平凡人間の転生守護獣日記 (風邪太郎)
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番外
番外編 Trick Yet Treat!(お菓子はいいから悪戯させろ!)


健全系ハッピーハロウィン。


10月31日。この日はなんの日だろうか。

 

一般的に10月の最終日であるこの日は、ある者にとっては誕生日、またある者にとっては何かの記念日かもしれない。そういったものでなくとも、仏教に詳しい者は「臨済宗開祖の栄西が宋から茶を持ち帰ってきた日」と答え、キリスト教に詳しい者は「ルターが『95ヶ条の論題』を教会に貼り付けた日」と答えるだろう。Wikipedia様によると「グレゴリオ暦で年始から304日目の日」とのことだ。

 

 

だが、ここ「ジャパリパークキョウシュウチホー遊園地エリア」の様子を見れば、それらよりも真っ先に思い浮かぶものがあるだろう。

 

それは何なのか?

 

周囲を彩るオレンジや黒のコントラストで描かれた飾りつけ。

この日のためだけにとわざわざ作られたというカボチャのランタンたち。

このイベントを楽しむ大勢のお客さんと、幽霊などに仮装する一部のスタッフさん。

 

 

そして、このどこからともなく聞こえてくる掛け声──

 

 

 

 

 

「トラック・オア・トレード!」

Track(追跡)Trade(交易)か、難しい選択肢だな」

「どういう意味よそれ……」

 

 

つまるところ、ハロウィンである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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そんなわけで今日は10月31日だ。動物であれば特に何かあるわけではないのだが、俺たちはアニマルガールである。こういったイベントは普段の暇を解消するのにはもってこいであり、即ち楽しまなきゃ損なのだ。

 

それこそ、今目の前でマントをたなびかせるサーバルのように。

 

 

「珍しく時間通りに来たことは褒めてあげる。で、それは何の仮装なの?ただ黒いマント羽織ってるだけじゃない」

「これ?ヴァンパイアだよ、怖いでしょ!がおー、食べちゃうぞー!」

 

 

そういって腕を構えて手をわにわにさせる様からは微塵の恐怖も感じられなかったが、少なくともヴァンパイア(吸血鬼)は「食べちゃうぞー」とは言わないだろうな程度には考えていた。

 

 

「この衣装はむこうの貸し出しスペースでもらったんだ。ホントは無理やり着せられたんだけど」

「無理やりって、あの人たち……でもまぁ、このマント無駄にクオリティ高いわね。ほら、トツカも見てよ」

「おうおう、よくできた牙だな。クオリティ高いぞ」

「えへへ、ありがと……って、牙は元からついてるよ!あむっ」

「あいあい、知ってるよ……あだだだっ、噛むなって」

 

 

引き剥がそうとしたが「うがー!」と言って二の腕に噛み付いてくる。本人は甘噛みだから痛くないとでも思ってるんだろうが、普通に痛いから離せ。猫に噛まれるとめちゃくちゃ痛いんだぞ、噛んでやろうか。

 

 

「ほら、噛んでるところが完全にゾンビだし。吸血鬼なら首筋噛めば……ってバカバカ、何ホントに噛んでんのよ!」

「あむっ、あんうぇ(なんで)おいひいよおうあうぉういうぃ(おいしいよトツカの首スジ)、あむあむ」

「痛い。首の左側がめっちゃ痛い」

 

 

今度は首の左側を噛まれた。多少吸血鬼っぽくはなったが痛いですやめてください。

 

 

「いやっ、おいしいとか以前にここ人前だし!そんな、その……そういうことをする場じゃないでしょ!」

「うぇー?……あらあううぉうう?(カラカルもする?)

「しないわよっ!あぁもうほら、ストップストップ!」

「「うにゃっ」」

 

 

ついにしびれを切らしてカラカルが俺からヴァンパイアガールを強制パージ。多少強引だけど……つかできるならもう少し早くからしてくれ。

 

 

「ふぅ、助かった。あれ、これカラカルが何も言わなければこうならなかったんじゃ」

「トツカ、あんた後で説教だから」

「え……?」

 

 

え、俺被害者だよね。だよね?なんでカラカルさんは怒ってらっしゃるの?真犯人のサーバルはそこでニヤニヤしてますけど。俺は悪くねぇ!

 

 

「じゃあ冗談はさておき、早速いろいろ見てまわろっか。どこ行く?」

「そうね、定番だけどジェットコースターとかでいいんじゃない?」

「待って、噛まれた上に説教の約束されたことを冗談で流さないで」

 

 

その冗談で俺このあと意味もなく怒られるんだよ?考えて!?

 

 

「もう、ぐちぐち言う人は置いてっちゃうから!行こ、カラカル!」

「はいはい、今行くわよ。トツカ、反省しながら頑張ってついてきてね」

「あっ、待てっての……ったく、よぉ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「トピック・オア・トレンド、ニホンオオカミとアフリカゾウ!」

Topic(話題)Trend(流行)、会話内容で困ってる人みたいだな」

「正解に掠りもしてないわよ」

 

まぁあえて狙ってない節もあるけどな。

 

 

「は、はは……でもびっくりしたよ、ちょうど一緒に乗ってたなんて。なにかの運命かな?」

「運命かどうかは知らんが、ばったり会うとは思わなかったな」

「そりゃこんだけ人が多く来てるんだから、アニマルガールだってかなり来てるんじゃない?」

「かもね、私もさっきキリンと会ったし」

 

 

そう言って話し始めるアフリカゾウは、腕や胸の当たりを包帯でぐるぐるまきにしていた。顔だったりへそだったりは見えているが……なんかそれがかえって変に見えてくる。

 

 

「……今気付いたけど、あんたたちのその格好はなに?」

「ミイラ、のつもりなんだけどねー……なんというか、全身にしちゃうと暑くって」

 

 

包帯でミイラなのはわかるが、第一印象はどっちかっていうと重症負った人だ。ちなみにニホンオオカミは魔女らしく、頭に大きく特徴的な帽子を乗っけてでかいほうきを振り回しながらサーバルと遊んでいる。杖はどうしたのかと聞いたところ、ほうきを気に入ったからどっかに置いてきた、とのこと。もちろん後でカラカルに怒られた。

 

 

「トツカは仮装しないんだね。天使の声(エンジェルボイス)なんて言われてるくらいだし、てっきり天使の衣装でも着てるのかと」

「……その言い方はやめてくれ。なんというか、俺の技名と同じくらい恥ずかしいから」

「あんたの技名面白いもんねー。私としてはいじれる要素が増えるからじゃんじゃん言って良いと思うけど」

 

 

それだけはやめて。ホントに誰だよエンジェルボイスとかあだ名つけたやつ、絶対に使用方法間違えてる気がする。仮にそれほど澄んだ歌声でも、言動はまるっきり男だぞ俺は。

 

 

「でも今って10月……いや、もう11月だけど、十分冬ごろよ?そんなにかしら」

「うん、これが意外にね。前にトツカに『巻かれると暑苦しい』って言われたけど、なんかわかる気がするなぁ。マフラーなら平気なんだけど、トツカはマフラーもだめなんだよね」

「時と場合によるが、この時期からはみんなマフラーつけ始めるし、ちょうどいいんじゃないか」

 

 

そうか、そういえばもう10月も終わるのか。そろそろ冬、前世ならこたつでも出してる頃なんだな。よく家で猫と一緒に入ったもんだが……

 

 

「ねぇねぇトツカ!」

「あ、待ってよニホンオオカミ!」

「うおっ、お前らか」

 

 

感慨に耽っていると、後ろから声をかけられる。

 

 

「なんだ、どうした?サーバルのこけた回数ならカラカルが知ってるぞ」

「あ、それ気になる!」

「んもうっ、気にならなくていいよ!」

 

 

おお、意外とノリのいい。

 

 

「だいじょぶ、冗談だよ。それでね、さっきむこうでお菓子貰ってきたんだ!」

 

 

ばっと二ホンオオカミが掲げた袋にはいくつかのお菓子たちが入っていた。こんなにもらっていいのか……と思いきや、どうやらお客さんに挙げている袋と同じサイズのようである。ならいっか。

 

 

「どれどれ……わぁ、すごいね!何が入ってるのかな」

「あめとかビスケットとかたくさんあるよ、それでみんなにも分けようと思って。アフリカゾウはどれにする?」

「んー、じゃあこのチョコレートがいい!」

「あ、それ私も食べたーい!うみゃー!」

 

 

そして突然始まるお菓子争奪戦。「みんなに」とは言っていたが、呆れている俺とカラカルの分まで残るかは怪しいところだ。

 

 

「まったく、子供みたいにはしゃいじゃってさ。いつも通りね」

「せっかくのイベントで騒ぎたいんだろうな。カラカルだって笑ってんじゃんか」

「苦笑いよ、苦笑い。こらー、邪魔にならないようににしなさいよー」

 

 

まぁ、あれはあれで楽しんでるんだろうな……俺も楽しむとするか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「トマホーク・オア・トライデント、アードウルフ!」

Tomahawk()Trident(三叉槍)、なかなか物騒になってきたな」

「もうなにも言わないわよ」

 

 

そんなわけでいろいろ遊んだ後の夕方、見事にアードウルフとばったり鉢合わせ。経緯としては、サーバルの衣装を返しに来たところにアードウルフも自分の衣装を、といった感じだ。

そんなアードウルフの姿は、もふもふした毛皮に似せた衣装。

 

 

「ってことは、アードウルフの仮装はもしかして……」

「うん、無難に狼人間。狼女、って言ったほうが良いのかな」

「元が(ウルフ)だからかしら、すごいそれっぽい。今日見た中じゃ一番完成度高いと思うわ」

「いいなー、私もこれくらい上手く仮装したかったよー」

 

 

実際、すごい違和感がない。今こそ笑っているが、怖い顔すれば普通にお化け屋敷にでられるレベル。もっとも、中身はアードウルフだからあれだが。

 

 

「え、えへへ……そんなに言われると照れるよ。サーバルちゃんはヴァンパイアだけど、2人は仮装しなかったの?」

「ああ、俺はするほどのものでもないと思ってたし。一応遊園地もちゃんと楽しめたから……あ、カラカルは良かったのか?」

「私もいいわよ。あんたと同じく、イベントは満喫できたからね」

 

 

特に心残りはないことを伝えたが、アードウルフは少し悩んだあとにサーバルへ何か耳打ちする。

そして、何かを決めたように頷き合ったあと。

 

 

「2人とも、こっち来て!」

「きゃっ、なに!?」

 

 

アードウルフがカラカルの手を引いて店の奥へ走り出す。

 

 

「トツカもほら、いっくよー!」

「うわっととと!?」

 

 

それに続いて俺も手を取られ、奥の方へ引っ張られていった。

 

 

 

~数分後~

 

 

 

試着室にて。

 

 

「うん、やっぱりどっちも似合ってるよ」

「おおー、本物みたい!」

「本物は実在しないんだけどな」

 

 

紐が結ばれる音を聞きつつ、慣れない形の靴を履き慣らしながら、鏡に映るドレス姿の自分を呆れて見ていた。

 

 

「そういう夢のないことは言わないものよ、ハロウィンなんだから、さっ!」

「どわっ」

 

 

突然、後ろで紐を結ぶ姿を映していた、同じくドレス姿のカラカルに背中を叩かれる。いわゆる終わりの合図みたいなアレだ。

なんでこんな格好をしているのかをかいつまんで説明すると、アードウルフとサーバルに「せっかくだから」ときせられたのである。なんでも、2人とも吸血鬼のお嬢様、という設定らしい。……カラカルはともかく、俺にお嬢様は無理があるだろ。

 

 

「でも私はいいと思うよ、トツカちゃんのドレス姿。かわいい……よ……あれ……?」

「ナチュラルに読心術使わないで。でもまぁ、ありがとな」

「…………」

「……アードウルフ?」

 

 

視線の先を追ってみると、どうも先ほどから顔の下あたりをじっと見つめている。首のあたりってとこだろうか。

 

 

「……トツカちゃんって私より背が高いんだね。初めて知ったよ」

「唐突だな……でもそんなに差はなかったと思うぞ。同じくらいじゃないのか」

「トツカちゃんの方がおっきいよ。近づいて確かめてみなって」

 

 

そこまで言われると気になってくる。この身体になってからは背が伸びたことはなかったと思うけど、ワンチャンあるかもしれないし。

 

ゆっくりとアードウルフの方へ進む。

 

 

「んー?じゃあいつの間にか成長したとかかな──」

 

 

その瞬間。

 

 

「あむっ」

「いっ……!?」

 

 

胸に痛みを感じた。

驚いて胸のあたりを見ると、そこには。

 

 

「……アードウルフ?」

「動かないで、トツカちゃん」

 

 

右の鎖骨のあたりを噛んでいる狼少女がいた。

 

 

「ねぇトツカ……ってあああアードウルフぅ!?な、なにしてんのよ!」

「んぅ?トツカちゃんの鎖骨食べてるの。あむあむ」

「いいいや、なんでっ!なんでっ!?」

「なんでって……首筋は先客がいたから、かな?」

 

 

目線がサーバルに向かう。見られたサーバルが顔を湯気が出そうなほど真っ赤に染めたのを確認してから、アードウルフは左の鎖骨のあたりを噛み始める。……美味いのか、そこ。

 

 

「ば、場所の問題じゃないわよ!というか、それなら首の右側でいいじゃない!」

「だってそっちはもう予約が入ってるもん……ね?」

「ひゃっ!?はっ、はうぅ……」

「ふふっ、かわいいなぁ、みんな」

 

 

なんの話なのかはさっぱりだが、どうやら満足したらしくようやく口を離してくれた。アードウルフ、なんかおかしいよな……あ。

 

 

「ありゃありゃ、こっちにも歯形が……でもまぁ、こっちは普段は見えないからいいか……アードウルフ」

「なぁにぃ?」

「その手に持っているビールをおけ」

 

 

うん、なんとなく予想はつくよね。いつから持ってたのかは知らないけど。

アードウルフは一瞬むすっとした顔になったが、微笑むと缶ビールを置いて無言のままどこかに行ってしまった。

 

 

「……あー、どうするよ。これ脱いで解散でもいいけど」

「う、うん……私ちょっと外行ってくるね……」

「……顔赤いぞ。大丈夫か?」

「だっ、大丈夫だからっ!」

 

 

そう言い残して、サーバルも全力疾走で部屋から出て行く。

 

薄暗い明かりの中、俺とカラカルだけが残される。

 

 

「な、なあカラカル。アードウルフは酔ってたんだよ、だからその、ここは仕方ないってことで……」

 

カチッ

 

「うにゃあっ!?」

 

 

うおおおい!?部屋がいきなり暗くなったんだけど!電気ぃ!いや、猫だから月明かりだけでも見えなくはないんだけど……

……待てよ。さっき「カチッ」って、なんかのスイッチみたいな音したよな。

 

もしかして、電気は「消えた」んじゃなくて「消された」んじゃ──

 

 

「トツカ」

「は、はいぃ……って、うわっ」

 

 

ガタッ

 

 

突然、何かに押し倒される。

顔をあげると、そこには。

 

 

「はぁ……はぁ……」

「……えと、カラカル……?」

 

 

倒れてる身体を起こそうとするが、上から押さえつけられて動かない。

 

 

「さっきから、何回も、首のとこ見せられて……」

「く、首?あ、あれはサーバルがやったのであって俺は」

「静かに」

 

 

唇が耳に近づいたのがわかった。声が息とともに直接耳に入りゾクゾクとする。

唇はさらに近づいて。

 

 

「はぁー……むっ」

「んっ、んにゃぁ……!?」

 

 

優しく耳が噛まれる。右耳、続けざまに左耳、そして右の首筋へと。

 

 

「ふふっ……トツカが、悪いんだからね……」

「お、おい待てって!あれか、これが新手の説教か!なんかある意味で辛いぞこれ……」

「静かにって、言ってるじゃないの……あぁむっ」

「ふあぁっ!?んぁっ、ちょっ、んっ、んあぁ……!」

 

 

逃げられない。

 

手足が痺れすぎてて言うことを聞かない。

 

 

「わ、わかった!後でサーバルが勝手に食べたお菓子もらってくるから、とりあえず……」

「だぁーめ、ふぅー……」

「んぁっ、んぅぅ……!」

 

 

「はぁ……ねぇ、お菓子なんていいから──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イタズラ、させて?」

 

 

 

……まったく、なんてアンハッピーな日なんだろうな。

 

ハッピーハロウィン。そしてグッドラック、俺。

 

 

そう心の中で思い、覚悟を決めて目を瞑る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 

ん……なにもこない……?

 

恐る恐る目を開ける。

 

 

「……~っ!!」

「……カラカル、どうしたんだ……?」

 

 

そしたら、やかんのようにぼふっと音を立てながら真っ赤な顔をしていたカラカルが目に入った。

 

 

「おい、何もしないなら最初から──わぶっ」

「あ、あんたもそれ脱いで着替えなさい!帰るわよ!」

「いや着替えるの早すぎだろ!んなどうやって……っておい、説教は」

「後でしてあげるから、さっさとするっ!」

 

 

大きな音をたてて扉が閉められる。結局、ドレスを持った俺だけが残された。

 

 

……せめて明かりくらい点けてってくれたっていいのに。

 

 

 

 

 

 

 

~次の日~

 

 

 

「なんかさ、昨日トツカちゃんと会った後から記憶がなくって」

「なにそれ、超気に……あ、トツカとカラカル!ちょっと気になることが……って、どうしたの?急にイヤマフとマフラーつけて」

「おう、実は昨日カラカル達に耳とか首とか噛まれて──」

「なにも!なにもなかったわよ!これは、ほら……あれよ、最近寒くなってきたじゃない?だから、ね!」

「そ、そうなんだ。カラカルちゃんはつけないの?」

「私は大丈夫よ、ええ!(迫ったは良いものの急に恥ずかしくなって帰ったとか言えない……!)」

 

 

「……ホントになにもなかったの?」

「いや、説教されてたはずなんだが……」

「そっか……大変だね」

「そこそこに、な」

 

 

 



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幕間 風邪・After part1

時系列的には22話のあとです。


「では、向こうの方へ真っ直ぐです」

「ありがとうございます」

 

 

スタッフさんから部屋の場所を聞いて歩き出す。

 

 

「ふふっ……」

 

 

私、カラカルは今非常に機嫌が良い。なんたってこれからあのバカ(トツカ)の看病に行くのだ。しかも、他の子に声かけてなかった辺り、行くのは私だけ。

 

 

「ま、私だけが頼りとか言われたらね……」

 

 

なんでも前にドジ(サーバル)の風邪が移ったとかなんとからしいけど、私としては久しぶりにトツカと会えるのだからむしろ今回ばかりは風邪に感謝……

 

 

「……ってバカバカ、なに喜んでんのよ私!あくまで看病に行くの、か・ん・びょ・う!」

 

 

誰もいないのを確認して一人呟く。まったく、久しぶりに友達に会えるからって興奮しすぎよ……私の馬鹿。

 

……そういえば確かに久しぶりよね、前にサッカーやったとき以来かな。サーバルはなんか毎回会うけどあいつ普段何処いるんだろ?ニホンオオカミじゃないけど趣味とか結構気になるし。歌とか?

 

 

「いやいや、あいつに限ってそれはないわね。女の子っぽくないし」

 

 

何かしらね……って、もう着いちゃったか。じゃあ後で質問しよっかな。あ、サッカーのときのお仕置き、あいつあのあと二ホンオオカミと逃げたわよね。ちょうどいいから少しそれでからかって――

 

 

 

「………こ……れ……」

「……ふふっ……まで……」

 

 

 

――あれ、なんか声が聞こえる……これ、トツカの部屋の方から?

 

 

「……始めよっか、トツカ」

「サーバル……」

 

 

この声、サーバルとトツカ?

 

いやトツカのいる部屋が向こうにあるんだからトツカがいるのは良いとして、なんでサーバル?呼ばれたのって私だけじゃないの?

 

 

 

……なんか、騙されたみたいでムカツク。

 

私に内緒で一体何をしているのか疑問に感じつつ、ゆっくりと慣れた手つきで扉を開ける。

 

 

 

ガチャリ

 

 

 

「ねえトツカ、私サーバル来てるなんて聞いてないけど……え?」

 

 

 

 

「ほら、自分で開けて……」

 

 

最初に聞こえてきたのはサーバルの声。目をやれば、オペラグローブを脱いで色白な素肌と華奢な腕を見せながらトツカを押さえつけるように跨がっていた。

 

 

「いちいち言わなくとも……ふぁぁ……」

 

 

続いた声はトツカのもの。こちらは仰向けな上になぜか手足を服で縛られていた。そのためにしなやかなラインがくっきりと現れていて顔も心なしか紅くなっている。

 

こうなってしまえば、私の妄想はオーバーヒートしてしまい。

 

 

 

~カラカル's フィルター発動~

 

 

 

「ねぇ……早くイレてよ……」

 

「いまナカにイレてるって……せっかち……」

 

「だ、誰が……って、きゃっ!そんな、急に」

 

「はぁい、私が動くから動かないでねぇ……」

 

 

 

~非情な現実~

 

 

 

「なぁ、早く口にいれてくれないか?その吸引器(・・・)

 

「今薬を中に入れてるってば、せっかちさんだなぁ」

 

「誰がだ……うおっ、急に顔近づけんなっての」

 

「はいはい、私が動くから動かないでねー」

 

 

 

「ちょっ、あ、あんたたちなっななな何をぉぉぉぉ!?」

「あ、カラカル来たのか」

「ってトツカ、急に立ち上がったら」

「問題ないってあわわっ!?」

 

 

これは夢これは夢これは夢ぇぇぇ!こんなことありえないしありえてほしくないから早く覚めてぇぇぇあああぁぁぁー!

 

 

「と、とりあえず落ち着き――わぶっ!?」

「ほらー、いわんこっちゃな……あ」

 

 

えっ、なになに何なの今度は!てか重い!誰かが乗っかってる?誰よ急に倒れて来るバカは……

 

 

ムニュ

 

 

……なにかしら、このやわらかい感覚。

 

 

「あのー……カラカルさん?」

「なっ、なに!?」

 

 

呼ばれて顔をあげるとトツカがそこにいる。ってことはこいつが倒れてきたのか。ほんっと後でどう懲らしめてやろうかね……

 

 

ムニュムニュ

 

 

「そのですね?倒れかかったのは申し訳ないんですけど」

「そ、そうよ!何であんたは事あるごとに倒れてんの。迷惑してるんだけど!」

 

 

ムニュムニュムニュ

 

 

「いや、なんというか……」

「な、なによ」

 

 

「そろそろ()から手を離していただければなーと」

 

 

……胸?もしかして、今私が揉んでるのって……?

 

恐る恐る視線を下げる。

 

そこには。

 

 

 

ムニュムニュムニュムニュ

 

 

 

普段見ていてもわかるトツカの立派な双丘が。

 

 

 

「…………たい」

「はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「触んなこのドヘンタイがぁぁぁぁ!」

「触ってたのカラカルだろってエリアルループクローすんなへぶぅぅぅぅ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「からかるぅー……!」

 

「さーばるぅー……!」

 

 

 

あー……いったい、これはどうしてこうなったのだろうか。

 

 

 

「だぁーかぁーらぁー、本も持ってきたしもう失敗しないもん!確かにもう既に二回やらかしてるけど、私だって学習するんだよ!」

 

「あぁーのぉーねぇー、学習せず二度どころか三度四度と繰り返していくのがあんたでしょーがっ!この天然ドジの失敗永久機関!」

 

 

いや、ね?俺におおよその原因があるってのは解るんだよ。でもその肝心の原因がわからないんですよ。と言うか今一番怒るべきなのは風邪引いてる側で大声出されてる俺だと思うんすよ。

 

 

「そもそもなんでタオルをびちょびちょなまま被せてんのよ!水滴溢れてたし!ある程度絞るのが常識じゃない、サバンナの雨で濡れたのが原因なの音速で忘れてるわけ!?」

 

「だって最初に持ってきたときは『絞りすぎで乾ききってる』とか言うから今度は濡らしたんだよ!?乾かしたら濡らして、濡らしたら乾かせってどっちなのっ!」

 

 

うん、待ってなんか凄い大げんか始まってるんですけど。この場にいるだけで罪悪感たまらないんですけど……

 

 

「適度ってもんがあんのよ!物事で重要なのはバランスなのよこのドジ!乾いてるかびちょびちょかの二択しか選べないからそんな極端になるのかしらねっ!」

 

「説明がわかりにくいんだもん!そんなに言うならその適度っていうのをちゃんと説明できるようになってからいってよね!ほんっと文句だけは多いんだから!」

 

 

あー、それ小さい頃よく言ったなー。学校で先生に注意されてそれに対する反抗心的な感じだったわ。

……いや、それ以前に子供かって突っ込むべきだと思うぞ、俺よ。

 

 

「そ、それ以前に薬飲ませようとして、あ、ああああのポーズはないでしょ!」

 

「あ、ああああれは私が考えに考え抜いて出した結論だし!別にそんな思いはなかったし!」

 

 

はぁ、しょうがねぇ。俺が救いの手をさしのべてやるか──

 

 

「こうやってすればいいじゃない!」

「それができなかったからなの!」

「なぁ、二人とも……」

 

「「トツカは黙ってて!!」」

 

 

 

 

 

「……あい」

 

 

……やっぱ俺この場にいない方が良いのかもしれない。ぐすん。

 

 

~喧嘩中~

 

 

「「がるるるる……!」」

 

 

四つ足で互いに威嚇する二人、つか最早2匹の猫を目前に絡まった服を少しづつ解いていく。

ちなみに今、俺の姿は足がニーソ、腕がシャツとグローブで絡まっていてどこか現代アートのような雰囲気を醸し出している。普段なら真っ先に煽ってくるであろう2匹が丁度こちらを見ていなかったのは不幸中の幸いだった。

 

 

「……んまぁその、なんだ。二人とも一回落ち着け」

「んぅ、さっきから何なのよ」

「黙っててって言ったじゃん」

 

 

そう言って火花を散らしつつ俺を睨むサーバルとカラカル。ぐっ、結構心に響いたぞ今の発言……なんて思ってても埒があかないので気を取り直して、現状を説明しよう。

 

まず俺は風邪をひいて寝込んでいる。そんでこの前()てやった借りを返すとのことでサーバルが来たのだ。ここまではいいとしよう。問題は次だ。

 

勿論このドジのする事なす事を信用していない俺は看病の方法が書かれた本をサーバルに渡し、さらにカラカルにも来てもらうことにした。俺はこの判断を賢明だと考えていたし、少なくとも問題を引き起こすことはないと信じていた。

 

だが、それはあまりにも愚鈍すぎたのだ。

 

 

「で、まずは。なんでサーバルは本を持ってきてなかったんだ」

「うぅ……だって急に『はい、これやるから』なんて言われたってわからないよぉ」

 

 

話が見えていなかったんだが、どうもサーバルは俺が渡した本をプレゼントかなんかだと思っていたらしい。受け取らせた時やけに嬉しそうにして大事に抱えてた時点でなんとなく違和感があったが、まさか単に贈り物として見てたとは……

 

まぁ単にあげるとしか言わなかった俺にも非はある。でもわざわざ重い体を引っ張ってたわけだからあんま長話もできなかったししょうがないと思う。

 

 

「てか、それ以前に本の内容で色々わかるじゃない。特にサーバルはドジするし」

「ドジって言うなぁー!」

 

 

サーバルの顔を真っ赤にしているところ申し訳ないが、お前にも用はあるぞカラカル。

 

 

「で、カラカル」

「ふぇっ、わたし?」

 

 

自分が呼ばれることが想定外だったのか、カラカルはビクンッと体を跳ねらせてこちらに向き直る。

 

 

「まずはあのポーズに関して──」

「そ、そうよ!なんであんなことを……まさか二人ともそういう関係!?だだだだからってここでそんなことしなくとも!」

「ちちちちがうってぇー!いや違わないけど違うっていうか、その、私だってソレはマズいとは思ってたっていうか……」

 

 

顔を真っ赤にしてまた言い合う二人。あとソレってなんだソレって、俺の知らない裏で一体何が起こっているんだよ。ただでさえ病気だってのに恐ろしくてとてもじゃないが休めないぞ。おい、看病しろよ。

 

 

「ほらそこー、誤解を生む発言をしない」

「「5回も産む!?」」

 

 

お前らほんと少し黙っててくれ。俺に何を産ませるつもりなんだ。というか、どうしてこんなことに……あ、サーバルが何もしなくとも問題引き起こすトラブルメーカーだからかなるほどなははは。泣けるぜ。

 

 

「まぁそれはともかく、だ。カラカルのその……ソレな点、って言えばいいのか?そこを教えてくれ、俺が誤解をただすから」

 

 

~回想~

 

 

事の発端は服を脱がすこと。本来ならスッと抜けられるはずなのだが手の不器用さもあってなかなか脱げず、そこにサーバルのドジパワーが加わって見事に腕やら足やらが絡まったのだ。

しかしこの馬鹿は何を思ったのかこの状態で薬を飲ませようとしたのである。

 

 

「あ、ねえねえ、トツカ自分で飲めないよね。飲ませてあげるよ」

「飲ませるって、んまぁ適当に口に入れてくれれば自分で飲むぞ」

 

 

ほんで、手は空いていないので当たり前だがサーバルが飲ませることになる。

 

 

「あれ、うまく摘まめない……私も脱いだ方がいいかな、この腕のやつ」

「おいおい……早く入れてくれよ。口疲れんだぞ」

 

 

さらに、俺は服の絡まり方が影響し上体を起こすことすらままなっていなかったため、サーバルは四つん這いで俺の上に被さって飲ませようとしてきた。

 

 

「こけてこっちに倒れないでくれよ?風邪移られてもあれだし」

「ふふっ、わかってるよ。ちゃんと最後まで私が看病してあげるからね?」

 

 

それは、はたから見れば「サーバルが俺を押し倒している」ように見えなくもない。

 

 

「じゃ、初めよっかトツカ」

「サーバル、失敗だけはやめてくれよ?」

 

 

極め付けに、俺は熱があったため顔に赤みがあった。

 

 

ガチャリ

 

 

きっと、廊下にいたカラカルにも会話は聞こえていたのだろう。

 

 

「ねえトツカ、私サーバル来てるなんて聞いてないけど……え?」

 

 

こちらからすれば何てことないが、きっとおそらくカラカル視点から見ればこうなっていただろう──二人っきりの部屋で、縛られたうえに服がはだけ頰の紅潮した俺を、上からサーバルが押し倒している、と。

 

 

~現在~

 

 

「だがそれは完全なお前の妄想だからな、決してそんなことは起こってねぇし。俺がそんな不埒な奴に見えるか?」

「「見える」」

「おふっ」

 

 

二人同時して言うことないだろ……涙のダムが決壊しないように我慢しながら、何とか服を脱いで下着だけになる。

 

 

「てか、なんでサーバルがいんのよ。私聞いてないんだけど」

「私もカラカル来るなんて言われてないよ?」

「あー、言ってなかったっけ……あ、それを怒ってんのか?」

「私は構わないけど……カラカルは?」

「べーつにー」

 

 

や、違ったか……個人的には結構当たりをついてたと思ったんだがなぁ。カラカルはそっぽを向いたまま、サーバルもなんか苦笑いしてるし。何をそんな拗ねたり怒ったりしてんだろうか。

 

 

「んー……わかった、俺が悪かった。何が悪かったのかはさっぱりわからんが謝る。二人も怒りをおさめてくれ」

 

 

とにもかくにも、ここで大人気なく意地張ったところでいいことはない。険悪なムード解消のためにも一応謝っておく、というのが俺の導き出した結論だった。

 

 

「まぁ私はもう怒ってないっていうより、いろいろ納得して複雑な感じかな。それにトツカが謝っても意味ないんじゃない?『関係ない』んだからさ」

「ぶべらっ」

「サーバル、言ってることは正しいけど全然フォローになってないわよ」

「あれ、そうかな」

 

 

この野郎、笑顔でなんてこと言いやがる……つかいつの間に仲直りしてんだよ。俺煽られただけなんだが。決死の謝罪を返せ。

 

 

「ま、そういうわけでごめんね、カラカル」

「……それなら私も謝るわ。ごめんなさい」

 

 

よし、これでおっけー。あれ、俺なんでここにいたんだっけ……あ、大事なこと忘れてた。

 

 

「一段落したところでカラカル、頼みがあるんだが」

「なに?側で体拭いたり熱計ったりとかは、で、できなくはないけど?ドジじゃないし」

「カラカル今私意識したよね?したよね!?」

「してないから安心しなさい。あと着替えもちゃんと着せられるわよ」

「やっぱりしてる~!くそぅ、くそぅ!」

 

 

ええと、何を頼めば……そうだ。

 

 

「というわけで――」

「というわけで?」

 

 

 

「お粥持ってきてくれないか?」

 

 

「…………」

「…………」

 

 

沈黙。

 

気まずくなって声が出ないのでカラカルを見る。そしたらそこにいたのは手からサンドスターがあふれかかっている阿修羅だった。別の意味で声が出なくなったぞどうしてくれる。

 

涙目になりながらサーバルを見る。こちらは呆れたような視線を俺に突き刺しまくっていた。俺が何をしたっていうんだ、とハンドサインで訴える。

 

 

『いやいや、今のは特大の地雷発言だったと思うよ?』

 

 

ハンドサインがかえってきた。まだよくわからないので応答続行。

 

 

『地雷発言って、今のどこらへんが地雷だったんだよ』

 

『どこらへんも何も全部だよ!あんなこと頼むのはおかしいじゃない!』

 

『頼み聞いてくれるっていうから頼んだだけだぞ!』

 

『あんなの頼むのはトツカくらいだよ!カラカルの気持ちも考えなよこの鈍感バカ!』

 

『ああ!?あの短い言葉の中からどう気持ちを汲み取るんだよこの単純バカ!』

 

『たくさんそれっぽいワードあったでしょKY(ケーワイ)バカ!』

 

『それっぽいってどういう意味なんだよ天然バカ!』

 

『うるさい、バカって言った方がバカなんだよばーか!』

 

『ならお前もバカって言ったからバカなんだよばーか!』

 

 

『『こんのぉ……!』』

 

 

 

「いちいちハンドサインがうるさいのよこのバカコンビ!」

 

 

 

ゴンッ!

 

 

 

「「みゃあああぁぁぁ!!」」

 

 

うおおおい!?俺病人!病人だから!しかももう既に一度エリアルループクローくらってるから!大切にして!?

 

 

「もういいっ!」

 

 

だんっ、と音を立てて苛立ち気にカラカルが立つ。

 

 

「ちょっ、カラカル!どこ行くの!?」

「お粥もらって来るだけよ。あんたらはそこで楽しく喧嘩してればっ、このバカ!」

「あ、カラカル待てって」

 

 

追いかけようとしたが、すぐに扉が閉められてしまう。

 

 

「……あー、どうしよ」

 

 

気まずい沈黙の中にサーバルと取れ残される。何か悪いことしたんだろうか、俺……それより、追いかけた方がいいのか?

いろいろと考えているが、答えが見えない。

 

 

「……うん、よしっ。トツカ、もう服脱げたなら薬飲めるよね。飲んじゃいなよ」

「サーバル、今はそれ所じゃ」

「大丈夫だよ、お粥もらって来るだけって言ってたし。それに今トツカが行っても、鳩の群れの中に猫をおいて来るようなものだよ?」

「どういう意味だよ……」

 

 

だが確かに今行っても成果は得られない、むしろ悪化するだろう。ならとりあえず戻って来るまで待たないと……

 

 

「っくしゅ!寒っ」

「今下着だけなんだから当たり前だよ。私は薬とかシート?の準備してるから着替えといて」

「ういうい」

 

 

 

 

はぁ……俺の風邪、治んのかなぁ。




幕間(作中初の6000字)

暇なときに続きを書く感じです。なので次はバンド編の更新になるかと。


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プロローグ
第1話 二度目のAWAKING(覚醒)


初投稿作品です。オリ主、転生描写含みます。あと文章が下手です。大丈夫な方だけどうぞ。


開口一番に言うことじゃないと思うが、俺は死んだ。

 

 

 

 

 

 

今は特に痛みとかもなくブラックアウトしているが、最後に見た光景だけは、はっきりとまではいかずとも朧げに覚えている。

 

普段着でコンビニの前にある歩道に立っていた。両足にスニーカー、左手にレジ袋、眼鏡をかけた目の前には暴走車。

……自分で言うのもなんだが、まぁ間違いなく即死コースだったろうなぁ。交通事故での死といえば暴走車から猫を救うのがメジャーなはずだし、最後くらいカッコよく決めたかったんだがなぁ……なんて馬鹿げたことを冷静に考えられるのも、やはり人間の神秘というやつなのか。

 

 

未練はない、と言えば嘘になるだろう。

学校に入れたのに成績は平凡、なんとか大学を出て社会人になったあとも結局は平均的な会社員になり、ついに最後さえも平凡に閉められるのだ。そりゃあもう未練タラタラである。

とは言っても、同僚や数少ない親友との会話、アニメ視聴やゲーム、飼ってる猫の世話だったりが癒しとだったから特に夢みたいなのは……あ、あの猫ちゃんと誰かに預けられたよな?つかそもそも飼い主が死んだ後の猫って誰のものになるんだ?友人が引き取ってくれたとかでもいいから無事ていてほしい。

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

……あのー、もう暗転して数十分経ってるんですけども。いつ頃になったらあの世に行かせてもらえますかね?あれか?三途の川が渋滞してんのか?はあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ったく、あの世も大変だな。

 

 

──ったく、あの世も大変だな──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然、声が頭の中に反響する。

可愛らしく、美しく、透き通った女性の声。言葉遣いこそ荒く男性的なものだが、それは確かに女性の声だった。

 

 

驚いて目を開く(・・・・)。先ほどまで目を閉じていたことに気がついていなかったにも関わらず。

 

 

眩しい光が入り込む。

 

 

目の前が色づいてゆく。

 

 

 

情景が、景色が、世界が(かたど)られ──

 

 

 

 

「……ここ、は……?」

 

 

 

 

 

俺はもう一度、この世に覚醒(Awaking)した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ワオ、マジかいな。

 

 

あれ、てことは俺生きてる?死んだわけではなかったってこと?……いや、だとするとコンビニの前にいないとおかしい。

目の前に広がる地平線と植物たち。一言で表すなら、ここはまさしく「草原」であろう。いやほんと、見渡す限り草とか木しかない。俺の住んでいた都会(コンクリートジャングル)には到底見えないし、かといって本物の密林(ジャングル)のような感じはしない……あ、向こうのほうにジャングルっぽいのある。どうなってんだここ……?

 

 

……兎にも角にも、ここから推測するに平凡平均一般的な俺にも超常異常圧倒的なチャンスが訪れたわけか。

 

 

 

こういうのってなんかこう「魔術に深く関わってきた家系の末裔」とか「悪の手から世界を救った勇者」みたいな、それこそRPGの主人公だけができるようなもんだと考えていたが、神様って以外と太っ腹なのな。サンキュー神様。会ってねぇけど。

なんにせよありがたいことに変わりないが、なるほど、これが所謂『転生』ってやつか。

 

 

「なるほど、これが所謂『転生』ってやつか」

 

 

うん、そうだよ転生だよ。だから俺の言葉を反駁すんな鬱陶しいぞ謎の……あ、これどっちかっていうと天の声か?確かに天使みたいなイメージの声だしワンチャンあり得る。

 

 

「いや、ねえよバカ……うっせえ、誰がバカだと!?俺も思ったけど言わなくたっていいじゃ……だから繰り返すなっての!」

 

 

だああ、なんなんだこいつ!俺が声を出そうとすれば必ず同じ内容で同じタイミングで返してくるし!そもそも俺の声が聞こえな……

 

 

…………

 

 

「……あー、あー」

 

 

……これあれだー。これ天の声じゃなくて俺の声なやつだー。一人で言い合ってて恥ずかしいやつだー。

 

なんだよ、俺の声なら教えてくれたっていいじゃんかぁ……転生前に特典くらい教えてくれたってよくない?つか顔見せてから転生させろこのクソ神様。おかげで俺のメンタルは早々から壊れそうだよ。向こうでちょっと引き気味になってるシマウマ?が見えてツライよ。

 

 

 

 

 

というわけで、反省を活かしまず自分自身の体について調べるか。一応これからお世話になる身体だから、大まかな外見と身体能力くらいは知りたいところ。

 

どうすっかな……鏡とかはないし、とりあえず全身触って全体像を把握するか。ある程度動けたし多分人間だと思うんだが、どうだ……?

 

 

「……これ、体型は女の子だな」

 

 

……あ、もちろん人間の、な。

 

まず最初の決め手として、胸がでかい。自分で言うことじゃないけど、結構でかい。下の方向くとその威圧感がすげえ出てくる。持ち上げてみると……うお、変な感触。ま、前世ではそれこそ女の胸なんぞさわらんかったからな……彼女?HAHAHA。

 

それと、服が結構きわどい。アイドルの着てそうなひらひらしたやつで、下はニーソなんだが、その上のスカートの丈が結構短い。背丈の高い草とかめっちゃ入ってくるんだよ、中に。

それにしても生まれた時からすでに高校生くらいの体か……これ「転生」というより「憑依」の方が正しかったりする?いやこんな場所にこんな服着て倒れてる女子高生とか前代未聞だ。あれ、もしかしてこの子人間じゃない……!?

 

 

ぴょこぴょこ

 

 

……あ、その線あるかも。なんか頭の上……正確にはツインテールの横あたりになんかよくわかんないのが生えてる、気がする。少しだけぴょこぴょこ動くし、やっぱ人間じゃない説。

 

 

「これ……なんかの耳か?いや、耳は普通に顔の横に付いてるしな……」

 

 

でも触った感じなんかの獣の耳なんだよなぁ……てかさっきからゆらゆらと動いてるこれもなんなんだ?なんかの尻尾?ちょっと触って……

 

 

ピクッ

 

 

「みゃっ!?これよりにもよって俺の……あ、ほんとだちゃんとくっついてる……」

 

 

いや、マジでビビった。これも俺のなのか……どうなってんだ、俺の体(てか「みゃっ!?」ってなんだ。猫か俺は)

 

 

「それにしたって獣耳に尻尾か……マジでなんだろ、いわゆる獣人って奴か?」

 

 

だがそれにしては衣装が派手だと思うんだよな。首のリボンとか意外に大きいぞ。民族衣装だとしてもこんなの見たことないし……ただ、この衣装自体はなんか見覚えあんだよな。派手な衣服、獣人……なんだったっけ?うーむ、思い出せない。

 

 

だああ、もうっ!悩んでても仕方ない、別のことをしよう!

 

 

「さて次の問題だが……ここ、どこだ?」

 

 

見渡しても、さっき確認した通り一面に草原が広がるのみ。その上、若干だが日差しが強くなってきた気がする。こんなとこでどうやって生きてけっていうんだよ、生まれた時から難易度ハードコアじゃねえか!「サンキュー」とか言ったけど前言撤回、やっぱり死ねクソ神様!

 

 

「せめて日が暮れるまでに食料が欲しいんだが……探すっきゃねえか」

 

 

はぁ……せっかく第二の人生手に入れたってのに、生きるだけでこれじゃあな……頑張るしかないか。

 

意を決した俺は、広い草原へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

~数十分後~

 

 

「くっそ、なんもねぇじゃねえか!」

 

 

草原の中、1人苛立って叫んだのには理由がある。ここ、本当に何もないのだ。

いや、木と草はあるよ?あるけど何に使うんだよ!食えってか?地面に生えてるこいつらを?ちょっとお腹壊しそうなので無理です食べませんてか食べれません。

 

 

「木の実でも手に入れられればと思ったんだが、どうしよ。マジで草食うの?」

 

 

さすがに天に祈ってもなんもないだろうし……開幕から食糧難はまずい。いざとなったら雨水ためたり草食ったりできるようにならんとダメか?何それめちゃくちゃ原始的。

 

 

「こうなれば……」

 

 

ここは見た感じ完全な自然空間。何もないとは言ったが、一応シマウマなどの動物も確認できる。つまり、「狩り」できるのだ。

俺が目を凝らした先には、一匹の蛇がいた。こちらには気づいていないからうまくいけば……と思ったが、こっちもこっちで狩るための武器を持っていない。反撃されるのもなんか嫌だし、ここはやめておこう。

 

 

「そこら変も要検討だな、サバイバル訓練受けとくべきだったか……」

 

 

食糧に関してはとりあえず後回しにして、先にここら辺を歩き回ることにした。地形把握は生きる上で重要、運が良ければ人に会えるかもしれんし。かなり低い確率だが。

 

 

~さらに数十分後~

 

 

「結構歩いたな」

 

 

たった数分だが、自分でも気づかないうちに目で見てわかるくらいに移動していたようで、周りの変わらない風景の影響もあって最初いた場所がもうわからん。だが、それだけ歩いても収穫はなかった。

 

 

「日はまだまだ大丈夫だろうが、そろそろ喉が乾いてきたな……水場を探すか」

 

 

木の上から観察するのが手っ取り早そうだな。木登りに関してはそれほど上手くなかった、というかほぼやったことないのだが、さてどれだけいけるかな……っと!

 

 

「……ん、こんな簡単なのか?」

 

 

あれ、そんな難しくない……?むしろ楽しくなってきたのだが。おっと、目的を忘れるところだった、水場を探さないと。どれどれ……お、あれかなり大きめだな。普通に水飲んでる動物もいるし、水分補給にはピッタシじゃないか?

やった!食糧は難ありだが、水の問題は解決できた。正直もうヘトヘトだったんだが、九死に一生を得るってこういうことなんだな。ともかく、そうと決まればさっさと行くぞ!木は……そうだな、時間短縮のためにもジャンプして降りるか。そんな高い木でもないし。

 

 

「せーのっ、よっと!」

 

 

足に力を入れて、思いっきり伸ばす。この程度なら助走だっていらない。俺の体は見事に空高くへ跳び、そのままゆっくりと……

 

 

「……あれ、いつまで浮いてんだ?」

 

 

おかしいな、そんな高くジャンプしたか?なら今は上昇中?いや、周り見た感じそうでもなさそうだし……むしろ、視界は少しずつ下がってきてるんだが、なんだこれ?

あとなんか頭の方から風を受けてる感覚が凄いする。上手く表せないんだけど、なんかこう……下からと力を受けてる、みたいな。

 

 

「これ……もしかして滑空してる?」

 

いや待て待て、だとしたらなにが滑空させてるんだ。俺は手を広げていたわけではないし、そもそも翼もないし……

 

 

「……うわあっ、ととと」

 

 

考え事をしながらふわふわと飛んでいたら、つい水場を通り越していた。

 

 

「やべっ、戻らないと」

 

 

うーん、全然使いこなせねぇ。あんま触れない方がええんかね?でも役に立つ日が来るかもしれないしなぁ。

まあ、まずは喉を潤して……

 

 

 

「……あっ」

 

 

 

 

 

 

 

思わず声が出た。

 

水面に映るクリーム色の少女──それはもはや、天使だった。

 

手や足の先は黒く、しなやかなラインをより強調する。

 

それでいながら服の間から覗く肌はうっすらと白く、そのシアンブルーの瞳は宝石のようにキラキラと輝いてこちらを見つめ返していた。さらに中心の黒に、思わず引き込まれそうになる。

 

頭頂部にある鳥のような、天使のような一対の翼は、今にも羽ばたいて何処かへ行ってしまいそうな美しさだった。

 

 

 

俺は、(ナニ)なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って、また考え事しちまった……さっさと水飲むか」

 

 





【挿絵表示】

↑主人公の外見


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第2話 ENCOUNTER(はじめまして)はサバンナで

ようやく本編の登場人物が出せて僕は満足です。


ある程度水を飲むと、だいぶ生き返るとともに改めて自分の置かれた状況を実感した。いや、「転生したら草原にいました」ってなかなかないけれど、やっぱ気づかないうちに疲れっていうか喉の渇きがすごくなってたのを知らされる。あれ、逆を言えばそれまで気づかなかったってことか……?

 

 

「ゴクッ、ゴクッ……っはぁ!さて、こんくらいでいいだろ」

 

 

あんまり飲みすぎると逆に体に負担かかるからな。体力も戻ったことだし、さっさと安住できそうな場所を探して……ん?

 

 

「あれは……」

 

 

俺は草原の中にある一本の木のそばに異様なものを見つけた。周囲の草原の色に紛れているが、あれは間違い無く自然に作られたものじゃない。ってか形状からある程度わかるが、あの四角い後ろ側を持つ黄色い物質。あれはおそらく……

 

 

「サファリパークとかの専用バスみたいなものか?」

 

 

だいたいあってると思うんだよな。露骨なくらい動物に似せた車体を見ても、あれ絶対動物園とかにある乗り物だろ。

 

そして、乗り物があるということはつまり、人がいるということだ!

 

 

「おっ、ちょうど人影がひとつ……2つ!よっしゃあ!」

 

 

それを見た俺は前だけを見て全力でダッシュした。絶対ないだろうと思っていた人間との遭遇!しかも丁寧に乗り物まで用意してあるときた。最初こそハードコアモードだと思ったが……

 

この人生、案外イージーモードかもしれんぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

「だいじょーぶー?」

 

 

今俺は先ほど見えた人影の主2人にバスに乗せてもらい、とあるところへ向かっていた。てか以外と距離あったんだよな、水場からこのバスまで……目で見えたんだからそこまで遠くもないだろうとタカをくくっていたわけだが、まあ、息切れの理由はわかっただろう。

 

 

「それにしても凄い早かったね!サバンナであんなに元気に走る子は初めて見たよ。今度競争してみない?」

「いや、やめとく……」

「えー?」

 

 

今隣に座って水筒を渡してくれている、こいつの名前はサーバル。俺と似たような服を着て、耳と尻尾を生やした自称「サーバルキャットのアニマルガール」であり──この物語の主人公だ。

 

 

まあピンとくるよな。この名前と容姿でようやくわかったのだが、ここは完全にアプリゲーム「けものフレンズ」の(またはそれに限りなく近い?)世界だ。……なんか完全にファンタジーな発言だな、今の。

 

ゲームに関してだが、多少はやったことあるから、多分これから生きる上でのアドバンテージになると思う。といっても時系列もわからないし、同じ世界であるかどうかもわからないしな。

 

そもそもここ(「サバンナエリア」と言うらしい)に関する情報も違う。ゲームでは確かアンイン……だったか?そこら辺が「森林エリア」のはずだが、ここではキョウシュウの中にあるとのこと。俺の記憶違いかもってのもあるけど。

 

 

「ふふっ、サーバルさんは元気ですね。あ、水筒もらっていいですか?」

「ん?あ、どうぞ。先に飲んじゃってすいません」

 

 

運転しながら前の席から話しかけている彼女はミライさん。まあ知ってると思うけど、ここ「ジャパリパーク」の新米ガイドだ。

 

 

「ありがとうございます。あとさっきも言いましたが、そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ。気軽に話しかけてくれれば」

「そうですか……じゃ、お言葉に甘えてそうさせてもらうか。改めてよろしく、ミライさん」

「はい、よろしくお願いします!」

 

 

ちなみにサーバルはミライさんのことを「ガイドさん」って呼んでるけど、名前知っているからにはそっちで読んだ方が呼びやすいし、名前呼びしようかなと思っている。

 

 

「とは言いつつ、最近は事務系の仕事多くて会えないかもしれないですが……サーバルさんの元気が羨ましいですよぉ」

「そう落ち込むなって、ほら。まぁ俺は、その元気で今疲れてるんだがな」

「え、えー!?私は何もしてないよ、無実だよ!」

「うそつけ、さっき質問攻めしまくった上に思いっきり倒れてきたの忘れてないからな。十分ギルティ」

 

 

いや、質問ならまだしも勢い余って倒れこんでくるってある種の才能だぞ。地味にめちゃ痛かったからな?

 

 

「あ、あれは不可抗力だよ!」

「お前のドジが発動しただけじゃないのか?」

「ドジじゃないもん!」

「確かにサーバルさんはドジですしねぇ……」

「ガイドさんまでー!」

 

 

うん、やっぱり間違いない。話しててわかるが、アプリの性格とほぼ一緒だ。特にドジっぷりとか実際身をもって体験したからな、身をもって。

 

 

「2人は、あそこで何を?」

「さっきの木陰におっきい部屋にあったソファーとかを運んでて。あそこは普段よくいきますしあった方がいいかなー、と」

「そうそう、いつもあそこでお話ししてるんだー。あとテレビとかもほしいよね!」

「えー、テレビですかー?一応は相談しますけど……」

 

 

ああ、ミライさん今休暇中ってことか。でもいいのか?特に用もないのに、こう施設っつーかパーク内を自由に歩いたりして。周り見た感じだと多分動物>アニマルガールって感じだし、危険なんじゃなかろうか。

 

 

「なぁ、でもこんなサバンナのなかに居て大丈夫なのか?ほら、俺たち以外の動物とか来たらさ」

「んー……確かに、さすがに一人はマズいですが、基本は観察するくらいですし。それに普段はサーバルさんが来てくれますから」

「ガイドさんいっつも見てるだけだもんねー。私もつられちゃうけど、楽しいの?」

「楽しいですよ?サバンナエリアはいろんな動物さんがいてまさに可愛さの宝庫……あっ、あれはもしかしてイン……!」

「ちょっ、ミライさん前!前見て!木にぶつかる!」

「ふぇ……あっ、やばっ!」

 

 

ミライさんが眼を離したすきにハンドルが傾き道がそれ、バスは進行方向に木を残して一直線に進んで行く。

 

あー、こりゃ事故るな。事故って転生してまた事故とかたまったもんじゃないぞオイ。次の転生先どこだろ。

 

 

「みゃあっ!」

 

 

そんな悲観にくれる俺とは裏腹にサーバルが大声で叫ぶ。と、同時に──

 

 

キュイイイン!

 

 

バスが大きくカーブし、木を避けて停止した。

 

 

まったく、危うくホントに転生から初日で死ぬところだった。最速死亡RTAやって一位とれるレベル。それにしたってミライさん、意外と運転雑だな……

 

 

「はぁ、危なかったぁ~。ガイドさん危ないよぉ、ちゃんと運転して!」

「うぅ、申し訳ない……あれ、サーバルさんの尻尾がハンドルに?」

「ふっふーん、こんなこともあろうかとすぐに尻尾でハンドルを切れるように……ってガイドさんモフらないで!あっ、あんまりさわられるとくすぐったい!」

「ふぁぁ、モフモフ……毛先が細く滑らかで柔らかいです!」

「感想は聞いてない!」

 

 

バスのなかでまた暴れ始める。元気無いとか言ってたわりに、ミライさん元気だな。

 

 

「……あ、そろそろお腹すきましたね。目的地まではまだ距離がありますけど、さきに少しだけ食べちゃいましょうか」

「あ、モフったことはノーコメント……まぁいいや、とにかく遅めのおやつってわけだね!」

「それにしちゃ遅すぎだけどな」

 

 

多分、太陽の位置的に今は少なくとも午後だと思うが……うん、深く考えないでおこ。

サーバルがミライさんから受け取ったのは、自分の手のひらより少し大きめの袋だった。

 

 

「それは?」

「みゃ、ふぉふぇ?んくっ、はい、ジャパリまんじゅうっていうんだ。おいしいよ」

 

 

……じゃぱりまんじゅう?

 

 

「さっきサーバルさんの言った通り、おやつみたいなものですよ」

「おいしいから、食べてみなって」

「あ、あぁ……」

 

 

ジャパリまんじゅうって、これただの饅頭じゃ……あれ、これってそんな名前だっけ?まぁいいやとりあえずミライさんから袋を受け取って、中身を……

 

 

ビリッ

 

 

「あれ、何か破ける音が」

「な、なんでもないぞ?」

 

 

なんでもないぞ。中に入ってた、このピザまん?みたいなのがちょっと包み袋ごと真っ二つになってるだけだから。なんでもない。いいね?

 

 

 

~完食~

 

 

 

いやぁ、なかなかに美味しかった。サーバルは別の色のやつ持ってたし、バリエーションとかあんのかな。今度探してみよ。

 

 

「それで、今どこへ向かってるんだ?」

「今は、ここキョウシュウチホーの中心部にある研究所に向かってます。あなたは初めて見るアニマルガールなので、ある程度データが欲しいんです」

 

 

 

……あぁ、なるほど。

 

言われてみればそうだな。てか知ってるなら初めて自分の姿見た時ある程度気づくはずだし。ってことは、俺の容姿って、既存のアニマルガールに当てはまらないってことだよな……

 

 



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第3話 私達の名はANIMAL GIRL(動物少女)

本編ストーリーには多分20話くらいから入ると思います。あと今回オリキャラ登場注意です。


「そういえばあなたの名前聞いてなかったよね、なんていうの?」

 

 

バスでくつろいでいた俺は、サーバルの突然の質問に驚いた。

名前、か……普通に名乗ってもいいけど、よく考えたら生まれたばかりでそんな日本人らしい名前もっていたら明らかに不審だし、でも何も言わなかったらそれはそれでなんて呼ばれるかわからんし。

 

 

「あー……気がついたらあそこにいて、あとはお前たちの知っているとうりだ」

「なるほど、この前生まれたばかりってことですかね?それなら前例がない可能性もうなずけますし」

「ああ、そうなるな」

 

 

よし、名前の件はごまかせたな……あ、いや、まだ問題のままか。

 

 

「あれ?それまでなんて呼べばいいのかな?」

 

 

そうくるよなぁ。俺は何も思いつかないし、なんというか、サーバルのネーミングセンスはあてにならなさそうだし。

 

 

「うーん、あまりいい名前は出てきませんね……でも、猫耳と羽をどっちも持ってるのは特徴的です!」

「まぁ、珍しいだろうな」

「ええ、2倍にモフモフしてて可愛いですよ!」

 

 

お、おう……?ま、確かに猫なのに羽生えてんだもんな。正直聞いたことがないけども、UMAとかそっちの部類か?

 

 

「あ、はいはーい!ネコハネちゃんとかどう?」

「ねえだろ」

「ないですね」

「ひどいよー!」

 

 

いや、だってお前それくっつけただけじゃん。なんの捻りもないじゃん。ダメだろ。

いっそのこと、普通に名前いうか?いや、だからそれは流石に怪しすぎ……あ、そういえば最近使われなかったけどあのあだ名があったか。えーっと、確か──

 

 

「あ、思いつきましたか?」

「なんとなく、呼んで欲しい名前があってな」

 

 

この名前で呼ばれるの久しぶりだし慣れないかもしれんが……うん、サーバルに名付けられるよかマシだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『トツカ』。俺の名前はトツカだ、そう呼んでくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つきましたよ、トツカさん、サーバルさん」

「ほら、起きてトツカ」

「ん……うにゃ」

 

 

ん……寝てたのか……?疲れが溜まりすぎてたんだな、ふぁ〜ぁ……もう外少し暗くなってるし、眠気がすさまじいのはそれも原因か。でもそこまで早く寝てた覚えないんだけども。

 

 

「……おお」

 

 

目の前に現れたのは、先程まで大自然(サバンナ)にいたとは微塵も思わせないほどに立派で清潔な建物(人工物)。なるほど、さすが大型複合施設の1支部なだけある。とは言ってもここら辺建物多いし、そこまで大きいわけじゃないが。

 

 

「驚きましたか?まぁ研究所とは言っても、実質観測所みたいなとこですし。そこまで大きいわけじゃないんです」

「うん、1つだけおっきい部屋があるけどそれ以外は小さいし。ほら、あそこにタワーがあるでしょ?」

「ん……そう、だな」

「んもう、ちゃんと聞いてる?それでね、それでね……」

「サーバルさん、ちょっと落ち着いて」

 

 

説明も全く頭に入ってこない。目を擦りつつ、サーバルとミライさんに続いて施設の中へ……

 

 

ウィーン

 

 

お、転生後初の自動ドア。さっきまでの光景が光景だけになかなか感慨深い。

自動ドアに思いを馳せていると、ミライさん達が受付?らしき人と話していた。

 

 

「あ、ミライさん!あのソファーって、ちゃんと持って行けましたか?結構ボロかったと思うけど」

「はい、サーバルさんの手伝いもあってなんとか。それとテレビとかって持って行けますかね?」

「んー、本体はまだしも電波とかはどうかなって感じ。所長がなんて言うか」

「そういえばアデリナ所長、ミライさんに話があるって言ってましたよ。なんでもガイドについてだそうで」

「えっ、所長から!?うわ、絶対めんどくさいやつだー……はぁ、ついてないなぁ」

 

 

「なんの話してるんだ?」

「私もよくわかんないなー。お仕事の話は愚痴しか聞いたことないから……あ、でも所長さんには会ったことあるよ」

「そうなのか。でも『めんどくさい』言われてるあたりそういう人なんだろうな」

 

 

しかも普段してるの愚痴かよ。パークガイドとはいえ、やっぱ社会人なんだな。俺も社会人……あ、今や『元』社会人か。どっちにしろ共感できるところはなきにしもあらずだからなんとなくミライさんの気持ちがわかる気がする。

 

 

「あ、それでさっき連絡を入れた新しいアニマルガールさんについてなんですけど」

「それってあそこのクリーム色の子?確かに見たことない……でもあの羽フサフサしてそう!」

「獣耳もぴょこぴょこしてて可愛いです!」

「さらに尻尾も加わって……」

 

「「「きゃーっ!!!」」」

 

 

「……なぁ、なんかもう色々と手遅れなんじゃないかあの人たち」

「だいじょぶだいじょぶ。これが普通だから。これから慣れてくから」

「だといいが」

 

 

いや、よくねぇな。慣れたら負けるを通り越して確実に死ぬ。少なくとも隣で若干悟り開いてるサーバルの二の舞になる。

 

 

「冗談はさて置き、空いてた人1人呼んどいたから。104号室で待ってるわよ」

「ああ、あのデカイ部屋の隣……ありがとうございます、行ってきますね」

「ミライさん、所長と話。忘れないでくださいね?」

「は、ははは……善処します」

 

 

そう言って走って行ってから数分後。

 

 

「こちらはここの研究員の方です」

「ほぇー……」

 

 

研究員、か。そういえばジャパリパークってただの動物園じゃないんだな、研究所とかある時点でアレだけど。あと眠くて話が入らん……

 

 

「どうも、リュウと言います。それと、久しぶり」

「久しぶりだね、研究員さん」

「話は聞いてるだろうが、トツカだ」

 

 

さて、データが欲しいねぇ。こちらとしてはもうさっさと寝たいんだが、出来るだけささっと終わらせて欲しいんだよな、ミライさんに話してみるか。あの人話通じる人だし。

 

 

「じゃあ、君が新しいアニマルガール?」

「そうです!ネコ科のアニマルガールの特徴を持ちながらもこのフサフサな羽を持ってるってすごくないですか!?しかもこれちゃんと猫の毛でできてるんですよ!」

 

 

あのー、なんであんたが説明してるんですか。それとあんまモフらないで頂けないでしょうか?いや、話通じる人だし、多分わかって──

 

 

「うへへー♪」

 

 

あ、今話通じないモードだ。そういえばけもの好きなんだっけ、そんな性格あったな。

 

 

「あー、ずるい、私もトツカのことモフモフしたいー!えいっ」

「なんでお前までってだあああああ!ひっぱんなお前!痛いっての!」

「わふー♪」

 

 

お前「モフる」の定義わかってんのか!?それ乱暴にくしゃくしゃしてるだけだから!あとミライさんも混乱に乗じてくっつくな!

 

 

「……た、大変ですね」

「わかるなら助けてくれないかなー!?」

 

 

マジで今助けがものすごい欲しいいだだだだだ!

 

 

 

~検査後~

 

 

 

検査はそれほど時間はかからなかった。よくわかんない機械を当てられたり観察されたりしたくらいで、むしろミライさんやサーバルの突撃を抑える方が苦労した。本当に落ち着きを取り戻してくれてよかったよ……

 

 

「……以上から、トツカさんはイエネコの一種だと考えられます。体毛から推測するのも難しいです」

「羽についても前例が無いんで……イエネコの亜種、或いは突然変異が妥当だな」

 

 

リュウと後から『面白そうだから』という理由で入ってきた金髪研究員さんにはそう言われた。要は詳細なことはわからない、新種のアニマルガールじゃないかってことで、今は一応イエネコにしておくんだと。あれ、これもしかして実は俺に凄い秘密が隠されてる説あるな……

 

 

「にしても、もう夜だな」

 

 

そう言って俺は窓の外を見やる。完全に真っ暗だ。太陽はとっくのとうに沈んで、今は月がもうすでに顔を出している。

 

 

「今日はもう遅いですし、研究所の空いている部屋を使ってください」

「ありがとー!」

 

 

お、なかなか気がきくな、しかも動物のように野宿ではなくしっかりとした部屋で寝れるわけか。初日からなかなかに恵まれた待遇を受けてるぞ、転生最初のサバンナ散策がまるで嘘みたいだ。

 

 

「あれ、ミライさんも泊まって大丈夫なのか?」

「そうでした、ちょっと記録してきますね!」

「ガイドさん、所長さんとのお話もね?」

「ぐっ……わかりました、いってきますぅ」

 

 

あ、記録すれば大丈夫なんですね。意外にもゆるい管理だな、ジャパリパーク。

 

 

「んじゃ、寝るかー」

「トツカあんなに寝たのにまだ眠いの?」

「う……いいんだよ、睡眠は大事だから!」

 

 

さて、念願の就寝タイムだ!

 

 

 

~移動後~

 

 

 

「……と、行きたかったんだが」

 

 

部屋について、一番最初に目に付いたのは、小ささだった。

 

いやまぁ、しょうがないのはわかる。だって部屋とはいえ一応研究所の一室、それもおそらくは仮眠室的なところだと思うし。仮眠する必要とかよくわかんないけど、とにかく、この部屋を小さいと思ったのは、この部屋の現状最大の問題が原因だった。

 

それは……

 

 

「ベットが……」

「おっきくない……」

「だな……」

 

 

……そう。ベットが小さすぎるのだ。正確には「3人で寝るには」がくっつくが。うん、仮眠室的な部屋という仮説が正しければ、仮にもベットが1人だけが使うと仮定されて置かれていてもわかる。あれ今何回「仮」って漢字使ったってそれは関係ねぇ!とにかく、今問題なのは3人がどう寝るか、なんだが。たぶん2人までなら寝れるか?

 

 

「……俺は上で寝るぞ」

「えー、私も上で寝たい!」

「リュウさん、もう少し大きめの部屋は……」

「ここは全部これくらいの大きさで、他の部屋は今埋まってるんです」

 

 

無理やり詰めて寝るか?いや、絶対まずい気がする。ベット壊れるか弾き飛ばされるかで起こされるだろうし、何より暑そう。暑いのはもう今日の昼十分体験したからな、これ以上はもう味わいたくないんだよ。

 

 

「く……斯くなる上は……!」

「ああ……やるしかないみたいだな」

「……本当に、やるんですね」

 

 

もうやるっきゃないだろ、何よりさっさと寝たいんだよ!

こういう時はこの方法を使うしかない。これは絶対的なルールによって決められた、敗者と勝者を決める弱肉強食の世界の勝負──

 

決闘(じゃんけん)だ!

 

 

「最初はグー!」

「じゃんけん……」

 

「「「ぽん!」」」

 

 

ミライさん:グー サーバル:グー 俺:チョキ

 

 

「うがああああ!負けたあああ!」

「わーい!サーバルさん、勝ちましたよー!」

「やったー!これでベットは私達のものだー!」

 

 

おのれ、わざとらしく相手の前でやりやがって……覚えておれぇ!絶対復讐してやるからな、うごごごご……

 

こうして、俺は2人にベットを占領され部屋の床で寝る羽目となったのだった。

 

 

 

~夜~

 

 

 

「サーバルさん、きもちいいれふ……(ギュー」

「トツカー、上で寝ていいよー!?」

「約束は守れよ、サーバル?ふぁ〜」

「そんなー!!」

 

 




「トツカ」という名前に深い意味はありません。


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第4話 今日からGUARDIAN(守護者)が職業です

「んぅ……むにゃ」

 

 

 

意識が覚醒する。脳が起きるよう全身に命令を送るのがわかる。俺の筋肉たちはまだ眠りたいという欲求を退け、目を覚まし、そっと瞼を開ける。

 

視界に入ってきたのは、ちょうど昨日寝た部屋の壁──

 

 

 

 

 

 

「……あれ」

 

 

 

 

 

──ではなく、ずっと向こうまで続いていく草原。草原とはいってもサバンナとは違い、平坦な場所に背丈の長い雑草が青々と繁っている。

 

 

「……んっ……んぅ、っと」

 

 

体勢を変え、仰向けになってみる。案の定、真上には見知らぬ天井……あ待って、天井すら見えないからやっぱ今のなし。

 

 

……ってか。

 

 

 

 

 

 

「ここ……どこ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ……ここどこだ?おかしいな、昨日は研究所の仮眠室みたいなとこに入った後にそのまま寝ちまったはずなんだが……とりあえず、伸びでもして眠気を取り払うか。

 

 

「うにゃ〜……って馬鹿か俺は!いや思考は猫みたいだったから馬でも鹿でもないけどそうじゃなくて!それ以前に色々突っ込むところがあるだろうが!」

 

 

いやまずここどこなんだよ!?こんな場所見たことないし……てか、研究所もサバンナも諸々全部消え去ってんだけど!?なんで転生2日目から急展開なんだよ!なんで俺の高校時代の日記継続日数とおんなじなんだよぉ!

 

 

「転生したてのときも思ったけど、運悪すぎ……」

 

ガサッ

 

 

……うん?

 

え、今なんか音が……

 

 

 

ガサッ、ガサッ……

 

 

 

うぉぉぉぉい!?もしかしてここ誰かいんの!?いや待て、人間の確証はないから「誰か」ではなく「何か」がいるってこと?ま、まさか獣だったりしないよな……

 

 

 

ガサッ、ガサガサッ

 

 

 

むりむりむりむりぃぃぃぃ!これ絶対なんかいるってぇぇ!俺こういうのダメなんですぅぅぅ!

 

 

 

ガサッ

 

 

 

やべっ、音がこっち近づいてきてる!?マズイマズイ、こういときって何て言えばいいんだっけ!

「本日はお日柄も良く」?なんでのんきに挨拶してんだ!

「食べないでください」?それが通じりゃ苦労しないんだよぉ!

 

あわわわわ……!

 

 

 

バッ

 

 

 

「た、食べな──」

 

 

「お、なんじゃ、こんなところにおったのか」

「──いで……え?」

 

 

 

恐る恐る頭をあげる。

 

そこには、紅玉(ルビー)の原石からそのまま削り出した水晶のように美しい(くれない)に輝いてこちらを見つめる双眼と、それをもつ同じく緋色の女の子。

 

 

「……えーと、どちら様で──もがっ」

「あー、もう少し待っておれ、今他の者も来るからの」

 

 

口を開くと同時に手でもって塞がれる。

 

他の者って、この女の子ひとりじゃないの?でも前世はともかくこの世界に来てからはこんな謎の組織よろしく変なところへ連れられるようなことはしてないぞ。

 

よく耳をすますと、向こうから足音や話し声が聞こえてきた。聞き分けると、えー……3つか。

 

 

「……あら、ここにいたのね。反対方向探しちゃったし……」

「やはりこの方法、発動にも使用にも色々と手間がかかるな。やめた方がいいんじゃないか」

「そういうわけにもいかぬ、ただでさえこうして集まれることもないからの」

 

 

数秒経つと、3人の少女がそれぞれの方向から空を飛んだり歩いたりしてこちらに来た。何者なんだこの子たち。

 

 

「さてと、全員そろったわけだけど……」

「んー、んー?」

「……そろそろ手を離したらどうだ」

「ん、おおう、すまんすまん」

 

 

っぷはぁ、ようやく手を離してくれたか。

 

 

「わしらはお前に用があってな、ここへ呼び出させてもらった。まあ少しだけ時間をくれ」

「ちょっとしたお話みたいなものよ。ただ、しっかりと聞いてはほしいけれど、ね」

 

 

はい、つまり拉致られたということですねわかりたくありません。でもべつに縛られてるわけでもないし、自由に動けるあたり敵対してるわけではない、ということだろうか。

 

 

「別に構わないけど……あなたたちは、いったい?」

 

 

取り敢えず初対面だし、だいたいこれ言わなきゃね。

 

で、言っといてなんだけど、この子たちの姿どっかで見たんだよなぁ。なんか思い出せない……まぁ思い出せなくとも、本人たちの口から聞ければいいし、とにかく誰かわからない相手と話し合うのはこう、人間の性というか、気がひけるからな。

 

 

「うむ、ではまずは私から自己紹介しよう」

 

 

そう言って、まず最初に白い服を着た女の子が口を開いた。

 

 

「私は白虎(ビャッコ)、この地の西方を守護し、疾風を司るものだ」

 

 

次に、その隣の黒い服を着た、頭になんか蛇や亀みたいのが乗っかってる子。

 

 

「わしは玄武(ゲンブ)。大地を操り、北方を護っている」

 

 

そして、赤い孔雀みたいな尾羽を持つ子。

 

 

「我の名は朱雀(スザク)じゃ。火を扱って南方の守護をしている」

 

 

最後に、長い尻尾の特徴的な青い服の子。

 

 

「私はパーク東方の守護者、青龍(セイリュウ)。水を操るわ」

「は、はぁ」

 

 

……すげぇ名前してんな。なんだっけ、所謂『キラキラネーム』ってやつだっけこれ……あれ、パーク?もしかして今、ジャパリパークの話してたの?あかん、お兄さんもうついていけない。

 

 

「なんかその、錚々たるメンバーって感じの名前っすね」

「そう言われても自分の名前だから困るのだが……まぁ私たちは『四神』という」

 

 

へー、四神かぁ……「四神」?

 

……そうか思い出した!確かパークを守る「守護けもの」だったか?確かそんなんの部類だったはず。ゲームでもレアリティ高かったんだっけ。ん、でも確か四神ってあと麒麟もいなかったっけ?あんま深く突っ込むなってことですかそうですか。

 

 

「……ってことは、もしかして君たちアニマルガール?」

「当たり前じゃろうが。逆に何に見えたのじゃ」

 

 

ちょっと逝っちゃってる系女の子に見えてました、とか言ったら怒られそう。でもそれなら、なおさら俺なんかに何の用だ?確かに「けもフレをしる転生者」という大きなアドバンテージがあるが、それを除けば普通のアニマルガールのはずだが……

 

 

「しかし、こうやって集まるのも久々じゃな」

「久しぶりに力比べと行くか?」

「お?私に勝とうというのか?」

 

 

おーい、話が脱線しかかってるぞー。

 

 

「あー、俺を呼んだ理由ってのは?」

「お、そうだったな」

 

 

いや、そこがメインだったろ!あと「そうだったな」って聞こえたんですけど、まさか忘れてたってことですか?いやそんなことないと信じたい、てか今なんか俺の中であんたらの株が下がってるからこれ以上聞きたくない。

 

 

「……何だったかの?」

 

 

忘れてたんか!さっきこれ以上聞きたくないって言ったじゃん!心の声だけど!

 

 

「お、どうしたスザク?もう忘れるとはの」

「ぐ、なにお言うかビャッコ!お主よりはマシじゃ!」

「『マシ』とはなんだ『マシ』とは!」

 

 

なんで小学生レベルの言い合いをしてんだよ。お前ら喧嘩すんなみっともない、四神の名が泣くぞ。

 

 

「では、喧嘩を始めたあの二人にかわって私が」

 

 

いや、あの喧嘩を止めるのが先決なんじゃないですかねぇ……そこの黒い服きた子も苦笑いしてるし。

 

 

「それで、本題なんだけどね。あなたには、とある『守護けもの』の代理になって欲しいの」

 

 

……またぶっ飛んだ発言をされますねあなたも。

 

 

「守護けものの……代理に?」

「ああ。守護けものとは、このパークに住む全ての生物とアニマルガール(動物少女)を護るもののことだ」

 

 

動物少女……あぁはいはい、アニマルガールのことね。いやまぁ、実は守護けもののこと自体は知ってたんだけど。にしたってつまりサーバルみたいなのも守ってねってことだよなぁ。そんな神様みたいなことできるほど俺は仕事熱心じゃねぇぞ……?

 

 

「もともとあなたは守護けものじゃなかったんだけど、一応守護けものと同レベルの体は持ってるの」

「といっても特に何か強いるつもりはない、この地を見守ってくれればそれで良い」

「そうそう、飽くまでボーラー……お主の前任の代わりとして動いてくれればよい。というか、最悪なにもせずともよい」

 

 

はぁ……守護けものの仕事って意外とアバウトだな。

 

 

 

「が、ひとつだけ、行ってほしい仕事がある」

「仕事?」

「うむ」

 

 

白い女の子──ビャッコが手をかざすと、そこに虹色の粒子が集まっていく。

粒子は固まって形をなしていき、そこに現れたのは──

 

 

「……これは?」

「これは『お守り』というものだ」

 

 

 

『お守り』とよばれたそれは、ルーペのレンズがある部分だけを切り取ったようなものだった。

 

 

「そして、これ」

 

 

そう言って青い子──セイリュウが『お守り』に手を触れると、そこに白いもやが現れ、光を発しつつ輪郭を形成していき、或る形になって止まった。

 

 

上向きになった三枚羽の羽根つきの羽根を中心に、その上に輪が、両隣にはブーメラン状のデザインがあしらわれている。

 

 

「そしてこれがそなたの……正確にはそなたとそなたの前任の『紋章』だ」

「……紋章、ねぇ」

 

 

黒い蛇亀の女の子──ゲンブが説明する。

何かのマークには見えたが、紋章とはな。なんの紋章かは知らないが、多分守護けものの証とかそんなものだろうか。

 

 

「仕事というのは、これの管理のことよ。単純に言えば、私たちが紋章を書いてほしいって言うときに、この模様を書いてほしいの」

「んー、それなら俺の前任でもいいんじゃないすかね?同じ紋章なんだし」

「それがそうも行かないのじゃ」

 

 

紅い女の子──スザクが口を挟んだ。

 

 

「紋章は所持者の力を司っている故、他人の力に干渉するには紋章を経由する必要があるのじゃ」

「そして、主と前任は同じ担当の守護けものとはいえそれぞれ別の存在。だから、主の力と紋章は主自身の管理に委ねられるのだ」

「……なるほどねぇ。ちなみに紋章を使うときってのは?」

「例えば、今お主のいるこの空間の創造にも力が必要だな。まぁ話すと長くなるから今は割愛するが」

 

 

へぇー、あにまるがーるのちからってすげー。

 

 

「で、さっきのことを聞く限り守護けものは守る範囲が決まっているらしいが。俺はどこを?」

 

 

最悪今いるところから遠いところに配属されるかもしれないからな。できることなら移動はしたくないんだがな、なんたって主人公組に出会っているわけだし。

 

 

「できるならここの近くで……」

「あ、範囲はここの『時間』よ」

 

 

はーはー、なるほど時間ですか、もちろんおやすい御用です、ちゃちゃっとに守ってみせます、どんと来いですよ……

 

 

 

 

 

……って、なるか!

 

 

「時間をまもるぅ!?」

「いや、だから正確には見守るだけで良い。もしある程度危なかったらそれこそ守らなければならないが」

「やっぱ守るんじゃねーか!」

「もともとはボーラーが担当だったんじゃが、まぁ範囲が範囲だけに相当な力が必要でな。お主が必要不可欠な訳じゃ」

 

 

いやいや、それ絶対頼む相手間違えてますって!俺にする話、つかそもそも俺にできることじゃないですよ!?

 

 

「とにかく、私達はあなたの力を見込んで頼んでいるの」

「お主は体全体がけものプラズムでできておる。アニマルガールの中でも、我らに近い存在だ」

「んー……まぁできるだけやってみるが」

 

 

さすがに断りはできなさそうだし、けものブラズム?も確かゲーム登場用語だから信用できるし……あれ、なんかまわりが白くなってね?ここってこんな明るかったっけ。

 

 

「では、よろしく頼むぞ!あ、あと5秒で目が醒めるからよろしくな!」

「はいぃ!?ってことはこれ夢うおっ眩し──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、元平凡人間の転生守護獣日記の1日目は、ドッタンバッタン平和に終わった。

 

 




※12月11日 書き直し


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第5話 CURIOSITY(そぞろ神)は猫をも連れ出す

チュンチュン……

 

 

 

 

 

 

 

……というのは幻聴だ。いくら朝が来たとはいえ、サバンナで囀りなど聞けるはずがない。

 

 

「うにゃ……朝か」

 

 

そんなわけで、転生から2日目の朝だ。ただまぁ、日の光自体は入っておらず部屋はまだ薄暗い。この部屋の窓が付いている方角が南だったりするとかかな……と思いきや、時計は未だ5時程を指している。

 

 

「ん、まだこんな時間か……」

 

 

成る程、そりゃあまだ日も昇ってないわけだ。日の出前に起きたことなんざ一度もなかったし、寝起きだからか頭の回転も遅くて状況を整理出来てなかったが、要は早起きしたってそんだけか。昨日めっちゃ早く寝たからかな。

 

まぁなんねせよ、だ。こんな早くに起きたからには、することはだいたい決まっている。ジョギング?ノンノン。ラジオ体操?そんなめんどくさいことだれがするか。

 

 

 

…………

 

 

 

 

「……よし、二度寝する──」

「トツカ!散歩しに行かない?」

 

 

 

……チッ。

 

 

「あ、その前におはようだよね。おはよ、トツカ……って、なんでそんな不機嫌そうな顔してるの?」

「なんでもない。なんでもないから、取り敢えずお前は反省してくれ」

「え、えー!?どういうことー!?」

「冗談だっての」

 

 

つか、サーバルもやっぱ早くに目が覚めて暇だったのか。それにしても朝から元気旺盛だな……あれ、確かサーバルキャットって夜行性じゃなかったっけ?いや別の動物だったかな……まぁいいや。

 

よいしょ、と部屋に入ると、サーバルはなれた手つきで電気をつけた。

 

 

「んで、話変わるけど結構起きるの早いのな」

「え?わ、私は……」

 

 

もじもじしながらベッドでくっすり眠るミライさんの方をそっと見るサーバル。なんか申し訳なさそうな、それでいて恐ろしいものを見るような目をしていた。なにがあったんだこいつ……あ。

 

 

「……ずっと起きてたのか」

「……うん、抜け出してちょっと遊んできてたよ」

 

 

あーはいはい……そういえばこいつ昨日の夜めちゃくちゃミライさんにベットでモフられてたな。それから抜け出して夜通し遊んでた、ってことか。

 

 

「……え、お前寝なくていいの?不健康じゃない?」

「あぁいや、ちゃんと友達のところで寝てきたよ。あと、みんなもこのくらいに起きてるんじゃないかな」

 

 

なるほど、アニマルガールは基本夜早く寝て朝早く起きる体質なのか。そりゃまあ元は動物な訳だから当たり前なんだが、うーむ、自由気儘だ。

 

 

「それで、散歩しに行くんだよね?」

「……ま、それでいいけど。なにせやることないし」

 

 

本当に、転生先がアニマルガールでよかった。また人間とかだったらそれこそ前世と同じ生活に戻りかねないからな。対してこっちはただ遊ぶだけでいい楽な生活ができるし。あ、そういや俺『守護けもの』なんだっけ。えー、まさかの転生してなお社畜になるの?だるー。

 

 

「それじゃ、早速いこ、朝日が綺麗な場所があるんだ!」

「ういよ、今……って待て待て。まだ行くな」

「えー、なんでー?トツカはまだ眠いの?」

 

 

さすがに今から速攻で行くのはまずいだろ。あと人をねぼすけみたいに言うな。アニマルガールだけど。

 

 

「あのなぁ、このまま黙ってどっか行けば、それこそミライさんとかが焦って探し出したりするかもしれないだろ?」

「あー、確かにそうだね」

 

 

そそ、そういうわけだ。とはいえ今この時間に起きているスタッフがいるとは考えられないし、さてどうしたものか。

 

机には……お、丁度紙があるな。なんかの裏紙だろうし、使っても問題ないだろ。残るは筆記用具の方だが、多分ミライさんのポーチとかに……あ、ここに置いてある。ちょっと借りますよっと。

 

 

「あ、それで書き置きしていくってことだね。なんか映画みたいでかっこいい!」

「どこに『散歩してくる』って書き置きする映画があるんだよ」

「普通にあるよ?例えばこの前見たあの映画とか。あ、トツカは昨日生まれたばっかだから知らないかもだけど、おすすめの映画はね……」

「はいはいそうですね」

 

 

突然始まるサーバルの映画トークは受け流しつつ書き置きに専念。えーっと、何書こうか?まずは散歩してくること、あとは場所だが……まぁキョウシュウチホーの中、いやこの施設の近くって書いとけばいいか。そんな広くもなさそうだしな、ジャパリパーク。

 

 

「それじゃ無難に、散歩に行ってきます、とでも……」

 

 

ガリッ、ガリッ。

 

 

「…………」

「と、トツカ?その、紙が破れて……」

 

 

……大丈夫、ダイジョーブ。落ち着け俺。多少力が強くなりすぎてコントロールできてないってだけの話だ、なんとかなる。次はペン先をゆっくりと、そーっと近づければ……

 

 

ガリッ。

 

 

…………

 

 

「トツカ、私が書くよ?」

「大丈夫、問題ない、これでコツは掴んだから!」

「ほ、ほんとー?」

 

 

「文字を書く」という単純な行為程度で、そんなくじけるような人間では──

 

 

 

ズガガガガガッ!

 

 

 

……………

 

 

……………ぐ。

 

 

 

 

「グアハハハハ!上等だこんにゃろうやってやろうじゃねえかこんにゃろう!」

「トツカ落ち着いてー!」

 

 

 

 

~数分後~

 

 

 

 

結局書き置きはサーバルに俺が指示した通り書いてもらうことで書き終わらせた。おのれ文字、マジで許さん。

というより、いくらなんでも不器用すぎじゃね?元が動物とはいえ、それがアニマルガール化したあともそのままなんて……

 

 

「大丈夫、私も最初はトツカと同じくらい下手だったから!」

「それ遠回しに俺の字が下手くそっつってんだからな?」

 

 

「そ、そういう意味じゃないよ!」と慌てて訂正しようとするサーバルはともかく、話を聞く限りだと一応練習すれば字は書けるのか……でもあの感じだと、まだまだ遠そうだなぁ。サーバルも複雑な漢字は書けなかったし。

 

 

「ところで、今どこへ向かってるんだ?朝日がどうこうらしいけど」

「あ、今向かってるのは向こうに見える山だよ」

 

 

 

そう言って指された指の先に見えたのは──

 

 

 

「……うお、でかっ」

 

 

 

 

──典型的な、富士山型の大きな山。だがその圧巻の光景はとても典型とは当てはまらない、独特で幻想的の過ぎたものだった。

赤褐色の山肌で覆われた大きな火口の中から虹色に輝く透明なクリスタルのようなものがごろごろとのしかかり連なって空へと延びている。地平線の奥に隠れた太陽で赤みがかった空色が、山のすべてを染め上げている。

 

まるで、雲を貫き天へと昇るかのようだ。美しく幻想的な光景に自然と意識が引き込まれる。

 

 

 

……あれ、なんかあの山も既視感があるな……でもアプリにあんなん登場したか?うろ覚えすぎてよくわからん。

 

 

「確かアソ山、だっけ、そんな名前だよ」

「それで、あの山から日の出を拝むと、そういうわけか」

「あぁいや、あの山じゃなくて、その前にあるもうちょい低い方だよ。アソ山、今は立ち入り禁止だからね」

「ほーん。でも登山か、めんどくさいな」

 

 

今はまだ暗いのだが、ネコのアニマルガールとしての恩恵あってか結構夜目が効く。普通に道を歩けるくらいにはな。

 

 

「ううん、そんなに時間かからないよ。それに中腹あたりでも見れると思うし」

「ま、それならいいんだが……」

 

 

 

……中腹でもかなり高さありそうだぞ、あれ。

 

 

 

 

~登山後~

 

 

 

 

「……よし、この辺でいいかな!」

「んっと、意外と登ったなー」

 

 

予想どうりかなり高さあったが、身体能力の向上のおかげでそれほど苦労はしなかったな……お。

 

 

「きれーい!」

「ああ、綺麗だな」

 

 

 

顔をあげると、東に見事なほど真っ赤な太陽があった。空の染まり具合も相まって、なかなかに美しいじゃないか。早起きは三文の徳っていうの、なんとなくわかった気がする。

 

あんまりにも綺麗なもんだから、二人揃って数分間見とれてしまった。

 

 

「……さて、とりあえず第一目標達成だな。戻るか?山頂へ行ってもいいが」

「うーん、あんまり上に行くと危ないし、もう戻ってもいいんじゃない?」

 

それもそうだな。さて、下山コースはこっちっと……

 

 

「……(じーっ)」

「……サーバル?」

 

 

サーバルがじっと俺の顔を向いたまま目を動かさない。そーっと頭を動かすとそれに追従してサーバルの視線もずれるくらいに見つめてくる。

 

が、ある程度見つめ続けたあと、にっと笑って口を開いた。

 

 

「ねえねえ、トツカのその羽って飛べるの?」

「んぁ?飛べな……くもないな。滑空はしたことある」

 

 

でもなんで唐突にそんな……まさか「飛んでみて!」とか言わないよな?

 

 

「飛んでみて!」

「予想と一字一句ぴったし!?」

 

 

単純すぎてビックリした。

 

 

「飛んでと言われても、めんどくさいしなぁ」

「えー、でも飛べるんでしょ?飛んだ方が新しい経験にもなるよ!」

 

 

う、一理ある……そろそろこの翼、使いこなさなきゃって思ってたしな……

 

 

「……わーったよ。でもちゃんと掴まれよ?」

「え?私は別に」

 

 

 

俺は大きく助走をつけて、翼を広げる感覚を意識しながら──

 

 

ガシッ

 

 

 

「うみゃあ!?」

 

 

──サーバルを抱えて(・・・・・・・・)飛んだ。

 

 

 

 

「うみゃ〜!?」

 

 

 

へっ、旅は道連れってやつだ……お望み通り飛んでやるぜぇ!




「どうだサーバルって高!?」
「トツカ落ちそうだよ!助けてー!」

「アソ山」という名は完全なオリ設定です。一応アニメ版のあの火山を指してます。

※12月11日 書き直し


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第6話 突撃!隣のBEST FRIEND(オトモダチ)

なんやかんやで数分後。

 

 

「わぁ〜、たっかーい!」

 

 

最初こそあんなにブルブルと震えていたサーバルも、いつの間にか恐怖心をどこかに投げ捨てていたようで、完全に空の旅を楽しんでいた。まあ、動物である以上空を飛ぶことはまずないしな。それにネコって高いとこ好きそうだし。

 

 

「そうだな、本当にザ・絶景って感じ」

「だよね!すごいよ!」

 

 

かくいう俺もかなり満喫していた。空を飛ぶっていうのは、まぁ飛行機になら乗ったことはあるが基本人間にはまずできないわけだし、何より風が当たったりして色々と新発見が多い。

 

ちたみに、今は広大な草原へと山の方から思いっきり滑空している。それでたまに普通に飛んでる鳥にも会うんだが、その度に自分が今地に足をつけていないことに気がつかされて、なんか楽しいんだよな。

 

 

「ところでさ、これどこに向かってるの?」

「向かってるとこ?……あー、思いつきで飛んだから特に決めてなかったな」

「あ、そっか。まぁ私はこうやって飛んでるだけっていうのもいいと思うけどねー」

「こらこら、そんなに暴れんなっての」

 

 

 

言われてみれば、サーバルの一言でとっさにしたことだから、全然後先考えてなかった。

ここってサバンナみたいなとこだから、あんまり長居はできないし、何か名所とかがあるってわけでもなさそうだしな。実際に歩いたからこそわかることだ。

 

 

「このまま戻ってもいい……んだが、せっかく散歩するって言ったしなぁ」

 

 

そうだ、サーバルに聞いてみるか?意外と面白そうなとこ知ってそうだし、さっき案内するって言ってたもんな。

 

 

「なぁサーバル、何かここら辺って……」

「何もないよー?」

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

「……マジ?なんかこう、サバンナの魅力とかは?」

「ふっふーん、ないんだなぁそれが!」

「栃木県か!いやネタが微妙にわかりにくいな!」

 

 

いやうん、そもそもそんな自慢げにいうことでもないよね。つか、思い付かないならまだしも、なにもないってそれはそれでどうなんだよ……

 

 

「あ、今私のことガイド能力ゼロだって思ったでしょー!」

「自覚はあるんだな」

 

 

確かにサバンナだから草と木しかないけどさぁ。それは昨日でいやというほど味わったし。

 

 

「むぅー、それなら今から面白い場所探して見返してやるんだから!」

「おう、頼むぞー」

 

 

全力で地面を凝視し始めたサーバルをよそに姿勢を維持して飛び続ける。「探す」って言ってたけど、大丈夫だろうか。そんな簡単に見つか……

 

 

「あっ!」

「お、どうした、見つかったか!?」

「いや、あれ!」

 

 

サーバルが指した先は、草原に生えた単なる一本の木だった。正確には、サーバルがその木を指で示したのは、別のところ──その枝の上に見えるもの達に理由がある。

 

あんまり小さいからよくわからないが、あれは多分……

 

 

「……人影、だな」

「多分他のアニマルガールだよ、会いにいこ!」

 

 

なるほど、他のアニマルガールか。そういえば俺まだアニマルガールはサーバルと四神にしか会ってないんだよな。あれ、もしかしてアニマルガールって遭遇率低いのかな。

 

まぁなにはともあれ、何事も経験だ。

 

 

「うし、そっちに角度変えるぞ」

「レッツゴー!」

 

 

 

~数分後~

 

 

 

俺たちは目標の木に向かって進んでいた。少なくとも、今は鳥がいないくらいには低空を飛んでいる。一応あまり速度を出さないように注意して滑空しているんだが、意外と早く慣れたな、これ。

 

 

「あぁほら、見えてきたよ!もう少しだ!」

「んにゃ、だから暴れるなっての!落とすぞ!」

「ふみゃあっ!?わ、わかった、暴れないから!」

 

 

距離が短くなるにつれて、その容姿がだんだんとわかってくる。

 

オレンジとも赤とも言えない、俺たちに似たアイドルのようなひらひらの服を着て、やはり大きく先の別れたような耳、そして尻尾という動物の特徴を持った人影。

 

 

 

「おーい、おはよー──」

 

 

声をかけられ、橙色の髪が揺れる。

 

透き通る色白の顔がこちらを覗くと同時に──

 

 

 

 

 

「──カラカル!」

 

 

 

──『カラカル』。サーバルはその少女を、確かにその名で呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カラカル──カラカルキャットのアニマルガール。その限りなく元の動物に近い姿、例えばしなやかな体と特徴的な耳などは、さすがアニマルガールの表現力、といったところか。

 

そして何より彼女、アプリ版「けものフレンズ」の主要キャラである。立ち位置とか性格とか完全に忘れてるけど、まさか転生から2日で主要キャラ達にぽんぽん会えるとは……あれ、これストーリーに巻き込まれる可能性大じゃない?うっわめんど……巻き込まれないことだけを祈ろう。

 

 

「えっ、サーバル──」

 

 

そんな無駄なことを考えている間にも、「美少女」という言葉がピッタリと当てはまる美しい顔がこちらを向き──

 

 

 

 

「──どこにいんのぉ!?」

 

 

 

──一瞬のうちに驚愕の顔へと変貌して、明後日の方向を向いた。

 

 

「待って待って、この声ってサーバルよね?どこにいるの、見えないんだけど!?」

「カラカル、こっちだよー!まったく、耳も目も悪いなぁ」

「えらく毒舌だなお前……」

「えっちょっ、誰ぇ!?」

 

 

んー、ちょっと混乱させすぎたな。いや大体サーバルのせいなんだけど。にしてもすごい取り乱してるし、ってか気をつけないと本が……

 

 

「って、見つけた……って浮いてるぅ!?っきゃっ、なあわわわっ!」

「あ、カラカルあぶな……」

 

 

ドシン!

 

 

……落ちたわ。

 

 

 

~閑話休題(それはそれとして)~

 

 

 

一旦地上に立ち直した俺たちは、カラカルにも降りてもらって本を(サーバルが)拾いつつ再度面会した。

 

 

「えと、トツカさん、だっけ。気付かなかったわ、まさか空だったなんて。あなたって見た感じネコ科だけど、飛べるのね」

「ちょっと違う、かもしれないけど、一応」

「すごいでしょー!」

 

 

おう、そしてなぜお前が自慢げなんだ、お前なんもしてねえだろ。俺に抱きかかえられてたうえに最初の方涙目だったくせしてよく言うわ。

 

 

「そんなこと言って、どうせサーバルは抱えられてる間は涙目だったんじゃないの?」

「んにゃっ!?そ、そんなことないよ」

「ほんとー?ねぇねぇ、この子飛んでるとき怖がってたわよね」

 

 

おおう、俺に聞きますかそれ……カラカルの質問、だいぶ的を射てるな。

 

 

「……まぁ、否定はしない、です」

「と、トツカぁ!?」

「ほら、当たりじゃない。やっぱ怖かったんでしょー」

「こ、怖くなかったもん!」

 

 

……たかが一回怖がっただけでここまでいじられるものだろうか。そのセンスは一体どこから来てるんだ。

 

 

「まぁいいけど。あんたはさっさと本を集めなさい」

「うぅー、いじられた挙げ句こんなぁ……謝ったから許してよぉ」

「いぃーやぁーよ。恨むなら自分のドジを恨みなさいよねー」

「ドジじゃな……うにゃっ!」

 

 

ドシン!

 

 

「あぁほら、また転んでさ。やっぱりドジじゃない」

「んもー!くそぅ、くそぅ!」

 

 

……あっちは放って話を戻すが、やっぱ滑空は飛ぶのとは違って位置エネルギーが必要だし、そこらへんやっぱり不便って感じだな。ないよかマシだが。

 

 

「……ん、これは……」

「あら、気になる?全部この前借りてきた本なんだけど。まぁあなたは生まれたばっかだから知らないか」

「あぁいや、ある程度は知ってますよ。……深くは聞かないでほしいけれど」

「ふーん……」

 

 

にしても、図書館なんてあるのか。字の扱いとかで寄ることになるかもな、特に俺。カラカルもついさっきまでずっと読書タイムだったってことか……なんか悪いことしたな。

 

 

「別にそんな、悪いことしたみたいな顔しなくていいわよ。この程度のアクシデントはサーバルで慣れっこだし」

「はぁ。じゃあ、取り敢えずは気にしませんが」

「ええ。あとそんな畏まらなくて大丈夫よ、口癖ってんならなにも言わないけど」

「そ、そう?あそっか。んじゃまぁ普段の口調で話すが……うん。よろしくな」

「そうね、こちらこそ。私も軽い感じで話すから覚悟しといてね」

 

 

んー、しまったなぁ。やっぱり敬語で話すのはアニマルガールとしては考えすぎなんだろうか……あ、雑な敬語の癖にとか言うツッコミはなしな。ただ、ここら辺は今後の課題とするしかないな。この初対面でのラフさは、前世からの性格故、慣れにくいかもしれんが。

 

 

「あ、これこの前借りたやつの続きだ!読んでいい?」

「自分で借りて……って普段なら言ってるけど、今日は特別に、読み終わったから読んでいいわよ」

「わーい、ありがとカラカルー!それじゃ遠慮なく読ませてもらいますよーっと」

 

 

一人で考え込んでいる間に、サーバルがその辺においてあったいくつかの本のうち一冊を手に取った。「この前借りた」っていうことは、サーバルも本を読んでいたってことか?読書は動物はできないし、そう考えるとそこもアニマルガール化の恩恵だよな。

 

 

「今更だけど字、読めるんだな」

「うん、ガイドさんとかに教えてもらってね」

「日本語ならある程度って感じかしら」

 

 

サーバルも言ってたが、最初から読めたり書けたりじゃないのか。だがそうなると疑問なのはどれくらいかけて書けるようになったのか、だよな。一応元人間だし、読むのはともかく書くのはなんとかしないと。

 

 

「まぁ私たちばっかり読んでてもあれだし。あなた……トツカも、なんかテキトーに取って読んでていいわよ」

「ん、ありがとな。えーと、どれに……」

「あ、私の分取ってなかった。ごめん、私も選んでいい?」

「俺が借りたもんでもないからな。別に構わないぞ」

 

 

しっかし、読んでていいとは言われたものの、本なんざ最近は読まなかったから、何を選べばいいのやら……お、これは。

 

 

「……詩集、か。いいかもな」

「え、詩集?」

 

 

突然、隣で本を選んでいたカラカルに声をかけられる。

 

 

「あぁ、多分詩集だな、これ。なんかおかしいことでも?」

「いや、詩集は借りた覚えがなくて……あ、この前返し忘れたのかも」

 

 

返し忘れた?……あぁ、そういや図書館から借りてるんだっけ。

 

 

「そういえば、んみゃっ、この前カラカルそれ借りてたよね。返し忘れたんじゃない?」

 

 

と、今度は枝に乗っかって本を読んでいたサーバルの声。

 

 

「あーマジかー。めんどくさいわねー……たまにはサーバルが返してきてよ」

「えー、借りたのはカラカルじゃん、カラカルが返さないとダメだよ!」

「カードさえ持ってけば本人じゃなくても返せ……あ、あんたカードなくすからやっぱなしで」

「えぇ!?返さなくていいのは良かったけど、なんか負けた気分……」

「負けてんのよ」

「うぅー!」

 

 

……まぁいいや。とにかく俺はこの本を……

 

 

ズリッ

 

 

……しまった。手先が不器用すぎてページを開けん。くっそぉ、これは計算外過ぎるぞ……

 

 

「なにしてんの?」

「あぁ、えーと、まぁいろいろあって」

「……開けないのね」

「……恥ずかしながら」

 

 

口ではあれだが内心恥ずかしさでいっぱいである。そりゃあたかだか「本を開く」だけという行為にこんなに苦戦してるわけだからなぁ、恥ずかしくないわけがない。あーあ、今どんな顔してんだろ、俺。ものすごく見たくない。

 

 

「まぁ気にしなくていいわよ、私たちも最初はそんな感じだったから。んしょ、っと」

 

 

そう言うと、今度は草原の上で俺の隣に座る。

 

 

「とりあえず今は、私がページを捲ってあげるから」

「んぇ、いいのか?のそれはそれで迷惑かけてるような」

「いいのいいの。私も同じ本読んでるって考えればさ」

「あ、それなら私も混ざりたーい!えいっ」

「あっ、こらっ」

 

 

そして、サーバルも半ば乱入するような形で俺の隣に座った。

 

 

「もう、急に飛び出してきて。本は片付けときなさいよ」

「だいじょぶだいじょぶ。ちゃんとそこに、重ねてあるでしょ?」

「あら、本当だ。ならいいけど、へんに暴れないでよね。ほら、端のほう持って」

「んふふ、りょうかいりょうかーい!」

 

 

サーバルにも見えるように本を持つ位置を変えながらカラカルが言う。ここまで見た感じ、サーバルに対して結構辛辣なんだな……お陰というとあれだが、なんとなくどういうキャラだったかは思い出せてきた。

 

 

「じゃ、1ページ目、行くわよー」

「どんな内容かわくわくするね!」

「いや、詩集なんだけどな」

 

 

 

 

その後、空腹になってジャパまんを貰いに行くまで、結局読書に没頭していた俺たち3人なのであった。




ミライ「あれ、なんか私の筆記用具入れが散乱して……ってなにこのビリビリに破れた紙!?」

※12月18日 書き直し


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ガイド編
第7話 サバンナ観光のGUIDE(ススメ)


今回は前回から相当日にちが空いています。おおよそ一ヶ月後くらいなので、時系列が困惑してしまわないよう、お願いします。


あくる日の朝。太陽はこれでもかとギラついて、ようやっと辿り着いたこの建物の中にさえ強烈な日差しが当たっている。それこそ、外は煉獄と見間違うほどの相当な暑さになっている。おまけに空気がすっかり乾燥しきっていて、一度出れば喉が渇きに悲鳴をあげるほど。

 

尤も、ここ「サバンナエリア」ではこれが普通なのだ。てか、もう慣れた。

 

 

 

「……そしたらさお腹が真っ白で羽は青色な鳥がいたの!これもうガチな話だから」

「えー、それほんとー?なんか怪しい……あ、おはようございます」

「あら?あ、トツカさんか。おはよ、早いね」

「ん、おはよー」

 

 

そんなわけで、俺がこの世界に転生して数週間が経った。最初の数日こそ新たな生活に戸惑ったが、さっき言った通り今ではこの生活にも慣れてきて、うまく適応している。といっても、基本的にはサバンナエリアのどっかやここら辺の施設、アトラクションなどなどを寝床にできるようになった、という程度だが。

 

 

「なんの話してたんだ?鳥がどうこうって言ってたけど」

「そうそう、雪山エリアの温泉宿ってあるでしょ?あそこにいったら真っ白な鳥がいたんだよ!あーあ、ミライも来れば良かったのに」

「私はリザとは違って暇じゃないのー。ガイドって意外と忙しいんだから」

 

 

何より、知ってるアニマルガール、そしてスタッフさんもかなり増えた。例えば、今目の前にいるミライさんとリザさんもそうだ。が、ここの人たちは基本積極的に接してくれる。そのおかげで、こちらとしても居心地がいい。ただなんで会うたびにモフってくるのかはわからん。やめてください。

 

 

「えー、なんでれふかー?」

「単純に鬱陶しいからなんだが?」

「いいじゃーん、減るもんじゃないしさー」

「サーバルにやりゃいいのに……」

 

 

会話の通り、挨拶したばかりなのだが既にモフられている(悪魔につかまっている)。本当なんで俺なんだよ…という事でサーバルに相談したところ、同じ被害に遭っていた。ちなみに対策は「わかんないや」らしい。ちゃんとグリグリしときました。

 

 

「んで、今日はどしたの?昨日も言ったけど、猫だからって一日中ゴロゴロはマズイよ〜?」

「あのな、今回はバリーの見舞いっていう正当な理由があるから。で、あいつどこ?」

「あー、それなんだけどさ……バリーさん、今朝縄張りに戻ったんだよね」

 

 

悲しき人間の性故か、はたまた「コミュ障」という名の前世からの引き継ぎ特典故か、転生して数日はスタッフさんとすら話にくかった。だがいつの間にやら羞恥心とかは消えたようで、今ではこうして気軽に話し合っている。

 

 

「え、マジ?あいつ、右足の怪我はまだ治ってなかったはずだが」

「んー、なんでも『心強いつて(・・)』とやらに尋ねてみるそうです。一応応急処置はしておいたんですけどね」

「アニマルガールって治癒能力高いし数日経てば治ると思うわよ。気になるなら探してみてもいいんじゃないかな」

 

 

ちなみに今話題に出ている「バリー」なる人物もまた俺の知り合いで、だいぶ前、サーバルがドジやらかして木の枝に挟まってた時に助けてくれて知り合った「アニマルガール」である。んで、話の流れからわかると思うけど、昨日それほど大きくはないものの右足に怪我をしたのだった。

 

 

「わざわざ見舞いにきてくれる人がいるなんて、バリーさんも幸せ者ですよねー。それも『天使の猫』さんが来てくれるわけですし」

「……『テンシネコ』じゃなくて『ツバサネコ』の方で呼んでくれないか?なんか中二病っぽくて恥ずかしいんだが」

 

 

で、今出てきた固有名詞だが、こちらは知り合いのアニマルガールのことではない。

これは──

 

 

 

 

 

 

──何を隠そう……これこそ、この『俺』の正体ッ!

 

 

俺は『ツバサネコ』のアニマルガールだったのだッ!

 

 

 

 

 

……うん、完全に滑ったねごめんなさい。

まぁとにかく、俺は『ツバサネコ』というUAMとやらのアニマルガールだったわけだ。よりにもよって未確認生物に転生って……アニマルガールじゃなかったら相当辛いパターンだぞ。

 

それで『ツバサネコ』の特徴なんだが、まぁ俺と同じく「羽の生えた猫」である。ねこひふむりょくしょう?とかいうのが原因じゃないかって言われてるらしい。……え、それだけ?

 

そう、これだけである。このUMA、本当にただ羽が生えた猫ってただそれだけなのだ。伝説がいるわけでもなければ古来から言い伝えられたわけでもない。別に嫌というわけではないんだが、なんというかなぁ……そもそも正体がこんなお気楽に判明してしまっていいのか。もっとこう、緊迫した状態で「実は俺は○○のアニマルガールだったんだよ!」みたいな展開が欲しかった……え、そんな重要でもない?そっすねすいません。

 

あと、データベースには飽くまで「イエネコのアニマルガールの特殊系」として登録されている、らしい。確かにツバサネコはイエネコに羽が生えたUMA、なのだが……最早登録名にすら使われてないし。

 

 

「……ところで、仕事ないのか?つってももう10時頃だが」

「私は、これからガイドがありますので。さっき連絡を入れて、これから向かうところなんです」

「私は普通に休憩中。まったく、事務方ってホント暇なんだよねー。トツカさん一緒に来ない?」

「遠慮させていただきたいと」

「うぇー、けちだなぁ」

 

 

サーバル達に初めて会った時にもらって以来ずっと食べているジャバリパーク製造のピザまんを食べながら適当に返事をする。なるほど、今日はミライさんはガイドでいない、リザさんたちも仕事で暇はなし。あ、それならバリーに……いや、つて(・・)とやらに会いに行くって言ってたし、いつものとこにはいないだろう。カラカルや他の奴らのとこに行ってもいいが……いかんせん暇である。

 

 

「あ、じゃあガイドさんについていっていい?」

「うみゃみゃみゃっ!?」

 

 

ちょっ、まっ、えぇ!?サーバル!?お前今どっから出てきた!?いやさっきまでここに居たの3人だったはずじゃ……いくらなんでも神出鬼没すぎないか……?

 

 

「みゃみゃみゃなんて、意外に可愛い声出すじゃない」

「カラカルもいたのか」

「暇だったからサーバルについてきたの」

 

 

いや、本当に自由奔放だなお前ら……元が動物だし、そういう生活を送っているわけだから当たり前なんだろうけど、こればっかしは慣れないな。

 

 

「それで、ついていってもいい?」

「ついてくるって、ガイドに、ですか?うーん、大丈夫なんですかねそれ……」

「13条の第2項がグレーゾーン、って感じ。でもま、大事にならなきゃいいんじゃない?たかが国内向けツアーなんだしさ」

「たかがって、なんかあったら怒られるの私なんだけど!」

 

 

なんかジャパリパークの規則らしきものについて難しい話をしているが、掻い摘んで言えばおおよそオーケーってことなんだろう。そこらへん無知だからよくわからないけど。動物園、というよりサファリパークってどういう組織してんのかわかんないし。

 

 

「……まぁ、ついて来るだけならいいと思います。いいですよ」

「じゃ、今日のやること決まりね」

「要は邪魔にならなければいいわけだな」

「そそ。それじゃ皆さん、いってらっしゃいねー」

「わーい!行ってきます、スタッフさん!」

 

 

さてさて、と。ここには慣れてきたとは言ったが、ジャパリパークのガイド、意外とどうゆうのかわかんないんだよな。あれ、俺たちってむしろガイドさんに紹介される側じゃ……ま、いっか。

 

 

 

 

~数十分後~

 

 

 

 

「……あっちが入り口、こっちはメインストリート……で、ここが日の出港か」

 

 

俺たちがついたのは、遊園地に併設された港「日の出港」。ここはアンインチホーとキョウシュウチホーを繋いでいる「カンモン橋」と同じく、他のチホーとを繋ぐ数少ない場所であり、キョウシュウチホーの玄関口とも言われている。

 

 

「すごい、観覧車があるよ、早く乗りにいこ!」

「はしゃがないの、あんた目的忘れてないかしら?」

「ははは、元気ですね」

 

 

そんな日の出港だが、実は研究所からは少し遠い。研究所はサバンナエリアにあるのだが、日の出港へはサバンナエリアを出て一度遊園地のある林を通り抜ける必要がある。幸い俺たちはミライさん達の職員寮にいたからそれほど遠くなかったのだが。

 

 

「問題は、この後の検査に間に合うか、なんだよな」

「あ、午後1時頃から、でしたっけ?多分間に合うと思いますよ」

「でも結構距離ありそうだし、早めに抜けないと……」

 

 

向こうのスタッフ、リュウもそんなに暇そうじゃなかったしな。

検査は俺の方から頼んでやってもらっている。その関係上俺が守護けものであることも伝えていて、そっちも興味があるってことでわざわざ時間を割いてもらっていた。飽くまで個人的な研究テーマらしいから本腰を入れたりっていうのはないらしいが。

 

 

「いえ、今日はサバンナエリアをバスで横断する予定だから大丈夫だと思うんです」

「そうなのか?ってことは研究所にも?」

「研究所自体には行きませんが、お昼にその近くのお土産やさん兼休憩所へ行くので、それなら間に合うかと」

 

 

ああ、なんだ、それならよかった。

ここはアソ山から出ているサンドスターとやらによって小さいながらも気候が分かれているため、サバンナエリアや森林エリアなどに分かれてるわけだが、遊園地はサバンナエリアと雪山エリアのほうへ繋がっている。……なんか俺の知ってるキョウシュウチホーと違う。

とにかく、それで雪山エリアの方だとかなり距離が開くところだったんだが、話の通りなら時間の問題は解決、って感じだな。よしよし、後は気楽にガイドについていくだけだ。

 

 

「トツカー、一緒に行こうよー、面白そうだよ!」

「駄目よ、間に合わなくなっらどうするの」

「あ、そろそろ始まるので、向こうの方で待っててもらってもいいですか?」

「ってことだ、行くぞー」

「むぅ、トツカはわかってくれると思ったのにー!」

 

 

すまんな、だがそろそろ始まるみたいだからそっちに意識を向けないと。動物園はあまり行かなかったから、ガイドなんて予想できないな……特にここ、なんかサファリパーク的なのらしいし、いったいどうなるのやら。

 

少し待つと、船の方から何人かがやってきた。多分ここが集合場所なんだろう、ミライさんがお客さんらしき人々に集まるよう声をかけている。

だが、最近こう人の多い状況に出会わなかったから、前世で見飽きてたと思ったのに意外と新鮮味がある。サーバルはさっきから海の方ずっと見てるけど。お前泳げないだろ。

 

 

「みなさーん、それではガイドを開始します!」

 

 

ミライさんの大きな声が響いた。目をやると、一応アイコンタクトしてくれたので、こちらも親指を立てサインを返す。

 

 

「あ、始まるわよ」

「みゃっ、もう出発?」

「んなわけねぇだろ」

 

 

こういうのはまず前置きをしておいて、その上でガイドするものなんだよ。まぁ俺も「これいる?」っていつも思ってたことがあるが、そこはしょうがないってことで。

 

 

「あ、あなた今この前置きいらないって思ったでしょ」

「は!?なんでそれが」

「ふっふーん、秘密よ」

「ガイドさんなに話してるのかな?」

 

 

くっ、カラカル読心術でも持って……おっと、話が逸れたな。

よくミライさんの声を聞き取っていく。まだジャパリパークの説明を始めるところのようだ。

 

 

 

「最初に、皆さんにお聞きしたいことがあります。皆さんは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──『けもの』が、お好きですか?」

 

 




ガイドとかよくわからないので、完全に妄想です。リザさんに関してはモブキャラなのであんまり出番はないと思います。しょうがないね()

※12月7日 大幅に書き直し


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第8話 サバンナ観光のGUIDE(ススメ)

通算UAが1000件を突破いたしました!感謝です!こんな駄作ですがこれからもよろしくお願いします!


待ちに待った……いや、この表現は違うな。とにかく、ちょっと個人的に楽しみなガイドが始まった。といっても今はまだジャパリパークに関する説明中で、正確には始まっていないが。

 

 

 

「皆さんは、『けもの』が、お好きですか?」

 

 

 

それが、ミライさんの最初の一言だった。

 

そういえば「獣がお好きですか」って、たしかアプリ版でも最初の方で言ってたよな。あれどういう意味かよくわかんないでプレイしてたしストーリーも完結させずに途中でやめてたけど、なんだったんだろう。

 

 

「大好きだよー!」

「サーバルには言ってないわよ」

 

 

カラカルの言う通り、なんでお前が返事してんだ……ミライさん苦笑いしてるぞ。これは目の前の客に言ってるのであって、決して勝手について行ってる俺たちに宛てたもんじゃないし、あんまり大声出すと迷惑かけることになるからな?あとちゃんと説明聞いとけ。

 

 

「え、えーとですね、皆さんのいるここ、キョウシュウチホーは、地図にあるアソ山から噴出するサンドスターによって、おおよそ8つのエリアに分かれています」

 

「あ、ガイドさんがガイドっぽいことしてる」

「アレでも一応ガイドだからな、アレでも。普段からこれくらい常識人ならいいのに」

「一昨日『特別招待客』とやらのガイド担当になったらしくて、そのための経験積みなんだって」

 

 

あとカラカル曰くその通告を受けたあと思いっきり別の研究員さんにぶつかって、さらにその人のコーヒーが隣にいたサーバルにかかったのはなかなかに見ものだったらし……いや待て待て、猫にコーヒーはマズイだろう。俺だって飼ってた猫の前では飲まないようにしてたってのに……あ、もちろん前世の話な。

 

 

「うう、あんまり思い出したくないよ……」

「いやぁ、あの時はお腹がすごい痛かったわ、確か立ち上がろうとしてまたコーヒーで滑ったのよね」

「もー、カラカルずっと笑ってばっかりー!」

 

 

カラカル……サーバルのドジが面白いのはわかるが、なんかちょっとSっ気を帯びてきてない?てか、もしかしてもとからそういうタチだったりする?俺の方に来ないよねそれ?しばらく考えないようにしとこ。

 

 

「ジャパリパーク自体もフジ山のサンドスターによって気候が分布しているので、キョウシュウチホーはパークの縮図とも言えるでしょう」

 

 

……んまぁ、カラカルのことはさて置いて、キョウシュウチホーのエリアについて少し。

 

ミライさんも言ったが大きく分けて8つある。

 

まずは四季の見られるここ「遊園地エリア」。

俺の目覚めた「サバンナエリア」。

そして動物やアニマルガールの多い「ジャングルエリア」。

逆に動物が少なく基本地下道を通る「砂漠エリア」。

さらに湖畔やアトラクションの城がある「平原エリア」。

世話になっている図書館のある「森林エリア」。

水族館などのある「水辺エリア」。

んでもって、温泉宿がある「雪山エリア」。この順番に、時計回りにつながっている。あとは、たしかカフェとかやってた気がするアソ山を囲む高山地帯だな。

 

 

「へー、ジャパリパークっていろんな場所があったんだね」

「お前らは普段サバンナエリアからでないもんな」

 

 

一応これまだキョウシュウチホーだけだからな?ま、かくいう俺も行ったことがあるのはサバンナから森林エリアの間だけで、しかも途中のエリアに関してはバスに乗って通り過ぎただけだから本当に無知なのだが。

 

 

「私はパークの施設へ本を借りに行ったり以外だと、あまり自分の縄張りからは離れないわね」

「私も、普段は木の上で寝たり、近くの他のこと遊んだりだし、遠くにはいかないかなぁ」

 

 

縄張りって、アニマルガールでも縄張り意識ってあるんだな。自由気ままに生きてる感あるけど、そういう住処的な意識はあるのか、なんか初めて知った。

 

 

「今回行くのは、ここからおおよそ西南の方角にある『サバンナエリア』です。サバンナというだけあって、シマウマさんなど様々な動物に出会えます」

 

 

サバンナエリア、文字通りサバンナのような気候なわけだが、正直俺の体には合わないんだよな。汗あんまりかかなくなったってのもあって、厳しい暑さが結構身に染みる。

 

 

「ただしサバンナは危険な動物もいますので、森林地帯を抜け次第、待機しているジャパリバスに乗る予定になってます」

 

「ってことは私達は残念ながら乗れないわね、そこで一旦お別れかぁ。にしても、サバンナエリアはもう慣れてるからかちょっと新鮮味がないって感じ」

「いや、案外そうじゃないかもしんないよ?新しい発見に期待して、レッツゴー!」

「まだ行かないわよアホ」

 

 

とはいえサーバル、お前なかなかポジティブだな……確かにそういうのを期待してもいいが、やっぱり他のエリア、行ってみたいよなぁ……

 

 

「でも、個人的にはいろんなとこ行ってみたいのよねー。ほら、高山地帯に確かカフェとかあったじゃない、行ってみたいなぁ」

「んー……安直な受け答えかもしれんが、行けばいいんじゃないのか?ロープウェイも通ってるし問題ないだろ」

「そうなんだけどさ……でも、一人だとなんか不安って感じかしら。さすがにサーバルのようなドジはないと思うけど」

「みゃー!ドジっていうな!」

 

 

うーん、やっぱり住み慣れた地を離れるのは獣の習性故に不安なんだろうな。とはいえ俺も一人暮らし経験者だからな、わかるぞその気持ち。サーバルなら迷わず突っ込んでドジするだろうが、カラカルは結構考えてる性分だからしょうがないのか。

 

 

「それで、アニマルガールというのは……」

 

 

あ、ミライさんの説明がかなり進んでる。全然聞いてなかった……って、あれ?なんかこっちに手を振ってるような……

 

 

「……あれ、ガイドさん手招きしてない?」

「アニマルガールの説明するんじゃないのかしら」

 

 

こっちに来いってことなんだろうが、なんかあったんだろ。一応世話になっている身なわけだから、手伝うくらいなら俺たちでも……あ、いや待て。

 

 

「……(ニヤッ」

 

 

まずい。なんかよくわからんが、あの目はとにかくまずい。俺の第六感がそう告げてる。逃げないと死ぬって俺に伝えてるのがすっげえわかる。

 

 

「カラカル?」

「わかってるわ、あれは近づいてはならない、逃げるべき……」

 

 

そうだな、早いとこにげ……

 

 

 

シュンッ

 

 

 

その瞬間、俺とカラカルの横を何かが通った。

 

 

「わーい、早くいこー!」

「おいいいい!?」

 

 

あいつぅぅぅ!?よりにもよってあんなわかりやすい罠へと猛ダッシュしやがった!

 

 

「サーバル、ストップよ!ストーップ!」

「え、呼んでるんだから行かなきゃダメだよ?」

 

 

カラカルがすぐにサーバルを止めようとして叫び、俺も止めようとしたその瞬間、強烈なオーラを眼前に感じ口をつぐんだ。

 

 

「いやだってあんたそれ……」

「カラカル、もうだめだ」

「ちょ、トツカ?だめってどういうこと?」

 

 

俺は静かに指をさした。その先にはモフり魔の三角地帯へと突貫してゆくサーバルと、それを思いっきり「してやった」みたいな顔で見ているミライさんがいた。

 

 

「来たけど、どうすればいいの?」

「ちょっとまってくださいね。えーと」

 

 

おほん、と一呼吸置き。

 

 

「皆さん、この子はサーバルキャットのアニマルガールさんです。サーバルキャットは全体的にほっそりした体で、耳が大きく、なによりジャンプが高いのが特徴ですね!」

「えへへ、そんなに褒められると照れちゃうな」

 

 

なんかミライさんが普通にガイドしてる。そしてサーバルは照れてる……と思ったらめちゃくちゃどや顔してやがる。あいつあの後何が待ってるか本当にわかってないみたいだな……

 

 

「それではサーバルさん、自己紹介してくれますか?」

「まかせて!私はサーバルキャットの……」

 

 

ふいに、サーバルの口が止まる。

 

 

「あ……えっと……その…」

 

口はどもり初め、顔はみるみる赤くなっていった。

……そりゃ無理もない。あいつはこんな大勢の前で話したことなんてないだろうし、まして心の準備とかできてなかっただろうから、恥ずかしくなるのは当たり前である。お客さんも笑いこらえてるし。あとミライさんそのガッツポーズやめてあげなさい。

 

 

「ほんと、あのドジッ娘は……なんというか、アホ可愛いというか」

「お前も笑ってるぞ」

 

 

 

ま、生まれつきの性格なんだろうし、直んないんやろなって。

 

 




フジ山やエリアの呼称、建物等は二次創作設定が多いです。必ずしも全てが本家様に登場するわけではないので注意してください。

※12月9日 少し書き直し


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第9話 助の志はEUCALYPTUS(木の葉)で作る

「うぅ、羞恥心がオーバーヒートしてるよぉ……」

「安心しなさい、未来永劫語り継いであげるから」

「カラカルのいじわるぅ!」

 

 

がさり。

舗装路に落ちた枝は無意識に折られ、暖かな木漏れ日を感じながら道を進む。

 

さてさて俺たち三人衆は今、ミライさんの案内に続くお客さんのさらに後ろをついて行っている。ここは遊園地エリア周辺の森林地帯、の通行用道路。サバンナエリアまでは短い道のはずだが、周囲は森林に囲まれていてパッと見ではかなり鬱蒼としているように錯覚してしまう。とは言え、ジャングルほど繁っているわけでも山みたく起伏があるわけでもないからこれはこれで独特の雰囲気だ。

 

 

「もぉー、こんな目に遭うのはどれもこれも全部ガイドさんのせいだよ!しかもあんな盛大に遊んでおいて、いざガイドとなったら私達には無関心なんて!」

「所詮あんたとは遊びだったんでしょ。まぁまだ運命の相手がどっかに転がってるわよ頑張ってねー」

「あの人とはそんな関係じゃありませぇん!」

 

 

そういう発言するから余計にそれっぽく見えるんだよこのゆるゆるおつむが。

 

ただ、サーバルの言い分も完全に間違ってる訳じゃなくて、確かにこのガイド中……取り分け移動を開始してからはミライさんに一言も話しかけられていない。多分それが普通なんだろうけど、基本はこういう所に住んでる動物の解説、たまーに動物を見つけたらそこで止まって解説、それが終われば今度はサバンナエリアについて解説となかなか仕事熱心。おいこの人誰だ、俺の知ってるケモナーじゃないぞ。

 

 

「しっかしアニマルガールの解説とか聞いてると思うが、意外に知らないこともあるんだなぁ」

「仕方ないわよ、あんたはまだ生まれて1ヶ月だもん。寧ろトツカの慣れるスピードって早くないかしら」

「そうでもないと思うよ、トツカだって最初の頃は下着を眺めたりトイレであたふたしたりで挙動不審だったから」

「っせーな、そこら辺は生理的に違和感だらけなんだよ。しゃーないだろ」

 

 

だって中身は男のまま体だけおにゃのこなんだもん。そりゃあ歩けば股がスースーするんだから下着というか例の場所だって確認したくなる。まぁ下着がバリバリ女物だったせいで履き直すのくっそ恥ずかしかったけど。

しかしそれでも今や難なく暮らせているのは、やはり人間の精神が持つ驚異的な適応力ゆえなのか、或いはそういったコトへの関心が薄れているのか。もし後者だったならおいたん確実に男のプライド失っちゃうね。

 

 

「生理的に……って、動物の頃と今とのギャップってこと?でもトツカって縄張りとかもないし、いっつも研究所で寝てるじゃん」

「あれかしら、守護なんとかだから動物の頃ってのがないっていう」

「それもあるけど、端的に言うとサバンナの環境が俺に合ってないんだよ。この森林なら何ともないんだけど」

 

 

言いながら意識は聴覚へと集中する。普通の人間ならよく耳を澄まさないと聞こえない音でもこの体なら簡単に拾うことができるから、様々な環境音──例えば木の上を走る足音や、地面を歩く動物の草をかき分ける音だったりがよく聞こえてくる。それはつまり、この辺りは生物にとって住みやすい環境である、という訳。

 

 

「ま、ここも結構快適だからね」

「俺もここに住もっかなぁ」

「あんた野宿嫌いじゃない」

「しょうがないじゃん」

 

 

確かにそうだけどさ、それを差し引いてもなんというか……単にこう、歩いてて気持ちがいいんだよな。サバンナほど暑くないし、何よりも木漏れ日が綺麗だし気持ちいい。こればっかりはここくらいでしか見られないし。

 

 

「ただここら辺、遊園地からは離れてて本当に林だけなんだよなぁ」

「遊園地とはえらい違いよね。あなたは遊園地みたいに建物とかある方が好き?」

「んー、私は人工物に慣れてなくて。自分の寝床の方が好きですかねー」

 

 

そういうヤツもいるとは思うけど、ここまでほぼベットの上で過ごしてきた俺にすれば、やっぱ野宿はちょっと、なぁ。

 

……え、今の誰?

 

 

「あのー?」

「みゃあっ!?」

 

 

待て待て誰だお前ぇ!?突然知らない声がするとかそんな怪奇現象いらないからぁ!

 

 

「だ、大丈夫ですか?」

「いつものことだからへーきへーき」

「なーに考え事してんのよ、ちゃんと前見て歩きなさい前」

「ふぇ?あっうん、そうだな。気をつけとく」

 

 

な、なんだ、アニマルガールか……び、ビビって損した……

考え事に没頭しやすいのは悪い癖だな、と感じつつ顔をあげると、その先で少女の視線が待ち構えていて、つい目を逸らしそうになった。

優しさを醸す笑顔の上で、鼠色の柔らかな短髪を揺らす彼女。低身長ながらも肩に掛けた真白のエプロンと美しく優しい目元はまさしく『大人な雰囲気』と形容できるだろう。

 

 

「私はコアラと申します。普段はここよりも向こうの方で暮らしてますねー」

「私はサーバルキャットのサーバルだよ!」

「カラカルよ、よろしく」

「ツバサネコだ、トツカって呼んでくれ」

 

 

ふむ、コアラか……言われてみれば色もそれっぽいし、耳なんかもよく似てるな。あとエプロンがめっちゃ似合ってる。アニマルガールって美人ばっかだよな……なのにサーバルみたく中身アレなのが多いのが非常に悲しくなる。

 

 

「向こうの方がコアラの縄張りってことね。ならどうしてここに?」

「あ、これからユーカリの葉を取りに行くんですー」

 

 

ゆーかり?ユーカリってあれか、なんかの葉っぱか。植物の知識はあんまり無いけどコアラって幹にしがみついて葉っぱ食ってるイメージあるもんな。でもさすがにアニマルガールになってからもわざわざ採って食うのか?それ普通に野菜食べてもよくない?

 

 

「ユーカリってどっかで聞いたことあるわね。食べるの?」

「あぁいえ、ユーカリの葉は『パップ』を作るのに使うんですよ」

「「「ぱっぷ?」」」

「ええ」

 

 

なんでもコアラの作るパップには治癒効果的なものがあるらしく、傷ついたお客さんやアニマルガールが居たときに使ってるんだとか。つーかパップ、パップってどっかで聞いたな。なんだっけパップ。

 

 

「ねぇねぇ、パップってどんな見た目なのかな」

「葉っぱで作るんだし、お茶とかかしらね」

「お茶ではなかった気がするけどな」

「あ、せっかくだから皆さんにもお見せしましょうか?」

「「「……え?」」」

 

 

 

 

~いざパップを求め~

 

 

 

 

そんなわけで俺たちはコアラのユーカリ集めを手伝うことになったので、後で合流する旨を伝えた上で一旦ミライさん達の列から分離、木々の隙間へと侵入している。

 

 

「じゃあ『パップはユーカリの葉っぱで淹れたお茶』の方に研究所食堂のプリン一つ!」

「よかろう、なら俺は『パップはユーカリの葉を細かく刻んだもの』にドーナツを賭ける」

「じゃあどっちも違うにジャパまんイチゴ味」

「ふふっ、楽しみにしててくださいねー」

 

 

先頭を行くコアラは持ち前の緩いムード(ある程度話していて分かったが、こいつは間違いなく緩い性格のキャラだ。正直ゲームでのコアラの性格は覚えてないが)で、カラカルとサーバルはいつもの仲良しお喋りで楽し気に道を進んでいく……が、どうしても変わらないな、この景色。べた褒めしたくせにと言われるかもしれんが、流石に飽きて来た。こんなんだから前世で『センス無い』とか言われたんかなぁ……?

 

 

「にしても、こんなに近いところでも知らないアニマルガールがいたなんてちょっとびっくり。コアラはサバンナに来たことある?」

「数回なら。後は、別のエリアでお世話になるときに通るくらいかなぁ」

「パップってコアラにしか作れないの?傷をな治せるのって便利だと思うんだけど」

「残念ながら私にしか作れませんね。完全に私の専売特許です」

「うーん、ますます気になる……帰ったら詳しく調べよっかな」

「そんなこと言ってもどうせあんた忘れるじゃない」

「むぅー、調べた内容くらい覚えられるって」

「調べること自体を忘れるってことよバカ」

「おやおや、仲がよろしいんですねー」

 

 

あーも-、暇!なんか適当に話題作らないと暇に殺されてコミュ障らしさが出てきてしまうぞ……そうだ、せっかくだからさっきの話題で。

 

 

「話は変わるけどさ、コアラはこう、アニマルガールになったときに違和感とか感じなかったか?」

「あぁ、先程のあれはその事だったんですか。んー、っと……うん、ギャップとかは無いですかねー、この身体になってからは誰かとお話することは増えましたが。それでも食べ物が変わったくらいで、生活の変化はあまり」

「えーと、なら身体的な変化もあんまり無しなのか?こう、いきなり身体がでかくなった、みたいな」

「どうですかねー、大分早く慣れたので流して……あ、でも服を知ったときは驚きましたねー。これ取れるんだーって」

 

 

手を大きく振って驚くフリをするが、声のトーンのせいで驚いているようには見えない。つか、こいつの性格から考えると本当に驚いたのかすら怪しいんだけど。

 

 

「ちなみにコアラの服ってどうなってるんだそれ。エプロンはわかるんだけどその下が、短パンと」

「ノースリーブの服ですねー、後はアームカバーとか諸々。他の服は持ってないので、一旦消してから身体を洗って、また着るの繰り返しでー」

「身体を洗うってのはやっぱり遊園地の方まで行くのか。森の中だと水浴びの場所もないもんな」

「はい、昔はしなかったけど、服を服と見始めてからはどうも汚れが気になるんですよー……あ、この辺ですね。あれが目印です」

 

 

目印と言われても指を指されても正直俺らにはさっぱりなんだが、本人は気にすることなく進んでいくので言及は避けることに。

 

 

「んで、どれがユーカリなのかしら?」

「あー……ここらへんのやつはほとんどですねー」

「よーし、たくさん採るぞー!」

 

 

おうおう、元気だなお前。あんまりはしゃぐと転ぶぞー。

にしてもコアラの「ほとんど」の発言を聞くあたり、ここら辺はユーカリの群生地って感じなのか。俺はそれこそこんな森に入ることはそうそうなかったからユーカリとそれ以外の木の区別なんぞつかんが、コアラはそういうった場所は全部マークしてるのか。

 

 

「ちょっとサーバルったら、はしゃがないのっ!もぉー……ごめんコアラ、あいつの世話、見てきてもいいかな」

「大丈夫ですよー、ここら辺のユーカリは低木なのでー。採りやすくて楽なんですよねー」

 

 

ありがとね、と言い残してカラカルも向こうへとダッシュ。一か月も見ているとわかるが、こいつら、ホントに仲良しである。悲しくなんてないもん。ぐすっ。

 

 

「ま、俺はわからないからお前の近くでやらせてもらうよ。でその序でに」

「相談の続きですか。いいですよー、私でよければバシバシ来てくださいー」

「おう、ありがと」

 

 

いろいろと会話しながら、あっちの木へこっちのきへと移り変わりにユーカリの葉を集めていく。やってるうちになんか楽しくなってきたのはあれか、いちご狩りみたいな感覚なんだろうか。

 

 

「でもまぁ、今と昔の違いはそれくらいですねー。服を着てないときの身体はー、なんかわからないけどあんまり調べたくないというか……恥ずかしくて。ははは」

「言うて普通は誰だってそういう反応だからな。でも動物の時から羞恥心を感じてないやつもいるにはいるけどな。コアラも多分そうなんだよな」

「あっ、言われてみれば。脱いでる間って、見られてないか気になりますよねー。昔はなかったのに……」

「こあらぁー、これであってるー?ちょっと見てー」

「はーい、今行きまーす」

 

 

んー、やっぱし誰に聞いてもアニマルガールになった時の違和感は『獣の時との差』ばっかりで、話してる内容が俺の感覚、つまり人間の感覚とはズレてるのを意識させられちまう。服着てないと恥ずかしくなったとか、どこの知恵の実を食べたんだよ聖書か何かですかってんだ。

でも曲がりなりにも女の子の身体な訳だから、『どう扱ってる?』なんてみだりに聞けない。何をってそりゃ、あれだよあれ。お風呂の時とか、トイレの時とか……ん、トイレ?

 

トイレ……パップ……あ。

 

 

「そうだ!思い出したわ!」

「何をですかぁー?」

「パップだよパップ!」

 

 

そうだそうだ、前世の時にテレビで聞いたことあったわそういや!

 

 

「トツカさん……」

「パップってたしかあれだよな、コアラのう」

「トツカさん」

「んぁ……あぁっ!?」

 

 

嬉々として語ろうとしたところを遮るのは、悪魔の姿を体現したかのようなコアラの笑顔。先ほどまでのやさしさを駆逐し、負のオーラだけを纏ってるのに、顔だけはニコニコと満面の笑み。

 

 

「トツカさん、あれはパップって言うんですよ。それ以外の何物でもないんです」

「い……いやだから、そのパップが」

「パップです」

「つまりそれって」

「パップです」

「あの」

「パップ、です」

「はいそっすねパップっすね」

 

 

こっわ、パップこっわ……記憶の中に封印しとこ。

 

 

「二人とも何のはなし?」

「いえいえ、なんでもないんですよー」

 

 

どうやらサーバル・カラカル組は葉の区別があまりついていなかったようで、念のためと俺らが話している間に数種類を採ってコアラに聞きに来た様子。

 

 

「ところでさ、コアラはいつもユーカリを採ってる訳じゃないのね」

「はいー、欲しいって言われてから作ってます。今はバリーさんが怪我したそうなのでー、それを治すために集めてますねー」

 

 

……ん、バリー?

 

──なんでも『心強いつて(・・)』とやらに尋ねてみるそうで──

 

 

「「バリー!?」」

「ねぇコアラ、もしかしてだけど、そのバリーって『バーバリライオンのアニマルガール』だったり……しないかしら」

「…………もしかして彼女のお知り合いですか?」

「それってつまり……!」

「ええ、その通りです。いやはや、奇遇ですねー」

 

 

にしても「つて」ってコアラのことだったのか……ほぇー、なんか意外な巡り合わせ。よりにもよって、こんなところで知り合いの頼りに会えるとは、なんかすごい運命的な何かを感じる。

 

 

「そっか、バリーって今ケガしてるんだっけ。近くにいるのかしら?」

「先に作ってからお渡しする約束なので、どこにいるかはわかんないですねー」

「なら来る前に沢山採って驚かせなきゃ!カラカルも行くぞぉ―!」

「わわっ、勝手に手を引っ張らないで……」

 

 

ズドーッ

 

 

「うみゃあああ!?」

「前見て歩きなさいよぉぉぉ!?」

「元気ですねー」

「楽しそうだなお前……」

 

 

その後はサーバルが叱られたりカラカルがコアラになだめられたりしてたが、俺は取り敢えず「あんまり汚れなくてよかったね」とだけ言ってユーカリを集めることにしたのだった。




※5月1日 書き直し


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第10話 苦悩~Pap~

実はちょっと予定より遅れています。


 こけたサーバルに関しては立ち直させるとすぐにユーカリの葉を集めにダッシュしていった。そのあと見事に新芽を1つもとってこなかったのは言うまでもないだろう。あいつ、なんであんなにドジなんだろうな?

 

「ちゃんと話を聞いときなさい」

「うう、ごめんなさい」

「大丈夫ですよー、まだ時間はありますしー」

「能天気だな」

 

 いやほんと、その間延びした口調というか、おっとりした性格というか、マイペースを表すなら多分コアラが一番当てはまるんだろうな。

 

「コアラは寛容よね、見習いたいわ」

「甘えられるのが好きなだけですよー」

 

 甘えられるのが好き……確かに、ユーカリ集め中に気づいたんだけど、コアラの性格って能天気以外にもなんかあるんだよな……頼りたくなるっつーか、甘えたくなるっていうか。特に葉を採るとき一緒に手を添えてくれたときはこう母性みたいなのを感じた。こういうのを「バブみ」って言うんだろうか。

 

 

「だが、あまり甘えすぎるのもよくないぞ」

 

 

 そのとき、それまで聞こえなかった筈の声が、ガサ、ガサという足音ともに現れた。その主は──

 

「「……バリー!」」

 

 俺とサーバルは、同時にその名を呼んだ。

 

 ~ユーカリ集め終了後~

 

 その後、俺らはバリーの手助けも加わったことでより早くユーカリ集めを終わらせられた。一応けが人(獣?)に手助けしてもらってるわけだしなんか申し訳なかったが、「自分の世話は自分でできないわけにはいかないからな」って言ってめちゃ張り切ってくれた。男前すぎる。ただやっぱり足元の包帯が痛々しいな……

 

「それじゃー、私はパップを作ってきますねー」

「またあとでね」

 

 コアラはなんかパップ作りに必要なものがあるらしく、それを使いに少し離れたところへ行った。……一体何を使うつもりなんだ。知りたいわけではねぇけども。

 

「どうかしたのか?」

「あいや、別に」

「パップのことで気になってるんでしょ?」

 

 ギクッ。なんでこいつそれが……てか、気になってるわけではないんだよ。ちょっとこういろいろと放っておいたらまずいじゃん?あと「パップが気になる」って普通にアウト近い発言だからな?

 

「気になるなら見に行けばいいじゃない」

「わーい!私も行きたいな!」

「見に行けばいいとかそういう問題じゃなくてだな」

「そうだ、知らん方がいいと思うぞ」

 

 そうそう知らん方がいいに決まって……ん?

 

「あれ、バリーは知ってるの?」

「教えてもらったことはないが、図書館の本で少しな……」

 

 あ、バリーは知ってたのか。それならもっと早くに止めて欲しかったんだがな。カラカルがいるとはいえ、サーバルは一度気になりだしたら基本止まらないし。

 

「だがあれは、一応本人の作り方とは違うらしい」

「そうなの?じゃあ作り方はコアラしか知らないってことなんだね」

 

 作り方変わってるのか、ヨカッタヨカッタ。いや結局名称が同じだから良くはないんだけどもさ。実物どうりだったらどれだけ悲惨なことになってたか。

 

「知らない方がいいってどういう意味かしら」

「そのまんまの意味で受け取っとけ」

 

 マジでそのままの意味だ。

 

「えー?じゃあ今度コアラに教えてもらいに」

「やめとけっての」

「むー、トツカまでー!」

 

 お前の身を案じて言ってやってるんだよ、こちとらお前のドジ制御係と化してるんだよ。いい加減自分のアホっぷりを抑えられるようにしてくれ、じゃないと気が持たないから。

 

「皆さーん、できましたよー」

 

 そんな寸劇をしていると、林の奥の方からコアラの声が響いた。そんなに時間がかからないんだな、少し会話した程度だったし。

 

「出来たようだ、もらいにいこう」

「そうね、どんなのか気になるし」

「トツカはー?」

「俺は待っておくよ」

「えー、一緒に来ないの?パップ気になるんでしょ?」

「だからその言い方は俺が変人みたいだからやめろ!」

 

 あと思いっきり引っ張るな!爪立ってる!少しだけだが立ってるんだよ!お前初めて会った時からなんも進歩してねぇじゃねぇか!

 

 ~パップ受け取り~

 

 数分ほどして、パップを使用したのであろうサーバルたちが戻ってきた。「使用」と表現したのは、俺がその使っている現場を見なかった、というか見たくなかったからである。塗るとかならまだマシだが、最悪食べるとかだと思うと……いや、やめておこ。

 

「すごかったよー、葉っぱ集めで疲れてたのにすぐに元気になったんだ!まるで回復アイテムみたい!」

「トツカも来ればよかったのに」

「いや、俺はな……」

 

 もうその件に関しては一回離れさせてくれ、これ以上脳内にパップの三文字を置いておきたくないんだよ。それよりも、気にするべきことが俺にはあるんだ。

 

「バリー、足は大丈夫なのか?」

「あ、そういえば怪我を治すために来たのよね。治ったの?」

「ああ、もう大丈夫なはず」

 

 そう言って、俺たちの見守る中、バリーはゆっくりと右足の包帯をシュルシュルと解いてゆく。そしてその下に現れた足は……

 

「「「……おぉ」」」

 

 見事に綺麗で、傷1つ付いていなかった。パップの効力がここまでとは……思わずサーバル・カラカルとともに感嘆の声が出た。

 

「よし、これならいいな。ありがとう、コアラ」

「いえいえー、いつでも頼ってくださいねー」

 

 そしてコアラは当たり前のようにお母さんオーラを出している。でもやっぱどうやって治してんだろうな?塗るのか?まさかな。

 

「にしても結構綺麗に治ってるなー」

「ああ、コアラには、私以外にもたくさんのアニマルガールが世話になっている」

 

 へー、すっげーなコアラ。たくさんの、ってことは結構有名だったのか?少なくとも俺たちは知らなかったけど。

 

「ところで、バリーはどうして怪我を?私は噂くらいしか聞いてなかったんだけど」

「そういえば、その時カラカルはヒグマのとこにいたな」

 

 確か、ヒグマにハチミツあげに行ったんだっけ。なんか良くわかんないモンスターとやらに襲われたところを助けてもらったスタッフさんが、その時のお礼に渡しといてくれとか言ってたやつだよな。あのモンスター今研究が進んでるらしいが、どうなったのか。

 

「ああ、それはな……」

 

 ん?様子が…と思って目をやると、バリーは少しもじもじしながら目を泳がせていた。ああ、今怪我の経緯の話か。それなら無理もないな。

 というのは、実はバリーは鬣を整えている時にどうも段差につまづいてしまったらしいんだ。本人は鬣のこと結構気にしてるからしょうがないっちゃしょうがないんだけど、プライドもあるしなかなか言いづらいんだろう。

 

「それについてはまた後d」

「それはバリーがつまづいちゃったからなんだよ」

「う、うう……」

 

 ………はぁ。

 サーバル、お前なぁ……もう少しこう、フォローしてやろうとかそういう気持ちはなかったのか。ほら、現にすごい顔赤くしてるぞ。もっと相手の気持ちを気遣おうな?

 

「アンタねぇ、そういうことは公には言わないのよ!」

「うみゃー!?なんでカラカルまで頭グリグリするの〜!?」

「当然の罰だろ」

 

 自分の無礼さを身を以て知るが良いわ。

 

「サーバルの言う通りだ……」

「だ、大丈夫でしたか?」

 

 多分大丈夫ではないぞ、主に精神的な面で。だって、普段すごいキリッとしてて頼りになるし、暇してる俺たちを稽古に引っ張り出すほど強かったから、こういうのは相当恥ずかしいんだと思う。

 

「ああ、今はな。だが己の不注意さを良く知ったと思う」

「でも痛かったでしょう?今は甘えていいですからねー」

「あ、ああ……」

 

 ……あ、恥ずかしがってると思ったけどすでにコアラの謎オーラに包まれてるわ。問題なさそうだな。

 

「ところで」

 

 と、突然バリーが話題を変えた。

 

「お前たちはどうしてここに?」

「ユーカリ集めのためだよ。ね、トツカ?」

「間違ってはないな」

「何言ってんのよ、ミライさんたちについて来てここまで……あ」

 

 はは、冗談だよ冗談。サーバルが「どうしてここに」の意味を履き違えてることくらいはわかってるって……ん?

 

「カラカル、顔が青いよ?」

「おいカラカル、どうかしたのか?」

 

 急に黙りこけて、どうしたんだろうか、なんか考え事でもしてるみたいな顔だけど。

 

「パップいりますかー?」

「いや、そういう意味ではないと思うぞ」

 

 なんかバリーとコアラが寸劇してるけど、それは置いといて。

 そんな風に俺たちがあれこれ話していると、数十秒後、カラカルは恐る恐る口を開いた。

 

「……ミライさんたち、どこかしら」

「「……あ」」

 

 

 あ゙っ 。

 




ヒグマは推しキャラなので無理矢理登場させていただきました。


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第11話 サバンナ~Flower~

トツカにパンツの色を聞いたら「……病院、行く?」と言われました。解せぬ。


 林の中、5人分の足音が響く。その足音たちは、サンドスターによって引かれている気候の境界線へと近づいていき、超えたところで止まった。

 

「……よし。サバンナエリアに出たぞ」

 

 先頭のバリーが振り返る。

 

「また助けてもらっちゃったわ、ごめんね」

「いいんだ、ともに助け合うのも必要なことだしな」

「また寄ってくださいねー」

 

 俺たち一行は今、ミライさんたちを探して、ようやく遊園地エリア(はぐれ場所)を出たのだった。

 

 ~数分後~

 

 その後コアラは自分の縄張りへ、バリーは鍛錬のためにどっかいってしまったため、俺たちはミライさんを探して広大なサバンナを歩いている。といっても、ただ闇雲に歩いているわけではない。出発前に「サバンナエリアのお土産やさん兼休憩所に寄る」と言っていたから、サーバルたちの記憶や他のアニマルガールの証言を頼りに進んでいる。

 

「まさか迷子になるなんてな」

「でも探検してるみたいで楽しいよ?」

「お前のそのポジティブさを見習いたいよ」

 

 なんでこんな状況でこんなゆっくりしてんだ、こいつ。焦ろとまではいかないが、流石にここまでのんびりしてると申し訳ないというか、だって絶対ミライさん心配してるぞ。あとサーバル、「見習いたい」は褒め言葉でいったわけじゃねぇからそのドヤ顔をやめろ。

 

「逆にあんたこそ落ち着きがなさすぎなんじゃない?サーバルははしゃぎすぎだけど」

「そんなに焦ってるつもりはないんだがな……」

「私には大分焦ってるように見えるわ」

「そうか?」

 

 うーん、やっぱアニマルガールにしては考えすぎなのかな。カラカルもなんか気楽そうにしてるし、ゆっくりしとけばいいんだろうか。

 

「でも早く追いつかないと、ってのは確かね。記憶が正しければ、このままだったと思うんだけど」

 

 なんか曖昧な返事だな……ここでさらに道を間違えるともっとめんどくさいことになるだろうし、最悪入れ違いも視野に入れて行動する羽目になるかもしれん。

 

「ねえねえ、それよりも……あ」

「ん、どした?」

「いや、あそこ」

 

 そう言ってサーバルは指を向けた。その先をじっと注視してみる。あれは……結構遠くだが、なんか見覚えがある人影だった。くそ、遠くてよくわからん。

 

「誰かいるな」

「うん!ちょっと道を聞いてこようよ」

「そうね、サーバルのナビはあてにならないし」

「それどういうことー!」

 

 何も間違っちゃいないし、事実だ事実。それに「聞いてこよう」って言い出したってことは、お前無意識のうちに自分でも案内能力低いって認めてることになるからな。

 

「ま、サーバルよりはあてになるだろうし、聞いてこようか」

「サーバルよりはって言うなー!」

 

 事実だ事実。

 

 取り敢えずさっきの人影に向かって歩を進めていく。近づくにつれ、大体の容姿はわかってくる、というか見た目さえわかれば俺の知り合いの中なら大体誰か判別できるし。

 んで、あの白の前髪と黒の後ろ髪を持つ、服も同じように白黒のアニマルガールといえば。そう、シm……じゃなくて、アードウルフだ。

 

「よく見えないなあ、誰?」

「どう見てもアードウルフだろ」

「一瞬だけシマウマだと思ったくせに」

 

 うぐっ……マジで厄介なんだが。弱みを握ったかのようにどんどん心を読んできやがるの勘弁してほしい。

 というわけで、早速アードウルフの元へ。どうやら、本人は何か作るのに夢中でこちらに気づいていないようだ。

 

「アードウルフ!」

「きゃっ!?さ、サーバルちゃん!?」

「久しぶりね、アードウルフ」

「みんなまで、確か遊園地に行ったはずじゃ……」

 

 うん、そうなんだよ。そのあと普通にサバンナ回りの予定だったんだよ。ただ現状その予定からは大きく外れてんだけどな。サーバルに驚かされてこちらを見たアードウルフに、今までの経緯を話しておく。

 

「……ってことなのよ。アードウルフはその方向とか、わかったりしない?」

「うーん、私は普段そっちは行かないから……力になれなくてごめんね」

「ううん、そんなことないよ!」

 

 ちなみに、アードウルフが驚いた時にチラッと見えたのは、分厚い本とそのページに乗っていた花だった。綺麗な花だったが、押し花でも作ってたのだろうか。

 

「アードウルフはさっきまで何を?」

「私も気になる、何してたの?お昼寝かな」

「あ、えっと」

 

 いや、別に無理に答えなくても構わないが……と思っていたら、どうやら決心がついたらしく、ガサゴソと何か取り出した。

 

「その、サーバルちゃんとカラカルちゃん、トツカちゃんに、これを作ってたんだ」

 

 その手に握られていたのは、先ほど見えた分厚い本と、やはり同じくその本に乗った花。おお、改めて見るとなかなかに綺麗だな。

 

「すごいわ、押し花?」

「うん、この間教えてもらって。どう、かな?」

 

 スタッフさんに教えてもらったのか。結構うまくできてるし、形も見事に保たれてる。こんなに綺麗に残すのはさすがに難しいんだろうな、俺は押し花なんぞしたことないし知らんけど。

 サーバルもその美しさに魅入られたらしく、早速そのうちの1つを剥ぎ取ろうとしたところをカラカルと俺ですぐに止めてそっと手に持たせてやると、目をキラキラさせた。

 

「すっごーい!とっても綺麗だよ!」

「ああ、綺麗だ。練習したのか?」

「うん、みんなに喜んでもらいたくて。えへへ」

 

 俺も(自分の手先の不器用さでは取れないので)アードウルフにとってもらった。

 細かく見るとよりわかるんだが、やっぱり練習してるんだなぁ。友達のためにここまでできるっていうのは、普通に尊敬だ。あと、単純に嬉しい。

 

「今度教えてもらっていいかしら、楽しそうだし」

「うん、いいよ!い、いつならこれる?」

 

 あ、なんか女子会みたいな会話が進んでるわ。高次元すぎて入れそうにねぇ……

 ところで、この押し花意外と数がある。多分自分の数を含めてるんだろうな、いち、に、さん……あれ、5つ?

 

「トツカ、どうかしたの?」

「いや、押し花の数が」

 

 俺たち全員で4人だから4つだと思ったんだが、他にも誰かいるのか?いや、でもさっき俺たち3人にっ言ってたような……

 

「ほんとだ、私たちとあと1人分だね」

「きっと、誰かに届けるんだろ」

 

 誰なのか気にはなるが、まぁいいや。せっかくこんな綺麗なもんもらったんだ、届けるくらいなら手伝えるだろう。アードウルフの方へ行き、その旨を伝える。

 

「なぁアードウルフ、この押し花、もしあげる相手がいるなら届けてくるぞ」

「え、いいの?」

「うん、こんな素敵なプレゼントも貰ったし、お返ししないとね」

 

 今回ばっかりはサーバルの言う通りだ。その思いは、俺たち2人とも確かだしな。

 

「2人とも、ありがとう!」

「それなら、私はアードウルフに押し花のこと聞いておこうかしら」

「その間にチャチャっと行ってきちゃうね」

「そんなに時間も取れないしな」

 

 あんまり時間かけすぎると、またパップの時の二の舞となるからな。今度からは腕時計でも持ち歩こうか。

 

「えーっと、それはこの前助けてもらったお礼に、ヒグマさんにあげようと思ってたんだ。多分向こうの方にまっすぐ行けば、見えてくるはず」

「よし、向こうの方だな」

「行ってくるねー」

「2人とも気をつけなさいよー」

 

 気をつけなさいとか、母ちゃんかお前は。そんな思いを抱いたらカラカルにバレるのは目に見えていたから、すぐに方向を確認し、押し花をそっと持って出発する。

 

「ヒグマに会うのは結構久しぶりだねー」

「そうなのか?この前普通に歩いてたけど」

「歩いてたってことは、散歩でもしてたのかな」

「武器を出してたし、ある意味パトロールの方が正しいかもな」

 

受取人の話題を話しつつ、俺たちは草原の中へ足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 




サ「えー、いいじゃんパンツの柄くらい」
ト「よくないから拒否してるんだよ、頭使え」
ア「トツカちゃんも嫌がってるし、あんまり追求しなくとも」
カ「あ、トツカのパンツは白よ」
ト「はぁ!?なんでそれ知ってんだ!」

アードウルフちゃんは推しキャラなので登場させました。


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第12話 敵~Threat~

 数分後。ヒグマに押し花を届けに行く道中で、俺たちは立ち止まっていた。

 

「押し花は潰れてないよな……よし。この持ち方なら大丈夫なはず」

「ふぅ、良かった〜」

 

 実は途中でサーバルの持っていた押し花が潰れかけるという事態が発生し、すんでのところで回避できたのだが、持ち方を変えなければいけなくなったのである。

 

「無事に行けたらいいが」

「トツカが持ったらいいんじゃないの?」

「それが出来たらもうやってる」

 

 でも問題として俺はこの体だと手先が絶望的に不器用なんだよなぁ……だからまだマシなサーバルにもたせているわけだが、押し花の持ち方なんて知るわけがないから、こうなってしまっている。

 

「さっさとヒグマに会えれば済む話なんだがな」

 

 ただ最近の様子だと、まるでいろんなところを歩き回って警備してるみたいだし、アードウルフが見かけた場所にまだ止まってるって可能性は低い。やはりこの前のモンスターとやらが原因なのかね。

 

「突然パッと現れたりしないかなぁ」

「ありえないだろ」

「誰に現れてほしいんだい?」

 

 はぁ?そりゃヒグマに決まってんだろ。このまま歩いてたら神経すり減らしすぎて大変なことになりそうだし、何よりも楽なんだが、まずそんなことはありえ……

 

「ヒグマ!」

「みゃっ!?ひ、ヒグマ!?」

 

 振り返ってみた先には、大きな熊の手の形をしたまさに「熊手」を持つ少女がいた。

 

「そうだよー。何か用かな?」

 

 ……うん。用はあるよ。あるけどさ。

 

「なんでお前ら脅かすような登場しかできないの?」

 

 ~説明中~

 

「へぇー、それでアードウルフが私にこの押し花を、と」

「そう!綺麗でしょ?私も教えてもらおっかな」

 

 取り敢えずここまでの経緯は簡単に言っておいた。それとなんでお前はまた自分のことじゃないのに自慢げなんだ。

 

「うん、とっても綺麗。大切にするよ」

「礼は今度アードウルフにあった時に言ってやってくれ。俺たちは何もしてないからな」

 

 本当に、あいつの頑張りっぷりったら感服するばかりだからな。押し花だって、すぐに作れるわけではなさそうだし。

 ところで、とサーバルが話題を変える。

 

「ヒグマはまた武器を出してるけど、何かあったの?」

 

 一部のアニマルガールは、体に力を込めることによって、ちょうど今ヒグマが持っている熊手のように武器を出すことができる。

 

「ちょっとね。君たちも出しておいたほうがいいよ」

「私たちはヘーキだよ!爪があるもんね」

 

 もちろん俺たちのようにもともと爪があったりすると武器はいらないんだが、どちらにせよ普段から出しておくものではない。だが「出しておいたほうがいい」、それに武器を出して歩いている、ということは。

 

「何か危険な奴がうろついてるってことか」

「うん、そんなところ。私はサイキョーだし、数も少ないらしいから大丈夫だけど、戦い慣れてない子が襲われた時のために一応」

 

 そのサイキョー自称、まだやってたのな。それはともかく、この平和なジャパリパークに危険な何か、か。思い当たる節といえば1つ、スタッフさんが襲われたあれくらいだが、何か関連性があるかもしれねえな。

 

「とにかく、君たちも気をつけ──」

 

 

 

「「きゃああああ!!」」

 

 

 

 その時、よく聞きなれた2人の悲鳴がサバンナに響いた。この声は……

 

「アードウルフとカラカルだよ!」

「もしかしたら例のモンスターかも、行こう!」

「おう、急ぐぞ!」

 

 くっそ、噂をすれば影のように現れやがって、しかもよりにもよって今離れたばっかのアードウルフとカラカルの場所かよ!カラカルはともかく、アードウルフはまだ戦い慣れていないはず。

 

「なんとか堪えてくれ……!」

 

             の  の  の  の  の  の  の

 

 ダッダッダッ

 

「2人とも!」

「大丈夫か!?」

「あんたたち、それにヒグマまで!」

 

 向かった先では、カラカルたちの周りを何か、これまで見たことのない……だが俺には見覚えのある、虹色をした、様々な形状の「何か」たちが取り囲んでいた。

 あれは──

 

「セルリアンだ!」

 

 そう、アプリゲーム「けものフレンズ」における俺たちアニマルガールの敵キャラ(ENEMY)、「セルリアン」。

 

「せるりあん?あのカラカルたちの周りにいるよくわかんないでっかいのの事?じゃああれ未確認生物!?」

「そうだろうが、喜べるような奴らではねえぞ。早く2人を助けないとマズイ」

 

 く、何かいい方法は……そうだ、こっちには実力のある「サイキョー」がいる!

 

「ヒグマ、あいつらに攻撃はできるか?」

「一度戦った相手だからね、任せて」

「よし、サーバルはアードウルフを頼む、俺はカラカルを助ける」

「オッケー、行くよー!」

 

 作戦会議を手短に終え、俺はセルリアンの包囲網の穴へとサーバルとともに向かう。

 

「『最強クマクマスタンプ』!」

 

 それと同時に、ヒグマがその中の数体に向かって自慢の熊手を振り下ろす。それによってセルリアンどもの注意がヒグマの方へ向き、先ほど向かった穴はより大きくなった。これで脱出経路には十分なはず!

 

「こっちだよ、早く出ちゃおう、摑まって!」

「あ、ありがとう!」

「待たせたな」

「来るのが遅いのよ!」

 

 いいだろ、助けてやってるんだから。そんな短い掛け合いをしつつ、サーバルは自慢の脚力を利用したジャンプ、俺は羽を利用した長距離跳躍で持ってその場を脱した。

 

「みんな大丈夫か?」

「こっちはちゃんと逃げられたよ!」

「よし、急いで逃げ……」

「いたっ」

 

 突然カラカルが短く声を出した。よく見てみると……これは。

 

「擦り傷か」

 

 膝に擦りむいたような跡があった。さっき襲われる時に着いたのか?いや、そんなことは後回しだ。

 

「カラカル、大丈夫?歩ける?」

「サーバル……ん、ちょっと厳しいかも。私もコアラの世話になりそう」

「なに冗談言ってんだ、ほら、肩貸してやるから」

 

 俺とサーバルで肩を貸し、なんとか立たせるが……このままだとちと遅いかもしれないな、もしも飛べたら早いと思うんだけども。うーん、こういう時に限って役に立たない、この羽……

 

「ヒグマ、このまま俺たちを護衛できるか?」

「く……サイキョーの私でも、この数で君達を守りながらはキツイね、っと、えいっ!」

 

パッカーン!

 

 流れるように倒すが、セルリアンの進行は止まることを知らないかのように続く。

 

「あわわ、まだ来ます!ヒグマさん、ど、どうしましょう!」

 

 ヒグマも押されてきてる。現状戦える俺たち3人も加勢して、なんとかいけるか?でもそのうちにカラカルが襲われたらどうすれば……

 

「トツカ、危ない!」

 

 カラカルの声が俺の耳に入った。何が起こったのか瞬時には理解できず、顔を上げた時。

 

「──!」

 

 目の前に、セルリアンがいた。あ、これあれか。また「考えすぎて前が見えなくなるあれ」か……って悠長に考えてる場合じゃねえ!

 急いで攻撃地点から逃げ、なんとか攻撃を躱そうとする。

 

 ドシンッ!

 

「うおっ」

 

 思ったよりもこいつでけぇ!大きさを見誤ってたか、ちょっと今のは危なかったな。次はうまく避けられるようにしねぇと。

 

「さすがに俺までコアラの世話になるわけにはな」

 

 本人に申し訳ないっていうのと、パップの2つの意味でだが。

 

 

「でも、たまには頼ってくださいねー?」

 

 

 そんな時、間延びしたような、まるで危機を感じさせない声が聞こえた。

 

 

「私は最強の獅子、バーバリライオン!1つ手合わせ願おう!」

 

 

 続いて、力強く一礼をする声も。

 あいつらは──

 

「コアラ、それにバリー!」

「少し気になってついてきたんだが、どうやら功を奏したようだ」

「カラカルさん、だいじょーぶですかー?」

「やけに危機感のない声ね……」

 

 そう言ってコアラはアードウルフとともにセルリアンから距離を取りカラカルの治療を始めた。

 よかった、俺はまだ戦えるかどうかわからないが、バリーが加わってくれりゃあ多分こいつら全員ぶっ倒せる!

 

「じゃあ早速手伝ってくれるかな?もちろん、トツカたちも」

「ああ、承知した」

「よーし、やっちゃうよー!」

 

 さぁ、さっそく戦闘開始だ!

 

 




ヒグマさんは名前だけって言ったら最強クマクマスタンプされたので本格的に登場させていただきました。


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第13話 戦闘~Cell Alien~

初の戦闘描写です。普段より文章が下手になってますがご了承ください。


 戦闘開始とは言ったが、さすがにそのまま単身突撃していくほどバカじゃない。何より敵の数が多いから、戦術を考えるのは重要だ。

 

「とりあえずは二手に別れようか。バリーは私ときてくれる?」

「任された、トツカたちも頼むぞ」

「任せて!」

 

 だが、別れるにしても俺達は戦闘に慣れていない。戦力は均等に分担したほうがいいと思うんだが、何か作戦があるのだろうか。

 

「それで、別れたらどうする?私たちはともかく、トツカとサーバルの組み合わせは少し心配だ」

「俺も同じく。だが、裏を返せば作戦があるってことだろ?」

 

 取り敢えず、確信に近い言い方で思ったことを言う。まぁあるとおm

 

「適当に分けただけだよ?」

 

 ……そのいつぞやのサーバルみたいな反応やめろや。

 

 ~作戦立案中~

 

 俺とサーバルは、セルリアン共の前に堂々と出た。もちろん、それまでカラカル達を探していたことも忘れ、俺達の方を向く。

 

「うっはー、それにしてもすごい数だな」

 

 さっきまで気づかなかったが、小さいやつだけでも軽く7体。多すぎないか……?

 

「うう……」

「ま、さっさと行って、さっさと倒しちまうか……って、どうしたサーバル?」

「その……」

 

 なんだよ、もどかしい。ヒグマたち待たせてんだから、早く行かねえと面倒くさいぞ。それともなんか言いたいことでもあんのか?怖気づいたのか?

 

「えーっと……セルリアンたちに見つめられすぎて、自己紹介の時のこと思い出しちゃってさ、恥ずかしさが」

 

 ………

 

「はぁー……」

「そんな呆れることないでしょー!」

 

 この重要な時に、そんなことでいちいち止めないでくれ。今は寸劇やってる暇はねえんだよ。

 

「んじゃ俺が先行くから、ちゃんとついてこいよ?」

「え?先に行くって、あ、待って」

 

 誰が待つか。

 

 シュンッ

 

 その瞬間、俺はサーバルの横を思いっきり横切り、そのまま思いっきりジャンプする。

 俺のジャンプ力はサーバル程ではないが、少なくとも今目の前にいるセルリアンを超えて滑空していけるくらいには跳べる。

 

「──っと、オラッ!」

 

 こちらの三次元的挙動についていけないセルリアンの一体に、滑空の勢いをつけ思いっきり殴り(を意識していたつもりだったが手の形が無意識にネコパンチっぽくなっていた)を入れてやる。

 続いて他の奴らにも。

 

「オラオラオラにゃにゃにゃにゃにゃー!」

 

 パッカーン!

 

 ある程度攻撃して通り過ぎると、音を立ててセルリアンは破裂。あれだけ力を込めてやっても倒せたのは一体だけだったが、この攻撃の真髄は「注意をひく」ことにあるからな。

 

「うー、それなら私も!」

 

 それに連続して、後ろから右手を光らせたサーバルがセルリアンに向かっていく。完全に俺を見ているセルリアンの背後へとサーバルは近づき、思いっきり右手を打ちおろす。

 

「『烈風のサバンナクロー』!」

 

 右手をセルリアンにクリーンヒットさせつつ、サーバルはジャンプしながらこちらまで来る。それを確認した俺は、作戦通りサーバルと逃げに徹する。

 

 そう、いわゆる「囮作戦」だ!

 

「今だ、走れ!」

「わわ、たくさん来てるよ!」

 

 直線距離ならセルリアンには負けることはないから、うまくおびき出せればこのまま分離できそうだ。

 大きいのは小さいのと比べてだいぶノロいから、それほど速く走らなくても十分に引き離せるとは思う。

 

「……トツカ、大体離れてきたよ!」

 

 サーバルから報告を受け、待機していたバリーとヒグマに手を振って合図。

 それを受けた2人はすぐに大きいセルリアンに追いついて、強力な一撃を喰らわせる。

 

「行くよバリー!『最強クマクマスタンプ』!」

「日頃の訓練の成果を見せてやる!『一撃崩壊の拳』!」

 

 パッカーン!

 

 俺たちが倒したヤツとは比べ物にならないほど大きいセルリアンを何体も倒していく。さすが2人とも戦闘に慣れてるだけあってなかなかに強い。

 

「あっちは問題なさそうだな」

 

 あの様子なら全部倒せるだろう。となると、問題は今こっちを追いかけている小さいセルリアンだ。あの2人は今相手している分で手一杯だろうし、俺たちで倒すっきゃないようだ。

 

「サーバル、この小さいのは俺たちでなんとかするぞ。いけるな?」

「もっちろん、コテンパンにしてやるんだから!」

 

 走るのをやめ、同時に背後へ振り返る。作戦のおかげで数は減っているが、やっぱ小型は大型より多いよなぁ。めんど。

 まぁそうも言ってられないので、突進してくるところを思いっきり手を振り上げて攻撃。

 

「おうらっ!」

「みゃーっ!」

 

 ベシッ!

 

「─────!」

 

 く、流石に一撃じゃやられないか!

 

「にゃにゃにゃにゃにゃー!」

 

 パッカーン!

 

 よし、ようやく一体!それにしてもかたいな、ゲームでもこんな強かったかこいつら?いや単に俺のレベルが低いってのもあるかもしれんが、だいぶ骨が折れる。

 

「みゃんみゃんみゃん、みんみー!」

 

 パッカーン!

 

 サーバルもあまり効率よく倒せてる訳じゃなさそうだ。もとの動物が肉食獣だし問題ないと思ったが、経験のなさが響いてるな。こんなことならバリーの特訓もっと真面目に受けとくべきだった。んなつもりないけど。

 

「にゃっ、にゃっ……サーバル、そっち行ったぞ!」

「りょうかーい、『烈風の』……」

 

 サーバルが迫る敵に当てようとした右手の光は、そのまま直撃した。光らずに(・・・・)

 

「いっっっっったーい!」

 

「みゃああああ!」と転がるサーバルの前でセルリアンをはたき落としつつ、俺は呆れていた。いやだって、何してんだお前!?なんでそこで素手、しかもよりにもよって硬いところに当てたんだ……運悪すぎだろお前。

 

「おい、どうしたんだ?さっきまで必殺技的なの使いまくってたじゃねえか」

「サンドスター切れかも、ははは……」

「はははっておまえ、よりにもよってここで」

 

 会話しつつ、後ろから気配を感じて瞬時にその場を離れる。

 

 ドシーン!

 

 く、このままじゃ持たないかもしれないな。俺達の通常攻撃じゃ何体倒しても次がすぐに来るから、その分体力が消耗されちまう。

 

「そうだ!トツカはなんかこう、技みたいなのあるでしょ!?」

「だあ!?ねぇよんな……」

 

 いや、ちょっと待て。これまでめちゃくちゃ気楽に過ごしてて忘れかけてたけど、俺って曲がりなりにも「守護けもの」なんだよな?

 確か守護けものはこう、普通のアニマルガールよりも強かったはず、なんかこう、そういうデータは……

 

『……であり、自らを構成するけものプラズムを自在に変化させる事が可能……』

 

 そうだ、「けものプラズム」!あれは確かアニマルガールの体を構成するなんちゃらかんちゃらで、とにかく体の形を変えて強力なこう、すごいことができるやつだった気がする。

 

「トツカ、早くしてー!」

 

 あ、すまん。声がしたと思ったら、サーバルがいつの間にかセルリアンに追っかけられていた。俺からのマークが外れてたようだ。

 

「あー、もう少しでなんかできそうだからもうちょっとよろしく」

「そんな〜!?」

 

 目を閉じてイメージする。イメージっつっても曖昧すぎてよくわかんないが、とにかく奴らを倒せるもの、倒せるもの……

 

「と、トツカ?それ……」

「なんだよ、少し話しかけないでくれ」

「え、いや、話を聞いてってうわ、なんか増えてるぅ!?」

 

 うるさいな、こっちは集中してるんじゃ。てか、セルリアンに追っかけられながら話しかけてくるって地味にすごいなお前。

 

「その翼、はっ、どこからだしたの!?」

「翼?それなら前から」

「違うよ、よいしょ、背中の方!」

 

 背中の方?なにを……

 

 ズシッ

 

 うおっ重!?なんか急に背中の重さが増したんだが、ってかこの今背中にくっついてるやつは──

 

「……翼?」

 

 



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第14話 目的地~Detour~

 ドシッとした重量感を感じ背中を見る。

 そこにあったのは、何の鳥のものはわからないものの確かに「翼」と言える、かなりの大きさの物体。

 

「……マジか」

「トツカ!大丈夫かい!」

 

 声がしたと同時に、サーバルを追っかけるセルリアンの数が減る。先程大型セルリアンを相手していた、ヒグマとバリーのペアだ。

 

「あっちは?」

「片付いたよ。あと君ってそんな翼ついてたっけ」

「それに関しては話はあとだ。サーバルを何とかするぞ」

「そうだよ、早くしてー!」

 

 このまま見てるのも面白そうだが……っと、危うく脳がカラカルに汚染されるところだった。

 

「とにかく、俺に任せろっ!」

 

 思いっきり背中の翼をはためかせ、空へと飛翔する。そしてセルリアンの群れへと飛び込み、

 

「うにゃにゃにゃにゃー!」

 

 パッカーン!

 

 勢いをつけた俺の殴り(と言う名のネコパンチ)、そしてヒグマ達の攻撃によって、セルリアンは全滅した。

 

「は〜、助かったよ〜」

 

 ヘナヘナと座り込むサーバルの元へ翼をしまいながら向かう。この翼意外と操作性いいな。

 

「すごいな、今度手合わせしないか?」

「私も戦いくなってきたね」

「丁重にお断りさせていただきます」

 

 さすがにあんたらに勝てる気はしないからやめてください。

 

「ねえ、あれなんて技にするの?」

「技名とか別に良いだろ」

 

 それとお前はネーミングセンスないから変につけてほしくないってのもあるからな。

 

「じゃあ『にゃんにゃんネコパンチ』とかは?」

 

 ほーらやっぱりクッソダサいじゃねぇか!

 

「だいたい『にゃんにゃん』って何から取ったんだよ」

「ん?トツカは攻撃する時そう言ってたぞ」

 

 えぇ……にゃんにゃんって、本格的に猫と化してんじゃねえか、逆に呆れてきたんだけど。

 

「そうだ。君たち遊園地に行ったって聞いてたけど、戻ってきたのかい?」

「あ、それはな──」

 

 完全に忘れていたことを伝えようとしたとき、車両のエンジン音と聞き慣れた泣き声が近づいてきた。

 

「みなざぁぁぁぁぁん!!!たいじょうぶでずがぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ……うん、本当にゴメンよ。後で好きなだけモフっていいから。サーバルを。

 

 ~数分後~

 

 紆余曲折を経て、ようやく目的地のサバンナエリア中央部に到着した。一応、途中のどったんばったん大騒ぎはあったが時間通りではある。

 俺はこれからリュウと予定があるから、昼飯のピザまんを食いつつサーバル、ミライさん、カラカルと歩いている。

 

「カラカル、足はもう良いのか?そんなひどい怪我でもなかったとは思うが」

「ええ、大丈夫よ。流石にアイツラに囲まれたときは焦ったけど、コアラのおかげでなんとかなった」

 

 そうか、それなら良かった。怪我に気づいたときは本当にどうしようかと思ったけど、心配いらないようだ。

 

「それと、あんたにも世話になったわ。助けてくれてありがと」

「俺は何もしてねぇよ」

 

 平静を装っていつものように返したが、内心ちょっと照れていた。

 なんたって普段こういうこと言わないやつだからなぁ、急に言われるとなんかどう返したらいいのかわからん……

 

「あら、照れてるなんて珍しい」

「なっ!?別にそんな……ハッ、読心術!」

「読心術って……あんたは私の事読心術使いかなんかとでも思ってんの?」

 

 実際読心術使いまくってんじゃん、俺はこのごろそれが悩みになってんだよ!

 そんな会話をしながら歩いていくと、研究所が見えて来て、中から一人の研究員が出迎えた。

 

「やあ、待っていたよ。僕も今昼食を終えたところなんだ、時間(・・)通りだね」

予定(・・)通りではないけどね」

 

 頭の上に「?」を浮かべているリュウに苦笑いを返す。あんまり深くは詮索しないでくれ、俺にもわからないから。

 だが、サーバルを現在進行形でモフるミライさんは口を開いた。

 

「ほんとにどこ行ってたんですか!サバンナ移動中すごい心配してたんですよ!?」

「まぁ落ち着いて」

「しかもセルリアンの目撃情報で駆けつけたらちょうどそこに居合わせて、カラカルさんに至っては怪我まで!」

 

 だからゴメンて。サーバルのことモフらせてんだからいいだろ?

 

「ガイドさん!ちょ、ちょっと離して!体の至るところの毛を触り尽くしたからもういいでしょ!?」

「いいえ、私の心配に比べればまだまだ足りません!」

 

 ……俺じゃなくてサーバルを生贄にだしといてよかった。あれ絶対生きて帰れないやつだわ。

 

「カラカル助けてー!」

「もうちょっとこのまま見てるのも面白そうだし、我慢してねサーバル」

「そんな〜!?」

 

 カラカルもS状態だし……あ、ミライさんこっち見た。完全に獲物を狙う狩人の目になっていらっしゃる。今日は研究所に泊まろっと。

 

「は、はぁ……だいぶ色々あったんだね」

「自分でも信じられないくらいにな」

 

 もとは遊園地エリアではぐれただけのはずなんだが、どうしてこんなことになったのか。パップには悩まされるわ、セルリアンには襲われるわ。

 

「あ、完全に忘れてた。ミライさん、セルリアンに関する報告書、あとで提出していいただけますか?」

「了解です!たっぷりモフってから作成します!」

「モフってからってどういうことー!?」

「ガイドさん、ちょっと羨ましいかも……」

 

 そう言って3人はガイドの続きへと戻っていった。サーバル、強く生きるんだぞ。

 そうだ、どうせ検査するなら今日の翼のことでも聞いとくか。

 

「リュウ、確か守護けものは体の姿を変えられるんだよな」

「そういう目撃例もあるね。ただ守護けものに出会うことはなかなかないから、あまり調査は進んでいないんだ」

 

 守護けものってそうそう人前には出ないのな。あれ、俺はめちゃくちゃ人前に出るけどいいのか?

 

「君も体が100%けものプラズムだけど、まだできないんだろう?」

「ちょうど今日姿を変えられたんだけど」

「えっ」

「えっ」

 

 大胆に告白。からの沈黙。いや、事実である以上「冗談だよ」とかで返せないんだよ。気まずすぎるのでなんとかして……

 

 カタッ

 

 沈黙を破ったのは、リュウでも俺でもなく、何かが落ちる音だった。

 その音の方向にいたのは、深い緑色の髪を持ち、リュウと同じく白衣を着た女性。当てはまる容姿といえば一人──

 

「えっ……あっ……?」

「あ、カコ博士」

 

「けものフレンズ」登場キャラクター、「カコ博士」。

 まぁ俺はともかく相手にとっては初対面だから知らない体を装って話しかける。

 

「ひえっ!ひゃ、はい!なんでしょうか!」

「そこまでかしこまらなくても……あ、カコ博士とトツカは初対面だよね」

「そうだな。彼女は?聞いた感じだと博士らしいけど」

 

 まぁもう誰かわかってんだけどな。あれ、でもカコ博士ってキョウシュウチホーにいたっけ?寧ろ副所長とかそんな感じの偉い人だったはずじゃ。

 

「彼女はカコ博士。ここジャパリパークの副所長で、今日からしばらく君の調査担当だよ」

 

 ……へ?ちょ、調査担当ぅ!?

 

「え、それってどういう」

「運営の方から許可をもらったんだ。これまでは非公式だったけど、あっちも興味を示してくれたみたいで。ただ、本来くるはずだったスタッフが怪我をしたらしくてね、それでカコ博士に来てもらったんだ」

 

 え、じゃあこれからは公式ってこと?なんかこう特殊な機械にぶち込まれたりとかサンプルを取られるとかそんなことになるの?どこのホラー映画だよってなるからやめろください。

 

「まぁこれからもやることはほぼ変わらないし、基本は観察して報告書書くだけだから。気楽にしてればいいよ」

「お、おう」

 

 それならいいんだけど、いやそんなゆるい調査でいいのかジャパリパーク。

 取り敢えず、これから世話になる人だ。挨拶くらいは済ませてしまおう。

 

「ツバサネコのトツカだ。これからよろしく、カコ博士」

「あ……よ、よろしく……です……」

 

 ……そんな隠れないでくれないだろうか。哀愁漂うから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




力関係的には「本来のトツカ>ヒグマ、バリー>今のトツカ」です。これ以降のトツカの力の覚醒はかなり後になるorそもそも覚醒しない予定です。


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第15話 前任者~Shall we dance?~

「それで、姿を変えられたというのは本当なのかい?」

 

 早速新たな能力を試すために対物理衝撃用実験室?とやらへと向かっている途中、リュウがその能力の真偽を質問した。ま、確かにこれまで一度もこんな守護けものらしい能力を使ったことはなかったし、疑いたいのはわかる。だがな。

 

「そもそも本当じゃなかったら、今そのたい……」

 

 ……決して忘れたわけではないぞ?ただちょっと引っかかってるってだけで……

 

「た、対物理衝撃用実験室……」

「そうそれ、そこに向かってないだろ?まぁ、とりあえず俺を信じておけって」

 

 カコさん、フォローありがとうございます。でもできればもう少し大きな声で言ってくれませんかね。あとちっちゃくガッツポーズするのめちゃくちゃかわいいなおい。

 とにかく、こうして部屋を取っといてくれるってことは、リュウも少なからずは信じてくれているようだし。

 

「ごめんよ、守護けものに触れられる機会はそうそうないから、少し興奮しててね。カコ博士もですよね?」

「えっ?あ、はい……すいません、か、考え事してて……」

 

 カコさん、いくらなんでもコミュ障すぎだろ……もうちょっとフリーでいいんだぞ?いや、こういうのって俺の方から話しかけないとダメなパターンなのか?

 

「カコさんはなんか気になることってないか?答えられる範囲なら答えるけど」

「し、質問ってことですか?」

「そうですね、僕もカコ博士の質問をちょっと聞いてみたいです」

 

 カコさんってこう、すごいことしてたような記憶があるからな、なんだったか忘れたけど。アニマルガールは人類には未知の存在だし、科学者としてやっぱ気になることとかあると思うんだよ。きっとザ・サイエンティストって感じの質問が

 

「あの……し、しっぽ……触ってもいい、ですか……?」

「……あ、どうぞ」

 

 ……俺の中のカコさんに対する何かが壊れた。だいたい、それ質問じゃないし。あ、でもしっぽ触らせてくださいってお願いしてる分突然襲うように触ってくるミライさんよりはマシだな(錯乱)。

 まぁイヤというわけではないので、そっとしっぽを差し出す。カコさんの目がちょっと嬉しそうに輝いたのを確認しつつ、な。

 

「じゃ、じゃあ」

 

 モフッ

 

「んっ……」

「あ、だ、大丈夫?痛かったとか……」

「別に問題ないから、そのまま触ってていいぞ」

 

 痛いなんて全然、むしろ結構優しく触ってくれた。いや、いつの間にか周り気にせず両手でモフってるあたりはなおしてほしいとは思うが。

 

「か、カコ博士も動物好きなんですね……」

「はぁ、モフモフ……え、あっ動物は好き、です」

 

 ようやく我に戻ったか……あんまり触りすぎてると時間経ちすぎちゃうし、何よりも今日は色々ありすぎて疲れてるから早めに寝たい。まだ昼間だけども。

 しばらく歩くと、目の前に「対物理衝撃用実験室」と書かれたドアが現れた。早速リュウが鍵を入れ、ガチャン、という音とともに扉が動く。

 

「さて、ここが対物理衝撃用じっけ……」

 

 言いかけたリュウの口が突然止まった。おいおい、何があったんだ?さっさと翼出して観察して終わりでいいじゃ……

 

「……うわ」

「これ……」

 

 中を見て思わず声が出た。なんたってこの中、おそらくもう使えない実験用器具であろうものが散乱しているのだ。そりゃ、誰がどう見たって第一印象がこうなる。

 

 これ、ガラクタ置き場じゃん。

 

 ~数分後~

 

 対物理衝撃用実験室(ガラクタ置き場)をあとにした俺たちは、今度こそ俺の翼に関する記憶を取るために今度は屋外にある裏庭に出た。

 

「お前の『公式』発言は信じていいだろうな?」

「いやー、まさかこうなるとは……」

 

 別に外でやるのが嫌ってわけではないんだが、いくらなんでもあんな部屋を使う予定だったなんて思うとな。なんかゲームのコントローラー?みたいなのまで散乱してたし。

 

「トツカ、頼むよ」

「よ、よろしくお願いします」

「おう、よーく見とけ」

 

 えーっと、あの時はどうやったんだっけ?確か武器をイメージしたような気がするな、じゃあ翼をイメージすればいいってことだな。えー、翼、ツバサ……

 

「あっ、あ!できてる!」

「え、できてる?本当か!?ふっふーん、どうだ!本当だったろ?ちゃんと翼を出してやったぜ!」

 

 ふーん……っと、つい大人気なくはしゃぎすぎてたな。すこし自重しなければ。

 

「えーと、まずは翼の形状だね。でも片翼なんてまた珍しいな」

「俺のイメージどうりに作られて……って、片翼!?」

 

 マジで!?急いで背中を……本当だ、片方しかない!え、なんで!?ちゃんと両方ある状態をイメージしたはず……

 

 

「多分、まだ使い慣れていないのね。訓練すれば思い通りに変えられるわ」

 

 

 その時、草を踏みしめる音とこれまで聞いたことのない声が後ろから聞こえた。

 そこにいたのは、ローブのような服を着た、カンガルーのような耳と尻尾を持つ金髪の女性。

 

「初めまして、私の『代理』さん。それはそうと──

 

 Shall we dance(踊りませんか?)?」

 

 ………

 

 いや。

 

「……誰?」

「えー!?セイリュウたちから何も聞いてないの!?私よ私!」

 

 オレオレ詐欺か!だから誰なんだよ!あとカコさんとリュウが完全に置いてけぼりだから!

 

「私は……」

 

 ゴツン!

 

 突然、見知らぬ誰かの頭にこれまた見知らぬ誰かの拳が落ちた。

 

「こーれー!どこへ行っておったのじゃ、せっかく旅に来たというのに勝手にどっか行きおってー!」

「わー!痛いって!ごめんね、ちょっと気になる子がいたから!」

 

 拳でグリグリしているのは、頭から長い尻尾みたいなのが伸びてる、10年位前のJKみたいな白い服を着た青い目の子。

 ……え、なに?突然出てきて迷惑してくるって、新手のいたずらか何か?

 

「えー、あなたたちはどこから?見た感じだとアニマルガールだと思うんですけど」

「お、お主はここの職員か。すまぬ、こいつが急にどっかへ行ってしまってな(グリグリ」

「ぎゃー!」

 

 めちゃくちゃグリグリされてんな……俺もサーバルにやったことあるけど、さすがにあそこまで強くはやらんぞ……?

 

「おほん。わしの名は『ハクリュウ』じゃ。それで、この不届き者の名が『ボーラー』」

「いたたたた、よろしくね」

 

 ボーラー……?なんか聞いたような……

 

『……昔はボーラーが担当だったんじゃが……』

 

「あ、なんかあの赤い子が言ってた俺の前任者!」

「前任者って……まぁその赤い子、多分スザクの言ってたそれよ」

 

 なるほど、あの「代理さん」ってそういう意味だったのか。それならそうと早く言ってくれりゃあいいのに。

 

「アボリジニの、神話に出てくるカンガルー……だった、と思う」

「そうじゃ。そしてわしこそ龍の中でも最速の龍!敬意を持って『西海白龍王敖閏(ごうじゅん)』と」

「あ、ハクって呼んであげてね」

「って、お主はまた余計なことをー!」

 

 こいつら、仲がいいのか悪いのか。しかし今度は、ボーラーはハクの攻撃をかいくぐってこちらに問いかける。

 

「ところで、能力を君はまだ使いこなせていないんだよね?それなら早速特訓しようよ。代理とはいえ私の後任だから、どうしても放っておけないし」

「これ、あまり迷惑をかけるでない、さっさと行くぞ」

 

 特訓?別に俺はそんなのしなくても……

 

「いや、守護けものの生態に触れられるチャンスだ!トツカ、早速受けてくれ!カコ博士、録画!」

「準備OK!」

 

 はぁ!?てかなんで妙にやる気満々なのカコさん!?

 

「じゃいくよー!まずは足をしっかり曲げてジャンプ!ほらやって?」

「な、なんで俺まで……んしょ、とおっ!」

 

 なんだこれ、本当に特訓なのか?どう考えてもカンガルーダンスだろ!あとハクもなんか可哀想な奴を見る目してないで助けて!

 

 ~数時間後~

 

「すげー、コントロールできてるー(疲れのたまりすぎによる幻覚)」

「いや、そんなわけないじゃろ」

 

 

 

 



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第16話 お似合い~Conbination~

 遊園地エリアの林内にて、3人のアニマルガールが歩いていた。そのうち、金髪で服がすごい透けてるザ・ビッチと頭から長い尻尾のでてるちょいナルシストなJKに肩を担がれながら歩いてるのが俺だ。どうしてここにいるのかというと……って、ハクなんでこっち見てんの?

 

「……お主、今わしらのこと思いっきりバカにせんかったか?」

 

 ギクッ!

 

「い、いや、別にそんなこと微塵も思ってないぞ」

「そうか。まぁきっとわしの姿に見とれておったのだな!」

「ハクはナルシストだねー」

 

「なんじゃとー!」とハクがボーラーのからかいに食いついたことも繋がり、なんとか誤魔化せたようだ。あっぶねー、こいつらまで読心術使えるのか。てか、もしかしてだけど読心術流行ってんの?俺が流行乗り遅れてるだけ?

 

「にしても、勝手に出てきちゃって良かったのかなぁ。あの2人、トツカのことすごい探してたけど」

「いいんだよ、ああいう時は逃げないと死ぬ」

 

 あの2人、とは言わずもがなリュウとカコさんである。話が戻ったから説明するが、リュウ達があの特訓()をもっとやってくれって言ってきたから、あの研究所から逃げてきたのだ。

 

「ただでさえそれまでのごちゃごちゃで疲れてるっつーのにやらせようとすっからなぁ」

「でもそこから逃げてくるために走って、また今疲れているということは本末転倒じゃな」

 

 ほっとけ。

 

「だいたいお前はいっつもあんなのやってんのか?」

 

 あの時「踊りませんか?」とか言ってたが、かっこよく誘っておきながら肝心のダンスがカンガルーダンスとか正直上最低だと思うんだけど。

 

「あんなのって言うな!それにダンスはダンスでちゃんとできるよ。あれは一応特訓」

「そうなのか?」

「ああ、それは信じて良いぞ。尤も、特訓の方の効果に関しては知っての通りだが」

 

 あ、ハクも呆れてるレベルなのか。確かにあれやっても全然強くなった感覚ないし、疲れただけだし。

 

「ところで、ボーラーは俺の前任者だから守護範囲は時間だったんだよな?」

「そうだよー。まぁちょっとした理由で今は君に任せてるんだけどね」

 

 やっぱり、守護けものは守護する場所が決まってんだな。だとすると、だ。

 

「じゃあハクってどこの守護けものなんだ?」

 

 気になるのはこれである。

 ハクもボーラーも、少なくとも俺は知らなかったアニマルガールだからな。一応ある程度は覚えてたつもりだったんだが、やっぱ知らないやつもいるわけだし、これからのためにも知っておく必要があるだろう。

 

「ハクは、確かパーク中央のほうだっけ?あの神社のあたりだよね」

「うむ、といってもそれほど広くはないがな。フジ山の山麓当たりのけものが主な担当じゃな」

 

 ハクの担当は中央辺りなのか。フジ山の麓ってことは、パークセントラルの近く辺りに普段住んでいるんだろう。あれ、じゃあボーラーはどこに住んでんだ?

 

「てか、ジャパリパークって神社もあるのか?」

「一応私が知ってる限りだと、さっきのパーク中央にある『コクリュウ神社』かな。あとはホートクチホーにもう1つだったと思う」

 

 へー、意外とそういうのもあるんだ。平原エリアにも確か日本の昔の城みたいなアトラクションがあるが、あれと似たようなもんなのかな。

 

「ホートクチホーにあるのは『イナリ神社』で、『オウカ』が担当しておる」

「オウカ?」

「あー、『オイナリサマ』っていうアニマルガールのことだからね」

 

 オイナリサマ……?あ、なんか聞いたことあるわ。ゲームのストーリークエストの5章くらいに名前が出てたような気がするんだが、よく覚えてねぇな。

 

「わしは『宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)』からとってオウカと呼んでおるが、中にはそう呼ぶやつもおるな」

「ハクの呼び方が特殊なだけじゃないか?」

 

 普通は稲荷神とか稲荷様とかだもんな。多分、うかのみ……なんちゃらっての、正式名称とかだろ?前世じゃ一回も聞いたことなかったが。

 

「む、そうじゃろうか。だが今更変えることもできんからのう」

「別に私はいいと思うよー?なんか変わってて面白いし」

「お主は言葉を選んだ方が良いぞ」

 

 ははは、と笑うボーラーにハクが慣れたように言葉を返していく。基本はボーラーのボケに対してハクがツッコミを入れるだけなのだが……

 

「お前ら、仲いいな」

 

 こういった普段の掛け合いみたいなのを見てると、そう思うのだ。

 

「うん、私たちはとっても仲がいいからね!よく一緒にいるし」

「仲が良いと言いたいのならこちらの負担を考えてはくれぬか?いつも神社に用もなく寄りよって、わしとて暇じゃないのじゃぞ」

 

 ハクは苦労人だな。ってか、ボーラーは普段ハクの神社に住んでるのか。確かに「時間」を担当する以上別にどこにいなけりゃいけないって制約もないし、仲のいい相手といたいってのはアニマルガールとしては当たり前だろうし。

 

「暇じゃない、てことはやっぱり守護けものとしての仕事があるってことか」

「森にいるけものたちを見守ったり本堂の清掃を手伝うくらいじゃがな」

 

 掃除って巫女さんのやることちゃうんか。あ、手伝うって言ってたし、多分スタッフとかがいるってことなのか。

 

「えーっと、私の仕事?私はハクと神社で一緒にお昼寝したりー、ハクに耳かきしてもらったりー」

「それは仕事って言わないからなー」

 

 むしろそれは休憩時にやるもんだろ、仕事とは真逆の行為だからな。つーかお前らやってることが若いカップルみたいなんだが。見せつけてんのか?ああそうだよどうせ俺は彼女いない歴=年齢だよコンチクショウ。

 

「まぁ確かに仕事とは言えんが、ある意味では日課となっとるな」

 

 日課……つまり、ほぼ毎日やってるってことなんだな。……やっぱカップルじゃねぇか!

 

「私が行ったら言っても言わなくても必ずしてくれるんだ」

「時間があるうちに仕方なくやっておったらいつの間にかそうなっていただけじゃ」

 

 ツンと返してるけど、仕方なく、とは言いつつも日課となってるってことは、別に嫌がってるわけではないみたいだな。

 

「結構長い付き合いみたいだが、いつ頃出会ったんだ?」

「え、私たちがあった時?」

 

 そうそう……ってあれ?ボーラーが何か大分考え込んでいるように喋らないんだが。興味本位で聞いた質問に過ぎないし、そんなに難しい質問したつもりはないんだがけど、それとも何か言えない理由があるのか?

 

「わしらが初めて会った時は5年ほど前の春じゃろ。なんじゃ、まさか忘れたのか?」

「ふぇ!?い、いや別に忘れたなんて」

 

 ……こいつ、ただ単に忘れただけなのかよ。いや、忘れちゃいけないだろそういう大事なことは!

 

「そう、あれは桜が満開で、日差しの暖かかったうららかな春のある日──」

「なーに言っとるんじゃ、うららかも何も雪溶けきってなかったじゃろうに」

「言ってることと事実が全然違うし」

 

 幾ら何でも脚色が濃すぎるだろ。実はなんも覚えてねぇんじゃないのか?

 

 ~数分後~

 

「さて、わしらはこのままロッジの方へバスに乗って行くが、お主はどうする?」

「んー、帰ってもミライさんが面倒くさそうだし俺も行こうかな」

「あ、でもまだバスこないよ。せっかく来たんだし、遊園地で遊んでこうよ!おっさきー!」

「だーかーらー、またどこかへ勝手に行くなー!」

 

 大変だな、というかもう閉園時間だろ……そう言おうとした時。

 

「トツカさーーーーん!!!」

 

 俺の声は、例の悪魔によって遮られた。

 

「げっ、ミライさん!?なんで……あ、ガイドの報告にもどっできたのk」

 

 ギュー!

 

 いいいいだだだだだだ!!!なんで俺!?サーバルは……あ、なんか大事なものを奪われたような顔して床に這いつくばってる。カラカル笑ってないで助けてやれば……

 って人の心配してられる状態じゃなかった!

 

「くくく、そのようではわしらについてはこれぬな。堪忍して捕まっておれ」

「じゃあ、今度縁があったらその時に、またよろしくね?」

「先に助けてくれませんかねぇ!?」

 

 おれの悲痛な願いも届かず、彼女達は観覧車の方へ行ってしまった。ほんっとお前らカップルしてんな!爆ぜろ!

 ……はぁ。

 これじゃ研究所から逃げてきた意味がなんもねぇじゃんか……

 

 

 

 

 

 

 




やべぇよ……1日終わらせんのに10話も使っちまってる……やべぇよやべぇよ……

※6月15日 ストーリー上間違えていた部分を修正
「ハクリュウ神社」→「コクリュウ神社」


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日常編
第17話 診断~Psychopath~


前回より日が開きます。また、タイトルがあれですがR-15G要素はないので安心してください。


「ねぇ、これ見てよ!」

 

 午後3時ごろ、inジャパリパークキョウシュウチホーサバンナエリア研究所休憩スペース。

 俺とリュウは、サーバルが持つスマホの画面に表示された文字をよく読み、目を丸くした。

 

「「……サイコパス診断?」」

 

 ~説明中~

 

「なるほど、つまり僕のケータイを勝手に使っていたらこの怪しいサイトに辿り着いたんだね?」

「そう!よくわかんないけど、面白そうだなーって」

 

 おう、それ以前に勝手に他人のスマホをいじっていたことに関しては言及しないのな。リュウが何も言わないからいいが、カラカルだったら間違いなくすっ飛ばされるぞ。

 

「それで、研究員さんやトツカはわかるの、これ?」

「ま、見たことないわけではないな。これに似たようなのは知ってるし、やり方も同じだと思う」

 

 えーっと、どれどれ……うん、リュウがスクロールするのを見た感じ、やっぱ普通に質問に答えてその結果で判断ってだけみたいだな。

 

「あー、これは単純にお題の質問に対して自分の考えを出すっていう、いわゆる心理テストだ」

 

 まぁ、その答えがもしも書かれている答えと合ってしまったら……という趣味の悪い遊びである。

 

「へー、面白そうだね。やってみたらどうだい?」

「あ、じゃあ研究員さんもやろうよ。私もやってみたかったし、大勢なら楽しいからね」

 

 やろうよって、仕事が残ってるんじゃないのか?さっきからデスクの上の書類減ってないし。

 

「大勢、か……そうだ、他の子のところにも教えに行くってのはどうかな。僕は仕事で無理だけど、さっきの質問内容はコピペしたから持っていっていいよ」

「え、いいのか!」

 

 まじか、いいやつすぎるだろリュウ!一度無断使用されているされてんのに、俺なら二度と貸さないが。

 

「あ、それいいね!トツカもいい?」

「別にいいぞ」

 

 だが、サバンナエリアって広いしなぁ。どこに誰がいるかなんてわからないんだが。

 

~数分後~

 

 だがそんな不安は杞憂だった。歩いてすぐ、金色の大きな毛の目立つ少女を木陰に見つけ、早速向かう。

 

「おーい、らいおーん!」

「うにゃ……なに?」

 

 ライオン、そう呼ばれた彼女は、眠たげにこちらに振り向く。

 

「久しぶりだな、ライオン。ちょっと遊びに付き合ってくれないか?」

「トツカ、久しぶり。いいけど、できるだけ早く……ふぁ〜あ」

 

 快諾しつつ、気持ち良さげに欠伸をする。にしても昼寝、ちょっと羨ましい……じゃなくて。

 

「それでは、質問1!」

 

 気を取り直して宣言し、質問文を読み上げてゆく。

 

「バルコニーにいたあなたは、外で男が窃盗するのを目撃しました。その後男はこちらを向き、指を一定方向に動かしています。男の意図は?」

「うーん……映画とかなら、『待ってろー』とか」

「えー、怖すぎるよー!私は『見なかったことにしてー!』って頼んでるんだと思うな」

 

 おうおう、皆様考えられますねぇ。っつーかサーバル、見逃しては流石に通じないからな。お前だって普段カラカルに見逃してもらえず怒られてんじゃん。

 

「それでは、サイコパスの場合は……」

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、脅すように低い声で発表してやる。

 

 

「……あなたのいるのが何階かを数えている、でした」

 

 

 その瞬間、答えを楽しみにしていた2人の背筋が凍りついていくのが見て取れた。

 

「あわ、あわわわわ……現実的で怖いよ……」

「ゾワッとしたろ?」

 

 でもそこが楽しいんだけどな。とくにサーバルなんてさっきっから震えてばっかりだし、これ、クセになるかも……じゃないじゃない、肝心のライオンは……

 

「へー……むにゃ……」

「あ、もう寝てるー!んもう、マイペースだなぁ」

 

 ~移動中~

 

 さらに歩くこと数分、早速バリー(第2ターゲット)を発見。鍛錬中だったが、声をかけたらあっさりOKしてくれた。

 

「ほう、診断か。なかなか面白そうだ」

「楽しんでくれればこちらとしても嬉しいからな」

「怖くもあるけどねー」

 

 挨拶もそこそこに、サーバルが文を読み上げる。

 

「バリーは人をその人の家まで送ってあげているよ。でもその人は無礼で不愉快で、懲らしめたくなっちゃった。なのにちゃんと家まで送り届けて何もしませんでした。なーんでだ?」

「原文を脚色すんな」

 

 原文ママで読め、ママで。とにかく、バリーはどう回答すんだろうな?大方予想はつくけど。

 

「うむ、やはり相手が無礼とはいえ忍耐も礼儀の1つ。我慢したのだろう」

 

 うん、そう来るよね。とくに礼儀を重んじるバリーならそう答えると思ってたよ。だが残念、それじゃあ一般人の回答なんだなぁ。

 

「では正解はー?」

「正解じゃなくて、サイコパスの回答な」

 

 正解なんてないし、むしろ当てちゃダメなやつだし。

 

 タメによる沈黙が流れた後。

 

 

「……デデン!一度相手の家まで行って、下見……」

 

 ………

 

「し、下見に、行ったんだよ……」

「自分で言ってて怖くなったとはいえ最後まで言い切れよ」

 

 とにかく、今度襲うために下見をしに行った、というものである。バリーならきっと「それこそ無礼だ!」とか「正面から戦え!」とか言いそうだが、どうだ?

 

「……ほ、ほう、そそそそうなんだな……」

 

 ……あ、こういうのダメな性格だったか。

 

「バリーは怖い系はダメだったんだな。サーバルに似たような感じかな?」

「そ、その……あまり慣れていないものでな」

「大丈夫だよ、私もとっても怖かったけど楽しいし!」

 

 いやー、前のセルリアンとの戦闘でも果敢に戦ってたから、こういう一面があるっていうのは初めて知った。いや、単にアニマルガール自体が怖いの苦手系のヤツ多いだけかもしれんけど。

 

「よし、次はどの子に質問しに行こっか。バリーは近くに誰かいるか知らない?」

「それなら、向こうでさっき3人ほど見かけたぞ」

 

 向こうか……そんな遠くないし、ささっと行っちまおう。

 

 ~数分後~

 

 そんなふうに考えていると、おそらくその3人であろう集団の声がした。

 

「あれ、トツカにサーバルじゃん」

「なんか面白そうなの持ってるね。それ、この前言ってたスマホってやつだよね?」

「みんなー、もっとゆっくり行こうよー」

 

 その3人とは、アミメキリン・ケープキリン・ロスチャイルドキリンのキリン三姉妹である。

 話によれば、暇だからということで適当に散歩してたらしい。それでも暇だったらしく、こちらの誘いにも二つ返事でOK。

 

「……って遊びだよ!やり方はわかった?」

「ま、だいたいわかったよ。とにかくその答えを当てればいいんだよね?」

「だから当てるんじゃないんだっての」

 

 なんでそんな当てたがるんだ。

 

「おほん、気を取り直して質問3。

 あなたたちは、おもちゃを大切にするよう訴えかけるブログを作ります。どんなおもちゃの写真を載せますか?」

「そうだねー、私はおもちゃで遊ぶ写真かな。遊べて写真も撮れて一石二鳥!ってね」

「私もアミメキリンちゃんやロスっちちゃんと遊べたらいいかなぁ」

 

 これまた平和な回答だな……てかケープキリン、お前ただ他2人と遊びたいだけじゃねぇか。

 

「ちなみにサイコパスの答えは……」

「私はー、おもちゃをばらばらにして行った写真を逆の順番に貼ればー、おもちゃを直してるみたいになっていいと思うよ」

 

 そうそれ、おもちゃを壊していく写真を順番を逆にして……ん?

 

「え、今なんて……?」

「だから、ばらばらにする写真を反対の順番で載せるんだよー。その方がたくさん見てもらえるし、後でまた直せば、遊べるでしょ?」

「おー、アッタマいいねー!」

 

 え……?いやお前、だってそれまんまサイコパスの回答じゃねぇか!

 いや待て、たまたまだろう。そもそもアミメキリンはそんな危ないやつではないし、適当に言ったのが当たったってだけのはず。

 

「……アミメキリン、5000円でピコピコハンマー買うなら、5000円と500円のやつどっち買う?」

「んーっと、安い方をたくさん買って、このマフラーみたいにぺちんぺちんするかなぁ」

 

 ……あ、間違いない。

 

「……お前が言ったの、全部サイコパスの回答だぞ」

 

 

 

 その後、ジャパリパークにアミメキリンを怒らせてはいけないという噂が立った。

 

 

 

 

 

 

 




アミメキリン「サイコパスってなんなのかしら?」

これから10話ほど、今回のような1話完結型にしてみようと思います。


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第18話 LIQID COURAGE(液体の勇気)に溺れて

アニマルガールは中学生~大学生くらいの体をしている。その大きさは元の動物の大きさによって左右されるが、少なくとも「大人」の状態で現れることはない。つまり、女の「子」しかいないのだ。

……今席を立った方々へ、出口はあちらになります。

 

かといって、中身も完全に子供、というわけでもない。確かに大半はバカ・アホ・ドジの三連コンボだ。だが中には学者顔負けなほどの頭を持つヤツもいるし、体力に関しては等しくぶっちぎりで抜いている。

 

 

 

 

「……だからって酒を飲んでいいわけではねぇと思うが」

 

 

俺は1人、目の前に5本ほど置かれた空の缶ビールと、倒れこむバカ(ミライさん)アホ(アフリカゾウ)ドジ(アードウルフ)を前に呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしてこうなったのか。それはこの部屋へ来る前まで遡る。

 

 

「だーっ!疲れましたよ〜」

「お疲れだったな。まぁ早く終わった分いいと思って休んでこい」

「ガイドさん最近たくさん仕事あったもんねー」

 

 

フラフラのミライさんを3人がかりでもって自室まで押し込む。さすがに自分で歩いて欲しいと思ったが、モフってこなかっただけ良しとしよう。

 

 

「毎日大変だね。私たちもあんまり手伝えなかったし……」

「お前らは仕事を手伝ってたんだな。なにしてたんだ?」

「応援してたよ?このマフラーでパオパオしながらね」

 

 

そう言ってまるで手伝いになっていない手伝いを自慢するヤツと、苦笑いしながらこちらを向いているヤツが、今話し相手であるアフリカゾウとアードウルフのアニマルガールだ。

 

 

「大体、パオパオするってなんだ?今日リンゴ乗ってないけど、そのマフラーでなんかすんのか?」

「そうだよー……って、いつも乗せてるわけじゃ無いから!」

 

 

おほん、と咳払いを挟み。

 

 

「えっと、パオパオするっていうのはね。アードウルフ、ちょっといい?」

「え?あっ、うん。いいよ」

「へへっ、じゃあ失礼するねー。で、これをこーやって……はい、できあがり!」

 

 

説明しつつ、アードウルフの首にマフラーをかけていく。あ、なんかすごい嬉しそう。

 

 

「すごくあったかいんだぁ。でも、ちょっとガイドさんにはやんなかった方が良かったかもね」

「そうかなぁ。私はやってもやられても悪い気はしないんだけどね、ぱおぱお」

「ぱおぱお?」

「ぱおぱお!」

「こらこら、謎言語で会話すんな」

 

 

2人の知能が退化する前にマフラーを解かせる。こらミライさん、そんな物欲しそうな目でこっち見てもやらせんぞ。ぱおぱお。

 

 

「そういえば、トツカちゃんはなんでここに?」

「んー、お前らと似たようなもんかなー」

 

 

俺の場合、昼間にカラカルに本の返却を頼まれてスタッフ宿舎のほうまで行くと、ちょうどこれなのだ。厄介ごとの匂いを感じたけど、それも今更かと考えて諦めた。

 

 

「みなさん……今日は……ありがとうござい……グフッ」

「ガイドさーん!?」

 

 

そんな死にそうになる程でも無いだろ、2人に囲まれて嬉しそうな顔が丸見えだわ。ベットに倒れかかる演技をしてまで俺らに食いついて欲しいか。

 

 

「とにかく、そんなグデーってすんな。ほら、ちゃんと立って」

「えー、でもひどくないですか?あんなに仕事させられたら誰だって……」

「あ、じゃあ今度コアラちゃんのところに連れて行ってあげるよ?」

「ほんとー!?」

「うわっ、ガイドさんが急に元気に!」

 

 

……本当に極端な人だな。

そうしてミライさんを立たせていると、アフリカゾウが口を開いた。

 

 

「ねぇガイドさん、私ちょっと喉乾いちゃったんだけど、お水ってない?ここからいつもの水場までは遠いし」

「あ、それならウォーターサーバーが」

「確かそれ故障中だったぞ」

 

 

そこ、「えー?」って顔でみんな。俺は悪くないから。

でもさっきちらっと見ただけだったし、まぁ念のため……と見に行ったものの、やはり故障中であった。

 

 

「うーん、困りましたね。最近この部屋には戻ってなかったので、飲み物はあまりないんですよ」

 

 

最近戻ってなかったって、いったいなにを……あ。

 

 

「もしかして、あの特別招待なんちゃらってやつ?」

「はい!来るべきガイドの時のため、いろんなところを回ってたんです!」

「それで疲れてたところにちょうど私とアフリカゾウちゃんが通りかかって」

 

 

つまり単にサバンナ回りたくて仕事後回しにしてたツケが来たってことらしい。自業自得である。

 

 

「今の時間帯は仕事でほかのスタッフもいないですし、どうしましょう……」

「あのー、これってなにかな?使い方がわからないんだけど」

 

 

アフリカゾウが指を指した先は、部屋の隅の方。あの四角いフォルムは。

 

 

「きっと冷蔵庫だな。多分中に飲み物がある」

「わーい!ガイドさん、なんかテキトーにもらうねー」

「あ、だからその中は」

 

 

まったく、タイミングよく見つかるのなんなんだよ。むしろなぜさっきまで見つからなかった、てかミライさんも冷蔵庫あるならさっさと言ってくれれば……

 

ガチャッ

 

 

「……おい、これって」

 

 

中には、飲み物が数本入っていた。

 

とは、いっても。

 

 

 

 

 

 

 

「……全部缶ビールじゃねぇか! 」

「だから飲み物は無いって言ったじゃないですか!」

 

 

 

 

いやいや、おかしいだろ!なんでビールだけがこんな入ってるのかがまったく解せない。いや、確かに買い物してなかったからなにも無いってのならわかるよ?

 

 

「これ飲めるの?……あれ、開かない」

「あ、ほら、ここにあけ方が書いてあるよ、この通りに」

「っておい、お前らが飲めるもんじゃ無いからしまっとけ」

 

 

勝手に缶を開けようとしていた2人を制止する。こらミライさん、あんたもだかんな。

 

 

「こりゃ買ってくるしかなさそうだな」

「じゃあお金はそこからとってくださいね、あとお店は一階です」

「いや俺が行くわけでは」

「じゃあ私、アードウルフちゃんとガイドさんで3個ね」

「え、俺の分は?」

「お願いしますね」

 

 

……あ、はい。行ってきます。

 

 

 

~現在~

 

 

 

「んで、結局我慢できずに飲んだと?」

「そうりゃよー。とちゅかちゃんものむー?」

 

 

アードウルフ、お前舌回ってないし。

 

 

「それよりもほら、水を飲め水を」

 

 

そう言ってビール缶を向けてくるアードウルフに買ってきた水入りペットボトルを尻尾で渡す。……この尻尾、俺の手より器用なんじゃねぇのか。今度から尻尾で字を……はさすがにやめよう。

 

 

「あとおまえらビール持ってきていいとは言ってないぞ」

「なんで?まだまだ飲むから必要だよー」

 

 

まだ飲むって、アフリカゾウお前顔真っ赤だぞ。

とにかく、このままだとここで一夜過ごすことになる確信がついた俺は、ほか三人と先ほどより大きめの部屋に移動しているというわけだ。

 

 

「だって普段外に出さない運営が悪いんですよー!あんな部屋にずっといたら病気になっちゃいますー!」

「そうだよー!よくわかんないけど、うんえい?っていうのは悪い動物に違いないねー!」

 

 

そしてミライさんとアフリカゾウの2人はなぜかジャパリパーク運営陣に対する愚痴を大声で喋っている。それ言ってて大丈夫なのか?

 

 

「このおさけって、ほんとーにおいしいよ。トツカもほらー」

「ぐ……」

 

 

たしかに、言われてみればこの体になってからまだ一回もお酒は口にしていない。たばこは前世から吸ってなかったしお酒も言うて飲んでたわけではないが……

 

 

「一杯だけなら大丈夫れすって!」

「……まぁそうだな。できるだけ注意はするが」

 

 

このまま俺まで酔ったら明日部屋の中で折り重なって寝ている形で発見されかねないが……少しなら、うん、少しくらいなら。

 

 

「……それじゃ一本」

「あ、待って!」

 

 

アードウルフ達は俺が開けようとした缶に、それぞれ自分のをカン、とぶつけた。

 

 

 

 

「こういう時は、かんぱい、っていうんだよ」

 

 

 

 

酔いで仄かに紅い頬が、天使のように小さく笑った。

 

 

 

 

「お、おう……」

 

 

 

 

普段見せない積極的な姿勢に、つい意識してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……酔ってんのかな、俺。

 

 

 

~数時間後~

 

 

 

結論から言って、俺自身はなんともなかった。尤も他3人はひどい有様だが。

因みに飲んでる途中で「猫って酒飲んでよかったっけ?」と思ったが、自分がピンピンしてるあたりどうやら杞憂に終わったらしい。よくよく考えれば、前世でも飼ってた猫が俺の缶ビールの残り舐めてて平気だったこともあったし、多分問題ないんだろう。

 

だが、問題はこっちだった。

 

 

「布団敷くの忘れてたなんてな」

 

 

ミライさんの寮部屋では小さいし同室のリザさん(ミライさんの親友のスタッフさん)に迷惑がかかりそうなので布団であるこっちに移動したわけだが、空き缶も転がってて一回掃除せんといけなかった。

 

 

「しかも俺以外は全員熟睡……っとぉ、これでおっけぃ」

 

 

ふぅ、ようやっと終わった。アニマルガール化の恩恵ってのもありそんな重くはなかったが。

 

 

「でも結構疲れたぁ。こりゃ明日は筋肉痛だな」

 

 

 

 

まぁ──

 

 

 

 

「すぅ……すぅ……」

「はぁ……ん……」

 

 

こんなかわいい寝顔見せられて、断る奴いないだろうけども。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──おやすみ」

 

 

 

 

 




アフリカゾウ「うっ……な゛ん゛か゛き゛も゛ち゛わ゛る゛い゛」
アードウルフ「だいじょうぶー!?」

主自身が酔ったことがないため、酔いの表現がひどいのはご了承ください。


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第19話 サッカー~Team~

 遊園地エリアの施設の中に、ちょっとした広場のようなものがある。ただでさえ気候の整ったこのエリアだが、室内ともなると冷暖房のおかげでさらに心地よくなるので、最近はここに入り浸っている。なんたって今は7月、遊園地エリアは日本に気候が似ているため夏の暑さもいいところだ。サバンナエリアといい勝負である。

 

 ウィーン……

 

「はぁー、すずしー……」

 

 自動ドアに出迎えられて、外の暑さを忘れられるほどの冷房に身を寄せると、獣少女が前方に2人。

 

「……あら、トツカもここに来たの?」

「じーっ……」

 

 目の前の先客達の名は、カラカルとニホンオオカミだ。2人はカラカルが迷子の時に出会ったらしく、俺もニホンオオカミに会うのはまだ数回目である。で、ニホンオオカミの方はさっきからずっと何かに集中している。

 

「お、カラカル……と、ニホンオオカミもここにいたのか」

「私は借りた本全部読んじゃってねー。ニホンオオカミは今マンガに釘付けなの」

 

 ……あぁ、なるほど。

 というわけでこの広場では漫画や本の置いてある書庫が休憩用として置いてある。俺は普段は興味ないし寝てるけど。

 

「んで、またなんで突然漫画なんか?」

「このマンガが面白いからだよ!」

「うにゃっ!?」

 

 うお!?って、ニホンオオカミか、焦った……てかなんで今度は返事するんだ、最初からしてくれ。

 

「んで、なんのマンガなんだ?」

「まぁ見てみなさいよ」

 

 なんのことかと思いつつ、とりあえず紙面を見ると……

 

「これ、サッカーのマンガだな」

 

 ちょうど、主人公達がスタジアムで戦っているシーンだった。

 

「ねぇねぇ、カラカルとトツカもこれしない?サバンナエリアのみんなを呼んでやってみようよ」

「これって……サッカーのことか?」

「じゃ、決まりね。トツカも手伝いなさい、どうせ暇でしょ」

「えー?」

 

 どうやら拒否権はないらしい。しょうがない、ボール借りてくるか。

 

 ~数時間後~

 

 カラカル達から呼び終わったとの報告を聞き、サバンナエリアのだだっ広い草原に集める。

 まず、カラカル・ニホンオオカミと話しているサーバル。

 サッカーボールに興味津々なキリン三姉妹。

 ニホンオオカミの持っていたマンガでルールを教えるヒグマと、教わるコアラ、昼寝中のライオン。

 

「俺らを合わせて10人か。じゃちょうど偶数だしグッパーやって分かれるぞ」

「うん、今そっち行くよ」

 

 あ、ゴール……は、なんかあそこに良さそうに生えてる木で代用すればいいだろう。

 

「んで、ゴールはあの木と木の間だかんなー」

「わかったわ」

 

 さてサッカーか、俺もやるのは久しぶりだ。どうなることやら……

 

「じゃ、ぐっぱーじゃすで」

「わかれま……」

 

『しょ!』

 

 ~数分後~

 

 サッカーボールが仮グラウンドの真ん中らへんに置かれ、そのそばにじゃんけんで勝った俺たちのチームのニホンオオカミがつく。

 

「おーい、準備はいいかー?」

「いいよー!」

 

 チーム分けの結果だが、こちらはニホンオオカミ・ライオン・コアラ・ケープキリン、そしてなぜかゴールキーパーに配属された俺。

 んで、相手はそれ以外のアミメキリン・ロスっち・ヒグマ・サーバル・俺と同じゴールキーパーのカラカル。

 全員に合図を送り、試合開始を伝える。よし、問題ないな。

 

「ニホンオオカミ、蹴っていいぞ」

「わかったー!よーし、行くよー!」

 

 ニホンオオカミがドリブルしていき、相手陣地へと進む。早速ルール守ってないが、いちいち注意すんのも面倒だし許容範囲ってことで。

 

「へっへーん、ここは通さないよ!」

「な、サーバルちゃん!」

 

 しかし、すぐにサーバルがディフェンスに入る。ニホンオオカミも負けじと足を動かし、攻防戦が始まった。

 

「ぐっ……えい、あっ」

「よっ、と、ここだ!」

 

 お、うまいなサーバル、隙をついてニホンオオカミからボールを奪い、駆け上がっていく。さすが経験しただけあるってとこか。

 

「まだまだ、ほっと!」

 

 さらにサーバルは軽々と2メートル近くジャンプし、そのままちょうどゴール(仮)の前で着地した。

 

「すごいねサーバル、いいジャンプだよ!」

「おお、すごいじゃんサーバル!」

 

 周りからは敵味方関係なく賞賛の嵐。だが俺とカラカルは褒めるどころか呆れてサーバルを見ていた。なぜか?

 その理由は単純。

 

「おいサーバル……お前、ボールどうした?」

「えへへ……ってあれ?」

 

 サーバルが慌てて足元を見るが、あるわけ無い。このドジがそんな円滑にことを運べるわけが無いのだ。

 

「サーバル、途中でボール足から落としてたの気づかなかったわけ?」

「え、えー!?いつの間にそんな、じゃあボールはどこに」

「今ケープキリンの前にあるな」

 

 ボールの落下地点にピンポイントでいるとか運いいなあいつ……あれ、なんか動いてないぞ?

 

「ケープキリンさーん、なんで止まってるんですかー?」

「そ、その、アミメキリンちゃん達と戦うって思うと、あの……」

 

 なんじゃそりゃ……一緒がいいなら先にそう言えばいいのに、なんだかなぁ。

 

「じゃあ、もらっていいですか?」

「あ、いいですよ」

「ありがとうございますねー」

「いえいえ、どういたしまして」

 

 なんだこの和解。それでいいのかケープキリン。

 とにかく、平和的解決手段でボールを勝ち取ったコアラは、たまたま敵のゴール付近で寝ていたライオンにパスする、というよりそばにそっとボールを置く。

 

「ライオンさん、シュートお願いしますねー」

「ん、もうちょい寝てからでいい?」

 

 しかしこの好機においてもライオンは睡眠を選択。……うん、なんで?

 くっ、ライオンをやる気にさせるには……あ、あれを使えば!

 

「ライオン、これを役の台本として演じてくれ!」

 

 として俺は、とあるものを全力投球する。投げやすい形じゃ無いが、そこはアニマルガールの強靭な体で補った。

 

「これって……サッカーのマンガ?この人を演じればいいの?」

「そうだ!そっちにもう何人か行ってるから早く!」

 

 頼むからライオン!そんなよいしょみたいな感じで立ち上がってないで早くシュートしてくれ!

 

「えーっと、ブツブツ……『オレは……絶対にココで決める!あいつらのためにも!』」

「うわあ、あいつらって誰なのかわかんないけど私の読んでたマンガそっくりー!」

 

 うん、そこは言わなくていいから!あとセリフもいいからはよシュートしろ!

 

「うわ、暇だと思ったらなんかきてるし……まあいいわ、どっからでもかかってきなさい!」

「『はあああっ!くらえぇ!』」

 

 スカッ

 

 結果。ライオンの足はボールに当たることはなく、満足した本人はまた眠りだした。

 

「おやすみー……」

「いや待て待て待て!なにがあったらそうなる!?そこは決めろよ!」

「あ、この人を演じたのかな?確かにシュートできてないねー」

「えぇー、なんなのよそれ……気を入れた私が馬鹿だったわ」

 

 嘘だろ……と思ったが、さっきマンガを拾ったアミメキリンがこちらに向けたページには、ライオンの行動と瓜二つな状況があった。

 

「アミメキリンちゃん、こっちこっちー!」

「あ、いまパスするね」

「全く……って、しまった、ボールが!」

 

 いつの間にかボールはロスっちへと回る。くっそ、ライオンに完全に気を取られていた!

 

「ヒグマ、いくよー!」

「お、私の出番かい」

 

 パスを受けたヒグマは勢いを弱めず、ゴールへ一直線に走ってくる。なんだ、正面なら問題ないはずだ。……フラグじゃないぞ?

 

「さぁ、全力で行かせてもらうよ!」

「できるだけ加減はして欲しいんだが!」

 

 ヒグマの足が思いっきり振り上げられ、ボールにキラキラとした光が散り始め……っておいちょっと待て。

 

「え、それサンドスターだよね?サンドスター消費してまで全力出すの?マジなパターン!?」

 

 おいおい冗談と言ってくれ。

 

「トツカ、必殺技だよ!」

「必殺技ぁ!?んなアニメじゃあるま……あ、持ってるか。でもあれは」

「いいから!名前を叫べば使えるはずだよ」

 

 ニホンオオカミから突然のアドバイス。え、あれそういうメカニズムなの?てかあのはずい名前を叫べというのか、この俺に?死んでも嫌なのですが。

 

「トツカ、早く『にゃんにゃんネコパンチ』って叫んで!」

「嫌に決まってんだろ!」

 

 あとなんでその名前知ってんだ!?

 

「よいしょっと!」

 

 ズン!

 

 まずい、ヒグマ本気で打ちやがった!プライドと勝負の板挟み状態なんだが!?

 

「トツカ!」

 

 だああああ!

 

 

「『にゃんにゃん』!」

 

 

 もう!

 

 

 

「『ネコ』ぉ!」

 

 

 

 どうにでもぉ!

 

 

 

 

「『パンチ』ぃぃぃ!」

 

 

 

 

 なれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!

 

 

 

 

 

 ドカーン!

 

 

 

 

 そして。

 目の前には──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──真っ二つのサッカーボールがあった。

 

 ~数分後~

 

「反省したぁ?」

「いや、本当に事故なんだってカラk」

「どうやらまだお仕置きが足りないみたいね、ニホンオオカミも来なさいっ!」

「俺は悪くねぇー!」

「なんで私もー!?」

 

 

 

 

 

 

 




大人数での回はセリフ分配が難しいですね……要勉強です。


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第20話 FRENEMY(好敵手)を打ち負かせ!

トツカ「3話で本編ストーリーは20話からだと言ったな」
投稿主「そ、そうだトツカ!投稿してくれ」












トツカ「あれは嘘だ」


 

 

 

『▂▅▇█▓▒░(’ω’)░▒▓█▇▅▂うわあああああああ……』

 

 

 

 

 

 

目の前に、1人の男が崖下へ落ちていく光景が広がる。

 

 

 

 

 

 

『YOU LOSE』

 

 

 

 

 

 

ついでに、ゲームに負けたことを示す例の文字列も。

 

 

「もー、ここのステージ難しすぎ!全然クリアできないよ」

「まぁまぁ、次はいけますって」

 

 

いつもの研究所内休憩スペース、テレビの前。先述の状態の画面からつながる機器、さらにそこから伸びる有線式コントローラーを持って理不尽を嘆く少女と、それを慰める少女を、俺は呆れつつ見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次はと言っても、これまだ第一ステージの序盤だぞ?」

「大丈夫ですよ、レッサーパンダちゃんは粘り強いですし、何より負けず嫌いですから」

「今ちょっとバカにしたでしょジャイアントパンダちゃん!」

 

 

その少女たちの名は、レッサーパンダとジャイアントパンダという。もともとサーバルの紹介で出会っただけであまり交流はなかったが、スタッフが貸してくれたゲームで対戦したいというので、機械がわかる俺が引っ張ってこられたのだった。手先の不器用さのせいで結局指示しただけだったが。

 

 

「こうなったら何回でも戦ってやるんだから!」

「何回でも戦うのは構わないが、後でジャイアントパンダに変わってやれよー」

「私は大丈夫ですよ、レッサーパンダちゃんを見てるだけでも楽しいですし」

 

 

今はNPCとのシミュレーション戦をしているが、レッサーパンダがあまりにも下手(本人曰く慣れてないだけらしいがどうみても下手)なので、まだ一度も勝てていない。多少時間をかければ上手くはなる、と考えても……

 

 

「えい、たあ、とおっ!」

「そこです!それと右、右のほうからですよ!」

「右!?待って待ってなんかうまく動かないよ!?」

 

……この様子だと到底上達しそうにないぞ。

 

今レッサーパンダ達がしているゲームは、所謂「格闘ゲーム」というやつであり、相手のライフをゼロにするか場外に叩き出すことで勝利となる。

 

 

「なのに俺はまだどちらかのライフがゼロになる瞬間を見てないのはなんでなんだ」

 

 

ここまでのレッサーパンダの敗因は「場外」「場外」に「場外」それと「場外」そして「場外」……まぁ、場外負けばっかである。敵にやられるならまだしも自滅のみって、最早操作がどうのこうのってレベルじゃねぇぞ。

 

 

「うーん、なんでなのかな?左に行かせようとしてるのに、変な方向に進んじゃう」

「これの使い方難しいですね」

 

 

そう言って2人はコントローラーを持ち上げて色々いじって……ってこらこら。

 

 

「乱雑に扱わない、一応機械なんだから変にボタン押したりすると使えなくなるぞ」

「え、使えなくなるの?それは嫌だし、気をつけないと」

 

 

そうそう、機械は大切に扱わないとぶっ壊れるからな。だからボタンを強くつまんだり押すのはやめろ。

 

 

「というか、2人は対戦をしに来たんじゃないのか」

「そう!このゲーム機をもらったとき、今度こそジャイアントパンダちゃんに勝てるって思ったの!なのに、まだ戦う前からこんな、こんな~!」

「あーほれほれ、まだ試合続いてるぞ」

 

 

「そうだった!」とゲームの方へ戻ったレッサーパンダを尻目に、ジャイアントパンダの方に向き直る。

 

 

「ふふ、レッサーパンダちゃんは変な動きをするから面白いですね。見てて飽きないな」

「飽きないって、本人は脱却したい状況だと思うんだが」

「でも面白いんですもん。ヤバヤバです」

 

 

ダメだこいつ、脳がドS(カラカル)に汚染されてやがる……だが、当の本人は聞こえていないのか熱中しているようで。

 

 

『YOU LOSE』

 

「あああぁぁぁぁ!」

「あはは、落ち着いてレッサーパンダちゃん……ほら、やっぱり面白いでしょ?」

「笑い者にしてないで怒りを抑えてやってくれ」

 

 

というか、また場外に落ちたのか。

 

 

「話を戻すが、お前らは対戦するためにここまで来たんだよな。だとしたらコートローラーは2ついるんじゃないのか」

 

 

基本、こういったゲームを2人でするには2つのコントローラーが必要になる。1人で1つしか操作できないから当たり前なのだが。

 

 

「もう1つのコントローラーはどこにあるんだ?」

「それが、スタッフさんからもらったこの袋の中を探しても、1つしかないんです」

 

 

よいしょ、と持ち上げられた袋の中身を覗いてみる。ほんとだ、中には様々な余剰部品があるがコントローラーと思しきものはない。

 

 

「別に私はこのままでも構わないんですけど、レッサーパンダちゃんがなんて言うか」

「うーん、困ったなぁ。俺もこんなガラクタの置いてある場所なんてわからないし……」

 

 

……ん?ガラクタ(・・・・)……?

 

 

「……あ、あ!そうか、あそこがあったか!」

「わっ!なになに!?って操作が!」

「トツカちゃん、どうしたんですか?」

 

 

ガラクタ、そうか、ガラクタか!きっと間違いなくある、ここジャパリパークサバンナエリア研究所のあの場所なら!

 

 

「行くぞ、今すぐ!コントローラーがあるかもしれねぇ!」

「え、ホント!?どこに行くの!?」

「決まってんだろ──

 

 

 

 

 

 

 

 

──対物理衝撃用実験室(ガラクタ置き場)!!」

 

 

 

 

 

~数分後~

 

 

 

 

……んー、これでもない、これも違うな。あ、これは?いや、全然違うやつだ。となると、この辺にはないんかね……あっちを探すか。

 

 

「トツカ、こっちは、っと、なんかおっきい機械ばっかりだから違うと思うよ」

「俺も同意見、向こうのジャイアントパンダのいる方に行くか」

「りょうかーい」

 

んで、コントローラーを探し始めること早数分。未だに成果はあげられず、というところである。

あれー、おかしいなぁ。この間リュウ・カコさんと来た時は、確かにコントローラーみたいな機械を見つけたはずなんだが。

 

 

「ジャイアントパンダちゃーん、見つかったー?」

「あ、2人とも」

 

 

とにかく見つからなかったところを見ていても埒があかないので、ジャイアントパンダの方へ一旦合流。

 

 

「それが、見つからないんです。さっきのあれと同じ形でいいんですよね?」

「恐らくは同じ形、色は違う可能性があるが見分けはつくと思う」

 

 

同じ型のコントローラーとはいえ、色違いってのは必ずあるからな。これも前世知識だ。

 

 

「それにしたって全然見つかんないねー。本当にここにあったの、トツカ」

「いや、絶対ある」

 

 

うん、絶対ある。はずだ。多分。だから2人してそんな疑いの目を俺に向けないでくれ、ちょっと不安になってきたから。

 

 

「じゃあ、5分くらい休憩に入りましょうか。あんまり探しすぎるのも疲れましたし」

「それがいいかも〜。私も結構疲れたかな」

「そうだな、外の空気を吸いに行くか」

 

 

いやー、それにしても以外と疲れるもんだな、これ。だが、5分もなにする?普通にのんびりしてもいいけど、暇だろうし……

 

 

「トツカ危ない!」

「え?危ないってどういうこと……」

 

 

ガッ

 

 

振り向いた途端、後ろにいたあいつらが斜めになって立っていた。それどころか、世界そのものすら斜めに片寄って見えて……

 

……と、そこまで考えて、正確には俺がつんのめっていたことに気づいた。きっとさっきのぶつかる音は俺の足が何かにつまずいた音なんだろうな、って。もう回避不可能だし色々諦めたが。

 

 

ドシーン!

 

「大丈夫ですか?」

「あーあ、言わんこっちゃない……暇だからって何しようか考えながら歩いちゃダメだよ」

 

 

そのままズサーッと転げた俺は2人の手を借りて立ち上がる。あとナチュラルに読心術使うな。

 

 

「いっててて、また前が見えなくなって……って、これは」

「どうしたの……って、これ!」

 

 

俺たちは転倒の原因になったものを拾い上げる。それは……

 

 

『コントローラー!』

 

 

 

 

 

~数分後~

 

 

 

 

 

早速戻った俺たちは、新たなコントローラーを機器にセットした。

これで対戦ができることになったのだが、ジャイアントパンダが練習がてら先にNPC戦をしたいと言ってきた。レッサーパンダは快くOK、俺もお手並み拝見と行くかって感じでやらせてみたわけだ。

 

 

 

 

そして、その結果。

 

 

『YOU WIN』

 

「あれ、もう終わりですか?意外と簡単ですね」

「嘘だろ……最高難易度のラスボスを僅か1分でKO……?」

「ぐぅ、なんか試合始める前なのに負けたような感じがする〜!」

 

 

……その後、対戦を申し込まれた俺とレッサーパンダのメンタルが塵と化して地面に砂原を作り上げたことは言うまでもないだろう。とにかく、ジャパリパークの最凶兵器(リーサルウェポン)の恐ろしさを身を以て体験した1日であった。

 

 

 

 

 




機械は大切に扱わないとぶっ壊れるからな(体験談)

※12月8日 少し書き直し


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第21話 カコ博士~Suspicion~

 最近、疑問に思っていることがある。カコさんについてのことだ。

 

 疑問と言っても別に深いことではなく、ましてやカコさんのことを疑っている、というわけでもない。期限付きとはいえ俺のデータもしっかりと取ってくれているし、コミュ障のせいで普段話さないものの仕事は真面目にこなしてるらしいし。あと仕草が可愛い。美人。

 

「……なんか途中から変人になってるぞ俺、しっかりしろ俺」

 

 とにかく、不思議に感じたことがあったわけだ。幸い、今はカコさんのことをよく知っているというミライさんが休暇ということでちょうど隣にいる。基本俺に愚痴ってるだけだが。

 

「というか、前酒に酔ってた時も思ってたけどそれ聞かれたらマズいんじゃないのか」

「あ、確かにそうですね」

 

 今気付くなや。しかもそのまま愚痴を続けるっていう。だが俺はさっきからそんな運営への不満より気になってることがあるんだ。

 

「いやぁー、最近は本当に仕事が多すぎて……って、どうかしましたか?さっきからずっと前をボーッと見て。何かあったんですか」

「んぇ?ああ、それねー」

 

 ミライさんとカコさんは古くからの友人なんだそうで、なんでもジャパリパークのパークガイドを目指したのもカコさんの影響が大きいらしい。

 

「ミライさんってカコさんと仲いいんだよな?友達らしいが」

「突然ですね……はい、小さい頃に動物園で色々教えてもらったのがきっかけで」

 

 へぇー、動物園で出会ったんだ。正直あんまりイメージつかないが。

 

「教えてもらったってことは、2人はどっちかっていうと先輩・後輩みたいな仲なんだな」

「まぁある意味そうですね。初めて会った時、カコさんに園内にいた動物の解説をしてもらったんです。普段とは違ってマシンガントークでしたよ」

 

 まぁ、それだけ付き合いが長ければこの疑問も数秒で片がつくだろう。

 

「なぁ、カコさんって──」

 

 俺は、思っていたことをそのまま口にした。

 

 

「──人間じゃないよな」

 

 

 沈黙。キョトンとしたミライさんを表すならその言葉が適切だったろう。

 そして。

 

「──ぷっ、あはははは!」

「おいおい、あんまり大きな声を出すな」

 

 そのまま堰を切ったように笑い転げた。いや、あのね?確かに俺の言い方も悪かったけどさ、そんな笑うところでもなくない今の。

 

「はは、ごめん、なさい、ふふ、でもその、人間じゃないって……ぷぷ」

「……ミライさんなんか勘違いしてない?」

 

 別に俺はカコさんのことを地球外生命体とも未確認生物とも言ってないからな。勝手にミライさんが妄想しただけであり、俺は知らないからな。

 

「だって人間じゃないって、確かにカコさんは動物の話になると普段の性格からは考えられないほどのけもの好きになりますけども」

「そのことを疑問に思ってたわけじゃないし、だいたいそれミライさんも大概だぞ」

「へ?」

 

 いや、「へ?」ちゃうがな。むしろ今まで自覚なしであの痴態を晒してきたことに驚きだよ。

 

「え、じゃあどういう意味で言ったんですか?」

「自分の性格に関してはノーコメントか……これは前にカコさんとリュウとで色々話し合ってた時のことなんだけどさ」

 

 ~数日前~

 

 研究所内で、俺はいつものようにカコさんやリュウと検査という名目の会話をしていた。

 内容、と言っても大層なことを話していたわけではないが、ある時それが動物の話題につながったわけだ。

 

「……って感じでこの職に就いたんだ。ここの子達の名前を覚えるのには苦労したよ」

「むしろ覚えられたのか、すげーな」

「いやいや、そんなことないさ。周りのみんなの方が覚えるの早くて、何度かいじられることもあったくらいで」

 

 謙虚だなぁ……俺なんてゲームやってたけど5割も覚えてないかもしれん。コンプできなかった、ってのも一因ではあるが。

 

「それにカコ博士に比べたら僕なんて到底足元の塵にさえ及ばないさ。動物好きの僕の友達でさえ、慕ってやまないからね」

「えっ!?わ、私ですか……?」

 

 先程まで俺の尻尾を心地よさそうに触っていたカコさんは、ビクッと体を跳ねさせた。尻尾撫でてもらうの気持ち良かったんだが……いかんいかん、思考が猫化してきてた。

 

「カコさんは、どうしてジャパリパークの研究員……てか、副所長だっけか。この仕事に就いたんだ?」

「ここに就いた理由……」

 

 うん、聞いといて悪いけど実はだいたいわかってるんだよな。日頃の感じから推察は……あれ?

 

「…………」

「……おーい、カコさん?カコさーん?」

「カコ博士、どうかしましたか?」

「ふぇっ!?あ、いや、なんでも」

 

 そんなに悩む事か?あ、あれか、恥ずかしいんだな。性格考えればあり得る話だった。

 

「えーっと、私は、もともと子供の頃から動物が好きで、ここに入った……です」

「つまり小さい時からずっと動物に関しては無敵とか、そんな感じか」

「ち、違います!確かに動物は好きですが、そこまでは……」

 

 そう言って顔を赤くし、俯いてしまう。見てるままってのもそれはそれで味があるが、俺もそこまで鬼ではないんでな。

 

「じゃ、せっかくだし動物……そうだな、この前ゲームしたジャイアントパンダについて教えてくれ。まさか知らないなんてことないよな、なーんて」

「あ、いえ!そんなことないです!ジャイアントパンダは古来貘に間違われたこともあるほど有名で……」

 

 おうおう、ちょっと煽ってやっただけなのにすごい話すな。さすが動物好きの名は伊達じゃないって所か。取り敢えず話に入ってはこれたようだ。

 

「実はジャイアントパンダは指が7本あるって知ってました!?あれはもともと物をつかむために発達したので厳密には指じゃないんですけど」

「ああ、聞いたことありますね、『偽の親指』でしたっけ」

 

 ……カコさんは話に入れたけど専門的になりすぎて逆に俺が入れなくなった。

 まぁ別に本人が楽しければ構わな……

 

 

 パタパタ

 

 

「……ん?」

 

 瞬間、俺の目がカコさんの頭に何かを捉えたような気がした。

 

 

 パタパタ

 

 

 そして、二回目の視認で確信に変わる。

 俺は、見てしまった。

 

「え……」

 

 カコさんの頭にある尻尾の形の髪飾りが。

 

「あわわ……」

 

 

 パタパタ

 

 

 確かに跳ねたのを──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~現在~

 

「きゃああああ!?」

「だーから、大きい声を出すなって」

 

 最初は爆笑で、次は悲鳴て。つっても俺にとってはそれこそ恐怖体験だったが。

 

「というかそれで『人間じゃない』ですか……でもそれって本当ですかね?私もカコさんと話したことはありますけど、そんなとこ見たことないですよ」

 

 あり、ミライさん見たことなかったのか。あの髪飾りについてなんか知ってると思ったんだが。

 

「えー、でも俺も確かに見たはずなんだよな。なんなら今からでも確認しに行くか?」

「今からって、どこにいるかわかるんですか」

「たぶん研究室。違ったら捜索……の必要はないみたいだ」

 

 はてなマークを浮かべて首をかしげるミライさんに、ほれ、と指を指す。流れからわかるとは思うが。

 

「あ、カコさんだ!久しぶりですー!」

「えっ!?っとと、ミライ!」

「また会ったな」

 

 こちらに気づいたカコさんが書類を拾い上げつつ走ってくる。あ、本人いるし直接聞く?いや、さすがにそれは失礼だな。

 

「っと、トツカさんもここに……」

「普通にトツカで呼び捨てで構わないぞ」

 

 あと前から思ってたが敬語もいらない、と伝えておく。慣れないだろうけど頑張ってくれ。

 

「ミライ、キョウシュウの方にいたのね……というか、いたなら知らせてくれれば」

「あ、待ってください!ちょっと質問があるんですけど」

 

 あ、バカ待てって!

 

「カコさんの頭のソレ、動くんですかっていたたた!それはサーバルさんにやるやつじゃないですか!」

「あのなぁ、親しき中にも礼儀ありって言葉知ってるかゴルァ?」

 

 サーバルの同類かあんたは。カコさんも笑ってないで何か言ってやりゃいいのに。

 

「それで、この、これが動くかどうかって?」

「ん、まぁ単刀直入に言うとそうなんだが」

 

 俺は結構疑問だったが、カコさんは即答だった。

 

「そんなことはない、かな。お店で買った、普通のやつ、ですし」

「あ、そうなんだ」

「ほら、やっぱり私の言った通り違ったじゃないですか」

 

 ぐ……言い返せない自分が憎い……

 

「言った通りって、どういう?」

「そうだ、ジャイアントパンダさんのことを話してたんです!」

「違うからな?」

「ジャイアントパンダさんは尻尾が黒いと思われがちですが、実はクリーム色なんですよ!」

「そうそう、よく汚れが原因で尻尾の黒いぬいぐるみもよく見るけど、実は白いのよね!」

 

 あ、カコさんが飲み込まれた。こりゃ俺はもう入れな……

 

 

 パタパタ

 

 

「……この音は」

 

 え、まさかカコさん……あれ、動いてない。

 

 

 パタパタ

 

 

 また聞こえる……じゃあどっから?

 

「……まさか」

 

 恐る恐るミライさんの方を向く。

 

 そして、目に入ってきたのだった。

 

 

 パタパタ

 

 

「えっ──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミライさんの帽子についている2枚の羽根が、パタパタと動くのを──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけでカコさん回でした。カコさんはミライさんの前なら普通に話せるっていうのを表現したかったんですが、僕の稚拙な文章力ではダメでした。ここも要勉強です。


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第22話 風邪~Lullaby~

 ザーッ……

 

 

 

「やばいよやばいよ、なんか強くなってきてる!」

「とりあえずは研究所に急ぐぞ」

 

 

 俺たちはちょっとした危機に遭遇していた。

 

 

「だっ、よっ……地面がぬかるんでて歩きづらいな」

「うぇぇ〜、草が服にくっついてくる〜」

「そんくらい我慢しろ」

 

 

 ここは恒例のサバンナエリア。ここは普段はその暑さや乾燥っぷりが有名だ。そのせいか普段アニマルガールは見かけず、動物も見えるのは基本水飲み場でくらいである。

 

 が、そんなサバンナエリアにも実際のサバンナ同様に雨季がある。

 

 

 ザザーッ

 

 

「うわ、もっと強くなってきてないか?こんなん聞いたことないんだが」

「私も何回か雨季は経験したけど、今日は一段と強いね」

 

 一段とって、運悪いな俺……ついさっきまで心地よく昼寝をしていたのに、突然ザーッと降り出してきたから本当に今日はツイてない。特に俺は今回が初めてだし、対処方法が全くわからん。

 というわけで、研究所にダッシュしているのd

 

 

 ドテッ

 

 

「うみゃああああ!!」

「なんでそこで転ぶんだって俺を引っ張るなああああ!?」

 

 

 ズザーッ

 

 

 ……本当に今日はツイてない。

 

 ~研究所~

 

 

 いろいろあってなんとか辿り着けたが、数時間ずっとサバンナ走り回ってたせいで俺もサーバルも完全にびしょ濡れだ。うう、さむっ……

 

「あ、みんなここにいるね。やっぱり雨宿りかな」

「だろうな」

 

 研究所内にはいつも通りのスタッフと悪天候により暇を持て余すアニマルガールがいた。道中あまりアニマルガールには会わなかったんだが、どうやら大半はここに来たらしい。

 

「とりあえず体洗いたいし、シャワー室行くか」

「ブルルッ、私ちょっとタオル借りてくるね」

 

 そんな犬みたいに体震わせんな、雨がこっち飛ぶだろ……まぁいいや、ちゃんと戻ってこいよー。

 さてシャワー室だが、確か角曲がってずっと奥だった気が……あ、あったあった。アニマルガールも入って大丈夫だよな。

 

「……あれ、なんか案内板に貼ってある……?」

 

 ペラッ

 

『シャワー室修理につき使用不可』

 

 ……ワーオ、マジか。

 というか修理って、なんでこの最悪のタイミングでこうなるんだ。前のウォーターサーバーの時もそうだが、ここの施設肝心な時に動かない役立たずが多すぎだろ。

 

「……トツカー、シャワー室は?」

 

 暫くしたらサーバルがタオルで頭拭きながら戻ってきて、はい、と俺にもタオルをくれた。お、意外に気がきくな、サンキュー。

 

「で、その紙何?どこにあったの、向こうの掲示板?」

「んなわけあるか。ほれ、見てみろ」

 

 パッとサーバルの前に先ほどの紙を出してやる。最初は意味がわからなかったようだが、だんだんと理解したようで露骨に嫌そうな顔をした。

 

「えー、お風呂は入れないのかー。こんなにびしょ濡れなのに」

「そうは言ってもどうにもなんねぇだろ。俺は無実だからこっち向くな」

 

 だが本当にどうしたものか。この不快感のままで今日を過ごすのは辛いぞ。服を着替えたら体を拭いて、残りは……ま、あとで考えよう。

 

「なぁサーバル、せめて体拭くくらいはしたいからまずは部屋借りに「へっくしっ!」

 

 一応念のため言っておくが、今のくしゃみは俺のではない。

 

「うぅ、わかっ……ごほっ!わかった、からぁ、うぅ、さむいぃ……」

「おいサーバル、大丈夫か?さっきからくしゃみやらいろいろ酷いが」

「たじがに、そうだげ……へっくし!ど、なんか、ごほっ、寒気が……」

 

 ……うん、それもう確実にさ。

 

 

「……風邪だな」

 

 

 ~別の部屋~

 

 ピピピピッ ピピピピッ

 

「お、出たな。どれどれ見せてみ、何度だ?」

「えぅ……はい」

 

 マスクをつけたサーバルから体温計を受け取り数値を読む。と同時に、スタッフさんからもらったアニマルガール用の風邪薬も取り出す。

 

「九度八分、十分高熱だな」

 

 くしゃみや咳はだいぶ治まったが、逆に熱が出てきたようだ。

 

「状況からして明らかに風邪だ、専用の薬もらってきてるから飲んどけよ」

「……苦い?」

「たりめーだ」

「やだー!苦いのやだぁー!」

 

 こらこら騒ぐな……子供じゃないんだからやめろ、みっともない。

 にしたって、いくら雨にさらされたとはいえあの強靭な体を持つアニマルガールが、特にあのバカのサーバルが風邪をひくとは。「バカは風邪ひかない」ってよく言うのにな。

 

「じゃあ先に服着替えて、そのあと飲むでいいでしょ?必ず飲むから!」

「……飲んでくれるなら構わないけども。その代わり絶対飲めよ?」

「は、はは……」

 

 意地でも飲ませてやっからな、覚悟しとけ。

 

「そんじゃ、まず服脱がせっから上体だけ起こすぞー」

「あーい」

 

 んーと、この辺を支えて……

 

「「せーのっ」」

 

 よいこらせ……っと。

 

「それじゃ、頭拭くからなー」

 

 そばにあったタオルを掴んだまま後ろ側に回る。向けられたびしょ濡れの……黄色?の後頭部が現れたので、それ目掛けてタオルを上からかぶせやって……と。

 

 ぽふっ

 

「わふっ」

 

 そのままかき回しながら、ゆっくりと水滴を吸い取らせる。わしゃわしゃわしゃー……

 

「あふっ、ふぁ、わふぁ、ふぅ」

「声出すな、なんて言ってるか聞き取れないけども」

 

 てかなんだその声。「わふ」だの「あふ」だの、忙しいやつだな。

 

「……うしっ、これでおーわり。次は体だな」

「体も拭くの?あぅ、ふぁっくしゅ」

「って、こっちにくしゃみすんな」

 

 マスクかけてるから関係ないんだろうが。まぁ、どうせびしょ濡れなんだろうし、風邪悪化するかもしれんから着替えるついでに吹いておこうと思ったわけだ。

 

「じゃあ着替え持ってくるから、服のボタン外しとけよ」

「わかった、いしょ、よっと」

 

 えー、着替え着替え……っと、こんなんでいいか。下はスカートだから変える必要もないし、ニーソだけとって寝かせておくかね。あとタオルも濡らしておかねぇと……

 

「ボタンとれたかー?」

「とれたけど、体にくっついちゃって脱げないから手伝って」

「だぁーもう、しょうがねぇな」

 

 服くらい自分で脱いで欲しいんだが。シャツだしあんまり難しくはないけど。

 

「ん、オペラグローブに引っかかってんな。一回とってくれるか」

「オペラグローブって、この腕のやつ?いいよー」

 

 あ、今更だけど俺中身男だったな。裸見て大丈夫なのか?

 

……いやそういえば、なんかこの体になってからそういうの全く感じなくなったんだっけか。気づいたときは喪失感が半端なかったけど、今はもう慣れたし……うん、慣れたし。別に悲しくなんてないし。ぐすっ。

 つかそれ以前に、 サーバルに対してこう、色気というものを感じたことがない。

 そんなことを考えつつ、サーバルの脱いだ衣服を畳んでいく。自分で言うのもなんだが結構うまいな。

 

「……うん、おっけー、脱ぎ終わったよ。あ、この胸のやつも取る?」

「替えを持ってないからダメだ。あと単純に洗濯室に持ってくのめんどい」

「めんどいって、トツカは怠け者のアニマルガールなんだね」

「なんだって〜?(スッ)」

「あわ、待って待って!」

 

 パッと頭を抱えて身を構えるサーバルの体へ拳の代わりに濡れたタオルを当ててやる。うわ、凄い濡れてんな。てことは俺もこんだけ濡れてんのか今?

 

「はぁー、気持ちいー……ひんやり冷たいし、なんかスッキリしてくる」

「そりゃよかったな、ういしょ……よし、背中はもう十分拭いたな」

 

 拭き終わった背中にワイシャツを被せてやる。これで第一目標はクリア、だな。

 

「ありがとー、お礼に今度は私がトツカのこと拭いてあげるよ!」

「構わないが、風邪が俺に移るからまた今度な。それよりも約束、守れよ?」

 

 んな「えっ」みたいな顔すんな。体拭いたら薬飲むっつったのお前だろ。

 

「うぅ、粉薬は私一番嫌いなのに……むっ、背に腹はかえられぬ!一番サーバル、行きますっ!」

「そんな体操選手みたいな前振りいいから。はい、これ水」

 

 水入りのコップを受け取りつつ鼻をつまみながら薬を飲むサーバル。それを見ながら、カラカルがいたらめちゃくちゃ笑い転げるんだろうな、なんて思っていた。

 

 ~数時間後~

 

 雨雲のせいで外の明るさの変化がわかりにくかったが、おそらく今は夜の時間帯なのだろう。だって俺が眠いし。

 

「ふぁ〜あ、トツカ、眠くなってきたね」

 

 マスクの下から欠伸が現れ、つい俺もつられてしまう。

 

「ふぁ〜あ……そうだな」

 

 なんせこの数時間ずっとつきっきりの看病だったからな……他の奴らもお見舞いに来てたが、その度に前やったテレビゲームだのなんだので遊ぼうって言っては俺が制止することになってたから重荷でしかなかったからな。

 

 

「お前は病人な訳だし、今日はもう寝とけ。子守唄でも歌ってやろうか?」

「あ、私トツカの歌聞いてみたいな」

 

 げっ、まじか……んー、墓穴掘っちまったな。

 

「……今回だけだぞ、他のやつには内緒な」

「とくにカラカルには、でしょ?」

「わかってるならよろしい」

 

 さて子守唄ねぇ。俺が知ってんのってゆりかごの唄くらいだけど、別にこいつら知らなさそうだしいっか。

 

 えー、おほんっ。

 

 

 

 

 

 

 揺り籠の唄を

 

 

 

 金糸雀が歌うよ

 

 

 

 ねんねこねんねこ

 

 

 

 ねんねこよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇトツカ」

「んぁ、なんだ?」

「……ふふっ、なんでもないや。ありがと」

「……なんじゃそりゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~数日後~

 

「わーい、治ったー!これでもう薬飲まなくていいんだよね!」

「普通それを喜ぶか?」

 

 ま、なんにせよ病気が治ったのは良いことだ。さすがに数日も俺が看護することになるとは思わなかったが、これにて一件落着と……

 

「ふぇっくしゅ!」

 

 ……正直に言おう。今のは俺のくしゃみだ。

 

「あ、トツカ今くしゃみした?ってことは風邪ひいたんじゃない?」

「うぅ、なんかさむい……ってことは、お前からうつっ、へくしゅ!移ったってことか、ぶるるる……」

 

 寒気がやばい……まさか俺まで風邪にかかるとは。

 

「あ、そうだ!今度は私が看護してあげるよ」

「サーバルが介護とか不安しかないのですがそれは……さむっ」

「む〜、私だってできるもん!えーっと、お薬飲ませて寝かせとけば良いんだよね?」

「やっぱ不安しかねぇ!はっくしゅん!」

 

 

 

 その後、俺が健康になるまで数週間かかった。

 

 

 




▶︎おめでとう! トツカ は トツカママ に しんかした!


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第23話 WRITING(筆記)というもの、獣もしてみん

森林エリア。春の遊園地エリアのように気候のある程度整った場所。そこには、キョウシュウチホー唯一の図書館がある。

 

うん、まぁ別に図書館なんていくつもいらないし言ってしまえば遊園地や研究所の休憩スペースで事足りてるし。つーかそもそもサファリパークに図書館って必要なのか……?

ちなみに平原エリアにはお城風アトラクション、雪山エリアには温泉、遊園地エリアには文字通りの遊園地があるから、娯楽としてはそっちの方が向いている。現に今ここには人影がほぼなく、一階の休憩スペースは俺の貸切状態。

 

だが、それだけ人気がなくとも、俺にはそこへ行かなくてはいけない理由がある。

 

その理由、とは。

 

 

 

 

 

「……ぐぬぬぬ、全然うまくできねぇ……なんで『四』の字も書けないんだ俺は……」

 

 

 

 

字を書けるようになること、である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、ひらがななんて難しすぎだろあれ。特に「ぬ」とか、お前なんでそんなグネグネしてんだよ。仕方なく漢数字に変えたけど「三」までは棒なのに「四」からはなぜ形が変わるのか全くもって解せない。

 

 

「俺、もうダメかもな……」

「なんやどないしたん、さっきから唸って。図書館なんやから静かにせんとあかんよ?」

「にゃっ、誰だ……って、ヒョウか」

 

 

センチメンタルな俺に後ろから流暢な関西弁で話しかけてきたのは、食肉目ネコ科ヒョウ属のヒョウ。

 

 

「せや、ナイスバディで可愛いヒョウ姉さんやで!」

「あんまり言いすぎるとオカピがうるさいぞ」

 

 

一週間前、今話に出てきたオカピとどっちの足が美しいかなんてしょうもない論争に俺を巻き込んだアニマルガールである。

 

 

「お、これもしかして漢字?三まではできてるのに四が全然だめやないか」

「しょうがないじゃん、俺の不器用さはヒョウもわかってるだろ」

 

 

わかられてても困るんだけども。それ以前に文字の読み書きができるアニマルガールだっているんだから、むしろ俺はまだマシな方である……はず。

 

 

「んで、お前は何しにここへ?」

「うちらはちょっと料理の本を探すよう頼まれてな。研究所の本は貸し出しできないから、こっちに来たんや」

「へぇー、誰に?」

「ふっふーん、それは『ぷらいまりー』に関わるから秘密!」

「それはプライバシーってことでいいんだよな」

 

 

にしてもなるほど、本を探す依頼を受けて、か。確かにここの図書館いろんな本があっから、探せば大抵は見つかるだろう。何で真ん中に木が生えてんのかは知らんけど。これ雨降ったら全部濡れるんじゃ……

 

 

「ん、うち『ら』?」

「せや、向こうにクロヒョウもいるで」

 

 

おーい、とヒョウに呼ばれて、後ろ髪を2つ結びした黒い服の子が振り返る。あとヒョウ、さっき静かにしろと言っておきながら大きい声で呼んだら本末転倒だからな。

 

 

「なに、お姉ちゃん……って、トツカちゃんも居とったんやね」

「久しぶり、クロヒョウ。姉の方と同じく、ちょうど一週間ぶりか」

 

 

この子はヒョウの妹、食肉目ネコ科ヒョウ属クロヒョウ。俺をヒョウの自慢話から救ってくれた恩人でもある。

 

 

「ほら、クロヒョウも見てみこれ!この『を』みたいな字なんかすごいことに……」

「あー!あー!ちょっとその話はあとでな!あとで!」

 

 

ここで俺の字を話題にしなくていいから!てかできることなら未来永劫話題にするな!

 

 

「う、うん……なんかお姉ちゃんが迷惑かけてるみたいで、ごめんなあ」

「いやいや、クロヒョウが謝ることなんて全然ないって」

 

 

クロヒョウが普段からこういう性格なのは知ってるが、それでもこっちが申し訳なってくる。おいヒョウ、なに頷いてんだ。お前が原因なんだぞ。

 

 

「それで、お姉ちゃんなんでうちを呼んだん?」

「あ、せやった。目的の本って見つかったか?うちが探したところにはなかったで」

「うーん、うちも今探してるところやからなぁ……」

 

 

というか、ヒョウはここら辺から料理本を探してたのか。いや見た感じ探してる雰囲気ではなかったけど。あとここは文学系の本棚が多いから料理本はないんじゃないですかね。

 

 

「そもそも、料理、というか家庭系の本なら向こうなんじゃないのか?ほれ」

 

 

そう言って指を向けた先には、区切られた本棚とそこにつけられた「家庭本」と書かれた看板。

 

 

「あ、本当や!どうりで今まで変なこと書いとる本しかないわけやわ」

「気づくのが圧倒的に遅すぎだろ……次から使うときは参考にするんだな」

 

 

姉妹は全力疾走で階段を上ったあとしばらくあちこちを探していたが、1分経つか経たないかのうちに『お家で出来る簡単レシピ! 50選』と表紙に書かれた本を持って降りてきた。

 

 

「ほんまにありがとう!これでなんとか約束も果たせそうやし、みんなトツカのおかげやよ」

「そこまで言われると逆に照れくさいな。実際俺なんもしてないし」

「どしたんどしたん、まったく照れちゃって〜」

 

 

何でだろ、前世ではこんなに照れ屋ではなかったと思うんだが。あと頭撫でられても無意識に首よじらせるほど敏感ではなかったはずなんだが。それにしたってこんな気分だったんだな、いっつも撫でる側だったからなんか新鮮だ。

 

 

「でさ、トツカちゃん。お礼ってしてもいいかな。流石にこのまま帰るってわけにもいかないし」

「あぇ?いや、そんなの別にいいって。俺だって今日は字の練習だけしかしないし」

「あ、それや!字の書き方を教えたるよ!」

 

 

……は?

 

 

「えっ……マジ?」

「むぅ、その目、このヒョウ姉さんを信じとらんな!うちだってやるときはやるんよ?」

「お姉ちゃんはやるときとやることがあれなんやけどね……」

 

 

うわぁ、胸張ってんのにその隣で妹に苦笑いされてる。何だこの構図。単純にヒョウの胸だけが強調されてやがる。

 

 

「まぁトツカちゃん、うちも一緒にするから。もしものときは何とかするよ」

「それはそれで申し訳ないんだがなぁ」

 

 

……ま、いっか。なるようになるだろ。

 

 

「じゃ、お手柔らかに頼むよ。特にヒョウのことで」

「ん、今うちバカにされへんかったか……?」

「気のせいだぞー」

 

 

 

~数分後~

 

 

 

レクチャーはまず座る姿勢から始まる。クロヒョウの教え方は意外と上手い上に細かくて、なぜかヒョウも俺と並んで授業を受けることとなった。

 

 

「……そうそう、ええ感じやと思う。まず姿勢はおっけーや」

「字を書くのがここまできついと思ったんは初めてやなぁ」

「まだ鉛筆握ってすらいないのになに言ってんだ」

 

 

俺にとっては復習みたいなもんでしかなかったが、まぁ言うて俺も完璧じゃなかったし結果オーライだ。まさか(元)社会人になってから小学生レベルの教えを受けることになるのか、とも思ったけど、意外と忘れてたり間違ってたりとするもんなんだなぁ。

 

 

「じゃ、次は実際に持ってみよか。まずは2人とも自由に鉛筆握ってみて」

 

 

言われた通りそれまでと同じように鉛筆を握る。……ん、やっぱ慣れてきたとはいえまだ握るのも難しいな。

苦戦していると、クロヒョウが気づいたのかこちらに寄ってくる。

 

 

「ご、ごめんトツカちゃん!わかりにくかったかな、あんまり深く言わんかったし……」

「別にクロヒョウの言い方は問題ないんだがな、俺が元からこうなだけで」

 

 

クロヒョウの持ってるみたいにやってるんだが……くっ、あれ、うまくいかない?

 

 

「えーと、もうちょいやね。鉛筆の軸は……人差し指の、第二関節か第三関節に当たるようにして」

「どれどれ見せてみ、こう親指は力を抜いて少し曲げるように……うん、そんな感じやな」

 

 

ヒョウも加わり、アドバイスをしつつ、手と手を重ね合わせながら2人がかりで俺に鉛筆を持たせる。3つも手があるのに重ならないあたりさすが姉妹といったところか。

 

 

「中指と薬指は、のばさずに、親指と一緒にそっと曲げるの」

「他の指は抑えといたるから、添えてみ」

「んーっと、ここはこうで、薬指はこの辺でいいのか」

 

 

ヒョウに手を添えてもらいつつ、クロヒョウの指示通り指を動かす。お、だんだんと様になってきた。

 

 

「そうそう、上手い上手い!なんかおぼこい子を見てる感じやなぁ」

「おぼ……なんだって?」

「な、なんでもないなんでもない!」

 

 

なんでそんなに慌てて隠すんだ?意味がわからなかっただけなんだけど。あ、もしかして俺に言えない意味か。

 

 

「お姉ちゃんたら、わからんでもないけど……とにかく、今言った、親指、中指、薬指の添え方が重要なんよ」

「それと、人差し指に軸を預け、腕に重心を置く、だな」

 

 

あとわからんでもないってどういうことですかね。

 

 

「そしたら、試しに何か書いてみてくれる?う、うまく教えられへんかったし、もしかしたら難しいかもだけど……」

「まぁまぁ、何事も試しだ。要はこの形を維持して書ければ良いわけだし」

 

 

紙に面と向かい、教わった姿勢・持ち方のままゆっくりと鉛筆を滑らせていく。

まずは単なる棒を幾つか。そのまま、曲げたり文字に変えていったりする。

 

 

「……すごいな、今までよりスラスラ行く感じがする」

 

 

今までどころか、前世の時よりもめちゃくちゃ滑らかに腕が動いていくぞ。どれ、小さい動きは……あれ、流石にそこまで細かくは動かせないか。でも線も真っ直ぐになってきたし、筆圧も濃すぎたのが普通くらいになってる。

 

 

「そりゃあなぁ、トツカは今までがダメすぎ……あいたっ」

「もう、お姉ちゃんたらそういうこと言わない!」

 

 

ヒョウの言葉にクロヒョウのチョップが入る。今までがダメという言葉に反論できない自分が悔しいが、それこそ最初は文字書こうとして紙破いてた俺からすれば大発見である。

 

 

「それじゃトツカちゃん、一回鉛筆を置いて、もう一回持ち直して……そういえば、お姉ちゃんはええの?」

「うっ……ほら、うちはその、もともと教える側なわけやし?」

「じゃあなんで途中から一緒に習ってたんだ」

 

 

「ははは〜」と笑って誤魔化すヒョウをよそに一旦手から鉛筆を離す。

 

 

「それでは、よーい……どうぞ!」

 

 

合図に合わせて鉛筆を握る。人差し指に軸を合わせて、親指と中指、薬指を添える……うん、こんな感じだ。

 

 

「お、最初より力んでなくてええ感じやな。ちゃんと持ててるやん、えらいえらい!」

「ちょっとしか教えてへんのに、すごいよトツカちゃん!」

「は、はは……」

 

 

1日に二回も照れさせないでくれ……カラカルに謝られた時もそうだが、照れは結構慣れないんだよなぁ……

 

 

「そしたら、もう実践できるんとちゃうかな」

「ということは字を書くのか」

「あ、実践と言っても、まずはこう……ジグザグに、線を書くんよ」

 

 

こんな風に、とクロヒョウが線を書いていく。

 

 

トン、スーッ、スッ、スー……

 

 

紙には、Zを縦にいくつも重ねたような、綺麗な線が残っていた。

 

 

「今のトツカちゃんなら、難しくはないと思うんやけど」

「りょーかい、先生の言うことにはちゃんと従うさ」

 

 

それじゃ、いっちょやってみますか。えー、確かまずはまっすぐ線を下ろして……

 

 

「でも先生呼びされるんは悪くないな……」

「お姉ちゃん、下見て!本置いてあるよ!」

「って、おわっ!?」

「ん、どうしたヒョウってこっち倒れてくんな!?」

 

 

なにがあったあああ!?

 

 

ドシーン!

 

 

 

「あわわわ、2人とも大丈夫!?」

「あたたた……あれ、トツカどこや?」

「お前が今乗っかってるよ……」

 

 

早く降りてくれないか、出来るだけ早く。

 

 

 

~数時間後~

 

 

 

「いやー、今日はありがとうな、勝手に俺の練習に付き合ってもらっちまって」

「ええねんええねん、こっちも楽しかったで!」

「こらお姉ちゃんてば、ほんまにごめんなあトツカちゃん」

 

 

ま、ヒョウも問題こそ起こしたものの役に立ったわけだし。今日のところは許してやろう。

 

 

「んじゃクロヒョウ、うちらはこれから縄張りに戻ろか。ほな、またな、トツカ」

「うん、さよなら」

「忘れ物すんなよー」

 

 

さて、俺は練習の続きを……

 

 

「……あれ、これなんだ?」

 

地面に落ちていたのはどうやら何かの本らしいものだった。表紙は、えーっと。

 

『お家で出来る簡単レシピ! 50選』

 

……あ。

 

 

「おーいトツカー、本落っこちとらんかー?」

「お姉ちゃんがなくしちゃって……ほんっまにごめん!」

 

 

全く、あいつら言ったそばから……図書館では静かにしような。

 

 




関西弁うまく書けない……ご指摘等お待ちしています。


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第24話 憩~Massage~

反省はしている、だが後悔は(ry


 ~サバンナ、カラカルの縄張り~

 

「じゃ、また後でなー」

「はいよ……」

 

 他のアニマルガールと別れ、草原に突っ込む。

 

「だぁ〜、きっつ〜……」

 

 ぐはっ……身体中が痛いのなんので辛すぎる……もうダメかもしれん……

 

「あら、誰かしらあの子……って、トツカじゃない」

 

 カラカルがしゃがんで顔をのぞかせる。

 

「なにその浜辺に打ち上げられた魚のようなポーズしてんのよ」

「なんだそのポーズ……じゃなくて、的確に言い表すな」

 

 そこまでひどいポーズしてるか俺。

 

「で、何があったの?あ、わかった、道中でバリーにあって練習に強制参加でしょ。それともサーバルがなんかドジやらかしたの?あとはロスっちとアフリカゾウとにまた絡まれたとか」

「全部だ」

 

 

 沈黙。

 

 

「……え、全部?」

「ああ、全部」

 

 声を絞り出してカラカルに答える。そんな面食らった顔されても困る、実際俺もなんでこうなったのかわからん。

 

「うそでしょ、だってあんた運が呆れるほどないけど、流石にそこまで引っ張りだこにされるほどなんて」

「それが本当に引っ張りだこにされてきたんだよ。ついでに言うとさっきお前が挙げた例より多くやってきてる」

 

 今朝俺は早起きしたからと散歩に出かけた。どうやらこれが今日の俺にとって最大の過ちとなったらしい。

 

 開始30分ほどでバリーに遭遇。「朝から鍛錬か、私もつきあおう!」と謎の勘違いをされた結果1時間ほど木を相手に殴る蹴る挨拶をする。必殺技の練習もしたが、バリーはあの場にいたとはいえなんで俺のあの必殺技名が普及してるのか非常に不思議だ。あと恥ずい。

 

 なんとか別れた後に今度はサーバルに会い、だだっ広いサバンナの中でカラカルに借りた本を無くしたというので探すのをこれまた1時間ほど手伝った。砂漠が美しいのは井戸を隠しているからとはよく言ったものだがサバンナは本をサーバルの寝床に隠すらしい。うん、そして今の話において俺は悪くないからその右手を下ろしてくれカラカル。

 

 そして今度は全員で2つのマフラーを巻いてフラフラと歩くヒョウ姉妹とアフリカゾウ、ロスっちことロスチャイルドキリンに出会って3秒で合体(マフラーを巻きつけられる)。感想としては暑苦しい・歩きづらい・前も聞いたがパオパオって何、以上。

 

「後はニホンオオカミと木の実集めたり、知らないアニマルガールに会ったり、だな」

「なるほどね。あんたが起きたのを5時として、今10時だから5時間?そんだけやってれば確かにそんなんにもなるわ」

「同情するなら金をくれ、つってもわかってくれるだけでもありがたいが」

 

 全身筋肉痛になるまでなんて、自分でもよくやったと思うよ、ほんと。

 

「ねぇねぇ、お金はあげられないけどさ」

 

 ぐいっ、と顔を近づけてカラカルが提案してくる。

 

 

「私があんたの体、癒してあげよっか」

 

 

 ……癒す?

 

「前セルリアンから助けたお礼か?それなら別に」

「それもあるけど、この前マッサージに関する本を借りてきたの。それでトツカには実験台になってもらおうと思って」

 

 ガサゴソ、と取り出された本の表紙には『マッサージの基本 入門編』と書いてあった。

 

「まま、ここは人助けのためと思って1つ受けてよ、ね?」

「……へぇー、カラカルってそういうの興味あるのな」

「む、何よ。文句あるならやってあげないわよ」

 

 いや、そうじゃなくてさ。

 

「もっと心理学とかそっちの方に関心持ってると思ってたんよ」

「……あんた、ほんっとうにバカね」

 

 ~内容確認中~

 

 というわけでマッサージされることになった。本には「マッサージオイル」とやらを使うものもあったが、生憎持っていないらしいので簡単なもので済ますことに。

 

「てか、マッサージすんのにオイルなんて使うんだな」

「……あんた、今変なこと考えたでしょ」

 

 はぁ?変なこと?

 横を見ると、カラカルが目を細めてこっちを睨んでいた。……念のため言っておくが、俺は絶対に悪くないぞ。

 

「なに言ってんだ、ただベトベトして気持ち悪そうだなって思っただけだぞ」

「……え、本当にそれだけなの?」

「それ以外なんもないに決まってんだろ……暑さで頭やられたか」

「い、いや、なんでもないわよ!別に考えてないなら、それでいいし……」

 

 全く、人騒がせな……あ、これもしかして読心術を破る術を見つけたってことじゃね?

 

「というかベトベトって、あんたはマッサージオイルをなんだと思ってんのよ」

「それ以前に、オイルっつーのをよく知らん」

 

「あのねぇ……」とカラカルが呆れ返るが、俺からすればしょうがないのだ。なんてったって前世が男である故、美容には完全に無頓着だった、というか今も興味ないしな。

 

「で、何処をマッサージするんだ?やっぱり背中とか」

「それも効果あるけど、私も初心者、というか初めてなの忘れないでよ」

「あ、そうか」

 

 そういえば俺カラカルの実験台としてここにいるんだった。となれば、カラカルの性格を考えても内容に口出しはできないだろう。

 

「まずは簡単な手のマッサージからいくわ。ま、所謂ハンドマッサージってやつね。一回オペラグローブ脱いどいて、私も脱がなきゃ」

「はいよー」

 

 こうして服と認識している間は脱げるが、アニマルガールにとって服とは毛皮のようなもので、普段は感覚が存在する。そのせいもあってか最近は服を脱ぐことが少ない。お風呂、もとい水浴びもめんどくさくなって服のままやってるし。

 

「さて、始めますか」

 

 よいしょ、とカラカルが俺の隣に座る。

 

「それじゃ、右手を見せて。えーと、本には……なるほどねー、ここらへんか」

「ちょいちょい、勝手に進めないでくれ。仮にも俺は受ける身なわけだし」

 

 そんな俺の頼みも耳に入れず、右手を色々と触っていく。

 

「よし……まずはここ、手のひらの真ん中らへん。労宮っていうらしいわ」

 

 左手で押さえつつ、右手の親指でこれから押すのであろう場所をさする。

 

「ここの窪んでいるところを、ゆーっくりと、押していくからねー……んしょ」

 

 指が内側へ押し込まれ、手の中心にやわかな刺激を受ける。ゆっくりと皮膚の上を撫でられながら、手全体に感覚が広がり、疲労が抜けていくのを感じていく。

 

 スリ、スリ……

 

「ふぁ〜……なんか気持ちいいな、これ」

「それがマッサージだからね、気持ちよくできなくちゃ意味ないし……っと」

 

 スリ、スーッ……

 

 会話を混ぜつつ、手の筋肉が解されていく感覚に身を任せる。

 

「ふーっ、これでここは終わり、っと。次は……指と指の間、水かきのところらしいわ」

「ここ?ここを引っ張るってことか。でもそれ痛くない?」

「だーれが引っ張るって言ったのよ。さっきと同じく、ゆっくり押すの、押す」

 

 押さえる左手をそのままに、指が滑るように動いていく。

 

「さ、いくわよ……」

 

 するりと指の間に入った親指の腹が、優しく、それでいてしっかりと奥の方まで揉み込んでゆく。

 

 スッ、スーッ……

 

 最初に、親指と人差し指の間を。

 

 次に、人差し指と中指。

 

 そして、中指と薬指。

 

 最後に、薬指と小指。

 

 ギュッ……

 

「んしょ、っしょ……ここには、自律神経の、ツボがあるのよ」

「ふぇー……」

 

 カラカルが話しかけるが、頭がぼーっとしてほぼ聞き取れない。快感を与える親指だけでなく、それを支える他の指やしっかりと握る左手の体温も、安心感を与え、眠気を誘発させる。

 

「はぁ〜……なんか眠くなってきた……」

「まだ寝るのはだーめ、これからやってみたいことたくさんあるんだから」

 

 うぇ〜?こんな眠いのに寝るなって鬼畜すぎだろ、日課の昼寝もしてないってのに……文句言えないけども。我慢できるかどうかわからないけど、頑張るしかないか。

 

「さて、仕上げに親指の付け根。こっちには肩凝りのツボがあるんですって」

「肩凝りか、言われてみると今日は肩凝りひどいな」

「そうなの?じゃあおまけで後で肩のマッサージもやってあげるわね」

「お、サンキュー」

 

 この体になってからはそういう疲労とは無縁だったが、今日ばっかりはキツイのなんのだからな。

 

「えーっと、ここね。そいっ」

「んっ……」

 

 親指の根元の周りに手の暖かみが直に浸透してくる。

 

 スッ、スッ

 

 最初は、撫でさすられ。

 

 スーッ、ギュッ

 

 少しづつ、優しく押し込まれる。

 

「んっ、んっ……と」

 

 親指を動かし続けた筋肉の凝りがなくなり、血が段々と巡ってゆく。

 

「いしょ……うん、こんくらいでいいんじゃないかしらね」

「あ、終わり?じゃあ次は肩の」

「あんたには左手がないのかしら?まだ肩はお預けだから」

 

 別にないわけじゃないが、眠すぎて頭が回らないんだよ。現に言い返す気力すら残ってないし……ふぁ〜あ。

 

 手を持ち替えて、先ほどと同じ順にぐいぐいと柔らかく揉まれてゆく。

 

 手の平の真ん中、水かき、親指の付け根。

 

 右手の時と同じ感覚が体を走る。やべ、本格的に寝るわこれ。

 

「ふっ、さ、これでいいわ。お待ちかねの肩のマッサージよ、それが終わったら今度は……」

「肩で終わりにしてくれ……俺の精神が持たない……」

「えー、しょうがないわね。また今度付き合ってよ」

 

 文句をたれつつも背中の方へと回るカラカル。そのまま肩へ触る──と見せかけて、先に首の根元の方を支えるように掴む。

 

「先に準備体操みたいに頭ぐるっと回すわよ。ほら、ゆっくりいくよ」

「はーい、んっと」

 

 体操の時よりもさらに遅めに、首の根元を動かしてぐるりと一周。ほぐす前に筋肉をできるだけ柔らかくするためとのこと。

 

「んで、まずはここ、首の2本の筋。ここをこーやってつまんで」

 

 スッ、と首が引っ張られる。かと思えば、そのまま上から下へと血を流すように揉み込まれる。優しく刺激され、強張っていた肩の筋肉が緩む。

 

「そしたら、今度はその筋の外側の生え際あたり、天柱ってところ押してくからね」

 

 今度は親指をさらに根元へと押し当てる。先ほど癒されていたさらに外がギュッと揉まれ、良い感覚を感じる。

 

「あっ……あ、あっこれいい!なんかすごい気持ちいい、うん、そ、そこそこ」

「はいはい。ここらへんかしら、ういしょ。てか、そんなに気持ちいいわけ?」

 

 結構気持ちいいぞこれ、肩あたりの緊張が一気にスーっと消滅していく感じ。まじか、正直マッサージなめてた。ちょっと今のは大げさだけど。

 

「ここ、眼精疲労にもいいらしいわね。あ、この耳の後ろあたりなんてどうかしら。風池ってやつ」

「ふぇ……あ、そこも結構いいかも、てか良い」

 

 めっさ気持ちええ……俺なんか爺さん婆さんみたいになってね。

 

「それと、肩こりならこの耳たぶの上の肩こり帯も良いらしいわ」

 

 え、耳?

 

 カラカルの手を確認しようとすると、そっと手が伸びてきて──

 

「んにゃっ……」

「あら、可愛い声出すのね」

 

 ……こいつ、わざとやりやがったな。

 

「ふふっ、ごめんごめん。で、ここが肩こり帯ね」

 

 気にしないかのように耳たぶを揉んでいく。血行が良くなる感覚が伝わってくる。

 しばらくそれらの快感に浸っていると、突然肩の筋肉に衝撃が来た。

 

 トン、トン

 

 後ろで、カラカルが手を組み、甲で肩を叩いてくれていた。

 

「なんだ、肩たたきしてくれてたのか。ありがとな」

「べ、別にお礼なんて良いわよ。折角だしサービスしてあげたってだけ」

 

 まぁ、ありがたいからなんでも……かまわ……な……

 

 

 の  の  の  の  の  の  の

 

 

「肩たたきもこんなんで良いかしら。まだまだあるからねトツカ……トツカ?」

 

 あら、反応がない……

 

「すぅ……ん……」

 

 って、寝ちゃったか。

 

「もう……寝るなって言ったのに、本当にしょうがないバカね」

 

 だいたい座ったまま寝るってどんな大技よ……そんな体勢で寝たらまた体痛め──

 

「……んにゃ」

 

 ドサッ

 

「きゃっ!?」

 

 うわ!?こっちに倒れこんできた!というかそのまま私の腿の上にダイレクトインしてくるとか……

 

「……あら、意外と可愛い寝顔」

 

 ……ま、本人は色々あったらしいし。膝枕くらいは勘弁してあげましょうか……

 

 

 の  の  の  の  の  の  の

 

 

 ~数時間後~

 

 ん……あれ、ここサバンナ?なんで……あ、そうだ、確かカラカルにマッサージを受けて……て事は、俺あの後寝たのか。

 

「睡魔には勝てなかったか……」

「あら、おはようトツカ。もう昼頃だろうけど」

 

 上から声が聞こえ、首を上げて確認すると、そこには腕時計を覗くカラカルの顔があった。

 

「あ、カラカル……すまん、なんか寝てたみたいだ」

「良いの良いの、その代わり面白いこともできたし。はい、これ開いてみて」

「?」

 

 手渡されたのは、なんということもない、先ほどのマッサージの本だ。

 だいたい開くって、俺の手先の器用さじゃ無理なんじゃないのか。最近はだいぶマシとはいえ、誰かにめくってもらわないといけない時もあるし。

 

「どうせできるわけ……」

 

 ペラッ

 

「……あ、できた」

「ふっふーん、どうよ、この私の力は!」

 

 いや、そんな驚くことでもないけど。

 

「私の力って、寝てる間に一体何したんだ」

「簡単よ、手先が器用になるツボを押したの」

「え、そんなツボあんの!?」

 

 何それツボ超有能。もうこの際万物に効くんじゃなかろうか。

 

「ただ定期的にやんないと効果がなくなることも……」

「え、ちょ、教えてくれ!どこ、どこ押せば良いんだ!?」

「待ちなさいってこら」

 

 待ってられるか!こっちは今後の人生かかってんだよ!

 

「ま、まぁ、そうね。わ、私に、またマッサージしに来てくれれば、か、考えなくもない、なんて」

「行きます!行かせてください!」

「即答!?……とにかく、今度教えるからそれまで待ってなさい」

「絶対な!絶対だぞ!」

「わかってるわよ、もう、なんというか……」

 

 

 その時の俺はどうやってそのツボを教えてもらうか思索しすぎて、カラカルの呆れさえ聞こえなかった。




次回からはできるだけ3000字近くに抑えようかと。


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第25話 小さな~Buster~

前回のちょっと続き。


「ねえ、あんたが来た時なんか見かけない顔の子いたわよね。知り合い?」

「あー……あいつのことか」

 

『じゃ、また後でなー』

 

 俺がカラカルに発見される前、突然話しかけられたのだが、知ってのとおりその時恐ろしく疲れていたからその時は適当に繕って……

 

「あ、そういえば後で会う約束してたな」

「ほーん、待ち合わせってことね。何時頃なの?」

「確か午前11時」

 

 うん、11時に研究所戻るって話だったような……ん、カラカル?

 

「おい、なんか変なとこあったか?」

「……今、正午」

 

 ……え。

 

「やべえ、全然間に合わねぇじゃねぇか!まだ待っててくれると……いや、それはそれで申し訳ないな」

「相手の子多分あんたのこと探し回ってるかもしれないし、入れ違いのことを考えてもじっとしていた方が……」

 

 

「おーい、探しに来たぞー」

 

 

 声がサバンナに響く。その方向にいたのは、背丈の小さい女の子。そのパーカー風のジャージは手が通るべきところがペンギンの羽のようになって指が出ず、前髪はおデコを出してぴょんと嘴のように一房垂れている。

 

「まったく、時間になっても来ないから結構心配したんだからな……って、なんで膝枕されるんてんだ?」

「いや、本当にごめん、カラカルにマッサージ受けてたら眠くなっちゃって」

 

 本当だ。不可抗力だったんだよ。だからそんな目でこっちを見るでない。

 

「えーっと、あなたは?私はカラカル、よろしくね」

「あ、まだ名乗ってなかったなー」

 

 多分カラカルがさっき見たっていうアニマルガールで、俺も今日会ったばかりの少女は口を開く。

 

 

 

「私はジャイアント、ジャイアントペンギンのアニマルガールだ。よろしくなー」

 

 

 

 太古の生物(大先輩)ジャイアントペンギン。

 

 

 

「ジャイアント?あなたちっちゃいのにジャイアントって名前なのね」

「あんまり大きく見せてるわけじゃないんだけど、なんか周りからは『先輩』って呼ばれるんだよなー」

 

 先輩、か……ん、ジャイアントペンギンってゲームにいたっけ?俺の記憶も確かじゃないからよくわからん。全く使えないな、俺の前世の記憶……寧ろ足枷になってる気もしてきたぞ。

 

「だが、私みたいなのは結構新鮮だろう?この手の形とか他の奴には多分ないからな」

「そうね、ペンギンのアニマルガールって初めて見るしおもしろいわ」

 

 よく見てなかったけど言われてみれば面白い形……じゃないじゃない。

 

「で、ジャイアントペンギン、だったな。俺に用があるんじゃないのか?」

「あーそうそう、新しい守護けものが現れたって聞いて気になってきたのさ。ボーラーの代理なんだってな」

「え、待って話についていけないんだけど!」

 

 ジャイアントとナチュラルに会話をしていると、状況を飲み込めていないカラカルが間に割って入ってきた。まぁ当たり前だよな、何にも言ってなかったし。

 

「ボーラーってのは、ほら、この前遊園地で俺と歩いてたあの金髪の」

「金髪……あぁ、あのカンガルーの子!へー、あの子守護けものだったのね」

 

 気づいてなかった、というよりあいつら言ってなかったな。そんな意外そうな目をするなよ、ボーラーのプライド丸つぶれだぞ。

 

「ん、でもその話は守護けものや俺の知り合いしか知らないと思うんだが」

 

 ジャイアントはどっかで耳にしたってこと?でも様子を見に俺のところへ来たんだよな。そもそもボーラーのことを知ってる奴も限られてるし……いや、そういえばあの2人旅してたな。だったらどっかで会うか。

 

「ボーラー本人から話を聞いたのさ。あいつ普段おちゃらけてるのに、私が来るといっつもハクの後ろに隠れるんだよな」

「本人から……てことは、あの2人とは知り合い?」

「おう、たしか2年くらいの付き合いだぞ」

 

 話によると、元はナカベチホーの中に縄張りがあったが、今はいろんなところを回って暮らしているらしい。中でもコクリュウ神社にはよく寄るとのこと。

 

「私が初めて行った時にはボーラーとハク、ハクの姉妹合わせて5人くらいそこに住んでて騒がしかったよ」

「姉妹って、あの白い子姉妹だったのね」

「まあな。だが今となってはハクの姉妹はみんな別のところに旅に出るって言って、それきり帰ってないはずだ」

 

 なるほど、ボーラーとハクは二人暮らしか。それならハクが1人にされることをよく怒ってたのは納得行く、というかあいつ中身は小学生だな。

 

「ハクは4人姉妹か。他の奴の名前はなんていうんだ?」

「えー、まず長女がコクリュウ神社の持ち主コクリュウだ」

「持ち主?」

 

 あ、コクリュウ神社ってハクのもんじゃなかったんだ。はーはー、だから「ハク」なのに「コク」リュウ神社だったんだな。なんか不思議だと思ってたんだが、そう考えるとあいつも俺と同じ代理みたいなもんなのか。

 

「コクリュウってことは全般的に黒い毛皮なのかしら。龍姉妹ともなると長女としてまとめるのも大変そうよね」

「ああ、でもあいつ姉妹の中では結構しっかりしてるぞ?プライド高い割にハートがガラスなのが玉に瑕だが」

「プライド高いやつってみんなそうだと思うけどな」

 

 そういや俺の高校にもいたなー、無駄にプライド高いくせに心弱いやつ。てかこの際どの学校でも探せばいる気がする。

 

「そして、次女がセイリュウ。聞いたことあるだろ?」

「あるも何も、セイリュウってたしか四神ってやつよね。守護けものでも偉いっていう」

「長女のコクリュウじゃなくて次女のセイリュウが守護けものか、普通逆だと思ってた」

「それ口には出してなかったけどコンプレックスにしてたからな。しっしっし」

 

 やめてやれと言いながら笑うジャイアント。お前絶対それでバカにしてたろ、なんとなくわかった。あのドSカラカルでもそんな残虐なことしないと思……

 

ゴンッ

 

「いっっっってぇぇぇ!?」

「誰がドSよ、このバカ!」

 

 また心を読まれた!?ぐっ、回避術は身につけたはずなのに……はっ、まさかあれは俺を試していただけとでもいうのか!?そうでなかったら……まさか、俺がただ回避できたと思い込んでただけ?なにそれものすごく恥ずい。

 

「あっははは!な、仲良いこったな、くふっ」

「こんな他人のこと偏見してくるやつとどこが仲良く見えるのよ、ほんっともう!」

「だからって頭グリグリすることないいい痛い痛いって!」

 

 それはサーバルにやるもんだろ普通……ってこれなんか前にミライさんも似たようなこといいいいだだだだだ!

 

「だってさ、その見事に怒られてるとこなんてとこなんか最高に似てるんだよ」

「似てるって、誰に」

「そんなのボーラーとハクに決まってんだろ?ほらその頭グリグリする体勢なんて完全に……ぷっ、ははは!」

 

 おいジャイアント、お前何腹抱えて笑ってんだ!めっちゃくちゃうぜぇぇぇ……!

 

「くくっ……き、気を取り直して。三女はセキリュウ、こいつはちょっと人見知りで恥ずかしがり屋なやつだったなー。神社留守にするときもセイリュウと一緒に出てったし」

「いててて……ま、まぁ妹キャラにはよくあるパターンだな。所謂内気妹ってやつか」

 

 てか、その流れで行くとハクって末っ子だったのな。どやってる雰囲気だだ漏れだし長女かと思ったが、あれか、ウザい系のそれ?いや、なんか微妙にニュアンスが違う気がするしなぁ。

 

「へー、アードウルフと性格似てるかもね。あの子も最初はずっとサーバルの背中に隠れてたし」

「酔った時を除くけどな」

 

 頭にハテナマークを浮かべる2人を置いておきつつ、あの時のアードウルフの顔を思い出す……と赤面してしまいそうなので、慌てて止めた。

 

「ま、私もそのうちの一組と一緒にホッカイチホーのほうまでは行ったことあるぞ。一緒に温泉入ったりもしたな」

「あ、確かキョウシュウにも温泉あったわよね。あの雪山エリアのやつ」

「そうなのか、じゃ帰りに寄ってみるかなー」

 

 言われてみればあったな温泉。俺はまだ一度も行ったことないけど。

 というか雪山エリアって絶対寒いよな……この体、暑いのも寒いのもやけに耐性ないから行きたくてもいけないっていうか。

 

「お前らも一緒に行くか?」

「無理無理、あんな寒いとことか絶対行かねーよ。というかお前は……あ、ペンギンだから大丈夫なのか」

「しっしっし、そーいうことだ」

 

 なんか羨ましいなペンギンの身体。俺もペンギンのアニマルガールに転生させて欲しかった。

 

「えーっと、旅に出る前はナカベチホーにいたのよね。その時は何をしてたの?」

「私が住んでたのはその中のペンギンアイランドってとこ。あそこには同じペンギンのアニマルガールがいたんだ」

 

 へー、ペンギンが他にも。誰がいるんだろ、俺あんまり動物詳しくないから、ペンギンといえばオウサマペンギンくらいしか思い浮かばない。

 

「そいつらと一緒に暮らしてたってことか?なんかこう、ペンギンなかまー、みたいな感じで」

「そうだが、私がよく会うのはPIPのやつらとかだな」

 

 ぴっぷ?

 

「会いに行くと結構面白くてな。普段忙しいんだが、たまに練習見て欲しい、なんて言われたりして、しかもなぜか先輩って呼ばれるから面倒なとこもあるけど」

「ちょいちょい、それ誰なんだ?」

 

 忙しい?練習?体操選手とかか?でもアニマルガールってみんな体操選手レベルでの運動能力持ってるし、いったい……

 

 

「なんだ、知らないのか?PIP(ピップ)だよ、Penguin(ペンギン) Idol (アイドル) Project (プロジェクト)で、PIP。ジャパリパークのアイドルさ」

 

 

 ジャパリパークの、アイドル?

 

「あ、聞いたことあるわ。ペンギンアイランド出身のアイドルグループ、前にガイドさんが話してたわね」

「そんなのあるのか。ん、ペンギンアイランド出身ってことは」

「そう、私と同じだな」

 

 まじか、意外とすごいやつだったんだな。さすが先輩と呼ばれるだけある。

 

「そんな、尊敬するような眼差しで見られても困るぞ。それにあいつらも裏では結構ゆるいし」

「でも普通にすごいと思うわよ。アイドルと一緒に過ごしてたなんて」

 

 前世の世界だったら間違いなくニュースに載るな、こいつ。

 

「それでそれで、他にはどんなところ行ったの?」

「あぁ、他にはな……」

 

 ~数十分後~

 

 かれこれ何分か経ってしまった。ジャイアント曰くそんな時間を取るつもりはなかったらしいが、これに関しては俺たちが質問しすぎたってのも要因の1つだししょうがないか。あとなんか会話って始まると止まらないよね。

 

「んじゃ、私はここらでお暇させてもらうとするかね。これから久しぶりに会いたい人もいるし」

「そうか、ま、縁があったらまた会おうな」

「いろいろ聞けて楽しかったわ。またね、ジャイアント」

「おう、またなー」

 

 そう言ってテクテクと歩き出すジャイアントだが、数メートル行ったところで「あ、そうだ」と引き返してきた。

 

「トツカ、耳貸してくれ」

「いいけど……なんで?」

「まま、大先輩からの忠告ってやつだ。しっしっし」

 

 そっと耳に顔を近づけてくる。その言葉は──

 

 

「……お前の元動物、単なる(・・・)猫じゃないんだろう?」

 

 

 ──その言葉は、俺をとてつもなく動揺させるには、十分すぎるほどだった。

 

「なっ、お前」

「しー、静かに。ひそひそしてる意味なくなっちゃうだろ?」

 

 ジャイアント本人は依然にやつき顔だが……こいつ、まさか俺が転生者ってことを……?いや、その話はまだ誰にもしてないはず……じゃあどうやって?

 ともかく、俺が元男ということだけは隠し通さねば!俺が変態と思われる前に!

 

「けものプラズムの量は多くとも、UMAは神格じゃないからな」

「そ、そそそんなに珍しいか?うおお俺みたいなやつ」

 

 やややばいいい、きき緊張して声ががが……

 

「……お、もしかして本気にしたか?」

 

 ……え?

 

「実はな、適当に言っただけなんだよさっきの。理由も一瞬ででっち上げただけだし、ま、ドッキリだいせいこー!ってとこだな」

「お、おう……?」

 

 は、はぁ……助かった、のか……?

 

「じゃあ、今度こそ本当にさよならだ。また会おうなー!」

「そ、そうだな」

 

 そう言い残し、小さな先輩は軽快なステップで行ってしまった。

 

「トツカ、何の話だったの?」

「……なんでもねぇよ」

「ちょっと、少しくらい教えてくれたっていいじゃない、もー」

 

 

 

 ……なんとなく、ボーラーの気持ちがわかった気がする。




先輩の口調再現難しかったです。


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バンド編
第26話 今こそBAND(結束)の時


「ねぇ、バンドやろうよ!」

 

 

 

 

サーバルのその一言で、作業をしていた手がピタッと止まり、一同全員がフリーズした。

 

 

 

 

「……おう」

 

 

 

 

そんな中、俺はなんとか開いて閉じない口を動かして言葉を返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そのバンドアニメのテンプレみたいなのやめーや」

 

 

正直、アホらしすぎてそれ以外言葉を返せなかったってのもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てん……なんとか?ってのはわからないけど、私バンドやってみたくて。手伝ってよ」

「テンプレね、テンプレート。あとバンドなら1人でやってなさい、そして今はちゃんと掃除しなさい」

「カラカルちゃん、さすがにバンドを1人でやるのは無理が……」

 

 

俺、サーバル、アードウルフ、カラカルの四人は今、ミライさん含む一部のスタッフさんたちにお願いされて例のガラクタ置き……ゲフンゲフン、対物理衝撃用実験室の掃除をしていた。いやー、なんか久しぶりに来てみたがホントひどい量の機械だ。ジャイアントパンダとレッサーパンダのとき然り、このテレビだのなんだの、全部使えるんじゃね?

 

つか、ミライさん「この研究所の所長さんから頼まれた」って言ってたけど、俺たちに頼んでも大丈夫だったのだろうか。今頃怒られてたりしそうで怖い。

 

 

「どうせそこらへんで楽器でも見つけて、それでやりたくなったんでしょ?」

「みゃっ、なんでわかったの!?」

 

 

サーバルがカラカルの読心術にひっかかった。驚くサーバルの方を見ると、後ろにギター、多分エレキギターが落ちていた。ま、予測通りってとこだ。

 

 

「まぁ、サーバルちゃんなら考えそうなことだなーって」

「うぇっ、アードウルフまで!私トツカじゃないのに」

「おい待て、それどういう意味だ」

「ふん、バカの考えることなんてすぐにわかるわよ」

 

 

実際この件に関しては俺でも手に取るようにわかったし。こいつ馬鹿だからな。ん、じゃあ普段読まれてる俺も馬鹿ってことになるのか……?

 

 

「……まぁそれはあとにして。カラカルはなんかやりたくない理由でもあるのか?このあとの予定みたいなの」

「特にないけど、今読んでる本の続きが気になってるの。あと単純にめんどくさいし」

 

 

おおう……流石アニマルガール、自由気儘だな。

 

 

「そんなー、ちょっとくらい良いじゃない!」

「というかなんで私達なのよ、アードウルフもなんか言ってやって!」

「えぇっ?あっ、私?あ、私は……」

「あ、俺には振らないのね」

 

 

話を振られたアードウルフは驚き慌てつつも言葉を返す。いつも通りの挙動不審だが、そこが面白いやつだからな(ただし酔ったときは除く)。

 

 

「あっあの、その……い、いいんじゃないかな?私も、やってみたいし。それに、カラカルちゃん確か音楽やってたから、面白いと思うよ」

 

 

……え、カラカル楽器扱えるのか。なんか初めて聞いたんだけども。というかそんなことしそうな雰囲気ないしな。

 

 

「ほら、私は未経験だからカラカルちゃんに教えてほしいこと、たくさんあるから……めいわく、かな」

「そ、そんなことない、けど……」

 

 

カラカルを仲間に入れるためアードウルフは無意識のうちに畳み掛けていく。

 

 

「あのー……私がそう思うだけ、だけど。どう、かな……?」

「うぅ……」

 

 

おっ、カラカルが弱まってきたぞ!

 

 

 

「だめ……?(キラキラ)」

「ぐぅっ……!」

 

 

 

ひっさつ! あーどうるふの うわめづかい!こうかは ばつぐんだ ──

 

 

 

 

 

「……ああっ、もうっ!ちょっとトツカ!」

 

 

 

──そんなことはなかった!

 

 

「……はい?俺ぇ?」

「そうよあんたよ、他に誰がいんの!呼ばれたならシャキッと返事しなさい!」

「えー、めんど……あぁ冗談冗談!冗談だって!わ、わかりましたぁ!」

「あれ、なんかトツカが怒られてる……まぁいっか」

 

 

待って待って状況に追い付けない、頼むからおいてかないでくれ。まずなぜカラカルは俺を呼んだ?

 

 

「それで、その……あ、あんたは!」

「お、俺は……?」

 

 

 

 

 

「……あんたは、やるつもり……なの?」

 

 

 

……あ、俺が参加するかどうかって話か。確かにまだ言ってはなかったな……いや話の流れ的に参加するんだけども。

 

 

「そりゃあ、そんなの言わなくたって──」

「うっさい!さっさと言えこの鈍足バカ!」

「やる!やります!やらせていただきますよ!」

 

 

そんなに急かさなくたっていいじゃんかぁ……身体は頑丈でもガラスなハートは前世からの引き継ぎなんだから割れ物注意で大切に扱ってくれよぉ……!

 

 

「うっうーサーバルぅ、カラカルがいじめるよぉ」

「はいはい、よしよーし。トツカは豆腐メンタルだもんねー」

「ぐふぉっ」

「サーバルちゃん、それトドメ……」

 

 

だから大切にしてって言ってるじゃんかよぉ……!でないとそろそろ本気で泣くぞ!泣くぞ!?

 

 

「ええっと。なんとなくトツカちゃんもやるとは思ってたけど、それがどうかしたの?」

「……なんでも、何でもないわよ。ま、アードウルフが言うなら、私も入ってあげる」

「やったー!カラカルありがとー!」

「こ、こら、あんまりはしゃがないでよ!てか抱きつかないで、もうっ!」

「感謝の極みだよーっ!」

 

 

……おほん、とりあえず一部始終は放っておいて。

 

とにもかくにも、カラカルも引き入れたことでメンバーは揃った。第一関門突破、つってもこっからが本題なわけだが。

 

 

「というかこれ、よいしょ、バンド用の機械類とか、全部揃ってるのね。チューナーにスタンド……んしょ、アンプもあるわ」

「わかるんだな。俺にはどれがどれかサッパリだけど」

「私もよくわかんないや」

「頼りないわね、かくいう私も少しできる程度だけどさ」

 

 

そう言いながらエレキギターやらなんやらをいじる。もしかしたら調整してんのかもしれんが、俺にはまったくわからん。

 

 

「それで、まず基本中の基本の質問なんだけど。あんたらギターとかって弾け」

「弾けないよー?」

「無理だぞ?」

「む、無理かな」

 

 

 

沈黙。

 

 

 

 

あ。そうそう、沈黙が訪れた時たいていその後にはカラカルの頭グリグリが訪r

 

「あんのねぇ!(ゴンッ」

「「うみゃああああああ!」」

 

 

いってええええ!そんなそこまでやる必要なくない!?良い加減頭に跡残るよ!?手形が頭に残るとかどんなんだってなるからな!?

 

 

「2人とも同じ声なんだね……じゃなくて、大丈夫!?」

「あ、あぁ……だいじょうぶ……」

「もんだい、ないよ……」

「そ、そう……仲良いのね」

 

 

仲とかそれ以前に頭を直して欲しい、と思いながら頭を抱えつつ立ち上がる。

 

 

「でもどうするの?楽器弾けないんじゃバンドなんで夢のまた夢よ」

「そうだよね、私はともかく、トツカは不器用だし」

「失礼だな、最近は結構器用だぞ」

 

 

器用とは言ってもあの時のマッサージのお陰なんだがな。ホントあれのおかげで文字もある程度かけるようになったし、万々歳である。

 

 

「や、やっぱり難しいのかな」

「練習しかないわね。練習用の楽譜とかあると良いんだけど……」

 

 

 

「みなさーん、終わりましたかー?」

 

 

あ、ミライさん戻ってきた。そんな時間が経ってたのか、全然気がつかなかったな。

 

 

「わあ、さっきとは見違えるような違いです!本当にありがとうござ……あれ、それって楽器……ですか?」

「そうだ!ミライさんも手伝ってほしいんだけど、良いよね!」

「え、えぇ!?」

 

 

確かにミライさんに手伝ってもらえたらありがたいが、あんまり先走んな。もう少し我慢するってことを覚えろ。

 

「まあまあ、落ち着いてサーバルちゃん」

「ど、どういうことですか?私にできることなら良いんですけど……」

「じゃ、それに関しては俺から」

 

 

 

 

かくかくしかじか。

 

 

 

 

「なるほど……あ、私学生の時文化祭でギターとかドラムとかやったことありますよ!多分力になれます!」

「……え、ホント?ホントにホントなの?」

「ホントにホント、本当ですって!そんな不思議そうにしなくたっていいじゃないですかぁ……!」

 

 

ミライさんギター弾けんの?てっきり動物専門だと思ってたんだけども、てかミライさんが演奏してるとことか想像出来ないんだが……でもこれで問題解決に一歩は近づいたな。

 

 

「あっ、あわわ……えと、泣かないで、ください……?」

「ふぇぇ、ありがとうございますぅアードウルフさぁん……!」

「はいはい、アードウルフが困っちゃうからその辺にね」

「でもガイドさんって音楽できるたんだね。初めて知ったよ。じゃあ一緒に……」

「あっ、私はやりませんよ?」

 

 

……え?

 

 

「え、ガイドさんやらないってどういうこと?だって私達はそもそも弾けないし」

「あー、その……えと、私はみなさんに教える側になろうと思うんです」

 

 

……それはつまり、先生ってことだろうか。ま、どうせこれも楽器で遊ぶーってだけだし、ただ弾けるようになれればそれだけで構わないんだがな。

 

 

「だって考えてみてくださいよ!皆さんが演奏してるところって素敵そうじゃないですか!?尻尾とか耳とかぴょこぴょこしてそうで!」

「歌への期待が一切無し!?」

「な、なかなか独特な理論を持ってるのね……」

 

 

独特っつーか、特殊っつーか……あまり深くは触れないでおこう。

 

 

「……ま、いいわ。ささっと残りも片付けて、練習始めましょうか」

「私も手伝いますので、ちゃちゃっといきましょう!」

「おう」

「おー!」

「お、おぉー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みゃっ、みゃっ……うーん、難しいなぁ。カラカル教えてー」

「どれどれ……って、ここさっき教えたし、というか音程ちょっとずれてない?」

 

 

いろいろあって数十分後。今はミライさんが許可をとってきてくれてて暇なんで適当にギターを触っている。

 

というかサーバルとアードウルフの成長率が半端ない。俺がいまだに音合わせ?みたいなことしてんのに、既に楽譜を持ってきて弾いている。こいつら本当に末経験者かよ。

 

 

「カラカルちゃん、ここってどうやるの?リズムがつかめなくて」

「はいはい、今いくわよ。で、どこら辺?ああ、ここはもう少しリズム落として」

「あ、なぁカラカ──」

「うっさい」

「あい」

 

 

うん、明らか俺に対して当たり強くない?

ふん、別にいいよーだ、もう音合わせ終わったしー。俺一人でできたしー。楽譜の場所くらい自分で探すしー。えぐえぐ。

 

 

「じゃ、私も少しやってみますか」

「えぐえぐ」

「えー、まずは基本から……よし、これでいっか」

「えぐえぐ」

「私がさっきチューニングしたのは……確かこれね。あとトツカ、楽譜なら奥の棚だから嘘泣きやめて。うっさい」

「ナイス読心術」

「うっさい」

「えぐえぐ」

 

 

いやー、心が通じあうっていいな。一方的に読まれてるだけだが。えぐえぐ。

 

 

「はぁ……なぁサーバル、なんで俺こんな邪険に扱われんだろうな。俺なんかしたっけ」

「さぁ。カラカルの機嫌が悪いのは多分というかほぼトツカのせいじゃない?あ、私ここよく練習したいから一人にさせて」

「そんなー」

「はいはい後でね」

「えぐえぐ」

 

 

なんだよぉ、二人して扱いが雑すぎだろぉ……あぁ、ガラスの割れる音が聞こえる。この空間に女神はいないんだ、神は死ん──

 

 

「あー、えーと、その……トツカちゃん、私でよかったら教えよっか?」

 

 

──いやー、やっぱりアードウルフは女神だな!優しいし接しやすいし酒に酔ったとき……は、除く。

 

 

「お、マジ?助かる助かる!初めての相手(・・・・・・)がアードウルフで助かるよ」

 

「「「はっ、はじっ!?」」」

 

「未経験だからな。だからリードして(・・・・・)くれるとありがたいな」

「わっわわわ、私がリードするの!?」

「……そうだが、それがどうかし──」

 

ズンッ

 

「うみゃっ!?」

「トツカ、わからないところあれば言って。知識は私が一番あるし、経験も私が一番あるし」

「私も手伝っていいよね?カラカルに教えてもらって完璧だから手伝えるよね?てかもう手伝うね」

「どういう風の……まぁ助かるから構わんが」

 

「「いいよね?」」

「あっはい」

 

 

ダメだ。この二人めちゃくちゃ怖い。女神に助けを乞えばワンチャン……

 

 

「私がリード、なら私が上でトツカちゃんが下……?いっそ逆でも……はぅ〜!」

「……何言ってんの?」

「きゃっ!?や、やっぱりダメだよトツカちゃん!焦っちゃだめぇ!」

 

 

うん、ダメって何が?君の方が現状危ない思考してそうだよね。何考えてるかわからないのが余計怖い、女神要素が簡単に打ち消された。頼むからミライさん早く帰ってきて……

 

 

ガチャッ

 

 

「……あぁもう、なんで私ったら……」

「あ、ガイドさんお帰り。どうだった?」

「……んぇ、ミライさん帰って来たん?」

「来たに決まってんでしょバカ」

 

 

すげぇ、願ったらホントに帰って来た!俺もしかしてそういう能力の才能があったりする?

……ねぇな。悲しいけど。

 

 

「えと、許可ってでましたか?」

「はぁ……一応、許可自体は出たんですけど」

「……けど?」

 

 

落ち着いて聞いてください、と前置いて、ミライさんは憂鬱そうに話始めた。

 

 

 

~事務室にて~

 

 

 

 

 

『所長さーん、掃除終わりましたー。あと楽器とかあったんですけど持ち出していいですか?』

 

『まったく、テレビの次は楽器って、あなたはどうしてウチの備品を……今度は何に使うの?』

 

『あぁ、アニマルガールからの要望です。一応、第13条には引っ掛かんないと思いますけど……』

 

Realy(マジ)?アニマルガールが演奏するの!?ライブかい!?』

 

『動物たちの動物たちによる動物たちのためのライブ……хорошо(ハラショー)!こいつは最高だぜぇ!』

 

『あっ、確かにライブ見たいかも……って、アレックスさんにイーゴリさん!?研究員の方は今日休みのはずじゃ……』

 

『あー、僕がたまたま来たらみんなついてきちゃって。はっはっは』

 

『リュウさんなにしてんですかぁー!』

 

 

ガチャッ

 

 

『アニマルガールがライブすると聞いて!』

 

『うぉぉぉ!祭りだぁぁぁ!いくわよミライぃぃぃ!』

 

『先輩方もどこから!いや、確かに演奏とは言いましたがライブするとは』

 

『『『おk、後は俺らに任せろ』』』

 

『ちょっ、企画部のみなさんまでぇ!?』

 

『ん、そうそう。今度の休業日に職員たちの息抜きとして……あん?行きたいだぁ?寝言は寝て言えこのクソ運営!』

 

『しょ、所長……?えと、許可は……』

 

『もちろんOK』

 

『あっはい』

 

 

 

 

~現在~

 

 

 

 

「って感じでして……」

「それは、なんというか……災難だったな」

「あぅぅ……」

 

 

なんだそりゃ、てかこの話題に企画部までノってくるとか……ここの職員カオスすぎだろ。

 

 

「で、でもライブかぁ……確かに、バンドっていったらライブ、だよね」

「そもそもライブなんて私もしたこと無いわよ。トツカたちのこともあるし、成功させるなら結構時間がほしいけど」

 

 

確かに、時間があってもできるかは謎だが可能性はあるな。

少なくとも俺たち全員が弾けるようになるまで、もしくは弾けるやつを集められるまで、の時間が。もっとも、後者に関しては……

 

「うーん、でも私たちで成功させたいよね!どうせやるなら最後まで、おもいっきりどーん!って感じにしたいよ」

 

 

……そうだな。やっぱり後者は無しだ。俺たち四人で、完璧にギター弾けるようになって、華々しく終わってやるか。

 

 

「擬音多過ぎで意味不明、なんなのよどーんって……まっ、私もそれで賛成。二人は?」

「うん。賛成だよ、頑張ろう」

「たりめーよ。時間ありゃ、今からでも間に合うしな」

 

 

とは言いつつも、多分どんな結果だろうがこいつらは楽しめるんだろうな。俺も、こいつらにはそうであってほしいし。

 

 

「で、ライブはいつなんだ?数ヶ月後?」

「あ、えっと……非常に言いにくいんですが……」

 

 

 

 

 

 

 

「……三週間後、です。ここで」

 

 

 

……ほうほう、三週間後か。なるほどなるほど……

 

 

 

 

 

 

……え。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「えええええええええぇぇぇぇ!!!!????」」」」

 

 




今回からバンド編、スタートです。3話ほどを予定しています。


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第27話 練習~The way to play~

※7月29日 主側のミスで話数がおかしくなっていました。申し訳ありません。





 タッタッタッ……

 

 

「はっ、はっ……はむっ」

 

 

 俺、トツカの朝は早い。

 

 

「はむはむ……っはぁ、なんで、こう、なったかな、っと」

 

 

 殊に、バンド練習の朝は早い。

 

 

 練習2回目だった昨日決められた集合時刻のせいで、まだ午前8時だというのにすでに例の練習部屋へと集合しなければならないのだ。そのため、珍しく寝坊した俺はただ今まるで遅刻間際の学生のように肉まんを咥え走っている。

 

「はっ、んくっ、ついた」

 

 朝食を飲み込んで研究所に朝早くから滑り込み、そのまま勢い落とさず部屋へと直行する。

 たどり着いたドアのノブを回すと──

 

 ガチャン

 

「……よし、これでおっけー。やり方わかったかな」

「うん、ありがと、サーバルちゃん」

 

 そこには、サーバルとカラカル、アードウルフ、ミライさんが待機していた。

 

「はぁ、間に合った〜……」

「あ、もー遅いよトツカ!どうしたの?まさか寝坊とか」

「うぅ、うるさい!」

 

 いいだろ、なんかいい感じの寝床見つけて眠かったんだよ。二度寝しただけだし、そもそも集合時刻から1分も遅れてないんだからそんなに待たせてないはずだし、待ってたとしたらお前が勝手に早く来すぎただけだろ。結論俺は悪くない。

 

「で、練習とは言ったが、具体的には何を?」

 

 ガラクタをある程度片付け必要な楽器だけ引っ張ってきた。そんな多くないけど、ギター3つ、ドラムワンセットだ。ギターの種類とか違いがわからないんで解説しない、てかできない。

 ちなみにこの部屋一応ミライさんが数週間の期限付きで借りてきたらしい、数秒で決定したそうだ。流石空き部屋。

 

「じゃ、まずは基本から、ということで昨日もやりましたがチューニングです。チューナーを、こーやって」

 

 カチッ、と音がして四角い機械から伸びたコードがギターにつながる。

 

「なるほどなるほど、これをここだね……あれ、できないよ」

「ほら貸して、ここをここ、これに合わせて入れるの」

 

 カラカルがサーバルにひっついて教える。というかほぼあいつらだけマンツーマンじゃねぇか。まぁ俺は1人でできるから別に問題ないけどな……

 

「……ん、アードウルフ、できないのか?」

「あ、いや、その……恥ずかしいけど、そうなの。お願いできるかな」

「もちろん」

 

 カチッ。

 

「出来ましたか?じゃあステップツー、ピックで弦を鳴らして、チューナーの針の位置を確認するんです」

「えーっと、ピックってこれのことか。これで、ここを」

 

 ビロン。

 

「あ、針が動いたよ!すごいねこの機械、どうなってるんだろう?」

「そしたら、この上の方にあるペグっていうのを回して、針がゼロを指すようにするのよね」

「はい、左側を指したら弦をきつく締めて、反対に右側だったら緩めます」

 

 なるほど、こんな感じか……うーん、なかなかゼロにならない。サーバルはどうだ?

 

「あれれ、全然できない……私向いてないのかな」

「冗談言ってないで貸しなさい、ほら」

「あ、カラカル……ありがと」

 

 カラカルのおかげで問題ないみたいだな。俺は俺で問題だらけだけども。

 

「トツカさんたちも、困ってるなら手伝いましょうか?」

「いいんですか?」

「当たり前です!アニマルガールさんたちを助けるのはスタッフの役目ですから」

「だってよ、好意に甘えとけ」

 

 ちなみに俺たちもこの後8割方ミライさんにやってもらった。

 

 

 ~1週間後~

 

 

 なんやかんやで一週間が経過した。今日はミライさんが仕事でいないため4人での練習である。

 

「で、今日は一日中楽器の練習?演奏する曲は昨日決めたよね」

「そうね、じゃあ今日は今更だけど担当決めましょうか。基本的な楽器の使い方は昨日マスターしただろうし」

「えーっと、昨日決めた曲だと、役割は4つだったよね」

 

 昨日決めた曲は4人組のもので、ボーカル兼ギターに1人、別のギターに1人、ベースに1人、ドラムに1人、といった塩梅に分けるという。

 正直なところ、俺はなんでもいいんだよな。一応念のためとベースのパワーコードも覚えてるし。あ、でもドラムの練習はまだしたことないな……

 

「まぁ俺は余り物でいいぞ」

「あ、それならボーカルはトツカがいいと思うよ!この前私が風邪ひいたとき子守唄歌ってくれたことあったんだけどそれがすごい上手くてね」

 

 あ、俺ボーカル決定なのか。

 

 ……ん、子守唄?

 

「ってお前、その話は言わない約束だっつったろ!なんでしれっと言ってんだ!」

「あっ、そっか。ごめんね」

「おせぇよ!」

 

 というか一番聞かれたくない相手の前でなんで堂々と言うんだよ!あの時「特にカラカルには」って言ったのお前なのになんで今度は忘れるんだ……しかもなんかわざとなのか素で間違えただけなのかわからない反応だから余計ムカつくし……

 

「へぇー、あのトツカが子守唄なんかに興味あったのね、あのトツカが」

「興味があるわけじゃないし、あ、あれはしょうがないから歌っただけで」

「でも可愛くていい趣味だと思うよ、トツカちゃん」

「トツカって女の子な趣味あったんだね、普段そんな感じしないのに」

 

 だあああああ!うるせえええええ!

 

「はぁ……もういいだろ、それより役決めだ役決め」

「はは、トツカは恥ずかしがり屋だねー」

「でも子守唄知ってるならボーカル適任なんじゃないかな」

「そうよね。余り物でって言ってたし、別にボーカルでも構わないんでしょ?」

 

 ぐぅ、反論しづらい。特に嫌って思ってないのも合わさって、なんか負けたような気分……

 

「……ま、いいよボーカルで。他の3つはどうするんだ?」

「あ、私ベースがいい、な」

「アードウルフがベースね。じゃあ私ドラムやっていい?ギターは触ったことあるから、今度はドラムやってみたいの」

「てことは、私がギターだね。よーし、張り切っていくぞー!」

 

 おうおう、威勢だけはいいな。

 

 

~もう1週間後~

 

 

 今日も遅れてカラカルに怒られたが、まぁ気にしない方針で。

 

「あれ、ミライさんは……あ、今日も仕事か」

 

 最近はミライさんのいない日が多い。とは言っても時間を縫って手伝ってくれてるわけだし、いつもいるってわけではないのか。あんま頼るわけにも……

 

……いや、あの人のことだし仕事と称してそこら辺歩いてる可能性もあるぞ。なんか一気に頼りがいなくなってきた。

 

「そ、またガイドだって。今回は真面目に来れないらしいわ」

「今回『は』って……なんかもう、なんだかなぁ」

「あ、それと」

 

 途中で、カラカルが胸ポケットから何かを取り出す。

 

「ガイドさんから練習に使ってってことで、これ預かってるわ」

 

 徐にカラカルが取り出したのは、まぁ一般的なスマートフォンだ。なぜかカバーに獣耳とかついていることを除いて。

 で、こいつで練習しろと。どうしようか……そうだな、適当に動画サイトとかで探せば見つかるか。前世で嫌という程使ってきたから、やり方は大体わかるし。

 

「あ、この前なんとか診断で使った研究員さんのやつと同じ形だ。どうやって練習に使うのかな、これ」

「ネットとかで調べてくれってことだろ、ほれ」

 

 慣れた手つきでロック画面を解除し、そのままネットに接続。えー、キーワードは「エレキギター 練習用」っと……あ、バンドだからドラムも追加で検索しとくか。「ドラム 練習用」だな、よし。

 

「……お、出たわね。こっちがギターの練習動画かしら、どれどれ……って、30分もあるじゃないこれ」

「はぁ!?んな長いわけ……あ、マジだ」

 

 エレキギターの練習講座で30分て……いや、俺は素人だし何も言えないけど……なんつーか、良く言えば「奥が深い」って感じだな。

 

 悪く言ったら?そんなん長いの一言に決まってんだろ。




長くなったので分割しました。次回に続きます。


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第28話 ゲット・イン・シンク~Member~

※7月29日 主側のミスで話数がおかしくなっていました。申し訳ありません。





 まぁ30分なだけあって、なかなかに細かく教えられていた。テクニックだけに限らず細かな指の動かし方やストレッチまで10個以上ずつ紹介してたけど、意外と今の自分に必要な練習法ってある程度わかるもんなんだな。

 

「なるほどな、大体コツは掴んだ」

「え、そうなの?」

 

 サーバルが素っ頓狂な声を上げた。

 いやお前なぁ、そうも何も今から練習なわけだし必要なことわかっとかないとついていけなくなるぞ。

 

「お前たちはどうだったんだ」

「私はよくわかんなかったなぁ。サーバルちゃんは?」

「うん、私は……う、うーん、あんまり、かな?なんて」

 

 アードウルフがサーバルに話しかけるが、どうも歯切れが悪い。

 

「ならスマホ使ってていいわよ、私はドラムであんまり関係なかったからね」

「で、でもさすがに私1人で使っちゃうのは……」

「俺らはなくても平気だからな。ないと厳しいと思うぞ」

「うん……」

 

 ま、サーバルができるようになってくれなきゃ困るからな。1人でも不在だとバンドとしてキツいし。

 

「あ、じゃあ私も手伝うよ!邪魔かもしれないけど」

「そんな、アードウルフがいてくれたら百人力だよ!」

「決まりね。30分後にあわせましょっか」

 

 さて、こっちもこっちで練習しますかね。

 

「……最初は2番目にあった練習法が良さそうだな。ちょっとやってみるか」

「あ、あれメトロノームあったほうがいいって書いてあったし、持ってきたら?」

 

 お、サンキュー。さて、メトロノームメトロノーム……

 

「……って、なんでカラカルがいるんだ」

「なんでって、私もメトロノームほしいからだけど?」

「んー、そりゃ別に構わないんだが」

 

 カチャ、と音を立たせながら、俺は目の前にある機械群から唯一見つけた(・・・・・・)メトロノームを持ち上げる。2つあれば文句なしなのだが……祈りながらもう一度見渡す。が、徒労に終わってしまう。

 

 

 

 ……はぁ、しょうがねぇ。

 

 

 

「ほいよ」

「きゃっ!?」

 

 

 ぽいっ

 

 

「うわっととと、急に物投げないで……って、これメトロノーム?」

「見つかったから先使っていいぞ。俺はもう一個探しとくから」

「そう?ありがと、使わせてもらうね」

 

 ま、探してもないんだけどなー。

 カラカルが十分にはなれたタイミングで立ち上がり、自分のギターを持ってメトロノームがないことがばれないような位置で練習開始。

 

「……の前に」

 

 少し気になることがあるから先にそちらを済ませてしまおう。考え事があると練習に集中できないしな。

 ちらと横に目をやる。その視線の先にいるのは……

 

「みゃ、みゃ……うまくいかない……おかしいな、今まではできてたところだと思ったんだけど」

「サーバルちゃん、今度はもう少し遅くしよっか?」

 

 一緒にスマホを見ながら練習する、アードウルフとカラカル。あいつらはまだ合わせるときもミスがあるし、少し心配になっていた。特にサーバルは動画の内容よくわかってなかったっぽいし。

 

「絶対、できる、はずなのにぃ……あっ」

 

 ビロン

 

「あわわ、サーバルちゃん大丈夫?弦の音が外れちゃってたけど、私のと交換する?」

「ヘーキヘーキ!これくらいなら自分で……」

 

 ペグが動いていたらしく、それを直そうと色々といじるサーバル。

 だが、そう簡単に楽器は言うことを聞いてくれない。

 

「これで合ってるはずなのにっ、なんで動かないんだろ、っしょ……」

「サーバルちゃん、私が動かしてみるよ」

 

 問題を見つけたらしいアードウルフがやってみようとするが、サーバルは意地を張っているのかなかなかギターとチューナーの前から動かない。

 

「私でできるって、アードウルフも練習しないとダメだよっ、と」

「で、でも原因がわかったの!それに、サーバルちゃんと一緒に練習したいもん、私!」

 

 おいおい、そんな様子だと一生終わらんぞ。俺が手伝いに行ったほうがいいか……と思って、駆け出そうとした時。

 

「まったくなに割れてんの、私に見せて」

「か、カラカルちゃん」

 

 先ほど俺からメトロノームを持って行ったカラカルが仲裁に入り、サーバルからギターの前の位置を取ってチューニングをした。

 

「これからは自分でできるようになること、でも困ったらみんなに相談すること。特にサーバルは1人で抱え込まないの、いい?」

「……うん。ごめんね、アードウルフ」

「いいよ、私こそごめん」

 

 ……どうやら一段落はついたか。さて、こっちもこっちの問題を片付けるかな。

 

 取り敢えずの策として、メトロノームの代わりに自分の足踏みでリズムをとることにした。

 

「せーのっ」

 

 トン、トン、トン……

 

 いい感じになってきた頃合いを見計らって、メモしたコードを奏でていく。

 

「……案外、行けなくもない?」

 

 何回か同じコードを鳴らし、慣れてきたところでレベルを変えてみる。無意識にもかかわらず足が均等なリズムを刻んでいき、それに同調するようにしてピックを弦に当てていく。

 

「えーと、ここは斜めから当てるように、っと……」

 

 トン、トン、トン、カチッ。

 

 コードを確認しているときに、突然足踏みとは違った音が乱入する。

 今までの足音と同じく正確に拍を教えてくれる、時計の針のようなそれは……言うまでもなく。

 

「……メトロノーム」

「話聞いてたんでしょ?あの2人にも行ったけど、困ったら相談してよね」

 

 俺の座っていた机にそれを置いたカラカルは、こちらを見て笑った。

 

「なんつーか……ありがとな」

「何よ、水臭い。友達なんだからこれくらいは当たり前だって」

 

 ……そうか、友達か。

 

 友達は、助け合うもの、だもんな。

 

 なら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずっと俺使っていい?」

「それは無理」

 

 デスヨネー。

 

 ~30分後~

 

「結構いい感じになってきたかな。サーバル、アードウルフ、そろそろ合わせるわよー」

 

 約束の時間となり、早速あわせに入る。

 

「えっ、もう合わせるの」

 

 と思った矢先、サーバルが驚きの声を上げた。

 

「なんだ、まだ時間いるか?ならもう少しとるけども」

「あ、いや、そうじゃないの。焦っちゃっただけで」

 

 それならいいんだがな。練習なんだし気楽でいいと思うんだが。

 

「大丈夫、アードウルフならできるよ!頑張って!」

「……うん」

 

 ま、キツくともあと三週間弱ある。そのうちのどっかで矯正していけば何も問題ないしな。

 譜面台の楽譜を見つつ、頭の中で再度イメージする。タイミング、ピッチ……よし、いける。自信持て、俺。

 

「じゃ、いくわよ?せーのっ」

 

 カラカルがスティックを打ちつけ、小君よく音がなる。それをリズムに、示された音程を鳴らす。

 

 が。

 

「……あれ?」

 

 その中で、何か、他の音程と調和していない音が混ざり、続いてサーバルが声を上げる。

 

「どうした、なんか間違えたか?」

「あ、うん、ごめんごめん」

「ささ、気を取り直してもう一回!」

 

 同じような手順で最初から進めていく。今度は目立ったズレもなく入ってゆき、音程がしっかりと重なっていく……が、またベースの音がなかなか合わなくなっていった。

 

「あれ、あれれ、おかしいな……」

「サーバル、大丈夫?」

 

 アードウルフに続いてサーバルに駆け寄る。どこか怪我してるとかでは……ないな、よかった。とすると、サーバルにとってまだ合わせるのは早かった、ってことか。もう少し早く気付いてやればよかったな。

 

「結構惜しかったと思うんだけど、緊張したのかな」

「ここと、ここら辺がずれてたわね。私も付き添うから、もう少し自主練習にする?」

「だな。俺もベースはかじったからサポートを」

 

 

「ダメだよ!」

 

 

 突然、サーバルが叫んだ。

 

 

「あ、その、ダメっていうのは、私なら大丈夫ってことだから、その、とにかく大丈夫だよ」

「だが、そうは言ってもな」

「みんなの練習時間は削れないから、これ以上3人に迷惑かけられないし……わ、私水飲んでくるね!」

「ってこら、待ってサーバル!」

 

 カラカルの制止も聞かず、サーバルは部屋をかけ出て行く。それをアードウルフが追いかけていくが、俺には何が起こったか理解できず、閉まっていく扉をただ眺めるだけだった。

 

 

 そのため、このサーバルの言葉は、俺の耳に入ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……追いつかなきゃ」



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第29話 DEEP INSIDE(閉じた想い)に気づけたなら

最近投稿ペースが遅くて申し訳ないです。諸々の事情により、今後はペースがより遅くなるかもしれません。


「……あれれ、なんでかな」

「んー、やっぱなかなか合わないもんだな」

「で、でも本当に最後の方だけだよ?みんな頑張ってるし、すごいと思うよ」

 

 

はい、とアードウルフが水の入ったペットボトルを配ってくれる。

 

 

「ごく、んく……っはぁ、そうね、もう一回だけ通してそれから自主練ね」

「それがいいね、私も楽譜見直しておくよ」

「ああ、そうだな……って、サーバル?」

 

 

横を見ると、サーバルが座ったまま手元のペットボトルをじっと見つめて動いていない。話が入っていたかさえ怪しいくらいだ。

 

 

「おーい、さーばるちゃーん、だいじょーぶー?」

「わわっ……って、アードウルフか」

「サーバル、あと一回だけ通すから、いい?」

「うん、わかった」

 

 

……最近、サーバルの様子がおかしい。

さっきの黙り込みもそうだが、練習でもたまにああやってもぬけの殻みたいになることがある。

 

まるで、何か考え事でもしているような。そんな感じがした。

 

 

「……なぁ、サーバル」

「あ、どうしたのトツカ」

「……あー、なんでもない」

 

 

「みゃー、なにそれー!」と、何事もないかのように笑顔で返すサーバル。だが、俺にはその笑顔さえ気がかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

やっぱ、なんかあるな。こいつのことだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……よし、楽譜も覚えた、歌詞もバッチリ、ミスは少なくなってきてる。これなら本番も大成功間違いなしだ!

 

 

「……てか、それ以前に腹減ったな」

 

 

時計を確認すると、すでに12時を回っている。えーと、確か始めたのが7時だから……5時間練習したのか。

 

 

「あれ、いつの間に12時に。気がつかなかった」

「言われてみればお腹すいてきたね、結構長く練習したから当たり前なんだけど」

 

 

というか、最近の練習スケジュールハードすぎるんだよ……しれっと言ったけども、なんだ5時間練習って。まだ午前中だけなのに。いや、朝の5時にはもう起きてるから遅れることはないんだけども、それ以前になんの違和感もなく「5時間練習したのか」とか言ってるあたり俺も毒されてきてる気がする。

 

 

「じゃあなんか適当にもらってくるから、つってもジャパまんしかないが」

「はいはーい、私肉まんがいい!カラカルもだよね」

「うん、じゃ私もそれで」

「あいよー」

 

 

えー、肉まん2つ、俺用のピザまん1つと。

 

 

「それで、アードウルフは?」

「うーん……私もトツカちゃんと一緒にもらいに行くから、その途中で考えとく」

 

 

アードウルフも一緒に来るのか。なら2つくらい持ってもらおっと。

 

 

「それまで待ってるね、いってらっしゃい、2人とも」

「あーいよー」

「いってくるね、みんな」

「ええ、気を付けてね」

 

 

さて、行くか。

 

 

 

 

~道中~

 

 

 

 

練習部屋を出て右に曲がり、そのまま受付の方へと足を進める。今は勤務時間でガイドも研究チームも出払っているらしく、今のところはひっそりとしている。まぁそろそろガイドのスタッフさんはみんな帰ってくるだろうから、またうるさくなるんだが。

 

 

「……ねえ、トツカちゃん」

 

 

そんな独り言を考えていると、アードウルフが話しかけてくる。その声は、いつも以上に弱気だ。

 

 

「あのね、サーバルちゃんについて、なんだけど……」

「わかってる。俺もそろそろ相談しようと思ってた」

 

 

言い終わる前に、その先を紡いでやる。

 

 

「……やっぱり、トツカちゃんもなんだね」

「当たり前だ」

 

 

ちょうどさっきからそのことが頭から離れない。つか、アードウルフも同じことに気づいてたか。

 

 

「なんていうか、最近無理して頑張ってるような感じがするんだ」

「多分、緊張してるんだろ。実際俺も緊張が止まらないし」

 

 

なんたって、この世界に転生してきて初めてのビッグイベントだしな。そもそも最初はただサーバルの遊びに付き合うだけのはずだったのに、なんでいつの間にやらこんなでかい話になったんだろうか……わけわからん。

 

 

「それで、私サーバルちゃんになんて言ってあげればいいのかわかんなくて……その、私も結構緊張してて。そんなに上手くないからアドバイスも出来ないし」

 

 

確かに演奏は結構難しい。俺もバッチリとは言ったがまだ不安なところもある。それはアードウルフ達も同じなんだろうけど。

 

 

「まぁ、お前結構緊張しやすいタイプだからな。でも今は結構ミス減ってんじゃんか」

 

 

アードウルフは恥ずかしがり屋なところがある。現に最初こそバンドにあまり乗り気じゃなかったし何度か自信失いかけてサーバルに泣きついてたこともあった。

 

それでも今は以前とは比べ物にならないほどに音楽を好きになってるし、技術だってかなり上達してる。それこそ俺とは違って一度も遅刻しないほどには……あれ、なんか悲しくなってきた。

 

 

「んー……確かに緊張するし、難しい、けど……やっぱり楽しいから、かな」

 

 

……楽しい、か。

実際やってると普通に楽しい。楽器を鳴らすってただそれだけなんだが、なんつーか、形容しがたい楽しさがあるんだよな。別にそこまで好きってわけでもないけどもう少しやっていたい、みたいな……

ほら、あれだよ。プール入ってて、別に乗り気じゃなかったしそんなに居たいわけじゃないけどもう少し泳いでたいっていうあれ。

 

 

「わからんでもないな、その気持ち。演奏中は無意識のうちに全力出してる感じがするし、後を引くって感じはするよ」

「だよね、トツカちゃん!なによりうまくできた時がいっちばん嬉しいな」

 

 

いわゆる達成感というやつだな。あとは全力が出るからその間は若干うまくなってる、気がする。

 

 

「サーバルちゃんも弾いてる時すごい楽しそうなんだ。なのに……」

 

 

一瞬その時のことを思い返したアードウルフから、笑顔が引いていく。少しの間をおいて、先程とは打って変わり何か不安そうな眼差しで振り返った。

 

 

「なのに、最近、入れ込みすぎちゃってるみたいで。合わせてる時もずっと1人で悩んだりして、私の話も、たまに聞いてくれないくらいに」

「周りの声も聞こえないほど、音楽に集中、か……」

 

 

自分でそうは言いつつも、どこか納得していないところもあった。

 

単純に、音楽の事に没頭しすぎているというのもあるかもしれない。だが、それなら友達、それも大親友とも言えるアードウルフの声さえ聞こえないのはいくらなんでも入り込みすぎなはずだ。

 

それに、アードウルフは「聞いてくれない」と言った。

 

 

「それだけならいいんだけど……でもね、話しかけても1人で練習したいって言うこともあって」

「1人でって、あの必ず誰かを巻き込むサーバルが?」

 

 

気軽に声を掛け合ったり悩んでいるところを頻繁に相談したりと、サーバルとアードウルフが一緒に練習している時間はかなり多い。先程言ったようにカラカルや俺が巻き込まれることもあるが、それを加味しても2人は仲が良い。

尤も、時間だけで言ってしまうと実は4人一緒に固まってることが多いのだが……自主練とは一体。

 

 

「それも、だいたい一週間くらい前から、多くなってきたんだけど、心当たりがあって」

「一週間前……確か、スマホ見た時か。確かにおかしなところはあったな」

 

 

今になってみれば、あの時は一番感情の爆発した瞬間だったのだろうか、とも思える。

 

 

「その時、サーバルちゃんの声がきこえて──

 

 

──『追いつかなきゃ』って」

 

 

ぞくり、背中に感触が走った。

 

なにかが見えていなかった、見落としていた?

わかるようで、見えてこない。空気のように掴みかけたところからするりと抜けていく。

 

 

「……追いつく?追いつくって、誰にだよ」

「わからない。こわくて、なんのことか聞けてないの……ごめんなさい」

「あぁいや、謝ることじゃないんだが」

 

 

……とりあえず一旦保留だ。あいつの行動は予測不可能なところが多い、ここで悩んだところで見つかるとは思えない。

 

 

「それでね……サーバルちゃんは私の練習だって見てくれるほど上手なの。でも、やっぱり焦ってるのかな」

「うーむ……あいつの性格的に、それは間違いないだろうな」

 

 

なるほど、まぁ原因はわかった。となれば、あとは解決策だ。

しかし、個人的にあの馬鹿は適当に話聞いてやれば自己回復でまた元気溌剌になると思うんよな……そこらへんはカラカルに任せよう。あいつなんだかんだでサーバルの面倒役みたいなとこあるし。あとは……

 

 

「トツカちゃん、まえまえ!こっちだよ」

「んぇ、あぁ、すまん」

 

 

いつの間にやら道を間違えていた。考え事しすぎてまた前が見えんかったな、いかんせんこの癖なんとかしないと。

そんな風に、自分の悩みに不器用すぎる二人(・・)のことをじっくりと思案していた。

 

不安を勝手に1人で背負うあいつ、と。

 

 

「でも余計に不安だなぁ……大丈夫かな、サーバルちゃん」

 

 

現在進行形で不安を露わにする横のやつを。

 

 

「ほらほら、お前まで不安になってどうする。大親友なのは知ってるが、ミイラ取りがミイラになってちゃ元も子もないぞ」

「ふぇっ、ふ、不安なんかじゃないよ!うん、大丈夫、だいじょーぶ……!」

 

 

どれだけ取り繕おうが、その焦ってる姿でバレバレなのは内緒にしとこう。何より見てて面白いし。

 

ただまぁ……やっぱ優しいんだなぁ、こいつ。

誰に対しても本気になって、自分のことみたいに考えて。

サーバルのこともいち早く気づいてたし。

 

 

「トツカちゃんだって不安そうな感じだったよ。大丈夫?」

「ん、そうか?正直そんなに深刻には受け止めてないつもりだけども」

「うそ、すごい心配してるでしょ。トツカちゃんは顔に出るタイプだもん」

 

 

結構見透かされてるようだ。けど、俺ってそんな顔に出るタイプか?いや、これはあれか。アードウルフは表情から読み取る系の読心術を心得てるんだろう。

ぐっ、お前ら揃いも揃って読心術使いやがって……俺なんて本すら見つからないんだぞ。

 

 

「でも、それだけ心配してるってことだよね。やっぱりトツカちゃんは優しいよ」

「んな、それはアードウルフもそうだろ。むしろ俺よりも考えてんじゃんか」

「同じくらいだよ!それに私のことまで気遣ってくれたし、やっぱり優しいって!」

 

 

……まずい。これ以上「優しい」って言われると顔がバーニングする、てか羞恥心がオーバーヒートする……!

 

 

「だから別にそんな深く考えてるわけじゃ」

「ううん、だってさっき前見ないくらい考え事してたし、すごい優しいよ……あれ、なんで照れてるの?」

「て、照れてないから……ちょっと待って……」

 

 

マジでストップ。これ以上は耐えられない。きつい。やばい。語彙力低下してきた。カラカル助けて。

 

 

「それに──」

 

 

そんな俺の願い虚しく、目の前のアードウルフ(悪魔)は笑顔でトドメを指した。

 

 

 

 

 

 

「私はトツカちゃんのそういうところ、素敵だと思うよ!」

 

 

 

 

……ああ、この笑顔か。

 

 

酔った時に見せた、そしてもう一人の問題児の方によく似た、無邪気な笑顔。

 

 

なんというか……ほんと、こいつらの笑顔に勝てる気がしねぇよ。

 

 

「……ありがとな」

「ふぇ?」

「いや、不安が吹っ飛んじまったなーってさ」

 

 

自分でも気付かなかったもんに気付いてくれる。その上それを払拭までしてくれた。感じていて重石なんてどこへ行ったかわからないくらいだ。

 

ただ、1つ欠点があるとすれば。

 

 

「そっか、よかったぁ〜……はわわ、もしかして私の不安だけとれてないってこと!?」

「……」

 

 

……本人がこの調子なのがなぁ。

 

 

 

 

~数分後~

 

 

 

 

スタッフさんに昼ご飯をもらい、サーバルを元気付ける方法を考えながら部屋に戻った。ちなみにアードウルフは結局カラカル達と同じ肉まんになった。

 

 

「……あ、2人ともおかえり。私の分どれ?」

「はいはい、今出すから」

 

 

えー、俺のはピザまん、カラカルは肉まんだからこれか……

 

 

 

「……え……?」

 

 

 

違和感を感じ、周りを見渡す。

 

部屋の中にいるのは、今入ってきた俺たちを含めて3人。

 

 

3()人、だ。

 

 

 

「おいカラカル、サーバルどこだ!?」

「え、さっき2人に会うって追いかけてったけど……そういえばなんで一緒じゃないの?」

 

 

ぐっ、まずいな、どっかで入れ違ったんだろ。結構長話してたし、もしかして俺が道間違えた時か?

 

 

「みなさんっ!」

 

 

ダンッ、という大きな音ともに背後の扉が勢いよく開けはなたれる。振り返れば、そこにいたのはミライさんだった。息は荒く、肩も大きく上下に揺らしていて、まさに今走ってきたばかり、という様子が顕著になっているほどだ。

なにより、その顔はとても深刻で、何かに怯えているかのようにさえ捉えられた。

 

 

「あ、ミライさん!サーバルの場所って知らないか!?なんか俺らと入れ違ってまだ戻ってないらしくて」

「はぁ、はぁ、その……サーバルさんは、一応はいました」

 

 

なんだ、消えたわけではなかったのか。ふぅ、焦った。多少引っかかるところはあるがそれは後だ。さっさと探して、さっさと不安を払拭して、さっさと練習しちまおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今は、医務室(・・・)で、安静にしてもらってて……」

 

 

 

だが。

 

 

 

 

医務室(・・・)!?ガイドさん、それってどういう──」

 

「落ち着いてっ、聞いてください!」

 

 

 

 

そんな俺の考えは、どうやらちょいとばかり甘すぎたらしい。

 

 

 

 

 

「向こうの廊下で、倒れてたんですっ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本番まで、あと2日。

 

 

 

 

 

 

 




※8月13日 医療室→医務室 に変更

※12月5日 書き直し


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第30話 君のWORD(コトバ)と歌に乗って

 

 

 

静まり返る廊下。

 

 

急かすように奏でられる四人分の足音だけが高く響いてゆく。

 

 

 

その向かう先は、医務室の一つ。

 

 

 

 

「……こっ、こっち!ここです!」

 

 

 

 

先頭を走っていたミライさんが言い終わるかのうちに扉は勢いよくバンと開かれ、俺たちも勢いを殺さず雪崩のように部屋の中へと駆け込んでいく。

 

 

 

 

「サーバル!」

 

 

 

 

カラカルが叫ぶ。外にはまだ人が数名いたが、それを気にしている余裕なんてなかった。それはここにいる全員全てに共通している。

 

……勿論、俺も。

 

 

 

 

 

「──あっ!ちょっと待って、みんな!」

「博士さん、どいてっ!待ってなんかいられないわよ!早くしないと、あいつが!──」

 

 

カコさんが驚きつつも俺らを制止しようとするが、正直制御を失っていた俺たちを止めるには不十分であった。

 

ベッドのカーテンが開かれる。

 

 

「サーバルちゃん!どこに──」

 

 

そして、その先には──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………うにゅ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──もっきゅもっきゅと美味しそうにジャパまんを頬張る少女(バカヤロウ)がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「……はぇ?」」」」

 

 

思わず四人の声がハモった。それくらいにこの光景は信じられない。

 

つか聞き間違いでなければサーバルは倒れてたはず……でも、そんなことがあったような顔してるやつは一人としていない。カラカルとアードウルフにいたっては理解が追い付かず放心状態だ。

 

 

「…………?(はむはむ)」

 

 

見間違いかと考えもう一度サーバルをみる。無駄に嬉しそうな顔をしている上にいくら目で訴えても口を動かすのを止めず一心不乱に食いついているのが無性に腹立つが、とにかく元気だ。

 

 

「……あれ、元気ですね。いやそれでいいんですけども」

「……もしかして倒れてたのはサーバルじゃなくて偽サーバルだったとか……?」

「トツカさん、現実逃避しないでください。だいたい偽サーバルさんってなんなんですか」

「だってあのドジとはいえここまで元気だと予想と違いすぎて……おいお前、ホントにサーバルなんだろうな」

「んくっ、ホントもなにも、正真正銘サーバルだよ!それより、ごはんもう食べた?私はさっき博士さんにとって来てもら──」

 

 

ようやく食べ物を飲み込んで口を開いた──

 

 

「──い痛だだだだだ!」

 

 

かと思えば。

 

 

「痛い痛い!カラカルもアードウルフも頭ぐりぐりしないでぇー!」

「へぇー?倒れたって聞いたからすごい心配してきたっていうのに会って第一声が『ごはん食べた?』ですか。こっちは気が気じゃなかったってのにあんたは呑気に他人の心配ですかそうですか」

「ふぅーん?私サーバルちゃんのこと大丈夫かなってすっごく思ったのに、ぜーんぜん気にしてくれないんだね。友達なのにサーバルちゃんは私の気持ちになんて興味ないんだね。そっかそっか」

「ちょっ、二人とも冗談だってもう言わないいいぃぃぃだぁぁぁぁ!?」

 

 

その瞬間、放心状態からカムバックしてきた二人が眼にも止まらぬ早さでげんこつを繰り出す。先程までの焦燥の顔はどこへやら、カラカルの顔は満面の笑みで溢れていた。

アードウルフも当たり前のように笑顔を浮かべている。だがその開かれた眼はこれっぽっちも笑っていない、それどころかけっこうガチな眼をしていらっしゃる。小さく聞こえた「私が見張らなきゃ……」という発言もなかなかに震え上がらせてくれる。

 

……一言で言って超(こえ)ぇ。

 

 

「ちょっ、トツカにガイドさんも博士さんも!見てないで助けてよぉ!」

 

 

そんな渦中のど真ん中から俺ら三人宛にSOSの信号が届いてくる。普段なら助けにいかないこともない……いや、サーバル相手だと基本的にカラカル案件だし普段でも助けるか怪しいところだが、今回はアードウルフもいるしなぁ。

 

 

「……私今回の件について報告しなきゃいけないの思い出しました」

「私は……その、サーバルさんの診察結果提出しなきゃ……」

「俺だるいんでパス」

「まぁそーなるよねー!」

 

 

 

まぁそーなるわな。

 

 

 

「てか最後!最後それぜったい許されないから!前二人はともかくトツカは助けに……ひいぃっ!?」

「あらぁー?まだ何処かに叫べる余裕を隠してたの?」

「そんなに元気が残ってて出したりないんだったら……」

 

 

 

 

 

「「お仕置き再開(死刑続行)ってことで、いいよね?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「びぇああああああああぁぁぁ!?」

 

 

サーバルの悲鳴を聞き流しつつ目をそらした。お仕置きの具体的な内容は正直知らないし知りたくもないから『ご想像にお任せします』としか言えないが、まぁ察しておこう。

 

 

「んしょ……ミライ、報告。行くわよ。トツカさん、少し、外しますね」

「あぁ、わかっ……あ、ホントに行くのか。言い訳ではなかったんだな」

「んー、あれは半分嘘で半分本当ですかね!」

 

 

どうやら報告の話は本当だったらしく、ミライさんたちはドアの方へ歩いていった。現状では最も常人に近いであろう二人が外れるのは、先が不安だが……しょうがないか。

 

 

「ミライ、それ意味不明……。それと、サーバルさんは、安静にさせて。あの二人も……できるだけ、抑えて、ほしいな」

「数分で戻って来ると思うので、その間サーバルさんを頼みます」

「あー……まぁできるだけやってみるけど」

 

 

そう返しながらベッドのほうへそーっと目を向けてみる。

 

 

「あっひゃああぁぁぁっ!」

 

 

咄嗟に目を背けた。ナイス我が安全装置。

 

 

「ひあっ!くっ、くしゅぐっ!くすぐったいぃ!」

「このお腹かな、私たちのこと無視してごはんをためてきたのはっ!」

「この足かしら、私を1人にした挙げ句勝手に倒れて心配かけたのってっ!」

「うぅ、ごめ、ごめんなしゃあぃ!はぅっ!?そ、そこはらめぇ!らめてってばぁひゃうぅぅ!!」

 

 

「……できるだけ、お願いします」

「……できるだけ頑張るわ」

 

 

知りたくないとか考えた途端にこれだよ!「くすぐったい」って、よりにもよってくすぐられてんのかよ!意外に優しくて安心したわ!

 

あぁ……目の前のカコさんとミライさんの別れが惜しまれる。迫っているのは命の別れかもしれんが。次の転生先どこかな。

 

 

「……あ、あなたたち」

 

 

と、カコさんが扉の前で止って話し始めた。ミライさんのほう向いてないあたり、扉の向こうに誰かいるようだ。知り合いだろうか?ミライさんも会話に参加しているからその線はある。

 

区切りがついたのか、カコさんが笑顔でこちらへ振り返る。

 

 

「トツカさん、朗報。助っ人来ました。初対面かも、ですけど」

「……はい?」

 

 

助っ人?

 

 

「あーもう、トツカさんが羨ましいですよぅ。せっかく近くで触れ合えるチャンスだっていうのに……」

「まったく、ミライはそればっかり……早く、行こ。それじゃ、また後で」

「ん、また後でなー」

 

 

そう返すと、2人の姿は扉の向こう側へと消えていった。

 

その数秒後。

 

 

 

 

「……ゾナ、そろそろ帰りたい……」

「そう言うな、サーバルが心配なのだろう?」

 

 

 

入れ替わるように、黒と黄の影が入って来た。

 

 

「うっ、それを言われると……二律背反、板挾みだなぁ」

 

 

片方は、ワイシャツにヒョウ柄の、蒼い眼をした女の子。アームカバーやフリルのスカート、ニーソまで模様が散らばっていた。頭にもそれらとは少し違った斑点模様が見える、黄色い子だ。

 

 

「我慢しろ。それもまた強さの証だ」

 

 

それを全体的に黒と紫で塗り替えたような真っ黒な子はより鋭い目つきをして話していた。こちらも色こそ違えど、大方似たような模様をしている。その腕には、もらってきたばかりなのかジャパまんの入った紙袋が。

 

 

「えー、姉さんは単純にアレ聞いてみたいだけでしょ?」

「なっ!?ちっ、違うぞ!オレは単に彼女自身への心配をだな」

「あっ、2人とも!」

 

 

会話をしながら歩いている途中、サーバルが2人に気がついて声をかける。

 

 

「ん、サーバル。今戻った──」

「助けてくれない!?いまかなりマズイ状況というか、最悪ホントに重体にっがががががぁ!?」

「「よそ見をするなぁー!」」

 

 

かけたと思ったら、頭を掴まれていた。おいおい、あれいつか外れるぞ頭。

 

 

「えっ……何を、してるんだ?」

「ねぇ、サーバルの声しか聞こえないけど。この部屋だよね」

「あー、お取り込み中すまないが、ちょっといいか?」

 

 

このまま2人で話題を展開されても正直ついていけない。そんな訳でタイミングを見計らって話しかけ、そのままネコ科特有の手のポーズで(まぁ実を言うと無意識だったんだが)挨拶する。

 

 

「俺もこのバカの見舞いに来たんだ。君たちは?」

 

 

流石に見知らぬまま、ってのも居心地悪いしな。名前は聞いておく。

 

 

「ん……見ない顔だな。オレはブラックジャガー、普段は隣のジャングルエリアにいる」

「ゾナは、アリゾナジャガーのゾナだよ。姉さんと、同じとこに住んでるの」

 

 

相手も同じように猫パンチのポーズで挨拶を返し、快く名前を教えてくれた。ジャガー、確かネコ科の動物だったか?あ、ポーズとってたならそりゃそうか。

 

 

「じゃ、俺の番だな。はじめまして、俺はツバサネコ、サーバルの知り合いだ」

「ツバサネコ……ふむ、聞いたことないな」

「ん、確かにジャングルエリアにはまだ行ったことないし、多分みんな知らんと思う」

 

 

現状、遊園地エリア・サバンナエリア・森林エリアの3つだからな。道中含めれば一応ジャングルエリアも通ってるんだが、バスだしあんま関係ない。

 

 

「で、もしかして2人も知り合い?」

「知り合いではなかったな。サーバルとは今日初めて会った……というより、見つけた。向こうの廊下で倒れてるとこをな」

 

 

話によると、ミライさんたちスタッフ数人に絡まれながら歩いていた時に、倒れていたサーバルを見つけたらしい。

 

 

「あぁ、それはなんというか……迷惑かけたな。そのあと運んできてくれたのか?」

「いや、運ぶ前に治してくれたんだ。ゾナがな」

 

 

そう言ってゾナの頭を撫でる。本人は「うぅ……子供扱い、しないで」と言っているが、とろけた顔を見る限り満更でもないらしい。

 

 

「治す?」

「あ、うん。ゾナは、治すのは、得意。サーバルを治してあげたら、急に復活したの」

「それで、あとは念のため医務室に連れて行った。あ、1人スタッフさんが走ってたな」

 

 

あ、それ間違いなくミライさんやわ。全力ダッシュで来たもんな、あの人。

 

 

「なんにせよありがとな。で、まぁ俺のことは気軽に『トツカ』って──」

 

 

「『トツカ』!?」

「うみゃあ!?お、おう……俺がトツカだけど……?」

 

 

突然ブラックジャガーが驚いたように俺の名前を復唱し、ビクンッと跳ねる。

えっなになに?俺ってもしかして有名人だったの?

……いや、悪いイメージでの可能性もある。サーバルだって今や「サバンナエリアのトラブルメーカー」という不名誉極まりない称号を頂いてるんだ。カラカルに常日頃から「バカ二号」とまで言われる俺だしな……どんなあだ名がついてるのかとか想像できねぇ。

 

 

「あっ、あなたがトツカ?姉さんずっとあなたの噂を──もがもが」

「違う違う!なんでもないんだ!知り合いに名前が似ていてな?ははは!」

「そ、そっか……」

 

 

ゾナが何か言おうとしたがそのままブラックジャガーに口を塞がれて聞き取れなかった。何を言おうとしたんだ?

 

 

っぷはぁ……姉さんたら、そんな恥ずかしがることないよ

うぅ……だ、だってさすがに本人の前では言えないだろう

 

 

今度は小声でひそひそ話。転生してこの身体になってからは耳は良い方だと自負しているが、それでも上手く聞き取れない。

 

 

「んんっ!とっ、とりあえず。サーバルにジャパまんを渡したいんだが。あの2人は?」

「あ、話逸らした……えっと、トツカの知り合い?」

「あぁ、それなんだけどな。そいつらに関しては少し深い事情があって」

 

 

ほれ、と指をさして見せてみる。

 

 

「「ちょっと、聞いてる!?」」

 

 

咄嗟に2人とも目を背けた。さすが姉妹、息ぴったし。

 

 

「なんであんたはいっつも1人で突っ走るの!そのせいで私はすぐに置いてかれて、その上こうして心配かけさせられて!少しくらい後ろ見たらどうなの!」

「わ、わかったってば!」

「ううん、サーバルちゃんはわかってないよ!私たち友達で、仲間で、一緒なのに、急にいなくなったり出てきたり!ずっと見張ってないとダメなの!?」

「いや、ずっとは流石にやり過ぎだよ!?」

 

 

どうやらお仕置きという名のくすぐりはいつの間にかお説教合戦に変更されていたらしく、耳(けもみみのほう)を抑えて蹲っていた。とは言ってもさっきよりは多少マイルドに……うん、なってないな。反論の機会すら与えないマシンガンのような説教だ。

 

 

「この前だって、あんたは……」

「なぁ2人とも、サーバルも反省してるんだしそろそろ……」

「「…………(ギロッ)」

「あ、なんでもないです」

 

 

なんだこの扱い……ついさっき入ってきたばかりの扉が今となっては脱出口っぽく見えてきた……俺も逃がしてぇ……おもいっきり強く開けたの謝るからぁ……!

 

 

「……大変だな」

「……大変だね」

「正直このまま生き残れるかわからないレベルで辛い」

 

 

挙げ句の果てにはジャガー姉妹に哀れみの目で見られる始末。神様よ、どうして俺の転生先ここだったんだ。もっと優しい女の子に包まれる人生にして欲しかった。くそぅ、くそぅ。

 

 

「そういえば、さっきおっきな足音が聞こえたんだけど、トツカは聞いてない?」

「あー……多分それ俺らだわ。焦って走ったから結構足音が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ。

 

俺、なんで焦ってたんだっけ。

 

 

サーバルに、何をしようとしてたんだっけ。

 

 

 

「……サーバルは、大切なバンドメンバーでもあるんだから……」

 

 

 

カラカルが呟く。

 

その瞬間、サーバルの顔が下を向く。

 

顔が暗くなる。

 

 

 

「……サーバルちゃん?」

 

 

 

アードウルフが異変に気付く。

 

サーバルのベッドを握る手が、震え始める。

 

 

 

俺は、何を、忘れて──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私……バンド、やめる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




バンド編、あともうちょっとだけ続くんじゃよ。


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第31話 私のWORD(ヤクソク)は空を駆ける

静まり返る廊下。

 

 

足音と共に歩く2つの影。

二人の間に会話はなく。

 

 

ただ延々とした静寂の中に靴の床をたたく音だけが響き──やがて、それも聞こえなくなった。

 

 

 

 

「……カコさん……今回のサーバルさんの件、あれはもしかして……」

「報告にあった再起時の症状も、前例と酷似してる。間違いない」

「っ……」

 

 

 

 

目が合うことはない。カコの言葉はミライを凍えさせそうなほどに冷ややかだ。必要以上の発言を許さない。だから。

 

 

 

 

 

「……アニマルガールによる、セルリアンとの接触インシデント」

 

 

 

ただ、この単語だけで十分だ。

 

 

沈黙の訪れ。音を立てることすら、憚られるほどの。

重苦しい空間に声が響く。

 

 

 

「……ミライ、この件は本部に言ってある?」

「……いえ。所長もそのつもりはないと思います。ただ……経過観察を、スケジュールに入れようとしてるそうです……カコさん、所長は決して」

「わかってる。多少の介入は入る、それは正しい。観察報告のにみにまで小さくできるのは、さすがってところだけど……アデリナには、相当な厄介を押し付けたわね」

 

 

安堵と嘆息の息で途切れる。やはり会話は断続的に過ぎない、幾らかの時間は隙を縫って流れている。

次の言葉が出てくる様子はなく、その深緑色の目は誰もいない薄暗い廊下の先へとただ向けられるのみ。

 

 

「……あっ、あの!」

 

 

耐えきれなかったミライの声が、場の重圧に押し出される。カコは変わらない。

 

 

「えと……本部は、そんなに信用できませんか?」

 

 

 

ぴくり。

カコの顔が反射して僅かな強ばりを見せる。来るだろうと予想はしていた。

していた、はずの問いだった。

 

それでもカコは一瞬、何かを思い出したかのように口を噛み締める。そして、噛み締めた上で告げる。惑いは、残したままだった。

 

 

「セントラルにいた時も接触したアニマルガールが保護されたことが数件あったけど……その後どうなったかは、私でもわからない 」

 

 

 

惑いは伝染する。空気を伝って、ミライに染み込んでいく。

心の、より奥底へ。

 

 

 

「……逆らえない、ですか」

「……私も、知人や研究仲間に協力して探ったけど……ダメだった」

 

 

 

 

状況は深刻、依然変わることなく。

初めから変わることはなかった。変えられるほど賢くない。受け入れられるほど潔くない。

 

 

 

「……彼女(・・)のこと……向こうも、気づくでしょうか」

「……今回ばっかりは、発生の時期と、場所が悪かったから」

 

 

カコの足が進む。足音は廊下に戻る。

 

 

「わたしももう戻らなきゃいけない、だから今だけ、彼女(・・)についてはあなた達に委ねさせて。どうしようもない時は、最悪規則を破っても構わないから」

「……わかってます。でも……」

 

 

吐き出すように、言葉を紡いで。

 

 

「……とても、哀しいことです。ここは、こんな場所じゃないと思ってた……」

「……そうね。こんな場所ではないはずだった」

 

 

 

 

 

奥底で理解した時──目をそらしていたものに気づかされた時。

身に棘として刺さるもの。突き刺されるもの。

 

それは無力感か、或いは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私……バンド、やめる」

 

 

 

……あー、しまった。カンッゼンに忘れてた。焦りすぎてて、何のためにアードウルフと話してたのかが忘却の彼方へすっ飛んでた。

 

 

 

「……どうしたの?みんな急に静まりかえって」

 

 

空気が重苦しくなったのを感じたのか、ゾナが口を開く。

 

 

「あー、これはその……こっちの問題なんだ。ホントちょっとした、な」

「ちょっとした、問題?」

 

 

そう、こっちの問題。つかサーバルの問題。なんでこいつこんなにトラブル持ってくるんだろうな。今日でもう2つ目だぞ、しかもデカイの。

 

一応心配をかけないように答えたが、ゾナはまだ何か心に残っているのか俺たちの方を覗き込む。

んー、正直なところあんま関わって欲しくないんだよな……バンドに関してってのもあるけれど、こっちのゴタゴタに巻き込むのは申し訳ないし。幸い、さっきのサーバルの発言は聞こえてないみたいだが。

 

 

「大丈夫なの?ゾナも、何か手伝う──」

「そうか、わかった。じゃあオレ達は部屋の外で待っているぞ」

「ちょっ、姉さん!?」

 

 

そんな風に思っていたところ、ブラックジャガーは察してくれたようで、一度俺たちだけにしてくれるらしい。内容もあまり聞かれたくないし、助かる。

 

 

「ああ。迷惑かけまくっちまってすまんな、恩にきるわ」

「ふっ、貸し一つだぞ。覚えといてくれ」

「わーったよ……つか一つどころじゃないかもしれなくて怖い」

「安心しろ。そんなにしつこく迫るような考えは持ち合わせてない」

 

 

あぁ、なら良かった。にしても、ブラックジャガーってなんとなくイケメンっぽい雰囲気あるんだなぁ……これがクールビューティってやつか。

 

 

「ねぇ、姉さんてば!このまま放っていくつもり!?」

「そう慌てるな。ゾナの欲しがってたいちご味のジャパまんでも貰いに行こうか」

「だぁー、子ども扱いしないでぇー……」

 

 

2人が仲睦まじく部屋を出たのを確認して、カラカルが話しかける。

 

 

「……それで、サーバル。さっきのってどういうこと?まさかそんなに症状が重いの!?」

「違う!病気なんかじゃ無くて……悪いのは、私自身なの」

「サーバルちゃん……」

 

 

そう言ったっきり、サーバルはただ俯いてしまう。カラカルもサーバルの顔を見つめるだけで、話しかける様子もない。

うーむ……何考えてんのかさっぱりわからん。こういうときに読心術が使えればいいんだが、肝心のカラカルがあれじゃあなぁ。

 

 

「アードウルフ、サーバルが何考えてるかとかわからないか?」

「ううん……でも、サーバルちゃんが悲しんでるっていうのはわかるから」

 

 

アードウルフはベッドにすわり、握りしめられた手にそっと自分のを重ねた。

 

 

「何があったのか、教えてくれないかな。力になりたいんだ」

 

 

普段の臆病さを抑え、優しく問いかける。俯いていた顔が、少しだけ上がったような気がした。

 

 

「私も同意見よ」

 

 

続くように、カラカルが寄り添う。

 

 

「教えて、サーバル。あなたが今何を考えていて、何を感じているのか……辛くない範囲で、ね」

「あ……わた、し……」

 

 

口を開きかけるが、唇は震えて、なかなか声にならない。身体も少しずつ震え始めている。

目元も潤み、感情が溢れかかっているかのようで。

 

ついに、耐えきれなくなり。

 

 

次の瞬間──

 

 

「「大丈夫」」

「あっ……」

 

 

サーバルは、優しく腕に包まれた。

 

 

「二人とも……?」

「大丈夫よ。私たちはここにいる。心配なんて要らないわよ」

「うん、サーバルちゃんの大親友だもん。一緒にいるに決まってるじゃん」

 

 

両横から静かに語りかけていた。

 

……さすが、付き合いが長いだけあるな。俺はこういう状況に合ったことないから正直どう行動すればいいのかわからず硬直してたんだが……

 

 

「……とつ、か……は……?」

「ん、おう。なんだ?」

「…………」

 

 

……あれ?なんでそんな何回も目を反らすの?俺は直視できない何かではないと思うぞ。だってお前の両隣からより強い視線を感じるし。

 

 

「……お二人様はなんで俺の方睨んでんの?」

「……はぁ。これだからこの鈍感は……」

「もうっ、トツカちゃんがそんなんだからだよ!」

「そんなんってなんなんだ……」

 

 

毎度思うけど俺への当たり強すぎだろ。何でだ、悪いことしたわけでもねーのに。

 

 

「とにかく、ほらっ」

「わぶっ」

 

 

って、うおっ!急に腕引っ張られたらバランスが……

 

 

ドサッ

 

 

「あっだだ……んぅ」

 

 

布団から顔をあげると、見慣れた顔が3つ。

 

 

「トツカちゃんも一緒に、ね」

「そーいうこと、早くしなさい」

「あー、はいはい……ったく、それならそうと言えばいいのに」

「「言わなくても察して、この鈍感」」

「二人して言うか」

 

 

まぁいいや。それなら、さっきまでの暗い雰囲気忘れて目の前でわたわたしてるバカのために、お兄さん(今は体の性別的にお姉さん?)が一肌脱ぎますかね……っと!

 

 

バサッ

 

 

「うわっ……あ、これ」

「ああ、腕だとカラカルとアードウルフだけで、お前まで回しきれないからな。守護けものだけの特権だ」

 

 

翼を背中に作り出して三人を包み込み、空いた腕はサーバルに伸ばす。もっとも、久しぶり過ぎて少しデカい翼を作っちまったが。

 

 

「密着しない程度にな。さぁ、これでいいか?」

「えっとその、うん……暖かいよ」

 

 

回した腕がそっと触れられる。ほう、頭程ではないが腕を撫でられるのもなかなかよい感触……

 

 

「……だから二人はなんで俺を睨むんだよ」

「「言わなくても察して、この鈍感」」

「いや、わかるかっての!」

 

 

2人は俺をじっと睨んだ後、くしゃっと笑ってサーバルに向き直す。その先にあった顔も、いつの間にやら微笑が戻っていた。場の雰囲気が和んで緊張も解けてきたんだろうが、何にせよここからが問題だ。

 

 

「それじゃあ、話してくれる?」

「……うん」

 

 

真剣な顔に戻り、サーバルはゆっくりと語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あのときは、何て言うのかな……すごい不思議な感覚だったんだ。なんで倒れてたのかは思い出せないんだけど、力が入んなくて、ぼーっとしながら倒れてるだけで。あんまり怖くなかったんだ。

 

それで、そのあとゾナ……あ、さっきいたちっちゃい方の子だよ。その子に助けてもらって、スタッフさんにはこんでもらって。博士さんにこの部屋で診てもらったの。

 

 

博士さん、最初はとても焦った顔で聞いてきたけど、問題ないっていうのが伝わったのかな。診察とかしたくらいで、あとはずっとスタッフさんと話してた。

 

スタッフさんが帰るときに、『バンド、頑張ってね』って言われたんだ。

 

 

 

 

なのにね、最初に聞いたとき……私、なんのことかわからなかったの。

 

 

何も感じなかった。応援してくれて嬉しいとか、バンド頑張らなきゃとか、ひとつも思わなかった。それどころか、自分がバンドしてるってことをまるっきり忘れてるようだった。それこそ、記憶からすっと抜け落ちたみたいに──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──だから、今の私は、バンドはできない……ううん、する資格がないんだよ。何にも、感じられなくなっちゃったんだから……」

 

 

そう語り終えると、何かを我慢するようにぎゅっと目を閉じた。

痛々しかった。何か、何だっていい、言ってやらなきゃならないのに……言葉は喉でつかえて、声にならない。

 

 

「……はは、変だよね!私の問題なのに、勝手に辞めるなんて言い出して、また迷惑かけたりして……やっぱり何でもない。早く練習に」

「変じゃないよ!」

 

 

アードウルフが声を上げる。

 

 

「だってサーバルちゃんはいっつも練習頑張ってた、それはわかってるつもり!バンドをする資格がないなんて、そんなこと絶対にない!」

「アードウルフにはわからないよ!みんな上手くなっていくのに、私だけ上手くならなくて、しかも頑張ろうとすら思えなくなったら、私……」

「わかってる!だってずっと一緒に練習してたんだよ?もうできないって思ったときも慰めてくれた!友達として、助けてくれた!それに今だって」

「もういいのっ!」

 

 

我慢できなくなり、隠すように顔を背ける。その瞬間、目元が少し輝いて見えた。

 

 

「もう、迷惑をかけたくない……だから、関わらないで……」

 

 

嗚咽が漏れる。まぶたの隙間から少しづつ涙が滴り落ち、手の甲に水滴をつけた。

手を伸ばせない。伸ばさねばならないのに、身体が固まってしまう。

 

そんな中、カラカルはベッドから立ち上がり、ふぅ、と息をする。

 

その口が開き、中から──

 

 

 

 

 

「あんたって、ほんっとうにバカよね」

 

 

──いつもの呆れたような声が出てきた。

 

 

「「「……はぇ?」」」

「って、何3人揃ってとぼけたような声だしてんのよ。当たり前のことを言っただけじゃない」

 

 

……いや、そうなんだけど。そうなんだけどね?……あ、いやそれだけのことか。

 

 

「……じゃなくてですね、このタイミングで言うことじゃないだろ!ドSは今は抑えた方が……いいいだだだだっ!」

「だぁーれがドSだ、このバカ!……そうじゃなくて、ここまでわかりやすいと一周回って呆れるってことよ」

 

 

平然と俺にアイアンクローを出しつつ説明する。サーバルもアードウルフも、突然のことに反応できずぽかーんとしている。

 

 

「わかりやすいって……何が?」

「そんなの一つに決まってんじゃない」

 

 

そういうと、自信満々の顔でサーバルに向き直す。

 

 

「サーバル。あんた、本心では資格がどうたらこうたらなんて微塵も思ってないでしょ」

 

 

そしてきっぱりと、なんの躊躇も迷いもなくズバッと言いきった。本人は、さも当たり前かのように平然とした顔で。言われた側は、自分についている4つの耳が同時に機能しなくなったのかと思っているかのように驚いた顔で。

 

 

「……カラカル、ありがと……でも私は、そこまで自信過剰にも、傲慢にも、なれないよ……」

 

 

少し考えて、それが自分を慰める嘘だと思ったのかすぐに暗い顔に戻る。

サーバルの晴れることのない言動に、カラカルも……

 

 

 

 

 

「あ、あんたよく『傲慢』なんて言葉知ってたわね」

「…………」

 

 

……違う、そうじゃない。そうじゃないんだカラカルさん。そこはボケるとこじゃなくて説得するとこなんだよ。というか普段ツッコミ側なのになんでここにきてボケちゃうんだよ!シリアス!シリアス忘れないで!

 

 

「えーっと……カラカルちゃん、さっきのって……?」

「あぁ、簡単なことよ。このバカは自分が迷惑だと思い込んで、それであれこれ杞憂しまくってるだけ。バカの考えることなんてすぐにわかるからね」

 

 

おおう、なんかデジャブ。つか、よくもまあ遠慮なくすらすらと……さすがにここまでくると、カラカルのペースだなこりゃ。

 

 

「思い込みじゃない、事実だよ!練習でも私ばっかりミスするし、何より、下手だし……」

「そりゃ始めたばっかで上手だったら私とガイドさんの顔がないわよ。むしろあんたは自分を過小評価しすぎ!」

 

 

顔を乗り出してサーバルに近づけながら大声で言いのける。その目は叱ってる、というより……普通に友達にアドバイスするような感じ、か?

 

 

「ダメだダメだーって言ってるけど、私からすれば上出来よ。ていうか、ミスならトツカの方が多いじゃない」

「うん、事実だよ。事実なのは変わりないけどさ、悲しくなるからやめて?」

「確かに先週のミスはトツカちゃんがトップだったよね」

「やめて!?」

 

 

なんで俺のダメ出しになってんの?アードウルフも参加しないで止めて!俺のハートそろそろ割れるぞ!

 

 

「だいたいね、なんとも思ってないんなら今こうやってあれこれと悩んでるはずないのよ。それが何よりの証拠じゃない」

「……あっ」

 

 

その言葉に何か気づいたのか、小さく声が聞こえた。

 

 

「……まっ、とにかく」

 

 

表情を優しくして、顔を向け直すカラカル。

 

 

「あんたがもうバンドやりたくないっていうんだったら、無理強いはしない。したいっていうんなら、ロスした分をこれからスパルタで練習させてあげる……でもね」

 

 

もう一度サーバルを抱きしめる。今度はより強く、決して離さないかのように。

 

 

「これだけは忘れないで……私たちは、フレンズ(友達)なの。困った時は助け合うものよ」

 

 

それまでの勢いも忘れて、ただ優しく伝えた。

 

 

「そういうことだよ、サーバルちゃん」

 

 

重なった二つの身体が、さらにその上からもう1人の身体にふっと包まれる。

 

 

「言いたかったことは全部カラカルちゃんに言われちゃったけど……とにかく、いくらでも頼って。ね、トツカちゃん?」

「まぁな。それにお前のそんな顔、正直似合ってねぇぞ」

「……似合ってない?」

「ん!?お、俺がそう思うだけ……だが、な?」

 

 

うおっ、びっくりしたぁ……まさか反応されるとは思わなかった。

 

 

「あー、えっとその……なんだ。とにかく元気出せよ」

「何よそれ、随分と適当なお見舞い言葉ね。バリエーション少なすぎでしょ」

「お見舞い言葉のバリエーションとか聞いたことないぞ」

「いま私が作ったよ。因みにトツカちゃんは5流だね」

「なんの基準!?」

 

 

「おーい、そろそろ終わったか?」

 

 

そんな中、部屋が騒がしくなってきたのを合図としてたのかブラックジャガーが戻ってきた。よく見ると、後ろにゾナもいる。

 

 

「あなたたちはさっきの……なんというか、恥ずかしいとこ見られてたかも」

「誰しも怒りたくなることはあるさ。まぁ、あれはすごかったが」

「うぅ……」

 

 

一応話すのは初めてとなるブラックジャガーとカラカルたちが色々と話している。もうすでにあってるんだけどな……状況が状況だったししょうがないか。

 

 

「じゃあ、ゾナたちそろそろ行くね。おうちも気になるし」

「あぁ、世話かけてすまんかったな」

 

 

ブラックジャガーが話し終えたタイミングでゾナがそう言うと、姉妹は部屋の出口の方へ進んでいった。

 

 

「……あ、そうそう」

 

 

が、突然振り返る。

 

 

「トツカ、姉さんずっとあなたのこと噂してたんだ」

「え?」

「あっ、ゾナ!?」

 

 

……え、そうなの?

 

 

「そうなのか?」

「いや、別にそんなことは……」

「すっごい熱心に語ってた。というかトツカは結構有名だよ?『天使のような声(エンジェルボイス)で歌うアニマルガールがいる』ってことですごい有名で」

 

 

あ、噂ってそっち系のか。もしかして歩きながら歌を練習してたせいか?

 

 

「しかもその歌がちょうどここでやるライブの歌で、姉さんそれをたまたま遊園地エリアで聞いてからずっと……もがもが」

「もーっ、違う違う違うっ!なんでもないのっ!じゃあなっ!」

「もががっ……ライブ楽しみにしてるねー!」

 

 

そういうと、2人はすごい速さで彼方へと消えていった。

 

 

「へぇー、よかったじゃないエンジェルボイスさん。あ、もしかして『天使猫』だけに、ってことかしら?」

「全く上手くないし。俺がつけたわけじゃないし」

「私も天使みたいな声だと思ってたんだー。トツカちゃんはやっぱり歌が上手いよね!」

「ストップ、それ以上されると俺が恥ずかしさで死ぬ」

 

 

あなたも十分天使だよアードウルフさん。だから俺をほめころす悪魔にならないで。

 

 

「でも確かに、トツカは歌うの上手いし。そこはまぁ……すごいと思うわよ?」

「あのカラカルが俺を褒めた……!?」

「それは天使として天国に行きたいってことでオッケーかしら」

 

 

わいわい、がやがや。暗い雰囲気になったり、かと思えば明るい雰囲気で飛ばしたり。とにかく移り変わりが早く、ついていくのが辛すぎたが……まぁ、いわゆる『終わり良ければすべて良し」というやつだ。

 

 

「はぁ……で、どうするよ。うちの大事なメンバーさん?」

「……もちろん。どうせやるなら最後まで、どーんってやらなきゃ!」

「そうそう!それでこそいつものサーバルちゃんだよ!」

「擬音の意味不明さは治りそうにないけどね……」

 

 

笑いながら、サーバルは俺を見据える。

 

 

「だから、トツカ。私の想い(コトバ)……あなたのと一緒に、伝えてくれる?」

「……ああ。そんな約束、バンド始めた時からしてたに決まってんだろ?……じゃ、練習行くか」

 

 

恥ずかしくなって急かす。

サーバルは大きく頷き、顔をあげた。

 

 

「うん、私──」

 

 

涙に濡れた時も、あったけれど。

 

その顔は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──バンド、やるよ!」

 

 

 

 

眩しいくらい、輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーんてこともあったけど、ついに本番当日かぁ。感慨深いもんだな」

 

 

暗い屋根の下、1人で呟く。その時、突然「うみゃっ!?」という声が聞こえてきた。

 

 

「ねえねえ、外すごいことになってるよ!もう見渡す限り埋め尽くされてた!すっごーい!」

「そんなに騒がないの、まったく子どもみたいにはしゃいで……でも結構な数よね」

「そりゃそうだろ。スタッフさんの話によれば満席だったらしいからな。なんのために会場こっちに移したんだ、って話になるし」

 

 

舞台の裏からこっそりと外を覗く。すると、恐ろしい人数で埋め尽くされた夜の野外会場(・・・・)が現れた。

 

 

「みんなどうしたの……って、すごい数!」

「あら、アードウルフ。ま、最初に見れば誰でも驚くわよね、この光景」

「うん……正直私もこんなになるとは思わなかったなぁ。企画部?が頑張りすぎたって聞いたけど」

 

 

そう、なんと俺たちのライブは企画部のせいでキョウシュウチホーの一大イベントにまで発展したのだ。そしてなぜかお客さんからの応募が殺到したために、こうして使われていなかった遊園地エリアのライブ施設をわざわざ作り直さなければならなくなったわけである。

 

 

「お客さんどころかアニマルガールまでたくさん来てるわね……あ、あれニホンオオカミ?」

「どれどれ……ほんとだ!あ、でも手は振っちゃダメなんだっけ。トツカ、そうだよね?」

「多分なー」

 

 

会話を聞き流しつつ、舞台裏でせわしなく動くスタッフたちをチラ見する。この規模になるとさすがに俺たちでは手が回らない、ということで手伝ってもらっているのだが。

 

 

「はい、では端末番号102kaで受信した後に回線番号B5でディスプレイ1と2に送った上で無線LANから各ポイントまで送ります。それとアランさん、アクセスポイント3での映像処理と保存後の送信地点についてですが……」

「救急対応チーム配置を確認、アデリナ所長に報告します。あ、チームブラボーに関しては会場の西ゲート付近にアクセスポイント4を設置し直したのでそこへ端末を接続して全体状況の確認を行ってください、他の2チームも事前連絡通りに……」

「Bブロックの監視カメラ情報回して!それとお客さんの数の報告も!」

「リザ先輩、通信環境的に第二ルーターあたりに問題ありっぽいっす。連絡頼みます」

「りょーかい、回線番号A7経由で……あ、ポイント1担当のジェニファーさんいますか?ちょっとお願いが……」

 

「……よくやるよな、あれ」

「何言ってるのかサッパリだね……本気になるとすごいってことかな」

 

 

なんか普段では見れないほどのテキパキとした指示飛ばしをしていた。これもこれである意味壮観だな、普段こんなキビキビしたところ見たことないし。

 

 

「2人とも、そろそろ始まるわよ。ちゃんとスタンバイして」

「あいあい……あ、そういえばサーバル」

「ん、どしたの?」

 

 

あれ、確かこいつって。

 

 

「お前って、人前はダメなんじゃなかったか?羞恥心がどうのこうので」

「あー、それはちょっと言いづらいというか……」

 

 

少しもじもじとしつつ、口を開いたり閉じたりを繰り返す。ったく、言いたくないなら別に言わなくたっていいんだが……

が、何やら一心がついたらしく、真正面から言い直した。

 

 

「……トツカに……トツカたちみんなに支えてもらってるって思うと、なんか嬉しくて、安心して。とにかく、なんかいけるなーって思ったんだ」

 

 

 

 

ひとしきり言い終わると緊張もほぐれたのか、明るく笑った。

 

それはいつもと変わらない笑顔で──いや、違う。今の彼女は、それこそ最高に輝いた笑顔をしていた。

 

そんな笑顔に信頼されていることを今、心から誇りに思えた気がしたんだ。

 

 

 

 

「トツカ……約束したよね。私のコトバ、歌に乗せて伝えてくれるって」

 

「……ああ。この約束と一緒に、大空を駆けさせてやるつもりだ」

 

 

ステージの上に広がる夜空を眺める。飛ぶのは晴れに限るが、今ばっかりは夜も悪くないと思った。

 

 

「ふふっ、翼に関してはすっかり専門家だね。頼んだよ、天使サマ?」

「頼まれたよ。なんたって俺はThe Man Of My Word(約束を守る男)だからな」

「まったく頼もしい限り……あれ、今『男』って──」

 

「サーバルちゃん、トツカちゃん!ステージオッケーだって、早く行こ!」

「おう、今行く。悪いサーバル、後でな。行くぞ」

「え?あ、うん!」

 

 

結局サーバルが何を言いたかったのかはわからなかったが、とにかく時間も押しているので、すぐに練習通りの配置に着く。

 

 

照明が消え、辺りは静かになっていく。

 

夜目を効かせてしっかりとマイクスタンドを握る。

 

 

カラカルが合図を出し、音楽が鳴り始める。

 

 

ゆっくりと息を吸い、頭の中のイメージを湧かせて。

 

 

 

俺は、ゆっくりと口を開き──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『つっっっかれたぁぁぁああああ!』

 

 

思いっきり休憩スペースのソファにダイブした。

 

 

「だぁーめだ、身体が動かねぇ。浜辺に打ち上げられたような魚のポーズが解除できない」

「まったく、だらしないわね。顔までふにゃってなってるじゃないの。ほれほれ、ぷにぷにー」

 

 

カラカルが俺の頬をぷにぷにとつつく。普段なら俺も抵抗するが、何故かつられて俺もカラカルのほっぺを「ぷにぷにー」ってした。するとまたぷに返されたので、俺もぷに返す。どうやら興奮と疲労でテンションがおかしくなっているらしい。

 

 

「よいしょ、っと。皆さんお疲れさま、お水おいとくね……これがトツカさんので、こっちがサーバルさんのだけど」

「じゃ、俺は少し飲むかな。サーバルは?」

「私はいいや。ごめんなさい、置いといて博士さん……正直動きたくないやぁ……」

 

 

カコさんが四人分の水を持って戻ってくる。ボーカルだった俺は喉からっからだったから即効でもらったが、サーバルは飲む気力すら残ってないらしい。

 

 

「サーバルちゃん、お水飲んどいたほうがいいよ?あっ、でもでも、腕とか壊さないようにだよ」

「ふふっ、だぁーいじょうぶ!後でちゃんと飲むってば、アードウルフは優しいね」

「ふぇっ?そ、そうかなぁ、サーバルちゃんだって……じゃなくて、お水飲んで!ほらっ!」

「くっ、騙されなかったか……って、あむっ!?あむあむぅ!」

 

 

まぁ、だからといって飲まされないわけではなかったが。なむなむ。

 

 

「ほどほどにしなさいよー……てか、あんたは逆に飲みすぎ、もうなくなってんじゃない」

「むぅ?ぷっはぁ、だってまさかアンコール来るとは思わなかったんだよ。一回増えるだけでここまでとはな……って、あぁ!」

「だからって私のまで飲もうとしない!私だって疲れてんのに」

「じゃあ二人で一緒に飲めば……」

「だっ、だだだめに決まってんでしょーがっ!」

「えぇー?けちー」

 

 

いいアイデアだと思ったんだがなぁ。あ、それだと結局カラカルの分が減るからか……?いや、それだといくらなんだってケチすぎだろ。俺もそこまで飲みたい訳じゃないけどさ。

 

 

「トツカさん、ほしいなら、私がまた持ってきます、よ?」

「あぁいや、そこまでじゃないから大丈夫……」

「きゃあ!?」

「うにゃっ!?」

 

 

扉を開けて出ようとしたカコさんが、短く声を出して転ぶ。どうもなんかに驚いたような顔で完全に腰が抜けたのか立ち上がれていない。

 

とりあえず俺とカラカルが疲れたからだを無理やり動かして助けに。

 

 

「カコさんどう……し……おっ」

「なになに、なにが……って……」

 

 

そんな俺たちの前に現れたのは、白衣を着て息を荒げる研究員の──

 

 

「「……ゾンビ?」」

「が、がおー……なんちゃっ、て……はぁ……」

「あ、えと、リュウさんですよね……?」

「はい……」

 

 

そりゃゾンビなわけないわな。それにしたってどうしたんだ?こんなに焦って。ここの職員ってみんな焦って走ってくるよな、ジンクスでもあるんだろうか。

 

 

「えと、どうしたんですか?」

「はぁ、はぁ……まず、サーバルに連絡をね」

「あむむっ、っぷはぁ……えと、私がどうかしたの?」

「うん、君は一応セルリアンに襲われてるから、今後の経過を見ておきたいたいんだ。それで、これから一ヶ月は1日に一回必ず職員検査を受けてくれないかな」

「うぇー、めんどくさい……まぁスタッフさんとお話もできるし、いっか!」

「それじゃあ頼むよ」

 

 

奥の方にいるサーバルと話した後、「次に」と言ってこちらに向き直す。

 

 

「トツカとカラカルさん、だよね?君たちに伝言があるんだ」

「私と、トツカに?」

「そうそう。雪山エリアって知ってるかな、そこの温泉宿に二人に来てほしいって伝言があったらしくて。招待状も届いてるから、後で渡すよ」

 

 

来てほしい?一体だれから?これまで雪山エリアはいったこと無いし、そもそも知り合いもいないはずだぞ。

 

 

「それと……カコ博士に、お願いがありまして」

「わたし、ですか?」

 

 

リュウは一呼吸おいて、ニコッと笑ってから、穏やかに言った。

 

 

 

 

「雪山エリアの温泉宿まで、データをもらってきてくれませんか。トツカ達と、一泊二日で!」

 

 

「「「……あ、はい」」」

 

 

 

……リュウ。その人、あくまでも副所長だぞ……




そんなわけで、バンド編最終回でした。これも全部セルリアンってやつの仕業なんだ!

※10月25日 最後を書き直し

※12月3日 冒頭を書き直し

※12月4日 冒頭をさらに書き直し


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温泉宿編
第32話 舞うは湯煙UTOPIA(温泉郷)


当SSはいたってKENZENです(殴


走行中のバスというのは非常に安心感があって心地よいものだ。キョウシュウチホーを回るこのバスは専用の整備された路線を通るため、と言うのも大きいだろう。そんな心地よさ故か、はたまた自分がネコであるが故か。まだ午後3時を過ぎたばかりにもかかわらずこの揺れに身を任せすぎてついうとうととしてしまう。

 

 

「そろそろ、見えてきた……かな」

「ほんと?あ、雪降ってるわよトツカ!」

「おっ、マジか」

 

 

それでも、やはり見たことの無い景色にはせる思いや期待というのは睡魔すらも(ことごと)く凌駕するものらしく、明るい光が見えてくると同時に反射的に身を乗り出した。

 

 

 

 

エリア境のゲートを抜けると、そこは──

 

 

 

『……おぉ!』

 

 

 

 

──そこは、一面の白銀世界だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見渡す限りに広がる雪の大地は目前にそびえ立つ山々も埋め尽くしてしまうほどに長く厚く積もりつつ太陽の光を反射して白銀に輝いていて、雲一つ見当たらない快晴の空とともに淡く美しい景色を織りなしている。

 

 

「『国境の長いトンネルを抜けると』ってのは有名な文だけど、やっぱり雪景色は綺麗よね」

「川端康成の『雪国』ですよね。こんなに雪のあるとこは初めてですけど、確かに綺麗です」

「博士さんも初めてなのね、じゃあ……って、もう出発しちゃうわ。早く行こ」

 

 

カラカルがカコさんを手伝いながら登山用のバスに乗り換える。バス停での移動中に一回カコさんが転んで雪に顔面ダイブしてしまったためカラカルと一緒にゆっくり歩いてきていた。どちらにせよ間に合ったのは確かで、2人が俺の隣に座ると同時にバスが動き出す。

 

 

「うう、転んじゃいました……普段、動かないからかな……」

「いやいや、あの地面は俺たちでも厳しいと思うぞ」

「私でも歩きにくかったし、辛いならゆっくりにするわよ。大丈夫?」

 

 

俺たちの言葉を聞いた後、カコさんはカラカルにハンカチを返しつつ、くすっと微笑み返した。

 

 

「辛くは……ううん、辛いけど、こっちの方が楽しい、です。向こうはいろいろ揃ってても、こんなに動くこともなかったので」

 

 

ちょっと名残惜しいかな、とカコさんが言ったあたりで、ようやく気付いた。

カコさんがここにいるのは俺の調査をするための「代理」として、である。つまり、本来呼ばれた人が来るまでの間しかいられない。おそらくもう少しで帰ってしまうのだろう。……つか、「副所長」なのにこんな辺境にいていいのか。

 

 

「……それなら、今回の温泉旅行は目いっぱい楽しまなくちゃな。メモリだのデータだのはささっと終わらせて……いてっ」

「ばーか、そっちが本題で温泉旅行はおまけよ。それに私たちだって用事があってきてるの、忘れてないわよね」

「わ、忘れてないって」

 

 

カラカルにツッコミチョップされた頭をさすりながら追撃に備えたが、一回で勘弁してくれたのかため息を出されただけだった。毎度のように手加減をしてくれないが、俺のことはこれっぽっちも気にせずにカコさんへと向き直す。

 

 

「まっ、おまけとは言ったけど楽しまないとは言ってないわ。精一杯楽しんで、いい思い出にしましょ?ね、博士さん」

「……はい!お願い、しましゅっ!」

 

 

 

……あ、噛んだ。

 

 

 

~到着~

 

 

 

いろいろあって数分後。

 

 

「よっ、と……あ、脱げない」

「ほんとあんたって不器用よね。ほら、やってあげるからじっとしなさい」

 

 

カラカルの要望で早めのお風呂ということになり、今は脱衣所に来ている。

一応チェックインとかその辺はカコさんがやってくれた。荷物も、まぁカコさん用の着替えがある程度でそんなに運ぶ必要もなかったから結構楽だったな。

 

 

「一人じゃなにもできないんだから。世話焼かせないでよね」

「はいはい、ありがとさん」

 

 

えーっと、服はこの前サーバルのやつを畳んだ時と同じように……うし、これでおっけぃ。後は手ぬぐいを持って、っと。

 

 

「準備できたぞ。カコさんは?」

「あ、はい、大丈夫ですっ」

 

 

カコさんもちょうど脱ぎ終わったところらしく、腕で胸を隠しながら俺の方を向いた。……同性なんだし隠さなくていいと思うけど。それ、むしろでかさが強調されてるだけだぞ。

 

 

「んー、カコさんってでかいよな。こう、全体的に」

「え……そ、そうですか?トツカさんもおっきいと思うけど」

「俺の方が小さいと思うぞ?揉んでみる?カラカルは一回揉んだことあるけど」

「『揉んでみる?』じゃないわよ、それにあれはあんたが悪いの。博士さんも無視しちゃっていいからね、行くわよ」

 

 

ガラガラ……

 

 

「……あら、あんまりいない。なんか広く感じるわね」

「今日は平日だしお客さんがいないんだろうな」

 

 

かなりの大きさがある露天風呂だったが、その中はまだ誰もおらず完全に俺たちの貸し切り状態だった。

おお、こんな体験なかなかないぞ。まぁ前世でも銭湯とか自体はあんまり行かなかったけど。

 

 

「うーん……平日の昼なのにこうしてると、なんか申し訳なさがある、感じ」

「気にすんなって、むしろカコさんは普段人一倍頑張ってるんだしこれくらいは休むべきだって。俺なんて常日頃暇してんのになにも感じなかったしな!」

「あんたはもっと礼儀を知りなさいよ……」

 

 

強いて言うならそうだな、女湯の暖簾は強敵だった。あれなんなんだろうね、潜るときに、こう、言い知れぬ罪悪感と何かに睨まれるような視線を感じたわ。怖い、女湯怖い。

 

 

「体洗って早く入りましょ。このままじゃ寒いわ」

「あ、桶はここにありますよ。んっと、どうぞ」

 

 

桶を持ちあげる二人を眺める。二人ともスタイルいいよなー……別にセクハラ発言とかではないし服が無いからよくわかるってだけなんだけど、きれいな肌だった。

まずカコさんはなにとは言わないがでかい。でかいしスタイル抜群で美人。完璧かよ。

んで、カラカルはどっちかっていうとしなやかな体つきをしている。四肢もほっそりとしてるし、やっぱ元の動物の特徴を表してるとか?

 

 

「……じろじろしないでくれるかしら?あんまり見られたって恥ずかしいんだけど」

「ん?あ、すまんすまん。つい見とれてたわ」

「見とれてたって……ほんと、呆れた。ほら、あんたも桶もって体洗いなさい」

「あーい」

 

 

あんまり眺めてたら怒られてしまった。さっさと言われた通りに体を洗おう……うっ、(さぶ)っ。

 

 

 

~入浴~

 

 

 

かぽーん

 

 

「ふぁー、きもちぃー……」

「変な声だしちゃって。あっこら、タオルが湯船につくわよ」

 

 

そうは言われても、お風呂に入ったらつい声を出しちゃうのが人間の性っつーもんだから。しゃーなし、しゃーなし。

 

 

「バスに乗る前も思ったけど、きれいな景色。雑誌で見たときから一度は行ってみたかったのよねー」

「雑誌、ですか……カラカルさんは、雪景色とかの風景が好き、なんですか?」

 

 

雑誌、か。そういやサーバルもカラカルの持ってた、主に観光雑誌とかをよく読んでた時期があったな。いろんなページを見つけては、ここいきたいだのこれ食べたいだの言ってランキングとか作ってたな。確か、温泉旅行は山登りについで第二位だったか?知らんけど。

 

 

「んー、嫌いではないけどさ、単にサーバルが聞いたら羨むかなって思っただけよ」

「うっわ、発想がひどい……普通に風景を楽しむ気持ちとかないのかよ」

「あ、あるわよそんくらい。これはただ、いじってやれるネタが増えるのは嬉しいからとか、それだけなの!」

 

 

と自分ではいいつつ、俺も風景がどうのこうのとかよくわかんないんだけどな。俺は詩人でも評論家でも無い、そういう話されてもてっきとーに同調するだけしかできない一般人なんですー。……あ、これカラカルにばれたら殺される。

 

 

「だから、サーバルをいじれるからってそれだけなんだけど……どうしたの?」

「……サーバルさん、は……」

 

 

笑いながら話していたカコさんだが、サーバルの言葉が出ると同時に顔が暗くなるのがわかった。

 

 

「二人とも……その、ごめんなさい。本当は一緒に来られるはずだったのに、私が力不足だったから」

「いやいや、そういう意味じゃないの。力不足……はよくわかんないけど、あのバカはいつ何をしでかすかわかんないもの、検査は受けさせた方が良いと思うわ」

「ああ、アードウルフたちがついてくれてるとはいえ、心配だからな。むしろカコさんたちには感謝に尽きるくらいだ」

「……はい。ありがとう、ございます」

 

 

まだ顔は暗いままだったが、一応はそれで納得してくれたようだった。

なんにせよ、せっかく来た温泉旅行を楽しまないのはもったいない。

 

 

「とにかく、まずは楽しめれば良いと思うぞ。こんなのそれっぽくびゃーってやってわーってやればいいんだよ」

「……ふふっ。はい、そうですね!」

「いやだから、はいじゃ……はぁ、もうそれでいいわ」

 

 

そそ。俺だって久しぶりの温泉を楽しみたいし。何気に転生後初のお風呂だからな、これ。そう考えるとかれこれ数か月ほどお風呂に入ってなかったことになるのか?なんか不潔。

 

 

「そっか、結構久しぶりのお風呂だったんだなー」

「久しぶりって、あんたお風呂入ったことあったっけ?」

 

 

……あ。

 

 

「そ、そそそそれはそういうことじゃないんだ!いや確かに入ったことはないけど、ほらあれだ、シャワーだよ!あれと勘違いしちゃってさ?うん、ははは!」

「何よ急に、そんなに慌てて。別に隠れて入ったことあったって怒りはしないっつーの……あれ、でもここ以外にお風呂って」

 

 

だあああ、まずい!何でこういうとこだけ聡いんだカラカルはぁ!なんとか話題を変えねば……

 

 

「ほら見ろよあれ!なんかすごい鳥がいる!真っ白で青色なやつ!」

「ほんと!?えっどこどこ、どこですか!?」

「あそこあそこ、ほら、なんかでっかい木のところに」

「木のところ……あ、ほんとだ!」

「た、楽しそうね」

 

 

なんかカコさんが釣れてさっきの鳥について熱弁し始めたけど、話題は逸らせたのでセーフ。危ないところだった……あ、さっきの鳥が木を降りてる。よくもまぁあんな体勢で……転ばないのだろうか。

 

 

「ったく、ようやくのんびりできる……あ、あれってこの効能が書いてある看板みたいなのか。えーっと、せいにがあじ……?」

「『正苦味泉(せいくみせん)』です。別名マグネシウム硫酸塩泉、脳卒中の後遺症に効くことから『脳卒中の湯』なんて呼ばれたりもしますな」

「はぇー、そんなすごい温泉もあるもんなんだな」

「ええ、ただ正苦味泉は数があまりないらしいのですよ」

 

 

そうなんだ、じゃあ意外とラッキーだったんだな俺たち。

 

 

 

…………

 

 

 

「うっみゃあああぁぁぁ誰だおまえええぇぇぇ!?」

「おや、そういえば自己紹介がまだですかね」

 

 

待て待て待て待て!そういえばじゃねぇよお前いつからそこにいたよ!?というかなんでカラカル達も何一つの疑問もなく「なに騒いでんだコイツ」みたいな目で見てくるんだよ!恥ずかしいだろ!

 

 

「私はカピバラ。温泉が好きで、ここに来るのも二回目なんです。といっても、これから帰るところなのですが」

「カピバラ……ネズミ目テンジクネズミ科、カピバラ属のアニマルガールさん、ですよね」

「はい、そうですよ。お詳しいですね」

 

 

そう言って微笑むのは、前髪に2つ黒い点のついたセミショートの温厚そうな女性。髪色は赤褐色で、毛先にいくにつれて淡くなっている。

 

 

「は、はぁ。ちなみに、いつからここにいたんだ……?」

「……はて、いつからといわれても、あなたたちが来る前から、としか」

「……え?ってことは、最初から!?うそぉ!?」

 

 

いやいや、絶対ない!仮にそうだとしても影薄すぎだろ!存在感をどこにおいてきたんだ!

 

 

「嘘じゃないわよ、最初からいたわ。トツカが見てなかっただけじゃないの?」

「あり得ないだろ……カラカルだって確かあんまりいないって言ったはずだぞ」

「『あんまり』でしょ、誰もいないとは言ってないわよ」

 

 

そんなばかな……そんな理屈が通っていいものか……

 

 

「しかし、まさか誰かと会うとは思わなかったですな。今日は私以外誰もいなかったものですから……ところで、あなたたちは?」

「ん、あぁ。俺たちもまだだったな」

 

 

いかんいかん、カピバラの存在感が薄すぎて完全に忘れていた。

 

 

「俺はツバサネコのトツカ、隣にいるのが博士のカコさん」

「は、はい。よろしく、お願いします」

「んで、私がカラカルよ。よろしく、カピバラ」

「トツカと、カラカル……」

 

 

思えばこうして自己紹介なんてするのも久しぶりだ。最近はもう知らないアニマルガールとかあんまりいないし……あ、行ったことのあるエリアに限定されるけど。それでも大半のやつとはもう会ったことあるからなぁ。そもそも「ツバサネコ」なんて、最後に言ったのだってかなり前だ。

 

 

「あ、もしかして彼女が言っていた二人かも。うん、間違いないな」

「間違いないって、何がだ?」

「はい。ここに来たのは二回目、と言いましたね。実は、初めてここに来たとき、一緒に入った方から二人に伝言を預かってるんです」

 

 

伝言?一体だれから、つかなんのことだろ。伝言、伝言……あ。

 

 

「もしかして、俺たちに招待状をくれたのってカピバラだったのか?」

 

 

そうだ、俺たちついでに伝言を聞きに来たんだ。

 

 

「あぁ、違います、招待状を出したのは私ではないですかな。多分、私に伝言を残していった方ですよ」

「そうだったんですね。ちなみに、誰からなんですか?」

「まぁ待ってください。えぇと、背が小さくておでこの開いていた方でしたね。あと、前髪が少し垂れてたかな。名前は確か、ジャイアント……」

 

 

それ、もしかして……

 

 

「「……ジャイアントペンギン!」

「そうそう、ジャイアントペンギンさんって名前で……」

「ジャイアントペンギン!?」

 

 

と、突然カコさんが叫ぶ。

 

 

「うおっ、ど、どうしたんだ?」

「あ、いやその、なんでもない、ですぅ……」

 

 

かと思えば、今度は恥ずかしがってお湯の中に沈んでいく。……大丈夫?

しかしなるほど、ジャイアントペンギンか。言われてみれば、あいつ温泉宿行くみたいなことを言っていたような気がしないでもない。まさか本当に行くとは思わなかったが、あいつ、今どこにいるんだろう。

 

 

「へぇー。ジャイアントペンギン、私たちのこと覚えてくれてたのね……それでそれで、伝言ってなんなの?」

「はい、それなんですが、確か……」

 

 

カピバラは一瞬思い出すように顔をしかめたあと、もう一度こちらに振りかえって言った。

 

 

 

「『温泉紹介してくれてありがとう、呼んだことに深い意味はないけど適当に楽しんでくれ』だそうです」

 

 

 

 




今回から5話ほど温泉宿編です。


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第33話 ゲームでHOT(マジ)にだけはなるな

「ふぁ~、さっぱりしたぁ〜」

「とっても気持ち良かったですね~」

 

 

その後も数分ほどカピバラと話をして、カコさんがそろそろ研究所に行かなきゃいけないってことであがることになった。んで、今は入り口近くの休憩スペース的なところでテレビを見ながら畳の上でごろごろしている。

 

 

「似合ってますね、それ。借りてきたんですか?」

「あぁ、これ?んまぁ、着替えはいらないんだけど、せっかくだしってことでな」

 

 

カピバラが指したのは、俺の着ていた白の浴衣。

 

 

「ってか、カピバラは着ないのか」

「私はちょっと。恥ずかしいんですけど、どうしても歩きづらいというか、なんというか。あまり慣れていなくて」

 

 

そうなのか……俺は歩きづらいって思ったことはなかったけど、形状が形状だししゃーないのか。カピバラの浴衣姿とか見てみたかったなぁ。

 

そんなことを考えていると、暖簾の反対側から2つの影が。

 

 

「……ふぅ、すっきりしたぁ~。あら、二人とも待っててくれたのね」

「およそ5分もな。そんなに時間かかるもんなのか」

「む、髪長いんだからしょうがないでしょ。あんたは短髪で羨ましいわよ……あら、髪伸びた?」

 

 

そう言いながらカラカルが俺の髪をくるくるといじる。言われてみれば、最近髪の毛が伸びたような気がする……まぁ、アニマルガールも成長するってことでしょ。

 

 

「あ、もうこんな時間……そろそろバスが出ちゃうので、行ってきますね」

「りょーかい。何時頃に戻ってくる?」

「あー……多分戻れない、かも。向こうで泊まるので、明日合流で、お願いします」

 

 

そう言って防寒用のコートを羽織ると、受付の人となにか会話し暖簾をくぐって歩いてゆく。

まだ温泉入っただけだしもう少しあとでも……と思ったが、雪山エリアの天候は変わりやすいらしいから、晴れている今のうちに行った方が良いのだろう。観測所までのバスだって何本も通るわけではないしな。

 

 

「あら、博士さん戻らないんだ。ってことは、トツカと私で二人部屋ってことかな」

「でもまぁ、そんなに大きい部屋じゃないし一人減っても多少広く布団が敷ける程度だからなぁ」

「そうよねー……あ、布団広いからって私の方にくっついたりしないでよね。あんた寝相悪いんだから添い寝とかしたくないし」

「はいはい、つかこれでも寝相はサーバルとどっこいどっこいだから。安心しろって、ちゃんとスペース空けるっての」

 

 

そもそもくっついたら浴衣とか絡まっちゃうし……あ、浴衣で思い出したけど、カコさんの浴衣姿も見てみたかったなぁ。

 

 

「いてっ!」

「まーたろくでもいこと考えてる顔して。どうせ博士さんの浴衣でも想像してたんでしょ?」

「うぅ……だからって髪の毛ひっぱる必要はないって」

 

 

浴衣つながりでちなみになんだが、カラカルが着ているのは俺と同じ白色の浴衣。多少柄は違うけど、どちらも似たような見た目である。

 

 

「……それはともかく、まだ夕食までには時間があるけど、これからどうする?」

「ここで適当にごろごろしてもいいけど、多分暇になるわよね……」

 

 

むぅ、困ったな。せっかく来ておいてやることがいつもと同じとかはさすがに……あ、「お前前世でもごろごろするだけの怠惰な生活しか送ってないだろ」というツッコミはなしな。

 

 

「カピバラは何かある?ほら、この温泉の施設とか」

「んー……あ、それなら」

 

 

と、突然手を挙げたカピバラ。

 

 

「この温泉、実はゲームコーナーがあるんですよ。私もまだ行ったことないんですが、良かったら一緒に行きませんか?」

 

 

おぉ、ゲームコーナーか。思えば最近はバンドだったりで全然ゲームとかしてなかったっけ。最後にやったのもたぶん病み上がりにサーバルとプレイしたやつだし。

 

 

「いいな、ゲームコーナー。ちょうど暇つぶしになりそうだし、早速行くか」

「了解です。さ、こっちですよ」

 

 

いやー、楽しみだ。いったいどんなゲームが……

 

 

 

「……カラカル、そろそろ髪くるくるするのをやめてほしいんだが」

「やだ」

「やだって、お前な……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなわけで、ただいまゲームコーナー。そこそこの大きさはあるが、どうもこういうとこはそれほど広いわけではないようだ。というか、そもそも温泉宿なんて行ったことないからよくわからんけど。

 

そして、今俺は。

 

 

「あーもうっ!なんなんだこの無理ゲー!?」

 

 

ゲーム開始から数分と経たずに堪忍袋の尾をプッツンさせていた。

 

 

「ほんっと意味わからん!難易度はベリーハード固定だわいきなり天井は落ちるわ地面から予告なく刺は出てくるわ雲に当たったら死ぬわ!そもそもなんで背景にある雲なのに当たったら死ぬんだよ!どうしてそこに当たり判定を付けたんだよクソがぁ!」

「まぁまぁ、そう怒らないで。たかがゲームに本気になったってしょうがないですし……」

 

 

詰まるところ、俺は初っ端から難易度激ムズで所見殺しだらけなうえに意味不明なレベルでの操縦技術を要求してくるまったくもって趣味の悪い無理ゲーを選んでしまったわけだ。

 

 

「カピバラの言う通りよ。ゲームにイライラするってのはわかるけど、怒ってもどうにもなんないわよ?」

「うぐ……そうは言ってもだな」

 

 

俺に変わって座席に座り、レバーをいじりながらカラカルが言う。確かにそうなんだが……しっかし誰が作ったんだこのゲーム。最高難易度とはいえここまで鬼畜だと一周回って賞賛したくなるレベルだぞ?しかも難易度選べないとか、製作者だってどうせこれくらい悪趣味に違いない。つか、前世でもこんなゲーム聞いたことないし。

 

 

「それなら別のゲームをしたらどうですか?ここはたくさんゲームがあります、いいゲームもありますよ」

「そそ、それがいいんじゃないかしら……あ、私もやってみよっかな」

「はぁ、だよなぁ……」

 

 

最初に見たときは面白そうだったんだがなぁ。まさかここまでひどいとは思わなかったし、やはり俺に足りないのは運なんじゃなかろうか。

 

 

「でも、他にどんなのがあるか知らなくてさ」

「そうね……ふむふむ、操作は簡単、と」

「それなら、受付の方に聞けばある程度わかると思います」

「へぇー……あ、クリア」

「そうなのか、ありがとなカピ……はぁ?」

 

 

辺りを見渡していた顔をぐるんとカラカルの方に戻す。

するとそこには、ぽかんとした顔のカラカルとクリア画面、そして愉快なBGMを流し続ける例のくそったれゲーム筐体。

 

 

「何よ、ちょっと動かしたらできるじゃない。これならゲーム苦手って言ってるバリーでもできるわよ」

「いや、いやいやいや、待て。待ってくれ。つまり今の俺が見ているのは全て夢、そういうことだよな?」

「現実ですよ、ちゃんとクリアって……あれ、なんか書いてある……もしかして」

 

 

嘘だろ……つかちょっと動かしただけでできたとか才能の塊みたいなもんじゃねぇか。数分やってできなかったやつだってここにいんだぞ、舐めてんのかゴラ。

 

 

「……で、でもそうね。私がやんなかったら、あんたずっとクリアできなかったんじゃない?」

 

 

……イラッ。

 

 

「なーんて、冗談よ冗談。ほら、トツカもやり直してみなよ、案外……」

「は、はは。お、俺だって本気出してなかっただけだし?本当は一瞬でクリアできますし?」

「いや、聞いてないわよ……あんたってどこか子どもよね」

 

 

くっそぉぉ、こいつ完全に舐めきってやがる……!俺は読心術使えないからわからないが絶対心の中で「うわこいつカッスwww」とか思ってる違いねぇ……!

 

 

「あ、向こうに対戦ゲームがいくつかあったからさ、それしない?」

 

 

……「対戦ゲーム」。

対戦、する。カラカル達と。

 

つまり……カラカルを、倒せる……!?

 

 

「……ふふ、ふははは。あぁやる、やるよ、やってやろうじゃねぇか!」

「トツカさん落ち着いてください、ここに『イージーモード』って書いてあ……あぁ、行っちゃった」

 

 

こうなったら絶対に勝ってやる!もう容赦はしねぇ……!

 

 

 

~シューティングゲーム~

 

 

 

「だぁ、このっ、とおっ……あれ、画面止まってね?フリーズした!?」

「やった、ボーナスステージってやつよねこれ!」

「あっ待てこら、それずるい……だぁぁぁ、動けってのぉぉぉ!」

「トツカさん落ち着いて!」

 

 

 

~格闘ゲーム~

 

 

 

「スピード、攻撃力、ともに最高値……あ、もしかしなくても最強キャラですね」

「待って、俺選ばれたのどっちも最低値なんだけど?多分最弱キャラなんだけど!?」

「これ、キャラクターはランダムで選ばれるのよね?カピバラ、運良すぎでしょ……」

 

 

 

~もぐらたたき~

 

 

 

「こんのぉ、なんで当たらないんだ、んもうっ!」

「落ち着いて打てば当たりますよ」

「落ち着いて叩けば当たるわよ」

「ざっけんなお前らぁぁぁ!」

 

 

 

~なんやかんやあって~

 

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

「……大丈夫ですか?休みます?」

「いいのよカピバラ、変に気合い入れる方が悪いの」

 

 

十戦ほどした結果、全ての試合において見事に俺の惨敗。こんなことがあっていいものか。

 

 

「くっ……まだだ、まだ終わらん!俺の実力はこんなもんじゃねぇ!」

「うーん、実力というよりは運が悪かっただけかと……」

「つか、対戦ゲーム自体もう残ってないんじゃないかしら」

 

 

……それなんだよなぁ。一応これでも数十分はかけて回ったから、大半のゲームはもう既にやり尽くしたような気がする。何より、普通のゲームより対戦の方が多いとは思えない。

 

 

「これまでやったやつ以外は見当たらないし、別のことを……あ、見つけた!」

「うみゃっ、マジで!?」

「マジもマジ、大マジよ!ほらあそこ!」

 

 

そう言って急かすようにカラカルが指した先には。

 

 

「……レースゲーム、だな」

「ええ、ちゃんと座席も二人分あります。対戦できますね」

 

 

赤く塗られた筐体に描かれたのはカートにのった様々なキャラクターたち。レースらしき背景にあわせて、戦うようにして火花を散らしていた。

 

 

「ほら、二人でもワンコインでいいみたいよ。ちょうどあと一枚しかないから、これやって終わりにしない?」

「……ふっ、いいじゃねぇか。早速やるか」

 

 

ふっふっふ……レースゲームなら前世でもいくらかやったことがある。確かに社会人になってからめっぽうやらなくなったから腕は鈍っているかもしれんが、まったくといっていいほど負ける気がしない。

 

座席に座ってレースカーを選ぶ。俺が青い車を選んだ数秒後にカラカルが赤い車に決め、レースのスタンバイが始まる。

 

 

「えーと、レースは2ラップで、車は10台です。カラカルさんが9位、トツカさんが10位でスタートですね」

「まじかよ……」

「あー、えーと……ドンマイ、トツカ」

 

 

……まぁいい。運の悪さは技術でカバーするもんだから。別に試合始まる前から負ける気がしたとかそんなんじゃないから。ほんとだから。

 

ロードが終わり、レースカーたちが並ぶ。

そして、表示されるカウントダウン。

 

 

『3』

 

 

「あほらしいけど、やるからには全力でいくわよ?」

 

 

『2』

 

 

「もっちろん、望むところだ」

 

 

『1』

 

 

今にみてろ……このゲームで、お前に引導を渡してやる!

 

 

『0』

 

『START!』

 

 

カウントが0になり、NPC含めた10台の車が一斉に走り出す。

 

 

「うぉらっ!」

「わっ、ちょっ!?」

 

 

それと同時に俺はタイミング良くペダルを踏み込み、思いっきりスタートダッシュをかました。

 

 

「うそ、あんたいつの間にそんなのできるようになったのよ!」

「へっへーん、これが経験の差ってやつだ!」

 

 

経験がどうのこうのと言っておきながら内心失敗すると思っていたんだが、案外体は覚えているようだ。これなら行ける!

 

スタートダッシュの勢いに乗りながらカーブのインを曲がって数体のNPCたちを抜かしていき、あっという間にカラカルを突き放した。

 

 

「うわっ、このゲーム難しっ……やばっ、曲がって……えいっ!」

「あわわっ、危なっ……おぉ、すごいです、上手く曲がってます!」

 

 

が、カラカルもカラカルで上手く操縦し、次々と順位を追い上げてくる。最初につけていたはずの差も、いつの間にかおよそ半分ほどになっている。……あれ、ちらっと画面みたけどカラカルの車のほうが俺のより性能良くね?

 

 

「……だが、問題ない。依然として問題はなしだ」

 

 

確信をもって一人呟く。

左下のマップによれば、ここから先には数回にわたって連続しているカーブがある。さっき見た感じではカラカルがノーミスで通るのは無理があるはずだ。

 

そこのカーブ地点で一度引き離してから2ラップ目を安全重視で走って、最後の一本道で加速ニトロを使い、勝負をつける。

 

 

これこそ、俺の勝利への道(ウィニングロード)

 

 

「っと、カーブは乗りきった!おらぁ、ここでブーストすれば!」

「ちょっ、何でそんなに速いのよ!ってかここカーブ多くて、曲がり切れない……きゃあっ!」

 

 

目論見通り、後方でカラカルがスピン。これ以上の好機はねぇ、一気に畳み掛ける!

 

カーブ後の一直線でニトロを半分使って加速して先頭集団を抜かす。

 

 

「上手く通れば……!」

 

 

NPCの車たちの間を針を縫うようにすり抜けていく。

それに連動して、順位表が一つ、また一つとあがり、ついに──

 

 

『1st』

 

「っしゃあ!」

 

 

堂々の一位に成り上がって、2ラップ目に突入する。

 

よし、一位さえとることができりゃあ安泰だ。NPCたちも決して強くはないがある程度の強さはある、そう易々と上がることはできまい。

 

 

「さーて、再び距離もあけたし、ここからは安全運転っと。ところでカラカルはいまどこら辺に……」

「あんたの後ろよ」

 

 

……え?

 

突然カラカルの声が響いてきて、驚いて右隣へ視線を向ける。

 

は、マジ?いやいや、そんなはずないだろう、さっき思いっきり距離を開けてたはずじゃ……

 

恐る恐る後方視点に切り替える。

 

すると、そこには。

 

 

「……うぇぇ!?」

 

 

車体全体を深紅に塗り染められたスポーツカー──カラカルの使っている車があった。

 

 

「は、はぁ!?なんで!?だってお前、さっき確かに曲がりきれずコースアウトしてたじゃんか!追っかけてきてるならまだしもなんで真後ろにいんの!?」

「わ、私だって知らないわよ!道外れたーって思ったら急にコースじゃないとこ走り出して、戻ったらここだったのよ!?わかるわけないじゃないこのバカ!」

 

 

待てよ、だとすればつまり偶然ショートカットを見つけたってこと?コースアウトした状態で?はぁー、もうマジなんなんだよその強運はぁ!

 

……いや、まだだ。今から最後の一直線までノーミスで行ければ、まだワンチャン残っている!これに賭けるっきゃない!

 

 

「……そろそろカーブ地点のはず、もう一度差をつけてやる!」

「ふん、やれるもんならやってみろっての!」

 

 

最前線を走る2台の車は、ついに先ほどのカーブ地点に再度たどり着く。

 

大丈夫だ、ミスさえしなければカラカルがおおよそ引っ掛かるはず。そう考え、若干スピードを落として上手くインコースをついていく。これなら上手く引き剥がせるはず……

 

 

「こんのっ、そう簡単にやられるもんかっ!」

 

 

しかし、今度の目論見はきれいに外れてしまう。

カラカルは俺の予想とはそれこそ180度逆に。

 

 

「んなっ、普通についてきてるし!」

「あったりまえよ!」

 

 

俺の後ろにぴったりとついてきたのだ。

 

 

「いつの間にそこまで上達したんだよ!まだ二回目なのに着いてこれるとかおかしいって!」

「あんたの後ろを上手くついていって真似すればおちないからねー。どうよ、この戦法は!」

「……正直、もう一回ショートカットした方が良かったんじゃないか?」

「うっ、うっさい!どこでやったのかわからないのよ!」

 

 

会話からは余裕があるように聞こえるやも知れないが、実際はめちゃくちゃ焦っている。まずい、さすがにこれは抜かされるかもしれない……ここまで来たならせめてカラカルには勝ちたい!

 

 

「斯くなる上は、最後のニトロに賭けるしかねぇ!」

「ニトロなら私も持ってる、絶対に負けない!」

 

 

最後の直線の距離的に、ニトロの残量は関係ないだろう。

となれば、残りのカーブを曲がりきった後にどちらが先にニトロを出せたかで勝負が決まる!

 

 

「もう少し……もう少しだ……!」

 

 

コースアウトしないよう、そして最短距離を行けるようにカーブにきを配りつつゆっくりとタイミングを見計らう。

 

そして、カーブの終わりが近づき──

 

 

「「──いまっ!」」

 

 

 

ほぼ同時とも言えるタイミングで叫び。

 

ほぼ同時とも言えるタイミングでニトロのボタンが押され。

 

 

2台の車はゴールラインへと加速していき。

 

 

 

「「うおおおぉぉぉぉ!!」」

 

 

 

そして──

 

 

 

 

 

~結果~

 

 

 

 

 

「負けたぁぁぁ!」

 

 

俺の敗北で勝負は終わった。

結局あの後、ほぼ同時にゴールしたもののほんの僅かな差で判定負けしたのだった。

 

 

「かなりぎりぎりだったわねー。コンマ単位の差だったしかなりいい勝負だったんじゃない?」

「そうだけど、俺一度も勝ててないんだよ……意味ねぇんだよぉ……!」

 

 

一番悔しいのは何で負けたかさっぱりってことなんだよなぁ。実力とかならまだしも、今回は単純に運が来てなかったというか、理不尽に見回れたというか……負け惜しみって訳ではないんだが。

 

 

「でもまぁ、ちょうどいい感じに暇も潰せましたし結果オーライですよ。なによりトツカさんもカラカルさんも、なんだかんだ言って楽しんでたじゃないですか」

 

 

……それもそうだな。そもそもゲームコーナーに来たのだって暇を潰すためだったわけだし、いろいろあったが良い思い出にはなったんだから。あーあ、カコさんも()りゃよかったのに。

 

 

「確かにそうね。私も熱が入っちゃって、ちょっぴり大人げなかったけど、楽しかったわ。今度からサーバルともやってみよっかな」

「サーバルか?そうだな、あいつもゲームはよくやるほうだし、今度誘ってみたらどうだ?多分アードウルフがセットでついてくるぞ」

「どうだって、何で他人事みたいに言うのよ。あんたも一緒にやんなさい、どうせ暇なんでしょ」

「いや、暇なのはアニマルガール全般に言えることだろ」

「はいはいうっさい、とにかくもう決定だからね」

 

 

……なんか流れるように予定決められたんだが。別に困りはしないけどさ。

 

 

「ふふっ、お二人ともやっぱり仲が良いんですねー。見ていて楽しいですよ」

「そう言われても、喜べば良いのか良くわからないのだけれど……そういえば、カピバラは誰かと一緒じゃないの?」

「あぁいえ、私は今は一人旅をしているので。旅先でいろんな人やアニマルガールとは会いますが、誰かと一緒ではないですかな」

 

 

ほーん、一人旅ねぇ。俺は多分、前世も含めても旅なんぞしたこと無いなぁ……あ、旅と言えばジャイアントペンギンも……いや、あいつは俺に会いに来ただけだったな。それを言えば大分前に来たあの守護けもの二人組もそうか、あいつらも旅してたんだっけ。

 

 

「……って、もう5時過ぎてるわね。夕食、食べに行きましょっか」

 

 

過去の出来事に思いを馳せていると、カラカルが夕食の時間ごろ担ったことに気づく。もうそんな時間か、意外にやりこんでたんだな。

 

 

「おっけー、早速行くか──」

「あの、トツカさん」

「ん」

 

 

夕食を食べに行こうと足を動かすと、突然カピバラに声をかけられる。なにか軽い用事か、と思って振り返る。

 

 

「カピバラ、どうした?」

「すいません、完全にやり忘れていたことがあって」

 

 

……やりわすれていたこと?

 

失礼します、と言ってから、カピバラは受付の方へ走っていき、なにやら小さな紙のようなものを受け取って戻ってきた。

 

良く見てみると、それは──

 

 

「……手紙?」

「はい」

 

 

手のひらサイズの、真っ白な手紙。

 

 

「これは、ジャイアントペンギンさんから受け取った手紙で、こう頼まれているんです」

「頼まれてって、ジャイアントペンギンから?伝言はあれだけじゃなかったってことか」

「はい。この手紙は──」

 

 

カピバラが、こちらに向きなおす。

 

 

 

 

 

 

「──"トツカさんにだけ"読んでほしい、と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「はぁ………はぁ………」

 

 

 

 

にげ、なきゃ……

 

 

はやく、ここ、から………

 

 

にげない、と……

 

 

 

 

 

「……っ、いたいっ……!」

 

 

 

 

 

…そんなっ、ころんだ、の………?

 

……だめっ、あしが……

 

 

うごいて、おねがい……!

 

 

なんで、うごかないの?

 

なんで、とべないの?

 

 

 

わたし、つかまる、の?

 

 

わたし───

 

 

 

 

 

 

 

──ころされる、の?

 

 

 

 

 

 

「いやっ!」

 

 

 

 

 

 

いやだ、にたくない!

 

 

まだ、いきて、いたい!

 

 

 

 

「いや……こない、で………!」

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

 

 

………きて、ない……?

 

 

……たす、かった………

 

 

 

 

 

…みんな……どこ、いったんだろう。

 

 

みんなに、あいたい。

 

 

 

ひとりは………こわい。

 

 

こわい……

 

 

…そっか………わたし、こわいんだ。

 

 

ひとりも、しぬのも、こわい……

 

 

 

 

……こわい、こわいよぉ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………じめんって、こんなに、つめたいんだ。

 

きっと、わたしも、こうなるんだ。

 

 

あぁ、とっても───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───さむい、な。



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第34話 忍び寄るFEAR()

 

雪の中で、少女は目を醒ました。

 

 

 

 

 

 

──……ねてた、のかな──

 

 

 

意識の覚醒により、思考が巡り始める。

ここは危険、逃げるべきだと。

今すぐに、仲間の元へ。

 

 

 

──うごきたく、ない。──

 

 

それでも、身体は動くことを拒否する。

寂しさと恐怖が冷えた全身を包み、支配する。

 

 

いっそのこと──になってしまおうか。

 

 

 

──だめ。いきて、なきゃ……──

 

 

なんのためにソレから逃げてきたのだ。ここへ来て、諦めるわけには。

 

 

 

しかし。

 

 

 

──……やつが、きてる……!?──

 

 

ソレは赦さない。逃がすことはない。

それこそ、ちっぽけな決意など踏みにじるように──

 

 

 

 

──いやっ!に、にげ、なきゃ……っ!?──

 

 

 

そして気づいてしまった。

 

足を動かしたくなかったのではなく──

 

 

 

 

動かせない(・・・・・)ことに。

 

 

 

──そんなっ!?──

 

 

 

彼女は絶望した。

 

もう助からない未来に。

 

もう巻き戻せない過去に。

 

 

 

自らを導いた、運命そのものに。

 

 

 

 

 

 

 

──にたく、ない……っ!──

 

 

 

迫り来るソレを前に、彼女は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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夜。

 

 

 

外の雪景色も既に近くまでしか見えなくなって、遠くにはただ暗いだけでなにも見えない森が鬱蒼と広がっている。つむじ風が空を切り裂く音のみが闇夜に五月蝿く唸っていた。

 

 

その光景を、何かするでもなく、見つめていた。

 

 

 

「……あ、トツカったらこんなとこにいたのね。なに見てるの?」

 

 

暫くしてカラカルが来た。食堂で夕食を食べていたが、もう終わったらしい。

 

 

「ん、特になにも」

「ふーん、ならいいけど。あ、あの手紙の内容ってなんだったの?」

「それも特になんでもなかっ……あ、なんでもないよう(・・・・)、なんつってあだっ」

「ったくこのアホは……」

 

 

明るい休憩スペースで、暗い外の景色を見ながらそんな会話をする。

 

 

「ところで、ご飯はもういいのか?」

「ええ、カピバラも自分の部屋で寝る準備するって。にしてもほんっとに美味しかったわ、トツカももっと食べとけばいいのに」

「俺はいいんだよ」

 

 

談笑しつつ夜景を見つめる。相変わらず木々と降り積もった雪しか見えなかったが、ふと空を見上げて、月が出ていたことに気づいた。

 

 

「お、綺麗な満月。木が邪魔でよく見えないが……」

「ほんとね。山だから、かしら?星もよく見えるわ、きれいねー」

 

 

カラカルも夜空へと視線を動かす。が、どうやら俺ほど感動しているわけでもないらしい。本当にただ見つめてるだけ……?

 

 

「……あのさ、お風呂のときも言ったけどなんで私を見んのよ。ご飯粒でもついてるの?」

「いや、そうじゃなくて……まぁ、なんでもない。嫌ならやめるが」

「……別に、いやって訳じゃ、ないけど……」

 

 

確かに、よくよく考えてみれば満点の星空なんてサバンナではいつものことだったわ。なるほど、カラカルは多分こういうのはもう見慣れてるんだろうな。

 

 

「見慣れてる訳じゃないわよ、こっちの夜空だって新鮮だわ。あんたの方が、なんでサバンナであんなに見た星空を今更、って感じよ」

「おおう、ナチュラルに読心術が炸裂……だってほら、こう、綺麗じゃん。だからなんか、エモいというか、風情がどうたらで」

「……ほんっと、バカよね、あんた」

 

 

うっせえ、ほっとけ。

 

つか、俺が星空に見とれるのってやっぱ前世の感性が原因なのかねぇ。いかんせん、汚れた空気のなかで生きてきたからなぁ……

 

 

「ま、あとは寝る準備ね。部屋に戻るわよ、空だって部屋から見れるんだから。ほーらっ、はやくっ」

「わかったって、今行くよ」

 

 

カラカルがあんまりにも浴衣の裾を引っ張るので、渋々ついていくことに。別に「夜景満てたいー」とかそういう思いはないけど、なんかめんどくさいっていうか。

 

 

「さっさとしなさいよね。トツカってほっといたらすぐ寝ちゃうし、運ぶのめんどくさいし」

「あのなぁ、今は6時だからまだ寝ないし、最近は夜まで起きれるっての……」

 

 

適当に話ながら、俺たちは自分達の部屋へと向かった。

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

ブツン

 

 

 

「「うみゃあっ!?」」

 

 

 

突然、辺りが真っ暗になった。休憩スペースの電気どころか、辺りの部屋も廊下も真っ暗。とにかくありとあらゆる部屋の電気が落ちてしまっていた。

 

 

これって、もしかして……停電?

 

 

「なーんだ停電かぁ、停電しただけかー」

「雪山の中で停電、なにも問題はないわねー」

「「あっはっはっは」」

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

「うぉぉぉぉい!?何が起こったぁぁぁあああ!?」

「私だってわからないわよぉぉぉ!お、おおおおちつつつ落ち着いて……わっ!?」

「うおっ!?」

 

 

ドシーン!

 

 

「ちょちょちょちょ、なんでこういうときに転ぶんだよ!?俺下敷きになってんですけどぉ!?」

「前見えないんだからしょうがないじゃない!ってきゃっ、どこ触ってんのよこの変態!」

「あぁ!?んな知らねえよどこ触ってるかなんて!触ってきてんのはカラカルの方だろ!」

「はぁ!?私はなんも触ってないわよ!ただ覆い被さってるだけで……」

 

 

ピカッ

 

 

突然、俺たちの目の前に光があらわれ、俺たち二人を照らし出す。

 

 

「たしかトツカはこの辺に……っと、いたいた!あそこだ」

「あ、はい、見つけました!二人とも大丈夫で……あ」

「あって、どうかし……あ」

 

 

それと同時にカピバラとスタッフさん、およそ受付の人のものだったと思われる声が響く。

 

 

「あれ、もしかして誰かいるのか……って、カピバラか!」

「はい、そうなんですけど……」

「あ、スタッフさんにカピバラ!よかった、急に真っ暗になったからちょっとパニクっちゃって」

「えーっとですね、その……」

 

 

少し間が空き。

 

 

 

 

「「…………ごゆっくりどうぞ!」」

「「待ってそれどういう意味!?」」

 

 

 

ちなみにこのとき、俺たちは互いの尻尾と獣耳を掴みながらもみくちゃになっていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなわけで、取り敢えず今はスタッフ専用の事務室にお邪魔している。停電こそしているもののそこはやはり対策してあるようで、しっかりと予備電源が完備されており、一応この部屋にだけ電気が灯っている。

 

 

「しっかし不安ね。数十分程度で落ちるらしいから、持ってあと数分、かしら……」

「んー……やっぱその時は毛布とかにくるまって寝ることになんのかな」

 

 

が、その予備電源も完全に起動できたわけではなく、このペースで使い続けても数十分しか持たないらしい。そのためここから真北の方角の外に設置されている電源の起動装置をオンにしなおす必要があり、今は警備員含めたスタッフ総出でかかっている、とのこと。

 

 

「でも結構危ないわよね。警備の人たちだって、電気がないからにはままならないだろうし」

「まぁ、そればっかりは今頑張ってくれているスタッフさんたちを信じるしかありませんな。なにも手伝えないのが心苦しいですが……」

 

 

更に辛いことに、今日はスタッフの数も少ない。なんせ今日は平日、当たり前だが客がいることもこんなアクシデントが起こることも想定外のはずだ。それでも上手く指示を回せる辺り、流石といったところだが。

 

 

「んまぁ念のため、よいしょ、防寒着はいくつか持ってきましたよ。コートとかマフラーとか、それくらいですが」

「お、サンキュー。ちなみにこれは?」

「全部借り物です。今日来ていないスタッフさんのものを貸していただいたので」

 

 

なんにせよ、このまま黙っている訳にはいかない。こちらでも出来るだけのことはするつもりでいる。ただ問題は、どこまでできるのかってところだが……

 

 

「……それでもやっぱり、待つしかない、か……」

 

 

……状況は、あまり芳しくないな……

 

 

 

ブツッ

 

 

 

「んなっ……もうか」

 

 

その状況へさらに追い討ちをかけるように、予備電源が切れてしまう。スタッフさんたちの行動は、飽くまでも冷静にではあるが段々と忙しなくなっているのがわかる。

 

 

「取り敢えず懐中電灯点けるぞ」

「ええ……お願い」

 

 

このままでも猫目で見えなくもないが、懐中電灯があるならそれを点けた方が良いだろうと思い、早速取り出して電池をいれる。

 

 

「わかってはいたけど……やっぱり私、ダメね」

「……どうか、しましたか?顔色が優れませんよ」

「ん、ちょっとね……」

 

 

か細い声でカラカルが呟いたのが聞こえた。

 

見ると、隣で蹲りながら、ぎゅっとコートを握りしめていた。それこそ、まさに『怯えている』と形容出来るほどだ。

 

……あー、やっべぇ。励ましとかないとだめなやつだな、うん。

 

 

「……まぁほら、そんな落ち込むなって。多分どうにかなる──」

 

 

「聞こえてますか!?お願いです、応答してください!」

 

 

……あのね、ほんとにタイミングを考えているほしいんだけど。ここでそういう希望のない知らせは要らないから!お願い!

 

 

「どうした、何かあったのか?」

「あの……電源装置にいったスタッフから、通信が途切れてしまって……たぶん、設備周辺には着いているはずです」

「了解だ。まずは通信と他の電源の復旧を最優先、宿の通信設備なら多少は空けられるはずだ」

「りょ、了解です!」

「救助チームはこっちで設立する。おい、空いている救護班スタッフを呼んでくれ」

「わかりました、今いきます。連絡用の携帯は受付のものでいいですよね?」

「ああ、構わない」

 

 

しかしそんな悲しみに暮れる間にも、的確な指示と行動が飛び交う。いやはや、ホントにすげぇなジャパリパーク職員。

 

 

「……この状況でもどうにかなるって言うつもり?」

「いやほんとごめん。さすがに予想外過ぎた。だからそんな目で俺を睨むでない」

 

 

そんなジト目で見られたって困る。

 

 

「……あんたってさ、無計画で運がないわよね」

「ぐふっ」

「その上物理的にも精神的にも不器用だし」

「うがっ……いやあの、なんで突然」

「極めつけにバカなんだから救いようがないわよねー」

「うぐぁっ」

 

 

うん落ち着け、取り敢えずまずは俺の精神に毒舌を畳み掛けるのはやめてください死んでしまいます。何があったらこの中で俺をいじろうという発送が出てくるんだ全然わからん。

 

 

「はぁー。なんか、あんたのこといじったらすっきりしたわ。ありがとね」

「ははっ、まったくもって嬉しくない」

「なに落ち込んでんの。多分どうにかなるんでしょ?」

「毒舌に皮肉をトッピングしないで!?」

 

 

冗談よ、と言って笑うカラカル。それにつられたのかカピバラも笑いをこらえている。当人としてはそんなに笑えないんだけど……まぁいいや、これからどうするか──

 

 

 

「……あの、アニマルガールさん、ですよね」

 

 

 

──というったところで、突然声をかけられる。先程通信していたスタッフさんだ。

 

 

「ええ、そうだけど……どうかしたの?」

「いえ、あの……」

 

 

どこか不安気で、申し訳なさそうな声で喋っていたが、一度決心するように目を瞑って、もう一度俺たちを見据えた。

 

 

 

「……お願いです。救護チームに、参加してくれませんか?」

 

 

 

……はい?

 

 

「救護チームって……俺たちが、か?」

「ばーか、私たちに頼んでんだから当たり前よ。……まぁ受けるかどうかは置いといて、なんで私たちに?」

「はい……実は」

 

 

スタッフさんに聞いた話を要約するとこうだ。

 

先程言った通り今はスタッフが少ない。そのためなんとか集めたものの救護チームとして動けるのは二、三人程度で、もしも怪我などしていた場合の運搬が難しくなる。なので、先に通信の途絶えたスタッフたちの様子を見てくる、いわゆる先遣隊のようなものを作ることになった。

 

 

「……そこで、アニマルガールの力が必要、と」

「はい……無理はしなくても大丈夫です、元々私たちが対処すべきですし」

 

 

うーん……ただ強いて言うなら、多分俺が何も言わなくとも。

 

 

「もちろん、いくに決まってんじゃない。ね、トツカ」

「……そう来るとは思ってたよ。どうせ拒否権はないんだろ?」

「あら、よくわかってるじゃない」

 

 

あっても拒否したかどうかについてはわからないけどな。

 

 

「んで、カピバラはどうする?スタッフさんも言ったが、無理強いはしないけど」

「んー……すいません、私は待っています。少し体調が優れていなくて……申し訳ないです」

「別にいいのよ。むしろ、それならちゃんと自分の体に気を使ってね、カピバラ」

 

 

となると、ついていくのは俺とカラカルの二人か。人数も変に多いよりはこの辺が妥当だろうし、それに相方が一人なら多分飛んで連れてくってのも出来るだろうし……

 

そんなことを考えていた時。

 

 

「……ごめんなさい、皆さん」

 

 

辛そうな眼差しと共に、どこか苦しそうな謝罪の言葉が届いてきた。……スタッフさんのものだ。

 

 

「本来なら、こんなはずではなかった。あなたたちを巻き込んではいけないはずだったんです。なのに、結局私たちは、またあなたたちに……」

「あぁその、なんだ。取り敢えずは頭をあげてくれ。こうやって頼まれんのははじめてじゃないしさ」

 

 

思い返せば、サーバルが『ライブやろう』って言い出したときだってミライさんたちに頼まれて掃除してたわけだしな。今更でもないし、それを嫌と思ったことも一度だってない……ごめん嘘ついた、やっぱあんまりないにしてくれ。

 

 

「そうそう、私たちだってこのまま停電しっぱなしってのも気味悪いからね。気にしないで」

「ですが……」

 

 

スタッフさんは一度反論しようとしたが、一度口をつぐんでから、もう一度声を出した。

 

 

「それなら、約束してください──」

 

 

 

 

 

 

「──絶対に、無事で帰って来る、って」

 

 

 

 

 

「……約束するわ。あったり前じゃない」

「それなら、私の方からも約束してもらいましょうか、ちゃんと帰ってきてくださいね?」

「もちろんだ、カピバラ。つか、帰ってこなかったら普通に凍えるだけだしな」

「……はぁ、ほんと頼もしいですよ」

 

 

今度は一転して呆れ顔をされてしまった。まぁ、悲しい顔をされるよりかは、嬉しかったが。

 

スタッフさんに先導されて、まずは場所などの確認とブリーフィングを何人かの職員さんたちと。それが終わると、防寒着を着用し、通信用の電話や地図等を鞄にしまって肩に提げた。

 

 

「それじゃあ……いってらっしゃい。トツカさん、カラカルさん」

「いってきます、っと」

「ええ。いってきます、カピバラ、スタッフさんも」

 

 

んじゃ、気合いも入れ直しまして、早速扉を開いて──

 

 

 

 

 

 

「──(さっぶ)ぅっ!?さ、寒ぃ!?」

「……ほんっと締まらないわよね、あんたは……」

 

 

 

 

 

 

~数分後~

 

 

 

 

 

先遣隊として宿を出てから数分。初めこそ携帯の使用に慣れなかったりしたが、なんとか問題なく進んでいられている。

 

 

「なあ、あとどれくらいでつくと思う?」

「数分はかかるんじゃないかしら」

「長いな」

「トツカがもっと速く飛べばいい話でしょ」

 

 

んでもって、今は翼を発生させて飛びながら向かっている。歩くよりは速いんだが、それでも意外と遠いもんなんだなぁ。

 

 

「言うのは簡単だけどな、難しいんだぞ飛ぶの」

「知らないわよ。そんなとこに翼創るからじゃないの?」

「だから翼出すのも難しいんだって」

 

 

ちなみに、翼は頭にあったやつがでっかくなりました。飛べるっちゃ飛べるが、どう言うことなの……

 

 

「……ねぇ、トツカ」

「ん、なんだ?」

「くどいようだけどさ……ありがと」

 

 

……はぇ?

 

 

「え、それって──」

「あー、何も言わないで。その……こっから私が話すのは、恥ずかしい独り言ってことにしといていいから」

 

 

 

そう前置きして、カラカルは話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あのさ……トツカもわかってたと思うけど。私、目に見えて怖がってたわよね?……やっぱり恥ずかしいわね、こういうの。

 

この体……アニマルガールの体になってからは、森とかサバンナとかで怖いものはない、って思ってた。

だけどやっぱり、怖いものは怖いのよね。それは変わらない。

でもさ、時々例外?みたいな、そういうときもある。例えばそうね、あんたバカだから覚えてないと思うけど……あぁこら、暴れないの!私あんたに抱えられてんだから……まったく。

 

それであの時ってのは……あれよ、あれ。……セルリアンに、襲われたとき。

結構顔にでないようにしてたけどさ、ちょっと怖かったのよ。まぁ仮にも怪我までしたわけだから、当たり前かもしれないけど。でもそのあとはあんまり怖くなかったって言うか、問題ないって思ったって言うか。だからその、あの……

 

 

……あぁ、もうっ!率直に言うわよ、あんたに助けてもらって安心したの!それで今回も、あんたのお陰で安心したっ!だからありがとってそれだけよっ、このバカっ!

 

 

……はぁ。暴れないでって言ったそばから暴れちゃってごめんなさい。まぁとにかく、私が言いたかったのはそれだけだから……ってトツカ、あれ!違うって、さっきまでの話は終わりよ、そうじゃなくてあそこ見て!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あそこ?あそこってどこだよ」

「あーもう、あの長い木の辺り!よく見なさい!」

 

 

あぁ!?木の辺りって言われたって、ここ木しかないんだからわかるわけな……あれ?

 

なんかが地面の上に……(ちげ)ぇ!あれは『何か』じゃなくて……

 

 

「……人影、だな」

「だなじゃないわよ、倒れてんのが見えないわけ!?てかもっとよく見なさい!」

 

 

カラカルに急かされ、より注意深くその近くを見渡す。そして見つけて──驚愕した。

 

 

そこには、雪山とは似ても似つかない濃い紫に染まって結晶のように輝く、巨大なひとつ目の球体──

 

 

 

「──っ!セルリアンか!」

 

 

ぐっ、これはマズい。なにがマズいって、この近くにはおそらく起動装置を探してるスタッフさんがいること。スタッフさんたちの安全はもちろん、装置に関しても危険だ。最悪壊されて直らない可能性もある。なんせあの巨体だ、踏み潰すのはおそらく容易だろう。

 

 

なによりも、目の前で倒れてるあの人影に近づいてるってのが一番ヤバい!

 

 

「カラカル!」

「わかってるわよ、野生解放してるわ!」

「了解、急降下する!」

 

 

カラカルが攻撃体制に入ったのを確認し、セルリアンに向かって急降下する。

セルリアンはまったくと言って良いほどこちらに気づかない。このままなら、不意打ちで十分倒せる!

 

 

「さん、にぃ……今だ!突っ込む!」

「言われなくともぉ!」

 

 

距離が狭まり、ついにカラカルの射程にはいる。セルリアンも気づいたが、もう遅い!

 

 

「喰らいなさい──」

 

 

 

カラカルの手が虹色に輝き──

 

 

 

 

 

 

 

「──『エリアルループクロー』!」

 

 

 

真っ直ぐに、ソレへと振り下ろされた。

 

 

 

 




明日のクリスマス、間に合いますかね……?


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第35話 ABSOLUTE(自然の掟)からは逃げられない

──にたく、ない……っ!──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

ドサッ

 

 

 

 

 

 

 

──……え?──

 

 

 

 

重い音が響く。

 

 

 

 

 

 

ズガガガガガッ!

 

 

 

 

続くようにして何かが地面を抉り周囲の木がミシミシと音を立てて倒れていく響き。

 

 

 

 

──な、なにがおこって……──

 

 

 

顔をあげると、すぐそこまで迫っていたはずのソレは最早眼前にはなかった。

 

見れば、彼女の近くにあった木々は一直線に薙ぎ倒され、その遥か先までソレが吹き飛ばされていた。その巨体からは、考えられないほど遠くへ。

 

 

 

 

──わたし……いき、てる……?

 

 

 

 

その後ろでには、恐らく倒した本人であろうナニモノかが見えた。

 

 

満月の夜空を背景に、重力から切り離されて佇んでいる。

 

 

 

 

──……たすけて、くれたんだ……──

 

 

 

 

逆光で姿ははっきりとわからなかったが、唯一つだけ、わかったことがあった。

 

 

 

 

 

 

──……きれいな、つばさ、だな……まっしろで、ほんとうに、きれい……──

 

 

 

 

 

静かな月光に照らされて純白に輝く翼。彼女には、堂々と広げられたそれが、万物を優しく包み込むためにあるかのようにさえ思えた。

 

 

 

 

──あぁ……なにも、みえなく、なってく……──

 

 

 

 

その印象だけが脳裏に焼き付き、意識は再度遠退いく。

 

 

 

 

後に彼女は、自分を助けた者の名を──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──『天使(Angel)』と呼ぶことを知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────

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──────────────────

──────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宿を出発して十数分、月明かりの下。

 

 

 

「うっはー……また派手にやったな」

「た、戦うのは専門じゃないの!」

「だからってこりゃないだろ……」

 

 

 

ふと気づけばそこには、カラカルを持ち上げながら眼下に広がる状況……というより、惨状へと成り果てた光景を眺めて、ため息を漏らす俺がいた。

 

美しき白銀世界はどこへやら、そこにあるのはデカい鉄球でも転がしたように抉れた地面、折れて倒れた何本かの木々。

 

そして何よりそのずっと奥に転がされていた紫色の巨大な球体──セルリアン。

 

 

……まぁ尤も、今は既にパッカーンと割れて跡形もなくなってるが。あれを毎日のようにツッコミで食らってたと考えると、それはそれでゾッとするな……

 

 

「……ってそうだ!さっき誰か倒れてたはずよね、トツカ」

「あぁ、そういえば。セルリアンにはまだ襲われてなかったと思うが」

「どっちにしろ雪山の中で怪我なんてしてたら危険よ。どこにいるかとかって見えたりしない?急いだほうがいいと思うわ」

 

 

カラカルに急かされて辺りを見回す。思いっきり移動したせいで完全に見失ってんだよな。さっきもちらっと見えただけだから服装とかわからないし。あ、もしものために救急キット……は、カラカルがもう準備してるか。

 

 

「ならあとは見つけるだけ……お、いたいた!カラカル、今から降りっからちゃんと掴まっとけよ」

「あっ待って待って、これをしまって……よし、いいわよ」

 

 

 

合図を受けて、見つけた位置を見失わないようできるだけゆっくりと高度を下げつつ、翼が木絡まないよう葉と葉の間をすり抜けていく。

 

ある程度降りたらカラカルを正面に持ち直し出来るだけ位置を低くして、翼をもとのサイズに戻して着地。見間違いでなけりゃ、たしかこの辺に……

 

 

「トツカ、こっちこっち」

「ん、今いく」

 

 

 

自らの猫目と聴力を頼りに呼ばれた方向へと進む。長靴の立てるザクザクという音を聴きながらたどり着いたそこで、カラカルに抱き抱えられていたのは──一人の、可憐な少女だった。

 

 

 

着ていたのはノースリーブのセーターとミニスカート。色がまるっきり抜けてしまったかのような白の衣服を身に付けている。

 

その上には小さめのケープを肩に羽織っていた。多少青みのある灰色に近い感じで、黒い模様が入れられている。

 

髪色も同じだ。前髪に黒い線模様のある、青みがかった灰色のショートヘアー。

 

小柄な身体の纏っている肌は、髪色とは対照的で、陶器のように透き通っていた。それこそ雪景色へと溶けてしまいそうに感じられるくらいに。

 

 

そして、何よりもの特徴が──頭部にある一対の翼。

 

 

 

「……こりゃアニマルガールだな。こんな格好で出歩く人間だっていないだろうし」

「ええ……一応は手当てをしたけど、怪我より衰弱がひどいみたい。大分弱ってるわ……身体もほら、相当冷たい」

「マジか。取り敢えず宿には連絡入れとくが」

 

 

んー、困ったな……危険っちゃ危険だが、俺が連れていけるのは一人までだし、そもそも今は通信の途絶えたスタッフさん達を探してる訳だからそんなに余裕もないんだよなぁ。

 

カラカルが少女に防寒着を着せて暖めている間に通信用のケータイで連絡を入れて……と、思ったその瞬間。

 

 

プルルルルル

 

 

「のわっ!?」

 

 

突然電話が鳴り出した。

移動中も使わなかったしまさか掛かってくるとは思わなかったから、焦りつつも急いで通話を開く。

 

 

「んしょっ、と……あー、もしもし?」

『あっ、ようやく繋がった!あのえと、その、今すぐ宿に戻ってきてください!捜索とか探索とか、もうそんなのどうでもいいんでっ!』

「え?……いや待て待て、なにがあったのか落ち着いて説明を」

『電源を入れに行ったスタッフが帰ってきたんです!電源も既にオンになってて、あとは二人が帰って来るのを待ってて──』

 

 

ブツッ……ツー ツー

 

 

「んにゃっ……急に鳴ったと思えば急に切れたな」

「切れたなって、どうするつもり?このままこの()を宿まで運んでくのは無理よ」

「無理?なんで……」

「ほら、あれ」

 

 

カラカルが指を指した方は遥か空、夜空の方。そこにあるのは星だけの筈、だったのだが、猫目のお陰でまた別の物を捉えられた。

 

 

「……雲行き、怪しくなってきたな」

「山の天気は変わりやすいってよく言うけど、最悪のタイミングね……そろそろ吹雪になるかも知れないわ」

「なるほど、確かにこりゃ宿までは間に合いそうにない」

「だからどうするって言ってんのよ」

 

 

全速力で飛んで運べばギリギリ間に合うだろうが、そもそも一人までしか運べないし、何よりもう既にかなり疲れてヘトヘトって感じだ。

 

となると、やはり吹雪が去るまで凌ぐしかないって所だが、どうしようか……あ。

 

 

 

「そうだ。こういう時作るもの、と言えば……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っと、よし、こんなもんだろ!」

「あら、思ったより良くできてるじゃない。にしても……」

 

 

一度離れて全体像を見直してから問題点はほぼないことを確認し、一仕事を終える。自分でいうのもなんだが実用性含めてかなり良い出来ではないだろうか。

 

今俺たちは、宿や電源装置を繋ぐ開けた登山コースの上に来ている。

目の前にあるのは、中に空洞を設けてある積み上げられた雪の山……つまり。

 

 

 

「……かまくら、とはね」

 

 

 

かまくらである。

 

 

「なんだよ、いいだろ?かまくら。人生初のかまくらだぞ」

「あんたアニマルガールじゃないの……かまくらはいいんだけど、私が言いたいのははしゃぎすぎってことよ」

「何事も楽しく生きるのがモットーだからな」

「はいはい、ったくもう……はい、早く入りなさい」

 

 

かまくらとは言ってもパッと思いつくあのかまくらより一回りサイズを大きくしてある。さすがにあれでは三人も入らないだろう、と思ってのことだったが、アニマルガールの力が想像以上だったお陰で、相当詰めれば寝転がることもできる筈だ。

 

 

「んっ、と。あ、入り口は……」

「閉めといていいんじゃない?」

「なら閉めとくけど」

 

 

半ば急かされるように入り口を雪で覆う。そのあと崩れないよう小さく穴を開け、懐中電灯を点ける。灯る光に照らされた天井へと自然に目が吸い込まれる。

 

 

「んんっ……私も寒くなってきたな……トツカ、コート分けて。届く?」

「あーいや、ちょっと無理っぽい。届かん」

「そっか……じゃあこの()とくっついて寝ればいけるかも。地面にコート広げといて」

「この狭いなかじゃ厳しいんだかな、よいしょっと……」

 

 

拾ってきた()を真ん中に挟んで二人で添うように寝転がり、さらに防寒着と翼で全体を包んで……

……おお、地面は雪だがなかなかに暖かい。ギリギリだから狭苦しいが、その分体温が伝わってくるから温度の面は申し分ない。

 

 

「ちょっと待ってねー。えっと、これくらい、かなぁ」

「なにしてんだ?」

「明るさ調節。電池持たせておきたいし」

 

 

にしても、かまくらの中って案外暖かいもんだなぁ。テントとかの寝袋で寝る、あの感覚に結構近いところはある、と思う。まぁ実はキャンプも行ったことないからわからんのだけども。

 

 

「……あんたはなんともなさそうよね、こーやって危機に見舞われてもさ。かまくら程度ではしゃいじゃってるし」

「遠回しに子供っぽいって言わないでくれ……そうだな、言われてみれば不安には思ってないな。どっちかっていうと安心してる」

 

 

それにこの狭い空間なんかもそうだが、今のぎゅうぎゅう詰めな体勢にも奇妙なリラックス効果を感じる。誰かが近くに居てくれるってのもあんだろうけど、ネコは狭いとこ好きだし一番は本能からやろなぁ。前世でも、机の下に潜られるのだけは何年経っても何が楽しいのかさっぱりだったが、今では激しく同感である。

 

 

「安心?よくもまぁこんな中で安心できるわね、私は不安で胸が張り裂けそうよ……あそっか、トツカは後先考えずはしゃぐから不安なんてないか」

「そんな精神年齢低そうな思考回路では動いてないからな、俺だっていろいろ考えた上での行動だ。別に、取り敢えず楽しんどけって思ってる訳では」

「どっかの誰かさんはー、『何事も楽しむ』のがー、モットーなんだってー」

「マジすんませんした」

「ふふっ、わかればよろしい」

 

 

あとは薄暗さとか静けさとかも心地良い。外は吹雪の音が絶え間なく続くが中からだとくぐもって小さく聞こえ、カラカルも基本静かで声も抑えてるから小さめの環境音が心を安らげる……のだろう、きっと。俺としては寧ろカラカル達の吐息とか隣で寝てるこの()の心音とかの方がより優先的に耳に入ってくるからな。やっぱ、こういうゆったりとしたリズムの音は安心感があると思うんだよねー。

 

 

「というかさ、不安不安って言ってるが不安な要素なんて無いに等しいだろ。多分吹雪が止めば出られる、アニマルガールは強靭、不安どころか万全の体勢じゃねぇか」

「あのねぇ、さっきも飛んでるときに言ったじゃない、ほら……私、ああいうとこあるのよ。だから、トツカと……ってこら、なんであの恥ずかしい話をまたさせんのよ、このバカぁ!」

「自分から語りだしてこの理不尽!?」

「元凶はあんたでしょーがっ!」

 

 

吐息と言えば今は隣に吐息がかからないように、また隣の吐息がかからないように外側、つまり雪でできた壁を見ている。内側から押し固めているから平面に近い形で、ここは殺風景とは言える。だが頭の方は懐中電灯が灯すオレンジ色の光をより淡く反射していて、雪の白さと相まっている気がする。いわゆる暖色というやつであろう。

 

 

……凡人の俺が何言っても変わらないから割愛するが、要は雰囲気で眠気が増してきたわけだ。眠い。

 

 

「ったく、はぁ……吹雪、止むのかしらね」

「さぁな……ふぁーあ、これ眠くなる……」

「ってちょっと、あんたに寝られると私一人になっちゃうじゃない。あーもう、眠んないでよ、ねえ」

「でも眠いんだよ。ご飯も食べたから丁度良く眠気が回ってきて……」

 

 

意識が落ちないように頑張ってはいるんだが、いかんせん頭もボーッとしてきてる……だぁー、ダメだ。瞼ももう開いてらんない、ギブ。

 

 

「カラカルー、俺少し寝るから」

「はぁ!?ちょっ、ちょっとトツカ」

「わりぃー、これ以上はきつい……」

「待ちなさいって、こらぁ……んもぅ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、ホントに寝ちゃったし……」

 

 

呆れ混じりの呟きを吐きつつ、カラカルは顔を覗き込んだ。

 

 

「ふにゃあ……」

「ご満悦って感じの顔しちゃってさ。憎たらしいことこの上無いわね」

 

 

重ねられた防寒着を掻い潜って腕が外に出される。さらに手をトツカの顔へと近づけ、指先で頬をそっとつついてみた。

 

 

「ほれほれー、起きないとイタズラしちゃうわよー」

「にゃうぅ……」

 

 

嫌がる表情こそするもののトツカの顔に目覚めの兆候は現れない。寧ろどこか気持ち良さそうにすら見える。

 

 

「む、これでも起きないか。安心しすぎよ、まったく……」

 

 

暫く動き続けていた手が、不意に止まる。

 

 

「……安心、か」

 

 

腕を戻してもう一度顔を覗き込む。起きる様子のないことを確認し、今度は顔を背けた。

 

 

 

「……ばーか。ああは言っても、私だって安心してんだぞー……あんたの、おかげでさ」

 

 

不本意だけど、と付け加えて、ふっと笑う。

 

 

「……ったく、寝てる相手になに言ったって通じないってのに、私もバカね……とにかく」

 

 

クルっと振り返りながら、トツカへ話しかけるように自分に言い聞かせる。

 

 

「何かあったときは、あんたのこと信頼してるからね。まぁこれでも一応は友達──」

 

 

 

だから、と言おうとして、口が止まった。

自分以外の声が全くしなかった故か、完全に油断していた。このかまくらの中には、自分と寝ているトツカしかいないと、思い込んでしまっていた。

 

それ故に、考えもしなかったのだ──

 

 

 

 

「…………あ、えと……」

 

 

 

 

──まさか、先程助けたアニマルガールが起きていて、目があってしまう、なんて。

 

 

「………そ、その、あの……」

「……あー、もしかして聞いてた?」

「え……」

 

 

 

その黒い瞳を若干カラカルから反らし、申し訳なさそうに黙ったまま、コクコクと首を縦に振る少女。

 

 

 

「……は、はは……そ、そっかぁ……」

 

 

 

 

数秒をかけて、カラカルの顔は真っ赤に染め上げられ、ボフっと煙を出した。その赤面が寒さによるものだったのか、はたまたそれ以外によるものだったのかは……本人のみぞ、知る所である。




開けましたおめでとうございました(超絶今更)
稚拙な文章力は治りそうにありませんが、今年もよろしくお願いいたします。


【挿絵表示】

↑今回出てきた少女。オリキャラです。画力がないので脳内補完で可愛くお願いします……


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第36話 CAPRICE(理不尽)の先に

主人公視点さんは有給でお休みなので三人称視点さんの回です。



その後も数分ほどトツカの真上でわたわたしていた二人だったが、寒さや雪の冷たさのお陰かようやく冷静さを取り戻せていた。

 

 

「ふぅ、ごめんね。えと、それで……」

「あ、あのっ、あなたは」

 

 

それでもまだ少女の方は若干落ち着かず、何度も言葉をつっかえさせてしまっていた。

無理もないだろう、目が覚めればかまくらのなか、両隣には見知らぬ女性二人。そんな状況に突然として放り込まれれば、思考回路が働かないのは明らかだ。

 

 

命の危険に晒された後であれば、尚更。

 

 

「だいじょぶだいじょぶ、別に取って食おうとしたりなんてしないって。私も、そこで熟睡してるおバカさんもね」

「……そっか、よかったぁ……さっきのアレ(・・)も、もういない、よね?」

「あれ?……あぁ、セルリアンのことなら問題ないわ。ちゃーんとこてんぱんにしてやったから」

 

 

誇らしげに胸を張ったカラカルの言葉に、その小柄な少女は違和感を覚えた。

あの謎の球体に襲われたとき月光の下にいたのが誰だったかは覚えていない。それでもただ一つ、確かに覚えていることがあった。

 

 

(……あれ、おっきなつばさがついてたような……)

 

 

目の前にいる赤褐色の少女と記憶の中の存在は似ても似つかない。

 

 

「えーと、あなたが、たすけてくれたんだよね」

「まぁ実質的にはね」

「でもあなた、はねがついてないよ?」

「え?」

「え?」

 

 

 

互いにぽかんとすること数秒。

 

 

 

「……とりあえずそれは置いといて。私はカラカルキャットのカラカル、そこの転がってんのはネコのトツカよ。あなたはなんのアニマルガールなの?」

 

 

思えば最初に聞くべきであったと内心で後悔しつつ話しかける。

 

 

 

「あにまる、がーる……って、なに?」

 

 

 

しかし、返答はカラカルの予想したそれではなかった。

 

 

「なんなの、それ」

「えっ、あー……ごめん、聞き直すわ。名前ならわかる、わよね」

「それなら……」

 

 

少女は自分がどう呼ばれていたのか思い出そうとした、が。

 

 

「……あれ、わからない……なんでだろ」

「名前もわかんない、ってことは、まだないのかしら」

「かも……ごめん、なさい」

「いやいや、謝るようなことじゃないんだけども」

 

 

名前もまだなく、アニマルガールのことも知らない。自分がなんのアニマルガールであるかはスタッフに聞けばわかるはずであるが、知らないということは会ったことがない、ということになる。

 

 

「……念のため聞いておくけど、『ジャパリパーク』ってわかる?」

「うーん……」

 

 

少し考えてから力なく首を横に振る少女を見て、カラカルは確信する。

彼女はスタッフにあったことがない。だが、月に二、三度はジャパリパークのスタッフによるアニマルガールの状況確認があるから、会ったことがないなんてことはほぼありえないはずだ。

それがあり得ている、ということは。

 

 

(生まれたばっかり……ってこと、なのかな)

 

 

唯一気になることがあるとすれば、この時期に新たにアニマルガールが生まれることがあるのだろうか。研究員たちによれば、アニマルガールの新個体は、アソ山の噴火時期に多く見られるというが……と、そこまで考えて、カラカルは疑問を捨てた。

 

 

(専門家じゃないんだから、考えたってわかんないし。それよりも、先にやることもあるしね)

 

 

そっと少女のほうを見ると、二つの瞳が不思議そうにこちらを見つめていた。

 

 

「それで、あにまるがーるって、なに?」

「あー、そこら辺は説明が難しいというか」

 

 

急にいろいろ話しても理解が追い付かないだろうと思い、ざっくりとした内容だけを伝えた。

アニマルガールのこと。ジャパリパークのこと。職員の人たちのこと。

 

 

「そしてなにより、さっきあなたを襲ってたあれ、あれがセルリアンよ。なんでか知らないけどとにかく敵対的な奴等だから、危ないって思った時は、スタッフさんか私達他のアニマルガールを呼んで逃げること」

「わかった……」

「うん、よろしい。それで、なんか質問……えー、聞きたいことってある?」

 

 

そう言われてすぐに口を開いたが、そのまま躊躇うように閉じてしまう。カラカルは何もせずに見ていたが、あんまりにも同じことを繰り返し続けるので、可愛く……ではなく、かわいそうに見えてきた。

 

 

「恥ずかしがらなくていいって、別に笑ったりなんかしないよ」

「……えーと、じゃあ」

 

 

少し悩んでから口を開く。

 

 

「ここって、どこなの?」

「みゃ、そういえば忘れてた。今、そとが猛吹雪で……」

「もうふぶき?」

 

 

声が説明を遮った。どうやら『吹雪』という単語は知らないらしい。

 

 

「えーと、たくさん雪……まぁいいや、とにかく目の前が真っ白になっちゃうわけ」

「あ、それならわたしもしってるよ!すごいよね」

「そうそう。んで、それを逃れるためにこうして雪積み上げて中に入ってるの」

 

 

少女は一通り説明を聞きながら、あたりをずっと見渡している。特に声をかけられることもなかったので、カラカルもそっとしていた。

 

そうして、数分後。

 

 

「ねぇ」

 

 

唐突に、カラカルは声をかけられた。

 

 

「いまはたぶん、えーと……もうふぶき、じゃないよ」

「んー?あぁそれはね、かまくらの中だから見えないだけで」

「そうじゃなくて、そと」

 

 

壁のほうを指さしながら少女が言う。言われてみれば、先ほどまでより風の音が弱くなっているような気がしないでもない。

 

 

「……もしかしたら」

 

 

カラカルは爪を光らせ、雪の積もった量を考慮し試しに天井近くの壁を削る。

真っ白な雪の壁はボロボロと崩れ落ち、そこから見えた外は……一面雪で覆われてはいたものの、吹雪が止んでいた。

 

 

「……お、ほんとだ!止んでる!」

 

 

あまりの吉報についはしゃいでしまう。が、いまの自分は三人の中で唯一動ける、リーダーのような状態。ならば焦るべきではないといったん落ち着いて、どういった行動をとればいいのかを考えた。

まず一つ目は、このかまくらから出て宿に戻ること。スタッフからも『戻ってきて』と連絡があったのだから、状況的にもこの中で長居はできないことも鑑みて、これが最善策だ、とカラカルは考えた。

 

となると、寝ているトツカを起こす必要があるのだが……

 

 

「んっと、トツカ、もういくわよー」

「むにゃあ……ビームは撃つなよからかるぅー……」

「撃たないわよ!」

 

 

まったくどんな夢を見たいるのか、と思いつつ体を揺さぶるが、熟睡しきって一向に起きる様子がない。もういっそのこと殴り飛ばしてでも起こしてやろうか……というところで、トツカの顔がこちらを向き。

 

 

 

「おねがい……あと、ちょっとだけぇ……」

 

「……~っ!!」

 

 

 

甘い声の寝言が現れた。

 

 

「……しょ、しょうがないわね!まぁ、スタッフさんも探してきてくれるかもしれないし?あんた運ぶのも面倒だし?で、でも、あとちょっとだけなんだから!」

「わーい……」

 

 

勝手に理由をこじつけて最善策を放棄するリーダー。流石はダメ女。

 

 

「それじゃあ、もうここからでちゃうの?」

「んんっ……えっとね、もうちょっとだけこの中で待つわ。まぁ、本当はさっさと出た方が良いんだけど」

「そっか……」

 

 

顔を乗り出して外を見ていた分寒くなったため、二人とも防寒着の寝袋の中へと戻る。開いた穴からの冷気が少し寒さを増幅させるが、一度暖かさに包まれたために手を動かすのはどうも憚られた。

 

 

「あなたは、外へ出たいの?」

「うーん……ちょっと、わかんない。でたいけど、ここはあったかいから」

「そうよねー」

 

 

適当に会話を織り交ぜながら、かまくらの中で待ち続ける。

 

 

「……これから、どうするの?」

「これから?そうね、取り敢えずは宿ってとこに行くかな。そこなら暖かいし、あなたのことも色々わかるかもしれないから。少なくとも、ここに居るよりは良いと思うけどね……あ、でもあなたはこういうところの生き物だったから、どっちが良いのかはわからないけど」

「やど、にいったら、もうかえれないの?」

「いえ、その後は多分どこにでも行けるけど……」

 

 

彼女の瞳を見たカラカルは、そこに不安の表情が混ざっているのを感じた。先ほどのセルリアンに対する不安と言うよりも、どちらかと言えば、孤独に対する不安の様にも感じ取れた。

 

 

「……どこか、行きたいところでも?」

「あ、うん……えと、わたしのなかまが、いるの。みんながまってるかも、しれないから」

 

 

仲間、ということは、彼女には縄張り……というよりは、鳥であるから、巣があるのだろうか。きっと自らの巣へと帰りたがっているのだろう。場所も解っているだろうから帰ることには問題ない。

だが、カラカルが問題に思ったのは別の点だった。

 

 

(……一緒に、暮らせるのかしら……)

 

 

カラカルが言葉という物を知ったのはアニマルガールになってからだった。中には動物の時は仲間とコミュニケーションをしていた者もいるらしいが、カラカルは動物の時から他の獣の言葉が分かったことは無い。

 

 

そして、今も。

 

 

ただ、それを今の彼女に伝えるのは酷というものだ。いずれ知るとは言え、この危険な状況でそれを伝え、余計にパニックに陥らせてしまえばそれこそ元も子もない。

 

 

「でも、もどれるなら、いいの。それに、あなた……じゃなかった、あなたたちについていったほうが、だいじょうぶだとおもう」

「そうしてくれれば、こっちとしても有り難いんだけどね」

 

 

出来るだけ触れなかったカラカルだったが、あまり言及するべきで無いににしても、やはり彼女の仲間についてが気になってくる。もしもまた会いに行くときがあればそこに居るかもしれない、場所を聞くくらいなら……

 

 

「ところで、その仲間さん達の場所、教えてもらってもいい?」

「えーっと……けっこうはなれちゃったから、もしかしたらちがうかも……ずっと、にげてたから……」

「あー、そっか……ごめんなさい、嫌なこと、思い出させちゃったよね」

「ううん、だいじょうぶ。それにたぶんおぼえてるよ、いつもいたばしょなんだから」

 

 

そう言って少女は、自分の逃げてきた道を思い出しながら自分の住んでいた場所を記憶の中から引き出して頭の中に描こうとした。

 

 

普段と変わることの無いあの光景は──

 

 

 

 

 

「…………わから、ない……」

 

 

 

 

 

──そこには、無かった。

 

 

 

「……わからないの?まぁ、さすがに離れすぎて……」

「そんなっ、おかしいよ!わすれるはずなんてないのに……わからない……!」

「ちょっ、大丈夫?」

 

 

 

頭を抱えて蹲る様子を見てさすがにカラカルも「これはマズい」と感じ、肩に手を置いて声を掛ける。だが、いくら声をかけ、肩を揺さぶったりしても、反応せずにただ譫言(うわごと)を呟き続けているのみ。

 

 

 

 

「ちがう、ちがうの……あなたじゃない……!」

「落ち着きなさいって、ほら、一回忘れて……」

「……だめ」

「え……」

 

 

 

 

突然反応したことに驚き、もう一度少女の顔を見て、その瞳がキラキラと輝いていることに気づいた。

 

何かが来る。カラカルの本能が、そう告げた。

 

 

 

「わすれてなんかない!わすれなんてしない!わすれては──」

 

 

 

瞬間、彼女の周囲に大量の羽根が創り出される。

 

 

 

「待ちなさい、何を──」

 

 

「──だめなの!」

 

 

 

 

 

間髪入れずそれらは雪の壁へと無造作に飛ばされていった。まるで鋭くとがった結晶のように壁を切り刻み、その勢いで雪が大きく舞い上がって全員の視界を塞いだ。

 

その中でカラカルが見たあの少女は、すでに走り出していた。

 

 

 

「あっ、待って!」

 

 

何があったのか。何を思いだしたのか。何を伝えたかったのか。

 

何もかもが解らないままだった。

 

 

 

それでも。

 

 

「ったく、どうしてこうも面倒事ばっかり!」

 

 

 

カラカルはその小さな姿を、追いかけるほか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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彼女は自分の記憶を見た。身体に刻み込まれた日々を見た。

そこには確かに、かつての『みんな』がいた。

 

 

 

──だからわすれてるわけじゃない──

 

 

 

変わらない姿で傍にいた、いつものように。

当たり前のように話していた、いつものように。

 

 

 

──だからわすれてるわけじゃない──

 

 

 

その顔はモザイクだらけだった、いつものように。

その声はノイズだらけだった、いつものように。

 

 

 

──だからわすれてるわけじゃない──

 

 

 

声は出せなかった、いつものように。

言葉は理解できなかった、いつものように。

 

 

 

──いつもの、ように?──

 

 

──わからない わかれない──

 

──みんなとはなせないなら、もうあのころにはもどれない──

 

──どうして?わたしはなにもしてない──

 

──みんなにあいたいのに、みんながわからない わたしがあいたいのはだれ?──

 

 

 

 

──みんなって、だれ?──

 

 

 

もう彼女には、居場所がなかった。運命の気紛れで奪われた。

これまでの日々も、『みんな』も、何もかも全てを持っていかれた。

 

残ったのはサンドスター(星屑)に纏わり付かれたこの身体だけ──

 

 

 

──ちがう!──

 

 

 

そんはずない、一人では無い、『みんな』が自分を捨てるはず無い、『みんな』を自分が見捨てるはず無い。

 

『みんな』の元へ戻れば、いつものように迎え入れてくれる、孤独から助けてくれる。

そこへ行けば、必ずわかる。

 

 

気がつけば彼女は、カラカルの制止も聞かずに走り出していた。

 

 

 

 

忘れることの無い、記憶から消えた、あの場所へ。

 

 

 

 

 

 

針の止まったあの時計が、何時を指していたのか思い出せなくて

 



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第37話 記憶のASH(欠片)しか無くても

前回と脈絡はないけど37話はこちらで間違いありません。


『海』

 

 

 

 

 

この単語を知らない人間は易々とは見つからない筈だ。

 

 

どんな海でもいい。砂丘の遠く広がるなだらかな浜辺でも、どこまでも続く断崖絶壁の下で白波を立てる海岸でも、旅行者に溢れかえった温暖なビーチでも構わない。おそらくそこには美しい透き通ったマリンブルーがあるだろう。暖かで心地よい気候があるだろう。

 

そして俺、トツカも、ちょうどそんな絵に描いたような浜辺にいた。砂浜、海、ギラギラ照りつく太陽。どれを取っても模範的な浜辺。

 

 

 

 

唯、もし違う点を挙げるとするならば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギュイイイィィィィン!

 

 

「あはははは!たーのしー!」

 

 

 

両腕に文字通り手に余らせたサイズの大型チェーンソーを持ち楽しげに振り回すサーバルと。

 

 

 

ズゴオオオォォォォ!

 

 

「待ちなさいトツカぁぁぁ!」

 

 

 

武闘アニメの攻撃技の様な構えで爆音を出しながらビーム攻撃を乱射しているカラカルが居る、というくらいだ。何もおかしな所は──

 

 

「待てぇい!おかしな所しかないだろ!そもそもなんで俺が追われなくちゃならないんだぁ!?」

「うっさいわね、あんたが勝手に私の本を失くすからでしょうがぁ!」

「だからってビームは撃つなよカラカルぅー!?」

 

 

瞬間に飛んできた6つのビームを即座に飛行することでなんとか躱す。俺の知らない間に一体何の修行をしてきたのかは知らないがビーム攻撃を完全にマスターしているらしく、その後も間髪入れずに発射してくる。それだけならいい……いや、それだけでも良くはないんだけどさぁ!

 

 

「えいっ!」

「ぬぉお!?」

 

 

カラカルの攻撃と息を合わせてサーバルがチェーンソーを振るってくるの、地味にめちゃくちゃ厄介だなんだよなぁ!

 

 

「もぉー、避けないでよ!せっかく試し切りしにきたっていうのに!」

「切掛けられて避けるなは無理があんだろ!どこで拾ってきたんだそんなもん!」

「歩いてたら見つけたの!……ダメ?」

「拾った場所に返してきなさいっ!」

 

 

どこを歩いたらチェーンソーなんぞ見つかるんだ……けもフレってそんな殺伐としたジャンルじゃなかっただろ、出てくる作品間違えてないかこいつら。新しく手に入れたところ悪いけど、今すぐにでも元作品にお帰り願いたい所存である。つか、ビームでもチェーンソーでも良いから、俺にも新要素はよ。

 

 

「…………やべっ、行き止まり!?何で砂浜に壁が!」

「さぁ、これでもう逃げられないわよ……」

「覚悟、出来てるよね……?」

「ま、待て!もう少しまってくれ!お願い、あとちょっとだけ!」

 

 

まるで用意されたかの様な巨大なコンクリートの壁を背にする俺へとじわじわ距離を縮める2人。くっ、さすがにこれは……

 

 

ドサッ

 

 

「んにゃあ!?」

 

 

突然、何か柔らかいものが頭の上に落ちてくる。髪の上からそれを掬い、目の前に持ってくると、手の中には。

 

 

「……雪?」

 

 

浜辺なのになぜ雪?というかどっから……

そう思い、上を見上げると。

 

 

「……あれ、なんか空が真っ白。てか雪も降ってきたし」

「あーはー!雪だー!」

「ちょ、お前ら何を突然」

「トツカも!わーい!」

「わ、わーい!」

 

 

って、何乗せられてんだ俺。そもそもさっきまで快晴だったのに……ってあれ、上にある白いヤツって全部雪そのもの?雨雲じゃなくて?しかもなんか近づいてきて……

 

 

「まさか、塊のまま空から落ちてきてる!?」

 

 

待て待て待てぇ!なんで塊の雪が真夏のビーチに出現する!?カラカルもサーバルもさっきまでいなかったはずのカピバラと遊んだままだし!カラカルお前そういう性格じゃないだろぉ!?さっきからこの急展開はなんなんだよぉ!ってそうだ、雪は……

 

 

「……うわっ、まだ落ちてきてやがるし!まずいまずい、このままだと埋もれ──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──やっ、やめろおおおぉぉぉ!」

 

 

バッと上半身を引き起こした。……あれ、やけに静かだな。

辺りを見回すと先ほどまでの浜辺はなく見渡す限り雪原だけが広がっている。ところどころ足跡らしき窪みがあるとはいえ、まだ降ったばかりの様に高く積もっているのがわかる。そんな中、自分は防寒着に包まれながら見事に雪に埋まっていた。

 

 

「……夢か。さっきの」

 

 

そりゃそうだ。そういえば俺たちは今雪山の中で、吹雪が過ぎるのを待ってて、ここには俺しかいなくて……

 

 

「……あれ」

 

 

 

…………みんな、どこ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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サバンナエリア観測所、時刻18:02。

 

満天の星を浮かべた夜空の下に建つこの建物は、休憩スペースから聞こえる職員・アニマルガールの話し声がうるさいことで、ほんの少しだけ有名である。

 

その日もまた、休憩スペースで過ごす数名により、もう午後6時であるにも拘らず、賑やかな会話の声とゲーム機が奏でるSEやBGMで埋め尽くされているところであった。

 

そして、その数名とは。

 

 

「わぁー、このチェーンソーすっごい強いよー!」

 

 

格闘ゲームでなぜかチェーンソー使いを操るサーバルキャットのアニマルガール、サーバル。

 

 

「むぅ……やはり、こういうのは慣れるまで難しいな」

 

 

コントローラーをくるくる回して眺めているバーバリライオンのアニマルガール、バリー。

 

 

「そう?わたしはすぐ慣れたけどねー」

 

 

椅子に座った二人の後ろでゲーム画面を見ていたアフリカゾウ。

 

 

「はは、彼女達ったら本当に元気だねー……あれ、通信来たよミライ」

「えー、雪山エリアから、だって。リザは何の報告だと思う?」

 

 

さらにその後ろで他施設通信用パソコンを覗く、ミライたち職員二人組であった。

 

 

「あ、ねえねえ、雪山エリアの温泉宿ってゲームコーナーがあるんだって。私まだ格闘ゲームしかやったことないから、どんなのがあるのかすごく気になるなぁ」

「うぇー、そうなのー?私も行けばよかった……」

 

 

コントローラーを手に持ったまま、サーバルはモニターを置いてある机にべたりと突っ伏し、バリーは呆れたような顔をしてコントローラーを置くと、そのまま視線だけサーバルの方へ向けた。

 

 

「まったく、今ので何回同じことを言ったと思ってる。愚痴を零してないでシャキッとしたらどうだ」

「えー、でもバリーだっていろんなゲーム、やってみたいでしょ?シューティングとか、アクションとか、もぐらたたきとか」

「おい、最後のは違うだろう」

 

 

「はぁー……」とため息をついてより一段と机に張り付くサーバルに、バリーとアフリカゾウは互いに顔を見合わせ、「はぁー……」と、やはりこちらもため息をついた。とてもではないが、やってられない──

 

 

 

ガタン

 

 

 

「みゃっ、なんの音!?」

 

 

 

 

その時、彼女達のちょうど真後ろから椅子が倒れる大きな音が鳴り、小さなフロア中に短く反響した。

 

 

「……ミライ、大丈夫だよね。焦らないようにして」

「う、うん……そう願ってる」

 

 

見れば、先程まで椅子に座ってパソコンを見ていたミライが、そのモニターの前で立ち尽くしていた。地面には立ち上がった反動で椅子が倒れている。恐らく音の原因はあれであろう。

 

 

「スタッフさん……なにが、あったの?」

「あ、皆さん……いえ、何でもないんです」

『大丈夫ですか?』

 

 

ノートパソコンに内蔵されたスピーカーから、聞き覚えのない声が聞こえる。見れば、モニターには縦長の真っ黒な長方形が映されていた。中心には白色の太文字で『SOUND ONLY』とだけ書いてある。

 

 

「あ、はい、大丈夫です。続けてください」

『わかりました、報告を続けます。もう一度言いますが、電力は復旧済で、現在は──』

 

 

 

なんの話なのか、聞いてはいけないと思いつつも、3人はつい聞き耳をたててしまう。

 

そして、聞いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──雪山エリア内の森林にて、発電施設へ向かったまま通信途絶のアニマルガール2体を、捜索中です』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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雪山エリア温泉宿、時刻17:59。

 

スタッフルームの一角、外部との通信用機材のうち一つに向かって、一人の職員が大声を放っていた。

 

 

「電源も既にオンになってて、後は二人が帰ってくるのを待ってて──」

 

 

ブツッ

 

 

「なっ!トツカさん、トツカさん!?答えてください、お願いです!」

 

 

悲痛な叫びが部屋のなかを木霊する。対してヘッドセットから聞こえてきたのは、無情で単調な、連絡の途絶えたことを示すザラついたノイズの音だけだった。

 

 

「クソッ……」

 

 

やるせなさと悔しさに取り憑かれて、両腕をおもいっきり机へと叩きつけた。ゴンッという重い音と共に、顔を俯かせ机に押し付けて表情を隠す。

 

 

(帰ってくるの、ずっと、待ってて……)

 

 

「……胸、苦しさで、いっぱいで……っ!」

 

 

それでも溢れ出す感情を抱えきれず、小さな呟きとなって心から漏らしてしまう。誰にも聞かれることのない、小さな声だった。

 

 

「…………おい、サバンナエリアの施設全般に連絡をいれておいてくれ。それが終わり次第、設備の再点検に……」

「…………」

 

 

自分へのものも含めたその場に飛び交う指示は、どうしようもない苦しさに暮れる暇も与えてくれない。それに、今はそんな暇をとれるような状況ではないと、自分でもわかっている。

わかっているのに、どうしても、受け入れられない。

 

 

「……おい、聞こえているか?」

「……はい。わかってます。大丈夫です」

 

 

だが、そうしていても時は刻々と過ぎるのみだ。ならば、今やらなければならないことをやるしかない。

なんとか勇気を振り絞って、モニターを睨みサバンナエリア観測所との通信回線を探す。

 

その中で、思い出してしまった。

 

 

(……トツカさん達がいたのも、サバンナエリア)

 

 

ふと、作業を再開しようとした手がピタリと止まる。

 

今、やらなければならないことをしている。

でも、自分はやりきれるだろうか。

もし、彼女達の親友がいたら、何と言えば──。

 

 

(……ああ、もうっ!今はただ、あの『帰ってくる』って約束、信じるっきゃない!)

 

 

恐怖に一旦支配されかれた身体をなんとか奮い立たせて、作業へと戻る。いつも通りで良いのだから。

 

連絡先の施設へ呼び出しを掛けて、相手が出るのを静かに待った。

 

 

『……こちら、サバンナエリア観測所です。何か連絡があれば伝達します』

 

 

来た。深く息を吸い込むと、呼吸を整え、ヘッドセットのマイクに向かってゆっくり喋り出す。

 

 

 

「はい、こちらは雪山エリア温泉宿のスタッフです。これから伝える内容の連絡を、お願いします──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「…………それは……本当、なんですよね?」

 

 

 

 

サバンナエリア観測所、時刻18:03。

 

人気が少なく静けさが広がる部屋に、椅子に座っていたミライの微かに震える声が響き渡った。パソコンの通話画面の前に居た誰もが、驚きを隠せず、固まってしまっていた。

 

 

『……はい、アニマルガールとは通信途絶のままです。今は、各エリア研究所に連絡しつつ、こちらで捜索を行っています』

「待ってよ!その『通信途絶したアニマルガール』って、誰のことなの!?」

「落ち着けアフリカゾウ、今は連絡中だ。邪魔をするんじゃない」

 

 

画面を食い込むように覗き込んだアフリカゾウを、バーバリライオンのアニマルガールのバリーが、傍で共に報告を聞いていたスタッフと諫めた。その間に、横目で奥で静かに立つ少女の様子を盗み見る。

 

その少女──サーバルは、ただ、俯いていた。

 

 

「えと、現在は電力が既に復旧済みなんですよね」

『一応は。発電施設も宿も、損害は飽くまで軽微、電源を入れに行ったチームも帰還しています。……彼女たちを、除いて」

「……そのアニマルガール二体の、登録ナンバーを報告してください」

「ちょっと、リザ、それは」

 

 

アフリカゾウが落ち着きを取り戻した頃合いを見計らって、アフリカゾウを抑えるのを止めて質問した。空気が張り詰める中、返答はなかなか来ない。

 

 

部屋に、沈黙が流れる。

 

 

『……わかりました。ナンバーは……』

 

 

暫くして、モニターの向こうの職員は意を決するように、小さな声を絞り出した。その数字を聞いた二人の顔が、だんだんと驚きの表情に埋め尽くされ、青ざめていく。

 

 

「スタッフさん、今の数字は……」

「……トツカさんと、カラカルさんのナンバーだね」

「そんなっ……」

 

 

アフリカゾウが一歩後ずさる。バリーも一瞬動揺したものの、すぐに驚きを隠し、もう一度サーバルをそっと見る。変わらず顔は下を向いていて、表情を読むことはできなかった。ただ、肩が少し震えているように見えた。

 

 

『報告は以上です。何かあれば応答しますが』

「なら、探索情報についてなんですけど。彼女たちが見つかり次第、こちらへ連絡を入れることはできますか」

『尽力はします。捜索隊からの連絡も、出来るだけ優先的にそちらへ送るよう掛け合いますが……他に、何か』

「では、私からも一つ」

 

 

厳かに口を開いたバリーは、一瞬だけちらとサーバルを見ると、覚悟を決めて画面へと向き直した。

 

 

「トツカたちは、いつ頃帰ってくると予想する?スタッフさんの個人的な意見でも構わないが、聞かせてほしい」

『それは……正直、予測がつきません。ただ、あの森でアニマルガールの肉体に損傷があった事例はあまり無いので、問題無いとは思いますが』

「そ、そっか……それならトツカもカラカルも、ちゃんと戻ってくる、よね」

「……いえ、そうとも言い切れません」

 

 

アフリカゾウの安心も束の間に、ミライの声が遮る。

 

 

「いくら頑丈とは言え森の中では何があるかはわからない。特に夜は、どんな動物がいるか把握できません」

「それにこの時期だとセルリアンのことも関わってくるからね。実際にセルリアンがなんかしたって報告はないけど、危険だ」

「……やはり、そうなるか……」

 

 

静かな呟きを最後に、場が静まり返る。全員の不安感と、諦めの思いだけが残っていた。誰も声を出せず、スピーカーから流れるスタッフの音とノイズだけが響いていた。

 

 

 

『…………でも──』

 

 

 

突然、自信を持った声色が聞こえる。その音で、視線が無意識の内にもう一度モニターに戻った。サーバルはまだ、地面を眺めていた。

 

けれど。

 

 

 

 

『──彼女達は、必ず帰ってきます』

 

 

 

 

その言葉に、確かな覚悟を感じたのも、また彼女だった。

 

 

「……それは、どうして」

『えと、実はカラカルさん達が出発する前、二人と約束したんです。自分でも、根拠は無いけれど……』

 

 

絶対に、帰ってくる。そう信じていると、静かに語った。

 

 

「──それなら、大丈夫だよ」

 

 

続いた声はスピーカーからではなくつい後ろの──サーバルからだった。その顔は俯くこと無く前を見据え、信頼に満ちた眼差しをしていた。

 

 

「スタッフさん、トツカは『帰ってくる』って約束、したんだよね?」

『確かに。間違いなく』

「うん、よかった。それならもう、後は待つだけだね」

「ねえサーバル、それって」

 

 

不自然な会話に困惑し、アフリカゾウが言葉の意味を問う。サーバルは、静かに微笑んで頷いた。

 

 

「大丈夫。私、二人は約束を守るって、信じてるから。だってカラカルは几帳面だから、こういうのは守るに決まってるし。トツカは……まぁ、お世辞にも几帳面とは言えないんだけど。それでも」

 

 

 

一旦言葉を区切り、ゆっくりと目を閉じて想いを巡らす。脳裏に浮かぶたくさんの光景を、そこで経験した思い出を、そのなかにいつも居てくれたあの友達の顔を、瞼に焼き付くほどに強く。

そして、その輝くような顔を見て、確信する。

 

 

 

 

「トツカは、『The Man Of His Word(約束を守る男)』だから」

 

 

 

 

その言葉が、今は全てだった。何故だか知らないが、いつの間にか皆が、その言葉に納得していた。

勿論、不安が無いわけではなかった。何かしらの根拠が有るわけでもなかった。

 

 

「……でも、そうだよね。あの二人の大親友がそう言うんなら、大丈夫に決まってる!」

「アフリカゾウさんの言うとおりだね。まぁ、今は信じてみよっか、その約束」

『はい、お願いします……って、もう結構時間経っちゃった。次の施設に連絡するので、通信きりますね』

「あ、待って」

 

 

通信を終わろうとしたところに、サーバルが声をかける。

 

 

 

「……ありがとう、スタッフさん」

『……お礼をするのは私の方ですよ。ありがとう』

 

 

 

数秒経って、ピコン、という音と共に画面が真っ黒へと切り替わる。暫くの時間、それぞれが、自らの不安と想いを静かに心の中で巡らせていた。

 

 

「……ううん、きっと大丈夫だよね。だって、あの二人なんだもん。きっと、大丈夫」

「でもまだ帰ってきた訳じゃないから、気は抜けないけどね」

「ああ。これからが本番になる……でも今は、二人を信じたいが」

 

 

そんな中で、サーバルは壁の方へ歩いていき、小さな窓側で止まった。

 

 

「……あれ、サーバルさん、どうかしたんですか?」

「あ、ガイドさん。いや、どうしもしないんだけど、何となく」

「そうですか……あれ、そういえばサーバルさん、さっきトツカさんのこと『男』って言いませんでした?」

「んー……」

 

 

ミライから窓の外へと視線を移し、数秒だけ静かになる。次いで何か思い出したようにくすっと笑って、笑顔のまま向き直した。

 

 

「……さぁ、どうだろうね」

「どうだろうねって、どっちかわかんないじゃないですか」

「うん、私もわかんないや」

 

 

そうしてまた窓の外を眺める。その顔に、微笑では無く、真剣な表情を宿して。

 

瞳に写った夜空には、砂のように散らばる満点の星空と、真白く美しい満月が漂っていた。



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第38話 FALLOUT(星の砂)が降る夜に

一方その頃、同じ夜空の下で。

 

 

 

 

 

 

「ふぇ……っくちゅん!さ、寒ぅ……」

 

 

 

カラカルは寒さに包まれ、顔を真っ青にしながら雪原に縮こまっていた。

 

 

(つーかあの娘ったら、いきなり飛んでどこ行っちゃったのよ!?最初は足跡追ってけばいっかとか思ってたけどよくよく考えれば鳥のアニマルガールなんだから飛んでくに決まってんじゃない!しかも勢い余ってトツカ置いたまま飛び出てきちゃったし……もうほんとなにしてんのよ、私のばかぁ……!)

 

 

要するに彼女は、見事に追いかけていたアニマルガールを見失い、さらに来た道もわからなくなって完全に孤立し、只今絶賛後悔中な訳である。

 

 

「はぁ……」

 

(探すしかないかぁ。あんまり遠くに行ってなきゃ良いけど)

 

 

一旦状況とやるべき事を整理する。

 

まず、見失ったままのアニマルガールを探さなければならない。記憶が確かであれば、走り出していたときには既に弱っており、飛んでからも一直線だったため、方向を間違えなければ見つかるだろう。

 

次に、何とかして宿に戻る。これは、近くに宿へ通じる登山コース……らしきもの、を発見したので恐らくは問題なし。

 

 

(あ、でもトツカ……は、まだ寝てるだろうしいっか。後から探せば問題ないわね)

 

 

取り敢えずこうして優先順位はつけられた。頭の中でもう一度イメージすると、防寒着の確認も行って、彼女の捜索に戻ろうと森の方へ振り向く。

 

 

「さて、確かこの方向に──」

 

 

 

 

ドサッ

 

 

 

 

突然、向いた方向──森の奥から、大きな音が鳴り響く。そのあまりの大きさに、身体がつい動かなくなってしまう程の、重い音だった。

 

 

「……っ!?」

 

 

唐突に起きた出来事に、一瞬、カラカルの脳が追い付かなくなる。

 

ゆっくりと、何の音かを考える。何かが倒れるような、と言うよりも、地面にぶつかるような音。この音は恐らく、何かが落ちた音だ。それも、ある程度の大きさはあろうものが。

 

 

もしそれが、空から落ちたもの(・・・・・・・・)だったとしたら、恐らくそれは──

 

 

 

「──まずい!」

 

 

 

急いで森の中へと入ろうとする。鬱蒼とした木々へ向かい、足を踏み入れようとして──

 

 

 

(……っ!)

 

 

 

──その足が、止まった。

 

行かなければならない。そう解っているのに、どうしても足を進められない。

 

動かないのだ。

 

 

 

(どうして……)

 

 

 

猫の眼を持ってしても先が把握できない道に不安と恐怖を感じた身体が無意識に歩を止めた。先程までなんともなかった全身が、いつの間にか小刻みに震えている。きっと、寒さのせいではない。

 

 

 

(……私、怖がってるの……?)

 

 

 

あの音が彼女のものであるかどうかの確証はない。例えそうであってもたどり着くまで無事ていられるかさえ解らない。森の中にどんな獣が居るかさえ、カラカルは知らない。

 

 

(あーあ……こういう時に限って、ガイドさんいないんだもんなぁ……)

 

 

何よりも、今のカラカルは一人だった。トツカが居ればまだ多少は安全だと思えたとしても、本当に彼女が落ちていたとしたら、今から戻れる時間は無いだろう。

 

 

 

(……でも、孤独なのは私だけじゃない。あの娘も、ずっと一人で……こんな気持ちだったんだ)

 

 

 

ならば、助けに行かない選択肢は無い。

気が付けば震えは収まり、手足も自由になっていた。

 

 

(それに、なんかあったら……悔しいけど、あいつが助けてくれるもんね)

 

 

大きく深呼吸して、気を入れ直し、決意を固める。目指すは彼女がいる場所、唯それのみ。

 

 

「……行こう」

 

 

そう呟くと同時に足の筋肉へ渾身の力を送り込み、全力で雪原を蹴り出す。しなやかな身体は針を縫うように森を進み、暗闇へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「はぁ……はぁ……」

 

 

暗く寒い闇夜の中を飛び続けて既に数分が経とうとしていた。先程までいた場所で回復していたはずの体力も、限界を迎えているのがわかる。

 

 

「それでも……いかなくちゃ……」

 

 

彼女には身体を犠牲にしてでも果たすべき義務があった。それだけが心の支えとなり、その為だけに自らの体を鼓舞し、体力が尽きようと構わないという覚悟を生み出した。

 

しかしその覚悟すら足蹴にする如く、冷気の突風が容赦なく突き刺さる。

 

 

「はやく、みつけないと」

 

 

一人だけで空を進みながら辺りを見回すが、見つかるのは鬱蒼として暗い木々と真っ白な大地のみで静かな空には彼女以外の存在は見られず地面を行くはずの獣達も光を吸い込む木葉の重なりに邪魔されて雪上だというのに足跡すらわからない。

この暗闇の中で、彼女は孤独だった。

 

 

「……だめっ、もう……!」

 

 

飛行したことは速度上昇のメリットを生んだが代償として冷たい大気に強く当てられることになった。風に当てられて体温が奪われて行き、飛行の姿勢は不安定さを露見していく。

まさに決死の行動であった。だが、その行動への対価はその姿をちらりとすら見せない。

 

 

「わすれてるはずないのに……どうして、みつからないの……!?」

 

 

早く見つけなければ、記憶は薄れていってしまうのではないか。そうなれば、本当にあの頃へは戻れなくなるのではないか。

 

そもそも、記憶は本当に正しいのだろうか。

 

 

「いや!わたしは、もどりたいだけなの!」

 

 

懐疑が不安を加速させる。不安により焦りが生まれ、焦りによって集中力が散漫していく。いつの間にか体力は完全に安定性を失い、それすらも把握できない程に心は乱れる。思考も、冷静さの欠片すら持てずに、荒れ果てていた。

 

 

ぐらっ

 

 

「なっ、つばさが」

 

 

遂には、華奢な体ではとても耐えられないほどに過酷な環境に、翼が音も無く悲鳴をあげた。

 

 

「きゃっ!」

 

 

ぐらりとかなり大きく全身が揺れる。バランスの崩れた身体は揚力を失った慣性に振り回され、視点はどの方向へも定めることは出来ず、まるで狩人に撃たれた鳥のように突然として高度を下げて行く。視界内へと消えては現れてを繰り返す地面に目を瞑り、衝突の恐怖が脳内を占めていく──違う。元々あった記憶としてフラッシュバックしている。

彼女は、この感触を知っている。

 

 

(……あのときも、たしか)

 

 

過去の記憶が網膜へと鮮明に投影される。

飛行技術も未熟だった頃、周りには多くの仲間がいてくれた。心配と信用の眼差しを向けてくれる仲間がいてくれた。仲間といることの暖かさで心が満たされていた。

 

でも今は?

 

自分を囲むのは暗い視線で睨み返す暗闇だけだった。心を覆い隠すのは孤独と恐怖だけだった。

 

 

(どうして、わたしはただ……)

 

 

恐怖に逃れようとして見開いた目に、迫り来る雪原が映る。

 

 

「しまっ……」

 

 

ドサッ

 

 

意思だけで全身を無茶に動かしていたことが祟ったのか、落ちていく姿勢を制御する力も出せず空中に不規則な軌道を描いて大きな音を立てながら地面に墜落した。

咄嗟に体を捻って衝撃は和らげたもののダメージは決して小さいとは言えない。今の彼女にとってはダメージを受けること自体ですら致命的だ。

 

 

「いっ……たぁ……っ」

 

 

全身を鋭く重い痛みに飲み込まれるのを我慢して、もう一度飛ぼうと、それが叶わなくとも何とかして進もうとありったけの力を込める。それでも身体は命令を受け付けず、ただ地面の寒さに体力だけが奪われていく。

 

 

「うごいて、よ……おねがい、だから……!」

 

 

倒れ込んだ身体の隅々まで意識を巡らせても、指先ですらほんのぴくりとしか反応しない。還ってくる冷たさと痛みにただ顔を顰め、身体中へ憎しみにも似た視線を送るのが精一杯でしかなかった。

 

 

(そんな……これまで、なんて……)

 

 

全身から力が抜けた途端にずっと忘れていたはずの寒さが込み上げてきた。敢えて無視し続けた感覚が一斉に全身を覆い尽くす。それはきっと、単に外気や地面に依るものだけではないことも、わかっていた。

 

 

(どうして……っ!)

 

 

悔しさに目を瞑る。小さく鋭い風が、耳元を通り過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 

何も無く、そうして幾許かの時間が流れた。冷えきった空気と儚く過ぎ去って行く時間は体力を損なわせるにも拘らず、彼女の頭を最も効率良く冷却した。彼女が怯え否定した寒さは、皮肉にも彼女に必要だった冷静さを与えたことになった。

 

 

(…………なにしてたんだろ、わたし)

 

 

動かない腕とは裏腹に思考が鮮明に巡る。

 

 

(こんなになってまで……)

 

 

ようやく手に入れた冷静さが齎してくれたのは、それでも絶望だけだった。

 

 

(このさむさをわすれたくて、みんなをさがしたのに……そのせいで、みんなをわすれるんだ)

 

 

彼女は心の中で、自分を罵り、そして呪った。

 

自分は彼らとは全く違う姿へと変わり果ててしまった。記憶のなかに残っていた嘗ての仲間との会話も、理解できなくなってしまった。こんな自分を仲間と思ってくれるなど、到底思えない。

 

そもそも何故自分が捨てられないという確証があろうか。確かに、先程は一緒にいた彼女──カラカルの話を聞けば、これは偶然だったのだろう。ならば受け入れるしかなかったはずだ。

 

それでも認められなかった。自分の過ごしたあの日々を、確かにそこにあった日々を、疑うことはできなかったし、信じていたかった。

 

 

(もう、いやだよ……なにがほんとうなのか、わかんないよ……)

 

 

しかし縋るべき記憶すら失った今、気力も希望も、彼女には残っていなかった。ただ無気力感だけが胸のなかに渦巻いていく。

 

 

(だってわたしには、みんながいてくれて。

みんながいてくれると、とてもあたたかくて)

 

 

寒さから逃れるようにして小さく蹲る。薄く投げやりに開かれた両目は焦点が合わず、何処までも白い雪の大地を眺めているが、思考の海へと沈みきった彼女の瞳にはそれすらも写らない。

 

 

(だけど、それはわたしがおもってただけで、ほんとうはそうじゃなくて。

わたしは、ただ、ひとりがこわくて)

 

 

脳内の要領を全て思考へと割りきっていると言っても過言でない程に、唯々自問自答を繰り返す。

 

 

 

(だってしらなかった。

みんなわたしのまわりにいてくれたから、わたしはひとりじゃないってしんじてたから、みんなもそうなんだって、しんじてたから……)

 

 

──そうやってまた、皆のせいにするの?

 

 

 

自分を客観的に悲観する声が頭に反駁する。

突然だった。まるで嘲笑うような、蔑んでいるような声。

 

それは紛れもなく、このアニマルガールの身体(忌々しい肉体)になる前の、掠れた記憶に眠る自分の声だった。

 

 

 

(だって、こんなことなら、しりたくなんかなかった!しらないままでよかった!もう、なにもしりたくないの!)

 

 

──全部、知ってるくせに。

 

 

 

言葉はわからない。わからないのに、意味だけを頭が理解していく。有り得ない状況に余計に混乱する心は完全に制御を失った。

それ故に、視覚も聴覚も、ほぼ全ての感覚器官からの情報が拒絶され、肌を突き刺す寒さを残して大半が伝達されることなく行き場を失っていった。

 

 

 

(あなたにはわからない!わたしだって、くるしくて、つらくて、かなしくて……わたしのせいにしないで!)

 

 

──そうやっていつも逃げてる。

 

 

 

それ故に、彼女は気が付かなった。雪が踏み潰され、木が振動に揺らされる音に。不自然に傾き、掻き分けられ舞い落ちる木葉に。

 

 

 

そして……何者かが、近づいていることに。

 

 

 

 

 

 

(ちがう、ちがうの!わたしはあのころとかわってなんかない、みんなといっしょにいたのはわたしなの!あなたじゃない!)

 

 

──そう思ってるのは貴女だけ。皆と一緒に居たのは私だもの。

 

 

 

 

 

 

足音は段々と大きくなる。

 

 

 

 

 

 

(そんなはずない、わたしはちがう!わたしはみんなのなかまだった!)

 

 

──ううん、違くない。貴女はもう皆の仲間ではなくなった。

 

 

 

 

 

 

リズムはペースを早めて行く。

 

 

 

 

 

 

(わたしはずっといっしょだった!)

 

 

──貴女はずっと一人きりだった。

 

 

 

 

 

 

それは彼女の背後へ静かに歩み出て、小さく蠢く。

 

 

 

 

 

 

(わたしはずっとみんなといた!)

 

 

──貴女はずっと依存してた。

 

 

 

 

 

 

その細長い腕を、彼女へと伸ばして。

 

 

 

 

 

 

(わたしはずっと──)

 

 

──貴女はずっと──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第39話 いつかRAIN()が止まれば

──貴女はもう皆の仲間ではなくなった。

 

 

 

 

ちがう。

 

 

 

 

 

──貴女はずっと一人きりだった。

 

 

 

 

 

こわい。

 

 

 

 

 

 

 

──貴女はずっと依存してた。

 

 

 

 

 

 

 

 

やめて。

 

 

 

 

 

 

 

 

──貴女はずっと──

 

 

 

 

 

 

 

 

いわないで!

 

 

わたしがわるかったから、ぜんぶわたしのせいでいいから、おねがい……それだけは、ききたくないの!だから、いわないで!

 

 

もう、やめて…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………こえ、きこえない。

 

わたしは、なに?なんていおうとしたの?

 

 

……ちがう。わたしはしりたくない。しらない、わからない、しりたくなんてない……いまはそれでいいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………っ、せなか、ちょっとあったかい。

 

……まさかさわられて……なにかがわたしをさわってる……!?いや!なんなの!?

 

なにをするの、こわいよ!

 

 

やめて、やめてよぉ……!

 

 

 

 

 

 

どうして、なんで──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ちょいちょい、聞こえてますかー?」

 

 

 

 

 

──だれの、こえ?

 

 

 

ゆっくりと、うしろをむく。

 

そしたら、わたし、いつのまにかずっとみつめられてた。

 

でもそれは、さっきのだれか(カラカル)でも、さっきのなにか(セルリアン)でもなくて。

 

 

 

 

 

「あれ、やっぱこの()だ。なんで……じゃなくて」

 

 

 

 

 

きれいで、まっしろで、やさしくて。

 

 

 

 

 

 

「どうも、俺はトツカ。大丈夫みたいだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

しらないだれかの、かお だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────

──────────────────

──────────────────

──────────────────

──────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……え……?」

「なーに、安心しろって。ちょっと担いでるだけだから」

 

 

口の回らない少女を抱えながら座らせて、俺の脱いだコートなりなんなりを羽織らせる。なんたってこの寒い空気の中だ、薄手の衣服では凍ってまともに話だってできやしないだろう。あ、さすがに全部はあげないよ?俺だって寒いし。転生したって図太さだけは変える気毛頭無しだかんな。

 

 

「ほれ、まぁマシにはなったかな。後ろ、失礼するぞ」

「ん……」

 

 

取りあえずまだ自力では動けなさそうなので、背中合わせになるように座る。暫くして、一回り小さい背中が寄りかかる感触を感じた。

 

 

「あ……ごめ、なさ……」

「いやいや、いいのいいの」

 

 

なかなか申し訳なさそうな顔を解かない彼女だったが、数秒経ってから俺が本当に気にしていないと納得したのか静かに俺へ寄りかかった。

 

さて、どうしてここに俺が居るのかなんだが、それについて話すと少々長くなる。

 

 

 

 

~回想~

 

 

 

『これ……足跡、か』

 

 

雪原にあったヒトの足形のような小さい窪みの連続。かまくらから続いていること、二人がいないことから、それが二人の足跡なのではとアタリをつけていた。

 

 

『二人分あるし間違いないか。実は動物の足跡でしたとか、そんなんだったらマジに笑えないかんな……?』

 

 

最初はそれを追う様に進んでいたのだが、途中からやっぱり飛んで探した方が上から見えるし効率良いとおもったので、おおよそ数分歩いた後に翼を出して空高くへと飛翔。

 

 

『さーて、カラカルはどこに……ん、あれ、何かが飛んで……やばっ、落ちてないか!?』

 

 

勿論、落ちたのがなんなのかは解らなかったが、まぁそこは猫故の好奇心でつい知りたくなってしまうもので、カラカルのことも忘れて真っ先にその場へと急行。

 

 

『……あぁ、落ちたのはこれか……って、アニマルガールじゃねぇか!しかもこの娘、どこかで見たような……ちょいちょい、聞こえてますかー?』

 

 

そうして木葉の隙間を通り抜けて着地した俺の目に写ったのは、やはり真っ白で可憐な、アニマルガールの少女なのであった。

 

 

 

 

~現在~

 

 

 

 

とまぁこんなことがあった訳だが、とにかくまだ把握しきれていないことばかりなのが現状だ。この今の状況とか、カラカルのこととか、なんでこの娘がここにいんのかとか。かまくら作っとけば問題ないと思ったのに、俺の寝てる間に何があったらこうなるかなぁ……カラカルもいないし。

 

ただまぁ、質問したいのは山々なんだけど……

 

 

 

 

 

「………………」

「………………」

 

 

 

 

き、気まずいッ…………!

 

 

 

見知らぬ誰か(一応会ったときは気絶してたから実質初対面)と二人きりなんて、流石に気まずすぎる……思えばこれまで赤の他人と会った時はサーバルだのなんだのと第三者が一緒にいたんだった。となると、初対面の相手と面と向かうのはかなり久々でして。

 

 

「……(ちらっ)」

「…………」

 

 

くっそぉ、チラ見しても背中合わせだから相手の表情がわかんねぇ、さっきからこの娘も無言を貫き通してるし……ああもうっ、さっきは普通に話せてたのにぃ!お、俺から話しかけるべきなのか……!?

 

 

「あ、えっと──」

「ねぇ」

「は、はひぃ!?」

 

 

 

どうしようかというところでいきなり声をかけられ、思わず変な声を出してしまった。

 

 

 

 

「……もうこれ、いいよ」

「……ふぇ?なっ、うおっ」

 

 

 

かと思えば、背後に座っていたはずの少女は立ち上がっており、首に巻かれていたマフラーを、そっぽを向いたまま手だけこちらに向けて差し出した。

 

 

「いや待てって、まだ動けるような体力じゃないだろう」

「へいきだよ。それにわたしのことも、もうほおっておいて」

「んな訳にも行かないだろ、なんで」

「……だって、わたしはあなたのなかまじゃない。あなたもわたしのなかまじゃない」

 

 

それに……と続けようとして、口をつぐんでしまった。眼に映る光が、若干だけ、弱くなっていた気がする。しかしそれを確認する前に、彼女の顔は俯いて見えなくなってしまった。

 

 

「……あなたこそ、どうしてたすけるの」

「それは……」

 

 

んー……言われてみれば理由なんざ考えたことがない。別に前世も今世もお人好しってわけでもないし、頼み事された時だって「仕方なく」やるのであって嫌だったり面倒な時はスルーしてたし。うっわ、考え直すととことんクズっぽい性格してるな俺よ……

 

 

「えーっと、それはだな」

「たすけてくれなくたって」

 

 

安易な考えでもいいからとなんとか答えようとしたとき、突然に彼女の声が遮った。吐き捨てるような、どこか鋭い辛さを感じさせる声色だった。

 

 

「たすけてくれなくたって、ほうっておいてくれたってよかったのに。わたしは、どうせひとりなんだから」

 

 

口調は少しずつ荒さを増していき、勢いも段々と強くなってくるのに、声は相変わらずにか細くて儚い。それがなんだか、とにかく痛々しかった。

 

 

「あのままどうにでも、なってしまえばよかったんだよ。もうどうせかわれないなら、なにもしりたくない」

「おいおい、いきなりどうして……」

「だって、もういやなの!」

 

 

大丈夫かと後ろを振り向くタイミングで、一層強く言い放った。

 

 

 

「あなたにたすけてもらったら、わたしはまたかってにだれかを『なかま』だとおもうかもしれない……ほんとうはひとりのくせに、かってに『なかま』だとおもいこんで、めいわくをかけるだけ。わたし、なにもしんじたくない、しんじられないの……」

 

 

続けて放たれる一つ一つの言葉に、相当の想いを感じさせられる。その想いが持つ重圧感に飲み込まれそうになるのをなんとかこらえて、ゆっくりと顔を覗く。

しかし彼女は俯いたままで、やはり表情は見えない。

 

 

「……きっとあなたにも、めいわくかけるだけだよ。ほら、これもかえすね」

 

 

一人思い悩む俺をよそに、彼女は着せられていた上着を脱ごうと奮闘し始める。

 

……が、袖に腕が絡まってなかなか脱げていない。ごめん、そういう雰囲気じゃないんだけどちょっと可愛く見えてきた。やだ、なにこの娘あざとい。

 

 

「……じゃなくって脱ぐな脱ぐな、その服じゃ寒さに耐えられないって」

「さむいのはなれっこだし……いっ」

「わわっ、ちょっとぉ!?」

 

 

しかし疲労が溜まった足でいつまでも立てている筈もなく、急いで振り返った俺の方へ倒れ込んでしまう。勿論受け止めることには成功した。改めて触ってみれば余りに華奢な身体に「どうしてこれまで耐えられたのか」と驚かされる。

 

彼女の髪の隙間から、小さな顔が見えた。

 

 

 

「おねがい……もう、おわりにさせて……」

 

 

 

その顔に、一線の涙の筋が通った。

 

眼が離せなかった。こういった感情をなんと形容するべきなのかは解らなかったが、とにかく胸が苦しかった。ただ、こんな涙に流されて消えてしまいそうな顔は、してほしくなかった。

 

 

「あ……ごめん、わたし、どうして……」

「……すまん」

 

 

ザクッ

 

 

「……ううん、あなたのせいじゃな……え?」

「いや、そう言われてもつい言っちまうっつーか」

 

 

気が付けば謝っていた。何に、どうして謝ったのか自分でもわからないが、多分無意識に言っていたんだろう。彼女に必要な言葉はもっと他にあるだろうに。

 

 

ザクッ

 

 

「やっぱり……なにかが」

 

 

ほんっと、なにやってんだよ俺……あれか、このタイミングでまたコミュ障(前世からの引き継ぎ特典)かよ畜生。俺が欲しかったのは転生特典の方なんだけどなぁ。

 

 

ザクッ

 

 

「……っ!」

「いやほんと、すまない。それ以外はなんも思い付かないっつーか、えと、言葉にすんのムズいなこれ……」

「ま、まって……」

 

 

ただまぁ、そうは言われても何か言わなきゃ俺の気がすまないというか……いや変に言わない方がいいのかもしれねーな。

 

 

 

ザクッ

 

 

 

「あ、なっ……!」

「……ん、どした?」

 

 

さっきから反応がおかしくない?なんか顔についてんの?ずっと怖がるような顔でこっちを見るもんだから慌てて自分の顔を触ってみるが、今度は首を振って指を指してくる。

 

 

 

ザクッ

 

 

 

「だ、だって、あぁ……っ!」

「……え?」

 

 

そしたら急に目を瞑ってしまう。なんだなんだ、そんな忙しなくコロコロと表情変えて。

 

 

 

 

ザクッ

 

 

 

「なぁ、なんかあったのか?」

 

 

 

ザクッ

 

 

 

より近くへ顔を近づけてみる。若干背丈に違いがあるため足元の影が重なり大きさを増す。

 

 

 

ザクッ

 

 

 

そして影は、俺の作る影より大きくなっていく。まるで『背後にいる大きなモノの影が映っていく』かのように。

 

 

 

ザクッ

 

 

 

「いや、だめ……っ!」

「だめって何が──」

 

 

 

そして──

 

 

 

 

 

 

ドザァァァアアアッ!

 

 

 

 

 

 

巨大な紫の触手が、地面に叩きつけられた。雪原は大きく凹み目に見える程に潰されている。

そしてその場所、つまり触手が狙った場所とは、俺らが居た場所──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ばーか」

 

 

──正確には、つい先程まで(・・・・・・)居た場所だ。

 

 

 

「え……なん、で」

「知ってるか?猫っつーのは相当耳がいいんだ。それこそ人間が聞き取れる音の距離の4、5倍は遠くの音だってキャッチできる、例えアリが芝生を歩く足音ほど小さくてもな。雪を踏むレベルに大きな音なんざ別のことに集中してたって聞こえるさ」

 

 

少女を抱えながら目の前に佇む紫色の怪物、セルリアンにそう説明してやる。まぁ、解るとは思ってないけど。ちなみに最後は脚色だ、俺は没頭すると実は他の事は耳に入らない。

 

 

「んでまぁ瞬発力だって勿論だから、てめぇのすっとろい攻撃程度──」

「あっ、まえ!」

「──ほーらよっ、と!」

 

 

続けざまに飛んでくる触手もジャンプで躱す。さらにそのまま木々を通り抜けて進み、奥の方で少女を降ろす。

 

 

「……さて、動かないでくれよ。あんな啖呵を切ったからには、戦ってやらねぇとな」

「ま、まってよ!べつにたたかわなくても」

「わりぃ、そうもいかない。アイツもうこっちに気がついてやがる」

「そうじゃない!なんでわたしのことたすけるの!?」

 

 

……あー、そういえばそんなこと聞かれてたな。だが残念だったな、答えは既に考案済みだ。

 

 

「……それはな──」

 

 

爪を尖らせ、翼を造り出す。

 

 

 

 

「──俺が『けものを守護(まも)るけもの』だからだ」

 

 

 

 

我ながら妙にカッコつけて言い放ってみた。ちょっと恥ずかしいとは思うけれど……まぁ感傷に浸っている余裕はない。気持ちを切り替えないと。

 

 

 

「けものを、まもる……?」

「そそ、まぁ参考程度にな。さぁーてと……いきますか!」

 

 

 

言い終わってから間髪入れずに、脚へ込めた渾身の力を全て解き放つ。柔軟に木々の隙間を飛び行く勢いに身を任せ、俺は全速力で持ってセルリアンへと跳躍した。




雛祭りの日(何ていうのか忘れた)だけど特に変わらず平常運転でした。
次回、約20話ぶりの戦闘シーンです。


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第40話 ALBUM(思い出)にさよなら

今回も三人称視点オンリーです。セルリアンさんはアニメ版一期第一話のゲート前にいたあいつの紫色バージョンみたいなイメージでお願いします。


「おぅらぁぁあああっ!」

「─────!」

 

 

ズガアアアァァァッ!

 

 

煌々と光るトツカの爪先と、紫色をしたセルリアンが持つ表面のクリスタルがぶつかり合い、火花とサンドスターが周囲へ無造作に飛び散った。

 

 

「──────!」

「ふんっ、まだまだぁ!」

 

 

続けざまに両者の攻撃が空中に残光の円弧を描いて飛び交う。どちらも二、三発ほどの斬撃だったが、その速さに地面の雪が高く空へ舞い上っていた。威力が並のものではないことは誰の目にも明らかである。

 

十秒に満たない攻防の末、トツカが連撃の隙をつき後ろへとバックステップ。

 

セルリアンも二本の触手を一旦引き戻して、トツカの足が地に着く瞬間を狙って躊躇無く前方へ突き出す。速さこそ避けられないものではない──しかし。

 

 

ガバッ

 

 

接触の間際、触手はまるでクリップのように二股に分かれる。挟み込むつもりだ。

 

 

(なっ、それありかよぉ!?)

 

 

心中で悪態を吐きながらも体を柔軟に動かして攻撃を躱す。軽快な動きについていけない腕は二本とも的を外し、勢いの止まらないままにトツカの背後にあった木々を掴んだ。強大な衝撃に幹が耐えられずミシミシと音を立てる。

 

 

(木にぶつかったのは偶然だが、これで──)

 

 

トツカは翼を広げ、一気にセルリアンへ直進。

 

 

「──お前の両腕、封じたぜ!」

 

 

ドゴォッ!

 

 

輝いた腕でセルリアンの前面を大きくパンチ。腕を戻そうと前方不注意だったセルリアンは回避も防御もできるはずなく、伝わる衝撃と染みる威力に胴体を宙へ押し上げられた。

だがこの好機をこれだけで終わらせるはずがない。肩から手首まで渾身の力を込め、そのままスピードをつけて回転。勿論、宙へ浮いた巨体を支える摩擦はどこにも発生しない。

 

 

「ふんぬっ!」

 

 

そこへアニマルガールの『馬鹿力』とでも言うべき驚異の膂力が加わり、球体のセルリアンは野球ボールを投げるのと同じ様に投げ飛ばされた。

 

 

「───!」

 

 

ドガァァンッ!

 

 

成す術無くセルリアンは奥にあった木に衝突する。衝撃で葉が揺らされ、溜まっていた雪がセルリアンへ次々に零れ落ちた。

雪に埋もれながらも、張り付けられた目玉はギロリとトツカを睨む。

 

 

「おいおい……」

(まだやられないって、どんだけタフネスなんだこいつ……相当自信あった一撃だけに、こちとら地味にショックだよこの野郎)

 

 

のっそりとセルリアンは姿勢を整える。先の衝撃で腕が外れたこともあり、既に戦闘態勢に入っている。

 

 

(あれ、よくよく考えればでかいサイズのセルリアンと戦うのって初じゃね?カラカルが倒したときは奇襲だったし、初戦闘の時もでかいのはバリーとヒグマが戦ってたし。もっと言えば一対一も初めてか。……あれ、これ逃げた方が──)

「─────!」

「うおっ!?」

 

 

油断したところを狙い触手を伸ばすが、これも躱されてしまう。しかし今度は学習したのか直線的な突きではなく横から薙ぎ払う攻撃であり、判断が遅れればいくらアニマルガールの瞬発力とはいえど当たっていただろう。

 

攻撃は止むことなく、トツカは防戦を強いられる。

 

 

「こんのぉ……!」

(ったく、考え事してる最中に攻撃は反則だろうが!あぁもう、めんどくせぇ!)

 

 

時間がたつにつれ、単純な攻撃は複雑さを増していき、避けるのも簡単ではない。その上、今戦っている場所は木の葉が邪魔で飛ぼうにも高度が低くなってしまい、三次元的な行動が厳しい。

即ち、トツカは『飛べる』という利点を殺されている。

 

 

(とすれば、避けるのは悪手か……なら!)

 

 

タイミングを見て、一閃。飛ばされてきた一本の触手を爪で切り付ける。細い線で繋がれていた触手は力負けし、突き放される。

 

 

「──!」

「つぎっ!」

 

 

背後から襲う触手も爪での攻撃で跳ね返す。その先には、一本目、その前に攻撃していた触手。

 

二本の腕はぶつかり、重なり合う。この一瞬をトツカは逃さなかった。

 

 

「よしっ、喰らえ!」

 

 

爪をより一段と輝かせ、間髪入れずに突撃する。腕が暴れる様子も、逃れようとする様子もなかった。

 

 

(ちょろいもんよ、こいつで──)

 

 

 

しかし。

 

 

 

ガバッ

 

 

 

突然、両方の腕が示し合わせたかのようにして大きく開く。トツカの攻撃を利用し、近づいてきたところを挟み込むためだ。当然ながら勢いは消しきれず、すんなりと腕の射程圏内に入ってしまう。

 

追い打ちをかけるように、腕はトツカの上半身・下半身を捉えて向かってくる。

 

 

「なん──」

 

 

ガシッという音が響く。触手は何かを抑え込み、そして掴んでいる。セルリアンにはその感触が確かに存在していた。それでも捕まえたものにさらなる攻撃を与えるため、標的を確認しようと掴んでいるものを胴体に近づけようと触手を引き戻していく。

 

そうしてセルリアンの一つ目に映ったのは──

 

 

 

 

 

 

「『にゃんにゃん』──」

 

 

 

 

 

──茶色の薄い布……俗に言う、マフラーだった。

 

 

 

 

 

「──『ネコパンチ』ぃ!」

 

 

ドガァッ!

 

 

 

 

 

重い衝撃音とともに、背部から来た衝撃によってセルリアンが前方へと吹き飛ばされる。背後には、防寒着が無くなっていつも通りの服装になったトツカが翼をはためかせ浮いていた。

 

 

(あぁあぁ、よくも俺のモンをしわくちゃにしてくれたな、厳密には借り物だけど。あの()に貸したコート持ってたら身代わりにはしなかったんだが……ま、こいつでやられてくれれば──)

 

 

シュンッ!

 

 

雪の煙の中から二本の触手がトツカめがけて飛んでくる。対するトツカは最初からそれを予想し、余裕をもって受け流すとともに数発の攻撃を喰らわせた。

 

 

「……そうはいかないと思ってたよ。はぁー、なんか疲れてきたし……猫は持久力ないんだからさぁ、気を遣ってくれないかな?」

「────!」

「はいはい、俺もお前の言葉はわかんねぇよ!」

 

 

再度爪と触手が衝突し、鋭い攻撃音と激しい火花が空間に現れる。だが、トツカの戦法は触手との防戦からセルリアン本体へのヒット・アンド・アウェイに変わっていた。これまでの戦闘で木が何本か倒れて空間が広がり、三次元行動が生かされてきたのだ。

 

 

「────!」

「おうらっ!」

(あぁもぉー!さっきから考えないようにしてたけどやっぱこいつら怖すぎ!その見た目どうにかならないわけ!?しかもなんなんだあの背中についてる石みたいなアレ!絶対攻撃しちゃいけないやつじゃん……今世こそは悠々自適な人生をと思ってたのになんでぇ……!)

 

 

尤も、本人は全く意識せず本能でその戦い方を選んでいたが。

 

しかし無意識とはいえ、飛行能力の無いそのセルリアンにとって、翼を使った様々な方向からの攻撃はとてつもなく有効だった。少しずつ、紫色のクリスタルにヒビが入る。

 

 

「これならもう、十分だよなぁっ!」

「───!?」

「さぁーてもう一発!『にゃんにゃんネコパンチ』!」

 

 

 

ズゴオオオォォォッ!

 

 

 

両腕のガードも虚しくセルリアンは大きくノックバックする。それもこれまでの距離とは比較にならないほど飛んでいき、周囲の木々を巻き込みながら森の暗闇へ消えていく。大きすぎるダメージに身体が多少、軽くなっていたんだろう。

 

 

(っつーことは、もう少しで倒せるな。なんだ、俺も結構強いじゃんか……あ、守護けものなんだからそれが普通なのか)

 

 

その光景を見て戦いの終わりが近いことに安堵するトツカ。

 

 

(えーと、アイツの飛んでった方向は……)

 

 

意気揚々とセルリアンを追いかけようとして、方向を確認し。

 

 

 

(……っ!うそだろ……!?)

 

 

 

自分の予想が、ぬか喜びであることに気が付いた。

 

 

「くそっ!」

 

 

翼を羽ばたかせ、猛スピードで追いかける。

 

セルリアンの吹き飛ばされた方向。それは、最初にトツカがセルリアンへ攻撃した方向だった。

セルリアンに攻撃する前、トツカはアニマルガールの少女を置いてきていた。

 

そして今、セルリアンは彼女のいる方へ向かっている。

 

なら、どうして彼女が襲われないと言えようか。

 

 

(『離れるな』って言ったのが仇になったか……さっきまでの自分をぶん殴りてぇ……!)

 

 

間に合え。ただそれだけを、トツカは祈っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────

──────────────────

──────────────────

──────────────────

──────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

激しい音が鳴り響く。どこかはわからないが、とにかくその音だけが事の重大さを物語っていた。

 

 

(きっと……たたかってるんだ、いま)

 

 

ここからでは何も見えないから、真相はわからない。実際に何が起こっているのかを確かめるすべも、また確かめようという勇気も、今の彼女にはない。

今は唯、雪の上に座ったまま、脱ぎかけのコートを握りしめていた。

 

 

(すごい……きいたこともないおと。だいじょうぶ、なのかな……)

 

 

不安よりも心配の方が大きかった。心の中にあったのは、今戦っている彼女──トツカの安全を一心に想い、そして願う、祈りの感情だった。

 

 

(……しんじてみても、いいのかな)

 

 

ふと、孤独だけだった心にいつの間にかもっと別の感情があることに気が付いた。見ず知らずとも言えるにも拘らず、誰か守るため命がけで戦える姿に心が感化されているようだった。

『けものを守護(まも)るけもの』。トツカが自らをそう称した時、少女はそこに優しさと決意を見出し、その言葉に奇妙な安心感を持った。その時の感情を知るには彼女はまだ幼すぎたが、自分の中におきる小さな確変を感じ取れていたことに間違いなかった。

 

自分の居場所を、見つけられるかもしれない。淡い期待と信頼が、確かに芽生えていた。

 

 

──へぇ、そーやってまた利用するんだ。

 

 

だが、その芽を心の奥底で認めることができなかった。

 

 

(そんな、わたしはただ……)

 

──いいや体良く利用するね、それに今もしてる。だって貴女、彼女から受け取ってばっかりじゃない。貴女がしてるのは、信頼じゃなくて依存なんだよ。

 

(でもひとりはこわいよ。ひとりにはなりたくないのに……いきてるから、なのかな)

 

──……え?

 

(もういやなの……このきもちがずっといるくらいなら、わたし、もう──)

 

 

 

 

 

ズゴオオオォォォッ!

 

 

 

 

 

「な……なんなの……?」

 

 

その瞬間、あり得ないほどに巨大な音が彼女の耳を劈く。見れば、目の前には、巨大な紫の既視感のある球体が転がっていた。

 

 

(そんな……かのじょがたたかってたのに、どうして……)

 

──ここにいるってことは、何かあったのかもね、彼女。

 

(てことは……もう、だめなのかな、わたし)

 

──ほら、依存するからこうなるんだ。自分じゃ何も出来ない。

 

(わたしのいばしょは、ないってこと?)

 

──貴女がそう思うなら。

 

 

球体は雪に埋もれたままで動き始める様子はない。今から逃げて隠れられたら、きっと助かるかもしれない。それくらいなら体力も持つ。

 

 

──それで、どうするつもり?

 

(どうもできないよ。わたし。)

 

──……そう。

 

 

ぴくり、とセルリアンが蠢き出す。被さっていた雪は振動で全て振り落とされる。

 

しかし彼女はそれを眺めることしか出来なかった。無気力感に包まれ、半ば諦めを含んだ眼差しを送ることしか思い付かなかった。実際、心には諦めの念が巣食っていた。

 

 

異様な一つ目が彼女を睨む。

 

 

「ひっ……!?」

 

 

突然、自分のものとは思えない声が口を突き出る。全身が今までに無い程に震え上がっている。痙攣が止まず、呼吸も正常に機能しないのか声が上ずっている。

 

 

 

 

──今のは、貴女の声だよ。間違いなくね。

 

(わかってるけど……はは。わたし、しぬのもこわかったんだ)

 

 

 

 

声は答えなかった。ザクザクと足音が刻まれ、距離が狭まる。

 

 

 

 

 

(しにたいっておもっておいて、そんなゆうきもなかった。……ずるいね、わたし。ほんとに)

 

 

 

 

 

振り落とされた触手を前に、彼女は目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガァンッ!

 

 

 

 

 

 

「──あっっっぶねぇぇええ!」

 

 

 

 

怒号にも似た大声。

 

 

 

 

「はぁ、しつこい野郎だ……すまねえ、怖い思いさせたよな」

 

 

 

 

目の前に佇むのは、翼を広げ宙を飛ぶ少女。

 

なにより、月光に照らされた純白の翼が、あの時──最初に襲われたときに助けてくれたあの存在を、模っていた。

 

 

 

(まさか──)

 

 

 

 

彼女はその姿に、自らを助けた天使(Angel)の姿を、重ね合わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────

──────────────────

──────────────────

──────────────────

──────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空中で触手を掴んだトツカにセルリアンの視線が移る。トツカも負けじと睨み返す。その瞳に、怒りにも似た感情を含みながら。

 

 

「まぁ、ここに吹き飛ばしたの俺なんだけどな。とにかく、さっき離れるなとか言っといてなんだが、出来る限り逃げてくれ、さもないと──」

「────!」

 

 

会話を遮るようにもう一本の触手が伸びる。トツカは慌てること無く振り返り、腕を光らせたままがっしりとキャッチした。両腕を押さえ込みながらも少女の方へ語りかける。顔に余裕は無く、振り向くことも出来ない。

 

 

「──っと、こんな風に巻き込んじまうからな。マジで危ないんだ」

「……ごめんなさい」

「え?な、うおっ」

 

 

セルリアンの腕が激しく暴れ始め、その振動にトツカの身体も振り回される。なんとか翼で腕を引っ張ることで姿勢を安定させるが、頭の中は「何故彼女が謝ったのか」という疑問に埋め尽くされた。

 

 

「なんで、んっと、謝るんだ」

「ちがうの……わたし、あ、あしが……」

 

 

彼女の言葉はたどたどしく、また、トツカも悠長に聞いていられる状況ではない。セルリアンの力は強まり、気を抜けば力負けしてしまう。

 

 

 

「あしが、うごかなくて……!」

「……何?」

「あっ、だめ!」

 

 

その言葉に驚き油断した、刹那。つい集中を怠ったそとほんの僅かな瞬間を、セルリアンに狙われた。

 

 

「────!」

 

ブンッ!

 

 

「ぐわっ、こいつ──」

 

 

ダァン!

 

 

腕に投げ飛ばされたトツカは一本の幹に衝突し、大きな音を立てる。勢いによって舞い上った雪が煙となって彼女らの視界を塞ぐ。

しかし、それから1秒も経たない内に白い細やかな身体が雪煙を突き破って現れる。

 

 

「うみゃあっ!」

「─────!?」

 

 

ズガアァァッ!

 

 

腕のガードが来るよりも早く、拳が正面に直撃。お返しと言わんばかりの威力がセルリアンを襲い、より遠くへ軽々と弾き飛ばされた。

 

 

「さて、行くぞ!」

「ふぇ……な、なんで」

「いいから、掴まれ」

 

 

だがトツカは追い打ちをかけず、少女の背と脚を持って抱きかかえるとセルリアンとは逆方向へ飛翔した。

セルリアンも立ち上がって(というより、脚がない為バウンドして)追いかけてくる。

 

 

「こ、これは」

「あぁ、お姫様抱っこってやつだ。……じゃなくて、ちょっと場所が悪いから、ご覧の通り逃げてる。カッコ悪いけどしょうがないし」

「……ごめんなさい。めいわく、かけたよね」

 

 

トツカの腕の中に蹲る顔には、悲しげな表情が満ちていた。トツカにはその理由はわからなかったが、とにかくなんとかしようとセルリアンの視界を振り切りつつ作戦を練った。

 

 

「……なぁ、辛ければ言ってくれていいからな」

「きを、つかってくれてるの?」

「本心だよ。自分に辛く当たるのは良くないんじゃないか」

「ちがう。めいわくかけるのも、ぜんぶ、ほんとうだから」

 

 

どんな言葉をかけようと、彼女の声色は、弱くなるばかり。

トツカはセラピストでは無い。今世は勿論、前世でもそのような経験は無かった。相談を受けるような人間関係もお世辞には多いとは言えないし、他人の感情というものも読み取れたことが無い。

 

だから、時におかしな事を口走る。

 

 

「迷惑かけるの、そんなに嫌か?」

「……え」

「あぁいや、なんとなくそう思ってな。どうにも俺の周りには迷惑かけてくるやつばっかだったもんだから、つい」

 

 

思いもよらなかった言葉に、目をぱちくりさせる少女。その仕草に、トツカはつい微笑みを零した。

 

 

「……でもめいわくだと、じゃまだよね。じゃまなものに、いばしょはいらない」

「別にいいけどな、俺は。迷惑かけあえる仲ってのも良いもんだぞ」

「ううん、わたし、あなたからもらってばっかりだよ。なにもあげられない」

「そりゃそうさ、見返り求めてるわけじゃあないし。それに……」

 

 

一旦言葉を区切り、瞼を閉じる。

 

 

「……それに、あいつらの笑顔には勝てねえからな」

 

 

呆れたような表情。

でも、少女には、その顔もどこか楽しそうで嬉しそうに見えた。

 

 

「……よし、決めた。居場所が無いんなら、俺らが居場所になってやる。あいつらも文句は言わないだろ」

「だめだよ、あなたのなかまのじゃまになるし、わたしはなにも……」

「まぁまぁ最後まで聞けって。それに、そんなに何かくれるんなら……そうだな」

 

 

瞼が開く。優しい眼差しが、少女を見つめた。

 

 

 

 

「お前の元気な姿と、元気な笑顔。そいつを貰おうか」

 

 

 

 

吹っ切れたような気がした。

 

心の靄が無くなっていくような。

 

自分にも、何かできる。彼女はそう思った。

 

 

「それは……」

「まぁなんだ、こういうこと言うの慣れてないから恥ずかし……」

 

 

ガン!

 

 

「いったぁ!?」

「わわっ、なに!?」

 

 

前方を見ていなかったためか木の枝にトツカの頭部がクリーンヒット。衝撃に飛行姿勢が崩れ、へなへなと力なく着陸する。その顔も何処と無く力無い……いや、情け無い。

 

 

「あっだだだ……なんか絞まんねえな、俺……」

「ま、まって!うしろに!」

「なっ、やべっ」

 

 

悠長な雰囲気も御構い無しにセルリアンは距離を縮める。トツカ達が止まっているのを知ってか知らないでか、まだ距離があるのに今までのバウンドよりもより一段と高く跳んだ。跳躍して押し潰す作戦を取ったのだ。

 

 

「やらせっか!」

「─────!」

 

 

ガシンッ!

 

 

地上に少女を置いたままトツカも直ぐに飛翔し、腕と爪が空中でぶつかり合う。両手の爪で押し返そうと力を込めるが、どうも感覚が軽い。

まさか、と目の前を注視する。トツカがその爪で抑えている腕は──一本だった。

 

もう一つは。

 

 

「─────!」

(クソッ、後ろかよ!)

 

 

躱せない。根拠こそなけれど、それだけは確かだった。

 

 

 

 

 

 

「……あれ」

 

 

しかしいつまで経っても痛みも何も襲ってこない。思っていたような状況では違う。(まさかこの土壇場で俺にも新要素追加か!?)などとありえない期待を抱きながら後ろを見れば、そこには確かに微動だにしない一本の触手があった。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……うで、とめたよ……!」

 

 

 

そのクリップ状の腕に、青みがかった灰色の──少女の飛ばした羽根を、数本、刺されながら。

 

その下には、眼を虹色に輝かせ、頭にある一対の翼を広げた少女が立って居た。

 

 

「……っ!ナイスだ!」

 

 

トツカは攻撃した腕でセルリアンを押し飛ばし、さらに追撃を与えに飛んで行く。

反対に少女は力を使い尽くし、翼も閉じて眼も元の色に戻っていた。ばさり、と膝を曲げてその場に座り込む。

肩に、可憐な青白い小鳥が停まっていた。

 

 

(はぁ……ねえねえ、みた?わたし、なにもできないわけじゃなかった。こんどこそ『なかま』をたすけられた)

 

──『なかま』……貴女、彼女の仲間になるの?

 

(だって、いばしょをくれたから。いばしょに、なってくれたから。それにもう、やくそくしちゃったからね)

 

──……調子の良いヤツ。

 

(おおめにみてよ。ちょっとくらい、いいじゃない)

 

──いやだよ、卑怯者め。……で、過去の私達(仲間)はどうするの?新しく出来ちゃった訳だけど。

 

(……さよならだね。でも、わすれるわけじゃない。ぜんぶおもいだした。わたしも、みんなのえがおに、かったことなかったから)

 

 

ふふっ、と目を閉じて小さく笑う。

 

 

(ねぇ、あなたはさいご、わたしはなにっていおうとしたの?)

 

──さぁ?自分で考えて。それじゃ、私は行くから。

 

(うん。……さよなら、おもいでのわたし。)

 

 

 

そう言って肩を見たとき、そこには雪が積もっているのみだった。

 

 

 

 

 

 

その真上でトツカはセルリアンを追い込んでいた。もう倒すのも時間の問題だ。

爪は煌めき、セルリアンに当たる──

 

 

「これで決め──」

 

 

 

 

 

パッカーン!

 

 

 

「──る……あり?」

 

 

──という直前で、ばらばらに砕け散ってしまった。これまでの激闘に対してあまりにもあっけなく、その上対戦相手が最後を決める事も出来ずに終わってしまった。何が起こったのかもわからず、真下の少女の元に降りる。

 

 

「……おわったんだ」

「あぁいや、なんつーか……そもそも一体誰が」

 

 

「とぉつぅかぁぁあああ!」

 

 

森に響いたのは、二人共に聞き覚えにあるとある少女の大声。

 

 

「あ、カラカル、お前何処に──」

「ふたりともぉ!無事でよかったぁぁあああ!」

 

 

その声の主、カラカルは二人に有無を言わせず強く抱き着く。走ってきたのか勢いを殺しきれず危うく倒れかけそうになるほどに強く抱き締められていた。

 

 

「おいカラカル、頼むから落ち着いて」

「あんたは後でいいのよバカ、それよりも!」

 

 

ぐるんっと少女の方へ向き直す。

 

 

「だいじょぶだった?このバカになんかされてない?怪我とかないわよね?」

「えっ、あー……うん、えとあの、だいじょうぶ……」

「……ほんと?」

「…………(コクコク)」

 

 

数秒、じぃーっと顔を見つめ続ける。若干ジト目にも似たような瞳に睨まれ続け、セルリアンに見られたときとはまた違う恐ろしさを感じる。眼をそらそうにもそらせず、額に冷や汗が流れるのを感じるのみだった。今にもその冷や汗を舐められて「この味は!ウソをついてる味ね……」と言われてしまいそうでならなかった。なぜかはわからないが、とにかくそんな気がした。

 

 

「……はぁ、どうやらほんとに何ともないみたいね。さっきのセルリアンも気になるけど、先ずは宿に帰ろっか」

「ん、もう帰っていいのか?」

「電話してたのあんたなのに何で覚えてないのよ……つーか、もうすぐそこで職員さんたちも待ってるわ」

 

 

一通り話し終わり、トツカとカラカルは立ち上がる。

 

 

「了解だ。あ、この娘今疲れてるらしくてさ、抱えてくから先に行ってくれ」

「ひゃあっ!ま、またこのかかえかた、なの?」

 

 

ひょい、と少女を抱え上げるトツカ。

 

 

「ってバカバカ、なにしてんのよ!?」

「なにって……お姫様抱っこ?」

「そうよそれよ!他に抱え方ないわけ!?」

「無い」

「あぁもぉー!私が抱えるから先に行けこのばかぁ!」

「何でキレてんだよ……」

 

 

蹴り飛ばすようにさっさとトツカを先に行かせたカラカルは小声で二、三つ愚痴を零し、溜息を吐くと、両頬を軽く叩いて気を入れなおして少女の方へ向いた。

 

 

「さて、行きましょうか。……もう、何処にも行っちゃダメよ」

 

 

屈み込んで手を伸ばす。

 

 

「……はい」

 

 

少女はその手を、しっかりと握り返した。




擬音の使い所がめちゃ難しい……


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第41話 BLESS()はすぐそこに

アソ山の周囲、比較的なだらかな山肌に位置した三回建ての観測所。その一室では、蛍光灯の淡い光がコンクリートの壁面に塗られた白色を照らし出し、パッと見れば誰も居ないのではと錯覚してしまうほどに人気も少なくひっそりとしていた。開いた扉から差し込む光の方が、まだ明るかろう。

だが、その部屋にキーボードを叩く小刻みな音とラジオの音声が流れているのは、決して幽霊がいるからなどではなく、ある一角のデスクで1人の職員──カコ博士が、パソコンの画面相手に黙々と作業をしているためだった。

 

 

「……ん、こんなもん、かな」

 

 

両手の忙しない動作もひと段落終え、今度は自らの傾げられたうなじへと当てると、首を左右へと倒して筋肉を柔らかす。暖房で暖められたためか、そこを一筋の汗が艶やかに伝う。作業から解放されたのも相まり、一気に様々なことが頭をよぎった。

 

何より、温泉宿に残った2人、トツカとカラカルは何も無く安全でいてくれているだろうか。何かされるのでは、というよりも何かしでかしてしまわないかという不安が気がかりだったが、今は信じるしかない。

 

とにかく今は、変に考えすぎてしまわないよう、ささやかな休憩も程々にすぐに作業へ戻るべきだ。次の作業の為またモニターを睨み直し、最後の一時として手元のコーヒーカップへと伸ばしていた手を口元へと近づけた。

 

 

「……あら?」

 

 

口に流れてきたのは空気が唇に触れのしかかって来る、とてもコーヒーに感じる味覚とは似つかない感触。違和感に画面からカップの中へと視線を移し、中身を確認する。見ればカップは1番底から満杯の部分まで無色透明の気体群で完全に満たされていた。つまり、(から)である。

 

 

「どうしよう……淹れに行くのも時間かかるし……」

 

 

コーヒーを淹れた時のメリットと淹れなかった時のメリットをかけられた天秤に連動して深緑の髪に隠れる華奢な首が小さく傾げる。狭いオフィスからはタイピング音が消えることになったが、その役割を埋めるかの如く現れた扉を閉める音と誰かの足音にカコは気がついたのは、足音の主が声をかけた時であった。

 

 

「カコ博士、お疲れ様です。コーヒー、要ります?」

「……ナイスタイミング」

 

 

2人分のマグカップを持って来た白衣の女性は、机に乗せられた小さめの空マグカップを見ると『ナイスタイミング』の意を理解してふっと微笑を浮かべ、片方のマグカップを渡すとともにもう片方へと静かに口をつけた。カコも呼応してコーヒーを喉に入れ、ようやくとキーボードを叩く。

 

 

「……あれ、そのプロジェクトってセントラルからこっちに移設するやつですよね。もう始まるんですか?」

「まだ検討中だけどね。さすが最重要研究エリアの開発主任研究施設、情報が入るのも早くて助かるわ」

「いえいえ、ここはどっちかっていうと田舎みたいな感じですよ。最初の数年は兎も角、今はホートクとかの方が重要度が高いですし」

 

 

部屋に入ってきたばかりのその職員によってデスクがもう1つ埋まり、2人の会話とタイピング音、ラジオの三つ巴が始まる。明かりは相変わらず静けさを保ちながら部屋には2人の声が完全にではなく丁度良いくらいの密度で響き、ジャズが齎すピアノの柔らかな旋律がデスクに乗せられたラジオから漏れ出ていた。代償と言うべきか作業進行のスピードは遅くなったが。

 

 

プルルルル

 

 

「ん、電話だ。携帯に直接なんて、珍しい……あれ、この施設の番号」

「ああこの番号、多分他の研究員からの呼び出しじゃないですかね」

 

 

それでも苦痛な仕事が多少は楽になってきているのが確かに感じられることに間違いはなかった。確信しながら、カコはコーヒーを口に当て、スマホの通話ボタンを押すと──

 

 

『カコ博士!温泉宿でトツカさんとカラカルさんがアニマルガールを保護したそうです!』

 

 

「ぶっふぅぅぅうううう!?」

「ちょっ、カコさーん!?」

 

 

 

 

──思いっきりコーヒーを吹き出して、空中に綺麗な虹を描いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みなざぁぁん……ほんと、ぶじで、えぐっ、よかっだでずぅぅ……!」

「おう、なんかデジャヴ」

 

 

なんやかんやあって宿に戻って来た俺たちは、一旦例のあの()を職員さんたちに預けた上で職員さんたちのオフィスで寛いでいる。……と言うのはカラカルだけで、俺は暖簾を潜ると同時にスタッフさんによって縄で締め上げるかの如く抱擁されるという大歓迎を受けた。なんで……?

 

 

「はぁ……まぁいいです、今日はこれくらいで勘弁してあげます」

「いや勘弁って、何故に上から目線」

「また……モフらせて、くださいねぇ……?」

「あっはい」

 

 

……まぁ一部始終と走っていくスタッフさんは一旦側に置き、何故オフィスにいるのかだが、答は目の前のモニター(・・・・)にある。

 

 

『ははは……スタッフさんも熱いね』

『カラカルも助けてやったらどうだったんだ……』

「いいのよバリー、それにバカはほっといた方が面白いからね」

『そ、そうか……?』

 

 

そして今聞こえてきたのはアフリカゾウとバリーの声。

サバンナエリアにいる二人の声が雪山エリアにいる俺らに聞こえる理由……まぁここまで言えば解ると思うが、単にサバンナエリアの観測所と通信していただけなのである。言うてつい2分前くらいからだけど。

 

 

『でもさ、二人は……えと、なんだっけ……セルリアン?だったかと戦ったあとなんでしょ。このまま放っておいたら、浜に打ち上げられた魚みたいになっちゃうよ、トツカ』

「妙にリアルな例えね……確かに、ちょっとは疲れたかもね。ただ、どっちかっていったら探す方に疲れたかなー」

「お前はあんま戦ってないじゃん。奇襲したり最後かっさらったりでメインに戦ったの俺じゃん」

 

 

しかもお前を運んだりお前らに置いてきぼりにされてあちこち飛び回ったりしたんだぞ。俺が一番働いてるんですけど。もう運んでやんねーかんなチキショー。

 

 

『とは言え私が鍛えたんだ、トツカなら倒せると思っていたぞ。それにそこまで強くなったのなら私と一戦するのもありかもな』

「やめてください死んでしまいます」

 

 

さっき俺が戦ったヤツと同じくらいの大きさのセルリアンをこの前10秒くらいで倒してた癖して何故対等に戦えると思ったし。

 

 

「そんなこと言ってさ、ホントはバリーも心配してたんじゃないのー?」

『む?あぁ、心配してたな。特にお前たちは大事な仲間だからな、そういう意味では、お前たち二人は期待を裏切らないから好きだぞ』

『うんうん。危なっかしいってのはあるんだけど、そういうとこは好きだなー』

「ふぇ……?あ、ありがと……なんか、これはこれで調子狂うわね……」

 

 

お、珍しくカラカルが押されてる。カメラ持ってたら絶対に撮影して未来永劫に記録として残すレベルには珍百景だぞこれ……あ、睨まれた。やっべ。

 

 

『でもま、危なっかしいのは何とかしてほしいですけどね。カラカルちゃん達なら大丈夫ってわかってても、心配なのは心配だから』

『お、アードウルフか。戻って来たんだな』

「なんだ、アードウルフもいたのか」

『トツカちゃん。んーと、さっき来たばっかり……かな』

 

 

足音と共に現れたのはアードウルフの声。よいしょ、という声に合わせて椅子の軋む音が聞こえる。

 

 

『じゃなくって!トツカちゃんもカラカルちゃんも、ちょっと言いたいことがありますっ!』

「「は、はいぃ!?」」

『あ、アードウルフ……どうかしたの?』

 

 

かと思えば突然のアードウルフの怒声。俺とカラカルは身を縮こませ、アフリカゾウは驚いたように小声を出し、バリーからは恐らく溜め息であろう声が聞こえた。

 

 

『まず、危険を冒さないこと!トツカちゃんは守護けものだし、カラカルちゃんも強いけど、だからって危険は禁物なんだからね!』

「いやうん、それはわかってるのよ?わかってるけど、あのときはしょうがなくて」

『そしてちゃんとスタッフさん達と連絡を取る!誰かを助けるのは良いことだけど、二人だけで雪山の中、ましてや寝るだなんて、低体温症って言葉くらい知ってるでしょっ!』

 

 

飛び出してくるマシンガンの説教に、スピーカーを割らんばかりに響く大声のスペシャルコンボ。アフリカゾウは『あわわわ……』と困り、バリーに至っては『やってしまった……』というバリーらしくもない哀れな声を出していた。

 

 

「でもでも、吹雪の中を過ごすよりは快適だし実際に問題無かったから良いじゃんか」

「そうよ、それに寝たのはこのバカだけで私は起きてましたしー」

「ばっ、このっ!仲間を売りやがったなぁ!?」

「こんなのと仲間になった覚えもありませんしー!」

『二人ともうるさい!というかかまくらの中だって危ないに決まってるじゃん!あと私もかまくら入りたかったよ羨ましい!』

「「絶対それが本命でしょ!!」」

 

 

その後も数十秒間に渡ってアードウルフ怒りの説教が続いたが、話題がかまくらの安全性に逸れかけたあたりでようやく俺らを解放してくれた。はぁはぁと息を荒げつつもいつの間にやら立ち上がっていた椅子にガタンと音を立てて座り、数秒の間だけ静まり返る。

 

 

『はぁ……ごめんね、ちょっと言い過ぎちゃったかも』

「褒め殺されるよりは平気でした。というかあの時のサーバルってこんな気分だったのな」

「私、説教される側は久し振りだから、なんかフクザツ……」

『まぁまぁ、それだけ二人を信じてるってことだよ』

 

 

それにしてもアードウルフがこんなに怒るのもさっきのカラカルに続いて珍しい光景だ(声しか聞こえないけど)。俺は起こられても別に初めてじゃないし耐性がついてるけど、カラカルはそうでもないからかなんか少しシュンとしている。

 

 

『特にサーバルなんて凄かったんだよ?さっすが大親友、二人のことは何でも知ってるって感じだった!私達があたふたしてたときも、ずっと落ち着いてたからね』

「サーバルって、サーバルもそこにいるの?声も聞こえないし、てっきり居ないのかと」

『あぁいや、すぐそこにはいるんだけど……』

「……だけど?」

 

 

しばらく三人とも口ごもる。よくよく聞けば、少し遠くから聞こえてくるような声で、『本当に良いのか?』とバリーが小さく話しているのがわかる。誰に話しかけてんだろ、流れで言うとサーバルかな。

 

 

『……さっきアフリカゾウちゃんが言ってた通り、サーバルちゃんも私が来る前からずっと信じてたんだよ?私達にも大丈夫って何回も言ってくれて』

『だが、ちょっと今は調子がおかしくてな。……お前たちが帰って来たと報告を聞いたっきり、窓の外を眺めてばっかりなんだ』

 

 

はぁ、とため息が一つ。

 

 

『それでね、せっかくトツカたちと話せるからおいでよって言っても、ずぅーっと知らんぷり。何を聞いてもつっけんどんだし、なんか怒ってるみたいで怖いし』

「それはなんというか、そりゃあそうよね……心配かけたのは事実だから、怒るのも無理ないわ」

 

 

なるほど、確かに耳を済ますとアードウルフがサーバルに説得しているような会話がある。怒ってるのは良いけど、せめて口を利いてくれたって……あ、いま小さくだけどサーバルの声で『やだ』って聞こえた。あんにゃろう、どんだけ怒ってやがるんだ?

 

 

『そうは言っても、大事に思われてるというのは良いことだ。特にアードウルフなんか、お前たちが消息不明だったって伝えた瞬間にいきなり──』

『わーっ、だめだめ!それは言わない約束じゃないですか!』

 

 

ガタン、と椅子の音。

 

 

『って、サーバルちゃん?ちょっ、どこに……と、トイレ?あぁごめんね、えと、行ってらっしゃい……え?カラカルちゃんに伝言?』

「わ、私に?」

『どれどれ、このアフリカゾウさんに言ってみなさい!ふむふむ……えぇー、子供じゃないんだし意地張ってないで自分で……あぁはいはいわかりましたって、早く行かないと漏れちゃうよ』

 

 

扉が軋みながら閉まる音がして、一斉に三人分のため息が漏れた。

 

 

「たいへんだな、お前ら。元凶は俺らだけど。んで、伝言ってどんなんなんだ」

『カラカル宛てだからね?えっと……"今度は攻守交代だね"だって。カラカル、どういう意味?』

「は、はは、何でもない……そっか、攻守交代かぁ、交代ねぇ……ちょっと覚悟決めとくわ……」

「大丈夫では無さそうだな。つか今日のお前って珍百景が多くない?」

「やりたくてやってるんじゃないから。んしょ、ちょっと席を外すね」

 

 

攻守交代って……これは確実にバンドの時の説教を根に持ってんな、アイツ。あれもあれで災難だったけど、カラカルもまさかやり返されるとは思ってなかっただろうなぁ。

 

 

「なんだ、本当に覚悟決めに行くのか」

「んな訳無いでしょ、私もトイレよトイレ。後で戻ってくるからその間は話すなりなんなりしててね。そういうことだから、バリー達もまた後で。じゃ」

『ん、後でな』

 

 

言い合いながらもカラカルはそっと席を立って、そのままオフィスの扉へを通り廊下へ向かった。

 

 

「それで、俺の方はもう話題が尽きちまったんだが。もうなんも話すこと無いなら、眠いから切るけど」

『待って待って、まだ話したいことがあって。……イヤホン、つけてくれる?』

「良いけど、なんでだ?」

『良いから良いから』

 

 

訳がわからないが嫌でもないので、スピーカーの接続端子を外して代わりにイヤホンの端子を差し込む。

 

 

「できたぞー」

『うん。じゃあ、単刀直入に聞くよ……』

「お、おう……」

 

 

なんだ、妙にもったいぶるな……アフリカゾウの声と他二人の唾を飲む音から、相当な「重要な話」感が漂っている。

 

 

 

 

 

 

『トツカは──カラカルに、何かした?』

「いや、何も」

『『『はぁ!?なんでぇ!?』』』

 

 

ちょっ、声がでけぇよ!耳に響くから!こっちイヤホンなんだから音量を考えて!

 

 

『あり得ないって!だってカラカルと一緒にお風呂入ったんだよね!?』

「あぁ、カコさんとかもいたけど」

『カラカルと一緒にかまくらの中にも入ってたんだろう!?』

「そうだぞ、もう一人一緒にいたけど」

『だったらいつだってカラカルちゃんに手を出せるじゃない!絶対に何かしたでしょ!』

「してないし、寧ろしてることを期待してない?」

 

 

そもそも手を出したら怒られるし、キレられるし。もっと言えば転生してからそっち系の感心が薄れてきてるし。あれかな、俺ももう歳なのかな、中身だけ。

 

 

『嘘だっ!どうせあんなことやこんなことを想像してあわよくばとか考えてたでしょ!』

「そういう趣味は無いから」

『ほ、ホントになにもしてないの!?それはそれで問題だよ!』

「えぇー、めんどくさ……」

「何がです?」

 

 

いきなり現れた声に驚いて振り向くと、茶色に近い赤褐色の服を着た小柄の少女──カピバラが立っていた。

 

 

「ってその前に、お帰りなさい、ですよね。無事で良かったです、ホントに心配で……」

「カピバラ来てたのか、いつの間に──」

『おいトツカ、そこに誰かいるのか?』

『ていうか女の人の声だよね……まさかカラカルやサーバルというものがありながら、それでも飽きたらずまた被害者を……!?』

「そんな仲じゃないから!」

 

 

 

 

~事情説明~

 

 

 

 

「なるほど、つまりトツカさんはそういうヒトだったんですね」

「それはわかってるんだよな。……わかってるんだよな?」

 

 

右耳に差したイヤホンをいじりながらカピバラがふっと笑う。なんともまぁ意地悪な目付きでいらっしゃるもんだが、イヤホンを二人で片方ずつ使っている以上、どうしても目に入ってしまう。

 

取り敢えず、双方の紹介も含めて事情を説明し終え、なんとか事は収まった。

 

 

「ところでカピバラ、出歩いても良いのか?体調が優れてないなら、まだ休んどけよ」

「はい……そう、ですね。もうちょっと、この宿にはお世話になりそうです。ただどうしても、二人の姿を確認しておきたくて」

「……心配かけたな」

「……ホントですよ」

 

 

哀しそうな表情で、意地悪く微笑を浮かべた。赤褐色の柔らかな髪がふわりと優しく揺れる。そのせいで、憂いに満ちて滲む瞳が静かに隠された。隠した、の方が正解なのかもしれない。

 

 

『あーもう、まぁーたそんなイイカンジの雰囲気みたいに持ってってさ!トツカのそういうとこ、ほんっと大嫌い!』

「トツカさん、言われてますよ?」

「こんにゃろう許さんぞ」

 

 

しかしそんなものも結局は一時の惑い、まるで最初から無かったかのように自然な流れで、俺の毒ごと楽しそうに受け流し、そっと席を立つカピバラ。中々の実力派だったようだ、見事に騙されてしまったぜちくせう。

 

 

「さて、私はそろそろ戻りますね。ちょっと無理したみたいで、頭がふわふわしてて……」

『身体は大事にしてくださいね、カピバラさん!』

「ありがとうございます、アードウルフさん。まぁ実際、あんまり長居してるとカラカルさんとトツカさんの甘々な関係にヒビが入っちゃいそうですからねー?」

 

 

悪戯っ子のような悪趣味に溢れたセリフに少々イラっとくるが、怒りを通り越して呆れに到達していた俺は目だけでこちらを見やるカピバラの顔を睨み返すだけで勘弁しておいた。ついでにその小悪魔な美少女顏に最大級の溜息をオマケしてやる。本人はビクともしてないが、特に構いはしない、自己満足の溜息だから。……いや、よく見れば俺の溜息も楽しそうに見物している。今からでも遅くないな、呆れから怒りに引き返そうか……やめよう、それも今の彼女には笑いの種だ。

 

 

「……はいはい、お気遣い有り難く存じますよ全く。気を付けろよー」

「忠告と受け取っときます。では皆さんも、またいつか」

『うむ。またな、カピバラ』

『じゃーねー!』

 

 

そうしてオフィスの扉へと向かっていき、途中で戻ってきたカラカルとばったりと会っていた。なにやら短く話し合っていたが、一通り終わった辺りでカピバラがカラカルに何かを耳打ちして、カラカルがぼーっとしている間に笑いながら行ってしまった。対するカラカルは数秒の後に正気を取り戻し、何やら独り言を呟きつつ俺の方へ歩いてくる。

 

 

「……何よ、見つめられても何もないんだけど」

「いや、カピバラになに言われてたのか気になってな」

「あぁあれ?んー……別にあんたが気にするようなことじゃないわよ」

「そうは見えないんだがなぁ」

 

 

そう言いながらイヤホンの端子からスピーカーの端子へともう一度差し換える。思えばカピバラが来たときもこうしておけば良かったような。

 

 

「それで?なに話してたのかしら」

『特に何も話してないよ、ただかまくらの中がどんな感じだったのかなーって』

「いや、全然ちが……あぁいや、そんな話だったな」

「ふーん、しょうもないこと話してたのねー」

 

 

一回否定しかけたが、どうやら本人にはバレていないようだ。話の話題が自分自身だったなんて知られれば、色々と聴きこまれて余計に厄介になりそうだからな、ギリギリで話を合わせる選択を取って正解だった。

 

 

「……そうだ。ねえねえトツカ、実は私──」

「あ、いたいた。えーっと、トツカさんにカラカルさん、で合ってるよね?」

 

 

唐突に名前を呼ばれ、ビックリしながら二人して後ろへ振り向く。

そこに立っていたのは、白衣を着た大人の女性……ともう一人、隠れて見えにくいが、さっき助けたアニマルガールの少女だった。

 

 

「……はい、もう大丈夫だよ」

「う、うん……」

 

 

どうやら、俺らが話している傍らに検査を終えたらしいその娘がスタッフさんの案内に連れられて来たようだった。体力の回復と精神の安定のおかげか、しっかりと自分の足で歩けている。ただそれでもちょっと恥ずかしいのか、スタッフさんの背の後ろに隠れている。あざといな、おい。

 

 

『トツカ?カラカル?どうかしたのー?』

「……あれ、通信中?てことは、今はちょっとまずかったかな?」

「いや、大丈夫よ」

 

 

カラカルがスタッフさんの対応をしつつ、俺にアイコンタクトを送る。えーと……はいはい、理解したわ。

 

 

「えーとだな。アフリカゾウに他の奴らも、ちょっと一旦通信を切っていいか?」

『え……切るって、トツカちゃん、何かあったの?』

『まぁ待て。恐らくスタッフさんあたりと話があるんだろう?アードウルフ達も、そういうことらしいからわかってくれ』

『あー、なるほど、じゃあもう終わりなのかぁ……帰ってきたら、色々聞かせてよね』

「一旦って言ったのにこいつ……おう、またな」

 

 

それぞれと挨拶しつつ、マウスを動かして通話終了のボタンをクリックする。ところでこのスタッフさん、金髪で背の高い女性、しかも中々の美人なんだが、明らかに日本人ではないよな。なんというか……日本語、流暢すぎです。

 

 

「それでスタッフさん。その娘、もう問題無いの?」

「ああ、大事にはなってないよ。ただかなり疲労が溜まってるみたいだから、一応携帯食で軽い食事もさせておいたんだ。それでもまだ体が冷えてるみたいで。そこでお願いがあるんだけど」

「「……お願いって?」」

 

 

同じように聞き返す俺ら二人の光景を見て若干の笑いを含みつつ、改めて言い直す。

 

 

「はは……それでお願いなんだけど──」

 

 

 

 

 

「──この娘を、お風呂に入れて欲しいんだ」




後半へ続く。


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第42話 SPRING(温もり)に包まれて

温もり(物理)



「それでお願いなんだけど、この()をお風呂に入れて欲しいんだ。出来れば職員の方で管理したいんだけど、アニマルガールを保護したなんて一大事、報告しないわけにも行かなくてね、こっちも中々忙しいんだ。申し訳ない」

 

 

……そりゃまぁ、あの極寒の中にいたわけだから体をあっためるのが先決だわな。

 

 

「いやいや、謝ることじゃないわよ。それに私もちょっと体を汚しちゃって洗いたかったし」

「なんだよカラカル、随分と自分本位だな」

「誰かさんがかまくらの中で眠らせたからねー」

「マジすんませんした」

「わかればよろしい」

 

 

あれ、この会話に何故かデジャヴを感じる……しかしカラカルの方はなにも感じていないようで、とくに気にすることもなくさっさと立ち上がった。あとなんかちょっと嬉しそうな顔するの止めろ、遊ばれたみたいで無性にムカつく。

 

 

「とにかくあとは任せてね、スタッフさん」

「うん、私もそろそろ仕事に戻らなきゃ。あ、それと」

 

 

ぽん、と少女の頭に軽く手を添える。

 

 

 

「引き離しちゃってごめんね。よく我慢した、えらいえらい」

「……っ!」

 

 

 

そのままゆっくりと手を動かし、少女の頭を撫でる。対する少女は俯いていたため顔を合わせてはもらえていなかったものの、ある程度頭を撫でたら満足したらしく「じゃーねー」と言ってそそくさと出ていってしまった。うーん……人生楽しそうだな、あの人。

 

 

「あの人もあの人でなかなか個性的ね……じゃあ行こっか」

「えと、ついてけば、いいんだよね?」

「そうよ。ほーら、トツカも早くしなさーい」

「はいはい今いくって。だから尻尾を引っ張るんじゃない」

 

 

 

 

~脱衣所にて~

 

 

 

 

「さってと、ここに服を入れて……って、まだ脱げるわけないか」

「ふく……ぬぐ、えっと……」

「あれ、知らないのか?んしょ、ほら。俺のですまんが、こういうやつ」

「ふぇー……わっ、まって、わたしのからだ、なんかいろいろとれてるよ!?」

「大丈夫、さっき靴も脱げたでしょ?」

「でもこれ、さっきの『くつ』とはちがうやりかたで……わわっ、そこまでとれるのぉ!?」

 

「「いいのいいの、そーれぽいぽいっと」」

「きゃあっ、なっ、いやぁー!?」

 

 

 

 

~かけ湯~

 

 

 

 

「次はあなただから、早くおいでー」

「い、いや!だってさっきさわったらあつかったもん!そんなあついの、かけるなんて」

「あつくないあつくない、すぐ慣れるって。ほれ」

 

 

バシャッ

 

 

「あっ、あっづい!なっ、ちょっときゅうけいを」

「「まぁそう言わずに」」

「らめぇぇええ!」

 

 

 

 

~かぽーん~

 

 

 

 

途中でいろいろありつつ。

 

吹雪の間はシャッターを降ろしていたらしく露天風呂が無事だったということで、現在俺ら3人だけの貸切風呂から何処へお送りする訳でもない二度目の入浴タイム。とは言ってもさっきの場所と同じではなく、また別のお風呂にお邪魔している。景色も違い、ここからだと山も無く夜空も見えるので個人的にはこっちのがお気に入りである。

 

 

「ふぅ、やっぱり疲れてから入るお風呂は別格よねぇー……」

「わかりみが深い」

「あ、あの……?」

 

 

といったところに、少女の不安げな声が聞こえる。振り返ってみれば、そこにはタイルの上をぺたぺたと不安げに歩き回る少女の姿が。なお若干涙目であるが気にしてはいけない。

 

 

「しまった、そういやアニマルガールになってばっかだもんね。よしよし、私に掴まって」

「あれ、この娘ってなりたてだったの?」

「話を聞いときなさいよこのバカ」

 

 

えぇー、初耳だったんだが……つか、初耳にしてはかなり重要な情報だったよね、今の。

 

驚きに耽る俺は無視してカラカルは少女の手を引く。かけ湯の時のアレを予想して怖がっていたが、少しずつ脚を沈めていき、最後の最後では熱がることも無く無事に入っていた。

 

 

「ほらね、慣れるとあったかいでしょ?これがもう、さいっこぉーにたまんないのよ。あなたも案外、虜になっちゃったりして」

「と、とりこ……とりこ……?」

「夢中だってこと。まぁ見た目は『とりこ』じゃなくて『ことり』だけどなあいだぁっ」

「なーに上手いこと言ったつもりになってんのよアホ」

 

 

文字通り水面下で小突かれる。なんだよ、ちょっと思いついたこと言ってみただけじゃんか。

 

 

 

 

それからもこの娘にジャパリパークについてとかサーバル達についてとかを話していて、とにかく今後もスタッフさんたちに丸投げしておいて問題はないということを伝えておいた。

 

 

「んで、もう言ってるけど、私達は『アニマルガール』っていう……なにかしら、種族?まぁそういう動物ってわけ。私もこのバカも、そしてもちろんあなたも」

「おんなじ、ってこと?」

「んー、まぁ間違ってはないからそれでいいかな」

「おんなじ……」

 

 

今はカラカルが色々とレクチャー中、俺はそれを聞き流してゆったりと浸かっている。はぁ、でもこの娘何のアニマルガールなんかな……鳥なんだけど、青っぽい灰色の鳥なんて……あれ、それどっかで見たような。

 

 

「ひゃあっ!?」

「うおっ!ど、どうした?」

「あぁいや、あの……」

 

 

急いで横を振り向けば、カラカルの圧倒的な困り顔。そしてその下には、ほっそりとした右腕で豪快に鷲掴みされる本人の胸部。右腕を付け根へと辿ってみれば一転してリンゴのような膨れっ面にご対面。……あ、俺じゃないよ?あの娘だからね?俺が掴んだら叫ばれる前に殴られる。

 

 

「……あー、何してるんだ」

「わたしのここと、からかるのここ、おんなじじゃない。わたしのよりぜんぜんおっきい」

 

 

……言われてみればなかなかのぺったん娘だ。カラカルが大きいというのを差し引いてもこの娘のは小さく見える。

 

 

「それは仕方ないと言うか、生まれつきだからね……」

「……なんかわかんないけど、ふたりともずるい」

「あ、俺もっすか」

 

 

つってもこの娘は身長も低いからなぁ、普通に年相応って感じもするが。発達途上ってやつ?いやでも、これくらいの年頃だと俺達もこの娘も生えてないのはおかしいよなぁ。何とは言わないけど。サンドスター先輩の判定はイマイチよくわからない。

 

 

「……ま、明るい話題は一旦ストップで」

 

 

楽しい会話の最中ですまないが、期を見計らって真剣な顔と声を繕う。

事実、それだけ重要な話なわけだ。

 

 

「……さて、カラカル。改まってなんだが聞きたいことがある」

「わかってるわよ。……あんたがだらしなく寝てた間になにがあったか、よね。あんたがだらしなく寝てた間に」

「そこは改めて言う必要ないよね」

 

 

おのれシリアスブレイカー、なんてことしやがる雰囲気ぶち壊しだぞオイ。見ろよあの娘なんてすっごい暗そうな顔して俯いて……あれ、なんであの娘までシリアスに……いや、彼女も当事者か。出来れば詰問とかはしたくないけども。

 

 

「んでそこまでわかってるんなら、早く教えて欲しいんだが」

「インパクトが無いからやりなおし」

「おうおうネェちゃん、意地張ってねぇでとっととゲロッちまいなぁ!」

「よくできました」

「えへへー」

 

 

ってなんでやねん。何故にショートコントみたいなことしてんだ俺達、そして何故にノったんだ俺。しかも面白くないから余計に意味不明だし……何故かそこの娘はシリアスな雰囲気と笑いが顔に入り交じって凄いことになってっけど。あ、シリアスが勝った。

 

 

「いや、俺で遊んでないで普通に教えてくれ」

「ノリノリだったくせに。まぁ話してあげるけど」

「あのっ、それはわたしがはなすから……むっ」

「しー、ちょっと待ってね。大事な話だから」

 

 

焦って何かを言いかけた少女の口に、カラカルが人差し指を静かに当てた。それだけにも関わらず魔法でもかけられたように少女は口ごもり、ただカラカルを見詰めるしかできなくなってしまう。

 

 

「んでまぁ、何があったかだけど。わかんないわ」

 

 

そうして待ち望まれた回答も、実にあっさりとしたものだった。

 

 

「えっ……わかんないって、なんで!?」

 

 

その答えに少女は我を忘れて勢いよく立ち上がる。

 

 

「……わかんねーか、わかんねーよな。まぁしゃあないわな」

「そうね。さっぱりだし、別にどうでも良いんじゃないかしら」

「まってよ、わかんないなんて、それでいいの!?」

「「いい」」

 

 

本当は良くないと思う、じゃなくて思ってた。未知の事を未知のままにしておくのは気が引ける。恐怖でもあるし、興味深くもある。今すぐにでも追及したい自分が居ることには間違いない。

 

しかしだ。

 

 

「せっかく疲れを取りに来たのに重い話は合わねぇからな。つーかこんな話題を出した俺が全面的に悪かった、すまん」

「わるいのはわたしだよ!わたしはふたりに……」

「良いのよ、それにこういうときは『許さないんだから』って言ってあげてね」

「言わせねぇし、そもそもお前に謝ってはねぇし」

「ふーん、つまり『責任とってよね』も追加して欲しいと」

「話をどこへ持っていくつもりだ」

 

 

カラカル、いつにも増してひどくね?なんで今日の俺はエンターテイメント性を全面に放出してるんだ……あぁ、俺の大事な『大人(20代)のプライド』が消滅して……

 

 

 

「なら、わたしがはなすよ」

 

 

「「……は?」」

 

 

途端に響いた声に、視線が釘付けになる。自分の焦燥の感情が露になるのを抑えられたかは正直なところ怪しかった。

 

 

「いや……だから、あの話は今はいいのよ、また後で」

「でもいつか、はなさなきゃいけない。……それなら、じかん なんて、かんけいない。それに、もういいの。どうせ、き をつかってるんでしょ。みんなのことでふたりにめいわくかけてるなら、いみないから。あなたたちのじゃまになるくらいなら、それならもう、みんななんて……」

 

 

その先の言葉を繋ぐこと無く、薄灰色の両眼は波を漂わせる水面を眺め続ける。

 

 

「だから、ぜんぶはなすよ、それに……わたしのこと、しっていてほしい」

 

 

それから、彼女は静かに語り始めた。

 

彼女には仲間がいた。同じ小鳥の仲間だった。

しかし突然アニマルガールになった為か、それまで交わしていた彼らとの言葉がいつの間にか小鳥の囀ずりにしか聞こえなくなった。それは今だけではなく、記憶の中にあった会話もだった。彼らの映していた表情すら、彼女には判別できなくなっていたという。

 

だから彼女は、彼らと決別しようとしている。彼らが、彼女にとって家族同然の大切な仲間だったとしても。自分が、どれだけ帰りたくても。それが彼女の答えだった。

 

 

「でもやっぱり、ちょっとこわい……それに、さびしい。ダメってわかってるのにね──」

 

 

──あいたいの。

 

小さな言葉は、薄白の湯気の中へと吸い込まれていった。そんな筈無いのに、まるで本当に消えてしまったようにしんとしていた。俺は、理解が追い付かなくて。カラカルは、きっと理解が出来てしまって。何も言えそうになかった。

 

 

「でも、だいじょうぶだから。めいわく、かけるつもりはないの……じぶんで、なんとかできる」

 

 

ぴくり。カラカルの身体が、微かに震えた。

 

 

「ごめんね、へんなこといって……。わたしって、ほんとうにダメなヤツだね、じぶんのこともじぶんでできない……むかしから、ずっと。よわいじぶんが いやで、でも、かわることもできなくて」

 

 

波が慌ただしく揺れる。彼女の姿が遠ざかって、姿をはっきりと見れなくなる。

遠い。言葉1つ1つに、縮まったはずの、少なくともそう思っていた、距離を感じる。何と声をかければいいのか、咄嗟に言葉が出なくて、気が付けば自分から目を逸らしていた。

 

……こういうとき、吃っちまうのがなぁ。コミュ障っつーか、ダメ人間なんだよな……

 

 

「やっぱり、きにしないで──」

「んなのできる訳無いでしょっ!」

 

 

バシャッ

 

 

水滴が飛び散る。隣では、立ち上り水面から大きく飛び出たカラカルが居た。表情にあるのは怒り、でもそれは、いつも俺らを心配して怒るときの優しい顔だった。

 

 

「そんな大事なこと、一人でどうこうできるなんて思わないでよ!」

「できるなんて、おもってない!」

 

 

 

再度、水滴が宙へ溢れた。

 

 

 

「できるからするんじゃない……やらなくちゃいけないから、やってるの」

 

 

 

立ち上がった少女の声は、威勢を失い始めている。

 

 

 

「あのわたしは、ただしかったんだよ。ひとりぼっちで、だれかにたよらないとなにもできなくて、なのにだれにもなにかをしてあげられなくて」

「あんたが何も出来ない?そんなの嘘に決まってんじゃない!」

 

 

 

逆にカラカルは威勢を強める。

 

 

 

「私があんた達のとこへ行ってたあの時、トツカのこと守ってくれた。疲れてるのに自分より誰かを助けようとしてた、それが何よりの証拠よ」

 

 

 

まだ会ってから一時間も経っていない仲、のはずだった。なのに、その口調はまるで古くからの親友を心から心配する様で、少女を心から信頼している声だった。

 

 

 

「私だって、一人は辛いけどさ……トツカもいなくて、怖くて、結局助けてあげられなかった。間に合ってたかも知れないのに。私は、何も出来なかった」

「それはちがう!あなたはしたくてもできなくて、わたしはさいしょからなにもしようとしてなかった、でもじぶんはじぶんでまもれるようにならないといけないから……」

 

 

 

音も無く、瞳に溜まっていた雫が頬に一筋の涙となって通り落ち、水面に波紋を映しながら消えていった。その軌跡を追いかけて少女も力なく座り込む。

 

 

 

「……もう、じゃまになんてなりたくない……すてられたくないの!だから、もうかかわらないで!」

「嫌よ、いやって言われたって踏み込んでやるっ」

 

 

 

声は力を増した。そうだ、どこかで見たことがある気がしていたのは、この光景がバンドの時のサーバルに対する反応に似ているからなんだ。最早、同じと言ってもおかしくないな、気の入れようが親友へのそれとまさに同等だ。

 

 

 

「だいたいそんなに自分が足手まといだったって言うんなら、それであんたの仲間さんが見捨ててたってんなら、あんたはそんなヤツじゃないって証明する。ブン殴ろうが何しようが絶対に。だって……それが、仲間ってもんじゃない」

「それは……」

「だから、えと、その……」

 

 

今度は穏やかな動きで座り直す。

ほんの少しの間、考えるように目蓋を閉じる。それが意を決した視線に変わると、少女に顔を近づけ、声色確かに告げた。

 

 

 

「……私達だってもう仲間なの。すぐじゃなくて良いけど、辛いことは話してね?愚痴だろうが弱音だろうが……一緒に考えて、悩みたいから」

「……っ!」

 

 

 

驚くように顔をあげる。真っ赤な頬に、潤った瞳。

次の瞬間、耐えきれず少女はカラカルに抱きついた。顔をカラカルの胸に深く埋めて、それでいながらも逃がさんとする勢い。決して離すまいと、強く。

 

 

「わたし……えぐっ、もうひとりはいやでっ……みんなを、ひぐっ、まもらなきゃって、おもったのに……また、なにもできなくてぇっ……!」

「…………大丈夫。大丈夫よ。よし、よし」

 

 

ゆっくりと、小さな嗚咽が漏れ出ていく。目下で震えるそのか弱く幼い髪を、カラカルは何も言うことなく右の掌で優しくふわりと撫でた。チラと目線を当てればカラカルは『しーっ』と人差し指を口に当てた。これはもう、従う他無い。

 

あーあ、どうやら今回も、俺は外野のようである。カッコ(わり)ぃなぁ。

 

 

 

 

一体どれくらいそうしていたことか。声も収まった辺りに、ふと、少女が口を開いた。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

慌てて胸から顔を離す。先程より紅みが増している、無意識の行動で思い返して恥ずかしくなったと見た。本人も心なしか申し訳なさそうにカラカルを見ている。が、カラカルは正反対で、真剣に少女の目を見据える。

 

 

「ごめんより、言って欲しい言葉があるんだけど」

「それは……そっか。そうだよね……ありがとう、からかる」

「はい、よくできました」

「え、うん…………えへへ

 

 

思わず目に手を当てた。はぁーもうマジキミのそのあどけなさはどっから来てるの?あざといってレベルじゃないよホントに、あまりの尊さに神々しすぎて直視できないんだけど。つーか、この展開もうやったのにさっきより断然こっちのが可愛い。俺が言った「えへへ」の一億倍可愛いじゃねぇか……悔しい、でも許しちゃう、可愛さ故に致し方なし。ちな横でカラカルも悶絶中。

 

 

「でも……ぐすっ、わたしがいるとっ、たいへん、だよ?ふたりのじゃまになる、かもしれないのに」

「今更って感じね。もうサーバルとかアフリカゾウとかで子守りは慣れてるから。感覚麻痺だとは思わないようにしてる」

「それを感覚麻痺って言うんだぞ」

「元凶が何を」

 

 

元凶でありながら被害者でもあるんだぞ。サーバルのドジにはいつも付き合わされてるし。その度に一緒に怒られるせいでいつの間にか俺までバカのレッテルがついただけで。

 

 

「……ありがと。ふあんだらけだけど、ちょっと、きぶんいいかも」

「あら、お役に立てたようで何よりだわ」

「そうだね、からかるのおかげ。あと……」

 

 

カラカルの肩越しにそっと首を傾けて俺の方を覗いてくる。灰色とも青色とも似つかない両眼に、つい目が合って、なにか衝撃が来たのを感じる。いやだって……ほら、下から目線で伺うような覗き方とか反則だろう。相手は美少女、こっちは中身男だぞ。

 

 

「……とつか、であってる?……とつかが、あなたたちがなかまになってくれるって、いってくれたのも。……あのことば、うれしかったんだよ?」

 

 

……いや、ここでその言葉は反則だろ──

 

 

ガシッ

 

 

「ねぇトツカ、いつそんなこと言ったの?」

「わぁ待て待て!首掴むな!絞められてる!気道詰まっちゃうぅ!」

「後先考えない性格なのは知ってるけど他人の言いたかったセリフを取るのはどうなのかしら」

「すまんかったってもうほんとに息が詰ま……あれ、いまとんでもない願望混じってた気が」

「ふんっ(グキッ」

「あっばぁぁぁあああ!」

 

 

待って!いま鳴っちゃいけない音したから!少なくとも首の骨が鳴らしてはいけない音が出てたから!てかなんで死んでないんだ俺!

 

 

「はははっ。ふたりは、なかよし、なんだね」

「んにゃ、そう見えるかしら?でも仲良し……ってのは違うかな。なんというかこう、ツッコミ(狩る側)ボケ(狩られる側)というか」

「げほっ……悲しいけど否定できねぇなそれ」

「そ、そうなんだ……」

 

 

実際狩られてる、現在進行形で。

 

 

「……えと、でもいいなかまだとおもうよ……わたしにも、そういうなかま、できるかな」

「できるできる、てかもう私がなるから。あなたみたいな娘めちゃ本望。もう決めたわ」

 

 

胸を揉まれたとき動揺してたのと同一人物とは思えないほどの食いつきっぷり、今度は少女のほうがおどおどしている。なんか面白いし困惑するとこも可愛いからほっとこっかな。

 

 

「てか、仲間すっ飛ばしていっそのこと家族になっちゃう?カラカルお姉ちゃんって呼んでいいわよ」

「えっあっ、うん……お、なんだっけ?」

「お姉ちゃんよ、お姉ちゃん。はーい、せーの」

 

 

「お、おねえちゃん……?」

 

 

その瞬間、カラカルの顔面が温泉の水面へダイブ。あまりの勢いに強力な水しぶきが空中へスパークリング、そのまま恐ろしいほどの正確さで我が頭部に滝の様にして降水。……もう俺は動じないからな。ここまでイジられて精神的にきてるとか、そんなんじゃないからな。もう何も言うまい。

 

 

「ごめんもっかいやって」

「えと、おねえちゃん!」

「はぁーもうあざとすぎてしんどいぃーっ!」

「やっぱ叫ぶわ!純粋無垢な子で遊ばないであげて!?」

 

 

この後メチャクチャ背中流しあった。




これ書いてる途中で「入浴の対義語ってなんだろう」って思ったけど全然わかんなかった。教えてエロい人!

※3/20
一部書き足し


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第43話 VOICE(我儘)を聞いて欲しい

それから、海老茶色の暖簾の奥にて。

 

 

「えっと……どう、かな」

 

 

カラカルの着ていた、純白な下地へ淡そかな灰色を散り散りに細いラインとして染めている掠れ縞模様の美しい浴衣。そんな雪を体現するかのような着物に、濃い黒を前髪に持って薄灰の髪色と透き通った肌を染み込ませる少女──つまり例のあの()を混ぜ込みわかめさせたらどうなるのか、と思い早速実験している最中である。

 

 

「ほれ見ろ。俺の言った通り浴衣似合ってんじゃん」

「ばーか、この娘は何着せても似合うのよ。私の第六感がそう言うんだから間違いない」

「あ、ありがと……てれちゃうね、えへへ」

 

 

ごめん、今のキミの照れ姿とか見たらお兄さん尊死してまうわ。

 

 

「……お、終わったみたいですね。待ってましたよ」

「んにゃ?って、スタッフさんか。ははは……いやぁ、いろいろあってねー」

 

 

おい、目が泳いでんぞカラカル。この娘が泣いちゃってたことがバレたらどうすんだ、恥ずかしさでこの娘の黒歴史になっちまうだろ。それはそれで可愛いけどな。

 

 

「あれ……目が赤くないですか?腫れてないです?」

「ふぇ?あ、えと、これはその……」

「はっ、まさかお風呂の中で誰も見ていないのをいいことに無理やり……」

「「してないですから!!」」

 

 

「冗談ですよぉ〜」とニヤニヤ笑うスタッフさん。ここの人達って何でこう個性的なんだろうなぁ、楽しいからいいけどいろいろと見透かされそうで怖い。

 

 

「それで、何か用かしら?」

「はい、いま少し職員の手が空いてまして、折角なので」

 

 

少女の方を向く。

 

 

「貴女が何のアニマルガールなのか、今のうちに照合して研究所に連絡しちゃおうかな、と」

「あ、そういやまだ何の動物か知らなかったな。てか、見つけてすぐに調べるんだな」

「その方が後々連絡入れないで済みますからねー。仕事効率化ってやつです」

 

 

なんか違くねそれ。

 

 

「てなわけで。ついてきてくれますか?」

「あ、あの……」

「大丈夫よ。さっきも問題なかったでしょ?すぐ会えるから」

「……うん!」

 

 

カラカルに頷き、てとてと歩いてスタッフさんの方へ向かう。浴衣だから歩きにくいのかもしれんな、歩き方が内気の中学生みたく幼く感じられる。

 

 

「いつの間にそんな仲良くなったんですかぁ、なんか羨ましい!」

「まぁまぁ、そう落ち込むなって。まだチャンスはあるんだからさ」

「そのフラれた人への慰めみたいな言い方やめてくださいよ……さ、もう行きますね」

 

 

がっくりと項垂れながらも、少女と手を繋げたことで若干だが元気を取り直せたようだ。めんどくさいことになる前に解決してよかったよほんと、この人がスタッフ恒例のケモナーだったらこれじゃ済まないからなぁ。

 

 

「あ、あの……またあとでね、ふたりとも」

「おうよ。また後でな」

「ちゃんと言われたこと守りなさいよー」

 

 

お前はあの娘の母親かとツッコミたくなる場面だったがそれは我慢して、お風呂場の通路を通る二人を見送っていく。

 

 

「……はぁ、今思い返すとなかなかに恥ずかしいこと言ってたわね私……」

「なんかライバルを説得する主人公的なポジションだったな。クライマックスの」

「なにそれ、下手な例え」

 

 

良いだろうが……さて、もうやることがないわけだが。このまま寝ても良いんだけどさっき寝たせいで微妙に眠くないしな、またゲームコーナーにでも行って暇を潰したりするのも一興か。いやでもそれだとカラカルにボコられる可能性が……

 

 

「ねぇトツカ……さっき、言おうとしてたこと、なんだけどさ」

「ん、なんだっけそれ」

「ほら、スタッフさんにあの娘をお風呂にいれてって言われる前。ちょっと来て」

 

 

あぁ、そういやなんかそんなこともあったな、なんて思っていると、カラカルはさっと立ち上がり俺の手を取って歩いていく。細い通路を真っ直ぐ進んで、奥の突き当たりで角を曲がり、視界の左手に映り込んだその場所は、畳を敷き詰められた休憩スペースだった。

そこに俺を待たせて何処かへ行くと何やら小さいものを手に包み込んで戻ってくる。

 

 

「はい、これ」

「これって……」

 

 

流れる様に手渡されたそれは、おそらく竹か何かの樹皮で作られていた。表面に残る繊維の方向に細長く、片端は少し上を向く様に曲がり、もう片方は羽毛を丸めた様なフサフサの球体を持った肌触りの滑らかな一本の手のひらサイズの棒。即ち、これは極一般的に言われるところの──

 

 

「……何で耳かき棒?」

 

 

──耳かき棒である。

 

 

「何でも何も、耳かき棒っつったらやることは一つに決まってんじゃん。さっきトイレに行く時にそこのラウンジで見つけてね、取ってきたんだー」

「そうじゃなくてだな、俺の耳ってそんな汚れてるか?」

「はぁ?……あぁ、違う違う。私の耳、掃除して欲しいの」

 

 

思わず、今度は俺が「はぁ?」と言いそうになった。

 

 

「自分でやりゃ良くないかそれ」

「えぇー?連れないなーほんと。ねっ、一回だけでいいからさっ。てか、そもそもトツカは私にたっくさん借りがあるんだしー少しくらいはー返して欲しいよねー」

「ネチネチ言うなって、やらないとは言ってないだろ。わかったから」

 

 

取り敢えず畳の上に正座して、カラカルが横に座るのを待つ。にしても耳かき、耳かきねぇ……実は自分以外にしたことないなんて一言も言えない。ウチの猫に耳かきしたことはあるけど、あれは人間の耳かきとは全然違うし。

 

 

「よっ……と」

 

 

ぽすっ、と擬音がつくような雰囲気で、カラカルは寝転がった。なお、その身体は俺の右側にだらりと伸び、その頭は俺の太ももに乗っかっている。真上を見つめる瞳がこちらを向き、視線が合う。

 

 

「……うん?何故に膝枕なんです?」

「えっ……違った?フツーに正座だったから待ってるのかなって」

「出来れば横に……あ、やっぱそのままで。この方がやり易いかもしれんわ」

「そっか」

 

 

言われてみれば、正座して耳かきって膝枕のイメージが強い。どっちにしろ初めてだから構わないんだが……えーと、どれどれ……あ、そんなたまってないなこれ。まぁいいや、適当にすっか。

 

 

「それで、どっちからすれば良い?」

「あー……えっと、右耳から。お願いね」

「あいよ」

 

 

太ももの上でもぞもぞと動いて顔の右側が現れる。む、耳に髪の毛が重なって穴が見えない、どかして、っと……あ、勝手に触って大丈夫だったか?いや、怒られてないしセーフなのか。にしても滑らかだなこいつの髪、触ってて心地良い。あんま触ると怒られそうだけど。

 

 

「念のため確認するけどさ、獣耳の方は」

「入れたらぶっ殺すわよ」

「はい」

 

 

怖っ……何で急に殺意剥き出しなの?

内心で怯えつつも顔には出ない様に耳、というか耳たぶを触る。押さえ込む様に上からそっと手を当てると、気持ち良さそうに目を閉じた。顔だけ見れば最高なのになぁ、こんな可愛い顔から「ぶっ殺す」発言が出るんだもんなぁ……

 

 

「……じゃ、入れるからな」

「んっ…………」

 

 

棒の上の方を持って、そーっと中に入れていく。まずは浅い部分を撫でるように、壁を優しく擦り付けながらくるくる回す。皮膚に当たると、時々じめっとした感覚が耳かき棒越しに伝わってくる。

 

 

「若干、湿ってんな……あと耳があったかい」

「そりゃ温泉にっ、入った後だかっ、りゃね……」

 

 

話を適当に聞き流して、手は休めずに動かす。耳垢のところまで来たら一旦止めて、今度は掬うように……うし、そんで取れたら落ちないように上へ持ち上げて……

 

 

「んぅ、あっ……んぁ……」

「こらこら、暴れんなって。俺だってまだまだ不器用なんだから下手すりゃ刺さるぞ」

「わかってるけど、ん、なんかくすぐったくてぇ……ちょっとしたら慣れるからっ、あぅ……」

 

 

呆れながら聞いていたがどうも本当だったようで、しばらくは所々あたる度にくすぐったくしていたが、段々と回数も減り落ち着いてきていた。とは言うものの、浅い部分にはもう耳垢もないし、もうちょいしたら奥の方を掃除するか。

 

先端で壁をそーっとなぞる。それに呼応するように、身体が少しだけ、震えたりくねったりと様々な動きを見せる。こういうとこはやっぱり猫なんだなと、普段感じない分しみじみ思う。

 

 

「奥に入れるから、あんまり動くなよー」

「あ、それなら耳の壁が痒いんだよね、やってくんない?」

「お前なぁ……わかったよ、乗り掛かった船だしな」

「ふふっ、ありがと」

 

 

傷付けないよう配慮して、穴の奥へ……と行きたかったがなんか怖いので、だいたい入り口から1センチくらいの場所まで耳かき棒を滑り込ませる。暗くて中の様子がわかりにくいが、そこら辺はもう『感覚頼りに』としか言い様がない……おっ?なんかひっかかった感触がする、微量だけどはみ出してるなんかがある気がする。となればそこを集中的に攻撃するのみだ。つついたり、引っ掻くように動かしたりして、っと。

 

 

「かり、かり…………あ、取れた。ふへへ」

「……何言ってんだか」

「あぇ、どした?」

「何でもないわよ……」

 

 

なんだったんだ……?まぁいいや、続きを……

 

……む、細かいのが邪魔で奥が見にくい。何回擦り付けても掬い上げるとすぐぼろぼろ落ちて、なかなか取れない……それだけならまだしも、放って置くと先端が見えなくて邪魔だ。何ともめんどくさいヤツだな……うぅ〜、取れなくて歯痒いぃ〜……!あぁ、もうっ!

 

 

「カラカル、ちっちゃいの飛ばすから息入れるけどいいよな」

「えっ?息入れるって、それは流石に……」

「あーはいはい、小言は後で聞くから」

 

 

ふうっ、と息を吹き込む。吐息が皮膚に触れると、太ももの上で顔が微かにビクンと跳ねた。よく耳を澄ますと「んぅ〜……」と声になってない声が聞こえる。……やり過ぎたか。

 

 

「……あんた、覚えといてよね」

「ははは、中が良く見えるなー、なんて……」

 

 

無視して耳かき棒を再突入させてカリカリとかき回してやると気持ちよかったのか、俺を睨んでいた目を別方向に向けて押し黙る。それを一旦の休戦と捉えて、そのままお望み通りに擦り続ける。まぁ、小さいのを飛ばして見てみたらもう無かったから、本当に擦ってるだけなんだが。

 

ん……これで十分かな。あんまりやっても炎症になりそうだし。てな訳で次は……あ。

 

 

「……梵天、する?」

「えーと……うん」

「りょーかい」

 

 

そう言えばこの耳かき棒、端に梵天が付いていた。耳かきなんて初めてだし、された記憶もあるにはあるが相当昔だからなぁ。そもそもこれの名前『梵天』であってたっけ。

 

暗くてあまりはっきりとは見えないけれど、この梵天は羽毛が多いようで耳の中で壁に当たると柔らかくバウンドする様な心地が手から伝わってくる。それを押したり引いたり、時に回したりして耳をくすぐる。ここまでくると敏感なところはだいたい把握できたので、そこを重点的に刺激。カラカルも慣れたとは言えど何回か心地よさそうな声を漏らしていた。ただ唯一の欠点なんだが、カラカルの吐息が脚に当たってすごいくすぐったい。

 

 

「はーい、梵天終わり。顔、こっちに向けて」

「んぅ、うにゃっ……と」

 

 

ぐるりと顔が半回転し、俺の腹部とカラカルの顔が向かい合う。その表情はなんとなく赤みが増している様に見えるが、眠そうかというとそうでもなさそうだ。

 

 

「はい、あとは左だけだから。ささっと終わらせてね、少なくとも私が寝る前に」

「なんだよ、別にここで寝ても俺は構わないぞ」

「膝枕で寝るお子様はあんたとサーバルだけで十分よ、ばーか」

 

 

うっ、それを言われるとなぁ。膝枕で寝たのも事実、しかもその枕になった張本人が目の前にいるわけだし。何よりサーバルもかよ。

 

悲しみを感じつつ浅いところへ先端を当てていく。こちらも普通にきれいだが、できるだけ多くの面積に当たるように大きく撫でて……いや、弱く押し当てる感じか。カラカルの表情を見るにその方が良さそうだ。

 

 

「ねぇ」

「おう」

 

 

数分経って、カラカルが口を開いた。それまでもなんか変な声を出してはいたがそれらとは違う、普通に『話しかけられた』と感じられるようなトーンだ。集中はしていたが周囲が静かだったおかげもあり自然に反応できた。

 

 

「あの娘……うまく、やってけるのかな。私、助けられたかな」

 

 

ただまぁ、話の内容には少し驚いたけど。

 

 

「なに弱音吐いてんだ、悔しいけど十分カッコよかったぞ」

「そうじゃなくて。……怖いんだ。あの娘のこと、ちゃんとわかってないかもしれなくてさ」

 

 

浅い部分の掃除を終え、いざ深い所へというときにだった。話の趣旨が掴めず、一瞬だけ耳かき棒を止めた。一応何事もないように先を続けたけど、頭の中ではまだ混乱している。怖い?どういうことだ?

 

 

「大口叩いたくせに、実はなにも出来ないんじゃないかって。あの娘が最初に、仲間のことを話した時……なにも、できなかったから。見ているしかなかったから」

 

 

そして、ゆっくりと語った。短い話だが、なんでも俺が眠っているとき、あのかまくらの中であの娘がちょっと暴れたらしい。なるほどだからかまくらが壊れ俺は雪に埋まっていたわけだが、その理由は先ほど温泉で彼女が語った通りだ。そしてカラカルは、その時の彼女の気持ちをわかっていなかった、と。

 

 

「けど、今はわかってるんだろ」

「わかってるから怖いの。なにか……なにか、入り込んじゃいけないところまで、来ちゃった気がして。あんたは……トツカは、どうなの?」

「俺か?」

 

 

いや、どうと言われても。

 

 

「そう、だな……確かにあの娘はちょっと特殊だけど、問題無いんじゃないかな」

「特殊かしら……私は、違う気がする。私もあの娘と、同じ、なのかもいれない」

 

 

段々と、声量が小さくなっていた。あの時の威勢は跡形もなくて、今だけはか弱く打ちひしがれた一人の少女だった。

 

 

「今日1日、とくにさっきのドタバタで、ホントに怖い思いを何回もした。だけど……一人になった時が、一番怖かった。それこそ、あんたを置いてった時にだって足が竦んじゃってさ。今に思うとバカみたいだよね、いつもは気がつかないのにこういう時ばっかりって。でも……」

 

 

言うべきことばが見つからない。何を言っても逆効果になりそうで、口が回らない。もっといい性格したかったなぁ。

 

 

「……あの娘の話を聞いて、少し、考えた。みんなが……サーバルやアフリカゾウ達が、仲間が私の前からいなくなったら……私はどうなっちゃうのか」

 

 

どこか悲しそうに、でも無気力とも取れる様な表情で言い放った。後悔を言葉に変えて放たれる言葉はただただ苦しさだけを持っていた。

 

 

「それで、あの娘が体験してたこと、あの娘が感じた怖さ……孤独、って言うのかな。それを本当にわかってた訳じゃ、なかったのかもしれない。そう感じて……私、ホントに、なんでこんな……」

 

 

言葉が途切れた。何と言おうとしたのかはわからない。そもそも俺はこういった雰囲気が苦手である。漫画の主人公みたくカッコいい台詞を言えるわけでもなければ寧ろ場の空気に流されて閉口するモブキャラポジションにいるような性格の俺に、一体何を求めてるんだこいつ。

 

 

「……ごめん。私らしくもないよね、こんなの。だけど、あの娘の話を聞いてたら……いつかは言わなきゃって思って」

 

 

その言葉を最後に、カラカルは黙ってしまう。急に静かになってなんだか息苦しく、気を紛らわせようと一旦抜いて梵天に変えた。

 

 

「その……なんだ。そういう難しい話は、これから考えていけば良いと思う。力になれるかは知らんが」

「良いわよ。もとよりあんたの力なんて信用してないし」

「うぐっ」

 

 

シリアスだったのにいきなり雰囲気戻ったな……

 

 

「だから……約束、して」

「約束?」

「うん。サーバルにもしたんだから、私にも」

 

 

 

「絶対……私から、消えないで」

 

 

 

緩いペースで動いていた腕を、はたと止める。数秒の間を置いて、ゆっくりと気づかれないように優しく外へ引き抜いた。

 

そして──

 

 

 

「ふぅーっ!」

「ひゃあっ!?」

 

 

 

──思いっきり、耳に息を吹き込んでやった。

 

 

「わわっ、こっ、このバカ!いきなりなにすんのよ!?」

「そっちこそいきなり暴れんなって。ったく刺さったらどうするつもりだ危なっかしい」

 

 

あらかじめ抜いておいたから良かったものを……

 

 

「……んで、答えはイエスだ。だいたいさぁ、そんなの言わなくたってわかんだろ?ばーか」

 

 

怒りぎみに俺を睨む可愛らしいおでこに向かって、ぱちん、と弱くデコピンする。まぁ、根本的な解決には至ってないんだろうけど……今は、これで良いかな。

 

 

「あいだっ」

「さて、これで耳かきも終わりだ。時間もちょうどいいし」

「んむぅー、なんかうやむやにされたしぃ~……」

 

 

珍しく膨れっ面になった相方は置いといて、壁に掛けられた時計の針をみる。自分ではそんな気は全くしていなかったが、時計が正しけりゃ既に三十分弱耳かきをしていたようだ。

 

 

「ま、そうね。今何してるか見に行ってみましょっか」

「普通に検査って言ってたけど、変なこと吹き込まれてたりしないよな……」

 

 

洗脳とかされてなければ良いが……と思っていると、カラカルは上体を起こしながらぱっと耳かき棒を俺から奪い、自分の胸ポケットに入れて立ち上がった。別にそれくらい俺が返すが、と思ったが、めんどくさいので放置して服を正しておく。あ、今気づいたけどずっと正座だったのか、よく耐えたな。これも猫の柔軟性のおかげか。

 

 

「……トツカ」

「猫ってすご……ん、なんだ?」

「あ……ううん」

 

 

こちらを見ることなく話しかけてきたカラカル。どこかずっと遠くを見つめながら、目を瞑って微笑を浮かべた。

 

 

 

「約束守らないと、怒るからね」

「……おお、こわいこわい」

 

 

 

……ほんっと悪い笑顔してるよ、お前ら。




※3月25日 18:58
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第44話 貴女だけのSHAPE(名前)

畳から立ち上がった俺を見て、カラカルは歩を進める。

 

 

「検査、だっけ。もう終わってるのかな」

「さあ?長くはないと思うぞ」

 

 

アニマルガールの検査。実際、俺も転生初日にされた訳だが、今思うと結構身体のあちこちを触られていたような気がする。眠気に邪魔されてうろ覚えだったから詳しくは見てないし覚えてないが、男性職員が途中退室したのはそういう理由だったんだろうなとどうでもよく思い出した。

 

 

「にしても青っぽい灰色の鳥ねぇ、どっかで見た覚えがあると思うんだけども……」

「ちょっトツカ、前!」

「うわっ、とととぉ!?」

 

 

ぽん、と軽い音と小さい衝撃に驚いて胸元を覗く。

 

 

「あ、あの……ごめん」

 

 

なんともまぁ運命的に、出会いたい人に出会っていた。

 

 

「いいのいいの、こいつは気にしないで。で、どうかしたの?」

「えっと。からかるおねえちゃんたちといっしょにねてって、いわれたから。さがしてたんだ…………だめ、かな」

「「今すぐ行こう」」

 

 

断れないのわかってんのかなこの()

 

検査についていろいろ聞きつつ借りている部屋へ。もう自分の動物名とかも教えてもらったらしい。そりゃあ、普通はなんかアニマルガールのデータみたいなのがあるんだから、照らし合わせれば一発だよなぁ。この会社……会社でいいのか?とにかく、どの施設も技術力がかなりあるし。そういえば今って西暦の何年なんだろ。

 

 

「へー。ちなみに名前は覚えてる?」

「うん、おぼえてるよ!えーっとね、たしかー……」

 

 

人差し指を顎に当てて宙を眺めるように思い出す。

 

 

「しろは……」

「「しろは……?」」

「……わすれちゃった!」

 

 

 

ヽ(・ω・)/ズコー

 

 

 

「しろは……わかんないな、そんな鳥いたっけ」

「『しろは』から始まるってことなんだろうが、んー、まぁわからん」

 

 

しろは……いや、わからん。そもそも動物なんて専門外中の専門外。

 

 

「それに、もうあの娘だのこの娘だのっていうのもあれだしな。もうそれが名前でいいんじゃないか」

「これ……え、どれ?」

「言葉のままだよ」

 

 

 

「『シロハ』……シロハで。実際の動物の名前が何だろうが、その三文字は入ってんだからな」

 

 

 

「……あー、嫌だったか?」

「う、ううん!いやじゃないよ!……し、ろは……シロハ……ほわぁ……!」

「ちょっ、おーい、おーい?……聞こえてない、大丈夫かしら……」

 

 

気に入ってもらえたなら別にいいんだけど、その放心状態見てるとちょっと不安になって来たよお兄さん。頼むからこの世に戻ってきて、魂を手放さないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真っ暗になった部屋の中で、カラカルは目を覚ました。

 

 

(はぁー……真夜中に起きるとか、ホント最悪……)

 

 

不意に風が吹き、彼女の耳元でガラス戸が震える。というのも、部屋に入ってから数分後、突然として布団に倒れこんだトツカが寝場所の相談も無くど真ん中で寝てしまったためだ。勿論、寒い窓側にシロハを眠らせるわけにもいかないので、自らこの位置を買って出たわけである。

 

 

(ううっ、布団越しでも寒い……)

 

 

より深く包まろうとして寝返りを打つ。目の前に入ったトツカの姿が、なぜかとても暖かそうに感じられた。その温もりを肌で感じたい、とも。なお不埒な理由からではなく純粋に寒さ故である。

 

 

(……もうちょっと近づいても、起きないよね……?)

 

 

くぐもった音を出しながらゆっくり体を近づける内、昼頃に『くっついて寝るな』と言っていたことを思い出して気が引けたが、相手の性格を考え、そんなの忘れてるだろうという結論に至った。

 

 

(あーあ、私ってついてないな……よりにもよってこんなやつと友達なんて)

 

 

耳かきの際に交わしたあの会話が頭を過る。本気で打ち明けた悩みに、曖昧な返事しか返さなかったこの女は、何を思っているんだろうか。考えれば考えるほど興味は沸き、近くにいたはずなのに距離を感じていった。だからこそ、この女のことを、もっと――。

 

 

(……まだ、寒いな)

 

 

厚い羽毛の下で掌は素肌を滑り行く。それは腕から腹部へと進み、飽き足らず腰の括れを目指して上半身を優しく締め付ける鎖と成ろうとする。

 

肌の温もり。衣服の柔らかさ。静かにリズムを刻む吐息。

 

夜の雰囲気に圧倒された指先は止まることを知らぬように思えた。

 

 

 

ピタッ

 

 

「ひゃっ……!」

 

 

 

が、何かに触れた感触が彼女の侵攻を食い止めた。

 

おどおどしながらも感触の正体を探る。自らの手より一回りほど小さく、ほんのりと暖かくて、ほっそりとした形の物体。これは、恐らく。

 

 

(…………手だ)

 

 

布団から慌てて右手を出し、触れた瞬間の感覚を思い出そうと目の前でわにわに動かす。開いたり、閉じたり、指一本ごとに曲げてみたり。何も考えず何回も繰り返し続ける。寝惚けた頭は何が起こったのかを判断するために脳を覚醒させる。

 

 

(んー……まぁー……えーっとぉー…………)

 

 

数秒後。

 

 

(……~っ!?え?えぇっ!?はぁ……ふぇっ!?わっわわわ、私一体何を……はぅ~っ!?)

 

 

身体に手を回していたのだから相手の腕に接触するのは至極当然と言っても過言ではないのだが、今の彼女に重要なのは前半の『身体に手を回していた』の部分だ。いくら無意識とは言えど、花も恥じらう真っ赤な乙女の羞恥心にはオーバーキルの事象である。

 

 

(しかもくっつきすぎよ私のバカ!これ多分だけどっ、腕に、当ててたわよね……私の、おぉっ、おっ……あぁもぉー!)

 

 

何とは言わないカラカルさん。決して例の「お」から始まり「い」で終わる4文字を言ってくれることなど期待してはいけない。期待してはいけない。

 

 

(やっぱりだいっ嫌いよこんなバカ!もう知らないんだからっ!)

 

 

恥ずかしさのオーバーフロー故に機嫌を損ねたのか、プイと反対側を向いてしまう。

しかし、偶然とは非常に空気を読まないもので。

 

 

「うぁ……にゃあぁっ」

「ちょっ!?」

 

 

突然に伸ばされたトツカの左腕がカラカルの首元をするりと抜け、逃すまいとするかの如く肩を掴んだ。それだけでも十分なアタックだが、伸びたものは大抵は縮むものである。カラカルがトツカの方を向こうと体勢を変えようとして、ちょうど腕の真上に首元が来た、その瞬間。

 

 

「きゃあっ!?」

 

 

腕は肩を引きながら折れ曲がって背中に絡み付き、再度上半身をごろりと回転させ、寝ているとは思えないほど見事にカラカルを抱き寄せた。

 

 

(なぁっ、いきなりなにすんのよこのバカ!変態!スケベ!)

 

 

心中が大量の罵倒で溢れ変えるが、焦りすぎて喉元で渋滞を起こし、言葉がつっかかってしまって、実際に出たのは「あぇ……」というなんとも情けない上擦り声だけだった。おまけにトツカの顔がカラカルの方を向いたのでもう大惨事、目も合わせられずかといって逃げることもできず、ただ体温の暖かみを感じて踞るしかできない。

 

それでも自分を鼓舞して、恐る恐る顔をあげる。先程から前髪に吐息を当ててくるその顔は、気持ち良さそうに目を閉じていた。

 

 

(……ったく、寝相が悪いんだから)

 

 

いつの間にか羞恥の感情は消え、倦怠感と睡魔に襲われる。

 

 

(まぁ、いいわ……)

「……今回だけだから、ね」

 

 

誰にも気づかれない声でボソリと呟く。安心感に身を任せ、肩を支える自分のと大差ない大きさの手の甲に触れて──

 

 

(…………あれ?)

 

 

 

──おかしい。咄嗟にそう感じた。

 

そうだ。トツカの手とカラカルの手は同じくらいの大きさだ。

 

さっき触った手は少しだけだが小さく感じた。少なくともトツカの手ではない。

 

では、一体誰の。

 

 

(……まさか──)

 

 

上体を少しだけ起こす。

トツカの顔の向こう側を覗く。

 

トツカのもう片方の腕は、既に何かにしがみついて抱き寄せていた。

 

それは──。

 

 

 

 

「むにゃ……からかるおねえちゃん……」

おまえ(シロハ)もかぁ──っ!)

 

 

 

 

その後は無事、熟睡できたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝。窓から流れ込んでくる薄い寒気で、目が覚めた。

 

昨日、いつもより遅くまで起きていた弊害だろうか?まだ眠気が残って瞼を開けられない。この状況下だと布団の温もりはあんまりにも魅力的すぎる。

 

……いやいや、ダメだ。せめて時間確認してから二度寝にしないと……

 

 

「……いたっ」

 

 

っだ、いって!なんだ、なんかが腕に刺さった……?動かそうとする度に激痛が走るし、そもそも動かないしで、一体全体、何が起こってんだか。腕に何か重いものがのしかかって、それで動かないとしたら、こりゃ痺れて痛んでるってことになるなぁ……昨日の夜ってなんかしたっけ。

 

解らないもんは解らないので放置し、瞼を開けて右を見る。

 

 

「…………んぅ……」

「……は?」

 

 

するとそこにはまぁ、なんとも可愛らしいシロハの顔がのっかっているではありませんかと。

……なんでだ。

 

なんにせよ、シロハについてはそっと枕におろしておこう。取り合えず腕が痺れてたってことはわかったけど、このまま起こしても忍びないからな、いっだだだだ……

 

 

「……んぁ……とつ、か……?」

「やべっ……あー、まだ寝てていいぞ。今時間確認してくっから、それまで」

「んーん、だいじょぶ……ふぁーあ……」

 

 

まだ眠い表情が張り付いたままのシロハから、小さく欠伸が漏れ出る。やはりと言うべきか、痺れた腕で「そっと」は無理があった様子、確かに力も満足に入らない腕でどうしろとって話だった。

 

 

「なら、おはようだな」

「おはよう?」

「眠って起きたら言う言葉。覚えといて損はない」

「へぇー……」

 

 

なんだその返事……と思っていると、こんどは腕の中で、輝くような笑顔を見せて。

 

 

 

 

「……おはよ、トツカおにいちゃん(・・・・・・)

 

 

 

 

今朝一番の爆弾発言を投下した。

 

 

「……お兄ちゃん?」

「そう。スタッフさんにね、トツカみたいなヒトのことなんていうのかきいたら『おにいちゃん』ってよぶんだよっていわれて」

「いや、それはそれはそれで結構なんだけど」

 

 

結構な訳がない、やっぱり変なこと吹き込んでたなあの人たち……お願い、純真無垢なんだからホントに清く正しく美しく育ててあげて。悲しくてお兄ちゃん見てらんないよもう。

 

 

「えーと。まず、カラカルも俺も、同じ女の見た目だよな」

「あー……おなじだね」

「で、カラカルはお姉ちゃんだよな」

「カラカルおねえちゃんだよ」

「じゃあ俺は?」

「トツカおにいちゃん!」

 

 

うん、なんでだ。

 

 

「んもぉー、うるさいなぁー……なーによ、どしたの?」

「カラカルおねえちゃん、おはよ」

「ん、おはよー……」

 

 

俺らの声に起こされたらしいカラカル。目をこすりながらシロハの挨拶に軽く応えて起きる。が、俺に対してはちらっと眼を合わせただけで何も言わずにそっぽで欠伸。かと思えば俺の方へ寄ってきて、また腕の中に戻ってくる。別に二度寝は俺の責任じゃないから構わないんだが、こっち腕が痺れてんの忘れないで。シロハもだかんな、せめて枕で寝ろ。

 

 

「不機嫌な顔すんなってばー、私とあんたの仲でしょ?トツカおにいちゃーん」

「聞いてたのかよめんどくさい……」

「おにいちゃん、そっちよっていい?」

「だーめーでーすっ、いい加減起きなさいこの寝坊助姉妹っ!」

 

 

こうして、晴れて俺にも妹が誕生したのであった。

 

 

 

 

~数時間後~

 

 

 

 

「っていう経緯なんだけど、スタッフさんは身に覚えある?」

「ははは、わかりませんねぇ~……」

「確信犯ですね」

 

 

朝ご飯も食べ終わりゲームコーナーでシロハ達にボコられ、今はコートに身を包んでバスを待っている。受付でシロハについて話していたらカピバラも参加して、三人で談話中。

 

 

「それで、『シロハラゴジュウカラ』からとって『シロハ』になったと」

「そんなとこだな」

 

 

でもってシロハについて話しているので、勿論だがシロハの動物名も話題に出る。

 

シロハラゴジュウカラ。スズメ目ゴジュウカラ科、ゴジュウカラ属の小さな鳥だ。

 

結論から言えば、シロハはシロハラゴジュウカラだったわけだ。んで、その鳥が木を降りてる写真とかを見せてもらってるんだが、んー……このすごい降り方、どっかで見たような。

なお当の本人は隣でカラカルと一緒に電話している。相手はカコさん含めた数人の研究員で、用件はシロハ本人との連絡。詳しい内容はもうデータがあるとのことだから、本当に声を聴きに来ただけのようだ。

 

 

「うん、そ……うーん、それはどうかな。私はシロハと一緒に暮らしたいけど、ここ寒くて苦手だし、そこはまたおいおい考えます。うん……はい、博士さん達も体に気を付けてねー。じゃ」

「なんだって?」

「特に何も。ただまぁ、生気は感じられなかったわね」

 

 

ちなみにカコさんは研究所で合流の予定だったが、どうも俺らがシロハを見つけてきたせいで仕事が増えて部屋から一歩も出られない、というより出してくれないらしい。いやほんと、せっかくの温泉なのに一日オンリーになった上仕事を増やしたとか申し訳無さが深すぎてヤバイ。切れてから内容を聞いたところ、すごいやつれた声で「合流できそうにありません」とか言ってたとのこと。

 

 

「しかもそのあと『自分は死に場所を見つけました』とか言っちゃってたし……やっぱり、一回見に行った方がいいんじゃないの?」

「さすがに合わせる顔がないだろこれ。それに一歩も出られないなら会う暇だってなさそうだし、行ったら行ったで迷惑になりそうだし。今度ジャパリまんじゅう送るとかにしとけ」

 

 

本音はモフられたくないからだけど。あの人も普段は落ち着いてるけど重度のケモナーだし、怒りとか疲れとかで暴走されたら俺の身体が持たない。物理的に。

 

なんて短い会話を交わしているうちに、いつの間にやらバスの到着時刻になっていたらしく、向こうの方からエンジンの轟音と雪を踏み抜くザクザクという響きが聞こえてきた。

 

 

「あ、もう来ちゃったか。一日もいなかったのに、寂しくなるなぁ……」

「そう落ち込まないでくださいよ。またお越しになってくださればいくらかサービスしますよ?」

「ま、全部ジャパリパークの経費として落とされてるんですけどね」

「うっ、言われてみれば」

 

 

どこか呆れた様子のカラカルに、にこやかに話すカピバラ、そしてスタッフさん。交わされる会話を横目で流していると、シロハも不思議そうに三人を見ていて、なんか微笑ましくなった。首をかしげる様が最高にキュートすぎる。

 

 

「……ま、ああは言ってるけど、また少ししたらサーバルとか連れて会いに行くから。それまでいい子にしてるんだぞ」

「うん……」

 

 

大きな到着音を掲げて開いた扉へ、一足ずつ、名残惜し気に乗り込む。

 

 

「あぁっ、あのっ!」

 

 

その足が、突然のシロハの声で、ぴたっと止まった。

 

まだ何かあったろうか。そう思い、振り向けば──

 

 

 

「わたし……まってるから!かならずきてね、やくそくだよっ!」

 

 

 

──白い頬を深紅に染めたその顔に、つい胸を打たれてしまった。

 

 

「……ええ、もちろん。ね、トツカ」

「ああ、約束だ」

「……~っ!ああもうっ、やっぱりはやくいってふたりともぉ!」

「「わわっ」」

 

 

焦るように俺ら二人を押し込んだ瞬間、示し合わせたように扉が閉まった。バスはそのまま動き出したけれど、それも関係なしに大人気無く窓側の席へと走りこみ、思いっきり扉を開けた。

 

若干遠くはなったけれど、シロハとカピバラ、スタッフさんが、確かに、手を振ってくれていた。

 

その見送りに、俺もカラカルも無意識のうちに窓から身を乗り出して手を振り返していた。

 

 

三人の姿が温泉宿そのものすらも遠く見えなくなり、そっと窓を閉める。今思えば危なかったが、怒ってくれなかった運転手さんにはとにかく感謝に尽きる。

 

 

「なぁ、カラカル」

「なに?」

「……シロハ、可愛いよな」

「……当り前よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……いっちゃったなぁ」

「いっちゃいましたねぇ……」

「そうですね……ここは寒いです、戻りましょっか」

「うん」

 

 

綺麗に除雪が行われた短い石畳を歩く三つの影。その奥に佇む建物は客がいなくなったからか宿のイメージとはかけ離れ物寂しく感じる。それでも、完全に活気が無くなったわけではないだろう。

 

 

「そうだ、二人が来たらなんか脅してやりましょうか」

「ナイスアイデアですカピバラさん!どうせだから停電でもさせます?」

「……怒られますよ?」

「じょ、冗談ですって……」

 

 

特に、碧白に身を包む少女──シロハと名付けられた彼女は、これから起こるであろう全てに対して、はち切れんばかりに胸を膨らませていた。不安と期待に満ちた心で少し感傷に浸っていたが、我に帰ったのか急いで二人の背中を追う。

 

しかして、その時。

 

 

「……あ、いたいた!スタッフさーん……おっ、カピバラまで!久しぶりだねー」

「おや、ユキウサギさんにヤブノウサギさんですか。お久しぶりです」

「昨日はすごい吹雪だったね……スタッフさんたちは大丈夫だった?」

「ええ、まあ。いろいろ問題はあったけど今は何ともなしですね。お二人は?」

 

 

何やらスタッフとカピバラが暖簾の前で話している。口ぶりからするに話し相手は二人とも知人の様で、仲良く楽しそうな談話を繰り広げている。ふと、シロハは彼女らの輪に入りたいと感じた。

 

 

「いつもの洞穴でやり過ごしてたよ。はぁ……」

「……どうかしたんです?」

「カピバラ、実は……ユキウサギちゃんが『怖くない』って我慢しながらも雪の音に驚いて抱き着いてくれたの。最高に可愛かったなぁ、写真に残しておけば――」

「わぁーっ!言わないで言わないでぇー!まったく……ん、あなたは?」

「…………え?」

 

 

突然、二人のうち片方、白い服をまとった少女と目が合った。少女はそのままシロハに名を訪ねる。自然な流れとは言え知らない相手に話しかけられ、ついおどおどと戸惑ってしまう。

 

それでも。

 

 

「わたしは……」

 

 

彼女は既に名を持っている。

 

その名に、誇りを持っている。

 

だからこそ、胸を張って告げた。

 

 

 

 

「……私はシロハ、シロハラゴジュウカラのシロハだよ。よろしくね」




五話ほどとは一体と感じつつ今回で温泉編は完結です。次回からまたしばらく一話完結の回を二、三個ほど書きたいなと思ってます。


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デート編
第45話 デート・ウィズ・CATTY(取扱注意)なあの娘


太陽の眩しい午後1時半。昼丁度には劣るとはいえ、サバンナエリアともなると日が昇った時の暑さというのは夜の寒さとの気温差も相まってより顕著になってくる。

 

ならば向かう先はただ一つ──サバンナエリア研究所という名の人工的避暑地。

 

俺がここまで生きてこれたのも、全てクーラーとかいう人類史上最高の発明品のおかげと言って過言ではない。よってそこへ向かうからには、胸中をオアシスへの期待で昂らせておくのが普通である……

 

……が、今の気分ははっきり言って最悪の最悪、下の下の下。プラシーボ効果だかなんだか知らないが、肩にのし掛かるどうしようもない絶望感と、自らの運の無さに積る怨念は、大地を踏み行く脚には重い鎖だ。はぁ……イキタクナイナ、イカナクテハ。気怠さと責任感による板挟みで、こうして見ればまるで前世(社畜)と変わらない。

 

果たしてここへ来た目的について──見つけた。他人の苦労も気負わずに、入り口の前で額に『M』の字を輝かせるブロンディ。彼女こそ、只今の悩みの種であり、今日のミッションターゲット。

 

 

「……おーい、あのー……」

「みゃ、来た来た。もー、女の子を待たせるなんてしたら嫌われちゃうからね」

「あのなぁ、一応だが集合時間には1分たりと遅れ……ん、口調が戻ってる……!?」

「……こっちのがお好みなんだ」

「だぁーもうなんでだよ、悪かったって」

「ふふっ、冗談冗談。あ、バス来たよ、トツカも早くいこ!」

「おいサーバル、ま……はぁ、調子のいい奴」

 

 

さて、今はいったい何をしているのか。

事の発端は昨日まで遡る──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ゲート近くに設置されたバス停。そこに止まっていた雪山帰りなバスの車体は、ガタガタという唸りに合わせて揺れると真っ直ぐに進んでいった。やはりと言うべきか、平日だとゲート前でも人があまりいない。

それ故、やはりアニマルガールの衣装は一際目立つ。

 

 

「おー、真っ白な景色。どこまでもずっと森だねぇ」

「まさしく『雪景色の名に恥じぬ』か。これ、どこで撮ってきたんだ?」

「バスに乗ってるときに窓からね。ま、トツカは寝てたけど」

「ははは、トツカちゃんらしいや」

 

 

とはいってもここにいるアニマルガールはそんなにいない。俺とカラカルに加え、迎えてくれたアフリカゾウとバリー、アードウルフ……そして。

 

 

「うっせ、いいだろ。あ、サーバルは見ないのか?」

「…………(ぷいっ」

「……頼むから無視してないで何かしら喋ってくれ」

 

 

見ての通り、やけにご機嫌斜めなサーバルさん、以下敬称略。流石にもう一夜が経ってるんだから話してくれるだろうという俺の楽観視は見事な大外れをかまし、何回も話しかけているにも関わらず進捗はゼロ、一言もかまってくれない。

 

 

「んー、ダメだ。カラカルは何したら話せるようになったん?」

「何もしてないわよ?ただちょっと『ごめんね』って言ったら抱き着かれて、それからは何とも。トツカも謝ってみれば……」

「ねぇカラカル、宿の写真とか無いの?」

「あるわよ、ちょっとまってねー」

 

 

頼み綱のカラカルも俺には興味が無いようで、アフリカゾウ達の方へスマホを持ってゴーアウェイ。なおカラカルとサーバルは普通に話している。……何故だ、昨日はこいつにも知らんぷりだったろうが。これもうある種の虐めだからな。もう動物愛護団体にでも訴えちゃうんだからな。

 

 

「わかった!もう俺が悪かったから、何かしら償わせてくれ、それで機嫌を直してくれるだろ?」

「……ご機嫌取り?」

「うわ、開口一番からひでぇ……あぁ待て待て、そういう意味じゃないから!バカにした訳じゃなくて、本当に何かお詫びをしてやろうって思ってるんだよ」

 

 

ったくよぉ、なんで俺がこんな目に会わなくちゃなんねぇんだ。サーバルには脅される、アフリカゾウとカラカルには爆笑される、バリーには哀れみの視線を向けられて可哀想な人に見られる!唯一わたわたしてるアードウルフがマジに女神様だよもう……

 

 

「それは何でも言うことを聞いてくれるってことだよね。トツカ」

「あー……まぁ拡大解釈すればな。但し何でもはしない、できることしかやらん。絶対」

「ふーん」

 

 

ワオ、どうでもよさげ。じゃあ聞くなよって声を張り上げたい俺の怒りは一般的な反応であり許されていい筈。

 

 

「あーあ、トツカが余計なこと付け足すからよ。せっかくのチャンスが台無しねー?」

「カラカルもそう煽ってやるな、ガサツなのは本人が一番わかっているだろう」

「あべしっ」

「バリーさんそれフォローになってないですー」

 

 

なおこの瞬間に腹筋を崩壊させて笑い転げたアフリカゾウにチョップを当てた俺はまず間違いなく正当防衛である。異論は認めん、笑ったヤツが悪い、終わり。

 

 

「あぁもうわーったわーった、どんなことでも出来る限りの努力はしますよハイ。で、何がお望みなんですか、サーバルサマ」

「……と」

「あん?」

「私と……私を、連れてってよ。遊園地に」

 

 

……あん?

 

 

「別に一人で行け……と言いたいところだが、それで許してくれるんなら話に乗ってやるよ。で?まさかとは思うが、俺とお前の二人だけでなんてこたぁないよな」

 

 

今のこいつと二人きりとか精神が持たないと考えて保険を掛けてみるが、向こうの四人衆からは「うわ、逃げた」「ヘタレめ」という言葉しか聞こえず目線もあからさまに乾ききっている。

となると勿論、俺の振りに対しても。

 

 

「ごめんねトツカちゃん、私はカラカルちゃんとアフリカゾウちゃんに押し花で(しおり)作る約束してるから」

「私はヒグマとサバンナからジャングルあたりまで巡回しなければならぬ。この前のセルリアン騒動もあるしな」

「という訳で、明日はみーんな予定がありまーす。二人で楽しんできてねー!」

 

 

まぁ何となくは察していたが全員拒否の予定調和。最近、なんだかカラカルの性格が他のヤツらにも感染している気がしてならない。カラカル本人に至っては俺に答えすらせずサーバルに何やら耳打ちしている。それドSへの洗脳とかじゃないよね?

 

 

「……なに見てんのよ?」

「あいや、何の話かなーって」

「トツカには関係ないからっ。それより、明日の1時半に研究所で集合だからね、絶対だよ」

「構わないけどなんで1時半?」

「絶対だよ」

「オーケー、この話は深くは突っ込まない」

 

 

こうして俺は、濁流に流されるが如く面倒事へ引き込まれ──

 

 

 

 

~現在~

 

 

 

 

──こうしてシートに預けた身を揺らしているのだ。毎度恒例の展開ではあるし俺も若干はあきらめているが、所謂いつもの貧乏くじである。

 

 

「……トツカー、なに見てるのー?」

「みゃ?いや、お前のそれ、いい服だなってさ」

「これ?ふふーん、可愛いでしょ。じっくり時間かけて選んだ甲斐があったねー」

 

 

どんと張られた胸元が普段と違う色合いを見せていたことに気が付き、適当にあしらう為のつもりだったが、いつの間にかサーバルの服装をまじまじと見ていた。

軽やかなシャツは黄土と白の縞模様、その上には薄い空色で染まったパーカーを羽織って、下のホットパンツはアードウルフのよりも数センチ長め。否応なしに「可愛い」と感じさせられたセンスに、普段のサーバルからは考えられないというか、ちょっと悔しくなる。

 

 

「んもー、胸ばっかり見ないでよ、トツカのエッチ。あ、もしかしてトキメいちゃった?」

「お前の性格さえ知らなければ口説いてたかもな」

「つれないなぁートツカは……」

「釣られてた堪るかってんだ。つーか、お前が俺に普通に話しかけてるってことはさ、つまり……その、なんだ。もういいのか?」

「んー?えーと……いい、っていうのが何を指してるのかで変わってくるけど、とにかくまだ許してはないよ。トツカのこと」

 

 

ニコッと目を瞑って満面の笑みを張り付ける。こんな可愛らしい笑顔でも口から出た言葉が『許さない』な辺りは性格が滲み出てるよね。

 

 

「なんでだよめんどくさい……」

「だって、約束したでしょ?『遊園地に連れてってやる、そのとき使うコインも俺が研究所の資材運搬の手伝いする約束して借りてきてやる』みたいな感じに」

「前はともかく後半の内容は身に覚えが……オイ待て、まさかお前が持ってるコインって──」

「いいじゃんいいじゃん、最後までエスコートしてよね……って、もう着いちゃった」

 

 

駆け足気味に降りるサーバルを見て、凡そ帰ったらおし寄せるだろう厄介事についてはもう諦めた。

ゆっくりと地面に足をつける。深い新呼吸で、外の空気を胸いっぱいに溜めれば、見上げる景色全てに、淡くも確かな期待が見え隠れ。そんなつもり、全然なかったのに。

 

装飾煩い観覧車も、騒音五月蠅いジェットコースターも、手振りの大きな黄色の少女も。

 

 

なんだろう……ワクワクする。

 

 

「こっちこっち!はーやーくー!」

「今行くっての」

 

 

前を行く彼女に手を握られて、転ばない程度に小走りのまま、遊園地ゲートへと向かった。

 

 

「わー、人が多いねー」

「祝日だしな。寧ろこれが普通ってくらいか」

「結構並んじゃうかもなぁ。あ、ねぇトツカ、あれに……」

 

 

 

 

~ウォーターライド~

 

 

 

 

ザブンッ

 

 

「「きゃあぁっ!」」

 

「っとと、すっごい水飛んでる。さっすが本場はちが……あ」

「……おい、さっきからなんで俺を凝視してんだ」

「トツカ」

「おう」

「…………前、透けてる」

「いやぁぁぁ見んなぁぁぁ!」

 

 

 

 

~ドロップタワー~

 

 

 

 

「うえぇ、まだまだ上がるんだこれ、思ってたよりも高いかもしんないぃ……どどどっ、どうしようトツカぁ……!」

「これくらいの高さなら前にも飛んだことあんだろ。いくらなんでも怖がり過ぎ──」

 

 

ガタンッ

 

 

「うみゃあああぁぁぁ(はえ)ぇぇぇ!?」

「ってトツカも怖がってるじゃあああぁぁぁ!」

 

 

 

 

~ジェットコースター~

 

 

 

 

「いやぁ、さっきも予想外に高かったけど、こっちもなかなか上るな……ん、サーバル、さっきからもじもじしてっけど大丈夫か?そろそろ落ちるぞ?」

「いや、その…………はぅわっ!?」

「えっ……何今の声」

「あ、あのね……ちょっと漏れそう」

「耐えろ!絶対に耐えろぉぉぉ!」

 

 

 

 

~トイレ前~

 

 

 

 

「ふにゃぁ~……いやー、間に合ってよかったよかった」

「なんもよくねぇよ。こちとら別の意味で絶叫マシンになるとこだったわ」

「むぅー、デリカシーのない発言どうもぉー。べーっ」

 

 

舌を出して不機嫌表明をする姿はやはりサーバル。そもそもなんでさっきから絶叫系アトラクションばっかり乗せられてるんだろうか。楽しかったからいいけどさ。

 

 

「さってと、コインもまだまだあるから大丈夫だね。次はどこ行こっか」

「ほれ、パンフやるからここで待つついでに決めといてくれ。喉乾いたしなんか飲み物買ってくるわ」

「飲み物……あ、ならカフェに行こうよ」

 

 

ぐい、と裾を引っ張って提案された場所は、アトラクションではなくまさかのカフェ。

 

 

「カフェなんてあったっけかここ」

「多分だけどお客さんの休憩用に作った売店なのかな。まぁまぁ、せっかくなんだから行ってみようよ、最近はジャパまんくらいだったから甘いものが欲しいなぁ」

 

 

甘いモノ。成る程、良いかも知れない。前世では忙しくさらに金欠でこれといった贅沢はできなかったし、今世も研究所の食堂が誇る圧倒的バリエーションの無さのせいでデザート=ジャパまんみたいなところがあるし、もっと言えば温泉宿ではデザートをカラカルに取られたし。つか猫って甘いものは食べなかった気がするけど……気にしたら負けか。

 

 

「で、行く?それとも、やめる?」

「行くっての、ほれ。先導すっから離れんなよ」

「はーい」

 

 

こじつけた理由で自己完結してパンフを広げれば、左の施設紹介コーナー下側に、紛う事無き

"㉕Japari Café─in Kyoshu Amusement Park─(ジャパリカフェ─キョウシュウ遊園地支店─)"の文字。少しの紹介文のみで詳細までは載らないものの、存在が確認できただけで成果はアリだ。

 

一人ニヤついているとサーバルも顔を覗かせてきて窮屈になったのでさっさと出発。サーバルと「トツカは紅茶飲めないよね」「はいはい」なんて適当な会話を垂れ流して、歩幅を合わせる。

 

 

「…………」

「トツカ?」

「いや、なにも」

 

 

……なんかに見られたような感覚を、気のせいだと誤魔化しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、その場を去っていく二人の背後、やけにガサガサ動くあからさまなほど怪しい二人組。人ごみの中に隠れているが、サングラスと帽子を基本装備に、コートやジャケットを羽織り、片方が持つ携帯でコソコソと。これを不審者と呼ばずしてなんと呼ぼうか。

 

 

「……よし、バレてないみたいね。こちらチーム"赤毛のアン"、二人の尾行を……ねぇ、ホントにこれで行くの?話してるたびに周りからの視線が痛いんだけど」

『私はいいけど、アフリカゾウちゃんがダメって……あっそうだった、こちらチーム"頭文字A"了解、そっちに向かうね。ニホンオオカミちゃんもはぐれないように』

「わかったよー。でもイニシャルエーってかっこいいね、私たちもイニシャル一緒にしようよ」

「無理に決まってんでしょバカ。てかなんでよりにもよってニホンオオカミなの?バリーはどこ行ったのよ」

『"付き合ってられん"ってさ。あと見回りの件も本当だったみたいで、縄張りにもいなかったよ」

 

 

そんな訳で二人組の少女は携帯を持つ方をカラカル、珍しそうにサングラスを振りかざす方をニホンオオカミと言う。"赤毛"の由来は間違いなく、彼女らの毛色であろう。

二人、正しくは電話先のアードウルフとアフリカゾウを含めた四人は、なんとなく察しはつくだろうがつまりこっそり覗きに来たわけである。なんともまぁ性根腐ったヤツらであろうか。

 

 

「バリーめ……ああもう、二人とも行っちゃう。ニホンオオカミ、行くわよ」

「おっけー」

 

 

焦るように追いかけて、しなやかな脚が行ったり来たりと忙しない。角を曲がり坂を下り、時に振り替えるトツカの視線から逃れ、ついに辿り着いたのは、木造の小さなカフェ。時間の関係上あまり客は見られないが、営業はしているようだ。

 

 

「ふーん、カフェなんてあったのね……あ、入ってった。えっと……」

「場所の連絡はしといたよ。こんなこともあろうかと」

「ありがと。何よ、変に準備がいいわね」

「私はやるときはやる子だからね。褒めてくれていいんだよ」

 

 

カラカルが店前のベンチに座って店内を眺めると、二人は注文を終えてテーブル席に向かっているところであった。しかしこうして見るとサーバルが普通の服であるためトツカの服装はかなり派手である。本人も感づいているようでそわそわした雰囲気を隠せていない。

自分のボケすらかまってくれなかったことに拗ねて、ニホンオオカミもつまらなさげに視線を店内へ。しかしトツカ達はすでに談話に入っていて、その光景はより一層面白みに欠けている。

 

 

「なんて言ってんのかなあれ。あ、確かサーバルの服を一緒に選んでた時に、ちっちゃい盗聴器かなんか付けたわよね!あれって使えないの?」

「あ……ごめん、アフリカゾウに渡してきちゃった。てへっ」

「もぉー、変に準備が悪いんだから」

「しっ、静かに!見つかっちゃうよ……」

 

 

プルルルル

 

 

「ん、アフリカゾウ達からだ。んしょ、もしもし、ニホンオオカミだよ」

『だから二人は"赤毛の"……もういいや、私たちもトツカ達が見れる場所に来たから報告。それと、サーバルの服に仕込んでおいたアレ、そろそろ使おっかなって』

「あぁ、やっぱりあんたたちが持ってたのね。私たちも聞ける?」

『今つなげるね』

 

 

獣耳がざわつくと帽子が不可思議に揺れる。無駄な程息を潜め、静かに待っていると。

 

 

『─で──になった感じだな』

『───ど、じゃあトツカとは見た目が違うんだ。可愛いの?』

『可愛い。もうヤバいくらいに』

『ははっ、そんなにー?これは会うのが楽しみだねぇー』

 

「あ、これ今シロハの話してる」

『シロハ?確か温泉宿であったっていう……なんで?』

「あいつにヤバいくらい可愛いなんて言われたことある?」

『あぁ……悔しいけど確かに』

 

 

二つのスマートフォンを通して一斉に漏れる四人のため息もお構いなしに話題はシロハというある少女について、宿での体験について、最近の悩み事等の談義へと移る。彼女らが醸す姿は最早、遊園地に遊びに来たというより昼時のカフェで執り行われる美人の女子会である。

 

そしてそれを見る四人はこう思うのである──

 

 

 

((((つまらな……っ!))))

 

 

 

想像してほしい。たった二人だけで、遊園地という打って付けの場所に、しかも(片方だけだが)わざわざオシャレしてまでいるのだ。ここまで来てデートを期待しない者などいるだろうか。

 

しかして、実際に二人がしているのは単なるお喋り。更にトツカは注文していたものを取りに席を離れたしまう。

 

 

『うぅー、見てるだけなのに歯がゆいなぁ。もう私が行って無理やりにでも……!』

『はーいアフリカゾウちゃんステイステーイ』

「扱い慣れてるわねあんた……でも全然進展がなくて面白くないのは確かね」

「皆静かにっ、戻ってきたよ」

 

『……ん、持ってきたぞー。ほらこれ、フルーツパフェ、お前が頼んでたやつ』

『わぁー、やっぱり美味しそうだね。毎日食べられたらいいのにな』

『普通の猫は少しも食えないんだから我慢しろ。アニマルガールの体も万能じゃないんだ』

『ふーん。でもカラカルとかは普通に食べちゃいそうだよね』

『そりゃああれだろ。食べちゃいけない、わかってる、でもつい手が伸びちゃうっていう』

『少しくらいならーってやつだよね。それで大抵は後悔してから焦るっていう』

『まさにカラカルだな』

『まさにカラカルだね』

『『あっはっはっはっは!』』

 

「アフリカゾウ、ちょっとあいつら殴ってきましょ」

「はーいカラカルどーうどうどうどう」

『そんな馬じゃないんだから……って二人とも、漫才やってないでほら!トツカ達が!』

 

 

画面の前で争う二人が、アフリカゾウに促されて視線をスマホからカフェに戻せば。

 

 

『なんでー?早く食べてくれないと腕が痺れちゃうってー』

『ならなおさらその手を戻せ、自分で食べるからっ』

『あっ、ダメ!ちゃんと私に食べさせられなさい、ほーら、あーん』

『やめろや!』

『もー、だからなんで避けちゃうんだよー』

『だ、だって、その……恥ずかしい……』

 

『……カラカル、サーバルってあんなに鈍感だったっけ』

「そう?普段からあんなんだったと思うけど。というか、トツカの方がおかしいのよ、いきなり恥ずかしいとかいつにも増してなんか乙女じゃない、性格的におかしいって」

『まぁカラカルちゃんの言い分もわからなくもないけど……』

 

 

あーんを当たり前の事象と見做す貴様らには全国に居る漢達二兆人の浪漫などわかるまい。

 

 

「でもさでもさ、ようやくそれっぽいことが始まった感じはするよね」

『うん、でもまだトツカ次第かなぁ。だってあの調子だし』

「とにかく見てましょ」

 

『ちょちょちょ、ホントにやめろって、みんな見てるってぇ……』

『んー、そんなに言うならもういいよ。あーあ、せっかくトツカの食べれるチャンスだと……』

『あーわかったって、食べます食べます!』

 

 

どうにでもなれとでも言いたげに、ん、と唇を突き出すトツカ。目を瞑っているのは覚悟の足りなさ故か。その様子に満足してサーバルも、自分の口に運びかけていたクリームをトツカの方へと伸ばしていく。

 

 

「おっ、来た来た!ようやく来たよもう待ちわびたよもう!」

「ちょっとニホンオオカミ、見とれてないでカメラ!カメラ早く!」

『カラカルちゃん待って、今撮影をぉ!』

『ってアードウルフが今離したら通話が切れちゃうってぇ!』

 

 

……少し外野が喧しいが、二人だけのムードに入っているサーバル達はまるで気づかない。

 

銀色の柄が、先端に盛る白いホイップクリームが、薄肌な小顔に吸い込まれていって──。

 

 

『あ、あむっ…………』

『どう、おいしい?』

『……まあ』

 

 

(((きっ、きたぁーっ!)))

 

 

甘味を喜ぶ表情と、そんな表情に喜ぶ微笑み。傍らで撮られているとも気づかずに、場の柔らかなムードに包まれて二人は、ぎこちなさも残しつつ会話へと戻った。

この光景に飢えていたニホンオオカミと頭文字A(イニシャルエー)の二人も、勿論大いに喜び──あることに気づいた。

 

そうだ。

 

 

(((いまカラカルいるじゃん…………)))

 

 

彼女とてサーバルらの親友、二人だけで楽しんでいるところなんぞ見せられて、嫉妬してしまったりしないだろうか。流石にそれで突っ込むほどのバカではないのは知っているが、後から『ハブられた』と感じて拗ねられようものなら流石に手のつけようがない。

中でも隣に座るニホンオオカミの心臓はもう破裂寸前。

 

恐る恐る、見上げれば……

 

 

「はぁ、ようやくそれっぽいのが撮れた。これでサーバルはトツカと遊べて、私はアイツをいじる切り札ができてWin-Winの関係ってやつねー、メイン任務完了っと」

『……え?そのために来たの?』

「他になんかある?」

「あぁうん、ないならいいんだけどね」

「そう」

 

 

……何もなく、どうやら大丈夫な様子だ。そんなカラカルの意外に普通な反応に、スパイ組は無謀にも面白みが無いと残念に思い。

 

 

 

(…………ま、嫉妬はしてるかも、ね)

 

 

 

少女は、苦笑いを抑えられなかった。

その感情が、互いに笑みを零し合うあのカップルに届く見込みは、今の所は無い。




ブロンディ←え?サーバルちゃんは金髪じゃない?

……HAHAHA(汗)


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第46話 ずっとFRIENDS(このまま)でいられたら

「はぁ~、やっぱ可愛いなぁ~」

「さっきからそればっかだね……」

「ねぇアフリカゾウ、それもらっていい?」

「じゃあニホンオオカミのそれ交換ねー」

 

 

数時間経って、ここはトツカとサーバルがいた例のカフェ。当たり前ながら二人とも既におらず、客もそろそろ店を離れ始め、店内には人影一つ足りと見えない。店内が無人で会話はあるとはこれ如何にだが、種を明かせば単純明快、先の会話が外に設けられたテラスにいる例のスパイ四人組によるものだからである。

 

 

「というかもう十分は経つわよ。まだ進展ないわけ?」

「んー、見てる分には何もないかなぁ。取り敢えずはアフリカゾウちゃんのスマホが点くまで待機かも」

「ただ待ってるだけだから動きもないし、話の内容解らないとホントに暇だねぇー」

 

 

そんな彼女らの監視対象は、とあるアトラクションに乗るため長蛇の列へと絶賛参加中。なお、メリーゴーランドを二人が降りた辺りでチーム"頭文字A(イニシャルエー)"のスマホがシャットダウンし、とうちょ……ゲフンゲフン、盗聴機が使えなくなったので、現在は四人揃って手詰まり状態へと追い込まれている。なので携帯充電器で起動を待ちつつ、カフェから二人の様子を見続けるのが彼女らの精一杯だ。尤も、最早アードウルフを除けば遊んでいるだけなのだが。

 

 

「楽しそうにへらへら笑っちゃってさー、見せられてるこっちの気も知らないでさー」

「何もしないでスマホガン見してるくせによく言うよ。てか、ずっと何見てるの?見せてよー」

 

 

やおら席を立って、画面へと食い入るかのようにして割り込む。

映り行きしは小鳥を彷彿とさせる変哲ゼロパーセントな笑顔──具体的には『シロハ』と名を持つ少女の笑顔で、しかし何を予想していたのかこの画像に豆鉄砲をくらったらしいアフリカゾウは、一瞬のフリーズを挟んでから重く口を開いた。

 

 

「なるほどねぇ……そのシロハちゃんってさ、カラカルの妹になったわけだよね」

「義理だけどね。まぁ、なんていうかこう、ノリと勢いで気が付いたらなっちゃってたっていうか、あんまりそういう感じはまだしないんだけど」

 

 

なんて言いつつも内心では大変ご満悦のカラカルお姉さんだが、本人が嬉しさを隠しきれていると思っている……というか、隠そうと思わずにへら顔を駄々洩れにしているのは周囲からすればなかなか頂けない。

そんな中でも一人黙々とイチゴを頬張っていたニホンオオカミだったが、ついには右手から匙を置き「見せて見せてー」と声をかけながら顔を乗り出したので、察するならば雰囲気に耐えきれなかったといったところか。重心が傾いたテーブルは、ただガタガタと音を鳴らす。

 

 

「んー、ほうほう。ちなみに家族ができた感想はどんな感じですかねカラカルさん」

「子供ができたみたいに言うのやめなさいよ……そうね、さっきも言ったけどやっぱ実感ないし、シロハはまだ向こうにいるから何とも言えないってことで」

「多分、一緒に住めるとは思うよ。ただサバンナエリアは暑いから、研究所に住み込みになるかも」

「あぁそっか、シロハちゃん雪山エリア生まれだもんね」

 

 

ここで注釈を。

 

アニマルガールは基本的に動物のころ住んでいた環境を好む傾向があるが、中には与えられた身体の丈夫さを利用して様々な場所へ向かう者、親友と過ごすため住処を変更する者、果てには旅の流れに身を投じる者までいる。アニマルガールのスペックは尋常ではないのだ。以上、注釈終わり。

 

 

「でも妹かぁ。私は亜種とかいないから、ヒョウちゃんたちなら何かわかるかもね、カラカルちゃんの先輩お姉ちゃんになってくれるかもよ」

「いやいや、ヒョウが先輩はやめといたほうがいいでしょー。寧ろクロヒョウにヒョウに直してほしい悪い癖を聞いた方が早いって」

「君たちなかなか手厳しいね……ってカラカル、どうかしたの?」

「いや……シロハに面倒くさい姉って見られると思うとなんか息が……あ、天使が見える……」

「それもしかして天使猫(トツカ)じゃない?」

「そう考えたら苦しくなくなってきたわ、ありがとニホンオオカミ」

 

 

これはひどい。あまりの酷さに噂された本人がかなり盛大なくしゃみを一つ炸裂さられるほどである。本当は強い風が吹いただけとか気にしてはいけない。

 

 

「で、トツカはお兄ちゃんと。でもなんでお兄ちゃんなんだろ」

「それねー、私も気になるなー。なんでなのカラカル?」

「スタッフさんに吹き込まれたんだと。私は別にお兄ちゃんだろうがお姉ちゃんだろうが、あいつのことは友達として見てるからあんまり変わらないし、正直どうでもいいわね」

「ふーん。……え?」

 

 

 

数秒、天使が通り。

 

 

 

「……え、二人って友達なの?まだその程度の関係だったの!?」

「ぎゃ、逆に考えるんだよアフリカゾウ!あれだ!姉二人が付き合い始めたらシロハちゃん困っちゃうでしょ!?」

「いや、なんでよ」

「カラカルちゃん待っててね、ニホンオオカミちゃんも落ち着きなって……」

「「ごめんカラカル、アードウルフ借りるね!」」

「……は?それどういうこと──わぶぅ!?」

 

 

焦りに焦った二人によってアードウルフの首がテーブルの隅へと引き込まれ、彼女が瞳を開けば両隣に死んだような光を湛える眼がそこに。カラカルは自らの発言のどこに問題があったのかわからず「そっとしておこう」という結論に到達。アードウルフは犠牲になったのだ。

 

 

「ったたたた……ちょっ、ニホンオオカミちゃんったらいきなりなに?」

「さっきのカラカルの反応はどういう意味だと思う?」

「えぇー……普通じゃない、かな」

「うんうんそうだよねツンデレだよね、私もそう思うな」

「話聞いてたのアフリカゾウちゃん!?」

「よし、じゃあ友達関係ってのは照れ隠しってことで終わり!」

「おっけー!」

「ま、待ってよぉー!」

 

 

どこにどんな合意が見いだせたのかは彼女らのみぞ知るところ、時代から放り出されたアードウルフに近づくカラカルの哀れの目は悲しみのムードを無駄に増長する。

それでもアードウルフは、ああ、救いかと縋って席に着くことにした。

 

 

「お疲れ、怖いから何の話だったのかは聞かないでおくわね」

「あぇ、ありがとカラカルちゃん……そうだよね、二人とは飽くまで親友だもんね」

「…………」

 

 

おかしい。返事が来ない。

 

 

赤茶な瞳色に自然と溶け込む、茜で染まった黄昏空の歪曲反射は、美しいガラス細工にも通じる芸術性が垣間見えただろう。だがもし彼女が芸術品ならば、掲げられしテーゼは何なのか。アーティストのいない芸術品はただ、虚空へ進む視線の奥でずっと、投げ掛けられた『親友』の言葉だけを、波紋の如く延々に漂わせている。本来、寡黙さなどとは無縁な女であろうに。

 

親友。だってトツカも、サーバルも、ここにいる皆も、ここにいない皆も、ぜんぶ親友だから。

 

つい二日前の、あの感覚。

 

 

『私、ホントに、なんでこんな……』

 

 

いつか。今じゃない、でも必ず来るその日に、皆へとこの思いを吐露する日が来る。

まだ、たった二人(・・)にしか打ち明けられていないけれど。

 

 

……ただ、そんな葛藤は以心伝心で伝わるものではない。一方アードウルフからすれば、この状況は『親友にいろいろと疑惑のある相手との関係を質問したら、突然黙り込んで深く意味ありげにボーっとし始めた』訳である。

 

ならば「まさか、このヒトもしかして……」なんて邪推も、乙女心に免じて許す他なかろう。

 

 

「……え、カラカルちゃん……?」

「ダメだダメだぁー!全然繋がんないや、どうしよう」

「あら、どうしたの?」

「スマホの電気がついたんだけど、なんかさっきから盗聴機に繋がんないんだ。多分、電池切れちゃったみたいで」

「あらら、じゃあ今日はここまでみたいね。帰りましょっか」

「か、カラカルちゃん、ホントに帰っちゃうの!?」

「電池無いならしょうがないでしょ。何より」

 

 

遠く二人を、そっと見つめて。

 

 

「……二人の邪魔しちゃ悪いからね」

「カラカルー、帰るなら先にいろいろ乗ってからにしようよー」

「あ、私ここ行きたーい!」

「もう、あんたたちはホントに雰囲気ってものを知らないわね!」

「は、ははは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ初めてだけど、なるほどねー観覧車ってこんなのなんか」

「おぉー、上がってる上がってる~!すっごーい!」

 

 

視点は変わり、こちらは緑色をした観覧車に乗車中のサーバル・トツカの二人組。時間ゆえにトツカは若干疲れぎみだが、対するサーバルはいつものように元気溌剌、なんたって始めてきたときから待ちに待ち望んでいた観覧車、それも長蛇の列を耐え抜いた後なのだから嬉しさも倍増である。

 

 

「嬉しそうで何より。しかしなんか子供っぽいよなぁ、お前ってさ」

「だってようやく乗れたんだもん!あぁー、興奮しすぎて夜も眠れないかもぉ……!」

「……嘘つき」

「みゃ、なんか言った?」

「べーつにー」

 

 

まぁ、サーバルが長時間に渡って元気というのは楽しみが終わって帰ればすぐに寝ることの裏返しであり、それがやはりトツカの心労になるのだが。

 

 

「まっ、時間的にこれが最後か。しっかし混んでたなー、最後に回さずに昼頃に乗ればよかったんじゃないかこれ」

「いいじゃない、私はケーキのイチゴを最後に食べる派なの!それに、実質これに乗るために遊園地まで来たみたいなもんなんだから、結果オーライだよ」

「だとしても、たかが観覧車の為にわざわざ服を選ぶって考えれば滑稽だがな」

「あー……」

 

 

会話が止まった。ちょっとしたジョークのつもりが、向かいの席に座る彼女はいつものように笑って返すこともなく、もじもじと落ち着きなく足を揺らしていてまるで人見知りな子供のよう。トツカが声を出すタイミングに迷っていると、サーバルの方が先に口を開いた。

 

 

「いやぁ……実はさ。この服、私が選んだんじゃないんだよね」

「……は?マジ?」

「マジ」

「ま、マジか。ちなみに、その服を選んだのは」

「カラカル。それから、アフリカゾウ、ニホンオオカミもちょっとだけ。……言っていいのかわかんないいけど」

 

 

名前を聞いた途端に、強烈な絶望がトツカを襲った。これまでも散々弄ばれてはいたが、今回ばかりはもう我慢できぬと、両目を手で覆い隠して現実から物理的に目を逸らす。なお効果には個人差があります。

 

 

「うっわ、マジかぁ……つかお前、あいつらに変なこと言われてないよな」

「な、何もないよ。ただ、楽しんできてねってそれくらい。ほんとに、それくらいで……」

 

 

窓を見やってつまらない体裁を振舞っていたトツカだが、回答が来ないことには流石の鈍感でも違和感を覚えたらしく、流し目でサーバルへフォーカスを当てる。

 

 

「……サーバル?」

「……ごめん。今の、ちょっとだけウソ」

 

 

ぽかん、と動作が止まる。トツカの脳内では、言葉が右耳から左耳へ、左耳から右耳への振り子運動を繰り返し、目はドライアイですかと問いただしたいくらいに瞬きし過ぎて痙攣気味だ。

 

 

「あー……嘘ってこたぁ、やっぱなんか言ってやがったのかあいつら。ったく」

「あぁいや、そうじゃなくて。トツカが来る前に、相談っていうか、いろいろと話してたんだ」

 

 

内容と相手は言えない、と一呼吸置く。

 

 

「でね。聞いてたときはあんまり考えてなかったんだけど、トツカに言われたら、ふって思い出して。そしたら……確かめたいことが、できたの。いいかな、トツカ」

「んなのいいから。とにかく言ってみろって、聞くだけ聞いてやるよ」

「……優しいね、トツカは」

「い、いいから早くしてってば」

 

 

恥ずかし気に急かす姿を見て、サーバルの顔に一瞬だけ申し訳なさが走った。が、すぐに苦笑は表情筋から姿を消し、顔はいつにも増して真剣に。テンションの高低差に付いていけず、トツカは相手が親友であるのも忘れて無意識に身構えた。

 

 

 

「トツカはさ。いつも一緒の誰かが、いなくなったら……って、考えたことある?」

 

 

 

ぞくり。

全身の毛が逆立つのを感じる。身構え空しく、得体の知れない感情が脊髄を流れ落ちる。

 

恐怖?違う。そんな陳腐なモノじゃない。

確かに向けられた瞳は恐ろしい程真っ直ぐにトツカを見ている、しかしそこに冷ややかさは無く寧ろ熱く感情的だった。視線はよく一本の放たれた矢と表現されるが、彼女が弓に込めたのは純粋な怒りだった。

 

だからこそトツカは、今一度思い知らされた。彼女の怒りへに対する、心咎めを。

 

 

「なぁ、サーバル……」

「ずっと怒ってるんだよ、私。これまでにないくらいに」

「……すまん」

「やめて。それ、カラカルからも聞いた」

 

 

わかっている、謝罪に意味がないことくらい。でも他に言葉が見つからないんだ。

心の中で無力な言い訳だけが生まれて、より一層、彼女を鎖で縛りつける。

 

 

「トツカもカラカルも、取り扱い注意な女の子だってことは十分わかってた……でも、実感が無かったんだと思う。カラカルなんかいつも側に居てくれてたから。だから……まさか、消えちゃうなんて考えもしなかった。友達って、ずっとすぐそこにいてくれる、私にとっての『当たり前』だったもの」

 

 

怒りは不安と悲しみに変わって、サーバルの語勢を弱める。

 

 

 

「ねぇ……ずっと、友達でいたいって思うことは、ダメなのかな。『いなくなったら』を考えたくないって思うのは……別れから逃げるのは、ダメなのかな」

 

 

 

トツカは、何も言わない。何も言えないから。

 

 

「って言っても、どうせトツカは考えてないんでしょ。わかるよ、私も心配させる側だし」

「ぐぅ、反論できん……」

「だろうね。まったく、カラカルはわかってくれるのに、なんでトツカはわかってくれないかなぁ」

「返す言葉もありませぬ……」

 

 

と、そこまで言われて、どうも雰囲気が違うような印象を受けた。

疑惑を胸にサーバルを見れば。

 

 

「…………ふふっ」

「んぁ?」

「もぉー、その顔!その顔を見てると、ほんっと悩んでる自分がバカらしく見えちゃうんだもんなあ」

「お、おう……じゃなくて、他人の顔見て笑うなやこの野郎!おらぁっ!」

「ひゃっ、いあいいあい(痛い痛い)ああぉあわぁぃうあうぇえ(わざとじゃないんだって)おっ、おっえうぁあぁ(ほっ、ほっぺたがぁ)!」

 

 

とまぁ、やはり今回も主人公らしいカッコいい言葉は言えずじまいに。根本的どころか一ミリとして解決になっていないが、もうそんなシリアスな雰囲気ではない。蒸し返すのはナンセンスだ。

 

 

「いったたた……でもでも、やっぱりズルいよトツカは。どんなに悩んでても、なんか大丈夫だなって思っちゃうんだもん」

「俺に言われても困るんだが?」

「だって、他に言う相手もいないでしょ?」

「カラカルとかいるだろうに……」

 

 

話している間にも観覧車は動くもので、眼下の世界は目に見えてスケールダウンしていた。高さから察するに、あと数十秒で折り返しと言ったところか。

 

 

「おっと、トツカの珍しい顔いただいちゃった。カメラでももってくれば……」

「やめてくれ、弄られるのはあんまり好きじゃないんだよ。ただでさえ恥ずかしい噂が蔓延してんだから」

「あ、ちょっと止まって」

「にゃ?」

 

 

言葉を遮ってじっとトツカを睨むサーバル。

 

 

「…………(スッ」

「なっ、なぁ……っ!?」

 

 

かと思えば、突然右手をトツカの顔へと伸ばす。柔らかな腕が側髪へと進み、連動するように身体も前傾姿勢となって、顔と顔が自然に近づいていく。

 

 

(え?これって……え、えぇ!?サーバルぅ!?)

 

 

指が髪に絡み付き、互いの瞳は夕焼けに照らされながら、真剣な表情で見つめ会う。鼓動が聞こえ、吐息がかかってしまいそうな程の至近距離だ。それでもサーバルは、まだ足りぬとでも言いたげにゆっくりと顔を近づける。

 

 

(いやいや、なんか気分がおかしいって!頭がぼーっとして、真っ白になってぇ……なんでぇ……!?)

 

 

抗えないと、トツカは咄嗟に感じた。頭の中は何事にも集中できず、ただ静かに来る彼女を無意識の内に受け入れていた。濁流の様な雰囲気に軽々と押し流され、出来ることと言えば、精々目を瞑って何故か生じる羞恥に耐え抜くことくらいだった。

 

観覧車が頂上に近づくにつれて、距離が狭まっていく。

しかし、窓に映る雄大な景色も、今の彼女らにはなんの効果もない。

 

二人の顔は、重なる程に近づいて──

 

 

 

 

 

 

 

「ん、とれたよ」

「うぅ……ふぇ?」

 

 

トツカが目を開けば、段々と下がって行く外の景色と、満足気に微笑むサーバルが。

 

 

「とれたって何が……」

「はい、これ」

「これって……葉っぱ?」

「そ。髪についてたの、気になって」

 

 

右手には、若草色をした一枚の葉、正確にはその一部。恐らく、並んでいるときに吹いた突風で煽られ、いつの間にか髪についたのだろう。

 

 

「そ、そっか。なんかごめん……」

「みゃ、なんで?」

「こっちの話だから……」

 

 

ほんの少しとはいえ、自分が抱いてしまった感情に困惑し(いや、ねぇな)と一蹴するトツカ。サーバルをじっと見ていると、不意に目の端で何かを捉えた。彼女の上着に、何やら小さな白い物がついている。

 

 

「……サーバル、その服についてるのは?」

「服?どこどこ」

「ほら、この辺」

「よっと……あれ、なんだこれ。最初に見たときはこんなのついてなかったのに」

「形状的に、なんだろ。マイクってとこか……」

 

 

渡されたマイクは小さいながらも後部に若干伸びていて、音を拾う為なのか襟元についていた。サーバルの方に向けて(お前の?)と持ち主確認するが、顔を振る方向は横。彼女のではない。

となると、いったい誰がこんなものつけたのだろう。

 

そういえば、この服を選んだのは……

 

 

(ま、まさか──)

 

 

急いでマイクを見直す。

不審だった後部側をよく睨み、かと思えばなにがあったのか今度は虚空へ目を向けた。

額に冷や汗を滲ませて、顔を覗き込むサーバル。

 

 

「……サーバル」

「な、なに?」

 

 

それに気づいたトツカは、小さな白いマイクを摘まみながら、どこか悲しそうな笑顔で答えた。

 

 

 

「……俺ら、あいつらに盗聴されてたかも」

「え?…………ええええぇぇぇ!?」

 

 

 

この後ジャパリパーク中に走った噂というのは……最早、言わずもがなであろう。




という訳で、温泉の蛇足ことデート編完結です。今後としては、一話完結回を数話だけやって、それからまた長編にしようかなと。


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日常編その2
第47話 UMA(同類)との嬉しくない遭遇


ぺちり。確かそんな擬音だった気がする。何がと言えば、つい先程まで転がっていたビーチボールをふと突っついてみたのでつまりその音が『ぺちり』だと思われるわけ。事に至れりは単純で、寝転がっていると目の前にボールがあったから訳も無くぺちりとしてみたんだ。だから今も床面に猫みたく四つん這いして、ゴロゴロ喉を震わせ長欠伸をついてみたり。

 

……寝転がってる理由?それは──

 

 

 

「──(ひま)

 

 

 

まぁうん、そういうこった。

恒例の研究所休憩スペースはまだ朝早くという時間帯の影響もあってかすっからかん。俺は半ば住み着いてるから毎日のように来るけど他の奴はマジで気まぐれにしか来ねぇからなぁ。朝飯行こうにも食堂はまだ閉まってるし、今日はカラカルもサーバルも用事でサバンナにいねぇし……あーもぉー、お腹すいたよぉー、眠いよぉー、暇だよぉー……!

 

 

「ひーまぁひままっ、ひまなのにゃあぁーっ♪」

 

 

 

……………………

 

 

 

「…………(チラッ」

 

 

しーん

 

 

……ソッと辺りを見回したが、やはり見渡す限りは誰もいないようだ。

 

 

「……はぁ」

 

 

いやほんと、突然何を歌いだすねん俺。歌い終わってから冷静になって恥ずかしくなってきたわ。一人っきりですることないと奇行に走り出すのなんなんだろうな、誰も聞いてないから良かったけど……あ、なんかまた歌いたくなってきちゃった。まぁ、誰もいないしいっかぁ。

 

 

「ひぃまなーのにゃんにゃん♪……なんつって

「結局恥ずかしいなら歌わなきゃいいじゃん」

 

 

ビクッ、と危うく心臓が飛び出る位の衝撃が襲う。返ってくる筈のない声に驚きの余り身体中の毛を逆立て見れば──ソファの上から小さな蒼白い一対の翼(・・・・・・・)を持つ頭がひょっこりとしているではないかと。

 

 

「あ。いたのか」

「いたのかって、こんな近くで気づかないとかほんっとあり得ないから」

「なんで機嫌悪いんだよ」

 

 

ゲーム機片手に歩いてくる少女に、聞いていたのが口の堅い彼女で良かったと思いながら、理不尽な我が儘に付き添うため立ち上がる。

そうだった。余りに代わり映えしないから忘れていたが──

 

 

「そりゃ私はあなたの『妹』なんだもん。嫌われたって知らないぞー」

 

 

──シロハ(我が妹)が、サバンナへ来ていたのだった。

事の起こりはつい昨日だったような、そうでないような……兎に角、俺とサーバルやカラカルとかで会いに行ったら帰るときに着いてきて、恐らくそれから住み着いていると思われる。変わった点と言えば、暑いのか羽織っていたケープはパージしてノースリーブのシャツに衣替えしていることくらいか。

 

 

「まぁなら謝るが。つかなんか……キャラ変わったなお前」

「そーかな、初対面の時ってもっと違ったっけ。あ、これが素が出るってやつかな」

「単純に周りに感化されて生意気になっただけじゃねぇの?にしては変わりようが凄まじいけど……」

 

 

 

 

バァン!

 

 

 

 

「「ひええぇっ!?」」

 

突如として響いた破裂音に驚き声を上げ、条件反射のようなスピードで発生源、このスペースの入り口に振り向く。目の先に映るのは、乱暴に開かれた引き戸と、その横に立つ……

 

 

「……ケープキリン?」

「え……あ、お兄ちゃんの知り合い?」

「一応、そうなんだが……どした?喧嘩か?」

 

 

何時にも増して涙目の少女、ケープキリン。

 

 

「とつかちゃん……」

 

 

身体をブルブルと弱々しく震わせ、瞳に湛えた涙で窓から差し込んでいた陽光がランダムに揺れ動く。覚束ない足取りに慌てた俺たちよりも先に、キッと噛み締めていた唇を力なく開けて、慟哭を挙げた──。

 

 

 

「……びぇえええん!」

「「何故そこで号泣!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~数分後~

 

 

 

 

「……あれか?」

「うん……や、やっぱりなんか変だよね」

「確かにあんなの見たこと無いですね」

 

 

静かに吹いた風でサバンナ特有の高い草原が揺れて、隠されていた俺らの身を露にしかける。幸い姿勢をパッと低くしたから良かったものの……

 

 

「隠れるっていうかさ、あれって目はついてないよねお兄ちゃん」

「俺も思ったけどそこはほら、念のため、な」

「バレたら何されるかわかんないしね……うぅ、怖い……」

 

 

なんにせよ、案内の最中もやけにケープキリンが怖がるというか焦ってたんで、いったい何を見せられるのかと思いきや、まさかこんなのとはなぁ……。

 

注視して観察するが、草原に鎮座するそいつは一切動くことなくじーっと横たわっている、と思われる。寧ろあの体勢でデフォなのかもしれないが、とにかくその縞模様入の体だけが横長く見えている。

 

 

「割とマジでなんなんだあれ」

「うーん、ただあれに似てるよね」

「形がそっくりですもんね、あれに……」

 

 

でもまぁ、強いて形容するならアレはきっと……

 

 

 

「「「…………ナメクジ」」」

 

 

 

どう見てもナメクジ。シマシマの。

 

 

「でもあんなデカいナメクジって無いよね。……ない、よね?トツカ」

「俺に聞くな、ちょっと不安になってきただろうが」

「いないから!お兄ちゃんもケープキリンさんも惑わされないでよ!」

 

 

理性では否定してんだがどうも脳が理解してくれない。だってもう、全体のバランスとかさきっちょの触覚みたいなのまでナメクジだし。

 

 

「んで、あれがどうかしたのか?」

「ああうん、あのらへんを見てほしいんだけど」

 

 

そう言われて指さされた方を向くと、何やらあのナメクジもどきの近くのバオバブのある枝に、淡い色をした黄色の物体……形状から考えて、シルクハットが乗っかっていた。

 

 

「あれね、実はアミメキリンちゃんから借りてて、明日には返さなくちゃいけなくて。風に飛ばされないように置いといたんだけど、朝になって見に来たらああなってて……どどど、どうしたらいいのかなぁ……?」

 

 

普通に避けて取りに行けばいいとは思うんだが、確かにあれを見せられるとちょっと気が引ける。

 

 

「あれが何かわかったら大丈夫だと思うけどね。お兄ちゃんはわかんない?」

「だからナメクジだって言ってんだろ?」

「……ケープキリンさん、実はさっきお兄ちゃんが変な歌を──」

「わぁーバカバカ言うなっ!」

 

 

こいつもなんかカラカルみたいになってきたな……

 

 

「仕方ねぇな、んー……マジレスするなら、ありゃ多分シマウマ姉妹の誰かやろなぁ。この辺で言ったらサバンナシマウマだと思うぞ」

 

 

サバンナシマウマ──俺が生まれてからかなり早い時期に知り合ったアニマルガールで、名前の通りサバンナシマウマのアニマルガールである。他のシマウマもいるにはいるが、あんなに髪が伸びているのはあいつだけだった。……はず。

 

 

「なら、あの触覚みたいなのは耳ってことだよね?」

「当たりだシロハ。うし、これにて問題解決だな」

 

 

違うとしたらナメクジの彫刻かなんかだ、そうとしか考えられん。あれが新種の生物とか認めたくないです。

 

 

「……ケープキリン、まだ何かあるのか?」

「いや、あの……あれ多分、サバンナシマウマちゃんじゃないよ」

「……は?いやいや、んな訳ねーって。じゃああいつはどこにいんだよ」

「私ならここです」

 

 

…………おーう?

 

冷や汗滴ながらゆっくり振り替えれば、縞々模様の少女、サバンナシマウマさんご本人。

 

 

「……サバンナシマウマよ、お前もか」

「あんたはどこのカエサルですか」

「いやねぇ、もっと心臓に優しい登場の仕方なかったのかな?」

「ありませんよ、トツカったら全然気づいてくれないですもん。私は悪くないですー」

 

 

しっかしサバンナシマウマでもないとするといよいよわからん。こいつとあのナメクジ(仮)って似てるしなんか知らねぇかな。他のシマウマだったりして。

 

 

「違いますし、私だって知らないですよあんなの」

「久々の読心術ありがとね?……で、あれはシマウマじゃないのか」

「違うでしょうねぇー……あら、あなたとは多分はじめましてですかね」

「あ、あの、私シロハっていいますっ」

「トツカちゃんの妹さんなの」

 

 

妹の話題で盛り上がり始めた三人を他所にナメクジ(仮)を眺める。もうさ、あれ未確認生物ってことにして解散で良くない?あっづいんだけどここ。曲がりなりにもサバンナだからねここ。このまま動かないんなら帰ろっかな……

 

 

ナメクジ(仮)「…………(のっそり)」

 

 

「うっ、動いたぁ!?」

「ちょっとお兄ちゃん、耳障りだから黙ってよ」

「シロハちゃんって辛辣なんですね」

「それは後でいいからあれっ、見ればわかるからほらはやくっ!」

 

 

ナメクジ(仮)「…………(のそのそ)」

 

 

「……こいつッ、動くぞッ……!」

「サバンナシマウマさんそれ言いたいだけですよね」

「あわわわわ、にににに逃げなきゃ不味いんじゃ……!?」

「まぁ待てケープキリン、こっちには来てないみたいだしもうちょい様子を見よう」

 

 

ナメクジ(仮)は俺らとは反対の方向へとかなり遅めの速度で向かっている。進路は……真っ直ぐというよりは、微妙ながら体を左右にくねらせてるな。あの方向に何があるのかは知らないが、見失わないよう四人でこそこそ追いかける。

 

……と、思いきや、数メートル動いたくらいで、近くにあった木陰に入るなりいきなりピタッと止まってしまった。また動くかもしれないと動きを待つが、やはり彫刻のように止まったままだ。

 

 

「ありゃりゃー、まーた止まっちゃいましたねー」

「木陰ってことは、暑かったのかな、あのナメクジさんも……」

「なんにせよ木の幹が邪魔で、上手く見えねぇな」

 

 

つかここに来た目的に逸れ始めてるなこれ。ケープキリンの話を要約すれば、ここまで存在が空気みたいに薄いあのシルクハットを取ってくればいいわけで、あのナメクジが動かないならさっさと行くべきだ。あいつが影にしてる木も、例の帽子がある木とは別みたいだし。

 

 

「……なぁ、あいつは無視して帽子を取ってきてもいいんじゃないのか?俺なら空も飛べるわけだし、気づかれずに……ってのは翼の音で無理だろうが、安全には取ってこれるぜ」

 

 

なんて話を振ったとたん、三人の目が点になって俺を見る。えっ、何その反応。結構まともなこと言ったつもりなんだけど。まさか本題忘れてたとかじゃないよな。

 

 

「……あそっか。ごめんトツカちゃん、完全に忘れちゃった」

「待って待って、私だけ話についていけないんですけど」

「ああえっと、実はかくかくしかじかでして」

「ふむふむなるほどねぇ」

「え、お前今ので解るの?」

 

 

見た感じだと反対は無しと。じゃ、俺もさっさと腹減ったし昼寝もしたいし、パパっと終わらせますか。

 

 

「んじゃ、さっさと……」

 

 

行くか──と言おうとした瞬間、俺はあることに気が付いた。

あたりを何度も見まわす。見える限りの木一本一本に目を凝らすが、見つからないのだ──あの、ナメクジが。

 

 

まさか。

 

 

 

「ナメクジ(仮)の霊圧が……消えた……ッ!?」

「なんでお兄ちゃんまでこんなネタまみれなのか私にはわからないんだけど」

「シロハちゃんこそなんで生まれて数日なのにそんな詳しいのよ……」

「ケープキリンはそっち系は疎いですもんねー、悔しいのはよくわかります」

「悔しくなんかないもーんっ!サバンナシマウマちゃんのいじわるぅー」

 

 

因みにシロハがネタに詳しいのは漫画と温泉宿のスタッフさんが主な原因である。ちょっかい出してるサバンナシマウマの右隣りで苦虫を噛み潰した顔してんのはつまりそういうこった。

 

 

「ま、まぁその話はあとで……それにほら、ナメクジさんなら向こうにいるよ。ただ、ちょっとめんどくさいとこだけども」

「……うわ、マジかぁ」

 

 

シロハがナメクジをみつけたのは、やはり木陰。しかし、そこはさっきまでの木陰ではなく、信じられないことに例の帽子がある木の下である。見た目に反して速いんだなアイツ。

 

 

「なっ、さっきまでいなかったのに!」

「おおー、瞬間移動ってやつですか」

「お前の呑気さが無性に羨ましいよ」

 

 

ま、場所は変わろうとやることは変わらないんでめんどくさいんだが。

 

 

「まぁバレるだろうけど、とりあえず行ってくるよ。ああそうだ、こっちに瞬間移動してくるかもしんないから、念のため離れとけよ。特にシロハはな」

「はぁ!?なっ、なんで私にだけそんなこと言うの!」

「いやほら、それはシロハが一番ちっちゃいしさ。なんかあれば二人に守ってもらえよ」

「……で」

 

 

……おぅ?

 

 

「あー、今なんて……」

「バカにしないで!もういい、私が行くからお兄ちゃんはここにいてよ!」

「なんでだよ、お前の方が危なっかしいんだから……」

「私の方が静かの飛べるから気づかれないし、危なっかしいのはお兄ちゃんでしょ。それに……」

「……それに?」

「あぁもういいからとにかく見てなさい、このわからずやのバカ(あに)!」

 

 

それだけ叫んで(もちろんナメクジには聞こえない程度の声だが)、俺らに何かを言わせることすらなく、迅速且つ静かに飛び去ってしまった。

 

 

「ちょっ、おい……あーあ、行っちまった」

「大丈夫じゃないですか?特に襲ってきそうな気配もないですしね」

「私は心配だよぉ、トツカちゃんが変なこと言わなければ……」

「うっさいな、悪かったって」

「私じゃなくてシロハちゃんに謝りなさい!」

「わかりましたっての!」

 

 

怒られながらも例の木に目を向ければ、ちょうど着地した瞬間だったようで、翼を折りたたみつつ一番上の枝に乗ってバランスを取っている。落ちないかと心配しながら見ていると、向こうも俺が見ていることに気づいたのかアイサインを送って……あ、あれドヤ顔だわ。あんにゃろう。

 

ドヤ顔の後にクスっと笑うと、ゆっくりと葉が生い茂る枝の中へと入り、そのままゆっくりと身体全体の向きを下向きに地面と平行──つまり幹と垂直にして幹を回るように降りる。その姿はさながら幹を地面のように歩いているようだが、本人は涼しい顔で帽子へと近づく。

 

 

「すごい、あんな体勢で大丈夫なの!?」

「まるで重力を無視してるみたいですねー。どうやってるんですか?」

「そういやお前らは今日あったばっかだったな。そりゃ知らないわけだ」

 

 

シロハ……シロハラゴジュウカラだっけか、そいつらは木の幹を垂直に降りることができる。ちょっと調べればウィキペディア様やらで見つけられるが、目の当たりにすると結構な迫力である。

 

 

「……ってことさ」

「「ほぇー」」

 

 

アホみてぇな声出すなやオイ。

 

一方のシロハはというと……お、もうちょっとで帽子に届くな。いやはや、落っこちてあのナメクジ(仮)にぶつかったらどうしようとか、葉っぱが服の中は入ってないかなとか、帽子のあった場所を忘れて木の上なのに迷子になってないかなとか心配したけど、杞憂に終わって良かった良かった。ここまで来てまさか落ちるなんてこともないだろうし──

 

 

「あっ」

 

 

ドサッ

 

 

 

突如、巨大な落下音。

急いで視線を移した例の木陰、あのナメクジ(仮)と、シロハ。

これらが意味するもの、つまり。

 

 

 

 

「「「落ちたぁぁぁーーー!?」」」

 

 

待て待て待て!えーっとあー、こういうときはどうするんだっけ!?取り敢えずあのナメクジ(仮)をなぐりつけてくればいいんだな!?

だぁーこのっ、よしよし落ち着けまずは深呼吸だ。はい、すぅーはぁー、すぅーはぁー。

……よし。

 

 

「行くぞ二人とも!」

「落ち着きなさいってトツカ!シロハちゃんのことよく見て!」

「あぁ!?何を見ろって……」

 

 

シロハが落ちた先の木陰。よく見てみると、なんとシロハが例のナメクジ(仮)とナチュラルに会話していた。面と向かい合って。しかもぺたんと女の子座りで。可愛いかよ。

 

 

「……あー、なんだあれ」

「ナメクジじゃなかったってこと。あ、今行くねー」

 

 

そう言いながら、手を振るシロハの方へと走り出すケープキリン。訳も分からず、ちょっとあきれ顔のサバンナシマウマに手を連れられて俺も向かうと、そこには。

 

 

「……あら、サバンナシマウマじゃない。あなたたちもいたのね」

「って、何かと思えばあなただったんですか……」

「人騒がせ、ならぬアニマルガール騒がせだね!」

「私としてはそんなつもりはなかったんだけどなぁ。あ、トツカもおはよ」

 

 

ズボンの両ポケットに手を突っ込みながら、縞々模様、とは言ってもサバンナシマウマのものとは違ってさらに薄い縞が所々にある長い髪を揺らす女性が座っていた。勿論ナメクジではなく。

 

 

「……おはよ、チャップマンシマウマ」

 

 

彼女は、チャップマンシマウマのアニマルガールである。

こいつはまぁサバンナシマウマの知り合いで、二人ともほぼ同時に知り合った仲でもある。普段は『オグロヌー』というアニマルガールと一緒にいるはずなんだが、何でここにいるかを聞いてみたところ、どうも寝床を間違えたらしい。単純な間違いにしては振り回されたな、俺ら。

 

 

「ふーん。あ、でも私も聞いたことあるよ、巨大なシマシマナメクジの噂ってやつ」

「うわさ?」

「そ。てっきりサバンナシマウマかグレビーシマウマかなと思ってたんだけど、まさか私がなるとは……にしてもキミ、さっきはすごかったよ!木を下を向いて木を降りれるなんて」

「ははは、でもまぁ落ちちゃったんで。これからも精進あるのみ、ですっ」

「ま、俺が行きゃ落ちることもなかったのにな」

「お兄ちゃんは黙っててよぉ!」

 

 

シロハに背中を押されて追い出されてしまったので、仕方なく風景を見ることにしたいたが、いつの間にか他の四人が研究所の食堂へ行こうという話になったらしいので、風景観察を切り上げてついていくことに。さて、さっさとあいつらを追わなきゃな……お、いたいた。

 

 

「おーい、待てってばー」

 

 

あークソッ、サバンナの草はほんとに背丈が高い。ギリギリシマウマのどっちかの後ろ髪が見えるけど、それ以外は何も見えん。

 

 

「おーいシマウマのどっちかー、ちょっと待てったらぁー」

 

 

だぁー、少しくらい反応しろよ。まさか聞こえてないわけじゃないよな。

 

 

「だから待てって言って……」

「とぉつぅかぁー!こっちだよぉー」

 

 

……は?

 

急いで振り返ると、遠くの方に大きく手を振るチャップマンシマウマとその他三人の影。

 

 

「ばかだなぁー、変な方向行かないでよぉー。迷っちゃうよぉー?」

「あーはいはい、今行くから……」

 

 

……待て。そうじゃないだろ。

アイツらがいたのは、さっきまで向いてた方の真反対だよな。

で、さっき向いてた方にもいたよな。

 

…………は?

 

そもそもナメクジ(仮)の正体がチャップマンシマウマだとすると、瞬間移動したときの説明がつかない。俺の知る限りではアイツにそんな超能力じみた力はないからだ。

 

 

『巨大なシマシマナメクジの噂』

 

 

えっ、てことはさ。

さっきはシマウマだとおもって声をかけたけどさ。

 

あれは、まさか──

 

 

 

 

 

「もぉー、来ないならほんとに置いてっちゃうからねー!」

「……待てってば、やっぱすぐ行くから置いてくなぁー!」

 

 

 

 

振り返りたい衝動を何とかこらえ、全力でみんなのもとへとダッシュ。つかここで振り返るとかマジ無理。

という訳で、結局巨大ナメクジとはなんだったのかだが……

 

 

 

……真相は、闇の中に放っておくことにする。




以上、第47話こと21話のリベンジ的な何かでした。


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第48話 JUNGLE(熱帯雨林)を抜けて

蒸し暑いジャングルで、とある少女を見つけた。

 

もともと単なる散歩で誰かと会うとは思ってなかったから、つい驚いてしまった。あらゆる服がクリーム一色で毛皮付きと、密林の中では一際場違いな格好をして、そのモフモフな身体は、もはや見ているだけでもただでさえ高い体感温度が急上昇してくる。

本人もそれに耐えきれなくなったのか立ち止まって服を触る。指先を首元の毛皮に止め、動きに追従していた両眼は突然──横に居たのに気づかれなかった(・・・・・・・・・・・・・・)俺の身体に釘付けになった。

 

 

「あ、ごめん」

 

 

まぁ、居たっていうか……

 

 

「ちょっと助けてくんないかな」

 

 

……ツタに絡まって逆さ吊りにされてる、が正しいんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

んしょっ、っと。

 

 

「いんやぁありがとねぇ、あのままだと道行く人全員にパンチラする羽目になってたわぁ」

「ははは、どっちかっていうとパンモロだろう。ていうか、いったい何したらああなるんだい」

「んー、暇してたな」

「答えになってないよ」

 

 

だって考え事してたら転んで引っかかった、なんて恥ずかしくて言えないだろが。他のこと考えると前が見えなくなる癖はいまだ健在なんだよ……あぁクソ、頭に血が上って痛いし垂れる胸で顔は隠れるしパンツ丸見えだしで良いことなかった。

 

 

「んじゃ、俺はこの辺で。助けてくれてありがとな」

「あぁ待って、聞きたいことがあるんだけど。ここ、どこにあるかわからないかな」

「どれどれ……」

 

 

ひょいと見せられた手元にあるのは、なんとここキョウシュウチホーのパンフレット。ほんで、ちょうどいま開かれてるページにこれは……高山地帯へ続くロープウェイ路線図とやら。それに、高山地帯のカフェ。

 

 

「んぁあこれなら、この道を真っ直ぐ行けば」

「いやいや、そうじゃなくてね。お願い、一緒に行ってほしいんだ」

「……一緒にすか」

「うん!私は物覚えが悪い上に寂しがり屋でねー。それに君、暇してるんだろう?」

 

 

……まぁ、確かに今日は暇である。

なんせ遊び相手がいない。シロハは生まれたばかりのアニマルガールということで、昨日からあっちこっちに引っ張りだこ、他の奴らもそれについて行ったのである。本人もいろんなとこに行ってみたいとは言ってたし、信頼のセコム(カラカル)もいるから大丈夫だろうが……んー、俺も早起きして着いてけばよかったかも。

 

 

「それとも、もしかしてこんな可愛い女の子を一人で行かせるつもりなのかい?」

「身体能力はバカ高い癖に……あーったよ、俺も行く」

「そう来なくっちゃ」

 

 

……カピバラに似てんな、こいつ。

 

 

 

 

「あ、自己紹介が遅れたね。私はアルパカ・スリ、住処はアンインチホー。こっちにいる友達に、ワカイヤと二人で……あ、そういえば……ええと、こんな感じのコサック帽を被ったアニマルガールを見なかったかい?」

「んー?いや、見てないけど。知り合い?」

「うん、私の友達。アルパカ・ワカイヤっていう()で、遊園地までは一緒だったんだけど、彼女だけバスに乗り遅れて。待っても来ないから、先に目的地に行こうと思ったってワケさ」

「……それを先に聞いてやれよ」

「あはは、忘れちゃってたなー……」

 

 

俺もよく忘れるけどさぁ。

 

 

「それで、君は?」

「ああ、ツバサネコっていう猫のアニマルガール。トツカって呼んでくれ」

「いいけど……『ツバサネコ』で『トツカ』なの?」

「そ」

 

 

あんま詳しく聞かないで、と目配せすると、なんとなく察してくれたようでそれ以上は聞かないでくれる。やっぱ物分かりがいいと助かるな。なんせ他の奴なんて、サーバルはバカでカラカルは煽り全一でミライさんはケモナーでシロハは純真無垢で。あ、アードウルフ……は早とちりか。むぅ、恵まれてない……

 

 

「……っふぅ、それにしても暑いねここは。もうちょっと脱いでおこうかな」

「そういや俺が引き止めちまったんだったな……あ、後ろ向いてた方がいいか?」

「え、別にいいけど」

 

 

あ、そうなの。このひとプライバシーとかゆるゆるな感じなのかな。いや、首の毛皮とか外すくらいなら別に後ろ向かなくてもいいか……意識しすぎてた自分が恥ずかしくなってきた。

 

一人赤面する俺にはてなマークを浮かべながらも、さっきの様にそっと首元へ右手を運ばせるアルパカ。指先が触れた部分は、少し揺れたかと思えば、淡く虹色に光りだして段々と塵が空に舞うかの如く……

 

 

「って待て待てお前!そっ、それ、どどどうなってんだ!?」

「なんだい急に。普通に服を消してるだけだろう」

「世間一般でそれを普通とは言わねぇよ!」

「まぁまぁ落ち着きなって。君だってやったことないだけで、できると思うけど」

 

 

涼しい顔でセーターを消しながら言われると狂気しか感じない。

いや、服を消せるようになれれば脱ぐときに便利か……つか、ホントに誰でも出来んのか……?

 

 

「あ、じゃあ試しにやってみよっか。ほーら、消したい部分を思い浮かべて、消えろーってやってみて」

「そんなんで出来るわけ……ぬおぉっ消えたぁ!?」

「ふふっ、そんな感じ。まぁニーソくらいなら普通に脱いでもよかったと思うけどね」

 

 

ほわぁ、この体って思ったよりも便利なんやなぁ。アルパカもセーター消してシャツとショートパンツだけになってるし。あ、これ服の復活もできんのかな?って、復活してくれないといろいろ困るし、できるに決まってるか。

 

 

「と、トツカ!まえ!前を見て!」

「んぁ?バカだな、この先は橋だからツタに絡まることはもうな──」

 

 

バキッ

 

 

……え、何今の音。

 

驚いて下を見れば、バキッと割れて流され行く木材。

もちろん橋の一部なので、その下には川が鎮座。

つまり俺が乗ったせいで橋がぶっ壊れた、と。

 

……ははーん、何が言いたいかわかったぞアルパカ。

 

 

 

「俺がデブネコって言いてぇのかてめぇぇぇえええ!」

「んな訳ないだろぉぉぉおおお!?」

 

 

ドボンッ

 

 

なっ、バカ言ってたけど割と危険かもこれ!

 

 

「かはっ、ぐぁっ……にゃっ、あぐ、がぁあっ!」

「だぁもう!待ってて、いま助けに──」

 

 

シュッ

 

 

「なっ……誰だ!?」

 

 

アルパカが言い終わるよりも先に、彼女の後ろから謎の影が宙を跳び、真っ直ぐに俺へと突進する。

 

水面からほんの僅かに見えたその姿は、黄色の髪に、ネコのような耳と尻尾、全身に疎らに広がる点が入った丸模様。

 

 

「にゃっ、おまえはっ」

「掴まれ」

「はぁ!?」

「跳ぶぞ」

 

 

それに、どこか見覚えのあるような顔。

あれは……

 

 

 

 

 

 

~救出~

 

 

 

 

それからというものの、その少女の活躍はすごかった。空を飛んでるみたいに水の中に入って、ひょいっと俺を抱えてジャンプしたし。水の抵抗が仕事してなかったよアレ。

 

 

「ぶるるるっ……で、今日二回目の謝礼か。ありがとな」

「なに、礼はいらない。困っているものを助けるのは当たり前だ」

 

 

クールなセリフとともに顔に笑みが浮かぶ。

しっかしこの笑顔、若干釣り目っぽい目元、この模様も……誰だろ、ヒョウ?似てるけど違うか。

 

 

「……って君、もしかしてトツカさんかな」

「にゃ、そうだけど。なんで知ってんの?」

「なんでもなにも、ライブでボーカル担当してたじゃんか。君、キョウシュウの中ならかなり顔が割れてる方だよ」

「ライブにボーカルって、なかなか面白そうな話じゃん!私にも色々聞かせてよ!」

 

 

はぁ、まためんどくさいのが食いついたよまったく。

 

 

 

 

~かくかくしかじか~

 

 

 

 

「……ってことはつまりお前、ブラックジャガーとゾナの……」

「ああ、姉妹だ。って、言わなくても名前からもわかっちゃうか」

 

 

そう言って俺を救った少女──ジャガーは微笑を見せる。

で彼女の言った通り名前からわかるが、なんとライブ前日にお世話になったブラックジャガーの妹、ゾナのお姉さんである。生憎その二人は今はいないが、久しぶりにその名前聞いたなぁ……ライブが確か七日前、会ったのはその前の前だから九日前か。べっ、別に忘れてたわけじゃないんだからねっ。

 

 

「それと、姉さんと妹が世話になったらしいな。私は行かなかったんだが、話は色々と聞いたよ、姉さんのあんな顔を見たのは久しぶりだ。ありがとう」

「あー、なんつーか世話になったのは俺らの方なんだがな」

 

 

事実、借り一個作っちゃったし。あ、となるとジャガーにも助けてもらったわけだから、姉妹揃うと俺に貸し1つ、合わせて貸し2つじゃん。やっべ。

あとジャガーもアルパカの友達である『ワカイヤさん』のことは見ていなかった。俺もアルパカの言うようなアニマルガールはみてないし、そもそもまだ来てない説。

 

 

「でもそんなにやらかしてたなんてねぇ。キミ、見た目に反してかなりのドジっ娘なんだな」

「安心しろ、俺を越えるドジっ娘を知ってる」

「ツタに絡まって川に落っこちる娘よりもか?」

「ジャガーも乗ってこないで」

 

 

イジリ役二人とかさすがに制御できないからね?

 

 

「で、二人はいまどこへ向かってるんだ?」

「ロープウェイ乗り場に。高山地帯にあるジャパリカフェに行きたくてね」

「ふーむ……ここならもう少しで到着だ。でもこの先もまだまだ危険だから、気を抜くなよ」

「特にキミはね」

「こっち見んな」

 

 

つーか最近俺はドジみたいなイメージ広まってる気がするけどな、大半はサーバルあたりが原因なのであって、俺は巻き込まれてるだけなんだ。それに、ここまで来たらもうドジることとか……

 

 

「「…………」」

「なんだそのドジれとでも言いたげな目は」

「いや、別に何を言っても」

「結果は同じかなと」

「……挑発には乗らんぞ」

「「ちぇー」」

 

 

こいつら……。

 

 

 

 

~到着~

 

 

 

 

森林の中を歩いてて突然に人工物がバンッと出てきたら謎の安心感沸くよね、ってことでロープウェイ入口に到着。

 

いま思えば、アルパカはバスに乗ってた来たって言ってたな。なら、そのままバスでロープウェイ入口に来ればよかったのに……いや、俺が逆さ吊りされたままになるから、むしろアルパカが降りたのは幸運だったと捉えるべき。

 

 

「それじゃ私はここまで。橋の件については私の方から職員さんに言っておこう」

 

 

まぁその橋って全然使われてないんだけどねー。

 

 

「おや、ジャガーは一緒に来ないのかい?お礼に奢ろうと思ったのに。トツカが」

「なんでだよ」

「お、それは考えものだな」

「ちょっ、冗談だよね!?」

 

 

睨み顔を見せつけても「冗談冗談」と軽くあしらうだけのアルパカとジャガー。むぅ、俺を弄る時だけ連携力が上がるシステム止めて欲しい。

 

 

「はは、すまない。でも今日は姉さんと修行の約束でな。機会があれば、ゾナや姉さんと行ってみよう」

「是非ともそうして……っと、そろそろ来たみたいだ。さ、早く切符を買って」

 

 

咄嗟に振り返ったアルパカに続くと、遠くの方にこちらへ向かってゆっくり降りてくるロープウェイの滑車……列車?が見えた。待ち時間なしとは幸先良し、ジャパリコインを持って券売機に……

 

 

「……え、待ってこれもしかして自腹?お前が払ってくれたりしないの?」

「私はそんな金持ちじゃないよ、先に行くからね。それと、またね、ジャガー」

「待ちやがれこのぉっ!あ、ジャガーもいろいろありがとな!」

「あぁ、楽しんでこい!」

 

 

閉まるドアがうんぬんのアナウンスに怒らつつも車内へ滑り込んで、数秒後には登山開始。下から見送るジャガーに応えながら、時間経過に比例して高くなる外観に、つい童心に帰ったような気持ちに。高いとこに行ったのはサーバル抱えて飛んだあの時以来か。

 

 

「おおー、良い眺めだ。アルパカは興味ないのか?」

「私はもとからこういうとこに住んでるからね、あまり珍しくは。そうだ、君の言ってた、君よりドジっていう娘について聞かせてくれない?」

「あっ聞きたい?サーバルって名前なんだけど、こいつがまた面白くてな……」




アルパカ「ふわぁぁ~↑いらっしゃぁ~い!」
ジャガー「全然わからん!」
トツカ「えぇ……(困惑)」

次回へ続く。


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第49話 等身大の DRESS-UP(お人形さん)

失踪しそう(激ウマギャグ)


涼しい風が、耳元を泳いで行く。

 

水平視界180度、見渡す限りの青空。ロープウェイ入口の先へ広がる世界に、つい連れがいることも忘れ地面の端まで見に行けば、いつも見上げている雲たちはなんと眼下を流れて、これまたなかなか不思議な雰囲気が……なんて感動に浸っていると、連れに呆れた声を出しながらこちらへ来ていたんで、空返事をして目的地への進行を再開。

 

 

「あ、飲み物1つくらいなら奢ろうか。ちょっとしたお礼ってことでさ」

「おっ、いいの?じゃあそうだな、あるかわからんが麦茶がいいな」

「……キミ、ここカフェだよ?」

「うっせぇ」

 

 

いいじゃん麦茶美味しいじゃん猫って麦茶好きじゃん。ソース元は前世の俺が飼ってた猫。

 

 

「冗談だよ、子猫ちゃんがコーヒーも紅茶も苦手なのは知ってるって……さて、扉を開けて、と」

 

 

 

カランコロン

 

 

 

鈴の音に出迎えられて見渡せば、静かな店内に古っぽいジャズ、カウンターでグラスを拭く女性店員さんとこっちに気づいて走ってくる給仕らしきメイドさんがひと……って。

 

 

「はーい、いらっしゃいま……あああぁぁぁっ!?ななっ、なんでいるのぉ!?」

 

 

俺を見るなり案内も忘れて暴れだすメイドさん。

隣にいるアルパカの視線が痛い中、ようやく出せた言葉がこれ。

 

 

「……そりゃこっちのセリフだ、サーバル」

 

 

 

なんかもう、今すっごい複雑なキブン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カタン

 

 

「はーい、ご注文のやつ。ここ置いとくね」

「あいよ……ん、お前まで休んでいいのか?まだ休憩じゃないだろ?」

「マスターさんが休んでいいって言ってくれてね。お客さんもトツカ達だけだから」

 

 

椅子を引いて隣に座るサーバル。テーブルの上に置かれたカップに手を伸ばし、中の液体を喉へ流し込む。

 

 

「にしても驚きだよ、まさかついさっき聞いたばっかりのヒトに会えるなんてね」

「みゃ、どういうこと?」

「実はさっきロープウェイで──もがっ」

「まぁまぁそれはいいとして!……おほん。でサーバル、おまえここで何してんの?メイド服まで着て」

「んー、話すと長いんだけど」

 

 

事のいきさつを聞いてみると、昨晩シロハ案内組の数人でここに来て目覚めたらここにいたんだとか。む、そういやカラカルがいつしかここに来たいって言ってたか。

 

 

「マスターさんには『全員帰ったあとに私だけ戻ってきた』らしいんだけど、さっぱりなんだよー……」

「お酒でも飲んでたんじゃ?」

「酒ってかマタタビだな」

「うっ、ご名答ですぅ……」

 

 

こいついっつも誰かに面倒かけてんな、と思いながらカウンターを覗くと、無言のまま品物のチェックをする店員さん、ことマスターさんがそこに。かっけぇ……女性に向けて言うにはあれかもだが、なんつーか、ハードボイルドだ……

 

 

「じゃあその恩を返そうと思い立って、今に至るんだ。でも従業員ってだけならメイド服じゃなくてもよかったんじゃ?」

「えーとね、制服はマスターさんの以外は全部クリーニングに出しちゃったらしくて、宴会用の衣装?とかで地下室の倉庫にあったのを代わりに持ってきたの。あとマスターさんが可愛いもの大好きだし」

 

 

嘘だろ、と思ってマスターさん見たらめっちゃ顔赤くしながら二階に上がってった。……まぁしゃーねーよ、マスターさんだって乙女だもんな、うん。

 

 

「ははは、マスターさんもなかなか乙女だね……ところでサーバル、ここに……ええと、こんな感じのコサック帽を被った、アルパカのアニマルガールが来なかったかい?」

「えー?今日は二人が最初のお客さんだから、それ以外の子は見てないなぁ……その()がどうかしたの?」

「うん、私の友達でね。アルパカ・ワカイヤって言うんだ。ここが目的地だったんだがどこかではぐれてしまって、もうついてるだろうと来てみたんだけど、結果は御覧の通り。入違っても大変だから、私はここで待つかな」

「オーケー、なら俺も待つか。そのワカイヤさんとやらにも会ってみたいしな」

 

 

言い終わると同時にサーバルがじっと俺らを見つめて考えるような仕草を見せる。

おい、なんだその目は。

 

 

「そうだ!下にいろいろ服が合ったから、その娘が来るまで二人にも着せたいと思いまーす」

「……私たちまでかい」

「そ!たくさん仕舞ってあって一人じゃ全部は着れないもん」

「まぁ、たまにはそういうのも悪くないかも。トツカは?」

「お前らが着るならいいけど、俺が着るのはパスで」

 

 

そもそも全部を着る必要だって無いでしょうが。

 

 

「えぇー?……どうしてもヤダ?」

「どうしてもヤダ」

「どうしても?」

「どうしても」

「仕方がない……マスターさん」

「おいおい、マスターさんならさっき二階に……ぬぅおおっいつの間に!?あちょっ、うにゃっ、尻尾は引っ張るなって!もっと優しくしてぇ!」

「さて、諸々終わるまで待とうか」

「おっけー」

「俺はどこへ連れてかれるんだぁぁぁあああ!」

 

 

 

 

~数分後~

 

 

 

 

「……マジで行かないとダメ?」

 

 

ニッコニコで無言のまま頷くマスターさんにため息が口を突くも、眼が後退を許してくれず。ついには全身に薄布と羞恥を引っ付けたまま、地下室から階段を登り、二人の視線に雁字搦めされる有様に。これ絶対にさっきのサーバルの発言に対する八つ当たりじゃん……あぁもう、本当についてない。

 

なんせこの服、露出度がとんでもない。薄い白の布地に青い刺繍、そこは問題ない。しかしノースリーブだから肩が付け根まで丸出し、何より下半身は前後で分かれてるもんだから、最近になって駄肉の付き始めた肉塊、もとい両脚がうっすらと外に出ている。

 

なんたってこの服は──

 

 

「「……チャイナドレス、とは」」

「そんな目で見ないでくれ」

 

 

ちょっと新しい性癖できちゃうだろ。嘘だけど。

 

 

「わお、実物は初めて見るけどぴちぴちなんだねこれ。本人のスタイルがそのまま出てる」

「それは良い意味でだよな」

「まぁいろいろね」

 

 

腹回りを凝視しながら言うな。

ただ正確に言うと、チャイナドレスがぴちぴちっていうより、この服と俺のサイズが合ってないんだろうな。左右にある服の分かれ目なんてくびれあたりにあるから、こりゃあ結構背の低い人が着てたもんだ。それに靴がピンヒールってことは背丈を伸ばそうとしてたってことかもしれんし。おかげで着付け中に四回は転んだ。

 

 

「ここまで横があいてる服ってのもそうそうないよ、腰も丸見えだし……あれトツカ、ちゃんとパンツは履いてる?」

「履いてるって、ほら、紐が見えるだろこっから」

「ほんとだ!うっわ紐パンじゃんこれ!」

「たくし上げてパンツ見るのみっともないからやめなさい」

「「はーい」」

 

 

このままだとマジの露出狂になるとこだった、ありがとうアルパカママ。

 

 

「それよりほら、これなら足動きやすそうだし映画でよくやるカンフーポーズとかできそうだよ」

「あぁ、あちょーっ!ってやつ?いいねそれ、やってよトツカ」

「んぁ?あー……あ、あちょー」

「「いやダッサ」」

 

 

仕方なく腕だけでもポーズとってやったのにこの言われよう。こいつらからすれば『内股で歌舞伎みたいなポーズとるカンフーがどこにいるか』って感じかもしれんけど、あのな、今は履いてるのハイヒールだかんな。立つのですらやっとなんだから気を使って。

 

 

「もっとかっこいいポーズあるじゃん、飛べるんだし空中回転蹴りとかさ」

「お?踏みつけの練習台にするぞ?」

「ピンヒール刺さっちゃう!?」

「暴れない暴れない」

 

 

この靴履いてて良かったと思う瞬間。

 

 

「ねぇねぇ、後ろについてる髪留め、可愛いよこれ。この花って服の柄と一緒かな」

「唐突に話題を変えてくるなお前。えーと……あ、ほんとだ。何の花かは知らんが、リアルだな」

「ねー!他の髪飾りも探してくる!」

 

 

そう言い残して階段を駆け下がるサーバルだが、丁度いま髪を後ろで纏めてポニーテールにしているから、『髪留め』ってのは多分そこに刺してる簪のこと言ってたんだろう。思えば髪も長くなってきてたな、最近だとカラカルによくいじられてたからあまりいい思いは無かったが、マスターさんに纏めてもらってた間はちょっと気持ちよかったかも。

 

 

「この花は白い椿、だけど……トツカにはもったいないかもね」

「アルパカ?」

「いや、何でもない。しかしこの服、君にはぴったりだね。マスターさんのセンスには全く感服……む、ここ、ちょっと髪が絡まってるよ」

「マジで?直してもらったから問題は無いと思ってたが、どこらへんだろ」

「こらこら動かないの、やってあげるから。ほら」

 

 

むず痒さが脳直上に走り、なんとなく髪が触られてるなって感じて、しかしすぐに何もなくなる。細い指が髪一つ一つを手繰り寄せて、かつ痛みもないから、まるで髪の毛だけ自分の身体じゃないような気がして不気味だ。

 

 

「ちょっとー、二人していちゃついてないでこっち見てよー!」

「……すまんな、うちの五月蝿いのが」

「はは、いいのいいの」

 

 

 

 

~数分後~

 

 

 

 

それからサーバルがまた変な服を持ってきた上に『着たい』とか言い出したんで、仕方なくマスターさんさんに地下室へ再登場してもらい今に至る。サーバルが迷惑かける度に俺も全方位に謝ってる気がするけども、背中の"帯"をポンポンたたいてるマスターさんの顔を見ると、寧ろ嬉しそうに見えるし、一応Win-Winなのかも。

 

で、帯ってことは、こいつが着てんのは和服──

 

 

「──みたいだけど、ミニスカートとかあるし割と和洋折衷な服だね」

「和風喫茶、ってやつらしい。和の要素は簪と衿あたりくらいか」

 

 

ぶかぶかな袖とスカートが暴れてるのを見ると時代が解らなくなるが、本当にこんな制服の喫茶とかあるのだろうか。色は制服が黒基準に下着とエプロンが真っ白。

 

 

「和っつっても、どっちかというと明治時代とかにありそうだが」

「あー、時代背景的な?」

「わかってないだろお前」

「いいでしょ別に。あ、そうそう、これ見て!ほいっ」

 

 

自慢げにくるりんぱされてから後頭部を見せられて、ようやく白い花の簪が刺さっていることを自慢したかったのかと理解した。僅かに残る記憶によれば、簪を探しに行くと言ってたような無いような、とりま合点。

 

 

「えへへ、可愛いでしょ」

「あーうん、まぁ」

「なーにその微妙な反応は。私の髪色に合うやつ探すの、結構苦労したんだよ?服とセットだから色が合っても着られないのまであったしさー」

「ほーん……」

 

 

この花、前世でも花屋とかで見たことあるなぁ。花びらが内側三枚に外側三枚で、縦長のティーカップみたいな形の……確か、フリージアとか言った気がする。なんで覚えてんだ俺。

 

 

「……もしかして俺と色お揃いにしてくれたとか?」

「…………」

「えっ、なに?フリーズ?てか図星か?」

「いや違うけど。色が同じなのも偶然だし」

「あっはい」

 

 

なんだ、女子はお揃いが好きとか聞いてたんだがなぁ。しかもフリーズ中の顔、あれ心の中で『うっわ』とか言ってそうな顔だったような気もする。マジで女心ってわからねぇ……

 

 

「って、マスターさんいなくない?さっきまでここにいたのに」

「仕事に戻ったんだろ。客がいなくたって、お前みたいにサボるような人ではないしなー」

「サボってない、休憩なんだってば」

「冗談だよ。む、そういやアルパカもいないな」

 

 

いったいどこへ……と口にしようとするも、不意に「きゃっ」と短い悲鳴の木霊が耳に入り、獣特有の耳の良さが効いたらしい頭は無意識に音の方向を探知して、部屋の隅にアルパカの姿を見る。しかもただの姿じゃなく、タキシード姿だ。

 

 

「アルパカ、こんなとこにいたんだ。何してたの?」

「してた、というマスターさんにいろいろされてたね。見ればわかるだろう」

 

 

やや苦笑いで身体を見せる。メイド服にチャイナドレスに和風喫茶にタキシード、なんの宴会しようとしてたんだここ。

 

 

「なるほどな。さっき声があったから心配したが、大丈夫か」

「あぁ、蝶ネクタイが落ちかけて焦ったんだ。なんともないよ」

 

 

首元のネクタイに手を当てる仕草だけ見れば女性っぽい、でも顔と立ち方のせいで中性的な男性に見えんでもない。もとから中性的ではあるけども。

 

 

「アルパカとかマスターさんとか、カッコいい服も着こなせるのって羨ましいなー。なんだっけこういうの、ホストっていうやつじゃん」

「俺の第一印象としは執事さんって感じ。上着の後ろもちょっと伸びてるし」

「ふむふむ……じゃあ、一回やってみよっか」

「「は?」」

 

 

言葉を飲み込めない俺たちに対し、アルパカは咳払いを挟んで軽いお辞儀と共に潔白の手袋で包まれた右手を差し出す。

 

 

 

「さ。何なりとお申し付けくださいませ、お嬢様方」

 

 

 

……おぅふ。イケボ過ぎて惚れた。

 

 

「えっもっかい!その声どっから出したん!?咳だけでそんな変わるの!?もっかい聞きたい!」

「かしこまりました。それで……貴女は?」

「あぁ、えっと……ん」

 

 

あ、違う。あの目は普通の対応は求めてない目だわ。「お前ならノってくれるよな」っていう同調圧力の目をしてらっしゃる。うぇー、そういうのはサーバルに振ってくれよ……えーと。

 

 

「んんっ……あーあー。よし──」

「……トツカ?なにを……」

 

 

近くの椅子に音もなく座り、言い放つ。

 

 

 

「──私はいいわ。楽になさい、バトラー」

 

 

 

……とまあ、出来る限りのお嬢様ボイスを披露してやった訳、なんだが。

 

 

「おぉ、なんか声高っ。『私』なんて言ったの初めてじゃない?」

「声域広めなんだね、まさに人が変わったって感じしたよ」

「どーも……」

 

 

うわ、我ながらめっちゃ恥ずい。男なのにいいわ~とか、どっかの劇団かよ。顔がもうすごい熱いんだけど……多分、いや絶対にもう二度としない。

 

 

「となるとやっぱり、チャイナドレスなのがどうしても残念」

「あーうん、明らか雰囲気合ってないもんねー……あ!ちょっと待って、確かさっき向こうにそれっぽい服があったんだよ!あのハロウィンの時にトツカが着たやつみたいな」

「あぁ、あのゴスロリ系の」

「そ。ちょっと待ってねー!」

 

 

また昔のことを思い出してくるなお前、というかお前らまで俺で着せ替え遊びしようとしてないかこれ。マスターさんの性癖に感染してんぞ。

 

 

「元気だね彼女は……トツカも、さっきは割とそれっぽい声で驚いたよ。そっちの方には手を出した事とかあるのかい?」

「知り合いに演技が得意な奴がいてな。そいつと遊んでたから、齧る程度には……お、戻ってきたな」

「うん!で、これ着てみてほしくて……あ」

「ん、どした?」

 

 

じーっと顔を見るサーバル。すると今度は自分の前髪の上を手でくいっくいっと動かす仕草をし、そのまま俺の前髪もいじり始める。

 

 

「……なに?」

「トツカ、前髪長い。今気づいたけど、両眼も隠れてる、これじゃ似合わないよ」

「うん、それは私も思ってたな」

 

 

髪をいじる手が二つに増える。前髪以上にお前らの手の方が視界を邪魔してるよ、と言ってやろうと思ったが、髪伸びてきたってのは自分でも思ってたし反論しづらい。

 

 

「んなの別にいいじゃねぇか、服を着れないわけじゃないんだし。それに長いからって今から短くするのも無理だ、そんなの後でいいだろ」

「そうだけど、トツカったらいつも後でやるって言ったことやらないじゃん」

「それとこれとは関係ないだろうが。とにかく、今はできないんだから、もう着せ替えごっこは終わりに……」

「なら、私が今からセットしようか?」

 

 

……え。

 

 

「え、できるの?」

「もちろん、私の本業なんだ。任せて」

「本業ってことは、お前働いてんのか?」

「ちょっと特殊な事情でね、っと。マスターさん、二階の屋根裏、借りていいかな」

 

 

アルパカが階段を上るの追従する頷きは、言葉の内容からマスターさんであり、いつの間にかカウンターに戻っていたらしく相変わらず無言のまま微笑している。なんも言えないままでいると急に手招きを始めたが……これは俺じゃなくてサーバル宛てで、当人も理解したようでてくてくと歩いていく。ああもう、誰も散髪するなんて言ってないのに。

 

 

「早くおいで、先に着替えないといけないから時間ないよ」

「くっそ、今行くっての」

 

 

はぁ、流れに逆らうすべを身につけないとなぁ……。




2ヶ月も投稿できず誠に申し訳ないです。失踪の予定は無いのでご安心を。次回こそはなるべく早く出せたらな……

-追記-
けもフレ3リリースおめでとうございます!


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第50話 HAIRCUT(イメチェン)と気になるあのコ

2ヶ月以上サボるやつとかおるか~?(自虐)


「……何もないな」

「何かするにはもってこいだろ?」

 

 

屋根裏に上ったは良いが、地下の物置があるから必要ないのか、まぁなんとも……簡素。

床から壁を通って天井まで、全部乾いた木の色一辺倒。広さは一階とほぼ同じであろうに内装はというと木製椅子数個が奥でちんまり座ってる程度、でも汚れも少なくクモの巣も張ってない、掃除は行き届いているようでびっくりした。

 

 

「あ、木の薫りが……すんすん」

「ふふっ。確かに良い木の薫りがするし、なかなか気に入ったんだ、ここ。さっき君が着替えてる間に、サーバルと見つけたんだけ、ど……っと、はい、準備できたからおいで」

 

 

準備、一体どんな準備をしたのかと見てみれば、なんと先程の木製椅子が一つ、群れからはぐれてポツンと置いてあるのみ。

不思議に思いながらもおとなしく座ると、後ろでなにやらガチャガチャと取り出しはじめ、手際よくケープを肩に掛ける。首元でマジックテープを固定すると、いつの間にかアルパカの手元には、どこから見つけてきたのか中ぐらいまで水が入った霧吹きが握られていた。

 

 

「あー……じゃまず、髪の毛が切りやすいように、耳を消してくれる?あぁそっちじゃなくて獣耳の方ね。服の消し方は覚えてるかい、あれと同じように……ん、そそ」

 

 

言われるがままに消すと、間もなく慣れたような手つきで髪を湿らせ、櫛で梳いていく。思えば尻尾の感覚も無いような、ヒトの姿を思い浮かべたから一緒に消えたのかも、つかそもそも消せたことに驚き。切った髪も消えてしまうらしいが、ただそっちはもとに戻せないとのこと。髪の長さは自分で決められないようだ。

 

 

「っと。それで、お客様はどのような髪型になさいますかー?」

「お客様って、妙に手慣れてるんだな……鋏もなんかそれっぽいの見つけてくるし」

「まー本業だからね。あ、あとこれ自前だから」

「……あ、さっきも本業って言ってたか」

 

 

で、気になったので色々聞いてみた。

 

彼女らアルパカは髪が伸びやすく頻繁にセットする必要があって、最初は自分の爪で適当に切っていたらしい。それを知った研究員やスタッフのお陰でちゃんと鋏で切ってもらうようになったんだが、研究所通いが面倒で鋏をもらって自分で切っている内に上達、私も私もとセットして欲しい人が続出、あれよあれよと遂には、小さいとは言えアンインの研究所の一部屋と、化粧台や椅子・用具を貸してもらえることになったんだそうな。

 

 

「鋏を持ち歩いてるのはどこでも髪を整えられるように、と。よくそこまでしてもらえたな」

「事務さんやガイドさん、研究員さんはなかなかこの島から帰れないからね、だから私がしてあげてる訳で。大変なんだよ?特にワカイヤなんて、彼女毎週一回は来るんだから……」

 

 

口調の割りには嬉しそうに笑うものだから、充実してるんだなと。あれ、でも確か理髪師って資格が……

 

 

「さ、無駄話はここまでにして。髪型はどう……あっごめん、サーバルからリクエストあるから今の無しで」

「じゃあ聞くなよな……」

「ごめんごめん、それで料金が、えーっと」

「金取るのかよ!?」

「冗談だって」

 

 

~散髪~

 

 

それから数分、或いは数十分に及ぶ程に時間が流れたある時。獣耳を失って弱体化を喰らった筈の聴覚は、順調に聞こえる散髪の音の中、背後に「ふむ」と悩み込む声を認識した。

 

 

「どした?まさか髪型が変になったとかじゃ」

「違う違う、失敗はしてないんだけど、ね」

「むぅ、じゃあなんなんだよ」

 

 

俺の語勢によるものかちょっと話すのをためらうアルパカ。髪を断つザクザクという音は全てを誤魔化しそうで、しかしムッと睨んだのが功を成したらしく諦めの了承を持って無条件降伏に応じて頂いた。

 

 

「個人的に……もったいないな、後ろの髪、って感じただけさ。あんまり綺麗な髪だったから」

「あーわかる。絶対じゃないけど女性の髪は長い方が好き」

「好みじゃなくて、あの服との相性のはなし。サーバルのリクエストがあったから後ろ髪も切るようにしたけど、嘘ついて残せばよかったかもな。想像してみてよ」

 

 

髪を挟んでいた刃はいつの間にか柔らかな指の腹に変わり、本来的な散髪の意味はそこに無く、これもまた触髪の時間へとって代わられたらしい。頭蓋骨上に滑る電流が、快感的な全ての証拠だった。

そんなことより散髪を、とは考えてたが、ただ割と気持ちよくやってくれるもんだから、言われるがままに長髪で例のドレスを着た自分を瞼に写してしまった。

 

 

「どうだった?やっぱり今から方針変えようか」

「このままでいいよ。つかサーバルのリクエストなんだろ」

「確かに、君に拒否権はなかったね」

「悲しいことにな。もっと悲しいことに俺はあのドレスに似合わないって話もあるが」

「えー、そんなことないと思うよ?」

「世辞は良いから早う切れ」

「はいはい、わかったよお嬢様」

 

 

だってなんか似合わないんだよなぁ、ハロウィンの時の、あのゴスロリは割と似合ってた自信があるけど、やっぱり中身が男だから感性がズレるのか。衣装ならライオンあたりが詳しいかな……

そういや、シロハならぴったりと思ったんだよなこれ。髪色とか合ってる、背丈はちっちゃいけど寧ろお姫様感あって尚よし。その状態でロールプレイしてもらったらマジ鼻血でるかもしれん。スカートちょっと持ち上げながらこっちに走り寄って来て、その上「お兄様」とか呼ばれちゃったりして!あ、髪を伸ばした方が俺の好みにも合って貴族っぽさも出て一石二鳥じゃ……!

 

 

「ちょっとちょっと、頭を動かさない!」

「はぅっ」

「まったく、急かしたのは君なんだから少しは協力してくれよ、そんなに目を輝かせてないでさ。何を考えてたんだよ」

「あぁ……んと、妹ならこの服に一番合うんじゃないかってね。もちろん素のままでも可愛いんだけどな」

「妹?へぇー、君って妹もいたのか。メイドの友人に妹まで、キャラが濃いんだな……どんな見た目なの?写真とかある?」

「んー、待ってて」

 

 

真黒な貸出のスマホを手に持つ。んで、腕をケープの横から外に出して操作して……

 

 

「スマホなんて持ってたんだ、川に溺れたのに」

「ちげーよ、サーバルに『終わりの連絡用に』って預けられたの。どうかしたのか?」

「いや、私もワカイヤに預けたのを思い出してね。いやー、2つ持ってこなかったのは失敗だったな。で、画像は?」

「待てって、えーと、画像の共有ファイルの方に……ん、あった」

 

 

これは確か、サバンナに来る前に温泉で再開祝いに撮ったやつかな。だから……あぁそうだ、一緒にゲームエリアで遊んだ時の写真かこれ。筐体の椅子に座りながら左を向いてこっちにピースしてるやつ。

 

 

「おぉ、中学生くらいだね。あーでも……君とはあんまり似てないんだ。羽はあるけど耳も尻尾もない、猫というよりは小鳥か」

「そ、ゴジュウカラって鳥のはず。あんたの言う通り小鳥で、俺と俺の知り合いの妹」

「……うん?それはえーっと、君はそのシロハちゃんの姉で、てことは君の知り合いとも姉妹で……んん?」

「そこら辺は込み入った事情がな……」

 

 

適当に流すのもアレなので簡単にシロハの生い立ちについて説明をば。勿論、ちょっとしたトラウマがある等の話は出来るだけ省いたり曖昧に誤魔化していく。ただ、問題ないと思ってシロハがアニマルガールになって間もないってのは伝えた。

で、彼女の脳裏にどうも引っかかったらしく、シンキングタイムが再開される。散髪は中止。

 

 

「んだよ、今度は何を考えてんだ」

「何も考えてないよ。にしても弱ってるとこを拾ったとは、まさしく救世主だな君は」

「そういうのいいって。本人にも言わないから、とりあえず話してよ」

「……あんまり人の事情に突っ込むのは、良くないとはわかってるんだけど」

 

 

申し訳なさそうな顔で俺の頷きを得ると、アルパカは慎重な声で囁いた。内容はこう。

 

 

「その()が本当に生まれて間もないのか、ちょっとわからなくてね」

「……あい?」

 

 

若干、ほんの若干だが、聞いたときに頭が混乱した。確かにシロハの状況を理解していると自負していただけに、アルパカの発言からはそんな自負に真っ白な閃光を浴びせてきたような感触がした、その上今でもしている。

 

 

「いやまぁ、そんな真剣に聞かなくていいよ、推測の話だから。で、根拠を挙げたいんだけど……まず他の生き物と違って、アニマルガールの身体の大半を作っているのはサンドスターって特殊な物質。これは知ってるよね」

「あぁ、後はけものプラズムとかだ」

「それらは全部、火山……ここだったら、あそこの窓から見える真ん中のでっかい山にあるだろう。だからそのサンドスターが地表に出たとき、つまり噴火の時にアニマルガールは生まれる。それでも発生は稀らしいけど」

 

 

これはまぁ、登山(第5話)の時にアソ山が立入禁止だったから印象には残ってたってのと、ガイド(第8話)の日にミライさんが話してたんで覚えてた。あと厳密には、あの火口の奥深くである、本来マグマがある場所にサンドスターがあると考えられている。

 

 

「問題は次。そのシロハちゃんが生まれたのは最近、と君は言ったけど…………ここ数週間、キョウシュウで噴火は起きてない筈なんだ」

 

 

あぁ……確かに。

 

 

「そもそも、山の噴火なんてことがあれば、その一帯は封鎖されるんだ。本島の火山なんて、噴火の程度によってはジャパリパークそのものが封鎖、なんてこともある」

「お客さんを大惨事に巻き込むわけにはいかないしな」

 

 

ジャパリパークとは言えど一応は動物園。研究所なんかもあれどメインはサービス業だし、未だ訳の解らない不思議物質に、無関係な人々を接触させるのはマズい。

 

そう考えれば、転生直ぐ(第2話)の日にミライさんが昼間から休憩していた理由もなんとなくわかる……おおよそ、封鎖されてお客さんがいなかった、とかだ。他のエリアにガイドに行くのでは、とも考えたが、キョウシュウエリアの人事事情的に事務に駆り出されたか。

本人も『最近は事務が多い』なんて言ってた気がするし、社用車であろうサファリバスを私的利用してたあたりお客さんもいなかったんだろうし、何より休暇でここに残る必要はない……いや、あの人らならやりかねん。

 

 

「ただ、噴火してから時間が経ってもアニマルガールは発生するって聞いたことはある。噴出したサンドスターの大半は風に乗って空に留まって、それからゆっくり落下するんだとか」

「ん、それなら問題は……」

「でもそれだって二週間程度が限度だよ、封鎖も同じく最長で二週間。多少なら延びるかもしれないが」

 

 

てことは、ミライさんがサーバルと休憩してたのは、噴火からかなり時間が経ってて仕事が終わってたから、かな。ならシロハの場合も、あまり話題になってないのも、時間が経ってるため……いや、キョウシュウ内ですら封鎖の話自体を聞いてない時点で変だ。実際の封鎖がどんなもんかは知らないが、客はいなかったとはいえ営業はしていたあの日(第32話)は絶対に封鎖とは違う。

 

 

「んー、でも確かに生まれてばっかなんだよなぁ、雪山の研究員さん達も変だとは言ってなかったし」

「気がつかなかったか、噴火と関係なく生まれる前例があったかのどちらか……シロハちゃん、何かしらの検査は?」

「受けたよ。生まれたてで拾ったからな、温泉宿に連れてきて直ぐ、いろいろ身体の確認とデータとの照合もしてもらって、元動物も判明って流れだから特別な検査は無かったかな」

「ふむ、それならその時に問題なしってわかったのかなぁ……じゃあ、私の考えすぎだったか……」

 

 

少なくとも俺はそう考えてる。なんたって事件翌日(第44話)の時にカコさんから『データはあるから問題ない』って電話で聞いてるからなぁ、異常はなかったってことで間違いないだろうよ。それでも特例ではあったのか仕事増やされてたけど。ドンマイ。

 

 

「アルパカはどう考えたんだ?」

「えー、聞いちゃうのー?んー……私は、前の噴火で生まれて長い時間が経った後、君らに保護された、って考えた。元動物の頃の環境だったから変わらない生活が出来て、姿が変わったことに気づかなかった……とかじゃないかなって。ただ君らが旅館近くで拾ったって話が本当なら、シロハちゃんの縄張り(テリトリー)は旅館近くってことになる。つまり彼女はスタッフの目が届く距離にいた、とも言える」

「そしてお前の仮説が正しければ、噴火の後にスタッフさんとかが見つけてる筈だ、と」

 

 

これは話してないことだが、シロハの告白(第42話)でも身体の異変にはアニマルガール化した時点で気づいてた様子だったしな。……嫌っていた、が正しいか……

 

あまり、考えたくない。

 

 

「それが、前例があったとするなら君の話にも辻褄が合うんだ。だからまぁ、とにかく、私の思い違いだったよ。変に振り回しちゃってごめん」

「散髪の代金チャラで許してあげる」

「だからお金は取らないって……」

 

 

~数十分後~

 

 

『おぉ~!』

 

 

上がる歓声、長閑な店内、バーの奥にはアルパカに立たされて派手なドレスを着ちゃってる幼気(いたいけ)、とは程遠い(いた)()な短髪女子。その立ってるのが俺じゃなければなぁと、遠く虚空を眺める昼頃。

 

 

「その珍獣を見るような目やめてくれませんかね」

UMA(珍獣)なんだから仕方ないじゃん、それに可愛いものを見ちゃうのは乙女の性なの。ま、この服を選んであげたのは私だから可愛いのは当然なんだけど!」

「調子に乗りやがって……」

 

 

偉そうなどや顔の横に普段は半分が隠れる耳(獣耳じゃない方)がぴょこんと飛び出していて、何かと思えばどうやら簪で髪を結んで後ろでポニーテールに纏めていた。違和感があったからどうかしたのかと見ていたら、サーバルが唐突に顔を近づけて髪に手を添えてくる。いや、ちょっとびっくりしたけど声は出てないハズ。

 

 

「でも後ろ髪のセットすごいね、ボサボサだったのがキレイに揃ってる。短いってより、割りと長めにしたんだね、アルパカ」

「肩にかからないくらいがちょうどいいかなと途中で思ったから。耳やおでこが出るように横と前は短くして流してるから、違和感はないんじゃないかな」

「あっ、髪型だけでああなってるだけじゃないんだ。へぇー、アルパカって詳しいんだね」

「本業ですから」

 

 

目を点にして呆然とするサーバルの横でニコニコ笑うアルパカ。話せば質問攻めに合うことがわかっているようで何一つの解説も無しに話題をすり替えにくる。

 

 

「というか君、アレやんないの?お嬢様ロールプレイ」

「やんない。絶対やだ」

「えぇ!?そのために用意した服じゃん!」

 

 

サーバルが怒りに身を任せて更に顔を近づけて、さすがに耐えきれなくてちょっと声が漏れた、かもしれない。いや、僅かに自分の「んっ」みたいな声が聞こえたような気はしたけど……てか顔が近いんだよ、離れろよ金髪ポニテ猫女。

 

 

「ほらポーズとってよ、ドレスの片方を持ち上げて、上から目線な感じで」

「ちょっ、あんまいじんないでよバカっ。あとじろじろ見るのもやめて」

「えーなんでよー。普段は服とか気にしないくせにー」

「お前に見られると恥ずかしいの!こういうのはまたそれとは別のはなし!」

 

 

カランコローン

 

 

「こんにちは~……あっ、スリちゃん!」

 

「「スリ……ちゃん?」」

「はぁ……ようやくかい、ワカイヤ」

 

 

呆れた声を隠しもせず、手を振るコサック帽子にさの方へ歩いていく。その様子に俺もサーバルもかたまったけど……え、『ワカイヤ』ってことは、彼女がアルパカの……

 

 

「まったく君は本当に、先に行ってるなんてよくその口で言えたな」

「ごめんってば~、バスの方向間違えちゃって、えへへ~……あ、あとさっき電話があってね、あの娘がもうちょっと遅れるから待っててって~」

「それは構わないんだけども。あ、紹介が遅れたね、私の友達のアルパカ・ワカイヤ。それでワカイヤ、この二人は」

「おおっ!なんか珍しい服を着てますね~!」

 

 

アルパカ──あー……スリの方、とかつけないとだめなんかな?──の話を耳に入れずに、目線はパッとこちらを捉える。確かに着てるのがドレスだから珍しいが、あんたのモコモコ具合も相当じゃないか。にしてもこのゆるふわ感……さては貴様、コアラの同類だな。

 

 

「おお~、多分普段の服、じゃないですよね。こういうのってよく着るんですか?」

「ううん、色んな服を見つけたから着てみてるの。ねー、トツカ!」

「着せられてるの間違いだぞー」

「ふぇ~、色もぴったりで似合ってますよ~。可愛いです!」

「あ、ありがとうございます……ってあっ」

 

 

ワカイヤさんの視線を避けようと奥を見たら、入り口の所に斜め下を見つめる獣耳金髪を発見した。なんとも今日溺れた俺を助けてくれた顔をしている、てかぶっちゃけるとジャガーである。なんでいんの。

 

 

「げっ、見つかったか」

「どうしたんで……あぁ、なるほど。この方は、私が道に迷っちゃったので案内していただいたんですよ~。というか……お知り合いなんですか?」

「まぁ知り合いというか、ついさっき会ったばかりというか……と、トツカこそ何してるんだ?」

 

 

あ、論点ずらしやがったこいつ。

 

 

「色んな服を着せて遊んでるの。はじめまして、私はサーバルキャットのサーバルだよ。ねぇねぇ、せっかくだし二人もやってみない?」

「おぉ~、やりたいです~!最近スリちゃんが新衣装考案を手伝ってくれなくてモヤモヤしてたんですよ~!」

「仕方ないだろう、私はワカイヤの練習台じゃないんだ」

「えー、スリちゃん可愛いのに~」

 

 

衣装ってなんのことなんだろ。てか、もしかしてアルパカ(スリのほう)って、普段の憂さ晴らしに俺で遊んでたのか。

 

 

「とはいえ彼女が来るまでなら、トツカで遊ぶのは賛成だけど。ジャガーもするかい?」

「あぁ……あんまり詳しくなかったが、こういう服、ちょっと興味が湧いたかも……」

 

 

え何その乙女な反応、なんか意外。ってか姉とそっくりじゃねぇか。なんなら服を着せたい側じゃなくて着たい側の反応にすら聞こえる。

 

 

「じゃーまだまだ倉庫にたくさんあるし、早速始めちゃおっかー!」

『おー!』

 

「……助けてシロハ」

 

 

やーだよお兄ちゃん、という声が聞こえた気がした。



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第51話 PEACE()な世界で暮らしたい

あけてませんおめでとうございます(フライング)

来年は新章スタートかもです。これからもよろしくお願いいたします。良いお年を!


「うっ…………はぁ、んぁ……?」

 

 

眩しっ。なんか見える……たくさんの葉っぱと、隙間から除く青空。さっきまでこの前のカフェでの出来事をまた体験させられて気が狂いそうだったんだが、なんだ夢か。時刻はまぁ、昼ではないけど朝っぱらと言うには少し遅いくらいだろう。しっかし二日前の記憶がそのまま夢に出るとはな。

 

 

「はぅあぅあぁ~……」

 

 

まずは仰向けのままあくびと背伸びをひとつ、グッと力も息も抜き出しておき、後は身体を起こしまして顔を左右にブンブンブンと。妙にぐらつく床だなと思ったが枝の上で寝てたのか、研究所を巣立つなんて俺もずいぶん野生化したもんだ。

 

 

バサッ

 

 

ん……本が太ももで倒れた、なんだろうと見てみるとページもちょっと開いてるし見覚えもある。てことはなるほど、さてはトツカ貴様、昨日はこの本を読みながら徹夜した挙げ句に寝落ちしたな。

全く自分の阿保らしさにため息が出る。研究所で読んでくれ研究所で、こんな固いとこで寝たせいでこちとら背中がガチガチじゃい。

昨日の自分に不平を申していると、視界の端に映る草原の中に、こちらへ歩いてきているような二つの人影が見える。草むらに隠れて見えないから立ち上がったところ人影の片方が気づいて手を振って、それでようやく二人が誰か分かった。

 

 

「おはよ、お兄ちゃんここで寝てたんだね」

「お前こそよくこんなとこに来たな、シロハ……んしょ」

 

 

ひょいと木から降りて、体に付いた葉を振り落としながらシロハと話す。初めて会ったときの衣装は無くて、代わりに着ているショートパンツと長袖のシャツは暑くないようにと研究所でもらった服だと言う。ただ長袖なのに胴体部分は小さく鎖骨と臍が丸見え、サイズ間違えてるだろ。

 

 

「あんたねぇ……人の縄張りを『こんなとこ』呼ばわりはどうかと思うんだけど?」

「げっ」

 

 

一方の赤髪少女さん、ことカラカルはいつも通りの服でご登場。つーかここカラカルの縄張りかよ。

 

 

「何よその『げっ』て。自分の縄張りに来ちゃいけないの?」

「そういう訳じゃ……」

「まぁまぁお姉ちゃんも怒らないでよ。えーとね、研究員の人たちがサーバルさんを探しててさ、手伝ってるけど見つかんないんだ。お兄ちゃんは見てない?」

 

 

見たか見てないかで言われたら見たんだが、ちょうどさっき夢の中で会った、と言ったら嫌な顔をされて引かれるだけだと思うので絶対にやらない。そう言えば昨日も会ってないな。

 

 

「見てないな、なんなら今起きたばっかだし。あいつがまたなんかやらかしたのか」

「まぁだいたい合ってるんだけど……ってトツカそれ!」

「うん?あぁ、この本が何か──」

「何かじゃないわよ!昨日返しといてって言ったじゃん!」

 

 

……思い返せばそんな気がしてきた。確か昨日の夕べ、借りた本を返しに行こうとして偶然カラカルに会って、別れ際に頼まれてついでにと取りに行ったんだっけ。忙しそうだったから全然話さずに別れちゃったし、印象薄くて覚えてなかったのかも。

 

 

「返却期限が今日までなのにぃ~、こんなバカに頼むんじゃなかったぁ~……!」

「落ち込むなよ、てか期限が今日までならまだ間に合うじゃねーか。俺も確か今日が期限だし、今から一緒に行こ?量も多くないんだから。多分」

 

 

言いつつ上を覗けば……あぁあるある、枝に何冊か乗っかってらっしゃるわ、ついでと言わんばかりに俺の借りた本まで乗っかっちゃってさ。

 

 

「今日は見たい番組があったのよ!……それとトツカ、まさかとは思うけどカードは失くしてないわよね」

「あるぞほら、栞代わりに使ってたからな」

「あんたのじゃなくて。私のは?」

「…………はっはっは」

「なぁにが『ははは』だド阿呆ぉ!あれだけ大事に持ちなさいって念押ししたのに何やってんのよ、あぁしかもこの時期だと図書館のデータベース更新とかで再発行に時間かかるし、もうほんっと最悪っ!サイッテー!」

「俺が悪かったから機嫌直せって……」

 

「二人ともさ、ちょっといいかな」

「「もちろん」」

 

 

いがみ合っているところにシロハの介入が割り込んで、なんとか一命は取り留めた。何を隠そう、我らが妹の悩殺☆キリング上目遣いに姉二人は成す術無しなのである。はぇあーかわええ……なんて思っていたら、胸元にそう大きくはない一冊の本を抱えていて、俺が気が付くと同時に「これさ」と言って差し出した。どうやら先の枝上の本達の一冊らしくタイトル的に物語のようで『第二巻』と書いてあるのだけはわかる。

 

 

「温泉宿でこれの第一巻を読んでたんだけど第二巻がなくて、それでこの本が欲しいんだ。でもどうすればいいのかわかんなくて、教えてほしいの」

「「もちろん」」

「そ、即答なんだ」

 

 

あーあ、これは断れませんねぇ。カラカルが即答したのは意外だな、あそこのテレビは録画機能だけ壊れてるしもうちょっと悩むと思ってた。いや、シロハの頼みを前にすればその程度塵にすぎないし当たり前か。

 

 

「でもでも、やり方さえ教えてくれれば自分でするよ!もう迷惑かけないように頑張るから、二人は……」

「ダメよ、シロハの周りに危険が来ないよう見張らないといけないから」

「図書館で危険ってなに!?」

「過保護なやつだなお前は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バスで移動することおよそ一時間、森林・砂漠・また森林の3コンボの景色を見せられながらようやく目的地に到着。さらに舗装路に沿って森を抜けると一面の花畑がお出迎えしてくれるのだが、その中にただ一つポツンと佇む赤い屋根の建物が図書館である。

入ってすぐに見えるデカい木はもうすぐ屋根を貫くんじゃないかという高さを誇る。床は一回にしかなく、天井に至るまで壁にびっしりと本が並べられており、数段に分けて設置された通路をエスカレーターと階段がつないでいる。

 

 

「じゃあ私はシロハとカードつくってるから。それ、返しちゃってね」

「カラカルのはまだいいの?」

「どっかの誰かさんがカードを失くしたせいで返せないのよ」

 

 

うっ、そういえばカードがないと返却できないんだよねぇ……今回ばかりは言い訳できないから、それを言われるとなにも言い返せない。

 

 

「もう、怒ってないからそんな顔しないで。再発行したら自分で返すわ。行くよシロハ」

「はーい今行きまーす。お兄ちゃんもまた後でねー」

 

 

カードの発行場所、なぜか貸出管理の端末と別の場所にあるんだよなぁ、一緒にすればいいのに。

貸出端末があるのは上りエスカレーター付近で、いくつか並ぶ縦長の直方体の横にある机に置かれている。そこで必要な操作を全て済ませると、横に置いてあった直方体たちの内、一番手前側にあった物がすいーっとこちらへ寄ってきた。直方体には中腹あたりに四角い穴が開いており、そこに借りていた本をセットして上面のタッチパネルで必要な情報を入力する。

 

 

「よいしょ……よしオッケー。お願いね」

 

 

俺がそう言うと、先程の直方体は反応するようにピロピロ音を出しながら、底面についた四つの車輪を転がしてエスカレーターへと向かっていった。返却はこのように貸出ロボットが自動配送してくれるのだ、なんと親切な設計だろうか。ただ今は検索機能が壊れてて借りるときは探さなければいけないし、ピロピロしてんのもちょっとうるさいけど。

 

 

「ピロピロピロ……(スィー)」

「…………」

 

 

はっ、気が付いたらエレベーターで上がってる貸出ロボの横を階段で追っかけてた。どうやらネコ化はかなり進行しているらしい。どうしたら直るんかなぁ、やっぱり首根っこだろうか。でも誰にもつままれたくはない、かといってこのままだとロボが在りし日の我がルンバと同じ運命を辿るし。

どうしたものか、と呟きながら悩み顔を上げ、黄色の毛玉に直面する。うん、この高さなら毛玉じゃなくて後頭部だね。言っとる場合か。

 

 

「ぬわっ、とと」

 

 

っぶね、なんとか後ろへ逸れて衝突は防げた……と思いきや、毛玉は下に付いた体と共に前方へフラっと傾く。これは倒れるな、ということで咄嗟に両肩を掴みこちらへ引き戻す。てかこの毛玉は、なんで。

 

 

「なんでいるんだサーバル」

「むにゃあ」

 

 

むにゃあ、じゃないが。

 

 

「どうした……ってトツカじゃないか。こんなとこで奇遇だな、久しぶり」

 

 

続けて眼前に現れるは、いつ見ても不相応に大きいハンマーを担いだ少女、ヒグマ。その自慢の熊手型ハンマーは持ち余す威圧感を隠せておらず、静かな図書館の中では中々浮いた存在である。

 

 

「うぁ、ひぐまぁ」

「……こいつどうしたの?」

「なんか拾った時からこの調子でねぇ」

 

 

遠回しに捨て猫呼びされたのに、本人はそのことは全く気にしていないご様子で、眠たそうにヒグマの胸元で甘えている。

 

 

「パトロールついでに本を返しに来たんだけど、道中で見つけたんだ」

「てことは、そのハンマーはパトロール用の」

「ハンマー?……あ、そういやだしっぱだった。ま、そういうこと」

 

 

片手間に消えていく右手のハンマーと、左手に掴まれた一冊の本。表紙にはカラフルな色ででかでかと『お家で出来る簡単レシピ! 50選』という題名らしき文字が……ん、今の題名は。

 

 

「どうしたの?気になる?これ」

「少しな、前にヒョウの姉妹が借りてた気がするから、確か誰かに持ってくんだったかな……」

「あ、それ私だよ。私が頼んだの」

「ふぇ?」

 

 

え、あのプライマリな人ってヒグマだったのか。料理とかするの意外なんだけど。

 

 

「んー、やっぱり意外かい。えーと、ジャングルのみんなが料理がしたいって言いだしてね。でもほら、動物って火が苦手だろう?」

「なるほど、それで火が怖くないお前が。でもそれならスタッフさんにでも頼めばいいじゃないか」

「彼らもなかなか忙しいからさー。それにあの時は、スタッフさん達へのお礼って面もあったから」

 

 

ほーん、どこの研究所も案外変わらずブラックなんだなぁ。労わってくれるアニマルガールがいるだけジャングルはマシなのかとも思ったが、材料はスタッフさんが用意したらしいのでやっぱり迷惑かかってるし結局ブラックに変わりなかった。

 

 

「でもなんでまた同じ本を借りようと?」

「え?いやいや、これから返しに行こうとしてるんだよ。カードの手続きもさっきしたし、場所もわかってるし」

「そうなんだ。貸出ロボ使えばいいのに」

「え、なにそれ」

 

 

瞬間、目が点になったように驚くヒグマ。あぁ、これは全く知らないパターンですか。あまり本を借りなさそうだし仕方ないが、それでも返却用端末の画面に『返却ロボを使用』って書いてあったろうに。

 

 

「あーまぁ、今から行くのも面倒だろ。このまま返しに──」

「とつか、とつかぁ!」

 

 

突然響いた俺を呼ぶ声はカラカルのもので、慌てて下を見ると、大きな音を出しながらエスカレーターをかけ上るカラカルとシロハを発見。

 

 

「あーい、今度は何だー?」

「あのねっ、私が借りたかったやつ、お兄ちゃんのだったの!」

「ワーオ」

 

 

半ば絶望した顔で上を見上げれば、なんと言うことでしょうロボットは遥か上の階に居るじゃないですかやだー。と、悲しみに暮れている間にカラカル達も俺らの階に到着。

 

 

「あっサーバル、なんでここに……まぁ後でいいや、とにかく追いかけるわよトツカ!」

「無茶言うな、今から間に合うわけないだろ!あれ低く見積もっても7階くらい上に」

「飛べばいいでしょ飛べば、あんたの翼は飾りなの!?ほら早くして!」

 

 

なるほど。

 

 

「あっ、私も飛べるから一緒に──」

「「シロハはダメ」」

「はい」

「それでよし、行くぞ!」

「ヒグマ、サーバルとシロハをお願いねー!」

 

「ちょっ、そんないきなり……行っちゃった。あー、私はこれ返しにいくから、二人は下で待ってて」

「あーい」

「ごめんなさい、うちの兄と姉がまた迷惑を……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一階の休憩スペースで、シロハとサーバルは向かい合うように座る。が、サーバルは眠気を我慢できずに机に突っ伏してしまう。普段どんな相手でも五月蝿く話すサーバルが沈黙というのもまた珍しい。

 

 

「あー……サーバルさんって、お兄ちゃんとお姉ちゃんとは長いの?」

「あぅー?」

 

 

これではいけないと思い立ち、話題を絞り出すシロハ。

 

 

「カラカルとはずっと友達だよ。トツカは、んー……まだ2ヶ月とかそれくらいかな」

「あれ、2ヶ月?結構最近なんだね」

「まーね……あーあ、思い返せばまだ2ヶ月だけなんだなぁ。トツカ、まるで数年は生きてたみたいだからわかんなくなっちゃう」

 

 

数十メートル上の階では、貸出ロボを操作するトツカが、またミスをしたのかカラカルに起こられている様子だった。それを見て「まぁ私と同じバカだけど」と付け加える。シロハは言葉の意味をよく理解できていなかった。

 

 

「え、わかんないって、どういう……?」

「あーそれね……2ヶ月くらいなんだよ。トツカが生まれてから」

 

 

サーバルは眠たげに、んぅー、と背伸びをする。その後また机に伏せたため背伸びの効果は怪しいが、今度は組んだ肘の上に顎を乗せ、机ではなくシロハを見る。

 

 

「結構最近なんだ、お兄ちゃんが生まれたの。それなら確かにあの知識量というか、性格は変な感じ」

「確か『しゅごけもの』とかなんとかなんだって~。ふぁ~あ」

 

 

やけに詳しいな、と感じたシロハ、今までの会話をもう一度思い出してみることに。その結果、あることに気がついた。

 

 

「サーバルさん、お兄ちゃんが生まれたときからずっと一緒なんだ」

「ずっとじゃないよぉー、でも確かにいちばん一緒にいるかも。なんならカラカルとはもっと長い付き合いだよ。……嫉妬した?」

「してないですっ!」

「冗談だよ。ふふっ」

 

 

相変わらずのうつ伏せのまま笑うサーバルは、なんとなく、カラカルとトツカがシロハを自慢する理由がわかった気がしていた。顔に現れるその表情が意地悪くて、シロハはなかなか気に食わなかった。

 

 

「……サーバルさんは二人に嫉妬とか、するの」

「たまにはね。友達はみんな好きだし一緒に遊んでいたいから、他の子にかかりっきりだとちょっと、んーってなる。だから……いなくなるのは、イヤ」

 

 

眉尻が下がる。しかしすぐにその顔も見えなくなる。

 

 

「トツカはあんまり嫉妬しないんだけどっ、はぅあぅあぁ~……」

「って、なんか欠伸多いけど大丈夫?ちゃんと寝てるの?」

「わかんない、ずっとふわふわした感じなの。昨日は何時に寝たんだっけなぁ……はぅ~」

「まぁそこら辺も含めて、ちゃんと研究所で看てもらってよ」

 

 

問いに答えるように現れたヒグマに、サーバルはポンと肩を叩かれた。それは「そう考え込むな」とでも言うかのようだった。先程の言葉を聞いていたのだろうか。

 

 

「あ、あなたはさっきの」

「ヒグマだよ。私は巡回に戻んなきゃ行けないから、もう行くね。二人もあと数分で来ると思うから、もう少し待ってて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の  の  の  の  の  の  の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サーバルったら、いったいどこ行ってたのよ!」

「ごめんってば~……」

 

 

本はなんとか取り戻すことができたわけだが、次に始まったのはカラカルのお説教タイム。

 

 

「ところでなんでサーバルのこと探してたんだ?」

「ほら、こいつあれがあるでしょ。バンドの後で言われた、一日一回の検査。一昨日から来てないらしいのよ」

 

 

そんなものもあったな。そう言えば、一昨日と言えば高山カフェでアルパカコンビやジャガー、マスターさんと会った日か。帰ったのはそんな遅い時間じゃなかったから研究所には行けた筈。だけど、サバンナについた後は別れたからそれ以降の動向はわからない。

 

 

「早く連れてきてって言われてるんだよ、ヒグマもいなくなってるし……どうしよ。トツカが連れてってくれない?」

「なんで俺が」

「まだシロハのカードができてない、あと借りたい本もあるの。それにほら、サーバルは一人じゃ行けなさそうじゃん」

 

 

カラカルが向いた先では、サーバルがふらふら歩いてシロハに寄りかかっていた。なんか、さっきより酷くなっているような……

というわけで断れず、ただいま森のなかで二人して長椅子に座っている。うわ、肩に頭乗っかってきた。

 

 

「おい、寝てないだろお前」

「ばれたぁ~」

「肩が痛いからやめろ」

 

 

何を言っても肩から離れようとしないサーバル。あーもう最近はなんだか忙しい、ライブだの雪山だの遊園地だの、暇だった世界は一体どこへ行ってしまったのか。

 

 

「……バス、来ないね」

「ああ」

 

 

ここに居た。

意外なことにめちゃくちゃ暇。あと2分くらいしかない筈なのに、何故か長く感じる。なにも持っていないうえいつものように話も弾まないからやることがない。

 

 

「そうそう、今更だけど。メイド服、可愛かったよ」

「メイド?……あー、一昨日の。メイド服も着たんだっけ」

「そ、首輪付きの。お嬢様の後にね」

 

 

あの後はただのコスプレ大会だっからなぁ。というか、首輪付きのメイド服とか絶対に制服じゃなくめコスプレ用だろ。猫耳カチューシャも入ってたような記憶がある。

 

 

「髪飾りも似合ってたけど、やっぱり首輪が一番ピッタリだったよ。赤色のやつ」

「なんだよ、飼われてるのがお似合いだってのか」

「いや、えっとあのー……もうぶっちゃけ聞くけど、トツカってもともと飼い猫だったりしない?」

 

 

は?猫を飼ってはいたが俺自身は猫じゃないぞ。言うつもりは無いけど。

 

 

「違うぞ」

「そっか、そうなん──っ」

「あっおい!」

 

 

気を抜いていた為なのか、立ち上がろうとしたサーバルは足を踏み外し前へと倒れる。なんとかさっきの様に支える……必要もなく、自力でバランスを取り戻し再度椅子に着席した。

 

 

「ったく、危ねぇぞバカ」

「なんかふわっとしちゃって。へへ、ごめん」

 

 

嗚呼、やはり暇な時間などなくて、面倒事ばかりが続いて行くのかもしれない。

でもまぁ、面倒ではあるが平和でもあるのだ。

 

なら、特に大事もなく、こんな平和な世界を暮らしていけたら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──あぁ……なん、で…………?──

 

 

──救急車を、搬送を急いで!ここならジャングルのが近い!──

 

 

──トツカ起きて!起きなさいよ、ばかぁ……起きてよぉ……!──

 

 

──そんな、ダメ、お兄ちゃん!しっかりして、目をつむっちゃだめ!──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いけたら、良かったのに。



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