ミライから来た少女 (ジャンヌタヌキさん)
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1.1話. 崩壊した世界

ミライアカリの過去を考察してみました。

あまり小説と言うものになれておりませんので、どうか温かい目で見て頂けたらと思います。



「何で追ってくるの!?アカリはただ食べ物探してただけじゃん!!」

太陽に照りつけられた砂の大地で、逃げ惑う少女は悲痛な叫び声をあげた。

もう、かれこれ10分は逃げているだろうか。

後を追う五頭の野犬は、むき出し牙で目の前の獲物をかみ砕かんと、うなり声をあげて追いかけてくる。

食べ物も無いこの砂漠での捕食者のしつこさはアカリも身をもって理解している。

命が掛かっているのだからそうなるのも容易に頷けるし、まったく仕方の無い事である。

だがそれはこちらも同じで、生きるためには逃げ切らなくてはならない。

しかし、人間の足と犬の足では勝負は目に見えている、距離はじりじりと詰められていった。

やがて、二頭が左右から距離を詰めて来た、両側から足止めして残り三頭で仕留める作戦だ。

ならば、とアカリは右方向へ進路を変えた。

野犬たちもそれに習う形で方向転換。

後2mに近づこうという所、野犬達はスピードを上げた。

あと数秒で牙が届きそうという所。

そこで、アカリは急ブレーキをかけた。

獲物の想定外の動きに思わずつんのめる野犬。

「悪く思わないでねっ!!」

振り向きざまの鼻面に、アカリは大量の砂をぶちまけた。

「ギャウンッ!」

悲痛な叫び声が上がり、三匹が大きく跳ねた。

視力を失った哀れな生物は、目に入った異物を取ろうと必死で前足で目を掻く。

残るは二頭。

涎を垂らした二頭は、うなり声を上げながらとびかかってきた。

「かかってこいやー!!」

アカリは背負ったザックを両腕に持つと、とびかかってきた二頭の横面にその側面を叩きつけた。

ガンッと大きな衝撃が走った。

モロに攻撃を喰らった二頭は盛大に吹っ飛び、地面に叩きつけられた。

きっと、脳震盪を起こしたのだろう、天と地の違いが分からなくなった彼らの足が、虚しく空を掻いていた。

「…はぁ……はぁ……」

もう追っ手は居ない。

命のやり取りの緊張から解放されたアカリは、ビリビリと痺れる腕でザックを背負った。

やがて日も落ちるだろう、そうすれば野良犬よりも危険な生物が出て来る。

そうならないうちに拠点に帰ろうとアカリは北東の方角へと歩を進めた。

~~~

太陽は既にその身を完全に隠してしまっていた。

さっきまで眩しい程に光を放っていた台地も、そのなりを潜める。

空に掲げられたまん丸い月の光照らされた砂だけが、キラキラとその名残を映す。

アカリは目の前には巨大な箱が鎮座している。

その箱中心に埋め込まれた黄色いパネルが薄闇をぼんやりと照らす。

アカリはパネルについた9つのボタンを順に押していった。

[→enter]

[welcome back!]

黄色いパネルは緑色へと変化し、電子音と共に扉が迫り出した。

やがて、扉はゆっくりと開いた。

「おかえりなさい、無事で何よりです」

同居人であるエイレーンが扉の先に立っていた。

ピンクがかった髪を黒いシュシュでまとめた彼女は、曇った笑顔と相まって、やや薄い雰囲気を醸し出している。

その口が、何かを言いたげに少し開く。

「ただいまぁ…エイレーン」

アカリは少しバツの悪い顔をした。

黙って出て行ったことに対してエイレーンはきっと怒っているだろう。

出迎えに来たのもそれに対して何かを言いたかったからか。

冷たい風が吹きつけた。

薄着のエイレーンはブルっと体を震わせると、アカリに室内に入るよう促した。

「座りなさいアカリさん、お説教です」

エイレーンは回転イスに腰掛けるとアカリにイスを出した。

ああ、きっとこの説教は長くなるな、アカリはげんなりした。

確かにアカリにもエイレーンの言いたい事は理解できる。一人で外に出ることはとても危険だ。

しかしそうも言っていられない状況であることも事実だ。

思えばエイレーンの説教を聞くのも何回目だろうか。

聞き飽きた説教がアカリの疲れ切った思考を睡眠へといざない始めた。

少しくらいなら寝てもばれないだろうか。

アカリはゆっくりと目を閉じた。

~~~


私がまだ小さかった頃

“普通”の家庭に生まれた私は様々な習い事をし、勉強し、“普通”の女の子として育った

毎日学校に通い

毎日友達と遊び

毎日夕方に道場で稽古をし

親の愛情を余すことなく享受していた

ごく普通の少女だった

異変が起こったのは私の誕生日の日

私は妹と凄く些細な事で喧嘩した

怒った私は家出をし

家の近くの“秘密基地”に逃げ込んだ

そこは災害時に使われる避難シェルタ―で、近隣住人共用の場所

エイレーン初めて出会ったのもこの時だった

1000℃の鉄球を熱するためには木造の家じゃなくてここじゃないと…うんぬんかんぬん

目が本気で何だか怖い人だと思ったのを覚えている

その時だった

突然大きなサイレンが響き渡り

茫然としている間に爆発音が響き渡った

かなり長い時間だった

私はパニックになり、エイレーンの背中にしがみついた

しがみつかれたエイレーンは何となく状況を察したらしい

息を潜め、辺りが静かになるまでじっと耐えていた

半日以上そうしていた気がする

でも、流石に外に出なきゃいけないからって

扉を開けた

~~~

「起きなさい!」

頭に衝撃が走り、夢現から一気に現実に引き戻される。

「いった…うぅぅううう……」

「寝るとはいい度胸ですねアカリさん」

涙目で頭を抑えるアカリの前で、エイレーンは手刀を構えていた。

眉毛は少しつり上がり、眉間にもシワが寄っている。

「げっ…バレてた」

「ずっと前からバレています、お説教開始時から寝ていましたよね?」

「……えへっ…そこもバレてたの?」

ごまかす術が見つからいアカリは、何とかその場を取り繕うべくごまかすようにエヘッと笑う。

あからさまにごまかしきれていないその様子に、エイレーンは少し呆れた様子で溜息をついた。

「まあいいでしょうまずシャワー浴びてきてください」

「えっ?いいの?」

「はい、もう言いたいことは言い終わりました」

「やったー!!」

「終わったら循環装置稼働させてくださいね?」

「はーい!りょうっかぃぃぃぃ」

エイレーンの返事も待たず、アカリはシャワールームへと駆け出した。

器用にも服をその場に脱ぎ捨ててゆく。

「本当にお転婆ですね」

アカリの脱ぎ散らかした服を拾い集めながらエイレーンはポツリと呟いた。

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1.2話. [システムMirai始動]

~~~

時刻はAM00:25に差し掛かろうかと言うところ。

普段なら既に寝付いているが、アカリは寝付けなかった。

壊れかけのスピーカーから微かに漏れる音が頭をゾワゾワさせる。

「何の音?」

ソファから上半身を起こすと、赤い文字が目に入った。

”Emergency this computer is being hacked ”

(このコンピュータは現在外部からハッキングされています。)

ディスプレイに表示された文字は点滅を繰り返している。

明らかに異常な状態だ。

「……どうなってるの?エイレーン…」

「見ての通りです、ハッキングされています」

そう言うエイレーンはどこか怒っている様にも見える。

突如、青い文字が赤文字を上書きするように現れた。

―データを書き換えます-

「日本語?」

茫然とする二人を尻目に、画面は忙しく文字を上書きしていく。

―外部データダウンロード中―

―外部データダウンロード完了―

―外部データ読み込み中―

―外部データ読み込み完了―

―システムを更新します―

―………―

―システムを再起動します―

―ハロー―

プンッ…と音を立て、すべてのコンピュータの動作が停止、そして唯一微かに響いていたファンの音が消え、辺りが静寂に包まれる。

直後、更に追い打ちをかけるようにブレーカーが落ちた。

「いゃぁああああ!!」

闇に包まれた空間にアカリの絶叫が響き渡る。

「いやぁああ!!ちょっと待って!!待って!!怖い!!」

「アカリ、怖かったら私の背中にしがみついていてください」

「遠いよぉ!?」

泣き言を言いながらも、アカリはゆっくりとソファーを降り、中腰でエイレーンへとゆっくりと近づいていく。

「どこぉ?エイレーン…」

<ザーッ

「いやぁあああああ!!」

またも大絶叫が暗闇を響き渡る。エイレーンは少し可笑しいのか、クックッと喉の奥で笑いを堪えた。

「アカリ…ブフッ!…こっちに来るよりも大人しくしてた方がいいと思いますよ…ぶっぷっ…」

「笑わないでよ!本当に怖いんだかr」

<ボッ!

「あ¨あ゛ぁぁああああ!?」

恐怖の感情に支配されたアカリは、反狂乱でエイレーンの元へ走りだす。

途中に何が居ようと関係ない、恐怖には人一倍弱いアカリには暗闇にラップ音という環境が耐えきれない。

数秒間何と何かがぶつかる音が響き、それはやがて叫び声に収束した。

「はぅあああ!!エイレェエエエ!!!」

突き出した両手に柔らかい感触を認めたアカリは、それを逃がすまいと全力で抱きしめる。

「うっ…!」

エイレーンの少しくぐもった声が響いた。

少し苦しそうだったが、アカリはお構いなしにエイレーンを抱きしめ、更におでこをぐりぐりと押し付ける。

「見つけたよぉおおお゙エイレーンン゛ン゛ン゛!!」

「いたいいたいいたいいたい!!!!」

今度はエイレーンが絶叫する番だった。

痛みに絶叫するエイレーンと、恐怖に叫ぶアカリのデュエット。

一体何分続いたのだろうか。

エイレーンの絶叫が”痛い”から”気持ちいい”に変化する頃には電灯が回復し、部屋に光が戻り始めていた。

明りが戻ったことで落ち着きを取り戻したアカリは、締め上げたエイレーンの胴体から腕を解いた。

「こわかったぁ…」

「………」

「ゴメンね、エイレーン」

心配そうにのぞき込むアカリに対し、エイレーンはグッと親指を突き出す。

「いえ、気にしないで下さい」

「へぇ?」

エイレーンが頬を赤らめた理由は理解できないが、きっとロクな理由ではないだろう。

そう悟ったアカリはモニターに目を反らす。

モニターには太い青文字が表示されていた。

―このコンピュータは国際宇宙ステーションのネットワークに接続しています―

「何ですかこれ」

我に返ったエイレーンもモニターの表示に首を傾げた。

すると、モニターは二人の反応を確認したかのようにその文字を変化させていった。

―システムアップデート完了―

―共に世界を救おう―

「「はっ?」」

でかでかと表示された文字に二人は首を傾げた。

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1.3話. [協力]

システム異変から数日が経過した。

エイレーンが言うには、“アップデート”と言っていたが機能はそれほど変わっておらず、表記が日本語表示になった程度らしい。

エイレーンは、なんですかこのしょぼいアップデートは、と少しムスッとしていたが、アカリにとってはとても嬉しいアップデートだった。

英語表記だったからシステムに関して触れることの無かったアカリだったが、日本語表記ならその限りではない。

アカリはすぐにエイレーンに助手としてサポートすると申し出た。

アカリの突然の申し出に、エイレーンは暫く驚いた様子だったが、二つ返事で応じた。

「共有できる仲間が増えることは良い事ですからね」

そう言うと、エイレーンは分厚い冊子取り出した。

「1000ページの簡易マニュアルです」

アカリの笑顔がひきつったものに変わる。

嫌な予感がする。

少し躊躇した様子のアカリに対し、エイレーンは笑顔で冊子を押し付ける。

「助手ですよね?」

分厚いマニュアルをアカリの手に持たせると、エイレーンはニッコリと笑った。

「このマニュアルが頭の中に入っている助手が丁度欲しかったところなんですよ」

「え゛っ?」

冊子を開くと、国際宇宙ステーションという文字と大きな図面が現れた。

アカリが昔、図鑑で見たことのある宇宙ステーションの一部だ。

それぞれの部屋に矢印が伸び、その先にページ数がふられている。

試しに開いた遺伝子保管室のページには細かく分けられた表。

命令コード表と題して左に10桁の番号とアルファベットで表された文字、その説明が右に細かく書かれていた。

「うわぁ…」

「もちろん、すぐに覚えろとは言いません、初めは私の指定したログ(命令の履歴)を調べてくれるだけでいいのです」

だんだんと青ざめてゆくアカリを見かねて、エイレーンは優しく諭した。

「貴方ならきっと大丈夫です。」

~~~

システム変更から1週間程経過した。

傍から見ていると理解出来ない内容も、接し続けていくにつれてだんだんと理解できるようになっていた。

それと同時に、事の重大性も身をもって理解することになった。

そもそも、情報量が膨大だった。

全世界を監視する国際宇宙ステーションのログを二人で辿ろうというのだから当たり前なのだが、しかし情報量はその想像をはるかに超えてきた。

全てのログを見るのは現実的ではない。そう判断したエイレーンは、知りたい情報だけを検索するようにして効率化した。

そしてそんな効率的な仕事に対し、アカリもマニュアルをもって対応していく。

段違いに効率化された事によって得られる情報は日に日に増えて行った。

だがそれだけだった。

最悪な事に、得られる情報は疑問を大きくさせるばかりで真相を解明するには至らない。

分かった事は、各国で独立していた宇宙ステーションから一斉に核爆弾が発射され、99.8%もの人間が行方不明となった事。

何故それが起こったのか。

真相にたどり着こうにも、ログは1年前の10月27日で途切れてしまっている。

「発射直後のログしか残っていないのは妙ですね」

エイレーンは神妙な面持ちで呟いた。

「自分たちで考えるしかないという事でしょうか、それとも…」

全世界のログを全て読み解くか

現実的ではあるが、現実的ではない方法。

アカリは振り出しに戻された気分になった。

~~~

システム変更から2週間が経過した。

あれほど順調に進んでいた調査にもアカリは限界を感じていた。

圧倒的な情報量を前に、寝食を忘れしらみつぶしにログを辿るエイレーン。

その代償は明らかに体へと反映されていた。

目の下のクマは大きく黒くなり、頬もこけた。

このままでは死んでしまうのではないかとさえ思ってしまう。

しかし、アカリのそんな心配を他所に、エイレーンはスクリーンに向かい淡々とログを読み取っていく。

「アカリさん見て下さい、この文で1つ新しい事が分かりましたよ!」

設備の点検を済ませたアカリに、エイレーンは嬉しそうな顔で駆け寄った。

右手には分厚いマニュアルが開かれており、四角い部屋の様なものが描かれていた。

「この部屋は元々宇宙ステーション一部だったんです!それもワザと落とされた!」

本には“自立循環型装置を搭載した部屋”との文字。

「えーと…?それってつまり?」

アカリは訳も分からず首を傾げた。一体それが何だというのか。

そんなアカリの反応にエイレーンはもどかしがった。

「ワザと切り離されたものなのです!」

「えっとそれって?」

「私たちを助けようとしているのです!」

間抜けな顔をしていると指摘されるまで、アカリは口をポカンと開けて立っていた。

AIが自分たちを守ろうとしているなんて。そんな筈はないと思う反面、確かにそうでないとつじつまが合わないと思う自分もいた。

「希望の光が見えましたね」

エイレーンの言葉でアカリはなんだか救われた様な気持ちになった。

そしてエイレーンも同じ気持ちだったらしい。

「自分たちを助けようとしてくれている存在は精神的にもありがたいものですね」

と言って笑った。

そして、安心しきったのかそのままぐらりと前に倒れ込んだ。

「わっ!ちょっ!エイレーン!?」

アカリは慌てて正面から受け止めた。

身体は軽く、その身は細かった。

随分と無理をしてきたのだな、とアカリは思った。

ゆっくりと上下する背中を優しく撫でながらマットの上にエイレーンを下ろす。

この様子だと明日一日中寝ているだろう。

「おやすみ、エイレーン」

そう言うと、アカリはエイレーンにシーツを掛けた。

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1.4話. [暗転する運命]

時刻は4:12

目を覚ましたアカリは、まだ眠い目をこすりながら準備を開始する。

「さて…」

アカリは寝ているエイレーンを起こさないように、黄色いザックに飲料と固形レーションを入れ、持ち運び式のスコップもいれる。

「よしっ!」

アカリはリュックを背負い、トレッキングシューズのひもをしっかり結んだ。更に日焼け対策に白い外套を羽織るのも忘れない。

最後にエイレーンが寝息を立てているのを確認したアカリは、扉を開けようとした。

「あれ!?」

今までは少し力を込めれば開いたのだが、何故か扉が開かない。

「ふぬぬっ!」

両足を踏ん張り、全身を使って扉を押す。

しかし今度は扉が押し返してくる。

「………」

アカリは無言で数歩後ろに下がった。

そして扉に向かってタックルをかます。

ガンッと音を立て、扉は大きく開く。

大きく開かれた隙間から、昇りたての太陽の光が差し込み、冷え切った空気が流れ込んできた。

「じゃあいってきまーす…」

アカリは再度エイレーンが寝ている事を確認すると、目的地までの道を歩き出した。

モニターの表示がチカチカと揺れた。

~~~

ひたすらに歩くこと一時間。

「確かここだったかな~?」

拠点から北西に5km程歩いた所でアカリはザックをおろし、中からスコップを取り出した。

手慣れた様子でスコップを組み立て、鼻歌を歌いながら砂の中に刺していく。

突き指し、数歩歩き、突き刺し。

すると六回ほど突き刺した辺りで金属製の物を叩く感触が伝わってきた。

「ここかな」

アカリはスコップを軽く握りしめると、金属音の聞こえた所の砂をすくい上げた。

一掻き二掻き。

すくい上げていくうちに砂をかき分ける音が金属の表面を撫でる音へと変化していく。

その穴が三十センチ程の深さになり、音の主がその姿をようやく姿を現した。

「ビンゴ!」

金属製の正方形の板が地面におかれている。

言ってみれば床下収納の扉を金属製にしたような外見だ。

アカリは地面と扉の僅かな隙間にスコップの先端をねじ込んだ。

扉が少し浮いた。

どうやら鍵はかかっていないようだ。

そのままテコの原理で扉を押し開ける。

扉の先には梯子が壁に設置されている。

スコップをザックに収納したアカリは、梯子をスルスルと降りて行った。

地面に着地し、壁際のスイッチを切り替えて備え付けの電灯を点灯させていく。

光に照らされた室内は、予想を裏切らないものだった。

部屋の中は少し汚れているが、それ以外は普通。広さはそこまで広くなく8畳程で、家庭用の地下埋蔵型核シェルターと言ったところ。

壁際に大小二つのベッドがおかれている辺り、両親と子供二人家族だったのか。

(逃げ切れなかったのかな…)

ふとよぎった感情に、アカリは少し切なくなってしまう。

(でも、そんな事よりも食糧を探さなきゃ…)

棚の下段にある段ボールを取り出し、開いた。

そこには電子レンジで温めるタイプの離乳食、パンの缶詰、レトルトカレー、缶詰のケーキ…。

子供二人の四人家族という情報が脳裏をよぎった。

(今からその人達の物資を頂くんだね)

アカリはゆっくりと手を合わせた。

「物資、いただきます」

数秒間合掌。

シェルターから物資を頂くときの作法、アカリに出来る精一杯の供養だ。

やがて、合掌を解いたアカリは、段ボールの中身をザックの中に移していった。

「さて、と」

必要なものを必要なだけ貰い。残りはあとから見つけた人の為に残しておく。

アカリはまだ中身が残っている段ボールを棚に戻し、食糧で重くなったザックを背負った。

その時だった。

天井から金属がぶつかり合う音が響いた。

見上げると梯子の上の扉の隙間からわずかな光が漏れている。

あっけに取られていると、若い男の声が扉の外側から聞こえた。

「いいか?警戒させるなよ?」

しまった、とアカリは思った。

きっと後をつけてきた盗賊か何かだろう。

しっかりと後ろを確認しておけばよかった。

しかし今更後悔しても後の祭り。

直ぐに扉がけたたましい音を立てて開かれた。

固まるアカリを尻目に、梯子を伝って人がどんどんと降りてくる。

梯子を降りて来たのは白い布を羽織った集団。

彼らはアカリを取り囲むように並んで立った。

「お嬢さん我々と一緒に来ていただけませんか…」

白布の集団のリーダー格らしい男が前にずいと出てきた。

酷くしわがれた声だ。

”お嬢さん”という言葉にアカリはなんだかムカッとした。

「そこをどいて」

アカリのつっけんどんな要求に男は黙って首を横に振った。

「それは出来ません」

「食糧が目的なら譲ります」

「貴方に用があるのです」

食糧を探している”正常な人間”では無い、人を探すイレギュラーな存在だ。

底知れぬ恐怖を覚えたアカリは、無言で左足を半歩下げた。

ふくらはぎに力を込め、緩める、込めて、緩める。

「我々と一緒に来ていただけますか?」

「無理っ!」

左脚でコンクリートを蹴り、アカリは跳んだ。

しかし重心は低く平衡に、ただまっすぐに距離を詰める。

突き出した右拳が、男の顎に吸い込まれる。

だが男もそれを見切っていたかのように片手でそれをいなす。

「くっ!」

ならば、と勢いをそのままに後ろ回し蹴りに移行。

しかし男の方が早かった。

戻そうとしたアカリの右手を掴み、男の後ろ側へと引き出した。

捕まれた右腕が斜めまっすぐに引き出され、つんのめるアカリ。

アカリの細い首をめがけて左手が襲い掛かった。

「へっ!?がっ!…」

気が付けば太い指がアカリの首にがっちりと食い込んでいた。

頸動脈を圧迫され、血流が止まるのを感じる。

「はっ…!…がっ…!」

抵抗しようにも呼吸すらままならず、やがて視界が一点に収束し景色が暗転した。

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2.1話. [統率された世界 ]

目を覚ますと、広い倉庫の様な建物の中だった。

床はコンクリート打ちっぱなしで、窓は無く、飾り気のない天井にライトが埋め込まれている。

広さは小学校の体育館程。

喉に違和感を覚えながらも、アカリは身体を起こそうと身をよじる。

、が何故か起き上がれない。

見れば手首が縄でぎちぎちに固められている。

無理矢理起き上がろうと身をよじらせると、締め付けられた手首にズキリと痛みが走った。

「おはよー!起きたんだ」

少女の声が真後ろで聞こえた。

アカリは身をよじらせ、声の主を見上げる。

銀色がかったショートヘアの少女だ、好奇心に満ちた顔でアカリの顔を覗き込んでくる。

アメジストを連想させる紫の瞳が物珍しげに揺れた。

人懐っこそうな笑顔で少女はアカリに話しかけた。

「やっぱり綺麗な金色だね!」

少し鼻にかかった声が嬉しそうに弾む。

(誰だろう?)

アカリの怪訝そうな顔に少女はあっと声をあげる。

「ゴメンゴメン!縄を解いてあげるね」

そう言うと少女はアカリ縛っている縄を解き始める。

「あ、ありがとう…」

アカリは拘束の解かれた手首を回しながら少女を見た。

その恰好は至って普通の女の子の恰好。

アカリはおずおずと少女に話しかけた。

「ここは何処?」

「ゴメン…分かんないんだよね」

少女は申し訳なさそうに謝ってきた。

大丈夫だよ、と返しながら辺りを改めて見回す。

「うん…」

少なくともアカリが今までこんな場所を見たことが無い。

あの白装束の群団にさらわれたと言う事が想像に難くない。

「私さらわれて…」

「うん、キミが運び込まれた時何となく察してた」

「さらわれた人って他にいるの?」

「いるよ、あたしの他にも数人」

「元の場所に帰れた人って…」

「いないと思う、帰れた人は今まで見たこと無い」

アカリは軽い目眩を覚えた。帰れないという現実が突きつけられ、目の前が真っ暗になる。

そんなアカリをたしなめるように少女はでもね、と続けた。

「恰好は怪しいけど盗賊とかじゃないから安心してね」

(どう安心すればいいの…?)

アカリはそう思ったが、言わなかった。

そんな事よりも早く帰りたいと言う思いで頭の中で一杯だ。

居ても立っても居られないアカリは腰を上げた。

、と同時に、けたたましい金属音が響き渡った。

この部屋の唯一の扉が勢いよく開けられた音だと気づいた時には、彼は既に部屋の中に入ってきていた。

「目は覚めたか?」

力強い男の声が室内に響く。

背の高い白装束の男が、カツカツと音を立てこちらに歩いてくる。

浅黒い肌に、少し角ばった輪郭、鋭い目つきと少しつり上がった眉、体躯は標準だが、その肩で風を切る様子から、何だか大きい人のように感じる。

「宣教師様だよ」

少女がコソッと耳打ちしてくる。

宣教師様と言う単語に馴染みは無かったが、その背格好と態度だけで分かるものがある。

彼が白装束での権力者で、彼がアカリを誘拐した原因の一人だ。

理不尽な仕打ちの原因が目の前に立っているのだ。

「元の場所に返して!」

アカリは吠えた。

どうしようもない怒りが奥の方から込み上げてくる。

そんな事を全く気にしない様子で、男はアカリの正面に中腰で座った。

「やっぱり俺の思い描いていたソール様そのものだ…」

「聞こえなかったの!家に帰してください!」

再び吠えると男は驚いた顔を見せた。

「なにを言っているんだ?君の家はここだよ」

まるで話が通じない。

男はまくしたてるように続けた。

「キミはここでソール様の化身として生きるんだ!」

「弱きものに手を差し伸べ、道を作るとソール様はおっしゃられた」

「ソール様の教えを賜った私たちのやるべきことは一つ、弱き者に手を差し伸べる事だ」

一方的な言い方に、アカリの怒りは爆発した。

「うっせえ!いいからとっととエイレーンの所に返せ!!」

「だから」

「おめーの言い分なんて知ったこっちゃねぇんだよ!!」

「あるさ、何せキミはソール様からのお告げによってここに居るんだから」

「んだとぉ?」

「ソール様が教えた通りの所に君はいた」

「なに訳の分からない事を…」

そこまで言うと、男は舌打ちをした。

その目線は隣にいる銀髪の少女へと移ってゆく。

「おいヨメミ」

「なっ…なんですか!?」

声を掛けられた銀髪の少女は怯えた様子で返事をした。

「お前に教育を任せる」

ヨメミは驚いた様子で男を見つめた。

そんなヨメミに男はフンッと鼻を鳴らした。

「明後日までに受戒を教え込め、でないと…」

そこで男は首を斬る仕草をした。

ヨメミの顔がだんだんと青ざめてゆく。

男は満足そうに笑うとソール様の導きがあらんことを、と言い、カッカッと音を立てて扉口の向こう側へと消える。

後に残されたアカリは、茫然とした表情で男のいた空間を見つめ続け、ヨメミが、青ざめた様子で空を見つめていた。


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2.2話. [迫る悪夢]

ソールと言う女神がいるらしい。

太陽の女神で、金の髪と透けるような白い肌で表現されている。

男が居なくなった後に青いヨメミから聞かされた。

アカリは、その女神の化身として誘拐されたのだろう。

なんて身勝手な理由なのだろう。

「大丈夫、きっと後で捜索隊の人が友達を探してくれるよ」

ヨメミはそうアカリを元気づけた。

「それに、私もつい一週間前に連れてこられたんだよ」

あたし達少し似てるね、とヨメミは笑った。

無理矢理に笑う様子がアカリの目に愛らしく映る。

かなり絶望的な状況ではあるが、それでもアカリの気持ちは軽くなる。

彼女だったら友人になれるかも知れない。

「「一緒に脱出して、家族の元に帰ろう」」

そう言いあって、二人は冷たいコンクリートの上で眠りについた。

~~~

「おはようございますアカリさん」

目を開けるとエイレーンが立っていた。

「今日も寝坊助さんですね」

エイレーンが早いだけだよ、と口を尖らせるとエイレーンもそうですね、と笑った。

でもねアカリさん、とエイレーンは続けた。

「食べ物が無くて、今にも飢えてしまいそうです」

「え?食糧庫に30日分は入ってたよね?」

そんな事はありません、とエイレーンは首を横に振った。

「もう無いです」

「へっ…なんで?」

次の瞬間エイレーンは地面に倒れていた。

― 死んでしまったんだ -

エイレーンが死んでしまったと理解した自分がそこにいた。

…ねえアカリさん…?

幻聴のように頭に声が響く。

地面に横たわったエイレーンはピクリとも動かない。

慌てて駆け寄り、身体を揺する。

「エイレーン!!エイレーン!!」

名前を叫び、体を揺するがエイレーンはピクリとも動かない。

まるで岩のように地面にへばりついている。

…アカリさん…

エイレーンの声がまた頭の中に響いた。

耳を塞いでイヤイヤと首を振るが、幻聴は息遣いが聞こえそうなまでに鮮明なものになってゆく

アカリにはその声が自分を責めている様に感じた。

「ごめんなさい…!!ごめんなさい…」

理由のない謝罪で声をかき消す

私が悪いんだ…私が軽率だったから…

湧き出た罪悪感に、心臓が早鐘を打ち呼吸が激しくなってゆく。

精一杯の謝罪を投げかけても、大粒の涙がエイレーンの頬を叩いても、彼女は動かない。

やがて、エイレーンの身体が地面に吸い込まれるようにして消えた。

声もいつの間にか聞こえなくなっている。

人の肉の焼けた匂いだけが、空間を漂う。

ああ、これが死か。

自分の手を見ると、骨を残して肉がずるりと落ちた。

ベチョリと音を立て、地面に大きなシミを作る。

鼻につく腐臭がとても不快だ。

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2.3話. [順応と閃き]

「おはようアカリちゃん」

目を覚ますと寝起きのヨメミがアカリに声をかけた。

「あ…おはよ、ヨメミちゃん…」

アカリも寝ぼけ眼でそれに返す。

エイレーンのいない朝を迎えたアカリは、落ち着かない表情で体を伸ばす。

固く冷たい地面で強張った身体が、バキバキと音を立ててほぐれてゆく。

穏やかな朝、とはいかないが静かな朝だ。

アカリは金色の髪をサイドでまとめながら間抜けな欠伸を一つした。

けたたましい金属音が部屋の中に響き渡った。

ぎょっとした表情で音の先を見ると、ドアの奥から白布がこちらに投げられた。

白装束と白頭巾が二着ずつ。

どうやら着ろという事らしい。

二人は渋々上から羽織る形で白装束を着、ついてきた頭巾も被った。

頭巾の目の部分しか開いていないからか、傍から見るとひどく滑稽な恰好に感じる。

、と、全身が白布で覆われたヨメミが、ふと何かを思い出したようだ。

「そうそう!朝礼に出なきゃいけないんだよー!」

「朝礼?」

「なんか…えーっと……宣教師が外でおはようとかなんとか言うのを皆で聞きに行くんだ」

「ええー…もう白い人と会うのはやだよ…」

「でも朝礼に行かないと何されるか分かんないから」

ヨメミの言葉に渋々と応じるアカリ。

唯一の扉から倉庫を出ると、コンクリートで出来た長い廊下が横まっすぐ伸びていた。

廊下は同じ大きさの廊下と直角に交差していて、そこをギザギザに辿っていくとやがて大きな一本の通路に躍り出た。

「もともとは地下街だったらしいんだけどね、今は白軍団の住処になってるんだー」

朝からテンションの高い声に、アカリはそうなんだ、と相槌を打つ。

確かに、ここは白軍団の住処らしく周りにはちらほらと白装束が歩いている。

彼らの背丈はバラバラで、子供の背丈程の人も歩いていた。

「ねえヨメミちゃ…」

ヨメミに声を掛けようとしたその時、アカリの腹部から大きな音が鳴った。

声を掛けられたヨメミは一瞬きょとんとしていたが、やがてあっはっはと笑いだした。

「あ…あああゴメンゴメン!お腹すいちゃって…」

アカリは自分の顔が赤くなるのを感じた。

そんなアカリにヨメミはいーよいーよ、と返す。

「あたしもお腹すいてるから!一緒だね!」

ヨメミの何気ない優しさが、アカリに更なる追い打ちをかける。

アカリは気恥ずかしさに、今すぐここから逃げ出したいと思った。

そんな思いとは裏腹に、お腹の虫はしぶとく鳴り続ける。

少し歩くと目の前に地上に続く紅い大理石の階段が現れた。

「この階段を上がった先が集会所だよ」

横に広い階段を、周りの白装束達も揃って昇っていく。

この先に一体何が待ち受けているのか。

「この先かぁ…」

白装束に何だか抵抗のあるアカリは行くのをためらった。

そんなアカリを、ヨメミはまぁまぁと言いながら引っ張ってゆく。

「意外と普通の人達だから大丈夫だよ!」

引っ張られながらアカリは憂鬱な気分になった。

何しろ彼らに誘拐され、親友とも離れなければならなくなったのだから。

しかし、階段を昇りきるとその考えは消え去った。

アカリの目に飛び込んできた景色は、その想像をはるかに裏切るものだった。

コンクリートで出来たビルが立ち並び、広いアスファルトの道路が横に伸びている。

その上を白装束がごった返し、活気に満ちた空間が広がっている。

「すごい…!」

アカリは感嘆した。全てが消えたと思っていたのに、目の前にその名残が残っている。

舗装された道路、大きなビル、そして何よりも、人混みの騒々しさ。

それらに人類の底力を感じ、人間の強さと言うものを感じた。

突如、カンカン!と甲高い鐘の音が二回響いた。

騒々しかった集団が一斉に話を止め、道路の中心に目線を向けた。

「おはよう諸君!」

男の声が響き渡る。

宣教師だ。

頭一つ抜けた彼は腕を振るわせながら民衆に声を張り上げる。

「ソール様は言われた!崩壊ののちに天使が地上に舞い降り聖告を告げる!天使の聖告を受けしものに希望の灯火が宿り!やがて、我ら人類
の楽園が再び完成すると!」

民衆は熱心に耳を傾けている。

あれほど騒々しかったのに、今はではシンと静まり返り、宣教師の声だけが響き渡っている。

誰もよそ見をせず、ただ粛々と聞くだけ。

やがて、宣教師の演説も終盤に差し掛かっていった。

「今日もより良い一日となるように、そしてソール様のお導きがあらんことを」

集団は一斉に顔の前で手を前に組んだ。

右手で拳を作り、左手を上から添える形。

アカリも慌ててそれに習う。

「An todhchai bheannaigh (祝福された未来を)」

宣教師の言葉に合わせ、民衆は三度礼をした。

それで朝の集会は終わりらしい。

再び騒々しさを取り戻した集団は皆、思い思いの場所に散っていく。

「朝ごはんの時間だよ!」

そう言うとヨメミはアカリの手を握り、人込みをかき分けて進んでゆく。

なにがなんだか分からないアカリは、ただヨメミに引っ張られる。

着いた先は大きな鍋だった。

鍋から白い湯気があふれ、辺りに良い匂いが漂っている。

「朝ごはんは食べた?」

声からして女性だろう。鍋をかき回す白装束はアカリ達にそう尋ねた。

それに対し、元気な声で答えるヨメミ。

「まだ食べてないよ!」

「そっちの子も?」

「うん!」

「じゃあ二人分だね、熱いから気をつけてね」

そう言うと、女性は紙コップを取り出し、鍋の中身を注ぎ込んだ。

「は~い、どうぞ」

「あ、ありがとう…」

恐る恐る受け取ったコップは思いのほか重かった。

見るとコンソメスープ色のスープに土色の物体が浮かんでいる。

「人工肉とねー…あとサプリメントを溶かしたスープだよ」

そう言いながらヨメミはビルの壁を指さした。

二人はビルの壁に隠れ、顔を見られないようにしてスープを飲んだ。

温かいスープは涙が出るほど美味しかった。

空っぽの胃が満たされ、ほのかな幸福感に満たされる。

ふぅ…と一息ついたヨメミはくしゃりと紙コップを潰した。

「じゃあ、受戒の勉強始めようか」

~~~

勉強会は思いの他早く終わった。

「あたし、実は受戒とか知らないんだよね~えっへっへ…」

というヨメミのカミングアウトから始まった勉強会だったが、周囲の人への聞き込み、古参の信者への聞き込み、最終的には宣教師の部屋に直接乗り込み受戒を直接聞き出すという強硬手段に出ることで、終了した。

「ラックショーだったね!」

体育座りのヨメミはしたり顔でガッポーズを決めた。

蒼い顔で走り回った事をすっかり忘れているみたいだ。

「いや~もう心配だったよ~」

肩の荷が下りたアカリも、ふい~とため息をついた。

床に散らばった受戒と書かれた紙を綺麗にまとめ、どこに置こうか少し悩んだ末に地面に再び置いた。

そんなアカリにヨメミはふと話しかけてきた。

「で、さアカリちゃん」

「なぁに?ヨメミちゃん」

「脱出、どうやってする?」

「あ~…脱出ね~…」

アカリは少し遠い目をした。すっかり忘れていたわけではないが、少し忘れていた節があった。

(今頃エイレーンは心配してくれているかな)

「脱出するんだったら車が必要だよね!」

「くるま…車かぁ」

アカリは少し思い悩んだ。車なんてここしばらく見ていないし、それは果たして使える手なのかと思ってしまう。

だが提案者側のヨメミは自信満々な顔だ。

何か打つ手立てがあるのかも、とアカリは思った。

「どうやって車を手にいれるの?」

「ん~…どうやろっか」

あ、やっぱり、とアカリは思った。

一日中過ごして分かったが、ヨメミにはそういうところがある。

「そもそも車ってあるのかな?」

「うん、食料調達班の人たちが使っているよ」

「食料調達班?」

「そう、誘拐班でもあるよ」

「げっ!」

アカリはしゃがれ声の男を思い浮かべた。

彼にはもう関わりたくない。

アカリの表情を察してかヨメミもうんうんと頷いた。

「そーだよねそうなるよね、あたしも連れてこられたもん、わかる」

ヨメミは溜息をついた。先程とは打って変わって憂鬱な顔をしている。

「奪えないし~…」

「奪えないか~」

「奪えないならゆっくり近づいて盗むのはどうかな?」

「見張りもいると思うよ?それこそ警戒されちゃったら……」

「あ!じゃあさ、食料補給班に入ればいいじゃん!!」

アカリの提案にヨメミは目を丸くした。

「名案じゃん!」

二人は嬉しそうにハイタッチをした。

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2.4話. [無謀な挑戦]

~~~

場所を特定するまではそう時間はかからなかった。

朝食の時の女性が言った通り、一番大きな白ビルに男はいた。

男は薄暗いビルの中で地べたに座り、地図の様なものを広げていた。

「なんだ、俺に用か?」

地図から目を離す事無く、男はアカリ達に声をかけた。

いつぞやのしゃがれ声にアカリの体は強張った。

そんなアカリを見かねてかヨメミが一歩前に出た。

自分がやる、と言う事らしい。

「た…」

声が少し上ずっていた。少し緊張しているのだろうか。

見ればヨメミの身体は少し震えていた。

「たのもーう!!」

素っ頓狂な声にアカリは思わずヨメミを見た。

「わっ私達食糧補給班に入りたくて!」

しゃがれ声の男は、訝し気にヨメミを見た。

数秒間の沈黙ののちに男はキッパリと言い切った。

「キミには無理でしょう、駄目」

「ええ…」

キッパリと断られたヨメミは困った様子でアカリを見た。

(しまった、この先を考えていなかった)

アカリは咄嗟に疑問を投げかけた。

「何でですか?」

これで少しは時間稼ぎになってくれる筈。

しかし、男もそれを分かっているようで、更に疑問で返してきた。

「なら、キミたちはどうして食糧調達班に入りたいんだ?」

(弱点を上手く突かれた)

アカリは苦虫を嚙み潰したような顔をした。

建前なんて全く用意していない。

(この場で嘘を考えるしか…)

「私たちは……」

頭を回転させ、言葉を探す。

しかし、頭は空回るばかりで一向に言葉は出てこない。

(どうすれば…)

その時、ヨメミが唐突に声を張り上げた。

「元気だからです!!」

その返答に、しゃがれ声の男は首を横に振った。

「空から落ちてくるのを拾うだけだ、元気はいらない」

突っぱねるような返しだが、それでもヨメミは引き下がらない。

「じゃあ何が必要なのか教えてください!」

しゃがれ声の男はキッパリと言い切った。

「近寄ってくる生物を殺すことが出来る能力」

追い返す能力では無く、殺す能力。

アカリも今の今まで多くの野生生物と食糧を奪い合ってきたが、直接手を下して殺したことは無かった。

しゃがれ声は続ける。

「飢えた野生生物程危険なものは無い、生半可な気持ちで行ったら死ぬだけだ」

そこまで言うと、男はシッシと手を振った。

そして、アカリ達には見向きもせず、再び地図に目を落とした。

その様子が、アカリには少しカチンときた。

「じゃあ、強ければいいんですね?」

男は何でもないかのように答えた。

「まあ、そうだな」

(だったら…)

アカリはニヤリと笑った。

「だったらここで試させて下さい」

男は顔を上げた。その表情は読めなかったが、アカリには笑っている様に感じた。

「構わない」

男は丁寧に地図を畳むと、のそりと立ち上がった。

「仕舞ってくるから来るからそこで待ってろ」

そう言うと男は奥へと消えた。

隣のヨメミがチョイチョイとアカリの裾を引っ張った。

「え?アカリちゃんもしかして戦うの?」

アカリはしっかりと頷いた。

「アカリは本気だよ」

「うっへぇ…マジかぁ……」

ヨメミは笑っているのか嫌がっているのかよく分からない声を出した。

そんなヨメミにアカリは親指を立てた。

「大丈夫だよヨメミちゃん、アカリが何とかするから」

ヨメミは、大丈夫かなぁ…と呟いた。

「待たせたな」

振り向くと、5m先に男が立っていた。

男は腕を上をあげると、脚を少し開いた。

もう始めるらしい。

「構えろ」

その声にアカリは右足を半歩下げ、重心を少し下げた。



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2.5話. [タッグ戦]

体勢は全ての攻撃を受け流せるように。

正中線を守るようにして手の甲を顎につけ、右手の向こう側に左手をかざす。

どちらの手も、向こう側に手のひらを向ける。

「まずは一匹の時」

男は右腕を振り上げ、こちらに突進してきた。

「アカリちゃん!!」

ヨメミは悲鳴をあげた。

だがアカリは動かない。

全ての感覚を眼前の敵と自身の指先に集中させていた。

あと1m。

アカリは左手を顔の横に引き寄せ、右足で重心そのままに半歩距離を詰めた。

男の剛腕が勢いよく振るわれる。

アカリは冷静に左腕全体で受けつつ、右足を前に出し、男の懐に入った。

突き出した右拳を男の胸部に当てる。

(ここ!)

アカリは、右足を力強く踏みしめた。

右足を踏み出すエネルギーを身体を巡らせ、拳に伝える。

(入ったッ!!)

打ち出されたエネルギーが、男の芯を捉え、打ち抜いた。

「ぐっ…」

次の瞬間、男は吹き飛んだ。


寸勁(すんけい)

―中国武術の技術の一つで、最小の動作で最大の威力を出す技術。ワンインチパンチとも呼ばれる。運動エネルギーを、対象まで導き、作用することで、対象に力を及ぼす―

男は、しばらく倒れていたが、やがてのっそりと立ち上がった。

ダメージが全くないように見える。

「“今のは”わかりやすかったろう?」

アカリは軽く舌打ちした。

吹き飛ぶことで、この男は運動エネルギーを全て逃がしたのだ。

(動きを読まれていた…いや、そうなるように仕組まれていた…)

「次は二匹だ」

男はそう言うと、再度右腕を振り上げ、襲い掛かる。

アカリもそれに習い、構えた。

襲い掛かる右腕を冷静に受け流し、半歩前へ。

大地を脚で捉え、カウンターへと移ろうと拳を突き出した。

が、次の瞬間。

アカリは空を舞っていた。

(なっ!)

首を前に曲げ、肩部で着地。

更に両腕で地面を勢いよく叩き、衝撃を緩和する。

しかし、吸収しきれなかった衝撃がアカリの内蔵を駆け巡った。

(ぐっ!)

予想外のダメージに体が一瞬動かなくなる。

慌てて体勢を立て直した時には既に男の左腕が振り上げられていた。

(しまっ…)

衝撃でジンジンと痛む腕を持ち上げ、構える。

来るであろう衝撃に備え、アカリは全身に力を込めた。

その時、誰かがアカリの襟首をつかんだ。

「っしぉあぃ!!」

威勢の良い声と共に、後ろに勢いよく引きずられた。

先程までアカリを捉えていた左腕が何もない空間を掠める。

「へっ?」

驚き後ろを振り向くと、見覚えのある紫の瞳が揺れていた。

ヨメミだ。

「今度はアタシの番だね!」

そう言うとヨメミは前方に躍り出た。

左半身を前に出し、一定のリズムで跳躍と着地を繰り返す。

ヨメミの動きに、アカリは見覚えがあった。

ボクシングだ。

男はへらりと笑った。

「打撃系ばっかりだな」

「………」

ヨメミは無言で拳を構えた。

先程までの雰囲気とは打って変わって背中は殺気に満ちている。

「……!!」

先に動いたのはヨメミの方だった。

距離を詰め、左ジャブを数発打ち込む。

が、男は難なく左前腕でガード。

「……」

ヨメミは更に強くジャブを打ち込んでゆく。

しかし、男は左腕だけで受け流す。

ガードは全く崩れない。

突然ヨメミが右に体を切った。

腕をしならせ、男の左わき腹に右フック。

死角からの攻撃に男は若干怯んだ。

ガードが少し崩れた。

ヨメミは崩れたガードに更にジャブを打ち込んでいった。

激しい打撃音が響き渡る。

「凄い…」

アカリは感嘆した。

目の前の少女のテンポの速さが、自分のそれを凌駕していた。

全く反撃の隙を与えさせず、男は成す術もなく打ち込まれるばかり。

「ッシュッ!」

ヨメミの放った左ストレートが男の前腕を弾いた。

男のガードが崩れ、隙が生まれる。

ヨメミは身体を入れ込み、懐に入り込んだ。

「ッ!」

左半身を沈み込ませながら左足を踏み込む。

身体をバネのようにしならせ、全体重を乗せた左アッパーを男の顎に叩き込んだ。

パンッ!…と甲高い音が鳴った。

入ったように見えたが男は倒れない。

ヨメミは左手を突き上げた状態で止まっている。

両者とも動かない。

二人共、時が止まったかのようにその体制で固まっている。

アカリは嫌な予感がした。

「はなせっ…!」

ヨメミの苦しそうな声が漏れ出た。

よく見ると男の右手がヨメミの左拳を掴んでいた。

掴まれたヨメミは逃げようともがくが、男の左手はピクリとも動かない。

「体重が足りねぇな…」

男はそう言うと、右腕を捻った。

左手が内側へと捻られてゆく。

それは手首へと広がり、肘、肩がゆっくりと折り畳まれてゆく。

「うっぐぅっ…」

やがて、ヨメミは膝をついた。

圧倒的な筋力差だった。

「にゃろぉおおお!!」

ヨメミのピンチに、再びアカリは飛び出した。

飛び込み、男の喉元に左拳を放つ。

男もそれを紙一重でかわし、後方へと後ずさった。

開放されたヨメミは息絶え絶えに礼を言った。

「あ…アカリちゃん…はぁっ…ありがっ…とっ…はぁっ…」

その荒い呼吸から、かなりの体力消耗がうかがえる。

アカリは再び構えた。

今度は守りでは無く、攻めの構え。

(一か八かだけど、やるしかないよね…)

「立てる?」

「うんっ……はぁ…大丈夫……」

「息が整ったらヨメミちゃんに渡すから」

「おっけ…」

アカリの背中にヨメミの拳が当たった。“頼んだ”と言う事だ。

アカリは無言で返事をした。

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2.6話. [タッグ戦.2]

男との距離は5m。

お互い間合いには入っていない。

アカリは慎重に距離を詰めた。

力を込め、抜く、込め、抜く。

先程とは違う、空手の動き。

距離1m。

互いに間合いに入った状態だ。

「…っ!」

男の手刀が、アカリの眼前を掠めた。

しかしアカリは動じず、左正拳突きを男の顔面に放つ。

男はそれを難なく避ける。

(ここ!)

アカリは、左足で男の右脚を払った。

重い体がバランスを少し崩す。

そこへ右足の上段回し蹴り。

足先が男の顎を掠めた。

(あとちょっと…)

あと一歩踏み込めば勝てるのに…

、と突然脳裏に違和感が駆け巡った。

(もしかして、これが狙い?)

アカリはあえて距離を取った。

男は意外そうな声を出した。

「ほお?学習したな」

あからさまな挑発だが、これに乗ってはいけない。

(冷静に……冷静に……)

アカリは再び距離を詰めると、立て続けに右突き、左突きを打ち込んだ。

しかし、全てが前腕でガードされる。

前蹴りも後ろに下がられ避けられる。

お互いに攻めきれないもどかしい状態が続く。

約1分経過。

後ろから跳躍音が聞こえた。

(そろそろっ!)

「アカリちゃん!」

「あいよ!」

上段左正拳突きで男の視界を奪い、アカリは左へ飛んだ。

アカリが居た空間をヨメミの左ストレート掠め、男のガードに突き刺さった。

「ぐぅっ!」

ヨメミの強襲に、男は更にガードを固めた。

ガードを正面にして、ヨメミは足を肩幅まで開く。

身体を振り子のように揺らし、∞軌道。

デンプシー・ロールだ。

身体が戻る反動でガードにフックを叩き込んでゆく。

重い一撃が何度も何度もガードに打ち付けられる。

ヨメミは正面からガードを割るつもりなのだろう。

ならば、とアカリは全身の力を抜いた。

息をゆっくりと吸い、吐く。

ヨメミは最後の力を振り絞るように絶叫した。

「うぉぁぁぁあああああっ!!!!!」

パンチは激しさを増し、それに伴い音も大きく激しいものになってゆく。

やがて、猛攻に耐えきれなくなった男のガードがついに割れた。

その一瞬をヨメミは見逃さなかった。

身体の勢いそのままに、左アッパーを放つ。

アッパーはガードを割り、その先の顎を打ち抜いた。

男は激しく仰け反った。

が、まだ倒れない。

最後の一撃で酸素を使い切ったヨメミは、崩れ落ちながら右に跳んだ。

「アカリちゃんっっ!!!」

ヨメミの絶叫と共に、アカリも前方へと大きく跳躍した。

全てがスローモーションに見える。

コンクリートに倒れ込むヨメミも、体制を戻そうとする男も。

アカリはゆっくりと息を吐いた。

行けっ!!

ヨメミの声が聞こえた気がした。

右拳を正面の空間に置き、左足で着地。

前に出した右足はまだ踏み込まない。

やがて、戻り際の男の身体が右拳に軽く触れた。

(ここっ!!)

触れた拳に一瞬の意識を集中させた。

「はっ!!」

ダンッ!と右足を踏み抜いた。

それと連動して拳が男に突き刺さる。

男の身体に叩き込まれた拳が内部を押し出し。

奥の奥まで衝撃を与えた。

やった…のだろうか?

暫くは固まっていた男だったが、やがて両膝をついた。

「かっ…た…」

それを見届けたアカリは、達成感と共に力尽きたかのようにその場に倒れ込んだ。

心臓の激しい鼓動が頭の中を響き渡っていた。



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2.7話. [狂いだした未来]

「あ~…及第点と言った所かな」

男はポリポリと頭を掻いた。

先程まで苦しそうに胸の辺りを抑えていたのに、今ではケロッとしている。

「…というか、二人で半人前だな」

その物言いにアカリは口を尖らせた。

「おっちゃん盛大に負けてたじゃん」

おっちゃん、もとい、しゃがれ声はフンと鼻で笑った。

「馬鹿野郎、丸腰おじさん一人痛めつけたくらいで野生生物を殺せると思うな」

アカリとヨメミは顔を見合わせた。

及第点と言っていた割にその評価は辛辣なものだ。

「え?じゃあ入れてくれないの?」

そう言うと男は腕を組み、違うんだよなぁ…と唸った。

「…数週間修行だ、そしたら入れてやろう」

入る事は出来る様だ。

アカリは、ほっ…と息をついた。これで脱出に一歩近づけた。

それも束の間、男は少し訝し気に尋ねてきた。

「お前ら、何か企んでいるだろ」

「へっ?」

アカリは青ざめた。ここで下手な動きをしたらもう脱出する手段がなくなってしまう。

固まったアカリの様子に、男はやっぱりな、とため息をついた。

「脱出を考えているなら止めた方がいい、ここに居る方が死なずに済む」

(そんなの分かんないじゃん…)

アカリにはその理論が理解できない。

アカリとエイレーンは一年近く二人だけで生き残ってきた。

確かに食糧は心もとなかったが、それはこちらも同じことの筈。

寧ろ人が増えれば増えるほどに食糧確保は難しくなる。

共倒れはまっぴらごめんだ。

そんなアカリとは逆に、ヨメミは納得したらしい。

どんどんと話を進めてゆく。

「あたし達家族と会いたいんです」

「心配いらない、いずれそれは実現する」

「いつまでに会えるの?」

「施設が整い次第…そうだな…4年以内には…」

4年は長すぎる、アカリなら兎も角エイレーンが生き残っているという保証は無い。

早く車を奪って助けに行かないと…

(だったら耐えなきゃ…)

アカリはグッと拳を握った。

車を手にいれるまで下手に動いては駄目だ…

そんなアカリを他所に話は進んでゆく。

「もっと早く助けたい…です!」

「なら条件がある、お前ら二人のうちどっちかでいい、宣教師に気に入られろ」

「え?それって…」

「何でかは一緒に動いていれば分かる」

そう言うと、男はアカリの方へと目を向けた

「そこの空手家!」

「ほぃ!?」

唐突に声を掛けられ、間抜けな声が出た。

「お前、女神の化身として存分に働け、アイツが求める以上に」

「う、うん…?」

アカリにはよく分からなかったが、男は満足げに頷いた。

「話はこれで終わりだ、俺はお前らになるべく協力するが、お前らもそれなりに協力しろ」

ヨメミは元気に頷き、アカリは渋々と頷いた。

~~~

外に出ると辺りは既に薄暗くなっていた。

朝にはあれほど人が居たのに、今では誰一人としていない。

アカリは、世界に二人ぼっちになったような錯覚に陥った。

「外に居ても危ないから皆中に居るんだよ」

ヨメミは早く行こう、とアカリの袖を引っ張った。

アスファルトの感触を確かめながら、二人並んで歩く。

アカリは、ふとヨメミに尋ねた。

「ねえヨメミちゃん?」

「なぁに?」

「明日からどうする?」

「あたしは…修行しようかなって思ってるよ」

そっか、とアカリは言った。

ヨメミの迷いのない答えが、アカリには格好よく聞こえた。

もし、アカリがヨメミの立場だったら、一日は考えるだろう。

彼女の真っすぐさが、アカリには少し羨ましく思えた。

「アカリちゃんは?」

「アカリは…」

どうしようかな、とアカリは思った。

男が最後に言った言葉を再び思い返す。

「とりあえず宣教師の人の所に行ってみようかな」

「うん…そうだね、それがいいと思う」

その言葉に、アカリはなんだかほっとした気分になった。

周りの人間は信用できるとは到底言い難いが、それでも信用するしか無い。

全く先行きは見えないが、それでも最善を尽くしているのは確実だ。

アカリは今にも崩れ落ちそうな橋を渡っている様な感じだな、とぼんやり思った。

「あ!アカリちゃん」

ヨメミは何かを思い出したかのように立ち止まった

「水屋さん行こう!」

「水屋さん?」

「そうそう!たっくさん暴れたからシャワー浴びてさっぱりしたいしょ?」

「う?うん、そうだね!浴びたいね!」

「よぉし!じゃあ決まりだね!」

ヨメミは楽しそうに柏手を打った。

地下への入り口を照らす灯りが、チカチカと揺れていた。

~~~

「あ゛ぁあああああ……」

冷たい水を全身に浴びながら、アカリは深く深くため息をついた。

あちこちに出来た擦り傷に冷たい水が染み込む。

「疲れたぁぁ……」

隣のヨメミも深く深くため息をついた。

「アカリ達おばちゃんみたいだねぇ…」

その言葉にヨメミはふっはっはと笑った。

「本当にねぇ…体のあちこち痛いしねぇ…あ!ねぇ見てみて!!」

ヨメミは拳をアカリに見せた。

手の甲が血で滲んでいる。

「あのおじちゃん固すぎて血が出た!」

そう言うとヨメミは無邪気に笑った。

「あ!アカリも足の皮むけたよ!」

アカリもそれに対抗するように右足の裏を見せた。

強く踏み込んだ時に出来た水ぶくれが、歩いているうちに破けたらしい。

「あたし達ボロボロだね!」

「そうだね!」

二人は笑いあった。

本当にしょうもない傷の見せ合いだったが。

二人にはどうしようもなく楽しく感じられた。

~~~

四角いこじんまりとした部屋で、アカリは立っていた。

窓から差し込む日の光が、うなじの辺りをじりじりと照り付ける。

先程から黙って仁王立ちしているアカリに対し、宣教師は眉の端を上げた。

「一体何の用なんだ?」

アカリは首を傾げた。

何の用か、という問いに対し、何と答えるのが正解なのか。

“ソール様の偶像になりに来ました”とでも言えばよいのだろうか。

いや、違う。

今まで反抗的な態度を取ってきた奴が、手の平を返して来たら何と思うだろうか。

大抵の人はこう思う。

“何か裏があるな?”、と。

なら、あえて反抗的な態度で行くのが正しい筈だ。

「用は無いです」

「なら帰れ」

男はしっしっと追い払う仕草をした。

そのあっさりとした対応に、アカリは慌てた

「あっ…!いや違うんですぅ!あのぉ…今のはミスで…」

アカリは宣教師にすがるように、情けない声をあげた。

話が終わってしまっては元も子もない。

女神の化身にならなくちゃいけないのに…。

「私は女神ソール様の化身として頑張りたいんです!」

男は眉をしかめた。

「何か裏があるな?」

(違う、そうじゃあない)

思い描いていた理想とは違う結果に、アカリは頭を抱えた。

全くどうして現実はこうも理想からかけ離れてゆくのか。

アカリはなんだか腹が立って来た。

人をさらっておきながらその態度は何なのだろう。

というかそもそも何でさらわれたのだろう。

「何で私達をさらったの?」

心の中でとどめておくつもりが、気が付けば口から漏れ出ていた。

宣教師は驚くでも無く、ただつまらなそうに後方を見た

何も無く、がらんどうとした部屋だ。

「民を、生き永らえさせる為の道しるべとなれ」

ポツリと呟かれた言葉は本当に漠然としたものだった。

女神の化身として民の道しるべとなる。

それを、さらってきた少女に求める。

明らかに異常な行為だが、彼は何とも思わないのか。

宣教師は続けた。

「植物も生えないこの大地で、俺たちは生き残れない」

「だが、四年後にソール様が再生のための儀式を執り行われる」

「それまで民の心の支えであれ、とのことだ」

ふわふわしてつかみどころのない話だ。

信仰で民の心を支えろという事か。

「そんなことしなくても、AIが自分たちを助けてくれようとしているのに…」

男はゆっくりと首を振った。

「文明に滅ぼされた人類がそんなもの信じられるわけが無い」

男の言う事はもっともだった。

地上が焼き払われたあの日。

まだ大地が燃えていた日。

被爆を恐れた生存者が、衛星の通知通り地下シェルタ―に逃げ込んだあの日。

砂の雨が降り、地下に逃げ込んだ者の多くが地下で死に絶えた。

文明に二度裏切られた人類は、あの日を境に何も信じられなくなった。

絶望的な状況で、彼らは自分の身のみを信じた。

盗みを働く者、他人を殺そうとする者。

統率の壊れた人間社会は、地獄の様だった。

その様子がとても恐ろしくて、エイレーンとアカリは避難場所から逃げ出したのを覚えている。

「じゃあ、アカリが皆の心の支えにならないといけないの?」

男は頷いた。

無理だ、とアカリは思った。

極限状態の集団の信仰を集めるなんて正気の沙汰ではない。

しかし、エイレーンを助けるにはこの手しか無いのも事実だ。

アカリは頷いた。

「分かりました、やります」

苦渋の決断だが、背に腹は代えられない。

「忠告だけしておくが、絶対に裏切るな」

男は神妙な面持ちで言った。

「裏切られた人間の恐ろしさは想像を凌駕するからな」

アカリは生唾を飲み込んだ。

そうなったとき、自分の身に起こる事は明確だ。

アスファルトを埋め尽くすほどの人間に身を八つ裂きにされる。

底知れぬ恐怖。

アカリは全身の血が冷えわたって、動悸が高まるのを感じた。

「ソール様の化身であれ」

男はそれだけ言うと、アカリに付いてくるよう促し、歩き出した。

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3.1話. [迷い子を探して]

白い外套を纏い、エイレーンは砂の中を南西まっすぐ歩いていた。

吹き付ける風が行く手を阻もうと体を押し、そのたびに吹き飛ばされまいとその場にうずくまり、耐える。

弱り切った彼女の身体では、風を耐えるのは難しい。

風が吹くたびに立ち止まるのがもどかしかしく感じる。

自然との攻防を繰り返し進む事二時間、ようやく目的地らしき場所に到着した。

手に持った小型端末では、赤い丸と、青い丸がほぼ一致している。

赤い丸は、衛星が最後に観測したアカリの所在だ。

エイレーンは背負ったスコップを手に持ち、足元の砂を掻き出し始めた。

アカリはきっと地下シェルターで生き延びている、という淡い期待がほのかに胸をよぎる。

やがてスコップの先が白いコンクリートに当たった。

きっとシェルターの一部だ。

エイレーンは、そこから北に真っすぐ溝を掘っていく。

10m縦に溝を掘り、それを1メートル間隔で横に枝を派生させる。

格子状に広げた枝が、10mにもなろうというところ。

スコップの先端に、コンクリートではない感触を認めた。

金属製の扉が現れた。

エイレーンは地面と扉の僅かな隙間にスコップの先端をねじ込んだ。

そのままテコの原理で扉を押し開けると、備え付けの梯子が少しこちら側に出てきた。

震える手で梯子を掴み、ゆっくりと降りてゆく。

埃だらけの部屋の中心に、“ソレ”はあった。

見覚えのある黄色いザックが中央に鎮座していた。

エイレーンは思わず息を飲んだ。

「アカリの…」

その震える手でザックを持ち上げる。

ザックはずっしりと重かった。

~~~

飛び出すようにしてシェルターを後にしたエイレーンは、北へ北へと歩を進めた。

目的を見失ったその目は何も見えておらず、足は自立した生き物のように動く続ける。

その細い体に黄色いザックが重くのしかかるが、歩くスピードは緩めない。

「アカリさん…今助けますから…」

エイレーンは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

やがて、野犬の遠吠えが聞こえ始めた。

辺りは既に薄暗く、頭上には上弦の月が昇っていた。

ふと、耳元で声が聞こえた。

「エイレーン」

ぼんやりとエコーのかかったその声に、エイレーンの意識は夢から現へと引き戻された。

“ああ夢か”とエイレーンは一人呟いた。

~~~

「ねぇ、エイレーン」

少し苛立ちの込められた少女の声に、エイレーンはムクリと体を起こす。

そして、寝起きの筋肉を伸ばしながら、少女に“起きてますよ”よプラプラ手を振る

行き場を失った欠伸がエイレーンの口から漏れた。

「ねえこっち来てよエイレーン」

少女の催促に、エイレーンは再び“わかってますよ”と手をプラプラ揺らす。

室内灯の眩しさに目をしばたたかせながら、ついでに首も回す。

「懐かしい夢を見ました」

エイレーンの言葉に、白髪の少女はモニタから目を離す事無く返事をする。

「へぇ?どんな夢?」

「萌美さんと出会う直前の夢です」

「そんな事もあったね」

萌美は表情を変えることなく、淡々と返事をする。

エイレーンにはその様子が“早く手伝え”という催促を暗に意味している様に感じた。

「で、どこを手伝えばいいのです?私は何をすればいいのです?」

「はいはい、ここだよネボスケさん」

萌美はモニターに大きく表示された地図を指さす。

その指さした場所に、エイレーンはげんなりとした表情で萌美を見た。

「また食糧投下位置ミスったんですか?」

「違うよエイレーン、よく見て」

「はい?」

エイレーンはぼんやりとかすむ目で地図を凝視する。

萌美の指した辺りに白い小さな点を認めた

「何ですかこれ?」

「ふっふ~」

萌美は得意げにキーを叩く。

すると、モニターに青い文字が画面中央に出現した。

―解析を開始します………―

―火星用運搬トラック―

エイレーンはおお、と小さな歓声を上げた。

「で?これが?」

「この写真の日付見てみてよ」

「11月2日ですがこれって……」

「アカリちゃんが攫われた日だよ」

エイレーンは思わず息を飲んだ。

運搬用トラック、そして攫われた日付。

エイレーンがまさしく求めていたものがそこにあった。

「どこで見つけたんですかこの写真!?」

「フォルダにあったよ?エイレーンがハックして見つけたんじゃないの?」

「何もしていませんよ!?」

エイレーンは少し混乱した様子で萌美を見た。

「お、落ち着いてよエイレーン、ほらお水飲んで」

萌美はキーボードと一体化したディスク上から、水の入ったカップを差し出した。

差しだされたエイレーンは、震える手でそれを受け取り口に含んだ。

「!……ゲッホッ!!ゲッハッ!!ハッゥ!!…ゲッッホッッ!!」

エイレーンの明らかな動揺ぶりに、萌美ははぁ…とため息をついた。

「乗り込みに行こう、エイレーン」

声が出せないエイレーンは涙目で頷いた。

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3.2話. [偶然の重なり合い]


「北東に35kmだね」

あらかた準備を終えた萌美は、手持ち無沙汰な様子でエイレーンに声をかける。

それに対し、エイレーンはシステムのチェックの手を緩める事なく答える。

「我々の歩くスピードが3.9km/hとして……」

「9時間くらいかな」

「ええ、今が出発すべき時でしょう」

「エイレーン…」

萌美は咎める様な目線でエイレーンを見た。

“だったら早く出発しろ”という強い念がエイレーンの背中にひしひしと伝わってくる。

「仕方が無いじゃないですか、だってこのコンピュータずっと計算しているんですよ?」

「それがどうしたのよ」

「使わない電力とか色々コンピュータに全振りしてあげたいんです」

エイレーンは愛おしそうにキーボードを撫でる。

萌美には、その様子がまるで我が子を愛でる母親のように見えた。

「エイレーンなんだかコンピュータに対して母性生まれてない?」

「そう言えばそうですね」

エイレーンは少し固まった、その目は何かを思い返すように空をさまよう。

その真剣な表情に、萌美は何かいけない事でも言ってしまったのかと慌てた。

「エイレーン?」

ふ、と我に返ったエイレーンは、はぁ…とため息をついた。

「……まあ、確かに萌美さんよりは母性ありますしね」

エイレーンは、悩ましげに胸部の膨らみを強調する。

見せつける対象はもちろん萌美だ。

揺れる胸部を見せつけられた萌美は、少し怒った表情を見せた。

「エイレーン覚えてなさいよぉ!」

エイレーンはそれを意に介す事無く、目の前のスイッチをパチパチと切り替えてゆく。

やがて、それもひと段落したのか、腰を上げて伸びをした。

「完了です、さあ行きましょう」

萌美はそれを待っていたかのように、傍らに置いてあった白い外套をエイレーンに投げた。

「じゃあそれ着て出発だよ」

エイレーンは顔面でキャッチした“ソレ”を上から羽織り、黄色いザックを背負う。

モニターに表示された、―いってらっしゃい-の文字に対し手を振りながら、二人は朝の砂漠へと足を踏み出した。

~~~

陽が昇り切り、更に少し傾き出した頃。

エイレーンは砂漠の真ん中で座っていた。

「エイレーンはおバカさんなんじゃないかな」

さらりと毒を吐いた萌美は、エイレーンに水を差しだす。

ありがとうございます、と言いながらエイレーンはそれを受け取った。

「徹夜すべきではありませんでしたね……」

覇気のない弱音に萌美は眉をハの字に曲げた。

「シェルター探そっか、脚つっちゃったんだったらもう歩けないでしょ」

「そうですね……頼めますか?」

「いいよ、エイレーンはここで大人しく待っててね」

萌美はそう言うとカバンから小型の端末を取り出した。

「金属探知機能入れておいて正解だったね」

萌美は端末を見ながらグルグルと周囲を歩き回り、端末はそれに合わせてホワイトノイズのような音を発する。

やがて、ノイズの大きい方角を見つけた萌美は一方方向に歩き出した。

「行ってらっしゃい」

それを見届けたエイレーンは、眩しさから逃げるように目を瞑った。

~~~

どれほど時間が経過しただろうか、エイレーンは砂を踏みしめる音で目を開けた。

目を開けると、開いた瞳孔に太陽光が目一杯差し込んでくる。

光を絞るように目を細め、音のする方向を見ると、白い影がこちらに歩いてきていた。

「…?」

ぼんやりとかすむその影は、どんどんと近づいてきている。

やがて、白い影はエイレーンの前で歩を止める。

シェルターを探し行った白髪の少女が、エイレーンの前に立っていた。

「お帰りなさい」

疲れた笑顔で立ち上がったエイレーンに、少女は少し後ずさる。

その様子にエイレーンは少し違和感を覚えたが、まあいいか、と流した。

「シェルターは見つかりましたか?」

少女は答えない。

二人の間を通った風が、少女の白装束をパタパタとはためかせる。

少女は強張った表情が、エイレーンの顔を見つめる。

反応を示さない少女に、エイレーンは困った顔をした。

「あの…」

「手を頭の後ろで組んで膝ついて!」

「…へっ?」

発せられた声は、エイレーンには全く聞き覚えの無い声だった。

あっけにとられて固まるエイレーンに、少女は右手を突き出した。

鈍く光る金属光沢が腹部に当てられる。

「えっ…えっ!?」

サバイバルナイフの存在に、エイレーンの背筋に戦慄が走った。

背筋に冷たいものを感じながら、言われた通り腕を後ろで組む。

少女はナイフをエイレーンに向けたまま、ゆっくりと後方へと回った。

じゃらりと鎖の音が聞こえ、やがて、エイレーンは手首に鎖が巻き付けられていくのを感じる。

数秒の間の後にガチャリと音が鳴った。

「ゴメンね…一緒に来て欲しいんだ」

背後からの声は申し訳無さそうに詫びた。

もちろん、ナイフはまだ背中に押し付けられている。

エイレーンは何が何だか分からず、少女の誘導するがままに歩を進める。

つりそうだった脚も、この時ばかりは言う事を聞いた。


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3.3話. [探り合い]


エイレーンは流れる景色を茫然と眺めている。

数年ぶりの車の感触が、何とも懐かしく感じる。

思えば、トラックの荷台に乗るのは人生で初めてだ。

代わり映えのない退屈な景色をその目に映しながら、エイレーンはふと思った。

絶望的な状況にも関わらず、思考は何故か冷静だ。

「ゴメンね、無理矢理連れてきちゃって…」

鼻にかかった声に、エイレーンはちらりと少女に目をやる。

その顔には、さっきまでの殺伐とした雰囲気など無く、寧ろバツの悪そうな表情がある。

エイレーンは運転席へと目を逸らす。

人の姿の無い運転席で、ハンドルがひとりでに回っていた。

「謝るより拘束を解くのが先ですよね?」

「ゴメンね、それは無理なんだ」

間を置かずに、少女は答える。

軽く舌打ちをしたエイレーンは、再び外に目を移す

何も無い、退屈な景色が左から右に流れていく。

「分かってるとは思うけど、飛び降りたところで助けは来ないよ」

「……そうみたいですね…」

エイレーンは、息を漏らした。

痺れかけた手を揺らすと、手首に垂れた鎖がじゃらじゃらと音を立てる。

「萌美って名前に聞き覚えはありますか?」

目の前の少女は目を大きく開いた。

「えっちょいっ…えっ!!!???」

少女はうろたえた。

言葉が見つからないのか、ただ口をパクパクさせる。

「探しているのですか?」

少女は頷いた。

しめた、とエイレーンは心の底でほくそ笑んだ。

「では車を止めて下さい、彼女を探しているのでしょう?」

少女は首を横に振った。

「それは出来ないよ、この車自動運転だから」

エイレーンは一瞬言葉に詰まる。

しかしこの好機は逃せない。

「成る程、では萌美さんには足で来てもらいましょう」

エイレーンはくるりと後ろを向き、縛られた手首を差し出した。

「彼女は金属探知機持っています、ですから金属投げれば追ってきますよ」

エイレーンは鎖をじゃらじゃらと鳴らす。

「早く外して投げて下さい」

突然の展開に少女は目を白黒させる。

先程までの覇気は既に消え失せていた。

あとひと押しで折れるだろうと、エイレーンは更に畳みかける。

「早く!私は逃げませんから!!」

「うぅ~…」

少女は観念し、懐から取り出した鍵で錠を外す。

じゃらりと大きな音をたてて、落ちた鎖。

少女はそれを手繰り寄せ、慌てた様子で後方に投げた。

「ついでに私の服も投げておきましょう」

エイレーンも、後に続くようにして羽織っていた白外套を投げた。

白外套は空中でブワリと広がると、大きく膨らみ、砂ぼこりの中地に落ちる。

エイレーンは心の中で、ニヤリと笑った。

しかし、それを悟られぬように何食わぬ顔で少女に振り向く。

「さて…」

振り向いた先に少女はいない。

なんで、と思った瞬間、顎先に何かが掠めた。

「え゛っ…」

エイレーンの視界がぐらりと揺らぐ。

体重を支える脚も、緊張が解けたかのようにガクッと折れる。

制御を失った身体は、重力の赴くままに倒れ込み、待ち構える少女の腕に収まった。

薄れる意識の中、エイレーンは右手を力いっぱいに握りしめる。

鋭利なセンサが食い込む痛みを右手に感じながら、エイレーンの視界はやがて暗転した。

~~~

「エイレーン?」

萌美は端末を右手に歩を進める。

その声は少し枯れ、顔には疲労の色も伺える。

エイレーンの捜索から一時間程経過し、身体も活動限界を感じていた。

「どこにいるのエイレーン…」

萌美はもう一度置かれている状況を振り返った。

忽然と消えたエイレーンの反応は、最後に見た地点から5kmも先。

きっと、野犬に荷物を端末ごと盗られたのだろうし、きっとこの先遠くない場所にエイレーンはいる筈。

そう思って捜索を始めたが、不思議な事にエイレーンの反応は何一つ見つからない。

最初は焦って探していたものの、進展しない状況に今では焦りを通り越してうんざりする。

しつこく照り続ける太陽照らされ、萌美は心の中で悪態をついた。

そんな萌美の心情を知ってか知らずか、右手の端末が騒々しい音を奏で始める。

「何なのよもう…」

騒々しい端末をみると、対象物と距離3メートルという文字が目に飛び込んでくる。

「ほぇ?」

顔を上げた萌美の視界に、白い布の様なものが飛び込んできた。

「何なのあれ」

独り言のようにつぶやいた萌美の足元がじゃらりと鳴った。

「えっ?」

音の主を見つけようと、萌美はかがむ。

…と同時に、砂にうっすらと入った痕を見つけた。

ついさっき出来たものだろう。

砂に描かれたタイヤ痕は白い布までまっすぐに伸び、その更に先へと続いている。

萌美の頭の中で、何かが噛み合う感じがした。

「まさか…」

白布を引き上げ、萌美は何かに納得したように頷く。

「誘拐されたのね」

萌美は観念したかのようにザックを背負い直すと、タイヤ痕を辿るようにまっすぐ歩きだした。

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3.4話. [出会い]

書き途中かもです


太陽は既に地平線を潜っていて、遠くでは獣の唸り声がする。

無人のシェルターを見つけられたのは不幸中の幸いだった。

疲れ切った萌美は、硬いコンクリートの上に腰をおろす。

伸ばした脚が、待っていたかのようにピクピクと痙攣を始めた。

エイレーンの端末は、13km程先に赤い反応を示している。

「明日は長丁場になるね」

萌美は独り言のようにつぶやくと、手元のライトを消し、白外套を被るようにして眠りについた。

~~~

シンと静まり返ったシェルターの扉がゆっくりと持ち上げられる。

月明かりに浮かび上がった人影は、シェルターの中を物色しながら、ゆっくりと梯子を伝って降りてきた。

人影は、光の無い真っ暗な空間にゆっくりと降り立つ。

辺りは物音ひとつせず、人影の仄かに荒い息遣いが聞こえるだけ。

人影は手に持ったライトで周囲を照らしながら、シェルター内をゆっくりと歩きまわる。

壁際を照らす光が、地面に転がった白い何かを映し出した。

人影は訝し気にソレに近づく。

ライトがゆっくりと”ソレ”の全身をなぞるように照らしていく。

「っ!」

人間の足が光の中に浮かび上がった。

ライトの光が動揺したかのようにチラチラと揺れる。

呼吸音はもう聞こえない。

コンクリートと靴底の摩擦音だけが静かな部屋を反響する。

ライトは再び壁際の白い部分を照らした。

「なあに……?」

突如、ガバッという音と共に、ソレはめくれ上がる。

めくれ上がった先に、血の気の無い白髪の少女の生首が浮かび上がった。

「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

あらん限りの叫び声をあげた人影は、動揺のあまり手に持ったライトを床に落とす。

甲高い音を立てて落ちたそれは、カチリと音を立て、消えた

辺りは再び闇に包まれる。

震える吐息だけが辺りに響き、やがてそれをかき消すようにガサゴソと音が鳴った。

数秒間の沈黙。

そして、カチッという音が響き、ライトアップされた少女の生首が空中に浮かび上がった。

「いぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

再び絶叫が狭い空間を震わせる。

生首はゆっくりと口を開く。

「どなたですか?」

「………」

影は答えない。

「あれ?もしもーし」

生首(萌美)はライトを影へと向けた。

白目をむいたつり目に、つり上がった眉、そして半開きの口がぼんやりと浮かび上がる。

体躯が小さいわりに、顔は大人びており、女性とも少女とも見て取れる。

萌美は顔の前で手を振った。

「………」

反応なし。

「気絶しちゃったのかな」

萌美は踵を返すと、再び地面に横たわった。

~~~

外では今頃太陽が昇り始めただろう。

目を覚ました萌美は、深夜の侵入者には目もくれず準備を始める。

疲れは残っているが、それでも歩くには問題は無い。

「…おい…」

白外套を羽織り、ザックを背負った萌美は梯子に手を掛けた。

「おい!無視すんなお!!」

「あ、起きたんだ」

萌美はにこやかな顔で振り返った。

目を覚ましたらしい昨夜の侵入者が、少し怒った顔で萌美を見る。

「お前!おいらを見捨てて何処に行くんだお!」

「わかんない」

「わかんないって…」

萌美はポケットから端末を出すと、侵入者に向けた。

「今からここに行くよ」

端末に目を走らせた侵入者は、したり顔でニヤリと笑った。

「…やっぱり」

「ぅん?」

「このシェルターに居た時点で怪しいとは思っていたが、お前もオイラと同じ目的みたいだな」

「あ、そうなんだ、じゃあ一緒に行こう」

萌美はあっけらかんと言い放った。

「私萌美だよ、貴方は?」

「…お前、随分と物分かりがいいな…」

「だって協力出来るならした方がいいじゃない」

「単純明快だな、おいらはベイレーン、宜しく」

「宜しくね、ベイレーン」

ベイレーンから差し出された右手を、萌美は軽く握り返した。

~~~

何キロほど歩いただろうか。

立ち尽くす二人の前には、大きなビルと、アスファルトの道路が伸びていた。

目を凝らすと白い人間らしきモノがごちゃごちゃとうごめいている。

「着いたのかな?」

萌美の言葉に、ベイレーンはコクリと頷く。

「ここだ、間違いない」

「そっか」

萌美は頷いた。

「じゃあ、ここでお別れだね」

「………え?」

ベイレーンを置いて歩を進めようとした萌美の袖をベイレーンは慌てて掴んだ。

「ちょ…ちょっと待つ、お!」

「?」

首を傾げた萌美に、ベイレーンは慌てた様子でまくしたてる

「お、お互いに協力した方が…」

「でもベイレーン何だか悪い事企んでいるでしょ?」

萌美の指摘にベイレーンはぎくりと固まった。

「い、いや違う!悪い事ではない、お!」

「じゃあ何するの?」

「何って……」

ベイレーンは何か言葉を探すように空を目で追った。

「あー……地球再生と言うか…」

「再生?」

「うん、そうだな…ええっと…お前、この地球に何で植物が生えないと思う?」

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