Fate / replay night (JALBAS)
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《 第一話 》

教会の地下で、言峰綺礼の誘いに乗ってしまい、マスターである士郎を殺してしまったセイバー……
士郎の方は、信じていた(愛していた?)セイバーに裏切られ、正義の味方になる理想を砕かれ命を落としてしまう……
筈ですが、そこで、誰も予想だにしなかった事態が起こります……




第五次聖杯戦争は、終盤に差し掛かっていた。

ここに来て、突如出現した八人目のサーヴァント、ギルガメッシュ。

その圧倒的な力で、あっという間にアサシンとキャスターを消し去ってしまった。

彼は、十年前の聖杯戦争からそのまま残っていた“アーチャー”のサーヴァントであり、十年前に、セイバーと最後まで生き残り戦っていた。

ギルガメッシュの圧倒的な力の前に、倒されかけた士郎とセイバー。だが、士郎の体の中に埋め込まれていた、セイバーの失われていた宝具“全て遠き理想郷(アヴァロン)”の力により、何とか難を逃れた。

その後、ギルガメッシュを倒す助言が得られないかと、士郎はひとり言峰教会に向かう。

無人の教会で得体の知れない違和感を覚え、士郎は教会の地下に降りて行った。

そこで士郎は、生気を吸い尽くされた無残な孤児達を目撃する。驚愕する士郎だが、直後、背後から胸を貫かれてしまう。

 

遅れて、士郎を捜しにセイバーも教会を訪れた。同じように地下に降りたセイバーが見たものは、傷付いて倒れた士郎と、セイバーを待っていた言峰綺礼とランサーだった。

朦朧とした意識の士郎とセイバーに、綺礼は語る。

既に、願望機としての聖杯に必要なサーヴァントの魂は集められ、現時点でも聖杯の器を召喚する事は可能であると。

そして、自分は聖杯に相応しい者を見定めるため居ると言い、士郎に聖杯を望むのなら与えると告げる。

しかし、士郎は綺礼に言う。

「聖杯なんていらない……この道は、間違って無いって信じてる……俺は、置き去りにして来たもののためにも、自分を曲げる事はできない……」

士郎の回答に失望した綺礼は、今度はセイバーに問い掛ける。

「……では、お前はどうだ?セイバー。小僧は聖杯などいらぬと言う。だが、お前は違うのではないか?お前の目的は、聖杯による世界の救罪だ。よもや英霊であるお前まで、小僧のようにエゴはかざすまい?」

この問いに、セイバーの理性は揺さぶられた。綺礼は、聖杯を譲るという。その目的、叶えるべき願いがあるのならば、聖杯を譲り渡すと……

「そ……それは……」

“拒む理由など無い。

そのためだけに戦ってきた。

そのためだけにサーヴァントになったのだ。

ならば……シロウが何と言おうと、私には関係無い。

聖杯が手に入るのなら、私は……“

「では交換条件だ。セイバー、己が目的のため、その手で自らのマスターを殺せ。そのあかつきには聖杯を与えよう。」

「え?」

それは、あまりにも予想外の言葉だった。彼女の中に、そんな選択肢は存在すらしていなかったのだ。

「迷う事はあるまい……もはや助からない命だ。ここでお前が引導を渡してやるのも、情けではないのかな?」

綺礼は、士郎の体を担ぎ上げ、セイバーに向かって放った。

朦朧とした意識で、セイバーに手を伸ばし、寄り掛かって来ようとする士郎。

“長かった旅の終わり。

自らを代償にして願った聖杯。

それが、ただ剣をひと突きするだけで叶う。

元より、マスターとサーヴァントは、聖杯を手に入れるまでの協力関係だ。

ここでそれが終わっても、それは……誰に、責められる事でもない。“

ほんの、ほんの一瞬の、僅かな気の迷い。それが、セイバーを思わぬ行動に走らせた。

まるで、見えない意志に操られるように、縋って来る士郎にセイバーは自らの剣を突き立てた。

その剣が、士郎の心臓を貫いた。

「な……なんで……さ……」

一瞬だけ、信じられない物を見たように目を見開いた後、士郎はその場に崩れ落ちる。

セイバーは、士郎の体を貫いた体勢のまま、茫然と佇んでいた。

「え?……し……シロウ……」

焦点の合わない目で、自分の足元に倒れている士郎を見詰める。

「わ……私は……な……何を……」

セイバーの手から、聖剣が姿を消す。剣が無くなったその両腕には、士郎の体から流れ出した血がこびり付いていた。セイバーは震えながら、その両手を自分の目の前に持って来る。そして、血に染まった両手を凝視している。

「……良くやった、セイバー……その慟哭、聖杯を受け取るに相応しい。約束通り、お前に聖杯を授けよう。」

満足そうに笑みを浮かべ、綺礼が言う。

一方、黙ってそれを見詰めていたランサーは、不機嫌そうに言う。

「けっ!見損なったぜセイバー!……所詮、お前も聖杯に目が眩んだ、亡者に過ぎなかったって事か?それで、何が騎士王だ!」

ランサーの言葉は、自分のしでかした事の重大さに押し潰されそうになっていた、セイバーの心に止めを刺した。セイバーの自我が、崩壊する。

「う……うう……あああ……ああああああああああっ!!」

血まみれの両手で顔を抑え、天井に向かって奇声を上げるセイバー。叫びながら、そのまま跪いてしまう。

「あああああああっ!あっ!あっ!わああああああああああああっ!!」

両手の血はセイバーの顔を覆っていき、血まみれの顔で、狂気の目で、セイバーは叫び続けた。

「へっ……今頃になって、後悔したっておせえんだよ!」

吐き捨てるように言って、ランサーは地下室を出て行こうとする。

「何処へ行く?ランサー?」

「見るに堪えねえんでな、外させてもらうぜ!そいつはもう戦えねえ……俺の仕事は終わりだろうが?」

「いや、まだだ。」

「何?」

綺礼の言葉に、ランサーは立ち止まる。

すると、綺礼は令呪の付いた腕をランサーに向け、言う。

「自害しろ!ランサー!」

「な……何だと?!」

ランサーの体は、自分の意志に反して動き出す。赤い槍を取り出し、それで一気に自分の心臓を貫いた。

「ぐはあああああああっ!」

口から大量の血を吐き、ランサーはその場に蹲る。

「ど……どういう事だ?」

「ふふふふふ……聖杯を十分に機能させるには、あと一人分の英霊の魂が必要なのでな……」

「て……てめえ……最初から……そのつもりで……俺を……」

そこまで言って、ランサーは力尽きて倒れる。そして、消滅していった。

 

 

少しして、その場に、もうひとり男が現れる。

金色の髪をした、気位の高そうな振る舞いの男……八人目のサーヴァント、ギルガメッシュであった。

彼は、小脇にイリヤを抱えていた。

「全く……この我に、つまらない雑務を押し付けおって……」

「良いではないか……それで、お前もお望みの物を手に入れられるだろう。」

綺礼は、放心して蹲ったままのセイバーに、目線を送りながら言う。

「我が欲しかったのは、こんな抜け殻では無い……が、まあ良い。気長に、元に戻るのを待つか……それとも、我の色に染めていくのも一興か?」

そう言って、ギルガメッシュはイリヤを綺礼に渡す。

綺礼は、イリヤを抱いたまま奥の間に入って行く。

 

数分後、綺礼は黄金に輝く杯を持って、戻って来る。

そして、蹲ったまま小刻みに震えているセイバーに、杯を差し出す。

「聖杯だ……受け取るが良い、セイバー。」

セイバーは、その場に蹲ったまま、夢遊病者のようにそれを受け取る。

「さあ、望みを言うがいい。」

だが、セイバーは何も言わない……いや、もう言葉を発する事ができなかった。それどころか、思考を巡らせる事すらできなかった。

茫然と、相変わらず焦点の合わない目で、手に持った聖杯をただ見詰めていた。

 

 

セイバーに、心臓を貫かれた士郎……しかし、彼はまだ完全に死んではいなかった。

生死の境を彷徨いながら、心の中で問答を繰り返していた。

 

もう、痛みも感じない……俺は、死ぬのか?

セイバー……どうして、俺を……

いや、それが当然なのか?

遠坂が言っていた。サーヴァントが、マスターに手を貸すのは、聖杯を欲するからだ。“聖杯などいらない”と言ったら、セイバーに殺されるって……

俺は、確かに断言した。“聖杯なんていらない”と……この言葉は、セイバーに対する裏切りだったのか?

そういえば、セイバーは、十年前に親父にも裏切られていたんだ。

親父は、よりにもよって、セイバー自身に聖杯を破壊させた。絶対に逆らえない、令呪による命令で。

それは、セイバーにとって、どれほど辛い事だったか?

どれほど、親父を呪った事か?

俺は、血は繋がって無くても、その衛宮切嗣の息子。セイバーにとっては、仇も同然だったろう。

本当は、俺の事も恨んでいたのかも?

セイバーを、女の子扱いして、サーヴァントとして扱わなかった事も……

 

そうだ……そもそも、それが間違いだったんだ。

サーヴァントは、人間じゃ無い。

遠坂に、何度も言われてきた事だ。

その通りだった。

どんなに姿が似ていようと、人間とサーヴァントは違う。

利害が合えば共闘する事はできるが、心を通わせる事はできない。

絶対に、気を許してはいけなかった。

自分の考えを、全て曝け出してはいけなかった。

例え、分かり合えたように見えても、それは幻だ。

サーヴァントには、聖杯こそが全てなのだ。

マスターを護るのも、聖杯を手に入れるためだ。

聖杯を求めないマスターを、サーヴァントが護る道理などは無いのだ。

俺の心が、セイバーと繋がっているなんて……俺は、何て勘違いをしていたんだ。

 

俺を殺した事で、セイバーは聖杯を手に入れられる……

それで、セイバーは幸せになれるのか?

なら、結果的に、俺はセイバーを救えたのか?

自分の命など、どうでもいい。

俺の犠牲で、セイバーが幸せになれるのなら本望か……

 

いや、待て。

セイバーの望みは知っている。

セイバーが望みを叶えても、彼女は救われない。

彼女は報われないまま死を迎え、未来永劫世界の奴隷として使役され続ける。

それでいいのか?

それで、俺は“正義の味方”になれたのか?

結局セイバーすら救えないで、何が正義の味方だ?

俺は、誰も救っていない。

まだ、何も成していない。

それで終わりでいいのか?

俺は、切嗣の代わりに、正義の味方になるんだろう?

あの大火災で、助けられた命を使って、大勢の人を助けるんじゃ無かったのか?

 

まだだ……まだ、死ねない!

死んでたまるか!

どこで間違えた?

何がいけなかった?

お……俺に、もう一度チャンスをくれ!

そうしたら、二度とこんな間違いはしない!

必ず、この聖杯戦争を勝ち抜く!

絶対に生き残って、大勢の人の命を救っていく!

 

その時、士郎の脳裏に語り掛けてくる意志があった。

“ソレガ……オマエノ、ノゾミカ?”

 

そうだ!

もう一度、俺を戦わせてくれ!

 

 

 

 

「?!」

気が付くと、俺は倒れているのでは無く、座り込んでいた。

妙に、意識がはっきりしている。それに、体に痛みの感覚が戻っている。

 

俺は……あの世に来てるのか?いや、それにしては、体がリアルに痛い。それに、ここは……

 

そこは、衛宮家の土蔵の中だった。

 

な……何で、俺はこんなところに?確か、教会の地下で殺された筈……

 

ふと、目の前に立つ人影に気付いて、顔を上げる。そこにあったのは……

 

「あなたが、私のマスターか?」

青い礼装に、銀の鎧を纏った、ブロンドの女騎士の顔だった。

「うわああああああああああっ?!」

思わず、悲鳴を上げていた。もう、何時間も前の事のように思えるが、心臓を貫かれた時の記憶が蘇った。

情け無く大声を上げて取り乱す俺に、女騎士は言う。

「どうしたのですか?マスター?」

「へ?」

そこで気付く。

全く場面が変わっている。ここは、教会の地下では無く、衛宮家の土蔵の中だ。

ここには、言峰も居ない。衰弱死した子供達の亡骸も無い。何より、この場面は以前に一度見ている。

「サーヴァント、セイバー、召喚に従い参上した。マスター、指示を。」

俺に、指示を求めて来るセイバー。

 

こ……これは?時間が巻き戻っているのか?

 




今迄、“Fate / stay night”はアニメしか見て無くて、ゲームをやって無かったのですが、この度Vita版のゲームを実際にやってみました。
それで驚愕したのは、あまりにも残酷で理不尽なBAD ENDの数々。
まあ冗談のような選択肢を選んだ場合は仕方ないですが、普通に考え得る選択肢で迎えたBAD ENDやDEAD ENDの酷いのなんの……これは、ネタにするしかないと、二次創作意欲が湧き上がりました。
特に酷いのが、No.13のDEAD END。
絶対にマスターを裏切らない筈の、あのセイバーが……
これは酷い、酷過ぎる。いくらゲームでも、ここまでやっていいの?
それまでの、士郎とセイバーの交流は何だったの?
最初は反発し合っていた2人だけど、徐々にお互いを理解し合い、惹かれ合い、魔術回路が繋がって心も通い合ったんじゃなかったの?
そもそも、その前夜のアレは何だったの?
あれで好感度が上がらないなんてのは、欠陥ゲームじゃないの?
そもそも、王たる者があんな誘惑に負けるなんて、それでも騎士王と呼べるのか?ランサーの言葉じゃないが、見損なったぞ、セイバー!

そして……
ランサーが死んだ!この人でなし!
は、お約束という事で。

ちなみに、最愛の人に裏切られた士郎の中でも、何かが壊れています。
“やり直す事などできない”が信条だった士郎が、よりにもよって聖杯の力を使い、聖杯戦争をやり直す事に……
ゲームのプレイヤーの如く、最初の内は選択肢を誤らないよう進めて行きます。
ですが、それはつまり、展開が変わって行くという事になり……


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《 第二話 》

聖杯を求めるあまり、一瞬の気の迷いで、自らのマスターを殺めてしまったセイバー。
自らが犯したその罪の重さに耐えきれず、セイバーの自我は崩壊してしまいます。
そうまでして手に入れた聖杯を前にしても、彼女は何一つ望みを語る事もできませんでした。
その一方で、生死の境を彷徨っていた士郎は、最後の最後に強く願いました。
聖杯戦争のやり直しを……もう一度、自分に戦う機会をくれと……
聖杯は、その士郎の望みを聞き入れ、時間を聖杯戦争の開幕時に巻き戻しました。
今ここに、改めて士郎の聖杯戦争が、また始まります。




「これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある……ここに、契約は完了した。」

そう言って、セイバーはランサーの待つ庭に飛び出して行く。

 

せ……聖杯が、俺の望みを叶えたのか?もう一度、聖杯戦争をやり直したいという、俺の願いを……

だが、どうして?聖杯を手に入れたのは、セイバーじゃなかったか?あいつは、何も望まなかったのか?なら、どうして俺を殺してまで……

 

生死の境を彷徨っていた士郎には、彼を刺した後のセイバーがどうなったを、知る由も無い。彼の心の中では既に、サーヴァントは“聖杯のためには、誓いを立てた主の命すら平気で奪う殺戮者”との偏見が根ずいていた。自分を殺した事で、セイバーの自我が崩壊した等とは、微塵も考えなかった。

 

士郎は、ゆっくりと土蔵の外に出て行く。

そこには、およそ半月前に見たのと、同じ戦いが展開されていた。

セイバーの見えない剣に翻弄され、劣勢を強いられるランサー。一度停戦を申し入れるが、セイバーにあっさり却下される。そこで、ランサーは宝具の力を解放する。

「その心臓貰い受ける、ゲイ・ボルク!!」

ランサーの必殺技が炸裂するが、セイバーは心臓への直撃を何とか交わす。交わされた事で、ランサーは撤退して行く。それが、彼のマスターの指示だ。ランサーのマスターは言峰綺礼だ。綺礼は、こうやって他のマスターやサーヴァントの力量を測っていた。

ここで、ランサーを追っても仕方が無いと、士郎は追おうとするセイバーを呼び止めた。

 

俺は、セイバーに近付いて行く。既に俺はセイバーを良く知っているが、今のセイバーはまだ俺を知らない。だから、まずは自己紹介をした。

「俺は……衛宮士郎だ……セイバー。」

つい先程、殺されかけた……いや、殺された相手だ。どうにも、会話がぎこちなくなる。だが、セイバーの方は初見なので、そんな違和感は関係無かった。

「衛宮……」

ふと、俺の姓に反応を示す。おそらく、俺の親父“衛宮切嗣”を思い起こしているのだろう。十年前も、セイバーはこの家を拠点にしていたと思われるから……

以前は、訳が分からずに質問を重ねたが、今は何も聞く事は無い。俺が何も話さないから、セイバーの方から話し掛けて来る。

「マスター、傷の治療を……」

セイバーは、ランサーに貫かれた肩の治療を要求して来る。だが、ここでの俺の答えは前と変わらない。

「悪い……そんな難しい魔術は、俺には使えない。」

「そうですか……ならば、このまま臨みます。あと一度の戦闘ならば、支障はないでしょう。」

そう言って、セイバーは屋根に飛び上がり、そのまま塀の外に飛び出して行く。

そこで、俺の思考が急速に回り始める。

 

遠坂とアーチャーを、倒しに行ったのか……待て!今、アーチャーを戦闘不能にしてしまったらこの後……

 

俺は、慌ててセイバー追う。全速力で門の外に出る。その目に、今まさにアーチャーに斬り掛かろうとする、セイバーの姿が飛び込んで来る。

「止めるんだ!セイバー!」

俺は、令呪を翳して叫んだ。俺の左手の甲から、赤い波紋が放たれ、セイバーの体に覆い被さっていく。それにより、寸でのところでセイバーの動きが止まる。

こんな所で、貴重な令呪を消費するのは勿体無いかもしれないが、今のタイミングでは、令呪でも使わなければ止められなかった。この後の事を考えれば、この選択は間違いでは無いだろう。

「正気ですか?マスター。今なら、確実に敵を倒せた……だというのに、令呪を使ってまでその機会を逃すとは……」

セイバーは、不満いっぱいのようだ。さて、何と言ったら良いものか?

「ま……待ってくれ……こ……こっちは、何の事だかさっぱり分からないんだ。戦う前に、まずちゃんと説明してくれ!」

とりあえず、もっともらしい事を言い繕った。本当は、もう全て知っているのだが、ここは知らない振りをした。

「ふうん……つまり、そういう訳ね。素人のマスターさん……」

アーチャーの後ろに立っている、遠坂が口を開く。

「とりあえず、こんばんは、衛宮くん。」

「と……遠坂……」

一応、かなりぎこちなくなったが、驚いたような振りをした。

 

その後、遠坂を家の中に招き入れる。アーチャーは、霊体化していて姿が見えない。

全部知っているのだが、一応とぼけて、以前のように聖杯戦争の説明を受ける。

だが、その途中……

「……それに貴方だって、心の底では理解してるんじゃない?一度ならず、二度までもサーヴァントに殺されかけて、自分はもう逃げられない立場なんだって……」

この言葉が、頭に引っ掛かった。

 

二度?……今は、ランサーの話しかしてないよな?何で二度?……まさか、俺がセイバーに殺されて、聖杯の力で蘇ったなんて知ってる訳は無いし……

 

「あ、違うよね。殺されかけたんじゃなくて殺されたんだっけ。よく生き返ったわよね、衛宮くん。」

 

違う!その前に、学校で一度ランサーに殺されていたんだった……だけど、何で遠坂がその事を……

いや待て、あの時、ランサーはアーチャーと戦っていたんじゃ……なら、遠坂も当然あの場に……

 

「遠坂、俺がランサーに殺された事を、知ってるのか?……お前、もしかして……」

すると、遠坂は明らかに“失敗した”という顔をして、直ぐに訂正する。

「今のはただの推測よ。つまんない事だから忘れなさい。」

「い……いや、つまんない事じゃないぞ。」

「いいからっ!そんな事より、もっと自分の置かれた立場を知りなさいっての。」

遠坂は誤魔化して、話を続けていく。俺も、その場ではそれ以上追及しなかった。

そして、ひと通り話が終わり、言峰教会へと向かう。

 

教会に着くと、そこには当然言峰綺礼が待っていた。

その顔を見た途端、俺の中に溢れんばかりの殺意が沸き起こる。

 

こ……言峰っ!

 

拳を握り締め、今にも殴り掛かってしまいそうな自分を抑え込む。しかし、それでも全ての殺意を抑え込む事はできず、その目は、異常な敵意を持って言峰を睨んでいた。

「……どうした少年?まるで、親の仇でも見付けたような顔だが?」

 

親の仇?お前は、俺自身の仇だ!そして、俺と同じ、あの大火災で孤児となった子供達全員の仇でもある……こいつだけは、絶対に許せない!こいつも、倒すべきマスターの一人だ!なら、今ここで討つか?こちらには、遠坂も居る。奴にランサーが付いていても、こっちにはセイバーとアーチャーが居る。戦力的には圧倒的に優位……

 

「君の名は何というのかな?七人目のマスターよ。」

その言葉に、ふと我に返る。

 

待て……こいつは、あの孤児達を、“十年間サーヴァントを現世に繋ぎ止めるための貢物にした”と言った。そのサーヴァントとは……あいつしかいない、あの英雄王しか。

という事は、奴のサーヴァントはランサーだけでは無い。ギルガメッシュも、奴のサーヴァントだ。敵がギルガメッシュとランサーでは、セイバーとアーチャーで共闘しても勝てるかどうか分からない……

それに、言峰の正体を知っているのは、一度この聖杯戦争を経験して来た俺だけだ。今ここで真実を語っても、遠坂は信じてくれるのか?遠坂まで敵に回ったら、こっちはセイバーと二人だけ……いや、セイバーだって、いつ俺を裏切るか分からない。聖杯のためなら、平気で俺を殺すような奴だ。信用できない。

だめだ……今は、我慢するしかない……

 

「どうした、何故黙っている?君の名は何というのだ?」

「……ああ、お……俺は、衛宮士郎だ。」

「衛宮……士郎……」

言峰が、いやらしい笑みを浮かべる。

 

こいつ……前回も、俺の名を聞いた時に同じ笑みを浮かべていた……俺が、一歩間違えば地下にいる孤児達と同じ運命を辿っていたかもしれない事を、嘲笑ってるのか?

 

「では始めよう。衛宮士郎、君はセイバーのマスターで間違いはないか?」

「ああそうだ。俺が、セイバーのマスターだ。」

これには、遠坂が目を丸くして驚いていた。

 

しまった……俺は、この時点では、聖杯戦争が何であるかも分からない素人だったんだ。いきなり、自分がマスターだと認めてしまうのは、不自然だったか?

 

だが、もう答えてしまったものは仕方が無い。

多少ぎこちなくはなったが、何とかその後の会話で取り繕った。

話が終わり、教会を出ようとした時に、言峰が例の言葉を言う。

「喜べ少年、君の願いはようやく叶う……明確な悪が居なければ、君の望みは叶わない……」

俺は適当に聞き流しながら、心の中で返答していた。

 

ああ、お前の言う通りだ。正義の味方になるために、俺はこの聖杯戦争で大いなる悪を討つ……それはお前だ!言峰綺礼!

 

士郎達が出て行った後、綺礼は、ぽつりと呟く。

「妙だな……あの少年、何故私にあそこまでの敵意を抱く?……もしや、衛宮切嗣から、既に聖杯戦争の事を聞いていたのか?そして、私の事も……」

しばし考え込むが、直ぐに止めて教会の奥へ歩いて行く。

「だが……あんな半人前では、とてもこの聖杯戦争では生き残れまい……」

そう言って、礼拝堂を後にする。

 

教会を出ると、セイバーが近寄って来た。俺の決断が気になるのだろう。

「マスターとなって、この聖杯戦争を勝ち抜くと決めた。それでいいな、セイバー?」

「はい。この身は、貴方の剣になると誓いました。」

 

良く言う……それは、あくまで聖杯が手に入るまでの話だろう……

 

つい反感が顔に出そうになるのを、じっと堪えた。今は、不信感を植え付ける訳にはいかない。この聖杯戦争を勝ち抜くために、セイバーには、言葉の通り俺の剣となって貰わなければならない。

 

教会を離れ、来た道を戻る。少し歩いた後、遠坂が切り出して来る。

「ここで分かれましょ……ここまで連れて来たのは、あなたがまだ敵にもなっていなかったからよ。でも、これで衛宮くんもマスターのひとり、明日からは敵同士だからね。」

遠坂はそう言うが、まだ、ここで別れる訳にはいかない。

「凛!」

そこに、霊体化していた遠坂のサーヴァント、アーチャーが実体化して現れる。

「倒し易い敵が居るのなら、遠慮無く叩くべきだ。」

「む……そんなこと、言われなくても判ってるけど……」

「判っているのなら行動に移せ。それとも何か、君はまたその男に情けをかけるのか?……ふむ、まさかとは思うが、そういう事情ではあるまいな?」

「そ……そんな訳ないでしょう!……ただその、こいつには借りがあるじゃない。それを返さない限り、気持ち良く戦えないだけよ!」

「ふん、また難儀な……では、私は消えるぞ。借りとやらを返したのなら呼んでくれ。」

文句を言いながら、アーチャーはまた霊体化して消えた。

やはり、遠坂は信頼できる。アーチャーは気に入らないが、この戦争を生き抜くためには、遠坂を敵に回す訳にはいかない。

「できれば俺、遠坂とは敵同士になりたくないな。俺、お前みたいなやつは好きだ。」

「な……何言ってるのよ!」

俺の言葉に、赤面する遠坂。その時、

「ねえ、お話しは終わり?」

幼そうな女の子の声が割って入った。

 

来たか!

 

振り向くと、紫のコートと帽子に身を包んだ、イリヤがそこに立っていた。その背後に、巨大な怪物“バーサーカー”を従えて。

「ば……バーサーカー?」

遠坂が、驚きながら言う。

「こんばんは、お兄ちゃん。こうして逢うのは二度目だね。」

そう言って、イリヤは微笑む。

 

そういえば、イリヤは、最初から俺を知っいてた。遠坂には常に敵対心を向けているが、俺にはそうして来ない……何故だ?待てよ……以前に捕まった時、“十年も待ったんだから”と言って無かったか?

 

イリヤは、貴族のようにスカートの端を上げ、遠坂に向かって挨拶をする。

「始めましてリン、私はイリヤ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン……アインツベルンって言えば、分かるでしょ?」

そう言われた、遠坂の顔色が変わる。そして、何故かセイバーも。

 

さて、この場をどう凌ぐ?

バーサーカーを倒すには、奴を十二回殺さなくてはいけない。役者は全て揃っているが、今、あの時と同じ戦いは再現できない。

アーチャーに“消滅覚悟で何回か奴を殺せ”などと命令できる筈も無いし、この場で遠坂に“全宝石を投げ打って攻撃しろ”などと言える筈も無い。俺自身も、満足に魔術回路を使いこなせない今の状態で“カリバーン(勝利すべき黄金の剣)”を投影する事もできない。

セイバーが、全力でエクスカリバーを放てば倒せるかもしれないが、こんな所でエクスカリバーを使ったら大参事になる。おまけに、その直後にセイバーは消滅するかもしれない。それでは、本末転倒だ……

前回同様に、“俺がセイバーを庇ってイリヤのやる気を削ぐ”なんてのは論外だ。あの時は運良く助かったが、下手をすれば即死してもおかしくない状況だった。それに、あの時はとっさに体が動いてセイバーを庇ったが、今は、絶対にそんな事は出来ない。俺は、セイバーに一度殺されているんだ。自分を殺した相手を、どうして庇える?

 

「アーチャー、あれは力押しで何とかなる相手じゃ無い。ここは、貴方本来の戦い方に徹するべきよ。」

遠坂が、霊体化しているアーチャーに言う。

『了解した。だが、護りはどうする?凛では、あれの突進を防げまい。』

「こっちは三人よ。凌ぐだけなら何とでもなるわ。」

その言葉を受け、遠坂の背後の気配が消える。

「……衛宮くん。逃げるか戦うかは、貴方の自由よ……けど、出来るなら何とか逃げなさい。」

遠坂は、今度は俺に言って来る。

「相談は済んだ?……じゃあ、殺すね。やっちゃえ、バーサーカー!」

「GUAAAAAAAAAAAAA!」

バーサーカーが飛ぶ。その巨体に似合わぬ俊敏な動きで、俺達に飛び掛かって来る。

「マスター、下って!」

セイバーが、飛び掛かって来るバーサーカーに立ち向かって行く。

その時、空から流星じみた光の矢が、バーサーカーに降り注ぐ。アーチャーによる攻撃だ。その矢は正確に、全弾バーサーカーに命中するが……

「うそ、効いてない?!」

バーサーカーには、何の効果も無かった。

バーサーカーは、そのまま巨大な石斧剣でセイバーに襲い掛かる。その腕力の前に、明らかに圧されぎみのセイバーだが、前回の時とは違っていた。確かに劣勢だが、セイバーにはまだ余裕があるように感じられた。

 

そうか、セイバーは“あと一度の戦闘ならば、支障はないでしょう”と言っていた。アーチャーとの戦いを強引に止めさせたから、まだ余力が残っているという事か……

 

しかし、このままでは絶対にバーサーカーは倒せない。時折アーチャーの援護も入るが、それは全くバーサーカーに通じていない。

そうしている内に、バーサーカーの一撃で、セイバーは坂の上の荒地に弾き飛ばされてしまう。そして、バーサーカーはセイバーに止めを刺すべく、それを追って行く。

「アーチャー、援護続けて!」

そう叫んで、遠坂はバーサーカーを追って坂を上がって行く。少し遅れて、俺もそれに続く。

荒地に駆け込むと、そこは荒地では無く、墓地だった。

更に、そこでは状況が一変していた。先程までは圧倒的にバーサーカーが優勢だったが、今度は逆にセイバーの方が圧していた。バーサーカーの巨体では墓石が邪魔になり、どうしても動きが鈍る。それに対し、セイバーの小柄な体は、何の制約も受けずに俊敏に動き回れていた。

「こっち!前に出るととばっちり喰らうわよ!」

呆けて戦闘に見とれていた俺を、遠坂が木の陰に引き込む。

「何考えてんのよあんた!逃げろって言ったでしょ?!」

いきなり、遠坂は文句を言って来る。

「そ……そっちこそ何を考えてるんだ!俺だってマスターだぞ、自分のサーヴァントを放って逃げられるか!」

「何を偉そうに言ってるのよ!衛宮くんは戦う手段が無いんだから、居るだけ邪魔って判らない?何もせずに殺られちゃったら、無駄死にってもんじゃないっ!」

確かに、今の俺ではバーサーカーに対して、何ひとつ戦う術は無い。だが……

「……それ、遠坂が怒ることか?別に、俺が無駄死にしようと、遠坂には関係無いだろ?」

「か…関係あるわよ!今日いっぱいは、見逃してあげるって決めたんだから……勝手に死なれたら、困るのよ!」

何だかんだ言って、やっぱりいい奴だ。遠坂は。

「だからと言って、俺だけ戦場を離れる訳にはいかない。俺は、聖杯戦争を勝ち抜くと決めた。なら、戦いを見届ける義務がある。」

「……何、半人前が一端の口利いてんのよ……まあ、確かに逃げる必要ないかもね。あの調子じゃ、セイバーは負けないだろうし。」

遠坂は納得してくれたようだが、彼女の言葉は正しくない。

 

確かに、今はセイバーが圧している。しかし、それでもバーサーカーは倒せない。この戦いで、何とかバーサーカーの命をひとつ削っても、奴にはまだ十一個の命が残っているのだ……

この戦いでは、イリヤはまだ本気じゃ無い。だから、何とかやる気を削いで、引き上げさせるように仕向けるしかない。だが、どうやって……

 

そして、遂にセイバーが仕掛けた。よろけたバーサーカーの隙をつき、一時だけ風王結界を解く。その瞬間だけ姿を見せた聖剣が、バーサーカーの胸を貫いた。

「やった!」

遠坂は歓喜の声を上げる。バーサーカーが、蹲って動きを止める。

 

いや……やってはいない……

 

一瞬の静寂の後、再びバーサーカーは動き出す。

「な……何?!」

驚くセイバー。先程貫かれたバーサーカーの傷が、見る見る内に塞がっていく。

「……え、アーチャー?……“離れろ”って、どういう事?」

急に、遠坂が呟く。と同時に、俺は、遙か遠くから向けられた殺気に気が付いた。

背後、何百メートルと離れた屋根の上に、弓を構える赤い騎士の姿があった。

突然、言い知れぬ悪寒が襲い掛かる。

赤い騎士は、弓を構えている。だが、弓に添えているものは“矢”とは思われなかった。

また、その殺気の標的は、バーサーカーだけではなかった。

「だめだ、戻れセイバーっ!」

俺は、大声でセイバーを呼んだ。

「……っ、マスター?」

再び、バーサーカーに向かおうとしたセイバーの足が止まる。だが、こちらを振り向いただけで後退してはいない。それでは間に合わない。

「危険です、もっと後ろに下って……」

「バカ!危ないのはそっちだ!とにかくこっちに……」

身を乗り出して、セイバーに手を伸ばす。

それで察したのか、セイバーは反転し、全速で離脱して来る。

その直後、赤い騎士の“矢”が放たれた。

それは、離脱するセイバーを、追撃しようとするバーサーカーに真っ直ぐに向かって来た。その矢に只ならぬ魔力を感じたのか、それまで矢に何の反応もしなかったバーサーカーが、セイバーに背を向け矢に正対した。全力で、迫り来る“矢”を迎撃する。その瞬間……

凄まじい轟音と閃光が、辺り一帯を包み込む。

俺は、とっさにセイバーを地面に組み伏せて倒れ込んだ。

激しい振動と衝撃も伝わって来る。それに吹き飛ばされた破片が俺の背中にも突き刺さるが、それは大した傷では無かった。

閃光が去った後、墓地は火の海になっていた。爆心地となった地面は抉れ、クレーター状になっている。それ程の破壊の中、燃え盛る炎の中で、バーサーカーは全く無傷で佇んでいる。

俺とセイバーは、地面に突っ伏したままで、その光景を見詰めていた。

「バーサーカー……ランクAに該当する宝具を受けて、なお無傷なんて……」

 

いや、無傷なんじゃない……今の一撃は、確かにバーサーカーの命をひとつは削っただろう。でも、それでもまだ二つ……バーサーカーには、まだ十個もの命が残っている……

 

その時、金属音と共に何かが転がって来た。

 

え?……剣?

 

それは、剣の柄の残骸だった。だが、それは剣では無く……

「マスター、今のは?」

「……アーチャーの矢だ。それ以外は、判らない。」

それが、何故そんなに気になったのか……それは判らない。ただ、理由もなく、吐き気を呼び起こした。

 

?!

 

その時、見える筈が無いものが見えた。アーチャーが、口元を歪めていた。

奴は、狙ったのはバーサーカーだけではないと、俺に見せ付けているように笑ったのだ。

「……ふうん、見直したわリン。やるじゃない、アナタのアーチャー……いいわ、戻りなさいバーサーカー。今日は、ここまでで見逃してあげる。セイバーはいらないけど、アーチャーには興味が湧いたわ。だから、もうしばらくは生かしておいてあげる。」

イリヤの声と共に、バーサーカーの姿が消える。

「それじゃあバイバイ。また遊ぼうね、お兄ちゃん。」

そう言い残して、イリヤも炎の向こう側に消えて行った。

 

何とか、この場を凌ぐ事はできた。

だが、結局俺は何もできなかった。

聖杯戦争をやり直す。絶対に生き抜くと息巻いていながら、また偶然に助けられただけだった。

俺は、心の中で自分を叱咤していた。

 

だめだ……だめだ……だめだ、だめだ、だめだっ!

俺はいったい何をしている?これじゃ、また同じ事の繰り返しだ!

 

「助かりました、マスター。」

セイバーの声に、ふと我に返る。

「貴方が声をかけてくれなければ、私もアーチャーの宝具に巻き込まれていた。」

「あ……ああ……」

 

そういえば、またこいつを庇っていたな……大した傷は負わなかったが……

まだ、俺は未練があるのか?

忘れるな、こいつは人間じゃ無いんだ!情に流されたら、何処でしっぺ返しを喰らうか判らない。

不信感を植え付けるのはもっとまずいが、必要以上に親密になるべきじゃない。

割り切るんだ!そうしなければ……

 

そこで、急に気分が悪くなり、意識が遠退いていった。

俺は、そのまま気を失ってしまった。

 




という訳で、fateルートでDEAD ENDを迎えた士郎が、リプレイしたらUBWルートに入ってしまった……という展開です。(ゲームでは有り得ない展開ですけど)
但し、既に物語の終盤までの知識を持って臨んでいるので、普通のUBWルートとも少しずつ展開が変わって来ます。HFルートに入る訳では無いですが……


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《 第三話 》


令呪を使ってセイバーのアーチャーへの攻撃を止めた事で、士郎は前に体験した聖杯戦争と違う流れの中に入ってしまいました。
しかし、本人はそんな事を知る筈もありません。
少しずつ、その違いに困惑していく事になります。




 

目が覚めると、俺は自宅の自分の部屋に寝ていた。

辺りを見渡すと、脇に遠坂が座っていた。

「あら、ようやくお目覚め?」

「……遠坂……」

体を起こす。昨夜感じていた、異様な吐き気はもう無くなっている。

遠坂は、倒れた俺を運んで、看病してくれていたのだろう。やり直す前の聖杯戦争でもそうだった。

「ありがとう。俺を運んで、看病してくれたんだな。」

「ちょ……ちょっと、何敵にお礼を言ってんのよ。」

すると遠坂は、照れくさいのかわざと憎まれ口を言う。

こんなのは一度体験しているので、その場は適当に返事をして、遠坂の言い分に従っておいた。

言いたい事を言った後、“ここから先は敵同士だからね”との言葉を残し、遠坂は帰って行った。何か忘れているような気がしたが、その時は、考えても思い出せなかった。

 

遠坂が帰った後、道場に向かう。

道場では、前回同様セイバーが正座して待っていた。遠坂から貰ったと思われる、白いブラウスと紺のスカート姿で。

もう見慣れているので、今更その姿にときめく事もない。それに、サーヴァントの本性を知ってしまった今は、セイバーを“女の子”とは思えなくなっていた。

「おはようございます。マスター。」

「おはよう。」

事務的な挨拶を交わし、本題に入る。

こちらは特に聞く事は無いが、セイバーは色々と聞いて来る。

まずは今後の方針を聞かれたが、俺の魔術回路を使えるレベルにするまでは、俺自身はまともに戦えない。セイバーひとりに任せては、前回のライダーの時のように魔力切れにもなり兼ねない。

だから、しばらくは様子見ということにさせた。それだけでは納得しないだろうから、“足手纏いにならない程度に俺を鍛える”という日課を組み込んだ上で認めさせた。

また、俺に真名を明かすのは控えさせて欲しいと頼んで来た。そんな事を言われても、もう知ってしまっているのだが、その場は了承しておいた。

 

その後、早速セイバーに鍛えてもらった。

当然全く歯が立たないのだが、セイバーは感心していた。

「驚いた。やはり、マスターに選ばれるだけのことはありますね。とても素人とは思えない。」

「はあ?なんでさ。全然適わなかったじゃないか?」

「はい。ですが、とっさの場合に、常に何らかの対応ができています。素人は、そういう場合固まってしまって何の対応も取れなくなるのですが、貴方は違います。」

 

そうか……前の聖杯戦争でセイバーに鍛えられ、実戦も経験してきた。それが、少しは役に立っているって事か……

 

昼になって、居間で昼食を取る。その後、突然藤姉から電話が掛かって来た。

今日は休日で、藤姉は弓道部の顧問として練習に付き添っているのだが、弁当を忘れたので至急持って来いとのことだった。

渋々準備をして行こうとすると、セイバーも付いて来ようとする。これも、前回と同じなので言いくるめようとしたが、遠坂と違ってうまくいかなかった。

幸い、今日は休日で、学校にいるのは部活動に来ている学生だけだ。一度学校に連れて行って危険が無いのを見せれば、明日以降説得し易くなる。いずれライダーの結界が発動するが、それはまだ先の事だ。

 

そんな訳で、セイバーを伴って学校に行った。

弓道場では、桜が不思議そうな顔でセイバーを見ていた。

ひと通り学校を案内し、セイバーも危険が無い事を認識した。遠坂の魔術痕には気付いたようだが、ライダーの結界には気付かなかったようだ。そのライダーのマスターである慎二も、部活をさぼって練習には来ていなかった。

帰りは、藤姉と桜も一緒に帰った。俺が先頭を歩き、藤姉と桜がそれに続く。一番後ろを、セイバーが歩いて来る。

「あの……先輩?」

桜が、俺に聞いて来る。

「あの人……先輩のお知り合いですか?」

セイバーの方を向きながら言う。

 

あ……そうか、忘れてた。良く考えたら、まだセイバーを二人に紹介して無かった。

 

とりあえず前回のように、親父が外国に行っている時に知り合った娘で、親父を頼って日本に来たのでしばらく同居すると説明した。

また前回のように道場でやり合うのかと思ったら、今回の藤姉はやけにあっさり納得した。桜は、納得がいかないようだったが。

ところが、夜になって藤姉はとんでもない事を言い出して来た。

「私、今日からここに泊まるから。桜ちゃんもそうする?お宅には私から言っておくから。」

「はい!ありがとうございます。藤村先生頼もしいです!」

勝手に二人で、泊まって行くことに決めてしまった。まあ、広い家なので部屋はいくらでもあるのだが……

「という訳で、セイバーちゃん宜しく!」

結局、藤姉と桜は、セイバーと一緒の部屋で寝るようだ。

 

皆が床についた後、俺は土蔵に籠った。

昨日は、何もできなかった。これでは、聖杯戦争をやり直している意味が無い。一刻も早く、自分の魔術回路を使いこなし、武器の投影ができるようにしなければ。

まずは、魔術回路のスイッチを使えるようにする。感覚は覚えている。だが、今は遠坂の宝石は無いので、実践するのは容易では無かった。三十分程続けて、ようやくオンオフが容易に行えるようになった。

次は投影といきたいところだが、いきなりそれでは無理がある。以前セイバーに魔術回路を移植した時に、自分の中に使われていない魔術回路が多くある事を知った。まずは、それを使えるようにするのが先だ。自分の中の魔術回路を全て使いこなせれば、もっと強力な投影ができる筈だから。

日付が変わってもそれをやり続け、結局その夜は土蔵で疲れて眠ってしまった。

 

翌朝、藤姉達は三人で寝てどんな話をしたのか、すっかり意気投合していた。桜も、セイバーの事が気に入ったようだ。昨夜のお通夜のような夕食と打って変わって、朝食時は会話が弾みずいぶんと賑やかだった。まあ、仲良くやってくれる分には有り難い。

 

朝食の片付けを済ませて、学校に向かう。

セイバーはやはり付いて来ようとしたが、昨日の見学で危険が無い事は判っただろうと説得して。家に残ってもらった。

但し、緊急時には必ず令呪で自分を呼ぶようにと、念を押された。

前回と違って今回は、既に令呪をひとつ使ってしまっている。できれば使うような事は避けたいものなのだが……

 

学校に着いて、教室に向かう途中に遠坂に会う。

挨拶をしたが、機嫌の悪そうな表情をされ、無視された。

 

なんなんだ?いったい……

 

慎二は、その日も学校に来ていなかった。なので、相変わらずライダー陣営の動向は判らない。

その後は特に異常は無く下校時間となったが、階段の前をひとりで歩いていた時、遠坂に呼び止められた。

「呆れた!サーヴァントも連れずに、ひとりでのこのこ敵の前に現れるの?」

階段の上の踊り場で、遠坂は俺を睨み付けている。

「敵?何を言ってるんだ?遠坂……」

言いかけて、気付く。

 

しまった……そういえば、まだ遠坂から同盟関係の誘いを受けてない……じゃあ、今の遠坂は、まだ敵……

 

彼女は自分の左腕の袖を捲り上げる。そこには緑色に輝く回路のような模様が刻まれている。

「これが私の魔術刻印。ここに刻まれた魔術なら、私は魔力を通すだけで発動する事ができる。」

 

や……やばい……こいつ、本気だ……

 

「アーチャーは置いてきたわ。あなた程度なら、ここに刻まれたガンド撃ちで始末できる。覚悟なさい!」

「ちょ……ちょっと待て!俺と……」

「問答無用!」

本当に問答無用で、遠坂はガンドを撃って来た。とっさに避けたが、命中した所の床は大きく抉れてしまった。

「ま……待て!こんなのが当たったら、ただじゃ済まないぞ!」

「そうよ!観念して死になさい!」

「じょ……冗談じゃない……」

俺は、一目散に逃げ出していた。

「待ちなさいっ!」

遠坂は、追いかけながらガンドを連発して来る。俺は、避けながら必死に走って逃げる。

 

どうする?戦うか?サーヴァントと戦うのはまだ無理でも、人間と戦う武器くらいなら投影できるだろう。しかし、ここで戦ったら遠坂を完全に敵に回しちまう……第一、遠坂を倒せたとしても、アーチャーが黙って無いだろ?

 

考えながら、逃げ回る。そして、適当な教室の中に逃げ込む。

「そうだ、窓から外に……」

そう思って窓に近付くが、弾き返されてしまう。

「け……結界か?あいつ、容赦無いな……」

そうしている内に、今度は壁越しに教室内にガンドを連射して来る。

「や…やばい!」

姿勢を低くし、適当な机を横にする。それを強化して、盾代わりにする。

連射は更に激しくなり、周りの机が破壊されていく。

「む……無茶苦茶だ!」

次第に、盾にしていた机も限界が来る。このままではじり貧と思い。壊れた机の脚を強化して武器にして、思い切って教室から飛び出した。

「ようやく出て来たわね。」

遠坂は、ガンドを放つ姿勢で指先を俺に向けている。

「降参すれば、命だけは助けてあげるわ。観念して、その令呪を渡しなさい。」

「令呪を渡す?どうやって?」

「魔術回路を引き剥がす事になるけど、死ぬよりましでしょ?3秒待ってあげるわ。その変てこな武器を捨てなさい!」

 

それはできない。それでは、聖杯戦争をやり直した意味が無くなってしまう。

……もう限界だな。遠坂には悪いが、本気を出させてもらう。うまく、加減ができればいいが……

 

俺が、投影を行おうとしたその時、

『きゃあああああああああっ!』

悲鳴が、校内に響き渡る。

「悲鳴だ!」

俺は、遠坂を無視して、悲鳴の元へ駆け出していた。

「ちょ……ちょっと、衛宮くん!」

遠坂も、俺を追って来る。

一階まで降りると、非常口の近くにひとりの女生徒が倒れていた。俺は、彼女に駆け寄る。

「良かった。気を失ってるだけか?」

「そんなわけ無いでしょ!血の気が全く無いのが分からないの?」

そう言って、遠坂は俺を押しのけてその女生徒に寄り添う。

「だいぶ弱ってるけど、この程度ならまだ何とかなる。」

遠坂は宝石を取り出し、それを使って女生徒に生気を送り込む。

「……ああ、もう気が散る。そこの戸を閉めて!」

非常口の戸は半開きだった。この女生徒を襲った賊は、ここから逃げたのだろう。

俺は、言われた通りその戸を閉めようとするが、その時、こちらを……いや、遠坂を狙う気配を感じた。

「?!」

俺は、思わず遠坂の顔の前に右腕を出す。その右腕を、何かが貫いた。

「ぐわっ!」

激しい痛みが走る。腕には大きな穴が開き、血が滴り落ちる。

「え?……え……衛宮くん?」

「と……遠坂は、その娘を頼む!」

俺は、攻撃のあった方向に向かって走り出していた。殆ど条件反射的に、体が動いていた。

 

冗談じゃない!今のは、間違い無く遠坂を狙っていた。俺が腕を出さなければ、遠坂の頭に当たっていた……

やったのは……ライダーか?だとすると、慎二は遠坂を殺すつもりだったのか?ふざけやがって!

 

雑木林の所まで来て、俺は叫んだ。

「慎二!何処だ?居るんだろ、出て来い!」

突然、目の前から鉄の杭のような物が飛んで来た。

「うわっ!」

慌てて俺は屈んで避ける。その鉄杭は、俺の背後の木を砕いた。

鉄杭には鎖が付いており、瞬く間に持ち主の元に戻る。そこに立っていたのは、慎二では無くライダーだった。

 

く……まずい、ここでライダーと出くわすとは……俺が一度経験した聖杯戦争と、展開が変わってしまっているのか?

 

俺は、とりあえず強化した机の脚を構える。

 

敵はサーヴァント、俺が太刀打ちできる相手じゃ無い……セイバーを呼ぶか?しかし、ここで令呪を使ってしまったら……

 

悩んでいる間にも、ライダーは襲い掛かって来る。鎖の付いた、鉄杭が飛んで来る。俺は、何とかその攻撃を受け流す。

 

どうやら、完全に格下と見て本気を出していない……これなら、何とか凌ぎきれるか?

 

「驚いた?あなた、令呪を使わないのですね?」

ライダーが言って来る。

「へっ……生憎と、数に限りがあるんでね……」

「勇敢ですね。私のマスターとは大違いです……ならば、あなたは優しく殺してあげましょう。」

 

くそ……やっぱり殺す気か?なら、どうする?セイバーを呼ぶか?

 

どうしても、ここで令呪を消費する事が躊躇われた。だが、ここで死んでしまっては元も子もない。

 

まてよ……こいつは完全に油断している。その隙を突けないか?

ぎりぎりまで粘って、そこで武器を投影する。今の俺じゃ、まだ完全なカリバーンは投影できないが、バーサーカーの腕を砕いた程度の物なら……

 

考えている間にも、次々と攻撃が飛んで来る。それを何とか受け流しながら、チャンスを待つ。

「ふふふ……何かを企んでいるようですけど、ここまでです。あなたは既に、私に捕まっているのですから。」

「何?」

突然、右腕が凄い力で引っ張られる。

「うぐっ!」

傷口が広がるような、強い痛みも同時に襲って来る。

「ふふふふふふ……」

良く見ると、俺の腕にはまだ最初の鉄杭が刺さっていた。今迄は、魔力で見えなくなっていただけだ。ライダーは鉄杭についた鎖を引っ張り、俺の体を振り回す。

「ぐわああああああっ!」

激しい痛みと共に、俺の体は右腕を引っ張られて木に吊り下げられてしまう。

「さあ、どう料理してあげましょうか?」

動きの止まった俺に、ライダーが迫る。

「まずは、この目から潰してあげましょうか?」

背後から俺の顔に手を回し、その指を俺の目に近付ける。

俺は、完全にまな板の上の鯉だった。だが、逆に好機でもあった。

 

ライダーは今、俺に密着している……ここで、あの剣を投影すれば……

 

その時、彼方から飛んで来たガンドが、俺を吊り下げている鎖を砕いた。

「?!」

更には、ライダーに向かって連射して来る。ライダーは、とっさに避けて俺から離れて行く。

「ぐはっ!」

俺は、地面に尻餅を付く。

「衛宮くん!無事?」

遠坂が、駆け寄って来る。それを見て、ライダーは雑木林の向こうに立ち去ってしまう。

「大丈夫?衛宮くん。」

「あ……ああ、助かった。」

「今のは……サーヴァント?」

「ああ……」

「マスターは?」

「……見ていない……」

見てはいないが、マスターが慎二である事は知っている。

しかし、まだ俺と遠坂は同盟関係になっていないので、ここは黙っていた。

遠坂は、ハンカチを取り出して、俺の腕に簡易的な手当をしてくれた。

「遠坂、あの女生徒は?」

「え?……ああ、持ち直したわ。もう心配無い。」

「そうか……」

俺は立ち上がって、真剣な顔で遠坂を見詰める。

「な……何?私じゃ無いわよ!サーヴァントにあんな事をさせたのは……」

「そんな事は判ってる。さっきの続きをやるのかって話だ。」

「は?……いいえ、やらないわ。そんな気は失せちゃったし、また借りができちゃったしね。」

そう言って、遠坂も立ち上がる。

「じゃあ、行きましょうか?」

「行く?何処へ?」

「私の家よ。その腕、ちゃんと処置しておかないと……」

 

そういう訳で、俺は遠坂家に連れて来られた。

そういえば、ここに来るのは初めてだ。前の聖杯戦争の時は、遠坂が衛宮家に下宿していたから、遠坂家に来る事は無かった。

「あれ?」

傷の手当てをしようとした、遠坂が言う。

「ん?どうした?」

「傷口が塞がってるわ……何で?」

 

ああそうか……今俺の体は、セイバーと繋がっている関係で異常な治癒能力があるんだった。

 

俺は、その事を遠坂に伝える。

傷口は塞がっているが、一応消毒をして、包帯を巻いてもらう。

それが終わった後で、遠坂が同盟を結ぶ話を持ちかけて来る。

俺は当然のように、その申し出を受けた。

順番が違ったが、これでやっと遠坂と協力関係になれた。

 

その後、少しお互いの家庭の話をして別れた。

遠坂は、気を利かせてアーチャーを護衛に付けてくれたのだが、はっきり言って有難迷惑だった。

アーチャーは霊体化して俺に付いて来たが、始終異様な殺気を放っていた。これでは、護衛されているのか、襲われているのか判らない。本当に、気を抜けば背後からばっさり殺られるような気がして、生きた心地がしなかった。

ようやく家の近くまで来て、俺はアーチャーに言う。

「ここまででいい。」

アーチャーは、霊体化したままで答える

『ほう?護衛はいらないと。』

「そんなに殺気だった護衛がいるか。」

すると、アーチャーは実体化して来る。

「見直したよ。殺気を感じ取れる程には、心得があるらしい。」

「馬鹿にするな、これでも魔術師だ。お前がやる気なら、相手になるぞ。」

「たわけた事を。血の匂いがしない魔術師など半人前だ。」

「俺からは、血の匂いがしないって言うのか?」

「無論だ。少しは凛を見習うがいい。アレもいささか甘すぎるきらいはあるが、手を下す時には容赦はすまい。」

 

確かに……それは、今日身をもって体験した。

 

「お前も、聖杯が欲しいのか?」

俺は、何故かそのような質問をしていた。

「ああ、人間の望みを叶えるという悪質な宝箱か……興味は無いな。私の望みは、そんな物では叶えられまい。」

「何だって?」

 

聖杯がいらない?サーヴァントは、聖杯を欲するから魔術師の召還に応じるんじゃなかったのか?

 

「お前は、サーヴァントが自らの意思で呼び出しに応じている、とでも思っているのだろうが、サーヴァントに自由意志など無い。英霊とは他者の意思により呼び出される者だ。不都合があった時に呼び出されて、その後始末をして消えるだけの掃除屋だ。それが英霊……守護者と呼ばれる都合のいい存在だ。なってしまったが最後、意志を剥奪され、永遠に人間のために働き続ける。」

「そんな筈は無い!セイバーもお前も、ちゃんと意思があるじゃないか!自分の意思とは無関係に呼び出されるにしても、こっちに出て来てからの選択肢はある!」

 

そうだ、その選択肢に、俺は殺されたのだから……

 

「誰が作った儀式だか知らんが、この戦いがよく出来ているのだ。英霊に形を与え、本体そのものとして使役するのだからな。サーヴァントという殻を与えられた英霊は、その時点で元の人間性を取り戻せる。かつての執念、かつての無念と共にな。それを晴らすために、サーヴァントは聖杯を求めるのだろうよ。」

「……何で、そこまでの物を、お前は要らないって言うんだ?生前叶えられなかった、願いが叶うんだろう。」

「単純な話だ。私には、叶えられない願いなど無かった。」

「え?」

「他の連中とは違う。私は、望みを叶えて死に、英霊となった。故に、叶えたい望みなど無いし、人としてここに留まる事にも興味は無い……」

そこまで言って、アーチャーは再び霊体化して去って行った。

しばらくそこに佇んで、アーチャーの言った事を考えていた。そして、ある矛盾に気付いた。

 

叶えたい望みなど無いだと?あいつは、確かに言った。

 

“私の望みは、そんな物では叶えられまい”

 

やつには望みがある。この聖杯戦争に参加する目的がある。しかし、聖杯は求めない。

どういう事だ……

 

考えても答えの出る筈も無く、俺はそのまま家に戻った。

 

夕食を終えた後、セイバーに遠坂と同盟を結んだ事を告げる。

その後、セイバーとの修行を行い、また土蔵に籠る。

今日一日の動きで分かるように、もはや俺の知っている聖杯戦争と展開が変わってしまっている。

ならば、いつまでも“自分ではサーヴァントと戦えない”などと言っていられない。真正面からは無理でも、相手の隙をつくくらいはできるようにならないと。

そのためには、一日でも早く自分の魔術回路を使いこなし、強力な武器を投影できるようにしなければ……

 

やっきになって鍛錬を続けた俺は、その日も疲れて土蔵で眠ってしまった。

 






二度目の聖杯戦争だから、展開が分かってスムーズに……とはいきません。
前とは違う展開に、士郎は戸惑うばかり。
この後も、どんどん知らない展開になっていきます。
それと同時に、士郎にも変化が生じていきます。


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《 第四話 》


前回とは違い、序盤からやたらと窮地に追い込まれる士郎。
また、今回は元気なアーチャーも執拗に士郎に関わって来ます。
そんな中、士郎に変化が見え始めます……




 

深夜、変な夢を見る。

何故か、俺は夜の街を歩いている。自分で歩いている感覚は無い。意識も朦朧としている。何か、耳鳴りがする。その耳鳴りの中に、誰かの声が聞こえる。

 

―― おいで ――

 

風は冷たく、体は冷え切っている。これが夢なら、目が覚めるのではないかと思われる寒さだ。しかし、体は自由にならず、一路山を目指して行く。

ようやく、それが夢では無い事に気付く。だが、体は全く自由にならない。声も出せない。そのまま俺は、石段を登り、柳洞寺の山門をくぐって境内に辿り着く。

 

「?!」

 

目の前に、黒い霧が陽炎のように揺らぐ。その中から、魔道師のような紫のローブに身を包んだ女性が姿を現す。俺は、既にこいつの顔を知っている。そう、柳洞寺に巣食う魔女、キャスター。

 

「きゃ……キャスター……」

 

ようやく、声は出せた。しかし、体は全く動かない。

「ええ、その通りよ。セイバーのマスターさん。」

再度体を動かそうとするが、金縛りに合ったように体は全く動かせない。

「無駄よ、一度成立した魔術は、魔力という水では洗い流せない。ましてあなたの魔術回路のような弱々しい流れでは……」

 

くっ……ここまで展開が変わっているのか?キャスターが手を出してくるのは、バーサーカーを倒した後だったのに……

やはり、受けに回っていては、いいように敵に翻弄されるだけだ……それは分かったが、今は、この状況を何とかしないと……

 

「お……俺を、殺す気か?」

キャスターに問い掛ける。

「安心しなさい、殺してしまっては魔力を吸い上げられないわ。始めは加減が分からず殺してしまったけど、今は程度良く集められる。もう気付いていると思うけど、新都のガス漏れ事故も全て私の仕業……」

「な……何故、無関係な人間を巻き込む?」

「この街の人間は皆、私の物……」

「な……何だと?」

「キャスターのサーヴァントには、陣地を作る権利があるのよ。私はこの場所に神殿を造って、貴方達から身を護る。ここは陣地としても最適なのよ。ほら、見えるでしょう?この土地に溜まった数百人分の魔力の貯蔵、有象無象の人の欠片が……」

確かに、この境内に満ちた魔力の渦は、千にいたる人の魂で出来ているように見えた。それで余計に、キャスターに対しての怒りが湧き上がって来る。

「キャスター……きさまっ!」

だが、どんなに怒りが湧こうとも、奴の金縛りを解く事はできない。

「さあ、それでは話を済ませてしまいましょうか?」

そう言って、キャスターは俺の耳に顔を近づける。

「あなたの令呪を、貰ってあげるわ。」

 

 

 

その頃、異変に気付いたセイバーは士郎が居ない事を知り、魔力の流れを追って柳洞寺の石段の前まで辿り着いていた。しかし、一気に駆け上がろうとしたセイバーの前に、ひとりのサーヴァントが立ち塞がった。セイバーは、そのサーヴァントに問い掛ける。

「聞こう、その身は如何なるサーヴァントか?」

「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎。」

いきなり真名を言った事に、セイバーは驚く。

「立ち合いの前に名を明かすのは、当然であろう?」

「名乗られたからには、こちらも名乗り返すのが騎士の礼。その上でここを退いてもらうぞ、私の名は……」

「よい!」

そう言って、アサシンのサーヴァントは背中の鞘から長刀を抜く。

「敵を知るには、この刀だけで十分だ。ここを通りたいのならば、圧し通れ!」

アサシンの妨害に合い、セイバーは山門をくぐれずに足止めをくらっていた。

 

 

 

「令呪を……奪うだと?」

「そうよ、令呪を私のマスターに移植する。そしてセイバーには、あの目障りなバーサーカーを倒してもらうとしましょう。令呪を剥がすという事は、あなたから魔術回路を引き抜くという事でもあるわ。」

キャスターに操られ、俺の左手が上がっていく。その手の甲に、キャスターの指先が迫る。キャスターの指先からは、淡い光が発せられている。

「くっ……」

そこに、無数の光の矢が天から降って来る。

「はっ!」

とっさに、キャスターはそれを交わして、俺から離れた。

「ふん、とうに命は無いと思ったが、存外にしぶといのだな?」

突然、俺の目の前に遠坂のサーヴァント、アーチャーが現れた。

「お前……何で?」

「何、ただの通りがかりだ。あまり気にするな……で、体の方はどうだ?キャスターの糸なら、今ので断った筈だが。」

言われて、自分の体を確認する。

「え?……う……動く。キャスターの呪縛が解けたのか?」

「それは結構……あとは好きにしろ、と言いたいところが、殺されたくなければしばらくそこから動かぬ事だ。あまり考え無しに動くと……」

「アーチャーですって?!」

それまで冷静だった、キャスターが突然騒ぎ出す。

「ええい!アサシンめ、何をしていたの?!」

思い切りヒステリーを起こすキャスターを、アーチャーは鼻で笑う。

「そら、見ての通り八つ当たりを食らう事になる。女の激情というのは中々に御し難い……全く、少しばかり手荒い事になりそうだ。」

ヒステリーを起こしているキャスターに、アーチャーが言う。

「アサシンの事ならば、奴は、セイバーと対峙している。あの侍何者かは知らぬが、セイバーを圧し留めるとは大した剣豪だ。むしろ、褒めてやるべきではないか?」

「ふん、ふざけたことを……あなたを止められないようでは、英雄などとは呼べない。あの男、剣豪を名乗らせるには実力不足です。」

「その言い振り、やはり協力し合っているのか?君達のマスターは?」

アーチャーの質問を、キャスターは笑い飛ばす。

「ふふ……あはははははははは!私が、あの狗と協力ですって?私の、手駒に過ぎないアサシンと?」

「手駒だと?」

「そう……そもそも、あの狗にマスターなど存在しないのですからね。」

その言葉に、アーチャーは顔を顰める。

「キャスター……貴様、ルールを破ったな?」

「まさか、ルールを破ってなどいないわ。だって、サーヴァントを呼び出すのは魔術師でしょう?なら、魔術師である私が、サーヴァントを呼び出して何の不都合があるのです?」

「きゃ……キャスターが……アサシンを?」

 

そうか、何故キャスターの根城である柳洞寺の山門を、アサシンが護っているのかと思っていたが……キャスター自身が、アサシンを召還していたのか?

 

「まっとうなマスターに呼び出されなかったあの門番は、本来のアサシンでは無い……それは構わん。敵であれば倒すのみ。だが、それは貴様の独断ではないのか、キャスター?」

「……聞きましょう。何故、そのような結論が出るのです、アーチャー?」

「マスターとて魔術師だ。自分より強力な魔術師を召還したのなら、例え令呪があろうと警戒する。私が貴様のマスターなら、魔女に自由など与えない。貴様だけの手足となるサーヴァント召還など許可する筈が無い。となれば、この間抜けなマスターのように、とっくに操り人形にされていると予想はつくさ。」

「な……」

間抜けと呼ばれて頭にきたが、その通りなので言い返せなかった。

「ふっ、それなりに知恵は働くようですね。いいわ、その賢さに免じて、今の暴言は聞き流しましょう。聖杯戦争に勝つ事なんて、簡単ですもの。私が手を尽くしているのは、単にその後を考えているだけ。」

「ほう?我々を倒すのは容易いと?逃げ回るだけが取り得の魔女が……」

すると、この言葉にキャスターが大きく反応した。再び、さっきの激昂した口元を見せる。

「……ええ……ここでなら、私にかすり傷さえ負わせられない。私を二度も“魔女”と呼んだ者には、相応の罰を与えます。」

「かすり傷さえと言ったな?では、一撃だけ……それで無理なら、あとはセイバーに任せよう。」

一瞬間をおいて、アーチャーの姿が消える。突風のような速さで、アーチャーはキャスターに斬りかかった。いつの間にか、両手には対で作られた白と黒の双剣が握られていた。

「?!」

呪文の詠唱など許さず、あっという間にキャスターを両断してしまった。その場には、真っ二つにされた紫のローブが残っているだけだった。

あっさりと決着がついたが、アーチャーは納得していないようだった。手応えが無かったのか、その場に立ち竦んでいた。

「……残念ねアーチャー。貴方が、本当にその程度だったなんて。」

突然、境内にキャスターの声が響き渡る。

そして、上空から強烈な光弾がアーチャーを襲った。

「くっ……」

アーチャーは、とっさに双剣でその光弾を弾いた。

攻撃の主は、遙か上に居た。蝶のように翼を広げ、キャスターは上空に浮かんでいた。

「空間転移か?固有時制御か?この境内なら、魔法の真似事さえ可能という事か?……見直したよ、キャスター。」

「私は見下げ果てたわ、アーチャー。使えると思って試してみたけど、これではアサシン以下よ。」

「耳に痛いな。次があるのなら、もう少し気を利かせるが。」

「まさか、愚か者に次などありません。貴方はここで消えなさい、アーチャー。」

キャスターの前に、幾つもの魔方陣が現れ、アーチャーに向けて攻撃を放つ。先程のような光弾が、雨のように降り注ぐ。その一撃一撃が、必殺の威力を持つ魔術だった。それを何の詠唱も無しに放っている。そのキャスターの魔力は桁違いだった。

アーチャーは、素早く境内を動き回って、何とかこの攻撃を交わしているが、徐々に追い詰められて行く。

「女狐め、Aランクの魔術をここまで連発するとは、余程魔力を溜め込んだな。」

攻撃から逃れるため、境内の外に向かっていたアーチャーだが、何かに気付いたのか急に反転し、こちらに戻って来る。

「間抜け!いつまでそこに突っ立っている!」

「え?」

俺は、その攻防に見とれていて、自分の事を忘れていた。俺が今立っている場所も、とうに安全地帯では無くなっていたのだ。

アーチャーは俺を抱え、その場を飛び退く。その直後、俺の立っていた場所に光弾が直撃し、地面が大きく抉れた。

寸でのところで、また俺は救われた。だが、俺の口から出たのは礼では無かった。

「降ろせバカ、何考えてんだお前!」

「知るものか!いいから黙っていろ、お前に言われると自分の馬鹿さ加減に頭を痛めるわ、馬鹿が!」

「馬鹿?!お前、自分が馬鹿だって判ってるのに人のこと馬鹿呼ばわりするのかよ、このバカ!」

「ええい、ガキか貴様!馬鹿でガキとはもはや手が付けられん、せめてどちらかに決めておけたわけめ!」

助けてもらっているのは有り難いが、俺を抱えたせいで余計にアーチャーは追い詰められていく。また自分が足手まといになっているのが、無性に腹が立つ。そのため、また憎まれ口が漏れていく。

「いいから放せ、これくらいひとりで何とかする!お前の手なんか借りない!」

「そうか、なら遠慮は要らんな。」

そう言って、アーチャーは唐突に俺の体を蹴り飛ばした。

数メートルは飛ばされ、体を地面に強く打ちつけられた。

「こ……この野郎!」

思わずムッとして起き上がる俺の目に、とんでもない光景が飛び込んで来る。

先程まで軽快に飛び回っていたアーチャーが、全く動きを止めて佇んでいる。良く見ると、その足場には魔法陣が広がり、アーチャーの体は、霧状のオーラに包まれていた。

「気分はどうかしら、アーチャー?如何に三騎士とはいえ、空間そのものを固定化されては動けないのではなくて?ふっ……これでお別れよ。」

 

まさか……俺を庇ってキャスターに捕まったのか?

 

ところが、良く見るとアーチャーの手は何も持っていなかった。先程まで、その両手にあった双剣が無くなっている。

「……」

アーチャーの口が僅かに動く。何かを言ったようだが、よく聞こえなかった。

「何かしら?命乞いなら聞いてあげてもいいけど……」

もうアーチャーは籠の中の小鳥とばかりに、余裕の言葉を漏らすキャスター。

「たわけ!躱せと言ったのだ!」

もう一度、今度は大声で叫ぶアーチャー。それと同時に、キャスターの呪縛も自力で解いた。

「何ですって?」

驚くキャスターに、アーチャーの双剣が襲い掛かる。キャスターの呪縛に捕らわれる前に、既に放っていたのだ。

「ちっ!」

キャスターは何とか双剣の攻撃を受け流すが、大きくバランスを崩してしまう。

一方、アーチャーは既に次の行動に移っていた。弓を出し、一本の剣を投影して矢のように引く。

「I am the bone of my sword.」

弓を引きながら、呪文のようなものを唱える。それにより、剣は矢のような形に変わっていく。そして、バーサーカーに放ったのと同じ、強力な矢が放たれる。

「カラドボルグ!!」

キャスターもすかさず呪文を唱え、空間を捻じ曲げてそれを防ごうとする。だが、アーチャーの放った矢は、空間ごと彼女を吹き飛ばす。

「あああああああっ!」

凄まじい衝撃と閃光に、一瞬視界を失う。

それが去った後には、俺達の数メートル前に、傷付いたキャスターの姿があった。

先程まで広げていた羽は消え、地面の上に蹲っている。自己治癒能力で見る見る内に傷は塞がっていくが、直ぐには動ける状態では無かった。

但し、致命傷は負っていない。そもそも、アーチャーの攻撃は外れていた。いや、“外していた”。

自分の経験からも判るが、あの矢はキャスター本体を狙ってはいなかった。もしアーチャーが最初からキャスターを狙っていれば、もうキャスターは消滅していただろう。

最初からキャスターを討つ気が無いためか、アーチャーは、傷付いたキャスターを前にしても何もしなかった。

「……ううっ……アーチャー……何故、止めを刺さないのです……」

「いや、試すのは一撃だけと言っただろう。初めの一撃は躱されたからな。その後はただのおまけだ。」

「……では、私を殺す気は無かったと?」

「私の目的は、そこの男にあったからな……不必要な戦いは、避けるのが主義だ。意味の無い殺生は苦手でな。」

少し回復して、ようやくキャスターは立ち上がる事ができる。

「ほほほほほ……では、あなた達は似た者同士と言う事?」

『はあ?』

俺とアーチャーの声がハモる。

「そこの坊やは、無関係な者を糧とする、私のようなサーヴァントを許せない。あなたは、無意味な殺戮は好まない。ほら、全く同じじゃない。だから手を組んでいるのではなくて?」

「ばっ……どうしてそんなふざけた結論になる!誰が、こんな奴と一緒なもんか!」

俺は、思わず怒鳴っていた。

「同感だ、平和主義者である事は認めるが、根本が大きく異なる。」

アーチャーもキャスターの言葉を否定するが、この言葉は俺の癇に障った。

「……っ、何が平和主義者だ!俺は忘れてないぞ。お前は、バーサーカーと一緒にセイバーを狙っただろ!」

「仕方がなかろう。あの時はまだ共闘関係ではなかった。セイバーの安全よりバーサーカーを倒す事が優先されただけだ。」

そのまま、俺達は睨み合う。そのやりとりを聞いて、キャスターはまた笑いながら言う。

「気に入ったわ。あなた達は、力もそのあり方も希少よ。敵に回してしまうのは惜しい。私と手を組みなさい。私には、この戦いを終わらせる用意がある。言ったでしょう。勝つ事なんて容易いと。生き残りたいのなら、私に従うべきじゃなくて?」

「断る!俺は、お前みたいな奴とは手を組まない!」

俺は、即座に誘いを断った。だが、アーチャーは直ぐには答えず黙っている。

「お……おい。」

まさかと思ったが、少し考えた後にアーチャーも言う。

「拒否する。君の陣営は、いささか戦力不足だ。いかに勢力を伸ばそうと、バーサーカーひとりに及ばない。まだ、組する程の条件では無いな。」

「では、交渉は決裂という訳?」

「そうだが、ここに来たのは私の独断でね。君を討つ理由が無いから、ここらで分けとしないか?」

「な……何だと?」

 

何を言い出すんだ、こいつは……

 

「以外ね?あなたのマスターは、私を追っていたのでしょう?なのにあなたは、私を見逃すというの?」

「ああ、お前がここで何人殺そうが、私には与り知らぬ事だ。」

「あら?酷い男……」

キャスターは、笑みを浮かべながら宙に浮いていく。

「待て!キャスターっ!」

俺は追おうとするが、アーチャーに止められた。

「馬鹿か貴様。追えば確実に死ぬぞ。」

その頭上で、キャスターは、細かい光の蝶となって姿を消してしまう。

「くっ……アーチャー、何でキャスターを逃がした?」

「戦う時ではなかったからだ。ここで斬り伏せたところで、アレは直ぐさま逃げおおせただろう。今の空間転移、見逃した訳ではあるまい?」

アーチャーの言う事はもっともなのだが、それで納得できる話ではない。

「……それは判ってる。けど、だからって見逃すのか?キャスターを止めない限り、街では犠牲者が出続けるんだぞ!」

「別に、おまえ自身が傷付く事ではあるまい。むしろヤツにはこのまま続けて貰いたいくらいだ。そうして力を蓄え、その力でバーサーカーを倒してもらえば儲けものだろう。」

「ふざけるな!遠坂は、そんな方針は取らない!」

「そうだな。だからこそ、キャスターには手早く済ませて欲しいものだ。何人犠牲になるかは知らんが、人間など結局は死ぬ生き物、誰にどう殺されようが、結果的には変わるまい。」

「お前っ!」

俺は、思わずアーチャーに殴り掛かったが、その拳は難無く受け止められてしまった。

「私達は、協力関係では無かったか?」

「ふざけるな!俺はお前とは違う!勝つために、結果のために周りを犠牲にするなんて、そんな事絶対にするものかっ!」

「それは私も同じだ。だが、全ての人間を救う事はできまい。もしキャスターが聖杯を手に入れてしまえば、被害はこの街だけに留まるまい。それは、イリヤスフィールも他のマスターも同じだ。聖杯を私利私欲で使わぬマスターは、私の知る限りお前と凛だけだからな。故に、私達が勝利しなければ被害は更に大きくなる。」

その言葉を聞いた俺の脳裏に、かつて父“衛宮切嗣”から聞かされた言葉が浮かんだ。

 

“誰かを救うという事は、誰かを助けないという事なんだ。”

 

「無関係な人間を巻き込みたくないと言ったな?ならば認めろ!ひとりも殺さないなどという方法では、結局誰も救えない。」

 

確かに、こいつの言う通りだ。誰ひとり殺さず、全員を救うなんてのは理想論でしかない。

だが、目の前の悲劇を見て見ぬふりなんてできない。そんなのは、正義の味方じゃ無い。何より、こいつの言う事に従うのは我慢ならない……

 

そう考えながらも、俺はアーチャーに背を向けて山門を目指す。

「判った……今日のところは引き上げる……」

「何?!」

 

こいつの言いなりになるのは癪だ。しかし、今の俺ではキャスターを追っても返り討ちに合うだけだ。キャスターを倒すなら、セイバーが必要だ。そのセイバーは、山門でアサシンに足止めをくらっている。

熱くなり過ぎては駄目だ……もっと冷静に、状況を見据えて、的確な判断を下さなければこの戦争は勝ち抜けない……本当に癪だが、こいつのように……

 

 

自分で制止させておいて、すんなり引き下がる士郎にアーチャーは違和感を抱いていた。

“何故だ?……てっきり、それでもキャスターを追おうとすると思っていた。後先考えず、熱血漢を振り回すものと……”

すると、士郎は足を止め、顔だけをアーチャーに向ける。

「そういえば……礼を言ってなかったな……今日は、助かった……」

そう言って、士郎は山門に向かって行く。

“こいつが、私に礼を言うだと?……こいつは、本当に衛宮士郎なのか?”

 

山門を出て来た士郎を見て、セイバーは叫ぶ。

「マスター、ご無事でしたか!」

「ふん……ここまでか。」

そう言って、アサシンは剣を引く。

「マスターを連れて帰るがよい、セイバー。」

「な……私達を見逃すと言うのか?アサシン。」

「見逃すとも。ここを通るつもりの無い者を、討つ理由も無い。何より、これではあの小僧が気になって、お前は満足に戦えまい。お前とは、本気で立ち会いたいのでな。」

士郎は、ゆっくりと石段を降りて来る。アサシンの横を通り抜け、セイバーの前まで来る。

「心配を掛けて済まなかった、セイバー。」

「いえ、ご無事でなによりです。」

二人で、石段を降りて行く。途中でセイバーは振り向き、アサシンに言う。

「かたじけない。その代わり、あなたとの決着は必ず付けると、この剣に誓おう。」

「ああ、期待しているぞ、セイバー。」

 

士郎達が石段を降りて行った後、少し遅れてアーチャーも山門を出て来る。石段を降り、アサシンの横を通り過ぎる。

「あの女狐の肝を冷やしてやろうと見逃したが、のこのこ逃げ帰って来たか?」

アサシンが、アーチャーに皮肉を言う。

「別に、キャスターを討ちに来た訳では無いのでな。お前こそ、このような事をして咎められないのか?」

「おそらく酷く咎められるであろう。だが、あのセイバーとの仕合に無粋な邪魔を入れたくなかったのでな。」

「そうか……」

振り返る事も無く、アーチャーはそのまま柳洞寺を後にした。

 






遂に、士郎の心に変化が……
絶対に曲がる筈の無い、士郎の信念が曲がって行きます。
それに、真っ先に気付くのは……当然、アーチャーしかいません。
しかしその事は、アーチャー自身の目的を失っていく事にもなります。


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《 第五話 》


柳洞寺で見られた士郎の変化。
それは、アーチャーでなければ気付かないような、些細なものでした。
しかし、聖杯戦争が激化していくに従って、その変化は大きくなっていきます。
そして凛も、それを目の当りにする事に……




 

アーチャーのお蔭で難を逃れた俺だが、一難去ってまた一難。家に戻ったところで、また問題が発生した。

セイバーが、俺の部屋で一緒に寝ると言い出したのだ。

「就寝時の警護はサーヴァントの務めです。そもそも、マスターとサーヴァントが別々に寝ている事の方がおかしい。離れていては、いざという時に護りきれない。」

こう言って、セイバーは譲らない。

「だいたい、あんなに簡単に誘き出されるなんて、貴方にはマスターとしての自覚が欠けています。そんな人を、ひとりで寝かせられません!」

まったくもってその通りで、言い訳はできないのだが、一緒の部屋で寝るなど冗談では無い。

相手はサーヴァントだ。

俺は、彼女に一度殺されているのだ。

そんな相手が同じ部屋に居ては、おちおち寝ていられない。

そこで、俺は譲歩案を出す。

「お前の言い分は分かった。しかし、良く考えてみろ。普通、家臣が主と同じ部屋で寝るか?」

「え?……た……確かに、それはしません。」

「そういう場合は、交替で寝ずの番をするものだ。だが、俺達の場合はそれはできない。交替要員は居ないし、セイバーは睡眠を取らないと戦闘に支障をきたす。」

「は……はい、その通りです。」

「だから、俺も譲歩するからセイバーも譲歩してくれ。俺の部屋の隣は空き部屋だ。襖ひとつで仕切っているだけだから、緊急時も直ぐに駆け付けられる。今夜から、セイバーはその部屋で寝ればいい。」

「はい……了解しました。」

多少不満そうだったが、何とかセイバーはこれで納得した。

 

翌日は、学校には行かなかった。

昨夜の件で、自分の実力不足を痛感した。それと、もうひとつ懸念事項があった。

 

俺の知っている聖杯戦争と、あまりにも展開が違い過ぎる。

昨日も思ったが、受けに回っているのはリスクが高い。こちらから攻める事も考えないといけない。

 

そう思い、その日は一日鍛練に努めた。

日中は、セイバーに戦闘術を鍛えてもらった。

そして夜は、また土蔵に籠って魔術の鍛練を行った。

 

その翌日もそうしたかったが、慎二とライダーの動向も確認する必要があるので、少し遅れて学校に行った。

昼休みに、遠坂に屋上に呼び出され、一緒に昼食をとった。

そこで、何気にアーチャーの事が気になったので、遠坂に聞いてみた。

「遠坂、アーチャーはそこに居るのか?」

「ううん、アーチャーは家に置いて来た。」

「え……どうして?」

すると、遠坂はちょっと言い難そうに語り出す。

「……この間の件で、ちょっと揉めちゃって……」

「この間の件?」

「……ほら、先日の夜、貴方柳洞寺に誘き出されたでしょ?」

「あ……ああ、あれね……」

こっちも、バツが悪かった。あんなに簡単に罠に嵌り、また遠坂にこっぴどく叱られると思ったからだ。

「あいつ、キャスターを討つチャンスだったのに、みすみす見逃すなんて……私が、キャスターを目の敵にしてるの知ってる癖に!」

しかし、遠坂の怒りは俺では無く、アーチャーに向けられていた。

「あれ……でも、アーチャーお前に全部報告したのか?自分の気まぐれだって言ってたけど。」

「ええ、あいつは隠し事はするけど、基本嘘は付かないわ。いきなり傷付いて帰って来れば、こっちは当然何をして来たのか聞くでしょ?そしたら、洗いざらい白状したわ。」

 

そうか……妙に律儀なんだな?あいつ……

 

「だいたい、何が“通りがかり”よ。あんな胡散臭いところ、偶然通りかかる訳が無いでしょ!絶対様子見に行ったのよ。だったら、マスターの私にも声をかけろっての!」

「何だ、仲間外れにされたのを僻んでるのか?」

「違うわよ!……それにあいつ、衛宮くんとの同盟関係にまでケチを付けて来るのよ。手を組むなら、キャスターの方が有効だなんて言って……」

 

?……あいつ、あの時はキャスターの申し出断ってなかったか?

 

「私は“衛宮くんとの同盟関係を止める気は無い”って言ったら、また口論になって。」

「俺を庇ってくれたのか?遠坂。」

「ま……まあ、私から提案した事だし……そもそも、衛宮くんは絶対に裏切らないでしょ?あの魔女と手を組んだりしたら、いつ裏切られるか心配で、おちおち夜も安心して眠れないわ。」

確かに、俺もキャスターは信用できない。何より、キャスターの行動は許せない。

その時、俺の心にひとつの疑問が湧いた。

 

そういえば、アーチャーは“通りがかり”と言ったが、何故あの場に現れた?

キャスターを倒すために動向を探っていたのなら、あの場でキャスターを見逃す筈は無い。

待てよ……あいつは、あの時確かに言った。“私の目的は、そこの男にあったからな”と……

アーチャーは、キャスターの動向を探っていたんじゃない!俺の動向を探っていたんだ!

しかし、何故?

 

「……衛宮くん?」

 

以前の聖杯戦争の時もそうだった。

あいつは、何かにつけて俺をつけ回し、意味深な言葉を吐いていた。

他のサーヴァントは、俺みたいな半人前のマスターは完全に度外視していた。ギルガメッシュに至っては、視界にも入らないゴミ扱いだ。

何故、あいつは俺をここまで意識する?

 

「衛宮くん!」

 

それに、あいつは俺の事を異常なくらい知っている。俺のサーヴァントでも無く、常に一緒に居る訳でも無いのに……セイバーだって、あそこまで俺の事を理解していない。

遠坂ですら判らなかった、俺の魔術特性まで理解していた……どうして?

 

ふと、キャスターが言った一言が頭を過る。

“では、あなた達は似た者同士と言う事?”

 

似ている?……俺とアーチャーが?……

 

「ちょっと士郎っ!」

遠坂の叫びで、我に返る。

「え……ああ、わ……悪い。」

「何を、そんなに考え込んでいたの?」

「い……いや、その……」

まさか、アーチャーの事だと言う訳にもいかないので、とっさに話題を逸らす。

「そ……そういえば、ライダーのマスターの事なんだが……」

「ああ、慎二の事?」

「は?」

 

何で、遠坂が知ってんだ?俺、まだ話して無かったよな?

 

「気付いてたのか?」

「私も、今朝知ったんだけどね……」

そう言って、遠坂は今朝慎二に“手を組まないか”と誘われた事を話す。当然、遠坂は断ったのだが、しつこく慎二が言い寄って来たため……

「……だから“私には衛宮くんが居るから、間桐くんはいらないわ”って言っちゃった。」

「お……お前、そんな事言ったら……」

「大丈夫よ。あいつ魔術なんか使えないから、何もできないわ。」

「しかし、それでやけになって、結界を発動させたら。」

「え?」

「気付いて無かったのか?学校に結界を張っているのはライダーだ!」

その時、突然校舎が大きく揺れ出し、校舎内、校庭、至る所から赤い帯のようなオーラが発せられ、学校全体をドームの様に包み込んでしまう。

「こ……これは?」

「結界が発動してる?」

「と…とにかく、止めさせるんだ!」

俺と遠坂は、急いで校舎内に入る。中は、一面血のような赤だった。空気までも赤く染まり、息をするだけで普通の人間は昏睡してしまうだろう。

魔術師ならば、体内で魔力を生成できるからそう影響は受けない。遠坂はもちろん、俺も一度経験しているから、直ぐさま魔術回路のスイッチを入れた。

四階の、階段に一番近い教室に飛び込む。

「……」

一瞬、遠坂は足を止めて、その惨状に踏み入るのを躊躇した。

そこは、地獄のような光景だった。どの生徒も、衰弱し、苦しみ、倒れている。

俺は、倒れている生徒に寄って行き、顔に耳を近づける。

「息はある。まだ、間に合わない訳じゃ無い。とにかく、急いで結界を解かないと!」

遠坂は、茫然と佇んでいる。

「遠坂、セイバーを呼ぶ!この結界がライダーのものなら、まずライダーを倒すしか無い!」

「え?……ええ……」

ようやく、遠坂は我に返る。

俺は、左手の甲の令呪を眼前に翳し、叫ぶ。

「来い!セイバーっ!」

俺の前に、光り輝く球体が現れ、その中からセイバーが姿を現す。

「召喚に応じ参上しました。マスター、状況は?」

「見ての通りだ。ライダーに結界を張られた。一秒でも速くこいつを消去したい。」

「承知しました。確かに、このフロアにサーヴァントの気配を感じます。」

その言葉を聞いた、遠坂が反論する。

「このフロア?……四階に居るって言うの?」

「間違いありません……凛、それが何か?」

「い……いえ、セイバーの感知なら確かでしょうけど、結界の基点は一階から感じられるわ。」

そこに、俺も口を挟む。

「サーヴァントはこの階に居るのに、結界を張っているのは一階だって事か?遠坂。」

「う……断定はできないけど、私にはそう感じられる……」

少し自信なさげに、遠坂は返す。

 

どういう事だ?……まさか、どちらかが罠なのか?

 

「凛、アーチャーはどうしたのです。彼が居るのなら、もう少し確かな判断ができる。」

「それがあいつ、呼んでも応えないのよ!この結界、完全に内と外を遮断してる。令呪を使うか、あいつがこっちの異状を感知して駆け付けて来る以外無いわ。」

そんなのを待っていられない。また、ここで無駄に遠坂に令呪を使わせるのも考えものだ。

俺は、即座に判断する。

「セイバー、この階のサーヴァントは任せた。俺と遠坂は、一階に行って結界の基点を潰す。」

「はい、賢明な判断です。」

「相手がライダーだったら、ここで確実に倒すんだ!いいか、絶対に逃がすな!」

「は……はい!解りましたマスター。」

俺の鬼気迫る様子に、セイバーも遠坂も少したじろいでいた。

 

ここでライダーを逃がしたら、前回の二の舞だ。奴が宝具を使う前に仕留めないと……

 

俺は、椅子の脚を折ってそれを強化して、簡易的な武器にする。本来なら武器を投影した方が良いのだが、まだ遠坂やセイバーには投影魔術の事を言っていなかったので、今はそれで我慢した。

「マスター、外に微弱な気配がします。どうやら包囲されたようです。」

セイバーが言う。

「包囲された?!……何に?」

「判りかかねます。ですが、外に出て確認するだけの話です。」

「判った。じゃあ、先陣を頼む、セイバー。」

「了解しました。」

セイバーは廊下に飛び出し、その“何か”を迎撃する。俺達も、それに続く。

「こ……こいつらは?!」

そこに居たのは、骨で出来たゴーレムの大群だった。

 

ば……馬鹿な?こいつら……確か、キャスターの使い魔じゃなかったか?

何故、キャスターの使い魔がここに居る?この結界は、ライダーが張っている筈だ。それは間違い無い。俺は、一度体験している……

 

考えても、答えが出る筈は無かった。どの道、展開は変わってしまっている。今は、一階の結界の基点を叩くしか無い。

「セイバー、目の前のこいつらをどけてくれ!」

「はい!はああああああっ!」

セイバーが、行く手を塞ぐゴーレムを一掃する。セイバーが開けた隙間を抜け、俺達は階段を駆け降りて行く。

しかし、一階に向かう俺達の前に、次々とゴーレムが湧き出て来る。強化した机の脚で戦っていたが、それでは攻撃力が弱く、思うように進めない。

「ちっ……こんな物じゃ埒が明かない……」

 

もっと、強力な武器がいる……そうだ!あいつが持っていたような……

 

士郎の中で、何かが切替わる。

士郎は、持っていた机の脚を目の前のゴーレムに投げ付けた。それで、彼は丸腰になってしまう。

「ちょっと、何してるの衛宮くん?」

「トレース……オン!」

苦言する凛の目の前で、士郎はアーチャーが持っていたのと同じ、白と黒の夫婦剣を投影する。

「え?……うそ?!」

それを見た、凛は驚く。

「邪魔だ!どけえええええええっ!」

投影した剣で、士郎は次々とゴーレムを粉砕していく。その様は、アーチャーのそれに近かった。並みいるゴーレムを薙ぎ払い、士郎は一階へ急ぐ。

 

 

 

上階では、セイバーがゴーレム達を蹴散らしていた。そこに、ようやくライダーのサーヴァントが現れ、セイバーに襲い掛かって来る。

鎖の付いた鉄杭の攻撃を交わし、セイバーの剣がライダーを貫く。

「ふふっ……」

しかし、胸を貫かれたライダーは、何故か笑みを浮かべる。そして、徐々に姿が変わっていく。紫のローブを羽織った、キャスターの姿に。

「お……お前は?」

驚くセイバーの前で、キャスターは、無数の光の蝶に姿を変えて消え去ってしまった。

 

 

 

ゴーレムの群れを一掃し、士郎達はようやく一階に辿り着いた。そして、凛が感知した結界の基点の教室に飛び込む。ここも、四階の教室同様、生徒達は皆衰弱して倒れている。いや、結界の基点なので、生徒達はより衰弱していた。

凛は、教室の隅で怯えている慎二を見つけ、直ぐさま駆け寄って胸ぐらを掴む。

「慎二!あんた……」

「ち……違う……僕じゃない……」

「何言ってんの!この結界を張ったのはあんたでしょ!さっさと結界を解きなさい!」

「ち……違う、僕じゃない!殺したのは、僕じゃないいいいいっ!」

何か、全く話が噛み合わない。

その時士郎は、慎二が凛を見ていない事に気付く。そして、慎二の視線の先の床を見て、思わず声を上げる。

「遠坂!」

「え?」

言われて、凛も士郎の視線の先を見る。

「?!」

そこには、ライダーが横たわって死んでいた。

大きな外傷は無いが、唯一、首が捩じれたように千切れかかっていた。ほぼ、一撃で倒されたと思われる。

士郎達の見ている前で、ライダーの体は消滅していった。

ライダーが消滅するのと同時に、学校に張られていた結界も消えて無くなった。

「一体、誰がライダーを?まさか、キャスター?」

「いや……」

士郎は、冷静に分析する。

「あれは、どう見ても格闘戦の跡だった。キャスターは、格闘タイプじゃ無い。」

「え?それじゃあ……」

「当然、バーサーカーでも無い。だったら、ライダーは原形を留めて無いだろうし、校舎も倒壊している。ランサーやアサシンも、こんな戦い方はしない……」

「何言ってんの?それじゃ、犯人が居ないじゃ無い。」

士郎は、未だに教室の隅で震えている慎二の前まで行く。

「慎二、ライダーを殺したのは誰だ?」

「……は?」

慎二は、怯えきった顔で士郎を見る。

「ライダーは誰に殺られた?お前は、犯人の顔を見たんだろう?」

「し……知るもんか!」

「言え。」

「ふ……ふん、次は、お前達の番だからな!せいぜい怯えてろっ!」

そう言って、逃げ出そうとする。しかし、士郎はそれを許さなかった。直ぐに回り込んで彼の胸ぐらを掴み、壁に押し付けた。

「言え!慎二!」

「ちょ……ちょっと、士郎!」

そのあまりの剣幕に、凛も止めに入る。

「言わないなら……」

士郎は、慎二の首を掴み、締め始める。

「や……止めろ……衛宮……ぼ……僕を……殺す気か?」

「今更何を言ってる!お前は、学校の皆を殺そうとしたんだろ!」

「士郎!止めなさい!」

凛も止めようとするが、士郎は全く手を緩めない。

「や……止めて……」

「なら言え!言わなければ……」

士郎は、更に手の力を強める。

「い……いう……くずき……くずきだ……」

「何?!」

士郎は、そこで手を離す。首を掴んで吊り上げた形になっていたため、慎二はお尻から床の上に落下する。

「がはっ……ごほっ……げほっ」

その場で咳き込み、苦しむ慎二。

「だ……大丈夫?慎二?」

心配して、凛が駆け寄る。しかし、ようやく呼吸が整ったところで、

「ひっ……ひいいいいいいいいっ!」

今度は士郎の様相に怯え、慎二は脱兎の如く逃げ出して行った。

「くずき……葛木だと?!」

士郎は、そんな慎二の様子は、全く目に入らないようだった。

凛は、しばらくそんな士郎を見詰めていたが、思い出したように士郎に問い掛ける。

「衛宮君……さっきのは、何?」

「ん?……さっきのって?」

「アーチャーの剣を投影してたでしょ!貴方、強化魔術しかできないんじゃ無かったの?」

「あ……ああ、実は、最初にできたのが投影で……」

「それ、頭に来るくらい聞いてない!」

 

 

 

セイバーと合流した士郎達は、セイバーと戦ったのはキャスターの分身であった事を聞く。凛は驚きを見せたが、士郎は驚く事は無かった。彼らを襲って来たのは、紛れも無くキャスターのゴーレムであった。キャスターは結界の発動を利用して、逆にライダー達を罠に嵌めたのだ。

 

その後、教会に連絡し、倒れた教師や生徒達の処置を依頼した。皆、衰弱していたが、命に係わるような状態では無かった。

動揺して、殆ど呆然としていた凛は、冷静にてきぱきと対処した士郎を見て言う。

「衛宮くん……随分冷静なのね?意外だった……」

「冷静じゃ無いぞ、怒りで我を忘れていただろ。」

そう言われて、凛ははっとする。

時折見せる、士郎の態度は常軌を逸していた。

セイバーに、ライダー討伐を命じた時。

一階に向かう際、ゴーレムに対して剣を投影した時。

慎二に、ライダーを殺した犯人を問い詰める時。

まるで、人格が変わったような、今迄の士郎とは思えないような変貌を見せていた……

「そ……それでも、皆の傷を把握してたじゃない……私には、できなかったけど……」

「別に大した事じゃない……死体は見慣れているだけだ。」

「見慣れてる?」

 

校内には、倒れた生徒達を病院に運ぶため救急隊員が入って来たので、士郎達は校舎裏の雑木林に移動する。

そこに、外界との繋がりも元に戻ったので、アーチャーも現れた。

「何だ、セイバーが居るとは驚いたな。」

「アーチャー!あんた、今頃やって来て何のつもりよ!」

凛は、いきなりアーチャーに不平を言う。

「決まっているだろう、主の異状を察して駆けつけたのだ。もっとも、遅すぎたようだがな。」

「ええ、もう全部済んじまったわよ!あんたがのんびりしている間に何が起きたのか、一から聞かせてやるからそこに直れっていうの!」

「いや、それは後にしてくれ。遠坂。」

『え?』

士郎が、凛とアーチャーのやりとりに口を挟む。いつになく冷静な態度に、二人とも怪訝な顔をする。

「今の状況を簡潔に言おう。キャスターの罠に嵌まって、ライダーが殺された。殺したのは、キャスターのマスターと思われるこの学園の教師葛木宗一郎だ。」

「何だと?!」

これには、アーチャーも驚愕した。サーヴァントが人間の手で殺されたのだ、到底信じられない話だろう。

「どうやったかは判らない。ただ、キャスターの魔術で葛木の力が強化されているのは確かだろう。唯の人間と油断したライダーは、その隙を突かれたんだ。」

皆、黙って士郎の話を聞いていた。

「まあ、お陰でキャスター陣営の戦力は判明した。門番のアサシン、キャスター、そしてマスターの葛木だ。」

「なら、柳洞寺の外で葛木を襲うのがいいわね。キャスターは付いて来るかもしれないけど、アサシンは居ない訳だし……」

そんな凛の言葉を、士郎は否定する。

「いや、駄目だ。今夜柳洞寺に奇襲を掛ける。キャスターは、今夜中に倒す。」

『ええっ?!』

凛とセイバーが、同時に驚きの声を上げる。アーチャーは、無言で士郎を見詰めている。

「こうしている間にも、街中で誰かが犠牲になっている。時間が経てば経つほど、キャスターは魔力を蓄えていく。あいつは、至る所に罠を張る。知らない内に、こっちが追い込まれていく恐れもある。

叩くなら今だ。今日の件で、奴もかなりの魔力を消耗している筈だ。」

そこに、アーチャーが口を挟む。

「この間も言ったが、キャスターを利用してバーサーカーを倒そうとは考えないのか?」

「あいつがそんな玉か?逆に、こっちを利用しようと考えているさ。何をするのか判らない分、キャスターはバーサーカーより危険だ。

もちろん、あいつと組むのも御免だ。キャスターは信用できないし、俺は、あいつを絶対に許せない。」

「ちょ……ちょっと待って士郎。それでも、柳洞寺に攻め込むのはリスクが高いわ。葛木がマスターなら、柳洞寺の外で葛木を待ち伏せる方が……」

「奴は、慎二に顔を見られてるんだ。もう柳洞寺に籠って、出て来ないかもしれない。」

「それはそうだけど……」

「どうしても反対するなら、俺達だけでも行く。いいな?セイバー!」

「はい、マスターがそう望むのでしたら。」

元々、戦闘を優先するセイバーは二つ返事で答える。

士郎のあまりの剣幕に、凛も、渋々承諾する。

「分かったわ……今夜、柳洞寺を攻めましょう。いいわね?アーチャー。」

「仕方あるまい……」

そう答えながら、アーチャーはじっと士郎を見詰めていた。

“こいつは、本当に衛宮士郎なのか?この間も感じたが、どこか違っているような……”

 






士郎の異常に気付くのは、アーチャーだけです。まあ、本人も同然だから当然ですが。
凛は、聖杯戦争が始まってから親しくなったので、二面性には気付きますが、異常だということはまだ判りません。セイバーも同様です。
もう気付かれたと思いますが、この話では士郎はセイバーに自分の名前を呼ばせません。
その前の聖杯戦争の教訓として、セイバーと親密な関係にならないようにしています。いざという時に、情に流されないために。


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《 第六話 》


キャスターの行動を見逃せなくなった事と、受けに回って翻弄され続けた経験から、一転攻めに回る士郎。
どんどん、好戦的に変わっていきます。
但し、何の勝算も無く無謀に突撃する訳ではありません。アーチャーのように、敵を観察して冷静に対処します。




 

士郎の気迫に圧され、凛達もその日の内に柳洞寺に攻め込む事に同意した。

日が沈んだ後、一行は衛宮家の門の前に集まり、柳洞寺に向かう。

到着するなり石段を駆け上がり、境内を目指す。

山門の前に差し掛かったところで、アサシンが行く手を塞ぐ。

「アーチャー、ここは任せたわ。あいつを引付けて、私達が通る道を開けて!」

「了解した。」

すかさず、凛が指示を出す。しかし、セイバーがそこに口を挟む。

「ま……待て、アーチャー。私は、彼と再戦を誓った。ここは私が……」

「駄目だ!」

セイバーの言葉を、士郎が遮った。

「ま……マスター?」

「遠坂の判断は正しい。ここは、アーチャーに任せるんだ。」

「し……しかし、それでは私の誓いが……」

「マスターの指示に従えないのか?セイバー!」

士郎は、セイバーを怒鳴りつけた。その剣幕に、セイバーだけではなく凛も驚いている。アーチャーだけは、無表情で士郎を見詰めている。

「……わ……解りました、マスター……」

少し項垂れて、セイバーは士郎の指示を受け入れる。

「……じゃあ、お願い!アーチャー。」

改めて、凛は指示を出す。無言で反応し、アーチャーは双剣でアサシンに斬り掛かる。そうして、アサシンを石段の脇に追い込んでいく。

「今よ!」

凛の合図で、士郎達は一気にその横を駆け抜ける。

そして、山門をくぐって行く。

 

士郎達が山門をくぐった後、アーチャーはアサシンに問い掛ける。

「意外だな?すんなり侵入者を見逃すとは……そもそも、お前はセイバーとの勝負に固執していたのではなかったか?」

「ふっ、仕方あるまい……気に喰わぬ女狐とはいえ、私の主だ。その命には、従うしかあるまい。」

「何っ?!」

アーチャーは、一旦後方に飛んで間合いを取る。

「どういう意味だ?」

「どうもこうも言葉通りよ……セイバーとあの小僧どもを通すのは、キャスターの指示でな。私の役目は、ここでお前を足止めする事よ。」

「何だと?」

「判らぬか?もうお前達は、あの女狐の罠にまんまと嵌っているのだ。」

 

 

 

境内に辿り着いた士郎達を、待っていたかのようにキャスターとそのマスターの葛木が迎える。

「遠坂に衛宮か?」

葛木が言う。

「間桐だけでは無く、お前達までマスターとはな……魔術師とはいえ、因果な人生だ。」

士郎が、葛木に問う。

「葛木、あんた、キャスターに操られているのか?」

「その質問は的を射ていないな、衛宮。仮に私が操られていたとして、その者にそんな自覚があると思うのか?」

いきなり質問の矛盾点を突かれ、士郎は顔を顰める。

「く……そう言うのなら、あんたは正気って事だな?なら、その上でキャスターのやっている事を容認しているのか?」

「キャスターがやっている事だと?」

「そいつはここに巣を張って、町中の人間から魔力を集めてる。ここ最近の昏睡事件は、全部そいつの仕業だ。このまま放っておけば、いずれ死んじまう人間も出るだろう。」

「成程、それは初耳だ……だが、それは悪い事なのか?衛宮?」

「何だって?!」

葛木の回答に、士郎も凛も愕然とする。

「キャスターも、随分半端な事をしているな。一息に命を奪った方が、効率がいいだろうに。」

「あんたは、無関係な人間が巻き込まれてもいいって言うのか?」

「構わんな、他人が何人死のうと、私には関係無いことだ。私は魔術師では無いし、聖杯戦争とやらにも興味は無い、誰と誰が殺し合おうと構わん……私は、そこいらに居る朽ち果てた殺人鬼だよ。」

「そうか、では、ここで死しても構わぬのだな?キャスターのマスターよ!」

後ろにいたセイバーが飛び出し、葛木に向かって突進して行く。

「ま……待て、セイバー!」

士郎は、セイバーを制止するが、セイバーは止まらない。弾丸の如く葛木に向かって行く。

ただ、士郎がセイバーを止めたのは、葛木の身を案じての事では無かった。

“あいつは、どうやったか知らないがライダーを殺した男だ。魔術師では無いとはいえ、油断ならない。”

「お待ちなさい!セイバー!」

キャスターは、突進するセイバーを阻止しようと光弾を放つ。

しかし、その光弾は悉くセイバーに弾かれる。

「な……何ですって?」

セイバーの体をオーラのようなものが覆い。魔術を無効化している。

“す……凄い。セイバーの耐魔力は、ここまで強かったのか?アーチャーだって、あの光弾を躱すしかなかったというのに……”

一気に間合いを詰めたセイバーが、葛木を一刀両断した……

と思われたが、葛木は肘と膝で、セイバーの剣を受け止めてしまった。

「何?」

「侮ったな?セイバー!」

そして、素早くセイバーの頭部に一撃を加える。

「ぐっ……」

とっさの反応で致命的なダメージは避けられたが、体勢を崩すセイバー。そこに、葛木の正拳が矢の如く飛んで来る。何発かは交わすが、何発かは喰らってしまう。

茫然と、その光景を見詰める士郎と凛。

「う……うそ……」

「拳が、魔力で強化されているのか?」

「良く交す。動体視力というより、勘の鋭さ故か?」

僅かな隙をついて、葛木が右手を繰り出す。正拳と判断して後方に躱すセイバー。だが、葛木はとっさに手を開き、その指をセイバーの喉元に突き刺した。

「ぐはっ!」

更に、その手で首を握り締め、そのままセイバーを吊り上げる。

「ぐわあああああああっ!」

「だ……駄目だ!セイバー!」

このままでは、セイバーもライダーの二の舞と、叫ぶ士郎。

ただ、セイバーもそのままやられはしなかった。とっさに葛木の腕を切り払おうと。剣を動かす。

しかし、葛木もそれを察していたのか、セイバーの首を絞めるのを止め、そのままセイバーの体を振り回して山門に向かって投げ飛ばした。

「セイバー!」

「そんな……馬鹿な?」

山門に叩きつけられ、項垂れるセイバー。かなりのダメージを喰らい、直ぐには起き上がれそうにない。

「マスターの役割を、後方支援と決め付けるのはいいがな、例外は常に存在する。私のように、前に出るしか能の無いマスターも居るという事だ。」

 

 

 

山門では、アーチャーとアサシンの攻防が続いていた。

だが、アーチャーの剣では、アサシンを倒すのは難しかった。

「どうした?そんな事では、いつまで経ってもここを圧し通る事などできぬぞ。」

「確かにな……」

アーチャーは後方に飛び退いて、再びアサシンと間合いを取る。

「私も、サーヴァントとしてマスターの身が心配だ。ここで、時間を食っている訳にはいかん。」

アーチャーの体から、白いオーラが立ち昇り始める。

「私の真髄を見せよう……I am the bone of my sword.」

「何?」

「Unkown to Death. Nor known to Life.」

魔力の渦が、アーチャーを包み込む。

そしてアーチャーは左手を前に翳し、最後の呪文を唱える。

「Unlimited Blade Works.」

突如、周りの景色が一変する。見渡す限りの荒野、そこには無限の剣が、まるで墓標のように刺さっている。

「これは……固有結界か?」

「ご覧の通り、貴様が挑むのは無限の剣……剣撃の極地、その身に受けるがいい!」

 

 

 

「上等、セイバーは面食らってやられたけど、要は近付かれる前に倒せばいいんでしょ?」

凛は、葛木に向かってガンドを放つ。だが、素早い動きで全て交わされ、あっという間に間合いを詰められてしまう。葛木の正拳が凛を捕えようとしたその時……

「遠坂っ!」

士郎が割って入り、葛木の正拳を弾いた。

「え……衛宮くん?」

士郎の両手には、アーチャーと同じ白と黒の夫婦剣が握られていた。

「何ですって?あの坊や……投影魔術を?」

今度は、キャスターが驚く。

「うおおおおおっ!」

葛木の正拳を、士郎は夫婦剣で悉く弾く。一度聖杯戦争を終盤まで戦い、アーチャーの戦闘をその目に焼き付け、セイバーに鍛えられた士郎の剣術は、それまでとは比べものにならない程上達していた。

しかし、それでも幼少期から殺人術を仕込まれた葛木には及ばない。徐々に、追い詰められて行く。

「遠坂!援護を!」

「わ……分かったわ!」

凛が、後方からガンドで葛木を狙う。それによって、士郎は何とか葛木と互角に戦えるようになる。

「セイバー!立てっ!」

更に、士郎は叫ぶ。

「は……はい……マスター。」

士郎の叫びで、ようやくセイバーは立ち上がる。

「セイバー、お前はキャスターを討て!」

「はい!マスター!」

士郎の指示に、即座に反応し、キャスターに向かって突進して行くセイバー。

「そうはさせないわ!」

キャスターが、士郎達に向かって右手を上げる。すると、地面の中から、無数の骨のゴーレムが湧き出してくる。そして、士郎と凛に襲い掛かる。

「ちょっ……ちょっと、何よこの数!」

慌てて、ガンドでゴーレムを攻撃する凛。当然、それで手一杯になり、士郎の援護が出来なくなる。

「ぐっ……」

そうなると、途端に士郎は劣勢になる。

「ま……マスター?!」

思わず、足を止めてしまうセイバー。

「止まるな!」

そんなセイバーに、士郎は叫ぶ。

「キャスターさえ倒せばこいつらは消える!俺達を心配するなら、一秒でも速くキャスターを倒せ!」

「は……はい!」

士郎の言葉に、再び突進を開始するセイバー。

「ちっ!」

キャスターは再び光弾を放つが、やはりセイバーには通じない。そのまま、セイバーがキャスターを斬り裂くと思われたが、寸でのところで、セイバーの動きが止まった。

以前アーチャーを捕えたのと同じ、霧状のオーラがセイバーを包み込む。キャスターが今迄動かなかったのは、ここにセイバーを誘い込むためだった。が……

「……こんな程度か?」

ガラスが割れるように、その呪縛は崩壊した。アーチャーにも破られた呪縛が、セイバーに通じる道理は無い。

しかし、そんな事はキャスターは百も承知だった。要は、僅か一瞬でもセイバーを止められれば良かったのだ。その一瞬の間に、キャスターはその右手に持つ歪な短剣を振り上げていた。

「ここまでよ、セイバー。」

キャスターは、その短剣でセイバーの胸を刺す。

「うわあああああああああっ!」

凄まじい魔力の放出が起こり、苦しむセイバー。

「な……何?セイバー……うっ!」

突然、士郎の左手の甲から、令呪が消失する。それはキャスターの左手の甲に移り、新たに三つの令呪が刻まれる。

「ふっふふふふふ……ははははははははっ!」

高笑いするキャスター。

「驚いたかしら?これが私の宝具、ルールブレイカー!この世界にかけられたあらゆる魔術を無効化する、裏切りと否定の剣。契約は成立したわ。これからは、私がセイバーのマスターよ。」

その場に蹲って、未だ苦しむセイバーに、キャスターは言う。

「貴女もこれで私と同じ、主を裏切り、その剣を私に預けなさい!」

呆然とする、士郎と凛。

“あいつのあの剣に、そんな力が……”

士郎は、キャスターのルールブレイカーを凝視する。

「宗一郎様、もうお下がり下さい。その者達の始末は、セイバーにやらせます。」

「うむ……」

葛木は、士郎達から離れ、後退する。襲い掛かっていたゴーレム達も、後退して士郎と凛を囲むようにして待機する。

「さあセイバー。貴女の、元マスターを仕留めなさい!」

「ふ……ふざけるな……誰が貴様などに……」

逆らうセイバーに、キャスターは令呪を使う。赤い波紋が、セイバーを包み込む。

「いいえ、従うのよセイバー。この令呪がある限り、身も心も私には逆らえない!」

「う……うううっ……」

懸命に抵抗しようとするが、令呪に操られ、セイバーはゆっくりと立ち上がる。そして、士郎に向かって歩き出し、徐々に剣を構え、最後には走り出した。

「し……士郎!」

「来るな!遠坂!」

近寄ろうとする凛を制止して、士郎は静かに呟く。

「トレース……オン……」

一本の剣を投影して、向かって来るセイバーに叫ぶ。

「止めろ!セイバーっ!」

「?!」

それは、とっさの懸けだった。

本来の倍の場数を踏んでいる士郎は、窮地に追い込まれた経験が豊富だった。

この土壇場でも取り乱す事も無く、冷静に判断を下す。

“セイバーの耐魔力は、令呪に対しても抵抗している……現に、始めは命令に逆らおうとした。今の突進も、セイバーの全力とは思えない。なら、更に障害を増やしてやれば……

まともに行っても、俺がセイバーに一撃を入れるのは不可能だ。だが、お互い密着すれば……

ここで、急所さえ外せれば……“

セイバーの剣が、士郎を貫く。

しかし、セイバーの必死の抵抗で、剣は急所を逸れ、士郎の左肩口に突き刺さった。

「ぐはあっ!」

「士郎っ!」

凛は、悲鳴に近い声を上げる。

しかし、士郎の口元は笑っていた。今、士郎とセイバーの体は、完全に密着していた。

「う……うううっ……」

突然、セイバーが苦しみ出す。士郎に刺さった剣が消え、彼女は士郎から離れる。

「うわあああああああああっ!」

再び、セイバーから魔力の放出が起こる。そのセイバーの胸には、士郎が投影した短剣が刺さっていた。それを見た、キャスターが驚愕する。

「そ……そんな馬鹿な?あ……あれは?!」

セイバーの胸に刺さった剣は、正に、先程キャスターが使った“ルールブレイカー”だった。

キャスターの左手の甲から、令呪が消失する。そして、士郎の左手の甲に、新たに三つの令呪が刻まれる。

「え?……ど……どうなってるの?これ?」

訳が分からず、困惑する凛。

「な……何故?貴方が私の宝具を……ま……まさか、ひと目見て、複製したと言うの?」

狼狽えるキャスター。

「ふ……」

そこまでやって、力尽きて士郎は倒れ掛かる。

「マスター!」

すかさず、セイバーがそれを抱きかかえる。

「ええい、ならば!」

キャスターは、再びゴーレムを動かし、士郎達を襲わせようとする。

が、その時、無数の光の矢が雨のように降り注ぐ。それは、士郎達を囲むゴーレムを一掃する。

「アーチャー!」

凛が見上げる上空に、アサシンを倒して駆け付けたアーチャーの姿が。

「遅くなった。あとは任せろ。」

言いながら、アーチャーはキャスターに向かっても矢を放つ。幾多もの光の矢がキャスターに襲い掛かる。

「ちいっ!」

キャスターは飛行して交わすが、矢はどこまでも追尾して来る。

 

セイバーは、悲痛な表情で傷付いた士郎に言う。

「も……申し訳ありません。マスター……私が迂闊なばかりに、貴方をこんな目に……」

「……そんなことは……いい……」

「え?」

懸命に士郎に詫びるセイバーに、士郎は冷静に命令を下す。

「今度こそ……キャスターを討て……ここで……確実に……」

「は……はいっ!」

セイバーは、即座に立ち上がり、キャスターに向かって駆け出して行く。

キャスターは巨大な魔法陣を張って、追尾して来るアーチャーの矢を何とか相殺した。

が、その直後、目の前にセイバーが現れた。

「な……」

「はああああああああっ!」

セイバーの剣が、キャスターを一刀両断する。

「ああああああああああっ!」

断末魔の叫びと共に、キャスターは消滅していった。

「やった!」

歓喜の声を上げる凛。

セイバーも凛も、これで全てが片付いたと油断していた。そして、ある人物の存在を、一時忘れていた。そう、キャスターのマスター、葛木の存在を。

キャスターを失っても、葛木の戦いは終わっていなかった。彼は、セイバーがキャスターに向かうと同時に、士郎に向かっていた。

「士郎?!」

凛が葛木に気付いた時には、もう士郎は葛木の射程圏内だった。キャスターの魔術による強化は無くなっても、その戦闘力は常人を遙かに凌駕している。ましてや、セイバーの剣に体を貫かれ、満足に動けない士郎に葛木の暗殺拳を防ぐ術は無い。

セイバーも、凛も、もう間に合わなかった。

だが、アーチャーは違った。彼は、葛木の動きに気付いていた。しかし、あえて動かなかった。それは、士郎を見殺しにするためではなく、ある事を確認するためだった。

今にも、葛木の拳が炸裂するかというところで、俯いたまま士郎は呟く。

「ゲイ……ボルク……」

葛木の拳が士郎を捕らえるより一瞬速く、赤い槍が葛木の心臓を貫いた。

「……」

断末魔の声を上げる事も無く、葛木はその場に崩れ落ちた。

「え……あれは?」

「ランサーの……槍?!」

驚いて、呆然と佇む凛とセイバー。

キャスターの宝具に続き、士郎はランサーの宝具まで投影して見せたのだ。それも、ただ投影しただけでは無い。まるで持ち主のように、宝具としての魔力まで再現して見せた。

「や……やはり……」

だが、アーチャーだけはその投影自体では無く、別な事に衝撃を受けていた……

 






士郎は傷付きましたが、奇襲は成功し、キャスター陣営は全滅しました。
正義を貫くために、決して負けられない、死ぬわけにはいかない士郎。
そのためには、非情に徹し冷徹に行動していきます。
一度に契約解除と再契約を何度もさせられて、セイバーは振り回されっ放しです。
おまけに自らの手でマスターを傷付けてしまい、一人落ち込んでしまいます。
ただ、士郎はそんな事何とも思っていません。もっと大きな、決定的な裏切りを一度受けて、サーヴァントはそういうものだと割り切ってしまっていますから……


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《 第七話 》

キャスター陣営を撃破し、次の敵はバーサーカーとなります。
しかし、一番の強敵を既に知っている士郎は、このままバーサーカーと戦う事に抵抗を感じてしまいます。
そんな士郎が、次に取る行動は……




衛宮家の居間では、セイバーがひとり俯いて座っていた。

そこに、凛が入って来る。セイバーは、即座に凛に声を掛ける。

「凛、マスターは大丈夫ですか?」

「大丈夫。傷は臓器を逸れてるから、大事には至らないわ。ただ、何故か今回の傷は、いつものように直ぐに回復しないのよね。」

「私が、キャスターの罠に嵌って契約を切られたから……」

「でも、それは士郎が同じ剣を投影して、直ぐに取り返したじゃない。それで元通りでしょ?」

「いえ……前とは、少し違っています。」

「え?どういう事?」

「元々、私は不完全な形で召喚されました。そのためか、マスターとのラインがうまく繋がって無くて、魔力の供給が得られませんでした。」

「そういえば、そんな事言ってたわね。」

「ですが、今は違います。ちゃんと、マスターからの魔力の供給が受けられています。」

「え……それは、再度契約し直したから?」

「多分、そうだと思います。本来、これが正規の形なのですが、そのためにあの治癒能力が無くなったのかも……」

「考え過ぎじゃないの?……あいつ、今回頑張り過ぎたでしょ。新たに宝具を二つも投影してたし……それで、魔術回路がどっか麻痺してるとか……」

「はい……」

「そんなに落ち込む事無いわよ。キャスターも倒せたんだし。」

「でも、私はこの手でマスターを殺してしまうところでした……」

「結果生きてるんだから、それでよしとしましょう。」

「しかし……」

「貴女はサーヴァントなんだから、令呪には逆らえないわ。それでも、貴女は必死で抵抗した。だから、士郎もあの程度の傷で済んでいるのよ。士郎だって、その事で貴女を責めなかったでしょ?そのおかげで反撃ができて、キャスターも倒せたんだから。」

「はい……」

「まあ、しばらくは安静が必要だから、バーサーカー対策を考えるのは士郎が回復してからにしましょう。」

士郎の身が心配な事もあり、凛はその晩は衛宮家に泊まる事にする。

 

 

 

その頃、ライダーを失った慎二は言峰教会に来ていた。

サーヴァントを失った彼は、戦う術を持たない。このままでは他のマスターに嬲り殺しにされるだけと、教会に保護を求めに来たのだ。

「戦いが始まって以降、ここに足を運んだのは君が初めてだ……戦いを放棄するのか?少年。」

「あ……あたりまえだ、僕に死ねって言うのか?サーヴァントが居ないんじゃ殺しようが無い。僕は普通の人間なんだ。いわば被害者側だろ?」

「そうか……判った。君は今回一人目の放棄者であり、我が教会始まって以来の使用者だ。管理者として、丁重にもてなそう。」

「え?……何だよ、リタイヤしたのは僕だけだっていうのか?……みっともない。こんな事、爺さんに知られたら何て言われるか……」

慎二は、頭を抱える。そして、綺礼に八つ当たりを始める。

「それもこれも、お前達のせいだぞ!ライダーなんてカスを掴ませやがって、あんまりにも不公平じゃないか!」

綺礼は、冷やかな目でそれに答える。

「では、ライダーは役に立たなかったと?」

「そうだよ!アイツ、僕があんなに手を貸してやったのに、あっけなく死にやがった。あれなら、他のサーヴァントの方がよっぽど役に立ったんだ!」

綺礼は黙って聞いている。

「それでも僕はうまくやった。爺さんの言いつけ通りにやって、準備は万全だったんだ!だって言うのにあいつら、揃って邪魔をしやがって……二対一だぞ、そんなの勝ち目なんてないじゃないか……そうだ、負けたのは僕のせいじゃない。単にサーヴァントの質の差なんだ!」

そう言って、床に拳を打ちつける慎二。そんな慎二に顔を近づけ、綺礼は言う。

「つまり、君にはまだ戦う覚悟はあるという事だな?」

「え?」

慎二は顔を上げる。

「君は運がいい。ちょうど一人、手の空いているサーヴァントがいてね……」

礼拝堂の奥から、ひとりの男が歩み寄って来る。

「彼と、契約する気はあるか?」

黒いライダースーツをカジュアル風に着た、金髪で赤い目をしたその男は、それこそ虫けらでも見るような目で慎二を見詰めていた。

 

 

 

一夜明けて、昼近くになってようやく士郎は目を覚ます。

「……っ!」

体を動かすと、左肩に激痛が走る。それでも、何とか上半身を起こす。

“もう昼頃か?一晩と半日寝込んでいた訳か……”

痛む体に鞭打って立ち上げり、着替えながら今後の事を考える。

“キャスターとアサシンは倒した。残る敵はバーサーカーとランサー……

いや、肝心なヤツを忘れていた……ギルガメッシュ、ヤツが最強の敵であり、この聖杯戦争を勝ち抜くための最大の難関だ……”

居間に向かって歩きながら、更に考えを巡らせる。

“そもそも、ランサーも言峰のサーヴァントだ。なら、ランサーとギルガメッシュは共闘して来るかもしれない……それなら、バーサーカーと戦っている場合じゃ無いんじゃないか?むしろ、バーサーカーを味方に付けた方がいい。そうすれば、勝率もぐっと高くなる。

イリヤは、何故か俺に対して好意的だ。事情を説明すれば、手を組めるんじゃないのか?”

そうして、士郎は居間に到着する。

「士郎、起きて来て大丈夫なの?」

「マスター、まだ休まれていた方が……」

凛とセイバーが、心配して声をかける。

「いや、大丈夫だ。それより、大事な話がある。」

そう言って、士郎は凛とセイバーの前に座る。

「な……何よ?大事な話って?」

「ああ、実は……」

言いかけて、士郎ははっとする。

“待て、俺は一度この聖杯戦争を経験しているから知ってるが、遠坂達はまだギルガメッシュの存在を知らないんだった。そんな状態でバーサーカーとの共闘を提案しても、そんな必要あるのかって言われるだけじゃないのか?”

士郎は口篭ってしまう。

“ランサーひとりに、サーヴァント三人の共闘は必要無い。だいたい、そんなのセイバーも納得しないだろう。だからって、今ギルガメッシュの話をしたって信じてもらえる訳が無い……”

「どうしたのよ?早く、言いなさいよ。」

士郎がずっと黙っているので、凛が焦れて文句を言う。

「あ……いや……そう言えば、藤姉と桜はどうしたんだ?」

言うに言えなくなり、全然関係無い事を言い出す士郎。

「藤村先生は、昨日の事件の被害者でしょ?症状は軽かったけど、念のために検査入院してるわよ。」

「桜は、家から呼び出しがあったらしくて帰りました。数日は、こちらに来られないそうです。」

さらっと、凛とセイバーが回答する。

「ああ……そうなんだ。」

「まさか、それが大事な話って訳じゃ無いでしょうね?」

凛が、士郎を睨んで来る。

「い……いや……その……」

結局言葉を返すことができず、散々凛に絞られた後、士郎は“大人しく寝ていろ”と部屋に戻されてしまった。

 

 

 

しばらくして、士郎はこっそりと屋敷を抜け出していた。

“こうなったら、俺一人でイリヤを説得に行くしかない。今、ここでバーサーカーと戦うのはデメリットしかない。俺達も消耗するし、あの戦力を失うのは大きな損失だ。”

士郎は、適当な所でタクシーを呼び、郊外の森に向かう。

一度アインツベルンの城に囚われた士郎は、イリヤ達の居場所を既に知っていた。

ただ、郊外の森の前まではタクシーで行けるが、そこからは徒歩になる。その上傷の痛みに耐えながら進んだので、到着にはかなりの時間を要した。

 

 

 

士郎が抜け出した数十分後、セイバーは士郎が部屋に居ない事に気付く。慌てて、居間にいる凛のところに行く。

「凛、マスターが居ません!」

「何ですって?」

二人で屋敷中を探すが、士郎は何処にも居ない。

「アーチャー!アーチャー、居ないの?」

凛は、士郎を捜させようとアーチャーを呼ぶが、アーチャーも近くには居なかった。

「まさかマスターと一緒に?」

「あいつら……また、私達に黙って様子見に行ったわね!」

顔を真っ赤にして、凛は吼えていた。

前回は、様子見に行ったのはアーチャーだけで士郎は誘き出されたのだが、凛の剣幕にセイバーはとても突っ込みを入れられなかった。

 

 

 

日が傾きかけた頃、ようやく士郎はアインツベルンの城に辿り着いた。

だが、直ぐに士郎は城の異常な様子に気付く。城のあちこちは崩れ、大穴も開いている。庭には、イリヤに仕えていたと思われる召使い達の死体もあった。

「ま……まさかこれは……」

士郎は、自分の後ろに向かって大声を出す。

「おい!そこに居るんだろ?」

声に反応して、士郎の背後にアーチャーが姿を現す。

「何だ、気付いていたのか?」

「お前の殺気には慣れている。それに、俺を付け狙うお前が、こんなチャンスを見逃す筈は無いからな。」

士郎は、アーチャーが付けて来るのを逆にあてにしていた。

「これをどう思う?」

「どう思うも何も、何者かに襲撃されたようにしか見えんが?」

「なら、誰に襲撃されたと思うんだ?」

「誰って、こんな事ができるのはあの英雄王しか……」

言いかけて、アーチャーははっとする。士郎は、即座に振り向いてアーチャーに問う。

「お前……ギルガメッシュの事を知っているのか?」

士郎の中での仮説が、ほぼ確信に変わる。

だが、士郎のこの言葉は、アーチャーにも衝撃を与えた。

「……お前こそ、どうしてあの男の事を知っているのだ?」

士郎とアーチャーは無言で睨み合うが、直ぐに士郎が思い出したように呟く。

「い……イリヤは?」

士郎は、アーチャーに背を向けて城の中に走って行く。少し遅れて、アーチャーもそれに続く。

 

士郎達が、城の広間に着いた時には、もう戦闘は終わっていた。

広間もあちこちが崩れ、床には幾つも大穴が開いている。その中央に、二つの人影があった。

ひとつは、バーサーカーの巨体であったが、無数の時空の歪から伸びている黄金の鎖に繋がれている。更に、その体は宝具と思われる幾多の武器に貫かれていた。

もうひとつは、黒いライダースーツを着た、金髪の男であった。髪型や恰好は以前と違うが、十年前の聖杯戦争から残ったままの八人目のサーヴァント、ギルガメッシュに他ならなかった。

そして、そのギルガメッシュの足元に、既に虫の息のひとりの少女が横たわっている。

「イリヤ!」

士郎が叫ぶ。

ギルガメッシュは、士郎の叫びに振り向きもしない。その手で横たわるイリヤの胸を貫き、心臓を抉り取った。

「なにやってんだ!……テメエ!」

「待て!迂闊に近寄るな!」

思わず飛び出そうとする士郎を、アーチャーが引き止める。

その直後、バーサーカーの体が消滅していった。そこでようやく、ギルガメッシュは士郎達の方を振り向く。

「ほう……フェイカー共が、揃って登場か?」

「何だ?衛宮じゃないか。」

部屋の隅から声がする。声の主は、ゆっくりとギルガメッシュに近付いて行く。それは、間桐慎二であった。

「どうだい衛宮?こいつが、僕の新しいサーヴァントさ。ライダーなんかよりずっと強そうだろ?」

しかし、士郎は全く慎二を見ていなかった。ずっと、ギルガメッシュを睨み続けている。

「お前……何故イリヤを殺した?」

そして、慎二を無視してギルガメッシュに問い掛ける。

「な……何だよ衛宮、無視するなよ!」

いきり立つ慎二をよそに、ギルガメッシュは淡々と答える。

「奇なことを言う……殺し合うのが聖杯戦争では無いのか?」

「もうバーサーカーは消滅寸前だった。イリヤの命まで、取る必要は無かっただろうが!」

「ふん、何も知らんのだな小僧。」

「何だと!」

自分を無視して話を続ける士郎達に、慎二は痺れを切らす。

「いい加減にしろよ衛宮!……そうか、この間の件でもう僕に勝った気でいるんだな?思い知らせてやるよ。ギルガメッシュ、あいつをぶっ殺せ!」

「待ちなさい慎二!」

士郎達の後ろに、凛とセイバーも現れる。士郎の魔力を辿って、ここまで追って来たのだ。

「何だ、お前も居たのか?遠坂。」

慎二の表情が、ころっと変わる。

「と……遠坂、セイバーまで……どうして?」

「どうしてじゃないわよ!何であんた達はいつも……」

士郎に文句を言おうとする凛の横で、ギルガメッシュを見たセイバーが叫ぶ。

「お……お前は、アーチャー?!」

「え?」

怪訝な顔をする凛。

「ふん……十年振りだな、セイバー。」

「な……何故、貴方がここに居る!」

凛には、訳が分からない。しかし、士郎とアーチャーは既に知っている事なので、特に反応はしなかった。

そんな中、全く空気を詠まない慎二が口を挟む。

「どうだい遠坂?こいつが僕の新しいサーヴァントのギルガメッシュさ。」

「新しいサーヴァントですって?な……何で、八人目のサーヴァントが居るのよ?」

「そんな事知るもんか。ただ、お前のアーチャーや衛宮のセイバーなんかとは、比べ物にならないくらい強いんだぜ。何せ、お前達が束になっても敵わなかったバーサーカーを、あっという間に仕留めたんだからな。」

「何ですって?バーサーカーを……本当なの士郎?」

「……ああ……だがそれだけじゃ無い。あいつは、イリヤも……」

そう言って、士郎は唇を噛み締める。凛は、改めてギルガメッシュの足元を見る。そこには、胸を貫かれた無残なイリヤの亡骸が横たわっていた。それで凛は、士郎がどうしてここまで怒りを露にしているのかを悟る。

「慎二。」

そこまで全く慎二を無視していたギルガメッシュが、慎二に声をかける。

「え?」

「あの娘であれば、器として文句は無いのだがな。」

「そ……そうか?」

慎二は、凛に再び語り掛ける。

「どうだい遠坂?衛宮なんか見限って、僕達の仲間にならないか?このままじゃ、お前達には勝ち目は無いんだ。考えるまでも……」

しかし、凛は慎二の言葉を遮って答える。

「お断りよ慎二!いいように使われてるだけの奴に、ついて行く道理はないわ!」

「な……何だって?」

慎二の怒りは、とうとう頂点に達してしまう。

「殺れ!ギルガメッシュ。遠坂も衛宮も、奴らのサーヴァントも皆殺しだ!」

だが、ギルガメッシュは士郎達に背を向け、その場を去ろうと歩き出す。

「いや……残念だが時間切れだ。これ以上放置すれば腐ってしまう。」

そう言って、ギルガメッシュは先程イリヤから抜き取った心臓を慎二に見せる。それは、本体から千切り取られたにも関わらず、まだ動いていた。

「くっ……」

慎二は顔を顰め、もう一度凛の方を向いて言う。

「くそっ……後悔するなよ遠坂!もう、仲間にしてやらないからなっ!」

そう言い残して、慎二はギルガメッシュと一緒に城を出て行ってしまう。

士郎達は、後を追おうとも、戦いを挑もうともしなかった。

士郎とアーチャーは、このまま戦っても勝てない事を知っていた。凛とセイバーは勝てるかどうかよりも、怒りに任せて士郎がまた無茶をする事を恐れていた。

 

士郎達は、イリヤの遺体をアインツベルンの城の庭に葬ってあげ、もう日が暮れて来たので急いで衛宮家に戻った。

そして、まずは凛とセイバーによる士郎への説教が始まった。アーチャーはそれを察して、霊体化して姿をくらませていた。

ひと通り説教が終わった後は、八人目のサーヴァント、ギルガメッシュの話に入る。

セイバーが、彼が十年前に最後まで戦ったサーヴァントである事、自分も十年前の聖杯戦争に呼び出されていた事を語る。更に、ギルガメッシュはそのまま消えずに残っていたであろう事も。

士郎は、本当は今回は見てはいないのだが、失われた聖杯戦争で見たその能力と宝具について語る。但し、ギルガメッシュのマスターが本当は言峰綺礼である事は言わなかった。それを言うには、自分が一度聖杯で望みを叶え、この聖杯戦争をやり直している事も話さなければならないから。

結局、今後の方針も決まらず。その日は皆床に付く。凛も、引き続き衛宮家に泊まった。

 

翌朝、かなり早く目覚めた士郎は、ひとり土蔵に行く。

そこで、感じ慣れた気配に気付き、声をかける。

「何か用か?」

士郎の背後に、アーチャーが実体化して現れた。

アーチャーは、いきなり士郎に問い掛ける。

「お前は、いったい何者だ?」

 





遂に、言峰とギルガメッシュが動き始めました。
バーサーカーと手を組もうとした士郎の思惑は、脆くも砕かれてしまいました。
その一方で、利用されているとも知らずに有頂天の慎二。

そんな中、士郎はアーチャーの正体に完全に気付きます。
そしてアーチャーは、信じ難い士郎の変貌に、とうとう直接本人に問い質す事を決意します。


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《 第八話 》


アーチャーの正体に気付いた士郎は、自分が聖杯戦争をやり直していた事をアーチャーに語ります。
しかし偶然、セイバーがその話を聞いてしまいます。
士郎の語る事実に、衝撃を受けるセイバー……
更に、言峰とギルガメッシュは次の行動に移ります。
彼らが次に狙うのは……




 

朝日が差し込んでも薄暗い土蔵の中で、士郎とアーチャーが対峙している。

アーチャーは、士郎に問い掛ける。

「お前は、いったい何者だ?」

「はあ?……俺は、衛宮士郎だ。そんな事、お前の方が十分に判ってるんじゃないのか?」

「どうかな?」

「何?」

「お前は、俺が知っている衛宮士郎とは違い過ぎる。」

アーチャーの自称に、士郎は違和感を覚える。

“ん?……“俺”……今“俺”って言ったのか?アーチャーの奴。“

既に、士郎はアーチャーの正体に気付いていたが、あえて問い掛ける。

「そう言うお前こそ何者だ?アーチャー。」

「ふん……もう気付いているんだろう。俺の正体には。」

「……ああ。お前は、俺の事を知り過ぎている。赤の他人では、絶対に知り得ない事も。その上、あのギルガメッシュの事まで知っていた……という事は……」

一瞬間を置いて、アーチャーは答える。

「そうだ。俺は、かつて“衛宮士郎”だった存在だ。生前に世界と契約し、力を得る代わりにこの身を売り渡した。死後、“守護者”となる事を約束してな。」

「なっ?!……それは……」

驚く士郎。それは、セイバーの契約と殆ど同じだった。

セイバーも、死後の自分を英霊として未来永劫使役される事を認める代わりに、聖杯を求めた。

違うのは、セイバーの契約はまだ完了していない。聖杯を手に入れるまで、セイバー本体の時間は止まったままだ。だが、アーチャーの契約はもう完了している。既に、“正義の味方”として永遠に世界に使役され続けているのだ。

「それじゃあ……お前は、未来の俺?」

「という訳では無い。俺は、ひとつの可能性だ。この先、お前が辿り着くかもしれない……いや、違うな。」

「何?」

「もはや、今のお前の未来に俺は居ない。」

「どういう事だ?」

「こっちが聞きたい。何故、お前はそうなった?どう考えても、お前は俺が知り得る衛宮士郎では無い。いったい、お前に何があったのだ?」

士郎は、しばし無言で考えた。

“こいつの言う事は、理解できない。俺の、何が違うと言うんだ?俺は、紛れも無く衛宮士郎本人だ。

何かあったかといえば、聖杯戦争をやり直している事だろう。あとは、サーヴァントを、人間とは別物と意識するようになった事くらいだ。

それをそのまま話せば、こいつは信じるだろう。サーヴァントとして、聖杯の力をその身に受けているのだ。どのような突拍子も無い話でも、信じられるだろう。

だが、その後こいつはどうする?

俺の邪魔をして来ないか?

俺がこの聖杯戦争を勝ち抜く、一番の障害にならないか?“

だが士郎は、直ぐにその心配は意味が無い事だと悟る。

“そういえば、こいつは遠坂のサーヴァントだった。こいつが勝利させるのは、俺では無く遠坂だ。

なら、どちらにしろこいつは、俺が勝ち残る障害以外の何物でもない。“

そう考え、士郎はアーチャーに全てを語り出す。

 

 

 

サーヴァントは夢を見ない。

よって見るのは、マスターの記憶。

ただ、元が霊体であるサーヴァントには寝る必要が無い。霊体になれず、常に実体化して魔力を余分に消費するセイバー以外は。

セイバーは夢……では無く、マスターの記憶を見ていた。

本来ある筈の無い、失われた聖杯戦争の記憶を……

 

声が聞こえて来る。あまり良く聞き取れないが……

『……では交換条件だ……セイバー、己が目的のため、その手で自らのマスターを殺せ……そのあかつきには聖杯を与えよう……』

目の前が真っ暗で、何も見えない。体も動かない。

その内、誰かが自分の体を担ぎ上げているのが分かる。

そのまま立たされて、背中を押される。

ふと、見えなかった目が、少しだけ見えるようになる。

視界には、ひとりの女性が映っている。青い礼装に、銀の鎧を着たブロンドの髪の女性が。

自分は、彼女に縋るように手を伸ばす。

ところが、その女性は最初は自分を受け止めようと手を伸ばすが、突然その手に剣を握った。

 

……え?……

 

信じられない光景だった。彼女が、自分に剣を向けている。

自分を、護り抜くと誓った彼女が……

そしてその剣は、彼女に縋ろうとする自分の胸を貫いた……

 

ど……どうして?……

 

「うわあああああああああっ!」

思わず大声を上げてしまい、飛び起きるセイバー。

「え?」

辺りを見回し、今見たものが現在起こっている事では無いのに気付く。しかし……

「い……今のは?……まさか、マスターの記憶?」

セイバーは、訳が判らなかった。

頭の中で、いろいろな思いが交錯する。

“今見たのは、マスターの記憶に間違いは無い。

そして、マスターの目に映っていたのは、間違い無く私だった。

しかし、私にはマスターを殺した記憶など当然無い。

そもそも、殺されたのなら今マスターは生きている筈が無い。

だが、実際にあった事だから記憶として残っているのではないのか?“

しばらく、セイバーは呆然と考え込んでいた。

「ま……マスター……」

セイバーは立ち上がり、襖を開けて隣の部屋を覗き込む。しかし、部屋に士郎は居なかった。

「マスター……何処に?」

セイバーは、士郎を捜しに行く。

屋敷の中を一通り見て回り、見当たらないので庭に出る。

ふと、土蔵の中から話し声が聞こえて来たので、近付いて行く。

入り口に近付いたところで、士郎の声に彼女は足を止める。

『……俺は、一度死んでいる。』

“え?!”

中には入らず、セイバーは壁に寄り掛かって耳を澄ませた。

『ランサーに殺された話か?そんな事で、お前は変わらないだろう?』

次に、アーチャーの声が聞こえて来る。それでセイバーは、中で話をしているのが士郎とアーチャーである事を認識する。

『そうじゃ無い。既に一度この聖杯戦争を戦い、その最後にセイバーに殺されたんだ。』

“?!”

目を大きく見開いて、驚くセイバー。

 

「な……何だと?!」

土蔵の中では、同様にアーチャーが驚いている。

「言峰綺礼が交換条件を出したんだ。俺を殺せば、聖杯を与えると。セイバーはその条件を呑んで、俺を殺した。」

「ば……馬鹿な!」

アーチャーは、今迄一度も見せた事の無いような動揺を見せた。士郎が既にこの聖杯戦争を経験している事よりも、セイバーが士郎を裏切った事の方が信じられなかった。

 

土蔵の外では、セイバーがとてつもない衝撃を受けていた。

“わ……私が、聖杯と引き換えにマスターを殺した?では、先程見たのはその時の……”

 

「生死の境を彷徨いながら、俺は願った。聖杯戦争のやり直しを……そして、聖杯は俺の願いを聞き入れた。時間は、セイバーを召喚した直後まで巻き戻り、俺はもう一度この聖杯戦争を戦う事になった……」

「……」

アーチャーは何も言わず、ただ衝撃を受けていた。

“そうか……ただ、助けた者に裏切られたのでは無い。心から信じた、信頼しきっていた者に裏切られたのだ……セイバーに対する態度が、こいつとは思えないくらい冷徹なのはそのためか。だが、それだけでは説明がつかない事もある……”

しばらくして、ようやくアーチャーは口を開く。

「それで……この聖杯戦争に勝ち残って、今度はお前は聖杯に何を望む?」

「……」

そう言われて、士郎考え込む。士郎は、勝ち残る事ばかり考えていて、聖杯の事を考えていなかった。

「どうした?何故答えない?」

「……もう聖杯に望む事は何も無い。俺は、何が何でも勝ち残りたいだけだ。」

「正義の味方になるためか?」

「そうだ。」

「それを阻む者があれば、容赦無く排除するのか?」

「ああ。」

その言葉に、アーチャーは更なる驚きを見せる。

「お前……自分が何を言っているのか、判っているのか?」

「何だ?何をそんなに驚いている?」

「言い方を変えれば、悪人ならば命を取る事も辞さないと言っているんだぞ。」

「それは、正義の味方なら当然じゃないのか?」

「な……」

躊躇無く肯定する士郎に、愕然としてしまうアーチャー。

「お前も、以前言っていたんじゃないのか?全ての人間を救う事はできない、ひとりも殺さないというのは理想論だと。」

アーチャーは、呆然とするばかりだった。

“違う!やはりこいつは衛宮士郎じゃない!こいつの考えを否定していた俺が言うのもおかしいが、こんな心変わりをする筈が無い!”

また二人は無言になり、睨み合いが続く。

 

 

 

いつの間にか、セイバーは土蔵の前から離れていた。

焦点の合わない目で、まるで夢遊病者のようにふらふらと庭を歩いて行く。

“私が……マスターを……契約を交わし、護り抜くと誓った主を……この手で”

未だに、自分がそのような事をしたのが信じられなかった。

だが、彼女の主はそう語った。

何より、主の記憶にあるのだから間違いは無い。

自分も、その記憶をはっきりと見ている。

記憶は、嘘をつかない。

“何が、この身は貴方の剣になるだ?

どの口が、そのような戯言を言えるのだ?

私の中に、真実はなにも無い……”

セイバーは、そのまま門の外に出て行ってしまう。

 

 

 

しばしの沈黙の後、士郎が口を開く。

「……それで、お前はどうするんだ?お前がこの聖杯戦争に参加した目的は、俺なんだろう?……俺を、殺すつもりか?」

「そのつもりだったんだがな……もう、それも意味が無くなった。」

「はあ?……どういう事だ?」

「今のお前に説明しても、理解できないだろうよ。」

「何だと?」

「まあ待て。今は、お前と争う理由は無くなったということだ。残りのマスターがお前と凛の二人だけになるまでは、協力関係を続けよう。」

「そうか……なら、お互い知っている情報を共有したい。」

「知っている情報だと?」

「俺は、一度今回の聖杯戦争を経験している。しかし、やり直した聖杯戦争は俺が最初に経験したものと展開が大きく変わっていた。お前が生前経験した聖杯戦争は、どのような展開だったんだ?」

「生憎だが、俺の聖杯戦争の記憶は磨耗して殆ど失われている。残っているのは、凛やセイバーのような関係の深かった者との断片的な記憶だけだ。」

「……それなら、この聖杯戦争を影で操っているのが、監督役の言峰綺礼だということも覚えてないのか?」

「な……何だと?!」

「言峰は、ランサーとギルガメッシュのマスターでもある。」

「な……ギルガメッシュのマスターは、間桐慎二ではなかったか?」

「慎二が、ギルガメッシュのマスターの筈が無い。あの言峰が、十年間温存したあの英雄王を手放すとは思えない。大方、いいように利用されてるだけだろう。」

 

 

 

その頃、ようやく起きて来た凛が居間に顔を出す。

「おはよ……」

しかし、居間には誰も居なかった。

「あれ?……もしかして、まだ起きてないの?士郎達。」

凛は、士郎とセイバーの部屋まで行くが、そこにも誰も居ない。

その時、玄関の呼び鈴が鳴った。

誰も対応する様子が無いので、仕方なく凛が向かう。

玄関の戸を開け、そこに立つ人影を見て、思わず声を出してしまう。

「き……綺礼?!」

「やはりここに居たか。捜したぞ。」

綺礼から感じる只ならぬ気配に、凛の危険予知センサーが警報を鳴らす。

「な……何しに来たのよ?」

「ふふふ……お前を迎えに来たのだ。」

すかさず、凛はアーチャーを呼ぶ。

“アーチャー!来てっ!”

 

 

 

土蔵で会話をしていた士郎とアーチャーだが、突然アーチャーの顔色が変わる。

「こ……この魔力は?!」

「ん?どうした?アーチャー。」

「奴だ!」

「お……おい!」

アーチャーは、土蔵の外に飛び出して行く。その鬼気迫る様子につられて、士郎も後に続く。

「ははははははは!喜ぶがいいフェイカー共。この我が、わざわざ貴様達と戯れに来てやったぞ。」

土蔵の屋根には、八人目のサーヴァント、ギルガメッシュの姿があった。

「お……お前っ!」

イリヤの件もあり、士郎は溢れんばかりの敵意をギルガメッシュに向ける。

丁度その時、アーチャーの脳裏には凛からのSOSが届く。

“アーチャー!来てっ!”

「凛、どうした?」

その様子に、士郎が気付く。

「アーチャー、遠坂がどうかしたのか?」

「判らん!だが、緊急事態のようだ!」

「だったら直ぐに行け!ここは、俺に任せろ!」

「馬鹿を言え!あの男の相手が、お前に務まるわけがないだろう!」

「そんな事を言っている場合か!俺と遠坂、どっちが大事なんだよ!お前!」

一瞬の間で、お互いの目を見て心を決める二人。

「すまん、できるだけ早く戻る。」

「いいから急げ!」

アーチャーは凛の元へ行こうとするが、ギルガメッシュはそれを許さなかった。

ギルガメッシュの背後の時空の歪から、無数の武器が飛び出してアーチャーを襲う。

「ぬっ!トレース・オン!」

アーチャーもすかさず武器を投影し、これを相殺する。しかし、足は完全に止められてしまう。

「誰がこの場を離れる事を許可した?この我直々に戯れてやろうというのだ。席を外すなど無礼であろう。」

「俺達を、ここに釘付けにするつもりか?」

「くっ……」

アーチャーは唇を噛みしめる。

 

 

 

「はっ?!」

マスターの危機を感じ取り、セイバーはようやく正気に戻る。

「え?こ……ここは?」

気付くと、新都に渡る橋の手前まで来てしまっていた。どうやってそこまで来たのか、セイバーには全く記憶が無かった。

「い……いけない、マスター!」

直ぐに鎧を纏い、セイバーは衛宮家に急ぐ。

 

しかし、セイバーが衛宮家に到着した時には、既に事は済んでしまっていた。

彼女がそこで見たのは、荒れ果ててあちこちに大穴の開いた庭に、傷付いて蹲る士郎とアーチャーの姿だった。

「マスター!……アーチャー!」

セイバーは、二人に駆け寄って行く。

「大丈夫ですか?マスター!」

士郎は、辛そうに顔を上げながら言う。

「お……俺達のことはいい……と……遠坂を……」

「え?……し……しかし……」

そう言われても、傷付いたマスターの傍を、直ぐには離れられないセイバー。

「いいから早く行け!今、一番危険なのは遠坂だ!」

「は……はいっ!」

あまりの士郎の剣幕に圧され、セイバーは慌てて家の中に入って行く。

「凛!何処にいるのですか?凛!」

だが、何処にも凛の姿は発見できなかった。

玄関には、凛のものと思われる血の流れた跡だけが残っていた。

 






士郎の口から語られた、失われた聖杯戦争でのセイバーの裏切り。
それは、セイバーの心に深い傷を残します。
ただ、士郎の変貌の原因が、どうしてもそれだけとは思えないアーチャー。

そして、凛が綺礼の手に落ちてしまいした。
綺礼は何故、凛を攫ったのか……
なんてのは、もう判りきってるんですが……


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《 第九話 》


原作では、アーチャーに攫われた凛。
その目的は、士郎との対決に割り込ませないためでした。
しかし、この話での凛誘拐の目的は……
士郎達は、凛救出のために言峰教会に乗り込みます。
そして、最終決戦が始まります。




 

言峰教会の礼拝堂裏手には、かなりの広さの中庭と居住区画がある。

その隅に、良く見ないと気付かない地下に降りる階段があり、地下にはもうひとつの礼拝堂があった。

その祭壇に椅子が置かれ、一人の少女が座っている……いや、座らされている。

両手を後ろに回され、椅子の背もたれと一緒に縛り付けられている。足も揃えて縛り上げられ、椅子の脚に繋がれていた。

 

「ん……んんっ……」

凛は、ようやく目を覚ます。

“こ……ここは?……教会?”

動こうとして、体の自由が利かない事に気付く。

“え?私、縛られてるの?……そうだ、確か綺礼に襲われて……”

そこで、自分の状況を把握する。捕まって、教会の地下に監禁されている事に。

“な……何とか逃げなくっちゃっ!まずは、これを解かなくちゃ……”

戒めを解こうとするが、直ぐにそれが無理な事に気付く。普通の縄で縛られているのなら、魔術師である凛は簡単に抜け出せるであろう。しかし、彼女を縛り上げているのは、魔術を封じ込める聖骸布であった。

“だ……駄目……これじゃ、逃げられない……”

そこに、一人の男が階段を降りて来る。

だが、それは彼女を攫った言峰綺礼では無かった。

「ふっふっふっ……いい格好じゃないか?遠坂。」

ギルガメッシュのマスター……いや、自分だけそう思い込んでいる間桐慎二であった。

「慎二……あんた……」

「最初から僕の誘いを断らなければ、こんな目に遭う事も無かったんだ。でも、後悔しても遅いぜ。もう、お前の処分は決定してるんだからな。」

「ああそう。ならもう気が済んだでしょ?悪い事は言わないから、とっとと逃げなさい!」

「はあ?何を言ってるんだ?逃げなきゃいけないのはお前の方だろ?逃がさないけどな!」

「本当に救いようが無いわね。利用されてるだけって、まだ判らないの?」

「うるさい!」

慎二は、凛の頬を殴る。

それでも凛は、気丈な表情のまま彼を睨み付けた。

「こ……こいつ……まだ僕を馬鹿にする気か?」

慎二は、更に凛を痛めつけようと拳を振り上げる。

「待ちたまえ。」

それを、背後からの声が制止する。

「儀式の前に、あまり器に傷を付けられては困るな。」

言峰綺礼が、凛の前に現れる。

「き……綺礼っ!」

凛は、厳しく綺礼を睨み付けた。

 

 

 

衛宮家の庭では、ようやく回復した士郎とアーチャー、そしてセイバーが今後の事を話し合っていた。

セイバーは、険しい表情ですまなそうに俯いている。

「申し訳ありません。私が、勝手に家を離れていたから凛を……」

そこで、セイバーを庇うようにアーチャーが言う。

「いや、例えセイバーが居ても結果は同じだったろう。あの英雄王一人で、俺達全員を足止めするつもりだっただろうからな。」

「し……しかし、私が勝手に持ち場を離れたのは事実です。マスターの危機に、私は……」

「済んだ事はいい。そんな話は、遠坂を助けた後だ。」

アーチャーとは対照的に、士郎はあくまで冷徹に会話を進める。

「は……はい……」

セイバーは、黙って指示に従うしか無かった。

アーチャーは、そんなセイバーを不憫に感じる。だが、今は凛の救出が最優先であるため、二人のやりとりには口を挟まなかった。

「だけど、何で言峰は遠坂を攫ったんだ?」

「おそらく、“聖杯の器”にするつもりだろう。」

士郎の疑問に、アーチャーが答える。

「何だって?」

「イリヤは、実はこの聖杯戦争の“聖杯の器”そのものだったのだ。代々、聖杯の器はアインツベルン家が用意して来た。奴らは、より自分達に有利に聖杯戦争を進めるために、器自身に人格を持たせ、マスターとしてこの聖杯戦争に送り込んだのだ。」

「なら、イリヤ本人を求めるんじゃないのか?何で遠坂なんだ?」

「ギルガメッシュは、イリヤの心臓を抉り取っていただろう。核となるのはその心臓だ。それを他の魔術師の体に移して、新たな“聖杯の器”にしようとしているのだろう。」

「何で、そんな回りくどい事をするんだ?」

「それは判らん。だが、急がなければ凛が危険なのは変わらない。」

「分かった。場所は言峰教会だろう。直ぐに乗り込もう。」

しかし、そんな士郎にアーチャーは問い掛ける。

「それは、正義の味方としての考えか?」

「ん?どういう事だ?」

「同盟関係にあるとはいえ、お前にとって凛は本来倒すべき敵マスターの一人だ。聖杯戦争に勝つのが目的ならば、命を懸けてまで救う価値は無いのではないか?」

「アーチャー!凛のサーヴァントのあなたが、何故そのような事を?」

セイバーが感情的になって口を挟むが、士郎はいたって冷静に答える。

「いや、借りを返しに行くだけだ。」

そう言って、士郎はポケットから宝石を取り出す。それは、アーチャーがずっと持っていた物と同じ、ランサーに殺され掛けた士郎を救った、凛の父親の形見であった。

「気付いていたのか?」

「あの場に居たのは、ランサー以外はお前と遠坂だけ。お前が俺を助ける筈は無いし、そんな魔術も使えないだろ?じゃあ、答えはひとつしかない……」

すると、アーチャーは僅かに笑みを浮かべて言う。

「判った……正式に頼もう。凛の救出に、力を貸してくれ。」

「ああ。」

 

 

 

深夜、士郎達は言峰教会の前まで来る。そこで、アーチャーが言う。

「時間が掛かれば掛かるほど、凛の身が危険になる。敵を、一人ずつ倒している時間は無い。分担を決めて、各個に撃破する。」

士郎もセイバーも、この意見に同意する。

「セイバー、君はランサーを頼む。」

「了解しました。」

「衛宮士郎、お前は真っ直ぐに凛救出に向かってくれ。ギルガメッシュの相手は、私がする。」

「ちょっと待て。お前一人でか?」

「そうだ。今、各個撃破と言っただろう?」

「無茶です、アーチャー!いくら何でも、一人で彼の相手をするなど……」

「聞け。別に、ここで絶対に倒さなければならない訳では無い。要は、凛を救出できればいいのだ。あの男相手に、一番時間稼ぎができるのは私だ。」

「それはそうだが……」

「それに、凛のところに居るのは間違い無く言峰綺礼だろう。奴は、お前が倒さなければならない相手では無いのか?」

「……確かに……判った。遠坂は、必ず助ける。」

「ああ、任せたぞ。」

 

教会の門を入ると、数メートル先にランサーが現れた。

「よう、俺の相手は誰だ?」

士郎達の考えは、相手もお見通しのようだ。

「貴方の相手は私だ。ランサー。」

セイバーが一歩前に出る。

「いいねえ、そっちのいけ好かない野郎だったらどうしようかと思ってたところだ。」

「ふっ、嫌われたものだな。」

ランサーの軽口に、アーチャーはいつもの調子で返す。

「じゃあ行くぜ!セイバー!」

「望むところだ!」

言うや否や、ランサーは凄まじい速さでセイバーを突いて来る。セイバーは即座に反応してこれを弾く。こうして、二人の最終決戦の幕は開く。

士郎とアーチャーは、その横を抜けて礼拝堂を目指す。

 

 

 

礼拝堂の扉を開けて中に入ると、祭壇の前にギルガメッシュが立っていた。

「何だ、セイバーではないのか?これは興が削がれたな。」

そこで、アーチャーが小声で士郎に言う。

「凛は地下の礼拝堂だ。俺が奴を引きつけている間に行け。」

「判った。」

「トレース・オン!」

アーチャーは、いきなり複数の剣を投影してギルガメッシュに放つ。

「ふん、そんな偽物なぞ……」

ギルガメッシュの背後に無数の時空の歪が発生し、そこから同数の武器が放たれる。

それらは、アーチャーの放った武器を全て打ち落としてしまう。が、その隙に士郎は礼拝堂を駆け抜け、中庭へと向かって行った。

士郎が立ち去った後、ギルガメッシュは言う。

「ふふ……無事に雑種を小娘の所に送れたかな?」

「やはり……判っていて見逃したか?」

「当然だ。言峰に頼まれていてな。何やら、あの雑種に話があるようだ。」

「そうか……だが、残念だったな。相手がセイバーでなくて。」

「ふん、どの道あの狗ではセイバーには勝てん。愉しみは、後にとっておけばよい。それまで、暇つぶしに貴様に付き合ってやろう。」

「ふっ……ならば、存分に付き合ってもらうぞ!」

アーチャーの体から、白いオーラが立ち昇り始める。

「I am the bone of my sword.」

「ふん……」

ギルガメッシュは、相変わらず鼻で笑っている。

「Unkown to Death. Nor known to Life.」

魔力の渦が、アーチャーを包み込む。

そしてアーチャーは左手を前に翳し、最後の呪文を唱える。

「Unlimited Blade Works.」

突如、周りの景色が一変する。見渡す限りの荒野、そこには無限の剣が、まるで墓標のように刺さっている。

「ほう……固有結界か?よくもまあこれだけ集めたものだ。だが、所詮は贋作のコピー。本物の前では屑鉄にすぎん。」

「そうかな?……では、試してみるか?」

「図に乗るなよ、フェイカー。」

 

 

 

中庭を抜け、士郎は教会の地下に辿り着く。

「士郎!」

士郎の姿を見て、祭壇の椅子に縛られている凛が叫ぶ。

その凛の前には、一本の剣を持った慎二が立っている。

「良く来たな、衛宮。」

階段を降り、地下の礼拝堂に入る士郎。それを見て、慎二が語り掛ける。

「さあ、それじゃあ始めようじゃないか。マスター同士の最後の……」

「言峰は何処だ?」

慎二の言葉を遮り、士郎は冷たく言い放った。

「はあ?」

「お前に用は無い。言峰は何処だ、慎二?」

この言葉に、慎二は激怒する。

「いい加減にしろよ衛宮!どこまで僕を無視するんだ?ギルガメッシュのマスターは僕なんだぞ!」

だが、士郎は冷徹に答える。

「失せろ。慎二。」

「な?!」

「覚悟の無い奴が、マスターを語るな。今直ぐ消えるのなら、見逃してやる。」

「え……衛宮……くん?」

凛は、士郎の様子に底知れぬ恐怖を感じてしまう。

今迄、何度か豹変した士郎を見て来たが、今の士郎はそのどれとも違っていた。

そう、まるで葛木に感じたような、殺人鬼の雰囲気を漂わせていた。

「なんだと……」

しかし、慎二にはそんな雰囲気を感じ取れる筈もない。完全にブチ切れた慎二は、手に持った剣を振り上げて、士郎に突進して行く。

「僕に、人殺しになる覚悟が無いと思ってるのか!だったら、死んで後悔しろよ衛宮!」

持っていた剣を、士郎に向けて思い切り振り降ろす。だが、そんな素人の大振りが当たる筈も無く、士郎は難無くそれを躱す。

「ふん!うまく避けたな?だけど、避けてるだけじゃ勝てないぜ!衛宮!」

「覚悟があるんだな?慎二。」

冷静さを崩さず、士郎は言う。

「あたりまえだっ!今更後悔しても遅いぜ!衛宮!」

「そうか……」

士郎は、静かに呟く。

「トレース・オン。」

士郎の両手に、干渉・莫耶が投影される。

「へん、そんな偽物を出しても無駄だぜ!僕の剣は、ギルガメッシュから貰った本物さ!お前の贋作になんて負ける訳が無いだろう!」

慎二は、再び士郎に斬り掛かる。

「やめなさいっ!慎二っ!」

凛が、大声で叫ぶ。

それは、士郎が殺される事を心配した叫びでは無かった。

そもそも、全くの剣の素人の慎二が士郎に適う筈が無い。

ただ、今の士郎は普通では無い。

このままでは、士郎は慎二を殺してしまう。

それだけは絶対にさせてはいけないという、悲痛の叫びだった。

士郎は左手の干渉で、慎二の持っている剣を弾き飛ばす。

「え?!」

一振りで、慎二の体は全くの無防備になる。

「俺が言ったのは、自分が死ぬ覚悟だ……慎二。」

凛の心配も空しく、士郎は非情に斬撃を振るう。

二振り目、士郎の右手の莫耶が、慎二の体を斬り裂く……

「やめてええええええええええっ!!」

凛は、枯れんばかりの大声で叫んでいた。

「?!」

その叫びが、士郎の自我を一瞬呼び戻す。寸でのところで、士郎は手を緩めた。

士郎の剣は、慎二の体を軽く掠った程度だった。だが、士郎の放った凄まじい覇気は、慎二の体を大きく跳ね飛ばした。

「ぎゃはああっ!」

背中から、床に叩きつけられる慎二。直ぐに、上半身だけ起こすが、士郎の顔を見た途端……

「ひ……ひいっ……ひいいいいいいいいいいいいっ!」

恐怖に引き攣った顔で、慌てて逃げ出して行く。何度もみっともなく転びながら、必死で階段を登り、地下室を出て行った。

「遠坂……」

士郎は、凛に顔を向ける。それは、いつもの士郎の表情だった。

「し……士郎……」

凛は、ほっと安堵の息を漏らす。しかし……

「ふふふ……衛宮士郎、面白いなお前は……」

言峰綺礼が、ゆっくりと地下室の階段を降りて来る。

「こ……言峰っ!」

士郎は、一転して鬼のような形相に変わってしまう。

「最初は、魔力も半人前で血の匂いもしない、つまらぬ理想に囚われた甘いだけの小僧だと思っていた。」

礼拝堂に入り、士郎と向き合う綺礼。

「それが、今ではどうだ?ただ魔力が増しただけでは無い。お前から溢れ出る血の匂い……いや、死の匂いと言った方が良いだろう。先程の間桐慎二への対応は、宛ら代行者に迫るものだった。」

「ふん、お前が相手なら躊躇しない……確実に殺す。」

士郎は、殺意に満ちた目で綺礼を睨み付ける。

「えみ……や……くん……だ……だめ……」

凛は、あまりの士郎の変わりように、不安と恐怖で押し潰されそうになってしまう。

それに対し綺礼は、全く怯むことなく淡々と語る。

「そういえば、お前は初めて私に会った時も、その目で私を睨んでいた。何故だ?切嗣から、何かを聞いていたのか?」

「親父は関係無い。お前は、俺と同じく十年前の災害で孤児になった子供達の……お前にあの英雄王への貢物にされた者全ての仇だ!俺は、あの地獄の光景を絶対に忘れない!」

「何だと?!」

その言葉に、綺礼は驚きを見せる。

「どうして、お前がそれを知っている?あの死骸は、既に処分したからここにはもう無い。お前がここに来たのは、セイバーのマスターとなったあの夜だけだ。あの時には、この地下室には降りていない。お前が、あの孤児達を見られる訳が無い!」

士郎は、もう隠す必要も無いと、真実を語る。

「いや、俺はこの地下室でそれを一度見た。聖杯戦争が、終わりに近づいた時にな。そこで俺は、お前の策略に嵌って一度殺された。」

「な……なんで……すって……」

驚く凛。

「その時、生死の境を彷徨いながら俺は願った。この聖杯戦争のやり直しを。その俺の望みを、何故か聖杯は叶えた……だから、お前は俺自身の仇でもあるんだよ!言峰っ!」

「そ……そんな……」

凛には、信じられなかった。既に士郎が、聖杯によって望みを叶えていた事がでは無い。今はともかく、出逢った頃は争いを好まない、殺し合いを否定していた士郎が、自ら望んでこの戦争を繰り返していた事が。

しかし、綺礼は……

「ふ……ふふふふ……ふはははははは!はあっはっはっはっはっ!」

突然、気が違ったかのように笑い出した。

「何が可笑しい?!」

「そうか……お前は、アレを使ったのか?だからか……それで判った。」

「判った?……何がだ!」

「ふふふふ……衛宮士郎。お前が、既に呪われているという事がだ。」

 

 

 

建物の外では、セイバーとランサーの戦いが続いていた。

だが、戦局はセイバーが完全に圧されていた。

一度戦っている事もあって、ランサーは既にセイバーの見えない剣の間合いを掴んでいた。

しかし、理由はそれだけではなかった。

「どうしたセイバー?あの夜に比べて、全く覇気が感じられねえぞ!」

「くっ……」

セイバーは、全てにおいて精彩を欠いていた。その原因は、心の迷いにあった。

「でりゃあっ!」

「うぐっ!」

ランサーの猛攻に、防戦一方のセイバー。本来、リーチが長い槍は近接戦闘には不利だ。間合いの短い剣と近接戦闘をすれば、隙も生じ易い。だが、ランサーの速さはその不利を覆す。超高速で繰り出される突きは、付け入る隙を与えない。セイバーは懐に飛び込む事ができず、その猛攻を凌ぐのがやっとという状態だった。

「何か、心ここに有らずって感じだな?」

ランサーは、武器を交える事でセイバーの心の迷いを感じ取った。

「何だ?遊び保けて、坊主の救援に遅れた事を気にしてんのか?」

「うっ……」

それは確かにあるが、迷いの根源はそんな事では無い。

“私は、騎士の誓いを破った……もう、私に騎士の資格など無い……そんな私が、何を糧にこの剣を振るうのか?”

それは、今現在のセイバーが犯した罪ではない。

だが、既に失われた時間の中の出来事とはいえ、それを行ったのは全く同一人物の自分に他ならない。

ならば、同じ状況では今の自分も同じ行動をとったに違いない。

何より、彼女のマスターにとってそれは、紛うことなき現実なのだ。

更に動きが鈍ったところで、ランサーの槍がセイバーの右肩を貫いた。

「ううっ!」

その場に跪いて、剣を落としてしまうセイバー。

「けっ!何でえ、その程度で戦意喪失かあ?」

槍を肩に担ぎ、呆れてしまうランサー。

「どうしたってんだよ?セイバー。今日のお前の剣には、全く誇りが感じられねえ。」

セイバーは何も言わないが、心の中で答えていた。

“それはそうだ……今の私に、騎士の誇りなどどこにも無い……”

「たかが一回ヘマしただけで、そんなに軟弱だったのかよ?てめえ。」

“例え一回でも、決して犯してはいけない過ちがある……私は、それを犯したのだ……”

「まったく……これならアーチャーとやりゃあ良かったぜ……見損なったぜセイバー!」

「?!」

ランサーのこの言葉は、何故かセイバーの心に深く突き刺さった。

「う……うう……あああ……ああああああああああっ!!」

セイバーは悲鳴を上げ、両手で頭を抱えてその場に蹲ってしまう。

ランサーは、完全に呆れ返って言う。

「はあ……だめだこりゃ。とうとう壊れちまったか?」

そう言って、セイバーに背を向けて教会の中に向かって歩き出す。

「仕方ねえ、他の奴の手助けでもしに行くか……と言っても、あの英雄王様はそんな事すりゃ、逆にこっちが殺られちまうか?ま、する気もねえけどよ。」

セイバーは、全く反応しない。

「なら、言峰しかいねえか……そういやああの坊主、俺は二度殺し損なってたんだったな。三度目の正直で、今度こそきっちり殺しとくか?」

この言葉に、セイバーは反応する。

“マスターを殺す?……ランサーが?

私は、それを見過ごすのか?マスターを見殺しにするのか?

見殺しにするということは、私が殺すのも同じではないのか?

私は、またマスターを殺すのか?二度も、マスターを……“

この言葉が、セイバーの迷いを吹き払った。

「うわあああああああああっ!」

突然剣を持って立ち上がったセイバーは、疾風の如くランサーに斬り掛かった。

「何っ?!」

慌てて向き直り、槍でその剣を弾くランサー。何とか弾き返すが、勢いで少し跳ね飛ばされる。

「貴方に、マスターを殺させはしない!ランサー!」

「ふん、ようやくやる気になったか?そうでなくちゃ面白くねえ!」

仕切り直しで、セイバー対ランサーの第二ラウンドが始まる。

 






遂に、士郎が壊れていきます。
凛は、その様を目の前で見せつけられる事になります。
その一方で、セイバーも壊れかけます。後押しする役は、やっぱりランサー。
でも、ここでのランサーは、壊れかけたセイバーを現実に引き戻しました。
そのおかげで、
“ランサーが死んだ!”、“この人でなし!”
も無くなります。(最終的には死ぬんですが……)

士郎が慎二に言った、
“覚悟の無い奴が、マスターを語るな。”
“覚悟があるんだな?”
“俺が言ったのは、自分が死ぬ覚悟だ……”
を一言でまとめて言えば、
“撃っていいのは、撃たれる覚悟がある奴だけだ!”
になります……なんちゃって。


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《 第十話 》


セイバー対ランサー、
アーチャー対ギルガメッシュ、
士郎対綺礼、
全ての戦いの決着がつきます。
しかし、戦いに勝っても士郎の呪いは解けません。それどころか……




 

固有結界の中では、アーチャーとギルガメッシュの戦いが続いていた。

無数の時空の歪から、次々に武器を放ってアーチャーを攻撃するギルガメッシュ。

アーチャーは、無限の荒野に刺さった剣の中から、それに対応した剣で応戦する。

だが、アーチャーの剣は宝具を完全に再現しているが、模造品であるが故に宝具としてのランクは一段階下がる。それに対し、ギルガメッシュの武器は宝具の原型の本物であり、宝具としてのランクは落ちない。物によっては、アーチャーが投影した宝具よりランクが高い物もあった。故に、真正面からぶつかれば、ギルガメッシュの武器の方が威力が勝っていた。

ぶつかり合いを制した武器の一部は、アーチャーの腕や脚を霞めていく。少しずつ、アーチャーにダメージが蓄積していく。

「くっ……」

「どうだ?それが本物の重みだ。疾く、その身に浴びるがよい。」

ギルガメッシュは、最初からアーチャーを見下していた。

ただ、アーチャーにも優位性はあった。

ギルガメッシュが、一度蔵から武器を取り出さなければならないのに対し、アーチャーの武器は既にこの荒野に出揃っている。そのため、常に先手を打って戦いを優位に進める事ができる。

また、ギルガメッシュは武器の所有者であり担い手では無い。万遍無く使いこなす事はできないし、どんなにランクの高い宝具でも真名解放はできない。それに対してアーチャーの剣は、そのどちらも模倣できる。それにより、より戦いを有利に進められる。

しかし、アーチャーはそれを一切やっていなかった。ギルガメッシュの攻撃に応じて、同じように剣を放つ事しかしなかった。

その戦いの中、アーチャーが尋ねる。

「ひとつ聞きたい……何故、お前は聖杯を求める?」

「何?」

「お前は、十年前に聖杯の中身を浴びて受肉を果たし、既に二度目の生を得ている……」

「やけに事情に詳しいな……やはり貴様、あの雑種のなれの果てであったか?」

「生前、全ての財を我が物にしたお前に、叶えられない望みなど無かっただろう。そんなお前が、聖杯に何を望む?」

「ふん、別に聖杯に望む願いなどは無い。だが、あれは我の物だ。」

「何だと?」

「貴様もさっき言ったであろう?この世の全ての財は我の物だ。聖杯も例外では無い。我の物を、他の雑種が勝手に使うなど許される筈が無かろう?」

「ふっ……そういう事か……」

「それにな、別な使い道もある。」

「別な使い道だと?」

「あれは、兵器も同然だ。不完全な物を作ってやって孔を開けてやれば、そこから呪いが溢れ出す。」

「呪いだと?!」

「何だ、そんな事も忘れてしまっていたか?先の聖杯戦争で、馬鹿な人間どもの強欲の代償として、聖杯の中はこの世全ての悪“アンリマユ”に汚染されている。」

「な……」

その時、アーチャーにかつての聖杯戦争の記憶が、一部蘇る。

「そうか……あいつがああなったのは、聖杯で望みを叶えたため”人を殺す呪い“を、その身に受けてしまったのか……」

 

 

 

「俺が呪われているだと?どういう事だ!」

士郎の言葉に、綺礼はいやらしい笑みを浮かべて言う。

「ふん、自覚は無いか……まあ、それは当然か。」

綺礼は、懐から柄が赤い十字架を模った細い刀剣を取り出す。柄を指の間に挟み、片手に三本、計六本を持つ。それは“黒鍵”と呼ばれる、死徒を葬るための代行者の装備だった。綺礼は、それを獣の爪のようにして構える。

「マスターとしてでは無く、聖杯戦争の監督役として確認させてもらう。お前が、それに相応しいマスターか否かを。」

この言葉に、士郎は更に怒りを露にする。

「何が監督役だ!あれだけ裏で謀略を重ねたお前を、俺は監督役とは認めないぞ!」

「元から、監督役など体裁を取り繕った誤魔化しにすぎん……だが、そんな議論はもうどうでもよかろう。この私を殺すのだろう?なら、後は戦うのみ。」

「ああそうだ……言峰、お前を殺す!」

士郎は、干渉・莫耶を構える。

その士郎の後ろで……

「だ……だめ……」

士郎から溢れ出る只ならぬ殺気に圧され、凛は、満足に言葉を発することができなかった。

「言峰ええええええっ!」

綺礼に突進して行き、斬り付ける士郎。綺礼は、その斬撃を黒鍵で受ける。高い金属音が礼拝堂内に響き渡り、激しい剣戟が交わされる。

士郎の投影は、アーチャー同様単に宝具を複製するだけでは無い。その宝具に宿った意思や経験、担い手の技量も再現できる。その再現度は、まだアーチャーには及ばないが、投影する度にアーチャーのそれに迫っていく。

今の士郎は、葛木と戦った時よりも更に技量が上がり、戦闘力も高くなっていた。

「や……やめて……もう……やめ……て……」

引き攣った顔で、満足に出せない声で、凛は訴えていた。

凛は、綺礼と撃ち合いを交わす度に、士郎が無慈悲な殺人鬼に染まっていくようで怖かった。

武器の強度では、士郎の干渉・莫耶の方が勝っていた。何度かの激突の末、遂に士郎の剣が綺礼の黒鍵を砕いた。

「何?」

「死ねえっ!言峰っ!」

ここぞとばかりに、綺礼に斬り掛かる士郎。

「ふん……」

だが、綺礼の武器は黒鍵だけでは無かった。士郎の斬撃を紙一重で交わし、懐に入り込む綺礼。そして、士郎の腹に正拳を叩き込む。

「ぐうはあっ!」

更に、回し蹴りで士郎を弾き飛ばした。

「ぐうわあああっ!」

「え……えみ……や……」

凛は、まだ声が出ない。

凛の足元近くまで飛ばされた士郎。

「く……ちゅ……中国拳法……だと?」

それでも、よろけながら士郎は立ち上がる。

綺礼の一撃は、本来なら内臓破裂でとても動ける筈の無いものだったが、士郎の体の中の聖剣の鞘が、直ぐさま彼のダメージを治癒していた。

「驚いたな……全盛期を過ぎたとはいえ、私の正拳の直撃を受けてなお立ち上がるとは……さすが、衛宮切嗣の息子というところか……」

綺礼は新たな黒鍵を取り出し、また両手に構える。

「くっ……」

士郎は、再び綺礼に斬り掛かっていく。

 

 

 

セイバーとランサーの戦いは、立場が完全に逆転していた。

迷いを断ち切ったセイバーの動きは、ランサーの速さに引けを取らない。そうなれば、近接戦闘では圧倒的にセイバーが有利になる。リーチの長い槍は、大きい相手には有効でも小さい相手には不利になる。小柄なセイバーに高速で動かれては、槍ではとても追い切れない。直ぐにセイバーは、ランサーの懐に潜り込んで剣を放つ。ランサーも何とか槍を駆使して凌ぐが、連続で来られては防ぎ切れないので、間合いを取るために後退せざる負えない。そのため、全てが後手に回ってしまう。

「へっ、流石だなセイバー。騎士王の名は伊達じゃねえってか?」

「貴方はここまでだ!ランサー!」

このままでは勝ち目は無いと、ランサーを大きく飛び退いてセイバーと距離を取る。

「むっ……」

「どうせこのままじゃ勝てねえんだ。一か八か、一気に決めさせて貰うぜ!」

槍を深く構え、全魔力を込めていくランサー。

「く……来るか?」

只ならぬ気迫を感じ、セイバーも魔力を集中する。

「今度は外さねえ……その心臓貰い受ける!ゲイ・ボルク!!」

ランサーの全魔力を込めた渾身の一撃が、セイバーに迫る。

セイバーは、瞬時に状況を把握する。この一撃を、完全に弾く事はできない。また、躱す事に全力を注ぎ込んでは、攻撃ができない。下手に深手を負えば、そこで勝敗は決してしまう。ならば、同時に攻撃を繰り出すしかない。

但し、剣と槍では間合いが完全に異なる。先に攻撃を受けるのはセイバーだ。急所を突かれれば、それで終わり。だが、僅かでも急所を外せば、それはランサーの敗北となる。

風王結界を解き、セイバーはカウンターの突きを放つ。

「うおおおおおおおおおおおっ!!」

「はあああああああああああっ!!」

速さは、ほぼ互角。ならば、勝負の別れ目は……

ランサーの槍が、セイバーを貫く。直後、セイバーの聖剣がランサーを貫いた。

交錯したまま、二人はしばし停止していた。そして……

「へっ……不憫な生涯で語られる俺が……幸運度で、騎士王様に勝てるわきゃねえよな……」

ランサーの槍は、僅かにセイバーの急所を逸れていた。しかし、セイバーの聖剣は、確実にランサーの心臓を貫いていた。

「……愉しかったぜ……セイバー……」

「ら……ランサー……」

交錯したまま、ランサーは槍と共に消滅していく。

「うっ……」

急所を外れたとはいえ、ランサーの全力の一撃をその胸に受けたセイバーは、その場に蹲ってしまう。

 

 

 

「そらそら、休んでいる暇は無いぞ!フェイカー!」

ギルガメッシュは、次々と雨のように武器を放って来る。それを見てから、アーチャーは対応した武器を荒野から放つ。そのぶつかり合いを制した武器が、アーチャーの体を貫いていく。

「うぐっ!」

何故か、アーチャーはそれだけを続けていた。

そのため、既に体は傷だらけであった。

「ははははははははっ!所詮、それが偽物の限界よ!身に染みたか?フェイカー!」

徐々に、武器のランクを上げていくギルガメッシュ。それにより、ぶつかり合いを制する武器が多くなり、更にアーチャーのダメージは増えていく。

「ぐうはああっ!」

とうとう複数の剣に体を貫かれ、アーチャーはその場に蹲ってしまう。

「ふん!」

もはや限界と見たのか、傷付き蹲ったアーチャーの前に、ギルガメッシュが歩み寄る。

「どうやらここまでのようだな?いい加減贋作には見飽きたところだ。」

ギルガメッシュは、一本の剣を取り出す。そしてその切っ先を、蹲ったアーチャーに突き付ける。

「ここまで頑張った褒美だ。我、自らの手で引導を渡してくれよう。」

その時、アーチャーが呟いた。

「この時を待っていた……」

「何?」

「トレース・オン!」

アーチャーの手に、黄金に輝く一本の剣が投影される。

「貴様、まさかそれは?!」

顔を上げ、アーチャーは立ち上がって剣を構える。

「この聖剣の原型だけは、お前も持ってはいまい。」

「馬鹿な!神造兵器の複製などできる筈が無い!」

初めて、うろたえを見せるギルガメッシュ。

「この剣は私にとって特別でね……もっとも、不完全な出来損ないだがな……」

「お……おのれ、ならば……」

ギルガメッシュは、背後に時空の歪を発生させ、エアを取り出そうとするが、

「エクス……カリバー!!」

アーチャーの疑似聖剣が、それを取り出す前にギルガメッシュを両断する。

「ぐうはああああああああっ!」

ギルガメッシュを斬り裂いた直後、疑似聖剣は直ぐに消滅してしまう。

その威力は、到底本家の足元にも及ばない。だが、至近距離で鎧も纏わないギルガメッシュを倒すには、十分な威力だった。

「お……おのれ……」

致命傷を受け、吐血するギルガメッシュ。それでも、倒れる事はせず、必死にその場に立ち続ける。そんなギルガメッシュに、アーチャーは言い放つ。

「お前の敗因は、最後まで本気を出さなかった事だ。慢心王!」

「貴様、それで……わざと我に……やられ続けていたのか……」

「最初から本気を出されていれば、数分で私は消滅していただろうな。」

「ふぇ……フェイカー風情が……」

意地でも倒れず、アーチャーを睨み付けたまま、ギルガメッシュは消滅していった。

 

 

 

地下の礼拝堂では、士郎と綺礼の殺し合いが続いていた。

未だに現役の代行者である綺礼の戦闘力は、葛木のそれを遥かに上回っている。如何に士郎の技量が上がろうが、まだまだ戦闘力は綺礼の方が上だった。

「どうした?衛宮士郎!そんな事では、この私は殺せないぞ!」

「うるさいっ!」

焦りで、士郎の攻撃が荒くなる。その隙を、綺礼は見逃さない。

綺礼の黒鍵が、士郎の右腕を斬り裂く。

「ぐうわああっ!」

その衝撃で、右手の莫耶を落としてしまう。

間髪入れずに、綺礼は次の攻撃を繰り出す。士郎は左手の干渉で何とか受けるが、剣は砕かれ、更には後方に大きく跳ね飛ばされてしまう。

「ぐうふううっ!」

壁に叩きつけられ、士郎は腰を落としてしまう。

「そこまでだな!」

丸腰となった士郎に、一気に止めを刺しに来る綺礼。

「えみやくんっ!」

ようやく声が出て、叫ぶ凛。

「トレース……オン……」

しかし、士郎は慌てず、新たな武器を投影していた。そして……

「ゲイ・ボルク!!」

「があはああああああっ!」

向かって来る綺礼の心臓を、赤い槍が貫いた。

如何に、綺礼の戦闘力が士郎のそれを上回っていようと、“心臓に槍が命中した”結果が先に決まるこの攻撃は、避けられなかった。

士郎の前に、崩れ落ちる綺礼。それを見て、士郎はゆっくりと立ち上がる。

「え……衛宮くん?」

士郎は、凛に向かってゆっくりと歩いて来る。途中、先程落とした莫耶を拾い上げる。

「……」

凛は、不安に駆られてしまう。地下室は薄暗く、士郎は俯いているため、彼の表情が見えない。

大分近づいたところで、士郎は顔を上げ、声を出す。

「遠坂……待たせたな……」

「し……士郎……」

士郎は、元の表情に戻っていた。凛の表情にも、安堵感が戻る。

「今、解いてやるからな。」

そう言って、士郎は莫耶で凛を縛っている聖骸布を切っていく。

「あ……ありがと……?!」

突然、礼を言い掛けた凛の表情が凍り付く。

「衛宮くん!後ろっ!」

悲鳴に近い凛の声に、慌てて後ろを振り向く士郎。

「?!」

そこには、先程倒れた筈の綺礼の姿があった。しかもその右腕は、今にも士郎を突こうとしていた。

「うがああああっ!」

振り向いた直後に、綺礼の右手の黒鍵が、士郎の胸に抉り込んだ。

「衛宮くんっ!」

更に悲鳴を上げてしまう凛。

「き……貴様……心臓を穿たれて何故……」

「ふっ……私の心臓など、十年前に……衛宮切嗣に潰されている……私は……聖杯の泥で生かされていたに過ぎん……」

「な……何だと?」

「しかし……それももう限界のようだ……その前に……監督役としての、務めを果たさなければ……」

「な……何を……」

綺礼は、左手で懐から何かを取り出す。それは、イリヤの心臓だった。

「衛宮……士郎……お前が……この聖杯戦争の勝者だ……聖杯を、受け取るがいい!」

綺礼はそれを、右手の黒鍵でこじ開けた士郎の胸に押し込んだ。

「ぐうわあああああああああっ!」

「え……えみやくうううううんっ!」

「た……確かに……渡したぞ……」

そこまでやって、今度こそ綺礼は息絶えた。

「ぐっ……ぐふっ!があはああああああああっ!」

苦しみ出し、数歩歩いた後、その場に蹲ってしまう士郎。

「え……衛宮くん!」

凛が駆け寄ろうとした瞬間、

「ぐうはあああああああああっ!」

士郎の衣服が弾け、体から無数の肉塊が溢れ出して来た。

「な……何?これ?」

更には、その肉塊から無数の剣のような突起物が飛び出して来る。

「きゃあああああっ!」

とても、近づく事など出来なかった。

「にげろおおおおおっ!とおさかああああああっ!」

その時、異様な肉の塊となった士郎が叫んだ。

「え?」

「にげろおおおおおおっ!はやくううううううううっ!」

自我を失いつつある士郎の、最後の叫びだった。

「え……えみや……くん……」

身を切る思いで、凛は地下室を脱出した。

 






冬木の聖杯は、全ての望みを“人を殺す”という手段でしか叶えられません。
その聖杯で、願いを叶えてしまった士郎。
時間を巻き戻すだけなので、その過程で誰かを殺す事はありません。
ですが、士郎は“正義の味方になる”ために聖杯戦争をやり直します。そのために、“人を殺す”者になっていきます。
が、それは人として生きていった場合の話で……

聖杯の器と化した、士郎の運命は?
次回、最終話です。


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《 最終話 》


聖杯の力で聖杯戦争をやり直し、遂に最後まで勝ち残った士郎。
しかし、皮肉にも、自分がその聖杯の器にされてしまいました。
セイバーは、凛は、士郎を救うことができるのか?
そして、本来の目的を失ったアーチャーは……
いよいよ、最終話です。




 

固有結界を解除し、礼拝堂に戻って来るアーチャー。そこに、扉を開けセイバーが入って来る。

「アーチャー……倒したのですね?あの英雄王を。」

「ふっ……殆ど、騙し討ちのようなものだがな……」

「……マスターは?」

「判らんが……今のあいつが、言峰綺礼に後れを取る事は無いだろう……」

その時、突然建物が大きく揺れ出した。

「な……何だ?!」

そこに、礼拝堂の奥から、凛が姿を現す。

「アーチャー!……セイバー!」

「凛?!」

「凛、マスターは一緒ではないのですか?」

「後で話すわ!とにかく、急いで建物の外へ出るのよ!」

凛に言われ、アーチャー達は大急ぎで外に飛び出す。

門の辺りまで後退したところで、建物は崩れ落ち、その中から異様な巨大物体が現れた。

「な……何だ?あれは?」

それは巨大な肉塊であり、その表面には無数の剣がハリネズミの針のように生えている。上部は人の上半身のような巨人の形を成しているが、下半身は山の裾のように広がっている。更にその体のあちこちから黒い泥のようなものが流れ出し、この物体の出現で作られた窪みに泥の溜池を作っている。

「あ……あれは?……聖杯の器か?」

アーチャーが言う。

「そうよ。そして……あれは、士郎なの……」

「何だと?!」

「本当なのですか?凛!」

何もできなかった自分を責めるように、凛は言う。

「本当よ……綺礼が……死に際に、イリヤの心臓を……士郎に……」

「そ……そんな……」

信じられないという表情で凛を見た後、セイバーは聖杯の器と化してしまった士郎を見詰める。

「ま……マスター……」

俯いて、何も言えなくなってしまう凛。

ただ、呆然と見詰めているだけのセイバー。

そんな中、アーチャーだけが冷静に状況を分析する。

「あれは……長くは持たん。」

『えっ?!』

凛とセイバーが、同時に反応する。

「イリヤの心臓……いや、聖杯の器の魔力量は、到底普通の人間の魔術回路が許容できるレベルでは無い。その負荷が、あのような肉塊になって体外に溢れ出しているのだ。だが、それすらも限界に近い。いずれ耐えきれずに破裂する。そうなれば、聖杯の中身が一気に流れ出して来る。」

「ま……まさか?それは?」

「そうだ、セイバー。十年前と同じ……いや、それ以上の大参事が起こるだろう。」

「そ……そんな!」

「アーチャー!」

突然、凛が声を上げる。

「どうした?凛。」

「あなた目がいいでしょ?あそこ見て!あのデカ物の顔の辺り!」

アーチャーは、凛に言われた場所を見る。そこには、上半身だけだが、士郎の元の体が肉塊から生えるように飛び出していた。

「あれは……衛宮士郎の本体か?」

「やっぱり……じゃあ、あそこからあいつを助け出せば!」

そう言って、凛は聖杯の怪物に向かって走り出す。

「ば……馬鹿!待て、凛!」

凛の動きに、聖杯の怪物は反応する。肉塊の表面から生えていた無数の剣がその体を離れ、雨のように凛に向かって降り注いで来る。

「え?!」

驚きのあまり、硬直してしまう凛。

「ロー・アイアス!!」

すかさずアーチャーは凛の前に立ち、光の盾で凛を襲う剣の群れを防ぐ。

「はあああああああっ!」

セイバーも駆け付け、飛んで来る剣の雨を薙ぎ払う。

そして、アーチャーは凛を抱えて後退する。セイバーもそれに続く。

再び門の辺りまで後退し、アーチャーは凛を怒鳴り付ける。

「考え無しか?君は!こうなる事は、おのずと予想できるだろう?」

「だ……だって……私のせいで……あいつは……」

凛は、目に涙を溜め、唇を噛みしめる。

「仮にあの肉塊まで辿り着けたとしても、あの剣の山を人間が超えるのは不可能だ!」

「じゃあ、あんた達が何とかしてよ!サーヴァントなら、あんな剣山蹴散らせるでしょ!」

「いや、我々でもアレの突破は容易では無い。それに……気付いたか?セイバー。」

「はい。あの肉塊自体が、巨大なサーヴァントなのでは?」

「え?……どういう事?」

「聖杯の器は、倒されたサーヴァントの魔力を貯蔵するための物だ。その器が不完全なため、あのように外部に溢れ出している。だから、あの肉塊はサーヴァントも同然だ。更にあの黒い泥のような物は、おそらく聖杯の中身だ。サーヴァントである我々があれに触れば、そのまま聖杯に取り込まれてしまう……」

「何?それじゃあ、サーヴァントも今の士郎には近づけないの?」

『……』

アーチャーもセイバーも、この問いには答えられなかった。

「じゃあ……もう、士郎は助けられないの?……あのデカ物から、本体を引っこ抜くだけでいいのに……」

今にも大声で泣き出しそうな凛に、アーチャーは更に残酷な事実を告げる。

「いや……本体だけ切り離しても駄目だ。あいつの心は、もう聖杯の呪いに犯されている。」

『えっ?!』

凛とセイバーが、同時に驚きの声を上げる。

「呪い?……綺礼も言っていたけど、何なのそれ?」

「まさか?わ……私が、マスターを殺したから……」

「え?」

セイバーの言葉に、詳細を知らない凛は戸惑いの表情を浮かべる。

「それだけが原因では無い。あいつは一度聖杯に願い、聖杯戦争をリセットした。その時、聖杯の呪いを受けたのだ。あの聖杯は、過去の参加者のルールを破った召喚のツケで、汚染されてしまっている。全ての望みを“人を殺す”という手段でしか叶えられないようにな。」

「な……何ですって?」

「今のあいつは、悪人ならば人を殺す事を何とも思わない。そればかりか、自分の信じる正義を脅かす者は、全て悪と見なして排除する。また、本来欠如していた自分の“生”に対する執着が、歪な形で備わってしまった。」

「え?それって、どういう事?」

「正義を貫くためには、自分は生きねばならない。だから、自分の命を脅かす者も躊躇すること無く殺すだろう。」

凛の脳裏に、慎二を殺そうとした時の士郎の姿が浮かぶ。

「そ……そんな……」

「ここで本体を助けても、いずれあいつは正義の殻を被った殺人鬼となる。それが、あいつに掛けられた呪いだ……」

凛も、セイバーも言葉を失ってしまう。

加えて、聖杯が呪われている事実は、セイバーを更に打ちのめしていた。

“この冬木の聖杯は、そのような恐ろしい物だったのか?……だからあの時、切嗣は私に破壊を命じたのか?……そんな……そんな物のために、私は主を裏切ったのか?騎士の誓いを反故したのか?”

そんなセイバーに、アーチャーは言う。

「セイバー……聖剣で、あいつ諸共聖杯を破壊しろ。」

「な?!ど……どうして……」

「このままでは、あいつは正義の味方どころか、この世全てを滅ぼす悪となってしまう……あいつの魂を救うには、それしかない……」

アーチャーは、唇を噛みしめる。

その言葉に対して、凛もセイバーも反論ができなかった。もはや、士郎を救う術が無い事は、皆判っていた。

セイバーはゆっくりと前に出る。

剣を構え、風王結界を解く。しかし……

「だ……だめだ……」

「セイバー?」

「だめだ!私にはできない!」

その場に、蹲ってしまうセイバー

「やるんだセイバー!あいつを……この世界を救うにはそれしか……」

「だめ……だって、マスターがああなったのは、私が彼を裏切ったから……」

セイバーの目から、涙が流れ出す。

「いくら、聖杯を欲していたとはいえ……一瞬の気の迷いとはいえ……誓いを交わした主を、この手で……そんな私が、世界を救うなんておこがましい!……何より、二度も、主をこの手に掛けるなど……できない……」

アーチャーも、もうセイバーにはそれ以上何も言えなかった。

そんなセイバーを見て、凛がアーチャーに言う。

「アーチャー、あなた宝具を投影できるんでしょ!何か、いい宝具は無いの?あいつと聖杯の呪いを断つような、凄い宝具を投影しなさいよっ!」

「馬鹿を言え!そんな都合のいい宝具があるものか!ルールブレイカーだってそんな事は……」

言い掛けて、アーチャーは気付く。

「……待てよ……ひとつだけあった……」

「本当?」

この言葉に、セイバーも顔を上げてアーチャーを見詰める。

「聖剣の鞘だ!あらゆる魔を祓い、五つの魔法すら寄せ付けぬ、何者にも侵害されぬ究極の守り……それならば、聖杯の呪いですら跳ね除けられるのではないか?」

「そ……それを、投影できるの?」

「いや……私では無理だ。だが、それはセイバーの宝具だ。」

「し……しかし、聖剣の鞘を私は持っていません。英霊になる前に失われて……」

「いや、ある!」

「本当なの?アーチャー!」

「そ……それは何処に?」

「衛宮士郎の体の中だ!」

『ええっ?!』

凛とセイバーが、また同時に驚きの声を上げる。

「あいつには、異常な治癒能力があっただろう。それは、セイバーの治癒能力の恩恵を受けていたんじゃない。あいつの体の中の、聖剣の鞘の力だったのだ。」

「で……でも、どうして士郎の体の中に?」

「十年前、衛宮切嗣が入れたのだ。あの大火災で、瀕死の重傷を負っていた衛宮士郎を救うために……」

セイバーは、黙ってアーチャーの言葉を聞いていた。

「でも、士郎はあんな状態でしょ?どうやってその宝具を取り出すの?」

「取り出す必要は無い……逆に、取り出しては駄目だ。中から発動させて、全ての呪いを内側から排除するんだ。それには……」

アーチャーは、セイバーの目を見詰めて言う。

「君が行くんだ、セイバー。あいつの本体のところに行って、聖剣の鞘の真の力を解放するんだ!」

その言葉を受け、セイバーの目の色が変わる。決意を固め、セイバーは立ち上がる。

「待って、アーチャー。本体のところって、どうやってあそこまで近づくのよ?そもそもあの泥に触れたら、サーヴァントは聖杯に取り込まれちゃうんでしょ?」

「それでも行きます!」

「せ……セイバー?」

「それが、唯一マスターを救う方法なら……もう、私は躊躇わない!」

そう言って、セイバーは聖杯の化け物と化した士郎に向かって歩き出す。

「だめよ、セイバー!泥に触れたらあなたは……」

「いいえ!今度こそ私は、そんな物には負けません!絶対に、彼を助ける!」

セイバーは止まらない。

「少しだけ待て、セイバー。」

「え?」

アーチャーの一言で、セイバーは足を止める。

「凛、君の魔術でセイバーとあの泥をできるだけ隔離するんだ。セイバーの耐魔力と合わせれば、少しの間は泥の浸食を抑えられるだろう。」

「解ったけど、あの剣はどうするのよ?」

「それは、私に任せろ。遠隔攻撃は私が防ぐ。ただ、肉塊の上の剣山は、砕いても次から次へと湧いて来る。聖杯と繋がってるあいつの魔力は無尽蔵だ。一応道は開けるが、湧き出て来る分はセイバーが砕いて進むしかない。」

「解っています。」

「セイバー、これを持って行って。」

凛は、とっておきの宝石をセイバーに手渡す。

「では、行きます!」

再び、セイバーは歩き始める。

 

セイバーが近付いたのに反応して、聖杯の器と化した士郎から無数の剣がセイバーに放たれる。

「トレース・オン!」

アーチャーは、すかさず剣を投影し、セイバーを襲う剣の雨を相殺する。

セイバーが、泥の沼に差し掛かる。

そこで凛が、呪文を唱える。凛が渡した宝石が反応し、セイバーの体を魔術結界が包み込む。セイバーは泥の中に入っていくが、結界が泥の浸食を抑え込む。

「よし!」

続けて、アーチャーが無数の剣を投影して放つ。セイバーの目の前の、肉塊の上の剣の山をそれで薙ぎ払う。セイバーの前に道が開け、セイバーは沼地から肉塊の上に登って行く。

すると、一度開けた道の上に、再び無数の剣山が湧き出して来る。

「はあああああああっ!」

セイバーは、それを剣で薙ぎ払って進んで行く。

遠隔攻撃は、アーチャーが悉く打ち落とす。セイバーの力ならば、湧き出てくる剣山を物ともしない。作戦は、うまくいっているように思えた。

だが、今度は聖杯の泥が、触手のようにセイバーに襲い掛かって来た。

「くっ……」

絡み付く触手を、懸命に振り払うセイバー。しかし、泥に触れる度に、結界が侵食されていく。

「だ……駄目……これ以上は……」

凛の魔力も限界に来ていた。

そしてとうとう結界は破られ、泥の触手がセイバーを絡め取る。

「う……うわあああああああっ!」

泥に包まれたセイバーの体が、黒化していく。

「セイバーっ!」

見る見る内に、全身は黒い鎧に包まれていく。それは、彼女の顎の部分まで覆ってしまう。その目は金色の瞳に変わり、頭部のくせ毛も無くなってしまう。

「ちっ……聖杯の闇に呑まれてしまったか……」

アーチャーと凛は、完全に作戦は失敗したと感じていた。

「はああああああああっ!」

だが、セイバーは歩みを止めなかった。目の前の剣山を薙ぎ払い、再び士郎の本体を目指し進んで行く。

「え?」

「何っ?」

驚く、凛とアーチャー。

黒化して、聖杯の闇に呑まれても、セイバーの決意は変わらない。

「私は……マスターを……助ける……」

肉塊と泥の山を、剣山を砕きながらセイバーは進み続ける。

聖杯の器と化した士郎の泥に呑まれた事で、セイバーの中にもこの世全ての悪“アンリマユ”の呪いの声が響き渡る。

だが、セイバーはそれをものともしなかった。

それと共に、別なものもセイバーの中に流れ込んで来た。

 

それは、失われた聖杯戦争で培われた、士郎のセイバーへの想いだった。

今のセイバーが経験していない、士郎の一度目の聖杯戦争でのセイバーとの日々。

その時々の、士郎のセイバーへの感情。

その全てが、実際に自分が体験した事のように感じられた。

“ああ……あなたは、こんなにも私を想ってくれていたのですね……サーヴァントとしてでは無く、ひとりの人間……ひとりの少女として、私に接し、私を愛してくれていた……”

セイバーの体が、再び変わり始める。黒い鎧が消えていき、元の青い礼装に戻っていく。瞳の色も碧くなり、頭部にはくせ毛が現れる。

「あ……あれは?」

「黒化が……元に戻ったのか?」

セイバーは、更に進み続ける。

“そんなあなたを、私は裏切った……私は、取り返しのつかない事をしてしまった……でも、今はそれを悔いている時では無い。懺悔なら、後でいくらでもしよう。今は、あなたを助ける……もう、絶対に裏切りはしない!”

遂に、セイバーは士郎の本体の前に辿り着く。

 

そこで初めて、セイバーはその名を口にする。

「シロオオオオオオオオッ!」

その叫びに反応するように、肉塊の上の剣の突出が止まる。

更に、上半身しか出ていなかった士郎本体部が、徐々にせり上がって来て足首の部分まで現れる。

ゆっくりと近づいたセイバーは、そのまま士郎の本体に抱き付いていき、その胸に頬を当てて目を閉じる。

「……感じる……あなたの中に、その存在を……」

セイバーは顔を上げ、生気の無い士郎の目を見詰め、呟く。

「……ああシロウ、あなたは……私の、鞘だったのですね。」

失われた聖杯戦争の時と、同じ言葉をセイバーは言う。

その言葉を聞いた士郎の目に、一時だけ生気が戻る。セイバーの瞳を見詰め、士郎も呟く。

「あ……アルトリア……」

“セイバー”では無い、彼女の真名を。

そして、二人同時にその名を告げる。

『アヴァロン!!』

その時、士郎の本体の左手の甲の令呪が、強い輝きと共に解き放たれる。

更に、激しい光が二人を包み込む。

光はどんどん広がっていき、遂には聖杯の器全体を包み込む。

『……っ!』

激しい輝きは、辺りを日中のように照らす。

その光は、一時アーチャーと凛の視界も奪ってしまう。

 

ようやく視界が戻った時、二人の目には士郎とセイバーの姿が映った。

士郎の右腕を自分の首に掛け、左手で士郎の体を支え、セイバーがアーチャーと凛に向かって歩いて来る。

「士郎!……セイバー!」

思わず声を上げる凛。

だが、士郎は完全に分離できたが、聖杯の器自体は無くなってはいなかった。

核を失ったそれは、再び核である士郎を取り込もうと、二人に迫って来ていた。

「あ……危ない!早く逃げて!」

叫ぶ凛。しかし、セイバーも魔力が殆ど残っていなかった。おまけに士郎を抱えているので、早くは動けない。

「アレを一掃するには……だが、残された私の魔力では……?!」

はっとして、アーチャーは凛に叫ぶ。

「凛!残った全ての令呪を使って、私にアレの破壊を命じろ!」

「え?何か手があるの?」

「いいから急げ!」

「判ったわ!」

凛は、令呪のある右手をアーチャーに翳す。

「全ての令呪をもって命じる。アーチャー、あの化け物を破壊してっ!」

凛の右手から赤い波紋が放たれ、アーチャーを包み込む。それにより、アーチャーの魔力が一時的に限界値を突破する。

「トレース・オン!」

アーチャーは再び、その手にセイバーの聖剣を投影する。

「え?そ……それって……」

驚く凛には目もくれず、擬似聖剣を上段に構える。

「うおおおおおおおおっ!」

擬似聖剣から本家に迫る凄まじい光が発せられ、天に向かって光の柱が伸びていく。

「エクス……カリバアアアアアアアアッ!!」

アーチャーは、その光の柱を残った聖杯の器に向けて放つ。

激しい閃光と、轟音が辺り一帯を包み込む。

残った聖杯の器は、この光と共に完全に消滅した。

「やった!」

嬉々とする凛。しかし、アーチャーは……

「あ……アーチャー?!」

アーチャーの体が、次第に透けて行く。

「どうやら、今ので全ての魔力を使い切ったようだ……凛、悪いが、今回の聖杯は諦めろ……」

「待って、アーチャー!私と、もう一度契約してっ!」

凛は、何度も夢でアーチャーの過去を見て、彼の正体に気付いていた。

彼が、何度も何度も裏切られ、最後には信じた理想にまで裏切られた事も。

この先、未来永劫彼が救われることは無い事も知っていた。

「いや……待て、凛。」

だが、アーチャーは凛の行動を止め、何事かを彼女に告げる。

それを聞いて驚く凛だが、直ぐに優しい笑みを浮かべ頷く。

「ではな、凛。あとの事は……頼む。」

「……あんたね……散々士郎の事を馬鹿にしてたけど、あんたも相当なお人よしよ。」

涙ぐみながら、凛は言う。

「ふっ……仕方あるまい。原型は同じなのだからな……」

「アーチャー……」

凛の頬を涙がつたっていくが、その顔には笑みが浮かんでいる。

それを見て、アーチャーも笑みを浮かべながら消えていった。

 

凛から少し離れた所に、セイバーは士郎の体をゆっくりと横たわらせる。

聖剣の鞘の力で体も心もほぼ元通りになったが、士郎は酷く衰弱していた。

そんな状態で、自我を取り戻した士郎は、力無くセイバーに語り掛ける。

「……すまなかった……セイバー……」

士郎の横に跪き、心配そうにその姿を見詰めながら、申し訳無さそうにセイバーは答える。

「謝らなければいけないのは私です……私は、あなたの剣になると誓いながら、あなたを裏切った……いえ、謝って済む話ではない……私には、英霊の資格すらなかった……」

「そんなことは……ない……たった今、セイバーは誓いを果たしてくれたじゃないか……」

「……シロウ……」

「聖杯よりも……俺を選んでくれた……なのに……俺の、方こそ……」

言いかけて、士郎は気を失ってしまう。

それを見詰め続けるセイバーの体が、次第に透けていく。

「こんな私でも、あなたは許して下さるのですね……本当なら、ずっと仕えて犯した罪を償いたい。これからも、あなたを護っていきたい……でも、もうそれも叶わないようです……」

そうして、セイバーは……

 

 

 

 

 

目を覚ますと、夜が明けていた。

俺は、衛宮家の自分の部屋で眠っていたようだ。

ゆっくりと体を起こす。まだ、体のあちこちに痛みが残っているが、完全に元の自分の体に戻っていた。

 

遠坂が、俺を家まで運んでくれたのか?

 

ようやく、頭が回転を始める。

 

今度こそ、聖杯戦争は終わったんだな……

セイバーも、もう居ない……

俺は、大きな思い違いをしていた。

あの時、セイバーが俺を殺してしまったのは、一瞬の気の迷いだ。

それが、セイバーがサーヴァントだからだと思っていたが、そうじゃなかった。

人間だからだ。心の弱い人間だから、時に迷い、時に間違う。

サーヴァントの肉体を持っていても、セイバーの心は紛れも無く人間だったんだ。

結局、望みを叶えたのは俺で、セイバーは望みを叶えなかった……

いや、叶えなかったんじゃない。叶えられなかったんだ。

そんな事、少し考えれば判る事だった。

俺を殺してしまったセイバーが、平然と望みを叶えられる筈がない。

そんな自分を許せなくなり、心が壊れてしまったに違いない。

それを、俺は……

 

痛む体に耐えて、何とか立ち上がる。

隣の、昨日までセイバーが眠っていた部屋の襖の前に立つ。

 

セイバーは、他の英霊とは違い、召還された時の記憶を持ち続ける。

今回の件で、彼女は心に深い傷を負った。

もう、それが癒される事は永遠に無い。

せめて、その傷だけでも癒してあげたかった。

もっと話をして、見守ってやりたかった。

でも、セイバーはもう……

 

俺は、ゆっくりとその襖を開ける。

「え?」

襖を開けたそこには、一人の少女が正座していた。

白いブラウスに紺のスカート。ブロンドの髪をした、碧い瞳の少女が……

「せ……せいばあ?」

「お……おはようございます……シロウ……」

セイバーは、体裁が悪そうに俯いて、頬を赤らめている。

俺は、慌てて自分の左手の甲を見る。

 

令呪は……無い……

セイバーとの、魔力の繋がりも感じない。

また時間が巻き戻ったのでもない……じゃあ、何で?

 

俺は、固まって何も言えなかった。それは、セイバーも同様だった。

お互い見詰め合い、動けず固まったまま、時間だけが過ぎて行く。実際はものの数分程度だったが、俺達には異様に長い時間に感じられた。

「何やってんのよ?あんた達。」

その声が、ようやく俺の硬直を解く。振り向くと、遠坂がそこに立っていた。

「い……居たのか?遠坂……」

「当然居るわよ。誰が、あんたをここまで運んで、看病してやったと思ってんの?まあ、セイバーにも手伝ってもらったけど……」

「そ……そうだ、な……何でセイバーがここに居るんだ?」

「私が再契約したのよ。」

「再契約?……遠坂が?」

「アーチャーの提案なんだけどね。貴方とセイバーは、もっとちゃんとじっくり話をして誤解を解いた方がいいって。そうじゃないと、色々しこりを残すだろうって。」

 

アーチャーがそんな事を……あいつ、恰好つけやがって……

 

「あ……だけど、それでいいのか?セイバー。もうここに残っても、聖杯は手に入らないんだぞ。」

俺は、セイバーに向き直って言う。

「は……はい。今の私に、聖杯を求める資格などありません。これからもあなたにお仕えして、少しでも罪の償いを……いえ、そんな事で許される罪ではないんですが……」

「何を言うんだ。俺の方こそ、お前のことを誤解して、辛く当たって……謝るのは俺の方だ!」

「いいえ、私です!」

「いいや、俺だ!」

罪の擦り付け合いならぬ、被り合いをする俺達に、呆れて遠坂が言う。

「まったく……似た者同士というか、本当に頑固よねあなた達。謝る時くらい、少しは譲り合ったらどうなの?」

『……』

そう言われて、俺達はまた言葉に詰まってしまう。

照れくさそうに、頬を赤らめて見詰め合う……そして、お互い笑みを浮かべる。

 

 

俺とセイバーには、共に心に大きな欠陥がある。

普通の人なら最も優先すべき、自分自身の幸せに対する欲求が欠如している。

それは、もしかしたら永遠に直らないのかもしれない。

だけど、一人ずつでは幸せになれなくても、二人一緒なら幸せになれるのではないか?

大切な誰かの幸せを願う想いは、俺達は絶対誰にも負けない筈だから。

 






ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。
何とか、無事完結する事ができました。

最初は、ゲームのDEAD ENDのあまりの酷さに“その後のセイバーがどうなったか?”を妄想してしまって、セイバーが壊れていくさまを書きたくて始めました。
でも、そのまま廃人になって終わりじゃああまりにも荒んだ話になって、後味も悪い。
何より、BAD ENDを強引にGOOD ENDに変えてやりたいという野望があったので、こんな展開になりました。
そのため、UBWルートですが、“凛ルート”では無く“セイバールート”になってしまいました。
いや、セイバールートのDEAD ENDから続いているから、擬似UBWルートかな?
あくまで士郎、セイバー、アーチャー、凛の4人に重点を置きたかったので、イリアや桜、大河の出番が殆ど無かったですが、その辺はご容赦願います。

書き終ってから気付きましたが、セイバーが一度もエクスカリバーを使いませんでした。
代わりに、アーチャーが劣化版を二回も使いましたが……


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