私は総てを愛している (クトゥルフ時計)
しおりを挟む

第一話

 記念すべきバンドリ小説300件目の栄光を掴むために、以前からあったネタを急遽書き上げました。

 怒りのバンドリシリーズ(勝手に命名)第二弾、今宵のグランギニョルを始めましょう。


 手にしたモノは全て壊れた。

 

 幼少の頃大切にしていた車の玩具があった。それが何より愛おしい宝物だったから、ただひたすらに愛でて愛でて愛で尽くした。いつしかそれは磨耗し擦り切れ粉々になって壊れ果てた。

 

 子供の頃大切にしていた至上の本があった。それが何より愛おしい物語だったから、ただひたすらに愛でて愛でて愛で尽くした。いつしかそれは剥がれ千切れバラバラになって破れ果てた。

 

 少年の頃大切にしていた友人達がいた。それが何より愛おしい関係だったから、ただひたすらに愛でて愛でて愛で尽くした。いつしか彼らは疲弊し苦悩しそれぞれが心を病み果てた。

 

 彼の手にしたモノは全て壊れてしまう。彼の愛を受けた全ては尽く破壊され、彼との関わりを断絶してしまう。

 

 彼は苦悩した。ああ何故だ、何故耐えられぬ。抱擁どころか柔肌を撫でただけで何故砕ける。なんたる無情────森羅万象、この世は総じて繊細に過ぎる。

 

 人も物ももっと強くあればいいと何度も願った。けれどそれが叶うことなんて有り得なくて、故に嘆いたこともある。

 

 でも、そうだとしても。彼の心を支配する渇望は揺るがない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。ああそうだ、()()()()()()()()()()

 

 愛でても壊れない玩具が欲しかった。愛でても破れない物語が欲しかった。愛でても病まない関係が欲しかった。破壊され尽くしても尚蘇るようなナニカが欲しかった。

 

 故に、世界の全てがそうであれと願う。そのような世界こそ私の求める至高天(グラズヘイム)。この渇望よ、どうか流れ出し世界を不壊に染めてくれ。

 

 だが、それは叶うことのない願い。生まれてきたモノは滅びねばならない。だが、滅び去ったモノは蘇ることはないのだ。

 

 それに気づいた少年の頃の彼は、無窮の悲嘆と絶望の中で、世界の脆弱さを嘆きながら己の全力を封じた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 豪奢な装飾の施された一室で、二人の男が向き合っていた。

 

 此処は弦巻邸の客間。()の大財閥、弦巻の一族が暮らす館だ。その全てに持ちうる財を惜しみなく投げ入れ、柱の一本、装飾の一片に至るまで、凡そこの世に存在するあらゆる技術の粋を集めた現代のヴァルハラ。

 

 ならば客間もただのモノにあらず。尋常ではない広さを兼ね備え、視線を横へズラせば、そこに尋常ではない輝きを放つ調度品が幾つも並んでいる。それでいてそれらが下品さを一切感じさせることなく調和しているのだ。

 

 只人(ただびと)ならば萎縮してしまいそうな空間。だが、今はそうではない。その場に存在する二人の男の放つ覇気が、互いを食い合い鬩ぎ合い、その輝きさえも溶かし侵し塗り替えていくような錯覚さえ見せた。

 

 片や顔に薄い皺を刻んだ強仕の男。その仕草の一つ一つから気品が滲み出つつも、決して揺るがない芯を感じさせる人物だ。この男こそ、弦巻財閥現当主である。

 

 ────〝どうだ、ライナルト君。この話について、君の意見を聞かせてほしい〟

 

 その顔に薄い笑みを刻んで、弦巻は対面に座る男に問うた。

 

「私としては構いませんが、それを決めるのは私だけではないはずでしょう。もう一人、当事者である()()の意思無くしてこの話は成り立たない」

 

 そう答えたのは、まさしく〝黄金〟と形容するに相応しい男だった。

 

 頭髪は目の醒めるような長い黄金。瞳は髪と同じく金を溶かし込んだかのように明るい色を湛えている。その容貌は神のオーダーメイドと呼んでも差し支えないほどの美しさだ。

 

 顔に限った話ではない。百九十を越すであろう身長と、バランスを崩すことなく、それでいて鎧の如く纏われた筋肉。人体の黄金比を体現したかのような肉体を彼は持ち合わせていた。

 

 彼の名はライナルト・バインリヒ。ドイツのとある大企業の御曹司にして、齢十九を重ねた若き獣である。

 

 そんな男が、世界を股にかける弦巻の当主と話す内容とは果たして。ライナルトの答えに弦巻は唸る。

 

 ────〝他ならぬ君のお父上からも勧められているのだろう? なら、もう少し良い反応を示してもバチは当たらないと思うが〟

 

「ええ。たしかに、本来であれば己の全てを擲ってでも飛びつくべき話ではあります。何せ()()()()()()()()()()()だ。世の中の男の九割九分は、目の前に吊り下げられた餌に狂気的に食いつくでしょう」

 

 ────〝ならば〟

 

「ですが、彼女とて一人の女性でありましょう。不躾な物言いになることは重々承知の上ですが、あなたも親であるのなら、今更()()などという遺物を持ち出してまで娘の将来を縛る必要はありますまい」

 

 切れ長の金眼を光に揺らして、ライナルトは弦巻を見つめた。若者が歳上に向けるには、少々どころか相当な失礼に当たるであろう視線だ。しかしそれを失礼だと感じさせない凄みが彼にはある。

 

 黄金の髪が揺れる。その一房が座る椅子に触れるだけで、まるで静寂の湖面を叩くかのような緊張を齎す。

 

 ────〝それは、その通りだが……〟

 

 弦巻は言葉に詰まった。今の少しの問答で、彼はライナルトに言外に『お前は娘の幸せを考えていない』と突き付けられたも同然なのだ。大財閥の当主を背負うという重責の下、知を磨き続けた弦巻は、なまじ頭が切れるだけにすぐにそれを理解出来てしまった。故に、返す言葉を探すことが出来なかった。それが何より正しい理屈だとわかっているのだから。

 

 弦巻の視線は対面のライナルトの目に固定される。そこから放たれる眼光、逸らすことの出来ない、宛ら聖人を貫く槍の如く弦巻を射抜き固定したそれは、ライナルトがふと目を閉じた瞬間に嘘のように霧散した。

 

「……失礼。私のような若輩が吐いていい言葉ではなかった」

 

 次にライナルトから出てきたのは謝罪。目上の者に対する礼儀を欠いていたと、彼は弦巻に頭を下げた。

 

 その時、甲高い音が二回客間に響いた。それがノックの音だと双方が理解するのに秒の時間すら必要なく、弦巻は鳴らされた扉に向けて、

 

 ────〝入りなさい〟

 

 そう告げると、ゆっくりと軋みの一つすらあげることなく扉が開いていく。ライナルトの視線は、その扉の奥へと向けられた。

 

 ────〝君はまだ会ったことがなかったね。紹介しよう、娘のこころだ〟

 

 そこにいたのは、紛うことなき黄金であった。

 

 金糸の長髪と同色の瞳。そこだけ見ればライナルトと兄妹かと思えるほどに似通った容姿の少女。日本人離れした美貌は、どこか幼さを残しながらも女性としてのカタチを併せ持っている。

 

 ライナルトとは方向が違う黄金だ。彼が全てを塗り潰す原初の荘厳ならば、その少女は全てを照らし出す中天の太陽。その輝きに差異は無くとも、決して相入れぬ色だというのは自明である。

 

 少女の纏う衣服は日頃目にするモノとは一線を画していた。さながらパーティーに招待された令嬢の如き礼服。上品な黒の所々にあしらわれた金の刺繍が、少女の髪と混じり輝く。

 

 少女は扉の内へ一歩踏み込んだ。二つの黄金の視線が交差する。

 

「……初めまして。弦巻こころ、です」

 

 少女はどこか堅苦しそうに、ライナルトへそう告げた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 息が苦しい。こころは二つの意味でそう感じていた。

 

 先日、こころは父から来客の存在を知らされた。曰くドイツの大企業の息子で、彼が乗った飛行機が今向こうの空港を発ったと。そして、その男が自分の許嫁だということも。

 

 こころはよく馬鹿と称されるが、決して頭が悪いというわけではない。むしろ世界を股にかける弦巻の令嬢として、同年代かそれ以上の年齢の者と比べたとしても恥にならない程の知を誇ってはいる。

 

 それは上に立つ者としての義務、誰かの人生を背負えるほどの立場にいる者が最低限為さねばならぬ責務だ。ただ普段の言動とミッシェルに関する勘の機能不全具合がぶっ飛んでいるだけで。

 

 故に、何故父が許嫁などという錆びついた遺物を持ち出したのかはすぐに理解できた。家の都合、即ち弦巻の為。言葉にすれば薄情な親として見られてしまいそうではあるが、ひいてはそれがいつかの幸福に繋がるようにということなのだろう。

 

 相手はドイツの大企業の嫡子。風の噂でモデルとして一度雑誌に掲載されたこともあると聞いたから、その当時の一冊を取り寄せて確認してみた。成る程、納得の容貌だ。〝黄金の獣〟────そう称して差し支えない。

 

 ────だからなんだというのだ?

 

 容姿に惹かれる女性も多いことだろう。薄く曲げられた口元に愛を囁いてほしいと願う者も多いことだろう。切れ長の瞳に自らを映してほしいと欲する者も多いことだろう。だが、ただ容姿が優れているというだけで靡くほど、弦巻こころは軽くない。

 

 そして、彼が来日した当日。こころは今日の為だけに父が仕立てさせた礼服に袖を通した。喉元が細く、息が苦しい。しかしそれも暫しの辛抱だと自分に言い聞かせてボタンを留めた。

 

 将来伴侶となる男。どうしようもないほどに人として未熟ならきっぱりと断ろう。そう決意して、父と彼が待つ客間の扉の前に立つ。彼の人となりを知らない故に、こころには中で何を話しているのか見当もつかない。数度息を吸って吐いてを繰り返し、意を決して扉を叩いた。

 

 ────〝入りなさい〟

 

 父の声が扉越しに聞こえた。ゆっくりと扉を押し開く。瞬間、異常に気づいた。

 

 あまりにも、空気が重い。息が苦しくなるほどに。それは雰囲気的な意味ではなく、ただ圧倒的な密度をもってこの場の空気を塗り潰す何かが扉の奥にいるからだった。そしてこころは、開かれた扉の先にその目で重圧の正体を見た。

 

 黄金。ただそこにあるだけで並々ならぬ覇気を発し、空間を侵食していく輝きの暴力。それが(くだん)の来客であることは自明であった。

 

 その視線がこころを貫いた。その途端に、彼女は一切の動きを止める。心臓さえも止められたのかと認識するほどだった。視線に込められた力が、こころの脳内に畏怖となって溢れ出す。

 

 彼の瞳から放たれるモノは、さながら槍。貫き縫い止め刺し殺す。視線だけで人を殺せる人種とは彼のことを言うのだろう。

 

 だが、こころが感じたのは畏怖だけではなかった。その瞳を見たとき、たしかに感じたことがもう一つ。

 

 ()()()()()()()()。外見的な話ではない。彼の瞳は輝く黄金を湛えているが、こころの感じたのはそういう視覚的なものではないのだ。

 

 まるで世界に飽いているかのような。まるで世界を嘆いているかのような。まるで世界に絶望しているかのような。世界の総てを鈍色に捉えているかのような瞳だと、こころはそう思った。

 

 その瞳が自分に向けられている。それだけで、自らの全てが凍り付いていく錯覚すら覚えた。蛇に睨まれた蛙の如き距離感。ライナルト(黄金)に睨まれたこころ(黄金)は、その指一本、牙一本で引き裂かれる脆弱な被捕食者でしかない。

 

 礼儀として挨拶しようと口を開く。が、()()()()。視線に射竦められた彼女は、その黄金を前にして行為を為すことが出来ない。

 

 そうして喉を震わせ、精一杯に絞り出した言葉は、いつもの明朗快活さを感じさせない声音で発せられた。

 

「……初めまして。弦巻こころ、です」

 

 中天の太陽の如き少女は、原初の荘厳に向かいそう告げた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 これは一つの空想。いずれ崩壊する関係に縋る彼らの奏でる歌劇。

 

 黄金の二人が織り成す、一ヶ月の怒りの日(Dies irae)




 色々と説明されてない部分は追々明らかになりますとも。ただし、続くかどうかは『時よ止まれ、お前は美しい』の進捗とこちらの反響次第です。

 ライナルトの名前と見た目は……なんでそうなったのかはおわかりだと思います。似たような名前でドイツ語の人名持ってきました。あと時おまの方ですごいオリ主がニートみたいって言われたのでもう開き直りました。

 感想、高評価お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。