無能の烙印-Until the world changes- (原作:どくろん/執筆:黒田さん)
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第1章 学園生活編 第1話 目覚め

読みやすい文字数に変更しました。
ストーリーに変更はありません。


 

【挿絵表示】

(表紙)

 見覚えのある天井。そんな言葉が真っ先に浮かんだ。白くて、無機質な天井……。

 少し頭を傾けると、彼──二階堂 祐介は、自分がベッドの上で寝ていることに気がつく。

 

「……あれ?」

 

 ベッドに入る前の記憶はあやふやで、状況が掴めないでいた。

 覚えがあるのは学校の山中にてサバイバル訓練を授業で行なっていた所までだった。

 

「……俺は何をしてたんだ……?」

 

 ふとそう呟くと、ベッドの周りを囲っていたカーテンがそっと開かれる。すると、見覚えのある珍しい髪色である橙色のポニーテールが揺れる。

 

「あぁ、ラミアか! 俺は一体──」

「……っ!」

 

 突然、彼の幼馴染であるラミアが静かに溢れ出すように泣き始める。

 ぼろぼろ、ぼろぼろと止め処無い涙が溢れていく。

 祐介は何が何だか良くわからなかったが、それほどに心配させてしまったのかと察する。

 

「す、すまん。心配させたな」

「ホントよ……いつも一人で突っ走って…… ──でも安心したわ、元気そうで」

 

 少し落ち着いたのか、鼻をすすり、ハンカチで涙を拭く。

 

「……そんなやばかったのか?  俺は訓練してた所までしか覚えてなくてな……」

 

 ラミアはそれを聞くと、祐介に丁寧にことの一端を話し始める。そう、あの事件を──

 

「なあ、あんなタイプのモンスター見たことあるか?」

 

 祐介は教官のつまらない話を聞き流しながら、遠くのモンスターを指差す。

 

「いいえ、見たことは無いわ。異種体か、新種かしらね。それよりも聞いておきなさいよ。結構ためになるわよ?」

「この話はもう聞いたよ三度な。それよりも、行ってみようぜ。すっげぇ気になる」

 

 祐介は訓練中、見慣れない造形のモンスターを目撃し、ラミアを連れてモンスターを観察しに行った。

 しかし、好奇心は猫を殺すとは良く言った物で、二人はそのモンスターに深手を負わされ、間一髪学校の理事長に助けられ、今に至る。

 

「そのモンスターは結局なんだったんだ?」

 

 祐介は記憶をたどりながら、そのモンスターを思い出そうとする。

 

「モンスターじゃないわ。異種体でも、新種でもない。 みんなは一度は聞くおっかない奴よ」

「モンスターじゃない? 召喚獣の類か?」

 

 この世界でモンスターでないなら、召喚獣か、人間。もしくは、共存関係にある混合種の人々。後は──

 

「……『キメラ』よ」

 

 祐介はまさかと思っていたことを言われ、冷や汗を流す。

『キメラ』、別称は究極生命体。

 この世界の何処かにいるとされている伝説の接触禁忌種族で、詳しいことは分かっておらず、一般的に知られているのは『存在する全ての生物の特徴を自在に自分のものとして操り、どの生物よりもその力が強力である』ということだけ。

 そのキメラが学校付近に現れたというのだ。

 理事長が二人を救出した後、学校及び町全体に警戒網が貼られ、生徒はなるべく出掛けずに保護者同伴の元、自宅待機ということになっており、現在学校は昼過ぎにも関わらず、職員含め殆どの人が自宅で待機していた。

 ラミア曰く、学校にいるのは理事長と自分たちの三人だけだという。そして、その警戒網が張られてから四時間後、祐介は目を覚ましたわけだ。

 

「よく生きてたな俺たち……」

 

 本当に幸運だった。勝つこと自体、祐介達には到底不可能だっただろう。

『これは理事長に感謝しなくてはいけないな』と祐介は思う。

 

「あ、そういえば、理事長が、起きたら理事長室まで来て欲しいって言ってたわね」

 

 ラミアは思い出したかのようにそう呟いた。

 

「理事長室だな。保健室から近いから、さっさと行くか」

 

 ゆっくりと祐介はベッドから降りる。幸いなことに、痛みなどは無い。

 

「ん……?」

 

 ふと何かに違和感を感じたが、それが何かわからなかった上に一瞬で無くなってしまった。

 首を傾げつつ、「気のせいだろう」と言うことにして、祐介はラミアとともに保健室から出て理事長室へと向かう。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 ─────ソラマ文武学院 理事長室─────

 

「…二階堂君、容態はどうだね?」

 

 高級そうな椅子に深く腰をかけてリラックスしたペストマスクをつけた黒衣の男──ソラマ文武学院の理事長は、祐介に体の様子を伺う。

 

「特に問題はないです。 ご心配をおかけしました」

 

 理事長は重い腰を持ち上げるように椅子から立ち上がると、腰に手を組んで窓から景色を眺める。

 

「確かに、対処できるかもわからない状態でキメラを追いかけるのは愚の骨頂だね……」

 

 理事長は苦笑……のような声をマスクから漏らす。

 

「はい……罰則があるのであれば受けます」

 

 むしろ罰則程度で命が助かったのであれば、いくらでも受けよう。

 

「…そこは気を負う必要はない。気を失って痛い目も見ただろうし、こうして元気よく歩けているんだ……ただし今後は気をつけ給え」

 

 振り返りもせず祐介とやり取りする理事長に、神妙な面持ちでこくりと頷く。

 すると、ラミアが理事長に質問を投げかけた。

 

「理事長……あの時、どうやって私たちを助けたんですか? 理事長がいらっしゃった時に一瞬でキメラを消しとばしてましたよね?」

 

 理事長はその質問を聞くと待ってましたと言わんばかりにクルッと振り向いた。

 

「私にはある程度『可能』『不可能』を操れる力が備わっていてね……単純な話、『キメラを見ただけで殺す』ことができるようにしたのさ……まぁ、ソラマ様の『時空を司る力』と『事象改変能力』には敵わないけどね……」

 

 少し自慢げな様子で理事長は自身のことを話す。

 それを見て祐介は『そんなに自分の能力が誇らしいかクソッタレ』と心の中で悪態をつくが、それに気づいたラミアに肘でどつかれる。

 

 祐介は生まれてこのかた、自分の能力を持っていない、所謂『無能』であった。

 入学時の検査でも『無能』と診断され、周囲から軽蔑の眼差しを向けられていたのだ。

 この世界では能力を持っていることが『普通』であり、能力の質が良い程人間としての質が良いとされていた。

 実際、過去の賞賛されている英雄や、著名人は強力な能力の持ち主であった。

 

 このことを踏まえると、『無能』は俗に言う『人間の屑』であり、『世界から見捨てられた愚かな存在』と言う認識になっており、軽蔑対象となってしまっていた。

 

 祐介も軽蔑を今でも受けており、時折喧嘩を売られては喧嘩を買い、能力が使えないならばとひたすら磨いた腕力で黙らせているが、その度にラミアや母親のユリから大目玉を食らっている。主に倍返しに近いお仕置きで。

 しかし、そこらの人間の能力は基本的に祐介でも倒せるほど大したことはない。祐介が鍛えているというのもあるが、一般人の能力の殆どが低級から中級魔法程度だからだ。

 

 だが、ラミアや親友のスカル、セリアや祐介の両親は全く別次元であった。

 ラミアは『物質の状態変化』、スカルは『炭素操作』、セリアは『植物と花言葉の力を借りる力』。

 母親のユリは『掛合強化』父親の宗介は『空間掌握』……

 祐介の周りには所謂『チート能力』の持ち主ばかりであり、祐介自身下手に逆らうことができないのだ。何度か半殺しにされた経験もある。特に両親には一週間に一度のペースで。

 

「まぁ、話はこれくらいにしておこう。 今日のことがあったから私達以外は自宅待機で帰宅している。君達も家にいておきなさい」

「わかりました……でも私たち、道中ちょっと危ない気がするんですけど……」

 

 ラミアは少し不安げな顔で理事長に尋ねる。当然だ。最強にも近いと言われた能力者が手も足も出なかった。その事実が彼女の自信を揺らがせている。

 しかし、理事長はそんなことかというような調子でラミアに説明する。

 

「君達は『オデウ』をつけているだろう? 少し気持ち悪いかもしれないが、君達はそれで軽い監視を受けている。何かあればすぐに保護官が助けに来るさ。 二階堂君と久遠さんであるなら私が駆け付けるがね。しかも最速で」

 

 二人は顔を引きつらせながら、腕に巻きつけられた『オデウ』を見つめる。

 O.D.W(オデウ)とは、『Optional Device Wristband』の略で、腕時計のように取り付け、戦闘やサバイバルをするのに便利な機能が搭載されているコンピューターの一種だ。

 ゲームのメニュー画面だと思ってくれて問題ない。

 今では学校関係者だけでなく、世界中で普及している。中には、つけない人もいるが、もはや一人一台のペースで普及している。

 

「理事長、道中気をつけますが、俺たちの安全は頼みます」

「うん。さ、そろそろ帰った帰った。 私は国の重役と今回の件について会議があるからね」

「はい、ではまた」

 

 ラミアはそういうと祐介の肩に手を添えて祐介を急かす。

 祐介もそれに従い、理事長室を後にする。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 祐介達が退室し、理事長は再び椅子にどっかりと座る。

 顔に手を伸ばし、ペストマスクを外す。

 傷だらけの顔が露わになると、深いため息をつく。

 

(予測より早く彼らが動き出したな…やはり祐介が狙いなのか……? 奴は『あの事』を知らないはずだ……誰かが動いているのか…?)

 

 机にマスクを捨てるように置き、オールバックの長めの髪を搔き上げる。

 眠るように椅子でぐったりしていると、突然オデウからAIの合成音声が発せられる。

 

《ケネス様からお電話が入っております……如何なさいますか?》

 

「出せ」

 

 高い電子音が一つなると、AIの音声とは別の低い声が響く。

 

「理事長、大変なことになったな」

「あぁ、お前が無事で良かったよ」

 

 旧知の仲なのか、理事長と国の重役である『ケネス』は砕けた口調で会話をする。

 

「私のことはいい。 それよりこの件、どう対処するのだ?」

 

 それを聞いた理事長は少し考えているのか、少し間を開ける。

 

「……『ソラマ』を使う。 この名前を出せば牽制になるはずだ」

「確かに、キメラより驚異的な力を持つこの名前を出せばしばらくは時間を稼げそうだな」

「あぁ、その期間中に計画を実行する」

 

 『そうか、ではよろしく頼む』と一言いうと、ケネスは通話を切る。

 電話を切った際の電子音が理事長室に響く。

 

《通話内容を保存いたしますか?》

「不要だ」

 

 AIの質問に無機質に返答すると、理事長は荷物をまとめ、計画の準備のために能力でテレポートで姿を消した……

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 一方、祐介達はまだ下校中であった。

 不安を募らせつつも、二人はお互いに身を固め、離れない様に手を繋いで歩いていた。

 側から見たら恋人同士に見えるが、2人はただの幼馴染である。

 

「手を繋ぐのって何年振りかな……?」

 

 ラミアの素朴な疑問に、祐介は困った顔をする。

 祐介自身は覚えておらず、ラミアがどういうつもりで聞いてるのかがわからなかったので、『さぁ……?』という風に返す。

 その反応を見てラミアは少し不機嫌になったのか、繋いでない方の手でペシペシと祐介の肩をはたく。

 

「ごめんごめん、マジで覚えてないんだって……」

 

 先ほど殺されかけたにも関わらず、半笑いで反応する祐介。この切り替えの速さも、才能の一種だろう。いや、もう自分と力が乖離した存在に慣れていたからかもしれないが。

 そして、ラミアもさして怒ってはおらず、思わず顔を綻ばせる。

 

「あ、そうだ。 今日あんたん家泊めてくれない?」

 

 突然の申し出に、祐介はギョッとする。

 

(こ、この年でお泊りだと……?)

 

 祐介は自分を落ち着かせるように『最後に泊めたのは小学校6年の頃か』と考える。

 

(まあ、あの頃ならわかる。でも、この年でお泊り。思春期の男女が同じ屋根の下。何も起こらないはずがなく……ってええい! 落ち着け!)

 

 祐介は冷静を装い、返答する。

 

「お前ら一家が許可するならいいけど、布団は別な。 当たり前だけど」

「わかってるわよ。 一応連絡はあんたがくたばってる間にもう取ってあるから」

 

 ふふん、とドヤ顔で祐介を見る。

 

「既に確定事項かよ……俺の意思とは一体……」

 

 祐介はラミアの行動に頭を抱える。たいてい、ラミアが主導で動き、祐介は振り回され、偶に祐介がやらかしてラミアに叱られる。これがこの二人の日常であった。しかし、祐介はこれを別に嫌と思っておらず、へいへいと毎回従っている。

 

「それに、あんたならOK出すと思ったし」

「断ったらどうするつもりだったんだよ……」

 

 まあ、絶対断りはしなかったけどな、と祐介は内心苦笑いする。

 

「特に考えてなかったけど、そうねぇ……夜な夜な布団に潜り込むとか?」

 

 少し艶っぽい笑顔で祐介を見るラミア。

 祐介はその言葉を聞いてふと疑問に思う。

 

(異性ということを気にするはずの年頃なのに、何故こうも幼い時と同じ様に接してくるんだ? ……異性として見られてないのかなぁ……)

 

 普通は距離を置くものだ、と祐介は思っていた。

 というよりこれが常識であり、ラミアがおかしいだけであった。

 

「確かに怖い思いさせたのは悪かったけどさぁ……俺だって男なんだぜ? 男は狼って言われなかったか?」

「私が怖がってるのを察してくれるのは助かるけど、私だってあんたのことを異性の男だって認識してるわよ? それに、こんな弱い狼、ワンパンよ」

「ワンパンかよ……。ま、それなら……いや良くねぇよ。 わかっててやってんのかお前」

 

 ラミアの予想外の一言に祐介は少し安心した様な、かえって不安になった様な、そんな気持ちになりつつもツッコミを入れてしまう。

 

「え? 何を? なにがよろしくないんですかねぇ〜祐介くん?」

 

 ラミアはわざとらしく祐介に尋ねる。

 

「……お年頃の男女が、夜、二人で布団に入ったらどうなるかだいたい察しはつくだろ」

 

 少し照れているのか、祐介は顔を逸しながら話を続ける。

 

「……ふぅ〜ん? 祐介、私のことそんな目で見てたんだ……」

 

 ラミアは祐介に挑発的な表情で祐介を見る。

 祐介は墓穴を掘ってしまったと一人焦り、固まってしまう。

 

「……祐介」

 

 ラミアはちょいちょい、と手招きするように耳を貸すように促す。

 

「……なんだよ」

 

 祐介はこういうときのラミアは怖いと少し警戒しながらも耳を貸す。すると、ラミアは嬉しそうな表情で耳元で囁く。

 

「……えっち」

「〜〜っ!」

 

 不意に行われたラミアの囁きに、祐介は悶えて、ぞぞっとする耳を押さえる。

 ただでさえ扇情的な身体つきや言動なうえに祐介はラミアを好意を寄せているのだ。耳元でささやかれて無でいるのは不可能というものであろう。

 ラミアは祐介の反応を見て、お腹を抱え、体を震わせる様に笑っている。

 

「あー面白い」

 

 誂われた祐介は悩殺され、少し惚けている。

 

「ほら、もどってきなさい」

 

 半笑いで祐介の頬をぺちぺちと叩きながら元に戻すラミア。

 側から見たらバカップルそのものである。

 

「へ……?」

「っふ……あんたってホントこういうのに弱いわね、面白いわ」

 

 新しいおもちゃを見つけた、と喜ぶラミアとは対称的に、

 

「……つらい」

 

 ラミアに弱みを握られ、祐介は一人落ち込む。

 

「……ってもう家に着いたわね。準備できたらベランダからすぐ行くから、いろいろ片しておきなさいよね? いろいろと、ね?」

「……わーってるよ」

 

 (ラミアはなんでもお見通しなのか?)

 

 少し冷や汗をかきながら、『例の本などを片付けなくては』と考える。

 二人は一旦別れ、両隣の家へ帰って行った……

 



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第2話 幼馴染の二人

 ──────久遠家2階 ラミアの自室。──────

 

 薄暗い部屋で、ラミアは頭を抱えていた。

 

(思い返すとすごいことしてたわね私……)

 

 先ほどの行いを思い出して、今更悶絶していた。

 

「……よし、落ち着いた」

 

 少し落ち着くと、クリーム色のセーターを脱ぎ、ため息をつく。

 

「……次は何してやろうかしら」

 

 悶絶したばかりなのに次どう誂うかを愚考しながら、シャワーを浴びた後のための衣類を準備し、風呂場へと向かう。喉元過ぎれば熱さを忘れるとは、まさに彼女のためにあるような言葉である。基本ラミアは、その時が楽しければいいという考え方だからこそでもあるが。

 

「……」

 

 ぱさり、と洗濯機の上に準備した衣類を置くとセーターを籠に投げ入れ、シャツを脱ぐと豊満なFカップの胸が顕になる。

 ブラを外してもさほど垂れることの無いハリのある胸は、まさに『美乳』であった。

 しかし、豊満故か、当の本人は自身の体型に少し悩んでいた。

 ぎりぎりくびれこそはあるものの、『むっちり安産型体型』が彼女の悩みだ。

 

(少し太った……?)

 

 全裸になった自分の身体を見て少し顔を顰めると、風呂場に入りシャワーを浴びる。

 熱めのシャワーを浴びて赤らんでいく肌はとても艷やかで、普段はゴムなどでポニーテールに結いている肩甲骨あたりまで伸びたオレンジ色の頭髪とよく馴染んでいた。

 少しスッキリすると、風呂から上がりラミアは祐介の部屋で泊まる準備をし始めた……。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ──────同時刻 二階堂家宅 祐介の部屋──────

 

 祐介はラミアを迎える準備に勤しんでいた。といっても普段から片付け程度はしていたので、掃除機をかけたり消臭スプレーをする程度ですぐ終わってしまっていた。

 一階に降りると、1人の女性──母親のユリに声をかけようとするが、スマホで誰かと通話をしていた。

 

「……えぇ、わかったわ。祐介に伝えておくわ……念の為に結界とかも張っておくわね?」

 

 ユリはそう一言伝えると電話を切る。

 そして、祐介を見るなり、ユリは少し安堵したような表情で祐介を見る。

 

「祐介……大変な目にあったんだってね? 今回の騒ぎの原因だとか」

「……ごめん、心配かけたよな……」

 

 ユリの気持ちも考えずに行動してしまったことを謝る。

 

「ううん、生きて帰ってきてくれてよかったわ。で、理事長さんにも言われたと思うけど、今度からは気をつけなさいな……一人で勝手に突っ込んで、ラミアちゃんを護れないでどうするの」

「……気をつける」

 

 その通りだ。今の祐介にラミアを護ることはできない。それどころか、ラミアに守られる可能性だって十分にありうる。

 

「……はい! この話はおしまい! 結界も張っておくから安心なさい。それで、何か用事あったんじゃなくて?」

 

 暗い雰囲気が嫌になったのか、ユリは手を叩いてこの話を終わらせる。

 

「あ、ああ……母さん、ラミア来るからなんか作ってくんね?」

「あらそうなの? ちょうどドーナツ作ってるから、ラミアちゃんが来たら持って行くわね」

「お、マジで? ありがとう」

(あとはグラスぐらいか)

 

 祐介は食器棚からグラスを取り出そうとすると、ユリ止められる。

 

「せっかくだからこれ使いなさいな」

 

 そう言って渡されたのは、祐介とラミアが小さい時に作った不恰好な陶器のグラスだった。

 

「またそれ? ちょっと恥ずかしいんだけど……」

「なにをそんなに恥ずかしがってるのよ〜。懐かしくていいじゃない?」

 

 ユリは向かいを思い出すような表情で、祐介を説得する。

 

「いや、まだそういったのを懐かしむ歳じゃないし! 母さん位の歳になったら感じるかもな──あ」

「……ほー? 『私位の歳』? 聞き捨てならない言葉ね……私がそこまで歳を取っていると言いたいのかしら……?」

 

 地鳴りでも聞こえてきそうな程のユリの怒りのオーラに当てられ、祐介は思わずたじろぐ。

 祐介は踏んではいけない地雷を踏んでしまい、とっさに逃げ出す。

 

(さ…三十六計逃げるにしかずぅぅぅぅ!)

「ゴルラァ!! 祐介ぇ!!」

「いやちょっとキツイっす!! ご慈悲を!! アァーー!!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ユリのお仕置きから開放され、部屋で折りたたみテーブルを広げていた祐介は、まだズキズキと痛むこめかみを擦っていた。

 

「痛ぇ……。加減つーもんをそろそろ覚えてほしいぜ……」

 

 そんなことをしていると、ベランダ───といっても改装で渡り廊下になってしまっているが───へ繋がっているドアがガチャリ、と開かれる。

 

「おまたせっ」

 

 ドアの影からひょこっと顔を出したのはラミアだった。

 準備を終えた祐介は、「あぁ」とそっけない返事をする。

 

「いろいろ持ってきたわよ? ゲームのコントローラーとかもちゃんと……勿論、着替えもね? ふふっ、楽しみにしておいてね?」

「……え? こ、ここで着替えんのか……?」

 

 ラミアの誘うような発言に祐介は戸惑う。

 

「なーに言ってるの? 自分の部屋で着替えるに決まってるじゃない」

「じ、自分の部屋で着替えるのになんで持ってくるんだよ」

「勘違いさせて、困惑させたかったからかしら?」

「その目的の為だけかよっ!!」

「それ以外何があるのよ。まさか本気で着替えるとでも思ってたの?」

「んなわけ───」

「……変態」

「……う、うがぁー!!」

 

 またしてもラミアに弄ばれる祐介だった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 夕暮れの住宅街に、一人の男が車を走らせていた。

 二階堂宗介、それが彼の名で、苗字から察しはつくが、彼は祐介の実の父親である。

技術開発局に務めている彼は、仕事を早めに済ませ、愛する家族の元へ帰っていた。

 

「今日も静かだな……この街は……」

 

 あまりにも静かすぎるこの街にふと声を漏らす。

 しかしその独り言を聞く者はおらず、ただ虚しく車内に響くだけだった。

 自宅につくと何やら聞き慣れた騒がしい声が二人。

 

『───あはははっ!! 祐介ほんとに面白い反応するよね~!』

『あーもー! 勘弁してくれ! なんでいつもそんな俺に期待させるようなこと言うんだよ!?』

(……はぁ……全く祐介はいつも誂われているな……尻に敷かれてしまうぞ……)

 

 自分の息子の誂われ様に、思わず溜息をつく。

 

『祐介だって男の子だもんね、仕方ないよね』

『うぉぉおおい! 俺はまだ何もしてねぇ! 冤罪だ冤罪!』

(……不純異性交遊とみた。あー砂糖吐きそう。おろろろ)

 

 祐介たちの喧騒を聞きつつ、一人ぼやく。

 車庫に車を戻し自宅に入ると、ユリが出迎える。

 

「おかえり、宗介」

「あぁ、ただいま。上のバカ二人は相変わらず今日もいちゃついているのか?」

「えぇ、そうね……事に及ばないのがおかしいぐらいの会話の内容ね。あの子達学校でもああらしいわよ……」

「関係をわきまえて手を出さないあたり、祐介は立派だが、あれでは尻に敷かれるな」

 

 二人はリビングに向かい、宗介はソファでどっかりと腰を下ろす。すると、今日一日の疲労が抜けていくのか、「あー」と幸せそうな声を漏らす。

 

「心配するところそっち? まぁ……尻に敷かれてるところは父親の貴方にそっくりね」

「ほう、私が尻に敷かれていると……?」

 

 聞き捨てならんな、と宗介は体を起こす。

 

「いい加減認めなさいな」

「ふん、今夜覚悟しておくんだな」

「あらあら、口と下半身はいっちょ前なのにねぇ……子供達の前では大人ぶってる癖に、私の前ではホント子供なんだから」

「うぐっ……」

「それとも…いま決着つける……?」

 

 そう言うと、ユリはソファでくつろぐ宗介の膝の上にまたがり始める。

 

「ちょっ!! まだ夕方だぞ!?」

「もう夕方よ。それに、どの時間でも関係ないでしょ? 大昔は外でヤッたくせに」

「い、今と昔は違うだろう!?」

「んっふふ……かわいいっ」

 

 宗介の様子を観察して我慢できなくなったユリは、自分の唇で宗介の唇を塞ぐ。

 宗介は突然のキスに驚いたものの、優しく抱きとめて受け入れる。

 

「母さん、飲み物他に──」

 

 リビングのドアが開かれ、飲み物を取りに来た祐介にキスの瞬間を見られてしまう。

 

「「あ」」

 

 夫婦揃って間抜けな声を上げてしまう。

 余程深いキスだったのか、二人の口から唾液がつーっと糸を引いていた。

 

「ご、ごめん!!」

 

 祐介は咄嗟に状況を理解し、そそくさと逃げ出す。

 

「祐介? どうか──ユ リ さ んっ!?」

 

 騒ぎを聞きつけたラミアも二人の様子を見てしまい、思わず口を抑える。

 

「ラミアちゃん、こ、これはね――」

 

 必死に弁明しようとするユリ。しかしラミアは――

 

「あぁ……ユリさん……尊い……死んじゃいそう……」

 

 ユリが弁明しようと開いた口を閉じる。そしてラミアは一人ヘブン状態に陥り、悶絶し始める。

 それを見て宗介は──

 

「ゆ、祐介……俺達はこれから『夫婦の営み』をするから部屋で神妙に待ってなさい。大丈夫。防音の結界も張っておくから」

「何だこの父親……母さんどうにか──」

「無理ね。私も昂ぶってきちゃったし、もう抑えられないわ。悪いけどラミアちゃんを連れて上で大人しくしてて頂戴」

「えぇ……俺の親まじやべぇよ……」

 

 祐介は事の一部始終に錯乱しつつも、ラミアを自室に連行する。途端に幸せそうな二人の声が漏れ聞こえる。

 

(……早いとこ防音結界張ってくんね?)

 

 親のダメさに頭が痛くなってきたのか、こめかみを押さえる。

 

「ユリさんが尊すぎて生きるのが辛い」

 

 まだ顔を上気させているラミアの額を痛くないようにペチッとはたく。

 

「あ痛っ」

「お前は少し黙ってろっ」

 

 ふくれっ面するラミアを他所に、『はぁ……』と、ため息をつく祐介。

 ラミアのユリへに対しての反応は今に始まったことではない。

 彼女の中ではユリが理想の女性であり、宗介とのやり取りを見て『自分もああいうやり取りがしてみたい』という憧れの結果、このようなことになってしまっているのである。

 

もちろん、自分の母親のことも尊敬してはいるのだが、性格があまりにも違う。

 

(こういうの早く無くなんねぇかな……巻き込まれるこっちはたまったもんじゃねぇ……)

 

 叶わぬ願いを頭に巡らせるが、おそらく叶うことはないだろう。

 祐介は重い足取りで階段を登っていくのであった……

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 しばらくの間、祐介とラミアはゲームで時間を潰していた。

 

「ラミア、死にそう」

「知ってる、治してあげるから踏ん張って」

 

ゲームの音声と最小限の会話しかない部屋に、カチャカチャとコントローラーのボタンを叩く音のみ響く。……時折結界の維持に支障がでるほどの『なにか』をしているのか、自分の親から絶対聞きたくない嬌声が聞こえてくる。

 

(ああ、もう死にたい……)

 

 祐介は集中できないままコントローラーのボタンを叩き続けるも――

 

「「あ」」

 

 ラミアの回復が間に合わず、全滅してしまう。

 

「あらら、誰かさんがボスしか狙わないせいで周りのモンスターの処理で、回復間に合わなかったじゃない」

「これについては正直すまんかった」

 

 『集中力を著しくかき乱す声が時折聞こえるもんでな』と祐介は頭を抱える。

 

「まぁ、二人で挑むボスじゃないし、しょうがないといえばしょうがないわね」

 

 んー、とコントローラーを置き、伸びをする。

ラミアの伸びの声や動きで揺れた胸で祐介はチラチラと見て鼻の下を伸ばす。

 

「…なに見てんのよ」

「いや…? なんでも…?」

 

態とらしく目を逸らす祐介をジトっとした目で見るが時計を見て結構な時間が経っていることに気がついた。

 

「……あら、もうこんな時間ね。祐介、お風呂入ってくるわね」

 

 ラミアは立ち上がると、着替えを持って部屋のドアから出ていく。

 

(当然のように俺ん家の風呂使っていくんだな……)

 

 祐介は自分の着替えを準備すると、そそくさとリビングへ降りる。

 

(流石にもう大丈夫だろう……大丈夫だよな?)

(また誂われたら面倒だからな……親父たちの目があるところに待機してれば問題ないだろう……というより、親父と母さんの……アレは終わったか? 終わってないとかなーりキツイもん見ちまうからな……)

 

 こっそり聞き耳を立てる。

 

(…………うん、大丈夫そうだ)

 

 安堵し、大きなため息を吐く。どうやら『二回戦』は自室で行っているらしい。

 

「あー、まじつらたん」

 

 ソファーに寝っ転がるように座る。疲れがどっと押し寄せてきたのだろう。

『たまには虚を突いてラミアを怯ませてやろう』と祐介は一人リビングで考える。

 

(ラミアは俺を誂うために変な格好で、部屋にいない俺を探し始めるはずだ……此処にいれば安心だろう──)

 

 しかし、その考えは甘かった。

 

───ピロリン♪

 

 5分ぐらい色々していると、スマホから通知音が鳴る。

 

“ラミアさんから新着メッセージがあります”

「ラミアからだな……」

 

 通知の内容を確認するべく、スマホを開く。

 

“なにこれ? ”

 

チャット画面にメッセージと画像が表示されている。その画像とは――……肌色成分多めの際どい雑誌……俗に言う、エロ同人というやつである。友達から譲り受けた至高の逸品である。

 

(は!? なんで俺のお気に入り……じゃない、エロ同人が!? っていうか、風呂から上がってくるの早くね!?)

 

 ラミアはここに来る前にシャワーを浴びているからなのだが、そのことを祐介は知らず、パニックを起こし、部屋につながる階段を走る。

 

(マズイマズイマズイ!)

 

 祐介は必死に言い訳を考える。陳腐な言い訳でも、言わないよりマシだろう。

 

「ラミア、それはだな──」

 

 言い訳を口にしようと扉を開け、一応隠し場所である戸棚を見る。しかし、戸棚には触られた形跡がなく──

 

「……ぷっ」

 

 大慌てで部屋に駆け込んで来た祐介を見てラミアは吹き出す。

 

「…………まさか」

「そう、罠よ〜。ふーん、そんなところに隠してたとはね」

「あ……」

 

 ……してやられた、と祐介は頭を抱えた。

 大方スカルのツテかそのままネット検索で画像だけ手に入れたのだろう。撮られていた床が祐介の部屋では無い。

 

「今更気づいたの? ホント単純ね〜」

 

腹を抱えて大爆笑のラミアを見て祐介は落ち込む。『またやられた』と。

 ラミアはご機嫌な様子で祐介にさらにちょっかいをかける。

 

「どう? 興奮する?」

 

 祐介は、そう言われ、お湯が滴って色っぽくなっているバスタオル姿のラミアから目を逸らす。本当はジッと凝視したいはずだが、我慢し目をそらす。

 予想通りの祐介の反応に気を良くしたラミアは、バスタオルの胸元を掴むとズイっと谷間が見える程度だけ下げ、いつものように祐介に対して蠱惑的な誘い方をする。

 

(し、刺激が強すぎる……!)

 

 いくら幼馴染で反応が面白いからと言って、これはやりすぎではないかと祐介は考える。

 だから、あまりしたくはなかった手段を取ることにした。

 

(嫌われる可能性もあるけど……やむを得ないか)

 

 祐介は意を決すると、ラミアの腕を掴んで壁へと押しやる。険しい顔で。

 

「ちょ……祐介!?」

 

 いつもとは様子が違う祐介にラミアは困惑をしている。しかし、祐介は止まらない。

 ドッ、という鈍い音を立てて、ラミアの体が壁に押し付けられる。

 ラミアが逃げないように、本気に見せるために腕をがっしり掴み、顔を近づける。

 

「ラミア…毎日こんな誂い方してるけどよ……誘ってんのか?」

 

 祐介は『俺は狼だ、狼だ』とひたすら鼓舞する。ドクドクと鼓動は激しくなる。緊張で汗は吹き出し、呼吸は荒くなる。

自分の中で何かがはじけそうな気がしたがそれは超えないように抑える。

 

「……知らないわそんなの。祐介はそう思ってるの?」

 

 しかし、困惑したのはほんの一瞬だけ。また挑発的な顔をする。

 

「毎日毎日こんなことしやがって……覚悟はできてるんだろうな……? 男は狼だとさっき言っただろ?」

「……」

 

 ラミアは黙って祐介を見つめる。最初からこうなると分かっていたかのように。むしろ、待ち望んでいたかのようだ。

慎重さのせいで上目遣いに見えてしまい祐介は目を逸らしたくなるがそれはしないようにする。

 

(なんで抵抗しないんだ……? 抵抗してくれよ…)

 

 普通なら、祐介を突き飛ばすなり、悲鳴をあげるなり、泣き出すなりと、自分の貞操を守るための行動に移るはずだ。

 しない、と言うことは自分に体を許すまでに好意を抱いてくれているのかと、祐介はラミアの気持ちを考えた。嬉しかったが、確証はないし告白は自分からしたい。

 しかし、確証が欲しかった祐介はその理由を尋ねてしまう。

 

「なぜこんなことをする……?」

「……面白いから」

 

 いつもその言葉で丸め込まれてきた。でも、祐介はその言葉の裏に潜む言葉にある程度気がついていた。問答を重ねるごとに、それは確定に近づいていく。

 

「それはもう聞き飽きた。他にも理由はあるだろう?」

 

 祐介はラミアの眼を真っ直ぐ見据える。

 ラミアも祐介を見据える。

 数秒の沈黙の後、ラミアは口を開く。観念したように。

 

「……私ね……あんたのいろんな表情を見るとすごく幸せなの……」

 

 うっとりと、先ほどのユリを見ているのと同じ顔をする。

 寸手の所で理性を保った祐介は自分を褒めた。

 

「私とあんたと二人のときに見れるのがすごく心地よくてね、他の女《ひと》に見られたくなくて、こんな誂い方をして、あんたを束縛してたの……」

 

 ラミアは祐介の眼を見つめたまま、ゆっくりと気持ちをぶつける。

 ラミアは自分が独占欲が強い女だということを自覚している。でも、だからといってその気持ちを押さえることはしない。なぜなら祐介は受け入れてくれるからだ。祐介が気にしないなら、どうだっていい。

 そして祐介は『なんでこんなことまでしてラミアの気持ちを聞き出してしまったのか』と今更ながら後悔する。

 こんな純粋で綺麗な気持ちをぶつけられては、祐介の心が締め付けられて壊れてしまいそうだった。

 

「だから私、あ――むぐっ!?」

 

 ラミアが次の言葉を紡ごうとした瞬間、祐介は反射的にラミアの口を塞ぐ。

 

「いい、いいんだラミア。それ以上は……言わなくていい」

 

 祐介はそのまま自分の唇でラミアの唇を塞ぎたくなったのを抑えながら、ラミアの口を塞いでいた手と腕を掴んでいた手をゆっくりと離す。

 

「すまん。こんなことまでして止めるべきじゃなかったな」

 

 祐介は反省したように声を落とす。

 

「ただ、今後は俺を誘うような誂いは二人きりの時は少し控えてくれると助かる……その…抑えられなくなるからさ……」

「うん……ごめん」

 

 ラミアも顔を赤くし、約束する。

 

(……風呂でも入ってすっきりしよう……)

 

 祐介は逃げるようにそそくさと部屋から出ていった。

 

「……意気地なし……」

 

 不満そうにラミアは口を尖らせ、先程の祐介にされたことを思い出して、ラミアは胸がきゅう、と締め付けられる感覚を覚える。

 

「……」

 

 ラミアのボソリと言った最後の一言は、部屋の外で様子を伺っていた祐介の耳に届いてしまっていた。

 

(すまん…今の俺ではお前に相応しくない……無能を見下す奴らに認めさせるんだ……能力を持っていることが人間の程度の判断基準じゃねぇって事を……今のままお前と一緒になれば……お前は俺と同じように軽蔑されるかもしれない……友人関係の今のままでいいんだ……)

 

 祐介は自分の中でそうラミアに謝る。祐介はこれがエゴであることは重々承知している。でもそうでないと祐介は納得できないのだ。そう思いながらできるだけ音を立てないように階段を降りていった……

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

しばらくして祐介は風呂から上がると、ラミアと就寝の準備を始めた。

 

「ねぇ……お願いがあるんだけど」

 

 少し恥ずかしそうにラミアはパジャマの裾を掴み、もじもじと祐介を見る。

 

「ん? どした?」

 

ラミアは少し間をおくと、遠慮がちに口を開く。

 

「その……同じ布団で寝たいな、って……」

 

 祐介はそれを聞いてしばらく思案する。

 

(さっきは断ったけど……今思い返すと、怖い思いをさせたな……ここは聞いてやるか……)

 

 いつもなら絶対にNO!と言っていただろう。しかし、先ほどのこともあった手前、頷くしか無かった。

 

「しょうがねぇな……ほら、入れよ」

「う、うん……」

 

 祐介は布団に先に入ると、掛け布団を持ち上げてラミアを誘う。

 ラミアは遠慮がちに布団に入ると、祐介はラミアに背を向けるように寝る。

 

「じゃあ、電気消すぞ」

「……うん」

 

 祐介はリモコンを操作し、電気を消す。

 暗くなった部屋で、ラミアは同じ布団に入るだけでは足りないのか、祐介を背中から抱きつくように寄り添う。

 

(そんなひっつかれたら寝れないんだけどなぁ……)

 

 祐介は背中に感じる柔らかいものに悶々としながら眠りにつくのであった……。



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第3話回想

 緑。前を向けば木。後ろを見れば木。下を見れば草。上を見れば葉。そのような密林の中、宗介と祐介は二人で立っていた。このとき、祐介は十歳。

 

「いいか?  お前が覚えなきゃいけないことは、まずそのバカみたいに高い魔力《マナ》をコントロールするところだ」

「コントロール?  魔法が使えないのに、何言ってんだよ」

 

 宗介の言葉に祐介は少しトゲのある口調で返答する。そう、祐介は父親譲りの高い魔力《マナ》を持っていたが、無能者のため、魔法は使えないのだ。

 

「そうじゃない。それに、これは祐介のためだけじゃないんだぞ」

「それはどういうことだよ?」

 

 祐介は手首につけている魔力《マナ》制御用のブレスレットを触る。

 

「お前の魔力《マナ》は年々増加している。そのブレスレットで抑え込んでいられるのもあと一年が限界だ」

「だから、何が問題なんだよ。何度も言わせないでくれ。俺は魔法を――」

「魔法が使えなくとも、魔力《マナ》は暴走する」

 

 宗介は重苦しい口調で告げる。

 

「暴走した魔力《マナ》は、周囲を巻き込んで大爆発する。つまり、お前は今、安全装置の付いていない原子炉みたいなものだ」

 

 魔力《マナ》の暴走。そのことは、祐介も知っていた。自分の背丈に合わない魔法を行使しようとしたときや、魔力《マナ》過剰の状態で精神が乱れたとき、魔力《マナ》を律する精神が無いときなどで起こる。大抵は、その人の魔力《マナ》回路をズタズタに引き裂き、体内で小さな爆発を起こし、内臓へダメージを与える。

 時折、赤子が魔力《マナ》暴走を起こすこともある。そのため、それを制御するためのモノ(今祐介がつけているブレスレットなどがそうだ)が開発されたりした。しかし、それはあくまで少ない魔力《マナ》を制御するためのもの。祐介のために専用の改造を施してはいるが、もう限界だ。

 

「お前の魔力《マナ》が暴走したらそうだな……ここの都市は軽く吹き飛ぶ」

「…………は?」

 

 祐介は突然の一言に固まった。

 

「小さな原子爆弾のようなものだ。俺なら止めることができるが、もし俺がそばにいなければ……お前の友達などは消し炭だろうな」

「な、なんとかしてくれ! 俺は……俺はどうすればいい!?」

「安心しろ、今からコントロールを覚えれば間に合う。それに、話は最後まで聞け」

 

 興奮している祐介をいさめつつ、宗介は話を続ける。

 

「これはお前の戦力増強にもつながることだ。コントロールできるようになるため、一緒に『気《チャクラ》』の扱いも覚えてもらうぞ」

「気《チャクラ》?」

「そうだ。まあ、実際に見てもらうのが早いか」

 

 宗介は立ち上がり、右手を無造作にあげた。その手に祐介には覚えのないエネルギーが集中していく。

 

「なんだこれ……?  魔力《マナ》じゃない?」

 

 祐介は戸惑いながら、自分が知っている『力』をあげる。

 

「どれでもない。これはマイナーだからな。これが気《チャクラ》だ」

 

 そして徐々に形成されていった光球を無造作に近くの木に投げた。するとその球は唸りをあげ、祐介の二倍の横幅はあった木を簡単にへし折った。

 

「す、すげえ……」

「この技は魔力《マナ》の応用だから、今の祐介にはできない。だが、身体強化などの肉弾戦向けの技術なら今のお前でも使えるだろう」

 

 祐介はゴクリ、と喉を鳴らした。今の祐介の戦闘スタイルは、長時間戦うことには向いていない。すぐに消耗してしまうからだ。しかし、これならと祐介は目を輝かせた。

 

「では、特訓に移るぞ。覚悟はいいな?」

「望むところだ!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「まずは気《チャクラ》を感じるところから始めよう」

 

 宗介はどっかりと地面に腰を下ろした。そして、祐介にも座れと促した。

 

「気《チャクラ》とは本来、生命エネルギーのことを指す。魔力《マナ》とは別物だ」

「生命エネルギー……」

 

 祐介はピンときていないのか、首を傾げる。

 

「で、これから修行を始めるわけだが、お前に二つの選択肢をやろう。一つ目、時間はかかるがそこそこ楽な修行。二つ目、そこそこ速く習得できるが結構キツい修行」

 

 宗介は指を二本立てた。

 

「そこそこ?  その言い方だと、もっと上があるような……」

 

 祐介は宗介の歯切れの悪い言い方に疑問を覚え、素直に質問した。

 

「……まあ、あるといえばある。凄く速くて、凄くキツいのがな」

 

 宗介は重苦しい雰囲気で祐介に問うた。

 

「本当にキツい。下手したら死ぬ。だから、言うつもりはなかったんだが……」

「やるよ。俺は一秒でも早くその力を手に入れなきゃならないからな」

 

 祐介は焦っていた。もし、今この瞬間にも魔力《マナ》が暴走したら……と、不安にかられていたのだ。もちろん、すぐに魔力《マナ》が暴走することなどない。しかし、お前は歩く原子爆弾だと言われて焦らない人はまずいない。

 

「……わかった。俺も最大限バックアップはするが、成功する保証は無いからな」

 

 祐介の一度決めたときの意思の固さは筋金入りだ。宗介はよく知っていた。

 

「上等! やってやるよ!」

 

 祐介もまた、宗介はやると決めたら一切妥協せず、やり切る人だと知っていたので、己の生死も宗介に委ねる。

 

「よし、じゃあまずは上着を脱げ」

 

 宗介は腕まくりをし、持ってきた道具を入れたバックパックから数本鍼を取り出した。

 

「今からお前の中に巡る気《チャクラ》を開放する。ただ、無理やり、な」

 

 気《チャクラ》は流動的なエネルギーと知られている。それは人体を血液のように循環しており、誰の体内にも存在している。いわば、『生命エネルギー』である。

 

「…」

 

 宗介は慎重に、かつ大胆に祐介の胸の中心あたりに鍼を打っていく。

 人間には点欠というものが存在する。経穴と呼ばれるツボと同義ではあるが、そこには特に気《チャクラ》が溜まりやすい。宗介は、そこに刺激を与え無理やり気《チャクラ》を放出させようとしているのだ。

 

「……ぐっ……!」

 

 祐介は鍼を打たれたとき、ほとんど何も感じていなかったが、徐々に体が熱くなっていくのを感じた。

 

「早速気《チャクラ》が流出し始めたな。さて、修行の内容だが、この気《チャクラ》はいわばお前の生命力だ。今、気《チャクラ》を無理やり放出させた。で、このペースだと二十四時間程度でお前の気《チャクラ》は空っぽになり、死を迎えるだろう」

 

 さらりと重要なことを言う宗介。

 

「は?」

「だから、他の点欠を刺激して、気《チャクラ》を活性化させて回復を早める。それに耐える修行だ」

「あ、ああ」

「で、ここからが本題だ。一日耐えきる。もし、それができなければ、もう点欠が閉じ、おそらくは二度と同じことはできない。気《チャクラ》の習得ができなくなるとは言わないが、まあ、そうだな、あと三年は習得できないだろうな。だから耐えろ。以上」

「え、ちょっ!」

 

 一方的に祐介に伝え、宗介は頑張れと一言残して行ってしまった。

 

「……でも、二十四時間耐えるだけだよな?」

(多少体が熱いものの、別にどうってことない――)

「――ッ〜!?」

 

 祐介はいきなり目の前が真っ白になるほどの痛みを感じ、声にならない悲鳴をあげた。

 

「ああ、言い忘れていたが、点欠の活性化は強烈な痛みをもたらすからなー」

 

 宗介の声が遠くから聞こえたが、祐介はそれどころでは無かった。

 

「こひゅっ……ってぇ……」

 

 涙目になりながら、荒い呼吸を繰り返す。

 

「言うのが遅いんだよ……」

 

 今は痛みが和らいでいるのか、宗介に悪態をつく。

 

「あーっ!」

 

 しかし、痛みは休む間すら与えてくれない。また、同じ、いや、それ以上の痛みが祐介を襲った。

 

「……上等!」

 

 脂汗を流しながら、祐介はニヤリと笑った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ──────十二時間経過──────

 

「はっ、はっ、はっ……」

 

 祐介は地面に這いつくばり、必死に耐えていた。

 絶え間なく襲ってくる痛み。それに、どんどんと熱くなる体。その二つにより、祐介の周りは我慢のあとで一杯だった。無残に摘み取られた背の低い草、爪痕の残る樹木、明らかに噛んでいたのであろう歯型の残る枝。それが祐介の苦しみを代弁していた。

 

「ちき、しょうめ……」

 

 祐介自身、痛みには慣れていたつもりだった。しかし、この痛みは祐介の想像していた痛みとは別次元。

 

この痛みは、内側から来るのだ。つまり、内臓の痛みと同じである。いわば、男の急所である股間を蹴られ続けているのと同じような痛みが延々と続いていることとなる。

 

「まだ、まだだ……!」

 

 ギリィ、祐介は歯を食いしばった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ──────二十時間経過──────

 

「……ぁ……」

 

 祐介は憔悴しきって、襲ってきた痛みに小さな声をあげただけだった。

 地面に倒れ込み、時折痙攣する。流れ出た汗により、祐介はまるで雨に打たれたかのようだ。

 先程よりも周りは凄惨を極めていた。嘔吐の跡、涙、汗の水たまり、発狂しかけて自分の腕を掻きむしり、流した血の跡。

 

「ぅぅう……」

 

 祐介は叫び過ぎで潰れた喉でまた小さな悲鳴をあげた。脱水症状を引き起こし、生命の危機にさらされてもなお、痛みは容赦なく祐介を攻め続ける。

 

「…………くそが」

 

 しかし、まだ祐介は折れてはいなかった。もちろん、何度も諦めそうにはなった。しかし、そのたびにある者の顔が、祐介の脳裏をチラつく。

 

「……ら、み……あ……」

 

 絶対にラミアを護る。傷つけない。その思いが今の祐介を支えていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ──────二十四時間経過──────

 

「……祐介! 祐介!」

 

 祐介は誰かに揺り動かされ、目を覚ました。

 

「……父、さん……?」

 

 ぼんやりとした視界で、宗介が水を飲ませているのが見えた。

 

「ああ、よく頑張ったな」

 

 こくり。祐介の喉が動いた。

 宗介の声が震えている。内心、心配で気が気でなかったのだろう。

 

「……うまいよ」

 

 そして、ふーっ、と脱力し干からびかけた己に労いをかけた。

 

「……お疲れ、祐介。」

 



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第3話 祐介の学園生活。Part1

「……………ぷあっ!」 

 

 祐介は慌てて布団から飛び起きた。

 

「…………朝から嫌なもん思い出しちまったぜ……」

 

 初めて気《チャクラ》を覚えたあの日。祐介としては思い出したくもないキツい記憶なのだが、やはり強烈な体験であったため、このようにときたま夢に見る。

 

「……くーっ……」

 

 今の時間は五時半。ラミアはまだ寝息をたてていた。

 

(……いつもより早いが、やるか)

 

 二度寝するにも、微妙な時間だ。それならと祐介は布団から出て、軽く運動ができる格好に着替えた。

 

(さて……)

 

 ユリも宗介もまだ寝ているようだ。二人を起こさないように、庭に出た。

 

(今日は空手の型でもやってみるか)

 

 祐介は日課の体術の練習を始めた。

 

「ふっ!」 

 

 仮想の敵を想像し、そこに型を意識しながら攻撃を加える。つまるところ、ボクシングのシャドーボクシングだ。

 

「シッ!」 

 

 蹴り、掌底、回し蹴り、突き。空手をやっている者が見ても鮮やか! と言うレベルの、完成度の高い技を連発する。これは祐介が日々の鍛錬を怠っていない証拠だ。空手の上段蹴りなどは、股割りと呼ばれる柔軟を三年ほど行い、股関節を柔らかくしていないとできない技である。もちろん、持ち前の運動能力の高さゆえということもあるだろうが、それだけではこの域には達することはできない。

 しかし、祐介は空手の有段者には勝てない。どれだけ練習しようと、本筋の人間には勝てないのだ。だから、祐介の戦い方は自己流だ。もちろん、このような武術も使うが、それを発展させたものがほとんどだ。

 武術というのは、ものにもよるが、大抵は『演舞』に力を注いでいる。例えばテコンドー。どれだけ技をかっこよく、美しく見せるかがポイントとなっている。

 それに、武術には『ルール』がある。レスリング、ボクシング、柔道、空手……どれにも禁じ手が存在している。それが競技であるなら、当然のことだが、祐介が戦う場所ではそんなルールは無い。下手に武術に足を踏み入れると、その禁忌に触れまいと無意識のうちに攻撃をためらってしまう。それが実践、ましてや敵の前では命取りになる。だから祐介は技の練習はしようとも、その技を使うことはほとんど無い。

 

「ふー、こんなもんか」

 

 一通りの型が終わったので、構えを解き、時間を確認する。

 

(お、意外と時間が残ってるな……よし、剣術もやっておくか)

 

 最近は時間がなく、触れていなかった木刀を持ち、独特の構えをする。

 

「ふぅー……」

 

 脱力し、右手で剣を握り、左手を木刀の中腹あたりに添える。剣道の構えに似ていないことは無いが、ここまで変則的だと減点を食らってしまうかもしれない。

 先程も言ったが、祐介は『競技』をしたいわけではない。しかし、剣道やフェンシングなどの剣技は別だ。剣道では、中学生以下は『突き』禁止という縛りはあるものの、それ以外の縛りは特に無い。さらに、二刀流なども存在し、なかなかに自由度も高い。

 しかも、これらの剣技には寸止めなどはない。木刀やフルーレにに刃が付いているわけでもないし、防具もつけている。だから、攻撃してはいけない場所がほぼ無い。実践でも、動きを阻害しない。だから、祐介は剣技系……槍術や薙刀などは積極的に習得している。

 

「シッ!」 

 

 鋭く、速く。それを意識し、木刀を上段から振り下ろす。そのまま突きを繰り出し、返す刀で切り下ろしを行う。ここまでは剣道の動きだ。しかし、ここからは違う。

 

「セイッ!」 

 

 急に腰を落とし、捻りを加えた突きを繰り出した。そう、フェンシングの突きに酷似した突きである。

 本来フェンシングに使われる細剣……フルーレやエペ、サーベルなどはしなりがあり、スピード×しなり=攻撃となる。細かいことは割愛するが、祐介は踏み込みにすべてをつぎ込むフェンシングを型とし、木刀で再現していた。そして――

 

「はっ!」 

 

 前のめりに木刀を突き出し、そのまま片足で踏ん張り、先程の上段蹴りを左足で繰り出した。

 これこそ、祐介が編み出した武術と剣術の集大成である。剣を扱いながら、拳で戦える。これが、実践を意識した祐介独自の型である。

 

「……すごーい! おはよう! 祐介!」 

 

 ふいに、二階から声が聞こえた。

 

「おう、おはようラミア」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「あー、いい汗かいたぜー」

 

 さっさとシャワーを浴びて制服に着替えてリビングに行くと、まだ少し眠そうなラミアがトーストをかじっていた。

 

「おはよう祐介」

 

 宗介はコーヒーを飲みながら、新聞……といっても、いまや紙媒体が廃れつつあるため、タブレットでニュースを読んでいた。

 

「おはよう父さん」

 

 祐介は宗介が少し疲れて見えるのは、昨日夜までヒートアップしていたからなのか……? と考え、想像しないように首を振った。

 

「はい、おはよう祐介。残念ながら、あなたの分のウインナーは無くなったわ」

「え? トーストのみで食えと?」 

「そうね。ラミアちゃんが全部食べちゃったのよ。いいことだわ」

「よくねーよ。ジャムも切らしてんだから、そこはちゃんと注意してくれ」

 

 祐介は自席の前に置かれたマーガリンも塗られていないトーストを見て、げんなりする。

 

「流石に冗談よ、今から目玉焼き作るから待ってなさい」

 

 やれやれ、とぼやきながらユリは冷蔵庫から卵を取り出す。

 

「ラミア、後で覚えとけよ?」 

「んー? なんのことかしらね?」 

 

 あくまでラミアはすっとぼける。

 

「あ、もうこんな時間。ユリさん! ごちそうさまでした!」 

「はーい。また食べにいらっしゃいな」

 

 ラミアは階段を勢いよく登り、窓から自分の家に戻っていった。

 

「祐介、できたわよー」

「お、さんきゅ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「遅いぞ。急がないと遅刻だ」

「わかってるわよそんなこと。それよりも祐介、今日提出の課題、終わってるんでしょうね?」 

「……完全に忘れてた」

 

 キメラのせいですっかり忘れていた祐介は、頭を抱える。

 

「まあ、きっと許してくれるだろ。な? ラミアも終わってないんだろ?」 

「……なーに言ってるのかしら? 私はとっくに終わっているわ」

「なん……だと?」 

 

 優等生のラミアもやっていないなら怒られないだろうとたかをくくっていた祐介の顔をは青ざめた。

 

「ま、今からやってっも間に合わないわね。ご愁傷様〜」

 

 勝ち誇ったようにラミアは祐介の頭をぽんぽんと叩いた。

 しかし祐介は言い返す気力もないのか、はぁ、と大きなため息をついた。

 

「おはよーお二人さん。朝から熱いねー」

 

 突如後ろから陽気な声が。

 

「……スカルか。脳天叩き割るぞ。それに、そのセリフはそっくり返しておくぜ」

「おお怖い。でも、割られるならできればラミアちゃんに――」

「ほら、時間無いんだからさっさと行くわよ。そんな変態放置しといて」

 

 ラミアはもう慣れたとばかりにスカルをスルーし、スタスタと歩いていってしまった。

 

「ああ、つれないなーラミアちゃん。キツめの一撃を打ち込んでほしいだけなのに」

「あ? なんなら俺の一撃を入れてやろうか? デュクシ!」 

「危ない! 僕の頭が本当に割れちゃうよ!」 

 

 くねくねと器用に回避しながら身をよじる骸骨――スカル。

 

 スカルは先程も述べた通り、『骸骨』である。ただし、死霊の類では無い。どちらかと言うと、怪奇。妖怪だ。祐介とは幼い頃から仲がよく、今では祐介の数少ない親友だ。白い髑髏の頭に闇のように黒い肉体と、この超常現象や怪異が溢れる世界でもかなり異質だが、祐介たちと行動を共にし、今ではすっかり馴染んでいる。

 

「もー、早いよ! あ、おはようラミアちゃんっ!」 

 

 女の子が小走りでラミアの横に来た。

 

「おはようセリアちゃん」

 

 ラミアは『このバカ共…』と男二人を見て頭を抱えていたが、セリアが来たことにより、笑顔になった。

 

 セリア・アークレイ。彼女は人間と変わらぬ見た目を持つが、実はアルラウネである。アルラウネとは、植物が人の形をかたどったモンスターである。精霊だという説もあるが、定かではない。彼女は近所の山に住んでおり、普通に高校に通っている。この世界では別に珍しいことはなく、一般的に受け入れられている。なお、スカルの恋人である。

 

「もー祐介! わたしのスカルを取らないで!」 

「あ、わりぃ。朝から熱いなお二人さんよ」

 

 祐介も先程のお返しとニヤニヤしながら言い返す。

 

「……あ! やべぇ! 時間がない!」 

 

 ふと気がつき、オデウを見ると、遅刻まであと五分という、ギリギリな時間になっていた。

 

「やべぇー! 行くぞ!」 

 

 祐介は真っ先に翔ぶように駆け出す。その速度は、下手な速度上昇系の能力者にも匹敵するほど速い。これはすべて持ち前の運動能力である。

 

「あー! もう! こんなことしてるから!」 

 

 ラミアも続いて綺麗なフォームで走り出した。そこまでのスピードはないが、そこそこのペースをしっかり維持し、祐介に追いつく。

 

「さ、僕らも行こう」

 

 スカルはセリアをおんぶし、足に力を込める。そして――

 

「とぉ〜っ!」 

 

 大跳躍。住宅の家をも超える、スーパージャンプである。

 スカルの能力は、『炭素を操る』ことである。自分以外の人の肉体をいじることはできないが、自分はいじれる。もともとほぼ炭素で組成された体をしたスカルは、足の骨となる部分の強度をあげ、逆に筋肉の柔軟性を増やした。さらに、炭素で編んだ人工筋肉で筋肉を増量し、大跳躍をした。走るよりも体力の消費が少ないからである。

祐介も飛べることは飛べるのだが、ラミアが飛行魔法でばててしまう上に、スカートの中が見えてしまうので飛ぶことは出来ない。

 

「それじゃ、お先にー」

「おさきにー」

 

 二人はアメコミのように、ぴょんぴょん飛び跳ね、あっという間に学校へ。

 

「くっそー! ずりい!」 

「この速さならまだ間に合うよ!」 

 

 二人は滑り込みセーフ。しかし祐介だけは頭に痛いゲンコツを一発先生から頂いた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「おー痛ぇ……」

 

 祐介はHRを聞き流しながら、頭をさする。

 

「以上。授業はちゃんと聞けよー」

 

 HRはほぼ聞いていなかった祐介だが、言いたいことは理解していた。

 

「保健室行くか……」

 

 氷嚢でももらってこよう、と祐介は席を立ち、保健室へ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「……はい、どうせなら治癒を持つクラスメイトに治してもらえばいいのに」

 

 保健室の先生にお小言を言われながら、氷嚢をもらう。

 

「こんな些細なことに能力使ってくれる人はいませんよ。ナイチンゲールじゃあるまいし」

 

 大昔の能力者、ナイチンゲール。昔は能力者がそこまで一般的でなく、かつ、そこまでの力を持っていなかった。しかし、彼女は今から見ても強大な治癒の能力を持ち、戦場を駆け回ったと言う。敵味方関係なく、怪我の大きさも問わず。時に自分の足が大砲などで吹き飛ぼうとも、自分の足を治し、負傷者のもとへ。そんな逸話の残る伝説の治癒能力持ちだ。

 

「ごめんねぇ、先生、こう見えて治癒能力持ちだけど、皮膚限定なのよー」

「いやー、そこまでの怪我じゃないんで。ありがとうございました」

 

 氷嚢を持って冷たくなった左手をポケットに入れ、右手で氷嚢を押さえ、頭につけておく。

 

「一限は国語か……」

 

 面倒だ、と祐介はげんなりした顔で教室に戻った。

 

 

◆◆◆

 

 

 

「……このとき、作者の李白はだな――」

(……くっそ暇なんだが)

 

 祐介は迫りくる睡魔と戦っていた。今の時間は国語。祐介が一番嫌いな教科だ。今日は、昔の漢詩を勉強しているが、あまりに退屈なのでクラスの大半はウトウトと浅いまどろみを繰り返していた。

 祐介も一応ノートは取っているものの、まったく理解ができない。

 

(今回のテストは終わったな……)

 

 早々に今度のテストを諦め、授業中だと言うのにこっそりスマホをいじりだす。

 

(げ、ドラくるメンテ中じゃん)

 

 祐介は今ハマっているアプリゲームをやろうとしたが、生憎メンテ中らしい。そこで、ラミアに意味もなくチャットを送る。

 

《あびゃー》

 

 何かしらのレスポンスを期待し、画面を見つめる。

 

《…………》

 

 既 読 無 視!

 

 一分足らずで既読は付いたが、返信は来なかった。スルーされた。

 

《あびゃー》

 

 仕方ないので今度は同じ文面をスカルに打つ。すると、すぐに返信が。

 

《授業はちゃんと聞くものだよ? 今度はテスト前に教えてあげないからね》

 

 まるで今しがたスマホをいじっていたのかと思うぐらいの返信スピード。

 

《ラミアが既読無視する。悲しい(T_T)》

《そんなにラミアが恋しいのかい?》

《あ? 頭蓋骨陥没させんぞ?》

《冗談だよ。とにかく、ちゃんと授業受けなよ?》

 

 スカルからこれ以上返信はなかった。

 

「であるからして、ここの場面は――」

(せめてもっと面白い授業にしてくれ……)

 

 数分はスカルの言う通りに授業に集中してみたが、あまりにも退屈なので、教師の腕の悪さのせいにし、再びぼーっとし始めた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ──────同時刻 ラミア 一年A組──────

 

(この範囲、この前予習したから、聞かなくてもいいか)

 

 ラミアは綺麗な姿勢のまま、机にペンを置いた。

 

(普通ならこういう時、近くのクラスメートと話をしたりするんだろうけど、どう時間を潰そうかしら……)

 

 ラミアは入学してから半年たった今でも、このクラスに馴染めずにいた。別にハブられているとか、シカトされているとかそういうわけではない。ただ、親密な人がいないのだ。つまり、友達がいない。もちろん、必要最低限の会話などはするが、プライベートの話や、いわゆる友達としての会話はゼロに等しい。

 幼い頃から祐介にべったりであったため、交友関係は絶対に祐介が絡んでいる。祐介の知り合い、もしくは友達。そのため、祐介無しでどう人に接していいか、よくわからなかったのだ。人はそれをコミュ障、と呼ぶが、そうではない。別に会話も問題なく行える。しかし、祐介なしだと、人に興味が湧かないのだ。コミュ障とは違う、別のなにかである。

 そのため、周りには清楚に振る舞い、作り笑顔を振りまく。

まるで、祐介といるときは別人と思わせるほどの豹変っぷりだ。

ラミアもそれは自覚していた。しかし、直す必要は無いと思っていた。

 

(さて、板書も写したし、本格的にやることが無くなったわね……)

 

 こっそりスマホを取り出し、適当にネットサーフィンをしていると――

 

《あびゃー》

 

 祐介から謎のチャットが来た。

 

(……アイツは何も悩みがなさそうでいいわね……》

 

 祐介のメッセージを生暖かい視線で見つめ、返信することなくスマホをポケットにしまった。既読無視である。

 

「……あ、あの、ラミアさん」

 

 突如、隣の男子が意を決したような顔でラミアに話しかけてきた。

 

「……何……かしら?」 

 

 思わず邪険に扱いそうになったのをこらえ、できるだけ丁寧に返す。本当は話しかけてきてほしくはなかったが、一応清楚で通しているため、そういうわけにはいかない。

 話しかけてきた男子は、顔もそこそこの、どこにでもいる男子だった。

 

(祐介の方がまぁ、マシかもね…)

 

 ラミアは無意識のうちに祐介というものさしで隣の男子を測っていた。

 

「えっと……教科書、その、貸していただけませんか?」 

 

 クラスメートだと言うのに、敬語を使ってくる。それに少し苛立ちを覚えた。

 ラミアは清楚に振る舞い、誰にでも平等に優しく接するので、クラスメートから評判は良かった。男子には『高嶺の花』だとか、『大和撫子』なんて呼ばれている。もっとも、ラミアはその呼び方が凄く嫌いだが。

 

(……今更? もう授業の半分は過ぎているんだけど……?)

 

 今の授業は数学。たしかに、教科書がなくともなんとかなるが、今日は初見の範囲をやっているため、教科書は必須。

 

「忘れたの? ……必要ないから貸してあげるわ」

 

 どうせ既習範囲だ、とラミアは教科書をそのまま渡した。しかし――

 

「い、いえ。で、でも、それだとラミアさんが見れないので」

「いいの。別に私は――」

 

 そう言おうとしたとき、いそいそと隣の男子が自分の机を、ラミアの机にくっつけようとしていた。

 

(……ああ、そういうことね……)

 

 ラミアは少々うんざりしながら、男子の意図を察した。

 よく見ると、男子の横にかかっているカバンからは、先程まで使っていたのであろう、教科書が無理やりねじ込まれていた。

 わざわざ嘘を付いてまで教科書を仮に来ようとするあたり、なにか話すきっかけが欲しかった、ないしは、接するための理由を作ろうとしたのだ。

『祐介なら、もっと自然だし、そもそも素で忘れるタイプね…』と、また祐介と比べてしまう。

 

 実の所、祐介は極度のトラブルメーカーや巻き込まれ体質なので、何がなんでも人と関わってしまうのだが、ムードメーカーな一面もあるのでそれが功を奏して、広い人脈を偶然持ってしまっただけなのだが。

 

 隣の彼の安直な考えに頭が痛くなってくるものの、ラミアはそれを顔に出さない。

 

(好意を持ってくれるのは嬉しいけど……ねぇ)

 

 別に好意を持たれるのは嫌なことではない。ただ、視線が嫌なのだ。

 わかりやすく、胸顔胸の順で見られれば、嫌気もさす。不快感のほうが勝るというものだ。

 

(こうもほぼ初対面のような相手にやられると嫌ね……)

 

 祐介も似たような感じではあるが、祐介はちゃんと『ラミア』を見てくれる。顔とか、胸で人を判断しない。──鼻の下は伸ばすが。

 しかし、別にラミアは祐介の視線は嫌ではなかった。というか、ラミアは祐介を誘惑するような行動を取っていたり、付き合いが長かったりと、ちゃんとした理由があるので不快感より『しょうがないなぁ』としか感じなかった。

 

「あの、ラミアさん。突然で申し訳ないんですけど……」

「……どうかした?」 

 

 あくまで他人行儀に、でも冷たくならないように細心の注意を払いながら返事をする。

 

「その……ほ、放課後って、空いて、ますか?」 

 

 男子は真面目な顔でラミアに問う。

 

(……面倒くさい)

 

 ラミアは内心では凄く嫌な顔をしつつも、丁寧に断る。

 

「申し訳ないけど、断らせていただくわ。それと、女性を口説きたいなら、段階を踏んで頂戴。こんないきなり誘わないこと」

 

 興味すら湧かないので、即断る。しかし、それだとまた言ってきそうなので、他の女の子でも誘いなさいと、ラミアは軽い助言も挟む。つまり、もう私を誘うな。そう言いたいのだ。

 

「そう、ですよね……すいません」

 

 男子は予想していたのか、そこまでショックな顔をせず、黒板のほうを向いた。

 これがラミアが高嶺の花と言われる所以だった。男子……のみならず、女子の誘いもすべて断る。断る理由としては、興味が無いし時間が惜しい。

 しかし、人は噂好き。みんななぜラミアが誘いに乗らないか考える。その中で一番有力と言われているのが、『祐介との関係』だった。

 最上級クラスのラミアと最下級クラスの祐介。その二人が幼馴染、かつ両親の付き合いがあると、まるで母子、もしくは兄弟のように見られてしまう。

 要は『親の関係と幼馴染という立場から、祐介の世話で忙しいのでは?』ということとなっている。

 単に、付き合っているという憶測もあったが、このご時世、無能力者と付き合うなんてことはまず無い。ましてや、ラミアほどの能力者ならありえないと思うだろう。

 公になれば、軽蔑を受けるかもしれない。という、自分たちの社会の尺度で考え、二人をそういう目で見ることはほとんどなかった。普段から祐介とラミアのやり取りを見ている生徒は別だが。

 

 横目で男子を見ると、少し落ち込んだ表情のまま、授業に集中し始めていた。

 しかし、ラミアはなんの罪悪感も抱かなかった。むしろ、断って当然とさえ思っていた。

 早く祐介とくっついて、こういう誘いを撲滅したい……と一人悶々と考えるラミア。しかし、肝心の祐介は、どこかまだためらい……というより、『なにか』あるようで、なかなかそうなれないでいた。

 

(あの様子だと、絶対いけるはずなんだけどなぁ……)

 

 昨日のことを思い出し、つい嬉しくて顔がニヤける。しかし、それを誰も見られたくないのでラミアは収まるまでうつむいたままでいたのであった。

 



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第4話 祐介の学園生活。Part2

長らくおまたせしました。
リアルが忙しかっったために投稿が遅れました!!


「あー! やっと終わった! 長い! なんで授業ってこんなに長いんだよ!」

 

 祐介はチャイムが鳴るなり弁当箱を掴み教室から飛び出し、人の少ない中庭へ。中庭は、日当たりも良く、風通りもいいのだが、ラミアやスカルなど……いわゆるトップ集団の集まる場所だと認識され、今では通り道に使われるかどうかほどの人の少なさである。まあ、他にも原因はあるのだが。

 そんなことは露知らず、祐介は弁当箱を持ち伸びをしながらいつものベンチのあたりに歩いてきた。

「んー今日もいい天気だな」

 

 強張った体をゴキンゴキンと鳴らし、伸びをする。

 

「おっ、その様子だと寝ずにちゃーんと受けていたみたいだね、関心関心」

 

 スカルが呑気に手を振りながら歩いてきた。

 

「まあな、一限の古文と三限の数学以外は別に嫌いじゃないからな」

「主要三科目のうちの二つが苦手な時点でアウトなんだけどねぇ……」

 

 スカルがはぁ、とため息をつく。

 

「お〜い、お疲れ二人共!」

 セリアが一階の窓から飛び降り、しゅばっ! と元気に登場した。

 

「もうクタクタだよ……セリアちゃん抱きしめてー!」

「も〜、しょうがないなぁスカルは」

 

 とか言いつつぎゅっと抱きついてあげるセリア。優しい。

 

「あぁ、どんどんパワーが漲ってくる……! よし! このまま僕のお腹にパンチだ! 腹パンだ!」

「えぇ〜? それは嫌〜」

(仲いいなぁあいつら……。飯前なのに腹いっぱいだぜ。まあ、飯は食うけど)

「うし、移動すんぞ」

 

 祐介はいつもの場所を指差し、移動を促す。

 

「うぅ、まだ癒やしが足りないよ……」

「また後で、ね?」

「しょうがない、あとで腹パンだからね」

「それは約束してないよぉ」

 

 三人でワイワイしつつ、中庭に備え付けられているアウトドアテーブルに移動した。

 

「んーラミアちゃんはまだ来なさそうだし、先に食べる?」

「ごめーん、少し授業が伸びた!」

 

 セリアがそう言った瞬間、ラミアが『三階』から降りてきた。

 

「うおっ! なんつーとこから降りてきてるんだよ!」

 

 一瞬見えそうで見えなかったスカートの中身のことをやや残念に思いつつ、祐介がツッコミを入れる。

 

「時短よ時短。じゃあ、食べましょうか」

 

 何事もなかったかのようにテーブルに弁当箱を置く。

 

「「「「いただきまーす!」」」」

 

 祐介が待ってましたとシュバババッと風呂敷を開き、大きな弁当箱の蓋を開き――絶望した表情になった。

 

「……ラミア」

 

 祐介はテーブルに肘をついて手を組み、どこぞのゲンドウスタイルで真剣な顔でラミアに語りかける。

 

「……何かしら?」

 

 おおかたの予想がついたラミアは少々呆れながらも返事をする。

 

「緊急事態だ、ラミア、お前の行動に俺のすべてがかかっている……」

 

 深刻そうな表情になり、スッ、と弁当箱をラミアに近づける。

 

「白き山の頂点に君臨する燦然と輝く太陽……またの名を大地のルビー! それを受け取っていただきたい……!」

「……どう言い繕っても無駄よ。プチトマトぐらい食べなさい」

 

 そう、祐介が神妙な顔で差し出してきたのはプチトマトである。

 

「入れるなって言ったのにまた入れやがった! もーいやだ! お願いしますラミア! いや、ラミアさん!」

 

 プライドも捨て、ラミアに懇願する祐介。

 しかし、ラミアはブレない。

 

「……トマトごときで弱音を吐く人、私嫌いよ?」

「うぐ」

 

 その一言に悲しそうな表情になる祐介。まるで捨てられる前の子犬のようだ。

 

「……じゃあ食べる」

 

 渋い顔をしながら白米の上に鎮座するプチトマトを手に取り……一気に口に入れ、急いで噛んで飲み込んだ。

 

「……うぅ、まずい……」

(((ちょろい。その上わかりやすい……)))

 

 祐介以外の三人は呆れたように同じことを思う。

 

「ラミア、食べた! 食べたぞ! 食べたからな!」

「……はいはい、よしよし、ちゃんと見てましたよ〜偉いでちゅね〜」

 

 ラミアは子供をあやすかのような口調で祐介に語りかける。

 

「俺はガキじゃねぇ‼」

((今のやり取り完全に子供のそれなんだよね……))

 

 二人は内心そう思ったが、口には出さず、温かい目で祐介を見るだけだった。

 

「へん! どーせ俺はプチトマトに負けるような小さな男ですよ!」

 

 すねた祐介は弁当をがっつき出した。

 ラミアはそんな祐介の様子を見て、目を細める。口元には軽く笑みも浮かべている。

 

(……なるほど、これはなにか一悶着あったみたいだね。今まではこんなに露骨に見つけていなかったのに……)

 

 スカルは細かなラミアの変化に気が付いたようだ。

 スカルは『変態』であることを除けば、紳士である。『変態』であることを除けば。そのため、女性の細かな変化にも気づくことができる。……もっとも、その洞察力はどうすれば女性からの罵倒を引き出せるかにしか生かされていないわけだが。

 

「あーそう言えばラミアちゃん、今朝からご機嫌だけど、昨日なにかあった?」

 

 セリアが鋭い質問を飛ばす。

 

「え? い、いや特には何も……」

 

ラミアは少しぎこちなく微笑み、口笛を吹きながらお弁当を片付け始める。

 

(……怪しいなぁ。まあでも、ここは追求しないのが吉かな)

 

 少し話題でも変えよう。そう思いスカルが立ち上がろうとしたとき――

 

「スカル、少し腹ごなしに『運動』しようぜ」

 

 祐介もほぼ同じタイミングで立ち上がり、スカルを誘った。

 

「……いいね、やろうか」

 

 二人の興味もこちらに向いたため、スカルも承諾する。

 

(……空気が読めていないことは確かだけど、ナイスだよ祐介)

 

 心の中で若干鈍い友人にナイスを送ったスカルだった。

 

「いやー、ちょっと今日は食べすぎたからな。いつもよりも激しく行くからな」

「いいけど……吐かないでよ?」

 

 スカルは若干不安そうに言いながら、準備運動を始める。

 

「大丈夫だって。それよりもお前は自分の心配をしろよ」

 

 続いて祐介も軽いストレッチを始める。

 

「もー、また組手するの?」

 

 ラミアがはぁ、これだから男どもは……とため息をつく。

 

「おう。本気でやっても大丈夫な相手ってそんなにいないからな」

 

 祐介が嬉しそうに答える。

 組手。それは主に二人で相対しあい行う、武道の練習法の一つ。元々は空手が始まりのこの言葉だが、今では実践に近い技の練習のことを指すようになった。特徴としては、技を実際に人に使って見ることで強みや弱みを再確認すること。技の間合いや繰り出すためのスピード、集中力、優先度などを感覚的に探ることができる。下手な練習を続けるよりも組手を一回やったほうが効果的だ。ただ、問題点としては、組手は実力が拮抗したもの、もしくは若干上回るものとでないと得られるものが少ない。実力が頭二つ分以上の相手との組手は、こちらが終始圧倒されるため、指導に近い形いなり、十分なデータリングができない。

 今回、スカルのほうが若干強いものの、そこまで離されているわけでは無い。だからこそ、祐介はスカルに度々誘いをかけているのだ。

 

「うーし、そろそろいいか?」

「いいよ。ちゃーんと相手してあげるよ」

 

 二人共不敵に笑う。

 

「「デュエル‼」」

 

 二人が同時に叫ぶ。すると中庭全体を覆うように結界が展開する。学園敷地内、あちこちに施された決闘魔法が発動したのだ。この魔法は理事長が考案したものであり、学内での決闘に際し、学園や周りの人を傷つけないように結界を張るのだ。エネルギーは地下の学園個人が所有するエネルギープラントから供給されるため、かなり頑丈である。

 

「……ふーっ……」

 

 祐介ははちきれんばかりの闘志を深呼吸で押し込め、気《チャクラ》を練る。そして――

 

「はっ!」

 

 一気に開放した。濃密な紅いオーラが祐介を包み込む。これが『気《チャクラ》』である。人間の生命力の源であると言われる気《チャクラ》。それがビリビリと大気を揺らす。そして、荒ぶるオーラが徐々に炎のように揺らめき、神秘的な動きを見せる。

 そして祐介の目は、獲物を狩る獣、ないしは射殺し、噛み殺そうとする蛇にようであった。

 

「……本気だね」

「ああ、そうじゃないとお前に失礼かと思ってな」

 

 スカルは内心祐介の放つ殺気にも近い闘気に若干気圧されつつも、臨戦態勢に入る。

 

「いやいや、別に僕はもっとゆったりやるのでもいいんだけどねぇ……」

 

 そう言いつつ、スカルも闘気を上げていく。

 

 ─スキル『カーボンクロー』

 

 スカルはぎゅぅっと拳を握り、手の甲に炭素の爪を生成する。だいたい長さは二十センチほどだろうか? 獅子を連想させるその爪を両手に生やし、腰を落とす。いつでも飛びかかれる、そんな姿勢だ。

 

「それじゃあ……いくぜ!」

 

 祐介は言うと同時に飛びかかるように走り出した。そして、その勢いを殺さずにスカルの腹を殴りつけようとするが、もちろんスカルも黙って喰らうつもりはない。祐介の拳をやんわりと包み込むように受け止め、そのまま受け流した。

 攻撃が受け流されたと感じた祐介は、とっさに体をねじり、裏拳を繰り出す。

 

「おっと!」

 

 流石にその攻撃は避けることも受けることもできなかったらしく、頭部にもろに食らった。そのまま、ヨロヨロっと後ろによろける。

 

「うし! ……いってぇ……」

 

 祐介は、どーだと誇るような顔をしたが、後に襲って来た拳の痛みに顔をしかめる。

 祐介の拳は『気《チャクラ》』をしっかりと纏わせている。さらに素人でもないため、拳もある程度固くなっている。何もしていなくとも人の骨なら砕くことができる。気《チャクラ》を纏わせた状態ならば、コンクリートのブロックですら余裕で破壊が可能だ。しかし、それ以上にスカルの身体は固いのだ。

 

「こんの石頭め……!」

 

 スカル自身、今の状態、つまり能力の少ししか使用していない今の状態が柔らかいのだ。

 

(これで一番柔らかいとか嘘だろ⁉)

 

 悲鳴を上げた拳をさすり、痛みをごまかす。

 

「打ち止め? ここで終わりにしておく?」

 

 余裕のあるスカルの声。

 

「まさか! ここで終わるわけ!」

「そう、それなら良かったよ」

「シッ!」

 

 祐介の突きを軽くしゃがみかわし、片手を地面につける。

 

 ─スキル『黒柱』

 

「うおっ⁉」

 

 祐介はなにか嫌な予感を感じ、とっさに後ろに飛び跳ねた。すると、今まさに祐介が立っていた場所から二本の黒い炭素の柱が突出した。

 

「……まだだよ」

 

 しかしスカルとてこの程度の攻撃では終わらない。最初の攻撃は布石。おとりだ。本命は――

 

「くっ!」

 

 祐介が着地した場所から新たに二本の黒柱が突出。かわすことができないため、腕を交差させ防御をする。

 

「っ〜⁉」

 

 ギギギ……と祐介が腕で受け止めてもなお勢いは止まらない。仕方なく祐介はそのままその勢いで弾かれるように後ろへ飛んだ。

 

「おー流石」

 

 ぱちぱちとのんきに拍手を飛ばすスカル。

 

「ふぅ、けっこうキツいぜ……」

 

 未だに痺れる腕をぶらぶらとさせながら楽しそうに笑う祐介。

 

「その割にはまだ余裕があるじゃないか」

 

 けっこう自身のあるコンボだったんだけどね……とスカルは内心で苦笑いをする。

 

「しかしこの柱、まじで厄介だな」

 

 コンコンと黒柱を叩く。

 

「しかし、この柱、視認した場所にしか出せないと見た」

「……さあ、どうだろうね?」

 

 再三言うが祐介は能力が使えない。気《チャクラ》を使うと言えども、限界がある。そのため、観察するクセとでも言えばいいのだろうか? 戦いの中でも、弱点などを探し出すことがクセとなっている。

「じゃあ……こういうのが意外と効果的かもな!」

 

 ザッ! と祐介は足元の砂を大々的に巻き上げる。

 

「わっぷ!」

 

 祐介は自身の巻き上げた砂に煙そうな声を出したが、おかげで巻き上げた砂埃は煙幕となり、完全に祐介の姿を隠した。

 

「うーんたしかにこれは面倒くさい……でもね!」

 

 スカルは再び地面に手をつき、少し溜める。

 先程の祐介の見抜きは鋭いものだった。しかし、半分正解、といったところだろう。正確には、スカルが見えない場所には出せないのではない。ある程度予測の着く場所ならば出すことができる。砂埃の煙幕はそこまで範囲が広いわけではない。だから――

 

「……はっ!」

 

 スカルはその砂埃の煙幕の中心に向かって黒柱を七本ほど出す。

「……どうかな?」

 

 手応えはあったとスカルはニヤリと笑った……のだろうか。表情はわからないもの、雰囲気でわかる。

 

「……ふぃー、あぶねぇあぶねぇ」

 

 しかし、そこにはスカルの予想していた光景は無かった。

 

「……凄いね祐介」

 

 スカルは感嘆ともとれるため息をつく。

 

「これはギリギリだったぜ……」

 

 祐介の回りに浮かぶのは気《チャクラ》を具体化させた、エネルギー体、気弾である。それを一つずつ黒柱の防御に当てて、攻撃を防いでいた。

 

「さあ、こっちのターンだ!」

 

 祐介は更に気弾を次々と発生させていく。その素早い動きにスカルの反応は遅れた。その際に、気弾はスカルの全方位に展開された。

 

「しまっ――」

 

 スカルは黒柱を自分の回りに展開し、全方位防御を行う。しかし、祐介の気弾に対しては有用な防御だとは言えない。

 

「いっけぇぇぇぇぇ‼」

「マズイ‼」

 

 スカルは黒柱に魔力を送り込み、強化する。全方位を覆う気弾から身を守るために。

 

 しかし、そんなことはほぼ意味をなさないことをスカルは知っていた。

 

『気《チャクラ》』というのは、特殊なエネルギーだ。チャクラとも呼ばれ、人であれば誰しもが持っている。いわば生命力の総称だ。人は一日に生み出される気《チャクラ》を十分の一も普段の生活では使用しないらしい。使われなかった気《チャクラ》は、徐々に抜けていく。つまり供給過多というわけだ。

 生命力である気《チャクラ》は、もちろん誰にでも扱える。ただ、『難しい』のだ。マナは祐介など一部のものには使うことすらできないが、気《チャクラ》であれば誰でも使える。しかし何度は最高レベル。例えるならば、幼稚園児にピタゴラスの定理を独自で理解しろ、と言っているようなものだ。不可能ではない。空を飛べと言われているわけではないのだから。しかし、理解するまではかなりの時間を要するはずだ。できなくはない。ただ困難。それが『気《チャクラ》』の習得なのである。

 

 話が逸れたが、気《チャクラ》は人が持つ生命力だ。祐介はそれを攻撃に転用し、放っている。普通のマナで放つ魔弾とも似ているが、少々特殊な性質をもっている。それは、『マナを消し飛ばす』ことである。気《チャクラ》はどうしてか、体外に出るとマナとの親和性が異様に低く、マナを消し飛ばす。いや、かき乱すと言ったほうが正しいだろうか? とにかく、放たれた気《チャクラ》はマナを実質無力化する。

 

「ぐぅぅぅ⁉」

 

 スカルは黒柱から、徐々にマナが消えていくのを感じた。

 

(くっ、マナで強化しないと、黒柱が消し飛ぶ! でも、そのマナも削られる……! 厄介極まりないよ‼ 君は!)

 

 やがて気弾によりヒビが入った黒柱が折れ、あたりは光で包まれた。

 



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