造っていくヒーローアカデミア(リメイク) (KEA)
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1話

――個性。

 

それは他の人と違った、その人特有の性質であったり、性格を表す言葉だ。

他人からは指摘できるが、自覚することが難しい特性。

 

昔はそういった意味を持っていた。

 

事の始まりは中国軽慶市で、発光する赤子が生まれたというニュースだった。

それを皮切りに各地で『超常』は発見され、原因も判然としないまま時は流れる。

『超常』は『日常』に、『架空』は『現実』に成り代わっていく。

世界人口の約八割が何らかの特異体質を持つ超人社会となった現在。

 

体を肥大化させる。炎をだす。風を起こす。

 

そういった特殊な能力の事を世間では「個性」と呼ばれていた。

 

そしてそんな大多数に含まれない二割の人口は「無個性」と呼ばれている。

個性が発現せずに超人社会についていくことが難しい人たちだ。

そんな人たちは「個性」持ちに虐げられる現状にあった。

 

 

 

そんな中、俺は個性を持っている。

医者や友人によれば、将来有望な――ヒーローに向いている個性らしい。

 

ヒーロー、それは今は職業の一つとなっている。

敵を倒して治安を守ったり、災害から一般市民を救助をしたり、果てにはテレビなどにも

出たりする職業だ。最も人気な職業でもある。

 

そんなヒーローに向いていると言われる彼の個性

 

錬成(れんせい)

 

それが彼の――創設(そうせつ)自由(みゆ)――個性の名前だった。

簡単に言えば。触れた物を別な物に作り替える能力。

訊けば強そうに聞こえるが、条件が非常に厳しい。

 

条件として「質量保存の法則」と「自然摂理の法則」を無視して物を作り出せない。

原材料と錬成の生成物の質量は同じでないと錬成は成功しない。つまり無から有は作れない。

そして、原材料と錬成の生成物は同質の物質でなければならない。

つまり水から石を作るといったことは出来ない。

 

単純に炎や風を起こせるような個性だったら、と何度思った事か。

 

しかも、錬成には必ず原材料となる物が必要であり、その物質の構成元素や特性を理解し、物質を分解、そして再構築する

という3つの段階を経てようやく錬成が可能となる。

 

 

 

 

パン、と肉同士が打ち付ける乾いた音が深夜の公園に響き渡った。

 

公園で一人――少年は祈る様に両手を合わせて目を瞑っている。

傍から見ればまるで神にでも祈っているかのように見えるが、生憎少年は無神論者だ。

目を瞑っている彼の頭の中では、物質の構成元素や特性を理解するために目まぐるしい回転をしていた。

 

目を開き、彼は両手をコンクリートに叩き付ける。

 

何の変哲もないコンクリートに異変が現れた。

小さな円形の窪みが現れ、そこから棒状の何かがよっくりと這いあがってくる。

思い切り引き上げたそれは、鋭い切っ先を持つ槍だ。

 

浅い呼吸を繰り返して、それを振り回す。

突き、振り、払う。

武術の心得のない彼は、簡単な動きを繰り返すという事しかできなかったが

それでも十分に実りはあったと思っていた。

 

彼はもう少しで高校受験が始まる歳と時期だ。

受検する高校は筆記と実技の二つがあるヒーロー科。

 

正直、俺が望む高校――雄英(ゆうえい)高校――に受かる自信はない。

雄英高校ヒーロー科。プロに必須の資格取得を目的とする養成校であり、全国同科中

最も人気で最も難しく、倍率は例年300を超える程だ。

 

せいぜい記念受検という意味合いが強いだろう。

他者より優れている部分が多いとは言えない自分に、多くのプロを輩出している高校はレベルが高い。

№1ヒーローが出たその高校に行きたいと望むものは多い。

 

記念受検なのだから、受けるだけでもいいだろう。

そう思っていたのは役十ヶ月も前の事だ。

 

彼の同級生には、同じ高校を志望している子が二人いる。

一人は頭もよく、個性も非常に強い子だ。

もう一人は――頭はそれなりだとは思うが、個性が無い。

 

自身と同じで、記念受検でもするのかと思っていた。

ある休日に彼が何をしているのかを知るまでは。

 

彼が№1ヒーローであるオールマイトと共にゴミ掃除をしているのを見かけた時

本気で雄英に入ろうとしているのだと分かった。

掃除といっても簡単なゴミ掃除ではない。

彼はタイヤだとか、壊れたテレビだとか、そういった業者に任せるべき仕事じゃないの? というレベルでの

ゴミ掃除を彼は行っていた。そしてその掃除の指示をしているのはオールマイト。

 

№1ヒーロー・オールマイト。

最も有名なヒーローであり、最高のヒーローは? と聞かれれば誰もが答えるほどのヒーローだ。

 

無個性である彼があれほど頑張っているのに、個性がある自分が何もしなくていいのか、という思いに駆られ

こうやって個性の練習や武器の振り回しをしている。

資格もなしに個性を使う事は法律違反だが、要はバレなければいい。

 

こんなものは付け焼刃にもならないだろうが、やらないよりは遥かにいいだろう。

 

一息ついて休憩しようかと思ったとき、視界を誰かが横切っていった。

緑のぼさぼさ頭の少年――緑谷(みどりや)出久(いずく)――は汗をびっしょりとかきながらランニングを続けている。

ほぼ毎日、彼はこんな時間も走り込みを続けて体を鍛えているらしい。

 

個性が無いからには確かに体を鍛えるというのは合理的だ。だが、たかが体を鍛えた程度で個性もちが蔓延る

試験を勝ち残っていけるのか怪しいものだ。

 

怪しいと言うよりも、不可能に近いだろう。

たかが鍛えた程度で増強型の個性に勝てる程甘くはない。

 

かといってオールマイトのような人がそんな無駄な事をするのだろうか。

オールマイトの人となりはテレビや雑誌でしか見たことがないが、不可能な夢をここまで手伝うのか?

彼なら現実を教えて、優しく諭したりでもしそうなものだが。

 

「……まあ、いいか」

 

俺には関係ない。

ただ……少なくとも、彼には負けたくないという思いがある。

気持ちも思いも曖昧で適当だが、やれるだけやってやろう、と。

 

 

 

 

俺の個性は両親の複合型だ。

 

母親は描いた円の中の物を治す。

父親は両手で触れた物を分解する。

 

これらの個性が複雑に絡み合った結果、俺のようなややこしい個性が誕生してしまった。

俺はあまり自身の個性は使いこなせてはいないが、雄英に入れればそういった事も勉強はしたい。

まだ入れるかどうかはまったくわからないが。

 

睡魔に襲われ、大きく口を開けながら欠伸をして俺は帰路につく。

受検の日まで、あと少し。

 

 

 

 

 

雄英は難関だが、それは何も個性の話だけではない。

単純に頭の良さも求められてしまう。そう、求められてしまう。

 

雄英高校の偏差値は79。俺の模試による結果はC判定。泣きそう。

勉強は得意ではない。苦手だし、嫌いだ。勉強から逃げてしまいたい。

 

ため息をつきながらシャーペンを動かし、ノートに記入していく。

俺が苦手なのは国語と数学。特に国語がキツイ。

携帯なんてお手軽なのがあるから漢字なんてほとんど身につかないし覚えられない。

そして作中の登場人物の気持ちを述べよ、系統の問題は悉く外してしまう。

古典や古文ならまだいけるんだけどな、と言い訳しつつ頭に入れていく。

 

「……あー、駄目だ。こんな勉強すると頭馬鹿になるわ」

 

ギシ、と椅子に深く腰掛けながら天井を仰ぎ見る。

 

息抜きに軽く携帯でも、と携帯を手に取ろうとした時頭を振って誘惑を逃れる。

息抜きに一時間もかけることはできない。一度携帯を取って、気づいたら一時間半立っていた前科がある

彼は、それ以降勉強中は絶対に携帯をいじらないように決めていた。

 

筆記はまあ勉強するとして、問題は実技だ。

何をするのか、時間はどれくらいあるのか?

 

何もわからない。友人の先輩に訊こうかとも思ったがそれはやめた。

先に試験内容を知るのは駄目だろうし、そんなのはヒーローではないだろう。

だから今はとにかく個性の練習をすることしか俺にはできない。

 

「……」

 

何気なしに、手を合わせて何も書かれていないページに触れる。

錬成の際に発する独特の光と共にできたのは、紙で作られた鶴だ。

俺は頭が良い訳ではない。なのにどうしてこんな頭を酷使する個性になってしまったのか……。

オールマイトのような単純な増強型ならどんなに楽な事か。

鶴をゴミ箱に放り投げ、俺は教科書と睨めっこする作業に戻っていく。

 

 

 

 

実技への対策も特に浮かばず、時は流れてゆく。

 

 

 

 

二月二十六日。

 

まだまだ寒さが残り、制服姿の自分に冷気が突き刺さる。

両手を擦って息を吐けばその息は真っ白だ。

 

地下鉄を乗り継いで大凡40分程で目的地へとたどり着く。

 

雄英高等学校、一般入試試験会場。

Hの形をした独特な建築物――ここが雄英高校だった。

 

周りの生徒達が緊張した面持ちで歩いていく中、彼も同じく不安そうな顔で歩いていた。

昨日の夜も勉強はしたが、やはり不十分だったんじゃないか?

個性の練習ももっとしておくべきだったのかもしれない。

 

もしも落ちたらどうしよう、そう思い至った時彼は僅かに驚いた。

最初は記念受検のつもりだったのに今じゃここまで心境が変化している。

案外自分は乗り気でやっていたらしい。

 

深呼吸を繰り返して自分を落ち着かせる。

周りの空気に呑まれずに自分のペースでやるのが一番いい筈だ。

ここまで来たのなら目指すのは『合格』の二文字だけ。

そう奮い立たせ、雄英高校の門を潜った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実技の前に行われた筆記試験。

一言でいえば、手応えはあっただろう。

何問か分からずに飛ばした事はあったが、それでも大半は埋まった。

解答の順番ミスもないか幾度となく見直したし問題は無い筈だ。

それこそ、飛ばした問題の配点が異常に高いとか頭の可笑しい事でもなければ筆記は恐らく突破できた、筈。

 

もう筆記は終わったことだし、うじうじ悩んでいても仕方がない。

問題は次――実技試験だ。

 

筆記試験が終わった後、現役のプロヒーローから説明を受けて実技の会場に彼はいた。

各々が実技に向けてストレッチ等をしている中、彼は説明を思い出す。

 

雄英の教師の一人であるボイスヒーロー『プレゼント・マイク』の説明を。

 

今回の実技試験は10分間のうちにどれだけロボットを倒せるのか、という『模擬市街地演習』だ。

持ち込みは自由で、他人への攻撃を除けばほとんど何をしてもいい。

模擬市街地を幾つも用意できる雄英の凄さを改めて実感した……それはともかく。

 

演習場には三種の仮想(かそう)(ヴィラン)が配置されており、その攻略難易度に応じてポイントが

振り分けられている。某ゲームで例えれば、踏みつぶして倒せる敵は1。

ファイヤーボールが必要な敵は2、といった具合だ。

 

そしてその三種以外に一体、お邪魔虫が配置されている。

これは大暴れする『ギミック』らしく、避けてやり過ごしつつポイントを集める、と。

 

周りの生徒達は個性が使いやすいような恰好をしており、そんな中に学ランを脱いだだけの自分は場違いに思えてしまう。

まあ自分の個性に必要な物は両手くらいだし、別にいいだろう、なんてことをぼんやりと考えた。

完璧に忘れてて、ジャージでも持ってくればよかったなんて思ってはいない。決して。

 

『ハイスタート―!』

 

突然聞こえたプレゼント・マイクの声にほぼ全員が首を傾げて顔を見合わせた。

そんな中を勘のいい受験生数名は駆けていく。

 

『どうしたあ!? 実戦じゃカウントなんざねえんだよ!!』

 

そこまで訊いて理解できた自由も慌てて走る。

 

――もう試験は始まっている。

 

『――走れ走れぇ!! 賽は投げられてんぞ!!?』

 

プレゼント・マイクのその声を皮切りに、全ての受験生が走り出した。

ギリギリスタートダッシュできたことに安堵しつつ、自由は正面を見据える。

市街地十字路から稼働音を鳴らしながら数体の仮想敵が現れた。

 

『標的捕捉! ブッ殺ス!!』

 

単眼(モノアイ)を怪しく光らせながら物騒な言葉を発している仮想敵が自由へと襲い来る。

試験の資料によれば、コイツは1P。速くて脆い奴だったはずだ。

脆いとは言っても、自由が全力で殴ったところでこちらの骨が折れるのは目に見えている。

かといって個性で武器を作っても、自由の膂力ではコイツを貫いたり斬ったりすることはできない。

この時点で彼の個性の特訓の八割以上が無駄になった。

そのことに内心涙しつつ、敵の行動を見る。

 

1と描かれた腕を大振りに構えてこちらへと突っ込んできている仮想敵。

成程、確かにこいつ等は試験用の敵に違いない。

身体能力があまり高くない自分にも、この大振りな攻撃はしっかりと見ていれば避けるのは容易い。

僅かに体を捻るだけで攻撃を外した敵は、その体を翻して再度突撃を繰り返す。

 

再びこちらに向かっている間に、自由は既に準備を整えていた。

同じようにまた攻撃を躱し、すれ違いざまに両手で機械の装甲へと手を触れる。

 

単眼の光が収まり、ガクンと前のめりに倒れこんだのを確認して自由は走り出した。

 

装甲が傷つけられないのなら、内部を傷つけてやればいい。

内部の配線を出鱈目に繋いでやれば、それだけでこいつ等は機能を停止する。

つまり、触れさえすればこいつ等をぶっ壊せるという事だ。

 

それからは単調な作業だ。

始めてみるタイプの敵は一度動きをみる必要があるが、二度相対していた敵は

全て一撃必殺で終わらせている。

 

躱して、手を合わせて、触れる。

 

これだけで物言わぬ骸と化すのだから、最早作業となるだろう。

といっても、体力はそこまで多いほうではない。

息が上がり、時々避けきれずに敵の攻撃が掠ってしまう事も増えてきたころ。

 

地面を伝わる振動と共にビルが大きく崩壊を始める。

そこから現れたのは、ビル程の大きさがある仮想敵――D型の『0P』である。

道は自分で作るものだと言わんばかりに構造物を破壊してそれは進む。

 

確かにあれは無理だ。

付近に近づけば瓦礫の餌食となるだろうし、あんな巨体を倒せるような

個性持ちがいるとは思えない。

 

勝てない敵に挑む事は決して勇気ではない。それは蛮勇だ。

そう自分に言い聞かせて踵を返す。

 

(コイツから逃げ回りながらポイントを稼がないと……)

 

果たして背中を見せて逃げることがヒーローのすることだろうか。

周りの受験生達は一目散に逃げている。それは正しい。

だが、逃げきれなかった子達はどうなる?

敵に襲われている人を見捨てて逃げるのはどうなんだ?

 

振り返れば、瓦礫に阻まれ逃げれない子や、明らかに動けないような子だっている。

 

――いや、これは試験だ。少なくとも生徒が死ぬようなことはないだろう。

 

彼は――自由は駆けた。体力が無くなっても構わず、胸を押さえて走る。

神に祈る様に――謝る様に手を合わせて走る。

 

逃げていく生徒達とは逆方向に。

 

両手をコンクリートへ叩きつけ、個性を発揮する。

コンクリートで作られた手は、逃げ道を塞いでいた大きな瓦礫を持ち上げる。

それに気づいた受験生は慌ててそこを這い出してきた。

 

「わ、悪い! 助かった!」

 

「礼なんていらないから、行けって!」

 

降り注ぐ瓦礫を防ぐために壁を作り、瓦礫を片づけていく。

だが、D型が動き続ける限り被害は終わらない。

手っ取り早いのはアイツに触れて中身をグチャグチャにするのが一番いい。

だが近づけない。足元は最も危険だ。

 

疲れが隙を生んだのか、頭上からそれなりの大きさの瓦礫が自由へと落下していることに気づかなかった。

死にはしないだろうが明らかに血が出て最悪この場で気絶するだろう大きさだ。

手合わせも避けることもできないその時、ピンク色の鞭らしきものが自由を絡めとった。

 

「うおおお!?」

 

後方へとそれなりに力で引っ張られることに驚きつつ、その方向を見る。

ピンク色の鞭の正体は彼女の舌だった。

安全を確認したのか、巻かれた舌は彼女の口の中へと戻っていく。

 

「ケロ……大丈夫?」

 

「あ、ああ。ありがとう、助かった」

 

大きな丸い目が特徴的な蛙っぽい顔している女の子に助けられた自由は感謝の言葉を述べる。

それに対して「気にしないでいいわ」と彼女は自由へとそう返した。

そこで自由はある作戦が思いつく。彼女の力があればD型を止められるかもしれない。

 

「なあ、君……人1人を投げ飛ばすことはできるか? (D型)の顔面に向けて」

 

「……ええ。多分できると思うわ」

 

口元へ人差し指を当てながら僅かに黙った後、できると彼女は言った。

 

「よし、じゃあ俺を思いっきり奴にむけてぶん投げてくれ」

 

D型の所に瓦礫を無視して飛んでいければ、奴に触れることが出来る。

そうすれば被害を食い止めることが可能になるはずだ。

 

「ケロ、分かったわ。でも――」

 

クルリと舌が自由の胴に幾重にも巻き付いた。

 

「次からは君じゃなくて、梅雨(つゆ)ちゃんと呼んで?」

 

「……は?」

 

「それじゃあ行くわ」

 

ポカンとしたのも束の間、グイッと体が引っ張られる。

舌が弓なりになって、大きく振りかぶられ――投げた。

 

「うおわああああああああああ!!」

 

予想以上の力に驚きつつ、何とか空中で態勢を整えつつ手合わせをする。

D型はどうやら、受験生を襲うようにはプログラミングされていないらしい。

ここまで近づいても、奴は歩き続けているだけだ。

 

どうやら彼女は力加減をしっかりしていたらしく、D型の頭に丁度着地できた。

そのまま両手を頭へと触れて中身を弄る。デカいだけあって中は大変ややこしい。

だが、機械は機械だ。配線を全てぶった切ってやればいい。

 

『終~~~了~!!!!』

 

D型が動きを止めてそのまま項垂れたのを確認すると同時に

プレゼント・マイクの合図が響き渡り、実技試験は終わりを告げた。

 




リメイク前の変更点で主人公の名前を変更。

自由に創るから創設自由という名前にしました。
ヒロアカっぽい名前にできて満足です。


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2話

 

「落ち着け、落ち着け……」

 

自室にて、椅子に座りながら自由は深呼吸を繰り返していた。

彼の机の上には真っ白な封筒が一枚。

送り主は雄英高校からだ。

 

ドクドクと心臓の鼓動が五月蠅く感じる。

 

ここに合格の安否が記された紙が入っている筈だ。

何でも、合格していれば中身は重いらしい。

合格していればクラスや必要な教材などの資料も含まれるため、との事だ。

不合格ならばきっと一枚の紙しか入っていないだろう。

 

少なくとも、自由はまだ封筒に触れていない。

母親がそれを自由の机の上に置いておいてくれていた。

そして、母親からは何も聞いていない。

 

覚悟を決めて恐る恐る封筒に触れ、それを持ち上げた。

 

 

――――軽い。

 

 

人差し指と親指で簡単に持ち上げられる軽さ。

これは、つまり……?

 

不合格、という三文字が彼の頭を過る。

筆記の自己採点でもギッリギリ合格点は超えていた。

実技だって全力で――。

 

そこで思い出す。後半、0Pを倒すために躍起になっていた自分を。

 

顔が青ざめ、血の気が引いていくのを初めて感じた。

 

0Pから素直に逃げて、他の仮想敵を相手にしていれば確かにもっとポイントを

稼げただろう。といっても、時間が経つほど敵の数が減るだろうから

あの状況から敵を探しに行ったとしても、ほんの数ポイントが関の山だ。

だが、数ポイントで合格のラインを越えられなかったという事だって考えられる。

 

震える手で封筒を開くと、一枚の紙がヒラヒラと落ちた。

 

(終わった……!)

 

と直感的に感じると同時に、金属音が響き渡る。

紙の下に何か入っていたらしいそれは、円盤状の何かだった。

これは――

 

「……投影、機?」

 

最近テレビでも話題になった超小型の投影機。

短い時間とはいえ、簡単に映像を送れることで話題になった投影機だ。

確か、テレビでやっていた使い方だと出っ張りを押せば映像が表示されるはず。

記憶を頼りに、スイッチを探せばそれらしき物を発見できた自由は押した。

 

『――私が投影された!!』

 

「どわああ!?」

 

予想以上の大画面で金髪マッチョの顔面が表示されれば誰だってこうなる。

胸を抑えつつ映像を見れば、それは自由がよく知る人物が映っていた。

よく知る、といっても彼が一方的に知ってるだけだが。

 

『始めまして! 創設少年! 私がオールマイトだ!!』

 

「いや、知ってますよ」

 

つい、本人とリアルタイムで会話している気がしてしまって敬語になってしまった。

それぐらい映像が鮮明だ。それに、こんな人が目の前にいたらそりゃ敬語にもなる。

 

知らない人はいないレベルのヒーロー。

それがオールマイトだ。

 

「というか何でオールマイトが投影されたんだ?」

 

『なぜ私が投影されたか? それは、私が今年雄英高校に勤めるからさ!!』

 

タイミングが良すぎる映像につい苦笑してしまった。

そんなことをお構いなしにオールマイトは話を続ける。

というか、続けようとした彼に急かすように誰かの腕が現れた。

 

『おっと、すまない! 私のことはまた学校で話すとして。

結果を伝えよう!!』

 

「…………」

 

いや、いまの貴方の台詞で結果が分かってしまったんですが。

というより、彼の映像が出た時点でほぼ合格だろうと自由は考えた。

不合格者全員にまでオールマイトが一人一人言葉を贈るわけにもいかないだろうし。

今年の合格者だけにこれを送っていると考えるのが妥当だろう。

 

『筆記は少し危なかったが、合格している!』

 

なんだかそう考えると気が抜けてしまった。

だが、まだ確定したわけではない。そう思わせて落としてくるドSの可能性も

まだあるかもしれない。

 

『そして問題の実技なのだが――』

 

ここで少し間を取るのを辞めてほしい。

確か、自分が獲得したポイントは――

 

『君の敵ポイントは32ポイント! このポイントは平均以下だ。

君の個性ならばもっと多くのポイントを取ることができただろう』

 

オールマイトの言葉が凄く耳に痛い。

彼が言いたいのは、『0Pに時間を取らなければ、もっとポイントが稼げた』という事だ。

確かにそうだ。ぐうの音も出ない。

 

ああくそ、合格したと勘違いしてしまった。

平均以下……それはつまり、俺は不合格という事か?

もう少し多くのポイントが取れれば合格できたかもしれないのに。

両手を顔を覆い隠して、あの時のことを少し後悔した。

そうだ、あれは試験なんだ。他人を蹴落としてでも受からなければならなかった場所なんだ。

 

『――そう。確かに敵ポイントだけなら、君は不合格だった』

 

「……だけ、なら?」

 

なんだこの人は。上げたり落としたりして。

また少し期待してしまうだろう。両手を離して自由は顔をあげた。

 

『まずはこのVTRを見てもらおう!!』

 

オールマイトはそういいながら、リモコンを操作した。

すると、一つの映像が映り出す。

自由が他の受験生達を助けたりD型に向かったときの映像だ。

 

『君たちに気づかれないように、市街地には大量の監視カメラが仕込まれていたのさ!

そのカメラで採点されるのは救助活動(レスキュー)P(ポイント)! これは審査制で行われる!

我々雄英が見ていたもう一つの基礎能力という訳さ!』

 

さっきまでと打って変わって、自由の口角が吊り上がる。

 

『他の受験生を救い、そしてD型を破壊せずに無力化した君はあの時

正しくヒーローだった! 君には43ポイントの救助P付与される!』

 

両手を大きく上げて自由は喜んだ。

ここまできて不合格が言い渡されることは絶対にないだろう。

 

『おめでとう、創設少年! 雄英(ここ)が君のヒーローアカデミアだ!』

 

その言葉を最後に、投影機が映し出した映像は終了した。

 

「……マジかあ」

 

両手を降ろし、椅子に深く腰掛けて自由は項垂れた。

これからあの雄英高校での生活が始まるのか。

きっとこれからが大変なんだ。

 

まあ今は合格できたことを喜びたい。

その投影機を掴み取り、自由はリビング行ってそのことを家族へと報告をした。

 

両親は自由が雄英高校に合格できたことをとても喜んでくれた。

二人ともヒーローでは無いが、あの高校がどれだけ入るのか大変かという事は理解している。

今日はそれなりに豪勢な料理を食べ、自由はぐっすりと寝て終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん、大丈夫だな」

 

鏡に映る、雄英の制服に身を包んだ自分に満足しつつ自由は頷いた。

前に雄英高校に行ったときとは気持ちが全然違う。

あの時は不安や緊張が潰れそうにもなったが、今は期待しかない。

 

ボタンを閉め、ネクタイを付けた自由はバックを掴んで玄関へと向かう。

今日から高校生となった自由はいつもより若干テンションが高かった。

 

「――自由。気を付けてね」

 

「ん、行ってくるよ」

 

玄関まで見送りに来た母親に軽く手を挙げて応え、扉を開けて自由は学校に向かった。

 

 

 

雄英まで行くには、基本二つの行き方がある。

電車か地下鉄のどちらかだ。それらを乗り継いでいけば雄英まですぐに行ける。

自由は電車を利用して高校へと向かった。

 

この時間帯はそれほど混んではいない。余裕をもって席について携帯を眺める。

少なくとも、あと二十分ほど遅れて家を出ても十分に学校には間に合うだろう。

だが、雄英高校は規格外の大きさを誇っている。

万が一迷子になる可能性も考え、自由は速い時間に学校に行くと決めた。

 

速くついてもゆっくりして待っていればいいだろうし、他の生徒達と友好を深めていれば

すぐに時間になるだろう、と考えていた。

 

 

 

雄英高校には特に問題もなく着くことが出来ている。

校舎の中に入った自由はバックの中から一つの紙を取り出し、それを眺めた。

それには校舎内の地図が書かれており、どこにどんな教室があるかすぐにわかる様になっている。

 

地図を頼りに歩くが、他の生徒達と全くと言っていいほど出くわさない。

もしかして時間が間違ったか? なんて不安に駆られつつ自由は1年A組の教室へとたどり着く。

教室の扉はとても大きかった。少なくとも3メートル以上はあるだろう。

確かにこれだけ大きければ、見た目が大きく変わってしまう個性を持っていても難なく入ることが

できるかもしれない。

 

ふう、と息を吐いて扉を開く。

 

教室にそう多くの人はいない。

また、お互いの距離感を測りかねているのか会話もない教室だった。

 

自分の席は何処だろうか、と首を傾げる。

黒板の方を見てもそれらしき物は無いし、それともまだ席は決まっていないのか?

名前の順だとすれば、『そ』だからちょうど真ん中あたり?

取り敢えずは適当な所の席に腰を下ろし、バックも机の上に乗せておく。

 

……会話が無い。

 

くそう、この重苦しい空気を誰か何とかしてくれないか。

せめて知り合い――そう、緑谷とかはお互い顔を知ってるし、来てくれれば――

 

大きな音を立てて開かれた扉へと、クラスにいた何人かの生徒達が目を向ける。

勿論自由も視線を向けるが――

 

「――チッ、クソが」

 

舌打ちされてがん飛ばされたんだけど。

 

爆発的な髪型と赤い眼が特徴的な彼は、自由と同じ中学校だった。

確か、唯一の雄英進学者になる、とか言ってた記憶がある。

それが俺と緑谷によって阻止されてしまったからか、以来彼には敵視されている。

 

爆豪(ばくごう)勝己(かつき)。それが彼の名前だ。

 

爆豪と同じクラスかあ……中学でもそんなに話してないからなあ。

仲が悪い、という訳ではない。彼の周りを見下す態度がどうしても気にくわなかった。

しかも敵視されてしまっては、こちらから話しかけることもできない。

現実逃避も兼ねて、自由は窓から見える晴天を眺めてぼーっとしていた。

 

その後も扉が開き、誰かが席に着くらしき音が何度も続いて、大体の生徒が揃い始めたころ。

誰かが席を立ち歩き始める。

どうしたのだろうかなんて思っていると、眼鏡をかけた彼は爆豪に向かって歩いている。

 

「――机に足をかけるな! 雄英の先輩方や、机の製作者方に失礼だと思わないか!?」

 

真面目が服を着てるような人だな、と言葉で分かった。

言葉をかけられた爆豪は残念ながら失礼だと思わないだろう。

 

「思わねーよ! てめえ、何どこ中だよ。端役が!」

 

「ボ……俺は私立聡明(そうめい)中学出身。飯田(いいだ)天哉(てんや)だ」

 

「聡明ィ!? クソエリートじゃねえか。ブッ殺し甲斐がありそだな」

 

「君ひどいな! 本当にヒーロー志望か!?」

 

彼――飯田の言葉にクラスの大多数が同意を示していた。

少なくとも、ブッ殺し甲斐なんて言葉はヒーローが言う台詞じゃあない。

そしてどこ中だよなんて台詞も映画や漫画の不良くらいでしか聞いたことが無い。

 

ホントにいう人いるんだな、なんて思っていると扉から覗いている顔に気づく。

 

緑谷出久。中学で俺と爆豪、そして彼は担任に受かったことを報告した。

そこで彼が受かったことを知ったのだが、その時は本当にびっくりしてしまった。

無個性の筈の彼がどうして受かったのか後で聞きたいところだ。

 

(それにしても、個性的な奴が多いな)

 

チラリと、他の生徒達を一瞥する。

 

ピンク色の肌を持つ女子や、金髪に黒のメッシュが入った男子。

他にも、透明で服だけの子もいれば、蛙みたいな顔の子も――。

 

ピタリと蛙顔の女の子で視線が止まる。

あんな特徴的な顔の子を忘れるわけがなかった。

 

女の子――梅雨ちゃんが自由の視線に気づくと、ヒラヒラと小さく手を振ってくる。

どうやら彼女も自由の事を覚えていたらしい。

 

「――ハイ、君たちが静かになるまで8秒かかりました」

 

緑谷と丸顔の女の子の後ろから男の声が響く。

視線を移せば、少し小汚い男性が教室に入ってきた。

 

ここにいるということは、少なくともプロヒーローの一人だろう。

だがあまりヒーローに詳しくない自由は彼が誰なのか知らない。

 

「担任の相澤(あいざわ)消太(しょうた)だ。よろしくね」

 

やはり名前を聞いてもピンとは来なかった。

担任という事は、これからの動きを指示されるだろう。

入学式があるだろうし、体育館にでも移動かな、なんて思っていた自由の予想は裏切られた。

 

「早速だが、体操服(コレ)着てグラウンドに出ろ」

 

教室中の生徒達がポカンとした顔になる。

それもそうだ。突然体操服に着替えてグラウンドに出ろ、なんて言われても……。

ほぼ全員が頭にクエスチョンマークを浮かべつつ、先生の指示に従った。従うしかないだろう。

 

 

 

 

 

『個性把握……テストォ!?』

 

全員の声が一丸となってグラウンドに響き渡る。

グラウンドに揃ったA組に言い渡されたことがそれだった。

 

「入学式は!? ガイダンスは!?」

 

緑谷と共にいた女の子が声をあげるも、相澤は冷静に言葉を返す。

 

「ヒーローになるなら、そんな悠長な行事に出る余裕はないよ」

 

これには自由も動揺は隠せなかった。

まさか初っ端、それも入学式がある日にテストなんてする学校があるのか?

確かにヒーロー科は特別な学科だ。普通ではないだろう。

だがここまでの事をするとは思ってもいなかった。

 

「雄英は自由な校風が売り文句。そしてそれは先生側もまた然り」

 

ああ、つまりこれは先生の独断で行っているのだろう。

先生の好きなように生徒達をプロのヒーローへと育てていく、と?

 

「お前たちも中学の頃からやってるだろ? 個性禁止の体力テスト。

国は未だ画一的な記録を取って平均を作り続けている。合理的じゃない。

まあ、文部科学省の怠慢だよ」

 

確かに相澤先生のいう事も一理ある。

個性禁止の体力テスト、と言っても個性が常に発動してしまっている者もいる。

そういった個性持ちを異形系と言うのだが。そういった子達にどうやって個性を禁止させるのか。

確かに今どき個性禁止のテストなんて合理的ではない。

 

「爆豪。中学の時、ソフトボール投げ何mだった?」

 

「67m」

 

「じゃあ個性使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい。早よ」

 

相澤先生から投げ渡されたボールを受け取って、軽くストレッチをしてから

爆豪が大きく振りかぶった。

 

「んじゃまあ――死ねえ!!!」

 

個性により、爆音をまき散らしながらボールは空へと飛んでいく。

言葉や態度は悪いが、爆豪の実力は悔しいが俺よりもきっと上だ。

 

少しして、相澤先生の持つ端末に今のボールの飛距離が表示された。

浮かんでいる数値は『705.2m』。普通ならあり得ない数値だ。

 

「まずは自分の「最大限」を知る。それがヒーローの素地を形成する

合理的手段」

 

「なんだこれ!! すげー面白そう!」

 

「705mってマジかよ……」

 

「個性思いっきり使えるんだ!! さすがヒーロー科!!」

 

相澤先生の言葉に、生徒達が騒ぎ出す。

確かにこれは楽しそうかもしれない、と自由も同じだった。

これまでの人生で個性を思いっきり使えた機会は少ない。

小学校や中学校でも、一度も個性を使う事はしなかった。

まあ、隠れて少し使ってはいたが。

 

ここではそんな縛りもなく、全力で臨むことが出来る。

 

最大限を知る、という事に確かにいいかもしれない。

だが、楽しそうにしている生徒達に相澤先生は眉を顰めていた。

 

「…………面白そう、か。ヒーローになる為の3年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」

 

空気が凍り付いた、という言葉はこういう時にあるのだろう。

相澤先生のさっきまでダラリとした雰囲気とは一転して、鋭利な物に変わっていた。

プロの眼光というのはここまで恐ろしいモノなのか、と。

冷や汗が落ちる。

 

「よし。トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し――除籍処分としよう」

 

「はああああ!?」

 

幾人かの生徒が声をあげて驚きを現した。

自由も同じく、口を大きく開けて相澤先生へとくぎ付けになる。

必死こいて雄英に入学して、その初日で最下位? それは幾ら何でも可笑しくはないか?

 

「生徒の如何は先生(おれたち)の自由。ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ」

 

入学初日の試練が、幕を開ける。



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