器用貧乏な職業で魔王の左腕 (DQkzk)
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ありふれた前日談
Wデート その1


本編を書き直ししすぎて進まない。

なのでこっちを投稿。序盤の話でデートまでいってないけど。

まだ大まかにしかデートプランが決まってない……

誰かデートプランをください(切実




香織の告白を聞いてから一週間が経った頃。

涼夜と白崎はお互いにハジメのことを話したり、雑談、愚痴を話したりしてある程度仲良くなっていた。

 

そしていつものように白崎から電話(忙しいときはL○IN。トーク履歴は勿論消去)がかかってきてお互いに和気藹々と話しているとき、不意に涼夜があることを呟いた。

 

「……なあ、白崎。お前、ハジメとデートしたいか?」

 

それは爆弾発言と言って差し支えのないものであり、同時にいつもは涼夜がこういった話を意図的に避けているのにそれを振ってきたことに香織は驚愕した。

 

『え?急になんで?前に協力はしないって言ってたよね』

 

「いや、その、なんだ。俺にもメリットができたからな。

……で、どうする?」

 

『したいけど……どうやって?』

 

涼夜は言いづらそうにしながらもはっきりという

 

「……まあ、端的に言うとWデートという奴だ」

 

『え⁉︎誰と?』

 

白崎は反射的に尋ねる。誰かとデートなんてしたことがなかったし、ましてそれがWデートだ。若干食い気味になっても仕方がないだろう。

 

「あー、うん。説明をさせてくれ。

俺と八重樫がデートみたいに遊ぶという()()で俺はハジメ、八重樫は白崎を連れてくる。そして4人で行動して俺と八重樫は途中で離れる。そうすればハジメと白崎の2人っきりの完成だ。………これでどうだ?」

 

『……』

 

「白崎?」

 

涼夜の説明の途中、頷くような声が聞こえてきていたから理解しているはずなのだが返事が返ってこない。どうしたのだろうと涼夜が名前を呼ぶとようやく言葉が返ってきた。

 

『……ハジメくんは平気なの?それに雫ちゃんに迷惑かけちゃうよね』

 

「……まあ、そうだな。でもそれは相手がどう思うかだろ?……俺だってハジメに利があるように行動しているがそれが逆に迷惑になる事だってあるんだ。だから言うだけ言ってみろ。それで迷惑だと言われるなら諦めろ。ハジメの方は俺がなんとかするから」

 

涼夜は言いながら自分の事を省みる。本当にこれが利になるのか不安で仕方がないのだ。親友を失うことになるのではないか、と。

 

『……うん、そうする。雫ちゃんに言ってみる』

 

「おう、そうしろそうしろ」

 

『……ありがとう』

 

「……おう」

 

白崎との通話が切れ、静寂が訪れる。涼夜は照れくささと説教くさい事をしたとして自己嫌悪を起こしていた。

 

 

 

ベッドに寝転び、仰向けでぼうっとしていると携帯が鳴った。誰からだと思い、画面を開くと八重樫からLIN○がきていた。

 

【八重樫:どういう事?】

 

涼夜は何についてどういう事と聞いているのかわからないので適当に返す。

 

【有賀:白崎から聞いた通りだと思うが?】

 

そう送ってそろそろ寝ようとした時、携帯が鳴った。今度は電話だ。

 

『有賀くん、どういう事なの?』

 

涼夜が電話に出るとすぐに用件を言ってきた。

 

「だから、白崎から聞いた通りだと送ったはずだが」

 

『……そうじゃなくて、なんで香織に協力しようと思ったの?』

 

ため息を吐きながら再度質問する八重樫。

 

「ああ、それか。………ただ単にハジメのためだぞ」

 

『南雲くんの?』

 

八重樫は疑問に浮かべる。この流れでハジメのためとは考える方が難しい。

 

「そうだ。……白崎には言えなかったが学校で話しかけるのを止めるにはやっぱりほかのところでコンタクトを取るしかないと思ってな。

それならLI○Eとかで話せばいいが、あいにく白崎はハジメの連絡先を持ってないだろ?だから一旦会わせて連絡先の交換してもらえば校内で話しかけるとかなくなるかもしれないだろ?」

 

涼夜はちゃんとした理由を述べる。もっとも半分はハジメだがもう半分は私欲だ。

 

『……それ、厳しいんじゃないの?南雲くんが交換してくれるかわからないし、もし成功しても香織が校内で話しかけなくなるなんてないんじゃない?』

 

「まあ、あくまで賭けだ。そこでハジメがきっぱり断るならそれでよし。続くならそれもよし。ーー現状より悪くなる可能性は流石にないだろ。最悪、俺や八重樫がフォローすればいいし」

 

『……………はあ、わかったわよ。協力するわ』

 

「ああ、助かる。……じゃ、デートよろしく!」

 

『え?……あっ、ちょっーーー』

 

八重樫の様子から察するに絶対自分がデートすることを忘れていた。それで躊躇されても困るので涼夜は八重樫の言葉を最後まで聞かずに電話を切った。

 

「うっしゃあ!」

 

涼夜がめちゃくちゃ喜んだのは言うまでもない。

 

……ただ、忘れてたと言う事は涼夜とのデートに関して興味がなかったともとれるわけで正直悲しさもあった。

 

 

ひとしきり喜んで冷静になるとそういえば当の本人に連絡を取ってないと思い、ハジメに電話する。

 

『ーーもしもし、南雲です』

 

「喜べ親友。女子とデートだ。日時は追って連絡する」

 

『え?涼夜?ちょっとどういうーーー』

 

なんかハジメが聞きたそうにしていたが時間も遅く、眠かったので用件だけ伝えて携帯の電源を切って就寝した。

 

電話もLIN○も繋がらなくて涙目になっていたハジメがいたらしいが仕方がないな。眠いんだ。

 

 

 

 




本編は只今、ファナをどういう立ち位置にするか思案中。


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ハイリヒ王国編
プロローグ


有賀涼夜
どこにでもいる高校生。利己的だが情に流されやすい。雫に惚れている。万能者。またの名を器用貧乏。


「うおっ、やべえ、遅刻じゃん!」

 

慌てて家を出て自転車に跨り全力で漕ぎ出す。普段なら通学路には学生が歩いているはずなのだが、今は誰もいない。まあ、始業のチャイムまで残り10分もなく、しかもここからの距離が20分はかかる位置だと考えれば当然と言えるだろう。

 

「……いや、まだ間に合う!」

 

自転車の回転数を上げる。ジャキジャキと軋みを上げているが気にしない。通行人があまりの音の大きさにギョッとした顔をしている。だが気にしない。気にしないったら気にしない!

 

 

 

***************

 

 

 

「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ」

 

僕ーー南雲ハジメが下駄箱に靴を閉まっていると後ろからひどく息の切れた音が聞こえる。心当たりがあるなーと思いながら振り向くとそこには高校で唯一仲の良い友達がいた。

 

「……どうしたの?涼夜君」

 

ハジメの友達、有賀涼夜は成績、運動、性格、顔全てにおいて平均より高い。だが「涼夜より○○の方が凄いよね」というふうに誰かと比べるとどこかで劣るというなんていうか(本人は割と気にしているので本人に言うと失礼だが)器用貧乏な奴だ。

 

「お、おっす、ゴホッ、ハ、ジメ」

 

涼夜は喋るのも辛いらしく時折咳き込んでいる。下駄箱に靴をしまいながら息を整えている友達にハジメは少し呆れたような目を向ける。

 

「ふぅ〜、疲れた。いやぁ流石に10分で走って来るのは堪えたわ」

 

「君は化け物か」

 

「うわっ、ひでえなぁ」

 

涼夜は冗談だと思い、笑って返しながら鞄の中からタオルを出して額の汗を拭う。ハジメとしては冗談ではなく割と本気で言っていたのだが。

 

ハジメは涼夜の家の位置を知っているのでそれがいかに頭がおかしい発言か理解していた。

 

「とりあえず教室に行こうぜ。もうすぐなりそうだからな」

 

「そうだね」

 

それからはゲームの話や学校内の噂など他愛のない話をしていた。ハジメは教室に入るまでのこの時間だけが唯一学校に来ることへの忌避感を感じずにいられる。

 

そうする内に教室の前に着いた。これから起こることについて憂鬱になりながらも扉の取っ手に手を添える。

 

「いつものことだが、気にするなよ」

 

ハジメの内心を慮ってか、涼夜は口にする。そんな友達の優しさにちょっとは心が軽くなったのを感じつつハジメはガララという音とともに扉を開ける。するとクラスメイトの視線がハジメに集まる。

 

「よぉ、キモオタ! また、徹夜でゲームか? どうせエロゲでもしてたんだろ?」

 

「うわっ、キモ~。エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~」

 

嫉妬、侮蔑の視線を向けながら嘲笑を上げているのはいつもハジメに絡んで来る檜山たち4人組だ。そのまま無視して自分の席に向かおうとすると後から入ってきた涼夜が

 

「ハジメ〜昨日のFPS面白かったな!流石に徹夜は堪えたけどな」

 

などと大きな声で言った。もちろん昨日はFPSなんてやっていなかったし、ハジメも徹夜まではしていない。これは檜山たちに対する牽制の言葉だ。

こんな風にいつもハジメのフォローをするので男子からの差別的な目や、女子からの侮蔑の視線は前よりは少しは減ってきた。それでもハジメを敵視する奴らは消えないのだが。

 

「南雲君、有賀君おはよう!ギリギリは良くないよ?もっと早く来ようよ」

 

今話しかけてきた女子が男子の敵意の原因だ。現にこの瞬間に男子の視線が増加した。「なに勝手に白崎さんと話してんだ!あ゛あ゛⁉︎」という心の声が聞こえてきそうだ。

 

「あ、ああ。おはよう白崎さん」

 

白崎香織、学校の2大女神と呼ばれるほどに整った容姿をしており、面倒見が良く誰かに頼られたときは笑顔でそれにあたっている。正直ハジメに構う理由がわからないのだ。これを涼夜に言うとなぜかニヤニヤして「さあな」とか言うもんだから堪ったものではない。

 

「おはよう、白崎さん。昨日ハジメをゲームに付き合わせたんだ。勘弁してくれないかな?」

 

涼夜も笑顔で挨拶をする。だが心なしか顔が少し引き攣っているのは気のせいではないはずだ。

 

「香織、2人がそう言ってるんだから世話を焼くのはほどほどにしておいた方がいいんじゃないか?」

 

そう言って現れたのはイケメン天之河光輝。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人だ。簡単に言うと涼夜の上位互換である。

 

「おはよう。毎日大変ね」

「やる気のないやつに構っても意味ねえぞ」

 

光輝の後ろから現れたのは八重樫雫、坂上龍太郎だ。この4人は幼馴染でよく一緒にいる。ハジメにとっては全員が目立つので正直関わって欲しくない相手でもあった。

 

ハジメはどうすればこの状況から逃れることができるだろうと思考を巡らせていると始業開始のチャイムが鳴った。そこで先生が入ってきたのでみんな席に着く。

内心てホッとしていると後ろの席にいる涼夜に「ラッキーだったな」と言われ、苦笑するしかなかった。

 

 

 

***************

 

 

昼休みの喧騒に包まれてようやく目覚めた親友に涼夜は声をかける。

 

「ハジメ、起きたか?」

 

「あ、うん。まだ眠いけど」

 

「なら、空き教室に行くか。確かあそこなら誰もいないだろ」

 

涼夜はヨッコラセとまるでおじいさんのような声を出して立ち上がる。ハジメはまだ意識がしっかりと覚醒していないのかゆっくりと立ち上がり、机の中のゼリー飲料を漁っている。

 

「……おい、ハジメ。早くしないとーーーっ、遅かったか」

 

あまりにもハジメの動きが遅かったので面倒くさいことになると忠告しようとしたが時すでにお寿司。ハジメの近くに香織が弁当を持って近づいてきた。

 

「南雲くん。珍しいね、教室にいるの。お弁当? よかったら一緒にどうかな?」

 

不穏な空気が教室を満たし始めた。ハジメは頰を引攣らせながら涼夜の方を見る。涼夜はその視線を受けると肩を諌めた。どうやらハジメ自身で解決してくれという感じだ。

涼夜からの救援を諦めたハジメは抵抗を試みる。

 

「あ~、誘ってくれて有難う、白崎さん。でも、僕たちは教室じゃないところで食べようとしてるから天之河君達と食べたらどうかな?」

 

 そう言って、暗に他で食べてくるから白崎さんは幼馴染と食べたらどうかな?という雰囲気を出してみた。断るのも「何様だ!」と思われそうだが、お昼休憩の間ずっと針のむしろよりは幾分マシだ。

 

 しかし、その程度の抵抗など意味をなさないとばかり香織は追撃をかける。

 

「えっ!なら私も一緒について行っていいかな?ほら、みんなで食べた方がおいしいと思うよ!」

(もう勘弁して下さい! 気づいて! 周りの空気に気づいて!)

 

 刻一刻と増していく圧力に、ハジメが冷や汗を流していると横から救援が来た。

 

「白崎さん、ごめんな。ちょっとハジメと内密に話したいことがあるんだ。だから今日は遠慮してくれないかな?」

 

涼夜はハジメの肩に手を置いて断りを入れる。「この視線が気にならないのか⁉︎」というハジメの視線はスルー。

 

その言葉にさらに援護射撃。

 

「香織。こっちで一緒に食べましょ。南雲たちも男同士で喋りたいことでもあるのよ」

 

雫からの言葉に香織も諦めたようで「……また今度、一緒に食べようね」と返してくれた。

 

雫に目で礼を言うと、視線で「感謝は隣に言って」と訴えていたのでハジメは隣の涼夜にお礼を言った。

 

涼夜はハジメの肩をポンと叩くと教室を出ようと歩き出した。ハジメはその後をついていこうとする。だがそれは急に床からの光によって遮られる。

 

その光の出所を探すと光輝の下の魔法陣らしき模様からだった。

 

「お、おい。これって……」

 

「……」

 

涼夜は魔法陣を見て言葉を詰まらす。ハジメも今起きている状況について言葉を発せない。だが2人の頭の中では共通の認識があった。

 

((あ、これ異世界召喚じゃね?))

 

光が大きくなり教室を包み込む。そして光が止んだ後には誰もいなくなっていた。



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万能者

追記:ステータス修正。

流石に強すぎた。器用貧乏じゃねえ。

※正体不明から万能者に変更。変更に伴い一部セリフを改変。

最初のふざけた文を消しました。この小説に合ってないと判断。


 

涼夜達が光でくらんだ目を開けると石造りの部屋の中だった。どうやら召喚されたっぽいです。

 

涼夜たちが召喚されたのはトータスという世界らしい。

 

召喚されたときに近くにいたイシュタルとかいう司祭?の話だと、

 

曰く、この世界を救ってほしい。

曰く、そのために魔人族と戦って勝ってほしい。

曰く、エヒトとかいう神が召喚したので俺たちはエヒトしか元の世界に戻せない。

 

らしい。正直意味わかんないし、返せとも思うがその気持ちとは反対の「異世界で冒険したい!」という気持ちもある。

 

社会科の先生の愛子先生(通称愛ちゃん先生)が猛抗議をしているがイシュタルは無理の一点張り。

 

これはどうにもならなそうだと隣のハジメと話をする。

 

「なあ、これ明らかにテンプレだよな?」

 

「うん、間違いない。異世界ものの俺TUEEEEEE展開だよ」

 

涼夜とハジメは目をキラキラさせて内心で喜んだ。涼夜の中にいるミニ涼夜は雄叫びをあげながらオタ芸をキレッキレで踊っている。

 

「……ただ、なんかあの司祭っぽいの危ないよなぁ。誘拐した神を無条件で受け入れているなんて」

 

一通り心の中で叫び尽くし、やっと落ち着いてきたらハジメが何やらイシュタルを警戒、いや、世界の人々の信仰に疑問を覚えたようだ。

 

「そうか?俺にはいまいちわからないが」

 

「少しは考えなよ……異世界きた人たちはみんな考えてただろ?」

 

(たしかにそうだ。相手の言葉を全て鵜呑みにするのはどの世界でもやっちゃいけない愚行だ。)

 

「わかったよ。……そうだな、仮に神がいたとして俺たちを呼べるだけの力があるならなぜそれを魔人族に使わないかが疑問だな」

 

「‼︎……そうだね。うん、これからは奴らの言葉の裏を探るべきかな」

 

ハジメは涼夜の言葉に驚いた。考えてみればそうなのだ。この戦闘能力のない高校生の戦力投入になんの意味があるのか。この世界に干渉できない理由でもあるのか?

 

 

 

イシュタルの説明をすべて聞き終えると世界を救えば帰れると考えた光輝が持ち前のカリスマと正義感で渋っていたクラスメイトをやる気にさせた。

 

涼夜にはこの世界の人々を見捨てられないとはなんて偽善的で自己満足なんだろうかと感じてしまった。

人族を救うということは敵側を切り捨てるということのはずだ。魔人族も魔()族というくらいだから恐らく人という枠組みの中にあり、各々の生活というものがある。なのに相手の言い分を聞かずに倒すというのはいささか浅慮が過ぎるのではないか。特に外部からきた涼夜たちがそれを行うのはお門違いもいいところだ。

それに涼夜たちが人殺しができるかと言われたら断じて否だろう。そんな心構えができてるやつなんているわけがない。そんな風に考えられないやつが戦場に行ったって死ぬだけだ。特に天之河光輝という人間がそうだろう。

 

人の感情に機敏である涼夜にとってはこれくらいは押して図るべきものである。

 

涼夜は天之河光輝という人間が嫌いだ。自分が動けばどうにかなると思っている心や別に助けて欲しくもなければ他人にとって迷惑なことでも勝手に自己解釈して助けたようにしている。自分が正しいと疑っていないやつのなんてたちの悪いことか。他人の気持ちを勝手に自己解釈とかふざけるな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そんなわけで光輝には嫌悪感を抱いている涼夜だったがクラスの流れには逆らえず、ほかにいい手段もないので受け入れるしかなかった。

 

 

 

***************

 

 

 

涼夜たちはイシュタルが涼夜たちを呼んだ神殿の麓にあるハイリヒ王国に連れてこられた。なんでも戦闘を知らない高校生である涼夜たちに戦闘知識を与える環境を用意しているとのことだ。用意が周到なこって。

 

王城に入り、ハイリヒ国王との謁見をした。そこで国王が立ち上がって待っていたり、イシュタルの手の甲に恭しく軽い口づけをしていたのでこの国は神が回しているということがわかった。(ハジメが教えてくれた)

ルルアリア王妃、リリアーナ王女、ランデル王子などの国の人々の自己紹介が終わった後、晩餐会が開かれた。

 

そこでランデル王子が香織にアタックしていたことや、訓練、住居などの説明があったがそこは割愛。

 

晩餐が終わった後は部屋にいって泥のように眠った。どうやらかなり疲れていたらしい。

 

 

 

***************

 

 

翌日、早速訓練が始まった。

 

まず、集まった生徒たちにステータスプレートが配られた。

教官である騎士団長のメルドさんが説明してくれた。

ステータスプレートとは文字通り自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものであり、身分証明書だ。使用者の血を魔法陣に垂らすことで登録される。

 

なるほど、これは便利だと感心し涼夜たちはステータスプレートに血を垂らす。すると数値が入っている表が現れた。

 

====================

 

有賀涼夜 17歳 男 レベル1

天職:万能者

筋力:50

体力:50

耐性:50

敏捷:50

魔力:100

魔耐:50

技能:万能者・気配察知・言語理解

 

====================

 

 

(ん?なんだこれ?万能者って)

 

「全員見たな?それじゃあ説明を始めるぞ」

 

メルドさんの声で少し想像の世界へ旅立ちそうになっていた心が現実に戻された。

 

メルドさんの説明よるとレベルは100までで人間の潜在能力100%を引き出した時に100レベルになるという。天職はつまりは才能で戦闘職なんかは貴重らしい。

そんでもって技能は天職と連動している。(俺は天職わからないんで連動してんのかわからんけど)例外が派生技能で技能が先天性ならば派生技能は後天性だ。

各ステータスは見たままでレベル1の平均が10らしい。

 

涼夜はふむふむとメルドさんの説明を聞いて唸っていると肩をトントンと叩かれた。誰だと思い振り返るとそこにはハジメがいた。とっても青い顔をして。

 

「あ、あのさ。涼夜はどんな感じだった?」

 

主語がないがおそらくステータスプレートのことだろう。顔から察するに内容がよくなかったんだろう。

 

「ほら」

 

そう言ってハジメに渡すと顔が絶望に染まった表情になったあと、少し懐疑的な表情になった。

 

「……やっぱり俺TUEEEEEEじゃないのかよ

 

「ん?どうした?」

 

「いや、なんでもない。それよりも涼夜の万能者ってなに?」

 

「わかんねぇよ。そう書いてあるとしか言えないし、字だけで説明なんてできるか?普通に無理だろ。どういうことやねん」

 

「…何故に関西弁?」

 

いや、なんとなくです。はい。

 

「う〜ん、まあ、メルドさんに聞いてみるしかないよね」

 

「……そうだな」

 

2人でため息を吐いたあと、涼夜がボソッと怖い事を言った。

 

「……人体実験とかされんのかなぁ?」

 

「おいやめろ。それフラグになる」

 

「……」

 

「……」

 

「「……はぁ」」

 

「なにお前らため息なんて吐いてるんだ」

 

ハジメはステータスに、涼夜は正体不明に頭を抱えていると目の前にメルドがやってきた。どうやらステータスの報告をしなければいけないらしい。それが涼夜たちが最後だったので目の前にきたというわけだ。

 

「あ、メルドさん。この天職なんですか?天職のところに万能者って書いてあるんですけど」

 

「ん?……そんな天職は聞いたことがないぞ。本当か?」

 

涼夜からステータスプレートを受け取り、まじまじと見つめる。訝しげな表情をして目を擦ってまた見つめる。そうやって何度も見返して本当に万能者と書いてあるのを確認すると涼夜に返した。

 

「……たしかに書いてあるな。こんな天職は初めてだ。上に尋ねてはみるが無駄だろう。まあ、ステータスはかなり強いんだ。気にすることはないだろう」

 

涼夜の不安そうな顔を見たのかメルドはきっちりとフォローを入れる。流石は団長というところか。

 

「……そうですね。わからなくてもできることはありますしね。

ーーメルドさん、ステータスプレートを見るときに表情に出さないでください。目立ちたくはないんで」

 

涼夜は努めて笑顔を作る。心配などはされたくはないし何より目立ちたくない。期待という名の重圧に晒されたくはないからだ。ハジメに気を使ったという部分もあるが。

 

「あ、ああ、すまない。気をつけよう」

 

メルドは涼夜の眼光の鋭さに少し気圧されて少しどもってしまった。涼夜の奥にある利己的な冷たさをメルドは感じ取ってしまった。

 

その後ハジメの番になりメルドに見せると低いステータスに一瞬、顔を顰めるもすぐに表情を戻し、ハジメに返した。

ハジメの天職、錬成師について説明しているとハジメの天職が戦闘職じゃない事を目敏く聞いていたのか檜山たちがやってきてステータスプレートを見てからかうという胸糞悪いことが起こった。メルドは十分に配慮してくれていたのでいいとしても檜山たちはうぜぇ。こいつらハジメをいじめるしか能がないのか?

 

愛子先生が檜山たちを止め、さらにハジメに追い打ちをかけるという空回りっぷりを起こした。ハジメの乾ききった笑いが印象的だった。



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最弱の試行錯誤

ペースが落ちてきた


ステータスの報告が終わった後、すぐに訓練が始まった。まずは魔法の適性から測った。それぞれが魔法陣を書き、魔力を注いで魔法を発動する。魔法陣の式をどれだけ省略できるかが肝心らしい。

 

ひとしきりやってみた結果は全ての魔法に適性があった。ただ一点特化のやつの魔法に比べると威力やスピードが悪く、ここでも器用貧乏が発生していた。涼夜の目尻に光るものがあったとしてもきっと気のせいだ。

 

メルドからは褒められたが全くもって嬉しくなかった。なぜなら、

 

「全ての属性が使えるとは素晴らしいな!威力は……うむ、実戦で使えないことはないだろう。スピードも……大丈夫だろう」

 

と言われたからだ。うん、気を遣ってくれるのはありがたいんだが言い淀むなよ!すごく悲しくなるだろ!

 

クラスメイトから憐憫の目で見られ、さらに落ち込む涼夜。

 

ちなみにハジメは魔法の適性がなかったらしい。1人端っこで錬成してた。

 

昼食を挟んで次に行われたのは剣術などの体力系メニューだ。自分がなにが扱いやすいかを確かめる感じだ。

 

涼夜は全ての武器を使ってみたら全てが同じくらい扱えたのでメルドから「最初はいろんな武器を使ってみて1番上達率が良かったのを使えばいいんじゃないか?」と言われたのでとりあえずそれでいくことにした。流石に武器は特化しているのがあるだろう。……あるよな?

 

ここでもハジメは根っからのインドア派だったのでそこまでうまく使える武器がなかった。

 

 

***************

 

 

「はあ」

 

「おいおい、そんなに落ち込むなって。錬成だって使いどころはあるって」

 

訓練も終わり、自分の部屋に戻ってきた涼夜とハジメ(涼夜とハジメは同じ部屋)。部屋に着くなり盛大にため息を吐いたハジメ。涼夜はフォローしようとするが正直これでもかっていうぐらいハジメの境遇が酷いのでフォローがしづらい。

 

「いや、流石にこれはないよ。異世界きて俺TUEEEEEEかと思ったら最弱だよ……」

 

「……まあ、魔法適性ゼロで武器の扱いも上手くない。ステータスも平均で一般人だもんな」

 

グサッグサッとハジメの心に言葉のナイフが突き刺さる。改めて他人から言われると自分が思ってる以上に辛い。思わず机に突っ伏す。

 

「……でも、錬成なら誰にも負けないことができるんじゃないか?」

 

「……どういうことだよ」

 

だが、涼夜の次の言葉に思わず顔を上げる。どうしてそんな結論になるのかよくわからなかった。

 

「考えてもみろよ、俺たち異世界人全員が個性的なチートスペックを持ってるんだぜ?だったらお前だけないなんてあり得ないだろ。ということはつまりお前の場合は錬成のスキルの力(?)というかそんな感じのがオーバースペックなんだろうよ。最初は弱いだろうけど潜在的な力は最強……のはずだ!」

 

「おい、そこはちゃんと断言してくれよ……」

 

ハジメは呆れ顔をみせているが幾分かさっきまでの表情より柔らかさが出ていた。

 

「まあ、とにかく錬成だったらなにができるか考えようぜ!そっちの方がよっぽど建設的だろ?」

 

涼夜がドヤ顔でサムズアップをする。それにハジメは苦笑しながら了承し、2人でああでもないここでもないと錬成案を出していった。

 

 

 

***************

 

 

 

訓練初日から2週間経った。あれから涼夜はハジメと一緒に錬成の研究を始めた。図書館が空いてる時間は図書館にこもってこの世界の知識を溜め込みつつ、「この鉱石はこの武器に使えないか」「この鉱石で効果上昇が見込める」など具体的な案を出してそれをノートにまとめていた。お陰で一応2冊分の知識、及び考察ができた。

一応拳銃の製作の目処は立ったので素材を集めて作るだけだ。素材が王国にあるのかは不明だが。

ちなみに涼夜は錬成もなぜかできた。ただやはりハジメより錬成速度が遅かった。器用貧乏といわれるだけはあった。

 

研究だけに時間を割くわけにはいかなかったので訓練もちゃんと行った。お陰で涼夜のステータスはこんな感じだ。

 

====================

 

有賀涼夜 17歳 レベル5

天職:万能者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:200

技能:万能者・気配察知・言語理解

 

====================

 

魔法は全て少しずつだが威力が伸びている。武器の扱いもなぜか全て武器において同じくらい上達した。やっぱり突出してできるものがなかった。

そこでメルドやハジメに相談したところ「自分がしたい戦闘に合わせて武器を選べばいい」といわれたので(尚、ハジメの戦闘スタイルも一緒に考えた)動きを阻害しない武装で遊撃のようなスタイルにした。「なんでもできるから対応力を磨け」と言われた。

……器用貧乏の道まっしぐらな気がするが考えないようにした。考えたら涙が出てきそうだから。

 

ハジメは罠で足止めをしてその隙に錬成で投擲武器を作り出して某エミヤさんよろしく投擲で倒す。

これは時間がかかる上に一対一の時しか使えないので涼夜とのツーマンセルが基本形だ。

 

そして万能者の技能が一体なんなのかという推察もしてみた。技能欄にない『錬成』ができたことから万能者の中に含まれているということがわかる。さらに剣などの武器全ての適性もあったことからこれも万能者に含まれていると考えられる。

この事から推測すると、涼夜のスキルの内容は恐らく全適性補正のようなものだろう。だがそう考えるとおかしなことがある。ある一定の水準まで上達するとそれ以降の伸び率がゼロになることだ。限界値が来てるのかそれとも技能の影響なのかこればかりは自分ではわからない。…-これでは万能者じゃなくて器用貧乏だろう。

まあ、適性補正がついているとだけ覚えておけば大丈夫だろう。……気にしてない、本当だぞ。

 

 

 

***************

 

 

訓練の時間までハジメと一緒に図書館で知識を漁り、錬成の精度を上げる。ハジメはポンポン精度が上がっているのに対し、涼夜は錬成のスピードが10分になってから縮まらなくなった。

 

訓練の時間が近づいてきたので2人で訓練場まで歩いていく。その道中では錬成の話をしながら進む。ここ最近は錬成以外の話をあまりしなくなった。それだけ今の状況に危機感を覚えているということだろう。

 

 

 

訓練場に着くと既にほかのクラスメイトが自主練やら雑談やらをしていた。

 

「ハジメ、どうする?」

 

「そうだね、接近されたときの身の守りを重点的にやりたいな。命を繋げるくらいにはしておきたいし」

 

「よし、じゃあ軽い模擬戦でもーーーチッ」

 

涼夜が顔を顰め、あからさまに嫌そうな態度をとる。涼夜がこんな態度をとる相手は決まっている。ハジメも心底嫌そうな顔をして振り返る。そこにはやはり檜山たち4人組がいた。

 

「よお、南雲。なんで訓練場にきてんだよ?()()なんだから来る意味ないだろぉ」

「ちょっ、檜山言い過ぎwそんなこと言ってやんなよ、ギャハハ!」

 

ハジメをバカにして4人で嘲笑する。なにがそんなに面白いのかハジメにはわからない。涼夜に至っては完全にその辺の石を見るようなどうでも良さそうな目を向けている。完全に人間として見ていない。

 

「なあ、こいつ可哀想だから俺たちで稽古つけてやらね?」

「あぁ? おいおい、お前マジ優し過ぎじゃね? まぁ、俺も優しいし? 稽古つけてやってもいいけどさぁ~」

「おお、いいじゃん。俺ら超優しいじゃん。無能のために時間使ってやるとかさ~。南雲~感謝しろよ?」

 

そういってハジメの肩に馴れ馴れしく組もうとしてくる。流石に看過できなくなってきたのか涼夜がハジメと4人組の間に割り込む。

 

「俺のこと忘れてないか?訓練してくれるんだったら俺も混ぜてくれよ」

 

檜山が涼夜に少しムッとした顔をしたがすぐに余裕の笑みを浮かべだした。

 

「あぁ、いいぜ。有賀、お前も一緒に稽古してやるよ」

 

涼夜がいても4対2なら勝てると思っているんだろう。檜山たちは既に涼夜たちをどう惨めに料理しようかを考えているようだ。

 

「なら、中央付近でやろうぜ。そっちの方が広いからやりやすいだろ?」

 

「あ、ああ、もちろん。みんなの前で、な。ヒヒヒ」

「あいつバカだなw俺たちに勝てると思ってんのかよw」

 

檜山たちは涼夜の提案をなにも考えず了承する。みんなの前で正当な理由で虐めることができるようになってご機嫌になっている。

だからか、まるで悪魔のようにニィッと口元を歪めている涼夜に気づかなかった。

 

 

 

「さあ、勝ちにいこうか」

 

 

 

 



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VS4人組

同じ原作の他作品を読んでみた。
なぜこんなに上手に書けるんだろう?何が原因だ?
文才か(白目

※檜山たち4人組のそれぞれの名前
檜山大介、斎藤良樹、近藤礼一、中野信治


「で、勝ちにいくとか言ってたけどどうやって勝つ?」

 

 ハジメは涼夜に作戦を尋ねてみる。涼夜が「さて、勝ちにいこうか」と言っていたのをしっかり聞いていたのだ。

 

「ん?……ああ、勝つって言っても相手をボコる訳じゃないぞ」

 

「どういうこと?」

 

「俺たちの勝ちは2通りある。1つは純粋な力勝負で勝つ。もう1つは()()()()()()()()()()だ」

 

「なるほど、それなら4人でもなんとかなるか」

 

 ハジメたちは足止めや時間稼ぎの方法は嫌というほど考えてきた。火力が他と比べると圧倒的に足りないからこそだ。

 

「ああ。だから《泥沼》を使おうと思う」

 

 《泥沼》とは涼夜たちが実践用に考えた作戦の1つで某ラノベの主人公の技を自分たちでできるように改良したものだ。

 

「……それ、僕の負担が半端ないよね」

 

「………さて、他には「聞けよ!」…やれやれ、お前ならできるだろう?」

 

 涼夜は挑戦的な笑みを浮かべ、拳を前に突き出した。ハジメも苦笑いをしながらそれに倣うように拳を突き出し、拳同士を合わせる。

 

「もちろん!」

 

 

 

 ***************

 

 

 適当な距離をとって相対する。

 

 ルールは致命傷を負いやすい武器は禁止というものだけで他はなにをしてもいい。

 

 一応各々の装備を紹介しておこう。

 

 檜山たちは檜山、近藤、斎藤、中野の全員が木刀(真剣は危険なため)を持っている。

 

 涼夜は腰に短刀(木)を2本さしていて、片手に木刀を持っている。それ以外にも色々な小物が入ったポーチを腰につけている。重装備(重くはないが)だ。

 対してハジメは錬成師の手袋とポーチだけであとはなにも持っていない。

 

「んじゃ、始めよう。このコインが地面に落ちたらスタートで」

 

 涼夜はポケットからコインを取り出し、ピンとコインを弾く。

 コインは放物線を描き涼夜の目の前にカランという音を鳴らして落ちた。開戦の合図だ。

 

 その瞬間檜山たちは涼夜たちに向かって走りだそうとするが、ハジメの錬成によって産み出された土のバリケードに動きを止められる。

 

 檜山たちは急に出てきた壁に驚いたがすぐに木刀で薙ぎ払う。かなり速さで作ったので強度はすごぶる悪い。なのですぐに壊されハジメたちへの道ができる。

 

「おいおい、なんだよ、時間稼ぎか?脆すぎだろw」

 

 そんな言葉が檜山から溢れる。完全にハジメたちを舐めていた。

 

 涼夜は檜山になにも言わずにポーチから取り出した鉱石を檜山たちに向ける。

 

「風よ裂け、風波」

 

 魔力が鉱石に流れ出し、涼夜の魔法が発動する。この鉱石はハジメと涼夜の共同開発(涼夜が原案、ハジメが錬成)で作り出したもので、詠唱短縮に加え、魔法の平行発動を可能にしている。もっとも、威力は魔力の量に依存するので途轍もなく燃費は悪い。

 

 無数の真空波が産み出され檜山たちを襲う。

 

 これを腕を組んでガードする檜山たち。普通ならガードしても深い裂傷を与えられるはずだがそこはチート組、軽い切り傷で済んだ。込められている魔力が少ないという理由もあるが。

 

「うぜえ!」

 

 檜山たちはずっと続く攻撃にイライラしたのか軽い裂傷なら構わないと攻撃を無視して走り出す。だが、またもや進む足を停止させることになった。

 

 檜山たちが壁があった場所より先の地面に足を踏み出すと、地面が割れ、落とし穴ができた。

 

「「うおっ」」

 

 そんな声とともに動き出しの早かった近藤、斎藤の2人が落とし穴に落ちた。残りの檜山、中野は踏み抜きそうになったが先の2人を見て後ろに体重をかけることによって尻餅をつくも、なんとか回避した。

 

「くそっ、なんだこれ!抜け出せねぇ」

「あ、足が持ち上がらない!」

 

 落ちた2人が動けなくなった現状に混乱している。檜山と中野もポカンと呆けている。無理もない、作る暇がないはずの落とし穴に落とされたのだ。これで平常心でいられる高校生なんているはずがない。

 

 この落とし穴はハジメが壁を錬成すると同時に作ったものであり、壁は視界を隠すために作ったようなもので本命はこの落とし穴である。

 落とし穴の中には粘着性の高い泥がはいっており、深さは肩ぐらいまでだが、泥のせいでほとんど動けなくなる。

 泥は涼夜が水魔法の水とハジメの錬成で余った土を風魔法で混ぜて作った。いわばハジメの涼夜の合体技だ。

 この技術、なんでもないように扱っているが実はかなり高度なものだったりする。

 水の割合を1里でも間違えると相手が沈み込まなかったり、自分でも粘度が足りず、すぐに抜け出されたりする。

 水の割合を最適化するのに1週間もかかったことを考えればいかに精密な技かわかるというものだ。努力を惜しまなかった結果とも言える。

 

 

 間抜けな構図になっていた4人に何処からか「くすっ」という微かに漏れた笑いが聞こえた。そこでようやく檜山たちが自分たちの状況を理解し、羞恥と憤慨の表情になった。

 

「ーーッ!南雲ぉぉっ!」

 

 いつも揶揄っていたハジメに手玉に取られたことに沸点を超えたのか檜山は叫び声をあげ、落とし穴をさけてハジメに突っ込んできた。どうやら涼夜のことは頭から抜けているらしい。

 

 涼夜たちは足止め用の錬成や魔法を放っているが檜山はそれを一瞬で破壊して突き進んでくるので足止めにならない。

 

 涼夜はハジメの指示に従おうとハジメの方を見るが、檜山の怒気に気圧されいてろくに頭が回っていないようでひたすらに錬成で壁を作っているが意味をなしていない。

 

「あーあ、こりゃ俺が盾になるしかないかぁ」

 

 涼夜は勝つことを諦めた。

 ハジメがこんな状態では無理だろう、と。

 

 素早くハジメの前に回り込み、木刀を構える。そしてハジメに「俺の足を錬成で地面に固定しろ!」と怒鳴る。ハジメは思考力が完全に低下しているので言われるがままに涼夜の足を固定する。

 

「邪魔だ!どけ!」

 

 そう叫びながら檜山は涼夜の脇腹目掛けて木刀を振るう。涼夜も迎撃するために檜山の剣の軌道に合わせて木刀を滑り込ませる。

 

(くっ、やばい!折れる!)

 

 勢いのついている方と止まっている方のどちらが勝つかなんて誰でもわかる。まして、筋力も檜山の方が上である時点で涼夜に耐えれる道理はない。

 

 木刀は折られ、少しばかり威力の弱まった木刀が涼夜の脇腹に叩きつけられる。涼夜の肺から息が漏れるが、足の拘束によりなんとか踏みとどまる。そして脇腹と腕の間に挟み込む。

 

「はっ、落ち着けよ」

 

「ーーッ!うるせえ!」

 

 木刀が抜けなくなった檜山は木刀を持つ手とは逆の手で詠唱を始めた。至近距離で魔法をぶっ放すつもりだ。檜山はこの行為が危険だとわからないほど怒り狂っているようだ。

 

「ここに燒撃をーーー」

 

 

 

 「やめんか!」

 

 

 

 

 

 

 強者が発する威圧とともに怒声が訓練場に響き渡る。

 

 檜山はこの怒声に驚き、詠唱を中断する。そして怒声を発した人物と周囲をみて自分がしていたことをようやく理解し、苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

 至近距離からの魔法を回避できた涼夜も緊迫状態から脱したからか鈍痛が脇腹に走る。どうやらかなりのダメージだったらしく吐き出しはしないものの口の端から血が流れ出た。

 

 怒声を発した人物、メルドで顔は真っ赤に染まっていた。

 

「お前ら!訓練時間でもないのになにをやっている!」

 

 メルドは当事者たちに鋭い視線を向ける。みんな一様に目線を下げたが、涼夜だけはしっかりと目をみて言葉を返した。

 

「ちょっと、模擬戦をしていたら、熱くなってしまいました、すいません」

 

 涼夜はハハハと少し軽薄そうに笑う。だが顔は苦痛に歪んでおり、額に汗も滲んでいる。誰がどう見てもやせ我慢をしているようにしか見えない。

 

「本当か?」

 

「ええ」

 

 メルドの責めるような視線も涼夜は苦笑いで流す。

 

「……わかった。ならこの場はこれで終わりだ。次からは俺に許可を取るように」

 

 僅かな沈黙の後、己の感情を抑えつけるように話す。説教をしても意味がないと悟ったらしい。涼夜としてもこの状態で色々聞かれるのは嫌だったので有り難かった。

 

「わかりました」

 

「……それと怪我を診てもらえ。流石にその身体では訓練はできないだろう」

 

 メルドは涼夜の脇腹の状態が兵士としての経験からかわかったらしい。まあ、素人目にも顔色が悪いので酷いということはわかる。

 

「……お気遣い、ありがとうございます」

 

 涼夜はこうなったのは自業自得だと心の中で自嘲した。覚悟はあったので後悔はしていないが。

 

 

 

 

 

 

 治癒師の方に直してもらい、訓練に参加した。ハジメに庇った理由を聞かれたが笑って誤魔化した。理由を言うのが恥ずかしかった。

 

 尚、訓練中、ハジメをみる目が侮蔑から少し変わっていたので怪我を負った見返りとしては十分だろう。

 ただ檜山たちからは親の仇を見るかのような目を向けられていたので夜道に気をつけなければいけなそうだ。

 

 そして訓練終わりにメルドから聞かされた、

「明日から【オルクス大迷宮】で実践訓練をする」と。

 

(うわぁ、なんてタイミングだよ……流石に死ぬ可能性があるところで報復はしないよな、うん。……怖いから気をつけておこっと)

 

 一抹の不安を覚えながらもどうすることも出来ず、時間は夜になっていく……




正直これでいいのかとは考えた。でも器用貧乏と最弱じゃあこれが限界だと思うんですよ。チート化はまだ先ですし。


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オルクス大迷宮

時間がかかった。お陰ですごく長くなった。
中盤部分は原作を参照してください。結構端折ってます。
オリジナル部分は序盤、終盤です。


※天職、技能を正体不明から万能者に変更。それに伴い一部セリフを改変。
↑一応、こちらにも載せておきます。


翌日、馬車などを駆使してオルクス大迷宮向かった。移動だけで半日ほどかかったので朝王城をでたにもかかわらず既に太陽が沈みかけている。なので迷宮の側にある宿に一泊してから探索となった。

 

馬車を使ったと言っても徒歩の時間も長く、馬車に慣れていないので疲労が溜まっていた。涼夜は部屋に着くなりベットに倒れこんだ。

 

「ふぅ〜」

「はぁ」

 

涼夜とハジメ、それぞれから息が漏れた。涼夜は脱力感から、ハジメは明日への憂鬱感から。

 

実はハジメはこのオルクス大迷宮にはきたくなかった。ハジメは生産職であり、なんとか戦う術を身につけたが結局のところそれは死なない為である。ステータスの伸びも悪いのにこんなところに来ても足手まといがいいところだ。王城内で錬成に精を出した方がよっぽど建設的だとおもう。

それをメルドに伝えたのだが「模擬戦で戦えてたと聞いたんだか……まあ、戦えなくても俺たちが守るから大丈夫だ!」と言われてしまい、「あ、はい、わかりました」としか言葉を返せなかった。善意で言ってくれているのはわかったから断るのは申し訳なかった。

 

そんなわけでハジメは本意ではない探索に来てしまった訳だ。

 

「なあ、ハジメ。オルクス大迷宮にある鉱石を確認しておこうぜ。持ってきてるんだろ?」

 

永遠にため息をつきそうなハジメを見かねたのか涼夜が気を紛らわせる(?)ために話しかける。

 

「……あ、うん、ちょっと待って」

 

持ってきたリュックの中からノートを取り出す。このノートは重要な鉱石をまとめたものでそれぞれの特徴を細かく書いている。

 

「えーと、オルクス大迷宮の鉱石は…これとこれとこれかな?」

 

「うーん、これだと作れるのはライトとかその辺か?」

 

「いや、この鉱石がーーー」

 

そんな感じで確認もとい意見交換をしていると不意にノックの音が響いた。

 

時間を考えると大体深夜になっていたので「一体誰だろう?」と2人で顔を見合わせた。

 

「南雲くん、起きてる? 白崎です。ちょっと、いいかな?」

 

ハジメはなんできたのかわからなかったが、涼夜はピンとくることがあったらしい。ハジメをニヤニヤ顔で見てくる。

 

ハジメは涼夜にイラッときたが香織の対応が先だ。

部屋のドアを開けて視線を合わせるとどうしてきたのか尋ねる。そのときに香織の格好が白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけだったのを見て思わず「……なんでやねん」と言ってしまった。これは仕方がないと思う。

 

「ちょっと南雲くんと話したくて……やっぱり迷惑だったかな?」

 

「……どうぞ」

 

入れようか考える前にそう言ってしまったのも仕方がなかった。なにせ上目遣い+うるうるのダブルコンボを発動されたのだ。完全にノックアウトだ。

 

「うん!……あ」

 

ハジメに許可をもらい嬉しそうに入るも、中にいた涼夜を見つけて少し残念そうな顔をした。その理由を察せないほど涼夜は鈍感ではない。

 

「ハジメ!俺、トイレ行ってくるわ」

 

「……涼夜、デリカシーを持ってくれよ」

 

ひらひらと手を振って部屋を出て行く。ハジメは呆れながらも開けっ放しになっているドアを閉めた。

 

2人っきりの会話を盗み聞きをするほどクズじゃないのでトイレに向かって歩き出す。一応ほんとうにトイレに行きたかったので、嘘は言っていない。気は遣ったが。

 

その途中、檜山に会った。なんか危険な目をしていたので声をかけてみたが、なぜか慌てて自分の部屋に戻っていった。

「俺、そんなに怯えられるようなことしたかな?」と思ったが、むしろ嫌味と怒りを与えられる気がするので尚更檜山の行動がよくわからなかった。

 

 

 

涼夜がトイレを済ませて戻ってくると既に香織は居なくなっていた。

 

「……何話したんだ?……ああ、いや、言いたくないなら聞かないが」

 

ハジメがなんか少し嬉しそうな表情をしていたから思わず聞いてしまった。

 

「……うん、ごめん。これはちょっと恥ずかしくて言えないかな」

 

「そうか……んじゃ、もう遅いし寝るか」

 

涼夜は何事もなかったかのようにベットに潜り、眠りについた。

ハジメもベットに入るがさっき言われたことについてしばらく考えていた。やがて自分の中で考えをまとめると眠りについた。

 

 

***************

 

 

翌朝からクラス全員でオルクス大迷宮の探索を始めた。

迷宮の入り口はまるで博物館の入場口のようだったり、入り口周辺で屋台が大量に並んでいたりと驚くようなことがたくさんあったが割愛。

 

迷宮の中は緑光石という鉱石のお陰でそれなりに明るくなっている。迷宮の中は地下なので「鉱石の光があってもそこまで明るくないだろうなぁ」と思っていたのだが決してそんなことはなかった。

 

迷宮の最初の魔物も光輝たちのチームが苦戦もせずに倒せるレベルなので涼夜やハジメでも多少余裕を持って当たることができた。基本的に騎士団の方々が魔物を弱らせてからこっちに嗾けてくるので楽である。

 

かなり余裕だとわかったのでどんどん先に進む。メルドたちが罠の確認をしてくれているので今のところ危険はない。安全安心の探索である。

 

 

 

「……涼夜」

 

涼夜が魔物を倒して戻ってくるとハジメが何やら悪寒を感じているのか顔から血の気が引いていた。

 

「……どうした?なんかあったか?」

 

「…嫌な予感がする。どこからか殺気を感じるし」

 

涼夜はその言葉を聞いてふと昨日の夜を思い出す。

……まさかな。

 

「……一応警戒しておくか。まあ、気をつけるに越したことはないさ」

 

「…うん」

 

 

 

涼夜たちは今日の目標階層である20層に辿りついた。

 

それなりに潜ってきたからか20層の魔物は前の層の魔物とは一味違った。なにせ擬態したり、連携を組んで襲ってくるのだ。

数の有利と連携で勝ってきた光輝たち前衛組は少し苦戦し始めた。だがそれでも勝てない相手ではない。現れた魔物を適宜倒していく。

 

そしてついに次の層への階段が見える最奥の部屋に辿り着いた。そこはまるで鍾乳洞のようで厳かな雰囲気があった。

 

「待て、よ〜く見てみろ。擬態しているぞ!」

 

一行がそのまま部屋の中央に向かおうとするとメルドたち騎士団が脚を止める。何事かと思ったらどうやら擬態した魔物らしい。

 

壁が動き出し、擬態して壁の色と同化していた皮膚が褐色になる。その魔物はゆっくりと立ち上がるとドラミングをしだした。

 

「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

 

メルドの声が響く。光輝達が相手をするようだ。

 

ロックマウントは後衛の香織達に襲いかかろうとするが前衛の光輝達を突破できない。

 

抜けないことに痺れを切らしたのかロックマウントは後ろに下がり、大きく息を吸って咆哮を上げる。

 

 

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

 

 部屋全体を震動させる大音量だ。しかもこの咆哮には魔力が乗っていて、相手を一時的に麻痺にする効果がある。

 

 それをまんまと食らってしまった光輝達前衛組が一瞬硬直してしまった。

 

 ロックマウントはその隙に突撃するかと思えば、傍らにあった岩を持ち上げ香織達後衛組に向かって投げつけた。動けない前衛組の頭上を越えて、岩が香織達へと迫る。

 

 香織達が、準備していた魔法で迎撃せんと魔法陣が施された杖を向けた。だが、迎撃することは叶わなかった。

なぜなら投げられた岩もロックマウントで、空中で擬態を解除すると香織達に向かってダイブしていたからだ。それも鼻息荒く、目が血走っている。

 

こんなのを目にすれば女子なら誰でも驚き、嫌悪してしまい、魔法の制御の集中力を欠いてしまうだろう。故に中断してしまったのは仕方がないかもしれないがここは戦場。その行為が命取りになる。

 

だがここにはフォローしてくれる頼れる騎士団がいる。

メルドは香織達に叱責をしながらも慌ててロックマウントを切り捨てる。

 

 香織達は、メルドに謝罪をするも、まだ、顔が青褪めていた。それを見てお決まりのご都合解釈で光輝がブチ切れて感情のままに《天翔閃》をぶっ放した。

 

《天翔閃》により、ロックマウントは跡形もなく消え去った。光輝は香織達の方に「どうだ、俺が倒したぞ!」みたいな顔をして振り向く。その瞬間笑いながら迫ってきていたメルドに思いっきりげんこつを食らった。

そして崩落の危険があったのに技を使ったとしてメルドにきつく言われた。その時涼夜は「ざまぁw」と笑っていた。クズである。

 

光輝を香織達が慰め、落ち着かせ、余裕が出てきた香織がふと崩れた壁の方に視線を向けた。

 

「……あれ、何かな? キラキラしてる……」

 

 その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。

 

 そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

 グランツ鉱石とは、言わば宝石の原石みたいなものだ。特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれるらしい。求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ三に入るとか。

 

「素敵……」

 

 香織が、メルドの簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとハジメに視線を向けた。もっとも、雫ともう一人だけは気がついていたが……

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

 そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。それに慌てたのはメルド団長だ。

 

「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」

 

 しかし、檜山は聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。

 

 メルド団長は、止めようと檜山を追いかける。同時に騎士団員の一人がフェアスコープという罠発見器で鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた。

 

「団長! トラップです!」

「ッ!?」

 

 しかし、メルド団長も、騎士団員の警告も一歩遅かった。

 

 檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。美味しい話には裏がある。世の常である。

 

 魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現だ。

 

「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」

 

 メルド団長の言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが……間に合わなかった。

 

 部屋の中に光が満ち、涼夜達の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。

 

 

 

***************

 

 

転移した先は石造りの橋の上だった。前方には先の見えない通路、後方には上層への階段。メルドはそれを確認するとすぐに指示を飛ばした。

 

「お前達、急いで階段に向かえ!」

 

それを聞いて生徒達は急いで階段に向かう。だが迷宮のトラップはそれを許さない。階段の前に魔法陣が現れるとそこから無数の魔物が出てくる。そしてさらに通路側にも魔法陣が現れ、その中から巨大な影が現れた。

 

「……べ、ベヒモスだと」

 

メルドから小さくも明瞭に聞こえた呟きは騎士団に最大級の緊張をもたらした。

 

「グルァァァァァアアアアア!」

 

ロックマウントとは比べるべくもない咆哮が響き渡る。その咆哮で正気に戻ったメルドは団員にそれぞれ指示を出す。それに団員達が従い、生徒達を逃がすために全力でことにあたる。

 

だが明らかに危険な相手に味方を見捨てていけないと光輝がここに残ると主張する。

 

なんとしても撤退させたいメルドと見捨てることはできない光輝。2人が主張を変えない(光輝がわがままを言っているだけなのだが)ので時間だけが浪費される。それを破ったのは涼夜だった。

 

「天之河!こんなところで何してやがる!早く階段の方に来い!」

 

「有賀?いきなりなんだ?それより君も早く逃げてーー」

 

「状況を考えろ!あれを見て同じことが言えるのか!リーダーがいなくて完全にパニック状態だ!あれじゃあ少なからず誰か死ぬ!助けろ!テメェが!」

 

そう言って涼夜は後ろを指差す。そこにはどうしたらいいか分からずオロオロしている生徒や、連携を取らず好き勝手に攻撃している奴もいる。なんとか耐えているがそのうちやられるのは誰が見ても明らかな状況だった。

 

「ーーッ!わかった、すぐに向かう。すいませんメルド団長、先にーー」

 

「先に撤退します」そう言おうとした瞬間、団員達が張っていた結界が破られた。

 

咄嗟に涼夜は持っていた剣を地面に突き刺し、吹き飛ばされるのを耐える。無理に踏ん張ったせいで右肩がいかれたがそんなことを気にしている場合じゃない。すぐにでも突進してこようとするベヒモスの対処だ。

 

まず衝撃によって吹き飛ばされた光輝達に叫ぶ。

 

「お前らメルドさん達を治療してから階段に向かえ!時間がない、急げ!」

 

光輝達からの返事を聞かずにベヒモスに向かって突っ込む。

 

「チッ、これは傑作だったから使いたくなかったんだけどな!」

 

そう言って涼夜がポーチから取り出したのは紫色の液体が入った2つのガラス玉。

 

それをベヒモスの足元に向かって投げる。綺麗な放物線を描いてベヒモスの足に着弾。するとガラス玉が割れ、中身が飛び出す。そして中身の液体はベヒモスの足と地面にくっつくと固まる。

 

これは涼夜作成のトラップ用の接着剤だ。王城の周辺に生えていたすり潰すと粘液性を持つ草を大量にすり潰し、ガラス玉の中に入れて完成だ。簡単な上に効果も上々だった。だが材料が莫大な量必要だったので2つしか作れなかったが。

 

再び突進しようとしていたベヒモスは取ろうと躍起になるがすぐには取れない。だが固まった部分がビキビキ言っているのでもって1、2分だろう。

 

(躊躇っている余裕はないな)

 

時間がないと焦りながら、またもポーチに入っている魔道具に魔力を流しながら魔法を詠唱する。

 

「ここに全ての力を呼ぶ、混沌(カオス)

 

全ての属性の初級魔法を混ぜ合わせることによって互いに反発しあい、それが極光の爆発を生み出す。

この魔法を使うことができるのは全ての属性に適性を持つ涼夜だけであり、さらに涼夜が手に持っている魔道具がなければならない。

 

この魔道具は王城にあったアーティファクトで、効果は【全ての魔法の詠唱をほんの少し短縮】というものだ。ただこの効果、普通に使うだけなら正直あまり意味のないものだ。詠唱の短縮ならほかにもっといいアーティファクトがあるし、全てのじゃなくても十分だ。なので低性能とみなされていた。

 

だがこの魔道具で全ての属性を一気に使うと評価は完全に異なる。なぜなら全ての属性、すなわちそれぞれの属性の詠唱が少し短縮されるのだから、合わせると莫大な詠唱の短縮になるのだ。だからあんな高度な魔法なのに一節の詠唱で済んだ訳だ。

 

これをベヒモスの目の前で発動する。ベヒモスの視界を白く染め上げ、無数の裂傷をおわせる。

 

「グギャアァァァァ!」

 

ベヒモスの咆哮が聞こえる。攻撃を与えられ怒り狂っているのだろう。

 

目を潰されて、暴れ回るしかないベヒモス。そして今の魔法で自分自身にもダメージを受けた涼夜。しかもあの魔法1発で魔力がほぼ枯渇した。

 

涼夜がダメージを受けた理由は簡単だ。魔法を手元で作らなければならないからだ。

普通、魔法は手元で作る。その原則は絶対だ。そしてこの魔法は火のついた爆発物を作る魔法。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 

だから魔法をすぐに飛ばしても爆発には巻き込まれる。

 

この魔法は諸刃の剣である。

 

 

 

動けなくなった涼夜に近づいてきたのはハジメと香織だった。

 

「涼夜!大丈夫か!」

「涼夜くん、待ってて、今回復魔法をかけるから」

 

「……俺のことはいい。ハジメ、あいつを抑えてくれ。もうすぐあいつは拘束から逃れる。そしたらまだ階段への道が開けてない俺たちは死ぬ。頼む!」

 

涼夜は未だに魔物の壁を抜け出せてないクラスメイトを見ながら言う。光輝達やメルドも一緒に壁を抜け出そうとしているので後は時間の問題だろう。

 

だからハジメに頼む。「時間稼ぎを」と。

正直、ハジメに頼むのは酷だがこれしかないと思っている。

 

「……わかった。やってみる」

 

「ハジメくん⁉︎」

 

「……ごめん、白崎さん。でも行かなきゃ。親友(涼夜)に託されたから」

 

そう言ってベヒモスに向かって走り出すハジメ。その背中を追いかけようとする香織の腕を掴んで止める涼夜。

 

「離して!南雲くんが!」

 

「……白崎さん。ハジメを信じるんだ。あいつは《無能》なんかじゃない。だから絶対帰ってくる」

 

「……うん」

 

涼夜は優しく、けれど訴えるように喋る。

自分が頼んだとはいえハジメは覚悟を持って引き受けてくれた。なら、それを踏みにじらせるようなことはさせない。たとえ恨まれても。

 

だが、そんな決意をしなくても香織もわかってくれたようだ。そのことに安堵しつつ、急いでこの場から離れる。ダメージは残っているが走らないことはない。

 

そうして涼夜達が撤退して階段付近に近づくと光輝達のお陰でようやく上への道が開けた。少しずつだが確実にみんなが階段前に陣取り始める。

 

そしてついにハジメを除く全員が階段前に集まることができた。

 

「メルドさん!ハジメがベヒモスを抑えてくれています。もうすぐハジメの魔力が尽きると思うのでハジメが逃げ出せるように援護してください!」

 

「みんな待って!南雲くんを助けなきゃ!南雲くん一人であの怪物を抑えているの!」

 

そこで涼夜はメルドにハジメが抑えていることを伝えた。そして援護して欲しいとも。それを了承したメルドは早く安全地帯に行きたそうな生徒に喝をいれ、指示を出していた。

 

涼夜はこれで大丈夫だろうと肩の力を抜こうとした。だができなかった。「何か忘れていることはないか」「本当に大丈夫か?」そんな言葉が頭の中をぐるぐると回る。

 

だが答えは出ない。

 

そのままの状態で運命の時間がやってきた。

 

 

 

 

ハジメが最後の錬成を終え、こちらに向かって走り出す。走り出してから5秒後、ベヒモスが拘束から逃れるのと同時に無数の攻撃魔法が飛んでいく。その光景を魔力切れを起こした涼夜は後ろから眺める。

 

数々の魔法がベヒモスにあたり、進行を妨害する。そんな中、1つの火球がハジメに向かって飛んでいた。それをハジメ慌てて避けたのが見えた。だがその魔法はハジメに追尾して迫っていた。当然、全力で走っていたハジメに防御などできるはずもなく、魔法にあたり吹き飛ばされ、ベヒモスと一緒に奈落に落ちていった。

 

 

「ハジメェェェェェェ!」

 

(俺は見てることしか出来なかった!)

 

涼夜の絶叫が響き渡った。




ここまで長かった!ようやく描きたい部分がかける!

最後の視点は涼夜寄りです。


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涼夜の独白もとい過去話 その1

これは読まなくても本編にはほぼ関係ないです。
涼夜の内心、ハジメとの出会いが書いてあります。よろしければどうぞ。

なんか途中ブレるけど情緒不安定ということにしてください。


()()()()()()()って言われ始めたのはいつからだろう。

 

 

 

俺の両親は共働きで、いつも家にいなかった。小さい頃から敏かった(多分)俺は両親に迷惑をかけないようにしようとなんでも一人で出来るように努力した。掃除、洗濯から始まり、料理まで。必死に、必死に努力した。

 

そうすることで小学1年生にしては出来すぎた子ができた。

 

だからだろうか、両親や周りの先生、そして同級生から期待され、《天才》と思われ始めたのは。

 

たしかに同年代の子よりは運動も勉強もできた。だがそれも早くから努力して先取りをしていたからに過ぎない。運動もただ足が早かっただけで周りの子からの「できるんでしょ?」という視線を受けて「できないよ」なんて言えるような性格ではなかった。だから努力した。寝る時間が少し減ったけど両親は遅くまで帰ってこないので気づく人はいなかった。

 

ただ涼夜は自立の時期が周りより早く、期待に応えようとしただけで、決して才能でできるようになったんじゃない。むしろ才能なんてこれっぽっちもなかった。全て努力で補っていた。

 

小学生のうちはまだ良かった。才能がなくても努力で補えていたから。なんでも人並み以上にできた。

 

だが、中学生になるとだんだん期待に応えられなくなっていった。涼夜の努力を鼻で笑うほどの才能の持ち主がいたからだ。

 

まず、勉強。入りたてはまだ1位近くを取れていた。でもだんだん順位が落ちていき。ついには一桁を取れなくなった。

 

別に一桁を取れなくてなんだとは普通思うだろう。だが、涼夜は《天才》のレッテルを貼られてしまっていたので当然、同級生には「天才ってそんなもんなんだな」「○○の方が頭いいよな」といわれ、先生には「どうした!もっと頑張れ!」と言われる。

 

次に運動。同級生に「運動ができるよな」という理由で連れ出され、バスケなどをやらされる。最初のうちは小学生の時から努力していた涼夜はそれなりにできていた。だが学年が2年になってきたあたりから徐々に周りも上手くなっていき涼夜との差も埋まる。そして抜かしていくやつも出てくる。

 

それなのに運動の才能の塊みたいなやつに抜かれたりすると「なんで止められないんだよ!」とキレられたり、決められなかったりすると「なんで決められないんだよ!」とまたキレられる。

 

だから「○○よりできないよね」なんて言われ出した。これはどのスポーツでも同じだった。

 

唯一の心の支えだった足の速さも、陸上部のやつに負け、ついに何も誇れるものがなくなった。

 

そして天才だからと近づいて来ていた奴らはどんどんいなくなっていった。自分に利がないと判断して去っていった。

 

そうなってからは周りの目が期待する目から何か残念なものを見る目に変わっていた。そして嘲りの陰口も増えていった。

 

 

 

 

 

なぜ、そんな目で見られなければいけない。俺は努力した、()()()()()()!だが仕方ないだろ!努力では埋められないクソみたいなもの(才能)があるんだから!

 

 

 

 

俺の心はかなり荒んでいた。他人の1つ1つの言動にイラつくほどに。

 

そのイラつきを外に出してしまった。他人にあたってしまった。誰かなんて関係なく。

 

そして仲の良かった友達にすらきつく当たってしまい、距離を置かれた。

 

 

 

そして一人になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで俺は考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一体、何がいけないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーああ、そうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間なんて所詮、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

そう考えた瞬間、俺の心の中にストンと落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーああ、なら俺は()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、心に、決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***************

 

 

 

そして、両親が早く帰ってきた日に相談した。

「遠くの高校に通いたい」と。

 

流石にこれには両親も困惑したらしい。なぜなんだと聞かれたけど曖昧に笑ってごまかした。

 

でも、両親は深くは追求せずに了承してくれた。なんでも「涼夜の最初のワガママだ。これくらいはしてやらなきゃな」ということらしい。利己的に生きると決めた俺だが、これには思わず涙を流してしまった。

 

これに驚いた母さんが俺の涙を拭いてくれ、父さんが心配そうな顔をする。

 

両親に迷惑をかけられないという幼少期の思いが間違っていなかったのがわかって嬉しかった。そして両親の助けになろうと固く心に誓った。

 

 

 

 

***************

 

 

中学を卒業し、俺のことを誰も知らない高校に入学した。誰も俺のことを知らないということに歓喜した。ようやく、どこにでもいる普通の学生生活が送れるのだと。

 

だけど、現実はそう甘くはなかった。

 

まず、友達の作り方がわからなかった。当然といえば当然だった。なにせ()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

小、中は勝手に人がこっちに寄ってきた。だからそれなりに話せば友達なんて向こうから積極的になろうとしてくる。だが高校ではそんなことは決してない。《天才》なんてレッテルは存在しないからだ。

 

それでも頑張って話しかけたりして友達を作ろうとした。それで何人かとよく話すようになった。そしてクラスの仲間とも話せるようになった。

 

やっと、友達ができそうだと喜んだ。でも、ここにも《なんでもできる》がくっついてきた。

 

俺は前の原因を踏まえて「天才だ」みたいな目で見られないようにクラスの前では自重しようとした。だがそれはできなかった。

 

人間、できることをできないようにやろうとするのは難しい。それは俺も同じだった。事あるごとに失敗しようとするが出来ず、結局平均以上の力を発揮してしまった。

 

なので、ここでも《なんでもできる》がつきまとった。だが前みたいに《天才》レベルまではいかなかった。それは良かったのだが、俺が最も言われたくない言葉を周りからいわれるようになってしまった。

 

「お前、顔も性格も頭も運動神経もいいけど、やっぱり天之河よりは劣るよな」

「ねー、天之河くん、スペックが高すぎるもんね」

 

「○○の方がすごい」

この言葉は俺の中で形容し難い何かを生み出す。心を抉るように突きつけられる事実。俺の精神を蝕む。

 

なので必然とその言葉を発したクラスメイトに心の壁を作っていた。

 

仲良くなったやつはほとんどそう言う。

 

……だから結局、俺は友達を作ることができなかった。

 

 

 

***************

 

 

 

高校に入ってから半年。俺の世界は冷めていた。親友と呼べる相手は誰もおらず、クラスメイトとは上部だけの関係。一応外面だけは社交的な生徒として過ごしている。

 

そんな時、ひとりの男子生徒を見つけた。学校に来ても授業中はおろか昼休みでさえ寝ている。

 

俺は興味本位で話しかけてみた。

 

「なあ、なんでいつも寝ているんだ?」

 

そいつはビクッとしたあと、俺の質問が自分に向けられたものだと確認するとこう答えた。

 

「え?……家で徹夜でゲームしてるからだよ」

 

正直、この答えを聞いた俺は「こいつ、大丈夫か?」と思ってしまった。でも、そんな感情は表に出さずに聞き返す。半年で身につけたスキルだ。

 

「……そんなに面白いのか?俺にもやらせてくれよ」

 

俺の言葉が予想外だったのかしばらく呆けていたが、目をキラキラさせて「うん、いいよ!」といった。

 

これが俺と南雲ハジメの出会いだった。

 

 

 

俺が南雲と話して1週間。ゲーセンに行ったりして遊んだ。南雲にゲームのあれこれを教えてもらいつつ、一緒に楽しんだ。ゲームはちょうどいい暇つぶしになった。

 

ガンゲーにはまって寝る間も惜しんでやり込んだ。

 

そして今もFPSをハジメと一緒にやっていると不意にハジメからこんな質問が飛んで来た。

 

「有賀くん、どうして君は僕に話しかけたの?」

 

俺はどう返すか悩んだ。「興味本位です」というのはどうかと思った。

 

「んー、なんか学校はつまんなそうなのに生き生きしてたからかな」

 

一応、嘘ではない。南雲と過ごして感じた内容だからだ。

 

「へぇ〜。僕、そんな風に見えるのかな」

 

「俺の所感だがな。……それより俺はどう見えてたんだ?」

 

「う〜ん、そうだなぁ、()()()()()()すごい人だなって思ったよ」

 

「なんでそう思った」

 

「え?だって1週間でこんなにFPSが上手くなるなんて努力しないと無理だよ。才能で片付けていいレベルじゃないよ」

 

俺は驚いた。俺のことを噂などで知っている奴はなんでもできる《才能》を持っている奴だと評するからだ。故に俺の本質を見抜いたーー俺が誰かに言って欲しかった言葉を言ったーー南雲に心の底から関われると確信した。

 

「……ハハッ、そうか!改めてよろしくな!()()()!」

 

「??、何が改めてなのかわからないけどよろしく!」

 

 

この日、初めて俺に心の底から親友と呼べる友達ができた。

 

 

 




利己的は後天的ですね。根はただの努力家で優しい少年です。


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過去話 その2

これから勉強をしなければいけないので更新速度下がります。すいません。


 

「涼夜、同じクラスだね」

 

「ああ、そうだな」

 

2年に上がるとまたハジメと同じクラスになった。あの日からしばらくしてハジメも俺の事を涼夜と呼ぶようになった。

 

 

 

 

 

新学期が始まってしばらくすると問題が起きた。学校の二大女神と呼ばれる内の1人、白崎香織がハジメに声をかけ始めたのだ。

 

話しかけられるだけなら問題はない。それに付随するものが問題なのだ。白崎に話しかけられているハジメへの嫉妬とからかい、そして侮蔑の視線。これがどうにも許せない。

 

白崎は学校のアイドルだ。そんな女子が顔はイケメン(他人はそうは思っていない)だがオタクで寝てばかりいるクズ野郎に構っているのだ。そりゃ、「なんであいつばかり」と、なるのは仕方がない。仕方がないと思うが気持ちは別だ。

 

ハジメはその視線を理解しているようでよく俺に愚痴をこぼす。それをほぼ毎日聞かされる俺の立場からすればたまったもんじゃない。

 

そういうわけでハジメの心労を減らすために動いた。

 

まず、八重樫雫にコンタクトをとった。白崎の幼馴染で、よく周りのフォローをしているのを見かけるから、大丈夫だろうという判断だ。

 

「八重樫、ちょっといいか?」

 

「ええ、部活の時間までなら平気よ」

 

「……助かる。白崎の事なんだがーー」

 

「あ、ごめんなさい。そういう相談は受け付けてないの」

 

「違ぇよ。勝手に勘違いするな。ハジメに構うのをやめさせて欲しいんだよ」

 

俺がそういうと八重樫は途端に気まずそうな顔をする。

 

「ああ、親友にいうのが気まずいってのはわかるがそれでもーー」

 

「……違うの」

 

俺は話しているときに呟かれた言葉を聞き逃さなかった。

 

「何が違うんだ?」

 

なぜか俺たちの周囲だけ重苦しい雰囲気になっていた。

 

「…ごめんなさい、言えないわ」

 

そう告げた八重樫の目は申し訳なさそうにしながらも真っ直ぐとこちらをみており、その瞳の奥に覚悟の色が見えた。

 

「……そうか。まあ、言えないなら言えないでいいけどよ。俺はハジメの親友なんだ、あいつが困ってたらお前の幼馴染に邪険に思われても引き離すからな。……それだけだ。悪かったな、ひきとめて」

 

この瞳を見て「これは無理そうだ」と感じた俺は説得を諦めて伝えなきゃいけないことだけ伝える。ちょっとこっぱずかしいこともつい言ってしまった。

 

顔が少し赤くなるのを感じながらその場を離れる。八重樫は何も言わずただ立ち尽くしているだけだ。

 

俺はその日はそのまま家に帰った。

 

 

 

 

 

翌日の朝、学校で早めに来たので席に座って勉強をしていると俺の席に八重樫がやってきた。

 

「……今度の日曜日は空いてるかしら?」

 

八重樫のその言葉で教室にざわめきがおこる。さすが二大女神の1人。注目度は計り知れない。俺は目立つような真似をしてくれた八重樫に内心でため息を吐き出す。

 

「無理だ。……この前の質問の答えなら今聞く」

 

そう言って俺は目の前のノートに文字を書き出す。内容は「口頭だと目立つからここに時間と場所を書いてくれ」と。

 

「え?……ええ、そうね!この問題の答えね!」

 

一瞬キョトンとした八重樫だったが俺が書いた内容に目がいき、ようやく目立っていることに気がついた。

 

恥ずかしくなったのか誤魔化すように少し大きめの声で答え、素早くノートに場所と時間を書き出す。書き終えるとすぐに白崎達の側に戻り、談笑を始めた。

 

そんな八重樫をみて、可愛いなと思った。こうやって人を落としているのかと邪推してしまうほどに。

 

その後は特に何もなく、あるとすればハジメへの白崎のアタックも阻止するように外に逃がしたくらいだ。

 

 

 

 

そして日曜日、八重樫が指定した喫茶店に入るとそこにはすでに八重樫がいた。そしてなぜかその隣に白崎も座っていた。

 

「おはよう、有賀くん」

「有賀くん、おはよう!」

 

俺が八重樫の向かいの椅子に座ると挨拶をしてくれたのでこちらもきちんと返す。

 

「ああ、おはよう。……んでなんで白崎がいるんだ?聞いてないが」

 

「ごめんなさい、でも香織から言ってもらった方がいいと思って」

 

「は?それはどういうーー」

 

俺は混乱した。わざわざ本人から言わなきゃいけない理由なんて思いつかない。

 

「有賀くん!」

 

「お、おう」

 

白崎の迫力に気圧される俺。

 

「私、ハジメくんのことが好きなの!」

 

「ーーーー」

 

「あのね、香織の言ってることは本当なの。だからーーー」

 

俺が固まったのを理解が追いつかなかったからだと考えたのか八重樫がフォローを入れようとしている。

だが、()()()()()()!俺が固まった理由は()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ハハハハハ!そうか、そういうことか!白崎!いいセンスしてるよ!」

 

急に大声で笑いだした俺に喫茶店の客がみんな何事かとこちらをみてくる。八重樫達も驚いている。

 

「なんで笑ってるの!」

 

俺が白崎の言葉をギャグだと思って笑っていると勘違いした白崎がすごく怒っている。ぷりぷりしている。

 

俺は笑い声を収め、真剣な目つきになる。顔は笑っているままだが。

 

「いや、()()()()よ。俺以外にもハジメの素晴らしさをわかってくれる人がいるのがな」

 

俺はとても嬉しかった、ようやくハジメの良さを知る人に出会えて。

誰も彼も口を揃えてハジメを「ダメ人間」と言いやがるからな。

 

「えっ?え?」

 

八重樫は俺が笑い出してから終始混乱している。それが可愛いと思ってしまった俺は末期だろうか。

 

白崎もあの流れからこんな言葉が飛び出すとは思ってなかったのかポカンと呆けていたが、やがて俺の言葉に飛びつくように肯定した。

 

「うん!ハジメくんはすごいよね!」

 

すごく嬉しそうにニコニコしている。これを白崎のファンに見せたら鼻血必須だろう。

 

「ああ。……っと八重樫、とりあえず落ち着け」

 

流石に混乱し過ぎなので八重樫を落ち着かせる。どうどう。

 

「え、ええ。……すぅーはぁー、落ち着いたわ」

 

八重樫はゆっくりと深呼吸をして落ち着きを取り戻す。

 

「……で、香織が南雲くんに構う理由はわかったのよね」

 

「ああ、もちろん。こういう理由なら俺はむしろ応援するぜ」

 

「本当⁉︎」

 

白崎が身を乗り出して顔を近づける。近い近いいい匂い……ハッ!邪念よ、去れ!

 

「本当だ。ただ俺がハジメをどうこうすることはほとんどないぞ(自分に利がなければ)」

 

白崎を押し戻しつつ、あくまで不干渉だという主張はする。

 

「うん、それで十分だよ。ありがとう!」

 

「いや、お礼を言われるようなことはしてないんだが……まぁいい。それよりもこれ、連絡先だ。ハジメの素晴らしさを知る人同士なんだ。ハジメ関連の話ならいつでも聞いてやる。

八重樫もだ。多分これから色々話すと思うから。

 

 

……必要無かったら捨ててくれ」

 

そう言って連絡先を書いた紙を渡す。電話番号とL○NEのIDだ。こっちから渡す分には大丈夫だろ。

もし、連絡先を貰ってファンの奴らにバレでもしたら嫌な視線がビシバシ刺さることになる。それだけは避けねば。

 

「わかった!ありがとう有賀くん!」

「ふふっ、そうね。ありがたくもらっておくわ」

 

2人の反応を見るに迷惑ではないらしい。よかった、もし迷惑がられていたら黒歴史確定事案だからな。……待てよ、すでにこれ、黒歴史なんじゃ……

 

「あー、うん。で、俺は帰るけど八重樫達は?帰るんなら送っていくが」

 

そう考えて居た堪れない気持ちになり、変な返しをしてしまった。止まれ俺!これ以上黒歴史を作る気か⁉︎

 

「これから他の子と合流して遊ぶ予定だから大丈夫だよ」

 

やんわりと断ってくれる白崎。断ってくれて嬉しいんだけどなんかモヤモヤする。これが矛盾する気持ちというものか!……嘘です。めっちゃ悲しいです。

 

「そうか。なら帰るわ。じゃあまた学校で」

 

「有賀くん、またね!」

「ええ、また学校で」

 

美少女に見送ってもらえるのは役得かな?

そう思いながら店を出てハジメについて考える。

 

(どうしようかなぁ〜。あれじゃああからさまに避けるのもよくないし、かといって接点が少ないのに人目につかない場所で話すってのも無理だし。じゃあ接点を作るしかない?どうやって?……あ、あれならいけるな。俺も楽しめるし。そうすると八重樫にこちらからかけられないのは痛いな。……まあ、なるようになるか)

 

俺が思考を終えて周囲に気を配るとなぜか周りがドン引きしていた。

……どうやらニヤニヤしながら歩いていたようだ。うん、ガラスで確認したがこれは引かれてもしょうがない顔をしていた。気をつけねば。

 

 

 

 

 

 

 

その後、俺発案のダブルデート(ハジメと白崎の接点を作るため。俺の私欲も入っているが)があったり、白崎のハジメ語りがあったり、八重樫の延々と聞かされる愚痴大会があったりとしたが全て割愛。

 

だってダブルデートのくだりとか恥ずかしいし、俺が意識しだしたときとか語るの嫌だし。というわけでカット!

 

まあ、そんなこんなで仲良くなった俺と白崎と八重樫は互いにプライベートの時はそれぞれ名前で呼ぶようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして特に事件はないまま、異世界召喚の日がやってくる。

 

 

「やべえ、遅刻だ!」

 

 




ダブルデートが気になる人がいるなら書こうと思います。扱いは前日談の番外編ということになりますが。


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絶望と決意と失敗

この展開は少し悩みました。でも人間ってこんなもんだと思うんですよ。天才ってどこか狂ってますしね。


涼夜は呆然としていた。目の前で起きた光景が頭から離れない。何度も何度も自分の頰を抓る。その痛みがこれが現実だと突きつけてくる。

 

「何をしている!早く出るぞ!」

 

そんなメルドの声も右から左へと流れていく。側で香織が必死にハジメを助けようと動いていた。

 

(香織が叫んでるな。助けようとしてるのか

 

……なのになぜ俺は動かない。

 

理由はわかってる。

 

ーーー俺の力では助けられない。

 

そう、感じてしまったからだ。

 

俺は俺がとてつもなく情けない)

 

「涼夜!立て!ここから出るぞ!」

 

涼夜はメルドの声に反応できない。もう、心をシャットダウンしてしまったからだ。

 

「くそっ、立て!走るぞ!」

 

メルドは涼夜の腕を掴み、強引に立ち上がらせる。そしてこの階層から逃げるように走る。涼夜はメルドに連れられるままに転ばないために走る。

 

もう、涼夜はこの先のことを覚えていない。というよりも騎士団以外のメンバーはみな、心ここに在らず状態だったので誰も覚えていない。騎士団の人達が魔物を片付けてくれなければ涼夜達はとっくに全滅していただろう。

 

そうしてなんとか地上に帰還した涼夜達。宿に戻るとみんな泥のように眠った。今日の出来事を忘れるように。

 

 

 

翌日、高速馬車で王城に戻った涼夜達はハジメの死亡報告をしていた。それを聞いてショックを受けていた国王とイシュタルであったが、それで死んだのが《無能》と呼ばれたハジメだと分かると安堵した。

 

それに激昂した涼夜は国王の前に詰め寄ろうとしたが周りに止められた。

 

「くそっ、なんで安堵したんだよ!1人死んだんだぞ!無能って呼ばれてるやつならいいってか⁉︎ふざけんなよ!」

 

「落ち着け!涼夜!」

 

メルドに羽交い締めにされて動きが取れなくなる。そして振りほどくのが無理だと分かると抵抗をやめ、ボソボソと呟いた。

 

「なんでだよ、なんで1番頑張ってたやつがこんな風に言われなきゃいけないんだよ、ちくしょう」

 

その言葉はクラスメイトの心に重い何かを取り付けた。

 

 

 

***************

 

 

「……雫、香織はどうしたんだ?姿が見えないが」

 

報告が終わり自室に戻れと言われたが戻る気力もなかった涼夜は廊下でぼうっとしていた。そしたら隣で同じように立っていた雫に気がついたので姿が見えなかった香織について尋ねてみた。

 

「……寝てるわ。貴方は覚えてないでしょうけど香織はハジメが消えてあまりにも錯乱していたから気絶させられたのよ。それでショックからなのかまだ目をさましてないの」

 

あれを見たら涼夜よりも怒りそうな少女だ。涼夜よりもダメージが多そうだ。

 

「そうか」

 

「………」

 

涼夜はそれっきり口を開かなかった。雫は何か言いたそうだったが上手く言葉が出ない。

 

長い長い沈黙が流れる。

 

「……じゃあ、俺、部屋に戻るわ。雫もあんまり長くここにいるなよ」

 

それを切ったのは意外にも涼夜だった。

 

「……ええ、わかったわ」

 

かけるべき言葉をかけられず、雫は涼夜の背中を見つめることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

涼夜は部屋に戻ると備えつけられている椅子に座り、窓の外をぼうっと眺めていた。

 

どれくらい経ったのかはわからないが陽が傾き、星がちらほらと見えるようになった頃、涼夜は立ち上がり、机の上に置いてあったノートを手に取る。

 

このノートはハジメと涼夜の研究ノートであり、この世界をどう回ろうかと考え、歴史書や地図などの気になった言葉を見つけ書き留めていたものだ。

 

それを開き、感慨深げに読み耽る涼夜。

 

(ああ、こんなところがあったなぁ。……それにここはハジメが行きたいって言ってたっけ……ん?これは……)

 

パラパラとページをめくっていた涼夜だったがふとあるページに目が留まった。

 

それは大迷宮についての文献を書き記したものだった。

 

【大迷宮は7つあるとされていて、その内判明しているのはオルクス、グリューエン、氷雪洞窟の3つだけであり、他の迷宮は存在自体があやふやである。なお、それぞれの大迷宮の最奥には財宝が隠されているという。中には神代にあったとされる魔法の効果が付属されたアーティファクトも存在すると言われている。

 

考察:地図から察するに恐らくだが残りの4つのうち3つの大迷宮はハルツィナ樹海、ライセン大峡谷、メルジーネにあると思われる。】

 

「……神代魔法なら」

 

涼夜は神代魔法のページを開く。少しページをめくる手が早くなっている。

 

【神代魔法。それは各地で戦争が頻繁に起きていた時代に存在したと言われる魔法である。神代魔法には空間を超越したり、傷を瞬く間に癒したり、死者を蘇生したりするものがあると言われている。

 

備考:空間移動や癒す魔法はあると思うが、死者を蘇生する魔法はないと思う。そんなのがあるのなら今頃古代から生き続けている人がいるはずだ。】

 

ちなみに備考欄については文献の他に涼夜とハジメが考え、補足という形で書いた。

 

「……死者を蘇生する魔法か」

 

涼夜はポツリと呟く。小さな声の割にどこか力強さを感じる。

 

(……蘇生魔法。ありえないと断じるのが普通だ。そんなものあるわけがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………だが、あるかもしれないという可能性を捨てられない。捨てきれない。なら賭けてもいいんじゃないか。何もやらないよりはましだ。

 

ーーーできることに全力で。それが俺だったな。

 

よし、大迷宮攻略に向けて準備をしよう。

まず、俺には力が足りない。

……1週間でどうにかしよう。俺の技能とチート集団の力を借りれば余裕だろう。

 

次に物資だな。持ち運べる量には限りがあるから錬成で四次元ポケットっぽいの作れないだろうか……まあ、そこはできたらで。とりあえず収納の多い服を作ろう。アイテムは超大事だからな。

 

そしてどこの大迷宮を踏破するかだが、本当ならオルクス大迷宮一択なのだが、正直、オルクス大迷宮は無理だ。あのレベルの魔物を俺1人で相手にしたら死んでしまう。なら他の大迷宮に行ってクリアした方がましだ。

……ごめん、ハジメ。あとで必ず行くから。

 

最後に、どうやってこの国を抜けるかだ。今思いつくだけで2通りあるが、どれも確実性にかける。……まあ、これも幸い時間はある。1週間で決めればいいか)

 

涼夜が思考を続ければ続けるほど瞳の奥に焔が灯り、メラメラと燃え上がる。

思考を終えた涼夜の瞳には決して消えることのない覚悟の焔が渦巻いていた。

 

「しゃあ!出来ることを全力で!とりあえず()()()()いけるとこまでいくか!」

 

涼夜は心に刻みつけるように声に出して自分を鼓舞する。言っていることはガチのキチガイだが。さすが努力の男である。

 

涼夜は外に出て王城にある色々な素材を分けてもらい、自分の部屋に持ち込む。その量は部屋の半分以上を埋め尽くすほどである。

 

これを片っ端から錬成したり、調合したりする。ひたすら錬成、調合、錬成、調合……と、頭がおかしくなりそうな量を創造していく。

 

涼夜はこれを朝までひたすら集中力を途切れされることなくやりきる。

 

そして涼夜らそのまま寝ることなく、クラスメイトの一人一人を訪ね、それぞれの技能についてコツややり方を教えてもらう。その時に頭を下げて全力で懇願する。誠意は大事というのが涼夜のスタンスだ。

 

夜までに教えて貰えたのは生徒の4分の1だけだがこれでも涼夜は全力で全ての技能に取り組み、1つ習得するのに1時間はかかった。しかも、1人当たり2つ以上は技能を持っているので同じ人の前に何時間もいたりした。

 

夕飯を食べて終えた後、涼夜はメルドに無理を言って郊外に出て沢山の魔物の素材、鉱物、薬草を採取してきた。それを自室に持ち帰り、昨日と同じようにただひたすらに錬成、調合を繰り返す。

 

そしてまた、朝まで繰り返した。

 

朝がくるとまたクラスメイトに聞きにいく。

 

これを涼夜は3日間、繰り返した。

 

 

 

 

 

 

***************

 

 

 

 

 

 

……流石に涼夜はやりすぎた。

 

いつも寝る間を惜しんで努力をしてきた涼夜。いつもは1日あれば達成するのでなんとかなっていた。

だが今回はそれは適用しない。強くなるという目標に際限など存在しないのだから。

しかも、その方法しか知らない為に、どの程度でセーブすればいいかわからなかった。

 

故に涼夜は限界を超えてまで努力をしだした。

 

結果、睡眠を不要と捨てたことで思考力が低下し、体力も落ち、周りを見る余裕も失った。

 

ただ力を求めるだけの人間になりさがった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それを見ていられなかった人が2人…

 

 

 

 

 

 

***************

 

 

 

 

今日も涼夜は目の下にクマを作りながらも生徒に聞きに行く。檜山達と光輝達以外には全員に聞き終えた。なので今日は光輝達に聞きに行く。

 

その途中で、涼夜は昨日ようやく目覚めた香織に出会った。

 

「涼夜くん!」

 

「……………ああ、香織か。ちょうどいいや、治癒魔法を教えてくれ」

 

涼夜は香織に声をかけられたことに気づくのが遅れていた。連日の疲れからだろうか。かなり生気のない顔になっている。しかも、いつもの気遣いがない。ようやく目覚めた香織に対して、いつもなら慰る態度をとるはずなのに。

 

「ダメだよ!ハジメくんを助ける為に頑張っているのはわかっているけどやり過ぎだよ!早く休んで!」

 

香織の悲痛な声が響く。いつもの涼夜ではないことは返事からわかっていた。涼夜の本質を知る人が見れば涼夜はかなり痛々しい。

 

「……何言ってやがる香織。ハジメのためじゃねえ。俺が強くなるためにやってんだ。休みなんて要らないんだよ。まだ強さが足りないんだから」

 

思わず腕を掴んでしまった香織を涼夜は振り払う。そして香織に顔を向ける。涼夜の瞳は最初の夜のような覚悟が宿った目ではなく、覚悟の奥に濁りが混じった目になっていた。心が憔悴しきっている。

 

「ーーっ。でももしその状態でハジメくんを助け出しても私も雫もハジメくんも喜ばないよ!だから休んでよぉ」

 

涼夜の瞳を見て、もう心が限界だったのか最後の言葉を言うと同時に香織は涙を流してしまった。

 

「ーーーーごめん。香織も大変だったはずなのに心配かけさせて。……俺、休むよ。香織、ありがとう」

 

香織の言葉でようやく涼夜は自分が馬鹿なことをしていると自覚した。

「自分が今やっていることはただのエゴ」だと。

全力でやるとは言ったが身を犠牲にしてまでやる必要はなかった。

 

涼夜は香織の側に行き、背中をさすった。すると香織が涼夜の胸に顔を埋め、静かに泣く。

 

香織の涙の暖かさとすすり泣く声を聞きながら涼夜は心の中で自嘲する。

 

(……ああ、なんで俺はこんなに間違えるんだよ)

 

涼夜は香織が泣き止むまで天井を見続けていた。まるでその先にある青空を幻視しているかのように。

 

 

 

この光景を遠くで見ている人が1人いたがすぐにその場を離れた。その心にかかった靄がなんなのかわからないまま。

 




その頃のハジメ。

1日目

クマに襲われ、神結晶の前でガクブル。

2日目

涼夜に助けを求める。だが来ない。


3日目

涼夜に助けを求める。心が荒み始める。

4日目

涼夜に助けを求める。心が荒んだ。


5日目

涼夜に助けを求める。死にたい心と死にたくない心の矛盾に苦しむ。←今ここ


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器用貧乏脱却と誓い

長くなった……もう書く時間がなさすぎて睡眠時間を削ってしまってる……土曜日しか書けない……

この話はどうかな、面白ければいいんですが……

あ、評価とお気に入りが増えてました!ありがとうございます!


香織が泣き止むと、お互いに顔を真っ赤にして相手の顔が見れない両者。

 

涼夜は目をそらしながらとりあえず逃げることを選択した。

 

「あ〜、じゃあ俺は部屋に戻るな。香織に言われた通り、休むわ。そろそろ意識保っているのも辛いし」

 

涼夜は少しふらつきながらも歩き出す。張り詰めていたものが消え、疲れが押し寄せたようだ。

 

「ま、待って!倒れられたら困るし、私も部屋までついていくよ!」

 

香織は涼夜の歩き方をみて引き止めた。まだ恥ずかしさが残っていたがそれでも涼夜を一人で部屋に戻らせるのは憚られた。

 

「いや、大丈夫だって」

 

涼夜は恥ずかしさ、もとい香織から逃げだした!

 

「ダメだよ!休むまでしっかり見てるからね!」

 

香織に回り込まれた!恥ずかしさからは逃ふげられない!

 

「お前は俺の母ちゃんかよ……わかったよ、もう何もいわねぇよ」

 

完全に香織から逃れられないと悟った涼夜は投げやりに答える。

 

「お母さんって女の子に失礼だよ、涼夜くん!」

 

香織は頰を膨らませてむくれてみせる。だがすぐに「ふふっ」と笑みをこぼした。

 

「……なんだよ急に」

 

「『夜、電話越しに話してた時みたいにだなぁ』って」

 

香織は目を懐かしそうに細め、かつての光景を幻視する。

 

そこには電話を片手に他愛のない話をする香織の姿。そして電話越しだが明らかに楽しそうに香織をからかったり、相談に乗ってくれる涼夜の声。今ではもう、その光景がまた実現するのかはわからない。

 

「……ああ、そうだな」

 

ここでは余計な言葉はいらない。感傷に浸るのは全てが終わってからでいい。

 

 

 

 

 

***************

 

 

 

香織の監視のもと、部屋に送りとどけられた涼夜はベットに倒れ込み、そのまま丸一日寝た。

 

翌朝、涼夜は今まで忙して全くみていなかったステータスカードを取り出す。あの3日間の記憶がどうも曖昧なので一体どれだけ取得したのかわからなかったからだ。

 

 

====================

 

有賀涼夜 17歳 男 レベル15

 

筋力:250

体力:250

耐久:250

敏捷:250

魔力:1000

魔耐:250

 

技能:万能者[+器用貧乏脱却]・気配察知・言語理解[+理論理解]

 

====================

 

 

(…………………………………………………………………………は?いやいやいや、おかしいだろ。魔力が上がってんのはぶっ通しで魔法使っていたからってのはわかる。ポーションも自作して飲んでたし。

そして[+理論理解]もまだ……まだわかる!多分あの調合のし過ぎが原因だろ。それか知識の詰めすぎ。

 

……だがな、これだけは許せねぇ。

 

[+器用貧乏脱却]ってなんだよ!派生技能に書くことかよ!何?つまり、俺、ステータスプレートにも器用貧乏って思われてたの⁉︎クソだな、おい。

 

……これ作ったやつ、万能者になんか恨みでもあんのかよ)

 

涼夜は頭を抱えた。いろんな意味で絶対にステータスプレートを見せられなくなった。

 

「……はあ、とりあえずこのクソ(器用貧乏脱却)も一応派生技能なんだ。効果を確認しよう。うん、そうしよう」

 

涼夜は独り言を話してしまうレベルの致命傷を心に負った。未だに器用貧乏という言葉に弱い涼夜である。

 

 

 

 

 

 

 

「……悔しいけどすげえ」

 

涼夜は訓練場にきて、早速効果を確かめた。この派生技能はすごぶる優秀だった。

 

剣技や体術、魔法、錬成、全てが前よりも練度が上がっていた。前は一定のレベルまでいくとこれ以上はどんなにやってもうまくならなかったのだが今はどんどん上手くなっている。

 

もう一つの派生技能もすごかった。なぜなら呑み込みが異様に早くなっていたのだ。練度の上昇率が前の約1.5倍になっていた。(涼夜の感覚でだが)

 

(……ふむ、なるほど。あのクソ(器用貧乏脱却)はおそらく、全技能の練度、上限解放。理論理解は俺がわからないことでも見れば一瞬で理論を理解できるというとんでもチートだな。

………ただ、クソ(器用貧乏脱却)の解放条件がわからねぇ。何か特別なことをした覚えはないんだがなぁ

 

というか、万能者の中に収められている(はず)の技能はやっぱり見えないのか……習得した技能、忘れそう)

 

涼夜が技能について考えていると背後から声がかかる。

 

「おはよう()()くん、ちゃんと休んだ?」

 

涼夜に声をかけたのは香織だ。その近くには雫、天之河、坂上といういつものメンバーがいた。

 

「ああ、大丈夫だ。気遣いありがとう()()

 

涼夜は当たり障りのない言葉で返答する。クラスメイトがいる中でいつものようには話さない。話せば信者が何をするかわからない。

 

「有賀、無理をしていたらしいな。南雲が死んで辛いのはわかる。……だけど俺たちにも頼ってくれ。力になるよ」

「そうだぜ!溜め込んでも仕方ねえよ!こういう時は誰かに話したりすればいいらしいぜ」

 

光輝がまた若干勘違いして話しているが、大まかなところは当たっているのでなんとも言えない。坂上も坂上なりに励まそうとしてるのがわかる。涼夜は少し不機嫌になりながらも「……考えてみるわ」と返事をする。香織たちは苦笑い。

 

「……んで、なんか用があるのか?」

 

一向に涼夜の側を離れない光輝達をみて、涼夜は眉を寄せる。

 

「……いや、特に用があるわけじゃないさ。ただ俺達もここで訓練をしようとしていただけだよ」

 

涼夜はなんかぎこちない光輝に懐疑的な視線を向ける。絶対何かあることは確実だ。

 

涼夜は香織と雫に視線を向けるがなぜかサムズアップと苦笑いが返ってきた。意味がわからない。

 

「……邪魔とかはしないでくれよ」

 

ほぼ犯人を確信した涼夜は害はなさそうなので放置する。この残念勘違い勇者には言うだけ無駄だとわかっているからだ。

 

「わかっているさ」

 

なんか任せろ!みたいな雰囲気を出してる光輝。光輝の中では何かが完璧に決まっているようだ。涼夜にはそれがわからないが。

 

もう話すことはないと、涼夜は魔法を使ったりして練度を上げる訓練を始める。もうあの4人のことは意識から追い出したようだ。

 

光輝達もそれぞれが自分の訓練を始めた。こっちは涼夜の事が気になるのか、ときおり涼夜の方をチラチラみていた。完全に監視状態である。

 

涼夜は一通り、すべき事を終えると訓練場を後にする。4人だけではなく他のクラスメイトも涼夜をチラチラみているのだ。気になって仕方がない。

 

知識を蓄えようと図書室に足を向けるが、そこでも他のクラスメイトが涼夜をチラチラみるのだ。流石にこれは何かがおかしいと理解した。犯人に問い詰めたいところだが、恐らく夜までは無理だろう。

 

仕方なく涼夜は自室にこもり、錬成、調合を行う。理論理解を手に入れたのだ。それを生かさない手はない。涼夜は調合の本、および素材の性質が書かれた本を読みながら(図書室から無断でとってきた)調合を行う。性質は理論理解ではわからないので仕方がない。実験しようとしてようやく理論理解が発動する感じなのだ。

 

 

 

夕食に呼ばれるまで調合に勤しんでいた涼夜は夕食のときに犯人にアイコンタクトを送る。夜に来い、と。

 

すると犯人は隣の人物に向かって一言二言囁くとニッコリと笑った。それはもう何かをやり遂げたような清々しい笑顔で。

 

そして隣の人物は涼夜のことを不安そうな面持ちでじっと見つめてくる。

 

……なんとなく予想はついた涼夜は大きく頷く。それをみた雫は笑顔を浮かべた。涼夜には本当に雫が安堵ではなく、笑顔を浮かべた理由がわからなかった。

 

涼夜は「来たければくればいいのに」とは言わない。……あとが怖いからだ。

 

 

***************

 

 

 

涼夜の自室にコンコン、とノックをする音が聞こえる。涼夜は用意していたお茶を机に並べると来客を迎えに行った。

 

「……割と早かった…って犯人(香織)はどうした?」

 

「犯人って……香織なら用事ができたから行けないって言ってたわ」

 

涼夜のあんまりな言い方に苦笑いを浮かべる雫。涼夜にしてみればいつも通りの軽口なので特に思うところはない。

 

「……まあいいか。じゃあ雫、入ってくれ」

 

涼夜は作為的なものを感じたがこの状況を拒む理由はない。むしろ大歓迎であった。

 

「ええ、お邪魔させてもらうわね」

 

雫が中に入ると自室のドアを閉める。そして雫を席に促すと涼夜もその対面に座る。

 

「……あー、まずは今日のことだな。今日の天之河のやつだ」

 

涼夜が今日の不自然な光輝の行動について尋ねる。多分犯人は間違ってないだろうし、恐らくだがクラスメイトにも何かやったはずだ。

 

「えっと、あれは香織が『有賀くんが無理をしているからみんなで無理をしないように見ていよう!』って涼夜が寝ている間にみんなに提案したのよ。心配してやっていることだから悪く思わないでね」

 

雫が事の真相を話してくれる。そのときの雫の顔と内容である程度涼夜は察した。やはり心配をかけていたのを。

 

「……心配してくれている人を悪く思うなんてありえねぇよ。香織にはあとでお礼を渡さなきゃな

 

……そうか、やっぱり心配かけてたんだな。じゃなきゃ俺のことを全員が見張ろうって思えないしな。

 

雫も……ありがとう。恐らくだが、香織だけじゃみんなが動かなかったんじゃないか?雫もみんなに掛け合ってくれたんだろ?……正直、嬉しいよ。

 

あと、これも貰ってくれ。今回の事も含めての俺からのお礼だ。」

 

そういって涼夜は懐からペンダントを取り出した。青く透き通った石の周りに金色の装飾がついたペンダントだ。味気ない気もするが装飾目的で作ったわけではないのでしょうがないのかもしれない。

 

それを雫に手渡す。

 

「……あー、まあ、俺が作ったものだから見てくれは悪いかもしれないが、それでもよければ貰ってくれ」

 

「……見てくれが悪いなんてそんな事はないわ。ありがとう、大切にするわね」

 

雫はペンダントを受け取ると胸元に持っていって抱きしめるように握る。まるで暖かさを噛みしめるように微笑んで。

 

その雫の微笑みは涼夜を魅了するには十分だった。

 

(ーーーああ、これを渡してよかった)

 

そう思えるほどに雫の微笑みは涼夜の心に暖かさをもたらした。

 

 

 

***************

 

 

 

雫はペンダントをもらった嬉しさに、涼夜は雫の微笑みの美しさに浸っていたが、コンコン、とノック音が聴こえてようやく2人とも再起動をはたした。

 

「……あ、俺が出るわ」

 

「……え、ええ。お願い」

 

お互いに少し混乱しているのか少々おかしな会話をする。

 

涼夜がドアを開けると、そこには香織がいた。

 

「……えっと、お邪魔だった?」

 

香織が中の雰囲気を感じてタイミングを間違えたかと尋ねる。それを涼夜は全力で否定する。

 

「いやいやいやいや、別に邪魔じゃないだろ。俺が呼んでたんだし。……だよな、雫」

 

ここで雫に振る辺り、涼夜は相当動揺している。

 

「ええ、何も問題はないわ。香織も早く入ったら?」

 

雫も雫でどこかおかしい。薄々は察した香織はここで掘り下げるのは無粋だと思い、さっさと中に入る。

 

香織が席に着き、2人が落ち着いたところで涼夜が話し始める。

 

「……じゃあ、まずはこれ。今までのお礼だな」

 

「杖?」

 

そう言って涼夜が取り出したのは短い魔杖。軽量化していて使いやすく、先端には白色と透明な鉱石がついていて、それぞれ回復魔法と結界魔法の効果増幅の魔法陣が組み込まれている。

 

「ああ、そうだ。ハジメを助けるためにこれからの戦いで役に立ってくれるはずだ」

 

「!……知ってたんだ」

 

涼夜の言葉に驚きを隠せない香織。

 

「知ってたんじゃなくてわかってたって言う方が正しいな。ハジメ至上主義が助けに行くって選択肢を選ばないはずがないからな」

 

涼夜はさも当然のように理由を口にする。ハジメ談義による経験則だ。

 

「……そっか、ありがとう」

 

少し影が差しているがそれでも可憐な笑顔でお礼を言う香織。ハジメが戻ればいつものように笑ってくれるのだろうかと涼夜と雫は少し悲しくなった。

 

「ああ。

……で、だ。俺はこれからハジメをどうやって助けに行くかを相談したかったんだ」

 

涼夜は渡すものを渡したので本題に入る。今日、涼夜が話したかったのはこれだ。

 

「どうやってって?」

 

「…ハジメを助けるという結果は変わらないが、その過程は何通りかある。香織達は遠征として助けに行くんだろう?」

 

2人は首肯する。たしかに現状はそれ以外に方法はない。

 

「俺はそれじゃあ無理だと思っている。だから王国を出て他の迷宮を探索しようと思う。迷宮の最深部にはアーティファクトが眠っているという話だったからそれを使えばハジメの位置を特定できるかもしれない。そっちの方が確実なはずだ」

 

流石にハジメが生きていると信じている香織の前で蘇生魔法の可能性の話をする訳にはいかなかった。それは俺が見つけてからでいい。

 

「なんでオルクスに行かないの⁉︎」

 

香織の悲痛な声が響く。心に直接響いているような感覚だ。

 

「……悔しいが俺がオルクスに挑むには力が足りない。だから他の迷宮で力をつけるつもりだ」

 

「なら私と雫もーー」

 

「ダメだ」

 

涼夜は優しく、しかし有無を言わせない迫力で申し出を遮る。慎重に言葉を選んで話す。

 

「……恐らく、王国をどんな条件であれ出れるのは1人だけだ。なら、応用力があって1人でも生き残れる可能性が高い俺が適任だ。だから俺が行く。

香織達は遠征で助けに行ってくれ。もしかしたらそっちの方が早いかもしれない。俺も見つけたら戻ってくるし、月に一度は遠征での宿に連絡するから」

 

涼夜も香織も雫もわかっていた。涼夜が行くことを決めれば二度と会えなくなるかもしれないことを。

 

だがそれでも今、決断しなければならない。そんな気がしている。

 

「……本当に行かないといけないの?」

 

雫が声を震わせながら涼夜に聞く。

 

「ああ、俺が行かなきゃいけない」

 

「……死なないって約束できる?」

 

「勿論だ。無理をしてはいけないことを2人から教えてもらったからな」

 

涼夜は力強く答える。前のように気負う感じもなく、微塵も迷いを感じない。

 

「……わかったわ。こっちは任せて」

 

「雫ちゃん⁉︎」

 

雫が許すとは思わなかったのか香織が「なぜ?」という顔をする。

 

「……いいのよ。涼夜には涼夜なりのやり方があるもの。それを止めるのは私達にはできないわ」

 

「………ありがとう」

 

涼夜は行かないと言えない代わりにありがとうと言う。

 

「ええ。けど、お礼は帰ってきてから言ってね」

 

「ああ、わかった」

 

「ん〜もう!わかったよ!なんか反対してるのが馬鹿らしくなっちゃった。……それでどうやってここから出るの?」

 

香織もプンプン怒りながらも了承してくれた。そして未だに決まっていなかった脱出方法について聞いてきた。

 

「ああ、それはーー」

 

脱出方法を考えた後も、3人で仲良く喋る。暗い話をしていたのに今は和気藹々としていた。

 

3人の夜はまだ続く。

 

 

 




次は別視点挟んで新章に行きます。


その頃のハジメ

6日目

涼夜に助けを求める。魔法をうった相手を恨む。

7日目

ついに涼夜にすら助けを求めなくなった。殺す殺すマシーンになった。←今ここ


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未来のアビスゲート卿視点

私の大好きなアビスゲート卿もとい浩介です。いいですよねあのキャラ。

浩介の素は使いやすい気がする。アビスゲート卿はきついけど。

……アビスゲート卿(浩介)のキャラとか口調とか合ってるかわからないので変だったら指摘よろしくお願いします!

※一部、矛盾が生じたので変更しました。


……なんか、悪寒が走ったんだが。俺の未来がヤバそうだ。

 

 

 

 

それはさておき、南雲が死んで意気消沈していた俺たちは王城に戻って、遠征の報告をしていた。

誰も彼も意気消沈としていたが中でも有賀は酷かったな。

なにせ魂が完全に抜けていた。目からハイライトが消えていたし、なにを聞いても「ああ」としか返さないんだぜ?絶望したらこんな風になるんだな、初めて見たよ。

 

メルドさん曰く、報告は義務だからちゃんとしなければいけないと言っていたけど別にいいんじゃないかなって思った。別に国王とか南雲が死んでもなんとも思わないだろ。むしろ、《無能》なら仕方ないまで言いそうだ。

 

案の定、国王とイシュタルは死んだのが南雲だと聞いて安堵していた。それをみた有賀が国王達に突っかかって行きそうになったのをメルドさんや俺たちで止める。散々抵抗しながらブチギレていた。

 

「なんでだよ、なんで1番頑張ってたやつがこんな風に言われなきゃいけないんだよ、ちくしょう」

 

この言葉を聞いた瞬間、俺の心に衝撃が走った。

 

……たしかにおかしい。南雲は俺たち以上に戦えていたし、1番役に立っていた。

それなのに俺たちは有賀みたいに怒れない。それは俺たちが口に出さなくても心の底で南雲のことを《無能》と思っていたからだ。

人を貶しておいて、自分は役に立たない。……無能は俺たちの方だ。

 

 

有賀はそのあと自室に篭ってしまった。今はそっとしておくべきというのが俺たちの総意だった。

 

 

 

 

翌朝、朝食をとってから俺は訓練場に向かった。なにかをしていないと落ち着かなかったからだ。

 

訓練場には俺と同じように先日の事を考えないようにしているのかかなりの人数が訓練をしていた。

 

その中で空いている場所を探していると有賀を見つけた。なにをしているのだろうと近くのやつに聞いてみるとどうやら有賀がクラスメイトに頭を下げて技能を教えてもらっているらしい。

 

有賀の技能は知らないが教えてもらっても意味がないんじゃないかと思ったが、どうやら純粋な技術と魔法の全適性持ちということで、使えそうなものを限定して教えてもらっているらしい。

 

昨日はあんなにダメージを負っていたのにもう復活していることに驚いたし、何よりあれが本当の強さなんだろうと尊敬した。……同級生に尊敬するとは少し恥ずかしいけど。

 

翌日も、翌々日も有賀は訓練場にやってきて誰かに教えを請い、ひたすら練習している。ろくに寝ていないのかその姿は少し痩せ細っている。それでも目は鋭く、張り詰めているような感じがする。

 

周りもその姿に恐怖、いや、狂気を感じているみたいで誰も近寄らない。

 

俺がそう思ってた時、有賀がこっちをみて近づいてきた。

 

「遠藤、お前の隠密の技能を俺に教えてくれ」

 

開口一番そんな事を言ってきた。俺は気づいてくれた喜びと困惑でいっぱいなった。

正直、教えられる気がしない。なにせ俺の存在感のなさは生まれつきで教えるもなにもない。

 

……ほら、今も周りのやつが「遠藤、いつからそこにいたんだ?」とか、「え?有賀くん誰と話して…………あ、遠藤くん」とかコソコソ言ってるよ。……まあ、いつもの事だし、気にしてないけどね!

 

……やべぇ、泣きそう。

 

「いや、俺のは教え方がわからないし」

 

「……なら見せてくれるだけでいいから頼む」

 

そう懇願されては断るのは失礼だと思う。有賀が頑張っているのはわかるし。

……でも目!目が怖すぎるんだよ!隈ができているからさらに怖え。

 

「…わかった。わかんなかったら何回かやるから言ってくれ」

 

そう言って俺は技能を使う。派生技能を何回か使ってみせる。すると有賀は何回かやるとすぐにできるようになった。これが天才か!

 

有賀は「……まだだ、まだ足りない。………もっと上手く、……もっと早く……」と呟いていて本当に怖い。マジでやめてほしい。

 

俺が一応、気配遮断を使って見せると、有賀もやったがさすがにこれは上手くできないらしい。少し安心した。周りの「え?有賀くん、今一瞬消えなかった⁉︎」という声は聞こえない。

……うん、聞こえなかった。いいね?

 

 

 

一通りやってみて有賀は俺の技能の半数はできるようになっていた。完全にチートだ。

 

「……ありがとう、遠藤。お陰で助かった」

 

有賀は俺に礼を言うとすぐにほかのやつに教えを請いに向かっていった。忙しないな。

 

俺はしばらく有賀をみていたが、どうやら天才というわけではないようだった。何度も失敗して、その度にまた挑戦して、失敗して………そうやって努力をしてできるようになっているんだとそう感じた。俺の尊敬の念がそう思わせているだけなのかもしれないけど。

 

俺も用事があったので有賀の観察をやめて訓練場を出る。

 

のちに聞いた話だが、あの後もずっとやっていたようだ。

……凄えな。

 

 

 

翌日。俺が訓練をしていた時、それは唐突に起こった。

 

「みんな、ちょっといいか?」

 

天之河がクラスメイト全員を集める。何人かいないやつもいたが、そのまま進めた。

 

「……今朝、有賀が過労で倒れたらしい。どうやらだいぶ無理をしていて、寝ずに訓練をしていたそうだ」

 

クラスのみんながざわつく。俺も驚きだ。まさか寝ないであれをしていたなんて考えられない。

 

「だからこれは香織からの提案なんだが、みんなで有賀が無理をしないように見張っておこうと思う。有賀をあのままにしておくのは俺にはできない!だからやりすぎていたら止めるだけでいいから協力してくれないか?」

 

天之河が爽やかに協力を求める。絶対俺が助けてやるんだ!という意思が感じられる。女子達は天之河のカリスマにやられて、やろうという雰囲気だ。男子(恐らく有賀が白崎さんに心配されているため)、そして一部の女子は渋っている。

 

「私からもお願いするわ」

「俺からも頼む!」

 

さらに八重樫さんと坂上からも改めて協力を求められる。これによって渋っていたメンバーからも(有賀死ね!、という呪詛を吐きそうな目をしているが)了承される。

 

全員が頷いた後、天之河が俺たちを見回して、

 

「みんな、ありがとう!」

 

と爽やかスマイルで言った。さすが、カリスマの塊だな。こんなの天之河しかできないな。

 

 

 

 

 

 

 

よって翌日から有賀を見張ることになった。俺が隠密に適しているかららしい。

 

……一緒にあの場にいたのに誰にも気付かれず、「浩介に会ったら、できるだけでいいから有賀についてくれって伝えてくれ」って目の前で言われた。……目から塩水が。

 

そういう訳で有賀について行っているが、特に無茶をしているというそぶりはない。訓練場のときはほかにたくさんいたので離れたけど、その時も大丈夫だったらしい。

 

……明らかに俺、要らない気がする。まあ、今日一日は見張っておこう。

 

 

 

***************

 

 

 

……やべぇ、マジでやらかした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

有賀が自室に入ったのでずっと部屋の前にいたら八重樫さんがきて、部屋の中に入ってった。しかも中の声が聞こえるから聞いてはいけないところまで聞いてしまった……

 

悪気は無かったんだ!

 

だって最初はなんか昨日の出来事の話だったから聞いても大丈夫かと安心してたら、急になんか告白紛いの感謝をしてプレゼントを渡してるんだぜ⁉︎どういうことだよ!

 

そして甘い空気が続いていたら今度は白崎さんがきて、南雲を助ける会が始まったよ。……凄く重かったし、なんかわかりあってるし。

 

俺、今、罪悪感で押しつぶされそうだよ………

 

今じゃなくて、もっと早く去ればよかったと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー彼女、ほしいなぁ。

 

 

 

 

 

***************

 

 

 

あの悲劇から五日後。また、遠征に向かうことになった。

 

向かうメンバーは俺、重吾、健太郎、辻、谷口、中村、天之河達4人、檜山達4人、そして有賀の16人だ。他のクラスメイトは戦うことに恐怖を覚えてしまったので王国に篭っている。

 

高速馬車で宿まできて一泊。翌日、全員で集まっていこうとしたが1人、姿がない。

 

「ん?有賀はどうしたんだ?」

 

有賀だけが、この場にいなかった。

 

「涼夜はもうここには居ない。あいつはここを出て、他の街に行った。」

 

メルドさんがここにいる全員に答えた。みんな聞かされていなかったのでそれぞれなぜと声を上げる。俺はまあ……聞いちゃったからな。

 

「なんで何ですかメルドさん!俺たちに何も言わずに!」

 

天之河がメルドさんに詰め寄る。さすがにクラスメイトが抜けるのは許せないんだろう。

 

「光輝、気持ちはわかるがこれは王国からの命令で、涼夜本人も同意したことだ。別れをしなかったのは会えると思っているんだろう」

 

メルドさんは天之河に言い聞かせる。どうやらそういう設定らしい。

 

「わかりました。納得はできないですが」

 

天之河は悔しそうだ。大方、自分が助けられなかったとか思っているのだろう。勘違いしすぎだな。

 

「納得はしなくてもいい。ただ王国は死亡扱いにして自由に行動させるつもりだから他のやつに死んだと言われても言い返すなよ。他の同郷のやつにもだ」

 

「……はい、わかりました」

 

「……なら行くぞ。ここにいても仕方がないからな」

 

そう言ってメルドさんは天之河達の前を歩き出す。

 

その背中が息子の無茶振りに対応して疲れたお父さんにそっくりなのはきっと気のせいではないだろう。

……うん、絶対有賀になんか言われたんだな。お疲れ様です。

 

 

 

こうして、俺たちと有賀は別れとも言えない別れ方をした。




その頃のハジメ

8日目

ハジメついに闇落ち。殺す連呼。

9日目

敵即殺の怪物誕生。魔物を食べてチート化。


14日目

魔物を食い散らかしながら迷宮探索。食事のお供に神水を。←今ここ!

次は涼夜の1人旅です。……もう1人、ヒロイン要りますかね?

調べなきゃいけないこととかあるので多分遅くなります。


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冒険者編
冒険者


最初の方、ちょっと適当になった。……メルドへの脅しの場面要らないよね?

※すいません、ちょっと気になるところがあって書き直しました。


夜の会合の次の日。

 

涼夜達は脱出手段を話し合った結果、1番危険はないが可能性が最も低い方法をとることになった。正直、涼夜としては国王の暗殺未遂で国外追放か、死亡偽装にしようと思ったのだが、それを2人に言うと全力で反対された。

「「そんな危険な事はさせない!」」と、鬼気迫る表情で言われたので涼夜は諦めるほかなかった。処刑されたり本当に死ぬ可能性もあるので、それは当然だといえる。

 

そんな事情があったので涼夜は当初考えていたやり方を諦め、新しい方法のやり方を考えるのに四苦八苦していた。

 

その方法は『メルドさんに言って合法的に出してもらう』という、ほぼ不可能な方法だ。それ以外は認めないと2人から言われているので涼夜は死ぬ気で確率を上げようとしている。

 

 

………2日経った。涼夜はあれからなんとか考え、一応なんとかなりそうなレベルまで策を練った。そうしてようやく今日、メルドに言うつもりだ。根回し的なものは完了している。

 

〜メルドとの会談中〜

 

 

涼夜はメルドと話した結果、条件付きで出ることができるようになった。

 

話の内容はほぼ涼夜の提案で、メルドが首を縦に振るまで行われた。

 

まず、涼夜が王国を出たいと言い、メルドが引き止める。なら、と涼夜がハジメを引き合いに出し、アーティファクトの話を伝える。さらにそのアーティファクトを国に寄付し、今作ってある薬や武器の提供を行うという条件までつけた。

それでも渋るのでクラスメイトや官僚、国王への対策を書いた紙をメルドに渡した。これを行えばほとんど無理なく説得できるように考えたものだ。

 

これを渡して涼夜の意思が固いのを感じてようやく折れてくれた。多少脅迫紛いの事をしたかもしれないが気にしない。

…まあ、一応宿に3ヶ月に一回は絶対に顔を出せと言われているのでそれは守るつもりだ。

 

 

これで晴れて涼夜は遠征とともに王国の外に出られることとなった。

 

 

***************

 

 

早朝、涼夜はホルアドの街を歩いていた。ホルアドとはオルクス大迷宮の近くにある街で、涼夜達が遠征で泊まっていた宿がある街だ。

 

ホルアドの景観に新鮮さを味わっていたが、その足はある場所へと一直線に進んでいた。

 

「よし、ついた」

 

涼夜が足を止めたのは冒険者ギルドの前だ。冒険者ギルドという響きに惹かれてやってきた。異世界物だったら、間違いなく冒険者ギルドに行くよね!というテンプレをしてみたかっただけである。

 

涼夜は冒険者ギルドの扉を開ける。やっぱりというか何というか、ところどころ汚れが目立つ床や壁に酒場、そしてガラの悪い連中がいるという完全なテンプレがここにあった。

 

涼夜がテンプレを噛み締めて感動していると、後ろからドンとぶつかられ、「邪魔だ」と言われるというまたもよく見る光景を見て、涼夜はニヤニヤし出した。

 

それをみて、他の冒険者はドン引きしたのだが気にせず、そのまま受付に向かった。受付の人も引いていたがそこは仕事、なんとか取り繕おうとしていた。まあ、顔は引き攣っていたが。

 

「…えっと、今日はどのようなご用件で?」

 

受付嬢は美人だった。ここでもテンプレだ。涼夜はさらに引かれてはまずいと思い、ニヤニヤしそうな顔を抑えて用件を伝える。

 

「……冒険者になりたいんだが」

 

「冒険者の登録ですか?千ルタとステータスプレートの提示が必要ですがよろしいですか?」

 

「大丈夫だ」

 

そう言って涼夜は懐から千ルタとステータスプレートを取り出した。これはメルドに頼んで涼夜が作った武器やら防具やら薬やら異世界の道具を模したものを買ってもらい、二千ルタを手に入れていた。まあ、多少法外な値段だった気もするが気にしないでおこう。メルドに感謝である。

 

ステータスプレートは勿論隠蔽してある。さすがに技能欄のやつを見せてしまっては勇者一行の1人だと確実に身バレする。

 

受付嬢はそれを受け取ると奥でなにか作業を行ってからこっちに戻ってきてステータスプレートを返却する。ステータスプレートにはきちんと冒険者と書かれており、その隣には冒険者のランク、青色の点が付いていた。当然だが高ランクのお約束などないのだ。

 

「どうも」

 

受付嬢にお礼をいって、掲示板の前に行く。

 

(さて、まずは情報収集か。グリューエン大火山への行き方とライセン大迷宮のことを聞いてみるか。ちょうど情報集めの定番がここにあるんだから)

 

結構、定番に浮かれている涼夜である。

 

掲示板の依頼の中で目ぼしいものを数件確認しておく。使えそうな物を頭にインプットし、その場を離れる。使うかどうかはわからないが。

 

 

 

 

1時間、酒場で色々聞いた結果、最も楽な行き方は高速馬車を乗り継ぎながら街を経由してグリューエンに行く感じらしい。その途中にライセン大峡谷があるのだが、大迷宮の情報はゼロ。やはり出回ってはいないらしい。

 

期待はそこまでしていなかったのでショックは受けなかった。だがここからが問題だ。

 

 

 

 

 

 

 

そう、お金がない!

 

 

 

 

 

 

 

 

由々しき事態だ。情報収集の関係でお金が減ったし、移動手段も持っていない。移動用の乗り物は、製作しているが材料が足りないのでまだ乗れない。なので護衛依頼で馬車に乗るしかできない。

 

つまり、楽な移動ができない。

 

涼夜はこの事実に気づいて愕然とした。「嘘やん」と。

 

力を見せる上で面倒なことが起きるのは明白なのでナーバスになる。しかもライセンは魔法が使えない。クソゲーにも程がある。

 

(あーあ、まじかぁ。仕方ねえ、乗り物の製作時間を作る間が出来たと考えよう。そうしよう)

 

涼夜はため息を吐きつつ、掲示板にある依頼の中で乗せてくれそうで、尚且つ戦闘をなるべく回避できるものを探し受付に持っていく。

 

「……これを受けたいんだが」

 

「かしこまりました。ではこちらが詳細になります」

 

そう言って渡されたのは日時と場所が書かれた紙だ。

紙によるとどうやら2時間後らしい。

 

涼夜は受付嬢の人にお礼を言ってギルドを出た。

 

(……道具、使わなくていいように準備しておこう)

 

 

 

 

 

ポーションとかの消耗品を補充、及び調合してから依頼で指定された街の門の前にいく。そこには既に何人もの冒険家がいて、何やら話している最中だった。

 

「あの、依頼を見て来たのですが……」

 

「ん?……ああ、お前の事は聞いている。新人なんだってな。俺はカーズ、この護衛チームのリーダーという事になっている。よろしくな」

 

涼夜がその集団に話しかけるとその中から1人、背が高く引き締まった筋肉を持つさわやかなおじさんが出てきた。なんとなくメルドに似ている。

 

その男の人ーーカーズが涼夜に自己紹介をしながら手を差し出してきた。涼夜はその手を握り返す。

 

「私は涼夜と言います。ご存知の通り、新人ですがよろしくお願いします」

 

涼夜は微笑を浮かべ、涼夜を知っているものが見ればなんとも似合わない挨拶をする。だが顔立ちは整っているので

かなり様になっている。それは他の冒険者からの好意的な視線が証明している。

 

「ああ、よろしく頼むよ、……で、お前はどれくらい戦える?」

 

「………基本的に後衛職だと考えていただければと」

 

涼夜は自分の技能、アイテムを使わないで戦うために後衛職だと錬成で作った弓を見せながら嘘を言う。涼夜の本来の戦い方はかなり特殊なので見せるわけにはいかない。

 

「……そうか、なら基本は後方で牽制してくれ。」

 

「わかりました」

 

「じゃあ、他のメンバーを紹介しよう。

ーーーみんな、話は聞いていたよな」

 

カーズは後ろにいた冒険者達に声をかける。すると話をちゃんと聞いていたらしく、全員が頷く。

 

「なら、こっちの自己紹介から入るぞ。右からダスト、ルース、レイズ、リーン、ファナだ。こっちの4人は俺と一緒のパーティーで、ファナはお前と同じ依頼での人員だ」

 

それぞれ、チャラそうで槍を持った男、小柄で杖を持った男、怠そうにしている甲冑姿の男、姉御と呼びたくなる長剣を持った女性、小柄な同い年くらいの少女で口々に挨拶をしてくる。

 

(なるほど、タンク1人にディーラー2人、遊撃1人、後衛1人か。バランスがきっちり取れているんだな)

 

涼夜は改めてパーティの連携の重要性が高そうだと感じた。

 

一応、同じ雇われで同い年くらいのファナという少女に声をかけたのだが、何故か涼夜を敵視?していて、「……よろしく」というだけの素っ気ない態度を取られた。これが素なのだろうか。

 

何故だろうと涼夜が唸っていると、前の方にある荷台から声が聞こえてきた。その方向に目を向けると恰幅がよく、40代くらいの顎髭を蓄えた男がいた。カーズさんがその人と話しているところを見るに、どうやら依頼主らしい。

 

その男は涼夜のことをみて、見下した表情になった。

 

「……ふん、こんな奴が役に立つのか?」

 

開口一番、物凄く失礼なことを言ってきた。涼夜は少しイラッときたが顔には出さない。依頼を断られたら大変なことになる。

 

「ええ、大丈夫でしょう。依頼の条件に『後衛ができて回復魔法が使える』ということを書いていたので戦闘有る無しに必要な人材でしょう」

 

(……そうなんだよなぁ。結構条件厳しめだったんだよな)

 

涼夜だからこそ条件に合致したのであり、普通だったら魔法職になるのでこのライセンは鬼門だろう。

 

「……ならそいつをしっかり見ておけ」

 

「わかりました」

 

顎髭男は鼻を鳴らすと馬車に戻っていく。カーズが「すまんな」と言ってきたので涼夜は「大丈夫です」と返した。

 

「よし!出発だ。各自、馬に乗れ!」

 

(馬車だと書いてあったんだけど……俺たちは乗れないのか)

 

カーズの号令でそれぞれが馬車の近くに用意されていた馬に乗る。どうやら馬車に乗っていくのではないようだ。当てが外れた。

 

「涼夜!お前はそこの馬に乗れ!」

 

そういってカーズが指差した先には立派な馬がいた。

 

「お前の荷物は多いから、大きめの馬だ」

 

どうやら涼夜の荷物を考慮してくれたらしい。

ちなみに涼夜の装備は短剣を腰に二本つけ、その横にポーチ、肩に弓をかけてある。さらに背中にバックパックとかなりの重装備だ。後衛職にしか見えない。

 

「ありがとうございます!」

 

涼夜はそう言って馬に近づくが非常に困っていた。

 

(どうしようか……馬に乗れるかわからないし、同年代の女の子には嫌われたっぽいし、依頼主は舐めてるし……

はあ、前途多難だな……)

 

涼夜は深いため息を吐き出した。




すいません、前回のヒロインという話、あれ、この移動中に「1人とか寂しくね?」と思って聞いてみたという話です。

既存のヒロインは雫ですよ!そこは変わりません!

おそらくヒロイン化するとしたらファナ(オリキャラ)だけです。

TS化希望は活動報告へ。正直書く気は無い……多分。


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強さとは

迷った挙句、こんなところに落ち着いた。

どうしてこうなった……

前回の話、そこまで変わってないですが修正したので見てない人はそちらからお願いします。


涼夜は馬に乗り、荒野を走っていた。否、歩いていた。

 

「はぁ、馬には乗れたけど、流石にこのスピードは予想外だった…」

 

そう涼夜が独り言を呟く程度には進むスピードは遅かった。理由としては荷馬車のスピードに合わせているということと、魔物が出にくい道を使って少し迂回しているからだ。

 

(これだったら錬成で乗り物を作るか、走った方が早いんじゃね?……やべ、そう考えたら護衛やめたくなっちまった)

 

涼夜は嫌な思考を振り払い、前に視線を移す。もうかれこれ1週間経った。戦闘は何回かあったがそれも苦戦こそするが連携して挑めば倒せた。ライセンの魔物は強いという話を聞いていたが護衛の人の練度が高く、無駄がなかった。

涼夜は遠距離から前衛の隙をなくすように撃っていただけで、前衛の人がちゃんと倒していた。涼夜の射撃が的確だと褒められるとなぜかファナに睨まれた。本当に何故だ。

 

涼夜としては魔物との戦闘という物を全くしていないので昼は護衛しながら街に近づき、夜は乗り物の錬成と薬品の調合をするというありふれた日常の様に感じていた。

 

涼夜が欠伸をしていると不意に涼夜の常時、意識的に展開している(そのため射程が広くなった)気配察知に引っかかるものがあった。涼夜は敵の魔力の大きさについ空を見上げる。それと同時に前方にいるカーズから指示がかかった。

 

「ーーッ!逃げるぞ!」

 

カーズは顔を青ざめて撤退の指示を出した。その言葉だけで涼夜とファナ以外のメンバーに緊張が走る。このメンバーで相当な警戒をするということはそれだけ相手が危険なのだろう。

 

遠くに見えたのは双頭竜だ。今の魔法が使えない状態なら涼夜でも戦って勝つ確率は4割もない。(魔法、搦め手ありなら必勝の手はある)

 

「なぜですか⁉︎ちゃんと連携を取れば倒せますよ!」

 

敵の危険性を判断できなかったファナがカーズに突っかかっる。倒せると思っているのだろう。

 

「無理だ!()()()()()()()()()()()()()!」

 

そう、あの双頭竜にはこの世界の人間のスペックでは魔法を封じられる状態で勝つことはほぼ不可能だ。蹂躙されるのがオチだ。

 

「……なら、私が1人で倒します!」

 

「なっ、おい、待て!」

 

ファナはカーズの制止を聞かず、双頭竜に向かって走り出す。

 

(……はぁ、力量差がわからないのかーーーー)

 

「ーーーー強くならなきゃ」

 

ファナの小さな呟きは涼夜には聞こえた。そしてファナの姿が少し前の涼夜と重なる。

 

「ーーッ!くそっ!……すいませんカーズさん。あいつを助けに行くので先に逃げていてください。後から追いつきますから」

 

カーズの返事を待たずに涼夜はファナを追って走り出す。

 

 

 

 

 

***************

 

 

 

 

 

ファナは後悔していた。

 

倒せると思って双頭竜に突っ込んでいったファナだがそれはすぐに間違いだと気づいた。

 

近づき、相対すると感じる生命の恐怖。絶対強者の雰囲気。

 

「ーーッ!倒す!」

 

それに呑まれてないようにする胆力は中々のものだろう。だが、気合いだけでは双頭竜を倒すことなど出来はしない。

ファナを視界に捉えた双頭竜は獲物がきたと獰猛な雄叫びをあげた。

 

「グギャアァァァァ!」

 

ファナは臆することなく突っ込む。側から見れば無謀な行動だろう。

 

双頭竜は右の頭で獲物に向かって牙を突き出す。ファナに嚙みつこうとしているのだろう。

 

それをファナは右に避ける。右の頭で攻撃しているのでそれは当然だろう。

 

(……よし、いける!)

 

ファナはそう考えたが甘かった。懐に潜り込もうと前に踏み出した瞬間、視界の端に動くものが見えた。なんだと考える暇もなく、吹き飛ばされるファナ。

 

数回バウンドして地面に叩きつけられる。なんとか受け身は取れたので意識が飛ぶような事はなかった。だが擦り傷が多く、内臓をやられたようで血を吐き出した。

 

「ゴホッガハッ」

 

吐きながらも、なんとか双頭竜の方を見る。双頭竜は尾を振り切った状態だった。どうやら視界の端に見えたのは双頭竜の尾だったらしい。

 

双頭竜はファナに向かってゆっくりと近づいてくる。ファナは立ち上がろうとするがダメージで意識が朦朧としてきてうまく立てない。

 

(どうしてどうしてどうしてどうしてどうして!

……なんで勝てないの!私は決めたのに……強くなって復讐するって決めたのに!)

 

双頭竜がファナの目の前にきた。鎌首をもたげファナを捕食しようとする。

 

(……こんな簡単に終わっちゃうの?)

 

ファナは目を閉じた。もう、目の前の光景を見たくはなかった。

 

「ーーーチッ、ふざけんじゃねぇよ」

 

そんな声が聞こえると同時、何かに支えられ高速で移動している感覚がした。

 

「……えっ?」

 

ファナが目を開けるとファナを抱えた涼夜が見えた。

 

 

 

 

***************

 

 

 

涼夜が追いついた時には既にファナは食われる寸前だった。

 

「ーーーーチッ、ふざけんじゃねぇよ」

 

涼夜は《縮地》で間合いを詰め、ファナを抱え、また《縮地》で離れる。

 

「……えっ?」

 

「ーー神秘をこの身体に宿せ。《快癒》

……邪魔だ」

 

涼夜はファナに回復魔法をかけると、ファナの傷が治っていく。そして内臓の損傷がある程度治ると涼夜はファナをぶん投げる。

 

「……え、ええっ!」

 

ファナが驚き、悲鳴をあげているが気にしない。というより気にすることができない。なぜなら双頭竜が攻撃を始めていたからだ。

 

顎門を開き噛み千切ろうとしてくるので後方に飛ぶ。そして口内に置き土産を置いていく。

 

「おみやげグレネードだ。受け取れ!」

 

双頭竜の片方の頭が爆ぜる。燃焼石で着火し、酸素と燃焼石の粉塵を凝縮して周りをコーティングした涼夜渾身の一品である。爆発力は並の爆弾より威力がある。

 

双頭竜の左の頭は何が起きたのか分からず、しばし呆然とする。

 

「ーー光よ、我が真意を隠せ。《光乱》」

 

その隙に涼夜は《幻踏》を発動し、さらに光魔法による屈折を利用する。そうすることで半歩ずれた幻影が無数に生まれた。的を絞らせなくして、時間を稼ぐ。

 

(……うへぇ、錬成で消費量の増加はわかっていたが無理矢理使う分魔力がアホみたいに取られるな。……残り2分ってところか。

 

……何してんだろうな、俺)

 

涼夜はげんなりしながらも敵の次の動きを予測して考える。

 

(恐らく焦れたときに尻尾での薙ぎ払いだろうな。……そうするとアレを使うか。魔法が使えないって不便だな)

 

考えをまとめるとすぐに準備に入る。

 

涼夜は地面から錬成で鉱石を取り出し、長い棒状にする。そして棒先を地面につけて双頭竜の周りを駆ける。幻影も動き出すので涼夜が円状に存在するように見える。そして砂煙が舞い、涼夜を隠す。

 

双頭竜は本物の涼夜が分からないのでかついに焦れて薙ぎ払いをする。

 

(かかった!)

 

涼夜はそれを確認すると瞬時に飛び去り、《光乱》と《幻踏》をやめ、ポーチから火打石2個が紐で繋がれたものを取り出す。

 

「なあ、粉塵爆発って知ってるかっ!」

 

火打石を双頭竜の薙ぎ払いでさらに増えた砂煙の中へ投げ入れる。

 

「ーー風よ、守護せよ。《風壁》」

 

《縮地》でファナの前に立ち、《光乱》と《幻踏》を消してできたリソースで《風壁》を張る。5秒くらいしか持たないが十分だろう。

 

《風壁》が完成すると同時に火打石同士がぶつかり、火花を散らす。

 

ど派手な爆発が起き、爆煙に包まれた。

 

爆煙が晴れるとそこにはクレーターがあるのみで他には所々炭化した何か以外何も残っていなかった。

 

「……」

 

思った以上の爆発に無言になる涼夜。粉塵爆発を生で見たのは初めてなのでここまで凄いとは思わなかった。

 

(図体でかいし、魔法に制限があったから攻撃が爆破に偏っちまったな。……でもこの規模はないんじゃないの?ヤバくね?対人とか絶対ダメじゃん。もっと改良が必要だな。それにーーー)

 

涼夜は今回の戦いの考察をしていたが不意に服の裾が引っ張られる感覚がしたので振り向くと座り込むファナがいた。

 

(ーーあ、忘れてた。こいつのせいで戦っちまったんだよな)

 

「どうしてそんなにーー」

 

「なんか言ったか?」

 

ファナが何か呟いたようなので涼夜は聞いてみたが返ってきたのは素っ気ないものだった。

 

「……なんで(怪我人)を投げ捨てたの」

 

ファナが呟いた言葉と違っているはずだが別に涼夜にはそんなことを聞く意味がなかった。

 

「は?邪魔だからに決まってんだろ。それに自分のせいで怪我負ったやつに気遣えってのが間違いだ。」

 

涼夜は嘆息すると、口笛を吹き、近くにいさせた馬を呼んだ。涼夜は調教師の技能も持っていたらしい。

 

「おーよしよし。荷物も持ってきてくれるなんてお前、賢いな」

 

馬を撫で回し、労う。そして馬から預けていたバックパックを受け取る。

 

「さて、今日のキャンプ位置は聞いてるし、日が暮れる前に合流したいな。ーーおい、暴走女。こいつに乗るか?」

 

「……自分で走れる」

 

「そうかよ、ならちゃんとついてこいよ」

 

そうして涼夜はこの馬が出せる最高の速さで駆ける。仮にファナが遅れても、速度を緩めたりはしない。暴走女に慈悲はない。

 

(……はぁ、完全にちょっと前の俺みたいだ。なにかの為に強くなろうとしている感じ。俺はここまで意地っ張りじゃないけどな)

 

 

 

 

 

 

 

カーズ達と合流したのは日が暮れる直前だった。そこで涼夜とファナはまず戻って来れた事に驚かれ、双頭竜を倒したのか聞かれた。

 

涼夜は逃げてきたと言おうとしたがファナに先に言われ、倒した事がバレた。どうやって倒したかを聞かれたのでファナに睨みを利かせてから「企業秘密です」と答えた。

………いや、こんなのバラしたら面倒くさい事になるのわかっているのに言うわけないだろ。

 

そして当然ながら報酬の減額を言い渡された。命令無視ですね、わかります。

 

 

 

 

 

 

その後、1週間かけてようやく商業都市フューレンに着いた。その間は襲ってくる魔物も少なく先行(ファナのせい)も禁止だったのでこれといった事はなかった。

 

カーズ達と別れ、ギルドに行って依頼完了を報告して報酬を貰った。やっぱり減額されていたが、ランクが上がった。どうやらカーズがギルドに涼夜が双頭竜を倒したということを報告していたらしい。

 

なんて事をしてくれるんだ!これじゃあギルドから目をつけられるじゃないか!…………………嬉しいけれども!

 

貰った報酬で乗り物(依頼が終わったので馬はいない)に必要な道具や、旅の物資を購入する為に街を練り歩いた。流石、商業都市と言うべきか王都や、ホルアドよりも品揃えが豊富で娯楽施設なんかもあった。今度来るときには誰か連れて観光ってのもいいな。

 

買い物中にも情報を集めたが、ホルアドで得た以上のものはなかった。

 

物資を買い終えると近場の宿を取り、疲れを取るために一泊する。無理をしていると怒る人達がいるのでしっかりと睡眠をとる。

 

 

翌朝、十分に睡眠をとった涼夜は街の外れで錬成を始める。作るのはもちろんバイク………と言いたいところだが、涼夜の魔力量の問題で断念せざるを得なかった。仕方なく、ターボエンジン付きのマウンテンバイクを製作した。

 

(なんか聞こえたから返すが、

……ださいとかバランスおかしいとか言うなよ?こっちもわかってて作っているんだから。魔力が切れたら歩きとか嫌だろ?な?)

 

ターボエンジンといったが中身は風の魔法陣と永続発動の魔法陣が組み込まれていて、詠唱して発動すると自動で魔力を吸い取り、発動し続ける一品だ。

 

完成したマウンテンバイクに乗ろうとすると、気配察知に反応する気配があった。

 

気配がする方向に振り向くとそこにはファナがいた。

 

「あのなぁ、お前昨日からなんなんだよ。俺につきまとって楽しいか?」

 

そう、ファナは昨日の依頼が終わった後から涼夜を見張るように遠くからつけていた。

 

「……別に」

 

相変わらず涼夜の言葉に素っ気ない返事をするファナ。こんな態度をとるのに何故か涼夜についてくるのだ。

 

「あっそ。……なら、俺はもうここを出るから。じゃあな」

 

涼夜はマウンテンバイクに跨り、漕ぎ始める。

……そこ、ダサいとか言わない!

 

「ーー待って!」

 

ファナは涼夜を引き止める。やはり、何か用があったらしい。

 

「んだよ、用があるならさっさと言えよ」

 

ファナは自分の気持ちを落ち着けて願いを言った。

 

「私を連れてって!」

 

「断る」

 

「連れてって」

 

「嫌だ」

 

「連れてけ」

 

「無理」

 

「………」

 

「うぉい、無言でしがみつくのはやめろ!俺の座る場所がなくなるだろ!

 

やめろっての!

 

……………おい!

 

…………

 

………

 

あーもう、わかった!わかったからやめろ!」

 

 

涼夜が引き剥がそうとするも離れないので、涼夜がそう言うと直ぐに退くファナ。少しドヤ顔しているあたりがうざい。

 

うざかったので無言で走り出そうとしたが肩を掴まれ、断念。

 

仕方なくマウンテンバイクを降りて錬成をし直す。座席の部分を2人で乗れるように作り変える。

 

「……なんで俺についてこようとするんだ?」

 

涼夜は涼夜を嫌っているはずのファナが自分についていく理由がよくわからなかった。

 

「………強くなりたいから」

 

「俺についてきたって強くはならないぞ」

 

「ーーあなたをみて、どうしてそんなに強いのかを知りたい」

 

ファナの目は真剣だった。今、これこそが自分の望みだと、そんな雰囲気だ。

 

「強さってなんだろうな」

 

「え?」

 

「いや、なんでもない。それよりも本当についてくるのか?………お前じゃ死ぬぞ」

 

涼夜は脅すように問いかける。これで躊躇ったり引き下がったりするなら何と言おうと置いていく腹づもりだ。

 

「……それでもついていく」

 

ファナは即答した。一瞬の躊躇いもなく。

 

「……はあ、わかった。後ろに乗れよ」

 

涼夜は深くため息を吐き出して、後ろの席を指しながら言う。ファナはすぐに席に座る。

 

「ーー風よ、荒れ狂え。《風爆》」

 

涼夜はファナが座ったのを確認するとターボエンジンに魔力を注ぐ。

 

(厄介事を背負っちまったなぁ)

 

そして魔法が発動した瞬間、凄まじいスピードでマウンテンバイクは走り去っていった。




その頃のハジメ

17日目

ユエ救出。ハジメ、過去を振り返る。


24日目

ヒュドラ討伐。ハジメ死にかける。

25日目

神代魔法習得。ハジメ、食われる。


28日目

ハジメ、アーティファクト生成開始。チート化完了目前!←今ここ!



今回の戦闘のネタはSAOと禁書ですね。爆発ばっか。

魔法が十全に使えないと技が使えないし、アイテムとか今出来るのは爆発物と毒しかない。

作戦用意して、手数で戦うのが万能者のスタイルなんだけどなぁ


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グリューエン大火山

切ることが出来ず、こんなに長くなってしまった。

多少のおかしさは容認してください。

※ファナの容姿
プラチナブロンドの三日月夜空 ショートver(はがない)




フューレンを出てから厄介事ことファナと旅を続け、それなりに話すようになった。

 

それでわかったことだがファナの素っ気ない言動は完全に素らしい。涼夜が「なぜそんな態度をとるんだ?」と聞いたところ、ファナは首を傾げていたので間違いないだろう。

 

そんなファナとの旅の中、涼夜はあることに気づく。

 

「……こいつマジ有能」

 

そう、厄介事なんて言えないくらいファナの仕事が優秀すぎるのだ。

 

まず、料理。涼夜の場合は干し肉などの保存食をそのまま食べるのだが、ファナは調味料を色々持っていて、保存食に味付けをするのだ。これがすごくうまい。味付けなしでは保存食を食べたくなくなるレベルだ。

これを護衛の時にやってなかったのか聞いたら、「……量が少ないからこっそりと」と返された。それを言われたら寄越せなんて言えない。

 

そして夜の見張り。これが一人旅のとき1番悩んだことであり、神経を張り詰めなきゃいけないため、疲労が抜けなくなるからだ。それをファナがきたお陰で完璧に補ってくれた。

最初、涼夜が全部やるつもりだったがファナが暗視を使えるとの事で、半分を任せる事が出来た。(因みに涼夜の場合は常時、気配察知使用)お陰で疲れを貯める事なく移動ができた。

 

さらにファナには風魔法と水魔法の適性があった。風魔法のお陰でファナもターボエンジンを使用できるので交代しながら使えばかなりの時間使用できる。(ファナ2、涼夜8の割合だが)

水魔法を持っているから水不足はあり得ず、氷結系も使えるので温度調整も楽々だ。(涼夜もできることにはできるが運転があるため今は使えない)

 

唯一、ダメなのが戦闘だ。強くなりたいが為に戦闘になると突っ走る癖があり、魔物が弱ければなんとかなるのだが、双頭竜みたいに強い魔物が相手だと最悪死ぬ。

別にファナを嫌ってるわけでもない涼夜は死なれては困ると思い、天職や技能を考慮して戦い方を教えた。遠藤の戦い方をメインにして、近接格闘、涼夜のアイテムをサブとして教え、与えた。

一応他にも教えようとはしたのだがどうやらファナは適性があるやつは凄くできるが、ないやつはほぼできないという、涼夜と真逆の特化型だった。

 

 

涼夜はその過程でステータスプレートも見せて貰った(涼夜は見せなくてもいいと言ったが見せてくれた)。

 

====================

 

ファナ・シルヴィウス 16歳 女 レベル29 冒険者 紫

天職:盗賊

 

筋力:135

体力:122

敏捷:236

耐久:84

魔力:353

魔耐:183

 

技能:短剣術[+投擲術]・水魔法適性[+氷結魔法]・風魔法適性・暗視・魔力眼・気配操作・体術

 

====================

 

これを見た涼夜の感想は

 

 

 

(ーーーうん、なんでこのスキル構成で突っ込んで行くことができるんだ……)

 

 

 

である。

 

 

完全にスキルが奇襲向けであり、対人戦闘特化の構成である。このスキルじゃ確実に大型の敵を倒すものは存在しないだろう。

 

 

涼夜のステータスプレートも見てみよう。

 

====================

 

有賀涼夜 17歳 男 LV32 冒険者 緑

天職:万能者

 

筋力:300

体力:300

敏捷:300

耐久:300

魔力:2000

魔耐:300

 

技能:万能者[+器用貧乏脱却]・気配察知[+危険察知]・言語理解[+理論理解]

 

====================

 

 

やはりチート集団筆頭のステータスである。どうやら双頭竜や、戦闘、夜中のちょっとした稽古から経験値を得たようである。魔力以外均一にしか上がらないのは涼夜の才能の問題か。万能者のせいであってほしいと願う涼夜。

 

 

 

 

***************

 

 

 

 

それなりに快適な旅となり、1週間が経った頃、涼夜達はアンカジ公国にたどり着いた。2週間以上かかる道程をファナとマウンテンバイクにより短縮できたのはかなり大きかった。これなら多少、時間をかけて準備することができる。

 

マウンテンバイクを錬成で作った穴に隠し、公国内に入る。そのまま乗り付けたら問題になりかねない。

 

2人で店の前に来るとファナにメモを渡す。

 

「……お前はメモに書いてある材料を買ってきてくれ」

 

「……涼夜は?」

 

「他にすることがあるんだよ」

 

涼夜はファナと別れて情報を集める。そこである情報を入手した。火山の前は砂嵐が吹き荒れているので風魔法を使って止めないと進めないらしい。涼夜の風魔法の規模では止められるかわからない。それに皮膚を焼くような暑さらしく、水とローブは必須との事だ。

 

火山からある程度は予想していたが話を聞く限り想像より環境が過酷である。耐熱のアーティファクトが欲しいところだ。

 

涼夜が考え事をしながらファナと別れた店の方に歩いていると向こうから何やら喧騒が聞こえてきた。

 

涼夜は嫌な予感をひしひしと感じているが行かないわけにはいかない。

 

「……やめて」

 

「なあ、いいじゃんよ。俺とお茶でもしようよ」

 

「うわぁ」

 

ファナがチャラ男に絡まれているのを見て思わず呟いた涼夜。

 

ファナは美少女だ。それは涼夜にも理解できる。だから一人で冒険者をやっていたファナはこういう輩をあしらうことは簡単だと涼夜は思っていたがファナの困りきった顔を見たらどうも違うらしい。

 

仕方なく、涼夜はファナを助けるために男の近くに行く。

 

「…おい、俺の連れに何か用か?」

 

涼夜はファナと男の間に入って喋る。

 

「……チッ、男連れかよ」

 

男は涼夜のことを確認すると忌々しげに言葉を吐き出しその場を去っていった。涼夜を見てもそのまま絡んで来るならかなり面倒くさかったので去ってくれて涼夜としては助かった。

 

「平気か?……というより一人で冒険者していたお前なら軽くあしらうことはできただろ」

 

「……いつもはフードを被ってる。それにすごくしつこかった」

 

「……ああ、なるほど。ならそいつも買うか」

 

ファナ用のフード付きマントを店で購入し、警備の厳重な宿で二人部屋をとる。

……決して、やましいことはない。会話はするが、お互い不干渉が基本だ。

 

部屋に入るとベットに腰掛け、すぐさま涼夜はバックパックの中に入れていた吸熱石と、変換石、神晶石(中身なし)を取り出す。

吸熱石はその名の通り熱を吸い取る鉱石で、変換石は変換率があまり良くないが熱をエネルギーに変換、神晶石で蓄えることができる。これを使えば一応、火山に限り、無限貯蔵魔力を作ることができる。

そしてそれを使って錬成をする。作るのはペンダント型だ。

 

この錬成は高精度で作らなければ失敗するのでかなりの集中力を要する。しかも2人分も作らなくてはならないのだ。

 

なので涼夜は1時間かけて錬成を行い、それが終わるとベットに倒れこんでそのまま寝てしまった。

 

 

 

 

 

 

涼夜が目を覚ましたのは深夜近い時間で、目を覚ましたとき横には料理が置いてあった。これをすることができたのは1人しかいない。気遣いはありがたかった。

 

ファナは涼夜が起きたのには気づいているはずだが声もかけず、ぼうっと窓の外を眺めていた。

 

「飯、サンキューな」

 

涼夜は料理を食べ始める。部屋の中には食器の当たる音だけが響く。

 

涼夜は食べている間もずっと窓の外を眺めていたファナが気になったので食事を終え、話しかける。

 

「……んで、どうした?」

 

「………私、強くなれるのかなって」

 

「……さあな。……そういえばどうしてそんなに強くなりたいんだ?そこら辺全く聞いてなかったけど」

 

涼夜がそう聞くと、少し重巡した後ポツリポツリと話し始めた。

 

「…それはーーー」

 

ファナの話を要約すると、

 

ファナの両親は王都近くでそれなりに名前の売れた冒険者で、護衛とか討伐系の仕事をしていた。ファナも冒険者として両親に付いていったりと、家族でそんな生活をしていた。

ある日、両親と共に護衛していると魔族に襲われた。その魔族は何匹も魔物を従えていて、護衛全員が魔物と相手をしなければいけなかった。そして戦闘経験の浅かったファナは体力の問題か致命的なミスをしてしまい、殺されそうになったところを母親に庇われて母親が死んでしまった。それを見た父親が怒り狂って魔物を倒しまくり、魔族と一騎打ちで戦った。だが怒りで動きが単調になっていた父親は魔族に殺されてしまった。

そのあと、王国が近かったためか応援が駆けつけてくれたので魔族とその魔物は逃げ、ファナは助かった。

そして最愛の両親を亡くしたファナは両親の仇をとるために強くなろうとして、冒険者稼業をたくさん行うようになって今に至る

 

ということだ。

 

 

 

 

 

 

(…………めちゃくちゃ重い。重すぎる。そりゃ、目の前で殺されちゃそんな風になるわな)

 

「……そうか」

 

涼夜は理解はできないが納得はする。自分も想いは違えど少し前はそんな風になっていたのだから。

 

涼夜はそれっきり黙ってしまい、部屋の中に沈黙が流れる。

 

「……涼夜はどうして旅をしているの?」

 

ファナは自分のことを話しても否定も肯定も全くしなかった涼夜に少し興味を覚えたのか、涼夜の旅の理由を問う。

 

「……そうだな、俺から聞いたんだ。旅の目的とその理由については話しておくか」

 

涼夜は今回の目的を話す。異世界召喚の件や能力、ハジメについてはぼかして伝える。わざわざ細部まで話すほど涼夜はファナを信頼していない。それでも話せるところは話すのが礼儀だと感じた。

 

「……友達を助ける為?」

 

「ああ。そのために俺はここに来ている」

 

「……ふぅん」

 

涼夜が話し終えるとファナはどう思っているのかよくわからない返事をしたが瞳の奥に哀愁と若干の嫉妬が混じっていた。

 

「さて、火山の情報も手に入れたし、それに向けての対策を明日までにするぞ。……戦闘訓練も、だな」

 

半ば強引に話を切り替え今後の予定を話す。

 

「………わかった」

 

「じゃ、寝るか」

 

ファナが了承したのを確認すると涼夜は一声かけ、眠りにつく。ファナも何も言わずに眠り部屋に静寂が訪れた。

 

 

 

 

 

 

翌日は涼夜が言った通り、火山対策の物品製作や火山の魔物との戦闘手段を身体に叩き込んだ。実践はできなかったが、事前情報がないよりはマシになったはずだ。

初めての迷宮攻略だ。いくら準備をしてもし過ぎということはないだろう。

 

 

そうして準備を終えた涼夜たちはグリューエン火山攻略に向かった。

 

 

 

 

 

 

***************

 

 

 

 

グリューエン火山の前の砂嵐を抜け(風魔法で砂嵐が弱まる程度までしか相殺できなかった)、グリューエン火山の内部に入った涼夜とファナ。事前に知っていたことだったがこの状況では文句も出てしまう。

 

「……くそあちぃ。早くここから出たいわ」

 

「…………」

 

涼夜は額に浮きでた汗を拭う。隣のファナは暑すぎて喋るのも億劫なようだ。

 

グリューエン火山の内部はマグマが地面の他に空中も流れており、足元と頭上を警戒しなければならない。さらに時折マグマが噴き出してくるのでそれも避けなければいけない。事前の兆候がないため慎重に進まざるを得ない。涼夜の危険察知で何とか避けてはいるが集中力がどんどん持っていかれる。

 

「………チッ、こりゃ時間との勝負だな」

 

涼夜は当初予定していた敵を避けながら進むのを諦め、気配察知と危険察知頼りにして無理矢理スピードを上げる。

 

「ーーー氷よ、抉り貫け。《風氷槍》」

 

「ーーグキャ!」

 

「ーーー槍よ、芯から凍えさせよ。《氷槍破》」

 

「ーーピギッ」

 

進行報告にいる敵は奇襲で屠る。涼夜は回転させた氷の槍をマグマを纏った牛にぶちこみ、ファナは刺さると破裂するように中から氷が突き出てくる魔法を鼠の魔物に放つ。

 

「………なんか思ったより弱い」

 

涼夜は魔物が死んだのを確認すると思ったよりも手応えが無かったことに驚きを感じた。

 

「……ここの魔物、強い。涼夜の感覚がおかしいだけ」

 

「……いや、ベヒモス級の敵が出てくるものだと思っていたからな」

 

「……バケモノ?」

 

「あ゛あ゛⁉︎誰がバケモノだ」

 

ふざけた言葉の応酬の中でも警戒を怠らずに進んで行く。

 

 

 

 

 

途中途中、休憩を挟みながら進むこと8時間。ようやく最下層と思われる場所に辿り着いた。

 

途中、暑さによる集中力の低下で魔物に正面から遭遇してしまい少し苦戦するということが起きたがそれ以外は基本何もなかった。

 

「ーーふう、ようやく最後か」

 

「……ここに涼夜が探してるものがあるの?」

 

「さあな」

 

涼夜は肩をすくめ、この層を見渡す。床はマグマで満たされており、足場は飛び出た岩石が所々ある程度だ。その空間の中で目立っているのは中央にある孤島だ。明らかに何かありそうだ。

 

「……中央の島に何かある。気をつけろよ」

 

「………うん」

 

涼夜はファナに注意を促すと飛び出た岩石を足場に飛び移りながら孤島へと移動していく。それに倣いファナも飛び移っていく。

 

涼夜が3分の2を渡ったとき、涼夜の危険察知に反応があった。

 

「ーーっ!ファナ!急いで中央の島に渡れ!」

 

敵影は見えないが反応があったという事は後数秒もすれば攻撃を受けるはずだ。足場の少ない場所で戦うのは愚策だ。

 

「……」

 

ファナは頷き、渡るスピードを上げる。だがファナはまだ半分くらいしか渡れていない。これだと島に着く前に攻撃を受ける。それはマズイので涼夜はある魔法を詠唱する。

 

「ーー光よ、我が真意を隠せ《光乱》」

 

涼夜とファナの周りで光を乱反射し、虚像を生み出した。しかもマグマの熱により蜃気楼擬きとなっている。

 

これで初撃は防げるかと思ったが甘かった。床からマグマが意思を持っているかのように吹き出し、蜃気楼擬きの場所ではなく涼夜とファナめがけて襲いかかってきた。

 

涼夜は危険察知が発動したためなんとか回避することができた。ファナは超人的反応でギリギリで回避。回避の勢いのまま涼夜は次の攻撃が来る前に中央の島に渡り、攻撃に備える。ファナは無理に回避したため、まだ島につけていない。

 

そんなファナに今度は本体と思われる蛇がマグマから出てきて顎門を開き、呑み込もうと突っ込んで来る。

 

「ーーー氷よ、抉り貫け《風氷槍》」

 

だが、涼夜がそれを遮る。涼夜の発動した風氷槍によって蛇の頭が抉り取られる。

 

「おい、嘘だろ⁉︎」

 

涼夜は驚愕の声を上げる。なぜなら蛇の頭の部分には肉体がなくマグマだけで構成されており、しかもその部分は再生を始めていた。

 

「………涼夜、どうする?」

 

涼夜が作った時間で渡ってきたファナが涼夜に尋ねる。マグマ蛇は既に中央の島に着いた涼夜たちを囲むように次々と現れ、20体以上のマグマ蛇が出てきた。

 

(肉体がないってどういう事だ?そんな魔物はーーーいた!バチュラムみたいな魔石を核に動くやつだ。それなら魔石を砕けばいいはずだ)

 

「……魔力眼で核が見えるか?」

 

「?…………だいたいの位置ならわかる」

 

「そうか。なら意味がないかもしれないが気配を消しながら隙のできたやつから投擲か魔法で核を潰してくれ。俺は攻撃を躱しながらやつらを吹き飛ばす」

 

その作戦にファナは戸惑い、涼夜に何かを言おうとしたが、

 

「ーーっ!来る!」

 

マグマ蛇によって断念されられた。マグマ蛇は一斉にマグマを吐き出しながら涼夜たちに向かって来る。

 

「ーーーーーーーー《聖絶》」

 

涼夜は小声で呟き、涼夜とファナを守るように聖絶を発動させる。聖絶によってマグマやマグマ蛇の攻撃を留めることができた。

 

涼夜はポーションで魔力を回復しながら魔法を維持する。そしてさらに()()()()魔法の詠唱を始めた。

 

「ーー暴風よ、音を超え、意識を超え、全てを見えない刃で切り刻め《暴音嵐刃(シュトロム)》」

 

涼夜の魔法が完成し、無数の真空波がマグマ蛇に襲いかかる。向かって来ていたマグマは暴音嵐刃によって阻まれ、押し返される。そしてその勢いのまま前方のマグマ蛇を吹き飛ばした。

 

涼夜はマグマ蛇が吹き飛んだのを確認すると後ろのマグマ蛇に意識を向けるとそこでは既に何体か数を減らしていた。

 

「……どうやって倒した?」

 

「………ナイフと魔法でーー」

 

「ああ、理解した」

 

涼夜はファナに尋ねるが最初の言葉を聞いただけで理解できたので話を打ち切る。恐らく魔法でマグマを吹き飛ばし投擲術でピンポイントで壊したんだろう。

ファナが言葉を遮られてむくれていたが涼夜は無視して、残りのマグマ蛇に鋭い視線を向ける。

 

倒しきれなかったマグマ蛇は聖絶に攻撃して、マグマの中に入っていった。そしてマグマの中から出てきたのは()()()()()()()()()()()()2()0()()

 

「おいおい、無限に生まれんのか、こいつら」

 

「……これじゃあ意味ない」

 

涼夜とファナに落胆の色が見える。だが、ここで諦めるほど涼夜は生半可な気持ちで迷宮に挑んでいない。

 

「……いや、きっと核の量に限界はあるはずだ。なら俺たちが死ぬか奴らが尽きるかの勝負って訳か」

 

希望というには先が見えなさすぎるものであり、可能性なんて無いに等しい。だがそれでも死ぬわけにも逃げるわけにもいかない。

 

「……逃げるか?」

 

「……逃げるなんてする訳がない」

 

「ーーハッ!なら死ぬんじゃねえぞ()()()!」

 

「当然!」

 

二人は技能をフル活用し、敵の攻撃を躱して核を破壊していく。

 

 

 

 

 

 

 

どれくらい時間が経っただろうか。時間も数も考えず、ひたすら極限状態で集中していた二人はマグマ蛇の残数が10匹を切ったところでようやく異変に気付く。

 

「………あ?出現数が減ってるのか?」

 

「……たぶん」

 

「ーーならあと少しって事か!」

 

希望が見えてきた涼夜は活力が戻る。

 

「ーー氷よ、抉り貫け《風氷槍》」

 

涼夜は残り少ない魔力を振り絞り、風氷槍を4つ作り敵を穿つ。ファナも魔法と魔力眼を使い、的確に相手の核を破壊する。

 

涼夜はポーチに入っている魔力ポーションを飲み込む。かなりの時間戦い続けたのでもう既にポーチの中は来るときよりも随分と軽くなった。

 

「……これがラス1か。あと少しだって言うのに魔力が足らねえ」

 

涼夜にはもう既に風氷槍を撃つ魔力が残されていない。それはファナも同様であった。

 

涼夜が風氷槍を撃っている間にファナも魔法+ナイフで3体を倒していた。だが、ナイフと魔力がほとんどなくなり、打てる手がなくなっていた。

 

「………ナイフが尽きた」

 

マグマ蛇の攻撃を回避しながら涼夜の方に下がる。そしてファナは今の自分の状態を涼夜に伝える。

 

「くそっ、そっちもかよ……」

 

(どうするどうするどうする!あと3体を倒す余力なんてないぞ……)

 

涼夜が打てる手を模索している最中、ファナが涼夜の肩を叩いた。

 

「……協力すればいける?」

 

「‼︎ーーああ、いける!」

 

ファナの言葉に閃いた涼夜。それをすぐに実行に移す。

 

「ファナ、俺の土魔法で作った弾丸を風魔法でコーティングしてくれ」

 

「……わかった」

 

ファナに指示を出した涼夜は魔法を行使する。そしてそれに合わせてファナも詠唱をする。

 

「《錬成》!ーーー土たちよ、一つになり弾丸とかせ《土弾》」

 

「ーー風よ、鎧となれ《風鎧》」

 

涼夜が作り出した3つの土弾丸にファナの風鎧が纏われる。

 

「「ーー《螺旋弾》」」

 

2人の言葉とともに弾は一直線にマグマ蛇の核へと突き進む。そしてマグマ蛇はそれを防げず、弾が核をきっちり撃ち抜いた。それで形を保てなくなったマグマ蛇はマグマに落ちて同化した。

 

そしてしばらく沈黙が流れる。動くものは何もなく、気配もない。

 

「……もうこないな」

 

「……うん」

 

「……」

 

「……」

 

「ーーっしゃあ!勝った!」

 

「……ふう」

 

涼夜は勝どきをあげ、ファナは終わった事に安堵する。ひとしきり叫び、気持ちが落ち着くと疑問が湧いてきた。

 

「……そういえばなんで終わったんだ?」

 

「………あれ」

 

そう言ってファナが指差した場所には光っている鉱石が等間隔に並んでおり、ざっと100は並んでいた。

 

「……ああ、なるほど。最初光ってなかったことから察するにあれは討伐数の事か。だから途中で減ったんだな」

 

涼夜はその事に気づくと脱力して座り込んだ。決死の覚悟で挑まなくても終わりがある事が事前にわかったのに見逃していた事に残念がった。

 

ゴゴゴゴゴ!

 

何かが動くような音がすると島の中央にあったマグマのドームがなくなり、中から漆黒の建造物とその傍らに数センチ浮いた円盤が鎮座していた。

 

「……ここに涼夜が求めているものが」

 

「行こう」

 

そう言って涼夜とファナは建造物の中に入っていった。

 

 




今回出た魔法の解説
【風氷槍】水魔法で氷を作り、それを風魔法を纏わせて回転させながら射出。マグマのような高熱でも風が熱を遮るので本体に届く。
【氷槍破】氷魔法単体。氷の槍を作り、射出。そしてそれが相手に当たると中から氷を枝のように拡散して穿つ。かなりエグい技。
【暴音嵐刃】風魔法単体。上級魔法に匹敵する魔法で無数の真空波を生み出し攻撃する。余波で衝撃波も生むのでほぼ回避不能。ただ詠唱がそれなりに長く、集中力が必要なのが難点。
【螺旋弾】複合魔法。土の弾丸を作り、それに風を纏わせ回転をつけて射出。弾は人の顔の大きさで、先端がドリルのように尖っている。殺傷能力の高い魔法。
技能【平行詠唱】同時に二つの呪文の詠唱が可能に。涼夜が無意識で使っている技能。

うん、文句はあるかもしれない。すいません。


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神代魔法

……上手く書けなかった。

今回は繋ぎ回なので内容はかなり薄いです(ここ最近ずっと薄い気もするが)。

お気に入りが減っていたのは一体何が原因なんだ……


涼夜たちは漆黒の建造物に入るために扉を探すが見つからず、唯一見つかったのは紋様が刻まれた壁だけだ。

 

「……これか?」

 

紋様がキーになると思い、触れる涼夜。すると壁が開き、中への道が現れた。

 

建造物の中には中央に魔法陣があり、部屋の隅には古ぼけた箱があった。

 

「……魔法陣は何が起こるかわからない。先に箱の方を確認するぞ」

 

涼夜は箱の前まで移動する。箱からはファナの魔力眼と涼夜の危険察知に反応がなかったのでトラップはない。蓋をあけると、中にはいくつかのアーティファクトやこの世界の地図などがごちゃまぜに入っていた。

 

「……あった?」

 

涼夜が中身を確認していると後ろからファナが涼夜の手元を覗きながら聞いてきた。

 

「いや、恐らく俺が求めていたものはない」

 

結局、中にあったのは長剣、短剣、杖という付与魔法がついた武器と鎧などの防具類だけで蘇生が可能とされるものは存在しなかった。

 

「……そっか」

 

「まだ希望がなくなった訳じゃない。他の迷宮にも行ってあるか確かめる」

 

涼夜は箱の中身の中で自分たちが使えそうな物だけ選別する。涼夜は雷が付与されている短剣、ノータイムで聖絶を打てる杖と魔力耐性が付いている鎖帷子を、ファナは気配を隠蔽するマントと風の斬撃を飛ばせる短剣をそれぞれ自身の装備として身につけた。

 

残りはメルドとの約束により王国に持ち帰るつもりだ。

 

全てを箱の中から出し、今回の攻略で軽くなったバックパックの中に詰めようとするとファナが何かを発見した。

 

「……涼夜、箱の底に何か埋め込まれてる」

 

「……ああ、本当だ。なんだこれ、指輪か?」

 

涼夜が箱の底から錬成で取り出したのは指輪だった。何やら魔法陣らしきものが刻まれているが涼夜が全く見たことないものだったので使い方がよくわからなかった。

 

「まあ一応、貰っておくか」

 

使い方はわからないが箱の底に埋まっていたものなら重要だと思い、自分の指にはめる。

 

そして残りのアーティファクトをバックパックに詰め込めるだけ詰め込む。それが完了するとこの部屋で異彩を放つ魔法陣の前に立つ。

 

「先に俺が入る。危険は少ないが、もし転移魔法陣だったら追ってくるな」

 

「……それはだめ」

 

「なんでだよ」

 

「……私も一緒に入る」

 

「………………はぁ、わかったよ」

 

前回のやりとりからファナが折れないと学んだ涼夜。ファナへの説得は諦め、了承する。

 

2人は一緒に魔法陣へと入る。すると魔法陣が発光して目の前が真っ白に染まる。2人が突然の発光に驚いた直後、グリューエン大火山での旅の様子が頭の中を走馬灯のように駆け巡る。それが最後まで終わると今度は何かが頭の中へ流れ込んでくる。脳に刻み込んでいるのか多少の痛みが生まれる。

 

「ーーっ」

 

顔を顰めるのも一瞬。涼夜たちは流れ込んできたものの正体がわかり、痛みより驚愕の方が強くなった。やがて痛みがなくなり光がやむ。

 

「…神代に存在していた魔法、空間魔法か」

 

「……凄い。これで強くなれる」

 

空間魔法の力を刻み込まれると同時に理解した涼夜。既存の魔法と比べると異常とも言える力だ。

 

「ファナ、使えそうか?」

 

「……使えると思う」

 

「そうか。なんにせよとりあえず今日はここで休むか。流石に回復しないと帰りがきつい」

 

そう言って部屋の隅に腰を下ろす涼夜。かなり脱力しているのをみるに相当疲労が溜まっていたのだろう。ファナもそれに倣い腰を下ろす。涼夜の隣に。

 

「………おい、なんで近くに座るんだよ。他に空いている場所があるだろ」

 

露骨に嫌そうな顔をしてファナに文句を言う。だがファナはそれを無視して動こうとしない。

 

「……はぁ」

 

涼夜は動こうとしないファナにもう何も言わず、ため息を吐く。無駄な体力を使いたくはないのだ。

 

「……」

 

「……」

 

「……ねえ」

 

お互い疲れており、沈黙が続いたが不意にファナが声を出す。

 

「なんだよ」

 

「……さっきの戦い、私の事を名前で呼んだよね」

 

ファナに指摘され涼夜はバツが悪そうな顔をする。涼夜にはほとんど無意識だったが確かに名前を呼んだ覚えがある。

 

「……ああ、呼んでた気がするな。気に障ったか?」

 

「…ううん、仲間として()()()()()()ようで嬉しかっただけ」

 

ファナは少し嬉しそうに、そしてどこか儚げに笑う。少しファナの笑顔に見惚れながらも涼夜はファナの言葉に引っかかりを覚えていた。

 

(認めてくれた……か)

 

「………そうか」

 

「……」

 

「……」

 

「……私、先に寝るね」

 

ファナは沈黙が辛かったのか断りを入れて眠りにつく。

 

涼夜はファナが言った言葉について考えていた。

 

(……俺はファナの事を仲間として認めているのか?まだ邪魔者としてみているのか?それとも便利な物扱いか?

 

……わからない。自分の気持ちなのに。

 

ファナが居てくれたお陰で攻略が上手くいったのは事実だ。俺だけじゃ攻略に時間がかかっていたし、何より死んでいた可能性だったある。

 

なら、俺はファナを認めているのか?

 

ファナを信用しているし、ファナの手助けをしてやりたいと思っているけどファナを切り捨ててでも目的を果たそうとも思っている。

 

……というかそもそも俺は他人を信頼しているのか?利用しようと考えているだけなんじゃないか?

 

あ〜クソ!わからねぇ!

 

……寝るか)

 

涼夜の中で答えは出ず、モヤモヤは消えないまま眠りについた。

 

 

***************

 

 

翌朝、回復した涼夜たちは建造物の外にあった昇降機の円盤に乗って火山の前まで移動した。そして隠していたマウンテンバイクで半日かけてアンカジ公国に戻った。

 

「……さて、俺は一旦王国に戻る。だが俺の事情でオルクス大迷宮には潜れない。

……それでもファナは付いて来るか?」

 

ついた時には陽も沈んでいたので公国内で早々に宿を取り、荷物を部屋に置く。そしてひと段落つくと部屋の中で涼夜はファナに尋ねる。

王国に戻っても戦いは基本ないし、涼夜は死亡扱いになっているのでオルクス大迷宮などの名前が記録される場所はハジメが助けられる環境が整うまではいけないのだ。

 

「……付いて行く」

 

故に付いてこないと思っていた涼夜は驚きを感じる。

 

「いいのか?迷宮には当分潜れないぞ」

 

「……うん。行くところもないし、涼夜と旅をしている方が強くなれそう」

 

涼夜から強くなるために色々教えてもらったり、強い敵と戦ったりしたファナにしてみれば涼夜と一緒に旅をする方が強くなると思った。それ以外にも理由があったがそれは心の内に留めておく。

 

「…わかった。ならここに留まる必要はないから明日ここを発つ。用意はしておいてくれよ」

 

「……うん」

 

今後の話は終わり、寝るまでの時間はそれぞれ食事を摂ったりと自由に過ごした。

 

そして翌日に物資の用意をして公国を発った。

 

 

 

***************

 

 

 

公国に向かった時よりも遅い二週間という時間をかけてかけてようやくフューレンにたどり着いた。なぜかというと空間魔法の練習をしていたからだ。空間魔法は上級魔法よりも魔力を消費するのでマウンテンバイクに回せる魔力が減ったためである。

涼夜は何度もの詠唱により理論理解で空間魔法の真髄すら凡そ理解した。ファナは涼夜みたいなチートは持っていないのでようやく空間を斬ることができるようになったぐらいだ。

 

「……そういえば前回はこの街全然見て回れなかったし、今回は回るか」

 

フューレンの宿で警備の良い宿を取り、部屋で一息ついていたとき、不意に涼夜が窓の外を見ながら呟いた。窓の外からはいろんな露店が見えるのでそれを見て回りたくなったのだろう。

 

「俺は露店見に行くから鍵をーー」

 

「……私も行く」

 

「……え?マジ?」

 

涼夜が断ってから出かけようとするとまさかのついて行くという返しに思わず聞き返してしまった。

 

「…私も買いたいものがある」

 

強くなること以外には興味がないと涼夜は思っていたがどうやら違うようだ。

 

「じゃあ一緒に行くか」

 

涼夜とファナは警備が厳重な宿なので荷物は置いていっても大丈夫だと考え、大事な荷物だけを持ち部屋を出た。

 

さすが商業都市と言うべきか露店はかなり賑わっており、涼夜が見たこともない商品が売ってあったり、水族館などの娯楽施設もあって観光するにはもってこいの場所だった。

 

涼夜は露店を巡り歩き、商品を物色していく。珍しい商品なんかがあると立ち止まってゆっくり吟味したり、商品を見て調合のアイデアを膨らませたりした。

こういうのが楽しく、ちょっとはしゃいでいた涼夜だったがファナが隣でただ見ているだけで時折影を落としていたので気になって尋ねてみる。

 

「……なぁ、どうしたんだ?他に行きたいところでもあるのか?」

 

ファナは首を振りながら無理に笑顔を作りながら答える。

 

「……ちょっと昔の事を思い出していただけ」

 

ファナはちょうど露店で買い物をしていた親子を見つめてかつての自分を重ねて遠い過去を幻視する。

父親の手を引きながら笑顔で歩く少女。引っ張られながらも笑顔でついていく父親。それを後ろからほっこりした顔で見守る母親。

そんな風景がファナのみならず、ファナの哀愁漂う姿と言葉から想いを察した涼夜にも浮かんでくる。

 

「……次、行こうよ」

 

「…あ、ああ。そうだな」

 

それも一瞬。ファナはすぐに普段の雰囲気に戻り、涼夜に先を促す。涼夜はそれをみて、ちょっとだけどうにかしてやりたいと考えていた。

 

 

 

「買いたいものはなかったのか?」

 

「……うん」

 

結局、ファナが欲しかったものは見つからなかったらしい。途中、何個か目に留まったものがあったのか少し立ち止まったりしていたが手に取らずに素通りしていた。

 

「……まあ、なんだ。…また探しに来よう。今度くればあるかもしれない」

 

気遣いの言葉をかけようと涼夜は頭の後ろを掻きながらなれない事を言う。それにファナは一瞬目を見開いていたがすぐに笑顔になってお礼を言った。

 

「……ふふっ、ありがとう」

 

涼夜は肩を竦め、なんでもない様に装う。だがファナに見透かされているような気がして照れくささから少し顔が紅くなっていた。

 

 

***************

 

 

あの後宿に戻り、装備の点検、補充などをして翌日。涼夜たちは金銭が必要だったので依頼を受けるためにギルドにやって来ていた。

 

「討伐系ってないのか?」

 

「……倒したかわからないから基本ない」

 

掲示板を見ながら呟く涼夜。依頼としてあるのは護衛系や採取系、捜索系のものばかりで討伐系のものはほとんどない。ファナが言うようにゲームのように討伐数をカウントなどできないので基本は駆除や排除の依頼が出るくらいだ。駆除なども今は魔物の生息区域がほとんど変わらないので出回ることは少ないのだという。

 

「なるほどな。なら適当に魔物狩って素材を換金した方が依頼受けるより楽か」

 

「……うん、一番効率がいい」

 

「よし、それで行こう」

 

依頼を受けないことに決め、涼夜はギルドの出口に向かおうと出口の方に一歩踏み出すとするが、なにかをみて固まってしまう。何事かとファナが涼夜の視線の先を見ると、そこには兎人族の女性と金髪の少女、そしてその2人に挟まれながら()()()()()()()()()()()がちょうどギルド内に入ってくるところだった。

涼夜が固まっている間に少年たちがこちらにやってきた。そして白髪の少年も涼夜を見た瞬間に同じく動きを止めてしまう。

 

「ーーーハジメ、なのか?」

 

声を絞り出すように呟く涼夜。

 

「……涼夜」

 

そう少年が呟くのが聞こえると涼夜の頰に暖かいものが流れた。




ハジメをどう動かせばいいのかわからない…

感想、評価待ってます!


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再会前 ハジメ

私は暗い話が好きなのかな……

お気に入りが増えてました!ありがとうございます!

そして評価を下さった風戸さんありがとうございます!

これはちょっと頑張らねば……


 

時間は遡る。

 

ハジメがユエと共にオルクス大迷宮の攻略を終え、オスカーの住居区で英気を養っている頃、ハジメは手に入れた錬成魔法でアーティファクトを生成しているとユエからある事を聞かれた。

 

「……涼夜って誰?」

 

「ーーーーは?ユエ、なんでその名前を知ってるんだ?」

 

ハジメはユエから言われた言葉が余りにも予想外すぎて固まってしまった。

 

「…………眠っているときに言ってた」

 

「マジかよ」

 

ハジメは思わずうな垂れた。流石に男子の名前を呟いているのを聞かれるのは思春期の男子が親にエロ本を見つけられたぐらいの羞恥を感じる。

 

ハジメはできれば言いたくはなかったがユエが催促するようにじっと見つめてくるので仕方なく言う。

 

「……涼夜はオレの親友ーーーだった奴だ」

 

「……()()()?」

 

ユエはハジメの妙な間に違和感を感じた。ハジメが自分の気持ちを押し殺しているような、そんな違和感。

 

「……こんな話はいいだろ。それよりもーー」

 

「……ダメ。ちゃんと話して。ハジメの事もっと知りたい」

 

ハジメは話を強引に切り、逃げようとするがそれをユエが許さない。この機会を逃せばもう二度とハジメは話さないし、決定的な何かを失ってしまう。そんな確信がユエにはあった。

 

「……はあ、わかった。けどこれを聞いたらユエは軽蔑するかもしれない」

 

「…そんな事ない。私の居場所はハジメ(ここ)だけ。決して()()()()()

 

「…ありがとな、ユエ」

 

「ん……」

 

ハジメはユエが絶対の約束をしてくれた事に感謝しながら頭を撫でる。そして涼夜について話し始める。

 

「……涼夜とはこの世界に来る前なら親友といっても良かった。だが、この世界に来た後は何か涼夜との差を感じていた。嫉妬していたんだ」

 

「……ハジメが嫉妬?」

 

ユエが首を傾げるのをみて思わず苦笑が出るハジメ。

 

「前に言ったろ?オレはここに落ちる前は《無能》だったって。……続けるぞ」

 

ハジメは懐かしむように、そしてどこか辛そうにポツリと話す。

 

「…涼夜はオレとは違って有能だった。他のやつから期待されていた。なのに《無能》と呼ばれたオレと一緒に生き残る術を模索してくれたり、オレの味方でいてくれた。

…それが涼夜の優しさだとわかっているが辛かった。自分との差をさらに感じることになったからだ。嫉妬でオレの心の中で涼夜との距離ができてしまった」

 

(……涼夜は気づいてないだろうけどな。)そうハジメは自嘲して続ける。

 

「そしてオレは奈落に落ちた後、嫉妬していたにも関わらず涼夜に頼ろうとした。『涼夜、助けてくれ』ってな。涼夜ならなんでもできる、きっと助けてくれると心のどこかでずっと思っていたんだろうな。

でも、それで助けに来なくて理不尽な怒りを持ってしまったんだ。『なぜ助けに来ないんだ!』と。……後から考えるとあんまりだよな。

 

だから今、こうして改めて考えてみると、オレは涼夜を親友って呼んじゃいけないと思ったんだ。こんな考えをするやつが名乗っていいものじゃない。

だから過去形なんだよ」

 

ハジメはそう締めくくる。笑顔を浮かべて。

 

「……そう。

 

………じゃあなんでハジメはそんなに()()()なの?」

 

ユエはハジメに持っていた鏡を見せる。そこに映ったのは笑おうとしているが沈痛な面持ちで今にも泣き出しそうな顔をしている自分自身だった。

 

「…………は?なんでーーー」

 

ハジメは意味が分からなかった。思い出は思い出(過去)であり、今は割り切っているはずだ。なのにこんな顔をしているのはおかしい。

 

「……ハジメ自身が親友じゃなくなったってことを否定しきれてないから」

 

「オレ自身が?」

 

「……ん。もっと涼夜って人やこの世界に来る前のことを話して。話しているうちに気づくこともあるはず」

 

ハジメは話すのを一瞬躊躇った。こんな事を話したところで何に気付けるか全く分からなかった。だがハジメがユエを信じる事が出来ないならこんな関係にはなっていない。故にハジメはユエを信じる事にした。

 

「……あんまり楽しい事じゃないけどいいのか?」

 

「……ん、聞かせて」

 

ハジメはユエにこの世界に来る前の事を語った。両親の事、高校で涼夜に出会った事、涼夜と一緒にふざけあった事、学校で目の敵にされていた事、思い出せる範囲でいろんな事を語った。そんなハジメを感情豊かに(ハジメにしかわからない程度)聞くユエにハジメも興が乗ってつらつらと語る。

気づけば正午ごろに話し始めたのに既に辺りが暗くなるまで話し込んでいた。

 

「ーーっと、もうこんな時間か。あんまり面白い話でもなかっただろ?」

 

「……そんな事ない。ハジメの事を聞けて嬉しかった。それにーー」

 

ユエは言葉を止め、何故か嬉しそうに、

 

「ーーハジメが涼夜って人のことを大切にしているってわかったし、相手もそうだってわかったから」

 

そう、言い切った。これにはハジメも驚いた。何故そんな事がわかるのかと。

 

「……その人の話をしている時のハジメは嬉しそうだし、話の中で毎回ハジメのために動いてくれてる。これだけわかれば十分」

 

「……そんなに嬉しそうだったか?」

 

ハジメが聞くとユエは頷いた。だがその後ちょっとむくれながら「……私といる時よりも」と呟いたのでハジメがユエを抱きしめ、頭を撫でてしまったのは悪くないはずだ。

 

「んっ……」

 

ユエは気持ち良さそうに身を任せて撫でられ続けた。

 

「……オレは涼夜と親友でいたいってまだ思っているのか」

 

ユエを撫でながらハジメはようやく理解した自分の心の内を呟く。それを理解すると同時に色んな不安に襲われた。性格が変わってしまった事を理解されないかも、忘れられているなどの不安に。

そんな事を思い、少し沈んでいると撫でていないもう片方の手に温もりを感じた。

 

「……きっと大丈夫」

 

ユエがハジメの手を握って慈愛に満ちた表情で諭す。ハジメは心の内を見透かされたのに目を丸くするがすぐに笑顔になりユエにお礼を言う。

 

その後2人が何をしたかは想像に任せよう。

 

 

 

***************

 

 

 

それから時間は進み、シアが仲間になって挑んだライセン大迷宮での事。

 

ハジメたちはミレディのうざい彫り字やトラップにイライラしながらも進んでいき、最奥でミレディのゴーレムを倒し、神代魔法《重力魔法》を手に入れた後。

 

宝物庫を寄越せと脅すハジメにミニ・ミレディからある事を言われた。

 

「ーーさっきから説明してる通り、迷宮の維持に必要だからあげられないって。ーーーそれよりも《万能者》って知ってる?」

 

「ーーーっ……何の事だ?それよりも早く《宝物庫》を寄越せ」

 

ミレディが会話の途中に急に混ぜてきた言葉の内容にハジメは一瞬動揺してしまう。その動揺をミレディは見逃さなかった。

 

「ふーん、なるほどね。ならその子に言っておいてよ、『この迷宮に挑め』って。……だから、あげないってば!」

 

ミレディが喋っている間にハジメが《宝物庫》を奪おうとするので声を荒げながらミレディは逃げる。ヒョイヒョイと躱すミレディは尚も言葉を続ける。

 

「《万能者()》は希望であり、危険因子なんだ」

 

そういうとミレディは壁際の天井付近のブロックに乗り移る。

 

「それはどういうーー」

 

ハジメはミレディの言葉の真意を尋ねようとするがそれは叶わなかった。

 

「ーーもう、人の話を聞かない人には強制的に出て行ってもらうよ!ええいっ!」

 

ミレディは天井から垂れ下がっている紐を引っ張った。すると「ガコン!」というトラップが作動した音が響き、轟音と共に四方の壁から途轍もない勢いで水が流れ込んできた。正面ではなく斜め方向へ鉄砲水の様に吹き出す大量の水は、瞬く間に部屋の中を激流で満たす。同時に、部屋の中央にある魔法陣を中心にアリジゴクのように床が沈み、中央にぽっかりと穴が空いた。激流はその穴に向かって一気に流れ込む。

 

「なっ!てめぇ」

 

ハジメはこの状態がまさに便所のようだと気づき屈辱に顔を歪める。

 

「嫌なものは水で流すに限るね☆」

 

ミレディのうざったい声が聞こえる。ユエは咄嗟に全員を激流から飛び出させようと魔法を発動させるがミレディの重力魔法によって阻まれる。

 

「それじゃあねぇ~、迷宮攻略頑張りなよぉ~」

「ごぽっ……てめぇ、俺たちゃ汚物か! いつか絶対破壊してやるからなぁ!」

「ケホッ……許さない」

「殺ってやるですぅ! ふがっ」

 

人を汚物のように流すしているというのに呑気に喋るミレディに捨て台詞を吐くハジメたち。激流に呑まれる瞬間、ミレディがボソッと呟いたのをハジメは聞き逃さなかった。

 

「《万能者()》が呑まれないように気をつけてね」

 

 

 

 

***************

 

 

 

「……ハジメ、考え事?」

 

「……ミレディ大迷宮での事をな」

 

護衛任務中、ハジメがオルクスでの事やミレディが呟いた言葉について考えているとハジメの思案顔に気づいたユエが尋ねてくる。

 

「……《万能者》の話?」

 

ここ最近あった事でハジメが考えるような事など万能者の話しかなかったのでユエはそう尋ねるとハジメから肯定として返ってきた。思ったよりも複雑な返しだったが。

 

「……ああ。《万能者》は前に話した涼夜ってやつの天職なんだ」

 

「…………」

 

「えっと、涼夜って方は誰なんですか?」

 

涼夜の事が分かっているユエはハジメの答えを聞くと難しい顔をして黙る。涼夜の事を知らないシアは首を傾げおずおずと尋ねる。

 

「……オレの親友だ」

 

「ええっ!ハジメさんに親友なんていたんですか⁉︎」

 

シアはハジメのような傍若無人の振る舞いをする人に親友と呼ぶ相手がいた事に驚きを感じ得なかった。たしかにいつもシアのように興味のない相手には冷酷なハジメが親友などと呼ぶのは違和感があり過ぎだった。

 

シアの驚きように額に青筋を浮かべるハジメ。ユエにシアに甘くしろと言われているがこれは流石に看過できなかった。

 

「おい、駄ウサギ。どういう意味だ」

 

ハジメはシアの頭を捕まえ、アイアンクローをかます。

 

「きゃあああ、ハジメさん、すいませんでした!だからやめてくださいですぅ〜」

 

そこまで怒ってはいなかったので手を離すハジメ。ただ調子に乗りそうだったので釘をさす意味でやっただけだ。

 

「うぅ、痛いですぅ」

 

シアは痛みに蹲り、顔をさする。それをユエがよしよしと撫でているのをみてハジメはかなり仲良くなったものだと素直に思った。

 

「……むぅ、わからない」

 

ユエは万能者について考えていたようだが結局答えが出ず、思わず唸る。オスカーの住居区にも万能者についての記述もほとんどなかったし、判断材料が少なくて考えても意味がなかった。

 

「オレもさっぱりだ。だがミレディの言葉が何にせよ涼夜に会うことは当分ない。会うその時が近くなるまでに考えればいいさ」

 

「……」

 

「……なんかフラグっぽいですぅ」

 

呑気に言うハジメ。その言葉を聞いてフラグっぽい感じがするとユエとシアは危惧する。実際その通りでハジメは涼夜の事を後回しにしたのを後悔することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハジメさん、フューレンが見えてきましたよぉ」

 

あれから数日後、ハジメたちが護衛していた商隊はフューレンに到着した。

 

「…ようやくか。長かったな」

 

ハジメたちは検問を通過し、都市内に入る。途中、一悶着あったがここでは割愛しよう。

 

ハジメたちは護衛任務を終えたので依頼完了の報告をするためにギルドに向かう。

 

「とりあえず宿取ったら少し観光でもするか?」

 

「……ん」

 

「したいですぅ!」

 

ハジメが観光の提案をして2人が賛同したりしてそれについて話しながらギルドに入る。

 

依頼完了の報告をするためにまずはカウンターに向かおうとするが途中の掲示板の前で1人の男と少女が立ち止まってこちらをみていた。

最初ユエとシアに見惚れているバカなやつかと思ったがその男はハジメをずっと見つめており、しかもここにいるはずのない者に酷似していた。

 

思わず足を止めてしまい、少しの間沈黙が流れる。すると向こうが沈黙を破り、掠れたような声を出した。

 

「ーーーハジメ、なのか?」

 

その声は凄く聞き慣れた声であり、その人物が容易に分かってしまった。

 

「……涼夜」

 

ハジメは突然の再会に困惑しながらその人物ーー涼夜の名前を呼ぶ。すると涼夜の頰を涙が伝った。

 

「ハジメッ!」

 

涼夜の涙にさらに困惑を深めるハジメだったが涼夜の次の一言で何かが氷解していった。

 

「……ごめん、助けられなくて。

 

ーーーーそして、生きてて良かった」

 

ハジメは自分の心の中で何か温かい物が生まれるのを感じながらこう答えた。

 

「……ああ、迷惑かけたな」




オリジナル要素って大事ですよね。

多分次は早めに出ると思います。


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再会

ごめんなさい。早く書くなんて無理でした。私の技量不足です。

内容も進んでないし、これでいいのかと悩む始末。
文才が欲しい。


涼夜は流れ出た涙に気づくことなく、ハジメに近付きハジメの肩を掴んだ。

 

「……ごめん、助けられなくて」

 

涼夜はあの時の光景を思い出しながら感情を吐露するように言う。後悔、自責、無力感……そんな感情が混ざり合った声だ。

 

「ーーーっ!」

 

「…そして、生きていてくれて良かった」

 

顔を上げた涼夜は笑顔でそういった。そこには友の無事を喜ぶ1人の少年がいた。

 

「……ああ。迷惑かけたな」

 

涼夜はようやく自分が泣いている事に気付いたのか慌てて目元を拭い、「……悪い、みっともないところを見せた」といって、近くの席に座るようにハジメたちを促した。ハジメたちも断る理由はなかったので向かい合うように座った。

 

「……えっと、まあ、色々聞きたいことはあるけど、まずはそっちの2人は誰?」

 

涼夜がハジメと一緒にいるユエとシアを見ながら尋ねる。ハジメしか見えていなかったようだ。

 

「……私はユエ。ハジメの恋人」

 

「シアですぅ!ハジメさんの恋人ですぅ!」

 

「……え?ハジメ、いつからそんなプレイボーイになったんだよ……」

 

ハジメの恋人だと自己紹介する2人に驚愕の表情を浮かべ、ハジメを見る涼夜。ファナに至っては少し引いている。ハジメはシアを小突き、ため息を吐くと訂正を入れる。

 

「なってない。2人ともオレの仲間で、ユエは恋人だがシアは違う」

 

「把握した。

 

……つまり、ハーレムを築くんだな?」

 

「おいこら、どうしてそうなった」

 

涼夜の的確?な返しに頰をひくつかせ、怒りを覚えるハジメ。

 

「まあ、それは置いといてこっちの自己紹介もした方がいいな」

 

「置いとくんじゃねぇ!」

 

適当に流して話を進めようとする涼夜にキレるハジメ。そんなハジメをみて涼夜は驚き、笑みを浮かべる。

 

「……お前、変わったな」

 

「……涼夜は変わらなさすぎだ」

 

ハジメは召喚前の事を思い出して笑みをこぼす。全く変わっていない親友をみて自分の心配は杞憂だったと思った。

 

「あのハジメさんが弄られていますよ。あの人一体何者ですか」

 

「……あの人、すごい」

 

ユエとシアが2人でコソコソと何かを話しているがハジメと涼夜はスルーする。もういちいち構っていられなかった。

 

「ユエさんとシアさんでいいのか?俺は涼夜。こっちはファナ。……そういえば俺たちってどういう関係?」

 

涼夜は脱線したが自己紹介を続けようと自分の名前を名乗り、ファナを紹介する。それに合わせてファナはフードを被ったまま会釈する。ユエたちが関係性を説明してくれたのでこちらも話そうとするが自分たちの関係性が曖昧なのを思い出しファナに尋ねる。

 

「……仲間?」

 

ファナも疑問形で返すあたりどれだけ曖昧な関係だったかわかるというものだ。

 

「……まあ、それでいいや」

 

「いいのか、それで」

 

ハジメはこの適当なやり取りに思わずつっこむ。絶対何か訳があるだろうと。それでも涼夜はちゃんと考えることはなさそうだったのでハジメが話の転換を図る。

 

「……そういえばなんで涼夜はここに?」

 

「俺か?俺はお前を助けるために迷宮のアーティファクトに頼ろうとして迷宮巡りだ。結果は違ったし、徒労に終わったけどな」

 

涼夜は迷宮時の苦労を思い出してか苦笑しながら答える。

 

「……迷宮に潜ったのか?」

 

涼夜の言葉に驚きを隠せないハジメたち。迷宮は常人が挑んだら確実に死んでしまう代物だ。それに2人で挑んだとなるとハジメたち同様、化け物レベルである。

 

「ああ、グリューエンをな。死にかけたけどなんとか攻略できたわ」

 

「なら、神代魔法やこの世界の事を知っているんだな」

 

「神代魔法は知ってるが、この世界のことなんて知らんぞ」

 

涼夜の答えにハジメは解放者の面々に不満を覚える。なんで攻略者に神代の話をしない迷宮があるんだ、と。

 

面倒くさそうにしながらもこの世界の出来事について語るハジメ。他人にはこんな事話さないだろうが、涼夜相手ならお人好しになってしまう。

 

ハジメが話終えると、涼夜とファナは苦々しい顔をする。涼夜は異世界召喚への怒りとこれから先の行動が困難を極める事への憂い、ファナは元凶への復讐心と届かない存在への虚しさで。

 

「……つまりは『神が世界でゲームをしてるからぶっ殺そうぜ』ってことか」

 

「概ね合ってるな」

 

涼夜のあまりにも酷い簡潔な言葉に肯定を示す。その答えを聞いて自分の考察を交えながらハジメたちの行動を考える。

 

「それでハジメたちは迷宮を回って神代魔法を集めているのか」

 

「ん?違うけど」

 

「「え?」」

 

ハジメの言葉に思わず聞き返してしまう涼夜とファナ。この話をしたという事はそういう事なんだろうと思っていた2人は懐疑的な目をハジメに向ける。

 

「……オレの目的は元の世界に帰るためだ。正直、オレはこの世界の事なんかどうでもいいし、勝手にやっとけって話だ」

 

ハジメは最初本心を話すべきか迷った。だがこれで本心を話せないなら親友でもなんでもないと感じ、話した。これで嫌われるならその程度という事だ。

 

「……へぇ、なるほどな」

 

そういうと涼夜の雰囲気が変わる。瞳の奥が鋭利で冷たくなり、隣に座っているファナは自然と体を固くする。こんな雰囲気の涼夜は見たことなかったからだ。席を共にしているユエとシアも同様だ。ハジメだけはただずっと涼夜を見つめていた。

 

「ーーーーーーーーー」

 

涼夜は何かを呟いた。だがそれは誰の耳にも届く事はなく、ハジメ達は聞き返そうとしたがそれよりも早く涼夜は先を述べた。

 

「まあ、ハジメの考えは俺も一つの事情を抜いて同意見だ。この世界に付き合っているのも馬鹿馬鹿しいし、さっさと帰るに限るな」

 

涼夜はさっきの鋭い雰囲気は嘘であるかのように柔らかい雰囲気になる。

 

雰囲気の変化に戸惑い、誰も言葉を発さない中、涼夜は不躾な視線を感じ取りその方向に視線を向けると酷く不快な顔をする。ハジメたちも気づいていたようで不快感を露わにする。

 

「……面倒だな」

 

視線の先には豚のような生物がいた。身なりは整っているので貴族かなんかだろう。ユエやシアに舐め回すような視線を向けてくる(ファナはユエたちと同等のレベルだがフードを被っているので気づかれてないない)。

 

豚はこちらにやってきてユエとシアを見やるとハジメと涼夜に向かって「2人を寄越せ」と言った。その瞬間、ハジメから猛烈な殺気が溢れた。

 

「「ーーっ!」」

 

涼夜とファナは当てられてはいないがその余波を感じ、本能的に逆らってはいけないと思わせられた。

 

豚は腰を抜かして失禁しており、周りでこちらを見ていた冒険者たちも小刻みに震える者や、気絶してしまう者がいた。

 

「……場所を変えるぞ」

 

威圧を解いたハジメが立ち上がり、出口に向かって移動する。それにならい涼夜たちもついていく。

 

だが、それは出口の前に立っている筋肉質な男に阻まれる。その男は豚の護衛らしく、豚から指示を受ける。

 

「レガニド! そのクソガキを殺せ! わ、私を殺そうとしたのだ! 嬲り殺せぇ!」

 

「坊ちゃん、流石に殺すのはヤバイですぜ。半殺し位にしときましょうや」

 

「やれぇ! い、いいからやれぇ! お、女は、傷つけるな! 私のだぁ!」

 

「了解ですぜ。報酬は弾んで下さいよ」

 

「い、いくらでもやる! さっさとやれぇ!」

 

そんな会話が目の前で繰り広げられる中、涼夜は面倒くさそうに呟く。

 

「あれの相手しないといけないのか。……ファナ、あれーーー」

 

「……もう終わった」

 

涼夜がファナに何か言おうとするがその前に既に何かを終えたファナが()()から歩いてきた。

 

「え、もうやったの?早くね?」

 

「……ちょっとイラッとしたから」

 

涼夜とファナの会話に疑問を浮かべるユエとシア。何をしたのか尋ねようとしたが、それは次に起こった光景が教えてくれた。

 

「おう、坊主。わりぃな。俺の金のためにちょっとーーーーくっ!」

 

レガニドと呼ばれた護衛がいきなりふらふらし出して倒れたのだ。その光景に唖然とする一同。

 

「……麻痺毒か?」

 

唯一、ハジメだけがこの状況を理解していた。だが、理解しているからこそ恐怖を覚えた。

 

「ああ、俺謹製の麻痺毒だ。ファナがそれを塗ってあるナイフを使って血管を切っただけだな。当分は動けないだろ」

 

涼夜が片膝立ちで何とか立ち上がろうとしているレガニドを見ながら言う。一応警戒しているが即効性が高く、魔物にも耐性がなければきちんと効く代物なのでそのうち指1本も動かせなくなるだろう。

 

「……色々言いたいことはあるがそれは後にしてーー」

 

そう言いながらハジメは豚に近づいていく。豚はギャアギャア叫んでいるが御構い無しに顔を踏みつけ恐怖を刷り込んでいく。

 

「ーーー二度と視界に入るんじゃねぇ」

 

そう豚に言い残し、靴のスパイクまで出して徹底的に心を折る。それを止める理由はなかったので涼夜は黙って見ていた。ただ穏便に済ませられたんじゃないかと思いながら。

 

豚の悲鳴やら何やらで一気に騒がしくなったギルド内。これが問題にならないなんて事はなく、ギルド職員がやってきて事情聴取を受けることになる。

 

涼夜達の無罪は周りの冒険者が証明してくれたが、双方の主張を聞くというギルドの規則のせい(豚は意識混濁。レガニドは麻痺で口すら動かせない。息はできる)で当分フューレンを出られなくなった。

 

さらに身分証明のためにステータスプレートの提示を求められる。涼夜とファナは定時したが、ハジメ達は提示できない理由があるのかそれを嫌ったハジメが手紙のような物を取り出し、ギルド職員に渡すと何故か別室に案内された。

 

「これはどういう事だ?」

 

「……こっちも状況が飲み込めない」

 

涼夜が尋ねても状況を起こした本人にすらわからないようで明確な返答が返ってこない。

 

数分待っているとイルワと名乗る人物が入ってきた。その人はギルド長でハジメが出した手紙で身分証明ができたという。それで安堵したのもつかの間、イルワはハジメ達に依頼を持ち込んできた。ハジメは最初拒否していたがギルドの後ろ盾とステータスプレートの内容黙秘という事で了承した。

 

涼夜は依頼を手伝おうとしたが期限内にホルアドに戻れなくなってしまうので断念せざるを得なかった。

 

「どうしてその条件を出したんだ?」

 

部屋から出て、周りに人がいなくなったタイミングで涼夜はハジメに依頼を受けた理由を尋ねた。メリットはほぼ無いように感じたからだ。

 

「この2人がちょっと特殊でな。ステータスは見られたくないんだ」

 

「へぇ、神代魔法もあるけどそれ以上に訳ありって事か」

 

ハジメの言葉から察することができた涼夜。神代魔法だけならハジメがこんなに渋る理由はないはずだと。

 

「まあ、そういう事だな」

 

その予想は正しく的を射ており、ハジメは苦笑いを浮かべるしかなかった。見せられないステータスは誰にでもあるものだ。

 

 

***************

 

 

ギルド長から解放され、ファナと一緒に宿に戻った涼夜。装備の点検などをしていると不意に扉をノックする音が響いた。

 

「誰だ?」

 

「ーーオレだ。入っていいか?」

 

涼夜が了承すると中にハジメが入ってくる。中にファナがいることに内心驚いたハジメは涼夜に向かって一直線に歩いてくると備え付けられている椅子に座った。

 

「どうした?」

 

「…話がしたい。できれば涼夜と二人で」

 

真剣な顔でそう切り出すハジメ。

 

「……ファナ、悪い。ちょっとだけ外してくれないか?……いくところなかったらハジメ達の部屋に居てくれればいいから」

 

「……わかった」

 

そう言ってファナは部屋を出て行く。二人になった室内は静かなものでハジメは何から切り出していいか分からず、沈黙が流れていた。

 

「……さて、何か用があるんだろ?さっさと済ませようぜ」

 

なんとなくだが察しがついている涼夜はハジメに先を促す。

 

「……そうだな、単刀直入に言うぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーオレ達についてこないか?」

 

 

 

 

 

 




過労死しそう。


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別離、そして挑戦

遅くなってすいません。色々、忙しくて……

失踪だけはしませんのでこれからもよろしくお願いします!

一応、ここ分岐です。……書くかはわからないけど。


 

 

「ーーーーーオレ達についてこないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……悪いが、それはできない。約束があるからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「約束?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『戻ってくる』ってあいつらに言ったからな。心配させるわけにはいかないから戻らなきゃいけねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涼夜はハジメの申し出を断った。それは約束を守るためであり、果たさなければならない思いがあるからだ。

 

ハジメは元からそこまで期待はしていなかったのか理由を聞くとすぐに引き下がった。ハジメに大切な物や譲れないものがあるように涼夜にも大切な物や譲れないものがあるとわかっていた。

 

「……それだけか?」

 

涼夜はこの為だけに来たのかと聞いた。この内容だけならファナに席を外させる意味はない。

 

「いや、他にもある。涼夜、お前ライセン大迷宮を攻略するつもりか?」

 

「……そうだな、攻略はできることならしたいな。たが場所もわからないからいけないし、何より強くなる為だけならオルクスで事足りるからしなくても平気だな」

 

神代魔法は気になるけどな、と涼夜は苦笑を浮かべる。もう二度と大事な物を失いたくないから強くなりたいとは思っているがそれでも優先順位というものがある。自分がいない時に死んでいたなんてごめんである。

 

「……場所がわかったら攻略するのか?」

 

「する。王国に行く途中にあるなら尚更だ」

 

「……あの人のためか?」

 

そう言ってハジメは今、この部屋にいないある少女を思い浮かべる。涼夜はその言葉にハジメから目を逸らし、まあな、と答える。

 

「……初めはどうでもよかったんだけどな。無理やりついてきて正直迷惑だったが、旅を続けてファナの身の上を聞くと情が湧いてきてな。

……笑っちゃうだろ?赤の他人なんてどうでもいいと思っていた俺が会って数週間の奴のために動くなんてさ」

 

涼夜は自嘲しているように喋るがその顔はどこか嬉しそうで後悔の念など微塵も感じられなかった。

 

「……涼夜の根本はお人好しだよな」

 

「それは空気を読める天之河のようなやつだろ?」

 

ハジメの漏れでた言葉に少し嫌そうに答える涼夜。涼夜に善人だという自覚はない。むしろ冷たいとさえ思っている。関心がなければ関わる気などないし、ましてや誰彼と助ける訳ではないのだ。

 

(……お前が自分から行動したり、怒ったりするのはいつも他人のことだろうが)

 

ハジメは言葉には出さず、心の中でごちる。そもそも涼夜は怒ったりなどはほとんどしないがハジメが知っている中で涼夜は自分のことで怒っている姿を見たことがない。他人になにを言われようとどうでも良さげに受け流しているし、それのための対策なんてまずしない。

涼夜が動くときはハジメのためであったり、八重樫のためであったりと、親しい者が何かされたときだけだ。

ハジメがからかわれたりすると少し雰囲気がピリッとしたものに変わっていることに恐らく涼夜は気づいていないだろう。

 

「…はあ、まあいい。なら涼夜、ライセン大迷宮の場所と概形を教える」

 

「……なるほど、ライセン大迷宮を攻略したのか。助かる」

 

ハジメは涼夜にライセン大迷宮での出来事を語る。一部、伝えられないことを除き、罠の種類や煽りなどを伝える。ハジメの体験からの主観なので少し脚色が入っているが概ね正しいだろう。コンセプト的にはこれ以上ない説明だ。

 

「うわぁ、行きたくねぇ」

 

ライセン大迷宮の内容を聞いた涼夜は心の底から嫌そうに顔を顰める。ライセンの内容を聞いたら間違いなくそう思うだろう。それだけのウザさがライセン大迷宮にはある。

 

「オレも二度と行きたくないが、

 

ーーーーー行ってくれ、頼む」

 

「……何かあるんだな」

 

「……」

 

「……わかった、行くよ。ハジメがそんな風に言うってことはそういうことなんだろ?」

 

「……ああ」

 

ハジメが頷き、返事をすると涼夜は立ち上がり緊張した空気をほぐすためか大きく伸びをする。

 

「よし、じゃあ攻略のための作戦とか詰めるか!ハジメに色々聞きたいこともあるしな」

 

涼夜の提案に頷き、作戦などを詰めていく。罠の対処法や移動方法を話していくうちにふとハジメが笑みをこぼした。

 

「……どうした?」

 

「いや、こんな風に前も色々話し合ってたなぁって思い出してな」

 

「……そうだな」

 

懐かしそうに呟くハジメに涼夜も笑みをこぼす。

 

「さて、あともう少し詰めたら終わりにするか。明日、早く出るんだろ?」

 

「ああ。依頼の内容上、早く見つけてギルドに恩を売ったほうがいいからな」

 

涼夜とハジメは雑談を交えながら作戦を練っていく。その中で涼夜が手に入れた指輪が『宝物庫』だったり、涼夜がハジメの錬成の魔力操作を見て魔力操作が使えるようになったり、ギルドでのファナの行動について話したりと、色々な事があった。

 

 

しばらく話して夜も更けてきたところで解散した。

 

 

 

 

 

***************

 

 

 

一方、その頃。

 

 

 

 

ファナは自分の部屋から出て、する事もなかったので1人で月でも眺めてようかと廊下を歩いていると、ばったりシアと遭遇した。

 

「えっと、ファナさんでしたよね?どうしたんですか?」

 

「……ちょっと部屋に居られなくなったから」

 

シアはファナの返事を聞いて一瞬、頭にはてなマークが浮かんだがすぐにある事に思い至った。

 

「?、ああ、そういえばハジメさんが涼夜さんの部屋にいくって言ってましたね。……よかったら私たちの部屋に来ます?」

 

「……えっ、と…」

 

シアの提案にファナはどうするか迷った。涼夜には行ってもいいとは言われたが、ファナからしてみれば他人の部屋。ましてや今日会ったばかりの人だ。

 

「……シア?どうしたの?」

 

ファナが答えに詰まっているとシアの後ろから声が聞こえてきた。

 

「あ、ユエさん。ちょっとファナさんに出会って部屋に来ないかと誘っていたところなんですぅ」

 

「ん……なら、連れていこう」

 

シアの後ろから現れたのはユエでシアから話を聴くとなぜかファナを部屋に連れていくという事を言い出した。

 

「……え?ちょっと…」

 

「……聞きたいことがある」

 

ファナは困惑していたが、ユエに手を取られ半ば強引に部屋に連れ込まれた。振り払うこともできたが、涼夜の友人の仲間を無下にする事は良くないと、そのままなされるがままになった。

 

備え付けの椅子に座らされると対面の椅子にユエが座り、その隣にシアが座る。

 

「……あの人のことを教えて欲しい」

 

「あ、それは私も聞きたいですぅ」

 

ユエは単刀直入に涼夜との関係を訪ねてきた。シアも興味津々といった様子だ。聞く理由は2人でかなり異なるだろうが。

 

「……どうして?」

 

ファナは聞かれたことに対して疑問を覚えた。会ってすぐの相手に聞くことではなかったからだ。

 

「……ハジメから聞いた印象と少しズレがあったから」

 

ユエはギルドでの涼夜の姿からハジメから聞いていた印象と少し異なるように見えた。だからこそ、ハジメの敵になり得る人間なのか確かめたかった。

 

「…そうなんだ。私から見た涼夜の話でいいの?」

 

「ん……」

 

「…シアさんも、そんな理由?」

 

「えっ、そ、そうですねぇ」

 

シアは視線を泳がせながらそっと目を逸らした。自分だけは不純な理由で聞こうとしていた事に若干の後ろめたさを感じた。

 

ユエからジト目を頂いたシアは誤魔化すように笑った後、うさ耳を垂れさせ、落ち込んだ。その光景にファナは苦笑いを浮かべ、空気を変えるように話し始めた。

 

ファナはホルアドでの涼夜との出会いから、グリューエン大火山攻略までの出来事を話した。

 

「ーーーー。これくらいかな?」

 

「ん……ありがとう」

 

「つまりファナさんは親の仇を取るために涼夜さんと強くなるための旅をしていると、そういうことなんですね」

 

ファナの話を聞いて各々、複雑そうな顔をする。涼夜のことを聞くつもりがファナの過去をも知ることになってしまった。

 

「……少し、違う」

 

シアの言葉にファナは否定を入れる。

 

「……違うの?」

 

「……強くなるためについていこうとしていたけどそれ以上に涼夜に助けて貰った恩を返したかったから。…あの時、助けて貰わなかったら何も出来ず、私は死んでいたはずだから」

 

ファナは助けて貰った時の光景を思い出した。雑な助け方だったが涼夜はきちんとファナを守っていた。なぜ助けてくれたのかは未だにわかっていないが涼夜の時折見せる優しさだったのではないかとファナは思っている。

 

ファナが今は見慣れた涼夜の背中を思い出ているとユエとシアが笑みを浮かべているのが目に入った。

 

「?……どうしたの?」

 

「……ファナ、嬉しそう」

 

「…私が嬉しそう?」

 

「ええ、まるで()()()()のことを思っているような顔でしたよ?」

 

シアに言われ、ファナは自分の心の中に何かの暖かさがあることを感じた。それは今まで気にしていなかった感情であり、感じたことのない初めての感情であった。

 

「……好きな人?涼夜が?」

 

両親が殺され、ただひたすらに強さを求めてきたファナには今までそんな感情を持てるほど余裕がなかった。というより、他者にあまり関心がなかったとも言える。

 

他者と深く関わってこなかったファナにとって涼夜は初めて深く関わった他人であり、しかも異性である。故にファナは涼夜との接し方がいまいち掴めず、変な距離感が生まれている。

 

「……わからない。好きっていう感情がよくわからない」

 

「……ん、なら聞き方を変える。ーー仇をとったらあの人とは別れるの?」

 

そうユエがファナに問いかける。

別れる、そんな考えをファナは持っていなかった。ファナの頭にあったのは涼夜とともに旅をして、仇を取るために強くなることだけだった。

 

ファナは自問する。

 

涼夜と別れてどうするか。ーー思いつかない。

 

なら、涼夜と旅をしたいか。ーーーしたい。できることなら長く。

 

涼夜と別れるのは嫌か。ーー嫌だ。もう、親しい人が居なくなるのはごめんだ。

 

ーーーーああ、なるほど。答えはでていたんだ。

 

「……ううん、一緒にいたい」

 

ファナは力強く答える。もう、わからないなんてことはない。自分の気持ちを理解した。

 

「ん……それでいい」

 

ユエはファナの姿をみて、うんうんと頷いてニッコリと微笑んだ。

 

「恋する乙女同士、頑張りましょうね、ファナさん!」

 

「……シア、いたの?」

 

「ええっ!私、確かに空気になりかけてましたけど、それは酷いですぅ、ユエさん」

 

「…ふふっ」

 

 

 

 

ーーー人肌が恋しかっただけなのかはわからないけど、涼夜と一緒にいたいという気持ちは事実。だから、私はーー

 

 

 

 

 

 

その後、部屋にハジメが来るまで女子トークが繰り広げられていた。

 

 

****************

 

 

翌朝、街の門の側に5人の人影があった。

 

「アーティファクト、ありがとうな。お陰で移動や攻略が捗りそうだ」

 

「いや、礼を言うのはオレもだ。あのアイデアはオレにはなかった」

 

お互い、自分たちが乗るアーティファクトを取り出して出る準備をする涼夜たち。そして準備が終わると2人は拳を合わせ言葉を交わす。

 

「また、どこかで会おうぜ」

 

「ああ、そうだな」

 

昨日、涼夜たちが話している時に仲良くなっていたのか今も喋っているファナたちを呼んで、それぞれ二輪に乗り込む。

 

「ーーああ、それと言い忘れてけど」

 

街を出て行こうとする間際、涼夜が独り言のように喋る。

 

「ーーーーお前が何を悩んでいるかは知らねえが、何があってもハジメはハジメだ。自分を見失うなよ」

 

そう涼夜は言い残すとそのままバイク(性能は上がったがダサいままのマウンテン)で走り去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーかっこつけていたのかは知らないが、マウンテンバイクなのでダサいことこの上なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ダサいな、あれ」

 

「……ですね」

 

涼夜の後ろ姿に苦笑いを浮かべるハジメたち。

 

「ん……でも……」

 

「ああ、ユエ、わかってる」

 

ユエに言われるまでもなく、ハジメは涼夜の言葉の意味をしっかりと理解していた。額面通りの言葉だけでなく、その真意も。それなりの時間、親友をやっている2人だからこそわかることもある。ユエがわかっているのは女の勘かはてさて。

 

「さて、オレ達もいくか」

 

「ん……」

 

「出発ですぅ!」

 

ハジメ達もバイクに乗り、依頼をこなすために走り出す。

 

 

 

 

この先に待ち構える困難をハジメ達や、涼夜達はまだ知らない。

 

 

 




ハジメが部屋に戻ってきた時の出来事。

コンコン、ガチャ

ハジメ「今、戻……」

ユエ「ん……お帰り」ナデナデ

シア「お帰りなさいですぅ」

ファナ「!!」ガバッ

ハジメが見た光景はユエにヨシヨシされてダラけた顔になっていたファナだった。

ハジメ「あー、うん、涼夜には言わないから、な?大丈夫だから」

ファナ「…失礼します」スタスタ

ユエ「……むぅ」

シア「…あはは、仕方ないですよぉ〜」

ハジメ「……」

その後、妙に顔を赤くして部屋に戻っていって涼夜に驚かれた子がいたとか居ないとか。




一応、涼夜チート化(微)計画開始でございます。人の範疇は超えません。


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ライセン大迷宮

すいませんでした‼︎

失踪しないとか言っておいて、何も言わずにかなりの期間開けてしまいました…

理由なんですけど、受験があって、執筆時間が取れなくなってきてるんです。なので、休憩として書き続けようと思っています。更新が滞ると思いますが、読んでくださる皆さん、よろしくお願いします。




 

 

「ハジメが言ってた場所はこの辺りか?」

 

「……たぶん、ここら辺」

 

涼夜とファナは地図を見ながらハジメが指定した場所までやってきていた。周辺には岩壁が伸びており、所々大きな岩が大地から迫り出すように立っている。

 

「はあ、ここから探すのかよ……」

 

ハジメは岩壁に回転扉になっている場所があると聞かされていたが、そんな風に見える場所は特にない。探すのは骨が折れそうだと涼夜はため息を吐く。

 

「……頑張ろう」

 

ファナはいつもならあまり発さない前向きな言葉を述べる。なにやらここ最近、ファナの機嫌がいい。涼夜もそのことには気づいているが、何かあったのかファナに聞いてもはぐらかされるので、理由はわからないままだ。涼夜は大体の見当をつけているが、間違っていることは確実だろう。他人の好意にちょっと鈍いのだ。

 

その周辺を探すこと1時間。ようやく見つけたのは装飾が施された看板で、

“おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪”

と、書かれていた。マークが妙に凝っているというおまけつきで。

 

「……ああ、これがそうか」

 

これを見つけて、涼夜は遠い目をしながら呟く。ハジメから聞いた特徴と一致しているのでここで間違いないだろうが、これから起きることを考えると見つけたくなかったと思わざるを得ない。

 

「……正直、聞かされてなければこれが本当の入り口だとは思わない」

 

これから向かう場所との差異が激しすぎる文面に呆れ顔で見つめるファナ。

 

「こんなとこで尻込みしても仕方ないか。回転扉を探して入るぞ」

 

そう言って涼夜は岩壁を軽くノックするように叩いて回転扉があるであろう場所を探す。

 

「……ん、ここか」

 

叩く音が変化した場所を見つけると、ファナを近くに呼び寄せて二人で岩壁を押す。すると岩壁が勢いよく回転し、涼夜とファナを岩壁の中へと招き入れる。

 

岩壁が回転して、ちょうど元の位置に戻った瞬間、目の前からヒュン、と複数の風切り音が聞こえてきた。

 

「ーーフッ!」

 

涼夜は危険察知で飛来してきたものを弾き、躱す。ファナも暗視で飛んで来たものをギリギリながらも躱した。

 

涼夜の弾いたものが床にぶつかり、空薬莢が落ちたような金属音が響き、静寂が訪れる。ハジメの話からこれ以上の攻撃はないとわかっているが、警戒を続けていると部屋の四隅から光源が現れ、部屋が明るくなっていく。

 

部屋が明るくなり、飛来してきたものや、部屋の構造が見えてきた。涼夜達のいる場所は、十メートル四方の部屋で、奥へと真っ直ぐに整備された通路が伸びていた。そして部屋の中央には石版があり、看板と同じ丸っこい女の子文字でとある言葉が掘られていた。

 

“ビビった? ねぇ、ビビっちゃた? チビってたりして、ニヤニヤ”

“それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ”

 

「……チッ」

 

「……」

 

石版の文字を見て、苛立ちを覚える涼夜たち。ハジメから聞いていたとはいえ実際に体験してみると思いの外ウザさを感じている。

 

これ以上石版の文字を気にするのは精神衛生上よろしくないので、涼夜は床に転がっている漆黒の矢に意識を向ける。

 

(……なるほど。この矢が特殊っていうのもあるが、道具は使い方次第で効果は劇的に変わるな)

 

涼夜は理論理解で漆黒に染まっている矢が光を吸収していることに気がついた。ただの矢ならファナだって叩き落とせてるが、暗闇の中で光を吸収して進む矢では暗視を持っているファナでも避けるのがやっとのようだ。相手のスキルの穴をつけるものがあるのは涼夜からしてみればなかった発想だ。

 

「……うわぁ」

 

涼夜が新たな可能性に笑みを浮かべているとファナが少し引き攣った顔で涼夜を見ていた。

 

「おい、『うわぁ』ってなんだよ」

 

「……人の悪い笑みを浮かべてたから」

 

涼夜はファナの指摘で、顔を元に戻す。だが、未だに考えを巡らせているのであまり隠しきれていない。

 

「……気にするな」

 

涼夜はそういうが、あまりにも隠しきれていない笑みにファナは心の中でこう思ったのだった。

 

(……絶対、なんかやらかす)

 

 

 

***************

 

 

 

涼夜たちは一呼吸置いたあと、部屋から伸びていた通路を進みはじめた。

 

迷宮はブロックを無理やりくっつけたような感じでスロープがあったり、階層を2〜3も飛ばすような階段があったりと規則性が全くない。マッピングしないとすぐに迷いそうだが、ハジメから聞いた話によるとこの迷宮は部屋が動くらしいので、涼夜のような素人に毛が生えた程度のレベルのマッピングではかえって邪魔になるだろう。

 

「トラップの種類は聞いたが、場所はわからないから実質情報なしだな、こりゃ」

 

大きな広場にでて、分かれ道に遭遇すると涼夜はこれから起こるであろう災難に愚痴をこぼす。

 

「……前回と変わらないと思えばいい」

 

「まあ、そうか。前回と同じか」

 

グリューエン大火山と同じように情報はあったが、それでも手探り状態だったのは変わらないとファナは感じていた。涼夜もそれに同意して起きてないことを気にしても始まらないと、左手の通路を進む。

 

トラップを警戒しながら進むも何も起きず、少しばかり警戒心が減って来た頃、不意に足元から何かが作動する音が聞こえた。瞬時に集中力を最大限まで高め、周囲を警戒する。

 

「ッ!」

 

涼夜の危険察知が頭上からの攻撃を察知した。即座に飛び退いて回避しようとしたが、危険察知が回避不能だと判断した。なので涼夜はファナを自分の近くに引き寄せ、宝物庫からハジメから戴いたタワーシールドを取り出して頭上に掲げる。

 

掲げると同時、頭上から無数の武器が亜音速で降ってきた。

 

「ーーぐっ!」

 

盾は金属音を辺りに響かせる。盾を支えている腕に強い衝撃が入り、苦悶の声を上げる涼夜。だが、決して盾を下げることなく踏ん張り続ける。時間にして3秒ほど、周りの地面に隙間がないほど武器が刺さったりして散乱したころ、ようやく武器の雨が止み、武器の衝撃と盾の重さで疲弊した腕を降ろす。

 

「はぁ、はぁ、ーーっ、初っ端からエグいな。この盾がなければ今頃串刺しだぞ、これ」

 

生死の緊張で息を止め、踏ん張っていた涼夜は盾を降ろすと肩で息をしながら冷や汗を流す。

 

「にしても、この盾すげぇな。あの速さの武器を受け止めてほんの少しの傷だけかよ」

 

盾の表面をコツコツ叩きながらかなりの強度に感嘆を漏らす。盾についた傷は深くても1ミリ程度の傷であり、盾としての機能はまだまだ使えそうである。涼夜の錬成技術ではハジメのような強度で修復できないので、強度は下がる一方だが。

 

「……」

 

涼夜の呟きにファナが何の反応を示さないのに気づき、ファナの方を見ると、頭上の一点を見つめていた。なんとなく予想出来るものの、一応涼夜もファナの視線を追ってみる。

 

すると、やはり武器が降ってきた場所に光っているものがあった。それは女の子のような丸っこい文字でこう刻まれていた。

 

“避けれた? 防げた? ねえ、どうだった?……あっ、もしかして串刺しになっちゃった? 仲間が目の前でハリネズミになっちゃった?……くふっ!”

 

「ーーほう」

 

涼夜はこの文を読んだ瞬間、何かが切れるような音が頭から聞こえた。ファナも顔には出していないが、不機嫌なオーラが出ている。

 

「なあ、ファナ」

 

「……何?」

 

「ミレディは遠慮なく殺りにいっていいよな?」

 

「……問題ない」

 

2人の中でミレディをどんな形であれ殺す事が決まった瞬間である。

 

その後、涼夜たちは転がり落ちてくる球体や、蠍が大量にいる罠、毒の混じった沼などを次々と攻略していくが、その度に苛立ちが蓄積されていった。そして、ハジメが言っていた遠隔操作の騎士たちがいる部屋まで来る頃には涼夜はかなりイラついていた。

 

「チッ、ようやくかよ。とりあえずこいつらぶっ壊して、さっさとミレディ殺りにいくぞ」

 

「……わかった。……けど、少し落ち着いて」

 

キレてる涼夜を宥めながらファナも今までの鬱憤が晴らせられることに気持ちを滾らせる。

 

そして騎士たちのいる部屋の前に立ち、ゆっくりと歩をすすめる。ゆっくりと進んでいき、ちょうど中央に差し掛かるとき、涼夜はファナに向けて呟く。

 

「ーーーファナ、3秒後に全力で扉に向かえ。俺が奴らを足止めする」

 

ファナは涼夜の言葉に一瞬抵抗を見せたが、今は喋る時間がもったいないと諦めて頷く。

 

ーー2

 

涼夜は宝物庫から小型爆弾と拳銃を取り出していつでも使えるように武器に手を掛ける。

 

ーー1

 

ファナは全力で飛び出すために、重心を低くして、踏み込み足に力を込める。

 

ーー0

 

涼夜とファナが部屋の中央に踏み込んだ瞬間、騎士たちはスイッチが入ったかのように一斉に動き出し、ファナは全力で扉に向かって飛び出す。涼夜はその後に続くように2、3歩踏み込むと、その場で身体を反転させて騎士たちに向けて戦闘を仕掛ける。

 

涼夜は小型爆弾を騎士たちに向けて放り投げる。そして騎士と爆弾の距離が最も近づいたところで、両手に握った拳銃で的確に爆弾を撃ち抜き、騎士たちに大きなダメージを与える。

 

(開幕はこれでなんとかなるだろう。……問題はこの後だ。いかに早くファナが仕掛けを解いて戻ってくるかだな。……っていうか、この銃、威力が半端ないんだが!ハジメのやつ、これ以上の威力の銃を使ってるとか、あいつ完全に人間辞めてやがる)

 

涼夜は大体の武器をハジメに見てもらっており、涼夜が扱えるまでの強化を施した武器が数多く存在する。この拳銃もハジメに強化してもらったのだが、最初は余りにも威力が強く、反動が大きかったため威力を抑えて作ることになった。お陰でこの騎士たちに有効打が与えられる威力かどうかわからなかったので爆弾を併用するという荒業になった。

 

その時のハジメの反応は忘れられない。

 

『……え、マジか⁉︎この威力だと涼夜は使えないのか』

 

流石に親友から言われたこととはいえ、イラッときてしまったのは仕方がないだろう。

 

「ーーチッ」

 

涼夜は余計なことを思い出してしまい、さっき抑えた苛立ちが大きくなってしまった。そのため、涼夜は爆弾の攻撃から回復した騎士の1人に気づかなかった。

 

「やべっ!」

 

涼夜は咄嗟に両手に持っている銃を盾に騎士の剣を受け止めようとするが、それよりも早く剣が涼夜の身体をーーー

 

「……死にたいの?」

 

ーー切り裂くことはなかった。ファナが涼夜の前に割り込み、短剣で受け流すように剣の軌道をずらす。それにより態勢を崩した騎士に涼夜は銃弾をマガジンの中、残り全てを撃ち込む。質より量と言わんばかりに銃弾は騎士を吹き飛ばすことに成功した。

 

(これだけ撃ってもやっぱり破壊出来ないか!)

 

涼夜は敵の硬さに顔を顰める。この拳銃が取り回しが利く物の中で最高威力を誇るのだが、爆弾と併用しなければ騎士たちを倒すことができないのは少し心にくる。

 

「……悪い、助かった」

 

涼夜は自分の力不足を意識しながらも、今はそんな事を気にしている余裕は無いと、助けてくれたファナにお礼を言い、状況を俯瞰的に確認する。

 

「お前が戻ってきたってことは、仕掛けは解いてきたんだろ?それにしては早くないか?」

 

「……ユエさんに仕掛けの解き方を教えてもらった」

 

ファナは誇らしげに、どうだ!と言わんばかりのドヤ顔をしてきた。何故この事でドヤ顔できるのかはわからないが、涼夜は別のところで驚いた。

 

「え?そんなに仲良くなったの?」

 

思わず涼夜はファナに聞いてしまった。ファナは社交的な性格ではないし、ましてや初対面の人と仲良くなるなんて涼夜には想像出来なかった。涼夜となんて喋るようになったのは1週間以上経ってからである。それほど、ユエと波長が合ったのか、それともユエのコミュニケーション能力が高いのかは定かではないが。

 

「……涼夜たちが話してる時に色々あった」

 

「へぇ、そんなことがーーーーっと、話しすぎたか。騎士たちに牽制を入れながら扉の先に向かうぞ」

 

先ほどのようなミスは犯さないようにと周りの気配を探りながら後退していた涼夜は吹き飛ばした騎士や、壊した騎士が再生し終わりそうになっているのに気づいてファナに注意を促して、牽制をいれなからもの凄いスピードで移動する。

 

ファナは騎士たちの攻撃を回避して同士討ちをさせたり、気配を消したりして牽制をいれる。涼夜にはそんな技能はないので、必然的にあるものを使用するしかなかった。

 

(これは使いたくなかったんだけどな。)

 

そう思いながら涼夜が宝物庫からある弾が入った弾倉を取り出し、ハジメのリロード速度には劣るが、瞬光を使い、空中でのリロードを行う。この迷宮に来るまでの間に必死で練習した技術の1つであり、習得にはかなりの集中力を要した。お陰で瞬光の技能をこの練習中に入手できるまでに集中力が増した。

 

涼夜は向かって来る騎士たちに弾丸を放つ。弾丸は真っ直ぐ騎士たちに向かって飛んでいき、騎士の鎧に当たり、弾丸の表面のコーティングが崩れる。すると、中から無数の金属塊が辺りに弾け飛ぶ。

 

これは涼夜がさっき行っていた爆弾と銃弾のコンボを一工程に纏めた炸裂弾で、先ほどより威力と範囲は落ちるものの、避けられることは少なく、使い勝手がいい。ただ作るのに高度な技術と集中力、材料を使うので量産できないのが難点のため涼夜は使うのを渋っていた。

 

「ーーーッ!……騎士の密度が多くなってきたな。さっさと扉の中に入って()()をやるぞ」

 

後退しながら攻撃していたが、だんだんとこちらに向かってくる騎士の数が増えてきたのでファナに伝える。するとファナは露骨に嫌そうな顔をするが、他に手段がないので頷く。涼夜としてもこれはやりたくないのだが、これ以上ミレディの罠にストレスを溜めたくない。

 

ファナと涼夜は騎士たちを退け、扉の中に駆け込む。

 

「……お土産だ。受け取って果てろ」

 

扉を抜ける際、涼夜は(自分の中では)いつもどおり数個の爆弾を騎士たちの中に放り込む。

 

爆弾により動けなくなっているうちに入ってきた扉を閉める。そして涼夜は急ぐように扉とは反対側の壁に駆け寄る。

 

「ここでいいな。……なぁ、ファナ。新作使っていいか?」

 

「……」

 

涼夜はファナに聞いているのにファナの返事を待たずに設置していく。ファナは何か言いたそうにしていたが時間がないので何か言っても無駄だろうと言葉を出す代わりにため息を吐き出した。

 

ものの数秒で終わり、涼夜は設置場所から一瞬で離れると宝物庫からタワーシールドを取り出し、自分と設置場所の間を遮るように構える。その間にファナも涼夜の後ろで涼夜を支えるように構える。

 

2人が準備を終えた次の瞬間、巨大な爆発音が辺りに轟き大きな揺れと爆風が盾を構えた2人を襲う。

 

「ーーーくっ!」

 

涼夜は必死にその場から動くまいと踏ん張るが、余りにも大きい爆風に床と盾が面している部分から大きく地面を抉る音が聞こえ、ジリジリと後ろに滑っていく。

 

後ろの壁にぶつかる事なく耐えきった涼夜はタワーシールドをしまい、爆弾を設置した場所を見る。するとそこには人1人がゆうに通れるほどの大きさを持った穴が開いており、その先は()()()()()()()()

 

「……危ねぇ。ファナの支えとタワーシールドのスパイクがなかったら確実に後ろの壁にぶつかって意識を飛ばすところだった」

 

「……あの爆弾は狭い場所で使ったらダメ。瓦礫に埋もれる可能性もあった」

 

「その可能性もあったが、もっと面倒くさいのは()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだろ?多少のリスクは負ってでも使った方がいいと思ったんだ。……新作の威力じゃなきゃ壊せない可能性があったからな。うん。」

 

「……絶対使いたかっただけ」

 

そんなファナのツッコミを肩を竦めて軽く受け流し、涼夜は爆発によりできた穴に進んで行く。

実際、涼夜の言葉は間違っておらず、既存の爆弾ではこの壁を壊すことは出来ないくらいここの壁の強度は凄まじい。ハジメと会わず、爆弾の強化を行わなかったら、色んな意味で大変なことになっていたはずである。……涼夜に私情が入っていたのは確実だが。

 

ファナは涼夜にジト目を向けてながら、涼夜に続いて穴を通る。

 

そうして後ろから来るかもしれない騎士たちを警戒しながらしばらく進むと、迷宮の中で一段と広い部屋に出た。そこはハジメに聞いた通り、色んな物体が浮いていた。

 

「……これが重力魔法」

 

「みたいだな。……んで、あそこで佇んでいるゴーレムがーーー」

 

ファナの溢した言葉に反応を示しながら前方にいるゴーレムを見据える。そのゴーレムは何をするでもなくこちらを睨み続けており、その雰囲気からは呆れと敵意、そして少しばかりの期待が漏れ出ていた。

 

 

 

「よぉ、ミレディ・ライセン。望み通り来てやったぞ」

 

 

 

 




その頃のハジメ。

涼夜達と別れてウルに向かう。

そこで愛子先生一行と遭遇。(ハジメは「エンカウント率高すぎだろ」と嘆く)

先生にこの世界のことについて話す。(涼夜が死んでることになっているとは知らず、涼夜の生存をバラしてしまいさらにめんどくさいことになった模様)

ウィルの捜索に向かうも先生達に見つかり、一緒に行動。

※とある一幕

ハジメは周りが寝静まった頃、1人である作業をしていた。

「……っと、これは中々難しいな」

「……ハジメ、何してるの?」

「ん?ユエか。……涼夜に頼まれたものを作ってたんだ」

「……これが?ハジメのやつと一緒?」

「いや、厳密には少し違う。だから、少し作るのに手間取ってるんだ(これを涼夜が本当に使うかは疑問だが)」

「……ん。見てていい?」

「いいぞ」

ユエはハジメの肩に顎を乗せながらもたれかかるようにハジメの手元を見つめる。その姿にハジメは愛おしそうにユエの顔を見てから作業に戻った。



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ミレディ・ライセン

見てない内に評価がついてて、しかも色がつき始めたことに驚きを禁じ得ない私です。

評価ありがとうございます!

戦いは書いたのですが、今回の戦闘の説明とか書いてると字数的にやばいのと、涼夜が悠長に話せる状態ではなかったので、省きました。詳しいことは次の回に説明すると思います。モヤモヤするかもしれませんが、そこはご容赦を。

簡単な説明は後書きに載せようと思います。


「よぉ、ミレディ・ライセン。望み通り来てやったぞ」

 

涼夜は獰猛な笑みを浮かべてミレディの方に向かって喋る。ミレディは表に出していた敵意を引っ込めて、涼夜との対話に応じた。

 

「……君があの3人の仲間だってことはわかったよぉ〜。だけど、移動部屋の壁をぶち抜いてここにやってくるなんて予想外すぎるなぁ〜」

 

ミレディは呆れを隠さず、やれやれと首を竦めている。

 

「一々、迷宮に挑むのに無駄な時間を使うのは嫌だからな。仕掛けが分かっているところはショートカットするに決まっているだろう?」

 

「それが非常識なんだけどねぇ〜」

 

そういうところがあの3人の仲間だってわかるところだよねぇ〜、とボソリと呟いたミレディに、あいつ(脱一般人)の思考と一緒にするな!、と涼夜は心の中でツッコむだけに留める。相手はこの迷宮を作ったウザさMAXのミレディだ。怒りなんて見せたらそこをつついてくることは確実である。

 

涼夜がミレディの挙動に警戒していると、ミレディは不意に呆れた態度をやめて、どこか軽薄な雰囲気で喋る。

 

「ま、御託はいいよね☆どうせ、あの3人からきいてるんでしょ?

 

ーーーようこそ、《万能者》。そして、さようなら」

 

ミレディがそういうと同時に涼夜の乗っていたブロックが浮き上がり、上昇していく。そして、涼夜の真上に浮かんでいたブロックが降下してくる。ハジメたちがやられた時よりも過剰な攻撃だ。完全に涼夜達を殺しにきてる。

 

「ーーーーー」

 

涼夜はブロックが迫っているというのにその場を動かず何かを呟く。

そしてその数秒後、涼夜が乗っていたブロック同士はぶつかり合い粉々に砕け散る。

 

「……呆気なさすぎるねぇ〜。これくらい回避出来ないとダメだよぉ〜」

 

ミレディは粉々になり、落ちてくるブロック片を見つめながら呟く。ミレディが見た限りだと、ファナの方は元々こっちを別方向から狙っていたようであのブロックからはすぐに退避出来ていたが、涼夜に関してはブロック同士がぶつかり合う少し前まで動けていなかった。

その状態からあれを回避するのは不可能であり、仮に耐えたとしてもダメージは確実に受けているため瓦礫片と一緒に落ちてくるはずである。

それもないということは潰されて肉片になったと思い、ミレディはファナに標準を定め、攻撃しようとする。だが。

 

「ーーーーおい、誰が呆気ないって?」

 

その言葉が聞こえると同時に背中の部分から、何かが軋むような音が聞こえ、ゴーレムの身体が吹き飛ばされる。

 

「なっ!」

 

ミレディは驚愕の声を上げる。涼夜がやられたと思っていたとはいえ、ミレディはきちんと周囲警戒しており、1秒前には背後には誰の気配もなく、いないことを確認していた。だが、次の瞬間には背後から攻撃を受けていた。まるでワープして攻撃したかのようである。

 

ミレディはゴーレムを制御し、崩れた態勢を重力魔法を併用して立て直す。ゴーレムに痛覚はないので、ダメージで隙が生まれることもない。

 

態勢をたて直して、攻撃してきた人物に目を向ける。

 

そこには聞こえた声からやはりというべきか、涼夜が立っていた。ただ、この部屋に入って来た時とは違い、手には重量のある斧を持ち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ーーー何をしたのかなぁ〜。《万能者》」

 

「何も特別なことはしていない。ただ走って、殴っただけだ」

 

この言葉に間違いはない。本当にただ走って、殴っただけだ。ただし、()()()()()()()()()()()()()()

 

タネを明かすと、それは実に簡単だ。涼夜はいくつかの技能を併用して身体の電気信号、及びリミッターを弄って、自分の力を上げている。

まず、涼夜は技能《魔力操作》と《魔力変換》を利用して、魔力を電気に変えて自分に纏わせ、電気信号の送るスピードを速める。これにより、反応速度を上げることができる。

だが、これだとあくまで反応速度が上がった分だけしか移動速度が上がらなくなる。

そこで涼夜が注目したのが、人間の筋肉のリミッターだ。人は筋肉の最大値の20%程度の力しか発揮していない。これの理由はそれ以上上げると身体が壊れてしまうから、脳が無意識に筋肉にセーブをかけているからだ。

なので、涼夜はあえて纏った電気によって電気信号が筋肉に伝わるの阻害してリミッターを外し、一時的な能力強化を図った。これにより涼夜は一時的に亜音速程度で移動することが出来、いつもよりも能力が上がっているという訳だ。

通常の涼夜であればいくらハジメ謹製の斧があったとしてもミレディに傷をつけることすら叶わなかっただろう。だか、これをすることによって可能にした。

 

だが、これは身体のリミッターを外すという方法から分かるように、何時間も使うことは出来ない。この状態で移動したり、攻撃したりすると筋繊維や骨などへのダメージが深刻になり、かなりの痛みを伴い、下手をすると死ぬ可能性だってある。

さらに、亜音速で動くということは人間の脳の処理速度では圧倒的に足りない。なので、2つの技能にプラスして《瞬光》までも併用しなければ実践では使用できない。

 

その対策として涼夜は筋力の出力を70%程に留め、痛覚を()()遮断している。そして、瞬光は動く直前に発動し、動き終わりに解除をしている。ただこれはあくまで発動時間を持続させる為であり、痛みによる隙を作らない為であるので、根本的な解決にはなっていない。尚、ほぼとしてあるのは自分の身体のダメージを知るためである。完全に痛覚を遮断して、身体の動きが悪くなるまで気づかないというのを防ぐためだ。

要は、このスキル併用は言わば諸刃の剣である。

 

(……何回か練習で使っていたが、やっぱり長くはもたないな。今の攻撃で右腕の筋繊維がイカれた。一応無理矢理なら動かせるが、精密な動きは出来ない。80%くらいでこの有様か。………となると、回避だけに心血を注ぐしかないな。迎撃や反撃なんてしてたら身体がもたない。……はぁ、やるしかないか)

 

「…ふぅん。どうやら君は()()()とは違うみたいだねぇ〜」

 

涼夜が今後の動きを考えてながら警戒しているとミレディは涼夜の姿を見て感嘆の声を漏らす。そして何やら意味深な言葉を呟く。

 

(あいつ?……っ!)

 

涼夜の意識が少し逸れた瞬間、ミレディはこちらにゴーレムに装備されている鉄球を射出してきた。重量のある鉄球をかなりのスピードで放てるのは恐らく重力魔法で、涼夜に向かって()()()()()()のだろう。

 

涼夜はすぐに躱し、背後に回るがミレディはこちらの動きを読んでいたのか落下するように涼夜に向かっていき、鉄球を射出した手とは反対の腕で殴りかかってくる。

 

危険察知で回避出来ないと悟った涼夜は力を受け流すために攻撃に合わせて持っていた斧を盾がわりとして自分から後ろに飛び、威力を殺す。だが、それでも威力を殺しきれず、身体から小さいが嫌な音が聞こえた。

 

「……チッ」

 

涼夜は今の攻撃で右腕の感覚がなくなり、しばらくは使い物にならなくなったことを感じ、思わず舌打ちをする。涼夜が地面に足をつけると、既にミレディはこちらに向かって距離を詰めて来ていた。

 

「ーー《電光石火》」

 

涼夜は今の状態では使うことの出来ない斧を宝物庫にしまい、先程と同じスキル併用《電光石火》を発動させる。亜音速でミレディから少し距離をとって今度は先程のやつとは使い方が違うスキル併用を使った。

 

「ーー《疾風迅雷》」

 

 

 

***************

 

 

 

(………うーん、何が狙いなのかなぁ〜)

 

ミレディは涼夜との攻防を行いながら、相手の行動の意味を考える。

 

涼夜がミレディから一旦距離を取ってからの攻防は膠着状態に陥っており、ミレディはもどかしさを感じていた。

 

距離を取ってからの涼夜は先程以上の反応速度でミレディの攻撃を全て受け流すか躱し、左手に持った拳銃でミレディに攻撃を入れてるが、決定打がなく、ミレディのゴーレムの装甲を貫くことが出来ないでいる。

 

逆にミレディは涼夜に攻撃を与えることができないが、1発当てることが出来れば右腕を負傷している涼夜には決定的な一撃になることは確実だ。

 

一見すると、力量は同等に見えるが条件的にも圧倒的に涼夜の分が悪い。ミレディと涼夜ではまず生身かゴーレムかの違いがあり、体力の消耗という差があり、尚且つ涼夜は《疾風迅雷》を使用してるために身体のダメージが付き纏っている。

 

なので、この状態は涼夜からすると明らかに不味いはずなのだが、涼夜は何の手も打ってこない。これから打ってくる可能性もあるがその様子はほとんど見られない。

 

(……()()()よりも柔軟に動けるこの子なら、この状態を良しとはしないはずだよねぇ〜。なのに、動きが全くない。……まあ、考えても仕方ないねぇ〜)

 

ミレディは攻防の最中の思考を打ち切り、涼夜の動きを観察する。相手の考えが読めないのなら、相手を観察して全ての動きに対応すればいいという、どこぞの脳筋のような結論に至った。

 

そして、涼夜を観察するとミレディはある事に気がついた。

 

(……私が動かないと攻撃してこないのかなぁ〜)

 

そう、涼夜はミレディの動き対して行動しているだけであって涼夜から攻撃してきた事は()()()()()()()()()()()

 

そこでミレディは一旦距離を取った。涼夜はミレディに訝しげな表情を浮かべたが、ミレディが攻撃をしてこないのを見て、苦々しい表情を浮かべた。

 

「……いつ気づいた」

 

「君の狙いを考えてた時だよ〜。まあ、狙いが分かったからねぇ〜」

 

このミレディの発言はブラフである。ミレディは未だに涼夜の狙いなどは全く分かっていない。だが、涼夜がミレディに仕掛けてこないという事は狙っているものの準備が出来ていないという事だろう。

 

「……分かっているなら、止めてみろ」

 

ミレディの挑発に乗った涼夜はミレディに向かって()()()()()()()、ミレディのゴーレムに向かって話している最中に()()()()()()()()()()()()を発砲する。

 

(……そっちから攻撃してきた?でも、それじゃあ私の身体を傷つける事はーーーーっ!)

 

涼夜の動きに対応して、銃弾を無視して涼夜に攻撃しようとするミレディだったが、本能が危険を感じ、涼夜が放った銃弾を左腕で受け止める。すると、

 

バキン!

 

大きな音とともにミレディの左腕に深刻なダメージが入る。ミレディが驚きを浮かべ、背後に回っていたであろう涼夜は舌打ちをする。

 

「クソッ!」

 

涼夜の雰囲気から今の銃弾が切り札だと察したミレディは涼夜に攻撃を仕掛ける。あの銃弾にさえ気を付ければ良く、よく見ると涼夜の左腕はライフルを撃った反動で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。なので、右腕を使えない今、もう一度発砲する事は出来ないから、後はその内に体力の消耗などで自滅するだろうとミレディは判断した。そしてその答えは間違ってはいないが、()()()()()()()

 

重力魔法を使い、涼夜の速度に追いつけなくても戦闘経験の差で速さの差を補い、涼夜に攻撃し続ける。先程の銃弾を警戒しているせいで攻撃頻度は下がったものの、着実に涼夜を追い立てる。

 

だんだん、涼夜の移動速度が落ちている(動きが悪くなる)のを確認するとミレディは着実に近づいてきている勝利に笑みを浮かべると同時に落胆を覚えた。

 

(……いい線いってたけどこんなものなんだねぇ〜。……なら、生かしてはおけない(器は破壊しなければ)

 

ミレディは見定めようとして敢えて威力を下げていた攻撃の威力を上げる。一撃の威力を昏倒級から、即死級まで。

 

即死級の攻撃の嵐に晒された涼夜は表情を変えることなく躱していく。ミレディの攻撃が当たる気配はないが誰の目から見ても涼夜の動きは精彩を欠いている。

 

打ち込むこと十数合、遂に涼夜の動きをミレディが捉えた。涼夜が避けた先にミレディの回し蹴りが飛び込んでくる。

 

涼夜は避ける事は不可能と判断したのかミレディの蹴りを受け止める姿勢になった。ミレディは威力を殺そうともしない涼夜の構えに違和感を覚えた。

 

(……何かがおかしい。…誘導されてる?……っ!そういえば()()()()()()?)

 

ミレディは自身の言いようのない危機感に襲われたが、蹴りを止める事は出来ない。蹴りはそのまま涼夜に向かっていく。

 

ミレディはファナという不穏分子の存在を思い出し、恐らく涼夜は囮だろうと外部からの攻撃を警戒する。

だがーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外部からの攻撃などなく、涼夜はミレディの蹴りを()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぐっ!」

 

「……へ?」

 

ミレディは想像もしなかった光景に思わず呆けた声を上げる。

 

「チェックメイトだ」

 

涼夜の呟きでミレディは我に返り、後ろに飛び退ろうとするがミレディの身体は()()()()()()()()()()()()

 

「なんで⁉︎」

 

ミレディは悲鳴じみた声を上げる。拘束されている訳でもないのに、先程まで動いていた身体が動かなくなっているのだ。例え、ミレディのような存在でも混乱するのも無理はないだろう。

 

涼夜はミレディの身体を仰向けになるように倒す。そして、涼夜の行った仕掛けのタネがバレる前に涼夜はライフルを右手に持ち替え、ミレディを倒すために宝物庫からミレディに向けて撃った銃弾をライフルに装填し、ゴーレムの核に向けて撃ち込む。

 

涼夜が撃った銃弾は的確に核を貫き、ゴーレムの機能を停止させる。涼夜はゴーレムの動きが止まったのを確認すると、大きく息をついた。

 

 

 

 

 

***************

 

 

 

 

 

 

 

「……なんで受け止められるのかなぁ?そもそも何故右腕が治っているのかなぁ?それにその女の子は何をしていたのかなぁ?」

 

ミレディを倒した涼夜は側にいたファナを引き連れてミレディの住居区に来た。そこで、ミニ・ミレディが出会って開口一番、涼夜に対してさっきの戦闘についての説明を求めた。

 

「……まだ、お前が俺を探していた理由を知らない。それを話してもらえなければお前に言える訳がない」

 

「……ふぅん。……ま、いっか☆私に君が警戒するのは当然だからね」

 

ミレディは目を細め、観察するような目を向ける。だが、それはすぐに霧散して元の調子に戻る。ミレディにとってはそこまで涼夜の力については聞くまでもない事なのだろう。寧ろ、話さずに警戒していることを評価していた。

 

「……さて、《万能者》。私の話を聞いて欲しい」

 

ミレディは真剣な雰囲気で涼夜に言った。涼夜はやっとここに来るように言われた理由が知ることが出来るので、その話は願ったり叶ったりだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「それはいいんだが、少し待ってくれないか?そろそろ魔力が切れる。……ファナ、魔力ポーション持ってるか?俺の分は使い切っちまった」

 

「……ない」

 

「あ、これ、動けなくなる(意識失う)やつだ。……ミレディ。その話は俺が起きてからで頼む」

 

「え?それってどういうーーーー」

 

涼夜はこれから自分の身に起こる事を悟った。《魔力操作》で痛みを誤魔化していた涼夜は魔力が切れたらどうなるかなど経験してきたので、痛みには慣れるはずはないがもう達観している。これは無茶し過ぎた自分への罰だと。

 

「ーーーーっがあぁぁぁぁぁぁぁぁあ゛あ゛っ!………」

 

「………へ?」

 

「……ベットとかある?」

 

涼夜は大きな叫び声を上げて、意識を失った。そして、何が起きたのか理解出来ず、呆然としているミレディと、ここへ移動している間に見慣れた光景なので特に驚かず、涼夜を運ぶ準備をしたファナという対照的な構図が出来上がっていた。




今回のネタ。HUNTER✖️HUNTERのキルアの技。私個人がこの世界での再現の仕方をしたので、原作とはちょっとした差異があります。

《魔力操作》+《魔力変換》:脳が身体に与えてる無意識のリミッターを電気によって外し、一時的に筋力の限界まで行使する。ただし、反動あり。

《電光石火》:電気を身体に纏う事で脳の指令を直接身体に伝える。能動的。

《疾風迅雷》:相手の攻撃に合わせて決められたパターンの行動を脳からの指令よりも早く電気によって体を動かす。受動的。

【現在の涼夜の状態】
右腕、骨折。左腕、粉砕骨折。両肩、脱臼。肋骨、三本損傷。下半身の筋肉、一部断裂、歩けないほどではないがかなりの損傷。上半身の筋肉、筋肉痛、動かせばそれなりの痛み。

正直、この世界にポーションがなければとっくに死んでいそうな涼夜。一応、魔力ポーションがないだけで、傷を癒すポーションはあるので、それは服用しています。


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結果と器

忙しくて全然開けてなかったんですけど、久しぶりにサイト開いたら感想来てたので昔に書き終えてたやつを投稿しました。
設定とか忘れてたので間違ってる部分とかあったらすいません…


「………ふぁあ。……ん?」

 

涼夜は目が覚めると見慣れない天井に疑問を浮かべる。そして、周りを確認しようと身体を動かした瞬間、身体中から痛みが襲ってきた。

 

「っ!……そういえばミレディと戦ってその反動でぶっ倒れたんだっけ」

 

痛みに悶えながらも気絶する前の事を思い出した涼夜は納得したように呟く。そして自分の状況を把握した涼夜は魔力が戻っている事を確認して技能を発動する。

 

「《魔力操作》《活力増加》」

 

魔力操作で痛みの信号を弱めて、身体の自然回復速度を上げる。そして、このままだと自然回復に体力を奪われるので、回復のエネルギーとして宝物庫からポーションを取り出して一気に飲み干す。

 

擬似的痛み止めで多少動けるようになった涼夜は上半身を起こし、《理論理解》で包帯や薬が塗られた身体の状態を確かめる。

 

(……あー、これは結構重症だな。筋肉の損傷は2日ぐらい安静にしてれば技能で治せて、左腕は骨折してる部分は治ってきているが右腕は骨が粉々に砕けた所為でポーションや技能使っても治るのは1週間ぐらいかかりそうだな。……俺たちの世界じゃ、こんなに早く治らないからそれはそれで有難いことなんだけどな)

 

涼夜は改めてこの世界の技能に感謝していると部屋の扉が開き、ファナが入ってきた。

 

「……涼夜、平気?」

 

ファナは起きている涼夜に気づくと心配そうに声をかけてきた。事前に言っていたとはいえ、ここまでの怪我(反動のダメージもある)をしたのは流石に心配をかけ過ぎたかと自分の至らなさを心中で自嘲する。

 

「ああ。痛みは酷いが痛覚を遮断すれば動けないほどじゃないし、技能で治癒速度を上げているから魔法さえ使えればすぐにでも治せるはずだ」

 

「……よかった」

 

ファナは涼夜の返事を聞いて少し安堵した表情を浮かべる。涼夜はその表情にほんの少しの間見惚れていたが、そんな表情を浮かべられるとは思ってなかったので、照れるように顔を逸らした。

 

「……あー、うん、そういえばこの包帯はファナが?」

 

涼夜は自分の中で気まずくなった雰囲気を無くそうと露骨に話題を変えた。だが、ファナは対人経験が浅いので涼夜の話題を転換を疑問に思うことなくそれに答える。

 

「……違う。ミレディがやってた」

 

「へぇ、ミレディが。……治療をすると言うことはどうやら色んな事情があるっぽいな」

 

涼夜は自分を治したというミレディの事を考え出した。

ミレディは戦闘の最中、即死系の攻撃をしていて、明らかに涼夜を殺しに来ていた。なのに、戦闘に勝ったとはいえ身体のダメージで倒れた涼夜を治療するのは行動としては矛盾する。殺したいなら倒れた涼夜を殺すべきだったし、仮に戦闘の結果があるために殺さないと決めていても、涼夜を治療せずに放置しても良かったはずだ。それで死んでもミレディの得にしかならない。

だが、実際にはミレディは涼夜を治療した。それが意味する事は、涼夜を殺す必要は無くなったか、それとも生かす理由が出来たか、それとももっと別の理由か。

 

(……たしか、「あいつ」という誰かと俺を比べてたな。その事が関係してるのか?)

 

「ミレディのところへ行くか。話を聞こう」

 

涼夜はこれ以上考えても答えの出ない思考を打ち切り、ファナにミレディのところまでの道案内を頼む。ファナは涼夜が動けるのか少し心配そうにしていたが、涼夜がベットから起き上がり、しっかりとした足取りで歩くのを見て、心配なさそうだと不安げな表情を辞め、涼夜を先導して歩く。

 

 

 

 

ファナの後をついて行くこと数分。涼夜はなぜか壊れている壁を修復しているミレディの元にやってきた。

 

「ミレディ、話を聞かせてほしい」

 

「ん?……目覚めたんだね。もう少しで終わるからちょっと待っててくれないかなぁ」

 

ミレディは涼夜の方を一瞥すると、すぐに壁を直す作業に戻る。

 

涼夜は「ほう……」と呟いて、宝物庫からおもむろに球状の物体を取り出し、火を付けてミレディが修復をしている壁に向かって放り投げる。物体はヒュー、と気の抜けた音を出しながら放物線を描き、ミレディと壁の間に落ちる。

 

「……え?ちょっ、」

 

作業に集中していたミレディは目の前に飛んできた物体に驚き、慌ててその場から離れるも退避が間に合わず、爆風で吹き飛ばされた。

 

「………」

 

「………」

 

「………っ」

 

ミレディは爆風で吹き飛ばされた身体に損傷がないかを涙目になりながら念入りに確かめる。

 

そして、そのミレディの慌てる姿をみて、必死に笑いを堪えてる涼夜とその行動に対して涼夜に呆れた視線を向けるファナ。

 

ミレディは機体の状態の確認が終わると爆弾を投げた犯人、涼夜に小さいゴーレムで詰め寄ってきた。

 

「ちょーっと、どういうつもりなのかなぁ!?」

 

ミレディの口調はそこまで変化がないが、語尾が強くなったり殺せそうな視線を浴びせているので、ミレディがゴーレムで無かったらならば、額に青筋が浮かんでいる事だろう。

 

「……あー、うん。ハジメから『ミレディが壁を直してたら邪魔しろ』との通達があってな。俺の迷宮でのイラつきもあったからやった。……反省はしてるが、後悔はしていない」

 

涼夜はミレディにあって再燃したイライラが収まり、落ち着いた涼夜は己のした事に若干の気まずさを感じたが、やって後悔するような事ではなかったので、某問題児の名言を言う。端的に言うとかなりの爽快感を味わっていた。

 

「……生かさなかったほうが良かったなぁ、この男」

 

「……スカッとしたけど、やり過ぎ。もう少し自重を覚えるべき」

 

ミレディとファナの両名から言われるが、涼夜は何も言わず肩を竦めるだけである。どうやら謝る気はないらしい。

 

「はぁ。どうしてこう、問題児が多いのかなぁ。……まあ、良いや。時間を無駄にするのも嫌だしここで話そうか」

 

そう言ってミレディは何もない空間から、椅子と机を取り出した。恐らく、涼夜が持っているものと同じ宝物庫だろう。なので、その行動に疑問を抱かずに涼夜はミレディの対面の椅子に腰掛ける。

 

「さて、そっちの話を聞かせてもらおうか。確か、「待って」……なんだよ」

 

「それよりも先に私を倒した方法を教えて欲しいなぁ〜。私の話は長くなるし、終わった直後には聞きそびれたしねぇ」

 

「……まあ、いいけど。特に言うほどのものでもないんだけどな」

 

そう言って涼夜は説明を始める。

 

「簡単に言うと、俺が囮になっている間にファナがミレディを嵌める罠を仕掛ける。そこに俺が誘導して、嵌ったら最高火力でブッパ。以上」

 

涼夜の説明は簡略にしすぎてミレディが聞きたい部分が全くわからない。特にミレディの動きを止めた仕掛けについて。

 

「私の動きを止めた罠って?」

 

「……こいつだ」

 

そう言って涼夜は宝物庫から束ねられた細長い糸を取り出した。

 

「糸?だけど、そんなもので私の動きを止められるかなぁ〜」

 

その糸をミレディは観察するが、特に何か凄いものがあると思えない。魔力を纏っているのはわかるが、それでもミレディのゴーレムを止められるような強度を持っているようには見えないのだ。

 

「使い方を工夫すれば止められるさ。魔力は隠蔽できるように魔力を隠す粉を使って見えないようにしてるし、身体の起点を抑えれば最小限の力で止められる。……まあ、心理的状況も利用したしな。多分それがなかったら見破られてるさ」

 

涼夜はミレディの疑問に答えるがそれが全てではない。ファナに罠を設置させてからは《気配遮断》でミレディの隙を突いてゴーレムの関節部分を涼夜の攻撃に合わせてーーいや、涼夜がファナの攻撃に合わせてミレディの関節部分を攻撃していたという方が適切か。

 

無論、ただ関節部分を攻撃するだけでは動きの差異で気づかれる。だから、全ての部分の性能を罠にかかる瞬間に一気に落とす必要がある。そのために必要なのが涼夜の《理論理解》だ。ファナの攻撃による関節へのダメージ、ミレディの動きによる関節へのダメージ。これらを《理論理解》で把握しながら、涼夜はダメージの足りない部分に攻撃を加える。そうしてバランスを保ちながら、罠へ誘導し、ちょうど罠にかかる瞬間に関節部分のダメージが限界に達するようにした。

これは相当神経を擦り減らすし、半ば運の要素があった。なので、もう一度やれと言われても難しいだろうし、二度とやりたくはない。色々な事情が噛み合わされて成されたものだ。

 

真実を言わないのはミレディを完全に信じていないし、涼夜の《理論理解》やファナの技能は隠しておきたい部分なので、ミレディに話すつもりは毛頭ない。

 

「…………んー、理解はできないけど、なるほどねぇ〜」

 

ミレディは涼夜の言い分に理解できないような顔をしているものの、真実か嘘かの判断はできないし、仮に嘘だと追求しても今話さない時点で、涼夜から真実を聞くことは出来ないとわかっているので、一応の納得を示す。

 

「さて、お前が聞きたいことは話した。なら、今度はそっちの事情について話してもらおうか」

 

「うん、そうだね。ーーーー」

 

 

 

***************

 

 

「……なるほどな」

 

ミレディの話を聞き終えた涼夜は小さく息を吐き、眉間に皺を寄せる。

 

ミレディの話を要約するとこうだ。

まず《万能者》の天職とは()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()である。……まあ、ぶっ壊れな天職だがそれには理由があり、デメリットもある。

 

まず、デメリットとは《万能者》の技能は最初から十全に使える訳ではなく、レベルと精神成熟度、そして把握している技能の数によって技能の性能を()()()()()()。まあ、要するに条件を達成しないと他者の技能レベルより低い力しか出せない。

……器用貧乏の出来上がりだな。

 

そして、理由だが《万能者》という天職はそもそもこの世界の人間にはなることができないし、()()()()()()()天職である。何故かというと上位互換である俺たちの世界ではまだしも、この世界ではリソースの問題で全ての能力を所持する人間が生まれる事などあり得ないからだ。

だが例外もある。俺みたいな他の世界から転移してきたものもそうだが、エヒトのような高次元の存在に人工的に作られた人間も稀に持つ事ができる。

 

エヒトは下界に降りるための器として、この世界に生まれてくる人々の技能にいくはずのリソースを殆ど全てを費やして《万能者》持ちの器を造った。ーーーそのせいでその後二百年近くは生まれてくる人間の技能は乏しくなったそうだがーーー

それがミレディの言っていた「あいつ」だ。

 

まあ、なんで俺にこんな話をしたのかと言うのは、ミレディ達解放者が器を破壊したため、その器と同じ《万能者》を持っている俺が狙われるからという事だ。

まあ、憶測の話であるしエヒトが狙っているかどうかはわからないが、警戒しておくべき事柄だろう。

 

「可能性の話をだけでも、対策できるのかそうじゃないのかでは全然違う。忠告、助かる」

 

「……うん。こっちとしても折角エヒトが降りてこられないようにしたのに君が器として取られたら困るからねぇ〜」

 

涼夜の言葉に若干の嫌味を混ぜて返すミレディ。その声が何処と無く哀愁を帯びているのは、きっと聞き間違いではないのだろう。

 

「あー、はいはい。自分の身体はしっかり守りますよ」

 

……涼夜がそこに突っ込む気は毛頭ないので、スルーされたが。

 

「……じゃあ、話はこれで終わりだな。俺はここを出る準備をしてくる」

 

少しばかりの沈黙の後、そう言うと涼夜は席を立ち自分が寝ていた場所に戻る。ファナは何か言いたそうに逡巡していたが、諦めて涼夜の後を追いかけていった。

 

そして、一人残されたミレディは独り言つ。

 

「……あの子は君の願いを叶えてくれるかもしれないね。期待していよう」

 

 

 

 

 




一応、添削しまくってボツになった文とかあるので、もしかしたら過去話とか投稿するかもしれないです。


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