勇者と魔王の死闘。その結末。 (Faz)
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勇者と魔王の死闘。その結末。

 ――勇者召喚。

 

 それは大陸に存在する王国、その頂点に立つ王族が代々継承してきた最終奥義。

 百人の命、数日に及ぶ魔法詠唱、赤龍(ドラゴン)の瞳、そして王族の血。

 それらを()て異世界と呼ばれる、この世界には無い世界(・・・・)の人間を召喚する魔法こそが勇者召喚である。

 

「陛下、只今(ただいま)戻りました」

「うむ。くくっ、この度の戦勝嬉しく思うぞ、勇者よ」

 

 五年前、この王国に召喚された勇者は王だけが座れる玉座、そこから十歩の距離に片膝を着く。

 高い天井に吊るされたシャンデリアが照らす全身を覆う銀色の装備は、勇者の為だけに造られた特製の装備。

 王の前ということで外された兜の中、坊主に刈られた頭と首元に見える全身を覆う程の黒い刺青(いれずみ)の一端、そして鋭い双眸(そうぼう)が床を見詰めていた。

 

「流石だね勇者くんは。いやぁ、僕もその場に赴きたかったものだね」

「くっくっくっ、息子よ。お前を戦場に立たせる意味など無かろうに」

「やだなぁ父さん。いや、国王陛下。僕だって訓練を受けているんだ、敵将の首くらい簡単に持って帰ってみせるよ」

「そうかそうか。それは楽しみだ」

「出来損ないとは違って私は優秀ですからねぇ」

 

 金の髪と髭を蓄えた王が座る玉座。その隣に立つのはもうすぐ四十になる勇者よりも一回り年下の王子殿下だ。

 いけしゃあしゃあと語るその言葉は、戦場に出た事の無い子供の願望のようなものだった。

 

「殿下が出る必要はありません。すぐにでも魔王の首をお持ち致しますよ」

 

 勇者は顔を下げたまま爽やかな声でそう言った。

 その様子に殿下は笑みを浮かべる。

 最も笑みを浮かべて労っても、床を向いている勇者には見えないのだが。

 

「頼もしいな友よ。これからも頼むぞ」

「はッ! 畏まりました、殿下」

 

 何度か模擬剣を合わせたことのある勇者と殿下の間には、剣を交えた者にしか分からない信頼が生まれていた。

 玉座の間に集まっている騎士たち、そして国を動かしている宰相たち、皆がその様子に安堵の息を漏らした。

 

 そして。

 

 

 

「――すぐにでも、とは言ってくれるでは無いか。哀れなる羊(勇者)よ」

 

 平穏は唐突に、その低く気味の悪い声によって崩壊を迎える。

 玉座の間。その空中に、空間を割ったようにして現れるのは。

 

「お前は……どうして、反魔法結界(ディジーク)がある筈だ、魔王ッ!!」

 

 勇者が立ち上がり剣を抜く。そして腰を落としたと同時に床を蹴り、それが自分の義務だと言わんばかりに空間へと剣を振るう。

 王族二人は呆然とその様子を眺め、騎士たちは思い出したように王を筆頭とする重役たちを守るように動き出した。

 

 反魔法結界、それはこの王城()いては王都の至る所に設置された魔法を使えなくする魔法。

 だからこそ魔王だけが使うとされている転移魔法を使うことは出来ない筈なのだ。

 しかし空間の罅から身体を出す魔王は、何処か嬉しそうに(わら)っていた。

 

「あァ、勇者よ。そのような剣で我を殺せるとでも思うたか?」

「黙れ魔王。俺はお前を倒して、皆に平和を!」

「クックッ、だからこそ完全に転移する前に剣を振るうか。やはり貴様は面白い。面白いぞォ」

 

 剣は魔王の太い腕に阻まれ、皮膚に傷を付けること無く弾かれる。

 その筋骨隆々とした大きな身体は、まるで無敵の要塞のような堅さを誇っていた

 再び地へと戻った勇者は床に置いていた兜を蹴り上げ掴み、装着する。

 

「さてェ、まずは挨拶からかな? ご機嫌よう人間。遙々魔王たる我がやって来てやったぞ?」

 

 地を揺らすような低い声は、イラつきの声音と共に殺気を帯びていた。

 その殺気に当てられて宰相たちは気絶し、王子は腰を抜かす。

 何とか国王だけはその魔王を喰らいつくように見ているが、身体はぶるりと震えていた。

 

「皆! 此処は俺に任せて、陛下たちを非難させてくれ!」

「は、ハッ! お願い致します、勇者様!」

 

 如何にも勇者らしい前向きで忠誠の籠った言葉に騎士達が動き出す。

 護衛対象を囲み、いざという時は自らが犠牲になることを(いと)わない。

 その姿は王の盾というに相応しいものだった。

 

「我がそれを許すとでも? 悪劣結界(ディビーネ)

 

 魔王は嗤いながらたった数文字の言葉を放つ。

 その瞬間この玉座の間全体に薄黒い結界が張られ、扉を開けようとしていた誉れ高き騎士が灰になって崩れ去った。

 上がる悲鳴、それこそがこの場から誰も出られないという悲劇を物語る。

 

「魔王――ッ!!」

 

 亡骸(なきがら)さえも亡く重厚な装備だけを床に散らばせて消えた騎士(仲間)を見て、勇者は怒りの雄叫びを上げた。

 再び跳躍。剣を突きささんと魔王に刃先を向け、兜の隙間から見える魔王を憎く睨む。

 そんな勇者を魔王は哀しそうに見ていた。

 

「仲間の為に剣を振るうかァ。強制的とは言え、正に物語の勇者のようだなァ。……本当にそれが貴様のやりたいことか?」

「強制だと!? 五月蠅い黙りやがれェッ! もうこれ以上誰も死なせやしない、お前のせいで何人の友が、仲間が、民が、子供が死んだと思ってるんだッ! 俺はこの戦争を止める為に、自分自身でこの道を選んだんだよ!」

「それはお互い様であろう? 我々も民を殺された、親を殺された、愛する者を殺された。貴様と何が違うと言うのかねェ。貴様も愛する者の為に戦っているのだろォ?」

 

 剣を手の平で受け、魔王はもう片方の拳を握り勇者に放つ。

 その拳を身体を捻じらせるように避け、体勢が崩れたまま剣を払った。

 王も王子も騎士も。誰も付いて行くことの出来ない未知の領域の戦闘がすぐ目の前で行われ、皆はただ恐れ(おのの)く。

 魔王が化け物であれば、またそれに対抗出来る勇者も等しく化け物であった。

 

「元々はお前たちが始めた戦争だろうがッ! こっちに責任転嫁するんじゃねえェ!」

「ふむゥ? 長く続くこの戦争は、我々の祖先から続いていることではないかァ。本当に我らから戦争を仕掛けたと、何故分かる?」

「歴史がそう言ってる!!」

「その歴史は本物かねェ? 都合の良い現実を書き残した、(いびつ)な書物では無いのかねェ?」

「減らず口をォ!」

 

 横に縦に残像が見える程のスピードで剣技を見せ、対する拳は剣を粉砕せんと言わんばかりに攻撃にて守りを作る。

 知らない昔のことを幾ら語っても、誰も真実など分からない。

 だからこそ戦争で大切なのはどちらが悪いのかでは無く。

 

「あァ、楽しくなって来てしまったなァ!! 王国を潰す足掛かりだったが、少しは楽しんでもいいだろうよォ!! さァ、もっと剣を研ぎ澄ませろ、貴様の剣はそんなものでは無いだろう? 王国の旗(勇者)我らの旗(魔王)、長きに渡る野蛮な戦争を我らの手で終わらせようではないかァ!」

「足掛かりだと? ふざけるな、此処でこの戦争を終わらせてやるッ! さっさとこの剣の錆と成れ、魔王ッ!!」

 

 ――勝者が正義(勝ったもん勝ち)だと言うこと。

 それが覆らぬ戦争の意義であり、理由なのだ。

 

「お前のその堅い皮膚、それは種族の恩恵だろ。龍の血を引くお前は強大な炎の魔法と、鱗のように堅い身体。確かに唯の人間じゃ太刀打ち出来ないよな!」

「よく分かっているでは無いかァ。だがそれを知った所で我に勝てるとでも?」

「思わないさ。だから俺は五年間、ずっと身体を鍛えて、剣技を磨いて、そしてこの剣の秘めた力を最大限まで引き出せるように努力したんだからな!」

 

 幾度も跳び、剣と拳がぶつかり合い、赤く猛った火花を散らす。

 そして勇者は剣を圧し込み魔力を注ぎ、銀色の剣を白く輝かせた。

 

「――ッ! 成程、聖剣(せいけん)かァ!!」

「そうだよ魔王! お前を倒す為だけの取って置きだ!」

 

 白い電流を帯びた刀身が拳から魔王の身体を蝕む。

 堪らず魔王は剣を弾き、その電気を逃がす為に床へと降り立った。

 そして勝機と見た勇者は剣を構え、魔王へとその力を放つ。

 

「剣技・聖雷斬(ライトニング)ゥ――!!」

 

 振り下ろした剣から、その斬られた空気の波を通して白き電流が放たれる。

 それを見た魔王の口は獰猛に弧を描いて、両手を前に突き出した。

 

「面白いなァ、龍装(ドラゴニカ)ッ!」

 

 その両腕に赤き炎を纏い真っ向勝負で迎え撃つ。

 電流と炎が衝撃を周りに撒き散らして、観客と化した者たちは顔を青くさせた。

 勇者が逃げずに戦い勝つと信じているとはいえ、余波を喰らえば間違い無く死ぬ。

 その事実に身を縮こませ、祈るように勇者を見詰めた。

 

「この程度で勝てるとは思っていなかったけど……無傷かよ」

「だが中々良かったぞォ? 聖剣を上手く使い熟しているようで結構ッ! 偽り(・・)の英雄としては及第点だァ!」

 

 お返しとばかりに魔王は床を蹴破り、一瞬で勇者へと拳を振り抜く。

 只人(ただびと)には見えないその攻撃を、勇者は剣を使ってセンスと技術でいなした。

 そして電流を纏わせたままの聖剣を斜めに振り上げ、魔王の腕に掠り傷を付ける。

 

「偽りだと? ふざけるなァ!! お前こそ随分と弱いじゃないか、偽物じゃないだろうな!?」

「ククッ、あァすまないな勇者。少しばかり舐めていたようだァ……本気でいかせてもらうぞォ!!」

 

 炎を纏わせた拳を、その大きな図体(ずうたい)に似合わぬ速度で叩き込み、戻し、叩き込み、振り上げて。

 二つの拳が交互に突き出される猛攻を、勇者は難なく避けてはいなし、弾いていく。

 正に最終決戦。普通を超越した異常の戦闘が繰り広げられ、その異常は苛烈を極めていった。

 

「はァァ!! お前をッ、お前を殺せば全部終わるんだァ!!」

「おらァッ! そうだな、その通りだよッ! 貴様がいなければこれ程多くの犠牲は無かったァ。死した仲間の分、確りと返させてもらうぞ勇者ァッ!!」

 

 憎み、嫌い、過去の重みを背負った一撃を討ち込む。

 電流が空気を穿ち、炎が全てを飲み込まんと揺らめく。

 正義のぶつかり合いはまた一つ、速度を上げて突き進んでいく。

 

「互角だなァ勇者! ならば見せてやろうッ! その醜くも哀しい日々を終わらせてやろうッ。その狂った人生を壊してやろうッ。本物の力を見せてやろう――ッ!!!!」

 

 その叫びは産声のように魔王の皮膚が変形させ本物の姿へと生まれ変わらせる。

 皮膚が棘のように尖り、龍の鱗を模して紡がれた。

 人間と同じであった頭から二本の角が飛び出し、瞳の奥が縦一文字に切り裂かれたように形を変える。

 

「なん……だ、それはッ!?」

「龍の血を引く者の奥義さァ、勇者。(うごめ)く炎を纏い、その空に轟き響かせよォ。我こそは、龍の子(ドラゴニア)ァァ!!」

 

 さっきまでとは比べ物にならない威力の拳が、勇者の腹に直撃し吹き飛ばした。

 これこそが魔王の奥義、龍の血を継ぐ者だけが使える龍化の技。

 

「がァッ!? ぐゥッ」

 

 謁見の間、その豪華絢爛な壁に突き刺さった勇者は血反吐を吐き出す。

 その様子に一同は信じられないと口を閉じることを忘れた。

 駄目だと分かっていても、自分たちの栄光が、英雄が負ける姿が脳裏に浮かんでしまう。

 だが、それでも。

 

「ま……まだ、まだァ!! 俺は、負けない、負けられない、負けちゃいけないッ!! 誓ったんだよあの子に! 死なずに帰って来るって、生きて帰って来るってェ! こんな所で寝てる場合じゃねぇんだよぉおおおオオ!!」

 

 勇者は立ち上がった。ボロボロの鎧に血を塗らし、それでも勇者は魔王を睨んで歩んでいく。

 

「クハハッ! そうだ、そうだ勇者。最後の戦いなのだ、こうで無くてはならんよなァ!! さぁ見せてみろ、貴様の底力を!!」

「うるせぇ……頼むぜ聖剣。俺に力を貸せェッ!!」

 

 白い光は力を強め、眩く世界を染め上げる。

 誰もが目を瞑り、魔王でさえも目を細めた。

 そしてその光の後に見えたのは、真っ新な白き鎧を身に纏った勇者の姿だった。

 

「行くぞ魔王ッ! これが俺の、勇者の力だァ!!」

「来いッ! (こいねが)ったその力を我に見せてみろッ!!」

 

 聖剣が魔王の鱗を剥ぎ取っては、赤い拳が勇者の鎧を焦がしていく。

 炎を圧縮した爆発、多大なる電流を纏った鎧が電撃を散らし、最早床は粉砕と言ってもいい程に壊れていた。

 それでも階下への心配は無い。何故ならば魔王の張った結界が床の下を囲っているからだ。

 砕けた石の下、黒い結界に足を踏み込んで互いに一撃を与えんと奮い立たせる。

 

「貴様が哀れ過ぎて涙が出てきそうだァ! 望んだ人生も送れず、勇者という責を無理矢理担わされた勇者よッ!!」

「俺は最初から勇者である事を拒んでなんていないッ! 俺のことを簡単に語るんじゃねぇ!」

「本当に哀れだ勇者よ! 未だ気付かんのだなァ!!」

「気付く? 惑わしなんて喰らわないぞ!!」

 

 電撃の一閃が魔王の腕を深く傷つける。

 爆炎の反撃が勇者の片腕を粉砕する。

 互いに一本を失い、隻腕となっても攻めるのを止めやしない。

 

「本当に気付かんとは、盲目よの勇者ァ。我が此処に来た時点で敗北は決まっておるのだよォ!!」

「それは逆だ魔王ッ! 自信を持ってやって来たんだろうが、悪ってのは正義にやられる運命なんだよ!!」

「悪? それこそ王国が悪であろうがァ!!」

 

 幾度も幾度も剣と拳が重なり合っては叫びと共に弾かれ合う。

 まるで磁石のように惹かれ合って、磁石のように嫌い合って。

 死が互いの背後にチラつき、それでも憶すること無く技を繰り出す。

 

 ――そして。

 

「うがァッ!?」

「ぐむゥ!?」

 

 お互いに放った技を喰らい、遂にもう片方の腕も使い物にならなくなった。

 (ひしゃ)げた両腕からは血が舞い、激痛が走って集中力を阻害しようとする。

 だが、それでも。

 

「おらァアアアアアア!!」

「おおおオオオオオオォォッ!!」

 

 頭突きをし合って、額から血を流して。

 止まらない。止める事なんて出来やしない。

 もう互いの目には己が殺したい相手しか見えていないのだから。

 

「勇者ァァアアアアアア!!」

「魔王――ッ!!」

 

 何度もぶつかり合って、血で目が見えずともぶつかり合って、頭がどれだけ揺れようが、激痛が走ろうが、骨が折れようが額をぶつけ合って。

 そして最後は。

 

 ……そう。最後はいつだって呆気なく。

 

 

 

「――全く。いつまで遊んでいるのですか、魔王(あなた)?」

 

 勇者の身体が横に真っ二つ、崩れ去る音と共に現れた美しい背に翼を生やした女性の剣士。

 その光景を誰も理解出来ない。(勇者)の敗北という事実を。

 彼を倒した、謎の女の登場を。

 そして――呆気なくやって来た王国の敗北を。

 

「あァ、悪いなァ。こいつ(勇者)との戦いが余りにも面白くてよォ」

「なんでこんな馬鹿が魔王なのかしら……。もう仕事は終わりよ。さっさと帰りましょう」

「そうだな」

 

 (ようや)く国王が現実に戻って来た。

 戻って来てもどうしようも無いことなのだが、その震える唇を噛み締めて魔王と女を睨む。

 睨むことしか出来やしない。

 

「おいおいィ、そんなに睨むなよ国王よォ」

 

 魔王はニヤリと嗤って国王を指差す。

 それだけでまるで心臓を掴まれた思いをする国王だったが、まだ悲劇は終わっていなかった。

 

「――言ったろ? 我が此処に来た時点で、王国の敗北は決まっているってなァ。それにこの国を潰すのは我では無い。我がやってはいけないのだよォ」

 

 そして立ち上がる。

 

 そう、立ち上がる。

 

 白き鎧を纏い、その瞳に烈火のような恨みを宿し、聖剣を掴んだ勇者が。

 

 何度だって立ち上がるのだ。

 

 その様子を見た国王は信じられないと驚きつつも、その奇跡に涙を流した。

 まだ勇者は、死んでいない。

 だってほら。

 

 ――真っ二つにされたその身体は、その原因()によって再び繋がったのだから。

 

「あら、少しだけズレてしまったわ」

 

 そう笑った女に勇者も笑みを浮かべて。

 獰猛で恨みが篭った、気味の悪い、とても勇者とは思えない笑みを浮かべて。

 

「あぁ、ズレてしまったな」

 

 そう呟き、青白くなっていた王の首を()ね、王は涙と共に床に落ちた(・・・)

 

 

 

「――え?」

 

 たった一文字の言葉を遺言にして、王子、宰相、騎士たち……全ての首を刎ねては、真っ赤な徒花(あだばな)を咲き散らせる。

 その兜の中にある無表情を誰も理解すること無く。

 謁見の間にいる魔王と女、そして勇者以外の全ての命が火を消した。

 

「――よゥ、調子だどうだ? 哀れな羊よォ」

「あぁ、実にいい気分だよ……胸糞悪い奴らをぶっ殺せて」

 

 勇者は聖剣の力を解き、白い鎧は消え薄汚れて割れた鈍色の鎧に戻る。

 その鎧も脱ぎ去り、先程斬られた腰の辺りを見落とした。

 

「内臓とかはちゃんと繋いだわ。ちゃんと繋がれてないのは表面だけ。その歪な刺青(隷属魔法)だけよ」

「助かったよ。まさか俺を助けてくれるなんて思わなかったけど」

「王族の隷属魔法に囚われ、無理矢理勇者とされていることを教えてくれたのは貴様の方だろォ?」

 

 勇者に掛けられていた隷属魔法は、物語の勇者として在るべき姿にするという設定だった。

 王の命に従って敵を倒し、人々を救うという目的と、意識そのものを塗り替えるような魔法。

 だが物語(・・)の勇者とは語り継がれてこそ生まれる偶像だ。

 五年間の戦いの内、勇者はある一つのことを知った。

 

 誰も居ない場所(・・・・・・・)であれば、その魔法は効果を発揮していないことを。

 

「ビックリしたなァ。戦場に勇者からの手紙が落ちてるなんてよォ」

「貴方が王城の反魔法結界を密かに止めてくれていたからこそ、私たちは此処にやって来れたのです。戦争の終結という大きな利益なのですから、敵対しないのであれば貴方を殺す理由はもうありませんよ」

「……そうかい」

 

 死闘を繰り広げていた魔王、そして自身を真っ二つにした女はケラケラと嗤う。

 龍の子(ドラゴニカ)を解除し、見た目人間に戻った魔王の顔には恨みも嫌な感情も無く、ただ面白そうな顔があった。

 

「戦いの途中でも言ったでは無いかァ」

 

 ――その狂った人生を終わらせてやろう、と。

 

「でも、俺は力を持っているぞ? 態々生かしておく理由が分からないんだが」

「カカッ。唯の慈悲だとでも思っておけェ。魔王の気まぐれよォ」

 

 嬉しそうに嗤う魔王に思わず勇者も苦笑した。

 運が良かったと言うべきか。何にせよ生き残れたというなら文句は無い。

 そんな勇者に、女はすまなそうな表情を浮かべて言った。

 

「ごめんね。貴方にはギリギリまで消耗してもらわないと一度(・・)殺せないって分かってたのよ。国王を先に殺したら、服従魔法によって暴走状態、果ては廃人になるまで戦い続けることになるからね」

「……それは怖いな」

「故に、我々は最小の犠牲を払ったァ。無論、王国側の犠牲も最小にしてなァ」

「これから大変だと思うけど頑張りなさい。何かあれば頼るといいわ、この馬鹿じゃなくて私が相談相手になってあげるから」

「あぁ、頑張るよ。ありがとう」

「恋の相談でもね?」

「……あ、あぁ」

 

 ニマニマとした笑みを浮かべた女に少し引いていると、勇者は魔王に背中を押された。

 彼が振り返って見たその魔王の表情はとても優しい笑顔だった。

 

「さァ行けよ。生きて帰るんだろォ?」

「……ありがとう」

 

 勇者は押されるがままに謁見の間を出て走っていく。

 王城の地下、その先にいる大好きなあの子の元へと。

 

「――勇者召喚を反対して囚われの身になったお姫様と、隷属魔法が切れてその家族を殺した勇者。さて、これからどうなるのかしら」

「さァな。でもいいじゃねぇかァ。きっとこの先には」

「平和が待ってる、そうよね?」

「おうさァ。じゃ、やることやって帰るか」

「えぇ。愛しの貴方」

 

 暫くして、空間が割れ、二人の姿は消える。

 残された謁見の間には誰も、遺体も無く。

 瓦礫となっていた床も壁も何も無かったかのように平穏を取り戻していた。

 唯一つ、王座の上に置かれていたのは。

 

 王が被っていた王冠を魔法で加工して造られた王冠(ティアラ)。それだけだった。



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