TAKASHI友人帳 (闇と帽子と何かの旅人)
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零 走り出せ明後日の方向へ

 タカシという名前で思いつく人物とは誰だろうか。

 花屋の息子で出会う人々にでかいと驚かれる奴。誰からも本名で呼ばれないふとっちょ。全国模試で一位をとるし種族は関係ねぇと悪魔娘への愛を確信する金髪イケメン。

 前略オフクロ様と律儀に毎回手紙を綴る高校生。ラケットを持つと人格が変わる寿司屋の息子。アイドル志望の娘の為に勤めていた会社を辞めてカフェを営んでいる父親。

 

 他にも様々な人物が思い浮かぶ。同じ名前を持つ自分と恐らく関係ないが、そんな破天荒な人物が誕生するような日本に生まれてしまったのだろうと思う今日この頃。

 生まれ変わってからというものの、常人には見えてはいけない人達が見えてしまうようになったのが原因だ。角があったり、異様にでかかったり、お面付けてるコスプレさん達とか色々。

 これはおそらく死を経験したら開眼するというアレの副作用じゃないかと俺は考えている。確か、ちょく……勅旨の魔眼だっけか開眼するの。俺の眼を見た相手は俺の言葉に酔い痴れる。

 

 そう――全ては勅旨となる。

 

 なるほど。律令制の時代ならTUEEEできる眼だな。俺の和歌を聞け! と叫びつつ、何処でも平安貴族達が駆けつけて和歌による宇宙の平和が成立する世界だったのか。

 本当にそんな眼だったら良かったのに。現実は変な人とか生き物()が見えるだけ。たまに悪霊みたいなのまで見えるのが困る。紫のボディコン姉ちゃんどっかに居ないかな。

 窓から見える清々しい青空に疲れながら、過去の自分(黒歴史)を振り返っていると下の階から塔子さんの声がチャット風に聴こえてくる。無論俺もチャット風にすぐさま返事を返す。

 

 Touko:貴志くーん。

 Takashi:何かな。

 Touko:そろそろ朝ごはんができるから降りて来てね。

 Takashi:hai! カカッと行くます!

 

 あの人は本当に素晴らしいお方だ。身寄りの無い子供を引き取るという慈愛に満ち溢れた、まるで聖母。けして逆らってはいけないし、待たせてはいけない。お声をかけていただいたなら即反応せねばならない。

 恐らく死後教会に聖人として認定されるに違いない。まだ彼女が起こした奇跡は一度だけなので世間的には福者だろうが俺の中では既に聖人認定です。

 

 こうしては居られない。カカッと階段をおりて塔子さんと滋さんが待っているであろう食卓へと俺は優雅に舞い降りる。

 

 「貴志君おはよう」

 「貴志おはよう。よく眠れたか」

 「おはようございます! 塔子さん。滋さん。おかげさまでよく『わっ』うおわっ!?」

 「貴志君?」

 「どうした貴志、急に驚いて」

 「……あ、いえ。蚊か何かが飛んでたみたいで……今日も美味しそうですね。いただきまーす」

 「暖かくなってきたからなぁ。蚊取り線香を買わないと」

 「そうねぇ……滋さん。帰りに買ってきてくれないかしら」

 

 俺は冷や冷やしながらも誤魔化す事に成功する。滋さんはこんな下手な言い訳も真剣に聞いてくれる人間の鑑のような方で、この人も現代の聖人候補である。

 

 そんなお二方に比べて……少し視線を上げれば悪戯っ子のような笑みを浮かべている極悪非道な妖が居た。

 

 食卓について朝食を食べようとしたら、天井からぶら下がって曲芸を俺にかましてくる。毎日微妙に趣向を変えてくるので何時も驚いてしまう。ある時は食卓のテーブルの下に待機していたのか俺の足元から飛び出すし、ある時はドアを開けようとしたら突然体が動かなくなり、金縛りにあったかと思えば彼女に羽交い絞めにされていたりする。

 妖の女の子に負ける筋力の無さに我ながら呆れて声が出なくなってしまったほどだ。いつも思うが彼女の悪戯は正直心臓に悪い。小声で彼女に文句を言おう。

 

 『あはは。やーい驚いた驚いた』

 『塔子さんや滋さんは見えないんだ。大人しくしていてくれって頼んだだろ……』

 『一日の始まりにタカシを驚かさないと気がすまない。悪く思うな』

 『えぇ……』

 

 こう毎日隠された俺の能力が塔子さんや滋さんにバレそうになると頭が痛い。能力者であるが故に過去迫害された経験がある。魔女狩りのようなものだ。そんなくだらない騒動にお二方を巻き込んではいけない。だから俺は隠さなければならないのだ。

 いや、本当に頭が重いぞ。偏頭痛持ちではないのだが、これも能力による副作用なのだろうか。そんな風に考えながら朝ごはんを食べていると、塔子さんと滋さんが微笑ましいものを見るような表情でこちらを見ていた。

 

 「いつも仲良しねぇ」

 「気付けばいつも貴志の頭の上に居るな」

 「あっ」

 

 二人に指摘されてはじめて気付く。先ほどからの頭の違和感の正体は猫に化けた彼女だった。

 

 「こらっ。食事中は頭の上に乗っちゃダメだって言ってるだろ」

 

 俺は頭の上に居座る彼女に文句を言うが、彼女は何処吹く風。しょうがないなあと思いながらも朝食を食べ終え、塔子さんに見送られながら滋さんと共に行ってきますを言うのが大切な日課なのだ。

 

 

 

 

 途中で滋さんと別れ、暖かい気候に後押しをうけながら自然と学校へと向かう足は軽やかで、友達百人できそうな勢いだね。辺りの見慣れ始めた景色を楽しみながら小学校一年生の気分で歩いていると、ふと見覚えのある人影にであう。

 いつか見た妖のおじさんだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 これはまだ俺が自分の能力に慣れていなかった頃の話だ。

 両親が亡くなり。親族の間をまるで黄色い救急車に乗る患者のように、大学病院の押し付け合いに巻き込まれるかの如く、幼い俺はたらい回しにされていた。まったく失礼な話である。

 学校に行っても前世で培った精神力や新たに獲得したこの能力のせいで釣り合う人間がおらず、端的に表せば友達なんて作ったら人間強度が下がると孤高の狼を気取っていた。 

 

 今日も一人公園で知識の中にある俺と似たような力を持っている、とある国の第11皇子がお決まりのキメポーズと共に放つ台詞の練習をしていると、同じく公園で遊んでいた幼い者達がキャーキャー喚き始めたではないか。

 フフッ。俺のポージングとキメ台詞に恐れをなしたか。まだ幼い者達だが圧倒的強者から本能的に逃げ出すその生存本能は賞賛に値する。子供達は親に手をひかれながら公園を後にしている。

 だがよく見てみると彼らは俺を見ているわけではないようだ。ならば何故喚きながら逃げるのだろうか。答えはこちらの方へ近付いてくる禍々しい気配(オーラ)が雄弁に語っていた。

 英雄の卵(子供達)監視者(保護者)だけでなく、定例ブリーフィング(井戸端会議)をしていたであろう万国正義院(主婦達)すら声をあげながら逃げていくではないか。まだ見ぬ自分以外の強者に好奇心を抑えきれず、そのオーラの方向へ振り返ってしまう。

 

 視界を陵辱される。嫌でも目に焼き付いてしまうその姿は異様だった。夏真っ盛りだというのに漆黒の衣(コート)を羽織り、その下は無明の闇(全裸)という独特な個性溢れるセンス、隠し切れない強者のオーラ。眼前を圧する闇よりもひときわ黒く釣られたる存在に対し、これは普通の人ではないと確信を以て断言し得る。

 

 「おや? 一人で遊んでいた君はボクを見ても逃げないのかい?」

 

 ああ、やはりこの眼前の闇は(変な人)だったのか。

 強者特有の道徳を蹂躙するそのさま、不敵な笑みを浮かべる常世(日常)では存在することを許されない者。稀に常世へ迷い込む力強き妖は見えない人にすら、そのあふれ出る力を感じさせてしまうかの如く、普通の人々は彼らを認識していないのにも関わらず妖力の強い妖を自然と避けていく。本当の強者というものは孤高なのだろうなと常日頃考えていたものだ。

 

 「……慣れていますから」

 「慣れている?」

 「ええ、よくあるんですこういうことが」

 「何だ? 親に酷い事でもされているのか?」

 

 何故か親の事を聞かれたが、もしや俺の隠しきれない強者のオーラを感じ取って親も名のある強者なのかと思ったのだろうか。話しかけてきた時はこちらをからかうような表情だったのに、今は真剣な表情でこちらを見ている。

 正解なようで不正解だな。両親ではなく祖母が強者だからだ。彼女の武勇伝をよく父から聞かされていた。今はもうあまり覚えていないが。

 

 「親ですか? もう両親はいませんよ」

 「そうか……君は寂しくないのかい?」

 

 なんだろう。寂しさというキーワードが不意に心を切なくさせる。強者は孤独である。しかし同時にその孤独すら受け入れ、ありのままの自分を出すのが本当の強者なのだ。

 まだ未熟である俺は目の前の強者()のように本来の自分をさらけ出せずにいた。喉に小骨が突き刺さるようなもどかしさ、あるいは焦燥からか、自然と口から言葉が漏れていた。

 

 「ひとりで生きていきたいなあ」

 「……」

 

 さっさと独り立ちして、様々な世のしがらみから解放されたい。率直に言えば義務教育早く終わってくれないかな。子供に混じって勉学に励むというのは中々にくるものがある。

 それに本物の強者である彼にはわからないだろうが、未熟な俺は能力に振り回され普通の人間に迫害されている日々が腹立たしく、義務教育とのコンボで毎日がハードモード。いつか目の前の強者()のように、はたまた自由に孤高にあの空を駆ける鳥のように羽ばたいていきたいものである。

 不意に暖かみのある感触が俺の全身を包み込む。妖が羽織っていたコートを何故か俺に被せてきたではないか。彼のコートは小さい自分には少し大き過ぎるようで、フードが顔に覆いかぶさって前が見えなくなる。何をするんだと文句を言おうとしたのだが、フードをめくり終わる頃には時既に遅く、妖は俺の目の前から姿を消していた。 

 

 

◇◇◇

 

 

 「お久しぶりです」

 「ん? 君は……」

 「あの時コートのお礼を言えずにいたから……今なら貴方の優しさがわかる気がします」

 

 当時ぶかぶかのコートを羽織って帰ると、お世話になっていた家の庭で俺の帰りを待っていた彼女――現在俺の頭上に住み着いている妖の女の子に指を指されながら笑われたな。

 恥ずかしい思いをしたと、あの時は思っていたが今ならわかる。彼なりの優しさだったのだと、強者でも友を作って良いのだと、同じ強者の立場(フィールド)にいる先達の彼は俺に伝えたかったのだ。

 

 ――誰彼構わず群れるだけの弱者にはならなくていい。だが同じ志を抱く者とは(ライバル)になれる。

 

 シャイな彼はあの時言葉を残さずに去っていったが、その誇り高き強者の――言葉なき熱い思いは数年越しに未熟だった俺へと確かに伝わったのだ。

 

 「コート……ああ! あの時の坊やか! 大きくなったな……」

 

 ああ、ようやく同じ強者として俺を認めてくれたのだろうか。話しかけた時は怪訝な表情だったが彼の眼は優しいものになり、俺も心が熱くなる。

 一度しか邂逅していない強者との再会。かつて俺が貰った物と似たような漆黒の衣(コート)を着ている彼。漆黒の衣の下は、あの時と同じように無明の闇(全裸)が広がっていると思っていたのだが少し違った。彼は無明の闇(コートの下)を縄で縛っていた。ひょっとしたら力を持つ者故の、己への戒めだろうか。

 相変わらずだなと俺の口元が緩む。こちらの笑顔に気付いたのか、彼も笑顔を向けながら笑いかけてくれた。まるで強者同士特有の互いの健闘を称え合う場面(ワンシーン)のようだ。

 そういえば自己紹介をしていなかった事に今更気付いた。先達に失礼の無いよう自己紹介しなければ。

 

 「僕は夏目(サマーアイズ)夏目貴志(サマーアイズトゥス・カシ)。貴方の名前を教えてくれますか?」

 

 祖母が友を作るときに友人帳なるものを記していたのを思い出した俺は、おもむろに黒い手帳を取り出す。俺も自分の友人帳を作ろうと思ったからだ。自己紹介をし終え、手帳を出しながら相手の答えを待っていると、彼の名はなんだろうかと期待が膨らむ。だが、本物の強者が簡単に名を教えるはずも無く。

 

 「ウッ……もう職務質問は嫌だぁああああああああああああああ!!」

 

 彼は封印されし記憶(トラウマ)でも呼び起こしたかのように突然叫びながら、走り去っていってしまった。

 シャイな彼はまたもや俺に何かを伝えようとしているのだろうか。すぐに彼の思いを理解できない俺はまだまだ未熟だなと痛感する。

 いつかまた出会える日が来るのだろうか。それは今の俺にはわからないけど、一人ではないのだと教えてくれた彼に感謝を覚えながら通学路を歩みだそう。

 

 『春先はああいうのが多いな』

 

 頭上が定位置になりつつある猫に化けた彼女の言葉に耳を澄ませながら、新たな出会いに期待しつつその場を後にした。




登場人物系

頭上の妖 原作4巻巻末の観察帳2に出てる木の妖 お茶目なヒロイン兼にゃんこ

サマーアイズトゥス・カシ ここ最近はちゅうにびょうを抑えてるつもりが悪化した意識チョモランマ級邪気眼系主人公 ライバル(予定)は番傘眼帯


※投稿動機はギャグ系の夏目友人帳SS増えろ!という純粋な動機ですよ


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壱 ちっぽけな僕にできること

 幼少の頃からまるで宇宙(ガイア)に導かれるかのごとく変な人や生き物()が見える。選ばれし者である俺はその能力故に普通の人間とは違う景色が見えてしまう。

 

 そんな俺は初登校から数週間当然の如く周りから一目置かれていた(浮いていた)が、ようやく新しい学校生活にも馴染み、白虎(西村)玄武(北本)等クライスメイトにも良くして貰っている。

 麻雀で言うなら順風満帆の東風戦を戦いはじめた気持ちになった。あと青龍()朱雀()の付く苗字の学友が出来れば大いなる四神の微笑み(大四喜)だな。友達百人(字一色)も目指したいところだ。

 だが、順調な学校生活に待ったをかけるかのように、学校帰りにカエセカエセと言いながら借金取りのように迫ってくる変な動物に追われて逃げ惑っていると、いつのまにやら見知らぬ山中に迷い込んでしまっていた。何処だここ、あの有名なマヨイガか?

 流石の俺でも途方に暮れてしまう。あたりを見渡すと朽ちかけた祠が鎮座していた。祠のお供え物だろうか、食べ物を口にしようとしている老人が佇んでおり、俺と眼が合ってしまう。

 

 「おや、人に見つかってしまったか。こんな場所に若者が来るとは珍しいのう」

 「貴方は……」

 

 浮世離れをした強者特有のオーラを纏った、まるで仙人の様な出で立ちのご老人に思わず心が踊り声をかけてしまった。 

 

 「恥ずかしい所を見られてしまったのう。ほれ坊主、お主も一緒にどうじゃ?」

 

 手際よく祠にまつられている食べ物を我が物顔でこちらに手渡してきていた。きっとこの祠に住んでいる神様なのだろう。俺はありがたく頂戴し神秘の力を授かる気持ちで食べ物を噛み締める。

 

 「食べおったな。この事はわしとお主との秘密じゃぞ」

 

 お茶目な表情でこちらを見ながら神託のように俺へ言葉を授け、指きりのような仕草をして微笑んでくる。なんと気さくな神様なのだろうか。秘密という子供心(厨二心)をくすぐる言葉(お告げ)に俺の脳裏には肯定という文字しか存在し得なかったので頷く。

 

 「そう言えばお主、どうしてこんな場所に来たんじゃ? 服も汚れておるし」

 

 祠の神様に問われ我に返ると衣服が汚れているのに気付き、俺は神様の御前だというのにこの様な無様な格好で対面していたのかと思うと、途端に恥ずかしさがこみ上げて顔から火が出てきそうなのを我慢しつつ神の怒りを恐れ弁明をはじめていた。

 

 「実は借金取りに追われて無我夢中で逃げていたら……ここに迷い込んでしまったんです」

 「借金とな? お主若いのに随分と苦労をしておるのう」

 

 祠の神様は優しげな眼差しを俺に向けながら、まるで我が事のように親身になって話を聞いてくれている。そう言えば何故あの謎生物はカエセカエセと言いながら俺を追いかけてきていたのだろう。たまにレイコとか言ってたし多分祖母の借金が原因かな。

 なるほど。過去にたらい回しになった家々でレイコさんについて聞こうとした事があったが、親戚がレイコさんの事を話したがらなかったのは借金が原因だったのか。

 その後も他愛の無い話で盛り上がり、そろそろ門限だなと思い神様から帰り道を教示してもらい、また遊びに来る事を約束して近くの山にも神様が坐わすのだなと不思議な気持ちで塔子さんや滋さん、木の妖精さんが待っているであろう家に帰宅し、今日の出来事を話す。

 

 『タカシ……お前また変な奴に絡まれてたのか』

 「変なってなんだよ。神様に失礼だろ」

 『いや……まあいいか。話を聞く限り害はなさそうだ……聞いてるのか?』

 

 近所の山に神様が坐わす事を教えてあげたのに、妖精さんはあのお方を変な奴扱いだ。失礼な話である。確かに最初は仙人(浮浪者)みたいな格好で、山に勝手に住み着いた放浪系山の民かと思ったけど、俺は確信している。彼は神様に違いない。

 常人には真似できないオーラを纏い、俺とは違い能力を持たない普通の人とは目と目が合ったりしないし他人に話しかけられる事も無いような感じだったし、あんな気さくで優しくて、慈愛に溢れる表情で俺のくだらない話に付き合ってくれるのだから神様である。

 

 『おーい……タカシの分際で私を無視するな!!』

 「……痛い、妖精さん痛い! ギブ! ギブ!」

 『Give? もっとやって欲しいのか』

 「違う! ギブアップ!」

 

 山の神様との邂逅に思い耽っていると妖精さんが俺にヘッドロックをかましてきた。筋力では勝てないのですぐギブアップである。そんな風に妖精さんとのスキンシップを楽しんでいると、塔子さんからご飯よとお声をかけていただく。

 カカッと食卓につき、帰っていた滋さんと共にいただきますと、いつもご飯を作ってくれている塔子さん(聖人様)への感謝の気持ちがこもった祈りを捧げる。

 日々の食事への感謝が深まり、普段よりも一層ご飯のおかわり量が増えてしまうのは、おそらく神の供物を口にしたおかげだろうか。

 

 「あら、貴志くん。今日はいつもよりたくさん食べるのね」

 「これで9杯目か、食べ盛りだな貴志」

 「いつもよりなんだか食欲がわいてきて」

 

 食欲旺盛さをアッピルしつつもご飯のおかわりは9杯までと決めているのは、謙虚な心を持とうという気持ちが神様との出会いにより、そういった信念がより深まりそうになったからだ。

 

 『そんなに食べて腹を壊しても知らんぞ』

 

 何やら足元で妖精さんが心配そうな表情をしつつ小声で語りかけてきたが、大丈夫だろう。何せ神様のご加護があるのだから。

 食べ終わり、自室に戻ると急に苦しくなる。今日の疲れが今頃出てきたのだろうか。

 

 『馬鹿だなお前は』

 

 苦しくなり横になって休息をっとていると、妖精さん(Ver.猫)が俺の腹上に乗りながら馬鹿にしたような笑みで悪戯をしかけ、弱っている俺を屈服(腹上死)させようとしてくる。

 妖精さんの悪戯はいつもの事なのでひとまず置いておくとして、何故急に苦しくなったのだろう。俺はふと今日の出来事を振り返りながら考える。考えた末、俺が出した解は――

 

 「しまった! お供えをしていない!」

 

 そう。他愛の無い話を神様としたりしていたが、俺自身が供物を神様に捧げていない事に気が付く。神の施しを受け賜りながら、感謝の言葉だけで済ますとはなんと罰当たりな人間だろうか。

 恐らく罰当たりな俺に罰が当たったのだろう。明日にでもさっそくお供え物を捧げに行かなければならない。

 

 『まったくお前は……』

 

 何やら妖精さんはやっと気付いたか馬鹿者めとでも言いたげな表情だ。ありがとう妖精さん。未熟な俺にいつも大切な事を気付かせてくれて。

 ただ、俺にしかけてくる悪戯の頻度はもう少し下げてもらえないだろうか。口からエクトプラズムが出てきそうです。

 

 

◇◇◇

 

 

 あくる日の学校の帰り道、俺はお供え物をスーパーで買ってからあの山中へと向かう事にした。神の機嫌を損なわないよう慎重に供物を選び終えた俺は祠へと無事辿り付く。

 この厳選に厳選を重ねたザクロの実。神様は住んでいる祠のように肌が荒れていたので、きっと喜んでくれるに違いない。

 無事再会を果たした俺と神様。お供えしたザクロは大層気に入ってもらえた。良かった。また持っていこう。

 

 神様に気に入られた俺はそれからというものの毎日山へ行くようになった。

 神様のお告げ()は浅学な俺にとって為になるものばかりで、以前神様に話した借金取りに追われているという俺の弁明からか、お金に困ったときの食事にありつける方法や聖なる書物を持参し近所の神の家(教会)へ行けば暖かい食べ物をたべられる等非常に為になる話をしてくれた。

 なるほど、八百万の精神を持っておられるのだろう。他の神の家にも遊びに行ったことがあるらしい。お茶目な神様らしい一面を垣間見た気がした。

 

 そんな和やかで為になる日々が続く。だが、大いなる試練(学校の試験)が神様との対話を引き裂く。泣く泣く俺は帰宅後すぐ勉強する日々を過ごすハメになったのだった。

 己を高める為に学び、鍛えた学力を試す試練がようやく終わり開放的な気持ちになった俺は、ふと窓から山を見る。神様は元気だろうか。

 

 「夏目ー! 試験終わったしどっか遊びに行かね?」

 

 白虎(西村)も同じように開放的な気持ちなのだろう。俺に笑顔で遊びに行かないかと声をかけてきた。白虎の後ろにいる玄武(北本)も笑いながら俺に話しかけてくる。だが、俺は――

 

 「西村、北本、用事があるんだ。ごめんな、また誘ってくれ」

 「えー……川で釣りとかしたかったなー」

 「西村、用事があるなら仕方ないだろう。無茶を言って夏目を困らせるなよ」

 「ちぇー」

 

 すまない白虎と玄武。俺もお前達と遊びたいのだが、どうも胸騒ぎがするんだ。後ろ髪を引かれる思いで俺は学校をあとにする。

 はやる気持ちを抑えながら、俺は山へ向かう。道中橙色の看板やら人を模した模型のようなものがあったがどうでもいい。神様に会いたい。笑いあいながら為になる話を聞きたい。

 俺の胸騒ぎが的中してしまったのだろうか。祠があった場所は無機質な重機で跡形も無く、更地にされてしまっていた。

 

 「そんな……」

 

 神様は無事なのだろうか。焦燥にかられ呆然としている俺の気持ちを無視するかのように、近くに居るのであろう小さき変な動物の声が能力者である故に聴こえてくる。

 

 『このあたりも住み辛くなった』

 『人間達は我らの住処を勝手に荒らす。だから嫌いだ』

 『そういえば祓い屋が近くに来ていたな』

 『さっさと逃げよう』

 『逃げねば逃げねば』

 

 呆然とする俺は意識しなくても聴こえてくる小さき者達(弱者達)の声無き声を反芻する。なるほど、この場所を無骨な重機で荒らした存在は祓い屋と呼ばれる者達なのか。

 許してはならない。神坐す山を重機で荒らすなど言語道断だ。まだ見ぬ敵への怒りからか、総身から騒ぎ出す鮮血の旋律に身を委ねていた俺は近付いてくる気配に気付けなかった。

 

 『うまそうな人間がいるな。クッテヤル』

 

 気付けば強盗のような変人()が俺を食べようと近付いてきていた。自分に向かってくる変人、お腹がすいたのなら人じゃなくてコンビニで廃棄処分弁当とか貰って食べればいいのに。

 そうやって諭そうとしたのだが話を聞いてくれない。なるほど、カニバリズム系の強者だったのか。そりゃ普通の食べ物じゃ満足できないな。

 でも俺食べられたくないです。なので必死に逃げる。こういった日常茶飯事に構っていられないほど今の俺は精神的に追い詰められていた。追いかけてくるカニバ系の強者。どうしようか考えていると物理的に後ろ髪を引かれる。

 

 『また変な奴に絡まれてるな』

 

 散歩の時間が終わったのだろうか。いつものように猫じゃなく妖精さんが人型で俺の髪を引っ張っていた。髪にダメージは勘弁してください。禿げたらどうするんだ。

 そんな風に妖精さんと言い合っているとカニバ系強者が目の前に。とりあえず殴るかと考えていると、目の前の強者すら路傍の石に過ぎないと言わんばかりの強烈な気配(オーラ)が近付いてきた。

 眼前の強者もその気配を感じたのか振り返る。それにつられるように俺は見た。見てしまった。

 

 「おや、こんな所にも妖が。討ち漏らしか」

 

 赤い眼、その片方を隠すように謎の模様を描いた包帯のようなモノで封じている。着物とはこうして着るのだと、まるで和の祭典から抜け出してきたような出で立ち。武器なのだろうか、番傘を片手に俺の目の前の強者を気配だけで圧倒している。只者ではない。

 カニバ系強者は先ほどの勢いは何処へやら、身を震わせながら後退りしていた。おそらく逃げるつもりなのだろう。

 番傘の彼は傘を地面に置き、どこから出したのか弓を取り出して構える。弓を引き、的に中るのが当然のように逃げ出したカニバ系強者を一瞬で倒してしまった。

 自分とは住む世界が違う。完全に俺よりも上位の層に住まう本物の強者(厨二病患者)だ。俺は普段番傘を片手に散歩をしないし弓道を修めていない。完全なる敗北だ。

 

 「君も見えていたようですが、大丈夫ですか?」

 

 圧倒的強者である彼に優しく手を差し伸べられながら声をかけられる。

 

 「ええ……ありがとうございます」

 「ふむ。後ろにいるのは君の式ですか?」

 「はい。大事な()です」

 

 先ほどから妖精さんは彼を無言で睨みつけている。おそらく俺と同じように敗北感を感じているはずだ。友を式と呼ぶなど、浅学の俺にはできない発想。

 

 「なるほど。式を大切になされているのですね。先ほどから私を警戒して、君を害そうとする者なのか危惧しているようだ」

 

 俺ははやる妖精さんを抑え、笑顔で語りかける圧倒的強者にこちらも笑顔で返す。

 

 「毎日よくしてもらってます。大事な、大事な存在です」

 「知り合いに一人、君のように式との関係を大切にしている方を思い出しました。私には到底真似できないでしょう。妖に感情を抱くなど」

 

 かつての自分を見ているようで胸が締め付けられる。時代を越えてやってきた合わせ鏡のように、まるで自身を責めているかのような。

 妖精さんや塔子さん、滋さん。優しい人達に出会えなかった自分はこうなっていたのかもしれないと身震いする。

 

 「もうこの辺りに妖はいないようですね。ではまた、ご縁があれば」

 「助けていただきありがとうございました」

 「いえいえ」

 

 圧倒的強者は名前も告げずに去っていく。本物の強者。孤高の体現者にまた出会ってしまった俺は打ちひしがれていた。

 悔しい。圧倒的敗北を感じたのは初めてだ。あんな本物の強者(厨二病の体現者)が目の前にあらわれるだなんて。自分より気配も、厨二力(眼帯)も、装備(番傘)も何もかもが高次元だった。

 

 こうしてはいられない。早く。早く買わなければ――番傘を。

 

 『おい、タカシ!』

 

 妖精さんの声を振り切り俺は風のように走る。走っていた俺は何かに引っ掛かってしまう。

 

 「いてぇ……」

 『馬鹿。急に走り出すから』

 

 妖精さんが心配そうにこけた俺を覗き見るように近付く。だが、そんな事よりも俺は何に引っ掛かったのか気になり足元を見てみると縄があった。

 どうやらコレに引っ掛かったらしい。縄が千切れている。縄で囲むように祠があり、とても厨二心をくすぐってくる。俺のそんな心境を察したのか祠が喋りだす。

 

 『おぉ、結界が破れた。これで外に出られる』

 

 これは強者の封印を解いてしまったのだろうか。もしかしたら本物の強者に敗北した俺に対する、今は居ない神様からの贈り物なのかもしれない。別の祠だが。

 伝説の剣が出てくるのだろうか、はたまた最強の存在しか装備できない腕甲かもしれない。祠から飛び出してくるモノに期待が高まる。

 

 ――満を持して祠の扉が開かれていく。

 

 「招き猫……だと……」

 

 祠の扉から見えてきた光景に絶句する。可愛らしい猫の置物のような存在が鎮座している。パワーアップイベントかと思いきや、マネーイベントだったようだ。まさか祠から招き猫が出てくるなんて、俺はついて行けるのだろうか――神様のいないこの世界の厨二力(スピード)に。




山の神様は祓い屋(国の行政代執行)により立ち退きを余儀なくされました。


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