ガチホモ英雄シモキティウス (mur-ju)
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始動編
第1話


かつて、シモキティウスという青年がいた。

彼は平凡でありながらも生真面目な性格で、人間の鑑のような人間であった。

ただ、唯一、ほかの人とは違うところがあった。

彼は同性愛者だった。

 

彼は二コニカと呼ばれる一大都市に住んでいた。

二コニカは多くの人が住み、多様な文化が混ざり合い、活気にあふれ自由を謳歌できるそれはそれは素晴らしく美しい都市であった。

シモキティウスはこの街が大好きだった。

どんな者でも受け入れるこの街は、多様性を体で表したようであり、道を歩けばありとあらゆる人々に出会い、歩を進めるたびに違った顔を見せてくれるのだ。

この街は、住む者がそれぞれの思い思いに過ごす事を受け入れてくれるのだ。

たとえ自らを歌い手と称して冴えない歌を歌いつづけているとしても。

たとえ一人で遊戯をしながらぶつぶつ独り言をつぶやいていたとしても。

たとえくだらない踊りを街頭で踊りつづけたとしても。

たとえ人形にひどい歌を歌わせていても。

たとえ有名な人物の服装を真似て、まったく似合っていないのに街中を歩き回っても。

この街は全て受け入れてくれるのだ。

シモキティウスはこの街のそんなところが好きだった。

彼はそもそもが同性愛者であり、人とは異なっていた。

そして、彼自身もそれを自覚していた。

自分は異質な存在なのだと。

しかし、この二コニカはそんな自分さえ受け入れてくれる。

自分は自分のままで良いのだ、これは一つの個性なのだ、恥じることはない。

この街は彼をそんな気分にさせてくれた。

彼は次第に自信を取り戻し、この街で平穏な日々を享受していた。

 

だが、二コニカの時の支配者であったウンェイ一世は、同性愛者に暗い影を伸ばそうとしていた。

 

シモキティウスはある日の夜、普段行きつけのバーに行った。

そこは町のはずれの狭い路地を進んだ先にある、アングラ感の漂うバーであった。

シモキティウスは最近多忙だったので、その店には久しく行けていなかった。

その日は明日が休みなんで、バーは日ごろの疲れを癒し羽を伸ばす人でごったがえしていた。

あぁ^~うめぇなあ!などと言いながら勢いよく酒を飲む人の姿を横目に見ながら早く飲みたいという気持ちに駆られたシモキティウスは、さっそくカウンターに腰を下ろした。

すぐにバーテンダーがやって来た。

ここで勤めているクボティトという男だ。

彼は股間の周りが大胆にカットされたズボンを履き、上半身は鎖帷子にも見えるスケスケの服を着用していた。

そのスケスケの服の下には、彼の鍛え上げられた肉体が見えていた。

割れた腹筋に厚い胸板、男なら憧れるボディだった。

しかしそれに対して下半身は貧弱そうであった。

「あらいらっしゃい!シモキティウスさんご無沙汰じゃないっすか!」と彼は言いつつ、愛用の鞭を磨いている。

シモキティウスは、ここのところ忙しくて来れなくてすまないと言い、店内を見回した。

少しの間来れなかっただけなのに、なんだか懐かしい気分だった。

ふと、いつもいるはずの店長の姿が見えないことに気が付いた。

シモキティウスが、あれ店長は?と聞いた。

「あ、店長?今日は飼ってる奴隷少年の調教作戦とかで、自宅にいるのよね」

とクボティトが言った。

ここの店長はヒラーノと言う名前だった。

ヒラーノは背が高くスラリとした男なのだが、今日はいない。

シモキティウスは少し残念がりながら、そうなんだと言い、とりあえずビールを注文した。

クボティトがかしこまり!と言いビールを冷蔵庫から出す。

冷蔵庫を閉めるときにバァン!という音が鳴った。

シモキティウスはその大破音に、あぁこれでこそこのバーだという思いを噛み締めた。

シモキティウスは出されたビールを受け取り、ふたを開けた。

クボティトも片手にビールをもち、じゃあ乾杯っすね、と言った。

「卍解~」といってビールをカチン。

二人は大きく一口を飲んだ。

それから二人は近況を話し合い、あれがどうだこれがどうだと他愛もない話で盛り上がった。

やはりバーはいい。

シモキティウスは楽しかった。

だがその途中で新たな客がやってきた。

その客は三人組で、ビール!ビール!とはしゃいでいた。

シモキティウスにはその声に覚えがあった。

だがその声を最後に聴いたのは3年も前のことだ。

シモキティウスは驚いて立ち上がる。

その三人の姿を見てシモキティウスは確信した。

間違いない、あの三人だ。

シモキティウスの良き友人たちであり、三年前に修行に行くと言って諸国をめぐる旅にでた格闘家たち。

ミュラー、ヤ・ジュ―、キムルだ。

三人もシモキティウスに気が付き、一瞬驚いた表情をしたあと、笑って彼のいるカウンターに駆け寄ってくる。

ミュラーが嬉しそうに「ほら、シモキティウスも観てないでこっち来て」と言った。

シモキティウスはこっち来たのはお前のほうだと言って、その智将具合の相変わらずさに笑った。

ヤ・ジュ―が「お、お前さシモキティウスさ、お前のことが会いたかったんだよ!」と言い、キムルは「お久しぶりです」と言った。

四人はしばらくそのまま言葉を交わした後、カウンターからテーブルへと席を移した。

酒を酌み交わし上等の料理をテーブルいっぱいに並べた。

ミュラーが「今日はいっぱい飲むゾ~」といい酒を掲げる。

みんなもそれに続いて、改めて乾杯をした。

それからはもうめちゃくちゃに旅の話を聞かせてもらい、酒を飲み、二回も再会の涙を流した。

それはそれは奇跡のような時間だった。

今日ここへきて本当に良かったとシモキティウスは思った。

時間はあっという間に流れていったが、四人はそんなことは厭わなかった。

夜が更けるに任せ、彼らは思い出話に花を咲かせた。

だが唐突に、その終わりが来た。

日付が変わる少し前、バーに衛兵達が入ってきて、そのバーの喧騒をかき消すほどの大声で言った。

 

「警察だ!」

 

その場にいた全員が衛兵たちを一斉に見た。

喧騒がやんだ。

衛兵がこう宣言した。

ホモは拘束し、連行する。抵抗はするな。

そう言ってその場にいるものを片っ端から捕え始めた。

先ほどまで宴会のようだった店内は悲鳴と怒号の聞こえる地獄と化した。

やめロッテ!、離せオォイ!、フ・ザ・ケ・ン・ナ!ヤ・メ・ロ・バ・カ!という声と共に店の客たちが次々と捕縛されてゆく。

おいやべぇやべぇよとシモキティウスは言い、三人を見た。

三人は少し頷くと、目つきを変えた。

闘うつもりだ、とシモキティウスと直感した。

シモキティウスがまずいですよ!と止めるよりも速く、三人は突進した。

彼らは光のごときすさまじさで、衛兵たちに襲いかかる。

迫真空手、彼らの闘い方はそう呼ばれていた。

たとえ熟練者であっても音を上げるほどの激烈な鍛錬によって極限まで研ぎ澄まされた真に迫る格闘術は、並の人間では反応できない速度に達する。

彼らは強かった。

衛兵たちは屈強な体格をしているものたちばかりであったが、彼らに敵うべくもなく、瞬く間に倒されてゆく。

騒ぎを聞きつけたほかの衛兵が続々と加わってはいたが、気絶した衛兵の山が増えるだけであった。

強い。

シモキティウスはその圧倒的な三人に見とれてしまう。

これならばきっと問題ないと確信した。

冷静に考えれば、ここで衛兵たちを倒しても結局のちのち追われる羽目になるはずなのだが、三人の鬼神のごとき戦いぶりはそんなことを忘れさせてくれた。

いつの間にか、店内はその三人に熱狂する声でいっぱいになっている。

そこにいた客たちはこぶしを振り上げ歓声を上げる。

それと共に三人もますます技が鋭くなる。

ヤ・ジュ―が衛兵を打ち、よろめいたところをミュラーが蹴りを入れ、そしてそれをキムルが—――。

その時だった。

 

パァン。

 

乾いた音が一つ。

キムルがガクンと膝を折って倒れこむ。

その場にいた全員の動きが止まる。

一瞬、時間が止まったようだった。

ハッとして衛兵の一人を見ると、拳銃を握っていた。

その衛兵がぽつりと言った。

「やべぇ、撃っちゃった」

人々が思考を取り戻すより一瞬早く、ミュラーがその衛兵に組み付いて叫ぶ。

「そんなに死にてえのか...この畜生めが!」

ミュラーは怒りに身を任せ渾身の蹴りを放つ。

その衛兵は絶命した。

しかし、今度はミュラーの番だった。

残っていた衛兵は一斉に銃を抜き、ミュラーを集中砲火した。

ミュラーが倒れこむ。

そして間髪入れずにヤ・ジュ―が撃たれる。

倒れた三人を見ながら、衛兵の一人が言った。

「もう一人も二人も変わんねーよ」

そして、バー店内の客めがけて衛兵たちは銃を乱射し始めた。

シモキティウスはその後のことをほとんど覚えていなかった。

ただぼんやりと、客たちと自分の壮絶な叫び声の中で、クボティトが自分の腕をひっぱって裏口へ向かわせてくれたような記憶があった。

気が付くと彼は店を出て、狭い路地裏にいた。

息が上がり切って、痛いほど脈打つ心臓を押さえながらふらふらと歩きだす。

遠くからは大勢で走り回る音と悲鳴が絶えず聞こえてくる。

どこへ行くべきだろうか。

家に帰れば捕まるのは明白だった。

かといって行く当てもない。

皆はどうなったんだろうか。

クボティトは———。

そんなことを考えていると、上空に飛行船が来た。

それが大音量で告げる。

「偉大なるウンェイ一世様の命令により、ホモは拘束し連行する。抵抗するな」

シモキティウスはその言葉で全てを悟った。

ウンェイ一世がホモの粛清を命じたのだ、と。

二コニカはもはやホモの居場所ではなくなったのだ。

もうここにはいられない。

とにかく、この街から出なくてはならない。

行く当てはないが、それでも行かなくては。

クボティトやあの三人、心配なことや心残りはたくさんある。

しかしそれはもう今ではどうしようもないことだった。

信じるしかない。

シモキティウスは決意する。

 

後にホモコーストと呼ばれるこの事件が起こった日、シモキティウスの長い旅が始まった。



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第2話

シモキティウスは二コニカを一望できる小高い山の山頂へと逃げのびた。

ここで一息つこう。

そういってシモキティウスは腰を下ろし、ふぅっと息をついて、二コニカの街を見渡した。

その姿はこの間までとなんら変わらなかった。

目の前一杯に広がる美しい街。

しかしそこは、最早シモキティウスを受け入れてくれる場所ではなくなったのだ。

街を着の身着のまま飛び出してきたシモキティウスにとっては、まだその実感がなかった。

明日にでも帰れるのではないか、そんな気さえする。

また皆笑顔で迎えてくれるのではないかという淡い願望が浮かんでくる。

だが、帰ればきっと捕まる。

その現実と理想を行ったり来たりしながら、シモキティウスは座ってぼんやりと街を眺めていた。

いつ、またここに帰れるのだろうか。

そんな日がくるのだろうか。

シモキティウスは頭の中で今までのことやこれからのことをぐるぐるとめぐらせた。

そしてため息をつく。

考えなどまとまるはずがない。

行く当てもない。

これからどうするのかという算段などない。

ただ楽しかった昨日までがまぶしく思い起こされるだけだった。

シモキティウスは再度ため息をつく。

もう、ここでずっとこうしているか。

そんな自暴自棄になる手前までいった、その時だった。

斜面を登ってくる誰かがいる。

それは数人いた。

まっすぐこちらへ向かってくるようだった。

シモキティウスは目を凝らす。

彼らは皆真っ黒な服に身を包み、黒いサングラスをかけ、黒いローブをはためかせて歩いてくる。

かすかに音楽が聞こえてきた。

"ワルキューレの騎行"だ。

シモキティウスはしばしアレはなんだと訝しんだあとにハッとし、翻ったように逃げ出した。

彼らのことは聞いたことがある。

二コニカの帝王ウンェイ一世直属の実働部隊、通称"イカセ隊"だ。

黒ずくめの格好で壮大な音楽と共に、ウンェイの命令によって動き、あらゆる裏の仕事(意味深)を実行する組織。

いわば特殊部隊だ。

まずい。

シモキティウスはとにかく街から、彼らから離れるように時折後ろを振り返りながら走った。

必死に腕を振り、足を動かし地面を蹴った。

しかし彼らから距離を離せなかった。

シモキティウスは不思議だった。

あのイカセ隊は壮大な音楽と共に歩いていた。

いつ振り返って彼らを見ても、歩いていた。

彼らはずっと歩いているのだ。

それなのになぜ走っている自分と距離を離さずついてくるのか?

シモキティウスは必死に走った。

それでも彼らは威風堂々といった様子で歩きながらついてくる。

あの黒ずくめたちはただの人間ではないと直感できる。

人間の形をした化物なのだ。

歩くだけでそう相手に感じさせるイカセ隊は、まさに危険な領域へと突入した精鋭なのだ。

恐怖がじわじわとシモキティウスを染める。

誰か助けてくれ———。

その時、少し遠くに大きな建物が見えた。

アレは、とシモキティウスは思い出す。

そうだ、アレは谷岡精子場だ。

谷岡精子場というのは俗称だ。

本当は谷岡製紙場といった製紙工場であったが、誤植で精子場になっていたのを人々が面白がってそう呼んでいたせいで、その俗称で呼ばれるようになってしまったのだ。

あそこなら隠れてやり過ごせるかもしれない。

シモキティウスは、建物へと転がりこんだ。

 

その工場は二階建てで、中は薄暗く、誰もいなかった。

古い時代の機械がたくさん置いてある中を、シモキティウスは隠れる場所はないかと探す。

窓の外をみると、もうすぐそこにまで彼らはやってきていた。

相変わらず歩いていたが、それでももうすぐここまで来る。

イカセ隊特有のワープ、ふと誰かがそう言っていたのを思い出した。

シモキティウスは更に奥へと逃げ込み、二階へ上がる階段と、そのわきにシースルーの金網でできた古めかしいエレベーターがあるのを見つけた。

この時シモキティウスは冷静さを欠いていた。

二階へと上がってしまったのだ。

当然再び外へ逃げるには階段かエレベーターをくだるか、どこかから飛び降りるかしかない。

だがシモキティウスはとにかく隠れるところに行けばいいんだという考えでいっぱいだった。

二階へ駆けあがると、そのまた奥へと逃げる。

シモキティウスは隠れるのによさそうな木の机をみつけた。

すかさずその下に飛び込み、息をつく。

上がり切った呼吸を必死に整える。

その時、イカセ隊たちは既にシモキティウスが二階に上がったことを知っていた。

彼らは悠々とエレベータに乗りこみ、足を肩幅に開き腕を組み、いわゆるガイナ立ちと呼ばれる格好で二階へと上がる。

ワルキューレの騎行を流しながらのその姿は、まさに圧巻であった。

二階に到着し、扉を開いたエレベータから、彼らが歩みだす。

そして、まっすぐにシモキティウスの方へと向かって行った。

だがシモキティウスはそのことに気づいていなかった。

机の下ではあはあと息をつきながら、体力を回復させながら、彼らをどうやってまくかを考えることで精いっぱいだった。

まさに今近づいてきている彼らに注意を払うことを怠ってしまったのだ。

その間にもぐんぐんとイカセ隊が距離を詰めて行く。

一歩、また一歩。

そして、シモキティウスはぐいと腕を掴まれ、口を押えられた。

シモキティウスは驚き、う、羽毛、と呻いた。

シモキティウスを拘束した者がささやく。

「シモキティウスさん、ご無沙汰じゃないですか」

聞き覚えがあった。

ゆっくりとその人物を見る。

なんとクボティトだった。

シモキティウスが落ち着きを取り戻すと、クボティトは押さえた手を放す。

あんたぁ...(レ)とシモキティウスが呟いて絶句していると、クボティトは、ここから逃げるからついてこいと言った。

身をかがめ、並んでいる機械に隠れるようにして二人は進む。

その先にはしごがあり、クボティトは急いで登れと言った。

そしてそれを登ると、屋上へ出た。

そこにはなんと小さいヘリコプターがあり、更に誰かがそのそばに立っている。

イカセ隊かとシモキティウスは一瞬緊張するが、クボティトは笑って、ホラ見ろよ見ろよと言う。

その人物はなんと、クボティトが勤めていたバーの店長、ヒラーノであった。

ヒラーノは再会の笑顔を浮かべた。

「シモキティウス様、お久しぶりです...」

その酒焼けしたような、それでいて聞き心地のいい落ち着いた声色に、シモキティウスは安堵感に包まれた。

ヒラーノは今はとにかく早くヘリに乗れと言い、シモキティウスは後部座席へと座る。

前の操縦席にヒラーノ、そしてクボティトが乗った。

エンジンが始動し、ローターが回転を始める。

そしてその4、5秒後にイカセ隊がはしごを登って屋上へと姿を現した。

シモキティウスがまずいですよ!と叫ぶと、ヒラーノは、このまま逃げる、と言って、機体を離陸させた。

イカセ隊たちが立ち尽くしているのを見ながら、シモキティウスたちは飛び立った。

 

ちょうどその頃、シモキティウスたちが乗ったヘリコプターの真下で、インタビューが行われていた。

ハターノという男がそれを受けていた。

「え~、年齢は18...」

そこまで行ったところで上空をヘリが通った。

ブォォォォォォォォという音で、彼の声はかき消され、のちにこのインタビュー映像を見たものは、風神の仕業とはやし立てたという。

 

それが、シモキティウスたちの反撃の咆哮であることは、まだ誰も知らなかった。



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第3話

シモキティウスはヘリの中で、ふとヒラーノとクボティトはなぜ谷岡精子場にいたのかと思い、つい最近は...岩に隠れとったのか?(レ)と前の座席に座っている二人に聞いた。

クボティトが、実はシモキティウスを逃がした直後にヒラーノが店にやってきて、衛兵たちをまとめて緊縛ショーにした後に二人で逃げて、谷岡精子場に逃げのびた、と言った。

ヘリを手配して隠れて待っていたらシモキティウスが逃げ込んでくるのを見つけたとのことだった。

ヒラーノ店長はえ~すっごい強い、とシモキティウスは感心する。

そして、あの時逃がしてくれたのはやはりクボティトだったのだと知って、礼を言った。

クボティトはそんなことはいいのよと言い、しばらく黙った後、あの迫真空手の3人は残念だったとぽつりと言った。

ヒラーノが、彼らのことは聞きましたと普段よりも低い声で言い、冥福を祈るようにして押し黙った。

昨日からずっと逃げることでいっぱいだったシモキティウスは、ようやく今彼らの死を直視した。

衛兵に射殺されて斃れていった彼らの最後を思い出し、彼らはもういないのだと改めて思い知ったシモキティウスは、涙があふれることを抑えられなかった。

ヒラーノは静かに、泣きなさいと言った。

それが彼らの魂を鎮めるのだから。

シモキティウスは彼らのために涙を流し、クボティトも静かに泣いた。

たくさんのホモたちが殺され、あるいは捕らえられていった。

せめて安らかに眠ってくれよ。

シモキティウスは止まらぬ涙と共に彼らの冥福を祈る。

ヘリは飛び続けた。

 

 

飛び立ってから一時間弱ほどたった時、ヒラーノがここに降りますと言った。

そこは周りを森や草原で囲まれた中にぽつんの立った巨大な岩山の、その頂上だった。

その一角が整地されており、簡易ヘリポートのようになっていた。

それに隣接して、小さな小屋が立っているのが見えた。

一見すると小さな監視所か何かのようなところだ。

ここはどこなんですかとシモキティウスが聞く。

その直後ヘリが接地した。

ヘリは揺れることなくふわりと降りる。

ヒラーノは操縦の腕がいい。

そしてヒラーノはエンジンを切った。

プロペラの回転が徐々に遅くなってゆくのをシモキティウスはコックピットの窓越しに見た。

ヒラーノが後部座席にいるシモキティウスに振り返り、言った。

「ここは、私の別宅でございます」

その声は異様に低く、シモキティウスはなぜかぞくりとした。

ヒラーノは鋭いまなざしでシモキティウスの目をまっすぐに見て、圧するような声の調子で続けた。

「初めまして。私はこの緊縛の館、オーナーの平野ゲンゴロウです...」

シモキティウスはその言葉に圧倒された。

いや、圧迫されたと言うべきか。

なぜかはわからないが得体のしれない恐ろしさのような感覚があった。

緊縛の館?

なんだそれは。

しばらく押し黙ってしまう。

そういえばヒラーノは今、平野ゲンゴロウと言った。

平野ゲンゴロウってなんだよ(哲学)。

目の前にいるこの人物はヒラーノではないのか?

見かねたクボティトがあいだに割って入り、シモキティウスはSM奴隷じゃないとヒラーノに言った。

そう言われたヒラーノはハッとして、ああそうかと言ってからシモキティウスに非礼を詫びますと言った。

シモキティウスは話が読めずに、どういうことかと聞くと、クボティトは、ヒラーノ店長はSM関係の場所にくるとスイッチが入っちゃうのよねと苦笑して言った。

シモキティウスはなんだかよくわからなかったが、無理やり納得することにした。

三人はヘリを降りた。

ヒラーノはヘリポートのすぐ隣にある小屋へと向かい、二人はそれに後ろから続いた。

しかしそれは緊縛の館という割にはただの小さい小屋だ。

クボティトも、館の存在を知ってはいたもののここへ来たのは初めてだそうで、勝手がわからないようだった。

ヒラーノは、扉の前に立った。

「どうぞ」

彼がそう言うと扉からカチリという音が聞こえた。

ヒラーノはドアノブに手をかけ扉を開きながら二人を振り返り、自慢そうな表情で言う。

「この扉は、私の"どうぞ"という声にしか反応しないのだ」

すると扉はまたガチャンといって締まり、カチリと鍵をかけた。

ヒラーノはドアノブを握りながらいきなり締まったドアに唖然としながら、あ、そうかと呟いて、どうぞと言って開錠完了してドアを開いた。

シモキティウスは、なにやってんだあいつ...とひそかに思った。

三人は小屋の中に入る。

シモキティウスは驚いた。

なんと小屋の中に、下ってゆく長い階段がある。

これはなんなんですかと聞くと、ヒラーノは、この岩山の内側をくりぬいて作られた、いわば要塞のようなものですと言った。

ヒラーノが促し、彼らは階段を下っていった。

 

 

階段を下りきると、通路が続いていた。

緊縛の館という名前のわりに照明がきちんとついていて、薄暗さや不気味さは演出されていない。

むしろ明るくこざっぱりした雰囲気であった。

そこをさらに三人は進んでゆく。

その突き当りに扉があった。

扉の脇に小さいコンソールがある。

おそらく扉のロックらしいそれを、ヒラーノはピッピッと操作した。

そこはどうぞで開くわけじゃないんだなとシモキティウスが思っていると、扉が開いた。

中に入ると、そこは所せましとコンピュータやモニターが並んでいた。

まるでSFだ。

その一角に座ってキーボードをたたいている男がいた。

ヒラーノが声をかけると振り向き、立ち上がってこちらに来た。

その男はジューン・ペイという名前だった。

どことなくうんこが好きそうな男だった。

ヒラーノがここで電子戦を担当させているのだという。

ジューン・ペイは挨拶もそこそこに、ヒラーノに、彼の居場所がわかったと言った。

ヒラーノが本当かと言い、どこにいるのだと聞くと、ニコファレの町だ、と答えた。

すぐに助ける算段をしましょうとヒラーノが言う。

シモキティウスが、彼とは誰なのかと聞くと、ヒラーノは、カッツだと答えた。

カッツ。

聞いたことがあった。

カッツ・ラギレン、虐待おじさんの異名をとった無敵の竹刀使いで、"超耐久のひで"というとてつもないタフネスを持ったホモを虐待しまくったという伝説を持った男だった。

同性愛者でその名を知らぬ者はほとんどいなかった。

それが今捕まっているのかとシモキティウスが言うと、ジューン・ペイが、そうだ、あの男まで捕まってんだよと言い、更に彼の処刑が一か月半後に迫っていると告げた。

なんでそんなことまでわかるんだと聞くと、二コニカ政府のデータバンクに侵入したとあっさり答えた。

なるほど、電子の要塞というべきこの部屋らしいことだなとシモキティウスが思っていると、ヒラーノがシモキティウスの肩を叩いた。

なりゆきだけれど、シモキティウスさんにも手伝っていただきます。

彼はそう言った。

シモキティウスは一瞬だけ迷ったが、カッツを助けられるなら、自分にできることをしなければならないと決心した。

シモキティウスはうなずく。

 

 

ヒラーノが言った。

「あなたには、戦士育成ショーに出演していただきたいと思います」

そしてクボティト。

「シモキティウスと俺たちのさ...催眠が合わさったらどうなる?え?即席特殊部隊兵士の誕生か?」

それからシモキティウスはクボティトによって催眠によって暗示をかけられ、短期間で効率的に戦士としての知識を学び、それと並行して体を鍛え、技術と体力をつけて行った。

一か月が過ぎるころには、シモキティウスは並の兵士を軽く超える戦士に生まれ変わっていた。

一流の特殊部隊員という精鋭中の精鋭には及ばないものの、熟練兵などとは最早ほとんど遜色のないほどに成長したのだった。

そしてついに、ヒラーノが、カッツ救出を決行すると宣言した。

ジューン・ペイが得た情報によれば、カッツがニコファレから二コニカに処刑のために移送されるとのことだった。

ニコファレの町に潜入し、その隙をついて救助する、そういう作戦だった。

しかし、情報によるとニコファレの町は既にウンェイ一世の手勢によって厳重な監視がなされているとのことだった。

車やヘリで町に入るのは難しそうだった。

だがヒラーノは、その件については考えがあると言った。

ニコファレの町近くに飛行機で高高度からパラーシュート降下をし、そこから徒歩で潜入するとのことだった。

シモキティウスが、ここに飛行機があるのかと聞くと、もちろんですプロですから(コ)とヒラーノは言った。

決行は明後日。

シモキティウスは、なにゆえか、平穏な日々を取り戻す第一歩を踏み出す時が来たと感じていた。



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カッツ・ラギレン救出編
第4話


高高度を飛ぶ飛行機の中にシモキティウスたち3人はいた。

小型輸送機という趣での飛行機で、格納庫があり20~30人ほどが入れる大きさだった。

壁に据えられた赤いランプのわずかな光が照らす薄暗い格納庫に今3人は立っている。

迷彩を着てボディアーマーを装着した完全装備の上に、更に背中にパラシュートパックを背負い、酸素マスク、ゴーグルを着用。

そしてアサルトライフルを装備していた。

まさに特殊部隊という格好だ。

ジューン・ペイが、降下地点まであと5分と告げた。

彼はここには乗っておらず、ヒラーノの緊縛の館から無線で情報伝達をする役目を担っていた。

この飛行機も彼が遠隔操作しているものだ。

3人はその合図とともにお互いの装備を確認しあう。

シモキティウスはクボティトの装備を確かめた。

彼のパラシュートパックを手で軽くゆさぶり、緩みや異常がないかを調べたあと、クボティトにサムズアップで合図。

その後クボティトがヒラーノに、ヒラーノがシモキティウスに。

そしてヒラーノが、作戦開始です、と言い、格納庫の壁にあるカーゴハッチの開閉ボタンを操作した。

ググググ...とハッチが開く。

外の眩しい光が格納庫内に差し込む。

青い空がどこまでも広がり、眼下には雲海が広がっていた。

天気予報ではニコファレの町は雨だった。

パラシュート降下で潜入するにはちょうどいい。

雲海が飛行機とパラシュートを地上にいる人々から隠してくれる。

気流の乱れと視界不良を除けば、絶好の機会だった。

降下30秒前、とジューン・ペイ。

いよいよだ。

しかしシモキティウスは緊張しなかった。

こんな仕事はルーティンワークだと言わんばかりの平静さで、まるでベテラン空挺兵のような落ち着きであった。

ヒラーノとクボティトの催眠による暗示のおかげだ。

ジューン・ペイがカウントを始める。

10、9、8...。

カッツ・ラギレン、今助けに行くぞ。

0、と言った瞬間、まずヒラーノが外に向かって駆け出した。

間をおいてクボティトが駆け出す。

そしてシモキティウス。

それは外に滑り出すような感覚だった。

束の間の浮遊感ののち、重力に引っ張られて落下する感覚にかわる。すぐさま両手両足を広げ、降下姿勢をとる。

全身に空気が押し付けられるようだ。

そのまま三人は雲海の中へと突っ込む。

予想どおり気流が乱れていて、なおかつ雲による視界不良だ。

通常ならパラシュート降下など危険な天候だが、彼らにとっては想定内だった。

訓練されたシモキティウスたちは巧みに姿勢を取ることでルートを外れない。

雲を抜けた。

地上が見える。

全身に雨粒を受けながらさらに降下する。

降下地点周辺は草原だ。

地上がもう目の前にくる。

ピーピーという音が鳴る。

開傘高度。

ピンを抜く。

パックからパラシュートが展開し、開傘。

減速。

着地だ。

シモキティウスは体をひねって転がすようにして着地した。

すぐ近くに二人も降下していた。

シモキティウスとクボティトは着地と同時に直ちにパラシュートをたたみ、近くの岩場へ隠した。

ヒラーノはそのままライフルを構え周辺警戒。

そして二人が済ませると交代。

三人が隠ぺいを完了させると一か所に固まって状況確認と今後の確認をした。

ヒラーノがマップを広げ現在地を指さす。

ニコファレの南東9キロ地点の草原だった。

暗雲が立ち込め、あたりは薄暗い。

ここから森や林などのルートを選んで徒歩で移動し、町の近くを流れる川まで行き、町の内部に続く下水を通って潜入するという手筈だ。

現在時刻は7時10分。

予定では今日の夕刻にはカッツを助け出して帰るはずだ。

ヒラーノはマップをしまい、静かに手で合図を出した。

彼らは動き出す。

 

 

三人はそれから一時間半ほどで目的の川にたどり着いた。

それほど大きい川ではなく、幅数メートルほどのもので、水深も1メートルほどもないものだった。

その川にポッカリと口を開け下水を流し込むパイプがあった。

目的の下水道だ。

彼らは辺りの気配に気を配りつつ川の中へと入り、水をかき分けるようにして歩みながら、下水の入り口へと向かっていった。

その下水の入り口には金網がしてあったが、クボティトが任せてと言って小さなガジェットを取り出した。

それを金網に向けてボタンを押すと、赤い円形の細いラインが金網の上に照らし出される。

クボティトは離れて、と言ってから3,2,1とカウントし、0と言った瞬間に再度ボタンを押した。

すると、ジュッ!という音と共に金網が赤いラインにそって焼き切れた。

シモキティウスが驚いて、それはなんだと聞くと、ジューン・ペイが作ったレーザーブリーチャーだとクボティトは言った。

しきりに感心するシモキティウスを見て、ジューンはなんでも作れるんだとクボティトは笑って言った。

ヒラーノはそれを微笑みながら見つつ、下水のパイプに一歩入りこみ、フラッシュライトで内部を照らして、手で合図する。

ヒラーノは低い声で言った。

「行きまっしょ...」

街への潜入が始まった。

 

 

下水の中は明かりはない。

それぞれのライフルに装備されたフラッシュライトが各々の足元を照らすだけだった。

それ以外は何も見えない。

そのうえ、当然といえば当然だが、生活排水が流れているのだ。

くさい(確信)。

一番クールで落ち着いたヒラーノも、この臭いには堪えかねている様子で、ジューン・ペイが好きそうな臭いだな、とこぼしていた。

シモキティウスは、彼はこんな臭いが好きなのかと聞いた。

クボティトが、彼はスカトロ専門なんだよねと答えた。

ご存じなかったですかとヒラーノ。

シモキティウスは驚いた。

どことなくうんこが好きそうだとは思ったが、本当にうんこ好きとは思わなかった。

そういうと、クボティトは笑った。

彼は糞で少年を調教するのが大好きなんだよ、とクボティト。

シモキティウスはゾッとした。

あまり関わらないでおこう。

さすがのシモキティウスでもスカトロは受け付けなかった。

そこまで堕ちたくねえ、と感じてしまうほどだった。

そんな様子のシモキティウスを見てヒラーノとクボティトはさらにクスクスと笑った。

三人は歩を進めた。

 

 

ヒラーノがマップを確認する。

カッツが囚われている収容所のすぐそこにあるマンホールを探しているのだ。

しばしの後ヒラーノは、もうすぐですと言い、ライフルを構えなおして前進した。

彼の後に二人が続く。

一歩また一歩と前進する。

そのころにはもう誰も喋らなかった。

先ほどまでの和やかな空気はもはやない。

いよいよだ。

ヒラーノが歩みを止め、ここだ、と言った。

彼のフラッシュライトが上へと伸びるはしごを照らし、ライトの光がそれを辿って上へと向いてゆく。

その先にはマンホールのふたがあった。

あの先が、カッツの収容所だ。

ついにここまで来た。

来てしまった。

シモキティウスが、あれですね、と言い、マンホールを見上げる。

ヒラーノが、行きましょう、と言ってはしごに手をかけ登り始めた。

登った先のマンホールの蓋を、ヒラーノはゆっくりと押し開いた。

わずかな隙間から外の様子をうかがう。

周囲には誰もいなかった。

蓋を外してまずヒラーノは外に出て、銃を構え辺りを警戒しつつ、下の二人に合図した。

まずクボティトが上がる。

最後にシモキティウス。

三人が上がり切ったところで蓋を戻して素早く物陰へと移動、再度マップを確認した。

現在地は収容所から600メートル。

誰もいない路地裏の広場のようなところだ。

周りは建物に囲まれ薄暗く、雨が降りしきっていた。

ヒラーノがマップの現在地と目的地を交互に指さし、ここからが大変だ、と言う。

クボティトとシモキティウスは、強いまなざしで頷いた。

ヒラーノはそれをみて、少し微笑んでこう言った。

「それでは、カッツが監禁されている部屋へ、参りましょう」

シモキティウスは銃を握りなおした。

 



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第5話

シモキティウスたちは雨が滴る狭く暗い路地裏を駆け巡るように移動した。

人の目にも止まらぬ素早さと、気配を消して環境と一体化する沈黙、このふたつこそが隠密の基本であり究極なのだ。

この動と静はシモキティウスが訓練で身につけた賜物だった。

とまるんじゃない、犬のように駆け巡るんだ。

動くな!(ヒゲクマ)

これを繰り返し繰り返し叩き込まれたのだった。

彼は今それを存分に発揮し、ヒラーノとクボティトに追随する。

それを見た二人は、これは頼りになると再確認した。

そしてついに目当ての収容所へとたどり着く。

ヒラーノがグッと左手を挙げて合図し、とある角で止まる。

つきました、と言った。

シモキティウスが角から覗き込んだ。

収容所だ。六階建ての建物で、ごく小さな窓が所々にあるのみ。

さらに高い塀に囲まれて、中の様子はわからなかった。

問題はどうやって入り込むかだが、それはすでに手配していた。

この収容所の職員は勤務にローテーションがあり、週一度全員メンバーが交代する。

それが今日だった。

その中に紛れ込むのだ。

 

それから三人はしばし待機し、交代要員を乗せたバンが複数来たのを確認した。

ヒラーノが用意をしましょう、言い、三人は警備の振りをして近づく。

そして職員の中へと自然に溶け込んでいった。

保安検査の列へと並び、偽造したIDを用意する。

このIDはジューン・ペイが作ったものだ。

彼の腕を信頼しないわけではないが、すんなりと通してもらえるかどうかわからないという不安は、やはり気持ちのいいものではない。

自然と鼓動が早まった。

しかし彼らはプロだった。

緊張を悟らせない立ち振る舞いで検査へ進み、IDを出す。

検査官がそれをスキャンした。

数秒ほど検査官はモニターを見て、彼らをチラチラと上目遣いで見た。

シモキティウスはチラチラ見てただろと言いたくなる衝動を抑えた。

検査官は眉間にシワを寄せ、さらにしばし沈黙した。

まずい。

バレただろうか。

検査官がようやく口を開き、警備員にしては重装備だな、と訝しむように言った。

それもそのはずだった。

彼らは市街戦用パターンの迷彩服に防弾ベスト、サプレッサーまで付いたアサルトライフルや各種装備を身に着けているのだ。

施設警備としては過剰な装備だ。

だがシモキティウスは動ずることなく、我々は奴の移送に備えて送り込まれたんだ、この装備はそのためだ、と答えた。

検査官はそれでも納得しない様子で、それにしては三人とは少なくないか、と返す。

シモキティウスは、あまり大人数では目立つし、俺たちは三人でも十分こなせる、と答える。

検査官は食い下がって、銃にサプレッサーまで付けてるのはなぜかと聞いてきた。

すかさず、ここは市街地だ、万一の時でも市民に余計な不安を与えないためだ、と答えた。

更にダメ押しで、任務はそのIDにある通りだ、通してくれ、と言う。

検査官は腑に落ちないようだったが、小さく頷いて、よろしいと言い、IDをシモキティウスたちへと手渡した。

三人は受け取り、ありがとう、と言って施設内へ入る。

第一関門はなんとか突破した。

そういってシモキティウスは安堵のため息をついた。

それを見たクボティトは、まだ安心しちゃダメよと声をかける。

ヒラーノが、しかしシモキティウスさんはよくやりました、と言った。

ここの検査官はウンェイ一世の下で働く人間にしては有能だ。

あれほど疑り深く職務を確実に全うする人間だということはヒラーノにとっても想定外だった。

シモキティウスはそれをうまくかわして見せた。

ヒラーノはそれを讃えていた。

シモキティウスはようやく役に立てたと内心喜ぶ。

三人はカッツのいる場所へと廊下を進んだ。

 

 

その後、彼らは特に問題なくカッツの収容される独房の前へとたどり着いた。

独房には厚い扉があり、両脇に警備が二人立っている。

彼らを排除してカッツを助け出すのが最も手っ取り早い。

そう判断した彼らは、一斉に二人にとびかかった。

二人はなんだこいつら!?と驚いたが、声を上げる前に気絶させられた。

三人に勝てるわけないだろ、とシモキティウスはひそかに思う。

しかしそれは天井にある監視カメラにバッチリと映っているはずだ。

警備が気づくまで猶予はない。

すぐさまヒラーノがIDをセキュリティにかざし、独房の扉を開ける。

薄暗い独房の中に一人。

カッツだ。

彼はうなだれるようにして座っていた。

彼が首をあげてこちらをみる。

ヒラーノは、カッツ、と声をかけた。

カッツ・ラギレン。

彼は驚いて声をあげた。

ヒラーノ、と。

ヒラーノは、再会を懐かしむ暇はない、すぐにここを出ると言って、竹刀を手渡した。

カッツはそれを握りしめると、生気を取り戻したかのように立ち上がって構え、頷いた。

ジューンが空から回収してくれます、屋上へ出ましょう、とヒラーノが言って、駆け出し、三人はそれに続いた。

 

 

四人はそれから死角をつたい屋上を目指して建物の中を進んだ。

走り、止まり、敵を倒し、また走るを繰り返した。

そして階段を駆け上がり、また上へと進む。

シモキティウスはその時あることに思い至った。

おかしい。

警報が鳴らない。

カッツを独房から連れ出した様子は監視カメラに映っているはずだし、ここでカッツを連れながら逃げている様子も見えているはずだ。

なのになぜ警報が鳴らないのか?

いや、なぜ何もしてこないのか?

シモキティウスが皆にそういうと、ヒラーノが、私もそう思っていましたと言った。

なにかある。

それがヒラーノの考えだった。

クボティトが、私たちは罠に誘い込まれているのでは、と言った。

あそこで何もしないで敵が来るのを待つだけなら、こちらから出向いたほうがマシだ、とカッツがそれに答えた。

シモキティウスはカッツは噂通りの人だと感じた。

また階段を駆け上がる。

六階だ。

ここを上がれば屋上だ。

彼らは屋上へと続く階段へと突き進み、全力で駆け上がった。

その先に扉があった。

ヒラーノが蹴り破る。

収容所の屋上だ。

雨はいつしか激しさを増し、空はますます暗くなっていた。

雨粒が激しく叩きつけ、その音はもはや轟音というべきものだった。

稲光が見え、雷鳴がとどろいた。

その時だった。

稲妻の閃光が屋上に仁王立ちする三人の男を照らし出したのを四人は見た。

黒いコート、サングラス。

腕を組み、足を肩幅にひろげた特有のガイナ立ち。

そして、あの音楽が聞こえる。

そう。

忘れるはずがない。

ワルキューレの騎行。

シモキティウスは全身が総毛立つのを感じた。

奴らだ。

イカセ隊だ。

 

 

イカセ隊とのにらみ合いの中で四人は動けなかった。

攻めあぐねた、あるいは先手を打てなかったと言った方が正しい。

イカセ隊はただ立っているようで、その実は隙がない。

お前のここが隙だったんだよと虚勢を張って攻め込もうものなら一瞬で打倒される。

動けばこちらがやられる。

イカセ隊は四人にそれを感じさせた。

それほどの実力者であるはずだが、しかし彼らはこちらに一向に仕掛けようともしないのだ。

イカセ隊は仕掛けられるはずなのに特有のガイナ立ちのまま微動だにしない。

その不気味さがシモキティウスの恐怖を一層にかきたてた。

雨粒が打ち付け時折雷鳴が轟く屋上で、誰も動かず誰も言葉を発しない。

シモキティウスはどうするかを必死に考えた。

だが、なにも打開策は見つからなかった。

打ち付ける土砂降りを全身に浴び雨水が頬をつたうのを感じながら、ただ銃を構えているだけだった。

双方が動かないまま、永遠のような時間が流れた。

その時、声がした。

そこまでだにょ、動かないでね~。

妙に神経を逆なでする声だ。

四人とも、聞き覚えがあった。

イカセ隊の後ろから、どこからともなく歩いてくる人影。

いっちねんせ~いになった~らと歌いながら歩いてくる。

その姿を見てシモキティウスは驚いた。

カッツ・ラギレンが虐待したという有名な人物だ。

 

ひで、だった——————。



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第6話

ひで。

妙にむかつく顔をした自称小学生。

カッツ・ラギレンに虐待されたはずのクソホモが、イカセ隊を率いてシモキティウスたちの前に立ちふさがっている。

なぜだ?

なぜ奴がイカセ隊を率いている?

なぜホモであるはずの奴が、ホモの敵になった?

降りしきる大雨の轟音をかき消すほどの怒号をカッツが挙げた。

「ふざけんじゃねぇよオォイ!誰が敵になっていいっつった!」

ひではにやりと笑う。

カッツは叫ぶ。

なぜホモの敵になるのか、と。

ひでは語る。

おじさんに虐待されて、ホモたちからそれを笑われた。

それが広まり広まってついにホモでない者からも笑われるようになってしまった。

もはや屈辱は耐えがたい、だからホモを粛清するのだ、と。

ひでの表情はにやにや笑いだったが、声には怒りが見て取れた。

おじさんはしかし、アレはお前が自分から進んで虐待されたんじゃないかと切り返し、言った。

「自分から入ってきたんじゃないか...(困惑)」

シモキティウスもそれには同感だった。

ひでは自分から虐待されることを選んだのだ。

奴はそもそも男優ではないか。

逆恨みでしかない。

シモキティウスがそういうと、ひではそんなこと関係ないにょ、と叫び駄々をこねるように地団駄を踏む。

その場にいた全員がえぇ...(困惑)という感情に包まれる。

その時、まばゆい閃光がシモキティウスたちの目の前を包んだ。

咄嗟に身をひねる。

直後、ビシャンというとてつもない轟音が彼らを打つ。

全身が強く叩かれた太鼓のように波打つような感覚があった。

何事かは一瞬でわかった。

至近に落雷したのだ。

それを食らったのは———。

ひでだった。

ひでは体に稲妻を受け立ち尽くしていた。

服がところどころ焼け焦げてやぶけ、体からは湯気立っており、まるでオーラをまとっているかのようにも見えた。

奴は動かなかった。

死んだのか?

そう思いしばし見ているとひでの両腕がピクリと動く。

彼らは驚いて銃を構えなおす。

死んでいない。

奴はまだ生きている。

そしてひでは両腕を高く空に掲げ、天を仰ぐようにして叫んだ。

「痛いんだよおおおおおおおお!!!!!」

その叫びが町中へとこだまする中で、ひでは腕をゆっくりとおろし、首をブルブルと左右に振ってから、シモキティウスたちを鋭いまなざしで見据える。

その目は先ほどとはまるで違った。

ひでが唸るように言った。

ぼくはひで。超耐久のひで。皆殺しだ————。

奴は右足を踏み出す。

 

 

ヒラーノが怒鳴る。

二人一組で逃げる、ポイントデルタで合流だ、と。

戦闘は避けてとにかく逃げろと言った。

シモキティウスはカッツについてきてくださいと言って、屋上の縁へと駆け出した。

ここは屋上だが、シモキティウスたちにはさして問題ではなかった。

彼らは背中に都市部で立体機動を行うための小型ブースターパックを装備していた。

これによって壁走りや長距離ジャンプなどの常人では考えられない動きをすることができる。

これによって得られる恩恵は計り知れないものだが、訓練によって絶妙なバランス感覚を体得しなければならない上に、連続使用は30分ほどとあまり長くない。

カッツにも渡してはあるが、これを使うのは最終手段だった。

シモキティウスはブースターのスイッチを入れる。

カッツをちらりと一瞥した。

カッツは頷く。

大丈夫、という意味の頷きだ。

シモキティウスは頷き返し、屋上から飛び出す。

目の前に道路。

その両脇にはちょうどいい高さの建物が並ぶ。

彼らはその壁を駆け抜けながら、道路の両脇に建つ建物を、道路を挟んで右、左へとランダムに飛び移る。

追っ手の照準を狂わせるためだ。

待ちゆく人たちは、それを見上げる。

ある者は驚き、あるものはニンジャ、ニンジャと歓声を上げていた。

シモキティウスはそれを視界の端で見つつ、後方のカッツと、さらにそれの後ろに追っ手がいないかを確認した。

今のところ追いかけてくる姿は見えない。

そしてカッツはブースターの訓練をしていないはずだが、苦もなく使いこなしているようだった。

さすが虐待おじさんの異名を持つだけのことはある。

その時、カッツが危ないと叫んだ。

シモキティウスが前を向くよりも早く、ドンという衝撃を受ける。

横腹に蹴りを食らったのだ。

バランスを崩し、建物の壁に打ち付けられる。

カッツはシモキティウスと叫んだ後、竹刀を構えた。

シモキティウスを痛みを感じながら立ちあがり、蹴りを入れた者の姿を探す。

それは、イカセ隊の一人だった。

背中にブースターを背負っていた。

瞬間、先回りされたのだと悟った。

こいつは、一回り上手だ。

戦闘は避けられない。

カッツもその意思を汲み取り、竹刀を慎重に構えながら隙をうかがう。

ならば、とシモキティウスは銃を構え、撃った。

その銃声で騒ぎを聞いて集まってきた野次馬が一斉に逃げ出した。

シモキティウスの考えはこうだ。

奴がこちらに気を取られてくれればその隙ができる。

その時にカッツが一太刀浴びせるという作戦だ。

シンプルだが最も効果があるとシモキティウスは踏んだ。

だが、イカセ隊もバカではなかった。

奴はシモキティウスとカッツを交互に、瞬時に視界に捉えながらその動きを見、的確な回避をしつつ出方を分析していた。

見え透いた罠に気づかぬ三流はウンェイ直属の特殊部隊にはいないことを奴は自身の動きで証明していた。

そして奴はシモキティウスの方がカッツより技量がないことを見抜いた。

奴がシモキティウスに仕掛ける。

リロードのタイミングを見計らい、豪速で間合いを詰めた。

シモキティウスは反撃する間もなく首根っこを掴まれ、なんと片腕で持ち上げられた。

そして投げ飛ばされ、壁に打ち付けられた。

奴はシモキティウスに追撃。

しかし、カッツがそれに割って入った。

カッツは竹刀で奴の腕と鍔迫り合いをし、なめるなよと一言唸って、はじき返す。

奴はまた間合いを取った。

シモキティウスはようやく立ち上がると、カッツに礼を言った。

カッツは、構わないと言ったが、内心ではシモキティウスが心配だった。

シモキティウスは強化されたとはいえ未熟さが見え隠れしていた。

真の熟練であればそれはたやすく見抜ける。

証拠に今こうしてイカセ隊に優先的に狙われている。

果たして自分にシモキティウスをサポートしながらこいつを倒せるだろうか。

シモキティウスがよろめきながら立つ姿を見て、額に汗を流した。

やるしかない。

カッツは攻勢に出た。

竹刀を奴めがけ乱打する。

しかしどの攻撃も防がれる。

弾かれたカッツが受け身を取った一瞬をついて、奴はまたしてもシモキティウスを狙った。

シモキティウスは翻って、必死に逃げた。

カッツは奴に追いついて、斬る。

だがそれも防がれた。

そして、弾き飛ばされ、路面に打ち付けられた。

奴はもうこちらに目を向けていなかったのをカッツは倒れながら見ていた。

シモキティウスだけを向いていた。

ケリをつける気だ。

シモキティウスは狂乱したかのようにあらぬ方向に向かって銃を撃った。

このままではと、カッツは焦った。

すぐさま立ち上がり追いかけようとしたが、その時見ると、すでにシモキティウスは建物の壁を背にして追い詰められていた。

まずい。

シモキティウスがやられる。

 

 

だが、シモキティウスはニヤリと笑った。

銃を真上に向け、連射した。

ガン、という音。

上を見ると、建物の屋上に巨大な日本ペイントの看板があった。

そしてそれが、シモキティウスの放った銃弾で金具が外れたのだろう。

落ちた———。

シモキティウスはとびのく。

しかしイカセ隊は反応が遅れた。

その一瞬の遅れが奴の命取りだった。

ガシャアンという音と共に地面に落ちた日本ペイントの看板は奴の足を挟んだ。

いままで無言を貫いた奴も、それには耐えがたかったのだろう、ぐああという悲鳴のような呻きを上げた。

奴は、身動きが取れなくなった。

カッツは驚いた。

シモキティウスはこれを計算して今まで動いていたのか。

あのイカセ隊を、自らの手の中に誘い込んだと言うのか。

そんなカッツをよそに、シモキティウスは必死に抜け出そうともがく奴の傍らへと悠然と歩いて行った。

シモキティウスはイカセ隊の男を見下ろす。

そして、情けはかけない、と一言呟いて、その頭を撃ちぬいた。

 

 

カッツは、シモキティウスを賞賛した。

よく倒した、と。

シモキティウスは、ほんの思いつきがうまくいっただけです、とほほ笑んで、行きましょうと促した。

カッツは、天才というものを目の当たりにした衝撃を抑えられないまま、シモキティウスに続いた。

二人はポイントデルタに向けて移動を始める。

目的地はそう遠くない。



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第7話

シモキティウスとカッツ・ラギレンはポイントデルタへと向かった。

ビルの間を縫うようにしてブースターパックを吹かし、道行く人の頭上を駆けて行く。

激しかった雨は、小降りになっていた。

雲がちぎれ、日差しがその切れ間から差し込み始めている。

時刻は16時30分。

すでに日は傾き、雨に濡れた町は夕焼けのオレンジの光を反射し、懐かしさを匂わせる美しさでシモキティウスを魅了した。

平和な景色を穏やかに眺めていたあの頃へ戻りたい。

ノスタルジックな街の風景は時に残酷なものだった。

今のシモキティウスには思い出したくないことまで思い起こさせた。

安寧だったあの日からずいぶん遠くへ来たものだ、ホモの弾圧が始まったあの日から。

あの日バーで飲んで、迫真空手の三人が撃たれて、逃げのびて———。

シモキティウスはほろりと涙を流す。

後ろに続いていたカッツはそれに気づいた。

夕日がシモキティウスから後ろへと飛んで行く涙をきらめかせている。

カッツは声をかけようとし、しかし少し考え、口をつぐむ。

ヒラーノが言っていた。

彼は少し前までは普通の青年だったのだ。

ここまで無理をたくさん重ねてきたはずだ。

この自分のために、とカッツは不甲斐なさに歯ぎしりをした。

こんな若者まで戦わせてしまった。

先ほどの戦いも。

情けない。

そう思えばこそシモキティウスにかける言葉などない。

もっと、強くならなければならない。

二人は何も語らぬまま、合流地点へと向かった。

 

 

ポイントデルタ。

そこはニコファレの町の郊外にある運動場だった。

周辺の人家はまばらで、そこもほとんど人が使うこともなく寂れた雰囲気に包まれていた。

シモキティウスが到着すると野球少年が数人遊んでいた。

よく見るとなんとその中にクボティトが混じっている。

シモキティウスが「なにやってんだあいつ...」と呟いて近づくと、クボティトがこちらに気づいた。

「あらシモキティウスさんいらっしゃい!」

とクボティトが言い、無事でよかったとハグをしてきた。

先に到着して待っている間、こどもたちと一緒に遊んでいたとのことだった。

あのさぁ...こっちの事情も考えてよ、という感じでシモキティウスがこれまでの経緯を話した。

イカセ隊を倒した事をきいたクボティトはたいそう驚いた。

本当なのか?とカッツに聞く。

「ホントだよ。おじさんはひでと違って嘘つかねえからな」

とカッツが答えると、クボティトはウルトラマン!と意味は分からないがとりあえず賞賛してくれていると理解できる言葉をかけてくれた。

しかしヒラーノの姿が見当たらない。

それを聞くと、一足先に戻ってヘリに乗って戻ってくる手筈とのことだった。

しかし、とシモキティウスは思う。

来るときの輸送機はジューンが遠隔操縦していた。

ヘリはだめなのか?

そういうとクボティトは、これから夜間飛行になる、ナイトビジョンでの遠隔操縦は困難だし、ヒラーノに任せるのが確実だ、と言った。

シモキティウスはなるほどと頷く。

ヘリはあと10分で来るとのことだった。

ここでしばらく待つ。

クボティトが家に帰ってゆく子供たちに手を振るのを横目にみながら腰をおろした。

今日は疲れた。

帰ったらゆっくりと休もう。

 

その時だった。

グラウンドの隅にある小屋の裏から、小屋を飛び越えるようにして何か飛び出したのが見えた。

ゆうに10m近い高さまで飛び上がったそれは、シモキティウスたちの前にドスンという音を立てて着地する。

片膝を立てて、片手の握りこぶしで地面をつく。

スーパーヒーロー着地だ。

だが、それはヒーローではなかった。

ひで、だった。

ひではにやついた顔とともにゆっくりと立ち上がる。

カッツが怒鳴る。

「ふざけんじゃねえよオォイ!誰が追っかけてきていいっつった!」

ひではしかし全く動じず、逃げられないにょ~とムカつく声で言う。

そしてその後ろから、またしてもあの音楽が聞こえた。

ワルキューレの騎行。

それと共にイカセ隊が二人現れる。

ひではイカセ隊を制す。

ぼく一人で充分だ、と言った。

おじさんが「おじさんのこと本気で怒らせちゃったねえ!」と言って竹刀を構えた。

その構えは、素人目だったが、先ほどとは違うとシモキティウスは感じた。

卍解~!とクボティトが言う。

卍解。

噂には聞いていた。

カッツの奥義。

自らの精神を極限にまで昂らせることで初めて発動する究極の虐待の技だ。

ひでは顔をゆがませ、それだ、と言った。

その技がかわいいぼくを虐待したんだ!

ひではカッツに鋭く突進した。

しかしカッツはすばやく身を翻し、足をかけてひでを転ばせた。

ひではヨツンヴァインになる。

カッツは間を置かず「クチクチ、口開けろ口」といってひでの口に竹刀を突っ込む。

しかしシモキティウスからは竹刀に口をつっこむ様子が見えなかったため、何やってるかよくわからなかった。

そしてカッツは素早くひでの背中を竹刀で連打する。

タンタンタタタンタン!という軽快な音とともに、カッツは「どうでちゅか~」と挑発した。

痛いんだよお!とひでは叫んでカッツを殴る。

しかしカッツはその拳が届く前に素早く飛び退り、さらに踏み込んで竹刀を叩きこむ。

卍解した竹刀の渾身の一撃は超耐久のひでの装甲をも貫いてダメージを与えた。

ひではもだえ、倒れこそしなかったが、苦痛に身をよじらせた。

その動作はまるで深々と一礼しているようだった。

ひでは「あああああああもうやだあああああ!!!」と叫ぶ。

カッツは「痛いのはわかってんだよオラァ!!YO!!!」と怒号をあげた。

ひではしかし、ただ虐待されただけのあの頃とは違った。

奴はゆっくりと立ち上がる。

カッツは構え直す。

だが、ひではカッツに攻撃はしなかった。

唐突にクボティトを狙ったのだ。

油断していたクボティトはかわすことができなかった。

持っていた銃を盾にして咄嗟に防御したものの、強烈なパンチに数m飛ばされる。

地面に打ち付けられたクボティトは、その衝撃で呼吸困難に陥った。

銃はぐちゃぐちゃだ。

次はこっちを狙ってくる、と咄嗟に思ったシモキティウスは防御の体勢を取ったが、ひでは視界から消えていた。

どこへ行った?

その時すぐ後ろでドスンという音がした。

シモキティウスは直感した。

奴はジャンプして背後へ回り込んだのだ!

しまった、と思う間もなく、ひではシモキティウスの首に腕を回し、締め上げるようにしながらシモキティウスを抱え上げた。

苦しさに悶えシモキティウスは暴れたが、ひでの超耐久ボディが生み出すパワーにはかなわなかった。

カッツは、てめぇ!と叫んだ。

ひでは、ホラ打ってこい打ってこいと挑発した。

打ってくればこいつに卍解竹刀が当たるにょ~と笑う。

シモキティウスはこの卑怯クソホモめと歯ぎしりをする。

カッツは動けなかった。

打ち込んだらシモキティウスまでやってしまう。

飛び道具でケリをつけてもいいが、クボティトの銃は壊された。

どうすればいい。

シモキティウスは首を絞めつけられる。

こいつは死んじゃうにょ~とひでは笑った。

だが、クボティトが叫んだ。

シモキティウス!目をつむれ!

シモキティウスは一瞬驚いてクボティトを見た後、ギュッと目をつむった。

直後に、目をつむっていても目の前が一瞬明るくなったのを感じた。

それは眩しささえ感じた。

そして、首を絞めていたひでの腕が解かれたのを感じる。

シモキティウスは地面に手をついて四つん這いの姿勢で咳き込んだ。

何が起こったのかはシモキティウスには察しがついた。

目をつむれとクボティトが言って、一瞬彼を見たとき、手にデバイスを持っていた。

それを確かめるようにクボティトを見ると、彼は確かにそれを構えていた。

アレだ。

カッツを助けるために下水道に入るときに使った、レーザーブリーチャーだ。

ひでの目に向かって、最大出力で照射したのだ。

ひでは「痛い痛い痛いやだぁぁぁあああぁぁあああ」と叫びながら目を両手で押さえてのたうち回っている。

どれだけ体が超耐久であっても、目や網膜、視神経は鍛えられない。

一瞬で失明しただろう。

そして、ひでは翻って、走り出した。

あらぬ方向へと脱兎のごとく駆けながら、イカセ隊どこだ!と叫んでいる。

イカセ隊の二人はひでを保護するようにして、撤退して行った。

 

 

シモキティウスとカッツはクボティトに礼を言った。

あんなことを思いつくとは脱帽したよ、と言うと、クボティトはよしてくれと言った。

それは謙遜ではない口調だった。

彼は少し落ち込んでいるようにも見える。

しばし沈黙した後、レーザーで失明させるなんて人道的ではない、とクボティトは俯いてぽつりと言う。

あの場合は仕方なかった、とカッツは言うが、クボティトの気分は晴れないようだった。

その時、シモキティウスが少し離れたところにメモ帳のようなものが落ちているのを見つけた。

なんだろうと近づいて、それを拾い、読む。

その内容にシモキティウスは目を見開いて驚いた。

これは—————。

シモキティウスは二人に振り返って、おい、これを見てくれ、と言ったが、それはヘリのローターのバタバタバタバタという音と砂煙にかき消された。

ヒラーノが来たのだ。

着陸したヘリにクボティトとカッツが乗り込み、シモキティウスを手で招く。

シモキティウスはメモを握りながら、ヘリへと歩き出した。



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INM爆弾阻止編
第8話


ヘリは無事に飛び立った。

ヒラーノの要塞、緊縛の館へと向かっていた。

カッツは無事に救出し、イカセ隊の一人を倒し、ひでに深手を負わせた彼らは、戦勝の気分に浸るはずだった。

だがその気分は、シモキティウスの持ち帰ったメモによって沸き起こるのを阻まれることとなった。

みんな見てくれ。

そう言って、シモキティウスはヘリが飛び立つのもそこそこに、みんなにメモ帳を見せた。

なんだ、とカッツとクボティトがのぞき込む。

そこにはこう書かれていた。

 

 

INM BOMB DETONATE

RIKKYO University 0334 1919

SHIMOKITAZAWA 0364 0810

 

 

INM爆弾だと、と二人とも声を上げた。

それをインターカムで聞いていたヒラーノも、INM爆弾がどうしたんですか、と言った。

シモキティウスは、爆弾による攻撃計画です、と伝えた。

立教大学、3月34日19時19分。

そして下北沢、3月64日8時10分。

大変なことになるぞ、とカッツは頭をさする。

INM爆弾。

二コニカが最近開発したと言う新型爆弾だった。

正式名称は、Inversion to Nonke Mankind Bomb.

ノンケ人類へ逆転させる爆弾という意味だ。

その頭文字をとってINM爆弾。

つまり、その爆発に巻き込まれれば、ホモは強制的にノンケへと転向させられてしまう。

立教大学はホモのエリート学校、下北沢はホモのメッカと呼ばれる場所だった。

部活終わりのお盛ん(意味深)な時間と、通勤ラッシュの時間を狙えば、効果的にホモを潰せる。

その腹積もりであることは明白だった。

クボティトはなんて非道なことだと怒る。

ヒラーノはしかし冷静に、まずは帰りましょう、と言った。

日が落ち、東から夜の闇が触手を伸ばすように地面を覆っていく様を見ながら、ヘリは飛行した。

 

 

緊縛の館に戻った彼らはその日は食事をとってシャワーを浴び、眠りについた。

だがシモキティウスはなかなか寝付けなかった。

ウンェイはあれだけの虐殺をしておいてまだ満足していないのか。

一体奴はどれだけの人々を苦しめれば足りるのか。

そう思いつつ寝返りを打つ。

INM爆弾を使えば、大勢の人がホモでなくなってしまう。

INM爆弾。

最悪の手段に出てくれたものだ。

また寝返りを打つ。

そういえば、と ふと思う。

なぜ奴はホモを弾圧し始めたのか。

最も根本的な部分をシモキティウスは忘れていたことに気づく。

なぜ奴は急にこんなことを始めたのか。

なぜだ?

ウンェイがホモを特段嫌っていたという噂は聞いたことはなかった。

そのようなきっかけを生む事件や事故のニュースも聞いたことがない。

更に、今ホモの弾圧を始めてから、その理由がなんなのかという公式な発表さえ聞いたことがなかった。

なら、なぜ?

あれこれと想像をしたが、それがしっくりイメージとして結ばれることはなかった。

そうこうしているうちに、シモキティウスはいつのまにか眠っていた。

 

 

翌日目が覚めたシモキティウスは支度を済ませると部屋を出て作戦室へと向かった。

既に皆が集まっていた。

おはようと挨拶を交わしながら作戦卓につき、会議が始まる。

立教大学でのINM爆弾起爆阻止に関してだ。

まず情報担当のジューン・ペイが二コニカ政府の機密情報にアクセスして調査したところ、情報は事実であるとのこと。

さらに、INM爆弾はどこかに保管されているわけではなく、常に移動しておりそれを捕捉することは困難である。

よって、起爆直前に運び込むところを襲撃し、起爆を中止させる方法が最も確実であるということ。

それから、現時点までで計画に変更は確認されていないとのことだった。

シモキティウスがメモを拾って来たことでこちらが計画を掴んだと悟られている可能性を考えなくてはならないが、変更されていないうちは、相手に気づかれていない可能性の方が高い。

ジューンはそう言った。

しかしクボティトは慎重になるべきだと言う。

わざと気づかぬふりをしてこちらを誘い込もうとしている可能性もある、と彼は言った。

カッツは、確かにイカセ隊の一人を倒したうえに、ひでにダメージを与えたのだから、妙手を打ってくる事も警戒しなければならない、と言う。

だが、ヒラーノは、とにかくそれが罠であっても止めないわけにはいかない、と発言した。

それには皆頷いた。

今回も前回と同じ手で行く、と言いながらヒラーノがプランを説明した。

立教大学は二コニカの北西にあった。

広大な敷地面積を持ち、その広さは114514810平方メートルにも達する。

大学というよりは町そのものといったほうが近いものだった。

だがしかし、ホモが集まるのはその中央にある巨大な講義棟だけだ。

INM爆弾を仕掛けるなら、そこだろう。

だから、前回と同じ要領で、学生に扮装して潜入するというのが、ヒラーノの計画だった。

しかし問題があった。

講義棟と言っても、その建物は30階建て、各階のフロアの広さもショッピングモールほどはある。

この人数だけで探すには広すぎる。

シモキティウスがそういうと、ジューンが待ってましたと言わんばかりにデバイスを机の上に置いた。

INM爆弾用探知機だった。

INM爆弾の起爆装置は電子制御式だった。

この爆弾は危険性の高い爆弾であるがゆえ、万が一の誤作動を防ぐ安全目的で、それ専用の暗号化された信号電波でのみ制御装置が起動し、起爆するという仕組みになっている。

これはそれを逆手に取ったもので、爆弾をセットし起動させる時の電波を検知し、逆探知するパッシブ式探知機ということだった。

ジューンがINM爆弾のデータを盗み出して造った優れモノだ。

爆弾は設置してから運んだ人間が逃げるために、爆発するまである程度の時間は必ず用意するはずだ。

その時にこのデバイスを使用して爆弾の所まで移動、起爆を中止させる手筈だ。

クボティトが、起爆を中止させるにはどうすれば良い、と聞く。

ジューンが答える。

制御装置を撃って破壊すればいい。

この爆弾は人をノンケにする成分を爆発の過程で生成し、同時にその爆発によってまき散らす仕組みになっている。

つまり、爆発さえ起こさなければ問題ないということで、更にこの爆弾は制御装置から正しい電圧を加えられた時のみ爆発反応を起こすものだ。

だからもし爆弾自体を撃ってしまっても誘爆の危険はないとのことだった。

了解した、とシモキティウスは答える。

誰か他に何かあるか、とヒラーノが言った。

皆、全て了解という表情で小さくうなずく。

しかし、ここでカッツが言った。

俺は今回パスさせてくれ、と。

クボティトがどうしたのかと聞くと、カッツは修行がしたいと言った。

どういうことかとシモキティウスが言う。

カッツは決意を固めた表情で、俺はもっと強くなりたい、ひでをあんなにしたのは俺だ、俺が始末をつける。

そのためには俺はもっと強くならなければならない、とカッツは拳を固く握る。

ヒラーノが、わかりましたと言い、この作戦は我々三人で行きましょうと言いながら立ち上がる。

決行は34日。

すなわち5日後だ。

全員がテーブルから立ち上がる。

ヒラーノが、それぞれが今できる全力のことをやりましょう、と発破をかけた。

ホモのために、とクボティト。

そしてシモキティウスとカッツも、ホモのためにと言った。

ヒラーノが解散と言い、彼らは部屋から出て行く。

今できる全力のことを。

その言葉はシモキティウスを勇気づけていた。

もう後ろは振り向かない。

もう悲しみは繰り返させない。

必ず止めて見せる。



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第9話

シモキティウスとヒラーノ、クボティトは車に乗り立教大学に向けて幹線道路を走っていた。

運転はクボティト。

助手席にヒラーノ。

そしてシモキティウスが後部座席に座っていた。

時刻は午前10時。

ヒラーノが口を開く。

INM爆弾を使うとは、ウンェイはやりすぎだ。

あれだけやってまだやり足りないのは信じられない、しかも立教大学を狙うなんてと彼は言った。

立教大学は外資が運営する大学だった。

さらに大学には自治権が与えられている。

つまり、立教大学の敷地内は治外法権と言っても過言ではなかった。

そこを攻撃するということはすなわち国際問題にさえ発展する恐れがあるのだ。

シモキティウスが今度は口を開く。

たしかにやりすぎだ。

そうまでしてホモを絶滅させたいのか。

そもそもなぜそうまでしてウンェイはホモを突然絶滅させようとしたのか、その動機はなんなのか、と。

そういえば考えていなかった、何がきっかけだったのか、とクボティトが言った。

シモキティウスが、何かそれに関して情報はないんですかと聞くと、二人とも、考え込んんだまま、何も言わなかった。

どうやら誰もこの一連の出来事の発端はなんだったのか知らないらしい。

しかし、深い理由もなく完全な思い付きでこんなことを始めるはずはない。

ウンェイはそもそも暴君として名を轟かせるような人物ではなかった。

むしろ慈悲深いことで有名だったし、だからこそ二コニカの町は多様な人々が自由を謳歌することを許されていたのだ。

考えれば考えるほどわからなかった。

シモキティウスが難しい顔をしていると、クボティトが、今のまま戦い続ければいずれ奴に会う、その時に聞けばいい、と軽い口調で言う。

腑に落ちないところもあったが、考えても仕方のないことだ。

それもそうだなと答え、シモキティウスはそのことについて考えるのを今はやめることにした。

 

 

 

一方そのころ、カッツ・ラギレンは緊縛の館にて修行を続けていた。

緊縛の館にはサッカーコート二つ分ほどの巨大な運動場があった。

そこはシモキティウスも訓練を受けたところで、模擬戦闘訓練もできるほどの広さと設備が整っている。

今カッツはそこで、竹刀を構えた訓練ロボットと相対していた。

カッツは所詮ロボットが相手と、たかをくくっていたが、その実これがよくできたもので、達人レベルの強さで相手をしてくる恐ろしいものだった。

これでこそ修行だとカッツは鋭い表情になる。

だがその頬には驚きや焦りを現すかのような汗がつたっていた。

こいつは強い、だからこそ落ち着け。

相手の動きを見極めろ。

手の動き、足の動き。

そう自身に言い聞かせる。

互いに剣を構え直す。

 

いくぞッ!

キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!

むっ、さすがは達人レベルだ。

イカセ隊やひでとは、剣速も重さも比べ物にならない。

キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!

カッツが跳び退って間合いを取った。

 

カッツの剣筋は鋭かったが、このロボットはそれを全て見切って受けた。

やはり、キンキンキンキンなどというレベルの低いことをやっていては敵うはずもない。

カッツは腹をくくる。

自らの限界を超えた力を使わなければならない。

ここでカッツはハッとした。

そうだ、修行とは本来そういうものではないか。

もうダメだと自分で感じる場所の、さらに一歩先。

そこに到達できてこそ、自分の殻を破り成長できるのだ。

長い間"虐待おじさん"の名誉に甘え、初心を忘れていたことにカッツは気づいた。

やってくれるじゃないか、このロボットは。

カッツはニヤリと笑う。

なら俺もやってやろうじゃないか。

竹刀を握りなおし、カッツは卍解する。

覚悟完了。

卍解のその先、見せてやる————。

 

 

 

正午。

立教大学へと到着していたシモキティウスたちは探知機を作動させ待機していた。

クボティトの提案で昼食をとることになり、彼らは学食にいた。

学食といってもよくあるフードコート形式のようなものではなく、値段は学生向けで比較的安めなものの、格式高い内装が施されており、なんとウェイターさえ配置されている。

三人はマフィローという青年にテーブルに案内され黄色い色のウェルカムドリンクを出され、前菜にデジタルスティックという名前のベジタブルスティックを出された。

それを食べながら彼らはそれぞれメニューを見ていたが、どれも名前がおかしく皆"クソ"という文字が入っていた。

シモキティウスはミートクソーススパゲティ、あとの二人はクソハンバーグを注文した。

どんな料理なんだろうと内心ドキドキしていたが、出てきた料理は普通のスパゲティとハンバーグだった。

ただ、味は今まで食べたことのないほど極上だった。

ヒラーノとクボティトも美味い美味いと顔をほころばせて食べている。

言うなればクソ美味いと言うべきだろうか。

そうか、だからクソが名前に入っているのか、などとくだらないことをつい思ってしまう。

シモキティウスは完食した後、ウェイターのマフィローに、これはどうみても普通のスパゲティとハンバーグだが、どうしてこんなに美味いのか、なにか隠し味があるのか、と聞いた。

するとマフィローはありがとうございますと頭を下げ微笑んだまま、隠し味に関しては口をつぐんだ。

シモキティウスは少し訝しんでマフィローを見ると、彼は微笑んでいるものの目が笑っていないことに気づいた。

その表情はなんとも微妙なもので、すこし焦っているような感じさえする。

聞かないでくれと言いたいような—————そこまで考えて、ハッとし、自身が完食した皿と、まだ食べている二人を見て血の気が引いていくのを感じ取った。

だがシモキティウスは大人だった。

まだ目の前で二人が食べているのだ。

知らぬが仏ということもあるし、自分の考えすぎということもある。

企業秘密だから言えないのだ、シモキティウスはそう思いこみ黙ることにした。

 

 

 

その時、探知機が鳴った。

ピーピーピーという音。

ヒラーノが釣りはいらないと言ってテーブルに紙幣を置く。

そして三人はそれと同時に駆けだした。

場所はどこだ、とクボティト。

ヒラーノが探知機を見て、屋上だと答える。

屋上だって?とシモキティウス。

INM爆弾の加害半径は実はそこまで広くない。

最も条件の良い場所でも半径100mに届くかどうかというレベルだった。

この講義棟の高さがちょうど100mを超えるくらいなのだ。

効果的に使用するには真ん中の階で起爆させるのがセオリーだと彼らは予想していた。

どういうことなのかとクボティトが言ったが、ヒラーノはわからないと答える。

わからないことだらけだが、今はとにかく屋上に行けばいいんだな、とシモキティウスが言う。

ヒラーノとクボティトが頷く。

彼らは講義棟を上へ上へと駆け上がっていった。

 

 

 

屋上への扉。

ヒラーノがそれを蹴り破る。

それを見たシモキティウスは、まるでカッツを救出に来た時みたいだなと思う。

外に出る。

広い広い屋上の真ん中に、ポツンと物体が置かれている。

INM爆弾。

だが、それだけではなかった。

その後ろ、一人の男が背中を向けて立っている。

三人はその男に銃を構える。

ヒラーノが、動くな、と言った。

男が言った。

やはり、来たか。

そして、こちらに振り返る。

男は独特なバイザーを身に着けていた。

顔は見えない。

だが、彼らはすぐにこれが誰かを知ることになった。

お前がこれを運んだんだな、とヒラーノ。

すると男はこう答えた。

そうだにょ、ぼくが運んだんだにょ。

男はそう言い終えるとにやにやと笑う。

シモキティウスは驚いた。

語尾に"にょ"をつけるこの喋り方、まさか。

男がにやにや笑いのまま、言った。

この屋上、なんだかあの時と似ているね。

忘れたとは言わさないにょ。

シモキティウスは確信した。

そうだ、こいつは、ひでだ!

変わり果てたひでが、怒るように言う。

そうさ、ぼくはひで、超耐久のひで。

今度こそ、殺してやる——————。



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第10話

立教大学の屋上でシモキティウスたちは独特なバイザーを装着したひでと相対していた。

三人は銃をひでに向け撃とうとした。

しかし、撃つ直前にシモキティウスは見た。

赤色に発光するバイザーの光が尾を引いたのを。

発射された弾丸はひでに当たることはなく、攻撃を被ったのはこちらだった。

ドンッという音と共に、ヒラーノが後ろへと吹っ飛んだのを、シモキティウスは見た。

そして、ヒラーノがいたところに、ひでが正拳突きのポーズで残身していた。

ひでは一瞬にしてヒラーノまで距離を詰め、一撃を放ったのだ。

弾丸さえ避けるほどの速さで。

この前とは、まるでちがう。

ひでのたった一撃によって、これまで味わったことのないほどの驚愕と恐れをシモキティウスとクボティトは味わった。

こいつは本当にひでなのか。

人間ではなくなったのか。

ヒラーノは後ろへ吹っ飛ばされた。

助けに行くべきだが、体がすくんでいる。

情けないことだが、動けば殺されるような感覚さえ沸き起こった。

シモキティウスは思わず口が半開きになってしまう。

どう?速いでしょ、とひで。

お前たちが失明させてくれたおかげで、ぼくはバイザーを神経接続して、脳内物質のコントロールによって反応速度と運動速度を数倍に強化されたんだにょ、お前たちには感謝しているにょ、とひでが皮肉を言いながら顔をゆがませるように笑った。

その表情は笑っているようにも見えるし、怒っているようにも、泣いているようにも見えた。

この間とは違う雰囲気があるのをシモキティウスは感じ取った。

どこか、悲しい気持ちを含むような。

ぼくは身も心もささげたんだ!もうぼくはぼくじゃない!とひでは叫び、怒りを込めてドンと床を踏む。

その音でシモキティウスは我を取り戻す。

そして、クボティトに、ブースターパックを使え、と叫んで自身もブースターのスイッチを入れる。

生身では戦いにならないのは明白だった。

高速機動戦に頭を切り替え、二人はひでを攪乱するように動き、隙を伺いはじめる。

 

この時、二人はヒラーノのことを介抱しに行く余裕はなかった。

ヒラーノは立ち上がれない様子だったが、手足を動かして呻いていたし、すぐにケリを付ければなんとかなるだろうという算段のもとに動いていた。

なんとしてもすぐにコイツ———ひでを倒さねばならない。

そればかりを考えていた。

 

シモキティウスはとにかく奴を誘い、隙を作るべきだと判断した。

一発を撃つ。

躱される。

右にブースターで飛びながら撃つ。

それも躱される。

その直後、ひでの背後に回り込んでいたクボティトが撃つ。

それもひでは一瞬でクボティトに振り返り、弾丸を見切り躱した。

シモキティウスに背後を向けた形になった。

ならば、と今度は当たりをつけず、なおかつクボティトに当てないように、辺り一面に弾丸をばらまくようにして撃つ。

ひではこちらに振り返り、その弾丸全てを見切って避けた。

こいつは尋常ではない、とシモキティウスは緊張する。

だが、とふと気づく。

ひではあれほどの速度なのにさっきから仕掛けてこない。

なぜだ。

シモキティウスたちはブースターで目まぐるしく動き回っているとはいえ、今のひでならやろうと思えば間合いを詰めて打撃を見舞うこともできるはずだ。

なぜ攻撃してこない。

その答えはひでが自ら語り始めた。

お前たちは、道連れにするんだにょ。

お前たちは、ぼくといっしょに死ぬんだにょ。

お前たちは、あれがINM爆弾だと思っているんだろ?

シモキティウスはどういうことだと言ったが、ひではニヤリとするだけだった。

あれはINM爆弾ではない?

だったらなんなんだ!とクボティトが言う。

ひでもそれにはにやついたまま答えなかった。

そのままひでは仕掛けもせず、答えもしなかった。

しびれを切らしたのかクボティトがひでと戦うのをやめ、爆弾へと向かった。

だが、ひではそれを見逃さなかった。

クボティトに一気に距離を詰める。

しかし、クボティトが動いた時にシモキティウスはそれを予期していた。

シモキティウスはひでに照準を合わせ、撃つ。

ひではそれを見切り、最小の動きで回避する。

その回避の動きが打撃の動作に影響してしまったのか、クボティトに致命傷を与えることはできなかった。

それでもクボティトを悶えさせるには十分だった。

クボティトは倒れこむ。

シモキティウスがクボティトを援護しようとする前に、ひでがクボティトの首を掴んで羽交い絞めにした。

ひでは笑う。

ぼくを失明させたのは、お前だったね?

楽に死ねると思わないほうがいいにょ。

シモキティウスは銃を構えたまま、しかし撃てない。

撃てばクボティトに当たる。

ひでは羽交い絞めにしたクボティトを常にこちらに向けている。

回り込めない。

お前はそこでこいつが死ぬ様を見ていればいいにょ~とひで。

シモキティウスは打開策を思いつけないまま、空しく動き続ける。

どうすればいい。

どうすればいい!

その時だった。

バシィン!という音。

クボティトを締め付けていた腕が緩み、クボティトは地面に倒れこみ、咳をする。

ひでがヨツンヴァインに倒れる。

そしてその後ろには、竹刀を構えたカッツがいた。

すぐ上にヘリがいた。

アレに乗って駆け付けてきたのか。

カッツがひでに言った。

お前をそんなんにしちまったのは、俺だ。

俺が始末をつけてやる。

カッツは竹刀を構え、卍解した。

それはシモキティウスのような道を極めていない者から見ても空間がゆがむようなオーラを感じ取れるほどに強力な力を感じさせた。

ひでが立ち上がって言った。

おじさん、もう、やめちくりとは言わないにょ。

そして、ひではカッツに突進した。

シモキティウスから見て、残像を残して消えるほどの速度だったが、それはカッツからすればあくびが出るものだった。

カッツは見切る。

そして、決着は一瞬だった。

研ぎ澄まされた達人の戦いは、バトル漫画のような攻防を繰り広げることなく一撃で勝敗を決めるという。

それをシモキティウスは目の当たりにした。

何をしたのかさえわからないほどに素早い。

シモキティウスにはカッツが立ったまま何もしなかったようにさえ見えた。

ひでは、激しく血を噴き出した。

数歩よろよろと歩き、バタリと倒れこむ。

なんという強さだ。

シモキティウスが驚いて呆然としていると、カッツがINM爆弾は解除したのか?と言った。

ハッとして、まだだ、と言うと、カッツがボールのようなものを爆弾に向かって投げた。

電磁波で局所的に電子機器を狂わせるEMPボムだった。

カッツが、これで大丈夫だ、と言ったが、次の瞬間叫んだ。

ヒラーノが倒れたままだ。

シモキティウスと、カッツ、そして回復したクボティトの三人が、ヒラーノの所へと駆け寄る。

ヒラーノは呼吸も絶え絶えになっていた。

ヒラーノ、と言って体をさすったが、反応はほとんどない。

肋骨が折れて肺に突き刺さっているようだった。

まずいことは明白だった。

シモキティウスは血の気が引くのを感じた。

ヒラーノが、死んでしまう。

自分の所為なのか。

シモキティウスはすぐに介抱をしなかった判断に悔い、しかしどうしようもないやり場のない気持ちに翻弄されるがままだった。

すぐにヘリに運ぶぞと言ってとクボティトは言い、シモキティウスと共にヒラーノに肩を貸し、歩き出す。

その時、ひでがとぎれとぎれの弱り切った声で言った。

INM爆弾なんて悪い冗談さ。

どうせみんな死ぬんだ。

あの方が———。

そこまで言って、ひでは息絶えた。

カッツが爆弾を回収しながら、ひでの傍らに立ち、こう言った。

ひで。

すまなかった。

カッツはひでの亡骸に竹刀をそっと添える。

 

 

ひでを倒し爆弾を回収した四人はすぐさまヘリに乗った。

緊縛の館へと帰還の途に着いたが、しかしヒラーノの容体は思わしくなかった。

ヒラーノ!と声をかけるが、帰ってくる声はか細い。

ヘリの中には手術道具はない。

緊縛の館に帰ってからでは間に合わないだろう。

近くの病院に願おうものなら即座にイカセ隊がやってくる。

最早、どうしようもなかった。

死にゆくヒラーノを見ているしかなかった。

ヒラーノが小さく言った。

シモキティウス、あとを、頼みます。

そして、ヒラーノはゆっくりと目を閉じていった。

シモキティウスとクボティトは静かに泣き、カッツは俯いた。

ヒラーノはもう戦えない。

爆弾起爆阻止成功に払った重い代償を受け止められないまま、彼らを乗せたヘリは緊縛の館へと帰っていった。



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第11話

ヒラーノの死。

それが重くのしかかる。

今までこのメンバーを引っ張ってきたのはいつもヒラーノだった。

明確なリーダーを欠いた組織は誰かがそれを引き継がなければ瓦解するのはわかっていたものの、後継を託されたシモキティウスは果たして自分に務まるものなのかと不安だった。

なにより、ヒラーノを後回しにしてひでと戦う判断そのものが、彼を殺してしまったのではないかという自責の念が強くシモキティウスの心に深く沈殿していた。

皆は、あの時は仕方なかったと慰めるように言うが、それでも彼は気持ちの整理を付けられないでいた。

緊縛の館の屋上で葬儀が執り行われていた。

ジューンが弔辞を読み上げる。

しかしその声はシモキティウスにはどこか遠くに聞こえるようだった。

棺に収まったヒラーノの顔。

穏やかな表情だ。

眠っているような、今にも動き出しそうな。

ヒラーノとの思い出が駆け巡る。

出会ってから1年もたっていないのに、彼とはたくさんの記憶が刻まれていた。

初めてここに来たこと。

一緒に訓練をしたこと。

一緒に戦ったこと。

三発の弔銃。

それと共にヒラーノの棺に釘が打たれ、無人機に乗せられて飛び立ってゆく。

ソーラーパネルを付けて高高度を永遠に飛び続ける無人機。

ヒラーノの遺言だったらしい。

それが点になって、見えなくなっても、シモキティウスはそこを動けなかった。

見かねたカッツが肩を叩き、行こうと言った。

シモキティウスにはそれは聞こえていたが、体が動かなかった。

シモキティウス!とカッツ・ラギレン。

それでも体が言うことを聞かなかった。

精神と肉体の乖離というべきだろうか、ここにいるようでどこにもいないような感覚。

心にぽっかりと開いた大穴が精神を引きずり込んで、中身を抜き去ってしまったかのようだった。

いまの自分はからっぽだ、とうつろに思った。

カッツは、シモキティウスを右ほおを思い切り殴る。

「悲しいのはわかってんだよおいオラァ!YO!!!」

カッツの叫び声は震えていた。

彼は泣いていた。

クボティトが「まずいですよ!」とすかさず止めに入る。

だがカッツは「離せオォイ!」と収まらない。

カッツがクボティトに静止されながら、言う。

ヒラーノはな、お前に後を託したんだよ。

そのお前がそんなんでどうすんだよ!

シモキティウスは何も返せない。

カッツはそのまま続ける。

お前、あいつが死んだのは自分の所為だって思ってるんだろうけどな、あいつは最後の瞬間までお前を信じてたんだよ!

だからお前に託したんだよ!

ヒラーノの分まで戦って見せろ!

シモキティウスはその言葉にハッとした。

カッツは、クボティトを振りほどくと、お前はあいつのためにやれるだけのことをしろ、お前が責任を感じているなら、それがお前ができる唯一の責任の取り方だ、と言って緊縛の館へと入っていった。

クボティトもそれに続く。

シモキティウスは一人残った屋上で、ヒラーノの飛んで行った先を見つめ、拳を握った。

ヒラーノ————わかりました、と心の中でつぶやく。

精いっぱい、やるだけやってる。

シモキティウスは緊縛の館へと戻った。

 

 

 

一呼吸をおいて作戦会議室に入る。

既に皆集まっていた。

クボティトが、もういいのか、と聞いてくる。

シモキティウスは、もう大丈夫だと答える。

カッツが、さっきは殴ってすまなかったと謝った。

そのことはもういい、こちらも自覚が足らなかった、とシモキティウス。

作戦卓に着く。

そこは、ヒラーノが座っていた席だ。

それを見て皆は小さくうなずいた。

 

 

 

ジューン・ペイが説明を始める。

まず、回収した爆弾について。

ひでが死に際にアレはINM爆弾ではないという旨の発言をしたのを受けて、ジューンは爆弾の解析を試みていた。

だが、結果は芳しくなかった。

爆弾には制御装置の他にもう一つ謎の装置が組み込まれていた。

なんとか解析を進めたが、どうやらその装置は無理やり爆弾を調べようとすれば即座に起爆させるための、いわばもう一つの信管のようだということまでは分かった。

更に悪いことに、その装置だけは防磁処理が施されており、カッツの放ったEMPでも機能を損なわずに今でも動いており、だからそれ以上の解析はその装置によって阻まれたとのことだった。

すなわち、これはINM爆弾なのかそうでないのかはわからず、調べようもない、というのがジューンの結論だった。

なんとかならないのか、とクボティトが言うが、ジューンは即座に無理だと答えた。

ここにもそれなりの設備があるが、あれを爆発させずにバラせるのは軍なんかの巨大な研究機関でなければ無理だし、そんなところには協力を頼めるはずはなかった。

カッツが、どうにもならなさそうだな、と呟く。

シモキティウスは、とにかくこの一個に関してはこちらの手にあるのだから、厳重に隠匿するべきだと提案した。

それには皆頷いた。

この爆弾に関してはコンクリートで固めて地下深くに埋めてしまうことになった。

 

議題は次に移る。

下北沢でのINM爆弾起爆阻止に関してだ。

シモキティウスは、爆弾の起爆場所に関しての情報はないのかと聞いたが、ジューンは首を振った。

やはり下北沢のどこに仕掛けるかという詳細な計画は、それを運ぶエージェントに一任しているらしかった。

しかし、とカッツ。

下北沢は広い。

探知機があるとはいえ、間に合わなくなる可能性もある。

クボティトが、それに関してはある程度目星を付けておけばカバーできないだろうか、と言った。

ジューンが頷いて、狙うとしたら駅、あるいは野獣邸だ、と言った。

野獣邸。

有名なホモ御用達(意味深)メーカーで、下北沢に本社を構えていた。

シモキティウスが、その二つのどちらかの可能性が高い、そのあたりを車で巡回しながら捜索するのが考えられるベストだ、と提案する。

カッツが、それしかないか、と答える。

成功するかわからないけれど、あれこれ考えたまま何もしないよりはマシだ、とクボティト。

ひどい作戦だとシモキティウスは我ながら思ったが、しかしクボティトの言ったとおりであった。

とにかく、やってみるしかない。

よし、と言ってシモキティウスは立ち上がる。

皆も立ち上がった。

シモキティウスが、やるぞ、と一言。

他の三人が頷いた。

シモキティウスは頷いて、解散、と言った。

皆は部屋から出て行った。

シモキティウスはヒラーノの座っていた椅子を見つめる。

ヒラーノなら、こんな時どんな作戦を立てただろうか。

ふぅ、とため息をついて、天井を仰ぐ。

どうか空の上から見守って欲しい。

私は精いっぱい頑張ってみますから。

そう思いながら、椅子をすっと撫で、シモキティウスは部屋を出た。



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第12話

3月64日。

下北沢にシモキティウスたちは来ていた。

時刻は午前7時少し前。

彼らはミニバンで街中を巡回していた。

すでに朝日が昇り始め、ビルが照らされているのを見ながら、シモキティウスの「お、流してくれ」という言葉に従って、彼らは市内をぐるぐると適当に流すように運転する。

ハンドルを握るのはクボティト、助手席にシモキティウス、後席にカッツが座っていた。

下北沢はホモの聖地とはいえ一般の人間もいる町だった。

立教大学のように自治権がある場所ではない。

だから、二コニカの警察はそこら中にいた。

ここに住むホモは自分がホモであることを隠し、悟られないようにひっそりと生きることを強いられていた。

イカセ隊の一人を倒し、ひでをも倒した彼ら三人はお尋ね者であるので、より一層隠密に行動することが求められていた。

彼らは珍しくサングラスをかけ、車も裏ルートから調達したものだった。

とはいえ今回はジューンが無線で支援をしてくれていた。

逐一こちらの現在地を把握し、検問のないルートを教えてくれている。

だから楽と言えば楽だった。

シモキティウスは緊張こそしているものの、過度なものではなかったし、それは他の二人も同様なことが車内の空気からは感じ取れた。

あとは起爆する前に爆弾の場所に急行できるかどうかが問題だ、とシモキティウスは考えていた。

だが、それは唐突に裏切られることになった。

ジューンが無線で伝えてくる。

INM爆弾運搬車両を特定した、と言ってルートを伝えてきた。

ジューンは緊縛の館で常にデータを漁り監視していたのだ。

どうやら先ほど遂にそのデータを入手できたらしい。

クボティトはちらりとシモキティウスを見る。

シモキティウスは小さくうなずいた。

車はスピードを上げて走り出す。

 

 

運搬車は駅から少し離れた立体駐車場の四階に止まっているとの事だった。

彼らにとってそれは好都合だった。

道路に路上駐車しているのなら通行人や車から自分たちが襲撃するところが目立つ。

しかし立体駐車場なら素早く行動すれば見られる可能性は低い。

なにより朝の時間帯ならその可能性は更に低くなる。

目的地が見えた。

シモキティウスは用意しろ、と二人に促し、銃を握った。

車はゲートを抜け、薄暗い駐車場を登ってゆく。

一階、また一階。

そして、四階だ。

その階はそれなりの車が止まっていて、ところどころ空きがある程度だった。

これなら死角が多くなる。

四階フロアの入り口からゆっくりと車を動かしてゆく。

ジューン、車はどんなやつだ、とシモキティウス。

黒いバンだ、と帰ってくる。

目立つ車だな、とシモキティウスは思う。

案の定それはすぐさま見つかった。

クボティトに適当なところに車を止めさせ、シモキティウスは指示を出す。

バンにはシモキティウスとカッツで行き、クボティトには車で待機させた。

車のドアを開け、銃を構えながら辺りを慎重に索敵しつつ死角を選びながら二人はバンへと近づく。

あと少しの距離で一旦柱の影に隠れ、動く気配はないことを確認。

カッツにハンドサインをだして、二人同時に飛び出した。

シモキティウスは運転席を確認した。

おそらく工作員と思われる人間が乗っていた。

そいつは一瞬シモキティウスを見て驚いた顔をし、反撃しようとしたが、その前にシモキティウスは素早く引き金を引き発砲した。

窓ガラスが割れる音が響くが、この際は仕方ない。

カッツが後部ドアをこじ開け、中身を確認する。

そこには人間が一人か二人入りそうな大きなケースがあった。

シモキティウスは周囲を再確認し、これが爆弾のケースだろうかと呟きながらカッツとそれを調べる。

このケースはずらして開けるタイプの蓋のようだった。

それぞれ側面についている取っ手を掴み、その予想外の重さに悪戦苦闘しながらどうにか蓋を開けた。

しかし————。

中身がなかった。

カッツが、どういうことだ、言った。

ケースの中には3つ、物を入れられるスペースがある。

だがどれも空いていて、それぞれのスペースにシリアルナンバーが打刻されているのが見えた。

おそらく爆弾と照合して管理を確実にする為のものだろう。

カッツが声を少し大きくして、これは確かにINM爆弾のケースじゃないのか、と言う。

シモキティウスは困惑しながら、おかしいと呟く。

無駄足だったってことなのか、とカッツが言って頭をなでた。

その時、ハッとした。

スペースは3つある。

3つ。

シモキティウスは、まさかと思わず口に出る。

カッツがどうしたと聞く。

シモキティウスは早口でそれに答えた。

スペースが3つある。爆弾はここに3つあったんだ。それが今全部なくなっている。爆弾攻撃計画は2か所だけだった。なら、あと一つはどこにあるのか?

するとカッツは、それは考えすぎじゃないか、そもそもここに3つきちんと収まっていたとは限らない、と言う。

しかしシモキティウスは続ける。

ここを見ろ、シリアルナンバーだ。おそらくこれは爆弾の管理のためについているもので、それぞれのスペースに書かれた番号に対応する爆弾が入っているはずだ。

シモキティウスはそう言って、ジューンに無線する。

爆弾の管理方法について調べさせたのだ。

答えはすぐに帰ってきた。

INM爆弾などの危険性の高い爆弾はシリアルナンバーを振って専用のケースに入れて管理するように安全手順で厳格に定められている、それがジューンの答えた内容だった。

カッツもそれを無線で聞いていた。

彼は驚いた表情で、目を見開いてシモキティウスをみつめる。

シモキティウスは思わず声が大きくなる。

やっぱりそうだ。あと一発ここにあったんだ。一体どこへ行ったんだ!?

その時、近くで誰かが走る足音が聞こえた。

彼らはビクっとして銃を構える。

一人の男が走っていた。

その背中には、あの立教大学屋上で見た爆弾を背負っていた。

シモキティウスは止まれ!と叫ぶが、男は無視して一台の車に乗り込む。

そして、猛スピードで発進した。

シモキティウスは数発撃ちこんだが、車を止めるには至らなかった。

追うぞ、と言って車へと戻る。

一連の話と様子を知っていたクボティトは、二人が乗り込むと、即座に車を急発進させた。

シモキティウスが叫ぶ。

さっきの車を追え、と。

 

 

朝のラッシュの時間帯の町を、2台の車は壮絶なチェイスを繰り広げてた。

ジューンは監視衛星にアクセスして、爆弾を持った男の車を追跡しながら、シモキティウスたちに指示を出す。

交差点を右に、さらに次の交差点を左に。

赤信号の大きな交差点を猛スピードで突っ切る。

クボティトの運転技術によって、街ゆく車の間をギリギリの幅ですり抜けてゆく。

そして車は大きな幹線道路へと入って行った。

隣の町へと向かう肩幅三車線もあるその道を、車の隙間を縫うように走る。

そして、チャンスが来た。

目の前にほかの車がいなくなった。

直線が続いている。

狙撃のチャンスだ。

シモキティウスは窓から上半身を出し、風圧に耐えながら銃を構え、相手のタイヤに照準する。

当たれ!

発砲した。

それは見事に右後輪を撃ちぬいてパンクさせる。

相手はコントロールを失って、ふらふらとしばらく走った後、路肩につっこんで停車した。

シモキティウスたちは車から降り、銃を構えながら相手に近づいた。

シモキティウスは中をのぞき、運転席で呻いている男に銃を突き付けて、観念しろと大声で言った。

男が顔を上げる。

シモキティウスは驚いた。

その顔には見覚えがあった。

いや、見覚えがあるなどというレベルではない。

そこにあったのは、彼らの宿敵の顔だった。

ウンェイ。

シモキティウスは、お前はウンェイか、と聞く。

その男は苦痛に悶えながら、ふふんと笑う。

その時、クボティトがなんだこれはと叫んだ。

振り返ると、クボティトが爆弾を抱えていたが、それは破けて穴が空いていた。

爆弾だと思っていたものは、ダンボールで作った張りぼてだったのだ。

シモキティウスはしばしそれを見つめ、男に振り向き、銃を再度突き付けてこう言った。

答えろ、お前はウンェイか。

男は荒く呼吸し脂汗を浮かべ、しばしシモキティウスを睨むように見つめてから、ふん、と言って答える。

そうだ、私は、ウンェイだ—————。



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第13話

シモキティウスは車からウンェイを引きずり出して、路肩の壁に背中を寄り掛からせるようにして座らせる。

張りぼての爆弾に呆気に取られていた二人が、それに気づいてこちらを振り向き、驚いていた。

ウンェイじゃないっすか!とクボティト。

二人が近寄る。

シモキティウスはそれに構わず、銃を突き付けながら聞く。

なぜおまえがこんなところにいる。

するとウンェイは荒い呼吸の合間を縫うように言った。

「お前たちが来ることは知っていた...お前たちが、データを、盗み出していることは...ひでが倒された時に我々は...」

はぁはぁと呼吸するウンェイに、カッツが聞く。

なぜホモを抹殺しようとするのか。

「私が企んだのではない...奴だ。私は、私たちは、奴に利用された。あの企み屋がすべての糸を引いている...」

クボティトが、お前が計画したのではなかったのか?と聞いた。

「私は、爆弾を、用意させられた。あいつは、ホモだけでは収まらない...」

あいつとは誰だ!とシモキティウス。

「あいつ...、二コニカ評議会元議長...ノボォーだ!」

ノボォー。

聞いたことがあった。

ノボォ―・カワカミ。

二コニカの摂政ともいうべき役割を担う二コニカ評議会の元議長。

現在は既に無能すぎるという理由で市民から怒りを買い、その座を追われているが、今でも評議会メンバーにノボォ―のシンパが殆どを占めており、未だその権力は衰えていないという噂があった。

ウンェイは続ける。

「奴が、全てを仕組んだ...ホモを殺そうとしたのも、ひでを改造したのも...私さえも利用した...」

そして、ウンェイはシモキティウスの腕をガッと掴んで言う。

「奴は、お前たちのことも気づいている...私は、お前たちを道連れにして殺すために、奴に、使われたんだ...だが、そうはさせん...お前たちには、戦ってもらうぞ...」

カッツが、どういうことだ、どうするつもりだ!と叫ぶ。

「安心しろ...私は、お前たちを殺すつもりはない...」

なんだって、とクボティト。

「お前たちが追っているINM爆弾...アレは、INM爆弾などではない...奴は、私に、アレで、お前たちを道連れにして欲しかったのだ...そうはさせない...」

なんだと、とシモキティウスは思う。

そして、ひでも同じようなことを言っていたのを思い出した。

あの爆弾はINM爆弾ではない、と。

シモキティウスがウンェイに銃口を押し付け、はっきり答えろ!アレはINM爆弾でなかったらなんだ!と叫ぶ。

「アレは...核、だ!」

シモキティウスが、なんだって?と思った時、背中から強い光が照り付けた。

振り向く。

サングラスをかけていても眩しいほどの閃光が見えた。

おそらく裸眼であれば失明していたかもしれない。

それは、下北沢の方向だった。

光がおさまるとキノコ雲が上がっているのが見えた。

直後、衝撃波と共に凄まじい爆発音。

三人とも咄嗟にその場にうずくまり、強烈な爆風に耐えた。

それがおさまると、三人はしばし下北沢の方向を絶句しながら見つめた。

シモキティウスはウンェイを振り返り、貴様、と言ってつかみかかろうとしたが、ウンェイの独り言を言うかのようにか細い声によってそれをとどまった。

「あいつは、コレだけでは止まらない...ホモだけを殺そうとしているのではない...奴は、二コニカそのものを潰そうとしている...そんなことは、させん...!」

そして、ウンェイは最後の力を使いうなだれていた顔をゆっくりと上げ、シモキティウスを見て鬼気迫る表情で言った。

「聞け...!5月14日、だ!奴は...二コニカの町で、核を使う!二コニカを、吹き飛ばすつもりだ!」

そう言って、ウンェイはだらんと力を抜いて、絶命した。

おい...おい!とシモキティウスはウンェイの肩をゆらすが、もう動かなかった。

クボティトとカッツが立ち尽くしている。

シモキティウスは、ウンェイの遺体を回収して引き上げるぞ、と命じた。

二人が作業にかかるのを横目にみながら、依然として下北沢上空にそびえるキノコ雲を見た。

なんてことになったんだと呟く。

シモキティウスは、自分たちの戦いが思わぬ方向へと進み始めたことを感じ始め、この先を案じていた。



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最終編
第14話


シモキティウスたちはウンェイの遺体と共に緊縛の館へと戻った。

遺体は仮設の霊安室に眠らせ、彼らはとにかくまずはと言いながら食事をとっていた。

食堂のテーブルにシモキティウス、クボティトとカッツが座ってそれぞれ好きな料理を食べている。

ジューン・ペイは分析作業をしていた。

壁に据え付けられたテレビが下北沢の核爆発をずっと報道している。

《———下北沢市での核爆発による被害の詳細は現在までの所、明らかにされておりません》

アナウンサーの喋りと共に、あの街で起こった爆発の映像が繰り返し流される。

《政府発表では死傷者の数は推定で十万人以上に達するものと見られ、現在既に警察と消防、軍による救助活動が開始されておりますが、爆発から時間が経っておらず、残留放射線の影響が消えるまでの間は、本格的な活動はできないとのことです》

クボティトが気が滅入ると言って消そうとしたが、アナウンサーの言葉がクボティトの動きを止めた。

《なお、政府当局は今回の事件をテログループによる犯行との見方を発表しており、すでに実行犯を特定しているとのことです。犯行を行ったとみられる容疑者は、シモキティウス、ヒラーノ、クボティト、カッツ・ラギレン——————》

なんだと、とカッツ。

テレビに我々の顔写真が並べて映される。

《このうちすでにヒラーノは逮捕し処刑しておりますが、残りのメンバーに関しては現在追跡中とのことです》

俺たちのせいにしたっていうのか、ふざけるな、とカッツが声を荒げた。

しかし、ヒラーノを逮捕というのはどういうことだ、とクボティト。

その時ジューンが入ってきて、ヒラーノを乗せた無人機を奴らがのっとって遺体を回収したのさ、と答える。

彼は手にいくつか資料を持っていた。

その一つを見せる。

ヒラーノを乗せて飛んでいた無人機の飛行記録だった。

ここを見ろと言ってジューンが指さしたところは、その最後の記録だった。

二コニカに着陸したことを示している。

最初からアレにヒラーノの遺体が乗っているのを知ってたかどうかはわからないが、とにかくそれを利用して、俺たちに罪をなすりつけて、自分たちのポイントを稼ぐのが奴らの目論見だろうな、とジューン。

そして、ジューンは見ろよと言ってテレビを指さす。

そこにはノボォーが映っていた。

たるんだ輪郭にたらこ唇、情けないたれ目と眉毛。

無能の雰囲気を凝縮したようなその容姿は間違いなくノボォー・カワカミその人だった。

ヒラーノの逮捕と処刑はノボォーの陣頭指揮のたまものだとテレビが喧伝する。

よく言うぜとカッツ。

ノボォーは自らの功績をでっちあげることで市民の支持を得、議長の座に返り咲こうとしているらしかった。

奴にとってヒラーノの遺体を手に入れたことは渡りに船だろう。

だがそれだけではなかった。

更にそこからの展開に全員驚かされた。

なんとウンェイが出てきたのだ。

なぜ奴がいるんだ、とシモキティウスが言うと、アレは影武者だ、回収した遺体は歯形やDNA検査で間違いなくウンェイその人と確認できてる、とジューンが答える。

本当に奴はウンェイすら利用したんだなと、ウンェイ自身が語ったノボォーのなりふり構わぬ行動を、こうしてテレビを通してではあるものの見せつけられたシモキティウスは、それを現実のこととして実感させられたような気分だった。

影武者なら、完全にノボォーの言いなりだろう。

奴は自分にとって有利な条件を全てそろえたわけだ。

さらに追い打ちをかけるようにテレビはこう言う。

《政府は先ほどの会見で、私利私欲のためにこのような事件さえ引き起こすことも厭わないホモたちを、決して許してはならない。彼らを根絶やしにするために、善良な市民の皆様にもより一層の協力をお願いしたい————》

カッツは拳を握りしめ、言いたい放題言いやがってとこぼし、部屋を出て行った。

とにかくこれで世論は完全に自分たちの敵に回っただろう。

早急に行動に移る必要がある。

そう思いジューンを見ると、何もお互い言わなかったが、その意図は彼に伝わっていたようで、彼は軽くうなずいて部屋を出て行った。

クボティトもそれをわかったようで、腹ごしらえしなきゃ(使命感)と言いながらまたテーブルについてガツガツと食べていた。

皆に何も言わなくても気持ちが伝わっていることに気づいたシモキティウスは、なんとも言えない頼もしさや安心感を少し感じていた。

状況としてはまるで思わしくないが、この仲間がいるということが、彼にほんのわずかな希望を持たせた。

シモキティウスはテーブルに座りなおし、クボティトと競うように食事を再開する。

 

 

 

 

19時間後、彼らは作戦室に集まった。

シモキティウスがバンと机を両手で叩いて言う。

ノボォーを襲撃する。もうなりふり構っていられない。

他のメンバーは驚かなかった。

その言葉を待っていたと言うように、深くうなずく。

シモキティウスも頷き返す。

二コニカの街に直接乗り込む。これまで以上に危険が伴う。失敗すれば全員死ぬ。それでもいいな?

そう聞くと、皆口々に、やるさ、と一言。

シモキティウスは、わかったと言って作戦説明を始めた。

 

二コニカはこの国の首都であり多数の交通機関が整備されていた。

それには地下鉄も含まれる。

地下鉄は整備計画によって網の目のように二コニカの街を走っているが、中には作られたまま使用されていない路線と駅があった。

その一つがノボォーがいると推測される二コニカ評議会の入っている建物の近くにあるのだ。

つまり、地下鉄を伝っていくというのがおおまかなところだった。

更に今回新しい装備が追加された。

ジューンが、これだと言って雨合羽のような服を机の上に置く。

クボティトに着てみろと促す。

一体なんだという感じでクボティトは来てみたが、特に変わったところはなかった。

そこの胸元のボタンを押してみろ、と言い、クボティトはそれを探る。

たしかに小さいボタンがあったのが見えた。

クボティトがそれを押すと、なんとクボティトの体が消えた。

皆が驚き、ジューンが、光学迷彩コートだ、と説明した。

クボティトがさらにフードをかぶり、うずくまるようにすると、彼の姿は全く見えなくなった。

これはすごいとカッツが感心する。

一応動かない時は完ぺきに姿を消せるが、すばやく動くときはこのコートの効果は完全ではなくなって周囲から浮いてしまうから気を付けろとジューンが付け加える。

しかし、暗い地下鉄の路線にこれを着て行動すれば完璧だな、とシモキティウス。

作戦は決まった。

決行日はウンェイの言った5月14日。

その日必ずノボォーは姿を現す。

全ての決着をつけるために。

 

 

シモキティウスは、他に質問は、と言う。

皆無言のまま、シモキティウスを見て頷く。

これがおそらく最後だ。

皆の命を自分に預けてくれ、とシモキティウス。

クボティトが頷いて、じゃあ参るか、と言った。

あっいっすよ(快諾)とカッツ。

これこそ食通だな!とジューン。

シモキティウスは意味不明なジューンの言葉は無視して、みんな、ありがとうと答え解散した。

 

シモキティウスは屋上へと出る。

そのヘリポートの真ん中に座った。

眩しい青空を眺めながら、そういえばここでゆっくりしたことはなかったな、などと思う。

この事件の元凶まで、あと一歩のところに来た。

ヤ・ジュー、ミュラー、キムル、ヒラーノ、たくさんの仲間たち。

上からしっかり見ていてくれ。

必ず仇を取る。

シモキティウスは拳を掲げる。



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第15話

暗く明かりのない地下鉄の線路をシモキティウスたちは歩いていた。

時折電車が過ぎ去る巨大なトンネルの端を、これまでと同じように、静かに素早く動き、時に止まるというのを繰り返しながら進んでゆく。

できるだけ速く、できるだけ静かに。

音をたてないように。

装備のこすれる音ひとつにさえ細心の注意を払いながら。

彼らはフル装備を身にまとっていた。

ステルス迷彩、防弾ベスト、暗視ゴーグル、カービンライフルを持っていた。

総重量はかなりのものになっていたが、それでも戦いを切り抜けてきた彼らにとって動きを阻害するには至らない。

彼らはベテランだった。

だがこれらはウンェイ、いやノボォーがこんなことを始めなければ身に着けていなかったはずの技だ。

誇っていいか悲しむべきか、シモキティウスは複雑だった。

シモキティウスは左腕につけたウェアラブルコンピュータでマップを見る。

前を向くと、トンネルが二手に分かれている。

ここを左にいけば目的地だ、とシモキティウス。

そして彼のハンドサインに続いて、他の二人が動き出す。

 

その先は建設されたものの使われていない、いわばまぼろしの地下鉄の駅だった。

地下にしては広い空間。

当時の建築資材だろうか、無造作に転がったままになっている。

物陰を選んで前進してゆく。

資材の裏に敵が潜んでいるのではないか、トラップが設置してあるのではないか、それを警戒する。

広さもあるし隠れる場所もある その駅は、待ち伏せには絶好の場所だった。

しかし呆気ないほどに誰もいなかった。

こちらがこのルートで潜入することは気取られていない証拠のように思えたシモキティウスは、少し安堵する。

ここで休憩しよう、とシモキティウスは提案した。

出発からすでに6時間が経っていた。

疲労も溜まってくるころだ。

カッツは「いいねぇ~」と賛成する。

クボティトが「じゃあ参るか」と言ってお弁当を広げた。

このお弁当がうまいのだ。

しかしゆっくり味わう時間はなかった。

周囲を警戒しつつ、こっそり素早く食べる。

これが平和なピクニックだったらどんなにか美味かっただろうにと悔しく思うほどに弁当は良い味だった。

弁当を三人で平らげたあと、カッツがおもむろに一服する。

上等な葉巻だった。

カッツは火をつけ、口にくわえて吸いながら、シモキティウスとクボティトにも一本どうだと手渡す。

クボティトは誘いに乗って吸ったが、シモキティウスは喫煙家ではなかったのでとりあえず貰って、全て終わった時のために取っておくと言ってごまかした。

後で吸うって、お前火あるのか?とカッツ。

いや、ないと言うと、俺のを貸してやるよとライターを貸してくれる。

シモキティウスは礼を言って受け取る。

クボティトとカッツは時間が無いためにタバコを吸うのもそそくさとしていた。

吸い終わった葉巻をポケット灰皿に入れて、やっぱり最後にゆっくり吸えばよかったなとカッツは笑った。

シモキティウスは少し笑って頷く。

彼らは再び前進し始めた。

 

三人は地下鉄から地上へと上がった。

そこは二コニカを流れる大きな川をすぐ横に見る場所で、半地下ともいえるような、船着き場のようなところだった。

そこから階段を少し上るとようやく車や人でごったがえす地上へと出る。

すでに太陽が遠くの山の稜線に半分隠れ始め、周囲は暗くなりはじめていた。

頭上に夕方の帰宅ラッシュだろう車の音とたくさんの人々の話し声を聞きながらシモキティウスは地上に出たことを知らせるためにジューンに無線する。

ジューンからは了解、という返事と情報が伝えられた。

どうやら動きがあったようだ。

衛星からノボォーのものと思しき車列がここから400mのホテルに入ったという。

場所は「ベストを尽くせば結果は出せる」という名前のホテルだった。

通称ベストホテル。

おもみもものサービスで有名な例の高級ホテルかとシモキティウスはちらりとそのホテルについて思い出す。

おそらくその最上階にいるだろうとの事だった。

現在ベストホテルはVIPの貸し切りになっていて一般客はいないとのことだった。

その待遇からしてかなりの身分の人間があそこにいるということは容易に推測できたし、おそらくそれはノボォーだろうと言うことだった。

そこまでの最適なルートを送るとジューンが言うとウェアラブルコンピュータがマップを出す。

シモキティウスはそれを確認し、二人を振り返って頷く。

光学迷彩をオン。

地上に出ると、街の人通りは多かった。

なつかしき二コニカの街の建物の並び。

一体いつぶりだろうか。

ここの空気の懐かしさは心地よいが、しかし今は姿が隠れているとはいえ素直に楽しめる気分にはなりきれない。

なにせこちらは追われる身、さらにテレビで顔写真まで公表されているのだ。

誰かに目撃されれば一巻の終わりだった。

自然と緊張が高まる。

人通りの少なくなった瞬間に素早く路地裏へと移動し、路地裏を伝うように、人通りの多い道路は極力素早く横切るように移動してゆく。

その時。

ママ、あれなーに?と一般通過幼女がこちらを指さして言った。

シモキティウスたちは驚いてその場にうずくまり静止する。

母親が、なあに?といいながら幼女の指さす方向、シモキティウスの方を見る。

なにもいないよと母親が言い、消えちゃったーと幼女。

母親がもう、急ぐよと言って手を引いて歩きだす。

三人はホッとして動き出す。

子供ならではの観察眼は強力だ。

そんなことを思いながら市街地を駆け抜けた。

そして、ベストホテルまで100mの位置に着く。

物陰からその正面玄関を伺う。

誰もいなかった。

まるでにぎやかな街の中でその一角だけが静寂の世界に切り離されたように閑散としている。

なるほど確かに貸し切りだ、とシモキティウスは頷いて、二人にハンドサインを出す。

裏口に回り込んで潜入する。

しかし———。

正面玄関から一人の男が出てくる。

その男は全身が銀色。

そして、見覚えのあるバイザーを身に着けていた。

三人はそれをみて驚いた。

まるで、ひでのような————。

その男が三人の方に視線を向けて甲高い声で言った。

「アーイキソ」

三人は硬直する。

そしてその男が言う。

お前たちが来ることはわかっていた。出てこい。

彼らは仕方ないと言って互いに頷き、物陰から姿をさらす。

カッツとクボティトは緊張しながら銃を構えた。

だがシモキティウスは違う緊張を覚えていた。

男の声には聞き覚えがあったのだ。

あの特徴的な甲高い声、まさか————。

シモキティウスの頬を嫌な汗が伝った。



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第16話

全身銀色のメタリックな彼は三人にためらうことなく襲い掛かった。

最初に攻撃されたのはシモキティウスだった。

すんでのところで回避するが、その瞬間にメタリックな彼の顔を間近で見た。

目の周りはバイザーに覆われて見えないが、鼻の特徴だけはしっかりと見えた。

鼻のイボ。

間違いない。

見覚えがある。

これは、ヤ・ジュ―だ!

素早く間合いを取る。

カッツが格闘攻撃を仕掛けた。

シモキティウスはカッツにやめろ!と叫んだ。

カッツが一瞬ためらう。

それが彼に隙を作ってしまった。

メタリックの鋭いキックがカッツの腹部をとらえる。

カッツは吹き飛ばされ、植え込みに落っこちる。

植物がクッションになったおかげでかろうじて致命傷は免れたが、コンクリートであればその限りでなかったろう。

なにをするんだシモキティウス!とクボティト。

シモキティウスはカッツのもとに素早く駆け付けかばいながら、すまないと詫びた。

クボティトがメタリックを牽制しつつ二人のそばに駆け寄る。

「おいにゃんにゃんにゃん!」とクボティトが言う。

シモキティウスは、しかしそれにかまわず叫ぶ。

あれは、改造されたヤ・ジューだ!

なんだってと言ってクボティトは驚き、メタリックを見る。

クボティトもその顔に見覚えがあった。

鼻のイボ。

そしてその時、「アーイキソイキソ」とメタリックが言った。

その声がクボティトにも聞き覚えのある声であり、それで彼はシモキティウスの言うことが事実であることを知った。

ヤ・ジュー、なぜ!とクボティトが叫ぶが、メタリックは一切反応せず仁王立ちする。

辺りはすっかり日が暮れてニコニカの町は夜の顔を見せている。

街灯や立ち並ぶ建物の照明にシモキティウスたちのいるベストホテルの正面ロータリーは明るく照らし出され、メタリック―――いや、ヤ・ジューはその銀色のボディを輝かせて立つ。

その姿はまるでただ立っているようにも見えるが、その実、隙が無い。

それもまたそこにいる男が彼である証明であった。

迫真から手を極めた男。

シモキティウスはその受け入れがたい事実と共に自身のうねるような気持ちを抑えきれない。

鼓動が高まり、汗が噴き出すのを感じる。

カッツが片膝に手をつきながら起き上がり、言う。

ヤ・ジュー?お前たちの知り合いか。

クボティトが銃を構えヤ・ジューに狙いをつけながら答える。

ええ、シモキティウスさんのお友達―――だったというべきかしらね。

カッツはそれで一度に理解したようで、渋い顔でなんてこったとつぶやいた。

その時、ベストホテルの正面玄関が開き、男が一人悠然とした歩き方で表へと出てくる。

ここがお前たちの最後、そしてニコニカの最後だ、とその男がいった。

たらこ唇、情けない一重たれ目と眉毛、たるんだ頬、まさしくいじめられっこのような顔つき―――ノボォーだった。

そいつは俺が改造したんだ。面白いだろう?とノボォーは挑発するように言った。

敵の前に余裕の表情で姿を現す。

それも一人で。

なめられたものだ、という悔しさとヤ・ジューを改造された怒りが爆発し、シモキティウスはノボォーに銃口を向ける。

だがその怒りの半分をクボティトが晴らしてくれた。

クボティトはある高名なアニメ作家の言葉を引用して反撃する。

「あのー...うーんとね...毎朝会う障碍者の方がいるんだけども、ハイタッチするだけでも大変なんです。その彼のことを思い出してね。僕はこれを面白いと思って見ることできないですよ。これを作った人たちは痛みとかそういうものについて何も考えないでやっているでしょう。極めて不愉快ですよね。そんなに気持ち悪いものをやりたいなら勝手にやってればいいだけで、僕はこれを自分たちの仕事とつなげたいとは全然思いません」

ノボォ―の顔が歪む。

クボティトはダメ押しの一言を放った。

「極めて何か生命に対する侮辱を感じます」

ノボォーは今にも泣きそうな顔になってうつむいて黙る。

依然として油断のできない状況だがシモキティウスは内心笑った。

クボティトの言った言葉は以前とあるアニメ作家がノボォーに対して説教として言ったものであり、その様子がインターネットで拡散されて大きな反響を呼んだという経緯のあるものだった。

敵の親玉がこんなにメンタルがクソ雑魚ナメクジなことがシモキティウスに笑いを誘うのだった。

更にノボォーは情けなく「これってあくまで実験なので...」と小さい声で言う。

その言葉はまさにあの動画でノボォー自身が言ったセリフだった。

全く同じ言葉を今繰り返しているのを見たシモキティウスはいよいよ草を抑えきれない。

シモキティウスは笑い出すと同時に、改造された旧友が微動だにせず突っ立っていることと、敵の親玉が泣きそうになっているこの状況を思い出し、ナンヤコレイッタイ...と冷静に困惑した。

ノボォーは涙声になりながら、ええいうるさいと叫んで、ホテルの中へと入っていく。

この町は俺を不愉快にさせる!みんな吹き飛ばしてやる!などとノボォーはわめく。

そのまえにお前たちは死ぬ!やれ、サイクロプス!とノボォーが叫んだところで玄関のドアが閉まった。

ヤ・ジューの顔のバイザーがポポポポという音と共に光る。

来るぞ!と三人は身構える。

どこからともなくイカセ隊と同じように音楽が流れ始める。

それはイカセ隊のワルキューレの騎行とは違う音楽だった。

メタリックな彼によく似合う電子的な曲。

sand stormだ。

同時にヤ・ジューは突進する―――。



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第17話

ヤ・ジューの突進に狙われたのはカッツだった。

先ほどの一撃を受けたカッツは思うように体が動かないことを一瞬で感知し、竹刀で受け止めることを判断する。

重い攻撃にカッツの竹刀は悲鳴を上げるが、それをなんとか受け切った。

カッツは迫真空手の恐ろしさに気づく。

こんなにまでたった一撃にパワーを乗せられる敵はカッツにとって初めてだった。

前に戦ったひでもなかなかの強さだったが、今自分の目の前にいるこの男に比べればかすんでしまう、とカッツは脅威を感じる。

有効打を考えなければ冗談ではなくここで自分たちは全滅してしまう。

それはシモキティウスとクボティトも理解しているようだった。

しかしシモキティウスはヤ・ジューへの攻撃をためらっていた。

改造され敵に回ってしまったとはいえ、目の前にいるのは自分の旧友なのだ。

それもとても親密にしていた友の一人だ。

それに銃口を向けることはシモキティウスにとっては地獄の刑罰よりもつらいものだった。

頭で理解できていても、心はやめろと叫んでいる。

その矛盾が生む重たくまとわりつくような気持ちがシモキティウスの動きを鈍らせる。

どう動いていいかわからない。

シモキティウスは抜け殻のような動きで精いっぱいに牽制し、必死に攻撃をかわす。

その姿はもはや素人同然だった。

カッツはシモキティウスに叫ぶ。

「男なら、背負わにゃいかん時はどない辛くても背負わにゃいかんぞ!」

シモキティウスはしかしその覚悟がつかない。

「やはりヤバい...」

シモキティウスはそう呟いて焦燥する。

クボティトは彼はもうだめだと言ってカッツに合図を送る。

とにかくシモキティウスをかばって二人で相手をするという作戦だった。

しかしヤ・ジューはその隙を見逃さない。

「キャプチャ...戊辰戦争...」と言いながら、シモキティウスを執拗に狙い始めたのだ。

ヤ・ジューは冷酷なまでに理にかなった判断で追い詰めてゆく。

こいつは一番弱い。

そう感づかれてしまったのだ。

ひきつった表情でシモキティウスは自分の体を振り回すようにして逃げる。

クボティトとカッツがすぐさま援護に回るが、それも圧倒的な速度とパワーで躱され、弾かれ、ねじ伏せられてしまう。

今まで戦った誰よりも強い。

シモキティウスは死というものを強く予感した。

勝てない。

自分にヤ・ジューを撃つことはできない。

だからといって彼が攻撃をやめてくれるわけはない。

ここが、死に場所なのか。

そして、限界がやってくる。

ヤ・ジューの一撃がシモキティウスを捉えた。

それはシモキティウスの腹にまっすぐ打ち込まれ、シモキティウスは吹き飛ばされ、ベストホテルの噴水の中に

突っ込んだ。

その噴水は水深が浅く、膝下までしかなかったのは幸運だった。

もし深ければ溺死していただろう。

深刻な痛みにわずかの間だが立ち上がれなかったからだ。

悶え呼吸を荒げたのち、片手で腹を押さえてもう片方の手で何とか上体を起こす。

だがその苦しむ時間が大きな好きになってしまったことは言うまでもない。

気が付くと、目の前にヤ・ジューがいた。

すでに腕を振りかぶっていた。

殺される。

シモキティウスは瞬間的に理解した。

ここが死に場所だ。

迫真空手のみんな、そしてヒラーノ、今行く―――。

 

 

だが、死ぬのはシモキティウスではなかった。

彼は見た。

拳が振り下ろされる一瞬前、カッツが竹刀を構えて間に入った。

シモキティウスを守ろうと竹刀でガードしようとしたのだ。

だが、その拳は竹刀を叩き折り、そしてカッツの体を砕いた。

カッツは、立ったまま動かなくなった。

絶命したのだ。

仁王立ちのまま。

シモキティウスをかばって。

シモキティウスは、もはやなにがなんだかわからなかった。

いろいろなことが起こりすぎて、悔やむ気持ちも、恐ろしい気持ちもなかった。

呆気にとられたと言うべきか。

クボティトに、立て!と怒鳴られて立ち上がり、心がどこかへ飛んでいったような感覚と共に戦いを再開する。

自分の中にあるものは無だ。

頭で考えることも、目や耳から入ってくる情報も、シモキティウスには虚無だった。

どうせみんなこのまま死ぬんだという諦めに近い気持ちでシモキティウスは動き続ける。

そんなシモキティウスを見たクボティトは、彼の顔がもはや無表情になってしまっていることに危機感を感じていた。

心神を喪失していることは明白だった。

ヤ・ジューが敵になったショック、カッツが死んだショック。

シモキティウスには重すぎる。

だからといってここで自暴自棄になられたら、もう勝ち目はない。

どうすれば打開できるのか、そんなことがクボティトの頭の中をぐるぐるし始める。

二人は集中を欠き始めていた。

そしてそれは隙を生み、ヤ・ジューはそれを見逃さない。

一歩、また一歩と追い詰められてゆく。

もう、だめだ。

その時―――。

 

カッツの体から大音量の音楽が流れだした。

それはカッツのポケットに入っていた彼の携帯からだった。

なぜいきなりそんなことが起こったのかは誰にもわからなかったが、誤作動を起こしたのかもしれない。

Nu shoozのI can`t wait。

独特の出だしの音が、世界のトオノと呼ばれて親しまれている曲だった。

ヤ・ジューの動きが止まる。

そして首をゆっくりとカッツにむけて、頭を両手で抱えて呻きだす。

おお...トゥーノ...トゥーノ...。

トゥーノという名に、シモキティウスは聞き覚えがあった。

ヤ・ジューの恋人だ。

そしてこの曲に使われている音が、トゥーノの声にそっくりなのだった。

ヤ・ジューはそれを思い出したようだった。

トゥーノ!と叫び、地面にガクンと膝をつく。

そして、だらんと腕を垂らし、動かなくなった。

バイザーからは煙が出ている。

二人は恐る恐るヤ・ジューに近づく。

そして、ヤ・ジューは機能を停止していることを確認した。

ヤ・ジュー…とシモキティウスが呟くと、ヤ・ジューは口を動かさずに、しかしはっきりと言った。

シモキティウス、未来を頼む。

シモキティウスの心臓がドクンと鳴る。

ヤ・ジューは最後に一言だけ言った。

「お前のことが好きだったんだよ…」

それがシモキティウスだけに当てられたものではないことを、彼はわかっていた。

最後にすべてのホモたちに愛と敬意を表して言ったのだ。

そして、ヤ・ジューもまた旅立って逝った。

それまで動きを止めていたシモキティウスの感情は再び動き出し、今度は大波となって押し寄せた。

クボティトはそれをなだめつつ言う。

まだ、最後の仕事が残っている、と。

シモキティウスは頷き、溢れかえる涙を振りほどくようにベストホテルの入り口へと駆け出す。

クボティトがそれに続くようにして、二人は突入していった。

決着の瞬間が、すぐそこまで迫っていた。



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第18話

シモキティウスとクボティトはホテル内部へと突入する。

ホテルのロビーにはノボォーの親衛隊たちが待ち構えていた。

その男たちは二人が突入すると同時にこちらに向けて発砲する。

シモキティウスは涙でかすんだ視界に映るおぼろげな敵の姿を瞬間的に把握し、敵の位置をおおまかに覚えつつ、身をひねり物陰に飛び込む。

シモキティウスはすでに冷静さを取り戻していた。

散っていったみんなのために、ここで終わりにする。

涙は止まらなかったが、心はすでに力強い決意を抱いている。

今日、ここで平和を取り戻し、ニコニカとホモを救うのだ。

ノボォーを、殺す。

ロビーにいる敵は五人だった。

シモキティウスは彼らを分析し、おかしいことに気が付いた。

彼らはこちらに向けて撃ってきているが、どうも連携が取れていない。

銃を装填するタイミングを仲間と連携して隙の無い弾幕をつくるのが制圧射撃の基本だが、それが全くできていない。

更にこちらに向かって距離を詰めようともしてこない。

要するに各々が好き勝手に乱射しているだけのように見えた。

まるで素人だ。

こちらを誘っているのかと警戒しつつ弾幕がやんだわずかな瞬間にシモキティウスは相手に狙いをつけて射撃する。

相手は簡単に倒れた。

それを見た敵の一人が小さく悲鳴を上げる。

やはり奴らは戦いに慣れていない、とシモキティウスは直感する。

クボティトもそれには感づいていたようで、どういうことなの...(レ)と困惑する。

ならば、とシモキティウスはクボティトに合図する。

閃光と音で相手を気絶させるグレネード――フラッシュバンを使うのだ。

クボティトは頷いて目と耳をふさいで口を開けて伏せる。

シモキティウスは腰につけていたフラッシュバンを取り出しピンを抜き、相手に投げた。

耳と目を思い切りふさぎ口を開ける。

次の瞬間、激しい爆発音。

音がやんで部屋が静かになると同時に、二人は素早く振り返り敵が気絶したかどうかを確かめる。

銃を構え物陰に身を隠しながら敵のもとへ近寄ってゆく。

反撃なし。

敵たちは完全に気絶し、倒れていた。

そして、驚いたことに敵は全員十代の若者だった。

クボティトも「ウッソだろお前」と驚愕している。

シモキティウスは無線でジューン・ペイに、なぜ未成年がいるのかと聞いた。

答えはすぐに帰ってきた。

どうやらこいつらは"ホ・モグァキ"と呼ばれる暴走族のような悪者集団であり、ノボォーが雇い入れたのだという。

ホ・モグァキはホモをただのおもちゃとしか見なさない悪質な集団で、そこがノボォーと利害が一致したのだろうということだった。

そういえばイカセ隊はどうしたのだ、やつらはなぜ出てこないとシモキティウスが聞くと、イカセ隊はあくまでウンェイの直属だ、本人が死んだ今誰も使うことはできない、とのことだった。

それで雇ったのがあのチンピラか、奴らも末だなとシモキティウスは思った。

その時ホテルの館内放送が急に流れ出す。

「はーほんまつっかえ!」

ノボォーの声だった。

どいつもこいつも使えない連中だ、と怒りをあらわにした語気で言う。

「文系ってすぐ感情論にするんだよねえ」などとうんぬんかんぬん言っている。

なにを言いたいのかさっぱりわからなかったが、とりあえずイラついているのだけは理解できた。

館内放送でノボォーがギャンギャンわめくのを聞き流しながら、二人は階段を上がってゆく。

ジューンから、やつは最上階のバーにいるとの情報。

二人は素人同然の敵を苦も無く倒しつつ駆け上がる。

どうせこの町はもうすぐ吹き飛ぶのだ!という叫ぶ声が館内放送から聞こえた時、二人はバーの入り口にたどり着いていた。

ノボォーはこの中にいる。

二人は警戒しつつ中へと突入する。

バーというよりはレストランホールのような広い空間。

テーブル席がゆとりを大きくもたせた間隔で並べられ、ところどころに太い柱。

高い天井からはシャンデリアが吊り下げられ、壁はなく全面ガラス張りだった。

外にはニコニカの摩天楼を見下ろすように夜景が一面に広がっている。

ホールの真ん中にはこのホテルの地上階まで続く巨大な吹き抜け。

その高級そうな空間の、吹き抜けの柵のてノボォーがトレンチコートをまとって一人で立っている。

その横に、核爆弾と思しき物体が置かれていた。

 

よく来たじゃないか、愚か者ども。

そういってノボォーは笑う。

これで終わりだノボォー、降伏しろ、とクボティト。

だがノボォーは笑いながら開き直ったように、降伏する?馬鹿なことを、これからだというのに、と楽しそうに言う。

強がるな、とシモキティウスが銃の狙いを定めながら言うと、ノボォーは、いいや事実を述べているだけさ、と自信にあふれるようにトレンチコートを脱いだ。

脱いだ瞬間、ノボォーはダルダルの太った上半身を見せる。

だが、その弱そうな体とは裏腹に、その背中から太く力強い四本の機械で出来た触手が伸ばされる。

これは特注のパワードスーツさ、と自慢するように、そして楽しそうにノボォーは言う。

そして、ノボォーの顔から笑みがスッと消え、怒りを込めた表情に変わる。

奴は怒りをこめた口調で唸る。

このニコニカを吹き飛ばしてそれで終わりにするつもりだったが...気が変わったよ。

お前たちをここで始末して、それからこの町を灰にしてやる!

 

 

 

ノボォーは軍人ではない。

特別運動をして鍛えていたわけでもない。

それは奴のたるんだ体を見れば明白だった。

だからノボォー自身の動きは鈍いものだった。

だが、体の取り付けられた機械の触手はそうではなかった。

鋭く、そして恐ろしいほどに力強い。

さらに悪いことに、この触手は見た目以上のリーチがあった。

だから際限なく鋭い攻撃が飛んでくる中で二人はまともに照準を合わせることができない。

狙いさえつけられればノボォーは簡単に倒せるだろうが、その狙いをつけられそうもない。

銃を奴に向けることさえ厳しいのだ。

ラッキーヒットを狙うしかない。

シモキティウスは歯を食いしばりながら身をよじって回避しつつ、必死に腕を伸ばし銃を奴に向けて発砲する。

だがそれは見当違いの方向を撃ち、ノボォーには到底届かない。

遠くの窓のガラスが割れる。

その時クボティトも攻撃をやっとの思いで回避しつつ銃を撃つ。

だがやはり無理な姿勢から放たれた銃弾は奴を捉えられない。

クボティトは舌打ちをして、撃ち切った弾倉を変えるために柱の陰に隠れるが、その柱も触手の一撃で破壊される。

クボティトは歯を食いしばって崩れる柱の破片から逃れる。

ノボォーは笑う。

それが精いっぱいか。やはりホモは弱いな。

黙れ!とクボティト。

なぜホモをこうまでして叩く、なぜニコニカを吹き飛ばそうとする!とクボティトが叫ぶ。

するとノボォーは怒りを爆発させる。

お前たちのせいだろうが!

お前たちホモが俺のニコニカを汚くした!

お前たちホモがいなければこんな変なホモ文化が根付くことはなかった!

お前たちがいたから今じゃホ・モグァキなんてくだらねえ連中までいる始末だ...!

あまつさえやつらは俺のことを無能などと言いやがる!

だから...吹き飛ばしてやるのさ!

その言葉にシモキティウスは怒りを覚えた。

なぜならそういったホモ文化を醸成しているのはホモ自身ではなく、ホモを笑う者どもによるものだからだ。

シモキティウスたちはいわば被害者の立場にいるのだ。

それなのにこの男は自分たちホモの責任だなどと考えているのだ。

そのためにこの状況まで自分たちが追いやられてきたのかと考えると、怒りを抑えられない。

それは俺たちのせいじゃない!とシモキティウスは怒鳴る。

だったらなんだっていうんだとノボォー。

ホモを面白おかしく笑っている連中がニコニカを乱しているだけだ、俺たちホモは関係ない!と叫ぶ。

だがノボォーは収まらない。

お前たちが現れなければそいつらもホモ文化などというものを作ることはなかった!お前たちがこの根本だ!

詭弁を...!とシモキティウスは怒りをにじませてつぶやく。

シモキティウスの怒りは恐怖を超越させた。

刺し違えてやる。

シモキティウスは両足を肩幅に開き力をこめる。

とたんに触手が動きを止めたシモキティウスに襲い掛かる。

シモキティウスは爆発的な集中力で最小限の動きで回避しようとするが、読み切れずに左肩と右足を触手がかすめるようにえぐる。

だが、その痛みをアドレナリンで押さえつけたシモキティウスは意に介することなく狙いを定め、撃つ。

 

その銃弾は、ノボォーのパワードスーツ、その制御装置を打ち抜いた―――。



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最終話

シモキティウスの放った銃弾はノボォー背負っているパワードスーツの制御装置を正確に撃ちぬいた。

途端にノボォーの背中から伸びる機械の触手たちは、その頭脳を失いダラリと垂れるように力なく機能を停止してゆく。

ノボォーは驚愕したように口を目を開け、それからその表情は悔しさと怒りを混ぜたものに変わっていく。

しかしその目は決意めいた輝きをちらつかせているように見え、シモキティウスを鋭くにらむ。

クボティトはそれに気づかず安堵したように息をつきながら、銃を構え直してノボォーに言う。

「あ~もう・・・もう抵抗しても無駄だぞ!」

クボティトは拘束しようとノボォーにゆっくりと近づく。

だがノボォーはそれをなんとも思っていないかのように独り言のようにつぶやく。

「あーもうめちゃくちゃだよ」

その表情は薄笑いさえ浮かべている。

シモキティウスは違和感をぬぐえない。

こいつはまだ手を残している。

シモキティウスはそう直感し、離れろクボティトと叫ぶ。

だが次の瞬間、ノボォーはビクンと体をそらす。

そして―――触手が再起動する。

ダラリと地面に垂れ下がっていたそれは、急に息を吹き返すように力強く、そして瞬間的に伸びをするように動くと、今度は勢いよく動き出す。

それはノボォーのすぐ近くにいて、油断していたクボティトをあっという間に捕らえ、摘まみ上げる。

クボティトはバタバタと手足をむなしく動かし「フザケンナヤメロバカ!」と叫ぶが、どうにもならない。

シモキティウスは反射的にノボォーを撃つが、なんとそれは触手にガードされて弾かれてしまう。

先ほどを圧倒的に上回る反応速度。

ノボォーがニヤリと笑い、触手がクボティトを放り投げる。

クボティトは柱に叩きつけられた。

「おい...いってぇ...かみやがったな...」

クボティトがか細い声で呻くように言う。

全く噛まれてないのに噛みやがったなとおかしいことを言うことからも、もはや意識を失う一歩手前なのは明白だった。

シモキティウスはクボティトに駆け寄ろうとするが触手に阻まれる。

クボティトを助けに行きたいが行くことができない寸止めのような感覚にシモキティウスは歯を噛み締める。

そんな彼を横目でほくそ笑みながら、ノボォーはクボティトへと歩み寄る。

そしてノボォーは倒れて伏せたまま動けないクボティトの傍らで歩みを止め、キモオタのようなニヤニヤ笑いを浮かべ、クボティトの片足首を片手でつかみ、なんとそのまま持ち上げて言う。

「無駄な抵抗しやがって...」

ノボォーはクボティトを片手で持ち上げたまま、ホテルの一階から屋上までを貫く吹き抜けまで歩いて行った。

シモキティウスは何をしようとしているのか直感的に分かった。

それはクボティトもそうだっただろう。

「逆さづりをしよう(提案)」と言い、ノボォーは吹き抜けの縁に立ち、クボティトをぶら下げるようにして、フハハ怖かろうと笑う。

クボティトの眼下にはベストホテルの一階が見えていた。

一階に見えるエントランス。

その中央にには剣を掲げる巨大な黄金の像が立っていたが、ここからではそれがミニチュアのように感じられるほど高い。

シモキティウスは、クボティト!と叫んで近づこうとするが、そのことごとくを触手に阻まれた。

ノボォーが勝ち誇ったように、そしてクボティトを恐怖に突き落とそうとするかのように言う。

怖いだろう。手を放してやるぞ。そら、そら、そら!

これでお前は終わりだ!とノボォー。

だが、クボティトはそれでも勇気を失っていなかった。

そうだ、これで終わりだ、俺もお前もな!とクボティトは言い、手に何かを握っているのを見せる。

それは、グレネードだった。

それを見た途端にノボォーの顔は凍り付いて、慌ててクボティトの足から手を放す。

だが遅かった。

クボティトが「卍解~!」と叫んだ瞬間、爆発。

その炎と破片が猛烈にノボォーを襲う。

ノボォーを守る触手は爆発によって完璧に制御を破壊され機能を失い、ばたり、と床に落ちていく。

クボティトは、爆散していた。

血が飛び散っているのをシモキティウスは見た。

ノボォーが顔を両手で覆い呻いていたが、その体にもクボティトの返り血がしっかりとかかっていた。

シモキティウスは少しの間呆け、クボティト、と呟いたのち、怒りがこみ上げる。

ノボォー。

ヒラーノを殺し、カッツを殺し、今クボティトの命まで奪ったこの男。

絶対に生かしてここから出さぬ。

シモキティウスは拳を握りしめると、咆哮を上げノボォーへと突進した。

ノボォーはそれに気づき、なんとか息を整えて、転がっていた木片を手にする。

そして、その木片で力を振り絞りシモキティウスへ突きを放つ。

それはシモキティウスの左ひざに突き刺さった。

だが、怒りが頂点に達したシモキティウスにはその痛みはなかった。

渾身の力を込め、ノボォーの顔面を殴る。

顔がへこみ、歯が何本も抜けるほどの強烈なパンチは、ノボォーを情けない声で呻かせた。

シモキティウスは更に追い打ちをかけてノボォーの腹を殴る。

ノボォーは上半身を屈ませ、おええ、と嘔吐する。

そしてシモキティウスは最後にノボォーの股間を殴りつけた。

ぎゃああとノボォー。

シモキティウスはノボォーのむなぐらをつかみ、持ち上げた。

その状態のままノボォーがクボティトにやったように、吹き抜けの縁まで持ってゆく。

ノボォーの顔を見る。

そこには先ほどまでの余裕の表情はなかった。

弱い呼吸を繰り返しながら、ノボォーは力なく言う。

悪かった。

助けてくれ。

お前たちに被せた罪も、ホモコーストもやめさせる、と。

シモキティウスはノボォーに言いたい言葉がたくさんあった。

罵詈雑言、思いつく限りの悪態、そのほとんどをノボォーに対し言ってやりたかった。

だが、シモキティウスは一言だけこういった。

「俺は、ホモだ。お前みたいな不逞な輩を見逃すわけにはいかねぇんだ」

そして。

シモキティウスは手を放す。

ウワー(コ)という叫びが吹き抜けにこだまする。

そして、ドスンというような音が響いた。

ノボォーは、一階にある剣を掲げた黄金の像の、その剣に突き刺さって絶命した。

その像は外国のゲイをモデルにしたもので、象の説明欄にこう書かれていた。

ビリー・へリントン像。

 

 

シモキティウスはノボォーの最後を見届けたあと、そこに座り込んだ。

全て終わった。

長かった。

ふと思い出す。

そういえば、カッツから葉巻とライターをもらっていたな。

シモキティウスは懐からそれを取り出すと、慣れない手つきで火をつけ、吸う。

パトカーのサイレンが遠くに聞こえる。

おそらくここに向かってくるのだろう。

自分はきっと逮捕される。

だがそれは最早どうでもよかった。

これから先のことは、時代が決めるだろう。

ヤ・ジュ―、ミュラー、キムル、ヒラーノ、カッツ、クボティト...。

みんな。

全て、決着したよ。

シモキティウスは涙でかすんでぼやけたタバコの煙をみる。

それはまるで、彼らの魂が天に昇ってゆくように見えた。

 

 

ガチホモ英雄シモキティウス。

完。



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