狂気の最凶復讐鬼 ~最強の魔法を開発したので、勇者も聖女も両親も、いじめた奴らを全員嬲り殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺すことにする~ (輪島廻)
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序章 二つの世界で誓った復讐
1、同級生からも、先生からも、転生前の両親からも、


お願いします!


 紅い血が弾け、視界が揺れる。

 脂肪が付きまくって重い体が、地面の上を転がる。

 後から襲ってきた鈍い痛みに、宗太(そうた)は、自分が殴られたのだと理解する。

 宗太は相手の顔をキッと睨み付けるが、睨み付けられた側はそれを気にした様子もなく、再び宗太を殴り付ける。

 

「ぐふぅ……」

 

 腹の肉が鎧となって衝撃を吸収してくれるなんてこともなく、脇腹に刺さった拳は宗太の臓腑(ぞうふ)を大きく刺激する。その痛みと衝撃に宗太は尻餅を付き、口の端から涎を垂らし、腹を(さす)りながら呻く。

 

 そして、それだけやられながらも、宗太に反撃の意思は見られない。

 それは負け犬の風貌だった。

 こっぴどい目に遇わされながら、その恐怖に反撃を諦める、負け犬。

 

 今はこの(ざま)と言えど、宗太にも反撃をしようとしていた時期はあった。

 宗太は元々、嫌なことをそのまま受け入れるような(やわ)な性格ではなかった。むしろ、それにネチネチと抗う、嫌らしい性格の持ち主だった。

 その結果は更なる暴力の嵐。

 イジメは、宗太のねちっこい反撃に苛立ったいじめっ子の怒りによって加速したのだ。

 学んだことは、『反撃は火に油を注ぐ行為である』ということ。

 このときから、宗太は黙って殴られ続ける負け犬になった。

 

 気付くと、暴力の雨は止んでいた。

 絶え間なく降り注いでいた痛みが和らぎ、宗太は安堵する。

 痛みを我慢する為に、早く時間が過ぎ去るようにと瞑っていた目を開くと、屋上から校舎内へと入っていくクラスメイトの背中が見えた。

 

 宗太は焦点の定まらない虚ろな目でその背中を無気力に()め付けると、フェンスの隙間から射し込む夕暮れの日にその目を細めながらよろよろと立ち上がる。

 そして溜め息を一つ吐き、帰ろうと足を動かし始める。

 重い体を引き摺りながら廊下を歩き、下駄箱で靴を履き替え、昇降口から外に出る。

 

 そこで、ピンポンパンポーンという軽快な音が、放送の開始を告げた。

 宗太はその内容を予想し、微かに聞こえたその放送の内容を聞き逃すまいと、耳を澄ます。

 そして、予想を裏切ってくれと念じる宗太の期待を裏切り、放送は宗太の予想と全く違わないことを伝える。

 

『二年三組宗太くん、二年三組宗太くん、直ちに職員室まで来てください。繰り返します……』

 

 その放送を聞いた宗太は溜め息を一つ、先刻出たばかりの昇降口の方に体を向ける。

 そこで一旦動きを止めると、途端に重さを増した足を何とか動かし、職員室を目指す。

 ここで無視すると、翌日が面倒臭い。聞いていなかっただとか、既に帰っていたなどという言い訳が通用しないのは、確認済みだ。

 

 宗太が陰鬱な気分で職員室のドアをノックすると、ニコニコと笑みを浮かべた太り気味の中年の男性がすぐに出てきた。その男性こそが、宗太を職員室に呼び出した教師だ。

 

「やあやあ、よく来たねぇ……! 待ちわびたよ!」

 

 上機嫌にそう告げる彼の顔は明るかった。『ようやく人を殴ることができる!』と、そう言っているようであった。

 

「ではでは早速……」

 

 その言葉が聞こえると同時に走る痛みに、宗太は顔をしかめる。殴られた場所は脇腹だ。先刻まで屋上で繰り返し攻撃されていた位置にぴったりと合っていて、いつも以上の痛みが体を襲う。

 

「おらっ! おらっ!」

 

 繰り返し、繰り返し宗太は殴られる。

 唇を噛みしめ、目を瞑る。

 少しでも痛みがマシになるように。少しでも早く時間が過ぎ去ってくれるように。

 

 しかし、かえってその態度が地獄を長引かせることになる。宗太が何の反応も示さないのが気に触れたらしい。

 唇に歯形の傷ができ、口内を血の味が満たした頃、教師の猛攻はさらに勢いを増す。

 

「何かっ! 反応をっ! しろよっ!」

 

 転んだ宗太は腹を何度も何度も踏みつけられる。

 意識がぼんやりしてきたのを感じた。視界が霞む。

 すがるように黒目だけで周りを見渡すが、他の教師達は素知らぬふりをしていて、頼れそうにもない。

 

「お父さん……お母さん…………っ」

 

 宗太は、唯一自分に優しくしてくれていた両親を、呼んだところで来てくれないと理解しながらも、それでも呼ぶ。

 そして、瞼の裏に二人の笑顔を頭に焼き付けたまま、宗太の意識は暗転した。

 

 ▼

 

 気付くと、宗太は暗闇の中に居た。

 何も見えないし、何も聞こえない。感覚が一切なくなっている。

 

 宗太は狂ってしまいそうな気をどうにか押さえつける。

 何年も酷い虐めを受けてきた宗太だが、流石に全ての感覚が消え失せたことなんてない。

 人間に限らず、ありとあらゆる生物達はは五感で外の情報を受け取ることで危険を回避する。それができないということは、危険が迫ってきていても、対する術を持たないということだ。

 

 宗太は生物としての本能から、かつてない恐怖を味わっていた。

 これならば、まだ繰り返し殴られていた方がマシだったとさえ思える。

 

 数分か数時間か、あるいは数千年数万年が経過しているのか。極限状態は宗太の時間感覚を狂わせた。

 そしてその時間を越えた先、痛みすら救いに思えるほどに苦しみ続けた宗太の中に救いの声が響く。

 

『貴様は、何がしたい?』

 

 宗太は考えていた。狂っていた時間は、宗太が自分を見つめ直すための時間でもあったのだ。

 そして出した答え。宗太は一切迷うことなく、その答えを口にする。

 

「俺は……お父さんとお母さんと、ずっと一緒に居たい……!」

 

 唯一優しく接してくれた存在。

 時には相談を親身になって聞いてくれた。時にはダイエットに付き合ってくれた。時には脂肪で重く、脂ぎった体を抱き締めてくれた。

 宗太は思ったのだ。そんな両親とずっと居たい。両親だけと関係を保ち、それ以外とは関わることなく、一緒に暮らしていきたい。唯一ホッとできたあの場所にもう一度帰りたい。

 

『……本当に……?』

 

 しばしの沈黙の後に再び脳内に響き渡ったその言葉は、どこか宗太を嘲笑っているようで、無性に気を荒立たせた。

 

「何がおかしい! 別に良いだろ!」

『……これを見ても同じ事を言えるかな?』

 

 そして宗太の脳内に表示されるイメージ。

 そこには、二人の男女が居た。まごうことなき宗太の両親だ。

 

『お前が死んだ後の二人の会話だ』

 

 二人は何かを話していた。しかし、宗太の耳にその内容は入ってこない。

 

「お父さんっ! お母さんっ!」

 

 ただのイメージとはいえ、二人を見ることができた宗太は歓喜する。

 

『喜ぶ前に話を聞け』

 

 鮮烈に響いた有無を言わせないその声に恐怖を覚えた宗太は、一旦心を落ち着かせると、両親の会話に耳を澄ませる。

 

『ようやくあの豚が死んでくれたわね。しかも、あのクソ教師に殺されてくれて……。いつかは自殺すると思ってたけど、あの死に方は流石に予想外だったわ。保険金も貰える上に、教師からの賠償金まで取れるなんて、本当良い死に方をしてくれたものよ』

 

『そうだね。ここまで信用を稼ぐのは大変だったが……これだけのカネが入ってくるなら正解だったな』

 

『てかあいつは最後まで滑稽だったわね。カネ目的じゃなけりゃ、誰がいつまでも優しく、ここに縛り付けておくかっての』

 

 その両親の会話を聞き、宗太は絶望に震える。

 これまで救われていたあの態度は、全部自分達のところに縛り付けておいて、俺が死んだ後にカネを得る為の布石だったのか、と。

 

「何だ……それ……、ふざけるなよ……いい加減にしろよ…………」

 

 一切の感覚が失われた顔を、一筋の温かい雫が撫でた気がした。

 それは、宗太の苦しみが、悲しみが、憎しみが籠められた、感情の雫。

 

「どうしてデブってだけでこんなにいじめられなきゃいけないんだよ! ふざけるなよ!」

『……本当にデブってだけでこんなにいじめられていたと思っているのか?』

「……は?」

 

 しかし、話は元に戻される。

 

『もう一度問おう。お前は何がしたい?』

「俺は……俺は……」

 

 ソータはすぐに意味深な言葉を忘れて考え始める。

 頭の中を過るのは、両親の姿。

 瞬間。心の闇が増幅する。

 

「俺はあいつらを殺したい。あのクソどもを始末する。それができるだけの力を手に入れたい」

『そうか。ならばその力を掴み取ってこい!』

 

 宗太の口が凶悪に歪む。

 それは復讐者……いや、その表現ですら生温い、復讐鬼(ふくしゅうき)の顔だった。

 そして、奪われていた感覚が戻ってくる。

 宗太は、感覚が失われた不安すら、忘れていた。それほどの、復讐心を抱いていた。

 

 そして再び意識が途絶える。




本日は、一時間ごとに一話、合計十二話投稿します。

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2、冒険者達からも、オークからも、村民からも、

今回は短いですが、次回以降はこれより少し長くなります。


 誰もが認めるデブであるソータは、脂肪に取り柄なんてないと思っていた。

 

 ただ重いだけで何の役にもたたない脂肪に価値を求めること自体が間違っている。そう思っていた。

 

 自らの腹に、背中に、顎につく脂肪。これらのせいでソータの人生は苦労が絶えなかった。

 

 腹から突き出した脂肪を揉みながら、ソータは過去を振り返る。

 

 昔は冒険者なんかをやっていた。

 

 ソータの住んでいるプラメト村は人口二〇〇人と非常に小さく、冒険者の登録や育成、依頼の仲介などをしている冒険者ギルドなんて勿論ない。そのため、少し離れたここよりも大きな街、ローマンで冒険者登録をした。

 

 その街は小さいながらも人口が多く活気があり、プラメトを含む近隣の小さな村や町から多くの冒険者志望者が訪れる。

 ソータもその中の一人だった。

 

 しかしソータは、無駄に重い脂肪のせいで動きが鈍い。しかも厚くて暑い肉の鎧なんか纏っているせいで汗が滝のように流れる。そのせいで滑って剣は飛んでいくし足は縺れる。さらには額から湧き出した汗が目に入り、視界を塞ぐ。

 

 まともに戦えない。

 

 そんなソータがパーティーを組んで周りから嫌な顔をされるのは当然の帰結と言えるだろう。一度組んだ相手は二度と組んでくれないし、時間が経って噂が広まるほど、比例するように組める相手も減っていく。

 すぐに誰とも組めなくなってしまった。

 

「何でお前そんな太ってんのに冒険者なんてやってんの?」

 

「もうやめちまえよ」

 

「はぁ? お前とパーティー組むとかあり得ねー」

 

 そんな罵倒の嵐に巻き込まれながらも、最初のうちは何とかやっていけていた。希望を持ちながら。

 一時期はデブでもやっていけるのだと本気で信じていた。

 でも、ある出来事がソータを冒険者から遠ざけた。

 

 ――ブクブク肥えた豚の怪物・オークに仲間認定されたのだ。

 

「ブホッ、ブホホッ」

 

 そう言いながらソータに向けたオークの顔は、清々しいほどの笑顔だった。これがトラウマにならない人はそうそういないだろう。ソータが心に深い傷を負ったのは当然のことだ。

 ソータはそのショックから立ち直れずに、結局冒険者をやめた。オークの一件がなくても、早かれ遅かれ止めていただろうが……。

 

 冒険者をやめてプラメト村に帰ってきてからも、地獄は続いた。

 すなわち、村人達の嘲笑と罵倒。

 

「何で帰ってきてんの⁉」

 

「お前マジでいらないんだけど」

 

「この村に君の居場所はありませーん!」

 

 冒険者を止め、村に帰ってきたときの村人達の反応がこれだ。

 それでもソータは、めげずに働こうとした。

 しかし、冒険者以外の仕事もできなかった。

 

「本気で雇って貰えると思ってんの?」

 

「悔しかったら痩せてから出直してこい!」

 

「豚は牧場に帰りなよ。あ、もしかして食肉として来てくれたの?」

 

 ソータの丸々と太った体を見た人達は決まって俺を雇い入れてくれなかった。

 そもそも、冒険者は最も就きやすい職業だ。それになれなかった時点で、他の仕事も無理だということは分かっていたことだ。そう頭の中で自分を慰めながら、先のことを考えた。

 

 少なくとも店を経営している人達の中にソータの味方はいなかった。

 農業など、自分でできることを始めるのにも金がいる。ソータにはそれが出せない。勿論あの村人達が金を貸してくれるはずもない……。

 

 そして――あぁそうか、諦めれば良いんだ。

 そこに思い至ったとき、一気に気持ちが軽くなった。

 

 ――そしてソータは働くことを諦めた。




次の投稿は、一時間後です。

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3、勇者からも、聖女からも、転生後の両親からも。

 ソータは、諦めた。

 限界まで悩んだ。やれることは全てやった。それでも、道は残されていなかった。

 

「豚がいるぅ! 私、本物の豚初めて見た!」

 

 街を歩けば嘲笑。

 

「何でてめえがここにいる!? 店が汚れるだろ!? お前に出す料理はない! 帰れ!!」

 

 店に入れば罵倒。

 

「こんな遅くまでどこをほっつき歩いてたのよ!」

 

「遊んでないでその体をどうにかしやがれ!」

 

 家に帰れば説教。

 

 前はかわいいと言いながら頭を撫でてくれた村人達も。

 子供のときは毎日笑いあっていた親友も。

 今ほど太っていなかったときに将来を誓い合った元カノも。

 俺を産み、以降ずっとソータを養っている両親でさえも。

 その全員がソータをバカにする。

 

 元親友はいつしかソータを殴ってストレスを発散するようになった。

 昔は、相談なんかは親身になって聞いてくれ、それに対して適切なアドバイスをくれたりした。ソータを外に連れ出して、日が暮れるまで一緒に遊んでくれた。

 それなのに、気付いたらそいつにとってのソータは「親友」から「道具」になっていた。

 

 しかも、ソータ以外の人にはむしろ前よりも良い顔をしていて、さらに確かな実力があったために《勇者》という称号を与えられるまで成り上がっていた。

 

 《勇者》の次に思い出すのは元カノのことだ。

 

『将来はソータくんのお嫁さんになるの!』

 

 あの頃、秋のだんだんと沈むのが早くなってきた燃える夕日と、だんだんと色づいてきた鮮やかな紅葉を背景に、そう言った元カノ。

 あの頃の無邪気な彼女の顔を忘れられない。

 

 それが、今となっては殺人大好きな殺人鬼だ。その上サイコパスな《勇者》と付き合ったりしている。

 

 元カノが元親友とヤっている現場を見たときの絶望感は、今でも鮮明に、ソータの脳内に刻まれている。その現場というのが、ソータと彼女が将来を誓った山の山頂だったということも、この記憶を印象付けた要因の一つである。

 

 ……何で外でヤっているのか問い質したかったが、絶望感に浸っている間にどこかへ行ってしまった為に実行には移せなかった。

 そして今、すっかり変わってしまった彼女は、《勇者》パーティーの《聖女》として名を馳せている。

 

 ソータの両親は、いつからかソータに飯と部屋だけ与えあとはほとんど関わらないようになった。

 ソータ達親子が関わるのは、両親がもっともらしい言葉を並べてソータに説教を垂れるときだけだ。これがただのストレス発散なのだということは誰の目からも明白なのだから、苛立たずにはいられない。

 

 ――デブってだけで何でこんな扱いなんだ!

 

 自分の境遇を呪った。

 

 ――俺だってこの体に生まれたかった訳じゃなかった!

 

 自分の体質を呪った。

 

 そんな負の感情は、ソータの心を汚し、溜まりに溜まっていった。

 

 そして、負の感情が限界まで溜まりきったとき――――全てを思い出した。

 

 地球という別の星での出来事を。

 そこで誓った復讐を。

 

 ――あぁ、そうか。地球だけじゃない。ここの人間も同じか。

 

 この日から、ソータはベッドと書物しかないとても狭い部屋で、一つの研究を始めた。

 脂肪のせいで活躍できないのなら、脂肪がなくなればいい。逆に脂肪を力に変えられれば、ソータに敵はいなくなる。

 

 幸い、地球での記憶を取り戻した為に、脂肪の知識はいくらでもあった。

 前世であれば絶対に脂肪が力になるなんてことはなかったが、ここは異世界。魔法という便利なものがある。これとソータの持つ前世の知識を組み合わせれば、かつてない魔法が完成することは必至だった。

 

 ――そして三年間ほどの期間、一度も家から出ることなく引きこもり、その間ずっと研究に熱中し、やがてソータはひとつの魔法理論を完成させることに成功する。

 前よりも脂肪が増えたが、この魔法が完成したからには、むしろそれは喜ばしいことだ。

 

 《脂肪魔法》。

 

 ソータは完成させた魔法にそう名付けた。

 この魔法を使えば、脂肪を意のままに操ることができるようになる。

 

 一見大したことのないこの魔法。しかし、その実、この魔法は恐ろしい効果を持つ。

 

 体脂肪には筋肉の三倍以上、一グラム当たり七キロカロリーのエネルギーを溜め込むことができる。

 ソータは体重二〇〇キログラム、体脂肪率六〇パーセントという驚異的な数字を誇るので一二〇キログラムもの脂肪を持つことになる。これを計算すると八四〇〇〇〇キロカロリーものエネルギーを蓄積していることになる。

 

 そして、エネルギーは熱にも光にも動力にもなるし、この世に存在するあらゆる物はエネルギーを持つことによって成り立っている。もう一つ、ソータの研究の中で明らかになったこと。エネルギーは、魔力にも変換することができる。

 

 脂肪とはエネルギー。エネルギーとは万能物にして物質構成の要。

 

 何にでもなれる万能物であるエネルギーを、ソータは《脂肪》として腹に溜めこんでいたのだ。

 そして、脂肪を意のままに操れることはエネルギーを操れることと同義。つまり、この魔法さえ使えれば、電気だろうが炎だろうが動力だろうが魔力だろうが、全てを自由に操作することができる。

 

 この研究が完成したとき、ソータは自分の才能に恐ろしさすら感じた。

 デブを舐めたやつらはデブの素晴らしさを知り、デブを貶した自分達を呪いながらデブに殺されるのだ。

 

 

 

 そして宗太《ソータ》は再び復讐を誓う。

 

 ――舞台が地球だろうが異世界だろうが、自分を苦しめた奴らを全員痛め付けて殺してやるのだ、と。




序章終了、次話から一章に入ります。

次の投稿は、一時間後です。

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第一章 復讐の焔は村を包み込む
1、黒いオーラを帯びた少女


一章もよろしくお願いします!


 ソータは復讐の方法を考える。

 

 脂肪魔法の使い道が多く、一つ一つの技か驚異的な威力を誇るとはいえ、流石にいきなり勇者を相手にして勝てるとは思っていない。

 

 そもそも、復讐はただ力で上回るだけではいけないのだ。体も心も弄び、徹底的に痛め付けるのが復讐である。

 それを実現させる為には、鼻歌混じりで軽く相手をあしらえるくらいの実力差がなければいけない。それくらいでなければ、復讐を味わう前に殺してしまうか、予想外の反撃によって手酷いダメージを受けてしまうかのどちらか。

 どちらにしても、良い結末が待っているとは思えない。

 

 ソータの脂肪魔法は間違いなく強い。しかし、その力を過信してはいけない。ソータはそのことを理解している。

 だから、脂肪魔法の能力を確認することにした。自分が持つ力を把握することは、力を手に入れる過程でも、その後の戦い方でも重要である。

 

 そして、気兼ねなく訓練をする為には、ソータの家の中ではスペースが絶対的に足りない。

 

 そこで、ソータは外に行くことにした。

 ドアを開けると、数年ぶりの陽光がソータの目を眩ませ、肌を焼く。ソータは一瞬エネルギー操作でそれに対処しようかと考えたが、まだ上手く扱える自信がないので思いとどまる。

 ソータは家の外へと踏み出した。向かうのは村の外だ。

 

 村の敷地内は仕事がしやすいよう可能な限り整えてあるが、そこから出ると途端に何にも手入れされていない、ただただ鬱蒼と草が生い茂る、広大な土地が広がっているだけになる。

 そこならば、火を起こそうが電気を流そうが何でもして良いだろう。どうせ誰も来ないし誰も使わないのだから。

 

 しかし、ソータの予定通りには進まない。

 面倒事は、どこにでも湧くものだ。

 

 ソータが閑散とした外を歩いていると、ソータと同年代くらいの細い男が一人、歩いてくる。彼も、かつてソータを苛めていた人の内の一人だ。

 

 彼の顔を見た瞬間、ソータはかつての日々を思い出し、沸々と怒りが沸き上がってくる。反射的に手を出しそうになったソータだったが、今はまだその時ではない、後でたっぷりと仕返ししてやるのだと自分に言い聞かせ、心を落ち着ける。

 

 そしてバレてしまう前にその場を後にしようと、ソータは周りを見渡す。しかし、人口密度の低いこの村、その外れともなると、身を隠せるようなところは殆んどない。

 むしろ、ここまで見つかっていないのが奇跡だと言えるだろう。

 

 ソータは咄嗟にエネルギーを操作し、光をねじ曲げる。

 咄嗟のことだった。見つかったらまたいじめられるかもしれないという身体に刷り込まれた本能的な恐怖と、面倒事を避けたいという脳内で瞬時に計算された理性的な判断が、実際に使ったことがない脂肪魔法を使わせるに至った。

 その結果、周りから見ると、何の変鉄もない道が一本続いているだけとなった。

 

 そして直後、黙って敵を睨んでいたソータの目の前で、細い男があからさまに周りを警戒し始めた。何度も、キョロキョロと首を回して辺りの様子を確かめる。

 その姿に、何かが起きるのではないかと、ソータも警戒を強める。

 

 そして、ソータに気付かなかった彼は、何かを呟く。

 ――刹那、光に包まれた。

 ソータはその美しい閃光に息を飲む。

 

 しかし、光っていたのは一瞬だ。すぐに光は消え失せていき、そこに立っていたのは――――全裸の少女だった。それも超がつくほどの美少女。

 ふわふわの金髪に、少しきつめに尖った碧眼、小さく紅い唇。

 ソータは転生前も含め、これほどの美貌を見たことはなかった。

 

「なっ……」

 

 驚きの声をあげるソータ。

 心が乱れ、ねじ曲げていた光が元に戻ってしまう。

 

「え……?」

 

 そして、少女の方も唐突に姿を現した太った男性――ソータに驚きを隠せない。それが、自身が全裸の時ともなれば尚更だ。

 きめ細かい白い肌が、羞恥からみるみるうちに赤く染まっていく。

 

「ストップ、話せばわかる……」

 

 慌てて話し合いを試みるソータだが、全裸を見られた少女がその言葉に応える筈もなく――

 

「変態っ! 死ねっ!」

 

 突如、少女の右拳が強烈な光に包まれた。

 そして一閃。

 気付いたときには、ソータ空中に居た。

 

「ぐぇっ!」

 

 少女は慌てて服を着ると、無様に転がるソータの方へと向かってくる。

 

「アンタどこから出てきたのよ!? 乙女の着替えを覗くなんて最低だわ! バカ! アホ! ほんっと最低!」

 

 口汚く罵る少女にどう対処すれば良いのか分からなかったソータは、更に地雷を踏みにいく。

 

「ところでどうして男の格好なんてしてたんだ? あれ、変身魔法だろ?」

「…………」

 

 一気に少女の顔は険しくなる。

 ソータは周りの温度が下がったような錯覚に陥った。

 

 そして発せられるどす黒いオーラ。ソータは思う。

 ――あぁ、これは、仲間だ。こいつも復讐に捕らわれた、俺の同類。

 

 瞬間、頭が冷えた。

 

「なぁ……。何があった? どうしてこんなところにいる?」

「……このオーラ……アンタも同類のようね……」

 

 ソータは、この復讐者を仲間……いや、復讐をより残酷なものへとする為の、共犯者にすることにした。

 

 そして少女は語り出す――




次の投稿は、一時間後です。

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2、恋は容易く友情を引き裂く。残るのは、復讐心だけ。

胸くそ(今更)、R18でないレベルの性描写があります。
苦手な方はご注意ください。


 彼女がまだ一〇歳にも満たないときのことだ。

 少女――ルーシャは、プラメト村の中でも一、二を争うほどの可愛さを誇っていた。

 その愛らしさは、誰もが認めるところだった。

 

「今日も可愛いねぇ……」

「す、好きだっ! 付き合ってくれ!」

「ああぁーん! 愛しの我が娘よ! お前はどうしてそんなに可愛いんだい!?」

 

 近所のおじさん、おばさんには会う度に褒められたし、同世代から少し年上くらいの男の子には告白された。両親、特に父親は、ルーシャのことを溺愛していた。

 

 ルーシャは、そうして褒められること、愛されることに自身の存在意義を見出していた。

 

 その頃、ルーシャに唯一無二の親友ができた。今では聖女と呼ばれている、同い年の可憐な女の子だ。名前をシエットという。

 きっかけは些細なことだったが、気の合う二人はたちまち仲良くなっていった。

 

「いやぁーん! 今日の『二天使』も最っ高に可愛いぜ!」

「二人ともー! 纏めて俺と付き合わなーい!?」

「ペロペロさせて。ペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロ……」

 

 二人でいると、ますます褒められることが多くなった。中には明らかに行き過ぎたものや、変態的なものもあったが、こうして好かれることが、ルーシャは好きだった。

 

 ある日、ルーシャはシエットを誘って山まで遊びに出掛けた。

 勿論許可を取ろうとしても、親たちがそんな危険なことを許すはずがない。特に、ルーシャを溺愛していた彼女の父親は。

 山の中には危険な獣、虫、さらには魔獣までいる。少女が二人で出掛けて良いような場所ではないのだ。

 だから、二人は隠れて出掛けた。軽い気持ちで。

 

 その帰りに事件は起きた。

 道に迷ってしまったのだ。

 

 気付くと、木々の隙間から明るく山の中を照らしていたはずの太陽は地平線の向こうへと息を潜め、鬱蒼と茂る草木が風に妖しく揺れていた。

 

 二人とも、泣き喚いた。

 真っ暗な森に取り残されたことへの恐怖が、隠れて家から出てきたことへの後悔が、歩き続けたことによる疲労と空腹が、二人を蝕んでいた。

 

「シエット……怖いよ……」

「助けて……誰かぁ!」

 

 親友に縋り付いて次々と涙を零すルーシャと、恐慌状態に陥って必死に助けを呼ぶシエット。

 時間の流れと共に、二人の精神状態は酷くなっていった。

 

 そして数時間が経ち、泣き疲れた二人の前に、熊が現れた。

 物凄い恐怖を感じるも、泣く気力も残っておらず、二人は生存を諦めて黙って死を待っていた。心の中は絶望に支配されていた。

 

「グアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 襲い掛かる熊の爪。

 二人は静かに目を瞑り、身を縮こませた。

 

 そんなとき、爆炎が熊を焼いた。

 断末魔が森の中の静閑な空気を震わせる。

 

 そして現れた勇者。

 

「大丈夫? 僕はブラック。君達の親御さんに頼まれて、助けにきたよ」

 

 同い年なのに既に魔法を使うことのできる後の勇者が、二人を探しに来てくれたのだ。

 当時はまだ勇者と呼ばれていなかったが、二人にとっての彼は勇者そのものだった。

 

 窮地を救われ、顔も性格も良いともなれば、二人が彼に惚れるのは、当然のことだった。

 

 翌日から、二人はそれぞれ勇者へのアプローチを開始した。

 アプローチと言っても、二人はまだ一〇歳にも満たない子供だ。誘惑なんてことはしない。ただ近付いていって、一緒に遊ぶだけ。

 ブラックは、二人が遊びに来ると決まって相手をしてくれた。

 その過程を経て、二人の恋心はより膨れ上がっていった。

 

 そしてそれから六年ほどが経った。

 相変わらず三人は懇意にしている――ように見えた。

 しかし、その実は違う。二人が、ブラックの前でのみ、猫を被って仲良くしているのだ。

 

 六年にも及ぶ大恋愛。

 いくら親友といえど、いつからか互いに相手のことを邪魔に思い始め、ルーシャとシエットの仲は悪化を辿る一方だった。

 

 そんなある日、三人の恋愛関係は、大きく変化した。

 遂にルーシャが、ブラックに告白をしたのだ。

 

「あ、あの……好きです…………付き合ってください!」

「い、いや……」

「ダメ?」

 

 抱きつきながらの上目遣い。六年間でさらに可愛さに磨きがかかったルーシャのそれに耐えられる男がいるはずもなく、ブラックはあっさりとルーシャに靡いた。

 こうして二人は付き合うことになった。

 

 ルーシャが今までの人生の中で最も楽しかった時期を挙げるとしたら、間違いなくここを選ぶだろう。

 それほど、このことはルーシャにとって嬉しいことだった。

 

 そして、このことによってルーシャとシエットとの心の距離は、取り返しのつかないところまで離れてしまった。

 

 更に二年ほどが経った。

 ルーシャとブラックの仲は極めて良好だ――と、ルーシャは思っていた。

 まだキスまでしか進んでいないが、ブラックはよく構ってくれるし、それ以上進まないのはただ単に恥ずかしがっているからだろうと、ルーシャは思っていた。

 

 しかし、山が紅《あか》や金《きん》に染まり始めた時期、ルーシャにとってショックな事件が発生した。

 紅葉を見るために一人で山を登ったとき――

 

「あっ! ああん!」

「ぐぅ……イクッ! イクぅ!」

 

 ――ルーシャは、決定的なシーンを見てしまった。

 

 揺れる、短い金髪と長い銀髪。

 二色の髪が、乱れ、絡まり合っていく。

 

 そう、ブラックとシエットがそこで事に及んでいたのだ。

 

 瞬間、ルーシャの頭の中で火花が弾けた。

 気付くと、ルーシャはシエットに殴りかかっていた。

 

「ふざけんな! この泥棒猫!」

「ハッ、ブラックが本当に求めているのはわたしなのよ!」

 

 そして、殴り合いの喧嘩が始まった。

 しかし、それはすぐに収まることになる。

 ブラックの一言によって。

 

「俺が好きなのはシエットだよ。俺は本気じゃないのに、本気で慕ってくるお前はいつも滑稽だったよ」

 

 そこにいるのは、いつも優しいブラックではなかった。

 

「あと……俺の女に暴力振るってんじゃねえよ!」

 

 そんな言葉と共に物凄い勢いで飛んできた拳を避ける術を、ルーシャは持っていなかった。

 何度も、何度も、繰り返し、繰り返し、殴られた。

 『二天使』なんて呼ばれていた頃の整った顔立ちなんて、もう見る影もなかった。

 

「そうか、ずっと騙されていたのか……」

 

 ずっと恋してきただけに、それを知ったときの怒りも、大きいものだった。

 

 ルーシャのひしゃげた頬を一筋の涙が伝った。

 

 そして、自分からブラックを寝取ったシエットに、自分を騙していたブラックに――復讐を誓った。




次の投稿は、一時間後です。

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3、所詮人は顔しか見ていない

時間軸は前話の続きです。


 復讐を誓いながらも、ルーシャは無力だった。

 

 魔法が使えるわけでもない。剣を振れるわけでもない。巧妙な罠を設置できるわけでもない。

 唯一あるのは人望だけだ。

 このままでは、魔法を使え、剣も振れ、頭も働き人望もあるブラックに勝てるはずがない。

 

 ルーシャは怒りに歯を噛み締めながら、山を下った。

 辺りは既に暗くなっている。

 

 ルーシャは、その光景を見て、シエットと遊びに行ったときのこと、初めてブラックと話したときのことを思い出す。

 しかし、それは良い記憶としてではない。シエットと遊んだときの楽しさや、ブラックに助けられたときの安堵感は全て、最後の悪い記憶のせいで朽ちてしまっている。

 そのときの情景などは思い出せても、感情は思い出せない。

 

 ――どうしてこんなことになってしまったのだろうか?

 

 ルーシャは頭の中に疑問を浮かべる。

 シエットと友達になってしまったから? あのとき山に行ってしまったから? そこで帰るのが遅くなり、道に迷ってしまったから? 助けられたとき、ブラックに惚れてしまったから? ブラックに告白してしまったから?

 

 埋め尽くすのは後悔。

 前は確かにシエットのこともブラックのことも好きだった。感情としてではなく、記憶としてそう残っている。

 

 しかし、どこかで道を間違えてしまったのだということを悟っても、もう引き返すことはできない。

 なぜなら――心の中が、復讐心に満たされているから。

 

 ルーシャはもう、復讐心が満たされるまで、止まらない。

 

 と、そこまで考えたところで、ルーシャは自分が奇異の視線に晒されていることに気付く。

 今までは、ルーシャを見るとみんなが温かい目を向けるか、優しく話しかけてくれたのに、今は誰もが気味の悪いものでも見ているかのような視線を向けてくる。

 

 物心付いたときからずっとちやほやされ続けてきたルーシャにとって、それは面白くない。

 ブラックとシエットとのことがあった後で気が立っていたこともあり、ルーシャはその奇異な視線を向けてくる村人達に叫んだ。

 

「何であたしを見てんのよ!」

 

 その瞬間、村人達はそそくさと逃げていった。

 ルーシャは首を傾げる。

 

 そして、さらに苛立ちを募らせながら、帰宅する。

 

「ただいま~」

「おかえり~、山の紅葉どうだっ……た……?」

 

 ルーシャの母親が、ルーシャの声を聞いてリビングから出てきて、そして戸惑いの表情を浮かべる。

 

「ど、どうしたの……? その顔……」

「え……?」

 

 ルーシャは、殴られた自分の顔が悲惨なことになっているということに、気付いていなかった。

 殴られたこと自体には気付いていたし、それによって多少は傷付いているのだろうとは思っていたが、流石にここまで酷いとは思っていなかったのだ。

 

「はっ、はっ、はぁぁあああああああ!?」

 

 母親に言われて、汲んできた水に顔を映す。そしてルーシャはそこに映った顔に驚き、素っ頓狂な声を出した。

 

「何でこんなことになってんのよ!」

 

 村人達の反応も、これで納得できた。

 

 元の可愛かった顔は、魔法でも使われたのか、酷く歪んだ顔になっていた。

 ルーシャは、自分の可愛い顔をこんなにしたブラックとシエットに、憤りを覚える。

 

「ふっざけんなあいつら!」

 

 どんどん怒りが強くなっていく。

 しかし、それは突然不安に変換される。すなわち、これは本当に治るのかと。

 

 すぐにルーシャは、ブラックを除いて村で一番回復魔法の腕が良い人のところに行くことにした。

 彼もルーシャにぞっこんだ。ルーシャは彼なら自分の容姿を元に戻してくれるだろうと考えていた。

 

 しかし――

 

「ひあぁぁぁああああああああ! お前は誰だ! 出てけ! てか本物のルーシャちゃんを返せ!」

 

 ――酷い言われようだった。

 このとき、ルーシャは悟った。

 

 ――ああ、みんな、あたしのことを好きだったんじゃなくて、あたしの容姿が好きだったんだ……。

 

 復讐を誓いながらも、ルーシャは無力だった。

 魔法が使えるわけでもない。剣を振れるわけでもない。巧妙な罠を設置できるわけでもない。

 唯一あるのは人望だけだ。

 このままでは、魔法を使え、剣も振れ、頭も働き人望もあるブラックに勝てるはずがない。

 

 そう思っていたが、そうではなかった。

 唯一あると思っていた人望も、本当は失われつつあったのだ。

 唯一勝る可能性があった人望ですら、ブラックとシエットに負けることが確定していたのだ。

 

 ブラックやシエットが噂を流せば、あの医者が今日の出来事を吹聴すれば、ルーシャが外を出歩けば、すぐに人望は失われる。欠片も残さず。

 

 いや、それは元々人望何かではなかった。

 容姿だけで築いた、紛い物。すぐに崩れ去ってしまう、偽物。

 それを人望と呼ぶことは、できない。

 

 その日から、ルーシャは家に引きこもった。




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4、自分の過去を語れる相手

 ルーシャは引きこもった。

 しかし、遊んでいたり、無為に時間を潰していたわけではない。

 ブラックとシエットへの、復讐方法を考えていたのだ。

 

 まず、根本的な問題として、ルーシャには戦う力がない。

 これをどうにかしなければ、復讐以前に戦うことすらできない。

 

 そして、戦う為には特訓が必要だ。真の強者は、幼い頃から特訓を重ね、その絶技を体に染み込ませている。

 それは一朝一夕で身に付くものではない。

 

 ならばどうするか?

 魔法を、調べて調べて調べ尽くす。それを理論的に最適化し、他人の技よりも優れたものを作り出す。

 

 魔法は、そこまで研究が進んでいない。というのも、魔法という存在自体が不安定すぎて式に起こすことができないのだ。

 その、長い年月を掛けても多少しか進んでいない研究を進めるなんてことは、並大抵なことではない。

 

 しかし、確実に時間が掛かる方法を採っていれば復讐心が薄れていってしまうかもしれないし、そもそも、自身が時間を使うということは、相手にも同じだけの時間を与えているということになる。

 恐らくブラックに時間を与えれば、復讐心を全てエネルギーに変えたルーシャと同等かそれ以上の成長を遂げてしまうだろう。幼くして魔法使いになった彼の才能は、伊達じゃないのだ。

 

 そこまで決まれば、魔法を調べ始めるだけだ。

 ルーシャの適性魔法は、物理魔法、生命魔法、生体魔法と三種類魔法がある中の、生体魔法だけだった。

 

 生体魔法とは、生物の体、あるいは存在に干渉する魔法だ。

 体の形を変える変身魔法や、筋力を上げる強化魔法がこれに含まれる。

 三種類の魔法の中でも最もマイナーかつ扱いの難しい魔法だ。

 普通、人はあまりこれを使いたがらない。

 

 しかし、ルーシャはこれを幸運だと思っていた。

 この魔法を極めれば、ブラックとシエットに殴られてできた顔面の凹みを、治すことができる。

 因みに、この凹みは傷というよりも、ブラックの魔法によって本来の存在からねじ曲げられてしまっている。その為、回復魔法を始めとする生命魔法では治すことができない。

 顔を殴るだけで形が変わるなんて明らかに異常だ。そのことから、ルーシャにも魔法が使われたのだということは推測できた。

 

 そして、ルーシャは次々と魔法を開発していった。

 二年が経過し、一七歳になったルーシャは、最早生体魔法を極めたと言っても良いほどの実力を持っていた。

 

 手始めに、ブラックとシエットにつくられた傷を治してみることにした。研究の末に最適化することに成功した生体魔法を使うと、顔が光り輝き、本来の姿へと戻っていく。

 

 ルーシャは二年間、この魔法を理論上に興すことには成功しても、決して使わなかった。

 生体魔法を極めるという目的を達成するまで残しておくことにしたのだ。これはルーシャなりの決意の表れ。

 しかし、魔法の研究が終わり、復讐に乗り出すときにこの顔ではあまりにも不便だ。そろそろ使ってしまっても良いだろうと、そう考えたのだ。

 ルーシャの復讐心はもう揺るがない。顔が元に戻っても、この復讐心は薄れないだろうと思っての判断だった。

 

 そして、その日、ルーシャは実に二年ぶりに涙を零した。

 

 

 

 戦う術《すべ》は身に付けた。

 ならば、次は戦略を練るのだ。

 

 生体魔法を極めたとはいえ、ブラックは、近接戦闘も、物理魔法も、生命魔法も、生体魔法も、全てを使える化け物だ。

 戦略もなしに勝てる相手ではない。

 

 しかし、戦略の立てようがない。

 ルーシャはブラックのことを何も知らないのだ。正確には、知っていたつもりだったが、本当のブラックがわからなくなった。

 

 ならば、ブラックの情報を集めなければならない。

 幸いにも、生体魔法は人の情報を集めるのに適している。

 この魔法を使えば、人が存在する位置を特定したり、逆に見つからないように気配を消したりと、バレないでストーキングをすることができる。

 

 そこまで分かれば、実行に移すだけだ。

 その日からルーシャはブラックのストーキングを開始した。

 

 そして、ストーキングは案外簡単に進むことになる。

 生体魔法による感知がルーシャの予想通りに性能を発揮し、また、ブラックを一度も気取られることなくつけることができたのだ。

 その結果、一つの有力な情報を手に入れられた。

 ブラックは、村の不良達と連んでいる。

 

 その情報を手に入れたルーシャは、その不良達のうち一人、細い男に接触し、生体魔法でその存在を一時的に消した。勿論記憶を抜き取った上で、だ。

 そして、自身がそいつに変身し、ブラックや不良達と繰り返し接触した。

 

 そんなことを繰り返したある日、ルーシャは家に帰る前に変身を解いた。

 両親には、こんなことをしているのは内緒なのだ。

 顔が変わっても変わらず接してくれた両親に心配をかけることなんて、ルーシャにはできなかったのだ。

 

 しかし――

 

「なっ……」

「……え?」

 

 ――ルーシャは聞いてしまった。男の声を。

 

 そちらを見ると、丸々太った男がいた。

 

 気付くとルーシャは殴りかかっていた。

 決定的な瞬間を見られた上に、それは自分が全裸のときだったのだ。

 

 口から次々と出る罵倒は、男の言葉でピタリと止まった。

 

「ところでどうして男の格好なんてしてたんだ? あれ、変身魔法だろ?」

 

 自分の表情が硬くなるのを、ルーシャは感じた。

 

「なぁ……。何があった? どうしてこんなところにいる?」

 

 そして、ルーシャはその声に理解する。

 ――ああ、こいつは同類だ、と。

 

「……このオーラ……アンタも同類のようね……」

 

 気付くとルーシャは、自分の過去を語り始めていた。




ルーシャの過去編終了。

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5、デブ→美青年

 金髪の少女――ルーシャの過去を聞いたソータは、ますます彼女のことを欲しくなった。

 復讐対象が同じである以上、最高レベルの生体魔法を使う彼女がいれば、より惨い復讐を行うことができる。

 ソータの脂肪魔法にルーシャの生体魔法が加われば、最高の復讐劇の幕を開くことができる。

 

「俺は今から魔法の試し打ちをしてくるが、お前はどうする?」

「そうね、あたしも付いていくわ。アンタの実力も見てみたいしね」

 

 そして二人は連れたって移動する。

 デブと美少女という組み合わせに、村の中を歩いていた村人達は不思議そうな表情を浮かべ、男勢はソータを怨嗟の籠もった目で睨んでいた。

 

「はっ、やっぱりあのクソ共は顔しか見ていないのね」

「そうだな、……本当、この村の奴らはゴミばかりだ……」

「その点、アンタは良いわね。利害が一致している以上、あたしがどんな見た目になろうと同じように接してくれる……」

「俺に無用な信頼を寄せられても、困る」

「ふふっ、そうね」

 

 そう言って、ルーシャはソータにあってから微笑んだ。

 その笑顔に若干の悲しみが読み取れ、ソータは嫌な予感を覚えた。

 

「……本当に、俺に信頼を寄せられても困――」

「――おい、ルーシャちゃんか?」

 

 二人の会話に割り込んだ声の先には、一人のおじさんが立っていた。

 ソータは、話の内容からして、彼がルーシャの知り合いなのだと推測した。さらに、この優しい口調は、相当仲の良い証拠だとも。

 しかし、その推測は外れることになる。

 

「何ですか……?」

 

 横を向いたソータの視線は、驚くほどに冷たいオーラを発するルーシャを捉えた。

 

「ルーシャちゃん? そんなに冷たくなっちゃって、どうしたんだい?」

 

 おじさんは、やはり慈愛に溢れた声でそう返す。

 その姿は、嫌われている相手に好かれていると思い込んで会話をするという、滑稽なものだった。

 

「ようやくホンモノのルーシャちゃんを見つけたと思ったのに……」

 

 そう、そのおじさんというのは、ルーシャの治療を断った医者だった。

 ソータは、横でどんどん負のオーラを増していくルーシャを見て、それを察する。

 そして、あの傷は回復魔法では治せなかったので結論的には変わらなかったとはいえ、容姿が崩壊した瞬間態度が豹変した彼にルーシャが怒りを覚えないはずがない。

 

「ホンモノ……? アンタは顔でしか人を判断できない低脳なブタなのね。後で殺すわ……」

 

 ルーシャのその迫力に、おじさんはひっくり返る。

 そして、ソータは確かに聞いた。

 

「やはりこの村はゴミね……」

 

 ルーシャと出会ってからのここ数時間だけで頻繁に聞いているようなセリフ。

 

 しかし、その声音はソータですらゾッとするほど、冷たかった。

 

 

 

 様々なアクシデントが起こったが、ソータはようやく本来予定していた、草が生い茂るだだっ広い草原に到着する。

 ソータは、何か大きなことを成し遂げたあとのような晴れ晴れとした気分でポツリと呟く。

 

「……たったこれだけの道のりが、長かったなぁ……」

 

 穏やかな風にサラサラと揺られる草が、さんさんと降り注ぐ暖かい太陽光を反射してキラキラと輝く。

 

 そして、激しく吹き抜ける熱風にチリチリと焦がされる草が、カラカラと降り注ぐ熱い太陽光に焼かれてボウボウと燃え上がる。

 

「アンタ何してるのよ!」

「え? ただ日光の光熱を魔法で圧縮してるだけだが?」

「何であんなに穏やかだったところでそんなことができるの!?」

「いや、その為にここに来たんだし? それに……俺の第一目的は復讐だ。自然よりもそっちの方が重要に決まっている」

 

 気まずい沈黙が訪れる。

 

 ソータはその沈黙の中、内心で考える。

 どうにもルーシャに純粋なところが残っているらしい。絶対に裏切られることがない相手を求めている節もあるし、意外とあっさり復讐を止めてしまうのではないか?

 話を聞いたときや、回復魔法使いのおじさんとの会話の後は、ゾッとするほどの確かな復讐心を感じたが、それが本当に継続するのか心配になってくる。

 

 しかし、もうこうして関わり合ってしまった以上、仕方がないと、ソータは割り切る。

 

「……さて、今度こそ始めるか……」

「……何をする気?」

 

 やってみたいことはいくらでもある。

 エネルギー操作という、応用方法が豊富にある能力を手に入れたのだ。前世の知識を利用すれば、やれることは沢山ある。

 

 しかし、最初にやることは決まっている。

 前世でも、現世でも、ずっとソータは苦しんできた。その、ソータを苦しませた原因であるもの。それを、全て、取る。

 脂肪魔法の最もシンプルな使い方。脂肪魔法の根元、その魔法名の由来。

 即ち――

 

「――《脂肪魔法》」

 

 ソータは落ち着いた声で、そう一言。

 

 途端、ソータの腹に、背中に、顎に付いていた脂肪が、エネルギーの嵐へと変化する。

 ゴオゴオと巻き上がる風に、草が軒並み巻き上げられていく。

 そして、その嵐の勢いが強くなっていくのに比例して、ソータの体格が細くなっていく。

 一瞬、今まで二回の、苦しみにまみれた人生の長さに比べれば、本当に一瞬で、嵐は収まった。

 エネルギーの奔流は一点に収束されていく。

 

「ふぅ……ここまで長かった……」

 

 視界が晴れたとき――デブが立っていたその場所には、美青年が立っていた。



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6、復讐心だけの結び付き、それだけの関係。

 一通りの試し撃ちを済ませたソータとルーシャは、プラメト村の中を歩いていた。

 

 痩せたソータの顔はバランス良く整っており、ルーシャと並んで歩いていても露骨に驚かれたり、恨みの籠もった目で見られたりはしなくなっていた。

 

「そうだ、アンタ今からあたしんち来ない?」

「はぁ?」

 

 唐突にそう言い出したのはルーシャ。ソータはそれに驚きを隠せない。

 そしてソータは、それを聞いた村の男達に、今度こそ恨みがましい目で見られているのを感じた。顔が良くなって少しは目立たなくなったとはいえ、目の前で美少女の家に招待されていたら嫉妬するのが男の性だ。

 

「……どうしてそうなった?」

 

 ソータは、成り行きを見守る男達をスルーしながらそう聞き返す。

 全く招待されるような心当たりはないし、わざわざ行きたいとも思わない。

 

「あたしんちは代々この村の伝統料理を引き継いできてるのよ。それで、明日でこの村も滅びるし、アンタにも食べといてもらいたいと思って」

 

 この説明で納得がいったかと言われると、ソータはあまり納得がいっていなかった。

 村が滅びても、ルーシャが作り方を知っているのならまた作ることが可能だし、ルーシャが食べたいだけならばわざわざソータが付いていく必要もない。

 

「絶対に美味しいから……お願い!」

 

 普段は高圧的な態度を取ることが多いルーシャが、頭を下げた。

 何かそこまでして家に来てほしい理由があるのかという疑問と、もう二度と食べられない料理があるのなら、それを食べてみたいという好奇心が、躊躇うソータを後押しした。

 結局ソータは付いていくことにした。

 

 歩き出すと、遠目に様子を伺っていた男達の視線乗った感情が一気に増幅した気がしたが、ソータはそれに構わない。

 

「で? ルーシャの家まではどれくらいなんだ?」

「歩いて一〇分くらいよ」

「案外近いんだな」

「この村狭いんだからたいていの場所はそれくらいで行けるじゃない」

 

 それ以降静寂が訪れる。

 

 ソータは新たな話題を提供する気にもならず、久しぶりに見た村の田舎な風景を見回す。

 ここだけ見れば穏やかな村だ。

 しかし、長年ここを舞台にいじめられてきたソータには、ここがとても恐ろしい場所に感じられた。

 長年ソータを育ててきた村。今まで溜めてきた復讐心(思い)が眠る場所。

 それを明日燃やすのだ。

 ソータの口元がニヤリと笑う。

 

 そのまま会話のないまま歩き続け、二人は目的の場所に到着した。

 木の枝や草を中心にして造られた、小さな家だ。この世界の農村では、このような家がほとんどである。

 

「ここよ。入って」

 

 そう言いながら、ルーシャは家の扉を開ける。

 ソータはそれに従ってその中に入っていく。

 外見に違わず、そこは普通の家だった。広くも狭くもない、普通の家。

 

 ソータは通された居間で座って、目的である料理を待ちながら、部屋の様子を気にして顔を回す。

 その部屋は、綺麗に片付けられ――というか、物がほとんどなかった。テーブルと椅子があり、キッチンに料理の痕跡がある以外は、生活感がない。

 まるで、この部屋では誰も暮らしていないかのような――

 

「両親なら死んだわ。あたしが研究に没頭している間にね」

 

 背後から聞こえた声に、ソータは振り向く。

 部屋の様子を気にしていたことは、どうやらバレバレだったらしい。

 

「事故よ。どっかの馬車に轢かれたらしいわ」

 

 悔しそうな顔をしていた。

 当然だ。ルーシャにとって、両親とはそれほど大きい存在だった。唯一の心の拠り所だった。

 

「あたしは後悔したわ……。くだらない復讐心なんかに捕らわれて引きこもらなければ良かったって。……あたしにとっては復讐よりも両親の方が大切なのよ」

 

 やはりか、とソータは思う。

 ルーシャの復讐心は驚くほどに強く、ゾッとするくらいの迫力を持っていた。だからソータは、ルーシャの行動原理が復讐のみに影響されているのだと勘違いした。

 しかし、復讐以外のこと以外にも、いろいろなことが彼女の行動に影響していたのだ。

 

『あたしがどんな見た目になろうと同じように接してくれる……』

 

 確かそう言っていたなと、ソータは過去の言葉を思い出す。

 あの時、ソータは信頼を寄せられても困ると言った。ソータにとっての最優先は飽くまでも復讐であり、ルーシャはそれを盛り上げる為に、共犯者にしたに過ぎない。

 だからソータにとってルーシャは、少し特別な関わりがあるだけの、その点以外は別に重用する必要がない人間なのだ。

 

 しかし、ルーシャはソータの予想とは違った。

 彼女には両親に代わる、心の拠り所が必要だったのだ。

 そして、共通の目的を持ったソータが選ばれた。

 けれど、ソータとしては、ルーシャが復讐以外のところで自分を必要としても助けるつもりがない。むしろ、復讐の妨げになる可能性がある彼女を、ソータは切ろうとする。

 

「俺に必要なのはお前本人じゃない。その能力と復讐心だけだ。復讐以外のところで俺に負担をかけさせるのなら、俺はお前とは組まない」

 

 しばしの静寂が部屋を包み込む。

 そして、ようやく紡がれる言葉。

 

「……続きをつくってくるわ」

 

 ソータはそう言いながら台所の奥に消えていくルーシャを見つめる。

 その足取りは、どこか緊張しているかのような重いものだった。

 

 ルーシャがここで手を切る選択をするのなら、ソータはそれを止めようとは思わないし、村に愛着を持ってしまってソータの敵に回るようなことがあれば、手加減はしない。

 

 ソータは危ういルーシャに、警戒心を少し強めた。




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7、過去との折り合い

「できたわよ」

 

 ソータは目の前に置かれた料理を見る。

 それは野菜スープだった。

 いろいろな野菜が入れられ丁寧に煮込まれた、その料理からは、食欲をそそる良い匂いがしている。

 地球で見てきた多種多様な料理を含めて、一度も見たことがないような料理だ。恐らく、この世界にしかない食材を使っているのだろう。

 

「この村でとれるいろいろな野菜を入れて煮たものよ。味付けも全てこの村の野菜でしているわ」

 

 掬う。

 その感触は、ソータの予想とは違ったものだった。

 スープがトロトロしていたのだ。

 恐らく、ソータが予想していた以上の野菜が入れられ、ソータが予想していた以上に煮込まれていたのだろう。

 

「どれだけ煮込んだんだ……?」

 

 そんな疑問を呟きながら、ソータは掬ったものを口にした。

 瞬間、ソータの顔色が変わる。

 

「なんだこれ、美味い……」

 

 意識せずにその言葉が零れた。

 それほどまでに、美味しい料理だった。

 

 口を動かすごとに野菜が溶け、そのたびに野菜の旨味が口の中に広がる。

 山の自然の中で育った野菜のみでつくられたその料理は、育ってきた山の味が染み出しているかのような、深く優しく豊かな味わいだった。

 

「美味しいでしょ?」

 

 自慢げに、しかしどこか寂しさを滲ませて、ルーシャがそう言う。ソータはそれに首の動きだけで返す。

 ソータは夢中になってスープを食べる(・・・)

 質素ながらも丁寧につくられたその料理は、地球での食事である程度舌の肥えてるソータをそうさせるに足りるものだった。

 

 ▼

 

 ソータのスプーンが空を切った。

 なくなったことに気付けないほど、夢中になって食べていたのだろう。

 

「御馳走様。……それで、どうして俺にこれを食べさせてくれたんだ?」

 

 ソータの問いには答えず、ルーシャは言う。

 

「美味しかったでしょ?」

「ああ、勿論だ。こんな美味いものは初めて食べたかもしれない」

 

 ルーシャが無言で口元を綻ばせる。

 

「あたしは復讐をしたい」

 

 唐突の言葉だった。

 

「そう思っていたけど、村を燃やすって言われて、少し躊躇した」

 

 この村は、ソータにとっては何の価値もない場所なのだろう。ルーシャは今までのソータの言動からそう考える。

 しかし、ルーシャにとっては、嫌な思い出と共に良い思い出も育んできた、価値のある場所なのだ。

 ソータが全員にいじめられてきたのに対し、ルーシャには両親だけでも、本気で愛してくれている人がいた。

 

「でも、やっぱり復讐をしたい!」

 

 ルーシャにとって村は思い出を育んできた大切な場所だ。

 しかし、両親がいない今、ルーシャは選択を迫られた。

 誰もいないこの村で、亡き両親の影だけを追って生きるか、過去と決別し、復讐を目標にして新たな人生を歩み始めるか。

 

「だからあたしは選んだ! あたしは復讐を遂げる!」

 

 ルーシャは決意を叫んだ。

 その瞬間、ぼんやりとしていた内心の決意が、より固いものになった気がした。

 

 両親との数ある思い出の中でも、最も楽しかったこと。

 それは、家に伝わるこの料理を教えてもらい、一緒につくったことだ。

 だからルーシャは、今日これをつくり、それを最後に両親との思い出と決別することにした。

 一人では不安だったから、ソータを呼んで。

 

「……ついてきて」

 

 ルーシャは台所であるものを取ると、玄関に向けて歩き出す。

 

 この決意だけではまだ足りない。

 思い出が頭の中を満たしている。

 ルーシャは、新たな人生を始めなければならない。

 その為に、この思い出は邪魔だ。

 ルーシャは、確かに感じた復讐心を殺したくない。

 その為に、この思い出は邪魔だ。

 

 ――ルーシャは思い出と決別しなければならない。

 

 玄関のドアを開けると、暖かい日光がルーシャを包んだ。しかしそれをルーシャが暖かいと感じることはない。

 

 ルーシャはソータがついてきたことを確認すると、台所で取ってきたものを家に向かって放り投げる。

 

「おい! そんなことしていいのか!?」

 

 ルーシャはそんなソータの声を聞き流して、家をぼんやりと見る。

 

 次の瞬間、家が炎に包まれた。

 

 太陽よりも明るく辺りを照らす。

 ルーシャは、この炎に、ようやく暖かさを感じる。

 

 炎の中に、ルーシャは両親との思い出を見た。

 小さいときのものから、引きこもる直前のものまで。

 そこに映る両親はどこまでも優しくて。

 ルーシャの頬を一筋の涙が伝った。

 

「お父さん……。お母さん……」

 

 一筋だけだった涙は、気付くと滝のようになっていた。

 

「お父さんっ! お母さんっ! うあぁぁぁあああああああああああああああああああ!」

 

 泣く。泣く。泣く。泣く。泣く。

 涙が溢れる。溢れる。溢れる。溢れる。溢れる。

 

「ううっ、うううっ……」

 

 跪いて、突っ伏して、泣く。

 嗚咽が村中に響き渡る。

 涙が顔中を、手を、地面を濡らしていく――

 

 

 

 涙が収まったのは、炎が家――思い出を焼き尽くしたのと同時だった。

 

「今までありがとう、お父さん、お母さん……」

 

 そう言って微笑む。

 

 そしてルーシャは新たな道を歩み始めた。




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8、村人全員罠の中

 ソータはルーシャと一緒に家から出る。

 

 二人が一緒なのは、昨日自分の家を燃やしてしまったルーシャに頭を下げられたソータが、仕方なく部屋を貸した為だ。

 両親は、ソータがかつて冒険者登録をした街、ローランに出掛けていたので、難なく部屋を貸すことができた。

 

 今日は、遂に復讐をする。

 ターゲットは村人全員だ。

 

 見て見ぬ振りをしたり、間接的にでも勇者に協力したやつらを含めると、かなりの人数がソータやルーシャの心を傷付けたことになる。

 そして、その家族や親しい友人達は、そいつらを絶望させる為の道具になる。

 そう考えると、全員がそれに当てはまる。

 

 ただ、この話には、ソータにとってのルーシャ、ルーシャにとってのソータという例外がいる。

 勇者と大きな関わりがあったルーシャが直接的にも間接的にもソータへのいじめに加わっておらず、いじめられていたが為に復讐対象と親しくなかったことは、運命的と言っても良いかもしれない。

 

「それじゃ、始めるか……」

 

 村中央にある広場まで来ると、ソータはそう宣言した。

 ソータの口元がグニャリと歪む。

 

 そして、火が発生する。

 村を囲むように、円形に、火の壁が出来上がる。

 

 火が発生するのに必要な条件は、可燃物、酸素、熱の三つが揃っていることだ。

 そして、今回存在しなかったものは熱のみ。

 脂肪魔法で、元々ソータの脂肪だったものを熱エネルギーに変換してしまえば、必要条件を全て満たすことができる。

 

 さらに、一度火を起こしてしまえば、可燃物と酸素がなくなっても熱エネルギーと光エネルギーで擬似的な火を保つことができる。

 慣れていないから最初にわざわざ自然の火を点けるが、慣れれば最初から擬似的な火を発生させることも可能だろう。

 

 周りが騒がしくなる。

 火の壁に気付いた村人達が家の中から出てきたのだろう。

 しかし、既に火で村を囲まれている。逃げられる道理はない。

 

 どんどん人が家から出てくる。中には、パニックになって、何かをを叫び散らしている人までいる。

 その恐怖に歪む顔を見て、ソータは嗤う。

 

 火の勢いを上げる。

 それに恐怖心を煽られた村人達は、できる限り火の壁から離れようとして、村の中央に集まる。そこが広場ともなれば、尚更。

 

 そしてそこに待っているのは、ソータとルーシャだ。

 全てがソータの計画通りに進んでいく。

 

「おお、ルーシャちゃん! 良かった、無事だったんだね?」

 

 二人が待つ場所に辿り着いた人達の一人が、ルーシャを見て喜びの声を発した。

 果たしてそれは、過去にルーシャの治療を断った回復魔法使いだった。

 ルーシャは白々しいその態度に苛立つ。

 

「はぇ?」

 

 ルーシャが生体魔法で回復魔法使いの両足を消す。

 

「ルーシャちゃん!? 何をするんだい!?」

 

 何をされたのか理解できていない回復魔法使いに、ルーシャは優しい声音で答える。

 

「生体魔法で足を消しただけですよ? 大丈夫です。他の人が来たらおじさん以外にも同じことをしますから」

「足を……消す……?」

 

 おじさんは何を言っているのかわからないという様子で、首を傾げる。

 しかし、頭で言葉を反芻し、だんだんと理解が追いついてきたのか、しばらくすると自分の足を見始める。

 

「え……? あ、え……?」

 

 そして、ようやく言葉の意味を完全に理解したとき、一気に騒がしくなる。

 

「ひあっ! あ、え? ルーシャちゃん! どうしてこんなことをするんだい!? 有り得ない……。あの可愛いルーシャちゃんが……。もしかして……また偽物か!? おい! 本物のルーシャちゃんを返せよ! てか俺の足を返せよ! 人の足を盗って何が楽しいんだよ! 早く返せよ!」

 

 こいつに恨みを持つのがソータだったら、その姿すら滑稽だと笑ったのだろうが、ルーシャはうるさくわめき散らすその姿を見て、不快だとしか思わなかった。

 

「黙ってろよ! クズッ!」

 

 普段では絶対に使わないような汚い言葉で回復魔法使いに言い返しながら、今度は生体魔法で口を消す。

 何も言えなくなった彼の目は、明らかに恐怖が刻まれていた。

 

 しばらくして、未だ収まる様子のない喧騒の中、回復魔法使いの足が光り出す。

 ようやく回復魔法を使うという発想に至ったのだろう。

 かなりの魔力を注いだらしく、かなりの光を発している。

 

 だが、これはただの回復魔法では元に戻せない。

 そもそも回復魔法は、生命魔法に分類されることからも分かるとおり、生命を操って治るスピードを上げているだけだ。故に、治る傷でないと癒やすことはできない。

 今回の場合、生体魔法によって根本から『存在』が書き換えられている為、同じく生体魔法で『存在』を元に戻さなければ、治療はできないのだ。

 

 回復魔法が試されている間、喧騒はより勢いを増していく。

 ようやく、人がたくさん集まってきたからだ。

 

 ルーシャはその人達から、手際良く足を消していく。

 そのまま転がされた村人達は、皆一様に怯えた目をしていた。

 その中には、ソータをいじめた勇者の取り巻き達や、ルーシャの過去の友人達もいる。

 彼らを見て二人は嗤う。自分達をいじめたやつらが、今度は足を消されて怯えながら転がっているのだ。滑稽と言う他ない。

 

「ルーシャ、そろそろ全員じゃないか?」

「少し待って……そうね、もう全員だわ」

 

 ルーシャが生体魔法で周辺の生体反応を調べるが、この広場以外に反応はなかったらしい。

 全員が自ら罠にハマりにくるなんてアホばかりだな。ソータはそう思いながら、復讐を次のステップに移す。




次の投稿は、一時間後です。

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9、復讐の焔は村を包み込む

胸くそ、寝取り注意です。


 ソータがパチンッ! と指を鳴らす。

 次の瞬間、立ち尽くすだけだった火の壁が、動き始めた。広場を中心にして、段々縮小していく。

 轟音を放ちながら四方から迫ってくる火炎の巨壁は、動けない村人達に恐怖を与えるのに十分な迫力を持っていた。

 

「ひっ! ひぃ! 助けて!」

「来るなっ! 来るなあぁぁあああああ!」

「止めろ! やめてくれ! 止めてください!」

 

 村人達がそれを認めた瞬間、広場は叫喚に包まれる。

 しかし、迫る壁が止まることはない。

 

 自分の身のことばかり考えていた村人達は、しばらくしてあることに気付く。

 ――家が、物が、財産が、焼かれていく。

 ――過去の思い出が、未来への希望と夢が、炎に飲み込まれていく。

 

 それを見た村人達は、絶望に打ち震える。

 故郷に思い入れがない人なんて、ソータくらいだ。

 少なくとも、ここにいる誰もが、暴れまわる炎に蹂躙されていく故郷を見て、顔を絶望色に染めた。

 

 ソータはそれを見て嗤う。

 

「やめてぇ! 家には夫に貰った指輪があるの!」

「街に出る為に金を貯めたんだ! それを焼くなんて許さないぞ!」

 

 叫び散らす村人達に返すのは、無言という名の無慈悲。壁の勢いは変わらない。

 火の壁は、家を焼き、地面を焦がし、村全体を貪っていく。

 

「はっ、ははっ、俺の家が……」

「もう俺の人生は終わりだ……」

「もう自分の体を売るしか……」

 

 その炎が村の半分以上を燃やしたとき、既にそこにあるのは諦めだけだった。

 ソータに懇願することも、壁の進行を止める為に躍起になることもせずに、ただ弱々しく諦めの言葉を口に出すだけ。

 そんな様子が、ソータの復讐心を満たしていく。

 

「さて、第三段階に移行しよう」

「そろそろ潮時ね」

 

 もう一度、ソータはパチンッ! と指を鳴らす。

 すると今度は、動き続けていた火の壁がその動きを止める。

 その場にいる全員の目に、希望が浮かべられる。これで終わるかもしれないという、儚い希望が。

 

 ソータは、今までに一度でも自分に害を為した人間の顔を、全て覚えている。

 その人数が数十人まで増えても、忘れることなんてとてもできなかった。

 そして遂に、苦痛の記憶と共にソータの中に眠っていたそれが役に立つ時がきた。

 

 ソータは広場を見渡す。

 

 一人、男を見つけた。勇者がいるのを良いことに、一緒になってソータを散々痛めつけた人物だ。

 ソータは彼に近付いていく。

 束の間、肩の力を抜いていた彼の顔が、二度《ふたたび》恐怖を帯びる。尻を引きずって、手だけで後退ろうとしているのが滑稽だ。

 

 だが、ソータの目的はこいつじゃない。男の横を通り過ぎる。

 その途端、男の顔に滲んでいた恐怖が、またも、安堵に変わる。

 しかし、それは一瞬で崩れ去り、今度は絶望に染まる。

 彼には、ソータが何をするつもりなのかが分かってしまったのだろう。

 

 ソータは、男の後ろに転がされていた女性に目を向ける。

 男と一緒に逃げてきたことから推測するに、男の妻、あるいは彼女なのだろう。どちらにせよ、大切な人なのは間違いない。

 

 ソータの目がギラリと光り、瞬間、女性の顔が歪む。

 ソータはその反応を見ながら、彼女の腕に熱エネルギーを集めていく。当然の帰結として、その腕が火に包まれる。

 

「ひいぃぃいああああああああああああああああ!」

 

 叫び声が、広場に響き渡る。

 その場にいる全員が息を飲む。

 そして、男の目から涙が溢れる。

 

「おい、おい、大丈夫か? おい!」

 

 相変わらず焼かれている女性に、男は繰り返し呼び掛ける。

 しかし、火力は強まるばかりだ。

 

「おいっ! おいっ! おいぃ!」

 

 男の声が途切れたのは、火が消えた時だ。

 その時、既に女性の両腕はあるべきところに存在していなかった。

 

 そして、ソータは、女性の服を全て破り捨てる。

 

「!? まさか! もうやめてくれ! 彼女は大切な人なんだ!」

 

 ソータは内心で彼を嘲笑う。大切だからこそ、犯すのだろうと。

 ソータの目的は、自分が気持ち良くなることではない。ただ、女性を寝取って、男に精神的な傷を負ってもらうことが目的なのだ。

 

 行為が終わると、女の体は壊れ、男の精神もボロボロになっていた。

 涙と鼻水と小便を垂れ流し、壊れた女の体を抱く男。ソータはそこに近付いていって、女だけを燃やし、灰に還《かえ》す。

 腕の中から瞬時に消え去った女。彼女が居た腕の中。そこを呆然と見る男の頬を、涙が伝った。

 

 男には、最後まで苦しんでもらう。そこまでして、初めてソータの復讐は達成される。

 

 ▼

 

 一方のルーシャも、同じことをしていた。

 腕を焼く訳ではなく、生体魔法で両腕を消す、寝取る相手が女ではなく、男になっているという違いはあるものの、やっていることは殆ど同じだ。

 

 焼くのではなく消すというのは一見地味だ。

 しかし、腕がなくなったのに痛みを感じない、腕がなくなったのに絶叫しないという違和感と気味の悪さが恐怖に転じ、焼くのと同等以上の精神ダメージを与えることができる。

 

 ルーシャはうるさく喚き散らされるよりも、静かに絶望する姿を見る方が、好きだ。

 その点でも、この方法がルーシャに合っているといえる。

 

「さて、そろそろ全員だな」

 

 ソータのそんな声を聞き、ルーシャは周りを見渡す。

 そこには多くの死体と、うずくまって絶望している人間だけが存在していた。

 

「これで最後だ」

 

 三度《みたび》、ソータが指を鳴らす。

 二度《ふたたび》、動き出す火の壁。

 

 ――そして、復讐の焔は村を包み込む。

 

 数十もの断末魔を耳に入れながら、ソータとルーシャは、故郷の村だった場所を、後にした。




第一章終了。
第二章は、『小説家になろう』の方で二章が終了したら投稿します。
先が気になる、待てないっ! っていう人は、『小説家になろう』の方で見てください。
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