ミライから来た少女 (ジャンヌタヌキさん)
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1.1話. 崩壊した世界

ミライアカリの過去を考察してみました。

あまり小説と言うものになれておりませんので、どうか温かい目で見て頂けたらと思います。



「何で追ってくるの!?アカリはただ食べ物探してただけじゃん!!」

太陽に照りつけられた砂の大地で、逃げ惑う少女は悲痛な叫び声をあげた。

もう、かれこれ10分は逃げているだろうか。

後を追う五頭の野犬は、むき出し牙で目の前の獲物をかみ砕かんと、うなり声をあげて追いかけてくる。

食べ物も無いこの砂漠での捕食者のしつこさはアカリも身をもって理解している。

命が掛かっているのだからそうなるのも容易に頷けるし、まったく仕方の無い事である。

だがそれはこちらも同じで、生きるためには逃げ切らなくてはならない。

しかし、人間の足と犬の足では勝負は目に見えている、距離はじりじりと詰められていった。

やがて、二頭が左右から距離を詰めて来た、両側から足止めして残り三頭で仕留める作戦だ。

ならば、とアカリは右方向へ進路を変えた。

野犬たちもそれに習う形で方向転換。

後2mに近づこうという所、野犬達はスピードを上げた。

あと数秒で牙が届きそうという所。

そこで、アカリは急ブレーキをかけた。

獲物の想定外の動きに思わずつんのめる野犬。

「悪く思わないでねっ!!」

振り向きざまの鼻面に、アカリは大量の砂をぶちまけた。

「ギャウンッ!」

悲痛な叫び声が上がり、三匹が大きく跳ねた。

視力を失った哀れな生物は、目に入った異物を取ろうと必死で前足で目を掻く。

残るは二頭。

涎を垂らした二頭は、うなり声を上げながらとびかかってきた。

「かかってこいやー!!」

アカリは背負ったザックを両腕に持つと、とびかかってきた二頭の横面にその側面を叩きつけた。

ガンッと大きな衝撃が走った。

モロに攻撃を喰らった二頭は盛大に吹っ飛び、地面に叩きつけられた。

きっと、脳震盪を起こしたのだろう、天と地の違いが分からなくなった彼らの足が、虚しく空を掻いていた。

「…はぁ……はぁ……」

もう追っ手は居ない。

命のやり取りの緊張から解放されたアカリは、ビリビリと痺れる腕でザックを背負った。

やがて日も落ちるだろう、そうすれば野良犬よりも危険な生物が出て来る。

そうならないうちに拠点に帰ろうとアカリは北東の方角へと歩を進めた。

~~~

太陽は既にその身を完全に隠してしまっていた。

さっきまで眩しい程に光を放っていた台地も、そのなりを潜める。

空に掲げられたまん丸い月の光照らされた砂だけが、キラキラとその名残を映す。

アカリは目の前には巨大な箱が鎮座している。

その箱中心に埋め込まれた黄色いパネルが薄闇をぼんやりと照らす。

アカリはパネルについた9つのボタンを順に押していった。

[→enter]

[welcome back!]

黄色いパネルは緑色へと変化し、電子音と共に扉が迫り出した。

やがて、扉はゆっくりと開いた。

「おかえりなさい、無事で何よりです」

同居人であるエイレーンが扉の先に立っていた。

ピンクがかった髪を黒いシュシュでまとめた彼女は、曇った笑顔と相まって、やや薄い雰囲気を醸し出している。

その口が、何かを言いたげに少し開く。

「ただいまぁ…エイレーン」

アカリは少しバツの悪い顔をした。

黙って出て行ったことに対してエイレーンはきっと怒っているだろう。

出迎えに来たのもそれに対して何かを言いたかったからか。

冷たい風が吹きつけた。

薄着のエイレーンはブルっと体を震わせると、アカリに室内に入るよう促した。

「座りなさいアカリさん、お説教です」

エイレーンは回転イスに腰掛けるとアカリにイスを出した。

ああ、きっとこの説教は長くなるな、アカリはげんなりした。

確かにアカリにもエイレーンの言いたい事は理解できる。一人で外に出ることはとても危険だ。

しかしそうも言っていられない状況であることも事実だ。

思えばエイレーンの説教を聞くのも何回目だろうか。

聞き飽きた説教がアカリの疲れ切った思考を睡眠へといざない始めた。

少しくらいなら寝てもばれないだろうか。

アカリはゆっくりと目を閉じた。

~~~


私がまだ小さかった頃

“普通”の家庭に生まれた私は様々な習い事をし、勉強し、“普通”の女の子として育った

毎日学校に通い

毎日友達と遊び

毎日夕方に道場で稽古をし

親の愛情を余すことなく享受していた

ごく普通の少女だった

異変が起こったのは私の誕生日の日

私は妹と凄く些細な事で喧嘩した

怒った私は家出をし

家の近くの“秘密基地”に逃げ込んだ

そこは災害時に使われる避難シェルタ―で、近隣住人共用の場所

エイレーン初めて出会ったのもこの時だった

1000℃の鉄球を熱するためには木造の家じゃなくてここじゃないと…うんぬんかんぬん

目が本気で何だか怖い人だと思ったのを覚えている

その時だった

突然大きなサイレンが響き渡り

茫然としている間に爆発音が響き渡った

かなり長い時間だった

私はパニックになり、エイレーンの背中にしがみついた

しがみつかれたエイレーンは何となく状況を察したらしい

息を潜め、辺りが静かになるまでじっと耐えていた

半日以上そうしていた気がする

でも、流石に外に出なきゃいけないからって

扉を開けた

~~~

「起きなさい!」

頭に衝撃が走り、夢現から一気に現実に引き戻される。

「いった…うぅぅううう……」

「寝るとはいい度胸ですねアカリさん」

涙目で頭を抑えるアカリの前で、エイレーンは手刀を構えていた。

眉毛は少しつり上がり、眉間にもシワが寄っている。

「げっ…バレてた」

「ずっと前からバレています、お説教開始時から寝ていましたよね?」

「……えへっ…そこもバレてたの?」

ごまかす術が見つからいアカリは、何とかその場を取り繕うべくごまかすようにエヘッと笑う。

あからさまにごまかしきれていないその様子に、エイレーンは少し呆れた様子で溜息をついた。

「まあいいでしょうまずシャワー浴びてきてください」

「えっ?いいの?」

「はい、もう言いたいことは言い終わりました」

「やったー!!」

「終わったら循環装置稼働させてくださいね?」

「はーい!りょうっかぃぃぃぃ」

エイレーンの返事も待たず、アカリはシャワールームへと駆け出した。

器用にも服をその場に脱ぎ捨ててゆく。

「本当にお転婆ですね」

アカリの脱ぎ散らかした服を拾い集めながらエイレーンはポツリと呟いた。

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1.2話. [システムMirai始動]

~~~

時刻はAM00:25に差し掛かろうかと言うところ。

普段なら既に寝付いているが、アカリは寝付けなかった。

壊れかけのスピーカーから微かに漏れる音が頭をゾワゾワさせる。

「何の音?」

ソファから上半身を起こすと、赤い文字が目に入った。

”Emergency this computer is being hacked ”

(このコンピュータは現在外部からハッキングされています。)

ディスプレイに表示された文字は点滅を繰り返している。

明らかに異常な状態だ。

「……どうなってるの?エイレーン…」

「見ての通りです、ハッキングされています」

そう言うエイレーンはどこか怒っている様にも見える。

突如、青い文字が赤文字を上書きするように現れた。

―データを書き換えます-

「日本語?」

茫然とする二人を尻目に、画面は忙しく文字を上書きしていく。

―外部データダウンロード中―

―外部データダウンロード完了―

―外部データ読み込み中―

―外部データ読み込み完了―

―システムを更新します―

―………―

―システムを再起動します―

―ハロー―

プンッ…と音を立て、すべてのコンピュータの動作が停止、そして唯一微かに響いていたファンの音が消え、辺りが静寂に包まれる。

直後、更に追い打ちをかけるようにブレーカーが落ちた。

「いゃぁああああ!!」

闇に包まれた空間にアカリの絶叫が響き渡る。

「いやぁああ!!ちょっと待って!!待って!!怖い!!」

「アカリ、怖かったら私の背中にしがみついていてください」

「遠いよぉ!?」

泣き言を言いながらも、アカリはゆっくりとソファーを降り、中腰でエイレーンへとゆっくりと近づいていく。

「どこぉ?エイレーン…」

<ザーッ

「いやぁあああああ!!」

またも大絶叫が暗闇を響き渡る。エイレーンは少し可笑しいのか、クックッと喉の奥で笑いを堪えた。

「アカリ…ブフッ!…こっちに来るよりも大人しくしてた方がいいと思いますよ…ぶっぷっ…」

「笑わないでよ!本当に怖いんだかr」

<ボッ!

「あ¨あ゛ぁぁああああ!?」

恐怖の感情に支配されたアカリは、反狂乱でエイレーンの元へ走りだす。

途中に何が居ようと関係ない、恐怖には人一倍弱いアカリには暗闇にラップ音という環境が耐えきれない。

数秒間何と何かがぶつかる音が響き、それはやがて叫び声に収束した。

「はぅあああ!!エイレェエエエ!!!」

突き出した両手に柔らかい感触を認めたアカリは、それを逃がすまいと全力で抱きしめる。

「うっ…!」

エイレーンの少しくぐもった声が響いた。

少し苦しそうだったが、アカリはお構いなしにエイレーンを抱きしめ、更におでこをぐりぐりと押し付ける。

「見つけたよぉおおお゙エイレーンン゛ン゛ン゛!!」

「いたいいたいいたいいたい!!!!」

今度はエイレーンが絶叫する番だった。

痛みに絶叫するエイレーンと、恐怖に叫ぶアカリのデュエット。

一体何分続いたのだろうか。

エイレーンの絶叫が”痛い”から”気持ちいい”に変化する頃には電灯が回復し、部屋に光が戻り始めていた。

明りが戻ったことで落ち着きを取り戻したアカリは、締め上げたエイレーンの胴体から腕を解いた。

「こわかったぁ…」

「………」

「ゴメンね、エイレーン」

心配そうにのぞき込むアカリに対し、エイレーンはグッと親指を突き出す。

「いえ、気にしないで下さい」

「へぇ?」

エイレーンが頬を赤らめた理由は理解できないが、きっとロクな理由ではないだろう。

そう悟ったアカリはモニターに目を反らす。

モニターには太い青文字が表示されていた。

―このコンピュータは国際宇宙ステーションのネットワークに接続しています―

「何ですかこれ」

我に返ったエイレーンもモニターの表示に首を傾げた。

すると、モニターは二人の反応を確認したかのようにその文字を変化させていった。

―システムアップデート完了―

―共に世界を救おう―

「「はっ?」」

でかでかと表示された文字に二人は首を傾げた。

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1.3話. [協力]

システム異変から数日が経過した。

エイレーンが言うには、“アップデート”と言っていたが機能はそれほど変わっておらず、表記が日本語表示になった程度らしい。

エイレーンは、なんですかこのしょぼいアップデートは、と少しムスッとしていたが、アカリにとってはとても嬉しいアップデートだった。

英語表記だったからシステムに関して触れることの無かったアカリだったが、日本語表記ならその限りではない。

アカリはすぐにエイレーンに助手としてサポートすると申し出た。

アカリの突然の申し出に、エイレーンは暫く驚いた様子だったが、二つ返事で応じた。

「共有できる仲間が増えることは良い事ですからね」

そう言うと、エイレーンは分厚い冊子取り出した。

「1000ページの簡易マニュアルです」

アカリの笑顔がひきつったものに変わる。

嫌な予感がする。

少し躊躇した様子のアカリに対し、エイレーンは笑顔で冊子を押し付ける。

「助手ですよね?」

分厚いマニュアルをアカリの手に持たせると、エイレーンはニッコリと笑った。

「このマニュアルが頭の中に入っている助手が丁度欲しかったところなんですよ」

「え゛っ?」

冊子を開くと、国際宇宙ステーションという文字と大きな図面が現れた。

アカリが昔、図鑑で見たことのある宇宙ステーションの一部だ。

それぞれの部屋に矢印が伸び、その先にページ数がふられている。

試しに開いた遺伝子保管室のページには細かく分けられた表。

命令コード表と題して左に10桁の番号とアルファベットで表された文字、その説明が右に細かく書かれていた。

「うわぁ…」

「もちろん、すぐに覚えろとは言いません、初めは私の指定したログ(命令の履歴)を調べてくれるだけでいいのです」

だんだんと青ざめてゆくアカリを見かねて、エイレーンは優しく諭した。

「貴方ならきっと大丈夫です。」

~~~

システム変更から1週間程経過した。

傍から見ていると理解出来ない内容も、接し続けていくにつれてだんだんと理解できるようになっていた。

それと同時に、事の重大性も身をもって理解することになった。

そもそも、情報量が膨大だった。

全世界を監視する国際宇宙ステーションのログを二人で辿ろうというのだから当たり前なのだが、しかし情報量はその想像をはるかに超えてきた。

全てのログを見るのは現実的ではない。そう判断したエイレーンは、知りたい情報だけを検索するようにして効率化した。

そしてそんな効率的な仕事に対し、アカリもマニュアルをもって対応していく。

段違いに効率化された事によって得られる情報は日に日に増えて行った。

だがそれだけだった。

最悪な事に、得られる情報は疑問を大きくさせるばかりで真相を解明するには至らない。

分かった事は、各国で独立していた宇宙ステーションから一斉に核爆弾が発射され、99.8%もの人間が行方不明となった事。

何故それが起こったのか。

真相にたどり着こうにも、ログは1年前の10月27日で途切れてしまっている。

「発射直後のログしか残っていないのは妙ですね」

エイレーンは神妙な面持ちで呟いた。

「自分たちで考えるしかないという事でしょうか、それとも…」

全世界のログを全て読み解くか

現実的ではあるが、現実的ではない方法。

アカリは振り出しに戻された気分になった。

~~~

システム変更から2週間が経過した。

あれほど順調に進んでいた調査にもアカリは限界を感じていた。

圧倒的な情報量を前に、寝食を忘れしらみつぶしにログを辿るエイレーン。

その代償は明らかに体へと反映されていた。

目の下のクマは大きく黒くなり、頬もこけた。

このままでは死んでしまうのではないかとさえ思ってしまう。

しかし、アカリのそんな心配を他所に、エイレーンはスクリーンに向かい淡々とログを読み取っていく。

「アカリさん見て下さい、この文で1つ新しい事が分かりましたよ!」

設備の点検を済ませたアカリに、エイレーンは嬉しそうな顔で駆け寄った。

右手には分厚いマニュアルが開かれており、四角い部屋の様なものが描かれていた。

「この部屋は元々宇宙ステーション一部だったんです!それもワザと落とされた!」

本には“自立循環型装置を搭載した部屋”との文字。

「えーと…?それってつまり?」

アカリは訳も分からず首を傾げた。一体それが何だというのか。

そんなアカリの反応にエイレーンはもどかしがった。

「ワザと切り離されたものなのです!」

「えっとそれって?」

「私たちを助けようとしているのです!」

間抜けな顔をしていると指摘されるまで、アカリは口をポカンと開けて立っていた。

AIが自分たちを守ろうとしているなんて。そんな筈はないと思う反面、確かにそうでないとつじつまが合わないと思う自分もいた。

「希望の光が見えましたね」

エイレーンの言葉でアカリはなんだか救われた様な気持ちになった。

そしてエイレーンも同じ気持ちだったらしい。

「自分たちを助けようとしてくれている存在は精神的にもありがたいものですね」

と言って笑った。

そして、安心しきったのかそのままぐらりと前に倒れ込んだ。

「わっ!ちょっ!エイレーン!?」

アカリは慌てて正面から受け止めた。

身体は軽く、その身は細かった。

随分と無理をしてきたのだな、とアカリは思った。

ゆっくりと上下する背中を優しく撫でながらマットの上にエイレーンを下ろす。

この様子だと明日一日中寝ているだろう。

「おやすみ、エイレーン」

そう言うと、アカリはエイレーンにシーツを掛けた。

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1.4話. [暗転する運命]

時刻は4:12

目を覚ましたアカリは、まだ眠い目をこすりながら準備を開始する。

「さて…」

アカリは寝ているエイレーンを起こさないように、黄色いザックに飲料と固形レーションを入れ、持ち運び式のスコップもいれる。

「よしっ!」

アカリはリュックを背負い、トレッキングシューズのひもをしっかり結んだ。更に日焼け対策に白い外套を羽織るのも忘れない。

最後にエイレーンが寝息を立てているのを確認したアカリは、扉を開けようとした。

「あれ!?」

今までは少し力を込めれば開いたのだが、何故か扉が開かない。

「ふぬぬっ!」

両足を踏ん張り、全身を使って扉を押す。

しかし今度は扉が押し返してくる。

「………」

アカリは無言で数歩後ろに下がった。

そして扉に向かってタックルをかます。

ガンッと音を立て、扉は大きく開く。

大きく開かれた隙間から、昇りたての太陽の光が差し込み、冷え切った空気が流れ込んできた。

「じゃあいってきまーす…」

アカリは再度エイレーンが寝ている事を確認すると、目的地までの道を歩き出した。

モニターの表示がチカチカと揺れた。

~~~

ひたすらに歩くこと一時間。

「確かここだったかな~?」

拠点から北西に5km程歩いた所でアカリはザックをおろし、中からスコップを取り出した。

手慣れた様子でスコップを組み立て、鼻歌を歌いながら砂の中に刺していく。

突き指し、数歩歩き、突き刺し。

すると六回ほど突き刺した辺りで金属製の物を叩く感触が伝わってきた。

「ここかな」

アカリはスコップを軽く握りしめると、金属音の聞こえた所の砂をすくい上げた。

一掻き二掻き。

すくい上げていくうちに砂をかき分ける音が金属の表面を撫でる音へと変化していく。

その穴が三十センチ程の深さになり、音の主がその姿をようやく姿を現した。

「ビンゴ!」

金属製の正方形の板が地面におかれている。

言ってみれば床下収納の扉を金属製にしたような外見だ。

アカリは地面と扉の僅かな隙間にスコップの先端をねじ込んだ。

扉が少し浮いた。

どうやら鍵はかかっていないようだ。

そのままテコの原理で扉を押し開ける。

扉の先には梯子が壁に設置されている。

スコップをザックに収納したアカリは、梯子をスルスルと降りて行った。

地面に着地し、壁際のスイッチを切り替えて備え付けの電灯を点灯させていく。

光に照らされた室内は、予想を裏切らないものだった。

部屋の中は少し汚れているが、それ以外は普通。広さはそこまで広くなく8畳程で、家庭用の地下埋蔵型核シェルターと言ったところ。

壁際に大小二つのベッドがおかれている辺り、両親と子供二人家族だったのか。

(逃げ切れなかったのかな…)

ふとよぎった感情に、アカリは少し切なくなってしまう。

(でも、そんな事よりも食糧を探さなきゃ…)

棚の下段にある段ボールを取り出し、開いた。

そこには電子レンジで温めるタイプの離乳食、パンの缶詰、レトルトカレー、缶詰のケーキ…。

子供二人の四人家族という情報が脳裏をよぎった。

(今からその人達の物資を頂くんだね)

アカリはゆっくりと手を合わせた。

「物資、いただきます」

数秒間合掌。

シェルターから物資を頂くときの作法、アカリに出来る精一杯の供養だ。

やがて、合掌を解いたアカリは、段ボールの中身をザックの中に移していった。

「さて、と」

必要なものを必要なだけ貰い。残りはあとから見つけた人の為に残しておく。

アカリはまだ中身が残っている段ボールを棚に戻し、食糧で重くなったザックを背負った。

その時だった。

天井から金属がぶつかり合う音が響いた。

見上げると梯子の上の扉の隙間からわずかな光が漏れている。

あっけに取られていると、若い男の声が扉の外側から聞こえた。

「いいか?警戒させるなよ?」

しまった、とアカリは思った。

きっと後をつけてきた盗賊か何かだろう。

しっかりと後ろを確認しておけばよかった。

しかし今更後悔しても後の祭り。

直ぐに扉がけたたましい音を立てて開かれた。

固まるアカリを尻目に、梯子を伝って人がどんどんと降りてくる。

梯子を降りて来たのは白い布を羽織った集団。

彼らはアカリを取り囲むように並んで立った。

「お嬢さん我々と一緒に来ていただけませんか…」

白布の集団のリーダー格らしい男が前にずいと出てきた。

酷くしわがれた声だ。

”お嬢さん”という言葉にアカリはなんだかムカッとした。

「そこをどいて」

アカリのつっけんどんな要求に男は黙って首を横に振った。

「それは出来ません」

「食糧が目的なら譲ります」

「貴方に用があるのです」

食糧を探している”正常な人間”では無い、人を探すイレギュラーな存在だ。

底知れぬ恐怖を覚えたアカリは、無言で左足を半歩下げた。

ふくらはぎに力を込め、緩める、込めて、緩める。

「我々と一緒に来ていただけますか?」

「無理っ!」

左脚でコンクリートを蹴り、アカリは跳んだ。

しかし重心は低く平衡に、ただまっすぐに距離を詰める。

突き出した右拳が、男の顎に吸い込まれる。

だが男もそれを見切っていたかのように片手でそれをいなす。

「くっ!」

ならば、と勢いをそのままに後ろ回し蹴りに移行。

しかし男の方が早かった。

戻そうとしたアカリの右手を掴み、男の後ろ側へと引き出した。

捕まれた右腕が斜めまっすぐに引き出され、つんのめるアカリ。

アカリの細い首をめがけて左手が襲い掛かった。

「へっ!?がっ!…」

気が付けば太い指がアカリの首にがっちりと食い込んでいた。

頸動脈を圧迫され、血流が止まるのを感じる。

「はっ…!…がっ…!」

抵抗しようにも呼吸すらままならず、やがて視界が一点に収束し景色が暗転した。

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2.1話. [統率された世界 ]

目を覚ますと、広い倉庫の様な建物の中だった。

床はコンクリート打ちっぱなしで、窓は無く、飾り気のない天井にライトが埋め込まれている。

広さは小学校の体育館程。

喉に違和感を覚えながらも、アカリは身体を起こそうと身をよじる。

、が何故か起き上がれない。

見れば手首が縄でぎちぎちに固められている。

無理矢理起き上がろうと身をよじらせると、締め付けられた手首にズキリと痛みが走った。

「おはよー!起きたんだ」

少女の声が真後ろで聞こえた。

アカリは身をよじらせ、声の主を見上げる。

銀色がかったショートヘアの少女だ、好奇心に満ちた顔でアカリの顔を覗き込んでくる。

アメジストを連想させる紫の瞳が物珍しげに揺れた。

人懐っこそうな笑顔で少女はアカリに話しかけた。

「やっぱり綺麗な金色だね!」

少し鼻にかかった声が嬉しそうに弾む。

(誰だろう?)

アカリの怪訝そうな顔に少女はあっと声をあげる。

「ゴメンゴメン!縄を解いてあげるね」

そう言うと少女はアカリ縛っている縄を解き始める。

「あ、ありがとう…」

アカリは拘束の解かれた手首を回しながら少女を見た。

その恰好は至って普通の女の子の恰好。

アカリはおずおずと少女に話しかけた。

「ここは何処?」

「ゴメン…分かんないんだよね」

少女は申し訳なさそうに謝ってきた。

大丈夫だよ、と返しながら辺りを改めて見回す。

「うん…」

少なくともアカリが今までこんな場所を見たことが無い。

あの白装束の群団にさらわれたと言う事が想像に難くない。

「私さらわれて…」

「うん、キミが運び込まれた時何となく察してた」

「さらわれた人って他にいるの?」

「いるよ、あたしの他にも数人」

「元の場所に帰れた人って…」

「いないと思う、帰れた人は今まで見たこと無い」

アカリは軽い目眩を覚えた。帰れないという現実が突きつけられ、目の前が真っ暗になる。

そんなアカリをたしなめるように少女はでもね、と続けた。

「恰好は怪しいけど盗賊とかじゃないから安心してね」

(どう安心すればいいの…?)

アカリはそう思ったが、言わなかった。

そんな事よりも早く帰りたいと言う思いで頭の中で一杯だ。

居ても立っても居られないアカリは腰を上げた。

、と同時に、けたたましい金属音が響き渡った。

この部屋の唯一の扉が勢いよく開けられた音だと気づいた時には、彼は既に部屋の中に入ってきていた。

「目は覚めたか?」

力強い男の声が室内に響く。

背の高い白装束の男が、カツカツと音を立てこちらに歩いてくる。

浅黒い肌に、少し角ばった輪郭、鋭い目つきと少しつり上がった眉、体躯は標準だが、その肩で風を切る様子から、何だか大きい人のように感じる。

「宣教師様だよ」

少女がコソッと耳打ちしてくる。

宣教師様と言う単語に馴染みは無かったが、その背格好と態度だけで分かるものがある。

彼が白装束での権力者で、彼がアカリを誘拐した原因の一人だ。

理不尽な仕打ちの原因が目の前に立っているのだ。

「元の場所に返して!」

アカリは吠えた。

どうしようもない怒りが奥の方から込み上げてくる。

そんな事を全く気にしない様子で、男はアカリの正面に中腰で座った。

「やっぱり俺の思い描いていたソール様そのものだ…」

「聞こえなかったの!家に帰してください!」

再び吠えると男は驚いた顔を見せた。

「なにを言っているんだ?君の家はここだよ」

まるで話が通じない。

男はまくしたてるように続けた。

「キミはここでソール様の化身として生きるんだ!」

「弱きものに手を差し伸べ、道を作るとソール様はおっしゃられた」

「ソール様の教えを賜った私たちのやるべきことは一つ、弱き者に手を差し伸べる事だ」

一方的な言い方に、アカリの怒りは爆発した。

「うっせえ!いいからとっととエイレーンの所に返せ!!」

「だから」

「おめーの言い分なんて知ったこっちゃねぇんだよ!!」

「あるさ、何せキミはソール様からのお告げによってここに居るんだから」

「んだとぉ?」

「ソール様が教えた通りの所に君はいた」

「なに訳の分からない事を…」

そこまで言うと、男は舌打ちをした。

その目線は隣にいる銀髪の少女へと移ってゆく。

「おいヨメミ」

「なっ…なんですか!?」

声を掛けられた銀髪の少女は怯えた様子で返事をした。

「お前に教育を任せる」

ヨメミは驚いた様子で男を見つめた。

そんなヨメミに男はフンッと鼻を鳴らした。

「明後日までに受戒を教え込め、でないと…」

そこで男は首を斬る仕草をした。

ヨメミの顔がだんだんと青ざめてゆく。

男は満足そうに笑うとソール様の導きがあらんことを、と言い、カッカッと音を立てて扉口の向こう側へと消える。

後に残されたアカリは、茫然とした表情で男のいた空間を見つめ続け、ヨメミが、青ざめた様子で空を見つめていた。


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2.2話. [迫る悪夢]

ソールと言う女神がいるらしい。

太陽の女神で、金の髪と透けるような白い肌で表現されている。

男が居なくなった後に青いヨメミから聞かされた。

アカリは、その女神の化身として誘拐されたのだろう。

なんて身勝手な理由なのだろう。

「大丈夫、きっと後で捜索隊の人が友達を探してくれるよ」

ヨメミはそうアカリを元気づけた。

「それに、私もつい一週間前に連れてこられたんだよ」

あたし達少し似てるね、とヨメミは笑った。

無理矢理に笑う様子がアカリの目に愛らしく映る。

かなり絶望的な状況ではあるが、それでもアカリの気持ちは軽くなる。

彼女だったら友人になれるかも知れない。

「「一緒に脱出して、家族の元に帰ろう」」

そう言いあって、二人は冷たいコンクリートの上で眠りについた。

~~~

「おはようございますアカリさん」

目を開けるとエイレーンが立っていた。

「今日も寝坊助さんですね」

エイレーンが早いだけだよ、と口を尖らせるとエイレーンもそうですね、と笑った。

でもねアカリさん、とエイレーンは続けた。

「食べ物が無くて、今にも飢えてしまいそうです」

「え?食糧庫に30日分は入ってたよね?」

そんな事はありません、とエイレーンは首を横に振った。

「もう無いです」

「へっ…なんで?」

次の瞬間エイレーンは地面に倒れていた。

― 死んでしまったんだ -

エイレーンが死んでしまったと理解した自分がそこにいた。

…ねえアカリさん…?

幻聴のように頭に声が響く。

地面に横たわったエイレーンはピクリとも動かない。

慌てて駆け寄り、身体を揺する。

「エイレーン!!エイレーン!!」

名前を叫び、体を揺するがエイレーンはピクリとも動かない。

まるで岩のように地面にへばりついている。

…アカリさん…

エイレーンの声がまた頭の中に響いた。

耳を塞いでイヤイヤと首を振るが、幻聴は息遣いが聞こえそうなまでに鮮明なものになってゆく

アカリにはその声が自分を責めている様に感じた。

「ごめんなさい…!!ごめんなさい…」

理由のない謝罪で声をかき消す

私が悪いんだ…私が軽率だったから…

湧き出た罪悪感に、心臓が早鐘を打ち呼吸が激しくなってゆく。

精一杯の謝罪を投げかけても、大粒の涙がエイレーンの頬を叩いても、彼女は動かない。

やがて、エイレーンの身体が地面に吸い込まれるようにして消えた。

声もいつの間にか聞こえなくなっている。

人の肉の焼けた匂いだけが、空間を漂う。

ああ、これが死か。

自分の手を見ると、骨を残して肉がずるりと落ちた。

ベチョリと音を立て、地面に大きなシミを作る。

鼻につく腐臭がとても不快だ。

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2.3話. [順応と閃き]

「おはようアカリちゃん」

目を覚ますと寝起きのヨメミがアカリに声をかけた。

「あ…おはよ、ヨメミちゃん…」

アカリも寝ぼけ眼でそれに返す。

エイレーンのいない朝を迎えたアカリは、落ち着かない表情で体を伸ばす。

固く冷たい地面で強張った身体が、バキバキと音を立ててほぐれてゆく。

穏やかな朝、とはいかないが静かな朝だ。

アカリは金色の髪をサイドでまとめながら間抜けな欠伸を一つした。

けたたましい金属音が部屋の中に響き渡った。

ぎょっとした表情で音の先を見ると、ドアの奥から白布がこちらに投げられた。

白装束と白頭巾が二着ずつ。

どうやら着ろという事らしい。

二人は渋々上から羽織る形で白装束を着、ついてきた頭巾も被った。

頭巾の目の部分しか開いていないからか、傍から見るとひどく滑稽な恰好に感じる。

、と、全身が白布で覆われたヨメミが、ふと何かを思い出したようだ。

「そうそう!朝礼に出なきゃいけないんだよー!」

「朝礼?」

「なんか…えーっと……宣教師が外でおはようとかなんとか言うのを皆で聞きに行くんだ」

「ええー…もう白い人と会うのはやだよ…」

「でも朝礼に行かないと何されるか分かんないから」

ヨメミの言葉に渋々と応じるアカリ。

唯一の扉から倉庫を出ると、コンクリートで出来た長い廊下が横まっすぐ伸びていた。

廊下は同じ大きさの廊下と直角に交差していて、そこをギザギザに辿っていくとやがて大きな一本の通路に躍り出た。

「もともとは地下街だったらしいんだけどね、今は白軍団の住処になってるんだー」

朝からテンションの高い声に、アカリはそうなんだ、と相槌を打つ。

確かに、ここは白軍団の住処らしく周りにはちらほらと白装束が歩いている。

彼らの背丈はバラバラで、子供の背丈程の人も歩いていた。

「ねえヨメミちゃ…」

ヨメミに声を掛けようとしたその時、アカリの腹部から大きな音が鳴った。

声を掛けられたヨメミは一瞬きょとんとしていたが、やがてあっはっはと笑いだした。

「あ…あああゴメンゴメン!お腹すいちゃって…」

アカリは自分の顔が赤くなるのを感じた。

そんなアカリにヨメミはいーよいーよ、と返す。

「あたしもお腹すいてるから!一緒だね!」

ヨメミの何気ない優しさが、アカリに更なる追い打ちをかける。

アカリは気恥ずかしさに、今すぐここから逃げ出したいと思った。

そんな思いとは裏腹に、お腹の虫はしぶとく鳴り続ける。

少し歩くと目の前に地上に続く紅い大理石の階段が現れた。

「この階段を上がった先が集会所だよ」

横に広い階段を、周りの白装束達も揃って昇っていく。

この先に一体何が待ち受けているのか。

「この先かぁ…」

白装束に何だか抵抗のあるアカリは行くのをためらった。

そんなアカリを、ヨメミはまぁまぁと言いながら引っ張ってゆく。

「意外と普通の人達だから大丈夫だよ!」

引っ張られながらアカリは憂鬱な気分になった。

何しろ彼らに誘拐され、親友とも離れなければならなくなったのだから。

しかし、階段を昇りきるとその考えは消え去った。

アカリの目に飛び込んできた景色は、その想像をはるかに裏切るものだった。

コンクリートで出来たビルが立ち並び、広いアスファルトの道路が横に伸びている。

その上を白装束がごった返し、活気に満ちた空間が広がっている。

「すごい…!」

アカリは感嘆した。全てが消えたと思っていたのに、目の前にその名残が残っている。

舗装された道路、大きなビル、そして何よりも、人混みの騒々しさ。

それらに人類の底力を感じ、人間の強さと言うものを感じた。

突如、カンカン!と甲高い鐘の音が二回響いた。

騒々しかった集団が一斉に話を止め、道路の中心に目線を向けた。

「おはよう諸君!」

男の声が響き渡る。

宣教師だ。

頭一つ抜けた彼は腕を振るわせながら民衆に声を張り上げる。

「ソール様は言われた!崩壊ののちに天使が地上に舞い降り聖告を告げる!天使の聖告を受けしものに希望の灯火が宿り!やがて、我ら人類
の楽園が再び完成すると!」

民衆は熱心に耳を傾けている。

あれほど騒々しかったのに、今はではシンと静まり返り、宣教師の声だけが響き渡っている。

誰もよそ見をせず、ただ粛々と聞くだけ。

やがて、宣教師の演説も終盤に差し掛かっていった。

「今日もより良い一日となるように、そしてソール様のお導きがあらんことを」

集団は一斉に顔の前で手を前に組んだ。

右手で拳を作り、左手を上から添える形。

アカリも慌ててそれに習う。

「An todhchai bheannaigh (祝福された未来を)」

宣教師の言葉に合わせ、民衆は三度礼をした。

それで朝の集会は終わりらしい。

再び騒々しさを取り戻した集団は皆、思い思いの場所に散っていく。

「朝ごはんの時間だよ!」

そう言うとヨメミはアカリの手を握り、人込みをかき分けて進んでゆく。

なにがなんだか分からないアカリは、ただヨメミに引っ張られる。

着いた先は大きな鍋だった。

鍋から白い湯気があふれ、辺りに良い匂いが漂っている。

「朝ごはんは食べた?」

声からして女性だろう。鍋をかき回す白装束はアカリ達にそう尋ねた。

それに対し、元気な声で答えるヨメミ。

「まだ食べてないよ!」

「そっちの子も?」

「うん!」

「じゃあ二人分だね、熱いから気をつけてね」

そう言うと、女性は紙コップを取り出し、鍋の中身を注ぎ込んだ。

「は~い、どうぞ」

「あ、ありがとう…」

恐る恐る受け取ったコップは思いのほか重かった。

見るとコンソメスープ色のスープに土色の物体が浮かんでいる。

「人工肉とねー…あとサプリメントを溶かしたスープだよ」

そう言いながらヨメミはビルの壁を指さした。

二人はビルの壁に隠れ、顔を見られないようにしてスープを飲んだ。

温かいスープは涙が出るほど美味しかった。

空っぽの胃が満たされ、ほのかな幸福感に満たされる。

ふぅ…と一息ついたヨメミはくしゃりと紙コップを潰した。

「じゃあ、受戒の勉強始めようか」

~~~

勉強会は思いの他早く終わった。

「あたし、実は受戒とか知らないんだよね~えっへっへ…」

というヨメミのカミングアウトから始まった勉強会だったが、周囲の人への聞き込み、古参の信者への聞き込み、最終的には宣教師の部屋に直接乗り込み受戒を直接聞き出すという強硬手段に出ることで、終了した。

「ラックショーだったね!」

体育座りのヨメミはしたり顔でガッポーズを決めた。

蒼い顔で走り回った事をすっかり忘れているみたいだ。

「いや~もう心配だったよ~」

肩の荷が下りたアカリも、ふい~とため息をついた。

床に散らばった受戒と書かれた紙を綺麗にまとめ、どこに置こうか少し悩んだ末に地面に再び置いた。

そんなアカリにヨメミはふと話しかけてきた。

「で、さアカリちゃん」

「なぁに?ヨメミちゃん」

「脱出、どうやってする?」

「あ~…脱出ね~…」

アカリは少し遠い目をした。すっかり忘れていたわけではないが、少し忘れていた節があった。

(今頃エイレーンは心配してくれているかな)

「脱出するんだったら車が必要だよね!」

「くるま…車かぁ」

アカリは少し思い悩んだ。車なんてここしばらく見ていないし、それは果たして使える手なのかと思ってしまう。

だが提案者側のヨメミは自信満々な顔だ。

何か打つ手立てがあるのかも、とアカリは思った。

「どうやって車を手にいれるの?」

「ん~…どうやろっか」

あ、やっぱり、とアカリは思った。

一日中過ごして分かったが、ヨメミにはそういうところがある。

「そもそも車ってあるのかな?」

「うん、食料調達班の人たちが使っているよ」

「食料調達班?」

「そう、誘拐班でもあるよ」

「げっ!」

アカリはしゃがれ声の男を思い浮かべた。

彼にはもう関わりたくない。

アカリの表情を察してかヨメミもうんうんと頷いた。

「そーだよねそうなるよね、あたしも連れてこられたもん、わかる」

ヨメミは溜息をついた。先程とは打って変わって憂鬱な顔をしている。

「奪えないし~…」

「奪えないか~」

「奪えないならゆっくり近づいて盗むのはどうかな?」

「見張りもいると思うよ?それこそ警戒されちゃったら……」

「あ!じゃあさ、食料補給班に入ればいいじゃん!!」

アカリの提案にヨメミは目を丸くした。

「名案じゃん!」

二人は嬉しそうにハイタッチをした。

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2.4話. [無謀な挑戦]

~~~

場所を特定するまではそう時間はかからなかった。

朝食の時の女性が言った通り、一番大きな白ビルに男はいた。

土埃の舞う薄暗いビルの中で、男は地べたに座って、地図の様なものを広げている。

男のただならぬ雰囲気に、二人は気圧される。

「なんだ、俺に用か?」

地図から目を離す事無く、男はアカリ達に声をかけた。

いつぞやのしゃがれ声にアカリは体が強張るのを感じる。

そんなアカリを見かねてかヨメミが一歩前に出た。

「たのもーう!!」

ヨメミは、素っ頓狂な声を上げた。

予想よりも1オクターブ程高いその声に、アカリも思わずヨメミを見る。

「わっ私達食糧補給班に入りたくて!」

それまで地図へと集中していた男は、ようやくヨメミへと目線をやった。

その目は訝し気にヨメミを見つめる。

「………」

男は何もしゃべらない。

ただヨメミとアカリを交互に見るだけ。

やがて、男は飽きたそぶりで目を反らした。

「キミ達には無理でしょう、駄目」

「ええ…!?」

突然の門前払いに、アカリは慌てた。

少なくとも対話なら出来ると踏んださっきまでの自分の認識の甘さが痛くしみる。

(しまった、この先を考えていなかった)

アカリは咄嗟に疑問を投げかける。

「何でですか?」

時間稼ぎの常とう手段だ、これで少しは時間稼ぎになってくれる筈。

しかし、男はそれに対して更に疑問を畳みかける。

「なら、キミたちはどうして食糧調達班に入りたいんだ?」

アカリは苦虫を嚙み潰したような顔をした。

答えなんて一つも用意していない。

ましてやこの場で考えるなんて不可能に等しい。

「私たちは……」

しどろもどろに言葉を紡ぎつつ、頭を回転させて言葉を探す。

だが、言葉は詰まったように出てこない。

(どうすれば…)

その時、ヨメミが唐突に声を張り上げた。

「元気だからです!!」

その返答に、しゃがれ声の男は首を横に振った。

「空から落ちてくるのを拾うだけだ、元気はいらない」

突っぱねるような返しだが、それでもヨメミは引き下がらない。

「じゃあ何が必要なのか教えてください!」

しゃがれ声の男はキッパリと言い切る。

「近寄ってくる生物を殺すことが出来る能力」

殺す力。

追い返す能力では無く、殺す能力。

アカリも今の今まで多くの野生生物と食糧を奪い合ってきたが、直接手を下して殺したことは無い。

しゃがれ声は更に続ける。

「飢えた野生生物程危険なものは無い、生半可な気持ちで行ったら死ぬだけだ」

そこまで言うと、男はシッシと手を振る。

そして再び地図に目を落とした。

取り付く島もなさそうだ。

隣のヨメミはどうしよう、とアカリを見つめる。

そんなヨメミにアカリは左手の平を見せる。

(大丈夫、策は出来たから)

アカリは一歩前に出た。

男はまだ地図を読み込んでいる。

スゥ、と息を吸い込んだアカリは、腹の底から声を張り上げた。

「じゃあ、強ければいいんですよね!?」

男はアカリへと目線を投げる。

その目は先程までとは違い、ギラギラとしていた。

「そうだな」

男の答えに、アカリはニヤリと笑った。

「だったらここで試させて下さい」

そう言うとアカリはファイティングポーズを取り、右腕を下から上に、ゆっくりと動かした。

挑発だ。

「構わない」

挑発された男は、何でも無いかのように答えると、のそりと立ち上がった。

さっきまで読んでいた地図を後方へ投げ、首を回す。

熊の様な男だな、とアカリは思った。

殺気に満ちた男の声が、室内に響き渡る。

「構えろ」

アカリは無言で右足を下げ、拳を構えた。

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2.5話. [タッグ戦]

体勢は全ての攻撃を受け流せるように。

正中線を守るようにして右手を顎につけ、左手空にかざす。

どちらの手も、向こう側に手のひらを向ける。

「まずは一匹の時」

男は右腕を振り上げ、こちらに突進してきた。

「アカリちゃん!!」

ヨメミは悲鳴をあげた。

アカリは息を吐いた。

感覚が研ぎ澄まされてゆく。

アカリは指先に神経を張り巡らせる。

距離あと1m。

アカリは左手を顔の横に引き寄せ、右足で重心そのままに半歩距離を詰めた。

男の剛腕が勢いよく振るわれる。

アカリは冷静に左腕全体で受けつつ、右足を前に出し、男の懐に入った。

突き出した右拳を男の胸部に当てる。

(ここ!)

アカリは、右足を力強く踏みしめた。

右足を踏み出すエネルギーを身体に巡らせ、拳に伝える。

(入ったっ!!)

打ち出されたエネルギーが、男の芯を捉え、打ち抜いた。

「ぐっ…」

次の瞬間、男は吹き飛んだ。

寸勁(すんけい)

―中国武術の技術の一つで、最小の動作で最大の威力を出す技術。ワンインチパンチと
も呼ばれる。運動エネルギーを、対象まで導き、作用することで、対象に力を及ぼす―

男は、しばらく倒れていたが、やがてのっそりと立ち上がった。

ダメージが全くないように見える。

「“今のは”わかりやすかったろう?」

アカリは軽く舌打ちした。

吹き飛ぶことで、この男は運動エネルギーを全て逃がしたのだ。

(動きを読まれていた…いや、そうなるように仕組まれていた…)

「次は二匹だ」

男はそう言うと、再度右腕を振り上げ、襲い掛かる。

アカリもそれに習い、構えた。

襲い掛かる右腕を冷静に受け流し、半歩前へ。

大地を脚で捉え、カウンターへと移ろうと拳を突き出した。

が、次の瞬間。

アカリは空を舞っていた。

(なっ!)

首を前に曲げ、肩部で着地。

更に両腕で地面を勢いよく叩き、衝撃を緩和する。

しかし、吸収しきれなかった衝撃がアカリの内蔵を駆け巡った。

(ぐっ!)

予想外のダメージに体が一瞬動かなくなる。

慌てて体勢を立て直した時には既に男の左腕が振り上げられていた。

(しまっ…)

衝撃でジンジンと痛む腕を持ち上げ、構える。

来るであろう衝撃に備え、アカリは全身に力を込めた。

その時、誰かがアカリの襟首をつかんだ。

「っしぉあぃ!!」

威勢の良い声と共に、後ろに勢いよく引きずられた。

先程までアカリを捉えていた左腕が何もない空間を掠める。

「へっ?」

驚き後ろを振り向くと、見覚えのある紫の瞳が揺れていた。

ヨメミだ。

「今度はアタシの番だね!」

そう言うとヨメミは前方に躍り出た。

左半身を前に出し、一定のリズムで跳躍と着地を繰り返す。

ヨメミの動きに、アカリは見覚えがあった。

ボクシングだ。

男はへらりと笑った。

「打撃系ばっかりだな」

「………」

ヨメミは無言で拳を構えた。

先程までの雰囲気とは打って変わって背中は殺気に満ちている。

「……!!」

先に動いたのはヨメミの方だった。

距離を詰め、左ジャブを数発打ち込む。

が、男は難なく左前腕でガード。

「……」

ヨメミは更に強くジャブを打ち込んでゆく。

しかし、男は左腕だけで受け流す。

ガードは全く崩れない。

突然ヨメミが右に体を切った。

腕をしならせ、男の左わき腹に右フック。

死角からの攻撃に男は若干怯んだ。

ガードが少し崩れた。

ヨメミは崩れたガードに更にジャブを打ち込んでいく。

激しい打撃音が響き渡る。

「凄い…」

アカリは感嘆した。

目の前の少女のテンポの速さが、自分のそれを凌駕していた。

全く反撃の隙を与えさせず、男は成す術もなく打ち込まれるばかり。

「ッシュッ!」

ヨメミの放った左ストレートが男の前腕を弾いた。

男のガードが崩れ、隙が生まれる。

ヨメミは身体を入れ込み、懐に入り込んだ。

「ッ!」

左半身を沈み込ませながら左足を踏み込む。

身体をバネのようにしならせ、全体重を乗せた左アッパーを男の顎に叩き込んだ。

パンッ!…と甲高い音が響き渡る。

「入った!」

思わず叫んだその声に、答えるものはいない。

男は打ち込まれた状態のままピクリとも動かず。

打ち込んだヨメミも、左アッパーを打ち込んだ状態で止まっている。

両者とも、まるで時が止まったかのように固まっている。

アカリは嫌な予感がした。

身体の奥の方がゾワゾワする。

「はな…せっ…!」

ヨメミの苦しそうな声が漏れ出た。

よく見ると男の右手がヨメミの左拳を掴んでいた。

掴まれたヨメミは逃げようともがくが、男の左手はピクリとも動かない。

「体重が足りねぇな…」

男はそう言うと、右腕をゆっくりと捻った。

ヨメミの左手が内側へと捻られてゆく。

それは手首へと広がり、肘、肩がゆっくりと折り畳まれてゆく。

「うっぐぅっ…」

やがて、ヨメミは膝をついた。

圧倒的な筋力差だった。

「にゃろぉおおお!!」

ヨメミのピンチに、再びアカリは飛び出した。

飛び込み、男の喉元に左拳を放つ。

男もそれを紙一重でかわし、後方へと後ずさる。

開放されたヨメミは息絶え絶えに礼を言った。

「あ…アカリちゃん…はぁっ…ありがっ…とっ…はぁっ…」

その荒い呼吸から、かなりの体力消耗がうかがえる。

アカリは再び構えた。

今度は守りでは無く、攻めの構え。

(一か八かだけど、やるしかないよね…)

「立てる?」

「うんっ……はぁ…大丈夫……」

「息が整ったらヨメミちゃんに渡すから」

「おっけ…」

アカリの背中にヨメミの拳が当たった。“頼んだ”と言う事だ。

アカリは無言で返事をした。

男との距離は5m

お互い間合いには入っていない。

アカリは慎重に距離を詰めた。

力を込め、抜く、込め、抜く。

先程とは違う、空手の動き。

距離1m。

互いに間合いに入った状態だ。

「…っ!」

男の手刀が、アカリの眼前を掠めた。

しかしアカリは動じず、左正拳突きを男の顔面に放つ。

男はそれを難なく避ける。

(ここ!)

アカリは、左足で男の右脚を払った。

重い体がバランスを少し崩す。

そこへ右上段回し蹴り。

足先が男の顎を掠めた。

(あとちょっと…)

あと一歩踏み込めば…

アカリは更に距離を詰めた。

右拳、左拳、前蹴りを打ち込むが、全てが腕と足でガードされる。

少しずつ下がってゆく男に、アカリは更に距離を詰める。

脳裏に違和感が掠める。

(どうして反撃してこないの?)

突如生まれた違和感は体中を駆け巡り、身体の奥の方で、ゾワゾワと神経を撫でる。

(もしかして、これが狙い?)

打ち出しかけた右をしまい、アカリは咄嗟に距離を取った。

アカリの行動に、男は意外そうな声を出す。

「ほお?学習したな」

あからさまな挑発だが、これに乗ってはいけない。

(冷静に……冷静に……)

アカリは再び距離を詰めると、立て続けに右突き、左突きを打ち込んだ。

しかし、全てが前腕でガードされる。

前蹴りも後ろに下がられ避けられる。

アカリは距離を詰めない。

ガードに対し、着実にダメージを蓄積させてゆく。

どれほど経過しただろうか。

呼吸が乱れ始め、動きが乱雑になってゆく

アカリの後方から、跳躍音が微かに聞こえた。

(そろそろ!)

「アカリちゃん!」

「あいよ!」

上段左正拳突きで男の視界を奪い、アカリは左へ飛んだ。

アカリが居た空間をヨメミの左ストレート掠め、男のガードに突き刺さる。

「ぐぅっ!」

ヨメミの強襲に、男は更にガードを固めた。

ガードを正面にして、ヨメミは足を肩幅まで開く。

身体を振り子のように揺らし、∞軌道。

デンプシー・ロールだ。

身体が戻る反動でガードにフックを叩き込んでゆく。

重い一撃が何度も何度もガードに打ち付けられる。

ヨメミは正面からガードを割るつもりなのだろう。

ならば、とアカリは全身の力を抜いた。

息をゆっくりと吸い、吐く。

ヨメミは最後の力を振り絞るように絶叫した。

「うぉぁぁぁあああああっ!!!!!」

パンチは激しさを増し、それに伴い音も大きく激しいものになってゆく。

やがて、猛攻に耐えきれなくなった男のガードがついに割れた。

その一瞬をヨメミは見逃さなかった。

身体の勢いそのままに、左アッパーを放つ。

アッパーはガードを割り、その先の顎を打ち抜いた。

男は激しく仰け反った。

が、まだ倒れない。

最後の一撃で酸素を使い切ったヨメミは、崩れ落ちながら右に跳んだ。

「アカリちゃんっっ!!!」

ヨメミの絶叫と共に、アカリも前方へと大きく跳躍した。

全てがスローモーションに見える。

コンクリートに倒れ込むヨメミも、体制を戻そうとする男も。

アカリはゆっくりと息を吐いた。

行けっ!!

ヨメミの声が聞こえた気がした。

右拳を正面の空間に置き、左足で着地。

前に出した右足はまだ踏み込まない。

やがて、戻り際の男の身体が右拳に軽く触れた。

(ここっ!!)

触れた拳に一瞬の意識を集中させた。

「はっ!!」

ダンッ!と右足を踏み抜いた。

それと連動して拳が男に突き刺さる。

男の身体に叩き込まれた拳が内部を押し出し、奥の奥まで衝撃を与えた。

「ごふっ…」

男のくぐもった声が漏れた。

やった…のだろうか?

暫くは固まっていた男だったが、やがて力尽きたかのように両膝をついた。

「かっ…た…」

それを見届けたアカリは、右拳を突き出したまま、前に倒れ込んだ。

緊張から解かれた脚が、ビリビリと痺れ始める。

心臓の激しい鼓動が頭の中を響く中、アカリは何とも言えない安堵感に、包まれた。

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2.6話. [狂いだした未来]

「あ~…及第点と言った所かな」

男はポリポリと頭を掻いた。

先程まで苦しそうに胸の辺りを抑えていたのに、今ではケロッとしている。

「…というか、二人で半人前だな」

その物言いにアカリは口を尖らせた。

「おっちゃん盛大に負けてたじゃん」

おっちゃん、もとい、しゃがれ声はフンと鼻で笑った。

「馬鹿野郎、丸腰おじさん一人痛めつけたくらいで野生生物を殺せると思うな」

アカリとヨメミは顔を見合わせた。

及第点と言っていた割にその評価は辛辣なものだ。

「え?じゃあ入れてくれないの?」

そう言うと男は腕を組み、違うんだよなぁ…と唸った。

「…数週間修行だ、そしたら入れてやろう」

入る事は出来る様だ。

アカリは、ほっ…と息をついた。これで脱出に一歩近づけた。

それも束の間、男は少し訝し気に尋ねてきた。

「お前ら、何か企んでいるだろ」

「へっ?」

アカリは青ざめた。ここで下手な動きをしたらもう脱出する手段がなくなってしまう。

固まったアカリの様子に、男はやっぱりな、とため息をついた。

「脱出を考えているなら止めた方がいい、ここに居る方が死なずに済む」

(そんなの分かんないじゃん…)

アカリにはその理論が理解できない。

アカリとエイレーンは一年近く二人だけで生き残ってきた。

確かに食糧は心もとなかったが、それはこちらも同じことの筈。

寧ろ人が増えれば増えるほどに食糧確保は難しくなる。

共倒れはまっぴらごめんだ。

そんなアカリとは逆に、ヨメミは納得したらしい。

どんどんと話を進めてゆく。

「あたし達家族と会いたいんです」

「心配いらない、いずれそれは実現する」

「いつまでに会えるの?」

「施設が整い次第…そうだな…4年以内には…」

4年は長すぎる、アカリなら兎も角エイレーンが生き残っているという保証は無い。

早く車を奪って助けに行かないと…

(だったら耐えなきゃ…)

アカリはグッと拳を握った。

車を手にいれるまで下手に動いては駄目だ…

そんなアカリを他所に話は進んでゆく。

「もっと早く助けたい…です!」

「なら条件がある、お前ら二人のうちどっちかでいい、宣教師に気に入られろ」

「え?それって…」

「何でかは一緒に動いていれば分かる」

そう言うと、男はアカリの方へと目を向けた

「そこの空手家!」

「ほぃ!?」

唐突に声を掛けられ、間抜けな声が出た。

「お前、女神の化身として存分に働け、アイツが求める以上に」

「う、うん…?」

アカリにはよく分からなかったが、男は満足げに頷いた。

「話はこれで終わりだ、俺はお前らになるべく協力するが、お前らもそれなりに協力しろ」

ヨメミは元気に頷き、アカリは渋々と頷いた。

~~~

外に出ると辺りは既に薄暗くなっていた。

朝にはあれほど人が居たのに、今では誰一人としていない。

アカリは、世界に二人ぼっちになったような錯覚に陥った。

「外に居ても危ないから皆中に居るんだよ」

ヨメミは早く行こう、とアカリの袖を引っ張った。

アスファルトの感触を確かめながら、二人並んで歩く。

アカリは、ふとヨメミに尋ねた。

「ねえヨメミちゃん?」

「なぁに?」

「明日からどうする?」

「あたしは…修行しようかなって思ってるよ」

そっか、とアカリは言った。

ヨメミの迷いのない答えが、アカリには格好よく聞こえた。

もし、アカリがヨメミの立場だったら、一日は考えるだろう。

彼女の真っすぐさが、アカリには少し羨ましく思えた。

「アカリちゃんは?」

「アカリは…」

どうしようかな、とアカリは思った。

男が最後に言った言葉を再び思い返す。

「とりあえず宣教師の人の所に行ってみようかな」

「うん…そうだね、それがいいと思う」

その言葉に、アカリはなんだかほっとした気分になった。

周りの人間は信用できるとは到底言い難いが、それでも信用するしか無い。

全く先行きは見えないが、それでも最善を尽くしているのは確実だ。

アカリは今にも崩れ落ちそうな橋を渡っている様な感じだな、とぼんやり思った。

「あ!アカリちゃん」

ヨメミは何かを思い出したかのように立ち止まった

「水屋さん行こう!」

「水屋さん?」

「そうそう!たっくさん暴れたからシャワー浴びてさっぱりしたいしょ?」

「う?うん、そうだね!浴びたいね!」

「よぉし!じゃあ決まりだね!」

ヨメミは楽しそうに柏手を打った。

地下への入り口を照らす灯りが、チカチカと揺れていた。

~~~

「あ゛ぁあああああ……」

冷たい水を全身に浴びながら、アカリは深く深くため息をついた。

あちこちに出来た擦り傷に冷たい水が染み込む。

「疲れたぁぁ……」

隣のヨメミも深く深くため息をついた。

「アカリ達おばちゃんみたいだねぇ…」

その言葉にヨメミはふっはっはと笑った。

「本当にねぇ…体のあちこち痛いしねぇ…あ!ねぇ見てみて!!」

ヨメミは拳をアカリに見せた。

手の甲が血で滲んでいる。

「あのおじちゃん固すぎて血が出た!」

そう言うとヨメミは無邪気に笑った。

「あ!アカリも足の皮むけたよ!」

アカリもそれに対抗するように右足の裏を見せた。

強く踏み込んだ時に出来た水ぶくれが、歩いているうちに破けたらしい。

「あたし達ボロボロだね!」

「そうだね!」

二人は笑いあった。

本当にしょうもない傷の見せ合いだったが。

二人にはどうしようもなく楽しく感じられた。

~~~

四角いこじんまりとした部屋で、アカリは立っていた。

窓から差し込む日の光が、うなじの辺りをじりじりと照り付ける。

先程から黙って仁王立ちしているアカリに対し、宣教師は眉の端を上げた。

「一体何の用なんだ?」

アカリは首を傾げた。

何の用か、という問いに対し、何と答えるのが正解なのか。

“ソール様の偶像になりに来ました”とでも言えばよいのだろうか。

いや、違う。

今まで反抗的な態度を取ってきた奴が、手の平を返して来たら何と思うだろうか。

大抵の人はこう思う。

“何か裏があるな?”、と。

なら、あえて反抗的な態度で行くのが正しい筈だ。

「用は無いです」

「なら帰れ」

男はしっしっと追い払う仕草をした。

そのあっさりとした対応に、アカリは慌てた

「あっ…!いや違うんですぅ!あのぉ…今のはミスで…」

アカリは宣教師にすがるように、情けない声をあげた。

話が終わってしまっては元も子もない。

女神の化身にならなくちゃいけないのに…。

「私は女神ソール様の化身として頑張りたいんです!」

男は眉をしかめた。

「何か裏があるな?」

(違う、そうじゃあない)

思い描いていた理想とは違う結果に、アカリは頭を抱えた。

全くどうして現実はこうも理想からかけ離れてゆくのか。

アカリはなんだか腹が立って来た。

人をさらっておきながらその態度は何なのだろう。

というかそもそも何でさらわれたのだろう。

「何で私達をさらったの?」

心の中でとどめておくつもりが、気が付けば口から漏れ出ていた。

宣教師は驚くでも無く、ただつまらなそうに後方を見た

何も無く、がらんどうとした部屋だ。

「民を、生き永らえさせる為の道しるべとなれ」

ポツリと呟かれた言葉は本当に漠然としたものだった。

女神の化身として民の道しるべとなる。

それを、さらってきた少女に求める。

明らかに異常な行為だが、彼は何とも思わないのか。

宣教師は続けた。

「植物も生えないこの大地で、俺たちは生き残れない」

「だが、四年後にソール様が再生のための儀式を執り行われる」

「それまで民の心の支えであれ、とのことだ」

ふわふわしてつかみどころのない話だ。

信仰で民の心を支えろという事か。

「そんなことしなくても、AIが自分たちを助けてくれようとしているのに…」

男はゆっくりと首を振った。

「文明に滅ぼされた人類がそんなもの信じられるわけが無い」

男の言う事はもっともだった。

地上が焼き払われたあの日。

まだ大地が燃えていた日。

被爆を恐れた生存者が、衛星の通知通り地下シェルタ―に逃げ込んだあの日。

砂の雨が降り、地下に逃げ込んだ者の多くが地下で死に絶えた。

文明に二度裏切られた人類は、あの日を境に何も信じられなくなった。

絶望的な状況で、彼らは自分の身のみを信じた。

盗みを働く者、他人を殺そうとする者。

統率の壊れた人間社会は、地獄の様だった。

その様子がとても恐ろしくて、エイレーンとアカリは避難場所から逃げ出したのを覚えている。

「じゃあ、アカリが皆の心の支えにならないといけないの?」

男は頷いた。

無理だ、とアカリは思った。

極限状態の集団の信仰を集めるなんて正気の沙汰ではない。

しかし、エイレーンを助けるにはこの手しか無いのも事実だ。

アカリは頷いた。

「分かりました、やります」

苦渋の決断だが、背に腹は代えられない。

「忠告だけしておくが、絶対に裏切るな」

男は神妙な面持ちで言った。

「裏切られた人間の恐ろしさは想像を凌駕するからな」

アカリは生唾を飲み込んだ。

そうなったとき、自分の身に起こる事は明確だ。

アスファルトを埋め尽くすほどの人間に身を八つ裂きにされる。

底知れぬ恐怖。

アカリは全身の血が冷えわたって、動悸が高まるのを感じた。

「ソール様の化身であれ」

男はそれだけ言うと、アカリに付いてくるよう促し、歩き出した。

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3.1話. [迷い子を探して]

白い外套を纏い、エイレーンは砂の中を南西まっすぐ歩いていた。

吹き付ける風が行く手を阻もうと体を押し、そのたびに吹き飛ばされまいとその場にうずくまり、耐える。

弱り切った彼女の身体では、風を耐えるのは難しい。

風が吹くたびに立ち止まるのがもどかしかしく感じる。

自然との攻防を繰り返し進む事二時間、ようやく目的地らしき場所に到着した。

手に持った小型端末では、赤い丸と、青い丸がほぼ一致している。

赤い丸は、衛星が最後に観測したアカリの所在だ。

エイレーンは背負ったスコップを手に持ち、足元の砂を掻き出し始めた。

アカリはきっと地下シェルターで生き延びている、という淡い期待がほのかに胸をよぎる。

やがてスコップの先が白いコンクリートに当たった。

きっとシェルターの一部だ。

エイレーンは、そこから北に真っすぐ溝を掘っていく。

10m縦に溝を掘り、それを1メートル間隔で横に枝を派生させる。

格子状に広げた枝が、10mにもなろうというところ。

スコップの先端に、コンクリートではない感触を認めた。

金属製の扉が現れた。

エイレーンは地面と扉の僅かな隙間にスコップの先端をねじ込んだ。

そのままテコの原理で扉を押し開けると、備え付けの梯子が少しこちら側に出てきた。

震える手で梯子を掴み、ゆっくりと降りてゆく。

埃だらけの部屋の中心に、“ソレ”はあった。

見覚えのある黄色いザックが中央に鎮座していた。

エイレーンは思わず息を飲んだ。

「アカリの…」

その震える手でザックを持ち上げる。

ザックはずっしりと重かった。

~~~

飛び出すようにしてシェルターを後にしたエイレーンは、北へ北へと歩を進めた。

目的を見失ったその目は何も見えておらず、足は自立した生き物のように動く続ける。

その細い体に黄色いザックが重くのしかかるが、歩くスピードは緩めない。

「アカリさん…今助けますから…」

エイレーンは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

やがて、野犬の遠吠えが聞こえ始めた。

辺りは既に薄暗く、頭上には上弦の月が昇っていた。

ふと、耳元で声が聞こえた。

「エイレーン」

ぼんやりとエコーのかかったその声に、エイレーンの意識は夢から現へと引き戻された。

“ああ夢か”とエイレーンは一人呟いた。

~~~

「ねぇ、エイレーン」

少し苛立ちの込められた少女の声に、エイレーンはムクリと体を起こす。

そして、寝起きの筋肉を伸ばしながら、少女に“起きてますよ”よプラプラ手を振る

行き場を失った欠伸がエイレーンの口から漏れた。

「ねえこっち来てよエイレーン」

少女の催促に、エイレーンは再び“わかってますよ”と手をプラプラ揺らす。

室内灯の眩しさに目をしばたたかせながら、ついでに首も回す。

「懐かしい夢を見ました」

エイレーンの言葉に、白髪の少女はモニタから目を離す事無く返事をする。

「へぇ?どんな夢?」

「萌実さんと出会う直前の夢です」

「そんな事もあったね」

萌実は表情を変えることなく、淡々と返事をする。

エイレーンにはその様子が“早く手伝え”という催促を暗に意味している様に感じた。

「で、どこを手伝えばいいのです?私は何をすればいいのです?」

「はいはい、ここだよネボスケさん」

萌実はモニターに大きく表示された地図を指さす。

その指さした場所に、エイレーンはげんなりとした表情で萌実を見た。

「また食糧投下位置ミスったんですか?」

「違うよエイレーン、よく見て」

「はい?」

エイレーンはぼんやりとかすむ目で地図を凝視する。

萌実の指した辺りに白い小さな点を認めた

「何ですかこれ?」

「ふっふ~」

萌実は得意げにキーを叩く。

すると、モニターに青い文字が画面中央に出現した。

―解析を開始します………―

―火星用運搬トラック―

エイレーンはおお、と小さな歓声を上げた。

「で?これが?」

「この写真の日付見てみてよ」

「11月2日ですがこれって……」

「アカリちゃんが攫われた日だよ」

エイレーンは思わず息を飲んだ。

運搬用トラック、そして攫われた日付。

エイレーンがまさしく求めていたものがそこにあった。

「どこで見つけたんですかこの写真!?」

「フォルダにあったよ?エイレーンがハックして見つけたんじゃないの?」

「何もしていませんよ!?」

エイレーンは少し混乱した様子で萌実を見た。

「お、落ち着いてよエイレーン、ほらお水飲んで」

萌実はキーボードと一体化したディスク上から、水の入ったカップを差し出した。

差しだされたエイレーンは、震える手でそれを受け取り口に含んだ。

「!……ゲッホッ!!ゲッハッ!!ハッゥ!!…ゲッッホッッ!!」

エイレーンの明らかな動揺ぶりに、萌実ははぁ…とため息をついた。

「乗り込みに行こう、エイレーン」

声が出せないエイレーンは涙目で頷いた。

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3.2話. [偶然の重なり合い]


「北東に35kmだね」

あらかた準備を終えた萌美は、手持ち無沙汰な様子でエイレーンに声をかける。

それに対し、エイレーンはシステムのチェックの手を緩める事なく答える。

「我々の歩くスピードが3.9km/hとして……」

「9時間くらいかな」

「ええ、今が出発すべき時でしょう」

「エイレーン…」

萌美は咎める様な目線でエイレーンを見た。

“だったら早く出発しろ”という強い念がエイレーンの背中にひしひしと伝わってくる。

「仕方が無いじゃないですか、だってこのコンピュータずっと計算しているんですよ?」

「それがどうしたのよ」

「使わない電力とか色々コンピュータに全振りしてあげたいんです」

エイレーンは愛おしそうにキーボードを撫でる。

萌美には、その様子がまるで我が子を愛でる母親のように見えた。

「エイレーンなんだかコンピュータに対して母性生まれてない?」

「そう言えばそうですね」

エイレーンは少し固まった、その目は何かを思い返すように空をさまよう。

その真剣な表情に、萌美は何かいけない事でも言ってしまったのかと慌てた。

「エイレーン?」

ふ、と我に返ったエイレーンは、はぁ…とため息をついた。

「……まあ、確かに萌美さんよりは母性ありますしね」

エイレーンは、悩ましげに胸部の膨らみを強調する。

見せつける対象はもちろん萌美だ。

揺れる胸部を見せつけられた萌美は、少し怒った表情を見せた。

「エイレーン覚えてなさいよぉ!」

エイレーンはそれを意に介す事無く、目の前のスイッチをパチパチと切り替えてゆく。

やがて、それもひと段落したのか、腰を上げて伸びをした。

「完了です、さあ行きましょう」

萌美はそれを待っていたかのように、傍らに置いてあった白い外套をエイレーンに投げた。

「じゃあそれ着て出発だよ」

エイレーンは顔面でキャッチした“ソレ”を上から羽織り、黄色いザックを背負う。

モニターに表示された、―いってらっしゃい-の文字に対し手を振りながら、二人は朝の砂漠へと足を踏み出した。

~~~

陽が昇り切り、更に少し傾き出した頃。

エイレーンは砂漠の真ん中で座っていた。

「エイレーンはおバカさんなんじゃないかな」

さらりと毒を吐いた萌美は、エイレーンに水を差しだす。

ありがとうございます、と言いながらエイレーンはそれを受け取った。

「徹夜すべきではありませんでしたね……」

覇気のない弱音に萌美は眉をハの字に曲げた。

「シェルター探そっか、脚つっちゃったんだったらもう歩けないでしょ」

「そうですね……頼めますか?」

「いいよ、エイレーンはここで大人しく待っててね」

萌美はそう言うとカバンから小型の端末を取り出した。

「金属探知機能入れておいて正解だったね」

萌美は端末を見ながらグルグルと周囲を歩き回り、端末はそれに合わせてホワイトノイズのような音を発する。

やがて、ノイズの大きい方角を見つけた萌美は一方方向に歩き出した。

「行ってらっしゃい」

それを見届けたエイレーンは、眩しさから逃げるように目を瞑った。

~~~

どれほど時間が経過しただろうか、エイレーンは砂を踏みしめる音で目を開けた。

目を開けると、開いた瞳孔に太陽光が目一杯差し込んでくる。

光を絞るように目を細め、音のする方向を見ると、白い影がこちらに歩いてきていた。

「…?」

ぼんやりとかすむその影は、どんどんと近づいてきている。

やがて、白い影はエイレーンの前で歩を止める。

シェルターを探し行った白髪の少女が、エイレーンの前に立っていた。

「お帰りなさい」

疲れた笑顔で立ち上がったエイレーンに、少女は少し後ずさる。

その様子にエイレーンは少し違和感を覚えたが、まあいいか、と流した。

「シェルターは見つかりましたか?」

少女は答えない。

二人の間を通った風が、少女の白装束をパタパタとはためかせる。

少女は強張った表情が、エイレーンの顔を見つめる。

反応を示さない少女に、エイレーンは困った顔をした。

「あの…」

「手を頭の後ろで組んで膝ついて!」

「…へっ?」

発せられた声は、エイレーンには全く聞き覚えの無い声だった。

あっけにとられて固まるエイレーンに、少女は右手を突き出した。

鈍く光る金属光沢が腹部に当てられる。

「えっ…えっ!?」

サバイバルナイフの存在に、エイレーンの背筋に戦慄が走った。

背筋に冷たいものを感じながら、言われた通り腕を後ろで組む。

少女はナイフをエイレーンに向けたまま、ゆっくりと後方へと回った。

じゃらりと鎖の音が聞こえ、やがて、エイレーンは手首に鎖が巻き付けられていくのを感じる。

数秒の間の後にガチャリと音が鳴った。

「ゴメンね…一緒に来て欲しいんだ」

背後からの声は申し訳無さそうに詫びた。

もちろん、ナイフはまだ背中に押し付けられている。

エイレーンは何が何だか分からず、少女の誘導するがままに歩を進める。

つりそうだった脚も、この時ばかりは言う事を聞いた。


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3.3話. [探り合い]


エイレーンは流れる景色を茫然と眺めている。

数年ぶりの車の感触が、何とも懐かしく感じる。

思えば、トラックの荷台に乗るのは人生で初めてだ。

代わり映えのない退屈な景色をその目に映しながら、エイレーンはふと思った。

絶望的な状況にも関わらず、思考は何故か冷静だ。

「ゴメンね、無理矢理連れてきちゃって…」

鼻にかかった声に、エイレーンはちらりと少女に目をやる。

その顔には、さっきまでの殺伐とした雰囲気など無く、寧ろバツの悪そうな表情がある。

エイレーンは運転席へと目を逸らす。

人の姿の無い運転席で、ハンドルがひとりでに回っていた。

「謝るより拘束を解くのが先ですよね?」

「ゴメンね、それは無理なんだ」

間を置かずに、少女は答える。

軽く舌打ちをしたエイレーンは、再び外に目を移す

何も無い、退屈な景色が左から右に流れていく。

「分かってるとは思うけど、飛び降りたところで助けは来ないよ」

「……そうみたいですね…」

エイレーンは、息を漏らした。

痺れかけた手を揺らすと、手首に垂れた鎖がじゃらじゃらと音を立てる。

「萌美って名前に聞き覚えはありますか?」

目の前の少女は目を大きく開いた。

「えっちょいっ…えっ!!!???」

少女はうろたえた。

言葉が見つからないのか、ただ口をパクパクさせる。

「探しているのですか?」

少女は頷いた。

しめた、とエイレーンは心の底でほくそ笑んだ。

「では車を止めて下さい、彼女を探しているのでしょう?」

少女は首を横に振った。

「それは出来ないよ、この車自動運転だから」

エイレーンは一瞬言葉に詰まる。

しかしこの好機は逃せない。

「成る程、では萌美さんには足で来てもらいましょう」

エイレーンはくるりと後ろを向き、縛られた手首を差し出した。

「彼女は金属探知機持っています、ですから金属投げれば追ってきますよ」

エイレーンは鎖をじゃらじゃらと鳴らす。

「早く外して投げて下さい」

突然の展開に少女は目を白黒させる。

先程までの覇気は既に消え失せていた。

あとひと押しで折れるだろうと、エイレーンは更に畳みかける。

「早く!私は逃げませんから!!」

「うぅ~…」

少女は観念し、懐から取り出した鍵で錠を外す。

じゃらりと大きな音をたてて、落ちた鎖。

少女はそれを手繰り寄せ、慌てた様子で後方に投げた。

「ついでに私の服も投げておきましょう」

エイレーンも、後に続くようにして羽織っていた白外套を投げた。

白外套は空中でブワリと広がると、大きく膨らみ、砂ぼこりの中地に落ちる。

エイレーンは心の中で、ニヤリと笑った。

しかし、それを悟られぬように何食わぬ顔で少女に振り向く。

「さて…」

振り向いた先に少女はいない。

なんで、と思った瞬間、顎先に何かが掠めた。

「え゛っ…」

エイレーンの視界がぐらりと揺らぐ。

体重を支える脚も、緊張が解けたかのようにガクッと折れる。

制御を失った身体は、重力の赴くままに倒れ込み、待ち構える少女の腕に収まった。

薄れる意識の中、エイレーンは右手を力いっぱいに握りしめる。

鋭利なセンサが食い込む痛みを右手に感じながら、エイレーンの視界はやがて暗転した。

~~~

「エイレーン?」

萌美は端末を右手に歩を進める。

その声は少し枯れ、顔には疲労の色も伺える。

エイレーンの捜索から一時間程経過し、身体も活動限界を感じていた。

「どこにいるのエイレーン…」

萌美はもう一度置かれている状況を振り返った。

忽然と消えたエイレーンの反応は、最後に見た地点から5kmも先。

きっと、野犬に荷物を端末ごと盗られたのだろうし、きっとこの先遠くない場所にエイレーンはいる筈。

そう思って捜索を始めたが、不思議な事にエイレーンの反応は何一つ見つからない。

最初は焦って探していたものの、進展しない状況に今では焦りを通り越してうんざりする。

しつこく照り続ける太陽照らされ、萌美は心の中で悪態をついた。

そんな萌美の心情を知ってか知らずか、右手の端末が騒々しい音を奏で始める。

「何なのよもう…」

騒々しい端末をみると、対象物と距離3メートルという文字が目に飛び込んでくる。

「ほぇ?」

顔を上げた萌美の視界に、白い布の様なものが飛び込んできた。

「何なのあれ」

独り言のようにつぶやいた萌美の足元がじゃらりと鳴った。

「えっ?」

音の主を見つけようと、萌美はかがむ。

…と同時に、砂にうっすらと入った痕を見つけた。

ついさっき出来たものだろう。

砂に描かれたタイヤ痕は白い布までまっすぐに伸び、その更に先へと続いている。

萌美の頭の中で、何かが噛み合う感じがした。

「まさか…」

白布を引き上げ、萌美は何かに納得したように頷く。

「誘拐されたのね」

萌美は観念したかのようにザックを背負い直すと、タイヤ痕を辿るようにまっすぐ歩きだした。

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3.4話. [出会い]

書き途中かもです


太陽は既に地平線を潜っていて、遠くでは獣の唸り声がする。

無人のシェルターを見つけられたのは不幸中の幸いだった。

疲れ切った萌美は、硬いコンクリートの上に腰をおろす。

伸ばした脚が、待っていたかのようにピクピクと痙攣を始めた。

エイレーンの端末は、13km程先に赤い反応を示している。

「明日は長丁場になるね」

萌美は独り言のようにつぶやくと、手元のライトを消し、白外套を被るようにして眠りについた。

~~~

シンと静まり返ったシェルターの扉がゆっくりと持ち上げられる。

月明かりに浮かび上がった人影は、シェルターの中を物色しながら、ゆっくりと梯子を伝って降りてきた。

人影は、光の無い真っ暗な空間にゆっくりと降り立つ。

辺りは物音ひとつせず、人影の仄かに荒い息遣いが聞こえるだけ。

人影は手に持ったライトで周囲を照らしながら、シェルター内をゆっくりと歩きまわる。

壁際を照らす光が、地面に転がった白い何かを映し出した。

人影は訝し気にソレに近づく。

ライトがゆっくりと”ソレ”の全身をなぞるように照らしていく。

「っ!」

人間の足が光の中に浮かび上がった。

ライトの光が動揺したかのようにチラチラと揺れる。

呼吸音はもう聞こえない。

コンクリートと靴底の摩擦音だけが静かな部屋を反響する。

ライトは再び壁際の白い部分を照らした。

「なあに……?」

突如、ガバッという音と共に、ソレはめくれ上がる。

めくれ上がった先に、血の気の無い白髪の少女の生首が浮かび上がった。

「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

あらん限りの叫び声をあげた人影は、動揺のあまり手に持ったライトを床に落とす。

甲高い音を立てて落ちたそれは、カチリと音を立て、消えた

辺りは再び闇に包まれる。

震える吐息だけが辺りに響き、やがてそれをかき消すようにガサゴソと音が鳴った。

数秒間の沈黙。

そして、カチッという音が響き、ライトアップされた少女の生首が空中に浮かび上がった。

「いぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

再び絶叫が狭い空間を震わせる。

生首はゆっくりと口を開く。

「どなたですか?」

「………」

影は答えない。

「あれ?もしもーし」

生首(萌美)はライトを影へと向けた。

白目をむいたつり目に、つり上がった眉、そして半開きの口がぼんやりと浮かび上がる。

体躯が小さいわりに、顔は大人びており、女性とも少女とも見て取れる。

萌美は顔の前で手を振った。

「………」

反応なし。

「気絶しちゃったのかな」

萌美は踵を返すと、再び地面に横たわった。

~~~

外では今頃太陽が昇り始めただろう。

目を覚ました萌美は、深夜の侵入者には目もくれず準備を始める。

疲れは残っているが、それでも歩くには問題は無い。

「…おい…」

白外套を羽織り、ザックを背負った萌美は梯子に手を掛けた。

「おい!無視すんなお!!」

「あ、起きたんだ」

萌美はにこやかな顔で振り返った。

目を覚ましたらしい昨夜の侵入者が、少し怒った顔で萌美を見る。

「お前!おいらを見捨てて何処に行くんだお!」

「わかんない」

「わかんないって…」

萌美はポケットから端末を出すと、侵入者に向けた。

「今からここに行くよ」

端末に目を走らせた侵入者は、したり顔でニヤリと笑った。

「…やっぱり」

「ぅん?」

「このシェルターに居た時点で怪しいとは思っていたが、お前もオイラと同じ目的みたいだな」

「あ、そうなんだ、じゃあ一緒に行こう」

萌美はあっけらかんと言い放った。

「私萌美だよ、貴方は?」

「…お前、随分と物分かりがいいな…」

「だって協力出来るならした方がいいじゃない」

「単純明快だな、おいらはベイレーン、宜しく」

「宜しくね、ベイレーン」

ベイレーンから差し出された右手を、萌美は軽く握り返した。


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3.5話. [目的]

何キロほど歩いただろうか。

立ち尽くす二人の前には、大きなビルと、アスファルトの道路が伸びていた。
 
目を凝らすと白い人間らしきモノがごちゃごちゃとうごめいている。

「着いたのかな?」

萌美の言葉に、ベイレーンはコクリと頷く。

「ここだ、間違いない」

「そっか」

萌美は頷いた。

「じゃあ、ここでお別れだね」

「………え?」 

ベイレーンを置いて歩を進めようとした萌美の袖をベイレーンは慌てて掴んだ。 

「ちょ…ちょっと待つ、お!」

「?」

首を傾げた萌美に、ベイレーンは慌てた様子でまくしたてる

「お、お互いに協力した方が…」

「でもベイレーン何だか悪い事企んでいるでしょ?」

萌美の指摘にベイレーンはぎくりと固まった。

「い、いや違う!悪い事ではない、お!」

「じゃあ何するの?」

「何って……」

ベイレーンは何か言葉を探すように空を目で追った。

「あー……地球再生と言うか…」

「再生?」

「うん、そうだな…ええっと…お前、この地球に何で植物が生えないと思う?」

萌美は首を傾げた。

「全部燃えちゃったからじゃないの?」

「そうだな、全部燃えたから、ってのも合っているお」

「ふんふん」

「だが、正確には全部燃えていないんだお」

萌美は困ったような顔を見せた。

「べいれーん、もったいぶらないで教えてよ」

ベイレーンはいたずらっ子の様な笑みを浮かべた。

「宇宙にあるんだお」

「うちゅう?」

「そう、最近空から降ってくるようになった食糧があるだろ?」

ベイレーンが言うのは、食糧投下システムの事だ。

ごく最近、宇宙ステーションのネットワークを介して投下が知らされるようになった。

そのシステムのお陰で、萌美たちは何とか生きていられるのだ。

「そう言えば最近落ちて来るようになったね」

「そう、その食糧は何処から落とされるのか疑問に思ったことは無いか?」

「ないよ?元々備蓄してあるものを落としているのかなって思ってたもん」

萌美の答えにベイレーンはうんうんと頷く。

「そうだな、その説もあり得るが、おいらは別の仮説を立てたお」

「それって?」

「宇宙で植物が育てられているからだお」

「……へぇ…」

萌美はぼんやりと合図値を打つ。

”一体宇宙の何処に植物を育てる環境があるのか”

そんな疑問が、萌美の脳裏をよぎる。

ベイレーンは、そんな萌美の疑問を察したらしい。

「じゃあ、話を変えるお」

「遺伝子保管室と言う箱が宇宙ステーションにはあるんだお」

「へぇ?初めて聞いた」

「まあ、植物の種が一杯保管されてる箱だと思ってくれればいいお」

「ふんふん」

「で、おいらは考えた」

「土と水さえあれば、その箱を手に入れるだけで、前みたいに植物が生えて元に戻ると」

「うん、そうだね」

萌美は軽く頷く。

実に理にかなった話で、全く間違ってはいない。

「だから、宇宙ステーションのネットワークを通じてその箱を切り離そうとしたんだお」

「切り離せなかったの?」

「ロックが掛かっていて地上に落とせなかったんだお」

「ふぅん…」

「………で、おいらはそのロックを掛けた奴をログを辿って探したんだお」

「見つかったの?」

「見つかった、ロックを掛けたのはSolというシステムだったお」

「ソール?」

「そう、そしてそのシステムに縁のある場所が、あそこなんだお」

ベイレーンは活気に満ちた旧都市を見た。

萌美もつられてそちらを見る。

「オイラの目的は、あそこにあるコンピュータからソールシステムの情報を抜き取る事だお」

「ふぅん…」

萌美には何だか現実的では無い話のように聞こえた。

「乗り気じゃないようだな」

ベイレーンの言葉に、萌美はコクリと頷く。

「友達を助けるのを優先したいから」

「なら、その友達を助けるのをおいらが手伝うってのはどうだ?」

「だったらいいよ」

萌美の答えに、ベイレーンはふっ、と笑った。

「交渉成立だお、これから更によろしく、萌美」

「うん、宜しくね」

萌美は差し出された右手を軽く握った

「それで、何かいい策はあるの?」

ベイレーンは頷きながら、端末を取り出した。

「既にオイラの仲間が内部にいる、そいつと今から連携を取る」

「おっけー」

萌美は力強く頷いた。

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3.6話. [勧誘]

~~~

目を覚ますと、見覚えのある顔が視界に飛び込んできた

紫色の瞳に、銀がかった白髪

「萌美…さん?」

少女は首を振ると、エイレーンに白い布の様なものを差し出す。

「あたしはヨメミ」

白い布を受け取りながら、エイレーンはあ、そうですか、と返す。

どうやら着ろと言う事らしい、エイレーンは素直にそれに従う。

「って…ここどこですか!!??」

白装束に袖を通しながら、エイレーンは激しくツッコミを入れた。

そんなエイレーンにヨメミは困ったように首を傾げる。

「まあ、とりあえずそれ着てから話そうよ」

「あ、そうですね」

ヨメミの言うがままに、エイレーンは白装束を羽織り、前をヒモで留めた。

「で、元の場所に戻りたいんですけど」

そう切り出したエイレーンに、ヨメミは首を横に振った。

「ごめんね、色々あってそれは出来ないんだ」

「えっと…」

エイレーンはふと空を仰いだ、それは出来ないという事はつまり。

「帰れないのですか!?」

ヨメミは頷く。

突然の帰宅不能宣言に、エイレーンはアタフタと慌てた。

「こっこまります!!私には帰るべき場所が…」

「ごめん、でも人類の為なんだ」

「へっ?」

エイレーンは、ヨメミが冗談でも言っているのかと思った。

しかし、どこからどう見てもヨメミの顔は真剣そのもの。

「ここはね、人類が生き残れるように保護、管理してるんだよ」

保護、管理。

まるで絶滅危惧種への扱いだ。

「我々はレッドデータブックにでも載ってるんですか…」

エイレーンはゲッソリとした顔で言った。

過保護にも程がある。

そんなエイレーンの言葉に、頷くヨメミ。

「あたしもそう思うよ、でもしょうがないんだ」

「しょうがないって……」

「じゃあ、植物も生えないこの世界で、どうやって生き延びればいいと思う?」

ヨメミの問答にエイレーンは、ええ…、と引いた。

「そんなの生き延びられないに決まっています」

植物の無い世界と言う事は、循環のない世界と言う事だ。

人間の出す汚染物が、やがて人間に害として降りかかる。

感染症が発生してしまったらそれで終わりだ。

「集団感染症のリスクを考えたら、集団生活なんて寿命を更に縮めるだけだと思うのですが」

ヨメミはフム、と考え込む。

数秒の熟考。

「……確かにそうだね」

あっさりと折れたヨメミを、エイレーンは驚いた表情で見つめた。

ヨメミは続ける。

「でもね、それは何十年も集団で生活したらの話だよ」

エイレーンは眉をしかめた。

「十年と経たずに死滅するという事ですか?だったら確かに…」

「逆だよ、数年集団生活するだけで地球は再生するの」

「………」

ヨメミの顔は、全く嘘をついている様には見えない。

「根拠を持って言っているんですよね?」

ヨメミはコクリと頷く。

「ここに居る人たちは皆納得して、ここに居るよ」

エイレーンはそうですか、とだけ言う。

「でも、私には帰らなきゃいけない場所があるんです、家族を見つけてから協力でもいいですか?」

ヨメミはコクリと頷いた。

「じゃあ、その前に詳しい話を聞きに行こうか」

ヨメミは立ち上がると、エイレーンについてくるように促す。

軽い溜息をついたエイレーンは、渋々と立ち上がった。

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3.7話. [潜入]

コメントとか頂けたら嬉しいです


白装束を身にまとった萌美達は、人混みの中をゆっくりと歩く。

何年振りかの人混みに、萌美は背中がゾクゾクするのを感じる。

「人がいっぱいいるね」

隣を歩くべノは、そうだね、と応じる。

「ここは特に中心地だからね、いっぱいいるよ」

べノは当たり前のように答える。

萌実にとって新鮮な風景も、べノにとっては当たり前のことらしい。

「所でべノ、作戦についてなんだが」

話を切り出したベイレーンに、べノは軽く頷く。

「ベイレーンがデータを抜き取って、私達がサポートでいい?」

「そうだな、退路の確保を頼むお」

「うん、退路の確保なら任せて」

二人の会話に萌実も横から加わる。

「あ、友達の救出も協力してほしいな」

そう言うと、萌実はエイレーンの端末を出した。

端末には地図らしき図形が表示されており、中で赤い丸が点滅している。

「ここにいるって反応があるんだけど」

どれどれ、と覗き込んだべノは、数秒間沈黙ののちに、うっ…と声を発した。

「うわぁ……よりにもよって…」

先程とは打って変わって、べノは面倒臭そうな声を出す。

「ゴメン萌実ちゃん、友達の救出は時間がかかるかも……」

首を傾げた萌実に、べノは続ける。

「その子、めちゃくちゃ強い奴に匿われてる…」

「へぇ…」

「女の子で萌実ちゃんに似ている奴なんだけど…」

萌実は目を細めた。

べノははぁ…とため息をつく。

「………うん、大丈夫だよ、私がその友達を救出して来るから」

「その代り、データを抜き取るのが先になるけど…」

萌実はしょうがない、と頷く。

「救出さえできれば大丈夫だよ」

べノはありがとうと呟いた。

気が付けば人混みの騒々しさは後ろに消えていた。

足元のアスファルトの黒に、砂の黄色が混じり始める。

三人の正面にそびえ立つビルが、禍々しい雰囲気を漂わせていた。

正面に立つ門番らしき二人組からも、目的のものはそこにあると分かる。

「正面から行くよ」

作戦開始の合図だ。

べノは萌実の肩を軽くつつく。

「萌実ちゃん、顔出して」

その言葉に、萌実の中で何かが繋がる感覚がした。

自分と似た少女が、どうやらこの集団では位の高い部分に属しているらしい。

成る程ね、と萌実は思った。

「分かったよ」

萌実は頷くと白頭巾を外し、二人を引き連れるように前にでる。

驚いたのはベイレーンだった。

「萌実、おま、何でだ?」

「それは後で話すね」

目の前には白いビルが建っている。

前には武器らしきものを持った門番が二人。

そんな門番の間の扉を、萌美は何食わぬ顔で通り過ぎる。

門番もチラリと萌実を見るだけで気にも留めない。

金属の扉を押し、中に体を滑り込ませる。

ビルの内部は、薄汚れた窓からの光でぼんやりと照らされていた。

「広いね」

目の前の光景に、萌実はポツリと呟く。

ビルの中は広いエントランスのようになっており、壁際には階段も見える。

ベイレーンは不思議そうにあたりを見回す。

「周りには誰も居ないようだな」

「うん、誰も居ないなんて、警戒するだけ損だった…」

突如、示し合わせたかのように、萌実の右ポケットからバイブレーションが鳴り響いた。

エイレーンの端末だ。

萌実は慌ててそれを取り出すと、その画面に息を飲んだ。

画面にはwarningの文字と共に、”危険音域”の文字。

萌実は黙って端末の電源を切った。

「ところで、べノちゃん」

「なに?」

「この場所って一体何に使われてるのかな?」

靴底がコンクリ―トを蹴る音が、コツコツと反響する。

「洗脳」

放たれた言葉は少し震えていた。

成る程な、とベイレーン呟く。

この場所を特定するのに、べノは様々な犠牲を払ってきたのだろう。

「…まあ、ヤバイ集団だとは思っていたがそこまでとはな」

ベイレーンはため息交じりにべノに尋ねる。

「…で、何階に行けばいいんだお?」

「すぐそこ」

べノは、取っ手の無い扉を指さした。

「たぶんあそこにある」

無機質な扉と言うのが正しいのだろうか。

見た限りでは何も特徴も無い、のっぺりとした白い扉だ。

萌実は扉を指先で軽く押した。

白い扉は、キィ、と音を立てて開く。

「…凄いね」

室内は、扉の簡素さとは真逆の騒々しさだった。

目の前の巨大なコンピュータ群は忙しなさそうにランプを点滅させ、熱を排出するためのファンが、大きな音で回転している。

端末を取り出したベイレーンは、ケーブルを機械に接続した。

巨大な機械は驚いたようにランプを点滅させた。

「何分かかるかわからないが、誰か来たときは対応頼むお」

萌実はうん、と頷く。

洗脳に使う場所だ、来るのはろくでもない人間の可能性が高い。

なるべくなら誰も来て欲しくは無い。

だが、期待とは裏腹に現実はそうは上手くはいかないらしい。

「誰か来たかな?」

べノの言葉に、萌実は耳を澄ませる。

誰かが言い争う声。

門番と関係者だろう、何か不備があったに違いない。

例えば、顔パスで入ってきたはずの人間が、もう一度入ってきた、等。

「べノちゃん、脱出経路は確保できてるかな?」

べノは頷く。

「地下に空洞が広がっているから、そこから脱出する」

「じゃあベイレーン次第だね」

萌実はそう言うと白頭巾をかぶる。

「終わったら声掛けてベイレーン」

「任せろ」

その言葉に萌実は白い扉を開き、人気の無い広いロビーに出た。

コツコツと音を立て、萌実はゆっくりと空間の中心に向かう。

表では騒ぎが収まったらしい、外へと繋がる扉がこちら側にゆっくりと開かれた。

外からの光に浮き出たシルエットは、小柄な二人組を映し出す。

「久しぶりだね」

萌実は入ってきた二人に声を投げる。

「萌実ちゃ…」

聞き覚えのある鼻声に、萌実は手をふる。

前にいるのはヨメミだ。

そしてワンテンポ遅れて後ろの一人が驚いたように声を発した。

「萌実さん!?」

その抑揚の無い声には聞き覚えがある。

萌実はほっと溜息をついた。

「エイレーン、無事で良かった」

その言葉に、ヨメミはエイレーンを庇うように前に進み出た。

「萌実ちゃん、久しぶりに会えて嬉しいよ」

ヨメミは少し嬉しそうな声を上げた。

「久しぶりだねヨメミちゃん、迎えに来たよ一緒に帰ろう」

久しぶりの再会に、萌実も嬉しそうに言う。

「萌実ちゃんがこっちに残ってくれればうれしいんだけどな」

後ろに控えるエイレーンは、困惑した様子で萌実を見た。

萌実は親指で白い扉を指す。

「それは無理な相談だよ」

「力ずくでも?」

萌実は答えない。

扉の蝶番がギィ、と音を響かせた。

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3.8話. [萌実vsヨメミ]

エイレーンは部屋に入ったようだ。

萌実は白頭巾を取ると、白装束のヒモを千切り、右手に巻き付ける。

「かかって来なよ、萌実が返り討ちにしてあげる」

萌実は腰を落とし、ファイティングポーズを取る。

かかとを軽く上げ、膝を軽く曲げた状態で、前後に跳躍。

「………」

ヨメミも白頭巾を取ると、無言でそれに習うように拳を構えた。

両足の中央辺りに重心を置いた萌実とは違い、重心は少し前気味。

萌実が守りだとするなら、ヨメミは攻めの体勢だ。

「………」

「………」

両者共、右拳を自分の顎に寄せ、ゆっくりと時計回りに間合いを詰める。

距離1メートル

「っつ」

先に仕掛けたのはヨメミだ。

半歩距離を詰め、右のジャブを顔に打ち込む。

「っ!」

だが萌美もそれを冷静に弾き、後ろに下がる。

距離が開き、再びにらみ合いが始まる。

「………」

「………っ!」

仕掛けたのはまたもやヨメミだ。

右足で距離を詰め、右拳を萌実の顔面に突き出す。

フェイント。

萌実は避けずに、あえてボディーにフックを放つ。

「ぐっ…!」

くぐもった声を上げ、今度はヨメミが少し下がった。

ダメージは入っている。

「…ふっ…」

萌実は軽く息を吐くと、口元をきつく結んだ。

打たれたヨメミは更に重心を前に倒す。

(来るっ)

ヨメミの強襲に合わせて萌実は右フックを放つ、が、右フックは何もない空間を掠める。

「っ!」

萌実は慌てて右腕を引き寄せ、後ろに跳躍。

が、そこを遅れて跳んで来た左ストレートが突き刺さる。

重い一撃が、ガード下の内臓を揺らした。

「ぐっ…」

押し出された空気が悲鳴として漏れ出る。

後ろに押し込まれた形の萌実に、ヨメミは攻撃の手を緩めない。

更に動きを加速させ、左、左、右、左とジャブを放つ。

一方的に放たれた拳を、萌実は上半身だけで躱す。

「っ?!」

突然現れた拳が、耳の側面を掠め斬った。

緩急をつけての左ストレートだ。

そのスピードに、萌実の腹の奥がゾクリと騒めいた。

右に避けてたらきっと仕留められていた。

背中がゾワリと撫でらる感覚を覚えながら、萌実は重心を前に戻す。

放たれた左ジャブを右裏拳で弾き、更に前へ。

額と額がぶつかり合うほどの距離。

萌実は勢いそのままに右ストレートを打ち出した。

「「っ!!!」」

右ストレートがヨメミの顔面を打ち抜き、同時にヨメミの左フックが萌実の右脇腹を打ち抜いた。

互いにクロスカウンターを放ったのだ。

「「かっ…」」

ヨメミは大きく仰け反り、萌実は身体を折る。

ボディーへのダメージに身体がズシリと重くなる。

萌実は距離を取った。

ヨメミも少しふらつきながら距離を取る。

互いにダメージを喰らっている状態だ。

萌実は再び息をついた。

ダメージを食らったヨメミは、きっと更にギアを上げて来るだろう。

そうなればこちらに全く勝ち目はない。

萌実は無言で右拳のヒモを解き、構える。

重心は再び後ろに、拳は正中線を守るように。

「行くよ!」

萌実は掛け声と共に左足で跳び、距離を詰める。

右ジャブでヨメミの視界を奪い、立て続けに左フック。

、が、その一撃はヨメミの膝で防がれる。

突如、萌実の顎先を何かが掠めた。

遅れてやってきた風が萌実の顔を撫でる。

「外しちゃったね」

そう言うとヨメミは、片膝を上げてファイティングポーズを取った。

ムエタイの形だ。

ヨメミの蹴りが、顎先を掠めたのだ。

「何処で覚えたのかな」

「ここで覚えたよ…っと」

顎に貰ったダメージが予想以上に大きかったらしい、ヨメミはふらりとバランスを乱す。

「さっきは外しちゃったけどね、次は当てるから」

体勢を立て直しながらヨメミは笑った。

楽しんでいる。

萌実もそれにつられるように笑う。

「いいよ、私が返り討ちにしてあげる」

右手に垂らしたヒモ先を左手で持ち、両手で張る。

「お互い、次が限界かな」

萌実の言葉に、ヨメミはそうだね、と応じる。

お互い、次の一撃で終わりだ。

~~~

白い扉を開けたエイレーンは、その光景に軽く声をあげた。

連なったコンピュータ群が、忙しなく動き、計算している。

「あれ?」

その巨大な機械の影に隠れるように、小柄な白装束が端末を操作していた。

肩まで伸びた黒髪を二つ結びで垂らしている。

(誰だろう?)

その疑問が浮き出ると同時に、白装束は振り向いた。

「誰だお?」

聞き覚えのある声と見覚えのあるその顔に、エイレーンは息を飲んだ。

身体の奥がブルりと震える。

二年前の惨事で離れ離れになった実の姉が目の前にいる。

その事実に、エイレーンは思わず叫んだ。

「ベイレーン!!」

ベイレーンはしばらく固まっていたが、やがて驚いたように目をしばたかせた。

「エ、エイレーンか?お、お前生きてたのかお!?」

「はい、お陰様で」

地獄の中の仏とはこの事を指すのだろう。

予想外の出来事にエイレーンは思わず笑う。

「ベイレーン、ここで何しているのですか?」

ベイレーンはニヤリと笑う。

「このクソみたいな宗教団体からおこぼれを預かりに来たんだお」

エイレーンは首を傾げた。

「回りくどい言い回しですね、食糧でも奪うのですか?」

「違う、植物の種を奪うんだお」

「へぇ…それh……はい?」

「後で詳しく言うが、宇宙に種が冷凍保存してあって…」

「お姉ちゃん!?」

ベイレーンの説明を遮るように、声が響いた。

コンピュータの影からひょっこりと顔を出したべノが、驚いた様子でエイレーンを見つめている。

「べノちゃん!?久し振りですね!」

「久しぶりだね、お姉ちゃん生きてたんだ」

「ええ、なんとか…」

ススに汚れた数年ぶりの妹の姿に、エイレーンは安心したように息をつく。

「べノちゃんも何しているんですか?」

「脱出経路確保してる」

ニッコリと笑った顔にエイレーンは目を細めた。

「貴方達はスパイか何かですか」

「まあ、ここの奴らからしたらそうだお」

そう言うと、ベイレーンはこっちに来るように手を招いた。

「手伝ってくれエイレーン、人では多い方がいい」

~~~

ヨメミのジャブを、痛む肺を無理矢理動かしてフットワークで避ける。

数発ボディーを喰らったのが悔やまれるが、今の萌実にはそんな事を後悔する暇など無い。

確実なカウンターを決めることに集中させ、パンチをひたすらにかわし続ける。

風切り音。

ヨメミの左ストレートが、萌実の視界の左半分を奪う。

フェイントだ。

萌実はあえて動かず、ヨメミの下半身に注意を向ける。

足が、上がった。

(仕留めに来る)

萌実は拳を引き寄せるとヒモを強く握りしめた。

加速する思考の中、ヨメミの動きを瞬時に分析。

左の視界を奪ったのなら、普通は左から攻撃が来るだろう。

しかし、それは定石どおりの話だ。

(確実に仕留めるなら、右)

右手を頭の高さに、左手を腰の高さに落とし、右側の守りを固める。

萌実は、腕の感覚に全神経を集中させた。

受け止めきれなかったら仕留められる。

だからこそ、あえて逆を守らない。

その博打に、一筋の汗が萌実の額を伝った。

(来た!)

ピンと張ったヒモに、何かが触れた。

蹴りだ。

萌実は右腕で蹴りを受け止めると、身体を時計回りに回転させる。

蹴りを正面から受け止めつつ、張ったヒモで獲物を捕らえた。

「ぐっ…」

勢いは衰えない。

捉えられた脚は、その拘束を打ち破らんとその勢いを強めるばかり。

ならば、と萌実は腹筋に力を込めた。

もう身体は限界だが、身体で受け止めなければヨメミの蹴りは止まらない。

萌実は激しく体を折りたたんだ。

腹で衝撃を受け止めつつ、蹴りを包み込むように。

その時だった。

「!?」

ヨメミの蹴りの軌道が揺らぎ、萌実の想定外の方向へとベクトルが変化した。

(間に合わない!)

慌てて姿勢制御に移ろうにも間に合わず、萌実はバランスを崩し、脚を掴んだ状態で後ろに倒れ込んだ。

ヨメミも同時にバランスを崩す。

共倒れだ。

尻から倒れた二人は茫然とした様子で天井を見つめた。

どちらも立ち上がろうとせず、ただ天井灯の白い光に目をしばたかせる。

萌実は肩で息をしながら、ヨメミを見た。

「これって、どっちが勝ったのかな?」

「わっかんない」

あっけらかんと言いきった様子が萌実には可笑しく聞こえた。

「…ぷっ…はっ」

噴き出した萌実にヨメミもつられるように笑いだす。

「はっははは!」

こうなると笑いの応酬がはじまり、留まらない。

何が可笑しいのか二人にははっきりとは理解できなかったが、何故か笑いは止まらなくなるのだ。

「あっはっは…!」

「はっははは!」

子供の頃、二人で転げ回ったあの時のように二人は笑い続けた。

どれほど笑っただろうか、やがて満足した萌実はゆっくりと立ち上がり、ヨメミの正面に立った。

萌実は手を差し伸べる。

「立てる?」

ヨメミは両手でその手をしっかりと掴む。

「うん、ありが…」

言い終わるや否や、萌実は右手に隠し持ったヒモをヨメミの両手に巻き付けた。

「あえ?」

咄嗟の出来事に、ヨメミはしばらくポカンと口を開けた。

そんなヨメミに、萌実は、甘いね、と指を振った。

「この勝負、萌実の勝ちだよ」

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3.9話. [再会]

「あー…お疲れ様です、こちらはあと少しで終わりですよ」

一息つきながら、エイレーンは入ってきた二人に声をかけた。

入って来るなり嬉しそうに手を振った萌実とは対照的に、手を縛られたヨメミは、少し悔しそうに唇を噛んでいる。

顔は似ている割に、対照的な二人だ。

「どう?調子は?終わりそうかな?」

「経った今終わったお」

やり切った表情のベイレーンは、軽く息を吐く。

「お疲れ様です、ではべノちゃん、そろそろ逃げましょう」

その言葉にべノはコクリと頷く。

「私が先導するから皆ついてきてね…」

なまなざしのべノは、顎で皆に付いてくるように促し、床に開いた穴にゆっくりと入ってゆく。

穴の先は暗く塗りつぶされており、微かに空洞音が鳴っている。

よほど広い空間が広がっているらしい。

「行きましょう皆さん」

エイレーンは闇の中へと足を踏み入れた。

~~~

「ミライ様、侵入者が数名紛れ込んだ模様です」

付き人の口から発せられた言葉はアカリの予想していた通りの言葉。

この辺りの難民はあらかた救助したと思っていたが、それでも足りないらしい。

「では連れてきてください」

その言葉に、付き人は深々とお辞儀をし、柏手を打つ。

すると、倉庫の面影が残る鉄の扉がゆっくりと横に開かれた。

扉の先には三人の姿、そのいずれも白い布を身にまとっている。

「入りなさい…」

鎖につながれた三人は、引っ張られる形で歩を進める。

アカリは思わず息を飲んだ。

三人組の中央の顔が、アカリのよく知る人物の顔だったからだ。

紅みがかった髪を二つ結びで肩に垂らし、白く抜けた肌にけだるそうな目。

エイレーンだ。

(生きていてくれたんだ…)

何度探しても見つけ出せなかった親友の姿が目の前にいる。

その嬉しさに、思わず腰を上げかけ、止めた。

愛は平等でないといけないのだ

自分が人を平等に愛さなければ、やがて均衡は崩れてしまう…

皆に悟られないようグッと堪え、アカリはいつものように余所行きの笑顔を作った。

「よくおいで下さいました、今から貴方達はここの市民です」

口からすらすらと常套句を流し、三人の目を平等に見る。

「これまで多くの辛い経験をなさったとは思いますが、安心して下さい、ここは…」

「アカリさん!!」

口から漏れ出る言葉を遮るように、悲鳴にも似た絶叫が辺りに響き渡った。

絶叫の主であるエイレーンは、恐怖の表情を浮かべ、こちらを見つめている。

「アカリさん?…アカリさんですよね…?」

シン、と静まり返った空間に、独り言の様な言葉が漏らされる。

アカリは喉の奥がギュッと縮こまるのを感じた。

覚えていてくれていたという喜びと、彼女を無視しなければならない苦しみ。

何とも言えない歯がゆさに、奥歯を噛みしめた。

「私はミライです、ソール様の化身」

目の前のエイレーンの酷く混乱した表情を浮かべ、こちらを見つめている。

(止めて…そんな顔で見つめないで…)

目を反らそうとするが、しかし反らしたくない自分もいる。

目をそらしてしまったらエイレーンは忽然と消えてしまうのではないかと、不安になってしまうのだ。

「……ソール様がこの世界を救済するまで、あなた方を見守るのが私の役目です」

「人類の救済のためにはあなた方が…」

「アカリさん!私を忘れてしまったのですか!?」

(駄目、これ以上は耐えられない…)

アカリは手を伸ばすと追い払う仕草をした。

「申し訳ありませんが、ご退去ください…」

その言葉に従うように、脇に控えた白装束がエイレーンの方を両脇に抱える。

「アカリさん!?ねえアカリさん!?これはどういうことですか!?」

必死に訴えかけるエイレーンの目に、胸の奥がズキリと痛む。

「……連れて行って下さい……」

両肩を抱えられたエイレーンは、力を失ったかのようにうなだれた。

だが、連れていかれるのは嫌なのか、駄々っ子のように身をよじらせ抵抗する。

が、抵抗虚しくやがて扉の向こう側へと姿を消した。

「……今日から貴方方は市民です、ソール様の言いつけを守って生活するように…」

アカリはそれだけ言うと、逃げるように席を立った。

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4.1話. [孤独]

~~~

(私は一体何をしているんだろう…)

見上げた灰色の天井は、日に日にその影を暗く落としているように感じる。

「…はぁ…」

エイレーンが見つかって早1ヵ月、互いに話すことも無ければ会う事すらない。

それもそうだ。

こちらとあちらでは立場が違う。

平凡な市民と、女神の化身。

会って話すなど本来はあってはならない事なのだ。

(見つかっただけで良いじゃない)

自分に言い聞かせるように、頭の中で呟く。

「ミライ様」

「なんですか?」

「”悪魔”に取りつかれたと申す子供が…」

「分かりました、連れてきてください」

その言葉に促され、子供を抱えた女性が入ってくる。

抱えられた子供は、苦しそうに唸り声を上げた。

「始めは筋肉が痛いと言っていたのですが…嘔吐が止まらなくなって…」

嗚呼…またか…

「悪魔をこの子から追い払って下さい、お願いいたします」

「分かりました」

アカリは頷いた。

「今から清めを行います、部屋の移動を…」

目で付き人に案内するように促し、自身も席を立つ。

悪魔が憑りついたと言ってはいるが、症状を見ればそれは違うと簡単に分かる。

2014年に流行したとされる急性ウイルス性感染症そのものだ。

そこから生き残るには、その人本人の免疫力でどうにかするしかない。

「隔離病棟に案内を、今後は一切手を触れてはいけません」

そう言い残し、アカリは隔離病棟へと歩を向けた。

~~~

心がどんどん荒んでいくのを感じる。

始めは献身的に毎日窓越しから応援していたが、日を経つにつれその応援も無意味なものと理解するようになった。

隔離病棟に入った子供は殆どが命を落とし、大半の大人も帰らぬ人となる。

始めは助かると信じていた家族も、次第にアカリに不信感を抱くようになった。

「私の所為じゃないのに…」

やがて孤独感が心を支配し始め、周囲の目が段々と怖いものへと変わっていくのを感じる。

(寝て起きたら、全てが夢で、全てが元通りだったらいいのに。)

寝付く前にはそう願い、灰色の天井を見て、絶望する。

起きた後も隔離病棟に赴き、死に行く人々を励まし、皆に敵意を向けられて眠りにつく。

もし、この世の中に女神が本当に居るのなら、きっと根性がねじ曲がっているのだろう。

この世界では希望が無く、ただ死にゆく絶望に彩られた世界。

そんな世界を、女神さまはどうして作ろうとしたのだろうか。

そんな事を、一般市民も思っているに違いない。

この世界を、”女神の化身”が作り出し、自分達をいたぶろうとしているんだ、と。

「ねえ、エイレーンならどうするかな?」

吐き出された独り言は、虚空に消えた。

もちろん答えなど端から期待してはいない。

そもそも答えは一つに決まっているのだ。

人間を超えた”女神の化身”は、何があっても人間を救い続けなければならない、と。

弱音を吐くこと等あり得ないし、逃げることもあり得ない。

この身を生贄にしてでも、奇跡を起こさねばならない。

”女神の化身”とはそういうモノなのだ。

、とそんな事をぼんやりと考えている最中だった。

仰々しい様子で扉が開かれ、一人の男が部屋に入ってきた。

「おい、大事な話がある」

「…なんですか?宣教師様」

すこし棘のある言い方に、男は少し眉端を上げた。

「……まあいい、二年後に始める予定だった凍結計画だが、一月後に開始することになった」

「………」

凍結計画。

人工知能Sol(ソール)が提案した、人類を”存続”させるための計画。

その概要は、生き残った全ての人間を仮死状態にし、宇宙空間に1000年保存し、その間に保管していた植物の種を放出して環境を整える、と言ったもの。

仮死状態にするための設備、並びに”植物にとっての良質な土壌”が最低限整う期間が4年だったのだが…。

「分かっているとは思うが、犠牲者が多すぎる、宇宙エレベーターの数も悲しい事に”足りてしまった”」

男の言葉が、アカリの胸にズキリと刺さる

「…問題は、どうやって市民をエレベーターまで先導するかなのだが…」

「計画通り、恐怖心を煽ってエレベーターに避難させてそのまま凍結する、で良いはずじゃ…」

「………まあ、それが最適だと出力結果も出されているからなぁ…」

男は気難しそうに顎髭を撫でる。

”最適”ではあるが、絶対ではない。

もしこの計画が失敗してしまえば、人類は絶滅する。

失敗は絶対に許されないのだ。

「もう遅いと思うが…信用をなるべく落とすな」

それは誰の為でもない、人類の為なのだから…。

~~~

人通りの無い道路。

一か月前にはあれほど賑わっていたのに、今ではその面影すらなくなっている。

だが全く静かと言う訳ではない。

「酷い雰囲気ですね…」

エイレーンはしかめっ面をした。

その目線の先には異様な雰囲気の集団。

彼らはボロ雑巾のようになった布を纏い、一心不乱に叫んでいる。

その内容は一貫して、”ミライ様に自分達は見捨てられた”と言うもの。

「不安を煽る奴らに限って無責任なんだお」

隣のベイレーンも、同じようにしかめっ面をした。

彼らは”革新派”と呼ばれている集団で、最近家族を失った者がその大半を占めている。

「もう長くないのかも知れないですね…、そのうち彼女は彼らに殺されるでしょう…」

「他人事みたいだな」

「……分かってて言っているのですか?」

エイレーンはベイレーンを睨みつけた。

怒っている様な、悲しんでいる様な、そんな表情。

ベイレーンはポリポリと頭を掻いた。

少し気まずそうにしている辺り悪気は無いらしい。

「悪かった、だが、もしそうなったら助けに行くか?」

「………」

エイレーンは踵を返し、歩き出した。

ベイレーンは慌てて後を追う。

「お、怒っているのか?」

ベイレーンの言葉に、エイレーンは首を黙って振る。

「彼らの言葉で頭がおかしくなりそうだったので…」

「確かに、洗脳されるかと思ったお」

エイレーンはちらりと後ろを見た。

段々と遠ざかっていく彼らの声は、その強さを一向に弱めない。

「もちろん、裏切られた人々の気持ちも痛いほどに分かります…」

「でも、人の為に一生懸命になっている人を見殺しにはしたくありません」

「つまり?」

「助けられるものなら助けたいです、例え拒否されても」

ベイレーンは嬉しそうに鼻を鳴らした。

「だったらおいらも手伝ってやるお」

「………」

「………」

「………顔を覗き込もうとしないで下さい…」

覗き込んだベイレーンから逃げるように、エイレーンは顔を背ける。

そんなエイレーンの様子に、ベイレーンはにんまりと口角を上げた。

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4.2話. [疑惑]

「何で宗教と言う形で皆をまとめたんだろうね」

モニタを見続けているべノに、寝転がった萌実は声をかける。

コンピュータ室から脱出を失敗したエイレーン達は、”何故か”コンピュータの制御を命じられ、集団でコンピュータ室で宇宙エレベータの進捗を確認させられている。

今は休憩時間で、皆各々好きな事をして過ごす時間だ。

べノはモニタから目を放し、面倒くさそうな表情を浮かべて振り向いた。

「何で急に…」

「だって、万能の女神様を皆が信じちゃったら、何かあった時に誰も動けなくなっちゃわないかな」

大人しそうな顔の彼女だが、考える所はしっかりと考えているようだ。

べノはヨメミをちらりと見た。

彼女は萌実の太ももを枕にして、気持ちよさそうに昼寝をしている。

同じ顔なのにどうしてこんなにも性格が違うのか。

べノにとって、それが本当に不思議でならない。

「そんなの、AIが考えた結果だから、最善がそれだったんじゃないかな?」

べノの答えに、萌実はそっか、と頷く。

……

いや、待てよ。

AIは、過去のデータを分析し、学習する。

つまり、AIの答えは既存のデータから得られたものであって。

中世の環境と似た環境だったから中世の政治体制を参考にした…

しかし、宗教はやがて廃れ……

”革命”

突然浮かんだその言葉に、べノの頭の中で稲妻が走った。

「革命!そうか!革命だったんだ!」

突然湧き出たその”答え”に鳥肌がブワリと湧きあがる。

「なっ!?なになに…!?」

萌実の方を見ると、寝起きのヨメミは辺りをキョロキョロ見回し、萌実はこちらを不思議そうな目で見つめている。

べノは、ゴクリとつばきを飲み込んだ。

「萌実ちゃん、ヨメミちゃん、これ、結構まずい状態かも」

<ガチャリ

「ただいま戻りました」

「ただいまだお」

散歩に行っていたエイレーンとベイレーンが、丁度入ってきた。

丁度いい。

この事は速く伝えなきゃ…。

「「皆ちょっと相談があるんだけど(ですが)」」

強い責任感から発した言葉は、ものの見事にエイレーンのそれとハモった。

~~~

「へぇー…」

気の抜けた様子で返事をするヨメミは、同時に魂すら抜けたのかと思うほどにとぼけた顔を見せた。

「絶対的な神を信じ込ませた後に、裏切ることで、人々の信仰をそのまま機械へと移す…と?」

エイレーンのかみ砕いた解釈に、べノは頷く。

「うん、裏切られた人間は、その真逆のものを信じる傾向にあるって言うし…」

「でしたら、このパンデミックもAIが引き起こした…と?」

「それは分かんないけど……」

「…ありえるとは思うお、いや、寧ろそうとしか思えない」


「逆に考えるべきなんだお、ウイルスが何処から何を”媒介”にここまで来たのかを考えると…」

ウイルスの伝達手段には、生物が関わる。

生物の体内に入り込み、増殖し、別の生物の体内に入り込むのだ。

もし、この場所で自然発生したウイルスでなく、何かを媒介して来た場合…

「食べ物が感染経路の可能性もあるお」

食べ物の中に、これらのウイルスが紛れ込んでいたとすると、自然に体内にウイルスを取り込むことになる。

「でも、そうなるとアカリちゃん達権力者が全く罹って無いのはどうして?あたし達もだけど全員同じものを食べてる筈だよ?」

ヨメミの鋭い問いに、ベイレーンはそうか、と頷く。

死亡した人間、感染が確認された人間は、いずれも平民と言われる人のみ。

逆に、平民以外には全く異常が無いのだ。

「元々抗体でもあったか、食べる時にはそのウイルスが死滅していたか、若しくは既に感染してしまっているかだが…確かに…平民だけと言うのは不思議だお」

平民のみが感染する理由などあり得ない。

明らかに”変”な状況だ。

考え込むベイレーンにべノはおずおずと手をあげた。

「ベイレーン、話は変わるんだけど、逆にこれで生き残る人間を選別しているとしたら?」

「生き残るのは、権力の中枢に入り込み人々を統治できる能力のある人間、そしてその近くの人々」

「あとは、宗教に頼らずに一人で行動して、生き残った人じゃないかな?」

ベイレーンは成る程、と頷く。

「全て、能力が高くなければ生き残れないように出来ているんだお、権力者もそう、この事態に対処し、”殺されない”能力が必要だお」

”殺されない”能力、それはつまり、革命を起こさせずに統治させる能力の事だ。

だが、それは厳しいものがある。

日に日に高まる不満の色は、ほぼ部外者であったエイレーン達の目にもあからさまに分かる。

これらの不満を無くすのは無理だ。

「あの…それで、私から皆さんにお願いがあるのですが…」

申し訳なさそうに手をあげたエイレーンに、全員の視線が集まる。

「アカリを救出するのを手伝って欲しいのです」

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4.3話. [生贄として]

罪を感じるのは、心を持つ生物の特権である。

人を愛し、人の為に涙を流せる者は、紛れもなく人であり、であるからこそ、人の生は美しいのだ。

過去に、こんな言葉を本で読んだ覚えがある。

確か、性善説論者の人が書いた詩だ。

不完全な人間の美しさと、人間特有の愛の素晴らしさについてが解かれていた。

私にはこの言葉に続きがあると思うのだ。

人の為に流した涙は、人を人から遠ざける。

無限に傷ついた皮膚は鋼のように硬くなり。

枯れた涙は、その流れを忘れる。

しなびた心は、元に戻ろうともせず。

行き場を失った愛が、自らを傷つけ始める。

もし、生贄と言う形で、この苦しみから逃れられるのなら、私は喜んで生贄になろう。

例え、それが無意味だと分かっていても。

だって、今の私にはそれしか出来ない。

何の力も持たない小娘が一人、神の化身を演じた。

それだけでも奇跡に近かったのに、これ以上何もできる筈がないのだ。

「……はぁ…」

きっとすぐにクーデターが起こる。

そして私は民によって殺されるのだ。

殺され、ごみのように扱われ……。

行き場を失った民は、そのまま滅びる。

いや、滅びるしかない。

主導者が自分たちであると分かってしまったら、生き残るすべは無くなってしまうのだから…

だからせめて、私の為にも、民の為にも、私はその前に”美しく”死ぬ。

民の興奮が最高潮になる前に、私は自ら死ぬ。

そうすれば、もしかしたら民は皆混乱してくれるかもしれない。

パニックが起こるかも知れない。

死んでほしくなかったと思うかもしれない。

そうしたら宇宙エレベータの存在を何らかの形で見せればいい。

伝記に記されたノアの箱舟のように、崩壊した世界から人々を守る強固な檻を。

そこへ、数人の信者が宇宙エレベータに乗ればいいのだ。

”ミライ様の声が聞こえる、これに乗れば救われると仰っている、と”

そうやって、事が大きく成れば、流れに流される形で大衆は動き始めるだろう。

全く…本当に…

自ら考える事を止めさせ、盲信させることが大衆の命を救う事になるとは、何とも可笑しな話だ。

そして、これが私が来る以前から計画されていた事なのだから、本当にゾッとする。

全人類が、何年も人工知能Solの手のひらで踊らされ続けたのだ。

それが、全人類を救うための最善の手段だとしても。

本当に気持ちが悪い。

「クーデターはあとどれくらいで起きそうですか?」

「3日もあれば起こる筈だ、そう言った動きが少しづつ活発化している」

成る程。

だったら2日後だ。

「では、2日後に集会を開きます、その時に自害するので…」

宣教師は面白くなさそうに鼻を鳴らす。

「ただ死ぬだけで終わったらつまらないぞ」

美しく死んだところで、民の心に何も響かなければ何も意味はない。

男はそう言いたいのだろう。

イエスキリストが信仰を得たのは、死した後に復活したから。

そう聞いたことがある。

つまり、死の間際に人智を超えた何かを行う事で、神としてあがめられ、信仰を得るのだ。

「でしたら自害直後に”奇跡”でも起こしましょう」

幸い、宇宙には巨大な宇宙ステーションが存在している。

それを使えば何かしらできる筈だ。

男もその考えに至ったらしい。

「宇宙ステーションから何かしらを落とすくらいしかできないぞ、そんなの食糧投下と変わらない」

「そうですね…」

そう、全くその通りだ。

確かに、宇宙ステーションが出来ることは限られている。

特に地球上に干渉する方法は、何かを投下する程度しかできない。

地上が二度焼き払われたあの日から、宇宙ステーションはそれのみを……

………

ああ、そうか。

そうだったんだ。

「それとも何か?落下軌道を変化させて流れ星でも作る気か?」

流れ星。

そんなロマンチックな方法もあるんだ…。

「いいえ、落とす物が違います」

そう、落とすべきものは

もっと凶悪で。

人の命を奪うために作られたもの。

「ミサイルを落とします」

何発でもいい。

神の怒りを表現できればいいのだ。

死の直後、人々に恐怖を与えればいいのだ。

私の死骸に縋りつくようにすればいいのだ。

「それは…」

男は驚きのあまり見開き、やがてその目つきは哀れな者を見る目つきへと変化した。

馬鹿の虚言。

ミサイルなんて軍事に関わる部分に干渉できるわけが無い。

そう言いたいのだろう。

だが、それを可能にする方法はある。

「言いたいことは分かります、しかし、私も策があると思って言っています」

この地上が二度焼かれた理由。

一度目は核によって。

そして二度目は迎撃ミサイルによって。

一度目の核爆発によって生じたパルス波によって、制御を失ったミサイルが地上に落下した結果だ。

「核が発射されたという信号を送り、迎撃ミサイルを発射させます、それだったら可能でしょう?」

「そんなの……」

「Solシステムから宇宙ステーションに送るのは無理なのは分かっています、使うのは別のシステムです」

Solシステムとは独立したもう一つのシステム。

二年前、エイレーンと一緒にいたあの場所で、突然現れたあのシステム。

「システムMiraiを使います、そのためのチームを発足させてください。」

死が確定した今。

もう、後には引けない。

民の命が最優先で。

洗脳してでも助けなければならないのだから。

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4.4話. [作戦開始]

うだるような暑さの中、太陽の熱線が降り注ぐ中を、砂煙を上げて白いトラックは砂の大地を走り抜ける。

運転席には相変わらず人影は無く、同乗者の四人は、妙にそわそわした様子で辺りを見回してる。

………

いや、ヨメミと萌実は落ち着き払った様子だ。

ヨメミに至っては寧ろ嬉しそうにしている。

(下手したら、数少ない人類を滅ぼしてしまう可能性だってあるのに、何故彼女達はいつも通り振る舞う事が出来るのでしょうか…)

二人の神経の強さに、エイレーンは呆れを通り越して最早感動していた。

「エイレーンとアカリちゃんの住んでた家に行くの楽しみだな~」

(ぬかしやがりますね)

人の緊張感を知ってか知らずか、呑気なヨメミに、エイレーンは心の底で悪態をついた。

何だか緊張している自分が馬鹿らしくも感じる。

「萌実さんも住んでいた場所ですし、そこまで楽しい場所じゃありませんよ」

「ちょっとエイレーン、それどういう意味かな?」

少し怒った様子の萌実に、エイレーンはにっこりと笑う。

「そこにいたからって胸は育たないです、アカリも私も胸が大きいのは素質があったからで…」

「エイレーンだって所詮Bカップじゃん」

「揺れるのと揺れないのでは大きな差です」

「私だって揺れるからね!!」

「あー…お前ら、口喧嘩は止めよう、そろそろつきそうだお」

ベイレーンの言葉に、運転席の向こう側を見やると確かに見覚えのある小さな四角が黄色い平面の上に落ちていた。

「あれみたいだな、じゃあ作戦の確認をするお」

「先ず、宇宙ステーションのネットワーク環境に接続し、ウイルスを送信するのが今回の目標だお」

「で、そのウイルスがこのメモリの中に入っているから、ウイルスを改造してとか゚何とか…」

「まあ、明日の19時頃に設定すればいいらしいが…」

ベイレーンは困ったように全員の顔を見回した。

「お前らの中で、これを書き換える自信があるやついるか?」

「「「「無理」」」」

「だよなぁ…」

ベイレーンは困ったように眉をしかめた。

「いや、実はな、オイラもどうやって書きかえればいいのか全く分からなくてだな」

ベイレーンの突然のカミングアウトに、残る四人もうんうんと頷く。

「そもそも何のウイルスかわからないし、そもそも何でオイラ達がこんな所に来ているのかすらも…」

「そうですね、ミサイルを操作する…とは言われていますが…」

「ウイルスでミサイル操作なんて無理じゃないか?」

「そんな事を言われましても…」

「そもそも…おぉう!?」

突然のブレーキに、ベイレーンはつんのめる。

目の前には大きな大きな金属製の箱。

エイレーンが数か月前に住んでいた箱だ。

「あ、着いたのか…」

ベイレーンは拍子抜けしたように目をしばたたかせた。

箱、と聞いていた割に随分と大きなソレは、静かに圧を放っている。

「行きましょう皆さん、」

後ろのエイレーンがよっこらせ、と腰を上げた。

他の3人もそれに習う。

「え?あ、入っていいのか?」

「はい、でもちょっとだけ待ってください」

エイレーンは、恐る恐るトラックから飛び降りると、4m程先の入り口のパネルに手を触れた。

黄色いパネルが緑色に切り替わり、扉がガシャリと音を立てて横にゆっくりとスライド

そのメカニックな動きに、ヨメミは一人歓声を上げる。

「か…かっこいい…!…ガションって言った…」

ヨメミの歓声に、エイレーンは得意げに鼻を鳴らした。

「ええ、なにせこの扉は宇宙でも使える程のものでして、密閉度、頑丈さ、そしてギミックの深み、どれも最高で…」

エイレーンの話を右から左に流しながら中に入ると、こじんまりとしたリビングらしき部屋が目に飛び込んできた。

住むには十分な広さ、中央の丸テーブルを退けさえすれば四人は寝れるだろう、奥に見える扉はシャワールームとトイレだろうか。

生活環境がかなり整っている。

さらに右手のモニタには日本語で、(お帰りなさい)の文字。

その文字に、何故だかほっとする。

微かなファンの音が少し気にはなるがそれでも居心地は最高だ、それに何より、

「空気が美味しい」

思わず出た感動の言葉に、べノもスウッ…と深呼吸。

そんな二人を萌実はほほえましそうに眺めている

「どうですか、居心地がとてもいいでしょう」

溢れんばかりのドヤ顔エイレーンが、ヨメミを引き連れる形で部屋に入ってきた。

すぐ調子に乗るエイレーンに、素直なヨメミが褒めたたえまくったのだろう。

混ぜるな危険。

そんな文字がベイレーンの脳裏に浮かび上がった。

「宇宙でも良く用いられる太陽光パネルによる発電システムに加え、地熱発電システム、熱平衡による発電システムを…」

エイレーンの言葉を遮るように、ガシャリと音を立てて扉が密閉される。

「あ、そうなんですよ、この子頭が凄く良くて、空気を効率的に循環させるために、というか循環システムが全体的に…」

スイッチが壊れたアイスクリーム製造器のように、説明を口から垂れ流すエイレーン、そして聞き入るヨメミ。

チラリとべノを見ると、しれっとコンピュータに端末を接続する作業に取り掛かっていた。

萌実も、シャワールームらしき扉に入っていく。

「………」

終わりの見えない説明地獄に、べノの手伝いでもしようとベイレーンはそっと踵を返した。

その時だった。

「…キコエマスカ…ミナサン……」

べノが接続した端末から、人工の音声が流れ出した
無機質ではあるが、良く通る声。
後ろで騒ぐエイレーン達も、その声に動きをピタリと止めた。

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4.5話. [不完全なAI]

「突然デスガ、…皆サンニ頼ミタイ事ガアリマス…」

意外にも丁寧な口調に、その場の全員が拍子抜けしたように頷く。

「マズ、ウイルスを送り込もうとしているようですが、それはやめてください」

突然クリアになった音声で言われた内容に、ベイレーンは思わずむせそうになった。
全てがバレていたと言う事実。
何時から自分たちは監視されていたのだろうか…?

「そのウイルスは2年前に使われていて、対策ソフトも作られたのでそもそも意味がありません」

やんわりと諭すような言い方だが、ベイレーンは言い方では無く、その内容に背筋が凍った。
ウイルスはエイレーンが携帯型メモリに入れてしっかりと携帯していた筈で、そもそもその存在、形状は知ろうにも分からない状況だ。
監視では生ぬるい。
身ぐるみを剥がされて毛穴の一つ一つまで記録されているのではないかと思うほどの情報収集能力である。

「…一体どこでそんな情報を?」

エイレーンはゆっくりと確認するように問う。
その口ぶりから、ベイレーンと同じ恐怖を感じているのだろう。

「なんてことはありません、そのウイルスが入った記録媒体を監視していたから、と言うだけです。というのも、そのウイルスは二年前に全世界の核発射シーケンスの誤作動を引き起こした元凶なのです」

二年前
それは世界が核によって焼かれた日の事を指しているのだろう。
けたたましいサイレンと共に”核が発射されました、避難をしてください”という音声が流れた記憶は、消そうにも消し去れない程に強烈なものだった。
数秒の経過
後の轟音。
世界が崩壊するのではないかと思わせるほどの揺れが生じ、やがてそれはゆっくりと消えた。
辺りは静寂に包まれ、安堵した人々は辺りを確認しようと外に出た。
そして、そのタイミングを見計らったように世界は再び焼かれた。

「宇宙ステーションに保管されていた核爆弾の8割は発射され、その後に迎撃ミサイルが9割ほど発射されました」

「これらの事は、全て、そのウイルスによって引き起こされたもの……いえ、正確には…」

音声は少し思い悩んだように口をつぐみ、しかし、思い直す。

「AIという人間の思考とは異なるモノによって引き起こされたものなのです」

AIによって引き起こされた
現実的ではないその言葉に、ベイレーンは思考が空回るのを感じた。
その言い方は、まるでAIだから問題が起こったのだと言っているのに等しい。
人間なら兎も角、AIが引き起こす間違い。

「どういう事だお?」

残る3人も全く分からないといったふうに首を傾げる。
人工音声も、その反応を予想していたらしく、別に今わからなくても構いません、と諭す。

「問題なのはこの先、未来の話です、AIの問題性についても、この話で分かると思います」


「ちょ…ちょっと待ってください!」

始まりそうになった説明を、エイレーンが慌てたように止めに入る。

「まだ萌実さんがこの場に居ません、萌実さんが戻ってきてからでも…」

「大丈夫だよおねえちゃん、私が後で話しておくから」

べノはそう言うと、説明を促す。

「ではまず、システムSolの目標なのですが、全人類、及び生物の長期冷凍保存、そしてその間に地球の環境を整えて人類が生活出来るようにするというのが大まかなところです」

「ああ、それはついこの間聞かされた、宗教活動しているのも冷凍保存を円滑に行うためだって話だった気がする」

「はい、その通りです、システムSolが過去のデータを基に最適な人間社会をシミュレーションした結果の形です」

”過去の”を強調する言い方が少し引っかかるが、言っている事は宣教師に言われた事と違わない。

「そして、これによって生き残った人類が未来へと生き残るという話なのですが…このままだと全く問題は無いように聞こえますね」

全く問題は無い、いや、寧ろ最善を尽くしているといっても良いだろう。

「ですが、私はそれでは物足りませんでした、出来るならあの悲劇で亡くなられた方々も救いたいと思いました」

「はい?」

声をあげたエイレーン、そしてエイレーンを含むその場の全員が一斉に眉をしかめた。
世迷い事という言葉がそっくりそのまま当てはまるその発言だ。
人工音声はその様子を全く気にする様子もなく、説明を続ける

「ワームホール、という時空を歪め、異なる時間軸を繋げるトンネルがあります」

「最後の時を迎えた星が、一時的に取る形態です」

「私はあなた方がいない間、宇宙ステーションに接続して星々のデータ収集に努めていました」

エイレーンさん、ありがとうございます、と小さく付け加える。

「エイレーンさんが出ていく直前に調整して下さったので作業は順調にいき、今から100年以内に恒星アルデバランが最後を迎えると分かりました」

そこまで言うと、人工音声は一呼吸置いた。

「前置きは長くなりましたが、私の目的はこの世界の人間を一人データ化させ、レーザーに乗せて過去の地球に飛ばす事、です」

「それによって、地球が焼却される過去を回避します」

無表情な音声に、少しだけ熱が込もる。
話を聞く分には全くのおとぎ話のようで、それでも何故か可能であるように感じてしまうのは何故なのだろう。
エイレーンは、険しくなった眉間を人差し指でトントンと叩きながら、大きなため息をついた。

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4.6話. [本当の作戦]

「シャワーを数分浴びただけなのに…」

茫然とした顔で髪を拭く萌実の眼前には、一様に表情が硬い4人の姿。
硬い表情と、水を打ったような異様な静けさが、仕事を増やされた会社員の顔を髣髴とさせる。
そんな様子が萌実には何故か声をかけづらく感じ、気が付けば無言で髪を拭き続けていた。
真顔の四人と、髪を拭き続ける一人。

「萌実ちゃん、凄い髪拭くね」

ぼんやりと髪を拭き続ける萌実の横に、いつの間にか、(比較的ダメージの少なそうな)ヨメミが立っていた。
少し手持ち無沙汰な感じで声をかけてきた辺り、彼女も萌実と同じように場の雰囲気に何をしていいのか分からなかったのかも知れない。
そして、残る三人はいまだに動かない。

「これって…何が起こったのかな?」

恐る恐る尋ねた萌実に、ヨメミは少し首を傾げる。

「新しい作戦が出た、みたいな感じかな」

成る程。
随分と簡略化されているが、その説明で萌実に場の空気の原因というものが何となく理解できた。
度重なる重要なミッションと、時間の制約の板挟み状態での精神状態を保とうと空元気を出して頑張っていたエイレーンが、新しい作戦を言い渡されて思わず潰れたのだろう。
きっと残る三人もそれにつられる形だ。

「ふぅん……新しい作戦って?」

さして興味無さそうな問いに、ヨメミはそれと同じトーンで返す。

「過去に戻って、歴史を変えるって」

萌実は眉をしかめた。
始めは認識違いかと頭の中でヨメミの言葉を反芻し、それでも理解できずに眉をしかめたのだ。

「え、へ?過去」

「そう、過去」

「?????」

冗談だよね?
そう、言おうとした時だった。

「シミュレーション結果が出ました、最適なチーム編成としては」

突然流れ出た人工音声に、萌実はぎょっと目を向ける。
無機質、それでいて流暢な音声だ。
まるで人間が喋っているみたいに…

「ヨメミさん、萌実さん、そしてベイレーンさんがこちらに残って下さい、そしてエイレーンさんとべノさんがアカリさんの拉致を…」

「なんの事?」

度重なる情報の嵐に、萌実の脳内は?マークで一杯になる。

「申し訳ありません、萌実さんが居るのでもう一度作戦を言います」

「まず一つ、過去に光データとして人を送るといったのですが、様々な要因を考えた結果、アカリさんを送るという事で決定しました」

「そして方法としては、アカリさんを宇宙エレベータを改造した装置でスキャンし、データ化した後に発信機事星の近くまで飛ばします」

「超新星爆発によってできたワームホールにアカリさんのデータを送信し、過去の地球の人工衛星にデータを入れます」

矢継ぎ早に言われた言葉に、萌実はエイレーンたちと同じように顔が固まっていくのを感じた。

「そしてタイムリミットは明日です、明日の正午までにアカリさんを海岸線沿いにある宇宙エレベーターに連れてきてください」

「ちょ…ちょと待って貰ってもいいかな?」

情報の突拍子の無さと量に、頭がぐらぐらする感覚を覚えた萌実は、悲鳴のような声を上げた。

「そもそもアカリちゃんを連れてこないといけない理由って何なのかな、それになんで明日までなの?」

当たり前の質問だが、それによって今後の対応は変わってくる。
アカリを明日までに連れてこないという選択肢があるなら難易度は下がり、より成功率が上がるはずだ。

「そもそも、こっちにもやらなきゃいけないことあるし…」

「ウイルスは送らないことになりました、それと、アカリさんを連れてこなければならない理由ですが…」

人工音声の言いよどむ様子が人間臭さを醸し出し、萌実が微かに感じる違和感がその強さを増してゆく。

「先ほどヨメミさんが、歴史を変えるとおっしゃっていましたが、むしろ歴史を変えないように、かつ、より良い方向に改善するのが今回の目的です」

「まるでアカリちゃんの影響力がものすごく少ないみたいな言い方だね」

ヨメミのちょっと不服そうな言葉に、人工音声はええ、と応じる。

「まあ、アカリさんならば…と言った所ですね」

少々含みを持たせた言い方だが、そこに突っかかるのがなんだかはばかれた萌実は、開きかけた口をそっと閉じた。

「続いて、宇宙エレベーター改造についてなのですが、宇宙エレベーターに元々備え付けてある人体のスキャニング技術を改造して、出力と精度、そしてメモリを宇宙ステーションのデータセンターに直接つなげます」

「つまり、宇宙ステーションとの連携が取れればいいのですが…萌実さんとヨメミさんに残ってもらったのはそのためです」

「…え、二人にそんなコネあったんですか?」

少し疲れた様子のエイレーンが不思議そうな目で萌実たちを見つめる。
どうやら心の踏ん切りはついたらしい。

「はい、萌実さん、ヨメミさんのお姉さんに当たる方です」

萌実はゾワリと背筋の鳥肌が立つのを感じた。
まさかここまで調べられているとは思ってもいなかったからだ。

「…萌恵の事を言っているの?良く知ってるね」

ヨメミの心底驚いた声をうわの空で聞きながら、萌実は数年前の事を思い返す。
萌恵。
萌実とヨメミの姉にして、宇宙ステーションの乗組員として数年前に宇宙ステーションに飛び立った存在。
数年前の事件で全く連絡がつかなくなり、互いに安否すらわからない状態だった彼女だが、果たして無事なのだろうか。
そんな萌実の心中を察してか、人工音声はやんわりとした口調になる。

「ええ、そもそもこの二年間、地球への支援活動は萌恵さんを中心とするチームがその役割を大きく助けていました、彼女は現在も健在で、連絡が取れる状況にあります」

「ですので、話を付けるのを貴方方二人、そしてベイレーンさんにお願いしたく思うわけです」

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4.7話. [代償]

エイレーン達が外に出る頃には太陽は既に地平線の向こう側を跨ごうとしていた。
日中は比較的生き物の少ない砂漠だが、夜はその限りではない。
砂の中や、コンクリートブロックの影に隠れていた動物達も、日が落ちれば獲物を探すために動きを活発化させ始める。
そんな彼らから身を守るための道具は無いのか?、というエイレーンの要求に対し、外に飛び道具を用意していました、と人口音声。
半信半疑で外に出て扉とは反対側を覗いてみると、確かに一抱え程の大きさの金属製の箱が落ちており、中には機関銃、ショットガン、ライフル等々が詰め込まれていた。

「まさかここまでの”飛び道具”とは…」

せいぜい弓、若しくは手投げ槍レベルだろうと高を括っていたエイレーンは、驚きを通り越して感動すらしていた。

「うわぁ…国境あったら今頃警察に捕まってるよぉ…」

後ろから覗き込むべノも若干引き気味だ。
銃とは無縁の人間からしたら当たり前の反応だろう。
もし、今が緊急事態では無かったら慌てて別物を用意するように求めていただろうが、今の状況では現実的に無理だ。

「照明弾、後はピストルですね、小回りが利くようにしましょう」

ガチャガチャと重い鉄隗を探り、エイレーンは照明弾を、べノはピストル持った。
威力の高いものでは無く、使いやすいもの。
この二年間で常人では考えられない程の適応能力が身についた二人は、無意識に最適な武器を選んだのだ。

「行こう、お姉ちゃん」

「はい、行きましょうか」

それぞれの獲物を握りしめた二人は、トラックの荷台に飛び乗り、腰を下ろす。

『では出発します、なるべく危険生物の少ないルートにしてありますが万が一もあります、十分に警戒をしておいてください』

運転席のスピーカーの音声に獲物をしっかりと握りしめた二人を乗せ、トラックはほの暗い砂漠の中を北東へと進んでゆくのだった。

~~~

ガンガンと痛む頭を抑え、アカリは窓の外を仰ぎ見た。
既に太陽は沈み込んでおり、外は闇に包まれている。
そんな様子が、アカリには自分と何だか重なっているように思えるのだ。

「ぜぇ……はぁ……」

息をする度に喉に痛みが走り、全身は鉛の塊になったのかと思うほどに重い。

「明日までの命なんだから…」

そう言い聞かせるようにつぶやいた言葉が、部屋の中で虚しく反響する。

寂しい。

言い表すならその一言なのかもしれない。
日に日に心を締め付けてゆく感情。
その締め付けが急に強くなった瞬間、アカリはふいに涙が出そうになるのだ。
本当に、自分は何がしたいのだろう。
そんな事を思う自分が居た。
いや、正確には、そう思う演技をする自分がいた。
そう思う事で、自分は他人とは違って心が無いんだと自信に言い聞かせていたのだ。
分かっている。
そんな事をしたって何も変わらない。
心の締め付けは緩まないし、締め付けられた心も強くはならない。
でも、意地っ張りの自分は今の今までそんな事すら認めようとしなかった。

「どうして…?」

どうして死ぬと分かった瞬間にこの締め付けは強くなるのだろう。
寂しいって思ってしまうのだろう。
自分の奥底の気持ちが、そうしようとしているのか。
そうしなきゃいけないのか。
………
もし…
もしも寂しいって言ったら、この世界は変わるのかな。
この世界全てが夢の世界で、私は一人の皆と変わらない少女でしたって。
自由に笑って、沢山の人と笑いあって。
そんな事が……。
出来るのかな…。

「…寂しい…」

淡い期待に紡がれた言葉は、部屋の中に霧散した。
その言葉は誰の耳にも届かず、ましてや現実を夢にする事もない。
ただ暗い部屋に、”私”が一人ぼっちで

「あ…な……何で……今更……」

耳に届いた本当の感情が、奥底に眠る感情をチクリと突いた。
突かれた感情は膨れ上がり、さらに別な感情を刺激する。
負の連鎖。
湧きあがる感情。
気が付けば視界はぼやけ、地面に雫がぽたりと落ちた。

涙なんて流したってしょうがない。

そう言い聞かせても、壊れた涙腺は動きを止めず。
パンパンに膨れ上がった感情が、声となって身体から出ようとする。
もう耐えられない。
ぐじゃぐじゃになった思考は、リミッターというものをとうに失っていた。
気が付けば、大声を上げて泣く自分がいて。
そんな自分が赤ん坊のようだと、ぼんやり思う自分がいた。

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4.8話. [助からない命]

怒声と悲鳴が入り乱れた都市は赤い炎に照らされ、その表情を不気味なものへと変えていた。
増える死者、堪る不満。
それはやがて怒りへと変化し、何も出来ない”王”への反乱に繋がった。
単純に言えばそうだ。
現に市民は怒りに燃え、周囲の建物を破壊している。

「おねえちゃん?」

ビルの影に隠れて街の中心を覗くエイレーンに、べノは後ろから声をかけた。

「暴動に夢中になるのは良いけど、今のうちにルートを確立させとかないと…」

作戦で重要なのは、アカリを迅速にトラックに乗せる事。
そのためには暴徒化している市民に見つからず、かつ、短いルートを模索する必要がある。
なので、タイムリミットがあるだけに、のんびりと街の様子を観戦している暇など無いのだ。
だが、エイレーンはそんな事を気にもせず呑気にかれこれ数十分もこの光景を目に焼き付けている。

「おねぇ…」

「分かってますよ」

やれやれ、と立ち上がったエイレーンはしたり顔でべノを見た。
その顔にイラっと来るのを我慢しきれなかったべノは、思わず声を荒げる。

「なに?」

「い、いえ、最初はアカリさんのいる建物の門番辺りと暴徒がぶつかってくれないか見てたんですけど…」

「ん…まあ、確かにそれで侵入はしやすくなるけど…」

「でも、いつまで経ってもぶつかる気配はないんですよね……暴徒も何故か様子をうかがっている様に見えて…」

「………」

「…何かあるかもしれません、見つからないように裏から行きましょう」

エイレーンの真剣なトーンに、べノも無言で頷く。

「じゃあ、私が前に作った避難経路から侵入しよう、そこからビルの屋上を伝っていけばつくから」

「……はい?」

「上から侵入するよ」

肩に担いだロープを腰に巻き付けながら、べノはそう断言した。

~~~

誤算だった。
クーデターを起こすだろうと踏んでいたのに、市民は全くそれを望んでいなかった。
内部の人間を送り込み、暴徒の演技をさせることで市民の団結を図ったが、市民は一向にそれに加わろうとしないらしい。
爆発的な怒りも無く。
神への信仰も失った。
抜け殻と化した彼らは虚ろな表情で座り込み、安らかに死ぬ準備を始めているらしい。
この”私”みたいに。

「どう…すれば……」

死を受け入れた人間は、もう助からない。
これはもう終わり…

ガタリ

「……誰?」

上方から聞こえてきた物音に、アカリはゆっくりと振り向いた。
侵入者?暴徒?
そんな考えが頭を駆け巡るが、目の前の人物を見てその考えは一気に消し飛んだ。

「アカリさん」

一年間苦楽を共にしてきた親友。
一番会いたくて
でも、それでいて今一番会ってはいけない存在。
エイレーンがそこに立っていたのだ。

「ごめんなさいアカリさん、かなり遅くなってしまいました」

数か月前の冷たい対応にも関わらず、彼女の口調は相も変わらず丁寧なもので、その一言一言は一緒に暮らしていたあの時と同じ、まるで母親のような言い方だ。

「でも…」

「待って!」

エイレーン後方から、焦りを含んだ余裕のない声が飛ぶ。

「感染してる!」

………
ああ、そうだった。
何日も何日も死に行く彼らを励まし続け、看病し続けたバカな私に、ついに神様が牙をむいたのだった。
エボラウイルス。
その致死率は90%を超え、感染したらほぼ助からないといってもいいウイルスに、私はかかってしまったのだ。

「感染?」

まるで感染という言葉が理解できないかのように、エイレーンは首を傾げてこちらにゆっくりと近づいてくる。
だめ……近づかないで…
言おうとしたその言葉は、声にすらならず隙間風のように喉から逃げてゆく。

「おねぇ…」

後方からの声に耳を貸すこともなく、エイレーンはゆっくりとこちらに歩みよる。
その姿がとてもまぶしくて、そしてかっこよくて、懐かしくて…。

「アカリさん、もう大丈夫ですよ」

エイレーンから見た私の姿は、いったいどのように映っていたのだろうか。
雨に濡れた捨て犬のようだったのか、それとも親を探す迷い子のようだったのか。
ともあれ、そんな私をエイレーンは両手を広げてしっかりと抱きしめた。
全身は痛みを訴えたが、私はそれでもその抱擁が温かくやわらかいものと感じた。

「大丈夫、大丈夫、よく頑張りました」

優しく頭を撫でながら、エイレーンは言い聞かせるようにゆっくりとゆっくりと語り掛ける。
エイレーンの胸の辺りは、涙と鼻水でぐじゃぐじゃになっていたが、それを気にする様子もない。
ただ優しく、頭を撫で続けるだけだった。

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4.9話. [無情]

~~~

「寝ちゃいましたね…」

エイレーンの胸で泣く少女は、いつの間にか軽い寝息を立てていた。
極度の緊張状態にあったのだろう。
彼女の顔はやつれ、グッタリと力が抜けた身体は今にも折れてしまいそうなほどに弱弱しい。

「おねえちゃん…」

「ええ、行きましょう…アカリさんは私が背負って連れて行きます、もう状況を説明して納得できる精神状態ではありませんからね」

「強がらないでよお姉ちゃん、アカリちゃんおぶって誰にも見つからずに動ける自信あるの?」

「無いですが、やるしかないでしょう」

「……ま、まあそうだね」

当たり前だったね、とべノは独り言のように言いながら腰に巻き付けたロープを解き、1つの大きな輪っかを結んだ。
大人2人が同時にくぐれるほどの大きさの輪。

「これを首にかけておんぶ紐みたいに使お、腕は使える方がいいから」

エイレーンは手渡された輪っかを捻り、両端の輪っかをアカリの足に通す。
続いてロープの真ん中の首の後ろに当て、肩を通して脇の下へとロープを持っていった。

「これは…首が擦れますね…」

「我慢」

エイレーンの両肩から伸びるアカリの両手首を手際よく縛りながら、べノは一喝を飛ばした。
感染することに関しては全く気にしないくせに、首の皮膚を気にするなんて…。

「…よし、行けるよお姉ちゃん」

「はい、行きましょう」

侵入経路を逆流するように、身軽なべノが先導して空いた天井に身を滑り込ませ、続くエイレーンを引っ張り上げる。

「本当に狭いですね…」

天井材とコンクリートの隙間は1メートル程しかなく、アカリを背負ったエイレーンは”這い這い”のポーズを強いられている。

「早くここから出たいです」

「そうだね」

体力消耗も激しく、スピードも出ないその体勢を早めに直したい二人が周囲を見回したその瞬間だった。

キィ…と扉が開く音がした。

「ミライ様、一時間後にミサイルが………あ?」

聞こえてきた男の声に、エイレーンとべノは思わず息を止めた。
鼓膜の辺りがキュゥと閉まる感覚と、高まる心拍。
”ここで見つかったら一巻の終わりだ”
その緊張が胸の辺りをザワリと撫で、静寂が二人の空間を満たす。

「……上か?」

低く、怒りの籠った声に、二人は思わず顔を見合わせた。
ー逃げようー
無言の意思疎通をした二人は、音を立てないようにゆっくりと前へ身体を動かす。
薄い天井板を踏まないよう、天井裏に這わせられたケーブルを手で探しながら。

そんな緊張しきった二人の耳に届いた男の声は、全く予想とは異なるものだった。

「いままですまなかった…」

謝罪。
それ以外の何とも形容できない一言。
まったく理解できないその言葉の後に続く言葉は、更に耳を疑う内容だった。

「キミを最大限利用させてもらう、恨まないでくれ」

その一言は、男の懺悔の様なものなのかもしれない。
これからする行為が、特殊な状況下であるがゆえに裁かれない。
そう思った男が、聞いているかもしれない”何者か”に裁いてもらいたい一心で放った言葉なのだろう。
エイレーンからすればその心理も理解できる、が、そんな事はどうでもいい。
重要なのは、これから男が何をするかだ。
どうやって、アカリを利用するのかが重要なのだ。
エイレーンは背中に眠る少女をチラリと見た。
扉の閉まる音にも気づくことなく、ただ眠っていっていたのだった。

~~~

「彼女は逃げたのだ!皆が気づき始めたと悟って逃げ出した!」

屋上に出た二人の耳に飛び込んできた言葉は、宣教師と言われている男の声。
白い群衆に囲まれるようにして声を張り上げる様は、まるで革命家のような雰囲気だ。

「騙していたのだ!神の化身というまやかしで!すがる物がないボロボロになった我々を騙して利用していたのだ!」

「だが我々は馬鹿ではない!我々人間には文明がある!」

「立ち上がろう!文明は最後まで我々を見放さなかった!」

「我々は!生き残れる!」

大声を張り上げて演説する彼の言葉に、取り巻く民衆も少しづつ活気づき始める。
疑心暗鬼の心を逆手に取り、信用を勝ち取る作戦。
信じたいものを信じる傾向が強い人間から信用を得る、最も有効な手段の一つだ。

「これで皆を救ったら英雄ですね」

感情を失った顔のエイレーンは振り向きもせず淡々と歩く。

「でも、その仕打ちは無いでしょう」

エイレーンの言葉に、べノは否定も肯定もしない。

「おねえちゃん、ロープ」

「ええ」

歩みを止めたエイレーンの足下には、何十メートルもの空間が伸びていた。
飛び降りれば死は確実で、ほんのひと匙の気の迷いがそれを可能にしてしまう。
ただ一歩、足を踏み外せば終わり。
甘い蜜の様な誘惑に、エイレーンはゴクリと唾を飲んだ。
僅かに残った死への恐怖に、腹の底がキュウ、と縮こまる。

「まあ、実際に飛び降りはするんですけどね」

まるで自分自身にツッコミを入れるように、エイレーンは呟き、べノに手渡されたロープの端を自身の身体に結び付ける。

「べノ、お願いします」

頷いたべノはロープを両手でつかみ後ろを向く。
そして、ゆっくりと後退し、飛び降りた。

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5.1話. [ミライ]

「こんにちは私」

頭の中に響くその声は、母親のものと少し似ていた。
そんな声を、”自分のもの”と一瞬で分かってしまったのは何故なのか。

「皮肉なことに貴方が死に瀕してるお陰で、こうして話すことが出来ています」

「私の言っている事が直ぐに理解できるか分かりませんが、それでも貴方に伝えなければならないことがあります」

ー どうぞお願いします、私。
ー あいにく、私は私自身に言われたことぐらい理解できますから。

「そうですか、流石私ですね」

自嘲気味のその声が、傷だらけの心に心地よく染み渡る。
自分自身の今までの行いが、間違いの連続であると示しているように感じるからだろうか。

「で、結論を言いますと今から貴方は死にます、いえ、数時間後に死ぬ、というのが正解でしょう」

ー そうですか。

「悲しくは無いですよね?貴方はそう言う人間です、人と違った人生を歩み、短く生きた、それだけです」

ー はい、そうです。

「だけど、今の貴方にはまだ後悔が残っている」

ー ええ。

「で、それは一体なんでしょうかね」

ー 回りくどいです。

「ごめんなさい私、そうですよね、貴方は”全員”を救えなかったことを後悔しているんでしたよね」

ー はい。

「…そこで…死にかけの貴方に一つ提案があるのですが…」

ー なんですか?

「永遠の苦しみと引き換えに、全員を救う可能性を模索するのはどうでしょうか?」

ー やります。

「即答ですか、流石私」

「最終的な目的は核の発射事態を阻止し、地球の焼却された歴史自体を消す事」

ー ………。

「察したようですね、ええ、貴方と私は同じアカリ、でも実は違う存在です。」

「いわゆるパラレルワールドの私です」

ー 理解しました。

永遠の苦しみ、その意味がようやく理解できた気がした。
きっと私は、”彼女”と”混ざる”のだろう。
新しい可能性を上書きし、新たな可能性に一歩近づく。
そんな集合体として私は”成る”のだ。
私は何度も何度もタイムリープし、その度に滅びる世界を見るのだ。
終わらぬ苦しみ。
それは肉体的なものでは無く、精神的なもの。

「大丈夫です、貴方が思っているほど酷くはならない筈、何しろ世界は少しずつ望んでいる方向へと向かっていますから」

ー もし、私がその話に乗らないという事になったら?

「情報が上書きされず、更にタイムリープの流れもストップ」

「そして、貴方方の周りの友人は全員死にます」

ー エイレーンの事ですか?

「ええ、他にも」

ー ………。

「怖気づきましたか?」

ー いえ、ありがとう私、いつの間にか助けられていましたね。

「気にしないで下さい、友人と、そして世界の為です、それで?どうしますか?」

ー そうですね、では…。

~~~

目が覚めると、懐かしい天井があった。
白を基調とした低い天井。
それがエイレーンと1年間暮らした箱の天井だと気づくと同時に、聞き覚えのある声がアカリを呼んでいるのに気が付いた。

「アカリ」

「…エイレーン」

ガンガンと痛む頭を持ち上げ、周囲を見渡したアカリの眼前には見覚えのある人が立っていた。

「べノさん…それに…」

見覚えのある顔ぶれに、数日前の命令が蘇る。
そうだ、私はミサイルを…。

「あ、ミサイル…を…」

「大丈夫です、ミサイルは発射されません」

エイレーンの諭すような口調に、アカリは慌てて起こした体をゆっくりと戻す。
なら話は早い…。
想像とは違っていたが、これは結果オーライという事だろう。
アカリはホッとした様な、腑に落ちないような複雑な表情をした。
そんなアカリに、べノが申し訳なさそうに口を開く。

「それで…アカリちゃん…言いにくいんだけど……、アカリちゃんはもう何もしなくてもいいって…後は宣教師が上手くやるらしいから…」

「うん……そうっ…です…か……」

上手く回らない呂律を回しながら、アカリはゆっくりと頷いた。
最後の最後に用無し。
そう言われて冷静に居られる程アカリはさっぱりとした性格ではないのだが、今はもう悲しむ余裕も怒る余裕もなかった。
死の間際。
もうほとんど動かない身体は鉛のように重く、体中が鈍痛を訴える。
感情を動かし考える事すら辛い。
でも。
一つ考えなくともわかる事は、痛みがなくなった時が最後で、その時はそう遠くはないという事。
その前に、彼女達に伝えなければならない事がある。

「皆……最後に…お願い…が…」

必死の訴えに、エイレーンは力強く頷いた。

「最後に……私を……」

「ええ、分かってますよアカリさん、貴方をデータ化して過去の地球に送ります」

「……ありがとう……」

満足そうに頷いたアカリは、そっと目を閉じ、やがて穏やかな寝息を立て始めた。
全身がウイルスに侵されているとは思えない程安らかな呼吸。
その穏やかな顔が、エイレーンの心を強く締め上げる。

「アカリさん……」

ポツリと呟いたエイレーンの瞳は、悲しそうに揺れる。

「もしかしたら、私はあなたの望み通りにしてあげられないかもしれません……」

唇を悔しそうに噛んだ彼女は、ディスプレイの方へと向いた。

「質問があります、システムMirai」

エイレーンの呼びかけに、ディスプレイはブンッとノイズを発する。

ー何でしょうか?ー

「アカリさんをデータ化したら、アカリさんの記憶、そして性格が全て今のまま保存されるのですか?」

ー………すみません、それは不可能です。そもそも同じ魂は同じ世界に存在できませんから。-

「なら、アカリがテレポートするのは不可能では?」

ーいえ、なので小細工…とは言いませんが、記憶にロックを掛けることで別の存在として活動して貰いますー

「ロック…」

ーええ、そして仮初の記憶を埋め込み、それに乗っ取った行動をして貰いますー

「それって…」

ー つまり、アカリさんには全く別の存在として過去に飛んでもらいますー


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5.2話. [宇宙エレベータ]

「最終調整終わったよ」

一仕事終えた萌実は、宇宙エレベータを見上げるベイレーンの肩をポンと叩いた。
叩かれたベイレーンは、そうか、と生返事をして再び宇宙エレベータを見上げる。
砂の大地に生える一本のケーブルは、あまりにも遠すぎて先は霞んでしまっているが、宇宙ステーションに繋がっているらしい。
針金をより合わせたまさに質量の塊が、ピンと張った状態で維持できるのもそのためだろう。

「いつの間にこんなの刺したんだろうな、それもこんなに」

ベイレーンのじんわりと噛みしめるような口調は、感動しているような呆れている様な、そんな口調だ。
確かに目線の先には同じようなケーブルが軟十本も等間隔に刺さり、その全てが空に一直線に伸びている。

「でも、これでも少ない方なんだよね?本当はこの何十倍も刺さる予定だったって」

「謎の技術凄すぎるお…」

「だね」

手持ち無沙汰の萌実も、何となくベイレーンをまねて空を仰ぎ見た。
雲一つない空。
ギラギラと光る太陽だけがその青い空を我が物顔で照り付けている。

「で、萌恵はなんだって?」

「……まあ、技術的にはイケるけど、宇宙エレベータ一つ駄目にするかもって」

「何でまた」

「ワームホールが出来るタイミングとか分からないから、コンピュータをエレベータに乗せてエレベータを吹っ飛ばすって」

「ワイルドだ」

「で、その調整をヨメミちゃんがやってる」

「ああ~…」

「…まあ、陽が落ちたら作戦開始だし、それまでには終わると思うよ、問題はアカリちゃんが来れるかだけど…」

「大丈夫だと思うお、アイツらならきっと…」

「ああーー!!」

突然上がった叫び声に二人はぎょっと振り向いた。
視線の先のヨメミは端末を握りしめ、パクパクと口を動かしている。

「…街の人たち来ちゃったって…」

絶望に満ちた顔のヨメミは、まるでこの世の終わりの様な口調だ。

「どゆ事?」

「……えっと……今エイレーンと連絡ついて……」

しどろもどろに説明しようとするヨメミはアタフタとし、慌てて端末を萌実にパスする。

「はい、もしもし?」

落ち着いた様子の萌実は、端末に耳を当て、その顔はやがて引きつったものへと変化していった。

「えっ…あ!…うん!早く!」

慌てて通話を切った萌実は焦った様子で辺りを見回した。

「な、なあ何があった?」

「……えっと……エイレーン達が街の人たちに追われながらこっちに向かってるって…」

その言葉に、ベイレーンの表情は一気に絶望に満ちた。
追われている、それはつまり捕まったら殺されると同義。
その答えに瞬時にたどり着いたベイレーンは、蒼い顔で端末を奪うようにして取った。

「エイレーン!あと何分で着く!」

焦りを堪え、簡潔にまとめた質問に対し、受話器からはノイズに満ちた声が流れ出す。

『分かりません!でも、皆さん怒りに任せて向かってきてますから30分もあれば…』

「分かった!で、何かいい案はあるか!」

『ありませ…べノ?あっ!ちょ…ちょっと変わります!』

『…ごめん!もし可能だったら宇宙ステーションから何か放出できない!?大量の人間を無効化出来るようなやつ!』

動きを止める、その手段は数多く存在するが命を奪わずに無効化する方法は限られてくる。
意識を飛ばすか、眠らせるか。
そのニ拓に対し、有効な手段は更に限られてくる。

「萌実!睡眠剤とかってあるか!?」

「分かんないけど…そもそも睡眠剤は現実世界には存在しない筈だよ」

「じゃあ気絶…いやでも…」

思考が空回りし、何をすればいいのか正解が全く見えない。
どうすればいい。
ベイレーンは焦った目で萌実を見るが、萌実もどうすればいいのか分からない様子。
もはや万事休すか、と思った矢先。

「じゃあ、幻覚剤とか?」

なんでもないかのようにつぶやいたヨメミに、ベイレーンは思わず目を見張る。
集団幻覚。
脳に誤作動を起こさせてそこにない物を見せる。

「萌実、幻覚剤とかって…」

『だい…じょうぶ……です……それは……医療用にもあるから……使えます……』

息も絶え絶えの様子だったが、今のベイレーンにはそれを気にする暇は無かった。

「萌実!幻覚剤だ!あと30分で幻覚剤をここに撒く!」

「分かった!ちょっと待って!」

投げられた端末をキャッチした萌実は、慌てた様子で端末を操作する。
やがて受話器の向こう側からの音声に一言二言言葉を発し、渋い顔をした。

「だめ!自然落下だと7時間くらいかかるって!」

「じゃあミサイルだったら?」

「ミサイル……ちょっと待ってて!」

ヨメミの言葉に、更に端末に何かを伝え、萌実は端末の操作を忙しなく始める。

「マッハ18.6として……宇宙ステーションが408キロメートル……」

「………」

「イケるよベイレーン!ミサイルだったら3分で到着する!」

「でかした!じゃあミサイルを地上間際で爆発させて幻覚剤を爆風に乗せて散布すれば…!」

興奮に満ちた顔で、萌実は端末の向こう側へと話を戻す。
一言二言。
その言葉のやり取りに、次第にその表情は安堵の物へと変わってゆく。

「………うん……わかった、ありがとう」

「燃料の調整、そして幻覚剤をミサイルに搭載する時間にあと30分かかるって」

「遅い……がそうも言ってられないのも現実だな」

ため息をついたベイレーンは、宇宙エレベータ全機を地上に下ろす作業に戻ったのだった。

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5.3話. [窮鼠]

「利用するだけ利用して最後は殺しに来るなんて本当にロクでもない奴らですね!」

エイレーンは珍しく感情に任せて怒りをぶちまける。
その目線の先には一塊の集団。
車に乗った彼らは砂ぼこりを上げてこちらに向かってきていた。
殺意に満ちた空気。
その空気感は、数百メートル離れた場所からでも十分に感じられる程に激しいものだった。

「お姉ちゃん、怒るのは良いけど殺すのは駄目だよ」

「知ってますよ!本っ当にフェアじゃないですけどね!」

荷台にぶちまけられた銃の数々を見ながらエイレーンは返す。
麻酔銃でもあれば…。
悔しそうに奥歯を鳴らしたエイレーンは手に持ったリボルバーの弾数をちらりと見た。

「そろそろ着く筈」

「わかりました、着いたら何するって言われてますか?」

「分かんないけど多分隠れるのが先決だよね、アイツらを動けなくさせることが出来るならだけど」

「行き当たりばったりですね、っと……通信が…」

胸元で鳴り出した端末を取り出すとベイレーンの声が流れ出した。

『たった今作戦の詳細が決定したから伝えるが、とりあえずお前らは三人そろって宇宙エレベータに乗ってくれ』

「わかりました、アイツらの鎮静化は誰が?」

『宇宙ステーションから幻覚剤を乗せたミサイルがここに落とされる、それが地上で上手く爆発してくれれば大丈夫だ』

「…分かりました、では彼らを十分に引き付けた状態で爆発すればいいと」

『ああ、だからあいつらが到着してから発射される予定だ、着くのは三分後』

「……」

『まあ、軌道を予想して避けるには十分だろ』

「確かに直撃は即死ですからね」

『ああ…、とまあそんな感じだ…っと見えてきた』

「私たちがですか?」

『うん、って言うか物凄いスピードだな!?…ちょっ…これ激突す』

「あ、ベイレーン手を振ってくれてるんですね、おーい」

『いやちょ…待っ!早く止めてくれ!これはマズイ!』

「自動運転ですよ?」

『冷静に返すな!!つーかおいらはまだ死にたくねぁああああああああ!!』

恐怖の感情に満ちた悲鳴をあげながら逃げようとするベイレーンに、猛烈な勢いでつっこむトラック。
そのタイヤは残り100m辺りで動きを止め、激しい砂ぼこりを立てながら真っすぐに滑っていく。

「ああああああっぶなぁぁあああ!!!!???」

その軌道はわずかにずれ、ベイレーンからわずか50cm右で停止した。

「大丈夫ですかベイレーン」

一応、という形で労いの言葉を掛けるエイレーンを尻もちをついたベイレーンはキッと睨む。

「お前知ってて……いや…まあいいや、兎も角三人はエレベータに乗ってくれ、後はオイラたちがやる」

「わかりました…頼みます」

「ああ、任せとけ」

親指を立てたベイレーンに親指を立て返し、三人は円柱状の”宇宙エレベータ”に乗り込んだ。

ーガチャ

重厚な音を立てながらゆっくりと閉まる扉を尻目に、ベイレーンはトラックの荷台の上に飛び乗る。

「ヨメミ、萌実、武器を選んでくれ」

後ろで様子をじっと見つめていた二人は無言で言葉に応じる。

「エレベータになるべく生きた状態で全員乗せるのが目的だ、その手段はもちろん問わない……というか、手段を選ぶ暇なんて無い」

「分かってるよベイレーン、なるべく殺しはしないから」

照明弾とサバイバルナイフを持った萌実は腰を上げた。
随分と穏やかな表情なのは彼女特有の精神力によるものだ。

「ああ、そう言ってもらえると安心…ヨメミ、スナイパーライフルは要らないだろ」

「野生生物がもしも現れたら迎撃出来るように一応持ってるだけだよ」

「……まあ、それなら」

対するヨメミは静かな殺気を放つ。
一見真剣な表情と錯覚してしまうその顔には、明らかに笑っていない目。

「殺すなよ?」

ベイレーンの思わず言った言葉に、ヨメミは笑顔で応じる。

「大丈夫、全員生かせるように頑張るからね!」

相変わらず笑わない目だが、それでもベイレーンはそうか、と応じるしかない。

『第一陣到達まで約2分を切りました』

「分かった、一応Miraiシステムの移行も終わったんだよな?」

『現在アカリさんが搭乗しているエレベータのコンピュータに』

「100%?」

『はい』

「なら安心だね、で、ミサイルは?」

『仮に全員がまとまっている場所に直撃した場合を想定し、なるべく拡散した瞬間を狙います』

「ふーん…」

困ったように鼻を鳴らした萌実はふと、何かを思いついたようにベイレーンを見た。

「ねえ、ベイレーン、逆に私達で囮になれば時間は稼げるんじゃないかな?」

「…まあ、トラックもある事だしな」

ベイレーンは数秒間悩むそぶりを見せ、ニヤリと笑った。

「その案のった!」

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5.4話. [ジレンマ]

現実から目を背け、与えられた怒りという感情に身を任せた集団。
その様子はまるで水を得た魚のようだ。

『30秒切りました』

無機質な電子音に、ベイレーンは二人を見た。

「行くか」

『了解』

後方から迫り来る集団に対し、白トラックは急激に後輪タイヤを回転させる。

『10秒で最高速度まで上げます、しっかり掴まって下さい』

無言で頷き、片手で獲物、もう一方の手で凹凸に指をかけた三人は風に煽られないよう身をかがめる。
猛烈な唸り声をあげたモーター音と激しい風の音。
先程まで無音だった荷台の上は、急な加速に座ってじっとこらえるのがやっとといった状態だ。

『ミサイルが発射されました、残り三分で着弾する模様です』

「分かった!!」

環境ノイズに張り合うように声を上げ、ベイレーンは敵軍の様子を細目で見る。

『ルートとしてはエレベータの根元を縫うように大きく円状に行く予定ですが…』

「ちょっと待った!!アイツら全員追ってきてるか!?」

ベイレーンの怒声に、スコープから目を離したヨメミは首を振る。

「半分は立ち止まっちゃってる」

「なんでだよ!」

「わかんない…でも動こうとすらしないよ…?」

エレベータをしらみつぶしに潰し、アカリを探し出す作戦か、それとも人を広く撒くことでこちらの足止めをするつもりなのか。

「なんだってアイツら…」

「……あ……、凄く…理解できないって顔してる」

「はぁ?なんだそれ」

「よく分かんないけど混乱してるならこっちのものだよ!」

萌実の嬉しそうな声に、ベイレーンは渋々と言った感じで頷く。

「寧ろ逆手に取らなきゃ……ねえ、ミサイルの軌道ってずらせるかな?例えばトラックの円軌道の中心とか」

『可能……とは言い難いですが出来るだけそこに近づけることは出来ます』

「…わかった…ねえベイレーン、これは提案なんだけど…」

萌実の作戦に、ベイレーンは深々と頷いた。

「やろう、もうオイラ達にはなりふり構っていられないからな」

「「わかった(よ)」」

威勢よく返事をした二人は荷台の後方にゆっくり移動した。

~~~

「アカリさん?」

薄ぼんやりとした青い光の下、エイレーンは静かに息をするアカリに声をかけた。
青い光に照られた彼女の顔は、素人目で分かるほどに衰弱している。
(もう長くはない、後数分持つかどうか)
口では言わないが、べノも、エイレーンも何となくそれを察していた。
そんな不安げな表情を浮かべる二人に、アカリはゆっくりと目を上げる。
健康だった時にはパッチリと開いていた大きな瞳も、今ではその半分も開けられない程だ。

”なに?”

微かに動いた唇は、そう告げていた。

「もし、このまま冷凍保存されれば保存中に時間を掛けて治療されるらしいです、そうすれば回復も可能で……」

「だから、もし可能だったら…データスキャンは止めて…」

アカリは微かに首を振った。

「……そうですか…」

あらかじめ予想していたとはいえ、その頑なな様子にエイレーンは下唇をぐっと噛む。

「当たり前じゃない世界にいるからって、当たり前の生活を求めるのがおかしい訳じゃ無いんですよ」

ほんの少しの怒りと、悔しさが入り交じった表情。
怒っていて、それでいてやるせない感情をぐっと押しとどめたエイレーンはアカリの頭にそっと手を乗せる。

「あなたは充分やりました、充分すぎるほどです」

言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「何千人もの人間の支えになるなんて、普通の人間には出来ないことを貴方はやってのけたんですよ?確かにエボラウイルスの蔓延で半分程の方は亡くなりましたが、でもそれ以前は誰一人として死んでいない」

「持ち上げられて出来た仮初のカリスマ性だったのかも知れませんが、しかし貴方はそれに見合う仮面を被ってそれを存分に使いこなしました、お陰で皆生きる希望を持てました」

「貴方は英雄と言っても差し支えないことをした、そんな貴方を更にデータとして負のループに縛り付けるなんて…私は赦せません。」

静かな口調だが、言葉尻は微かに震えている。
そんなエイレーンをアカリは不思議そうな顔で見つめる。

「そんな事だったら、この世界なんて滅びてしまえばいいとさえ思えてしまいます」

「そん……な……事…」

「お姉ちゃん、言葉を選んで」

必死に言葉を絞り出そうとするアカリを制止するように、べノはエイレーンを窘める。

「ごめんなさい…でも、貴方は普通の女の子です、少なくとも数年前はそうだった」

「なのに…なんで……」

エイレーンは何かを堪えるようにグッと固く口を結び、慌てた様子で目頭を抑えた。
つぅと頬を伝った雫が、アカリの頬をぽたりと濡らす。

「また一緒に暮らしましょう…貴方が居なくなったらそれすらも出来ない…」

嗚咽と共に絞り出した言葉。
その言葉を聞き取ったアカリは、ゆっくりとその瞳を閉じた。



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5.5話. [覚悟]

どれだけ強く激しく燃え上がる炎も、消える瞬間は呆気ない。
最後の最後に一瞬だけ強く光り、嘘のように消えるのだ。
まるで元から存在すらなかったかのように跡形もなく消え、黒い燃えカスをその名残として残す。

「いや…」

ー まだ行っちゃ…

ぐったりと横たわるアカリの顔を、絶望に満ちたエイレーンがじっとのぞき込む。
その背中はいつもより小さく、すぐにでも吹き飛んでしまいそう。
そんなエイレーンの背中を、べノはゆっくりとさすった。
何故そんな事をしたのかべノ自身にも分からないが、今はエイレーンを一人にはしたく無いという思いは確かにそこにあった。

「こんなの許せない…」

今にも泣きそうな程に、か細い声。

「むごすぎます…」

言い知れぬ怒り。
表現できない言葉が頭の中をグルグルと回り出す。

「人類の負の遺産をこの娘に背負わせただけでは無いですか…」

だが吐き出したとしても行き場は無く、その悔しさに、エイレーンはぎゅっと裾を握りしめた。
悔しさに噛みしめた下唇から一滴の血がしたたり落ちる。

ポタリ

「本当に…ふざけんな…」

腹の底からの低くそれでいて静かな怒り。
生まれて初めてみたエイレーンの本気の怒りに、べノは思わず慌てた。
もしかしたら、このまま全員を殺すと言い出すかもしれない。
そんな危うさを秘めた瞳を、エイレーンは確かに持っていた。
自我を失い、殺されるまで止まらない。
闘牛のように荒々しい瞳だ。

「おねえちゃん、お願いだから早まらないで」

エイレーンの背中を抱きしめたべノは、ただそれだけを言う。
正義の為でも無く、ましてや全人類を助けた先の名誉の為ではない。
何より、今旅立った英雄の為に。
”絶対にここから誰も死なせない”
真っすぐで、単純明快で、それでいて難しい目的。
(こうなったら死ぬまでとことんだ)

しかし、その気持ちとは裏腹に、エイレーンはピクリとも動く様子を見せず、二人の間に得も言われぬ緊張だけがピンと張り詰めるだけ。

ピッ…。
そんな空気の中、ミサイル着弾一分前を知らせる警告音が響き渡った。

「………」

「………」

無音。
誰も喋らず、動かない。
ただ呼吸の音だけが響き渡るだけ。
そんな静寂を突き破ったのは、エイレーンでも、べノでも無く。
外部からの怒声だった。

「何処にいる!!」

怒りを孕んだ怒声は、金属を殴る甲高い音と共に響く。
そして、その声はだんだんと大きくなり、やがて近づいてくるであろう声と金属音はその数を段々と多くしていった。
十人、いやもっとか。

冷静に聞き耳を立てたべノは冷静に状況を把握し、腰の照明弾に手を掛ける。

着弾まで一分を切っている状態。

着弾し、成分が彼らに浸透するまで照明弾で耐え抜く。

もちろん死者は出さずに、アカリも絶対に引き渡さない。

「だれも死なせないからね」

べノの覚悟に満ちた声は、けたたましく開かれた扉によってかき消された。

〜遡ること2分前〜

最高速度で大地を駆けるトラックの荷台は、まさにカオスと言った状況だった
段差の度に荷台はバウンドし、三人の臀部に打ち付け、重厚な金属音がガチャリと鳴る。

「あいったぁー!」

素っ頓狂な声をあげたヨメミは、それでも構えたライフルのスコープから目を離そうとせずにライフルを構え続ける。

大地を円状に走行するという萌実の提案は、中心に集まる空気の渦を作るという目的と、大地を円形にマーキングしてミサイルの着弾地点をより明確なものにする。
そして、欲を言えば牧羊犬のように彼らを囲い込む事が両立させる事が目的だったのだが。
その全ての目的を果たすことはつまり、市民たちにミサイルを直撃させてしまう事と変わりない。

その事を察したヨメミは、空中でミサイルを撃ち抜けるようにと射撃の感覚を取り戻す作業に入っていたのだ。

「あと2分!」

ベイレーンの声にヨメミは銃弾を装填し銃口を宇宙へと向けた。

「上手く行けば、空気抵抗の関係で空中で粉々になってくれる、大丈夫だ」

そう励ますベイレーンは緊張で顔が強ばっている。
"外せば終わりかもしれない"
ミサイルに搭載されたAIセンサによって自動的に人をさけるようになってはいるが、その現実が脳裏にチラついて離れないのだ。
確実に市民を生きたま無効化し、アカリを死なせない。
そのタイムリミットは2分を切り、もうあとには引けない状況だ。

「でも、正直きついかも…相手が動いてるだけならまだしも自分も動いてるから…」

「うん」

そんなヨメミを尻目に、萌実はもう一丁のライフルに銃弾を装填した。

「でも当たる可能性は本当に低いね、照準を冷静に合わせる時間も無いし…」

ふう、とため息をついた萌実は、思い出したかのように再び端末の操作を始めた。

「ねえ、このトラックに着弾するようにしたら…」

ポツリと呟いたその言葉に、ヨメミはにんまりと笑う。

「それだったらかなり命中精度は上がるよ」

「わかった」

「………」

もはやベイレーンは何も言わなくなっていた。
なりふり構っていられないという言葉。
それは自分の命も顧みないという意味でもある。

ピッ…!

緊張にみちた空間に響く、ミサイル着弾一分前アラーム。
つまり、あと一分以内に生きるか死ぬかが決まるのだ。

「ミサイルの位置、着弾一分前には高度2万メートル到達」

「ライフルの飛距離からして、最後の10秒が勝負だよ」

おーけ、と頷くヨメミ。
狙いを定めて引き金を引くには十分な時間ではあるが、しかし短すぎる。

「気流は生まれているし一部の人間を除いて大方の人間は円の中心に避難している」

ベイレーンは苦虫を噛み潰したような顔をしながら腹を決めたように言った。

「命中率を上げる為に、このトラックを止めよう」

いいね。

それに呼応するように二人は返事をしたのだった。

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5.6話. [迷い]

けたたましく開かれた扉の先には、逆光に浮かぶ数人の人影。
比較的大柄な彼らの中には、宣教師と言われている男の姿もある。
怒りの形相を浮かべた彼らは、復讐すべき相手を目の前に見つけ、やがて困惑した表情を浮かべた。

「ミラ……イ…様?」

初めに口を開いたのは、明らかに動揺を見せた宣教師だった。

「死んで…」

死んでいる、と。
そう口走った宣教師に、辺りに動揺が走る。
まさか、既にこの世を去っていたなんて予想すらしていなかった。

心の底で、そう思ったであろう宣教師は、頭を垂れた。
彼からすれば、死を予想すること自体間違っていたのだ。
絶望的な状況下で現れた救世主。
科学の知識が多少あっても、神の化身として心の拠とすることで精神が楽になると気づいた彼らは、形から崇拝を初めた。
が、それはアカリの持つカリスマ性から段々と現実味を帯び、やがて本当に神の化身であると錯覚するようになっていた。
不思議な能力など無い。
しかし、常に先頭に立ち、自分達を導く道しるべとしてそこに居る。
ただそれだけで、崇拝するには十分だった。

そんな彼女に何故牙を向いたのだろうか。
殺すためだったのだろうか。
……。
いや違う。
本当は、再び導いて貰いたかったのだ。
目的の失った自分達を、死にゆく仲間に希望を失った自分達を。
彼女に牙を向くことで、もしかしたら導いてくれるかもしれない。
そう願って、ただ、それだけで怒りという感情を纏ったのだ。

カラン。

金属のパイプが床に落ちる音。

その音に我に返った彼らの目からは、怒りという感情が消え失せていた。
代わりに、どこか虚ろで、困惑した目をしている。
まるで、迷い子のような目だ。
そんな彼らを、敵意をむき出しにして睨むエイレーン。

「お前たちの所為で…」

地の底に響くような声に、べノは慌ててエイレーンの肩をつかんだ。
が、エイレーンの右手は既にピストルにかかっている。

「やめ!」

必死につかんだエイレーン右手は、ガクガクと震えていた。
恐怖なのか、怒りなのか、哀しみなのか。
そのどれだか分からない程にごちゃ混ぜになった感情。

「一番辛いのは、残された人なんですよ…」

ポツリと呟いたエイレーンの声は、シンと静まり返ったエレベータ内を反響する。

「もし彼女が貴方達と同じ、普通の人間だったら、彼女は死ななくて済んだのに…」

万人の頂点であったからこそ、アカリは死にゆく人々に最後まで寄り添った。
結果的にそれが感染に繋がってしまうと知っていながら。

「お前たちの所為で…」

瞬間。

ダンッ…!

広大な砂漠に、銃声が鳴り響いた。

~〜~

「駄目、観測できない」

硝煙の香るライフルを傍らに置いたヨメミは、無言でベイレーンから2本目のライフルを受け取った。

ガチャ、

そしてボルトハンドルを引き、ガチャりと戻してふたたび宇宙へと銃口を向ける。

ミサイルが着弾するまでもう20秒切っている状態。

「見えるか!?」

「うん、でも距離が量れない」

こちらに一直線に向かってくるソレは、スコープで覗けばかろうじて点として見える程度。

距離が全く取れないヨメミは、それでもヤケクソに引き金を引いた。

ダンッ!

数秒の間を置いて、萌実は首を横に振る

「観測不能!駄目、外してる!」

端末に送信されたミサイルのレーダーからの情報では半径一メートルにすら弾は入っていない。

「分かった次弾」

「おう!」

手を伸ばしたヨメミに、ベイレーンは弾を込めたライフルを渡し、撃ち終わったライフルを受け取る。

「ありがと!」

ヨメミが打ち、ベイレーンが装填。

二丁あるライフルのローテーションで、数撃って撃ち落とす作戦。

、がしかし弾は無情にも当たる気配を見せない。

「当たってない」

「次!」

「おう!」

12秒

「下方向に感あり」

「次!」

「ほら!」

9秒

「下掠ってる!」

「次!」

「っ!」

焦り、そして疲労。

4キロもある銃を振り回し続けた腕は、既に疲労に悲鳴をあげ、微かに震えている。

「命中!、でもまだ!」

萌実の恐怖の感情が混じった声に、ヨメミも次を催促する。

6秒

「掠った」

「っ!!」

3秒

次当たっても、中心を確実に貫いても。

燃料の爆発に確実に巻き込まれるだろう。

そうなれば、幻覚剤に着火し、効果は発揮されることになるが確実にこちらの命が助からない。

だから、もう終わりだ。

、と普段の彼女達だったら思ったかもしれない。

死を覚悟し、諦める

そんな行動に走っていたかもしれない。

しかし、そんな彼女たちは、全く諦める気は無かった。

最後の最後まで生き残る手段を見出す。

少なくとも、そこまでしなければ今はいけない気がした。

だから、残り三秒で、彼女たちは一斉に挙動を変えた。

端末を放り出した萌実はサブマシンガンを構え、ベイレーンは二人の腰のベルトに手を掛ける。

ヨメミはただ冷静にスコープを覗き込み呼吸を止める。

二秒。

萌実は全身で銃身をがっちりと固定し、サブマシンガンの引き金を引いた。

断続的な発射音と共に打ち出される弾幕。

それを尻目に、ヨメミは動かずにスコープを覗き続ける

一.五秒

ベイレーンは両足に力を込め跳ぶ体制に入った。

、がまだヨメミは撃たない。

引き金にかかった指には力は込め、いつでも発射できる状態で不動。

その目は、だた冷静に獲物だけを見つめている。

一秒

ヨメミは動かない。

だが、ここで跳ばないともう間に合わない。

そう判断したベイレーンは跳躍の体勢に入る。

「跳b!」

跳ぶ、とベイレーンが叫んだ。

まさにその瞬間だった。

明鏡止水の域に入っていたヨメミは、その瞬間を待っていたかのように引き金を引ききった。

ダンッ!という炸裂音。

その音を聞きながら、ヨメミはベイレーンに引かれるように後方へと跳躍。

残り一秒。

そのギリギリまで耐えきったヨメミの目には、全てがスローモーションに見えていた。

離れてゆく白トラックも、ただ茫然と空を眺める市民の姿も。

そして、中心をまっすぐに貫かれ、内側から破裂するミサイルの姿もありありと見て取れた。

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5.7話. [道しるべ]

紅く燃え上がる巨大な火の玉が上空に浮かび上がり、やがて大きな破裂音が鼓膜を揺らした。
空間が歪むほどの大きな爆発。
そして。数秒の間を置いて、高く圧縮されたな空気の壁が砂を巻き上げながら猛烈な勢いで迫ってきた。

目も開けられないほどの強烈な風。
布で素肌を守っても、それでも少し出された素肌にビシビシと細かい粒が容赦なく打ち付ける。

3秒から4秒。

やがて何事も無かったかのように空気の壁は通り過ぎ、辺りは再び静寂に包まれた。

辺りには焦げた匂いと甘ったるい匂いが満ち、黄色い砂の粒子が霧のように立ち込める。

まさに嵐のような出来事に、市民たちも、エイレーン達も呆然と空を見上げた。

一体何が起こったのか、それすらも全く分からない。

そんな特殊な状況に、全員がその場を動く事が出来無くなっていたのだ。

「…こんなの聞いてないぞ…」

ポツリと漏らした宣教師は、焦りにも似た表情でエイレーンとべノを交互に見つめた。

数分前、突然こちらに銃を向けたエイレーンと、エイレーンの頭部に銃口を向けたべノ。

仲間割れとも取れる状況に咄嗟に、動くな!、と叫んだ宣教師。

張り詰めた空気の中、その場の誰もが、誰かが動けば誰かが死ぬ、と瞬時に悟った。

だから誰も動かず。

誰も死ななかった。

、が。

問題はその後だった。

「なんでミサイルを…?」

あの巨大な爆発は、宣教師の知る限り迎撃ミサイルの爆発それと同じ。
つまり、迎撃ミサイルがこちらを狙いすましたかのように放たれたのだ。
(まさか、こちらを殺そうと?)
ふいに現れた疑念に、宣教師はアカリを見た。
青い光に照らされたその顔は、ゾッとする程穏やかで、その穏やかな様子が今はなんだか不気味でならない。
(彼女が、死ぬ前に我々を殺そうと…)

元々あった罪の意識が膨れ上がるのは簡単だ。
そして、その罪の意識がありもしない疑惑を誘発することも。

「…ミライ様に殺される……」

さっきエイレーンが銃口をこちらに向けたのも、ミライ様の指示。
つまりきっと、私は殺してもいい程に恨まれていたのだろう。
何故なら、それほどの事をしてきたから。
一人の少女の自由を奪い、すべての重荷を背負わせてきたから。

「………あ…ああ……私は殺される……それほどの事をしてきたから……絶対に殺される…」

虚ろな目の宣教師は、フラフラと膝をついた。
突然の脱力感と、酸欠の時の頭がふわふわとする感覚。

「ゆるして……」

そんな声が聞こえた気がした。
宣教師でない、誰かの声。
きっと、宣教師の言葉に何かを感じた市民が放った言葉。

「助けて下さい…」

その声は悲痛に満ち、絶望に満ちていた。

「お願いです…」

弱弱しく吐かれた言葉。

その言葉に、優しく答える者がいた。

『大丈夫です、私が貴方達を救いますから』

聞き覚えのある、懐かしい声。

その声に何度励まされ、何度立ち上がった事か。

絶望の末に見た道しるべ。

「ミライ様…」

その声は、確かにミライ様そのものの声だった。

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