インフィニット・デスロイヤル (ホラー)
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彼を喪う事を恐怖する少女

 一日早く、投稿出来る範囲まで執筆致しました。前作の数時間後の話ですがこれは二夏が主人公です。


「…………」

 

 ある日の夜明け前、此処は東京の某所にある、とあ病院の手術室前。そこは身体をメスで切り、怪我した所や病巣を取り除く為に設けられている場所。が、今は、そこを出入り出来る扉の上には『手術中』と紅い光が点いていた。

 その意味は誰かが大怪我を負い、予定されていた日で手術される患者が医師達に囲まれながら治療されている。しかし、何方かと言えば前者が正しいだろう。

 同時に、そこは薄暗い中、看護婦や看護士、医者、患者、清掃員等、一人もいない。

 が、その手術室前には一人の少女が細長い椅子に腰掛けながら俯いていた。顔を両手で覆い隠しているが何も語ろうとはしなかった。その人物は十代後半くらいかつ、空色の長い髪。病院に居る患者がレンタルする服を纏っている。

 同時に彼女は何も語ろうとはしない、何も喋ろうとはしない、誰とも会話しょうともしない、連絡しょうともしない。ただただ、手術室の前で静かに座っていた。彼の安否を気にし、彼が死亡しない事を切願していた。

 彼は自分にとって、欠けてはいけない存在。自分や自分の妹を守る為に自らを犠牲にし、右腕を失いながらも、自分達を守ろうとした。しかし、彼は危険なゲームに参加していた。

 衝撃的な事実かつ、恐ろしい真実。彼女はそれを受け入れ難く、認めたくもない真実。しかし、今はそれを嘆く暇はない、今は色んな意味で今を嘆いている。

 彼はその所為で瀕死の重傷を負ってる。唯一の存命方法は手術で助かるしかない。それは賭けでもあり、医師達の手に懸かっている。助かるか助からないかは彼等の手に懸かっている。

 助かる事を祈っているがただ、待機する事しか出来ないでいた。

 

「織斑、君……!」

 

 少女はポッリと彼の名を、名字を呟いた。彼女は織斑、名を一夏と言う青年を心配していた。手術室にいるのも、彼が手術されている患者でもあるからだ。

 彼女は彼の身内ではないが色んな意味で顔見知りかつ、欠けてはいけない存在だ。少女は最初は彼を警戒していたが妹の叱咤により、彼の見方を変え、彼を支えようとした。

 しかし……彼女は嗚咽を上げる。彼女は思い出してしまったのだ。あの光景を、戦慄的な光景を。燃え盛る炎の中、崩れ落ちる廃工場を背を向ける中、彼の脇腹が突然、血飛沫を上げたのだ。

 同時に彼に反乱を起こすかのように彼の腸が飛び出したのだ。それを、その光景を彼女は目撃してしまった。あの時は驚いたがそれ以上に近くから彼女よりも人回り年下かつ、身長が少女の腰までしかない幼女の悲鳴が響き渡ったのだ。

 恐怖で支配されたような悲鳴だった。そんな幼女を他所に自分は突然の光景に愕然としていたが我に返る意味で叫んでしまった。

 そこからの記憶は曖昧だった。自分達の叫び声に近くを通りかかった人達が救急車等を呼び、彼が運ばれた事、自分と一美は救命士に保護されながらも病院へと連れて来てくれた事、自分は怪我をしていないかを診察された後、此処に居る事も覚えているかどうかも判らない。

 しかし、あの光景だけは忘れられない。彼の腸が飛び出て、血飛沫が辺りに飛び散っている、戦慄的な光景。

 何が遭ったのかも、何が起きたのかも、非現実的な光景でしかなかった。しかし、認めたくはない。あの光景は彼女の脳裏に焼き付き、心に暗い影を落としている。

 それでも、彼女はそれを拭おうと、振り払おうと顔を左右に振った。が、それは消える事もなかった。同時に今は、彼の生存を微かに願っている事が先だった。

 刹那、遠くからハイヒールの音が聴こえた。それだけではない、それ以上に走る音が幾つも聴こえた。彼女はその足音に反応し、其方の方を見る。彼女は目を見開いた。

 そこには、二人の女性が此方へと駆け寄ってきた。何方も二十代前半だが黒の長い髪を後ろで束ねている。黒い瞳が特徴的かつ、黒を基準とした女性用スーツを着ているが表情は焦っている。

 もう一人は緑色のボブカットに翡翠色の瞳。童顔であるがちゃんとした女性であるが黄色を基準とした私服に茶色いブーツを履いている。彼女もまた、焦っているが少女は二人を見ながら立ち上がった。

 

「更識姉……!」

「更識さん!」

 

 女性達は少女を更識と呼んだが表情は違った。黒のスーツの女性は更識を怒りを感じ、もう片方の女性は困惑していた。しかし、そうなるのも無理はない。

 彼女達は更識、否、手術室の中で治療されている者とは知り合いであった。片方は身内であり、もう片方は彼女達が受け持つクラスの生徒の一人だった。

 彼女達が来たのも、警察に呼ばれた事かつ、朝一番の電車を使い、更にはタクシーでこの病院まで来たのだった。が、二人は手術室前に来て立ち止まったまでは良いが黒いスーツの女性、織斑千冬は更識楯無を見ていた。

 表情は険しかった。彼女に対して、良い印象はない。手術と言う名で治療されている自分の弟、織斑一夏に関する事だ。彼を危険な裏家業に引き入れ、尚且つ、死地に赴かせる事をさせているのだ。

 千冬はその事を訊きたかったがそんな彼女に緑のボブカットの女性、山田真耶は困惑しながら見ていた。何か厭な予感がする。女の直感でもあるが彼女は何かを言い掛けようとした。

 刹那、渇いた音が手術室前に木霊した。それは一回しか出なかったがその音の正体は痛々しくも、あるまじき行動を物語っていた。

 

「お、織斑先生……!」

 

 それを間近で目撃した真耶は青褪めながら千冬を呼んでいる。彼女はその光景に戦慄し、愕然としていた。教師にとって、あるまじき行為かつ、赦されない事だった。

 それは社会問題にもなっており、それが原因で心に大きな傷を負った者が何人もいる。千冬はそれを、社会問題となっている行動を平然とやってのけたのだ。

 否、違う。彼女は楯無に対して、憎しみを抱き、怒りをも覚えていたからだ。彼女の家に預けた事が間違いだった。しかし、後の祭りであり、今はそれが戻る事も出来ない。

 千冬は手を上げているが怒りの形相をしながらも涙目であった。怒りと哀しみが入り混じっているが今は楯無を睨んでいる。

 

「……っ」

 

 そんな彼女に、楯無は頬を抑えながら彼女を見ていた。彼女の怒りを肌で感じたのだ。痛くも、彼女の哀しみが籠められている事には気付いていた。

 彼をこんな目にしたのは自分ではないが、自分が所属している所に彼に入るよう言ったのは自分達だ。赦されない事とは判っているが、楯無は目に涙を浮かべていた。

 楯無は未だに頬を抑えているがそれは少し紅かった。とても痛そうであるが無理もない。それは、千冬が楯無に平手打ちしたからだ。頬が紅いの持ち冬が平手打ちをした証拠かつ、教師が生徒に体罰しているのだ。

 さっき言ったのも、その社会問題と言うのは体罰だった。真耶が青褪めているのも、千冬が体罰をした瞬間を目撃したからだった。

 

「……!」

 

 真耶は千冬の行動に言葉を失っている。しかし、千冬は泣きながら楯無の胸倉を掴む。彼女の行動に楯無は驚くが抵抗しなかった。そして、千冬は彼女に対し、怒りが孕んだ声で。

 

「……お前のせいだ!」

 

 彼女は楯無に対して、そう言った。この言葉に楯無は瞠目するが言葉を失っていた。そして、涙目のまま目を逸らす。彼女の怒りの言葉はは、ご尤もだった。

 千冬は一夏を喪う事に恐怖していた。同時に、自分を責めているのも自分に原因がある事に楯無は気付いていたのだ。しかし、千冬は楯無に対し、怒っていた。

 

「お前のせいで一夏は死にかけている……お前のせいだっ!!」

 

 千冬は楯無の胸倉を掴みながら壁に叩き付ける。楯無は彼女の行動に抵抗しないが俯いていた。

 

「お前のせいで一夏は死ぬかもしれないんだぞ!? どうするんだ!?」

「…………」

「何とか言ったらどうだ!? 答えろ!」

 

 千冬は泣きながら楯無に怒っていた。そんな彼女に真耶は困惑しながら「いけません!」と言いながら止めようとするが千冬は楯無に対して怒り続けていた。

 

「お前のせいだ! お前達のせいだぁぁぁっ!!」

「……っぐ」

 

 千冬は泣きながら楯無に怒り続けていた。一夏を還せ、右腕があり、あの優しかった一夏を還せと。しかし、誘拐事件の前かつ、過去の彼の事であり今は現在だ。

 それはどんなに願っても戻れないが千冬は一夏を喪う事で恐怖している、我を忘れているのだ。楯無にも原因はあるのだが全て彼女が悪い訳ではないが楯無は涙を流し続けていた。そして、ごめんなさい、ごめんなさい、と謝罪の言葉を述べる以外、言い訳や抵抗する気配はなかった。

 三人はそれぞれの事をする中、手術室のランプは点いたままだった……。




 次回は色々遭って月曜日からの投稿となります。


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暗き教室で哀しむ少女達

「グスッ……」

「…………」

 

 あれから二、三時間後。此処はIS学園の一年一組の教室。室内は今、暗い雰囲気に包まれていた。お通夜宛らでもあるが女子生徒達は今、哀しみに包まれていた。

 中には嗚咽を上げ、中には哀しい表情を浮かべながら瞼を閉じている。本来ならば勉強の時間でもあるが自習と言う形で潰れた。そこは喜ぶべきであるがそれも出来ない。

 彼女達はある事で哀しんでいた。それは、さっき学園側が警察から連絡された衝撃的な内容。戦慄もするが愕然ともする。その内容は学園側の唯一の男子生徒、織斑一夏の負傷だった。

 教師達や生徒達から見れば、更には世間から見れば、男子生徒が負傷したと言う出来事は衝撃を走らせる。一晩で全世界に報じられ、初回全体に大きな打撃を与える。

 どうなるのかは彼の生か死かで決まる。紙一重とも言えるが希望かつ、絶望にも近い。が、それは絶望の方が多いだろう。何故なら、一夏が死んでも、彼の代わりはいるのだ。

 脱落した一彦が造り、一夏の右腕を元に造られたクローン、織斑二夏である。彼は今、医務室で療養しているが近い内、否、今日中にも回復するだろう。

 同時に彼は数日後にはIS学園の生徒として迎えられる事が学園側の話し合いで決まったのだ。後は本人次第の気持ちでもあるが転入してくると言う意味で入学してくる事は決まっているのだった。

 が、今はその話題さえも出ていない。否、その事は未だ、全校生徒に伝えていないのも原因だった。二夏の事よりも、同級生である一夏を心配、否、心配するかしないかで困惑していた。

 同時に誰一人会話をする気配はない。そう言った事を、別の意味での明るい話題を出せないでいる。誰一人、一夏の安否を気にしない者はいないのだ。

 逆に矛盾しているとしたら、一夏の死を誰よりも喜ぶのは、ISにより染まり、それが原因で広まった男尊女卑主義者達だろう。自分達の立場を危うくさせる彼は邪魔でしかないだろう。

 同時に彼がいるであろう病院を責める危険もあるがそれは無理に等しい。何故なら……否、今は教室内に走る沈黙かつ、何時まで続くかも判らない状況を彼女達はただただ、待機する形で黙っていた。

 

「……グスッ、えぐっ」

 

 そんな中、ある少女もいた。その少女は空色の長い髪、紅い瞳に眼鏡を掛けている、弱々しそうな少女であるが彼女は泣いていた。大粒の涙を流して泣いていた。

 理由は勿論、彼女は織斑一夏の安否を気にしているのと、彼の無事を祈っている事だった。更なる理由としては彼、一夏に想いを寄せているからだ。

 彼は自分達の家の従者に過ぎないが自分達を守る為に、ある大男と共に傍にいてくれた。自分達を守る為に悪役に近い事をしたり、時には自分達には心を開かないがどんな時でも駆け付けてくれた。

 死の危険が迫っても、自らの命を危険に晒してでも守ってくれた。彼が居なければ自分はいなかった。同時に彼には味方はいなかった。その為、恩を返す意味でも彼の凍った心を氷解させようとしていた。

 しかし、そう言った行動は出来ていなかった。否、出来なかった。彼はいざと言う時以外、誰とも会話をしない。それが原因でもあるが彼女は彼の味方になろうと決めていた。

 同時に味方は他にもいた。自分の姉や自分達の幼馴染みであり、従者でもある布仏姉妹がいるのだ。彼女等と共に点々その前に姉に対して、彼の事をよく見るように怒った事もあるがそれが功を奏し、姉を彼との接し方や彼を信じる事を決めたのだった。

 彼は一人ではない、自分達がいる事を教えたかった、なのに何故だ? 結果は最悪な形で迎えられてしまったではないか。彼は死にかけているではないか、と。

 少女、更識簪はその最悪な出来事に涙を流しているが止まる気配はない。それどころか、想い人である彼の無事を祈る以外、何も出来ないでいた。

 簪はそれに気付きながらも己の無力さも気付き、更に泣いた。

 

「かんちゃん……」

「簪さん……」

 

 そんな彼女に、二人の少女が慰めの声を掛ける。彼女達も困惑しつつも哀しい表情を浮かべている。片方は薄茶色の長い髪に茶色い瞳の少女と長いブロンドの髪を後ろに纏め、紫色の瞳が特徴的な外国人だった。

 布仏本音と、シャルロット・デュノアの両人だった。二人は簪の様子に気付き、声を掛けているが彼女は一夏の事を思い、泣いている事に気付いたのだ。

 しかし、自分達だって彼の事は心配している。同時に簪の事も心配しているが何方も心配している事に変わりはない。友人として接しているのもそうだが今は慰めるのが先だった。

 

「かんちゃん、イッチーは……っ」

 

 刹那、本音はその先を言わなくなった。否、これ以上、簪の心を抉るような発言は控える事にしたのだ。一夏が無事なのは望んでいるが死んだら元も子もない。

 簪は一夏に想いを寄せている。彼を喪う事は彼女の心に暗い影を落とす意味にも近いのだ。同時に彼女だけではない、一夏に想いを寄せているのが他にもいる。

 推測でしかないが彼女も近い内、彼の大切さに気付くだろう。が、今の一夏の傍にいるのは紛れもなく、彼女だ。一夏の傍におり、瀕死の彼の傍にいるのは彼女なのだ。

 簪の姉にして、自分や自分の姉の上司でもある彼女が一夏の事を誰よりも心配しながらも一番後悔しているのだ。本音はそれに気付くがそれ以上の事も言わない。

 簪と彼女の姉は冷えきった仲である。最悪、更に亀裂が、深い溝が更に出来る危険もあるからだ。簪には悪いが、彼女の姉、更識楯無に全てを託すしか方法はない。

 嫉妬ではないが彼のみに起きた出来事を知っているのは彼女だからだ。本音はそれに気付きながらも「イッチー……」と呟きながら泣いた。

 

「本音……」

 

 そんな彼女にシャルが慰める。簪だけでは無く本音も哀しんでいる。シャルはそれに気付くが彼女も一夏の安否を気にしているのだ。彼は……否、自分は国の未来を無理矢理背負わされている。

 この衝撃な真実を知ったら彼は怒り、彼女達との友情を壊す意味にも近い。自分だってそんな事をしたくはない、が、自分の身内を盾にされている以上、自分には従うしか方法が無いのだ。

 シャルはそれに気付きながらも目を附せるが下唇を噛みながら震えた。己の無力さに嫌悪し、殴りたい衝動に駆られる。一夏を心配しているのと自分の首が命じた愚かな行為。

 シャルはそれに葛藤しながらも前者を選んだ。友情を選んだのだ。父だったらそう言う筈だ。亡き母を誰よりも愛し、誰よりも娘である自分を心配している。

 自分よりも他人を優先する男だ。シャルは父の事を思いつつも一夏の事を気にしている為、葛藤しつつも辛そうにしている。

 

 

「一夏……」

 

 彼女達だけではない。ある少女も一夏の事を心配していた。大和撫子とも言える少女だった。美しくも黒の長い髪に黒い瞳の少女だった。

彼女の名は篠ノ之箒。一夏の幼馴染みにして彼に想いを寄せ、ISを造った天災の妹である。

 彼女は一夏の事を心配しているが彼が死ぬ事を恐怖しているのだ。しかし、同時に更識姉妹には嫉妬しながらも一夏を心配している。何方かと言えば嫉妬にも近いが箒の場合、愛憎が入り混じっている。一夏を想い、更識姉妹を憎む、と言う意味だった。

 

「……っ」

 

 しかし、箒は一夏の変わりように驚きと哀しんだ。あの時の彼は、今の彼は昔とは違い、冷酷な青年へと変貌していた。何が遭ったのかは判らない。

 だが、自分を拒絶し、あろう事に千冬や、もう一人の幼馴染みにさえも拒絶している。彼に何が遭ったのかは知りたいが今は一夏の無事を祈る事しか出来ない。

 

「……一夏」

 

 少女は目に薄らと涙を浮かべる。無事でいてくれ、と。が、箒自身は気付かないだろう、しかし、それも矛盾するように彼女は何時の間にか、ある事を考えてしまった。

 

「……私に……力があれば……」

 

 箒は泣きながらそう呟いてしまった。箒は求めていた。自分に力があれば彼を守る事も出来、彼と一緒に闘えると。その為には力をどうやって手に入れるかだった。

 箒はそれを捜すが……ある結論に達してしまう。それは……姉に頼る事だった。姉を嫌っているがいざと言う時に彼女を使う。彼女の悪い癖でもあるが何故それを使うのかは判らない。

 箒は姉の事を思い出しつつも一夏と共に闘える事や更識姉妹や二夏よりも使える事を証明させる為にもだった。

 

 …………が、それが一夏と更識姉妹達を困惑させる意味である事を箒は知らない。そして、最悪な結末を招く事も彼女自身は知らなかった。

 そして、あの時の。一夏と楯無のやり取りを見ていた事、それはつまり、更なる悲劇の幕開けとは、この事であったのだった。




 


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突然の来訪者、つらき代理者

「…………」

 

 その頃、此処はIS学園にある医務室。そこには、窓側の簡要ベッドには一人の青年が上半身だけを起こしながら窓の外を眺めていた。白く透き通った肌に、艶のある黒い髪と透き通った赤い瞳。

 爽やかな顔立ちであるが右腕だけは肌色だった。肩から、爪以外、五本の指まで全て肌色だった。くっ付けたようにも思えるが彼は窓の外を見続けている。

 一見、何の変哲も無いがその瞳は、その表情は哀しみに満ちている。この世に絶望しているとかでもなく、全てに諦めた訳でもない。彼は単に、喜びや笑い、怒りを知っている。が、何時も哀しい表情しか浮かべなかった。

 まるで、この世の醜い物を嫌と言う程、見てきたようにも思えた。が、隣のベッドには誰もいない。いたと言う形跡は残っているがそれが誰かまでは、その場に居た彼にしか判らないだろう。

 

「……暇だな」

 

 彼は不意に呟いた。その一言は彼の不満や無駄に流れる時間の中で何時まで待機していれば良いのかに不安を感じていたからだ。何時でも動ける、それさえも出来ないのだ。

 医務室が自分のいるべき場所ではない事は彼が良く判っている。しかし、外に出たいと言う我が儘も有るのだ。話し相手も欲しいが生憎、その存在とも言える少女は今、全快した為に、此処にはいない。

 彼は不意に、隣のベッドを見る。誰もいないのは明らかであるが彼は有る事を思い出していた。それは昨日、自分が彼女と話をしていた事だった。

 それは愉しくも、異文化の習わしや食事、行事等の事だった。何れも彼から見れば興味を濯がせ、衝動させる。彼は生まれて間もないにも関わらず、心が滾られた。

 子供のようにも思えるが少しだけ嬉しかったのは言うまでもない。自分が知らない事を、少女は教えてくれた。少女もまた、彼の行動や喜びを見て困惑していたが何処か心が落ち着いていたのは言うまでもなかった。

 しかし、それも数時間前の話であり、今は独りである事以外、変わらない。青年はそれに気付きながらも空を眺めるだけで時間を潰していた。

 ストレッチは出来ない。安静にしていなさいと言われたら、流石にそれを破る事は出来ないからだ。

 

「……えっ?」

 

 そんな中、青年は近くから気配を感じ、振り返る。

 

「うわっ!?」

 

 刹那、二夏は声を上げた。そこには、ある人物が居た。三十前半の男性で、黒い髪に黒い瞳が特徴的な男性であった。が、左目は抉られたのか眼球はなかった。

 服は黒を基準としているが得体の知れない者としか思えなかった。

 

「だ、誰だ!?」

 

 二夏は彼を見て警戒する。が、男は口を開く

 

「それよりも貴様は、織斑一夏が他の奴らと殺し合いをしているゲームに参加するか? 織斑二夏」

 

 男は彼に対して問いかける

 

「ゲー、ム? ……なんなの、それ?」

 

 二夏は主催者の言葉の意味を理解出来なかった。否、そのゲームと言う物を理解出来なかった。一夏が殺しあいのゲームに参加している?

 

「そのゲームはあの方が考案し、俺が主催者としてプレイヤー全てに助言し、追い詰める」

 

 主催者は二夏を指差す。

 

「お前の義兄でもある一夏はゲームで二人のプレイヤーを倒したーージェイソンを使ってな」

「それって……!?」

「勿論、プレイヤーは他にもいるが、奴が接触したのは楓一美、黒峯一也……それに……まあ、最後の一人は自ら確認しろ」

 

 主催者はそう言った後、軽く鼻で笑う。

 

「ソイツはお前達にとって、強大な敵かつ、動き始める」

「動き、始める?」

「そうだ。まあ、お前が殺されるか、逆にお前が奴が殺すかは、お前の行動次第だ……それと」

 

 主催者は指をパチンと鳴らす。刹那、彼の隣に、ある人物が風のように現れた。

 

「うあっ!?」

 

 その人物に二夏は驚く。黒くも禍々しくはなく、重装備とも言える恰好をしている。が、手にはピッケルを持っており、顔もガスマスクで隠している。

 そう、彼はハリーウォーデン、主催者があの方の命で、一夏の為に用意した二人目の殺人鬼。しかし、肝心の彼は主催者のせいで眠り続ける事となっている。

 その為、彼は誰もいない状況の中で現存している。二夏は彼を視て驚いているが少し怯えている。

 

「おいおい、お前はフレディを視たんだろう? それなのにコイツはダメなのか?」

 

 主催者は呆れながら彼に言った。その言葉に二夏は更に驚くが主催者は言葉を続ける。

 

「まあ、コイツは良いとして、お前はゲームに参加するか?」

 

 主催者は二夏に問う。彼にはプレイヤーとして、一夏不在の間の代理として参加させようとしていた。

 決めるのは彼であり、彼がどうするのかで一夏の生死が決まる。二夏は主催者の言葉で悩む中、主催者はある事を教える。

 

「そうそう、織斑一夏には暫く眠ってもらうぜ?」

「えっ? どういうこと?」

 

 二夏は彼の発言に驚くが男は笑う。

 

「織斑一夏は俺が呪いで寝かせている。暫くは起きないがお前が参加するならば、絶対安静を約束する」

「そ、それって……!」

「まあ、そう言う事だ。お前が参加すればだがな?」

「……っ」

 

 二夏は悩んだ。このまま参加すれば一夏の命は保証される。が、参加しなければ、彼は……二夏はつらそうに答えた。

 

「受……けるよ……そのゲームを」

「そうこなくっちゃな!」

 

 二夏は返事をした。それはイエスであり、義兄である一夏の代理として、ゲームに参加する事を意味していた。

 その返事に男は大層、喜びを隠せないでいた。否、彼自身、二夏がやるだろうと期待していた。ゲームは一人欠けるよりも、何人死ぬのかを期待しているからだ。

 人と言うよりも、人の皮をかぶった悪魔としか言えない。しかし、ゲームを再開するには彼自身、二夏の協力があればこそ、成り立つからだ。

 男は二夏に頷くと、指を鳴らす。刹那、ハリーのマスクの目が紅く光る。

 

「なっ!? ……何をしたの?」

 

 二夏はハリーの様子に気づき、男に訊ねる。

 

「否、彼自身、貴様を飼い主と認めたからだ」

「飼い、主?」

「ああ。殺人鬼は飼い主と認めた奴以外、攻撃する……まあ、知り合いとなれば、攻撃しない」

「僕にとって、メリットなの?」

「まあ、そうなるがな? しかし、デメリットも抱える事になる」

「デメリット?」

 

 二夏の言葉に男は頷く。デメリットーーそれは、殺人鬼を一定時間、解放しなければならない。主な理由は彼らは殺しを生業とする。

 人間を生け贄にする事だが善人であらば悪人、もしくは極悪人を生け贄に捧げる事も可能だった。

 現に一夏、一也、一美の父は抱えている殺人鬼たちに悪人を捧げている。それだけ、殺人鬼たちは飼い主である彼らに忠誠を誓えば飼い犬の如く、逆らわない。

 逆に言えば、生け贄を捧げない事が続く限り、逆らう事もできる。メリットとデメリットであるが男は殺人鬼の飼い方を教えているだけだった。

 

「まあ、貴様がどう思おうが飼い主になった以上、こいつは飼い犬。まあ、せいぜい逆らう事もさせないようにな?」

 

 男はそう言いながら風のように消えた。

 

「えっ、ちょっ!?」

 

 二夏は男が突然消えた事に戸惑う。勝手な説明だけでは理解できないのだ。否、ゲームを簡潔に説明しただけであり、それ以上の事を男は説明しなかった。

 優位に立たせる事は他のプレイヤーたちよりも贔屓にさせるような事をするからだ。二夏は既にプレイヤーであるが新参者であり、代理でもある。

 

「えっと……あっ」

 

 二夏は戸惑う中、ハリーに気づく。ハリーは自分を見下ろしているが喋る気配はない。否、殺人鬼だからこそ喋る気はないか、もしくは信頼を寄せていないから発言しないのかのどちかかだ。

 あるとすれば、後者の方がハリーの本心なのかもしれない。二夏はハリーを見上げているがぎこちない笑みを浮かべる。

 

「と、とりあえず、宜しくね?」

 

 二夏は握手を求めるように手を伸ばす。しかし、ハリーは微動だにせず、反応もない。二夏は彼の様子に戸惑うが一夏が負傷している以上、彼に選択肢はない。

 

「……どうしょう」

 

 二夏は自分の発言に公開するが過ぎた事は戻れる訳ではない。これから、強大な敵を相手にしなければならないからだった。

 



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総理の命令

 その頃、ここは国会議事堂。日本の未来を担う政治家達が日々、舌戦や反論、国民による意見や海外からの案件などで体力を消耗させながら話を繰り返していた。

 しかし、何れも打開策が見いだせないまま何日、最悪、何年も引きずることになっている。

 政治家達が無能だからではない、それぞれの思惑があり、国民を想う者、名声が欲しい者、中立の立場を取りながら隙を狙っている者が何人かいる。

 どうなるのかは、誰もに分からない。が、何れ、未来が、日本の未来が明るくなるのならば彼らの存在は必要だろう。一部を除いては……。

 

「ああ、分かった。ああ、マスコミには織斑一夏は一時的な事故を負い、命に別状はないと伝えてくれ」

 

 ここは、議事堂にある、とある一室。そこは高級感あふれるソファーや机、高そうな絵が額縁に入れられている。観葉植物、難しそうな、歴史がありそうな書類や本が入れられている本棚。

 しかし、それ以上に天井近くの壁には沢山の額縁が並べられるように飾られていた。何れも壮年の男性だが古い順からは白黒、茶色、最後はカラーといった写真だった。

 何れもバラバラであるが皆、この日本を背負い、何年も日本を支えてきた偉大な人物達だった。否、中には人望もなく、これと言った功績を残さず、心半ばで散った者もいるだろう。

 生きているかどうかも分からないが彼らは確かに歴史に残り、刻まれている。この日本と言う国のリーダー達、つまり、内閣総理大臣達。

 歴代であるが彼らの写真は今、この部屋に飾られているのは、この部屋が総理大臣の部屋だからだった。そして、この部屋には一人の壮年の男性がいた。

 紺色のスーツを纏い、凛とした表情で電話に対応している。政治関連、というわけではない。その内容は痛ましくも、日本全土を揺るがしかねない衝撃的な事件の内容だからだ。

 警察に任せればいいがそれはできない。彼にとって、重要なことかつ新たな問題でもあったからだ。彼は一通り伝えると、そのまま受話器を置いた。

 

「ふぅ……」

 

 男は椅子に凭れ掛かる。疲れた、と言う訳ではない。この問題を解決する案が無いかを考えていた。これは世界中が怒りに任せ、何をしでかすか分からない。

 同時に、ある問題を解決する案が遠退いてしまう。その問題はIS学園の生徒会の二人が懇願してきた問題。小さな問題ではなく、大きな問題。一人の少女を助ける為には外交しなければならない。

 もっとも、その問題は彼女の意見を尊重し、実行しなければならない。それ以上に最近、起きた日本の事件を片付けるのが先だと言うことも忘れていなかった。

 男はそれらで悩むが一人で解決できる問題ではないことを、彼自身も分かっていた。

 

「疲れているようだな、一義」

 

 近くから声が聞こえ、男は反応し、声がした方を見る。そこには一人の男が立っていた。全身黒いコートで覆われ、真っ白い顔をしているがスキンヘッド。しかし、無数の針を頭に刺していた。目も黒く、どこか不気味な男だった。

 

「よせよ……ピンヘッド」

 

 男は男を、ピンヘッドと呼んだ。その表情は険しく、怒りさえも感じる。

 

「私はただ、お前を気遣う発言をしただけだ」

「疲れているようだな? それだけじゃ、労る言葉とは言えねえぞ?」

「一義、それは別にいいだろう?」

 

 ピンヘッドは男を一義と言う。そして、一義。彼の名は藤間一義。この国の総理大臣である。彼はピンヘッドに対し、あることを言う。

 

「それより、貴様は先のことを知っているか?」

「……織斑一夏、瀕死の重傷」

「正解、まあ、俺たちにとって、最悪な展開だ」

 

 一義は軽く頭を抱える。一夏とはジェイソンを連れているプレイヤー。一義も同じプレイヤーであるが最悪な展開だった。織斑一夏は日本の、IS界にとっても重要な存在。

 彼は死にかけているが世界が黙ってはいない。日本もこのことを指摘され、忙しくなる。一義から見れば、脱落以前に国全体が大規模なデモが起きる可能性が高いのだ。

 その為には、一夏のことでマスコミや多方からの説明を一向に引き受けなければならない。嫌とは言わないが彼は。

 

「目の前にはプレイヤーが死にかけている。後ろ、つまり、後は問題しか残らない」

「ふん、お前がそう思っても、私はプレイヤーが減るのは好都合だ」

「……一言余計だ」

 

 一義は微かに怒る。ピンヘッドの発言は一夏が死ぬことを期待しているかのように思える。一義はそのことを指摘しようとしたがピンヘッドはある物を渡す。

 

「それよりも、これを」

 

 ピンヘッドはある物を取り出し、それを一義に投げた。一義はそれを受け取ると、眉間にしわを寄せる。

 

「これは……?」

 

 一義はピンヘッドに対し、訊ねる。それは紫色の、禍々しくも血の涙を流している髑髏のペンダント。不気味としか思えず、更には持つ者の性格を表しているようにも思えた。

 全ての持ち主が悪人でもなく、善人でもない者だっている。これは誰の者なのかは、一義には分からない。しかし、ピンヘッドがなぜ、これをもっているのかを気になっていた。

 

「それは、フレディのプレイヤーが持っていたISだ」

「なっ!?」

 

 ピンヘッドの言葉に一義は驚愕する。フレディと聞いて、誰かを思い出した。が、そのプレイヤーであり、ゲーム史上、快楽殺人鬼でもあろう夢見一彦はもう、この世にはいない。

 脱落した、敗死したと言い換えればいいだろう。それは昨晩であるが彼を倒したのは、殺したのは一夏でもなく、一美でもなく、一也でもない。

 殺したのは一義、否、ピンヘッドである。そう、一彦を殺したのはピンヘッドだった。昨晩の事件もそうだが、数人の殺人鬼を引き連れたのは彼だったのだ。

 あの痛ましい事件を引き起こした張本人に対し、死を与えたのは彼だったのだ。ピンヘッドは何も言わないが一義は軽く目頭を押さえる。

 

「ふぅ……仕方ないとは言え、また一人、脱落したな」

「ああ。が、お前から見れば、好都合か?」

「……まさか? それは違うな」

 

 一義は目頭を押さえるのを止めると、ISの物を懐にしまう。表情は険しいが何を考えているのかは彼にしか分からない。

 

「奴は許されないことをした。いくら子供とは言え、多くの人間を殺した」

「……子供達か?」

「子供達? 違うな、あれはクズどもだ」

 

 一義は辛辣なことを言う。総理大臣と言え、あるまじき発言だ。しかし、そう思われても、一義はそう思わないだろう。彼はいじめと言う物を嫌っていた。

 あの事件が起きても、世間が同情する者ばかりとは言えない。いじめと言うことが世間で明るみとなり、被害者ならぬ、加害者ともなっているのだ。総理とは言え、一人の人間だ。

 一義はいじめをしていた子供達に同情など、しなかった。彼の発言にピンヘッドはさすがと言わんばかりに何も言わない。

 

 「……それよりも」

 

 一義は何かを思うようにピンヘッドを見る。彼は無表情であるが頭に刺さっている幾つものピンが彼の不気味さを引き立てているが一義は訝しむ。

 

「他のプレイヤー達の様子は? 奴等が今、何をしている?」

 

 彼の言葉にピンヘッドは軽く頷く。

 

「今の所……否、今のお前には政が先だ」

「……そうだな」

 

 一義はゆっくりと立ち上がると、窓の方へと向かい、外を視る。外は青空かつ、街の風景がよく見える。此処は国会議事堂の上の階にあるからだ。しかし、彼は総理大臣としてでもあるが多忙を極めている。

 今の時間帯は休憩時間でもあるが僅かしか無く、一分一秒、無駄に出来ない。これが終われば、総理大臣としての藤間一義が再開する。総理大臣として、国を背負う者達を統べる者としての義務があった。

 彼はそれを重く受け止める覚悟もあるが今は休憩時間を有意義に使いたいかつ、一義個人としても望んでいる事だった。彼は窓の外を眺め続けているが何処か哀しそうで、何処か微笑んでいる。

 哀しい笑みとしか言えなかったが日本を思い、国民を思っているからだろう。一義は日本が好きだった。この地で生まれ、この地で育った。

 同時に日本を明るくしたい、不要な物は全てを排除してでも、日本と言う国を世界一、安全な国として認めてもらいたいのだ。

 しかし、この国は腐敗し、未来がどうなるのかも分からなくなっていた。一義はそれを良しともせず、日本を変えたい一心でゲームに参加したのだ。

 彼、藤間一義の願いは『日本を安全な国としたい』だった。その為には犯罪者でも容赦しない。一義はそう考えていたが彼は何かを思い出すように、ピンヘッドに命令した。

 

「ピンヘッド、織斑一夏のいる病院の、織斑一夏のいる病室に数体の殺人鬼を配置させろ」

 

 一義はピンヘッドに命令した。それは織斑一夏を守ると言う意味でもあった。本来ならば殺すはずだが守ることにしたのだ。彼は日本にとって希望か絶望かは分からないが今は守ることに専念させようとしていた。

 その言葉にピンヘッドは目をつぶるが、口を開いた。

 

「了解した。では、ナースやハントレスーー更にはレッドピラミッドを配置させよう」



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5話

「織斑君は、目覚めるかどうか、判らない……?」

「そ、そんな……」

 

 その頃、一夏が運ばれた病院では、楯無と千冬、真耶が診察室で医師の話を聞いていた。彼女達の表情は絶望かつ、悲痛その物だった。

 一夏は目覚める気配はない。その言葉は愕然としか言えなかった。医師も医師で辛そうであるが本当の事を言っただけだった。

 

「はい、彼が運ばれて来た時は既に大量の血を流していました……普通なら、死ぬかもしれない程の量です」

「そ、それでは、織斑君は……」

「……最悪、どのくらいの峠になるかは此方も判断出来ません」

「そ、それじゃあ! 一夏は何時死ぬかも判らないと言うのか!?」

 

 千冬は医師に詰め寄る。匙を投げているとしか思えない発言だが千冬から見ればだろう。そんな千冬に真耶は彼女を慌てて止める。

 

「止めて下さい織斑先生! 先生だってつらいのです! 悪い訳ではありません!」

「放せ山田先生! 一夏は死にかけているのに私には一夏しか居ないのだ! 一夏が死んだら私はどうなるんだ!?」

「先生の気持ちは解ります! ですが今は、今は目覚めるのを待つしか、私達にできる事はありません……!」

「っ……う、うぐっ……うぐっ」

 

 真耶と千冬は嗚咽を上げる。その姿は教師として、もう片方は姉としての涙を流している。その姿は痛ましく、目撃した者達である医師と楯無には辛い光景だった。

 医師は兎も角、楯無はどうすれば良いのかは彼女には判断出来なかった。理由は、あの時の光景を目撃した人物だからだ。恐怖で身体が震え、死ぬのではとも恐れていた。

 一夏が無事で居て欲しい——当主として、また、上司としての願いでもあった。楯無と医師は嗚咽を上げる二人の教師を痛ましくも、同情する中、叫び声が聴こえた。

 その叫び声に嗚咽を上げていた千冬と真耶、楯無と医師は反応し、楯無は反応するや否や、扉の方へと駆寄り、開けた。声がした方へと駆け出す。

 後ろから真耶の呼び止める声が聴こえる中、楯無は背中で受け止めていた。病院内は静かに……なんて言葉があるが今の楯無には関係ない——不安が有ったのと何が遭ったのかを気にしているからだ。

 楯無は駆ける。そんな中、曲がり角を曲がる——楯無は戦慄した。そこには、数人の警官が血だらけで倒れ、壁に凭れ掛かったりしていたのだ。

 楯無は戦慄していたが、ある病室を見た。その病室は……楯無は愕然とすると、慌てて駆寄り、病室の方を見る——そこには、寝台で横になり、幾つものチューブが身体中に繋がれ、目を閉じている一夏がいた。

 そして、その近くには巨躯の男が居た。スキンヘッドで顔にヒッケーマスクを着けている。楯無はそれは誰かが判っていた。しかし、何かを言う前に、その大男は一夏の手を握ると、そのまま風のように姿を消した——一夏を連れて、だった……。

 

「あ、あ————っ!!!!」

 

 楯無は狼狽した。しかし、それは一夏とは一時、否、暫くの別れを意味していたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早朝——それは早い朝の意味でもあり、一日の始まりを告げる。

 どの国でも、時差はあれども始まりを告げさせる言葉でもある。此処、東南アジアの極東とも言える島国、日本も例外ではない。

 何処も始まりを告げるように活動する人、まだ寝ている人もいる——しかし、当たり前のことであり、誰も気にしない。

 そんな中、此処はIS学園の医務室。

 

「…………朝」

 

 医務室にいる二夏は窓から差し込む光を見て、そうポツリと漏らす。

 その表情は安堵し、同時に不安を抱えている。朝が嫌いだからではなく、朝が来たことを喜んでいる訳でもない——ただ、そう言った感情が皆無だからだ。

 怒り、哀しみなどの感情は産まれた時から覚えた訳ではない。一彦との話で覚えたばかりであり、異文化などはラウラに教えてもらった。

完全な感情を、まだ覚えていない感情を覚えるのには時間がかかり、自分で覚えていくしかない。

 時間はまだあれども、不安は大きくなっていく。理由は——義理の兄、一夏の安否だ。何が遭ったのかを主催者の側近らしき男から聞いた以外、何も知らない。知っていたとしても、自分にできる事はない。

 

「ゲームって何なんだよ……」

 

 それに、ゲームと言っても自分は新米プレイヤーであり新参者。そんな自分がいきなり参加するのは躊躇していた。あの時は一夏の事を思い参加したが知識は愚か、戦闘経験もない。ISを起動したのが一彦の時であり、初陣はラウラ、シャルロットの時以外何もない。

 そんな自分が戦場に身を投げ出されたのはまるで試験のようにも近く、死と隣り合わせの日々の始まりだ。ゲームとは何をするのか、生け贄とは誰を差し出すのか? 男性、女性、もしくは子供……否、そんな事はできない。二夏にとって、優しすぎるが故の葛藤だった。

 自分にそんな事はできない、人の死の片棒を担ぐ事はできない——彼はプレイヤーの中では子供のような存在であり、他のプレイヤー達は幼女を除き、玄人ばかりの存在。

 冷酷、無慈悲、憎悪——負の感情で動き、其々の欲望を吐き出している。自分には、二夏にはそんなのはない。彼は喜怒哀楽は兎も角、悲哀しか理解出来ない。

 一彦に一通りの知識を、ラウラに異文化の事を教えられた以外、何も知らない。体力もあるかどうかも判らない。一通りのトレーニングは受けたが体力テストは受けていない。

 二夏にとって、今までの生活が一変したようにも思われ、更にはこれから高校生として、勉学に勤しむ日々を過ごす事になる。しかし、敵の存在は未だ判らない。

 どんな敵なのかは、判断出来ない。あるとすれば、黒峰一也、楓一美——どちらも敵か味方かも判らない。もう一人、敵は誰なのかは知らない。

 強大な敵なのかも判らない。二夏は悩む中、一夏を思い出す。

 

 自分のオリジナルであり、優勝候補の一人にして、最強のプレイヤー——自分はその身代わりであり、代理。素人であり、未熟者。そんな自分が生き残れるのかは、自分で判断しなければならない。

 二夏は頭を抱える。自分は一夏の代わりなどできるのだろうか? 生き残る為にはどうすれば良いのだろうか? ハリーを使い、勝ち抜く為か?

 そんなのは自分には判らない——ましてや、人を殺す事など、自分にはできない。二夏は優しすぎるのだ——否、一夏が孤独の日々を過ごしたか故に忘れた心優しい性格を引き継いでいる。

 今の一夏には無く、今の一夏が冷酷、無慈悲、憎悪しかない兄に対し、彼は喜怒哀楽はありつつも、哀しみの感情しかない義理の弟・二夏。

 どちらも、幾多もの感情が欠けた状態の義理の兄弟——生き残るのは兎も角、脱落するのは真っ先に彼等となる。生き残るとすれば、二夏が冷酷無慈悲で憎悪の感情を持てば、生き残れる確率は高くなる。

 しかし、今の二夏には、そんな感情はできないだろう。心優しいが故に、生き残る確率は、今の所————ゼロだった。二夏はそんな事を知らない——が、神は彼を見捨ててはいない。初心者には優しい——そんな非現実的な出来事がもうすぐ、起こるからだった。

 それは、フランスから来た、金髪の少女が鍵を握っている————。

 

 

 

 



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