Drag-on OVERLORD (蝿声)
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逃亡者

 夜、帝都アーウィンタールの華やかな街並みの陰に隠れ潜む、少しばかり性質の悪い人種が集まるような酒場に、一人の男が珍客として訪れていた。脛に傷を持つものばかりのほかの客たちはその男が現れてから、普段の喧騒とかけ離れた静けさを保っている。

 その男の正体は帝国四騎士が一人、雷光のバジウッド・ペシュメル。その気になればここにいる全員を検挙しようと暴れまわっても余りある力を持つ男の登場に、場は哀れなほどの静寂に包まれることになった。一刻も早くこの場を離れたい、しかし下手に動けばそれをきっかけに暴れだすかもしれない、その第一の犠牲者に自分がなりたくはないと全員が無言で牽制しあう奇妙な空間が出来上がっていた。

 そんな空間を作り上げた当人であるバジウッドはまるで気にした様子もなく、入り口に背を向ける位置のカウンター席に座り、怯えるマスターに出させた酒をちびちびと飲むだけだった。実際、彼が今日ここに来た理由は有象無象のならず者などではなく、とある男がここに出入りしているという噂を耳にしたためだ。その真偽を確かめるために、貴重な妻たちとの時間を潰してまで居座っているのだ。

 

(これで現れなかったときは……こいつらに憂さ晴らしを手伝ってもらおうかね)

 

 そんなことを考え始めたとき、背後の扉が開かれ、一人の男が入ってくる。男は髑髏を模した黒いマスクにパねえローライズのズボン、そしてどんな筋力自慢の男でも持つのも難しいのではないかという巨大な戦斧を携えた出で立ちで、彼は扉を開けた先にある背中を見て驚き足を止めたが、やがて諦めたようにため息をつくと、バジウッドの隣の席へと歩みを進めた。

 その気配を振り返ることなく感じ取ったバジウッドは笑みを浮かべると、もっていたグラスを一気に飲み干し、新しい一杯を背後の客の分も合わせて注文する。丁度マスターが酒を用意するために背を向けたタイミングで、男がバジウッドの隣の席に着いた。

 

「まさかこんなところでお前に会えるとはな。ここに何の用だ、バジウッド」

「お前に会う以外の用があるか、ユーリック」

 

 かつての同僚との久方ぶりの邂逅は、そんな言葉から始まった。

 

 

 バジウッドの隣にユーリックが座ったことにより、今がチャンスとばかり客たちは一人また一人と店を出ていき、ついにはカウンターに座る二人の男とマスターを残して無人となる。残されたマスターも客たちを恨みつつ、何本かの酒瓶を二人の前に置くと店の奥へと引っ込んでしまった。

 ユーリックはかつて帝国に八つある騎士団の一つに所属していた騎士である。ワーカーとして市井に埋もれていた彼を、当時騎士団の一つを預かっていたオロー将軍により見出され、彼の誘いを受けて騎士団へと入団した。

 入団後の彼はめきめきと頭角を現し、間もなくオロー将軍の右腕と認識されるようになった。その頃には将軍の口利きもあって四騎士との訓練を介した交流も行われており、特にバジウッドからは気に入られていた。

 そんな彼だが、ある日の事件をきっかけに騎士団を逃げるように去り、その後まったく音沙汰が無かったが、最近になってようやく帝都内で姿が目撃されるようになり、その話を聞きつけたバジウッドが駆け付けたという次第だ。

 

「回りくどい言い方は好きじゃねえから単刀直入に言うぞ、戻ってこい、ユーリック。陛下には俺から口添えしてやる」

 

 竹を割ったような物言いに、懐かしさを覚えたユーリックは思わず笑みをこぼす。逃げ出した彼を今もなお買ってくれる彼には感謝の念しかわかない。だが、その静かな笑みの中に拒絶の意思を感じ取ったバジウッドは顔をしかめてユーリックに詰め寄った。

 

「なあ、あの時何があったんだ。せめて騎士団を去った理由を話してくれ」

 

 バジウッドの言うあの時、それはユーリックが所属していた帝国の騎士団にから遁走した日、そして帝国魔法省の奥深くに封印される伝説のアンデッドが一度だけ暴走した日の話だ。

 

 その日、何の前触れもなく、突如として伝説のアンデッド――デスナイトが暴れだしたのだ。たまたま一番近くにいたオロー将軍の部隊がまず場の鎮圧に向かったが、地の利が薄い場所での格上との戦闘はかなりの犠牲を出し、四騎士やフールーダとその高弟たちが駆け付けたころにはオロー将軍をはじめとする全ての騎士がスクワイアゾンビやゾンビにされていた。

 幸いだったのはオロー将軍の奮闘のおかげでデスナイトの体力はすでにかなり削られゾンビの数もかなり減らされており、スクワイアゾンビとなったオロー将軍も四騎士たちが抑え込んだことで、それ以上の犠牲が出なかったことだろう。この事件のために一つの騎士団が上から下まで丸々入れ替わることになったが、全体としてはその脅威に比して軽い代償で済んだといえる。

 

 ただ、このときゾンビたちの中にユーリックの姿が見えず、聞き込みをしたところ全身を血で濡らしたユーリックと思しき男が高速で走り去っていく姿を見たという報告から、ユーリックは脱走兵として捜索されることになった。

 中には逃走したユーリックがこの事件の引き金を引いた犯人だと主張する者もいたが、それを後押しする証拠もなく、バジウッドの擁護もありただの脱走兵として扱われた。ただ、なぜ彼が脱走することになったのかは謎のままだった。

 それがバジウッドにはずっと気になっていた。こうして彼のうわさを聞きつけるとすぐさま駆け付けるほどに。そんな彼の心情を理解しているのだろう、ユーリックも少しばかり葛藤した様子を見せたが、手に持つグラスの中身を一息に流し込むと、絞り出すような声で答えた。

 

「……怖かったんだ」

 

 その言葉にバジウッドは笑うことも呆れることも憤ることもしない。ただ静かにユーリックを見つめ、続きを促す。

 

「なんであんなアンデッドが魔法省にいるんだとか、オロー将軍ですら後手に回るようなあいつ強さも怖かった……けど、それ以上に俺が討伐されるんじゃないかってことが怖かったんだ」

 

 その言葉にバジウッドが驚く。何が彼に討伐されるなどという恐れを抱かせたのだろうか。まさか本当に彼が事件の犯人だったのだろうか。信じて擁護したユーリックに裏切られたのかという考えに頭を殴られたような衝撃を受けたが、彼が続けた言葉がそれ以上の衝撃となって頭を突き抜けた。

 

「俺もあのアンデッドに殺されて、ゾンビになっちまったんだ」

「……は?」

 

 一瞬、彼が何を言っているのか理解できなかった。いや、意味を理解した後でもやはり意味が分からなかった。目の前の男は己をゾンビだというが、ゾンビのような土気色の肌ではないし乾いてもいない。あるいはヴァンパイアのように青白くもない彼は、どう見てもアンデッドには見えなかった。

 

「俺はあの時、あのアンデッドに殺されてゾンビになった。俺より前にゾンビにされた奴を何人も見ていたから、立ち上がる俺にオロー将軍が剣を向けてきたときに理解した。俺はまた殺されるのかって。不思議と自我を失っていなかった。けどあのアンデッドに再び立ち向かう勇気もなくて、あのままじゃオロー将軍もあのアンデッドに殺されるとわかっていながら逃げたんだ。……ここに戻ってきた俺を最初に見つけてくれたのかお前でよかったよ」

「馬鹿なことを……」

 

 言うな。何と言えばいいかもわからないまま口から出てきた言葉を言い切る前に、ユーリックは立ち上がるとバジウッドのほうに向きなおり、上着を勢いよくはだけて見せた。胴体の前面には、左肩から右腹部にかけて大きく裂かれた袈裟斬りの痕があった。その傷跡は深く、肉を裂き骨を断ち、その下の臓器にまで至り、肺、心臓、肝臓、胃、腸などの臓器が原型が残らないほど崩れていた。

 だというのにユーリックは動いている。血が流れず、臓器が壊れ、先ほど流し込んだ酒が零れている傷跡を晒したままユーリックは動いていた。

 

「俺は今まで逃げてきた。けれどようやく勇気が持てたんだ。……俺を殺してくれ、バジウッド」

 



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防人の白

サブタイトルはDOD2のタイトル「封印の紅、背徳の黒」に合わせて


 白金の竜王の異名を持つツァインドルクス=ヴァイシオン――ツアーは夢うつつのまどろみの中から、急速に意識を浮上した。自身が有する広範な知覚が、こちらへと向かってくる気配を察知したからだ。

 ツアーはアーグランド評議国永久評議員の一人であり、他と一線を画する竜王たちの中でもさらに頭抜けた力を持つ最強の竜王だ。その力に似つかわしくないほど優しげな声で話すことでも知られているが、だからといっておいそれと彼のプライベートな空間に近づく者はほとんどいない。その数少ない例外が人間だというのだから、人間とは恐ろしいものだと彼は複雑な感情を込めて思う。

 そして今回近づいてきているのも彼がよく知る人間だと気配から察した。その者が彼と二百年来の付き合いを持つ戦友ではなく、つい最近できた己の息子だと分かると、その姿を見せる前から思わず目尻が下がり口元がほころんだ。やがて我が子が部屋に姿を見せると同時に彼に声をかける。

 

「おかえりノウェ、そろそろ翼は生えたかい」

「……そろそろ勘弁してくれよ、父さん。ただいま」

 

 ツアーの声にやや嫌気がさしたようにしながらも律義に答えたのは明るい茶髪に幼さを残しながらも端正な顔立ち、白い鎧を着込み、片手剣を腰に下げ左腕に盾を備えた人間の少年だった。

 

 少年の名はノウェ。ある日いつものように白金の傀儡を遠隔操作しながら探し物をしていたツアーが、少しばかり訳ありの赤子を見つけた。悩んだ彼は結局その赤子を連れ帰り、人間の友人の協力を得て育てることに決めた。その友人には随分と笑われたものだが、ノウェと名付けられたその赤子を育てることには全面的に協力してくれたおかげで、四苦八苦しながらも無事に育て上げることができた。

 幼いノウェがたどたどしくも意思を伝えられるほど言葉を話せるようになったころ、彼は翼が生えたら父さんと一緒に空を飛ぶんだといった。友人からツアーを父と呼ぶように教育され、父と子の関係を理解したノウェは自分もいつかツアーのように翼と尻尾が生え、鱗がそろいドラゴンになるのだと信じていた。それゆえにドラゴンが鳥の様に空を飛ぶと知ってからは、ことあるごとにツアーと共に空に舞う夢を語っていた。

 

 流石にこのままではまずいと思ったツアーが自身の傀儡を使ったり友人の手を借りてノウェを街に行かせ、様々な種族との交流の機会を増やしてノウェの意識改善を行った。その試みのおかげで種族の差、ドラゴンと人間の違いを知り自分が人間だと理解してからはそういったことを語ることはなくなった。

 そのままノウェがある程度大きくなったころ、ツアーの中で悪戯心が首をもたげる。ふとした何気ない調子で、唐突にノウェに聞いてみた。そろそろ翼は生えそうかい、と。ノウェは一瞬何を聞かれたか分からなかったかのように呆けたが、意味を理解したとたんにバツの悪そうな顔を赤くし、顔を背けて黙り込んでしまった。その反応がツアーの琴線に触れた。と、同時に未だに昔のネタで自分をからかってくる友人の気持ちを少しだけ理解した。

 

かつて、白金の傀儡を使ってある戦いに参戦していたころ、のちに十三英雄と語られる戦友たちはその傀儡を人間だと信じて接していた。そのことを申し訳なく思ったツアーは戦いが終わった後にそこにいるのが中身のない傀儡であり、操る自分の正体がドラゴンであると伝えたところ、彼らは騙されたと憤慨してしまった。それによって仲がこじれたというわけではないが、二百年たった今になってもなお友人から、自分の戦友はあの傀儡であってお前じゃないという風にからかわれるようになった。

 ノウェの反応を見ると、その友人が繰り返し自分をからかってくる気持ちがわかる気がする。友人から見た自分もまたこんな風なのだろうかと思いながら、その場はノウェに謝って機嫌を直してもらいながらも、それから幾度となくそのことを聞いては反応を楽しんだ。ふとした瞬間に、忘れたころに、この前聞かれたばかりだからすぐにはないと油断したころに。回数を重ねるにつれて次第に反応は悪くなり、辟易した態度を見せられるようになったが、この悪癖はしばらく治らないだろう。友人と同様に。

 

 

「今日の冒険はどうだった、ノウェ」

「いつも通りだったよ。そろそろアダマンタイト級への昇格試験を受けてみないかって打診されたけど……」

 

 現在ノウェは冒険者として活動してる。その階級はソロでありながらもオリハルコンであり、実力もその評価に不足しないものである。それどころかアダマンタイトも視野に入り、『救世主』などとたいそうな異名をつけられているが、そのことでツアーに驚きはない。とある事情から、ツアーはノウェに多大な期待を寄せている。それこそ、最低でもスレイン法国が言うところの神人に匹敵する潜在能力があるのではと。

 

「そうかい。でも君はまだ若い。アダマンタイトになると権利が増える反面、課される責任も大きくなるからね。まだ上にあがる必要はないんじゃないかな」

「うん、俺もそう思う。今はまだ学びたいことも多いし、今度組合に行ったときに断っておくよ」

「そうするといい。冒険から帰ったばかりだし、今日はもう休みなさい」

「それほど疲れてないんだけど……わかったよ」

 

 ツアーに挨拶をして部屋を出ていくノウェの背を見て、ツアーは目を細める。我が子の成長が楽しくて仕方ないといった様子だ。そんなツアーの胸中に、先ほどまで見ていた夢の内容が思い起こされる。

 それは五百年前の出来事。おとぎ話として知るものも少ない八欲王との戦いの最中、当時を生きたものしか知りえない語られない歴史。

 

 八欲王と人間以外の種族との生存競争が熾烈を極めたころ、どこからか戦場に大きな石が投げ入れられた。それは異界のドラゴンと巨大な卵のような物体。それらはどこからともなく現れ当時の戦いに巻き込まれたが、両勢力を相手にしてなお善戦する強大な力を持っていた。そんなドラゴンは、ともに落ちてきた卵を必死に守ろうとしていた。ときには己の命も顧みずに卵を守るその姿に、ドラゴン自身の子供なのだろうかと疑問が湧きたったが、事実は違った。

 ドラゴンはその卵を『骨の棺』と呼んだ。ドラゴン族の悲願を託す『兵器』であるとも。それを聞いた八欲王の一人が顔色を変えて別の名を呼んだ。『再生の卵』、そして『断頭台』。それからその王は執拗に異界のドラゴンを狙い、ついに撃ち滅ぼすとすぐに卵も破壊した。その後、彼は戦場を離れ姿を消した。両陣営ともに困惑に包まれたが、姿を消す直前に零していた言葉によると、他の卵を探しに行ったらしい。

 それから戦争が八欲王側の勝利で終結し、自らの欲によって滅んでから今に至るまで、その王の姿を見た者はいない。どことも知れぬところで滅びたのか、今もなお卵を探し回っているのかは、ツアーですらわからない。

 

 それからしばらくの間、戦争に敗れ余裕がないこともあり、卵のことは忘れられた。やがて戦争の傷跡が癒えたころ、ふとツアーは卵のことを思い出す。そして、八欲王の言葉を信じるならいくつも存在するらしいそれに興味を持った。当時の竜王に勝るとも劣らぬ異界のドラゴンが、その身を挺してまで守った棺。絶大な力を持ち欲望に満ちた王が恐れ自身の財産を放棄してまで破壊して回った卵。

 そしてツアーは白金の傀儡を使い未だ見ぬ卵を探すことを決意する。探し始めてすぐに魔神と十三英雄と出会い、その戦いに参加することになったが、その戦いを終えるとまた卵の捜索を再開した。

 そして二百年近くたったつい最近、二つの卵を発見するに至る。一つは自らが保有する宝物庫に運び込んだが、もう一つについては少し困ったことになった。丁度ツアーが二つ目の卵を見つけたタイミングで、卵の中から人間の赤子が生まれたのだ。赤子を前にしてツアーは悩む。が、さして時間をかけずにつれて帰ることに決めた。もとより卵に興味を持って探し回ったのだ。卵に関連する子なら、連れて帰らねば意味がないだろう。人間の友人に仔細は伏せ、人間の子供を拾ったから育てるのを手伝ってほしいと頼み、あとは先に述べたとおりである。

 

 

 ツアーはノウェのこと、異界のドラゴンと八欲王の言葉、そして宝物庫に残るもう一つの卵について考える。正直、卵の使い方などまったくわからないままだが、その名前から何となく予想はできる。『骨の棺』『再生の卵』死者を納め、新たな命として生まれ変わらせるのだろう。『兵器』『断頭台』と言わしめるほどの強大な力を与えて。

 その卵から生まれてきたノウェについては自然と期待が高まる。今後、彼がどういった成長をし、何を選択していくかはわからないが、彼がドラゴンの子供としてではなく、人間として生きていくのならばそれもいい。ただ、スレイン法国のような思想には染まってほしくないなと思う。

 そしてもう一つの卵について。あれをどうしようかと考えたとき、ある考えが脳裏に浮かぶ。それもまた、最近おさまりが悪い悪戯心が生んだものなのかもしれない。

 

(この先ノウェに死ぬようなことがあれば……その時は、彼を再び卵の中に入れてみるのもいいかもしれないな)

 

 そんなことを思いつつ、ツアーは再びまどろみの中に落ちていった。

 




原作(DOD2)のノウェは子供のころのことでからかわれても照れないけど、ツアーの悪戯心を強調したくてここでは照れてます

話の内容を思いついたけど書かないだろうなってキャラと概要
エリス(DOD2):王国戦士長の部下であり、クライムの戦いの師ポジション。クライムに想いを寄せるようになりラナーにいろいろと腹黒いことをする。クライム爆発しろ

レオナール(DOD):カルネ村に弟たちと共に滞在する神官。まだ幼いころのンフィーレアのにおいをクンカクンカしたり、森で野草摘み(意味深)してるときに法国の工作員に村を襲われ、復興したカルネ村でルプスレギナの主な遊び相手になる。でも相手が女性だから満足できない

マナ(DOD、DOD2):小さいころに法国の神官をしていた母に捨てられ、ズーラーノーンに拾われて聖女として扱われる。ズーラーノーンの情報がなさ過ぎて書けない


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ごちそう、いっぱい

DOD屈指の魅力的なあの女キャラです


 スレイン法国の南方に位置するエイヴァージャー大森林、その大森林内部にはエルフの王国が存在する。しかしその国の王の在り方は酷く歪であり、絶大な力を持ちながらも自国や国民に対して関心をほとんど持っていない。

 強大な力を持つ自分の血を濃くひく子供を多く産ませ、子供たちによる最強の軍隊を作ることに執心し、何人もの女エルフとの子作りにばかり勤しむような王だ。母となる女たちも強いほど強い子供が生まれてくる可能性が高まると考え、女ばかりをスレイン法国との戦線に送り込み続けている。

 しかしそんな彼の目論見は全くと言っていいほど上手くいっておらず、送り込んだ女たちが強くなることも、満足がいくほど強い子供が生まれてくることもない。そんな現状に苛立つ王の横暴はますます苛烈さを増し、周りの者たちの被害が増えていくことになる。

 

 さて、そんな横暴な王だが、ここ最近は非常に奇異な姿がしばしば目撃されるようになった。自らの居城としている建物の最奥に位置する部屋に、王が自らの手で食料を運ぶ画だ。今日もまた、王は手に食料を持ちその部屋の扉の前に立つ。王は部屋の中にいる者を思うと自然と笑みが浮かび、楽しげな様子で扉を開けた。

 

「今日も持ってきてやったぞ、アリオーシュ」

「かわいい子供たち……私が守る、かわいい、かわいい……あはははははは、きれいぃぃ!」

 

 

 アリオーシュという名の女エルフ。彼女もまた王の手によって戦線へと送られ、また王との間に子をもうけていた者の一人だ。かつての彼女に対する王の期待は高かった。戦争で才能を開花させた数少ない一人であり、その実力は漆黒聖典のメンバーにも勝るとも劣らないものだったからだ。だが、彼女を評価するならば、重すぎた愛と脆すぎた心について特筆すべきだろう。

 アリオーシュは横暴な王との間にできた子供であろうとも我が子を愛していた。才能が花開く様子はないが、自分が身を挺して子を守ればいいと考えていた。だが、如何に強かろうと戦争という非情な現実において、一人で大切なものを守り切ることはできなかった。

 アリオーシュの強さは法国にも知られ、当然ながら相応の戦力が差し向けられる。複数の聖典のメンバーに囲まれた彼女は深手を負い、敗走を余儀なくされた。アリオーシュが逃げた先で見たものは、子供を置いていた村が炎の中で崩れ落ちていくシルエットだった。

 狂乱状態に陥った彼女は泣き叫ぶように我が子の名前を呼びながら炎の中へと飛び込んだか、徒に身を焦がすだけで、誰一人として、最愛の我が子すらも助けることはできなった。

 

 その日以来、アリオーシュは壊れてしまった。子供を見ると慈しみながら襲い掛かり、守るといいながらその身を文字通り喰らい腹の中に収めるという凶行を繰り返すようになった。

 周囲の者は彼女を恐れ、しかしその力ゆえに止めることも叶わず、王に嘆願し、王がアリオーシュを己の居城に連れていくことで住民たちは恐怖から解放された。同時に、横暴な王が非常に速やかに恐怖を取り除いてくれたことで、民たちの間に少しだけ王を見直す気風が生まれた。……まあ、それは勘違いなわけだが。

 

 

「嫌だ! 離して、お父さん!」

「屑が俺を父と呼ぶな。今日も持ってきてやったぞ、アリオーシュ」

 

 王が手に持っていた子供を投げ捨てるように扉の奥へと放り込む。暗がりの部屋の中に狂笑が響き渡り、子供が地面に落ちる音に混じって水飛沫が立つ音や柔らかいものが潰れる音、からころと固いものが転がる音がする。その原因を探るよりも早く子供は体勢を立て直すと、扉のほうに向きなおり全速力で駆けだした。

 しかし、子供の視界に映るものは今まさに閉じようとする扉と、その隙間から覗く王の裂けたような笑みだった。

 

「手段は問わん。この部屋から生きて出られたなら屑の貴様にも生かす価値を見出してやろう」

 

 そう王が告げると同時に、部屋が完全な暗闇に閉じられる。外気で薄れていた部屋の中に充満していた血の匂い、腐臭が子供の鼻腔をくすぐり、吐き気を催す。

 

「ごめんなさい、良い子になるから、強くなるから! 出して、ここから出して! 王さま! 王さま! お父さん!」

「もう大丈夫、私が守るから……安心なさい。くくくく、あっはははははは! ひとつになりましょう、私の赤ちゃん」

「嫌だ! 痛い、痛い! いたいいたいいたいぃぃ! いやだあぁぁぁ!」




短い


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少年の欲望

とりあえず書いたよ


「ここまでにしましょう、セエレ。相変わらず貴方のゴーレムの力は凄まじいものでしたね」

「お疲れ様です、クアイエッセ。任務で外に出ている君にそう言ってもらえると、僕としても励みになるよ」

 

 スレイン法国の中枢部にほど近い、間違っても一般市民が迷い込まないようなところに建設された訓練所に、一人の青年と一人の少年が一定の距離を置いて額に汗をかきながら向かい合っている。訓練所内は所々陥没したり崩れたりと非常に激しい戦闘の痕を残しており、中に立つ両者はそんな訓練所の有様におよそ似つかわしくない甘い容姿をしていた。

 クアイエッセと呼ばれた青年は非常に優しげな雰囲気をたたえた優男であり、セエレと呼ばれた少年の見た目はまだ10歳にも満たない金髪碧眼の人形のような子供だった。今この場に二人を知らない闖入者が現れれば、この二人と場の荒れ具合を結び付けられず酷く困惑しただろう。

 ある意味その感想は正しい。クアイエッセは強力な魔獣を何体も召喚するビーストテイマーであり、セエレは一体だけだが難度100をも超えるゴーレムを作り出して戦わせるため、本人たちの身体能力は大したものではない。

 

「それにしても惜しい……貴方のゴーレムの力があれば火滅聖典や陽光聖典でも大きな力となるでしょうに。国の守護の重要性もわかりますが、貴方を表舞台に出しづらいことを考えても何処かの聖典に属したほうが有用でしょうに」

 

 お互い召喚を用いた訓練を終えたクアイエッセの言葉にセエレは困ったような笑いを返す。クアイエッセの言う火滅聖典はゲリラ戦を、陽光聖典は亜人の殲滅を主とする特殊工作部隊であり、その存在は同国の一部の上層部にしか知られていない。幼子を戦場に送り出すかのような危険な発言だが、セエレの幼馴染であり彼のことをよく知るクアイエッセにとっては上層部の判断は納得のいかないものだった。

 セエレは見た目こそ幼い少年だが、その実年齢と精神年齢はすでに20を超えている。何故そうなったのかはセエレ自身も把握していない。エルフなどの長命な種族の血が混じっているわけでもなく、星に願ったあの日からセエレの体は成長を止めてしまったのだ。

 

「それに関しては僕も申し訳なく思っています。同い年の君が命を懸けているのを横目に、僕は安全なところで安穏としているわけですから……」

「っいえ、貴方の任務を軽んずるわけではありません。貴方が国を守っていればこそ、安心して任務に赴けるというものです」

 

 セエレの言葉にハッとすると、今度はクアイエッセのほうが困ったような苦笑を浮かべた。お互いに見つめ合って小さく笑いあうと、クアイエッセから表情を戻して気を引き締めなおした。

 

「では、私はこれで失礼します。任務の準備もありますので。セエレ、貴方も体を冷やさぬようお気をつけて。……それと、付き合う人は選ぶように。あれとは距離を置くことをお勧めします」

「ありがとう。しかし、自分の妹のことをそんな風に言うのは……」

 

 窘めるセエレの言葉には返さず、クアイエッセは訓練所から去っていく。残されたセエレは少しの間クアイエッセが去ったあとを見つめていたが、同じく訓練所にあとにしようと歩き出したところで新たな人物がセエレの道を遮るように現れた。

 

「クレマンティーヌ……」

「はぁ~い、セ・エ・レ・ちゃん。元気してた~?」

 

 

 

 

 クレマンティーヌは目の前の人形のような見た目の青年に蠱惑的な笑みを見せながら、その心のうちに憎悪を滾らせていた。生家も年齢も近く、幼馴染といってもいい間柄だが、クレマンティーヌはセエレに対して兄に向けるものと同種の嫌悪を抱いている。クレマンティーヌにとって、セエレはクアイエッセと似すぎているからだ。整った見た目、優れた使役能力、妹を持ち、親に愛された兄と愛されなかった妹という兄妹関係、そして妹を見捨てた。

 会うたびに激情を押し隠す必要がある相手だが、クレマンティーヌは事あるごとにセエレと接するようにしていた。こっちは兄と違い、与し易いと判断したからだ。

 

「今日は話しておきたいことがあってね、私任務の最中にズーラーノーンってところに誘われて、法国を抜けることにしたんだ~」

「えっ!」

 

 突然のクレマンティーヌの告白にセエレは驚き固まった。ズーラーノーンの名前を出され、あまつさえそこに誘われたなどと言えば気でも狂ったのかと思われかねない話だが、セエレが驚いたのはそこではない。単純にクレマンティーヌと会えなくなるという事実に驚いているのだ。そもそもセエレはズーラーノーンが何かも知らない。

 

「どうして……? クレマンティーヌがいなくなったら、僕は……」

 

 今にも泣きだしそうな顔で縋るような声を出すセエレに、クレマンティーヌは内心で毒づく。

 

「セエレも気づいてるだろうけど、私って法国とは水が合わないっていうかさ。もっと自由に生きたいんだよね。その点、ズーラーノーンなら望むように生きられそうだからさ」

 

 セエレは非常に特殊だ。成長しない体という異常のために世間からの悪意に晒されぬよう、母親の意向で幼いころから法国の上層部で保護されることになった。法国の上層部は上に行くほど善性が強い者が多くなり、セエレはその善意の中で純培養されるように育ってきた。必然的に、セエレの中で人とは善性、滅私、無欲が当然という認識であり、20歳を超えても人の負の面にはほとんど耐性を備えていなかった。それこそ、自身の持つ欲を強く恥じるほどに。

 セエレとクアイエッセの大きな違いがそこだ。他の上層部と同じように無私のクアイエッセと異なり、セエレの感性は一般人と大きく変わらなかった。当然いくつもの欲が生じてきたが、周囲の顔色を窺い常に押し殺して良い子を演じてきた。

 そんなセエレにとって、やはり滅私や無欲とは無縁なクレマンティーヌに対して一方的な親近感を抱くことは必然であった。その身体に、見た目にそぐわぬ劣情を抱くことも。

 

「そこでセエレも一緒にどうかな、と思ってさ」

「僕が、クレマンティーヌと一緒に……?」

「そう。外に出たことのないセエレは知らないだろうけど、人ってのは良い子ばっかりじゃないんだよ。言いたいことは言えばいいし、ヤりたいことはヤればいい。セエレがやりたいことは良い子を演じること?」

「僕は……」

「分かってるよ、セエレがそうじゃないってことは。だからこうやって誘ってるの。だって私たち、幼馴染だしね~」

 

 クレマンティーヌの誘いに、セエレは思い悩む。誘いに乗ることは、今までよくしてもらった人たちを裏切ることだと理解してる。それはしたくないと考えるセエレだが、良い子を演じることにずっとこのままなのだろうかと絶望していたのも事実であった。そして外に出られるということは……。

 

「外に出ればさ、居なくなったマナを探すこともできるかもね」

 

 かつて見捨ててしまった妹の名前に、セエレは顔を上げた。




なお、ついていったらぼろ雑巾のようにされて殺される模様。
個人的にはオバロ現地人よりもdodの住人が悲惨な目に合う方がしっくりくる。

セエレのこの小説での設定
法国の神官の家に双子の兄として生まれ、妹のマナが虐待されているのを見ていた。6歳の時に妹が捨てられたのを知って、自分も捨てられるのが怖くなり、ずっと母親に愛されることを星に願った結果、永遠の合法美ショタに成り果てた。王国に生まれていれば・・・
タレントで一生に一度だけノーコストでウィッシュ・アポン・ア・スターを使えたとかなんとか。


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