仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME (ホシボシ)
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FOOLS,GAME
登場人物紹介


※注意!

第28話までのネタバレがあります。
そこまでガッツリしたものではありませんが、全ての参加者と、パートナーが誰なのかを記載しているので、できれば28話まで読んだ後に見ていただければと。

話の進み具合によって追記、変更していこうと思います。



※追記しました37話までの要素を加えました。





 

 

【ゲーム参加者】

 

神に選ばれた13人の魔法少女と、13人の騎士。

犠牲者を出さずにワルプルギスを倒す『協力派』か、ゲームに乗って最後の一組を目指す『参戦派』に分かれる。

 

 

※魔法少女サイド

 

 

鹿目(かなめ)まどか

 

 

願い:誰かを守れる様、強くなりたい

魔法形態:守護魔法

武器:ステッキ(展開すると弓)

パートナー:城戸真司(龍騎)

 

 

見滝原中学校に通う少女。

心優しく、大人しい性格以外には特にこれと言った特徴もない。

平和を守るために魔女と戦うマミに憧れ、何も出来ないと思っていた自分を変える為に魔法少女となった。

争い事が嫌いで、友達を大切にする。常に誰かの役に立ちたいと思っている。

 

魔法形態は守護。

強力なシールドや、自身を盾とした力がある。他にも回復や補助などが可能。

技を使用する事は少なく、戦闘ではサポートに徹する。

防御系の魔法名には天使の名前が入っている。

 

武器は弓。

魔法で形成された光の矢を放つ事ができ、複数の矢を放つ事も可能である。

ちなみに弓は普段ステッキとして機能しており、接近戦もある程度可能となっている。

 

パートナーは龍騎である城戸真司。

同じ様な思想を持つ者同士であるため、仲がいい。

まどかは真司のことを兄のように慕うが、半面で迷惑をかける事に対しての抵抗が強い。

二人の約束は『パートナーは助け合い』である。

 

 

【まどかが使用する魔法技】

 

 

・ディフェンデレハホヤー

 

自身を中心にして防御結界を広げる魔法。

誰かの為にこの魔法を使うと、庇うまでの移動スピードが何倍にも跳ね上がる

ちなみにまどかはいまいち恥ずかしくて魔法名を呼称していない。

 

 

・アイギスアカヤー

 

巨大な盾を出現させる魔法。

まどかが魔力を込める事によって強度と範囲を広げる事ができる。ちなみに魔法名はマミさんが考えてくれました。

 

 

・リバース・レイエル

 

解放の天使レイエルを召喚し、守護魔法で受け止めた攻撃を相手に向けて反射する。

 

 

・エンブレス・ヴェヴリヤー

 

支配の天使ヴェヴリヤーを召喚する。

相手のミラーモンスターの動きを天使が抱きしめて拘束する。ただし発動からまどかが一歩でも動くと魔法が解除されてしまう。

 

 

 

 

 

・スターライトアロー

 

鹿目まどかの必殺技、強力な貫通力をもった光の矢を放つ。

 

 

 

 

美樹(みき)さやか

 

 

願い:想い人の腕を治してほしい

魔法形態:回復魔法

武器:剣

パートナー:北岡秀一(ゾルダ)

 

 

まどかと同じクラスであり、親友の少女。元気で活発な性格、ムードメーカー。

正義感が強く、マミを強く尊敬している為に一番弟子を名乗る。

同じクラスで幼馴染の上条恭介に恋愛感情を抱いているが、なかなか気持ちを表せず、関係が進展しない。

 

魔法形態は回復。

音を媒介にして自身や他者を癒す力を持っている。

それだけでなく持ち前のスピードがかなり高く。回復によって疲労が少ないため、常に最速の状態を保つ事ができる。

 

武器は剣。

主に使用するのはサーベルタイプだが、剣という形状ならばほぼ全て練成する事ができる。

さらに身につけているマントは自由に操ることができ、身を守る盾にもできるなど、様々な応用が利くアイテム。

 

パートナーはゾルダである北岡秀一。

さやかは彼の事務所で『お手伝い』という名目のバイトを行っていた。

いろいろと不満が絶えない関係ではあるが、時折見せる北岡の優しさを、さやかも理解している様だ。

しかし――

 

 

【さやかが使用する魔法技】

 

 

・スパークエッジ

 

一定時間剣の攻撃力を上げる魔法。

 

 

・テンペストーゾ

 

さやかの必殺技。

激しい剣技で切り上げていき最後の一撃で下にたたき落とす。

 

 

 

 

(ともえ)マミ

 

 

願い:生きたい

魔法形態:拘束魔法

武器:マスケット銃

パートナー:須藤雅史(シザース)

 

 

見滝原中学校三年生。まどか達の先輩にあたる少女。

半ば強制的に魔法少女となっていしまい、以後は街を守るために魔女と人知れず孤独に戦っていた。

しかしまどか達が弟子となってからは、マジカルガールズと言う集団をつくって魔女と戦っている。

 

魔法形態は拘束。

リボンを使って相手の動きを封じる。

リボンはマミの意思で自由に動かす事ができ、鞭の様にして相手を攻撃する事も可能。

 

武器はマスケット銃。

大量に出現させて独特の戦い方を展開させる。

体術もそれなりにこなす事ができ、蹴りの威力もそこそこ。

 

パートナーはシザースである須藤雅史。

正義感が強い者同士強い信頼関係で結ばれている。

刑事である須藤にマミは憧れ、絶対的な信頼をおいている様だ。

 

 

【マミが使用する魔法技】

 

 

無限の魔弾(パロットラマギカエドゥンインフィニータ)

 

無数のマスケット銃を出現させて猛連射を行う。

銃弾の雨はたとえそこが暗闇だろうとも光で満たす事になるだろう。

 

 

・ティロリチェルカーレ

 

強化されたマスケット銃を自身の周りに設置して別方向を射撃する。

 

 

・ティロフィナーレ

 

マミの必殺技。

巨大な大砲から弾丸を発射する。

 

 

 

 

浅海(あさみ)サキ

 

 

願い:妹の残したスズランを枯らせない

魔法形態:成長魔法

武器:短鞭

パートナー:霧島美穂(ファム)

 

 

マミと同じクラスで、まどかの家の近くに住んでいる。クールで落ち着いた性格。

まどかの幼馴染であり、二人きりの時お姉ちゃんと呼ばれて慕われている。

マミの事情を知ってからは親友となり、よき理解者となってる。

 

魔法形態は成長。

雷を操り、様々な『成長』を司る。

 

武器は短鞭。

伸縮自在であり、サキの意思で自由自在に動かせる。

さらに空中で軌道を折り曲げる事も可能。

 

パートナーはファムである霧島美穂。

共に戦いを止める為に手を取り合った。

他人の色恋沙汰に首を突っ込みたいと言う困った共通点も。

 

 

【サキが使用する魔法技】

 

 

・ランチア インテ ジ オーネ

 

鞭の先端に雷の力を集中させて貫通力を跳ね上げる技。

 

 

・トゥオーノ アルマトゥーラ

 

落雷を自分に命中させて雷のバリアを形成させる技。

 

 

・インバーシオ トゥオーノ

 

相手に電撃を流し込みつつ投げ飛ばす技。

投げ飛ばされた相手はしばらく麻痺が残り、動けない。

 

 

・イル フラース

 

サキの切り札。

成長魔法で自分のステータスを爆発的に跳ね上げ、限界以上の力を得る。

雷が翼状となり付与されるため、電磁浮遊で空を飛ぶことも可能。

さらに強力な電磁砲を発射できる。

 

 

 

 

千歳(ちとせ)ゆま

 

 

願い:ゆまを助けて

魔法形態:???

武器:ハンマー

パートナー:佐野満(インペラー)

 

 

魔法少女では最年少。

ある日使い魔に襲われていたところをマミ達に助けられ仲間に。

マミのことを本当の姉の様に慕う。ちなみに食欲旺盛だったりする。

 

武器は猫を模したハンマー。

意外とパワーを備えている。必殺技はマミと考え中。

 

パートナーは……

 

 

 

 

立花(たちばな)かずみ

 

 

願い:???

魔法形態:破戒魔法

武器:十字架

パートナー:秋山蓮(ナイト)

 

 

蓮の親戚。無邪気で人懐っこい性格。

何やら蓮の事がお気に入りらしく、べったりと懐いて離れない。

ちなみにアホ毛には魔女や魔法少女を見分けるセンサーの様な能力がある。

 

魔法形態は破戒。

様々な力を持つが、最もたる力は、一度見た相手の魔法を自分の物にする事ができる。

技や武器もコピー可能であり、相手と戦う程強くなっていく魔法である。

しかし完全再現ではなく、あくまでもアレンジであり、威力や性能は本物よりやや劣る。

 

武器は十字架。

剣としても槍としても、ロッドとしても使用できる万能武器。

さらに破戒の魔法により、相手の武器に姿を変える事も可能。

マントはさやか同様、状況によって使い分けるアイテムになる。

 

パートナーはナイトである秋山蓮。

かずみは絶対的な信頼をよせて協力しているが、理由は不明である。

 

 

【かずみが使用する魔法技】

 

・コピーした魔法技の一部

 

(マミ)

パロットラマギカエドゥンインフィニータ、ティロフィナーレ

 

(サキ)

イルフラース

 

(ほむら)

クロックアップ

 

(さやか)

テンペストーゾ

 

※この他にも多くの魔法をコピーしている。

 

・リーミティ エステールニ

 

杖の先から巨大な光のレーザーを放つ必殺技。

 

 

 

 

暁美(あけみ)ほむら

 

 

願い:???

魔法形態:???

武器:盾

パートナー:手塚海之(ライア)

 

謎につつまれた少女。

多くの事を知っている様だがそれを明かそうとはしない。

鹿目まどかを常に気にかけている所がある様だが、何故なのかは分からない。

ジュゥべえから次は無いと警告された様だが――?

 

武器は盾。

相手の攻撃を受け止めるだけでなく、中が異次元となっており多くの物をサイズに関係なく入れる事ができる。

ほむらはソレを使って多くの重火器をストックしている

 

パートナーはライアである手塚海之。

仲がいいとは言えないが、両者似たような雰囲気。

双方協力関係にあり、一緒にいる時間は長い。ほむらとしても手塚の実力は認めている様だ

 

 

【ほむらが使用する魔法技】

 

 

・クロックアップ

 

一定時間自分のスピードを上げる。

 

 

・カレント・インタラプト

 

自分以外の時間を停止する。触れている物は動かす事ができ、彼女に何らかの形で触れていれば動くことができる。

発動には魔力以外に盾にある砂を使う事になり、いつまでも時間を止められる訳ではない。

そして砂はある戦いにおいて必ず無くなるルールになっている。

 

 

 

 

美国(みくに)織莉子(おりこ)

 

 

願い:???

魔法形態:予知魔法

武器:球体状の宝石『オラクル』

パートナー:上条恭介(オーディン)

 

 

暁美ほむら同じく謎に包まれた少女。

彼女もまた多くの事を理解し達観している雰囲気である。

友人であるキリカの事を大切にしているが、キリカを利用しなければならない事に苦悩している。

ゲームに関しては乗り気でないが、ある一人を殺害する為に様々な参加者を利用する。

 

魔法形態は未来予知。

文字通り未来を知る事ができる。

しかし織莉子自身この魔法を使いこなせていない為、非常に不安定な状態となっている。

だがその力は凄まじく、彼女はゲームの結末を既に知っている。

 

武器は球体状の宝石、オラクル。

織莉子の意思一つで自在に生み出せ、かつ操作できる。

ある程度は自動で飛びまわり、攻撃ビットとして機能する。

 

パートナーはオーディンである上条恭介。

未来を見た織莉子は、上条がパートナーである事と、戦いに乗り気ではない事を知る。

その未来を変えるために、はじめのアクションを起こす。

 

 

【織莉子が使用する魔法技】

 

・グローリーコメット

 

オラクル達を円形状に並べ高速回転させる。

さらに魔法を纏わせる事で強力なノコギリとして操作する。

 

 

 

 

(くれ)キリカ

 

 

願い:???

魔法形態:???

武器:魔法で構成した爪

パートナー:東條悟(タイガ)

 

 

やや電波的な性格をしている少女。織莉子の親友で依存に誓いほどの愛をみせる。

自らが織莉子を守る盾であり、織莉子の邪魔を排除する矛である事を役割としている。

織莉子以外の事をなるべく頭に入れたくないため、他人を呼ぶときはあだ名を使う。

 

武器は魔法で構成された爪。

素早い攻撃で相手を刻むスタイルとなっている。

斬撃を放つことも可能で、爪同士を繋ぎ合わせる事もできるらしい。

 

パートナーはタイガである東條悟。

契約済みでありながら、一緒にいる時間がおそらく最も少ない。

キリカ曰く、顔も見たくないほど嫌いらしい。

 

 

【キリカが使用する魔法技】

 

・ステッピングファング

 

爪を飛ばして攻撃する。

 

 

 

 

●双樹あやせ

 

 

願い:???

魔法形態:火炎魔法

武器:サーベル

パートナー:芝浦淳

 

 

可愛い物が好きと年相応の少女だが、殺し合いを楽しみと思う危険思想の持ち主。

虫も殺せない様な見た目や雰囲気とは裏腹に、殺し合いを肯定する姿勢を見せ、ゲームに乗り気である。

魔法少女時のドレスを気に入っており、ややナルシストな面も。

 

魔法形態は火炎操作。強力な炎を操る事ができ、攻撃に特化している。

そして、それだけでなく――

 

武器はサーベル。

おっとりとした雰囲気に反して、剣技自体はそれなりの腕である。

 

パートナーは芝浦淳。

あやせは彼に大きな好意を抱いている様だ。

芝浦に褒めてもらえるならば、彼女は人を簡単に殺せるだろう。

 

 

【あやせが使用する魔法技】

 

・アルディーソ デルスティオーネ

 

炎の弾丸を無数に放つ攻撃呪文。

 

 

・セコンダ スタジオーネ

 

発射した炎を、さらに分裂させる。

 

 

・ジュディツィオ コメット

 

あやせの必殺技。

自身の周りに炎を纏わせて巨大な球体となる魔法。

移動も可能であり、まさに炎の隕石となりて相手を攻撃する。

 

 

・カルチェーレ パウザ

 

状態異常を解除する魔法。

さらに自分の壊れたソウルジェムを直す力もある。

粉々にされたとしても完全に修復可能であり、一見ありえない魔法に思えるが――?

 

 

 

 

神那(かんな)ニコ

 

 

願い:???

魔法形態:再生成

武器:バール状の杖

パートナー:高見沢逸郎

 

 

妙なしゃべり方を多用するアンニュイな雰囲気の少女。

気まぐれで行動したりと明確な考えが不明である。

人の命を左右するゲームでさえ、パートナーの意思一つで意見を変えた。

以後はゲームを楽しむ素振りを見せている。

 

魔法形態は生成魔法。

物体を他に物体に作り変える事ができる。

それは自分の分身であったり、果ては携帯の魔法アプリだったりと非常に多様な使い方ができるものの、戦闘で火力が出せるのかと言われれば微妙である。

 

武器はバール型の杖。

それ以上でも以下でもない、ただのバールである。

 

パートナーは大企業の社長である高見沢逸郎。

彼はニコの力を高く評価している為、好きにさせている。

ニコとしても豪遊ライフを楽しみ好き勝手にやっている様だ。

 

 

【ニコが使用する魔法技】

 

 

・レジーナ アイ

 

魔法で作り上げた携帯のアプリ。

登録した人物が範囲内に現れた場合、地図に表示したり、情報を表示する等、反則級の能力を幾つも秘めている。

さらに登録魔法少女のソウルジェムの穢れ具合すらも知る事ができる。

 

 

・レンデレ オ ロンペルロ

 

自分の魔力を衝撃エネルギーに再生成して放つ必殺技。

消費する魔力は非常に少ないが、威力はやや低め。

 

 

 

 

佐倉(さくら)杏子(きょうこ)

 

 

願い:父親の話を聞いて欲しい

魔法形態:無し

武器:槍(多節棍)

パートナー:浅倉威(王蛇)

 

 

ゲームに乗った魔法少女。凶暴で残忍な性格をしている。

魔法少女になる事や生きる事に対して厳しい意見を持ち、時には優しい一面も見せていた。

しかしゲームが始まると戦いを好む性格へと完全に変貌し、関係の無い人々の命までも奪い始めた。

 

魔法形態は無し。

契約時に授かった魔法は、彼女自身が否定してしまい使えなくなってしまった。

しかしその分の魔力を肉体強化に使っているため、完全なパワーファイターとなっている。

あくまでも固有魔法が使えないと言うだけで、槍の伸縮や出現場所、槍の巨大化等は魔法によって行われている。

 

武器は多節棍となる槍。

槍モード、多節棍モードのどちらも魔法で長さを変える事ができる。

槍は魔法で生み出される為、いくつも出現が可能。

 

パートナーは王蛇である浅倉威。

杏子に影響を与える程の危険人物だが、両者の仲は非常に良い。

結果、双方どれだけの参加者を殺せるかを競い合う事に。

 

 

【杏子が使用する魔法技】

 

 

・異端審問

 

地面から槍を出現させて相手を串刺しにする。

発動前に地面が光るので、相手はそれを見て回避するしかない。

 

 

・最後の審判

 

巨大な槍を出現させて相手を貫く必殺技。

槍は杏子が乗れる程に大きくする事もできる。

 

 

 

 

●ユウリ

 

 

願い:???

魔法形態:変身魔法

武器:二丁拳銃『リベンジャー』

パートナー:リュウガ

 

 

ゲーム参加者の皆殺しを目論む魔法少女。

デッキの力で一度倒した魔女を使役する事ができ、ゲームの優勝候補として君臨する。

 

魔法形態は変身。

一度見た人間に変身できる。

変身した場合、能力はユウリのままだが、外見と声は完全に変える事が可能。

相手の武器もコピーできるが、それはリベンジャーをそう見せているだけなので、剣をコピーしても切る事はできない。

 

武器は二丁拳銃リベンジャー。

見た目は現代的なハンドガンであり、様々な効果を持った弾を発射する。

さらにリベンジャーにはバイザーとしての能力があり、カードを撃つと発動させる事ができる。

 

パートナーはリュウガ。

ユウリの命令に従う駒のようだが、詳細は不明。

 

 

【ユウリが使用する魔法技】

 

 

・イル トリアンゴロ

 

三角形の巨大な魔法陣を出現させ、一定時間が経った後に爆発させる範囲攻撃。

 

 

・ミックスミキサー

 

リベンジャーの銃弾を変更する魔法。

ちなみに弾は自動で装填され、かつ無制限である為に弾切れになる事は無い。

 

(ノーマル)

 

無色の弾丸、何も特徴は無いがバランスのいい威力とスピード。

 

 

(スタンガン)

 

黄色の弾丸、ダメージは無いに等しいが当てた部分を麻痺させる。

麻痺はダメージの応じて時間が決定する。

 

 

 

 

※騎士サイド(契約モンスターを一定時間召喚するアドベントは全員共通)

 

 

城戸(きど)真司(しんじ)

 

 

変身後:龍騎(りゅうき)

契約獣(ミラーモンスター):無双龍ドラグレッダー

モチーフ:龍

パートナー:鹿目まどか

 

 

見滝原で記者見習いをしている青年。ある日使い魔に襲われた所をまどか達に助けてもらう。

正直でまっすぐな性格だが、悪く言えば馬鹿な部分も。他人を守るために騎士として戦う。

蓮と美穂とは昔からの友人であり、いずれ戦う可能性に困惑している様だ。

 

ミラーモンスターはドラグレッダー、その性質は勇気。

巨大な体を使った攻撃や強力な火炎で相手を攻撃する。

真司が子供の時に見ていた戦隊ヒーローの相棒が赤い龍だった為、この姿となった。

アドベントカードには魔女の文字で、下記のような『フレーバーテキスト』が記載されている。

 

 

F・T『彼の勇気は、愚かな輪廻を破壊する』

 

 

【龍騎のカード】

 

・ソードベント

 

尾をモチーフにしたドラグセイバーを出現させる。

斬撃を炎に乗せて発射する必殺技・龍舞斬を発動可能。

 

 

・ストライクベント

 

ドラグレッダーの頭部を模したドラグクローを出現させる。

直接殴るだけでなく、火炎を発射する事もできる。

ドラグレッダーを召喚して巨大な炎弾を発射する必殺技、昇竜突破が使用可能になる。

 

 

・シュートベント

 

まどかとパートナーになった事で生まれたカード(パートナースキル)

ドラグレッダー模した弓、ドラグアローを召喚する。ひし形の矢先は、ポインターであり起爆剤。

炎の攻撃を引き寄せて、同時に威力を跳ね上げる役割を持つ。

 

 

・ガードベント(ドラグシールド)

 

ドラグレッダーの腹部を模した盾を構える。二つまで召喚可能であり、肩に装備しておく事もできる。

さらにドラグレッダーが炎を纏い自身の周りを高速旋回する竜巻防御が使用可能。

 

 

・ガードベント(ドラグケープ)

 

パートナースキル。龍騎の紋章が刻まれた赤いマントを出現させる。

これをなびかせる事で相手の攻撃対象を自分にする事ができる。一種の洗脳であり、相手の能力が高い場合は、効果の意味を成さない。

 

 

・スキルベント

 

パートナースキル。

変身していない状態で使うもので、かつバイザーに通さずとも持っているだけで効果を出すカード。

変身していない状態で危険な攻撃が来ると龍騎の紋章がシールドとして現れて防御を行う。さらに自動で変身を行ってくれるドラゴンハートを使用。。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

 

龍騎の周りをドラグレッダーが激しく旋回。

その後飛び上がり炎を纏ったとび蹴りを浴びせる『ドラゴンライダーキック』を発動

 

【複合】

 

まどかと協力して発動。

まどかの力で、ドラグレッダーから炎の矢を発射。

それが龍騎と合体し、パワーを上げた飛び蹴り『マギア・ドラグーン』が発動。

非常に強力な技だが、まどかが矢を引く時に若干の隙が生まれる。

 

 

 

 

北岡(きたおか)秀一(しゅういち)

 

 

変身後:ゾルダ

契約獣:鋼の巨人マグナギガ

モチーフ:牛

パートナー:美樹さやか

 

 

見滝原で弁護士をしている男。事務所は小さいが、腕は確かな物。

淡々としており、弁護士でありながらも正義感と言う物は特に無い様だ。

 

ミラーモンスターはマグナギガ。

巨大な身体で、全身が武器といってもいい火力である。

 

 

【ゾルダのカード】

 

・シュートベント(ギガランチャー)

 

マグナギガの腕部分をとったギガランチャーを装備する。

そこから放たれる弾丸は、反動が起こる程に強力である。

 

 

・ストライクベント

 

マグナギガの頭部を模したハンドバズーカーであるギガホーンを装備。

二対の角で攻撃するだけでなく、捕らえた相手にゼロ距離で砲撃を浴びせる。

 

 

・ミラージュベント

 

銃弾が当たった際に反射して軌道を変えるギガミラーを設置する。

ミラーを自分の前に設置すれば盾としても役割を持つ。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】マグナギガの背中に銃をセットする事で体中の武器を展開させ、圧倒的な超火力で辺りを焼き尽くすエンドオブワールドを発動。

 

 

 

 

須藤(すどう)雅史(まさし)

 

 

変身後:シザース

契約獣:甲殻騎兵ボルキャンサー

モチーフ:(かに)

パートナー:巴マミ

 

 

見滝原の刑事。マミに助けられた時に騎士として覚醒したらしい。

正義感が強く、子供のときの夢である正義の味方になるべく、刑事の職業を選んだ。

しかし自分の目指す正義と現実がうまくかみ合わない事に、歯がゆさを感じている。

 

ミラーモンスターはボルキャンサー、その性質は正義。

硬い甲羅と強力なハサミで相手を攻撃する。

須藤が子供の時に小さなカニを飼っていたためこの姿となった。

 

 

F・T『その正義は、正しいのだろうか?』

 

 

【シザースのカード】

 

・ソードベント

 

ハサミの一部を模したボルナイフを召喚する。リーチは短いが軽量で使いやすい。

 

 

・ストライクベント

 

ハサミを模したシザースピンチを召喚する。

強力なハサミは攻撃としてはもちろん。非常に硬いので、ガードも可能。

 

 

・シュートベント

 

パートナースキル。

ボルキャンサーを模したマスケット銃から水流弾を放つ事ができる。

 

 

・フリーズベント

 

パートナースキル。

ボルキャンサーがバブルを発射、それに相手を閉じ込める。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

 

ボルキャンサーがシザースを打ち上げ、彼が体を丸めて高速回転攻撃を行なう『シザースアタック』を発動。

 

【複合】

 

マミと協力して発動。

マミが巨大な大砲を出現させボルキャンサーがシザースをトス、砲口の中に入れる。

そのままマミが大砲を発射、高速回転するシザースが発射される『アルティマシュート』が発動。

 

 

 

 

霧島(きりしま)美穂(みほ)

 

 

変身後:ファム

契約獣:光輝鳥ブランウイング

モチーフ:白鳥

パートナー;浅海サキ

 

 

まどか達の通う見滝原中学校で保健室の先生みならいをやっている。

戦いに対して大きな迷いを持っていたが、遂に戦いを止めると言う答えを出して変身した。

真司の親友だが、同時に親友以上の想いを抱いている様だ。

 

ミラーモンスターはブランウイング。その性質は慈愛。

羽での目くらましや、強力な風を発生させてファムをサポートする。

 

 

F・T『受け取った愛は、彼女が人を愛する為に』

 

 

【ファムのカード】

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

 

ブランウイングが羽ばたきで強風を発生させ、相手を封じてから自らが止めを刺すミスティースラッシュを発動。

 

【複合】

 

サキと協力して発動。

サキが雷の柱を何本も発生させ、ブランウイングが風で相手を封じつつ柱を収束させる。

柱は一本となり、そこへ閉じ込めた相手に二人が雷を纏った飛び蹴りを仕掛ける『ミスティックセイヴァー』を発動。

 

 

 

 

佐野(さの)(みつる)

 

 

変身後:インペラー

契約獣:殲滅部隊メガゼール、ギガゼール

モチーフ:ガゼル

パートナー:千歳ゆま

 

 

織莉子の協力する青年。軽い調子で常にヘラヘラとしている。

凶悪な性格とは言えないが、善人ともいえない。

幼馴染である百合絵のために、ゲームに乗っている。

 

ミラーモンスターはガゼルモンスター。その性質は絆。

特徴は数が多い事。リーダーのギガゼールを筆頭に何十体ものメガゼールを操る。

一体一体の力は弱いが、集まる事によって力をつけている。

幼い時にライオンに襲われるレイヨウの姿が印象的だった為にこの姿になる。

 

 

F・T『彼は誰との絆を結ぶのか?』

 

 

【インペラーのカード】

 

・スピンベント

 

ガゼルの角を模した武器を召喚する。

角部分はドリルとなっており、回転させて貫通力を上げる事が可能。

 

 

・ロードベント

 

首輪を出現させる。

それを相手のミラーモンスターにつければ、一定時間自分の配下に置ける。

 

 

・ストライクベント

 

ガゼルの脚を燃したガゼルクローを自らの脚に装備する。

インペラーの蹴りの威力や、跳躍力を上げる。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

 

ガゼルの群れを相手にぶつけてから止めに自らの蹴りを当てる『ドライブディバイダー』を発動。

 

 

 

 

秋山(あきやま)(れん)

 

 

変身後:ナイト

契約獣:闇の翼ダークウイング

モチーフ:蝙蝠

パートナー:立花かずみ

 

 

真司の親友の一人。

親戚の立花が経営している喫茶店『アトリ』で働き、かずみと共に居候している。

そこでのあだ名はスライス秋山。

 

小川恵里という恋人がいるが、現在昏睡状態にあり、目覚める可能性は薄いといわれている。

恵理の為にゲームに乗ったが、一時的に戦いを中断している。

 

ミラーモンスターはダークウイング。その性質は決意。

素早く小回りのきく動きで相手を翻弄し、超音波で敵を攻撃する事も可能。

 

 

F・T『この決意に、一片の後悔も無し』

 

 

【ナイトのカード】

 

・ソードベント

 

ダークウイングの尾を模した槍、ウイングランサーを装備する。

バイザーと二刀流も可能。

 

 

・ガードベント

 

ダークウイングがマントに変わり、装備される。

ウイングウォール装備時はそれが翼になり、空を飛ぶことができる。

 

 

・ナスティベント

 

ダークウイングが強力な超音波で攻撃するソニックブレイカーが発動。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

 

ウイングランサーを中心にマントをドリル状に変形させて突撃する飛翔斬(ひしょうざん)を発動。

 

 

【複合】

 

かずみと協力して発動。

ダークウイングがソニックブレイカーで相手を封じつつ羽ばたきで風の力を二人に与える。

そのまま二人が縦と横に斬撃を発射して十字架状の鎌鼬を作る。疾風十字星を発動。

 

 

 

 

 

手塚(てづか)海之(みゆき)

 

 

変身後:ライア

契約獣:抗いの閃光エビルダイバー

モチーフ:エイ

パートナー:暁美ほむら

 

 

見滝原高校に通う少年。戦いを止める為に奮闘する。

占いが趣味で。コインやタロットなど様々な物に手を出し、的中率もそれなりである。

自らが積極的に戦う事は無いが、降りかかる火の粉は払う性格。

 

ミラーモンスターはエビルダイバー、その性質は運命。

放電や翼での斬撃、突進で攻撃。非常に加速力が高く、一秒未満で最高速を出せる程。

幼い時に水族館で見たマンタが印象に残っていた為にこの姿になった。

 

 

F・T『彼は運命を信じ、同時に否定する』

 

 

【ライアのカード】

 

・ストライクベント

 

盾であるエビルバイザーを強化。

ヒレは斬撃力が上がり、三日月状のビームを発射する事もできる。

 

 

・ガードベント

 

パートナースキル。

バイザーが攻撃を受け止めた時に雷で反撃する様になるフラッシュシールドが発動。

相手が攻撃した時点でライア以外の時間が少しの間停止する為、軌道を読みやすくなり受け止める確立も上がる。

 

 

・シュートベント

 

エビルダイバーを模した拳銃、エビルガンを出現させる。

銃弾は相手にダメージを与えるのではなく、相手を麻痺させる効果を持つ。

 

 

・アクセルベント

 

パートナースキル。ライアのスピードが一定時間上昇する。

 

 

・トークベント

 

パートナーとテレパシーで会話できる。

このカードは手塚が変身していない状態で発動可能。

 

 

・トリックベント

 

相手の攻撃を無かった事にするスケイプジョーカーを発動。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

 

電流を纏うエビルダイバーの上に乗り、同時に現れる水に波乗りを行いながら相手に突撃するハイドベノンを発動。

 

【複合】

 

ほむらと協力して発動。

エビルダイバーに同時に乗り、ほむらが銃弾や時間停止で相手を翻弄させてライアが確実に必殺技を当てるサポートを行う。

命中して吹き飛んだ相手に止めの一撃を爆弾や銃弾を入れるパーフェクトライアーを発動。

 

 

 

 

上条(かみじょう)恭介(きょうすけ)

 

 

変身後:オーディン

契約獣:無限神ゴルトフェニックス、ガルドサンダー、ガルドミラージュ、ガルドストーム

モチーフ:不死鳥

パートナー・美国織莉子

 

 

さやかの幼馴染にして、想い人。

天才的なヴァイオリンの才能を持っていたが事故により手が動かなくなる。

さたかの事は大切な幼馴染という認識しか持っていなかったが――

 

デッキは『当たり』の一つである力のデッキ。

スペックの高いオーディンや使役モンスターの多さが目立つ。

 

ミラーモンスターはゴルトフェニックス、その性質は無限。

詳しい能力は不明である。

 

 

F・T『僕は無限に女神を愛す』

 

 

【オーディンのカード】

 

・シュートベント

 

空から強力な光の一閃を放つソーラーレイを発動。

 

 

・ソードベント

 

ゴルトセイバーを召喚。一本だけでなく二本まで召喚する事ができ、基本は二刀流で攻める。

 

 

・スキルベント

 

一定時間織莉子の固有魔法である未来予知の力を得る。

オーディンの力であるワープと組み合わせる事で相手の攻撃をほぼ回避することが可能。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

 

ゴルトフェニックスと融合し光の翼で広範囲を滅するエターナルカオスを発動。

 

 

【複合】

 

織莉子と協力して発動。

ゴルトフェニックスが織莉子と融合し光の翼を与える。一方オーディンが光となり織莉子のオラクルと融合。

力を与えたオラクルから火の鳥が孵り、標的に向かって一斉に飛翔し消滅させるインフィニティ・フェザーを発動。

 

 

 

 

東條(とうじょう)(さとる)

 

 

変身後:タイガ

契約獣:???

モチーフ:???

パートナー:呉キリカ

 

 

手塚と同じ学校に通う少年。

英雄になりたいらしく、織莉子に協力する事を拒んだためキリカから嫌われている。

 

 

【タイガのカード】

 

・フリーズベント

 

ミラーモンスターや魔女を凍結させる。

 

 

・ストライクベント

 

鋭利な爪が装備されたガントレット、デストクローを装備する。

接近戦をこなす武器になる他、盾としても機能する。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】デストクローを突き刺し、一気に冷気を送り込むことで結晶爆発を起こすクリスタルブレイクを発動。

 

 

 

 

芝浦(しばうら)(じゅん)

 

 

変身後:ガイ

契約獣:突貫剣獣メタルゲラス

モチーフ:サイ

パートナー:双樹あやせ

 

 

騎士最年少。まどかと同じ見滝原中学校に通う一年生。

ゲームを面白くしてやろうと考えている様だ。

ちなみにあやせからのアプローチはさらりとかわしている

 

ミラーモンスターはメタルゲラス、その性質は真実。

その体から繰り出される突進は非常に強力で、どんな壁でも破壊できる。

芝浦の父が作ったゲームの人気キャラクターが、サイをモチーフにしている為にこの姿となった。

 

 

F・T『何も迷わなくていい、俺が真実なんだから』

 

 

【ガイのカード】

 

・ストライクベント

 

メタルゲラスの頭部を模したメタルホーンを装備、大きな角で相手を攻撃する。

 

 

・ソードベント

 

パートナースキル。鋼の大剣、メタルセイバーを召喚する。

 

 

・ガードベント

 

自身を鋼へと変えるメタルボディを発動。

防御こそ高いが、発動中は動きが極端に鈍くなる。

 

 

・フリーズベント

 

パートナースキル。

拳を打ち付けることで衝撃を冷気に変えるクラックフリーズを発動。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

 

メタルゲラスの肩に乗り、メタルホーンを突き出して突進する『ヘビープレッシャー』を発動。

 

 

 

 

高見沢(たかみざわ)逸郎(いつろう)

 

 

変身後:???

契約獣:暗躍迷彩バイオグリーザ

モチーフ:カメレオン

パートナー:神那ニコ

 

 

巨大企業の高見沢グループの総帥を務める男。普段は紳士的のようだが裏の顔は粗暴である。

F・Gは人生と変わらぬ物と説き、世界のあり方が変われば行動理念も変わると掲げゲームに乗った。

自分より下の立場にある人間を見下しているが、それでも仕える物には相応の褒美を与える。

 

ミラーモンスターはバイオグリーザ。その性質は欲望。

今はもっぱらニコが連れて歩いている。

 

 

F・T『欲望があるから、人は人になり得たのだ』

 

 

【ベルデのカード】

 

 

・クリアーベント

 

自らの姿を消す事ができる。

 

 

・ホールドベント

 

バイオグリーザの目を模したヨーヨーを装備する。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

 

透明になった後、バイオグリーザーの舌で自らを振り子の様に勢い付かせて相手を掴む。

そのまま相手の頭を下にして地面へ打ち付ける投げ技、デスバニッシュを発動。

 

 

【複合】

 

ニコと協力して発動。

同じくニコが相手をえび反り(痛い方)か、両腿を手で掴み開脚させて(恥ずかしい方)持ち上げる。

そのままベルデの肩にニコが着地する事でお互いの投げの威力を倍増させるバニッシュ・ドッキングを発動。

 

 

 

 

浅倉(あさくら)(たけし)

 

 

変身後:王蛇(おうじゃ)

契約獣:破壊王ベノスネーカー

モチーフ:コブラ(蛇)

パートナー:佐倉杏子

 

 

ゲーム乗る青年。

凶暴な性格で、杏子と共に関係の無い人間を殺害している。

戦いは娯楽と考え、命のやり取りに楽しみを見出す戦闘狂。

食欲が旺盛で、その点もまた杏子と共通している部分がある。

 

ミラーモンスターはベノスネーカー、その性質は力。

巨大な体で、頭部横から展開する鋭利なブレード、口から吐き出す溶解液が武器。

人を多く捕食している為かなり強力になっている。

 

 

F・T『正しいのは、いつも力だけだった』

 

 

【王蛇のカード】※ライアとガイのカードも使用可能。ただし、パートナーとの絆で生まれたカードは使えない。

 

 

・ソードベント

 

ベノスネーカーの尾を模したベノサーベルを装備。切るのではなく粉砕する。

 

 

・リリースベント

 

自分に降りかかっている状態異常を無効化する。

 

 

・スチールベント

 

相手の武器を奪う事ができる。

 

 

・ユナイトベント

 

特定の存在を融合させる事ができる。武器やモンスターと応用は広く利くカード。

 

 

・ファイナルベント

 

 

【単体】

 

ベノスネーカーの毒液を受け、勢いと威力を跳ね上げた連続蹴りを繰り出すベノクラッシュを発動。

さらにガイとライアのファイナルベントも使用可能。

 

 

【複合】

 

杏子と協力して発動。

杏子が巨大な槍を出現させ、王蛇がベノスネーカーとソレを融合させる。

王蛇が相手を蹴り飛ばし、杏子が融合してできた巨大な棍棒で、相手を打ち砕く『ルージュ・オブ・キング』を発動。

 

 

【単体】

 

ジェノサイダーがブラックホールを発生させ、王蛇がドロップキックで相手をソコへ強制的に送り込み破壊するドゥームズデイを発動。

ちなみに原作とは違いジェノサイダーの腹部ではなく、前方に巨大なブラックホールを発生させるため範囲が広く、より複数を巻き込める。

 

 

【複合】

 

杏子と協力して発動。

ジェノサイダーと杏子が融合し詠唱を始める。詠唱中は王蛇の身体能力が上がり、攻撃に衝撃波が発生する等リーチも上がる。

詠唱と共に現れる地獄の門が、詠唱の終わりを合図に開き、中から相手を死に誘う闇を召喚させるドゥームズ・オブ・ワンを発動。

ちなみに詠唱中に杏子が一撃でも攻撃を受けると技が中断されてしまう。

 

 

 

 

●???

 

 

変身後:リュウガ

契約獣:邪龍ドラグブラッカー

モチーフ:龍

パートナー:ユウリ

 

 

ユウリのパートナーだが、龍騎を黒くしただけの騎士。やや複眼の形が違うくらい。

何故龍騎に似ているのか、誰が変身しているのか、全てが不明である。

当たりの一つ、技のデッキの効果で魔女を使役する事が可能。

 

ミラーモンスターはドラグブラッカー。その性質は絶望。

ドラグレッダーの色違いで、黒い身体に血のような色の目をしている。

 

 

F・T『全てを呑み込む黒き絶望』

 

 

【リュウガのカード】

 

・フリーズベント

 

黒い炎を発射して、それが当たった部分を石化する。

 

 

・ファイナルベント

 

【複合】

 

ユウリと協力して発動。

13発の炎弾で相手の動きを封じてから、黒く燃える龍で相手を噛み砕く『ウェルモルテ・ドラグーン』を発動。

 

 

 

 

【妖精】

 

ゲームをアシストする存在。

 

 

●キュゥべえ

 

ゲームの運営を行なう妖精。魔法少女を勧誘していった。

愛らしいウサギの様な姿をしているが、基本無表情。

口さえ開けずにテレパシーで会話する。

 

 

●ジュゥべえ

 

キュゥべえを先輩と慕う妖精。基本的に騎士側を勧誘する。

黒猫の様な姿で、キュゥべえと違い表情豊かである。

 

 

 

 

【その他の人物】

 

ゲームに直接の影響はないが、参加者たちに大きな影響を与える人物たち。

 

 

立花(たちばな)宗一郎(そういちろう)

 

喫茶店アトリのマスター、蓮の遠い親戚。

蓮の事情を知り、雇って住まわせている。料理の腕前はかなりのもの。

 

 

志筑(しづき)仁美(ひとみ)

 

まどか、さやかの親友。

相当なお嬢様で、若干の天然ボケが入っている。友達想いの優しい性格。

 

 

中沢(なかざわ)(すばる)

 

上条の友人。苗字の文字が示すとおりなのか、優柔不断な性格で先生によく無茶振りをされる。

仁美の事が好きでラブレターを何通も送っているが、毎回名前を書いていない為に全く意味の無い物となっている。

 

 

下宮(しもみや)鮫一(こういち)

 

上条の友人。メガネをかけて落ち着いた雰囲気の少年。

物事を一歩引いて見る癖がある。

 

 

●大久保編集長

 

真司が働いているBOKUジャーナルの編集長。

真司とは先輩後輩の関係であり、高校や会社に誘ったのも彼である。

 

 

桃井(ももい)令子(れいこ)

 

真司の先輩であるジャーナリスト。

しっかりした意見を持ち、優秀な人物。

 

 

島田(しまだ)奈々子(ななこ)

 

真司の先輩、タイピングが鬼の様に早い。

 

 

石島(いしじま)美佐子(みさこ)

 

女刑事。須藤とチームを組んで様々な事件に関わってきた。

織莉子の父である久臣議員の死が不可解だと疑念を持っている。

 

 

小鳥遊(たかなし)百合絵(ゆりえ)

 

佐野の幼馴染であり、元許婚。

心優しい性格の女性。

 

 

●佐倉桃子

 

杏子の妹、モモと呼ばれていた。

狂気に堕ちた父親によって殺されかけたが、マミと杏子によって救出されている。

 

 

●シルヴィス・ジェリー

 

杏子やモモがしばらく世話になっていたリーベと呼ばれる孤児院の創立者。

恵まれない子供を救う事を生きがいとし、多くの支援を行ってきた聖母と呼ばれる存在。

 

 

●美国久臣

 

織莉子の父親、彼女が幼い時に不可解な死を遂げている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※???

 

 

天乃(あまの)鈴音(すずね)

 

 

あなたは知らない。何も分からない、だって神は彼女を忘れてしまったから。

ただ僅かな記憶に残っているのは"プレイアデス"と言う単語だけだった。

 

それももうすぐ忘れてしまう。こんな情報はいらない、彼女は覚えなくていい。

 

 

 

すぐに、忘れなさい

 

 

 



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プロローグ



※注意!
この作品には以下の要素があります。


1・龍騎、マギカシリーズ(まどか、おりこ、かずみ、)のネタバレがあります。
  上記以外にも『他の作品』の要素が少し入ります。

2・オリジナルの設定が多めです。オリジナルキャラクターも出てきます。

3・恋愛描写があります(例・真司×美穂) 
  中には公式ではない組み合わせ(例・中沢×仁美)や、龍騎キャラ×マギカキャラの組み合わせがあります。

4・強い暴力描写があります。

5・なるべく気をつけますが、テーマがテーマですので、原作のイメージを壊してしまう可能性が高いです。

極端な話ですが――


・好きなキャラが悪人に変わる。

・原作では仲が良かったキャラクター同士が敵対する。

・好きなキャラが酷い目にあう。(これは誰でも嫌だと思いますが、一応)
 

上記の内容を含んでいますので、苦手な人はバックしてください。


あともう一点。
この作品は移転作品ですが、まだ完結していません。
更新はなるべく早くしていきたいと思いますが、前のサイトで掲載していた所(最新話)まで行くと、極端に更新が遅くなります。
むしろ亀更新になってしまいます。その点だけはどうかご了承ください。





 

 

 

 

笑うアイツ。眼を閉じる『彼女』。

私はもう、その目が開く事は無いと知っている。

 

 

『ヒャハハハハハハハハ!! アーッハハハハハハハ!! ヒヒイヒイヒヒヒヒヒヒヒッヒッッ!!』

 

 

その性質は"無力"。回り続ける『愚者(フール)』の象徴。

ああ、また今回も……。

 

 

「また――! 駄目だったッッ!!」

 

 

目を覚ませば、病院の天井。

何度この景色をみたのだろう。もう何回繰り返したのだろう?

悔しさ、苛立ち、悲しみ。多くの感情に心が押しつぶされ、爆発しそうになる。

 

ベッドに拳を叩きつけるが、それでも心の燻りは消えない、

何をしても怒りと虚しさは膨れ上がるばかり。本当に駄目なの? 絶対に無理なの? また心に亀裂が走る。くじけそうになってしまう。

 

 

(いやッ)

 

 

駄目なら、何度でもやり直せばいい。自分にはその力があるんだから。

何度だって。何回だって繰り返せばいい。唇を強く噛んで、強引に納得してみせる。

 

 

(絶対……、絶対に助けてあげるからね)

 

 

親友の姿を強く想う。

失敗して駄目ならやり方を変えればいい。どれだけの犠牲を払おうが必ず、必ず『―――』だけは。

そんな決意を新たに、"少女"は病室を後にする。

 

 

「ッ!」

 

 

まずは何をしようか?

そんな事を考えていたからだろうか。誰かとぶつかってしまった。

年齢がやや上の男性。高校生くらいか? ともあれ、そんな事は少女にとってどうでもいい事だ。

軽く謝罪をして立ち上がると、そそくさと歩き出す。

 

 

「……ッ!?」

 

 

いや、ちょっと待て。

少女は立ち止まり、振り返った。

おかしい。こんな事は"初めて"だった。何回と繰り返した中で、こんな少年を見た事は無い。

それにどこか儚げな雰囲気に、強い既視感を覚えた。デジャブ、と言うヤツなのか?

なんだか初めて会った気がしない。もちろんそんな事を感じたのも初めての事だ。

 

 

「ちょっと、そこの貴方」

 

「?」

 

 

だから話しかける。

少年は振り返ると思わず息を呑んだ。目の前にはナイフの様な瞳で自分を睨みつけている少女がいるのだ。

その鬼気迫る表情は普通じゃない。どこか狂気すら感じられる。一目で分かる、この女は普通じゃないと。

そんな少女に声を掛けられる状況、何がどうなっているのやら。

 

 

「一応謝罪はしたが、聞こえなかったのなら謝る」

 

「そんな事はどうでもいいわ。それより、少し話を聞かせてくれないかしら?」

 

 

なんなんだこの女は――。少年は眉をひそめて後ずさる。

確実に初対面の相手。なのに、なんて大きな態度を取ってくるんだと。

関わってはいけない気がする。少年は適当に少女をあしらって逃げる事を決めた。

 

 

「悪いが」

 

 

だがそこで少年は言葉を止めた。

何か、この少女から感じるもの――。

そして、以前に告げられた『情報』が身体を駆け巡る。

 

 

「お前――ッ!」

 

 

そうか、そう言う事なんだな。

少年は静かに頷くと、目の前にいる少女へむかって手を差し出した。

尚も自分を睨みつけている少女へ、少年はたった一言投げかける。

 

 

「お前が俺の……、パートナーか」

 

「ッ?」

 

 

戸惑う少女。

そんな彼女を遠くから見つめる『目』が。

 

 

『やっとクソ長い戦いを終わらせられるんだよな先輩ぃ? オイラわくわくするぜぇ!』

 

『そうだね。彼女の力に制約がかかった。おそらくこれが彼女にとって、ボク達にとって最後の戦いになるだろう』

 

 

同時に、それは最初の戦いともなる。

全ては愚かな歯車が紡ぐ戯曲、忘却、そして絶望!

 

 

『さあ今度こそ全てを終わりにさせてもらうよ』

 

 

二つの影は何も表情を変える事なく、そのまま姿を消すのだった。

 

 

 





かなり前、まだ私がリアルキッズの時に投稿しはじめたお話なので、いろいろ粗はあると思いますが、情熱だけは込めましたので、よろしくお願いします。

そもそもが誤字や文字化けだらけだったんで、軽く見直して投稿してるんですが、それでも誤字誤字だったら、ごめんやで(´・ω・)

※4/24追記

タイトルとあらすじ変えました。

タイトルといえば。
ハーメルン様の仕様的には、原作名を入れる必要はないと思うのですが、移転前のままにしたいと思ったので、タイトルに双方の原作名を入れました。


あと裏話なんですが、当時まだキッズだったホシボシ少年は――

Fool's Game
FOOLS☆GAME
Fools・Game

みたいな感じでいろいろタイトルの候補を出していったんですけど、どうしてもしっくり来るものがなく。
そんなときにコンマを入れて『FOOLS,GAME』にしたら滅茶苦茶カッコよく見えたんで、それにしました。

ちょっとおかしな使い方かもしれませんが、気にしないでください。
まあ、こういう低学歴を晒しつつもね、情熱だけは込めましたので、今後もよろしくお願いします(´・ω・)




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第1話 デッキ キッデ 話1第

今回だけ3話まで投稿します


 

人 を守 た にライダーに   を守っ もい い!

 

   を  る  俺のせいだ    

 

 許せ! ん!!!

 

  でも   もう  ない  

 

   ぬなよ   ん

 

  すこし……    

 

 

「―――!!」

 

 

なんか、いろいろ……。

 

 

「―――ぃ!」

 

 

景色が、変わっていって……。

 

 

「――んじ!」

 

 

俺、何してたんだっけ?

 

 

「真司ッ!!」

 

「むにゃ……?」

 

 

あれ? ここって――

 

 

「まあいいか。寝よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何がいいかだ! さっさと起きろ馬鹿ッッ!!」

 

「いっ!!」

 

 

頭部に衝撃を感じて、トビウオの様に跳ね上がる。

視界に飛び込んできたのは、トンボみたいな化け物がウジャウジャ見える場所ではなく。変な連中に囲まれてなにやら危険な状況になってる景色でもなく。ただパソコンだのホワイトボードだのが置かれている場所だった。

 

 

「あ、あれ? ここって……! ど、どこ!?」

 

「真司くぅんッッ! 会社に寝泊りさせてもらってる分際でそれはないんじゃないかなぁ? んんんッ? 編集長パンチくらいたいのかなぁ?」

 

「い、いやッ、いいです! へへへ、やだな編集長。顔が怖いですよ。ね? 顔が。はは……!」

 

 

引きつった笑みを浮べて城戸(きど)真司(しんじ)は洗面所へと向った。

寝ぼけていたから一瞬自分がどこにいるか分からなかった。

そうだ、昨日家に帰れなかったから会社で寝てたんじゃないか。変な夢を見たせいでおかしな気分だ。

 

城戸真司。彼はモバイルニュース配信会社『BOKUジャーナル』の記者、見習いである。

あまり大きくない会社だが、いずれは大手企業になるだろうと夢を抱いて、真司は今日もスクープを求めていく。

 

今日特に、自信に満ち溢れていた。なにせ、とっておきのスクープを手に入れたのだから。

それは、たまたま真司が昨日発見した奇跡的な産物だった。この革命的な情報をいち早く皆様にお伝えしたい。いやッ、しなければならない。

それがジャーナリストの道に身をおく自分の使命だと――

 

 

「編集長! 面白いネタがあるんですよ!! すげぇネタが!」

 

「ほう、まあ言ってみろ」

 

「プリンに醤油をかけるとウニの味に――」

 

 

殴られた。酷い。

自信作が没となってしまい、真司は涙目になりながらスクープを求めにいく。

なにやら最近は物騒な事件も多い気がする。事件が多ければそれだけ人は真実に興味を示すというもの。

真実を求める人たちの為に、戦え城戸真司!

 

 

「うッしゃあ! やるぞぉぉおおッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で? どうだった訳?」

 

「いや、それが……ッ」

 

 

その後、17時30分。喫茶店のテラスで真司はうな垂れていた。

向かい側に座っている女性はストローを噛んでブラブラ弄びながらニヤついている。

同じくコーヒーを持ってきた店員もバカにしたように笑っていた。

 

 

「成果なしかよ。ダメダメじゃん」

 

「うッ」

 

 

確かに今日、この見滝原市をスクーターで駆け回ったものの、スクープらしいスクープは一つも見当たらなかった。

まあ、それだけこの街が平和なのだから、その点は喜ぶべきなのだろうが、やはりこんな状況が続くと焦ってしまうのも事実である。

何も無いと言うことは、同時に仕事が無いと言うこと。ただでさえ大きくない会社なのにそんな状況が続けばどうなるのか。

 

 

「フッ、廃業の日も近いか?」

 

「おいおい、冗談止めてくれよッ!」

 

 

真司の脳裏に『無職』の文字が浮かび、震え上がってしまう。

いくら見滝原が平和と言えど、就職状況は平和ってワケでももない。

 

 

「あのな、コネで働いてるお前にはな! 新しい職につくのがどれだけ大変なのか分からないんだよ!」

 

 

真司は不満げな表情で、秋山(あきやま)(れん)を睨みつけた。

高校時代からの友人で、蓮は今、知り合いのコネでこの喫茶店『アトリ』のウエイターをやっている。

喫茶店と言ってもそれなりに大きいもので、繁盛している様だ。

あまりそう言う話はしないが中々高収入とも聞く。噂に聞けば、"スライス秋山"なんて異名すらあるらしい。

 

どう言う異名だよ、なんて思ったが正直なんかカッコいい。

真司としてもも二つ名が欲しい物である。例えば『シャッター城戸』とか、『ゴールデンキャンサー真司』とか、『ミルキーボーイ城戸』とか。『パイナポーしんちゃん』とか。

いや、やっぱりなんでもない。

 

 

「ざけんなよ! テメェもコネ入社だろうが!」

 

 

ふと、真司の向かいに座ってる女性がおしぼりを投げてきた。

霧島(きりしま)美穂(みほ)。彼女も真司や蓮とは高校時代からの友人であり、今は見滝原中学校で研修中である。

なんでも保健室の先生になるべく、いろいろやっているらしい。若いし、美人と言う事で生徒からはそれなりに人気もあるようだ。

とは言え、この口調のとおり中身はかなりガサツである。

 

美穂の言うとおり、真司も高校の先輩である『大久保編集長』に誘われたのが原因でBOKUジャーナルにいるわけだ。

 

 

「さて、と」

 

 

真司を弄る事に飽きたのか、蓮は二人に別れを告げる。

時計を見て、小さくため息を漏らす。これから蓮は病院に行くのだろう。

蓮はいつも――。いや、『毎日』病院へ行くのだ。

 

 

「まだ、恵理ちゃんは?」

 

「……うん」

 

 

本当なら、今日だって四人揃ってここにいる筈だった。

そうだ。いつも四人は揃っていた。卒業しても離れる事は無いと誓った。

現に、まだ卒業して数年しか経ってないが、真司達はほぼ毎日顔を合わせているじゃないか。

 

だけど、彼女だけは違う。

小川(おがわ)恵理(えり)。彼女もまた高校時代の友人で、蓮の恋人でもある。

だがある日、交通事故で意識不明の重体となり――、一命こそ取り留めたが、意識が戻る事は無かった。

 

医者からもどうなるか分からないと言われ、一生このままの可能性もあるとの事だった。

だが、それで蓮や真司達が納得するのかは別だ。必ずまた四人で笑い会える日がくると皆信じていた。

 

美穂の姉も、美穂が中学生のときに事故で亡くなっている。だからこそ恵理の事はより深く考えてしまう。

真司だってそうだ、何もできない事があんなに悔しいなんて思わなかった。

しかし結局と真司たちは弱い人間。何かをしたいと思えど、それを叶える力が無い。

とにかく今は一刻も早く恵理が目覚めてくれることを願うだけだ。

後は、そう、彼女が目覚めた時に笑われない様にしっかりと生きるだけか。

 

 

「もうこんな時間か。そろそろ帰るかな」

 

「迷子になるなよ真司」

 

「なるわけないだろ!」

 

 

そうやって段々と日が落ちてくる。

真司と美穂はふざけあいながら、それぞれの帰路につくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 

真司は立ち止まる。

帰る途中、道にゴミが落ちているのを見つけた。

幸い近くにゴミ箱もある。

 

 

「ったく、ゴミくらいちゃんと捨てろよな」

 

 

なにやら四角いケースの様な物だ。特に気にする事なく、ゴミ箱にそれを放り投げる。

これでよし。真司はそう思って踵を返した。

 

 

「……あれ?」

 

 

おかしい。同じ所にまたゴミが置いてある。しかもさっきのゴミと形が同じに見える。

もう一つあったのか? 真司はまた同じ様にゴミ箱にそれを捨てた。

そして――

 

 

「……え?」

 

 

踵を返した真司。また同じ場所に、同じゴミがある。

おかしい。さすがに違和感を感じた。

もしかしてドッキリだろうか? この様子を近くの人が撮影している? いろいろ思い浮かぶが、いずれにせよ良い思いはしない。

 

 

「き、気持ちわるいな!!」

 

 

少し怖くなって真司はそのゴミをしっかりと掴み、ゴミ箱に入れる。

コレで最後にしよう。そう思ってそのゴミ、なにやらケースのような物がゴミ箱に入っていくのを見届ける。

 

 

「ん?」

 

 

そして気がついた。

おかしいのだ、ゴミ箱のどこを見ても捨てた筈の二つのケースがない。

いやいや、それだけじゃない。たった今捨てた筈のケースすらなかった。

ゴミ箱の中は空っぽ。他に何のゴミも入っていないおかげで、より空虚さが溢れてくる。

 

 

「ッ!?!??!」

 

 

パニックになる。つまりゴミがゴミ箱から出て行った。

いやいや、そんなホラーな事ありえる訳がない。真司は大きく首を振るとゴミ箱から逃げるように走り出した。

 

 

「ハァ……ッ ハァ……ッッ!!」

 

 

アパートにつくと鍵を閉めて、真司はそのままベッドに飛び込んだ。

 

 

「お、おちつけ俺っ。そうだ、きっと疲れてたからだよ。最近あんまり寝てなかったし……。ややッ、もしかしたら蓮が黙って水に酒を混ぜたとか――」

 

 

カラン、と音がした。

 

 

「嘘……、だろ!?」

 

 

ポケットから落ちたのか。それとも初めからそこにあったのか。

それは分からない。だけど一つだけ分かる事があるなら、それは黒くて四角いケースが部屋の床にあった事だ。

そこで真司は気づいた。そのケースの中、見れば数枚のカードが入っているじゃないか。

つまりそれは『カードデッキ』。そのデッキがここにあると言う事なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「編集長! スクープッッ!! スクゥゥゥプゥゥゥ!!」

 

「うるせぇ! なんだよ、どうした?」

 

 

翌日。真司は昨日あった事を編集長に打ち明けた。

あれから何度実験してみてもデッキは自分の所へ戻ってきたのだ。

捨てても、どこぞにしまっても。気がつけば自分の手元にある。

 

最初は恐怖でおかしくなりそうだった。

と言うか、既におかしくなっていたのかもしれない。

 

電子レンジでデッキをほかほかに温めてから、マヨネーズとソースと青海苔をかけた所でハッとした時は、本格的にヤバイと思った。

あのままだったら手に持っていた鰹節をかけておいしく頂くつもりだったのだろう。

 

 

「とにかく、そんなこんなで一日冷静に考えてみたんです!」

 

「ふーん」

 

「これはもしかして神様が俺に与えてくれたチャンスじゃないのかって!」

 

「おーん」

 

「よく考えてみればですよ! どんなに捨てても戻ってくるデッキなんて相当なスクープ、話のネタじゃないっすか編集長! そう、これはきっとホラーなんかじゃなくて神さまが日々毎日を必死に生きている俺に下さったチャンスなんだ!!」

 

「すごーい」

 

 

編集長は全く信じていない様子だったが、まあ現物を見せれば掌を返した様になるだろう。

真司は半ばドヤ顔で編集長にデッキを叩きつけた。

 

 

「これがッ! そのデッキ!!」

 

「………」

 

 

無言。

なんか、嫌な空気が流れている様な気がするのだが――。

 

 

「あ、あの……」

 

「どこだ」

 

「へ?」

 

「そのデッキはどこにあるんだって聞いてんだよ……」

 

「な、何言って―― そ、そこにあるじゃ――ッ!」

 

 

そこ。編集長は、真司が指差した場所を見る。

確かにそこにはデッキが置いてあり、どんな人間でも気づくはずだ。

 

 

『ソレ、お前以外の人間には見えないぜ』

 

「へっ!?」

 

 

急に声が聞こえた。

だが、変だ。普通に話しかけられたのではなく、頭の中に話しかけられた様な気分だった。

音を耳で拾うのではなく、脳で聴くような不思議な感覚だ。

 

 

「ってか、俺以外の人間に見えないって――?」

 

「真司くぅぅん――ッッ! ついに頭がおかしくッッ! なったのかなぁぁぁッ!?」

 

「え? あッ、いやッ! 違ッッ!! ほら! これッッ!!」

 

 

そんなまさか。だが仕方ない。

真司はデッキを掴んで。それをそのまま編集長に投げつけた。痛いだろうがデッキの存在を確認してもらうにはコレしかない。

デッキは回転しながら編集長の眉間にぶち当たる。

やりすぎたか? そう心配する真司だったが――

 

 

「んな事してる暇があったらさっさと街中駆け回ってこぃぃぃいぃッッ!!」

 

「ごッッ! ごめんなさいぃぃい!!」

 

 

どうやら、感覚すら感じられないらしい。

あんなにクリーンヒットしたのに編集長は眉毛一つ動かさず怒鳴り声を上げるのだ。

もう無理。真司は確信すると逃げるようにBOKUジャーナルを飛び出していくのだった。

 

 

「はぁッ、今日は散々だった」

 

 

帰り道。

真司はスクーターを走らせながらぼんやりと考えていた。

明らかに普通じゃない事に巻き込まれたのは確かだ。こういうのはやはり個人で解決しようとするのは良くない。

 

 

「明日警察にでも行ってみようかな……」

 

 

真司は不安と恐怖が混じったため息をもらす。

仕事は最近うまくいってないし。変な事には巻き込まれるし。

恵里の事だってある。明日見舞いに行こうかな? 美穂だって――

 

 

「ん?」

 

 

違和感。スクーターを走らせるのは、通いなれた道だ。

景色はもう完全に記憶しているし、道を間違える事なんて絶対にありえない。

しかしどうだ、今は。

 

 

「あれ!?」

 

 

スクーターを止めて辺りを見回した。

お洒落な街灯、石畳の道。バラに埋め尽くされた草の壁達。そして変な文字が羅列した看板やら建物やらが見える。

いつの間にか真司は全く知らない場所に来ていたのだ。

 

 

「ど、どこだよここッ!?」

 

 

いつもの道を走っていたのに、どうして全く知らない場所に出るんだろうか。

真司の脳が完全にパニック状態となる。これもデッキを拾った事と関係があるのだろうか?

自分の状況が分からず、しばらく辺りをウロウロと歩いていたが、やがて笑い声の様な物が聞こえてきた。

 

 

「なッッ!!」

 

 

最初、真司はそれを生き物だとは思わなかった。

ゴミや、袋が地面に落ちているのだとばかり思っていたが、どうやら違うらしい。

 

 

「なんだよアレッッ!!」

 

 

本能が危険を感じ、真司はすぐにスクーターに戻り、走らせる。

見えたのは毛玉に髭が生えた『化け物』だった。城戸真司と言う人間が今まで生きてきて、あんな生き物が存在するなんて情報は持った事が無い。

 

ならばアレは普通じゃないものだ。

それが何かは分からないが、『関わるな』と全身が警告していた。

真司はスクーターのスピードを最大にして、やって来た道をひたすらに戻っていく。

 

だが、どんなに走っても走っても何も変わらない。

この異質な空間から逃げられない! ランニングマシーンにでも乗っているのかのように、同じような景色だけが連続で続いていくだけ。

 

 

「うッ! うわぁッッ!!」

 

 

そのうちに後ろだけでなく、四方から毛玉の化け物がやってくる。

真司に襲い掛かる恐怖の感情、思わず助けてと叫んだ。

まさか死ぬ? 訳も分からないまま? そんな事が脳裏によぎった時、ふと声が聞こえた。

 

 

『死にたくないだろ? んじゃ変われよ』

 

「!」

 

 

何? 変わる? それって――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでよッ!!」

 

「!」

 

 

瞬間、まさにそれを言い表すなら『爆雷』。

眩い光と共に、美しい色を持った雷が毛玉の化け物に降りそそいでいく。

いやそれだけではない。帯電しながら悶え苦しむ化け物達に待っていたのは、無数の光弾だった。

 

 

「うっ! うわぁあああ!!」

 

 

光が化け物に触れると、物凄い爆発を起こして対象を塵に変えていく。

次々に起こる爆発も爆発。真司も爆風に呑まれて吹き飛ばされてしまう。

 

 

「なんだよもう、好きにしろ!」

 

 

半ばやけくそで叫ぶ。

了解と言わんばかりに爆発が背後で起こった。視界がグチャグチャになって、どこを向いているのかも分からない。

 

 

「おっ! おおおおぉぉおぉぉおッ!!」

 

 

真司は空中に放り出されていた。

そうなると地面に落下するのだが、何故かそうはならない。

真司は宙を華麗に舞っていたのだ。いや、正確には真司を『掴んだ人間』が舞っていたと言うだけの話。

誰に掴まれているかなんて今の真司に考える余裕はないが。

 

 

「こらマミ! 加減をしろ! 加減を!!」

 

「あはは! そうだって、マミさんてばやりすぎぃ!」

 

 

間違いない、これは完全に女の子の声だ。怒涛の勢いでグルグルと変わる状況。

その中でも必死に理解しようとすれば、少しは状況が見えてきた。

つまりなんだ。化け物に襲われた真司を助けてくれたのは――、『謎の女の子たち』と言うことだ。

 

 

「ごめんなさい! 大丈夫だったかしら!」

 

「どう? お兄さん大丈夫?」

 

「え? あっ! だ! 大丈夫!!」

 

 

反射的に答える。

気づけば、真司は地面にへたり込んでいた。

 

 

「じゃあまどか、お願いね!」

 

「うん! 分かったよさやかちゃん」

 

 

真司の目に飛び込んできたのは、『さやか』と呼ばれた青い髪の少女と、『まどか』と呼ばれた桃色の髪の少女。

なにやら洋風の装束に身をつつんでおり、日曜日の朝にやっている女の子向けのアニメに出てきそうな風貌だった。

コスプレ? 一瞬そう考えるものの、どう考えても先ほど真司を掴んでいた、さやかの腕力はフィクションじゃない。

 

 

(なら本物って事なのか?)

 

 

考えれば考えるほど分からない。

そうしていると、まどかの手が、真司の肩に優しく触れた。

 

 

「ッ!」

 

「今日見た事は、内緒にしててください」

 

 

桃色の光が真司の周りに展開し、円形の結界(バリア)となった。

 

 

「……ッ」

 

 

結界の中は甘い香りがして、とても落ち着く。

それだけじゃない、なんだか凄く眠くなってきた。

真司は薄れいく意識をなんとか保ちつつ、少女達を見る。

これは真実なのか? それとも夢?

 

 

「じゃあ打ち合わせ通りやりましょう」

 

「オッケー! マミさん、いっちょやったりましょー!」

 

「なっ! 本当にアレをやるのかッ!! ま、まどかも何か言ってくれ!」

 

「ちょ、ちょっと恥ずかしいかなぁ……! なんて。えへへ」

 

「もう! こう言うのは形が大切なのよ! さ! いくわよぉ!」

 

 

四人いる。真司はぼんやりと四つの影を見つめた。

少女達の姿がもうよく見えないが、彼女達は一列に並ぶと一気にポーズを決めていた。

 

 

「あなたの悪事は私が潰す! 魔法少女マミ!」

 

「蒼き閃光、無敵の剣! 魔法少女さやか!」

 

「せ、正義の雷! 魔法少女サキ!」

 

「も、桃色ぴんきゅ! 魔法少女まろきゃ!」(かんじゃったぁ……)

 

 

「「「「我ら! マジカルガールズ4!!」」」」ドカーン☆

 

 

カラフルな爆発が見えた。気がする。

 

 

(マジ……、カル――。本当にいたんだ、魔法少女って……)

 

 

そこで真司の意識は完全に途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はッッ!」

 

 

飛び起きる。

真司が目を覚ましたとき、そこは自分の部屋だった。

 

 

「朝になってる」

 

 

スクーターも駐輪場に止めてあり、先ほどのアレは夢だったのではないかと一瞬思ってしまった。

しかし夢じゃない事の証拠がある。着ている服だったり。さやかに掴まれた感触、まどかの結界。

爆風、爆雷、そしてあの化け物に囲まれた時の恐怖。あれら全てを『夢』で終わらせるなんてできない。

 

 

「お、おちつけ俺……」

 

 

 

頭をかく。真司にとってあの体験は悪いものではなかった。

カードデッキから始まり、化け物に魔法少女。現実や常識は一気に死んでいくが、これでもジャーナリストとしての探究心がある。

こんな事じゃ、へこたれていられない。

 

 

「多分ッ、デッキと彼女達は何か関係がある筈だ」

 

 

気づく。今の今までデッキの中身。つまりカードを見ていなかった。

急いでデッキからカードを出して並べてみると、合計五枚のカードが真司の前に並んだ。

子供達が夢中になっているトレーディングカードの様に見えるが、絵柄が何も描かれていない物なんてのもある。

 

 

「なになに? そ、そわぁど……、あッ、ソードベントウ……。弁当?」

 

 

剣が描かれているカードが一枚。これでゲームをするのだろうか? だとしたらこれは攻撃のカード?

調べる。ググる。助けて中学生の時に買ってもらった英語辞典。

 

 

 

「ソードベントか。じゃあコッチはガードベントだ」

 

 

盾が描いてある物。防御に使うのだろうか?

 

 

「んで、ス、スト……、ラ…イク……、ベント!」

 

 

何故か何も描いていない物。

 

 

「アド……、ベント」

 

 

これも何も描いていない。

 

 

「最後はファイナルベントか」

 

 

コレも無地。

だがファイナルとついている辺り、大切なカードなんだろう。

これで全てである。真司はそれらを再びデッキにしまうと、ゴロンと寝転んで天井を見た。

一応ネットで、該当するカードゲームが無いか探してみたが、どれもこれもヒットせず。

なにより思い出すのは、まどかの一言。

 

 

『今日見た事は、内緒にしててください』

 

「……内緒に、か」

 

 

やっぱり彼女達にも何か事情があるのかもしれない。

それを無闇に暴くのは褒められた事じゃない。だけど、せめてデッキの事は知りたかった。

魔法少女をスクープのネタにするのは止める。

 

 

「だけど、もう一度だけ彼女達に会ってデッキの事だけは確かめないと……」

 

 

これは真司も関与している問題だ。決意を胸に、彼はアパートの扉を開けて飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、俺も持ってるぞ。そのデッキ」

 

「ま、まじかよッ!!」

 

 

喫茶店アトリ。

とりあえず蓮に相談してみたらば、彼もデッキを拾ったと言うのだ。

最初は適当にあしらわれて馬鹿にされると身構えていただけに、これは予想外だった。

とは言え、蓮はさっきから動じる様子もなしにテーブルを拭いているのだが。

 

 

「しかし、お前も見て触れられるみたいだな。これは驚いた」

 

 

そう言って蓮は真司にデッキを投げつけた。真司はそれをしっかりと掴みとる。

間違いない、同じだ。真司の拾ったデッキと同等のもの。

念のため、中身も確認してみるが、入っていたカードもまた同じだった。

 

 

「ど、どうするッ、蓮」

 

「気味が悪いのは確かだが、特に害もないからな。何かあったらその時にどうするか考える事にした」

 

「すごいなお前……」

 

「それにお前みたいに五月蝿いやつがいてな。文句を聞いてたら、なんだかどうでもよくなってきた」

 

「え?」

 

「霧島は警察にデッキを持って行ったぞ。でも、お前も知ってる通り、これは一般のヤツには見えない。おかげで俺もアイツも変人扱いだ」

 

 

どうやらデッキを持っている人間同士ならその存在を確認できるのか。

フムフムと、真司はメモに情報を書き留めていく。

 

 

「……は?」

 

「?」

 

「はああッ! 美穂のヤツもデッキ持ってんのか!?」

 

「お前も本当にうるさいな。そう言ってるだろ」

 

「ちょっと待て、情報が多すぎて……ッ!!

 

 

真司は落ち着くために蓮の周りをグルグルと回っていく。

邪魔だの、どけだの言われているみたいだが、気にしない。

 

 

「ちょ、ちょっと待てよ! それよりっ、美穂と一緒に警察行ったのか!」

 

「フッ」

 

「オイちょっと待て、何で笑った! おい! 蓮!!」

 

 

蓮は全てのテーブルを拭き終わり、ふきんを綺麗に折りたたむ。

意味深な笑みを浮べているのが真司にはどうにも引っかかったが、蓮は携帯を取り出すとそのメールを真司に見せた。

 

 

『馬鹿に電話したけど、アイツ電源切ってる。ッてな訳で一緒に警察いこーぜ☆』

 

「あぁ……、取材中は電源切るからな俺」

 

「良かったな。俺はお前の代わりだ」

 

「は、はぁ?」

 

「それより、これで分かっただろ。お前のせいで俺は警察から不審者扱いだ。謝れ」

 

「なんでだよ!」

 

 

蓮は床の掃除に取り掛かる。執拗にモップで真司の足元を拭いて行く様に見えるが、気のせいだと信じたい。

一方で真司は必死に考察中である。蓮、美穂、そして自分。これは偶然か? それとも意図されたものだとでも言うのか?

 

 

「今のところ特に異変らしい異変が起こった事はないしなぁ。って、おい! なんか足もとがビチョビチョなんだけど! お前もしかしてわざと俺付近を掃除してないか?」

 

「分かってるならさっさと帰れ。仕事の邪魔だ」

 

「ちぇ、分かったよ。あ、そうだ蓮、お前魔法少女に会った事あるか?」

 

「………」

 

「………」

 

「「………」」

 

 

蓮はそのまま店の奥のほうへ――

 

 

「ちょちょちょ! ちょっと待てよ蓮ッ! なんで無視するんだよ!!」

 

「城戸。俺は別に他人の趣味をとやかく言うつもりはない。だが、押し付けるのは止めろ」

 

「いやいやいや、違う違う違うって!!」

 

「残念だがな、魔法があってもお前の頭は治らない。それをまずは――」

 

「ああああ! もう分かった分かった! 俺は帰る! じゃあな!」

 

 

とりあえず真司はその足で美穂のところへ向かうことにする。

なんだかよく分からないが、見滝原中学校で保健室の先生になるべく実習中らしい。

今はまだ授業中。学校に入るわけにもいかない。しばらく時間をつぶすことに。

 

 

「……終わったのかな?」

 

 

そうやってチャイムが鳴ると、言い方は悪いが、中学生たちがワラワラと校門からやってくる。

一日の授業が終わり、部活をする者や、帰宅する者。

これから皆、各々の時間を過ごすのだろう。

 

 

「そう言えば、あの娘達も中学生くらいだったような――」

 

 

真司の心に淡い期待がよぎる。

昨日助けてくれた魔法少女たち。この学校にいるって事はないだろうか?

彼女達だって子供だ。勉強や生活がある以上、義務教育は受けなきゃいけないだろうし……。

 

 

「ま、いいか。こういうのは悩む前に行動だな。うん」

 

 

真司は一旦退避する事を決める。

美穂に直接話を聞く手もあったが、自分の目で確かめたいと言う思いがあった。

とりあえずそのままホームセンターに向かい、『明日の準備物』を買いに行くのだった。

 

 

 

 

 

翌日。

真司は大胆にも変装して見滝原中学校に潜入する事を決めた。

たとえどんな場所だろうと、ジャーナリストは自らの足で真実を追究するのだと……、なんかの本で見た気がする。

と言う事で真司は校門をくぐり、玄関を通り過ぎる。

 

 

(おお、すんなりいけたな。やっぱ俺って才能あるんだよなぁ。うはは!)

 

 

違う。違っていたのだ。真司は変装と言う物を熟知していたつもりだった。テレビや漫画を見て研究に研究を重ねたつもりだった。

だが真司が見ていた漫画はいかんせん対象年齢が低めのもの。だからサングラスにマスク、そして帽子と言う超絶NG三連撃を決めて浮かれていた。

他の生徒は真司が怖いから声をかけないだけであって、完全に生徒じゃないヤバイ奴が紛れ込んでいる事は分かっていたのである。

 

 

「止まれ不審者!!」

 

「へ?」

 

 

凛とした声が聞こえて真司は後ろに振り返る。

そこにいたのは泣きぼくろがある、眼鏡をかけたショートヘアの女の子。

浅海(あさみ)サキだった。

 

 

 






龍騎も、まどかもとっても面白い作品なので、是非見てみてください(´・ω・)b

特にまどかはね、今、マギレコやってますんで。
みなさんも是非プレイして、富豪の方はジャブジャブ課金して、もっとまどか先輩をヌルヌル動くようにしてください。

ブレイブフロンティアの例もありますからね。
もしかしたら鎧武の新作も作られるかもしれませんな(適当)


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第2話 鹿目まどか かどま目鹿 話2第

 

 

   に れる  よね?

 

こ な終わり  ならな ように、歴 を変 られ って、言っ たよ 

 

     に騙さ  前のバ な私   けてあげ   ないかな 

 

私、 にはな たく い。

 

嫌な  も、悲しい  もあったけど、守りたいものだって――

 

たくさん、この世界にはあったから。

 

 

 

………。

 

 

 

ただの概念に成り果ててしまった少女が一人。

可哀想? どうだろう? 理解はできない。

だって心が、感情が無いから。

 

 

『しかし、本当にあの結果にはびっくりしたよ』

 

「………」

 

 

沈黙する。

 

 

『ただの人間がまさか――』

 

 

語り始める白。

 

 

『全く、人間と言う生き物はよく分からないね。ボクの予想を遥かに超えてくる』

 

「………」

 

 

男、だろうか? 尚、沈黙する。

 

 

『でも、おかげでおいしい話にありつけたってモンよ! なあ、先輩!』

 

『そうだね、協力を感謝するよ――』

 

 

男は――

 

 

「いえ、こちらこそご協力感謝します」

 

 

確かに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

その日の朝に時間はさかのぼる。見滝原にある、大きな窓が特徴的な家。

そこに彼女と、彼女の家族は住んでいた。鹿目(かなめ)まどか。桃色の髪がトレードマークの中学生だ。

 

 

「はぁ……。夢オチぃ?」

 

 

ムクリと起き上がったまどかは、ぬいぐるみを抱いてため息を一つ。

ずいぶんとおかしな夢を見た。自分が神様になったなんて友達に話したらどんな顔をされるだろう?

彼女はまだ少し眠い目を擦りながら、自分の部屋から父親がいる庭へと向う。

今日は天気がいい、楽しい一日になりそうだ。まどかは微笑みながら足を進めた。

 

 

「おはよう、まどか」

 

「うん、おはようパパ。ママは?」

 

 

小鳥のさえずりが心地いい。空を見上げれば快晴。

まどかは家庭菜園の様子を観察していた父に、朝の挨拶を交わす。

 

 

「ママは……、まだ寝てるみたいだね」

 

「もう、仕方ないなぁ」

 

 

まどかは呆れたように笑い、そのまま母親を起こしに行く事にした。

その姿を優しく見つめる父。幸せに満ちた家庭の形ではないか。

 

まどかの家は父親が主婦をしていて、母親が働いていると言う。一般からしてみれば少々変わっているもの。

だが家族仲はとても良好だ。大切なのは絆であって、それはまどかもよく理解していた。

 

そうこうしている間に部屋につく。

母親の部屋では、すでに三歳になる弟のタツヤが奮闘しているところだった。

タツヤは母親を必死に呼びながら布団を叩いている。だが非力な彼の力ではどうする事もできない。

 

 

「よし!」

 

 

まどかは気合を入れて、まずカーテンを開く。

明るい光が部屋中を満たし、朝の訪れを告げる。次は布団を引き剥がし本体を露出させるのだ!

 

 

「起きろーっ!!」

 

「ぎょへぇえええええうぇええええぃぃい!!」

 

「あ、おきたぁー!」

 

 

こうして鹿目まどかの一日が始まる。

今日もいい事があるといいな。そんな事を思いながら、まどかは笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございますサキさん!」

 

「ああ、おはよう。まどか」

 

 

まどかが学校に行く際、一番最初に浅海サキと合流するのは、サキの家がまどか家のすぐ近くにあるからだろう。

サキは三年生。まどかは二年生。関係としては先輩後輩になるのだが、家が近いと言う事もあって昔からよく遊んでもらった。

つまりところの幼馴染である。

 

 

「ほう。今日は赤色のリボンか」

 

「あはは、本当は黄色にしようと思ってたんですけど……、ママが凄く赤を推すから」

 

 

その事を説明するとサキはクスクスと笑った。

サキもまどかの母親はよく知っている。どちらかと言うとおっとりと大人しい性格のまどかとは違い、昔から豪快と言うか男らしい性格なのだ。

 

 

「いいじゃないか。うらやましいよ、私もあんなカッコいい女性になりたいね」

 

「そ、それは……」

 

 

まどかも母親を尊敬はしているが、改めて言われると照れくさい。

頬を染める彼女に、またサキは笑う。そんな事を考えていると、向こうに三人、友人達の姿が見えた。

まどかは手を振って彼女達に駆け寄っていく。

 

 

「おーい!」

 

「あぁ、まどかさん。浅海先輩、おはようございます」

 

「まみしゃぁん! もっと補給させてぇ!」

 

「ちょ、きゃあ! 美樹さん! やめっ!」

 

 

 

礼儀正しく朝の挨拶を返したのは志筑(しづき)仁美(ひとみ)。緑色の髪が目立つお嬢様である。

その隣ではサキの友人で、同じクラスの(ともえ)マミと、まどか達のクラスメイトである美樹(みき)さやかがじゃれ合っていた。

 

さやかはマミに憧れを抱いているらしく、必ず一日の始まりには『今日のマミさん成分』なる物を補給しなければいけないらしい。

とはいえマミは困り顔なのだが、本人も満更ではない様子だ。そんなさやか達もまた、まどか達に気がつくと挨拶を交わした。

 

 

「へぇ、まどか。かわいいリボンじゃん!」

 

「えへへ、そうかな? 派手すぎない? どう思いますかマミさん」

 

「うん。素敵だわ。よく似合ってるわよ」

 

 

まどか達はいつもこの五人で登校していた。

仁美は習い事で忙しかったりするが、放課後や休みもこのメンバーで遊んでいる。

 

性格はバラバラだが、馬が合うとでも言えばいいのか。

五人は毎日毎日飽きることも無くじゃれあいながら楽しく過ごしていた。

願わくば、この幸せな日々がいつまでも続きますように。まどかはいつだったか、そんな事を思った事もある。

 

 

「じゃあ、私達は――」

 

「はい、また放課後ぉ~!」

 

 

学校へ到着すると、マミとサキが別れる。

まどか達も自分達の教室へと向かい――、その途中に"彼女"を発見した。

 

 

「あ! ほむらちゃんおはよう!」

 

「……ええ、おはよう。鹿目…さん」

 

 

黒髪のロングヘア。クールな印象を持った少女、暁美(あけみ)ほむら。

まどかはほむらを見つけると駆け寄って挨拶をかわす。しかし当の本人は軽く受け流すと、さっさとどこかへ行ってしまうのだった。

 

 

「おーおー、相変わらずクールだねぇ」

 

 

さやかはソレを冷めた目で見ていた。

ほむらは最近この見滝原中学校にやってきたのだが、どうにも『自分を見せない』と言うか、冷めた印象の娘だ。

クラスの誰しもが、ほむらの事を嫌いとは言わないが、好きと言う人もいない。

 

まどかは純粋に仲良くなりたい。仲良くなれると思っているが、それは難しいのかもしれない。

さやかは特にそれをつくづく感じていた。さやかとて最初は親しげに話しかけていたものだが、冷めた返しを連続されるものだから、さすがにもう仲良くなる事は諦めたようだ。

 

 

「きっとまだ転校してきて学校に慣れてないだけだよ。早く仲良くなれるといいなぁ」

 

「あ、でも彼氏はいるみたいですわよ」

 

「え゛ッッ!! マジ!?」

 

 

さやかは思わず目を見開いて肩をあげる。

なんでも仁美が言うには、塾の帰りによくほむらが同じ男性と一緒にいる所を見ているのだ。

 

 

「ど、どんな人?」

 

「制服を着てましたわ。確か見滝原高校のものだったと思います」

 

「つまり年上って事か……!」

 

 

一度くらいなら勘違いと言う可能性もあるが、仁美の他にも目撃情報は多いらしい。

極めつけは、ほむらの家からその少年が出てきた事もあるらしいのだ。

少年の方もよく言えば落ち着いた。悪く言えば冷めた雰囲気らしい。どことなく雰囲気が二人は似ているという。

 

 

「へぇ! そうなんだ。凄いねほむらちゃん!」

 

「まあ美人だしねー、彼氏の前じゃ笑顔みせたりとかすんのかな?」

 

 

さやかは少し羨ましそうに呟いた。

彼女にも想い人はいる。憧れがあるようだ。

 

 

「やあ。おはよう、さやか」

 

「!」

 

 

噂をすればと言う事なのか。その想い人に話しかけられた。

いきなりだったため、さやかは頬を桜色に染めて曖昧に笑う。

 

 

「きょ、恭介……! うん、おはよぅ」

 

 

もごもごと。いつもの元気な様子ではなく、大人しい印象に変わる。

さやかに話しかけたのは上条(かみじょう)恭介(きょうすけ)。さやかとは幼馴染であり、いつからか彼女は恋心を抱くようになった。

 

しかし、なかなか関係は進展する事はなく。

やはり幼馴染と言う関係で定着してしまっているのだろうか?

その関係が恋仲になってくれれば良いのだが……

 

 

「この前貸してもらったCDなんだけど、もう少し借りてもいいかな? 気に入っちゃってさ」

 

「あ! う、うん! いいよ。なんならあげよっか?」

 

「あはは、ありがとう。でもいいよ、悪いし」

 

 

そんな他愛も無い会話を繰り返し、上条は友達のところへ行ってしまう。

さやかはゆっくりとため息をつくと、手でパタパタと自分を仰ぎ始めた。

 

 

「でも本当に治ってよかったですわ上条さん」

 

「うん、そうだね……」

 

 

上条は将来有望といわれたヴァイオリニストだった。

しかし事故でその未来を奪われたのだ。指が動かなくなり、演奏をする事ができず、現代医療では治す事は不可能とまで言われた。

彼は自暴自棄になり、生きる事に絶望していたが――

 

最近になって『奇跡的』な回復を見せ、今はこうして歩く事ができる様になっている。

もう少し体が慣れれば、再びヴァイオリンを演奏する事も可能らしい。

今の彼はまさに、希望に満ちているのだ。

 

 

「ホント……、輝いてるよアイツは」

 

 

さやかは、そんな上条の後ろ姿を見ながら静かに呟いた。

 

一方、まどか達と別れたマミとサキ。

二人は談笑しながら自分たちの教室へと向かうのだが、その途中で『ソイツ』を見かけた。

 

 

「な、なにアレ」

 

「ッ! 止まれ不審者!!」

 

 

怯える生徒達。その視線の先には帽子にサングラスにマスクを着用した男がいた。

明らかに怪しい、と言うか怪しすぎる。サキはすぐに男を呼び止めて対峙する事に。

不審者はビクっと肩を震わせると、サキのほうへ体を曲げた。なにやら指で自分を指し示している。え? 何? 俺が不審者なの? そんな事を訴えている様だ。

 

 

「お前だお前! むしろお前しかいないッ! この学校に何の様だッ?」

 

「お、俺は、そう! この学校に今度新任で入ってくる先生で……ッ」

 

「嘘だ」

 

「………」

 

 

気まずい沈黙が流れる。

見れば不審者からダラダラと汗が流れているではないか。どうやら何を言っても危険と判断したのだろうか、沈黙を決め込むようだ。

 

 

「おい! なんとか言ったら――」

 

「あ、ああああッ! ごめん浅海さん! ソイツ――ッ、じゃなくて! その人は私の知り合いなんだ!」

 

「ッ!?」

 

 

不審者を庇うように立ったのは霧島美穂だ。

 

 

「ッ、先生……」

 

 

既に面識はあるのか、怯んだように固まるサキ。

一方で美穂は適当な理由を並べてさっさと不審者を連れて保健室へと向っていった。

実習中とは言え学校関係者が不審者じゃないと言っている以上、もうサキは何も言えない。

するとマミが肩を叩いてきた。

 

 

「サキ。なんでも噛み付くのはいけないわ。今みたいに普通の人かもしれないじゃない、後で謝りに行った方がいいわね」

 

「ぐッ! そ、そうだな……。だがマミ! アレはどう見ても不審者だ!!」

 

 

サキは悔しそうに歯軋りをしていたが、ふと急に足を止める。

何かを考えるように手を口元に当てて、ジッと押し黙る。

 

 

「どうしたの?」

 

「……ぁ、いや。悪いが先に教室へ行ってくれ。少しトイレに行って来る」

 

「そ、そう。じゃあ後でね」

 

 

サキは一人でどこかへ行ってしまう。

マミは首を傾げるものの、言われたとおり教室へ向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっぶねぇ……! いやー、助かった。サンキュー美穂」

 

「ったく、気をつけなよ! もうちょっとで警察呼ばれてたぞ!」

 

 

美穂は保健室のベッドに腰を下ろし、真司を呆れた目で見ていた。

変質者がいると言われてヒヤヒヤしながら向ったが、まさか知り合いだったとは。

 

 

「とり合えずそのバレバレの変装やめな。時間と共にアホになっていくよ」

 

「……分かったよ。外すよ。ちぇ、なんだよ、いい感じだと思ったのにな」

 

 

さらけ出される真司。美穂はもう一度深いため息をついた。

 

 

「で、アンタなんでここにいるの? デッキの事?」

 

「ああ、美穂。実は――」

 

 

とり合えず、真司はまずデッキの事を美穂に説明することに。

事前にメールで軽くやり取りはしていたので、美穂も真司がデッキを持っている事は知っていた。

 

 

「キモいわよね。何で捨てても戻ってくるんだろ? アンタといつも一緒にいるから、私も頭がパーになっちゃたのかな」

 

「失礼だろ! でもな美穂、俺もっと凄いこと知ってるんだよ」

 

「え?」

 

「俺なッ、魔法少女に会ったんだよ!」

 

「………」

 

「………」

 

「「………」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし? 警察ですか? 学校に不審者が――」

 

「おわぁああああああ!! ヤメロヤメロ!!」

 

 

真司は急いで美穂の手から携帯電話を奪い取ると、先日の件、化け物に襲われて魔法少女達に助けられた事を話した。

 

 

「真司……、アンタあまりにも彼女ができないから遂に女の子の幻影を……」

 

「違う違う」

 

「大丈夫。皆まで言わずとも分かるさ。そんなに飢えてるなら美穂様が付き合ってやろうか? 一日一万円でいいよ」

 

「結構だ!! って言うか本当なんだって!!」

 

「えー」

 

 

美穂は少し怪訝そうな目で真司を見ていたが、非現実の象徴であるデッキの件がある。

この世界に魔法少女が存在しないとはどうにも言えないのだ。

まあ、信じてもらえるかどうかは置いといて。真司はとにかく『まどか』と『さやか』がこの学校にいるのかどうか知りたかった。

 

 

「うーん、つっても個人情報……」

 

 

一瞬ためらったが、美穂としても摩訶不思議体験を一秒でも早く終わらせたいところだ。

情報を提供するのは少し躊躇われたが、ここは一つ真司を信用してみることに。

 

 

「いるよ。真司の探してる鹿目まどかちゃんは、この学校にいる」

 

「ほ、本当か!?」

 

「うん。まどかちゃんはクラスの保健委員だからな。何度かクラスメイト連れて来たよ」

 

「まさか、本当にここにいたとは……」

 

 

ちょっと秘密にするには甘すぎないか? 見つけておいてなんだけど。

そんな事も考えたが、とにかく会って話しを聞きたいところだ。

とは言え、どうやって話しを聞くかだ問題は。直接会うのもアリだが、もしも――

 

 

『は? 違いますけど。え? 魔法少女? なに言ってるんですか? キモ……』

 

 

なんて言われたらもうその時点で終わってしまう。いろんな意味で。

だからまずは少しだけ確証が欲しい。

 

 

「美穂、お願いがあるん――ッて、どうした?」

 

「……いやッ」

 

 

真司は美穂の様子がいつもと違う事に気がついた。

デッキを見て黙っている彼女は、弱々しい子犬の様だ。

正直いつもは猛犬みたいなのに――……。

 

 

「やっぱ、少し怖いかなって」

 

 

美穂はそう言ってデッキを窓に向って放り投げる。

窓は閉めてあるので、当然デッキはガラスにぶつかって地面に落ちる。

しかし、ガラスにぶつかっても音一つたてないのだ。そんなモノがいつまでも自分に付きまとってくるのかと思うと、気が滅入ってくる。

 

 

「あー……、えっと」

 

「?」

 

 

真司は少し迷いながらも、美穂の肩を叩く。

 

 

「な、なんかあったらよぉ、ま……、守ってやるから。だから元気だせって……!」

 

「………」

 

 

真司は恥ずかしそうに美穂から目を反らす。

反面、目を丸くする美穂。だがしかし――

 

 

「ぶっ!!」

 

「!?」

 

「ぶひゃははははは! なんだよそれ! にあわねー! ぎゃはははダッセー!!」

 

「なっ! なんだよお前!! 人がせっかく心配してやってんのに!! も、もう知らないからな!!」

 

「ぎひひ! キモチワリー!! うひひひははは!!」

 

 

尚も笑い転げる美穂と、完全に赤面して吠える真司。

美穂はゲラゲラ笑いながら、まどか達に魔法少女の事をそれとなく聞いておく事を了解して、保健室を出て行ってしまった。

真司は真っ赤になって悔しそうにしていたが、いつまでもこんな場所にはいられない。

本当に通報されてしまったら終わりなので、とっとと出ていく事にした。

 

 

「………」

 

 

美穂は窓から真司が出て行くのを確認すると、安心したように笑う。

本当に馬鹿なヤツだ、そう小さく。しかし言葉とは裏腹に、その顔はとても赤く染まっている。

 

 

「あー、びっくりした……!」

 

 

そう言って美穂は歩いて行く。それをジッと見つめるのは――

 

 

(あの二人、間違いない)

 

 

浅海サキは鋭い眼光を光らせて美穂を見ていた。

その手には一冊の本があるが、その題名は分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

学校は問題なく終わった。

放課後、このまま真っ直ぐ帰るのもつまらないものだ。なので、まどか達はファーストフードか、各々の家にいく事が多かった。

今日も例外ではない。これからマミの家でお茶会でもしようと言う話になる。

 

 

「これからマミさんのお家に行くんだけど、ほむらちゃんもどう?」

 

「ありがとう鹿目さん。だけど、ごめんなさい。今日はちょっと用事があって――」

 

「あ、うん。いいよ大丈夫。また今度誘うね!」

 

「……ごめんなさい」

 

 

いつもほむらを誘っているが、彼女がソレに応えた事はなかった。

とはいえ事情があるなら仕方ない。塾だの習い事だのあるかもしれないし。仁美だってそうだ、今日は習い事があるらしく、先に帰った。

そんなこんなで今日はマミの家に集まることに。マミが淹れる紅茶はとてもおいしく、四人も楽しそうに談笑している。

 

 

「ほむらちゃんも来れるといいなぁ」

 

「まあいきなり皆でって言うのもね。まずは鹿目さんと二人きりでどこかに行ってみたらどうかしら」

 

 

そんな会話が続く中で、ふと空気が変わる。

仁美とほむらがいないからこそ、できる話もある。

 

 

「そう言えば、ココ最近物騒な事件が起きているようだが……」

 

「ええ、『まるで何かに食い散らかされた様な死体』の話でしょ?」

 

 

実はココ最近、見滝原周辺で猟奇的な殺人が発生しているとの事だった。

あまりにも凄惨な現場であるにも関わらず、未だ目撃情報の一つさえ無いと言う現状である。さすがに警察もこれにはまいっているようで、捜査は一向に進展する気配がない。

 

普通の人間ならば恐怖に震え、自分が住んでいるの地域の心配でもするのだろう。

だが、まどか達が話す内容は『普通の人間』とは少し違っていた。

 

 

「やっぱり魔女の仕業、ですか?」

 

「もしくは使い魔だな」

 

 

そう、まどか達は『普通の人間』ではない。『魔法少女』と言われる立派な戦士なのだ。

誰も信じないだろうが、彼女達は『妖精』と契約を結びこの力を手に入れた。

そして、人々の生活を脅かす『魔女』。そしてその『使い魔』と日々、命がけの戦いを繰り広げている。

 

 

「キュゥべぇ! いるか?」

 

『どうしたんだい? サキ』

 

 

その言葉と共に、窓から小さい生き物が入ってくる。

白い体で、目は赤い。犬の様な猫の様な――、とにかく不思議な生き物だった。

 

彼の名は"キュゥべぇ"。性別は無いが、一応『彼』と言う事で通っている。

まどか達は、キュゥべえと契約を結び魔法少女になったのだ。

以後は彼女達のサポート役に回っている。マスコットキャラと言えば分かりやすいだろうか。

 

 

「使い魔や魔女が死体を現実世界に残す事はあるのか?」

 

『最近の魔女はそう言ったタイプの物もいるみたいだね』

 

 

彼女達の敵である魔女や使い魔は現実世界で直接的に人を襲うことは無い。

普段は様々な方法で間接的に人間を襲う。もしくは『魔女空間』と言う場所に人間を引きずりこんで殺す。

 

 

「でも、魔女の仕業って決め付けるのもどうなんですかね?」

 

「どう言う事ださやか?」

 

「案外、人間の仕業だったり……」

 

「こ、怖いことを言ってくれる」

 

 

サキは曖昧に笑う。

たしかに、その可能性も十分に考えられる。

 

 

「とにかく警察も動いてくれているわ。私達は私達にできる事をしましょう」

 

 

マミの言葉に誰もが頷いた。

 

 

『………』

 

 

 

 

 

「………」

 

 

マミのマンションから少し離れたビル。その屋上に暁美ほむらはいた。

美しい黒髪が風になびく画はとても様になっている。ほむらは何も言わず、何も表情を変えず、マミのマンション。

正確には、窓の向こうにある部屋を見ていた。

 

 

「どう言う事なの……ッッ!」

 

 

ふと漏れる言葉。

あれは何? あれは誰? どうしてもう?

 

 

(私は、もう間に合わなかったの――ッ!?)

 

 

表情が歪む。

 

 

「あまり気を張りすぎるな。体を壊すぞ」

 

「………」

 

 

ほむらの隣には、落ち着いた雰囲気の少年が座っていた。心配してるのか、声をかけるが返ってくる言葉はない。

先ほどからずっとそうだ。何を話してもほむらは二つ返事か無視。会話レベルのやりとりはサッパリである。

今もほら、ほむらはむしろ『話しかけるな』と言わんばかりのオーラを全開にしていらっしゃる。

 

 

「羨ましいなら混ぜてもらえばいいじゃないか。鹿目ってヤツからは頻繁に誘われているんだろ?」

 

「………」

 

 

また無視である。

いや、視線が返ってきた。『黙れ』、鋭い目が語っている。

少年は複雑そうに眉をひそめる。年下とは言え、女性から睨まれれば傷つくものだ。気を遣っているのに理不尽ではないか。

 

 

「黙ってくれないかしら。気が散るわ」

 

「……ああ」

 

 

ダメ押しが飛んできた。

少年はもうそこから何も喋らなかった。最近勉強しているタロットや、手相占いの本を開いて読み始めた。

 

対して、尚も一点を見つめ続けるほむら。

その内に、お茶会が終わったのか、まどか達も解散となり各々の帰路についていく。

ほむらはソレを確認すると、腰を上げて立ち上がった。

 

 

「やっと帰れるのか」

 

 

少年もため息をついて立ち上がる。しかし、ほむらは家とは逆の方向に歩き出した。

 

 

「おい、どこに行く。帰るんじゃないのか」

 

「あなたには関係ないわ」

 

(この女……)

 

 

少年はうんざりしたように目線を落とした。しかし黙って少女の後をついて行く道を選ぶ。

どうやらほむらは、まどかの後をついていくらしい。まどかはサキと話しており、尾行に気づく素振りはない。

 

 

「はぁ、不安だなぁ」

 

「なにがだい?」

 

「怖いですよ。新型の魔女かもしれないんですから……!」

 

「そんなに緊張しなくても、私達四人がいればどんな魔女にだって勝てるさ」

 

「サキさん……」

 

 

ふと、サキは顔を赤らめて視線を逸らす。

 

 

「そ、それより、『さん』づけは止めてくれないか。昔を知っている私としてはどうも気恥ずかしい物がある」

 

 

目を丸くするまどか、そして意味を理解する。

マミたちの前で"昔の様な振る舞いは"恥ずかしいのではないか"と気を遣っていたが、サキにとってそれが違和感を感じさせてしまっていたらしい。

"まどかとサキとは幼馴染"だ。だからまどかは、昔と同じようにサキに接する事にした。

 

 

「うん、わかった。お姉ちゃん!」

 

「……はは」

 

 

違和感こそ消えたが恥ずかしかったかもしれない。サキはますます赤面して歩いていく。

結局、そのまま、まどか達は談笑しながら帰路についた。それを少し離れたところで観察しているほむら。

 

まどかが家に入った後も、ほむらはあちこちに移動。

結局ほむらが帰ると口にしたのは夜の十二時を過ぎてである。

 

一緒についていった少年も学校に通っている身だ。

これから課題や身支度をしなければならないと思うと頭が痛くなってくる。

しかし一応ほむらは中学生の女の子。少年はバイクでほむらを自宅の前まで送ることに。ちなみに制服姿で二人乗りはいろいろアウトだが、少年はそういうところには不真面目な性格らしい。

 

ともあれ、何事もなくバイクはほむらの家の前に停車する。

もちろん彼女から返ってきた言葉は純粋なお礼などではなく――

 

 

「ありがとう。でも、もう今日から送ってくれなくていいわ」

 

「は?」

 

「面倒な噂を流されるのは不愉快なの。じゃあね、さようなら」

 

 

そう言ってほむらはさっさと自分の家に入って、清清しいくらいの速さで扉を閉めた。

ガチャリと無慈悲なるロックの音が聞こえてきた。お茶の一つも出す気がない鉄の意思を感じる。

 

まあ尤も、別にそんなものはいらないが。

少年は何も言わずに俯く。いらない、いらないが、なんと言うか、こう、もっとなにか接し方と言うか。

 

 

(なんてヤツがパートナーになったんだ……)

 

 

神は残酷な運命を仕掛けてくる。

明日も疲れそうだ、早く帰りたい。少年はバイクを発進させて夜の闇へと消えていくのだった。

 

 

「キュゥべぇ!」

 

 

一方、ほむらは家に入るなり大声を上げる。クールなほむらには不釣合いなほどの怒号だ。

 

 

「いるなら出てきて! キュゥべぇ!!」

 

 

だが答える者はいない。ほむらは舌打ちをして唇を強く噛んだ。

 

 

(いつもは呼んでいないのに現れるクセに……ッ!!)

 

 

苛立ちのあまり少し乱暴に椅子に座る。

考えれば考えるほどイライラしてきた。分からない事が多すぎるのだ。

 

 

(どうしてもう既にまどかが? サキ? そんな名前、まどかの友達にはいなかった筈なのにッッ!)

 

 

爪を噛む。

ほむらはつい先ほどまで会話をしていた少年を思い浮かべる。

その上でもう一度、改めて自分に言い聞かせるように呟く。

 

 

「私は、誰にも頼らない――ッッ!!」

 

 

ほむらは複雑に絡み合う心を押し殺して、『彼女』の姿を思い浮かべる。

たとえ何を犠牲にしようとも彼女だけは救ってみせる。そう何を犠牲にしようとも――、必ずだ。

 

 

「もう契約が終わっているなら無駄なのね。ならせめて、一体何が起きるのかを見届けてから――」

 

 

ブツブツと呟いていく。

それは、愛情。それは、友愛。

交わした誓いの為、全てを賭して大切な人を守ると誓う。

だがそこにある一片の狂気に、ほむらは気づいているのだろうか?

 

 

 

 

 

翌日の学校。まどか達はいつもの様に過ごしていた。

近未来都市見滝原、ガラス張りの教室が特徴的である。しかしその中で行われている会話は、なんだか前時代的である。

 

 

「はい! と言うワケで皆さん! ゆで卵は半熟派ですか? それとも固ゆで派ですか? 中沢くんッッ!!」

 

「え゛!? あ、えっと……! ど、どちらでもいいかと」

 

「はい! そうですね、どちらでもいいんです! では次の質問ですッッ!!」

 

 

まどか達の担任である『早乙女先生』は新しい彼氏の愚痴を生徒にこぼしている様だ。

生徒達はそれを苦笑しながら聞いている。こういう光景は特別珍しいものではなかった。

まあ、それにしたって今日の先生は一段とご機嫌ナナメである。先ほどから適当に名指しされた中沢くんが、適当な言葉のマシンガンを受けている。

 

 

「は? それは違いますッ! 酢豚にはパイナップルなのです! と言う訳で中沢くん減点ッッ!!」

 

「そんなぁ」

 

 

それにしても中沢君が可哀想である。

結局、最後の授業は先生の愚痴でほぼ全てが終わった。

 

 

「っしゃ! ラッキー!」

 

 

チャイムが鳴り、ガッツポーズで立ち上がるさやか。

そそくさと帰り支度を初め、机の中にあった漫画やおかしを放り込んでいる。

 

 

「さやかさん駄目ですわ、そんなにはしゃいで……。中沢さんに悪いですわ……」

 

「そうだね、抜け殻みたいになっちゃてるね」

 

 

搾り取られたようにげっそりしていた中沢くんだけは不憫なものだ。

減点点数はマイナスを超えて絶望的な数値に。たとえ次のテストで100点を取ろうが、彼の成績がゼロを超える事はないだろう。

 

 

「中沢は何を頼んでも断らないからね」

 

「あはは、かわいそーに!」

 

 

上条の言葉に笑うさやか。ふと、さやかの視線が泳ぐ。

 

 

「あ、あのさ、恭介」

 

「うん?」

 

「――いやッ、やっぱりなんでもない! ごめんごめん。あはは」

 

 

さやかは頬を赤くして首を振る。

どうやら一緒に帰りたかったようだが、上条は全く気づいていない。

結局さやかの勇気ができずに、話を切ってしまった。

 

 

「か、帰ろっか。まどか、仁美」

 

「うん!」「ええ」

 

 

まどかはさやかを温かい目で。仁美は少し微笑んで見ていた。

だが気のせいだろうか? 仁美の目が全く笑っていなかった気がするが……。

まあとにかく一日いろいろあったが、これで学校は終わりだ。一同が玄関に行こうとした途中、美穂が現れる。

 

 

「まどかちゃん。ちょっと保健委員の事で話があるの。悪いけど付き合ってもらえるかな」

 

「あッ、はい。わかりました!」

 

 

まどかはさやか達に先に帰るように告げると、美穂に連れられて保健室に入っていった。

 

 

「悪いね、友達と一緒に帰りたかったでしょ」

 

「いえ、いいんです。それよりどうかしたんですか?」

 

「ん、ああ。ちょっと湿布と包帯が見当たらなくて。どこにあったっけ」

 

「えーっと。それならここに……。あれ? ない」

 

 

いつもの場所に湿布と包帯がない。それもそうだ、美穂が隠したのだから。

これは呼び出す建前のようなものでしかない。一分くらい探したところで、美穂は『自演』を止める。

 

 

「お! あったあった。なんだよ、棚の裏に落ちてた。誰かが使った後で落としたんだな」

 

「よかった。見つかって安心ですね」

 

「んん。サンキューまどかちゃん。本当に助かったよ」

 

「いえ。また困った事があったら何でも言ってください。じゃあわたしは――」

 

 

まどかは笑顔で保健室を出て行こうとする。その時、すかさず美穂が口を開いた。

 

 

「ねえ、まどかちゃん」

 

「はい?」

 

「魔法少女って……、知ってる?」

 

「えっ!!」

 

 

まどかは驚いてつい声を上げてしまった。

美穂から目をそらし、曖昧な笑みを浮かべる。

 

 

「な、なんですかッ、それぇ」

 

「なんか見滝原にそういう集団が出るって噂を聞いてさ」

 

「あ、あははは。どうなんでしょうね。いたら素敵だな……、えへへ」

 

 

言えない。自分がそうですなんて言えるわけが無い。

まどかはなるべく冷静を意識して美穂の話に相槌をうっていた。そしてそのまま逃げるように帰っていくのだった。

 

 

「………」

 

 

残された美穂。

正直半信半疑ではあったが、魔法少女の話題を振った時のまどかの慌て様は明らかにおかしい。

 

 

「魔法少女? おいおい、マジかよ……、って、ん?」

 

 

窓を見たら、なにやらシミのようなものが見えた。

目を細めて確認。それはシミではなく――、ただのキスマーク。

 

 

 

 

 

 

 

「みんな! 待っててくれたの!? ありがとう!」

 

 

先に帰ってくれと言っていたが、さやか達は玄関近くで待っていてくれた。

今日は仁美も習い事がないので、皆で帰ることに。

とは言え、マミの姿だけはない。

 

 

『マミさんは警察ですか?』

 

『ああ、"あの人"に会いにな。最近見滝原市の周りで起こっている事件があるでしょう? あの情報を集めにね』

 

 

魔法少女はテレパシーで脳内会話ができる。

仁美には聞かせられない。まどかとサキは言葉を口にすることなく、会話を続けた。

どうやらマミは、ここ最近見滝原周辺で起きている、"人が何かに食い散らかされた様に死んでいる事件"を調べているようだ。

 

 

『まちがいなく、魔女だろうが……』

 

『ですよね。あ、その事なんですけど――』

 

 

まどかは先ほどの美穂とのやり取りを明かす。

 

 

『ほう、霧島先生が』

 

『はい、わたしびっくりしちゃって……』

 

 

魔法少女が噂になっていると言う事。

それはいい事なのだろうか? それとも悪い事なのだろうか? サキはうんざりしたようにため息を漏らす。

 

 

『マミのせいだ。あんな派手に動いていれば、それは噂にもなる!』

 

 

愚痴りはじめたサキ。

まどかは困ったようにさかやを見る。

 

 

『さ、さやかちゃんはどう思う?』

 

『影に忍ぶ正義の味方。魔法少女さやかちゃんってかぁ? くぁー! いいじゃんいいじゃん!』

 

『もうっ、真面目な話なんだよ!』

 

『大丈夫だって! 噂は噂、みんな本気になんてしてないから』

 

 

さやかは舌を出して笑う。なんだかんだ悪い気はしていないようだ。

ヒーロー気分は気持ちがいい。まどかとて、そりゃ少しは嬉しくもある。

 

 

「あら、何のお話をなさってますの?」

 

「え? あ……、あー?」

 

 

ふと、仁美が首をかしげた。

まどかとさやかは、いまひとつテレパシーに慣れていない。口を閉じて頭の中で会話する。そうすると当然お互い無言になるわけだ。

サキはそれを分かっているからこそ、頭で会話しながらも口では別の言葉を投げていた。

だが、まどかとさやかは脳内会話に夢中になり、口は閉じたまま。つまり何も知らない人間から見れば、まどかとさやかは見詰め合ってニヤニヤしている光景になる。

 

 

「や、やっぱり、カモフラージュだったんですのね……!」

 

「はい? な、なにが?」

 

「上条くんは――ッ、スケープゴート。花園を隠すッ、ペルソナ……!」

 

「ぺ、ぺる?」

 

 

仁美はプルプルと震えて、まどか達から距離を空ける。

何か、よからぬ勘違いをしているのだろう。ちょいちょい仁美はよからぬ勘違いをされていしまう。

 

 

「見つめあい、悪戯に微笑むッ。そこに会話はなくとも、お互いの気持ちが――ッ!!」

 

「もしもーし! 仁美ちゃーん!?」

 

「大丈夫ですわッ、私には言えないような秘め事なのですね……! 重々承知しておりますわ!

 

「え? ひ、仁美?」

 

「お二人で……ッ、秘密を共有なんて……っっ!」

 

「ひ、仁美ちゃん?」

 

「でもッ、だけど! お二人は……! 女の子同士なのにッッ!!」

 

「ひと――」

 

「不純ですわぁぁぁあぁあああああッッ!!」

 

「「ちょ!!」」

 

 

踵を返してパタパタと走り出す仁美。

 

 

「あぁ、またか……」

 

 

サキはうな垂れて眉根を揉む。

とは言え、仕方ない。仁美がああなったのはサキにも責任がある。

 

 

(やはりドロドロのガールズラブ小説を貸したのがマズかったか……)

 

 

尤も、まどか達には内緒である。

とにかく一同は仁美を追いかけることに。

しかし走ると、道が二手に分かれていた。話し合いの結果、サキは左の道、まどかとさやかは右の道を行くことに。

 

 

「あ、見つけた!」

 

 

どうやら正解は右の道だったようだ。

まどかとさやかは仁美の後ろ姿を発見する。

発見するのだが――、おかしい。とても不自然だ。

 

まず、仁美が路地に入っていくのが見えた。

だからまどかとさやかも路地に入っていくのだが、視界に入ってきたのは"地面に倒れている仁美の姿"だった。

そして、そのすぐ横には"霧島美穂"が立っているではないか。どうして美穂がここに? それにどうして仁美は倒れているんだ?

 

ましてや、なぜ、美穂はナイフを持っているのだろうか?

 

 

 

 

 






マミさんかわええよな(´・ω・)


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第3話 変身! !身変 話3第

行間に関してはいろいろご意見があるとは思いますが、個人的に台詞入りは二行空け、台詞同士は一行空けがベストなんで、ご了承ください。

これが編集するときも目が疲れないんで、楽なんですよね(´・ω・)


 

 

ナイフを人に向けるのは何故か? 考えられる理由は一つしかない。その人を傷つける為だ。

まどかは悲鳴を上げて、さやかは仁美の名を叫びながら走り出す。

 

どうして美穂が仁美にナイフを向けているのかなんて、もうどうだっていい。

問題は美穂が既にナイフを仁美に向けて振り上げていると言う事だ。

あれをどうする? そんなの決まっている、振り下ろすのだ。

 

 

「くそッ! なんで!!」

 

 

さやかは青い宝石の様な物を取り出して、意識を集中する。

何かの冗談だと思う心がまだどこかにはあった。唐突すぎる展開にまどかはまだ立ち尽くしている。

何がなんだか分からない。理解できない。まさか――、さやかは一瞬その考えを持ってしまう。

まさか一連の殺人は美穂が……?

 

 

「ッ! 仁美ちゃんッッ!!」

 

 

ようやく意識が戻ったまどか。

だが、もう既に美穂はナイフを振り下ろ――

 

 

「うぉぉおおおおおおッッッ!!!」

 

「「!!」」

 

 

間に合わない、それを覚悟した瞬間だった。一人の青年が飛び出してきた。

青年は美穂に飛び掛り、仁美との距離を大きく離した。 しめたものだ、その間にさやかとまどかは仁美を抱えて距離をあける。

 

一方、青年は美穂ともみ合いになっているようで、なんとか美穂が持っていたナイフを弾く事に成功した。

ふと、青年に視線を向けるまどか達。

 

 

「あれッ? あの人たしか――」

 

 

そう、二人は一度『彼』に会っている。

 

 

「美穂ッ! 何やってんだよお前ッ!!」

 

 

"城戸真司"は、フラフラと歩いている美穂を見つけた。

声をかけようと思ったが、そこでさらにまどか達を見つけたのだ。だからこそ気配を消してコソコソ後をつけてきたが、とんでもない状況にいても立ってもいられなくなったワケである。

 

 

「おい美穂! お前ッ、どうしちゃったんだよ!!」

 

 

美穂は何も答えない。目が死んでいる。まるで人形の様だ。

明らかに正常ではない。真司は怯み、どうしていいか分からずに沈黙する。

 

 

「そうか! そう言う事だったんだ!!」

 

「ッ?」

 

 

だが同じくして答えにたどりついた者達もいる。

さやかは指を鳴らして美穂の方へ駆け寄った。そこでさやかは美穂の首に謎の紋章を見つける。

 

 

「やっぱり、あったッ! 霧島先生さんは操られてたんだ!!」

 

「え?」

 

 

何が? そう目で訴える真司。

さやかは誰に答える訳でもなく、呟くようにその言葉を口にする。それが開戦の言葉(スイッチ)とも知らず。

 

 

「魔女の、口づけッ!!」

 

 

空間に亀裂が走った。

まさに一瞬だった。周囲の光景が全く違うものへと変化する。

 

 

「ッッ!!」

 

 

つい先ほどまで真司たちは路地裏にいた。

だが今はもう違う。まるで写真をバラバラに刻んで無茶苦茶に貼り付けたような背景。コラージュ画像の様に強引に繋げた風景。

『異常』、まさにその言葉が似合う世界だった。

 

 

「こ、この世界って……」

 

 

真司は脳裏にフラッシュバックする光景。毛玉の化け物に襲われたときもこんな世界だった。

不気味で気持ち悪い世界だ。全てが滅茶苦茶に見えて、かろうじてここが『薔薇庭園』だと言うことくらいしか分からない。

 

 

「まどか、いける?」

 

「うん、大丈夫」

 

 

まどかとさやかは怯むことなく、真司たちを守るように立つ。

その様子に真司は確信を持った。やはり、まどか達はただの人間ではない。

 

 

「キミ達ッ、いったい……ッ!」

 

「気をつけてっ、来ますッッ!!」

 

「え?」

 

 

真司は一歩も動いていないのに世界が加速していくのを見た。背景が動いているのだ。

次々に扉は、真司達の前までくると独りでに開き、真司達を中へを通す。

扉の向こうにはまた扉、そのまま五枚くらい扉を通った時、再び世界は変わった。

 

 

「魔女ッッ!!」

 

「ッ!」

 

 

薔薇庭園、最深部。

背景は狂気に溢れているが、美しい薔薇だけはハッキリと理解できた。

その薔薇の周りには、いつか見た毛玉の化け物がいるではないか。

 

 

「そこから動かないでくださいッ!」

 

「!?」

 

 

気づけば、まどかとさやかの服装が変わっている。

前に真司が見たのと同じ、綺麗なドレス、魔法少女たる服装だった。

そして、真司達の周りには桃色のバリアが張られている。

 

さすがの真司も理解していた。まどか達は魔法少女、そしてココは敵の空間。

倒すべきは『魔女』と呼ばれる存在なのだろう。

 

 

「――ッッ!」

 

 

魔女。真司のイメージでは、大きな帽子を被って、箒に跨る鷲鼻の老婆。そんな風貌だった。

だが今、視界に捉えているのが『魔女』ならば、甘かったと言わざるを得ない。

 

 

「あ、あれが……、魔女!?」

 

『――――』

 

 

それは声なのか、それとも何か別の物が発生させている音なのかは分からない。

だが魔女『Gertrud(ゲルトルート)』から放たれる音に真司は恐怖している。

 

驚くべきはその容姿だ。

魔女と名はついているが、その姿を見て『彼女』が『女性』とは誰も思わないだろう。

まして彼女は人の形すら保っていない。顔なのかどうかすら分からないが頭はヘドロの様な粘液で形成されており、そこに無数の薔薇がついている。

 

目も鼻も耳も、何も分からない程グチャグチャの顔。

同じく人とはかけ離れた胴体がついており、足も手も無いそこからは禍々しい蝶の羽が生えているだけ。

下部には足の代わりに無数の触手という、魔女からはとてもじゃないが想像できない程の醜悪さ。

 

 

「グロ……! ふぅ、緊張するな!」

 

「大丈夫だよ、さっきキュゥべぇに助けを呼んでもらったから。でも、それまではわたし達が何とか時間を稼がなきゃ……」

 

 

さやかとまどかも多少は怯んでいるようだ。引きつった表情で一歩前に踏み出す。

するとゲルトルートや、魔女の使い魔、毛玉の化け物『アントニー』が一斉にまどか達へ視線を移した。

ゲルトルートにとっては、この薔薇庭園こそが聖域。そこに足を踏み入れられるのは何とも腹立たしい事なのだろう。

 

 

「来るッ!!」

 

 

一瞬だった。

ゲルトルートは自分が座っていた椅子を掴み、まどか達に向って投げ飛ばしたのだ。

 

 

「あ、危ない!」

 

 

真司が叫んだが、問題はない様だ。

さやかはまどかを横抱きにすると、マントを翻して上に跳んだ。

その跳躍力は凄まじく、迫る椅子を簡単に飛び越えてみせる。

 

 

「お、重くない? さやかちゃん……」

 

「あはは、大丈夫だっての!」

 

 

上空を見上げるゲルトルート。そこへ、まどかが放つ光の弓矢が次々に着弾していく。

桃色の閃光が爆発を巻き起こし、ゲルトルートは唸りながら後退していく。

 

いい調子だ。魔女が怯んでいる間に、さやかは着地を決める。

だが魔女にばかり気を取られてもいけない。気づけば周囲からは、無数の使い魔が迫ってくるじゃないか。

 

 

「いける! さやかちゃん!?」

 

「余裕だね! あたしにお任せあれ!」

 

 

さやかは抱きかかえていたまどかを降ろすと、一度ターン。白いマントが大きく靡くと、そこから無数のサーベルが射出され、地面に突き刺さった。

さやかの周囲に立つ剣は、それ自体が相手をけん制する障害物になる。

 

刃に当たらぬようにスピードを緩める使い魔たち。

一方でさやかは地面に刺さっていた剣を抜き取ると、二刀流にして使い魔たちを切りつけていく。

 

さやかは素早く、大きく、剣を振るって使い魔達をなぎ倒す。

だが、しばらく攻撃を続けていると、使い魔達が集まってゲルトルートを守る盾になった。

その隙にゲルトルートは触手を伸ばして、再び椅子を掴む。

どうやらまた投擲武器に使うらしい。ならばとまどかは光の矢を放ち、椅子を狙ってみるが――

 

 

「あッ!」

 

 

光の矢は、ゲルトルートが抱え上げた椅子に命中するが、そこで終わりだった。

それなりに耐久力があるらしい。まどかの矢では椅子を破壊することができない。

ましてや、さやかもスピードタイプだ。パワーには自信がなかった。

 

「まずいね、あの椅子、なんとかしなくちゃ……!」

 

「マミさんがいてくれたら……ッ!」

 

 

今の自分たちに、あの巨大な椅子を破壊する術がない。

魔力をこめれば、なんとか破壊できるかもしれないが、その為には魔力を多めに消費してしまう。

何があるか分からない以上、もう少しだけ様子を見たいところだ。

 

 

「椅子の軌道は完全に読めるから。どんなスピードでも避けられる」

 

 

さやかはそう言って、まどかに微笑みかけた。

だがその時だ。離れた所にいる真司が大声を上げたのは。

 

 

「危ないッ! 下だ!!」

 

「え?」

 

 

まどか達は、自分の立っている地面が盛り上がっている事に気づけなかった。それが戦況を一気に変える事になる。

 

 

「きゃ!」

 

「しまっ!」

 

 

地面からゲルトルートの使い魔である『アーデルベルト』が姿を見せた。

ゲル状に見える体に目が貼り付けられている様な彼ら。

姿は小さいが、彼らは連結する事によって強靭な触手に変わる。

まどかとさやかは素早く彼らを振り払おうとしたが、既に遅いらしい。

 

 

「これっ! やばいかもッ!!」

 

「さ、さやかちゃん!!」

 

 

がんじがらめになり、動けなくなった。

見れば、既にゲルトルートが椅子を持ち上げている所ではないか!

このまま椅子を投げつけられたら……? 二人の心に恐怖が宿る。

 

 

「オオオオオオオオオオオッッッ!!」

 

「「!!」」

 

 

再び咆哮を上げながら真司は二人のところに駆け寄っていく。

美穂が持っていたナイフ片手に、おそいかかるアントニーを振り払う真司。

 

 

「あ! えっ! ちょ!! お兄さん!?」

 

「危険だからこないでください!」

 

「は、はは……! 大丈夫だって! 俺ッ、こう見えて逃げ足は速いからさ!」

 

 

真司としては、戻ってくれと言われて、素直に戻れるわけも無かった。

自分より幼い女の子が危険な目にあっているのだ。ここで引き下がったら、大切なモノが自分の中から消える気がして退けなかった。

もちろん自分の存在が足手まといになる事は分かっている。だからせめて、拘束だけを何とかしようと試みる。

 

 

「くそっ、切れないッ!!」

 

 

ナイフで触手を削ってみるが、どうにも切れる気がしない。

後ろをみれば魔女が椅子を持って近づいてくる。確実に殺す為に、『投げる』のではなく『殴る』つもりなのだ。

恐怖が迫る。真司も思わず足が震える。

 

 

「あぐぁッッ!!」

 

 

肩に激痛が走る。思わず苦痛の声が漏れる。

見れば、アントニーが肩に噛み付いているではないか。そのまますぐに足、膝、腰に同じ様な激痛が走る。

 

 

「もう、駄目! 早く逃げてッッ!!」

 

「だ、大丈夫ッッ! 大丈夫だから――ッッ!!」

 

 

そうは言うものの、とてもじゃないが大丈夫な状況ではなかった。

真司の視線の先に、新たなる使い魔が現れる。『クラウチマン』、役割は伐採、薔薇庭園を整えるゲルトルートの執事だ。

 

真司と同じ位の背丈で人型をしている。どうやら毛玉のアントニーが合体した姿らしい。

腕が鋭利なブレードになっており、クラウチマンは気絶している美穂と仁美の方へ歩いていく。

 

そこにはまどかの結界があるのだが、クラウチマンは構わず刃を振り下ろした。

硬い音が響き、結界がゆらめく。あのまま刃を打ち当てられたら、いずれ結界が壊れることは真司にもよく分かった。

 

 

「クソッ!!」

 

 

詰み。真司はまさに詰んでいたのだ。

まどか達の拘束は解けず、結界にはクラウチマン。

唯一まともに動ける真司も、ただの弱い人間。魔女はおろか、使い魔にも勝てない。

 

 

(何も……ッ、できないのかよ!)

 

 

真司は歯を食いしばり、目を見開く。

まどか達は必死に何かを言っているようだが、それはもう耳には入ってこなかった。

ただひたすらに悔しかった。そうしていると背後にゲルトルートが迫る。

 

魔女は椅子を思い切り振り上げた。

とは言え、まどか達はまだ逃げられないし、真司も動けない。

 

 

(死ぬのか。何も、できずに……!)

 

 

ずっと燻っていた。何もできない自分にだ。

恵理が事故にあって、美穂のお姉さんが亡くなって――

何か力になりたいと思っていた。でも何もできなかった。

今もそうだ。何もできない。誰も守れない。誰も救えない。

 

 

(結局、俺は――ッッ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『悔しいか? なら、変われよ』

 

「ッ!」

 

 

またあの声だ。脳内に響く謎の声。そしてスローに変わる世界。

 

 

(変わる? 何に? どうやって!?)

 

 

声にはしていない。ただ頭の中で言葉を並べただけだ。

けれども、脳内に響く声の主には伝わったようだ。

 

 

『そりゃオメェ、凄い存在に変わるんだよ。お前にはその資格がある。オイラが与えた資格がよ』

 

(資格? 資格って何だ?)

 

『ごちゃごちゃ言うな。とにかく念じればいいだけさ。お前の心にある感情に反応して、お前は変われるんだから』

 

(心?)

 

 

駄目だ。間に合わない。椅子が振り下ろされ――

 

 

「ティロ――ッッ!」

 

『!』

 

「フィナーレ!!」

 

 

巨大な光。銃弾が椅子に着弾して爆発。

粉々になる椅子と、大きく仰け反るゲルトルート。

すぐに追撃の光弾が着弾して、大きく吹き飛ばした。さらにもう一つ、今度は"電子音"の様な音声が聞こえる。

 

 

『アドベント』

 

「!?」

 

 

真司の前に、突如現れた化け物。

また敵なのか? 焦る真司だったが、謎の化け物は真司に食いついていたアントニー達を引き剥がし、その手にある"ハサミ"で切断していく。

ハサミ。そう、現れた化け物を一言で表すなら『蟹』が適切だろうか。

 

目を丸くする真司と、表情が一気に明るくなるまどか達。

蟹は、まどかとさやかを拘束していた触手を簡単に切り裂くと、次はクラウチマンの方に向かって走っていった。

 

 

「もう、大丈夫よ鹿目さん! 美樹さん!」

 

「「マミさぁん!」」

 

 

皆の前に颯爽と現れたのは、巴マミ。自由になったまどか達は、涙目になりながらマミへ飛びついていく。

さやかなんて思い切りマミの胸に顔を埋めているが、状況が状況だ、マミも呆れたように笑うだけで引き剥がす事はなかった。

マミはそのまま真司に視線を移す。

 

 

「あなたも大丈夫だったかしら? 二人の為に頑張ってくれたみたいですね、どうもありがとうございます」

 

「あ! え!? あ! ああ! 俺は大丈夫!」

 

「それは、よかった」

 

「!」

 

 

今度は背後から男の声が聞こえて、真司は反射的に振り向いた。

 

 

「わわっ! 化け物ぉッ!!」

 

「ば、化け物ですか!?」

 

 

腰を抜かして倒れる真司と、対照的に吹き出すマミ。

だが無理もない。真司はてっきり人間に話しかけられたと思っていたが、いざ視界に飛び込んできたのは先ほどの蟹の化け物ではないか。

 

いや、いや、違う。よく見れば違う。

蟹の化け物に似ているが、もっと人に近い者だ。

よくよく見れば、それは化け物ではなく、『騎士』に見えた。

 

 

「安心していいわ。彼は化け物ではなくて、味方だから」

 

「え? え? えぇ!?」

 

 

混乱する真司に差し出される手。

 

 

「立てますか?」

 

「え? あッ。は、はい……」

 

 

真司は戸惑いながらも、騎士の手を取り立ち上がった。

冷静になる。騎士が敵ではなく味方ならば、物凄い失礼な事を言ってしまったんじゃなかろうか。

 

 

「す、すいません……」

 

「構いませんよ。この姿なら勘違いしても仕方ありません」

 

 

そこでマミは真司に、自らの『パートナー』である騎士の名前を告げた。

 

 

「彼はシザースです」

 

 

シザース。そして騎士。

その単語に大きなものを感じて、真司は息を呑んだ。

同じくしてマミが地面を蹴った。大量の銃を召喚しながら、使い魔や魔女に向かっていく。

敵はマミが引き付けてくれている。一方で真司の前に立つシザース。するとどうだ、その装甲がガラスや鏡のように音を立てて砕け散ったではないか。

 

 

「!?」

 

 

驚く真司。そこにいたのはごく普通の青年だった。

 

 

「これで私が化け物ではないと、信じてもらえましたか?」

 

「え? あ、あぁ、はい」

 

「あまり時間がないので詳しい説明は後にしましょう。私は須藤(すどう)雅史(まさし)。刑事です」

 

「けっ、刑事さん!?」

 

 

須藤は頷くと、懐からソレを取り出した。

それを見た瞬間、真司の体に走る電流。間違いない、あの『カードデッキ』だった。

真司の物とは少し違うが、それは中心に紋章の様なものが描かれている点のみ。

それに先ほどアドベントと言う音声が聞こえた。そうだ、アドベントならば真司も持っているじゃないか。

 

 

「さて」

 

 

須藤はコートを翻すと、デッキを正面に突き出した。

すると須藤の腰部分に、何かベルトの様な物が出現する。

名前は『Vバックル』。須藤はそのまま素早く腕を動かし、ポーズを決めてみせる。

そしてたった一言。

 

 

「変身ッ!」

 

 

須藤はそのままデッキをVバックルへと、装填する。

するとデッキが光り輝き、騎士の鏡像が二体、須藤の左右に現れた。

鏡像はそのまま回転しながら須藤の方へと収束していく。

そして鏡像と須藤が重なり合った時、真司の前にいるのはメタリックオレンジの輝きを持った『騎士』だった。

そう、変身。姿が騎士へと変わったのだ。

 

 

「キミは隠れていてください」

 

「えッ!? あッ、はい!」

 

 

シザースは構え、走り出す。

その前方ではクラウチマンが腕の刃を振るい、シザースに似た蟹の化け物・『ボルキャンサー』を切りつけていく。

 

だが、ボルキャンサーの装甲は硬い。

刃の攻撃を物ともせず、自身はハサミを振るっていく。

しかし、それほどダメージを受けていない筈だが、突如ボルキャンサーの体が粒子化していく。

 

 

「ご苦労様です、ボルキャンサー」

 

 

どうやらボルキャンサーの活動には制限時間があったようだ。

消え去るモンスターと、入れ替わりでやってくるシザース。彼はすぐに拳を振るい、クラウチマンと交戦を開始した。

腕と刃が交差する。シザースもまた、ボルキャンサー同じく高い防御力を持っているようだ。振るわれた刃を身に受けたとしても怯まず、逆にクラウチマンの刃がボロボロになっていく。

 

 

「さて、そろそろ決めますか」

 

 

シザースは蹴りでクラウチマンを大きく突き放すと、デッキから一枚のカードを引き抜いた。そしてそれを腕に装備されている『カードバイザー』に装填した。

シザースのバイザーは蟹のハサミを模したガントレット。騎士のカードを発動させる重要なアイテムであり、今まさにバイザーからは電子音が流れてシザースに力を与えていく。

 

 

『シュート・ベント』

 

 

光が迸り、シザースの手にマスケット銃が握られた。

狙いを定める途中、シザースの周囲にも銃が召喚される。

そのまま引き金を引くと、持っていた銃と、近くに浮遊していた無数のマスケット銃から水流弾が発射されて、クラウチマンへ着弾していった。

 

水とは言えど、凄まじいスピードでぶつかれば、かなりの衝撃がある。

その証拠に、クラウチマンは腕をバタつかせながら地面に倒れた。

同時に、シザースは最後のカードをバイザーへ装填させる。

 

 

『ファイナルベント』

 

 

地面が光り輝き、また鏡の割れる音が聞こえた。

その音と共に現れたのは、先ほど消滅したボルキャンサーだった。

どうやらカードの力で再び召喚されたらしい。シザースはクラウチマンに狙いを定めると、勢い良く跳び上がる。

 

そして、背後に立っていたボルキャンサーがさらにシザースをトスで上に弾き飛ばした。

ボルキャンサーのアシストを受けて、シザースは空中で体を丸めた。

そのまま高速回転しながらクラウチマンに突撃していく。

 

これが必殺技、"シザースアタック"だ。

思わず球体に見える程の回転力、そして突破力。

突進を受けたクラウチマンは見事に吹き飛び、地面に墜落した。

合体が解除され、無数のアントニーとなった後は、次々に爆散して消えていく。

 

 

「いったれマミさんッ!!」

 

「気をつけてマミさんッ!」

 

「ええ、わかってるわ!!」

 

 

マミの方もまたゲルトルートと戦いを繰り広げていた。

彼女の武器はマスケット銃。次々に大量のマスケット銃を練成し、それを交互に撃ち続けゲルトルートの進行を止める。

 

なすすべなく爆炎に呑まれていくゲルトルート。

その間にシザースも駆けつけ、二人は戦いを終わらせる一撃を行使する。

 

 

「行きましょうか須藤さん!」

 

「わかりました、サポートをお願いします!」

 

『ユニオン』『ファイナルベント』

 

 

マミの体が光り、一瞬だけシザースの紋章が浮かび上がる。

そのまま腕を天に向けてかざすと、背後から巨大な大砲が出現した。

大砲はその巨大な砲口をゲルトルートにピッタリと合わせる。どこへ逃げようが、その砲口はしっかりとターゲットを捉えるだろう。

 

シザースは、再びボルキャンサーを召喚。そしてもう一度シザースアタックと行なう。

だが、先ほどと決定的に違っている点がある。それはシザースがゲルトルートではなく、マミが出現させた大砲の砲口へと飛び込んだ事だ。

シザースが装填された事で、大砲に備えられているオレンジ色の宝石たちが輝き始める。

そして、そのままマミは大砲を操り――

 

 

「さあ、終わりにしようかしらッッ! 放て! 勝利の一撃――ッッ!!」

 

 

シザースを発射する!

 

 

「「アルティマ・シュート!!」」

 

 

マミとシザース。二人の声が重なり合い、大砲からシザースが発射された。

光と纏ったシザースは、超高速で回転、そのままゲルトルートをぶち抜き、断末魔さえ上げさせる事なく爆散させる。

 

 

「やったぁ! マミさんに須藤さんってば、さっすがぁ!」

 

「わあ! やりましたねマミさん! 須藤さん!」

 

 

まどか達は勝利した二人のもとへ駆け寄る。

そして、相変わらず目を丸くして腰を抜かしている真司。

人間大砲で魔女を倒すなんて、もはや魔法の欠片もない。いや、そもそも銃だの剣だの、もはや城戸真司の脳みそでは、この状況を理解することは不可能だった。

 

 

「さあ、もう安心してください。気絶した二人も怪我はないみたいだ」

 

 

シザースは再び真司に手を差し伸べる。

とり合えず確実なのは、戦いは終わったようだ。真司はシザースの手を取って、立ちあがろうと――

 

 

「ちょっと待って!」

 

「えッ?」

 

 

マミは目を細め、辺りを見回す。

敵らしき影は一つも無いが、その表情はかなり強張っていた。

額に汗を浮かべ、しきりに周りを気にしている。その異変にまどか達も気がついたのか、マミに言葉をかけた。

 

 

「どうしたんですか?」

 

「………おかしいと思わない?」

 

「え?」

 

 

まどか達は動きを止め、もう一度辺りを見回す。

そんな中、サキとキュゥべぇが合流してくる。先ほどまどかがキュゥべぇを通して助けをよんでもらったからだ。

 

「皆ッ! 大丈夫か!」

 

「ええ、なんとか。ただサキッ、あなたが着た時に使い魔はいたかしら?」

 

「い、いや……、私が来たときには何も居なかったが?」

 

 

それは、つまりゲルトルートを倒したのに魔女空間が消えていないと言う事。

通常、この異様な空間は魔女が死ねば消滅する。

だが、消えないという事は――?

 

 

「みんなっ!」

 

 

 

マミはすぐに銃を出現させ、両手に構えた。

 

 

「魔女はまだ死んでないわッ!!」

 

 

その時だ。薔薇庭園の草むらから無数の蝶が現れたのは。

禍々しい蝶の大群は、まどか達の視界を奪いながら飛び回る。

悲鳴があがり、逃げ惑う魔法少女たち。

 

この蝶も魔女の使い魔なのだろうが、何かがおかしい。

そしてそのまま数十秒は経っただろうか? 蝶は上空へと収束していき、『何か』に集まっていった。

 

その何かは一瞬だった為、確認できなかったが、なにやら『種』の様に見えた。

そして蝶が弾けたとき現れたのは、新しい『化け物』だった。

 

 

「なんだアイツはッ!! あれも魔女なのか!!?」

 

「ど、どうなの? キュゥべぇ!」

 

 

一同の前に現れたのは、美しい青い蝶だった。

しかし、その両羽には切り絵の様に貼り付けた人間の目。

そして蝶の本体部分には、人間の形をした異形が存在していた。

 

目も鼻も無い人影。

服と言う概念がないのか、ただ人の形をしたマネキンにペンキで様々な色をぐちゃぐちゃに塗りたくった。

その異形、名を『ミルシー』と呼称する。

 

『あれは魔女……ではないね』

 

「何ッ!? じゃあ何なんだ!」

 

 

キュゥべぇはジッとミルシーを見る。魔女に限りなく近いが魔女ではない。

 

 

『まるで、"魔女もどき"だ』

 

「魔女もどき……ッ!?」

 

「ッ! 巴さん! 危ないッ!!」

 

 

シザースはマミを突き飛ばし自分の体を盾にする。

そこに降りかかる鱗粉。

 

 

「ぐあぁぁあああッッ!!」

 

「須藤さん!!」

 

 

鱗粉がシザースの体に触れた瞬間、小規模の爆発が巻き起こる。

鎧に粒子が触れた瞬間、爆発を起こすようだ。きらめく鱗粉の中で次々にシザースの体が爆発していく。

須藤の名を呼ぶまどか達、サキはすぐに結界を真司や美穂達の周りに出現させるが、そんな暇をミルシーが与えてくれるわけも無い。

次は魔法少女達に鱗粉が着弾していった。

 

 

「きゃぁぁあああああああああぁぁあああッッ!!」

 

 

吹き飛ぶ魔法少女達。

シザースもダメージが大きいのかその場に膝を着いて動かなくなった。

荒い呼吸音だけが聞こえ、それもまた新たなる爆発に呑まれていく。

 

 

「ッ!!」

 

 

真司は爆発に消えていく少女達を見て拳を握り締めた。

なんとかしなければならない。しかし、何ができる? 武器はないし、肉弾戦で勝てる相手ではない。

 

 

(何もできない……ッッ!!)

 

 

そうしていると、ミルシーが吼えた。

震動を感じたかと思えば、真司達がいた場所の地面が盛り上がる。

真司はその意味を理解し、美穂達を抱えて逃げようと試みる。

だがもう遅かった。地面から無数の蝶が噴射され、真司は大きく吹き飛ばされてしまう。

 

 

「ぐガッ!!」

 

 

背中から地面に叩きつけられた真司。痛みと衝撃で呼吸が止まるし、視界もボヤける。

だが、痛みより先にその事実を理解した。結界から外に出てしまった。つまり美穂と仁美が危ないのだ。

鈍い痛みを無視して、真司は体を起こすと、倒れている美穂たちへ駆け寄る。

だが、再び蝶が現れると、真司の体にまとわりついた。

 

 

「ぐッ! なんだよコレ!!」

 

 

腕を必死に振るって蝶を吹き飛ばす。

視界がクリアになったとき、気づいた。美穂たちの姿が消えているじゃないか。

急いで探すと、蝶の群れが美穂と仁美を持ち上げ、空へ舞い上がっていくのが見えた。

 

「させない!」

 

 

まどかは弓を放つが、次々と現れる蝶がそれを塞き止める。

マミも銃を抜くが、鱗粉が視界を埋め尽くし、標準を合わせられない。適当に撃ってしまえば、美穂たちに当たる可能性がある。故に動けないでいた。

そのまま仁美と美穂はミルシーの眼前まで運ばれ、そこで止まる。

 

 

「仁美ちゃんッ!!」

 

「美穂ッッ!!」

 

 

まどかと真司は互いに立ち上がり、再び走り出す。

だが、ミルシーはもう一度その羽を大きく羽ばたかせ、鱗粉を二人にむけて放った。

 

 

「クッ!!」

 

 

着弾。だが、崩れ落ちたのはまどかと真司ではないあ。

さやかとマミがまどかを庇い、サキとシザースが真司を庇ったのだ。

この一撃が決定打となったか、それぞれはその場に倒れて立ち上がる事ができなくなってしまった。

 

 

「さやかちゃん! マミさんっ!!」

 

「す、須藤さん! さ、サキちゃん!」

 

『まどか! アレを見て!!』

 

 

まどかは倒れた仲間に駆け寄ろうとしたが、キュゥべぇ言われ、ミルシーに視線を戻した。

そこには、大きく裂けたミルシーの顔。

瞬時に悟った、アレは口だ。ミルシーは美穂と仁美を食うつもりなのだ。

 

 

「ふッッざけんなぁぁぁあッッ!!」

 

 

真司は怒号を上げて走り出す。

どうしようかなんて考えちゃいないが、とにかくこのまま美穂たちを胃袋の中に入れることだけは止めなければならない。

真司はがむしゃらに、ただひたすらに、ノープランでミルシーに向かっていく。

 

だが、所詮それだけ。

ミルシーは同じ様に鱗粉を発生させて真司を狙う。

それでも尚、真司は足を止めなかった。たとえ手足が吹き飛んでもいい。たとえどんな傷を負っても構わない。

 

 

(美穂を、あの女の子を死なせるわけにはいかないんだ!!)

 

 

鱗粉が着弾、爆発の光が真司を包みこむ。

ギュッと目を瞑る。しかし痛みはない。どういうことだ? 真司が目を開くと、そこには自分を庇っているまどかの姿があった。

 

 

「あ……!だ、大丈夫かッ!!」

 

 

この時、真司は自分がとった行動がいかに無謀で、いかに愚かだったのかを思い知る。

周りには傷つき倒れる少女達。須藤も何とか立ちあがろうとしているが、足がふらついてうまくいかないようだった。

そうしているとまどかも倒れ、動かなくなる。

 

 

「俺ッッ!! ごめんっ!!」

 

 

そして仁美と美穂はミルシーの目の前だ。

真司は悔しさで頭がおかしくなりそうだった。

何もできない自分を悔やんだ。それなりに変わろうと努力してきたつもりだった。

だけど、結局無理なのか。

 

こんな夢みたいな事、だけど現実。

美穂も、あの仁美って娘も、下手すればここにいる全員が死ぬ。

そんなのふざけてる。自分より小さな、それも女の子が傷ついて死ぬ。

 

 

(そんなのってあんまりだろッッ!!)

 

 

神様が笑っている気がした。

馬鹿なヤツらと石を投げられている気がした。

そりゃあ誰だってうだつが上がらない時や、うまくいかない時はある。これはきっとそういう当たり前の事なんだろう。人は死ぬし、人間が化け物に勝てるわけがないし、弱い男は何もできないし、そういうのは当たり前なんだろう。

 

だが、真司はそれがどうしても許せなかった。

 

 

(認めない。俺は認めないッッ!!)

 

 

真司は、まどか達が放つ、声のない叫びを聞いて強く願った。

真司は、強く思った。誰だって死にたくはないし、自分だってそうだ。

まして、化け物に食われたいなんて思うはずがない。

 

 

「ッッッ!!!!!!」

 

 

脳にスパーク。

思い出す。須藤は『デッキ』を使って騎士に変身していた。

 

 

(そうか! 何で気がつかなかったんだッ!)

 

 

自分も、その資格を持っているじゃないか!!

 

 

「ッッ!!」

 

 

そうだ。そうか! そうだったッッ!

パニックになって大切な事を忘れていた。

 

 

「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

「あ、あれはッ!」

 

 

シザースは驚きに目を見開き、声をあげた。

真司がポケットから取り出したのは、同じカードデッキではないか。

 

 

「――オォォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

真司は強く、強く、気高く叫ぶ。

今まで何もできなかった時間に終わりを告げろ。このままふざけた未来がくる事を許すな!

真司は、自分の弱さを殺すため全ての感情を込めて叫んだ。

そして、その時。デッキに光が宿る。

 

 

「!!」

 

 

無地のデッキに、刻まれていく紋章。

強く、熱い光りと共に、デッキへその紋章が叩き込まれた。

その紋章が何をイメージしているのかは、誰が見てもこう言うだろう。

 

 

 

それは――『龍』

 

 

真司は、デッキを握り締めたままその手を突き出す。

須藤の真似事だが来る筈だ。その力、彼女達を守れるだけの力が。

 

 

「来い、来いッッ!!」

 

 

真司は強く願う。

何度か頭の中に話しかけてきた声は言っていた。

変われと、悔しいなら変わって見せろと。その時、その瞬間、真司は目の前に赤き龍のシルエットを視た。

 

 

「来たッ!」

 

 

真司の腰に装着されるVバックル。

もう迷う必要は無い。頭の中に入ってきた構え。右腕を斜め左につき伸ばすポーズを取りながら、祈りと望みを託して、デッキをバックルに装填させる。

 

 

「変――ッッ」

 

 

変われ、そして自分が壊すんだ。弱い自分を。そしてこの悪夢を!

 

 

「――身ッッ!!」

 

 

変身。

 

 

「うぉオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

血が、体内が、体が燃える様に熱い。

驚きに目を見開いている少女達。そして真司は自分の掌を見て理解した。

 

 

「変われた……ッ!! ッッッしゃあああああッ!」

 

 

顔を触って確かめる。

須藤とは全くデザインが違う様だが、間違いなく騎士に変わっていた。

そこには紛れもない、仮面があったのだ。

新たなる騎士の誕生。その名も――、『龍騎(りゅうき)

 

 

「!」

 

 

だが、余韻に浸る時間はない。ミルシー同時に動き出していた。

戦いだ。拳を握り締めた龍騎。その時、シザースの声が聞こえる。

 

 

「デッキからカードを引く時、望みさえすれば狙ったカードが引けますッ!!」

 

「ッ!」

 

 

龍騎はシザースの戦いを思い出し、一枚のカードを念じてデッキに手をかけた。

そして、カードを引き抜く。確かに絵柄は望んだものだった。龍騎は左腕に装備されていたバイザーにカードをセットする。

 

 

『アドベント』

 

『―――ッ!』

 

 

瞬間、ミルシーの体が大きく吹き飛ばされる。

何故? そう、それは突如現れたモンスターの仕業だった。

その性質は”勇気”。無双龍・ドラグレッダー。赤いドラゴンは龍騎の周りを旋回して、咆哮を上げる。

その背中には美穂と仁美が倒れ掛かっており、真司は二人を優しく地面へとおろした。

 

 

『オォォオオオォオオォッッッ!!』

 

 

禍々しい咆哮を上げてミルシーも立ち上がる。

アシストを行うように無数の蝶が龍騎の周りに集中していく。

 

「グオオォオオォォォオオッッ!!」

 

 

だが、甘い。

ドラグレッダーの口から火炎放射が放たれ、蝶は一瞬で燃え尽き、灰になった。

そして再び吼えた。龍の雄たけびが、敵を怯ませ、動きを鈍らせる。

それでもミルシーは羽を揺らし、鱗粉を発射した。

一方で口を開くドラグレッダー、そこから炎弾が発射され、鱗粉を簡単に貫くとミルシーへ着弾する。

 

墜落するミルシー。龍騎は、シザースの戦いを再度思い出し、一枚のカードを引き抜いた。

最初見たときは無地だったが、今は自身の紋章が描かれているカードだ。

それをドラグレッダーの頭部を模したガントレット。ドラグバイザーに装填する。

カードを装填すると音声が流れ、ドラグバイザーの目が光を放つ。

 

 

『ファイナルベント』

 

「フッ! ハァァァァ――………ッ」

 

 

龍騎は両腕を前へと突き出した。

左手を上に、右手を下に。それはまるで鏡合わせの様。

そして一度手を引き戻したかと思うと、舞う様に手を旋回させる。

それに呼応する様に、龍騎の動きに合わせながら彼の周りをドラグレッダーが飛翔し、うねる。

 

中腰に構える龍騎と、獲物を睨みつけるドラグレッダー。

龍騎は地面を蹴り、ドラグレッダーと共に上空へ舞い上がった。

ミルシーは、危険と悟ったか鱗粉の嵐を巻き起こすが――!

 

 

「ダァアアアアアアアアッッッ!!」

 

 

ドラグレッダーが放つ炎を纏い、龍騎の飛び蹴りが放たれる。

必殺技、『ドラゴンライダーキック』。それは襲いかかる鱗粉を焼き焦がしながらミルシーに直撃した。

悲鳴を上げて爆散するミルシー、それと同時に粉々に砕ける魔女空間。

ふと気がつけば、元いた裏路地に龍騎達は立っていたのだった。

 

 

「勝った……! のか……!?」

 

 

龍騎はすぐにまどか達に駆け寄る。

美穂達も怪我はない様だが、まどか達は少なからずダメージを負ってしまった。病院に連れて行った方がいいだろう。

 

 

「君も……、デッキを持っていたんですね」

 

「あ、はい。よく分からないけど……」

 

 

変身を解除した須藤は、龍騎の肩を借りて立ち上がる。

話を聞きたいのは山々だが、とにかく今は事情うんぬんよりまどか達を病院に運ぶことが大切だろう。

龍騎と須藤は頷いて、まどか達に手をかける。

 

 

「いてて、ごめんなさい……!」

 

 

申し訳なさそうに俯くまどか。

だが彼女が謝らなければならない理由はない。

 

 

「あ、いいって! それよりごめん。俺のせいで――ッて。え!?」

 

「!?」

 

 

龍騎とまどかの手が触れ合った瞬間だった。

まどかの体が光り輝いたかと思うと、そのまま眩い光に包まれていく。

混乱する龍騎だが、そのまま何もなく光りは晴れる。一体なんだと言うんだ? ポカンと呆ける二人だったが、マミが目を輝かせて叫ぶ。

 

 

「あら! 彼が鹿目さんの騎士なのね!」

 

「え?」「へ?」

 

 

マミは微笑み、自分の胸元にある紋章を指し示す。

魔法少女の衣装に光り輝いているのは、シザースの紋章。

最初見たときはそう言うバッジなのかと思ったが、どうやら『絆の証』らしいのだ。

 

それを見てまどかはハッとしたように自分の体を見回す。

そして、見つけた。何も起きていないと思っていたが、一つだけ変わった事がある。魔法少女のドレス、スカートの一部に龍騎の紋章が追加されていた。

しかしこれがどういう意味を持つのか? 混乱していると、脳内に声が響く。

 

 

『まあ、つまりお前と鹿目まどかはパートナーって事だな』

 

「!」

 

 

その声はまどか達にも聞こえたのか。視線が一転に集中する。

そこに立っていたのは――

 

 

『無事に変われたようで安心したぜ城戸真司ぃ、オイラはジュゥべえ。まあよろしくな!』

 

「………」

 

『あん?』

 

「うわああああ!! 猫が喋ったぁあああああああああああッッ!?」

 

 

これまた、おかしな生き物だった。

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、失敗したか……」

 

 

そんな龍騎達の様子を遠くで見つめる影が一つ。

どうやらまどか達と、さほど歳の変わらない少女の様だ。

彼女の手には、なにやら『種』の様な物が握られている。それを二、三回手の上で転がした時、『種』はカードに変わった。

 

「まあいいか。見合う物は手に入ったわけだし。前菜としては十分」

 

 

使い魔(レプリカ)でも『魔女(オリジナル)』と同等の力が出せるのは驚いたものだ。

魔女もどきとは言え、十分に戦えるじゃないか。その結果に少女は成る程と漏らし、まどか達から視線を外す。

その手には、紋章が刻まれたデッキが握られていた。

 

 

「次は『お菓子』で行こうか? あぁ、でもメインディッシュの前にはもう少しお腹に入れておきたいキ・ブ・ン!」

 

 

少女はクスクスと笑いながら街の方へ消えていくのだった。

まどか達を見つめる影はもう一つ。

 

 

「彼が、まどかの……」

 

「どうやら、パートナーと出会った騎士達は少なくはない様だな」

 

 

暁美ほむらと、彼女についてきた少年は、離れた所からまどか達を観測していた。

相変わらずほむらは一人で何か考え込んでいるようで、少年が話しかけても生返事のみと言うものだ。

 

 

「パートナーって、何なのよ……ッ」

 

まどかのドレスには初めて見る龍の紋章がある。

そして、似た物はほむらにも。

 

 

「……あなたは、何が条件でパートナーが決まると思う?」

 

 

「さあな。少なくとも友好や信頼、相性関係じゃない事だけは確かだろう」

 

 

皮肉めいた少年の言葉を受け、ほむらは自分の腕にある『紋章』をなぞってみせる。

その紋章は龍でも蟹でもない。しいて言うならば――、『エイ』だろうか。

 

「今日は疲れる。占いどおりだ」

 

「また占い? あなたも好きなのね、手塚(てづか)

 

「俺の占いは当たる。運命の道を観測するのも悪くないだろう?」

 

 

ほむらはまどかから視線を外さずに、『パートナー』の名前を呼んだ。

運命の輪は少しずつ、そして確実に動き出したのだ。彼等はソレに、どう立ち向っていくのだろうか?

 

 

 

 

 






初変身に3話使うところに当時の甘さを感じますな。
ごめんやで(´・ω・)

まあこんな感じで投稿していこうと思います。
基本的には誤字と文字化けを直して、あとちょっと修正するくらいなので、内容は全然変わってません。

ただその誤字がめちゃくちゃ多いんで、なるべく早くしたいと思いますが、投稿にはある程度の時間が掛かると思います。

まあいろいろアレですが、よろしくお願いしますぞ。

次は17、18くらいに予定します。


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第4話 騎士と魔法少女 女少法魔と士騎 話4第

予約投稿です。なんか誤字ってたらごめんなさい、明日直します


 

 

「……あった」

 

 

病院。数多くある病室の中で、黒髪の少女は目的の部屋を見つける。

だが、中に入る事はなかった。扉の前に立って深呼吸を一回。しかしなかなか前に進む事ができない。

早くしないと『――』が、来るのに。

 

 

「よ、ようし!」

 

 

とにかく迷っている暇はない。少女は意を決して中に入る。

意味が無いと知っているのにノックを忘れずに。

 

 

所は変わって、カフェ・アトリ。そこでは今日も様々な人がやって来ては、帰っていく。

普通の喫茶店にしては料理のレベルが高いと雑誌で紹介されてからは、客の出入りが特に多くなった。

看板メニューであるバケツパフェは高額ながらも毎日完売する人気っぷりだ。

しかし、それでも空席ができる時はできるし、時間によってはガラガラと言う場合もある。

 

 

「蓮、そろそろ時間。あがっていいよ」

 

「はい。お疲れ様です」

 

 

蓮に声をかけたのはアトリのマスター、立花(たちばな)宗一郎(そういちろう)

蓮とは親戚でもあり、この喫茶店に蓮を誘ったのも立花からだった。

アトリの隣に繋がっている家は立花の物であり、蓮はそこに住まわせてもらっている。

 

橘は恵里の事を知っている数少ない人物でもあり、こうして毎日欠かさず、蓮が病院に行ける様に早めに終わらせてくれるのだ。

従業員の数は少ない。蓮としても申し訳なさがあるのだが、やはりそれでも恵里の傍についていてやりたかった。

蓮はすぐに更衣室に向かうと、エプロンをロッカーの中に放り投げる。

 

 

「………」

 

 

そこで動きが止まる。

医者からは、奇跡でも起こらない限り恵里が目覚める事は無いと言われた。

それだけではなく、悪化する場合もあると念を押された。いつ永遠の別れになるのか、蓮には常に張り付くような不安があった。

それでもいつか恵里が眠りから目覚める様に、すんなりと目を開けるんじゃないかと奇跡を期待してしまう。

 

 

「……ッ」

 

 

だがすぐにそんな事はないと自分で考える。

さまざまな感情がグチャグチャになり、毎日恵里に会う度に心が張り裂けそうになる。

このまま時間がどれだけ経とうとも、自分たちの時間は永遠に閉じ込められたままじゃないのだろうか。

 

苛立ちは消えない。こんな事を考えていても仕方ないのだ。

考える時間があったら病院に行った方がいい。

蓮は頷き、そこでまた動きを止める。

 

 

「っ」

 

 

ロッカーの中にはデッキがあった。

未知の存在。もしもこのデッキが何か、例えば恵里の病気を治す役にたったならどれだけ良かったか。

 

 

(馬鹿な考えだな……)

 

 

蓮は苦笑すると、デッキをポケットに入れて店を後にするのだった。

 

翌朝、蓮は自室にて目を覚ます。

昨日も恵里が目を覚ます事はなかったが、彼女が生きていると言う事実だけで希望がある。

今日は休みだ、もう少し寝ていてもいいかもしれない。蓮は目を閉じて寝返りをうった。

 

 

「………」

 

「すぅ」

 

「………」

 

 

今、何か、聞こえたような。そもそも何故かベッドが狭い気がする。

何か、これはまるで――

 

 

「………」

 

 

 

目を開ける。

そして蓮は、そっと。それはそれは優しくそっと。

まさに呼吸音すらも立てない程そっと目を、閉じた。

 

一瞬、恵里が隣にいるのかと思った。

最近忙しかった、きっと疲れているのだろう。

もしかしたらまだ夢の中にいるのかもしれない。

やれやれ、蓮はもう一度目をあけ――

 

 

「すぅ……、すぅ……」

 

 

(どうなってるんだ……)

 

 

そこにいたのは、少しクセッ毛の女の子だった。

 

 

「どういう事なんですッ?」

 

「ん? ああ、その娘ね。今日から家で預かる事になったから」

 

「は!?」

 

 

立花は蓮の朝食と、もう一つ、蓮に抱きかかえられながらスヤスヤ眠っている女の子の分をテーブルに並べている。

あまりにもすんなりと言われたが、つまり同居人が増えると言う事なのだろう。

蓮としても立花に世話になっている身だ。文句は言えた義理じゃないし、部屋だってあまっているらしい。なんで同居人が増えること自体は、別に構わないが。

 

 

「中学生に見えるんだが……」

 

「だって、中学生だもん」

 

 

立花が言うには、その娘も遠い親戚の一人らしい。

確かに蓮に似ているような気もするが。なんでも、親が仕事の都合で一緒に暮らせないらしく、一人暮らしさせるのも心配と言う事で立花の所に来たらしい。

 

 

「その娘、お前の事が気に入ってるらしくてね」

 

「はあ」

 

 

蓮は少女を見る。

気に入られているとは言うが、会った記憶が無い。もしかしたら忘れているだけなのだろうか?

そうしている内に、朝食の用意ができた様だ。

蓮は渋々ではあったが、少女の頬をぺちぺちと叩いて目覚めさせる。

 

 

「ぁぅ?」

 

「起きたか、俺は――」

 

「蓮さぁぁぁん!!」

 

「ぶっ!」

 

 

目を覚ますなり、少女は蓮にしがみ付いてきた。

これには蓮もどうしていいか分からない。立花に視線を送り、助けを求める。

が、残念! すでに立花はパンをむしゃむしゃと食べているだけだ!

 

 

「は、はなせッ! お前、名前は!」

 

「わたし? わたしはね!」

 

 

少女は満面の笑みで答える。また一瞬、『彼女』がそこに見えた。

 

 

「わたしは、かずみ! よろしくね!!」

 

 

蓮は曖昧な表情をうかべて、ただ頷くだけしかできなかった。

 

 

 

 

 

城戸真司が龍騎に覚醒してから一週間とちょっと経っただろうか?

とある公園。そこに今、真司――、正確には龍騎が立っていた。

普通の公園と言っても、その周りには結界が張られており、一般人からは公園の存在を確認する事はできない。

その結界を構築しているのは巴マミ。彼女の力によって公園はコロシアムに姿を変えている。

 

 

「では、城戸くん。軽くおさらいをしておきましょうか」

 

「あ、はい! ッしゃあ!」

 

 

今この公園にいるのは四人だ。

結界を張っているマミと、対峙している龍騎とシザース。

その様子を、まどかが心配そうに見つめている。

 

 

「がんばってね、城戸さん!」

 

「うふふ、しっかり教えてあげてくださいね。須藤さん」

 

 

二人の声援を受けて龍騎はさらに気合を入れ、シザースは小さく苦笑する。

 

 

「さて、まずは共通のカードから見ていきましょう」

 

 

そう言ってシザースはデッキから一枚のカードを引いた。

これは『アドベントカード』。騎士に備えられているバイザーに装填する事で効果を発揮する。

バイザーは龍騎やシザースのように、元々体に装備されている者。まだ見ぬが、剣や銃などの武器の役割を持つ者など、様々らしい。

龍騎とシザースは、さっそくバイザーに同じカードを装填した。

 

 

『ソードベント』

 

 

鏡が砕ける音がしたと思えば、龍騎の手にはドラグレッダーの尾を模した剣・ドラグセイバーが握られていた。

対してシザースもボルキャンサーの爪を模した短刀、ボルナイフが握られている。

 

 

「この様に、同じカードでも騎士によって細部が違う場合が多いんです。だから、しっかりと自分の使えるカードは把握しておいた方がいいですね」

 

「は、はい! 了解です!!」

 

 

次に二人はストライクベントのカードを発動する。

龍騎の手にはドラグレッダーの頭部を模したドラグクローが、シザースの手にはボルキャンサーの腕を模したシザースピンチが装備される。

 

 

「カードは一度使用すると、しばらくの間、再使用ができなくなります。ですが、このストライクベントと、ソードベントは何度でも使用可能なんですよ」

 

「へぇー……」

 

 

シザースは共通で使えるカードの種類を龍騎に説明していく。

盾を出現させるガードベント、自身の分身とも言える『ミラーモンスター』を呼び出すアドベント。

そして、必殺のファイナルベント。これが全ての騎士に共通して与えられるらしい。

 

 

「では次は特殊なカードについて軽く説明しましょうか」

 

「はい! お願いしますッ!」

 

「あはは、力まなくても大丈夫ですよ。では説明します」

 

 

騎士のカードは増えていくらしい。

その条件はシザースにも分からないが、彼の場合、時間が経つにつれてデッキにカードが追加されていったという。

 

 

「私もまだよく分からないのですが、私たち『騎士』と呼ばれる存在は巴さんや鹿目さん達『魔法少女』と繋がりがあるらしいのです」

 

「繋がり?」

 

「はい、それも一人にです。私の場合は巴さんでした。そして真司くんは鹿目さんがパートナーの様ですね」

 

 

パートナーとして認識された際には、騎士の紋章が魔法少女時の姿に追加されるという。

マミの場合は胸にあるリボンの中心がシザースのブローチになっており、まどかの場合はスカートの一部に龍騎の紋章が見えた。

 

 

「私の場合、巴さんがパートナーになった時まずこのカードが追加されました」『シュートベント』

 

 

巴マミの主な武器は銃。

様々な種類の銃を使用する彼女だが、その中でもマスケット銃の使用頻度は高い。

そのせいなのかは知らないが、シザースもまたマスケット銃を使える様になったのだ。

 

 

「おそらく君も、何か使用できるカードが増えている筈です。どうでしょう?」

 

 

龍騎はその言葉を聞いて、デッキから全てのカードを抜き出してみる。

すると、一枚だけだが、確かにカードが追加されている。龍騎は早速そのカードをバイザーに装填してみる事に。

 

 

『シュートベント』

 

 

龍騎の元にドラグレッダーを模した弓、ドラグアローが出現する。

まどかが使用する武器が弓だからだろう。

 

 

「一方で、魔法少女も私たちの力を共有できるのです」

 

 

魔法少女が発動する『ユニオン』と言う魔法。

簡単に言えば、魔法少女が騎士のカードを使えるようになるのだ。

ユニオンは再使用不可の縛りを受けない。これにより、たとえば騎士がアドベントを使用したとする。一度使用すればしばらく使えなくなるカードだが、ユニオンを使うことですぐに使用ができるのだ。

さらにユニオンを発動してファイナルベントを使うと、パートナーとの合体必殺が撃てる様にもなる。

 

パートナーがいない騎士ならば、ファイナルベントは一回撃てば再使用までに時間がかかるが、パートナーがいれば、ファイナルベント→ユニオンを使用したファイナルベントが可能になり、大技を連発もできるわけだ。

 

 

「ここまでで何か質問はありますか?」

 

「あの、そもそもミラーモンスターってのは一体……?」

 

 

シザースは頷き、アドベントを発動する。

地面から現れたのはシザースのミラーモンスター、ボルキャンサーだ。

その姿は、やはりシザースと似ている様に見える。

そう言えば龍騎もドラグレッダーの頭部そのものと言っていいバイザーがついている。モンスターと騎士もまた繋がりがあるのだろうか?

 

 

「ミラーモンスターは自分自身の鏡像。つまり、一心同体の分身です」

 

「分身?」

 

「はい、君は変身する時に何を思いましたか? そして、何を託しましたか? どうやらミラーモンスターはその性質を備えているそうなんです」

 

 

自覚しているか、無自覚かはともかく、変身時には強い想いがあったはず。それを象徴するのがミラーモンスターと言うわけだ。

彼らは自身の分身ながらも心があり、空腹を感じる事はないが、ちゃんと食事もできる。

言わば、立派な生命なのだ。自分が生み出した命。不思議な感じではあるが。

 

 

「モチーフの動物は、強い影響を受けた物になる様です。私は昔、小さな蟹を飼っていた事があるのですが、おかげでこの姿ですよ。ははは……」

 

 

少し自虐的な笑みを浮べてシザースはボルキャンサーを見る。

 

 

「キミのドラゴンと比べるとどうしてもしょぼ……」

 

 

バキッ!

 

 

「………」

 

「………」

 

「あ、あの須藤さん……」

 

「彼らにも心があります。だからこの様に……、殴られる事もあるのです」

 

 

シザースは怒っている様子のボルキャンサーをなだめると、彼をカードに戻す。

 

 

「アドベントは自動で発動される事もあります。ピンチになった時、ミラーモンスターへの信頼と絆が強ければ助けにきてくれるのです」

 

 

成る程と龍騎は頷く。

そう言えば幼いころ夢中になっていた戦隊物のヒーロー、そのレッドの相棒だったドラゴンに憧れていた時代があった。

思い出してみればドラグレッダーに少し似ている様な気もする。

だが、そこで浮かぶ疑問。龍騎はドラグレッダーのカードを取り出して、質問を。

 

 

「じゃあ、もしコイツがやられたらどうなるんですか?」

 

「はい、実はミラーモンスターは完全には死なないんです。私たちの鏡像である彼らは、私たち本人が死なない限り死にません」

 

 

ですが――、と、シザースは少し強調する様に言う。

モンスターが破壊された場合、再構築されるまでの時間は24時間。

それまでは『ブランク体』と言われる弱体化した体で戦わないといけなくなるのだと。

 

 

「一度ブランク体を味わっていただきましょうか。ジュゥべえ、居ませんか?」

 

『いるぜ、話も聞いてた』

 

 

結界の中から現れたのは黒い猫の様な生き物だった。

名はジュゥべえ。彼もまたキュゥべぇと同じく妖精らしく、キュゥべぇが魔法少女側のサポーターならば、ジュゥべえは騎士側のサポーターと言える存在だろう。

 

 

『龍騎をブランク体にすりゃあいいんだろ?』

 

「ええ、お願いできますか?」

 

『楽勝だい!』

 

 

そう言ってジュゥべえが龍騎の周りを駆け回ると、龍騎の体から赤が消え、灰色っぽい色になる。

バイザーもドラグレッダーの特徴が消えてしまい、装飾も地味になる。

なんともみすぼらしい容姿になってしまった龍騎。シザースはその状態でソードベントを発動させる様に言う。

 

 

『ソードベント』

 

 

出現したのは、ドラグセイバーよりもはるかに貧相に見える剣。

 

 

「それで私を斬ってみてください」

 

「えッ、いやでも流石にそれは……!」

 

 

戸惑う龍騎。いくら装甲を纏っていようが、剣を人に向けるのは抵抗がある。

 

 

「構わないわ城戸さん。須藤さんを叩き割る勢いでやってください」

 

「こ、怖い事を言わないでください巴さんッ!! ですが、はい、構いませんよ? 思い切りきても」

 

 

「だ、だけど……ッ!」

 

 

龍騎はそれでも少し躊躇してしまう。

手に持っている剣は玩具じゃなくて本物だ。それを他人に当てるという事は、相手を傷つけると言う事になる。

なかなか動き出せない真司。シザースもマミも、まどかも呆れ――

 

 

「そうですよね城戸さん。普通剣はヒトに向けないもん」

 

 

――てはいなかった。

むしろ龍騎の反応が当然である事を知っていたため、龍騎を急かす事はしない。

その後しばらく時間が経ち、ついに龍騎は覚悟を決める。

 

「本当にいいんですね?」

 

「もちろん」

 

 

と言うことなので、龍騎はついに剣を構え走り出した!

 

 

「うぉぉぉおおおおおッッ!!」

 

 

そして、剣をシザースに向けて振り下ろす。

 

バキンッ!

 

「………れた」

 

「え?」

 

「折れたぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

なんと、シザースの体に傷一つつける事なく剣は折れてしまった。

そのまま宙に舞う剣の半分。シザースは笑いながら言う。

 

 

「この様に契約モンスターを失えば、限りなく弱体化した状態になってしまいます」

 

 

このまま戦うのは厳しいものがあり、モンスターを失うと言う事は、戦いにおいて大変危険な事なのだと言った。

成る程、だからモンスターを常に出現させる事はしないわけだ。

もし敵がミラーモンスターを狙ってきたら戦いにくい事このうえない。

それを防ぐ為に――

 

 

ブスリ☆

 

 

「………え?」

 

 

叩き折れた龍騎の剣。

その折れた部分は宙を舞って――

 

 

そのままシザースの頭に突き刺さる。

 

 

「――ッた」

 

「………」

 

「刺さったぁああああああああああああああああああ!!」

 

 

パタリ……。

 

 

「す、須藤さんッ? 須藤さーん!? す……、すどっ……! 須藤さぁぁぁぁぁぁああああああああんッッ!!!」

 

 

龍騎とまどかが涙目で駆け寄るなか、マミは一人苦笑していたのだった。

 

 

『危なかったな、シリアスパートなら致命傷だったぜこりゃ!』

 

「何の話……?」

 

楽しそうに笑うジュゥべえを無視して、マミもまたシザースの所へ駆け寄るのだった。

 

 

 

時間は巻き戻る。

城戸真司が龍騎と言う騎士に変身した。その事実は、なんなく受け入れた。

もちろん驚きや恐怖があった事は事実だ。しかし一度変身してしまった――、もとい、できてしまった以上、言い訳はできない。

 

だから、知りたいと望むのは当然だった。

自分が知れる全てをだ。騎士とは何なのか? 魔法少女とは何なのか? 魔女とはなんなのか? 魔女たちとの戦いが終わった後、真司はその事をマミたちに頼んだのだ。

 

 

「……分かりました。お話します」

 

 

話すと言う事は、巻き込む事でもある。

何か良からぬトラブルに、真司を関わらせてしまう事になるかもしれない。

マミ達はそれが心配だったが、真司が言う様に一度足を踏み入れた時点で関わるなとは言えない。

それに絶対に話したら駄目な話でもない。だからマミ達も覚悟を決めて、真司に自分たちが知りえる全てを話す事を決めたのだ。

 

 

「どうぞ、おもてなしの準備もないんですけど」

 

 

後日、マンションの一室に真司と美穂はやって来ていた。

あれからすぐに目を覚ました美穂、特に怪我もしていなかったので一緒についてきてもらった。

デッキの事がある以上、彼女も関係者なのだ。やはり事実は知っておくべきだろう。

マミはもてなす用意はしていないと言いつつ、真司と美穂の前にそれなりに高級そうな紅茶とケーキが置いてくれた。

マミは同じく部屋に来ていたまどか、さやか、サキ、そして須藤にもケーキとお茶を差し出すと、やっと自分も座る。

 

 

「あれ? そう言えば美穂、蓮のヤツは?」

 

「いろいろ忙しいみたいで今日は駄目だって」

 

「なんだよアイツ! 大事な情報があるのに!」

 

「そりゃ私だって同じだよ。いい加減教えてよ、なんなのよコレは」

 

 

実はまだ美穂には一連のことを伝えてはいなかった。

真司は背筋を伸ばすと、正座になり、わざとらしく咳払いを行う。

 

 

「あのな、美穂、落ち着いて聞いてくれ」

 

「うん」

 

「実はココにいるまどかちゃん達はな。魔法少女なんだ。そして俺と須藤さんは、デッキを使って騎士って言うスーパー戦士に変身するんだ」

 

「けつ毛」

 

「うん。ん? いや――ッ、え? 分からん! どういう返しだよ! おまッ、ちょ、もう最低だよ。ごめんまどかちゃん……、お下品なヤツで」

 

「あのね、前にも言ったじゃん。私は真司の趣味は否定しないわよ。否定しないけど、巻き込むのは止めろって」

 

 

美穂はモシャモシャとケーキをむさぼり、ズゾゾゾゾと音をたてて紅茶を啜っていた。

次の瞬間。まどか達は一瞬で制服から魔法少女の衣装に変わり、須藤はシザースへ。ダメ押しにボルキャンサーが美穂の背後に立っていた。

 

 

「………」

 

 

美穂はモグモグしながら辺りを見回す。

状況を確認すると、持っていた紅茶をテーブルにおいて、真司の方を見た。

 

 

「ブボォッホォゥ!!」

 

「なんでだよ!!」

 

 

ケーキの欠片と、紅茶が真司の顔面にシャワーされる。

なぜタイムラグがあった。なぜわざわざコチラを見た。真司の疑問は尽きないが、美穂は青ざめながら呼吸を荒げている。

 

 

「じょ、冗談でしょ……ッ!?」

 

「俺も最初はそう思った」

 

 

とにかく、これで美穂も信じざるを得なくなってしまった。

一旦、彼女が落ち着くのを待ってから、一同は再び話し合いを始めることに。

 

 

「お、オーケー! 美穂先輩も馬鹿じゃないわ。まだちょっと信じられないけど、とりあえずは理解した」

 

 

大まかに理解した美穂は、頭を抑えながらもニヤリと笑ってみせる。

デッキと言う事前異変があったからこそ、まだ精神的な衝撃は低かったのだろう。

 

 

「はいはーい! じゃ、何か聞きたい事はありますか!? さやかちゃんが何でも答えちゃいますよーッッ!!」

 

「24154×325428は?」

 

 

さやかはもう二度と口を開くことはなかった。

そういう事じゃねぇよ。真司に睨まれ、美穂は小さく舌を出して笑う。

 

「やっぱり、まずは――」

 

 

真司は『魔法少女』についての詳細を求めた。

まどか達は一体何者なのか。どうしてあんな化け物と戦っていたのか。それが何よりも気になってしまったのだ。

 

 

「わかりました、まずは私たち魔法少女の事を説明する必要がありますね」

 

 

マミが口を開く。どうやらこの件は彼女が説明する様だ。

真司と美穂は思わず身構えてしまう。目の前にいるマミは、普通の人間よりずっと強い、魔法で戦う戦士なのだから。

 

 

「まずはこれを見てください」

 

「?」

 

 

マミが取り出したのは美しく輝く黄色の宝石だった。装飾が施され、形と大きさはタマゴ程だろうか?

しかしこの宝石、普通の輝きとは違う『輝き』を放っているように見える。美しくも、どこか神秘的なものだった。

 

 

「これはソウルジェム。キュゥべぇに選ばれ、契約を交わした誓いとして手に入れた魔力の源であり、魔法少女の証です」

 

「私たちで言うデッキの様な物ですね」

 

 

須藤が補足を。

成る程、どうやらソウルジェムと言うヤツが魔法少女にとって大切な物らしい。

しかし、気になる発言があった。キュゥべぇと契約? 今はいないが、あの白い生き物と契約した事で彼女達は魔法少女になったと言う事なのだろうか?

その事を問いかけると、マミはしっかりと頷く。

 

 

「キュゥべぇと契約した女の子は、このソウルジェムを手に入れて魔女と戦う使命を課せられるんです」

 

 

魔女。その言葉に美穂は思わず身震いしてしまう。あの時は気絶していた為に姿こそ見ていない。だが、もし真司やまどか達が止めてくれなければ、いくら操られていたとは言え仁美を殺すところだったし、ましてや食われていた。

さらに、まどかとさやか、サキもそれぞれ自分のソウルジェムを真司達に見せる。

宝石の色は違うが、みんな同じデザインだ。

 

 

「でも、どうしてキミ達はそんな契約を?」

 

「……魔法少女になる代わりに、キュゥべぇはなんでも一つ願いを叶えてくれるんです」

 

「!!」

 

 

今、何と言った? 何でも願いを!?

真司たちの驚く顔を見て、マミは念を押す様に言う。何でもだ。たとえそれがどんな不可能に思える事だってキュゥべぇは叶えてくれると。

その代わり、それ以後ずっと魔法少女として戦わなければならない。

 

 

「じゃ……じゃあ、まどかちゃん達は――」

 

「はい。ここにいる皆は、願いを叶えて魔法少女になったんです」

 

 

真司たちは置いていかれている気分だった。自分達がなんの疑問も違和感もなく過ごしていた日常の裏で、そんな事が行われていたとは夢にも思わなかった。

まどか達がどんな願いを叶えたのかまでは聞けなかったが、彼女はその願いを叶える為に命がけの毎日に足を踏み入れたのと言う事なのだ。

 

 

「では、次は騎士について説明しましょうか」

 

「は、はい!」

 

 

いよいよだ。デッキ所有者である二人に緊張が走る。

須藤はデッキを取り出すと、それを真司たちへ見せ付けるように示した。

 

 

「私達もまた、契約の対象に選ばれた物なのです」

 

「え?」

 

「彼女達はキュゥべぇ君に、そして私達はジュゥべえ君に選ばれた存在。と言う事ですかね」

 

 

ジュゥべえ。

彼もまた今日はここにいないが、デッキは彼が用意したものらしい。

その数は不明だが、少なくとも四つは確実にあると言う事になる。

 

 

「じゃあ俺達も願いを叶えるチャンスが!?」

 

 

一瞬、真司と美穂の脳裏にその考えが浮かんだ。どんな奇跡も起こせると言うのなら――。

だが、須藤はすぐにそれを否定する。魔法少女と騎士、互いに妖精から契約を結ぶものだが何よりも決定的な違いが一つ。

 

 

「確かに、私達も願いを叶える事はできます。ただそれは、全ての戦いが終わった後らしいんですよ」

 

「全ての戦い?」

 

「はい、おそらく全ての魔女を倒した時なのだと思います。魔法少女は願いを先に叶え、私達騎士は後に叶えるらしいんです」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 

真司は自分のデッキを見る。

中央に輝く龍の紋章、この力は魔女と戦う為の物なのだ。

その後も、須藤が魔法少女と騎士の違いを簡単に教えてくれる。

とはいえ、須藤やマミ自身まだよく分からない事が多いらしい。全ての情報はキュゥべぇ、ジュゥべえが握っている。

あくまでも須藤達は基本的な情報をジュゥべえから聞いただけなのだから。

 

まず、魔法少女は先に願いを叶えられる。

しかし、その先は魔女との戦いの運命から『逃げられない』らしい。

そして騎士は願いを叶えられるのは最後だが、魔法少女よりも制約がすくない分、日常においては負担が少ないと言う一長一短を持っていた。

 

 

「次は魔女の事について話します」

 

 

魔女、魔法少女と騎士にとっての『敵』。

 

 

「魔女については私達もまだ分からない事が多いのですが……」

 

「希望で生まれた者が魔法少女なら、魔女は呪いから生まれた存在だと聞きます」

 

 

希望を振りまく魔法少女とは対なる存在。

魔女は人々に絶望や悲しみを振りまく悪しき存在なのだ。

しかも魔女達は、普通の人間には確認される事はほとんど無い為、それだけ厄介な存在になる。

それこそ、魔女の姿を見る者には死が待っていると言ってもいいだろう。

 

 

『不安や猜疑心、嫉妬や怒り。全ての悪しき性質を魔女はばら撒いているんだ』

 

「!」

 

 

突然頭に声が響いたと思えば、そこにはキュゥべぇとジュゥべえが座っていた。

白い妖精キュゥべぇ、黒い妖精ジュゥべえ。二匹は互いに並びながら説明役をかってでる。

 

 

『厄介なモンだぜ本当によ。お前らもたまにニュースなんかで聞くんじゃねぇか? 理由がよく分からない殺人や自殺。あと未解決事件なんかもよぉ』

 

 

確かに、そういった事件はたまにニュースや新聞で見かけたりする。

自殺する理由が分からない人や、未だに解決していない殺人事件。同じく、未だに見つからない行方不明者。それら全ては高確率で魔女の仕業らしい。

魔女は『口付け』と呼ばれる刻印を相手に打ち込み、洗脳してみせる。

そして自殺や殺人を誘発させ、絶望を連鎖させていくのだ。

 

 

『魔女は結界の中に隠れ潜んでいるから人間にはどうする事もできないんだ。しかも魔女が直接人間を襲う場合もある。城戸真司、キミが迷い込んだあの不自然な世界。あれがそうさ』

 

「ッ!」

 

 

もし、あの時まどか達が助けに来てくれなかったら。そう思うとゾッとする。

仮に騎士になっていたら助かったかもしれないが、もしそうでなかったら自分は今ここにはいないだろう。

 

 

「魔女には自らの従者である『使い魔』を生み出す事ができます。魔女が放った使い魔が人を殺し続ければ、やがて使い魔も母体の魔女に変わるんです」

 

「そ、そんな怖い物と巴さん達は戦ってるって訳?」

 

『魔女が死ぬときに落とす"グリーフシード"と言われるものは魔法少女にとって必要なモノとなる。倒すメリットももちろんあるのさ』

 

「そう、でも結構命がけなんですよ。何故魔女が生まれたのかは分からない。でもこのまま魔女達をほっておく事はできない。たとえ、私達の命を賭けようとも」

 

 

そう言ったマミの目には、何か信念の様な物が感じ取れた。

思わず真司と美穂もその迫力に気おされる。これが本当に中学生の女の子なのか?

 

 

「では最後ですね。騎士と魔法少女についての事です。これは私の自己解釈と予想の域をでない意見なので、あくまでもそう言う意見があるとだけ考えてください」

 

「?」

 

 

真司は思う。

別にジュゥべえとキュゥべぇがいるのだから、彼等に聞けば早い話なのではないか?

しかし、そうではなかった。実はジュゥべえとキュゥべぇには『主人』がいるらしい。

その主人が彼等の記憶に特殊なロックをかけ、情報の流出を防いでいるのだ。

だから、ジュゥべえとキュゥべぇでさえ魔法少女と騎士の全てを知っている訳ではない。

あくまでも契約を交わす事と、基本的な知識しか覚えていないのだ。

そのなか、須藤が口を開く。

 

 

「私と巴さん。城戸くんと鹿目さん。魔法少女と騎士は、恐らくそれぞれ対応したパートナーがいるのではないかと思います

 

 

何かしらの条件が満たされる事で二人がパートナーになるケースも考えたが、まどかと真司はさほど共通点も関わりもない状態でパートナーになった。

ならば、まどかのパートナーは最初から真司だったと、須藤は考えたのだ。

 

 

「ペアになる事ができれば、それぞれはパワーアップできる訳です。しかも騎士は相方を助ける事もできるのですよ」

 

「助ける?」

 

「はい、先ほど魔女を倒すメリットもあると言いましたよね」

 

 

魔法少女の力の源であるソウルジェム。

その輝きは常に保たれるわけではない。魔法少女が魔力を消費するか、時間が経てば徐々に穢れが溜まっていくのだ。

 

 

「その穢れは、魔女を倒した時に落とすグリーフシードで浄化できます」

 

 

どうやら、そのアイテムを得ると言うのが魔女を倒すメリットの様だ。

 

 

「だから、私達は穢れを溜めない為にも魔女を倒さなければならないんです」

 

 

つまり、魔女を倒さずに魔法を使い続ければ、魔法少女は穢れに侵されてしまうと言う事なのだった。そして騎士とパートナーになるメリットの一つとして、そのグリーフシードの問題がある。

本来、魔法少女が穢れを浄化するには魔女が落とすグリーフシードを使うしかない。

だがもしマミやまどかの様に相棒の騎士がいる場合は、魔女や使い魔を倒すだけで穢れがある程度、晴れるのだ。

 

それはつまり、グリーフシードが無くても構わないというメリット。

もちろんグリーフシードを使った方がより早く穢れを祓うことができるし、あくまでも倒すことによる浄化はおまけ程度でしかないが、それでも無いよりはマシである。

 

 

「――と、まあこんな所ですかね。おや、もうこんな時間だ」

 

 

須藤はそう言って時計を見る。

少しの時間で済ませるつもりが、案外時間を掛けてしまった様だ。

自分達ならまだしも、まどか達は学生である。家族に心配させない為、あまり長い時間拘束する訳にもいかないのだ。

 

 

「じゃあ、今日はありがとうございました」

 

「いえ、こちらこそ時間を掛けてしまってごめんなさい」

 

 

またいつでも来て下さいとマミは笑う。

先ほどまでの緊張した空気も無くなり、思わず真司達も微笑みかけた。

外はもう暗くなってきている。須藤が自分の車で皆を送ってくれると言うので、まどか達はそれに甘える事にした。

一人、また一人と自宅に送り届けて、最後は真司の番となる。

 

 

「あ! そう言えば須藤さんって刑事って言ってましたよね」

 

「ええ、最近は結構忙しいんですよ。真司君を送った後は一度署に戻らないといけないんです」

 

 

最近起こっている事件が原因らしい。

それにしても刑事の知り合いができた事は驚くべきことだろう。

警察官、子供なら一度は憧れる職業である。それは真司も例外ではない。

少しの間だけだが、お巡りさんに憧れた時期があると言うものだ。

 

 

「須藤さんは、どうして刑事になったんですか? あ、あと騎士にも」

 

「私ですか?」

 

「あ! 別に無理にって訳じゃ……!」

 

「構いませんよ」

 

 

須藤は微笑む。真司の家まで、まだもう少し時間はかかる。

その間の暇つぶしと言う事か、須藤は少し恥ずかしそうに口を開いた。

 

 

「夢だったんですよ……正義の味方になるのが??」

 

「え?」

 

 

気恥ずかしいのか、須藤は真司に相槌を打たせないスピードで話していく。

昔から悪者を倒すヒーローに憧れていた。子供の時に見たヒーローは、銀河刑事と言って悪い奴らと戦い、正義を守るヒーロー。

いつか自分もこのテレビの中にいる刑事になりたいと、須藤は思っていたらしい。

 

 

「凄いじゃないですか! 須藤さんは夢を叶えられたんだ」

 

「はは……。どうも。まあ現実は私が夢見ていた物よりずっと厳しかったんですがね」

 

 

そして刑事になってしばらくしたある日。事件の捜査をしていた途中、須藤はカードデッキを見つけた。その時は何も不振に思わず、落し物として処理したが――。

 

 

「その次の日です。私と仲間の刑事は街で指名手配中の犯人を見つけました。私達はその後を追ったのですが……」

 

 

犯人は人気の無い路地に入って行き、何と二人の前で自殺したのだ。

あまりにも唐突だった為に、須藤たちは犯人をみすみす死なせてしまった。

だが、もう須藤たちに犯人の事を思うだけの思考能力は存在していなかった。なぜか? 次に二人の目に飛び込んできたのが異形の姿だったからだ。

 

 

「おそらく、使い魔の罠に私達は嵌ってしまったのでしょう。自殺したのも魔女の口付けがあったからです。とにかく、そのまま魔女結界に引きずり込まれてしまいました」

 

 

そこで仲間の刑事は気絶。須藤は何とかして使い魔達から自分と彼女を守ろうとした。

しかし、いくら刑事とは言え相手は化け物。勝てるわけも無く須藤は死を覚悟したと言う。

 

 

「その時でした。巴さんが颯爽と現れて使い魔を倒してくれたのは」

 

「マミちゃんが!?」

 

 

マミ達は日ごろ街中をパトロールしているらしい。

マミ以外にも、まどか、さやか、サキ。彼女達は町を守る使命を苦痛とは思っていない。

人を恐怖に陥れる魔女を憎み、正義の為に戦うのだ。

 

 

「真司君も驚いたでしょう? まさかこの世に本当の魔法使いがいるなんてね」

 

「は、はい! そりゃもう!」

 

「私も驚きました。ただ、同時に悔しかった」

 

「え?」

 

 

自分は刑事であり、何より大人だ。子供である彼女達に助けられ、何よりも彼女達が自分達の為に命がけで戦ってくれていると言う事実。

刑事と言う職業に憧れていた自分。おそらく彼女達も小さい時に一度くらいは魔法少女に本当になりたい、なれると信じていたのではないだろうか?

そして、自分も彼女達も、その夢見た存在に変わっている。

 

 

「本来、私は彼女達を守る側の筈です。だけど、あの時私は恐怖に怯える事しかできなかった。仲間を助けようとはしていましたが、もし彼女がきてくれなかったら――」

 

 

おそらく、自分は仲間の刑事を見捨ててでも助かりたいと思ったかもしれない。

そんな事を思うと、本当に悔しかった。

 

 

「その時です。私が変わりたいと思ったのは」

 

 

そして、気がつけばコートの中にデッキが入っていた。

頭に響くジュゥべえの声、変わりたいと思うのなら変わればいい。

須藤は、その声に従いデッキを掲げた。その意思と共に。

 

 

「気がつけば私は騎士に変わっていました。それから、巴さんにお願いして魔女退治を協力させてもらっているんです」

 

「そうだったんですか……」

 

「できる事なら、彼女達には戦わないで夢だけ見ていて欲しかった。普通の生活を送って、普通に結婚して、普通に生涯を終える」

 

 

だけど、それはもう叶わない。いや、叶うとすれば魔女を全て倒した時だろう。

だから、須藤は戦う。シザースとして、マミのパートナーとしてだ。

 

 

「魔法少女と騎士が何故ペアになるのかは分かりません。ですが、城戸くんや霧島さん。まだお会いしてはいませんが秋山くん――」

 

 

少なくとも、デッキ所有者の多くは魔法少女達より年上だ。

そして騎士と魔法少女、文字にしてみても分かる。

 

 

「騎士は、魔法少女を守る為に存在するのだと思います」

 

「!!」

 

 

そうかもしれない。

真司だってまどか達を、切に助けたいと願ったから龍騎になれた。

須藤の車が止まる、どうやらアパートについた様だ。真司はお礼を言うと車から外に出た。

そして、別れの挨拶と共に一言だけつけ加える。

 

 

「俺もッ、須藤さんの意見に賛成ですよ! 一緒に魔女を倒しましょう!!」

 

「あはは、期待していますよ。では」

 

 

そう言って別れる真司と須藤。真司の心には何か清清しい物があった。

何がなんだか分からず恐怖したデッキだが。それが人を助ける事ができる力となるのなら、それはとても素晴らしい事じゃないか?

もし、自分が皆を守れるのなら――

 

 

「うッしゃあ!」

 

 

真司は気合を入れてデッキを握り締める。

この力は正義の為に、皆を守る為なのだから。

 

 

 

そして、場面は公園に映る。

 

 

「ハッ!」

 

「す、須藤さんッッ!! 良かったぁ!」

 

 

飛び起きる須藤。どうやら龍騎の剣が頭に刺さった――、ように見えただけで、実際はぶつかっただけらしい。

思わず倒れてしまったから、一大事かと思い龍騎達は焦ったが、特に怪我もない様なので、安心だ。

 

 

「すみません。まさか頭に振ってくるとは――」

 

「まあ、何もなかったから良かったです。今日はこのくらいにしておきましょうか」

 

 

取りあえずカードや戦い方については勉強できた。

真司とまどかは、須藤とマミにお礼を言って帰路につくのだった。

 

 

「でさあ、その金色のザリガニってヤツがさ中々見つからなくてさー……」

 

「へー、すごいなぁ金色なんて」

 

 

並木道を歩く真司とまどか。

はじめ、まどかは年上の真司に緊張してしまい、うまく話せないと悩んでいた。

だがそれに反して真司がベラベラとどうでもいい事を畳み掛ける様に話してきたので、思っていたよりも早く緊張の糸が切れたのだ。

最初はガチガチの敬語だったが、今はなんとか落ち着いているものである。

 

 

「城戸さんは――」

 

「真司でいいよ、まどかちゃん! せっかくパートナーになったんだからさ! 他人行儀ってのも寂しいじゃん!」

 

これから長い付き合いになりそうなんだから、真司はもっと親しくなりたいと思っていた。

 

 

「俺たちパートナーなんだからさ! 遠慮とかは無しって事で! ね!」

 

 

そう言って真司は満面の笑みをまどかに向ける。

まどかは少し照れながらも、真司に満面の笑みを返した。

 

 

「う、うん! じゃあ真司さん! えへへ!!」

 

「オッケーオッケー! 困った事があったらなんでも言ってくれよ。すぐに飛んでいくからさ!」

 

いい人がパートナーでよかった。まどかは安心した様に微笑んだ。

 

 

「真司さんは何か願い事決めたんですか?」

 

「え? お、俺?」

 

 

全ての戦いが終われば、何か願い事が叶うのだ。しかしいざ考えてみると言葉が詰まる。

 

 

「う、うーん……」

 

 

叶えたい願いがない訳じゃない、もちろんそれは願望やらも含めてだ。

無欲で何も願いが無い人間などいないだろう、だからこそ悩んでしまう。

一体、自分はどんな願いを叶えたいのだろう?

 

 

「えへへ、いざ決めようと思うと決まらないよね!」

 

「ははっ、確かに。お、到着だ」

 

 

丁度会話も終わった時、二人はまどかの家に到着する。

今日は土曜日、まどかもお休みだ。このまま帰ってもいいが、それじゃ少しつまらない。

 

 

「まどかちゃん。俺さ、これから友達が働いてる喫茶店行くんだけど、一緒にどう?」

 

「いいんですか!」

 

「もちろん! おし、じゃあ行こう行こう!」

 

「やったぁ! 行きましょう! 行きましょう!」

 

 

蓮にはデッキや騎士の事で伝えたい事もある。

それにアトリの売り上げに貢献するのも悪くはないだろう。

ちょうど暇だった美穂とさやかも誘って、真司達は蓮のいるアトリに向かう。

 

 

「わぁ! おいしい!」

 

「うんまーッ!!」

 

 

15分後、アトリ名物『バケツパフェ』を、まどかとさやかは、もしゃもしゃ食べていた。

習い事で来れなかった仁美の為にお土産を買おうと、二人は盛り上がっている。

 

一方、対照的にシリアスな雰囲気の真司と蓮。

まどか達から離れたテーブル席。真司はデッキを置いて事情を説明する。

真司一人の言い分ならまた妄言だと言われそうだが、今は隣に美穂もいる。彼女も本当だと言う以上、蓮も信じざるを得ないだろう。

 

 

「つまり、お前の話が本当なら、俺達は騎士になる可能性を持っていると?」

 

「ああ、蓮。お前も一緒に戦わないか?」

 

「………」

 

 

もし、魔女を全て倒す事ができれば何でも願いを一つ叶える事ができる。

それはつまり蓮にとって、恵里を助けることができるかもしれない希望となるのだ。

 

 

「だが、少し疑わしいのも事実だ。本当に「蓮さ~ん!」

 

「俺は魔女を放ってはおけない! だからお前や美穂にも協力してほしいんだ!」

 

 

自分達にはその巨大な『悪』に対抗するだけの力がある。

まだ覚醒こそしていないが、美穂や蓮も魔女と戦うだけの十分な力を持っているのだ。

もう知ってしまった。魔女と言う存在、それと戦うまどか達の存在を。

 

もちろん、真司としても魔女との戦いが命がけだと言う事は分かっている。

大切な友人である二人を巻き込むのは心苦しいが、キュゥべぇ曰く最近魔女の力も上がっているらしい。

下手をすれば日常が壊される可能性だってある。別に毎回戦えと言う訳ではない、少しでも力になってくれればと。

 

 

「俺は賛成できんな。仕事にも支障が「蓮さ~ん!」……でる」

 

「でもな蓮! お前は、まどかちゃん達の負担が少しでも軽くなる様にしたいと思わないのか!」

 

「俺には関係な「蓮さ~ん!! 蓮蓮さ~ん!!」…い、話だ」

 

「まあ、頭に女の子乗せて言われてもねぇ……」

 

 

冷たい目の美穂。

シリアスな雰囲気かと思われていた二人の会話だったが、終始蓮の頭には女の子の顔がある。

クセのある黒髪、にっこりと笑い蓮にしがみついている少女。名は『かずみ』と言うらしい、オーナーの親戚で一緒に住んでいるらしいのだが――

 

 

「さっさと離れろ、邪魔だ」

 

「やだよぉ!」

 

「………」

 

蓮は諦めたようにため息を漏らす。

何度注意してもかずみは蓮の側を離れない。

一応自分の親戚でもあるため無下に扱う事もできず。結局、折れるしかなかった。

 

 

「まあいいんじゃないの、微笑ましいよマジで」

 

「ならば何故ゴミを見る様な目で俺を見る。変な事はしていないからな」

 

 

まあまあと真司は二人を落ち着ける。

とり合えず自分達が置かれている状況が普通ではない事を知ってもらえただけで十分だ。

少し冷たい言い方かもしれないが、騎士は魔法少女とは違って絶対に魔女と戦わなければならない理由はない。

変身できる様にしておくだけでも何かと後で役に立つかもしれないのだ。それだけは言いたかった。

 

 

「あー、おいしかった! 満足満足!」

 

「さやかちゃん! だらしないよもぅ!」

 

 

おなかをポンポンと叩きながらさやか達がやってくる。

どうやらバケツパフェを食べ終わった様だ。手には、お土産も見える。

そして、そこで初めて顔を合わせる蓮とまどか達。とり合えず挨拶を交わすが、それより早く反応したのは、かずみだった。

 

 

「!」

 

 

かずみの、所謂『あほ毛』がピキっと反応したかと思えば、本人は満面の笑みを浮べる。

そして、あれほど言われても離れなかった蓮の背中からいとも簡単に飛び降りると、まどか達のもとへ一直線に駆け寄った。

しかし何故? 真司と美穂が首をかしげる様子を見て、蓮が事情を説明した。

 

 

「かずみは今度、見滝原中学に転校するんだ」

 

「へぇ! じゃあまどかちゃん達と同じクラスになるかもしれないんだな!」

 

「そうなんだ! よろしくねかずみちゃん!」

 

「うん! よろしくねー!」

 

 

ソレを聞いたまどか達は、かずみに微笑みかけ自己紹介を行なう。

かずみもまた自己紹介を行い、三人はさっそく何かの話で盛り上がってしまった。

その様子に蓮はクールに笑ってみせる。所詮は子供だ。

 

 

「おーおー! かわゆいヤツめ! 一緒のクラスになるといいねぇ!」

 

「うん、かずみちゃん。何か困った事があったら――」

 

「魔法少女……!」

 

「「へ?」」

 

 

さやかとまどかは、一瞬で固まる。

かずみは変わらない笑みを浮べながら、二人にその言葉を投げかけた。

 

 

「魔法少女だよね二人共! わたしもなんだ! よろしくねー!!」

 

 

チリン! と、鈴型のピアスを鳴らして、かずみはニコリと笑った。

 

 

 

 

「いやー! それにしてもまさか、かずみちゃんが魔法少女だったなんて……!」

 

「とり合えずかずみちゃんの事は明日にでもマミさんに相談しようって――」

 

 

帰り道、まどかと真司は先ほどと同じ様に並木道を肩を並べて歩いていた。

とり合えず固まったまま動かなくなった蓮を放置して、解散にする。

さやかと美穂を送りとどけ、後はまどかだけとなった訳だ。

 

 

「でも味方が増えたって事は喜ぶ事なのかなぁ?」

 

 

かずみがあのタイミングで言った魔法少女と言う言葉。

嘘である訳がない、おそらく彼女もキュゥべぇと契約した魔法少女なのだろう。

最近キュゥべぇの姿が見えない日が多いのも、契約に精をだしている証拠なのだろうか?

まあ、なんにせよ魔女と戦う仲間が増えたことはいい事なのだろう。まどかと真司も驚きこそしたが、これからの事を考えると楽になる。

そんな中、ふと真司はまどかに『ソレ』を聞いてみた。

 

 

「わたしが魔法少女になった理由ですか? えっと??」

 

 

以外にもまどかはすんなりと理由を話してくれた。

彼女が魔法少女になろうと思ったきっかけは、真司や須藤とほぼ同じだった。

そう、それはさやかと共に使い魔に襲われていた所をマミに助けられた時。

 

 

「あの時のマミさんもかっこよかったなぁ!」

 

 

しかしその時、マミは一人だった。

今は自分やサキ達がいるから彼女の負担は軽くなったものの、その時はマミ一人で多くの魔女達から人を守っていたのだ。

 

まどかとさやかは、マミに助けられてから彼女の元で魔法少女と言うものをいろいろと勉強した。魔女や使い魔と戦う毎日、その中で必死に戦いつづけるマミ。

そんな彼女を見ている内に、まどかは思うようになっていた。

 

 

「わたしって、昔から得意な事とか、人に自慢できる才能とか何もなくて……。これから先、ずっと誰かに迷惑ばっかりかけて生きていくのかなって」

 

 

まどかはそれが嫌で仕方が無かった、悔しくて情けなくて、なによりも怖かった。

だけど、マミと出会い戦っている姿を見ている内に、知る。

 

 

『まどか。ボクと契約して、魔法少女になってよ!』

 

 

キュゥべぇから言われた言葉。

それは彼女にとって何よりの希望、そして、何よりも嬉しかった言葉だった。

マミの力になれる、人を守る力を手に入れる事ができる。何もできず、何の役にも立てない自分を超えられる!

 

 

「こんな自分でも、誰かの役に立てるんだって! 胸を張って生きていけたら、それが一番の夢だから……!」

 

 

だから、鹿目まどかの望み、願いは魔法少女になる事で叶えられた。

彼女は魔法少女になれたらそれだけで良かった。

 

 

「わたしの願いは『誰かを守れる様、強くなりたい』それがわたしの……、戦う理由だから」

 

 

そう言って、まどかはもう一度笑ってみせる。

その優しい笑顔の裏にあるのは、何よりの決意。

もちろん、彼女の戦いは辛いものだ。傷つき、くじけそうになった時もある。

 

だが、彼女の家族。友達、仲間。

そして何より世界を守れる事は、彼女達にしかできない事。

だから鹿目まどかは戦う。魔法少女として、この大切な平和を乱す魔女と戦うのだ。

 

 

「そうだったんだ……」

 

「あはは、やっぱり甘いかな……! 明確な理由も無しに魔法少女になって」

 

「いや! そんな事は無いって。俺、感動したよ!!」

 

 

まだ中学生なのに彼女が随分と大きく見えた。改めて魔法少女の大きさと重さが伝わってくる。きっと今までもどこかで、彼女達が助けてくれた時があったかもしれない。

ならば自分が彼女達の助けになれれば、それはとても素晴らしい事だ。

 

 

「俺も、まどかちゃんと似た様な事、思ってたよ」

 

「え?」

 

 

そう、そしてそれは真司もまた同じだ。弱くて何もできない自分を超える。

自分の力がそれを可能にしたのなら、それを守る為に戦いたい。

 

 

「まどかちゃんはぜってー俺が守るからさ! 安心しててよ!」

 

「え? あ……、わたしは――ッ」

 

 

何故か、その時少しだけまどかの表情が暗くなった。

 

 

キィィイイィイイィイン――!

 

 

「「!」」

 

 

その時、二人の頭に耳鳴りに似た音が聞こえる。

一体何なのか? 戸惑う二人だが、何かあるとすればそれは一つしかない。

 

 

「「魔女!」」

 

 

二人は頷き合うと、音が強くなる方へと走りだす。

正直、戦うのは怖い。戦いたくないと言えばそれは本当なのかもしれない。

だけど、まどかは真司を見る。そして真司はまどかを見る。もう一度微笑んで頷く二人。

自分は一人じゃない。それが嬉しかった。

 

 

「見てッ! 真司さん、あそこの公園!!」

 

「魔女結界か! よし、行こうまどかちゃん!」

 

 

小さな公園。しかしそこからは真っ黒な闇があふれ出していた。

二人はその闇の前で立ち止まる。真司は左手でデッキを取り出すと、前方に突き出す。

装備されるVバックル。そのまま右腕を斜め左へ突き上げた。

それを見ていたまどか。彼女もソウルジェムを右手に持って、前に突き出すと、左腕を斜め右へ突き上げて叫ぶ。

 

 

「変身!!」「へんしん!」

 

 

二人の姿が変わる。赤い龍騎士と、龍の紋章を刻んだ魔法少女。

二人は気合を入れて魔女結界の中へと飛び込むのだった。

 

 

『●●●●』

 

 

結界の中でその身を潜めていたのは、魔女ではなく、使い魔『ゴフェル』。

灰色のローブに身を包んでいる人型の使い魔だった。

ローブの中は闇が広がっており、その姿を確認することは不可能の様だ。

ゴフェルは、結界の中に異物が進入してきた事を悟ると早速攻撃を仕掛けてくる。

 

 

「うぉッッ!!」

 

 

ゴフェルのローブから、闇の弾丸が放たれ龍騎の前に迫る。

なんとか地面を転がってそれをかわすが、油断はできない、すばやく一枚のカードをバイザーにセットした。

 

 

『ソードベント』

 

 

光と、鏡が割れる様な音。

それと共に龍騎の手にはドラグセイバーが装備された。そのまま龍騎はゴフェルに切りかかろうと走り出す。

 

 

「ッ!」

 

 

しかし、イマイチ視界が悪い。

真っ暗の世界に、申し訳程度に宝石が散りばめられただけの魔女空間。

とにかく暗いのだ。ゴフェルの動きは中々素早いため、この視界の中で動き回られるのは厄介なものだった。

 

 

「えいっ!!」

 

 

その時、光が見える。まどかが放つ弓矢がこの暗闇を切り裂いていく。

明るくなるのは一瞬だが、それだけでも十分だった。龍騎はその明かりを頼りに、ゴフェルに鋭い一撃を叩き込む。

 

 

『●●●●!!』

 

「!」

 

 

しかし切り裂かれたゴフェルは霧状に散布し、そのまま上空へと舞い上がった。

そして、一気に龍騎めがけ突進してきたではないか。

 

 

「しま――ッ!」

 

 

攻撃を受ける龍騎。だが痛みは襲ってこなかった。

 

 

「まどかちゃん!?」

 

 

そこには、龍騎を庇うまどかの姿があった。

明らかに鎧を纏っている龍騎の方が防御力に特化している筈なのに何故?

ミルシー戦が脳裏に浮かび、龍騎の心が痛みを発する。また守れなかった、龍騎は心配そうに手を伸ばす。

 

 

「えへへ、大丈夫」

 

 

まどかは心配無いと笑ってみせる。

何故ならば、まどかはこれでよかった。彼女自身がこの選択を選んだからだ。

まどかの望みは"人を守る事"だ。魔法少女の能力は、願いによって反映されるケースが多い。だからなのかは知らないが、まどかの魔法は他者を守る時に効果を発揮する。

 

 

「誰かを庇うとき、わたしのスピードと防御力が格段に跳ね上がるみたいなんです。だからッ、わたしは大丈夫!」

 

 

もちろん魔法は任意発動であるため、ミルシー戦のときはパニックになって魔法を発動せずに真司を庇ったが今は違う。

仲間として、味方として、何よりも――!

 

 

「パートナーは、助け合いかなって!」

 

 

パートナーとして龍騎を支えられる。それが嬉しかった。

 

 

「ッ!」

 

 

守られるだけが絆じゃない。助け合う事が大切なんだ。

真司はまどかを傷つけたくないと思っていた。だが、それはまどかも同じ。自分を守る為に誰かが傷つくなんて嫌だった。

 

だからまどかは先ほど真司が言った事に、複雑な表情を浮べたのだ。

まどかはそれを否定する。真のパートナーは、多少傷ついても守り合う。助け合いなのだと。

 

 

「だから、真司さんはわたしに構わず戦ってください! 守る事はわたしがやりますから! わたしの魔法は、その為にッ!」

 

「……ッ! わかった! ちょっとだけ我慢しててよ!」

 

 

龍騎の雰囲気が変わる。本当の意味で、まどかとパートナーになる為に!

 

 

「ッしゃあああッッ!!」

 

 

気合を入れる龍騎。一瞬だが複眼が赤く光った気がする。

 

 

(落ち着け! おそらくアイツは切っても無駄なんだ!)

 

 

ならば、ソードベントは意味を成さない。

でも大丈夫、カードは一種類だけじゃない。ちょうどいい、新しく手に入れた力を試そうではないか。

 

 

『シュートベント』

 

 

龍騎の手に"ドラグアロー"が装備される。

そして、まどかも絆の魔法『ユニオン』を発動させた。

使うのはストライクベント。ドラグレッダーの頭部を模した"ドラグクロ"ーがまどかの手に装着される。

 

 

「こんの――ッッ」

 

 

龍騎はドラグアローを振り絞り狙いを定める。

まどかの矢が放つ、僅かな光をたよりにして、龍騎はゴフェルに弓を放たなければならない。チャンスは一度、龍騎は神経を研ぎ澄ませゴフェルの動きを見据える。

 

 

『●●●!!』

 

 

そうとも知らないゴフェルは、真っ直ぐ龍騎達めがけ突進していく。

それが間違いだった、龍騎の直線状に存在するゴフェル、もう逃げ場はない。

龍騎はその手を離した。直後、風を切り裂き放たれるドラグアローの矢。

 

 

『●ッッッ!!』

 

 

ゴフェルの胸に突き刺さった矢は、そのまま結界の限界位置まで運び、磔にする。

だが、まだ終わらない。ドラグアローには特殊効果が存在するのだ。

それは、ロックオンと燃料。まどかドラグクローを思い切り突き出し、火炎弾を発射した。

 

 

「やああああああっっ!!」

 

 

通常ならば、火炎弾は真っ直ぐにしか飛んでいかない。

しかし、ドラグアローを打ち込まれた今のゴフェルは、ロックオンが成されている。

つまり――

 

 

『●●●●ッッ!!』

 

 

火炎弾は引き寄せられる様にドラグアローへと向かって飛んでいき、そのまま着弾。

しかも矢先はひし形の燃料でできており、爆発の威力が倍増する。

そう、まさに大爆発。粉々になるゴフェルと破壊される結界。龍騎達の勝利だった。

 

 

「やったぁ! 勝ったよ真司さん! えへへ!」

 

「うっしゃあッ! ナイスアシストだったぜ、まどかちゃん!」

 

 

二人はハイタッチを決めると、同時に変身を解除した。

それと同時に、ゴフェルがいた場所に光の球体が出現する。それをどこからともなく現れたドラグレッダーが捕食し、その欠片をまどかのソウルジェムに分け与えた。

まどかのソウルジェムが浄化され、ドラグレッダーは少し強力になる。パートナーを組んだ者だけが得られる特権だ。

 

 

「まどかちゃん。俺、少し勘違いしてたよ」

 

「え?」

 

 

パートナーは互いを守る為だけの存在じゃない。助け合い、高めあう存在なのだ。

まどかにも心がある。やはり、パートナーが傷ついている姿は見たくないに決まってる。

だから真司はその手を。まどかに向けて差し出した。

 

 

「もっと、強くなって。誰も傷つかない様に。"俺達"で一緒に頑張ろう!」

 

「!!」

 

 

まどかは、笑顔を浮べてその手を握り返した。

 

 

「はい! こちらこそ!」

 

 

龍騎とまどか。騎士と魔法少女の物語はここから始まるのだ。

 






かずみ勢はオリジナル色が強めです。
とにかくハートフルな物語にしていこうと思います(´・ω・)


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第5話 焼肉定食 食定肉焼 話5第

今日は二話更新します。
なるべく早めにしていきたいですが、誤字がッ、文字化けが! ひぃひぃ( ;´・ω・`)



 

朝、それは嫌でも毎日やってくるものである。

今日も眠そうに目を閉じていると母親と、まどかは肩を並べて歯を磨いていた。

 

 

「最近……、どうよ?」

 

「うん、楽しいよ。新しいお友達もできたんだ」

 

「ああ、前に……、話してた、かずみって娘?」

 

 

二人は同時に口をゆすいで吐き出す。

シンクロっぷりを見るに、やはりこの二人は親子なのだろう。

 

 

「あと、真司さんとか秋山さん、美穂先生も」

 

 

顔を洗うまどかだが、タオルの位置が分からずに手をジタバタと動かす。

 

 

「なんか最近すごい友達が増えてくわね、まあいいけどさ」

 

 

まどかの母、鹿目(かなめ)詢子(じゅんこ)は、まどかの為にタオルを手の方へ持っていく。まどかはお礼を言うと顔を拭いて鏡を見た。

母親も化粧が完成したみたいで、二人は会社と学校。それぞれに分かれて行くのだった。

 

 

「いってらっしゃいまどか」

 

「いっれらっさいまろかー!」

 

「あはは、いってきます!」

 

 

この当たり前を守る為に、今日もまどかは一歩を踏み出すのだ。

そんな、彼女を見つめる影が一つ。ほむらではない。そしてそれは魔女でもなく、使い魔でもなく――。

その影は、ニヤリと笑った。

 

 

「鹿目まどか、か……」

 

 

せいぜい、残り少ない幸せでも謳歌する事だな。

絶望のカウントダウンは始まった。お前も、お前の仲間も全ては『愚かな歯車』に飲み込まれるんだ、もちろんそれは――

 

 

「アタシ様も同じってね」

 

 

大きな魔女帽子を被った少女は、ニヤリと笑うと踵を返した。

 

 

 

 

 

「おぉ! やったぞ真司! これは中々のスクープだ!」

 

「でしょう! いやぁ、駆け回ったかいがありましたよぉ!!」

 

 

BOKUジャーナル。そこには四人の人間が働いていた。

編集長である大久保(おおくぼ)大介(だいすけ)、ジャーナリストの桃井(ももい)令子(れいこ)、システム担当の島田(しまだ)奈々子(ななこ)

そして、城戸真司だ。

 

四人しかいないと言う事もあって、中々仕事は厳しいものがあるが、それでも彼らの実力は確かなものだ。

このBOKUジャーナルが潰れずに残っているのもその証拠だろう。

真司は久しぶりのスクープ、金色のザリガニのネタをどこよりも早く見つけ、伝える事ができた。

こう言う小さな事件やスクープでも、待っている人がいる。その人の為に彼らジャーナリストは日々新たなる情報を求めている訳だ。

 

 

「編集長、こっちもうまくいきそうです」

 

「おお、そうかそうか! 期待してるぞ令子!」

 

 

一方で令子の方も何かネタを掴んだようだ。

なにやら、最近平和なのをいい事に、見滝原の警察がたるんでいると言う話を聞いたのだ。

たしかに平和なのはいい事だが、それを理由に堕落するのはどうだろう?

 

聞けば、違法賭博に手を染めている者もいるとか。

警察の情報を暴力団にリークする者。軽犯罪に手を染める者。最近の警察にはモラルが問われてしまう時代となった。

手錠をかける者が手錠をかけられる、なんとも皮肉な話ではないか。

 

ましてや、最近おきている猟奇殺人の事もある。

見滝原はまだ関係ないとは言え、こんな事ではどうするのかと言う市民の不満は大きいようだ。

 

 

(須藤さんも大変なんだな……)

 

 

令子はまた取材をする為に外へ出て行く。その背中を真司はただジッと見るしかできない。

一方の警察では真司の予想通り、不祥事の件のでかなり慌しくなっていた。警察署の入り口には記者達が溢れ、対応に必死なものである。

やはり時期が悪かった。人を恐怖のどん底に落とした連続猟奇殺人の真っ只中に違法賭博だのと、市民の怒りも倍増するのは当たり前だ。

 

 

「やれやれッ、また不祥事ですか! 全く、一体何を考えているんだか――ッ!」

 

「まあ落ちついて須藤。彼らも人間なんだから、怒ってたってしょうがないわ」

 

 

苛立ちを隠せない須藤。

そんな彼をなだめるのは、石島(いしじま)美佐子(みさこ)。須藤にとって警察内でのパートナーであり、女性刑事でもある。

最近頻繁に起こる警察の不祥事。確かに美佐子の言う通り、一個人が怒っても何にもならない。

 

 

「それでも、怒らずにはいられませんよ。市民の手本となるべき存在が、情けない……!」

 

 

警察が犯罪に手を染める。

それを知った子供達はどうなる? きっと裏切られた気持ちになるに違いない。

それはとても悲しい事だ。きっと今も警察の仕事に憧れている子供がいる。警察学校で必死に勉強している人がいる。

その人達の夢の為にも、自分達は常に模範的でなければならないと言うのに……。

ああ、苛立ちが止まらない。須藤は舌打ちを零し、歯を食いしばる。

 

 

「須藤、気持ちは分かるけど……。あまり何でもかんでも噛み付くものじゃないわ。この前も上層部に喧嘩をふっかけたそうじゃない」

 

「あれは、警察に圧力をかけてくる者に屈しそうになったからです! 人を傷つけておいて無罪なんてありえないッ!!」

 

 

美佐子は須藤を落ち着けるのに必死のようだ。

須藤の生き方はあまり賢い物とは言いがたい、いつか痛い目を見させられるのではないかとヒヤヒヤしてしまう。

 

 

「須藤……。正義と言うものは愚直な物じゃないの。残念だけど、それが現実なのよ」

 

「ええ、かもしれませんね……」

 

「どうにも貴方は夢を見すぎな気がするわ」

 

耳が痛い。その時だった。須藤にお呼びがかかったのは。

 

「っ? 何かしら?」

 

「わ、わかりません。まあ行けば分かるでしょう」

 

 

須藤は渋々立ち上がり、お呼びが掛かった方へと歩いていく。

そして、所は変わり、見滝原中学校。今は授業中なのだが、なにやらクラスがザワついている。

 

 

「はい中沢君! 女性が困っていたら貴方はどうしますか!!」

 

「え……? えっと――ッ た、助けるんじゃないかなぁと思いますけど、それは」

 

「声が小さいィイイイイイイイイイッッ!!」

 

「は、はひぃ!! た、助けます!!」

 

「まだまだぁぁあああああああッッ!!」

 

「助けますぅぅぅうッッ!!」

 

「よろしいッ! そうですね、助けるのです!! それに比べて最近の男ときたら!!」

 

 

今日も早乙女先生は本調子の様だ。

呆れ顔の生徒達を無視して、過去の男に対する愚痴を浴びせていく。

ああ、中沢君。恨むのであればその席になった自分を恨んではくれまいか。

同情の視線が中沢を貫くなか、やっと先生は落ち着きを取り戻したのか、冷静な表情でその言葉を口にした。

 

 

「はい、じゃあ今日もまたこのクラスに転校生がやってきまーす」

 

「「「「………」」」」

 

 

どええええええええええええええええッッ!!??

 

あまりにも淡々と呟く先生に、一同からの絶叫に似た声が上がる。

とは言え、まどか達にはそれが誰なのかはもう分かっていた。

先生が『彼女』の名前を呼ぶ。すると教室の扉が勢いよく開いて、女の子が顔を見せた。

 

 

「じゃあ自己紹介してもらいましょうか」

 

「はい! 立花かずみです! よろしくねー!」

 

 

元気を具現させた様な女の子。かずみの登場で教室が一気に明るくなった様な気がする。

暁美ほむらに続く第二の転校生、クラスのテンションも上がると言うものだ。

まどか達もかずみと同じクラスになれた事が嬉しいのか、早速彼女の周りに集まっていった。

しかし、そんな中で冷たい空気を放つ少女が一人。

 

 

「ッ」

 

 

暁美ほむら。

彼女は冷めた目で、そして焦りの心でかずみを見ていた。

かずみに会うのは『初めて』だ。そうだ、ありえないのだ。しかしありえている。前だってそう、ゲルトルート戦でまどか達があんなに苦戦するなんて思わなかった。

駆けつけた時には勝負が決していたからいいものの、『彼女』が危険になった事は言うまでもない。

 

 

(この時間軸は異質すぎる……)

 

 

見知らぬ魔法少女に、なによりも騎士と言う存在。そして謎のパートナーシステム。

それだけではない、初めて見る『魔女もどき』。全てがおかしい。

ここは身を潜めるべきなのか? いや、いずれにせよ、『彼女』を守る為なら動かなければならない。

 

もう少し調査してみるのもいい。

確実に起きている異変、それはほむらにとっても希望となるかもしれないのだ。

ほむらは唇を噛んで『彼女』を見る。絶対に救う方法がある筈だ。

必ず。そう、必ずある筈なんだ。ほむらは虚空を睨みつけ、自分に何度も言い聞かせていた。

 

 

その日の夕方。とある食堂に、その男はいた。

 

 

「えー!? いいじゃないっすか! 絶対返しますから!!」

 

 

携帯の向こうでは先輩の怒鳴る声が聞こえてくる。

コッチだって二週間もやしの生活なんだと。つまり、向こうも金欠状態と言う訳か。

 

 

「わかりましたよぉ、まあじゃあ諦めます」

 

 

そう言って男は電話を切る。どうやら頼れると思っていた先輩は、とんだ役立たずだった様だ。

 

 

「ん~。まあ、こんなモンなのかなぁ?」

 

 

青年はため息をついて、一ヶ月の給料が入った袋をポケットに押し込んだ。

はっきり言って少ない。もっとあっても良い。となれば正社員の方がいいのだが、ネクタイをしめたり8時間以上も拘束されるのは合わない。向いてない。

 

できれば、楽して生きたいものだが、なかなかそういかないのが人生の辛いところだ。

どこかに一発ドカンと稼げる話はないものか。ここ最近そんな事ばかり考えて生きている。

あぁ、それにしても金が欲しい。ダルい生活はうんざりだ。

 

 

「おー、うまそー」

 

 

しかし、大切なのは何よりも今だ。目の前にある焼肉定食が自分を呼んでいる。

二週間もやしで耐え抜いた甲斐があった。今は何よりこの食事を堪能しようじゃないか!

男は早速、割り箸を手に、眩しい程の輝きを放つ白米へ手を伸ばし――

 

 

「………」

 

「………」

 

 

ふと、男の手が止まる。

何か――ッ、目の前に小さな女の子がいるのだが。

しかもこの娘。物凄い表情で男を――、この定食を睨んでいる。涎を隠す事なく、腹をグーグーと鳴らして定食を見ている。

 

 

「「………」」

 

 

な、なんなんだよこのガキ! 親はどこにいるんだ? しっかり見ておけよ!

男は苛立つ心を覚えながらも、ご飯を口に入れようとする。

 

 

「ジィィ……」

 

「………ッ」

 

 

だが、入れられなかった。

食いづらい、非常に食いづらい! まるで飢えたライオンの様に、女の子はジッと見つめてくるじゃないか。

 

と言うか、既に表情が語っている。

わたしによこせと、お前のその焼肉定食をわたしの腹の中に送れと、送ってみせろと! 顔が語っている。

 

 

「や、やらねーぞ! ほらほら、ママの所に帰りな! シッシ!」

 

 

男は手で女の子を追い払うジェスチャーを取ってみせる。

鬱陶しいったら無い、こんな子供に構っているほど暇じゃないのだ。

それにしても本当にムカつくガキではないか。なによりも、こういう子に育てているだろう親がムカついて仕方ない。銃があったら今すぐ撃ち殺してやりたかった。

 

 

「………」

 

 

ともあれ、女の子は諦めたのか、踵を返してトボトボと離れていく。

その寂しげな後姿。そして肉に手を伸ばした瞬間、確実に振り返ってくるその様。

何か、周りからみれば青年が女の子をいじめている様にしか見えない。遠くの席に座っているおばさんがコチラを睨んでいるのは気のせいだろうか?

 

 

「はぁ……。厄日だぁ」

 

 

 

 

 

あぐあぐッ! もフッ! はふはふっ! えふっ ごっきゅん!!

はむはむっ! えぐえぐッッ!! もぎゅもぎゅ! えぐっ! ごきゅごきゅ!

むちゃむっちゃ! ごくごくごくごくッ!

 

 

「はぁ」

 

 

青年は七回目のため息を漏らす。

結局、一度も口に入れる事がなかった焼肉定食¥1200が、目の前の幼女の腹に消えていく。

 

 

(くそっ! こうなったらこのガキの親に謝礼をふんだくってやる!)

 

 

青年が決意の炎に包まれるなか、女の子は何かを喉に詰まらせてしまったようだ。

このまま放置していじめるのも悪くはないが、それでは少し目覚めが悪い。青年は水を女の子に差し出して、背中を叩いてやる。

 

 

「キミさぁ、あんまり焦って食わないでよ。それ高かったんだからさ、もっと味わった方がいいって」

 

 

女の子は了解したのか、こくりと頷いてゆっくり食べ始めた。

しかし、辺りを見ても女の子の親らしき人物がいない。一体この娘はどこから来たのだろうか?

 

 

「チビちゃん、お前さ、お名前は?」

 

「……千歳(ちとせ)ゆま」

 

「ふぅん、ゆまちゃんかぁ。もしかして迷子ってヤツ?」

 

 

ゆまは沈黙する。

なぜ沈黙するのか全く分からなかった。

ただ一つ分かる事があるならば、関わったら面倒な事になりそうと言う事だ。青年としては飯を奢ってやったんだ、それだけで十分だろう。

これ以上ゆまに関わる必要性はない。青年はさっさとこの場を離れる事を決めて、ゆまに別れを告げる。

 

 

「この飯屋は食券タイプだから、食い終わったらそのまま店を出な。そこで立ってれば親も君をみつけるだろうよ」

 

 

おまけだ。ポケットに入っていた飴をゆまに持たせる。

これでこのガキともサヨナラだ。飴の一つや二つくれてやるのもいいだろう。青年はそのまま定食屋を出て歩き出した。

 

 

「でも、腹が減ったなぁ。コンビニでオニギリでも――」

 

 

なにやら気配がする。

ふと、後ろを向いたらば、ゆまの姿が見えた。

 

 

「は!? つ、着いてきたのか!?」

 

「………」

 

 

無言で頷くゆま。青年は頭を抱えてゆまに駆け寄る。

 

 

「あそこにいれば親が来るって! 今からでも遅くないからさ、さっさとあそこに戻りな! ほら、さあ!」

 

 

その時、ゆまはしっかりと首を横に振った。

 

 

「あそこに、戻りたくない」

 

「え?」

 

 

それだけ。ただそれだけしか言わなかった。あとは、何度理由を聞いても『あそこに戻りたくない』だけ。『あそこ』がどこなのか青年には分からないし、戻りたくない理由もさっぱりだ。

ますます、どうにかできる問題ではない。

なにより、ついてこられても何もできないし、迷惑だ。

 

戻りたくないとは言え、向こう側もゆまを探しているに違いない。

もし、このままゆまを連れて行けば、それこそ警察沙汰に巻き込まれる事は想像に難しくなかった。

 

 

「ちょっと冗談キツいって。そんなのゴメンだね」

 

 

何とかしてゆまを撒く方法はないものか、考える。

 

 

「!」

 

 

そして思いついた。青年はゆまにこの場で待っている様に言う。

 

 

「ジュースを買ってきてやるよ、ここで待ってな。ゆまちゃん」

 

「!!」

 

 

パッとゆまの表情が明るくなった。コクコクと何度も頷き、動きを止める。

もちろんこれは嘘だ。ジュースを買いに行くと走り、もう戻ってこない。

その内にゆまも諦めて帰るか、もしくは他の人間が気にかけるだろう。

 

 

(じゃあなガキ。もう二度と会う事もないだろうけど――)

 

 

青年は小走りでゆまから離れていく。

早くしないとバレる可能性もあった。青年はスピードを速めて、あとはもう一度も振り返る事はなかった。

 

 

「………」

 

 

一方のゆま。

ずっと青年の帰りを待ち続けているが、一向に戻ってこない。

 

 

「ひぐっ……」

 

あたりも暗くなってきた、だけど男は一向にこない。

一度探しに行こうと思ったが、そこにいろと言われた。

約束を破ってはいけない、ゆまは涙を拭くとまたベンチに深く腰掛ける。

途中、何度か他の大人に話しかけられたが、待っている人がいると動かなかった。

 

 

「………」

 

 

誰もいない公園。そこに一人ぼっちのゆま。

目を閉じると思い出したくない事まで鮮明に思い出してしまう。首をふると、来るはずのない人を待った。

 

それから、どれだけ待ち続けただろうか?

辺りが完全に夜へと変わった時、ふと耳に『声』が聞こえてきた。

 

 

『どうして……君はそんなに馬鹿なの?』

 

「えっ!」

 

 

辺りを見回す。

そこで気づいた、場所が変わっている?

いや違う。変わっているんじゃない。これは――ッッ!

 

 

『馬鹿のくせに、哀れなくせに何もできないならさ、いっそ!』

 

 

死んじゃえばいいんだ。

 

 

『▲▲▲!!』

 

「ひ――ッッ!!」

 

辺りが暗闇に包まれ、ゆまは思わずベンチから飛び降りた。

暗い、真っ暗だ。そこで思い出す、思い出してしまった。

 

 

「やだぁッッ!! ごめんなさいぃ!! ゆるしてぇ!!」

 

 

暗闇が記憶を掘り起こす。

何度謝っても、何度懇願しても暗闇から『あの人』は解放してくれなかった。

苦しい、悲しい、怖い。でも、誰も助けてくれない。

むしろ笑い声が聞こえてくるようだ。

 

闇がゆまに迫る。

ああ、また思い出した。閉じ込められた日の事を。

ゆまが悪いの? ゆまが馬鹿だから閉じ込めるの?

それとも嫌いだから? 何も、できない……。役たたず。

 

 

『▲▲▲!!』

 

 

暗闇にはっきりと映る白い線。

それで構成される体はまるで猫の様、だが頭部は金平糖の様に弾けている。

暗闇の使い魔、『ウラ』は、うずくまって震えているゆまを食い殺すため、ゆっくりとにじりよっていく。

 

ゆまが、かもし出す絶望と悲しみの香りは使い魔にとって何よりのスパイスだ。

きっと噛み付けば、もっといい悲鳴を上げてくれるのだろう。

噛み千切れば、きっと良い絶望を振りまいてくれるのだろう。

 

 

「ヒッ!! いやああああああ!!」

 

ウラに気づいたゆま。助けを求めて走り出す。

逃げられる筈もないのに。愚かな行為だ。

 

 

『▲▲ッ!!』

 

 

ウラはゆまに飛び掛った。

だがウラは知らない。この街には、魔の侵略を許さぬ存在がいる事を。

 

 

『▲ッッッッ!!!!』

 

 

着弾していく光。吹き飛ぶウラと、目を丸くするゆま。

何が起こったのか。立ち尽くすゆまを優しく抱きしめて、安全な場所に移動させたのは――、巴マミだ。

 

 

「大丈夫だった? 怪我はない?」

 

「う……、うん!」

 

 

マミは優しく頷くと、ゆまの周りに結界を張る。

颯爽と現れた魔法少女は、ゆまの目に映る美しいヒーローだ。

 

 

『▲!!』

 

 

邪魔されたことに怒ったのか。ウラはマミに向かって白い弾丸を発射する。

無数の弾丸は不規則な軌道で迫るが、マミの表情は崩れない。

 

 

「甘いッ!」

 

 

弾丸はマミには届かない。

白い弾丸にぶつかっていく光の爆雷。雷の雨が、弾丸を全て無効化して打ち消したのだ。雷光と共に浅海サキが現れ、ウラをさらに蹴り飛ばす。

 

 

「ありがとうサキ。助かるわ」

 

「ハッ、任せておけ」

 

 

笑い合う二人。

まだ終わらない、今度はウラへ青い閃光が襲いかかる。

美樹さやか。そのスピードと剣技が繰り出す連撃は、美しくも強力だ。ウラは抵抗すら許されずに上空へと巻き上げられる。

 

 

「だああああああッッ!!」

 

 

そして一気に叩き落す、さやかはマントを翻して着地した。

その様子を見て、思わずゆまからこぼれる言葉。

 

 

「……かっこいい」

 

 

ふと気がつけば周りには何人もの魔法少女が集まっているではないか。

ゆまの心から恐怖が消えて、新たな感情が湧きあがっていく。

 

 

「凄い! かっこいい!」

 

『▲……ッ!』

 

ウラは勝ち目なしと悟ったのか、踵を返して走り出す。

ここで逃げ、いずれまた力を蓄えた後に魔法少女達を殺せばいいと思ったのだろう。

だが、やはり甘かった。逃げ出したウラは再びマミたちの所へと吹き飛ばされる。

それは、二人の騎士が放つ蹴りが原因。

 

 

「もう逃げられませんよ!」

 

「女の子を襲うとした、アンタが悪いんだぜ!!」

 

 

シザースと龍騎。二人の騎士がウラの行く手を阻む。

マミ達も龍騎のところへ移動して、声を張り上げた。

 

 

「じゃあ! 行くわよ!!」

 

 

「「え゛!?」」

 

 

まさか――……。

サキとまどかは、顔を見合わせる。まさかまたアレをやるのか?

ああ、マミの表情が既に語っている。というか既に言いたくて堪らなさそうだ。こうなると、もはや諦めるしかないだろう。

嫌だ嫌だ、やろうやろうと無駄なやり取りをグダグダ繰り広げると、敵を逃がしてしまうかもしれない。

だからサキもまどかも、半ばやけくそ状態となりマミの隣に並ぶ。

 

 

「あなたの悪事は私が潰す! 魔法少女マミ!」

 

 

声高らかに言い放つマミ。何か凄く嬉しそうだ、表情が満足している。

 

 

「ゥ蒼き閃光ォ、無敵の剣! 魔法少女さやか!」

 

 

同じくさやかが叫ぶ。ノリノリである。

 

 

「正義の雷ぃ!! ハートフル魔法少女サキぃぁ!」※ふっきれました

 

「桃色ピンキー! 魔法少女まどか!」(もっといい決め台詞ないのかなぁ)

 

 

そして。

 

 

「漆黒の十字架!! 魔法少女かずみ!!」(ドヤァァァ

 

 

新メンバーかずみ。

魔女らしい帽子に、十字架の杖が映えるものだ。

マミを中心として五人の魔法少女は決めポーズを行なう!!

 

 

「「「「「我ら! マジカルガールズ5!!」」」」」ドカーン☆

 

 

カラフルな爆発が起こり、ゆまも思わず目を輝かせる。

ちなみに龍騎達は棒立ちで拍手中である。

 

 

「すごーい! かっこいい!!」

 

 

龍騎達につられてゆまも拍手である。

そんな中、まどかとかずみは前に出て武器を構えた。

矢を振り絞るまどか、こんな小さな女の子を襲う悪い使い魔は――。

 

 

「おしおきだよッ!!」

 

『▲ッ!』

 

 

まどかの矢がウラに直撃する。

動きが止まり、隙が生まれた。かずみはそこへ十字架を向けた。光が十字架の先端に収束していき、かずみはその力を解放させる。

 

 

「リーミティ・エステールニ!!」

 

 

かずみの十字架から巨大なレーザーが発射され、ウラは光に飲み込まれる。そのまま何もできずに、使い魔は塵となった。

ウラが死んだ事で魔女結界が砕け散る。

五人の魔法少女と、二人の騎士は、変身を解除してゆまに駆け寄っていく。

 

 

「大丈夫だった?」

 

「う、うん!」

 

 

マミはゆまの目線になる為、屈みながら肩に手を置いた。

かわいそうに、怖かっただろう。マミはゆまを優しく撫でながら、もう安全だという事を説いた。

ゆまはウラに襲われたショックが大きいのか。しばらくその場で呆けていたが、マミ達の格好を見て急に元気を取り戻す。

 

 

「すっごーい!! みんな強いんだぁ! ゆまと全然ちがう!」

 

「え?」

 

 

マミは曖昧な笑みを浮かべた。何か少し引っかかるものがあった。

その時、かずみのアホ毛が、ピキピキピコピコと思い切り反応を示す。

かずみはハッとして、笑顔でゆまに話しかけた。

 

 

「むむっ! 君も魔法少女なんだね!」

 

「うん! ゆまも綺麗なお洋服きてたたかうの!!」

 

「「「――――」」」

 

 

一同が真っ白になった事は言うまでも無い。

 

 

「? えへへー!」

 

「わぁ! 一緒だねぇ!」

 

 

そんな事を気にせず、ゆまとかずみは無邪気に笑いあうのだった。

 

 

 

 

 

 

『確かに、ある程度魔法少女同士、もしくは魔法少女とパートナーが引き合うのは事実だよ』

 

『この街は魔法少女が元々多かった。だから見滝原(ココ)に集まってくるのは頷ける話だぜ』

 

 

それが、キュゥべぇとジュゥべえの意見だった。

時間は少し戻り、カフェ・アトリ。正確にはアトリの隣につながっているかずみの家。そこに皆は集まっていた。

 

とりあえずそれぞれの親には夕食を済ませると言う事を伝え、一同は軽い歓迎会の様な物をする事にしたのだ。

最初はかずみだけの物だったが、ゆまも加えてとなる。

 

とは言え、肝心のゆまの表情は暗い。

ゆまを助けた後、一旦彼女を家に帰そうと思ったのだが、どんなに聞いてもゆまは家の場所を言わなかった。

それどころか帰りたくないの一点張り。親の事についても、家の事についても、まして自分の事についても何も話さない。

 

これは困った。

ならばとりあえず、保護する為ゆまに一緒に来る様に言うが、ゆまはそれさえも拒んだのだ。

あんな危険な目にあっておきながらも、彼女は待っている人がいると言って聞かない。

 

彼はジュースを買いに行っただけなのだから、すぐに戻ってくると駄々をこねる。

だが、それから何分待ってもその人は来ない。

きっと何かに巻き込まれたに違いないとゆまは言うが――

 

 

「おそらく、その人は嘘をついたのでしょうね」

 

「そうね、自販機はすぐ近くにあるし。たぶんもう戻ってくる事はないかしら」

 

 

須藤とマミは結論に至る。

おそらくゆまが言っている青年はもう戻らない。ならば、早くこの場所を離れたいところだ。

 

 

「ゆまちゃん。残念だけど……、その人は嘘をついたの」

 

「ッ!」

 

「ジュースを買いに行くのにこんな時間がかかる訳――」

 

 

その時、ゆまは声を張り上げて叫んだ。

 

 

「戻ってくるもんッ!!」

 

「……ッ」

 

 

そう、戻ってくる。

ちゃんと自分にジュースを買ってきてくれる。ゆまはそう信じて疑わなかった。

何が、ゆまをそうさせているのか? マミと須藤にはさっぱり分からない。

 

ジュースを買いに行っただけ。

それなのに一時間以上も待つなんておかしな話だ。いくらゆまが小さいからと言って、それくらいは分かりそうなものだが。

それでもゆまは名前も知らぬ青年を待った。

彼から受け取った飴を大切に握り締めて。

 

 

「………」

 

 

まどか達は困った様に顔を見合わせる。

だがそんな中、二人の人影がゆまの手をとった。

 

 

「よしッ! じゃあ探そうぜゆまちゃん! その男の人を!」

 

「うん! もしかして道に迷ってるとかだもんね!」

 

 

笑顔の真司。

あっけにとられる一同を差し置いて、二人はゆまを連れて走り出す。

 

 

「き、城戸くん? そんな事をしても――」

 

 

無駄ではないか。そう言おうとした須藤を、マミが止める。

マミは理解したようだ。つまりそれは北風と太陽、無理やり旅人の服を脱がそうとした北風は、勝負に負けてしまう。

真司たちはゆまを納得させる為に、あえて青年を探しに行ったに違いない。

 

 

「なるほど、相手を尊重した上でですか」

 

「ええ、ゆまちゃんを傷つける事無く諦めさせるなんてね」

 

 

マミ達もゆまの後を追う。実は、真司とかずみは何も考えてなかった訳なのだが、まあそこはいいだろう。

結果的にどれだけ探しても男は見つからず、ゆまはしぶしぶマミ達についてきた。

 

アトリでは既にかずみを歓迎する為の用意がされており、ゆまもかずみの隣に座らせられる。

ニコニコと笑うかずみ、頬を膨らませて不機嫌そうなゆま。

対照的な二人だが、蓮が持ってきたバケツパフェを見たとたん、同じように目を輝かせる。

 

 

「うわぁー! すごーい!!」

 

「おいしそーッ!!」

 

「特別だぞ、それを食ったらさっさと帰れ」

 

 

限定のバケツパフェを、特別に二人分とっておいてくれたのだ。

なんだかんだ言って、蓮もかずみに慣れてきたらしい。お礼を言いながら抱きつくかずみを軽くいなすと、蓮はさっさと背を向けて歩き出す。

 

 

「蓮、お前も一緒にどうだ?」

 

「ふざけるな。俺は明日も仕事なんだよ。キッチンは自由に使っていいから、もう俺を呼ぶな。あと、使い終わったら片付けておけよ」

 

 

そう言って蓮は自室の方へと行ってしまった。

まあ無理に誘っても仕方ない、真司が首を再びかずみ達に向けた時、そこにはバケツパフェをハイエナの様に食い漁るかずみとゆまの姿が見えた。

 

 

「おいしいねぇ、ゆまちゃん!」

 

「うん! おいしい!」

 

 

数分前まであんなに頑固だったのに、今はすっかりバケツパフェに夢中になっているゆまを見て、マミは吹き出してしまう。

やはり、まだまだ子供なんだと再確認する一同。

だが忘れてはいけない。千歳ゆまもまた『魔法少女』だと言う事を。

 

しばらくしてキュゥべぇとジュゥべえにコンタクトが取れた。

そこで先ほどの言葉となる訳だ。魔法少女同士がある程度引き合うという事。

なるほど。それならば、かずみやゆま。こうして立て続けに新しい魔法少女に出会ったのも、ある程度は予測範囲内だったと言う訳か。

 

まして見滝原には最初からマミ、さやか、サキ、まどかと言う四人もの魔法少女が集まっていたのだ。それならば見滝原を中心に集まってくると言う事も頷ける。

そもそも魔女の数も見滝原は多いほうらしい。魔法少女がグリーフシード確保に集うのは納得だ。

 

 

「久しぶりだねぇ、ぬいぐるみ~!」

 

『やめてよゆま、ボクはぬいぐるみじゃないよ』

 

 

まどか達は、ゆまに抱きつかれてジタバタともがくキュゥべぇを笑いながら見ていた。

そこでサキは、先ほどまで隣にいたジュゥべえがいなくなっている事に気づく。

 

 

「そういえば最近キミ達を見ない日が多いな。一体何をしているんだ?」

 

『それは――』

 

「おっし! 皆! できたぜ!」

 

 

キュゥべぇの言葉を遮るようにして真司がキッチンから現れた。

一同は視線を真司に移す。そして、目をさらに輝かせるゆま達。

 

 

「わー! すごーい!!」

 

 

真司の手には綺麗に焼けた餃子があった。おいしそうな匂いが一同の食欲を刺激する。

 

 

「食べていいの?」

 

「もちろん! いっぱいあるから!」

 

「いっただっきまーす!」

 

 

ゆま達は左手にパフェを食べるフォークを。

右手に餃子を食べるフォークを構えて、早速餃子に手を伸ばす。

 

 

「へー、真司さんも料理するんだ?」

 

「まあ、一人暮らしだから。少しくらいは」

 

 

意外と言う目でさやかは真司を見た。

案外不器用そうに見えるのだが、百聞は一見になんたらだ。さやかは早速餃子を口に放り込んだ。

 

 

「おおおおおッッッ!!!???」

 

「「!?」」

 

「なにこれぇ!? めちゃくちゃうんまい! すごいじゃん真司さんってば!」

 

「へへーん! だろぉ?」

 

 

さやかは真司を見る目を、疑いの目から、尊敬の眼差しにシフトチェンジした。

ドヤ顔の真司を見て、まどか達も箸を伸ばす。

 

 

「……?」

 

 

サキは気づく。いつのまにか、キュゥべぇも消えていた。

まだ話を聞き終わっていなかったのに。だが、サキも今は餃子が気になる。キュゥべえの事は深く考えず、餃子に手を伸ばした。

 

 

「おいしい!」「おお、確かに!」

 

 

好評の連続で真司も鼻が高い。

そうしていると遅れて美穂がやって来た。到着するなり、美穂は真司の餃子を口に放り込んでいく。

 

 

「うーん、うまうま。アンタ昔から餃子だけは美味いわね」

 

「なんだよ。だけって」

 

「でも今日は一段と美味いわね」

 

「材料が違うんだ。それなりに高価な肉や野菜で作ったから」

 

「へー、でも大丈夫なのか? アンタ給料日前でやばいとか言ってなかった? ずっともやし生活とか言ってたじゃん」

 

「ああ、だから美穂。お前の金で買ったんだ」

 

「へー、そうなんだ。うん、そうかー。なるほどー、私の金でねー……、ふーん」

 

「………」

 

「馬鹿かテメぇええええエエエエエエエエエエエエエエエエッッッ!!」

 

「シャバディ!」

 

 

美穂の鉄拳が炸裂し、真司はよく分からない声を上げて吹き飛んでいった。

使い魔くらいなら一撃で倒せるくらいのパンチに見えるが大丈夫なのだろうか?

 

 

「いででででッ! 馬鹿ッ! 冗談に決まってんだろッ! 俺だって貯金くらいあるっての!!」

 

「うっるさい! アンタの言葉は冗談に聞こえないっての!!」

 

 

ギャーギャーと言い合いを始める二人。

止めた方がいいのか? まどかは困ったようにオロオロとしている。

だがそんなまどかを制したのは、サキだ。ギラリと目を光らせ、真司たちを睨む。

 

 

「やはり、間違いない」

 

 

サキはジッと真司と美穂を見つめてる。

観察と言ってもいいか。随分と真剣な眼差しではないか。

赤面して鼻息が荒いような気もするが、一体どうしたのだろうか。

 

 

「前も保健室で見たぞ。二人は――」

 

「「え?」」

 

「――付き合っているのか?」

 

 

場が、凍りつく。

ムシャムシャとパフェや餃子を食べている。ゆまとかずみ以外が一様に動きを止めた。

尤も、サキはとても楽しそうなのだが。

 

 

「なッ!? いやッ、べ、別に付き合ってなんかないって!」

 

 

たじろぐ真司を見て、サキの眼光が光る。

すると、どこからともなく取り出した本をテーブルに叩きつけた。

 

 

「は、はつこいは……、みるきーうぇい?」

 

「隠さなくてもいいじゃないか! 二人はこの本に出てくるマリとシンゴにそっくりなんだ! これはもはや運命としか言い様がないだろぅ! ささ、早くチューでもなんでもしてくれたまえ!!」

 

 

チュー!? 驚いた美穂は張り手で真司をぶっ飛ばした。

なぜだ。理不尽である。完全に無茶苦茶である。きりもみ状に吹き飛んだ真司は壁に叩きつけられて白目をむいていた。

 

 

「ど、どうしたのサキさん!? ちょ、ちょっと落ちつい――」

 

「これが落ち着いていられる状況かぁあああああッッ!!」

 

「ひぃいいいいい!!」

 

 

どうやら真司と美穂のやり取りをみていたサキのハートに火がついたらしい。

ヒートアップしたサキを止められるものはいない。シラフにも関わらず、サキはハイテンションで人が変わったように笑っていた。

 

 

三十分後

 

 

「そもそも二人はむしろマリとシンゴを見習うべきではないのか!!」

 

「は、はあ」

 

「愛とは正義だ! つまり……それは分かるな城戸真司!」

 

「え……? あ、いや――」

 

「LOVEだぁあああああッ!! LとOとVとEでラ・ブ!!

 

「は、はい!」

 

「まずキミ達は互いが互いに突き放していると思わせて、想いあっているマリとシンゴをリスペクトする心意気が足りない!! ハートフルさが足りないのだ!! 私が第二巻で彼らがくっ付く事を全く予期していなかったと同じように、この世界にはなにがあるかなんて常に分からない! だからこそ毎日の中で愛を見つけ出すことが私は正しいと思って――こら! 霧島美穂! まだ話は終わっていないぞ! ッて、まどか! プリンをテーブルに置け! 君も真司のパートナーとして、初恋はミルキーウェイ一読者としての私の発言を聞くべきなのだ! むしろこの愛と言うのはだね――ッ」

 

「「ひぃぃいい! もう勘弁してぇえええええ!!」」

 

「待てッッ! まだ話は終わってないぞ!」

 

サキは吼える。昔から恋愛小説とか、人の恋を妄想するのが大好きだった。

テンションがおかしくなるから、マミに人前では控えろと言われていたが、どうにも抑えきれないのだ。

 

熱弁していると、時間が経つ。すると遅れて須藤がやって来た。

来てくれた事は嬉しいが、なんだか疲れた様な表情を浮かべており、マミは心配そうな表情を浮かべる。

 

 

「最近、大変みたいですね。お疲れですか?」

 

「え? あぁ、まあ……」

 

 

須藤は曖昧に笑う。

 

 

「何か悩みがあるなら言ってくださいね。私じゃ力になれるかどうかは、分からないけれど……」

 

「いえッ、そんな。どうもありがとうございます。ただ何でもないんです。仕事の事で少しトラブルがあって」

 

 

そうすると大声が聞こえてくる。

 

「「ごちそーさまー!」」

 

 

どうやら食事が終わった様だ。須藤はかずみとゆまを確認して頷く。

 

 

「彼女達が新しい」

 

「ええ。魔法少女です」

 

 

ゆまとかずみは、まどか達とじゃれ合い始めた。

なおも何か自論を熱弁しているサキと、正座で話を聞いている真司と美穂。

アンバランスな光景に、須藤は笑みを浮かべた。

 

 

「巴さんも鹿目さん達に混ざってはどうですか?」

 

「ふふっ、私はお姉さんだもの。見守るだけでいいわ」

 

 

とは言ったものの、顔があちらに混ざりたいと言わんばかりだ。

マミもまだ中学生。友達と遊びたいのだろう。

 

 

「……じゃあ、一緒に行きましょう」

 

「そ、そう? まあ須藤さんがそう言うのなら……」

 

 

そう言ってマミは須藤よりも先にまどか達の所へ駆け寄っていく。

須藤はその様子に笑い――、そしてまた複雑な表情を浮かべるのだった。

 

 

「ところで、どうしてゆまちゃんは襲われていた時に変身しなかったのかしら?」

 

 

そろそろ遅くなってきた頃、マミがそう言った。

ゆまも魔法少女。願いこそは聞かなかったが、ウラに襲われていた時に変身すればよかったのに。

 

 

「ゆま、弱いから……」

 

 

ゆまの話によると、魔法少女としての戦闘能力は極端に低いらしい。

以前にも使い魔と戦ったが、ボロボロに負けてしまったと言う。

その時は『赤い魔法少女』が助けてくれたらしいが、もし彼女がいなかったら、死んでいたかもしれないと震えている。

 

 

「そうなの。ごめんなさい、怖いことを思い出させてしまって」

 

 

マミはゆまを抱きしめ、落ち着かせる。

しかし、これは困った。魔女はともかく、使い魔の中には魔法少女の匂いを嗅ぎ付けて襲ってくるタイプの者もいる。だからゆまを一人にしておくのは少し危険かもしれない。

それに、やはり、どれだけ聞いても家の場所と親の事を言ってくれない。

須藤に任せる事も考えたが、そこでマミはあるものを見つけてしまう。

 

 

「えッ!!」

 

 

ゆまを撫でた時、額に傷が見えた。

前髪で隠していたが、これは火傷だ。

しかもただの火傷じゃない。円形の跡が見える。こんな傷をつけられる物は限られてくる。例えば、そう、タバコだ。

 

 

「!」

 

 

美穂もそれを見つけたのか、ゆまを抱きかかえた。

ただ抱きかかえた訳ではない、体重を感じるためだ。するとやはり軽いのだ。

あれだけふてくされていたのに、食べ物で一気に態度が変わったのは、それだけ執着があったからかもしれない。

 

 

「ゆまはッッ!!」

 

「!!」

 

 

子供ながらに、マミと美穂の態度を感じ取ったのか、ゆまは大きな声を上げる。

しかし、かと思えば、一気に弱弱しく変わり。不安定なトーンが続く。

その姿はとても儚げだった。

 

 

「ゆまは……ッ、あそこに、戻りたくないの……」

 

 

ゆまは吐き出すように呟いた。

 

 

「無理に、言わなくてもいいのよ?」

 

 

マミはそう言ったが、ゆまは聞こえていないのか、ポツポツと話を続ける。

 

 

「パパはッ、ママとゆまを叩くの――……。毎日、毎日。帰ってこない日もあったけど、その日はママがゆまを叩くの……!」

 

 

ゆまは頭を抑えて苦しそうに呻く。

思い出さないで話したかった、だけど思い出してしまう。

眼前に迫るタバコ、懇願しても振り下ろされる拳。食事の出ない毎日。押入れに、ゴミ袋に閉じ込められる夜。

寒い日も雨の日もベランダに出されてカーテンを、鍵を閉められた。

助けてって叫べばまた殴られる。

 

 

「ゆまッ、言われたよ!? お前なんて……! お前なんて――ッッ」

 

 

生まなければよかった。

その言葉を口にする前に、マミがゆまを強く抱きしめた。言葉もでない程に強く。

ゆまは堪えられなかったのか、しばらくマミの胸で泣きじゃくる。

どんな言葉をかけていいのか。まどかや、真司でさえ分からなかった。

 

 

「ママがゆまを叩くから……! だから、違うところの人が来て……、ゆまはお家じゃない所で暮らしなさいって」

 

 

おそらく施設の事を言っているのだろう。

そこには自分と同じような子供達がいっぱいいて、みんな仲良しだと言ってくれた。

だからゆまは、それを信じて施設に入った。

 

 

「でも嘘だった! その子達も、その施設の人もゆまをいじめる!! ひどいよ! 何で!? ゆまが何かした!? 酷い、ひどいよぉ……!」

 

 

ゆまを待っていたのは施設内でのいじめだった。

既にグループができている中でゆまは孤立した存在だ。リーダー的存在の子に、食事を取られたり、殴られる。

結局施設でもゆまの生活はあまり変わらない物だったのだ。

 

 

「それを施設員達は黙認していたのですね……!」

 

 

須藤は拳を握り締める。

虐待を行ったゆまの両親、彼女を助けようともしない施設員に、大きな怒りを感じた。

ゆまは、魔法少女の力を得ても心が弱まる一方だった。

 

 

「大丈夫よ」

 

「!」

 

「大丈夫だから……」

 

 

マミはより強く、ゆまを抱きしめる。

まどかや、かずみも、ゆまを囲むように抱きしめた。

 

体温を感じて、安心したのか、ゆまは泣き止む。

マミもまどかも、ゆまの苦しみを和らげる方法が今は思いつかない。

だから、抱きしめるしかできない自分が悔しかった。

 

 

「ねえ、須藤さん。ゆまちゃんこれからどうなるの?」

 

「とにかく、他の児童養護施設に移ると言った所です。元いた施設には今回の事をしっかりと受け止めてもらい――」

 

「やだ! ゆまッ、もうどこにも行きたくない!!」

 

「で、ですが……」

 

 

話を聞いていた美穂は、何度か頷くと立ち上がる。

 

 

「よし! しばらく私がゆまちゃんを預かるって事でいいかな?」

 

「えっ!?」

 

 

美穂はゆまが落ち着く間、一緒に暮らすと言い出したのだ。

たじろぐ須藤、しかしそこにマミの追撃が放たれる。

 

 

「私からもお願いするわ。ゆまちゃんは何より魔法少女なんだもの、彼女を狙って使い魔が現れるかもしれない!」

 

「それは、まあ。しかし――」

 

「お願い須藤さん!」

 

「ッ」

 

 

俺からも、私からもと、皆そろって須藤に頭を下げる。

須藤はしばらく悩んでいたが、皆の熱意に圧倒されて、ついには折れた。

 

 

「とりあえずしばらくの間だけと言う事で」

 

「わあ! ありがとう須藤さん!」

 

 

しかし、そうなると変身できない美穂では危険かもしれない。

そんな訳で、マミの家にゆまが同居する事になった。

 

 

「巴さん、これはペットを飼うと言うレベルの話ではないですよ。いろいろ手続きがあったり、覚悟はいいですね?」

 

「ええ、もちろん! じゃあ、今日から私たちは家族よゆまちゃん!」

 

「本当!? やったぁ! マミお姉ちゃん大好き!」

 

 

ゆまは、嬉しそうにはしゃぐ。

それを見て須藤も戸惑うように笑った。何が正しくて、何が間違っているのか――、難しい話だ。

 

 

「ゆまも皆と戦うね! ゆまは役にたつんだから!!」

 

 

嬉しくてテンションが上がったのか、ゆまは変身してみせる。

かわいらしいドレスに、猫耳の帽子。ずいぶんと可愛らしい魔法少女の服装だった。

服のどこにも紋章らしき物が見えない為、パートナーは見つかっていないようだ。

 

 

「どうするマミさん。ゆまも魔女退治に同行させるの?」

 

「え? あ……」

 

 

できれば、幼いゆまを危険な目に合わせるのは避けたいが。

 

 

「ゆま、頑張るよ! お手伝いくらいならできるもん!!」

 

「―――」

 

 

下手に匿っておくよりも、魔法少女が集まっている場所にいるほうが安全かもしれない。

それに、どんなに幼かろうが、魔法少女になってしまった故、戦いからは逃げられない。ゆまを鍛える面でも、同行させるのは悪くない。

 

本人もそれを望むなら、ついて来させるのは有りだった。

騎士が二人、魔法少女が六人もいればほとんどの魔女には勝てるだろうし。

そして何よりも――

 

 

「緑」

 

「え?」

 

 

ゆまののイメージカラーはグリーンである事が容易に分かる。

それはつまりである。

 

 

「そろった」

 

「?」

 

 

マミは肩をプルプルと震わせて視線を移動させる。

まずはサキ、魔法少女時の服装からはレッドをイメージさせる。

さやかは間違いなくブルー。そしてマミは黄色、イエローだ。

まどかはピンク、かずみはブラック。

そして、マミが求めていた色はグリーン!!

 

 

「ようこそ! ゆまちゃんッ!! やっぱりグリーンは必要よね! 貴女は今日からマジカルガールズ・グリーン担当です!!」

 

「えぇ……」

 

 

お約束は大切だ。目を輝かせるマミと、仲間に加えてもらい嬉しそうに飛び跳ねるゆま。

 

 

「やったわ、これでマジカルガールズ6の誕生よ! あ、でも中心にリーダーを置くことを考えるとあと一人は欲しいかしら! ふふっ、どうしましょう! とにかく、こうしちゃいられないわ! はやくゆまちゃんの決め台詞と必殺技名を考えないと!」

 

「マミさん! シルバー増やしましょシルバー!!」

 

「合体バズーカーもないとねぇ! えへへ!」

 

 

仲間が加わった事で、まどか達はハイテンションで意見を出し合う。

 

 

「楽しそうだね。私らも昔はああやって馬鹿なことで盛りあがってたっけ?」

 

 

美穂は過去を懐かしむような目で、まどか達を見ていた。

いつからか、すっかり大人になってしまったものだ。何をするにも、どこか冷めてしまっているのが悲しくなる。

と言ってもまだ23ではあるが、それでも学生の頃の情熱は戻ってこない。

 

 

「アンタもそう思わない? ねぇ、真――」

 

 

 

 

 

「いやいや、マミちゃん! まずは合体ロボットだって!!」

 

「………」

 

 

お前もかい。

美穂は中学生に混じって目を輝かせている真司を見て、大きなため息を漏らした。

 

 

 



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第6話 正義 義正 話6第

 

 

ゆまがマミと暮らすようになって五日ほど経ったある日の事、真司はBOKUジャーナルの帰り道にまどかを見つける。

いつも友達と帰っているのに、今日は珍しく一人だ。どこかその背中は寂しげだ。

 

気になった真司は、まどかの方へとスクーターを走らせ、一緒に歩いて帰る事にした。

しばらくは他愛も無い会話を繰り返すが、やはりまどかの元気は無い。

 

 

「わたし、パパとかママって、みんなが同じように子供の事を愛してるんだって思ってました」

 

 

だけど、それは違っていた。ゆまを見て、自分がいかに馬鹿だったのかを思い知った。

それはやはり、ショックだ。例えばまどかが母親と朝の支度を一緒にしている頃、ゆまは母親に殴られていたかもしれない。

まどかが父親の作ったココアを飲んでいる頃、ゆまは父親から殴られていたかもしれない。

 

ゆまに残った虐待の傷跡は、消える事はない。

未来永劫、その体に火傷の跡や、最愛の親から受けた暴力の印が残るのだ。

それは当然、心の面にしてもそうだ。声をかけてあげたいが、どんな声をかければいいか分からない。何を言っても薄っぺらい気がして、まどかはよく分からなかった。

 

 

「確かに難しい問題だよ。だけど、まどかちゃんが苦しむ必要はないって。その分、いっぱいゆまちゃんと遊んであげればいいんだよ」

 

「真司さん……。うん、そうだね、ありがとう」

 

 

まどかは迷いを振り払うように首を振ると、笑顔を見せた。

そうだ。ウジウジ悩むよりは、少しでもゆまが楽しくなるようにしてあげればいい。

 

 

「あ、パパどうしたの?」

 

「あぁ、お帰りまどか!」

 

 

まどか達が自宅前やって来ると、玄関先で父の姿を見つける。心なしか焦っているようだ。

 

 

「あ、もしかして城戸真司さんですか? まどかの父の知久です。いつも娘がお世話になってます」

 

「あ、いえ! こ、こちらこそ!」

 

 

真司と知久は互いに挨拶を交わす。

だが、すぐにハッとする知久。こんな事をしている場合ではないのだ。

 

「どうしたのパパ? 何かあったの?」

 

「実は、ママが会社で使う大切な書類を忘れちゃってね。早く届けなきゃいけないんだけど……」

 

 

今からバスで行っても確実に間に合わない。

タクシーを呼んだのだが、なかなか来ないのだと言う。

 

 

「あ! ちょっと待ってください! そういう事だったら俺が行きますよ!」

 

「え?」

 

 

真司は知久から書類を受け取ると、スクーターをカッ飛ばして会社を目指す。

すると会社に続く道路が酷く渋滞しているのに気づく。どうやら事故があったらしく、タクシーがそのせいで遅れているのだろう。

このままスクーターで向かってもいいが、真司はふと気づく。

 

 

「………」

 

 

十五分も経たぬ内、真司は書類を詢子に渡していた。

 

「サンキューッ! これだこれ! 悪いね届けてもらっちゃって!」

 

「いやいや、全然オッケーですよ!」

 

「予想以上に速くて助かったよ。」

 

 

そりゃあ、ドラゴンに乗ってきましたからとは言えず。真司は曖昧に笑うしか無かった。

それにしてもと真司は詢子を見る。なるほど、さやかやサキがカッコいい女性と言っていたのも分かる。

 

 

(令子さんに雰囲気が似てるな)

 

「届けてもらって悪いんだけど、今から会議だから。もう行くわ」

 

「あぁ、はい、頑張ってください」

 

詢子はもう一度お礼を言って走り出した。

しかし急ブレーキをかけると、振り返ってみせる。

 

 

「ねえ、まどかはさ、いろいろ鈍い所もあるけど本当にいい娘だから、これからも仲良くしてやってよ」

 

「は、はいもちろん!」

 

 

その言葉を聞き、詢子はもう一度笑顔でお礼を言う。そしてそのまま二人は別れた。

帰り道、真司は考える。まどか達には携帯で、書類を届けた事を知らせたので、後は帰るだけだ。

だが、この辺りの地域はあまり来た事がない。仕事のときもこの一帯は玲子が取材をしている為、結構新鮮なものである。

 

あわよくば、何かスクープになるものが見つかれば儲け物だ。

真司は期待に胸を膨らませてスクーターから降りる。

 

 

「お……?」

 

 

しばらく街を歩いていると、ある親子が目に付いた。

交番から出てきた女の子が、母親に飛びついている。どうやら迷子になっていたようだ。母親は今まで娘の相手をしてくれていた警官に、お礼を言っている。

 

 

「………」

 

 

真司はその様子を見て、二つの事を思い浮かべた。

一つはゆまの事だ、母親に飛びついて手を握り締めている女の子。それはあるべき親子の姿なんだろうが、ゆまの様な家庭がまだまだ多い事も事実だ。

今はまだ、そういう事件を扱ってはいないが、いずれは児童虐待のニュースをBOKUジャーナルが扱うかもしれない。

ゆまはマミがいてくれたが、他の子供達はどうなのか?

そういう『希望』が必要なんだ。きっと、世界は。

 

そして、もう一つは須藤の事だ。

最近雑誌やテレビで、警察のモラルを非難する話題が多いが、あの親子が警官に感謝しているのを見て、ある種の安心感を抱く。

女の子に手を振って別れを告げる警官。彼はとても誠実に見える。

 

一部の人間のせいでイメージが悪くなっているだけで、あの人の様な警官や須藤の様な警察関係者は――

 

 

「ん?」

 

 

って、ちょっと待て、あの警官。

 

 

「い゛ッ!!?? 須藤さん!?」

 

「!!」

 

 

真司の声が聞こえたのか、須藤も真司を見た。そうだ、須藤なのだ。

 

 

「え? 須藤さん! どうしてここに!?」

 

「……ハァ」

 

須藤はため息をついて、疲れたような顔を見せた。

なんとも言えない表情だった。真司は、その時の須藤の顔を忘れる事はないだろう。

おそらく、ずっと。

 

 

「えッ!? 交番勤務に移された!?」

 

「はい、ハッキリ言ってしまえば……、左遷ですかね」

 

 

須藤は美佐子と話していたあの日、上層部からお呼びがかかったらしい。

何事かと向かえば、交番勤務に移されると言う報告だった。

 

 

「そんな事ってあるんですか? こ、心当たりは?」

 

「実は、ある事件を私たちは調べていたのですが……」

 

「ある事件?」

 

 

須藤は頷くと、辺りを見回して誰もいない事を確認する。

その様子を見るに、あまり人前でしてはいけない話題なのだろうか?

真司はゴクリと喉をならして須藤の話を待った。

 

 

「城戸くん。今から聞かせる話は、君を信用しての事です」

 

 

騎士として、仲間として、何より一人の人間として。

それを忘れないでほしいと須藤は言う。頷く真司。緊張してきた、それほど大きい話なのだろうか?

 

 

「城戸くんは『美国(みくに)久臣(ひさおみ)』と言う議員を知っていますか?」

 

「美国……ッ、あ! 知ってます、令子さんが記事にしてました!」

 

 

美国久臣。彼は見滝原の一国会議員だった。

政治腐敗に一石を投じると言う意思の下に活動を続け、誠実で真面目な態度と、確かな実力から市民の評価はかなり高いものであった。

当選は確実とまで言われ、彼の人柄から政治に新しい風を巻き込むと、誰からも期待されていたが……。

 

 

「そんな彼に、経費の改ざんによる不正疑惑が浮上したのは記憶に新しいかと思います」

 

「あぁ、そうっすね、一時期はかなりニュースになってたし」

 

 

"期待の議員は、汚職に手を染めていた"そう言ったニュースが連日報道されたのは真司も覚えている。

以前からたびたびあったその疑惑のせいで、国民から期待は一気に落ちてしまい、そこから久臣の評判は最悪と言ってもいい状態になった。

 

汚職に始まり、雑誌には女性スキャンダルと、真偽は別にさまざまなマイナスイメージが掲載されていく。

こうなってしまえばもう議員としての生命は絶たれたようなものだ。

そして、そんなある日の事だった。

 

 

「美国議員が、自宅で首を吊っているのが見つかりました」

 

「自殺ですか」

 

「遺書もありましたからね、警察は自殺で処理を行いました。ただ、当時の警察は美国議員に違法な取調べを行ったとして、問題になっていました。人権を無視したそのやり方は、彼を自殺と言う最悪の結末に向かわせてしまったのです」

 

 

事件はそのまま終わりを迎えたが、久臣は追及から逃れる為に自殺をしたと、世間は美国議員を完全に汚職議員として認める事になった。

とは言え、それなりに昔の事件だ。それが何の関係があるのだろう?

 

 

「もし、美国議員が自殺じゃないとしたら?」

 

「えッ!?」

 

「いや、もしくは、自殺は自殺でも。仕組まれたものだとしたら?」

 

 

須藤と美佐子は、美国議員の死がどうしても納得いかなかったのだ。

調べれば調べるほど、違和感が湧き出てくる。

 

「ある事?」

 

「美国議員には、娘さんがいました。一人娘です。彼女が幼い頃に母親が他界してからというもの、議員はしきりに娘さんの事を気にかけていたそうです」

 

 

久臣は何よりも娘の事を大切にしていた。

なのに、遺書には一言も娘に関する事が書かれていなかったのだ。そして自殺した日はこともあろうに、その一人娘の誕生日ときた。

 

 

「それが、私たちが美国議員が自殺じゃないと決めた理由です」

 

 

もちろん、だからと言って自殺じゃないと言う確実な理由にはならない。

それでも美佐子と須藤はその事実を否定する為に動いた。そして、調べていく内にいろいろな事が分かったのだ。

 

 

「遺書はパソコンで作成されていました。よくある手口です。本人の筆跡かどうか分からない」

 

 

そして、自宅近くのケーキ屋に、当日バースデーケーキの予約が入っていたと言う事。

 

 

「その予約が入った日と、自殺の日が重なっていました」

 

 

何かがおかしい。

須藤と美佐子が至った結論、美国議員はただの自殺ではない。

娘の為にケーキを予約したのに、取りに行かず自殺などありえない話だ。もちろん突発的に死を選んだ可能性はある。

 

 

「ですが、そこからです……」

 

 

二人が本格的に美国議員の死を調べようとした時、警察上部から連絡があった。

内容は簡単、過去の事件を掘り起こすな。それだけだ。

その言葉に須藤と美佐子は逆らった。人が殺されているかもしれないのに、事件を流すわけには行かない。

最近は見滝原近くで猟奇殺人が発生するようになったので、なかなか活動もできなかったが、それでも少しずつは捜査をしようとしていた。

それがどうやらアウトだったらしい。

 

 

「政治絡みの事件がデリケートなのは分かってました。しかしついには捜査をストップする様に直接言われました。馬鹿な話だ! 何かあると言っている様なものじゃありませんか!」

 

 

須藤は表情に怒りを乗せて、舌打ちを零した。

今にして思えば、美佐子は政治界からの圧力を十分に注意していた。

しかし須藤は甘かったのかもしれない。結局呼び出された先に待っていたのは、捜査ができなくなる交番勤務への移動だったのだ。

 

 

「ふざけているッ! 本当に、ふざけてる……ッ!」

 

 

須藤は怒りの形相を浮かべて机を叩いた。思わず真司の表情もこわばる。

それに気がついたのか、須藤はバツが悪そうにうな垂れた。

 

 

「すみません。つい、熱く……」

 

「い、いやッ、全然いいですけど」

 

「城戸くん。もしも、このまま美国議員の事件が闇に葬られるのなら、その前に記事にして世間に公表してくれませんか? 私の名前を出してくれて構いません。何としてもッ、このまま悪が放置される事だけは許せないッ!」

 

「い、いんですか!? そんな事したら須藤さんは――」

 

「私は構いませんッ! この世界には……! ゆるぎない正義が必要なんですッ!」

 

 

今の世にはそれが無いのか?

須藤は悔しさでおかしくなりそうな自分を、なんとか抑えていた。

 

 

「犯罪者を罰する。それがなぜできない!」

 

「須藤さん……」

 

「――失礼。あと、この事は、皆さんには黙っていてほしい。特に巴さんには、こんな姿を見せてはいけない。彼女は警察に……、正義に絶対の信頼を置いています。少しでもこう言う話題は、彼女の耳に入れたくはない」

 

「わ、わかりました。今日の事は誰にも言いません」

 

「ありがとうございます」

 

 

あまり話していては仕事の邪魔になるかもしれない。真司は須藤に別れを告げて、帰る事にした。

 

 

「すみません、お茶くらいしか出せなくて」

 

「いや、ごちそうさまでした。じゃあまた!」

 

 

そう言って真司はスクーターに乗り込み、交番を後にする。

残された須藤、真司がいなくなると笑みを消して、壁を殴りつける。

 

 

「くそッ!!」

 

 

悔しそうに、歯を食いしばってうつむいた。

信じた正義が、正義じゃない。何故警察は正義を貫かない!? 何故悪に屈するんだ。

やりきれない想いばかりが胸を突く。心が張り裂けそうだ、悔しさと悲しみが須藤を包む。

同時に、心に刻み付ける証明。

 

 

(私は――ッ、絶対に正義を貫いてみせるッ!

 

 

翌日、公園に魔法少女と騎士の姿があった。

もちろん遊んでいるわけじゃない。どうやら暗闇の『使い魔たち』は、公園を中心に活動している様だ。

 

 

「●●●!」

 

「えいっ!」

 

 

ゆまの武器は、猫の体を模したハンマーだった。

威力はそれなりに高いようだが、なにぶん隙があり、素早いゴフェルには当たらない。

使い魔、ゴフェルの反撃はすぐに飛んでくる。ローブの中から闇を放出して、ゆまを喰おうと試みた。

 

 

「とうッ!!」

 

 

だが、そう簡単に喰われてなるものか。

さやかが、素早くゆまを抱きかかえて闇を振り切る。

さらに手に持ったサーベルをゴフェルに向かって投げつけた。

 

飛来する刃は一瞬でゴフェルに到達すると、その身を貫いてみせる。

しかしゴフェルには斬撃に対する特殊耐性が存在する。剣が突き刺さっても、ゴフェルは霧状に変わり、攻撃を無効化してみせる。

さらに、さやか達を逃がさまいと追跡を開始した。

 

 

「ああもうッ! しつこい男はもてないぞ!」

 

 

さやかは逃げ、ゴフェルはそれを追いかける。

鬼ごっこの終わりは白い雷だった。浅海サキは、跳躍で参入してくると、さやかとゆまを抱きかかえてみせる。

 

 

「ひゅー! サキお姉さまってばナイスタイミングぅ!」

 

「ないすたいみんぐぅ!」

 

「フッ、しっかり掴まってろ!」

 

 

サキの武器は伸縮自在の短鞭だ。

サキは鞭を伸ばすと、遠くにある街灯を掴んだ。そして鞭を引き戻し、一気にその街灯まで飛んでいく。

それだけじゃない、サキの本質はその判断力と作戦の指揮にあるのだ。

 

 

「さやか、キミは高速移動で使い魔たちを一点に集中させてくれ! まどかとマミは溢れた使い魔を飛び道具で収束させる! ゆまと私は使い魔の足止め、止めはかずみ! 真司さん達はサポートを頼むぞ!」

 

 

サキの声に反応して、みんなは強く頷く。

さやかは散り散りになっていたゴフェルとウラに剣や蹴りを叩き込み、一箇所へ集めるように立ち回る。もちろん逃げようとする使い魔たちだが、マミとまどかの射撃が飛んできて、うまくはいかない。

 

『アドベント』

 

『シュートベント』

 

「えーいっ!!」

 

現れるドラグレッダー。ゆまもハンマーで思い切り地面を叩く。

龍の咆哮と、ハンマーが繰り出す衝撃で、使い魔たちの動きが止まった。

かろうじて逃げ出した使い魔も、シザースが銃を使って綺麗に固めていく。

 

 

「止めよかずみちゃん! 須藤さん! お願いッ!」

 

「了解しました」『アドベント』

 

「うんッ! リーミティ・エステールニ!!」

 

 

ボルキャンサーのトスで上空へ跳ね上がるかずみ。

そのまま十字架を構え、真下に集まっている使い魔に高エネルギーのレーザーを叩き込んだ。

光の奔流は使い魔の群れを一瞬で蒸発させ、跡形も無く消し去ってみせる。

 

 

「やったね! 勝ったよぉ!!」

 

「えへへ ゆまも役にたったでしょ?」

 

「うん! 皆のおかげだよ!」

 

 

かずみ、ゆま、まどかの三人は手を取り合って勝利を喜び合っている。

さやか達もその輪に加わろうと歩き出した。

 

 

「あ゛ッ!」

 

「美樹さん? どうし――」

 

 

マミも気づいたのか、青ざめた顔でマスケット銃を落とす。

深刻そうな表情だ、まどかは不安げになり、眉が八の字になる。

 

「ど、どうしたんですかマミさん。まさかまだ魔女が――」

 

「決め台詞ッ、言うの忘れてた……!」

 

「………」

 

 

あ、そう……。

まどかはどうしていいか分からずに、ただマミを見つめるしかなかった。

 

 

「千歳ゆま……」

 

 

暁美ほむらと、パートナーである手塚(てづか)海之(みゆき)は、まどか達が公園から離れてくのを、影で観察していた。

千歳ゆま。その記憶はあった。ただし、それがいい方向へと繋がるとは限らないが。

 

 

「手塚。少し質問してもいいかしら?」

 

「なんだ?」

 

 

正確にはまどか達を観察しているのは、ほむらだけ。

手塚は先ほどから地面にカードを並べていた。現在勉強しているタロットだろうか? 何にせよ、ほむらにとって心底どうでもいい。気にすることなく、質問をぶつけていく。

 

 

「ここ最近、見滝原周辺で殺人事件が起きているのは?」

 

「ああ、雑誌で見た。何かに喰い散らかされたみたいにバラバラらしい。人間の犯行とも思えないし、かと言って野生動物の仕業とも考えにくい。警察も苦労しているみたいだ」

 

 

なるほど。ほむらは目を閉じてしばらく沈黙する。何かを思い出しているようだ。

そして、呟くように言った。

 

 

「喰い散らかす? 切り刻まれたじゃなくて?」

 

「どうだろうな、そこまでは書いてない。ただ人間の仕業とは思えないなら、よほど酷い損壊状態なんだろう」

 

「そう、ありがとう。被害者に男性はいるかしら?」

 

「ああ、むしろ男の方が多い。尤も死体が見つかるのはだいたい『一部』だからな、警察も身元判明にはずいぶんと時間を費やしているみたいだ」

 

 

ほむらは考える。

ゆまが魔法少女になっているなら『あの二人』も魔法少女になっている可能性が高い。

しかし、発見された死体の状況を見るに微妙なラインだ。『白と黒』は今回の事件には関わっていない?

 

 

「もう少し、様子を見る必要がありそうね――」

 

「またか……」

 

「え?」

 

 

手塚の手には一枚のカードがあった。

占いだ、ココ最近ずっと同じカードが示されるらしい。

 

 

「気をつけろ。もうすぐこの街によくない出来事が起きそうだ。それも、特大のな」

 

「そう……」

 

 

ほむらは唇を噛む。最初は手塚の占いなど全く信じていなかったが、日を重ねていく毎に、なかなか的確な物だという事が分かった。

所詮は占いだが、注意しなければならない。

ほむらは、まどか達がいなくなるのを確認すると、踵を返してその場から消えるのだった。

 

 

「くぅ、不覚だわ……! せっかく新たに誕生したマジカルガールズ6の名乗りだったのにッ! もっと使い魔が現れないかしらッ」

 

「物騒な事を言うな、冗談キツイぞ」

 

 

サキに睨まれ、マミは肩を竦めた

戦いが終わってから、一同はそのままマミ家に集まった。

今はゆまの必殺技の名前を考え様と盛り上がっていた所だ。

 

かっこいい名前にしようか?

かわいい名前にしようか?

個性的な名前にしようか? いろいろ悩むところである。

 

 

「うーん、何にしよっか? まどか、何か思いつく?」

 

「ぽんぽこハンマー、とか?」

 

「ブッ! ブぁハハハハハハハハ! な、なにそれまどかぁ! くひゃひゃひゃ! ぽ、ぽんッて! ブハハハハハ!!」

 

「さ、さやかちゃん! は、はぅ」

 

 

さやかは腹をかかえて笑い転げており、マミやサキも肩が震えている。

言わなきゃ良かった。まどかは真っ赤になって俯いた。

 

 

「ま、まあそうだな。ハンマーブレイクなんてどうだ?」

 

 

可哀想になったのか、サキが話題を変える。

その優しさが痛いワケだが、まあ気にしないでおこう。

 

 

「うーん、ちょっと地味だわ。せっかくなんだからもっと派手なのにしましょうよ。ねえ? ゆまちゃん」

 

「うん! マミお姉ちゃんが考えてーっ!」

 

「任せて! 昨日52個ほど候補を考えてきたの!」

 

「多いな!」

 

必殺技名を考えるマミは、饒舌でとても輝いて見えた。

その様子を少し離れた所で真司と須藤は観察している。

 

 

「ほんと、楽しそうだなマミちゃん」

 

「そうですね。本当によかった」

 

 

須藤は何かを決めたように頷くと、紅茶のカップを皿の上に置いた。

そして、マミ達に聞こえないように小さな声で話し始める。

 

 

「城戸くんにも、話しても大丈夫でしょう。彼女の願いを」

 

 

それは、つまりマミが魔法少女になった理由だろう。

マミは他言しないでほしいとは言っていないし、まどか達も全員知っている。

だからと言って軽く話せる内容でもなかった。だから今までは黙っていたが、須藤としては真司に知っておいてほしかった。

だから、話すのだ。巴マミの願い。魔法少女になった理由。

 

 

「彼女は、半ば強制的にキュゥべぇ君と契約したんです」

 

「強制的?」

 

「ええ。そうしなければ――」

 

 

マミは今、一人で暮らしている。

その理由はあまりにも簡単、両親がいないからだ。

 

マミは今でもあの時の夢をよく見る。

気がつけば、全身の感覚が鈍くなっていた。耳鳴りが酷い、寒い、眠たい。でも眠ってしまったら駄目だと言うことは、なんとなく理解できた。

 

正面衝突、横転した車。

交通事故なんてニュースでしか見たことなかったのに、まさか自分が経験するなんて。

衝撃と共に視界がグチャグチャになった。自分が今どこにいるのかも分からぬうち、気づけば空が見えた。

 

マミは、家族の名前を呼ぶ。

しかし答える者はいなかった、もしかしたら声が出てなかったのかもしれない。

尤も、どうせマミ以外死んでいたのだから無駄な話だったのだ。少し前までは優しく笑っていた両親も、今は衝撃で見るに耐えない姿になっていたと聞く。

 

マミは空に手を伸ばす。ただなんとなく、助けを求めるために。

そこで自らの腕が、おかしな方向に曲がっているのに気づいた。脚の感覚もない。そもそも下半身の感覚がまるごとなかった。

幸い傷みもなかったので、パニックになることは無かった。

 

マミはジッと空を見ていた。

このまま時間が経てばあの向こうにいける気がして、なぜか嬉しくなった。

マミは微笑んだ。天使様が見えた。白くて、ウサギみたいな、可愛らしい天使さま。

 

 

『ボクはキュゥべえ。キミは、生きたいかい? 巴マミ』

 

 

生きたい? 死にたくない? どっちだろう?

 

 

『もしもキミが、生への望みを託すなら、それは力となって君を救うだろう』

 

「私は助かるの――……?」

 

『もちろん。さあ巴マミ、ボクと契約して魔法少女になってよ!』

 

「私は――……」

 

 

そう、巴マミは契約しなければ死んでいたのだ。

マミは願いを決める事はできなかった。生きる代償として、魔女と戦う使命を課せられたのだ。

だが、命を取り留めてからの生活は、想像している以上に辛く厳しいものだった。

 

たった一人で魔女と戦わなければならないと言う恐怖。

いつ襲われるかという焦り、友達と遊ぶ時間はない。危険な時もあった。それこそ死を覚悟した時もある。

それは、今まで普通に暮らしてきた中学生の女の子が背負うにはあまりにも大きすぎる物。

眠れない日も続いた。恐怖で物を食べられなくなった時もあった。

 

すぐに壊れかけた心。

だが、そんな時、たまたまテレビで『それ』を見かけた。

何のことはない、普通のアニメだ。自分も小さいときに似たような物を見ていた。

小学生くらいの女の子が魔法の力で変身して、正義の為に戦うアニメ。

 

マミにはそれが、とてもまぶしく見えた。

正義の為に戦う姿、その魔法少女(ヒロイン)に憧れる子供達。

そこで思い出す。マミだって幼い時は魔法を使う女の子に憧れた。

その夢が叶っているじゃないか

 

それだけ。でもそれだけで、マミは戦えたのだ。

正義の為に戦う魔法少女。自分の為じゃない、正義の為にだ。

あの憧れたヒロインの様に。平和を守るのだ。

 

だがそれはあくまでも考え方だ。

マミの孤独が消えた訳じゃない。戦う事に希望は持てても、マミはいつも一人だった。

 

家に帰っても誰もいない。

友達だって、魔女退治があるから遊びに付き合えず、。そんな毎日を生きてきた。

全てはマミ自身の為に、魔女から人を救う為に、正義の為にだ。

 

テレビの中にいた魔法少女も、いつからか仲間ができてカラフルになっていた。

赤、青、ピンクに緑。でもマミはまだ独り。

 

 

「ですが、今は一人じゃない。鹿目さんと美樹さんが仲間になって、私がパートナーになって、浅海さんが仲間になって――」

 

 

そして、真司やかずみ、ゆまが加わった。

いつも静かだった部屋に、たくさんの笑い声が聞こえる様になったのだ。

今のマミは戦いを強いられた孤独な戦士ではなく、正義に燃える魔法少女達の一員なのだ。

 

 

「巴さんにとって正義のヒーローとは……、魔法少女である自分を保持する為の希望でもあります。ある種、すがる物といえばいいでしょうか」

 

「心の支えみたいなヤツですか」

 

 

真司は思う。そう言えばマミは命がけの戦いの中にも、遊び心を忘れなかった。

チームを結成して二つ名や、名乗りを作ったり。皆に必殺技の名前を叫ぶ様に言ったのもマミだと言う。(尤も、皆はそれほど乗り気じゃないが)

 

 

「それらの理由も、戦いの恐怖心を薄れさせるのがあります。巴さんにとって、アニメの中にいた魔法少女は希望なのですよ」

 

 

そんな理由があったのか。真司は改めてマミを見てみる。

楽しそうに笑っていた。だが、きっと多くの涙を流した事だろう。

 

 

「だから、真司くんも彼女のやり方をどうか認めてあげてください。人によっては戦闘中にふざけていると思うかもしれない。だけど、あれが巴さんのやり方なんです」

 

「それはッ、もちろん。俺は全然大丈夫ですから……」

 

 

真司はむしろマミの事は尊敬していた。

正義のために、希望の為に、明るい未来を守るため戦う魔法少女。そんな彼女達を守りたいと龍騎になったのだから。

 

 

「それならいいのですが……」

 

 

そこで、まどかが話しかけてくる。

 

「須藤さん、最近お仕事はどうなんですか?」

 

「え……?」

 

 

何気ない質問だが、須藤は沈黙してしまう。

交番勤務に移された事を言うべきか迷っているのだろう。

 

 

「こらこら、駄目よ皆。須藤さんを困らせては。捜査情報は外部に流せないものね?」

 

「え、ええ……」

 

 

マミの須藤を見る目は、尊敬に満ちていた。

しかし須藤の表情は複雑だった。とても複雑だったのだ。

 

 

その夜。

 

『続いてのニュースです。先日自殺した少年はいじめが原因で――』

 

『暴走族の騒音が原因で自殺した老夫婦、この事件は――』

 

『誤認逮捕の件について警察は責任を――』

 

『えー、通り魔の少年なんですがね。これ、精神障害が原因で実質無罪っちゅうのは――』

 

『最近警察のモラルが原因で――』

 

 

(なんで……ッッ!! どうしてこの世界は――ッッッ!!)

 

 

 

 

 

 

三日後の事だった。

見滝原の外で起こっていた猟奇殺人。それが、ついに見滝原で発生した。

 

被害者は見滝原高校に通う男子学生。

今までの事件と同様に、何かに『喰い散らかされた』ように、遺体の状態は凄惨な物だったと言う。

 

しかし今までと違う点もあった。

これまでの被害者は『喰い散らかされた』とあるように、文字通り臓器や肉、骨の一部が消えていた。遺体と呼べるのは『食べ残し』と称された程なのだ。

 

だが今回の遺体は、バラバラに切断しただけと言う印象を受ける。

損壊部分も切断の痕があり、模倣犯の筋もあると警察は見ていた。

 

 

「本当に怖いよね……」

 

「ええ。犯人の事については何も分かっていないみたいですし……」

 

「大丈夫、まどかと仁美に何かあったらあたしが守ってあげるからさぁ!」

 

 

学校の帰り道。まどか、さやか、仁美の三人は急ぎ足で帰路につく。

猟奇殺人が起こったと言う事で下校の時間がいつもより早く、寄り道はせずにまっすぐ帰ろうと言う事になる。

 

自分達の街に凶悪な事件が舞い込んできた。

怖がるなと言う方が無理だろう。仁美を見送って、まどか達も小走りになる。

だがそこで、キュゥべぇが現れた。なんでもマミが呼んでいるらしい。

まどか達が急いで部屋に駆けつけると、既にサキやかずみ、ゆまの姿があった。

 

 

「皆に集まってもらったのは他でもないわ、あの事件が見滝原でも起こったの」

 

「しかし、マミ、忘れたわけじゃないだろう?」

 

 

マミとサキは以前、その犯人であるだろう魔女を探して隣町まで出向いた事がある。

しかし、結果は虚しいものだった。魔女も、手がかりも、なにひとつ見つからずに終わったのだ。

結局、もう二、三回調査を行ったが、全て空振り。代わりに殺人は増えていく一方である。

 

 

「確かにそうよ。でもこのまま殺人を見逃すなんてできないわ」

 

「そりゃ同感ですッ! でもさ、マミさん。どうやって見つけるの?」

 

「被害者が多くなっていくと言うことは、それだけ魔女が力をつけていると言う事よ。以前は感じられなかった魔力も、拾う事ができるかもしれない。ううん、もしくはソウルジェムで感知できない魔女と言う可能性も十分考えられるわ。だからやっぱり自分達の足で探すしかないと思うの」

 

「ははあ、なるほど……」

 

「大丈夫。私たちと、須藤達にも協力してもらえば、必ず魔女を見つけられるわ。とにかく、これ以上の犯行は許さないわよ!」

 

 

マミは声を張り上げて手を上げる。

 

 

「必ず殺人を止めて見せるわ! マジカルガールズ6出動よ!!」

 

「「「おーっ!!」」」

 

 

さやか、かずみ、ゆまの三人は、マミに合わせて気合を入れる。

 

「お、おぉぅ……!」

 

 

まどかも少し恥ずかしそうにしながら手を挙げる、サキは何も表情を変えずに紅茶を口にした。

 

 

「?」

 

 

これで今日はお開きとなった。

一人で帰るのは危ないので、マミがさやかとかずみを、サキがまどかを送り届けると言う事に。

 

 

「あのね、お姉ちゃん」

 

「うん? どうしたんだい?」

 

 

まどかは少し戸惑いがちに、先ほど感じた違和感を述べる。

 

 

「サキお姉ちゃん、なんだかさっき暗い顔してたよ? なにかあったの? もしよかったら、相談して欲しいなぁ、なんて」

 

「ああ。いや、気にしないで。何でもないんだ。ただちょっとマミの事で」

 

「マミさんがどうかしたの?」

 

「最近、学校でも明るいんだ……」

 

 

サキはまだ魔法少女ではない頃からマミとよく話していた。

あの時は友達と言うほどの物ではなかったかもしれないが、その頃の記憶にあるマミより今のマミはずっと明るい。

理由は分かる。今まで一人で命がけの戦いに身を投じてきたからだろう。

 

 

「昔、一度だけチームを組んでいたらしいが……」

 

「そうなの? 知らなかった!」

 

「その時の事はあまり話してくれないから、あまり良い思い出じゃないんだろう」

 

「もうパートナーの人はいないもんね……」

 

「ああ。いずれにせよ、マミにとっては今はとても良い状態なんだろう。仲間がいて、パートナーがいて」

 

 

「えへへ、もしかしてやきもち?」

 

「そんなんじゃないさ。ただ……、いい意味でも、悪い意味でも、マミは明るい」

 

「え? 明るい事が駄目なの?」

 

「……マミはまだ、現実を直視していないのかもしれない」

 

「???」

 

 

よく分からない。まどかは首を傾げる。

そうしていると、家についてしまった。

 

 

「さあ着いたよまどか。まだ明るいけど、もう外には出ない方がいい」

 

「うん、ありがとうお姉ちゃん。えへへ」

 

「ん? 何がおかしいのかな?」

 

「昔もよく、こうして送ってもらったね」

 

「フフ、なつかしい。家に入るまでジッと見ていたっけ?」

 

「じゃあ早くお家に入らないと、お姉ちゃんが帰れないね」

 

 

まどかは笑って、早足で玄関の扉を開けた。

二人は挨拶を済ませて別れる。扉が閉まり、まどかの姿が見えなくなった時、サキはため息をついた。

 

 

「難しいな。いろいろと……」

 

 

本当に難しい。人の心も、現実も。

ましてや、自分の心が。

 

 

 

翌日、また見滝原で殺人が起こった。

しかも今度の犠牲者は一人じゃない。深夜に公園で騒いでいた若者の集団が、遺体で発見されたのだ。

 

騒音や器物破損などでいろいろと問題になっていた集団だったが、まさかこんな事になるとは誰も予想していなかった。

早速、魔法少女達と騎士は魔女を見つける為に、調査を開始する。

 

 

「今日は初めに亡くなった少年のお葬式があるそうです。私たちもそこに向かいましょう」

 

 

須藤が掴んだ情報。

もし魔女が犯人ならば、負のオーラが集まっている葬儀場や火葬場は餌場になる可能性が高い。

それは阻止せねば、一同に緊張が走る。

 

 

「ねえゆまちゃん。もし魔女との戦闘になったら、考えた必殺技を叫びましょうね」

 

「うん! わかったよマミお姉ちゃん!」

 

 

マミとゆまは手を繋いで楽しそうに話していた。

これが昨日なら、さほど気に留めなかったかもしれない。しかし今日は今日だ。サキは足を止めて立ち止まる。

 

 

「あら、どうしたのサキ?」

 

「――ろ」

 

「え?」

 

「いい加減にしろ」

 

 

勘違いをしてはいけない。楽しい放課後ではないのだ。

それを前々から言えれば良かったのかもしれない。だが、変に気を遣ってしまったから、ずっと溜め込んでしまった。

それが今、緊張感の無いマミを見て爆発してしまったのだ。

 

 

「いい加減にしろマミッ! 遊びじゃないんだぞッッ!!」

 

「!」

 

 

サキの言葉に一同はビクッと肩を震わせる。

 

 

「人が死んでるんだ! 別に明るい雰囲気で戦うなとは言わない……! だが、もう少し事態と真剣に向き合わないと――ッ」

 

 

そこで、サキは言葉を止めた。

まどか達は不安そうに表情を歪めており、ゆまに至っては泣きそうになっている。

 

 

「ご、ごめんなさいサキ。そうね、ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったみたい……」

 

「い、いや。コッチもいきなり――、その、すまなかった」

 

 

二人は謝りあい、事なきを得た。須藤も真司もホッと胸をなでおろす。

そこから、しばらく一同は無言で葬式が行われている会場を目指した。

 

 

(確かに。少しはしゃぎ過ぎていたかもしれないわね……)

 

 

昔はそんな事なかったのに。

マミは複雑な表情で歩いていく。どうしても仲間や、憧れてくれている人がいるのは嬉しくなってしまい、気分が高まってしまった。

気を引き締めないと。マミは頷き決意を決める。

 

 

「――ッ」

 

 

とは言え会場に着いた時、マミは自分の発言や行動を後悔した。

泣き崩れる少女が見える。聞けば、被害者の彼女だそうだ。

部活動を行っていたのだろう、後輩やチームメイトも声を出して泣いていた。

 

それだけじゃない。当然、クラスメイトを始めとして、いろいろな人がそこにいた。

みんな、被害者の少年と関わりがあったのだろう。

昨日まで元気に学校へ来ていたクラスメイトが、翌日見るも無残な姿で見つかった時、人は何を思うのだろうか?

 

 

「……ッ」

 

 

須藤はその中を掻き分けて会場内へと足を進める。

そこには、家族が待っていた。

 

 

「すみません。警察です。少しお話、よろしいでしょうか?」

 

「え? ぁ、警察の方ですか……」

 

 

被害者の母親はうつろな瞳で椅子に座っている。

本当にショックなのだろう、涙すら出ない様だった。

マミはその時、被害者の祖父や父親が声を押し殺して泣いているのを見つけてしまった。犯人に対する怒りや、助けられなかった後悔に苛まれているのだろう。

 

そうだ。人の命は自分だけの物ではない。

家族や友人、関わった人達の分価値が増えていくのだ。

そして、それを奪われたとき、それはもはや個の問題ではなくなる。

 

 

「すぐに済みます。被害者のことでいくつか――」

 

「待って……! 須藤さん――ッ!」

 

「え?」

 

 

他ならぬマミが須藤を止める。

 

 

「どうしました? 巴さん」

 

「ご、ごめんなさい……。ここまで、来て……、なんだけど。今日は帰らない?」

 

「ですが――」

 

 

その時、マミの足元にポタリと雫が垂れた。

重ねてしまったのだろう。事故で両親を亡くした自分に。

 

 

「……わかりました。皆さん、今日は帰りましょうか」

 

 

須藤の言葉に一同は頷く。

ごめんなさいと、マミは皆に向かって呟いた。

 

歩いてきた道を、再び戻る。

行きの時に楽しそうにはしゃいでいたのに、今は肩を落としてトボトボと歩いている。

誰もかける言葉が見つからず、しばらく無言で過ごした。

そんな中、マミが口を開く。

 

 

「サキの、言う通りだった」

 

 

また、足元に小さな点ができる。

肩と声が震えていた。マミは顔を上げると、頬を伝う雫を拭う。

 

 

「全てサキが正しかったのよ。本当にごめんなさい」

 

 

マミはもう一度皆に謝り、頭を下げる。

浮かれていた。はしゃいでいた。仲間ができた事で、大切な事を忘れてしまっていた。

 

 

「私ッ! 人があんな残酷に殺されてるのに、全然それを理解してなかった――!」

 

 

心のどこかで、この活動を楽しんでいたかもしれない。

仲間と一緒に悪い魔女を倒す。そんなヒロイックな状況に甘えて、『現実』を直視していなかった。

 

マミの声がますます震えていく。

もう完全に泣きじゃくっており、自分の行動を思い出していたのか、しきりに胸を強く押さえつけていた。

 

 

「私……! 言っちゃった! もっと使い魔が現れたらいいのにって!」

 

 

「そ、それは……」

 

 

さやかはフォローの言葉を探すが。いい言葉が見つからない。

マミは一歩、まどか達から離れる様に後ろへ下がった。

 

マミは、自分の行動が最低だと理解する。

だから自分が許せなかった。あれだけ正義に燃えていたマミだからこそ、今の自分が嫌いになってしまった。

 

 

「私ッ、ごめんなさいっ! もう皆と一緒にいる資格なんて無い……!」

 

「えッ!?」

 

「私はもう、正義なんかじゃない! ごめん、ごめんなさいッ!!」

 

「ま、マミさん!」

 

 

マミは皆の声を振り切って、走り去ってしまった。

すぐに追いかけ様とするまどか達だったが、キィィインと耳鳴りが。

強烈な音だ。真司、須藤、まどかは足を止める。だがその一方でサキ、さやかはポカンとしていた。

 

そうだ、サキたちは何も感じていないのだ。

この不思議な感覚。須藤が言うには、これもまたパートナーシステムの恩恵だと言う。

耳鳴りは魔女か、使い魔の気配があると言う意味だった。

 

 

「くそッ! こんな時に!」

 

 

魔女となると、一連の事件の犯人かもしれない。

ならばこのまま逃す事だけは避けなければ。とは言え、このままマミを放っておく事もできないし。放っておく事はしたくなかった。

真司は顎を触りながら考える。何か、いい手はないものか。

 

 

「!」

 

 

あった! これしかない! 真司は早速、須藤達にその事を告げる。

簡単な話だ。マミを探しにいく人と、魔女と戦う人を分ければいい。

もう時間がない、了解する一同。なら問題は誰がマミのところに行くかだが……。

 

 

「須藤さんが行ってください!」

 

「え? わ、私ですか?」

 

 

誰も異論は無かった。

パートナーとして、相棒として、マミを連れ戻してきてほしい。

しかし須藤は戸惑ってしまう。

 

 

「確かに私は巴さんのパートナーとして選ばれましたが……、親しさで言うのなら私より鹿目さんたちの誰かが行った方がいいのでは」

 

 

まどか達はそれでも須藤にその役をお願いした

親しさよりも、マミの事を思うと、今は須藤(パートナー)が大切な気がしたからだ。

 

 

「魔女は俺たちで倒します。だから、須藤さんはマミちゃんを頼みます!」

 

 

真司はそう言うと、須藤の返答を待たずに走り出してしまった。

まどか達もついていくものだから、あっと言う間に須藤は一人になってしまった。

 

 

「――ッ、まいりましたね」

 

 

須藤は困ったように天を仰ぐ。

だが、任された以上、このままジッとしている訳にもいくまい。須藤は覚悟を決めると、マミの後を追いかけた。

 

 

「変身!」「へんしん!」

 

「いくぞ皆ッ! 気をつけろ、今回は使い魔じゃない! 魔女だッ!!」

 

 

死の匂いに引き寄せられたか。

禍々しい魔女結界の中、暗闇の魔女『SULEIKA(ズライカ)』が待ち構えていた。

ゲルトルート同様、その形状はとてもじゃないが女性とは、ましてや人とも言いがたい。

 

ズライカは金平糖のような弾けた体に、足の様な『線』がついている。

あまり強そうには見えないが、そういう相手に限って強力な力を隠し持っていたりするものだ。サキはまどか達に注意を促し、走り出す。

 

 

『■■■』

 

 

よく分からないズライカの声と共に、使い魔達が現れた。

ゴフェルとウラの群れは、まどか達に向かって次々に突進してくる。

もちろん抵抗はさせてもらう。まどかは前に出ると、腕を前に出して結界を展開。ピンク色のバリアは、迫り来る敵を塞き止め、弾いていった。

 

体勢を崩した使い魔たちは、その動きを鈍らせる。

チャンスだ、かずみは全速力で走りぬけ、使い魔たちを潜り抜けると、ズライカの前に出る。

 

 

「一気に終わらせるよ!」

 

 

かずみは必殺技を発動しようと魔力を十字架の先端に収束させる。

 

 

「リーミティ――ッッ!」

 

『■■■!!』

 

「え!?」

 

 

その時、ズライカは能力を発動させた。

ズライカ自身は、戦闘能力に関しては、かなり低い魔女といってもいい。

だが、ズライカには『暗闇』がある。体から一瞬で闇が溢れ、あっという間にフィールドが『黒』く染まった。

かずみの視界も一瞬でブラックアウト。杖の先にともった魔力の光だけはかろうじて確認できるが、ズライカの姿は全く見えない。

 

 

「み、みえないよ!」「わぁ! まっくらぁ!」

 

 

混乱するかずみとゆま。

視界がゼロになった事で、不安と恐怖が明確な形となって押し寄せてくる。

ましてやブラックアウトした世界では、平衡感覚が狂う。ビームを撃ってもいいが、仲間に当たるかもしれないと、かずみは攻撃を止めた。

 

そして衝撃、まどか達の体に鈍い痛みが走った。

そう。暗闇こそがズライカ達のホームなのだ。ゴフェルもウラも動きは素早い、それと合わせて暗闇が彼らに味方をする。

 

 

「厄介だなッ!」『アドベント』

 

 

咆哮と共にドラグレッダーが現れた。

サキの雷と合わせ、火球で場を照らそうと考えたが――

 

 

「何ッ!?」「嘘だろッ!!」

 

 

まさに一瞬、それもほんの少しだけしか場は明るくならなかった。

凄まじい闇の濃度だ。光をすぐに塗りつぶす黒がこの場を包み込んでいた。

暗闇の中では敵がいるかどうかすら分からない。闇雲に攻撃しても仲間に攻撃が当たる可能性だってある。

 

結局そのまま訪れるタイムリミット。

ドラグレッダーは消滅し、使い魔達は再びまどか達に攻撃を仕掛けていった。

 

 

「くッ! もっと連続的に照らす物がないと無理だ!」

 

 

サキは考える。

落雷ではまだ足りない、もっと連射できる何がなければ。

たとえば、そう、砲台とか。

 

 

(こんな時に限ってか……ッ!)

 

 

自虐的な笑みを浮かべるサキ。

やはり、このチームには『彼女』が必要なのだと再確認する。

暗闇の中で龍騎達は防御に徹するしかない、ズライカの繰り出す闇の中では攻撃の殆どが見切られてしまうのだ。

さやかに至っては武器を満足に使うこともできず、動き回る立ち回りも無効化される。

 

相当危険な状況だ。

ゆまは昔を思い出しているのかブルブルと震えている。

かずみや、まどかも、パニックになっており、まともに戦えない。

 

 

「くそッ」『シュートベント』

 

 

ドラグアローを構える龍騎、前のようにズライカを狙い撃ちできればと考えるが。

 

 

『■■ッ!』

 

「ちっくッ、しょッ!」

 

 

やはり暗すぎる、ズライカはおろか使い魔の姿すら見えない。

このままじゃ負ける? 一同の心に、真っ黒な闇が吹き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

巴マミは泣いていた。

誰もいない公園で一人。いろいろな事を思っていた。

あれだけ正義を貫くと誓ったのに、いつの間にか命を軽視していた。

事の重大さを軽く見ていた。

 

それが、許せない。

悔しくて、悲しくて、もどかしくて。マミは涙を流す。

 

きっと皆、自分の事を嫌いになっただろう。

人が死んでいるのに、はしゃいでしまった自分を嫌いになる。

使い魔が現れればいいと言った自分を嫌いになる。

 

 

「……また一人ぼっちになっちゃう」

 

 

それは、寂しい事だけど仕方ない。

悪いのは自分だ。マミは溢れる涙を拭うと、下を向く。

 

 

「ここにいたんですか……。探しましたよ、巴さん」

 

「す、須藤さんッ!?」

 

 

反射的に顔を上げると、息を切らしている須藤の姿が見えた。

走って来たのだろう。須藤はフラフラとベンチに近づいて、マミから少し離れた隣に座る。

驚いてしまったが、マミはすぐに冷静になる。泣いているところは見られたくない、そっぽを向くようにして顔を反らした。

 

 

「な、何をしに……?」

 

「魔女です。今は真司君達が戦っていますが……」

 

「!」

 

 

マミの瞳が光る。だが、すぐにまた俯いてしまった。

 

 

「巴さん。行きましょう、加勢をお願いします」

 

「でも、私が戻っても皆の士気を下げてしまうんじゃ……」

 

「そんな事はありませんよ」

 

「でも! でもッ!!」

 

 

マミは力なく肩を落とす。

 

 

(困りましたね……)

 

 

須藤には女性を慰めた経験があまりない。あっても美佐子くらいだ。

気の利いた言葉をかけられる自信は無かった。

だから、須藤が出した答えは、マミの話を聞いてやる事くらいだ。

 

 

「何を溜め込んでいるんですか? 何か力になれるかもしれません、私たちはパートナーなんですから」

 

「………」

 

「そうですよね巴さん」

 

 

須藤はマミにハンカチを差し出した。

マミは戸惑ったが、小さく頭を下げるとハンカチを受け取った。

一見すれば何気ない様な行動だが、距離が少しだけ縮まった気がする。

それはパートナーとしてでもあり、なにより一人の人間としてだ。

 

 

「私、あの時の事故で――」

 

 

当時の事を思い出しているのか、マミは苦しそうに表情を歪ませる。

須藤は一瞬言葉を止めようとしたが、マミが前に進むために、あえて沈黙を貫いた。

 

 

「私は魔法少女になって生きる道を選んだ」

 

 

しかし、その後、独りで戦っている内に思う。

 

 

「どうしてあの時、契約なんてしたんだろう? いっそ両親と一緒に死んでいればずっと幸せだったのかなって」

 

 

一番辛いのは、魔女と戦う事ではない。

父も母もいないって事だったのかもしれない。

あの被害者の葬式で思い出してしまった。もう死んでいると分かっている筈なのに、いつか両親が何食わぬ顔で帰ってくるんじゃないかと思っていた時期もある。

 

でも、やはりそんな事はなくて。どれだけ待っても両親は帰って来ない。

そんな当たり前の事を再認識するのに、どれだけ悲しんで苦しんだのだろう?

 

でも、だからこそ戦いに絶望してはいけないと思った。

テレビの中で戦う魔法少女達のように、決して悲しみに屈してはいけない。そうすれば希望を振りまく事ができるのだから。

 

 

「だからどんなに辛くても、正義の為に戦うヒロインを思い出して、私はここまで戦えた」

 

 

街を、人を守る為に。

もう自分の様な子を出さない為に戦えるのは自分だけだ。

 

 

「でも、結局私はいつも、からまわりでッ」

 

 

今だって、昔だってそうだ。

正義の名を借りたワガママだったのかもしれない。

 

 

「そう言えば、巴さんは昔一度だけチームを組んでいた事があるんですよね?」

 

「ええ、短い間でしたけど……」

 

 

その時は、とても嬉しかった。

嬉しいと言う感情が正しいことなのか、間違っているのかは分からない。

だけど同じ様に正義に燃える娘がいた事は、何よりの希望だった。

 

やっぱり自分は間違っていなかったのだ!

魔法少女の中には、正義より見返りを求める者も多いと聞く。

だから少し不安だったが、自分は――、いや『正義』は間違っていなかったと安心できた。

 

 

「でも、間違っていたのは私だったのかもって……」

 

「何かあったんですね?」

 

「ええ、彼女はある日を境に、だんだんと変わっていったわ」

 

 

いや、もしかして変わったのではなく、『気づいた』だけだったのかもしれない。

正義に生きる事が間違っているとその魔法少女は示した。マミはそれでもチームメイトを引き止めたかったが、結局戦いとなり関係は壊れてしまった。

 

 

『次はリボンだけじゃすまないよ』

 

 

マミは唇を噛む。

止められなかったのは弱かったから? それとも、向こうが正しかったから?

 

 

「私は、どうすれば……」

 

 

頭を抱えたくなる。

正義に生きなければならなかったのに、弱さに惑うだけなんて。

良い事を、正しい事をしているなら、どうしてこんなに傷つかなければならない。

 

マミの背中に課せられるには大きすぎる物、それが正義だ。

もう、それが背負いきれなくなってきた。分からなくなってきたのだ。

 

 

「私はもう――、駄目かもしれません」

 

「……巴さんは、正義ですよ」

 

「え?」

 

 

不安と迷いに染まる心。

だが、そんな暗闇に強引に刺し入る光が見えた。

マミは暗闇の中でそれに縋ろうと手を伸ばす。何も信じられなくなったその(やみ)の中、その光は驚くほど眩しく見えたから。

 

 

「巴さんは正義を貫いているじゃありませんか」

 

「須藤さん……。でも、私はッ!」

 

 

マミは納得できなかった。

ずっとテレビの中にいた正義の味方を参考にして、その通りに生きてきたつもりだった。

だが現に今は他人を不快にして、命を軽視していたじゃないか。それが正義である訳がない、ならば自分は正義を語る資格など――!

 

 

「皆と一緒にいられる理由なんて、ない」

 

「いえ、貴女は正義です。皆の希望なんだ」

 

 

須藤は断言する。マミの迷いもまた、正義への歩みなのだと説いた。

 

 

「巴さん。正義と言うのは本当に難しいと私も思っています」

 

 

そう言う須藤の表情には、何かとても重い物が見えた。

彼もまた何かを背負っている、そんな気がしてマミは頷く。

 

 

「巴さん、実は――」

 

「え?」

 

 

須藤はマミに自分の現状を打ち明ける。

正義と言うのは絶対の象徴であり、絶対の存在であると信じて疑わなかった。

テレビの中にいたヒーローに憧れ、この世における最も正義に近い存在になれたと思っていたが、現実はそう言う訳でもない。

 

もちろん警察が正義じゃないとは言わない。

むしろこの職業につけた事を須藤は誇りに思っている。

だが、いろいろと大きな壁があるのも事実だった。

 

須藤だって大人だ。現実がテレビと同じだとは思っていない。

しかし、それでもこの現状を変えなければならないとは、思う。

 

 

「私は、自分のした事が間違っているとは思いません。もちろん左遷の理由がそれだけとは限りませんが……、やはり、このまま事件を放置しておくなんて絶対に許されない事なんです」

 

 

須藤もまた、正義と言う物が分からなくなってきた。

何が正しいのか? 何をすればいいのか? どうすれば正義を貫く事が。犯罪を減らす事ができるのかを悩んでいたのだ。

 

だが何もできなかった。

騎士として魔女は倒せても、現実においては、事件一つ解決できない弱者なのだ。

この世界。現実はあまりにもリアルすぎる。グレー過ぎるのだ、黒でもない白でもない。完全なグレー。

 

 

「ですが、私は貴女を見て、正義のあり方を見つけたんです」

 

「わ、私をですか……?」

 

 

頷く。悩んでいた須藤の前には、常に明るく魔女と戦うマミの姿があった。

辛いだろうに。いくら仲間がいるとしても、命を賭けた戦いには変わりない。

 

そんな中で何故、こんなにもマミは強いのか?

それはマミは正義を信じている。希望を信じているからだ。

 

自分はどうだ? もちろん正義を信じていた。

だけど、ほんの少しの黒い面を見て『こんな物か』と卑下していたにしかすぎないのではないか?

 

 

「巴さんは私よりもずっと立派だ。人を守るために戦う事を誇りに思っている。そんな貴方を見て、私は正義のあり方を考えた」

 

「………」

 

「巴さんの生き方は、私にとってとても眩しかった」

 

「浮かれていただけだわ。そんなの正義なんかじゃない。自己中心のエゴです」

 

「なら、そのエゴをこれから正義に変えればいいじゃないですか」

 

「変えていく?」

 

「ええ。完璧な人間なんている訳がありません、どんな人間でもミスをして間違えます。巴さんだって今回の事を反省すれば誰もあなたを咎めませんよ」

 

 

マミは何も言わずに下を向く。

 

 

「少し硬く考えすぎでは?」

 

 

須藤は立ち上がるとマミの前までやってくる。

 

 

「私は、貴女を見て分かりました。正義とは――」

 

 

須藤は、その手をマミに差し出す。

 

 

「正義とは、貴女自身。自分自身なのだと」

 

「ッ」

 

 

どんな状況でも正義を貫こうとする。その姿勢こそが正しい姿だと須藤は言った。

マミの正義に対する気持ちを須藤は知っている。たとえそれが自分の思い描いていたものとは違ったとしても。

たとえ他者がマミの正義を偽善だと罵ろうとも。

 

この世界には、リアルを覆す魔法(せいぎ)が必要なんだ。

 

 

「巴さん、私は決めました。私は私の正義を貫く。だから貴方も自分の正義を貫いてください」

 

「わ、わたし……。私は――ッ!」

 

「行きましょう。皆が待っている」

 

「………」

 

 

マミは涙を拭いて立ち上がる。須藤が差し出した手を掴んで。

 

 

「やっぱり、頼りになるわ。パートナーさんは」

 

「フフッ、お役に立てて光栄ですね」

 

「ええ、そうね。もう迷わない、私は――ッ!」

 

 

正義の魔法少女なんだから!!

 

 

 

 

『■■■』

 

「おわぁアアアアアアッッ!!」

 

 

龍騎の手からドラグアローが弾かれ、龍騎自身も大きく吹き飛ばされてしまう。

まどかも、守る対象が闇で指定できずに、動けないでいた。

 

かろうじてゆまとかずみ近くには来れた。

もしここから離れれば二人が危ない。特にゆまの防御力では危険だ。

つまり、離れられないと言う事になる。

 

 

『●●●』『▲▲▲』『■■■』

 

 

ゴフェル、ウラ、ズライカの連携攻撃は、まどか達を確実に追いこんでいく。

暗闇に響く絶望の笑い声、どうやら魔女達は勝利を確信しているようだ。

 

 

「ちくしょう!」

 

 

さやかは蹴りをむちゃくちゃに繰り出すが当たる訳もない。

カウンターの突進を受け、さやかはその場に倒れてしまう。

 

 

『■■■!!!』

 

 

ズライカ達は勝利を決めるため、一点に力を集中していく。

しかしそれすらもまどか達は分からない。きっとこのまま闇の一点集中が放たれれば、まどか達は無へと帰るだろう。

 

そして、それすらも闇が隠す。

死へのカウントダウンを感じられないまま、魔法少女達は、ゆっくりと絶望への階段を昇り始めた。

 

 

「みんなッ! ふせてッッ!!」

 

 

その時だ、その声が聞こえたのは。

暗闇の中で凛として光るのは、紛れも無い正義の光だった。

 

 

『■!?』

 

 

それは一瞬。暗闇が光によって塗り消される。その中で立っていたのは――、巴マミ!

 

 

「マミさん!!」

 

 

マミは大量の銃を時間差で発射して、光を交互に撃ち出していく。

闇が光を塗りつぶす前に、新たな光が発射される。そのループにズライカ達は強制的にフィールドへと引きずり出された。

 

 

「マミ……!」

 

「ごめんなさいサキ、皆。もう私は大丈夫」

 

 

だって、正義を知ったから。自分のあり方が分かったから。

 

 

「さあ、決めましょう!!」

 

「はいっ!」

 

 

マミは、まどか達のもとに駆け寄ると、回復魔法を発動させる。

まどかの傷が徐々に癒えていき、安堵の笑みを浮かべた。

 

だが、ズライカ達も黙ってはいられない。

暗闇を失ったからか、焦る様にまどか達めがけ突進をしかけた。

 

 

「うぉおおおおおおッッ!!」

 

 

そこで魔女達に炎弾が着弾する。

魔法少女を守るのは騎士。ストライクベントを発動させた龍騎だった。

ドラグクローによって動きが止まるズライカ達。そこへもう一人の騎士が現れる。

 

 

「お待たせしました!」

 

「須藤さん! 説得できたんですね!」

 

 

頷くシザース。そして一枚のカードを取り出した。

それは今まで見た事のない絵柄。なにやら先ほどデッキが光り輝いているのを発見したらしい。

そしてデッキを調べてみると、新たなカードが追加されていたと言うのだ。

 

 

「効果は分かりませんが、試してみるのも有りでしょう!」

 

 

シザースは、カードをバイザーにセットする。鳴り響くのは絆が生んだ新たな力だ。

 

 

『フリーズベント』

 

 

空間が割れ、ボルキャンサーがシザースの前に出現する。

そのままズライカに狙いを定めると、口から巨大な(バブル)を発射した。

 

 

『■!?』

 

 

ズライカは回避に動くが、その瞬間、サキの雷が着弾して動きが止まる。

もう逃げられない、バブルはそのままズライカに着弾した。

 

すると泡の中にズライカが閉じ込められる。

ズライカは暴れ、バブルを壊そうとするが、無駄だった。

どうやら見た目に反して、相当な強度の様だ。ゴフェル達も攻撃を仕掛けるがバブルは全く崩れない。

 

 

「なるほど。拘束の力ですか」

 

 

魔法少女の力は、『願い』に大きく反映される。

マミの願いは『生きる事』だ。だから命を繋ぎとめると言う事で、『拘束』が固有魔法となった。

 

今、発動させたフリーズベント。

泡の中に相手を閉じ込めると言う拘束技。どうやらマミの力が関係しているらしい。

 

 

「さあ! 決めましょうか皆!!」

 

 

マミの声に、皆は頷いた。

そんな中、サキがニヤリと笑ってマミの肩を叩く。

 

 

「マミ、『あれ』をやらないか?」

 

「え! でも――ッ」

 

「いいじゃないか。その方がキミらしい」

 

「酷い。人をなんだと思っているの?」

 

 

とは言え、マミもニヤリと笑ってみせる。

まどか達も意味が分かったらしい。今回ばかりはノリノリで集まっていく。

 

マミは諦めたように頷くと、その眼に大きな光を灯した。

そして、ビシッっとズライカ達を指差して声を張り上げる。

 

 

「あなたの悪事は私が潰す! 魔法少女マミ!」

 

 

その言葉に反応して、さやか達も名乗りを上げる!

 

 

「蒼き閃光、無敵の剣! 魔法少女さやか!」

 

「正義の雷! 魔法少女サキ!」

 

「桃色ピンキー! 魔法少女まどか!」

 

「漆黒の十字架! 魔法少女かずみ!!」

 

 

そして――

 

 

「サポートお任せ! まほー少女ゆま!」

 

 

「「「「「「我ら! マジカルガールズ6!!」」」」」」ドカーン☆

 

 

カラフルな爆発と共に一同は構えた。

襲い掛かるウラたちを受け流し、まどかは龍騎(パートナー)の名前を叫んだ。

勝利を勝ち取る為に。

 

 

「真司さん!」

 

「っしゃあ! 決めてやる!!」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

 

龍騎の紋章がまどかを包んだ。

ゆっくりと意識を集中させるなかで、まどかの周りをドラグレッダーが激しく旋回していく。

 

桃色の光を放ちながら、上空へ浮遊していくまどか。

その前方では、龍騎が腕を旋回させている。ドラゴンライダーキックの構えだ。

 

 

「フッ! ハァァアアアアア――……ッッ!」

 

 

龍騎は腰を落として、狙いを定める。

使い魔達は龍騎を止めようと攻撃をしかけていくが、全てマミ達に妨害されて龍騎達には近づけない。

 

まどかの方を狙おうにも、ドラグレッダーが咆哮を上げながら周りを旋回しており、近づけない。

ズライカも拘束を解除できず、ただもがき続けるだけだった。

 

さあ、終わりの瞬間だ。

まどかとドラグレッダーがズライカに眼光を向ける。

そのまま、まどかは強く弓を振り絞った。しかし弓に矢は装填されて無い。

 

代わりに、それに呼応する様にしてドラグレッダーの口の中が赤く輝いていく。

まどか力いっぱい弦を引けば引くほど、ドラグレッダーのチャージも膨れ上がると言う訳だ。

 

 

「ハァア!」

 

 

龍騎は、飛び上がり、単体でズライカに飛び蹴り仕掛ける。

その背後には、まどかが弓を構えているじゃないか。

龍騎が蹴りを放つのを確認すると、まどかは弦から手を離した。

 

 

「たああああああああああああっっ!!」

「ダアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

まどかの持つ弓ではなく、傍にいたドラグレッダーの口から炎の矢が放たれる。

それは空間を切り裂きながら、一瞬で龍騎に重なると、龍騎を炎の矢に変えてみせた。

 

その名も『マギア・ドラグーン』。

ドラグレッダーがまどかの弓とリンクし、炎の矢を発射する。

この炎の矢は敵に当たればそのままダメージとなり、味方に当たれば威力と速度を与える魔法となる。

 

後者の効果を受けて、龍騎は速度と威力が増したキックを放つ。

これが二人のファイナルベントだ。

 

 

『■ッッ!!』

 

 

自らが矢となった龍騎は、そのままズライカをバブルごと貫いた。

 

 

「こっちも決めましょう! ティロ――ッ」

 

「うん! リーミティ――ッッ」

 

「フィナーレ!!」「エステールニ!!」

 

 

マミとかずみの必殺技で、使い魔達を一掃する。

爆散するズライカと粉々に破壊される魔女結界。

まどか達はすぐにマミへと飛びついていく。

 

 

「やったねマミさん!」「マミさんさいこー!」

 

 

勝利の喜びを分かち合うため、さやかの提案でマミを胴上げする一同。

 

 

「ちょ! やめ――っ! ふふふふっ!」

 

 

マミは恥ずかしそうにしながらも、確かな笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

「ねえ須藤さん」

 

「はい?」

 

 

魔女を倒し、皆を送った帰り道。

マミとゆま、須藤の三人は自分の帰路についていた。そこでマミは言う。

 

 

「私、これからも正義を貫くわ」

 

「ええ、そうですね。私も決めました。"自分の正義"を貫こうと」

 

 

マミは頷く、そしてもう一度お礼を言った。

もし須藤が迎えに来てくれなかったら、自分はあのまま悩み苦しんでいただろうから。

 

 

「これからもよろしくお願いします」

 

「ええ、こちらこそ」

 

 

共に正義を歩もう。

二人はそう決めると、小さく笑って歩き続けるのだった。

そう、自分の正義を、貫く。

 

自分の正義を。

 

 

 

「………」

 

暁美ほむらは自室で資料をジッと眺めていた。

今までの経験からデータを作成した訳だが、今回は役に立ちそうもない。

何が原因でこんな事になっているのやら、それが全く分からないでいた。

 

隣には、手相の本を読みふけっているパートナーの姿がある。

手塚はほむらからの視線に気がつくと、本から視線を外さずに口を開いた。

 

 

「それにしても、いいのか? 俺を家に上げると変な噂を流されるとか言ってなかったか?」

 

「もう遅いって事に気づいたの。それに、それは貴方もでしょう?」

 

 

手塚は本を閉じてほむらを見る。

アンニュイな様子で、特に表情を変える事もなく二人は淡々とつぶやいた。

 

 

「「言いたい奴には言わせておけば良い」」

 

 

見事に声が重なった。

そう言うところは流石パートナーと言うべきか、二人は全く気にする様子もない。

ほむらは手塚から預かったカードをデッキに戻して、投げ渡す。

 

 

「一応は調べてみたけれど、全く何も分からない」

 

 

カードとは魔法が生んだ産物なのだろうか?

ジュゥべえと言うのが、何者なのかは知らないが、騎士側のキュゥべぇと考えるに、やはり魔法関係で間違いないのか?

 

 

(なら、彼も……)

 

 

いや、決め付けるのは早いか。

ほむらは手塚にお礼を言って家に帰る様に言う。

 

 

「今日もずいぶん遅い時間までつき合わせてしまったわ。ごめんなさい」

 

「気にしてない。珍しいな、お前がまともに謝罪するなんて」

 

「心外ね、私にも良心ってものがあるの」

 

「ははっ、そうだな。悪かったよ」

 

 

手塚は小さく笑って、そのまま別れを告げる。

最初は鬱陶しいだけだと思っていたが、何も言わずに協力してくれるのは、ありがたい事だ。

 

 

(いずれ、彼にも……)

 

 

本当の事を言える日が、くるのだろうか?

ほむらは小さくため息を漏らす。

 

 

『よぉ、初めまして……、で、いいんだっけ? 暁美ほむら』

 

「!」

 

 

その時、背後から声が聞こえた。

ジュゥべえだった。彼もまた、ほむらのデータにはないイレギュラーだ。

何のことは無い普通の挨拶ではあるが、ほむらはそれが引っかかった。

 

「ジュゥべえ、だったかしら?」

 

『ああ、よろしくな』

 

「どうして私の名前を?」

 

 

おかしい。『今回』はまだキュゥべぇにも接触していない筈だ。

いや、ちょっと待て。そこでほむらの脳に電流が走る。

 

ニヤリと笑うジュゥべえ。

そうだ。何で今まで気づかなかったんだろう。

イレギュラーに翻弄されていたせいで、混乱していたが、考えてみれば何から何までおかしいのだ。

 

特に、パートナーシステム。

魔法少女と騎士がそれぞれ結ぶソレは、文字通り『魔法少女と騎士』がいてこそ成立するものだ。

 

そして、そのシステムはキュゥべぇ達が仕組んだ物と見てまず間違いない。

ならば、ほむらが『手塚』と言うパートナーを見つけた時点で。

契約が成立した時点で、キュゥべえたちは『ほむら』と言う存在を事前にしていった可能性がある。

 

 

『お前も魔法少女だったとはな。驚いたぜ。先輩は少なくとも、お前と契約した覚えは無いってよ!』

 

「………」

 

 

やはり、バレていたようだ。

しかし、何故今更コンタクトをとってきたのか。ほむらには分からない。

 

 

『なーんてな!』

 

「ッ!?」

 

『知ってたぜ、暁美ほむら。お前が魔法少女って事はよぉ?』

 

「何を言ってるの?」

 

『今日、オイラがお前の所に来たのは警告する為さ』

 

「一応聞いておくわ」

 

 

ポーカーフェイスのほむらだが、内心は焦りで満ちていた。

知っていた? どういう事だ? 今までもこんなに早く『気づいた』事はない。

そんな事を考えているうちに、ジュゥべえの声が聞こえてきた。

 

 

『"今回"は、慎重にやった方がいいぜぇ。"次"は、無いんだからよ』

 

「ッ!!」

 

 

ジュゥべえはそれだけ言って、ほむらの前から姿を消した。

ほむらはゆっくりとその場に座り込み、ふと鏡を見た。

自分はどんな表情をしているのだろう? ああ、なんて――

 

 

怖い顔。

 

 

 

 





次は20か、21予定


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第7話 七人目 目人七 話7第

今日、更新できました。
次回は21予定。


 

 

 

「病院が変わる?」

 

「ああ。少し遠いが、そっちの方が良いらしくてな。入院費が安いわりに、良質な治療を受けられるそうだ」

 

 

真司が仕事終わりにアトリへ寄ると、蓮からそんな話を聞かされる。

恵里の病院が移るらしい。見滝原から少し離れた病院へ移されるらしいのだ。

今までのように毎日は会いに行けなくなってしまうが、治療の面で考えるなら悪くない話だった。

どんな小さな望みであっても、今の蓮にはそれにすがるしかない。

 

 

「そっか。あ、騎士の話も一応考えておいてくれよ」

 

「気が向いたらな」

 

 

蓮はデッキを取り出してそれをぼんやりと見つめる。

アトリを出て行く真司に軽い別れを告げると、デッキを再びポケットへと戻した。

蓮と美穂が、変身しない理由は多々ある。中でも一番の理由は――

 

 

「変身!」

 

「「「………」」」

 

「へ、へんしん!!」

 

「「「………」」」

 

「へんしん! へんしん! へんしん! へんちん! あああああくそッ! 噛んじまった恥ずかしい!」

 

 

何も起きない。

美穂は恥ずかしそうにデッキを放り投げた。デッキは真司の顔面に直撃し、二人はギャーギャー言い合いを始める。

 

変身しないんじゃない。できないのだ。

真司や須藤と同じデッキなら、変身のやり方も同じのはずだ。

しかしデッキを持って手を突き出してみてもVバックルは現れない。美穂は相当イライラしているのか、マミの紅茶をごくごくと飲み干している。

 

 

「もっと綺麗に飲めよ! きったねぇな!」

 

「うるさい! なんで真司にできて私にできないんだよ!!」

 

「それは、俺も須藤さんもヤバかった状況だったからな」

 

 

死に物ぐるいの状況じゃないと変身できないのだろうか?

ふとテレビを見れば、また殺人のニュースがしきりに報道されている。

はやく殺人を止めなければ、一同もそれは強く思う。

 

 

「何か、見滝原に入ってから殺人の頻度が上がってない?」

 

 

ほぼ毎日誰かが殺される。しかも残酷な方法でだ。

平和な街で起こった連続猟奇殺人事件は、今も未解決のままである。

 

 

「殺された人に共通点があれば、少しはヒントがありそうなものなんだけど……」

 

 

ヒント。

真司は考える、確か令子がこの事件の事を調べているはずだ。

何か聞ければいいのだが。

 

 

「うー……! マミお姉ちゃん――ッ!」

 

「うふふ、よしよし。大丈夫よゆまちゃん。どんな事があっても私たちなら大丈夫!」

 

 

マミが笑顔で話しかければ、どんなに泣き顔でもすぐに笑顔になった。

すっかり姉妹の様になった二人。初めはどうなる事かと思ったが、生活は安定しているようだ。

 

 

「ゆまね! マミお姉ちゃん大好き!」

 

「うん、私もよ。今日も一緒にお風呂に入りましょうね」

 

 

ゆまも今の生活が気に入っている様だ。

須藤の方も児童施設を探してくれているが、できればずっとこのままがいいと思っていた。そうしていると、ゆまが真司の所までやってくる。

 

 

「ねぇねぇ真司お兄ちゃん」

 

「ん?」

 

「マミお姉ちゃんね、おっぱいすごく大きいんだよ!」

 

「………」

 

時間が、止まった。

真司はゆっくりとマミの胸部に視線を移す。

そして、そのまま次は美穂の方へ。

 

 

「あー、はいはい。これはお前の負けだな、美――」

 

「だまれぇええええええええええええッ!」

 

「いてッ! いでででで!! 馬鹿ッ! 冗談だって! おっ、おぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

美穂の関節技で昇天した真司。

一体何が冗談だったのか、もう今は知る由も無い。

 

 

 

 

 

「犯人が違うかもしれない……!」

 

「ええ。これは私の個人的な考えだけどね」

 

 

翌日、BOKUジャーナルで真司は令子に話を聞いていた。

ニュースでも触れられていたが、令子は見滝原の外で起こっていた殺人と、今見滝原で起きている殺人は、犯人が違う、模倣犯説を推していた。

 

 

「これ見て、真司くん。殺害方法なんだけど……」

 

 

令子のメモには関係者から集めた情報が羅列されている。

前にも触れられていたが、『食べ残し』と称された今までの事件と、ただ『バラバラ』にしただけの見滝原の事件。

そして、被害者が発見される場所にも令子は違和感を感じていた。

 

 

「見滝原に入っての事件はね、被害者が目立つ場所で発見されているの。まるで……、そう、見せ付けるかの様に」

 

「でも、どうしてそんな事……」

 

「きっと快楽殺人か、あるいは意外と怨恨だったり。いずれにせよ常軌を逸しているのは変わりないわ。一般人じゃ理解できない動機かもね」

 

 

真司の心に怒りの感情が膨れ上がる。

 

 

(魔女か人間かは分からないが、なんて残酷な事必ず見つけ出して退治してやる!)

 

 

一発気合でも入れるか。握りこぶしを作って、吼える。

 

 

「っしゃあ!」

 

「うるさいんだよお前は! さっさと自分の仕事を片付けろ!」

 

 

編集長に怒られた、酷い。

 

 

 

一方、見滝原中学校。ただいまお昼休みである。

まどかは教室で、さやかと仁美、かずみと談笑を楽しんでいた。

各々がそれぞれの休み時間を楽しむ中、やはり一人だけ異質な雰囲気を放っている。

 

暁美ほむら、今日はいつにもまして暗い。

暗いと言うよりは、何かとても近寄りがたいオーラを放っていた。

そして、まどかが感じる視線。先ほどからほむらに睨まれてる?

 

 

「どうした、まどか?」

 

「う、ううん、なんでもないよ……」

 

 

そうは言えど、やはり気になる。なんだったら先ほどからチラチラ視線がぶつかっている。

そうしていると、ほむらが立ち上がった。そのまま歩き、まどかの前にやってくる

 

 

「え? え? え?」

 

「鹿目さん。ごめんなさい、少し気分が悪くなったから保健室に連れて行ってほしいの」

 

「え? あッ、うん! 大丈夫?」

 

 

とは言え、その表情は全然辛そうに見えない。

むしろ鬼気迫る物があって、さやか達は思わず沈黙してしまう。

 

 

「辛いの!? 大変! わたしもついてくね!」

 

「!?」

 

 

しかし、かずみは全然気づいていないのか。

すぐに自分のおでこと、ほむらのおでこをくっつけてみる。

 

 

「大丈夫! 熱く無いよ!!」

 

 

笑顔のかずみ。すると、その時だった。

 

 

「ッ!?」

 

 

まどか達は、かずみとほむらを交互に見て、信じられないと言う表情を浮かべている。

なぜか? ほむらには理解できない。しかし焦りは感じている。驚いているのは仁美以外。つまり、魔法少女だけ。

 

 

「魔法少女――」

 

「え?」

 

 

ふと、かずみの『アホ毛』が反応しているのに気づいた。

ほむらは知らなかった。かずみには特殊能力がある。アホ毛センサーによって魔法少女と魔女を探知できるのだ。

つまり、それが意味するものはたった一つ。

 

 

「ほむらちゃんも、なのッ?」

 

「!?」

 

 

仁美以外、場に戦慄が走る。

なんて事だ、かずみの能力を把握しきれていなかった。

言い訳は無駄と思ったのか、ほむらはゆっくりと頷いたのだった。

 

 

「暁美さん、あなたも魔法少女だったのね」

 

「………」

 

 

放課後の屋上。

そこには、ゆま以外の魔法少女と、ほむらの姿があった。

連続して現れる魔法少女にマミはすっかり慣れてしまったようだ。

 

 

「もしかしたら私のクラスにもいるかもしれないわね」

 

 

冗談交じりに笑ってみせる。ほむらは、どんな顔をしていいか分からずに、目を逸らすだけだった。

 

 

「あ、もしかして。今まで、あまり話さなかったのって――」

 

「?」

 

さやかは申し訳なさそうに俯いた。

しかし、お茶を濁すような言い方に、ほむらはますますどうしていいか分からなくなる。

今まで関わらなかったのは、干渉を少なくする事で、より多くの情報を得ようとしたからなのだが……。

 

 

『―――』

 

「!」

 

 

その時、頭に響く声。

ほむらは少し迷った様に俯くが、ゆっくりと言葉を並べる。

 

 

「そ、そうね。私と関わったら……、魔女に狙われるかもしれないから」

 

 

目を反らすほむら。嘘をつくのは少し気が引けるが、まあ仕方ない。

ほむらは尚、『頭に響く声』にそのまま従う事にする。

 

 

「今まで誘ってくれたのに、付き合えずにごめんなさい。ずっと一人で戦っていたから、人との接し方が分からなくて。だから、その……、本当にごめんなさい」

 

 

大嘘である。だが、まあ、仕方ないのだ。

ほむらは適当に頭を下げてみた。すると全身に走る衝撃。

 

 

「うッ」

 

 

思わず声が出てしまった。

気がつけば、さやかとまどかの腕の中じゃないか。

なぜ抱きしめられているのか。ほむらは、ワケが分からず棒立ちである。

 

とはいえ、ぬくもりが伝わってきて思わず赤面してしまう。

恥ずかしい。なんなんだこれは。

 

「ごめんッ! あたし今まで転校生の事……ッ、誤解してたッ!!」

 

「は?」

 

「ほむらちゃんッ! これからは一緒に戦おうね! もう、ほむらちゃんを一人になんかさせないから!!」

 

「えっと……、え?」

 

 

さやかとまどかは涙目になりながら、ほむらの手をとる。

 

 

「こら、二人とも。ほむらが困ってるじゃないか」

 

 

サキは前に出ると、まどかとさやかを下がらせる。

 

 

(浅海サキ……)

 

 

初めてまともに顔を合わせるが、成る程、凛とした雰囲気の少女だ。

まどかの幼馴染と言うのは驚いた。そんな『情報』は知らなかった。

 

 

「ほむら、キミも一緒に私たちと戦わないか?」

 

「………」

 

 

ほむらは、一瞬だけ『彼女』を瞳に移す。

 

 

『―――』

 

 

同時に、また声が頭に響く。

一緒にいたい。それはそう、ずっとその為に生きて来たんだから。

 

 

「わ、私で……、よければッ」

 

 

もう一度、ほむらはまどか達に抱きしめられる事に。

ずっと一人で戦ってきたと言う事で、マミもほむらを快く歓迎した。

 

ほむらとしては、嘘をついたと言う後ろめたい気持ちもあったが、『彼女』の笑顔を見ていると、この選択も間違いじゃない気がしてきた。

 

ジュゥべえの言った事が何より気になるが、今はもう少しこのままでも良いかもしれない。そんな事を考えながら、ぎこちない微笑み返す。

 

 

「凄いわ! 本当に魔法少女7になっちゃった!」

 

 

大丈夫。きっと今回はうまくいく。そんな気がしてならなかった。

 

 

「フッ」

 

 

トークベント。

文字通り、指定した相手と思念で会話できるカードだ。

その特徴としては、変身していなくてもカードを持っているだけで発動できると言う点だろう。

 

手塚はビルの屋上から、見滝原中学校の様子を確認していた。

トークベントを解除すると、小さく笑みを零す。

ほむらから通信が入ったときは驚いたものだ。しかも内容が――

 

 

『困った事になったの。魔法少女と言う事がバレたわ。これから巴マミ達の所にいかなくちゃいけない。場所は屋上よ、会話をオープンにしてそちらに送るから、助言をお願いできるかしら?』

 

 

ほむらの口調も少し早くなっていて、焦っているのが分かった。

トークベントはパートナー間だけではなく、双方が聞いた言葉も拾うことができる。

イレギュラー続きで怯んでいるほむらに、手塚は嘘を薦めたワケだ。

まあ、いずれにせよ丸く収まったようだ。あれだけ接触を渋っていたほむらだが、なんなく、まどか達のグループに入れたじゃないか。

 

 

(これで、少しは早く眠れるみたいだな……)

 

 

手塚は呆れたような笑みを浮かべて、帰っていった。

 

 

「助かったわ。美樹さやかの言葉の意味が、私には分からなかったから」

 

 

その日の夜。手塚はほむらに呼ばれ、家にやってきていた。

相変わらずいろいろな資料が壁には貼り付けられており、異次元的な部屋はとてもじゃないが女子中学生のものとは思えない。

なんともまあ、不気味な空間である。

 

 

「………」

 

 

しかしテーブルには紅茶が置かれており、その事に手塚は目を丸くしていた。

この家には何度かお邪魔した事があるが、お茶など出された事などない。

それが何故、今になって……。

 

 

「まさかお前、仲間ができたから、用済みの俺を毒殺するつもりか」

 

「真面目な顔で何を言っているの? 下らない冗談は好きではないわ、巴マミから頂いたのよ」

 

 

ほむらは表情を変えず、手塚の向かい側に腰掛けた。

 

 

「頂いたと言うことは、巴の家に行ったのか」

 

「ええ。誘われて。断るのは彼女達の士気を下げるだけじゃなく、私への不信感も募らせる事になるから。だから一応行っておいたわ」

 

「………」

 

 

本当はずっとあの輪に入りたかったクセに。

手塚はその言葉を喉元で引っ込めた。そんな事を言ったら、睨まれる。

 

無意味な衝突は疲れるだけだ。

手塚は小さく首を振ると、出された紅茶に口をつける。。

 

 

「成る程。久しぶりに飲んでみたが、案外紅茶も悪くないな」

 

「………」

 

ほむらは複雑な表情で自分の紅茶を見ていた。

複雑と言ってもそれは悪い意味ではなく、どう喜んで良いのか分からないと言う不器用なものに見える。

 

 

「美味いな」

 

「ええ」

 

 

手塚は気づく。

ほむらは、表情こそ変わらないが、声のトーンが明らかに変わっていた。

穏やかだ。言い方を変えれば『嬉しそう』と感じた。

 

ほむらは自身の事を全く話さないため、手塚としても関わりようがない。

それは手塚だけではなく、他の人間だってそうだろう。

現に手塚はパートナーと言うことで、しばらくほむらと一緒にいるが、その間にほむら以外の人物と会話をした試しがない。

つまり、ほむらは孤独なのだ。

 

それが今、まどか達とチームを組むことになった。

ほむらも友達ができて嬉しいのだろう。ずっと関わらず、監視していた意味はよく分からないが、今後はまどか達の輪に馴染んでいける筈だ。

 

 

「ケーキのお土産は無いのか?」

 

 

手塚は冗談混じりに聞いてみた。

するとほむらは相変わらず無表情でハッキリと言い放つ。

 

 

「あるわよ。でも美味しかったから、貴方の分も食べてしまったわ。ごめんなさい」

 

(……以外に図太いなコイツ)

 

 

とはいえ、手塚はそんなほむらを見て安心する。

正直、今までのほむらは、とてもじゃないが中学生とは思えない程だったものだ。

どこか闇を抱え、まるで人間では無いんじゃないかとすら思わされる程だ。

 

だが今、少しは年相応の姿を見た気がする。

それ程までに――、『まどか』と言う少女は、ほむらに影響を与えたのだろうか?

 

 

「……まあいい。それで何の用だ? ただ普通に礼を言う為に呼んだ訳じゃないんだろう?」

 

「………」

 

 

ほむらは少し表情を曇らせる。何か言いにくい事なのだろう。

 

 

「珍しいな。どうした? いつもなら何でも遠慮せずにズカズカ言うだろ?」

 

「そんな事は……」

 

「下手に気を遣われるのも面倒なだけだ。さっさと話してくれ」

 

 

ならばと、ほむらは頷いた。

 

 

「お願いがあるの」

 

「なんだ?」

 

 

空気が変わる。

 

 

「あなたに叶えたい願いはある?」

 

「なんだ突然。願い?」

 

 

そこで手塚は思い出した。

デッキを持った騎士は、全ての戦いが終われば一つ願いを叶えられるらしい。

この状況で願い事の有無を確認するとすれば、それは一つの意味をおいて他にはないだろう。

 

 

「成る程な。そう言う事か」

 

「話が早くて助かるわ。手塚、貴方の『願い』を私にくれない?」

 

 

無理な話とは分かっているが、ほむらは気づいた。

ほむらが、まどか達の仲間になった時点で魔法少女は七人。

 

ほむらはあと一人、仲間になってくれるかもしれない『魔法少女』を知っている。

つまり、八人の魔法少女のチームを作れるかもしれない。

まして今は騎士もいる。真司、須藤、手塚。知っているだけでも三人。

 

いける。

間違いなく『アイツ』を倒せる!

そして、その後に与えられる願い事で、自分達を『戦いの運命』から開放すれば――。

 

 

「嫌に決まってるだろ。俺はお前のパートナーとしては選ばれたが、そこまでしてやる義理はない」

 

「………」

 

 

まあ、それはそうだ。

ほむらも了解してもらえるとは思っていなかった。

 

 

「なんてな、冗談だよ」

 

「え?」

 

 

手塚がその言葉を口にして、ほむらは固まってしまう。

お願いしたくせに、ほむらは理解できないと固まってしまった。

 

 

「え? 今なんて――?」

 

「分かった。俺の分でよかったらくれてやる」

 

 

目を丸くして口をあけるほむら。

その表情がツボに入ったのか、手塚は初めて声を出して笑った。

しかし、そんな中でも手塚は冷めているように見えてしまう。

それがほむらを冷静にさせる。何か言いようのない不安、『裏』を感じた。

 

 

「本当にいいの? 普通なら、考えられない答えだわ」

 

「俺には必要ないからな。それに願いを叶える資格もない」

 

「ッ?」

 

「とにかく、お前の願いを叶えてやる。尤も世界を滅ぼしてくれなんてのは無理だが」

 

「ええ、それは……、もちろん」

 

「ならいい」

 

 

ほむらは少し半信半疑だったが、手塚の願いを得ると言う目的は達成させた。

それはかなり大きな事だ。なにやら手塚には事情があるようだが、本人が話さない以上、聞く必要もない。

 

 

「ありがとう。願いを叶えたら、何かお礼をするわ」

 

「お礼ならさっきのマヌケな表情が見れただけで十分だよ」

 

「!!」

 

 

ほむらはその言葉に反応して、思わず顔を反らす。

これも冗談なのか? まさか、からかわれた?

ほむらは少し訝しげな表情で手塚を睨む。

 

 

「おいおい、睨むな。冗談だ」

 

 

ほむらは眉をひそめた。

どうにも手塚の考えている事は分からない。掴みどころが無いと言うよりは、隠している様だ。

 

 

「用件はそれだけだな。俺はもう変える」

 

「ええ。さようなら」

 

 

手塚はふと、玄関で立ち止まる。

 

 

「迷うなよ」

 

「ッ」

 

「そう視えた。俺の占いは当たる」

 

 

そう言って手塚は出て行く。

ほむらは、マミからもらった紅茶に口をつけた。

『懐かしい』味だ。落ち着く。だがどこか釈然としない気分であるのも事実だった。

 

手塚は全てを見透かした様に言ってきた。それが少し悔しかったのかもしれない。

迷うな? 分かっている、それくらい。

だけど、分かっているから迷う事もある。違うのだろうか?

 

 

 

 

 

 

「おはよう、ほむらちゃん!!」

 

「……おはょぅ」

 

 

朝。今日からは、ほむらも一緒に登校しようと言う事になった。

既に全員が揃っている状況である為、玄関を出たほむらは、その迫力に怯んでしまう。

ここにいるのは仁美以外全員が魔法少女なのだから。

 

 

「おはよ転校生! じゃなくて、ほーむら!」

 

「え、ええ。おはよう。美樹さん」

 

「ノンノン! さやかって呼んでよ! なんなら、さやか様とかでもよいのだぞぉ!」

 

 

さやかは笑うと、ほむらに肩を組んでくる。

ほむらもぎこちない笑みを返して一同は歩き出した。主にまどかが話しかけ、ほむらはそこに相槌を打っていく。

 

 

「そう言えば、仁美はまたラブレターをもらったらしいな」

 

「えぇ! マジで!!」

 

 

ある程度歩いた所で、サキがそんな事を言ってみせる。

仁美はお嬢様と言うだけでなく、容姿も良い。男子から人気があるのは当然だった。

毎月一通は必ずもらっているらしい。

 

 

「毎月くれる人がいるだけですわ」

 

 

仁美は特に気にすることなく歩いていく。

 

 

「ああ、確かに綺麗だわ」

 

 

そんな事を言って、さやかは手でカメラを模したジェスチャーを取ってみせる。

しかし、そうなると気になるのは返事であろう。

もはや我慢できないと言わんばかりに、サキは仁美に結果を聞いてみる。

 

 

「それが、肝心の名前が書いてありませんの」

 

「かぁー! 手紙を出すことに満足して忘れるパターンだわそりゃ!」

 

 

かわいそうに。

これじゃあ仁美も動けない筈だ。尤も、動けたとしていい結果になる気もしないが。

一同は、尚も返事を待ち続けているだろう差出人に同情するのだった。

 

 

「へっくしょんッッ!!」

 

「風邪かい中沢?」

 

 

さやかの幼馴染である上条恭介は、友人の中沢(なかざわ)(すばる)下宮(しもみや)鮫一(こういち)と共に登校していた。

 

大分、体も元の調子を取り戻している。

この調子ならまた思う存分ヴァイオリンに触れられそうだ。

上条は笑みを零しながら、くしゃみをした友人に声をかけた。

 

 

「あ! いやッ、大丈夫大丈夫! それより、志筑さん今回こそ読んでくれるかなぁ!?」

 

「さあね、期待して待つしかないんじゃないかな」

 

 

どうやら、名前無しのラブレターを出していたのは中沢くんの様だ。

ああ、かわいそうに。君の思いは虚空へと消えていくだけ……。

 

 

「おや? 上条くん。あれは美樹さんじゃないか?」

 

 

下宮メガネを整え、少しわざとらしく告げる。

目で追う上条達。確かに登校途中のまどか達が見えた。

瞬間、固まる中沢。仁美がいるじゃないか。中沢は緊張でロボットのようなぎこちない歩き方になる。

 

 

「む、無理だ。無理だよ。ムリムリ。少し離れて行こうよ」

 

「あ、でも、さやかに借りてたCDを返さなきゃ」

 

「お、おい! ちょッ! 上条!」

 

 

上条はズカズカとあの集団に向かって歩いていく。

なんて頼もしさだ。中沢は前のめりになって拳を握り締める。

 

 

「さ、さすが天才的とまで言われたヴァイオリニストだ。プレッシャーやメンタルが強いんだ!」

 

「うーん……」

 

 

首を傾げる下宮。

とにかく上条はそのまま、さやかの方向へ足を進めた。

そうすると、向こうも向こうで気づく。さやか達が気がつかない訳もない。早速サキや、かずみが、さやかを上条のほうに追いやっていく。

 

 

『ちょ、ちょっとサキさん! かずみも!!』

 

『いいか、さやか。今度ヴァイオリニストを題材にしたコメディ映画が上映されるらしい』

 

『……だから?』

 

 

小声でサキ達はやりとりを繰り返す。

 

 

『一緒に見に行ってって言えばいいんじゃないかな!』

 

『え! えええええええええ!?』

 

 

真っ赤になるさやか。

それはつまり、上条をデートに誘えと言うことじゃないか。

 

 

『どッ、どうしてそんな事!?』

 

『いいか! 人間いつどんな事が起きるかわからない! それこそ明日、上条が他の女と付き合う可能性だってある!』

 

『そ、そんな事ないって。アイツ、そういうのに疎いから』

 

『黙って聞け! どうやら向こうは、キミの事をただの幼馴染としか思っていない様だ』

 

 

残念だが、このまま時が過ぎても、何の進展もないまま終わるだろう。

 

 

『だとすれば、コチラからアタックを仕掛けるしかない!』

 

『え、えぇ』

 

『キミの魅力で上条を骨抜きにしてやれ! ほら、ゴーッ!!』

 

 

サキはそう言って、さやかを上条のところへと突き飛ばした。

 

 

「ちょ! うぉっとと!」

 

「やあ、さやか。おはよう」

 

「え!? あ!! う、うん!! お、おはよーぅ!!」

 

 

さやかはパニックになりながらも上条に挨拶を交わす。

デートか。誘えたらいいけどそんな事できない。

 

もし断られたらどうしよう?

もしそれで嫌われちゃったらどうしよう?

もしこの関係すらも終わってしまったらどうしよう。

 

普段のさやかからは、想像できない程ネガティブな思考が湧き出てくる。

とり合えず、適当な話をしながら上条と歩く。

やはりその姿にいつもの元気さは感じられない。どうしてもいろいろと考えてしまう。

 

 

(何でこんなにドキドキしてんのよッ、あたしぃ……)

 

 

顔が赤いのがバレてないだろうか?

心臓の音が聞こえてないだろうか?

さやかはチラチラ上条の顔色を伺いながら道を歩いていく。

 

 

「さやか、今度映画でも見に行かないかい?」

 

「えッ!!??」

 

思いがけない不意打ちだった。だから、つい大音量で叫んでしまう。

 

「あはは。嫌だったかな。ごめん、やっぱりもう幼馴染って歳でも――」

 

「う、ううん!!」

 

 

さやかは大声で上条の言葉を遮る。

目を丸くする上条、さやかは慌てて言葉を探す。

 

 

「い、いきなりで驚いたから!」

 

「あぁ、そうなんだ」

 

「行くよ! 行く行く! 絶対に行く! うん! 行く!」

 

「良かった。ほら、今テレビで頻繁に予告やってるでしょ。ヴァイオリンのヤツ」

 

「あッ! うん! 知ってる知ってる。先輩も言ってた!」

 

「なんかやっぱり興味あってさ。中沢たちでもいいんだけど、興味なさそうなんだよね」

 

「………」

 

「ん? どうしたの、さやか」

 

「ほぇ?」

 

 

気づけば、さやかは顔を蒸気させて立ち尽くしていた。

まさかデートに誘うつもりが誘われる事になるとは。

もうそれだけで十分すぎる程幸せだった。

 

 

「詳しい日時はまた今度連絡するよ」

 

「う、うん。待ってるね」

 

 

そう言って二人は別れる。

さやかはスキップでまどか達の所へ駆け寄るのだった。

 

 

 

「おっしゃああああ!!」

 

「てへへ、よかったねさやかちゃん」

 

 

放課後、一緒に帰るまどか達。

今日のさやかは一日中ハイテンションだった。

それはそうだろう、想い人に誘われたんだ。今から楽しみで仕方ない。

まどかもまるで自分の事の様に嬉しそうにしていた。

 

 

「しかし、デートに誘われたからと言って関係が大きく変わるとは限らない。あまり期待しない程度にせねば……!」

 

 

さやかは自分にそう言い聞かせた。

そんな中、一人深刻な表情を浮かべた仁美が口を開く。

 

 

「さやかさん、退院のお祝いにプレゼントを持っていくのはどうでしょう? きっと喜びますわ」

 

「え? プレゼント?」

 

 

そう、ここで一気に距離を縮める為にプレゼントを用意すると言うのだ。

 

 

「なるほど! でも、恭介のほしい物ってなんだろ?」

 

「聞いてみれば? 後ろに上条くんいるよ」

 

「へ?」

 

 

後ろを振り向くさやか、するとそこには上条の姿が見えるじゃないか!

しかもご丁寧に一人と来た、このチャンスを逃してはいけない。

まどかと仁美はさやかを押して、上条のところへ追いやったのだった。

 

 

「え? 今、一番欲しいもの?」

 

「う、うん。何かあるのかなーってさ」

 

「そうだね……」

 

 

しばらく考えていたが、ふと思いつく。

 

 

「あ、そうだ。どんなものでもいいんだよね?」

 

「うんうん! 何が欲しいのかなぁ~? へへへ!」

 

「ある人のCDなんだけどさ」

 

 

さやかは心の中でガッツポーズを決める。これなら割と簡単に手に入りそうだ。

今のネット社会、簡単に注文してすぐ手に入る。しかし、そんな考えは甘いという事を知らされる。

 

 

「うん、凄く珍しいマイナーなCDなんだ。ネットで探したり、中古ショップを巡ったりもしたんだけど、全然で」

 

(げッ!)

 

要するにプレミア物と言うわけだ。

 

「ピアニストでね、斉藤(さいとう)雄一(ゆういち)って人のCDなんだ」

 

「へー、そんなにすごいのその人ってば?」

 

 

「もちろんCDを出した時は、中学生だったんだよ。しかも二年」

 

「へえ、凄いじゃん! あたし達と一緒だ」

 

「でもCDは一種類しかないから。数もそんなに無いみたいで……」

 

 

天才とまで言われていた雄一。だがもちろんそれは努力が生んだ結果だ。

上条も、音楽の道を目指す者として、その演奏を聴いてみたかったのだ。

 

 

「あれ? でも、どうして天才なのにもうCDを出してないの?」

 

 

それに、どうしてあまり聞いた事がないんだろう?

上条もそんなさやかの表情を察知したのか、少し悲しげな表情で補足を加えた。

 

 

「実は、もう亡くなったんだ。斉藤さんは」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 

ある時、事故に合ってしまい、命とも言える『手』が使えなくなった。

さやかはその言葉を聞いて目の色を変える。そう、上条と同じなのだ。

ただ一つ違うとすれば、上条は手がまた使える様になり、斉藤はそうじゃなかったと言う事だ。

 

 

「分かるんだ。ほら、僕も同じだからさ。悔しさとか悲しさとか。だからより一層感情移入をしちゃうって言うか……」

 

 

どうしても、その演奏が聴いてみたくなった。

 

 

「ねえ。その人ってもしかして――」

 

 

さやかが何を言いたいのか上条は理解する。

 

 

「うん、斉藤さんは自殺したんだ」

 

「……ッ!」

 

 

さやかは唇をかむ。

雄一はきっと『奇跡』を願っただろう、しかし神がソレを雄一に与える事はなかった。

 

絶望し、どん底に落ちた時、辿る運命は一つ。

自らの手で人生に終止符を打つ事だったのだ。

 

 

「あはは、ごめん。少し暗い話になっちゃったね」

 

「う、ううん」

 

 

そのまま少し話をして二人は別れた。

さやかの胸の鼓動は、恋慕から全く違う何かに変わっている。

それが何なのか、いまいち分からない事に悔しさを覚えて、ため息をついた。

 

 

翌日、さやかは早速そのCDを求めて歩き出す。

お稽古ある仁美、アトリの手伝いがあるかずみ。

それぞれ都合があるので、まどか、ほむら、ゆまの三人に付き合ってもらう事にした。

 

 

「ってな訳で! 幻のCDを求めてゴー!!」

 

「「ゴー!」」

 

 

手を挙げるまどかとゆま。

ほむらは直立だが、頷いてさやかの後を追った。

 

新品が存在しない以上、中古ショップを巡るしかない。

ネットを見ても、マイナーすぎるCDの為やはり存在していなかった。

一同はまず最初の中古ショップに立ち寄る。それぞれは散り散りになって、斉藤のCDを探した。

 

 

「………」

 

 

無い。

ほむらは目で列を順に追っていくが、斉藤の名前は存在していなかった。

念の為もう一度探すが見つからない。最近CDから離れていく人も多いと言う、それは同時に売る人も多くなると言う事で。

 

 

(相当な量ね……)

 

 

ほむらはその後も一通りを見回し、無いことを確かめる。

やはりそう簡単に見つかる物ではないか。ほむらは無かったことを報告する為、さやかを探す。

 

 

「美樹さ――」

 

「ぶわはははは! この漫画面白……い」

 

「「………」」

 

 

 

 

 

 

「すいませんでした!!」

 

 

腕を組み『イライラしています』と言ったほむらに向かって、さやかは深く頭を下げていた。

CDを探すつもりが、つい漫画の方に手が伸びてしまった。

さやかは深く、深く、それは深く頭を下げる。

 

 

「次は本当に探すから許して、ほむら!!」

 

「ッ!?」

 

 

硬直するほむら。

それに気づいたのか、さやかは不思議そうに首をかしげる。

 

「なに?」

 

「名前で呼ばれるの。あまり慣れてなくて」

 

「へ?」

 

「ほむらって」

 

 

意味を理解するさやか、恥ずかしそうに頭をかいた。

 

 

「いきなりすぎた? いつまでも転校生ってのはアレかなぁって。ごめん、嫌だったかな。あはは」

 

「い、いえ。嫌と言う訳では……、ないわ」

 

「じゃ、いいんだ?」

 

 

そう言ってさやかは笑う。

ほむらとしても特に断る理由も無い、だから容認したのだが――

 

 

「じゃあ、ほむらも」

 

「え?」

 

「ほむらもさ。あたしの事、名前で呼んでよ」

 

 

固まるほむら。別に断る理由は無いが。

 

 

「わ、わかったわ。さ……、や、か」

 

「おう、よろしい!」

 

 

そう言ってさやかはニッコリと笑った。

 

 

「さ、次の店に行こう」

 

 

了解するまどか達と、苦笑するほむら。

 

 

(本当に、調子が狂うわ)

 

 

でも、悪くはない。四人はそうして次の店に向かうのだった。

 

 

しかし、さすがは幻のCDと言ったところだろう。

探せども探せども見つかる事は無く、だんだん外も暗くなっていく。

さすがにこの短時間&見滝原だけでは無理か。ゆまはすっかり疲れきっている様だ。

 

 

「うー……、まだゆまは探せるよぉ!」

 

「あはは、サンキュー。でも、もう今日は終わりにしよっか」

 

 

さやかは微笑みながらゆまの頭を撫でる。

もうすぐマミが迎えに来てくれるらしいので、一同は近くの公園で休む事にした。

 

 

「ごめんね、皆。せっかく付き合ってもらったのにさ。今度ジュースでも奢るから、勘弁ね!」

 

「いいよ、大丈夫だよさやかちゃん。また次も誘ってね?」

 

「ええ、言ってくれれば付き合うわ」

 

「ッッ! 心の友よ!!」

 

まどか達の言葉にさやかは感動したのか、両手を広げて二人に飛び掛った。

だが、ほむらはまどかを抱き寄せて華麗にスルーである。

 

 

「あらー」

 

 

空を切るさやか。

そうこうしている内に、マミがやってきて一同は解散する事になったのだった。

 

 

 

 

「はぁ。やっぱりないか」

 

 

帰り道。さやかは一人で店を回っていた。

諦め切れておらず。とは言え、やはりもうどこにもなく。

半ば諦めかけていた頃――

 

 

「ここで最後にしよっかな」

 

 

『中古CDあります。掘り出し物見つかるかも』なんて書いてある店に入っていく。

個人営業丸出しの店だが、案外こう言う場所にあるかもしれない。

さやかは大量のCDを前に斉藤雄一の文字を探していく。

 

無い、無い、無い。ああ、やっぱりこの店も……

 

 

「ん? んんんん!?」

 

 

ふと、一枚のCDが目に止まる。

 

 

「ああああああああああああ!!!」

 

 

店内に誰もいなかったから良かったものを、さやかの叫びが店中を木霊した。

思わずさやかに近寄る店主のおばさん。

 

 

「どうしたの!?」

 

「あ、あのッ! あのあの!」

 

さやかはパニックになりながら一枚のCDを指差した。

 

 

「あ、あれッッ!! 売ってください!!」

 

 

指差した先、そこには確かに斉藤雄一のCDがあった。

奇跡だ。そう思う。しかし神はまだまだ試練を与えてくるようで。

 

 

「げっ!! こんなにッッ!?」

 

「ごめんね。このCDは数が少なくてプレミアになってるんだ。しかも、マニアの間じゃ名の知れた代物でさ」

 

 

CD一枚だ。CD一枚なのに、その金額はとてもじゃないが、中学生に出せるものではなかった。

そんなに凄い人だったのか。さやかは認識の甘さを悔やみながら歯を食いしばる。

悔しい。せっかく見つかったのに。

 

 

「ねえ、おばさん。このCD取っておいてもらう事ってできる?」

 

「え?」

 

「必ずお金払うからさ、だからお願い!!」

 

 

そう言ってさやかは頭を下げる。

用意できるアテがあるのならと店主は言った。

 

 

「あるある! だからお願い!!」

 

「まあ、仕方ないね……」

 

 

そんな訳で、さやかがお金を持ってきてくれるまでCDは店側が保管してくれる事となった。

これで、誰かに買われる事はなくなった訳だ。

 

しかし正直なところアテなどある訳も無く。

中学生のさやかにはバイトをして稼ぐという事もできない。

親に借りる事もできそうにないし、他人から借りるのは気が引ける。

 

迷うさやか。

普段何気なく使っている金も、稼ぐとなると簡単じゃない事を痛感させられてしまう。

どうにか、ならない物か。

 

そんな訳で、翌日さやかは大人組みに聞いてみる事にした。

まず一番最初に向かったのはかずみの所だ。

 

 

「秋山さん! お願いッ! あたしも働かせてくれないかな!」

 

「悪いが、もう人は足りている。コッチも何人も雇える余裕はないんでな。諦めろ」

 

 

ってなもんである。

仕方ない。さやかは次に須藤に相談してみる事にする。

 

 

「だ、大丈夫ですか? 何か、すっごく疲れてそうだけど……?」

 

「ええ、最近あまり眠れて無くて。でも、大丈夫……、です。正義を貫く為なので」

 

 

須藤はフラフラになりながら、話を聞いてくれた。

相当疲れているようだ、テレビからは殺人の事についてしきりに情報が更新されていっている。

 

なんでも、最近見滝原の近くにある刑務所で例の殺人事件が起こったという。

朝、見回りにきた看守が発見したそうなのだが、受刑者が大量に殺害されていたのだ。

あまりの現場に、警察は殺人鬼がチームを作っているのではと考えているらしい。

 

サキもマミも最近はいろいろな場所を駆け回って魔女を探している。

そんな時に、デートの事を考える自分はそれでいいのかと思ってしまうが――。

 

 

『美樹さん、貴女はデートの事だけを考えるように!』

 

『魔女の方は私たちで何とかする。君は今の事だけを考えろ! いいな!』

 

 

そんな事を言われてしまった以上、下手に協力もし辛い。

だが、これ以上須藤に話しを聞くのは悪い思い、さやかは次に美穂の所に行ってみた。

 

 

「うーん、中学生でできるバイトかぁ」

 

「やっぱり、ないのかな」

 

 

美穂は腕を組んで考える。

一瞬にして、いくつも最低な事が頭を過ぎった。

美穂は残像が残るほど高速で頭を振り回し、邪念を全てかき消していく。

 

 

(汚れちまったな。私も……)

 

 

罪滅ぼしのために、脳が擦り切れるほど考える。

すると思い出した。そう言えば真司が、取材中におかしな広告を見つけたとか何とか。

 

 

「そこに年齢を問わず募集しているバイトがあったらしいよ。もちろん法律の関係もあるからヤバい場所かもしれないけど、真司と一緒に行ってみたら? 危なくなっても大丈夫なんじゃない?」

 

「たしかに。何かされたら魔法でギタギタにするよ」

 

 

と言う事で、さやかは真司に連絡をとって、一度その場所に言ってみる事にした。

さやかとしては、とにもかくにも早くあのCDを手に入れたい一心だった。

 

 

「ここか……」

 

 

さやかは真司と合流し、その建物を訪れていた。

それほど大きくないビルにある一つのオフィス。

入り口にはこっそりと張り紙があった。

 

 

『年齢問わず、ボディガード、食事の用意、軽いデスクワーク、接客――』

 

 

いろいろ書いてあったが、雑用係として働いて欲しいとの事だ。

年齢は問わないと言う辺りが謎で仕方ないが、身の回りの世話ができればいいらしい。

 

 

「どう? いけそう?」

 

「おっけー、こう見えてもさやかちゃんってばお料理が得意ですのよ!」

 

 

そこで気づく。そもそもココが何のオフィスか見てなかった。

真司は改めて、自分達がいる所が『どういう所』なのか確認する。

 

 

「おぉ!?」

 

 

そこには、この求人の仕方とは結びつかない文字があった。

 

 

 

 

 

 

 

「美樹さやかです! 中学二年生ですけど、書いてある条件は全てクリアできる気がしてます! うす!」

 

「ふぅん、まあいいや。そこらへんに腰掛けてよ」

 

 

さやかの前に男が座る。さやかもソレを確認すると、ドカッと座った。

焦る真司、そんな態度で大丈夫なのか? とも思ったが、どうやら男はその程度の事は全く気にしないらしい。

さやかをマジマジと見て、何か判定している様だった。

 

 

「あぁ、自己紹介がまだだったね。弁護士の北岡(きたおか)秀一(しゅういち)。どうぞよろしく」

 

 

そう言って北岡は笑った。ここは法律事務所だったのだ。

そんな仕事に関わる者がいきなり法律を無視した求人をしてもいいのだろうか?

疑問は残るが、とにかくもうココしかない。さやかも採用されたくて必死の様だった。

 

 

「俺としては書いてある事ができればそれでいいんだけどね。年齢は関係ない。前のヤツなんて本当に……」

 

 

北岡は何かを思い出したのか、真っ青になっていた。

問題なのは年齢ではない。しきりに呟いている。

 

 

「後はまあ、ほら、ソッチのアホ面より女の子の方がいいってのもあるけど」

 

「あ、あほ面ぁ!? あ、あんた失礼だなぁ!」

 

 

ニヤリと笑う北岡を見て、真司は思う。

なるほど、なんでこの事務所に他の人員がいないのか理解できた。

この北岡と言う男、絶対に陰湿だ間違いない! 年齢を問わないのも、そこまで人がこないからに決まってる。

真司はさやかを見た。こんな男の元で働かせて大丈夫なのだろうか?

 

 

「お願いします! しばらく働かせてください!!」

 

「……ッ」

 

 

さやかは本気の様だ。北岡も笑みを浮かべたまま頷いている。

ハッキリ言って誰でも良かった。とにかく一刻も早く雑用を行ってくれる召使がほしかった。

北岡と言う男はプライドが高い。惨めに洗濯や掃除を行うのはゴメンだった。

とは言え、専門の業者に頼み続けるのも非効率だ。

 

だから低賃金でコキ使える奴隷みたいな存在がほしかった。

そうなってくると、中学生と言うのは悪くない。

馬鹿で扱いやすいし、能力がある者は、それなりに仕事もできる。

 

 

「たださ、張り紙見た?」

 

「え?」

 

「ほら、こう言う仕事って他人から恨み買ったりもすんのよね。だからさいざと言う時にボディーガードとしても役割を果たしてくれると嬉しいわけなのよ」

 

 

確かに、それは尤もと言えるだろう。

他人から見ればさやかなど非力な女子中学生でしかない。

いざ何かあれば、逆に足手まといになる可能性が高いのだ。

 

 

「じゃあ真司さん! やっちゃって!」

 

「おお! 任せとけ!」

 

「?」

 

 

ふんぞり返って座る北岡の前に、石でできたブロックが置かれる。

一つじゃない。真司はブロックを五個積み重ねて見せた。

前に出るさやか。その詰まれたブロックの上に手を置いて、息を吸う。

 

 

「おりゃあああああッッ!!」

 

「!!」

 

 

そして、さやかは手を振り上げてブロックを叩いた。

五つのブロックは粉々に砕け散り、さやかはニヤリと笑う。

魔法少女状態でないとは言え、これくらいの身体強化なら変身せずとも発動できる。

 

 

「いかがでしょう、センセ?」

 

 

北岡は引きつった笑みを浮かべており、ソファからずり落ちそうになっている。

 

 

「は、はは……。ま、まあいいんじゃない?」

 

「じゃあ!」

 

「学校が終わったらすぐに来る様に。明日から来れるか?」

 

「もッちろん!! さやかちゃん張り切っちゃうぞぉおお!!」

 

 

こうして、『北岡法律事務所』に美樹さやか、採用である。

 

 

「で、でも本当に大丈夫なんですか? さやかちゃん、まだ中学生なのに」

 

「ちょっとちょっと、俺を誰だと思ってんのよ? スーパー弁護士・北岡秀一様だぞ? どんな黒でも白にできるし、どんな白でも黒にできる」

 

「……いやッ、それはマズイでしょ!」

 

「大丈夫だって真司さん! さやかちゃんッ、今やる気に満ち溢れちゃってますから!!」

 

 

さやかとしても稼ぎたい所だ。真司を強引に言いくるめる。

 

 

「ッ、さやかちゃんに変な事したら俺が承知しないからな!」

 

「する訳ないじゃないの……。勘弁してよ」

 

 

こうして翌日から、さやかのバイト(?)が始まった。

 

同じくして上条から映画に行く日程が知らされた。

それは『一週間後』と言う短い時間だが、さやかはその中でCDを買えるだけの金額を手にしなければならない。

学校が終わってからそのまま法律事務所までダッシュし、夜遅くまで北岡の手伝いをする。

 

 

「どうぞ! さやかちゃん特性パスタです!」

 

「………」

 

「どうですセンセー!」

 

「うん、微妙」

 

 

ヒデー! そりゃ誰もいなくなるわ!

さやかは心の中で涙目になりながらも、必死に耐える事にした。

ただし、北岡いわく、前に働いていた女性が相当酷かったらしく、それに比べればさやかは遥かにマシとの事だった。

 

 

「パスタをこぼさなかっただけ、遥かに評価できる」

 

「?」

 

 

そう口にした北岡の目は哀愁に満ちていた。きっと、本当に酷い人だったのだろう。

その後も掃除やデスクの片付け等いろいろな手伝い、もとい雑用をこなしていく。

 

仕事の事については一切関わるなと言う約束を結んでいたので、あまり良く分からないが北岡は優秀な弁護士らしい。

毎日必ず何かしらの客は来たし、報酬を受け取っている所を見たときは、その金額の多さに思わず引いてしまった程だ。

 

 

(こんな小さなオフィスじゃなくて、もっと広い所にすればいいのに……)

 

 

 

 

 

「zzzz………」

 

「こら! 美樹さん、今は授業中ですよ!!」

 

 

学業との両立はできそうにもない。

 

 

 

 

 

 

『以前殺された少年は、学校でいじめを行っていたリーダー各らしく。まあ要は恨みを持った人間は山ほどいるらしいんですわ』

 

 

その次の日。さやかは例外なく法律事務所に足を運んでいた。

事務所にはテレビが常についており、今はニュースが放送されていた。

猟奇殺人事件は未だ何の伸展もない。警察には無能のレッテルが貼られ、市民は常に怯えている。

 

テレビでは以前葬式に足を運んだ少年が、実はいじめのリーダー各だったと報道されている。

 

 

(へえ。あんだけ人に慕われてたのに……。なんか意外)

 

 

芸能人がどうたらこうたら、事件についていろいろ話し合っている。

中には、少年のいじめが原因で、自殺未遂まで追い込まれた生徒がいるらしい。

 

 

「ねえセンセー」

 

「あん? 何よ」

 

 

一方の北岡はニュースには全く興味がないと言った様子で、新聞を眺めていた。

さやかは北岡に、この事件をどう見るか質問してみる。

 

 

「どうでもいいだろ、こんな事件。俺には関係ないし」

 

「どうでもって……! 見滝原で起こってるんですよ!」

 

「なら警察に任せておけばいい。俺は俺の仕事をやるだけだって」

 

「はぁ」

 

さやかは呆れたように肩を竦める。

どうやら北岡はまるでこの事件に関心が無いようだ。

 

 

(確かに関係ないっちゃそれまでだけど……)

 

 

雇ってくれた事は感謝できるが、人間としては関わりたくないタイプ。

さやかはそう割り切ると、再び自分の仕事に戻る。上条との約束まであと四日。間に合うだろうか?

 

次の日が終わり。またその次の日が終わり。

どんどんと時間が消費されていく。

そして、ついにそのままデートまで二日となった。

 

CDを買うなら今しかない。さやかは早速北岡に給料の催促を……

 

 

「払うわけないだろ。馬鹿じゃないの。まだ一週間も経ってないんだぞ」

 

「………」

 

 

北岡は一蹴である。

させるか。さやかはすばやく回り込んで土下座である。

 

 

「センセーの言う事は尤もでございます」

 

 

まだ一週間も働いてないのに、給料前借りとか冗談でも笑えないレベル。

だがしかし! ここで引き下がってはいけない! 負けるなさやか! 土下座でも無理ならしがみ付いてでも前借りを――ッッ!!

 

 

「ええい離せ! だいたい何がそんなに欲しいんだよ! 今度でいいだろうが!」

 

「お願いしますぅぅぅぅ! どうしても今じゃないと駄目なんだよぉぉ!!」

 

 

さやかは北岡の足にしがみ付いて離れない。

 

 

「ああもう! 本当に面倒くさいなお前!」

 

 

北岡はイライラしながらさやかを振り払おうとするが、どうにも力負けしてしまう。

当然だ。さやかは魔法を使ってスペックを上げてる。

そしてグダグダが続いていき――

 

 

「あああ! もう、分かった分かった! 本当に子供(ガキ)は嫌いだよ!」

 

「え! って事は!!!」

 

「一週間分くれてやるから! 何でも買ってくればいい」

 

「!!」

 

 

とびきりの笑顔を浮かべて、さやかは北岡に抱きつこうとする。

それを華麗にかわし、北岡はため息をついた。

 

 

(また変な女を雇ってしまった。でもコイツ結構雑用できるしな……、ちょっと多めに飴をくれてやるか)

 

 

北岡はデスクの引き出しにあった札束から適当に金を抜くと、それを雑に渡す。

さやかは子供の様にはしゃぎながら事務所を飛び出していった。

これで五日も陰湿な弁護士の世話をした甲斐があったと言うものだ。

 

 

 

 

 






中沢くんの下の名前はオリジナルです。昴(すばる)って読みます。

『中』って文字から、男でも女でも使える名前にしました。
理由はもう一つあるんですが、後々にでも。
この作品では仁美のファンと言う事になってます。


そして下宮鮫一。コイツは"ほぼ"オリジナルです。
『上』条。『中』沢。
あとは、分かるやろ?(適当)

オリキャラではありますが、キャラクターデザインは、上条が退院してきた時に中沢と一緒にいた紫髪のメガネのつもりなんで、一応アニメには出てます。
資料集や、まどマギオンラインでは、『クラスメイトI』となっていました。



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第8話 夢の終わり りわ終の夢 話8第

予約投稿です。なんかミスあったら、ごめんなさい(´・ω・)


 

 

 

「えええええええええええ! 他の人に売ったぁあああああああ!?」

 

 

さやかを待っていたのは、衝撃的な事実だった。

なんと店主が、さやかが買うはずだったCDを売ってしまったのだ。

流石にコレにはさやかも納得ができない。店主に詰め寄ると、バツが悪そうな表情が返ってくる。

 

なんでも、斉藤雄一のCDに特別な思い入れがある客が来たらしく、取置きしていると伝えると、価格の倍はある金を出してきた。

その鬼気迫るオーラに押されて、店主はオーケーしてしまったらしい。

 

 

「お詫びに店にあるCDを何でも一つ持って帰っていいから……」

 

「いらない!」

 

 

さやかは涙を浮かべて走り出す。

悔しかった。もう少しで手に入る筈だったのに。

もっと早く来ていればよかったのだろうか? 後悔や悲しみが心を染める。

 

べつに、必ずCDが無いと駄目な訳でもない。

上条に喜んでもらいたくて、近づきたくて。そんな打算的な思い出に手に入れようとした品だ。

 

もしも本当にほしい人がいるなら、それはそれで良い。

ただやっぱり、今のさやかには大人の割り切り方はできなかった。

 

 

「うぅぅ、ぐすっ!」

 

 

堪えても涙が出てくる。人に見られるのは恥ずかしい。

少し落ち着くまで、さやかは近くの公園に隠れる事にした。

 

 

「………」

 

 

ベンチに座って、地面を睨む。

デートは明後日。もう今から探しても見つかる訳がない。

プレゼントは無しにしよう。さやかはそう決めて、もう一度涙を拭いた。

 

 

(……落ち着いてきた)

 

 

そんなに気に病む必要なんてないのかもしれない。

たかがプレゼント一つ用意しなかったくらい、どうって事ない。

さやかは、自分に言い聞かせながら立ち上がる。

 

 

「あ、さやかお姉ちゃん!」

 

「美樹さん! どうしたの、こんな所で」

 

「!」

 

 

さやかの前に駆け寄ってきたのは、マミとゆまだった。

手にはスーパーの袋がある。買い物帰りなのだろう。

マミは元気が無いさやかを見て、何かあったのだろうと察した。そして、すぐに手を差し伸べる。

 

 

「これから須藤さんにカレーを作ってあげるんだけど、美樹さんもどうかしら?」

 

「え……? あ、いいの?」

 

「ええ、もちろん」

 

 

さやかは曖昧に微笑むと、マミの手を取った。

その手は暖かくて、とても強い光に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、おいしぃ! やっぱりマミさんってば料理うまいね!」

 

「褒めても何もでないわよ。ふふっ」

 

 

なんだかんだと、マミは嬉しそうに笑った。

いつも自分の為にだけ作っていた食事を、仲間の為に作って、しかも美味しいと言ってもらえる。

それがマミには嬉しかった。

 

 

「うん、おいしいよぉ!」

 

「ええ。本当に……、おいしいです」

 

 

ガツガツと食べるゆま。その隣では、須藤が笑みを浮かべていた。

しかし、マミは須藤を心配そうに見つめている。明らかな作り笑いだ、マミは須藤に水を差し出し、話を切り出した。

 

 

「最近本当にお疲れですね。何かあったんですか?」

 

「い、いえ……、大丈夫。心配はいりません」

 

 

須藤はそう言って笑うが、やはりその表情には疲労があった。

腕をみれば包帯が巻かれている。何でも酔っ払いが暴れているのを止めた時に、怪我をしたらしい。

 

 

「須藤さん、張り切るのもいいけど頼れる時は頼ってほしいわ」

 

「巴さん………」

 

「私達は互いに正義を見つけられた。だからこれからももっと支えあってもいいと思うの」

 

 

そう言ってマミは須藤に微笑みかける。

 

 

「ええ、私も巴さんのおかげで正義を見つけた。自分の正義を貫くこと、それを止めるつもりはありません」

 

「あまり無理をしないでくださいね」

 

「そうですね。巴さんに心配をかけると、後が大変ですから」

 

「まあ。どういう意味かしら? フフ!」

 

 

そう言って笑いあう二人。

真司とまどかもそうだが、家族、友達、恋人、仲間、そのどれでもない不思議な絆。それがパートナーの間からは感じ取れる。

 

 

「いいなぁ、あたしも早くパートナーに会いたい」

 

 

そうしたら一日中、恋の愚痴でも聞いてもらおう。

さやかはそんな事を思いながらカレーを口に入れる。

 

 

「どんな人がパートナーなんだろ? いい人が良いな。できればイケメ――、あッ、でも北岡センセーみたいな人物は勘弁だけど――」

 

「大丈夫、ゆまもパートナーさんが見つかってないから!」

 

「おーおー! そうかそうか! ならいっそ、このさやか様のパートナーにしてやろうぞ!」

 

 

さやかはゆまのわき腹を高速で突き始める。

キャッキャッと笑うゆまを見て、さやかも笑顔に変わるのだった。

 

 

「ところで、何かあったの?」

 

「うーん……! たはは! まあ、ちょっと」

 

 

須藤が帰り、ゆまが眠った後、マミはさやかに公園で泣いていた理由を聞く。

 

 

「言いたくなければ無理にとは言わないけれど……」

 

「いやッ、たいした事じゃないんですよ。ただちょっと――」

 

 

たかがCDの一つや二つと思えればいいのだが、今も未練がましく心の中で黒い感情が渦巻いているのが分かる。

どうしようも無い悔しさをぶつける事ができなくて、また悲しくなってきた。

 

 

「美樹さん」

 

「ん? 何? マミさ………」

 

 

ふわりと、柔らかな感触と香り。

抱きしめられた。さやかは顔を赤くしながらマミを見る。

ああ、なんて優しい表情なんだ。ゆまと暮らす内に母性に目覚めたのだろうか? 皆のお姉さんと言う言葉が、マミには似合う。

 

 

「マミさん、実は――」

 

 

さやかは観念したように今までの事を全て話した。

マミはさやかが全て話し終わると、ハンカチで涙をぬぐってくれた。

 

 

「そうね、今まで頑張ったのに、それは悔しいものよね」

 

「うん。そうなんだよマミさん……」

 

「でも、それで美樹さんと上条くんの関係が終わった訳じゃないわ。CDを取り返す事は不可能かもしれない。だったら、次の事にむけて歩き出した方がいいわね」

 

 

マミはそう言って、自分のクローゼットから適当に服を選んでさやかに渡す。

 

 

「いつもと違う服装を見せてあげれば、イチコロだわ」

 

「い、いちころ……」

 

「ふ、古い言い方かしら? とにかくっ、もう終わってしまった事を後悔し続けても意味はないって思わない?」

 

「まあ、それは……」

 

 

そう笑顔で言われたら何も言い返せない。

さやかは、まだ渦巻いている悔しさを忘れる為に、マミを強く抱きしめ返す。

マミもしばらく、さやかの思うままに体を預けた。

 

 

「どう? 落ち着いた?」

 

「うん……」

 

 

少し経って、さやかは思う。

思えば、マミに助けられたのが魔法少女になるきっかけだったのかもしれない。

それでマミに憧れる様になって、今は弟子と言う事になっている。

 

あれから少しは近づけたと思ったが、どうやらまだ全然のようだ。

さやかは苦笑して、マミにもう一度しがみついた。

 

 

「今日はもう遅いわ、お家に電話して泊っていったらどう?」

 

「マミさん……」

 

「ん?」

 

「……大好き」

 

「ふふっ、ありがとう!」

 

 

マミは満足そうに笑うと、優しくさやかの頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 

そこは、深い夜の闇。きっと全ての生き物は眠りに落ちている。

世界が静寂に包まれている。普段はうるさい虫の声も、今は全く聴こえてこない。

それはまるで、『彼女』の行動を邪魔してはいけないと気を遣っているように思えた。

 

 

『うごくのかい?』

 

「もちろん。そろそろ皆様には、生温い夢から覚めて頂かなければ」

 

 

少女は思い切り腕を振り上げ、『ソレ』を闇に突き立てた。

ガキン! と音がして、闇はよりいっそう深く広がっていく、

少女はそれを確認すると唇を小さく吊り上げた。

 

 

「夢の終わりを見せてあげよう。フルコースのシメは、最高のデザートで終わりたい」

 

『………』

 

「準備は整った。今から始まるのはッ、素晴らしき前奏曲(プレリュード)

 

『うまくいくといいね』

 

「当然ッ! 成功以外はありえないから!」

 

 

少女はそう言って踵を返す。

既に撒いた『種』は素晴らしい芽を出してくれた。後はこの『お菓子の卵』が孵るのを待つだけ、そうすれば全ての準備は整うから。

 

 

「フフフ……!」

 

 

少女はそのまま闇の中に溶けていく。

静かな静かな夜の中。笑い声だけが世界に残っている気がした。

 

 

 

 

翌日。

 

 

「お、おかしくない? まどかぁ」

 

「えへへ! 大丈夫だよさやかちゃん!」

 

「ああ、可愛いぞ」

 

 

まどかとサキの言葉を聞いて、さやかは恥ずかしそうに肩を竦めた。

今日は上条とのデートだ。マミから借りた服を着て、さやかは待ち合わせ場所に向かっていた。

一人じゃ不安だったので、待ち合わせの場所まではまどかとサキにも着いてきてもらう。

 

緊張して震えている。

きっと、上条はただ映画を見に行くだけのつもりだろうが、さやかとしてはそう言う訳にもいかない。

楽しみだが、足取りは重く、期待と不安が交互にやってくる。

 

 

「そう緊張しなくても大丈夫だよ、しっかり楽しんでくれば――」

 

 

そこでサキは言葉を止めた。

穏やかだった表情が、一変して険しくなる。

どうやら何かを見つけた様だ。それをまどか達も目で追う。

 

 

「あッ!」

 

 

そこに見えたのは間違いない。異形の巣窟だ。

 

 

「魔女結界――ッ!!」

 

 

サキの視線にあったのは、人気の無い自転車小屋だ。

そこに魔女の卵であるグリーフシードが存在していた。

 

 

「どうしてこんなところにグリーフシードが!?」

 

 

グリーフシードは魔女を倒すことでドロップされる。

その後、魔力を消費して穢れてしまったソウルジェムを浄化して、残骸はキュゥべえに処理してもらうのだ。

 

にも関わらず、このグリーフシードはご丁寧に自転車小屋の壁に『つき立てて』ある。

仮に誰かが捨てたのであれば、床に転がっているべきである。

つまり、誰かが故意に、グリーフシードを残したのだ。

 

グリーフシードの残骸はキュゥべえが処理しなければ、新たな魔女が生まれてしまう。

既にグリーフシードは孵りかけており、魔女結界の中には既に魔女が存在している可能性が高かった。

 

 

「いずれにせよ、完全に覚醒する前に破壊すれば被害は抑えられる。まどか、真司さんやかずみを呼んでもらえるか? 私はマミとほむらを呼ぶ!」

 

「うん! わかったよ!」

 

「あ……」

 

 

戸惑うさやか。しかしすぐにサキは笑みを浮かべた。

 

 

「大丈夫だ、さやか、キミはこのまま行け」

 

「そうだよ、さやかちゃん! ここはわたし達だけで大丈夫だから、上条君の所に行って!」

 

「うぇ! で、でも……!」

 

「安心しろ。ほむらも加わって私たちは強力になった。生まれたての魔女だけなら簡単に倒せるさ!」

 

 

サキはさやかを急かすように背中を押す。

 

 

「こんな状況で言うのもどうかと思うが、思い切り楽しんでこい」

 

 

そう、こんな命を賭けた状況だからこそ、普通の女の子としての幸せも感じて欲しい。

サキの言い分に戸惑いながらも俯くさやか。

 

 

「行って! さやかちゃん!!」

 

「……ッッ!」

 

 

まどかは笑う。

さやかは少し迷ったが、すぐにしっかりと頷いて二人に背を向けた。

 

 

「サンキューまどか、サキさん! 最強のさやかちゃんがいないけど、負けたら許さないよ!」

 

「えへへ、わかったよ!」

 

「やれやれ、これは厳しいな」

 

 

走り去るさやか。

もう限界だ。グリーフシードは音を立てて崩壊し、まどかとサキはそれぞれ変身を完了させる。

そして、二人はその闇の中に足を踏み入れるのだった。

 

 

「いくよお姉ちゃん!」

 

「ああ!」

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、デートの邪魔をするなんて、無粋な魔女だわ」

 

「まどかちゃん達が危ない! 早く行こう!!」

 

 

連絡を受けて、残りの魔法少女達と龍騎、シザースは結界の中に集まった。

全体的にお菓子と病院をイメージさせる不気味な魔女結界。

一同にも緊張が走る。

 

 

「今回は、なかなか強力な魔女みたいね……」

 

 

マミは真剣な表情で歩いていく。

そんな中、ほむらがマミに声をかけた。

 

 

「どうしたの暁美さん?」

 

「魔女の中には、死んだと思っても、まだ生きているタイプがいるわ」

 

「なるほど。なら、決して魔女結界が崩壊するまで油断してはいけないわね」

 

 

頷く一同。

そこでマミは少しだけ唇を吊り上げた。

 

 

「ありがとう暁美さん。心配してくれてるのね」

 

「……え、ええ」

 

「でも皆がいれば大丈夫。それより、魔女を倒したら暁美さんも決め台詞を言うのよ?」

 

「え?」

 

 

目を丸くするほむら。笑顔のマミはいつも通りだ。

 

 

「暁美さんも魔法少女7の一員として、ビシっと決めてもらわなきゃ」

 

 

ああ、そう言えばそんな事してたっけ?

ほむらは決めポーズをとっている自分を想像して、ため息をついた。

でも……、意外と、悪くなかったりして。

 

 

「須藤さん、大丈夫ですか?」

 

「ええ。ごめんなさい。昨日も忙しくて――」

 

 

一方、龍騎とシザースも軽く会話を行い、足を進める。

彼らを先頭にして、一同はどんどん魔女結界の奥を進んでいく。

途中、看護婦の格好をした使い魔・『ピョートル』をなぎ倒しながら、一同は少し広いホールへと出た。

 

 

「けっこう広いわね。皆ッ、はぐれないようにして!」

 

『ア―ベ―ト』

 

「え?」

 

 

何か、『音』が聞こえたような。

嫌な予感がする。念の為に銃を構えるマミ、そして――

 

 

「わぁッッ!!!」

 

「!!」

 

 

それはまさに突然だった。

『入り口』と書かれた穴が出現し、かずみ、ほむら、ゆまの三人がその中に吸い込まれてしまったのだ。

 

まさに一瞬だった。

穴はすぐに閉じると、跡形も無く消え去ってしまう。

 

 

「罠ッ!?」

 

「ど、どうしようマミさん!」

 

 

混乱していると、脳内にほむらの声が響いた。

魔法少女同士のテレパシーだ。

 

 

『――魔女を倒せば結界は破壊されるわ』

 

 

ほむらが言うには、このまま罠にかかるよりは、マミ達に早く魔女を倒してもらったほうがいい。

ゆまはともかくとして、ほむらとかずみはそれなりに強い。

マミも少し考えるようにしていたが、結論が出たようだ。

 

 

「分かった。コチラは任せて! 必ずすぐに助けにいくわ!」

 

『ええ。了解』

 

「行きましょう皆ッ、魔女を倒すのよ!」

 

 

頷く龍騎達。

走り、先に進むと、お菓子の箱をイメージする扉が見えた。

この先に結界の主がいる。ならば、もう迷う必要も無い。

マミは加速し、扉を蹴破った。

 

 

『♪』

 

 

とてつもなく『脚』の長い椅子に座っているのは、魔女『Charlotte(シャルロッテ)』。

お菓子の魔女にふさわしく、飴の包み紙を連想させる頭に、赤いローブ。

小さくてファンシーな外見は、今までの魔女とは違い、ぬいぐるみの様な愛らしい姿だった。

 

だが、どんな姿であれ、魔女であることには変わりない。

シャルロッテは現在、使い魔のピョートルを女装させてお茶を楽しんでいる様だった。

つまりまだマミ達には気づいていないのだ。

ほむら達の事もある。マミは少し焦るように走り出し、魔女を狙った。

 

 

 

「みんな! 大丈夫!?」

 

「う、うん……! ゆまは平気」

 

 

一方、かずみ達三人は吸い込まれた先の空間にたどり着く。

しかし、そこでほむらは違和感に気づいた。

 

魔女が構成する結界は、その魔女に関するイメージが多かった。

たとえばゲルトルートなら薔薇庭園、ズライカならば暗闇。

今回も、病院と言うモチーフあれど、通路のいたるところにお菓子をイメージさせる装飾が施されていた。

 

だと言うのに、現在ほむら達がいる場所は『お菓子』なんて一片も感じられない空間だった。

図書館とでも言えばいいか。今までの空間とはデザイン性が全く違っている。

 

 

『ギョエエエエエエエエエエエ!!』

 

「!」

 

 

響く声。

ほむらとかずみは、ゆまを庇う様にして構えた。

この禍々しい雰囲気は、使い魔の物ではない。

 

 

「そんなッ!?」

 

 

ほむら達の視線は、しっかりとソレを捉える。

あり得ない。あり得ない筈なのに、ソレは目の前にいるじゃないか。

知らないだけだったのか? いや、少なくともこんな事は初めてだった。

 

何故、この空間にお菓子が存在しないのか?

簡単だ。何故なら――

 

 

「一つの結界に……、魔女が二体!?」

 

 

ほむら達の前に存在していたのは、

落書きの魔女・CALL(コール)SIGN(サイン)prologue(プロローグ)』だった。

 

 

「ほ、ほむら!」

 

「ッ! とにかく倒しましょう!」

 

 

子供の落書きをそのまま具現した姿のコールサイン。

適当に書かれた顔から、線で構成された手と足が存在している。

コールサインはそれを鞭の様にしならせ、ほむら達を狙った。

 

 

「とうッ!!」

 

 

かずみはマントを巨大化させ、ほむらとゆまを包み込む。

コールサインの攻撃はマントを貫通する事はなく、その隙にかずみは十字架で魔女に切りかかっていく

 

 

『ギョエエエエエエエエエエッッ!!』

 

 

黒い一閃がコールサインに刻み込まれた。

悲鳴をあげて、後退していく魔女。どうやら戦闘能力の高いタイプではないらしい。

だが、長期戦は避けたい。ほむらとしては、なんだか嫌な胸騒ぎがするのだ。

 

 

「私が動きを止めるわ。そのその隙に決着を!」

 

「うん! わかった!!」

 

 

かずみはコールサインを蹴り飛ばすと、バックステップで距離を離す。

次の瞬間、爆炎が無数に巻き起こり、コールサインの体を包みこんだ。

 

 

「うわ! 凄い!」

 

 

ほむらの魔法なのだろうか?

爆発のダメージが大きく、コールサインは悲鳴をあげて、のた打ち回る。

今だ。かずみは十字架の先端に光を収束して、それを魔女に向けた。

 

 

「リーミティ・エステールニ!」

 

『ウゲェエェエエェアァアアア!!』

 

巨大な光がコールサインを包みこみ、断末魔ごと消滅させた。

 

 

「いぇーい! ビクトリぃー!」

 

「やったね! かずみお姉ちゃん!」

 

 

ハイタッチを決めるかずみとゆま。

ほむらも、予想以上に弱い魔女に胸をなでおろした。

だが、妙だ。同じ結界に魔女が二体いた割には、あっさりすぎる展開ではないか。

 

 

「嫌な予感がするわ。早くまどか達の所へ行きましょう」

 

「うん! ゆまちゃん!」

 

 

かずみは、ゆまの手を取って走り出した。

そして時間は少し前に戻る。

 

 

「おま、たせ」

 

「あぁ、大丈夫、僕もさっき来……、て」

 

 

上条は待ち合わせにやって来た幼馴染を見て硬直する。

変な話、一瞬誰かと思ってしまった。少なくとも、目の前にいる美樹さやかを上条は知らなかった。

いつも私服は大体見た事のあるものばかりで、今回もそうだとばかり思っていたが。

 

 

「ど、どうしたのよ。そんなジロジロと見ちゃってさ」

 

「あ……、やッ、ごめん! 初めて見る服だったからさ」

 

「これね、先輩からもらったの。胸にちょっと余裕があるけど――って、何言わせんの!」

 

「僕は何も言ってないよ!」

 

「あはは、分かってるって」

 

 

女の子らしい格好は珍しい。上条はさやかを凝視してしまう。

そのまま赤面したさやかの顔を見るまで、上条は混乱したままだった。

 

 

「あ、あはは……! じゃあ行こうか」

 

「う、うん」

 

 

さやかはそこで気づく。周りを見ても、案外人は多い。

殺人事件が起こっているとはいえ、やはり毎日の流れは通常通りだった。

 

ふと街中のテレビでは、また猟奇殺人に関する話題が報道されている。

上条はその話題を真剣な表情で見つめるさやかに気づいたのか、足を止める。

 

 

「怖いね」

 

「うん」

 

「でもほら、今は明るいし、周りにたくさん人もいるし、大丈夫だよ」

 

 

今朝も、新たな死体が見つかったところだ。

政治家の息子で、権力を振りかざして悪さをしていたらしい。

恨みを持つ物が多すぎるせいで、犯人の特定ができない状態と聞く。

 

 

「大丈夫? さやか」

 

「うん、大丈夫大丈夫……」

 

 

ふと、頭によぎる嫌なイメージ。

やっぱり、皆にまかせた事に罪悪感を感じているのだおる。

先ほどからずっと胸騒ぎが消えない。締め付けるような思いが、さやかを包む。

 

 

「大丈夫だよさやか」

 

「え?」

 

「知ってるかい? 殺された人にはある共通点があるんだ。実はね……」

 

 

上条の言葉も、今のさやかには入ってこなかった。

どうしても集中して考えると、相手の話が入ってこなくなる。それがマイナスイメージならば尚更だ。

 

嫌な事を考えてはいけないと思えば思うほど、明確なイメージが襲ってくる。

やっぱり一緒に行くべきだったのではないか。そればかりがループしていた。

世界がスローになる。どんよりした物がのしかかってくる。

 

別にマミ達の実力を疑っている訳じゃない。

むしろさやかは、マミやサキよりもずっと弱い。

 

でも、たとえば魔女が不意打ちをすれば?

どうしてもマミ達が傷つくイメージが脳に焼け付いていった。

 

大丈夫、心配ない。

何度も自分に言い聞かせるが、どんどん膨れ上がる最悪の結末。

まどか達を失ってしまったら、一生後悔する。

 

 

「さやか」

 

「――え?」

 

 

肩に触れる手。

さやかはそこで、やっと意識を取り戻す。

そこには自分を心配そうに見つめる上条がいた。

 

 

「ご、ごめん恭介。ぜんぜん話、聞いてなかった」

 

「うん。やっぱり犯人が見つかるまでは怖いよね。今日は止めようか」

 

「あッ、でも――」

 

「いいんだ。映画はいずれレンタルできるし」

 

 

さやかは考える。

ここで上条と一緒に映画を見れば、より親密な仲になれるかもしれない。

でも、それでも浮かぶのは前日の事。マミの笑顔だった。

 

 

「ごめん、恭介……」

 

「ううん、大丈夫だよ」

 

「ごめん!!」

 

「え?」

 

 

そう言って、さやかは踵を返して走り出した。

流石にこれには上条も驚き、怯む。送っていくつもりだったのだが、全速力で走り去るとは。

よく分からないな。上条は苦笑すると、自分も帰路につくため歩き出すのだった。

 

 

そして、時間は現在へと戻る。

マミ達はほむら達の事もある為、一気に決着をつける事を決めていた。

 

 

「悪いけどッッ!!」

 

 

マミはシャルロッテが座っている椅子に銃を叩きつける。

バランスを崩して落下するシャルロッテ。

まだ終わらない。マミはそのまま鋭い蹴りでシャルロッテを弾き飛ばすと、追撃の銃を一発おみまいした。

 

 

『×!』

 

 

シャルロッテは壁に叩きつけられ、さらにマミのリボンで拘束される。

抵抗を許さない連撃、マミは決着をつけるために必殺技を発動させた。

 

 

「ティロ・フィナーレ!!」

 

 

巨大な弾丸が発射され、シャルロッテに着弾する。

マミはさらに大量のマスケット銃を出現させると、それを交互に撃ちだした。

爆炎がシャルロッテを包んでいく、これを受けて平気な訳がない。

マミは勝利を確信すると、後ろを振り向いてまどか達に微笑みかける。

 

 

「やったねマミさん!」

 

「っしゃあ! さすがマミちゃん!」

 

 

自分達が出る幕は無かった様だ。

龍騎とまどかは、勝利を喜びあう為マミに駆け寄ろうとした。

まさに、その時、サキの表情が変わる。

 

 

「マミッッ!!!」

 

「え?」

 

「まだ死んでないッッ!!」

 

「ッ!?」

 

 

振り返ったマミ。視界には口があった。そう、口が。

 

鋭い牙、真っ黒な口の中。

シャルロッテには別の姿が存在するのだ。

マミが起こした爆炎で見えなかったが、目の前にいる化け物もシャルロッテなのだ。

 

同じくファンシーな顔からは愛らしさを感じるが、どう考えてもあの小さな体からは想像できない程に今の姿は巨大だ。

手足が無く、黒く長い体は、大蛇や恵方巻きを連想させる。

 

問題は今、シャルロッテが大口を開けてマミの眼前にいると言う事だろう。

あまりにも一瞬の事で、マミの、ましてや一同の思考は停止する。

 

 

『♪』

 

 

シャルロッテは口を閉じた。

言い方を変えよう。マミに齧りついた。

 

 

『………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ストライクベント』

 

「ウォォオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

爆炎がシャルロッテを包み、その巨体を大きく吹き飛ばす。

龍騎のドラグクローから炎が発射されてシャルロッテに直撃した。

 

その衝撃で我に返るまどか達、思わずマミの名を叫ぶ。

どうなった!? サキはマミの姿を追うが、どこにもいない。

まさか、遅かったのか。マミはもう腹の中に――。

 

 

「あッぶなかったねマミさん!」

 

「あ……」

 

 

巴マミも我にかえる。もう駄目かと思った、死んだかと思った。

でも、今こうして息をしている。どうして? マミは理解した。

今は横抱き――、つまりお姫様抱っこで抱えられている?

 

 

「み、美樹さん!?」

 

「ふふん! マミさんてば、あたしに惚れちゃうかもね」

 

 

マミを抱いていたのは青き剣士、美樹さやかだった。

 

 

「さやかちゃん!」

 

「へへっ、さやかちゃんただいま参上!!」

 

 

さやかは、みんなの為に戦う選択肢を取った。

自慢のスピードで駆けつけ、見事マミを救う事ができたのだ。

さやかはマミを降ろすと、ニヤリと笑って剣を構える。

 

 

「さあ、マミさんを危ない目にあわせた魔女(バカ)にお仕置きだ!」

 

 

そこで一同も戦闘態勢に入った。

 

 

「おのれ魔女め! よくも!!」『アドベント』

 

「フッ! はぁぁぁぁ……ッ」

 

 

ボルキャンサーが現れ、自慢のハサミでシャルロッテを刻んでいく。

シャルロッテには再生能力があるのか、ある程度ダメージを負うとその口から新たなシャルロッテを生み出す。

つまり脱皮を繰り返すようだ。

 

 

「なら、その再生が追いつかないスピードでぶちのめしてやる!」

 

 

ドラグレッダーが龍騎の周りを旋回し、ドラグクローと共に炎弾を放った。

『昇竜突破』、通常の倍以上ある炎弾がシャルロッテを焼き焦がす。

 

耐え切れなくなったのか、脱皮が始まった。

そこに待っていたのはさやかの剣だ。

斬撃はシャルロッテを刻み、さらに脱皮を誘発させる。

 

 

「させません!」『ファイナルベント』

 

 

シザースアタックで、シャルロッテの口に入り込む。

完全に脱皮しきれていない状況での攻撃。ましてや体内に侵入された。シャルロッテは表情を歪ませ、苦しみ始める。

その隙に、さやかは思い切り上空へ飛び上がり、剣を振り降ろした。

 

 

「おっりゃあああああああああああああ!!!」

 

 

一閃。シャルロッテは真っ二つに引き裂かれ、爆散する。

誰も疑わない完璧な勝利。今度こそ決着だった。

 

 

「っしゃああ!!」

 

「やったぁ!」

 

 

駆け寄って勝利を喜びあう一同。

さやかはそのままマミの元へ駆け寄る。

 

 

「大丈夫マミさん?」

 

「……あはは、腰が抜けちゃった」

 

 

危なかった、マミはそう言って笑う。

でも、とにかく無事でよかった。サキとシザースもホッと胸をなでおろす。

ほむらの言っていた通りだ。魔女の中には初見では見抜けない能力を持ったものが多い。

 

 

「……っ」

 

 

しかし、おかしい。

 

 

「魔女結界が崩れない! また!?」

 

 

ゲルトルートの時と同じだ。魔女は死んだ筈なのに、結界が解けないではないか。

以前のように、まだ何か潜んでいるのか? 一同は再び構えて、注意する。

もう少しすれば何かアクションがある筈だ。

 

 

「……ッ?」

 

 

しかし、何もおきない。

どういう事だ? マミは周りを見回し――

 

 

『アドベント』

 

「え? 何?」

 

 

何かが聞こえた気がした。

 

 

「皆! あれッ!」

 

 

まどかが何かを見つけた様だ。

みんな一勢に、まどかが示した場所を見る。するとそこには『テレビ』があった。

 

 

「魔女ッッ!?」

 

 

ブラウン管のテレビに翼が生えた魔女『H.N(ハンドルネーム).Elly(エリー)(Kirsten(キルステン))』

彼女は使い魔である『ダニエル』『ジェニファー』と共に、お菓子の結界に登場したのだ。

 

 

「一つの結界に別の魔女!?」

 

 

そんな話は聞いた事もない。

混乱するマミ達だが、シザースはシュートベントを発動して引き金を引く。

いずれにせよ魔女である事に変わりは無い。ならば、倒すまでだ。

 

 

『ヒヒヒ!』

 

「くっ!」

 

 

ダニエルが水流弾を防ぎ、エリーは動き出す。

空間に複数のモニタが出現して、それらは一つの映像を映し出した。

 

攻撃か? 防御の姿勢をとる龍騎達。

まどかは魔法を発動して前に出る。何がくるのか? 身構える一同だが、一向にダメージも衝撃もない。

 

 

「……ッ?」

 

 

どうやら、箱の魔女エリーは攻撃をする気はないようだ。

代わりに、エリーの周りに出現したモニタが全て同じ映像を映していた。

どうやら魔女は、まどか達にそれ見せたい様だった。

 

 

 

 






やっぱ、マミさんは最高やな!(´・ω・)b


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第9話 本当の正義 (前編)

 

「なに……?」

 

 

まどか達は突如現れたエリーに戸惑うばかりだった。

一方で空間に出現したモニタには。砂嵐が数秒流れた後、一つの映像が鮮明に映った。

 

無数のモニタは全て同じ映像を移しており、まどか達を囲むように設置されている為、どこを見てもその映像が視界に入ってくる。

おかげでまどか達は。否応にもその映像を視覚しなければならなかった。

 

映像はハッキリとしていたが、画面そのものが薄暗くて状況を把握できない。

どうやら夜に撮影したものらしい。転々と見える街灯に照らされて、なんとなくだが理解した。

 

背中が見えた。どうやら人間が走っている映像らしい。

少年――、だろうか? 大きく肩を揺らしながら前に進んでいる。

 

 

『お、お願いじばずッッ!! 何でもじばずがらッッ!!』

 

 

滑舌がおかしい。少年はフラフラになりながら夜を駆け抜けていた。

カメラはピッタリと後をついていく。

誰が撮影しているのか? そもそも、この映像は何なのか? まどか達にはまだ分からない。

 

少年はしきりに許しを乞うていた。

恐怖と嗚咽、震える声が響く。いい気分ではなかった。

何かの映画なのか? それにしてはBGMが無いし、画面が暗い。

 

 

「皆さんッ! 魔女の催眠術かもしれません! あの映像を見ないように!」

 

 

シザースは声を張り上げた。

しきりにマスケット銃でエリーを攻撃しているが、使い魔達のディフェンスが全てを無効化していく。

 

気のせいだろうか? シザースが焦っているように見える。

確かに罠の可能性はあった。だが、一同は不思議とその映像に釘付けになってしまう。

何かが引っかかるのだ。とても強烈な既視感のようなものを感じてしまう。

 

画面の中の少年は走っていた。

ただひたすらに走るしかない。必死に許しを、命乞いをしながら走っていた。

そんな中で、外灯の光が少年の顔を鮮明にさせる。

 

 

「!!??」

 

 

一同は見た。その少年は、ニュースで報道されていた犠牲者の一人ではないか。

葬式に足を運んだ、あの少年だ。報道では彼がいじめを行っていたとあった。

丁度、映像ではその事について少年が必死に弁解を始めている。

 

 

『確かにッ! 悪かったとおぼっでる! でも、ずごじがらがっだだけじゃないが!』

 

 

その時、悲鳴が上がる。

なぜ少年の滑舌がおかしかったのか、光が当たったことで分かる。

口の中が真っ赤に染まったおり、赤黒い液体が流れていた。

 

歯が数本無くなっているのか?

それだけじゃない、少年の体中から血が出ているじゃないか。

特に足の傷が酷い、肉が裂かれ、骨が見えていた。

 

 

「うッ」

 

 

まどかは思わず吐き出しそうになって、口を押さえる。

少年の命が危ない。カメラワークを考えるとフィクションなのかもしれないが、現に少年は死んでいる。

映像では、少年が涙を浮かべて必死に助かろうと声を上げていた。

 

 

『お前が行った事で、一人の少年が自殺未遂まで追い込まれた。それをお前は、自らの武勇伝として友人に話していたらしいな』

 

 

その時、とても冷たい声が聞こえてきた。

そう。間違いない、これは見滝原連続殺人事件の現場なのだ。と言う事は、この声の主こそ猟奇的殺人を繰り返している犯人と言う事になる。

 

魔女ではなかった。青ざめるマミ達。

ならばこれからの映像が何を映すのかは想像に難しくない。

 

サキ、マミ、シザース、さやか、まどか、龍騎。

誰もが立ち尽くしている。誰もが映像に釘付けだった。

少年は許しを乞うていた。しかし犯人には届かない。

 

 

『お前は、醜い悪だ……ッ』

 

『ヒ! ヒィィィイイイイッッ!!』

 

 

少年は鮮血を撒き散らし、這うようにして逃げた。

もちろん逃げられるのかと聞かれれば――、それはNO。

 

 

『ゴボォ……ッッ』

 

 

そこから先の映像は、言い表せない。

あまりの恐怖に腰を抜かすまどか。肝心のシーンが暗闇で見なかった事が、唯一の幸いだったのかもしれない。

 

少年は沈黙し、そこから始まるのは解体ショーだ。

そこに人間の尊厳などは存在しない、肉体と言う玩具刻んでいく『何か』。

 

 

『うわああああああああッッ!!』

 

「「「「!?」」」」

 

 

別のモニタに、違う映像が流れる。映し出されたのは同じく解体ショーだ。

これは集団で殺された暴走族達のものだろう。

騒音が原因で老夫婦が自殺したと言う話題があがっていた。

 

その後も、次々に被害者たちの映像が映し出されていく。

皆、すがる様に手を伸ばしていたが、犯人は"ソレ"を切り落とした。

映像の悲鳴が重なり、不協和音が響き渡る。

 

さやかはそこで思い出した。

本人としては全く聞いていなかったが、やはり上条の言葉だからか、脳が無意識に記憶していたようだ。

 

 

『殺された人はみんな、悪い人だったみたいだね』

 

 

だから。

 

 

『専門家の人が言っていたよ。もしかしたら、この事件の犯人は――』

 

 

同時にモニタから発する音声。

これは犯人のものだろう、画面越しだがその迷いの無い言葉は確かな殺意を孕んでいた。

 

 

『お前達は皆、薄汚い悪でしかない。全て、【正義】の手によって根絶やしにしてやる』

 

 

もう、みんな気づいていた。

だけど誰もそれを言い出さなかった。だって、それは――、それを言う事は間違っているだろうから。

 

でも、それしかない?

本当は分かってる。

自 分 達 は こ の 犯 人 の 声 を 知 っ て い る。

 

皆気づいていた。

だけど、あえて皆ぼんやりとモニタを見ていた。

 

誰もが気づいているのに誰もが動かない不思議な状態。

映像の最後には答え合わせがやってくる。それを待っていたのか? それとも、それがくる事を恐れていたのだろうか?

映像が映す真実、月明かりが教えてくれる犯人の姿。

月に照らされその姿をカメラにはっきりと見せた犯人『達』。

 

そう、一人じゃない。これは警察も言っていた事だ。

しかし警察がどれだけ捜査の限りを尽くしてもたどり着けないだろう事がそこにはあった。

犯人は一人じゃない。だがその一人が、いや『一体』と言うべきだろう。彼が人間でないと誰が予想できただろうか?

 

訂正しよう。

犯人が人間ではないと言うのは、マミ達が予想していた事だ。

だが『人間ではない=魔女』。と言う方程式を勝手に決め付けていた事も事実だろう。

 

被害者達を解体したのは人間じゃない。

魔女でもない。もちろん使い魔でもない。

一言で表すならば――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"蟹"の化け物。

 

 

「嘘、よね?」

 

 

みんな、『彼』の方向を見る。

マミは、震える声で――

 

 

「嘘よねッ!? 須藤さん……ッッ!!」

 

 

パートナーに問いかけた。

それと同時にモニタにいる犯人がカメラの方向を見る。

ああ、なんて恐ろしい形相なのだろうか?

この、正義の味方は

 

 

『ごくろうさまです、ボルキャンサー。これで、また一つの【悪】が死にました』

 

 

被害者達を細切れにしていたのは紛れない化け物だ。

それは魔女ではなく、使い魔でもない。ミラーモンスター・ボルキャンサー。

そして、それを指揮するのは絶対の正義。

 

さやかは、上条の言葉を完全に思い出す。

この事件の被害者は、犯罪やいじめなどの悪事を働いた者。

ならばそれらを殺す犯人は――

 

 

『狂った正義感の持ち主なのかもね』

 

 

どうして最近疲れていたのか?

それは夜遅くまで街に繰り出していたからに他ない。

 

何故か?

それも簡単だ、悪の根を刈り取る為に。

もうお分かりだろうか? 騎士シザース、須藤雅史。彼こそが『見滝原連続猟奇殺人』の実行者なのだ。

 

 

「騙されんな皆ッッ!!」

 

「!」

 

 

龍騎の怒号が、マミ達を正気に返す。

 

 

「須藤さんがそんな事する訳ない! あの魔女の幻覚に決まってる!!」

 

 

ふざけやがって! 龍騎はドラグクローから炎弾を放った。

それに自我を取り戻したのか、マミ達も強く頷いて微笑んだ。

 

 

「そうよね、そんな馬鹿な事があるワケ無いじゃない! よくも大切なパートナーの顔に泥を塗ってくれたわ!」

 

 

マミは怒りに任せてマスケット銃を放つ。

 

 

『アドベント』

 

 

何かまた音声が聞こえたかと思うと、エリーの前に巨大な水風船が出現する。

水風船は相当な弾力と、表面に多くの水分を有している為、龍騎やマミの弾丸を全て跳ね返した。

 

 

「あぶない!」

 

 

まどかが前に出て魔法を展開する。おかげでダメージこそは無かったが――

 

 

『ひひひひひ!』

 

 

エリーの前に現れた水風船。

(たこ)の魔女『MARILENA(マリレーナ)』は、まるでエリーをかばう様に出現した。

 

また魔女だ。それも別の魔女を助けた。

ますます混乱するマミ達、もう何がなんだか分からない。

 

なら、私が教えてあげる。そう言わんばかりのエリー。

モニタの中にいるツインテールの影がニヤリと笑った。

 

そして最後の映像を見せる。

 

それは、またも須藤が殺人を行っている映像だった。

相手は一番新しい事件の被害者である、政治家の息子。

どうやら権力にまかせて暴行事件をもみ消してもらったらしく、それを許さぬ須藤によって、無残に刻まれた。

 

だが、その中で被害者は抵抗を示す。

持っていたナイフで須藤に切りかかったのだ。

須藤はとっさに腕を盾にしてナイフを受け流したが、その時に傷がついてしまったようだ。須藤はすぐにボルキャンサーを少年に向かわせて殺害した。

 

その一連の流れを見せて、エリーとマリレーナは笑い声を上げながら消失していく。

何がしたかったのか? 今になっては分からない事だが、とにかく皆それどころじゃなかった。

一同は深刻な表情でシザースを見る。

 

 

「す、すど……、須藤さ――……ッ」

 

 

口をパクパクと動かしながら、何とかマミはその言葉を絞りだせた。

分かっている、あの映像は魔女の幻術。つまりはフェイク、自分達の信頼でも崩しにきたのだろうか?

 

 

「ば、馬鹿な話よ……! そ、そッ、そんな事で私達の絆は揺るがないのに……!」

 

 

マミはエリー達を滑稽に思いながら須藤に微笑みかける。

だが、マミは気づいているだろうか? 浮かべた笑顔が何ともぎこちない事に。

しかし事は簡単だった。

 

 

「す、須藤さん。ほらッ、変身を解除してください」

 

 

何を疑う事があるのだろう?

被害者がナイフで須藤に与えた傷は腕だ。

確かに、須藤は同じ場所に包帯を巻いていたが、そんなものはただの『偶然』じゃないか。

 

須藤は言ったぞ? その傷は酔っ払いに受けたものだと。

それを証明してくれればいいだけ。ナイフの傷が無い事を、皆に見せてくれればそれだけでいいのだ。

 

 

「ねえ須藤さん。こんな下らない事はさっさと終わらせて、家に帰りましょう!」

 

 

マミはシザースの肩に手を置いた。

 

 

「そうですね。巴さん、安心してください」

 

 

そう言ってシザースは変身を解除すると、微笑みかけた。

マミは安心して思わず涙を零す。正直少し疑ってしまった自分が憎い。お礼にとびきりの紅茶をご馳走しよう。

 

 

「……え?」

 

「「は?」」

 

 

マミだけじゃなく、龍騎とさやかも声を漏らす。

須藤が包帯を取ると、そこには映像と同じような傷があった。

 

 

「安心してください。これは正義の勲章なんですから」

 

 

マミの思考が停止する。須藤は少し険しい表情をつくると、ゆっくりと頷いた。

 

 

「確かに皆さんが混乱するのは分かります。できれば隠していたかった」

 

 

須藤は申し訳ないと言った表情で、まどか達を見た。

しかし、そこにはひとかけらの罪悪感も存在しない。

それもそうだ、須藤は自分の行動が間違っているとは欠片も思っていない。

 

 

「皆さんは、一体どれだけの犯罪が見逃されていると思いますか!?」

 

「―――」

 

「逮捕一つに、どれだけの手順がいるのか知っていますか?」

 

 

そう言って微笑む須藤。ゆっくりと歩き出して、いろいろな事例を挙げた。

犯罪に軽いも重いもない。須藤は言う。どんな事でも人を大きく傷つければ、それは罪だ。つまり悪なのだ。

 

いじめもそう、警察が動くにしては微妙なライン。現実社会ではそれほど珍しい事でもない。だけど確かに苦しんでいる者達がいる。

それは紛れもない事実なのだ。

どこにでもある? 仕方ない? それで見逃すのか?

 

 

「一度出所した『悪』が、『正義』に復讐するというケースも確認されています」

 

 

刑事の家族が狙われた事件もある。

聞いた事はないか? 警察に相談したのに殺されてしまったストーカー被害者やらの例が。

 

 

「犯罪が起こってからでは遅い、しかしこの世界は、悪を成長させてからでないと摘めないのです」

 

 

それが悔しかったと、須藤は歯を食いしばり拳を握り締めた。

家族を殺されて家を燃やされた被害者を、須藤は知ってる。

結婚を決めた人を殺された被害者を、須藤は知っている。

子供を誘拐されて殺された親を、須藤は知っている。

 

 

「どんなに、どんなに――ッッ!! どんなにその人達が犯人を恨んだかッ!!」

 

 

それなのに、加害者の中には全く反省していない者がいる。

それを知った時から、須藤は心の中でほのかに燻る想いに気づいていた。

刑事になっても平和な世の中をつくる事はできない。

しかしその内、『ある考え』に至ったのだ。それを須藤は今ここで、マミ達に伝えた。

 

 

「うそ。そんな……、嘘よ」

 

 

それをぼんやりと聴いているマミ。

何を言っているのだろう? 正しい事を言っているのだろうか?

 

 

「私は迷っていた、正義のあり方に!」

 

 

須藤の表情は『希望』に満ちていて、龍騎達はただ須藤の言葉を待つことしかできなかった。

 

 

「皆さん、落ち着いて聞いてください。見滝原に入ってからの殺人事件は、ほぼ全て私が行いました」

 

 

当たり前のように、そう言った。

 

 

「巴さん。私はあなたを見て決めたんです」

 

「え? わ、私……ッ?」

 

「そう、自分こそが正義なのだと!」

 

「え? え……ッ?」

 

「だから、私は自分自身の正義を貫く事を決めたんです!」

 

 

須藤の正義。それは――

 

 

「全ての悪を、殺す事――ッ!」

 

 

それが、彼の『正義』だ。

 

 

「す……、ど…う、さ――」

 

 

どうして?

 

 

「巴さん、いずれ世間は私が犯罪者のみを狙っている事に気づくでしょう」

 

 

なんで?

 

 

「そうすれば、私の存在は大きな抑止力となってくれる! 間違いありません、悪い事をすれば殺される。それが犯罪者共に巨大な恐怖を植え付けてくれる!」

 

 

信じて……、たのに――……。

 

 

「いじめもそうです。今現在、多くの子供達が誰にも相談できずに苦しんでいる! そんな彼らを救うのはいじめる側に与える抑止なのです! 万引きやひったくりもそう! この世にあるどんな小さな悪だって私は許したくはない!」

 

 

一緒に、正義を貫こうって――ッ!

 

 

「悪事を犯そうとする連中は、毎日細切れにされる恐怖に苦しまなければならない! やがて、犯罪は大きな減少を辿る!」

 

 

一緒にこれからも――

 

 

「この世には裁けない悪が多すぎる、だから私自身が正義となり悪を裁くのです!」

 

「だからって……、人を殺していい理由には――」

 

 

マミはボロボロと大粒の涙を零しながら須藤に詰め寄った。

否定してほしかったのに、むしろ自慢げに言われた。

 

 

「巴さん、アイツらは人じゃない。醜い悪なんですよ!!」

 

「だから……、殺してもいいの?」

 

「はい。悪は全て滅ぶべきです!」

 

「そんなぁ――ッ、だったら警察は何のために……!」

 

 

嘘、そんなの嘘。人は人なのに。殺した、殺すって?

嘘なのに、嘘じゃないの? それは、きっと正義じゃないわ。

わかって? どうして? 殺すノ?

 

ひドイ、知ッテタクセニ

 

ゼンブ、ワカッテタ、アナタハ、正義。正ギ、セイギ……ウソ

チガウ。ソウジャナイ、アナタハチガウ。アナタ……ウソ

ウソ ゼンブ スベテ―――……

 

 

ウ ソ ツ キ

 

 

「……マミ?」

 

 

やっと、声を出す事ができたサキ。

混乱で言葉すらでなかったが、なんとか目の前にいる親友に声をかけた。

いや、声をかけたと言うのは少し違う。気がつけば声が自然に出ていた。

 

でも、巴マミは『そこ』に倒れている。

だけど、マミは『あそこ』に立っている。

 

あれ? サキは視線で『二人』の彼女を見た。

マミは倒れているけど――、マミから出てきた『彼女』は、確かに立っていた。

 

 

「ねえ、何で?」

 

 

さやかも呟く。

 

 

「何でマミさんから、魔女が出てきたの?」

 

 

かわいい水色のワンピース。頭に被るは黄色のボンネット。

ようこそ、魔女・『Candeloro(キャンデロロ)

キミは喜んでいい。だってキミは、正義の味方の頼れるパートナーになれたんだから。

 

 

「何だよコレ――」

 

 

龍騎は、目の前で倒れているマミの体が粒子化していくのをただ見ているだけしかできなかった。

これがまだ現実じゃないと心のどこかで思っているのだろうか?

なら早く目覚めたほうがいい。

 

巴マミは粒子化を終えて文字通り消滅した。

そしてその粒子はキャンデロロへ吸い込まれていく。

 

辺りを沈黙が包む。

須藤も驚いたような顔で固まっていた。

どうやらこの状況は、須藤にとっても予想外のことらしい。

分からない事しかない。だけど明確にしなければならない。

 

 

「どうなってるんだよ! マミちゃんから魔女が出てきた!? 須藤さんが殺人犯!?」

 

 

龍騎が叫んだ。

 

 

『おいおい、コリャやべぇ事になってんじゃねーか!!』

 

「!」

 

 

そんな混乱をかき消す様に現れたのは、ジュゥべえだ。

キャンデロロを見て冷や汗を浮かべている。

 

 

「ジュゥべえ! なんだ、なんなんだ! 何が起こってるんだ!!」

 

 

サキは素早くジュゥべえに駆け寄ると、鬼気迫る表情で叫んだ。

 

 

「マミはどこに行った!? あの魔女は何だッッ!?」

 

『落ち着けよ浅海サキ。あの魔女は巴マミだ』

 

「――今、何と言った?」

 

 

サキにいつもの様な冷静さはない。

不安と焦り、驚きに顔を歪ませてジュゥべえを見ている。

まどかはそのまま固まり、さやかは剣を落とす。

 

 

「あの魔女が、マミ?」

 

「なんだよ! どう言う事なんだよッ!!」

 

 

龍騎はジュゥべえに詰め寄る。確かに、面影はどことなくある。

 

 

『どういう理屈かは知らないけどよ、たまにいるんだよ。ソウルジェムが暴走して魔女になっちまう奴が!』

 

 

じゃあ、何だ。

マミは化け物になったとでも言うのか。

優しい笑顔はもう見れないとでも言うのか?

 

 

『………』

 

「ッ?」

 

 

しかし、キャンデロロには少しおかしな点があった。

先ほどから全く動かないのだ。ずっと空中に浮遊しているだけで、自分から動く事は無い。

やる事といえば、先ほどからずっと須藤を見ているだけだ。

須藤はそれが気になって、ジュゥべえに詳細を求めた。

 

 

「なぜ巴さんは私のほうを?」

 

『それは、君の命令を待っているのさ』

 

「!」

 

 

須藤の背後からキュゥべぇが現れる。

相変わらずの無表情で、須藤の問いかけに答えた。

 

 

『魔女になったとは言え、キミとマミはパートナーである事は変わりない』

 

 

なので、魔女化した場合にはある決まりごとが行使されるのだ。

それは簡単。パートナーとしての(くさび)だ。

 

 

『巴マミ。いや、キャンデロロはシザース、キミの【いいなり】と言う訳だね』

 

「「「!」」」

 

「ほう」

 

 

興味深いと言った表情の須藤、キュゥべぇは続ける。

今のキャンデロロは、パートナーである須藤の命令ならば何でも聞き入れる道具と化したのだ。

命令通りにキャンデロロは動く。たとえそれがいかな内容だろうともだ。

 

 

「そうだったんですか……」

 

『ただし、いろいろと決まりもある』

 

「決まり、ですか」

 

『まず維持コストだ。【魔女になったパートナーには、毎日三人の人間を生贄として捧げなきゃならない。】もしそれができないのなら、契約は破棄されて彼女は言う事を聞かなくなるよ』

 

 

まるでゲームのルール説明だ。

異常な会話が繰り広げられている、それは混乱しているサキにも分かる事。

 

キュゥべえ達は何を言っているんだ?

どうしてこんな当たり前の様に話しているのか、サキは全く理解できなかった。

 

 

(マミが――ッ、大切な仲間が魔女になったんだぞ!!)

 

 

なのに、なんでキュゥべぇもジュゥべえも、パートナーの須藤は冷静なんだ?

 

 

「生贄なら適当に犯罪者を捧げるので大丈夫でしょう」

 

 

須藤は、そう言うと踵を返す。

そのあまりのスムーズさに誰もがおかしくなりそうだった。

須藤は普通で、自分たちがおかしいのか_

 

 

「なんだよコレ! 何なんだよッ!!」

 

「落ち着いてください城戸くん。皆さん、私たちは今日でキミ達の輪から外れます」

 

 

あっけらかんとした物だった。

 

 

「ですが勘違いしないでください。私たちは貴方達の味方である事には変わりありません。何か困った事があったら――」

 

「ちょ、ちょっと待てッ!!」

 

「?」

 

 

サキは呼吸を荒げながら須藤を呼び止める。

須藤が振り向くと、同時にキャンデロロもまたサキに視線を移した。

 

 

「これからどうするつもりなんですッ! マミは!? それに、貴方のやっている事がどう言う事なのか、理解しているのかッッ!!」

 

「………」

 

 

須藤は俯いて表情を曇らせる。

割り切ったからといって、狂人になったワケでもない。

須藤とて、この行動が簡単に理解されるとは思っていなかった。

 

それでも須藤は、悪人を根絶やしにする行為が正義であると信じていた。

 

いや、それが答えなのだ。

マミ達はまだ本当の闇を理解していない、何が悪で何が正義かも分からない程グチャグチャになってしまった世界が今だ。

 

その世界に今、本当に必要なのはなにか?

 

 

「答えは、揺ぎ無い絶対の正義!」

 

 

黒にも、白にも染まらない、それはただ一つの――!

 

「私は悪人を処刑する事が間違いだとは思っていません。巴さんの力が手に入った今、より多くの罪人共を始末する事ができます」

 

「何を言っているんだ! 須藤さんッッ!!」

 

「これから毎日、見滝原だけでなく他の街も裁きに行きましょうかね。そうすれば、悪はいずれ必ず滅びる。真の正義だけが勝ち残るのです!」

 

 

必要な抑止力だ。痛みを伴わずして、人は学べない。

 

 

「それでは、今まで楽しかったですよ。ありがとうございました」

 

 

須藤はそう言って、歩き出した。

 

 

「さあ、巴さん。出口に向かって――」

 

 

その時、須藤は足を止めた。

まどかの悲鳴が聞こえる。見えたのは光の柱。

これは雷だ。須藤の前に落雷が発生する。須藤が振り返ると、短鞭を構えたサキに睨まれた。

 

 

「浅海さん……?」

 

「須藤さん、あなたは……ッ! マミに罪人を裁かせるつもりなのか!!」

 

 

それは、言い方を変えれば。

 

 

「マミを殺しの道具に使うつもりなのかッッ!!」

 

「………」

 

 

須藤は少し考えた結果、まっすぐにサキを見て口を開く。

 

 

「はい」

 

 

あまりの迷いのなさに、本当に須藤が正義のヒーローに見えた。

でも、それは違う。マミは絶対にそんな事を望んでいないし、罪人だろうとも命を奪いたいとは思っていない筈だ。

 

 

「浅海さん。巴さんは私のパートナーとして、魔女になってまで正義を守ってくれたんです」

 

「意味が分からない! マミのジェムが暴走したのは、貴方に裏切られたからだろう! 正義を見つけた!? 人を切り刻んで放置する事がか? ふざけるなッ!!」

 

 

須藤は首を振る、何も分かっていないと言わんばかりにため息までついた。

 

 

「はるか昔の話ではありますが、ある国では罪人を象に踏ませると言う罰を与えていたそうです」

 

 

器用な象は、罪人を苦しめるためにまず広場まで罪人を引きずっていく。

そして手と足から押し潰していき、激痛と恐怖を与えるのだ。

 

最後に胴や頭を踏んで絶命させる。

その凄惨な死体を市民に見せつける事で恐怖と『自分も罪を犯せばああなる』と言う事を刻み込ませるのだ。

 

それは犯罪を減らすなによりの抑止だ。

悪い事をすれば苦痛を与えられる。それを理解すれば、人は絶対に悪の道には動かない。

 

 

「それを可能にするのは、絶大な力を持った私たちなんですよ!」

 

 

須藤は気づいた。この(シザース)は正義だと! 悪を苦しめて殺す、何よりの正義!

 

 

「それを巴さんは分かってくれた。だから自らの存在を賭けて私に力を与えてくれたんです! 魔女(ともえ)さんがいれば、より多くの罪人を惨たらしく苦しめて殺す事ができる!」

 

 

それは正義、須藤はサキから視線をそらす事無く言い放った。

 

 

「違う! 須藤さん! それは違うッ!!」

 

「!」

 

 

サキの前に出たのは龍騎だ。須藤に詰め寄り、必死に考え直す様に言う。

 

 

「そんな正義ッ、間違ってますよ!」

 

 

真司もジャーナリストとして少しは勉強したつもりだ。

難しくてほとんど分からなかったけど、やっぱりそんな中でも恐怖と力で支配する世界は、必ず後で破綻する事を知っていた。

 

 

「何よりッ、マミちゃんの手を汚す事が正義なんですか!? そんな馬鹿な事あるかよ!」

 

「………」

「俺、須藤さんに憧れたんすよ! なのに何でこんな事!!」

 

「キミもいずれ分かりますよ」

 

 

今のこの世界に――。

 

 

「本当の正義などない!!」

 

 

だから、自分が絶対の正義になる。

 

 

「人間は悪意に満ちている。そんなふざけた連中を――」

 

「ッ!!」

 

「皆殺しにするんですッッ!!」

 

 

サキはその言葉を聞いて形相を変える。

本気だ。本気で須藤は自分が正義だと思っている。本気で魔女(マミ)を使って悪人を殺すつもりだ。

 

マミの願いは人を苦しめる全ての魔女を倒すこと。

なのに、マミ自身が人を殺す道具になる?

マミが、魔女になる!?

 

 

「ふざけんなぁあああああああああッッ!!」

 

 

猛スピードで、青が駆け抜ける。

そして何かが激しくぶつかり合う音が聞こえた。

さやかが須藤に向かって剣を振り下ろしている。そして須藤を守る様に立ったボルキャンサーが、ハサミで刃を止めていた。

 

 

「さやか! 落ち着けッ!」

 

「ふざけんな! ふざけんなふざけんなぁあああッ! 信じてたのに! あたしもマミさんもアンタを信じてたのにッッ!!」

 

 

須藤は首をかしげる。

何故さやかは怒っているのだろうか?

 

 

「裏切った? 何もしていませんが」

 

 

悪人の命はゴミ以下、殺しても何の問題もない。

そうやって悪人を殺し続けていけば、いつか世界は平和を望む人間で満たされる。

 

 

「確かにそう考える事もあるかもしれない!! だけど、それじゃあ駄目なんだ須藤さん! 俺たちは神様じゃない! 人間だろ!!」

 

 

龍騎はさやかを止めようと走り出す。

 

 

「きゅ、キュゥべぇ!! マミさんを元に戻す方法はないの!?」

 

 

まどかは涙を流しながら必死に訴える。

マミさえ元に戻せれば、みんな冷静さを取り戻せる筈だ。

そうしたらきっと、こんな悪夢みたいな時間は終わるんだ。

 

 

『ああ、あるよ。巴マミを元に戻す方法だろう?』

 

「本当に! やったぁ! ねえどうするの!?」

 

『今のマミはシザースの傀儡だ。それは呪いの様に彼女を縛る鎖となる』

 

 

だから、マミを救うにはその鎖から解き放ってやればいい。

キュゥべぇがまどか達に告げた魔女化を解除する方法。

それは、これまたシンプルなものだった。何も難しい話じゃない、ある手順さえ踏めばいいだけ。

 

 

『シザースの【デッキを破壊した状態で、騎士(すどう)を殺せばいい】んだよ!』

 

「………」

 

『そうすれば、マミは【魔法少女としての力を全て失う代わりに、しがらみから解放されて普通の少女に戻る】んだからね』

 

 

つまり、須藤を殺せばマミは元に戻る。

魔法少女としては二度と戦えなくなるけれども、魔女の姿からまた優しい彼女に戻ってくれる。

須藤を、"殺せば"。

 

 

『逆に言えば、それ以外にマミを魔女から戻す方法はねぇぞ!』

 

 

ジュゥべえの補足説明が心に重い一撃を加える。僅かな希望が打ち砕かれる。

須藤も、さやかも、龍騎も、皆固まった。

 

マミを元に戻すかどうか?

それは須藤を殺すかどうかの選択でもあると言う事なんだから。

 

 

「そんあぁ、そんなぁ……!」

 

 

まどかはその場に崩れ落ち、泣くことしかできなかった。

この現実を受け入れるだけの精神力は無い様だ。

 

龍騎もどうしていいか分からずにその場に立ち尽くす。

まどかを気にかけているようだが、正直、そんな余裕は無かった。

 

だが同時に、これがフィクションでもなんでもない明確な現実だと言う事を理解している者もいる。

 

 

「………」

 

 

須藤、さやか、サキは睨みあっている。

まさか――、龍騎はある事を考えてしまう。

だが、そんな馬鹿な事をするわけが無いと首を振った。

 

 

「ねぇ須藤さん……」

 

 

先に口を開いたのはさやかだった。

それが何を意味するのか、さやかだって分からない筈が無い。

迷い、そして悩んだ末の答えなのか? それとも――?

 

 

「なんですか? 美樹さん」

 

「あたし。マミさんの弟子なんだ――」

 

 

だから、もっとマミさんと一緒にいたい。

もっとマミさんにいろいろ教えてもらいたい。もっと、マミさんと一緒に笑いたい。

そしてマミの想いを踏みにじった須藤が許せない。

 

だからさやかは須藤を見た。

だから、さやかは剣を構えた。

 

 

「さやかちゃんっ!?」

 

 

意味を理解したまどか。

 

 

「なんで!? さっきまで一緒に戦ったのに! 仲間なのにっ、どうして……!?」

 

 

どうして今は敵対しているんだ。まどかはとてもじゃないが、それを口にすることはできなかった。

口にしてしまえば、そうなってしまう様な気がして。

だがまどかは分かっていない。現に今、そうなっている。

 

 

「マミさんを魔女にしたのはアンタだ! 須藤ッッ!!」

 

「巴さんは私の正義に呼応してくれたんですよ! なぜ貴女は理解してくれない!?」

 

「ふざけるな! マミの手は汚させないッッ!」

 

 

そう言って、サキもまた前にでる。

親友のマミが魔女として人を殺す、そんな事を許す訳にはいかない。

そして彼女を助けたい。たとえそれが須藤を殺す事になってもだ。

 

 

「ちょっと待てよ! 落ち着けよよさやかちゃん! サキちゃんも!!」

 

「そうだよ! どうしてわたし達が戦うの!? こんなの絶対おかしいよ!!」

 

 

その言葉に、思わずさやかはまどかを睨む。その眼光に怯むまどか。

 

 

(お姉ちゃん……!)

 

 

まどかは困ったようにサキへ視線を送るが、サキが視線を返してくれる事は無かった。

 

 

「まどか、じゃあアンタはマミさんが魔女のままで人を殺してもいいって言うの?」

 

「そ、そんなぁ!」

 

「そう言う事なんだよまどか。須藤さんは、もうマミさんを道具としか見ちゃいないんだからッッ!!」

 

「道具? それは心外ですね。巴さんはパートナーだ、これからも助け合って正義の頂点を目指すのです」

 

「須藤さん。考えは変えないんだね」

 

「もちろんです。私は、正義ですから」

 

「ッ!! くそっぉおおおおおおおオオオオッッッ!!」

 

 

それがスイッチになった。

さやかは跳んで、一気に須藤の眼前まで移動する。

何を? まどかは瞬間的にさやかの名前を叫んだ。

 

だが、さやかはもう目の前の須藤に集中して何も聞こえない。

ましてや聞こうともしない。そのまま手に持った剣を振り下ろした。

 

 

「!?」

 

 

だが、須藤の体に剣が入る事は無かった。

キャンデロロがリボンのような腕を伸ばして、剣を受け止めたのだ。

 

 

「マミさんに命令したな!」

 

「こういう使い方でしょう?」

 

 

須藤はその隙に後ろへ跳んだ。手に、デッキを持って。

 

 

「須藤、アンタを……」

 

 

さやかもバックステップで。一旦後ろに下がる。

思い浮かべるのはマミの笑顔。あの笑顔に救われた。自分の道を見つける事ができた。

さやかは憧れていたマミに一歩でも近づきたいと願っていた。

 

それは須藤も同じだと思っていたのに。

須藤の事も、憧れていたのに――。

 

 

「アンタを……ッッ!! 殺すッッ!!」

 

 

もう、戻れない。

やるしか、ないのだから。

 

 

 

 

 



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第10話 (編後)義正の当本

 

 

「やれやれ、仕方ありませんね。美樹さん、考え直すつもりは無いんですか?」

 

「あたりまえだッッ!!」

 

 

須藤はため息を一つ。そしてキャンデロロへ指示を出す。

命令を受けて、キャンデロロはさやかに攻撃をしかけていった。

 

リボンを銃に変え、黄色い弾丸を放つ。

さやかはそれを剣で受け流すと、再び須藤に向かって足を進めた。

だが魔女は次々に弾丸を発射し、さやかを近づけさせない。

 

 

「……ッ!」

 

 

激しい怒りがこみ上げてくる。

あんなに優しかったマミが、さやかに攻撃を仕掛ける。

それも全ては須藤のせいではないか。

 

さやかは明確な、そして鮮明な殺意を刃に込めた。

先ほど一瞬、心に浮かんだのは須藤への尊敬の念だ。

もちろんそれは嘘ではなかった。だからこそ許せない。マミを、そして自分を裏切った気がして絶対に許せなかった。

 

 

「須藤ォオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

「美樹さん、貴女も正義の邪魔をすると言うのなら……」

 

 

Vバックルが須藤の腰に現れる。

 

 

「悪と、思って構わないんですね?」

 

 

須藤は冷たい目でさやかを睨みつける。

それでもさやかは足を止めなかった。だからこそ須藤もデッキをバックルへ装填する。

 

 

「変身」

 

 

激情のさやかと、驚くべき程に冷静なシザース。

その時、まどかはもう一度叫んだ。戦いを止めほしい。

その声が響く中で、さやかとシザースは武器を打ちつけ合う。

 

競り合う剣と、バイザー。

そこにかつての絆は無い。あるのは、明確な殺意のみである。

 

 

『ソードベント』

 

 

さやかは迫るボルナイフを紙一重で交わしながら、シザースの鎧に剣を叩き込む。

スピード面で見れば、さやかは圧倒的だ。しかし防御面ならばシザースの圧勝である。

 

シザースは剣を回避せずに鎧で受け止めると、反撃の蹴りをさやかのわき腹に叩き込んだ。

重い一撃だ。手加減なんて無い。さやかの呼吸が止まり、不快感に表情が歪む。

 

 

『!!』

 

 

一方でキャンデロロは標的をさやかではなく、サキに移した。

それは足止めであり、なによりも『盾』だ。

 

サキ達は、マミを攻撃できない。

シザースはそれを分かっていた。その中途半端な甘さが勝敗を決する。

蹴りを受けてよろけるさやかに、シザースは次のカードを発動した。

 

 

『フリーズベント』

 

 

ボルキャンサーが、さやかの真後ろに出現する。

一瞬の事で、反応が遅れてしまう。それがアウトだった。

さやかを包み込むバブル。剣で斬りつけても、足裏を叩きつけても全く壊れない。

 

 

「動けないッ!」

 

「それでは、さようなら」『シュートベント』

 

 

マスケット銃がシザースの手に収まる。

 

 

「憧れの先輩が使っている武器で死ねるなら、本望でしょう?」

 

 

シザースは迷う事なく引き金を引いていく。

破裂音が聞こえ、さやかは目を閉じた。反射的にマントで身を包んで防御の姿勢をとる。

苦し紛れだが、無いよりかはマシだろう。魔法で強化されたマントなら盾になってくれる筈だ。

 

 

「ッ!?」

 

 

しかし意外にも攻撃は外れていた。

水の弾丸は、さやかではなく、全く別の方向に向かっていたのだ。

首を傾げるシザース、この近距離で外すなど考えられない。

 

 

「……成る程、そう言う事ですか」

 

「須藤さん! さやかちゃん! 少し落ち着いてくれッ!!」

 

 

シザースの視線の先、そこに立っていたのは龍騎である。

先ほど違和感を感じてデッキを見てみれば『ガードベント』が追加されていたのだ。

この状況を打破してくれる希望を祈り、それを発動させたと言う訳だ。

 

今、龍騎が持っているのは真っ赤なマント。

それを靡かせれば、相手の攻撃対象を強制的に自分にする事ができる。

龍騎はまるで闘牛士のごとくマントを揺らす。それが効いたのか、キャンデロロもまたシザースの命令を無視して龍騎を追い始めた。

 

 

「余計な事をしてくれる――ッ!」

 

「いやッ、ちょっと待ってくれよ! 仲間同士で戦うなんておかしいだろッ!?」

 

 

キャンデロロは龍騎を本気で殺しにかかっている。

確かにおかしい事である事は間違いない。仲間同士で殺しあって、無意味極まりないだろう。

 

 

しかし、殺し合わなければならない。

片やマミを救うため。片や正義を守るため。邪魔な存在を消さなければ。

そこには何の矛盾も無いのではないか?

 

 

「おりゃアアアアアアア!!」

 

「ッ!」『ストライクベント』

 

 

バブルは硬いが、壊れないワケでは無いらしい。

さやかが必死に暴れると、泡が弾けて消えた。

自由になったさやかは、再びシザースへ向かっていく。

 

 

「隠蔽、冤罪――ッ! 誤報! この世は腐っている!」

 

 

だから変えなければ。

シザースはストライクベントである『シザースピンチ』を振るい、さやかを狙う。

 

龍騎の『ドラグケープ』は攻撃の対象を自分に変える離れ業であるが、流石に意思あるものをずっと拘束し続ける事はできないらしい。

既にシザースは龍騎の洗脳を打ち払い、さやかと戦っている。

 

 

「美樹さん、貴女はまだ幼い。だからこの世の汚さが分からないんです!」

 

「うるさい! どんなに世界が汚くても、それがマミさんを巻き込んでいいって事にはならないッ!!」

 

 

再びシザースピンチと剣がぶつかりあった。

激しく火花が散り、さやかとシザースは互いに殺意を全開にして睨み合う。

 

だがシザースは忘れていた。

キャンデロロは龍騎が誘導しているのだ。

それはつまり敵は、一人じゃなくなったと言うこと。

 

 

「うォオオオオオオオオオッッ!!」

 

「!」

 

 

まさに、一瞬。それは一秒もない時間。

サキがシザースの横腹に掌底を叩き込んだ。

雷撃を纏ったその一撃は、シザースの装甲が薄い部分にえぐり込む。

 

 

「がァ――ッ!!」

 

 

想像を絶する衝撃がシザースを襲い、思わず動きが止まった。

 

 

「グッ!」

 

 

だが、なぜか攻撃をヒットさせたサキも、地面に膝をついて動かなくなる。

呼吸が荒く、立つ事ができない様だった。サキが一瞬で動いた事と関係があるのだろうか?

 

 

「くそッ! 予想以上に……! キツイな――ッ!」

 

 

サキはもう動けない。

しかし、作った隙はあまりにも大きい。その隙にさやかは須藤のデッキを狙う。

 

 

「待てッ! さやかァアッッ!」

 

「!」

 

 

さやかを止めたのは他でもないサキだった。

 

 

「どうして止めんのよッ、サキさん!!」

 

 

今ならシザースは隙だらけの筈なのに。

しかし普段の関係が染み付いているのだろうか。サキの命令を聞いて、さやかは足を止めた。

 

 

「須藤ッ! まどかを見ろッッ! さやかもだ!!」

 

「!」

 

 

シザースとさやかは、サキに言われるがまま視線を移した。

そこには、泣きながら震えているまどかの姿があった。

恐怖と混乱で腰が抜けているのか、立ち上がれずにへたり込んでいる姿はとても弱弱しい。

 

 

「須藤! お前の正義が正しいのなら、なぜ彼女は泣いている!? それでいいのか? お前の正義で人を悲しませてもいいのかッ!? 答えろォォ!!」

 

 

サキは震える膝を叱咤しながら立ち上がった。

その眼光に思わず怯むさやか、そして沈黙するシザース。

 

サキは、シザースに殺意こそ湧いたものの、本当に殺そうなどとは考えていなかった。

どんなに憎くても、どんなに苦しくても、しかるべき場所が存在している以上、自分たちの独断で命を左右してはならない。

 

なによりもマミが信じた『正義』のためにも、この戦いを続ける事は許されないのだ。

 

 

「魔女になったマミは通常の方法では戻らないんだろ? だけどきっと戻せる方法はある。それこそ全ての戦いが終わった後の願いでもいい」

 

「………」

 

「だから、こんな事はやめろ。止めてくれ……!」

 

 

須藤は、裁きと言う名の殺人を止めて、マミを何らかの方法で抑制しておけばきっと何とかなる筈だ。

 

 

「こんな状況だからこそ冷静さを失ってはいけない」

 

 

サキは掠れる声で必死に訴えた。

だからさやかも、シザースも攻撃を中断して後ろへ下がっていく。

分かってくれた様だ。サキは安心して笑みを浮かべた。

後ろにいるボルキャンサーに、気づかないまま。

 

 

「ッッ!?」

 

「浅海さん、私は――」

 

 

シザースはアドベントを発動していた。

何故? もう戦う必要はないんじゃないのか?

サキの視線に、シザースは答える。冷静になるもなにも。

 

 

「私は、はじめから冷静ですよ」

 

 

その言葉と共に、ボルキャンサーはサキに襲い掛かった。ハサミが開き、首を狙う。

サキは疲労でまともに動けない。かろうじて後ろへ下がることで回避はできたが、少しや刃が掠ってしまう。

 

飛び散る鮮血。

シザースはもう決めていたのだ。魔法少女達は甘さに飲み込まれて、『正義』を邪魔しかねない。

 

 

「なら、仕方ないでしょう。平和には多少の犠牲がつきものだ」

 

「!」

 

「貴女達を殺すのも、また一つの正義です」

 

「なんで……」

 

『アドベント』

 

 

追撃を加えようとしたボルキャンサーだが、龍騎が発動したアドベントによってドラグレッダーが割って入る。

ドラグレッダーは長い体を鞭のようにしてボルキャンサーを吹き飛ばすと、咆哮を上げる。それは龍騎の叫びでもある。尚、戦いを止める様に叫ぶ龍騎。

 

だがもう全てが遅かった。

サキも、さやかも、シザースも確信する。

目の前にいる者を、殺さなければならないのだと!

 

 

「ウォオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

決意の叫びと共に、サキの体が激しい放電を起こした。

先輩としてできるのは、さやかの手を汚させない事と見た。

サキ自身が須藤を殺す。親友を、後輩を、幼馴染を、仲間を守る為に。

 

白く光る落雷がシザースを捉え、再び動きを封じる。

そして鞭を伸ばしてシザースのデッキを狙った。

 

 

「しま――ッ!!」

 

 

シザースも落雷のスピードには対処できない。

衝撃が走り、帯電したまま膝を着く。そうしていると鞭が見えた。

 

 

「ぐゥウッッ!?」

 

 

バリン! と、音が響く。

吹き飛ぶシザース。見れば、腰中心にはサキの鞭があった。

 

"ランチア・インテ・ジ・オーネ"。

雷の魔法を、鞭の先に一点集中して貫通力を跳ね上げる魔法だ。

 

そう。鞭はデッキを貫いた。

そこでサキは崩れ落ち、うつ伏せに倒れて動かなくなってしまった。

どうやら魔法の代償として、疲労感が蓄積されるらしい。

 

 

「ぐあああ……ッッ!」

 

 

だが、同時に決着だった。壁に叩きつけられたシザース。

腰の中央にあるデッキを確認すると、小さいが穴が開いており、それを中心にして亀裂が広がっていく。

 

 

(くッ、油断していたか!!)

 

 

欠片が地に落ちる。

そして、徐々に崩壊していくデッキ。

亀裂が広がっていき、崩壊のスピードが上がっていく。

 

 

「!!」

 

 

シザースの体が。そしてボルキャンサーの体が粒子化を始めた。

デッキは騎士の魂ともいえるものだ。破壊されれば、変身が解除されてしまう。

 

 

「しまった!」

 

 

初めて明確な焦りを感じるシザース

前を見れば、さやかが剣を持って向かってくるのが見えた。

まずい。シザースは考える。粒子化――、つまりまだ完全に負けた訳ではない。

 

 

「ボルキャンサァアアアア!!」

 

 

シザースは叫び、ボルキャンサーを呼び戻す。

同時に装甲の全てが粒子化してしまい、須藤本人が引きずり出された。

 

だが、まだボルキャンサーは消えてない。

この僅かなタイムラグの間に、さやかを殺せば可能性はあった。

 

 

「美樹さやかを殺せェえッッ!!」

 

 

ボルキャンサーはそのままハサミを――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下ろして、立ち止まった。

 

 

「え……?」

 

 

何で。どうしてッ?

契約モンスターは自分の駒じゃないのか!? 自分自身の鏡像じゃないのか!?

どうして主人が危険なのに立ち止まるんだ。再びボルキャンサーの名前を叫ぶ。

 

しかしどれだけ叫んでもボルキャンサーは動かなかった。

 

何かしたのか!?

須藤は辺りを見回すが、何もそれらしい様子はない。

サキは倒れて動けなくなっているし、まどかはへたり込んで泣いている。

龍騎はキャンデロロをおびき寄せているし、さやかは――

 

 

「――ッ!」

 

 

さやかは、すぐ目の前に。

 

 

「須藤ォオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

鬼のような形相で迫るさやか。

須藤の時間がスローモーションに変わる。その時、ある考えが頭に浮かんだ。

そんな事はない。そんな事がある訳がない。そう考えながらも、須藤は冷静に考えていた。

 

どうして、ミラーモンスターが動かなくなったのか。

自分が想いと共に変身した時、ミラーモンスターは誕生する。

その想いに背いた場合、モンスターへの信頼と絆も薄れるのだと、キュゥべぇ達から聞いたっけ。

 

須藤は、初めて変身した時に何を思っていたのだろう?

何を、ボルキャンサーに託したのだろう?

 

 

「………」

 

 

須藤はそれでも――

それでも言う。この選択は間違っていない。私自身が――

 

 

「――……、正義」

 

 

ドンッ! と、衝撃を感じた。

直後、焼ける様な激痛が胸を焦がす。

あくまでも冷静に須藤は確認を行う。目の前には苦しそうなさやかが見えた。

 

 

「………」

 

 

そして自分の胸に剣が生えているのを確認する。

 

 

「さ……やか――、ちゃ――……」

 

 

まどかは青ざめた様子でそれを見ていた。

龍騎もその光景につい立ち止まる。力なくドラグケープを落とし、サキは悔しそうに涙を流した。

 

さやかの剣は須藤の胸を貫いたのだ。

騎士の力を纏っていない須藤は、ただの人間となんら変わりない。

その状態で剣を刺されれば、訪れる結果は一つしかない。

誰もが理解していた筈だ。

 

 

「――――」

 

 

須藤の口からありったけの血が吹き出る。

コートが鮮血に染まっていき、その場に膝を着いた。

 

そして、口を開く。

声にもなっていないソレだったが、何故か鮮明に聞こえた気がして、さやかもその言葉は心に受け入れた。

 

 

『いずれ、分かる。この世は、悪意に満ちている』

 

 

だから、正義を。

ここまで、ここまでだった。須藤の言葉は、須藤の意思は。須藤の――

 

 

命は

 

 

倒れる須藤と、広がっていく血。

ピクリとも動かなくなったのは、もう死んでいるからに他ならない。

 

コレは夢? それとも現実なのか?

分かっていたのに、覚悟していた筈なのに分からなくなって、皆沈黙する。

だがそれでも時は進むのだ。キャンデロロは粒子化を始めていく。

呪いは終わる。夢から覚める。条件は達成された。

 

粒子がマミのシルエットを形作っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ?」

 

「!!」

 

 

ゆっくりと『彼女』は目を開けた。

何があって、自分は今どうなっているんだっけ?

 

ぼんやりと鈍る意識の中で、巴マミは目を覚ました。

直後、衝撃が走る。泣きじゃくるさやかに抱きしめられて、マミは思わず戸惑ってしまった。

 

 

(あれ? 私たしか、魔女に食べられそうになって。そしたらデートに行った筈の美樹さんに助けられて――……?)

 

 

「マミさぁあんッッ!! マミさぁんんッ!!」

 

「うふふ、どうしたの? そんなに泣いちゃって――……」

 

 

立ち上がったマミは、とり合えずさやかを落ち着かせる為に抱きしめる。

 

 

「よかった、本当に――……ッッ」

 

 

サキも泣いているじゃないか。

珍しい。長い間、一緒にいたが、泣いている姿は初めて見るかもしれない。

まどかも真司も放心状態で座り込んでいる。

ええと、何があったんだっけ? マミは苦笑しながら考えてみる。

 

 

「ぅううぅうう!!」

 

「あはは……」

 

 

とは言え、まずはさやかを落ち着かせないと、考え事もできない。

マミは仕方ないと笑い。さやかを抱きしめる力を少し強めて、頭を撫でた。

 

さやかはマミの香りと感触を確かめるように強く抱きしめた。

この優しさを守る為に取った行動を、後悔しないように……。

 

 

「ねえ、マミさん――」

 

「なぁ……、に?」

 

「ずっと一緒にいてくれる?」

 

 

さやかはマミの胸に顔を埋めて言った。

きっとマミは笑いながらも、容認してくれるだろう。

これからの事は、それから考えればいい。マミがいる世界で考えれば――。

 

 

「………」

 

「ッ? マミさん?」

 

 

でも、少し待ってみてもマミは返事をしてくれなかった。

聞こえなかったのか? さやかはマミの顔を見るため手を離す。

 

 

ドサリ

 

 

「え?」

 

 

ドサリと、巴マミは倒れた。

そう言えばマミの香りが少し違った。この臭いは、さっき嗅いだばかりじゃないか。

どこで? 今、さっき――

 

須藤から、嗅いだ血の臭い。

 

 

「マミさん? ねぇ……、マミさんってば――……」

 

 

倒れているマミ。

おかしいな、おかしいな、おかしいな。どうして血が出ているの?

どうして脚や手が、変な方向に曲がっているの?

どうして青痣だらけなの?

どうして骨が皮膚を突き破っているの?

どうして、息が苦しそうなの?

 

 

「なにこれ」

 

 

さやかが小さく呟いた言葉。

それは誰にあてた物でもないが、質問と勘違いしたのか? 『彼』が口を開いた。

淡々と、何の感情もなく。

 

 

『言ったじゃないか、【魔法少女としての力を全て失う代わりに、しがらみから開放されて普通の少女に戻る】って』

 

 

魔法少女は願いを叶えたからこそ、力を手に入れたのだ。

ならば、その力を失うと言う事は。

 

 

『巴マミは、戦いから開放された代わりに、願いの力が無効化されたって事だな。ま、当然だろ! 願いを叶える代わりに戦いの運命に身を委ねるんだ、しかるべき代償だぜ』

 

 

ジュゥべえは得意げに言った。

 

 

「え? 願いが無効化され――……、え?」

 

 

マミの願いは生きたいと言う事だ。

それが、無効化されると言うことは――?

 

 

『よく分からないけど、さやか。はやくお別れを言った方がいいよ』

 

『ああ、そうだぜ。サキ達もいいのか? 巴マミは――』

 

 

キュゥべぇもジュゥべえも、声を合わせて言う。

 

 

『もう死んじゃうよ?』『もう死ぬぜぇ!』

 

 

………。

 

 

「うぁあァアあぁあァアアアァッッ!!」

 

 

初めに叫んだのはさやかだった。

マミの肩を掴んで必死に声をかける。

 

 

「ヤダよ! やだよ! やだよやだよマミさんッッ! 嫌だ、死なないで! 死なないでよぉッッ!!」

 

 

そこで我に返ったのか、サキとまどかも駆け寄り、マミに回復魔法をかける。

さやかも回復魔法をかけるが、マミを中心にして赤い海が広がっていくばかりだ。

 

 

「………」

 

 

マミは、その中でゆっくりと微笑んだ。

自分が置かれている状況を理解したようだ。

何故こうなったのかも、全て分かっていた。

 

そして訪れる結末も悟る。

だからマミはさやかの手を握って微笑んだ。

 

 

「もう……、い――」

 

 

声にならない声を出す。

聞こえているかは別として、マミは言葉を続けた。

もう、いいから。もう自分は。

 

 

「諦めるなマミッ! お前――ッッ!!」

 

「マミさんッ!! 嫌だよ! マミさ――……ぁ」

 

 

マミはまどかとサキにも微笑んだ。

そして、立ちすくむ龍騎にも。

 

 

「どうか…、須藤さ――、を、恨まな…、で……」

 

 

かわいそうな人。でも、それは自分もだから。

きっと、自分もいつか須藤と同じ考えを持ったかもしれない。

そう考えてマミは須藤を許した。きっと、皆は受け入れてくれないかもしれないけど。

少なくとも、巴マミは許したのだ。

 

 

「ぁ、も……、駄目――、ね」

 

 

ああ、もう駄目かもね。

マミはそう言って笑ってみせる。

本当に聞こえているだろうか? 本当に笑えているだろうか?

 

涙で濁る視界のなかで、マミは仲間を見続けた。

全身が鈍い。痛みはないがすごく疲れた。

 

 

「も……、み――、に……、で」

 

 

もっと、皆と一緒にいたかった。

でも、ずっと一人だったマミが見るには幸福すぎる夢だったのかもしれない。

 

 

「嫌だッッ! 嫌だ嫌だ嫌だァア!」

 

 

さやかは叫び、マミの手を握る。

その手は冷たくて、とても弱い光に見えた。

 

 

『ゆまちゃんの事が心残りだけど、後を任せる事、許してもらえる?』

 

 

聞こえただろうか? 声は出ていないが。

 

 

「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だよぉ!」

 

「マミ! 早く、何とか――ッ! 誰か、何とかッ!!」

 

 

泣き叫ぶまどか達。

マミは悲しまないでと微笑んだ。

 

そして、お願いを言う。

きっとまたいつか出会う時がきたら、その時も、また一緒にチームを組んで。

 

 

「た……、た、か――ッ」

 

 

笑顔で、マミは目を閉じた。

 

 

「マミ? おい……! 目を開けろ! おいッッ!!」

 

「止めてよ冗談でしょ!? マミさんッ!!」

 

「そんな! マミさ……」

 

「マミちゃん……? ウソだろ?」

 

 

サキもさやかも、マミが起きる様に必死にゆすっている

それをキュゥべぇ達は止めた。たった一言、絶対の言葉で。

 

 

『もう止めなよ、無意味だよ。だってもう死んでるじゃないか』

 

『そうそう。コッチとしても、やっと思い出せたんだからよォ、そう言うのチャッチャと終わってもらいたいぜ』

 

 

その言葉と共に、泣き崩れるさやか。

まどかはショックのあまり感情を出さず涙だけ流している。

力なく崩れる真司。

 

 

「――ッッ!!」

 

 

サキだけは鞭をキュゥべえ達に向けて睨みつけた。

 

 

「何故マミが死ぬ事を言わなかったッ!?」

 

 

サキは怒号を上げて二匹に問いかける。

だが、その返事はまた淡白なものだった。

 

 

『ソレくらい読み取ってもらいたかったよ。キミたち人間はいつもそうだね、説明された事が全てだと決め付けて情報を得ると言う努力を簡単に放棄する』

 

『そもそも詳しく聞かれなかったしな。つぅか、もういいよな先輩?』

 

 

それだけ、それだけの返事だった。

マミと須藤が死んだ事に、なんのリアクションも示さない妖精達。

 

サキは怒りがおさまらずキュゥべえ達に掴みかかった。

しかしその瞬間、二匹の姿が消失したのだ。

消えた? 戸惑うサキ。だがその時だった。

 

 

「マミおねーちゃん……?」

 

「ッ!!」

 

 

ホールの入り口にゆま達の姿が見えた。

魔女を倒し、ここまで来たのだろう。

 

 

「来るなァアッッ! 見るなッッ!!」

 

 

サキが叫ぶ。

かずみ達は肩を振るわせ、とりあえずは止まった。

しかしサキの鬼気迫る表情が、逆に不安を煽ってしまう。

 

いずれにせよ、倒れているマミは見えてしまった。

ゆまは気になって、必死に押されるかずみから離れようともがいていた。

 

 

(駄目だッ、ゆまにだけは見せられない! 隠し通さなければ――ッ!!)

 

 

サキは必死に逃げ道を探す。

死体をどうにか隠す事はできないか? いや、それよりもゆまの方を――。

そんな事を必死に考える。必死に、必死に、必死に――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【巴マミ】【須藤雅史】

【シザースチーム・両名死亡】

【これにより、両者復活の可能性は無し。よって、シザースチーム完全敗退】

 

 

「なんだ……ッ、これは――ぁ……っ」

 

 

もう嫌だ。

何が起こっているのか全然分からない。理解できない!

マミ達が死んだ事が『全員の脳』に叩き込まれる。叫ぶゆま、かずみもショックで手を離してしまった。

 

また、ゆまの泣き叫ぶ声が聞こえる。

おそらくマミの死体を確認したのだろう。でも誰も、ゆまを慰める事はしなかった。

誰もが立ちすくみ、黙る。そうしないと、少しでも落ち着かないと、壊れてしまいそうだったから。

 

ああ。ぼんやりと暁美ほむらは考えていた。

自分は、なんて馬鹿な夢を見ていたんだろう?

 

仲間になれるって、一緒に戦って。

一緒にお茶して、そしてアイツを倒してハッピーエンド。

凄く簡単に、楽に終わる楽しい夢を見ていた。

 

忘れていた。

きっと変な事が起こりすぎて腑抜けていたに違いない。

誓ったじゃないか、理解したじゃないか。

 

 

(そう、そうよね……)

 

 

ほむらは理解する。自分の甘さを。

そして『その音声』が、ほむらにより一層の決断を迫らせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【シザースチーム完全敗退】【残り、24人・12組】

 

 

(私は――、誰の助けも借りないって言ったじゃない)

 

 

だから思い出した。

そんなに甘くないことを。

 

 

「残り――ッ、だと?」

 

 

サキは、最悪の事態を想像して思わず吐きそうになる。

頼む。止めてくれ。神に懇願するが、その願いはいとも簡単に踏みにじられる。

 

 

『やあ、聞こえているかい?』

 

 

その時、この場にいる全員の頭にキュゥべぇの声が響いた。

そして、知る。これから始まる――

 

 

地獄を。

 

 

やあ、聞こえているかい? ボクはキュゥべえ。

この声は、既に全員覚醒済みの魔法少女13人と、既に覚醒済みの騎士だけに向けた言葉なのでよく聞いてほしい。

 

ああ、あと騎士の『13人』は今現在デッキを持っている人間で決まりだから。

パートナーが覚醒していない人は、早く覚醒させた方がいいよ。

 

おっといけない。

マミと須藤は死んだんだったね。だったら12人ずつだ。

 

さて、アナウンスが流れたとおり、最初の一組が脱落したところさ。

とにかく、死者が出てくれたおかげでボク達の情報ロックが解除された。

だから今から説明するよ――

 

 

「なんだよコレ!?」

 

 

龍騎が叫ぶがキュゥべぇの声は止まらない。鮮明に頭に入り込んでくる。

それは逃げられない何よりの証拠だった。耳を塞ごうとも絶対に聞こえる情報。

そんな中、次はジュゥべえの声が聞こえる。

 

 

『騎士の連中には言ったよなぁ? 全ての戦いが終われば願いが叶うってよぉ。お前らはそれが魔女だと思ってたんじゃないか? いやいや、それは実は違うんだよ』

 

「ッ!?」

 

『敵は――、"お前ら"』

 

 

ジュゥべえの言葉がさらに混乱を加速させる。

 

 

『敵は、"魔法少女と騎士"なんだよなコレが! お前らには、今からあるゲームをやってもらうぜぇ?』

 

 

ゲーム? 皆、怯み、ただ話を黙って聞いていた。

すると次はキュゥべえの声が聞こえてくる。

 

 

『ルールは簡単だよ。普段どおりに生活してくれればいいだけさ。ただ、終了条件を選ぶ必要があるけどね』

 

 

終了条件――、その言葉でついに誰かが吐き出した。

それはまさに悪夢。

 

 

『終了条件は二つ。まず、"皆で殺しあって最後の一組になるまで生き残るか?"』

 

『それとも、いずれ見滝原にやってくる。"魔女・ワルプルギスの夜を倒すか"、だぜ?』

 

 

もちろん勝者には素敵な景品が用意されているとキュゥべえは付け足した。

最後の一組になるまで殺し合い、そして生き残った場合。

騎士が二つ、魔法少女は一つ、願い事を叶えられるのだ。

なんでもいい。どんな願いも妖精さんは叶えてくれるから。

 

 

『殺した人数でさらに増える可能性もある。もっと願いを叶えられるんだ。素晴らしいじゃないか』

 

 

次は、ジュゥべえが語る。

ワルプルギスの夜を倒した場合、もちろん殺しあう必要もないので皆生存できる可能性もある。

 

 

『ワルプルギスの夜を倒せたなら、生き残った者全員で一つの願いを叶える事ができるぜ。みんなで仲良く悪いヤツをぶっ飛ばした上に、願いまで叶えられるたぁハッピーだな!』

 

 

それはよく話し合って決めて欲しいと、ジュゥべえは言った。

極論を言えば――

 

・多くの願いを叶える為に他者を殺すか?

 

・皆と生き残るために願いを諦めるか?

 

 

『さあ、始めようか』

 

 

キュゥべぇの声が、始まりを告げる。

もう、逃げられないと分かっているのに――、とても怖かった。

 

 

『始めよう、神のゲームを――』

 

 

FOOLS(フールズ)GAME(ゲーム)をね。

 

 

『契約した皆は、願いを叶える為に潰しあってよ!』

 

 

キュゥべぇの明るい声と共に、絶望のゲームが始まりを告げる。

誰も、何も、逃げられはしない。せめて己の答えを示すまで愚かに回り続けろ――

 

 

 

 

 

愚者達よ

 

 

 

 

 

 





次回からタイトルとあらすじ変わります。
あとは番外編のお茶会も開始します。


まあいろいろ言いたい事はあるんですが――


この作品はハートフルな作品です(適当)


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第11話 GAME・START TRATS・EMAG 話11第


タイトルとあらすじ変えました。
プロローグの方に注意書きを追加したのですが、ここから暴力描写が強めになっていきます。

苦手な人は、ごめんやで(´・ω・)


 

 

 

あなたには、何を賭けてもいいと思える物があるだろうか?

 

命さえも懸けてもいいと思える物があるだろうか?

 

そして、それは正しい事なのだろうか?

 

それは、答えなのだろうか。

 

 

『ったくよ、それにしてもつくづく運のねぇ女だぜ』

 

 

ジュゥべえは笑う。

本当にこの種族は気の毒なものだ。希望があればその分、相応の絶望もあるんだから。

 

いつの時代もそうだった。

栄光、繁栄、没落、墜落。そして希望と絶望。

不確かなものに踊らされる人間がたまらなく滑稽に思えて仕方ない。

 

 

『終われば新しいものが始まる。まさに世界形態としてはあるべき姿だ。お勉強が足りなかったな』

 

 

詰めが甘かったとしか言えない。ジュゥべえは思うのだ。

お前の『答え』は間違っちゃいないが、少し甘すぎた。

改変や希望だのとほざくのは結構だが、予期せぬケースってもんは常にあるもんさ。

それを想定していなかったお前のミスだな。

 

いや残念だよ本当に。

これは仕方ねぇ、運が悪かったとしか言いようが無い。

まあでも、おかげで退屈はしなさそうだけど。

 

 

『つー訳で、退屈させない様に頑張ってくれよ。参加者共』

 

 

全ては愛すべき、宇宙の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神のゲーム? どこまでもふざけやがって……ッッ!」

 

 

真司は壁に拳を打ちつけた。

あれからどれだけの時間が経ったのだろう?

魔女結界は既に崩壊し、みんな何も言わずにしばらく立ち尽くすだけだった。

 

マミと須藤の死体はキュゥべぇ達が消滅させた。

死体が出るといろいろ面倒らしい。だから二人の存在は世界から消されるのだ。

ルールの名の下に。

 

 

【脱落者は例外を除き、死体及びその存在を全て抹消される。尚、死体と存在が残る場合は条件を満たす必要がある】

 

 

生まれてから今日まで、マミと須藤にはいろいろな人生があっただろう。

多くの人と関わって、影響しあって生きてきた。

 

しかし今日を以ってして人の記憶からマミと須藤は消滅する。

二人が今まで生きてきたこの世界は、二人の事を忘れるのだ。

そして真司たち『参加者』だけは覚えている。

 

「もう遅い、これからの事はゆっくり考えよう……」

 

 

しばらくしてサキが口を開いた。

確かにいつまでも立ち尽くしていたところで何も変わらない。

みんなの答えを聞かず、サキは泣きじゃくるゆまの手を引いて消えていった。

 

かずみも、ほむらも暗い表情で消え。

もう涙すら出ないさやかは、まどかに一言謝るとそのまま一人で帰っていった。

まだ夢のような気分だ。真司はずっと俯いて動かないまどかを起こすと、家まで送るのだった。

 

 

 

 

妖精たちが提示した『FOOLS,GAME』。

どうやらそれは一定の時間が経つか、参加者の死がきっかけで始まるらしい。

マミと須藤が死んだ事で、始まりの合図が放たれたのだ。

 

ゲーム。その名が示すとおり、F(フールズ)G(ゲーム)には様々な"ルール"が存在している。

大まかな事はキュゥべえが言ったとおりであるが、細かい情報は見滝原を動き回るキュゥべぇかジュゥべえを見つけ出して聞かなければならない。

 

情報を集める事がゲームを優位に動かす。

つまりこれからはキュゥべぇ達を探す事も視野にいれなければならないのだ。

 

そしてそのルールの一つである、移動についての制約。

今日から七日後には【見滝原から30km圏内からは出られなくなる】と言う事だった。

参加者にしか見えないドーム状のエリアが見滝原に被せられ、その壁を越えると範囲外とみなされる。

 

 

『エリア外に出ると『死』んでしまうよ。気をつけてほしい』

 

 

エリアは時間経過により、狭くなる可能性があると言っていた。

なぜエリアを設定するのか。決まっている、そうでなければエンカウントする確立が低くなるからだ。

 

 

『最後にエリア外でやっておきたい事や、会いたい人がいるなら今のうちにやっておけよ!』

 

 

ジュゥべえはそう言って笑っていたが、今の真司達にはどうでも良いように感じてしまう。

いきなり殺しあえ? ワルプルギスの夜? 意味が分からない。分かりたくもなかった。

 

 

「じゃあ、何かあったら――、いつでも呼んでくれて良いから」

 

「うん。ありがとう……」

 

 

そう言って、真司とまどかは別れる。

振り向く真司、まどかの背中がとても小さく見えた。

 

だが、真司だって混乱している。

F・Gとは一体何なのか? デッキ所有者が今現在で打ち止めならば、ゲームには蓮と美穂も参加する事になる。

 

 

(駄目だ、弱気になるな。まだ殺し合いが決まったワケじゃない。だってルールには――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

まどかは、ずっと部屋で俯いていた。

あれだけ泣いたのに、気づけばまた涙がこぼれてくる。

目を閉じれば、マミとの思い出が鮮明に蘇ってきた。

紅茶の味も、ケーキの味も、優しそうな笑顔もちゃんと覚えている。

 

 

「うぅ……! ひぐっ!」

 

 

なのに、どうしてこんな事になってしまったんだろう。

ずっと皆一緒だと思っていた。ずっと、これからも一緒に戦って、いつか全ての魔女を倒せると夢見ていた。

なのに、マミは死んだ。それなのに、須藤は死んだ。

 

もう、会えないんだ。

 

 

「うぅぅ、マミさぁん……!」

 

 

嫌だ、嫌だそんなの。

何で。どうして。先ほどからずっと同じ言葉がループしていた。

 

 

『やあ、魔法少女の皆』

 

「!」

 

 

頭にキュゥべぇの声が響く。

まどかは辺りを見回して姿を探すが、どこにもいない。

そもそもキュゥべえとは何者なのか? まどかは怖くなった。いままでは自分達をサポートしてくれる仲間だと思っていたが、そうではないのか?

 

まどかは必死にキュゥべぇの名を呼ぶが、姿はみせない。

どうやら頭に響く声は、まどかだけではなく、複数の人間に向けたものらしい。

所謂、受信はできるが、送信はできないようだ。

まどかの言葉を無視して、キュゥべえは淡々と説明を行っていく。

 

 

『ボクは今、魔法少女全員に声をかけている。ゲームが始まる前に一度アンケートを取りたいんだ。申し訳ないけれど協力してもらうよ』

 

(アンケート? なんの……?)

 

 

まどかはキュゥべぇの言葉を、ぼんやりと聞いていた。

だがそう言う訳にもいかなくなる。

アンケートの内容は、F・Gのどちらの終了条件を目指すかだ。

 

 

つまり、『殺しあう』か『助け合う』か。

 

 

「ッッ!!」

 

 

キュゥべえからの情報を信じるならば、まどかを入れて13人の魔法少女がゲームに参加する。マミが死んだ今、12人の目指すエンディングとは何なのか?

それをまずは魔法少女全員に知っておいてほしいとの事だった。

 

 

『もちろんゲームは始まったばかりさ、迷っている人や決まってない人もいると思う。だから一度、参加者がどんな人か知っておくのもいいと思ってね』

 

 

キュゥべぇは、今から12人の魔法少女を一箇所に集め、軽い話し合いをしてほしいという。

集めるのは『精神』だけ。そしてゲームである以上、この会合にも"ルール"と言う制約がつけられた。

 

 

『魔法少女集会・サバト』

 

 

まず、12人にはランダムに番号が振り分けられる。

まどかの脳裏に現れるのは『1番』だった。その番号が集会における自分を表す。

 

まどかは、さやか達の名前を知っていても、そこで発言することはできない。

 

参加者の特定を防ぐため、『人名』を出すことはキュゥべぇ側がブロックしているのだ。

姿はノイズでごまかされたシルエットになる。声も特定できない様にされ、一人称も『私』で統合される。

 

 

『さっそくキミ達を一箇所に集めるよ。有意義な話し合いになる事を期待しているからね』

 

 

そこで、まどかの意識は途切れた。

 

 

1『!』

 

 

まどかが目を覚ますと、そこは薄暗い喫茶室の様な場所だった。

とは言え、用意されたものと言えば椅子くらいだ。

ここが、精神世界、サバトの場と言うことなのだろう。

 

まどかは自分の姿を確認してみる。

普段の姿となんら変わりないが、他人から見ればグチャグチャに見えているんだろうか?

そこで気づいた。周りを見れば12人のシルエットが時計の様な円形状に並んでいるじゃないか。

 

とは言え、数字の並びはバラバラだ。

1から13までの数字が書かれた『盤』が、頭上に存在している。

12の場所には誰もいなかった。おそらく、本来ならばあそこにマミが座る筈だったのだろう。

 

 

1「……ッ」

 

 

いくら知り合いが紛れているとは言え、恐怖と緊張がまどかを襲う。

この12人は今、どんな事を考えているのだろう?

どんな選択をするのだろう?

 

 

『たった今、全員が目を覚ました』

 

 

円形に並ぶ椅子。その中央にキュゥべぇが現れた。

 

 

『キミ達は神に選ばれた13人だ。一人は席を空けたが、是非キミたちには有意義な結末を迎えてほしいと思っている』

 

 

そのためにも、この場が設けられるのは必然だった。

 

 

『さあ、話し合いのスタートだ』

 

 

とは言え、誰が何を言っていいのか迷ってしまうものである。

まどかもどうしていいか分からず、ただ他の魔法少女が何を言うのか伺うだけだった。

 

そんな中、一人の魔法少女が口を開いた。

緊張が走る。この張り裂けそうな威圧感の中で、彼女は何を話すのだろう?

 

 

2『皆さんは、どちらの終了条件を目指すのかしら?』

 

 

誰だろう?

喋り方もイマイチ印象に残らない魔法がかけられているらしい。

まどかは必死に考える。サキか? それとも?

 

 

8『よ、よっし! じゃあここは一つ、皆でワルプルギスの夜って奴をぶちのめしちゃいましょうや!!』

 

 

そう言って手を挙げる魔法少女。

元気な様に振舞っているが、声も足も震えている所を見るに、強がっているだけなのだろう。

 

 

8『ワルプルギスってのが、どんなのかは分からないけどさ! 私達なら絶対に勝てるって!』

 

5『わ、私もそれに賛成。私達はチームを組んでいるの! み、皆も加わってくれれば怖いものなしだよ――!』

 

 

8番の言葉に賛同する5番。

つまり、協力してワルプルギスを倒そうと言うわけだ。

反応するまどか。きっとさやかか、かずみ辺りだろう。

り合いを見つけられて安心する。

 

8番は、自分達には味方がいると言う点を強調する。

それは同時に、『チームを組んでいるから歯向かわないほうがいい』、そう言うニュアンスも含んでいる様に思えた。

 

 

11『私もワルプルギス討伐に賛成だ。下らない殺人ゲームに乗るつもりはないよ』

 

 

続々と協力派の意見が上がっていく。

 

 

4『プはッ!』

 

 

そんな時だった、4番の魔法少女が吹き出したのは。

 

 

8『な、なに? 何がおかしいのさ』

 

4『悪い悪い。ただ、ちょっとおかしくてさ』

 

8『何が?』

 

 

イライラしたように8番は問いかける。

しかし4番は反応しなかった。8番の言葉を無視して、キュゥべぇにある事を持ちかける。

 

それは一度意見を集計してみるのはどうか、と言う事。

項目は三つ、ワルプルギスを倒す『協力派』か、ゲームに乗って他のペアを殺す『参戦派』。そしてどうするか迷っている『中立派』だ。

 

 

『そうだね、一度集計してみようか。じゃあ皆、今の三つの内、自分がとろうとしている決断を頭の中に思い浮かべてくれ』

 

 

頷く魔法少女達。

 

 

8『そんなの皆、協力に決まってるじゃん!』

 

 

命を賭けたサバイバルゲームなんて誰がするものか。8番はそう言って目を閉じた。

まどかだって8番と同じ考えだった。

確かに多くの願いを叶えられるかもしれないが、だからといって他者の命を奪う事が許される訳がない。

 

皆で協力すればワルプルギスの夜は絶対に倒せるはずだ。

このゲームは協力こそが必勝法に違いない。

まどかは絶対の自信をもって、『協力派』を選択した。

 

 

『……うん、全員集まったみたいだね。じゃあ、発表するよ』

 

 

みんな一緒に戦えば、どんな困難だって乗り越えられる。

まどかはそう思っていた。それは、マミが教えてくれた事だから。彼女の想いだから。

 

もう、マミは戻らない。

でも、だからこそマミの為に自分たちは手を取りあうべきなのだと思った。

 

 

『まず、協力派は――』

 

 

だから、皆で手を取り合って助け合えば、どんな困難も

 

 

『四人だね』

 

1『え?』

 

 

皆で……、手を――。

 

 

8『ちょ、ちょっとキュゥべぇ! 間違えてんぞーッ? み、皆同じ意見でしょうが!?』

 

 

動揺する数名の魔法少女。

だが他の魔法少女は何もおかしな事は無いといった様子だった。

キュゥべぇもこの結果は何も間違えていないと言う。

そして、結果発表を続ける。

 

 

『じゃあ次は、参戦派だ。結果は六人だね!』

 

 

少しだけ声のトーンが上がった気がする。

 

 

『最後に決めかねている、中立派が二人。それで集計結果は終わりだ』

 

 

結果として皆殺し派が『六人』、協力派が『四人』、中立派が『二人』。

 

 

8『ちょ、ちょっと待ってよ!! アンタら本気で言ってんの!? 本気で殺し合いなんかしようってのッ!』

 

 

8番が叫ぶ。

 

 

8『何で!? 意味わかんないッッ!!』

 

 

まどかも意味が分からなかった。

 

 

8『殺し合いなんておかしいでしょうが! どう考えてもッ、ワルプルギスを倒す方がいいに決まってるだろ!』

 

 

8番は必死に叫んでいるのに、どこからクスクスと笑い声が聞こえてきた気がする。

 

 

8『誰も死ななくて済むし。それなのに、どうして六人も殺し合いに賛成してんのよッ! バカじゃないの!? なんで協力派じゃないのさッッ!』

 

3『だって、殺し合いの方が楽しそうなんだもん♪』

 

 

その時だった、3番が口を開いたのは。

絶句した。8番も一瞬で言葉を止めた。聞き間違いか? 楽しい?

 

 

1(そんな……)

 

 

まどかは、全身が震えがった。殺し合いが――、楽しそう?

 

 

4『なあおい、8番さんよぉ……』

 

8『な、なんだよ!?』

 

4『アンタ、バカじゃねーの?』

 

8『!!』

 

 

まどかは自分の耳を疑った。

おかしいのは、誰? 正しいのは何? どうして8番が否定されたのか、まどかには全く意味が分からない。

8番の否定は、つまり彼女が正しいと思っていたまどか自身への否定でもある。

 

 

8『なんだと……ッ!』

 

4『アンタさぁ、何勘違いしてるか知らないけど。私達は何の為に魔法少女になったのさ?』

 

9『愛する為に決まってるじゃない――ッッ かッッ!!』

 

 

その時、おもむろに両手を挙げて9番が名乗り出る。

目を丸くする魔法少女達、なぜ今ココで割りはいる?

 

 

9『私はねッ、愛のために魔法少女になった!!』

 

 

9番は、その後も早口で言葉を並べていくが、何を言っているかサッパリ分からない。

ともあれ、まともでは無いというのを知るには十分だった。

 

 

9『しかし、お腹が空いたね! ●●! おやつはまだかい!! 私はもう、お腹が空きすぎて死にそうだよ!!』

 

8『ああッもううるさい! 今はどうでもいいだろ!』

 

 

イライラを隠し切れず怒鳴ってしまう。

しかし、興味深い事が一つあった。9番の言葉にノイズが入ったと言う事は、個人を特定する単語が入ったと言う事だ。

 

おそらくは名前だろう。

つまり、他にも同盟を組んでいる魔法少女同士がいるのだ。

 

 

2『落ち着いて9番さん。ごめんなさい4番さん、何だったかしら?』

 

4『だからさぁ! 私達はなんで魔法少女になったんだよ? 願いを叶える為だろうが! その為にはどんな事だってやる、そう誓ったんじゃないのかい?』

 

 

4番は腕を組み、胸を張る。

 

 

4『まさかこの中に、人を助けたいとか言う馬鹿みたいな理由で魔法少女になったヤツはいないだろうね?』

 

 

まどかの意思を一蹴である。

 

 

4『考えてもみなよ。もっと願いが叶えられるチャンスなんて、最高のサプライズじゃん!』

 

 

そう言って笑う。

4番の言いたい事は分かるが、それで人が殺せるのか?

まどかには、それが理解できなかった。

 

 

4『今更、甘いこと言ってんじゃねーよ。キュゥべぇ、願い事で死んだ奴を蘇生させる事はできるのかい?』

 

『まあ、これは答えてもいいかな。【願い事で人を蘇生させる場合、一つの願いで一人だけ蘇らせる事ができる】よ』

 

 

その言葉を聞いて場に戦慄が走る。蘇生させられる人数は限りなく低い。

なら尚更だと4番は笑う。それがどういう意味なのか、今のまどかには分からなかった。

 

 

4『お前らの甘い考えが、このゲームで通用する確立は限りなく低いのさ。第一、あんたらのお仲間さんは本当に信用できるのかぁ?』

 

 

4番の口が三日月の様に吊りあがった。

そこで8番や、まどかは気づいた。まどか達はマミを含まずに考えると、六人のチームだった。なのに、今協力派は四人しかいない。

 

つまり、協力を拒んでいる仲間がいる。

 

 

8『――ッッ!!』

 

4『ははは! どうやら、お仲間はアンタの考えとは違うみたいだね』

 

 

打ちひしがれた様にうなだれる8番。

だが、その時、新たに声をあげる魔法少女が現れる。

 

 

6『少し落ち着いて。全ての話を聞いてからでも遅くは無いわ』

 

8『え……? う、うん』

 

6『よく聴きなさい。私は今、参戦に表を入れたわ』

 

 

その言葉に魔法少女達の雰囲気が変わった。

6番は参戦派。殺し合いに賛成したと言う事だ。

だが、6番は余裕を崩さずに他の参加者を一瞥する。

 

 

6『私は、ゲームに乗る奴を殺す。つまり、このままいけば4番さんと3番さんかしらね』

 

4『ふーん。成る程ねぇ……。まあそう言うのもありかもな!』

 

3『えー、こわーい☆』

 

 

4番も3番も、笑うだけで特に動じてはいないようだ。

 

 

10『私もッ、少しいろいろな事が起こりすぎて! つい、そのッ、迷う派に入れちゃっただけなの!!』

 

 

10番は必死に弁解を始める。どうやら6番の仲間なのだろう。

まどかは張り裂けそうになる胸を押さえて、必死に理解しようとしていた。

確実にゲームに乗る人が現れている。それが何よりも怖かった。

 

 

1『ま、魔法少女同士で戦うなんておかしいよぉ。私達は、仲間じゃない』

 

 

震える声で、小さい声で、言ってみる。

 

 

11『そうだ! お前達、少し冷静になったらどうだッ? こんな馬鹿げたゲームにのるなんて――』

 

13『ハハハハハハッ!!』

 

1『ッ』

 

11『!』

 

 

今まで沈黙を保っていた13番が、突如声をあげて笑い始める。

 

 

13『ヒーッハハハハハハ! ウヒャハハハハハハハハハ!』

 

 

しばらく狂ったように笑い始めた。

うるせぇ! と、誰かが叫んでも笑い続ける。

まどかはすぐに、13番が味方ではない事がわかってしまった。

 

 

13『笑っちゃうよねぇ。マジで、本当、最高』

 

 

13番は知っている。全てを知っている。

 

 

13『仲間? 笑わせる。だったらなんで12番は死んだのか? ハハハ!』

 

 

沈黙。一瞬の混乱があった。

しかし理解する、13番は確実にマミの死を知っている。しかも何故死んだのかも。

 

 

8『ちょっと待てよ。なんで知ってんの……!』

 

13『くはっ! んー! ハハハハハハァア!!』

 

8『おいッ! おいって!!』

 

 

おそらくはサキかさやかなのだろう。必死に13番に詳細を求めていた。

だが、13番はそれを無視である。それだけではなく椅子から立ち上がると、前に出て行く。

 

 

13『最初に宣言しておこうかな?』

 

 

13番に対して一勢に視線が集まった。

それを理解すると、ニヤリと笑って声高らかに宣言する!

 

 

13『私は、このゲームに乗る! そして、お前ら全員――』

 

 

笑ったまま、勢い良くサムズダウンを決めた。

 

 

13『ブッ殺すッ!』

 

 

衝撃が、まどかを包む。

希望がかき消されていく、未来が塗りつぶされていく。

どうして、どうしてゲームに乗るなんて事を考えるんだ?

 

まどかは無性にマミに会いたくなった。

あの優しい笑顔で、この空間を否定してほしかった。

でも駄目だ、駄目なんだ……。

 

だって、マミはもういないんだから。

死んだのだから。

 

 

3『みんなすごいなぁ。貴女は何か話さなくていいの?』

 

7『………』

 

 

ずっと先ほどから黙っていた7番。

気だるそうに壁にもたれ掛かっている7番は、少し考えた後ゆっくりと口を開く。

 

 

7『……おいどんは、相棒の意見を聞いて決めるのでごわす』

 

 

ふざけた喋り方の7番だが、何が目的なのだろうか?

悔しいが、全く分からない。それが狙いなのか?。

とにかく7番は中立派のようだ。その喋り方に複数の魔法少女はケラケラと笑った。

 

人が、死んでるのに。これからもっと酷い事が起こるかもしれないのに。どうして彼女達はこんなに楽しそうなんだ。

まどかはおかしくなりそうだった、こんな異常な空間は初めてだ。

 

皆もう受け入れている。

まるで、本当にゲームを楽しみにしている様じゃないか。

 

 

『さて、今回はこれで終わりにしようか。どうやら皆それぞれの考えを持ってくれているようで安心したよ』

 

 

椅子が消え、一同は立ち上がった。

 

 

『最後に何かあるなら話してもいいよ。消えた後も頭に残るようにしておくから』

 

 

要は一番はじめに消えた魔法少女の頭にも、一番最後に消えた者の言葉が残るということだ。

キュゥべえの言葉を受けて、2番が一歩、前に出る。

 

 

2『さて皆さん、これでお分かりになられたでしょう? このゲームはもう止められない、それをよく理解してほしいものだわ』

 

1『――っ』

 

2『他人を信用しすぎると、バカを見ますよ?』

 

 

2番は怪しく笑って後ろへ下がる。どうやら彼女もまた、参戦派なのだろう。

 

 

9『あぁ! 待ってよ●●!』

 

 

2番と9番の体が消えていく。

最後に2番はスカートの両側を持ち上げてお辞儀を行う。

これから、長い関係になりそうだと。13番はその姿に何かクるものがあったのか、自分の体を抱きしめて悶えている。

 

 

2『では、御機嫌よう』

 

9『あはは! また会える日まで!!』

 

 

消滅する二人。

 

 

7『………』

 

3『うふふ、F・Gかぁ。楽しみだな♪』

 

10『皆――ッ! 私は………』

 

 

次は三人が消滅する。

 

 

5『もう……! 嫌だよぉ』

 

8『ちくしょうッ! ふざけんなぁああッ!!』

 

 

悲しみに打ちひしがれる者、怒りのままに叫ぶ者。

二人は消滅していく。

 

 

4『ハッ! じゃあ楽しませてもらうよ。覚えときな、弱い奴から喰われる!』

 

13『さあ! 殺し合いの始まりだ! It's Show Timeッッ!!』

 

 

挑発する様に笑う4番。帽子を取り華麗な礼を決める13番。

共に、殺し合いに乗った者達だ。

 

 

11『止められないのか……ッ! やるしか――……』

 

 

諦めたように消える11番。

 

 

6『降りかかる火の粉は払うまでよ。覚えておきなさい』

 

 

踵を返す6番。

消えていく中で、長髪が美しくなびいた気がする。

6番は一瞬だけ1番を見た気がするが――、どうなのだろう。

 

 

1『ちょ、ちょっと待ってよみんな!!』

 

 

曖昧に、少しでも雰囲気をよくしようと、まどかはヘラヘラと笑って前に出た。

既に周りには誰もいないが、それでもキュゥべえの言葉を信じるなら発言は先に消えた者達の頭に入る。

だからまどかは、必死に言葉を並べていった。

 

 

1『傷つけあうなんて間違ってるよぉ! だって……ッ、えへへ、私達は魔法少女じゃなぃ! 正義のヒロインだよ! えへへ、へへ……、へ』

 

 

全てが空虚であると言うことは、まどか自身が分かっていた。

けれども、必死に笑い、取り繕う。

こんな事は駄目だ。絶対に駄目だ。意思は固いのに、言葉は驚くほどに軽い。

 

 

1『こ、ころ――ッ、殺し合いなんて絶対に駄目だよ! みんなで落ち着いてもう一度話そう? だって、痛いのッ、辛いのとか嫌でしょ!?』

 

 

気づけばキュゥべえすらいない。

 

 

1『みんな家族がいて、友達がいて、それから――』

 

 

黙れと言われた気がして、まどかは言葉を止めた。

ふと、違和感を感じて掌を見てみれば、透けている。

消えていくのが分かった。

 

 

1『ねえ、待ってよ……! ちょっと待って! お願いだから!!』

 

 

まどかは耐え切れずに膝をつく。

涙を堪えようとしても駄目だった、完全に乗り気の魔法少女がいる。

逃げられない、参加するしかない。

 

この、殺し合いに!?

 

 

1『お願いだから話を聞いて! みんなッ、お願いだからゲームなんて乗らないで! お願いだから! 駄目だよ! 絶対にだめぇ!!』

 

 

涙を流しながら懇願する。

しかし気づいていた。泣いて、何かが変わるわけが無い。

そもそも、誰も自分の言葉を聞いてない事は分かっていた。

 

 

1『待ってよ。ねえ、待って! お願いだから……! お願いだからぁ!!』

 

 

そこで鹿目まどかの姿は消え去った。

物陰に隠れていたジュゥべえは呆れたように首を振る。

 

 

『無様すぎる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「合わせ鏡が無限の世界を形作るように――」

 

『?』

 

 

少女は、薔薇に水をやりながら微笑んだ。

 

 

「現実における運命も一つじゃない」

 

 

ドロレス、ストロベリーカップ、銀世界、プリンセスダイアナ。

そこには様々な薔薇が存在していた。

 

 

「同じなのは欲望だけ……。全ての人間が欲望を背負い、そのために戦っている」

 

 

薔薇の中、少女は想いを馳せていた。

 

 

「そしてその欲望が抱えきれないくらい大きくなったとき、人は――……」

 

 

何になるのかしら?

 

 

『ふぅん、詩人だね。誰の言葉だい?』

 

「夢で見たのよ。誰の言葉かは分からないけれど」

 

 

キュゥべぇは特に興味が無いといった様子でその言葉を聞いていた。

ゲーム運営を行うキュゥべぇが少女の元に来たのは他でもない、彼女だけに教える情報があったからだ。

 

 

『君は運がいいね。二つしかない内の一つ、"当たり"を引いたみたいだ』

 

「ふふ、そう。それは良かったわ」

 

 

少女は考える。

背負いきれなくなったら、何になるんだろう?

あ、そうだ。これでいい。

 

 

「魔法少女になる。そう、魔法少女の戦いが始まるのね」

 

『騎士もいるけどね』

 

「ふふ、そうだったわ。じゃあ騎士と魔法少女の戦いね」

 

 

そう言って、少女はソウルジェムを取り出す。

始まるのは愚者共のゲーム。面白い、ならば私は勝ってみせる。そして証明してみせる。答えを出してみせる。

 

 

生きる、意味を。

 

 

「このゲーム。勝つのは私――」

 

『いい自信だと思うよ。美国(みくに)織莉子(おりこ)

 

 

ありがとう。そう言って白い魔法少女・織莉子は笑った。

参加者達が各々の考えを知った今、ここに本当の意味でF・Gの開幕が宣言されるのだった。

勝つのは誰か? ただ一つ言える事があるのならば、このゲーム――

 

 

 

 

 

 

 

 

戦わなければ、生き残れない!

 

 

 







今見返してみたら、ここらへん未来日記パク――ッ、オマージュ……!( ;´・ω・`)b

当時ホシボシ少年は未来日記にもドハマリしておりました。
特に未来日記のアニメは前期EDと、後期OPはサバイバルゲーム物のお手本みたいな作りですよな。


昔も書いたけど、この作品のOPは龍騎の『Alive A Life』で、EDは未来日記の『Blood teller』をイメージしておりますぞ。

だけども、この作品に未来日記の要素は欠片も存在しておりませんぞ。


(´・ω・)………。










(´・ω・)b 未来日記もよろしくな!(宣伝)



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第12話 参加者達 達者加参 話21第

※番外編のお茶会は、退場者がメインになってます


 

 

F・Gの開始。

それに伴い、魔法少女と騎士たちは各々の想いを抱く。

殺す事に燃える者。生きる事に必死になる者。ただ絶望に嘆く者。

 

しかし迷ってもいられない。

もうゲームは始まっているのだ。いつ、どこで、どんな時に殺し合いが起こるかは分からない。

それぞれは何を思うのだろうか? その中で今回は一部分を見てみよう。

 

まずは『中立』の立場を選んだ少女だ。

 

 

「これ……、全部食べていいのかな?」

 

「もちろん」

 

 

男はテーブルに並んでいる食事を、向かいに座っている少女に勧める。

誰が見ても豪華の一言に尽きるソレは、男の身分を現している様だ。

厨房では数名のシェフ達が待機しており、食べたいものがあればどんな物でもすぐに用意してくれると言った具合だった。

 

 

「じゃ、ま。遠慮なく~」

 

 

少女は舌なめずりをすると、適当に前からある料理を鷲づかみにして口へと運んでいく。

 

 

「遠慮せず、どんどん食べてください」

 

「ん」

 

紳士的な男の言葉に甘えよう。

少女は頭を下げると、文字通り次々に皿を空にしていった。

おいしい物を食べると誰もが笑顔になる。少女も例外ではない。

だがしかし忘れてはいけない、この少女もまたゲームの参加者である。

 

 

「ところで……」

 

「ん? どうしました?」

 

 

少女が浮かべたのは黒い笑みだ。

 

 

「いつまで仮面を被ってるつもり? 飯がまずくなる」

 

「……ハッ!」

 

 

男の雰囲気が変わった。ネクタイを緩めると、目の前においてあるパンを乱暴に掴み、かじりついた。

パンくずがボロボロと床に落ちるが、別に構わない。掃除は担当の者がするんだから。

 

先ほどまでの紳士的な雰囲気からは想像できない行動。

それは同時に、この男の本来の姿でもある。

 

 

「悪い悪い、取引先の連中に失礼はできねぇからな! 敬語ってヤツは普段から使い慣れとかないと大事な場面で素が出ちまう」

 

「ふぅん」

 

 

少女は呆れた様にそれを聞いていた。

スープが無くなればすぐにメイドが注ぎに来てくれる。

本当に便利なものだ、少女はしばらくの間料理を貪り続けていたが――、ふいに真面目な表情になって笑みを浮かべる。

 

 

「さて、そろそろ本題に入ろうか。ここの防音設備なら外に聞かれる心配もない」

 

 

少女は笑みを保ったまま男に視線を向ける。

 

 

「本題だァ?」

 

「ああ。お前さんは結局……、どちらの選択をとるのかえ?」

 

 

『どちらの選択』。その言葉で男の目つきが変わる。

そして、すぐにニヤリと笑って身を乗りだした。両肘がテーブルにぶつかる音と共に、ドスの効いた声で答えを告げる。

 

 

「決まってんだろうが、乗るんだよッッ!!」

 

「………」

 

少女はハイライトの無い目で、ずっと男を見ている。

 

 

「ま、そう言うと思ってたよ。だから念の為に口調を偽ってまで特定される事を防いだんだからな」

 

 

悪いな協力派の皆様方。

7番の中立派はこの瞬間、参戦派にならせてもらいますわ。

少女は集会を思い出して、心の中で誰に向けるでもない謝罪を行った。

 

 

「いいか? 人間ってのは欲望で溢れてんだ!」

 

 

七つ、百八――。古来から人の歴史や、文献からは様々な欲望が見て取れた。

七つの大罪。強欲、嫉妬、怠惰、傲慢、色欲、憤怒、暴食が示すように、それらが満たされない時、人は狂う。

 

例に挙げるなら、暴食。つまり食だ。

今こうして喰い散らかしている料理だが、世界にはたった一つのパンを巡って戦いが起きる。満たされていない欲望が争いを起こすのだ。

 

男は言う。何故、戦いが終わらないのか――?

 

 

「それはよぉ、人間ってのは永遠に満たされねぇ生き物からだ」

 

「ほぉ……」

 

「七つの大罪? 足りねぇんだよ七つ程度じゃ!」

 

 

男はテーブルを殴り、叫んだ。

 

 

「だから人間は争いあう、一つが満たされれば新しい欲望がすぐに生まれる。だから、戦いは"永遠"に無くならねぇ」

 

 

愚かで、愚図で、どうしようもない馬鹿な生き物。それが人間だ。

 

 

「だがな、だからこその人間だ! 覚えとけ、このゲームで協力派に移る奴は人じゃなねぇ。ゴミだ」

 

 

最後の一組になれば、多くの願いが叶えられる。

それは、普通ならば絶対に不可能な事でもだ。

そんな最高の賞品を手にしない理由がどこにある? このF・Gに用意された答えは最初から一つ、最後まで生き残る事なのだ。

そうすればもっと欲望を満たす事ができるんだから。

 

 

「たとえ……、それが人の命を奪う事になっても?」

 

「ああ、そうだ!」

 

 

男は言う。

人の命を奪う事は確かに罪だ。だがそれは普通に生きて、普通に生活していればこその話。

 

このゲームは普通じゃない。全てが例外になれば、罪の形も変わる。

それを割り切れる強さが無ければこのゲームを。いや、人生を生きる資格はない。

男はそう宣言した。

 

 

「そもそも、この世界とF・Gは何が違うんだ? あぁ!?」

 

 

他人、蹴落として這い上がるのが社会ってもんだろうが。

協力なんて生易しい事は、ケツの青いガキが夢見る幻想でしかない。

もしくは底辺で満足してる馬鹿か、協力してるつもりで依存しているマヌケか、利用されている事に気がついてないアホ。

 

あるいは、満たされないから、そこそこでいいと妥協している雑魚。

最後に這い上がるだけの自信も強さも無い愚か者だろう。

 

人間なんてのは、そのだいたいが最終的には一部の人間にしか仲間意識を示さなくものだ。

この戦いに巻き込まれたのが全員知り合いだったり、家族だったり、友人や恋人ならばまだ迷う価値はあるかもしれない。

 

だがどこぞの他人の為に協力なんざ反吐が出る。

しかし同時に、だから這い上がれる!

 

 

「俺が今、パンを残すとする」

 

 

男はそう言って、手に持っていたパンを床へと落とした。そのまま足でパンを踏みつける。

とてもじゃないが、そのパンを食べる気がはしなくなる。

そのままゴミ箱行きだろう。

 

だが、世界にはmこのパンを食べたくて狂いそうなほど飢餓に苦しんでいる者がいる。

そんな連中と自分たちの違い。それは、勝利者か敗者の違いだ。

運も実力の内。その言葉が示す通り、自分たちは今パンを好きなだけ残せる立場にある。

 

 

「もちろん、この立場に至るまでに、俺は何もしかなった訳じゃない」

 

 

人生と言う戦いに勝ってきて、這い上がってきたからに違いないのだ。

周りの人間と、社会と、ルールと、そしてシステム。

それらと戦って、勝ったからココにいるのだ。

 

 

「極論だがな、生きるって事も欲望なんだよ。それを守るには戦わなきゃいけねぇ。そこにF・Gとの違いはあるか?」

 

 

ねぇよそんなもん。

人を蹴落とすのも、殺す事と同じだ。

どうせこのゲームじゃ死んだ奴は周りの記憶から消える。だから事件にもならない。

 

 

「じゃあ分かりやすいじゃねぇか。人を蹴落として勝利する事と、人を殺して願いを叶える事には些細な違いしかない」

 

 

そして、何よりも生きる事。

それは他人を押しのけて成り立つ事なのだ。

F・Gはその概念が、少し形を変えただけにしか過ぎない。

当然の食物連鎖。強い奴が頂点に立つ。たったそれだけの事だ。

 

 

「今回も同じだ! 俺はゲームに勝って勝利者となる!」

 

 

もはやゲームは始まった。

それが世界の形態になったのだ。うそだ、いやだ、そんな馬鹿な事を言っている暇があるのならば、少しでも適応するべきだ。

 

 

「だから、邪魔な奴はいらないんだよ」

 

「………」

 

「これが、俺の考えだ。お前はどうだ? あまり失望させてくれるなよ」

 

 

少女はしばし沈黙していたが、またニヤリと笑う。

少女は虚ろに輝く瞳で男を見たまま、パンを手に取った。

そしてパンを床へと落とす。

 

 

「私は、最初からお前に合わせるつもりだった」

 

「……はッ、ハハハ!」

 

「そうすれば毎日こんな豪華な飯を食わせてくれるんだろ?」

 

 

少女は男を挑発した目で見つめる。

直後、大声で笑う男。もちろんだと笑っていた。

 

 

「食いたきゃいつでも用意させる! いらなくなったら好きなだけ残せ!」

 

 

それだけじゃない。

着たい服が、履きたい靴があればどんな物でも用意させる。

それでも満足できなければ作らせる。

 

 

「欲しい物があれば、どんな物だって手に入れてやる!」

 

「それを聴いて安心したよ、フフフ」

 

「当然だ! お前の力があればゲームはかなり優位な展開にもっていける」

 

「それは……、お互い様だろう?」

 

 

二人は笑いあって食事を再開させた。

男は上機嫌なのか、自慢のシェフが用意した料理を褒めていた。

少女に点数を問う男。

 

 

「ん、50点ってところだな」

 

「ほう、何が不満だ?」

 

 

少女は口の周りを汚しながらも、大事な物が一つ足りないと言う。

 

 

「大事なもの?」

 

「あちゃつめたい」

 

「?」

 

 

外は熱々、中はヒンヤリ。

 

 

「あちゃつめたいが同時に来る。だから、おいしい」

 

「………」

 

「………」

 

 

男は、少女が期待の目で見てくる事に気がついた。

彼女の顔が語っている。

 

 

『この程度も分からない様じゃまだまだだな』

 

 

失望させてくれるなよ?

少女の雰囲気に、男はますます笑みをうかべる。

なるほど、どうやら相当いいパートナーにめぐり合えたらしい。

 

 

「ッ!」

 

 

そこで気がつく。

ああ、そう言う事か。男は電話を取ると、シェフへと繋げた。

 

 

「もしもし? 悪いが、大至急――」

 

 

テンプラアイスを持ってきてくれ。

 

 

「これでいかがかな? パートナーさんよぉ?」

 

「ほいほい、100点でござんす。あんたがパートナーで本当に良かった。なあ、高見沢さんよぉ!」

 

 

豪華な暮らしは、パートナーが高見沢グループ総帥・高見沢(たかみざわ)逸郎(いつろう)だからこそだな。

そう言って少女は笑った。高見沢もまた同じように笑うと、優秀なパートナーにお礼を言う。

 

 

「俺もお前がパートナーで助かるぜぇ、ニコさんよぉ! 俺達が組めば、確実にゲームに勝つ事ができる!!」

 

 

バンダナを巻いた少女、神那(かんな)ニコは、ニッコリと笑って、床にあったパンを踏みつけた。

 

ニコと言う少女。笑顔の裏に黒い『何か』が纏わりついている気がする。

だが、その真意を知る者はいない。

いないのだ――……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中立派が考えを変える。では次に参戦派の様子を見てみよう。

 

 

「えーっと……」

 

 

少女は先ほどからずっと、食料を袋の中に放り投げていた。

とはいえ、なんでもかんでも放り投げる訳じゃない。

袋に入る分だけだ、だからよく考えて入れなければ。

 

 

「って、おいおい、アンタも手伝ってくれよ」

 

 

少女は、少し離れた所にいる男に声をかけた。

男は、なにやらガツガツと食料を乱暴に食い散らかしている。

よほど腹が減っていたのだろう。適当に食っては次の食料に、また適当に食い漁っては次に向かっていく。

 

 

「はぁーあ、相変わらずよく食うねぇ……」

 

 

少女は呆れた様に笑う。

今、二人がいるのはコンビニだった。いろいろな食料や、生活用品が置いてあるコンビニは今までも何度もお世話になった。

何よりも――、時間によっては人が少ないってのがいい。

 

今、客はいない。

当然だ、なぜなら魔法結界が施されているから。

 

周りにいる人間達はコンビニの存在を感じる事は、限りなく不可能に近いだろう。

幸い中に客もいなかった。いるのは少女と、男と、血まみれになって倒れている店員が二人ほど。

 

 

「しかし――」

 

 

男が口を開く。

手にはいつのまにか作っていたカップ焼きそばが見えた。

 

 

「あん?」

 

 

少女もまた我慢できなくなったのか、適当にお菓子をとって口に入れていた。

二人はそのまま店内の物を食い漁りながら話を続ける。

 

 

「もうすぐ祭りが始まると思うと心が躍る」

 

「ハハッ、そりゃあね。つまらない奴がいない事を願うだけさ」

 

 

その時、少女の耳に入る鳴き声。

大きく、威圧感が凄まじい。これは蛇のものだろうか?

少女はその声に気づくと、ハッとした様に頭をかいた。

 

 

「あぁ、悪い悪い。忘れてたよ」

 

 

そう言って少女はお菓子を口にいれたまま、血まみれになっている店員のもとに移動した。

既に事切れており、胸の傷から一突きで即死させられている事が分かった。

バイトが一人、店長が一人だろうか?

 

まあ、たぶん、若い方が肉が柔らかいはずだ。

少女はその手で、バイトを掴み上げた。見た目からは想像できない程の怪力だ。

なにより、少女は死体を見ても表情を変える事はない。

 

それは当然だ。

なぜならばこの店員を殺したのは彼女達だから。

そして少女はそのまま淡々と死体を投げる。

 

 

「食え」

 

『ジィィイイイイイイ!!』

 

 

宙に放られた店員。

すると、その死体にむかって巨大なコブラの化け物が出現した。

大蛇は死体を口でキャッチすると、そのまま咀嚼を始める。

 

乱暴な食い方の為に、店員の破片がそこら中に散らばっていく。

 

しばらくして、食事が終わる。

大蛇のまわりには大量の食べかすが散らかっていた。

それはまさに『喰い散らかされた』と言う表現がピッタリだ。

 

 

「美味かったか?」

 

 

血の臭いが酷いが、少女と男は何の違和感もないようだ。

相変わらず上機嫌に食事を続けている。

 

 

「しかしさ、もっと綺麗に食べなよ。ちょっとした騒ぎになってんじゃん」

 

 

少女は新聞を取って見る。

そこには『見滝原連続猟奇殺人』の文字があった。

 

 

「連続殺人ねぇ」

 

 

少女は首を振って新聞を投げ捨てた

自分達はただ餌を与えているだけなのに。大げさなものだ。

そうしていると大蛇が店長の死体のほうにもかぶりついているのが見えた。

 

 

「ま、見滝原に入ったのは数日前だし、他の奴も餌を与えているのかな?」

 

 

須藤の事である。

尤も、そんな事はどうでもよかった。

少女達はただ餌を与えただけだ。それはこれからも変わらない。

 

 

「最初は殺すのに抵抗あったけど、今は何とも思わないってのはどうなんだ?」

 

 

自問してみる。

 

 

「感覚が麻痺するってのは、やばいのかな? やっぱり」

 

 

少女はそう言いながらも、やはり上機嫌に笑っていた。

なによりもコレから始まるゲームのことを想像しているのだろう。

 

なんとも楽しそうなものである。

男はゆっくりと首を回し、虚空を睨む。

 

 

「これで、少しはイライラが晴れそうだなァ」

 

「ああ、そうじゃないと困るからね」

 

 

男は食い終わった容器を投げ捨てると、次の弁当に手を伸ばす。

そう。見滝原で起こった殺人は、須藤が正義の制裁と言う名目で行ったものだった。

 

だが、今までの殺人は須藤ではない。

ならば誰がやったのか? そう、答えはこの二人なのだ。

 

しかしこの二人には殺人を行ったという考えがまったく無かった。

自分たちは餌をやっただけだ。それ以上でも以下でもない。

 

 

「あ、そうだ。ちょっと提案があるんだけどさ」

 

「ァ?」

 

「アタシらの間だけでちょっとしたミニゲームをしないかい?」

 

 

少女はポッキーをひとかじり。男はフライドチキンをひとかじり。

 

 

「ゲームだと?」

 

「ああ、ルールは簡単。アンタとアタシ、どっちがより多く殺せるか」

 

「ハン、成る程な。なかなか悪くない遊びだ」

 

「だろ?」

 

「皆殺しだけってのも、確かにつまらない」

 

 

ゲームを面白くするスパイスはあった方がいい。

男は頷くと、少女の意見に賛成を示す。

 

 

「もう少し縛ろうか。互いに同属しか殺せない事にしよう。攻撃も極力は控える様にさ」

 

 

つまり、少女は魔法少女。男は騎士のみを殺す事となる。

そしてどちらがより多くの参加者を倒せるか競うのだ。

 

これは男としては少し悩む提案だった。

魔法少女であろうが、騎士であろうが、大切なのは強い事だ。

つまり、楽しませてくれる相手で無いといけない。

 

しかしこの条件を呑むと、男は魔法少女とは戦えないと言う事になってしまう。

できれば強い奴の方がいいのだが―――……。

 

 

「まあ、いい」

 

 

男はその条件も受け入れる。そちらの方がゲームらしい。

 

 

「なら、決まりだ」

 

 

少女は笑う。果たしてどれだけの命を自分たちは奪えるのだろうか?

想像するだけでワクワクしてくる。特に、甘い考えを持っている奴はぶっ殺したくなる。

 

 

「8、1、5番あたりは徹底的に潰さないと気がすまない」

 

 

想像しただけでも反吐が出そうになる。

4番の少女は舌打ちを零し、食料を詰め終わる。

 

 

「さあ、そろそろ帰ろうか」

 

 

少女は袋を担ぎ上げ、男の方へと近づいていった。

そして、少女はポッキーを、男はチキンをそれぞれパートナーに差し出す。

 

 

「「喰うか(い)?」」

 

 

赤い魔法少女・佐倉(さくら)杏子(きょうこ)はチキンに。

そのパートナーである騎士・浅倉(あさくら)(たけし)はポッキーにかじりつくと、互いに笑いあう。

 

このペアは、まさに最凶と言うにふさわしいかもしれない。

 

同時に、他の参加者達にとっては相容れない存在になるのか? 否か……?

確実にゲームの歯車は回っていく。もう誰にも止められないくらいに。

 

 

 






(´・ω・)ま、くわんだろうな


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第13話 赤い魔法少女 女少法魔い赤 話31第

 

 

「今日からここが君の部屋だ」

 

「うん……」

 

 

サキは複雑な笑みを、ゆまに向ける。

マミが死に、その存在が世界から抹消されるにあたって、当然マミの家も消滅する。

空室になっており、家具も全て消えていた。そこにゆまを住まわせる事は不可能だ。

 

話し合った結果、サキがゆまを引き取る事になった。

F・Gが始まった今、ゆまを一人にさせておくのは危険極まりない。

美穂にはまだF・Gの事は伝えていない。お願いはできなかった。

 

ゆまはペットではない。女の子を住まわせるなんて、どうやって親に説明すればいいのか。

だからこそ今現在、一人で住んでいるサキがゆまを引き取る事になったのだ。

 

 

「サキお姉ちゃん……」

 

「ん、大丈夫だよ。君は私が守るから」

 

 

ゆまの頬を涙が伝う。

マミが死んだ事は、当然ゆまの心に大きな傷を残した。

あれから少しは時間が経ったとは言え、悲しみが消える訳がない。

 

それはサキ達とて同じである、マミを死なせてしまった後悔や苦しみ。

自分達は誰を恨めばいいのか? 結果的原因を作ったのは須藤だが、彼もまた大切な仲間だった事に変わりはない。

 

それにマミの遺言とも言えるだろうあの言葉。

須藤を恨まないでと言われてしまったら、一体どこに怒りを向ければいいのか。

ましてやこれから始まるF・G。サキもゆまも、当然あの魔法少女集会には参加していた。

 

確実にゲームに乗っている人間がいる。

殺されるかもしれない。その負担は大きく、ゆまは定期的にパニックを起こして泣きじゃくっていた。

それを見てしまえば、サキも泣きたい気分になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」「………」

 

 

夜、食事を取る二人。

テレビではバラエティー番組が放送されているが、とても笑う気分にはなれなかった。

少しでも明るい気分になれたら――、とは思ったが、どうやら無駄らしい。

サキとゆま、二人だけの食事。料理もサキが作った様だ。

 

 

「おいしいかい?」

 

 

ゆまは頷いた。

しかし、ふと疑問が浮かぶ。サキの家はそれなりに大きい。

なのに――

 

 

「ねえ、サキお姉ちゃん」

 

「ん?」

 

「お母さんとお父さんは?」

 

「………」

 

 

サキの家にある物を見ていると、一人暮らしではない事がわかる。

だがどんなに時間が経ってもサキの親が姿を見せる事はなかった。

いや、だからこそサキはゆまを引き取れたのだ。

 

 

「少し、事情があって……」

 

「ふぅん。そうなんだ」

 

 

ゆまも幼心にこれ以上は聞いてはいけない気がして、押し黙った。

広いリビングに響くテレビの音が、やけに寂しかった。

 

 

「………」

 

 

サキはずっと考えていた。

これから学校はどうしよう? 下手に休めば怪しまれる可能性がある。魔法少女の平均年齢を考えるに、数人は見滝原中学校にいるのではないか。

 

F・G開幕と共に欠席者がでれば、そこが参加者として見られる可能性は高い。

ならば逆に学校に行くことは安全なのかもしれない。

もちろん、学校に攻めてくる可能性もあるが……。

 

 

(くそッ!)

 

 

サキは、もう戦いが始まる事が前提として物事を考えていた。

そんな自分自身に若干の嫌悪感を覚える。まだ、遅くはない筈だ。説得を重ねれば参戦派を諭す事が――。

 

 

(いや、いや……、できる訳が無い)

 

 

4番、3番、13番は殺人をゲーム感覚で楽しむつもりだ。

そんな連中に今更話が通じる訳がない。特に13番は、皆殺しを宣言する辺り、協力は望めない。

 

3番に至っては殺人が楽しそうなどと言っていた、恐らくコイツも説得は不可能。

4番はまだ話しこそできるかもしれないが、だからと言ってあの様子から見れば答えは明白だ。結局三人とも説得は意味を成さないと言うのがサキの答えだった。

 

とは言えこのまま防御側に回れば、やがて破綻するときがやってくる気がしてならなかった。

2番が言っていた通り、このゲームは何もしなくても疑心暗鬼がおきる可能性がある。そんな危険な状況下で、ワルプルギスとやらを倒す事ができるのか?

本当に協力派は正しいのだろうか? いっそ――

 

 

「ねえ、サキお姉ちゃんってば!!」

 

「えッ? あッ」

 

 

我に返るサキ。

どうやら、しきりにゆまに話しかけられていたようだ。

 

 

「すまない、ちょっと考え事をしてて。なんだい?」

 

「うん、あのね。あのお花は何ていうの?」

 

「……あれはスズランだよ」

 

 

ゆまが示したのはガラスケースに入ったスズランだった。

植木鉢に一輪だけ咲いているそれは、とても美しく見える。

 

 

「っ? でもね、ケースに入っているならどうやって水をあげるの?」

 

 

すると、サキは静かに笑って答えた。

その表情は、悲しみも喜びも、愛しさもすべてが混じった不思議なものだった。

 

 

「あの花には水をあげなくてもいいんだ」

 

「え? どうして? あっ! わかった! おもちゃなんだ!」

 

「ふふっ、ハズレ。あれは本物だよ」

 

「え? だったら、どうして……?」

 

「不思議かい? 水をあげなくても咲き続ける花、それはまるで奇跡のようだね。でも、この世界にはその奇跡が叶う方法がある」

 

 

サキは微笑み、ゆまの頭を撫でた。

成る程、少し難しい話だったかもしれない。もっと簡単に言ってみせる。

 

 

「あれが、私の願いなんだ」

 

「え?」

 

「あの花が、咲き続ける事が……、私の願い。魔法少女の宿命と引き換えに手に入れた奇跡なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜がくる。

暗くなると思い出すのだろう、マミと一緒にすごした夜の事を。

ゆまはまた泣きじゃくり、そして疲れて寝てしまった。

サキは、ベランダに出ると、夜の景色を見回してみる。

 

 

「なあ、マミ……。私はどうすればいいんだ」

 

 

さっぱり分からなかった。

 

 

「答えてくれよ、美幸――」

 

 

どの選択が正しいんだ?

サキは大きくうな垂れ、歯を食いしばる。

 

殺しあう? ふざけている、そんな事ができる訳が無い。

だが何となく分かる。分かってしまう。望まずとも、いずれ見滝原には多くの血が流れるだろう。そして多くの悲しみと絶望がやってくるかもしれない。

 

いっそココから飛び降りて、終わりにできるなら、どれだけ楽だろうか。

 

だが、ゆまやまどか達。そしてなによりもパートナーの事が引っかかる。

まだ見つかっていないとは言え、騎士にも人生や負けられない理由がある筈だ。

自殺をしてしまえば、その人はどうなる? 圧倒的不利な状態でゲームに挑まなければならない。

 

 

「最悪だな……」

 

 

誰が考えたシステムなのかは知らないが、本当に最悪な事をしてくれる。

中途半端な罪悪感が、自殺(リタイア)を抑止するとは。

 

なるほど、2番が言っていた通りかもしれない。

正直に生きていると馬鹿を見る。このままグズグズと中途半端にしていたら、もっと痛い目を見るかもしれない。

 

 

「それでも……、私には答えが見つからない」

 

 

ずっとそうだった。

いろいろな事から逃げていたのかもしれない。

それは――、今回も?

 

 

「………」

 

 

サキはため息をついて、拳を握り締める。

どうしようもなく悔しくて、どうしようもなく怖かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変な事になったな……」

 

「ええ、そうね」

 

 

手塚はデッキを見つめて呟く。

ほむらの家で二人はこれからの事を考えていた。

 

ほむらは目を細める。

とりあえずゲームに乗った奴を殺すと脅しておいたが、どうやらそれで抑制できると思っていた自分が馬鹿だった。

参戦派は全く怯んでいない。戦いは必須だろう。

 

気づけば魔法少女同士のテレパシー会話も使えなくなっていた。

キュゥべえたちがそう設定したのだろうが……。本格的に干渉してくるらしい。

 

 

「しかし、愚者達のゲームか。嘗められたものだな」

 

 

手塚はタロットの札から愚者(フール)のカードを取り出す。

様々な意味があるが、文字通りの意味とみていいだろう。

 

 

「誰が仕掛けたゲームかは知らないが、他人の運命を勝手に左右させるのは許されざる行為だ」

 

 

手塚は静かな怒りを覚える。

 

 

「俺は必ずこのゲームを止める」

 

 

どうやら手塚は協力派らしい。

 

 

「……? どうした?」

 

「え?」

 

 

手塚は、鏡越しにほむらの表情を確認する。

穏やかなものではない。何かに焦り、何かに怯え、何かに恐怖しているように見えた。

占い師を目指すゆえ、観察眼には長けているつもりだ。ほむらが焦っているのは、どうにもゲームに巻き込まれたからと言う理由ではないように感じた。

 

 

「……なんでもないわ」

 

「そうか。ならいい」

 

 

ほむらは目線を逸らし、呟いた。

そもそも事情を聞いても絶対に教えてくれないだろう。

手塚としては、もはや何も聞くことはない。

 

 

「とにかく、ワルプルギスがやって来るまで、なるべく戦いは避けたいの」

 

「分かった。様子見をしつつ、今までどおりの生活で行くか」

 

「ええ。なるべく一緒に行動しましょう」

 

 

了解する手塚。

と言うのも、パートナーとの絆でカードが増えるからだ。

ほむらは既に一度、キュゥべぇから情報をもらっていた。

今になって、それが『ルール』の一つだと言う事が分かったが、なかなか有力な情報ではある。

 

 

【パートナーと過ごした時間が多いほどカードが増える。また、時間が少なくても絆が深まればカードは増える】

 

 

それがルールの一つ、騎士の強化についての項目だった。

だから今までほむら達は一緒に行動していたのである。

既に何枚ものカードが生成されている。これからもこの調子で増やしておきたいものだ。

 

 

「時間が経てば、エリアが限定される。そこからが本番ね」

 

 

いずれ主な戦いの場所が見滝原になる。

とりあえず今はまだ余裕はあるが、だからと言って安心はできない。

参戦派は既に他の参加者を探し回っている事だろうから。

 

 

「………」

 

 

なにより、ほむらが気になるのはジュゥべえの言葉だった。

 

 

『次は、たぶん無いんだからよぉ』

 

 

次が無い。

こんなイレギュラーが起こって、その言葉を言われれば焦るのは当然だった。

 

 

(まさか、そんな筈は……。でももし本当に力に制約が加わったのなら――)

 

 

もう、今回しかチャンスが無いと言う事になる。

 

 

「………ッッ」

 

 

震える手、足。心。

馬鹿な、そんな事があっていい訳がない。そんなルールがあっていい訳がない。

今は試す事ができないが、もし、『あの力』が発動できないのなら――

 

 

(このゲームに、絶対勝たなくちゃいけないッ)

 

 

救う為に、共に生きるために――。

 

 

(なら、どんな事をしてでも、生きなければ。勝たなければ――ッ!)

 

 

落ち着け、冷静になれ、ほむらは自分に言い聞かせる。

 

 

(いくら制限があったとしても、私の力があれば勝利は目指せる)

 

 

あとはうまく立ち回れるかだ。

一つ一つの選択肢を間違えないようにしなければ。

 

 

「どうした? 顔色が悪いぞ」

 

「平気よ、構わないで」

 

 

ほむらは心配してくれたであろうパートナーを見た。

手塚海之、彼とはいいパートナーになれる。かも――、しれなかった。

でも、ごめんなさい。ほむらは心の中で手塚に謝罪する。

 

 

(もう状況が変わったの。貴方は何が何でもF・Gに参戦しないみたいだけれど――。私は、状況が状況なら参戦するわ)

 

 

ほむらは、心の中でもう一度手塚に謝罪する。

場合によっては――

 

 

(貴方を、利用させてもらう)

 

 

いくらパートナーと言えど、ほむらと手塚の間にある絆など微々たるものだ。

それこそまだ互いに知らない事が多い。ましてや教える気もない。

だから、ほむらとしては手塚を利用しても心がそれほど痛まないのは事実だった。

 

ほむらはもう一度手塚を見る。

それでも『真っ直ぐ』に見る事はできなかった。

できる事なら手塚も生きて欲しい、この気持ちに嘘は無い。

 

 

(でも、そう上手くいきそうにないかもね)

 

 

そう思い、ほむらはうな垂れた。

だってもうゲームは始まっているのだから。

最悪の場合は――、彼の命を、この手で奪う事もあるかもしれない。

だから、ほむらは、手塚を見なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう。ゲームは始まっている。

範囲指定がされていないだけであって、F・Gは――、殺し合いはもう始まっているのだ。

美国織莉子はその事を理解していた。そして勝利への一歩を踏み出す。

 

 

「みんな、お疲れ様。あなたたちのお陰で他の参加者を揺さぶる事ができたわ」

 

 

織莉子の背後には三つの人影が見えた。

マミ同じく、織莉子もまたチームを組んでいたのだ。

そして、あの魔法少女集会で手を打った。

 

 

「協力が不可能と知れば、甘い考えを持った連中はパニックに陥るでしょう」

 

 

そして勝手に疑心暗鬼になって潰しあう。

それだけじゃない、織莉子にはどうしても殺したい魔法少女がいる。

その参加者の命を奪う布石にもなるのだ。

 

 

「特に、ええ。貴女の演技には助けられたわ。13番さん」

 

 

その言葉と同時にシルエット一つがニヤリと笑った。

あの集会において皆殺し宣言をした13番。彼女は実は織莉子の仲間だった。

 

13番が口にした『皆殺し』発言は、織莉子がそう言ってほしいと頼んでいたものだ。

参戦派がいるとしれば、他の参加者を戦いへと向かわせるだろう。

もちろんその結果、多くの血が流れるかもしれない。

自衛であれ、なんであれ、殺し合うとはそういう事だ。

だが織莉子にとっては必要犠牲だった。そこは目を瞑ろうじゃないか。

 

 

「あー! ずるいずるい! 私も褒めて欲しいいぃぃいぃ!!」

 

 

影の一つが、悔しそうに呻き始めた。

その少女は魔法少女集会では9番を与えられていた。

織莉子は困った様に笑うと、9番の頭を撫でてやさしく微笑む。

 

 

「あなたもよくやってくれたね」

 

「う、うん……! えへへ、もちろんだよ織莉子」

 

 

9番の少女は照れた様にもじもじと頷いた。

 

 

「それで、次の作戦は?」

 

 

最後の影は、声を聞くに男性だろう。それも、まだ若い。

青年の問いかけに織莉子は頷くと、ある映像を見せた。

 

 

「へぇ、これが……」

 

 

映像にあったのは数名の魔法少女だ。

織莉子はその中の一人を指し示して、やさしく微笑む。

 

 

「彼女を――」

 

 

優しくだ。

だが、次の言葉は少々不釣合いなものだった。

 

 

「潰す」

 

 

その言葉に少し反応が起きたものの、誰も何も言わなかった。

無言の了解だ。織莉子が見ている魔法少女を殺す。それだけなのだ。

 

 

「分かったよ織莉子。じゃあ私がすぐにバラバラに――」

 

 

9番はそう言って笑う。

だが、織莉子は目を閉じてゆっくりと首を振った。

 

 

「ッ」

 

 

9番は気づいていないようだが、青年や13番は理解した。

狂気、歪んだ決意。織莉子は口こそ吊り上げているが、目は欠片も笑っていない。

オーラが違う。織莉子の実力が桁違いだと言う事を全身で感じる。

 

美国織莉子。

彼女は一体何者なのか?

薄ら寒い気配を感じて、青年たちは曖昧な笑みを浮かべた。

 

 

「ただ殺すだけじゃ駄目よ。苦しめて、後悔させて、絶望させて脱落させないと意味ないわ」

 

 

生まれてきた事を後悔させてあげないと。

そう言って織莉子は微笑んだ。その目はただ一点に、標的の魔法少女を見るだけだ。

 

 

「必ず絶望のどん底に突き落とす」

 

「ふぅん、意外と辛口だ」

 

「必要な事ですから」

 

 

織莉子はそう呟くと、他の三人に向かって頭を下げた。

 

 

「じゃあ、お願いします。私と一緒に――」

 

 

顔を上げる。やはりその表情には『決意』が視えた。

 

「救世を」

 

 

三つのシルエットはそれぞれ頷くと、作戦を実行する為に動き出した。

 

 

 

 

 

 

次の日のアトリ。

真司は美穂達にゲームの事を告げる事を決めた。

殺し合いが始まろうとしている、逃げられはしない。

 

なによりも範囲制限がある以上、見滝原外にいる会いたい人に会っておかなければ、

やりたい事をしておかなければならない。

真司には心当たりがあった。だからこそ告げるのだ。

 

 

「ど、どういう事よ、それ」

 

「だからッ、今話した通りだよ……! F・Gが始まって、マミちゃんと須藤さんが死んだ」

 

「ハァ? 変な冗談言うなよ! からかってんの? 真司のクセに!」

 

 

ガタッ、と大きな音を立て美穂は立ち上がった。

そのまま真司に掴みかからんとばかりの勢いだったが、美穂はどうする事もできずまたその場に座り込むだけだった。

 

蓮も真司の話を冷や汗を浮かべながら聞いていた。

無言だったので、を考えているのかは分からないが、疑う事は無かった様だ。

既にデッキの事もあるし、実際に魔法少女も見ている。

それに、真司の性格から言って、冗談でもこんな事は言わない筈だ。それは美穂も分かっている。

 

それはつまり、本当に殺し合いのゲームが始まると言う事だった。

 

 

「じゃ、じゃあなに? 私達は参加者って事?」

 

 

美穂の言葉に真司は頷く。

今現在覚醒していない二人、当然マミや須藤の記憶も消失しているが、キュゥべぇ曰く変身した瞬間に戻ると言う事らしい。

そしてF・Gの基本的ルールが脳内に叩き込まれる。

 

 

「早く変身した方がいいって事だよ」

 

 

パートナーも見つかっていない二人だが、もしかしたらかずみ達の中にパートナーがいる可能性はある。

 

 

「ちょっと待ってよ。アンタ自分が何言ってるか分かってんの?」

 

「え?」

 

 

真司は言葉を止める。

今にして思えば、少し感覚が麻痺していたのかもしれない。

魔女と戦って、須藤達の死を見て――、やはり鈍っていたのだろう。

 

でも、美穂達は違う。

今まで普通に生活してきて、それでいきなりこんな事を言われれば怯むに決まっていた。

 

 

「み、美穂……」

 

 

美穂はデッキをテーブルに叩きつけると、真司を睨みつける。

 

 

「アンタ、なんでそんなに冷めてんのよ――ッ!」

 

「別に冷めてるわけじゃない」

 

「嘘。変身しろ? 嫌に決まってんじゃん!! 私達に殺し合えってのッ!?」

 

「そ、そんなつもりじゃないって。別に殺しあわなくても、ワルプルギスの夜さえ倒せばみんな生き残れるんだ!」

 

 

だからそう悲観する必要は無いと思っていた。

でも、それも戦えるからこそ言える言葉だ。

美穂達は変身できないし、変身しなくても構わない生活を送っているのだ。

 

真司は仕方なく変身した。

あの状況で変身しなければ死んでいたからだ。

しかし美穂達は違う、自らの意思で命を賭けた戦いに参加しなければならない。

そこが茨の道と知りながらも、足を進めなければならない。

 

たとえばコレが復讐でもなんでも、大義名分――、戦う理由があれば美穂だって騎士になれただろう。

だが生憎、今の美穂にはそんな志はない。

就職して、安定した暮らしを求めていた彼女が、どうして命を懸けて戦わねばならないのか。

 

 

「そんな戦い本当に無理ッ! 怖いし! だいたい、どうしてアンタはそんな普通でいられるのよ!!」

 

「俺だって怖いさ! でも……!」

 

 

もう逃げられない。真司は理解していた。

まどかから連絡があり、魔法少女集会が開かれて『参戦派』がいると言う事実を知った。

真司もちろん他の参加者を傷つけるつもりは無いが、どうすればいいのかも分からなかった。

 

 

「だからこそ、二人には決断してもらいたいんだ」

 

 

それが真司の――、美穂と蓮の友人としての意見だった。

 

 

「それに俺はまどかちゃんのパートナーだから。あの娘の為にも、逃げる訳にはいかないんだ」

 

「ッ!」

 

 

その時、美穂の顔色が変わる。

 

 

「ふぅん。アンタは、まどかちゃんがそんなに大切なんだ」

 

「当たり前だろ、パートナーなんだから」

 

「命を賭けれるほどなの?」

 

 

美穂の言葉に一瞬、真司の動きが止まった。

が、すぐに力強く頷く。

まどかを守る、それが城戸真司の出した答えである事には変わりない。

 

 

「まどかちゃん達、魔法少女はまだ中学生なんだぞ。そんな子が殺し合いに巻き込まれるなんておかしいだろ」

 

 

そもそも変身した時に願った『勇気』を思い出せ。

あの小さな背中を守るために龍騎になったのだ。だからこそ真司はまどかを守るために戦う、その想いは揺ぎなかった。

 

 

「へー、へー! へーッッ!!」

 

「な、なんだよ。屁なら我慢せずにしてもいいんだぞ」

 

「ンな訳ないだろ馬鹿ッ! 大馬鹿! 死ね!」

 

「酷すぎだろ! どうしたんだよ!」

 

「分かった、分かったわよ! じゃあアンタはまどかちゃんを守る為に頑張ればぁ!?」

 

「はぁ!?」

 

「私達に構わないで、どーぞ! まどかちゃんと一緒にいればいいじゃん!!」

 

「何でそうなるんだよ!! お前おかしいぞ!?」

 

「知るか!!」

 

 

美穂はそう言って立ち上がると、逃げ出すように駆けて行く。

すぐに追いかけようと立ち上がる真司だが、そこで蓮に肩を掴まれた。

 

 

「落ち着け城戸。アイツは放っておけばいい」

 

「で、でもよ蓮!」

 

「昔からそうだ、都合が悪くなるとすぐにヒステリーを起こす。最低な女だ、畜生だ」

 

「……ひどい」

 

「事実だ。いずれにせよ、霧島はパニックになって乱心しているだけだ。しばらく時間が経てば元に戻る」

 

 

渋る真司だったが、蓮の気迫は凄まじく、つい圧されてしまう。

結局、真司が折れてその場に座ってしまった。

 

 

「城戸……」

 

「な、なんだよ」

 

 

蓮の雰囲気がいつもと違う、真司はそこに嫌な何かを感じていた。

 

 

「F・Gの勝利条件を、もう一度詳しく教えてくれ」

 

「あ、ああ。だから――」

 

 

真司は少し怯みながらも、蓮に勝利条件を詳しく説明する。

もちろん、勝利した後の賞品もだ。

 

参戦し、勝てば多くの願いを叶える事ができる。

正確にはワルプルギスを倒しても願い叶えられるが、その数はたったの『1』。

しかも全員での話だ。

 

 

「つまり個人的な願いを叶えるためには、最後の一組になるしかないのか」

 

「そりゃあ、まあ。でも話し合えばなんとかなるかも」

 

「………」

 

 

蓮は、それを深刻な表情で聞いていた。

頷くわけでも、相槌を打つ訳でもない。ただひたすらに耳を傾けているだけだ。

だが、確実に理解はした。F・Gに勝てば願いを叶えられる。どんな、願いもだ。

文字通り、奇跡を手にする事ができるのだ。

 

 

「おい、ちょっと待てよ蓮。お前まさか!」

 

「落ち着け。俺は大丈夫だ」

 

「お、おお。ならいいけど……」

 

「城戸。お前は、ワルプルギスを倒すんだな?」

 

「当たり前だろ。いきなりで悪いとは思うけど、お前も協力してほしいんだ。蓮」

 

 

蓮は、静かに頷いた。

瞬時テンションが上がる真司、こういう時の蓮は昔から頼りになった。

 

 

「おぉ! サンキュー! やっぱ持つべきものは友達だよなぁ!」

 

 

真司は笑い、蓮の肩を叩いた。

 

 

「じゃあ俺は美穂を探してくるから! またな!」

 

 

慌てて出て行く真司を見て、蓮は俯く。

真司はひとつ勘違いをしていた。蓮は先ほど『頷いた』のではない、うな垂れたのだ。

 

 

(城戸。俺は――)

 

 

俺の、選択は――……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!」

 

 

美穂は公園に立っていた。

ジッと立っていた。すると背中に気配を感じたので、ゆっくりと頷く。

 

 

「真司。来てくれたんだね……」

 

 

分かる。分かるよ。大丈夫、それは普通のことだよ。

こんな美少女が逃げ出したんだもの。そりゃ追いかけるよね。

用件は? 分かってる。みなまで言わずとも美穂ちゃんは分かってるよ。

 

恋しいんだね。あたしが愛しいんだね。

逃げ出した私を見て、己の罪に気づいたんだね。大丈夫だよ真司、魅力的な女性に惹かれるのは男としては何も間違っちゃいない。正常だよ。

 

大丈夫だよ真司。

美穂さんはもう怒ってないから。ただやっぱり怖くて、混乱してるから。まずは鞄を買って? そしたら落ち着くから。

その後は、飲みに行こう。今日は高い焼肉にしよう。それを真司が奢るの。

そしたら美穂さんは一回落ち着くから。

 

 

「ね? 真司」

 

 

美穂はアヒル口で振り返る。

そこにいたのは野良猫だった。愚かなヤツを見る目をしていた。

美穂が固まっていると、野良猫は興味をなくしたのか、あくびをしながら歩き去った。

 

 

「ちくしょうが!」

 

 

美穂は石ころを蹴ると、大きく舌打ちを鳴らす。

 

 

「ちぇー! なんで追いかけてこないんだよ!!」

 

 

美穂は公園のベンチにドカっと座り込む。

せっかく美穂さんが飛び出したのにアイツってば呼び止めにすらこないなんて!

 

どっかおかしいんじゃねぇか?

EDにでもなったか?

脳みそまたどっかに落っことしちゃったのか?

などといろいろな罵声を浴びせていく。

 

 

「はぁ……」

 

 

だが、最後には大きなため息。

分かってる。自分が悪い。酷すぎるって事くらい。

真司だって無理やり参加させられた事に変わりは無い。

 

 

「なら、それに適応できてる真司は私よりずっと立派だな……」

 

 

でも怖いし嫌なのは事実だ。

命を狙われるかもしれないんだ。そんな事に恐怖を感じない人間はいないだろう。

特に、まだ変身できていないのだ。自衛の手段が無い。

 

だから、つい真司に当たってしまった。

それに、若干の嫉妬もあったかもしれない。まどかの事を本当に大切に思っている姿を見て、つい馬鹿な態度をとってしまった。

 

 

「くぁー! 中学生に嫉妬か霧島美穂ォ、私も落ちに落ちたなぁ!」

 

 

そもそも、美穂だってまどかの事はよく知ってる。

いい子だ。優しいし、礼儀正しいし、可愛いし、仕事も嫌な顔ひとつせずに手伝ってくれるし。

美穂もまどかが大好きだった。

 

あんな子が殺人ゲームに巻き込まれるんだ。

そりゃあ、美穂だって守ってあげたくなる。

だだ、だからと言って、命までは――。

 

 

「お姉さん。どうしたの? そんなに暗い顔をして」

 

「わッ! え!?」

 

 

急に気配を感じて、美穂は顔をあげる。すると見知らぬ少女が傍に立っていた。

いきなり話しかけられたものだから、ついどうしていいか分からずに固まってしまう。

 

 

「まあ知らない人に話しかけられればそうなるよね」

 

「えっと……、誰?」

 

「私、怪しいものじゃありません。伊沙子《いさこ》って言います」

 

「はぁ」

 

 

伊沙子と言う少女は、なんでも公園を通っていたときにやけに元気の無い女性(みほ)を発見したから、心配になって声をかけたと言う事だったのだ。

 

 

「お姉さん超疲れた顔してたよ。大丈夫?」

 

「え? あ、ああ大丈夫、大丈夫!」

 

「本当に? よければ相談にのるけど?」

 

 

伊沙子は無邪気に笑ってみせる。

 

 

「私、実はカウンセラーを目指してるんです! 悩んでいる時は、人に話すのが一番なんですよ!」

 

「うーん。そりゃあ、まあね」

 

「自慢じゃないですけど、結構いいアドバイスしてくれるって、言われるんですよ」

 

「へー」

 

 

美穂としても、自分の心にあるグチャグチャな思いを少しは共有してほしかった。

少しはぐらかして言ってみるのも悪くないか。美穂にそんな考えが過ぎる。

 

 

「じゃあちょっとだけ聞いてもらえる?」

 

 

そう言って美穂は、伊沙子に胸の内を少しだけ打ち明けた。

真司とまどか、そしてF・Gの事をうやむやにして話してみる。

別にいい答えを望んでいる訳じゃない。ただ、何となく話せたら楽になれる気がしたのだ。

 

 

「――って、事なんだけど」

 

「それは簡単だね。その男の人はパートナーの女の子が好きなんだ。異性としてね!」

 

 

伊沙子はビシっと美穂を指差し、笑う。

 

 

「マジ? いやッ、それはさすがに……」

 

 

先ほどは同じようなニュアンスで真司を煽ったが、流石の美穂も本気でそんな事は考えていなかった。

 

 

「それに、その子まだ中学生だよ?」

 

「甘いよお姉さん! 愛に年齢なんて関係ないんだよ!」

 

「そ、そんなもん?」

 

「そうそう! もうその男の人はパートナーさんの事が大好きなんだよ。じゃなきゃ危ない目にあってまで守るなんて言わないもん!」

 

(……まあ確かにまどかちゃんはいい娘だからな)

 

 

それに真っ直ぐな性格だからどこか真司と共通する点があるのかもしれない。

美穂の心の中で焦りが確証に変わっていく。なぜだか、やけに伊沙子の声が鮮明に脳に届いた。

 

 

「もしお姉さんがどうしてもその男の人が気になるならさ」

 

「ん……?」

 

「いっそ、パートナーの娘を殺しちゃえば?」

 

「え?」

 

 

殺す?

 

 

「なーんてね! そんな事しちゃ犯罪だよ!」

 

「あ、ああ。当たり前じゃん」

 

「でもねお姉さん。たまに思わない?」

 

 

伊沙子は両手を広げ、天を仰ぐ。

 

 

「全部さ、壊したくなる時とかあるよね。ルールとかさ、秩序とかさ。目障りなもの全て吹き飛ばしたくなる時とかあるよね」

 

「ん……」

 

「そういう時さ。力があればいいなって思うの。力があったら全てうまくいく。自分の思い通りになる。そんな力があったら素敵だよ?」

 

 

美穂はなんだか眠くなってきた。

ウトウトとしながらも、なぜだか言葉だけは鮮明に脳に入ってくる。

 

 

「じゃあもう私は行くね」

 

「え?」

 

 

ふと気がつけば、伊沙子は手を振っていた。

 

 

「元気出してね、おねーさん」

 

 

伊沙子はそそくさと帰っていった。美穂はその背中をただ見つめるだけ。

やけに胸の鼓動が強く感じる。殺す? そんなの犯罪じゃないか! 駄目に決まってる。

それに自分はまどかの事が好きだ。彼女はいい娘で、優しくて思いやりがあって――

真司の、パートナーで……。

 

 

「………」

 

 

その時、美穂の手にデッキが触れる。

過ぎるルール、死んだ参加者は世界から存在を抹消される。

 

そしてこのゲーム。

状況が状況だけに、命を奪ったとしても正当防衛としてみなされるんじゃないか?

つまり、簡単に言えば殺しても犯罪にならない。このルールがあるから殺しても攻められない! だったら――

 

 

「!!」

 

 

美穂は一瞬その考えが浮かんでしまい、大きく首を振った。

 

 

(ッぶねー……! 何考えてんのよ私ッ!)

 

 

ありえない。美穂は薄ら笑いを浮かべると、立ち上がって公園を後にする事にした。

きっと混乱しているだけだ。少し休めばまた正常に戻れる、美穂はそう自分に言い聞かせながら足を速めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

伊沙子は、美穂が公園を後にするのを木に隠れてジッと見ていた。

伊沙子、いさこ、【い】ち、【さ】ん。13。

偽名にしたって適当だったか? 13番はニヤリと唇を吊り上げた。

 

 

(おいおい大丈夫? そんなんでさぁ? ゲームはもう始まってるんだ、気をつけた方がいいよお姉さん。甘いねぇ、プリンみたいに甘い。そんなに甘いと――)

 

 

すぐに死ぬことになる。

13番のはるか頭上に、ハコの魔女が見えた気がする。

 

 

「さあ殺意の種は植え込んだ。後は、芽が出てくれる事を祈るだけってね」

 

 

愛と金は人を狂わせる一番の要素とかなんとか、聞いた事がある。

それを欲する心は誰もが持っているものだ。それを少し、刺激してあげた。

 

その力が13番にはある。

 

ちょうど、何か小さな球体が13番の近くにやってきた。

13番はそれを取ると、報告を球体の中に『吹き込んで』いく。

 

 

『………』

 

 

その時、近づいてくる気配。

13番が振り返ると、見えたのは最愛のパートナーではないか。すぐに両手を広げて彼を迎え入れる。

しかし騎士はそれを難なくスルーすると、13番の足元に大量のグリーフシードを投げる。

 

 

「くはッ! 流石は相棒、いい働きをしてくれる!」

 

 

13番はそこに『カード』をかざす。

すると全てのグリーフシードが一枚のカードの中に収束していった。

 

 

「さぁて、狂ってくれれば星三つ。変身を抑制できれば星二つってところ?」

 

 

13は先ほど美穂に向けた笑顔とは間逆と言える、邪悪な笑みを浮かべた。

美穂にはまだ動いてほしくない。だからこそ蓋をしたのだ。

いらぬ葛藤で時間を稼いでくれれば、それでよかった。

 

13番は踵を返して歩き出す。

パートナーの騎士もまた、13番の後ろをついていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の事だった。蓮が姿をくらませたのは。

ゲームの事が関係しているのだろう。まもなく見滝原以外には行けなくなる、だから蓮も何かやり残した事がある筈だ。

 

そう信じるしかなかった。

蓮は真司にも美穂にも。あろう事か、立花にも告げずに姿をくらませたのだ。

 

混乱と狂気に満ちたF・Gの開幕。それは確実に参加者たちを狂わせる事になる。

一方で須藤が死んだ所で見滝原の連続殺人が終わることはなかった。今度はコンビニ店員の死体が発見され、それが原因で『犯罪者を狙っている』と言う説も薄れ始める。

 

結局、須藤がした正義の審判も、無意味なものとなりつつあったのだ。

殺人の法則も、新たなる殺人が塗り消していき、見滝原は再び恐怖で包まれる。

 

 

「おはよ……、まどか、サキさん」

 

「おはようございます、まどかさん、浅海先輩」

 

「う、うん。おはようさやかちゃん、仁美ちゃん」

 

「ああ。おはよう」

 

 

あれだけにぎやかだった朝も今はとても寂しく感じる。

ほむらはゲームの様子が見たいと言って学校をしばらく休む事にした。かずみも同じ。

 

サキはゆまを一人にはしておけないと思っていたが、やはりゲーム開始直後に休むのは危険と思い、学校に行く事にしたようだ。

ゆまにも家から一歩も出るなと言ってあるので、まだ安全だろう。

 

空は晴れているのに彼女達の心は曇天だった。

いるべき人達がいない、それは何よりも心に重くのしかかる。

 

そんな事を知る由もない仁美は楽しそうに話題を振ってくるが、さやか達はとても談笑を楽しむ程の余裕は無かった。

むしろ少し苛立ってしまうほど。

いけないと分かっている、仁美は事態を知る由もないので当然なのだが……

 

 

「ねぇ、まどか」

 

「何? さやかちゃん」

 

 

昼休み。学校の屋上で、さやかとまどかは空を見ていた。

二人共疲れ切った表情だが、特にさやかは酷い。とてもじゃないが勉強なんてしている余裕はなかった。

ましてや放課後はバイトもある。自分からやりたいと言った以上、勝手に辞めるのは罪悪感もあった。とは言え、北岡の嫌味を笑って流せる気がしない。

 

 

「……キツイ」

 

 

普段から口にしていた言葉だが、今日は重さが違った。

さやかはジッと自分の掌を見つめる。その手にはまだ『感触』があった。

その手で須藤を殺し、その腕の中でマミは死んだ。

それが、さやかの精神を激しく蝕んでいく。

 

今日もあまり眠れなかった。

少しでも寝てしまうと、夢であの光景が鮮明に浮かんできてしまう。

 

 

「あいつ等、ゲームに乗るって――ッ!」

 

 

さやかは8番だった。

まどかもさやかも、協力こそが正義と信じ――、そして否定された。

自分達の『正義』があんな簡単に否定されるなんて、須藤もあんな気持ちだったのだろうか?

 

いや、それでもさやかは須藤を殺した事は後悔していない。

結局誰も救えなかった事が突き刺さってはいるが、ああしなければならなかったのも事実だ。

 

 

「13番と、4番、3番は特に気をつけなきゃ……」

 

 

全員を殺す宣言を行った13。

完全にゲームに乗るつもりでいた4――、杏子。

最後に殺し合いが楽しみだと言った3。

こんな連中がいる事が腹立たしいものだった。

 

 

「魔法少女の中には自分の利益の為だけに動くヤツらがいるってマミさんから聞いてたけど、まさかココまでとはね」

 

 

さやかは屋上の手すりを軽く殴り、遠くを見る。

 

 

「……ごめん、まどか。あたしも必要とあらば参戦しているヤツを殺すかもしれない」

 

「ッ! 駄目だよッ、そんなこと!!」

 

 

まどかはまだ信じていた、きっと話し合えば分かってくれると。

しかし、さやかにそんな希望はない。殺さなきゃ殺される、それがこのゲームの真意であると彼女は理解したのだ。

さやかはまどかの手を振り払うと、少し声を強めて言う。

 

 

「もしも戦わなきゃあたしが、まどかがッ! 皆が危ないんだよ!? そりゃ、まどかの気持ちも分かるけど! もうそんな甘い事言ってられないんだよ!」

 

「さやかちゃ――ッ!! ご、ごめん……」

 

 

さやかの気迫に怯むまどか。

その様子を見て、さやかもばつが悪そうに肩を竦めた。

 

 

「ごめん、強く言うつもりは無かったんだけど……」

 

 

しばらく沈黙が続いた。

ふと、まどかは気づく。地面に転々として雫の跡が見えたのだ。

 

それは涙。

さやかは、いろいろな思いを背負いすぎて自分でもよく分からなくなっていた。

それが苦しいから涙を流す。もう限界だった。まどかはさやかを抱きしめると、自らも涙を流す。

 

 

「大丈夫だよさやかちゃん、大丈夫だからッ」

 

「まどかぁ……! ごめんね……ッッ、ごめん――ッッ!」

 

 

二人は寄り添い、涙を流し続けた。

泣くしかない。泣くしかできない。しかしその弱い姿がさやかの心に火を灯す。

そうだ、泣いてばかりはいられない。まどかを、仲間を守らなければ。

 

 

「まどか、もう大丈夫。もう大丈夫だから」

 

「うん。また何かあったら、いつでも言ってね」

 

「おーけー! やっぱアンタは最高の友達だわ」

 

 

そう言って二人は少しだけ笑う。

結局、その日は特に何も起こらなかった。

しかし相手の出方が分からない以上、下手に外を出歩くのは危険だ。

まどかは念の為にさやかを家まで送り届けると、そこからは真司が迎えにきてくれたので一緒に帰る事に。

 

 

「あのさ、まどかちゃん。実は――」

 

「?」

 

 

 

真司はまどかに、蓮がいなくなった事を告げる。

親友の失踪、それはやはりゲームと何か関連しているのだろう。

電話はつながらず、アトリの方にも戻っていないらしい。

 

 

「だからッ、ごめんまどかちゃん。もしかしたら俺、しばらく蓮を捜しに行く事になるかも。そうなったらまた連絡するからさ」

 

「うん。大丈夫だよ真司さん。大切なお友達のことだもん」

 

 

まどかだって真司の立場になったらそうするだろう。

別行動になってしまうが、まどかにはサキや、さやかがついている。

 

 

「だから気にしないで」

 

「ごめん、本当に……」

 

「ううん、いいんです。蓮さんが無事だといいんだけど――」

 

 

真司はもう一度まどかに謝罪すると、そのまま無事に家へ送り届けた。

これでよし。真司は押してきたスクーターに跨ると、アクセルグリップを捻る。

 

 

(まどかちゃんは巻き込めない……! 俺がなんとかしないと――ッ)

 

 

焦っているのは真司も同じだった。

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

さやかは、北岡法律事務所の前でため息をついた。

理由は手に持っている宝石だ。ソウルジェム、魔法少女の力の源であるソレは、お世辞にも綺麗とは言えなかった。

 

 

(やっぱり……)

 

 

最近いろいろな事があったせいで、すっかりジェムが汚れてしまっていたのだ。

パートナーがいるまどかは、使い魔や魔女を倒すことでジェムの穢れが少し晴れるようになっている。

 

だが、さやかはそうじゃない。

まだ未熟なさやかは、戦う時のセーブが聞かなかったりと、魔力の消費が大きかった。

さらにソウルジェムの穢れは、精神状態に左右される。

やはり須藤を手にかけた事、マミの死に直面した事が、大きな要因だろう。

 

さやかは悩む。

このままではジェムは穢れてしまい、自分は魔法少女として戦えなくなる。

 

 

(どうなるんだろう? 魔法が使えなくなるのかな?)

 

 

ゲームが始まった以上、それは避けたかった。

みんなのお荷物になるのは、絶対に嫌だった。

だから一刻も早くパートナーを見つけるか、魔女を見つけてグリーフシードを奪わねば。

 

 

「ちょっとちょっと」

 

「!」

 

「そんなトコで突っ立って何がしたいのよ。早く雑用してもらわないと」

 

「あ……」

 

 

事務所の扉がガチャリと開いて、不機嫌そうな北岡が現れる。

さやかは困ったようにデヘヘと笑うと、事務所の中に入っていくのだった。

 

いくらこういう状況だからといって、日常を犠牲にはしたくない。

さやかはまどかとの会話で切にそう願った。

 

怖いから学校にも行きたくないし、このバイトにだって行きたくないのが本音である。

でもだからこそ取り戻したい。純粋な気持ちで毎日を過ごしていたほんの少し前に戻りたかった。

そしてふと上条の事が頭に浮かぶ。この恋だって、いつか、きっと。

 

 

「いで!」

 

 

そんな事を考えていたら、本を取り損ねて頭にぶつけてしまう。

背後から聞こえる北岡の愚痴る声。

ああ、やっぱり無理かも。さやかは三回目となるため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛ー、づかれだ」

 

 

バイトが終わった後、さやかは帰路についていた。

もう辺りは暗く、人の気配も少ない。こんな時は早く帰るにかぎる。

さやかは少し早足になりながら進んでいった。

 

 

『ブゥゥウウウウウン!!』

 

「!!」

 

 

さやかの耳が、異形の声を捉える。

気づけば、さやかは駆け出していた。

 

 

(魔女――ッ! グリーフシードを落とせば、ソウルジェムの穢れを祓える!)

 

 

何よりも人を危険に晒す異形を放っておく訳にはいかない。

こんな状況だが、さやかは今までどおり魔女達を倒す事を決めていた。

それが正しいと信じているから。自分はマミの弟子だから。

 

 

『ブゥゥウウン! ぶぶうぅぅうううん!!』

 

 

さやかの視界に入ったのは魔女ではなく、使い魔・『アーニャ』だった。

一見すれば車の玩具に乗った女の子なのだが、その姿はまるで落書きだ。

カラフルだがぐちゃぐちゃ。いずれせよ危険である事には変わりない。

 

さやかはソウルジェムを取り出して変身を済ませると、サーベルを構えて走りだした。

しかしアーニャもさやかに気づいたか、逃走を開始する。

人気のない路地で追いかけっこが始まった。

アーニャは素早く、さやかも加速する為に足に力を込める。

 

ある程度なら剣を投げれば差は埋まる。

さやかを見て即逃げ出したあたり、戦闘能力は低いと見て間違いないだろう。

さやかは早期決着をつけるために、スピードを上げようとした。

 

 

「みーつけた」

 

「えッ!?」

 

 

さやかの目に飛び込んできた。

 

 

 

 

赤。

 

「ッッ!!」

 

 

さやかは、足を止めた。

そうしなければ止めなければ刃が脳天に突き刺さっていた事だろう。

 

一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

突如、上空から女の子が降ってきたのだ。おまけに槍を構えて。

突き出された刃は地面に突き刺さり、槍を直立させる。刃と反対方向の先端、『石突』に足をおいて、少女は立っていたのだ。

 

赤を基調としたドレス。

ポニーテールの少女は、涼しい顔でポッキーを咥えていた。

全身にゾワゾワとした嫌な感覚を感じ、さやかは大きく後ろへ跳ぶ。

 

 

「あッ!!」

 

 

だがそこで気づく。このままではアーニャを逃がしてしまうではないか。

さやかは大きく横に出て、サーベルを赤い少女に当たらないように投げた。

いける! さやかはそう確信をするが――

 

 

「おいおい、ちょっとちょっと! 何やってのんさアンタ!」

 

「なッ!!」

 

 

あまりにも一瞬で、何が起こったのか理解できなかった。

赤い少女が乗っていた槍が変形したのだ。

どうやら『多節棍』型の槍らしい。複数の棍棒を鎖で繋いでおり、その先端に刃がある。

 

そうだ、魔法の多節棍。『節』の数は自由に変えることができ、槍自体も伸張させることができる。

赤い少女は、槍から降りると、それを振り回しサーベルを弾き飛ばした。

 

おかげでアーニャに当たる筈だった剣は、地面へ落ちる。

もうアーニャの姿は見えない、どうやら完全に逃がしてしまった様だ。

それを確認すると、赤い少女は槍を消滅させてポッキーをもう一本。

 

 

「な、何すんのよ」

 

 

そこで、さやかは理解する。この力は間違いなく魔法少女の物だ。

つまり、ゲームの参加者なのだ。

 

 

「ありゃ使い魔だよ。かまうだけ無駄。グリーフシードが欲しいなら魔女になるのを待ちなって」

 

 

そう言って赤い魔法少女・佐倉杏子はさやかに向かって笑いかけた。

攻撃してこない点を見ると、参戦派ではないのか? さやかは安心感を覚え、だが同時に不快感を覚える。

 

 

「魔女になるのを待つって……、使い魔がどうやって魔女になるのか知ってるの?」

 

「少しばかり人を喰わせりゃいいんだろ? 何? 知らなかったのか?」

 

「なッ! そう言う問題じゃないでしょ!」

 

 

さやかは声を荒げて杏子に詰め寄った。

何でそう言う事を当たり前の様に言えるのか、理解できなかった。

使い魔が魔女になると言う事は杏子が言ったとおり、それ相応の犠牲者が出ると言う事だ。

 

 

「使い魔に襲われる人を見殺しにしろっての? そんな事できる訳ない!」

 

「………」

 

 

杏子はそれを無表情で聞いていた。

そしてどこから出したのか、たい焼きをかじりながら口を開く。

 

 

「アンタ、何言ってんの?」

 

「ッ!?」

 

「食物連鎖って知ってるか?」

 

 

虫が草を食らい。

より大きな虫が小さな虫を食らう。

その大きな虫は魚に食われ、魚は鳥に食われる。

 

 

「アタシは焼き鳥が大好きだ。ハハハ!」

 

 

強者が弱者を食らい、成り立つこの世のルール。

そう、それは『ルール』なのだ。連鎖の頂点に今現在存在しているのは何か? 普通の人間は『自分達』だと答えるだろう。

 

だが違う。

人の上に立つのは、人を超越し、人を喰らう魔女なのだ。

そしてその魔女を喰らうのは誰か? 食物連鎖の頂点に立つのは誰か?

答えは簡単だ。

 

 

「アタシら、魔法少女なんだよ」

 

「そんなッ!」

 

「まあ、アンタの言いたい事も分かるよ。アイツに襲われるのが自分《テメェ》の大切な人間だってんなら、守りたいって気持ちは理解できる」

 

 

だけど、そうじゃない人間ならどうだっていいじゃないか。

そう言って杏子はたい焼きを齧った。

 

 

「どうでもいいなら、見殺しにするのが賢い判断だろ」

 

 

それが食物連鎖における当然の仕組み、ルールだからだ。

 

 

「なんてヤツ――ッ!」

 

「ん? あれ? アンタまさか――、やれ人助けだ、やれ正義だってふざけた理由で魔法少女になったクチか?」

 

 

目の色が変わる杏子。

しかしさやかは怯まずに言い放つ。

 

 

「だったら悪いかッ!」

 

「………」

 

 

杏子はそれを聞いて舌打ちを放つ。

さやかは少しだけ怯んだが、変わらずに杏子を睨みつけていた。

杏子はたい焼きを一気に口の中に入れると、数回租借した後に飲み込む。

そして再び槍を出現させ、それをさやかに向けた。

 

 

「ちょっと止めてくれない? そう言うの、本当にムカつくんだけど」

 

「はぁ?」

 

「気に入らないんだよ」

 

 

まるで蛇の様な眼光だった。

杏子の雰囲気に呑まれ、さやかは思わず後ろへ足を動かした。

 

この眼はおかしい。危険だ、おかしい。

さやかの本能が、杏子の危険性を警告している。

 

 

「でもまあいいか。どうせ全員殺すんだし」

 

「……ッッ!」

 

 

その発言を聞いて一気に嫌な汗が吹き出てくる。

間違いない、この魔法少女は――

 

 

「あんたまさか――ッ!」

 

「参戦派だよ! アンタはどうせ協力派とか言うクソつまんねぇグループだろ? 丁度いいや、協力派のヤツをブッ殺したくてウズウズしてたんだ」

 

 

杏子はニヤリと笑って槍を振り上げた。

瞬間、地面を蹴る。爆発的な加速力で杏子は、さやかの前に立った。

 

 

「だからさぁ、死ねよ!」

 

 

槍を振り下ろす。

 

 

「ぅぐッ!」

 

 

さやかは反射的に剣を前に出し、それを盾にすることで槍を受け止めた。

 

 

「へえ、反射神経は悪くないじゃん」

 

 

杏子はどこか楽しそうだった。

さやかはその様子に激しい不快感と恐怖を感じる。

その時、呼吸が止まった。

 

 

「でも防御面は甘い」

 

 

さやかは一撃を受け止めただけで安心してしまった。

だが攻撃とは一回で終わりではない。杏子は、がら空きになったわき腹に蹴りを打ち込み、さやかを吹き飛ばしたのだ。

 

襲い掛かる衝撃。

痛み共に、さやかの視界がグチャグチャになる。

二転、三転、さやかは平衡感覚を忘れるほど地面を転がった後に壁にたたきつけられた。いや、正確には杏子が仕掛けた魔法結界にぶつかったのだ。

 

どうやら退路を断たれているらしい。

まずい、立たないと、さやかは歯を食いしばり、なんとか体を起こそうと力をこめる。

そこで見えた赤い閃光。杏子が投げた三つの槍が、さやかのマントに突き刺さった。

 

 

「しまった! くそッ!」

 

 

槍はマントを貫通し、そのまま地面に突き刺さっている。

それがさやかを磔にしているのだ。そして動けなくなったところに、もう一本槍が迫る。

すぐに悲鳴があがった。さやかの体に槍が直撃したのだ。

 

 

「ッ、へえ!!」

 

 

そこで杏子は目を輝かせる。

槍が肉体を貫通するとばかり思っていたが、そうじゃない。

さやかは確かに痛みに叫んだ。が、しかし刃は僅かに肌に沈むだけで、あとは弾かれて地面に落ちた。

 

 

「意外と硬いねアンタ。いいよ、悪くない……!」

 

「ふざ――ッ、けんな!!」

 

 

さやかは意識を集中させる。

魔法少女の衣装も、結局は魔法の鎧だ。つまりそれは主人の想いによって呼応するもの。

さやかはマントを切りはなし、そのまま全速力で走り出した。

 

目を見開く杏子。

速い。気づけば、すぐそこに美樹さやかが見えるじゃないか。

だから――、笑った。槍と剣が交差し、激しくぶつかり合っていく。

 

 

「あー、悪くない。ただの雑魚じゃないみたいだね」

 

「ナメんなよ、ちくしょうッ!!」

 

「でも――!」

 

 

さやかが剣を振るい上げた、まさにその時だった。

杏子は槍を真横に放り投げたのだ。攻撃? いや違う。ただ単に捨てただけ。

次の瞬間、鮮血が飛び散る。

 

 

「は?」

 

 

さやかは青ざめる。

つくづく理解できない。杏子は笑ってた。

刃が右肩から進入し、鎖骨で止まる。けれどもやはりしっかりと刃は入っていた。

血が流れる、肉が散る。けれども杏子は笑っていた。

 

 

「痛い! ハハハ! 悪くないな! 結構イテェや!!」

 

「な、なんなの……、アンタ」

 

「言っただろ? 足りないんだよお前には。殺す覚悟がさ、全然足りないのさ」

 

 

さやかは呆然としていて、動けない。

そうしていると、杏子がさやかの剣を掴んだ。

 

 

「フールズゲームは楽しいお遊戯じゃない。(タマ)の取り合いなんだよ。躊躇なんざ反吐が出る」

 

「……あんた、本気で殺し合いなんて馬鹿な真似考えてんの?」

 

「もちろん。魔法少女集会来てたか? アタシは4番だ」

 

「……おかしい、普通じゃないよッ」

 

「あー、うっぜぇ! アンタみたいなヤツがいるから、ブッ殺したくなるんだってのッ!」

 

 

その言葉が、さやかの怒りを爆発させる。

黙れ、うるさい。叫び、そして剣を生み出す。

 

 

「アンタみたいなヤツがいるからッッ!!」

 

 

さやかは杏子と同じ事を言って、武器を振るった。

だがそれよりも先に杏子のストレートがさやかの、みぞおちを打つ。

衝撃で思考が止まった。大きくよろけて、後退していく体。

そして次に気づいたときには、ジャラジャラと鎖が擦れる音。

 

 

「ァ」

 

 

いつのまにか多節棍が、さやかの腰に巻きついていた。

杏子は肩にサーベルが入ったまま、手を引いて多節棍を引き戻す。

すると巻きついていたさやかも一緒に戻ってきた。

さやかの首に衝撃が走る。杏子のラリアットが決まったのだ。

 

 

「ハハッ! やっぱり戦いは面白いわ。アンタみたいな雑魚相手でもイライラが消えてくれるんだから――ッ、さぁッッ!!」

 

「うがッ!」

 

 

杏子は仰向けに倒れたさやかの胸を踏みつけ、怯ませる。

そしてサッカーボールを蹴るようにして、さやかを吹き飛ばした。

宙を舞うさやか、しかし鎖は巻きついたままだ。

 

杏子は笑いながら背負い投げのモーションを取る。

すると鎖がしなり、繋がれていたさやかは杏子の前に叩き落される。

 

 

「うぐッッ!!」

 

「まあ初戦にしちゃこんなもんかな。そこそこ楽しかったよ」

 

 

杏子は自らを抉る剣を引き抜くと、投げ捨てた。

そして再び多節棍を振るい、さやかを壁に叩きつける。

衝撃でさやかは剣を落としてしまった。まずい、そう思ったときには再び宙を舞っている。

 

多節棍によって雁字搦めに縛られたのだ。

さやかは必死に抜け出そうとするが、うまくいかない。鎖の強度は高く、引きちぎれないし。

剣を出そうとしたら壁や地面に叩きつけられる。

 

その攻撃がしばらく続いた後、杏子は飽きたのか、さやかを地面に叩きつけてループを終了させた。

杏子にとってはなんてことのない攻撃の一つ。

だが、さやかにとっては違った様だ。

 

 

「あれ? アンタまさか」

 

「……ッッ!」

 

 

杏子はさやかの足が震えているのを見て黒い笑みを浮かべた。

どうやら先ほどの攻撃はさやかの心に大きなダメージを与えたらしい。

解放されたからよかったものの、もしあの攻撃をずっと続けられていたら、どうなっていたのだろうか。

 

もしかしたら死ぬまで壁に叩き付けられ続けたのか? 

さやかはそれを想像してしまって完全に恐怖に呑まれてしまったのだ。

それでも杏子にそれを悟られたくないと、さやかは必死に睨みをきかして立ち上がろうとする。

 

しかし、それが杏子のサディステックな一面を刺激してしまった。

 

 

「あはは! アンタまだ全然魔法少女としての力を使いこなせてないのか。ますます面白くなってきた!」

 

「な、なに……ッ! なんなのよ!!」

 

「だからさ、もう少しサンドバックになってもらおうかなって話だよ」

 

「ふざけッ!」

 

 

勝てない、コイツは危険だ。

さやかは逃げようと足に力を込める。しかし無情にも、足に多節棍が巻きついて動きが封じられてしまった。

杏子はさやかをコマの様に回転させて、また地面へと倒す。

 

 

「さあ、アンタの悲鳴が聞かせてくれよ。そうすれば、イライラが収まるかも」

 

 

そう言って杏子は笑いながら槍をさやかに向けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くふぃー! やっぱ最っ高だね! 戦いってのはさ!」

 

 

10分後。杏子は満面の笑みで大きく伸びを行っていた。

どこからかポッキーの箱を取り出すと、さっそく一本口に咥える。

 

 

「アンタも食う? あぁ、まあ食えねぇか」

 

 

杏子は地面に倒れて動かなくなった、さやかを見て笑う。

ボロボロだ。服は汚れ、髪はボサボサになり、切り傷や痣が目立つ。

 

 

「ま、今回は見逃してあげるよ。見たところ自分の能力についても認識が甘いし、服のどこを見てもパートナーの紋章がない」

 

 

グリーフシードを求めていた所を見るに、本調子で無かった事も容易に想像できる。

つまり今回の戦いは、さやかがハンデを背負っていた事が明らかだった。

そんな相手を殺しても、浅倉とのゲームには有利がつくが、どこかつまらない点がある。

 

 

「暇つぶしの礼だ、命は助けてやる」

 

 

杏子は懐からグリーフシードを投げつける。

 

 

「やるよ。それ使ってソウルジェムを浄化しな」

 

 

さやかは無言だった。聞いているのか、聞こえていないのか。

 

 

「で、次は本気で戦ってもらうよ。じゃないとマジで殺すから」

 

 

さやかは、ぼんやりと聞いていた。

全身が痛い。どこも折れていない様だが、それが不思議で仕方ない程。

あれから杏子には蹴られ殴られ吹き飛ばされ、完全な敗北を教えられた。

 

 

「大事な顔を狙わなかっただけ感謝してもらいたいよね。って言うか他のヤツはそうじゃないかもしれないんだから、気をつけなよ」

 

 

もしかしたら二度と外に出られない程にされるかもしれないんだから。

そう言って杏子はまた楽しそうに笑う。

 

 

「勝つのは気分がいいな。イライラがすっかり消えた、最高の気分だよ」

 

 

杏子は饒舌に語り、さやかの周りを歩いてる

勝者は敗者を見下す。これが戦いにおけるあるべき姿だろう。

 

 

「アンタ仲間がいるんだろ? そいつ等もいずれ殺す事になるからさ、そう伝えておいてよ」

 

 

杏子は踵を返し、歩き出す。

 

 

「じゃあね。最後に教えてあげるよ。おそらくアンタの魔法は回復だ」

 

「ッ」

 

「結構本気で殴ったけど骨も折れてない。雑魚がタフってお似合いの能力じゃん。せいぜいもっと磨いて立派なサンドバッグになってくれよ」

 

 

さやかも自分の魔法が回復と言うのは何となくは知っていた。

しかしまさか今日初めてあった杏子にバレるなんて――。

 

そのまま消えていく杏子。

残されたさやかはゆっくり身体を起こす。

まだ全身が痛い、目の前にはグリーフシードがある。

ポタリと、地面に雫が落ちた。

 

 

「うぅ……ッ! ううぅうッッ!!」

 

 

負けた。それも完全に。

 

 

「あんなヤツにッッ! ちくしょう……! ちくしょうッッ!!」

 

 

さやかの声は虚しく闇に溶けていくだけだった。

 

 






杏子ちゃんって、PSPのゲームの発言から、さやか達よりも年上疑惑あるんですよね。
ただ、まあ何にも考えてなかった可能性もありますわな(´・ω・)

まどマギも現在はいろんな人が脚本担当してますし。
書き手によってキャラクターに結構違うが出るのが面白いところだったりしますな。


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第14話 黒い魔法少女 女少法魔い黒 話41第

さやか氏。ごめんやで(´・ω・)


 

 

「ちくしょう……ッッ!!」

 

 

杏子に敗北し、さやかはボロボロになってしまった。

そんなさやかを"先ほどからずっと見ていた"少女がいる。

 

暁美ほむらは、ビルの屋上で真下にいるさやかをジッと見ていた。

そう、全て見ていたのだ。さやかがアーニャをとり逃した辺りから全て。

 

ほむらは無表情で立っていたが、頭の中では急激に思考を加速させていた。

佐倉杏子。ほむらは彼女の事を知っている。

だからこそ仲間にできるかと思っていたのに、結果はこの有様だ。

 

どうやら今の杏子は、ほむらが知っている佐倉杏子とは少し。

いや大きく違うのかもしれない。杏子はもともと好戦的な性格ではあったが、今の杏子は何かがおかしい。

だからこそ様子を見たかった。さやかを見殺しにするとしても、その答えが欲しかったのだ。

 

 

「おい! 大丈夫か!」

 

「………」

 

 

屋上に続く扉が開いて、手塚が姿を見せた。

ほむらは手塚の方へと視線を移す事は無い。

手塚は、ほむら隣にやってくると、下の方で倒れているさやかを見つける。

 

 

「ごめんなさい。彼女を守るために援護はしていたのだけれど、相手がなかなか強くて。できれば魔法も使いたくなかったから……」

 

「分かった。敵がきたら俺が引き受ける。お前は彼女を」

 

 

その言葉にほむらは頷いた。

だが、ほむらはさやかを遠くから援護していたと言うのだが、それは嘘である。

手塚が来るまで、ほむらはさやかを見ていただけだ。

魔法を使いたくないのは本当だが絶対という訳でもない。

 

だが手塚は、その言葉を疑う事はなかった。

だから良しとしようじゃないか。ほむらは割り切ると、ビルから飛び降りた。

 

 

「美樹さやか」

 

「ッ! ほむら……! 来てくれたの?」

 

「……ええ」

 

 

ほむらはさやかに駆け寄ると、肩を抱いて引き起こす。

負けた悔しさもあるのだろう、さやかのソウルジェムは深い濁りに満ちていた。

これは少しマズイ。ほむらは杏子が放り投げたグリーフシードを使って、さやかのジェムを浄化する。

 

 

「ちょっと止めてよ、それ……」

 

 

さやかは、不快感を示す。

敵から情けをかけられるのは、プライドに大きな傷を作るのだろう。

 

 

「背に腹は変えられないわ。我慢して」

 

「ッ」

 

「ところで、何があったか教えてくれないかしら?」

 

 

さやかはゆっくりと口を開く。

それをほむらは無表情で聞いていた。

詳しくは聞いていなかった。どうせ知っているんだからと、適当に相槌をうっていく。

 

 

「おそらく貴女を襲ったのは、佐倉杏子と言う魔法少女よ」

 

「知り合いなの?」

 

「ええ。親しくはないし、向こうは私を知らないだろうけれど」

 

 

さて、どうするか。ほむらは考える。

杏子は魔法少女集会における4番だ。あの時の記憶、そしてさやかの話を聞くに、どうやら相当な戦闘狂になっているとみて間違いない。

となると――、説得は厳しい。

 

 

(美樹さやかを餌に様子を見ると言う事もできるけど……)

 

 

杏子の存在は、ほむらにとって厄介なものではなかった。

説得の余地はあるし、逆にうまく操る事ができれば、面倒な参加者を減らす事もできる。

少し考えた結果、ほむらは答えにたどり着く。

 

 

「彼女は悪い人では無い筈よ。何があったのかは知らないけど……」

 

「アイツが? 冗談……ッ」

 

 

とりあえずは泳がしておく。それがほむらの答えだった。

正直、面倒になればすぐに消せる相手だ。そこまで危険な参加者でもない。

邪魔になったら消す。そうでなければ上手く動いてもらおうか。

 

 

「とにかく家へ送るわ」

 

「あ、ありがとう……」

 

 

ほむらは少しだけ目を細める。

そしてそれは――。

 

 

「当然よ。私たちは――」

 

 

あなたもよ。美樹さやか。

 

 

「仲間なんだから」

 

 

せいぜい私を失望させないで。

ほむらは無表情と言う仮面をかぶりながら、さやかを引き寄せたのだった。

 

 

 

 

 

だが暁美ほむらは一つミスを犯していた。

先ほどの戦いを見ていたのは"自分だけじゃない"と言う事だ。

ほむらとさやかが戦いの場を後にする。それを見ていたのは、美国織莉子。

 

 

「さあ、じゃあ始めましょう。お願いできる?」

 

「もっちろん! キミの願いは私の願いでもあるんだ!」

 

 

「そう。ふふっ、ありがとう」

 

 

織莉子は黒い魔法少女に微笑みかける。

そして殺意に満ちた視線を『さやか』へと向けた。

 

 

「覚悟しなさい。美樹さやか」

 

 

織莉子陣営がまずターゲットにしたのは美樹さやかだった。

絶望と悲しみのドン底に、さやかを落とさねば。

織莉子はもう一度微笑むと、自らも姿を消すのだった。

 

 

 

 

 

 

翌日、少し悩んだが、さやかはいつも通り学校に行く事を決めた。

悔しい気持ちはまだ強いが、何よりも日常に戻りたかった。

まどかに会いたい、サキに会いたい。そして何よりも、上条に会いたかった。

 

 

「お、おっす恭介! おはよう!」

 

「ああ、おはようさやか」

 

「あのさ、恭介はさ」

 

「うん? どうしたんだい」

 

「う、ううん! なんでもなーい!」

 

 

そう言ってさやかは一人駆け出していった。

それだけでいい、上条と一言でも話すことができれば今日はいい日だった。

遠くの方でまどか達が手を振っている。さやかはスピードをあげて、合流していった。

 

 

「ず、ずるいぞ上条!」

 

 

さやかがいなくなったのを確認して、中沢と下宮がやってくる。

特に中沢は、なにやらソワソワしているようだ。

 

 

「ずるい? 何が?」

 

 

上条のそんな様子に中沢はため息をつく。

 

 

「こっちはさ! 想いに気づいて欲しくて必死だって言うのに!」

 

「???」

 

 

中沢としてはさやかに同情できると言うものだ。

尤も、中沢は未だにラブレターに名前を書き忘れていた。

思春期ともあってか、モヤモヤは止まらない。だが気になるものを引きずるのは良くない、下宮はメガネを整え、上条へ一歩距離をつめる。

 

 

「上条くんは、美樹さんの事をどう思っているのかな?」

 

「え? そ、それ聞いちゃうの?」

 

 

下宮の言葉にギョッとする中沢。

とは言え、心の中では『よくやった』と賞賛を。

 

正直、誰が見てもさやかは上条に気がある。

そんな中で当の本人はどう思っているのだろうか?

 

 

「前も言っただろ? ただの幼馴染だよ。それ以上でも以下でもないから」

 

 

中沢も下宮も、つまらなさそうにそれを聞いている。

 

 

「……本当に罪な男だ、お前は」

 

「えぇ? なんでさ中沢、ちょっと、ねえってば」

 

 

中沢はムスっとしながら上条を追い越した。

不思議そうに首をかしげる上条を見て、下宮もヤレヤレと首を振る。

 

 

「これは、美樹さんも苦労しそうだな」

 

 

長年一緒に過ごしてきたせいで気がつかない想いと言う物があるのか。

どうやら、さやかの恋が実るのはまだまだ先の様だった。

 

 

 

 

 

 

「佐倉杏子か。要注意人物だな」

 

「全員と戦う気だなんて……」

 

 

いつも学校帰りに寄っていたファーストフード店。

しかし今日は何かを食べる食欲もなく、まどか、さやか、サキはドリンクだけで居座っている。

話の内容は参戦派・佐倉杏子についてだ。

 

 

「ほむらは悪い人間じゃないって言ってたけど、あたしは信じられない……!」

 

「でもっ、グリーフシードをくれたんだよね?」

 

「あんなの、優しさでもなんでもない! アイツ、本当にゲーム感覚なんだよ!」

 

 

さやかは二人に持ちかける。

このまま殺されるのを待つか、それとも抗うか。答えは一つではないのか?

 

 

「ねえ、もしもまたアイツが襲ってきたら、その時は協力してくれるよね? まどか、サキさん!」

 

「え? え? 協力って?」

 

「決まってんじゃんまどか、アイツだけは殺そうよ」

 

 

まどかもサキも複雑な表情を浮かべるだけで、イエスとは言えなかった。

それを言ってしまえば本当に後戻りはできないからだ。

尤も、さやかはもう須藤を殺している。その事が決意を加速させたのだろう。

 

 

「分かってる。分かってるよ。でもさ、実際にアイツに会ったら分かるって! 本当、マジッ、普通じゃない……!」

 

「しかし――」

 

「ああ言うヤツは殺すべきなんだよ。平和の為に!」

 

 

じゃないと必ず世界は"悪"に染まってしまう。

佐倉杏子、彼女の様な危険志向の持ち主は早めに排除しておかなければ大変な事になる。

さやかは目を見開き、唇を歪ませる。

 

 

「大丈夫だって。マミさんと違ってあんなヤツ、死んでも誰も悲しまないよ!」

 

 

さやかはそう言って二人の協力を仰いだ。

何故だが、まどかは途方も無い寂しさを感じた。

さやかが、自分の知っているさやかじゃない様な気がしていく。

そんな傲慢を感じながら、まどかは首を横にふるしかできなかった。

 

「さやかちゃん。本気で言ってるの? 駄目だよそんな事!」

 

「本気? え? は? どういう意味よ、まどか」

 

 

テーブルにポタリと雫が落ちる。まどかは涙を浮かべてさやかの意見を否定した。

 

 

「平和の為にって……! それじゃあ須藤さんと同じだよ。そんなやり方は間違ってる、誰かの命を奪ってまで成り立つ平和なんておかしいよ。きっと杏子ちゃんだってこの状況に混乱してるだけで、よく話し合えばきっと――」

 

 

その時、さやかは思い切りテーブルを叩いた。

ビクっと身体を振るえ上がらせてまどかは言葉を止める。

さやかはそれが狙いだったと言わんばかりに、間髪入れずに口を開いた。

 

 

「何だよッ!! あたしが間違ってるって言いたいわけ!?」

 

「ッ!?」

 

「まどかは良いよね。そもそもあの場にいなかったし、危なくなったら真司さんが守ってくれるもんね……」

 

「そんな!」

 

 

さやかは歯を食いしばる。

思い出すのは槍で攻撃された時の痛み、恐怖、悔しさ。

そして杏子に対する憎悪。

 

 

「あたしは殺されかけたんだ! 一歩間違えたら今日この場所にいなかったかもしれない! パートナーだって見つかってないしッッ!!」

 

 

心内の中にある黒いものを全て吐き出す様にさやかは吼える。

ただ感情をうまく制御できずに、結果としてそれを親友にぶつけてしまう。

 

 

「まどか、アンタにあたしの気持ちが分かるの!? あたしは死にたくない! 話合い? もうそろそろ無駄だって事に気づいてよ! 意味なんてないんだよ説得なんて!」

 

 

殺さなきゃ殺される。それがF・G。

 

 

「そんな……! わたしは……ッ!」

 

「落ち着けさやか! 私たちでモメてどうする! それこそ無意味だろう!」

 

「ッ!」

 

 

サキの一括によってさやかは冷静さを取り戻したのか、まどかに一言謝ると静かになった。

だがサキだって冷静な訳ではない。正直、どちらの意見に賛同できるかと言われれば、それは間違いなくさやかだった。

 

サキとて無駄な血は流したくない。

だがこの世界に『正当防衛』と言うものがある様に、『軍』と言う機関がある様に、話し合いだけで戦いが済むならば誰も苦労はしないのだ。

 

だが、だったら参戦派を殺すのがいいのかと言われても迷う。

殺害と言う事も一つの選択肢としては有効だが、選ぶのかと言われれば――。

これが先ほどからずっとループしていた。

 

 

「まどか、アンタ優しいもんね……。でもその内に分かるよ。あいつ等は普通の思考を持った人間じゃない。殺し合いを楽しんでいる。そんな連中なんだから」

 

「……ッ」

 

 

さやかの言葉が、まどかの心を抉った。

こうして、彼女たちの話し合いは特に明確な答えが出る訳でもなく終わった。

どうすればいい? 何が答えなのか。まどかは背負いきれない程の不安を感じて、つい真司に助けを求めてしまいそうになった。

 

携帯を取り出して――、後は真司にかけるだけ。

しかしふと、さやかの言葉がよみがえる。

 

 

『危なくなったら真司さんが守ってくれるもんね』

 

 

まどかは首をふって携帯をしまった。

真司は蓮を探すのに忙しい筈だ。迷惑はかけられない。

 

オレンジ、ピンク、紫、三色に染まる空を見上げる。

まどかはマミを尊敬していたし、マミの魔法少女像が絶対だと思っていた。

しかし絶対は死んだ。このF・Gおいて、マミは一番はじめに死んだのだ。

 

 

死んだということは――、間違っていたのだろうか?

目標を失ったまどかの先には暗闇しかない。

 

そして迷っているのはまどかだけじゃない。

サキもまたその一人だ。家に帰ると、まず真っ先に客間へと足を進める。

 

 

「………」

 

 

そして、扉の前で立ち止まった。

早く入ればいいのにどうしてか足が進まないのだ。

そうやってしばらく立ち止まり、ため息をついて扉を開く。

 

 

「ただいま」

 

「――キ……ぇちゃ……んッ!!」

 

 

ゆまは、顔をぐしゃぐしゃにしてサキに飛びついてくる。それをサキは複雑な表情で抱きしめた。

 

ゆまはずっと一人だった。

サキが学校に行っている間は、家にひとりだけ。

一人での食事や、静かな家は、ゆまにとっては寂しくて恐ろしいものだろう。

サキはそれを分かっていながらも、こうするしかない状況に頭を抱える。

 

そして何より――

自分はどこか、ゆまを恐れているんじゃないかと言う事。

 

だってそうだろう? ゆまは精神が不安定な子供。

ふと気が変わってマミを蘇生させたいと思うようになったらどうか?

答えは一つ、ゆまが参戦派に移ると言う事だ。

 

サキを殺して願いをかなえる為に戦う。

 

 

(そんな馬鹿な、ゆまはまだ子供だぞッ!)

 

 

自分に言い聞かせる言葉。だが同時に浮かぶ言葉もある。

子供だからと言って参戦しない理由は? 根拠は存在するのか? この戦いで常識が通用すると、まだ思っているのか?

 

F・Gは普通のゲームじゃない。命を賭けた殺し合いだ。

そんな中で年齢や性別が関係あるのか?

答えはノーじゃないか。死ねば存在が消える以上、殺しに対しての責任感が薄れる事は必須だ。

 

それに加えて殺さなきゃ殺される状況。

お膳立てとしては完璧だ、殺し合う環境としては最高と言ってもいい。

なによりも、ゆまは魔法少女だ。戦闘能力はある。

 

 

「ぐ……ッ!」

 

 

サキは耐える様に歯を食いしばる。目から、一筋の涙が零れた。

もう嫌だ、心が壊れそうになる。

それでも、それでも――

 

 

「ゆま。もうしばらく一人にしてしまう日が続くかもしれない。どうか、どうかそれを許してくれ――ッッ!!」

 

「うぅ……! うぅっ!」

 

 

本当は、ゆまから逃げたいだけなのかもしれない。

そんな内に秘めた感情を隠しながら、サキはもう一度、謝罪を行う。

 

悔しいのは誰もが同じなのだ。

さやかは杏子に負けた事に。まどかはF・Gをどうする事もできない事に。ゆまは力になれない事に。サキは全てを疑い始めた事に。

 

内部分裂が始まろうとしている。

サキはそんな事に焦りを感じつつも、何もできない自分にまた苛立ちを募らせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ……! ハ――……ッ!」

 

 

呼吸が荒い。

恐怖でその眼には涙が浮かんでいる。

震える足には線のようにして刻まれた傷が見える。

 

それだけじゃない。

彼女が逃げ込んだ工場地には、同じように切断された機材やらが目立つ。

 

 

「ひッ!」

 

 

大きな音と共にまた壁に傷が刻まれる。

まどかが帰宅し、サキが帰宅し。そんな中で、さやかだけはまだ外にいた。

さやかは魔法少女に変身して、『襲われて』いる。

 

 

「もう終わりにしないかい(ターゲット)ちゃん? 私もそろそろ飽きてきたよ」

 

「ふ、ふざけ……ッ!!」

 

 

帰路に着く途中、いきなり誰かに切り裂かれた。

そして知る、魔法少女に襲われたのだと。

 

黒い魔法少女だった。

さやかの事を『的』と呼称しながら襲ってくる。

 

 

「どこにいんのよッ!!」

 

 

さやかは剣を振るい、投げ。滅茶苦茶に攻撃を繰り返すが命中する気がしない。

夜の闇に溶け込む様にして、黒い魔法少女の姿は消えているのだ。

代わりに斬撃だけがさやかに降りかかる。

 

 

「あぐぁ!!」

 

「あはははは!! 本当に噂通りの弱さだね!!」

 

「何……ッ?」

 

「知らないのかい"的"ちゃん。キミは魔法少女の中じゃちょっとした有名人だよ」

 

「ど、どういう事よ!」

 

「キミのせいでゲームが始まったからね。ウフフ!!」

 

「なッ!!」

 

「フールズゲームが始まるトリガーは参加者の死だ。キミがシザースを殺したんだって?」

 

「あたしは……! あたしはただ――ッッ!!」

 

「キミにどんな理由があるかは知らない。だけど事実は簡単ッッ! キミと言う人間がいたせいでこんな事になっている!!」

 

 

違う! さやかはそう叫びたかった。

ただマミを救いたかっただけだ。須藤を殺さなければ自分達も殺されていた。

 

だがそんな事はどうでもいいと黒い魔法少女は言う。大切なのは過程じゃない、結果だ。

どんな理由がそこにあろうとも美樹さやかは須藤雅史を殺し、ゲームの開始を早めてしまった。

それが他の魔法少女にとっての事実であり真実。

 

 

「可哀想だから教えてあげるよ! 魔法少女の多くはキミを恨んでいる!」

 

「え……」

 

「そして、まずはキミを殺そうと言う結論に至ったのさ! 全ての魔法少女が結託して君をギチョンギチョンにしちゃうんだぁ! あははは!」

 

「そんなッ、そんなまさか――ッッ!!

 

「それに、キミは弱い事で有名だ・か・ら! もう既に徴候は出始めているんじゃないかい?」

 

 

打ちのめされる。

さやかの脳裏に杏子の姿が浮かんだ。

 

 

「な、なめんなァアアッッ!!」

 

 

マントを翻し、さやかは大量の剣を出現させた。

それをすぐに投げていくが、黒い影は高速で動き回り、次々に回避していく。

 

 

「あはっ! あはははは! 怖いかい? それはそうだろうね! キミはこれから全ての魔法少女に狙われる毎日を送るんだから!」

 

 

笑い声がさやかの耳を貫く。

そんな馬鹿な。さやかの心臓が激しく鼓動する。

その時、身体に激しい痛みが走る。切り裂かれた、さやかは短い悲鳴を上げてうずくまる。

 

 

(怖い! 助けてまどか! サキさん!)

 

 

殺される!?

そんな思いがよぎった時、黒い魔法少女は急に動きを止めた。

 

 

「……まずい、おやつの時間だ」

 

「はッ?」

 

「帰らなくちゃ」

 

 

そう言って、黒い魔法少女は離れていく。

捨て台詞を残して。

 

 

「気をつけなよ? キミはもう普通の生活なんてできやしない。キミを殺そうと魔法少女連中は結論を出したんだ」

 

 

そこで黒い魔法少女は消えた。さやかは腰を抜かしてしまう。

 

 

(怖い、嫌だ、怖い、嫌だ、怖い……!!)

 

 

その感情がループしていく。だから結論を出さねばならなかった。

先ほどの言葉が嘘かもしれないのに。さやかにはそんな事を考えている余裕は無かった。

 

 

「た、戦わなきゃ……ッ! じゃないと、殺される!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はははは! 本当に単純だねぇ! まさかあんな言葉(ウソ)を信じるなんて」

 

「仕方の無い事よ。このゲームでは思考回路は常に混乱状態にあるのだから」

 

 

魔法少女が結託して一人の人間を狙う? 

そんな事、魔法少女集会を聞いていればありえないのに。

織莉子と、13番の魔法少女は、哀れみの目でさやかを見ていた。

 

だがとにかく、さやかに恐怖心を植えつける事は成功した。

あと一押しで織莉子の作戦は完成する。その瞬間、織莉子の勝利は確定状態となるのだ。

 

 

「美樹さやかさえ絶望すれば、私はゲームに勝てる……」

 

 

"割り切らなければならない物もある"。

織莉子とて、ワルプルギスの夜がどう言った魔女で、いつ来るかは分からない。

だから確実にその前にゲームを終わらせなければならないのだ。

 

 

 

 

 

 

夜の公園、そこにさやかとサキはいた。

 

 

「何ッ! また襲われたッ!?」

 

「もうやだよサキさん……ッ! あたし、殺されちゃう!!」

 

 

サキはパニックになっているさやか冷静にさせる。

いきなりメールで『殺される』なんて届いた時は血の気が引いたが、何とか怪我だけで済んだ様だ。

 

サキはさやかから聞いた黒い魔法少女の話を考察してみる。

他の参加者が結託してさやかを狙う? そんな事を4番と13番が協力するとは思えない。

さやかを襲った杏子4番だが、おそらくは偶然なのではないだろうか?。

 

そもそもサキにはずっと引っかかっている事があった。何故、魔法少女集会で13番はマミの死の詳細を知っていたのか?

聞けば、黒い魔法少女も、さやかが須藤を殺した事を知っていたと。

 

 

「………」

 

 

もしかして、誰かあの場所にいたのか?

それとも誰かが情報をリークしたのか? 裏切り者が潜んでいるとでも言うのか!?

 

 

「ッ!!」

 

 

何て事を考えているんだ、サキは首を振る。

 

 

「き、今日は私の家に泊まっていくといい。親御さんには私が連絡しておくから」

 

「本当ッ? あ、ありがとうサキさん!」

 

「とにかく明日から学校を休んだ方がいい。法律事務所の方も辞めるんだ。それが嫌なら、私がついていく」

 

「う、うん」

 

 

しかし、そこで生まれる躊躇。

 

 

「あの――ッ、サキさん。あと一日だけ待って欲しいんだけど……」

 

「どういう事だ?」

 

 

こんな時だから、どうしても最後に上条と話がしたかった。

別に告白なんかをしようと言う訳ではない。ただ、ただの一言だ。どんな事でも良いから話がしたかったのだ。

声が聞きたい、笑った顔が見たい。それだけで良かったのだ。

 

 

「気持ちは分かるが……」

 

 

難しい話である。サキが渋るのは仕方ないだろう。

黒い魔法少女は『弱い』と言っていたが、サキから見てもさやかの実力はそれなりだ。

家にいてくれればゆまを守ってもらえるだろうし、何よりゆまが寂しがらずに済む。

ただやはり、"こんな時だからこそ"と言うのはサキも分かっている。

 

「そうだな。いいよ」

 

「っ! ありがとうサキさん!」

 

「恋は理屈じゃないってものさ。多少の無茶くらい何とかカバーできるだろう」

 

 

まどかもいるんだ、何とかなる。

 

 

「本当の事を言うと、ほむらとかずみの助けも借りたいんだが、何故か二人共こちらからは連絡が付かない」

 

 

一応メールに心配ないとだけは入っていたが、二人がどこにいるのかサキにはさっぱり分からなかった。

いつのまにか、チームは分裂していく。その事にサキはどうしようもない寂しさを感じるのだった。

 

 

 

 

 

「くそッ! どこにいるんだよ!!」

 

 

一方の真司はひたすら蓮を捜していた。

しかし、見つからない。尤も範囲指定はまだだ。タイムリミットまではまだ時間がある。

蓮の行きそうな場所はあらかた回ったが、彼の姿はどこにもなかった。

 

立花に聞けば蓮は丸五日の休暇を立花に頼み込んだらしい。

普通ならば五日も休みをあげるというのは難しい話ではあるが、立花はその時の蓮の顔があまりにも鬼気迫るものだったので結局オーケーしてしまった。

との事だ。

 

とにかく、状況が状況だけに早く蓮とコンタクトを取りたい。

何故、蓮はいきなり姿をくらませたのか?

もしかしたら既に戦いに巻き込まれているかもしれない。

 

 

「ああもう! 無事でいてくれよッッ!!」

 

 

真司はイライラしたように頭をかくと、スクーターを次の街にへと走らせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

次の日。さやかは少し早めに起きて学校の準備を始めていた。

 

 

(今日が終わればしばらく学校を休もう。ああ、でも親になんて言えばいいのやら……)

 

 

今はサキの家にしばらく泊まるなんて言ってあるからいいものを。

まあ、いいか。さやかは鏡に映る自分の顔をまじまじと見つめる。

どこもおかしくないか? 見られても平気だろうか?

腹の立つ話だが、杏子が顔を殴らなかった事は感謝するしかない。

 

 

「うー……! おはよーさやかお姉ちゃん。早いねぇ」

 

 

パジャマ姿のゆまが目をこすりながら現れる。

その緊張感の無い姿に、思わずさやかは吹き出した。

取り合えず、よたよたと寄ってくるゆまを乱暴に撫で回す。

 

 

「お前はいいねぇ、うらやましいよ……」

 

「?」

 

 

意味が分かっていないゆまを見て、さやかはケラケラと笑った。

 

 

「おはよう、さやか」

 

「あ、おはよサキさん」

 

 

朝食を取る三人。

そこで、さやかはパンにバターを塗りながら口を開く。

 

 

「ねえサキさん。マミさんって拘束の魔法だったんだよね」

 

「ああ、固有魔法は一人一人その性質が異なるものだ。キミは回復。まどかは守護と言ったようにね」

 

 

そこでサキはコーヒーカップを置いた。

 

 

「ところで、彼に想いを伝えるの?」

 

「!」

 

 

いつものサキならニヤニヤしながら顔でぐいぐいと聞いてくる事なのだろうが、今は慈愛と切なさに満ちた表情をしていた。

全てお見通しの様だ。さやかは照れ隠しに少し笑うと、悲しげな表情で首を振った。

 

 

「ううん」

 

「そう……」

 

「もし、あたしが恭介に関われば、恭介が狙われるかもしれないからさ」

 

 

それは嘘だ。心の中でチクリとした嫌悪感を覚える。

口では何とでも言えるだろう。迷惑が掛かる。危険な目に巻き込みたくない。そんな言葉を羅列して言い訳を作っているだけだ。

 

もし、好きと言って断られたら本当にそこで終わってしまうじゃないか。

そんなの嫌だ。もっと好かれて確実にオーケーをもらえるまで想いを我慢しないと。

結局傷つきたくないだけ。しかし、それを打ち明けるのは格好悪い、だからさやかは曖昧に笑うしかなかった。

 

 

「ご、ごちそうさま。用意するね」

 

 

とにかく今は、会いたい。それだけだった。

 

 

「おはよう、さやか」

 

「……うん、おはよ」

 

 

通学路。

静かな並木道を上条とさやかは、肩を並べて歩いていた。

前方にはまどか達、後方ろには中沢達がそれぞれ空気を読んで離れた所で歩いている。

 

上条はその事に全く気がついていないが、さやかは心の中でまどか達にお礼を言いながら足を進めた。

とは言え別に特別な事は何も無い。二人は何気ない会話を繰り返すだけだ、もちろんさやかもそれでいいと思っていた。

 

いつもと同じ様に、変わらぬ笑顔で上条といたい。

それが、さやかの望みだった。そうやって話していく内に学校へとたどり着く。

クラスに行けば話せる機会は少なくなる。どうやら今日の会話は終わりと考えてもいいかもしれない。

 

 

「じゃあさやか、先にいってるよ」

 

「うん。また……、またね」

 

 

また、会いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぉ」

 

 

チャイムが鳴る。

何事もなく、一日は終わった。狙われていると言うのは、やはり嘘だったのかと思うくらい平穏に時間は過ぎていった。

緊張していたのが馬鹿みたいだ、さやかは大きなため息をつく。

 

 

「かえろっか、さやかちゃん」

 

「ん」

 

 

結局上条とは話せなかったが、敵が現れなかった事は幸いだろう。

未練が無いとは言わないが、しばらくサキの家で様子を見させてもらおう。

帰り道、さやかはそんな事を考えながら歩いていた。

 

 

「さやかさん!」

 

「え?」

 

 

しかし、ふと、我に返る。

どうやらずっと仁美に話しかけられていたらしい。

 

 

「あ、ごめん。なに?」

 

「大丈夫ですの? 今日は気分が優れないみたいでしたが……」

 

「うんにゃ、さやかちゃんはいつでも元気いっぱいですぞ!」

 

「でも、ずっと上の空でしたし。お顔の色も良くないですわ」

 

「そ、それは……、あはは」

 

「今日のお昼、どんな会話をしたか覚えてますか?」

 

 

正直、全く覚えていなかった。

さやかが集中するべきは、周りに敵がいないかを感じることだ。

あまり器用なほうじゃない。さやかはテレパシーを行う際も、そちらのほうに集中しすぎて周囲のことは忘れてしまう。

今日もそうで、周りに気を取られすぎて、仁美との会話は適当に行っていたようだ。

 

 

「と、とにかく大丈夫だって。ちょっとゲームで徹夜しただけだから」

 

「ですがッ、ここ最近ずっと調子が悪そうですわよ?」

 

 

仁美は、さやかの言葉を信じる事は無かった。

確かに何も知らない人間からしてみても、さやかの調子がおかしいのは明らかだった。

まどかとサキは事情を知っている。何とか話題を反らそうとするが――

 

 

「………」

 

 

仁美は何かを考える様にして沈黙する。

分かってくれたのだろうか? さやかは安心して気を抜いた。

だが、仁美は急に真面目な顔になると、さやかと二人きりで話がしたいと言ってきた。

 

 

「え? 二人きり?」

 

「はい。いけませんか?」

 

「いやッ、別にいいけど……」

 

 

よくない! サキは大きく首を振ってジェスチャーを行う。

敵に顔が知られている以上、さやかはなるべく家にいてほしかった。

しかし仁美の圧が凄いので、さやかは折れてしまったようだ。

 

 

「では、ハンバーガーのお店に参りましょう!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ仁美。私とまどかも行っていいか? 席は離れるから」

 

「ええ、でしたら構いませんわ」

 

と言う事で、サキとまどかも着いていく事に。

 

 

「ね、ねえ仁美ちゃん……」

 

「どうしたんですの? まどかさん」

 

 

店に移動する間、まどかはこっそりと仁美に話しかけた。

まどかは仁美に一体何を話すのかを聞いてみる。

 

 

「まどかさん、実は――」

 

 

仁美は頷くと、小声で『話そうとする内容』を告げる。

 

 

「えぇ? で、でもいいのかな?」

 

「いいんですの! だって最近のさやかさんは明らかにおかしいですわ」

 

「そ、そうだけど」

 

「大丈夫ですわ。私に任せてください」

 

 

そういう事ならば。

まどかは、頷き、特に何も言うことはなかった。

 

 

 

 

 

 

「で、話って何?」

 

「はい……」

 

 

ファーストフード店。さやかと仁美は顔を合わせて座っている。

まどかとサキは離れたところに座り、店内の様子を伺っていた。

仁美は深刻な表情でさやかを見つめ、話を切り出す。

 

 

「上条さんの事で、少し……」

 

「ほへ?」

 

 

全く予想してなかった名前が出てきて、思わず間抜けな声が上がる。

混乱するさやかに、仁美はたたみ掛ける様にして質問を投げていく。

 

 

「さやかさんは、上条くんと交際してますの?」

 

「えぇ!? ちょ、どうしたのさいきなり!」

 

「ごめんなさい。確認ですわ」

 

「確認って、別にあたしと恭介はそんなんじゃないよ」

 

「なるほど。では、やっぱり……」

 

「?」

 

「質問を変えますわ」

 

 

仁美は相変わらず凛とした目でさやかを見ている。

そのあまりの真剣な表情に、さやかもはぐらかす気にはなれなかった。

 

 

「さやかさんは、上条くんの事をどう思っていらっしゃるんですか?」

 

「ど、どうって……」

 

「ただの幼馴染なのか、それとも男性として意識しているのか、と言う事です」

 

「!」

 

「私はさやかさんの事を親友と思っています。だから嘘偽りなく、答えてほしいですわ……」

 

 

そんな言い方ずるい。

唇を噛むさやか。好きに決まってる。

 

 

「い、いやだなぁ仁美ってば。幼馴染は幼馴染だっての!」

 

 

だけど、言えなかった。

仁美の事を親友だと思ってる。でも、言えないものは言えない。

たとえ周囲にバレているとしても、ここで簡単に言えば、ここまで片思いは続けていなかった。

分かっている。自分でもバカだと。けれども、心が痛いのだ。

怖い、傷つきたくない。終わらせたくない。臆病な心が押しつぶされそうになる。

 

 

「………」

 

 

それにしても仁美はそんな事を聞いてどうしたいのだろう?

仁美はそういう話には昔から疎かった。それこそ、さやかとまどかの事を本気で勘違いするくらいには、鈍い。

 

 

(サキさんに恋愛小説いっぱい借りてたから、影響されたのかな?)

 

 

前に一度だけ上条と映画館デート(失敗したが)したものだから、それに刺激されてしまったのだろうか?

さやかは不思議そうにストローを噛んだ。

一方の仁美は覚悟を決めたように頷くと、さやかを見つめる。

 

 

「さやかさん、貴女は大切なお友達ですから……」

 

「ど、どういうことさ」

 

「三日後の放課後に、私は……! 上条君に想いを伝えようと思います!」

 

「!」

 

 

さやかは脳に衝撃を感じた。

心がギュッとなり、目の前が真っ白になる。

 

 

「私、気づいたんですの! このままじゃ、このままじゃ何も変わらないですわ!」

 

「え、あ――ッ?」

 

「好きな気持ちを隠すのは、もう……」

 

 

仁美の話はもう聞いていなかった。

さやかは俯き、真っ青になる。

 

 

(何よそれ、そんな話知らなかった。まさか仁美が恭介の事が好きなんて……!)

 

 

心が、重くなる。

緊張、不安、なんだか嫌なものがのしかかる。

まさか敵? さやかは汗を浮かべ、周囲を見回す。

 

 

「さやかさん、聞いてますか?」

 

「え? あ、いやッ、うん、まあ」

 

 

聞こえていなかったが、適当に相槌を打つ。

 

 

「とにかく、三日後ですから。よく考えてください」

 

 

三日後までなら、さやかに時間を与えると言う物なのだろう。

 

 

「よく考えて自分の気持ちに向き合ってほしいんです」

 

「ッ」

 

「そして答えを出して欲しい、私の切なる願いですわ」

 

 

さやかは眉を顰める。

仁美は待つから、さやかが先に告白しろと言う事なんだろうか?

正直、聞きたくなかった。なるべく聞かないようにしていた。

全く理解したくなかった。こんな展開、最悪にも程がある。

 

 

「―――」

 

 

仁美が何か言っているが、さやかには全く聞こえなかった。

それだけ親友の裏切りじみた行為にショックを受けているのだろう。

 

その内に仁美は先に店を出る。

残されたさやかは何もせずただジッと沈黙するだけだった。

 

 

(仁美がの恭介事を? そんなの今まで全然気がつかなかったし、そんな素振りも見せた事なかったじゃん……!)

 

涙が浮かんできた。

駄目だ、こんなの駄目だ、情けない。

渦巻く感情を自分でも理解できずに、さやかはただ押し黙るだけだった。

そうすれば答えが出る気がしたからだ。でも、それは無駄なことでしかない。どんなに沈黙を守ろうが答えは出ないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

けれど沈黙。

 

 

「………」

 

 

されど沈黙。

 

 

「………」

 

 

沈黙、静寂が空間を包み込んでいた。

ずっと望んでいたのだが、いざ叶ってみると気持ち悪いにも程がある。

北岡はうんざりしたような表情で虚空を見た。

 

さやかが事務所を訪れたのは二時間前。

にもかかわらず、さやかが口にした言葉は簡単な受け答えのみである。

いつもなら鬱陶しいくらいに話しかけてくるのだが、今日はそうじゃない。

 

 

「ハァ。どうしたのよ。さっきから」

 

「え……?」

 

 

言っておくが北岡と言う男は、他人の悩みなど絶対に聞かないタイプである。

だがあまりにも今のさやかは様子が違いすぎる。

 

 

「今まではペラペラと、どうでもいい事を話しかけてくる鬱陶しいガキが、今は何も喋らない。俺さ、そういうのなんて言うか気持ち悪いんだよね。いつもあった場所にリモコンがないみたいな……!」

 

「なにそれ、酷い」

 

「いいから、悩みがあるなら言ってみろ。親父が横領か? 母親が万引きか? なんでもいい、俺が白にしてやる」

 

「ちがいますゥ! でも、あはは……、珍しいねセンセーがそんな事言うなんて」

 

「俺は女には優しいからな。お前が男だったら今頃殺してるよ」

 

「ははっ、ひでー!」

 

 

さやかは少し少し嬉しそうに笑った。

釣られたのか、北岡も苦笑する。

 

 

「俺はさ、ほら、弁護士だろ? 守秘義務はある。他人に言ってみるだけで楽になる事もこの世にはあるんだよ」

 

「へえ。そうなんだ」

 

 

さやかは北岡の事を人としては全く信用していなかった。

北岡の仕事に関しては首をつっこまないと言う契約だったが、さやかは周りから北岡の噂をいろいろ聞いていた。

ヤバイ事件にもいろいろ手を出したことがあるらしい。

 

雑誌で見た。

北岡はどんな仕事でも引き受けるし、それを必ず白にしてみせる実力者だと。

どんな『仕事』でもだ。オフィスを大きくしないのは有名にならない為だとか。

 

雑誌には北岡が過去に白に変えた事件が記載されていた。

内容を見て、さやかは北岡を軽蔑したのを覚えている。

子供を含む計5人を刺し殺した連続通り魔、どうやったのかは知らないが北岡はそんな人間ですら白に変えて見せた。

当然、被害者家族からは恨まれ、世間からも道徳性を非難する声があがったらしい。

 

さやかだってそう思ったものの一人だ。

もちろんそれが弁護士の仕事だと言う事は理解するつもりだ。

だから北岡の事を『嫌い』とまでは言わない、だが『好き』になれないのも事実だったのだ。

 

しかし今、ほんの少しだけだが北岡に対する高感度が上がった――、気がする。たぶん。

 

 

「実は……」

 

 

少し自暴自棄になっていたと言えばそうだが、さやかは北岡に今までのことを軽く打ち明けた。

もちろん魔法少女やF・Gの事は伏せてだが。

 

 

「それで?」

 

「へ?」

 

 

それが全てを聞き終えた北岡が放った言葉だった。

 

 

「え? 何、まさか今ので終わり?」

 

「ま、まあ、そうだけど」

 

「はぁあああああああああ……っ!」

 

「ちょッ! なにその脱力感!」

 

「くだらないんだよ、お前は」

 

「えぇ……」

 

「告白すればいいだろ、そんなの」

 

「それが出来ないから苦労してる!」

 

 

そんなさやかの言葉も、北岡の表情を変える要因にはならなかった。

椅子に座りながら北岡はつまらなさそうに言う。

 

 

「じゃあ、お前さ、その友達に男を奪われても良いわけ?」

 

「そ、それは――」

 

 

嫌に決まっている、それが本音だ。

仁美の事は友達だと思っているが、もし上条と交際が始まれば、きっと妬みや嫉妬の感情を抱いてしまうだろう。

 

それも怖かった。

だけど、告白するのはもっと怖い。

断られてしまえば終わり。それがループである。

 

 

「女子中学生の繊細な悩みなんて北岡センセーには分かんないよ」

 

「何を馬鹿な。俺はお前より繊細だ」

 

「ぐッ! 言い返せないかも……!」

 

「何か勘違いしてるんじゃないの、お前」

 

「勘違い?」

 

「言葉にしない想いなんて、叶うワケないだろ」

 

 

 

幼馴染と言う壁は厚いかもしれないが、案外それは簡単に壊れてしまうものだ。

待っているだけの恋は絶対に叶わない。それを突きつけられ、さやかは怯んでしまう。

もちろんそんな事は理解しているつもりだ。ただどうしても踏み出せないのが事実なのだ。

 

 

「もし、断れたらって」

 

「確かにお前は料理はできる。掃除も面倒そうにしてるが、まあそれなりに綺麗にはする」

 

「お?」

 

「顔は悪くない。このまま成長すれば、劣化はしないだろ」

 

「おお!」

 

「だがそれだけだ。そんな女は山ほどいる。お前だけが特別な点はなにもない。むしろお前よりも100倍魅力的な女は腐るほどいる」

 

「ひでーって!!」

 

「だから調子に乗るな。お前はお姫様をやれるほどの器じゃない。だから自分で王子をハントしろ! 白馬ごと食え!!」

 

「わ、分かるような……、分からんような」

 

「その友達と男が付き合っているのを毎日傍目から見てる生活がお望みって訳か? 相当お人がよろしい事だ。俺なら絶対嫌だねそんなの、ぶち壊してやりたくなるよ」

 

「……ッ」

 

「そういう事でしょ極論は。どんなに親友だとか言ってても、割り切る時は割り切る精神が無いと生きていけないよ」

 

 

うつむいて沈黙するさやか。割り切る強さ、それが必要なんだろう。

それからは、さやかがどんな言い訳を用意しても北岡は『告白しろ』の一点張りだった。

 

どんな言葉もサラリとかわされて突き詰められる。

やはり弁護士には勝てない。さやかが諦めかけたその時、北岡はやけに真面目な顔で呟いた。

 

 

「永遠を望む事ほど、馬鹿な事はない」

 

「え?」

 

「ずっとこのままなんて無いんだよ。人生なんてさ、後悔の連続なのよ。だったら少しでもその数は少ない方がいいでしょうよ」

 

 

そう言った北岡はどこか寂しげだった。

きっと北岡も今までの人生、いろんな後悔を覚えて生きてきたのだろう。

さやかは初めて北岡の言葉から『重み』を感じた。

 

後悔――、したくはないものだ。

なら確かに答えは決まっているのだろう。

仁美の事は好きだが、何よりも上条が好きなんだ。

 

今までずっと気持ちに嘘をついてきた。

これからもそうだと割りきる事もできるが、その強さを持つよりは、告白する勇気を持ちたい。

 

 

「戦わないで苦しむより、戦って傷つく方がいいのかな」

 

 

さやかは心に宿る勇気を感じながら顔を上げる。

 

 

「センセ……、ありがとね。少しだけだけど楽になったよ」

 

「じゃあ、さっさと仕事をしてくれ」

 

「相変わらずヒデー!」

 

 

そう言ったさやかは笑顔だった。

 

 

(決めた。恭介に……、想いを伝えよう)

 

 

付き合うとかそう言うの抜きにして。

自分の想いを全部伝えたい。それで後悔したとしても、さやかは受け入れられる筈だ。

 

 

「せ、センセー……」

 

「なんだ! まだ何かあるのか? もういいだろ、答えは出たんじゃないのかよ!」

 

「う、うん。だからさ、今度は別の相談」

 

「ハァ?」

 

 

うんざりしたように肩を竦める北岡を無視して、さやかはモジモジと口を開く。

不思議とどんな事でも、何やかんやで答えてくれる気がしてならなかった。

 

 

「な、何か告白がうまくいく方法なんかないかなぁ……、なんて」

 

「そんなんあったら誰も苦労しないっての」

 

「ですよねー」

 

 

さやかは北岡に今の質問は忘れてくれと踵を返した。

しゃべり過ぎたせいで仕事が遅れてしまった。

早く資料の片づけをしなければ。さやかは気持ちを切り替えるように首を振ると、自分の仕事に戻るのだった。

 

そうやって時間が経っていき、今日のバイトは終了する。

北岡はまだ事務所に残る様なので、さやかは先に帰る事にした。

窓の外を見れば、迎えに来たサキが手を振ってくれている。

 

 

「じゃあセンセー、まったねー」

 

「服」

 

「へ?」

 

「服とか変えてみたらいいんじゃない? 人間見た目が一番だ。髪と服と、あと靴。歯並びは、うん、お前は大丈夫だな」

 

 

いきなりそんな事を言われても何が何だか分からない。

完全に固まるさやか。まして北岡はさやかの方を向いていない。

だが先ほどの会話を思い出して、さやかはアッと声をあげた。

 

 

「さっきのヤツ!!」

 

「男ってのは、ギャップに弱いもんなんだよ」

 

 

もしかして考えてくれていたのだろうか?

さやかはそれが何故かとてもおかしくて吹き出してしまう。

でも、嬉しかった。

 

 

「もういいだろ。さっさと帰りな」

 

「ぷくく、ご協力感謝しますぞ!」

 

 

ニヤケ顔で帰っていくさやかを、北岡はイラついている様な目で見送った。

やっぱり子供(ガキ)は嫌いだ。ちょっとの事で調子に乗る。

同時に、少しの事で簡単に傷つく。

 

 

「ま、俺には関係ないか」

 

 

うまくいこうが、いくまいが。

それを決めるのは、さやか次第だ。離婚だの泥沼不倫だの沢山の裁判を処理してきた北岡からしてみれば、恋愛なんてキラキラしたものじゃない。

北岡はそんな事を思いながら、デスクの引き出しを開ける。

 

 

(後悔か……)

 

 

絶対にしたくないね、そんなの。

どんな手を、使っても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の街。

時計の針は十二時を回っているが、その中を一人の少女が歩いていた。

年齢を考えるに、出歩いていい時間とは言えない。

 

 

「キミ、中学生?」

 

「ァん?」

 

 

ほら見たことか。

すぐに生活指導の男性に声をかけられた。

 

 

「こんな時間に出歩くのは危険だよ。すぐにお家に帰りなさい」

 

「……はいはい、分かったよ」

 

 

少女は不機嫌そうにしながらも踵を返した。

 

 

「ヒッ! ヒィィィィィィイイ!!」

 

 

瞬間、背後に聞こえてくる悲鳴と鳴き声。

 

 

「あーあ」

 

 

佐倉杏子はやれやれと苦笑する。

 

 

「運が無かったね、可哀想に」

 

 

振り返ると、指導員だった物があちこちに散らかっている。

血溜り、零れる臓物。なんだ? これは肝臓か? 邪魔だから蹴っ飛ばす。

 

杏子の前に『下半身』だけが立っていた。だがすぐにバランスを崩して倒れる。

断面図から伸びた腸を辿ると、上半身が咀嚼されているのが見える。

 

 

「だからもっと綺麗に食えって。食べ物粗末にすんなよ!」

 

 

杏子に叱られて、コブラの化け物・ベノスネーカーは申し訳なさそうに俯いた。

 

 

「死体が目立つと、緊急のニュースでバラエティとかが潰れるんだよ!」

 

「ジィイイイイイイイイイッ!!」

 

 

言葉を理解しているのか。食事を終えたベノスネーカーは零した食べ残しを綺麗にしようと奮闘していた。

そうしていると足音。杏子がそちらに視線を移すと、蛇柄のジャケットを着た浅倉が見えた。

 

 

「よォ浅倉。どうよそっちは」

 

「ァァァァァ……ッ、まだ一人もだ」

 

 

浅倉は気だるそうに唸りながら首を回す。

お互いに殺人ゲームの結果を途中報告しようかとの提案だったが、どうやら二人ともあまりいい結果とは言えないらしい。

 

 

「獲物も見つかってない。どいつもコイツも……ッ!」

 

「ははは! 見つけるのが下手なんだよ」

 

「チッ! そういう、お前はどうなんだ?」

 

「一人、会った。とんだ雑魚だったけどね」

 

「その雑魚に逃げられたのか?」

 

「逃がしたんだよ。テレビで見たことあるだろ? 若い魚は逃がして、大きくしてからまた獲るんだよ」

 

 

上機嫌に話す杏子。

羨ましいのか、浅倉はイライラしながらその話を聞いていた。

やるなら徹底的に、完全な勝利を望む。それが杏子のスタイルだった。

 

 

「でもまあ、まだ協力派のヤツとか、ウジウジしてるみたいだし。ここら辺でちょっと現実教えとくのもアリかもね」

 

「ァ?」

 

「そろそろ一人、減らすのもいいかもって話さ」

 

「………」

 

「あー、でもそうなるとアタシが1ポイントリードしちまうなぁ! アハハハハ!」

 

 

浅倉は舌打ちを行い、近くにあった自販機を思い切り蹴った。

戦いたくてウズウズしている筈だ。だが浅倉は魔法少女を殺してはいけない。

だから見ているだけしか出来ない。そんな優越感を杏子は感じて、ついご機嫌になってしまう。

 

どうやら浅倉のイライラする表情を見るのも楽しいらしい。

杏子としては、"昔"はよくやられていただけに。

 

 

「そう言う訳で先にリードさせてもらうから」

 

「クソが……!」

 

 

このまま杏子に付き合っていたら不快になるだけだ。

浅倉はダルそうに頭をかきながら背を向ける。

 

 

「ちょっと待てよ。アタシ今、腹減ってるから食い物よこせ」

 

「………」

 

浅倉は少し考えた結果、ポケットに入っていたチューブを杏子に向けて投げた。

 

 

「サンキュー! なんだこれ? チョコチューブ? 頂きます」

 

 

杏子はなんのためらいもなくチューブを咥え、啜る。

 

 

「‘$@#$&●#”‘!!??!?!」

 

 

声にならない悲鳴を上げて飛び上がる。

よくみればチューブにはわさびの三文字が。

 

 

「はかりやがったなぁあッッ!!」

 

「ハハハハハッ! お前もアホだな」

 

「ぎぃいへぅぉぁあ!」

 

 

浅倉は涙目で咳き込む杏子を見下す様に笑うと、今度こそ踵を返して歩き去る。

ベノスネーカーも残りカスを食べ終えたらしく、独りでに消えていった。

 

「……っ」

 

 

少し落ち着いてきてのか、杏子もゆっくりと立ち上がった。

そして――

 

 

「黙ってないで出てきなよッッ!!」

 

 

素早く槍を出現させ、それを虚空へと投げる。

誰がどうみても何も無い場所。当然、槍は何かに当たる訳でもなく、地面へ突き刺さるだけ。

 

 

「……気のせいだったか?」

 

 

浅倉にからかわれたから、イライラしていた。

そこに来てのわさびで感覚が鈍ってしまったのだろう。

杏子は舌打ちをすると、浅倉とは反対の方向へ歩き出す。

 

 

「キキキキキッ!!」

 

「!!」

 

 

突如鳴き声と共に杏子に襲い掛かる黒い影。

杏子は反射的に身を翻して、その攻撃を回避した。

 

 

「あれ? やっぱいるじゃん」

 

 

外していたのか? それはそれで屈辱的だが。

杏子に爪を振り下ろしたのは、ガゼルをイメージさせる化け物だった。

 

首をかしげる杏子。

騎士には見えないし、魔女や使い魔と言う訳でもなさそうだ。

では何だコレは?

 

 

「まあ、良いや。襲い掛かってきたってことは敵でいいんだろ!」

 

 

杏子は身を低くして足を旋回させて足払いを行う。

倒れるモンスターと、後ろへ下がる杏子。

 

 

「騎士じゃない、これは騎士じゃない。騎士じゃないって事は倒してもルール違反にはならない!」

 

 

そんな方程式を完成させると、杏子は腕を旋回させて円を描く。

瞬間、手を前に突き出して、瞬時に引き戻す。

まるでそれは蛇が獲物に襲い掛かる様なポーズだった

 

 

「変身」

 

 

杏子の姿が魔法少女の物へと変わる。

同時にガゼルのモンスター・"メガゼール"は、再び杏子へ向けて襲いかかる。

右へ、左へ、素早く爪を振るって攻撃を仕掛けてくるメガゼール。

 

しかし杏子は全ての攻撃を笑いながら回避していく

戦う時の杏子はいい表情をする。表情だけを切り取れば命のやり取りをしているなんて誰も思わないだろう。

 

杏子はしばらく攻撃を避け続けるだけだったが、その内に飽きたのか、槍を出現させて攻撃に転じる。

まずはストレートに突きを一発。

しかし刃先に感触は無い。ましてやメガゼールの姿も無い。

 

 

「ふぅん、なるほど」

 

 

メガゼールは素早く、そして高く跳躍。

悪くないスピードだ。だが次の瞬間、メガゼールの首に槍が突き刺さる。

 

 

 

「ギギギッッ!!」

 

 

そして胴体、脚に一本ずつ。

メガゼールはうめき声をあげて落下、そのまま鏡が砕ける様に爆発した。

 

 

「悪いね、槍は一本だけじゃないんだわ」

 

 

杏子は最初の一撃をかわされた後、別の槍を出現させてそれを投げた。

スピードは速く、メガゼールは空中にいるため回避行動も満足に取れない。

結果として槍が命中して、終わりである。

 

 

「余裕」

 

 

それにしても、倒せたはいいが、最初に感じた気配が的外れな位置だった事は悔やまれる。

杏子は悔しそうに頭をかくと、変身を解除して何事も無かったように歩き出した。

 

 

「………っ」

 

 

だが、杏子の判断は間違っていなかった。

先ほど杏子気配を感じて槍を投げた場所にはちゃんと『標的』が存在していたのだ。

つまり、あそこにいたのは、メガゼールだけではなかったと言う事である。

 

夜の闇に溶ける黒髪。

暁美ほむらは額に汗を浮かべてその場にへたり込んだ。

正直危なかった、それに甘かった。油断していたら今頃あの槍が腹部を貫いていただろう。

 

 

(それにしても……)

 

 

街で杏子を見かけたものだから、尾行してみたが、はっきりと理解した。

杏子はもはや別人。ほむらの知っている佐倉杏子と言う人間ではない。

何の躊躇いもなく人を殺す姿は、まるで化け物じゃないか。

 

 

(気になるのは……、パートナー。佐倉杏子の性格が変わった原因は、彼にあると見てまず間違いない)

 

相当な危険人物には違いない。

果たして接触するリスクはどれほどなのか? そして杏子が元に戻る保障はあるのか?

なにより今は、やはりさやかをどうするべきなのだろう?

 

 

「………」

 

 

決まっている。ほむらが答えにたどり着くまでに時間は掛からない。

全ては"彼女"を守ることだ。その障害になるのなら、またはその為に有益な情報を集められるのなら

 

 

(誰が――)

 

 

どうなったって

 

 

かまわない。

 

 

ほむらは杏子を諦めた。

つまり『敵』として認識したのだ。呼吸を整えながら立ち上がる。

その瞳にはやはりどこか暗い影が見えた。

 

ほむらは無意識の内にどんどんゲームの深みにはまっていく。

それが間違いなのか、正しいのか、どちらとも言えない。

 

ただはっきりと言えることは、ほむらはゲームと言う世界に足を踏み入れている。それだけだった。

ほむらは髪をかき上げると、そのまま一瞬で消えていく。

 

 

 

 

 

 

「順調ね、全てが美樹さやかを殺す様に動いているわ」

 

「ああ! やったね織莉子! これってとってもウルトラハッピー!!

 

 

美国織莉子の屋敷。

そこにある薔薇庭園で、織莉子たちは今の出来事を監視していた。

相変わらず織莉子の隣では9番の黒い魔法少女・『(くれ)キリカ』がベッタリと張り付いている。

織莉子はそんなキリカを面倒とも思わず、むしろ笑みを浮かべて相手をしていた。

 

今、織莉子たちが知ったのは佐倉杏子、及び浅倉威の行動方針だ。

そして杏子の魔法少女としてのある力量と武器。

 

 

「佐倉杏子は利用しやすい性格で助かるわ。美樹さやかを狙っていると言うのも、私にとっては嬉しいポイントだわ」

 

「あは! それにしてもバイトくんのモンスター死んじゃったね!」

 

 

キリカは少し離れた所に座っている男に声をかけた。

そもそも織莉子達が杏子らの様子を確認できたのは、青年のミラーモンスターである『メガゼール』のおかげだった。

 

 

「大丈夫、大丈夫、様子見にしては十分でしょ。あと一応オレ年上だからねー」

 

 

軽めな口調でキリカを注意するのは、佐野(さの)(みつる)

彼もまた織莉子の仲間であり、騎士である。

 

佐野のカード、『ビジョンベント』は契約モンスターが見た景色を、自分達も確認できると言うもの。

佐野は携帯電話の液晶に、今の光景を映して織莉子らに確認させていたのだ。

 

 

「それにしても……、その、何だっけ? さやかちゃん? その娘流石に可哀想だなぁ」

 

「………」

 

 

佐野はヘラヘラしながら口にするが、反対に織莉子が深刻な表情で佐野を睨む。

それを見て、佐野は冷や汗を浮かべて口を閉じた。どうやら織莉子の恐ろしさを理解しているらしい。

すぐに大きく手を振って弁解を始めるほどに。

 

 

「や、やだなぁ! 言ってみただけなのに! ハハハハ……!」

 

「そうですか、それなら問題ありませんね」

 

 

織莉子はまた元の優しい表情を浮かべて佐野に微笑みかける。

対して佐野は引きつった表情で苦笑いを浮かべる。

どうやらあまり余計な事は言わない方がよさそうだ。

 

 

「そうそう! バイトくんはただ言われた通りにすればいいんだよー」

 

「ええ。そうすれば貴方の望む金額を支払います」

 

「おお! そりゃ、ありがたい!」

 

 

佐野はそれ以上は何も言わなかった。

極端な例えだが、佐野と言う男おは、目の前で誰かが崖から落ちそうになっていたら――

 

助けられそうならば全力で助ける。

落ちそうになる人を助ける事で、自分が危険になるなら助けようと努力だけはする。

 

もし自分と他人が崖から落ちそうになったら、佐野は他人を殺してでも生き残る。

そんな当たり前の性格なのだから。

 

 

 

そして同時に、観測者は一人ではない。

暁美ほむら。佐倉杏子。そしてメガゼール。

これらを監視する者もまたあの場にはいたのだ。

 

神那ニコ。

彼女はその手でジュゥべえの頭をぞんざいに握り締めながら、辺りの様子を確認する。

尤も、ニコは監視する気でこの場に来たのでは無い。完全なる偶然だった。

 

 

「ちょー焦った。集まりすぎだろ、こんなマイナーな場所で」

 

『それだけ監視の目が溢れているって事だろ? ほとんどの参加者が見滝原にいる状況だぞ、エンカウントはそれほど珍しい話じゃねぇさ』

 

「あの赤いのは多少なり魔力を感知できるみたいだしな。黒髪は赤い奴を監視してた」

 

『それぞれ、考えがあるんだろうな』

 

「私はただお前に会いにきただけなのに、先客がいた時はヒヤリとしたよ」

 

 

だが収穫はあった。

ニコはポケットから携帯を取り出すると、アプリを起動する。

 

 

「えーっと赤いヤツに、蛇柄は――、変身してないから無理。あとは黒髪か」

 

 

携帯に名前を打ち込んでいくニコ。

ニコは画面をスライドさせて見滝原の地図を表示させる。

そこに表示される赤い点や、黒い点。

 

 

「ん。登録完了でござんす。三人とも離れていくな、近くに誰もいないし。おけおけ」

 

『つうか、テメェの能力チートすぎんだろ。オイラ何回見つかってんだよ』

 

 

ニコの携帯にあるアプリ。それは彼女の魔法が生んだものだった。

わかりやすく言えば、ニコは参加者が今どこにいるのかを探る事ができる。

もちろんそれは範囲が設定されていて、"常に"と言う訳ではないが、それでも参加者の位置が分かる事は大きな武器だった。

 

同時にそれは参加者だけでなく、キュゥべえとジュゥべえにも使用する事ができる。

妖精に会えると言う事は、ゲームに関する情報を得られると言う事だ。

 

 

『オイラ達を見つけた参加者は何人かいるが、お前らは異常だぜ。桁が違う』

 

「便利だろ? 私の"レジーナ・アイ"でお前は丸裸だぞよ」

 

『かぁー……』

 

「じゃ、ま、さっさと情報よこせ」

 

 

ニコはジュゥべえを投げると手招きしてみせる。

ゲームが始まってからと言うもの、何度もこうしてジュゥべえやキュゥべえと接触を取っていた。

おかげで現在、高見沢とニコの情報量は、どのチームよりも多い。

 

 

「たかみーも言ってた。情報ってのは武器なんだと」

 

『た、たかみぃ……』

 

「素敵なあだ名だろ? でもそう言うとアイツ怒るんだぜ? 困っちゃうね。ってかマジでさっさと情報」

 

 

ニコの急かす素振りにジュゥべえはハイハイと頷いてみせる。

ちなみにキュゥべえは聞きたい情報を答えてくれて、ジュゥべえはランダムで情報を与える。

 

こうしてみるとキュゥべえの方がいい様にも思えるが、見つけやすいのはジュゥべえだった。

 

 

『今回オイラが教えてやるのは、ルールとはちょっと違う話だ』

 

「ほう」

 

『魔法少女が絶望したら、どうなると思う?』

 

「………」

 

 

悲しくなる。

ドヤ顔で答えるニコだが、ジュゥべえは絶句する。

 

 

『いや、間違っては無いが、そうじゃねぇよ』

 

「は?」

 

『今も一人ヤベェ奴がいるんだよなぁ。ありゃ人魚姫コースだわ多分』

 

「意味分からん、はよ話せぃ」

 

 

もったいぶるのはジュゥべえの悪い癖だ。

ニコのイライラした姿も、ジュゥべえには滑稽に見えているのだろう。

だがあまり時間をかけるのは確かに気の毒だ。ジュゥべえはそこから真面目に今回の情報をニコに告げていく。

 

 

『――って事だ』

 

「マジか……ッ」

 

 

流石のニコもこの情報には本気で驚いている様だった。

すぐに自分のソウルジェムを取り出すとそれを見回していた。

そしてしばらくしてニコはジェムをしまい、ため息をつく。

 

 

「お前らって本当に性格悪いよね」

 

『いやいや、人間程じゃないぜぇ?』

 

 

ニコは舌打ちをして踵を返す。

情報は手に入ったのだから、これ以上この場所にいる必要もないだろう。

 

 

「帰ってゲームの続きだな」

 

『ん? F・Gか?』

 

「いや、テレビゲーム」

 

『おいおい、随分余裕だな』

 

「高見沢は欲しいって言ったものは何でも買ってくれるんだ。おかげでクリアしていないゲームが山積みだよ」

 

『もっと積極的にゲームに乗ってくれよ。オイラ退屈だぜ?』

 

「無理。私、弱いもんで」

 

 

だけど。

ニコは振り返ると、子供とは思えない黒い笑みを浮かべた。

やはり彼女も所詮、参戦派。

 

 

「覚えておけよ。最後に生き残るのは、この神那ニコ様だから」

 

『頑張れよ、テメェと同じ事言っている奴は多いぜぇ?』

 

 

ニコはその言葉を聞いて、静かに笑う。

そして彼女の隣の景色が歪んだかと思うと、カメレオン形のミラーモンスター・『バイオグリーザ』が出現する。

 

ふと思い出す。

ジュゥべえから以前教えてもらったルール。

 

 

【ゲームの終了条件はキュゥべえが最初に言った二種類のみである】

 

【他人のカードを自分のバイザーに入れて発動すると、効果はカードの持ち主に現れる】

 

【情報を貰うときは直接キュゥべえ、ジュゥべえと接触しなければならない】

 

【ミラーモンスターは人、魔女を喰わせると少し強力になる】

 

 

本当に性格の悪い連中だ。

一般人を巻き込むこともゲームの一環としているのだ。

 

 

(さ、私はどうするかな)

 

 

ニコは指を鳴らして魔法少女の姿に変身すると、ユニオンの魔法を発動させる。

 

 

「かえろーぜバイグリちゃん」『クリアーベント』

 

 

モンスターと共に消失するニコ。

一人残されたジュゥべえは、一体何を考えているのだろうか。

 

 

 

 







おう。織莉子星5化、あくしろよ



してください(´・ω・)


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第15話 白紙の絆 絆の紙白 話51第

ちょびっとだけ加筆しました。


 

 

 

過去の話だ。

まどか達と出会うずっと前、ゆまが魔法少女になった時だ。

 

きっかけはシンプルな物だったのかもしれない。

マミと同じく、ゆまも『願い』を選ぶ事はできなかった。

 

あの日は父親に殴られた。

狭いアパートの一室では、どこに逃げても無駄だった。

ゆまはいつも殴られるだけしかできなかった。

 

 

「助けて! 助けてママ!!」

 

 

母親に叫ぶ。

でも聞いていないふり。母親はいつもベランダで泣いていた。

その涙は一体誰に対して流しているのだろう?

 

ゆまは機械的に許しを請う言葉を羅列するしかなかった。

誰も助けてはくれない。どうして自分はこんなに辛い目を見なきゃならないんだろう。

いっそ死ねば、楽に――?

 

 

「!」

 

 

その日は何かがおかしかった。

いつのまにか部屋の内装がすっかり変わっている事に気がついたのだ。

あまりにも一瞬の出来事だったので、最初は夢かと思った程。

しかし驚いている父親を見て、ゆまはこれが現実だと言う事を理解した。

 

綺麗な模様がいくつも見える。

なんて綺麗なんだろう、ゆまは笑顔を見せて、その模様に手を伸ばした。

そうする事で、救われる気がしたから。

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

父親の悲鳴が聞こえてきて、ゆまは我を取り戻す。

綺麗な緑に映える赤。見れば、父親の腕が無くなっている。

 

ゆまは別に何のリアクションも取らない。

まだ夢を見ている感覚だったからなのだろう。

むしろ父親の腕が無くなったのは幸いだった。もうコレで殴られずに済む。ゆまは安堵していた。

 

一方の父親は錯乱しながら床を転がっている。

左腕が消えた次は、右腕が無くなっていた。いや、無くなったというのはおかしいか。

正確には噛み千切られたのだ。

 

 

炎のように揺らめくアフロヘアー。

そこに無数のリボンをくっつけた犬の魔女『Uhrmann(ウアマン)』。

 

魔女はゆまの絶望を嗅ぎつけてこの一室に足を踏み入れていた。

父親の両腕を堪能したウアマンは、さらなる欲望を満たすために口を開き、牙をむき出しにする。

 

それが分かったのか、父親は発狂しながら失禁していた。

しかし助けを求めるために伸ばす腕は無い。日々吼えていた父親も、犬の魔女の前では無力な物だった。

 

ゆまがぼんやりと見つめる中で、魔女は食事を開始する。

逃げようとする父親だが、狭い一室で逃げられる訳も無く。

言葉にならない悲鳴をあげながら、父親は肉塊へと変わっていった。

 

数十秒も経たぬ内に父親の姿は無くなった。

それでもゆまは、動かない。

父親が死んだと言う事実を理解しつつも、何の感情も浮かんでこなかった。

 

 

「………」

 

 

悲鳴が聞こえる。次は母親だった。

父親の変わり果てた姿を見て、母親もまた恐怖でおかしくなったのだろう。

何故か笑いながら玄関の方へと走っていく。

 

ゆまを置いて、ゆまのこと等気にも留めずに。

悲しくなってきたので、ゆまは泣いた。

 

 

母親は走る。だが遅い。そしてウアマンは速い。

二つの影が見えなくなって、すぐにウアマンが戻ってくる。

その口に母親を咥えていた。

 

どうやら魔女はリビングが気に入ったらしい。

お気に入りの場所で食事をする。これが幸せなのだ。

 

 

「は、はひっ! ひはは――ッ! ひたいぃぃぃ。たすッ、たすけ――」

 

 

母親はゆまに助けを求める。

ウアマンが二の腕に噛み付くと、血が溢れてきた。

咀嚼すると、肉が千切れる音がして、それから骨が砕ける音が聞こえてくる。

 

 

(あ。いつも、ゆまが言っている言葉だ)

 

 

ゆまは母親の言葉をぼんやりと聞いていた。なんだか、どうでも良かった。

母親の顔も、もう誰だか分からない程になっていたし。

まして下半身からはいろいろな『中身』が見えた。

ガツガツとウアマンは食事を続けていき、最後に残っているゆまを見つけた。

 

 

『wan!!』

 

 

ゆまに向かって飛び掛る。

別に、死んでも良かった。

 

 

『キキキキキ!!!』

 

『!』

 

 

視界が何かに遮られる。痛みは襲ってこない。

なんだろう? ゆまは表情一つ変えずに考える。

しかしすぐに『答え』が口を開いた。

 

 

『死にたくないかい? 千歳ゆま』

 

 

ピョコンと可愛らしい音と共に、白いウサギの様な生き物がやってきた。

魔女を見てもなんとも思わなかったゆまが、そこで初めて表情を変える。

 

 

「ぬい……、ぐるみ?」

 

『ぬいぐるみじゃないよ、ボクはキュゥべぇ!』

 

 

キュゥべぇは自分の事を妖精だと簡単に説明した。

目の前では。そのキュゥべぇに似た『何か』がウアマンと戦っている。

キュゥべぇの頭部――、被りものだろうか? それに黒いコート。

 

 

『あれはボク達に協力してくれている針の魔女さ。でもこのままだと危険かもしれない。悪いけどゆまを助ける事ができないかもしれないんだ』

 

 

針の魔女『Quitterie(キトリー)』がウアマンを抑えているものの、いつまで持ちこたえられるか分からないと言う。

結局死ぬまでの時間が延びただけなのだろうか?

 

 

『だけど、ゆま、キミが魔法少女になるのならこの運命はきっと変えられる!』

 

「魔法……、少女?」

 

『ああ、そうだよゆま。君はもっと強くなれるんだ、悲しみすらも超えてしまう程にね!』

 

 

キュゥべえは無表情だが、声のトーンは少し高めになっていた。

 

 

『だからボクと契約して、魔法少女になってよ!!』

 

「契約して――? 契約したら助かるの?」

 

『かもしれないね。約束はできないけれど』

 

 

肉体的にも精神的にもボロボロだった。

だからなんとなく、ゆまは答えてしまう。

やはり死にたくは無かったのだ。

 

 

「わかった。"ゆまを、守って"……」

 

『契約は、成立だよ』

 

 

気がつけば、ゆまは綺麗な服を纏い、立っていた。

願いの対価としてキュゥべぇはゆまを守ると言う。キトリーに合図を送るキュゥべぇ、するとキトリーの動きが"先ほどとは変わり"軽快なものとなる。

 

ウアマンの攻撃をかわし、キトリーは無数の『針』をコートの中から出現させた。

それを撃つ。針は次々にウアマンの体に突き刺さり、数十秒で魔女を針千本に変えた。

魔女の死だ。犬の魔女結界は粉々に砕け散り、ゆまは現実に帰る。

 

なんだか疲れた。眠い。ゆまは倒れこむ。

ぼんやりと鈍る意識の中でキュゥべえの声が聞こえた。

キュゥべえと、なんだか黒いキュゥべえ。

 

 

『な? オイラの言った通りだろ先輩、契約をスムーズにするには"小さな嘘"が必要なんだって!』

 

『そうだねジュゥべえ、キトリーにピンチを演じさせると言う発想は流石だよ。こうすれば人は危機的焦りから契約をすぐに――』

 

 

ゆまそこで気絶する。

目覚めた後は地獄だった。魔女に殺された両親だが、現実では失踪と言う事になっており、そこからは知らない大人達がゆまの未来を決めていった。

 

慣れない施設暮らし。

それだけじゃなくて魔女との戦いもある。

ゆまは弱かった。契約時は何も感じなかったが、やはり恐怖と言う絶大な因子が戦いの邪魔をする。

 

ゆまは使い魔でさえ満足に倒す事ができないほど弱かったのだ。

その日も使い魔と戦い敗北、いつもは逃げていたのだが、足を攻撃されたため走れないでいた。

 

このままだと死ぬ。

そう思った時に出会ったのが佐倉杏子だったのだ。

 

 

「おいおい、まさかこんな小さなガキまで魔法少女やってるなんてね。キュゥべぇのヤツは何考えてんだか……」

 

 

杏子は使い魔を全て倒し、ゆまを安全な場所まで移動させる。

 

 

「ほら、食え。にくまんだ」

 

「にくまん?」

 

「知らない――、ワケないよな。いいから食えよ、熱いのが美味いんだから」

 

 

施設での食事は年長のいじめっ子に取られてしまうので、ゆまはいつも空腹だった。

夢中になって肉まんを食べるゆまの姿を見て、杏子は笑っていた。

 

 

「すげぇ食べるな。よし来た、アタシのもやるよ」

 

「本当に!?」

 

「マジだって。だからそんな急いで食うなよ。喉に詰まるぞ。水を飲め、水を」

 

 

ゆまは差し出されたペットボトルを受け取ることなく、そのまま咥えて見せる。

まるでペットだ。杏子はケラケラ笑っていた。

 

 

「なあ、お前……」

 

「ゆま」

 

「はいはい、ゆまさぁ……、アンタがどういった理由で魔法少女になったのかは知らないし、どうだっていい。興味なんかないからね」

 

「?」

 

「ただまあ、ほら、これだけは聞いておきたいんだよ」

 

「なに?」

 

「お前は、それでも生きたかったのか?」

 

「?」

 

「こんな辛い思いをしても、まだ生きたいのか?」

 

 

ゆまは俯く。

使い魔も魔女も怖くてどうしようもない。

いっそあの時ウアマンに殺されていればと思った事は何度もある。

でも、それでも、ゆまは今ココにいる。

 

 

「……うん」

 

「じゃあ覚えとけ、ゆま。お前はもう絶対に逃げられない」

 

「え?」

 

「この先、もっと辛い事が待ってる」

 

 

杏子はどこか達観した様子で告げた。

その視線の先に、一体どれだけの苦しみを見てきたのだろうか?

杏子は複雑な感情を押し殺すように呟いた。

 

 

「魔法少女ってヤツはさ、漫画やアニメみたいに希望とか勇気に満ちている訳でも……、ましてや救いがあるわけでもねぇんだ」

 

 

「ゆま……、よく分からない」

 

「だから、お前がテレビで見てるスーパーヒロインとは違うんだよ。えーっとなんだっけ? プリ――、プリンじゃねぇし……」

 

「プリキュア?」

 

「あ、そうそう。それな。ああ言うキラキラしたのは所詮、ニセモンだ。現実じゃねぇ」

 

「プリキュアは本当にいるよ」

 

「いやだから――ッ、いや、いやッ、これはアタシが悪いな。そうだよ、いるよ。すまんかった」

 

 

ゆまはテレビの中にいる魔法少女たちが現実世界にもいると考えていた。

いずれにせよ、そういう部分が現実に対する考え方の違いだった。

 

自分も、テレビの中にいるような魔法少女に――。

そういうのでは無い。杏子は知っている。

 

 

「覚悟しろよ。どんなに泣いても、どんなに助けを求めても、誰も助けてくれない時が必ずやってくる。信じてたヤツが敵になる事だってある」

 

「ゆま、ずっと一人だった」

 

「なら分かるだろ。その時に信じられるのは、自分だけだ」

 

 

杏子は強い視線でゆまを見た。その迫力にゆまは、たじろぐ。

焦りからか肉まんを喉に詰まらせてしまった。

杏子は呆れた様に笑うと、ゆまの背中を優しく叩く。

 

 

「強く生きろ、ゆま」

 

「?」

 

「今みたいに喉に詰まらせた時、誰も助けてくれない時が必ずやってくる」

 

 

そういって杏子は、自分が飲んでいたジュースを差し出す。

 

 

「戦いから逃げんなよ。お前はどんな事をしてでも生きるんだ。戦うって事は、生きるって事なんだからさ」

 

「生きる……?」

 

 

杏子はその言葉にまた強く頷く。

 

 

「殺される前に殺せ。裏切られる前に裏切るんだ。それが嫌なんて事は、もう通用しないんだからさ」

 

「……ゆま、やっぱりよく分からない」

 

 

杏子はそれ以上何も言わなかった。

代わりに、ゆまの手を握る。ゆまは手を伝わる感触に少し怯んでしまった。

母親でさえ滅多に手を握ってはくれなかった。

だがこうして杏子は確かにゆまの手を握ったのだ。

 

 

「風呂、行こーぜ」

 

「え?」

 

「いいから、いいから」

 

 

半ば強引に銭湯へと引っ張られていく。

杏子は銭湯の窓を槍で打ち破ると、どさくさにまぎれて料金を踏み倒しつつ中へ進入した。

 

 

「ほら脱げ、さっさとしろよ」

 

「あぅうぅ」

 

 

杏子はすぐに裸になると、ゆまの服を剥ぎ取って裸にする。

そのまま二人は大きな風呂にダイブする様にして飛び込んだ。

まだ数人、お客がいると言うのに、激しい飛沫が発生する。

しかし二人が子供だと知ると誰も何も言わない、優しいのか、甘いのか。

 

 

「あははは!」

 

「ぷはぁ!」

 

 

笑う杏子と、風呂の広さに感動しているゆま。

二人は何も知らない人間からすれば姉妹の様に映ったかもしれない。

杏子とゆまは並んで広い浴槽の中で足をのばす。

 

 

「あー、やっぱ広い風呂は気持ちいいよな」

 

「う、うん! あったかい!」

 

 

そこで杏子は複雑な表情をうかべる。

魔法少女にもなって、ゆまの体には虐待の痕が無数に残っていた。

タバコの痕や青痣。こういうのは魔法少女になったら消えるものだが、ゆまは消していないのだ。

いや、違う、消えないのだ。

 

 

「ゆま、風呂は気持ちいいか?」

 

「うん!」

 

「それは生きているから味わえるんだ」

 

「え?」

 

 

生きているから。杏子はそれを強調する。

その後、ゆまは杏子にコーヒー牛乳を奢ってもらい、夜は無断で進入したホテルに泊まった。

フカフカのベッドだが、やはり無断でと言うのがゆまの心に引っかかる。

 

 

「ねえ、キョーコ……」

 

「あ?」

 

「魔法ってこんな事に使っていいの?」

 

 

窓を破ったり、鍵を壊したり。

ホテルに行く前、杏子はガラの悪そうな若者達を見つけて財布を奪っていた。

もちろん魔法で半殺しにしてだ。

 

 

「魔法って魔女をやっつける為のものじゃないの?」

 

「いいんだよ。覚えとけゆま、この力はな、絶望だらけのアタシ達に残された最後の希望なんだよ」

 

「?」

 

「気に入らないヤツをぶっ飛ばしたり、好きな物を奪ったり、目の前の壁をぶっ壊す。そんな力なのさ」

 

 

杏子は最後に、ゆまの頭を撫でながら小さく呟いた。

 

 

「どんな手を使ってでも、生きろよ。たとえ――」

 

 

人の命を、奪っても。

次の日、ゆまが目を開けると、杏子は消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、現在。

 

さやかは学校を休み、サキの自宅で雑誌を読んでいた。

サキの部屋には少女マンガや恋愛小説が多い。さやかは『男心をガッチリホールド&ブレイク』と書かれた雑誌をめくっていた。

 

ブレイクしたら意味ないんじゃないかとは思いつつ、中身を見てみる。

さらに昨日、北岡言われたアドバイスを思い出す。

 

 

「ねえ、ゆま。ちょっと買い物行かない?」

 

「えぇ!?」

 

 

前回も服装を変えたおかげで少しはうまくいった気がする。

どのみちモタモタはしていられない。いろいろな不安もあったが、北岡の言う通りこのままだったら確実に後悔してしまう。

 

そんなのは嫌だ。

さやかは狙われていると言う恐怖よりも、上条への想いを優先させた。

 

厳しい戦いではある。

しかし幼馴染が故に、確固たる壁があるのも事実だ。

家族同様と言ってもいい程の距離は逆に恋愛には結びにくい。

 

だからとにかく女の子として意識してもらわなければ困る。

服装とか、匂いとか、とにかく今はファッションで勝負をかけるしかないのだ。

 

 

「で、でも危ないよ! さやかお姉ちゃん!」

 

「大丈夫、大丈夫! ちょっと服買いに行くだけだからさ」

 

 

そうだ、少し買い物に行くだけ。

さっさと戻ってくれば敵に出会う事は無いだろう。

ゆまも一緒ならば狙われる可能性も少なくなるのではないか。

何よりもモタモタしていたら仁美に先をこされてしまう。

 

 

「サキさん達には内緒ね!」

 

「えぇ!? で、でもでもっ!」

 

 

焦っていたのは事実だ。

さやかはゆまの手を引いて強引に家を出ると、一番近い衣料品店へと向う事にする。

学校を休んでの外出なんて、なんだか得をした気分である。

 

 

「今頃まどか達は授業中! ニヒヒ!!」

 

「ねえねえ、どうしてお洋服がほしいの?」

 

「んー? あはは、その内ゆまも分かる時がくるよ」

 

 

それを聞いて不満そうに頬を膨らませるゆま。

その様子が可笑しくて、さやかはケラケラと笑った。

じゃれ合いながらしばらく歩いていると、目的の店にやってくる。

 

平日ではあるが、人はそこそこいた。

さすがにココならば安全だろう。さやかも安心してため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

時間は戻る。

場所は高見沢邸。

 

 

「おはようございますニコ様」

 

「……ん」

 

 

シャッとカーテンが開かれたかと思うと、朝の強い日差しが目に刺ささる。

ニコは両手で目を塞ぎ。小さく息を吐いた。

 

 

「今、何時? ってか、どしたの? まだ眠いですん」

 

 

メイドが直々に起こしに来るとは、現代日本じゃ考えられない光景である。

そのメイドは少し困った様な表情を浮かべた。なぜなら昨日、ニコ自身がこの時間に起こしてくれと頼んだのだから。

 

 

「あ、そうだった。忘れてたよ」

 

 

ニコは目をこすりながら、大きなあくびを一つ。

すぐにメイドが来て、ボサボサだった髪を綺麗に整えてくれた。

 

 

「こりゃ凄いもんだ、チップあげないと。たかみーの金だけど」

 

 

ニコは高見沢の親戚と言う事にしてある。

その方がVIP待遇で心地がいい。

 

 

「たかみーは?」

 

「高見沢様は朝食を取っておられますよ。ニコ様はどうなさいますか?」

 

「んー、じゃ私も食べよっかな」

 

 

そう言ってメイドと共に下の階へと降りていく。

広い部屋では、既に高見沢が朝食を始めている。

ニコはそのまま高見沢の向かいに座った。

 

 

「何かありましたら、いつでも呼んでください」

 

「おけ。サンクス」

 

 

ニコはメイドが退室したのを確認すると、適当にパンを取ってかじる。

相変わらずアンニュイな表情だった。

 

 

「メイドだ執事だ、典型的な金持ちの家だな。日本じゃダセぇぜ」

 

「ほっとけよ。しかしお前いつも昼過ぎまで寝てるクセにどうしたってんだ?」

 

 

そこでノック音が聞こえる。

高見沢が応えると、執事が電話を持ってやってきた。

何やら仕事の事らしい。高見沢は軽く礼を言って電話を受け取る。最初は普通の受け答えだったが――

 

 

「あぁ!? 昨日までにアポは取っとけって言っただろうが!! 何やってんだ屑野郎ッ! つかえねぇなゴミが!! は? 向こうの都合なんて知るか! テメェの力で死んでも取れ! いいか? 分かったなッ!!」

 

 

暴言交じりの会話が終わると、高見沢は乱暴に電話を切って執事を下がらせた。

肩を竦めるニコ。目を逸らしながら、唇を吊り上げる。

 

 

「やだねパワハラ野郎が社長なんて。社員さんに同情するよ、ホント」

 

「ハッ! 俺の会社に必要なのはな、どんな事でも折れない芯の強いヤツだ。今の言葉で凹んで辞めるぐらいなら、さっさと消えてもらいたいね」

 

 

高見沢は社員の好感度など一切気にしない。

ミスをすれば死ねだの屑だのゴミだのと平気で言ってのける。

だがそれでも食らいついてくる社員ならば評価する。

 

まして高見沢の会社へ入るために必要な学歴や、それに関係する優遇などは無い。

高校を中退した人間と、超一流大学を卒業した人間も扱いは対等だ。

要は仕事ができればそれでいい。社会で戦えればそれでいいのだ。

 

 

「たとえばお前を起こしに行ったメイド。ありゃ俺の会社に働いているヤツの娘だ。何でもリストラされたらしくてな」

 

「へー」

 

 

それで高見沢はその娘を自分のメイドとして採用したとの事。

掃除や洗濯、食事を作れば他の店より高い給料をもらえる。

もちろん仕事ができなければ消えてもらうが、今のところそんなに酷くは無いのでクビにする予定もない。

 

 

「俺の会社は、他より給料が確実に高けぇ。なら文句は言えねぇだろう?」

 

「ふぅん、そんなモン?」

 

 

どうやら見込んだ相手にはそれなりの報酬を与える男らしい。

 

 

「や。でも私はお前の会社に入るのだけはゴメンだわ」

 

「そりゃ残念。ところで何だ? 何か用なのか?」

 

「んー、ちょっと気になる参加者がいてね」

 

「ほう、どんなヤツだ?」

 

 

ニコは携帯を操作してその画面を表示させる。

そしてデーターを高見沢の携帯に送っておいた。

表示されるのは赤い魔法少女、佐倉杏子である。

 

 

「他の参戦派を見てないからまだ何ともいえないけど、コイツのペアはいろいろとヤバイ気がする。今データ送ったから見ろ」

 

「……はァン、なるほどな。パートナーの野郎もヤベェ目をしてやがる」

 

 

流石、社長と言うだけあって人を見る目はあるらしい。

表示された浅倉の写真だけで、高見沢は危険度を理解したようだ。

 

ニコは自分が知っている情報を全て話した。

杏子達はミラーモンスターに積極的に人を捕食させ、かつ積極的に他の参加者を殺そうと考えている。

参戦派にとって鑑の様な魔法少女と騎士ではないか。

 

 

「今日はコイツを監視しようかなって」

 

「わかった。だがヘマるなよ。俺は会社だ、何かあっても抜けられねぇぞ」

 

「バイグリちゃんがいれば問題ないよ。つか、多分、気づかれないし」

 

 

それにと、ニコはジュゥべえから聞いた情報を高見沢に告げる。

そう、重大な『情報』を。

 

「何ッ!? おいおい、マジかよ!!」

 

「おおマジなんだわ」

 

 

そういうとニコは自分のソウルジェムを取り出した。

 

 

「コイツがいろいろ便利なのは知ってたけど、最後の"トリガー"までは知らなんだ」

 

「テメェはいろいろ、どうなんだ?」

 

「大丈夫、ジェムまだピカピカだし。あとはほら、どうせ私達は勝つんだから。追加で願いで何とかするさ」

 

「成る程」

 

「で、ちょっとヤバイ奴がいるらしい。私の予想じゃ結構乱闘になるかも」

 

 

そこで、高見沢とニコは同時にニヤリと笑う。

どうやら二人とも同じ様な考えが浮かんだらしい。

 

 

「使えるだろ? いろいろと多分さ」

 

「だな。一度動くってのも、悪くねぇか」

 

 

ニコは不適な笑みを浮かべたまま、さらに指を鳴らす。

まだ何かあるのか? 高見沢も期待に目を輝かせるが――

 

 

「あ、すんませーん! スープくださーい!」

 

「………」

 

 

ちょっと空気読めよ……。

高見沢のため息を無視してニコはスープを夢中ですすり始めた。

 

 

「んまいな、このコンソメスープ」

 

「オニオングラタンスープだ」

 

「あっそ。ま、似たようなもんでしょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー、どれにしよっかな」

 

 

さやかは迷っていた。

幼馴染と言えども上条の好みなんて知らないし、ましてやどういった服が男性の心を掴むのかなんて分かる訳が無かった。

 

マミに借りた服を思い出そうか?

いっそ露出を増やしてみようか? いや、それはそれで恥ずかしいし。

しばらくは適当に見てみるが全然分からない。

店員にも聞いて、とにかく色々試着をしてみる。

 

 

(こんな時、マミさんがいてくれたらなぁ)

 

 

すぐに首を振る。いつまでも縋る訳にはいかない。

マミはもういないのだ、さやかは幻影を振り払う様に、もう一度強く首を振った。

しかし服を選ぶ側はまだしも、それを待っていると言うのはなんとも退屈なものだ。ゆまは店内に置かれた椅子に座って、退屈そうにさやかを見ている。

 

 

「うー、まだなのぉ?」

 

「あはは、ごめんごめん! 終わったら何か食べにいこっか」

 

「本当? じゃあゆま、ケーキ食べたい!」

 

 

さやかも申し訳ないと思ったのか、ゆまに服を選ぶ理由を話す事にした。

興味津々のゆま。さやかは少し恥ずかしそうに頬をかいて、事情を説明した。

 

 

「――って事なんだ。だからさ、お願い! もう少し待ってて!」

 

「うん、わかった! 頑張ってねさやかお姉ちゃん!!」

 

 

恋をした事は無いが、さやかの一生懸命な気持ちをゆまは理解した様だ。

さやかはサンキューと笑い、また服を選びに――

 

 

「あははッ!!」

 

「!!」

 

 

だが、そこで笑い声。

聞いたことのある声だった。さやかはゾッとし、動きを止める。

 

声が聞こえた場所は服で隠れており、その姿を視覚する事はできない。

しかしすぐ前にいる。さやかの足が震え始める。

 

 

「あんた……ッ!! なんでココにッ」

 

「これでも結構探し回ったんだけど。まさかこんなところで会えるなんて、アタシ達運命の糸で繋がってんのかもよ?」

 

 

シャっと服が退かされて声の主がが顔を見せた。

赤い髪が目に映る。そこにいたのは最も会いたくない人物の一人、佐倉杏子だった。

 

だが、さやかは冷静だった。

周りにはまだ沢山の人がいる。さすがの今日もココで始めようとは思わないだろう。

さやかはすぐにゆまを連れて逃げようと決めた。

 

 

「キョーコ!」

 

「え?」

 

「ン? おお!」

 

 

嬉しそうな、ゆまの声。

一方で杏子も笑って腕を広げた。

するとどうだ、ゆまは杏子に向って飛びつき、抱きしめたではないか。

 

 

「ど、どういう事?」

 

 

戸惑うさやかに、ゆまは杏子の事を説明してみせた。

 

 

「ゆまね! キョーコに助けてもらったんだ!」

 

「えっ!?」

 

 

さやかも聞いていたゆまの昔話。

使い魔に戦いを挑んだゆまは全く歯が立たずボロボロにされてしまったらしい。

その時にゆまは赤い魔法少女に助けられたと言っていた。

 

 

「じゃ、じゃあまさか……、ゆまを助けたのは――?」

 

「うん! キョーコだよ!!」

 

 

つまり、ゆまは杏子がいなければ死んでいたのだと。

 

 

「へぇ、アンタ等知り合いだったのか」

 

 

杏子はゆまを乱暴に撫でていた。

意外だった。とてもじゃないがその言葉を信じる事ができなかった。

 

少なくとも佐倉杏子は参加者全員を殺すと言っていた筈だ。

しかしゆまは、その杏子になついているじゃないか。

さやかは何か勘違いをしていたのだろうか? ゆまの知り合いだと分かれば杏子も、さやかを攻撃はしてこない?

 

 

「キョーコは何しに来たの?」

 

「アタシはね――」

 

 

だが、その時、杏子の雰囲気が変わった。

ゆまは気がついていない様だったが、確かにその目にギラリと光を宿したのだ。

 

 

「アタシはね、遊び相手を探しに来たんだ」

 

「!」

 

 

嫌な汗が吹き出てくる。

ゆまは全く気がついていない。『遊ぶ』と言う事を、そのままの意味で受け取っている様だった。

だがさやかには分かる。分かっている。そんな甘いものじゃない。

 

 

「あれから時間も経ったしさ、まさか何もしていないなんて言わないよね」

 

 

怪しく歪む杏子の口元。

三日月の様に釣りあがる笑みが、全てを語っていた。

 

 

(一瞬でも期待した自分が馬鹿だった……!)

 

 

さやかは一歩後ろに下がって、杏子との距離を空ける。

 

 

「お断りッ、冗談じゃない」

 

「おいおい、連れないねぇ」

 

「だいたいッ、ここでやるっての? 人が多いこんな場所で」

 

「アタシはそれでも構わないけど? その方が派手そうでいいかも」

 

「嘘でしょ……ッ、この力で――ッ」

 

「この力だからこそだろ。勘違いすんなよ、魔法(これ)は力以外の何物でもねぇぞ」

 

 

理解した、杏子はやはり杏子。

だからと言ってわざわざ殺し合いに乗るつもりはなかった。

冗談じゃない。冗談ではないが――、そこで気づく。

 

 

「あーあ」

 

「っ?」

 

「さやかが遊んでくれないなら、ゆまと遊ぼうかなぁ?」

 

 

さやかは息を呑む。

ゆまは現在、杏子の腕の中ではないか。

 

 

「え? 遊ぶの? うん! 遊ぶ遊ぶ!」

 

「おーおー、嬉しいね」

 

 

ゆまは無邪気に笑っているが、これは脅迫だ。

杏子はさやかが戦いに応じなければゆまと戦うと言っているのだ。

そんな事になれば、間違いなくゆまは殺される。

 

 

(それだけは避けないと……!)

 

 

同時にこみ上げてくる不快感。

 

 

「なんでアンタ……! ゆまは関係ないでしょうが――ッ」

 

 

一度は助けた筈のゆまを、何故危険な目にあわせようとするのか?

さやかには理解できなかった。慕ってくれているゆまを見て何も思わないのか?

怒りが次々に湧き上がってくる。

 

 

「ハッ、お笑いだな。つくづく呆れるぜ」

 

「ッ」

 

「まだ状況を理解してないのかい? 勘弁してほしいよね」

 

 

しかし、そんなさやかの感情をあざ笑う様に、杏子の態度は変わらなかった。

ゆまを奪われない様に、杏子はゆまと手を繋ぎながら外に出る。

さやかはついて行くしかない。こんな事なら家で大人しくしておくべきだった。後悔と悔しさに歯を食いしばる。

 

果たして勝てるのか?

前回の戦いから魔法の使い方を少しだけ勉強しただけで、後は何も鍛えてはいない。

 

 

「ッ」

 

 

怖い。

しかしゆまを守る為に戦わなければ。さやかは覚悟を決めて足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぐぁッッ!!」

 

 

開戦の合図は無かった。

人気のない路地に着いた瞬間、杏子は魔法結界を発動して変身。

そのままさやかに向けて槍を振る。

 

さやかは何とか変身を行うが、防御まではできなかった。

まともに一撃を受けてしまい、後方へと吹き飛ばされてしまう。

 

 

「え?」

 

 

ゆまは間抜けな声をあげる。

杏子はゆまを無視して、さやかに武器を構えて向っていく。

 

 

「あーあ! 今のは反応してほしかったねッ!!」

 

「うるさい!!」

 

 

さやかは立ち上がると同時にバックステップ。

マントから無数のサーベルを出現させると、それを掴んで杏子に投げつける。

手加減なんてできない、さやかは完全に杏子を殺すつもりなのだ。

 

 

「おせぇんだよッ!!」

 

「ッ!」

 

 

しかし杏子の足が止まる事はない。

多節棍を振り回して次々に剣を弾き飛ばして行く。

着地したさやかは、剣の数を増やして弾幕を張るが、杏子には全く通用しなかった。

赤い旋風が全ての剣をなぎ払い、気づけば距離はすぐそこに。

 

 

「ひッ!!」

 

 

さやかの為に言っておくと、彼女は決して弱い訳ではない。

しかし一度敗北した恐怖からか少し引け気味になっているのは事実だった。

もちろん、そんな事は何の言い訳にもならない。

 

さやかの目の前まで移動した杏子は、槍を振ってさやかの足を払う。

当然さやかは反応できずに倒れてしまう。あとはパターンだった。杏子はさやかの腕を踏みつけて、まずは武器を腕から分離させる。

 

 

「ちょっとさぁ、学習しなよアンタ!」

 

 

さやかを哀れみの目で見たまま、首を掴んで強制的に立ち上がらせる。

そのまま間髪入れずに拳でさやかの腹部をて殴りつけた。

 

 

「うぐッ! ガハッッ!」

 

 

岩を簡単に砕く魔法少女の拳だ。

当然、さやかは痛みと苦痛に顔を歪ませる。

それを見て杏子はやれやれと首を振った。

 

 

「痛みの遮断も微妙ってところか、つまらないね」

 

 

杏子は舌打ちを行う。

そのままさやかをゆまの傍へと投げ飛ばすと、追撃の槍を投げる。

さやかは何とか体を反らして回避したが、刃の部分が腕をかすってしまい、鮮血が舞い散る。

 

 

「なんで、キョーコ……?」

 

「は?」

 

 

ゆまは信じられないと言う目で、杏子を見ていた。

どうして杏子がさやかと戦っているのか分からない。さやかが何をしたんだ? 何もしてない、なのに杏子はさやかを傷つけている。

 

目に浮かぶ涙。

ゆまは信じられないと言う気持ちと、信じたくないと言う気持ちを堪えて、杏子に問いかけた。

 

 

「な、なんでこんな事するの……? キョーコ、ゆまを助けてくれたよね? キョーコはゆま達の敵じゃないよね!?」

 

 

ゆまは魔法少女に変身すると、さやかを庇う様にして立った。

杏子は無言でゆまを見ている。そしてふと、笑みを浮かべた。

 

 

「キョーコ……!」

 

 

分かってくれた。

ゆまは安心した様に杏子へ近づいていく。

 

 

「………」

 

 

ゆまは、沈黙する。

言い方を変えるなら、沈黙させられたと言う方が正しい。

スローモーションになる世界。杏子の足が、ゆまの腹部に刺さりこむ。

 

 

「―――……」

 

 

声が出ない。息ができない。涙があふれてくる。

なんで、どうして? ゆまは吹き飛びながら考えていた。

杏子は自分を助けてくれた優しい魔法少女の筈だ。

なのに、どうして攻撃をしてきたの?

 

 

「馬鹿かよ、ガキが」

 

「――……っ」

 

 

倒れるゆま。

泣いているのは痛いからじゃない。信じられなかったからだ。

そんな中でも杏子の声は鮮明に聞こえてきた。

 

 

「アンタらさぁ、分かってんの? ってかルール聞いてた? あの集会にいたんだろうが! 何度も言わせんなよ!!」

 

 

もう一度、杏子はゆまを蹴り飛ばす。

 

 

「確かにアタシはゆまッ、お前を助けた事がある。それを否定する事はないよ。でもそれは昔の話だ!」

 

 

今はF・Gの真っ最中。

勝利条件の一つ、皆殺しを目指して何が悪いのか。

さらに言えばわざわざ魔法少女集会で宣言している。あれで参戦派がいないなんて抜かすバカがいたら、それはもう死んだほうがいい。

 

 

「嫌だだとか、やりたくないとかじゃねーんだよ! マジでナメちゃってんの?」

 

 

魔法少女になったからには奇跡を願ったはずだ。

奇跡とはつまり、ありえない事をありえるようにした筈だ。

中にはそれが他人の人生を狂わせる物もあっただろう。それを分かっていて願いをかなえた。自分のエゴを通した。

だったら、嘘みたいなこのゲームも存在してもいい。

 

 

「アタシ等はその奇跡に巻き込まれたんだ。キュゥべえの野郎が言ってただろ! アタシ達は選ばれし13人なんだよ」

 

 

それ以上でも以下でもない。

やりたいでも、やりたくないでもない。

選ばれた、それだけ、以上、終わり。

 

 

「なのに何で仲間とか言っちゃてんのさ! ゆま、アンタも例外じゃないんだ」

 

 

杏子はゆまを無理やり起こすと、蛇の様に鋭い眼光で睨みつける。

 

 

「ゆ、ゆま……! そんなの聞きたくない!」

 

 

ならばと杏子は、ゆまの首を掴んで壁へと叩きつける。

 

 

「どんなにガキでもゲームの参加者だって事を理解しな! それに、お前を助けたアタシはもういないって事もな!!」

 

「キョーコ……っ! ぐるじぃ――ッッ!!」

 

 

ゆまは苦しそうに表情を歪め、杏子の手を掴む。

すると杏子は嬉しそうに笑った。いい、そういう事だ、ゆまも少しは分かってきたじゃないか。

 

 

「嫌だね! アタシは止めない! アンタを絞め殺すまで力を加え続ける! だから苦しいなら殺せ! 戦え! アタシを叩きのめしてみろ!!」

 

 

その時、さやかが地面を蹴った。

回復は済んだ。そして学習。遠距離は不可能、ならばもう接近戦でいくしかない。

さやかは覚悟を決めて剣を構える。

 

 

「純粋なゆまの気持ちを裏切って! 絶対に許さない!」

 

「……ハッ! 良い! そういう事さ! それでいいんだよ!」

 

 

杏子はゆまを投げ飛ばすと、さやかの方へと走り出す。

さやかの剣と杏子の槍。双方は激しい火花を散らしてぶつかり合った。

もう引くワケにはいかない、さやかは持ち前のスピードで反撃の隙を与えぬ程の連撃を繰り出していく。

 

切り、払い、突き。

杏子は始めこそ的確に防御を行っていたが、徐々に剣がすり抜けて肌に切り傷が生まれていく。

 

 

「単調な攻撃、でもそれを補うのはスピードがあるってか!」

 

「黙ってろ! 今すぐそのニヤけ面! 切り裂いてやる!!」

 

「へぇ、怖いねェ。じゃあ――」

 

 

杏子は左の掌を前に出す。

何か来るのか? 恐怖から、さやかは一旦後ろへバックステップを行った。

 

 

「これならどうか――ッ、な!」

 

「ッ!?」

 

 

杏子はもう一本槍を生み出すと、そのまま投げた。

しかしさやかを狙うにしては高度がある。案の定、槍はさやかの頭上を通り過ぎるだけ。

だが、さやかは青ざめて踵を返す。飛んでいく槍の先にいるのは、ゆまだった。

 

 

「卑怯者!!」

 

「ハハハ! 馬鹿じゃん! 殺し合いに卑怯もクソもあるかっての!!」

 

 

ゆまを助けなければ。

思考がそれで満たされ、動きが鈍る。

そこを杏子が狙わない理由はないだろう。多節棍を伸ばすと、さやかの胴体を縛りあげた。

 

 

「しまった!」

 

「弱いヤツほど、仲間意識とかあるよねぇ。クソくだらないよ……ッ!」

 

 

さやかは絡まる鎖を引き剥がそうとするが、そこで全身に衝撃が走った。

痛い、耳鳴りがする。気持ち悪い。そう思ったときには別の壁に打ち付けられている。

 

 

「おいおい、攻略法見つけてないの? ナメられたもんだなッ!」

 

 

何度も壁に叩きつけられるさやか。

杏子が飽きるのが先か、それともさやかの命が先に潰えるのが先か。

 

 

「グッ! ギッッ!!」

 

 

さやかも何とかして脱出しようとするが、なにぶん動きが封じられているのに加えて、自分の魔法じゃどうする事もできない。

まさに相性最悪と言ってもいい攻撃だ。一人じゃ完全に詰んでいる。

そう、さやか一人ならば。

 

 

「ゆまッ!!」

 

「!」

 

「たす――ッ、ぐあぁ! たすけて!!」

 

 

そう、今は一人ではない。

ゆまが加勢してくれれば状況は覆る筈だ。

いくら杏子が強いとはいえ、二人掛かりならば何とかなるかもしれない。

 

 

「あ――ゥ、あぁぁ、ぅぅぁ……!」

 

しかし、ゆまの様子がおかしい。

頭を抱えてうずくまっている。震える肩、口から漏れる呻き声。

 

 

「あぐぁあッッ!!」

 

 

飽きた。杏子はさやかを乱暴に投げ捨てると、次はゆまのもとへ向かう。

まずい、助けなければ。さやかは立ち上がろうとするが、全く腕に力が入らなかった。

すばやく回復を意識して魔力を込める。

 

 

(お願いッ! 間にあってよ――ッ!)

 

 

そうしていると、杏子がゆまの所へやって来た。

 

 

「おい」

 

「――……ぃ」

 

「ア?」

 

 

ゆまは、しきりに何かを呟くだけだった。

耳をすませる杏子、そしてすぐに理解する。

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさいっ、ごめんなさい!」

 

 

ごめんなさいぃ、ごめんなさい、ごめんなさいっ。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!

ごめんなさい――……ッッ!!

 

 

「………」

 

 

小さな体を震わせて、ゆまは何度も許しを請うた。

杏子が齎した痛みが、過去の記憶を呼び起こさせたのだろう。

両親から受けた虐待の記憶が脳を支配する。

 

苦痛から解放される言葉を何度も羅列して、ゆまは自分の心が壊れない様にしている。

それは幼い彼女が生み出した防御行動だ。

 

さやかは目に涙を浮かべて力を込め続ける。

できる事なら今すぐにゆまを抱きしめてあげたかった。

一人じゃないと教えてあげたかった。

 

 

「うぜぇ」

 

「え……」

 

 

だが杏子の答えは、あまりにも辛辣な一言たった。

 

 

「前に助けた時さ、アタシ言ったよね?」

 

「――ッ!」

 

 

杏子はゆまの髪を掴むと、そのまま引っ張り上げる。

 

 

「いたぃ! いたい゛! いたいよォ!!」

 

 

ゆまの小さな体は、いとも簡単に持ち上がった。

痛みと苦痛が、ゆまの記憶をグチャグチャにかき混ぜる。

壊れる寸前までに心が悲鳴を上げ、ゆまは軽い錯乱状態になる。

 

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいッ!!」

 

 

こうやって謝り続ければ母親は短い時間で優しくなった。

叩いてごめんね、意地悪してごめんね、でも私はあなたの事を愛しているからね。

母親は優しくなってくれる。

 

死ね、役立たず、お前なんか生まなければよかった。

ああ、またすぐに殴られる。でもまた謝れば――

 

 

「黙れ」

 

「ッッ!!」

 

 

そんなゆまの想いを切り裂いたのは、杏子の鋭い眼光だった。

杏子が手を離すと、ゆまは地面に落ち、そのままへたり込んだ。

 

 

「お前がどういう経緯で魔法少女なったのかは知らねぇ。だけどさ、前に助けた時に言ったよなって」

 

「……!」

 

「魔法少女ってのはな、漫画やアニメの様に希望や勇気に満ちてる訳でも、まして救いがある訳でもねェんだよ」

 

 

ゆまはまた防御反応として、謝罪の言葉を口にしようとする。

だが杏子は素早くゆまの頬を叩き、黙らせる。

けれど頬が痛いからまた泣き出そうとする。すると今度は杏子の裏拳が、ゆま頬を叩いた。

 

 

「泣けば終わるのか? ごめんなさいって謝れば苦しみが終わるのか? アァ!?」

 

「ひ、ひっく! ぐっす……! う、うぇ」

 

「じゃあ泣けよ、じゃあ謝り続けろよ。でもアタシはアンタを殴るぜ?」

 

「ご、ごめんなさぃ、お願いだから意地悪しないで……!」

 

「だからッ、それがウゼェって言ってるんだよッッ!!」

 

 

何故なのかは分からないが、相当杏子は怒っている様だ。

もはや眼光だけで人を殺める事ができるのではないか? それぐらいの気迫だった。

これは堪えたか。ゆまは蛇に睨まれた蛙の様に沈黙する。

 

 

「お前いつまで逃げてんだッ!? 言っただろうが、魔法少女になるって事は、現実と――! この世界の全てと戦わなきゃいけないってよッ!!」

 

 

そこに年齢なんて関係ない。

子供だからと言い訳していれば、待っているのは死だけだ。

いや、絶望と言った方がいいのか。

 

 

「魔法少女になった時点でアタシ達は絶望と戦い続ける覚悟を決めなくちゃいけない! なのにお前は……ッッ!!」

 

 

杏子は槍を出現させる。

ゆまは本能からハンマーを出現させる。

だが攻撃はしない、できない。杏子の言葉を無視するように、ゆまの口から出るのは命乞いだけだった。

 

 

「ゆま、お前は何で魔法少女になったんだ! 死にたくないからだろうが!!」

 

 

杏子は叫び、槍でハンマーを殴る。

 

 

「わざわざ死にたくないから魔法少女にしてくださいって糞野郎(キュゥべえ)に頼んだクセに!」

 

「ごめんなさい――ッッ!!」

 

「ああそうかい、そんなに苦しみから解放されたいなら――」

 

 

杏子は槍を構えて『突き』の準備を行う。

標的は、目の前で震えている幼い少女。

いや、"自分と同じ、フールズゲームの参加者"だ。

 

 

「アタシがブッ殺してやるよ! 千歳ゆまァアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なるほど、なるほど。

魔法少女になったら世界の全てと戦い続けろか、悪くない言葉だよ。

逃げちゃ駄目か。逃げちゃ。

 

 

「ふぅん。なるほど、ただのイかれた女って訳じゃないのね」

 

 

だけど。

 

 

「気に入らないな、佐倉杏子」

 

 

幼女イジメちゃ駄目でしょ普通さ。

アレはペロペロするもんだってのに。

ココから見えますは、見滝原高校。すぐそこじゃないの。

 

じゃあ決まりだわ。

待ってろよ青いマントと緑の幼女よ。

今クールでイケメンの王子様を派遣してやるからさ、それまで死ぬなよ。

とまあ、そんな訳で――

 

 

「じゃーましーちゃお」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

杏子は槍を止めていた。

 

 

「今、なんつった?」

 

 

ゆまの断末魔は小さいものだった。

それは言葉だ。無意識に出た、心からの声。

 

 

「たすけてぇ……! マミお姉ちゃん――ッッ」

 

 

もう一度、ゆまは口にした。

その言葉と共に、ピタリと杏子の動きが止まった。

涙を流しながらマミに助けを求めるゆまを見て、杏子は何を思ったのだろうか?

 

 

「お前マミの知り合いなのか?」

 

 

ゆまは、ゆっくりと頷いた。すると杏子がさらに言葉を紡ぐ。

 

 

「なら……、なんでアイツが死んだのか知ってんの?」

 

「怖いよぉ! マミお姉ちゃん!!」

 

「聞けって。マミは何で死んだんだよ……」

 

 

ゆまは答えない。

堰を切ったように泣き出してマミの名を連呼する。

新たな防御反応なのだろう。すると杏子は、ゆまの腹に蹴りを叩き込む。

表情が歪んでいた。そこに余裕は欠片もなかった。焦りだけがあった。

 

 

「黙れェエエッ!!」

 

「ヒッ! ぎぃ!!」

 

 

ゆま頬をかすめる刃。

杏子は吼える様に声を荒げて、槍を振り回す。

 

 

「教えてやるからよく聴けよクソガキ! 巴マミはなぁッッ!!」

 

「やめて!」

 

 

さやかが叫ぶが、杏子には聞こえていなかった。

 

 

「巴マミはもういないんだよッ! 分かるな!? 死んだんだよッ!!」

 

「やめ――ッッ! ろぉおオオオオオッッ!!!」

 

 

怒りが、魔力に変わった。

さやかは体が動くのを確認すると、一瞬で立ち上がり、全速力で走り出した。

それはまさに青い閃光。考えなしの突進だったが、それは杏子に直撃すると、大きく吹き飛ばしてみせる。

 

防御が崩れた。

さやかは剣を両手に構えて、杏子を追いかける。

切る。切る。そして切り上げ。空中に打ち上げられた杏子に、閃光(さやか)は追撃の猛連打を叩き込んでいく。

 

そしてフィニッシュに杏子を叩き落し、地面へ思い切り叩きつけた。

杏子の口から血が漏れる。一方でさやかはゆまの前に着地を決めた。

 

 

「ゴハ――ッッ! テメェ……ッッ!」

 

「大丈夫ゆまッ?」

 

「さやかお姉ちゃん……ッ!」

 

 

さやかは杏子を睨みつけて叫ぶ。

 

 

「アンタ狂ってるッ!」

 

「アタシから言わせてもらえば、狂ってんのはソッチだよ」

 

 

杏子は皮肉めいた笑みを浮かべて立ち上がる。

 

 

「で? 質問の答えを聞かせてくれよ。マミは何故死んだんだ?」

 

「アンタ、マミさんの知り合いなの? ムカつく」

 

「ハハハ! そりゃあ悪かったね。で? 答えは?」

 

「あんたなんかに教えるかッ!」

 

「ハァ。ウゼェ」

 

 

再び剣と槍が激しくぶつかり合った。

怒り身を任せたさやかの剣は、杏子にとってどう映るのだろうか?

杏子は冷静に、的確にさやかの攻撃を防御していく。

そんな中。一瞬の隙が死に繋がる状況の中、杏子はでゆっくりと口を開いた。

 

 

「……どうせ、甘い性格が災いしたんだろ?」

 

「――ッッ!!」

 

 

その瞬間、さやかの雰囲気が完全に変わった。

抱くのは杏子に対する憎悪と殺意。決めた。もう迷わない。もう逃げない。もう理解した。

できる事ならまどかやサキの言葉を守りたかった。マミがとるべき道を歩みたかった。

だが、もう限界だった。

 

 

「黙れッッ!!」

 

 

"杏子を殺す"。

それがさやかの出した完全なる答えだった。

さやかは、杏子の頭部へ、自分の頭部を打ち付けた。

杏子が怯む。ふらついた所へ、今度は拳を当てていく。

肩を殴った。頬を殴った。杏子は笑ってはいなかった。

 

 

「マミさんは何も悪くないッッ!! マミさんはパートナーに裏切られたから――ッッ!!」

 

 

さやかはその先の言葉を言えなかった。

代わりに、後ずさる杏子へさらに剣を振り下ろした。

切り裂かれていく杏子。しかし魔法で防御力を底上げしているのか、なかなか切断できない。

だが血が舞っているのを見ると、ダメージは受けているようだ。

 

 

「マミさんを――ッッ、馬鹿にするなァアアアッッ!!」

 

 

剣を両手に構えて十字切り。

さらに後退していく杏子へ剣を投げる。

無数の剣が杏子の体に突き刺さった。肩、脚、胴体。

 

 

「……ン?」

 

 

そこで杏子はハッとしたような表情を浮かべる。

知らない。もういい。さやかは剣を構えて走り出した。

 

 

「ん? ちょっと待てよ――……」

 

 

杏子は大きく後ろへ跳んで、さやかとの距離を空ける。

何か、考え事がしたいらしい。さやかの事など眼中に無いと言わんばかりに、独り言を呟いている。

 

 

「パートナーに裏切られて死んだ? やッ、それはないだろ」

 

「は?」

 

 

杏子は呟く。

裏切られて死んだってのは『ありえない話』だ。

つまり裏切られた後に起こった『何か別の原因』でマミは死んだと言う事になる。

 

その何かとは――、何だ?

杏子はさやかの攻撃をかわしながら冷静に考えてみる。

そういえば以前、ジュゥべえから聞いたルールがあった。

 

 

「ソウルジェムの暴走? それでマミが死ぬ……?」

 

 

成る程、簡単な話だ。

マミは暴走が原因で『魔女』になったと言う事なのだろう。

 

 

「でもちょっと待て、マミのパートナーは死んでいる……、それをルールと照らし合わせると――」

 

 

杏子はふと、立ち止まった。

突き出されたさやかの剣を手で掴むと、ポカンとした顔でさやかを見る。

 

 

「もしかして、マミのパートナーを殺したのはお前らかい?」

 

「ッ!!」

 

 

図星。さやかの驚く顔を見て、杏子は確信する。

そしてさらに考察を続ける。剣の刃を掴んだ手からは、血が流れ出ているが気にしない。

 

 

「アタシ前にキュゥべえ達から聞いたな。魔女化した場合――、えぇっとなんだっけな? あぁそうだ思い出した。騎士殺せば元に戻るのか」

 

「ッ!」

 

「成る程、成る程。でも確か、そうすると願いの力が消えるんだってね。マミの願いは確か――、はいはい成る程ね。OKそういう事か」

 

 

杏子の中でパズルのピースがカッチリとはまっていく。

 

 

「お前らマミを助ける為にパートナーを殺したのか」

 

 

さやかの動きが止まった。

杏子は剣から手を離すと、何度も小さく頷いていた。

杏子は、マミの願い事を聞いていた。だから遂に真実に至る事ができた。マミが死んだのはルールのせいだ。

願いの効果が切れて死んだんだろう。

ならば――?

 

 

「パートナーを殺したのはお前ら。それが結果としてマミを死なせたか……」

 

「……!」

 

「や。別にマミが死のうが死なないでいようが。それは別にどうでも良い事さ。どうせこの場にマミがいてもアタシが殺してる」

 

 

だがしかし。

杏子は真っ直ぐにさやかを見る。

 

 

「これだけは教えろ、マミのパートナーを殺したのはどこのどいつだ?」

 

「だからアンタなんかに――」

 

「言え。じゃねぇとマジで殺すぞ」

 

「!」

 

「テメェだけじゃねぇ。八つ当たりで周りの人間もブッ殺す」

 

 

杏子は感情を爆発させていた。

そのあまりの気迫に、さやかも背筋が凍りつく。

 

本気だ。目が語っている。

さやかは歯を食いしばる。このまま杏子を激高させるのは本当に危険だ。

だから痛む心を抑え、小さく言った。

 

 

「あたしだよ……。あたしが須藤さんを――」

 

「なるほどねぇ。ふーん、サンキュー……」

 

 

杏子はその言葉を聞いて俯いた。

何が心の中で起こったのか。とにかく杏子は少し考え、その後ゆっくりと顔を上げる。

 

 

「悪い、やっぱ殺すわ」

 

「え?」

 

 

さやかの目の前にあったのは――、杏子の槍。

 

 

(はや――ッ)

 

 

バットの様に振った槍がさやかの腹部に叩き込まれる。

心ごと折れる勢いでさやかは壁に叩きつけられた。

 

 

「別にさぁ、もうマミがどうなろうが知ったことじゃないけどね――」

 

 

杏子は淡々と口にしていた。

しかし全ての感情が一段階上がった気がする。

もちろん殺意も含めて。

 

 

「やっぱり、自分の中で違和感があるんだよ」

 

「……っ?」

 

 

声が出せない、内臓のいくつかがイカれた。

呼吸をしようと思ったら大量の血が出てきた。

 

 

(あ、マジでヤバイかも)

 

 

何のためらいもなく、杏子は追撃の蹴りをさやかに叩き込んだ。

ボールのように転がっていくなかで、いろんな物が砕けた音がした。

 

 

「マミが、アンタがどう思ってたのかは知らないよ。もちろんマミのヤツもアンタのせいじゃ無いってあの世では思ってるかもね」

 

 

杏子が何を言っているのか、サッパリ分からない。

 

 

「だけどさぁ、やっぱりアタシが心の中で決めてたルールがあるんだよねぇ」

 

 

そもそも杏子はその言葉を誰に向けているのだろうか?

少なくともさやかでは無い、ゆま? それも違う。

だとしたら残っているのは、自分自身。

 

 

「アタシ決めてたんだよね。マミが死んだ原因を作ったヤツは、絶対に殺そうって」

 

 

それが誰かなんてのはどうでもいい。

ましてやそれは、敵討ちなんて綺麗なものでもない。

 

ただ過去の清算をする為に『ルール』として決めていた事なのだ。

そしてその原因が"たまたま"さやかだっただけの話。

 

別にさやかに恨みがある訳ではない。

とにかく、決め事として殺す。

F・Gの事もあるのだ。都合のいいお膳立てではないか。

 

 

「さやか、だったけ? 悪いね、ちょっとアタシのわがままなんだけどさ――」

 

「―――ッ」

 

「死ね」

 

 

今までの『死ね』とは重さが違った。

さやかは耐えられず、ゆまに助けを求める。

 

 

「たすけて、ゆま、体が動かないの――ッ」

 

 

掠れる声で、ゆまの名前を呼ぶ。

 

 

「このままじゃ本当に殺されるッ、嫌だ! 助けてよ……!」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 

「ゆま? ゆま――ッ! 嘘でしょ? ゆま!!」

 

 

ゆまは壊れた人形の様に、ずっと同じ事を口にしていた。

さやかを見ているようで、見ていないのか。ゆまは頭を抱えて震えている。

 

 

「ゆま、選ばせてやるよ」

 

 

ゆまの肩がビクっと揺れ、恐る恐る杏子の目を見た。

 

 

「さやかを見捨てて今すぐココから消えるか。それとも、さやかを助ける為に戦ってアタシに殺されるか、どっちがいい?」

 

「ッ」

 

「ゆ、ゆま!?」

 

 

困惑するさやか。まさか、そんな馬鹿な。ありえない。

心に吹き出る焦りと恐怖。まさかゆまは? いや、そんな、まさか。嘘だ。

 

 

「に、逃げないよねゆま! 速く助けてよッ!!」

 

「――ッ!」

 

 

ゆまはブルブル震えながらさやかを見る。

もしも逃げればさやかがどうなるか? それは幼いゆまだろうとも理解していた。

大切な仲間だから助けなければ。だから、すくむ足を無視して立ち上がる。

その手にハンマーを抱えて。

 

 

「おい、それが答えなのか?」

 

「!」

 

「ふーん。じゃあいいよ。殺してやるよ」

 

 

戦う前からもう勝敗は決していた。

ゆまはブルブルと震えて杏子を見上げる。槍で刺されるのは、母や父に殴られるより何倍も痛くて苦しいのだろう。

それを考えてしまうと、ゆまに動く力は残っていなかった。

必死に恐怖から自己を保つだけの行動。それだけがゆまに許された戦いなのだ。

 

 

「あ……、うぁ…!!」

 

 

思考が恐怖で鈍っていく。

同時に鮮明に思い出されていく記憶。

それはゆまが杏子に助けられた時のものだった。

 

過去の思い出が、今に塗り潰される。

目の前にいるのは、以前ゆまを助けてくれた優しい魔法少女ではない。

ゲームの参加者として、勝利を目指す魔法少女なのだ。

 

 

「ゆまッ! お願い! ちゃんと助けるから、あたしを助けて!!」

 

 

さやかの声が聞こえる。

そして、同時に再生される過去の声

 

 

『裏切られる前に、裏切るんだ』

 

『どんな手を使ってでも、生きろよ』

 

 

心に真っ黒な感情が芽生えた。

ゆまは落ち着いて考える。さやかを助ける為に戦えば、確実に自分は死ぬだろう。

さやかは助けてくれると言っているが、そんな保障はどこにも無い。

対して、もし自分がココで逃げれば、さやかは死んでしまうが――。

 

 

「!」

 

 

駄目だ、ダメ、だめ。

ゆまは立ち上がり覚悟を決める。

さやかを助ける。そして、一歩踏み出した時だった。

杏子が投げた槍が、ゆまの頬を掠める。

 

 

「来い。殺してやるよ、ガキが」

 

「―――」

 

 

刃は掠っただけだ。

なのにその一撃で、ゆまの心が壊れてしまった。

 

ゆまは一歩後ろに下がる。

さやかは必死に叫ぶ。しかし、ゆまはもう一歩後ろに下がった。

 

 

「や……、やだよぉ……、もう」

 

 

ゆまは、ボロボロと涙を流す。もう何もかもが嫌だった。

全てから逃げ出したい。傷つくのも、傷つけるのも、抗うのも足掻くのも全部嫌になってしまった。

助けてほしい、マミに会いたい。マミに甘えたい。

マミはいない。

 

 

「失せろ」

 

 

その一言と共に、ゆまは走りだしていた。

さやかの事が嫌いなわけではない、大切な仲間として彼女を助けたかった。

だけど無理だったのだ。それが限界、千歳ゆまの限界だった。

 

 

「そ、そんな……」

 

 

残されたさやかは絶望の表情を浮かべていた。

ゆまに裏切られたというショックと怒りが心を支配している。

そして当然、待っているのは死だ。

 

 

「ま、待ってよッッ!!」

 

 

さやかは恐怖でガクガクと震えながらは杏子を制止させる。

 

 

「命乞い? 笑わせんなよ」

 

「お、お願い……ッ! どうしても想いを伝えたい人がいるの!」

 

「ア?」

 

「そッ、その人に思いを……! つ、伝えてからせめて――ッ」

 

 

自分でも何を言っているのかいまいち分からないが、とにかくさやかとしてはココで死ぬ訳にはいかなかった。

杏子はそれを聞いて目を丸くする。意味を理解していないのだろう。さやかは念の為にもう一度早口で事情を説明した。

 

好きな人がいるから、待ってほしい。

結局のところは命乞いなのだが、どうしてもそれを伝えなければならなかった。

 

 

「――はは」

 

「え?」

 

「ハハハッ! ハハハハハハハハッッ!!」

 

 

突如、杏子は笑いはじめた。おなかを押さえ、ひたすらに笑う。

どうして杏子は笑っているのか? さやかには全く理解できなかったし、不快で仕方なかった。

だが、そんなさやかの感情は、全て杏子が吹き飛ばしてくれる。

 

 

「アンタ恋とかしちゃってるの? 本当におめでたいよね!」

 

 

杏子は次の言葉をぐっとトーンを落として言う。

さやかの脳に叩き込む様に。

 

 

「もう死んでるのにね、アタシ達」

 

「―――」

 

 

え?

 

 

「今……、なんて――っ?」

 

「本当に何も知らないんだ、こりゃ傑作だ」

 

 

真っ白になった心に灯る、赤い狂気。

杏子はわざわざ、さやかの耳元まで口を近づけて真実を告げる。

尤も、その情報がさやかに受け止められるものなのかは分からないが。

 

 

「だーかーらーさぁ! アタシ達【魔法少女はもう死んでる】んだっての!!」

 

「そ、そんな……嘘――ッ!」

 

「嘘じゃねぇ! アタシ達はさ、キュゥべぇとの契約時に"殺される"んだよ」

 

 

さやかは必死にその言葉を否定しようとするが、ココで杏子が嘘をつく必要性があるのだろうか?

 

 

「くくっ! アタシ達はさ、ソウルジェムが魔力の源だと教えられただろ?」

 

 

宝石、ソウルジェム。

魔法を使えば穢れ、汚れ、体や心の調子が悪くなる。

 

 

「ソウルジェムは文字通り魔法少女の命なんだよ」

 

「――ッ?」

 

「アタシ達は契約と同時に、魂を肉体からソウルジェムへと移される。いわば魂の具現化、魂を所持できるようになったのさ」

 

 

このシステムにより魔法少女はずっと戦いやすくなる。

ソウルジェムが本体となった以上、肉体は『おまけ』のようなものでしかない。

さらにこれにより魔法による肉体操作が行えるようになった。

 

 

「痛覚の遮断は基本中の基本だ。アンタだって無意識の内に行ってる」

 

 

そして肉体の再生。

たとえ頭だけになろうとも、(ソウルジェム)が無事ならば、体はすぐに再生する。

逆にジェムが砕かれれば肉体は無傷であっても死亡する。

 

ソウルジェムは魔法少女の全てだ。

痛みが無ければ戦いを恐れる必要も無くなる。

魔女を倒す戦闘マシーンとして魔法少女のシステムは最善のものだった。

 

 

「分かったかな? アタシ達はもう人間じゃない。"ゾンビ"なんだよ!」

 

「!!」

 

「肉体は飾りだから歳はとらないし、ましてや子供を生むなんて事もできない」

 

 

耐えようとしても涙が溢れてくる。

杏子は満足そうに最後の言葉を投げかけた。

それで、完全に勝負が決すると知っていたから。

 

 

「だから、告白なんて無意味だっての! どこの世界に死人と付き合ってくれる男がいるんだよ! ああ!?」

 

「そ……、そんな……ッ」

 

「クハハハッ! そうだ! 絶望しろクズ! 戦う気がないヤツはさっさと失せろ!!」

 

 

さやかはもう動けなかった。

深い悲しみと絶望が身体を包み込む。

もう涙すら出ない。ソウルジェムは真っ黒に濁りきっていた。

 

 

「安心しろ! どうせお前はココで死ぬんだよッッ!!」

 

 

杏子は槍を構え、さやかのソウルジェムを狙った。

 

 

「そこまでだ」『ストライクベント』

 

「あ?」

 

 

バシュンと、音がした。。

飛来する三日月状のカッタービームが多節棍の鎖を切断した。

 

 

「何だ!?」

 

 

目を丸くする杏子。

そこへ新たな電子音が聞こえてくる。

 

 

『アドベント』

 

「ッ!」

 

 

衝撃、吹き飛ぶ杏子。

現れたのはエイの化け物だ。ミラーモンスター・『エビルダイバー』は杏子に突進を決めると、そのまま旋回して飛行。さやかに近づくと、背中に乗せる。

 

 

「あぁ!? 誰だよ! クソッッ!!」

 

 

イライラした様に立ち上がる杏子。そしてすぐに気づいた。

見えたのは赤紫の騎士だ。

 

 

「大丈夫か!」

 

「ぅぁ……」

 

 

さやかを抱えていたのは、騎士『ライア』。

杏子は冷静にライアのベルトを確認する。Vバックル中央にあるデッキ、そこに刻まれている紋章。

 

 

(さやかに紋章は無かった。つー事は、アイツのパートナーじゃない)

 

 

それにしても。である。

 

 

「よくココが分かったね、褒めてあげるよ」

 

「ゲーム参加者なら誰だって魔法結界を確認する事ができる。お前の魔法結界は巨大すぎた、目立ちすぎるんだよ」

 

「そう言う事ね。ハイハイ。んで何? お前ソイツの仲間?」

 

「いや、違う」

 

「は?」

 

 

杏子は間抜けな顔をしてライアを見る。

 

 

「仲間じゃないヤツを助けんの?」

 

「ああ」

 

「ソイツ、悪い魔法少女かもしれないよ。凶暴かも」

 

「どうでもいい。とにかく戦いを止めるんだ、こんな事をしても――」

 

「あーあー、そっちのタイプね。うっぜぇ!」

 

「何……?」

 

「戦いや憎しみはー! 何も生み出しはしないー! なんて、ありがちな甘い理論を振りかざすムカつく野郎だ」

 

「お前にどう思われようが関係ない。いずれにせよ、命を奪うのは止めろ」

 

 

杏子は渋々後ろに下がった。

殺したい。殺したいが――、自分から言い出した面倒な『ルール』がある。

杏子は牽制の意味を込めてライアの行動を様子見することに。

 

 

「その様子だと、アンタはゲームには乗ってないってか?」

 

「当然だ。このゲームは間違っている」

 

「何を根拠に?」

 

「狂わされた運命の上に成り立つゲームに何の意味がある? 考え直せ、このゲームには不審な点が多すぎる。ワルプルギスを倒す方に可能性を見出すべきだ」

 

「確かに都合の良い話だとは思ってるよ。勝ち残ったからと言って、本当に願いが叶うなんて保証はない」

 

 

だが、逆もまた同じでは?

本当に願いが叶う可能性もあるのだ。

まして魔法少女は既に一度願いを叶えている。

 

 

「どうでもいいヤツと馴れ合ってワルプルギスを倒すより、ムカつく奴らをブチ殺して掴み取る勝利の方が何倍もマシだろ」

 

 

それが杏子の考え方だった。

 

 

「つうかさ、ゲームを止めろとか今さら通用するとでも思ってんの? お前らってどういう脳みそしてんのさ、マジで」

 

「思っているさ。俺達は互いに手を取り合えると」

 

「くっだらねぇ……ッ! マジで馬鹿か? 無駄なことに希望を見出すなんて無意味にも程がある」

 

 

魔法少女集会でのアンケート。

参戦派は確かに存在している。そして騎士にももっといる筈だ。

 

 

「そんな中で戦いを止めろ? 呆れてくるよ」

 

「どうしても戦うつもりなのか」

 

「当然じゃん。お前らみたいなヤツから殺すよ?」

 

「そこまでして、お前には叶えたい願いがあると?」

 

 

その言葉に杏子は答えない、代わりに舌打ちをするだけ。

どうやら言えない何かがあるのか。それとも答えられないだけなのか。

 

ライアは複雑な表情で杏子を見た。

尤も、杏子からはライアの表情は見えないが。

 

 

「悪いが、俺はこのゲームを認めない」

 

「別にお前に認めてもらわなくても、ゲームは進むっての」

 

「なら、否定させてもらう。人の命を軽視する腐った茶番をな」

 

 

杏子はその時、ライアが戦闘態勢に入るのを見逃さなかった。

 

 

「なるほど。こういうタイプもいるわけね。魔法少女集会でもいたな、そういやァ」

 

 

戦いたくないだの、戦う事が間違っているなんて吼える馬鹿よりは余程危険なタイプだ。

 

 

「戦いを止める為に、最低限の犠牲で済ませようってクチか……」

 

「お前に戦いを止める気が無いなら、俺も容赦はしない」

 

 

ライアはカードを抜くと、杏子と対峙する。

杏子は思わずニヤリと笑って槍を構えた。

 

 

「雑魚二人より、ずっと楽しませてくれそう――」

 

「ジィイイイイイイイイイイイイッッ!!」

 

「あ、忘れてた」

 

 

杏子は残念そうに笑うと、跳躍で一気にライアから距離を離す。

戦闘する気満々だった杏子がいきなりの回避行動。

何かある。気絶しているさやかを後ろの方に寝かせると、ライアも思わず身構えた。

 

 

「ァアアア――……!」

 

「ッ?」

 

 

気だるそうな声が聞こえる。杏子の奥からだ。

そこでライアは気づく。

杏子の腕。リストバンドに刻まれているのは騎士の紋章。

 

 

「今度は退屈しないで済みそうだなァ」

 

「あーあ、逆にコッチが退屈だよ!」

 

 

杏子は変身を解除して、路地端にどかっと座った。

戦う事を放棄した何よりの合図だ。

にも関わらず、路地には異様な緊張感が漂っていた。

 

杏子の後ろから浅倉威が現れる。

さに蛇の様な威圧感を持つ男だった。

ライアも色々な人間を見てきたが、初めて出会ったのに『危険』と感じたのは、後にも先にもこの男だけだろう。

 

何かが違う。

そんな事を感じさせる男だった。

浅倉は期待に満ちた目でライアを見ていた。まるで空腹の獣が久しぶりの獲物を見つけた様だ。

あながち間違ってもいないが。

 

 

「どいつもコイツも戦う気が無いのかとイライラしてたところだ」

 

「!」

 

 

デッキを構えたかと思うと、瞬時に構えを取る。

右手を少し開いたまま、ゆっくりと旋回させ、何かを掴むように、そして一瞬で引き戻す。

 

 

「変身!」

 

 

デッキをセットすると、鏡像が出現して浅倉に重なる。

現れたのは騎士・『王蛇(おうじゃ)』、佐倉杏子のパートナーだ。

紫色の装甲、コブラを模したその姿。王蛇は首をゆっくりと回し、腕をスナップさせる。

 

 

「ゴチャゴチャした理由はいい」

 

「……待て、戦う理由はない」

 

「つまらん事を言うなァ。俺にはある。それで十分だろ」

 

 

まさに今この瞬間を待ち望んでいたと言わんばかりの雰囲気だった。

王蛇は期待の声を漏らしつつ、ライアに距離を詰めていく。

 

 

「せめて」

 

 

一歩。

 

 

「お前は」

 

 

一歩。

 

 

「俺を退屈させないでくれよォオッ!!」

 

 

いきなり声を荒げて王蛇は走りだした。

やむを得ない、ライアも拳を構えて走り出す。

 

 

「ウらァッ!!」

 

「ッ!」

 

 

拳が眼前に迫る。

なんと言う迫力だろうか。

まるで拳が蛇の様に襲い掛かってくる。

それも、とびきり凶悪なヤツだ、油断していたら噛み殺される。

 

 

「どうしたァ! 避けるだけか!!」

 

「さあ、どうだろうな」

 

 

ライアは迫る拳を弾きながら考える。

 

 

「今日の占いを信じるなら、降りかかる事態には冷静に対処せよ。だったか」

 

「アァ?」

 

「お前は占いを信じるか?」

 

「人生程度、自分で決めないでどうする?」

 

「なるほど」

 

 

ライアは冷静だった。

だから王蛇の拳を受け流した後に、隙を見つけられた。

わき腹が甘い。ライアは踏み込むと、掌底をそこに叩き込んだ。

 

王蛇は衝撃に呻き、後退していく。

いい一撃だった。思わず膝が折れ、地面につく。

 

 

「俺の占いは当たるぞ」

 

「ンン――ッ! なるほど。いいぜェ、これだ! この感覚だ……!」

 

「ッ?」

 

「イライラが消えるッ! 俺はコレを待っていたッ!」

 

「……そうか、お前らが異質な理由をハッキリ理解したよ」

 

 

浅倉も杏子も戦いを楽しむ以前に、死を全く恐れていない。

自分が傷つく事もゲーム性として楽しんでいる。

 

異常だ。狂っている。だから怖い。

人は全く理解できないものに直面した時に嫌悪感や恐怖を覚える。

それと同じだ。普通の人間の物差しじゃ計れない闇がある。

 

 

「お前達は危険すぎる」『ガードベント』

 

 

ライアの左腕に供えられている盾形の召喚機・『エビルバイザー』が紫色の光を纏った。

 

 

「どうでもいい。ゲームに関係ない事だろ。大切なのは戦う意思があるかどうかだ」

 

 

再び襲いかかってくる王蛇だが――

 

 

「ぐッ!」

 

「………」

 

 

王蛇の拳を盾で防いだ瞬間、バチバチと音をたててバイザーが放電した。

紫色の電撃を受けて王蛇は一歩後ろへ下がる。

どうやら、ライアは先ほどの攻防である程度、王蛇の攻撃パターンを予測できる様になったらしい。

 

さらにこのガードベント『フラッシュシールド』には特殊能力が存在する。

それは、相手の攻撃が『防御可能範囲』にやってくれば"ライア以外の時間が一瞬停止する"というもの。

 

ほんの一瞬だが、ライアの反発力と判断力があればどこを防ぐべきかは導き出せる。

攻撃を受ければ自動的にカウンターを決めるガードベント。

戦いはライアに有利となるか?

 

 

「……ククッ!」

 

「ッ?」

 

「ククク! ハハハハハハ!!」

 

 

王蛇は、まだ痛みが残っている手をブラブラと振りながら笑った。

痛みを感じた時に笑う意味が分からない。純粋な喜びの感情を出す意図が分からない。

ライアはうんざりしたように、息を吐く。

 

 

「この感覚はいい……ッ! やはり最高に俺を楽しませてくれる」

 

「お前は戦いが虚しいとは思わないのか?」

 

「何故だ? 何故そんな事を思う必要がある? 戦いはいい。最高だァ! この世界における最大の娯楽と言ってもいい!!」

 

 

笑いを堪える様に声を震わせて王蛇はそう熱弁する。

ライアは頭痛を覚える、どうやらまともに会話すらできないらしい。

だが、もう付き合う必要はないか。

 

 

「申し訳ないが、俺はそうは思わない」

 

「?」

 

「遊びは終わりだ」

 

 

カランと音がした。

その方向に目を向ける王蛇と杏子、瞬時杏子が何かを叫ぶ。

それがどんな言葉だったのかは――、どうでもいい事だ。

まさにそれは一瞬、路地が光に包まれた。

 

 

「閃光弾かよクソッ!!」

 

「……ッ!」

 

 

魔法少女や騎士であっても、視界を埋め尽くす光には耐えられなかった。

目を覆い、大きな隙を作ってしまう。

 

 

「目障りな事を……!」

 

 

王蛇はすぐに体勢を立て直すが、既にライア達の姿はなかった。

 

 

「あーあ、逃げられた」

 

 

杏子は残念そうに、だが少し安心した様子で呟いた。

ココでライアを殺されてポイントをリードされるのは癪なものがあったに違いない。

 

 

「アアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

王蛇は叫びながら壁を殴りつける。

せっかく盛り上がってきたのに退出とは、空気の読めない参加者だ。

王蛇は何度も何度も壁を殴りつけて自分を落ち着かせようとする。

だがイライラはそう簡単には収まらないのか、ついには頭を打ち付ける始末だった。

 

 

「ははは、残念だったね! でも少し考え方を変えてみなよ」

 

「ァア!?」

 

「参加者が生きてるって事は、それだけゲームの時間も長引くって事だろ? やっぱり楽しい時間は長いほうがいいって思わないかい?」

 

 

その言葉に王蛇は沈黙する。たしかに杏子の言う通りだ。

王蛇は頷くと、変身を解除してため息をつく。

 

 

「まあ逃がしちまったモンはしょうがないさ。それより何か食べにいこーぜ。腹減っちまったよ」

 

「……そうするか」

 

「よっしゃ! 何食べる? アタシ肉がいいんだけど!」

 

「そこに野良犬がいたぞ」

 

「ふぅん……、え? 何の話?」

 

「食うんだろ?」

 

「食うわけねーだろ! アタシが言ってるのは(うし)! (ぎゅう)だよ!!」

 

「焼肉か。金はあるのか?」

 

「あるわけねーだろ! パクんだよ、どっかから! カツアゲ! カツ、揚げ……、あ! トンカツもいいな! うひひ!!」

 

 

杏子はスキップで前を行く。

食事の事となれば、歳相応の女の子として見えるのだが。

一方で浅倉はどうでも良さそうに鼻を鳴らすと、気だるそうに杏子の後をついていくのだった。

 

 

 

 







プリキュアもいろいろあるんやで(´・ω・)(プリキュアおじさん)


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第16話 前夜 夜前 話61第

 

 

 

見滝原中学の保健室。

そこに真司は忍び込んでいた。

この日も蓮を探しに行く予定だったが、その前に美穂の様子も見ていく。

 

 

「いなくなったのは蓮だけじゃないんだ。かずみちゃんも蓮について行ったみたいで」

 

「親戚なんだっけ。でも知らなかったな、あんな子がいるなんて」

 

「俺もだよ。ところで美穂、お前蓮の情報とか持ってないか?」

 

「ある訳ないでしょ、知ってたら教えるよ」

 

「それは……、そうか」

 

「バカ」

 

「う、うるさいな。バカは余計だろ!」

 

 

美穂はペンを回しながら、窓の外を見る。

 

 

「恵里の病院が移ったんでしょ?」

 

 

ゲームが始まれば蓮はもちろん、真司達も会いに行く事はできなくなる。

 

 

「次は、そこに行こうと思う」

 

「仕事は大丈夫なの?」

 

「取材って事にしてある。まあ何かスクープでも見つけられれば儲けもんだな」

 

「気をつけなよ。いろいろと、その、ね」

 

「分かってるよ。お前の周りにはドラグレッダーを待機させてるからさ、危なくなったらすぐに呼べよ!」

 

 

そう言って真司は荷物をまとめ始める。

どうやらもう出発する様だ。美穂はその様子をぼんやりと見つめていた。

 

 

「どうしてそこまで人を信用できるの?」

 

「え?」

 

「蓮がさ――、いや、なんでもない」

 

「俺は皆を信じてるからな」

 

「バカっぽい答え」

 

「うるさいな! とにかくッ、俺が頑張らないと駄目なんだよ。マミちゃんがいなくなって、ゆまちゃんとか、さやかちゃんとかッ、とにかく皆辛いはずだ」

 

「………」

 

「じゃあ俺はもう行くからな」

 

「お別れのキスしてやろうか?」

 

「い、いるかよ! じゃあな!」

 

 

保健室を出て行く真司。

美穂は、引き出しの中にあるデッキを見て呟いた。

 

 

「バカなヤツ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない、助かった」

 

「ええ。構わないわ」

 

 

ほむらの家。

寝室には気絶したさやかが眠っている。

 

 

「ソウルジェムの濁りが酷い」

 

 

ほむらはテーブルの上にさやかのソウルジェムを置く。

ストックしていたグリーフシードで一応浄化したが、油断はできない。

精神状態が不安定ならばまたすぐにソウルジェムは濁ってしまうからだ。

 

リビングでは、ほむらと手塚が対面する形で座っている。

先ほどの閃光弾はほむらが投げた物。トークベントをひそかに発動していたおかげで、連携が上手くいった。

そもそも手塚は初めから杏子達に勝てるとは思っていなかった。

さやかがいる異常、撤退が賢いと判断したのだ。

 

 

「それで、改めて佐倉杏子の印象は?」

 

「アイツは危険だ。仲間にするのは諦めた方がいい」

 

 

手塚の言葉に、ほむらは少し眉を動かした。

 

 

「パートナーの方は?」

 

「最悪だ。佐倉杏子よりも酷いかもしれない」

 

「やはり影響を受けたのかしら?」

 

「まともな思考回路なら人間は普通、こんなゲームに乗るのを戸惑う」

 

 

良心や道徳が、他者を傷つけると言うことにセーブをかける。

ネットでは誹謗中傷が溢れているかもしれないが、面と面とを向かい合わせれば多少は抑制される。

それが現実であると言うことだ。

 

にも関わらず、王蛇ペアには迷いがない。

他者を傷つけることをゲームの一環であると割り切っている。

一体どんな生活を送ってきたのならば、ああなると言うのか? 手塚にはよく分からなかった。

 

 

「そう……」

 

「お前も気をつけろ。向こうは本気だ」

 

「分かったわ。ところで、今日は学校じゃなかったの?」

 

 

ほむらはまだ中学生と言う事もあってか、ほぼ毎日休んでいるが、手塚は高校生だ。単位や出席日数など、面倒な制約もあろう。

ほむらも悪いとは思いつつ、手塚をいろいろ付き合わせたりしているわけで。

ただでさえサボりがちになっているのに大丈夫なのだろうか?

 

 

「ああ、実は――」

 

「?」

 

 

今日、手塚はちゃんと学校に行っていた。

いつもの様に授業を受けていたが、突然教室の窓ガラスが割れる事件が起きた。

騒ぐ生徒達と、それを落ち着けようとする教師。

教室が軽くパニックになっている中で、手塚の耳に聞こえる声。

 

 

「素敵な騎士さん、ちょいとお話が」

 

「ッ!!」

 

 

敵か!?

手塚はすぐにデッキを構えて周りを見る。

しかし、どこにもそれらしい影は無く、パニックになる生徒達しか見えなかった。

 

そして感じる違和感。

いつのまにか手塚の机の上に、『手書きの地図』が置いてあったのだ。

見滝原を描いた地図には×マークが記してある。学校からは近かった。

 

 

「今、そこで戦いが起こってる」

 

「!!」

 

 

姿の見えない声はさらに続ける。

 

 

「参戦派の魔法少女が、幼女と青い魔法少女を痛めつけている。早くしなければ危険だお」

 

(だお……?)

 

「データではあんたは協力派の筈。助けてあげれば? 今なら幼女と女子中学生に惚れられるかもよ。したらハーレムルートじゃけぇ、うらやましいのぉ!」

 

「おい、誰なんだお前は」

 

 

それだけだった。それだけ言って、声は聞こえなくなった。

手塚はその時、石ころが宙に浮いているのを見つけた。

石はそのまま床に落ち、先生がそれを見つけて『窓が割れたのは誰かが石を投げたから』と言う事になった。

 

 

「………」

 

 

手塚は地図を見ながら頭を抑える。

まず罠を疑う。あまりにも不自然な接触に、誘導ともとれる内容。

だが、もしも声の言う事が本当なら、今頃参戦派が魔法少女を二人も殺そうとしている。

 

だから手塚は悩んだ末に、この話に乗る事を決めた。

教師に具合が悪くなったと投げやりに告げて、手塚は目的の場所に向かったのだ。

 

 

「そう。その声に聞き覚えは?」

 

「ない。俺は他の参加者とあまり接点が無いからな。もしもお前の知り合いだった場合、姿を隠す必要は無い筈だ。そちらの可能性も低いだろう」

 

「そうね。敵かどうか微妙なライン、と言うことかしら」

 

 

ほむらは顎を軽く触り、虚空を見つめる。

 

 

「取り合えず、今はまだ様子を見ましょう。今回のような連中が現れれば対処していく形で」

 

「わかった。彼女(さやか)はどうするつもりだ? お前の知り合いなんだろう」

 

「浅海サキに迎えに来てもらうわ。貴方はもう帰っていいから」

 

 

手塚は時計を見る。

帰ってもいいが、パートナーは共に過ごす時間が長いとカードが生まれるメリットがある。

やはりこのゲーム、上手く立ち回っていくにはカードの存在は必要不可欠だ。

ライアのカードは少々トリッキーなものが多い。純粋な実力勝負に持ち込めない以上、種類は多いほうが良かった。

 

 

「……帰りたくなければ、別にココにいてもいいわ。もちろん貴方がよければだけど」

 

「悪いな。邪魔でなければ、そうさせてもらうよ。今回の戦闘でもう少しカードを増やしておきたいと実感したからな」

 

 

両者納得して、しばらくの間リビングで過ごすことにした。

しかし当然ながら二人で一緒に何かをして過ごすと言う事はない。

ほむらは自分で製作した資料を読みふけり、手塚は占いの本を読みふけり。

 

 

「………」「………」

 

 

同じ部屋にいながら、二人はバラバラに過ごす。

他人から見ればかなり気まずい雰囲気だろうが、手塚達は特に気にする事なくそ時間を過ごしていた。

 

だが、しばらくして手塚は気づいた。

そもそも『絆』の力とはどうやって上げていくものなのだろうか?

いくらなんでもアバウトすぎる。

 

カードが生まれる回数も、なんだか下がって来た気がする。

それはつまり、ここいらでもう一段階、親密になっておかなければ、どれだけ同じ時間を共有しても意味がないのではないだろうか?

 

手塚は本を閉じた。

仕方ない、ここは一つ、コミュニケーションだ。

 

 

「お前、一人暮らしなのか?」

 

「………」

 

 

うるせぇ、黙ってろ。そんな目線が飛んできた。

いや、いや、考えすぎだ。手塚は小さく首を振ってマイナスイメージを吹き飛ばす。

いつもだったらココで引いていたが、レッツコミュニケーションだ。

 

 

「そんな目で見るなよ。ちょっと気になっただけだ」

 

「………」

 

ほむらはジットリと手塚を見ていた。

いや、睨みつけていた。

 

 

「わ、わかった。答えたくないなら――」

 

「……ええ、一応」

 

「そ、そうか」

 

 

いきなり答えるなよ。

手塚は怯んでしまったが、レッツコミュ(略

 

 

「好きな食べ物とかあるのか?」

 

「………」

 

「占いだと、よくラッキーフードが出てくるんだ」

 

「………」

 

「でもいきなりタコライスとか出ても困るよな。ハハ――……」

 

「………」

 

「ハ……」

 

「………」

 

「………」

 

 

なぜ氷のようになる。

なぜ答えない。なぜ黙る。

手塚はラビリンスに突入した。

レスポンスが遅いなんてレベルじゃない。ほむらは口を閉じて、ジッと手塚を見つめていた。

 

何が見えてるんだ。俺を見ているのか。そもそも俺は見えているのか?

もしかして俺は死んだのか。気づかないうちに隕石にでも打ち抜かれたのか?

手塚はしきりに背後を見るが、何も無い。虚空を見ているのか。そうなのか。

 

 

「い、今のはそんなに答えにくい質問だったか?」

 

「あなたもなんでしょう?」

 

「え? いやッ、何がだ?」

 

「一人暮らし」

 

「は? あ、ああ、その話か」

 

 

まだ終わってなかったのか。

手塚は表情を歪めながら頷く。

 

 

「そうだな高校近くにアパートがあって、そこで暮らしている」

 

「そう。ご両親は?」

 

「仕事で海外だ。ところで――」

 

「………」

 

「いや、なんでもない」

 

 

限界だった。会話終了である。

まあ、今日はこれくらいで十分だろう。

手塚は荷物をまとめはじめた。

 

 

「そろそろ帰るよ。邪魔したな」

 

「そう。カードはどうかしら?」

 

「デッキが光ってないからな」

 

 

念のため確認してみるが、やはりカードが増えた形跡は無かった。

そもそも、増えたらなんとなく頭の中に情報が入ってくるのだ。

 

 

「前回はフォーチュンベントだったか。その前に出たタイムベントの方が実用性も高い事を考えると、後半に出るカードの方が強力と言うわけでもないらしい」

 

「そうね、だけど全く使えないカードが出た時はないわ。これからもカードを増やす形でよさそうね」

 

 

二人はその事を了解し合うと、そのまま別れた。

それと入れ替わる様にしてサキがやってくる。同時に目を覚ますさやか。

 

 

「ヒッッ! あたし今ッ! どうなって!!」

 

「落ち着けさやか! ここはほむらの家だ!」

 

「え? あ……!」

 

 

さやかは疲れきっているようで、自分の状況を確認すると、後はもう何も言わなくなった。

 

 

「まあ、とにかく、無事でよかった」

 

 

サキはそこでほむらを見る。

 

 

「ほむら、様子見もいいが、一応学校の事も考えておいてくれよ」

 

「……そうね、考えておくわ」

 

「なら、いいが」

 

 

それだけ言って後は終わりだった。サキはさやかを連れて帰っていく。

一人になったほむらは、顎に手をあてて虚空を睨む。

 

 

(ゲーム開始から何日も休んでいると怪しまれるか? 逆にゲーム開始日から休んでいる生徒がいれば、参加者にたどり着ける……?)

 

 

そこで首を振る。

嫌なものだ。気がつけば、ゲームに勝つ為のルートを立てている自分がいる。

ほむらは、あくまでもワルプルギスを倒す方、つまり協力派だ。

 

邪魔者はいらないが、だからと言って殺戮を望んでいるワケじゃない。

イラつく。ほむらは舌打ちをして、また資料を広げた。

いずれにせよ今は勝利を『彼女』に与えるために。それだけを考えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、我ながら今日はいい事をした」

 

『おや、また見つかってしまったね。最近はキミの顔しか見ていない気がするよ』

 

「うれしいだろ?」

 

 

キュゥべえに笑いかけるのは神那ニコ。今日も今日とて情報収集である。

ニコの魔法で生成された携帯アプリ『レジーナ・アイ』は条件を満たした相手を範囲内ではあるが、地図上に表示する事ができた。

おかげでキュゥべえとジュゥべえがどこにいるのか、街を歩いていればすぐに分かる。

 

 

『手塚海之に情報を与えたのはキミだね』

 

「あの蛇柄も変身したし、登録できた。ラッキーだね私」

 

『しかし分からない。キミは参戦派の筈だろう? どうして杏子の邪魔をしたんだい?』

 

「いじめ、かっこ悪いじゃん?」

 

『………』

 

「なーんつってね。嘘だよウソウソ」

 

 

ニコは携帯をスライドさせながら淡々と言葉を続けた。

 

 

「理由は二つあるのだぞう。まず一つ、あの赤いのが気に入らない」

 

『キミ達は例え同一の目的を共有していようが、感情と言う波を理由に意見を端的に変更する効率の悪い生き物だ』

 

「なに言ってるかワカンネェ」

 

 

ニコは笑い、画面に表示されている杏子を軽く指で弾いた。

結果的に邪魔はできた筈だ。それはニコにとって、満足のいく結末であった。

 

 

「あともう一つ。あそこで美樹さやかを消されるのは困る」

 

『と言うと?』

 

「釣り、したいかなって」

 

『釣り? 人間が趣味と称して魚の命を悪戯に奪う行為のことかい?』

 

「いや言いかた悪すぎるだろ。もっと、何かこう……、まあいいや」

 

 

そもそも、その『釣り』とは違う。

ニコは少し笑みを浮かべつつも、まだ携帯をスライドさせていた。

 

 

「釣りをするには、まず何と言っても魚を誘き寄せる餌が必要だ。そしてその餌が上等なら、それなりの魚も食いついてくれる」

 

『じゃあ、餌はよりよい物の方がいいね』

 

「そう。例えば――、"人魚姫"で魚を釣れたら面白いかもよ」

 

『ふぅん、そういう事かい。ジュゥべえから情報は貰っているみたいだね』

 

「ああ、きっと多くの魚が集まってくれる」

 

『なるほど。キミが何を考えているのか、視えてきたよ』

 

 

キュゥべえは無表情ながら、納得した様子だった。

 

 

「そもそもさ。参戦派が何のメリットもなしに参加者助けると思う?」

 

『ただ殺すだけがゲームではないと?』

 

「そゆこと。私以外にも同じ様な事を考えている奴はいるな。ソイツがたまたま"アレ"を狙ったのかは知らんけど」

 

『………』

 

「私は人魚姫が見たいんだ」

 

 

そして――

 

 

「それに群がる馬鹿もね。佐倉杏子とか、最もな例じゃないの?」

 

『……よく考えているね。神那ニコ』

 

「だろう?」

 

ニコは上辺だけの笑みを浮かべて、早速本題である『情報』をキュゥべえに求めた。

キュゥべえは聞きたい情報があれば、答えられるor答えていいと判断した場合、それに応じてくれるのだ。

 

尤も、全てを教えてくれる訳ではなかったり、意味深な言い方だったり、比喩だったりとストレートには教えてくれないが、それでもジュゥべえと違って知りたい情報に近づけるのは大きな強みだ。

早速ニコは今日疑問に思ったことをぶつけてみる。

 

 

「このゲームのパワーバランスについて――」

 

 

ニコが今日、初めて見た魔法少女、千歳ゆま。

彼女は明らかに他の参加者よりも年齢が低い。小学生、それも低学年だろう。

精神的にも肉体的にも特別という訳ではなく、はっきり言ってしまえば弱い部類に入る筈だ。

 

当然それは彼女だけでなく、パートナーにも影響してくる。

勝率が低くなる事は必須だ。つまり、ゆまは足手まとい。

 

 

「騎士と魔法少女のペアは何で決まる? あと参加者の実力差はだいたいどの程度なのか?」

 

『答えられるのは一つだよ』

 

「ドけち。じゃあ後者のヤツで」

 

 

実力差。

これでもし『平均的』と答えられれば、ゆまのパートナーは化け物クラスかもしれない。そうなると早めに殺しておきたい所だ。

 

カードシステムの都合上、戦いが長引けば騎士にはより多くのカードが与えられていく。とは言え、戦いには立ち回り方というものがある。

杏子の様に強引に行くヤツや、ニコのように慎重に行くステルス組み。

 

F・Gは純粋な殴り合いの戦いじゃない。生き残り制度の殺し合いだ。

その点を考えると、ニコとしては表に立つ様な事はなるべく避けたかった。

 

 

『そうだね。平均的とは言えないな』

 

「おいおい、じゃあ化け物ペアがいたりすんの? それ酷くね? 出来レースじゃん」

 

『運も実力の内って事さ。ちょっとした仕掛けがあってね』

 

「なにそれ?」

 

 

ニコが詳細を求めるが、キュゥべえはそれには答えなかった。

 

 

『大きな情報だ。次はジュゥべえを見つけて続きを聞いてくれ』

 

「ダブルで見つけないといけないほどの情報か。期待していいんだな?」

 

『モチベーションが大きく変わってしまうかもしれないからね。でもヒントくらいはあげるよ。実力差の最もたる要素は"デッキ"かな』

 

「って事は、騎士側に注意しろって事ね」

 

『もちろん魔法少女の中にも強力な魔法を持っている者達は多いけどね。ボクは、キミの能力も凄いと思うけれど』

 

「サンキュー、ばっちこーん☆!」

 

 

ニコは自分で効果音をつけながらウインクを一発。

しかし参加者の実力が平均的ではないと言う事を考えると、また動き方も変わってくる。

一番強いと思われる参加者を見つけておきたいが……、はたしてどうなるか。

 

 

「何? やっぱ優勝候補とかいんの?」

 

『近い者はいるかもね』

 

「………」

 

 

優勝候補、平均的ではない実力。

わざわざ設定されたルール。それを称するのはゲームと言う名称。

突き詰めて考える。ゲームとは何か? なんのためにゲームをするのか。

そして、何よりもゲームを――。

 

 

『神那ニコ』

 

「っ?」

 

『賢い判断を――、キミにはしてもらいたいね』

 

 

キュゥべえの背後に現れる黒コートの魔女、キトリー。

わざわざキュゥべえの被り物をしている点を見ると、魔女は『信者』と言ってもいいくらいにキュゥべえを崇拝しているらしい。

 

 

「………」

 

 

ニコはもう何も言わなかった。

魔法を使い、一瞬でキュゥべえの前から姿を消した。

また見つけてやると言い残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とにかく家からは出るな。それを破ったのはキミだよ、分かってるね?」

 

「……うん、ごめん。サキさん」

 

「分かってくれればいいさ、無事でよかったよ」

 

 

サキの家。

さやかは落ち着いたようで、やっと笑顔を浮かべた。

サキはさやかから全ての事情を聞いて、事を把握した。

 

 

「しかし実感が湧かないな。私達が既に死んでいるなんて」

 

「アイツが適当に言ったウソかもしれないから、あんまり気にしないで」

 

「まあ、仮に死んでいたとしても、こうして動いているワケだし」

 

 

いや、それがゾンビと言うのか。サキは表情を歪める。

食べなくても死なない。寝なくても死なない。やろうと思えば息をしなくても死なない体。

 

成長は魔法でできる。

しかし本当の成長はしない。もちろん病気にもならないし、子供はつくれない。

それは体が契約した時点で固定されてしまうから。

 

 

(果たしてそれは生きていると言えるんだろうか?)

 

 

何気なく生きていれば。ソウルジェムはそれを読み取ってくれる。

もちろんその状態ならば成長する事だって可能だ、現にサキの魔法には『成長』が関与していた。

 

 

「ソウルジェムか……」

 

 

問題はサキ達はソウルジェムの能力をまだ使いきれてない事だ。

杏子が戦闘を楽しんでいた一環として痛覚遮断があったのだろう。

痛みを感じない時点で、攻撃を恐れる必要もない。

 

この時点で自分達は他の参加者と大きく出遅れている。

おそらくソウルジェムや、魔法を使いこなしている参加者はまだ多い筈。

 

人間の時と同じがいい。

そんな気持ちを持ったままでは、この先の戦いを潜り抜けるには少し心もとない。

せめて痛覚遮断くらいは覚えるべきなのだろうか? サキはため息をつく。

 

 

「ソウルジェムが魂で、肉体は器……」

 

 

サキはワルプルギスを倒す事を目的としている。

他の参加者を傷つけるつもりも、ましてや戦うつもりもない。

だがその考えが参戦派にとっては邪魔になる以上、杏子達とは必ず戦闘になってしまうだろう。

 

その時に他の仲間を守りきれるのか?

そもそも、ワルプルギスに勝てるのか?

はっきり言って、今のままでは不可能だろう。

 

 

("イル・フラース"を一刻も早く使いこなせるようにならなければ――ッ!!)

 

 

すると、さやかが笑った。

 

 

「あーあ、サキさんおなか減っちゃった」

 

「ああ。簡単なものなら作れるよ」

 

「えー? じゃ、期待しちゃおっか――……」

 

「?」

 

 

さやかの言葉が止まった。

先ほどまで笑顔だったのに、今は眉を顰めている。

 

 

「あ……」

 

 

さやかの視線の先には、ゆまが立っていた。

サキは、ゆまの事は全く聞いていなかった。

さやかは一人で外出して襲われたとばかり考えていたのだ。

だからサキには今の状況が何を意味するのか全く分からない。

 

 

「――さ」

 

「ぇ?」

 

 

さやかが小さな声で何かを呟く。

ゆまは青ざめている。さやかは、明確にゆまを睨んでいた。

 

あの時の行動は、仕方ないと言えばそうだろう。

それはさやかにも分かる。しかしそれで割り切れるほど、大人じゃなかった。

 

 

「アンタ……、何普通に帰ってきてんのさ……ッ!」

 

「あのっ! ゆま、ゆまは……」

 

「うるさいッッ!!」

 

 

さやかが叫ぶと、サキもゆまも肩を大きく震わせる。

さやかはゆまに詰め寄ると、思い切り罵倒の言葉を投げかける。

そんな事、さやかだって望んでいなかった筈なのに、何故か口からはゆまを責め立てる言葉しか出てこなかった。

 

 

「分かってんの!? ゆまが逃げたせいで! あたし殺されるところだったんだよ!」

 

「ゆ、ゆまの――、ゆまのせい?」

 

「おい止めろさやか! どうした? 何があったんだッ!?」

 

 

サキは何とかして二人を落ち着けようとするが、さやかはヒートアップしているのか言葉を止めようとしない。

そしてゆまも自分に非がある事を認めているのか、涙を流しながら必死にさやかに許しを請うている。

 

 

「さやかッ!!」

 

「ッ」

 

 

だがふと、冷静になる。

さやかは、自分のした事を理解したのか、何も言わずにサキ達から逃げる様に走り去った。

 

 

「待て!!」

 

 

叫ぶサキだが、そこでゆまの様子がおかしい事に気づく。

ゆまはうずくまり、ひたすらに謝罪の言葉を繰り返していた。

 

 

「グッ!!」

 

 

震えるゆまを見て、サキの脳裏にマミの姿が過ぎった。

マミは、ゆまをよろしく頼むと言った。何よりもゆまの姿が、サキの記憶を刺激していく。瞳の奥に見える『幼い女の子』と、ゆまの姿が一致していく。

 

だが、さやかを放ってはおけない。

まだ杏子が動いている可能性だってある。黒い魔法少女が動いている可能性だってある。

 

 

サキは頭がパンクしそうだった。

今すぐ意味もなく叫びたかった。そして今後もし、どちらか一人しか助けられない状況になったらどうすればいいのか?

そんなマイナスイメージが次々に湧き上がってくる。

 

サキはさやかを追うこともせず、ゆまを慰める事もなく。

ただその場にただ立ち尽くすだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あたし最低だッ! ゆまは何も悪くないのに――っ!)

 

 

自己嫌悪、さやかを苛む負のスパイラル。

ゆまを連れ出したのは自分なのに。

ゆまは危険だからやめた方がいいと、ちゃんと言っていたじゃないか。

それなのにゆまを連れ出し、危険に晒した。

 

 

(あたしの弱さをッ、ゆまのせいにするなんて!!)

 

 

サキの家から飛び出した後は、行く先も決めずにただ走っている。

さやかはずっと自分を責めていた。でなければ心が壊れてしまう。

ゆまへの罪悪感、杏子に負けた悔しさ、黒い魔法少女への恐怖。

 

その感情はさやかキャパシティを遥かにオーバーしていた。

誰か助けて。切にそう思う。これ以上誰かを傷つけるのも、傷つけられるのもたくさんだ。

 

マミに会いたい。慰めてもらいたい。

そう思うたびに、黒い魔法少女――、キリカが言った言葉が何度も再生される。

 

巴マミを殺し、須藤雅史を殺し。

このゲームのスタートのきっかけを作ったのは美樹さやか。

 

 

(違うッ、あたしのせいじゃ……! あたしのッッ!!)

 

「さやかちゃん?」

 

「!!」

 

 

苦しみの中で一筋の光が、さやかを照らした。

真っ黒だったさやかの心に、白い光を落としてくれる。

桃色の髪の少女は、その手にスーパーの袋を抱えてさやかを見ていた。

 

 

「ま……、どか」

 

「あれ? さやかちゃん大丈夫なの!? 今からサキさんの所に行こうと思ってた――」

 

 

ドサリと、まどかはスーパーの袋を落とした。

いきなりさやかに抱きしめられた事で驚いてしまったのだろう。

 

まどかは少し戸惑いながらも、さやかの肩が震えている事に気がついた。

それだけで十分だった。まどかはさやかを抱きしめ、頭を撫でる。

 

今すぐさやかを笑顔にしてあげたい。

しかし自分にそんな力は無いと、まどかは知っていた。

それでも何もしないのは嫌だった。だからせめて自分にできる事があれば、なんだっていい。

 

なんでもいいから、少しでもさやかが苦しくないようにしてあげたかった。

だからまどかは、さやかを抱きしめる。

 

 

「まどかぁ……、もうやだよぉぉ……ッ」

 

「うん、うん――ッ」

 

 

さやかはボロボロと泣きながら自分の胸の内を打ち明けていく。

ゆまの事も、上条の事も、F・Gの事も。何をやっても思い通りにいかない。

心が限界だった。

 

 

「苦しいよぉ、怖いよぉ……ッッ」

 

 

さやかは胸の内を次々に吐露していく。

まどかもまた限界だった。さやかに釣られてボロボロと泣き出してしまう。

 

 

「大丈夫、さやかちゃん。わたしはいつまでもさやかちゃんの味方だから――」

 

「まどか……! ほんと?」

 

「うん、だから絶対皆で生きてゲームを終わらせようね」

 

「うん……!」

 

「ゆまちゃんと仲直りしようね」

 

「許してくれるかな……?」

 

「大丈夫。わたしも一緒に謝るから」

 

 

抱きしめあい、寄り添う二人。

周りには誰もいない。

 

しかし、頭上にはエリーが浮かんでいた。

 

 

「あはは! うふ! あハはハハハはハははハァア!!」

 

13番はひたすらに笑い転げていた。

そして、織莉子はゆっくりと目を開く。

 

 

「……視えました」

 

 

織莉子の屋敷では仲間が集まっていた。

織莉子達の目的は、美樹さやかを絶望させて殺す事。

それが揺るいだ事はない。逆を言えば、それだけの狙いがあった。

 

 

「順調だよ織莉子! もうすぐ限界くるんじゃないかな!」

 

 

キリカは織莉子の周りを飽きもせずピョンピョン飛び回っている。

もうこれで32週目だ。その様子を佐野満はうんざりした様子で見ている。

すると笑い声が止まった。13番は体を起こすと、織莉子を睨む。

 

 

「そろそろ動くべきだ」

 

「……ええ」

 

「あーあ、やっぱりちょっと可哀想だけどなぁ」

 

 

織莉子が佐野を睨むと、佐野は何も喋らなかった。

 

 

「確かにもう美樹さやかは限界を迎えようとしている。仲間内の不和も高まった今、動かぬ理由は無いですね」

 

「って言うか、アンタの力。確立判定? あれ使ったんでしょ?」

 

 

織莉子は自らの力が"確立判定"であると告げていた。

ある予想を提示すれば、その結果が確立となって織莉子に伝わる。

 

先ほど目を閉じていたのは確立を判定するためだった。

織莉子は戦いが始まる前から美樹さやかと言う人間をある程度調べてきた。

そして下す判断――

 

 

「動きましょう。数字は限りなく100%を示しています」

 

「む! ついにやるんだね!!」

 

「ええ。明日、美樹さやかを殺す」

 

 

殺す。その言葉に佐野は反応を示した。

笑ってはいるが、額には汗が見える。

どうやらあまり乗り気と言う訳でもないようだ。

やはり命を奪うと言う事に抵抗があるのは当然の事か。

 

だがそんな言い訳を通せる程ゲームは甘くない。

もちろん佐野も分かっているからこそ、何も言わなかった。

 

 

「我々は勝利しなければなりません。それを世界も望んでいる事でしょう」

 

 

織莉子はそう言って13を見た。

アイコンタクトだ。13番は理解し、前に出る。

 

 

「映像を見ますか?」

 

「いらない。もう"声"と"見た目"は分かってる」

 

「……期待しています」

 

「ああ。人の心は簡単に壊れる。お豆腐よりも崩れやすいってね」

 

 

13番はニヤリと笑った。笑っているのは彼女一人だけだ。

織莉子もキリカも佐野も、無言で13番の言葉を聞いていた。

そんな場違いな雰囲気にも関わらず、13番はケラケラと笑い続けていた。

 

 

「だから早く、苦しみから解放させるんです」

 

 

それは慈悲だ。

救うために苦しめて殺すとは、なんとも矛盾している。

しかし織莉子にとってはそれが正しい答えであった。

 

美樹さやかは確実に死ぬ。これは確定だ。

そしてその瞬間、織莉子には終わりが視える。

しかしイレギュラーもまた存在する事は確か。その存在が脅威となる前に決着をつけたいというのが織莉子の本音だった。

 

 

「では、お願いします」

 

「分かってる。絶望のフルコースをご馳走してやるさ」

 

 

13番は踵を返して消失する。同じくして佐野も歩き去った。

 

 

「うまくいくといいね、織莉子!」

 

「うん……、そうね」

 

 

フワリと、織莉子の雰囲気が緩くなった。

どうやら心を開けるのはキリカだけらしい。

キリカにとっても、織莉子は無くてはらないほど大切な存在である。

 

 

「そういえばキリカ。最近パートナーさんとはどうなの?」

 

「ムッ! アイツの話はしなくていいよ! 私はアイツが世界で一番嫌いなんだから!!」

 

 

キリカの怒り顔を見て織莉子は小さく笑う。

パートナー同士が全て良好な関係と言うわけじゃない。

最近は名前の文字を少し出すだけで、キリカは不愉快だと叫びだしてしまう程だった。

 

 

「アイツ! 織莉子のしてる事が間違ってるって! パートナーじゃなかったら八つ裂きだよッ!!」

 

 

織莉子はそれを聞いて苦笑するが、どうやら本気でキリカは怒っている様だ。

 

 

「私は織莉子がいればそれでいいんだ! それ以外は何もいらない! あんなヤツ宇宙の塵にでもなってしまえばいいんだーッ!!」

 

「ふふっ、ありがとう、キリカ」

 

 

織莉子はキリカを抱きしめると、ゆっくりと目を閉じる。

もう少しの辛抱でいい。この戦いも、争いも、悲しみも。

きっと全て終わるから。きっと全て終わらせられるから。

 

 

「だからもう少しだけついて来て。私達の世界を守るために」

 

「心配しないで織莉子。私は君の剣なんだから」

 

 

キリカは織莉子から離れると、その目の色を変える。

あどけなかった少女の空気が狂気の色に染まっていった。

キリカは部屋を出て、入り口まで歩く。そこで待機していた佐野に合流した。

 

 

「バイト君、君のモンスターを借りるよ」

 

「大事にしてくださいね。一応オレの分身なんだから」

 

 

佐野が合図を送ると、どこからともなくガゼル型のモンスターキリカの前に現れる。

佐野の鏡像(ミラーモンスター)・『メガゼール』は、一体一体で見れば参加者の中で最弱かもしれない。

しかしその武器は『数』である、ガゼルモンスター達は集団こそが真の特徴なのだ。

リーダーの『ギガゼール』を筆頭に、無数のメガゼールが現れ、キリカに続く。

 

 

「行ってくるよ織莉子」

 

 

 

そう言ってキリカは薔薇庭園を抜け出していく。

同時に佐野も目的の場所へと向かう様だ。大きく伸びを行うと、一歩足を前に。

 

 

「佐野さん」

 

「ん?」

 

織莉子に呼び止められた。

どうしても『ある情報』を伝えなければならなかったからだ。

佐野もそれを聞くと了解したようで、薔薇庭園を離れていった。

 

 

 



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第17話 人魚姫 姫魚人 話71第

 

「最近、何かあったろ」

 

「え……?」

 

 

翌日、朝、詢子は歯を磨いていた。

まどかはギョッとしたように肩を竦める。

 

いきなりそんな事を言われるなんて思っても見なかった。

一応、そんな事は無いと笑ってみせるが、鹿目まどかは嘘のつけない少女なのだ。

 

気づけば明日でマミが死んで7日目だった。

つまり見滝原を中心に円形のエリアが指定され、そこから出ると死ぬことになる。

結局、何もできずにタイムリミットが来てしまった。

 

そうした余裕の無さが表情に出てしまったようだ。

なるべく家族には心配をかけたくないと考えていたが、そこまで器用な性格ではない。

 

 

「ま、中学生っていろいろあるんだろうけども。何かあったらいつでもいいなよ?」

 

「うん。ありがとうママ……」

 

 

詢子は会社だ。用意があるため、さっさと洗面所を出て行く。

残されたまどかは鏡を見てみる。どこか違和感は無いだろうか? 最近はめっきり笑わなくなった気がする。

 

それはそうだろう。

こんな状況じゃ笑えない。ましてや明日には全ての参加者が見滝原に集まることになる。一体どうなるのか、不安でたまらなかった。

 

真司も結局蓮は見つけられなかった様だ。

ましてかずみも行方不明、ほむらは連絡をしようにも――

 

 

『大丈夫、何も問題ないわ。貴女は心配しなくていいから』

 

 

その一点張りで、まともに会話をしてくれない。

それにそれに、さやかにも何もしてあげられなかった。

 

 

「はぁ」

 

 

魔法少女として契約を交わした時、人の役に立ちたいと願った筈だ。

にも関わらず現状は誰一人として救えていないし、助けられても無い。

そんな現実が悔しくて悔しくて堪らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、まどか」

 

「おはよう、お姉ちゃん」

 

 

家を出ようとすると、丁度サキが迎えに来てくれた。

二人はそのまま学校を目指す。

 

 

「さやかちゃん、ゆまちゃんと仲直りできた?」

 

「まあ、一応はね」

 

 

さやかはゴメンと頭を下げた。

ゆまはこちらこそと頭を下げた。

それで終わりだ。後はもう二人を信じるしかないだろう。

 

 

「真司さんはどうだ?」

 

「うん、頻繁にメールしてくれてるよ。でもやっぱり蓮さんもかずみちゃんも……」

 

「そうか。しかし何故かずみまでいなくなる必要があったんだ?」

 

 

いくら蓮になついているとは言え、何の連絡もなしにと言うのはおかしな話だ。

 

 

((まさか!))

 

 

同時に思う。

 

 

「し、心配だね!」

 

「ああ……!」

 

「危ない目にあってないかな?」

 

「え? あ……」

 

 

サキは己を恥じた。

まどかとは、全く逆のことを考えていたからだ。

 

 

「大丈夫だよ。かずみがいるんだ。彼女は強いだろう?」

 

「そ、そっか。うん、そうだね。きっと大丈夫……」

 

「………」

 

 

この所、サキはずっと悩んでいた。

無駄に苦しんでいるのは『協力派』にいるからと錯覚していた。

現に杏子達をはじめとした『参戦派』は魔法少女集会の時に、何の迷いもなく己の道を示していた。その差が心に突き刺さる。

 

サキは迷い、ウダウダと悩むだけ。

そんな事じゃ心の力が負けてしまう。ならばいっそ、参戦派になって割り切ってしまえば楽になれるんじゃないのか。

そんな事を頻繁に考える様になってしまった。

 

もちろんそれが許されるワケが無い。

サキだって分かってる。だから何も言わないのだ。

その後、仁美が加わって三人での登校となった。

なんだか今日は仁美の元気もないような気がする。

 

 

「あの……、さやかさんは?」

 

「え?」

 

 

サキと別れ、教室に入った時、仁美が申し訳なさそうに聞いてきた。

 

 

「あ、まださやかちゃん体調が悪いみたいで……」

 

「そう、ですの」

 

「どうかしたの? もしかしてこの前のこと?」

 

 

まどかには一つ心当たりがあった。ハンバーガーショップでの出来事だ。

それを問うと、仁美も無言で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校が終わり、生徒達はそれぞれ部活や帰路の選択をたどる。

さやかが『バイトに行きたい』とメールが来たので、サキは早足で道を進んでいた。

 

まどかは仁美と何やら話があるらしく、今はサキ一人だ。

そして街の方へ出た時だった。何やら人ごみが出来ているのを発見する。

目立つ場所だったので、人もそれなりに集まっている。

何だろうか? 少し気になってサキは視線を向けてみた。

 

 

「サキー! あ・さ・み・サキさぁぁぁん! いらっしゃいますかーっ! サキさーん!!」

 

「なっ!!」

 

 

人ごみの中心にいるのは全く見覚えの無い少女だった。

周囲の目を気にする事なく、大声でサキの名前を呼んでいるじゃないか。

 

 

「あれー!? おっかしぃーな! この道を通るって聞いてたのになぁ。サキさーん! 浅海さーんッッ!!」

 

 

声が掠れるほどに叫ぶ少女。当然、それは奇行でしかない。

 

「なにアレ、ヤバくない?」

 

「こわーい! あはは!」

 

「おいあんま見るな。目を合わせちゃいけないヤツだ」

 

「メンヘラって本当にいたんだな……」

 

「浅海サキって誰だよ?」

 

 

通りすがる人々の声を聞いて、すぐにサキは走り出した。

ゾッとする。何なんだ一体、とりあえずサキは人を掻き分けて、自分の名を呼ぶ呉キリカの腕を掴んだ。

 

 

「おりょ?」

 

「と、とりあえずコッチに来い!」

 

 

ザワつくギャラリーを無視してサキは走り出す。

 

 

(とりあえず面倒ごとは避けたい、ただでさえ忙しい時期なのに全く何なんだ!)

 

 

そのままサキはキリカを連れて人気の無い公園までやってくる。

息を切らすサキと、ヘラヘラ笑みを浮かべて揺れているキリカ。

 

 

「何なんだ一体! 誰だキミは!?」

 

「えへへー、誰だっていいよー。それより浅海サキって人知らない?」

 

「はぁ? 何で探している本人が知らないんだ……!」

 

 

ますます意味が分からない。

だが、必死にに探しているのだから名乗り出ない訳にもいかないだろう。

 

 

「私が浅海サキだ」

 

「オォ! なんと!」

 

 

するとキリカの表情がとたんに輝き、握手まで強引にしてきた。

 

 

「会いたかったよーっ! 何せキミの足止めしなきゃいけないのに、顔ぜんぜん覚えてなかったからさぁ! へへー!」

 

「そ、そうか……」

 

 

ん? ちょっと待て。

今この娘は何と――?

 

 

「あわよくば殺しちゃおうかなって! へーんしん!!」

 

「ッ!!」

 

 

キリカが無邪気な笑みを浮かべると同時に、衣装が魔法少女のものへと変わった。

瞬間的に後ろへ跳ぶサキ。やられた、エキセントリックな態度に怯まされていたせいで。

 

 

「お前ッ! ゲームの参加者か!!」

 

 

素早く変身を行うサキ。

もしも後ろに跳んでいなかった場合、キリカが振るった爪に切り裂かれていただろう。

変身してからの即攻撃、キリカが参戦派だと言うことを示す何よりの証拠だった。

 

 

「ああ、そうだとも! キミを倒す正義の味方、魔法少女キリカさんさ!」

 

「!」

 

 

同じくしてキリカの後ろに二体のガゼル型モンスター、メガゼールが現れる。

 

 

(騎士が潜んでいる可能性も高いか?)

 

 

そこでサキは気づく。

キリカの姿。どこからどう見ても――、黒。

 

 

「お前かッ」

 

「はい?」

 

「さやかを狙ったのはお前かァアッ!!」

 

 

サキの体が激しい放電を起こす。

それは威嚇の為? 力の解放? それともただのパフォーマンス?

いいや違う、サキもまた無意識のうちにゲームの狂気に呑まれていく。

 

 

「殺すッ! 私の仲間を傷つけた罪は重いぞッ!!」

 

「あハハ! ビリビリちゃんにでーきるーかなー?」

 

 

憎悪の雷を見ても、キリカはケラケラと笑うだけだった。

キリカの脳に『恐怖』などと言う文字はない。

 

 

「全ては愛する織莉子へ捧げる一閃! 刻んであげるよ!!」

 

 

キリカは自らの武器である『黒い爪』を展開させる。

袖から伸びる魔法の刃は、引っかいた物を細切れに変えるのだ。

サキもまた武器である短鞭を出現させた。さらに人の目を避ける為に、魔法結界を発動してキリカを引きずり込む。

 

 

「わあ! 綺麗な結界! お花の柄だ! アジサイ?」

 

「スズランだ……!」

 

「興味ないなァ、ってなワケで、ゴーッ!」

 

 

キリカが腕を伸ばすと、それを合図にしてメガゼールが走り出す。

サキは地面を蹴って走り出す。そのまま飛び上がり、まずは向かってきた一体の頭を踏みつけた。

 

 

「お前らみたいな連中の為に――ッ! どうして私達が傷つかなければならないッ!」

 

 

二体目の前に着地すると、そのままハイキックで頭部を打った。

とても中学生の女の子とは思えない程の蹴りである。威力、スピード、共に申し分ない。さらに脚は帯電しており、メガゼールは麻痺しながら地面を転がる。

 

 

「へえ、すごいね」

 

 

キリカは思わず口笛で煽ってみせた。

そして自らも地面を蹴り、ヘラヘラしながら走り出す。

 

 

「キミ達は今までどれだけ満たされていたんだろうね! だからそんな事が言えるんだ!」

 

 

黒い残像が幾重にも重なる。

高速で振るう爪はリーチもある。サキは後退して回避していくが、いくつかは掠ったのか血が見える。

 

しかしそこで爪が止まった。

首をかしげるキリカ、別に寸止めをしたつもりなどない。

ならば何故――?

 

 

「ッ!」

 

 

理解する。

サキは回避の中で鞭を伸ばしていた。

伸びた鞭は自由自在に操れるらしい。空中で何度か折れ曲がり、キリカの腕をガッチリと巻きつけていた。

 

 

「満たされる? ふざけるなよ……! だったらお前達は満たされていないから他者を巻き込んで願いを叶えると!?」

 

「当然だよ! キミには分からない! 私達の事なんか――!」

 

「っるさいんだよォオオ!!」

 

 

サキは踏み込み、前に出た。

手を広げ、そのままキリカの顔を掴む。

そこへ最大出力の電撃を浴びせていった。

 

手加減は無い。

魔女を殺す威力で雷撃をキリカにぶつけていく。

いざ目の前に敵を見ると感情が爆発してしまう。一刻も早く平和を乱す敵を排除しようと、体が動き出してしまうのだ。

 

 

「キキキキキ!」「ギギギギギ!」

 

「ぐあぁああッ!!」

 

 

しかしそこで背中に強烈な痛みを感じる。

二体のメガゼールの爪が、背中をえぐる様に刺さり込んでいた。

サキは痛みに声をあげ、力を緩めてしまう

 

 

「こんのッ!!」

 

「グッ!!」

 

 

解放されたキリカは、跳躍しながらの膝蹴りでサキの顎を打った。

さらに落下様に一回転、そのまま爪を振り下ろす。

 

サキは反応すると、腕を盾にして爪を受け止めた。

刃が食い込み、血が流れる。

キリカも力を込めても切断には至らないと判断したのか、そこで腕を引き戻しつつ、回転しながらしゃがみ込んだ。

 

そのまま爪を突き出す。

爪は切るだけではなく、鈍器としても使用できる。

回転しながら迫る棒といえばいいか。黒い爪はサキの右膝を打ち、さらにキリカは逆回転、

今度は左膝を打った。

 

足を攻撃されたことで、サキは大きくフラついてしまう。

それを好機と見たか、キリカはバックステップをしながら腕を振るった。

後ろに跳んだことで、爪のリーチからは完全に外れてしまうが、問題は無い。

 

 

「ステッピングファング!!」

 

「グアァア!!」

 

 

爪が分離すると、そのまま猛スピードで飛んでいく。

飛び道具としても使用できるのだ。黒い刃はそのままサキの肩や腿を抉った。

 

鮮血が公園の地面に降り注ぐ。

まだ終わらない。メガゼール達の飛び蹴りが加わり、サキは地面を転がっていく。

 

 

「キミには分からないッ! 私達の思いは――! 彼女の苦しみは!!」

 

「知るかそんな事ッ!! どうだっていい! お前らは敵だッ!!」

 

「そう! 私にとっても、キミ達は邪魔なんだよッ! だから消す! 簡単なルールだね全く!!」

 

 

キリカのスピードが爆発的に上がったのはその時だった。

まさに黒き閃光だ。気づけば前にいた筈のキリカの声が、後ろから聞こえてきた。

同時に肩に傷。サキには全く見えなかった。いつの間に切られたと言うのか。

 

 

「キキキキッ!」

 

「ギギギギッ!」

 

 

殴りかかってくるメガゼール。

それを対処していると、また焼けるような痛みが全身に走った。

サキは表情を歪ませ、歯を食いしばる。

戦いたくないと願っているのに欲するのは戦いの力だ。

今すぐに目の前にいる障害を消し炭にしたい、そんな想いが。

 

 

「死んでよ! 浅海サキ!!」

 

「……ッ!」

 

 

キリカは爪を立ててサキの首を狙った。

猛スピードのキリカをサキは視覚できない、このままでは殺される。

それはゲームオーバー、勝負はこのまま決まってしまうのか――?

 

 

「イル――」

 

「ッ?」

 

「フラース」

 

 

瞬間、キリカが狙っていたサキの首が消える。

サキが、消える。

 

 

「え!?」

 

 

キリカはスピードには自信があった。

魔法も関係している。だからこそだ。

 

だがサキを見失った。

テレポートの魔法でも使ったのだろうか?

キリカは急いで周囲を見る。

そこで、見つけた。

 

 

「なっ!」

 

「ギィイイイイイイイイイ!!」

 

 

サキはキリカから少し離れた所でしっかりと立っていた。

右手に持った鞭で、メガゼールの首を絞めている。

そして左手はもう一体のメガゼールを掴み、真上に掲げている所だった。

 

いくら魔法で身体能力を強化しているとはいえ、あんな簡単に片手でメガゼールを持ち上げる事ができるのか?

 

 

 

「消えろ」

 

「!」

 

 

サキのその言葉と共に、掴んでいたメガゼールが雷光の中に消えていく。

一瞬で黒焦げになり、消滅した。

そしていつのまにかもう一体のメガゼールの首が無くなっていた。

 

サキが鞭の力を強めたのだろう。

締め付ける鞭はギロチンとなり、罪人の首を切り落とす。

なんなんだ? キリカはサキを攻撃しようと爪を構える。

 

 

「遅いな」

 

「え?」

 

 

サキはまた一瞬で消え、キリカの背後に回りこんでいた。

 

 

(速さで負けた!? このレベルでもまだ目で追えな――)

 

 

キリカは振り返り様に爪を振るうが、そこにサキはいなかった。

 

 

「くらぇエエエッッ!!」

 

「アガァァアア!!」

 

 

キリカのわき腹に、雷を纏った掌底がめり込んでいる。

次に見た景色は空、キリカの体が回転しながら吹き飛んでいる。

思考が飛び飛びになる、衝撃で意識を失っているのだろう。

 

ナメていた。馬鹿にしていた。見下していた。

キリカの脳に浅海サキと言う人物が危険リストの仲間入りを果たす。

まさかこれほどの力を持っていたなんて聞いてない。

今の一撃で多くの臓器が死んだ。骨もバラバラだ。

 

 

「ゥぅ……ッ」

 

 

しかし、なぜかサキもまた同時に倒れた。

不思議なことに髪が伸びている気がするが、どうなのだろうか?

 

どうやらサキは相当疲労しているらしく、呼吸が荒い。

隙だらけではあるが、キリカも絶大なダメージを負ってしまった様で動けない。

 

 

(うぅ、気絶しそう。そうなると織莉子の完璧な作戦が……!)

 

 

ならば答えは一つだった。

キリカは考えた結果、サキを諦めて撤退する方針をとる。

サキを殺せなかったのは納得がいかないが、今回の目的は浅海サキの殺害ではない。

二兎追うものは何とやら。織莉子に教えてもらった言葉にそんなのがあったけ?

 

 

「び、ビリビリちゃん、今回は消えてあげるよ――ッ!」

 

 

血を吹き出すキリカ。

魔力を全て回復にあてて、這うように逃げていく。

対してサキもまたキリカを睨んではいるが、動けない様だった。

ところどころから血が吹き出し、公園の地面を赤黒く染めていく。

 

 

(イルフラースがまだ使いこなせていない――ッ!!)

 

 

それに先ほどの掌底。

あれを打ち込んだ時、無意識に手加減をしてしまった。

 

 

(アイツはどう考えても殺しておくべきだった筈なのに……)

 

 

優しさではない、甘さ、弱さ。

 

 

(やはり、いっそ全てを捨てれば――)

 

 

戦えるんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで、時間は少し巻き戻る。

まどかは仁美と共に学校の門をくぐった。

仁美は緊張しているのか、ソワソワと落ち着きが無い。

それをまどかが落ち着けている。

 

 

「大丈夫だよ仁美ちゃん」

 

「で、でもやっぱりこう言う事は。考えれば考えるほど、私一人で勝手な事を……」

 

「でも自信があるんでしょ?」

 

「それは……、ええ。ですがやはり確信は無いわけで……」

 

「でも、さやかちゃんも駄目とは言ってないんだよね?」

 

「ええ、それは、はい」

 

「だったら……、大丈夫じゃないかな。さやかちゃんも仁美ちゃんの気持ちを分かってくれるよ」

 

 

まどかの言葉を聞いて、仁美は強く頷いた。

 

 

「そうですわね。そうですわ。はい! 行ってきます!」

 

 

まどかに背中を押してもらって、踏ん切りがついた様だ。

仁美はまどかにお礼を言って、先に行く。

 

 

「ねえねえ、キミちょっといいかな?」

 

「?」

 

 

突然だった。まどかは声を掛けられて振り返る。

見えたのは見知らぬ青年。誰だろう? まどかは記憶を探るが、目の前にいる男性とは会った事がない。

 

 

「キミ、鹿目まどかちゃん? 美樹さやかちゃんのお友達の?」

 

「は、はい。そうですけど」

 

「あ、俺ね。さやかちゃんのバイト仲間なんだけどさ」

 

 

まどかはさやかのバイトを詳しくは教えてもらわなかった。

バイトと言うか、せいぜい法律事務所で雑用を行っているとだけ。

それだけの認識だ。まどかとしてもバイトなんてした事が無いから、よく分からなかった。

 

法律事務所なんだから、当然他にも人はいるだろうと心の中で決め付けてしまう。

まどかは、そもそも『疑う』事をしないので、目の前にいる男性を安全だと決め付ける。

 

 

「ちょっとさやかちゃんの事で相談があるんだけどさ、付いてきてくれないかな?」

 

「あ、はい! わかりました!!」

 

 

それに青年は笑顔で好印象と言う感じ。

爽やかな雰囲気にまどかはすっかり妄信してしまう。

 

「あんまり人には聞かれたくない事なんだよね、だからちょっと場所を変えようか」

 

 

そう言って男はまどかを連れて、路地まで移動する。

 

 

「まどかちゃん、ごめんね!」

 

「え?」

 

「さっきまでの話、全部ウソなんだ。本当ゴメンっ!!」

 

 

そう言って、佐野満は笑いながら振り返った。

 

 

「ギギギ!」

 

「キキキ!」

 

「!!」

 

 

まどかが後ろを振り返ると、そこにはメガゼール。

まさか――、まどかは再び佐野に視線を移す。

するとそこにはVバックルを装備した佐野が見えた。

 

 

「ちょーっと痛い目みてね!」

 

 

佐野はデッキを左手に持ち、親指とひとさし指を立てた状態で前にだす。

さらにクロスするようにして、右手も同じポーズで突き出していた。

 

そして捻るように一回転させると、左手を上にした状態で同じポーズに戻る。

そして平行にした手を左右に広げ、右手の方は小指も立ててた。

伸ばした人差し指と小指が、ガゼルの角を表しているのだろう。

 

 

「変身!」

 

 

佐野はデッキを装填する。

すると鏡像が現れて彼に重なった。

現れたのは騎士『インペラー』、まどかは理解する。ゲームの参加者なのだと。

 

 

「へ、へんしん!」

 

 

敵なのだと。

まどかも変身して防御魔法を展開する。

ドーム状の光がまどかを包み込んだ。

 

 

「いきなり防御? ハハハ! まどかちゃんビビりすぎだって!」

 

「お、おちついてください! わたしは戦いたくなんてないんです!」

 

「うーん、オレは全然戦いたいんだよね! 困った事にさ!!」

 

 

そう言ってインペラーはステップ。まどかに近づくと、結界に蹴りを入れてみる。

衝撃が結界の中にまで伝わってくる。

まどかの愛想笑いが、一瞬、歪んだ。

 

 

「あれれ? 反撃しない感じ?」

 

「だ、だから――」

 

「ラッキー!」

 

 

雑魚で助かる。インペラーはさらに結界を蹴る。

メガゼール達も槍を突き出し、結界を削り始めた。

 

 

「お、お願いですから! やめてください!!」

 

「気持ちは分かるけどさぁ、戦わないと死んじゃうよッ!」

 

 

結界にヒビが入っていく。

しかしそれでもまどかはインペラーを止めようと叫び続けた。

意地でも攻撃をするつもりは無い様だ。しかしそれはインペラーにとってはサービス以外の何物でもない。

 

 

「無駄に固いなァ!」『スピンベント』

 

 

インペラーの手にドリル状の武器・『ガゼルスタップ』が装備される。

早速と刃が回転を始め、結界をガリガリ削っていく。

 

 

「お願いです! わたし達が戦う必要なんてない!」

 

「………」

 

 

インペラーは顔を逸らした。どうにもやりづらくて仕方ない。

 

 

「さっさと壊れろッ!!」

 

 

もう十分だ。

脆くなった結界は、蹴りの一発で簡単に壊れた。

怯むまどか。しかし流石の彼女も、このまま黙ってやられるわけにはいかなかった。

 

 

「ご、ごめんなさい!」『ユニオン』『アドベント』

 

「グオォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「は!? ってうわッッ!!」

 

 

衝撃と共にインペラーの体が吹き飛ぶ。

呼び出されたドラグレッダーはそのまま咆哮でメガゼール達を威嚇する。

ガゼルモンスターたちは巨大な龍に怯み、一瞬で動きを止めた。

 

そこへ放たれるドラゴンブレス。

赤い炎はメガゼールの群れに着弾すると、一瞬で粉々にしてみせる。

その威力に舌打ちを行うインペラー、こんなのがいたなんて予想外でしかない。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

吼えるドラグレッダー。

しかし、まどかは複雑な表情を浮かべていた。

ドラグレッダーが助けてくれた事は嬉しいが、戦いを止めてほしいのに結局自分も攻撃をしてしまった。

 

それじゃあ意味がない。

インペラーが反撃をしてしまうからだ。

 

まどかとて、それが戦いなのは分かっている。

でもそれならば戦いを止めるなんて不可能じゃないか。

そのジレンマに苦悶の表情を浮かべた。

 

 

「来いッ!」『アドベント』

 

 

インペラーは右足にあるアンクレット型のガゼルバイザーにカードを入れた。

追加で二十体ほどのメガゼールを呼び出し、一勢にドラグレッダーに向かわせる。

あまり広くない路地だ。ドラグレッダーも思うように動けず、一方で素早いガゼルモンスターたちは次々にドラグレッダーに掴みかかり、動きを封じていく。

 

まどかもドラグレッダーを助けようとするが、それよりも他のガゼルの攻撃を受けて吹き飛ばされてしまった。

その隙にインペラーはデッキからカードを抜き取り、バイザーにセットした。

 

 

「こんなカードもあるんだぜ」『ロードベント』

 

 

インペラーの紋章型の首輪が現れた。

それを怯んでいるドラグレッダーに向けて投げる。

首輪はそのままドラグレッダーに装備され、すると――

 

 

「えっ!?」

 

 

ドラグレッダーの額にインペラーの紋章が浮かび上がった。

そしてドラグレッダーの瞳の色が、黄色から茶色に変色したではないか。

 

 

「悪いな、まどかちゃん。キミのモンスターは少しの間オレのもんだから」

 

「グゥゥゥゥゥゥウッ!!!」

 

「そ、そんな……!」

 

 

ミラーモンスターの洗脳。

ドラグレッダーは体を起こすと、事もあろうに守護するべきまどかの方へ口を向ける。

 

 

「あのドラゴンの炎と、オレ達の攻撃。あちゃー、もうまどかちゃんは終わりだね!」

 

「し、真司さん……! ごめんなさいっ!」

 

 

目を閉じるまどか。ここまでなのか――?

 

 

「ギギギギ!!」

 

「ギィイイイイイ!」

 

「!!」

 

 

しかしその時、ガゼルたちの悲鳴が聞こえる。

何が起きた!? 困惑するまどかと、インペラー。

 

 

「な、なに? なんだよ!?」

 

 

インペラーははすぐに何かの『カード』を発動させて、ガゼル達の中に隠れていった。

 

 

(織莉子に言われたとおりだ……!)

 

 

つくづくそう思う。

そして起こる爆発。爆風がガゼルやドラグレッダーを怯ませ、動きを封じていく。

 

 

「ほむらちゃん!!」

 

 

爆風の中から飛び出してきたのは、暁美ほむらだ。

すぐにメガゼール達は走り、飛び跳ね、ほむらに向かっていく。

 

そこで銃声が聞こえた。ほむらの手にあるのは、ハンドガン。

魔法少女とはかけ離れた武器ではあるが、まず一発目が先頭のメガゼールの足に命中する。

減速したところで、次は胴体に三発ほど。これで動きが完全に止まった。

 

ほむらは回し蹴りで、メガゼールを横に吹き飛ばす。

壁に叩きつけられ、地面に倒れたメガゼール。すぐに立ち上がろうとするが、そこで眉間に銃弾を食らって消滅した。

 

ほむらはハンドガンを投げ捨てると、前を睨む。

そこには次のメガゼールが迫ってくるのが見えた。

しかし、瞬間、爆発。『いつのまにか』ほむらの前に地雷が設置してあったようだ。

 

魔力で強化した爆発は、メガゼールを空中に打ち上げる。

ほむらは盾から『槍』を引き抜くと、それをそのまま投げた。

一直線に向かった刃は、メガゼールを貫くと、そのまま消滅させる。

 

 

「………」

 

 

まだメガゼールは沢山前方にいる。

ほむらは無言で盾の中に手を伸ばし、ショットガンを引き抜いた。

引き金を迷わず引く。散弾、乱射、乱射、乱射。

 

メガゼール達の体が火花が散り、大きく怯ませる。

ほむらが次に盾から取り出したのは日本刀だった。鞘を投げ捨てると、刃を振り回してガゼルたちを切りつけていく。

 

悲鳴が木霊した。

メガゼールの腕が、足が、首が飛ぶ。

ほむらも跳んだ。盾から手榴弾を抜くと、口でピンを抜いて、ガゼルの群れに投げる。

 

爆発が起こった。

まとめて砕け散るガゼルたち。さらにここで『なぜか』ドラグレッダーの首輪も爆発して、破壊された。

 

 

「グゥゥウ」

 

 

意識が戻ったのか、ドラグレッダーは気まずそうに唸り、消えていく。

ふと、ほむらは前方にインペラーの背中を見た。

 

 

「クロックアップ」

 

 

盾が動く。

すると、紫色の光がほむらを包んだ。

スピードが上がる魔法らしい。ほむらが走ると、すぐにインペラーに追いついてみせる。

 

ほむらの手には警棒があった。

ソレを思い切り振って、インペラーの頭部にヒットさせる。

 

当然警棒にも魔力が込められており、インペラー何も言わずに吹き飛び、倒れる。

ほむらは尚も足を進めて、インペラーの前に立った。

警棒を盾の中にしまうと、再び拳銃を取り出して、迷う事無くインペラーに向けた。

 

 

「ま、待ってほむらちゃん!!」

 

「………」

 

 

ほむらはまどかの制止を無視すると、インペラーの眉間に銃弾を撃ち込んだ。

小さく悲鳴を上げるまどか。しかし光と共に、インペラーの姿がメガゼールに変わった。

 

 

「!」

 

 

インペラーは、ほむらが来た事を察知するとカードの一つ"トリックベント"を発動させていた。

効果はメガゼールの一体をインペラーの姿に変えて、自分の姿がメガゼールに変わると言うもの。

 

まさにスケープゴート。

退避に抜群の効果をもたらすカードである。

 

 

(やられた)

 

 

ほむらは舌打ちを。

本体は既に逃亡しているだろう。

わざわざこんなカードを使っておいて不意打ちを仕掛けるとも思えない。

 

 

「す、すごい! ほむらちゃん分かってたんだね!」

 

「………」

 

 

まどかは、ほむらがインペラーの変装を分かっていたと思っている様だが、実際は違う。

ほむらは完全にインペラーを殺すつもりだった。だが逃がした、逃げられた。

 

 

「大丈夫? まどか」

 

「うん! ありがとうほむらちゃん!」

 

 

ほむらの手を取るまどか、特に目立った怪我も無い様だ。

しかしほむらは考える、インペラーが有利だった状況でトリックベントを使ったのはどういう意図があったのだろうか?

結果的に逃げられた。やはりそれが引っかかる。

 

 

(それにしても、意外と何も感じないわね。これならいける……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、先ほどのほむらの疑問。

その答えは美国織莉子だった。彼女はインペラーに助言を行っていたのだ。

 

 

「鹿目まどかを襲う上で一つ、注意をしてください」

 

 

黒髪の少女。

暁美ほむらと言う少女が現れたら。どれだけ優勢だったとしても逃げろ。

それをインペラーは守ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

さやかは、何をする訳でもなく、ただボーっとテレビを見ていた。

ふと恋愛にまつわる特集が目に入る。上条に想いを伝えていないと言うのが、心の中でずっと燻っていたが、杏子の言葉がフラッシュバックしていく。

自分は死体。既に死んでいるなんて事を。

 

 

「――ッ」

 

 

こみ上げる吐き気。

その吐き気さえも魔法で管理された物なのだろうか?

感じる痛みも、苦しみも、全て死体である筈の自分が感じている。

 

なにも分からない。

ゆまとの関係が少し戻って安心したが、やはり冷静に考えると不安になってくるものだ。

 

 

「………」

 

 

さやかは自分のソウルジェムを取り出して観察してみる。

この中に自分の魂が入っている? 今の自分は空っぽの入れ物? そんな馬鹿な。

 

 

(魔法少女って、もっとロマンチックなものだと思ってたんだけどな)

 

 

結論はゾンビとは何とも悲しいものだ。

 

 

(いっそ声を大にして教えてあげたいね、魔法少女ファンよ! キミたちが憧れてるのはゾンビなんですよー……、なんて)

 

 

それにしても気のせいだろうか?

なんだかソウルジェムが濁るペースが速くなってきている。

今もすっかり淀んでいて輝きがない。

さやかはそれが少し気がかりだった。

 

 

「大人しくしてたほうがいいのかなぁ」

 

 

そんな事を考えていると、家のインターホンが鳴った。

サキだろうが、敵の可能性もある。さやかはモニタで確認を行った。

すると、少し不思議そうな顔をして、玄関に向かう。

 

 

「どうも、さやかさん」

 

「どうしたの?」

 

 

扉の先にいたのはサキではなく、仁美だった。

 

 

「なんでここに……、って、あ」

 

 

気が付いてしまう。

いろいろあって時間の感覚がおかしくなっていたが、仁美には通常に流れていく日数。

と言う事はつまり。

 

 

「あ! えっと。ひ、仁美……」

 

 

美しい緑の髪をなびかせて、仁美は少し怪しげに笑った。

 

 

「お久しぶりですわね、さやかさん」

 

「そう、なるかな。あたしここ最近休んでばっかだから……」

 

 

さやかは不適な笑みを浮かべる仁美に少し怯んでしまった。

はっきり言えば今の仁美は怖かった。その笑みが何を意味するのか、想像しただけで吐きそうになる。

 

だが仁美は友達だ。

何を恐れる必要があると言うのか。さやかはいつもの調子に戻ると。いや、"戻す"。

 

 

「なになに? 心配して来てくれたの? いやぁ、愛されてるなあたし――」

 

「今日は、報告があって来ましたの」

 

「え?」

 

 

仁美は笑みを浮かべている。

しかしその笑みは嬉しそうと言うものではない。

含みのある、笑顔だった。

 

 

「私、上条君に想いを伝えたんです」

 

「え? え……? あ――ッ」

 

「さやかさん、私言いましたよね。時間をあげますと、わざわざ」

 

 

さやかは青ざめ、眉を下げる。

 

 

「えと、それは……、あの」

 

「それなのに、さやかさんは何もしなかった」

 

「だって! だってそれは――!」

 

 

さやかは立ち尽くすだけ。何も言わない、何も言えない。

対して仁美は笑みを浮かべたまま言葉を続ける。

その目が語っている、まるでさやかが何も言えないのを知っている様に。

 

下卑た、馬鹿にした、そんな低俗な笑みを浮かべて仁美は笑う。

それは本当に仁美が浮かべている笑み?

それともさやかが勝手に想像しているだけ?

 

 

「ど、どうだったの――? 仁美は成功したの?」

 

「はい?」

 

「だから、告白したんでしょ? お、オッケー……、もらえたの?」

 

「……え? 告白」

 

 

仁美の表情が崩れる。

何を言っているのか分からないと言った表情だ。

 

伝わらなかったのだろうか?

さやかは先ほどから強い痛みを放つ胸を抑えながら、言葉を振り絞る。

 

 

「だ、だからさ。仁美は恭介が好きなんでしょ?」

 

「………」

 

 

しばしの沈黙。

 

 

『なるほど、そう言う事か』

 

「え? なに?」

 

「いえ、別に」

 

 

仁美は微笑むと、一歩前にでる。

 

 

「ええ、ごめんなさい。もう待てませんでした」

 

 

さやかの耳元で、仁美は小さく囁いた。

それはさやかの脳に直接言葉を叩き込む様にじっくりと、じんわりと知らせる様に。

 

 

「上条くん、あなたより私を選んでくれましたよ」

 

「!!」

 

 

息が止まりそうになる。

何故かは分からない? いや、分かっている。

それでもさやかは動けなかった、動かずに仁美を見るだけ。

 

どうして、どうして彼女はそんな挑発する様な態度なの?

さやかの心に大きく刺さる仁美の存在。

そんな仁美は、ますます笑みを深くする。まるでさやかに見せ付ける様に、さやかの気持ちを知っていながら仁美はどうして……?

 

 

「今度コレを上条くんにプレゼントするんです」

 

「え……?」

 

 

仁美が取り出して見せたもの。

それは、さやかにとって何よりも求めた物。上条から聞きだして探していた斉藤雄一のCDだったのだ。

数が無くて必死に探し、それでも結局は手に入らなかったCD。

 

 

「それ――ッ! え? なんで……!」

 

「以前たまたま立ち寄った店に置いてありましたの。なんでも予約があったみたいなんですけど、店主に無理やり言って奪っちゃいましたわ」

 

「ッッ!!」

 

「嫌ですわね。貧乏人がツケだなんて。浅ましいったらありゃしない」

 

 

 

震えるさやか。

胸に宿る感情の正体は何? ざわざわと蠢き、じわじわと胸をえぐる感情。

怖い、嫌だ、こんなの違う!

こんなのあたしじゃない!!

 

 

「ではさやかさん、御機嫌よう。早く学校に来てくださいね」

 

「………」

 

「今度、上条くんを交えて三人で遊びましょう?」

 

「……ッ」

 

「貴女にも、早くいい人が見つかるといいですわね」

 

 

さやかに笑みを浮かべる気力は無かった。

ずっと目標だった上条に想いを伝えると言う事が、何の意味も成さなくなってしまった。

 

だったらもう、なんの為に生きていけばいい?

なんの為に魔女と戦えばいい?

人を守るため?

自分の幸せすら手に入らないのに、人を守る意味なんてあるの?

 

 

「さやかさん……」

 

「え」

 

 

仁美は去り際に一言だけさやかに告げる。

 

 

「いくじなし」

 

「!!」

 

 

そこで仁美は扉を閉めた。

さやかは一人になった後も、その場にしばらく立ち尽くす。

そしてグッと歯を食いしばって下を向く。

 

床に落ちる点。

小さく、誰にも聞こえないほどの声でさやかは呟いた。

 

 

「―――……ッッ」

 

 

ちくしょう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さやかは時間を見る。

ああもうこんな時間。だけどサキは帰ってこない。どうして? どうして帰ってこないの?

歪む思考、逸脱する理性、普段ならば絶対に浮かび上がらない思いや、考察。

 

おかしいと思う妄想。

それはネガティブに輝いて止まらなかった。

サキはいない、それは自分がどうでもいいから。

どうなってもいいからじゃないのかな。

 

 

「さやかお姉ちゃん?」

 

 

奥から姿を見せたのはゆま。

ゆまは、さやかへの申し訳なさもあってか、極力会話を抑えていた。

しかし玄関で立ち尽くすさやかが気になったのか、おどおどと声をかける。

 

 

「どうしたの……?」

 

「なんでも――、ない」

 

「でも……」

 

 

首を振るさやか。

 

 

「本当になんでもない。それより、バイト、バイトに行かなくちゃ」

 

「え? でもお外は――」

 

 

さやかは、ゆまの方向を見ずに呟いた。

 

 

「ゆま、本当に、ごめん」

 

「え?」

 

 

さやかは家を出て行く。

走る。走る。ひたすらに走った。

 

 

「……クククッ」

 

 

それを、仁美は見ていた。

 

 

「なあ? 今どんな気持ちだよ? クククッ! ヒ――! ヒヒ! ヒャハハハハハ!!」

 

 

好きなんだろ? 好きなんだよなお前! ヒャハハハ!

おいおい、お前ちょっと間抜けすぎない? 勘違いしすぎなんだよ!

小学校の時に先生に教えられなかったのか? 人の話はよく聞きましょうってさ!

最後までしっかり聞きましょうってな!!

 

まあ確かにちょっと紛らわしい言い方だったけどよぉ。

それじゃあ駄目なんだよなぁ! 駄目、ああ駄目駄目!

お星様、一つもあげられないよ、そんなんじゃ。

 

 

「まだだ、最後の仕上げといこうじゃないの!」

 

 

そう言って仁美は指を鳴らす。

すると仁美は仁美でなくなった。

簡単な話だったのだ。仁美は仁美でない、文にすればただそれだけの事。

 

 

「ブッ壊してやる、美樹さやか、お前はココでチェックメイトッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ!」

 

 

事務所のドアが開き、さやかが飛び込んでくる。

北岡は肩を揺らし、そのまま竦めた。

 

 

「おいおい、なに? なんなのよ!」

 

 

北岡弁護士は今日も今日とて、ため息である。

 

 

「ごめんなさい……」

 

「はぁ?」

 

「ごめんなさい……、ごめんなさい――っ」

 

 

さやかは下を向いて声を震わせ謝罪の言葉を連呼する。

まるでそれは壊れたレコードみたいだ。その様子に北岡は複雑な表情を浮かべる。

なんだか面倒な予感がする。こういうのは、アレだ、触れない方がいい。

多感な時期なのだ。いろいろあるのだろう。

 

 

「とりあえず、俺は仕事の電話があるから。机の上の資料、整理しといて」

 

「……はい」

 

 

北岡は席をはずし、奥へ向かう。

さやかはすぐに資料に手を伸ばした。

とにかく、今は、何か他の事を考えないと狂いそうだった。

 

だが今、心にあるのは黒いものだけだ。

仕事も手につかないといえばそう。ただ機械的に手を動かすだけで、何も考えられない。

さやかはそんなモヤモヤした物を抱えながら資料を整理していった。

 

 

「……?」

 

 

気がついたのは、いつも鍵が掛かっている引き出しが開いていた事だ。

さやかは引き出しを閉めようと少し身を乗り出した。

だから、見てしまった。

 

 

「――――」

 

 

さやかは言葉を失った。

そして全てを理解し、同時に闇に落ちていく。

全て信じられないと。

だったら自分は何を――

 

 

「はい、じゃあそういう事で」

 

 

電話を切る北岡、そこで気づく気配。

振り返ると、さやかが立っていた。

 

 

「今度はなんだよ!」

 

 

北岡はイライラしてますと言った表情で問いかける。

するとさやかは歯を食いしばり、苦しそうに言葉を搾り出した。

 

 

「センセーはさ……、誰かを傷つけた事ってある?」

 

「は?」

 

 

北岡は唐突な質問に、間抜けな声をあげる。

そんな事はどうでもいいと一度は言うが、さやかは引き下がらなかった。

もう一度口調を強めて同じ質問をしてくる。

面倒だ。北岡はそう思いつつも仕方なく口を開く。

 

 

「知らないよそんなの。まあでも生きている限り、人間って誰かを傷つけてるもんなんじゃないの?」

 

「………」

 

「ほら、俺とかまさに高身長でイケメンだろ? 世の中の不細工は嫉妬してる筈だ」

 

 

無意識だったとしても、人は毎日を生きていく中で誰かを傷つけてしまう。

『人』としてそれは避けては通れない道なのだ、

生きているだけで誰かを傷つけてしまう。

 

だからこそ北岡の様な職業が必要となる。

今日もどこかで誰かが誰かを傷つける。それを弁護すれば相対する者達は傷ついていく。だから北岡は『イエス』と答えた、誰かを傷つけた事はある。

 

 

「じゃあ……」

 

「まだ何かあるのか!」

 

「じゃあ、誰かを殺した事はある?」

 

「――ッ?」

 

 

北岡はさやかの様子がおかしい事を改めて確認する。

明らかに普段の様子ではない。だからこそこんな意味不明な質問をしてくるのだろうと。いや、本当に意味不明な質問か?

 

 

「どういう意味よ?」

 

「そのままの意味、センセーは誰かを殺した? それとも殺すの?」

 

「………」

 

 

さやかの質問は明らかに普通じゃない。

しかし逆を言えば『普通じゃない質問』をぶつける理由があるのではないか。

北岡の中でパズルのピースが一つの絵を完成させようとしていた。

しかしそんな事があるのかと言う疑問。それが北岡の中で消えていないのも事実である。

 

 

「無いに決まってるだろ。そんな事したら俺ココにいないって」

 

「………」

 

 

教科書どおりの答え。だけどさやかは首を振る。

 

 

「本当……?」

 

「ああ」

 

「じゃあ。約束……、してよ」

 

「約束?」

 

「そう」

 

さやかは、やっと顔を上げた。北岡は思わず息を呑む。

さやかは泣いていた。顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。

悲しそうに、苦しそうに。

 

 

「センセーは……、誰も殺さないでね――」

 

 

最後に、笑った。

さやかはそれだけを言うと、走り出す。

 

 

「おい! 待て!!」

 

 

声を張り上げる北岡だが、さやかはそれを無視して事務所を飛び出していく。

 

 

「何なのよ」

 

 

北岡は再び深いため息をついた。

 

 

「いや――」

 

 

もしかして、知っていたんじゃないだろうか?

さやかが何故泣いていたのか。そして何故あんな質問をしたのかを。

 

そうだ。自分は知っていた。

なのにそれを口にしなかった?

北岡はさやかを追う事はなく。かわりに自分のデスクへと足を進める。

 

そして笑った。

やっぱりそうなのか? そうだったのか?

だとしたらあまりにも出来たシナリオだ。

開いた引き出しの中、それを見て北岡は目を閉じる。

 

 

 

 

一方で走るさやか、もうどこに向かっているのかさえ分からなかった。

何も分からないなら何も考えなければいい。それに何も考えたくないから走る。

 

心臓が、肺が、体が、心が。

全てが破れそうになったとしても、足を止めたくなかった。

いっそココで壊れてしまえば楽になって終われるの?

思考が停止したかと思えば、脳が黒く染まっていく。

 

 

もう嫌だ。

もう逃げたい。もう誰かこんな苦しい事を止めて。

 

 

「……あ」

 

 

なのに世界は残酷だ。

戦う事を諦めようとしたから罰が当たったの?

 

さやかは無意識に走っていた筈なのに、一番たどり着いてはいけないゴールへと向かってしまっていた。

見滝原は狭い訳じゃないが、さやかが知っている道は限られている。

だからなのか、さやかの目にある光景が飛び込んできた。

 

 

「……なんでよ」

 

 

会いたいと思えば会えなくて。

会いたくないと思えば、こんなに簡単に会える。

神様は残酷だ、美樹さやかは本当にそう思う。

 

 

「仁美、恭介――っ!」

 

 

ベンチで楽しそうに話している二人を見つけて、さやかはただ呆然と立ち尽くすだけだった。

柄にもなく上条は赤面しているじゃないか。

それはさやかが見た事の無い表情だった。

 

ずっと一緒にいた幼馴染。

なのに全く知らない顔を仁美が知っている。

 

この世は両極端だ。勝つものがいれば負けるものがいる。

それは先ほど北岡に問うた質問と一緒なのかもしれない。

誰かが幸せになれば誰かが不幸になる、それは避けては通れない道なの?

 

 

「………」

 

 

さやかは何故かまた笑みを浮かべる。

嬉しいからじゃない、笑いながら泣いていた。

 

笑みはどういう時に浮かべるもの?

嬉しい時か、それとも幸せなときか。

だったら今彼女が浮かべているのは笑みなんかじゃない、その仮面で壊れそうな心を隠しているだけだ。

 

楽しいってなんだっけ?

幸せって何だっけ? さやかはフラフラと足を進めていく。

 

 

「あ、あはは――」

 

 

違う。

 

 

「ははは――」

 

 

違う!

 

 

「は――、は」

 

 

違うッッ!!

 

 

「………」

 

 

こんな想いをする為に上条の手を治したの?

こんな辛い結末を望んだから魔法少女になったの?

ゾンビになって、魔女と戦って、先輩殺して、それが自分の望んだ答え?

違う、違う、違う!

 

 

「こんなの……! こんなの違うよぉ――ッ!」

 

 

涙が止まらない。

それなのにこの体はただの入れ物。

もう嫌だ、体が石の様に重くなっていく。

誰か、助けて。

 

 

「さやか」

 

「……え?」

 

 

さやかが顔を上げると、そこにいたのは上条恭介だった。

何故ココに? さやかは戸惑いながらも。上条が話しかけてくれた事に嬉しさを覚える。

自分だけを見てほしい、自分だけに話しかけてほしい。

愛する彼とずっと一緒にいたい。

 

 

「止めてくれないか、もう僕の周りをうろつくのは」

 

「え」

 

 

ずっと一緒に――

 

 

「知ってると思うけど、僕は仁美さんと付き合う事にしたんだ。なのにキミが近づいてくると彼女に誤解されるかもしれないだろ?」

 

 

どうやら上条は、先ほどさやかの姿を確認したようだ。

 

 

「ち、違うの恭介ッ! あたしは――」

 

「何なんだよお前……ッ! ただ家が近くて、昔よく遊んだってだけの関係なのに……!」

 

「!!」

 

 

上条はさやかを睨みつけると舌打ちを行う。

天才的なヴァイオリニスト。その夢を奪った『悪夢』を、さやかは祓った。

 

上条の為にさやかは魔法少女になって願いを――、『手を治す』と言う願いを叶えた。

言い方を変えれば、上条の為に自分の人生を捧げたと言ってもいい。

なのに、その上条はさやかを睨みつける。

 

 

「勘違いすんなよ、お前なんてどうだってよかった」

 

「あ、あたしは……! ただッ、恭介がす、好きなだけなのっ」

 

 

最悪の告白、こんなんじゃない。

思い描いていたのはこんな告白じゃなかった。

それにその答えだって。

 

 

「僕はそうじゃない、さやかはただの幼馴染。それだけさ」

 

「そ、そんな……」

 

「気持ちをおしつけられても困る」

 

 

さやかは助けを求める様に、上条の腕を掴む。無意識に。

この掴んだ腕は、自分が治した物だ。

そして上条は、その手でさやかを振り払った。

 

 

「恭――」

 

「消えろよ、気持ち悪い」

 

「―――」

 

「お前なんて、嫌いだ」

 

 

そう言って上条はさやかに背中を見せると歩き去ってしまった。

 

 

「………」

 

 

人魚姫は王子様の為に必死になって努力した。

だけど王子様はお前の気持ちに気がつかない。

だからお前は王子を殺す?

 

いやできないよ。

どんなに恨んだと思っていても、どんなに相手から恨まれてしまっても、お前は王子を殺せない。

 

だって、愛しているから。

じゃあお前に待っている道はただの一つ。

 

 

「泡となって、消える事」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、ココにも全てを振り切る勢いで駆ける少女がいた。

 

 

「ハァ……ッ! ハァ――ッッ!!」

 

 

サキだ。

彼女は傷を負った体で見滝原を駆け回っていた。

理由はただ一つ、携帯に送られてきたメールだった。

差出人は不明、最初は悪戯だとばかり思っていたが件名を見てゾッとした。

 

 

『美樹さやかの愚かな末路』

 

「さやか――ッッ!!」

 

 

サキは急いでそのメールを確認。

文字はなく、内容は一つのスライド画像だった。

うつむいて泣いているさやかの写真がまずは表示される。

それだけでも心配だというのに、問題はここからだった。

 

数秒すると、画像が拡大。

さらにまた数秒すると拡大。

さらに拡大とは違う拡大が一つ、それで終わりだ。

 

拡大。つまりアップされていくのは、さやかのソウルジェムだった。

 

要するに送られていた画像は、さやかのソウルジェムを写したものだ。

問題はそのソウルジェムが今までにないくらい濁りきっていた事にある。

キュゥべえやジュゥべえは、ソウルジェムを濁さない様に常に注意を行ってきた。

それが今限界を超えようとしている。

 

嫌な予感がした。

件名もあるせいで、最悪のイメージをサキに浮かんだ。

だから走る。走るしかなかった。

 

 

(どこだ――ッ!?)

 

 

目的はただ一つ。

グリーフシードを手に入れる事だ。

 

 

(どこだッ!)

 

 

それを手に入れるには魔女を見つけて倒さなければならない。

でなければさやかのジェムが濁りに負けてしまう。

それを避ける為にサキは街を駆け回り魔女を探した。

 

滑稽だとは思わないか?

普段は現れてほしくないと願っていた魔女を、自らが求めている。

おまけに、なかなか魔女が見つからないのはサキ達がそれだけ魔女を倒していたからかもしれない。

だとしたらもっと皮肉だ。

 

 

(待っていろさやか、今助けてやる――ッッ)

 

 

諦めるな。サキは必死に街を駆け回る。

全神経を研ぎ澄ませて魔女の気配を探る。

 

サキには思うところがあった、負の感情を狙う魔女達なら、今のさやかを放っておくだろうか?

きっと狙う筈だ、だとしたら彼女の近くに魔女達が集まっている可能性が見えてきた。

それならば必ずどこかに魔女がいる筈なんだ!!

 

 

「頼むッ! 早くしないと――ッ!!」

 

 

サキは変身して身体能力を跳ね上げる。

手当たり次第にめぐり魔女を探していった。

そしてその想いが通じたのだろうか? 幸か不幸かついに、独善の影との会合を果たす。

 

 

「見つけたッ!」

 

 

それは影、それは白と黒。幾重もの黒がサキの視界を支配した。

祈りをあげる少女はきっと幸せを願っている。

たとえそれが独りよがりのものだったとしても構わない。

 

影の魔女『Elsa(エルザ)maria(マリア)』はまるでサキに慈悲を与えるかの様にして姿を見せた。

 

捜し求めた魔女を見つけ、思わずノープランで走り出すサキ。

エルザマリアが与えるのは『死』と言う救い、究極の安らぎだ。

魔女はサキを確認すると、祈りの姿勢を崩さずに使い魔である"ゼバスティアンズ"に攻撃を仕掛けさせていく。

 

ゼバスティアンズは動物を模した影であり、鋭く尖った牙を使ってサキを噛み砕こうと突撃していった。

 

 

「どけぇエエエエエエエエエエエエエエエッッ!!」

 

 

サキは雷を鞭に付与し、影達をなぎ払っていく。

さやかを助けなければ、さやかを守らなければ、さやかを救わなければ!

サキはその事を何度も何度も頭に浮かべて地面を蹴っていく。

 

 

「ランチア・インテ・ジ・オーネッッ!!」

 

 

鞭の先端に雷を集中させて、思い切り突き出す。

雷を纏った先端は銃弾の様に放たれてエルザマリアを狙った。

 

だが向こうとて魔女。

そう簡単にはやられてはくれない。

魔女は影を無数の壁に変換して、鞭の勢いを殺していく。

 

それだけでなく、影を『木の枝』の様な形状に変化させると、ソレを一勢にサキへと向かわせた。

 

 

「トゥオーノ・アルマトゥーラ!」

 

 

落雷がサキに直撃する。

するとサキを中心にして雷のバリアが形成された。

木の枝達はそれに触れた瞬間焼け焦げて消滅していく。

 

サキは鞭を何とかしてエルザマリアに命中させようとするが、辺りの影が次々に変化して魔女を捕らえられない。

 

募る焦りと苛立ち。

早く倒さなければと考える程に時間は過ぎていくばかりだ。

 

 

「!」

 

 

突如魔女結界が破壊され、エビルダイバーに乗ったライアが姿を見せた。

 

 

「あなたは確か……!」

 

「暁美ほむらのパートナーだ」

 

「すまない! 魔女を倒すのを手伝ってくれないか!!」

 

「ッ、分かった!」

 

 

エビルダイバーは放電を発動させて影を散らしていく。

サキはその隙に鞭を伸ばし、エルザマリアを縛り上げた。

そこで思い切り電撃をエルザマリアへと浴びせる。

 

 

「さっさとグリーフシードを落とせェエッッ!」

 

 

がんじがらめのエルザマリアは、苦しいのか叫び声をあげていた。

それでも尚祈りのポーズは崩さない。

そこへさらに電撃を強めるサキ、苦しむ魔女を拷問しているような様は、どちらが正義なのか全く分からない状況である。

 

だがそれだけの事情があるのだろう。

ライアもまたストライクベントを発動して狙いを定める。

 

 

「悪いな、あの世では幸せになってくれ」

 

 

ライアのバイザーから、三日月状のビームが発射されてエルザマリアの首をはねた。

そこで電撃も最大出力に。エルザマリアは魔女結界と共に爆発すると、グリーフシードを残して消え去った。

 

 

「やった!!」

 

 

サキはそれをすぐに掴み取ると、ライアに礼だけ言って走り去る。

これでさやかを助けられるかもしれない。

 

 

「さやか、頼むッ! 間に合ってくれ!!」

 

 

泣きそうになりながらサキはそう叫んだ。

神がこの世にいるのならどうか彼女を救ってくれ。

自分が身代わりになれるのなら喜んでこの身を捧げよう。

 

 

「だからお願いだ、さやかを助けてくれッッ!

 

 

 

その張本人である美樹さやか。

へたり込んだまま動けない。どんなに泣いても涙はまだ溢れてくる。

愛した人に否定されて、親友を憎む己の心が許せない。

 

 

「さやかちゃん……?」

 

 

 

苦しい時、いつもまどかは傍に来てくれた。

今も、そうだ。さやかはまどかを見つけると手を伸ばす。

 

まどかは、いつも笑顔で受け止めてくれた。

いつも真剣に自分のことで悩んでくれた。

いつも、いつも、いつも。

 

 

「まどかぁ」

 

「さ、さやかちゃん! どうしたの?」

 

 

飛び込んできたさやかを、まどかは優しく抱きしめる。

 

 

「実は――!」

 

 

さやかは途切れ途切れになりながらも事情を説明した。

まどかはきっと優しく微笑んでくれる。慰めてくれる。

やっぱり、まどかこそが本当の親友なんだ。

 

まどかさえいれば、さやかは生きていける。

まどかこそが、最後の希望なん――

 

 

「へぇ、やっぱり上条くんって、さやかちゃんより仁美ちゃんを選んだんだ」

 

「……え?」

 

 

ドンッという衝撃と共に、さやかは地面にしりもちをつく。

呆気に取られていると、まどかは鼻を鳴らした。

 

 

「フラれちゃったね、さやかちゃん」

 

 

さやかは、信じられないと言う表情を浮かべいた。

 

 

「さやかちゃんさぁ、困ったら人を頼ろうっていう性格よくないよ」

 

「ま……、どか?」

 

「わたし、そう言う所が大嫌いなんだと思う」

 

「え? な、なんで?」

 

 

まどかはさやかを睨みつけると、首を振った。

さやかは思う。とうとうおかしくなってしまったのだろうか?

幻聴まで聞こえるなんて。まどかがそんな事を言う筈ないのに。

 

 

「さやかちゃんって、ウザイんだよね」

 

「………」

 

 

だけどまた聞こえる。

まどかの声で、まどかの顔で、鹿目まどかと言う人間がさやかを否定している。

 

嘘? 嘘なの?

でも聞こえる言葉は真実?

じゃあこれは現実?

 

 

「ずっと我慢してた、ずっと嫌だった」

 

「なんで? ど、どうして!? あたし達……ッ! と、友達っ」

 

 

さやかはボロボロと泣いてまどかを見る。

 

 

「友達? そう思っていたんだね」

 

 

まどかは優しげな声色でさやかに言う。

だけどその後の声色は、全く逆の物だった。

 

 

「わたしは、アンタの事を友達として思った事なんてなかったよ」

 

 

満面の笑みでまどかはさやかに言い放つ。

目を空ろにして固まるさやかと、笑顔のまどか。

そしてまどかは、トドメの一撃を放った。

 

 

「わたしね、さやかちゃんの事! ずっと前から嫌いだったもん!」

 

 

愛する人と親友。

二人から拒絶されたらどんな気持ちになるのだろうか。

さやかはその場から動かず、何も言わずにただそこにいた。

時間が止まった様な、命が止まった様な。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さやか! 待ってろ!! 今行くから!!」

 

 

サキは走る。

さやかを救うために。守るために。

 

 

『10』

 

 

マミを失った。だからこそマミだけで終わらせる!

 

 

『9』

 

 

この手にあるグリーフシードを、さやかに渡せばきっと上手くいく。

 

 

『8』

 

 

穢れが溜まって何が起こるのかは分からない。

だけどこれ以上確実にさやかを苦しめる事は無い筈だ。

彼女には笑っていてほしい、ムードメーカーだった彼女に戻ってほしい!

 

 

『7』

 

 

頼むッ! 頼む! 頼む頼む頼む頼む頼む頼むッッッ!!

 

 

『6』

 

 

美樹さやかは思う。

今まで自分は何をやっていたのだろう?

何を目指していたのだろう?

 

 

『5』

 

 

最初から上条に好かれる魔法を使っておけばよかったんだ。

そうすればまどかも仁美も、きっと自分の事を見下す事はなかっただろう。

そうすれば、もっと幸せになれた――?

 

 

『4』

 

 

「3……、2――」

 

 

立ち止まっているさやかを下に見ながら、神那ニコはカウントダウンを始めていた。

携帯に映るアプリには、さやかのソウルジェムの穢れ具合が表示されている。

警告メッセージがしきりに表示されていた。

ニコはそれを見てニヤリと笑う。

 

 

「イチ――」

 

 

もっと賢い生き方なんて一杯あったろうに。

中途半端な罪悪感だの、割り切れないし煮えきれない考え方が足を引っ張っていたんだ。

ああ、つくづく思うよ。

 

 

「あたしって――」

 

 

同時にニコは最後の言葉を。

 

 

「ゼロ」

 

「ほんと馬鹿……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

LOVE・ME・DO Look at me

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LOVE・ME・DO Look at me LOVE・ME・DO Look at me LOVE・ME・DO Look at me LOVE・ME・DO Look at me LOVE・ME・DO Look at me LOVE・ME・DO Look at me LOVE・ME・DO Look at me LOVE・ME・DO Look at me LOVE・ME・DO Look at me LOVE・ME・DO Look at me LOVE・ME・DO Look at me LOVE・ME・DO Look at me LOVE・ME・DO Look at me LOVE・ME・DO Look at me LOVE・ME・DO Look at me LOVE・ME・DO Look at me LOVE・ME・DO Look at me LOVE・ME・DO Look at me LOVE・ME・DO Look at me LOVE・ME・DO Look at me LOVE・ME・DO Look at me LOVE・ME・DO Look at me

 

 

 

ワタシ――

 

 

 

            ミテ

 オネガイ

       

              オ             ネ ガ イ

 

 

ミ               テ

                            ワ タシヲ ジャ ナイト ク ルウ

 

 

サヨ ナラ 

 

              タ ス                ケテ

                                                   ゴメンネ

                     ア リ ガ                    ト                         ウ

           ズット                    スキ                            デシタ

     シ ア                            ワ                      セ          ニ

                              ナッ                             テ

 

 

 ソ    レ        ガ         ア          タ           シ                      ノ

 

 

                                    オ ネ ガ イ                      ダカラ

 

 

 

 

 

 

         バ 

 

 

 

                    イ

                                             バ

 

 

                         イ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

走るのを止めたサキ、原因は手に持っている携帯だ。

変身をといて、その画面をジッと見つめる。

 

何故?

だって変身したままだったら携帯も、この手に持ったグリーフシードも壊してしまいそうだった。

 

誰かも知らないヤツから送られてきたメール。

サキは唇を噛む、血が出るほど強く。

でもよかった、痛みがなければ怒り狂ってしまいそうだったから。

 

 

『件名・私を見て、私を愛して\(*´3`*)/』

 

 

そこにあった画像は、綺麗な綺麗な人魚姫。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やあ秀一』

 

「………」

 

 

北岡法律事務所。

主人は椅子に座って何をするでもなく時間をつぶしていた。

そんな彼の元にファンシーな音を立てながらキュゥべえが現れる。

 

北岡はそのファンタジーじみた生物を見ても無反応である。

なおも椅子にもたれながら沈黙していた。

 

 

『今日は君にお知らせがあるんだ』

 

 

キュゥべえは相変わらずの調子で淡々と真実を報告する。

 

 

『キミのパートナーになる筈だった魔法少女が魔女になったよ!』

 

「………」

 

 

尚も沈黙の北岡。その手に、デッキを持って。

 

 

『知りたいだろう? キミのパートナーの名前は――』

 

「知ってるさ。もう」

 

『?』

 

 

北岡は『牛』の紋章が刻まれているデッキを机の上に放り投げる。

そして面倒臭そうに椅子から立ち上がると深いため息をついた。

そして伸びをしたあと、初めてキュゥべえと目を合わせる。

 

 

「あんなに近くにいたんだ、教えてくれても良かったじゃないの」

 

『ルールはルールさ』

 

 

キュゥべえに感情は無い。

だけど心なしか楽しげに言い放つ。

あくまでも報告だ。北岡に対する特殊ルールの報告なのだと。

 

 

『そうとも、キミのパートナーである"美樹さやか"が絶望して魔女になったよ!』

 

「………」

 

 

北岡は無表情だった。

かと思えば、最後の最後で表情を崩す。

それは笑顔? 唇を吊り上げれば笑顔なのだろうか?

 

 

「やれやれ、面倒な女だね……! 本当」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辺りは夜の準備を始めようとしている。

そこに今、新たな魔女が誕生した。

 

 

『ハッピーバースデー!』

 

 

ビルの上では、ジュゥべえが風に揺られながら魔女を確認している。

彼はキュゥべえとは違い、その口を三日月の様に吊り上げ、表情豊かに笑っていた。

 

 

『この国じゃあよぉ、成長途中の女のことを『少女』って呼ぶらしいじゃん?』

 

 

だったら――

 

 

『やがて魔女になるテメェらの事は、"魔法少女"って呼ぶべきだよなぁ? ハハ! ハハハハハハハハハハハハハッッ!』

 

 

 




人魚姫編もうすぐおしまいです


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第18話 エントロピー ーピロトンエ 話81第

エントロピーのお話が合ってるかは、ちょっと自信がありません(無学)
間違ってたら、ごめんやで(´・ω・)


 

魔女結界がさやかの体を隠し、新たな拠点へと移動する。

それを確認していたのは白と黒の魔法少女。美国織莉子と呉キリカだ。

二人は織莉子邸にて新たな魔女の誕生を確認していた。

織莉子は、サキとの戦いで怪我をしたキリカを介抱しており、その途中で魔女覚醒の気配を感じ取った。

 

 

「やったんだね織莉子ぉ!」

 

「パーフェクト。みんな良くやってくれました。これで勝利に大きく近づいたわ」

 

「うん! 早く戦いを終わらせて幸せになろうね!!」

 

 

コソコソと暗躍している(ニコ)もいるようだが、いずれにせよ織莉子の目的は達成された。

 

 

「あと一押し。でも、このままならば何の問題も無いわ」

 

 

織莉子は微笑んで見せた。

それに反応するキリカ、頬を赤らめて嬉しそうに体を動かしている。

 

 

「駄目よキリカ、怪我をしているんだからもっと安静にしないと」

 

「はーい! ふふふ!」

 

 

笑いあう二人だが、織莉子の表情はどこか物悲しげである。

例えばそれはキリカを見つめる目。自分の目的の為に、親友を傷つけると言う罪悪感。

魔法で体が強化されているとはいえ、全身に雷を浴びせられたり、掌底を体に叩き込まれたと言うじゃないか。

 

織莉子はキリカの肌を撫でる。

年頃の少女の体に刻まれていく傷が、何よりも痛々しく感じる。

 

そしてもう一つは、美樹さやかへの想い。

さやかを追い込んだのは他ならぬ織莉子達だ。

しかしソレは望まぬことでもあった。

 

いや綺麗事か。

織莉子は苦悩の表情を浮かべる。

もしもF・Gに巻き込まれる事がなければ、さやか達とは仲間になれたかもしれないのに。

 

織莉子は心の中でもう一度さやかへ謝罪を行う。

もうF・Gに参加した時点で運命は決まっていた。それを操る者と、飲み込まれる者。

自分は前者であらなければならない。キリカを、そして織莉子の世界を守る為に。

 

 

「ただいまー、織莉子ちゃん情報ありがとう。マジで助かったよ」

 

「美国ィ、コッチも終わったよ」

 

 

部屋を開けて入ってくるのは佐野と――

 

 

「てへへ、さやかちゃんってば本当に大馬鹿さんなんだから!」

 

 

"鹿目まどか"は、歪な笑みを浮かべている。

美樹さやかを魔女に至らしめたトドメの言葉。まどかは、さやかを友人と思った事など一度も無いと言っていた。

当然だ。なぜなら彼女は――

 

 

「いつまでその格好なの? デカ帽子」

 

「えへへ、気に入らない? まどかちゃん悲しい!」

 

 

ここにいる『まどか』は、鹿目まどかではないのだ。

キリカが『デカ帽子』と呼ぶのは、13番の魔法少女だった。

まどかが指を鳴らすと、元の姿へと戻る。

 

13番の固有魔法とは、それ即ち『変身魔法』であった。

13番は声と姿さえ分かれば、対象を完全にコピーできる。

事前にさやかと関わりの深い人物を把握し、さやかが今どういう状態にあるのかも詳しく調べ上げ、そして作戦を実行した。

 

仁美に化け、上条に化け。

最後は、まどかに化けてさやかを否定する。

声も姿形も同じ人物ならば、疑う必要は無い。

結果としてさやかは本当に暴言を浴びせられたのだと思った。

 

 

「脆い信頼! アハハハハ!!」

 

 

疑心暗鬼のこのF・Gにおいて、変身魔法がどれだけの威力を齎すのか。

結果はご覧のとおりである。

 

 

「フフフ、親友に否定された時のアイツの表情……! ゾクゾクしちゃう!」

 

「あーあ。結局絶望しちゃんだね、さやかちゃん。可哀想に……」

 

 

13番も、佐野も軽い調子で言い放つ。

その言葉に織莉子は少し表情を曇らせたが、これを依頼したのは他でもない自分だ。

そして自身の状態はただ屋敷で座っているだけ、つまり手を汚すのは彼らなのだ。

織莉子はそれに甘えている。だから何も言わなかった。

 

 

「二人ともありがとうございます、あとは最後の仕上げだけ」

 

「分かってるよ織莉子ッ!」

 

 

キリカはベッドから勢いよく立ち上がろうとするが、織莉子がソレを制する。

 

 

「キリカ傷はまだ深いわ。ここで無理をさせる訳にはいかない」

 

 

織莉子は佐野と13番に視線を送る。

 

 

「お願いできますか?」

 

「ま、オレはもらうモン貰えれば働きますよぉ!」

 

「アハハハ! 仕方ないな、お礼は頼むよ」

 

 

二人は頷くと再び織莉子達の前から姿を消した。

織莉子は少し寂しげに目を細めた。

 

 

「これは世界を守る戦い。その途中で犠牲が出る事は――、仕方ない事なのよ」

 

 

織莉子は見えない何かに祈る様にしながらキリカを見た。

視線に気がつくと笑みを浮かべるキリカ。そうだ、それでいい筈なんだ。

織莉子は微笑み返すと、ゆっくりと目を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘」

 

 

まどかはサキからの電話を受け、全身の力が抜ける様な感覚に陥った。

途中からサキが何を言っているのか全く理解できなかった。

言葉を受け入れまいと脳が拒絶していた。

しかしどんなに抵抗しても真実は真実。残酷な現実が告げられる。

 

 

『この映像が……、全てだ――ッ!』

 

 

ソレをまどかに見せるかどうかは迷ったが、もはやどうしようもない。

その映像は全てを捉えていた。さやかが泣きながら立ち尽くしている。そして、彼女を中心に魔女空間が広がっていく。

 

さやかの体から現れる異形。

魔女だ、さやかから魔女が生まれた。

 

そしてサキ達はこの光景を見た事がある。

思い出したくも無いほどの悪夢。マミがキャンデロロに変わった場面じゃないか。

マミと同じ様にしてさやかは地面に倒れる。

 

 

「じゃあ……! じゃあさやかちゃんは――ッッ!」

 

「間違いないわね」

 

 

まどかの隣にいた、ほむらもそれを確認する。

 

 

「美樹さやかは、魔女になった」

 

「!」

 

 

マミと同じ、ソウルジェムの暴走だとでも?

なれば辿る未来も同じなのか。まどかはへたり込んで、呆然と空を見上げる。

 

 

「本当にそうなのかしら?」

 

『ッ? どういう事だ』

 

 

ほむらは目を閉じて冷静に呟く。

 

 

「ソウルジェムの暴走、そんな事で魔女になる?」

 

『それは、確かに……』

 

 

何か引っかかるものがある、それが何なのかは分からないが。

 

 

「お姉ちゃん……! ほむらちゃん――っ」

 

「?」

 

 

まどかは涙を零しながら絞る様に言う。

 

 

「さやかちゃんを助ける方法は無いの……!?」

 

 

さやかはパートナーとまだ契約を結んでいない。

つまりマミを元に戻した方法が使えないと言う事だ。

ましてや、騎士を殺すなんてできない。

 

 

「一体、どうすれ――!!」

 

 

その時だった。空に花火が打ち上がる。

正確に言えば花火ではなく、魔法結界だ。

魔法少女が発動できるソレは何故か空に展開される。

 

魔法結果はゲーム参加者全員が確認できる。

逆を言えば、参加者だけにその気配を気付けさせると言う点があった。

サキとほむらは結界を発動させた魔法少女の意図を理解する。

 

 

「ッ!!」

 

 

魔法結界は収束して変形を始めた。

あれはまさしく文字だ。さらに下を指す矢印を形成した。

メッセージの内容は。

 

 

『人魚姫は、ここですよ↓』

 

「クッ! ふざけた真似をッッ!!」

 

 

サキは怒りで爆発しそうになる感情をなんとか抑えた。

おそらくあの文字を作ったのは、動画を送ってきたメールの差出人とみて間違いない。

だとしたらその魔法少女は、さやかが苦しんでいるのをただ見ていただけと言う事になる。

 

 

「面白がっているのか――!? 許せない!!」

 

 

とにかくあの場所に向かわなければならない。

 

 

「ちょっと待って。それよりもキュゥべえかジュゥべえを探した方がいいわ」

 

 

ほむらは彼らから情報をもらう事が一番の近道だと言ってみせる。

狙うのは情報を指定できるキュゥべえだ。さやかを元に戻す方法を聞き出せばいい。

魔女は説得や話し合いが通じる相手ではない。マミの例を見れば分かる事だ。

 

 

『そう……、だな。分かった。とにかくキュゥべえから情報を得るんだ!』

 

「う、うん!」

 

「とりあえずパートナーにも協力してもらうわ」

 

 

それ以外にさやかを救う方法は無い。

三人は頷くと、それぞれ別々の道を走りだす。

 

 

「ふんふふーん♪」

 

 

一方、『人魚姫』がいる場所付近のビル屋上に座り込んでいるのはニコ。

レジーナアイを確認しつつ笑みを浮かべていた。

とにかく上機嫌で、隣にいるカメレオン型のモンスター・バイオグリーザにウキウキと話しかける。

 

 

「なんというか私ってゲーム支配してる感あるよね、実に気分がよろしい」

 

 

取り合えず頷くバイオグリーザ。

ニコはそれを確認するとますますニヤついてしまう。

 

 

「これで美味しそうな餌は撒けた。あとはソレに食いついてくれる馬鹿(さかな)がどれだけいるかだな」

 

 

ニコは透明になれる。

姿を消した状態でずっとさやかを観察していたが、確実にさやかは嵌められた。

 

 

(美樹を絶望させた連中がいる以上、向こうも何か考えがあるのだろうな。私はそれに便乗させてもらいましょう)

 

 

とりあえず魔法結界を変形させて、さやかの場所をリークした。

きっと多くの参加者が見ているはずだ。どれくらい集まってくれるのか。

ニコはニヤニヤしながら下にいる人魚姫を見つめる。

 

 

「可哀想な人魚姫。人さえ愛さなかったら、自由に海を泳いでいられたのに」

 

 

本当に――

 

 

「愚かな娘」

 

 

願わなければ、苦しむ必要も無かったのに。

叶えなければ、涙を流す事も無かったのに。

心なんか持つから悲しむんだ、いっそ全てを無にしてしまえばよかったのに。

 

 

「おんや?」

 

 

そこでレジーナアイに表示される赤点。

 

 

「おいおいマジかよ、まさかこんなに早く餌に掛かってくれるとは」

 

 

ニコは満足そうに微笑むと、パートナーである高見沢に連絡を入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

手分けをしてキュゥべえ達を探す事にしたまどか達。

念の為かずみにも連絡を入れたが、繋がらない結果に終わった。

 

サキは家に戻り、ゆまに事情を知らせる。

まどかは真司に連絡を――、しようとしてできなかった。

蓮を探す為に忙しい筈だと何故か決め付けてしまい、連絡できなかった。

 

もちろんそれは言い訳のようなものだ。

 

困ったら真司に任せる。パートナー頼り。

真司に連絡を入れてしまえば、真司はきっと来てくれるだろう。

しかしそれでは彼の時間を割くことになる、その結果蓮が何かに巻き込まれたら?

 

真司と蓮は親友だ。

まどかとさやかがそうであった様に。だから同じ想いはしてほしくなない。

それにどこか意地があったのかもしれない。まどかは心の中で思っていた。さやかは自分が助け出したいのだと。

 

 

「そういう事よ、手塚」

 

『成る程な。止められなかったか……』

 

「ええ、仕方ない事なのよ」

 

『………』

 

 

一方のほむらは、トークベントを使い、手塚に連絡を取る。

 

 

「お願いがあるの。貴方は美樹さやかの所へ向かってほしい。魔女は覚醒場所から移動する可能性もあるから」

 

『分かった』

 

「でも、気をつけて。場所がリークされたということは、他の参加者も来る可能性がある」

 

『分かってるさ。だからこそだろ』

 

 

最も危険なのは、さやかが自身だ。

サキにメールを送った人物(ニコ)の本当の狙い。

 

それは、さやかを餌にする事だ。

グリーフシード争奪戦は、F・Gが始まる前から変わらない。

そこにルールが適応されたというわけだ。殺しあうルールが。

 

連絡を受けた手塚はバイクをすぐに走らせる。

手塚も魔法結界を確認していた。そもそも携帯にはニコからのメールがあった。地図の画像で、さやかいる場所に赤い点が打ってある。

 

夜の街にライトの残像が軌跡を描いていく。

止められないのか、手塚は歯を食いしばりながら風を切る。

F・Gは何の為のゲームなのか――?

 

 

(人の命を、人の想いを何だと思っているッ!)

 

 

絶対にこの戦いを許す事はできない。

たとえどんなに血を流しても、たとえどんなに傷つこうとも。

たとえどんなに道を踏み外そうとも、最後の最後まで抗い続ける。

戦い続けなければならない。

 

手塚はさやかの事を欠片とて知らない。

せいぜいほむらからの話を聞くだけの情報だった。

しかし、ほむらが語る美樹さやかは絶望なんてする筈のない少女だった。

 

誰もがそうだ。

美樹さやかは心から笑い、心から泣き、心から平和を祈る少女だった筈だ。

なのに魔女になった。F・Gはさやかと言う人間の運命を狂わせたのだ。

 

 

(俺は死んでも認めんぞ、この腐ったゲームをッッ!)

 

 

手塚は強い眼差しを向けるとスピードを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、本当にココでいいんだろうな?」

 

「アァァア……! 知るか」

 

「まあでも魔女の気配はするし。当たりだね、浅倉」

 

「魔女か。退屈じゃなければそれでいい」

 

 

ほむらと手塚が危険視していた問題。

それは魔女(さやか)の居場所が、全参加者にさらけ出されると言う物だった。

グリーフシードがほしい。力を高めたい。他の参加者を狙おう。いろいろ都合がいいのだ。

 

 

だから王蛇ペアも見滝原にあるコンサートホールに来た。

結界メッセージを確認していれば迷うことはない。

 

戦いは何よりの楽しみだ。参加しない手はないだろう。

魔女でも、騎士でも、魔法少女でも何でもいい。命のやり取りさえできれば関係ないのだ。

二人は鍵が掛かっていた扉をぶち破ると、さっさと中に進入して奥へと進んでいく。

すると段々と変わっていく風景、コンサートホールは魔女空間の侵食を受けた。

 

水族館の様な場所。

そこには謎のポスターが何枚も貼り付けてある。

黒く塗りつぶされた少年の絵、彼のコンサートがココで開かれるのだろうか?

ヴァイオリンを持ったその少年は魔女には見えない。

 

 

「なんだよコレ」

 

 

杏子は試しにポスターを剥がしてみる。

すりと悲鳴の様な音と、すすり泣く様な音が聞こえてきた。

 

 

「わ! びっくりした! なんだよ!!」

 

 

ポスターには魔法文字で"KYOSUKE"と書かれているが、杏子も浅倉もそれが何の意味なのかは分からなかった。

 

 

「まあどうでもいいか」

 

 

杏子はポスターをクシャクシャに潰すと適当な場所へ投げ捨てる。

二人は獲物を求めてさらに奥へと進んでいった。

使い魔の姿はないが何やら『音』が近づいてくる。演奏中なのだろうか?

 

 

「ねえねえ浅倉。アンタさ、コンサートとか行った事ある?」

 

「下らん。興味がない」

 

「かぁー、駄目だねやっぱり。だからアンタは学がないんだよ」

 

「チッ! お前はあるのか?」

 

「あるに決まってんだろ。いいもんさ、優雅な音を楽しむんだ。さらうんどってヤツだね。ハンマーが奏でるペッタンペッタンって音が聞こえがいいよな」

 

「それは餅つ――」

 

「お、あの扉だね!!」

 

 

杏子が指差した大きな扉。そこの奥から音が漏れている様だ。

二人はそれを確認すると嬉しそうに笑い、走り出す。

それは追いかけっこをする友人同士みたいだ。

若干リードした杏子が飛び蹴りで扉を蹴破って中に入った。

 

 

「お! いたいた!!」

 

「ハッ!」

 

 

音が溢れた。

荘厳で雄大で、それはまるで嵐の様に愛情を込めて。

楽団は魔女のために音楽を奏でるのみ。

 

まず見えたのは魔女の使い魔である『ホルガー』達だ。

その役割は『演奏』、彼らはオーケストラとなり魔女に全てを奏で捧げている。

赤いホールに並び立つ、青きホルガー達。

そしてその演奏を聞いていたのは――

 

 

その性質は『恋慕』

在りし日の感動を夢見ている。廻る運命は思い出だけを乗せてもう未来へは転がらない。もう何も届かない、もう何も知ることなどはない。

 

今はただ、ホルガー達の演奏を邪魔する存在を許さないだけ。

それが魔女だった。鎧に身を包み、マントをつけ、蓄音機を模した三つ目の兜を装備する。

鎧にはつけると男性の気を引くことができると言われていたピンクのリボンをあしらい、襟はハート型である。下半身は魚?

 

いや――

 

人魚の魔女・『オクタヴィア・フォン・ゼッケンドルフ』

彼女は巨大な剣を指揮棒に見立て、自ら音を繋いでいった。

音楽を愛する全ての人へ、きっとこの想いが届きますように。

魔女は祈る、願う。そして愛するだけだ。

 

 

「ふぅん、雑魚っぽくはないね。楽しめそうかな?」

 

「さっさと始めるぞ。先に殺した方が勝ちだ」

 

 

杏子と浅倉は並び立ち、それぞれ左右対称のポーズを決める。

蛇が獲物を捕らえる様な動きの後、双方はデッキとジェムを取り出して叫ぶ。

演奏を掻き消す様にして。

 

 

「「変身!」」

 

 

一瞬で杏子の服が全て消し飛び、更新する様に魔法少女の衣装が付与されていく。

隣にいる浅倉には二対の鏡像が回転しながら迫ってきた。

それが重なり合った時、王蛇へと姿を変える。

 

変身を完了させた二人。

まだ二人の存在に気がついていないオクタヴィア。

杏子はニヤリと笑うと、無数の槍を出現させてソレを投擲した。

 

 

「串刺しになり――……なッ!?」

 

 

同時にどこからともなく現れたのはミサイル達。

魔女と言うファンタジックな物とは不釣合いのソレらは、杏子が投げた槍を次々に打ち落としていく。

 

一瞬魔女の攻撃かと思ったが、発射されてきた場所は魔女と使い魔がいる方向ではない。

コンサートホールに繋がる扉は東西南北の四つだ。

杏子達が入ったのは『北』、そしてミサイルが飛んできたのは『東』から。

と言う事はだ、考えられる事はただ一つ。

 

 

『―――!!』

 

 

同時にそこでピタリとやむ演奏。

どうやら魔女と使い魔が異変に気がついた様だ。

コンサートではお静かに。そんな決まりすらコイツらは守れないのか? 魔女は怒りに体を震わせる。

 

 

「おいおい、勘弁してよ」

 

「!」

 

 

聞こえる男の声。

焦りなど欠片とて感じられない、どこか達観した様な雰囲気で、ホールに入る

スーツ姿で胸にはなにやらバッジがあった。

男は魔女を確認すると苦笑し、ため息をもらす。

 

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアアア』

 

 

魔女は怒る。

コンサートを邪魔する奴は全て排除しなければと。

オクタヴィアが剣を天に掲げると、どこからともなく歯車が無数に出現して回転を始めた。

 

そしてオクタヴィアが剣を振り下ろすと、歯車たちが一勢に男の方へと発射される。

生身の人間がくらえば即死の可能性もある攻撃。

だが男は動かない、冷静に魔女を見つめていた。

 

 

「………」

 

 

歯車がぶつかる音が響く。

だがそれは男にぶつかった音ではない。何か硬い物にぶつかった時の音だ。

歯車が男に近づいた時、地面から牛の化け物が現れてその身を盾にした。

 

表情を変える杏子達。

そのモンスター、『マグナギガ』は魔女でも使い魔でもない。ミラーモンスターだ。

先ほどのミサイルはこのマグナギガが放った物だった。

 

 

「俺の手を煩わせちゃってさ、給料はしばらく無しでいくから」

 

 

マグナギガの背後で、北岡秀一はデッキを突き出して構えを取る。

肘を曲げ、腕を広げた後、デッキをセットした。

 

 

「変身!」

 

 

現れる鏡像と重なる鎧。

姿を見せた騎士は今までの物とは違い、機械的な外見である。

仮面にはセンサーやらキャタピラを模した装飾が見える。

カラーは緑、騎士・『ゾルダ』はF・Gの舞台に今足を踏み入れたのだった。

 

 

「今までのお仕置きだ、我慢しろよ」

 

 

銃型の召喚機・『マグナバイザー』を出現させて引き金を引いていく。

狙うはパートナーであったオクタヴィアのみ。

銃弾は魔女に命中していき火花を散らした。

 

ゾルダはキュゥべえから教えられたルールを聞いてこの選択をとった。

パートナーを攻撃するというのも、ちゃんとした狙いがある様だ。

 

 

「杏子」

 

「あン?」

 

人魚姫(アレ)は譲ってやる」

 

「んー、複雑だけど……、まあいいか! サンキュー」

 

 

王蛇は首を回しながら、気だるそうに歩いていく。

しかし内心は歓喜していた。まさか獲物が自分からやってきてくれるとは。

王蛇はゾルダを見据える。

 

 

「お前ェ、俺と戦えよ。ゲームの参加者だろ?」

 

「!」

 

「ルールは簡単だよな? 殺し合えばいいんだよ!!」

 

 

ホールへ飛び込む杏子と、観客席を走りだす王蛇。

オクタヴィアは再び演奏を再開させると、杏子へ狙いを定めてしまう。

舌打ちを行うゾルダ。そうじゃない、コッチを見ろと!

 

 

「あのさ。悪いんだけど、まず魔女(アレ)、俺に倒させてくれない?」

 

「ああいいぜェ、俺を殺せたらな! ハハハハハ!!」

 

「ああ、そういう面倒なタイプなのね。だから戦うのは嫌なのよ!」

 

 

ゾルダは標的を変更して、王蛇へ弾丸を放つ。

馬鹿正直にまっすぐ走っていた王蛇は、当然銃弾の射程に入ってしまい、装甲からは次々と火花が散っていく。

 

後退していく王蛇、どうやら火力もそこそこに高い様だ。

遠距離の武器を持つゾルダに真正面からは近づけないか。

王蛇は一旦客席を移動しながら銃弾を交わしていく。

 

 

「ハハハハハハハハッッ!!」

 

「おいおい、なんで笑ってるんだよ」

 

 

銃弾から逃げ回るという行動なのにも関わらず、王蛇は非常に楽しそうだった。

 

 

「楽しそうでいいねぇ! ちくしょう!」

 

 

それを見ながら悔しそうに目を細める杏子。

王蛇がゾルダを殺してしまえば、一ポイントリードされてしまう。

それは杏子とて面白い事ではなかった。

どんなゲームだとしても負けるのは悔しいものだ。

 

 

「せめてアンタは楽しませてくれよッッ!!」

 

 

杏子は槍を構えて速度を上げる。

広いホールは駆け抜け、魔女に狙いを定めた。

 

 

「ッて! うわわわわわッッ!!」

 

 

しかしそこで杏子の足元に火花が散る。

反射的に後ろへ跳ぶ杏子。見えたのはガトリングで攻撃してきたマグナギガだった。

ゾルダはマグナギガの召喚を継続中である。

マグナギガはビーム砲、レーザー、機関銃、大砲、そして大量のミサイルを搭載したまさに全身兵器のモンスターだ。

 

マグナギガはその場から一歩も動く事なく、多くの兵器を使用して杏子とオクタヴィアを攻撃していた。

爆炎と銃弾に怯み、杏子をオクタヴィアから引き離される。

マグナギガとしては杏子は邪魔らしい。

 

 

「あぶっ! あぶないっての! クソッ!!」

 

 

杏子はジタバタと足を動かして銃弾から逃げ続ける。

これではオクタヴィアに近づけない。かと言ってマグナギガはゾルダの化身、つまり言い換えれば『騎士』になる。

騎士を倒すのは王蛇のみ、それは自分達が決めたルールだ。

邪魔をするもの当然フェアなプレイとは言えない。杏子もそれは分かっている事。

 

 

「おい浅倉ぁあ! アイツ何とかしてくれよ!!」

 

「ハハハハ!」

 

「あー……、もう、聞いちゃいない!」

 

 

当の王蛇はゾルダの弾丸をかわすのに精一杯(?)である。

気づけば杏子はオクタヴィアからかなり離れてしまった。

魔女は演奏を邪魔する者を許さない。オクタヴィアは標的をマグナギガに変えて、歯車を発射していった。

 

 

「やり辛い、非常にやり辛い!!」

 

 

杏子は一度客席まで跳ぶとドカッと座り込んで状況を把握する。

離れたところでは王蛇とゾルダが戦い、オクタヴィアとマグナギガが応戦を行っていた。

マグナギガは歯車を回避せず、全てその身に受けている。防御力でごまかしているようだが、流石にいつかは破壊されるだろう。

 

ミラーモンスターが死ねば、ゾルダはブランク状態となり弱体化してしまう。

そうなると王蛇には勝てない。ならばゾルダは必ずどこかでマグナギガを引っ込める筈だ。

 

 

(そのタイミングを待つか?)

 

 

杏子は一瞬そう考えるが――

 

 

「いや、待ってるだけなんてつまんねぇ!」

 

 

杏子は槍を構えてオクタヴィアをまっすぐに見つめる。

ゲームは好きだ。縛りプレイも嫌いじゃない。

マグナギガの妨害を突破して魔女を殺す。

 

 

「できるかな? できるとも! だってアタシは魔法少女なんだから……、さッッ!!」

 

 

客席を蹴る杏子、一直線に魔女めがけ走り出す。

 

 

「アルディーソ・デルスティオーネ!!」

 

「「「!!」」」

 

 

だが杏子達は忘れている。ココが自由参加のコンサートだと言う事を。

突如現れるのは赤い弾丸だ。炎のメテオと言った方がいいか。

紅蓮の弾丸は突如現れ、ホールに墜落していく。

おそらく狙いははランダム。炎は客席を焦がし、ホールに弾け、使い魔たちを消滅させていく。

 

 

『アアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

大切なコンサートを滅茶苦茶にされている。

魔女はそれだけで怒り狂ってしまいそうだった。

 

 

「魔法少女か!!」

 

「ジュディツィオ・コメット!」

 

 

正解と言わんばかりに呪文が叫ばれる。

巨大な炎の塊、それが先ほど同じく隕石の様にコンサートホールへ飛来してきた。

炎が狙っているのはマグナギガだ。ゾルダはソレにいち早く気がつくと、マグナギガをカードに戻して破壊されるのを防いだ。

 

そして王蛇と共にそこから離れる。

その行動は正解だ。炎がそのまま着弾すると、大爆発を起こして周囲のフィールドを消し飛ばした。

 

 

「あちちっ! あぶねーな!!」

 

 

火の粉が降ってきた。

杏子の前髪が焦げる。フーフー息を吹きかけていると、爆炎の中からシルエットが見えた。

 

 

「ふふふ♪」

 

 

現れたのはポニーテール。左肩が露出した純白のドレスに身を包んだ魔法少女だった。

炎が白をより輝かせる。爆風になびくドレスはお姫様の様で、彼女はたいそう気に入っていた。

 

今日も大好きなドレスに身を包んで上機嫌。

楽しそうに微笑みながら、魔法少女は状況を確認する。

 

 

「おいアンタさぁ、魔法少女だよね!」

 

「?」

 

 

杏子は身を乗り出して目を輝かせる。

まさかこんな所で獲物を見つけられるとは思っていなかった。

コレはとんだ収穫だ、槍を構えてウズウズと小刻みに動く。

魔法少女ならば殺してしまおう、そうすれば1ポイントリードできるかもしれない。

 

 

「うん☆ そうだよ♪」

 

「かぁー! 助かったよ! 早速なんだけどアタシに殺されてくれない?」

 

「えー、それはヤダなぁ」

 

 

ドレスの少女は眉を下げ、唇は吊り上げる。

首を傾げ。あどけなさに溢れた瞳では杏子を見た。

殺されるのは嫌だ。だけど――

 

 

「代わりにわたしが殺してあげるね♪」

 

「ハッ! 面白いじゃん! やれるモンなら――」

 

「!」

 

「やってみろッッ!」

 

 

杏子は槍を持って、新たに現れた魔法少女に狙いを定める。

対する魔法少女も、炎と共にサーベルを出現させて真っ向から杏子の槍を受け止めた。

 

 

「成る程! いいねぇ!」

 

 

杏子は満足そうに笑う。

この雰囲気は間違いない。自分と同じ戦いを求める奴の雰囲気だ。

 

 

「アンタ参戦派だろ!」

 

「当たり前じゃない。この戦いで勝ち残れば願いをもっと叶えられるんだもん♪」

 

「そりゃそうだ! やっとまともなヤツに会えた!」

 

 

上等だと、杏子は歪んだ笑みを見せる。

こういう奴は大好きだ。同時に叩き潰したくなる。

その綺麗な顔をグシャグシャにして、涙と鼻水で濡らした表情を見てみたくなる。

 

 

「アンタ名前は? アタシは佐倉杏子、集会じゃ4番だった」

 

「わたし? ヒ・ミ・ツ♪ 集会じゃ3番だったよ☆」

 

 

3番。殺し合いを楽しそうだと言った魔法少女だ。

本人は名前を明かさなかったが、彼女の名は『双樹(そうじゅ)あやせ』。

同じ趣向を持った人物に会えて、杏子としても嬉しいようだ。

楽しそうに笑いながら槍を振るった。

 

一方、あやせは剣を的確に合わせ、槍をしっかりとガードする。

杏子はグッと力を込めるが、剣はビクともしない。

どうやら童顔に似つかわしくないスペックをお持ちらしい。

 

 

「ウラァア!!」

 

 

杏子は体を捻り、蹴りを繰り出す。

しかし、あやせは杏子の蹴りをしっかりと見ており、後ろへ跳んで回避に成功した。

まだだ。杏子は槍を蛇腹状にしてあやせを追尾させる。

あやせもこのギミックには気づけなかったか、足を取られて動きを拘束される事に。

 

 

「ハハッ! 泣いて泣いてブッ壊れろッ!」

 

「むぅ……ッ! 好きくないなぁ、そういう暴力的な言い方って」

 

 

あやせの足が燃えた。

もちろん魔法だ。炎は足を縛り上げていた鎖を焼きちぎる。

 

 

「へぇ!」

 

 

槍の強度はある程度あったが、簡単に壊された。

間違いなく実力者だ。杏子は感心したように唸った。

一方で再び動き出すオクタヴィア。いい加減にしてほしかった。これ以上コンサートを乱さないでほしい。

 

悲痛な叫びを上げて、オクタヴィアは歯車を次々に発射していた。

大切なホルガーを殺されて、怒りは最高潮なのだから。

 

 

「――ッ!!」

 

「おおっ!?」

 

 

そこで赤紫の影がフェードイン。

エビルダイバーは参加者を狙う歯車を全て弾き飛ばした。

杏子達が現れた北ゲート、ゾルダがやって来た東ゲート、そして西ゲートから現れたのはバイクに乗ったままの手塚だった。

 

手塚はアクセルグリップを捻り、アクセルを吹かす。

直後、タイヤが激しく回転してバイクが急発進した。エビルダイバーは手塚の先にまわりこみ、体を斜めに傾けて着地する。

 

それは簡易的なジャンプ台だ。

そこへ猛スピードで突っ込む手塚。バイクが跳ね上がり、そのまま一気にホールへと飛び込んでいく。

 

 

「変身!」

 

 

手塚は空中でライアに変身すると、シートを蹴ってバイクから飛び降りた。

空を舞う無人のバイクは、杏子を狙っている。

まさに鉄の弾丸だ。

 

 

「ハッ! くだらねぇ!!」

 

 

しかし流石と言うべきか。

杏子は突っ込んできたバイクをいとも簡単に蹴り飛ばすと、それをオクタヴィアにぶつけて爆発させる。

 

 

「おいおい、またお前かよ」

 

「んー? 誰ぇ、助けに来てくれたの?」

 

「まさか」

 

 

ライアは杏子とあやせの両名を睨みつけて言った。

これは彼が何度も口にしてきた言葉、何度でも言い続ける決意だ。

 

 

「戦いを止めろ。それが聞けないのなら――」

 

 

ライアはデッキからカードを抜くと、そのままエビルバイザーへ装填した。

 

 

「痛い目を見てもらう」『ストライクベント』

 

 

光を纏い、強化されたエビルバイザー。

それは抵抗すれば容赦なく危害を加えると言う思考そのものだった。

尤も、杏子とあやせは笑うだけで、少しも怯むことはなかった。

 

 

「やれやれ、次から次へと――ッ」

 

 

ゾルダは苛立ちを隠せない。

さっさとオクタヴィアを倒して帰りたいのに、どうしてこうなるのやら。

しかも王蛇はさらに増えた騎士にますます興奮しているじゃないか。

これは面倒以外の何物でもない。

 

ゾルダ、王蛇、ライア。杏子、あやせの魔法少女。

無数の雑音が荘厳なオーケストラを乱す。

オクタヴィアは憤怒して歯車を発射するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『へぇ、まさか見つかるとはなあ?』

 

「ハァ……! ハァ――ッ! うグッ!!」

 

 

サキがジュゥべえにコンタクトを取れたのは、まさに幸運だった。

全身の力が抜けたように倒れるサキをジュゥべえは冷めた目で見ている。

二人がいたのは見滝原の工場の一角だった。

 

建物の屋上にいたジュゥべえ。

そこに閃光の様なスピードでサキが現れたのだが、そのまま崩れ落ちた。

サキの髪は腰に届くまで伸びており、ところどころ出血も見られる。

 

『それがお前の切り札、"イルフラース"か。だけど使いこなせないんじゃ意味ないぜ』

 

「うるさい……! さっさと情報をよこせ……ぇ!」

 

 

サキはうつ伏せになり、顔だけをジュゥべえの方へ向けた。

ジュゥべえは気まぐれに情報を与える。本当はキュゥべえが良かったが贅沢も言っていられないだろう。

 

 

『まあまあ。オイラだって今の状況はよく分かってるつもりだ』

 

「なに……?」

 

『美樹さやかはお前らの仲間だもんな。必死になるもの分かるぜぇ?』

 

「貴様――ッ!」

 

『オイラだって鬼じゃねぇ、テメェの聞きたい事を言ってみな。先輩と違って複数答えてやるからよぉ』

 

「ならッ、さやかだ! 今のさやかを元に戻す方法を教えてくれ!」

 

 

ジュゥべえはサキの鬼気迫る表情を見て深く頷く。

さやかを元に戻したいだろう。だったらその背中を押してあげるまでだ。

ジュゥべえはそんな事を言って顔を上げた。口を歪ませて。

 

 

『ねぇよ、んなもん』

 

「な―――ッッ」

 

 

打ちひしがれたような表情を浮かべ、サキは固まる。

それを見てケラケラとジュゥべえは笑った。

 

 

『いいね。人間ってのは表情豊かで飽きない』

 

「ない、だと……ッ?」

 

『ああ。お前達が求める答えは無い。魔女になってしまった美樹さやかを元に戻す方法は無いんだよ』

 

 

だが全く希望がないワケでもないと付け加える。

 

 

『マミと同じ事をすればいい、段階はあるがな』

 

「!!」

 

 

今現在さやかはパートナーと出会っていない事になる。

確かにずっとパートナーだった北岡と一緒にはいた。

しかしペアが正式に結ばれる条件は、騎士側が変身していない事には始まらない。

騎士が魔法少女に触れた時点で契約は結ばれるのだ。

 

 

『ペアが決まっていない状態でパートナーが魔女化した場合、特殊ルールが騎士に伝えられる』

 

 

パートナーが魔女化した場合、魔女になったパートナーをペアの騎士が一度殺す。

そうすれば魔女はカードに封印されて騎士(パートナー)のデッキに送られる。

それがルールの一つだった。

 

つまりこの場合、北岡がオクタヴィアを殺せば、オクタヴィアが北岡の配下としてデッキに送られると言うのだ。

 

カードになるという事は、須藤達の時と違って魔女を隠しておく必要は無くなる。

結果、人を襲って魔女の餌にする必要も無いと言うのだ。

必要な時に呼び出して攻撃させる、ミラーモンスターと扱いは同じである。

 

このゲームでは早々にペアを組んだ方がメリットが高い。

カードの強化や、ソウルジェムの穢れも抑えることと言った、数々のメリットを受ける事ができる。

しかしそれはパートナーと出会い、契約を結べばの話だ。

 

北岡の様にパートナーに気づかない場合や、蓮の様にまだ覚醒していないからペアを組めない場合など、それらのペアは大きく出遅れてしまう事になる。

だからこそ今までペアを組めなかった者達には、ある程度の『ハンデ』を与えるのがセオリーだとジュゥべえは言った。

 

今回の例は珍しい事ではないのかもしれない。

パートナーの知らない所で魔女になってしまえば。ペアは永遠に組めなくなる。

だからこそ魔女になった時点で、それが騎士に知らされて『救済措置』が取られる。

 

 

『魔女を使う事のコストをなくしてあげると言う措置がな』

 

 

パートナーの魔女化は諸刃の刃だ。強力だがそれ相応のリスクはある。

だがそのリスクを少なく出来るのだ。これ以上のサービスは無いだろう?

 

 

『北岡がさやかを殺せば。その時点でペアは成立する』

 

「き、北岡!? 彼が騎士だとでもいうのか!」

 

『おうよ。コレ絶対先輩なら教えないぜ。なんたってゲームに大きく関わるんだからよ!』

 

 

まあいいや。話を続けようとジュゥべえは言う。

つまりその状態で北岡のデッキを破壊し、北岡を殺せばさやかは蘇るのだ。

さやかを救うルートは、まず北岡がオクタヴィアを殺す。

そしてその後に北岡のデッキを破壊、北岡を殺す、だ。

 

 

『ちなみに自殺は駄目だ、北岡をしっかり殺せ』

 

 

加えてさやかが蘇るとなると、彼女の願いは失われる。

つまり上条恭介の腕は再び使い物にならなくなると言う訳だ。

 

 

『せっかくまた夢に向かって行けると思ったら駄目でしたなんて、ギャグだろギャグ』

 

 

ジュゥべえは笑っていた。

もしもそうなった場合、上条の心はきっと壊れてしまう。

それを見たら蘇生されたさやかはどう思うのか?

 

 

『自ら命を絶つんじゃねぇか? あの小娘ならよぉ』

 

「グッ! 貴様らぁァ……ッッ!!」

 

『おいおい怒んなよ、コレもルールってヤツだぜ』

 

 

その制約が嫌なら、北岡がさやかを殺した上で北岡が最後まで生き残ればいいだけの話だ。

どちらの勝利であろうとも願いを叶えるチャンスはある。

そこで北岡がさやかを元に戻してくれと願えばいい。

 

 

『お前らも生き残りたいなら、北岡が生存した状態でワルプルギスを倒せ。そうすれば願いの力でさやかは蘇る』

 

「今のところはそれしかないのかッ?」

 

『うーん、まあ言い方によっては微妙だけどな。とりあえずそれだけだぜ』

 

「………」

 

 

微妙? サキは思考をめぐらせる。

だがこうなったら北岡に一度さやかを封印してもらうしかない。

北岡が協力してくれるかどうかは別としても、現状はコレしか方法が無いのだから。

しかし、そこでサキに走る疑問と言う闇。

 

 

「おい」

 

『あぁ?』

 

「そもそも、何故、さやかは魔女になった?」

 

『………』

 

 

サキは見逃さなかった。

その質問をした瞬間に、ジュゥべえの口がより深く裂けていったのを。

 

 

「お前達は以前、マミが魔女になった時はソウルジェムの暴走だといっていたが、その時には記憶をロックされていたとも言ったな」

 

 

もしも今、その理由をキュゥべえ達が思い出していたのなら。

ジュゥべえはニヤリと笑ったまま、耳を動かして拍手を行う。

サキの思った通り、ジュゥべえは全てを知っていたのだ。

 

 

『ハハハ、そうだな。サービスだ、ソレも教えてやるよ』

 

「やはりアレは嘘だったのかッッ!」

 

『いんや、まあソウルジェムの暴走ってのは間違いじゃねぇ』

 

 

だがしかし、問題は何故暴走するのか。そして、『それから』である。

 

 

『ソウルジェムを出してみろ』

 

 

言われたとおり、サキは自分のソウルジェムを取り出してみる。

イルフラースと言う魔法を長時間使用した為に、どんよりとした濁りに満ちていた。

 

 

『オイラを見つけたボーナスだ、ホレ!』

 

 

ジュゥべえはグリーフシードを取り出すと、サキのソウルジェムの穢れを祓う。

濁っていたジェムもすぐにキラキラに輝く宝石となる。

 

 

『美しいねぇ。魂が吸い寄せられちまう程の輝きじゃねぇか』

 

「なにが言いたい?」

 

『綺麗だよなソウルジェムってヤツは。魔女の薄っ汚ねぇグリーフシードよか何倍もマシだぜ』

 

 

ジュゥべえは確かにサービス旺盛かもしれないが、キュゥべえよりも『もったいぶる』性格の様だ。

サキはイライラしながら口調を強める。

しかしジュゥべえはまだ、ヘラヘラと笑っていた。

 

 

『テメェらは主に魔法を使って戦う。んで、魔女も主に魔法を使って戦う』

 

「………」

 

『魔法少女ってのは文字通り"女"だ。んで、魔女ってのも文字通り"女"だ。どっちも男じゃ務まらねぇわな!』

 

 

力の本質は同じ魔法にある。

 

 

『同じだな。お前らは』

 

「―――ッ!」

 

 

同じ? 魔女と魔法少女が? そう思った時サキの体に走る衝撃。

そうだ、同じだ。魔女と魔法少女は限りなく似ている存在。

 

なんで今までその可能性を考えなかったのだろう?

何故マミが魔女になった時点で気がつかなかったのだろう?

サキは全身から汗が吹き出るのを感じた。

どこかで否定する心もあったが、ジュゥべえの表情を見てゾッとする。

 

 

『ソウルジェムってのは綺麗だ。だけどどんな綺麗なモンでも汚れちまう』

 

「――ぃ」

 

『グリーフシードみたいに!』

 

「――ぉぃ」

 

『こんだけ共通点があるってのも珍しいよなぁ?』

 

「おいッッ!!」

 

 

サキは叫ぶ。

その表情を見てジュゥべえはしっかりと頷いた。

 

 

『流石だぜ浅海サキ。理解したな人間』

 

 

そうだ、そうだったのだ。

そんな恐ろしいことを口にすらしたくなかったが、サキは反射的に全てを叫んでいた。

マミが魔女になってしまった? さやかが魔女になってしまった?

いやいや、それは同じ様で違う。

 

 

「まさか! まさか魔女は――ッ!」

 

『………』

 

「まさか! 今まで私達が殺してきた魔女はッッ!!」

 

『ヒヒ! ヒャハハハハハハ! 当たりだぜ、浅海サキぃ!』

 

 

唯一の答え、それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『魔女は、お前らなんだよ!』

 

「ッッッ!!」

 

『魔法少女の末路は、魔女なんだよなぁ! ハハハ!!』

 

 

ソウルジェムの暴走とは、すなわち急速に加速した運命だとジュゥべえは言う。

 

 

『いずれ魔女になるお前らの末路が早まっただけだ』

 

 

だから暴走とは言えど、いずれ全ての魔法少女がたどり着く未来。

それが魔女になると言う事だった。

 

 

「う――ッッ」

 

 

口を押さえるサキ。

今までこの手で倒して――、殺してきた魔女が元魔法少女だった?

正義の為だと皆で助け合いながら、皆で笑いあいながら殺してきた物が人だったとでも!?

 

サキはその事実に思わず吐き出しそうになってしまう。

須藤と何が違う? 人を殺して正義を名乗って――!

 

 

『おいおい魔法で気分コントロールすりゃいい話だろ? 吐きそうになってんじゃねーよ』

 

「うるさい……!」

 

『ソウルジェムを都合よく使っていかないと、ゲームは勝てないぜ』

 

 

堪えるサキ。

しかし今度は別の物がこみ上げてきた。

サキはジュゥべえを刺し貫かんとばかりに、睨みつける。

魔法少女が人に害をなす魔女になると言うのなら、そうなってくれと言ったジュゥべえは何者なのか。

 

 

「お前らは私たちを魔女にする為に声をかけたのかッッ!」

 

『いやいや、勘違いすんな。オイラ達は別にお前らに悪意を持ってる訳じゃねぇ』

 

 

誤解であると強めた。

 

 

『オイラ達は魔女にさせる為にお前らを魔法少女にした訳じゃない。そしてこのゲームを開いたのも同じだ』

 

 

そこにはちゃんとした理由があると言う。

では何故、キュゥべえやジュゥべえはサキ達を魔法少女にしたのか?

何故騎士を生み出してF・Gを開催したのか?

 

 

『覚えてるか? オイラ達には飼い主がいるって話』

 

「誰だと言うんだ!」

 

『宇宙だよ』

 

「ハ……?」

 

『オイラ達の目的は、宇宙の寿命を延ばす為なんだぜ』

 

 

サキは曖昧な表情で沈黙した。

突拍子も無さ過ぎて、なんと言っていいか分からなかった。

 

 

『だからんな怖い顔すんなっての。サキ、テメェはエントロピーって言葉を知ってるか?』

 

「でたらめ、乱雑さの事か? 悪いがよく知らない」

 

『まあな、難しい話だ。少なくとも中学生のテメェらが知る話じゃねぇ』

 

 

水面に垂らしたインクは、最初は一点だが時間ともに広がっていく。

だが水面に広がったインクが時間と共に一点になる事は無い。

 

 

『焚き火で得られる熱エネルギーは、木を育てる労力と釣り合わない』

 

 

水とお湯を混ぜれば『ぬるま湯』になるが、ぬるま湯になった物を再び『水』と『お湯』に分ける事はできない。

その不可逆、乱雑さ、エントロピー。

 

 

『複雑だなオイ。まあすげぇ簡単に言うとよ、エネルギーってヤツは使えば無くなるんだよ。有限なんだ、無限じゃねぇ』

 

 

エネルギーは形を変換する毎にロスが生じる。

宇宙のエネルギーは減り続ける一方だ。

そしてこのままだといずれ宇宙は死を迎える事となる。

 

 

『詳しく知りたいなら自分で調べな、長くなる』

 

「つまり、エネルギーの問題があったと?」

 

『そういう事でい! んで、オイラ達はずっとその法則に縛られないエネルギーを探し求めて来た』

 

 

全ては、宇宙を救う為に。

ジュゥべえはえっへんと胸を張る。

彼らの種族はいち早くその事態に気がつき対策を練っていた。

 

 

『宇宙の死は、つまりすべての文明の死に繋がる』

 

 

それを防ぐためにずっと長い時を戦ってきたのだ。

要するに、問題を解決しなければ全ての命が消え去る事態があった。

それに止めるためにジュゥべえ達は様々なエネルギーを捜し求めたのだ。

 

 

『そしてとうとうオイラ達は見つけたのさ、そのエントロピーを凌駕するエネルギーをな』

 

 

ジュゥべえの瞳はサキを映す。

今までの会話から察するにそれは魔法少女達の事を言っている筈だ。

サキはジュゥべえの底知れぬ威圧に負けぬよう必死に歯を食いしばる。

対してフッと笑みを浮かべるジュゥべえ。

 

 

『そんなに緊張しなくていい。今、お前が見せたものこそがその答えだ』

 

 

緊張、怒り、焦り、恐怖。

 

 

『そのエネルギー、つまり"感情"だ』

 

「感情……ッ?」

 

『ああ、同時にしてお前ら魔法少女の魔力!』

 

 

ジュゥべえ達の文明は知的生命体の感情をエネルギーに変換すると言うテクノロジーを生み出した。

しかし、当の彼らが感情というものを持ち合わせていなかった事こそが最大の問題である。

これではせっかく見つけたエネルギーを無駄にして終わらせてしまう。

ならば、宇宙は救えない。

 

 

「キュゥべえはまだしも、お前はどうなんだ?」

 

『オイラは先輩とは違って擬似的な感情を持っている。だけどそれは結局作りもんでしかない』

 

「ああそうだな、見ていてよく分かるよ。こんな下らないゲームを司る悪魔め……ッ!」

 

『ハッ! 酷い言い様だな。だが忘れんな、このゲームに乗ってるヤツもいるって事を!』

 

 

ジュゥべえは笑う。どのタイミングで笑えばいいかを知っている。

 

 

『テメェらの意味不明な行動なんて完璧に理解できるかよ』

 

 

滑稽な行動、傲慢な行動、それらは笑いの種だと言う事は分かる。

現にジュゥべえの擬似的な感情は、限りなく人に近いものがあった。

だがどんなに近くてもそれはフェイクでしかない。

 

これではエネルギーを生み出す事など不可能。

だから妖精たちは地球にやって来た。人間に可能性を視た。

 

 

『テメェらは本当に凄い生き物だよ』

 

 

低脳そうな魚や、猿から進化を繰り返し、言葉や文明を進化させていった。

そしてどんどん知識をつけて偉大に、愚かになっていく。

色々な意味で。

 

 

『人類の個体数、そして繁殖力は中々だぜ。テメェら本当、盛りのついた獣みたいに子供作るのな』

 

 

おかげでこっちは助かるが。

まあいいと、ジュゥべえは話を続ける。

 

 

『その一人一人の人間が生み出す感情エネルギーは、その個体が誕生して成長するまでに要したエネルギーを凌駕する』

 

 

人々の魂はエントロピーを覆すエネルギー源なのだ。

そしてその中でもピンキリがある、人間ならば誰でもいいと言う訳ではない。

それこそが魔法少女誕生の理由。

 

 

『最も効率が良いのは、第二次性徴期少女の希望と絶望の相転移なのよ』

 

 

つまりサキ達中学生の辺りがちょうど良いポイントと言う事だった。

ジュゥべえは美しく輝くサキのソウルジェムを見る。

 

 

『おいおい、既に濁りが見えるぜ』

 

 

この話が余程ショックだったのだろう。ジュゥべえは可哀想にと笑っていた。

このソウルジェムはやがてグリーフシードとなり、サキを魔女へと変えるのだ。

 

 

『まあ同時にそれが証明だわな。お前らの歳は多感なんだよ、感情に物凄く敏感だ』

 

 

だが同時に男はイマイチだという。

別にやろうと思えば魔法少女じゃなくて魔法使いを生み出す事もできる。

しかしそれじゃあ願いのパターンが一定化するのは明確だと。

 

 

『盛りのついたガキなんざ、だいたい女だの金だの、同じ様な願いばっかりだ』

 

「……ッ」

 

 

金がほしい。あの娘と付き合いたい。イケメンになりたい。

ムカつくアイツをぶっ飛ばしたい。親を殺したい。悪くは無いが、良くも無い。

 

 

『もちろん女だってそのパターンも多いが、感情の質はやはり違う』

 

 

だからこそ魔法少女のみに狙いを絞ったのだ。

 

 

『ソウルジェムになったテメェらの魂はやがて燃え尽き、グリーフシードへと変わるその瞬間に、膨大なエネルギーを発生させる』

 

「まさか……」

 

 

エネルギーと言う単語、サキは唇を震わせる。

ジュゥべえらはずっと魔法少女達の事を、エネルギーを発生させる装置程度にしかみていないじゃないだろうか。

 

いや実際にそうなのだろう。

サキ達から発生する強力なエネルギー、それだけが妖精の目的なのだ。

 

 

『それを回収するのがオイラ達、"インキュベーター"の役割だ』

 

「インキュ……、それがお前らの本当の名か」

 

『ああそうさ、テメェらの世界でいう温度を一定に保つ装置。"孵卵器"の事さ』

 

 

インキュベーター、略してキュゥべえ。

そしてキュゥべえだけでは役割効率が悪いと踏んで、擬似的感情を持った後継機を生んだ。

それは先に生まれたキュゥべえを『先輩』と称してサポートに徹し、依存して付き従う。

つまり『従属《じゅうぞく》する存在』となる。

 

 

「成る程な、従属するキュゥべえ……、略してジュゥべえか」

 

『キュウとジュウで順番もいいだろ? ハハハハ!』

 

 

こうしてインキュベーターは、良いエネルギーを放出してくれる道具に出会えたワケだ。

 

 

『その時の感動を是非感情を持って味わいたかったぜ。さぞ素晴らしいんだろうな』

 

「ふざけるな! 私達は消耗品なんかじゃない! 心を持つ人間だ! 電池なんかじゃないんだよ! お前らの為に死ねって言うのか!」

 

 

サキはフラ付きながらも、しっかりと立ち上がってジュゥべえと対峙した。

だがジュゥべえは冷めた様子である。サキのテンションが面倒だと言わんばかりに。

 

 

『死ねって、死んでるだろうが既に』

 

「ぐッ! うるさい!!」

 

『悪い悪い揚げ足だったな。でもな? オイラ達の為に死ぬんじゃねぇぞ』

 

 

サキは知っているのだろうか?

この宇宙にどれだけの文明がひしめき、一瞬ごとにどれ程のエネルギーを消耗しているのかを。

 

 

『エネルギーの枯渇は、お前達だって日々恐れている事だろう?』

 

 

ましてやその規模が違う。

枯れ果てた宇宙を引き渡されて困るのはサキ達だ。

つまり長い目で見れば、コレはサキ達人類にとっても非常に得になる取引なのである。

 

 

「有益な取引だt!? マミが死んで、さやかが絶望に溢れて――ッ! それが得になる取引だとッ!!」

 

『じゃあなんだよ、テメェらは宇宙が滅びてもいいのか?』

 

 

そうなれば全ての命が消滅する。

それは最悪の結末だ。それを防ぐには多少の犠牲を伴うしかない。

天秤にかけた選択は、ジュゥべえ視点では迷う事の無い答えだった。

 

 

『あえて言うぜ、宇宙の為に死ねってな。世界を守る為に魔法少女になったんだ、自己犠牲の覚悟くらいしてるだろ?』

 

 

赤い瞳が、サキを捉える。

 

 

『そもそも先輩はテメェらの合意を前提に契約してるんだ。それだけでも十分に良心的だろうが』

 

 

その瞬間サキの中で何かが弾けた。

ジュゥべえを掴み上げると、心の限り叫ぶ。

その形相は憎悪の塊だった。

 

 

「合意を前提に? 良心的にだとッッ!?」

 

 

サキの脳裏にマミとさやかの笑顔がフラッシュバックする。

そして同時に泣いている表情もまた浮かんできた。

 

 

「騙されていたんだよ、私たちは! 彼女達はッ!」

 

『騙す!? ハッ! やっぱりまだオイラには感情ってヤツが理解できねぇぜ!』

 

 

確かにサキ達にとってはそう感じたかもしれない。

だがジュゥべえはキュゥべえの言葉を借りる事にした。

認識の相違から生じた判断ミスを後悔する時、何故か人間は他者を憎悪する。

知らない理由を他者の責任とするのだ。

人のせいにして自分は悪くないと胸を張る。

 

 

『テメェらは軽すぎるんだよ、物事の考え方が!』

 

「……ッ!」

 

『無責任なほどに無知だ。与えられる情報だけを信じる。決して自分から得ようとはしない! 怠惰に溢れてる!』

 

 

限界だった。

サキは決して踏み越えてはいけない一線と知りつつ行動を起こしてしまう。

インキュベーターが敵だと決めうち、気がついていたらジュゥべえに雷撃を打ち込んでいる。

 

 

『グゥウ! 何しやがるッ!?』

 

「黙れェエエエエエッッ!」

 

 

雷が落ちた。

青白い一撃がジュゥべえの体を黒焦げにする。

サキは呼吸を荒げ、地面に落ちた亡骸を見ていた。

これで少しはインキュベーターの思惑を阻止する事ができたのでは無いかと思うが。

 

 

『酷いことするな、浅海サキ』

 

「!!」

 

『ヒステリーな女はモテないぜ、本で書いてあった』

 

 

サキは下を向く。

そこにいたのは、笑みを浮かべたジュゥべえではないか。

黒焦げになっていた筈なのに、すっかり元通りになっているじゃないか。

 

 

「なんで……」

 

『覚えておけ、インキュベーターに個の概念はねぇ』

 

 

つまり。

 

 

『オイラ達を殺す事はできない』

 

 

サキはその言葉に圧倒的な敗北感を覚える。

どれだけキュゥべえとジュゥべえを殺そうとも、彼らを止める事はできないのだ。

 

 

『オイラは無限に蘇り、先輩(キュゥべえ)は多くのスペアを持っている。それらは記憶を共有し、永久機関として機能するんだ』

 

「そんな――……!!」

 

 

その時、サキの周囲に降り注ぐ針。

上空からキュゥべえの頭部、宇宙の様な模様のコートを纏った、針の魔女キトリーが現れる。

 

 

「魔女ッ!」

 

『コイツはキトリーだ。インキュベーターの命令に従い、オイラ達の邪魔になる物を排除する珍しい魔女さ』

 

「では、この魔女も……」

 

『ああそうだ、元魔法少女。つまりテメェらの先輩って事だな』

 

 

ジュゥべえは言う。

魔法少女時代の想いで決まる性質、それが魔女を突き動かす本能となるのだと。

キトリーの性質は『敬愛』、彼女はもともとキュゥべえ達を崇拝していた魔法少女だ。

だからこそ魔女になった今でも、キトリーはキュゥべえ達に協力するのだと。

 

 

『消えなキトリー、オイラ達の守護はしなくていい』

 

 

キトリーは頷いて姿を消す。

 

 

『まあテメェの気持ちも分かる。オイラを殺したけりゃ殺せばいい』

 

 

だがサキ達人類の価値基準こそ、ジュゥべえには理解に苦しむ事だと言う。

今現在で約69億人、しかも4秒に10人づつ増え続けているだろう人間が、どうして単一個体の生き死ににそこまで大騒ぎするのやら。

 

 

「心があるからに決まっている! 死んだらもう会えないんだぞッ!!」

 

『喜んで見送ってやれよ、宇宙の為に死ねるんだ。光栄だろ?』

 

「お前らは……! 命をなんだと思ってるんだ!」

 

『何なんだよ』

 

「何……ッ?」

 

『ちょっと前まで、飛行機乗せて特攻させてたのはどこのどいつだよ』

 

 

そもそも命とは、なんだ?

 

 

『お偉い人間様は、豚や牛を殺しまくって食べますわな。でも残すヤツもいる』

 

「……私達は命に敬意を払って牛たちを殺す。食事の前に頂きますを言う事こそが!」

 

『遊びで動物殺すヤツなんてざらにいるぜ?』

 

「………」

 

『テメェら人間はいつの時代も命は平等なんて綺麗事をほざきながら。平気で命に優劣をつけやがる。違うか?』

 

 

なんてな冗談だよ。ジュゥべえは謝罪して笑う。

しかしサキとしても複雑な所ではあった、だからつい話を反らす意味も込めて浮かんだ疑問を口にする。

 

彼らが魔法少女を絶望させる事によって発生するエネルギーを求めているのは分かった。

ならば気になるのは騎士の存在だ。彼らは一体何の役割を持つのだろうか?

そしてF・Gの意味とは?

 

 

『そうだな、答えてやるよ――』

 

 

騎士とF・Gは、最近生まれた産物だと言う。

つまり魔法少女のシステムが生まれてからずっと時間が経って生まれた物だ。

 

 

『騎士システムの導入とF・Gは今回が初めてだ』

 

「前例がないと?」

 

『サキ、本当に知りたいか?』

 

「!?」

 

 

念を押すジュゥべえに、サキも戸惑いの表情を浮かべる。

しかしもうここまで来たのだ。いまさら何を恐れる必要があるのか?

 

 

「全てを話せ、ジュゥべえ!」

 

 

ジュゥべえは何度か頷き、口を開く。

 

 

『ある時、オイラ達は騎士のシステムを手に入れた』

 

 

人の想いをミラーモンスターに変える。

それが魔法少女システムとは違う騎士システムだ。

魔法少女システムは願いを叶えた後、魔女へ変えると言うものだ。

希望を手に入れて、あとは絶望へ一直線のシステム。

 

 

それでもいいんだけどよ。ちょっと効率が悪いんだ』

 

 

魔法少女は半端な気持ちで変身する人間は少ない。

覚悟を持った少女達が良質なエネルギーを生み出す故に、キュゥべえ側もそうした人間をスカウトするのだ。

 

それが原因で、強い少女達は、なかなか絶望してくれない。

そんな時、インキュベーターは新たな段階へ足を踏み入れた。

 

 

『少女以外も使えるんじゃねぇかってな』

 

 

騎士は男を中心に、年齢もバラバラにする。

それは多感で感情の起伏が激しい第二次性徴期少女に代わる品を用意できるかもしれない試み。

 

つまり女子中学生でなくても、良質なエネルギーを生み出せる存在を作れるのではないかと言うことだ。

だが男性や成長期を過ぎた人間だと、願いが単調になり、覚悟もままならぬ状態になる可能性が高いと先ほど言った。

ならば――

 

 

『いっそ願いを最初じゃなくて、後に叶えるようにすれば良いんじゃねぇかってな』

 

 

人は誰でも叶えたい願いと言うものがある。それを餌にする事で、希望を膨れ上げる。

同時に負ければ全てを失うと言う絶望。それは膨れ上がった希望の量だけ大きくなると言うものだ。

 

それに打ってつけなのが騎士システムとF・Gだった。

そしてF・Gと言う最大の目的。それは早急に、かつ大量にエネルギーを搾り出す方法である。

 

 

『考えてもみろよ、テメェらは今日までその事実を知らなかった』

 

 

逆に言えばそれだけの時間、魔女にならなかったと言う事だ。

魔女は魔法少女の餌としても機能する。キュゥべえ達としては、できる事なら魔女は多い方がよかった。

 

しかし減るのと増えるのは反比例。

そこで彼らは効率よく魔女をつくる方法、エネルギーを得る方法を考えた。

天然もいいが、養殖も悪くない。

 

 

『テメェらを効率よく魔女にする。馬鹿な人間を効率よく騎士にして絶望させる』

 

 

それは願いを叶えると言う最高の報酬を餌にして。

人の欲望に終わりは無い、人は常に求めたがる。

 

でも手に入れられない。

だけど手に入れられるかもしれない!

そんな考えを常に持っている。だから踏み越える。だから手に入れようとする。

 

 

『たとえ他者を犠牲にしようとも』

 

 

こうして生まれたのだ、このゲームは。

 

 

『お前らで絶望し合ってもらうって事なんだよ、つまりは』

 

「……!!」

 

『愚かなゲームだよな、同じ種族が潰しあって絶望しあう』

 

 

バカ共の蠱毒。

まさにそれは愚者達のゲーム。FOOLS,GAMEなのだ。

 

 

「私達自身で潰しあう……!!」

 

『そうする事で早急に魔女とエネルギーを生み出せる』

 

 

騎士システムのおかげで少女以外も対称にする事ができ、エネルギーを調達できる。

ルールを設定すれば、決められた期間でワンサイクルの流れができあがる。

その一つの流れで必ず魔女は生まれ、騎士は絶望していく筈だ。

 

同時に良質なエネルギーを生み出してくれる。

こうすれば無駄な時間を過ごす事はない。

F・Gはインキュベーター達にとっては希望だったのだ。

 

 

「期間を早めるためだけに……! こんな残酷なゲームを!?」

 

『だけってのは少し違う。そもそも宇宙には余裕なんて無いんだよ、それに楽しんでるヤツは多いぜ? 困ったよな、本当』

 

 

とにかく、フールズゲームまた、宇宙の命を守る役割を果たしている。

 

 

「私はッ、絶対に認めない!!」

 

『じゃあ認めないまま死ねよ』

 

 

既に認めて動いている参加者は多い。

認めない事は事態を受け入れられない愚者の言い訳でしかないとジュゥべえは笑う。

 

確かに今まで、仲間達と楽しく毎日を過ごしてきたサキ達にとっては、受け入れがたいルールかもしれない。

だが既にマミが死に、さやかが魔女になった。

このまま認められないなんて言い続けていたら、サキ達に待っているのは全滅だ。

 

だからこそサキ達は決断しなければならない。

何もこのゲームは最後の一人しか生き残れないなんてルールじゃない。

ワルプルギスの夜さえ倒せば、何人でも生き残れるのだ。

 

 

『クハハハ! まあテメェらはいつだって常識を覆す存在だった。がんばれば否定できるかもしれないぜ?』

 

 

ジュゥべえはそう言うとサキに背中を向ける。

どうやら今回の情報はココまでと言う事らしい。

最後のジュゥべえはサキのソウルジェムをもう一度浄化した。

 

 

『じゃあな。さやかを助けたいのなら、とりあえずパートナーに倒させろ』

 

 

その後に勝ち残り、願い事を使えばいい。

サキとしても様々な思いが渦巻く所ではあったが、これ以上時間をかけてもいられない。

もう体も動く。悔しげにしながらも、サキは走りだした。

 

 

『………』

 

 

残されたジュゥべえは空を見上げ、月を瞳に映す。

 

 

『見えてるか? まあ無理か』

 

 

悲しいだろう? 苦しいだろう?

可哀想に、お前自身が絶望したくなるはずだ。

別にいいんだぜ? 苦しくなったら逃げ出してもよ。

それが人間って生き物だった筈だ。

 

ジュゥべえは跳躍。

さらに高い部分へと移動して見滝原の街を見下す。

今日もこの世界には何人もの愚者が生きているのだろう。

生かされているともしらず、自らが正しいと傲慢を振りかざして。

 

 

(ハッ! 虫けら共が、せいぜい足掻けよ)

 

 

面白くなってきた。ジュゥべえは満足そうにその場を離れたのだった。

 

 

 

場面は再びコンサートホールへと移る。

爆発や叫び声が飛び交い、オーケストラは滅茶苦茶だ。

オクタヴィアは異物を取り除くために大剣を振り回す。

 

やめて。

お願いだから彼との大切な思い出を怖さないで!

オクタヴィアは泣き喚く様な声を上げて参加者を攻撃する。

しかしそれを止めるように降り注ぐ銃弾。

 

 

「………」

 

 

ゾルダはそれを何も言わずにオクタヴィアを見ている。

尚も引き金に指をかけて、オクタヴィアに対して銃弾を浴びせていった。

苦しいだろう。きっと痛いんだろう。だが耐えてもらうしかない。

どうしようもないんだ。

 

 

「キキキキ!」「ギギギギ!」

 

「チッ!」

 

 

ゾルダは射撃を中断して、身を翻す。

そうしなければメガゼールの蹴りや爪を受けていただろう。

ゾルダはすぐにガゼール達に銃弾を撃ち込んでいった。

 

火花を散らして客席からホールに転落していくメガゼール。

このホールに新たな侵入者が現れたと言う事だった。

騎士・インペラーは、ゾルダ達がいる反対側の扉から登場。

アドベントを使用して、ホールに何体ものメガゼールを出現させた。

 

呼び出されたメガゼール達はホールを所狭しと駆け回り、滅茶苦茶にしていく。

ある者は他の参加者に襲い掛かり、ある者はホルガーを殺していく。

それに叫びを上げて暴れまわるオクタヴィア、『彼』が壊されてしまう気がして彼女は暴れまわった。

 

 

私の願いが叶うのならば『彼』でなく私を壊して。

愛する彼の思い出をこれ以上穢さないで。どうかもう放っておいて。

思念が頭の中に入ってくるようだった。

 

 

「オラオラオラァアアアアアア!!」

 

 

杏子は襲い掛かるメガゼールを斬って斬って斬って、刻みまくる。

 

 

「これだよ! この感覚が楽しいんだ!! 最高にスッキリさせてくれる!!」

 

 

頭の中にあるモヤモヤが全て消えていく。

全てのしがらみを壊し、全部の制約を解いて暴れまわる。

コレが魔法少女のあるべき姿じゃないだろうか。

杏子はそのままあやせに向かっていき、槍を振り上げた。

 

 

「ッ! 戦いを止めろ!!」

 

 

だがその槍を受け止めるのはあやせではなくライアだ。

エビルバイザーでしっかりと杏子の攻撃を防御し、次々と仕掛けてくる追撃もまた確実に防いでいった。

 

しかしそれはライアの前方。

すぐに焼きつくような痛みと衝撃が背中に走る。

 

「グッッ!!」

 

「ふふ♪ ご・め・ん・ね☆」

 

 

背中から煙があがる。

あやせは炎を剣に纏わせ、守ってくれた筈のライアを躊躇無く切り裂いた。

 

 

せっかく守ったのに。裏切られて。どんな気持ちなんだろう?

仮面で表情が見られないのが残念だ。あやせはゾクゾクするものを感じて、舌を出して笑う。

残念だが、ライアの言葉は杏子達には届いていないらしい。

 

 

「じゃあね☆」「どけよッ!!」

 

「ぐァアアアッッ!!」

 

 

杏子とあやせの回し蹴りが同時に炸裂し、ライアは近くにいたメガゼールを巻き込みながら吹き飛んでいく。

そのまま地面を転がりなが、壁にぶつかった。

そんなライアを囲むようにして、メガゼールが襲い掛かってきた。

 

 

「とんだ厄日だ!!」

 

 

しかしライアのストライクベントは継続中である。

瞬時に立ち上がると、バイザーをなぎ払う様に振るった。

すると巨大な三日月状の斬撃が発生し、その軌跡が全てのメガゼールを捉えて爆発させた。

 

 

「いやぁ凄いねキミ、だけど無駄だと思わなーい?」

 

「………」

 

 

頭上から拍手が聞こえてきた。

ライアを上を見ると、客席にいたインペラーと視線が合う。

 

 

「お前も参戦派なのか?」

 

「や、や、や、まあ分かるよ。できる事ならば誰も死なずに終わらせたいと思うのが普通だよね」

 

「分かっているなら協力してくれ。蹴られたり、斬られたりで散々なんだ」

 

「いやぁ、仕方ないでしょ。協力派なんて不可能だもん」

 

 

賢く生きなきゃ。インペラーは人差し指を振ってみせる。

最後の一組になれば多くの願いを叶えられる。

やっぱりそれは、嬉しいことだ。ありがたい事だ。叶えたいと思うのは何もおかしな話じゃない。

 

 

「キミだって本当は知ってるくせにさ。勘違いしてるんだ、きっと」

 

「分からないな。戦いを止める事が勘違いだとでも言うのか?」

 

「ああ。それは、うーん、ベストじゃない」

 

「なに?」

 

「戦わなければ叶えられない願いがある」

 

「………」

 

「戦う事でしか、たどり着けない場所があるんだ」

 

 

インペラーは少し声のトーンを落としながらそう言うと、立ち上がって軽くストレッチを行なう。

 

 

「このゲームに親友や恋人なんかと一緒に巻き込まれたヤツは、もうドンマイとしか言い様が無いよね」

 

 

インペラーはデッキからカードを抜くと、ガゼルバイザーに装填する。

 

 

「あいにく、オレはそういう人いないんで」『ストライクベント』

 

 

インペラーの足に装備されるは『ガゼルクロウ』。脚を強化する装甲靴だ。

地面を蹴って、後ろへ跳躍。すさまじい勢いでライアとの距離を離した。

その後、客席の一つに座り込むインペラー。戦いはモンスターに任せて、本人は鼻歌交じりに観戦と言う訳か。

 

 

「確かに、お前の言う事は正しいんだろうな」

 

「?」

 

 

ライアはインペラーの方向を向いて口を開く。

二人の距離はそこそこあり、インペラーはライアの言葉を全く聞き取れない。

だが分かっている。これはライアが自分に向ける言葉なのだから。

 

 

「だが俺は、この戦いを絶対に認めはしない……!」『シュートベント』

 

 

ライアのバイザーから現れるのは、エビルダイバーの装飾が見えるハンドガンだった。

暁美ほむらの武器が象徴されているのだろう。

飛び掛っていくメガゼール達を受け流しながら、ライアは銃口をターゲットの方に向けた。

 

認められない。認めてはいけない。

もしもライアがこのゲームで脱落する事があるのなら、それは死ぬ時ではない。

肉体の死は。心を殺す事はできない。

ライアの心が死ぬ時は――

 

 

「俺が戦いを認めた時だ!!」

 

 

発砲音。放たれた弾丸は二発だ。

それに杏子とあやせは気がついた。あやせは驚くべき反射神経で銃弾に気がつくと、サーベルでガード。

杏子は気づくのこそ遅れたが、掌で銃弾を受け止めてみせる。

 

ニヤリと笑う両者。

こんな弾で自分たちを止められるとでも思っていたのだろうか?

だがライアはこれでいいと銃を投げ捨てた。

 

 

「!!」

 

「きゃッ!」

 

 

その時だった、銃弾から放電が発生する。

小規模で威力は無いように思えるが、ライアの狙いは果たされた。

すると、あやせは何故か左手に持っていたサーベルを落として後退していく。

杏子も、その場に膝を着いて動かなくなった。

 

 

「な、なにしやがった――ッ!」

 

「麻痺弾だ。しばらく大人しくしてろ」

 

 

銃は攻撃ではなく抑止の道具だ。

弾丸から放たれた紫色の電撃が、動きを鈍らせていく。

あやせは直撃こそしなかったが、迸った電流に触れてしまい、腕の感覚が鈍くなっている。

 

 

「うッ、なにこれ。こういうの好きくない……!」

 

 

手を開いて閉じて、感覚を確かめる。

だがやはり鈍い。これでは剣をまともに持てない。

 

 

「しばらくすれば元に戻る。もういいだろ、戦いを止めてさっさとココから消えろ」

 

「悪いね、せっかく用意してもらったのに」『ユニオン』『リリースベント』

 

「ッ!」

 

 

鏡の割れる音と共に、杏子が勢いよく立ち上がった。

 

 

「騎士の力は便利だな。具合が悪くなっても、すぐに元通りさ」

 

「状態異常の無効化か。羨ましいな、俺もほしいよ」

 

「悪いね、今はコレくらいしかあげられないんだ」

 

 

杏子は小さな黒い玉を放り投げた。

攻撃か? ライアが構えると、杏子はニヤリと笑う。

 

 

「ただのチョコボールだよ」

 

「!」

 

 

ライアは上を向いていたせいで、地面が赤く光っているのに気づかなかった。

発光した場所から伸びるのは、杏子の槍だ。

ライアは反射的に後ろに下がるが、槍は一本じゃない。ライアの周囲を囲むように地面から伸びており、それは自動的に蛇腹状になり、ライアの頭上で連結する。

 

あっと言う間にライアを閉じ込める鳥かごができた。

その隙に杏子は走り出して、あやせのもとへ向かう。

 

 

「ちょ、ちょっと待って! 腕が変なの! ビリビリしてて」

 

「あっそ」

 

 

どうやら、あやせと言う少女は、打たれ弱い面があるらしい。

自分の体に異変が起こっているのが、気になるらしく、集中力が欠如する。

そこに杏子が迫ってくるものだから、余計に焦ってしまう。

 

あやせは自由に動く右の掌を前に出して、そこから炎を発射した。

しかし直線の火炎では芸がない。杏子は右に移動し、簡単に回避。

そして、すぐにあやせの前に立つ。

 

 

「ほい」「きゃ!」

 

 

拳を構えて殴る――、と見せかけて足払い。

あやせが膝をつくと、杏子はあやせの襟を掴んだ。

ニヤリと笑う杏子。なんて楽しそうな表情なのだろうか、活き活きとしている。

 

 

「今から蹴るぜ、どこがいい?」

 

「お、お顔以外!」

 

「りょー……かいッ!」

 

 

杏子はそう言うと、思い切りあやせの"顔面"に足裏を叩き込む。

あやせは仰向けに倒れると、凄まじい勢いで地面を滑っていった。

杏子はポッキーを一本口に咥えると、追撃の為に地面を蹴る。

だが、そこでライアがバイザーを振るって槍の檻を切断した。

 

 

『アクセルベント』

 

「なっ!」

 

 

ライアの動きが超加速し、すぐに杏子の前にたどり着く

驚き、足を止める杏子。あやせは壁に激突して目を回している。

杏子の表情が怒りに歪む。今すぐあやせを攻撃しに行きたいのに、ライアが邪魔で仕方ない。

 

 

「さっきからウゼェな……! ブチ殺すぞ」

 

「やれるかな? お前、ルールがあるんだろ?」

 

「ァ」

 

 

気づいていたか。

杏子は悔しそうに歯を食いしばって、ライアから距離をとる。

しかし加速したライアにとってそれは意味の無いものだ。一瞬で杏子との距離をゼロにすると、深く息を吸い込む。

 

 

「悪く思うなよ」

 

「!」

 

 

そして思い切り杏子の腹部に拳を打ち込んだ。

 

 

「うごォオ……ッ!」

 

 

怯む杏子。

すぐに痛覚操作を瞬時に行ない、痛みを軽減させる。

しかしそれでも騎士の攻撃力には驚かざるを得ない、ライアはそのまま回し蹴りを杏子の頭部へ叩き込む。

激しい痛みと衝撃が脳を揺らし、杏子は大きくヨロける。

 

 

「テメ……ッ! マジで容赦ねぇな!!」

 

「これ以上、動くな」

 

 

まだ終わってない。

ライアは踏み込むと、掌底を繰り出した。

しかしニヤリと笑う杏子。ライアの繰り出された掌底をしっかりと右手で受け止める。

 

 

「動くな? おいおい、こんなお祭りみたいな場所でそりゃ酷ってもんさ」

 

 

杏子はライアの拳を弾くと、自らも渾身のストレートを繰り出した。

 

 

「だろうな」

 

「!」

 

 

ライアは杏子の拳をバイザーで受け止める。

そこで杏子は気づいた。ライアのバイザーには既にカードがセットされている。

ライアは素早くバイザーを閉じてカードを発動させた。

 

 

『アドベント』

 

 

 

 

 

 

 

 

一方のゾルダと王蛇。

王蛇はソードベントを発動。ベノスネーカーの尾を模した『ベノサーベル』を持つ。

このサーベルは斬る能力は無く、叩き壊す役割を主としている。

王蛇は剣を振り回し、メガゼール達を叩きのめし、さらにはゾルダの銃弾まで弾いて走る。

 

 

「クッ!」

 

 

距離をとろうとしたゾルダだが、タイミング悪く背後にはメガゼールの集団が迫ってきた。

ガゼルモンスター達は素早い動きと跳躍力で、あっと言う間に距離をつめると、ゾルダを爪や槍で攻撃していく。

 

ゾルダは必死にメガゼールを射撃し、客席から転落させていった。

とは言え、ゾルダは接近戦も心得はあるが、そのメインはあくまでも飛び道具だ。

群がるメガゼールを相手にしていると、笑い声がすぐ傍に迫る。

 

 

「余所見か? 余裕だなッ!」

 

「は? 何でそうな――、グッッ!!」

 

 

王蛇がそこにいた。

ベノサーベルを横に一振り。前にいるメガゼールを吹き飛ばす。

ベノサーベルを縦に一振り。ゾルダの腕を叩き、頭部を鷲づかみにする。

そのまま客席の手すりに思い切り叩き付けた。

 

ゆれる視界。

ゾルダは何とか抵抗しようと試みるが、既にベノサーベルは振り下ろされていた所である。

 

 

「ぐあッッ!」

 

「どうしたァ? こんなモノか!!」

 

 

王蛇は何度も何度もゾルダの頭部を壁に叩きつけていく。

やっと開放されたと思えば次はベノサーベルの乱舞。

ゾルダの体から大きく火花が散った。

 

だがここで終わるほどゾルダも甘くない。

それだけ攻撃されても、銃は手放さなかった。

そしてブレる視界の中でしっかりと王蛇の隙を見出していたのだ。

次に王蛇がベノサーベルを振り上げた時、マグナバイザーを向ける。

 

 

「そこだッ!」

 

「!!」

 

 

まず一発目で王蛇の手を撃つ。

王蛇は衝撃でベノサーベルを落とした。だが迷わずサーベルを捨てて殴りかかっていく。

そこは予想通り、ゾルダは最小限の動きで拳を交わすと、王蛇の胴体に銃を突き当てる。

 

 

「ぐぅゥウッッツ!!」

 

 

ゼロ距離射撃の終わりに、ゾルダは蹴りを王蛇の腰に当てる。

また王蛇の動きが鈍った。ゾルダは素早くデッキからカードを抜くと、マグナバイザーに装填していく。

 

 

『ストライクベント』

 

 

ゾルダの腕に装備されるのはマグナギガの頭部を模したアームキャノン、『ギガホーン』。

ゾルダは唸り声をあげて、怯む王蛇へと全力のストレートを叩き込んだ。

二対の角がガッチリと王蛇を固定し、同時に発射されるキャノン。

王蛇は苦痛の叫びを上げながら、爆炎を纏って吹き飛んでいった。

 

 

「ハァ……、ハァ! これでアイツも終わりだろ」

 

 

王蛇は客席を破壊しながら吹き飛び、壁に叩きつけられて動かなくなった。

ゾルダは体をオクタヴィアに向ける。メガゼールが纏わりついているぐらいで、まだ動きは鈍っていない。

 

 

「――……ハハ」

 

「!?」

 

「ハハハハハハ!!」

 

 

ゾルダはすぐに振り返る。

見えたのは笑いながら走ってくる王蛇だった。

 

 

「コレだ! この命のやり取り! これが俺を楽しませてくれる!!」

 

「お前ッ、痛みとか感じないわけ? クスリでもキメてんの?」

 

 

痛みの恐怖、死への恐れ、戦う事に対しての不安がまるで感じられない。

純粋に娯楽として命のやり取りを楽しんでいる。

面倒な相手だ。ゾルダは深くため息をついて銃を構える。

 

 

「おわあああああああああああ!!」

 

「「!」」

 

 

悲鳴が聞こえた。

見えたのは赤。それはエビルダイバーに突進されたまま、ゾルダ達の方へ向かってきた杏子だった。

 

ライアは戦いを止める為に動いている。

それは当然、王蛇とゾルダも止める対象なのだ。

そして、もう一つの狙いがある。それは先ほどトークベントを解してほむらから伝えられた情報だった。

 

 

『とにかくゾルダにオクタヴィアを倒させて』

 

 

結果、ライアはゾルダのサポートを行なう事に考えを変える。

 

 

「チッ!」

 

 

エビルダイバーは杏子ごと王蛇に突っ込むつもりだった。

もちろんすぐに王蛇は回避をしようと体を反らそうと試みる。

 

 

「甘いんだよ!」

 

「!!」

 

 

そこでゾルダが発砲、王蛇の動きを止めた。

それだけで十分だった。エビルダイバーは杏子と王蛇の二人を巻き込み、ゲート外へと運んでいく。

 

 

「ウギギギッッ! はえぇなこのクソエイ!!」

 

「杏子ォ、貴様……!」

 

「何だよ! アタシのせいかよ! アンタが避けないのが悪ィんだろうが!!」

 

 

杏子は王蛇の頭を叩くと、凄まじい風圧と重力の中でエビルダイバーの一部をつかみとる。

 

 

「なんだこりゃ! 尻尾か!? 上等さこの野郎、エイヒレにして食ってやる!!」

 

 

杏子は細長いソレをガブガブ噛んで、ガジガジ噛み千切ろうとするが、そこで王蛇に頭を叩かれた。

 

 

「ァにすんだよッッ!!」

 

「殺すぞ。それは俺の指だ」

 

「………」

 

 

杏子は無言でエビルダイバーに運搬されていく。

エビルダイバーのスピードがあれば、この短時間のやり取りで相当遠くまで運ぶことができるだろう。

ライアはその隙にゾルダへと合図を送った。

 

 

「あの魔女を倒すんだろう?」

 

「いいのか? 俺、アレ倒したらお前に襲い掛かるかもよ?」

 

「なら、その時にお前を倒すさ」

 

「ふゥ! カッコいいね」

 

 

肩を竦めるゾルダ。

とにかく今は魔女を倒す事が先だ。ゾルダはシュートベントを発動、巨大な大砲である『ギガランチャー』を構えた。

狙うのはもちろんオクタヴィア。

ゾルダはトリガーを引いて、弾丸を発射した。

 

 

 

 

 




今回少し修正しました。
3番(あやせ)の名前を明かすタイミングを早めました。
内容的には変わってません(´・ω・)


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第19話 狂う歯車 車歯う狂 話91第

 

 

仁美は、たまに昔を思い出す。

 

 

習い事が多くて、昔から友達なんてできなかった。

でもその代わり欲しい物があれば買ってくれたし、靴とか、洋服とか、そういうのは高くて良いものをくれた。

 

両親が少し過保護だった面はある。

今で言う"モンスター"ほどではないにせよ、いろいろ学校側に申し付けていたとも聞いたことがある。

 

登校にしてもそうだ。よく車を出してくれた。

仁美にとってはそれが当たり前で、なんとも思わなかったが、他の人からみればそれは少々浮いていて、面白くない人もいただろう。

 

小学生の時は靴を隠されたり、教科書に下手な字で『死ね』なんて書かれていた時もあった。

もちろん悔しかったし、悲しかった。だけど親を心配させたくないから口にはしなかった。

でもそんなとき、彼女たちは代わりに怒ってくれたし、泣いてもくれた。

 

 

『何コレ! ひっど! ふざけんなって感じだよね!!』

 

『え……』

 

 

さやかは仁美の教科書を持って、自分の物と交換する。

そんな事はできないと言う仁美だが、さやかは笑顔で首を振った。

 

 

『ううん、どうせあたし教科書あんま使わないし! なははは!!』

 

 

さやかは仁美にとって間逆の存在であり、同時にヒーローの様な存在でもあった。

靴が隠されたときは、日が暮れるまで、まどかが一緒に探してくれた。

 

仁美とって初めての友達だった。

だから中学受験を断り、一緒の学校に行きたいとお願いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまないほむら、助かった」

 

「いえ、かまわないわ」

 

「大丈夫……? お姉ちゃん」

 

 

不安そうに見つめてくるまどかとゆま、サキは問題ないと笑みを浮かべた。

合流したサキが伝えたのは、さやかを元に戻す方法だけだった。

言えない、言える訳が無い。自分達がいずれ魔女になるなんて言う必要もなかった。

 

今はさやかを救う情報を伝えればそれでいい。

サキはほむらにトークベントを使ってもらい、手塚に情報を伝えた。

 

 

「一度倒すと言うのは抵抗のある話だが、今はもうこれしかない。とにかく私達もホールに行こう」

 

「そうね。一刻も早く美樹さやかを――」

 

 

作戦を言い合うサキとほむらを、ゆまは不安そうに見つめていた。

そんなメンバーの隅で、まどかは携帯にあったメールを確認している。

思えば。さやかが絶望したのは何故なのだろう?

不安と疑問が交差する中で、まどかはそのメールを見ていた。

 

 

(さやかちゃん……!)

 

 

まどかは口を押さえて涙を零す。

 

 

(そんなッ、せっかく想いが伝わったのに! こんなのってあんまりだよ……!)

 

 

どういう理由であれ、一度狂ってしまった歯車は確実な異変を齎すものだ。

たとえソレが些細な勘違いだったとしても、結果が凄惨な物になれば悲劇もそれだけ加速していく。

 

さやかも例外ではなかった。

誰が悪い訳でもない。さやかと、周りの歯車がズレてしまったのは、時間を巻き戻すこと数日前になる。

 

 

その日、まどかは親友である仁美に相談事を持ちかけられていた。

仁美は友人ではあるものの、育ちは大きく違う。

家柄もよく、財力や教養も高い仁美の悩みを分かってあげられるものかと、まどかは酷く緊張していた。

 

 

「それで相談って何?」

 

「さやかさんは、やっぱり上条君の事が好きなんでしょうか?」

 

「え……! ど、どうしてそんな事を?」

 

 

まどかとしては、答えに悩む質問だった。

もちろんほとんどの人間が見て、さやかが上条の事を慕っている事は明白だろう。

尤も本人が気がついていないようだが。

 

 

「だけど上条くんはさやかさんの想いに全く気がついていない。そうですわよね?」

 

「う、うん……」

 

 

さすがに仁美でさえ分かったようだ。

 

 

「でも、さやかちゃんが曖昧に否定してるから、そこはなんとも……」

 

「そうですか。そうですわよね」

 

「わたしも正直、みんなが言ってるのを聞いて知ったくらいだから」

 

 

サキがしきりに絶対惚れてるだの、絶対気があるだの言うものだから、そういう目で見てしまった。

そうすると、まどかとしても、そうなのかもしれないと思うようになってきたワケだ。

 

それからも仁美は周囲の人間に上条とさやかの事を聞いて、何か思い固めている様子だった。

 

そして仁美がさやかに大切な話があると言った日になる。

さやかが、仁美が上条の事が好きだと知った日。

それは同時に全ての歯車が狂った日である。

まどかは仁美に、何を話すのかを聞ていたのを覚えているだろうか?

 

 

「ね、ねえ仁美ちゃん……」

 

「どうしたんですの? まどかさん」

 

 

仁美は知らないが、さやかはF・Gの事で非常に不安定な状況であった。

まどかとしては、さやかを刺激する様な事は避けたいのだ。

だから何か良くない事だった場合は、止めるつもりでいた。

 

 

「まどかさん、実は……」

 

 

仁美は別に戸惑うことなく、話す内容をまどかに申し出た。

 

 

「さやかと上条の仲を進展させたいんですの……!」

 

 

大まかな内容で、詳しくは教えてくれなかったが、何を伝えたいのかは分かった。

まどかは、"そういう事なら"と納得して、仁美とさやかの話し合いを止めなかったのだ。

 

 

「この所、さやかさん、本当に元気がなくて」

 

「そうだね、わたしも、それは心配……」

 

 

何故ならまどかも、それはさやかの為にもなると思ったからだ。

まどかとしても、さやかには何とか元気になってほしかった。

仁美も真剣な様子だったし、茶々を入れるような事はしないだろうと決め込む。

 

そもそも、鹿目まどかと言う少女は、『白』を信じる少女でもある。

友達が、友達のためにする事は、必ずプラスになってくれると信じていた。

そう、少なくともこの時のまどかは、本気でそう思っていた。

その時に歯車が狂った事も知らずに。

 

 

『さやかさんは、上条くんと交際してますの?』

 

『えぇ!? ちょ、どうしたのさいきなり!」

 

『ごめんなさい。確認ですわ』

 

『確認って、別にあたしと恭介はそんなんじゃないよ』

 

 

仁美とさやかの話し合い。

返ってきた答えは、仁美の予想通り否定だった。

 

否定する。しかし頬を赤らめ、落ち着きがなくなる。

サキから借りた幼馴染を題材にした恋愛小説どおりだった。

気になっていると顔に書いてあるじゃないか。

 

誰が見ても、さやかは上条の事が好き。

なのにさやかは否定する。上条だって、それを知らずに毎日を過ごす。

 

 

『ただの幼馴染なのか、それとも男性として意識しているのか、と言う事です』

 

 

その言葉にさやかは唇を噛んで沈黙した。

さやかは真っ直ぐだ。態度が表情に出る。

仁美はそこでハッキリとさやかの気持ちを知った。

 

なのに、さやかはすぐに作った様な笑みを浮かべてまた否定する。

どうしてそんなに苦しそうなの? 仁美にはその作り笑いが心に刺さった。

ここ最近ずっとそうだった。さやかはずっと苦しそうだった。なのに彼女は一人で抱え込もうとする。

 

仁美はさやかの親友だ。

さやかが悩む理由があるとすれば、それは上条の事しかないだろうと思っていた。

仁美はもう限界だったのだ。だから、意を決して口を開く。

 

 

『さやかさん、貴女は大切なお友達ですから……』

 

 

その言葉を口にしたとき、仁美の記憶がフラッシュバックしていく。

さやかは友達だ。いろいろ辛いことがあっても、さやか達は傍にいてくれた。

二人が一緒にいてくれる事で、そういった行為も減ってきた気がする。

 

仁美が習い事で時間がとれない時も、分かってくれた。理解してくれた。

思えば仁美にとって本当に心許せる友人はまどかとさやかだけだったのかもしれない。

だからこそ、さやかには悩んでほしくなかった。いつも元気な彼女でいてほしかった。

 

たとえ、さやかから、嫌われる事になったとしても。

 

 

『三日後の放課後に、私は……! 上条君に想いを伝えようと思います!』

 

 

だから口にしたのだ、その言葉を。

全ての歯車が狂った言葉をだ。

さやかはこの発言で仁美が上条の事を慕っていると知った。

だが本当にそうなのだろうか?

 

 

『私、気づいたんですの! このままじゃ、このままじゃ何も変わらないですわ!』

 

 

変わらないだろう。このままじゃ、"さやかと上条の関係"は。

大きな勘違いだった。さやかも、仁美も、誰もが己の歯車を狂わせる。

戯曲と忘却と絶望はそれを望んでいたのだろうか? その瞬間、愚かな歯車は回り、運命は音を立てて崩れいく。

 

仁美は分かっていなかった。

さやかがF・Gによって抱いている不安は、とてつもなく重い。

意識をしないようにしても、須藤を殺したこと、マミを死なせたこと、他の参加者に狙われているかもしれない事。

さやかには背負いきれなかった。絶望の種は、確実に心を破壊していく。

 

そして上条に抱く想いは、仁美が思っていたものとは比べ物にならないと言う事を。

だからさやかはその言葉を聞いて、大きなショックな受けてしまい、一気にソウルジェムが濁ってしまった。

 

 

ソウルジェムの状態は精神状態に直結する。

さやかは以後、仁美の言葉を聞く事ができなかった。

他の参加者に狙われているのではないかと言う不安感が高まり、周囲に意識を集中してしまう。そうすることで、仁美の声が聞こえなくなってしまった。

 

その結果、仁美は上条の事が好きだと思う。

だが違う、そうじゃない。それは大きな勘違いだ。

仁美が言いたい事は、全く違うベクトルにある。

 

確かに勘違いを生む発言だったかもしれない。

だから仁美はその事についてすぐに補則の言葉を付け足した。

尤も、それはさやかの耳には入らなかった事なのだが。

 

 

『さやかさん、"貴女の想い"を!!』

 

 

仁美は、さやかの気持ちを上条に伝えようと言うのだ。

このままならば上条はさやかの想いに気がつく事は無いだろう。

だからと言って、さやかは自分の気持ちを何故かひたむきに隠したがる。

 

ずっといつまでも、苦しそうな表情を浮かべ続けるのだ。

 

それにタイムリミットだってある。

いくら上条とさやかの仲が近い所にあったとしても、いつまでもその関係でいられる訳じゃない。それは別にサキに貸してもらった小説だけじゃなくて、いろいろな所で言われているものだ。

 

幼馴染の壁は、さやかだって感じていた筈だ。

しかし、さやかではそれを壊せなかった。だから仁美が壊そうというのだ。

もちろんその重さは知っている。伝える事で壊れてしまう関係があると言うこともだ。

 

上手くいけばいいが、上条がさやかの想いを知って尚、さやかに対する想いを変えない可能性だって大いにあった。

 

 

だから仁美はさやかに確認をとったのだ。

嫌ならば言ってほしい。いつまでもこの関係を続けたいのならば、そう言ってほしいと。

だがその言葉をさやかは聞いていなかったため、曖昧な笑みを浮かべるだけに終わった。

仁美はそれを見て『否定なし』と判断したのだ。

 

仁美だって勝算無しにこの行動を取るわけではない。

断れれば、確実に以前の関係ではなくなる。

だからこそ確証や、確実さが欲しい。仁美は事前にリサーチを行っていたのだ。

 

まずはいつも一緒にいる下宮に、上条に彼女はいるのかと言う事を問うた。

 

 

「上条くんに彼女? いないと思うよ。前に少し、携帯のアドレスの事で話したんだけど、異性の連絡先は美樹さんだけみたいだ」

 

「そうですか……! ありがとうございます!」

 

 

下宮はある程度上条の情報を伝えると。メガネを整えて、笑みを浮かべた。

 

 

「美樹さんの事かい?」

 

 

ドキリと、仁美は固まる。

下宮はたまにそういう時がある。

とても中学生とは思えない程の達観ぶりや冷静さを持っている気がした。

今も見透かされてしまった。まあ、分かりやすいほうと言えばそうだったが。

 

 

「誰だって見ていれば分かるさ。上条くんは美樹さんの事を大切に思っているよ。ただ、幼馴染としての関係がそれを邪魔しているかもしれないね」

 

「やはり、そうでしたか……」

 

 

そこで下宮は思いついた様に顔を上げる。

 

 

「もっと詳しく知りたいなら中沢くんに頼んでみるといい」

 

「中沢さんですか?」

 

「話したことはあったっけ?」

 

「ええ。少しですけれど」

 

「いいヤツだよ」

 

「???」

 

 

謎のフォローを入れる下宮。

それが何なのか仁美には分からなかったが、いい人らしいので話を聞きに行く。

それを見送りながらため息をつく下宮、あっちはあっちで大変だし、コッチはコッチで大変だ。

 

 

(彼女が中沢くんの想いに気がつく日は来るのだろうか? 気づいたとして、上手くいくのだろうか?)

 

 

恋が成就される事は、人にとってこれほど無い幸福な事だろう。

だが同時に絶望の種を孕んでいる危険な存在でもある。

しかし人はいつもそれを求めたがる。無意識に。切実に。

それが危険な知恵の実の様に、開けてはならぬと言われた箱の様に。

 

 

「困ったものだね……」

 

 

下宮は複雑な表情を浮かべて仁美に背を向けた。

一方の仁美は、次なる情報である。

 

 

「えぇッ!? し、志筑さんって上条の事が好きなの……?」

 

 

何故かさやかと同じ様な表情になる中沢。

仁美はその理由が分からなかったが、単刀直入にさやかの為と言う事を伝える。

 

 

「え!? あ、そ、そういう事なの! なるほど、オーケー分かったよ。あはは」

 

「?」

 

 

中沢はすぐに笑顔になる。

彼も上条とさやかの仲が進展しない事に不満を持っていた。

上条とは付き合いの長いだ。さすがと言うべきか、女性関係もよく知っているらしい。

 

 

「一度そういう会話になった事があるんだけどさ、好きな人はいないらしいよ」

 

「そうなんですの……」

 

「怪我が治ってからは、とにかくヴァイオリンばっかなんだ。気持ちは分かるけどさ、美樹さんが可哀想だよな」

 

 

そこで中沢はハッとしたような顔になる。

 

 

「でも――、そう言えばさ、前に美樹さんと映画行ったらしいんだけど、その時の服装がいつもと違ってたらしくて」

 

 

それは少し戸惑ったと言っていたとか。

 

 

「俺が思うにさ、上条は恋愛感情こそまだ無いかもしれないけど、やっぱりどこかで美樹さんの事は気になってると思うよ」

 

 

そもそも、いくら幼馴染とは言え、映画に誘うか?

そんなところをクラスメイトにでも見られたら絶対に噂される。

ただでさえ距離が近いからいろいろ言われてるのに、上条は嫌な顔はしていない。

 

 

「と言う事は――」

 

「美樹さんが異性として上条の事を好いているって知れば……、アイツも考えが変わるんじゃないかな?」

 

「本当ですか!!」

 

「あ、ああ。多分だけど」

 

 

そこで仁美は、より深く決意を固める。

本来はさやか自身が決める問題であり、仁美もそれは知っている。

しかしそれでも仁美はさやかの気持ちを上条に伝えたかった。

 

もちろんそれで関係が悪くなれば、さやかからは恨まれてしまうだろう。

はっきり言えばこんな事は友達としてでもやるべきではない。

だけど動かなければ変わらない、何度も何度も言ってる事だ。

 

だから仁美は、それをさやかに伝えた。

そして、さやか自身が動くのを待ったのだ。

しかし結果、さやかは上条に告白する事は無かった。

 

 

仁美としても大いに悩んだ所ではあったが、否定も無い(単純にそんな余裕がなかっただけだが)。

だからこそ、意を決して上条にさやかの想いを伝える事にしたのだ。

まどかも、まさかさやかが勘違いをしたままとは知らず、仁美の行動を止める事はなかった。

 

 

勘違いをしたままのさやか。

決意を固めた仁美は、上条を呼んで全てを打ち明けることに。

狂った歯車に気がつく事もなく。

 

あの時、仁美と上条が楽しそうに話しているのを見てしまった。

上条が初めて見せる赤面の表情を見てしまった。

全て歪んだ情報として捉えたまま。間違った真実を認識しながら。

 

何故上条が赤面していたのか?

それを知れば、さやかは絶望なんてする事は無かっただろうに。

 

 

「え……! さ、さやかが僕の事を!?」

 

「は、はい!」

 

「知らなかったよ……、ははは」

 

 

そう言って上条は恥ずかしそうに肩を竦めた。

今まではただの幼馴染としか思っていなかったさやかが、自分に恋心を抱いていたなんて。

 

思えば今までずっとお見舞いに来てくれていたのも、ずっとCDを持ってきてくれていたのもそういう感情があったからこそなのだろうか?

上条はぼんやりと考える。

 

 

「………」

 

 

自分にはただの映画鑑賞だったつもりも、さやかにとってはデートと思っていたのだろうか?

上条の胸に刺さる想い。嬉しいと思えばそうだが、同時に途方も無い申し訳なさもあった。

 

 

「……さやかには、情けない姿を見せてきたんだ」

 

 

演奏できなくなったと知った時は、さやかに当り散らした事もあった。

それでもさやかは儚げに笑い、否定はしなかった。励ましてくれた。

さやかに甘え、さやかの心を傷つけて、それで上条は自己を保つ。

言ってみれば、己の心を守るために、さやかを使ったのだ。

 

そんな自分が、好きになってもらう資格などあるのか?

ましてや、気持ちに応える資格などあるのか?

上条には夢がある。やっとまた弾けるようになったヴァイオリンに力を入れたかった、だから異性にうつつを抜かすわけにもいかない。

 

 

「そんな状態じゃ、彼女に申し訳ないだろ?」

 

「嫌、ですか?」

 

「嫌じゃないよ。むしろ……、嬉しい」

 

「上条くん。さやかさんは本当にッ、貴方の事を大切に思ってますわ!」

 

「!」

 

 

上条の脳裏にフラッシュバックしていくさやかの笑顔。

大切に。それは――、確かにと思う。

さやかはどんな時でも味方をしてくれたし、理解してくれた。

どんなに上条が理不尽な事を言っても、さやかは笑顔を見せてくれた。

 

 

「さやか……」

 

 

上条はそこで初めて幼馴染のさやかではなく、一人の女の子としてのさやかを知った。

 

 

「もう、昔とは違うんだね……」

 

 

なんだか胸が苦しくなってきた。

さやかの声が、笑顔が、思い出が心を大きく揺らす。

まだ上条たちは中学生。子供も子供だ。だが、幼いと言うには成長しすぎている。

 

 

「そう言えばさ、前に映画に行ったんだ」

 

「ええ、知っていますわ」

 

「その時、さやかの格好がいつもと違って。いやッ、本当に服の感じがちょっと違っただけなんだけど……」

 

 

つい、さやかを凝視してしまった。

アレは今にして思えば、もっとさやかを見ていたかったから――、なのかもしれない。

 

 

『恭介!』

 

 

名前を読んでくれる声が、簡単に思い出せた。

初めて会った時から、今日のこの日まで、さやかはいつも上条に笑顔を向けてくれた。

思い出の水族館。いつも見に来てくれた発表会。

プロになれるかもしれないと教えられた時、さやかは自分の様に喜んでくれた。

 

不器用で、でも元気で、いつも明るくて。

ずっと味方してくれた幼馴染。好きだと言ってくれた美樹さやか。

 

 

「なんだかさ」

 

「?」

 

「あの笑顔が、他の人に向けられるのは――、少し嫌だな」

 

 

上条の心に宿るモノ。

それは綺麗で、とても醜い。さやかには自分だけの味方でいて欲しいと言うエゴ。

それを聞いて、仁美は嬉しそうに微笑む。

 

 

「それは、嫉妬と言うものですわ」

 

「そっか」

 

 

上条は目を閉じる。

思い出せた。さやかの笑った顔も、泣いている顔も、恥ずかしそうな顔も、嬉しそうな顔も全部覚えいている自分がいた。

 

 

「思えば。気がつかない内に、ずっと心の中にあったのかもなぁ」

 

「さやかさんは、今も……」

 

 

それを聞いて、上条はしばらく無言を貫いた。

しかし、頷くと、困ったように笑う。

 

 

「志筑さん……」

 

「?」

 

「僕は、間に合うかな?」

 

「!!」

 

 

上条は、"さやかの事を想い、頬を赤く染めた"。

 

 

「今更遅いって、愛想をつかされているだろうか?」

 

 

仁美は首を横に振る。

 

 

「ずっと気がつかない僕に呆れ果ててるかな?」

 

 

仁美は大きく首を横に振る。

上条は今になって怯える感情を打ち明けた。

しかしその言葉を聞いた仁美は、嬉しそうに微笑んで首を振る。

 

 

「間に合いますわ。ただッ、さやかさんの首はもうキリンみたいになってしまっているかもしれませんけれど!」

 

「はは……、ありがとう志筑さん」

 

 

上条は仁美にお礼を言う。

どうやら仁美に言われ無ければ、大きなミスをしたまま人生を過ごす事になっていたかもしれない。

大切な宝物を失う所だった。大切な大切なさやかを。

 

 

「馬鹿だね。人に言われるまで自分でも気がつかなかったよ」

 

「で、では!」

 

「うん。志筑さん、僕はやっと気がつく事ができたよ」

 

「はい……!」

 

「僕はさやかの事が――」

 

 

だから彼らは笑っていたのに。

それを美樹さやかは歪んだ真実として受け入れてしまった。

結果、さやかに待っていたのは『絶望』と言う名の破滅だ。

 

さやかが、心をしっかりと持ち、仁美の話を聞いていれば。

仁美だって、中途半端に遠慮せず、もっと深く話していれば。

 

 

結末は変わったと?

 

 

無駄だ、愚かな歯車は止まる事を放棄した。

結果は結果として受け入れなければならない。

美樹さやかは歪んだ運命に巻き込まれて魔女となった。

 

 

『………』

 

 

ホールの屋上。

泣きそうな表情でホールへ向かうまどか達を、何の表情も浮かべていないキュゥべえが、見つめていた。

 

隣に現れるジュゥべえ。

ニヤついている彼を見て、キュゥべえは目を閉じる。

 

 

『キミはお喋りだね、ジュゥべえ』

 

『ハハハ! ワリぃな先輩、つい興奮しちまってさ!』

 

『だからと言って、ゲームに大きく関わる騎士の正体を参加者にバラすのは、やり過ぎだよ』

 

『まあまあ。言ってしまった物は仕方ない! 今後、気をつけるぜ!』

 

『………』

 

『にしてもよ先輩、なかなか面白い事の運び方だとは思わねぇか?』

 

『面白いと言う感情はボク達には――』

 

『まあまあまあ! なんとなく分かるだろ? "今まで"の見てたらさ』

 

 

ジュゥべえは下を示す。ホールの中にいる人魚姫(さやか)の事だ。

 

 

『確かに、珍しい流れといえばそうだね』

 

『だろう?』

 

 

その点に関してはキュゥべえもまた同意できる点があった。

 

 

『志筑仁美があんな動きをするとは。これも因果の果てか』

 

『モブも何をしてくれるかわかんねーな! ハハハ!』

 

 

やはりF・Gの産物、と考えるのが一番か。

 

 

『親友の力が運命を変え、永き時を経て分かり合えた想い。感動的じゃねぇかオイ!』

 

『尤も、既にさやかは魔女となってしまったけどね』

 

 

ああ、なんと愚かな存在なのだろうか。

白い妖精と黒い妖精は共に赤き瞳を光らせて愚者を映す。

愚者が織り成す舞台、喜劇、悲劇、戯曲、まさにフールズゲームを名乗るに相応しい。

 

彼女達はこれからどんな物を見せてくれるのか?

擬似的な感情なのにも関わらずジュゥべえは期待に満ちていると口にした。

 

 

『そう考えると人間は本当に不便な生き物だね。愛なんてただの肉欲だろ? 繁殖行動の事前段階に振り回されるなんて』

 

『くははは! まあそう言ってやるなよ先輩、あいつ等はより良い子孫を残そうと必死なんだろ?』

 

 

ジュゥべえは知っている。だからこそ無くならないのだ。

何が? 分からない。彼だけが知っている。この歯車(ゲーム)は、永遠に回り続けるのだと言う事を。

 

さあ愚者達よ、答え無き問題に挑み、悩み、迷い、そして狂え。

それはゲームをより一層彩ってくれるのだから。

 

 

 

 

 

ホール内。

ゾルダは弾丸を発射した。

が、しかし、それは明後日の方向に飛んでいき、オクタヴィアには当たらない。

 

ゾルダの狙いがブレたのだが、それは腕のせいじゃない。

ギガランチャーの砲身が蹴り上げられたのだ。

見ると、そこには一体のメガゼールが足を振り上げていた。

 

 

「ごめんなさーい。悪いけど、やらせるワケにはいかないんだよねぇ」

 

 

メガゼールの体が割れた鏡のように弾けて、インペラーになる。

同じく、遠くのほうに座っていたインペラーの体も同じく弾けて、メガゼールになった。

トリックベント・『スケープガゼル』。どうやらインペラーは混乱に乗じて距離をつめていたらしい。

 

そのまま激しい蹴りでゾルダやライアを妨害していく。

どうやらインペラーはゾルダがオクタヴィアを倒す事を良しとしない様だ。

 

インペラーはムエタイ、カポエイラ、テコンドー。それらをグチャグチャに混ぜ合わせたような我流の立ち回りだった。

ライアはゾルダを守るために前に出る。

インペラーはストライクベントを。ライアはガードベントを発動させてぶつかりあう。

 

 

「お前は何がしたいッ!」

 

「それを言っちゃ怒られる!」

 

 

ライアはフラッシュシールドを使って攻撃を防いでいくが、カウンターの電撃はガゼルクローに阻まれてインペラーには届かない。

インペラーは体を回転させ、自らを独楽の様にして無数の蹴りをライアに仕掛けていった。

単調ではなく複雑な蹴りのルート、ライアも防御が遅れてしまい、まともな一撃を受ける事に。

 

 

「うグッ!」

 

 

ライアはホールに転落する。

最も見たくない光景が映ってしまった。

それは復活したあやせの姿だ。顔を蹴られた事を理解しているらしい。

怒りで顔を真っ赤にしながら、サーベルを天に掲げ、その上に巨大な火球を練成させる。

 

 

「顔は蹴らないでっていったのにィイイイイッッ!!」

 

「!!」

 

 

あやせは、火球を地面に向かって叩きつけた。

するとそこを中心に火の海となるホール。

残っていたいたホルガー達や、メガゼール達が次々に焼き尽くされていき、魔女も悲鳴をあげる。

 

それだけじゃない。ホールの床が壊れ、下の層に一同は落ちていく。

赤いホールから青いホールへと降り立つ参加者達。

 

そこにはホルガーのリーダーが佇んでいた。

明らかに今までのホルガーとは違う、明確な人を姿を持ち、少年のようなフォルムでヴァイオリンを手に持っている。

 

 

「おっと!」

 

「クッ!!」

 

 

先ほどまでどこからともなくと壮大に流れていた音楽はピタリと止み、各々は無音のホールに着地する。

魔女は嘆き悲しみ、濁った悲鳴を上げるだけ。

 

怒りの歯車が次々に参加者達を襲っていくが、すぐに炎がそれを消し炭にする。

 

 

「あの娘ォ、あの赤いのどこォオ!!」

 

 

あやせは杏子の姿が無いと知ると、八つ当たりの様に炎を乱射していく。

 

 

「そろそろかな」

 

 

インペラーは、アドベントを解除してオクタヴィアに向かっていく。

どいつもこいつも自由で仕方ない。ライアはゾルダに合図をすると、あやせを抑えると言って走り出した。

 

しかしそこで大きな異変が二つ起こる。

まず一つ目は新たなる参加者が現れた。やっと来たと言った方がいいか?

 

 

「さやかちゃん!!」

 

「さやかッ!!」

 

「お姉ちゃん……!」

 

「!」

 

 

まどか、サキ、ゆま、ほむらの四人がホールに到着して魔女の姿を確認する。

目の前にいるのは親友のさやかではなく、いつも倒してきた敵ではないか。

 

 

「さやかちゃん……! さやかちゃん!!」

 

 

まどかはオクタヴィアの姿を確認すると、我を忘れたように走り出す。

結果として、ほむらに引き止められることになるのだが。

 

 

「待って、貴女の声は届かないわ」

 

「でも――ッ!」

 

「残念だけど、彼女の言う通りだ」

 

 

サキはすぐに状況を確認する。

すかさずライアの補足が、トークベントを介して入った。

 

 

「緑色の騎士がゾルダよ!」

 

 

ほむらの言葉で、サキ達も認識する。

ふと、ほむらの視界にインペラーが映った。

 

 

「アイツは私が倒す……!」

 

「私はあの炎を止める」

 

 

飛び出していく、ほむらとサキ。

 

 

「まどかはゆまを守ってくれ、私とほむらで何とかする!」

 

「で、でもっ!」

 

「いいから!!」

 

 

サキは跳び、落雷をあやせの周りに落としていった。

 

 

「もーッ! またビリビリ!? やだッ! 好きくない゛!!」

 

 

あやせは頭を抱えてうずくまる。

炎が止まった。今だ! 誰かが叫ぶ。

とにかく、それに反応してゾルダは再びギガランチャーを撃ち、高威力の弾丸を発射した。

 

 

「!?」

 

 

だがそこでもう一つの異変が起きる。

濁った音が聞こえたかと思うと、(たこ)の魔女・マリレーナが、オクタヴィアの前に現れた。

巨大な水風船の様なマリレーナは、ゾルダの銃弾をその身で弾き飛ばして無効化する。

 

 

「コイツ……ッ!!」

 

 

サキは目を見開いた。

忘れない、忘れるわけが無い。サキはマミが死んだ場所でマリレーナを確認している。

その時も、いきなり現れて一瞬で消えていった。

 

 

(何だ? 何なんだコイツは――!!)

 

 

嫌な予感する。

仲間が死んだ光景がフラッシュバックを起こしていく。

 

 

「クソッッ!!」

 

 

とにかく、何かが起こる前に終わらせなければならない。

サキは鞭を伸ばして、あやせの足もとを叩いて注意をひきつける。

そして一気に走り、距離をつめた。

 

 

「頼むッ! オクタヴィアはゾルダに倒させてくれ!」

 

「えーッ、でもなぁ。あなたルール知らないの? 魔女を倒すと強くなれるんだよ☆」

 

「友人を助けるためなんだ!!」

 

「え?」

 

「お願いだ……! お願いだから戦いを止めてくれッ!!」

 

「………」

 

 

悲痛な表情で懇願するサキに心打たれたのか、あやせは黙り込んでしまう。

サキとしてもココがボーダーラインだった。

ここでさやかを何とかしなければ、自分の無力さに怒り狂いそうだった。

 

もう誰も傷つけたくない。

もう誰も傷ついてほしくない。

それはきっとサキだけでなく、まどかも同じだろう。

今まどかは、ゆまを守りながら必死にオクタヴィアへ声をかけていた。

 

 

「お願い! お願いだからさやかちゃん止めて!!」

 

 

声が掠らせ、まどかを必死に叫ぶ。ゆまも同じ様にして叫んでいた。

二人は泣きながら、さやかを助けようと必死に声をかけてた。

 

 

「頼むッ! 彼女達の涙を無駄にしたくないんだ!!」

 

 

サキは深く頭を下げる。

あやせは困ったように眉を下げていたが、やがて決心した。

 

 

「うん。わかった……、今回はいいよ」

 

「本当か! すまないッ、ありがとう!!」

 

「………」

 

 

ほら! ちゃんと話し合えば分かるじゃないか!

サキは希望に満ちた笑顔を浮かべ、もう一度深く頭を下げた。

これで後はインペラーとマリレーナを止めて、ゾルダにオクタヴィアを倒してもらえば解決――

 

 

「待てッ! 危ない!!」

 

「え?」

 

 

しないのが、このゲームである。

 

 

「うぐッッ!!」

 

「――ッ!?」

 

 

サキは衝撃を感じ、横に倒れる。

それは一瞬の出来事だった。ライアが走り、頭を下げていたサキを突き飛ばしたのだ。

つまり、サキが立っていた場所に、ライアが立つ。

 

すると剣がライアの装甲を削った。

あやせは笑みを浮かべ、ライアを斬っていたのだ。

 

 

「え?」

 

 

酷く矛盾した光景だった。

虫も殺せない様な顔をしながら、行うのは他者の命を奪い取る行為なのだから。

 

 

「へぇ、よく気がついたね♪」

 

「だと思ったよ……ッ!」

 

 

ライアは足払いでカウンターを仕掛けるが、その前にあやせはバックステップで距離を取っていた。

なびくドレス。あやせは恍惚の表情を浮かべている。

サキの思考が徐々にその答えに結びついてく。

 

しかしそれよりも先にあやせが動いた。

サキに向かって舌を出す。それは随分と可愛らしい仕草だったが、意味するものは全く逆のもの。

 

 

「ごめんね♪ 嘘ついちゃった!」

 

「―――ッ」

 

「簡単に人を信じちゃ駄目だよ☆」

 

 

サキの心にザワザワと嫌な物が駆け巡っていく。

思わずそれを抑える事ができず、体から放電が起こる。

 

 

「……どうして」

 

「ん?」

 

「どうしてこんなに頼んでも攻撃を止めてくれないんだ?」

 

「うーん」

 

「どうして人が傷つくのが分かっていてソレを簡単に行使するんだ? どうして? どうして! どうしてッッ!!」

 

「だってそれがルールだもん♪」

 

 

なんだかサキはバカらしくなってきた。

なんだ? 自分が間違っていたのか? このゲームで助け合いなんて馬鹿の行う事だったのか?

サキは屈託の無い笑顔を浮かべている双樹あやせを見てつくづくそう思う。

 

人を傷つけたくなくて苦しむサキ達と、人を傷つける事を受け入れて楽しそうにしている杏子やあやせ。

どちらが損をしている? どちらが馬鹿なんだ?

それを考えれば考えるほど、惨めになっていく。

 

 

「それにぃ、そんな態度されちゃうとぉ」

 

 

あやせは人差し指を頬に当てて、体をオクタヴィアに向ける。

サキにとって、オクタヴィアはとても大切な存在なんだろう。

今までの流れでそれは十分に理解できた。

 

 

「アルディーソ・デルスティオーネ!」

 

「!!」

 

 

だったら、もしもサキの目の前でオクタヴィアを焼き殺したら、どんな表情を見せてくれるんだろう?

あやせはそれが知りたくて堪らなかった。

 

 

『アアアアアアアアア!!』

 

「さやかッッ!!」

 

 

無数の炎が飛来し、次々にオクタヴィアへ直撃していく。

それだけはなく、近くにいたゾルダにも命中してオクタヴィアとの距離を離していく。

 

 

『アアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

そこで気づいた。

オクタヴィアは苦しそうにしながらも、自ら炎に当たりに行った。

どういうことなのか? それはオクタヴィアが少年の――、上条の形をしたホルガーを守ったからだ。

 

魔女になってまで、さやかは上条を守りたいというのか?

その上条は使い魔(ホルガー)、つまり本当に愛した人ではないのに。

そこまでして彼女は――……。

 

 

「やめろォオオオオオオオオオオ!!」

 

 

サキは鞭をふるって、電撃をあやせに向かわせる。

しかしあやせもまた、サーベルを振るって炎を発射。

雷と炎はぶつかり合うと、爆発して互いを無効化させた。

 

 

戦いの開始だ。

サキとあやせは地面を蹴ると、互いに武器を構えて激突していく。

強度を上げた短鞭とサーベルがぶつかり、弾き合う。

 

並行して走る両者。

サキは電撃を纏った回し蹴りであやせを狙うが、ハイキック故にしゃがまれて回避された。

次はあやせの番だ。踏み込み、掌でアッパーを行う。

サキはバク転でそれを回避。つい先ほどまで立っていた場所には火柱が上がっていた。

 

 

「クッ! よせ! 戦うんじゃない!!」

 

 

ライアはこの状況を打破しようと、新たなカードを取り出した。

分かっていた事だが、プレイヤー同士が手を取り合うのは非常に難しい。

少しでも気を抜けば、殺意に飲み込まれそうになる。

 

 

「!!」

 

 

その時、ライアの装甲が変色して行く。

美しい赤紫の鎧が、その色をなくしていく。

 

 

「しまった! 予想よりも速い!!」

 

 

 

ライアは『ブランク状態』になってしまった。

騎士は分身であるミラーモンスターが破壊されると、その力を失い、ブランク体になる。幸いミラーモンスターは24時間後には復活してくれるのだが、問題はエビルダイバーが何者かによって破壊されたと言う事。

そんなのは決まっている。一つしかない。

 

 

「おい! 早く魔女を倒せ!!」

 

 

ライアは声を荒げてゾルダに見る。

 

 

「分かってる! ただッ、アレが邪魔なんだよ!!」

 

 

マリレーナ。

あやせの時は何もしなかったくせに、ゾルダがオクタヴィアを狙うと、必ず邪魔をしてくる。普段は高速で移動し、銃弾が飛んでくると、体を一気に膨らませて巨大化。

自分がシールドとなる。

 

 

「チッ! 仕方ない! アレを使うか!!」

 

 

ゾルダは舌打ちを行った後、デッキから自分の紋章が刻まれたカードを取り出した。

ファイナルベントだ。だが悲しいかな、今日のゾルダは運が悪い。

 

 

「う――ッッ!!」

 

「!?」

 

 

ゾルダは膝をつき、カードを落とした。

 

 

「どうした?」

 

 

ライアが問うと、ゾルダは気だるそうに真上を見る。

 

 

「なんでもない、ただの目眩だ。よくある」

 

「ッ?」

 

「弁護士と騎士の両立は疲れるんだよ……!」

 

 

ふと、聞こえる笑い声。

 

 

「ヒャッハアアアアアアア! 来た来た来た来たァアアア!!」

 

「「「!?」」」

 

 

そしてその時、新たなる声と濁りきった音声が会場に響き渡る。

 

 

「一気に詰めるぜぇ! お・嬢・ちゃ・ぁあああああんッ!!」『『アドベント』』

 

 

誰だ? ライアはすぐに周りを確認する。

今のブランク体では新しい参加者に対応できるだけの力がない。

身構え、そしてすぐに異変は起きた。それも全員に。

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

まどか、ゆま、ほむら、サキ、ライア。

そしてゾルダが立っていた地面から、突如バラの蔓が出現して脚を絡め取った。

動きが封じられてバランスを崩す面々。しかし驚くのはまだ早い、地響きがホールを包んだかと思えば。

 

 

『――!』

 

「そ、そんな!?」

 

 

地面が割れ、そこから姿を見せたのは"薔薇園の魔女・ゲルトルート"だ。

だがあの魔女は既に倒した筈。それに気になるのは、オクタヴィアが既に魔女結界を発動していると言うのに、『マリレーナ』と『ゲルトルート』と言う別の魔女が二体も出現した事だろう。

これはもう偶然では済まされない。

 

 

「クッ! 暁美ッッ!!」

 

「ッ!」

 

 

ライアの声に反応して我に返るほむら。

一瞬だった。『なぜか』全員の脚を縛っていた蔓が吹き飛ぶ。

しかし少しでも時間を稼がれた事は事実だ。あやせはサキの身体に紅蓮の炎を直撃させ、インペラーはほむらから逃げる。

 

 

「うわぁあぁああぁあああッッ!!」

 

 

炎に包まれ地面を転がるサキ。

よくない流れだった。

ライアはまずゾルダの方へ走る。いずれにせよ、この戦いはゾルダがオクタヴィアを倒さなければ終わらない。

不調のようだが、意地でもオクタヴィアを倒してもらわなければ困るのだ。

 

 

『アァァァアアアアァアァアア!!』

 

「!?」

 

 

突如、黒い炎が振ってきてオクタヴィアに直撃する。

それだけでなく、炎はヴァイオリンを持った上条(ホルガー)をも狙っていた。

愛する人を模った使い魔を守るため、オクタヴィアは炎に包まれながらも跳ねる様にして移動。

ホルガーを庇い、再び黒い炎を受けていく。

 

 

「炎……ッ?」

 

 

ライアはあやせの攻撃かと思ったが、彼女は現在サキと戦っているし、あやせの炎は赤色だ。

 

 

「別の参加者か!」

 

 

しかし周りを見ても、その姿を確認することはできない。

 

 

 

「さやかちゃん!!」

 

「さやかお姉ちゃん!!」

 

 

まどかとゆまは、オクタヴィアを守る為に走り出す。

まどかは、オクタヴィアの周りに結界を張って、炎から守った。

 

 

「う――ッ! アァアァ!!」

 

 

しかし、すぐにまどかのうめき声が聞こえてくる。

炎の威力が高い、ましてやオクタヴィアも中で暴れるため、結界に掛かる負担が尋常ではなかった。

ましてや今のまどかの精神状態では、魔力をコントロールすることも難しい。

結界にはすぐに亀裂が走り、まどかは苦悶の表情を浮かべる。

 

 

何事もそう上手くはいかないものである。

ライアはブランク体になってから少し時間が経っている。

それが意味する事はたった一つ。エビルダイバーが押さえ込んでいた人物達が開放され、自由を得た時間でもあると言うことだ。

 

 

「ウラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

ホールの壁を突き破り、佐倉杏子が帰還する。

もはや状況を確認するでもなく、手当たり次第に槍を投げまくっていた。

 

回避する参加者達。しかし結界に閉じ込められているオクタヴィアは避けられない。

当然、結界にも槍は突き刺さり、そのまま貫通するように破壊する。

それでもまだ槍の勢いは死んでなかった。赤い槍が、そのままオクタヴィアの体に突き刺さっていく。

 

 

『アァアァアァアァアアアアァアァッッ!!』

 

 

オクタヴィアは叫び、血を撒き散らした。

まどかは半ばパニックになりながら走った。

誰かを庇う際にはスピードが上がる。それが働いたらしい。まどかはあっと言う間に杏子の前に立ち、両手を広げる。

 

 

「あン? 誰、お前」

 

「お願い! お願いですからもうこれ以上――」

 

「ウゼェ!」

 

 

杏子は裏拳でまどかの頭部を打ち、真横に吹き飛ばす。

 

 

「おーおー! ちょっとばかし席を外してたら随分と盛り上がっているじゃない」

 

 

混ぜてくれないのは悲しい話だ。

杏子はウキウキと胸を躍らせてホールへ降り立った。

 

 

「ん? って言うか」

 

 

杏子はそこで気づく。

先ほど吹き飛ばしたまどかに見覚えは無い。

一方で遠くの方ではブルブル震えているゆまが見えた。

 

 

「あぁ! なるほど、参加者か!」

 

 

杏子は槍を伸ばし、蛇腹状に変える。

ジャラジャラと鎖が音を立てて、へたり込んでるゆまを縛り上げた。

そのまま腕を引き、ゆまを引き寄せ、まどかの所へ投げ飛ばす。

 

 

「ハハハ! まずはゴミを二人処分して、ポイントリードだ!!」

 

 

 

 

気分がいいのか、ゲラゲラと笑う杏子。

しかし気づいていないようだ。越えてはいけないラインを突っ走っていることに。

 

 

「お?」

 

 

杏子はふと、自分の頭に違和感を感じた。

何かに掴まれた様な感触があったのだ。杏子はすぐに確認のため、後ろに視線を向ける。

すると、そこには鬼のような形相を浮かべた黒髪の少女が見えた。

 

 

「グゴォおッッ!?」

 

 

ほむらは一瞬で杏子のところへ移動すると、そのまま頭を掴んでそのまま壁に叩きつけた。

杏子の顔面が壁にめり込む。それも一度ではなく何度もだ。

ほむらはしばらくそうやって杏子にダメージを与えると、最後は思い切り胴体に蹴りを入れる。

 

 

「ウブゥッッツ!」

 

「………」

 

 

仰向けに倒れた杏子。

ほむらは何の迷いも無く、杏子の口にハンドガンを突っ込んだ。

杏子の歯をへし折る勢いだったが、そこは魔法少女としての身体強化があるのか、杏子は普通に拳銃を咥えるだけ。

 

だがそれで問題は無い。

ほむらは迷い無く引き金をひくと、杏子の体内に直接銃弾をプレゼントしていった。

これも一発ではなく。連射だ。普通の人間ならば頭がグチャグチャになり死亡するわけだが、杏子は普通じゃない。

ほむらの背中を蹴ると、立ち上がりざまに槍を振るう。

 

 

「ッッ!」

 

 

刃はほむらの腕を切り裂き、血が舞う。

あれだけの攻撃を受けたと言うのに、杏子は立ちあがる。

とは言えダメージは決して小さなものでは無い。杏子は口から大量の血と弾丸を吐き出して、笑顔を消した。

 

 

「普通の人間なら間違いなく頭が吹っ飛んでた。エグイ攻撃してくれちゃって」

 

「佐倉杏子、もう貴女は、貴女じゃないの」

 

「ん? なに訳わかんない事言っちゃってんの? 今を楽しもうぜ! 今を!!」

 

 

槍を構える杏子と、盾からマシンガンを取り出すほむら。

 

 

「おい! 待て! いい加減にしろ!!」

 

 

だが、それを止める様にしてライアが叫ぶ。

何がほむらをそこまで激情させたのかは知らないが、今は一人の魔法少女に固執している場合じゃない。

杏子が現れたと言うことは、当然彼女のパートナーも一緒なのだ。

 

 

「!」

 

 

なんて言ってる間に来た。

王蛇もまた壁を突き破ると、一気にゾルダのもとへ走る。

 

 

「くそッ!」

 

 

止めようとするライアだが、そこでゲルトルートが飛んできた。

巨体でライアを押しつぶそうとしてくる。それを回避していると、王蛇がゾルダの前に到着した。

 

 

「休むなんてつまらないだろ! 俺と遊ぼうぜェ!」

 

「ぐァッ!!」

 

 

王蛇は笑いながらゾルダを蹴り飛ばす。

回転しながら倒れるゾルダ。先ほどとは違い、今は立ち上がる気力すら無いようだ。

それを少し不満げに思いながらも、王蛇は攻撃の手を止める事は無い。

倒れるゾルダを蹴り飛ばし、強制的に立ち上がらせて殴り飛ばす。

 

 

「どうした? 反撃しないのか? そんなんじゃ楽しくないだろ?」

 

 

王蛇は両手を上げてやれやれとジェスチャーを取る。

そうしながらもゾルダを強く踏みつけていた。

 

 

「楽しむのはお前だけだ、こんな殺戮!」

 

 

ライアは先ほどから執拗に襲い掛かかってくるゲルトルートを退けると、王蛇へ向かって走り出す。

今のライアに王蛇を止めるだけの力は無い。

しかしこのままでは確実にゾルダは殺される。

 

それだけは止めなければ。

だがそこで全身に衝撃が走る。ゲルトルートに気を取られすぎた為か、インペラーの飛び蹴りには反応できなかった。

 

インペラーは現在、ストライクベントである『ガゼルクロー』によって脚力が何倍にも強化されている。

そこから放たれるキックの威力は、弱体化したライアには厳しいものがあった。

 

 

「グゥウウウウウ……ッッ!」

 

 

二転、三転と転がり、動きを止めるライア。

一方で何故かゲルトルートはインペラーを攻撃しようとはせず、次なる標的をまどか達へと移動させる。

 

 

「駄目だなぁ。余所見なんかしたらさ、あぶないよー?」

 

「お前……!」

 

 

よろよろと立ち上がるライア。

視線の先では、またも黒い炎が振ってきて、オクタヴィアに直撃する。

 

 

「見てみろよ」

 

 

インペラーは顎で周りを示す。

サキとあやせ。杏子とほむら。王蛇とゾルダ。

どこを見ても戦いしかない、傷つけあう光景しかない。

 

 

「俺は、戦いを止める――ッ!」

 

「ハハッ、立派だね」

 

 

インペラーは少しだけ悲しそうな声色を見せた。

ライアは立派だ。まぶしすぎるくらいに立派。

正しい事くらい――、インペラーにも分かる。

 

だが正論は、形にならなければ余計に虚しいだけだ。

ライア一人の力では結局この状況を変える事なんてできないじゃないか。

 

ライアだってよく分かっている筈だ。

それでも戦いを止めようと奮闘する姿が、インペラーにとって堪らなく愚かに映ったのだ。

ましてや叶えたい願いがある。戦いを止めろだなんて、耳障りすぎる。

 

 

「結局、運命は変えられないんだよッ!」『ファイナルベント』

 

「ッッ!!」

 

 

インペラーがカードを抜いて、バイザーへ叩き込んだ。

立ち上がり、構えを取ると、インペラーの背後から無数のメガゼール達が跳躍してくる。

先頭を行くのはリーダーであるギガゼールだ。素早い動きでライアに近づくと、飛び蹴りを命中させる。

 

 

「うッ!」

 

 

ライアの動きが止まる。

すぐにメガゼールの群れが到着し、爪や蹴りで次々に攻撃を仕掛けていった。

 

 

「グゥウウウウウッッ!!」

 

「ウオオオオオオオオオオオオ……ッッ!」

 

 

ガゼルモンスター達の進撃と共に走り出すインペラー。

怯み、動きを止めているライアに、インペラーは自慢の膝蹴りを繰り出した。

 

 

「タァアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

「グアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

インペラーの必殺技、『ドライブディバイダー』が直撃する。

ライアの装甲が粉々になり、変身が解除されてしまった。

手塚ホールを転がって、近くの壁に激突する。

体は鈍いが、まだ動くし、ダメージもそれほどだ。

 

 

「お前……ッッ!」

 

「ま、今回は手加減で終わらせてあげるよ。次は殺すけどな」

 

 

インペラーはそう言うと手塚に背を向けて走り出す。

体が言う事を聞かない。手塚は咳き込むと、その場にうずくまって動かなくなる。

 

 

「暁美――ッッ!!」

 

 

手塚は、振り絞るようにほむらの名を呼ぶ。

幸いにもその瞬間、手塚とほむらの視線がピッタリとあった。

 

 

「!!」

 

 

手塚の姿を見て、ほむらは急激に冷静さを取り戻す。

ほむらは盾を動かし、埋め込まれている砂時計のギミックを作動させる。

するとほむらの姿が消え、一瞬で杏子の背後へと移動した。

 

 

「な――ッ!?」

 

「いい加減、止まりなさい」

 

 

引き金を引く。

杏子へ無数の弾丸が命中いきし、ダメージで動きを停止させた。

ほむらはその隙に再び盾に手をかける。勝利へのプランは完璧だった。『固有魔法』を発動し、全てを終わらせる。

なにひとつ問題は無い。

 

だが、ほむらは知らない。

この戦いは、彼女の想像を、はるかに凌駕したものだと言う事を。

 

 

『フリーズベント』

 

 

ほむらは、自分に向かって飛んで来る『黒い炎』を確認した。

ギリギリ能力発動まで間に合わない。妥協し、まずは盾で炎を受け止めた。

幸い攻撃力は低く、簡単に防ぎきる事ができたが、問題はそこではなかった。

 

 

「!?」

 

 

ほむらは、すぐに舌打ちを行う。

それは黒い炎が『攻撃』ではないと理解したからだ。

それを決定付ける事は『盾』にあった。黒い炎を受けた途端、盾が石化していく。

 

ほむらの魔法は盾が無くてはどうする事もできない。

石化した事で砂時計のギミックが働かず、魔法が使えなくなっていた。

青ざめるほむら。油断していた、甘かった。自分の力を妄信していたか、予想外の攻撃に大きく怯んでしまう。

 

さらに油断はより大きな隙をつくる。

ほむらは、目の前にいる少女の底力をなめていた。

 

 

「グッ!」

 

「ハハァッ! 捕まーえた!」

 

 

魔法で強化したマシンガンの弾丸を全身にうけながらも。杏子はしっかりと立ち、ほむらへ距離をつめていた。

杏子は全身から出血しながらも楽しそうに笑っている。

その異常なまでの戦闘意欲にほむらはゾッとし、足を止めてしまった。

 

 

「なんなの?」

 

 

ほむら今、杏子に対して明確な恐れを持った。

 

 

「オラァッッ!!」

 

「キャアッ!!」

 

 

杏子はほむらの頭を掴むと、地面に叩きつける。

衝撃が脳を揺らし、一瞬意識が飛んだ。

杏子は倒れたほむらの首を掴むと、引き上げ、回し蹴りを胴体へ叩き込む。

 

威力が高い。

ほむらは横に吹っ飛んだ。

もちろん、ここで終わらせるほど杏子は甘くない。

既に多節棍を伸ばしており、ほむらをしっかりとキャッチしていた。

硬い鎖がほむらを縛り上げ、宙へと舞い上げる。

 

 

「そらよッッ!!」

 

 

杏子は多節棍を振るい、ほむらを壁へ叩きつけた。

次は床。次は壁。次は床。叩きつけられたほむらはぐったりと力を無くし、杏子は尚も連続して彼女を振り回しながらいろいろな場所へぶつけていった。

 

 

「もう……」

 

 

同時に、それを見ていた者がいる。

 

 

「もう――」

 

 

震える手が武器を掴む。

嫌だ。嫌だけど、友達が傷つけられるのはもっと嫌だった。

 

 

「もう止めてェええええええええええ!!」

 

 

鹿目まどかは、弓を思い切り振り絞ると、必殺技である『スターライトアロー』を杏子に向けて発射した。

このまま杏子の攻撃を許せば、確実にほむらは死ぬ。

それだけでなくさやかもだ。下手をすれば、ゆまもサキも手塚も皆死んでしまうかもしれない。

 

そんな事絶対に許しちゃいけない。

だからまどかは友を守るため、初めて他人に矢を向けた。

煌く光を纏い、飛んでいく光の矢――。

 

 

「アァ?」

 

 

杏子はその矢を片手で掴みとると、一気に握りつぶして消滅させた。

いや、待ってほしい。いくら杏子と言えど、まどかの必殺技をこんな簡単に打ち破れる訳がない。

ならば理由は簡単だった。

 

 

「こんな遅ェ。しかもパワーも無い攻撃でアタシを止められると?」

 

 

優しすぎるのは罪なのか?

どうしても傷つけたくないと言う意思が働いてしまい、まどかは必殺技に全く威力を付与できなかった。

おかげでスターライトアローは弱体化。結果として杏子に破られてしまう。

 

 

「でもまあ、攻撃してきた根性は褒めてやるよ」

 

 

杏子はほむらを適当な場所へ放り投げると、槍をまどかへと向ける。

 

 

「まどか!!」

 

 

それに気がつくサキだが、助けに行ける余裕は無い。

あやせとの交戦ははっきり言って劣勢である。

 

つまり、まどかを助けられる者はいない。

しいて言うならばゆまは自由だが、杏子に対する恐怖が酷く、またブルブルと震えるだけだった。

 

 

「大丈夫だよ、ゆまちゃんは守るから……ッ!」

 

 

まどかはゆまを庇う様にして、前に立つ。

対してニヤつきながら歩いてくる杏子。

 

 

「………」

 

 

救いは意外なところから現れた。

杏子はチラリと横を見て、槍を振るう。そこへ歯車がぶつかる。

 

見上げれば、オクタヴィアの姿が剣を振り上げている。

肉体は焼き焦げ、鎧は既にボロボロだ。

それでもまだ、オクタヴィアは戦う。全てはコンサートを守るために。

 

 

「ハハッ! なんだい、そんなにアタシが憎いのか!」

 

 

杏子は恐れる気配を全くみせない。

むしろ、ますます笑みが深くなる。それはまるで、自分が負ける可能性など1%とて無いと言わんばかりに。

 

 

「食物連鎖は覆らない! 魔女を喰うのは魔法少女なんだよ!!」

 

 

オクタヴィアが剣を振り下ろすよりも早く、杏子はジャンプで頭上につく。

 

 

「そのピラミッドは絶対だ!!」

 

 

オクタヴィアは杏子を目で追い、顔を上げる。

 

 

「魔女が魔法少女に勝てる道理なんざどこにも――!」

 

 

だから、『真下』を見ない。

 

 

「ありゃしないんだッッ!!」

 

 

オクタヴィアの真下から、巨大な槍が地面を突き破って伸びていく。

刃に押されてオクタヴィアの巨体が空に舞い上がる。青い血を大量に噴射しながら。

 

 

「さやかちゃんッッ!!」

 

 

まどかの悲痛な叫びが聞こえる。

 

 

「あん? さやかだァ?」

 

 

着地した杏子。そこで思い出す。

ゆまは、さやかと言う名を口にしていた。

杏子はハッと表情を変え、直後歪んだ笑顔を見せた。

 

 

「ハハッ! ハハハハッ! そっか、お前アイツだったのか!!」

 

 

杏子はその瞬間、全てを理解した。

 

 

(ソウルジェムの仕組みも知らないんだ。魔女システムなんざ知るワケねぇよな!)

 

 

全てを理解した杏子は、ゲラゲラと腹を押さえながら笑い転がる。

杏子は既に魔女を生み出すシステムを知っていた。

だから、無知だったさやかが滑稽に思えてしかたない。

 

 

「最高! さいっこうだよアンタ! どれだけアタシを楽しませてくれるんだい!? アハハハハハハハハ!!」

 

 

笑い過ぎて涙が出てきた。

しかし――、どんなに楽しい時間も終わるものだ。

杏子は立ち上がると、槍を両手に構えて飛び上がった。

 

 

「随分と楽しませてくれたが、そろそろクライマックスといこうじゃないか」

 

 

墜落するオクタヴィアへ、杏子は槍を投げていく。

 

 

「アンタとはもっと遊びたかったけど、そろそろ楽にしてやるよ」

 

 

槍はもう簡単に突き刺さるほどになっていた。

青い血が辺りに飛び散り、飛沫が杏子の頬を掠った。

杏子にとっては死のやりとりも最高のゲームでしかない。

 

命を賭ける事も、命を奪う事も、全て娯楽というジャンルで縛られている。

杏子にとってそれは良い事なのだろうか、それともソレは呪いとなって己を縛るのか。

 

 

「やめてッ! お願いッ!」

 

「うるせぇな!!」

 

 

止めようと動くまどかだったが、杏子は槍の柄で容赦なく弾き飛ばす。

駄目だ。いけない。サキは戦いを切り上げ、まどか達を助けようと試みる。

しかしそれは大きな隙だ。あやせが見逃す筈もなかった。

 

 

「駄目だなぁ、余所見しちゃ」

 

「しま――ッッ!!」

 

 

あやせはサキの腕を取ると、関節技を決め、組み伏せる形で押し倒す。

サキはうつ伏せにされ、顔だけをオクタヴィアの方向へと向けさせられる。

このままではマズイ。サキはすぐに抵抗しようと、雷撃をその身に纏わせるが――

 

 

「だーめ♪」

 

「アァアアアアアアアアッッ!」

 

 

あやせはそれよりも早く炎をサキに浴びせて、抵抗を封じる。

サキはダメージに動きを止めた。あやせは満足そうに笑うと、サキに頬ずりをする。

 

 

「一緒に見ようね!」

 

 

まるで親友のように言う。

 

 

「一緒に見るだと……? 何を?」

 

 

サキは苦痛に顔を歪ませ、問いかけた。

あやせもまた、杏子と違う狂気を持っている気がする。

 

 

「何をって、決まってるでしょ♪」

 

 

にっこりと笑う。

それはまるで太陽の様に明るい表情で。

 

 

「貴女のお友達が、し・ぬ・と・こ・ろ」

 

「――ッ!」

 

 

サキは見る。

いつの間にか、オクタヴィアの体中に槍が突き刺さっていた。

打ちのめされて動けない手塚とほむら。戦う気力がないまどかとゆま。

 

 

(いや――ッ、まだだ!)

 

 

ここで諦める訳にはいかない。

サキはたとえ腕がへし折られようが、体中を焼かれようが、止まるつもりはなかった。

最後の力を振り絞ると『イル・フラース』を発動。

爆発的な力であやせを振り払い、足を進めようと力を込めた。

 

 

「ッ!!」

 

 

だが肝心のイル・フラースが一瞬で解除されてしまう。

未完全なままで連続使用を行ったのが問題だったか。おまけに失敗の副作用で、逆に力が抜けていく。

 

肝心な所で無力化してしまうサキ。

何もできずに、その場に倒れ、以後は動けない。

 

 

「ン?」

 

 

杏子は、気づいた。

上条のシルエットをしたホルガーに。

 

 

「はーン……」

 

 

ヴァイオリンを手に持ち立ち止まっているホルガー、そういえばオクタヴィアは彼を守る為に必死だったか。

杏子は、多節棍を伸ばしてホルガーを引き寄せる。

所詮は形だけの偽者。ホルガーは杏子の前に来ても動揺する素振りを見せない。

ましてや動きすらしない。

 

 

「こんなヤツの為に絶望するなんて、やっぱアンタって本当に馬鹿なヤツだよ」

 

 

他人の為に魔法少女になり、他人の為に絶望する。

そんな下らないサイクルを受け入れるなんてまっぴらゴメンだ。

杏子は自嘲の笑みを浮かべていた。

 

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

 

大好きな『上条』を傷つけられそうになって、オクタヴィアは叫び声をあげて体を起こした。

槍にまみれた体で、血を流しながらも杏子に向かって腕を伸ばす。

 

 

「くだらねぇ」『ユニオン』『アドベント』

 

 

杏子はノーモーションで魔法を発動。

空間が弾けとび、ベノスネーカーが出現。

オクタヴィアに突進を決めて、杏子には触れさせない。

 

吹き飛び、泣き叫ぶオクタヴィア。

不協和音の悲鳴が悲痛な雰囲気をより一層引き立たせている。

お願いだから彼に触らないで。あたしはどうなってもいいから彼を傷つけないで。

彼は私だけの物なのだか――

 

 

「死ねよ、幻想が……ッッ!」

 

 

オクタヴィアが大切に守り続けていたホルガーを、杏子は宙へ放り投げた。

そして、槍が追いかける。赤い一閃はホルガーを簡単に貫き、一瞬で絶命させる。

 

 

『――――』

 

 

オクタヴィアは青い涙を大量に流し、叫ぶ。

滅茶苦茶に剣を振り回しながら杏子を狙った。

殺す、コイツだけは。大切な彼を傷つけたコイツだけは許さないと。

 

 

「ハッ!」

 

 

しかしそれよりも先に、杏子の多節棍がオクタヴィアを縛りあげて封殺した。

杏子はそのまま多節棍を振り回すと、巨体の魔女を軽々と投げとばす。

墜落したオクタヴィアは地面を抉り、壁を破壊しながら砂煙を巻き起こす。

 

倒れたオクタヴィアは尚も青い涙を流し続けた。

助けて。苦しい。そんな思いが流れ込んでくるようだ。

オクタヴィアはただひたすらに、槍に貫かれて死んでいるホルガーに向かって手を伸ばす。

少しでも彼に近づきたくて、少しでも彼と一緒にいたくて。

 

 

「さやかッ! 逃げろッッ!!」

 

「ハハハハハハ! 終わりなんだよ、もうお前は!!」

 

 

杏子はニヤリと笑い、振り返る。

 

 

「おい浅倉ぁあ! 手伝えよッ! 今日は気分がいいから一緒にスッキリさせてやる!」『ユニオン』

 

「助かる。コッチは骨が無さ過ぎてうんざりしてた所だ」『ファイナルベント』

 

 

王蛇は、無抵抗のゾルダを蹴り飛ばすと、杖型の『ベノバイザー』にカードを装填して投げ捨てる。

ファイナルベントとファイナルベントの力が融合し、未曾有の力が巻き起こる。

まず動いたのは杏子だ。地面を叩くと、背後に巨大な槍が出現した。

 

 

 

「ジィイイイイイイイイイイ!!」

 

 

ベノスネーカーは這い、槍にガッチリと巻きついていった。

 

 

「ッ! アイツを止めるんだ!!」

 

 

手塚の叫びに反応するほむら、まどか、ゆま。

しかしそんな彼女達の足元にまたもゲルトルートの蔓が迫った。

拘束される三人は何もできず、ただありのままを受け入れるしかない。

ほむらの盾はまだ石化が解除されておらず、希望の道は見えない。

 

 

「無駄さ! 全て赤に塗りつぶされる! ハハハハハハハハハハ!!」

 

 

光が迸った。

なんと槍とベノスネーカーが融合したのだ。

完成したのは巨大な『棍棒』。ベノバイザーをもっと太く、大きくしたような物だった。

 

杏子は、自分の身長より何倍も大きな棍棒を軽々と持ち上げると、バットを構えるようにして立つ。

 

 

「アァァァアァ……ッ!」

 

 

唸り声を上げて走り出す王蛇。

両手を広げながら迫るその姿はまさに獲物を狙うコブラ。

 

まどか達が必死に『やめて』と叫ぶが、それは場を盛り上げるBGMでしかない。

王蛇は一切を無視し、地面を蹴って飛び上がる。

そして捻りを加えた両足蹴りを放つ。

 

 

「ハハァッ!」

 

 

最後の抵抗に、オクタヴィアは剣を振るった。

しかし遅かった。攻撃は王蛇には届かず、逆に彼のキックを受けてしまう。

叫び声をあげ、涙を流しながら吹き飛ぶオクタヴィア。

その先には棍棒を構えて立っている杏子が見える。

 

 

「ヒュウ! 良い位置じゃん!!」

 

「お願い――ッ」

 

 

まどかは弱弱しくも叫ぶ。

その声が杏子に届くわけも無いが、フラッシュバックしてくる親友(さやか)の姿が離れなくて、まどかは叫ぶのだ。

思い出すのは、いつも笑顔で名前を呼んでいる姿。

 

 

『まーどか!』

 

 

さやかと、いろいろな場所に行った。

ケーキ屋さん、CDショップ、お花屋さん、本屋。

その全てがまどかにとって良い思い出だった。

 

自分には無い活発さを持っているさやかが羨ましくて。

一緒に戦うさやかが頼りになったり、心配になったりして。

いつも面白い事を言っていた彼女に憧れて。

毎回宿題を見せてと頼んでくるのには、ちょっと呆れたりして。

 

 

だけど、まどかは、さやかの事が大好きだった。

 

 

「やめてぇ……ッ!」

 

 

これからもずっと親友でいられたらいいな。

そんな事を思った日がある。

これからも一緒にいろいろな事ができたらいいな。

そんな事を思った日がある。

 

まどかは最後の力を振り絞って矢を構えた。

しかし『人を傷つけたくない』という想いが、またも威力を殺してしまった。

人を守る為に魔法少女になったまどかが、人を傷つけるために魔法を使う矛盾。

 

 

そうやって親友を守る為に放たれた矢は、あまりにも弱弱しく飛んでいく。

 

 

 

 

 






新谷良子さんと深キョンさんって声似てるよね(´・ω・)


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第20話 決着と始まり りま始と着決 話02第

 

 

 

守るために魔法少女になった。

 

 

だからさやかを救いたい。だから杏子を傷つける。

相反する想いの矛盾。戦いを止める為の矢は、戦いを加速させる要因でしか無いのか?

 

しかし何もしなかったら親友が死ぬ。

まどかはソレを受け入れられずに、答えがでないまま矢を放ったのだ。

 

 

「何ッ!?」

 

 

光の矢が杏子へしっかり届いた。

不意打ちの一撃に杏子はのけぞり、オクタヴィアを逃してしまう。

それだけではなく、奇跡が起こった。

 

まどかの友を想う気持ちがスターライトアローに新たな力を授ける。

桃色の光がオクタヴィアに触れた時、なんと魔女の呪いが解け、オクタヴィアがさやかに戻ったのだ!

 

 

「ありがとうまどか」

 

 

さやかは笑う。

それに微笑を返すまどか。

 

ああやった。

さやかちゃんが魔女の姿から戻った良かった嬉しいなななななな――

 

 

 

 

 

 

そんな夢物語を願っていたのだろう。

その答えを望んでいた。

 

 

「んな訳ねぇだろうが、ブゥぁああああああかァアッッ!!」

 

『キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』

 

 

ホールの上に立っていた13番がゲラゲラ笑う。

そして先ほどまで姿を消していた蛸の魔女・マリレーナが猛スピードで飛来。

体を膨らませると、まどかの弓矢をその身で弾いてみせる。

 

だから当然、まどかの矢は杏子に届くことは無く、杏子を止める者もいない。

それにもう遅かったのだ。オクタヴィアは、杏子の射程に入ってしまった。

 

杏子は、片足立ちでバッティングフォームを決める。

おお、見よ。これぞ幻の一本足打法。

そのまま思い切り、棍棒をフルスイングだ。

 

 

「やめてぇええええええええええええええッッ!!」

 

「ブッ壊れろォオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

『グギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

棍棒はしっかりとオクタヴィアを捉えた。

王蛇が吹き飛ばした相手を、杏子が打ち砕く複合ファイナルベント、『ルージュ・オブ・キング』が炸裂。

 

粉々になりながら吹き飛ぶオクタヴィア。

皮肉にも、墜落場所はまどかの少し前方だった。

 

 

「さやかちゃ――」

 

『ア……、ア―――』

 

 

まどかは回復魔法をかけようと手を伸ばす。

その先で、オクタヴィアは爆発し、その姿を完全に消滅させた。

 

 

「いやぁアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

まどかは泣き叫び、その事実を否定しようとする。

必死にオクタヴィアの破片を探して掴み取ろうとする。

しかしどんなに叫ぼうが、どんなに泣き喚こうが、真実は真実だ。

望む答えなど出るはずも無い。

 

それにまどかとて、ただの傍観者ではないのだ。

それを忘れてもらっては困る。

 

 

「安心しなよ。アンタもすぐに後を追えるんだからさァ」

 

 

杏子は槍を構え、まどかの方へと足を進めていた。

 

 

「ココは最高の狩場だな!」

 

 

まどかを殺した後は、ゆまとサキ。

後は、あやせを八つ裂きにして大きくゲームをリードさせる。

そのプランを既に杏子は完成させていた。

 

 

「くそォオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

サキは焦燥の思いに叫びをあげる。

だがどれだけ力を込めて体が動かなかった。

ココまできたのに、さやかを守る事ができなかった。

それだけじゃない、このままならば皆殺される。もちろん自分もだ。

マミが死に、残された自分たちもゲームに呑まれて死ぬ。

そんなふざけた事があっていい訳がない。サキは歯を食いしばり、ひたすらに力を込めた。

 

 

「ふふふ、すっごい面白かった♪」

 

 

あやせはサキを蹴り飛ばすとサーベルを向ける。

サキがどんな顔をするのか見たかったが、もう十分だ。

あやせもまた、勝利を目指している。だからサキをこれ以上生かす意味もない。

 

 

「じゃあね、最期は思いっきり痛くしてあげる!」

 

「ッッッ!!」

 

 

力を込め続けるサキ、しかし力が戻る気配はない。

まどかに近づいていく杏子。再びゾルダに狙いを定める王蛇。

 

 

「………」

 

 

それを、インペラーはジッと見ていた。

 

 

「さやかちゃん……! さやかちゃんッッ!!」

 

 

まどかは、さやかが死んだ事が納得できないのか、何度も名前を呼んでいた。

しかしどれだけ連呼しようが帰ってこない。それはもうまどか自身分かっていた事だ。

 

だからこそ心に亀裂が走る。

まどかのソウルジェムが濁り始めた。このままならば、さやかと同じ運命を辿るだろう。

 

 

「終わったな、これでゲームオーバー」

 

 

インペラーの隣に、13番の魔法少女が立つ。

危険視していたライアペアも既に使い物にならない。

ライアはただの人間に戻り、ほむらは能力を封じられた。

何もできない彼らには誰も救えない。

 

 

「でも……、何か、おかしいんだよな」

 

「?」

 

 

インペラーには、ずっと引っかかっているものがあった。

だがそれが何か分からずに沈黙する。

考える。考える。すると、まどかに目がいった。

 

 

「なに?」

 

「いや、あの娘さ、何か、足りなくない?」

 

「は? 何が?」

 

「いや、えっと……、なんだろな」

 

 

軽い違和感は、前にも感じていた。

そう、アレは確か、一番はじめにまどかと戦ったときだ。

 

 

「あ」

 

 

インペラーは理解した。

そうだ、以前まどか襲ったときに、彼女はアドベントを使用した。

ドラグレッダーの登場。

インペラーは気づいた。そう言えばまどかの服には、紋章が刻まれたじゃないか。

 

 

「ちょっと待て! じゃあアイツのパートナーは一体――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

「!?」

 

 

まどかの背後から赤い炎が飛んでくる。

それは今まさにまどかへ切りかかろうとした杏子の足元に直撃し、爆風で吹き飛ばした。

 

 

「ぐァ! ッッ!? 何だよ!!」

 

 

爆発に気をとられ、あやせや王蛇も動きを止める。

杏子はまどかの魔法で爆発が起こったのかと一瞬思ったが、まどかの向こうに見えたシルエットを確認して頷き始める。

 

 

「成る程ね。クソ遅い登場ってこった」

 

「……っ?」

 

 

まどかは、杏子の視線を追うように背後を見た。

ソウルジェムは今もなお濁っていき、思考も鈍り始める。

いっそこのまま穢れきってしまえば楽になれるのか? さやかに会えるのか?

 

そんな事を考え始めていたが、その人物の登場は、まどかの心に大きな揺さぶりを与えた。

 

瞳に映るのは赤い龍。

そのドラゴンは、まどかの危険を『主人』に知らせに行ったのだ。

だから彼は、ココに来る事ができた。

ドラグクローを解除したのは――

 

 

「まどかちゃん……! 皆――ッッ!」

 

「………!」

 

 

城戸真司、龍騎の登場だった。

 

 

「「「「!!」」」」

 

 

一勢にホールの空気が変わった。

絶望に包まれたこの場に突如現れた騎士、龍騎。

"勇気"の性質を持ったドラグレッダーを従わせて、辺りをゆっくりと見回す。

 

 

「ッ! ッッ!!」

 

 

ボロボロになっている仲間達。

悲しみに暮れているまどか、ホールの各所に見える戦いの跡。

それが物語る事はただ一つ。しかし龍騎はソレを認めたくなくて拳を握り締めた。

 

 

「やっぱりな」

 

「………」

 

 

インペラーは立ち上がると13番に合図を送る。

 

 

「もうやる事はやったし、ココにいる理由もないよな」

 

 

今の龍騎を見て、インペラーは撤退の選択を促した。

 

 

「残り死にぞこないを皆殺しにしてからでいいだろ。そもそも、アイツ一人で何とかできるとは思わないけど?」

 

「織莉子ちゃんの指令は、さやかちゃんを殺す事だけだ。余計な事をしたら彼女の計画に支障がでるかもしれないだろ?」

 

「……ま。それは確かに」

 

 

渋々了解する13番。

インペラーと共に、姿を消す。

一方の龍騎は、震える声で呟いた。

 

 

「さやかちゃんは……?」

 

「―――ッ」

 

 

龍騎はどこを見てもさやかがいない事に違和感を感じていた。

そしてそれを裏付けるようなまどか達の様子。

まさかと思いつつ、ソレを否定したいと龍騎は願う。

だが、そんな龍騎の願いも赤が塗りつぶす。

 

 

「クハハハハハ! さやか? アイツはね――」

 

 

杏子は自信に満ちた表情で、自らを指し示す。

 

 

「アタシ等がブッ殺してやったよ!!」

 

「―――ッッ!!」

 

「浅倉ァ! コレはアンタの獲物だろ? 譲るぜ!」

 

 

杏子の言葉に反応する王蛇。

ゾルダを殺すのも悪くはないが、無反応で殴られるだけのゾルダよりは、龍騎の方が殺しがいがありそうだ。

だから王蛇は標的を龍騎に変更した。王蛇にとっては戦いの過程が大切らしい、殺せる相手がそこにいたとしても、新しい戦いの場面があるのならすぐそこに食いつく。

 

 

「――ッッ」

 

 

拳を握り締める龍騎。

あと少しでも来るのが早ければ間に合っていたのだろうか?

それともまた、何もできずに指を咥えて見ているだけだったのか。

後悔、そして怒りが身体を駆け巡る。

 

 

「アンタが……、殺したのか?」

 

「ああ、そうだぜ」

 

 

ドラグレッダーが龍騎の周りを旋回する。

同じくして、王蛇の周りをベノスネーカーが旋回した。

龍と大蛇は、同じような体勢で睨みあい、咆哮をあげる。

 

 

「なんで、なんで!!」

 

「楽しいぜ、暴れるのは。頭に張り付くイライラがサッパリ無くなる。お前もそうじゃないのか?」

 

「ふざ――ッ、けんなァアアアアアア!!」

 

「!!」

 

 

龍騎は叫ぶ。共鳴する様に吼えるドラグレッダー。

その圧倒的な迫力に、あやせは固まってしまう。

そこへ火球を放つドラグレッダー。呆気に取られていたあやせは、その炎を避ける事はできず、サーベルで受け止めるだけ。

 

 

「キャアッ!!」

 

 

炎が弾け、あやせはサキから引き剥がされる。

 

 

「ムッ! そういう抵抗、好きくないっ!!」

 

 

ムッとした表情を浮かべるあやせ。

すぐに腕を前に出し、サキに向けて炎を飛ばした。

しかしその炎は何故かあやせの意思とは裏腹に、全く別の方向へ飛んでいく。

 

 

「な、なんでよ!!」

 

 

表情を歪めるあやせ。すると気づいた。

炎が全て龍騎に向かっていくではないか。

 

龍騎は赤いマントを振るっている。

ガードベントであるドラグケープは、相手の攻撃対象を自分に向ける事ができる効果があった。

ドラグケープ自体にも防御力があり、炎がケープに触れると受け流される様にして龍騎の身体を逸れていった。

 

 

「むーッ! やっぱり好きくないなぁ、そういうの!」

 

 

あやせは不満げに表情を歪ませる。

その一方で、何やらブツブツ呟いている杏子。

全ての魔法少女達へ槍を順番に向けていき、何か呟いている。

 

 

「ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な・き・ょ・う・こ・さ・ま・の・い・う・と・お――」

 

 

そして槍の先にいたのは、あやせだ。

 

 

「り! はい決まり!!」

 

 

杏子は走り、一気にあやせへ距離をつめる。

すぐに槍で切りかかり、戦闘を開始した。

 

 

「なにするの!」

 

「仕方ないだろ! 抽選の結果お前になったんだから。とにかくブッ殺してやるよゴスロリナルシスト!」

 

「意味不明なんですけど! って言うか、変な名前つけないで!」

 

 

サーベルで槍を受け止めるあやせ。

そこで杏子に蹴られた顔の事を思い出す。

 

可愛くなければ『彼』に嫌われてしまうかもしれないじゃないか!

そのためには常に顔を大切にしておかなければならないのに。

なのになのに、杏子はその顔に傷をつけ様とした!

 

 

「ゆるせない! 殺しちゃうから!!」

 

「やってみろよ! やれるもんならさァッ!!」

 

 

怒りと狂喜がぶつかり合い、双方は激しく刃を交し合う。

だがおかげで手塚達は標的から外されて動きやすくなった。

手塚は肩を押さえて足を引きずりながら、ほむらのもとにやって来る。

 

 

「おい、大丈夫か? 暁美」

 

「ええ……、何とか」

 

 

とは言えダメージは大きい。今も頭がクラクラする。

そうしていると、サキもフラフラとやって来た。

どうやらようやく動けるようになったらしい。

 

 

「見て」

 

 

ほむらは視線をまどかの方を移した。

 

 

「まずいわ。ショックでソウルジェムが濁ってる」

 

「なに……ッ?」

 

 

サキもその意味を理解して、懐からグリーフシードを取り出す。

本当はさやかに使うため手に入れた物だが、もう意味が無い。

しかしそれがココでまどかを救う鍵となるとは。

 

 

(さやか……、頼むッ! まどかを守ってくれ!)

 

 

サキは涙を流しながら歯を食いしばる。

後はグリーフシードをまどかに届ければいいのだが、少し距離がある。

狙われてはいないものの、攻撃が飛んでくる可能性はあったし、杏子がいつ心変わりを起こすかも分からない。

 

 

「私が行くわ……、まだ大丈夫だから」

 

 

そう言って立ち上がるほむら。

しかし杏子から受けた傷は深く。すぐにフラついてしまい、膝をついてしまった。

サキとしても戦うだけの力は残っていない。

 

 

「俺が行く。貰うぞコレ」

 

「あ」

 

 

手塚が、サキから半ば強引にグリーフシードを奪い取り、まっすぐにまどかを見つめる。

 

 

「駄目よ。今の貴方では殺されに向かう様なもの。それに――」

 

「なんだ?」

 

「彼女は私が……」

 

 

そこでほむらは言葉を止めた。

手塚としても、ほむらが何か複雑な物を抱えているのは知っているが、今はそんな事を言っている場合ではない。

龍騎の登場で少しは踏みとどまったが、以前まどかが危険なのは変わりなかった。

 

 

「……暁美。盾はどうだ?」

 

「え? あ。使えるようになってるわ」

 

「そう言えばほむら、キミの力は一体何なんだ……?」

 

 

サキの言葉にほむらは答えなかった。言えないと雰囲気が語っている。

 

 

「仕方ないな。言いたくないならそれでいいさ。とにかく今はまどかだ」

 

「ええ。ごめんなさい。とにかく――」

 

 

ほむらは再び立ち上がろうとするが、やはりバランスを崩して倒れてしまう。

どうやら杏子に何度も叩きつけられるうちに、足の骨が砕けてしまったらしい。

 

ソウルジェムを操作して痛覚を遮断しても、肉体の回復が追いつかないのでは意味がない。

やはり手塚に任せたほうがいいのか。ほむらは少し表情を暗くした。

 

 

「ハァ。仕方ないな、怒るなよ」

 

「え?」

 

 

手塚はほむらの表情をしっかりと見ていた。

さすがにパートナーとして、気づいているワケだ。

そもそも、確かに手塚が生身で行けば流れ弾でも死ぬ可能性がある。

ならば残る道は一つだった。

 

 

「触るぞ」

 

「ちょ、ちょっと……」

 

 

そう言って手塚はほむらを抱き起こして背中に乗せる。

おんぶだ。こうすれば手塚はほむらの『能力』を使って。安全にまどかの場所へ向かえるらしい。

 

ほむらとしても、自分で助けるという事をクリアできる。

手塚の行動に少し怯んだが、すぐに意味を理解して能力を発動させた。

 

 

「ッ!?」

 

 

一瞬でサキの前から消えるライアペア。

そして次の瞬間、ほむらはまどかの前にへたり込んでいた。

 

 

「ほむらちゃん……」

 

「もう大丈夫よ。今、グリーフシードを使うから」

 

「うん……。ありがとう」

 

 

手塚もゆまを落ち着かせ、少しでも戦いの場から離れるようにしていた。

そんな中、龍騎は地面を転がっていた。転がした王蛇は楽しそうに歩いている。

 

 

「やめろ! 俺は……ッ! 戦うつもりで来たんじゃない!」

 

 

目の前にはさやかを殺した騎士がいる。

だがそれでも龍騎は戦いを否定する言葉を口にした。

それが彼の信じる道だからだ。

 

とは言え、王蛇にとって戦いこそが今ココにいる目的であり、行動理念。

それを否定されては困ると言うものだ。

 

 

「御託はいい、さっさと戦え! お前もつまらないヤツなのか?」

 

 

王蛇は両手を広げて龍騎を挑発する。

 

 

「何でだよッ! どうして同じ騎士、同じ魔法少女同士で戦わなきゃいけないんだよ!!」

 

「???」

 

「敵は魔女じゃないのかよ!!」

 

「おかしいだろッ!? さやかちゃんが何をしたんだよッッ!!」

 

 

怒りの感情は、龍騎の血液を沸騰させんばかりだった。

いつも元気で、皆を笑顔にしてくれたさやかが死ぬ理由がどこにある?

彼女はただ純粋に願いを叶え、人を守りたかっただけなのに。

 

 

「下らん、負けたヤツは死ぬ。ただそれだけだろ? まさかルールを知らんのか、お前」

 

「知ってるよ! 知ってるからなんなんだよ!」

 

「弱いから喰われる。ルール通りだ。何の問題もない」

 

 

王蛇のその言葉に、龍騎の怒りが遂に爆発した。

激しく燃え上がる炎の様に、心を熱する。

 

 

「ふざけんなぁアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

ドラグレッダーが吼える。その性質は『勇気』。

龍騎は、間に合わなかった悔しさを、『悲しみ』に変える事を拒んだ。

そうだ、勇気に変えるのだ。このまま訪れるだろおう絶望を焼き尽くす勇気へ。

 

一方でベノスネーカー、その性質は『力』だ。

一切の戯言を許さない、正しいのはいつだって力だった。

王蛇はそれを信じている。だからこそいつだって力を振るう。

 

ミラーモンスターは性質に従う主人を気に入るのだ。

お互いのモンスターは主人を守るために、再びとぐろを巻く。

 

 

「俺は……! 俺はッ、絶対にお前らを許さないッッ!!」

 

 

だけど――、龍騎は言葉を続ける。

もう、さやかの様な犠牲者を出すのは嫌だ。

 

 

「だから俺は――ッ! この戦いを止めてやるッッ!!」

 

「!」

 

 

表情が変わる手塚。

まさか龍騎が、そう言うとは思わなかった。

てっきり血が上っているようなので、殺意を口にすると思ったのだが。

 

 

「アイツ、凄いな……」

 

 

あんなプレイヤーがいてくれて助かった。手塚はつくづくそう思う。

しかし王蛇はそうじゃない。不快感に鼻を鳴らし、腕のスナップをきかせた。

 

 

「ハッ! 勝手にしろ、それよりもう飽き飽きだ。さっさと――」

 

「!!」

 

「戦えェェエエエッッッ!!」

 

 

ベノスネーカーと共に走り出す王蛇、同時に龍騎も構えて走り出す。

先にぶつかり合うのは二体のミラーモンスター達だ。

己の牙や身体を使って、激しくぶつかり合い、絡み合う。

 

騎士もまた、遅れて激突する。

飛び上がり、拳を交える。互いの胴体に一撃を深く叩き込んだ。

 

 

「ぐアッ!!」「ッハハハ!」

 

 

落下して倒れる二人だが、両者すぐに体勢を整えて走り出す。

先に殴りつけるのは王蛇だ。怯む龍騎へ、次々と拳を打ち込んでいった。

龍騎にとって、初めてと言っていい対人戦だ。迷い無き王蛇の拳に思わず怯んでしまう。

 

喧嘩くらいはした事がある。

だがこれは殺しあいだ。同じような殴りあいでも、戦う事に対しての恐れや躊躇、戸惑いが出てくる。

 

一方で王蛇からは人を傷つける恐怖が全く感じられない。

ただ純粋に楽しんでいるのだ。その迫力に呑まれ、龍騎は反撃のタイミングを見失う。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「―――!」

 

 

だが同時に聞こえてくるドラグレッダーの咆哮が、龍騎を叱咤させた。

浮かぶのは、さやかの笑顔だ。それが龍騎の意識を鮮明にさせる。

 

 

「ォオオオ!!」

 

 

龍騎は飛び込んでくる王蛇の拳をしっかりと受け止めて、反撃の拳を繰り出した。

戦いは嫌だ。しかし戦わない事は逃げでしかないのかもしれない。

犠牲になったさやかの為に、このまま殺される訳にはいかないのだ。

 

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

「何ッ? ぐアアアアあっ!!」

 

 

全身の力を込めた拳が、王蛇の胴を打ち、弾き飛ばした。

倒れ、転がる王蛇。だが彼はしっかりとデッキからカードを抜き取っており、立ち上がり様ソレを発動する。

 

同じく龍騎もまた、デッキからカードを抜き取り、ドラグバイザーへ。

 

 

『ソードベント』『ソードベント』

 

 

次はベノサーベルとドラグセイバーが火花をあげてぶつかり合う。

力と戦闘センスは王蛇が上だったか。すぐにドラグセイバーが龍騎の手から離れた。

 

龍騎は走り、地面に落ちたドラグセイバーを拾いに走るが、王蛇がそれを許す訳もない。

踏み込むと、龍騎に向かってサーベルを振り下ろしていく。

斬るのではなく粉砕。その威力に龍騎は大きくふらついてしまった。

 

 

「ッ! オオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

だが倒れない! くじけそうになれば叫ぶ。

龍騎は前のめりにフラつきながらも、別のカードを引いていた。

勢いあまって前転しながら立ち上がると、『ガードベント』を発動する。

 

ドラグレッダーの腹部を模した『ドラグシールド』が二つ、龍騎の両手に装備された。

同じく、ベノスネーカーと交戦していたドラグレッダーが赤く発光。

ベノスネーカーを弾き飛ばすと、猛スピードで龍騎の元へと飛翔する。

 

 

「ハァアアア……ッッ!!」

 

「ッ!?」

 

 

ドラグレッダーが炎を纏いながら龍騎の周りを激しく旋回。

それはまるで赤い竜巻だ。ガードベントの必殺技である『竜巻防御』が発動し、火炎烈風が王蛇を吹き飛ばす。

 

まだ龍騎の攻撃は終わっていない。

シールドを前に出し、龍騎は蛇に突進を仕掛ける。

地面を転がっている王蛇はすぐに起き上がるものの、その時にはもう龍騎のシールドを受けているところだった。

 

 

「ウオォォオッッ!!」

 

 

シールドバッシュ。王蛇はさらに地面を転がる。

 

 

「もういいだろ、勝負はついた!」

 

「どこがだ? アァ、なあ! 教えてくれよ!!」

 

 

王蛇はなんの事なく立ち上がると、懲りずに龍騎を狙いに走る。

それほどまでに戦いたいのか、それほどまでに傷つけあいたいのか。

それほどまでに命を奪いたいのか。

 

さまざまな思いが龍騎を駆け巡った。

王蛇にとってそれは、残酷で美しい揺ぎない意思(せいぎ)

文字通り、どちらかの命尽きるまで立ち上がり続け、牙を剥くだろう。

 

 

「ハハハハハハハハハッ!」

 

 

走り出す王蛇。

龍騎はうんざりしたように、デッキへ手を伸ばした。

 

 

「ハ――ッ! グアッ!」

 

「!!」

 

 

しかし突如、王蛇の身体から火花が散ったではないか。

何が起こったのか。龍騎の目に飛び込んできたのは、銃を構えた緑の騎士だった。

 

 

「さっきはやってくれたな……ッ!」

 

「お前ェ!」

 

 

ゾルダは今も苦しげに呼吸を荒げていたが、しっかりと銃弾を王蛇の装甲に命中させた。

さらに連射。苦痛の声をあげながら後退していく王蛇と、戸惑う龍騎。

龍騎としてはゾルダが味方なのか敵なのかまだ分からない。

 

 

「アイツに戦いを止めろなんて無理だ! そういうタイプじゃない!」

 

 

ゾルダは状況を確認して言い放つ。

ふと、大きなため息をついた。それは、さやかに向けるものだ。

どんな感情なのかは知らないが。

 

 

「とにかくさ、今は逃げた方がいいんじゃない?」

 

「………」

 

 

龍騎は辺りを見回す。

確かに。このまま戦えば仲間達が危険に晒されるのは確実だ。

マリレーナとゲルトルートはいつの間にかいなくなっているし、まさに今がチャンスだった。

 

調度その時、龍騎と手塚の目が合う。

ほむらも頷いた。それは退避のアイコンタクトだ。

 

 

「皆! 逃げよう!!」『ストライクベント』

 

 

王蛇の代わりに襲い掛かってきたベノスネーカーを、昇竜突破で退けると、龍騎は一同に合図を送る。

ドラグレッダーがまどか達を背中に乗せ、一気に飛んでいく。

 

それを見て叫ぶ王蛇。

そんな萎える行動を許すわけには行かない。

すぐに龍騎を妨害しようと走り出すが――

 

 

「!」

 

 

カランと音がして、いつのまにか王者の周りには無数の閃光弾が転がっていた。

瞬間、ソレらが破裂。強烈な光が王蛇の視界を狂わせる。

 

 

「グッ!」

 

 

光が止み、王蛇が再び目を開けた時、龍騎達の姿が忽然と消えていた。

 

 

「おいおい……!」

 

 

王蛇は辺りを見回し確認を行う。

だが何度見ても結果は同じだった。

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

ふざけるな。叫びながら王蛇は暴れまわる。

苛立ちが溢れる。適当な場所を蹴り続けたり、地面を殴りつけたり、自己を保とうと叫びをあげる。

 

しかしどれだけ咆哮を上げようが、無駄なものは無駄だ。

王蛇は仰向けに倒れると、変身を解除して沈黙する。

 

一方であやせと戦っていた杏子も、光に怯みはしたが、すぐに回復すると槍を振るう。

あやせもまた、同じだった。動きにくそうなドレスにも関わらず、杏子に引けを取らない動きで戦いについていく。

 

 

「ハハッ! そんなに綺麗なお顔を蹴られた事が悔しいのかい?」

 

「やっぱり貴女って、好きくないなぁ!!」

 

 

むしろ――

 

 

「だいッッ嫌い!! アルディーソ・デルスティオーネ!」

 

 

あやせは杏子を蹴り飛ばすと、巨大な炎の塊を発射する。

だが杏子は持っていた槍を激しく回転させ、炎を受け止めると四散させた。

 

 

「こんなモン?」

 

 

笑みを浮かべる杏子。

しかし同じく笑みを浮かべたあやせ。

 

 

「セコンダ・スタジオーネ!!」

 

「!?」

 

 

あやせがサーベルを振るうと、散らされた炎達が意思を持ったかのように動き出す。蛇を思わせる複雑な動きで、杏子へと飛来していく炎。

 

 

「成る程、防がれると思ったうえでの攻撃か!」

 

 

杏子は狙われているのにも関わらず、関心の笑みを浮かべていた。

 

 

「ほっ! よっ! あらよっと!!」

 

 

壁を蹴りながら炎を交わしていく杏子。

器用な動きでつぎつぎに炎を退けてみせる。

 

しかしあやせの魔法は強力だ。

次々に迫る炎は杏子を逃がすまいと動いている。

結果として杏子も、全ての炎は避けきれず、いくつかは命中を許す事に。

何とかガードは行うが、ダメージは入ってしまう。

 

 

「あづぅッ! アチチチチ!!」

 

 

杏子は素早く地面を転がり、炎をかき消す。

動きは執拗だが、威力はそれほど高くない。

 

 

「にしてもさ、全く、こんな炎を使っちゃって。乙女の柔肌に火傷の痕が残ったらどうしてくれるんだ」

 

「あなたが言う!? わたしのお顔を蹴ったくせに!!」

 

「ハハハ! そりゃ確かに――ッ、ね!!」

 

 

杏子は槍を投擲。それはあやせの胴体を狙う。

 

 

「当たるわけないじゃん」

 

 

あやせは剣で難なく槍を弾いた。

 

 

「こっちの方もね♪」

 

 

ヒョイと横に移動する。

すると先ほどまであやせがいた地面から槍が生えてきた。

 

 

「なるほど、せこい技じゃ通じないか」

 

 

投げた槍は囮で、本命は地面から生える槍だったが、あやせは全てを理解していたようだ。

あやせは素早く身体を回転させて体勢を立て直した。

美しくなびくドレスが非常に絵になっている。

そのまま杏子は槍を、あやせはサーベルを構えてぶつかり合った。

 

 

「これで終わりにしてやるよ!!」

 

「終わるのは、貴女だけどね♪」

 

 

ギリギリと均衡を保つ二人。

死ぬのは杏子か、それともあやせか?

その終わりは、唐突に訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「乙、でんがな」

 

 

死ぬのは杏子か、あやせか。

それとも、両者か。

 

 

「トッコ」

 

 

はじめに感じたのは肩に触れられる手、しかし肩を見ても何もない。

 

 

「デル」

 

 

次に感じたのは声。

しかしそれはあまりにも音量が小さく、声だとは気づけない。

 

 

「マーレ」

 

 

最期に見えたのは、ソウルジェムが空中を舞っている所だった。

鈍る思考、混乱する脳。杏子とあやせは、何が起こっているのか理解できなかった。

ソウルジェムは身体にしっかりと固定している筈。

なのに目の前には無防備になっている自分の魂がある。

 

ソウルジェムは魔法の源であると同時に、『全て』と言ってもいい。

魔法少女の全てが詰まっており、同時にそれは守らなければならない物でもある。

 

要するに弱点だ。

魔法少女はどれだけ強力であったとしても、ソウルジェムを狙われれば――、終わりなのだ。

 

 

『ホールドベント』

 

 

ほぼ同時だった。

杏子とあやせ、二人の目の前で、二つのソウルジェムが砕けたのは。

粉々になった『魂』は、美しい破片を舞い散らせている。

 

先ほどまで激しく戦っていた両者も、口を開けてその光景をただ目に映すだけだった。

何が起こっているのかまだ両者は理解できていない。

だが確実に時間は進むわけで。

 

 

「お、おいおい……! こりゃ何の冗――、談…、だっ……」

 

「嘘――……」

 

 

目の光が失われて、地面に倒れる二人。

これには浅倉も反応を示し、杏子のもとへ歩く。

 

 

「オイ、どうした?」

 

「………」

 

 

返事は無い。

すぐに周りを確認する浅倉、すると粉々になった杏子のソウルジェムを見つける。

ソウルジェムについては浅倉も、キュゥべえ達から情報を得ていた。

だから、これがどういう意味なのかを理解する。

つまりそれはごく簡単な話、杏子とあやせは――

 

 

「――ッ」

 

 

すでに、死んでいる。

 

 

「チィイ!!」

 

 

やられた!

浅倉は再び苛立ちに身体を震わせる。

 

 

「全員消えたと思っていたが……」

 

 

ホールにはまだ他のプレイヤーが潜んでいたと言う事だ。

まんまとその策略に嵌った。浅倉は壁を殴りつけて唸る。

今はもう気配もないし、誰もいない。

浅倉は壁に肘を当てて、眉間を押さえる。

 

 

「クソッ! まあいい、"アレ"でいくか……」

 

 

浅倉はホールを後にする。

パートナーを失ったと言うのにも関わらず、浅倉は平然としていた。

所詮その程度の関係だったのだろうか? やはりライバルが減るのは嬉しいと?

 

こうして命を散らした二人。

あれだけ暴れていた割には、あまりにもあっけない最期だった。

それも傍から見れば愚かなものだ。どんなに強くあろうとも、どんなに他者を殺していようとも、死ぬ時は一瞬なのか。

 

自信に満ちていた杏子でさえ、最期は一瞬で終わる儚き物。

そうしているとほら、倒れている二人の粒子化が始まった。

特定のルールを除き、敗北者はその存在全てを無に返す。

人は愚かな敗北者を忘れ去り、世界さえも忘却を示すのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅッ! さやかちゃん――ッッ!」

 

 

たどり着いたのは誰もいない線路。

ホールから逃げ出した一同だが、その心情は最悪だった。

親友を守るために戦いに向かい、そして結果が親友を失う。

 

 

「マミが死んだ時、二度とこんな悲劇を起こすまいと誓ったのに、待っていたのはコレか……」

 

 

サキは大きなため息を漏らし、へたり込む。

手塚もまだ全身が痛むのか、肩を抑えて表情を歪ませる。

 

 

「完敗だな。俺も認識が甘かった……」

 

「ごめん、遅れて――ッ! 俺がもっと早く来てればッ!」

 

 

真司は拳を握り締めて皆に謝罪を行う。

しかし事情が事情だ。蓮を探していた事に加え、一連の出来事をまどかから一切聞いていなかった部分がある。

それから駆けつけた事を考えれば、むしろ間に合ったと言ったほうがいいかもしれない。

 

しかしそれで真司が納得できるのかと言えばノーだ。

自分よりも幼い少女をむざむざ死なせた。その責任が心を駆け巡る。

 

 

「詳しい事は後日。改めて話し合いましょう」

 

 

杏子から受けた傷が深い、ほむらも表情を歪ませながら口にした。

とにかく今は各々の回復が先だ。

サキも同意見だった。あまりにもショックが大きいが、このままこの場所で悲しみに沈んでいるのも危険だ。

参加者はまだいるのだ。特に黒い炎や、突如現れたゲルトルートなど、謎も多い。

 

 

「うぅうううッ! さやかちゃん……ッ」

 

「………」

 

 

まどかの泣いている声が一同の心に突き刺さる。

先輩だけでなく親友まで失った彼女の気持ちを、誰が理解してあげられるだろうか。

誰もが沈黙していた。そんな中で、真司だけは声をかけていた。まどかを元気付けようと必死だったが、それでもまどかが泣き止む事はなかった。

 

 

「元気だして、まどかちゃん」

 

 

ましてや、当たり障りの無い言葉しかかけられない。

その様子に、思わず近くにいたゾルダは笑ってしまった。

 

 

「仕方ないよ。死んじゃった物はさ」

 

「!」

 

 

ゾルダは変身を解除すると、北岡に戻る。

 

 

「アンタ、騎士だったのか!」

 

「そういうお前もな。意外に世界は狭いもんだ」

 

「え?」

 

「美樹さやかは俺のパートナーだったみたいよ? まあもう死んだけど」

 

「何だよその言い方ッ! さやかちゃんはな……!!」

 

 

真司は我慢がならなかった。

ましてや、さやかは北岡の事務所で雑用をしていたじゃないか。

それにしてはあまりにも北岡の態度が淡々としすぎている。

 

その白状さに、真司は怒りを隠せなかったのだろう。

気づけば北岡に掴みかっていた。だがそれでも、北岡の表情が変わる事は無かったのだが。

 

 

「死んだヤツは死んだヤツ。ただそれだけでしょ」

 

「な、なんだよッ! 大体アンタがもっと早くさやかちゃんの事を気にかけてれば――」

 

「こんな事にはならなかったって?」

 

「……ッッ」

 

 

無言でうつむき手を離す真司。

分かっている。さやかが死んだのは北岡のせいじゃない。

しかし今は積もる怒りをとにかく発散させたかった。

 

それに責めるのならば北岡じゃなくて自分の方だ。

さやかだけじゃなくパートナーのまどかにすら着いてやらなかったのだから。

 

 

「わ、悪かったよ」

 

「………」

 

 

北岡は真司を払い、スーツを正す。

 

 

「ま、今日は俺も消えるよ」

 

「待って」

 

「?」

 

 

ほむらが北岡を呼び止める。

 

 

「なに?」

 

「貴方は、ゲームに乗るつもりなの?」

 

「………」

 

 

沈黙する北岡。

しばらくして笑みを浮かべる。

 

 

「俺は普通に暮らしたいだけなんだけどね」

 

「………」

 

 

その答えに納得したのか、していないのか。

それは分からないが、ほむらは何も言わなかった。

北岡はそのまま闇の中に消えていく。

 

 

「私達も今日は帰ろう。行こう、まどか。ゆま」」

 

 

サキは二人を連れて歩いていく。

先ほどの通り、詳しい話は後日と言う事にして、一同は帰る事となった。

それぞれ散り散りになっていく中、残されるのは手塚とほむら。

 

 

「最悪の展開ね」

 

「………」

 

 

少し目を細める手塚。

最悪の展開。そう言った割には、ほむらに焦る様子は感じられなかった。

まるでこの展開が予想通りだと言わんばかりだ。ほむらだって、さやかとは友人だったはず。交流は短かったかもしれないが、悲しむ様子は無い。

 

 

「………」

 

 

考えすぎか。

手塚はパートナーを少しでも疑ってしまったことに、罪悪感を感じてしまう。

だがそう感じる点はまだあった。手塚視点、ほむらには少し『影』が見えるからだ。

 

 

「お前……、もしゾルダがゲームに乗るって言ってたらどうしてた?」

 

「どういう意味かしら?」

 

「いや――」

 

 

もういい、疑うのはやめよう。

手塚は言葉を切って、話題を変える。

 

 

「鹿目まどかのパートナーは中々面白いかもな」

 

「城戸真司ね、危険人物では無いわ」

 

「ああ。それにあの状況で、戦いを止める選択をした」

 

 

さやかを殺したと王蛇ペアと対峙した時も、復讐心に心を喰われる事は無かった。

手塚は必要ならば多少の犠牲は仕方ないと考えているが、真司は違う。

 

 

「俺に持っていない物を持っているのかもしれない」

 

「………」

 

「これは俺の勝手な予想だが、城戸真司がこのゲームを大きく乱すノイズであり、切り札かもしれない」

 

「……そうなってくれたらいいわね」

 

 

ほむらは、盾の裏に隠していた『ハンドガン』をしまう。

北岡がバカではなくて助かった。

 

 

(さて、ココまではだいたい分かってた。問題はココからどう転ぶのか……)

 

 

油断はできない。

ほむら決意を瞳に灯すと、足を引きずりながら夜の闇に消えていく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「乾杯」」

 

 

グラス同士がぶつかる美しい音が部屋に響き渡った。

テーブルの上にはそれはもう豪華な料理が並んでおり、テンションが嫌でも上がると言うものだ。

 

 

「うーん、しあわせでごんす」

 

「そりゃ良かった」

 

 

神那ニコは、グラスに入ったジンジャーエールを一気に飲み干す。

その前では、高級そうなワインを飲んでいる高見沢が座っている。

毎晩の食事はそれはもう豪華なものだが、今日は一層レベルが高い。

高見沢はワインについてのうんちくを語っていたが、ニコはそれを適当に受け流して肉にかぶりついた。

 

 

「なんていうか、案外余裕だったな」

 

 

スッと、ニコの目が冷たく変わる。

それは先ほどまでとは別人のようだ。

対して高見沢もニヤリと笑みを浮かべて頷く。

 

 

「どいつもコイツも脳筋馬鹿か、甘ちゃんしかいねぇと来た」

 

「欲を言えばもう二人くらいは殺せたんじゃないかなと」

 

「まあな。たが焦ってミスをするのは、愚の骨頂だ」

 

 

頷き合う二人。この祝杯は勝利へ近づいた事へのものだ。

あのホールで杏子とあやせを殺したのは、ニコと高見沢である。

高見沢の能力で二人は『透明』となり、不意打ちでソウルジェムを破壊できたと言う訳だ。

 

ニコがサキにさやかのメールを送ったのも、他の参加者にオクタヴィアの場所を教えたのも、全ては『不意打ち』のためだ。

集まった参加者は勝手に潰しあい、自分達は隠れていれば、後半弱った参加者を影から不意打ちで殺害できる。

 

現に今回の作戦では、三名が死んだ。

なおかつ、多くの参加者のデータを把握する事に成功した。

これならばレジーナアイでの立ち回りにも有利がつく。

 

 

「しかふぃ、ひまのひょうふぃならはくにはへるはもよ」

 

「………」

 

 

パンを口いっぱいに頬張っているせいで、何を言っているのか分からない。

高見沢はため息をついてニコを落ち着ける。

ニコは差し出された水を飲み干すと、再び表情を一変させる。

 

 

「しかし今の調子なら楽に勝てるかもよ」

 

「今の調子ならな。話に聞いた限りソレは期待できなさそうだが」

 

 

13組のうち、優勝候補が存在している。

並々ならぬ力を持った参加者が存在していると言う事だ。

非常に腹の立つ話ではあるが、ソレが自分達ではないと知っている。

 

 

「ルールもあるし」

 

「【参加者は魔女や、使い魔、他の参加者を殺すことでスペックが上がる】んだったな?」

 

 

まさにゲームらしいルールではないか。

大幅なものではないが、魔女を大量に倒す。もしくは参加者を殺すことで、勝利に近づいていくのだ。

 

とは言え、なるべくステルスは貫きたい。

考えなしに姿を晒すのは、死に繋がる愚かな行為だ。

 

だからこそ情報戦に徹する。

見滝原と言う限られた区域内での殺し合いは、敵とのエンカウント率が高くなるのは明白。なるべく正体は隠しておきたい。

 

 

「それに、特殊ルールのこともある」

 

「あー、多分今頃伝えられてるヤツね」

 

 

ニコが得た特殊ルールには一つ『重要な物』が存在していた。

それはゲームだけでなく、世界その物の構造を覆してしまう程のものだ。

そんなルールを用意に創造するインキュベーターとは一体何者なのか? 考えただけで寒気がする。

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

一方のホール。

そこには先ほどニコと高見沢の不意打ちを受けて、死亡したあやせがいた。

粒子化が何故か止まったのだ。あやせは虚ろな目で、砕けたソウルジェムを見つめている。

 

ソウルジェムが砕け散った魔法少女は死ぬ。

それが純粋なるルールであり、『理』なのだが――

 

 

「……フッ」

 

 

目に灯る光。そして吊り上がる唇。

あやせは不敵な笑みを浮かべたまま、ゆっくりと立ち上がった。

ドレスについたほこりを優雅に払い、彼女は大きく伸びを行う。

 

 

「不思議な事もあるものだ。少し、焦ってしまったぞ」

 

 

あやせはバラバラに砕け散ったソウルジェムの前に立つと、そこへ手をかざした。

手には光が見える。これは彼女の魔法だ。

 

 

「カチュレール・パウザ」

 

 

光がソウルジェムを包むと、なんと砕け散った筈のソウルジェムがみるみる修復されていったではないか。

 

完全に元の輝きを取り戻す魂の宝石。

あやせはソレを確認すると、ソウルジェムを自分の身体に戻す。

 

 

「ふふ♪」

 

 

ドレスを翻すあやせ。

その笑みは殺される前と何も変わっていない。

この瞬間、双樹あやせは再び舞台に上がったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって、北岡法律事務所。そこには当然北岡の姿があった。

先ほどから椅子に座って目を閉じている。

思い出すのは先ほど、ほむらに言われた言葉だ。

ゲームに参加するのか、しないのか。

 

 

「そりゃ参加するでしょ、普通」

 

 

むしろ暁美ほむらと言う人間が協力派だったのが意外だった。

仕事上いろいろな人を見てきたがアレは、あの目は――

 

 

「人殺しの目だ」

 

 

ほむらを思うと、どうにも協力派がうさんくさく感じてしまう。

もともと人を疑う様に仕向けられているゲームだ。

わざわざ難易度の高い方へ行く必要も無い。

 

北岡はゆっくりと目を開けた。

このまま協力派を装い、まどか達の仲間になるのは悪くない。

そしてタイミングを見て裏切れば、まどかチームは確実に殺せる。

 

 

『センセーは……、誰も殺さないでね――』

 

 

舌打ちを放つ。

女の涙は昔から苦手だった。

 

 

『ちーッす!』

 

「!」

 

 

事務所の窓に重なる影。

それはまさしくジュゥべえのシルエットだ。

気づけば、一瞬でジュゥべえが北岡の目の前に座っている。

 

 

「なんか用?」

 

『まあな。まずはパートナーの死亡、お疲れ様だ』

 

「わざわざそんな事を言いに来たのか?」

 

『まあ待てよ。ンな訳ねーだろ!』

 

 

早い話が、北岡個人に伝えるルールがあったのだ。

 

 

『特殊ルールを今から説明するぜ』

 

「特殊ルールだと?」

 

 

頷くジュゥべえ。

このゲームには様々なルールが存在しているが、その中にはある特定のイベントをトリガーに発動されるルールがある。

そしてそのトリガーを北岡は引いたのだ。

 

 

『パートナーがいないとヤバイよな、パートナーがいないと寂しいよな? クハハハ!』

 

「ウザイなお前。何が言いたいのよ」

 

『悪い悪い、まあ要するに――』

 

 

その時、ジュゥべえの口が三日月の形に変わった。

 

 

『今から、パートナーの【蘇生方法】についての説明を始めるぜ』

 

 

そうだ、それは世界の理を変える力

命を操作するゲームのルール。

それは参加者の命など、その程度の重さしかないと言う意味なのだろうか?

 

 

 

【美樹さやか・死亡】【佐倉杏子・死亡】【双樹あやせ・死亡】

 

 

【双樹あやせ・特殊能力により復活】

 

 

【結果、残り22人・12組】

 

 

 

 

 







浅倉は絶対あの俳優さんじゃなかったら、あそこまで人気になって無かったと思います(´・ω・)


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第21話 赤い記憶 憶記い赤 話12第

 

 

 

『んじゃあ今から死者を蘇らせる方法を、教えてやるぜぇ』

 

「なッ!?」

 

 

これには北岡も表情を変え、椅子から跳ねる様に立ち上がった。

何気なくジュゥべえは言ったが、そんな事は普通に考えてありえない。

いや普通とは何か? 気がつけば自分たちはジュゥべえ達を『人間の目線』と言う型にはめ込んでいたのかもしれない。

 

向こうはどんな願いも叶えられる存在だ。

つまり死者の蘇生も叶えられると言う事になる。

妖精にとって死んだ者を蘇らせる事など、容易いと?

 

 

「お前ら、何者なんだよ」

 

『オイラ達は宇宙を守る為に努力してるだけだぜ』

 

 

死者を蘇らせるというルール、それはまるで神のみが許された所業の筈だ。

しかしそれをゲームの一環として行ってみせるインキュベーター達とは一体……?

 

 

(いや……)

 

 

そんな事はどうだっていい。

北岡はニヤリと笑って椅子に大きくもたれ掛かる。

これはチャンスだ。パートナーを蘇生できれば多少は有利になる。

 

 

「教えてほしいね。その方法」

 

『いいぜ、教えてやるよ』

 

 

ジュゥべえは嬉々とした雰囲気で語り始める。

北岡はすぐに思う。

 

 

(聞くんじゃなかった)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、赤い記憶。

 

 

 

貧しくて、でも幸せだったって言うのは、子供の都合いい感想なんだろうか?

だけどそれは紛れも無い本心だった。

あの時のアタシは、本当にそう思っていただろう。

 

生活はとてもじゃないが、良い物とは言えなかった。

家は狭かったし、自分の部屋なんて無くて。

でもアタシはソレが逆に嬉しかった。だって寝る時、食事の時、いつも家族一緒だった。そりゃ貧しいのは嫌だったけど、辛くはなかったから。

 

 

「おねえちゃん……! 見て見て!」

 

「また花を摘んできたのか。ハハ、モモはお花が好きだね」

 

「うん! だって綺麗なんだもん!」

 

 

貧しい生活にだって、変化や楽しみはあった。

例えば父親の仕事上、いろいろな場所に行けた。その費用は親父の勤めている『本部』が出してくれたし。

 

いろんな場所で、いろいろな国でアタシらは生活してきた。

妹のモモは、その場所にしか咲いていない花を見つけるのが好きで、よく花の冠をつくっていたっけ?

それをアタシにくれるんだけど、どうにも恥ずかしくてさ。なかなか被れなかったよ。

 

 

 

親父はさ、世界中でいろいろな教えを説いた。

それが本部から評価されたのか、親父は自分だけの教会を与えられたんだ。

 

あの時の親父の嬉しそうな顔は今でも覚えてる。

自分の事が認められたとか何とか、ウザイくらい言いまくってさ。

でも本当言うと、アタシもその時は嬉しかった。

 

だって親父――、父さんが認められたってのと、これからは少しでもいい生活が送れるって信じていたから。

信じて、信じて、信じて疑う事は無かった。

アタシも、モモも、母さんも、当然親父も。

 

 

 

だけど親父は優しすぎた。

人の事を想っていた優しい性格は、親父の本質であり、同時に異常さでもあったんだ。

親父は日々新聞を読んでは、そこで報道される出来事に心を痛めて涙を流すような馬鹿正直な人間だ。

毎日教科書どおりの言葉を説いていれば良かったのにさ。

 

 

『新しい時代には新しい教えが必要』

 

 

なんて事を考えるようになっちまった。

今の現状に親父は納得していなかったんだきっと。

だからとうとう、教えを説く時間に、自分の意見をぶちまける様になっていた。

 

何なんだろうな?

それで共感してくれる人が現れるのを待っていたんだろうか?

いや、確かに親父言う事は正しい事だったのかもしれない。

 

 

アタシも聞いていて、成る程とか思ったりしてたっけな。

ただ、そんなもん端から見れば胡散臭い新興宗教としか映らないのは分かってただろうに。

結局それが原因で、ただでさえ少なかった信者達の教会離れを招くことになる。

 

そうなれば当然、教会に入るお金も減る訳だ。

本部はカンカンにぶち切れて親父に詰め寄った。

そりゃそうだろうよ、親父のやってた事は仕事放棄どころか営業妨害だ。

 

結局、最後にはさ、『教義に無いことを説きだした』って理由で、本部から破門の処分を食らっちまった。

 

 

こっからは結構きつかったかな、

親父はすっかり落ち込んじまった。

正しい事を言っている筈なのに、誰も分かってくれない。誰も理解してくれないって。

 

それはまあ、アタシも同じ気持ちだったよ。

親父はおかしな事を言ってないのに、誰もが話をまともに聞かず白い目で見る。

 

 

悔しかった。

当然収入はますます減る訳で、生活も本格的にヤバくなって来てさ。

でも、それでも、親父は必死に自分の言葉を話し続けた。

ただ努力は実らず。教会には別のヤツが来る事になって――……。

 

 

『誰もがキミのお父さんの話を聞く。そして理解してくれる――』

 

 

そんな時だった。

 

 

『そんな未来を、キミは見たくはないかい? 佐倉杏子』

 

 

あいつが。キュゥべえが現れたのは。

 

 

『ボクと契約して、魔法少女になってよ!』

 

 

まあ、考えるべきだったのかね?

今になって思えば、アイツの言葉や存在、雰囲気。その全てが胡散臭さの塊だった。

だけどほら、人間余裕がなくなるとさ、考えるって事が上手くできなくなるじゃないか。

 

 

「ほ、本当に何でも願いを叶えてくれるの!?」

 

『ああ、君が望む全てを叶えてあげられるよ』

 

 

だからまあ、あの時のアタシに迷いは無かった。

 

 

「みんな……! 皆がさ! 父さんの話を聞いてくれるの!?」

 

『もちろんだよ!』

 

 

余裕がなかったんだ。

一家揃って食う物にも事欠く有様。

アタシは我慢できたけど、妹には腹いっぱい食べさせてやりたかった。

 

ましてや、この状況を一刻でも早く変えないと教会まで失う事になる。

そうなったら本当に終わりだ。それにやっぱり納得できなかったよ。親父は間違ったことなんて言ってなかった、ただ少しばかり人と違うことを話しただけだ!

 

 

5分でいい。

ちゃんと耳を傾けてくれたら。、正しいこと言ってるって誰にでも分かってもらえる。

そう。だからアタシは――!!

 

 

「わ、わかったよ。キュゥべえ、アタシを――」

 

 

その未来に。

その"餌"に喰いついた。

 

 

「魔法少女にして!!」

 

『わかったよ。キミがそこまで言うのなら――』

 

 

アタシは願いを叫んだ。

 

 

「皆が父さんの話を真面目に聞いてくれる様に――ッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、ビビったね。あの時は実際。

だって次の日になってみれば教会には溢れんばかりの人が押し寄せてきたんだから。

毎日毎日怖いくらいの勢いで信者が増えてった。

 

それでアタシはアタシで晴れて魔法少女の仲間入り。

親父の説法が正しくったって、それで魔女が退治できるわけじゃない。

まあ、そこはアタシの出番だってバカみたいに意気込んでたっけな。

アタシと親父で、表と裏からこの世界を救うんだって信じて疑わなかったし。

 

魔女との戦いは――、やっぱり良い物じゃなかった。

気の強い性格だとは言われてたし、近所のクソガキなんかとはよく喧嘩もしてた。

ただ、魔女みたいな化け物は別だろ。そりゃ怖かったって。

 

だけど親父や母さんを見てれば不思議と頑張れた。

親父はやっと自分の努力を皆が認めてくれたって、子供みたいに喜んでたし。

母さんもモモも笑顔が増えたんだ。

 

それに辛いことばっかりじゃない。

あれは確か幻術を使って戦う牛の魔女との戦闘中だった。

アタシは敵の能力に気づかず苦戦してたんだけど――

 

 

「大丈夫?」

 

「うん……! ありがと」

 

 

自分の他にも魔法少女は何人かいるって聞いてたけど、アタシを助けてくれたのもそんな一人だった。

 

 

「改めまして、私は巴マミ」

 

「アタシ、佐倉杏子……!」

 

 

それがマミとの出会いだ。

魔女を倒した後、マミの家でいろいろ話を聞いたアタシは、切実にアイツの下で勉強したいって思ったね。

 

まあ話しでは、マミのヤツも魔法少女になってまだ時間は経ってないみたいだったけど、それでもマミはあの時のアタシが目指す魔法少女像にピッタリと合致してたし。

 

つまり理想の魔法少女だったって訳だ。

マミはマミで魔法少女の友達が欲しかったらしくて、アタシらはすぐに『友人』と『師弟』になれた。

 

 

「魔法少女の先輩としてビシビシ指導していきますからね!」

 

「はい! マミさん! よろしくお願いします!!」

 

 

こうしてコンビになったアタシ達は一緒に修行したり、魔女を倒したり、お茶したりしてたっけな。

 

それなりに楽しかったよ。

アタシはマミから、いろいろな『技術』を教えられたし、世界中を移動してきた身としてはコッチも初めての友達だったから。

 

 

「プッ! アハハハハハハハッ!! パラットラエドゥンマギカインフィニータって! あはははははは! 長いし恥ずかしいよぉ! アハハハハハハハハ!!」

 

「い、いいじゃない別に! それに正しくは、パロットラマギカエドゥンインフィニータ!」

 

「ハハハハハハ! 変わんないよマミさん! ハハハハ! あー苦しい! ハハハハハハっっ!!」

 

「そ、そんなに笑うことなの! もぅ!!」

 

 

そうだ、楽しかった。

 

 

「うわっ! このケーキめちゃくちゃ美味いよ!!」

 

「もっと落ち着いて食べればいいのに。ケーキは逃げないわよ?」

 

「無理無理、こんなうまい物ゆっくり食えって方が失礼だよ!」

 

「ああもう、クリームついてる」

 

「わっ! い、いいよマミさん自分で取れるよ……!」

 

「ふふっ、気にしない気にしない」

 

「も、もう!」

 

 

味方がいて、嬉しかったんだ。

 

 

「くぁー! やっぱお風呂は気持ちいいなー」

 

「そ、そうね……。でもちょっと恥ずかしいわ」

 

「なに言ってんだよマミさん! お風呂は一緒に入るもんだろ? ほら隠さないで手足伸ばしなって!」

 

「わわわわわ! さ、佐倉さん! ちょっと待――ッ」

 

「うーん、照れるマミさんは可愛いなぁ! ハハハハ!」

 

「か、からかわないで!!」

 

 

そう、そうだ。とても大切な時間だったかもしれない。

それにアタシ達は互いに互いを高めあう事ができた。

あの時のアタシはマミがいればどんな魔女にだって勝てる気がしてたんだ。

 

でもそんな日が続くわけも無い。

アタシ等はそういう存在だった。

その日だって、唐突にやってきた。

 

 

「杏子……! なんだ――? その姿は」

 

「あッ、え、えっと――」

 

 

早い話が、親父に魔女と戦っている場面を見られちまった。

場所が家の近くだったって事と、バイクみたいなヤツだったから戦っている時に結構移動しちまったんだ。

 

あの時はマミもいなかったし。

何より親父に見られた事で、アタシもパニックだった。

だから言っちまったんだ。全てを親父にぶちまけた。

 

だけどアタシは、それで親父が褒めてくれるって思ってた。

親父の為に、家族の為に魔法少女になって戦ってるアタシを褒めて――

 

 

「全て……! 全てお前の嘘だったんだな――ッッ!!」

 

「え?」

 

「お前が作った嘘だったんだ!!」

 

「父さんッ? な、何を言って――」

 

 

皆が話を聞いてくれたのは、努力が実ったからでは無く。自分の話に共感してくれた訳でもない。

ただ魔法で作られた幻想だった。

 

それを知った時の親父の気持ちを、アタシは考えてやれなかった。

だから親父の言葉を、アタシはそのまま受け取る事しかできなかった。

 

 

「私はお前に騙されていたんだなッッ!!」

 

「と、父さん違うよ! 何を言ってるのさ!」

 

「黙れ魔女めッッ!!」

 

「!!」

 

 

信じていた物が嘘だったとき、偽者だったとき、人は壊れてしまう。

 

 

「私は絶対お前を許さんぞッッ!!」

 

 

笑えるぜ。

実の娘を人の心を惑わす魔女だとさ。

 

それから数日、アタシは親父と一言も言葉を交わす事は無かった。

マミが心配してくれたけど無駄だったよ。

親父は人前に出る事を止めて、毎日酒に溺れていった。

 

 

 

そんな日が続いたある日、親父は家に火をつけた。

一家心中ってヤツを図ろうとしたんだろう。

まずは寝ている母さんを殴り殺すと、ガソリンを頭から被って自分に火をつけやがった。

アタシはと言うと、魔女退治で外に出てたから、帰ってきて炎に気づいた。

 

 

「なんで……! なんでだよ――ッ!!」

 

 

アタシは動けなかった。

そこまでアタシのした事が親父を傷つけていたのか?

そこまで苦しめていたのか? なんで? だってアタシは全て家族の為に――ッッ!!

 

自責の念で、アタシは一歩も動けなかった。

ただその日は、アタシを心配してついて来てくれたマミがいた。

アイツは何度かアタシの家で食事をした事があったから、炎の中に飛び込むと一直線に妹のモモ――、桃子(ももこ)の部屋に向かってくれた。

 

ただ見ているだけのアタシと違って、マミは妹を抱えて戻ってきた。

モモの部屋は火元よりも一番遠くて、煙を吸う前に助ける事ができたんだけど……。

 

 

「と、父さんと母さんは?」

 

 

マミは首を振った。アタシもそれで理解する。

 

 

「大丈夫……? 佐倉さん」

 

「大丈夫に見える?」

 

「ッ! ご、ごめんなさい」

 

「いや……」

 

 

マミのアタシを心配してくれる優しい言葉が、あの時は毒にしかならなかった。

どうかしてたんだと言えばそうだ。だけどとにかく放っておいてほしかった。

この日からマミと会う機会が減っていった気がする。

 

たぶん、アタシはマミに格好つけたかったんだと思う。

ダサい姿は、見られたくなかった。

ましてやアイツのためにも……。

 

 

ただ、だからと言って、コッチだって生きていく為にはいろいろしなきゃいえなかった。親父達の後処理だったり、モモやアタシが住む場所の確保だったり。

 

とりあえずモモを心配させちゃいけない。

それだけがアタシの思うところだった。

心中の事は内緒にしてたけど、当然親父と母さんを亡くしたショックでモモは暗くなっちまった。

 

 

そんな時さ、本部から『施設』を紹介してくれるって言う話があったのは。

それなりに大きな場所で、アタシ等みたいな孤児達を引き取って育ててくれるらしい。

断る理由も無かったから、アタシ等はその孤児院、『リーベ』で世話になる事にした。

見滝原とはかなり距離があったから、マミには適当に別れを告げる事にして。

 

 

「ごめん……、マミさん」

 

「うん、いいのよ」

 

 

マミが優しく抱きしめてくれた。

アタシも親父が死んだ事が相当ショックだったんだろうか?

気がつけばマミに教わった『魔法』が、自分の魔法が使えなくなっていた。

 

 

『願いを否定したとき、固有魔法が使えなくなる』

 

 

キュゥべえはそう言った。

笑えるな。あれだけ必死に願ったものが、いらないと思うようになっていたなんて。

だが分かってくれ。アタシのせいで家族が死んだんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さんとお母さんを亡くしてしまったのね、可哀想に……」

 

「いえ、お世話になります」

 

 

リーベの創立者であり『母』と呼ばれている教祖の『シルヴィス』と知り合った。

彼女もまた、親父と一緒でさ。施設にある教会で定期的に自分の考えを説いていた。

 

上品な淑女と言うイメージもあってか、シルヴィスのもとには多くの信者が集まり、救いを求めていたのを覚えてる。

アタシもモモも、いつのまにかシルヴィスの雰囲気に魅了されていた。

それに彼女は優しかった。だから新しい場所での暮らしに不安は無かったっけ。

 

 

「安心してね、貴女達を必ず幸せにしてみせるから」

 

「あ、ありがとう!!」

 

「……ありがとうございます」

 

 

あの時は、モモの嬉しそうな笑顔を見て安心したな。

モモだけは守りたい。それがアタシの想いだった。

 

 

リーベの生活に慣れるのは早かった。

住めば何とかって言葉もあるだろ? リーベには色々な場所から孤児がやって来てそりゃもう賑やかだったよ。

 

海外の奴らも結構いたが、言語をあわせる魔法で何とかなった。

幸い、こいうのは消えてなかったからな。

 

まあアタシは孤児達の中でも年齢が上だったから、必然的にチビ共の世話をしなきゃならない。

それは少し面倒だったけど、慣れれば楽しいモンでさ。

アタシも段々と余裕を取り戻す様になっていったんだ。

 

 

「キョーコおねえちゃん! 遊んで!」

 

「ばか! 杏子はまずおれと遊ぶんだ!」

 

「杏子ちゃん、絵本読んで!」

 

「ハハハ! 群れでくんなって! お前らの服を洗濯してんだから!」

 

 

とまあ。少しすればアタシはチビ達のボスさ。

親父の事は引きずってたけど、チビの世話やら魔女退治やらで。アタシの中でまた前の調子が戻ってきたのを感じてた。

 

マミにも久しぶりに会ってみようかなとか思ってたくらいに。

そんな事を思い始めた時だよ。アイツと出会ったのは。

 

 

「浅倉……、威?」

 

「ええ。少年院の出でね。かなり乱暴な子だから皆とは離れたところに隔離してあるのよ」

 

 

毎日食事を運んでいる職員が気になって、聞いてみたらその名が出てきた。

何でもリーベは少年犯罪においての社会復帰も手伝っているらしく。

再犯を防止するために、身元引受人になる事もやっていたんだ。

 

浅倉もその一人だった。

家に火をつけて、それが原因で少年院にぶち込まれた。

そこから精神状態がなんたらかんたらで、長期間入院してたみたいだけど、リーベがソイツを引き取る手続きを完了させて外に出したわけだ。

 

つっても喧嘩しかしない為、社会復帰はまだ難しいらしく。

リーベで半ば監禁じみた事をしているとかなんとか。

 

 

「家に……、火を」

 

 

そりゃまあ。反応しますわな、アタシとしては。

とにかく一度ソイツに会ってみたいって気持ちが生まれた。

 

それに飯ってのは家族揃って食うもんだ。

だからアタシは止めようとする職員を無理やり説得して、飯を運ぶ役目を代わってもらった。

で、いざ部屋に入ってみると――

 

 

「アァ? 誰だ?」

 

「………」

 

 

中にいたのはヤバイ目をした男だ。

もちろん鎖だとかで手を繋がれてるとかは無かったけど、部屋中の壁に穴があいていた。

要するに殴ったって事なんだろ。

 

アタシは魔法少女の力があったからビビる事はなかったけど、普通の人間なら睨まれただけで気絶しちまうかもな。

とにかくそれだけヤバイ目をしたヤツだったよ。

 

 

「おい、一緒に食おうぜ」

 

「ハァ?」

 

 

蛇みたいな目で睨んできやがる。

 

 

「いや、だからさぁ、アンタも降りてきて一緒に食べようよ」

 

「お断りだ。さっさと飯を置いて消えろ」

 

 

これだよ。

こんな美少女が誘ってやってんのに、浅倉の野郎はちっとも嬉しそうじゃない。

それにこの無愛想な態度。アタシもムッと来て、思わず詰め寄っちまった。

 

 

「なんでだよ、飯は皆で食ったほうが美味いだろ?」

 

「おい、聞こえなかったのか?」

 

「聞こえてるよ。その上で言ってんだよ」

 

 

そしたらお前。

いやいや、確かに忠告じみた言葉を無視したのはアタシの方だ。

だけど仮にも向こうはアタシよりはるかに年上&アタシは女だぜ?

 

 

「―――ッ」

 

 

なのに野郎、事もあろうにグーパンで顔を殴ってきやがった。

とっさに魔法で防御力を上げたから良かったものを。

普通の女なら確実に顔面の骨はイってただろうな。

 

ありえないね、コイツは普通じゃないってすぐに思った。

最悪の男女平等だろ、コレ。

 

 

「おいおい……」

 

「!」

 

 

だけど同時にさ、ほら何ていうか――

 

 

「やってくれたなッ!!」

 

「!!」

 

 

火がついちまった訳さ。

アタシは飛び上がると回し蹴りを浅倉の顔面にブチ込んで見せた。

もちろん魔法少女の力を上乗せしてだ。当然あの野郎は大きくブッ飛んで床に倒れた。

いやぁ、いい気味だったねアレは。

 

 

「おっと、スープがこぼれちまう」

 

 

食事を乗せたトレイを隅のほうの棚において、アタシはもう一回構える。

つっても浅倉はそのまま動かなくなっちまった。

何だよ、もうグロッキーなのか? なんて思ってると、野郎がいきなり笑い出しやがった。アレは相当キモかったな、うん。

 

 

「ハハハハァ! なかなかやるな! 殺したくなってきたァ」

 

「同感だな、アタシもアンタをブッ潰したくなった」

 

 

その後はもうお察しだ。

アタシもアイツも、とにかく無茶苦茶に殴ったり蹴ったりを繰り返したね。

 

とにかく目の前に居るコイツが気に入らないってのが、双方の気持ちだったと思う。

しっかし本当、浅倉の野郎には驚いたもんだ。コッチは魔法で身体能力底上げしてんのにソレでも互角だったんだから。

 

たぶん、向こうには戦いを恐れる心が無かったんだと思うね。

痛みを恐怖と思わないヤツは、とにかくたちが悪い。

ま、コッチも一応手加減はしてたけどさぁ。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

「でりゃャアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

そうやってしばらくは殴りあったアタシ達。

壁にはますます穴が増えて、床には二人の血がいっぱい飛び散っていたってのを覚えてる。

ただどっちもタフなんで、一向に倒れる気配が無い。決着なんてつかないんじゃないかと思った程さ。

でもまあ、案外単純な事で殴り合いは終わりを迎えたんだけどね。

 

 

「「!!」」

 

 

アタシ達は同時に殴り合いを止めて棚へと走る。

理由は上に置いてあったトレイが殴りあいの影響で落ちそうになったから。

あれだけ互いを傷つけあってたのに、飯が台無しになると思えば協力しあってトレイのバランスを直しに走るって異様な光景。

 

 

「「………」」

 

 

トレイを元に戻したのはいいけど、そっからはまた沈黙だ。

コッチとしては――、と言うか向こうもまだまだ殴り足りない気分だったろうけど、いつまでも喧嘩しっぱなしってのもな。

つうか早くしないと食事も冷めちまう、と言う事でアタシは――

 

 

「どういうつもりだ……」

 

「はあ? 見て分かるだろ? 一緒に食おうよ」

 

 

アタシは自分の分の飯を浅倉の部屋に持ってきた。

当然向こうはイライラMAXって顔でコッチを睨んでくる。

当然コッチも睨み返す訳で、結局またしばらくの間ガチの殴り合いが始まっちまった。

 

野郎としては意地でもアタシと飯を食いたくないらしい。

となればコッチも無理やりにでも飯を食ってやろうって対抗心が生まれるんだ。

結局また殴り合いが続いて、最終的には二人ともヘトヘトになって動けなくなった後だった。

 

 

「ハァ、ハァ! ダァアアアアアアアアア――ッ!!」

 

「――――ッ」

 

 

飯はすっかり冷め切ってたし、何より全身が痛くて動けなかった。

となりに倒れている浅倉も同じらしい。しっかしコイツ本気で手加減しないのな。仮にもアタシは女だっての。

 

魔法がなけりゃ確実に顔面が変形してたろうね。

まあコッチも同じくらい色々な場所殴ってやったけど。

あ、何度も言うけどもちろん手加減はしてたよ。

 

 

「お前、なかなかやるじゃん……!」

 

「……ハッ」

 

 

お互い、倒れたままでニヤリと笑う。

とりあえず浅倉のヤツはそっからアタシを無理やり追い出そうとはしなくなった。

それが認めてくれた証だったのか。それともただ単にウザかったからなのかは知らないけど。

 

つっても、時計見たらそろそろ日付変わるくらいの時間だったから。

とにかくアタシ等は飯にする事にした。もう何時間も殴り合いだ、鏡見ればお互い本当に酷い顔だったよ。

そんな感じでアタシ等は無言のまま食事を始める。

そうそう、口の中が切れてて味なんて分からなかったっけな。

 

 

「………」「………」

 

 

しばらく無言でカチャカチャやってる。

ただコッチはいろいろ浅倉の情報を知っるわけで。

どうしても気になるところがあったんだ。

 

 

「なあ、アンタさ……」

 

「イラつくなお前。黙ってろ、殺すぞ」

 

「少しくらいいいじゃん。またやるか?」

 

「……いい、今は飯だ」

 

「その飯の為に動いたのって、昔が相当アレだったからだろ?」

 

「ア?」

 

「だから怖い顔すんなっての。なんつーか、アタシがそうだったからかな」

 

 

スープは最後の一滴まで飲み干し、皿まで舐めたくなるのは昔がそれだけ食に飢えていたからだ。

アイツもアタシの言ってる事が分かったのか、淡々と口を開いた。

思えばコレが最初の、まともな会話だったかもね。

 

 

「お前ェ、泥食った事あるか?」

 

「はぁ? 泥?」

 

「俺はあるぜ、何度も食った事がある。口の中にはまだ味が残ってるくらい」

 

 

泥って……。

いやいやもっと他にまともなモンあるじゃん。

なのに泥って。

 

 

「あれ、ジャリジャリして苦くて臭くて最悪じゃん」

 

 

まああるんだよね、コレが。

いや泥ってそこ等辺にあるじゃん、だから泥が食べられるんなら、その分アタシの飯をモモに分けてやれるって思ってさ。

まあ、とても食えたモンじゃなかったけど。

 

 

「じゃあアンタはトカゲ食った事ある?」

 

「………」

 

 

そこで初めてアイツはアタシの顔を見て笑った。

まあ爽やかさの欠片も無い、笑みだったけどね。

 

 

「なかなか悪くない」

 

「お! だよね、焼けばそこそこイケるって気づいてさ!」

 

 

クソ最悪な共通点だったけど、アタシ達は互いに同じ部分があった。

まあそん時は会話らしい会話はそれだけだったけど。

次の日にまた飯を運んでやった時には、いきなり殴りかかっては来なかった。

 

まあ相変わらず飯を一緒に食おうとすると、手が出てきたけど、その分アタシもアイツに拳をぶちこんでやったさ。

 

ぶっちゃけコッチとしては喧嘩してまで一緒に食いたいって訳でも無かった。

お互い馴れ合いとかはゴメンだったし。そもそも別に友達になりたいとも思わなかった。

ただそれでも、アタシとしてはどうしても『あの事』が気になった訳で。

 

 

「なあおい」

 

 

コッチを見ようとしない。

 

 

「なんでお前、家に火をつけたんだよ」

 

「………」

 

 

多分アタシは、コイツに理由を求めていたのかもしれない。

親父が火をつけた理由を、コイツに教えてもらいたかったんだ。

って事を考えてたのに、浅倉の野郎はさも当たり前の様に言いやがった。

 

 

「あの時はイライラしてた」

 

「は?」

 

「お前は思わないか? この世界は退屈すぎる……!」

 

 

浅倉は壁を殴った。

 

 

「人間ってのはな、80年……、運が悪ければ100年近く生きる。ダラダラだらだら、退屈なまま、イライラしながら生きるんだ」

 

「それがなんだよ」

 

「つまらん。退屈なんだ。娯楽がない」

 

「げ、ゲームとかあるじゃん」

 

「イライラするんだよ。ゲームもやってみたが、アレは駄目だ。余計にイライラさせられる」

 

「下手だからだろ。雑魚」

 

 

殴られた。

 

 

「スッキリする方法を他にもいろいろ試した。アレも一緒だ」

 

「あれもって、火をつける事かよ!」

 

「ああ。まあまあスッキリしたな」

 

「か、家族がどうなったか知ってんのか!?」

 

「知らん。どうでもいい」

 

 

死んだとは――、言わなかった。

ただ流石のアタシも確信したね。コイツはヤバイ。普通じゃない、イカレてるってさ。

 

 

「ハ……、ハハ――!」

 

 

そして何故か、アタシは笑った。笑ってた。

自分でもどうして笑ってるのか、よく分からない。

おかしい。浅倉は家族を大事にせず、命を大事にしない最低のクソ野郎の筈だ。

なのにアタシはコイツの言葉に確かな"安心"を覚えていたんだ。

 

だってアタシはコイツに親父が心中を図った理由を求めた。

それが『イライラしてたから』だって言うんだもん、笑っちゃうよ。

 

親父がおかしくなっちまったのは、アタシのせいだって思っていた。

だけど浅倉の理由と重なれば、親父はイライラしてたから火をつけて死にましただもん。

 

まあつまるところ、アタシのせいじゃないって言われた気がしたんだ。

もちろん浅倉の野郎にそんな意図は無いって事くらい分かる。

まして親父がおかしくなった理由がアタシにある事も重々承知だよ。

 

だけど、このときアタシは確かに安心したんだよ。

 

 

「おい、お前……! またイライラしたらココに火をつけるのか?」

 

「かもな」

 

 

アタシの中で確かな想いが生まれた。

 

 

「じゃあイライラしたらアタシを殴れ」

 

「?」

 

「アタシがお前のイライラを和らげてやるって言ってんだよ」

 

 

って言った瞬間、ストレートが飛んで来た。

やっぱ狂ってる。だけどアタシはまた笑った。

 

 

「つっても、アタシも殴り返すけどなッッ!!」

 

 

浅倉の顔面に渾身のストレートをブチ込んでやった。

鼻血出しながら浅倉とアタシは笑う。

やっぱイライラしたときは、コイツに限るって話だね。

 

 

「「うォおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」」

 

 

んでまた二人とも動けなくなるまで殴り合いだよ。

まあ馬鹿だったねあの時のアタシは。

 

 

「お前ェ、なかなか面白いな」

 

「はぁ?」

 

「ココにいる連中を全員ブッ殺すつもりだったが……、やめた。それよりお前とこうしていた方が楽しめる」

 

 

とんでもない言葉が聞こえた気がするが、褒められた? マジで嬉しくねぇよ。

とにかく色々あったけど。施設の生活はアタシにとって悪くなかった。

 

悪くなかったんだけど……、またアタシは同じヘマをやっちまった。

要するに、今度はシルヴィスに魔法少女の姿を見られちまったって訳さ。

つうかアレはどうしようも無い。だって使い魔に狙われたのがシルヴィスだったんだよ。

 

 

「そ、その姿は――!?」

 

「………」

 

 

やっぱまた拒絶されんのかね?

そう思いつつも、アタシはシルヴィスにおおまかな事情を説明する事にした。

 

 

「事情は分かったわ。素敵な力ね」

 

「え?」

 

「現に私は貴女がいなければ死んでいたわ、ありがとう佐倉さん」

 

 

シルヴィスは寛大だった。

アタシの力を知っても気持ち悪いなんて言わず、むしろ受け入れてくれた。

しかもそれだけじゃない。親父の事があってこの力を疎ましく思っていたアタシに――

 

 

「落ち込む事は無いわ佐倉さん。その力は人を助ける事に使える筈よ」

 

「え?」

 

「私は確信したわ。佐倉さん、貴女が救世主となるのよ」

 

 

褒められちゃった。あの時は嬉しかったな。

流石に救世主ってのは言いすぎだったけどね。

 

シルヴィスは、アタシの力を人を助ける為に使って欲しいと言った。

と言うよりは、『お願い』だ。親を無くしたり、色んな理由で孤児になった子供が世界中にいる。

 

 

「だから佐倉さん。そういった子を、その力で保護して欲しいの」

 

 

シルヴィスはそんな子供たちをリーベに連れてきて保護したいって言ってた。

孤独で死にそうになってるガキを見つけて、助けて欲しい。

そのお願いを聞いて、アタシにまた『火』がついた。

 

親父が死んだ後は、人を助けるって事に疑問を感じてたけど、確信したね。

やっぱり魔法少女の力は人を助ける為にあるんだってさ。

アタシは迷わずオーケーした。今度こそシルヴィスとアタシで世界を変えてやるんだってね。

 

 

燃えたよアレは。

起きてすぐ浅倉に飯運んだ後は、変身してとにかくシルヴィスの願いを叶える為に頑張った。

 

日本にもまだ親を亡くしたガキや、親に捨てられたガキ。

家出して行く場所が無いガキ。殺されそうになってる、死にそうになってるガキが探せば沢山いた。

 

 

とにかくいろんなヤツを助けてリーベに入居させた。

なにも探し回るだけが全てじゃない。時には他の施設から弾きぬいた時もある。

 

そんなこんなで、あっという間にリーベにはガキが溢れかえってたね。

チビ達はますますアタシを姉だって慕うし、それに嫉妬するモモが可愛くていい気分だったよ。

 

ましてやコレはシルヴィスが望んだ事だ。

親父みたいに拒絶する事の無い彼女に、アタシは心を許してた。

 

 

チビ達を救うってのも悪くないしな。

リーベはそれなりに大きな施設だから、割と早く新しい親が見つかっていく。

チビ達は妹や弟みたいに思ってたから、ちょっと寂しさはあったけど、新しい人生を送ってくれるんなら、そっちの方がいい。

 

いやぁ、マジで充実してたよあの時は。

うん、まあでも、さ。なんていうのかな――?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっぱ、うまくはいかねぇんだよなって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「し、シルヴィス? 今の……?」

 

「なんでもないわ、気にしないで」

 

 

ある日、アタシはシルヴィスがスーツの男から大金を受け取ってるのを見かけた。

小切手とかじゃい、そのままの札束だ。シルヴィス曰く、信者からの寄付だとか何とか言ってたから、その時は疑う事はなかった。

 

だけど何かおかしいって思うところがアタシの中で生まれたのは事実だ。

何日か経って、チビを引き取った親がシルヴィスに金を渡してるのを見た。

また大金だ。何を? 何で? アタシは直接シルヴィスに聞いてみたんだけど、気にするなの一点張りだった。

 

 

「それより、子供たちをお願いね佐倉さん。今日もどこかに貴女の助けを求めてる子がいる筈だから」

 

「う、うん」

 

 

不信感が募っていくのを感じた。

でも考えすぎだと思って、アタシはシルヴィスの願いを聞いていた。

妄信? そうだ。アタシは何も疑う事は無いって自分に言い聞かせた。

だけど、嫌な予感ほど当たるもんさ。

 

 

「………」

 

 

偶然だった。

孤児を見つけるために街を駆けてたある日。

アタシは警察が集まってるのを見つけた。

 

事件だ。興味本意から近くまで寄ったって事までは覚えている。

後はなんだったかな? あの時は何を考えていいのか分からなかったからさ。

 

てっとり早く言うと、そこにあったのは死体だった。

それも死んでたのはリーベを出て行ったアタシの義弟。

つまりアタシが見つけてきたチビだったんだよ。

 

 

「ッ!!」

 

 

アタシはすぐにリーベに戻ってシルヴィスに詰め寄った。

何で新しい親ができて幸せに暮らしている筈のチビが死んでるんだって。

もちろん知らないって言うシルヴィスだったけど、アタシはそれで引き下がらなかった。

 

アタシとしても別にシルヴィスがやったなんて思ってないさ。

でも、もみ合いが続く内に『ありがたい』展開がやってきた。

つまり犯人が自分からアクションを起こしてくれたんだよね。

 

 

「そう、佐倉さん。知ってしまったのね」

 

「な、なんだよ――! ソレ!」

 

 

唐突だったよ。まるでB級映画並みのね。

シルヴィスのヤツ、懐に手を伸ばすと『拳銃』を取り出してアタシに向けてきた。

 

それだけじゃない。

シルヴィスが合図を出すと、マシンガンなんて物を持った黒服がアタシを取り囲んだのさ。

正直意味不明だよ。優しい孤児院の聖母が、鬼みたいな表情でアタシを見てるんだもの。

そしたらご丁寧にシルヴィスは自分でペラペラとネタバラシさ。

 

 

「今までご苦労様、でももう貴女は用済みよ」

 

「は……?」

 

 

シルヴィスは――、あのクソババアはニヤリと笑ってた。

 

 

「知ってしまった以上、貴女には死んでもらうわ」

 

「おいおいどういう……!」

 

 

アイツ何て言ったと思う? このリーベには大きな秘密があったのさ。

表向きは立派な孤児院、だけど裏にはもう一つの顔がある。

それは"人身売買"だ。ガキを集めて売りさばく場所だったって事さ。

 

な? マジで何言ってるか分かんねーだろ?

いきなり人身売買してました、なんて言われても困るよなぁ。

 

だけどそんな考えはすぐに吹き飛んだ。

シルヴィスは写真を取り出すとソレをばら撒いたのさ。

なんだ唐突に? そう思いながらもアタシはそこへ視線を移した。

 

 

「―――」

 

 

今までいろんなキモい姿の魔女と戦ってきて、結構自信あったんだけどな。流石に無理だったね。

 

アタシは写真から目を逸らすと、吐き散らした。

胃からこみ上げる不快感。目に焼きついたその姿。

ああ最悪の気分だったね。

 

人身売買してました。それで新しい親が決まって施設出てったチビ共は、実は全員買われてましたって事さ。

じゃあ気になるのは買われたチビ達はどうなったって話じゃん?

新しい親の所で幸せになれるって信じてたチビ達は――

 

 

「――ッッッ!!」

 

 

実は、皆、『玩具』にされてましたってオチだぜ。

写真にはアタシの良く知ってるチビ達が写ってた。

皆幸せにやってるモンだとばっかり思ってたんだけど何だよコレ。

 

 

「なんでッッ、なんでこんなんになってんだよぉオオオオオッッ!!」

 

「フフフ、ソレが飼い主の既望ですからね」

 

 

たとえば義弟は『置物』になってた。

もうソレは人間の形すらしてないただのオブジェだ。

目が無かったり、脚を切られてたり。

 

顔そのものが変わってたチビもいた。

んで、ふと隣に見えた義妹は、人間の尊厳ってヤツを無視されたかの様な扱いを受けてた。

これを撮影したヤツはどんな気持ちで義妹を見てたんだろうな。

マジでぶっ殺してやりたかったよ。

 

 

「ウ――ッ! アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

写真の中にいたチビ共は絶望の表情を浮かべてた。

中には顔が、頭が無かったヤツもいる。内蔵がごっそり持っていかれたヤツもいる。

あとは例えば――、いや、やめよう。気持ち悪くなるだけだ。

 

 

とにかく、クソ醜い欲望をぶちまけられて。

それで人間の尊厳奪われてさ。こんな事の為にチビ達は生きてきたってのか?

そりゃ、ないぜ。

 

 

「フフフ。世界にはいろんな嗜好の人間がいるのです」

 

「―――」

 

 

強制労働、性的搾取、臓器移植、猟奇的嗜好……、アタシはバカだからあんまり意味は分からなかったけど、そういうのはほんの一部らしい。

シルヴィスのヤツだって自分は悪くない、関係ないみたいな口調で言ってやがる。

 

 

「彼らは刺激が欲しい、だから奴隷を弄ぶ。人を壊す事で人の上に立った気分でいる」

 

 

全ては搾取される為だけの存在。

 

 

「人の命とは無限の可能性を持った"資源"なのです!」

 

 

シルヴィスは説いた。

資源は使う、利用するものだ。

本来ならばすぐにアタシやモモも売りさばくつもりだったんだろうが――

 

 

「貴女の力を知って、考えが変わったわ」

 

「……ッッ!!」

 

 

シルヴィスが素敵な力だって言ってくれて、この力で救える命があるって言ってくれて、だからアタシは頑張れた。

 

だからアタシは毎日毎日、孤児を見つけてきてはリーベに入れてきた。

だけど、何かい? つまりアタシがやってきた事は――

 

 

「協力、ご苦労様」

 

「―――ァ」

 

 

アタシは、利用されてただけだった。

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

「来るわ、殺しなさい!」

 

 

アタシは気がついたら変身してシルヴィスに突っ込んでた。

周りの黒服たちは一勢に銃をぶちまけたみたいだけど、魔法少女のアタシにとっては玩具でしかない。

 

痛みはあったけど、アタシはすぐに黒服をボコボコにしてた。

なあ、分かるかよ。馬鹿みたいに正義に燃えた結果がコレなんだぜ?

孤児を助けたいとか本気でほざいてたアタシを。本気でシルヴィスを信じてたアタシを殴り殺してやりたかったね。

 

 

アタシが命とも言える魔力削ってやってたのは犯罪の手伝いさ。

アタシを姉だと慕ってくれたチビ達は、そのほとんどが金持ち連中の玩具になってたり臓器売られてたり、どこぞの国で強制労働。

 

マジで、マジで笑えたね。

努力が報われないとか、裏切られたからどうとかじゃない。

アタシがアタシを客観的に見て、その姿が愚かで仕方なかった。

 

愛だとか正義だとかが世界を救うと思った過去。

だからアタシは魔法少女としての力を信じてた。

なのに親父はアタシを魔女だと言った。

 

 

「アハハ――」

 

「な、なんで銃を受けても死なないのッッ!! この化け物めッッ!!」

 

「あハはははハハハハははハハハはハハははッ!!」

 

 

なのにシルヴィスはアタシを化け物だって言った。

いやいや間違っちゃいないさ。アタシは醜い化け物だろう。

銃弾を受けても死なない、手からは槍が出てくる。

でも、だったら聞くけど――

 

 

「お前らも化けモンだろうがアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

泣きたくなったね。死にたくなったね。

何が魔法少女だ、何が世界平和だよ。クソみたいだ、反吐がでるッッ!!

 

マミと一緒に守りたいと思った人間はこんなにも汚い連中だったのかよ。

自分の欲望を叶えるために平気で他人を傷つける。

平気で他人を裏切る!

 

 

親父も一緒だ!

親父も結局はアタシがかわいくなかった! 面白くなかっただけだろうッ!?

だから殺した、イライラしたから全部ブッ壊したんだ。

 

ああ、マミ――! マミッ! 聞こえてるか! 巴マミ!!

やっと分かったよ! アンタは……! アタシは!

 

アタシ達は全部ッ、間違ってた!!

 

こんなクソみたいな連中の為に魔法を使うって事がそもそもの間違いだったんだ!

愛と勇気が勝つ? キメェよ、クセェなッ! 正義のストーリーなんてこんな世界にはなかったんだ!

 

ガラにも無く人の事を考えた、その結果がこれだよ!

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

怯えた表情で腰を抜かしているシルヴィス。

まだ諦めずに発砲を続ける黒服共も怯えた表情だった。

それで確信したよ、食物連鎖って物をね。魔女に怯える人間共、そして魔女を殺すのは魔法少女。

 

そんな魔法少女が、人間みたいなクソに手を貸してやった事がソモソモのマチガイ……ダッタ――

 

 

アタシのソウルジェムがマックロにソマッテ――

 

 

ノロウ、こんなセカイ――

 

 

イラネェ――クソ――コロシテ――ノロッテ――ゼンブ、ゼンブコロシテ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『つーのが魔法少女ってヤツの力だ』

 

「………」

 

『まあコレを使えば、テメェもあんな力を手にできる』

 

「……ハッ」

 

『どうだ? やってみっか?』

 

「―――せ」

 

『は?』

 

「さっさと貸せ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うらァアアアッッ!!」

 

「うブっ!!」

 

 

アタシは思わずアホみたいな声を出してブッ飛んだ。

転がるのはアタシと、濁りきったアタシのソウルジェム。

 

アタシの意識はハッキリとしてた。

だって今まで感じた事の無いような痛みと衝撃が頬にあったから。

殴られたって事さ。それもすげぇ重い拳で。

 

 

「――ッ!」

 

 

アタシを殴ったヤツを見た。

そこにいたのは人間じゃない、何だよコレ?

 

 

『あーあ、こんなに黒くしちまって。もうギリギリじゃねぇか』

 

 

ピョコンと音がして、アタシのソウルジェムに黒いキュゥべえが近づいていく。

ソイツはサービスがどうとか言って、アタシのジェムの穢れを一瞬で払って見せた。

 

 

「な、なんだよキュゥべえ……」

 

『いやいや違うぜ佐倉杏子、オイラとお前は初めましてだ』

 

 

ソイツの名はジュゥべえ。

アタシとは『対なる存在』の担当者だとか言ってた。

ジュゥべえは目でアタシを殴ったソイツを――、騎士を指し示す。

 

ああクソ、顔がいてぇ。

 

 

『感謝しな、この騎士様にな』

 

「アアアア……! ソイツはどうでもいい」

 

 

ゆっくりと首を回した紫の騎士。

もうホント声で分かったね、アタシは気がついたら叫んでた。

 

 

「お前……! 浅倉かよッ!?」

 

 

首を振るジュゥべえ。正解だけど間違ってるってよ。

 

 

『今のコイツは、王蛇だ』

 

「ハア?」

 

『んんー、オイラのスカウトは間違ってなかったなやっぱ。コイツはすげぇ力だぜ』

 

 

王蛇ってのが、今の浅倉の名前らしい。

騎士って言葉どおり、アイツは全身に鎧を纏い、弾丸を受けても笑ってた。

 

しっかし騎士って言う割には、禍々しいっていうか。

 

ッてかさ!

せめて助けに来たとかさ。あるじゃない。ねえ?

どうでもいいって、お前。どうでもいいって……。

 

 

「ハハハ、しかし本当に弾をくらっても平気だな」

 

『当たり前だろうが、猿共が作った玩具なんて限界があるっての。で? 人を超えた力を手にした気分はどうだ?』

 

「悪くない! 滾るぞ!」

 

 

王蛇は、黒服に掴みかかってく。

後は分かるだろ? しばらくは純粋な暴力の時間さ。

魔法少女のアタシでも超痛かったんだ、普通の人間が耐えられるレベルじゃねぇ。

 

 

「クハハハハハハ! アァァアアア、最高だ! イライラが消えていく!!」

 

 

大笑いしながら暴力を繰り返す。

黒服たちはすっかりアイツにビビッてる。

 

子供みたいに『助けて』を繰り返すヤツや、中にはいい歳して漏らしてるヤツもいたな。

まあ仕方ないかもね、途中からアイツの背後にでっけぇ蛇が出てきたし。

蛇っつうか、コブラっつうか。

 

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!」

 

 

ひとしきり大笑いした後、王蛇は黒服の一人の顔面をストレートで叩き割った。

赤い血ぶちまけて頭を砕かれた人間。

それを見てシルヴィス達のパニックは激しくなる。

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

黒服の一人が叫ぶ。

コブラの溶解液をくらってドロドロになってたからだろうな。

酷いことしやがるぜ。

 

その後も王蛇はあっと言う間に黒服を皆殺しにしていった。

だけどアタシの中でハッキリと理解できる感情があった。

 

それは苛立ちだ。

シルヴィスに裏切られ、過去の自分に嫌気が差して、抱いた感情。

それが今、みるみる消えていくのが分かった。

 

 

「初めて直接、この手で人を殺したが――」

 

 

王蛇は血に塗れた自分の拳を見て呟く。

 

 

『おう』

 

「最高にいい気分だ……ァ」

 

『そりゃよかった』

 

 

ニヤリと笑うジュゥべえ、大笑いする王蛇。

そしてしっかりと笑みを浮かべてるアタシ。

 

そうだ、王蛇の野郎も同じだったんだ!

アタシは黒服が殺されるのを見て、最高にいい気分だった。

 

まあ、この時点では気づいてなかった。

だけど王蛇が――、浅倉がアタシに言った言葉でソレは確信へと変わった。

 

 

「おィ」

 

「………!」

 

 

王蛇は言った。いや、言ってくれた。

 

 

「お前もやってみるか?」

 

「!!」

 

「イライラが消えるぞ」

 

 

それを言われた時、アタシは絶対笑ってたね。

って言うか、既にアタシの心に迷いなんて無かった。

浅倉はただアタシの背中を押しただけだ。

アタシの想いを解き放っただけなんだ。

 

アタシは槍を構えて走る。

そんですぐにシルヴィスの左腕を切り落とした。

 

 

「イぎゃぁアアアアアアアあああああァアアあああッッ!!」

 

 

血を撒き散らしながら、シルヴィスは泣き叫ぶ。

最高だった。それを見た瞬間、アタシの中でイライラが消えていくのが嫌でも分かった。

 

っていうか逆の感情が湧き上がってくる。

すげぇ楽しんだぜ! 笑っちまうよな!

何でもっと早くしなかったんだろうってさッ!!

 

 

「おいシルヴィスぅウ! コレが今までアンタが利用してきた力なんだぜぇ?」

 

「た、たすけて佐倉さんッ! 私が――! 私が悪かったのよッッ!!」

 

「イヒヒハハハッッ! そうだなァ、アンタが悪いよ!!」

 

 

シルヴィスの胸を、アタシは躊躇無く槍で突き破った。

おッせぇんだよ何もかも! せめて血反吐撒き散らして無様に死んでもらわないとイライラが消えないじゃないか。

 

 

「"愚か"だよアンタ、魔法少女ナメんなっての! ハハハ!!」

 

「―――」

 

 

最後はシルヴィスの頭に槍を突き立てて、トドメを刺す。

スッキリしたね、最高だったよ。血ってこんなに綺麗だったのか。

人を刺すときの感触は最高に気持ちがいい。

 

 

「ハハハハ……!」

 

「クッ! ハハハァ!」

 

「「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」」

 

 

笑い声が重なる。

妙な一体感、アタシは王蛇の肩に手を置く。

 

同時にアタシの身体に刻まれるアイツの紋章。

ジュゥべえはパートナーの契約が完了したとかどうとかほざいてたけど、正直どうでもよかった。

だって、こんな楽しい事をココで終わらせるなんてもったいねぇだろ?

 

 

「おい浅倉ぁ、アンタこれからどうすんだよ」

 

「知るか。好きにさせてもらうぜ」

 

「じゃあアタシもそうすっかな、こんなクソみたいな場所いられるかっての」

 

 

そこで変身を解除する浅倉。

珍しく不思議そうな顔をしてやがる。

 

 

「お前、妹がいるんだろ――?」

 

「ああ、モモか……、別にいいよ」

 

 

だってモモの知ってる姉貴はもう死んだ。いないんだ。

それにシルヴィスが死んだことで警察もリーベの裏の顔が分かるだろ。

 

っていうか既にアタシの中でモモの価値が下がりつつあった。

どれだけ愛してた家族であっても、死んだらただの肉の塊なんだからさ。

それにこのままだったら多分モモも殺しちまうかもしれない。

アタシは心の中でモモにお別れを言って、さっさとリーベを離れる事にした。

 

 

浅倉の野郎とはこの時点でよく分からない絆みたいな物が生まれた。

とはいえ一緒に暮らすとかじゃなくて、近くの地域に常にいるってだけの話なんだけどね。

 

それからは自由だったよ。

今まで縛られた生活が嘘みたいに楽しかった。

気に入らないヤツはボコボコにして、欲しいものは魔法で奪い取る。

 

つくづく知らされたね。

今までのアタシがどれだけ馬鹿だったのか。やっぱり魔法は自分の為に使うもんだってさ!

 

 

「佐倉さん……」

 

「マミ、久しぶりだね」

 

 

あとは最後の仕上げだった。

アタシと久しぶりに会ったアイツの表情は嬉しそうで。

でも複雑そうだった。

 

きっとアタシの中にあった黒い感情を読み取ったんだろ。

相変わらず凄いというか何と言うか……。

 

 

「って言うかさァ、アンタまだ正義の為に使い魔退治なんて無駄な事やってんのかよ」

 

「無駄って、それにどうしたの佐倉さん――?」

 

「ン? なにが?」

 

「いや、あの、呼び方……」

 

「あぁ、ハハハ! 呼び捨てね。だってもうアタシはアンタの弟子じゃないんだからさ」

 

 

それを伝えた時のアイツの顔は、多分忘れる事はないと思う。

いい意味でも悪い意味でも。

 

 

「お前もさっさと気づけ。誰も彼もを救えると思ってんのか? だとしたら笑えるね」

 

「ッ、何があったの?」

 

「知ったんだ。人間なんて守る価値の無いゴミだってな!!」

 

 

どんなにコッチが頑張って守っても、死にたいヤツは自分から死ぬ。

他人を平気で傷つけて殺す。そんな腐りきったサイクルを生み出す連中を、どうしてアタシ達が命削ってまで助けないといけないのさ。

 

 

「せめて使い魔に食われてさ、グリーフシードを生む魔女になってもらった方がマシだろ?」

 

「佐倉さん、気持ちは分かるわ。でも――!」

 

 

むかついたね、最高にムカついた。

だってマミの奴は、事もあろうに優しげな表情でアタシを見やがった。

 

どんなアタシでも受け入れるって顔だ。

それが最高にイライラすんだってのッッ!

それに分かったよ、やっぱりアンタが最後の鎖だって事をね!

 

 

「ふざけんな。アンタとのコンビは今日で終わりだ。持ってるグリーフシード、全部アタシによこしなッ!!」

 

「――ッ! 佐倉さんっっ!」

 

 

槍で切りかかったアタシをアイツはリボンで受け止めた。

 

 

「レガーレ!!」

 

 

同時にアタシを縛り付ける。

拘束魔法ってんだから、アタシを傷つけずに終わらせるつもりなんだろうけど――

 

 

「甘いんだよッ!!」『ユニオン』『リリースベント』

 

「えっ!?」

 

 

アタシには拘束を解除する力があった、騎士の力がね。

それにマミはアタシを殺すつもりがない。

逆に躊躇いの無いアタシ。勝敗は明白だったろ?

 

 

「………っ」

 

「次は、リボンだけじゃ済まないよ」

 

 

本気で殺す気が伝わったのか、マミはへたり込んだ。

それを見てアタシは決めたんだ。コイツは優しすぎる、だからコイツにアタシの最後の良心を重ねようって。

 

いろいろムカついたけど、やっぱりマミには世話になったからな。

 

 

「じゃあな、やっぱグリーフシードはいらないよ」

 

「どうして……!? 佐倉さん!!」

 

「アンタもいつか気づくよ、自分のやってる事がどんだけ愚かな事なのかを」

 

 

信じて、優しさに甘えて。

それで傷つくなんて馬鹿みたいじゃないか。

ならいっそ最初から自分の道を歩けばいい、自分の力だけを信じればいい。

 

 

「耐えるられるの?」

 

「?」

 

「孤独に。貴女は――!」

 

「……孤独か」

 

 

アタシは笑った。

 

 

「いやいや!」

 

「ッ?」

 

「実はそう孤独でもなかったりするんだよな!」

 

 

ふざけた関係だろうけど、あのクソ野郎がいるからな。

たぶん退屈って事はないだろうからさ。

 

 

「あばよ、巴マミ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢の終わり。

 

 

「ッッ!!」

 

 

ハッと、飛び上がるように起きるのは佐倉杏子。

彼女はそのまま頭を抑えてしばらく沈黙する。

 

 

「――ッ?」

 

 

長い夢だった、しかも全てが真実じゃないか。

過去の事がフラッシュバックして、思わず舌打ちを漏らす。

 

 

「佐倉杏子。目が覚めたか」

 

「!」

 

 

浅倉の声が聞こえて、杏子は完全に意識を取り戻した。

そして周りを見て絶句する。無数の死体があった。

場所はパチンコ店だろうが、店内には一欠けらの生命すら存在していない。

 

 

「つうかアレ? アタシって確か……」

 

 

急いでソウルジェムを取り出して隅々まで確認する。

おかしい、砕かれた筈のジェムは、キラキラと綺麗に光っている。

 

だがたしかに一度は破壊された筈。

ましてやソウルジェムと言うのは、一度でも破壊されれば終わりの筈だが――?

 

 

「どういう事だよ浅倉! 何か知ってるんだろ!?」

 

「うるさい奴だ。これがルールってヤツなんだよ」

 

「ッ?」

 

 

浅倉が言うには、杏子は確かに死んだ。

だが浅倉は既にジュゥべえから一度情報を得ていた。

ルールには魔法少女を蘇生させる方法が存在していたのだ。

 

もちろんソレは魔法少女に限定された話じゃない。

騎士もまた蘇生する方法が共通して存在している。

 

 

「へぇ! そんな方法があったのか」

 

 

杏子は辺りに転がってる死体を乱暴に掴むと、ソレを浅倉に見せる。

いくら浅倉とて、こんなド派手に大量殺人を犯すなんて事は無かった。

つまりそれが復活のルールなのではないかと、杏子は睨んだのだ。

 

 

「ああ、そうだ。復活させる方法は――」

 

 

命を取り戻す為に必要な代価。

何かを得るには、何かを失わなければいけない。

そしてそれは命ともあれば、同価値の物でなくては話にならない。

では命と同じ価値の物とは何か? 決まっている。

 

それもまた命だ。

 

パートナーを蘇生させるには――、命を差し出さなければならない。それは生贄、それは神に捧げし命。

 

 

・【誰でもいいから50人の命を奪う】

 

・もしくは【ゲームの参加者を二人殺す事。】

 

 

そうする事で失ったパートナーを蘇生させる事ができる。

もちろん蘇生は無限にはできない。蘇生できる回数は魔法少女が二回。騎士が一回である。

さらに騎士が復活する際には大きな制約が掛けられる。

 

とまあ、以上が蘇生に関しての大まかなルールであるが、どちらの派にとって有利なルールなのかはもはや明白だろう。

そしてこのゲームが込めたパートナーの意味とは『利用』にある。

 

騎士は魔法少女を守る存在なのではない。

互いに互いを利用する存在だ。騎士は魔法少女を盾にし、魔法少女は騎士の力を使って自己を強化する。

 

その間には絆が無かったとしても問題はない。

全ては勝利を目指す為だけの関係。それがF・Gが指し示した意図だった。

 

 

「ハハハハハハハッ!!」

 

 

だがそれは杏子にとって簡単な話だった。

要するに、またゲームの舞台に戻って来られたと言う事。

そして思う存分暴れる事ができると言う事。

 

しかし杏子にも思う所はあった。

笑いながらも、転がっていた死体の一つを思い切り殴りつける。

魔法少女の力で死体の頭は粉々になり、大量の血が彼女の頬にかかる。

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

終わりじゃない。

杏子は槍を構えると、既に事切れた肉塊達を細切れにしていく。

それだけじゃない、うるさく起動しているパチンコ台を破壊し、タバコ臭い店内を駆ける。

 

 

「イラつく! ムカつくよ!!」

 

 

思い出すのは殺しきれなかった連中と、何よりも自分を殺したであろう謎の参加者だ。

最悪、ムカつく、自分が負けるという事実が何よりも気に入らない。

 

 

「ウラァアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

マミに良心を重ねていた杏子。しかしそのマミは死んだ。

ならば杏子を縛るものは、もうどこにも無い。

 

パチンコ店の中が赤く染まっていく。

臓物や肉の破片は全てベノスネーカーが片付けてくれるので、杏子は思い切り暴れまわる。

気がつけば血の海が広がり、杏子の全身は赤黒く染まりきっていた。

 

 

「感謝するぜェぇえ浅倉ぁぁッッ!!」

 

 

そして心に決める事が。

 

 

「やっぱり魔法少女は全員アタシがブッ殺してやんないとねぇッ!」

 

「ハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 

上機嫌に笑う浅倉。

F・Gが考える騎士と魔法少女の関係は利用だが、カードの追加条件など、絆を重点的に置いたルールもまた存在している。

そしてこの二人にも普通ではない絆が存在しているのだろう。

 

 

「そうだ、アタシが全員殺す!!」

 

 

佐倉杏子は再び闘争心を燃やして踵を返した。

生きる為に殺すのではない。杏子自身が楽しむ為に殺すのだ。

そして杏子が思う楽しいとは、利用されることじゃない。自らが一番になることだ。

 

浅倉威、佐倉杏子。

この二人にとってF・Gの勝利など関係はない。

ただ純粋に、そこまでの過程が楽しみなのだ。どれだけの参加者と戦い勝てるのか、それだけが二人の目的である。

 

 

 

 






漫画版ディファレント・ストーリー。
おすすめやで(´・ω・)b


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第22話 友達 達友 話22第


今回の更新分、長いです。

目が疲れたら、休憩しておくれやす(´・ω・)b


 

 

 

 

放課後のファミレスで、制服姿の男女が話し合っていた。

とてもじゃないが、楽しげな雰囲気とは言い難い。

 

 

「さやかの死体が消えてないんだ」

 

 

その会合にはサキ、ほむら、手塚が参加していた。

まどかとゆまはショックが大きいのか、家で休んでいるようだ。

話の内容は――、サキの言葉が全てだ。

 

共に魔女となって死んだマミとさやか。

しかしマミの体は消え去り、さやかの体は残ったままだった。

 

マミと須藤が死んだ時、参加者以外の記憶からは存在そのものが抹消され、生きていた痕跡も消える。

世界は、死んだ参加者が『いなかった』という風に"再構築"を行うのだ。

 

だが今回はソレが起きなかった。

さやかの死体が発見されて、変死と言うことで報道もされた。

明日には葬儀が行われるのだが、何が起こったというのか。

 

 

「恐らく特殊ルールの一つなのでしょうね」

 

「ッ?」

 

「私もいくつキュゥべえから情報を得たの」

 

 

死体についての情報。

【"例外"を除いて、死体はキュゥべえ側が処理を行う】と言うルール。

今回はその『例外』が適応されたようだ。詳細は分からないが。

 

 

「これは俺の予想だが――」

 

 

手塚の予想は、パートナー関係が成立していない状態で片方が死んだ場合、この様になるのではないかと言うものだった。

 

 

「パートナーを探す際に一般人から情報を得る可能性はある。それなのに誰も知らないなんて不利もいいところだ」

 

「美樹さやかは、北岡秀一の近くにこそいたけれど、契約自体はしていなかった」

 

「なるほど。だから死体が消えなかった……」

 

 

さやかの死については明らかにおかしな点があるため、今頃警察が必死に調べているのだろうが、正直無駄な努力でしかない。

それよりも死と言う事実をどれだけの人物が受け入れられるのだろうか?

仁美や上条、さやかの両親の事を思うと、サキは心が締め付けられる。

 

 

「大丈夫か浅海。気分が悪そうだが」

 

「大丈夫だ。ただ……、納得はいってない」

 

「?」

 

「さやかは……、今まで世の中の為に頑張ってきた。なのにその結末がコレか? 正直者が馬鹿を見るとは言ったものだが、コレではあまりにも酷すぎるッッ」

 

 

苛立ってばかりだ。

あれだけ協力を訴えても、誰も応えようとはしないじゃないか。

マミやまどか達の様な魔法少女が特殊だっただけ。

他の魔法少女は自分の事しか考えずに平気で他人を殺そうとする。

 

それは騎士も同じだ。

パートナーの行動を止め様ともせずゲームに乗るなんて。

 

 

「私が信じてきたものはッ、何だったんだ……ッッ」

 

 

張り付くような不快感は消えない。

心はいつも叫んでる。復讐がしたい。これ以上惨めな思いはしたくない。

だから、そうだ、ゲームに乗りたい。

 

 

「まるで世界そのものが、私の考え方を否定しているかにも思ってしまう」

 

「おちついて。苛立っても仕方ないわ」

 

「だがッ」

 

「何を言っても、もう美樹さやかは死んだのよ。とにかく今は佐倉杏子のペアに注意しておきましょう」

 

 

ほむらは涼しげな表情で窓の外を見ていた。

サキとしてはソレも引っかかる――。苛立ってしまう要素ではある。

ほむらには悪いが、彼女は既にゲームに順応しているとしか思えない。

今も危険な要素を分析して、いかに効率よく立ち回るかを考えているのだろう。

 

嫌な空気を察知したか。

手塚は表情を歪めて、ほむらを見る。

 

 

「暁美、言い方が悪いぞ」

 

「……そう。ごめんなさい」

 

「浅海。気持ちは分かるが……、今は鹿目達を守ってくれ。状況が状況だ、誰かが傍にいたほうがいい」

 

「……ッ、失礼だが、なぜキミ達は平然な顔をしていられるんだ?」

 

 

いい意味でも悪い意味でもライアペアは切り替えが早い。

何がそこまで二人を強くさせるんだ? サキはそれが分からずにため息をつく。

 

 

「別に」

 

 

ほむらは一蹴である。

 

 

「ゲームは止まらないわ。今回の事でハッキリしたでしょう?」

 

「……ッ」

 

「今回の事で分かったわ、協力は不可能よ」

 

「きっぱりと言ってくれる」

 

 

杏子もあやせもキリカも。ましてや王蛇もインペラーも説得は不可能だ。

それはサキも思ってしまった。

 

 

「一刻も早くワルプルギスを倒したい所だな……」

 

 

そこで眉を動かす手塚。

 

 

「そう言えば、そのワルプルギスの夜ってのは何なんだ? 魔女なのか?」

 

「ええ、一応ね」

 

「何か知ってるのかほむら、私は何も知らないんだ」

 

 

名前の法則も他の魔女とは違い、かつ倒す事でゲームが終わるのならばワルプルギスは『ラスボス』と言うことになる。

当然それだけ強力だと言う事が予想できるが――。

 

 

「そうね。巨大な災悪といったところかしら」

 

 

ほむらが言うには、その魔女は巨大で、強大な力を持つ故、魔女結界を構築せず現実世界に現れるらしい。

世の中で観測される災害の数々はワルプルギスが巻き起こしたと言う噂もある。

 

 

「そ、そんな魔女が見滝原に訪れるというのか?」

 

「協力派の最終障害と言うだけあって、おそらくは5人……、いや6人以上の力を合わせなければ勝利は難しいでしょうね」

 

 

その時、サキはジュゥべえから聞いた言葉を思い出す。

魔女とはそれすなわち魔法少女の成れの果て。

つまりワルプルギスの夜もまた一人の魔法少女だったと?

 

そしてサキ達がゲームを終了させるには、その彼女を倒さなければならない。

なんとも皮肉なものだ。つくづくそう思う。

 

 

「一体の魔女といっても、一人の成れの果てとは限らないらしいけれど」

 

「!」

 

 

表情を大きく変えたサキ。

それを見てほむらは小さくため息を漏らす。

 

 

「やっぱり、知っていたのね」

 

「あ……っ!」

 

「隠す必要は無いわ。私も知っているから」

 

「なんの話だ?」

 

 

一人だけ意味が分かっていない手塚。

サキは諦めて、全てを話す事にした。

 

 

「な……っ!」

 

 

全てを聞き終えて、手塚も大きく怯んでいた。

オクタヴィアがさやかだとは知っていたが、まさか全ての魔法少女がなり得る結末だとは知らなかった。

 

 

「お前……! どうしてそれを言わなかったんだ」

 

「言う必要が無いと思ったからよ」

 

「………」

 

 

何故か少しにらみ合う形になる二人。

 

 

「ま、まあまあ。言いにくい話だからな」

 

 

サキの言葉に、ほむらはもう一度ため息を漏らした。

 

 

「そうね。言えば、貴方は戦いにくくなるでしょう?」

 

「それは、そうだが……」

 

「それでは困るの。ソウルジェムが穢れれば私達は魔女になる。そしてグリーフシードを得るには魔女を殺すしかない」

 

 

これからも魔女とは戦い続ける。

それらに、いちちち魔法少女の姿を重ねていては油断が生まれてしまう。

魔女との戦いには甘さは捨てなければならないのだから。

 

 

「分かっているさ、大丈夫だ」

 

「なら、いいのだけど」

 

 

ピリピリした空気が元に戻る。

サキは苦笑して、目の前のジュースに口をつけた。

 

 

「キミたちは仲がいいのか悪いのか、よく分からないな」

 

「少なくとも良くは無いわ」

 

「………」

 

 

目を細めているほむらと、目を閉じて表情を歪ませる手塚。

 

 

(そうよ、私の友達はただ一人……、彼女だけよ)

 

 

何度も言い聞かせる。

 

 

「私はパートナーがいないから、二人の関係を分かってやる事ができないよ」

 

「分からなくていいさ。ところで暁美、ワルプルギスが現れる時期や場所を予測できるか?」」

 

「時期は残念だけど不可能よ、ただ場所なら前兆が出るから分かると思う。嵐とか、地震とか」

 

 

ワルプルギスが現れれば、他の参加者は一気に決着をつけようと動くだろう。

なぜならワルプルギスを倒されれば、参戦派は強制的にゲームを終了させられる事になる。

 

逆もある。

参戦派はワルプルギスを倒そうとする協力派を一気に叩くチャンスが生まれる。

 

 

「自由行動の期間は終わった。全ての参加者が見滝原にいる今、一体どんな行動をとってくるのか……」

 

「一般人を巻き込む可能性もあるな」

 

「今朝、ニュースでパチンコ店が崩壊したとあった。詳しくは調査中とあったが、あれはおそらく……」

 

 

杏子やあやせの口ぶりだと、参戦派は参加者だけではなく、一般人をも容赦なく攻撃対象に入れている可能性があった。

 

 

「やはりこのゲームは参戦派が有利になるように作られている……!」

 

「だがそれでも俺は、この戦いを否定してみせる」

 

「……ッ」

 

 

手塚はそう言うが、サキの心は大きく揺らいでいた。

勝ち目の無い戦いだ、そこに賭ける勇気も度胸もサキには無い。

 

結局、話し合いはそこで終わった。各々は別れる事に。

手塚はサキとほむらを送って行くと、自分の住んでいるアパートに戻るのだが、その途中で面白い人物と出会う。

 

 

「お前――」

 

「アンタは……」

 

 

城戸真司、仕事の帰りと偶然重なったか。

二人はホールで顔を合わせていた為そのまま少し話す事にした。

近くの公園でまずは互いに軽い自己紹介を行う。二人とも堅苦しいのは苦手だ、年の差は少しあるが呼び捨てで進めることに。

 

 

「アンタのミラーモンスターは龍か。かっこいいな、勇気と言う性質にもあってる」

 

「勇気、勇気か――。変身した時はそりゃあ、勇気だしてたっけ」

 

 

ミラーモンスターは騎士の分身である。

そして『性質』は変身時に託す想い。その人間の『本質』を具現させた物とでも言えばいいか。

 

 

「俺たちが『性質』に背く行動を取った場合、ミラーモンスターが言う事を聞いてくれない。または自分の意思だけで行動する場合がある」

 

「そうなのか!」

 

「だからアンタの場合は――、そうだな。なるべく弱気にはならない方がいい」

 

 

それを聞いて、真司は唸り、俯いた。

思い当たる節があるのだろうか? 真司は何も言わなかったが、手塚にはそう感じた。

 

 

「て、手塚はエイなんだな! 確かモチーフになる動物は印象に残ってた動物なんだっけ?」

 

「子供の頃に水族館で見た姿が印象的でな。まあ、あれはエイと言うか、マンタだったが」

 

「性質は?」

 

「運命、らしい」

 

「運命――ッ」

 

 

手塚は頷いた後、まっすぐに真司を見る。

 

 

「俺はフールズゲームを止める。絶対……、絶対にだ」

 

「……!」

 

「アンタはどうだ? この戦いをどう思ってる?」

 

 

真司はその目に光を灯して強く頷く。

 

 

「俺も同じだよ。魔法少女と騎士同士が戦うなんて、絶対に間違ってる」

 

 

その想いを真司は手塚にぶつけた。

 

 

「俺は馬鹿だからよく分からない事も多いけど、それでもこのゲームが正しくないって事は分かる」

 

 

現にまどかや、ゆまは泣いているじゃないか。

笑顔だった彼女達が悲しみ続ける事が正しいと?

 

 

「そんな馬鹿な事があってたまるかッ!」

 

「……俺たちが足掻いても、何の意味も無いかもしれないぞ」

 

「かもな。だけど、俺はマミちゃんや、さやかちゃんの為にも! 絶対にこのゲームを止めて見せるッ!」

 

 

真司がココに立っていられるのは、マミ達に助けてもらったからだ。

つまり、真司の命はマミ達がくれたチャンスと言うことだ。

 

 

「マミちゃんも、さやかちゃんも、こんなゲームを望む筈がない。だから生き残った俺がそれを止めなきゃいけないんだ」

 

 

真司は悔しげに歯を食いしばりながらも、遠くを睨んでいた。

 

 

「だから俺はっ、絶対にゲームを止めてやるッ!」

 

「……ハハ」

 

「?」

 

 

手塚は少しだけ笑うと、真司に手を差し出した。

それは紛れも無い友愛の印だ。手塚視点でも、真司は希望なのだから。

 

 

「やっぱり、アンタは他の奴らとは違うよ」

 

「???」

 

「一緒にこの戦いを止めないか?」

 

「ッ! ああ!」

 

 

笑顔で頷く真司。手塚の差し出した手を、しっかりと握った。

戦いを止める事は難しいかもしれないが、諦めなければきっと希望が見つかる筈だ。

二人はソレを信じてF・Gに戦う決意を固めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

雨の日に、さやかの葬儀は行われた。

恋を叶えられなかった人魚姫は泡となって消える。

まるでそれを象徴する様な景色ではないか。

 

まどか達は、さやかの死の詳細を知っている。だが、そうでない人が沢山見えた。

例えばそれは両親。彼らの気持ちを思うと胸が締め付けられる。

娘が親より先に死ぬなんて事があっていいものか。

 

 

「うっ……うぅッ!!」

 

「仁美ちゃん……」

 

 

そしてそれは友人であったり。

まどかにすがりつく様にして泣いているのは仁美だ。

いきなり親友を失った気持ちは、まどかにもよく分かる。

 

そして、ふと前を見れば。

そこには、人形の様に虚ろな様子の少年がいた。

 

 

「か、上条――ッ」

 

「………」

 

 

苦しそうな表情を浮かべているのは、中沢と下宮だ。

その視線の先には虚ろな瞳の上条が座り込んでいた。

 

中沢達にとっても当然、さやかの死はショッキングな出来事だ。

ただ、言い方が悪いかもしれないが、二人にとってさやかはよく話すクラスメイト止まりの関係でしかない。

親友の仁美や、幼馴染の上条とは感じる想いも違うのだろう。

 

まして上条はさやかへの想いに気づいた直後と言うのがある。

上条は、さやかに告白するつもりだった。

なのにそのさやかはもう、いない。

 

 

「なんで……。なんでだよさやか――ッ」

 

 

上条は声を震わせる。悲しいが、それよりも虚しかった。

なんだか胸に大きな穴が開いたようだ。

浮かれていたところに、コレだ。無理もない。

もっと沢山の時間を共有できたはずだ。なのに――。

 

 

「彼を一人にしてあげよう中沢くん」

 

「あ、ああ……!」

 

 

中沢と下宮は上条から離れる。

上条とさやかの時間は長かった。そしてその分、募った思いに気づいた時、悲しみもそれだけ膨れ上がる。

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

「どうしたの?」

 

 

葬儀場にはクラスメイトや、関係者など、人が多い。

彼らの邪魔にならないように手塚とほむらは、端の端、壁にもたれ掛かっていた。そこで

そこで、手塚は違和感を覚える。

 

 

「メガネを掛けているヤツに見られた気がする」

 

「……たくさんいるわ」

 

「いや、ほら、あそこの二人組み」

 

「ああ、あれは上条恭介の友人よ。中沢昴と、下宮鮫一」

 

「へぇ」

 

「……それだけ?」

 

「ああ」

 

 

ほむらが小さく舌打ちをした気がするが、気にしてはいけない。

手塚は常に持っているタロットから、カードを一枚抜き取った。

性質が運命だからなのか、何故か占いは的中率が高い気がする。

人を見てタロットを引くと、その人の現状が示されたカードが来るのだ。

 

 

(吊るされた男……)

 

 

様々な意味がある。

忍耐、試練、自己犠牲、無駄になる努力、中には反逆者と言う意味も。

 

 

(違和感を感じた気がするが――、気のせいだったか)

 

 

もう一枚、中沢を思ってカードを引く。

 

 

(魔術師……)

 

 

手塚はカードをしまうと、トークベントを発動する。

聞かれてはまずい会話だからだ。

 

 

『そう言えば、浅海の話を詳しく調べた。美樹の遺体が見つかったと言う件だ』

 

『ホールに残っていたのかしら?』

 

『いや、それが美樹の遺体は彼女の家の近くで発見されたそうだ』

 

「……!」

 

 

すぐにその意味に気がつくほむら。

 

 

『死体は動かないわ』

 

『そう。つまり誰かが彼女の遺体を運んだ事になる』

 

「………」

 

 

そもそも今回のさやかの件には、ほむらとしてもいろいろ疑問点があった。

絶望して魔女になったわけだが、果たして何に絶望したというのか。

大きな原因と言えば死への恐怖か?

 

いや、いや、強烈な違和感。

ほむらは色々見てきたが、さやかはやけに集中的に狙われていた気がする。

 

 

「もしかしたら、まだ終わってないのかもしれないな」

 

「ええ」

 

 

明確な狙いがあって、さやかを狙ったのなら、敵としては目的が達成されたわけだ。

それもあってか、ライアペアは先ほどから注意深く葬儀の参列者をチェックしていた。

可能性は低いかもしれないが、敵がこの葬儀場に来ている可能性もある。

 

敵はさやかを知っている。

この場所もきっと分かっている筈だ。当然、まどか達が来ることも。

 

 

「………」

 

 

しかし場所が場所故に、あまり歩き回れない。

加えてそれなりに人の出入りも多いため、結局怪しい人物を見つける事はできなかった。

 

そもそも、向こうとて見つからない様に動いている。

葬儀場から少し離れた場所では、喪服姿の織莉子と佐野が傘を差して歩いていた。

 

 

「でもさ織莉子ちゃん。わざわざ来る事なかったんじゃ……」

 

「いえ、これはせめてもの罪滅ぼしですから」

 

「誰にとっての?」

 

「両方です。彼女と私の」

 

 

どうやら手塚達の監視をうまくすり抜けたらしい。

佐野としては止めたが、織莉子は無理を通してやって来た。

 

 

「私は、美樹さやかを殺したくは無かった」

 

(つっても……)

 

 

佐野は引きつった笑みを浮かべる。織莉子の声色に迷いは無かった。

 

 

「だから私は絶対に勝たなければなりません」

 

 

キリカの為に、佐野や13番の為に。

そして何よりも死んでいった参加者の為に。

 

 

 

 

 

 

 

葬儀が終わり、さやかの遺体は火葬場へ出棺された。

さやかの死を悲しむ人々の中には、霧島美穂の姿もあった。

さやかが死んだ理由は未だに謎とされている。

外傷が無い為、自殺でもなければ他殺でもない。

しかし美穂は知っていた。と言うより、それくらい分かる。

 

 

(マジかよ……)

 

 

寒い。

悲しみよりも恐怖が勝った。

参戦派はルールに従い、例外なく他の参加者達を殺していくだろう。

ならば遅かれ早かれ、美穂も狙われることになる。

 

 

「美穂、大丈夫か?」

 

「おわッ!」

 

 

隣にいた真司が声を掛ける。

美穂は肩を震わせて、椅子から転げ落ちた。

 

 

「な、なにやってんだよ」

 

「ビビッたぁ……ッ」

 

 

美穂はため息をついて椅子に座りなおす。

 

 

「……蓮は? 見つかった?」

 

「いやッ、駄目だった。もうルールがあるから見滝原からは出られない筈だけど」

 

「ルールか」

 

 

美穂は立ち上がり、窓の外を見た。

 

 

(何やってんだろ私。ウジウジやってて……)

 

 

美穂はその悔しさに似た感情を、まだ受け入れられない。

 

 

「なあ美穂、何かあったら俺が守るから安心しろよ」

 

「――ッ」

 

 

その言葉は嬉しいが、複雑でもあった。

 

 

「悪い、ちょっとまどかちゃんの様子見に行って来る」

 

「ま、待ってよ!」

 

「なんだよ」

 

「まどかちゃんは戦えるだろ。でも私は生身だぞ! 一緒にいろよ!」

 

「バカ言えよ。まどかちゃんは今、さやかちゃんがいなくて心が参ってるんだ。誰かが傍にいたほうがいいだろ」

 

 

そう言って真司は行ってしまった。

 

 

「な、なんだよぉ、私はどうでもいいってか? 酷い男になったな真司!」

 

 

口ではふざけた様に言うが、胸がズキズキと痛む。

真司はバカだ。それは分かっているが、やっぱり酷いとも思う。

そしたらどうだ。いつだったか、言われた言葉が蘇る。

 

 

『いっそ、パートナーの娘を殺しちゃえば?』

 

「!!」

 

 

美穂はすぐに首を振って、悪い考えを散らした。

思ってしまった。もしもこのままゲームが続いて、自分とまどかが同時に危険な目にあったら、真司は一体どちらを……。

 

 

「最低だぜ……、私」

 

 

言葉にできない辛さだった。

こんな悪夢は終わってほしい。誰か早く、楽にしてほしかった。

 

 

 

 

 

織莉子の屋敷。

 

 

「佐野さん、ご苦労様でした」

 

「お、悪いねぇ織莉子ちゃん! じゃ、いっただきまーすッ!」

 

 

テラスでは、織莉子と佐野が何やら話し合っていた。

テーブルでは、キリカが美味しそうにクッキーを食べながら織莉子を見ている。

 

織莉子は佐野に封筒を渡した。それなりに厚みはある。

佐野は中身を確認すると、思わずゴクリと喉を鳴らした。

 

 

「うぉッ! えッ!? こんなに!?」

 

「ええ。佐野さんの力があったからこそ、作戦はうまくいったんですから」

 

 

この封筒の中身こそ、佐野が織莉子に協力している理由である。

佐野は織莉子の生活を知り、仲間になりたいと申し出た。

織莉子はそれを拒まなかった。正式な契約なのだ。

 

 

「これからお茶にするんですが、佐野さんも一緒にどうかしら」

 

「ん? ああ、じゃあせっかくだから――」

 

 

佐野はそこでピタリと言葉を止める。

何やら嫌な視線を感じて、ゆっくりとその出所を探った。

すると先ほどまでは嬉しそうにクッキーを貪り食ってたキリカと目が合いましたとさ。

 

 

「………」

 

 

気のせいだろうか? キリカが鬼の様な形相で睨んでくる。

言葉にせずとも、視線だけでキリカが何を言いたいのかが心をにドバドバと流れ込んでくる。

 

 

いいかいバイト君、キミが消えてくれれば今から私と織莉子は二人っきりで楽しい楽しいティータイムなんだよ。分かるかな君には私と織莉子のラブラブでイチャイチャな時間を邪魔する権利なんてないんだからさっさと消えて、いや消え去ってくれないと困るんだよ。っていうか消えないとコロしちゃうよ、細切れにしちゃうよ? だって織莉子と二人きりでお茶なんて……、まあほぼ毎日してるけど、私にとってはそれが何よりの楽しみであり生きてる理由の一つなんだから邪魔するって事は私に死ねって言ってるようなモンなんだよ。あ、それとも何かい? バイト君は私の至福の時間を邪魔する事で結果的に私を殺そうとしてるのかな? 酷いな、酷すぎるなバイト君は、やっぱりキミはそういうヤツだったんだな。結局は薄汚い参戦派なんだなキミも。はいはい分かりましたよ私は。織莉子が拾ってくれた恩を忘れて、私達を殺そうとするなんてキミはなんて恍惚な男なんだ。むきーッ!! ってか、あの、そもそもだね。説明するとお茶会っていうのは女同士でやるモンなんだよ。美味しいお茶茶においしいクッキー、んで楽しいお喋りんりんだよ分かってるのかな? あとお茶してる時にクッキーが織莉子の口の周りについてなんかしちゃったりしたら私はソレをとってあげるんだ。そいでもってそれを食べちゃうと織莉子は真っ赤になったりするかもしれないだろ。いやいやそれよりも私が織莉子の服にお茶をこぼしてさ! 織莉子は気にしないでとか言うんだろうけど私はいや待てとふきんで織莉子の服を拭いてそのまま手が胸に当たったりなんかしたら織莉子は真っ赤になってァあああああああ! 想像しただけでちょっとムラってきたよ、どうすんだい私の興奮をこのまま無駄にしたらもうそれだけで八つ裂き決定だよ。あ! そのまま織莉子を頂くのもいいなぁッ、あと頂かれるのも悪くないなァッ!!どうだい、こんな私の溢れる想いを知ってもキミはまだお茶会を邪魔しようっていうのか! だとしたらキミはとんだ悪魔だね! デビルだ!! デビル佐野ッ! ん? ちょっと待って、ちょっと待ってくれよ。もしかしてバイト君ってば織莉子を狙ってるんじゃないだろうな? だとしたら間違いなく殺っちゃうよ? 今この場で殺っちゃうよ!? そういえば前々からキミの織莉子をみる目がイヤらしいような気がしていたんだ。いや、かくしょーは無いけど、ヤマカンってやつだけど、キミが織莉子と目を合わせるって事はそうなんだろ? そうに決まってるよな織莉子と目があってドキドキしないヤツがいたらそれはもう逆に変態だよな。待て、待てよ。そもそも織莉子と会話してるだけでソレは犯罪だよバイト君! 私は実を言うとキミが織莉子の声を聞くのも姿をみるのも気に入らなかったんだ。ああああ、やっぱりココでキミを殺しちゃおうかなぁ。まああくまでもキミがお茶会に出席しないっていうなら考えを改めてあげてもいいかなって思ってるけど早くしないと本当に殺し――

 

「遠慮しておきます! し、失礼――ッ、失礼しましたッ! ヒッ、ヒィイィイイイイイイイイイイ!!」

 

「あら、そうですか?」

 

 

引きつった笑みを浮かべ、佐野は逃げる様に屋敷の入り口に走る。

本当はお茶を頂きたいところだったが、だとすると席についた瞬間キリカに首を刎ねられる筈だ。せっかくお礼を頂いたところだってのにそれは無い。

 

そもそもそんな命を賭けたお茶会が落ち着く訳もない。自分の精神と身の安全のため、佐野はさっさと織莉子邸の門を潜りぬけた。

 

 

「謝礼見せてよ。どんだけもらったの?」

 

「わ!」

 

 

塀の上で寝ていたのは13番の魔法少女だ。

彼女は佐野が抱えている封筒を見て笑った。

 

そう、佐野は織莉子から現金を受け取っていたのだ。

とは言え、露骨なのは避けたい。

佐野は表情を曇らせると、封筒を隠すように身体の後ろにまわす。

 

 

「ど、どうだっていいだろ」

 

「ハハッ! あの女の命の値段だ。せいぜい大切に使ってよ?」

 

「……ッ」

 

 

あの女とは、さやかの事だろう。

さやかを追い詰めて佐野は金を受け取った。さやかを傷つけて金を受け取った。

 

さやかは死に、佐野は大金を受け取っている。

13番の言うとおり、この金はさやかの命の値段なのかもしれない。

それを考えると、佐野の心にいろいろな感情が流れ込んでしまう。

 

 

「―――ッ」

 

 

佐野は舌打ちで返事をすると、そのまま13番を無視して走り去る。

13番はニヤリと笑い再び塀に寝転んだ。

命の値段か――

 

 

「やすっぽいなぁ、おい」

 

 

所詮人の命なんて、そんなもんでしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ」

 

 

自宅のボロアパートに戻ってきた佐野だが、その表情は暗い。

理由はいろいろあるが、今一番は、先ほど13番に言われた言葉だ。

 

 

「命の値段だ? クソッ! 使いにくいこと言いやがって!」

 

 

畳の上に封筒を放り投げる。

葬儀場でのすすり泣く声は、今もでも簡単に思い出せた。

さやかの友人、家族、中には愛する人もいたかもしれない。

 

あの場所は居心地のいいものではなかった。

佐野だって人間だ。罪悪感を感じない訳が無い。

金が欲しい以上、『殺さなければ良かった』とは思わないが、織莉子ほど簡単に割り切れるものでもなかった。

 

先ほどから体に張り付くような不快感が鬱陶しい。

こういう時は横になるに限る。しきっ放しのせんべい布団に倒れこむと、佐野は足を組んで貧乏ゆすりを始めた。

 

 

「しかしまあ……、なんつうか」

 

 

いつ見ても、織莉子の屋敷との差を感じてしまう。

木造の古いアパートは、家賃の割りに狭くはない。

だがやはり織莉子の屋敷に比べれば犬小屋だ。そういえば織莉子の屋敷にはプールまでついていた。

 

 

「プールだぜ、プール! 日本じゃ有り得ないっての! なあ!?」

 

 

佐野は体を起こすと、隅の方に置いてある鳥かごに話しかけた。

ペット禁止のはずだが、佐野は白い文鳥を飼っていた。

賢い文鳥だった。滅多に鳴かないので、バレる気配もない。

 

 

「………」

 

 

文鳥はただジッと佐野を見ていた。

それはそれで気まずい。佐野は複雑そうに寝転ぶと、ゴロンと転がる。

 

 

(オレだって望みさえすれば……)

 

 

いや、いや、駄目だ。

佐野は変色している壁をジッと睨みつける。

人生はゲームのように色々な選択肢がある。それが見えないだけで、一度選んだら二度と戻れないだけで。

 

そういう物なのだから、いちいち後悔やタラレバに生きるのはアホらしい。

佐野はもう一度舌打ちをすると、近くにあった財布を取る。

今夜は寿司にしよう。そして酒でも飲めば、嫌な事は忘れるだろうから。

 

 

「!!」

 

 

そこでインターホンがなった。

居留守――、は、使えない理由がある。佐野は立ち上がると、散らばる漫画雑誌を蹴り飛ばしながら入り口に向かった。

 

 

(下らないセールスか宗教勧誘だったらギガゼールに頼んで殺してやる!)

 

 

そう思いながら扉前まで来ると、既に声がした。

 

 

「佐野さん!」

 

 

鈴みたいな綺麗な声が聞こえてくる。

佐野はハッとして、すぐに扉を開けて外に出た。

 

そこにいたのは、大きな買い物袋を持った女性だ。

佐野と同じくらいの年齢だろうか? 露出の少ない可愛らしい服装で、清純な雰囲気が滲み出ている。

女性は佐野を見ると、ニッコリと笑って近づいてきた。

 

 

「百合絵さん……!」

 

 

佐野もまた、笑顔になる。

どうやら佐野にとって特別な女性らしい。

すぐに家の中に入ってもらおうとして――、動きを止めた。

佐野はゆっくりと扉を開け、部屋の中を確認する。

 

 

(まずい)

 

 

漫画雑誌や、食い終わった弁当の箱なんかが散乱している。

さやかの件で集中していた為、部屋の片づけが疎かになっていた。

 

 

「ふふっ、大丈夫! 分かってますよ」

 

「え?」

 

 

小鳥遊(たかなし)百合絵(ゆりえ)は、袋からハタキを取り出した。

目を丸くする佐野と、笑顔の百合絵。

つまりなんだ今から一緒に――

 

 

「お掃除しましょう!」

 

「は、はい!」

 

 

百合絵は頷くと、さっさと佐野の部屋に入っていった。

片付けは一時間半もあれば十分だった。

すっかり綺麗になった佐野の部屋。それだけではなく、百合絵はご飯も作ってくれた。

ちゃぶ台に並ぶのは味噌汁、だし巻き卵、回鍋肉だ。

 

佐野は獣の如く、その食事にありついている。

何だかんだでまともな食事は久しぶりだった。

 

 

「いやぁ、マジで美味いよ百合絵さん! 最高、生きてて良かった!」

 

「ふふふ、言いすぎですよ。大したことありませんから。お味噌汁は具が豆腐だけですし。回鍋肉は市販の素を使ってますし……」

 

「いやいや十分だって! それに作ってくれた事が嬉しいんですよ!」

 

 

向かい合って食事を取る二人。

佐野はいつもヘラヘラしているが、あくまでもソレは作り笑顔でしかない。

しかし今は違う。佐野にとって百合絵は、本当の笑顔を見せられる数少ない人物だった。

 

 

佐野と百合絵は、子供の時からの付き合いになる。

つまり幼馴染と言うヤツだ。

 

 

「あッ、でも百合絵さん」

 

「?」

 

「毎週来てくれるのは本当嬉しいけどさ。あんまりココには来ない方がいいと思うよ……」

 

 

それだけじゃない。百合絵は、佐野の許婚"だった"。

 

 

「また父に何か言われたんですかっ?」

 

「いや……、まあ親父の事は少し言われたよ。でも百合絵さんの事は特に何も」

 

「だったらいいじゃないですか!」

 

 

そう、だったら――。

しかしそれで済ませる程、簡単な問題ではないのだ

責任もある。佐野は百合絵が大切だからこそ、近づけてはいけないと考えていた。

それは佐野としても本心ではないが。

 

 

「今のオレと百合絵さんじゃ、釣り合わないっていうか……!」

 

「佐野さんッ」

 

 

そもそも、佐野満と言う男は、本来このような生活を送る立場ではなかった。

むしろ織莉子と同じ様な屋敷で、同じ様な暮らしをしていたのだ。

何故なら、父は大企業の社長。つまり佐野は御曹司と言うわけだ。

 

百合絵もまた、父が大銀行の社長である。

親同士が友人であり、昔から顔を合わせることも多く、自然と仲良くなっていった。

尤もそれは親の思惑通りであり、半ば政略結婚じみたものではあった。

とにかく、二人は幼い頃から互いを許婚として意識して育ってきた。

その効果もあってか、二人の仲は良好だったのだが――

 

 

「まだお父さんの事は……?」

 

「止めてくれよ百合絵さん、オレに親父なんていないよ」

 

 

『佐野』と言う苗字は、母方の旧姓だった。

佐野は自らの意思で父親との縁を切ったのだ。

以来、彼はこのボロアパートでの貧乏な暮らしを選んだのである。。

 

会社の重役達は何とか考え直してくれないかと言ってきたが、何度頼まれても佐野が父との関係を修復しようとは思わなかった。

 

それは百合絵との関係があったとしてもだ。

佐野は百合絵の事を想っている。しかし彼女との関係が壊れようとしても、父との絆を戻そうとは思えなかったのだ。

 

 

「ゴメン……、百合絵さん」

 

「いえ、いいんです」

 

 

百合絵も、佐野が父親と決別した理由は知っている。

それは母親の事だった。佐野の母は、彼が高校生の時に難病を患って入院生活を送る事になってしまった。

 

佐野は母を慕っていた為、毎日病院へ見舞いに行っていたし、百合絵も着いて行った事は何度もある。

しかし父親の姿は、一度たりとも見る事は無かった。

 

佐野の母はよく、『お父さんは忙しい人だから仕方ないの』と笑っていたが、その寂しそうな笑みを佐野は絶対に忘れないだろう。

 

母を不憫に思い、父親に病院へ行ってほしいと何度も言った。

しかし父の答えは決まって同じ。

 

 

『今は忙しいんだ。そんな事に時間を割く暇はない』

 

(そんな事? そんな事って何だよッッ!!)

 

 

結局、父は母に顔を見せに行く事はなかった。

だが佐野も子供ではない。父が社長と言う立場故に、忙しい事は分かっていたし。

父の金で生活している身だ。いい服や靴、欲しい物は買っている。

だから文句は言えなかった。

 

父が、母と会社を天秤にかけた時、会社の方をとったのは納得はいかないが、理解はできている。

 

だが、どうしても許せない事が起こってしまった。

それは佐野が大学生の時だ。母の容態が急変して危篤状態となった。

佐野はすぐに病院に駆けつけたのだが、看護婦からは日を越せるかどうか怪しいといわれた。

 

そして看護婦からの伝えで、母が父に会いたいと言っていた事を聞かされる。

ともあれば佐野はすぐに父に連絡を取り、その事を伝えたのだが、返事はいつもと変わらなかった。

 

結局そのまま母は父の顔を見る事なく、この世を去った。

急に危篤と知らされた為、スケジュールの都合が合わなかったのはまだ分かる話だが。

後から父の部下に聞くと――

 

 

「あの野郎ッ! そん時、部下連れてキャバクラだぜ!?」

 

 

佐野はそれを聞かされて激情した。

そして父に詰め寄ったのだが――

 

 

『アイツも私の立場を考えれば分かる事だ。そんな下らない事を引きずる暇があるなら勉強に勤しめ。お前には私の会社を継いでもらわなければ困るんだ』

 

「下らない! 母さんが死んだ事が下らないってのかッ!」

 

 

佐野はついに父を軽蔑し、自ら父との縁を切った。

通っていた大学も辞め、バイトで生計を立てる様になったと言う訳だ。

 

 

「………」

 

 

第一、佐野の父が住んでいる場所――、つまり会社は見滝原の外にある。

完全にエリア外だった。どらにせよ佐野から父に会いに行く事はない。

 

 

「ごめん百合絵さん。オレ、どうしてもソレは割り切れなくて――!」

 

「いいんです。佐野さんがそう決めたのなら」

 

 

しかしこのままならば確実に百合絵の父は、他の相手を探すだろう。

そもそも父親と勘当中のフリーターなんざ、どこの家庭だってお断りだろうて。

だが佐野は百合絵の事が好きだった。そうすると、エゴを突き通す為の手段は限られてくる。

 

 

「百合絵さん! オレ今ッ、いい仕事についててさ!」

 

「え?」

 

「それが成功すれば大金が手に入るんだ!!」

 

 

そうだ。金さえあればどうとでもなる。

最悪。百合絵を連れて駆け落ちする事だってできるんだ。

こんな惨めな生活ともサヨナラ。

 

 

(金さえ――、金さえあれば、オレは幸せになれる!)

 

「だ、大丈夫なんですか……?」

 

「あ、ああ! ヤバイ仕事じゃないからさ!」

 

 

嘘だ。

織莉子の邪魔となる存在を消すのが今の仕事だ。

だがそれを行えば大金が貰える。

 

織莉子が何を考えているのかは知らないが、織莉子は金への執着がない。

彼女の計画が全て成功すれば、持っている財産のほとんどをくれると言ってくれた。

 

織莉子が目指す勝利とは"ワルプルギスの死"。つまり、複数が生き残るタイプのエンディングだ。

そうなれば叶えられる願いは一つだが、織莉子はそれを13番に譲歩すると言う形で13番からの協力を得ている。

 

佐野は大金を貰えて、13番は願いを叶えられる。

この条件で自分たちは協力を結んでいるのだ。

 

 

(そうだ、オレはF・Gに勝つんだ……!)

 

 

そして大金を手に入れる。そして百合絵を手に入れる。

自分にはそれだけの力がある。佐野はポケットに入ったデッキを強く握り締めた。

そうだ、これを手にしたのは偶然なんかじゃない。

 

 

「待っててよ百合絵さん! オレ、必ずキミを幸せにしてみせるから!!」

 

「は、はい!」

 

 

嬉しそうに笑う百合絵を見て、佐野は家を飛び出した日を思い出す。

これは偶然ではない、必然だ。

いよいよ暮らしに限界を感じた日があった。そこにアイツが現れて――

 

 

『テメェが望む未来が、ココにある』

 

 

眼を瞑れば思いだす。

何もかもがうまくいかず、世界を憎んでいたあの時にアイツと出会った。

 

 

『すさんだ顔してるなお前、どうだい? ここいらで一発、自分を変えちゃみねぇか?』

 

 

そうだ、自分は手に入れたんだ。このインペラーの力を!

そうやって佐野は誓う。さやかへの罪悪感は百合絵への愛で塗りつぶす。

 

 

『オイラと契約して、騎士になってみないか? 佐野満』

 

 

願いを叶えたい訳でもない。

ただ百合絵と一緒に――。幸せに暮らせればそれでいい。

 

 

(だから、負ける訳にはいかないんだよ)

 

 

佐野は今一度、自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やれやれ、またキミか』

 

「おうおうキュゥちゃん、こんちわわーッ!」

 

 

深夜、地下道にて。

身体を揺らしながら迫るニコと、不動のキュゥべえ。

妖精達の位置を把握できるニコは、今夜も例外なく情報収集である。

 

 

『そのあまりの探索力。キミだけには制約をつけたいね』

 

「ケチケチすんなー。これも私の個性だぞ」

 

 

レジーナアイには、現在グリーフシードを所持している魔女や、使い魔があとどれくらいで魔女に進化するのかの情報まで表示される。

おかげでニコのグリーフシードのストックは高い。

 

 

『最強クラスだと思うよ、キミの力』

 

「今日はもうさ、べぇやん(ジュゥべえ)から情報をもらったのよ」

 

『死体消失についての情報だね』

 

 

イエスと指を鳴らすニコ。

参加者が死んだ場合は、その存在を抹消されるのだが、例外が存在している。

それはパートナーを見つけていない者だ。その場合は死んだ場合であっても、存在が消される事は無い。つまり手塚の予想が当たっていたと言う事になる。

 

 

「って事で! 早速教えてもらいたい事がある」

 

『なんだい? 教えられる範囲でなら、何でも答えてあげるよ』

 

「うん、じゃあ優勝候補についてだ」

 

 

13組の中に優勝候補が存在していると言う事。

その候補に選ばれたペアは、何が基準で選出されたのか?

ホールに集まった連中を注意深く観察していたが、怪しいのが一人いた気がする。

 

 

『そうだね、分かりやすく言うとデッキかな』

 

「デッキ? つーことは騎士様かいな」

 

『全13個のデッキのうち、当たりと呼ばれる物が二つあるんだ』

 

「……要するにその当たりを引いたペアが優勝候補って訳か」

 

『当たりのデッキは他の物とは違い。強力な能力や力を持っている』

 

 

それだけ勝利の確立も上がると言うものだ。

キュゥべえは運も実力のうちと言っているが、ニコにとっては一大事である。

 

 

(ああああああ、消しときてぇな……)

 

 

ステルスを貫けば最終までは生き残れるだろうが、勝利を目指すなら当たりつきのペアとは戦わなければならない。

ニコ視点。自分も、高見沢も、弱くは無い思っているが、真正面からのぶつかり合いは苦手だ。

 

 

「どこぞのペアが優勝候補様を潰してくれればいいけど――、期待できるとすれば、やっぱ杏子ちゃまか?」

 

『それはボクにも分からないよ』

 

「でもアイツあんま好きじゃないんだよねぇ」

 

 

ニコは少し含みのある笑みを浮かべた。

佐倉杏子は良くも悪くも真っ直ぐすぎる。

欲望に素直で、自分に嘘をついてない。

どんな過程があったのかは知らないが、佐倉杏子は乱暴なまでに正直だ。

 

紅く光り輝く彼女はニコにとっては眩し過ぎる。

目に悪いんだ、目障りなんだよ。

 

 

「……気に入らないねぇ」

 

 

ニコは黒い感情を、笑顔の仮面で隠す。

気に入らないのは誰が? 何になんだろうか?

 

 

「ま、いいや。次はべぇやんの所に行ってきます」

 

『………』

 

 

クリアーベントの効果で姿を消すニコ、それを何も言わずにキュゥべえは見つめていた。

キュゥべえは人間と言う生き物が理解できない。

論理的ではない彼女達は。時に奇異な行動や、特殊な考え方を持つからだ。

 

例えばそれは、他者を嫌う事で自己嫌悪を重ねる者だったり。

例えばそれは、友人の為に自分を犠牲にしようと考えたり。

 

 

『神那ニコ。キミは知っているかい? 何度も同じことを繰り返す人もいるって事を――』

 

 

聞こえないが、キュゥべえはいう。

 

 

『全てを記憶していたら……、どれだけ楽だったのか』

 

 

虚空を見る。

願いは本当にソレでよかったのかい?

 

 

『やっぱりボクには人間が分からないな。本当にキミ達は特殊だ』

 

 

悲しいね。意味がない。

 

 

 

 

 

 

数分後、ニコはジュゥべえを掴んでいた。

 

 

『マジかよ! またお前かよ!!』

 

「んだよ、美少女が来てやってんのにその態度は」

 

 

どこぞのビルの屋上で寝ていたジュゥべえ。

しかし今、ニコに顔をむんずと鷲づかみにされ宙吊りである。

どうせもうレジーナアイがある以上ニコからは逃げられないのだが。ココまで筒抜けだとジュゥべえとしても面白くは無い。

 

 

『いででででッ! ちょ、おまっ! 指が食い込んで――!』

 

「現段階での参加者の覚醒状況を教えろ。未覚醒の騎士の数、まだチームを組めてないペア、こんだけでいい」

 

『多いわ! つか話聞けよ! 食い込んでるって!! オイ! 力強めてんじゃねぇぞ! イデデデデデデデッッ!!』

 

 

ニコちゃんは舌打ち一つ。

 

 

「教えてくれれば、今日はもうお前を見つけない。あと明日も止めてあげよう」

 

『うグ……ッ!!』

 

 

どうせレジーナアイですぐに見つかるだけだ。

ココで情報を小出しにしても、結局数分後にはまたニコと顔を合わせる事となる。

だとしたら今全て教えるのも同じか。

 

ジュゥべえは少し迷ったが結局オーケーを出す事に。

彼としてもニコのしつこさにはうんざりだった。

 

 

「助かる。コッチも溜めてるゲームと録画してある深夜アニメがあるんでね」

 

『お前……、マジで殺し合いする気あんのかよ』

 

「無いさ、私は楽をして勝ちたいんだ」

 

 

とは言えど、現状で参加者を殺した数が多いのはニコ達だ。

尤も双方すでに復活し、かつ直接手を下したのは高見沢の方だが。

 

ため息をつくジュゥべえ。

26人も参加者がいれば、中にはこういった考えを持つ者は珍しくない。

とにかく、今はさっさと情報を伝える事にしたのだった。

 

 

『まずは未覚醒者だな。魔法少女集会があったから分かると思うけど、魔法少女はもう全員揃ってる』

 

 

問題は騎士だ。

 

 

『まだ騎士に覚醒してないヤツは3人いる』

 

「ふぅん」

 

 

となると優勝候補がそこにいる可能性は低いか?

少し焦りを覚えるニコ。もしかしたら既に二組ともペアを結んでいる可能性は高い。

そこで、次はペアが既に成立しているのは何組かを問う。

 

 

『ペアが成立してねぇのは5組だ』

 

「うーん……」

 

 

まあまあ多いのか? その中の一人が北岡達だから、実質4組。

さらに未覚醒が三人なのだから、純粋にパートナーと接触できていないのは1組か。

コレまた微妙な数である。できれば優勝候補は早々に潰しておきたかったが、期待はできないらしい。

 

 

「ま、成るように成る!!」

 

『………』

 

 

そう言って、ニコはさっさと消え去った。

取り残されたジュゥべえは、ニヤリと笑う。

 

 

『よく考えろよ。よぉく、な。ヒヒヒ!!』

 

 

 

 

「………」

 

 

翌日の放課後。

夕方の公園、そこに子供らはいない。

ブランコに座っているのは、公園には不釣合いな年齢の少女だった。

浅海サキ。夕焼けに照らされた公園を見つめながら、心を静かに落ち着けている。

 

 

(まどか……)

 

 

サキが見滝原に引っ越してきて、近くにまどかが住んでいる事を知った。

いろいろあって落ち込んでいたサキに、まどかは優しく微笑んで懐いてくれたものだ。

幼いながらにその事は、今も強烈に記憶に残っている。

 

 

『サキおねえちゃん!』

 

 

そういいながら後ろをついてくる小さなまどかは、本当に可愛かった。

昔はこの公園で夜まで遊び呆けて、叱られた事もあったか。

あの頃は二人だけだったが、それから時間が経てば、お互いいろいろな友達ができた。

 

 

(マミ……)

 

 

いつも彼女は正しかった。いつも彼女は寂しそうだった。

いつも彼女は笑って、でも心の中では泣いていたのかもしれない。

そんな巴マミは、やっと本当に笑える時間を手に入れたのだろう。

やっと信頼できる仲間達に出会えたのだろう。

 

 

「………」

 

 

だが、死んだ。

彼女が何をした? もう百回以上は思ってる。

だがどれだけ考えても分からなかった。世界のために戦ったマミは、絶望して死ぬと言う最悪の結末を迎えた。

 

 

(さやか――ッ)

 

 

明るくて、元気で、面白かったさやかもまた絶望して死んだ。

さやかはただ好きな人に好きと伝え、分かり合いたかっただけだろうに。

そんな歳相応の想いを踏みにじられて死んだのだ。

 

さやかの葬儀が。サキの心に爪痕を残す。

さやかの死は一人の死じゃない。彼女を慕う者全ての心を殺したのだ。

それを感じてサキの心にはある想いが生まれた。

サキ自身それを認めていいものか迷い、今ココにいると言う訳だ。

 

 

「マミもさやかも……、正しいのに死んだ」

 

 

同じことばかり考える。次は誰が死ぬ?

サキはもう迷ってはいられなかった。

さやかを守れなかった悔しさ、マミを死なせた後悔に心を焼かれるのはもうたくさんだ。

このまま同じ想いをするくらいなら、いっそ――

 

 

「私は、このまま死ぬつもりはない」

 

 

闇に堕ちたほうがいい。

サキは前から歩いてくる魔法少女を、ジットリと睨みつける

 

 

「ここにいれば、会えると思ってたよ」

 

「おお! それは奇遇だね! 実はワタシもなんだよ!」

 

 

ハイテンションな声がサキの耳を貫く。

呉キリカ。サキがいる公園は、キリカと最初に戦った場所だった。

サキはそこで魔法結界を張っていたのだ。何のために? 自分の居場所を知らせるためだ。

 

 

「さやかが死んだよ」

 

「あー……、しゃやか? さやか――? あははは、誰だっけ?」

 

「ッッ!」

 

 

怒りに目を見開くサキ。

 

 

「覚えてないのか……?」

 

「ごめんッ、織莉子の事以外は、なるべく頭に入れないようにしてるんだ!!」

 

「そうか……。じゃあ、次は私を殺しに来たのかな?」

 

 

ヘラヘラと笑うキリカ。

 

 

「そうだよ」

 

 

そしてフッと、キリカの表情から笑みが消える。

先ほどまでニヤついていた少女とは思えない程の眼光だ。

 

 

「織莉子の目指す世界に、キミ達はいらないんだよ」

 

「奇遇だな、私もそう思うよ――ッ!」

 

「?」

 

「おかしいと思わないか? さやかは多くの人に信頼され慕われていた。彼女の葬儀を見れば分かる事だ」

 

 

さやかはきっとコレからもっと幸せになれただろう。

生きていれば、の話だが。

 

 

「私達の世界に、お前らはいらない」

 

「ふぅん。怖い顔してるね、キミ」

 

 

サキはブランコから立ち上がる。

しかしキリカに焦りの表情は無い、それは自信からか? それとも。

 

 

「なーんか、キミってばふわふわしてるよ」

 

「――ッ」

 

 

バチッと音を立ててサキの身体から電撃が走った。

気がつけばサキは鞭を構え、キリカは爪を構え互いにぶつかり合う。

 

 

「黙れッ! 黙れ黙れ黙れぇええええええええッッ!!」

 

「あははぁ! 怒っちゃた?」

 

 

サキの回し蹴りを華麗に交わしてキリカはジャングルジムの頂点に座る。

見下された様な光景にサキはますます怒りを覚えた。

しかしその時だ。風を切り裂く音が聞こえたのは。

 

 

「こんにちは♪」

 

「!!」「ッ!」

 

 

巨大な火柱がサキとキリカの間に巻き起こる。

中から現れたのは綺麗なドレスを身にまとった双樹あやせだ。

彼女はサキを見ると。可愛らしい笑顔を浮かべて手を振る。

 

 

「ひさしぶりっ♪ 元気だった?」

 

 

まるで友達を見つけた時のリアクションだ。

舌打ちをするサキと、首をかしげるキリカ。

 

 

「誰、キミ?」

 

「うふふっ♪ わたし双樹あやせ、よろしくね!」

 

「どーぞよろしくおねがいしまーす!」

 

 

ヘラヘラ笑いながら頭を下げるキリカ。

対してますます苛立ちを募らせるサキ。

 

 

「何をしに来たッ!?」

 

「んもう! せっかく一日中かけて探したのにぃ」

 

 

まあいいやと、あやせは笑う。

屈託のない、無邪気で無垢な笑みがサキにはたまらなく目障りだった。

あやせもまたあの場にいた一人だ。さやかを救う邪魔をさせられた分、怒りもある。殺したくなる。

 

 

「今日はお知らせがあります♪」

 

「おしらせ?」

 

「そう! 近いうちにゲームをする事にしました!!」

 

 

あやせは、パチパチと一人で拍手を繰り返す。

その内釣られて、キリカも力強い拍手を繰り返していた。

尤もキリカは何故自分が拍手をしているのか分からないのだろうが。

 

 

「是非参加してね☆」

 

「うぇーい!」

 

「………」

 

 

またこれか。サキはつくづく思う。

すると赤紫色の電撃が迸った。

 

 

「きゃ!」

 

「わわ!!」

 

 

気づく。

いつの間にかサキの姿が消えていた。

 

 

「あらら……」

 

 

キリカはしょんぼりと肩を落とすと、あやせを無視してさっさと走り去ってしまう。

残されたあやせも特に未練は無いのか同じく消えてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もっと冷静になれ、浅海」

 

「………」

 

 

サキはどこぞのマンションの屋上で座っていた。

ここまで運んできたのはエビルダイバーだ。

不機嫌そうなサキの表情を見て、手塚は困ったように首を振る。

 

しかし、手塚がサキを発見して連れてきたからいいものを。

もしもあの場にいたのなら、今頃は戦いになっていただろう。

 

 

「……どうして私の居場所が?」

 

「占いだ。運勢の悪い場所を二、三箇所ピックアップしたんだ」

 

「嘘だろ?」

 

「俺の占いは当たる」

 

 

ほむらから、サキと言う少女は冷静な性格だと聞いていたが、とてもじゃないが今はそうは思えない。

爆発しそうな何かをサキは抱えている。

手塚は懐からマッチを取り出すと、それを擦って炎をつけた。

 

 

「何を?」

 

 

手塚は炎越しにサキを見る。

 

 

「これも占いだ」

 

「ハッ、便利なものだな……」

 

 

手塚はすぐに炎を吹き消す。

 

 

「浅海サキ、お前は何を迷っている?」

 

「ッ!!」

 

 

いや、それはもう言葉にせずとも分かる事か。

手塚は少し遠い目でサキを見た。サキを見ている訳じゃない、彼女に誰かを重ねているようだ。

 

 

「手塚さん。貴方はどう思ってるんだ。本当に戦いを止めるなんてできるのか?」

 

「できないかもしれないな」

 

「何ッ!?」

 

「諦めたら絶対にできないさ」

 

「………」

 

 

言いたい事は分かる。だが、サキは納得できなかった。

 

 

「悠長な事を言ってられない。貴方も分かるだろ?」

 

「………」

 

「コッチだって限界なんだ! あの葬儀を見て思ったよ。皆が泣いている間、佐倉杏子の様なプレイヤーは笑っているんだと!」

 

 

あの下卑た笑みを思い浮かべ、サキは歯を食いしばる。

あんな勝手なヤツに自分達の絆が崩された。

だったらいっそ最初から絆なんて作らなければいい。

 

 

「そもそも、殺意さえあれば、さやかは死ななかった!!」

 

 

まどかは杏子を傷つける事が怖くて、矢の威力を落としてしまった。

だがもしもあの時、まどかが明確な殺意を矢に込めていたのなら――?

 

 

「今頃は違う結末になっていたのかもしれない!」

 

「よせ、過ぎたことだ」

 

「違う! さやかを救えなかったのは! ゲームに苛立っているのは! ぜんぶ要するに私達が弱いからじゃないのか!」

 

「なら、強くなればいい!」

 

「そうだ! 強くなればいい!!」

 

 

それがサキの心の中に宿った思い。

 

 

「甘さを捨て! 勝利を目指せばいい! 殺して! 消して! それでいい!!」

 

「本当にそう思うのか?」

 

「戦いを止めるなんて不可能だッ! 私はもう、傷つきたくないんだよ!」

 

「………」

 

 

頷く手塚。どうやら彼もサキの言っている事がよく分かるらしい。

 

 

「確かに、綺麗事だな。俺だってこれが難しい道であると言う事は重々承知だ」

 

 

ましてや手塚とて、完璧な協力は目指していない。

降りかかる火の粉は払う、佐倉杏子や浅倉威の様なプレイヤーは最悪命を奪う事になるかもしれない。

 

 

「だがそれでも、他者の命を玩具にするこのゲームに"乗る"事はない」

 

「ク……ッ!」

 

「殺意と覚悟を混ぜるな。それに、お前を慕ってくれる仲間はいるじゃないか」

 

 

手塚はそこで、冷たい眼に変わる。

一つの警告をサキに行った。

 

 

「気をつけろ浅海、人は簡単に闇に堕ちるぞ」

 

「………」

 

 

たとえ大切な家族がいようとも。大切な親友がいようとも。

そして大切な夢があろうとも。人はラインを超えれば、悪意に心を食われる。

それはサキも同じだ。彼女の心は今、不安定な状況にある。

このゲームは心を壊す事も目的としているのだろう。

彼女らはふとした瞬間に闇に染まる可能性を秘めているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私だって、信じたいさ……」

 

 

そのまま手塚と別れたサキは、帰路、その気配を察知する。

それは憤怒。カゴの中で足を踏み鳴らし、叶わぬもの達に憤り続ける鳥かごの魔女・『Roberta(ロベルタ)

 

魔女結界の中で、サキは跳んだ。

精神が不安定ならば、ソウルジェムが濁るスピードは速くなる。

エルザマリアのグリーフシードは既に使い切り、ストックも無い。

なるべくなら多くのグリーフシードを今のうちに集めておきたいと思うのが普通だろう。

 

 

「……ッ」

 

 

だが例えば、グリーフシードを全て独り占めできたのなら、それだけ生き残る確立は高くなる。

そういう事だ。サキが言いたいのは。

優しいのは結構だが、穢れを何とかできずに魔女になるのはマヌケすぎる。

 

 

「ハァアア!!」

 

 

電撃が迸る。

なんだか世界がスローになってた。

 

 

(まどか達が裏切る可能性だってある)

 

 

そこでマミの顔が浮かんだ。

そう言えば、ゆま達を頼むと言われたか。

 

 

「親友か」

 

 

巴マミはサキにとって、どういう存在だったんだろう?

サキは複雑に絡む感情を押さえ込む様に、胸を掴んだ。

感じるのは心臓の鼓動だ。それは生きているという証であり、同時にソレは魔法で無意識に動かしているだけだともいえる。

 

 

(マミは死んだ)

 

 

何も知らずに。

それは羨ましい事だったのかもしれない。被害者のまま死ねたのだから。

サキは魔女を見る。あれも結局、元々は知らない誰か。

 

 

(もしマミが生きていたら、錯乱して自分たちを襲う事もあったのだろうか?)

 

 

それとも簡単に自分たちを裏切っていたのだろうか?

もしくは、協力の道を示したのか?

 

 

「人は簡単に闇に堕ちるか……」

 

 

何故か分かるか? 手塚さん。

サキは小さく呟く。

 

 

「それはな――」

 

 

魔女の周りには、使い魔である『ゴッツ』達が無数に浮遊している。

ゴッツは、筋肉質な人間の身体に、鳥の頭と羽がコラージュされている。

彼らは魔女を守る使い魔の筈だが、サキを見てもノーリアクションだった。

どうやらこういった使い魔も存在するらしい。

 

 

「それはな――ッッ!!」

 

 

ロベルタはサキを近づけまいと、鳥かごを空中から落としてくるが、サキの素早い動きに対処する事はできなかった。

そのうちにサキは鞭を振り回して次々にゴッツを破壊、狙いをロベルタ一点に絞る。

 

 

「闇に堕ちた方が、楽だからだよッ!」

 

 

跳躍するサキ、ロベルタが入っている鳥かごの真上に立った。

そして手を空にかざし、自分に向かって巨大な雷を落とす。

悲鳴を上げながら悶えるロベルタ、サキはそれを無視して雷の出力を上げていく。

元魔法少女? どうでもよかった。

 

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

「………」

 

 

ロベルタに限界がきたのか、耳が引き裂かれそうな程の断末魔をあげて爆発する。

解除される魔女結界と、落ちるグリーフシード。

サキはそれを素早く拾い上げると、踵を返した。

 

 

「ねえ、待ってよ」

 

「………」

 

 

そこで、佐倉杏子と視線が合う。

 

 

「アンタ確かホールにいたよね。名前は――」

 

「浅海サキだ」

 

「おおう、アタシは佐倉杏子。ラッキー!」

 

 

杏子は早速、槍を構えて見せる。

魔女の気配を感じて来て見れば、こんな嬉しいサプライズがあるとは思ってなかった。

一方で、サキは冷静に目を細める。

 

 

「佐倉杏子、お前はさやかの事を――、協力派の事をどう思う?」

 

「ハハハッ! おいおい、だからしつけーって、マジで」

 

 

決まっている、答えは一つだと杏子は言った。

 

 

「クソ馬鹿だよ! 協力派なんて反吐が出る」

 

「………そうか。分かったよ」

 

「?」

 

「イル・フラース」

 

 

落雷がサキに落ちた。

帯電しながら、クラウチングスタートの構えを取る。

 

 

「お前を殺す」

 

 

一瞬だった。

サキが杏子に拳を直撃させたのは。

そして杏子がその拳を掌で受け止めたのは。

 

 

「なにッ!」

 

「ウグゥァッ! あァ、痛ぇなクソ!!」

 

 

サキの軌道は速いが、直線だった。だから受け止められるのは仕方ない。

だが問題はなかった。このまま電力を上げ、杏子を消し炭にすればいい。

サキが魔力を込める――、その時だ。

 

 

「!!」

 

 

激しいスパーク。

サキの全身から血が吹き出て、そこから漏電していく。

 

 

「な――、にィッ!?」

 

 

間違いない、リジェクションである。

拒絶反応。つまりそれはイルフラースが失敗したという事だ。

 

 

「何故――ッ、そんな……!!」

 

 

サキは大きく動揺していた。

覚悟を固めたはずなのに、まだ魔力が安定しないのか。

必死に暴走を抑えているのに。まだ、まだ、まだ……。

 

 

「興ざめだね」

 

 

杏子は鼻を鳴らす。

帯電したままフラフラと後退していくサキ。

髪が伸びていき、呼吸も荒くなる。

 

 

「アンタさぁ、まだ同じ眼をしてる」

 

「何ッ!?」

 

 

サキのイルフラースは未完成ゆえの欠陥品。

サキの想いに左右される魔法なのだ。だから止められた、だから倒せなかった。

全てはサキの半端な覚悟故に。

 

 

「殺す気がないのに戦いやがってさあッ!」

 

「ガッ!!」

 

 

杏子は蹴りでサキの腹部を抉ると、両手に構えた槍でクロス状にサキを切りつける。

痛みと衝撃に動きを止めるサキ。

その頬に杏子の回し蹴りが直撃する。

 

 

「ッッ!!」

 

 

殺す気が無い?

違う、サキは確かに杏子を殺す気で――!

 

 

『サキお姉ちゃん!』

 

 

その時、サキの眼に自分を呼ぶ仲間達が見えた。

 

 

『サキ……』

 

 

そしてマミが。

 

 

(ああ、そうか……)

 

 

サキは吹き飛びながら少し微笑む。

結局自分は何がしたいんだ? どうしたいんだ?

自分の事なのに全く分からない、分かったつもりだったのに。

 

 

「じゃあな」

 

 

槍が眼前に見える。

サキは覚悟を決めた。

 

 

「ッ! おっと!!」

 

「………ッ?」

 

 

だが、何かが地面に刺さる音がした。

後ろへ跳ぶ杏子、どうしたというのか? サキはすぐに状況を確認する。

それは十字架だ。黒く細長い十字架が、サキと杏子を隔てる様に地面に刺さっていた。

 

そして十字架の上には魔法少女が立っていた。

黒いマント、大きな帽子。間違いない、サキは思わず名前を叫んでしまう。

 

 

「かずみ!!」

 

 

かずみは、サキの方に少しだけ顔を向ける。

しかしすぐに無言のまま杏子の方へと視線を戻した。

 

対して杏子は舌打ちだ。

十字架は杏子にとって非常に腹の立つアイテムだった。

見ているだけで吐き気がする、胸糞が悪い。みるみる殺気を膨れあがり、鬼の様な形相に変わっていった。

 

 

「アンタ、ソイツの仲間か? ムカつくから先に――」

 

「………」

 

「潰す!」

 

 

まるで雄牛の様に荒々しく襲い掛かってくる杏子。

かずみはそれを確認すると、身体を翻してマントを振るう。

 

杏子はハッと表情を変えた。

マントはかずみの姿を隠しただけでなく、文字通り姿を消失させるまでに至った。

突き出された槍はマントを貫いたが、それだけだ。本体は捉えていない。

 

では、かずみはどこに消えた?

杏子は槍を引き戻しつつ、辺りを確認する。

 

 

(いない? つー事は――)

 

 

上だ! 杏子はすぐに槍を突き上げる。

予想通り、そこには十字架を構えて降って来るかずみが。

槍と十字架はすぐにぶつかり合い、激しい火花を散らした。

 

今の杏子に戦いを楽しむ気は無かった。

側転とバク転で後ろに下がると、すぐにすぐに槍を出現させ、それらをかずみへ投擲していく。

 

 

「ウラララララララァアアアアアッッ!!」

 

「………」

 

 

無数の槍が飛んで来る。

かずみは十字架をゆっくりと横へ払う。

すると次々に黒いマスケット銃が現れて、独りでに発射されていく。

 

 

「ッ、あれは……!」

 

 

放たれた弾丸は、的確に槍を撃ち落し、相殺していく。

舌打ちを放つ杏子。壁を殴りつけ、歯軋りを行う。

 

 

「ウゼェ! ウゼェな!! 十字架にマスケット銃かよ。何から何までムカつくな」

 

 

ならば直接切り殺す。

杏子は槍を、かずみは十字架を構えなおしてぶつかりあった。

右、左、上、下と、次々に槍を振るい、猛攻を繰り出す杏子。

 

かずみは、ソレにピッタリとついていき、防御を行う。

しかし、あくまでも戦闘能力は杏子が上だったか、ふとした瞬間に十字架が弾かれる。

 

バランスを崩したかずみ。

杏子はニヤリと笑って、渾身のストレートをかずみの顔面に向けて繰り出した。

 

 

「カピターノ・ポテンザ!」

 

「なッ!」

 

 

全身の力を込めて殴ったつもりだったが、まるで鉄を殴ったような感覚に杏子は驚きの声をあげる。

いや現に鉄だった。かずみの身体が文字通り、魔力を纏った『鉄』に変わっていたのだ。

鋼の防御力は、逆に杏子の手にダメージを与え、怯ませる。

 

 

「グぉおぉ……ッ!」

 

 

それだけでは無かった。

かずみが振るった十字架が分離し、中からはジャラジャラと鎖が。

つまり杏子の多節棍と同じ構造だったのだ。

かずみは十字架で杏子を縛り上げると、思い切り振り回す。

平衡感覚が狂わされ、杏子は思わず叫び声を上げた。

 

 

「ウッ! うおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 

自分が頻繁に使う手を体感する。そのまま杏子は投げられて宙を舞った。

空中では身動きが取れない。かずみは杏子へ十字架を向け、先端に光を集中させる。

 

 

「リーミティ・エステールニ!」

 

「ハハハッ! 甘いんだよ!!」『ユニオン』『スチールベント』

 

「えッ?」

 

 

かずみの手にあった十字架が一瞬で消滅し、同時に杏子の手に十字架が握られる。

スチールベント。パートナーである王蛇のカードだが、その効果は相手の所持している武器を『盗む』という事だった。

 

かずみの十字架は、既に必殺技が発動している。

杏子は魔法発動のタイミングを読んだのだ。だからこそ、巨大なレーザは問題なく発射され、かずみとサキに向かって飛んでいく。

 

 

「!!」

 

 

光が溢れる。

着地する杏子。光が晴れた時、人の影は存在していなかった。

 

 

「死んだか?」

 

 

 

死亡を宣言するアナウンスは、【魔法少女とパートナー両名が死んだ時にのみ参加者に知らされる】。

故に、なんとも言えないのだ。

杏子は少し不服そうにしながらも、仕方なく場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「たすかったよ……、かずみ」

 

「うん」

 

 

サキ達は無事に逃げ延びていた。

かずみは光に当たる瞬間、マントでサキと自分を包んで、逃走魔法を発動させた。

つまりワープだ。

そのまま、近くのビルの屋上にやってきた。

 

 

「しかしッ、どうして姿を消していたんだ? 心配したんだぞ!」

 

「ごめんねサキ」

 

 

寂しそうな表情のかずみ。

サキから目を反らすと、もう一度同じ事を呟く。

 

 

「ごめんね……」

 

「―――ッ!」

 

 

その時サキは気づいた。

かずみの瞳から一筋、涙が零れたのを。

 

 

 

 

 

 

 

「れ、れれれ蓮ッ!? 本当にお前なのか!?」

 

「馬鹿かお前。見れば分かるだろ」

 

「ば、馬鹿って! お前なぁ!!」

 

 

興奮して仕方ない真司と対称的に、秋山蓮は随分と落ち着いた様子だった。

ゲームが始まり姿を消していた蓮が、さも当たり前の様にアトリに戻ってきていたのだ。

 

真司は蓮が何かよからぬ事に巻き込まれたのではないかとヒヤヒヤしていたが、いつもどおり蓮を見て、力が抜けてしまった。

 

 

「何も言わずにいなくなるなんて心配するに決まってるだろ!? 何度も携帯に連絡したけど繋がらないし!」

 

「別に……、最後に恵里の顔を見に行ってただけだ。病院では電源を切っている」

 

「俺も行ったけど、お前いなかったじゃねーか!!」

 

「たまたまだ」

 

 

受け流すように蓮は言う。

真司があれだけ探したのに、たった一日で何気なく戻ってくると言う奇妙で間抜けな結末だった。

 

まあ、確かに蓮の言うことは尤な事だ。

ゲームがいつ終わるのかは誰にも分からない。

体調の悪い恵里とそれだけ離れるのは、恋人の蓮にとって何よりも苦しい事だろう。

それは真司も理解できる。

 

 

「な、ならいいんだけどさ。かずみちゃんは?」

 

「勝手に着いてきたんだ。アイツももう戻ってる」

 

「そ、そっか」

 

 

真司は大きく息を吐くと、崩れるように椅子へ座り込んだ。

 

 

「でも、本当に何も無くて良かったよ……。良かった――っ」

 

「………」

 

 

真司は少し涙を浮かべて、安堵した様に頷いている。

とにかく蓮とかずみが戻ってきた。それは喜ばしい事だ。

真司は早速、それを皆に伝える事に。

メールでまどかに連絡を取り、真司はその後、学校に走った。

 

 

「――と言うわけなんだよ」

 

「あのさ、当たり前に進入してくるの止めろっつーの」

 

 

見滝原中学校の保健室。

そこで真司と美穂は蓮の事を話題に上げる。

カーテンで隠したベッドの上に真司は座っているが、もしもこんな状況を見られたら間違いなく美穂は終わりである。

 

 

「わかってるよ、すぐ帰るからさ!」

 

「はあ……」

 

「ところで、お前、デッキの方はどうなんだよ」

 

「……無理。あれから何回もやってみたけど、そもそも私、戦う理由とかないし」

 

 

どれだけ想いを込めてもデッキが光り輝く事は無い。

自分には何が足りないと言うのか、それが分からなくて、美穂はイライラしていた。

 

 

「あれ? って言うかさ」

 

「なによ」

 

「お前、一人なのか?」

 

 

美穂は保健室に一人だった。

そもそも美穂は研修中だ。にも関わらず、上司の気配がない。

 

 

「もともとの保健室の先生は?」

 

「……死んだ」

 

「え!?」

 

 

絶句する真司。

聞けば、自宅で手首を切っていたらしい。

つまり、自殺である。

 

 

「あれは、たぶん、魔女だ」

 

 

そしておかしいのは、翌日から美穂が保健室を任されたという事だ。

まるで空白になった存在に新しい存在を埋め込むかの様な流れ。

美穂は大きな恐怖をそこに感じた。

誰もそれをおかしいと思わない、誰も自分の存在に違和感を抱かない。

 

 

「昨日の事なんだけどさ」

 

「昨日って……、お前! 何でそれ言わなかったんだよッ!!」

 

 

真司にはどうしても蓮や美穂が、淡々としている様に見えた。

思わず、美穂に掴みかからんとばかりの勢いで迫る。

真司の気迫に一瞬怯む美穂、しかし彼女はすぐに険しい表情に変わってしまう。

 

 

「言っても、どうにもならないでしょ!」

 

「お前が危険に巻き込まれるかもしれないだろ」

 

 

そこで美穂の雰囲気が変わる。

真司の気迫に劣らぬ睨みを向けて、声を大きく荒げていた。

 

 

「じゃあお前が助けてくれんのかよ!」

 

「ッッ!」

 

「あ……、ごめん」

 

 

椅子に座り込む美穂。

そうだ、これは結局八つ当たりでしかない。

変身できないイライラや、狙われているかもしれないという恐怖。

 

あとは、例えば"トリガー"だとか。

 

 

『パートナーの娘を、殺しちゃえば?』

 

「……っ」

 

 

別にまどかに嫉妬してるわけじゃない。

いや、本当は少しだけ面白くないところはあるのかもしれないが、別にまどかが憎いわけじゃない。

だが変身できない理由の一部である事は確かなのだ。

 

要するに、騎士は『力』だ。

言い換えれば凶器でもある。化け物を簡単に倒せる力で、参戦派は暴れまわり、邪魔なものを排除する。

言い換えれば、人を簡単に殺せる。

 

では、美穂は?

それが全てだった。

美穂は悪い人間ではない。誰に聞いてもそう言うだろう。

だが完全な善人ではない。美穂が一番分かってる。

 

そんな状態で力を手にしてみればどうだ?

邪魔なものがいたとして、我慢できるか?

特に嫌いじゃなくても、過剰に憎悪してしまうのではないか?

 

 

例え話だが、宝くじで3億当たった人間が、自給750円のアルバイトを同じモチベーションで働くことができるのか?

少なくとも、美穂には絶対に無理だった。

 

殺意は無作為に理由を立てて肯定化を計っていく。

例えばそれは姉の事。中学生の時に亡くなった最愛の姉――、フールズゲームに勝つ事ができれば蘇らせる事だってできる。

 

 

・どんな願いも叶う。

 

・人間を遥かに超越した力を手に入れることができる。

 

 

この二つが美穂を縛る鎖となる。

ましてやそこに『死』が張り付けば、存在はそれだけ膨れ上がるものだ。

 

 

「勝たなきゃいけないんだ、どんな汚い手を使ってでも。そういうゲームなんだろ?」

 

「ち、違う! 俺はッ、その、お前と蓮を巻き込みたくないんだよ!」

 

「わ、分かってるよ」

 

 

美穂は悲しげに笑うと首を振る。

 

 

「分かってるから、辛いんだよ」

 

「――っ」

 

「ごめん真司。帰って。帰ってよ。アンタといると、おかしくなりそうなんだ」

 

 

涙を浮かべる美穂。

真司は曖昧な言葉をかけるだけで、美穂を笑顔にする事はできなかった。

仕方なく帰ることに。残された美穂は頭をかきむしって唸る。

 

 

「ああ、くそッ!」

 

 

何をしていいのか。チラつくのは真司の顔や姉の顔だった。

 

 

(願いを叶えるっていったいどういう事なんだろう?)

 

 

そして自分の本当の願いも分からない。

 

 

「あーもうっ! 分かんないよお姉ちゃん!」

 

 

いったい自分はどうしたいんだろう? 何をしたいんだろう?

それが分からずに美穂は唸るのだった。

 

 

「あ」「あ」

 

 

帰り道、真司はまどかと顔を合わせた。

二人はお互いの近況を話し合うことに。

 

 

「――ってな事があってさ。なんか俺、分かんなくて」

 

「うん……、わたしも」

 

 

ボチャン! と、真司が投げた石が川に沈んでいく。

肩を並べて川原に座る二人、双方の表情は未だに暗い。

 

強くなれれば皆を助けられると思っていた。

力があれば皆を守れると思っていた。

しかし現実はコレである。その突きつけられた現状に、二人は深い悲しみを覚えていたのだ。

 

 

「俺、蓮や美穂を巻き込みたくないって思ってたけど……」

 

 

どんな理由を並べたとしても、蓮と美穂はデッキを所持してしまった。

それはもう逃げられないと言う事だ。

だとすれば二人はどんな選択を取るのだろうか? 真司はそれを考えたくなかったのかもしれない。

 

 

「でもアイツら……」

 

 

蓮の目には何か決意の様な物が感じられたし。

美穂から拒絶されるのは何だか心臓に直接ダメージがくる様な気分だった。

 

 

「わたしも。学校で辛くて……」

 

 

さやかの死を受け入れられない仁美は、すっかり元気をなくしてしまった。

見ていて胸が締め付けられる。仁美はさやかの死の理由さえ分からない。

 

事件なのか、事故なのか、考えたくないが自殺と言う可能性もあると悩んでいた。

まどかは、さやかの死の詳細を知っている。

しかし話す事はできない、話せば仁美も巻き込まれる可能性があるからだ。

 

 

「ううん、話すべきなのかな? どっちなんだろ?」

 

 

まどかは俯く。

 

 

「上条くんも、本当に……」

 

 

さやかが好きだと気づいたらしい。

しかし想いを伝えようとした直後に、さやかは死んだ。

それは上条の心に、かなり深い傷を残しただろう。

学校を休む様になってしまい、話によればヴァイオリンにも集中できなくなったとか。

 

さやかが魔法少女になった理由が、さやかの死によって邪魔されるとは、何とも悲しい話である。

 

 

「わたし、さやかちゃんを助けられなかったから。何も言えなくて……」

 

 

言う資格がない。

仁美にも、上条にも、さやかが死ぬのを見ていましたと。

 

 

「そんな事ないよ……!」

 

 

真司だって間に合わなかった後悔がある。

しかし言い方は悪いものの、どれだけ自分達が悲しもうが、さやかが死んだ事に変わりはない。

それを悩み、自己犠牲に走るのは違うと真司は思っていた。。

 

 

「わたし、魔法少女になって、みんなを助けられるって思ってた――!」

 

 

しかし、まどかにしてみればさやかは親友だ。

ましてや中学生と言う多感な時期に負う傷としては、あまりにも大きすぎる。

 

目を閉じれば未だにマミの最期が、さやかの最期が目に浮かぶ。

まどかの手の甲にポタリと落ちる雫。

泣いてどうにかなる訳じゃないと知っているのにそれでも涙が溢れてきた。

皆を幸せにしたい、皆で幸せになりたい。そう思っていたのに。

 

 

「まどかちゃん……」

 

「今でもこのゲームが嘘なんじゃないかって思う時があって……」

 

 

だけどソレは現実で。

 

 

「………」

 

 

真司は拳を握り締める。

確かに騎士や魔法少女が遊びで勤められるものではないというのは分かる。

魔女を倒す事は命がけ、それはマミも言っていた事だ。

 

それでも彼女達は自分の為に、他人の為に戦ってきた。

魔法少女の中には人知れず魔女との戦いで命を落とした物もいるだろう。

それは魔法少女として、騎士として歩む決めた者は覚悟していた筈。

 

しかし誰がこのゲームを予想していた?

魔法少女同士で潰しあい、騎士同士で殺しあうこのふざけたゲームを誰が。

 

 

(いる筈がない。誰も殺しあうために願いを求めた訳じゃない……!)

 

 

真司はもう一度、石を川面に投げた。

 

 

「大丈夫だよ」

 

「え?」

 

 

真司は未来を見据えて呟く。

人の命を弄ぶこのゲーム、必ず否定してみせると。

自分にできるかと聞かれれば難しい話なのかもしれない、しかし同じ様な考えを持った手塚がいる。仲間がいる。

 

多くの悲しみや、戦いがあろうとも。

まどかがココで流した涙を無駄にしてはいけない。

マミ達の命を無駄にしてはいけない。それが生き残った自分たちの責任だから。

 

 

「ゆまちゃんや、サキちゃん、ほむらちゃんだっているじゃないか」

 

 

それを言うと、まどかは少し元気を取り戻したのか、笑ってくれた。

それにと真司は付け加える、今はかずみも戻ってきた。

どうやらまだ学校には行っていない様だが、かずみだってまどかの友達なんだ。

 

 

「そういえば、真司さんと蓮さん達って、いつ知り合ったんですか?」

 

「あー、えっと、高校かな」

 

「へぇ、知りたいです! その時のこと!」

 

「え? あぁ、アハハ、別に面白い話じゃないよ」

 

 

いろいろ思い出したのか、真司は苦笑交じりに頭をかく。

 

 

「気になります! 教えて教えて!」

 

 

まどかの様子に気圧されたか、真司はまた笑う。

どうやら真司もまどかには甘いようだ。知りたいというので、教えてあげることに。

 

 

「………」

 

 

しかし真司は、そこで少しムッとした表情に変わる。

いろいろ、長い時間や、思い出があるらしい。

 

 

「最初はさ、すっげー仲悪かったんだぜ俺達」

 

「ええっ! そうなんですか!?」

 

「ああ、あれは――」

 

 

初めて会った入学式の日は簡単に思い出せる。同時にそれで腹が立つ。

真司はBOKUジャーナル編集長である大久保とは、中学校からの付き合いだった。

高校も大久保に誘われて同じ学校に行った。

 

とはいえ知り合いと言っても、大久保が近所に住んでいて仲良くなっただけで、年齢は一回りくらい離れている。

周りには知らない生徒達だらけで、真司は少し怯んだのを覚えている。

 

 

「どけ」

 

「は?」

 

 

高校に入って一番最初の会話がコレである。

真司は呆気に取られて背後を振り返る。

するとそこにはダルそうな雰囲気を全開にした秋山蓮が立っていたのだ。

 

後で聞いた話だが、蓮も特に知り合いはいなかったらしい。

にも関わらずこのふてぶてしい態度である。

扉の前に立っていた真司も真司だが、それにしたってだ。

 

 

「聞こえなかったのか、どけ」

 

「あ、ああ」

 

 

真司は言われた通り、扉から体をずらす。

蓮は鼻を鳴らすと、真司に目もくれず教室へ入ろうとする。

 

 

「いや、ちょっと待て! いくらなんでも言い方があるだろ!」

 

「………」

 

 

蓮を阻むため、真司は再び扉の前に立つ。

蓮はダルそうに真司を睨みつけた。

 

 

「なんだ?」

 

「なんだじゃない! むしろお前の方が何なんだよ!」

 

「聞こえなかったのか、どけと言ったんだ」

 

「いやッ、聞こえてるに決まってるだろ! 感じ悪いなお前!」

 

「フン、お前とつまらん会話を続けるつもりは――」

 

 

真司を避けるため、蓮は右から回り込む。しかし真司もまた右に。

ため息をついて蓮は左から回り込む。しかし真司もまた左へ。

 

 

「何だ! お前、何がしたい?」

 

「あ、謝れこのヤローっ!」

 

「下らん」

 

その一言で蓮は真司を突破しようとする。

しかしそれはそれで真司に火がついてしまったのか、意地でも避けようとはしなかった。

 

 

「ッ!」

 

 

蓮も蓮で譲れなくなったのか、二人はしばらく反復横跳びの様な動きを繰り返した。

蓮がどれだけ素早く動こうとも、真司はピッタリとついてくる。

蓮がフェイントを入れようとも、真司は適応して譲らない。

そうやってしばらく小競り合いを続けていると――

 

 

「ああああ! もうッ、お前ら二人とも邪魔なんだよ!!」

 

「「!」」

 

 

加わる怒号。

蓮の背後に一人の女生徒が見えた。

茶色の髪、腰に手を当てて偉そうに真司たちを見るのは霧島美穂。

これまた後から聞いた話だが、彼女もまた知り合いはいなかったそうな。

 

 

「つーかさ、さっさとど・け・よ! 教室に入れないでしょ」

 

「チッ、コイツに言え。俺は関係ない」

 

「なっ! 元はと言えばお前が悪いんだろ!!」

 

 

自分は悪くないですよオーラの蓮と、ますます興奮する真司。

それを見て美穂は舌打ち混じりに首を振る。

 

 

「どっちでもいいわ! 私にとっては両方邪魔なの。はけろはけろ」

 

「納得いかんな。第一、そんなに入りたいなら向こうの入り口から入ればいいだろ」

 

 

だいたいどこの教室も、出入り口は二つあるものである。

他のクラスメイトは真司たちを見て、汗を浮かべながらもう一つの入り口を使用している。

 

確実に関わったら面倒なやつ等だと認識されていたのだろう。

まあこの時点で三人は興奮している為、そんな事を気にする余裕など無かったが。

 

 

「そ、そうだそうだ! 別にあっちでもいいじゃんか!」

 

「ハァ!? 私はこっちから入るって決めたんだよ。ていうか何で私がアンタ等の為にわざわざアッチまで歩かないと駄目なの? ざけんなっての!」

 

 

尤もと言えば尤もだが、今の真司と蓮に素直に伝わる訳もなく。

結果、火に油を注ぐだけだった。

 

 

「無駄な時間を過ごすよりマシだがな。頭悪いのかお前?」

 

 

うんうんと頷く真司。だがすぐに動きを止めた。

 

 

「いや! それならお前もアッチから入ればよかっただろ!」

 

「ああああああメンドクセー!」

 

 

美穂は頭をかきむしる。

 

 

「どうしてこう男って奴は簡単な事でイライラするのやら!」

 

 

とはいえ美穂に妥協の文字は無い。

ここで真司達に従うのは非常に屈辱だったからだ。

 

 

「つうかまずアンタがどかないと話が進まないだろ。さっさとどけよ!」

 

「まったく、ガキばっかりだな」

 

 

と、蓮。

 

 

「「お前に言われたくねぇよッッ!!」」

 

 

と、真司と美穂。

 

 

「あの――、キミたち、もうどうでもいいから教室入ってもらっていいかな」

 

「「「ハァ!?」」」

 

 

三人が我に返ると、冷や汗を流してコチラを見ている先生と、同じく既に全員着席しているクラスメイト達が見えた、

 

時計を見れば、既に朝礼の時間が大幅に過ぎている。

どうやら数十分もくだらない反復横とびを続けていた様だ。

 

 

「「「………」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「すいませんでした」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、なんなんだよアイツ等は」

 

 

真司は小さく呟きながら、席を決めるくじを引いた。

今日から希望に満ちた高校生活が始まると思っていたのに、なんだかおかしなヤツ等がいるクラスになってしまった。

 

ムカつく男に、変な女。

まあしかしもう関わらなければいい話だ。

 

 

(できればアイツ等と離れた席でありますように!)

 

 

真司はそう思いながらくじを引いたのだが――

 

 

「………」

 

「げっ! お前が隣かよ!!」

 

 

美穂の嫌そうな表情を見ながら無言で席につく真司。

いや、まて! 真司は冷静に状況を分析してみる。

隣はまあ最悪まだマシとしても――

 

 

「うげ」

 

 

隣の美穂も気がついたのか声を漏らす。

同時に席に崩れ落ちる真司。

真司が座ったのは一番後ろの席だ。隣は美穂、だったら前は?

 

 

「………」

 

 

秋山蓮が真司の前方に座る。

こうして城戸真司、最悪の席替えは幕を閉じたのだ。

 

 

「えへへ! そうだったんだ」

 

 

話を聞いたまどかは、微笑ましいと笑った。

しかし真司の表情は複雑だ。とにかくこうやって距離が近づいてしまった真司たち。

 

当然平穏な毎日など過ごせる訳も無く。

そう、たとえば教科書を忘れた日があった。

 

 

「おい、ちょっと教科書忘れたから見せてくれよ」

 

「えー……」

 

 

自分の肩を抱き、嫌悪感を全身で表す美穂。

教科書を少しだけ移動させると、自分はむしろ真司から遠ざかっていく。

 

 

「おい! なんでそんな嫌そうなんだよ!!」

 

「なんか馬鹿が移りそうじゃん」

 

「ななななッッ!」

 

 

なんて失礼な奴だ!

真司がそう思った瞬間、前の席から吹き出す音が聞こえた。

真司も美穂も一瞬何が起こったか分からなかったが、蓮の肩が震えてるのを見て察した。

 

 

「おい! 何笑ってんだよ蓮!!」

 

「別に笑ってない、ほっとけ」

 

 

 

いつもどおりの様子であしらう蓮。

 

 

「いやいや明らかに笑ったでしょ」

 

 

美穂が食いつく。

 

 

「あーあー、素直に笑ったって言えばいいのにメンドクセー男だなおい!」

 

「かわいそうだと思ってな。馬鹿が移ると言った奴が、既に馬鹿だなんて滑稽だろ?」

 

「なッッ!! なんだとぉおおッ!?」

 

「ま、まあまあ、落ち着けよ美穂!」

 

 

身を乗り出す美穂を落ち着ける真司。

蓮は言葉を受け流すだけじゃなく、ほぼ確実に挑発のカウンターを仕掛けてくる。

ハッキリ言って美穂も真司も煽り耐性はゼロだ、ちなみにそれは蓮もだが。

とにかく何か言われれば何かを返す。そこに噛み付く、以下ループである。

 

 

「とにかくっ、くだらない事で喧嘩は止めろよ!」

 

「やれやれ、一番の馬鹿に説教されるなんてな」

 

「っていうか元々はアンタが教科書持ってくればよかった話だろうが!」

 

「なんだとぉぉぉぉ……ッッ!!」

 

「三人ともうるせぇよ! お前らマジで静かにしてくんねーかな!!」

 

 

最終的には先生に怒られて強制終了である。

しかし一回終了したくらいじゃ当然収まる訳も無く。

美穂に教科書を見せてもらう事になった真司は、席を近づけて美穂との距離を縮める訳だが。

 

 

(うぉ……! 美穂って結構いい匂いする)

 

 

しかもよく見ればかなり綺麗というか、可愛いと言うか。

 

 

(普段乱暴な言葉使いだったから気がつかなかった……)

 

「おい。今お前、私の胸見てなかったか?」

 

「……は!?」

 

「見てたろ! うっわヤラシー! 最低だわー!!」

 

「ななななな何言ってんだよ!!」

 

 

ハッキリと否定できないのが悲しいところだ。

しかし見ていないものは見ていない。真司は必死に美穂の誤解を解くことに。

そんな時、前方から聞こえる声。

 

 

「うるさい奴らだ。どうでもいいだろ、黙ってろ」

 

「ど、どうでもいいですって!?」

 

「とにかくっ! お、俺は見てないからな!!」

 

「はぁ、どうだか!?」

 

 

終わった?

いえいえ、これからですよ。

 

 

「ま、城戸に同意だな。相当な物好きくらいしかお前に興味は示さないだろ」

 

「んだとぉぉおッ?」

 

「おい蓮! 仮にも美穂は女なんだ、本当の事とは言えッ、それは失礼だぞ!」

 

「真司ぃ! 仮にもって何だよ、仮にもって! ふざけてんのか!?」

 

 

 

一分後、真司達は三人揃って教師に頭を下げる。

こんな感じで毎日一度は怒られる生活が続いたのだ。

それを聞いたまどかは、申し訳ないと思いつつも笑ってしまった。

 

 

「えへへ、ある意味仲がいい様にも思えるけど」

 

「そうなんだよ、同じ事を言ってくる奴もいたっけな」

 

 

なんだかんだで仲がいい?

いやいや、傍から見ればそう思う人もいるかもしれない。

しかし本人からしてみれば冗談がキツイものだ。

真司としては一刻も早くあの二人からサヨナラしたい所であった。

 

 

「でも、仲良くなれたんですよね?」

 

「まあ、うん。あれは漫画みたいな出来事だったよ」

 

 

いつの日だったか、放課後のことだ。

喉が渇いたからジュースでも買おうと、真司は学校近くのコンビニに寄った。

するとそこには雑誌を読んでいる蓮がいた。

 

 

「……蓮」

 

「お前か」

 

 

特に双方を気にかける事無く真司はジュース売り場へ。

蓮はそのまま雑誌の立ち読みを続ける。

しかしこいつら、磁石の特殊能力でもあるのか、数十秒後にはプリンを買いに来た美穂が来店ってなもんである。

脅威のエンカウント率である。

 

 

「う゛っ!」

 

 

美穂も気づいたが、すぐに真司達を無視してスイーツコーナーに。

店内は三人の他に、親子と店員だけ。

だがやはり三人は特に会話する事もなく。

 

そのまま真司はジュースを手に取り。

美穂はプリンを手に取り。蓮は雑誌を取り、レジへ向かおうと決めた。

その時だった。レジから大声が聞こえてきたのは。

 

 

「金を出せぇえッッ!!」

 

「「「!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

「ご、強盗!?」

 

「そう、まさかだよな」

 

 

驚くまどかを見て、当時の自分を思い出す真司。

まさかのまさかで強盗である。最初は何かの撮影かと思ったが、店員にナイフを突きつけている覆面の男を見て、考えが変わった。

 

マジだ。

真司達は同時にそれを理解して動きを止める。

 

 

「お前らも動いたらぶっ殺すからなッッ!!」

 

 

犯人の男は乱暴に言い放ち、店員から受け取った金を袋に素早く詰め込んでいく。

しかし向こうも焦っているのか、手が震えて金を取りこぼしたりと時間がかかっていた。

 

 

「!」

 

 

すると子供の泣き声が店内に響く。

親子、その女の子が恐怖で泣き出してしまったのだ。

犯人はすぐに泣き止めと叫ぶが、ますますそれで酷くなる事に。

 

焦りと不安から、犯人の苛立ちがどんどん募る。

なんと彼はナイフを構えて子供のところまで歩いていったのだ。

 

犯人は半錯乱状態だ。

かなりの確立で子供に危害が加わる可能性があった。

母親も子供を泣き止ませようと必死だが、無駄のようだった。

 

 

(どうする? どうすればいい!?)

 

 

真司は考える。既に犯人は子供の前に立っていた。

 

 

「うるせぇッ! 殺されたいのかよお前ぇッ!!」

 

 

犯人が子供の前に立つ。

金は手に入れたのだからそのまま逃げればいいものを。

このままだと泣き声を聞きつけた大人が集まると思ったのだろう。

犯人は激情に任せてナイフを振り上げる。

 

緊迫の状況だった。

戦慄が走る。母親は女の子を庇うが、それでどうにかなるとは思えなかった。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

 

だから、真司が走った。

 

 

「うがッッ!!」

 

 

犯人は小さく声をあげる。

というのも突如、『左右』から衝撃を感じたからだ。

衝撃の正体はタックルだ。右からの衝撃は真司。そして左からの衝撃は蓮だった。

 

二人は己の身で犯人に突進していったのだ。

興奮して周りが見えていなかった犯人は、真司達に気づく事はなかった。

そして動いたのは真司と蓮だけではない。美穂もまた走っていた。

 

美穂は犯人に攻撃をするのではなく、親子を庇うようにして立った。

犯人は真司たちが止めている。美穂はその隙に、親子を出口へ避難させたのだ。

 

 

「こ、このやろぉおおおおおおおおッッ!!」

 

「く、クソッ!!」

 

 

真司は持っていたカバンを振り回して犯人を何度も叩く。

さらに蓮は犯人が落としたナイフを拾って凶器を封じる。

 

こうすると犯人としても分が悪い。

特に反撃を行う事もなく、すぐにコンビニを飛び出して逃げていった。

 

それを呼吸を荒げながら見ている真司達。

心臓は破裂しそうな勢いで鼓動を鳴らしていた。

 

 

それから警察がやって来て、しばらく話をした後、それぞれは解散という事になった。

犯人はすぐに捕まった様で、親子も怪我はなかったようだ。

 

 

「あー、怖かった」

 

 

帰り際、真司は道路でへたり込み、空を見上げる。

 

 

「しかし、お前馬鹿か。いくらなんでも無謀すぎる」

 

「ハァ!?」

 

 

蓮が去り際に残した言葉。

 

 

「勇気と無謀は違う。覚えておくんだな」

 

「ちょっと待て待て! お前だって同じ事したじゃないか!」

 

「俺には考えがあった。お前が逆から突進してこなければもっとスムーズに事が終わったはずだ」

 

「な、なんだよソレ!!」

 

 

またいつもの言い合いに発展するかと思えば、二人の肩を美穂を叩く。

 

 

「まあまあ、無事だったからいいでしょ」

 

「まあ。そうだな」

 

 

疲労もあったか、真司は美穂の言葉に頷いた。

そこでふと思い出す光景、真司はニヤニヤしながら美穂を見る。

 

 

「でも、見直したよ」

 

「はぁ?」

 

「お前、あの娘かばってただろ」

 

「ああ、まあ……」

 

 

一歩間違えれば美穂が代わりにナイフを受けていただろう。

それでも美穂は迷いなく女の子を守りに走った。

 

 

「いい奴だったんだな、お前」

 

「はっ! 気がつくのがおっせぇよ!」

 

 

腕を組んで笑う美穂。

真司も笑みを返すと、そのまま蓮のほうへ。

 

 

「蓮も……。その、サンキューな」

 

「………」

 

「お前がいなかったら俺、犯人に負けてたかも」

 

 

フンと鼻を鳴らす蓮。

 

 

「付き合ってられん」

 

 

蓮はそう言って真司達に背を向けた。

いつもみたいに食いついてこないだけマシか?

真司と美穂がそう思った時、蓮は去り際の一言を。

 

 

「"またな"。城戸、霧島」

 

「「お!」」

 

 

そう言って蓮はスタスタと帰っていった。

真司と美穂はニヤニヤしながら互いに見合う。

 

 

「なんだよ、ツンデレかよ」

 

「じゃあアイツ明日からツンデ蓮って名前にしようか」

 

 

そう言って笑ったのは覚えている。

そんな事を真司はまどかに説明した。

 

 

「まあ次の日も同じような事しかしなかったけどさ、何か考え方が変わってさ」

 

「へぇ、じゃあその日からお友達なんですね」

 

 

まどかの言葉に頷く真司。

最初はふざけた奴らかと思ったが、なんだかんだで今の今まで付き合いがある。

あの後に、蓮の彼女である恵里とも知り合い、四人は仲良くやってきたと言う訳だった。

 

 

「………」

 

 

しかし皮肉なものだ。

戦いで仲良くなった自分達が、戦いで殺しあう事になるかもしれないなんて。

 

 

「とにかく、まどかちゃん。俺たちが絶対に皆を守ろう!」

 

「……はい!」

 

 

真司の笑みに、まどか笑みで返す。

 

 

(そうだ、俺を助けてくれたまどかちゃんの為にも負けられないんだ)

 

 

真司は胸に宿る決意を感じ、強くまどかを見つめるのだった。

一方、その蓮もまた、決意を胸に宿す。

 

 

「蓮さん……」

 

「かずみか」

 

 

立花は、何も言わずに蓮達を迎えてくれた。

アトリでは蓮が明日の準備をしている所だった。

しかしその表情は深刻。何か違う事を考えていたのだろう。

 

それを心配そうに見つめるかずみ。

原因は分かっていた。

 

 

「かずみ。俺は、決めた」

 

「………!」

 

 

蓮の言葉に、かずみは表情を暗くする。

蓮が何を言っているのか理解したようだ。

 

 

「いいの? 蓮さん――ッ」

 

「迷ったが、もう迷いぬいた。答えはもう決まっている」

 

 

悲しそうにうつむくかずみ。

それを見て、蓮は目を逸らす。

 

 

「かずみ、お前は――」

 

「ううん!」

 

「っ!」

 

 

かずみは蓮の言葉を遮って前に出る。

強い眼差しが、蓮を貫いた。

その迫力に蓮は思わず動きを止める。

 

 

「わたしも――ッ! 一緒だから!!」

 

「………」

 

 

蓮は何も言わずに、ただ頷く。

その表情は暗く、まだ若干の迷いが見えた。

 

 

 

 

 

 

その夜、サキの家

 

 

「………」

 

 

無言で扉を開けるサキ、するとパタパタと忙しい音をあげてゆまが走ってくる。

ゆまは目に涙を浮かべながらサキの体に強くしがみ付いた。

時計を見れば短い針は『2』を過ぎようとしているじゃないか。

 

 

「まだ寝てなかったのか」

 

「だってサキお姉ちゃんが帰ってこないから――」

 

 

ゆまは異変に気がついていた。

最近サキの帰りが明らかに遅いのだ。

いついつも帰ってくるのは深夜、食事は既に用意されているが、その間ずっとゆまは一人である。

 

まどかがよく家に来てくれるものの、さやかの事があってからは、彼会えていない日が続く。

 

 

「ゆま、寂しいよ……! どうしてもっと早く帰ってきてくれないの!?」

 

「すまない。君のグリーフシードを手に入れたり――、いろいろ忙しいんだ」

 

「………」

 

 

ゆまもパートナーを見つけていない身だ。

よってグリーフシードは必須となってくる。

それはゆまにも分かるのだが。

 

「サキお姉ちゃん。凄く、怖い顔してる」

 

「……気にするな」

 

 

そうは言っても声のトーンが暗い。

確実に何かがあったのだろうが、ゆまがそれを聞こうとする前にサキが口を開いた。

 

 

「もう遅い、部屋で寝よう」

 

「あ……! さ、サキお姉ちゃん」

 

「ん?」

 

 

ゆまは俯き、小さな声で縋る様にサキの手を握った。

小さな手だ。サキは複雑そうな表情を浮かべる。

 

 

「一緒に……、寝て。寂しいから」

 

「もう子供じゃないんだ。一人でいいだろう?」

 

 

ゆまの頭を撫でて微笑むサキ。

しかし明らかな作り笑顔が、ゆまの不安を掻き立てた。

確かに一人で眠れるのだが、ゲームの最中ということもあってか、誰かと一緒にいたいという思いがあるのだろう。

 

 

「駄目だ。一人で寝るんだ」

 

 

悪い意味じゃない。

サキはいつ死ぬか分からない。ゆまには一人で生きていく強さを身に着けてほしかった。

 

「でもっ、マミお姉ちゃんは一緒に寝てくれた……、よ?」

 

「………」

 

 

その時、サキの目が変わる。

全てはタイミングが悪かっただけだ。

いろいろ溜め込んでいたものが爆発してしまった。

サキはゆまの手を振り払うと、声を荒げる。

 

 

「私はマミじゃないんだッ!」

 

「っ!!」

 

 

そんなつもりで言ったんじゃない。ゆまはソレを伝えようとした。

しかしそれよりも早くサキは言葉を続ける。

 

もちろんサキだってゆまの気持ちを分かっていた。

しかし溢れる感情を抑えるために、ゆまを犠牲にするしかなかったのだ。

 

 

「マミはもう死んだんだ! もういないんだよッッ!!」

 

「っっ!」

 

「さやかも死んだ! 次は誰だ? キミか私か……ッッ?」

 

 

サキの怒号にへたり込むゆま。

それを見てやっとサキは我に返る事ができた。

すぐにゆまを強く、強く抱きしめる。

 

 

「す、すまない……! ちょっと苛立ってたんだ」

 

 

サキはハンカチでゆまの涙をぬぐい、頭を優しく撫でる。

その想いが伝わったのか、ゆまは泣きながらではあったがその手をサキの背中に回した。

 

 

「ゆまは……、マミお姉ちゃんも、サキお姉ちゃんも、さやかお姉ちゃんも大好きだよ」

 

「ああ。ありがとう――っ!」

 

「でも死んじゃった。それに、さやかお姉ちゃんには酷い事しちゃった」

 

 

杏子に襲われた時に逃げてしまった事、そして助けられなかった事だろう。

サキは気にするなと頭を撫でる。

 

 

「ゆま、キミが悪いんじゃない、全てはゲームに乗ったプレイヤーが悪いんだ」

 

 

サキはそれを必死に伝える、

そう。全てはゲームに乗る連中が――ッ!!

 

 

「でも、みんな死んじゃうッ!」

 

「大丈夫……、大丈夫だよ」

 

 

複雑な表情を浮かべるサキ、大丈夫? 何が? 誰が?

 

 

「今日は……いや、今日から一緒に寝よう」

 

「う、うん!」

 

 

二人はそのままサキの部屋に。

サキの言葉が嬉しかったのか、ゆまはベッドに寝転んだ直後眠ってしまった。

どれだけ絶望的な状況が続こうとも寝顔は普通の子供と変わらない、サキはゆまの寝顔を見ながらぼんやりとしている。

 

帰りが遅かったのは、本当はゆまより前に眠りたくなかったからだ。

もし自分が寝ている時にゆまがハンマーで自分を殴ればどうなる? 変身していない状況ならばすぐに殺されてしまうだろう。

 

 

「ゆま、すまない……」

 

 

そんな事を考えてしまう自分に嫌気がさす。

サキはゆまを疑ってしまった事と、ゆまへの申し訳なさで板ばさみになる。

 

 

「すまない……ッ!」

 

 

だからサキはゆまを抱きしめる。

サキは涙を流しながらゆまを抱きしめ続けた。

こんな小さな娘を疑わなければならない自分をどうか許してほしいと。

そして願わくばゆまを戦いから遠ざけたいと思った。

 

 

(こんな小さな子にはF・Gは精神的に厳しすぎる)

 

 

だからこそ、ゆまをゲームに巻き込むのは危険だ。

そう、思っていたのだが――

 

 

翌日、学校を終えたサキはまっすぐに自宅に戻った。

しかしそこにゆまの姿がない。

最初は遊びに行ったのかと思っていたが、夜になっても帰ってこないため、辺りを探す事に。

 

それでも見つからない為、サキはまどか達に事情を伝えて一緒に探してもらう事にした。ゆまの行きそうな場所を手当たりしだいに調べていたのだが、結局見つかる事はなかった。

 

では彼女はいったいどこへ消えたのか?

答えはジュゥべえを通して知る事になる。

ゆまを探すのを手伝っていた真司は、その途中で鼻歌を歌っているジュゥべえを見つけたのだ。

 

ジュゥべえは真司を見つけるとニヤリと笑う。

まるで真司がココに来ることを理解していた様に。

 

 

『おう、なんか大変みたいだな』

 

「ジュゥべえ! ゆまちゃんを探してるんだ! 何か知らないか!?」

 

『おお、知ってるぜ。だからお前らの近くに来てやったのよ。オイラは優しいからさぁ!』

 

「本当か!? じゃあ早く教えてくれ!」

 

 

それを聞いてジュゥべえは、あっさりとゆまの居場所を伝える。

 

 

『どこにもいねぇ』

 

「……は?」

 

『だからよ、もういねぇんだよ』

 

 

――この世には。

 

 

「お前ッ、何を言って……」

 

『千歳ゆまは"死"んだ、殺されたんだよ!』

 

「はぁッッ!?」

 

 

真司は頭が真っ白になる。

死んだ? ゆまが?

それはあまりにも一瞬、前触れもない死。

だって少し前までは生きてたのに。

 

 

「ちょっと待てよ! 何だよ死んだって! でたらめ言うなよッッ!!」

 

『だったら良かったのになぁ』

 

 

じゃあいつ? 誰に殺された!?

真司はジュゥべえに掴み掛かるが、軽快な身のこなしでかわされた。

 

 

『流石にそこまでは言えないな』

 

 

ジュゥべえは笑う。

しかし千歳ゆまが死んだ事は紛れもない真実、疑いようのない現実だと付け加えて。

 

 

「そんな――……」

 

 

崩れ落ちる真司、ゆまの笑顔が音を立てて崩れる。

こみ上げる吐き気を何とか抑えて、真司はジュゥべえに視線を合わせる。

 

 

『ハハハ! まあ気持ちは分かるぜ。だがよ、これがF・Gだ』

 

 

たとえ、ゆまが子供だったとして、敵は容赦なく殺す。

戦いを楽しむ為に。もしくは願いを叶える為に仕方なく。

ジュゥべえは言う、参加者はある程度『バランス』を考えて構成されている。

 

 

『お前みたいなヤツもいれば。人を殺すことを躊躇わない連中も多いのよ』

 

 

それが騎士になると言う事だ。

それがゲームの参加者であると言う事だ。

 

 

『まあアレだ、テメェもせいぜい気をつけろ。じゃあな、チャオ!』

 

 

消えていくジュゥべえ。

 

 

「………」

 

 

ゆまは子供だった。

虐待されてて、それが終わって、やっと幸せになれると思ったら。

死んだ。

 

 

「……嘘ッ! 嘘だッッ!!」

 

 

こんな。

 

 

「こんな簡単に人は死ぬのか!?」

 

 

真司は悲しみよりも、深い喪失感に心を喰われる。

真司はその場にへたり込んで動けなくなった。ずっと、その場に崩れていた。

自分に向って笑いかけてくれた千歳ゆまの幻影を抱きながら。

 

 

 

 

【千歳ゆま・死亡】【残り23人・12組】

 

 

 

 

 






百合絵さんの苗字は適当です。


あと、たぶん前の話まで『恵里』のこと、『恵理』って書いてるんで修正しておきます。
誤字だらけで、ごめんやで(´・ω・)


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第23話 オセロ ロセオ 話32第

 

 

翌日の事だった。

 

 

「うそ。ゆまちゃんが……」

 

「―――」

 

 

真司も迷ったが、これを伝えなければどうしようもなかった。

サキの家にいるのはサキ、まどか、ほむら、手塚、美穂、真司だ。

かずみと蓮にも連絡を取ったが、繋がらなかった。

 

一同はしばらくの間、真司が何を言っているのか理解できなかった。

少し前まで元気こそ無かったものの、ゆまはしっかりと生きていたのだ。

なのに突然、死んだと言われても。

 

それに、ゆまが狙われる理由が分からない。

本当に突然で意味が分からなかったのだ。

しかし次第に、一同は『意味』を理解していく。それは特別なことじゃない、ただ単にルールの下、ゆまは死んだというだけだ。

 

ゲームのあり方としては、何もおかしい物じゃない。

泣き崩れるまどか。青ざめる美穂。悔しそうに表情を歪める手塚。無言のほむら。

そして――

 

 

「――くれ」

 

「っ?」

 

 

サキは、その表情を鬼気迫る物に変えた。

 

 

「全員、出て行ってくれ……ッッ!!」

 

 

サキは理解した、サキは知った。

このゲームは結局こうなる運命だったのだと。

自分たちの様な考えを持つ事こそが愚かだったのだと。

 

サキは部屋にいる全員を睨みつける。

そこにいつものサキはいなかった。

いるのは恐怖と憎しみに染まったゲームの参加者だけだ。

 

 

「決めたよ……ッ! 私はゲームに乗るッッ!!」

 

 

正しい事をしていたつもりだった。

戦いを止め、みんなで生き残る事が一番だと思っていた。

しかし結果は、ことごとく裏目に出る。

 

もちろんサキだって、努力のすべてが報われる世の中ではないとは知っている。

しかし戦いを否定してきた自分たちと、ゲームに乗った参加者では明らかに心持ちが違うじゃないか

 

参戦派は笑い、協力派は嘆く。

そんな馬鹿な事があって言い訳が無い。

 

 

「結局、正しいのは佐倉杏子達の様な連中なんだよッ!」

 

「サキさん――! 違うよぉ!」

 

 

まどかはそれを否定する。

 

 

「たとえどんなに苦しくても、それだけは駄目だよ!」

 

 

しかし、そんなまどかの言葉もサキには届かなかった。

首を振るとまどかを睨みつける。初めて見るサキの殺意に、まどかは肩を震わせた。

 

 

「何が違う! 戦いは止められない、まどかだって分かるだろ!!」

 

 

サキは思い切り壁を殴りつけた。

 

 

「そうだ、間違っていたんだよ私たちは! 戦いが止まる事はない、我々が選ぶ道は否定ではなく適応だった!」

 

 

憎しみに心を預ける事が一番だった。

 

 

「憎しみや怒りを否定しても意味はない! 殺意に身を任せる事が正しいんだよ!」

 

「サキちゃん! それは間違って――」

 

 

そこで真司を止める手塚。

 

 

「何だよ!」

 

 

真司は叫ぶが、手塚は無言で首を振る。

同じく部屋の扉を開けるほむら。首を動かして、一同に『出て行こう』とジェスチャーを送った。

 

それを理解して部屋を出て行く美穂。

迷いながらも、ほむらに促されて渋々退出して行くまどか。

 

 

「城戸、今は従おう」

 

「……ッ!」

 

 

真司は納得できなかったが、kのまま食い下がれば戦闘の可能性も出てくる。

まどかや美穂を巻き込む訳にはいかない。真司は歯を食いしばって部屋を出て行くのだった。

 

残るは手塚とほむらだ。

二人は頷くと手塚が先に部屋をでる。

 

 

「浅海サキ……」

 

「ッ!」

 

 

最後はほむら、彼女はサキに背を向けたまま声をかける。

 

 

「貴女がどんな選択を取ろうとも、それは貴女の自由よ」

 

「………」

 

「でももしも、私やまどかに手を出すと言うのなら――」

 

「!」

 

「そのときは、殺すわ」

 

 

 

ほむらは淡々と言い放ち、部屋を出て行く。

サキはもう一度険しい表情で壁を殴った。

これでいい、これでいい筈なんだ。なのに気分は悪いまま。

胸に引っ掛かる想いは苦しいままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺……、間違えてたのかな――?」

 

 

真司は弱弱しくつぶやく。

しかしすぐに首を振って、その考えを否定する。

 

 

「いや、いやッ、やっぱりサキちゃんの考え方は間違っている。どんな状況だってさ、殺しあう事が正しい訳が無い!」

 

 

しかしそんな真司の言葉を、さらに美穂が打ち消す。

 

 

「ふざけんな……ッ! クソッ!!」

 

「美穂――」

 

 

全く意味の分からないゆまの死。そしてサキのゲーム参戦の意思。

このままならば死ぬ。美穂にはサキの言っている事が理解できた。

なぜならば美穂もまた、サキと同じ考えだったからだ。

 

 

「このゲームは協力なんて最初からできる訳ない、夢物語なのよ」

 

 

美穂はそんな事をつぶやいて背を向ける。

 

 

「お、おいどこいくんだよ!」

 

「……学校に戻る。仕事がまだ少しあるんだ。ほっとけよ」

 

 

もうすぐ研修も終わる時期だったからか、美穂は学校から一人で保健室を任された。

なんだか違和感もあったが、もはやそんな事を気にしている暇もない。

美穂はそれを受け入れたのだ。

 

 

「待てよ! おい美穂!」

 

 

真司は追いかけようと足を踏み出し――、止めた。

携帯が音をたてる。メールだ、真司はそれを確認すると表情を変えた。

 

 

「蓮からだ……!」

 

 

内容は、『話したいことがあるから、指定する場所に来てくれ』というものだ。

メールには今すぐにと書いてある。迷ったが、今の美穂には何を言っても同じの様な気がする。

だから真司は、蓮に会いに行く事を決めた。

 

メールにはかずみも一緒と言う事が書いてあった。

それを見てまどかもついて行きたいと申し出た。

 

 

「ゆまちゃんの事、かずみちゃんに話さないと……」

 

 

真司だけに辛い思いはさせられないと、まどかは言う。

真司もその思いを理解し、まどかと一緒に指定された場所に向かうことに。

場所は、見滝原の展望台、ここからそう遠くない場所だ。

とはいえ時間も惜しい、二人はすぐにそこへ向かう事に。

 

 

「………」

 

 

それをジッと見つめるほむら。

手塚はそれに気がつき、懐からコインを取り出してはじく。

 

 

「また占い?」

 

「ああ。俺の占いは、当たる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蓮!」

 

「かずみちゃん!!」

 

 

展望台についた時、街は美しい夕焼けに包まれていた。

そこで佇む蓮と、少し離れた所に座っているかずみ。

 

 

「来たか、城戸」

 

「まどか……」

 

 

何故か悲しそうな表情のかずみ。

しかしまどか達も同じような表情だったろう。

隠していても仕方ないので、早速ゆまの事を告げる。

 

 

「そうか……」

 

「ゆまちゃん――」

 

 

しかし二人の反応はずいぶんと落ち着いている物だった。

何かがおかしい。不思議に思う真司をよそに、蓮は展望台から見える景色に視線を戻した。

 

 

「よくココに恵里と二人で来た」

 

 

蓮は拳に力を入れて、言葉を紡ぐ。

 

 

「医者に言われた。恵里は、もう諦めろと」

 

「!」

 

 

病院が変わっても目覚める可能性は無かった。

いや、奇跡が起こったとしても重大な障害が残ることは必須だった。

いずれにせよ、元の恵里は絶対に帰ってこない。

 

恵里はもう目覚める事はなく。蓮と会話をする事も無くなる。

蓮にとってその言葉を告げられた時、どんな気持ちだったんだろう?

真司はその重さを考えて怯んでしまう。

 

 

「れ、蓮――ッ」

 

 

蓮は、展望台の手すりを殴りつける様に叩いた。

恵里は何もしてない、ただ普通に暮らして、ただ普通に笑って、ただ普通に――ッッ!

 

奇しくも、それは真司がさやかやゆまに思っていた事と同じだった。

理不尽に、人生を奪われる。

 

 

「そんな不条理な話があってたまるか!」

 

 

蓮は叫ぶ。

恵里とは幼馴染で、昔から一緒にいて、普通に恋をして、今まで幸せだった。

真司も知っている。いつもブスっとしていた蓮が、恵里と話す時は柔らかくなり、笑顔も見せていた。

 

 

「恵里は生きてる! なのに……! なのに話す事もできない!!」

 

 

一縷の望みは、まさに奇跡だ。

目覚める『かもしれない』、そんな都合のいい夢を抱きながら暮らすしかない。

その日々は蓮にとっては絶望だ。叶わない可能性に夢を抱きながら縋る毎日は地獄とも言える。

 

愛する人が目の前にいるのに話す事も、気持ちを共有する事も、笑いあう事もできない。

まして容態が急変して悪化する可能性だってある。

そんな心配を毎日抱きながら暮らしていかなければならないのだ。

 

 

「俺は恵里を愛してる……ッ!」

 

「蓮ッ! 諦めちゃ駄目だ! 必ず恵里は目覚めるさ!」

 

 

その言葉を聞いて蓮は声を荒げる。

 

 

「ならそれはいつだ!? 俺はもう待ち続けた!!」

 

「ッ!」

 

「待って、希望を抱いて、でも無理だった!」

 

 

蓮だってもう分かっている。恵里は目覚めない。

もしかしたら奇跡と言う奴は起きるのかもしれない。

しかしそれは文字通り、奇跡の確立でだ。

 

 

「いつか俺は恵里の笑顔を、恵里の声を忘れる時がくるかもしれない!」

 

 

それだけの間、蓮は一人の時を過ごさなければならない。

愛する人のの幻影を隣に抱いて、目覚めない恵里を見つめながら。

そんなのは嫌だ。愛する人と一緒にいたいと言う純粋な願いすら、蓮には叶わない。

 

 

「だったら――」

 

 

自分でその『奇跡』を掴み取る他無いだろう。

蓮は真司に背中を向けると、ゆっくり歩き出して距離を離していく。

もうずいぶん迷った。迷いに迷い、蓮はその方法を見出した。

 

 

「ずっと考えていた、恵里を助ける方法はないのかと」

 

 

思い出の場所をめぐった。

そして病院に行き、恵里の顔を見た時、蓮の心にその答えと『決意』が生まれた。

小川恵里を助ける方法は、ただ一つだけしか無いのだと。

 

 

「城戸、許せ」

 

「蓮ッ! お前まさか――ッッ!!」

 

 

そこで振り返る蓮、同時に目を見開く真司。

蓮はただ普通に振り向いたのではない。振り向きざまに手を突き出していた。

腰にはVバックルが装備され、手には紋章が刻まれたデッキがあった。

 

 

「俺は、F・Gに参加するッッ!!」

 

 

蓮は右の拳を握り締めて、肘を曲げたまま左に移動させる。

その時、全てを理解する真司。何故ココに呼ばれたのか理解した。

 

 

「俺は、恵里を助ける! 変身ッッ!!」

 

 

蓮はデッキをバックルにセットする。

すると鏡像が現れて彼の姿を騎士へと変身させた。

 

現れたのは闇を駆ける黒騎士。

ベルトについていた召喚剣・『ダークバイザー』を取り外すと、ソレを真司に向ける。

 

剣を向けられる。

その意味を理解できない真司ではない。

しかしそれでも否定したいと思うのが、人間なのだが。

 

 

「蓮――ッ!」

 

「城戸、お前は俺の友だ」

 

 

だからこそ、まずは真司を殺す。殺さなければならない。

騎士・『ナイト』は、自分の甘えを捨てる為、最初のターゲットを城戸真司にした。

 

 

「お前を殺した後は霧島を殺す。そうすれば、この戦いで迷う必要はなくなる!」

 

「本気なのかよ……!」

 

「悪いが、死んでくれッ!」

 

「蓮……ッ! お前は――!!」

 

 

ナイトは剣を構えて走り出す。

脱力する真司に、避ける気配は無い。

そのままナイトは剣を振り上げて、そのまま振り下ろした。

 

 

「危ないッ!!」

 

「「!!」」

 

 

だが、切りつけられたのは真司ではなくまどかだった。

魔法を発動して真司を庇ったのだ。しかし咄嗟のことで、結界を十分には展開できなかった。

だからまどかは剣の一撃を受けてしまう。

苦悶の表情をうかべながら、まどかは真司に声をかけた。

 

 

「変身してください! じゃないと――!」

 

「まどかちゃんッ、でも!」

 

 

蓮は親友だった。戦える訳が無い。

真司は情けなく、ナイトとまどかを交互に見る事しかできなかった。

だがそこで気づく、先ほどまでベンチにいたかずみが消えている事に。

どこに? 真司が辺りを探ると、その前に悲鳴が聞こえてくる。

 

 

「きゃあッ!」

 

「ッ! まどかちゃん!!」

 

 

再びまどかが切り裂かれる。

しかし攻撃を行ったのはナイトではない、かずみだ。

変身して、武器である十字架でまどかを切り裂いたのだ。

つまり、かずみもまた、蓮に賛同してゲームに乗ったと?

 

 

「ごめんねまどか! だけどね、だけど――!」

 

 

バックステップを行うナイトとかずみ。

そこで真司とまどかは、二つの事を発見する。

 

一つは、かずみのマントにナイトの紋章が刻まれていたと言う事。

つまり二人はパートナーだったと言う訳だ。

そしてもう一つ。

 

 

「だけどわたしは、蓮さんの味方をするって決めたから!!」

 

 

それは、かずみが泣いていると言う事だ。

 

 

「パロットラマギカ――」

 

 

かずみは、真司たちから距離をとり、十字架を振るう。

するとかずみを中心にして、無数の黒いマスケット銃が召喚された。

それを見てピクリと反応を示すまどか、黒いマスケット銃?

 

 

「その技は――!」

 

「エドゥン・インフィニータ!!」

 

「!!」

 

 

無数のマスケット銃から放たれる弾丸。

それらは真司たちに向かっていき、あっという間に爆炎で包み込んでしまった。

 

しばらくして、かずみは射撃を止める。

展望台には、かずみが張った魔法結界があるため周りには見えないだろうが、それでも凄まじい爆発だった。

 

 

「……!」

 

 

煙が晴れた時、そこには桃色のエネルギーを纏ったまどかが立っていた。

いや、それだけじゃない。ドラグシールドを二対構えた龍騎も立っていた。

 

 

「かずみちゃん……! 蓮――ッ!」

 

「そうだ、それでいい。城戸、俺と戦えッ!!」

 

 

剣を構え、走り出すナイト。

しかし龍騎の迷いが消えたわけではない。

向ってくるナイトを必死に止めようと、叫ぶ。

 

 

「蓮、俺はお前と戦いたくない!!」

 

「だったら、そのまま死んでくれるか!?」

 

 

剣を振るうナイト、龍騎はシールドで受け止めるしかなかった。

 

 

(どうして、どうしてこんな事になるんだ!? コッチはただ戦いを止めたいだけなのに!)

 

 

いや分かっている。

ナイトだって悩んだ末にこの答えを出した筈だ。

今更話し合いなんかで解決できる問題じゃないって事も。

 

だがそれを割り切って戦える程、龍騎は賢くない。

目の前にいる友と殺し合いを始めるなんて、できる訳がなかった。

 

 

「かずみちゃん! こんな事やめようよ!!」

 

 

それはまどかも同じだ。しかしかずみは違う。

 

 

「ごめんねまどか! でも、もうわたしは――」

 

 

かずみは、十字架を振るう。

すると今度は巨大な十字架が出現した。

しかもこの十字架、巨大な『筒』を十字状に組み合わせた形状をしている。

 

さらに筒の先端には巨大な穴が開いていた。

これは砲口だ。砲身の照準は、まどかに合わせる。

つまりこれは十字架型ののバズーカー。まどかは意味を理解して、すばやく魔法を発動させる。

 

 

「アイギス・アカヤー!」

 

 

まどかが両手を前にかざすと、そこに巨大な盾が出現した。

技名を呼称する事で、魔法のイメージを混乱させる事なく、スムーズに形にできる。

普段のまどかは恥ずかしさから技名を口にする事はないが、この余裕の無い時では仕方なかった。

 

まどかは理解したからだ。

あの十字架から放たれる攻撃は、恐らく通常の結界や、庇う程度では防ぎきれない事を。

 

 

「わたしは、戦うって決めたから!!」

 

 

かずみの叫びと共に、十字架の砲身が光り輝く!

 

 

「ティロ・フィナーレ!!」

 

「ッ!!」

 

 

十字架から黒い弾丸が放たれ、まどかの盾に直撃する。

衝撃がまどかを包み、盾を打ち破ろうと競り合いを始めた。

しかし驚くべきはその威力ではない。かずみが発動した魔法だ。

 

 

「これ――ッ! マミさんの!!」

 

 

些細な違いはあるものの、先ほどの『パロットラマギカ・エドゥン・インフィニータ』や、今の『ティロ・フィナーレ』はマミの技だ。

驚くべきはそれだけではない。

必死に耐えているまどかを見つめながら、かずみは指を鳴らす。

 

すると腕に装備されるのはダイアルがついた盾。

それはほむらの盾に似ていた。装飾をみるに、時計をイメージしている事が分かる。

かずみは盾についている十字架状のダイアルを反時計周りに回転させて、手を離す。

 

 

「クロックアップ」

 

 

ダイアルがカチカチと音を立てて時計周りに回転を始めた。

かずみは踏み込み、地面を蹴った。

 

 

「ごめんね」

 

「!」

 

 

あっと言う間だった。

背後から聞こえる声。まどかが振り向くと。そこには苦しそうな表情のかずみが見えた。

まどかが生み出した盾は、前方しか防御面がない。

だからかずみは大きく回りこんで距離を詰めたのだ。

かずみは十字架を模した剣を両手に構えて、まどかを思い切り蹴り上げる。

 

 

「きゃあッッ!!」

 

 

まどかは空に打ち上げられてしまう。

かずみも一緒に飛び上がり、追撃の斬撃を高速で叩き込んでいく。

攻撃をうけながら、まどかは強い既視感を覚えた。

間違いない、この攻撃はさやかがいつも使っていた攻撃だ。

思えばかずみの武器は現在剣になっている。さやかと同じ剣に。

 

 

「クッ! まどかちゃん!!」

 

 

かずみの攻撃を見て、焦りを覚える龍騎。

今すぐまどかを助けなければと思うが、その時体に走る衝撃。

 

 

「ウグッ!!」

 

「余所見をするなッ!!」

 

 

斬撃が龍騎の体を抉る。

体から散る火花、龍騎は膝をつき、ナイトは追撃を容赦なく打ち込んでいく。

龍騎はかろうじてシールドを構えるが、これではいつまでたっても攻撃を止める事はできない。

 

そうしている間にも、まどかは押されていく。

まどかとしても、かずみには攻撃はできない。

 

 

「蓮! 止めてくれ!!」

 

「戦え城戸! じゃないと、あの娘も死ぬぞ!!」

 

「ッッ!!」

 

 

そうだ。これは自分ひとりの問題ではない。

龍騎に、その事実が重く圧し掛かる。

このまま抵抗しなければ、まどかが傷つく一方じゃないか。

守ると約束したまどかが――ッッ!!

 

 

「ッ! 許せ、蓮!!」

 

「!」

 

 

龍騎は再びナイトの攻撃を受け止める。

しかし今度はただ受け止めるだけではない。

 

空からドラグレッダーが咆哮と共に飛来し、龍騎の周りを炎を纏いながら激しく旋回する。竜巻防御、これにナイトは弾き飛ばされてしまう。

さらにドラグレッダーはそのままかずみの所へ突進を仕掛けた。

 

 

「きゃッ!!」

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

ドラグレッダーはまどかを背中に乗せると、同時に尾でかずみを弾き飛ばす。

地面に叩きつけられるかずみ。コレで大人しくなってもらえればどんなに楽だったか。

 

 

「来て!」『ユニオン』『アドベント』

 

 

かずみが叫ぶと、空から巨大な蝙蝠(こうもり)が猛スピードで飛来してくる。

ナイトのミラーモンスターである『ダークウイング』だ。

その性質は『決意』、まさに蓮の覚醒と共に現れた分身に相応しい。

 

 

「キィイイイイイ!!」

 

 

ダークウイングは素早い動きでドラグレッダーに攻撃を仕掛けていく。

そのスピード故に回避力も高く、ドラグレッダーの反撃を瞬時にかわしていった。

 

 

「クソッ! 戻れ!!」

 

 

龍騎はすぐにアドベントを解除して、ドラグレッダーを消し去る。

背中に乗せたまどかは地面に向かって落ちるが、そこはしっかりと龍騎がキャッチした。

 

 

「甘いな、城戸!」『ナスティベント』

 

 

攻撃は終わっていない。

ナイトがカードを装填すると、ダークウイングが再び鳴いた。

ただ鳴いただけじゃない。放たれる超音波・ソニックブレイカーが、二人の脳に直接ダメージを与える。

 

龍騎とまどかは、苦痛の声をあげて蹲る。

その隙だらけのチャンスを、ナイト達が逃す訳も無かった。

かずみは十字架を。ナイトはソードベントで現れた槍・ウイングランサーを構えて走り出す。

 

どうやらソニックブレイカーは発動者のナイトとかずみには影響を与えないらしい。

龍騎は頭が割れそうになる中、友が殺意を宿して走ってくるのが見えた。

 

 

「ハッ!!」

 

「タアアッッ!!」

 

 

二人の突きが龍騎たちを襲う。超音波に怯んでいる龍騎たちに、避ける術など無かった。

 

 

「ウワアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

「キャアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クッ! 嫌な予感はしていたが、まさか現実になるとはな!」

 

「今すぐ助けにいかないと!」

 

 

飛来してくるエビルダイバーから全ての情報を受け取った手塚達。

長い間連絡が取れなかった蓮からの召集。

ゲームの影がそこにちらつかない訳が無い。

 

手塚はこの呼び出しに嫌な予感を感じ、エビルダイバーを真司のもとへ向かわせていた。

そして結果はコレだ。エビルダイバーが見た景色を共有できる『ビジョンベント』を使い、手塚たちは蓮の参戦を知った。

 

 

「まどかが危ない――ッ!」

 

 

珍しく焦りの表情を浮かべるほむら。

すぐに展望台へ向かう為に走り出そうとしたが――

 

 

「待て!!」

 

「!」

 

 

その時、手塚がほむらの腕をつかむ。

 

 

「何ッ!?」

 

 

すぐに向かわなければならないのに。

ほむらは思わず、手塚を睨み付けてしまった。

 

 

「俺に考えがある!」

 

「ッ!?」

 

 

手塚にはある作戦があった。

もちろんそれが100%上手くいく保証は無い。むしろ危険な賭けである。

しかし、それを踏まえて尚、手塚はこの方法をほむらに提示する。

それだけ重要な事だからだ。

 

 

「断るわ。そんな時間、私には無いの!」

 

「分かってくれ暁美! 気持ちは分かるが、ココを逃せば戦いは悪化するだけだ!」

 

 

ライン――、これは境界線だ。戦いを止める為に、あえて危険な道を行く。

手塚としても今すぐに龍騎の所へ行きたいのだが、本当の意味で戦いを止める為にはこの方法しかないと言う。

 

だがソレは龍騎とまどかの危険を上げる作戦でもあった。

ほむらは当然否定する。

 

 

「嫌ッ! 離して!」

 

「頼むッ! 戦いを止めたいんだ!!」

 

「ッッ!!」

 

 

どうやら手塚が離してくれるつもりは無いらしい。

それを察し、ほむらは表情を変えた。

殺意に満ちたその表情に。

 

 

「ふざけないでッ!」

 

「クッ!」

 

 

ほむらは変身し、手塚の腕を振り払う。

それだけじゃない。盾から銃を抜き、それを手塚に突きつけた。

手塚は苦悶の表情を浮かべる。

 

 

「暁美……、そこまで拘るのか」

 

「悪く思わないで、邪魔するなら容赦はしないわ」

 

 

手塚は内ポケットにしまっていたデッキを手にする。

こんな事をしている場合ではないが、ここは手塚としても無茶を通したい場面であった。

 

 

『おいおい、ちょっと待てよお前ら』

 

「!!」「!!」

 

 

そこで二人の間に割り入る黒い影、ジュゥべえだ。

いつのまに? 驚く二人を尻目に、ジュゥべえはヤレヤレと首を振る。

自分から現れたと言う事は、つまり特殊ルールが告げられるという事だった。

 

 

『荒れてるねぇ。でもな、【パートナーは互いを傷つける事はできない】』

 

「何ッ!?」「ッ!」

 

 

それはつまり、パートナー間での殺し合いを禁ず。

危害を加える事も禁ずると言う意味だ。

 

 

『悲しいよオイラは。なんだって、この戦いにパートナーシステムを採用したと思ってる』

 

 

それは魔法少女と騎士が、孤独な存在だったからだ。

ただでさえ人知れず魔女と戦っていた魔法少女ならば特に。

 

 

『しかもこのゲームシステムなら疑心暗鬼は必須だろ。たとえチーム組もうが、ソイツが裏切らない可能性なんてどこにもねぇ』

 

 

しかしパートナーは違う。

攻撃を仕掛ける事もできない為、裏切る事は無い。

仮に他のペアに自分のパートナーの情報を売ろうとも、最後に生き残る者が一組ならばその可能性も低いだろう。

 

 

『極端だが、パートナーは自分にとって唯一の味方って言ってもいい』

 

 

少し言い方を変えるならば――

 

 

『パートナーは最後の希望だ』

 

「「………」」

 

『仲良くしろよ。絶望は希望があってこそ成り立つもんだ』

 

 

その言葉を言い残し、姿を消すジュゥべえ。微妙な空気が手塚とほむらに流れた。

とにかく、銃は意味がない。ほむらは手に持っていた武器を盾にしまう。

 

 

「暁美、頼むッ! 一言でいい。俺が今から言う事を彼女に伝えてくれ!」

 

「………」

 

 

動きを止めるほむら、先ほどの手塚の言葉がループする。

このまま行って、戦いを止める事はできるかもしれない。

しかしそれはあくまで一時的なもの。結果的に戦いは悪化するのだと。

 

ほむらは別に戦いを止めたいとは思わない。

純粋に、鹿目まどかを守れればそれで良かった。

 

 

「同じ魔法少女の言葉じゃないと届かない筈だ!」

 

「……一言だけでいいのね」

 

 

しかし戦いが悪化すれば、まどかが危険な目にあう確立も増える。

それはほむらとしても困る事だった。手塚としても妥協した部分はあるが、何もほむらに説得を頼むわけじゃない、ただ一言、伝言を頼んだだけだ。

 

 

「分かったわ」

 

 

故に、ほむらも妥協する。

 

 

「助かる! ありがとう」

 

「別に。私はただ、まどかを――」

 

 

そこでほむらは、手塚の目の前から消える。魔法を使ったのだろう。

手塚はすぐにエビルダイバーの背中に飛び乗る。

せっかくほむらが手伝ってくれたのだ。この作戦は必ず成功させなければならない。

 

手塚は神に祈る。

今までふざけた展開しかなかったんだ。

ココで一つ、希望って奴を見せてくれないと割に合わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

皆がいなくなり、静かになった部屋。サキはそこでずっと俯いていた。

正しかったのか、コレよかったのか、答えを出せば楽になれると信じていたのに、結果がコレだ。

 

 

「迷っているの?」

 

「なっ!?」

 

 

いきなり声がして、サキは座っていた椅子から飛び上がる。

いつのまにかベッドの上にほむらが腰掛けていた。

ほむらは目を閉じ、腕を組み、足を組み揺らしている。相当焦っているようだ。

 

しかしサキにとってはどうでもいい事だった。

戦いにきたのか? 思わず変身して構えてしまう。

 

 

「構えを解いて、私はただ伝えに来ただけ」

 

「伝えに……?」

 

 

ほむらは手塚から伝えてほしいと言われた言葉を思い出す。

そしてそこに少しだけ、自分の意思で言葉を付け足した。。

 

 

「浅海サキ、迷う気持ちは分かるわ……」

 

 

確かに、この戦いで疑心暗鬼になるのは分かる。

死への恐怖、裏切りへの恐怖、受け入れがたい考え方への恐怖。

そう言ったものに呑み込まれるのは、仕方ない事かもしれない。

たがその前はどうだった? いつだって迷いながら鞭を振るっていたのか?

 

 

「浅海サキ、貴女は何故魔法少女になったの?」

 

「ッッ!!」

 

 

その時、サキの表情が変わる。

 

 

「貴女は、何を叶えたかったの? 何を守りたかったの?」

 

 

もちろんそれは、ほむらには分からない事だ。

しかしサキも魔法少女として覚醒したのならば、叶えた願いがあるのだろう。

それは中途半端なものではない。キュゥべえが選んだのだ、それなりの理由があったのだろうて。

 

 

「それをまず思い出して」

 

「………」

 

「私が言えるのは、それだけよ」

 

 

それだけを告げ、ほむらは一瞬で消えた。

サキは立ち上がると、一階のリビングへと移動した。

見たかった。思い出したかった。自分が何故魔法少女になったのかを。

 

 

「………」

 

 

そこにあったのは、ガラスケースに入ったスズランの植木鉢。

"あの日"から枯れる事は無い不死の花だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってくれ!」

 

「!」

 

 

美穂は、言われたとおり足を止めた。

振り返ると、エビルダイバーから降りた手塚が見える。

 

 

「手塚――、だっけ? なんか用?」

 

「聞きたいことがある」

 

「?」

 

「お前は、騎士になりたいか?」

 

「なによいきなり……」

 

 

少し沈黙した後に美穂は答える。

 

 

「ごめんだね」

 

 

つまり騎士にはなりたくないと言う事だ。

手塚はすぐに次の質問を投げかける。

 

 

「何故? 何故騎士になりたくない?」

 

「怖いからだよ。こんな力を持ったら、嫌でも戦わなきゃいけないでしょ?」

 

 

それに、渦巻く黒い感情が、心を食ってしまうかもしれない。

憎い物を、嫉妬する物を、邪魔になる物を傷つけてしまうんじゃないか?

いや、違う。それを作ってしまうんじゃないかと。

 

 

「霧島、人を殺す一番の要因は何だと思う?」

 

「そんなの決まっているでしょ。力じゃないの?」

 

 

人を逸脱した力を手にすれば人はいつかその力に呑まれる。

死を恐れ、正当防衛と言い訳した暴力を振るうのだろうと。

 

 

「違う、力じゃない!」

 

「え……?」

 

 

人を殺すのは力じゃない。手塚はそれを知っている。

 

 

「それは殺意だ! 人の心なんだよ!」

 

「ッ!」

 

 

力は武器だ。そしてその武器を使うのは、人間だ。

包丁を料理に使うか、人を刺す為に使うのかは、全て持ち主の自由なのだから。

 

手塚はそれを美穂に説いた。

彼女はデッキの力を武器と言い。人を傷つけるものだと言ったが、手塚はそうは思わない。

 

 

「この力は希望だ、運命を変えるためのな!」

 

「!!」

 

 

このデッキは腐った運命を壊し、仲間を守り、人を救う力になれる筈だ。

デッキを手にしたのは偶然ではなく、必然のはずだ。

その力を振るうのは何の為に?

 

 

「お前は願いを叶えられると知った時、何を思った?」

 

「私は……」

 

「守りたい物はあるか? 失いたくない物はあるか!?」

 

「……ぅ」

 

 

手塚は声を荒げていた。

それだけ必死に美穂に言葉をぶつける。

 

美穂は怖いと言った。

だからゲームに乗ってしまえば楽になれるかもしれないと考えを抱いているのだろう。

 

 

「違う! お前と言う一人の人間の考えはどうなんだ!?」

 

 

たとえそれが叶わなくとも、どれだけ不利な展開が待っているとしても。

どんなに周りが嘲け笑おうとも。夢物語だと言われようとも。

手塚は何度だって言い続けるだろう。

 

 

「この戦いは間違っている! 人が傷つけ合う事に意味なんてない!!」

 

 

それは手塚自身が――

 

 

「俺の心がそう言っているからだ!!」

 

「!!」

 

「それを、伝えたかった……!」

 

 

時間が無い。手塚はエビルダイバーを呼び寄せて、背中に飛び乗る。

最後にもう一つ。手塚は美穂に考えをぶつけた。

美穂はデッキに紋章が刻まれない、つまり覚醒できない事を悩んでいたらしい。

 

 

「デッキに眠るのはミラーモンスター、つまり自分の鏡合わせの存在だ」

 

「………!」

 

「お前の本当の心と向き合え、そうすればデッキはお前に力を与える」

 

 

手塚はココで蓮が覚醒して真司に戦いを挑んだ事を告げる。

 

 

「蓮が!?」

 

 

その事実に驚く美穂。

手塚はもう一度、美穂に向かって強く言い放った。

 

 

「壊すのも、傷つけるのも、守るのも、救うのも、全ては力を振るう奴が決める!」

 

「………!」

 

「場所は展望台だ。運命は、お前が決めろ――ッ!」

 

 

手塚はエビルダイバーを発進させる。

残された美穂は、全身の力が抜けたようにしゃがみ込んだ。

何だ、手塚ってのはクールな奴かと思ってたら、中々どうして熱いらしい。

 

 

「守りたいものか。そりゃあるって、誰でもさ……」

 

 

美穂はため息をついて、空を見上げた。

昔は楽しかったもんだ。なんて思うのは、歳をとったからなんだろうか?

 

 

(いやいや、まだまだ若いのに何言ってんだか)

 

 

でも、時間が経てばみんな変わっていく。

それは仕方ない事で、当然の事だと思っていたけど、心の中では否定してきたっけ?

 

 

「なのに、アイツ等、変わってねぇな」

 

 

高校入学時と何も変わってない。

 

 

「少し大人になっても喧嘩ばっかりかよ。ちっとも成長してねぇ、馬鹿だ、大馬鹿だ!」

 

 

マジで終わってるわ。

付き合わされるまどかちゃん達が可哀想だっての。

 

 

「まどかちゃんか……」

 

 

繊細で、脆く儚い中にも優しい強さが見えた。

友達の為に泣いて、ゲームを止めようともがく。

いい娘だ、本当に――

 

 

(うわっ! もしかして私って……)

 

 

もしかしたら純粋な尊敬を抱いていたのかもしれない。

自己を犠牲にしたとして友人を想う少女。

あんな娘が泣いている所を見ていたらモヤモヤしていたと?

いや、どうだろう? わからない。自分の気持ちはまだ理解できない!

 

 

「……あああああ、もうめんどくせー!! 何か馬鹿らしくなっちゃたなぁ」

 

 

蓮までゲームに乗ってさぁ、私だけ取り残されちゃったよ。

変身できたって事は、蓮は答えを見つけたって事だろ?

なのに私はウジウジと燻って悩んで、こんなの私じゃないみたいで気持ち悪い!

 

 

「そういえば、あん時も迷ってたっけなぁ」

 

 

真司たちと仲良くなるきっかけだったコンビニ強盗。

犯人が女の子を狙ってるって気づき始めたときかから、美穂は自分がどうすればいいか必死に考えた。

 

でも駄目だった。

だって学校のテストと違って、明確な答えが用意されているものでもない。

だから美穂は足を進めたのだ。

答えなんて出ないって知ってたから、動くしかなかった。

 

 

(あれ? ひょっとして今も同じ状況?)

 

 

美穂は少し沈黙して、大きく首を振る。

 

 

「そういえば、私ってそんなに頭が良くないんだった。忘れてた」

 

 

それは真司も同じだろう。

 

 

「ああ、そっか。そういう事か」

 

 

最初から、あの時みたく動けばよかったんじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

一方、サキは思い出す。自分が魔法少女になった訳を。

 

 

『見て見てサキちゃん! お花が咲いたよ!!』

 

『スズランだな。いい香りだね』

 

 

家の庭で必死に育てたスズランを、嬉しそうに持っていた。

まだ植木鉢に一つしか咲いていないが、『彼女』にとっては始めての事だったから、嬉しさも大きかったのだろう。

 

 

「美幸ね、スズランをたくさん咲かせて結婚式でブーケにするの」

 

 

美幸(みゆき)、サキの妹であり、一番大切な人だった。

 

 

「ブーケか……、それは叶わん夢だなぁ」

 

「えぇ! ど、どうしてぇ!?」

 

 

サキは胸を張って宣言する。

 

 

「美幸がどんな男を連れてきても認める気は無い!」

 

 

それを聞いた美幸は驚きながらも、すぐに笑顔になって、サキを強く抱きしめる。

 

 

「じゃあ美幸、サキちゃんと結婚するもん!!」

 

「えぇ? ボク達は姉妹なんだぞ!?」

 

「美幸、いつも正しいサキちゃんが大好き!!」

 

 

幸せだった。ずっと一緒にいられると思っていた。

だが。そんな日は長く続かなかった。原因はサキの両親の不仲だ、話し合いは結局無意味となり、姉妹にとって最悪の結末が訪れる。

 

 

「いやだよぉ! 美幸ッ、サキちゃんと別れたくないッ!!」

 

「わがままを言うな美幸。一緒に暮らせないだけで、お別れじゃないんだから」

 

 

とはいえ、サキもあの時は本当に辛かったし泣いていた。

両親は離婚し、話し合いの結果、母親にはサキが。

父親には美幸がついて行く事になった。

 

サキは母の実家がある見滝原に引っ越す事に。

美幸とは離れ離れになるが。子供である自分のわがままが通る訳もなく。成す術はなかった。

 

しかし幼い自分には割り切れない事でもある。

よく近くの公園で泣いていたものだ。ちょうどその時に出会ったっけ?

 

 

「ねえねえ、どうして泣いてるの?」

 

「え?」

 

「悲しいことがあるならね、笑うといいんだよ! こちょこちょ~!」

 

「わ! や、やめっ! あははは!!」

 

 

泣いているサキを元気付けてくれた少女が、鹿目まどかだった。

話を聞けば、家が近いことが分かった。

しかも、まどかは美幸と同じ年齢だった。雰囲気も随分似ていた。

 

 

「わっ!」

 

 

まどかが転ぶ。

 

 

「うええええええええええええん!!」

 

 

まどかが泣いてしまう。すると体が自然に動いていた。

サキはまどかを優しく抱き起こすと、すりむいた所を消毒してあげる。

それだけじゃなく、まどかが痛みに苦しまない様におまじないを掛けたりもしていた様な。

 

 

「いたいのいたいの、とんでけー!」

 

「とんでけー!」

 

 

それからだ、まどかとの交流ができたのは。

まどかとしても年上のサキと友達になれた事は、とても嬉しかったらしい。

まだ、まどかは一人っ子だった。姉妹と言うものに憧れがあったらしい。

 

 

「じゃあ、わたしがキミのお姉さんになってあげるよ!!」

 

「ほ、ほんとう!?」

 

「ああ、本当だとも! 今日からキミは私の妹だ!」

 

 

それを聞いたまどかは本当に嬉しそうに笑った。

それは本当に美幸に似ていて、サキは思わず彼女の姿をまどかに重ねてしまう程。

 

 

「うん! よろしくねサキお姉ちゃん!!」

 

 

こうやって心の支えもでき、サキの生活は安定と安息を手に入れる事となる。

まどかに妹の影を重ねてしまった事は申し訳ないが、まどかとはそれからずっと仲良くやっていけたから良しとしてほしい。

 

そして成長してくと共に、周りもまた変化を遂げていった。

ある日、妹に会えると言う日がやってきたのだ。

あの時の興奮と嬉しさは今も忘れる事ができない。

 

今まで電話でしかやり取りできなかった美幸に会えると言うのだから。

しかも家に泊まりに来てくれるのだ。

待っている時間は本当に苦痛だったものだ。

 

 

「き、緊張するな……」

 

 

母親に笑われたのを覚えている。

それくらい、本当にあの時は嬉しかったのだ。

久しぶりに顔を合わせる美幸は、さぞ綺麗になっている事だろう。

会ったら何をしよう? 何を話そう? 電話ではできない話もある。

恋はしているのだろうか? もしかしたらもう彼氏がいるかもしれない!

 

 

(いやいや、認めんぞぉおぉお!!)

 

 

などと思いつつも、とにかく楽しみだった。

早く会いたくて、サキは家の中をグルグルとした。

早く、早く妹に会いたい。何度も思った。

 

 

「え?」

 

 

しかし、サキが美幸と会う事はなかった。

覚えているのは、電話が掛かってきたと言う事だけ。

それ以後は、真っ白になってほとんど覚えていない。

 

あの日は、美幸の到着が遅れて。

それで電話が掛かってきたから、遅れている美幸からの電話なのかと思って。

それで――

 

 

『落ち着いて聞いてください』

 

 

だけど、電話の向こうから聞こえてきたのは知らない男の人の声。

 

 

『車が――事故――』

 

 

何も聞こえなかった。

ただ、言葉だけは形になって、頭の中に入ってきて。

サキはそれを機械的に並べるだけだった。妹と父親が乗った車が、他の車と衝突して。

 

 

「美幸は――」

 

『………』

 

 

妹に会えると思っていたのに。

 

 

『二人とも、即死でした』

 

 

何も考えられなかった。

言葉にすれば、あまりにも簡単な事だ。妹は交通事故で死んだ。

ただそれだけの事が、全く理解できなかった。

 

心の中で何度も否定した。

美幸は普通に生きて笑って、それでこの家に来てくれると信じた。

 

しかし時間が経てば。それは幻想だと嫌でも理解する。

美幸が――、妹が死んだ事をサキは受け入れなければならなかったのだ。

それはサキにとって大変辛い事だ。

 

だからサキはその悲しみと悔しさを、他の対象へぶつける事しかできなかった。

妹は交通事故で死んだ。それはつまり、他人の車とぶつかって死んだと言う意味だ。

 

 

(美幸――ッ!!)

 

 

それは純粋な狂気だった。虚構の復讐心かもしれない。

サキは妹を失った悲しみを、憎しみに変化させたのだ。

 

警察に話を聞けば、相手の車には生きている人物がいたと言う。

ならば全ての感情をソイツにぶつければいい、意地でも妹の敵を取る。

それがサキの『生き甲斐』に変わった瞬間だった。

 

都合がよかったのは、母が同時期に精神的な病を発祥してしまい、入院を余儀なくされた事だ。

どうやら妹の死が、重く響いていたのだろう。

 

母の両親も亡くなってしまい、家にはサキ一人の日が続く。

そしてサキは事故の事を調べ続けた。

見滝原は個人情報の保護を重要視していたが、それでもやはり、調べれば分かるのだ。

 

 

(まさか。こんなに近くにいたなんて――)

 

 

サキは見つけた。

そしてクラスメイトの一人に声を掛ける。

 

 

「やあ、一人かい?」

 

「え!?」

 

「私もいまから昼食なんだ。よければ一緒にどうかな?」

 

 

見つけた、遂に見つけた。

 

 

(巴マミ――ッ!)

 

 

クラスメイトである巴マミ。

彼女こそが、衝突した車にいた人物である。

そして事故の唯一の生き残りであった。

 

サキはマミを殺すつもりで近づいたのだ。

何故妹が死に、マミが生き残ったのか――?

どうせならばマミが死んでくれれば良かった。

そうだ、マミの家族さえいなければ、美幸が死ぬこともなかったのに。

 

 

「………」

 

 

歪んだ復讐心だった。

しかしサキは、その途中でマミの苦悩を知ってしまう。

一人だけ生き残った孤独、苦痛、罪悪感、そして何よりも大きいのは『そこ』じゃない。

 

あれはマミと知り合って少しした日だったか。

彼女と買い物をしている途中で、使い魔に襲われた。

そしてサキはマミの力を、魔法少女の事を知る事になった。

 

 

「き、キミはずっとそんな力を……」

 

「これでも、結構辛いのよ……」

 

「マミ――」

 

 

知らなかった。

それに言ってしまえば、マミも事故で両親を失い、かつ望まぬまま魔法少女となり人知れず異形と戦う日々を強いられている。

 

サキは悔しかった。

マミが人間として屑ならば躊躇いなく殺せたのに。

マミは優しい性格だ、それがサキを苦しめる事になる。

 

加えて、マミと過ごす内にいろいろな表情を見る事になる。

家で飲んだ紅茶、食べたケーキ、マミの笑顔、サキも笑っていただろう。

気づけば、サキの中でマミへの友情の気持ちが芽生えていた。

 

 

「私は……」

 

 

美幸への思い、マミへの思い、そして自分の気持ち。

整理には、長い時間が掛かった。その間にマミは杏子といろいろ大変なことになっていたみたいだが。

そして、ある時、キュゥべえが現れる。

 

 

『浅海サキ、君は多くの迷いを抱えている』

 

「!」

 

『だけど、それは願いとなり力に変える事ができるんだ!』

 

 

キュゥべえはサキの前に現れて、契約を持ちかけてきた。

魔法少女になる事は、つまり願いを叶えられると言う事。

サキにとっては魅力的な代価に見えただろう。

現にキュゥべえはそれを承知でサキに近づいたのだから。

 

 

『願い、それはキミが一番重く受け止められる筈だ』

 

 

憎しみを解き放ち、対象を殺す事もできる。

まして失った家族を蘇らせる事もできる。

 

 

『想像してごらん?』

 

 

キュゥべえは囁く。

また美幸との楽しい生活を取り戻す事ができるのだと。

言い方を変えれば、憎いマミを殺す事も可能である。

全てのしがらみからサキは逃れる事ができるのだ。

 

 

「………」

 

 

サキは沈黙する。どんな願いも叶えられるのだ。

迷った。迷い、迷いぬいてその答えをキュゥべえに叩きつけたのだ。

サキの願いはただ一つ。彼女が魔法少女になった理由は――

 

 

「………」

 

 

サキは回想を終えて目を開けた。

F・Gに勝ち残る事ができれば、美幸を蘇らせる事ができる。

 

 

「美幸、私は――」

 

 

サキはケース越しに、スズランの花を優しく撫でる。

美幸がそこにはいた。ありがとう、サキはつぶやいた。

 

 

「答えを、見つけたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐあああああああッッ!!」

 

「真司さん!!」

 

 

地面を転がる龍騎。その装甲には斬撃の痕が無数に残っていた。

同じくそれなりのダメージを負っているまどか。

龍騎はまどかを庇う様にして立ち上がる。

 

同時に発動するのはソードベント・ドラグセイバー。

龍騎はそれを構えてナイトの所へ走り出す。

 

 

「蓮ッ! 本気でお前はゲームに乗るつもりなのかッ!?」

 

「………」

 

 

一瞬の沈黙、それはナイトが迷っている証拠ではないだろうか。

しかしそれでナイトの攻撃が弱まる訳ではなかった。

ダークバイザーとウイングランサーを同時に構えて、龍騎にぶつかっていく。

 

少なくとも、決意は本物だった

ナイトは龍騎のドラグセイバーを簡単に弾き飛ばし、剣を振り上げた。

同時に動くまどか、今なら庇うスピードの方が速いと。

 

 

「うごかないで!」

 

「きゃ!」

 

 

しかしソレは、かずみが許さない。

十字架を振るうと、まどかの周りに黒い雷が降り注いでいく。

これは間違いなくサキの魔法だった。かずみは先ほどから、他の魔法少女の技を多様している。

 

そう、それこそが立花かずみの魔法形態なのだ。

かずみの魔法とは即ち『破戒』、守るべき掟を、理をも破壊する力なのだ。

 

簡単に言えば、かずみは一度見た魔法少女の力を破戒して自分の物にする事ができる。

相手の魔法形態、武器、それをアレンジして使用する事ができるのだ。

要するにコピー。かずみは、戦えば戦うほど強くなる。

 

 

「かずみちゃん! こんなの――ッ、おかしいよ!!」

 

「まどか! 戦わないと、死んじゃうよ!」

 

 

十字架の先端に光が見える。

かずみの必殺技、リーミティ・エステールニの発動予告と捉えていいだろう。

 

 

「かずみちゃん! お願い止めて!!」

 

「!」

 

 

まどかはソレを見て、両手を広げて立った。

全身で受け止めると? かずみはまどかの行動に、焦りの表情を見せる。

まどかは強い眼差しで、ジッとかずみを見つめていた。

その目に涙を乗せて。

 

 

「お願いッ、もうわたしは……! 友達を失いたくない!!」

 

「まどか……ッ!」

 

 

動きを止める二人。

しかしその間にも、ナイト達の戦いは続いている。

ナイトの激しい二刀流に、ついに龍騎のガードが打ち崩された。

 

 

「ハッッ!!」

 

「うわあああああああああッッ!!」

 

 

剣が胸を突いた。

一段と大きな火花を散らしながら、龍騎は吹き飛んでいく。

倒れ、転がり、すぐに力を込めて立ち上がろうとするが、ダメージが大きすぎて中々うまくいかない。

 

 

(息が――ッ、できない!)

 

 

 

再び崩れる様に倒れた龍騎。

そこへゆっくりとナイトが剣を構えて歩いてくる。

さらにデッキから引き抜くカードは、ナイトの紋章が刻まれている絵柄。

つまりファイナルベントのカード、必殺技だった。

ナイトは――、蓮は決着をつける気なのだ。

 

 

「蓮……ッッ!!」

 

「城戸――」

 

 

動きを止めるナイト。おそらく彼もまだ、迷いの中にいるのだろう。

ファイナルベントを装填しようとしている手が、確かに震えていた。

 

迷わない訳がない。親友をこの手で殺そうとしているのだから。

離れたところでは同じく必殺技を撃てない、かずみがいた。

彼女も、目の前にいるまどかを殺す事を躊躇っているのだろう。

 

 

「………」

 

 

そして、その様子を物陰から見ている人物がいた。

暁美ほむら、彼女はすでにこの展望台に駆けつけていたのだ。

正直、すぐにでもまどかを助けるつもりだった。

 

だが、またも手塚に止められた。

正直、殺してやりたかったが、ルール上そうもいくまい。

ましてや手塚は既に視えていた。

だからほむらも、渋々従ったのだ。

 

 

(今回は譲るわ……)

 

 

ほむらは悔しそうに目を閉じる。

その横では同じく駆けつけていた手塚がコインを弾いた。

手塚が得意とする占い。どうやら運命を壊す選択を――

 

 

「「ウオオオオオオオオオオオオッッッ!!」」

 

 

彼女"達"は選んだ様だ。

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

誰もが、驚く。

重なる咆哮、同時に姿を見せる二つの影。

猛スピードで走ってくるその姿に、ナイトとかずみは思わず動きを止めてしまった。

 

まして、その人物に怯む。

知り合いだ。ナイトとかずみは自分達に向かって走ってくる影の名前を漏らした。

 

 

「霧島――ッ!!」

 

「サキ……!!」

 

「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」

 

 

見事に雄たけびがシンクロしていた。

展望台に姿を見せたのは、霧島美穂と浅海サキの両名だった。

美穂はナイトへ、サキはかずみの所へそれぞれ全速力で向かう。

迫力に怯み、動きを止めていたナイトたち。そしてアクションは起こった。

 

 

「おんどりゃあああああああああッッ!!」

 

「!!」

 

 

美穂はドロップキックでナイトへ飛び込んでいった。

騎士の装甲があるため、ダメージは無くとも、衝撃を感じてナイトは数歩後ろへ後ずさる。

 

 

「み、美穂!?」

 

 

呆気に取られる龍騎。

いきなり美穂が現れたと思えば生身のままナイトにドロップキックである。

彼女は何がしたいのか?

 

一方のサキは、跳躍してまどかの前に着地する。

同時に鞭を伸ばして、かずみの十字架に絡ませた。

それぞれ、ナイトとかずみの動きを停止させたのだ。

 

 

「サキ、邪魔しないで!!」

 

「邪魔? 違うな、かずみ」

 

「え?」

 

「私は――、今度こそ答えを見つけたんだ」

 

 

サキは静かに言いながら、まどかに視線を移す。

まどかは何を言っていいか分からない。サキはいったいどんな答えを導き出したのか?

そうしていると美穂が立ち上がり、舌打ちを零す。

 

 

「おいおいッ、私を仲間外れにするとか良い根性してるじゃねぇか!!」

 

「仲間はずれって……、お前なぁ!」

 

 

龍騎が指差すと、美穂は鼻を鳴らしながら中指をおっ立てる。

なんて女だ……。思わず言葉を止める龍騎。

しかしナイトは違う様だ。剣を構えなおすと、ソレを美穂に向ける。

 

 

「霧島、これは殺し合いだ。戦う気がないならさっさと消えろ」

 

 

 

美穂だって分かっている。これがいつもの喧嘩では無いと言う事くらい。

ナイトとて、それを理解している上で剣を向けていた。

 

 

「………」

 

 

美穂は俯く。

殺し合いは怖い、裏切られるのが怖い、裏切る前に裏切れ。

嫉妬、恐怖、憤怒、混乱。それらは一つに固まり、美穂の心を容赦なく蝕む。

 

 

筈だった。

 

 

「あ゛ぁ?」

 

「!」

 

 

美穂はその全ての呪いを受け止め、ナイトを睨み返す。

戦う気が無いならさっさと消えろ? 美穂はそれを聴いて何度か頷く。

しかし頷くだけだった。振り返る素振りは見せない。

 

 

『霧島美穂ォ! テメェは姉貴が死んでるらしいなぁ!!』

 

 

広場を風が駆け抜け、美穂の茶色い髪を揺らした。

同じくして風に揺れる黒い尻尾。

美穂の背後にある街灯の上に、ジュゥべえが立っていた。

 

 

『願いは全ての概念を超越し、そして神をも超える力となる』

 

 

命を蘇らせる事など容易だと、ジュゥべえは言ってみせた。

つまり美穂の姉を再びこの世に回帰させる事も可能なのだ。

それだけじゃない愛だって手に入る。いやいや、愛だけじゃない。

奇跡の前に不可能はなし。手に入らない物など、一つもないのだ。

 

 

『裏切りが怖いなら、いっそ裏切る側に回れ!』

 

 

そうすれば願いを叶える資格が手に入る。

他社の命を奪い、ゲームに勝てば己の欲望を満たす事ができるのだ。

愛を得て、命を得て、心さえも手にする事ができるのだ!

 

 

「蓮ッ! 戦う気が無い? おいおい、誰に言ってんのよ!」

 

「何?」

 

「ジュゥべえェエエエッッ!!」

 

 

美穂は叫ぶ。

同時に反応を示すジュゥべえ。いつも通り、ニヤリと笑って美穂に問いかけた。

 

 

『理由は見つけたか? 答えは見つけたか! なあ、霧島美穂!!』

 

 

ジュゥべえの言葉に、今度は美穂がニヤリと笑う。

 

 

「決まってんでしょ。ンなもん、一つよ」

 

『じゃあ教えてくれよ。テメェはどんな想いをソイツに託す?』

 

 

美穂はそのままポケットに手を突っ込んだ。

そしてデッキを掴み、引き抜く。

 

 

「み、美穂!?」

 

「霧島ァア……ッ!」

 

 

意味を理解したのか、龍騎とナイトが声をあげた。

 

 

「「私の答えは――」」

 

 

その時、美穂とサキの言葉が完全に重なる。

今にして思えば、答えは最初からこの一つを除いてなかったのかもしれない。

それに気が付くのが、少し遅かっただけ。

 

 

「「この戦いを、止めてやるッッ!!」」

 

「「「「ッッ!!」」」」

 

 

デッキを突き出す美穂。同時にそこに刻まれていく紋章。

美穂は両腕をクロスし、鳥が翼を広げるようにして腕を左右へ広げていく。

そして一気に左手を左腰へ、右腕を左胸の位置へ移動させた。

 

 

「私はもう迷わない! 変身ッ!!」

 

 

美穂がバックルにデッキをセットすると、鏡像が現れて、その身に収束した。

姿を変える美穂。金色の装飾が入った、純白の騎士がそこに立っている。

ジュゥべえは美穂の答えを聞いて少し不満そうだが、それもまた一つの選択だと笑っていた。

 

 

『"ファム"、それがお前の騎士名だ』

 

「オッケー! じゃあ、行きますか!」

 

 

ファムはバックルに装備されている剣を取り外す。

ブランバイザー、召喚機であり武器である。ファムはそれをしっかりとナイトへ向けていた。

白と黒が対峙するフィールド。

 

 

『オセロみたいだな』

 

 

ジュゥべえはケラケラと笑っていた。

 

 

「お、おい! 美穂お前――ッ!」

 

「座ってな馬鹿、ボロボロじゃないの」

 

「アイデッ!!」

 

 

駆け寄る龍騎を、ファムはデコピンで弾き飛ばす。

しかし、優しい声で言葉を付け足した。

それは小さなもので、果たして龍騎に聞こえていたのかは微妙なラインだが。

 

 

「ごめんね真司。今になってアンタの馬鹿さが――、ううん、凄さが分かったよ」

 

「霧島、それがお前の答えか?」

 

 

ナイトもまたダークバイザーをファムに向ける。

剣を互いに向けあう。どちらも引く気などサラサラ無かった。

 

蓮は美穂の事も友人だと思ってる。

しかしそれでも、ファムが自分の前に立つのなら斬るつもりだった。

 

 

「俺はもう引けないんだ。恵里の為にッ!」

 

「蓮、考え直せ。恵里の為に!」

 

 

それが合図だった。

ナイトとファムは同時に走り出す。そして互いに真っ向から剣をぶつけ合った。

激しい火花が二人の間に舞い散る。間髪いれずに、そのまま連撃をぶつけ合っていく。

 

騎士の力が二人の剣技を上げる。

お互いの攻撃は、全ての想いを乗せて飛んでいくのだ。

 

 

「霧島! たとえ女のお前でも容赦はしないッ!」

 

「上等ッ! 今、私がお前の目を覚まさせてやるッッ!!」

 

 

ファムは真司が呟いた迷いを思い出す。

自分が選んだ道は間違っていた? 真司はすぐに否定したが、抱いてしまった思いは迷いとなって、心を蝕む毒になるかもしれない。

そんな事は――、させない。今分かったんだ。本当に正しいのは何かを。

 

 

(だから見てろよ真司、お前の選ぶ道が間違いなんかじゃないって証明してやるからさ!)

 

 

ファムは突きで一気にナイトの懐に入る。

 

 

「蓮! アンタッ、本当にこの選択が恵里の為だと思ってんの!?」

 

「当たり前だッ! 恵里を救うにはこの方法しかない!!」

 

「ふざけんなアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「んなッ!」

 

 

ファムの渾身の叫びに動きを鈍らせるナイト。

 

 

「恵里のため? 違うッ、違うでしょ!!」

 

 

ファムはその言葉を全力で否定する。

確かに、恵里を助けるには願いを叶える力を使う事が最短なのだろう。

しかし、それは本当に恵里のためになるのか?

 

 

「まあッ、あの馬鹿(しんじ)を殺したいって気持ちは分かる!」

 

 

オイッ!

龍騎が叫ぶが、そこは無視。

 

 

「だけどな! あの馬鹿も、私もッ! 恵里は友達だって言ってくれた!!」

 

 

真司は蓮の友人だが、同時に恵里の友人でもある。

恋人である蓮が真司を殺したと知れば。ましてやそれが自分のためと知れば、恵里は必ず深い悲しみに陥るだろう。

 

いや、言ってしまえばルールがある以上、恵里がそれを知る事は無いかもしれない。

しかし本当にそれでいいのか!?

 

 

「恵里はそれを望むのかよッ!?」

 

「クッ!!」

 

 

ナイトの脳裏に恵里の笑顔がチラつく。

ナイトだってコレが正しい事なのかと言われれば、そうじゃないと思う。

しかし、しかしだ。それでも恵里を助けるには方法が限られる。

 

 

「綺麗ごとじゃッ! 何も変わらんッッ!!」

 

「!」

 

 

剣を振るうナイト。

一方でサキも戦闘を開始した。

 

 

「まどか! すまないッ、私はどうかしていた!!」

 

 

かずみは十字架を構えなおし、サキに切りかかっていく。

サキはソレを真っ向から受け止める。そして改めて、自分の答えを強く言葉に乗せていった。

 

 

「かずみ! この戦いは間違っている!!」

 

「そんな事……ッッ!!」

 

 

無いと言いたかったが、かずみも言葉に詰まってしまう。

その隙に距離を詰めるサキ。激しい体術でかずみを押していく。

 

迷いが渦巻くかずみ。迷いを振り切ったサキ。

有利なのは明らかだった。

 

 

「人の命は重い! だから守らなければならないんだ!!」

 

 

サキは思い出す。

契約の誓い、自分が魔法少女になった理由を。

妹の死、マミへの復讐心、途方もない虚無感の中で、サキは折れそうになった。

 

楽になりたかったのだ。

だからキュゥべえに契約を持ちかけたれた時、何を願うのかいろいろと考えた。

だがマミの苦しみを知ってしまった。マミの願いを知ってしまった。

 

マミは、生きる願いを取るしかなかった。

そして待ち受けた未来に苦しんでいる事も。

そんなサキが迷いに迷いぬいた時、美幸の姿が目に浮かんだ。

妹は言ってくれた――

 

 

『美幸、いつも正しいサキちゃんが大好き!』

 

 

それがサキの願いを決めた。

 

 

「私が願ったのは、美幸が最初に咲かせたスズランの永遠!」

 

 

あの花が枯れないように、サキは願いを託す。

美幸を蘇らせるのではなく、マミに復讐するでもなく。

サキは美幸の残したスズランの永遠を願った。

そして手に入れたのだ、『成長』を司る魔法を。

 

 

(美幸、私は正しかったのかな?)

 

 

サキは想う。

キミを蘇らせる事はできた。しかしマミの事を知って、それを止めた。

彼女もできる事ならば、両親を蘇らせたかったろう。家族と一緒にいたかっただろう。

 

同情?

彼女の孤独を分かってあげる?

いや、それより大切な物を、スズランに見た気がしたんだ。

 

 

キュゥべえと契約した後も、本当にコレでよかったのかと迷う日もあった。

しかし魔法少女の力を手にした事は後悔していない。

私はこの力を使って正しい事を貫く。

 

美幸が、そんな私を好きだと言ってくれたから。

 

 

「私は大切な事を忘れていたよッッ! 自分の気持ちにも気がつかなかった!」

 

 

かずみは十字架を次々に発射して、サキを狙う。

しかしサキはそれら全てを見極めて回避を行っていった。

このゲームの恐怖で、美幸への想いを、みんなへの想いを忘れる所だった。

 

 

「私が一番怖かったのは殺される事でも、ゲームに呑まれることでもない! 仲間が傷つき、失われる事なんだッ!」

 

「サキ――!」

 

「この魔法少女の力は絶望に繋がる鍵じゃない! 希望を紡ぐ為の力だ!!」

 

「ッッ!!」

 

「だからこそ! みんなを絶望に沈めようとするこのゲームは、絶対に許さない!」

 

 

サキは強い眼差しでかずみを捉えた。

一瞬目を反らすかずみ。しかしすぐに負けない程強い眼光で、サキを睨んだ。

 

かずみだって、半端な覚悟じゃ嫌だった。

参戦派は悲しみを背負う事になる。友達を傷つける。

だが、それに負けない希望がその先にあるんだ。

 

 

「そう、それでも叶えたい願いがあるの!!」

 

「ッ!」

 

 

かずみは十字架を天にかざす。

何か来る? 身構えるサキ。

 

 

「イル・フラースッ!」

 

「何ッ!? それは――!」

 

 

かずみに黒い稲妻が直撃する。

すると背後、サキの背後にかずみの姿があった。

 

 

「ぐッ!」

 

 

待っていたのは無数の連撃だった。

黒い雷を全身に纏わせて、かずみはありったけの攻撃をサキにぶつけて行く。

イル・フラースはサキの切り札だが、これもまたコピーできるのだ。

 

成長魔法の究極奥義。

筋力、感覚、魔力、自らを流れる時間さえも急成長させる。

これがイル・フラースであった。

 

 

「ハアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

「うぐぅッ! ッッッ!!」

 

 

サキはなんとかガードを行おうとするが、かずみはそれをも許さぬスピードで蹴りや斬撃を叩き込んでいく。

 

そしてフィニッシュだ。

かずみは強力な突きをサキの胴体に打ち込んだ。

そう、突き――、これはまだ布石でしかない。

集中していく光。間違いない、攻撃はまだ終わっていないのだ。

 

 

「サキお姉ちゃん! 危ない!!」

 

 

まどかが叫ぶがもう遅い。

 

 

「リーミティッ! エステールニ!!」

 

「ぐッ! トゥオーノ・アルマトゥーラ!」

 

 

落雷がサキに直撃。

電磁バリアを形成させるが、リーミティ・エステールニはそれを簡単に貫きサキを大きく吹き飛ばした。

 

バリアを張っていなかったら致命傷だったか?

だがそれでもダメージはかなり大きく、サキは地面を何度もバウンドしながら吹き飛んでいく。

そしてもう一つの戦いにも大きな変化が。

 

 

「フッ!」

 

「きゃ!」

 

 

ファムはナイトに比べてスピードがある。

ナイトはファムに比べてパワーがある。

 

両者の戦いは均衡を保っていたが、一瞬の隙を見てナイトの肘がファムの胴を捉えたのだ。ナイトはよろけたファムを蹴り飛ばして距離を離す。

 

 

「コッチは女だってのに容赦ねぇなクソ!」

 

 

ファムがそんな事を言いながら立ち上がるが、どこを見てもナイトの姿が無い。

 

 

「あ、あれっ!?」

 

「美穂ッ! 上見ろ!!」

 

 

龍騎の言葉に反応して上を見上げるファム。

するとそこには黒い翼を広げたナイトの姿があった。

契約モンスターのダークウイングが、マントとなってナイトに装備されている。

 

もちろんただのマントじゃない、それは空を駆ける翼にもなるのだ。

ナイトの手にはウイングランスと、自身の紋章が刻まれたカードがあった。

 

 

「霧島、まだ殺しはしないが――! ただでは済まんぞ!」『ファイナルベント』

 

「お、おい蓮ッ!!」

 

 

必殺技を発動したナイト、龍騎はすぐに止めようと動くが――

 

 

「ふんさ! ほいしょ!」

 

「うごぉッ!」

 

 

またファムのデコピン(二連発)が龍騎を弾く。

倒れる龍騎。何を!? 彼がファムを見ると。ヤレヤレと首を振っているのが見えた。

 

 

「今はまだ殺さない? おいおい冗談だろ!?」

 

 

ファムは両手を広げ、叫ぶ。

 

 

「蓮、殺す気で来いッ! そのマジの想いを乗せて来い!!」

 

 

ファムはデッキから自身の紋章が刻まれたカードを抜き取る。

そしてそれを迷わずバイザーへセットした。

殺意であったとしても、本気の思いじゃなければ意味がない。

だって、恵里を救いたいという気持ちは本物だろうから。

 

 

「だけど、それは間違ってるって教えてやる!!」『ファイナルベント』

 

「蓮! 美穂! 駄目だ危な――って、おわあああああああああ!!」

 

 

二人止めようと、立ち上がった龍騎。

その真下から、美しい鳴き声をあげて巨大な白鳥のモンスターが現れた。

衝撃で吹き飛ぶ龍騎、白鳥のモンスターはそのままファムの背後に着地する。

これはファムのミラーモンスター、『ブランウイング』だ。

 

ファムが睨む先には、既に必殺技が発動されたナイトが見える。

ウイングランサーを軸としてマントをドリル状に纏わせた。

 

生まれたのは巨大な漆黒の槍。

ナイトはそのまま回転しながらファムに突っ込んでいく。

 

 

「これが俺の想いだッ!!」

 

 

飛翔斬(ひしょうざん)、ナイトの必殺技である。

それを見て仮面の裏で笑う美穂。それでいい、本物には本物を。

 

 

「ハァアアアアア――……ッッ!!」

 

 

ブランウイングは、その体が少し後退する程の力を込めて、羽ばたいた。

巻き起こるのは光を纏った強風だ。それはブランウイングの羽を幾重にも乗せて、対象に強力な向かい風を送る。

 

同時に剣を構えるファム。

光が剣に集中して強化される。

ファムはそのまま地面を蹴って、強風の中へ飛び込んだ。

 

 

「ハァアアアアッッ!!」

 

 

追い風の勢いで放つ渾身の突き。

"ミスティースラッシュ"、ファムのファイナルベントが、ナイトのファイナルベントとぶつかり合う。

互いに均衡を保つ競り合い、両者の威力は互角――?

 

 

「こんな物かッ! 霧島ッッ!!」

 

「えっ!? クッ!!」

 

 

追い風なのにも関わらず、ナイトの飛翔斬は威力を上げていく。

それだけ想いの力が強いのだろう。蓮の心に共鳴して、ダークウイングはその力を増強していくのだから。

震え始めるファムの手、そして遂に――

 

 

「終わりだッッ!!」

 

「ぐっ! きゃあああああああああああああッッ!!」

 

 

飛翔斬がミスティースラッシュを打ち破り、ファムの体を大きく吹き飛ばす。

サキ同じく、地面をバウンドしながら近くの木に激突する。

 

 

「かずみ、決めるぞ!」

 

「……うん!」

 

 

並び立つナイトとかずみ、彼らは武器を構えてゆっくりと歩き出す。

一方で龍騎達は、倒れたファムとサキに駆け寄っ――

 

 

「ほっとッ!!」

 

「「!!」」

 

 

しかしファムは一人で飛び起きる。

もちろん大きなダメージを受けているが、それでもファムはしっかりと立った。

だってそうだろ? ココでまだ倒れる訳には行かないんだ。

あの馬鹿――、蓮とかずみの目を覚まさせてやる為にも。

 

 

「だろ? サキちゃんっ!」

 

 

ファムは丁度、隣に倒れていたサキに手を差し伸べる。

二人はもう既に、隠れた『一つの意味』を理解していた。

サキはファムの手を見ると、ニヤリと笑ってしっかりと頷く。

 

 

「ああ、お互い……! 手の掛かる友を持ったな!!」

 

 

サキはしっかりとファムの手を握って立ち上がった。

同時に迸る光。サキのベレー帽に、ファムの紋章が刻まれていく。

つまりサキがファムのパートナーだったと言う事だ。

二人は自信に満ち溢れた笑みを浮かべて、再びナイトたちを睨んだ。

 

 

「やるな、だが何度やっても同じ事だ!」

 

「イルッ、フラース!!」

 

 

黒い雷を纏ってかずみが走り出す。

それを見極めるサキ。イル・フラースは長い間未完成だった切り札だ。

しかし今ならば足りなかった最後のピースが理解できる。

 

魔法の源、それはココにあったじゃないか。

サキは胸を押さえて目を閉じる。

 

 

「やっと分かった――」

 

 

瞼の裏にあった美幸の笑顔。

そしてマミの、さやかの、ゆまの泣いている表情。

 

サキはその悲しみを砕く為、目を開けて最後の台詞を叫んだ。

自分の魔法に足りなかった最後のピース、それは揺ぎ無い意志と――

 

 

「心だ! イル・フラースッッ!!」

 

「!!」

 

 

天が割れて巨大な白い雷が降り注ぐ。

それはサキに直撃すると、巨大な翼へと形を変えた。

完全体。そうだ、イル・フラースはこの瞬間完成したのだ。

 

そのまま地面を蹴るサキ。

音速とも言えるスピードでかずみとぶつかり合う。

白と黒の雷が辺りに弾け飛び、フィールドを揺らす。

 

 

二人は高速の戦いを開始。

互いの全てを乗せてぶつかり合った。

拳がぶつかり、激しいスパークを起こす。

一発がぶつかったと思えば、二人は既に数十発を打ち込んでいた。

 

その中、ファムは走る。

サキともう一度、心と言葉を重ねて力を込める。

 

 

「もう迷わない!」

 

「もう悲しまない!」

 

 

声が、心がシンクロした。

 

 

「「絶対にッ、皆を救ってみせる!!」」

 

 

 

 

 



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第24話 金色の未来 来未の色金 話42第

 

 

魔力の源は魂――、心だ。

そしてイル・フラースはその影響を強く受ける魔法である。

 

感覚強化により、精神もまた鋭敏になる。

心に迷いがあったり、不安があれば、それだけ技の完成度も著しく下がり、性能は弱体化してしまう。

 

つまりイル・フラース同士の戦いならば、お互いの心の強さが勝敗を決めると言う事だった。それに加え、かずみのコピー技はオリジナルより性能が劣る。

今のサキとかずみ、優劣はすぐに出来上がった。

 

 

「私は今まで迷い、悩み、闇に染まろうとしてしまった!!」

 

「ッッ!!」

 

 

かずみの攻撃をことごとく回避しながら、サキは電気を纏わせた掌底を打ち込んでいく。

裏切られるのが怖く、傷つくのが怖く。魔法少女になった時点で茨の道とは思えど、心折られそうになったと。

 

 

「迷っている間に多くの仲間が傷ついた!!」

 

 

涙でぶれる視界。

もっと早くハッキリ意思を固めていれば、さやかやゆまを絶望させる事は無かったのかもしれない。

 

特にゆまには、本当に申し訳ない事をしてしまった。

ただ、戻りたかっただけだろう。

あの時の、楽しかった時に。

 

 

「なのに私は傷つけた! それは私が弱かったからだ!!」

 

 

すまない、ゆま。

もうその想いは届かぬと知りつつも、サキは謝罪の言葉をつぶやく。

そしてそれは、かずみの心にも刺さることなのか、動きが鈍っていく。

 

 

「もっと私が強ければッ、ゆまを悲しませる事も無かっただろうに!」

 

 

寂しい思いをさせる事も、なかったろうに。

サキはボロボロと涙を流して、なおも強い眼差しを向ける。

 

 

「だからもう私は迷わない! 迷っている間に傷つく仲間がいる!!」

 

 

絶対にこの戦いを否定してみせる。

サキは何度でもその言葉を叫ぶだろう。

そしてかずみには指摘をぶつける。

 

 

「キミはまだッ、悩んでいるのではないか!」

 

「そんな事ッ!」

 

「そうなんだろう? かずみ!」

 

「ッ! 違う!! 私は――! 私はぁあッッ!!」

 

 

かずみは十字架をサキに向ける。

 

 

「迷ってなんか無い! 迷ってなんかッ!!」

 

 

光が、溢れた。

 

 

「リーミティ・エステールニ!!」

 

 

巨大な光のレーザーが十字架から発射される。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

サキもまた、両手を合わせ、掌から巨大な電磁砲を発射した。

ぶつかり合う二つのエネルギー。それらは互いを打ち消し合い、消滅する。

疲労が重なる。かずみはフラつきながら、呼吸を荒げていた。

なによりも、だ。

 

 

「ならばッ、どうしてキミはそんなに悲しそうな顔をしている!!」

 

「!!」

 

 

かずみは背後にサキの言葉を感じた。

やられた! すぐにマントで背後を切り裂くが、そこにサキはいない。

サキは更に高速移動を行い、かずみの前方に移動していた。

 

 

「私は、仲間が泣いているのはもう嫌なんだ!!」

 

 

それが一番苦しかった。それに気が付くのが遅すぎた。

だからこそ、もう二度と迷っていはいけないんだ。

サキはかずみを捕まえると、翼を広げて空に舞い上がる。

 

 

「エゴだろうな」

 

 

少し自虐的に笑う。

かずみ達は、何を犠牲にしても叶えたい願いがあるのだろう。

それは他の参加者にも同じ立場の者がいる筈。

殺したくないと思えども、叶えたい願いのために戦うことを決意した者がいる筈だ。

 

 

そしてサキ達は、そんな者たちの想いを知りながら戦いを止めると言う。

その者たちの願いを無視する事にあったとしてもだ。

だからこそコレはエゴ。正義感を振りかざしたワガママか。

 

 

「だが、このエゴだけは貫くッッ!!」

 

「くぅぅうッッ!!」

 

 

かずみは抵抗を示すが、サキはそれを許さない。

イルフラースは完全となりてサキに力を与えたのだ。

 

 

「なによりッ、かずみ! キミも、私の大切な仲間だからな!!」

 

「!!」

 

 

サキはありったけの電撃をかずみに送り込み、同時に投げ飛ばす。

 

 

「インバーシオ・トゥオーノ!!」

 

「きゃあああああああああああッッ!!」

 

 

電撃を纏いながら倒れるかずみ。

麻痺の効果があるのか、立ち上がろうとしてもうまくいかない。

かずみは複雑な表情で、サキを見た。

 

 

「わたし、わたし――……」

 

 

サキの目は綺麗だった。曇ってはいなかった。

かずみは何故か、たまらなく悔しくて、嬉しかった。

 

 

「かずみッ!」

 

 

ナイトは、パートナーが倒れた事に反応を示す。

しかし目の前にいるファムの攻撃が集中を乱していた。

一度は倒れながらも、ファムの攻撃はむしろ激しさを増しているではないか。

次々と迫る突きを切り払いながら、睨み合う。

 

 

「蓮! アンタに比べれば私の悩みなんてクソみたいな物だったよ!」

 

 

全部自分の事ばかり。

恵里の事で悩んでいた蓮、戦いの事で悩んでいた真司とは大きな違いだ。

しかもソレで自己嫌悪、まるで救えない。

 

 

「だけど思い返してみれば、戦う理由はすげぇ簡単だったよ!」

 

 

姉を蘇らせたいとか、いろいろ叶えたい願いはあった。

だけど一番守りたい物とか、一番叶えたい願いを考えてみたら答えは一つ。

美穂はその想いに向き合う事ができた。

 

だからこそココにいるのだ。

だからこそ戦う決意を固めたのだと。

 

 

「戻りたいんだよ。私は、楽しかった時に」

 

「ッ」

 

 

「つい最近じゃない。真司やまどかちゃん、皆笑ってただろ? なのにどうして今は泣いてんのよ?」

 

 

友達だったじゃないか。楽しく笑い合えてた筈じゃないか。

 

 

「霧島、人は変わる。それに恵里は奇跡を使わないと一生あのままかもしれないんだぞ!!」

 

 

確かに。ファムは仮面の奥で唇をかむ。

 

 

「そりゃあ私だって、また恵里に会いたいよ」

 

 

でも、だから引き下がらない。

 

 

「でも変わらない思いがある。アンタの恵里に対する思いがそうであるように」

 

 

だから蓮は戦いを選んだ。

 

 

「私のこの想いも、変わらない」

 

「!」

 

「ごめん。でも分かってよ。恵里、蓮」

 

 

みんなが笑いあえる未来を目指す為に、今はちょっと我慢してて。

ファムはますます剣のスピードを上げていった。

人を殺して叶える願い、その先には破滅しかない。

悲しみの上に立つ笑顔はいつか音をたてて崩れる筈だから。

 

 

「ごめん、お姉ちゃん――ッ」

 

 

願いがあれば、蘇らせる事もできるだろう。

 

 

(だけど、お姉ちゃんは言ったよね?)

 

 

美穂の脳に幼い頃の思い出が蘇る。

よくやんちゃして母親に怒られた時、姉は逆に褒めてくれた。

誰にでもありそうな思い出が、美穂の希望だった。

 

 

『美穂ちゃんは、好きな事をやってた方が輝いてるよ』

 

(嬉しかったよお姉ちゃん。だからごめん、私のワガママを突き通させて)

 

 

ファムはついに、突きをナイトの胴体にクリティカルヒットさせる。

ナイトの動きが止まった。ファムはさらに蹴りを決めると、その反動で後ろに跳んだ。

 

「蓮。アンタが恵里を助ける為に、皆を傷つけるっていうなら」

 

「………」

 

「私は、全力でアンタを止める」

 

 

ファムの雰囲気が変わった。決着をつけるつもりなのだろう。

しかしまだファイナルベントの再構築には時間がある。

まして先ほど、ファイナルベントの打ち合いにファムは負けていた。

 

ナイトに負ける気はなかった。

剣を構えてファムの攻撃を待つ。

隙を見て、反撃の一手を打ち込むつもりだったのだろう。

 

 

「悪いな、蓮」

 

「ッ?」

 

「私は、一人じゃないんだよ」『ユニオン』

 

「しまった!!」

 

 

ナイトはその意味を理解する。

そうだ、ファムは一人じゃない。ファムの背後には、浅海サキが立っていた。

 

そういう事か。

ナイトはすぐにかずみを呼ぶ。

しかし未だに痺れが残る状態。ましてやイルフラースの反動もある。

かずみは力を込めるが、体がビクともしなかった。

 

 

「ごめん蓮さんッ、体が動かないッッ!」

 

「クッ!」

 

 

振り返るナイト。

そこには並び立つファムとサキが見えた。

ユニオン、その魔法があればファイナルベントを連続で発動できる。

 

ファムとしても、できる事ならば一人で決着を付けたかった。

だがもうこの想いは自分だけの物じゃない。

 

 

「「戦いを止める」」『ファイナルベント』

 

 

またも二人の声が重なる。

そうだ、ファムだけの願いじゃない。

ファム達の願いなのだ。

 

 

「「皆を守るッッ!!」」

 

「くッ!!」

 

 

サキが地面を叩くと、ナイトの周りに雷の柱が次々に出現していった。

これは危険だ、ナイトはガードベントであるマント・"ウイングウォール"を発動して、回避に集中するのだが――

 

 

「甘いッ!」

 

「何ッ!!」

 

 

ブランウイングが出現すると、羽ばたきでナイトの動きを封じる。

それだけじゃない。風は円形状に並んだ雷の柱達を、移動させていく。

 

一点に収束していく雷の柱たち。

それはすぐに雷の檻へ変わり、ナイトの逃げ場を完全に断った。

いや、それだけじゃない。雷の柱はさらに移動を続け、完全にナイトへ重なった。

 

 

「グオオォオオォォォオオオッッ!!」

 

「安心しろよ、ちゃんと加減はしてあ・げ・る!」

 

 

雷に打たれ、ナイトの動きが完全に停止する。

ファムはマントを翻し、サキは腰を落とし、それぞれは同時に空へ跳び上がる。

 

 

「決める!」「ああ!」

 

 

二人はそのまま空中で一回転、そしてナイトへ狙いを定めた。

 

 

「「ハアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」」

 

 

そして同時に、電撃を纏わせた飛び蹴りを放つ。

ダブルキックの軌跡は雷の残像を残し、まるで『剣』の様に見えた。

 

雷で相手の動きを封じて放つ二重の飛び蹴り。

これこそが二人の複合ファイナルベントである"ミスティック・セイヴァー"。

それは迷いを断ち切る白き一閃。蹴りはナイトに直撃して、大きく吹き飛ばす。

 

 

「グハッ! ウゥウゥゥッッ!」

 

 

帯電しながら転がって行くナイト。

立ち上がろうとするが、ダメージが大きいのかそれは叶わなかった。

そこへ歩いていくファム。彼女は変身を解除して、寂しげな表情を浮かべる。

 

 

「そんなに早く、答えを見つけなくてもいいじゃん……」

 

「何ッ?」

 

 

確かに今のままなら、恵里を救うためにはゲームに勝ち残るしかないのかも。

ワルプルギスの夜を倒した場合、叶えられるのは全員で一つの願いだ。

それを恵里のために使えるのかと聞かれれば、恐らく不可能だろう。

 

 

「でも、もしかしたらさ、ゲームの途中で恵里が目覚めるかもしれないだろ?」

 

 

そうでなくとも、目覚めさせるヒントが出てくるかもしれない。

希望が見えてくるかもしれない。難しい話か? 厳しい話か?

だろうな、あまりにも確立の低い考え方だ。

 

 

「でも、ゼロじゃない」

 

「……っ」

 

 

そこに1%でも可能性があるのなら、焦る事はないんじゃないかと美穂は言った。

人の命はそれだけの重さを持っている。それはナイトも承知の上だ。

戦いの途中で迷う事もよく分かる。ナイトは倒れているかずみを見て、深いため息をついた。

 

 

「いいだろう。今回は……、俺の負けだ」

 

 

ナイトは変身を解除して蓮の姿に戻った。

しかしと、鋭い眼光で美穂を睨む。

 

 

「今回は、だ」

 

「え?」

 

「ゲームに勝つしか方法が無いと分かったときには、俺は、戦う」

 

「……分かったわよ」

 

 

そこで美穂の肩に触れる手。

横を見れば。同じく変身を解除した真司が立っていた。

 

 

「蓮ッ、そん時は、俺が相手になってお前を止めてやる!」

 

「………」

 

 

蓮は、頷いた。

二人は真剣な表情でしばらく睨み合っていたのだが――

 

 

「だから私を置いてくなってのっ!!」

 

「ア゛ーッ!!」

 

 

美穂は真司の背中を思い切り叩く。

そして蓮を見た。

 

 

「どうしようも無くなった時は、私と真司(コイツ)の二人で止めてやる」

 

「……フン」

 

 

蓮は少し驚きつつも、唇を少し吊り上げた。

どうやら中身は変わっていなかったか。

蓮は倒れて身悶えている真司を見て、つくづくそう思う。

 

 

「うく……っ」

 

 

蓮から少し離れた所で力を込めるかずみ。

まだ、うまく立ち上がる事ができない。

蓮の役に立てなかった。敗北したという悔しさも相まって、涙が浮かんでくる。

 

 

「はい! かずみちゃん!」

 

「!」

 

 

しかし、そこへ差し伸べられる手。

かずみが視線を移すと、ソコには優しい笑顔を浮かべたまどかが立っていた。

 

優しさに釣られて、かずみも笑う。

だが忘れたわけじゃあるまい。そんなまどかを、かずみは殺そうとしたのだ。

許される訳がない。手を取る資格は無いと、かずみは目を反らす。

 

 

「わたしは気にしてないよ、かずみちゃん」

 

「!」

 

 

まどかは自分からかずみの手を握ると、ゆっくりと首を横に振る。

こんなゲームだ。途中で迷う事も、傷つけてしまう選択を取ってしまう事もあるだろう。

 

まどかは昔のかずみを。

楽しく皆で笑いあっていた頃のかずみを知っている。

決して殺し合いを望む性格では無いという事を知っているのだ。

 

 

「ま、まどか――ッ!」

 

 

ニコニコと笑うまどかを見て、かずみは涙を流しながら手を握り返した。

同時に優しく抱き起こされる。サキがかずみを支えていた。

 

 

「サキ……!」

 

「すまなかったな。投げ飛ばしたりして」

 

 

サキはまどかと同じく、優しい笑顔をかずみに向ける。

 

 

「キミの気持ちはよく分かるよ。私も、傷つけようと思っていた身だから」

 

 

だがほむらに言われた言葉で、何とか自分を取り戻す事ができた。

サキは同じ事をかずみに伝える。何の為に魔法少女になったのか?

それをよく考えてほしいと。

 

 

「悪いのはキミじゃない」

 

 

サキは鋭い眼光を『彼』に向ける。

 

 

「悪いのは、この腐ったゲームを考えた連中だ!!」

 

『………』

 

 

ジュゥべえはサキの眼光を感じて、ニヤリと笑う。

 

 

『言ってくれるぜ、悪いのはオイラ達か? いやいや、それは違うぜ』

 

 

ジュゥべえに悪びれる様子はない。

 

 

『このゲームは宇宙を救う為の儀式だ。ましてそこへ人類への救済を与えただけにしかすぎない』

 

 

願いと言う可能性を提示している分、良心的ではないか。

 

 

『強欲なテメェらに与えるご褒美だぜ? ククク!!』

 

「ふざけやがって――ッッ!!」

 

 

真司は思わずジュゥべえに掴みかかろうとするが、素早い身のこなしで交わされる。

ジュゥべえは街灯の上に飛び乗ると、再び参加者達に視線を送った。

真司、美穂、蓮の三人。どうやら一時的だが和解できた様だ。

 

 

『自分を殺そうとした相手を簡単に許すとは、オイラには理解できないな』

 

 

それは少し離れた所にいるまどかとかずみにも言える事だ。

サキを中心に立つ彼女達。そしてそんな彼らを観察する場所にいる手塚とほむら。

 

 

『オイラは結構気に入ってるんだけどな。お前らの事!』

 

「なに?」

 

『本気で戦いを止めようだなんて馬鹿な奴等だ。見ていて飽きないよ。コレで感情があれば最高だったろうぜ』

 

 

反論しようとした真司だが、そこで脳に直接語りかける声が聞こえた。

一同は集中して声の主を探る。間違いない、それはキュゥべえだった。

 

 

『やあ、お知らせだよ』

 

 

相変わらずの軽い声。

今回はルールではなくお知らせという事だった。

 

 

『今日、この日を以って、全ての騎士の覚醒が確認されたよ』

 

「!!」

 

 

それだけじゃ無く、相方が死んでいる場合を除いて、全てのパートナー契約が結ばれたとも付け加えられた。

これで全ての魔法少女が揃い、全ての騎士がそろい、全てのパートナー達が出会ったと。

 

 

『これは宇宙の運命を決める。"神のゲーム"さ』

 

『同時に、テメェらの欲望を叶えるゲームでもある』

 

 

ジュゥべえはその言葉を残すと消失、一同の目の前から完全に姿を消す。

 

 

『願いの為に、頑張ってね』

 

 

キュゥべえもまた、その言葉を残して消え去った。

 

 

「………」

 

 

一同はしばらく沈黙を続けていたが、そこで手塚とほむらが合流する。

ライアペアは、今までの戦いを見ていた事を素直に告げる。

駆け寄るのは美穂とサキ、二人は感謝の言葉を手塚達に投げかけた。

 

 

「助かったよ、手塚が教えてくれたおかげだ」

 

「ほむらも、本当にありがとう」

 

 

手塚は構わないと笑う。

 

 

「戦いの輪が広がらなくて幸いだった。友人同士が殺しあうなんて間違っている。そうだろ?」

 

 

手塚は蓮とかずみに視線を移す。

 

 

「………」

 

「答えを急ぐ必要は無い。運命は、希望も絶望も持っているからな」

 

「だと、いいがな」

 

 

蓮はそれだけ言って、かずみに向かっていく。

かずみは、まどか達に支えられている。蓮の視線に気が付くとすぐに謝罪を行った。

 

 

「わたし、パートナーなのに役に立てなくてごめんなさい……」

 

「気にするな、お前はよくやってくれた」

 

「!!」

 

 

蓮の言葉を聞いて、かずみは笑顔を浮かべる。

その様子にコソコソと話し合いを始める真司と美穂。

 

 

「あの蓮が恵里以外に優しくするとは珍しいな」

 

「流石の蓮も子供のかずみには優しいんじゃないのぉ?」

 

 

そこで美穂は目を細める。

そう言えばどことなくだが、恵里の面影がかずみにある様な気がするが――?

 

 

ぐぎゅるるるるるるぅぅぅう

 

 

「は?」

 

 

―――りゅりゅ

 

 

「………」

 

 

響く、腹の音。

誰もが、その音がした方向を見た。

そこには複雑そうな表情で腹を押さえる真司が。

 

 

「空気を読めコノヤローッ!」

 

 

美穂は真司の髪をクシャクシャと揉みしだく。

倒れる真司と、吹き出す手塚。

 

 

「龍騎の時とは大きなギャップがあるものだな」

 

 

サキもまた苦笑して提案を行った。

たまたま音を立てたのが真司なだけであって、別におかしな事ではない。

 

 

「皆で食事にしようか!」

 

「お、いいね! 流石私のパートナー!」

 

 

サキの言葉に指を鳴らす美穂。

戦いが終わって、お腹が空いていた所だ。

真司、まどか、美穂、サキ、蓮、かずみ達で食事にしようと言う。

もちろん手塚たちも入れて。

 

 

「せっかくだからご一緒するか?」

 

「そう……、ね」

 

 

手塚たちも断る理由はない。

じゃあ決まりと、美穂は笑う。

とてもじゃないが、先程まで迷いに迷っていたとは思えない。

切り替えしが早いのが美穂のスキルなのか、今は活き活きと輝いている。

 

 

「蓮の店ってまだ開いてんだろ? そこにしようぜ!!」

 

「奢らんぞ」

 

 

スタスタと歩いていく蓮。

 

 

「どケチーッ!」

 

 

美穂は叫びながら真司を強制的に叩き起こす。

 

 

「ねえ、真ちゃん」

 

「な、なんだよ」

 

 

美穂は猫なで声に変わり、真司に擦り寄る。

これには流石の真司もおかしいと、表情を引きつらせる。

美穂がこういう態度の時は、だいたいよからぬ事を考えている訳で。

 

 

「真司ぃ、私今月ピンチで――」

 

「お、俺は奢らないからな!」

 

「なんでだよ! 最低!」

 

「どこが! お前が最低だ!」

 

 

走り出す真司と、舌打ちの美穂。

そんな二人を見て、ニヒルに笑う蓮。

 

コレが、先ほどまで殺し合いがどうこう言っていた三人なのか?

ほむらは真司達の割り切り様にに思わず目を丸くした。

 

一方で美穂は、まどかの所へ向かう。

美穂は気づいたのだ。どこかぎこちない、まどかの笑みに。

 

 

「まどかちゃん! ちゅきー!」

 

「はい? って、わわわ!」

 

 

美穂はまどかを抱きしめる。

先ほど真司とじゃれ合っていた時とは別人の様だ。

 

それは全てを包み込む様な感覚。

ファムの鏡像であるブランウイングの性質とは『慈愛』。

それを証明するように、美穂は優しくまどかの頭を撫でていた。

 

 

「まずはさ、いろいろゴメンね」

 

「え? え? な、なにがですか?」

 

「いいからいいから、お詫びにおっぱい揉んでいいよ」

 

「えぇえぇ!?」

 

「よせよ美穂! なんて事言うんだ! まどかちゃんが汚れるだろ! ほら! 早く離れろ!!」

 

「うるせーッッ!!」

 

「ピンキーッ!!」

 

 

美穂が繰り出した掌底を受け、真司はよく分からない叫び声をあげて転がっていった。

一方で美穂はもう一度まどかを抱きしめる力を強めた。

 

 

「辛いよね? ゆまちゃんの事あるし」

 

「………」

 

 

無言で頷くまどか。

ゆまはどんな気持ちで死んだのだろう?

どうして助けてあげられなかったのだろう?

 

あまりにも早すぎる死。

まどかは言い様のない責任に押しつぶされそうになっていた。

 

 

「どうすればいいのかな? 美穂さん。わたし、なんて言うか……」

 

 

どんなテンションで生きていけばいいのか分からない。

今だって、みんなでご飯は嬉しいけれど、ふと思ってしまう。

笑っていいのか、みんな苦しんでいるのに、楽しいと一瞬想ってしまって――。

 

 

「わたしは、さやかちゃんも、ゆまちゃんも、マミさんだって助けられなかった。その上で楽しいなんて感情を抱くのは、とっても最低なことなんじゃないかって……!」

 

「そうね。だから私達は、コレからいっぱい食べなきゃいけない」

 

「え?」

 

「いっぱい怒って、いっぱい泣いて、いっぱい生きて――!」

 

 

亡くなった者達へ恥じない生き方を選ばなければいけないのだ。

引きずる事も、もちろん大切な事だ。だがそれはイコール自分を責める事ではないと、美穂は言う。

 

 

「ゆまちゃんの為に、さやかちゃんの為に、マミちゃんの為にも! まどかちゃんは生きなきゃいけない」

 

「………」

 

「まどかちゃんの友達はさ、友達の不幸を願う最低なヤツなの?」

 

「そんな事は!」

 

「そう、それ。だからいっぱい食って笑おうぜ! まどかちゃん!!」

 

「……ッ!」

 

 

まどかの目に浮かぶ涙、美穂はハンカチを取り出すとそれを拭ってあげる。

すぐに切りかえる事はできないかもしれない。

しかしそれでも自分達は前に進まなければならないのだ。

 

全ては選択と決断にある。

 

美穂はまどかの手を握ると、そのまま真司たちの所へと歩き出した。

 

 

「もう二度と、犠牲者は出さない。今はそれが大事」

 

「はい!」

 

 

まどかは頷くと、美穂と手をつないで歩いていった。

 

 

「………」

 

 

最後尾で、ほむらは唯一深刻な表情を浮かべていた。

 

 

(千歳ゆまは、希望とはなり得なかったか)

 

 

幼いゆまには気の毒な話だが、これもまた一つの運命。

 

 

(話を聞けば呉キリカもいる事だし、間違いなく"彼女"もいるのよね)

 

 

ほむらは過去のことを思い出して胸を押さえる。

あの時は、あと一歩の所で――

 

 

「………」

 

 

しかし気になるのはゆまを殺した犯人だ。

そう。誰がゆまを殺したのか?

 

 

答えは――、佐野が報酬を受け取り、織莉子のお茶会を断った時まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

佐野が家に帰り、百合絵に会っていた頃、織莉子とキリカはお茶会を楽しんでいた。

既に断っていた13番は屋敷の塀で相変わらず居眠りである。

 

そして更に時間が流れ、日は落ちる。

話し疲れたのか。キリカはすっかり満足して眠りこけてしまった。

 

 

「あらあら」

 

 

織莉子は困ったように笑い、キリカを屋敷へ運んだ。

そのままベッドに眠らせると、お茶の片づけをするために庭まで戻った。

そこで13番がやって来る。

 

 

「あら、どうしたんですか?」

 

「ちょっとコレからの事を聞いておこうって」

 

 

さやかを集中的に狙う様、作戦を立てたのは織莉子だ。

織莉子の魔法は『確立』魔法だ。美樹さやかが死ぬ事で、ゲームに勝利できる確立を跳ね上げる事ができる――、などと言っていたが、現状何かが変わった気はしない。

そのことに13番は疑問を感じたのだ。

 

 

「今は、まだ」

 

「ふぅん、まあいいけど」

 

 

少しの間、沈黙が続く。

ティーセットを片付ける音がだけが庭には聞こえ、それが終われば完全な沈黙が場を包んだ。

 

しかしこのままと言う訳にもいくまい。

織莉子は13番の雰囲気がいつもと違う事を指摘する。

 

 

「何かあったんですか?」

 

「アタシなりに考えてみた。これからの事を」

 

 

もう十分情報は集まったし。

もう十分織莉子たちの事も観察できた。

それは13番にとって何よりもいい経験になっただろう。

だからふと、13番は話題を変える。

 

 

「集会のアタシの演技、褒めてくれたよね?」

 

「ええ。あの発言で多くの参加者を混乱させる事ができました」

 

 

13番は魔法少女集会にて参戦派を名乗り、参加者を皆殺しにすると宣言してみせた。

それは織莉子の言うとおり、多くの参加者に影響を与えた発言だろう。

さやかの動揺も、これによって上乗せされたものだ。

 

 

「でもあれなぁ……」

 

 

ねっとりとした言葉で、13番はニヤリと笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「演技でも何でもないんだけどねッッ!!」

 

「!!」

 

 

銃声。

13番は魔法少女に変身すると、武器である『銃』を迷わず発砲した。

だが直後、銃弾がガキンと何かにぶつかる音がする。

 

織莉子は超反応とも言える速度で変身すると、武器である球体状の宝石・『オラクル』で銃弾を防いだのだ。

オラクルは織莉子の周りに無数と出現。

織莉子を守る半自動的な装置となり、アシストを行う武器だった。

 

 

「何を……?」

 

「決まったんだろぉオ?」

 

 

銃を撃つという事は、対象を殺す為に他ならない。

13番には考えがあったのだ。さやかが死んでも織莉子が目立った動きをしていないのは、内緒で確立魔法を発動させていたからでは無いかと。

その確立とは――

 

 

「アタシが、裏切る確立!!」

 

「………」

 

 

13番は織莉子の仲間であった。

しかし最後までそれを突き通すつもりなど、さらさら無かったのだ。

 

織莉子を見つけて近づいたのは、13番からだ。

協力するという名目で、今まで織莉子の実力や考え方、作戦、行動方針を探ってきた。

 

 

「でももういい。もう十分、おなかいっぱい」

 

 

13番は『問題なし』という結論を導き出した。

本当ならばもう少し泳がせても良かったが、織莉子がパートナー契約を未だに結んでいないという点に注目する。

 

同時にそれが13番が織莉子に近づいた狙いであった。

多くの参加者がいる中、13番は『能力』を使いつつ、様々な魔法少女を調べてきた。

 

その中で織莉子を見い出し、集中的に調査を続けてきたのだ。

何故か? 決まっている。

それは織莉子がゲームにおいて最も脅威となりえたからだ。

 

 

「アンタを放置するのは、危険なわけで」

 

「………」

 

 

「そうだろ? 当たりを引いた、織莉子様? くフフフ!!」

 

「っ!」

 

 

13個あるデッキの内、『当たり』と呼ばれる物が存在する。

その一つが織莉子が持っている『力』のデッキだった。

13番はそれを見抜き、織莉子がどれだけゲームに影響力を齎すのかを確認してきた。

 

確かに織莉子自身は大きなプレッシャーを秘めている魔法少女だ。

だが気迫は凄くとも、魔法少女の実力としては限界がある。

 

しかもパートナーとは未だに接触できていない状況。

叩くなら今しかない。タイミングはバッチリではないか。

 

 

「いつ裏切るの? 今でしょ! あ、これもう古い?」

 

 

ハイテンションに笑いながら、13番は武器である二丁のハンドガン・"リベンジャー"の引き金を引く。

織莉子はオラクルを使い銃弾を防ぐ中、魔法結界を発動する。

広い庭を覆うようなドーム状の結界。

 

 

「わお、すごい!」

 

 

13番は賞賛の口笛を。

魔法結界が、僅かの間、まわりの景色を変化させる。

荒野が見えた。周りにはビルの残骸や、枯れ果てた草木が見える。

まるでそこは、世界の終わりの様だ。

 

 

「これは未来、変えるべき世界」

 

「はぁ?」

 

 

織莉子は壮大な雰囲気を醸し出し、13番を睨みつけた。

なんという威圧感だろうか。13番もその迫力には少し怯んでしまう。

織莉子が優勝候補というのは頷ける話だ。力のデッキを手にするには相応しい。

 

 

「まあでも、殺すけど!」

 

「残念です、同じ当たり引きなら、仲良くできると思っていたのに」

 

 

その言葉に13番は大笑い。

どうやら見抜かれていた様だ。尤も、派手な使い方だったから当然といえば当然だが。

 

そう、13番もまた二つある当たりを引いた存在。

つまり織莉子と対になる存在だった。

 

 

「『技』のデッキを持つ、この"ユウリ様"がお前を処刑してあ・げ・る!」

 

 

大きな魔女帽子。金髪のツインテール。

露出の多いピエロのような格好。全身をつつむ赤紫。

"魔法少女ユウリ"は、集会で宣言した信念を曲げた事は無い。

 

 

「つまり参加者全員、皆殺しだってのッッ!!」

 

 

景色が元に戻る。

ユウリは地面を蹴って宙返り、そのまま織莉子との距離を離す。

織莉子とは同じ『当たり』を引いた存在だが、決定的に違う部分が一つある。

それはパートナーと契約をしているかしていないかの差。

 

織莉子は未だにパートナーを探している状況だが、ユウリは違う。

身につけているスプーン状のペンダントには紋章が見えた。

それは歪な『龍』に見える。龍騎の物と似ている気がするが――?

 

 

「美国織莉子。契約してないお前とアタシ様ではッ、レベルが違うんだよ!!」

 

「っ」

 

 

ユウリが取り出してみせたのは、間違いない、騎士のデッキだった。

そこから三枚のカードを素早く抜き取ってみせる。

 

 

「なにを?」

 

 

織莉子は辺りを探るが、騎士の気配はない。

驚くのはここからだった。ユウリは手に持ったカードを宙へと放り投げる。

舞い上がるカード、同時にユウリは銃の標準を定める。

 

 

「来い! ステーシー! バージニア! ゲルトルート!」『『『アドベント』』』

 

 

引き金を引くユウリ。

リベンジャーの弾丸が、カードを貫いた。

すると濁った音声と共に、カードの効果が発動されたではないか。

 

技のデッキは、魔法少女の武器をカードバイザーに変える力を持っている。

ユニオンとの違いは、一切魔力を消費しない点だ。

これにより、常に騎士の力をフルに使っていける。

 

さらに驚くべきはアドベントの効果によって召喚されたモンスターである。

現れた異形は三体、そしてそれらはミラーモンスターでは無かった。

 

 

「魔女……ッ!!」

 

「ふははは! さあ殺せ殺せ! ブチ殺せェエエエエエ!!」

 

 

歪な猫の頭部が三つ組み合わさり、体は女性の体型を残し、体からは鋭利な爪が飛び出している猫の魔女・『STACY(ステーシー)』。

 

ダイアの頭部に巨大な一つ目。

体は大きく、鎧に包まれた鎧の魔女・『VIRGINIA(バージニア)』。

 

そして薔薇の魔女ゲルトルート。

三体の魔女はユウリを守る様にして出現。

魔女達はユウリの命令どおり、一直線に織莉子を狙って動き出した。

 

 

「さあ始めよう。魔女と魔法少女、血みどろ舞踏会(ロンド)!」

 

「くっ!」

 

「イカしてるね、イカレてる? あっは!」

 

 

ゲルトルートはまず、バラの蔓で織莉子の動きを封じようと動いた。

無数に迫る蔦だが、織莉子はオラクルを飛ばして次々に塞き止めていく。

 

一方でステーシーは走り、織莉子を直接狙った。

とは言えど、次々に迫るオラクルが直撃していき、動きが止まっていた。

 

バージニアはそれなりに硬く、大きい。

オラクルを強引に突破しながら、細長い腕を伸ばして織莉子を貫こうとする。

 

 

「くッ!」

 

 

織莉子は魔女の攻撃パターンを読んで回避を行っていくが、余裕とは言えなかった。

地中からは蔦が迫り、素早いステーシーを目で追い、迫ってくるバージニアからは距離を取らなければ。

 

 

「縛って縛って搾り取れ~♪ そしてら潰して引きちぎれー♪」

 

 

ユウリは庭においてあった椅子に腰掛けて、歌を口ずさむ。

随分と余裕な物だ。それもそうか、呼び出した魔女達は完全にユウリの犬と化している。魔女がユウリを狙う事は無い、完全な使い魔と成り果てているのだ。

 

 

「魔女狩りのユウリ、そんな名を聞いたことがあります」

 

「フッ! いいね。なかなかスパイシーな二つ名で」

 

 

とはいえ織莉子も負けてはいない。

オラクルは無数に展開され、織莉子を的確に守る様に高速で動いている。

さらに一部は自動で動いてくれるため、そこまで扱いに難しい訳でもない。

 

威力もそれなりにある。

織莉子はオラクルを次々に魔女達へぶつけていき、ダメージを与えていった。

オラクルは織莉子の意思一つで爆発させる事ができ、その衝撃も加わって三対一の状況を苦と感じさせない立ち回りを見せている。

 

 

「お前らッ! 囲め! 囲んでリンチコース!」

 

 

ユウリの怒号に反応する魔女達。

言われたとおり、織莉子を囲むように陣形を変えて攻撃をしかける。

織莉子も最初は攻撃を避け続けていたものの。流石に限界があったのか。

あっという間に魔女三体に取り囲まれて見えなくなってしまう。

 

 

「グローリーコメット!」

 

「!」

 

 

しかし光とともに魔女達が大きく吹き飛ぶ。

見れば織莉子の周りをオラクルが円形状に並び、高速回転を行っているじゃないか。

 

倒れる魔女達。

唯一バージニアのみが耐え切って立っていたが、織莉子はすぐに後退していき、仕切りなおす。

さらにそこで周りを見ていた。

ゲルトルートは体が大きいため、防御力もそれなりにあるらしい。

しかしスピードファイターのステーシーは違う。ダメージも大きいようで、立ち上がろうとしているが、大きくフラついていた。

 

 

「消えなさい!」

 

『ギニァアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

織莉子はグローリーコメットを発射。

円形状に回転するオラクルは、ギロチンとなりステーシーの胴体を真っ二つに切断する。

魔女は爆散し、グリーフシードをドロップした。

すると地中から蔦が伸び、グリーフシードを弾き飛ばす。そのままユウリの手に収まった。

 

 

「あッは! 酷い事をする。アイツも元は同じ魔法少女なのにさ」

 

「ええ、知っていますよ」

 

 

織莉子はゴミを見るような目でユウリ見ていた。

使役した魔女が一体死んだというのに、ユウリはまだまだ余裕のようだ。

しかしグローリーコメットはまだ継続中である。

ステーシーを切断した後は、猛スピードでユウリの元へ飛来していた。

 

ユウリは冷静だった。

デッキからカードを弾くと、それをリベンジャーで貫く。

 

 

「エルザマリア!」『アドベント』

 

 

ユウリの前に出現するのは影の魔女・エルザマリア。

魔女はユウリを後ろから抱きしめるようにすると、形状を変化させて、マントになった。

ユウリがマントを翻すと、マントから無数の黒い手が伸び、オラクルを止めようと向かう。

 

 

「無駄なことを!」

 

 

織莉子の言うとおりだ、オラクルは影を切り裂きながらユウリに向かう。

ならばと、ユウリはマントを広げて空に飛び上がった。

ナイトのように、マントが翼になるらしい。

 

とは言え、オラクルは執拗にユウリを狙う。

織莉子は背後から迫る魔女達を牽制しながら、オラクルの操作を続けた。

 

 

「しつこいねぇ」『フリーズベント』

 

 

通常のバイザー音声より濁った音が、カードの発動を告げる。

同じく濁った龍の咆哮が響き渡り、ユウリはリベンジャーをクロスさせて銃口から巨大な炎を発射する。

 

この黒い炎弾がオラクルに直撃した時、変化が起きた。

ビキビキと音を立ててオラクルが石化を始めたのだ。

あっと言う間にオラクルは石に変わる。

 

織莉子はオラクルを操作しようと力を込めるが、石になったオラクルが動くことは無かった。

そのままユウリの前に虚しく落ちるだけ。

ユウリはそのオラクルを踏み潰すと、舌を出して笑った。

 

 

「ざーんねん! アハハッ!」

 

「………」

 

 

織莉子の迫力にも、ユウリは全く動じなかった。

それが優勝候補たるユウリの実力なのだ。なによりも自信があった、パートナーと契約していない織莉子など、優勝候補として機能してないからだ。

 

 

「とりあえずお前を殺して、屋敷の中にいるキリカも殺してやるよ」

 

「随分な自信ね」

 

「当然、アタシは優勝するんだもん」

 

 

オラクルは、魔力を注げば新しく生み出せる。

織莉子はもう一度オラクルを乱射して魔女達を怯ませると、本体はそのまま上空へと飛び上がる。

 

見れば、織莉子は足裏にオラクルを忍ばせていた。

つまりオラクルに乗っているのだ。小さな球体だが、人を乗せたまま浮遊することなど造作も無いようだ。

 

織莉子は地面にいるユウリを睨む。

ユウリは不快感に表情を歪ませ、舌打ちを零した。

 

 

「チッ! ゴミが、見下してんじゃねぇぞッッ!!」

 

 

リベンジャーを連射するユウリ。

ちなみにこのハンドガン、篭められてるのは魔力でできた弾丸であり、リロードの必要はない。

ブローバックは行われるが、排出するのは薬莢ではなく、余剰エネルギーだ。これは自動的にユウリのソウルジェムへ戻り、再び弾丸を生成する魔力へなる。

 

ともあれ、その弾丸の威力は、やや抑え目である。

現に、全てオラクルに防がれてしまい無効化されていた。

下にいる魔女達も飛べはしない為、全ての攻撃が虚しく掠るだけ。

 

一方の織莉子はオラクルを地面のほうへ飛ばし、まるで隕石のように攻撃をしかけていく。

魔女の悲鳴が聞こえる。その中で、ユウリはまた笑った・

 

 

(案外弱そうに見えて厄介な武器だな)

 

 

エルザマリアのマントを盾にしながら、ユウリはフィールドを駆け回っていく。

フリーズベントの効果はまだ継続しているらしく、銃をクロスさせる事で石化弾を放っていった。

 

そうやってしばらく均衡の戦いを繰り広げていくが、結局は織莉子の攻撃を防いでいるだけである。

このまま織莉子の魔力切れを狙うのは味気ないし、どれだけ時間が掛かるのかも分からない。

故に、痺れを切らしたのか、ユウリがありったけの叫び声をあげる。

 

 

「来てよパートナァアア!!」

 

「!?」

 

 

聞こえる咆哮。

織莉子が後ろを振り向くと、そこには大口を開けた異形があった。

 

 

「クッ!!」

 

 

織莉子はすぐに足裏のオラクルを移動させ、空中をスライドする、

噛み付かれるのを防いだが、異形はすぐにその口から真っ黒の炎を発射する。

織莉子は瞬時に、全てのオラクルを自分の周りに収束させて炎を防御する。

しかし衝撃が強いのか、吹き飛ばされて地面に落ちることに。

 

 

「あぐっ!」

 

「ひゃっほう! 墜落ドーン!!」

 

 

両手でサムズダウンを行い、挑発するユウリ。

一方で織莉子は体を起こし、現れた異形を確認する。

思わず、冷や汗が浮かぶ。そこにいたのは真っ黒な、邪龍(ドラゴン)

 

 

「何て禍々しい――ッ!」

 

 

龍の全身から闇の波動を感じる。

血のように赤黒い目、濁りきった咆哮、そして気配、足音。

織莉子の背筋に寒いものが駆け巡っていく。

 

 

「これは一体?」

 

 

ニヤついているユウリは無視して、織莉子はすぐに足音の出所を探った。

するとすぐにそのシルエットを発見する。

織莉子に向ってゆっくりと歩いてくるのは闇。

ただの黒ではなく全ての飲み込むような闇の色をしていた。『彼』もまた龍と同じく、目だけは赤く光っている。

 

 

「あれは――っ!?」

 

 

織莉子は混乱する。

美樹さやかの仲間に、同じ姿の騎士がいたからだ。

 

 

「リュウガぁああ!!」

 

 

ユウリが名を呼んだ。『リュウガ』と呼ばれた騎士は、ゆっくりと顔を上げる。

そして跳躍、一気にユウリの元まで移動する気だ。

織莉子はすぐにオラクルを飛来させるが、ユウリはマシンガンを無数に召喚して全てのオラクルを妨害していった。

 

さらに継続されているアドベント。『邪龍・ドラグブラッカー』は、巨大な体で織莉子に突進をしかけていった。

 

 

「うッッ!!」

 

 

織莉子はオラクルにつかまり、右にスライドすることで回避したが。

既にリュウガはユウリのもとへ到着していた。

 

 

「はははははは!」

 

 

エルザマリアのマントを広げるユウリ。

そこに並ぶリュウガ。黒と黒が重なり合う。

 

織莉子は何か違和感を感じた。

鎧に覆われているため、あくまでもイメージの話だが、リュウガからは生命の脈動をまるで感じなかった。

まるでロボットの様だ。普通に人間ではないような、とにかく不気味な騎士だった。

 

 

「!」

 

 

リュウガが歩いてくる。

織莉子はすぐにオラクルを向かわせるが、一瞬だった、リュウガが両腕を振ると、オラクルを掴み取っていた。

 

 

「なッ!!」

 

 

リュウガは掴んだオラクルを一瞬で握りつぶし、また次のオラクルを掴み取る。

ならばと、織莉子はリュウガの下半身、とくに足にオラクルを向かわせるが――

 

そこで黒の残像。

リュウガがオラクルを蹴り飛ばした。さらに弾いたオラクルが、別のオラクルに直撃して破壊されていく。

ならばと複数のオラクルを纏めて向かわせるが、リュウガは回し蹴りで強引に蹴り飛ばしていく。

 

いくつかは命中しているものの、リュウガの歩みが止まることはない。

背後にはまだ二体の魔女が存在している。そちらを止めるためにもオラクルを向かわせており、当然操る側の負担も増える。

ましてやゲルトルートは地中からの蔦がある。

そこに気を取られていると、肉体的にも精神的にも疲労が重なるのだ。

 

 

「ッ」

 

 

織莉子とて人間だ。気を張ろうとも、集中力は切れていく。

だから気づかない。リュウガの背後に身を隠していたユウリに。

 

 

「ハハハハ!!」

 

ジリジリと迫ってくるリュウガ。

その肩を蹴り、ユウリは一気に前に出る。

地面を転がると、立ち上がりざまに射撃、そのまま走り出した。

 

 

「クッ!!」

 

 

疲労があれば、当然それだけオラクルの動きも悪くなる。

ユウリはそれを待っていた。二丁拳銃を連射して、オラクルの勢いを止めながら織莉子へ距離を詰める。

気づけば、二人の距離は間近に迫っていた。

 

ユウリは回転し、マントを払う。

それが織莉子の前に待機していたオラクルを吹き飛ばした。

さらにユウリは回転の勢いをつけて回し蹴りを繰り出していた。

織莉子は右腕を盾にして、その蹴りを受け止めるが――

 

 

「バーカ!」

 

「ッツ!」

 

「蹴りはフェ・イ・ク」

 

 

銃声。

ユウリはリベンジャーの引き金をひき、織莉子の足の甲を撃っていた。

織莉子は痛みに表情を歪ませるが、ここで怯んではいけない。

二発目は許さない。織莉子は両腕を前に出し、掌底を繰り出す。

 

 

が、しかし。

ユウリのマントが、一瞬でユウリを包み込み、身代わりとなった。

マントはすっぽりとユウリを包み込んで姿を隠す。

 

織莉子にはその意味が分かった。

マントは囮だ。素早く後ろに下がると、予想通りユウリがスライディングで突っ込んできた。

 

 

「やっぱりバレバレ!?」

 

「浅はかですね!」

 

「それはどうかな? 恥が熟れるね」

 

 

適当な造語。

織莉子は反撃を行おうとしたが、ユウリはウィンドミルのように体を回転させて蹴りを行う。

さらに銃も乱射しており、蹴りと弾丸に織莉子も動きを止めてしまう。

 

 

「リュウガ!!」

 

 

ユウリの声に反応し、リュウガは前宙で一気に距離をつめた。

リュウガはユウリの後方に着地すると、そのままユウリの脚を掴んで上に放り投げる。

騎士の力により、ユウリは一瞬で空高く舞い上がった。

 

 

「あは! いい眺め!」

 

 

ユウリはマシンガンを両肩の上に出現させ、リベンジャーを合わせて連射する。

降り注ぐ銃弾の雨。織莉子はオラクルを盾にして、それを防ぐが、そうするとまた集中力が欠如していく。

 

魔女を抑える分、盾にまわす分、攻撃に使う分。

それらを動かしながら敵の動きを把握するのは、無理がある。

ましてやリュウガはオラクルの動きを見切っていた。

 

 

「うっ!!」

 

 

だからこそ、織莉子はリュウガの拳を受けてしまう。

腹部に一発。呼吸が止まり、織莉子はヨロヨロと後退して行く。

一方でリュウガはデッキに手をかけ、カードを一枚引き抜いた。

いけない、織莉子はオラクルを向かわせようとするが――

 

 

「うア゛ッッ!!」

 

 

それよりも早く、リュウガは蹴りが織莉子の肩を打つ。

怯む織莉子。その隙にリュウガは、龍騎と同型の『ブラックドラグバイザー』を展開させる。

 

カードを使わせてはいけない。

織莉子は痛みを無視してオラクルの意識を注ぐ。

だが、その時、無数の『枝』が見えた。

 

 

「――ァ!」

 

 

マントで姿を隠したユウリは、それを囮にした。

そうなると当然、マントはその場に残る。そしてそのマントはただのマントじゃない。

魔女・エルザマリアはユウリの命令を受けて、攻撃を仕掛けたのだ。

 

エルザマリアは周囲の影に寄生し、そこから枝状の『槍』を生みだす。

織莉子も、自分の影には意識を向けていなかったようだ。

枝は織莉子に刺さり、また怯ませる。

動きを止めれば、リュウガを邪魔するものは何も無い。

カードは発動され、同じくしてユウリはリュウガの肩に着地する。

 

 

『ストライクベント』

 

 

ブラックドラグクローがリュウガに装備される。

同時に織莉子の体が宙に浮いた。

地面が割れ、そこからドラグブラッカーが現れたのだ。

邪龍は織莉子を噛み、そしてそのまま舞い上がる。

 

 

「やれ」

 

 

ユウリは足でリュウガの頭を軽く叩き、肩から降りる。

ぞんざいな扱いではあるものの、リュウガは命令どおり、構えを取った。

ブラックドラグクローに、黒い炎が集まっていく。

 

炎が溢れた。

ドラグブラッカーは織莉子を噛んだまま炎を発射する。

黒炎は織莉子を押し出しながら地面に飛んでいった。

 

だが、直撃はしない。

なぜなら同時にリュウガが腕を突き出したからだ。

昇竜突破。黒炎が黒炎に交わる。織莉子を包んでいた炎と、リュウガが発射した炎が交わり、爆発を起こした。

 

 

「ナイスパートナー」

 

 

ユウリが下卑た笑みを浮かべる。

織莉子は炎に包まれながら地面を滑っていった。

 

 

「ぅ……ッ! アァッ!」

 

 

織莉子は地面を転がり、自分を包む黒炎をかき消した。

呼吸を荒げてすぐに立ち上がるが、そこで激しい抵抗感を感じる。

見れば足に、腕に、バラの蔓が巻きついていたのだ。

ゲルトルートだ。すぐにオラクルを使って逃げ出そうとするが、ユウリの笑い声が聞こえてくる。

 

 

「フフフハハ……! クヒハハハ!!」

 

 

銃声。弾丸がオラクルを弾く。

そうしているうちに背後にはバージニアが。

 

 

「――ッ! アアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

吹き出す鮮血。

バージニアの腕が、織莉子の背中から腹部を貫通し、さらに地面に突き刺さって、織莉子の動きを封じる。

まさに磔だ。

 

 

「ヒャハハハ! いいよぉ! アンタみたいな上品そうな奴が悲鳴あげるって興奮しちゃうね!」

 

 

腕を切り離すバージニア。すると新しい腕が生えてきて、再び織莉子を狙う。

 

 

「クッ! ォオオオオオオオオ!!」

 

 

このままやられる訳には行かない。

織莉子は大量の血を流しながらも、オラクルを操作、

バージニアに無数の連撃を当てて後退させていく。

 

その隙に逃げようと試みるが、槍の様なバージニアの腕はしっかりと地面に刺さっており、逃げられない状況だった。

 

 

「魔法少女の標本なんて可愛い!」

 

 

ユウリが指を鳴らすとバージニアが消滅。

しかし刺さった腕は消えず、織莉子はそのままだった。

ユウリはしばらく恍惚の表情を浮かべていたが、一瞬で殺意交じりの形相に変わる。

 

 

「もういい、飽きた。死ね」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

 

リュウガは機械的な動きでユウリの前に立つ。

同時に咆哮を上げながら、ドラグブラッカーが二人の周りを激しく旋回する。

 

リュウガは両手を広げ、ゆっくりと上空へ浮き上がっていく。

その周りを飛びまわるドラグブラッカー。

すると黒く燃え上がる炎塊が13個、リュウガを中心にして、円形に並ぶ。。

 

 

「ステーキは焼き方が大事なの」

 

 

ユウリがリベンジャーを撃つと、光線が発射されて織莉子に命中した。

場所は足。痛みはほとんど無いが、そこで織莉子は気づいた。

光線があたった場所に、リュウガの紋章が浮かび上がっていた。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「!!」

 

 

ドラグブラッカーが吼えると円形に並んだ炎の頂点、時計でいうなら12時の場所にあった炎塊が、発射された。

 

それは織莉子の足に直撃する。

絶大な痛みと苦痛に、声をあげる織莉子。

彼女はようやく紋章の意味が分かったようだ。

 

 

「血の滴るレアもいいけど、アタシはよく焼きが好みなの」

 

 

あれはマーカーだ。

ユウリはそのままポインターを連射して、織莉子の体中にリュウガの紋章を打ち込んでいく。

炎は、紋章に吸い寄せられるように着弾。

あっと言う間に13発の黒炎が織莉子を包む。

 

 

「あっはぁ! 綺麗だよ美国ィ、焼け焦げたアンタの姿!」

 

「………」

 

 

美しかった織莉子の魔法少女衣装が、炎を受けてボロボロになっている。

さらに石化効果が発動しているのか、織莉子の四肢や顔の一部が変色しているじゃないか。

 

織莉子は何も言わずジットリとユウリを睨みつけるだけ。

しかし既に虫の息と言ってもいいかもしれない。

ビキビキと音を立てて石化も進んでいく。

もはや勝負はついていた。

 

 

そして飛び上がるユウリ。

先頭をリュウガにして、中間にドラグブラッカー、後方にユウリの順で並ぶ。

リュウガはキックのポーズを。そしてユウリは銃をクロスさせて引き金を引いた。

 

 

「黒がお前を焼き尽くす!!」

 

「!!」

 

 

引き金を引いてもリベンジャーからは何も出ない。

代わりにドラグブラッカーが『炎の龍』に変わり、発射される。

 

黒炎龍は前方にいたリュウガを飲み込む様に通り過ぎる。

すると眼が赤く光り、炎が黒く発光を始める。

轟々と燃える黒龍は、そのまま一直線に織莉子まで飛んでいき、大口を開いた。

 

 

「バクッ! なんてね! くひゃははははははははは!!」

 

 

龍は、織莉子を飲み込む様にして着弾した。

黒い炎の中に消えていく織莉子。

そのまま大爆発が起きて、完全に闇の炎に包まれた。

 

 

「魂まで焦がす、"ウェルモルテ・ドラグーン"のお味はいかが?」

 

 

出来上がりましたのは、白い魔法少女のステーキにございます。

息絶えた織莉子の手が虚しく伸びてユウリを指し示している。

それを見て恍惚の表情を浮かべるユウリ。

 

 

「まずは一人」

 

 

舌なめずりを行う。

 

 

「お?」

 

 

間抜けな声をあげるユウリ。

気が付けば周りには綺麗な宝石(オラクル)がキラキラと。

 

 

「あ」

 

 

爆発。

 

 

「……忘れてた。爆発できるのね、あれ」

 

 

やられた。ユウリは不満げな表情でため息を漏らす。

織莉子は最期の最期でオラクルをユウリの着地地点に転がしていたのだろう。

何とかガードは成功したが、無駄なダメージを受けてしまった。

 

ユウリの魔法少女衣装はとにかく露出が多い。

オラクルの破片が素肌に突き刺さり、血が流れている。

耳鳴りも酷い。と言うより、耳が無くなっていた。

 

 

「こんなのすぐに治るけど……」

 

 

本当ならば、このままキリカも殺す予定だった。

しかしユウリはキリカの魔法を知っている。

傷を負った状態では、なるべく戦いたくない。

考えた結果、今日のところは撤退を選ぶ。

 

 

「まあ美国織莉子は殺せたし、十分かな」

 

 

ユウリはエルザマリアを再装備すると、それを翻して姿を消した。

これから全ての参加者を皆殺しにする戦いが始まるのだ。

 

心配は無い。

その為の力がユウリにはある。

きっと神様が勝てと言ってくれている。だから当たりを引けたのだと。

 

 

「ふは――ッ!」

 

 

勝つのは、アタシなんだよ!

ユウリは心の中でもう一度宣言して、歪に笑う。

 

 

「フハハハハ! アーッハハハハハハハハハハハハッッ!!」

 

 

 

 

 

【美国織莉子・死亡】【残り22人・12組】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしユウリは気が付いていなかった。

 

 

「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」

 

 

街を駆けるは黒い影。

呉キリカは、ビルの屋上を伝いながら見滝原を駆け抜ける。

 

 

「ニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ」

 

 

口にするのは呪詛の言葉。

おかしいと思うか? いやいや、愛する人が殺されれば誰だって世界を呪いたくなる。

全てが憎い、全てを殺す、闇に堕ちそうになる筈だ。

 

 

「でも私は狂わないよ織莉子!!」

 

 

キリカは笑った。全てを知りながら見滝原の街を駆ける。

そうだ、キリカは全てを知っていた。

先ほど織莉子邸の庭で何があったのか?

そしてどういった結末を迎えたのか? 全て知っているのだ。

 

 

「あいつ……! 織莉子に優しくされておきながらッ裏切るなんて!」

 

 

ユウリの顔を思い出して吐きそうになる。

アイツだけは絶対に許さないと、キリカは呪詛の言葉をぶつけ続けた。

 

しかしある意味では冷静な面がある。

普通ならばユウリを意地でも殺そうとする筈だが、今は違う。

キリカはユウリとは関係ない目的で移動しているのだ。

 

 

「待っててね織莉子~!」

 

 

何故なら、それは織莉子の指示だったからだ。

キリカはあらかじめ"全て"の内容を織莉子から聞いていた。

テンションが上がっているのか、キリカは誰もいないのに口を開く。

 

 

「デカ帽子の奴は大馬鹿だ! だってそうだろう? アイツは織莉子がわざと負けた事を知らないんだもん! 織莉子の嘘を見抜けてないんだ! 愛が足りないね、愛が!!」

 

 

キリカの言うとおり、織莉子は嘘をついていた。それは佐野とユウリに対してだ。

織莉子は自分の魔法を『確立魔法』だと予め伝えていた。

自分が知りたいものを提示すると、それがどれだけの確立なのかを教えてくれるというものだ。

 

例えば『今日魔法少女にあう確立は?』などといった質問に対して、パーセントで答えを知れるというもの。

 

 

「でもでも残念!」

 

 

それは嘘だ。織莉子の魔法は確立魔法などではない。

では美国織莉子の魔法形態とは何か?

 

 

「お! みつけたよぉ!!」

 

 

ニヤリと笑うキリカ。

どうやら目的の場所にたどり着いたらしい。

とにかく織莉子は、今この状況に陥る事を理解していた。

そしてその後の指示をキリカに任せていたのだ。

 

織莉子は自分が死んだ後の事をメモに書き、キリカに持たせていた。

キリカはそのメモに従うだけだ。

特に何も考えず、指示通りに動く。

 

 

「はろー! どもー! こんにちこんばんわー!」

 

 

キリカはドンドンと遠慮なく窓ガラスを叩いた。

ここは二階だ。いきなり窓ガラスを叩かれて、外を見ればキリカがいた時、人は何を思うのか?

 

まあそんな事はどうでもいい。

部屋の中にいた人物は、反射的に窓を開けてしまった。

そうするとキリカは部屋の中に転がり込む。

 

 

「キミは本当に人を愛した事があるのかい!!」

 

 

キリカは開口一番、愛を説き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして日は流れ、運命を大きく変える日がやって来る。

今日も今日とて見滝原ではF・Gが行われ、参加者達は疑心暗鬼や、激しい殺し合いを繰り広げるのだろうか?

 

しかしそのゲームとは別に、街を狙う悪意があった。

魔女は例外なく活動を行い、その使い魔もまた、誰かを狙う。

 

その日も、どこぞの使い魔が一人の少年を襲おうと牙をむいた。

普通の人間ではとてもじゃないが、化け物に対抗する事はできない。

ただ無残に殺されるだけ。

 

 

「てやあああっ!!」

 

「!」

 

 

しかし、そんな異形から人を守ってくれる存在がいた。

使い魔が人を食おうとした瞬間、大きなハンマーを抱えた少女が現れる。

女の子はまだ幼いが、侮る無かれ。

 

 

「こんのーっ!」

 

 

千歳ゆまのハンマーが、使い魔を捉えて吹き飛ばす。

魔法少女、魔女や使い魔を倒す正義のヒロイン。

ゆまは吹き飛んだ使い魔めがけて、トドメの一撃を食らわせた。

 

そこに迷いは無い。

まっすぐな一撃が、獲物を捕らえて爆発させる。

 

 

「き、キミは……」

 

 

呆気に取れている少年。

ゆまは安全になった事を確認すると、変身を解除してニコニコと少年に駆け寄っていく。

 

 

「えへへ、大丈夫~?」

 

 

幸い、少年には怪我は無かった。

しかし少年は、使い魔に襲われた事で精神的なダメージを負ったと言う。

それを聞いたゆまは、『じゃあお話しよう』と。少年の手を取って、公園のブランコに座るのだった。

 

 

「いやぁ、まさかそんな話があったなんて――」

 

「えへへっ、すごいでしょ!」

 

 

ブランコに座る二人。

少年は先ほどの光景が信じられないのか、ゆまに詳細を求めた。

ゆまも子供故の純粋さか、隠す事なく少年に全てを打ち明ける。

魔法少女の事や、魔女の事を全てだ。

 

 

「大変だねキミは。でも、どうして戦っているんだい?」

 

「ゆまね、決めたんだよ! みんなを守るって」

 

 

ゆまは悲しげにつぶやく。

最近は本当に辛くて、苦しくて、悲しい事ばかりだったと。

そしてそれが原因で、好きな人に酷い事をしてしまったのだと打ち明けた。

 

 

「だからね、ゆま、決めたんだ! みんなを守れる様に強くなろうって!!」

 

 

今日はその特訓だと胸を張った。

皆がもう苦しまない様にする為に、自分も頑張りたいとゆまは願ったのだ。

 

サキの帰りが遅いのはグリーフシードを見つける為だと言っていた。

だったら、ゆまが強くなって、一人でグリーフシードを確保できる様になれば、サキとの時間は増える筈だ。

 

 

(サキお姉ちゃん待っててね! ゆまがお姉ちゃんを助けてあげるから!)

 

 

それだけじゃない。強くなればまどかを守れる。戦いを終わらせる事ができる。

もう、さやかの様に傷つけてしまう事は無くなる筈だ。

だからゆまは強くなることを決めたのだった。

 

ただそれを知られたくないという思いもある。

強くなった所を皆に褒めてもらいたいと言う願望もあるのだ。

だからゆまは、一人でこっそりと特訓中という訳だった。

 

 

「この後もね、ぱとろーるして頑張るんだ!」

 

「偉いね。苦しくないの?」

 

 

ゆまは、その言葉に少し沈黙する。

 

 

「……うん。苦しいよ。でも苦しいけど、頑張るしかないから」

 

「そっか」

 

「ゆまはね、強くなるしかないの。そうすれば他の人が苦しくなくなるでしょ?」

 

 

それに頑張れば、いつかパートナーの騎士とも出会える筈だ。

どんな人なのか? ゆまは期待に胸を膨らませて、希望をそこに見ていた。

 

 

「だからね、ゆま……。頑張れるよ」

 

「………」

 

 

ゆまの笑顔に、少年も笑みで返す。

そして彼は一言。

 

 

「大丈夫、もう頑張らなくていいんだよ?」

 

「?」

 

「苦しいなら、僕が楽にしてあげるから」

 

「え? え……?」

 

「50人目が魔法少女(さんかしゃ)だったなんて。僕はついてるね」

 

 

彼は、今なんと――?

 

 

「変身」

 

 

光が、熱が、炎が、ゆまを優しく包み込んだ。

暖かい光が視界を覆う。だが痛みと衝撃は、使い魔の攻撃を受けたくらいの比ではない。

ゆまは全身を包む光を振り払おうと叫び声を上げていた。

それは断末魔。薄れいく意識の中で、ゆまは手を伸ばす。

 

 

(サ――キ――、お姉ちゃ――……ん)

 

 

ごめんね、最後まで役立たずで。

ごめんね、皆を助けられなくて。

ごめんね、最後まで迷惑をかけて。

 

ゆまは何度も何度も仲間達へ謝罪した。

幼いながら、自分がもう助からないと悟ったのだろう。

光はそんなゆまを優しく照らし、激しく命を削っていく。

 

 

(さやかお姉ちゃん……)

 

 

本当に、ごめんね。

 

 

(マミ……、お姉――)

 

 

今、ゆまもソッチに――。

そしたら、また遊んでくれる?

 

ゆまはもう何も考えられない。

伸ばした手は、誰も掴む事は無く。ゆまは孤独の炎に身を焼かれていくのだ。

既に意識は無いが、最後に搾り出す様に言葉を残した。

無意識な言葉は、本心だ。偽りなき想い。

 

 

「ゆまは……どうすれば――、幸せに――なれ―――………」

 

 

終わりだった。

光が晴れた時、そこにもう千歳ゆまの姿は無い。

文字通り、完全な消滅を遂げたのだ。

 

ゆまはパートナーを組んでいないため、存在は死して尚、現実に残る。

だが死体は消滅し、その死を知る人間はいないだろう。

 

なんとも悲しい話である。

そもそも死体が残ったとして、果たして誰がゆまの死体を引き取ってくれるのか。

何人の人間が悲しむのか。

 

 

「………」

 

 

辺りは、燃える様な夕焼けに照らされていた。

美しい白い髪、サイドテールの少女が、公園にやってくる。

目覚めてそれ程時間は経っていないが、公園に響く鎮魂曲が意識をハッキリとさせてくれた。

 

美しい曲だ。

少女はその演奏が終わるまで、少年に声をかける事を遠慮して、近くのベンチに腰掛ける。

 

 

「―――ぁ」

 

 

どれだけ時間が経ったろう?

少年は演奏を終えてゆっくりと目を開けた。

そこでベンチに座っている少女の姿を確認する事となる。

少女は立ち上がると、スカートの両端を摘んで上品なお辞儀を向けた。

 

 

「もういいのかい? 美国さん」

 

「ええ。あと、織莉子で構いません」

 

 

美国織莉子の言葉に頷く少年。

手に構えた楽器を下ろすと、目線を落として曖昧な笑みを浮かべた。

どこか、いや――、ハッキリとした闇が彼には見える。

 

 

「わかったよ、織莉子」

 

「……人数はどうやって?」

 

「高速道路を狙ったんだ。大型バスを数台。最後の一人は、たまたま出会った魔法少女だった」

 

 

織莉子はユウリによって殺された。しかし今、ココにしっかりと立っている。

決して亡霊ではない。ルールによって蘇ったのだ。

つまりパートナーによって蘇生させられたと言う事になる。

 

 

「50人殺しですか。被害者に、なによりも千歳ゆま。気の毒な事をしてしまいました」

 

「気にすることは無いさ。これは必要な犠牲だ」

 

 

表情を曇らせる織莉子だが、後悔はない。。

コレがあるべき姿なのだ、目指した金色の未来。

 

 

「話はキリカから聞いたよ。全てね」

 

「そうですか。では――」

 

 

織莉子はソウルジェムを取り出して、魔法少女の姿に変身する。

少年は頷くと、手に持っていた楽器を投げ捨てた。

そして、紋章が刻まれたデッキを突き出した。

 

装着されるVバックル。

右腕も同じように突き出し左腕と交差させる。

そのまま腕を旋回させ、無限大のマークを作りだした。

 

 

「変身」

 

 

デッキをセットすると、現れる鏡像。

それが重なり合い、少年は騎士へと変身する。

 

眩い金色の光が溢れ、美しい金色の羽が騎士の周りに降り注いでいく。

姿を見せるのは、黄金の騎士だった。

騎士は腕を重ね合わせて、腕を組むようなポーズを取る。

なぜだか分からないが、こうすると落ち着くらしい。

 

 

「感想は?」

 

「素晴らしいよ、全身から力が溢れてくる様だ」

 

「ええ、それに美しい……」

 

 

思わず織莉子は声を漏らす、黄金の騎士の肩に触れながら。

そして織莉子を駆け巡る光。帽子の中央に刻まれた不死鳥の紋章。

この瞬間、美国織莉子はパートナー契約を正式に結んだのだ。

 

 

「………」

 

 

騎士は腕を天に伸ばした。

すると光と共に、錫杖を模したバイザーが現れる。

それは騎士が投げ捨てた楽器の上に来ると、貫通して地面に刺さる。

 

それだけじゃない。

騎士のデッキから自動的にカードが抜き取られて、独りでにバイザーへセットされた。

 

 

『シュートベント』

 

 

音声と共に天が割れて、一筋の光が楽器を照らす。

先程ゆまを殺した技だ。同じように数秒後、その楽器は完全に消滅する事に。

 

 

「いいんですか? 大切にしていたのでしょう?」

 

「ああ。命と同じくらいにね。でももう必要ない」

 

 

騎士は淡々と告げる。

 

 

「何故か分かるかい?」

 

「いえ……」

 

 

首を振る織莉子に、騎士は少し笑みを浮かべて答えを告げる。

ずっと大切にしていた楽器を捨てる。それはもう大切ではないと言う事だ。

 

 

「もっと大切な物ができたからだよ。命よりももっと大切な、ね」

 

「大切な物ですか……」

 

「そう、だからもうアレはいらない。今の僕には必要ないんだ」

 

 

ある目標に向かって進むため、気を引くものを処分するのは珍しい話じゃない。

勉強に集中するため、漫画を押入れにしまうのと何も変わらない。

 

織莉子は目を閉じて、騎士の言葉を心へ刻む。

命よりも大切な物。それは織莉子にもよく理解できる。

織莉子は様々な想いや願いを胸にして、ゆっくりと目を開けた。

この目に飛び込む景色を守る為にも。騎士の様に覚悟を決めるべきなのだ。

 

 

「それが、彼方の覚悟なんですね」

 

「ああ、そうだね」

 

 

頷く織莉子。

 

 

「見事です。騎士・"オーディン"」

 

 

腕を組み、一点を見据えるのは不死鳥の騎士・オーディン。

全13個あるデッキの中で、当たりと呼ばれる一つ『力のデッキ』が生み出した最強の騎士だ。

オーディンの覚悟を聞いた織莉子は、唇を吊り上げる。

 

 

「いえ、言い方を変えましょう」

 

 

これは騎士オーディンの決意ではなく、変身した者の決意なのだから。

 

 

「ですよね?」

 

 

オーディンは頷くと変身を解除する。

尚も腕を組んで立つ少年の名は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"上条恭介"くん」

 

「………」

 

 

上条は、先程破壊したヴァイオリンには目もくれず一点だけを見ていた。

それは景色ではない、彼女の笑顔だ。

 

 

「そう、僕には彼女(さやか)さえいればいい」

 

 

虚空を睨みつけて、そう宣言する。

さやかを失い、傷心状態にあった上条は、ヴァイオリンも手につかなくなってしまった。

恋心と言うノイズは、多感な時期には強い影響をもたらす。

 

ましてや、上条の人生は『順調』だった。

物欲はそれほど無かったが、家は裕福だ。欲しいものが手に入らなかったことはない。

さすがに怪我をした時は絶望もしたが、『奇跡』が起こって、腕は治った。

 

恵まれている。上条は自分でも想うようになっていた。

しかしそんな時に、最も欲しいものが手に入らなくなってしまった。

死者は蘇らない。死は神聖なものだ。

 

後悔、未練、そこに恋心が混ざれば歪な化学反応を起こす。

辛い時には笑いかけてくれ、自分の怒りや悲しみを受け止めてくれた美樹さやか。

しかしもう彼女はいない、彼女には会えない。その事実が上条の心に深い傷を残し、なによりも美樹さやかを神格化させたのだ。

 

「っ!!」

 

 

そんな時、窓がドンドンと音を立て始めた。

不思議に思ってカーテンを開けると、窓にベッタリと張り付いているキリカがいた。

本来ならばホラー顔負けのシチュエーションなのだろうが、キリカの顔が非常にマヌケだったため、恐怖心は起こらなかった。

 

 

「開けてくれないかぁ! 大事な話があるんだよぉ!!」

 

「あ……、え、えっと――」

 

 

戸惑う上条。どう考えても関わってはいけない奴である。

しかし彼女が次に言った言葉で上条の心は大きく揺れ動いた。彼女は、呉キリカは確かに言ったのだ。

 

 

「きみは! 美樹さやかを助けたいと思わないのか!!」

 

「さやかを……!!」

 

 

詳細を知りたかったら開けてくれとキリカは言う。

もうそこに迷いは無かった、助けられる訳が無いと知りつつも、上条は窓を開けてキリカを部屋へ招き入れる。

 

 

「キミは本当に人を愛した事があるのかい!!」

 

 

いきなり、キリカはそんな事を言う。

 

 

「な、なにを? それにさやかを助けるって……?」

 

「あー、それはねー」

 

 

そこで言葉を止めるキリカ。

いつのまにか、机の上にジュゥべえがいた。

 

 

「わ! な、なんだこの黒いの!」

 

『よお、オイラはジュゥべえだ』

 

「喋った!?」

 

 

後ずさる上条。

 

 

『上条恭介、オイラがお前の前に現れたのは――』

 

 

織莉子が死んだ事を告げるため。

しかしそれよりも早く、キリカが爪を伸ばした。

 

 

「全部私が説明してあげるよ、だからキミは休んでいたまえ!」

 

『は?』

 

 

ジュゥべえはキリカの狙いが分からなかった。

なんでも今から、ジュゥべえが行う説明を全てキリカが行うと言う。

 

 

『なんでだよ、オイラでいいだろ』

 

「これが織莉子の望んだ事なんだ。邪魔するならサイコロにしちゃうぞ!!」

 

『お、おいおいマジかよ……!』

 

「ッ???」

 

 

上条は絶句するしかない。

訳の分からない生き物が現れたかと思えば、目の前のキリカが変身して。

これは一体どういう事なのか? 混乱する上条だが、頭にあるのは先ほどの言葉のみ。

 

 

『チッ! じゃあ分かったよ。オイラは見てるだけにするから、さっさと説明しろってんだ!』

 

「おお! 感謝するよ黒すけちゃん!」

 

『誰だよ!』

 

 

どうやら話し合いは終わったようだ。

キリカは早速、上条の前に立つ。

 

 

「デッキは持ってる?」

 

「え? デッキ?」

 

「四角い箱みたいなヤツ」

 

 

ハッとする上条。彼は机の引き出しの中を探る。

すると見つけた、四角いカードデッキを。

 

 

「いつの間にか部屋にあって……」

 

「おお! じゃあ一回それをポイってしちゃおう!!」

 

「え?」

 

「さあさあ早く早く!」

 

 

キリカは上条を急かす。

上条は戸惑いながらも、言われたとおり窓の外へデッキを投げた。

するとすぐに感じる異物感。ポケットの中を探ると、そこには捨てた筈のデッキがあった。

 

 

「な、なんで……!?」

 

 

キリカは、織莉子に書いてもらった『台本』を読み始める。

それは魔法少女の事、騎士の事、そしてF・Gの事だった。

 

願いを叶えて、絶望と隣り合わせの戦いを挑む魔法少女。

願いを叶える為に、己が命を賭ける騎士。

そして双方が願いを叶えるために殺しあうフールズゲーム。

 

上条はそれを青ざめた表情で聞いていた。

初めは嘘だと思った言葉も、キリカやジュゥべえと言う『実物』がいる為に否定できない。

 

 

「美樹さやかも、ゲームの参加者だった」

 

「!!」

 

「彼女は魔法少女だったんだよ!!」

 

「そ、そんな……!!」

 

「嘘じゃないさ! 最近キミの周りでおかしな事はなかったかかい?」

 

 

魔法少女は奇跡を起こせる存在。

それを知れば、答えはおのずと見えてくる筈だ。

 

 

「奇跡は愛さ! たとえばそう! 動かなかったお手手が、また動く様になったとか!!」

 

「ま、まさか――ッッ」

 

 

両手を広げて跪くキリカ。

 

 

「そうとも! 愛は奇跡を呼び、それを具現化させたんだ!」

 

 

その言葉で、上条は全てを理解する。

土石流の様にさやかの笑顔が流れてきて、思わずその場にうずくまった。

 

 

「ありゃ? 大丈夫かい?」

 

「うぐッ! ぁあ゛あぁぁッッ!!」

 

 

それは果てしない感謝と、途方も無い罪悪感だった。

 

 

「さやかは、さやかは僕の為に命を削ったのか!?」

 

「………」

 

「僕の為に魔法少女になったと言うのか!?」

 

 

上条はどうしていいか分からなかった。

まさか、さやかがココまで自分の事を想っていてくれたなんて、夢にも思わなかった。

いろいろな感情が混ざり合い、爆発しそうになって、思わず頭を抱える。

 

 

「さやか……! さやか――ッッ!!」

 

 

だが同時に突きつけられる現実。

さやかはもういない。どんな想いだって伝える事はできないのだ。

感謝も、恋慕も、謝罪も全てだ。

 

狂いそうになる心。胸を押さえる上条。

それを落ち着ける様にし、キリカは上条の肩を叩く。

 

 

「言っただろう? キミが彼女を助けるんだ!!」

 

「ッ!?」

 

 

キリカはさらにメモに書いてあることを口にして行く。

それは参加者に与えられた蘇生の方法だ。パートナーが50人の命を奪うか、はたまた参加者を殺すのか。

もしくは純粋に勝利後の願いで蘇生させるのか。

 

 

「……!」

 

「気が付いたかい? つまりはね――」

 

 

美樹さやかは完全に死んだ訳ではない。

 

 

「つまりッ、さやかのパートナーが望めば彼女は蘇る!!」

 

「その通り! それが駄目なら、ゲームをクリアすればいいんだよ!」

 

 

希望は死んでいない!

キリカは上条の手を取ると、ブンブンと強引な握手を行う。

だがそこで、キリカは笑顔から一気に暗い表情に変わった。

 

 

「希望はあれど、その分の絶望も大きい」

 

「そ、それはどういう……」

 

「実はね」

 

 

メモどおりにキリカは言葉を紡いでいく。

それは魔法少女になる事に隠された本当の狙い。

 

つまりいずれは『魔女』になる宿命(システム)

そしてゲームには危険な連中が参加している事を提示した。

 

 

「そ、そんな……」

 

「キミの愛する人も、意地悪な連中にいっぱい苛められたんだ」

 

「え?」

 

 

その時、上条の表情が変わる。

負の感情だ。それを確認してキリカはニヤリと笑った。

キリカは上条に、何故さやかが死んだのかを説明した。

 

 

「美樹さやかは正義感溢れる魔法少女だったんだけど……」

 

 

心無いゲーム参加者に標的とされて、一方的な暴力を浴びせられたのだと。

 

 

「かわいそーだよね、正しいのに殴られて切られて撃たれて……」

 

「さ、さやかが――ッ!?」

 

「そうだよ、私も後で知ったんだ」

 

 

彼女が襲われる姿を想像してしまい絶句する上条。

青ざめる上条の耳元で、キリカは囁く様に情報を追加する。

ああ、それはまさに文字通り、『魔女の囁き』だといっても過言ではない。

 

 

「苦しかったろうね。そんな彼女に、もっと辛い事が起きたんだ」

 

「……ッ」

 

「美樹さやかは、キミのことが本当に大好きだったんだよ」

 

 

仁美からもそんな事を聞いていた。

彼女の照れた表情を思い出して上条の瞳に光が宿る。

しかし――

 

 

「敵は、そんな彼女の恋心を利用したんだ!!」

 

「なんだって……っ?」

 

 

キリカは大げさに手振り身振りを加えて説明を行う。

敵は、さやかの恋心を否定し、傷つけ、肉体的にも精神的にもグチャグチャにしていったとか、なんとか。

 

 

「さらに変身魔法を使う参加者が! キミに変装したんだ!」

 

 

そして、さやかを騙したと。

 

 

「美樹さやかは愛するキミに罵倒される事で絶望、そして魔女に成り果てたと聞いている!」

 

 

結果、さやかは参加者に殺された。

 

 

「苦しかったろうねぇ、悲しかったろうねぇ」

 

「――ヵッッ!!」

 

 

上条はうずくまり、頭を抱えた。

心にドス黒い感情が湧き上がる。

 

知らなかった、さやかがそんなに苦しんでいたなんて。

そして、さやかを苦しめる奴等がいたなんて。

黒い感情は、上条の心をグチャグチャにかき回し、引き裂こうとする。

さやかの笑顔が濁っていき、絶望に満ちた表情を幾重にも映し出していく。

 

 

「美樹さやかはキミに好きと伝えたかっただけなのに。キミの想いを抱いたまま死んだんだ」

 

「さやか――ッッ!!」

 

 

上条はゴミ箱を引き寄せた。

さやかの遺体がフラッシュバックして、たまらず吐き出してしまう。

さやかがどんな想いだったのか、今の上条ならばよく理解できる。

 

同時に今まで気が付かなかった事への怒りが湧いてきた。

そして何より、さやかに対するゲームの仕打ちが許せなかった。

強いストレスが襲い掛かる。

 

今すぐさやかに会いたかった。

会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて――。

 

狂いそうになる。

 

 

「ぐあぁああぁあああぁああッッ!!」

 

 

胸が強く痛む。

中学生の男が背負うには大きすぎる感情だった。

 

罪悪感や、恋慕だけじゃない。

なによりも、デッキを持っているということは、上条もまたゲームの参加者であると言うこと。

 

殺し合いに参加する。

その恐怖。なによりも、全く事情を知らなかった疎外感。

さやかへの恋慕――、罪悪感、恋慕。以下ループ・

 

最後に、湧き上がる憎しみがあった。

さやかを陥れた敵は、今ものうのうと見滝原の街にいるのだと。

許せない、絶対に許せなかった。

 

 

「殺してやる……ッ! 殺してやるッッ!!」

 

『あらあら、相当ハイになってるな』

 

「気持ちは分かるよ……! 私だって、織莉子を殺されたんだ」

 

 

キリカはポンポンと上条の頭を叩く。

 

 

「キミの気持ちはよく分かる……!!」

 

 

キリカの言葉は『本物』だった。

感情が爆発しそうになる声色に、浮かぶ涙。

それを見て、上条も心が動く。

 

 

「織莉子? その人は……、貴女の大切な人?」

 

 

上条の言葉に、キリカの目が見開かれる。

気が付けば、キリカは上条に掴みかかり、押し倒していた。

 

 

「違う! 違うッ! 違う!!」

 

 

怯む上条。

対してキリカは口調を荒げ、早口に変わる。

どうやら何か『トリガー』を引いてしまったらしい。

 

 

「好き? 違うッ! そんな軽々しいものじゃないぞ!!」

 

「え――?」

 

 

上条はさやかの気持ちに気づき、さやかの事が『好き』になった。

だがその感情を根本から否定された様な気がして、大きく怯んでしまう。

キリカも織莉子と言う人が殺されて悲しんでいたはずだ。

だったら、その感情は何なのか? 上条は答えを待つ。

 

 

「愛なんだよ! 愛ッッ!!」

 

「!!」

 

「愛は神となり、愛は人をつくり、愛は人を殺し、愛は世界を作る。愛は私にいろいろな事を教えてくれて、愛は私にいろいろな辛さを学ばせてくれる。愛はココにあるし、愛はココにない。愛は全ての人を愛し、愛は全ての人が求めて、愛は全てがつまって、愛は何も無いかもしれないけど、愛は全部知っていて、愛は確かにあって! 愛は見えなくて、愛はでもあって、愛は世界そのもので、つまり愛は全てだッッ!」

 

 

愛。その言葉が上条の胸を貫く。

 

 

「好きだの大好きだの! 愛を単位であらわす様な奴は愛の本質を知らないッ!!」

 

 

キリカは、自らの顔を上条の顔に触れるくらい近づける。

その迫力に上条は言葉を失った。キリカの瞳が、自分の瞳と重なり合う錯覚の中で、愛が視えた気がする。

その中、キリカは尚も話を続ける。

 

 

「だいたい上条! キミは本当の愛ってのを知ってるの!?」

 

「……ッ」

 

「知らないなら教えてあげるよ!!」

 

 

キリカは笑顔で言った。

 

 

「愛は――、"無限"に有限だよ」

 

「―――」

 

 

無限に有限。

キリカは興奮冷めやらぬのか、熱弁を続ける。

 

 

「全身を掻き毟りたくなるほどの愛が、この世界にはある」

 

 

愛は無限、愛は無限に有限なのだ。

だからこそ――

 

 

「私は、織莉子に無限に尽くす……!!」

 

 

恍惚の表情で笑みを浮かべるキリカ。

上条は、釣られて笑った。

 

 

「ああ、そういう事だったのか」

 

「およ!?」

 

 

上条はキリカを払いのけると、ゆっくりと立ち上がる。

ジュゥべえは目を細める。スイッチが入った瞬間を視たのだ。

 

 

「呉さん、感謝するよ」

 

「キリカでいいよ。だってキミは織莉子のパートナーなんだから。本当は私の名前を読んでいいのは織莉子だけだけど、特別特別」

 

「そう? じゃあ感謝するよキリカ。キミのおかげで、自分の気持ちにまた気づけた」

 

 

上条は静かに笑う。その瞳に迷いは無かった。

つまりこの短時間で、上条は自分のやるべき事を理解し、決断したと言う事だ。

 

そのあまりにも達観した選択にジュゥべえはニヤリと笑う。

なんだったら、擬似的な恐怖さえ感じた。

 

 

「そうだ――! これは愛だったんだよ!」

 

 

上条はデッキを手にして黒い笑みを浮かべた。

 

 

「待っててねさやか。もう少しの辛抱だよ。必ず僕がキミを助けてあげるからね――!!」

 

 

歪なパズルが完成した瞬間だった。

 

 

「僕はさやかを、無限に愛す……!」

 

 

デッキが光り、同時に刻まれる『無限』の紋章。

上条は、静かな笑みを浮かべたまま手にした『力』を噛み締める。

 

力のデッキは覚醒と共に、上条へ様々な情報を与える。

戦いのセンス、カードの情報、そして絶対の無限を。

自然に腕が動いた。二つの腕を重ねるようにして置く。

 

 

「さあ、まずは美国さんを蘇らせようか」

 

「おぉ!」

 

『おい、ちょっと待て』

 

 

ジュゥべえが口を挟む。

なにやら愛だの恋だので盛り上がっている所申し訳ないが、上条は織莉子を蘇らせると言う意味を理解しているのだろうか?

 

 

『蘇らせるには人を殺す必要がある。怪我や気絶じゃないぜ、命を奪う事だ』

 

「もちろん分かっているさ」

 

『にしては随分と落ち着いてるじゃねぇか。言っておくが例外は無いぜ? ちゃんとその手で殺――』

 

「キミは何か勘違いをしている」

 

『は?』

 

 

上条は、さも当たり前の様に笑い言い放った。

心に纏わりつく黒い感情。それは間違った覚醒だったのかもしれない。

しかし、今はそれでよかった。

 

 

「僕の世界には、さやかだけがいればいい」

 

『お前、何言ってんだ?』

 

「それに関係無いゴミ共は肥料と同じだ。僕とさやかの愛を育む為の踏み台さ」

 

 

だから何人死のうが構わないと言う。

言葉を止めるジュゥべえ、上条が何を言っているのか、全く分からなかった。

 

 

『ガキが偉そうに。テメェ少し前までは、あんな女どうだっていいとか思ってただろ!』

 

「……ハハ。哀れだねジュゥべえ、愛を知る事ができないなんて」

 

『はぁ?』

 

「感情の無いキミには一生理解できない話だろう」

 

 

確かに上条は、少し前まで美樹さやかの事を幼馴染程度にしか思っていなかった。

好意を抱いていたのは、むしろさやかの方だったのに。

 

 

「だが僕は分かったんだよ。このぽっかりと空いた心の穴を埋められるのは、さやかだけだ」

 

『………』

 

「僕を分かってくれるのは、彼女だけなんだよ……」

 

 

だから、さやかを生き返らせる為ならば何だってやる。

何を犠牲にしてもいい。そしてそれはもちろん自分もだ。

人を殺す事で、あの笑顔に近づけられるのなら。迷う理由なんてどこにもないだろう?

 

ましてや超能力が飛び交う殺し合いのゲームがあると分かって。

今更、ヴァイオリンを弾く人生には戻れなかった。

 

 

「僕の愛は無限だ。だから他人という別離された固体なんてどうでもいい」

 

 

これより先、上条の天秤にかけるものは全て答えの決まったものになる。

なぜならば片方に置かれたのは美樹さやかと言う無限(あい)

対になる所に何を入れようが。天秤は無限の方向に傾くだろう。

 

 

「これは最初の試練だ。50人を殺せば、さやかに近づける」

 

『お前……! マジか?』

 

「やれるよ僕は。だってさやかを愛しているんだ」

 

 

そう言って笑う上条、

それを見て。またもジュゥべえは擬似的な恐怖感を覚える。

 

偽りの心であっても、伝わる異常性があった。

やはり人間は危険な生き物かもしれない。

上条は簡単に狂ってしまった。それも原因は愛で。

美しいと言われている人間の『感情』で狂ったのだ。

だがそれは同時に、興味深い話でもあった。

 

 

『……おもしれぇ! 見せてもらおうか上条恭介、お前の愛とやらを』

 

「いいだろう。僕の愛を無限に示そうじゃないか」

 

 

黒く、濁りきった。

しかし迷い無い鮮明な笑みを浮かべて、上条は歩き出した。

 

無限の力が彼を狂わせたのか?

はたまた愛が彼を狂わせたのか?

いや、もしかしたら彼は狂ってなどいないのか。

 

それは上条だけが知る事だ。

いずれにせよ、彼は高速道路を走っているツアーバスを狙い49人の死亡を達成させた。

 

ラストはゆま。

本当はオーディンの力を試そうと思って、使い魔に近づいただけなのに。

まさか、ゆまから姿を見せてくれるとは。

 

 

そして今に至ると言う訳だ。

夕焼けに照らされる公園。カラスの鳴き声だけが街に響いて、悲しげな合奏を続ける。

これは上条が望むオーケストラなのだろうか?

 

 

「織莉子、僕は必ずさやかを助け出す――ッ!」

 

 

上条はただひたすらに一点を見つめ、拳を握り締める。

さやかを助け出す事に加え、もう一つ心に決めていた事があった。

それはキリカから聞いた『敵』の事だ。

 

 

「さやかを苦しめた奴は皆殺しだ! そして邪魔をする奴等も全員殺す……!」

 

 

これは復讐だ。

さやかの純粋な思いを踏みにじった奴等を、自分達の人生を穢した者を決して許しはしない。

苦しめて、恐怖に沈めて、絶対に殺す。

その言葉を聞いて、織莉子は悲しげにうつむいた。

 

 

「ええ。大変残念な事ですが、このゲームを肯定して楽しんでいる者たちがいます」

 

「キミもそうしたプレイヤーに?」

 

「ええ、殺されました。美樹さやかもそうなのでしょう。かわいそうに」

 

 

織莉子は涙を見せた。

 

 

「私は殺し合いなんて、望んでいないのですが――ッ。そうしたプレイヤーは説得を聞こうともしません」

 

「一部の屑が世界を濁すと言う訳か。気にいらない、実に気に入らないよ」

 

「残念ですが、腐った果実は放置できません」

 

 

つまり平和の邪魔となる参加者は、殺す事も仕方ないと言っているのだ。

 

 

「私はユウリと言う魔法少女に殺されました。佐倉杏子や浅倉威と言う危険人物も有名です。おそらく美樹さんも……」

 

 

織莉子の言葉はなぜか心を揺さぶる。

上条はうなずき、より一層炎を燃やしていく。

 

 

「分かったよ。そのペアは確実に殺す――ッ!!」

 

「……仕方ありませんね」

 

「協力してくれるかい?」

 

 

上条は手を差し出す。

 

 

「もちろんです。共に目的を達成させて、ゲームを終わらせましょう」

 

 

織莉子は笑みを浮かべ、上条の手を握る。

 

 

「美樹さんが蘇生できるように、私も全力を尽くします」

 

「ああ。ありがとう」

 

 

優勝候補の誕生であった。

そこで織莉子は、ひとつのお願いを。

 

 

「聞こうか。なんだい?」

 

「実は――」

 

 

上条の目指すエンディングは、さやかと共に生存する事だ。

つまりゲーム途中でさやかが蘇れば、ワルプルギスを倒して戦いを終わらせる。

 

さやかが蘇らなかった場合は、一旦参加者を皆殺しにして、二つの願いでさやかの蘇生&魔法少女を普通に人間に戻す。

これは織莉子も同意してくれた事だ。

 

対して織莉子が提示してきた条件は、キリカの生存だった。

これはどの様な道を辿ったとしても問題は無い筈。

キリカが死んだとしても、織莉子に与えられた願いでキリカを蘇生させればいいだけ。

 

 

 

「しかしソレとは別に、私にはゲーム中に絶対に達成させなければならない事があります」

 

「それは一体?」

 

「はい。簡単に言えば、"一人の魔法少女の殺害"です」

 

 

織莉子の目的は参加者の一人を殺す事。

しかし名前は分からない。

 

 

「それでも、絶対に見つけ出して殺さなければ――ッッ!!」

 

 

青ざめる織莉子。

それだけ重要な問題であると言う事は、すぐに分かった。

まして織莉子の『魔法』がある、上条はその詳細を既にキリカから聞いていた。

だからその意味を理解して、重みを理解する。

 

 

「その参加者を殺さなければ、大変な事になると言うわけかい?」

 

「はい、取り返しのつかない事になります」

 

「成る程、それがキミが視た"未来"か」

 

 

美国織莉子の魔法形態は、確立魔法などではない。その正体は"未来予知"である。

文字通り、その目に未来を映す事ができるのだ。

 

非常に強力な魔法の為、織莉子自身未だに使いこなせる代物ではないが。

その中でも、織莉子は様々な未来を視てきた。

 

 

「私が知ったのは見滝原の……。いえ、世界の終わりです」

 

 

全てが無になる光景だった。

その原因を起こしたのは、たった一人の魔法少女だと言う。

姿は見えなかったが、キュゥべえ達の会話が若干聞こえて、それがゲームに参加している魔法少女だと言う事が分かった。

 

 

「その魔法少女が魔女になった時、世界は終わりを告げる」

 

「つまり参加者の内、魔法少女を魔女化させずに殺せばいいと?」

 

「ですがそれは難しい事です。くれぐれも気をつけてください」

 

 

もうひとつ、注意してほしい事があると言う。

 

 

「美樹さんの為にも、騎士には注意を払わなければなりません」

 

 

騎士を誤って殺した場合、それがさやかのパートナーだと言う可能性もある。

 

 

「紋章を確認してください。魔法少女に刻まれた紋章と同じ物を持つ者は、美樹さんのパートナーではない」

 

 

幸いさやかが完全に敗北したと言うアナウンスは無い。

つまり彼女のパートナーは生存中という事だ。

 

 

「作戦は固まったね」

 

 

これより先、見つけ出すのは美樹さやかのパートナーと、世界の終わりを齎す魔法少女だ。

 

 

「最悪の場合。魔法少女はキリカ以外、皆殺しにしてくれても構いません」

 

「ああ、分かったよ。時期を見てそうしよう」

 

 

上条は命を奪うと事を簡単に了承した。

それだけ覚悟が強いのか? それとも命を軽視しているだけなのか?

静かに狂った上条の目には、もはや美樹さやか以外は映らないのかもしれない。

 

 

「来いッ! ガルドサンダー!!」

 

 

上条が叫ぶと、空から炎を纏った雷が落ちる。

それは上条の背後に直撃すると、すぐに一つのシルエットを映し出した。

鳳凰を模した人型のモンスター・『ガルドサンダー』、赤と金の装飾が圧倒的である。

 

そしてまだ上条は言葉を止めない。

特徴的な腕組をしながら、名前を叫ぶ。

 

 

「ガルドストーム!!」

 

 

風が巻き起こり、上条の背後に新たなモンスターが生まれた。

ガルドサンダー同様のカラーリングで、頭部に備えている派手な髪飾りがインディアンの印象を与える。

鳳凰型モンスター・『ガルドストーム』。

 

 

「ガルドミラージュ!!」

 

 

光と共に姿を見せるのは、鳳凰と孔雀を合わせた人型モンスター・『ガルドミラージュ』。

巨大な円形状の刃、チャクラムが特徴的である。

 

こうして瞬時に現れた三体のモンスター。

彼らはそれぞれ咆哮をあげると。すぐに上条に向って跪く。

 

それは敬意の表しだった。

三体のモンスターは上条の配下、使役されるモンスターなのだ。

上条に絶対的な忠誠を誓い、命令通りに動く駒である。

 

 

「ガルドサンダーは他の参加者を探れ!」

 

 

了解したのか、火の鳥となって空を駆けるガルドサンダー。

 

 

「ガルドミラージュは魔女を探し、織莉子のグリーフシードを確保するんだ!」

 

 

頷き、光となって消えるガルドミラージュ。

 

 

「ガルドストームは僕達とキリカの守護を頼む」

 

 

咆哮を挙げて風に消えるガルドストーム。

織莉子達の周辺に潜むと言う事なのだろう。

 

上条はもう一度笑みを浮かべると、空を見上げて手を広げる。

まるで空から降りてくる何かを抱きしめる様にして。

 

 

「さやか、待っててくれ。必ずキミを蘇らせてあげるからね――ッ!」

 

「………」

 

 

その様子を何も言わずに見ている織莉子。

狂った様に見える上条だが、特に驚く事は無い。

だってそうだろう?

 

 

(未来は、常に私の手に――!)

 

 

織莉子は、上条がこうなる様に仕組んだのだから。

そう、これこそが、織莉子陣営が美樹さやかを狙った理由だった。

 

織莉子は未来予知で、いち早く自分のパートナーが上条恭介である事を知った。

しかし未来の上条は、戦いに乗り気ではなく。力のデッキを活かせないまま敗北する結末だった。

 

そこで織莉子は、ありとあらゆる手を使って、上条をゲームに乗せる必要があったと言う事だ。

 

そして結果、美樹さやかの死を利用した方法を見出したのだ。

さやかを絶望させる事で得られる結末は今の状態。全ては計算どおりだ。

予知によりユウリの力を見抜き、裏切りをも見抜いた。

一度敗北したのも、全ては未来を導くためである。

 

 

さやかはどうなった? そうだ。可哀想なのだ!

多くの参加者に理不尽に狙われ、想い人とは結ばれず。

そんな可哀想なさやかを提示することが、未来の鍵だった。

 

世界はやさしい。

希望と絶望は表裏一体のようなものだ。

美樹さやかが苦しめば、それだけの希望も用意してくれる。

 

それは中途半端ではいけない。

世界に嘘はつけないのだ。だからこそ、全力さやかを潰すのは仕方ないことだった。

しかし結果として、こうなっている。

 

本物の言葉には本物が宿る。

嘘ではいけない。たとえ実際に現場を見ていなかったとしても、本当にさやかが苦しんだからこそ、上条も心動かされたのだ。

 

 

全ては織莉子の計算どおりだった。

 

 

(後は、美樹さやかの事を、悟られない様にすればいい)

 

 

途中で気づかれたとて、言い訳は考えてある。

仮にさやかが復活したとしても、カバーできる自信はあった。

 

それに今のままならば、何の問題もなく事は進むだろう。

織莉子は、いつでも未来を視れる訳ではないし、知りたい未来の場面を設定することもできない。

 

ましてや、他にもいくつかの不安要素がある。

だからこそ、まだ油断できない状態ではあった。

しかし――、どんな事があっても必ず目的は達成する。

 

 

「頑張りましょうね、上条くん」

 

「ああ」

 

 

織莉子は笑みを浮かべる。

悪く思わないでほしい――

 

 

(だってこれは、世界を救う為のなのだから)

 

 

 

 

 

 







そもそも普通もっと早くさやか選んどるやろ
何を考えとるんやアイツはホンマ(´・ω・)




次回あたり、登場人物紹介更新します。


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第25話 ケーキ (前編)



ちょっと今回キャラ崩壊があるかも。
苦手な人は、ごめんやで(´・ω・)


 

 

 

 

「ハグッ! あむっ!」

 

 

夜、ファミリーレストランでは佐倉杏子が一人で食事を行っていた。

ハンバーグをガツガツと貪り食う様は、まるで野獣だ。

周りの視線も気にせず、杏子は己の食欲を満たすために咀嚼を続けた。

 

 

「おいおい、もっと落ち着いて食えよ」

 

「あん?」

 

 

鞄が目の前に置かれ、杏子は反射的に視線を上げる。

するとそこには弁護士バッジをつけたスーツの男がいた。

 

 

「誰?」

 

 

杏子は首を傾げるが、男が緑色のデッキを見せると素早く理解したようだ。

 

 

「ああ、アンタ。あの馬鹿のパートナーか」

 

「そうだよ。お前らが殺した、美樹さやかのな」

 

 

北岡秀一は、杏子を見つけると同じテーブルにつく。

杏子も杏子で食事を中断してまで北岡に食いかかる理由はなかった。

ましてや騎士。浅倉とのゲームがあるため、杏子は危害を加える事はできない。

 

 

「なんか用? 馬鹿の復讐? なんなら浅倉呼ぶけど?」

 

「いいよ面倒だし。って言うかさ、お前って金持ってる訳?」

 

 

杏子は財布を取り出してみる。

 

 

「いい財布じゃん」

 

「適当にパクったんだよ」

 

「おい……、嘘だろ」

 

 

杏子は財布の中を探るが、眉を八の字にする。

 

 

「お菓子買っちまったから……」

 

「どうすんの? ここの支払い」

 

「逃げる。ってか、最悪殺せばいいし」

 

「はぁ。信じられないよ俺は」

 

 

北岡は財布を取り出すと、お札を適当に抜き出して杏子に投げ渡す。

 

 

「マジ? くれんの?」

 

 

杏子の言葉にうなずく北岡。

ここで無駄な血が流れるのは、北岡とて喜ばしくない状況なのだ。

 

 

「サンキュー! お礼に今回は見逃してあげるよ。なんなら食うかい?」

 

 

杏子は食いかけのハンバーグを北岡に差し出す。

北岡はそれを拒むと、椅子に深くもたれかかった。

 

 

「しかし本当、何しに来たんだ?」

 

 

杏子の睨みを、北岡は涼しげな表情で受け流す。

 

 

「別に。たまたまファミレスの前を通りかかったら、お前の姿が見えただけだ」

 

「モテるねぇ、アタシ」

 

「ちょっと聞きたいことがあってさ」

 

「あ?」

 

「お前、さやかが何で魔法少女になったか知ってるんだろ? 教えてよ」

 

 

鼻を鳴らす杏子。

 

 

「アタシも詳しくは知らねーよ。たしか、惚れたヤツのためとか言ってたな」

 

「へぇ」

 

「ほとほと反吐がでるよ。他人のために奇跡を祈るなんてさぁ」

 

 

北岡はそれを無表情で聞いている。

 

 

「年相応の願いとしては可愛いモンなんじゃないの? ま、俺には分からないけどさ」

 

 

さやかは他人の為に、地獄に足を踏み入れ、結果他人に絶望させられて死んだ。

文字にすれば最悪の人生だったろう。

結局想い人との進展など何も無かったのだから。

 

 

「死ぬべくして死んだんだよ、あの馬鹿は。協力なんて胸糞わりぃ」

 

「お前みたいなイカれた奴に言われるなんて。同情するよ俺は」

 

 

そこで大きく口を吊り上げる杏子。

 

 

「アタシから言わせれば狂ってんのはアイツ等の方だよ」

 

 

これは殺し合いのデスゲーム、生き残りを賭けたサバイバル。

 

 

「にも関わらず戦いを止め様だのと、ピーピーピーピーうるさい奴らだ」

 

 

ワルプルギスを倒せば複数人で生き残れる道もある様だが、そんなのはゴメンだと杏子は言った。イラつくだけ、杏子はすぐにその道を切り捨てる。

 

 

「じゃあさ、お前は何で魔法少女になったのよ」

 

「………」

 

 

不愉快そうな表情を浮かべる杏子。

ははあと唸る北岡、どうやら杏子もまた『馬鹿』だったらしい。

 

 

「俺もさ、馴れ合いなんて下らないと思ってるし、願いも自分のために使うつもりだよ」

 

 

そう言った面では、杏子の言い分も分かる。

しかしと、北岡は笑った。

 

 

「根本的に合わないわ、お前らとは。俺はやっぱりさやかの方がまともな人間だったと思うね」

 

「はぁ?」

 

「じゃあな。ちゃんと金は払えよ」

 

 

そう言って北岡はさっさと杏子の前から姿を消す。

 

 

「何なんだよアイツは」

 

 

杏子は舌打ちを行いながらテーブルを殴る。

何故か無性に負けた気がした。

 

 

「クソッ! イラつく!!」

 

 

いつか殺す!

杏子はそんな事を思いながら食事を再開するのだった。

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

「………」

 

 

手塚海之は、アパートの自室にて蝋燭を並べていた。

精神を集中させる。何も知らない人が見れば、確実にドン引きかもしれないが、コレはれっきとした占いである。

手塚はそのまま、炎の動きを観察していた。

 

 

「!」

 

 

朝、手塚はいつも自分の運勢を調べるのだが、今日は良くないようだ。

誰にでもそういった日はあるが、あまり嬉しくは無い。

手塚はため息をつくと、蝋燭を消して出発の準備を始める。

 

占いは絶対ではないが、注意に越した事はないだろう。

ただでさえ今はゲームの真っ最中。何が起こってもおかしくは無いのだから。

 

 

「じゃあ、行くか――」

 

 

手塚は不安を振り払う様に声を出し、家を出るのだった。

 

 

 

 

 

 

そんな日の昼休み。

 

 

「手塚ぁ。お前な、これ本気なのか?」

 

「ええ、もちろんです。いけませんか?」

 

「ああいや、悪かった。ただなお前、なかなか厳しい道だぞ?」

 

 

見滝原高校職員室では、先ほどからチラホラと生徒達が出入りを繰り返していた。

理由は一年に与えられた進路相談の内容についてだ。

まだ早いと生徒達は言うかもしれないが、こういった事は定期的に調査を行っていく事が重要とされる。

 

今職員室に呼ばれているのは、気になった解答の生徒達だ。

たとえば白紙であったり、無茶な内容であったりという事。

手塚は紙に『占い師』と書いて提出したのだが……。

 

 

「しかも、お前これ独学だろ? 生計立てられるのか?」

 

「いずれ大きな所にいければなと」

 

「でもなぁ――」

 

 

手塚は内心うんざりだった。

占いには自信があったが、他人に説明するのはどうにも上手くいかない。

とは言え、他人から見れば随分フワフワしていると言うのも分かる。

 

 

(こんな事なら適当にごまかしておくんだったか……)

 

 

失敗した。手塚は苦い表情で教師の会話を受け流していく。

最初は進路の事だけだったのに。時間が経つにつれて話は次々と変化していき。

 

 

「そういえば最近お前休みがちだよな」

 

「す、すみません……」

 

 

F・Gは、つくづく協力派には厳しい環境である。

殺し合いをしろ言われても会社や学校が無くなる訳じゃない。

手塚としても言い訳はできず、結局教師の言葉を素直に聞くしかなかった。

 

 

「おいおい、お前なぁ! なんだよこの進路は」

 

「?」

 

 

すると横から同じような内容の会話が聞こえてきた。

手塚は誰とも知らぬ生徒に同情する。お互いもっと考えて書いていれば良かったのに。

 

 

「………」

 

 

しかし、こういった時ほど隣が気になるものだ。

手塚はチラリと目線を移動させて観察を行うことに。

 

まず見えたのは少し背の引くい少年だった。

確か隣のクラスにいた記憶がある。もちろん見たことがあるだけで、会話を交わしたことは無い。名前も知らない間柄だった。

 

手塚はそのまま少年の書いた進路を見る。

こういう覗き見は良くないと知りつつも、興味が勝ってしまった

 

 

「?」

 

 

一瞬、何が書いてあるのか分からなかった。漢字二文字だ。

 

 

(しかし、なんというか……)

 

 

手塚も人の事は言えないが、よく書けたものだと思ってしまう。

 

 

「はぁ」

 

 

結局あれからチクチク責められ、五分ほど経った後に解放される。

手塚はうんざりしながら職員室を後にした。

同じくして、少年も一緒に退出してきた。

 

 

(思い出した)

 

 

そう言えば、委員会の仕事で一緒になった事があった。

その時に名前も見た気がする。手塚は唸りながら記憶の鍵を探る。

そう、そうだ――! たしか彼の名前は。

 

 

東條(とうじょう)(さとる)。だったな)

 

 

手塚は進路に『英雄』と書いた東條を見つめる。

本気で書いたんだろうか? それともふざけて書いたんだろうか?

まあ、そんな事はどうでもいい。問題は、何か東條から異質なエネルギーを感じたことだ。

 

東條は手塚を見ることなく教室に戻っていく。

手塚は少し迷ったが、周りに誰もいない事を確認するとマッチを取り出して火をつけた。

占いの一つだ、マッチの火を通して人を見ると、人物像が視えてくるのである。

 

 

「………」

 

 

しかし、ここで手塚は自分を客観視してみる。

いきなりマッチに火をつけて、ぼんやりしている訳だ。

怪しい。怪しすぎる。しかもこういった占いの手法は見たことが無い。

つまり独学と言うわけ。だから困るのである。

 

 

(いや、いい。今は集中だ)

 

 

手塚は目を細め、炎を見つめた。

 

 

「!?」

 

 

ふと、手塚の表情が変わる。何が視えたのだろうか?

 

 

「アイツ、まさかな……」

 

 

考えすぎか?

手塚は火を消すと、気だるげに教室に戻っていった。

一方の東條は、空ろな目をして廊下を歩いていく。

進路に『英雄』と言う奇抜な事を書いた心情は、どの様なものなのだろう?

そんな中、ふいに携帯電話が音を立てる。

 

 

「はい」

 

 

画面をタッチして通話を開始する。

聞こえてくるのは女の子の声だ。

なんだか、ぎこちない雰囲気を向こうから感じた。

 

 

『ヒサシブリダネ、トージョー』

 

 

何故か片言で話し始める。感情を抑えているのか。

 

 

「……何かな?」

 

『テヅダッテ、ホシーコトガ、アルンダ』

 

 

東條は少しの間、少女の話を聞く。

しかし最終的な返事はノーだった。

 

 

「そんなの間違ってるよ」

 

『!』

 

「そうだよ、そんなの……、"英雄"のする事じゃないよ」

 

 

英雄らしくない。

東條は淡々と言い放つ。

すると電話の向こうにいる少女の雰囲気が変わった。

 

 

『――ァ』

 

「……?」

 

『アアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

激情の声を上げる電話の相手。どうやら逆鱗に触れてしまったらしい。

少女は声を荒げて、東條を罵倒し始める。

嫌いだの死ねだの、間違っているのはお前だのと、少女は次々に東條を責め立てた。

 

尤も、その東條は無表情で、特に効いている様子はないが。

ある程度そうやって一方的な罵倒が終わると、電話の相手はさっさと会話を終わらせてしまう。

 

 

『死ね! 死んじゃえバーカ!! だいッきらい! プン!!』

 

「やれやれ……、相変わらず下らない事で怒るんだから」

 

 

怒りや感情に身を任せるのは愚かな事だ。そうして自らの身を滅ぼす。

まさにそれは『英雄』とはかけ離れた行為じゃないか。

やはり話を断って正解だった。東條はそう思いながらポケットに手を入れる。

 

 

「この力は……、英雄になる為に使わないと」

 

 

決して人を傷つける為にではない。

東條は自己に言い聞かせると、それを――、紋章が描かれている"カードデッキ"を握り締めた。

 

 

「早く……、英雄になりたいな」

 

 

東條は笑みを浮かべると、デッキから手を離して歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美穂先生、これ今日の保険日誌です」

 

「ん、サンキューまどかちゃん」

 

 

所変わって見滝原中学校の保健室。

まどかは保健係として、クラスの欠席状況や遅刻の有無を記載した『保健日誌』を美穂に提出していた。

 

 

「お仕事はどうですか?」

 

「あぁー、まあまあかな」

 

 

専門学校から連絡が来て、見滝原中学校といろいろ話し合いをした結果、実習は継続となった。

それだけじゃなく、採用試験も兼ねているらしい。

問題なしと判断されれば、養護教諭免許を取得できれば見滝原中学校で働けるのだ。

 

 

「本当ですか!」

 

「いやッ、って言うか……」

 

 

おそらくはジュゥべえが手回しをしてくれたのだろう。

いくら見滝原の教育が特殊だと言っても、いろいろ美穂にとっては都合が良すぎる。

なんでも専門学校側が美穂は優秀な生徒だと言っていたらしいが、全く心当たりがない。

 

 

(ま、まあいいや。甘えておこ。これで酒に溺れて留年(ダブ)った黒歴史を抹消できる)

 

 

就職第一だ。美穂はゲームで死ぬ気はない。

それからの生活を見据えて、今日も真面目に『保健室の先生代理』を務めるのだ。

 

 

「困った事があったらなんでも言ってくださいね!」

 

「あーん! 嬉しいまどかちゃーん! ギュってさせてー!」

 

「わわわわ!」

 

 

美穂はまどかを抱きしめると、背中を撫で始める。

 

 

「どう? やっぱり……、まだ考えちゃう?」

 

「そう――、ですね。やっぱり席がなくなったのは寂しくて」

 

 

さやかの席が無くなったのは、心に来るものがあった。

 

 

「もう元気に笑ってる人たちはいるんですけど、仁美ちゃんは今も元気が無くて……」

 

 

まどかも元気は無い。

美穂は思う。まどかは良くも悪くも背負いすぎる性格がある。

優しいが故に壊れやすい?

 

 

「でも、だからこそ仁美ちゃんを元気付けてあげたくて――!」

 

 

いや、違う。まどかは弱いだけじゃない。

弱さの中にある強さ、それは本当の優しさだ。

そこで何かを思いついた様に離れる美穂。彼女は手を叩いて、まどかに笑顔を向けた。

 

 

「そうだ! ケーキ作ろう!!」

 

「へ?」

 

 

いきなりケーキ?

ポカンとしているまどかを見て、美穂はニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「ケーキ、ですか?」

 

「うん。さやかちゃん、好きだったでしょ?」

 

 

教室では、仁美が先ほどのまどかと同じような表情をしていた。

ケーキ作り。そのままの意味だ。皆で集まってお菓子を作ろうと言うのである。

もちろん今は時期が時期だ。そんな気分ではないと言うことは分かるが――

 

 

「さやかさんの為に……」

 

 

このケーキ作りには様々な意味があった。

さやかはいつも、マミが用意してくれるケーキを楽しみにしていた。

それは仁美も知っている。

 

あとは何といっても仁美やまどかの為だ。

彼女たちは自分を責めすぎている。

お菓子作りストレスを解消する効果があると聞いた。『さやかの為』を理由にして、元気になってもらおうと美穂は考えたのだ。

 

 

「………」

 

 

仁美もある程度は気遣いを感じたのだろう。

だがやはり気持ちが乗り切らないと言う事もある。

燻るように沈黙していたのだが、そこで上条に話しかけられた。

 

 

「鹿目さん、それ、僕も行っていいかな?」

 

「上条くん……!」

 

 

上条だけではなく、両隣には複雑な表情を浮かべている中沢と下宮もいた。

さやかを失って一番ショックを受けているのは上条だろう。

まどかも中沢たちも、上条がさやかへの想いに気がついた事は知っている。

 

 

「ごめん。少し話が聞こえてきて。さやかの為、なんだよね?」

 

「う、うん……」

 

「気分転換がしたいんだ。いつまでも引きずってたら、さやかに笑われるからね」

 

 

上条は困ったように笑った。

 

 

「空気が重いよね。中沢達も鹿目さん達も、僕の事を遣わないでよ」

 

「「え……!」」

 

 

同時に声を上げる中沢とまどか、正直に言えば正解である。

その様子を見て笑う上条。あまり悲しみの感情は感じなかった。

 

 

「僕は気づいたんだ――」

 

 

上条は自分の胸を押さえる。

 

 

「さやかはココにいる」

 

「っ?」

 

 

上条の瞳に影は無い。

それはある意味、不気味な程に。

 

 

「僕の心に彼女は生き続けている。だから僕は悲しんでられないんだ」

 

 

上条はもう一度言う。

自分にできる事は、天国にいるさやかに笑われない様な生き方をする事。

もう十分悲しんだ。だったら後は、さやかに見せても恥じない生き方をする事だと。

 

 

「だから気を遣うのは止めてよ。僕はもう大丈夫だからさ」

 

「は、はい!」

 

 

吹っ切れた。と、言う事なのだろう。

それを聞いて仁美の表情が変わった。

一番悲しいのは上条の筈。その彼が、悲しんでいられないと言うのだ。

 

 

「そう……、ですわね! さやかさんの為にも悲しんではいられませんわね!」

 

 

仁美は大きく頷くと笑みを浮かべて立ち上がる。

そして胸をポンと叩くと、まどかに先ほどの話を持ちかける。

つまりケーキ作りだ。

 

 

「作りましょう! 家の厨房を使ってもらって構いませんわ!」

 

「うん!」

 

「じゃあ、決まりだね。中沢と下宮もおいでよ」

 

「えッ、でも……!」

 

「どうぞどうぞ! 遠慮なさらず!」

 

 

そう言うので、お言葉に甘えることに。

結果、翌日の放課後に仁美の家でケーキ作りをする事になった。

 

 

「ケーキ? いいの? 行く行く!!」

 

 

かずみも誘い、さらに――

 

 

「ほむらちゃんもどう?」

 

「………」

 

 

沈黙するほむら。

しかし、かずみが飛びかかり、体を揺らす。

 

 

「行こうよ、ほむら!」

 

「………」

 

 

どうしたものか。

ほむらが沈黙していると、とんでもない言葉が聞こえてきた。

 

 

「そうですわね。お料理がお上手な方がいてくれた方が助かりますわ」

 

「!?」

 

 

仁美に視線を移すほむら。

料理が上手い? 誰の事を言っている?

戸惑うほむらへ、中沢が追撃の一言を。

 

 

「そうだった。暁美さんって自炊してるんだろ?」

 

「え?」

 

と言うのも、ほむらは家庭の事情で一人暮らしと言う情報がだいたいの人に知られている。

一人暮らし。そこから連想されるのは自炊だ。ましてやほむらはだ。先入観が生まれてしまうのは仕方ない。

 

 

「ね! 一緒に作ろうよほむらちゃん!」

 

「……え、ええ」

 

 

まどかに言い寄られて、戸惑いながらも了解をしてしまった。

サキも誘って、仁美の家にはまどか、ほむら、サキ、かずみ、仁美、上条、中沢、下宮が来る事になった。

後はそれぞれパートナーを誘いたかったら誘うと言う事で、解散となる。

 

 

「お、俺も行っていいのかな?」

 

「気にするなよ中沢。志筑さんと近づけるチャンスかもしれないじゃないか」

 

「そ、それはそうだけど!」

 

 

好きだった仁美の家に行けると言うのは、確かに嬉しい事である。

だが中沢としては、失恋したばかりの上条の前で浮かれるというのは流石に申し訳なく感じてしまう。

 

 

「ハハハ、そんな顔するなよ。さっきも言っただろ? 僕はもう乗り越えたんだ」

 

「で、でもぉ」

 

「気を遣われる方が嫌だよ。それより、貴重な好感度アップのチャンスだよ? しっかり志筑さんにアピールしたほうがいい」

 

「そ、そっか! そうだよな!」

 

 

上条に肩を叩かれ、中沢は笑顔を見せた。

中沢としても上条の事は心配だったが、この様子を見るに安心できそうだ。

悲しみを乗り越えて吹っ切れたんだろうと思う。

 

 

「………」

 

 

笑顔の中沢だが、相変わらず下宮の表情は暗い。

何も言わず、ただ一点を見つめ続ける。それは上条の背中、吹っ切れたと笑みを浮かべていた男の背中だ。

 

 

「………」

 

 

吹っ切れた? 彼女は胸の中で生きている?

 

 

(上条くん……)

 

 

本当に、そうなのか?

いつも一緒にいるからこそ、何か違和感を感じる。

しかしその理由を誰が想像できるだろうか?

さやかを生き返らせる気でいるから、落ち込んでない。なんて理由を。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ明日、材料を各自持参して仁美の家に集合だ」

 

 

サキの言葉に頷くまどか、仁美、かずみ。

とりあえず各々、玉子やクリームを持ってくる事に落ち着いた。

 

 

「かずみは料理は?」

 

「結構得意だよ! お店も手伝ってるし!」

 

「なら安心だな。ほむらも相当だと聞いたが?」

 

「……そ、そんな事ないわ」

 

「またまた、謙遜を」

 

 

ならどうしろと!? ほむらはマジマジとサキを見つめる。

一人暮らしの女の子は料理が上手い。男女差別だの偏見だの叩かれる意見かもしれないが、事実ほむらは完璧超人だ。

欠点が無いと思われていたため、いつのまにか料理も上手いと誤解されていたらしい。

 

 

「ほむらちゃんが作るんだから、きっと凄いケーキなんだろうなぁ」

 

「う゛ッ」

 

 

まどかの目が輝いている。ああ、なんて純粋な悪意なんだ。

ほむらは再び口を閉じた。確実にまどかから尊敬のまなざしで見つめられている。

見られている。だから、だから――ッ!

 

 

「ええ、ああ。たいしたものじゃないけれど」

 

「凄いんだねほむらちゃん! 憧れるなぁ!!」

 

 

ほむらは頬を染めて小さく頷いた。

ノープラン。褒められたかったんだもの、仕方ない。

だからほむらは家に帰ると、すぐに冷蔵庫に駆け寄った。

 

 

「………」

 

 

迷うことなく冷蔵庫を開けと、大量のカロリーメイトと、適当に買ったスーパーの『お惣菜』が見えた。

それを手にとり、動きを停止させるほむら。

少し汗を浮かべて小さく呟く。

 

 

「……まずい」

 

 

お気づきだろうか?

暁美ほむらは何やら料理が上手いだの、自炊をしているだのと学校では言われている様だが、実際は生まれて今日まで料理を作った事など皆無なのである。

 

幼い頃はいろいろあって料理とは無縁だった。

成長した今も、食には全く興味が無いので適当に済ませていた。

つまりこの女は、まどか以下の初心者と言う事である。

そんなほむらがいきなりお菓子作り。果たしてうまくいくだろうか?

 

 

「………」

 

 

上手くいく訳が無い!

ほむらは立ち上がると、困ったように家の中をウロウロと歩き始めた。

 

 

(とにかく何としても、明日までにケーキの何たるかは学んでおいた方がいいわね)

 

 

とりあえず今日の夕飯は自分で作るべきだ。

なんだかんだ言って料理はキチンとして作れば失敗する事はないだろう。

ましてや今日日ネットの力もある。携帯で調べれば簡単なのだ。

幸いスーパーは遠くない。材料はすぐに集まる。

 

思い出すのは、先ほどの輝いたまどかの瞳だ。

おいしいケーキを作ってみせれば、まどかも元気を取り戻すだろう。

ならばやる事は一つだ。ほむらは頷くと、決意を固める。

 

 

(練習、しておこう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、帰宅した手塚は、鞄を放り投げて椅子に持たれかかる。

ここから何をしたものか。いろいろ考えていると、携帯が震える。

画面を確認すると、『暁美ほむら』とあった。珍しい事もあるものだ、手塚は訝しげな表情で通話を開始する。

 

 

「どうした?」

 

『………』

 

 

無言。何で電話をかけてきたのに黙るのか?

そこで表情を変える手塚。黙っていると言う事は、話せない事があると?

 

 

「まさか何かあったのか!」

 

『い、いえ……。そういう訳ではないのだけれど』

 

「???」

 

 

一瞬参加者に襲われただとか、誰かに何かあったのかと思ったが、そういう事ではないらしい。思えばトークベントでテレパシーを使えるのだから、電話の意味がない。

そうだ、意味がないのだ。なのに電話をかけてきたと言う事は――、どういう事なんだろうか?

 

 

『貴方、食事は?』

 

「……は?」

 

 

唐突である。

 

 

『もう食べたの?』

 

「いや……ッ」

 

 

しばしの沈黙。

 

 

『まだなの?』

 

「そう……、だな。まだ食べてない」

 

『食べるの?』

 

 

当たり前である。

 

 

「そ、そうだな。どうした? 何が言いたいんだ?」

 

『………』

 

 

何か様子がおかしい。

いつもは何でもズバズバと言ってくるのに、今はどもり、お茶を濁すばかりだ。

悪い報告では無いようなので、それは安心だが、違和感が強くて気持ちが悪い。

 

 

『手塚。もしよければ――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いな」

 

「いいのよ、作り過ぎただけだから」

 

 

ほむらの家、そこに手塚はいた。

結局、電話の内容は、ほむらが夕食を作りすぎたから手塚に処理してもらおうとの事だった。

 

要するにご飯を一緒に食べようと言うお誘いだ。

手塚としても断る理由は無いし、パートナーとの交流は大切だ。

さらに言えば手塚も男である。美少女が手料理をご馳走してくれるというのだ、悪い気はしなかった。

 

 

「何を作ったんだ?」

 

「ええ、和食を」

 

 

そう言って台所に消えていくほむら。

手塚は手伝うと申し出たが、ほむらはそれを拒んだ。

ならば、やる事はない。手塚は鞄から占いの本を読んで、配膳を待つことに。

そのまましばらくすると、ほむらが料理を運んでくるのだが――。

 

 

「みそ汁よ」

 

「ああ、すまな――」

 

 

言葉を止める手塚。

目の前に置かれたみそ汁は何か――、非常に違和感があった。

そしてすぐに手塚は違和感の正体を突き止める。このみそ汁、具が入って無い。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

バサッ。そんな音と共に、手塚は本を床に落とす。

首を傾げるほむら。なんだか料理を見た途端、手塚の様子が変になった気がする。

目を見開いて運んできた料理を凝視しているじゃないか。

 

 

「ちょ、ちょっと待て暁美」

 

「何?」

 

「――何だ、それ」

 

「?」

 

 

メニューのことか?

ほむらは自己解釈を行い、運んできた料理を説明する事に。

 

 

「貴方も料理の知識は薄いのね」

 

「……は?」

 

 

ほむらは少し優越感を感じてメニューを紹介する事に。

しかし手塚は困惑していた。ほむらはドヤ顔で料理を説明してくるが、全く理解できなかった。

 

何だ? 何を言っているんだコイツは?

手塚はもう一度ほむらが持ってきた料理に視線を戻す。

料理? それはどこにある? おい、おい! おい!!

 

 

「も、もう一度説明してくれないか?」

 

「だから言ったでしょ? かやくご飯よ」

 

「………」

 

 

かやくご飯。要するに炊き込みご飯、混ぜご飯の事である。

手塚はそれを聞いた上で、もう一度ほむらが運んできたご飯を確認する。

これか? もしかしてこの物体の事を彼女はそう言ったのか!?

 

手塚の全身から汗がにじみ出てくる。

ほむらが運んできたのは、真っ黒にすすこけたご飯である。

見た目で正体に気がついた手塚。念のため匂いを嗅いでみたが、それは確信へと変わるだけだった。

 

 

(暁美、これは火薬ご飯だ――ッッ!!)

 

 

夢か? 自分は夢を見ているのか?

手塚はそんな感覚に陥りながら目の前にある煤こけた物体を見ていた。

そして次に置かれるのはメインディッシュである焼き魚――らしい。

 

 

「ちょっと焦げてしまったけど――」

 

「………」

 

 

ちょっと? 手塚は目の前に置かれた『炭』を見て目を細める。

料理を運んで来る際、一瞬だけ台所の奥が見えたが、ソコに火炎放射器が置いてあったのはそういう事だったのか。

 

しかし手塚は次に置かれた料理を見て、今までの焦りを吹き飛ばす事になる。

それだけ認識が甘かったと言う事か。

ほむらは手塚の前に、油揚げを袋状にした料理を置いた。

見た目は一番まとも。しかし料理名を聞いた時に手塚は全てを察する。

 

 

「さいごに、"ばくだん"よ」

 

「―――」

 

 

手塚は無言で箸を持ち、油揚げを裂く。

袋の中に姿を見せたのは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手榴弾だった。

 

 

「………」

 

 

手塚は夕飯に呼ばれた。しかし目の前には兵器が置かれている。

何を言っているのか分からないとは思うが、手塚も分からない。

あれか? ほむらは自分を消す気なのか?

パートナー同士は傷つけ合う事ができないと言うのを実験しようとしているのか?

 

手塚の箸を持つ手が震え始める。

コミックの世界にでも迷い込んだのだろうか?

だって今の時代、お料理サイトなんざ山ほどある。その上でコレである。

 

何だ? ほむらは自分に何を期待しているんだ!?

試されているのか? ここで『お口の中がハルマゲドンや~』なんて言えば和やかな雰囲気になるのか?

いや、いや、いや、ほむらと言う少女はそんなご機嫌な性格じゃない。

それは手塚もよく知っている。

 

分からない。

サッパリ分からない。

これは素なのか、それとも演技なのかが!

 

 

「ち、ちなみに……、味見とかって――?」

 

「………」

 

 

ほむらは、眉をひそめる。

まずい、地雷を踏んだか?手塚が焦りを感じた時、ほむらの口から衝撃の一言が。

 

 

「味見って、何かしら?」

 

 

確信する。

この女、料理とは何たるかを全く分かっていない!

手塚は短時間の内に迷い、そしてその決断を下した。

ほむらに、本当の事を言おうと。

 

 

「あ、暁美……。悪いがッ、これは食べれない」

 

「………」

 

 

その時、ほむらはシュンとなって、眉を八の字に。

悲しげな表情を浮かべると、手塚に差し出したおぼんを掴み取る。

その光景を見て、手塚は喉を鳴らした。何だ? 何でそんなに悲しそうな顔をする。

罪悪感を思い切り刺激され、手塚の心がズキズキと痛む。

 

 

「和食は嫌いだったのね――……」

 

 

違うそうじゃない! 手塚は叫びそうになるがグッとこらえる。

アレはそもそも食べ物じゃない、それを彼女に言えばいいだけだ。

何を迷っている手塚海之。言ってみればコレはほむらの為でもあるのだ。

あんなのを他に出したら死人が出るぞ。そうだ、当たり前なのだ。

 

 

「すぐに捨ててくるわ」

 

「ま、待て!!」

 

 

走り去ろうとしたほむらを、手塚は反射的に呼び止める。

 

 

「何……?」

 

「そ、そうじゃなくて。そのッ、なんだ。食べるのが勿体無いって意味だ!」

 

「!」

 

 

ほむらはそれを聞くと表情を元に戻して、再び手塚の前におぼんを置く。

ヤバイ、何を言っているんだ俺は。手塚はすぐに今の言葉を取り消そうと思ったが、そこでほむらと目が合った。

 

ほむらの目は笑っていないが、少しだけ口がつりあがっている。

そんな彼女にまた棄てて来いだなんて――

 

 

(い、言えない――ッッ!)

 

 

そうか、そういう事か。

まだ俺の不運は終わっていなかったんだな。これこそが占いの意味だったのだな。

手塚は覚悟を決めてほむらに曖昧な笑みを向ける。

 

いいんだろ? 食えばいいんだろ?

それでこの戦いが終わるのなら、俺は戦う!

手塚は覚悟を決めると、瞳に光を宿した。

 

 

「暁美。悪いが、お茶を持ってきてくれないか?」

 

「ええ、わかったわ」

 

 

少し嬉しそうに台所に消えていくほむら。

これはチャンスだ。手塚は唸り声を上げて、再び目の前に置かれた兵器を直視した。

 

火薬ごはんは、文字通りごはんに火薬を混ぜただけの産物だろう。

占わなくても分かる、これは食えない。

 

では次に焼き魚を見てみよう。

火炎放射器で焼かれただけあって完全に炭となっている。

結果は、まあ食えない。

 

ではみそ汁は?

唯一見た目はまともだが、恐らくお湯に味噌を溶かしただけだろう。

結果は、まあ食える。

 

そして最後に爆弾だ。

分かる、食べたら死ぬ。

 

 

「………」

 

 

そもそも爆弾に関しては最悪自分以外にも危害が加わる可能性が高い。

今自分に課せられた使命はいかにしてこの兵器を処理するかだ。

悩む手塚、早くしないとほむらが戻ってくる!

 

 

「やむを得ないか……っ! 変身!」

 

 

ライアに変身する手塚。

ほとほと自分は何をしているんだと言う気持ちになる。

だが仕方ない、これもまた一つの運命だ。ライアはアドベントを発動すると、自分の分身であるエビルダイバーを召喚した。

 

大きな体のエビルダイバーは、なんとかほむらの部屋に入ったと言うくらいだ。

しかしすぐに飛び立とうとするエビルダイバー。

彼だって知能がある。自分が何故呼ばれたのか素早く察知した様だ。

しかしその前にライアが飛び乗って床に押さえつける!

 

 

「お前も俺の分身なら、分かってくれるなッ!?」

 

 

嫌々と体を振るエビルダイバーだが、ライアはさらに強く押さえ込む。

そして素早くエビルダイバーの口をこじ開けると、そこに料理を放り込んでいった。

 

 

「許せエビルダイバー、ばくだんに耐えられるのはお前しかいないんだ!」

 

「―――!!」

 

 

乱暴に料理を放り込み、最後に油揚げで包まれた手榴弾をほうりこむ。

ドン! と衝撃がして、エビルダイバーが浮き上がったが、見込みどおりそれだけで終わってくれた。

 

近づいてくる足音。

ライアはエビルダイバーを戻すと、自身は変身を解除してみそ汁に手を伸ばす。

 

 

「――ッ?」

 

「お、遅かったな暁美……!」

 

 

目を丸くするほむら。

お茶を手にして戻ってきてみれば。いつの間にかみそ汁以外の料理が消えているじゃないか。

 

 

「まさか、もう食べたの?」

 

 

ほむらの言葉に、手塚は曖昧な笑みを浮かべる。

 

 

「あ、ああ……。お腹が――、その、空いていたから」

 

「そう」

 

 

また少し嬉しそうに表情を和らげるほむら。

これでいいんだ。手塚はそう思いながら、出汁の無い味噌汁をすすっていた。

ほむらは頷くと再び手塚のおぼんを掴み取った。

 

 

「お、おい待て。どうした?」

 

「待っていて、おかわりもあるのよ。やっぱり男性は食べるのが早いのね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――」

 

 

真っ白になる手塚と、台所に消えていくほむら。

数十秒後には再び兵器の群れが手塚の前に並ぶ。

一度で終わると思っていた自分が馬鹿だった、手塚は再び震える手で箸を――

 

 

「暁美、マヨネーズが台所に無かったか?」

 

「どうだったかしら? ちょっと待っていて」

 

 

台所にほむらが(以下略

 

 

「へんしん!」『アドベント』

 

 

現れるエビルダイバー。逃げるエビルダイバー。取り押さえるライア。

ここまでのテンプレをクリアして、再びお口に兵器を流し込んでいく。

 

瞬時アドベントと変身を解除する手塚。

なんとかマヨネーズを片手に持ったほむらが来る前に、事を終わらせる事ができた。

 

 

「もう食べたの!? それに凄い汗よ」

 

「そ、そうだな。まあその――、ああ」

 

 

気にするなと手塚は笑う。

ほむらは不思議そうな表情をしていたが、要するに手塚はキチンと全部食べたと言う事実だけが重要の様だ。

ほむらは満足そうに頷くと、手塚の正面に座る。

 

 

「手塚……。その、正直に言ってもらいたいのだけど」

 

「なッ、なんだ? なんだ……?」

 

「おいしかったかしら?」

 

「ッッ!!」

 

 

どうする!?

手塚はしきりに痛みを放つ胃を抑えながら、迷いの檻に捉えられる。

目を見てハッキリといえるだろうか? いやいや、もうココまで突き通した嘘なんだから今更引き返せるか!

 

 

「お、おい……しいぞう」

 

「?」

 

 

だっさい噛み方をしてしまった気もするが、手塚はその言葉を口にして、すぐにほむらから目をそらす。

占いをするのはいいが、対策案も示せる様にならなければ今回の様な酷い目に――

 

 

「そう、じゃあ私も食べてみようかしら」

 

「………」

 

 

それを攻略する方法が何も思いつかなかった。

やはり今日の運勢は悪い。手塚はガックリとうな垂れ、真っ先に謝罪の言葉を口にするのだった。

 

 

「すまん、実は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その……、いろいろとすまなかった」

 

「いえ――っ! 私こそ……その、気を使わせてしまったみたいね」

 

 

二時間後、テーブルには先ほどとは打って変わって、本物のかやくごはん、焼き魚、みそ汁、ばくだんが並んでいた。

手塚は自らが隠した事実を全て打ち明け、二人で一からちゃんとした手順で料理を作り直したのだ。

 

 

「にしても、なんであんなに……。インターネットで調べなかったのか?」

 

「まずは何も調べず、自分がどこまでのレベルかを知りたかったの」

 

「だからって……」

 

「いい? 手塚。脳にはキャパシティがあるの。必要な情報をいくつも取り入れれば、不必要な情報は消えていくわ」

 

「へー」

 

「なに? その感情の無い返答は。文句があるのなら直接聞くわよ?」

 

「いや、いやいや。悪かった」

 

 

最初は不慣れ故に戸惑っていたほむらだが、手塚がちゃんと指導を行ったおかげで何の問題も無い出来に仕上がった。

時間はかかったが、やっと二人は夕食にありつけるという訳だ。

 

 

「………」

 

「うん、うまいじゃないか」

 

「ええ、そうね」

 

 

とはいえ、流石に本物の爆弾を使ったのは馬鹿としか言いようが無い。

ほむらは申し訳なさそうに手塚を見る。

手塚は先ほどとはうって変わって、涼しげな表情で料理を食べていた。

 

二人の間に会話は無いが、その間ほむらには募る疑問があった。

初めは聞かずに終わるつもりだったが、遂に耐えられず、ほむらは小さく声をあげる。

 

 

「ねえ」

 

「うん?」

 

「……聞かないの?」

 

「何を?」

 

 

言葉を止め、ほむらは下に向けていた視線を、手塚へと向ける。

 

 

「私が、"彼女"に拘る理由」

 

「………」

 

 

手塚だってもう気づいている。

暁美ほむらは、明らかに鹿目まどかに対して特別な想いを抱いている。

 

 

「そうだな――」

 

 

手塚としても、そこは疑問に思う所ではあった。

手塚がほむらと知り合った後に、ほむらはまどかと知り合っている筈だ。

にも関わらず、ほむらはまどかに対して異常とも言える執着を見せていた。

 

常にまどかの事を優先的に考え。

杏子がまどかに危害を加えたときは、本気で殺そうともしていた。

 

確かにまどかは優しくて良い娘だと手塚も思う。

よほどじゃない限り、嫌いになる人間はいないだろう。

とは言え、言い方を変えればそれだけだ。特別視する理由は分からない。

そうなると何か理由があるのだと考えるのは当然だ。

 

 

「聞いてほしいのか?」

 

「え?」

 

 

手塚は少し微笑んで、ほむらを見る。

 

 

「誰にだって言いたくない事はある。そうだろ?」

 

「ええ、まあ」

 

 

それはもちろん手塚にも。

 

 

「俺に話しても良いと思えた時、教えてくれればそれでいいさ」

 

「――ッ」

 

 

ほむらは無言で頷くと、手塚に頭を下げる。

手塚と知り合い、今までいろいろな事があった。

その中で少なくとも手塚海之という人間は悪人ではなく、むしろ信頼に足る人物であると考えていた。

 

しかし全てを打ち明けるにはまだ抵抗があった。

それはきっと手塚の考えと、ほむらの考えが根底の部分で違っていると言う事だ。

そこに、ほむらはある種の罪悪感、後ろめたさがあるのだろう。

 

手塚は戦いを止めたいと思っている。

どうにもならない敵に関しては命を奪う事も仕方ないと思っている様だが、それでもなるべく犠牲者は抑えようと思っている。

 

しかし、ほむらは違う。

まどかがいれば、他の人間がどうなったって構わないと思っているのだ。

状況によっては、全員を殺してもいいとすら思ってる。

だからこそ、頭が痛くなる。

 

 

「これは俺の考えだが、誰かに言ってしまえば自分が弱くなる気がするんだ」

 

「?」

 

 

人に打ち明ける事で頼ってしまう。甘えてしまう。

 

 

「だから胸に抱えた覚悟が緩んでしまって、弱くなる気がするんだ」

 

 

手塚は悲しげにそう言った。

そしてそれはほむらにも分かる事だ。何度、打ち明けたくなったか。

 

 

「打ち明けて協力してもらった方がずっといいのにな。それとは別のジレンマ、プライドがあるのかもしれない」

 

 

自分自身でケリをつけたいと思う気持ち。

他人にこの苦しみを分けてはいけないと思う遠慮。

 

 

「面倒な生き物だな、人間は」

 

「……かも、しれないわね」

 

 

絶対に諦めたく無いと思っている事に、本気で取り組めているのだろうか?

ほむらも手塚も引っ掛かる部分があるのかもしれない。

双方それを互いのパートナーに感じている。

 

ほむらがまどかに執着する理由。

手塚が騎士になった理由。それを知ることになるのはもう少し先になりそうだった。

 

 

「難しいな」

 

 

手塚は横においてある占いの本を見て呟いた。

 

 

「死んだほうが楽なんだろう。闇に堕ちた方が、楽なんだろう」

 

「……そうね」

 

「だが、俺には――、いや俺達にはやらなければならない事がある」

 

 

放棄したいと、投げ捨てたいと、思ったときもあるんじゃないか?

 

 

「面白いと思わないか? 人は自らの辿る道が決まっていると信じている」

 

「それを、運命というのね」

 

「ああ。運命って言葉は、真実であり都合のいい訳であり、逃げ道だ」

 

「………」

 

「だから俺は運命が知りたい。それを視たいんだ」

 

 

手塚は占いを始めた理由を端的にほむらへ告げる。

『全ては運命』、そんな便利な言葉で片付けられてしまう事が、手塚には許せなかった。

 

人が死ぬのはソイツの運命か?

魔法少女が絶望して魔女になるのは運命か?

騎士が願いを抱えて戦うのは運命か?

友達が疑いあい、傷つけ合う事は運命か?

そして、このゲームに飲み込まれる事は運命だったのか?

 

 

「違う。そんな下らない運命なんて認められるか」

 

 

だから知りたい、だから変えたい。

 

 

「必ず運命は変えられる。俺はそう信じている」

 

 

ほむらの胸に走る痛み。

本当に、そうだろうか? そうであってほしいとは思うが、やはり運命は決まっているんじゃないのか?

 

いや、駄目だ。

ほむらは首を振ると、一瞬抱いた想いを否定する。

 

 

「それより、明日はケーキを作るんだろう?」

 

「え?」

 

「この調子なら大丈夫そうだな」

 

 

目を丸くするほむら、そう言えばそうだった。

 

 

「貴方もよければどう?」

 

「いや、俺は遠慮するよ。お前達だけでやるといいさ」

 

「城戸真司や霧島美穂も来るみたいよ。それに私としては貴方がいてくれた方が……、いろいろと都合がいいのだけど」

 

 

ほむらは先ほど自分が作った産物を想像して引きつった表情を浮かべる。

明日も何かやらかしてしまう可能性もある。

そういう時に手塚にサポートをお願いしたいと言う事だった。

 

 

「だったら、まあ……」

 

 

手塚は渋々了解する。それを聞いて少し安心した様に微笑むほむら。手塚も苦笑交じりにため息をついた。

明日はうまくいくといいんだが、そんな思いを乗せて手塚は料理に手を伸ばしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。学校が終わり放課後、約束のとおり仁美の家に一同は集まる事に。

まどかは一度自宅に戻り、冷蔵庫にある卵をカバンに入れる。

 

 

「やあ、まどか。お友達の家に遊びにいくのかい?」

 

 

知久の言葉に頷くまどか。今日は詢子も仕事が終わったらしく、タツヤと一緒に絵を書いて遊んでいた。

どうやらタツヤは絵がうまい様で、詢子はしきりに『天才』だの『将来は画家』だのと、親バカっぷりを発揮している。

 

 

「じゃあ行ってきます」

 

「うん、気をつけてね」

 

 

まどかを送り出す知久。

それを確認して、詢子が声を声をかける。

 

 

「どう思う?」

 

「うーん、だいぶ良くなったけど、まだ少し元気が無いね」

 

「そりゃそうだよね、さやかちゃんの事があるんだもん……」

 

 

必死に生きようとしているまどかの姿は、どうしても少し悲しげに映ってしまう。

このケーキ作りも純粋な意味を持った物ではないと言う事は分かっていた。

 

 

「だけど、まどかは強いからね。きっとまどかなりの想いがあると思う」

 

「そだね、アタシらの娘だもん」

 

 

まどかの親として何もしてやれないのが歯がゆく、同時に悲しかった。

 

 

 

 

 

 

「おお、令子! 取材はどうだった?」

 

「はい、やっぱり警察も犯人は特定できてないそうです」

 

「かぁ~! まじかよ! ってかホント最近物騒だよなぁ」

 

 

BOKUジャーナルでは、取材から帰ってきた令子を編集長が出迎えていた。

編集長はマッサージ用具で肩を揉み解しており、デスクでは島田がものすごいスピードでキーボードを叩き、記事を作っていた。

 

隣ではポチポチとぎこちない真司のタイピング。

一言一言を呟きながら真司は金色の亀の情報を記載していた。

 

 

「なんか魔女とか怪しい研究してたオッサンだったしなぁ」

 

「不謹慎ですよ編集長」

 

 

二人の会話を耳に挟みながらタイピングを続ける真司。

 

 

「えー、こ・ん・じ・き・の・亀が・魔女で――……魔女!?」

 

 

ダンッ! と勢いよく立ち上がる真司。

 

 

「おわ! な、なんだよ真司」

 

「ま、魔女ってなんなんですか編集長! ねえ! 編集長ってば!!」

 

「待て待て! 落ち着けバカ! お前ニュース見てないのかよ!」

 

「え?」

 

「清明院大学の教授が殺されたんだよ!」

 

 

清明院大学は見滝原の外にある為、真司は取材に行く事ができない場所だった。

故に情報が薄かったが、話を聞けばそこにいる教授が魔女の研究を行っていたらしい。

秘密裏とまではいかないが、メディアには触れられない程度のものだったので、死体が発見されるまで担当者以外は研究の事を知らなかったらしい。

 

 

「しかも死体は矢で射抜かれていたんだぜ! 矢だぞ! このご時勢にわざわざ矢で殺すって、相当ヤバイ奴が関わってるんだろうな……!」

 

 

編集長は肩をすくめて身を震わせる。

対して真司は呻きながら椅子に座った。

やはり魔女は世界各地で発見されているのだろうか?

そしてやはりそれだけ迷信とは思わない人たちが現れる、と。

 

確かに真司だってまどか達に助けられた今があり、現に魔女の事を覚えているじゃないか。そういった人が他に現れてもおかしくない。

 

 

(でも……、矢で死ぬって?)

 

 

魔女に近づいた故に魔女に殺されたのだろうか?

しかしそれにしては殺害方法に違和感がある気がする。

魔女の口付けを受けての自殺ではなさそうだし、捕食もされていない。

文字通り矢で射抜かれて死んだだけ。真司はそこに強烈な違和感を覚えた。

 

 

(でも俺、見滝原から出られないし)

 

 

どうしたものか。真司はふと時計を見る。

 

 

「うわっ! やっべ!!」

 

「おわ!」

 

 

真司はすぐに荷物を纏めると、会社の冷蔵庫に入っている『クリームの素』や、『いちご』を手に取る。

何を? そんな視線を振り切って、真司はさっさと会社を後にする。

 

 

「ケーキの取材、行ってきます!!」

 

「……は?」

 

「早く行かないと遅刻だ遅刻!!」

 

 

真司はすぐにスクーターまで駆け抜ける。

待ってろよまどかちゃん! 今最高のクリームといちごを届けてやるからな!!

 

 

「ォ!!」

 

 

そこでバランスを崩す。

真司は勢い余っていちごを宙へと放り投げた。

そしてそのまま真っ赤ないちご達は――

 

 

「ああああああああああああああああああああ!!」

 

 

もはや何も言うまい。

真司は泣きながらスーパーに向かうのだった。

間に合うかな? あと結構いちごって高いんだよな。真司は渦巻く思いを胸にスクーターのスピードを上げたのだった。

 

 

 

 

 






飯といえば龍騎原作で、真司が豪勢に天丼食ってたのに、編集長がバナナだったの面白いシーンだなぁと思います。


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第26話 (編後)キーケ

 

 

見滝原中学校のチャイムが、授業の終了を知らせてから数分後。

放課後の校門付近は、それぞれ部活や、優雅な寄り道ライフを送るだろう生徒達であふれていた。

 

まどか達の様な者はさっさと家に帰り。部活をしている者は準備を行いに散らばっていく。

そんな中、門の先に一人で立っている制服姿の少女がいた。

 

気になるのは制服が見滝原中学校とは違う事だ。

見滝原には中学校が全部で三つある。まどか達が通うのは第一中学校、これが主に見滝原中学校と呼ばれている。

 

あとは第二中学校、第三中学校と分かりやすく区別されているのだが、門に立っているのは第二中学校の生徒の様だった。

知らない生徒。しかも女生徒が校門に立っている。

当然それは話題になる訳で。

 

 

「お、おい。あの娘可愛くね?」

 

「確かに、第二はお嬢様学校なんだろ? 清楚って感じだなー!」

 

 

ポニーテールの少女が玄関をチラチラ確認しながら待っていると言う状況。

なんともまあ青春である。きっと彼氏でも待っているのだろう。

羨ましいと、他の男子生徒達は口にしながら門を通り抜けていく。

 

 

「でも結構身長あるな、年上か?」

 

「服のラインで学年が分かるらしい。確か青色は三年だったかな」

 

「ふーん、しかし俺もあんな可愛い彼女が欲しいねぇ」

 

 

などと笑いながら生徒達は通り過ぎていく。

それを気にする事なく、尚も待ち続ける少女、

しかし遂に待っていた人が現れたようで。

 

 

「!」

 

 

少女の表情がパッと明るく変わる。

彼女はまだ他の生徒達がいるにも関わらず、笑顔で手を振りながら走り出した。

目指すのは玄関から出てきた少年。少女は人目もはばからず、愛する人の名前を呼んだ。

 

 

「おーいっ♪ 淳くーんっ☆」

 

 

"双樹あやせ"は、現れた男子生徒に駆け寄ると頬を赤らめて腕を組む。

ザワつきはじめる周りの生徒。アイツが彼氏なのか!? そんな空気が辺りをつつみ、少年も思わずため息をついた。

 

 

「あのさぁ。お前、周りとかって気にしないの?」

 

「だってぇ……! わたしずっと淳君の事ばっかり考えてて、それで……!」

 

 

あやせは捨てられた子犬のような表情で少年を見つめる。

腕を組んだまま歩く二人だが、身長差があった。あやせの方が少年より高いのだ。

元々少年の身長が低めと言う事もあるが、何より少年は一年生であやせが三年生と言うのも理由かもしれない。

 

 

「うざいなぁ」

 

 

しかし少年はあやせの事を先輩扱いしている訳ではない様だ。

腕を組んで擦り寄ってくる様を、『ウザい』の一言で切り捨てる。

今の言葉が相当ショックだったらしい。あやせは涙を浮かべて、少年にすがりつく。

 

 

「ご、ごめんね淳くん! お願いだから嫌いにならないで!! わたし、淳くんの為ならなんでもするから!」

 

「ふーん。ま、いいけど。慣れてるし」

 

 

それを聞いてまた笑顔に戻るあやせ。コロコロと表情を変えて、忙しいものである。

だが、あやせとしては今の言葉が相当嬉しかったらしい。

ますます少年にしがみ付いてボディタッチを増やす。

 

 

「許してくれるの?」

 

「うーん、どうしようかなぁ?」

 

「い、意地悪しないで!!」

 

「んー、じゃあ許すよ。あやせ」

 

「!!」

 

 

真っ赤になって頷くあやせ。

どうやら二人には明確な主従関係が成り立っている様だ。

あやせの方が年上で身長も高いが、立場は完全に下である。

尤も彼女はそれで満足の様なので、構わないと言えばそうなのだが。

 

 

「淳くん、だーいすき♪」

 

「はぁ」

 

 

呆れた様に、ため息を漏らす少年。

彼の名は――

 

 

「淳くぅん。ゲームの準備はどう?」

 

「いいんじゃない? もう少しでゲームがもっと面白くなる」

 

 

芝浦(しばうら)(じゅん)

双樹あやせのパートナーであり、彼もまたゲームの参加者である。

その心にあるのは純粋さ、故の狂気。芝浦は文字通りゲームを楽しみたいと動いている。騎士最年少でありながら、命のやり取りも彼にとっては楽しいゲームなのだ。

傍から見れ仲の良いカップルかもしれないが、そこには確かな悪意が渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」

 

 

一方の城戸真司はいちごを求め町を駆け抜けていた。

約束の時間まで猶予は無い。まずは一番近いスーパーに転げ込む様にして入店した。

いちごいちごいちごいちごいちご、ブツブツ呟きながら店内を徘徊する真司は完全に変態だろうが、一大事である。仕方ないのだ。

目指すは果物売り場、真司は赤い宝石をすぐに探――

 

 

「おおっ!」

 

 

いちごがあった。

だが運が悪いのか、良いのか。数はなんと一パックだけ。

真司はすぐに全速力で走り出し――、た所で、突然現れた男が真司のいちごを奪い取った。

 

 

「どあああああああああああああああ!!」

 

「ん?」

 

 

真司はすぐに立ち止まるが、勢い余って大きくよろけてしまう。

対していちごを取った男はノーリアクションでそれを見つめていた。

しかしピンと来たのか、ああと声をあげて真司を指差した。

 

 

「お前!」

 

「って、北岡さん!!」

 

 

いちごを取ったのは北岡弁護士その人である。

やはり見滝原から出られないとなると街中でのエンカウント率も上がるものだ。

まあ、それが参戦派で無い分マシと言うものだが。

 

 

「あ! そ、そのいちご……!」

 

「何、お前欲しいの?」

 

「ま、まあ、はい。くれるんですか!?」

 

 

嫌だよ、北岡はそういいながらさっさとレジへ向かう。

いやいや、そこはそこはと食いつく真司。

ココを逃せば本格的に遅刻の可能性が出てきてしまう。

 

という訳で北岡がレジを済ませた後も纏わり着く真司。

どうしてもいちごを渡してほしいと頼み込んだ。

 

 

「やれやれ、本当にしょうがないな」

 

「くれるんですか!!」

 

 

北岡は数回頷くと、いちごを取り出して真司に向ける。

手を伸ばす真司。しかし北岡はそれよりも早くパックを引っ込めると、そのまま封を開けていちごをむき出しに。

 

 

「?」

 

 

戸惑う真司。

北岡は頷き続けると、パックの中からいちごを一つ取り出して見せる。

それを無意識に目で追う。北岡は真司にいちごを見せびらかす様に動かすと、そのまま自分の口の中にいちごを入れた。

 

 

「うん。うまいうまい」

 

「………」

 

 

北岡はその調子でもう一ついちごを口の中へ。

 

 

「いやぁ、甘いね今の時期は」

 

「………」

 

 

ひょいひょいパクパク真司の前でいちごを食べていく北岡。

数秒後にはパックはいちごのヘタしか残っていない状態に。

北岡はハンカチで口をふくと、残骸と化したパック、いやゴミを真司の手に持たせる。

 

 

「ま、遠慮しないでよ。同じ騎士同士なんだ、困ったら助け合いだよね」

 

 

じゃ。

北岡はそう言うと、スタスタと歩き去った。

真司は無言のまま手に持っているゴミを、ゆっくりとゴミ箱に捨てた。

手には、北岡が食べたいちごの汁がちょっとついている。

 

 

 

「……きたね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」

 

 

なんッッて嫌なヤツなんだ!!

っていうか割と本気で、あの時間は何だったのか。

真司は怒りの咆哮を上げながら、スクーターのスピードを全開にして、いちごを求めるのだった。

 

 

「ごめん、まどかちゃん!!」

 

「あ! 真司さん! こっちですよ!」

 

 

その後、まどかに書いてもらったメモを頼りに仁美の家にやってくる。

結局あれから他のスーパーに行っていた為、門の前には既に他のメンバーが集まっていた。

まどか達は笑顔で迎えてくれたが、そうで無い者も。

 

 

「おっそいなぁバカ! 何分待たせんのよ!」

 

「言ってやるな霧島、バカはメモが読めないんだ」

 

 

美穂と蓮のウェルカムディスに表情を歪める真司。

不本意である。確かに来るのは一番遅かったが、それでもまだ約束の五分前だ。

 

 

「ってあれ? 蓮も来てたのか」

 

「勘違いするな。俺は材料を届けに来ただけだ。すぐに帰らせてもらう」

 

 

そう言って蓮が踵を返した時、黒い影が飛び掛ってきた。

 

 

「うっ!」

 

「えー! 一緒に作ろうよ蓮さん!!」

 

 

背中に飛び乗るかずみ。

蓮は何とかして振り払おうとするが、マグネットの様にかずみはピッタリと張り付いて蓮の動きを拘束する。

蓮は尚も動きを速めて振り払おうとするが、かずみは意地でも離さぬようだ。

 

 

「いい加減にしろ! 俺にはまだ仕事が――!」

 

「もしもし立花さん? 蓮さんもケーキつくっていい!?」

 

 

既に携帯で立花に連絡を取っているかずみ、もはや音速である。

電話の向こうからは随分と軽い調子で立花の声が聞こえてきた。

 

 

『いいんじゃない? 別に今いるスタッフで何とかなるし』

 

「だってさ! 蓮さん!!」

 

「………」

 

「だってさ! 蓮さん!!」

 

「………」

 

「だってさ! 蓮――」

 

「聞こえてる!」

 

 

うな垂れる。どうやら逃げられないようだ。

しかし子供に混じって一緒にケーキを作るなんて、想像しただけで寒気がする。

蓮は何とかして帰ろうとするが、それを美穂に悟られた。

 

 

「くぁー! 何よ蓮、喫茶店で働いといてケーキも作れないのぉ?」

 

「……なんだと?」

 

 

ピクリと眉を動かす蓮。

美穂は手を組んで挑発的な笑みを浮かべてみせる。

 

 

「スライス秋山なんて大層な二つ名をもらっておきながら、大事な時にはこの体たらく。がっかりよねぇ」

 

 

煽る煽る。

拳を握り締める蓮、なにやらプライドが反応したのか、瞳にギラリとした光が。

 

 

「いいだろう、ケーキでも何でもすぐに作ってやる」

 

「わあ! さっすが蓮さん!」

 

 

蓮はブツブツいいながら材料を抱えて歩いていく。

背中のかずみは振り返ると、美穂に向かってコッソリとピースサインを送った。

美穂もウインクを返してピースを送る。

 

 

「蓮も単純だなぁ」

 

 

お前が言うなと言われそうだが、真司はつくづくそう思う。

その光景に手塚とまどかも笑みを浮かべた。

 

 

「いい友人を持ったな、羨ましいよ」

 

「え? そ、そうかな?」

 

「うん、そうですよ」

 

 

どこか悲しげに笑っている二人。

それを見て、真司は当たり前の様に言ってみせる。

 

 

「でも、手塚もまどかちゃんも友達だぜ?」

 

「そう、か」

 

「えへへ! そうですね!」

 

 

その言葉にまた笑みを浮かべる手塚と、嬉しそうに笑うまどか。

それにと真司は、ほむらの方に視線を送る。

 

 

「ほむらちゃんだって。あぁ、もちろんサキちゃんも」

 

「そう……」

 

 

ほむらは複雑な表情で頷いた。

すると腕に触れる手、ほむらはハッとして前を向く。

まどかだ。ほむらが持ってきた袋の中身を確認している。

 

 

「うまく作れるといいね、ほむらちゃん」

 

「え、ええ……!」

 

 

まどかの笑みに、ほむらもしっかりと笑顔で返す。

安心したような表情を浮かべる手塚。

いつも険しい表情を浮かべているほむらも、まどかといる時は暖かい表情を浮かべている。

それだけ鹿目まどかと言う人間はほむらにとって特別なのだろう。

 

 

「あ、皆さん! こちらですわ!」

 

「仁美ちゃん!」

 

 

丁度門の向こうから仁美がやってくる。

既に早く来ていた上条達とはココで合流と言う事になった。

美穂は学校にいるため全員と話した事があるが、真司や手塚は始めての会合となる。

 

上条恭介、中沢昴、下宮鮫一。

まどかのクラスメイトである事は真司も知っている。

同じく、中沢たちも真司たちの話は軽く聞いていた。

 

 

「城戸さん、ですよね」

 

「え!? あ、ああ……! うん、はじめまして」

 

 

上条は真司を見つけると笑顔で駆け寄ってくる。

しかし真司としては、さやかを守れなかった負い目がある分、上条の目を直視する事ができなかった。

だが上条は逆に、ある種の無邪気さを出して真司に笑いかける。

 

 

「さやかから話は聞いていました。面白い人だって。でも凄いなぁさやかは。霧島先生だけじゃなくて、カフェの店員さんと仲良くなったり、城戸さんだって」

 

 

 

「う、うん。あの――、さやかちゃんの事は……」

 

「気にしないでください。確かに悲しいけど、僕が悲しんでたら天国にいるさやかに笑われそうで」

 

「そっか……」

 

 

なんて強い子なんだ。

真司はくよくよと悩んでいた自分が恥ずかしく見えた。

さやかを失った一番悲しいのは上条の筈なのに、彼はしっかりと前を見て歩いているじゃないか。

真司は打ちのめされた感覚を覚え、同時に勇気をもらう。

 

 

「よし! じゃあ今日は美味いの作ろうか!」

 

「はい!」

 

 

真司は頷くと上条達と肩を組んで歩き出す。

 

 

「えーっと、二人の名前は?」

 

「あ、どうも中沢です」

 

「おっけ! メカ沢くんな! 何かなつかしい名前だな、しっかり覚えたぜ!」

 

「え? ちょ、速攻で間違って――」

 

「じゃあキミは?」

 

「下宮です。よろしくお願いします」

 

「うっしゃ、よろしく!!」

 

「城戸さんは鹿目さんのお知り合いなんですよね」

 

「んー、まあ本当に通い親戚みたいなもんかな? ハハハ、さあ行こう行こう!!」

 

 

そう言って真司達を先頭に、一同は仁美の家に入っていくのだった。

 

 

「ほえー」

 

 

美穂がマヌケな声を出すのは無理もない話しだった。

仁美の家の厨房は噂どおりに広く、一同が料理をできるには十分な程だった。

 

 

「お母様が料理に没頭していた時期がありまして。その際にリフォームしましたの」

 

 

仁美はサラリと言ってのけた。

とりあえず三つに別れてそれぞれケーキを作る事に。

真司のチームはまどか、手塚、ほむらである。

それぞれ作業に取り掛かる中、コチラもまずはスポンジを作る事に。

 

 

「じゃあわたし達はクリームを作るから、ほむらちゃんはスポンジをお願いね」

 

「わかったわ」

 

 

などとは言うが、ほむらはサッパリである。

手塚に視線を送るほむら、既にトークベントは発動済みなので、ココからは思念で会話する事に。

 

 

『どうすればいいのかしら』

 

『任せろ予習はしてきた。まずは卵を割ろう』

 

『わかったわ』

 

 

頷くほむら、彼女は卵を手にとり――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぐしゃ! どがっ! ばきっ!

 

 

『………』

 

『………』

 

 

そんな目で俺を見るな。

手塚は汗を浮かべて、中に混入しまくっている殻を取り出す作業に入る。

 

 

『卵、あまり割った事無いから……』

 

 

小さく呟くほむらに手塚は気にするなと。

そうこうしている内に殻は全て無くなり、白身を切る。

手塚はここで再びほむらにボウルを渡した。

 

 

『次はグラニュー糖を入れよう』

 

『………』

 

『どうした?』

 

『グラニュー糖とお砂糖は、何が違うのかしら?』

 

『………』

 

 

手塚、一瞬の沈黙。

 

 

『それは多分、砂糖よりも――、何か、こう……、その、グラニューな感じなんだろう』

 

『成程、納得だわ』

 

 

一体何に納得したというのか。

気になる所ではあるが、ほむらとしては満足した様だ。

すまん、俺も知らない。手塚は心の中で謝罪をすると、早速次の作業に移ることに。

 

 

『混ぜよう。ダマになる』

 

『………』

 

 

堕魔(だま)? 使い魔の一種かしら?

コレを混ぜないと使い魔が寄って来ると言う事ね。

ほむらは了解して、特に何も言わず卵を混ぜ始める。

 

しかし意外だった。

料理というのは魔女退治に関係していたのか。

だから巴マミはあんなに料理がうまかったのか。

 

 

(多分、アイツ何か勘違いしてるな)

 

 

ブツブツとテレパシーでほむらの考えが声に出ている。

しかし手塚は特に言及はせず、オーブンの準備を行っていた。

まあなんだ、その内気づいてくれるだろうから。

 

 

『終わったわ』

 

『よし、じゃあバターを湯煎しておいたから。それを交換させよう』

 

『……ッッ!!』

 

 

ほむらの表情が鬼気迫るものに変わった。

な、なんだ? 手塚は只ならぬ空気を感じて、チラリとほむらを見る。

ほむらは唇をわなわなと震わせ、汗を浮かべて手塚を見ていた。

 

 

『貴方……、今ッ、なんて――っ?』

 

『ゆ、湯煎してあるバターを――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()(せん)!? 貴方っ、戦いを楽しむと言うの!? このゲームに乗ると言うのッ!?』

 

『疲れてるんだよお前、今日は帰ったらすぐに休め』

 

 

手塚はほむらを落ち着けると湯煎の説明を一から行う。

それを聞いて頷くほむら。知ってたわ、アレは冗談よ等と言ってみせるが、手塚からしてみれば嘘つけよお前状態である。

 

 

『まあ、なんだ……、次に行こうか』

 

『え、ええ』

 

 

湯煎したバターやらを加えて、かき混ぜる。

しかしほむらが普通にかき混ぜ様とした所で、手塚が止めた。

 

 

『名前は知らないが、こういうのをかき混ぜる道具があった筈だ』

 

『道具?』

 

『ああ。高速回転する便利なヤツだ。あれなら疲れないし良い出来に仕上がる』

 

『ッ! それなら心当たりがあるわ』

 

 

ほむらはソウルジェムを取り出し、しゃがみ込んでコソコソと何かを行う。

そして立ち上がると手に持っていたのは巨大なドリル。

 

 

『高速回転、これの事ねきっと』

 

『………』

 

 

絶対違うと思う。

手塚も知らないが、それだけは無いと思えた。

というかそんなモンで混ぜたら仁美の家に穴が開く。

 

そもそも何でほむらはそんなドリルなんて持っているのか。どこで手に入れたのか。

いろいろと気になる所だったが手塚あえてのスルーである。

 

 

『………』『………』

 

 

とまあ、いろいろあったが。

何とか二人は出来上がった『素』を型に流し込むまで終了させる事ができた。

あとは真司たちが用意するクリームとフルーツを合わせれば、いちごケーキの完成だ。

 

 

「ま、まどかちゃん……」

 

「う、うん。すごいね」

 

 

一方の龍騎ペアは、先ほどから無言&無表情で作業を続けていくライアペアをポカンとした表情で見ていた。

 

真司達は手塚達がトークベントで会話しているのを知らない為、まるで二人がアイコンタクトだけで作業を行っている様に見えるのだ。

しかもほむらなんてドリルを取り出してして――、いやアレ何に使うんだよ!

 

 

「他のチームは……」

 

 

真司は他のチームを観察してみる。

美穂の所は、サキと中沢、仁美がいた。

仁美の隣と言う事もあってか、真っ赤になっている中沢くん。

初々しいものである。隣でニヤニヤと美穂とサキが笑っているのが気になるが。

 

 

「まあ中沢くん、お上手ですわね!」

 

「え! そ、そうかなぁ……、あはは」

 

 

中沢に笑いかける仁美、丁度そのタイミングでサキが口を開く。

 

 

「仁美は、料理が上手な男はどう思う?」

 

「ええ、素敵だと思いますわ」

 

「!!」

 

 

中沢は真っ赤になり、ますますサキは笑みを深める。

お次は美穂、真司曰くきったねぇ笑顔を浮かべて仁美を見ていた。

 

 

「仁美ちゃんはぁ、どんな男がタイプなのぉ?」

 

「!」

 

「そ、そうですわね……」

 

 

照れながら下を向く仁美。

その隙に美穂は中沢にサムズアップを行う。

 

 

(ええええ!?)

 

 

どうしていいか分からずに汗を浮かべる中沢。

そうこうしている内に仁美は答えを出した様で。

 

 

「優しい方は……、素敵だと思いますわ」

 

「へぇ」

 

 

一瞬だった。美穂とサキは真顔に戻ると互いに頷きあう。

そしてまた再び笑みに戻ると美穂はコッソリと自分が持っていた箸を――

 

 

「ああ! やっちった!!」

 

「え?」

 

 

美穂が持っていた箸が中沢の前に落ちる。

いや、落としたんじゃなくて投げたろお前。真司はそんな事を思いつつも、黙ってその後の光景を見てみる事に。

落ちたのは中沢の目の前だ。当然反射的にそれを拾うしかない。

 

 

「あー、ごめんねー。ちょっと手が滑っちゃって」

 

「まあ大丈夫でしたか?」

 

「あ、俺洗いますよ」

 

 

中沢は洗い場の前に立っていたので、美穂が落とした箸を洗う。

それを確認すると美穂は少し声を高めに。

 

 

「おお! やッさしいねぇ中沢君ってば、わざわざ拾ってくれるんなんて」

 

「へ?」

 

「しかも洗ってまでくれるなんて! くぁー、真司のバカなら拾ってさえくれなかったと思うわよ!」

 

 

オイッ! お前の消しゴム何回拾ってやったと思ってんだ!

真司がその事を言おうとした瞬間、まどかが待ったをかける。

 

 

「ちょっとまってね真司さんっ!」

 

 

まどかも意味を理解した様だ。

サキもまた、美穂の言葉に被せる様にして目を光らせる。

流石はパートナーと言うべきなのか、手塚達と違って完全にこいつ等は目だけで意思疎通してやがる。

 

 

「中沢は"優しい"と評判だからな! 私も耳にも、ちゃんと情報が入っているぞ!」

 

「うえっ!?」

 

「まあそうでしたの! 凄いですわ中沢くん!!」

 

 

優しいの部分を強く強調するサキ。

仁美は尊敬の眼差しを中沢に向けて微笑んだ。

 

その後仁美がオーブンの様子を見に行くと、中沢は無言で美穂とサキに頭を下げる。

90度のお辞儀に美穂とサキは気にするなと笑って腕を組んでいた。

なんなんだよ、誰だよお前ら。真司は引きつった表情でそれを見る。

 

 

「すごいな二人とも……」

 

 

次に真司は蓮達の方を見てみると――

 

 

「「………」」

 

 

口をあけてポカンとしている上条と下宮。

対してかずみは、凄い凄いと無邪気に笑って拍手を送っていた。

同じく言葉を失う真司とまどか。視線には非常に凄い光景が。

 

 

「す、すごいね上条くん……」

 

「う、うん」

 

「わーい! さっすが蓮さん!!」

 

「フッ、まあざっとこんなモンだ」

 

 

巨大なウエディングケーキが仁美家の厨房にそびえ立っていた。

いや、明らかに持ってきた材料と仕上がりの最終形態が比例して無いだろ。

真司は不思議な事もあるものだと汗を浮かべ、椅子に座っている蓮を見た。

 

してやったりの表情を浮かべている蓮。

やはりその名は伊達でないかスライス秋山ッ!

 

 

「しっかし本当に蓮が参加するなんてなぁ」

 

 

昔の蓮ならば、美穂に挑発されたとしても逆に言い返して帰っていったと思うが。

そこはやはり、かずみがいるからだろうか?

やっぱり何かしらパートナーとは『縁』があるのかもしれない。

 

真司だって優しいまどかがパートナーで本当に良かったと思うし。

サキと美穂も先ほど凄まじいコンビネーションを披露していたっけ?

 

手塚達はどうだ?

先ほどから一言も会話をしている様には見えないが、今現在二人はシンクロする様に同じ格好(体育座り)でスポンジが入ったオーブンを見つめている。

表情は見えないがピッタリと並んでいる為、仲は悪くない筈だ。

 

そう、手塚とほむら。

二人の様子を少しだけ覗いてみよう。

冷めた目でオーブンを見つめる手塚とほむら。まだトークベントは継続中である。

 

 

『………』

 

『………』

 

『『………』』

 

 

不動の二人だが。

 

 

『――暇ね』

 

『ああ。しりとりでもするか?』

 

『結構よ、そんなに暇じゃないの』

 

『そうか――……』(お前今、暇って……、まあいいか)

 

 

ジーッとオーブンを見つめる二人。

 

 

『………』

 

『………』

 

『『………』』

 

 

まだ時間は掛かる。

 

 

『――暇ね』

 

『………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『結構よ』

 

(俺まだ何も言ってな――、まあ、いいか)

 

 

仲がいいのか悪いのか、よく分からない二人である。

 

 

「でも、俺ちょっと安心したよ」

 

「え?」

 

 

真司は再びクリームをかき混ぜる作業に戻った。

 

 

「安心した?」

 

 

まどがが言うと、真司は頷いて美穂達を見る。

 

 

「怖かったんだ。蓮達と戦う事になるんじゃないかって」

 

 

今になって思えば、蓮に呼び出された時なんとなく『あの状況』になる事を分かっていたのかもしれない。

だけどそれを認めたくなくて、必死に否定したくて。でも結局戦う事になってしまった。

自分はと言うと認めたくないから、何もしなかっただけだ。

 

 

「その分、手塚は凄いなって思う。手塚がいなかったら多分俺たちは駄目だった」

 

「真司さん……」

 

 

「俺、戦いを止めたいだとか言っておきながら、あんまり何かパッとした事してないって言うか……」

 

 

考え直せだのと言葉を投げかけるしかできない。

それじゃあ駄目だと心の中では分かっておきながらだ。

 

 

「それでも、言わないよりはずっといいと思います」

 

「え?」

 

「だって真司さんがそう言ってくれると、わたし安心するもん」

 

 

まどかは真司に微笑みかける。

この戦いの中で、絶対に信頼できるパートナーが『戦いを止めよう』と言ってくれる。

それがどれだけ心強い事か。まどかはもう一度、真司は間違っていないと説いた。

 

 

「どんなに辛いときも、真司さんがいれば大丈夫な気がしますっ!」

 

「ありがとう……! まどかちゃん」

 

 

そこで悲しげな表情に変わるまどか。

 

 

「それに……、怖かったのはわたしも同じだから」

 

 

まどかだって、真司と同じ考えをずっと言ってきた。

魔法少女同士で戦うのは間違っている。人を傷つけて叶える願いは間違っていると思っていた。

だけどその結果が今に至る。

 

目を閉じれば焼きついているのはさやかの泣いている姿。ゆまの泣いている姿。サキがゲームに乗ると告げた時の表情。

そして杏子の戦いを喜ぶ表情、あやせの言葉。

 

 

「怖かったんです。皆がバラバラになっていくのが」

 

「………」

 

「いつか友達と戦わなきゃいけないのかなって思うと……、本当に辛くて」

 

 

だけど、何もしなかった。

それを否定する言葉を羅列するだけ。

いや言葉すら無かったかもしれない。

 

苦しんでいるさやか、ゆまを救いたいと何度も思った。

だけど、拒絶されるのが怖くて、意見をハッキリ言えなかったかもしれない。

考えれば考えるほどに湧いてくる後悔、それがまどかを苦しめる。

 

 

「皆が仲良くなればいいって言っておきながら、わたしは皆と仲良くする勇気が無かったのかもって……」

 

 

もっとさやかに自分の想いをぶつければ良かったのかもしれない。

もっと苦しんでいるゆまに声をかけて上げれば良かった。

もっと皆がバラバラにならない様に頑張れば良かったと。

 

 

「みんな意見がいろいろあったから。だけど真司さんはいつもわたしと同じ気持ちでいてくれた。それが嬉しくて、心強くて。だから――」

 

「まどかちゃん……」

 

「だけど……、だけどわたし――!」

 

 

その時だった。強い耳鳴りが真司とまどかの脳を揺らしたのは。

 

 

「「!!」」

 

 

キィインと言う音、これが意味するのはただ一つ。

それを理解して表情を変える真司とまどか。彼らだけでなく、美穂やサキも反応を示す。

かずみのアホ毛が反応しているのは確定付ける証拠となった。

 

 

(魔女!)

 

 

そこで手塚が一同を制するジェスチャーを送る。

仁美達を巻き込む訳には行かない、まして今日はケーキ作りだ。

雰囲気を壊すわけにはいかない。

 

 

「すまない、電話をしないといけない用事があったんだ」

 

「……!」

 

 

その意味を理解する真司。

手塚と同じように携帯を取り出して慌て始める。

ただ慌て方が若干ぎこちない、だってこれは演技なのだから。

 

 

「そ、そういえば俺も編集長に大事な電話があったんだ!」

 

 

そう言って厨房を出て行く二人。

素早く状況を飲み込み、いち早くサキが口を開いた。

 

 

「じゃあ二人が戻ってくる前にカットを済ませておこうか」

 

「そうですわね。紅茶もありますわ」

 

 

一見は何事もなく済んだかに思えた状況。

 

 

「………」

 

 

ただ上条恭介だけは、真司たちが出て行った方をジッと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「反応が強いのは外からだったな!」

 

「ああ!」

 

 

反応を辿り、真司たちは外に出る。

そこで気づく。門から少し離れた所にあった木から禍々しい空間への扉が存在していた。

 

 

「成程、あれが魔女の結界へと続いているのか」

 

「じゃああそこを叩けば!」

 

 

二人はデッキを取り出して前へと突き出す。

真司は手を斜めに上げ。手塚は右手の親指、人差し指、中指を立てて正面に。

 

 

「変身!」「変身」

 

 

鏡像の姿が重なり合い、二人は龍騎とライアの姿に変身する。

結界の中へ飛び込んでいくライア。だが龍騎はそこで一旦立ち止まった。

思い出すのは、まどかが浮かべた悲しげな表情。

何もできないと嘆いた自分達、だがそうしている間にも悲しみに沈む人たちがいる。

 

 

「………」

 

 

拳を握り締める龍騎。

未だに迷って、答えは出ない。

しかしそれでも進まなければいけない。それが――

 

 

「ッしャあッッ!!」

 

 

騎士に選ばれた者の責任なのだと!

 

 

『ピィイイイイイイイイイ!!』

 

 

結界の中にあったのは巨大な螺旋階段、そしてそこを取り巻く無数の扉だ。

姿を見せるのは扉の魔女『Peggy(ペギー)』だ。

ペンギンかひよこを思わせる鳥の姿をしており、王冠とマントを見につけて、王様の様な格好をしている。

魔女はライア達を見つけると、早速使い魔である"チュリス"達を差し向けた。

 

 

「………」

 

 

ライアは、ほむらから聞いた『真実』を思い出す。

使い魔からの進化や、グリーフシードからの孵化という可能性もあるが、もしかしたらペギーは元魔法少女(オリジナル)だったかもしれない。

 

絶望のエネルギーがソウルジェムを濁し、やがては魔女になる。

それはとても辛いことだ。

 

 

(だが、俺は……)

 

 

ライアは決意を固める。

たとえそこにいる魔女がオリジナルだったとしても。

絶望を振りまく存在は、倒さなければならない。

 

 

(これも、運命か――ッ)

 

『『『『『ピピピピ!!』』』』』

 

 

チュリスは、ペギーから王冠とマントを取って小さくした姿だ。

槍を構えて一気にライア達に突進していく。

動きは早い。しかし直線的なので、二人はガードベントを発動して迎え撃った。

 

 

「よしっ!」

 

 

だが――

 

 

「うわっ!!」「ぐッ!」

 

 

二人の背中に走る衝撃。

背後を見ると、いつのまにかチュリスやペギーが刃を構えているじゃないか。

 

龍騎はすぐに蹴りで反撃にでるが、バックステップでそれをかわすペギー達。

それだけじゃない、魔女が向かう先には無数の扉の一つがあった。

 

 

「待てッ!」

 

 

ペギーたちはそれぞれ扉の中に入っていく。

するとライアの背後にある扉からペギーが飛び出して刃を振るった。

火花がライアの身体から散り、同時に冷静になる。

 

どうやらペギーたちは、無数にある扉を媒体にワープを行ってくる様だ。

魔女結界に設置された無数の扉は全てが繋がっている。つまり一つの扉に入れば、次はどこから飛び出してくるか分からないのだ。

 

龍騎達が拳を振るえば、ペギーは扉に入る。

当然そうなると魔女はいないので攻撃のしようがない。

そうすると別の扉からペギーが飛び出して奇襲をしかけてくる。

 

そのループだった。

このままではダメージが蓄積されていくだけである。

 

 

「くそーっ! こうなったら!!」

 

 

龍騎は少し助走をつけて螺旋階段からジャンプ。

どうやら自らが扉の中に入ってやろうと言う事だった。

しかし龍騎が浮いている扉に触れた瞬間、扉は消失してしまう。

 

 

「うッ、ウォオオオオオオオオ!?」

 

 

螺旋階段から落下する龍騎。

そのまま地面に叩きつけられ、凄まじい衝撃が走る。

 

 

「城戸! 大丈夫か!」

 

「い……ッッ!!」

 

 

そこで真司は見た。

先ほど入ろうとした扉が、再び現れるのを。

どうやら扉は魔女と使い魔だけのものらしい。入ったり攻撃しようとすれば、すぐに消えてなくなってしまうのだ。

 

 

「だったら――ッ!」『スイングベント』

 

 

ライアの手にエビルダイバーの尾を模した鞭、『エビルウィップ』が装備される。

それを振り回して使い魔や魔女をけん制する。

さらに鞭からは電撃を放つ事もできるようで、帯電させた鞭が使い魔たちを次々に打ち弾いていった。

 

 

『ピピピィイイイイイイイ!!』

 

「チッ!」

 

 

しかし、ペギーは鋭利な刃で鞭を切り裂いた。

魔女だけはレベルが違うようだ。さらにそのまま突進を受けてしまうライア。

もともと螺旋階段という足場が悪い状況、大きくよろけて足を踏み外す事に。

 

 

「させるか!」『アドベント』

 

 

ライアは落下しながらもカードを発動する。

エビルダイバーを呼んで受け止めてもらおうと言うのだ。

狙い通りすぐに出現するエビルダイバー。そのスピードがあれば地面に墜落する前に回収するのは容易だった。

 

 

「こっちだ! エビルダイバー!」

 

「……!」

 

 

エビルダイバー、ライアを発見。

 

そして、停止。

 

 

「え?」

 

 

ズドン!

大きな音を立ててライアは龍騎の隣に落下する。

 

 

「あぐぉ……ッ!」

 

 

痛い。しかし何故?

どうしてエビルダイバーは停止したんだ!?

ライアはすぐに起き上がると、空中に静止してるエビルダイバーの姿を確認する。

なぜだろうか? エビルダイバーはライアの方を向いていない。

後ろを見て、空中に漂っていた。

 

 

「エビルダイバー、こっちに来てくれ!」

 

「………」

 

 

エビルダイバーは無反応である。

 

 

「どうしたんだ!」

 

 

ライアは叫ぶが、それでも無反応でそっぽを向いている。

決して声が届いてない訳じゃないのに。

 

 

「もしかして、何かしたんじゃない?」

 

「はぁ?」

 

「ミラーモンスターも心があるんだろ? だったら、怒ってるじゃない?」

 

「俺は別に何も――」

 

 

そこでライアの記憶がフラッシュバックする。

あれは昨日の夕飯の――

 

 

『お前も俺の分身なら、分かってくれるな!』

 

「何も……」

 

 

呼ばれて、出てきて。

それでいきなり口の中に兵器を入れられる気分はどんなものなんだろう。

思えば、あの時エビルダイバーの目には涙が浮かんでいた様な……

 

 

『許せエビルダイバー、ばくだんに耐えられるのはお前しかいないんだ!』

 

「………」

 

 

まずい、"何もしてた"。

しかもそれだけじゃない。

ライアの記憶に次々とエビルダイバーとの思い出があふれていく。

そしてそのどれもが『アレ』である。ライアは思い出す限りの出来事を挙げていく事に。

 

 

「あ、あれか! お前にDVDを返しに行かせた事を怒ってるのか!」

 

 

仕方なかったんだアレは!

占いの勉強のためについ見すぎて返す期間を忘れてて、お前のスピードじゃ無かったら俺は延滞料金を払う事になっていたんだ。

だからお前に甘えたと言うか――!

 

 

「それとも遅刻しそうになるとお前に送ってもらっていた事か!?」

 

 

仕方なかったんだアレは!

夜遅くまで占いの勉強をしていると、どうしても朝が遅くなって。

それでお前のスピードがあればッ、家から学校まで一分で行けるから、ほぼ毎朝甘えていたと言うか――!

 

 

「ま、まさかお前! 俺がエイヒレを食べさせようとした事をまだ――!」

 

 

あれは本当にすまなかった、でも誤解なんだ!

俺も叔母さんから貰って食べただけで、あの時はまだエイヒレが何でできてるか知らなかったんだよ!

 

もちろん知ってたら絶対に食べさせなかったし、食べなかった!

だけど俺はお前に美味しい物を食べて欲しくて!!

直前で名前の違和感に気がついて本当に良かった!!

 

 

「結構、いろいろやってんたんだな手塚……」

 

 

出てくる出てくる。

ってか最後のは流石に怒るな。

龍騎はうんうんと頷いて、ライアの肩に手を置いた。

 

 

「とりあえず、魔女は俺が何とかするから。手塚は謝っておきなよ」

 

「え……?」

 

 

龍騎はそう言い残すと、ソードベントを発動させて螺旋階段を駆け上がっていく。

襲い掛かる使い魔を振り払いながら目指すのは、頂上でコチラを見下しているペギーだ。

 

全速力で駆け上がっていく龍騎。

既に、別の狙いが浮かんでいた。ある程度階段を上がると、ソードベントを解除してストライクベントを発動。ドラグクローを装備する。

 

そこで龍騎は立ち止まる。

使い魔やペギーはそれが隙だと勘違いして、一勢に襲い掛かってきた。

 

 

「ハァアアアアアアアア……ッッ」

 

『『『!!』』』

 

 

だがドラグレッダーが現れ。龍騎の周りを急旋回。使い魔やペギーを弾き飛ばして逆に隙を生ませる。

 

空中に放られたペギーに狙いを定める龍騎。

ドラグクローを突き出すと同時に、ドラグレッダーが巨大な火球を発射する『昇竜突破』が放たれた。

 

 

「オラァアア!!」

 

『ピピッ!』

 

 

しかしペギーはすぐに体勢を立て直すと、羽を動かした。

そう、魔女は鳥をモチーフにしている。その姿に偽りはなしだ。

羽ばたいて飛行すると、一番近くにあった扉へと逃げ込む。

 

おかげで火球を避ける事ができたが、龍騎としてはそれが狙いであった。

要するに、ペギーが炎を回避する事は始めから予想していたのだ。

 

 

「ドラグレッダー!」

 

「グオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

龍騎は昇竜突破の発動と同時に、ドラグレッダーをペギーの方へと向かわせていた。

何のために? 決まっている、魔女が扉を開けて中に逃げ込む事を予測していたからだ。

 

ドラグレッダーはペギーが扉を閉める前に、扉の中に火球を発射する。

その後、音をたてて閉まる扉。そうだ、たとえ扉が消えてしまうとしても、中に入るその一瞬だけは攻撃のチャンスがある。

 

直撃したかは確認できなかったが、火球は扉の中に入って言った。

おそらくはペギーに命中してくれた筈だ。

 

 

「!」

 

 

だがその時、龍騎の後ろにあった扉が開く。

中から現れるのは、先ほどドラグレッダーが放った火球だった。

 

 

「やべッ!!」

 

 

炎はペギーに命中する事は無く、逆に利用される形となったのだ。

まっすぐ龍騎に向かって飛んでいく炎。

駄目だ、避けられない! 龍騎はガードベントすら発動できずに、その場にうずくまるだけ。

 

 

「う、うわあああああああああ!」

 

 

そして爆発。

ペギーはその光景を上層から見ていた。

一人は減った。後はあの紫のヤツを倒せば終わりだ。

ペギーは刃を構えて――

 

 

『!』

 

 

だが爆炎が晴れたとき、そこには桃色の結界が。

 

 

「ま、まどかちゃん!」

 

「えへへ、間に合ってよかった!」

 

 

龍騎の前には笑みを浮かべるまどかが。

どうやら彼女も厨房を抜け出してコチラにやってきたようだ。

だってそうだろ?

 

 

「パートナーは、助け合いだもんね!」

 

「あ、ああ! サンキューまどかちゃん!」

 

 

それに駆けつけたのはまどかだけじゃない。

最下層では正座をしてライアがエビルダイバーに謝罪中の様だったが、そこへパートナーであるほむらが姿を見せる。

 

 

「何を……、してるの?」

 

「き、気にするな」

 

 

味方が増えて形成逆転か?

一同はそう思うが、ペギーもまた本気を出して侵入者を潰す事にしたらしい。

号令の合図を出すと、使い魔達は一勢に槍を扉の中へと投げこんだ。

 

すると龍騎たちの周りにある扉から、一勢に槍が飛び出してきたじゃないか。

すぐに一同は盾を出現させてそれを防ぐが、使い魔は槍を無尽蔵に生み出せるらしい。

そこらじゅうから飛んでくる槍。ペギーはその間を縫うようにして龍騎たちを切りつけていく。

 

 

「うぐっ!」

 

「きゃ!!」

 

 

このままでは危険か。

ほむらは唇をかんで盾に手を掛けた。

そしてその瞬間、ライアの雰囲気が変わる。

 

 

「エビルダイバー! 俺を後で何発でも攻撃していい!!」

 

「!」

 

「だからッ、今は力を貸してくれ!」

 

 

ライアは珍しく叫んだ。しかも張り裂けそうな程の声でだ。

 

 

「このままでは仲間が傷ついてしまう、それを守るにはお前の力が必要なんだ!」

 

 

その時、ほむらが声を上げる。視界を覆いつくす程の槍が降ってきたのだ。

 

 

「なんて数なの?」

 

 

ほむらは思わず後ずさり、汗を浮かべる。

迫る槍、上層では龍騎達がペギーに襲われている。

このままでは危険だった。

 

 

「エビルダイバーッッ!!」

 

「………」

 

 

仲間を守るために。

手塚の言葉を聞いて、エビルダイバーは龍騎を、まどかを、そしてほむらを見る。

 

 

「―――!」

 

 

そして、その目が光った。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ピィイイイイイイイイイイイイイ!!』

 

「!!」「!?」

 

 

龍騎とまどかは、一瞬何が起こったのか分からなかった。

ペギーが襲い掛かってきたと思ったら、次の瞬間ペギーが吹っ飛んだ。

 

何が起こったのか?

周りを確認すると、そこんはエビルダイバーの姿があった。

 

 

「おお!」

 

 

エビルダイバーは持ち前の加速力を活かして飛行。

ほむらにせまる槍を弾き飛ばし、使い魔を放電で攻撃し、そしてペギーを捉えたのだ。

 

 

生まれた隙はあまりにも大きい。

龍騎、ライア、まどか、ほむらの目が光る。

 

 

「ッしゃあ! いける!!」

 

 

龍騎の言葉に頷くライア。

 

 

「使い魔は俺が何とかする! 暁美は扉を頼む。あれが厄介なんだ」

 

 

扉がワープゲートの役割を果たしている為、かなり邪魔になっていると。

それを聞いてほむらはしっかりと頷いた。

 

 

「わかったわ。扉は私が何とかする」

 

「じゃあ魔女はわたし達が!」

 

 

頷きあう四人。

まず動いたのはライアだ。デッキからカードを抜き取り発動させる。

 

 

『コピーベント』

 

 

コピーベント。その能力は、ライアが一度見た事のある武器コピーできるという物だ。

ライアは早速、龍騎のドラグケープを手にして思い切り振るう。

赤いマントがヒラヒラと。それは使い魔たちを洗脳して、狙いをライア一点に集中させる。

 

とは言え、エビルダイバーの電撃を受けて使い魔達は麻痺をしている。

スピードは先ほどよりもずっと遅い。

ライアは隙だらけの使い魔たちを、全て真っ向から迎え撃つことに。

 

 

「これがお前の、運命だ!」『ファイナルベント』

 

 

瞬時にライアの元に戻ってくるエビルダイバー。

 

 

「いいのか?」

 

 

ライアが問いかけると、大きく頷くエビルダイバー。

 

 

「すまない! 助かる!」

 

 

ライアはすぐにエビルダイバーの背中に飛び乗った。

同時にエビルダイバーの背後から『紫色の水』がどこからともなく現れ、大量に迫ってきた。

 

 

「ハァアアアアアアッッ!!」

 

 

水はすぐに激流となり、ライアはエビルダイバーをサーフボードとして波乗りを行う。

さらにエビルダイバーは放電を開始。水流に電撃が纏わりつき、攻撃力を上昇させる。

 

ライア達はそのまま使い魔の群れに突撃。

電撃を纏ったエビルダイバーの突進と、付属する激流に巻き込まれる使い魔たち。

『ハイドベノン』、ライアのファイナルベントが使い魔を一掃した。

 

さらにそのままペギーへ向かうライア。

当然ペギーはそれを回避するために、扉へ逃げ込む。

 

 

「暁美!」

 

「ええ!」

 

 

ほむらが動くと、一瞬で全ての扉の前に爆弾が設置された。

いや、訂正しよう一つだけ爆弾が設置されていない扉があった。

 

そこで爆弾が爆発。

次々に扉は粉々になり、消滅していく。

とすると当然ペギーは、残された場所から出るしかなかった。

 

 

『ピィィィイイイイイッッ!!』

 

 

ペギーは扉から飛び出す。

しかしこれは罠だ。ペギーは凄まじい熱を感じて視線を移す。

するとそこに、『足裏』があった。

 

 

「ダアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

『ピギィイイイイイイイイイイイッッ!!』

 

 

炎の矢がペギーを貫く。

構えていた弓を下ろすまどか。地面に着地する龍騎。

二人の複合ファイナルベント、マギアドラグーンが魔女を貫いたのだ。

 

ペギーは一瞬で爆散し、崩壊していく魔女結界。

龍騎とまどかは笑い合うと、手叩き合わせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おうおう、真司さんよ。アンタ確かいちごのケーキつくるんじゃなかったっけか?」

 

「……あの、申し訳ありませんでした」

 

 

厨房では皆のケーキが完成したのだが、真司達のつくったケーキの上には赤い宝石ではなく白い物体が。

 

 

「霧島、バカにはいちごとバナナの見分けもつかないらしい」

 

「し、仕方ないだろ! いちごが無かったんだから!!」

 

 

結局他のスーパーでもいちごは無く、妥協した真司はバナナを選んできた。

一瞬、真司がバナナといちごの区別もつかない危険な野郎なのかと思われたが、どうやら理由があった様なので、一同は妥協してバナナケーキを受け入れる事に。

 

しかし意外と時間が掛かってしまった。

いろいろあってか、外はもう暗くなっている。

遅くなると家族にも心配がかかるので、一同は自分の分を切り分けて持ち帰る事に。

 

 

「じゃあ、僕はコレをさやかの家に届けるね。お供えしたらきっと喜んでくれるよ」

 

 

そう言って上条が。

 

 

「今日は楽しかったです。おやすみなさい」

 

 

下宮が。

 

 

「あ、あの……! ま、ままままた明日! 志筑さん!」

 

 

中沢が。

 

 

「……邪魔したな」

 

 

蓮が。

 

 

「ばいばい! また明日!」

 

 

かずみが。

 

 

「厨房ありがとね、仁美ちゃん」

 

 

美穂が。

 

 

「いい経験になったよ。おやすみ仁美」

 

 

サキが。

 

 

「お菓子作りも面白いんだな。勉強になったよ」

 

 

手塚が。

 

 

「じゃあ、おやすみなさい」

 

 

ほむらが帰って行く。後はまどかと真司だけだ。

 

 

「ありがとうございました。まどかさん」

 

「え?」

 

「私を気遣ってこの会を開いてくださったんでしょう?」

 

 

まどかは少し沈黙したが、しっかりと頷いて仁美に笑いかける。

 

 

「仁美ちゃんも、わたしの大切な友達だから」

 

「………」

 

 

仁美は目を潤ませながら、笑みを返す。

それを見ながら真司も安心したように笑った。

 

 

「まどかさん! また明日!」

 

「うん! また明日!」

 

 

 

帰り道。

真司はまどかを送るのだが、その途中でふと思い出す事が。

 

 

「そういえば、まどかちゃんあの時……」

 

 

魔女(ペギー)の介入で会話が切れてしまったが、まどかは何かを告げようとしていた筈。

 

 

「うん。わたし……、決めたんです」

 

「決めた?」

 

「はい、!」

 

 

まどかは必死に考えた。そして気づいたのだ。

自分が目指す道は、やりたい事は、ただ一つしかない。

 

 

「わたしは、友達の為に戦いたい」

 

「………」

 

 

戦うと言う事は、人を傷つける事ではない。戦いを止める為に抗うという事だ。

それはつまり、まどかが戦うべき敵は『FOOLS,GAME』だと言う事。

 

 

「わたしは皆を守りたいって思ってました。でもどこかよそよそしくて、傷つけるのも傷つくのも怖くて動けなかった」

 

 

さやかが泣いていたなら、支えてあげなきゃいけなかった。

ゆまが泣いていたなら、支えてあげなきゃいけなかった。

自分は、逃げていただけだと。

 

 

「今更遅いって分かってます。でも、わたしは――ッ!」

 

 

まどかの目に、迷いは無かった。

 

 

「わたしは、このゲームに勝ちたい」

 

 

それは最後の一人に――、と言う事ではない。

このゲームの仕組み『そのものの』否定。

魔法少女同士が傷つけあうルールを否定すると、認めないと。サキやほむらを守りたいと。

 

魔法少女になれば、うまくいかない事は山ほどある。

辛い事だって沢山あるって分かってた。覚悟していた、だからこそ――!

 

 

「だからこそ、わたしは諦めたくないんです」

 

「ああ、俺もだよ」

 

 

迷い続けるかもしれない。だけど、その中で揺ぎない意思を貫きたい。

真司もまどかも同じ気持ちだった。この戦いの中で、揺ぎ無い絆がある。

守るべき友がいる。今はそれだけが希望だった。

 

 

「まどかちゃんがパートナーで良かったよ」

 

「わたしも、真司さんがパートナーでよかった!」

 

 

絶対に戦いを止めよう。真司はそう言って、手を出す。

 

 

「はい!」

 

 

まどかは強く頷くと、しっかりと握手を行うのだった。

ゲームを否定する事を決めた龍騎ペア。

しかし皮肉にも、その間にゲームの歯車は音を立てて回転していく。

 

 

例えば既に勝利を見据える者。

 

 

「どうでした?」

 

「ああ。城戸真司と手塚海之はゲーム参加者だろうね」

 

 

織莉子邸。

上条は織莉子が淹れてくれた紅茶に口をつけた。

さやかが魔法少女ならば、彼女の周辺に仲間や関係者がいるだろうと踏んだ。

 

結果は読みどおり。

共通点が見当たらない真司がまどかの友人であること、魔女の気配を感じた際に真司たちが退出したこと。

これだけで十分だった。

 

 

「こうなると鹿目まどか、志筑仁美も怪しいですね」

 

「ああ。だけど彼女たちはさやかの友人だ。なるべくなら死なせたくない」

 

 

とはいえど、魔法少女の中には確実に織莉子の言う絶望の魔女が潜んでいる。

何としてもその『元』となる魔法少女だけは殺さなければならない。

念を押すように織莉子はそれを告げる。

 

 

「そうだね、僕もその事に関しては仕方ないと思っている」

 

 

しかし――、と、上条はその表情を黒く歪ませる。

 

 

「先に王蛇ペア、リュウガペアを殺しておきたい」

 

「………」

 

 

そこで目を閉じる織莉子。

 

 

「そう遠くない内に大きなイベントが発生すると思います」

 

「イベント?」

 

 

上条が問いかけると、織莉子はその目を開ける。

すると両目が金色に染まっていた。

 

 

「成程、視たんだね。未来を」

 

 

未来予知の発動。

しばらくすると、織莉子の目の色が元に戻る。

 

 

「大丈夫、安心してください。未来は、私たちの手にあるのですから」

 

「フフフ」

 

 

上条と織莉子は、それぞれ含みのある笑みを浮かべるのだった。

 

 

そして暗躍する者。

 

 

「もうすぐみたいだよ、淳くん☆」

 

「ふーん、じゃあ明日か明後日くらいには、かもね」

 

 

芝浦淳は。両親にわがままを言って一人暮らしをさせてもらっている。

おまけに、一人で住むにしては広すぎる部屋。それが身分を物語っていた。

 

今現在はあやせを込みで二人暮らしだ。

ひと時もパートナーから離れたくはないらしい。

今もあやせは芝浦のために頑張って料理を作っているが、芝浦は興味がなさそうにゲームをしていた。

 

 

「あーあ」

 

 

画面の中では芝浦が操作するキャラクターがチェンソーを振り回して、町中の人たちを殺害していく。

飛び散る鮮血、舞い散る内臓と肉。

それを芝浦は楽しそうに見ていた。

 

 

「はやく本物で試したいなぁ」

 

「うん! わたしも楽しみ♪」

 

 

無邪気に笑う芝浦と、賛同するあやせ。

どうやら彼らには何確な計画があるようだった。

 

 

まして、純粋に戦いを求める者。

 

 

「あーあ、最近つまんねぇな」

 

「アァァァァァ……」

 

 

廃墟となった教会に杏子と浅倉はいた。

教会とは杏子にとって胸糞が悪い場所ではあるが、廃墟となっているのは逆に気分がいい。

それにココにやってくる人間など皆無といっていい。

結果二人はココをアジトにしているのだ。

 

杏子はしきりにつまらないとぼやいている。

浅倉としてもソレは同意できる意見であった。

 

 

「イライラする。どいつもコイツも戦う気がないのか?」

 

 

大きく舌打ちを放つ浅倉。だがそんなとき、デッキが光り輝く。

どうやら杏子との絆が一段階上がったようだ。新しいカードが増えた。

 

すぐにそれを確認する浅倉。

ジュゥべえのアシストによって、カードの絵柄を見ると能力が頭の中に入ってくる。

 

 

「成程、なかなか面白いカードだ」

 

「ふーん、よかったじゃん」

 

 

そう、だったらこの面白いカードを発動できる様に戦いたいものだ。

浅倉はニヤリと笑って戦いの開始を待つ。

 

 

 

 

 

そして、翻弄されるもの。

 

「はぁあああ!? なんだよソレ!」

 

『だから、キミのパートナーである千歳ゆまが死んだのさ』

 

 

佐野満は、ボロアパートでキュゥべえからその情報を知らされる。

初めて聞くパートナーの名前。そして一番驚いたのは、ゆまの姿を脳に叩き込まれた時だった。

 

 

「コイツ……!!」

 

 

間違いない、一度ゆまと会っているじゃないか。

思い出すのは定食屋で絡んできたガキ。

 

店を出た後もしつこく着いて来たので、ジュースを買って来てやると嘘をついて撒いた筈。

まさか彼女が自分のパートナーだったんて夢にも思わなかった。

だって、そうだろ?

 

 

「お前らッ、こんな小さな子供をゲームに巻き込んだのか!?」

 

『そうだけど、それがどうかしたのかい?』

 

 

さも当然に言ってのけるキュゥべえ。

佐野は全身の震えが止まらなかった。

そして確信する。あんな小さなゆまでさえ、舞台装置に変えてしまう絶望(システム)

 

 

「お前らイカレてるよ……!」

 

 

確かに佐野もゆまが面倒で関わりたくないと思った。

ゲームの参加者は死んでほしいと思ってる。

しかし流石に今回の事実を知れば、話は別だ。

 

 

「あの子、まだ小学校低学年くらいだろ? なのにお前ら――ッ!」

 

『うーん。キミ達はなぜか年齢の違いを重要視するね。ボクには分からないシステムだ』

 

 

首を振るキュゥべえ。

しかし変わらない事実は確かにある。

それは千歳ゆまが死んだと言う事だ。

 

 

『パートナーを蘇らせるには――』

 

 

蘇生方法を聞いて更に佐野は打ちのめされる。

ゆまを蘇らせるには50人殺すか、参加者を二人殺すかだ。

佐野だってまだ良心ってものがある。ゆまを助けられるならそうしようと考えていたが、これではどうしていいか。

 

 

「う、うそだろ……?」

 

『本当だよ』

 

 

キュゥべえの赤い瞳が、震える佐野をしっかりと捉えていた。

 

 

そう、このようにパートナーを失った者がいる。

一方でパートナーとの距離が少し縮まった者もいる。

 

手塚はほむらを送り届けた。

普段ならばそこでお別れだが、珍しくほむらが家に招いたのだ。

 

 

「どうした?」

 

「……エビルダイバーを呼んでくれないかしら」

 

 

手塚は少し疑問に思ったが、言われたとおり変身してアドベントを使った。

現れるエビルダイバー、ほむらはお礼を言うと、手に持っていた袋から今日作ったケーキを取り出した。

 

 

「貴方には、申し訳ない事をしたわね」

 

 

ほむらは微笑むと、エビルダイバーにケーキを差し出す。

少し戸惑った様にしていたエビルダイバーだが、ライアがほむらからのプレゼントだという事を伝えると、差し出されたケーキを食べた。

 

 

「ごめんね」

 

 

そう言いながらエビルダイバーを優しく撫でるほむら。

その声は何とも優しげな物だった。

失礼な言い方かもしれないが、意外も意外である。

 

 

「おいしい?」

 

 

ほむらの問いかけに、エビルダイバーは頷くように体を動かした。

どうやらミラーモンスターは人の言葉が完全に理解できる様だ。

そして心が確かに存在している。騎士の分身とは言え、完全に独立した生命体なのだ。

 

 

「♪」

 

 

エビルダイバーはほむらの心遣いが嬉しかったのか、彼女の周りをゆっくり旋回する。

懐かれたと言う事だろうか? ほむらは微笑みながらエビルダイバーを撫でていく。

 

 

「彼も大切なパートナーなんだから、大切にしないと駄目よ」

 

「そうだな、その通りだよ」

 

 

ライアは申し訳なさそうにうな垂れると、ほむらと一緒にエビルダイバーを撫でた。

許してくれたのか、エビルダイバーはライアの周りを同じように飛び回るのだった。

 

 

 

そして何を考えているのか分からない者もいる。

 

 

「あーっそこ、そこそこ! あああああ、いいよいいよ!」

 

 

高見沢邸ではニコがゲームを楽しんでいた。

背後ではミラーモンスターのバイオグリーザが、ニコの肩をマッサージしている。

 

ある時はゲームの相手をさせられ。

ある時はこうやってマッサージ。彼の苦労も耐えないものだ。

 

 

「さすがバイグリちゃん、マジいいわー。アヘりそう、ダブルピース余裕だわー」

 

「お前、何言ってんだ……」

 

 

高見沢は冷めた目でニコを見る。

どうやら仕事が終わって帰ってきたらしい。

ニコはゲームを一時中断して立ち上がる。相変わらずアンニュイな表情だが、今回はしっかりと笑みを浮かべていた。

 

 

「良い知らせと悪い知らせがある」

 

「なるほど、良い知らせは?」

 

「ゲーム参加者全員、レジーナアイに登録完了だべさ」

 

「ほう! よくやった!」

 

 

笑みを浮かべる高見沢。

どうやらただ毎日遊んでいるだけに見えて、ニコはやる事はしっかりとやっている様だ。

 

 

「これで誰がどこにいるのか、ソウルジェムの状態はどうか、持っているカードの情報全てが筒抜けってわけ」

 

「で、悪い知らせは?」

 

「優勝候補の二組が化けモン。クソゲーレベルだよ、本当」

 

 

オーディンペア、リュウガペアの異常性を伝えるニコ。

流石の高見沢も実力の差を知らされたようだ。正面での打ち合いはほぼ確実に負けると言っても良い。

 

 

「あと、多分、コイツ等が動く」

 

 

ニコは画面に映ったある一組をタッチして、高見沢に見せる。

 

 

「成程ぉ、まあコレくらいなら潰せるな」

 

「ええ。やっちゃいやしょうか、アニキ」

 

 

高見沢とニコはニヤリと笑う。

もともと彼らは真正面から勝つなんて考えてない。

闇に隠れつつ、相手の隙を狙って一瞬で殺す。

 

 

「それが、カメレオンの特性ってもんだろ」

 

 

高見沢はそう言って、笑った。

 

 

 

そして答えを出さぬ者。

 

 

「何か用?」

 

「これ、さやかちゃんの為に作って。アンタにも一応」

 

 

北岡法律事務所には真司の姿があった。

まどかを送った後、ココにやってきたのだ。

理由はケーキを届けるためだ。さやかの為につくったそれは、パートナーである北岡も食べる権利がある筈だ。

 

 

「お前らも暇なんだねぇ、本当に羨ましいよ」

 

「なっ!」

 

 

やっぱり嫌なヤツだな! 真司はそう思いながらも頭をかく。

 

 

「なんでアンタ、弁護士になろうとしたんだ?」

 

「カッコいいし、金になるんだよ」

 

 

今日もどこかでバカな人間が、これまたバカの作ったラインを踏み越えていく。

この世界は馬鹿ばっかりだ。だがおかげで仕事が減らない。

どいつもこいつもやりたい放題やって痛い目を見る。

我慢のできない猿ばかり、そんな奴らを弁護するのが仕事だと。

 

 

「いやッ、社会正義を守るとかそういうのないんですか?」

 

「無いよ、そういうの苦手でさ」

 

 

うな垂れる真司。

なんてヤツだ。そう思ったとき、北岡がまた口を開く。

 

 

「いや違うかな、俺は人の欲望ってやつを愛してるのさ」

 

「欲望、ですか?」

 

「そうさ、人として生まれたからには全ての欲望を充たしたい。お前だってそうだろ?」

 

 

北岡の言葉に真司は沈黙する。

 

 

「忍耐だの我慢だの、そんなものを有難がる人間は沢山いるけどさ、そういう奴に限って欲望を満たす才能も力も無いんだよ」

 

「それは、まあ……」

 

 

真司もジャーナリスト志望としていろいろ世の中の闇も見てきたもの。

中々否定しきる事もできない。かと言って全肯定と言う事もないが。

 

 

「でも欲望を全部叶えるなんてできないでしょ。ほら、欲は欲を生むっていうし!」

 

 

頷く北岡。

 

 

「馬鹿かと思ったがそれなりの考えは持っているらしいな」

 

「なッ! バカって言うな! バカって!」

 

「確かにお前の言う事は一理ある。人は満たされないから欲望を与えられるんだ、おそらく全てを叶えた人間はこの世にいないだろう」

 

 

満たされれば、新たな欲望が生まれる。

 

 

「でも、永遠の命があれば――」

 

「え、永遠の命?」

 

 

確かに永遠に生きられれば、それは叶え続けられるかもしれないが……。

 

 

「それに分かる筈だ。裏切りや悲しみ。報われない愛の意味も」

 

「え?」

 

 

北岡は真司が持ってきたケーキを見て呟く。

それはひょっとしてさやかの事を言っているのだろうか?

真司はそれを聞こうと思ったが、その前に北岡が再び口を開く。

 

 

「それだけじゃない――」

 

 

欲望の限りを尽くした時、その先には一体何がある?

魂のリアルを感じた時には一体全体、何が見えるというのか?

北岡はそれが知りたかった。

 

 

「モラルに縛られた現実なんて、泡みたいなもんよ」

 

 

だからこそ、永遠の命を手に入れたい。

それが北岡の望みであり願いだった。

 

しかし真司の反応は薄い。

北岡の言っている事自体は分からなくはないが、真司としてはどうにも分かりたくない物だったのだ。

 

 

「自分だけのために生きるのは、それはそれでつまらない気がする」

 

「はぁ?」

 

「俺はやっぱり、仲間とか友達の為に戦いたいって思うな」

 

 

時間だ。真司はそう言って北岡に別れを告げた。

何も言わない北岡。真司がいなくなって、やっと不快感を露にする。

 

 

「自分の為に生きる事はつまらない? 冗談だろ?」

 

 

不愉快だった。

 

 

「アイツも下らない人間の一人って事か。浅いんだよ」

 

 

人を守るとか、友達の為だとか。ああいうのが一番つまらない人間なんだ。

北岡はそう思いながら、真司が残していったケーキの箱を持つ。

そしてそのまま迷う事無く、ゴミ箱へ投げ込んだ。

 

 

「下らないな、本当に」

 

 

そこで思い出すのはさやかの顔。

 

 

『センセーは――』

 

「………」

 

 

下らないよ。

北岡はそう思いながら。ゴミ箱に捨てたケーキの箱を拾い上げる。

 

 

(確かさやかの為に作ったとか何とか言ってたっけ? だったらアイツにやるより、俺が食べたほうが世界のためになる)

 

 

北岡はそんな事を思いつつ、箱の中を空にする作業に入った。

 

 

 

そして、狂う者。

 

 

「何かな? こんな時間に。ボク、眠いんだけど」

 

「お、織莉子が……、ちゃんと会って……、話せって」

 

 

夜中の公園に呼び出された東條。

相手は呉キリカ、東條のパートナーだった。

 

キリカは夜中だと言うのに、東條の携帯に鬼のようなコールを続けた。

結果、引きずり出す形で東條を呼び出したのだ。

 

 

「トージョー、キミも……、やっぱり織莉子の仲間に」

 

「また? 前も言ったでしょ、嫌だよ」

 

「な、なんでだよぉッ!!」

 

 

声を荒げるキリカ。対して東條は冷めた目で彼女を見る。

前にも同じような事で話しかけられた気がする。

そしてその度に返す言葉は同じで、これも全部記憶どおりだ。

 

 

「美国さんの目指す道は、"英雄"らしくないんだよね」

 

「!!」

 

「僕、ああいうの好きじゃないかも」

 

 

うつむいて震えだすキリカ。

しかし東條は気にする事無く言葉を続ける。

 

 

「彼女は犠牲の上に成り立つ正義を提示してる。そんなの英雄のする事じゃないよ」

 

「―――」

 

 

英雄。やはりココでも彼の心を動かすのはその二文字だった。

東條は織莉子の考え方、作戦が英雄のそれとは違っていると説いた。だから協力する事はできないと。

 

 

「僕は英雄になるんだ。美国さんとは違ってね」

 

「―――ぅ」

 

 

東條は笑い、口にした。

そこでキリカの目が変わる。

織莉子を馬鹿にされたと、トリガーが引かれた。

 

 

「東條ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「………」

 

 

キリカは変身を済ませると、その爪で東條を引き裂こうと力を振るった。

しかし特殊ルールが発動する。パートナーであるが故、互いを傷つけ合う事はできない。

キリカの爪は確かに東條を通過するが、痛みも感触も何も無かった。

 

命よりも大切な織莉子を馬鹿にされたのに、何もできない。

キリカはそれが悔しくて、攻撃を止める代わりに号泣し始める。

 

 

「うぇええええええええええええええん!!」

 

「………」

 

 

それを悲しげな表情で見つめる東條。

女の子を泣かせてしまった。そんなの英雄のする事じゃない。

 

 

(ああ、ボクはまた英雄から遠ざかってしまったのか)

 

 

東條はそれを想像するとたまらなく悲しくなってしまう。

 

 

「泣かないでよキリカ……! 英雄になれないじゃないか。うぅう」

 

「うえぇええぇえぇえんッッ!!」

 

 

二人は涙を流しながら、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 

 

 

そして、隠すもの。

 

 

「もう遅い、歯はちゃんと磨いて寝ろよ」

 

「はーい! わかったよ蓮さん。一緒に歯磨きしよ!!」

 

「はいはい」

 

 

蓮は適当にかずみをあしらって、さっさと部屋に行ってしまった。

ひどい。頬を膨らませるかずみ。

そのまま自室へ戻ろうとしたが――

 

 

「あ、立花さん!」

 

「ああ、もう寝るの?」

 

 

リビングではコーヒーを飲んでいる立花が。

かずみ今日あった出来事を細かく立花に伝えていく。

 

立花は無表情ながらも、相槌や返答でしっかり話を聞いてくれている。

だが話もそろそろ終わろうとした時だ。

 

 

「まだ、理由は教えてくれないのか?」

 

「……!!」

 

 

かずみの表情が変わる。

少し怯んだ様子で立花を見た。

 

 

「家出にしては随分と長い期間だぞ」

 

 

立花はかずみにそう言い聞かせる。

どういう事なのか? それはかずみが蓮についた嘘にある。

 

 

「まあ、言いたくないならいいけどさ。せめて苗字くらい」

 

「………」

 

 

そう、かずみの名前は『立花かずみ』では無い。

さらに蓮には、かずみが立花の遠い親戚であると告げているが、それも真っ赤な嘘である。

 

ある日、立花が店の掃除をしようと外に出ると、そこに女の子が倒れているのを見つけた。

救急車を呼ぼうとしたが、女の子はただお腹を空かして動けなくなっているだけだった。

 

だから立花は料理をご馳走したのだ。

それこそが彼女――、かずみである。

立花は、かずみから『蓮を探してココまでやってきた』と聞かされた。

 

理由は話せないが、どうしても蓮と一緒にいたいらしい。

さらに、かずみには帰る家がないらしく。暮らしていく場所も無いと。

 

 

「一応、気にする事無く住んでくれていいって言ったけどさ。せめて理由くらいは知りたいじゃない? 俺も」

 

 

結果、立花は行くあてのないかずみを、自分の家に住まわせたと言う事だ。

 

 

「ごめん、立花さん……! でも必ず理由は話すから――!」

 

「ああ、いや……、話したくないなら別にいいんだけど」

 

 

申し訳ないと頭を下げるかずみ。

しかし立花としてはいろいろ疑問が残るのだ。

 

かずみは何故蓮に拘るのか?

学校に通うための個人情報等はどうやって用意したのか?

疑問は残る。

 

 

 

そして望む者。

 

 

「………」

 

 

サキは自宅にて、ある写真を見ていた。

それはマミが生きている頃に皆で撮った写真だ。

そこに写っている自分達は楽しそうに笑っている。

 

しかし笑顔でいた彼女たちは最終的に悲しみの表情を浮かべて死んでいった。

それを認めていいのか? いや、いいはずが無い。

 

 

「必ず、否定してみせる」

 

 

そしてそれはサキだけじゃない、パートナーも同じ気持ちだ。

美穂は自宅でサキと同じ様に写真を見ていた。

高校時代に真司達と四人で撮った写真だ。

あの蓮でさえ、隣が恵里だからなのか笑みを浮かべている。

 

 

「………」

 

 

蓮は一時的に戦いを止めてくれているが、根本で問題が解決した訳じゃない。

戦いの中で恵里が目覚めなければ、また剣を取るのだ。

 

 

「くそっ! 必ず止めてやるからな!!」

 

 

サキと美穂、二人は改めて戦いの否定を望んだ。

 

 

 

 

 

そして――。

見滝原を一望できる展望台。その頂点で、少女が腕を組んで立っている。

強風が長いツインテールの髪を大きく揺らした。少女は先ほどジュゥべえから死者を復活させるルールを聞き出した。

 

 

「織莉子のヤツは……、多分復活したか!」

 

 

だったらまた殺せばいい。

ユウリはそう思いながらニヤリと笑う。

 

 

「しっかし霧島美穂ォ、アイツせっかく私がきっかけを与えてあげたのに」

 

 

負の感情に呑み込まれ、まどかを殺してくれると思ったが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。

 

 

「つまらないヤツ」

 

 

ユウリは思考をめぐらせる。

美穂に撒いた種は芽を出す事は無かった。

しかしもう一つの方は順調に育ってくれている様で。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

ドラグブラッカーが出現してユウリの周りを旋回する。

 

 

「そうだ、もう一つは芽を出す筈!」

 

 

そうなればゲームはもっと加速してくれる筈だ。

早くして欲しい。もうペコペコなんだ。我慢するのはイライラする。

まあいい。ユウリは口が裂けるように笑い、天を見上げた。

 

 

参加者達(おまえら)、いい夢を! 次はアタシが永遠の眠りにつかせてあげるからね!!」

 

 

ユウリはクスクスと笑いながら、夜の空に溶けていくのだった。

 

 

 






登場人物紹介は次回更新します


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第27話 芝浦淳 淳浦芝 話72第

 

 

ケーキ作りの次の日。学校が終わり、手塚は帰路についていた。

昨日の事があったからなのか、カードが増えたらしい。

それを取り出し、見つめながら歩く。そして人気の無い道に通りかかった時だ。

 

 

「グェエエッッ!!」

 

「!!」

 

 

声を上げて飛び掛ってくる影。

手塚はハッとして前を向く。見えたのは、襲い掛かって来る異形。

反射的に地面を転がって攻撃を回避すると、その姿を確認する。

 

 

(鳥? 魔女か?)

 

 

違和感を抱いたが、このままと言う訳にもいかない。

すぐにデッキを構えて、前に突き出した。

 

 

「変身!」

 

 

ライアに変わる。

丁度いい、新しいカードの性能を試す時が来た。

襲い掛かる異形、"ガルドサンダー"の攻撃をかわしながら、カードをバイザーにセットしていく。

 

 

『トリックベント』

 

 

ふと、ライアは動きを止めて直立不動に。

そこを狙わぬ理由はない。ガルドサンダーは口から火球を発射して攻撃を仕掛けた。

ライアはそれを回避するのではなく、むしろ手を広げて全身で炎を受け止めた。

 

すると異変はすぐに起きる。

炎を受けたライアの身体が、鏡が割れる音と共に文字通り『砕け散った』のだ。

 

 

「!」

 

 

そして残るのはトランプの『ジョーカー』だ。

ガルドサンダーは全く予想していなかった展開に怯み、動きを止める。

 

 

「ハアッッ!!」

 

「グガェ!」

 

 

背後から現れるライア。その拳をガルドサンダーに叩き込んだ。

トリックベント、その効果は相手の攻撃を無効化する事にあるらしい。

身代わりを作り出し相手の隙を誘い、本体は任意の場所にワープを行う。

倒れるガルドサンダーに、ライアは止めを刺すためファイナルベントのカードを用意するが――

 

 

「グェエエエエエエエエエ!!」

 

「!!」

 

 

ガルドサンダーは火の鳥に姿を変えると、飛び去ってしまった。

すぐに追おうとするライアだったが、相手は既に空の上。

ライアはファイナルベントのカードを戻してアドベントを引き抜いた。

それをバイザーにセットして、エビルダイバーを呼ぶ。そうやっている間に、敵は完全に姿を消してしまった。

 

 

(逃がしたか……)

 

 

しかし敵としても、襲い掛かってきた割には随分とあっさりした引き際である。

 

 

(嫌な予感がするな。杞憂であってくれればいいが……)

 

 

そして時間が経ち、場面は真司に移る。

仕事が終わり、家に帰るためスクーターを走らせていると、なんだか熱を感じた。

 

 

「グゲエエエエエエエ!!」

 

「ッ!?」

 

 

上空から火の鳥が襲来。

それは真司の前方に着弾して、小規模の爆発を起こす。

急ブレーキを行ったが、転げ落ちる真司。

 

 

「な、何だ?」

 

 

目を凝らすと、爆炎からガルドサンダーが飛び出してきた。

 

 

「ゲェエエ!!」

 

「おわわわわぁ!」

 

 

ガルドサンダーの蹴りを、寸での所で回避する。

焦りながらも反射的にデッキを取り出して、手を斜めに突き上げた。

 

 

「へッ、変身!!」

 

 

龍騎に変わる真司。

再び飛び掛ってくるガルドサンダーを投げ飛ばす。

 

 

「なにッ!? なんだよ!!」

 

 

カードを構える龍騎。

受身を行ったガルドサンダーは、立ち上がり様に火の鳥へ変わると、上空へ飛翔する。

 

 

「待て!」

 

 

声をあげて追いかける龍騎だが、既にガルドサンダーは空の彼方に。

 

 

「な、なんだったんだ……?」

 

 

変身を解除する真司。

アレは何だったんだ。真司は仲間たち全員に連絡を取る事に。

もしかしたら自分以外の誰かが襲われる可能性もある。

真司は電話で今あった事を告げ、注意を促す。

 

 

「あ、もしもし。まどかちゃん? 実は――」

 

『うん、わかったよ真司さん。心配してくれてありがとう』

 

 

次はサキ。

 

 

「あ、もしもしサキちゃん? 実は――」

 

『了解した。気をつけるよ』

 

 

次はかずみ。

 

 

「あ、もしもしかずみちゃん? 実は――」

 

『うん、わかったよ! 蓮さんにも伝えておくね!』

 

 

次はほむら。

 

 

「あ、もしもしほむらちゃん? 実は――」

 

『ええ、わかったわ』

 

 

次は美穂。

 

 

「あれ? 繋がらない……」

 

 

一旦飛ばして手塚へ。

 

 

「あ、手塚? 実は――」

 

『ああ、俺も襲われた』

 

「えっ! マジかよ!?」

 

 

手塚の話を聞くに、襲ってきたのは同じモンスターだと言う事が分かった。

そして何をする訳でもなく撤退していった点も同じだ。

魔女ではなく、使い魔としても違和感がある。

だとしたらミラーモンスターの可能性があると、手塚は言う。

 

 

『俺とアンタが襲われたなら、相手は騎士を狙っている可能性があるかもしれない』

 

「騎士を!?」

 

『あくまでも俺の予想さ。まだ二人しかアイツに会ってないからな。とにかくお互い気をつけよう』

 

 

そう言い、二人は電話を切った。

騎士狙いか。真司は少し考えてハッと顔を上げる。

そういえば美穂に電話が繋がらなかった。念のため、もう一度美穂にかけてみる事に。

 

 

「………!」

 

 

しかしまたも通話できず。

もう時間的には家に帰っている筈なのに。

 

 

「ま、まさか……!」

 

 

真司は表情を変えて、スクーターを発進させる。

スピードを上げて美穂の住んでいるアパートにやって来た。

無性に焦る心を落ち着かせ、真司は美穂の住んでいる部屋のインターホンを鳴らす。

 

 

「美穂っ! 美穂!?」

 

 

反応が無い。焦りが強くなって、扉を叩く。

やはり美穂もガルドサンダーに襲われたのかもしれない。

 

ヤツは奇襲交じりのやり方で襲いかかってきた。

真司も手塚もソレに反応できたからよかったものの、もしも気がつかなかったら生身の状態で攻撃を受ける筈だ。

変身していなければ騎士はただの人間。致命傷は避けられないだろう。

 

 

(う、嘘だろ? 美穂……ッ!!)

 

 

まさか――ッ! まさか!!

 

 

「美――ッッ!」

 

「うるせぇえええええええええええ!!」

 

「ボッ!」

 

 

扉が勢いよく開いて真司を吹き飛ばす。

真司は衝撃でしりもちをつく。部屋の中からはいつもと変わらぬ美穂が現れた。

 

 

「今何時だと思ってんだバカ! うっさいのよ!!」

 

「………」

 

 

お前もうるさいよ……。

真司はそう思いながらため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめーん! 心配してきてくれたとは。あは、あははは」

 

「………」

 

「馬鹿とか言ったけどッ、本当はそんな事思ってないから安心してね!」

 

「………」

 

「や、やだ真司ちゃんったら、顔が怖いわよ?」

 

 

どうやら美穂はただお風呂に入っていただけだったらしい。

真司から事情を聞くと、流石に申し訳ないと思ったのか、部屋に招いてコーヒーを淹れる事に。

 

真司はジットリと美穂を見つめる。

美穂はごまかす様に笑って、コーヒーを前に置いた。

どこか釈然としない気持ちに包まれながらも、お礼を言ってコーヒーに口をつける。

 

 

「おいしい?」

 

「インスタントだろ? 別に普通だよ」

 

「私が淹れたのよ?」

 

「だからなんだよ」

 

 

美穂はつまらなさそうに肩を竦めた。

 

 

「私の部屋入るの、久しぶりじゃない?」

 

「そう言えば……、そうか」

 

「興奮してる?」

 

「だ、誰がするか!」

 

「私、今お風呂はいったから良い匂いだよ。嗅ぐ?」

 

「嗅ぐわけないだろ!」

 

 

コーヒーを吹き出しそうになる真司。

しかし、美穂が変な事を言うものだから、変に意識をしてしまう。

 

 

「好きなら好きって、言ってもいいのよ?」

 

「は、はあッッ!?」

 

 

ニヤニヤと笑みを浮かべ、ささやく様に美穂は言う。

 

 

「好きなんだろ? 私のことが」

 

「ば、馬鹿言え! 誰が!!」

 

 

さっさと離れる真司。

美穂は少し残念そうな顔をしたが、すぐに自分のコーヒーに口をつけた。

 

 

「まあいろいろ言ったけど、心配して来てくれたんでしょ? ありがとう」

 

「あ、ああ。とにかく何か変なことをしようとしてるヤツがいるかもしれないから、気をつけろよ……」

 

「アンタこそ、気合入れなよ」

 

「え?」

 

「守れよ、あの娘だけは絶対に」

 

 

まどかである事は分かっていた。

 

 

「実はな、私まどかちゃんを一瞬だけ殺しちゃおうかなって思ったときが……、あるの」

 

「え? な、なんでだよ!?」

 

「私も分からない。ただ一つだけ言えるのは、理由は一つじゃないって事。そんな単純なものじゃないんだよ、人間って」

 

 

真司は黙った。よく分からないが、よく分かる。

真司には理解できないことが沢山起こった。いろいろな意味でだ。

 

 

「今はもちろんそんな事ないよ。そもそも私、まどかちゃん好きだし。アンタよりもずっと」

 

「おい! なんだよそれ!」

 

「聞いて。でもさ真司。私はまどかちゃんのパートナーじゃない。それはやっぱり大きいと思うの」

 

 

それはルール上の意味であったり、精神面であったり。

 

 

「でも俺、ちょっと思うんだ」

 

「?」

 

「まどかちゃんは凄い、気がする。俺なんかよりもずっと大きく見えるときがある」

 

「ああ、確かに」

 

 

美穂はそういうと、冷蔵庫を指差す。

 

 

「あそこにさ、今日買ったビール入ってる」

 

「それがなんだよ」

 

「私らはさ、もう酒飲めるじゃん。20代だし」

 

「まあな」

 

「でも大人になった自覚ってある?」

 

 

免許だってそうだ。

真司はスクーターを乗り回しているが、子供じゃ免許は取れない。

ならば真司は子供じゃないのだ。法律的にももう大人だ。

けれども、思う。心は学生のときから何か少しでも大きくなったのだろうか?

 

 

「私はファムになる前、ちょっといろいろおかしかった。それはやっぱり私がガキだったからなのよ」

 

 

未熟だったからゲームの恐怖に呑み込まれた。

殺されるなら殺しても良い。裏切りそうな先に裏切ってしまえばいい。

そんな考えが頭を取り巻いていた。

 

 

「そういうヤツらはコレから出てくると思う。やっぱり、デッキとか持ってると気分が大きくなるって言うか……」

 

 

法に縛られない圧倒的な力は人を変えるものだ。

だからこそ、まどかのようなプレイヤーの凄さが分かると言うもの。

 

参加者の中には戦いを止めようと言うのが下らないだの。ふざけてるだの。弱いだのと言う奴がいる。

しかし美穂はその言葉を発せられる者が、本当の強者だと考えていた。

 

美穂は弱かったから戦おうとして、傷つけあおうと言う判断を選ぶ所だった。

他の参加者だってそうだ。譲れない想いを抱えて戦っている者もいるだろう。

だが、だからといって人の命を奪っていいのか?

 

違う、それは結局『願い』を言い訳にしているだけだ。

だけどまどかは傷つきながらも、泣きながらも戦いを止めようとしている。

何故? それが正しいと彼女は知っているからだ。

 

 

「………」

 

 

真司は頷く。しかし――

 

 

「まどかちゃんだけじゃない。俺は、皆を守る」

 

「!」

 

「言っただろ。俺は蓮も美穂も、手塚も皆守りたいんだ。だから戦いなんて止めたい」

 

 

それが城戸真司の純粋なる願いである。

 

 

「だから絶対に戦いなんて止めような」

 

「うん」

 

 

真司は美穂の肩に手を置いて言った。

二人はしっかりと見つめあい、力強く頷く。

 

 

「………」「………」

 

 

見つめあったはいいものの。

いつ目を反らせばいいのか。二人は完全にタイミングを見失う。

しかも真司にいたっては美穂の手に肩を置いている状況だ。

さっさと離せばいいのに中々どうして、うまくいかない。

 

 

「あ……、えっと」

 

「――ッ」

 

 

赤面していく美穂。

真司も頬を赤く染めてカチカチに固まる。

 

 

「あの……、手」

 

「あ、ああ。悪い悪い」

 

「や、やっぱり待ってッ」

 

「え!?」

 

 

しかし美穂がその手を握り締める。

どういう事だ? どうなるんだ? そんな事を考えたとき、真司の携帯が勢い良く音を立てる。

二人ともビクリと肩を震わせて、少し沈黙。だがすぐに美穂が電話を取るように薦める。

 

 

「も、もしもし」

 

 

電話の相手は大久保編集長である。

日曜予定していた取材を令子の代わりに行ってほしいとの事だった。

何でも有名なゲームメーカーの社長の息子が中学生と言う年齢でゲームの製作に携わっているらしく、その息子を一度取材してみてほしいとの事だ。

 

 

『令子には、最近噂のスーパー弁護士ってヤツにインタビューを頼んだんだ』

 

 

こっちのほうが盛り上がりそうだからな、そう言って編集長は笑う。

しかし真司の心に浮かび上がるあの人を小ばかにした笑顔。

念のためその弁護士の名前を聞いてみる。

 

 

『なんだったかな、北岡――』

 

「も、もういいです!」

 

 

とにかく、そんな訳で真司に取材をお願いしたとの事。

真司としても仕事を任されたという責任と喜びで、勢い良く立ち上がる。

 

 

「はい、分かりました! ジャーナリストとしてしっかりやってきます!」

 

『気をつけろよ、どら息子ってもっぱらの噂だからな』

 

「あ、じゃあどら焼き買っていけばいいですね!」

 

『馬鹿、そっちのドラじゃねぇよ!』

 

 

切られた。真司達は汗を浮かべて電話を見ていた。

とは言え、電話がかかって来たおかげで冷静さを完全に取り戻した二人。

明日は取材だ、今日は帰ると真司は告げる。

 

 

「うん、じゃあね」

 

「おう!」

 

 

美穂が突き出した拳に、真司も軽く拳を合わせる。

真司はスクーターに乗りこむと、自分のアパートを目指した。

 

 

 

 

 

一方、佐野のアパートでは百合絵が訝しげな表情を浮かべていた。

どうやら先ほどから深刻な表情を浮かべている佐野が気になって仕方ない様だ。

最近、様子がおかしい事は常々感じていた。

いつも上の空で、笑顔もつくり笑いだ。

 

ずっと追い詰められた様に苦しそうな表情をしているじゃないか。

にも関わらず、詳細を聞いても教えてくれない。

思い出すのは、大金が入ると言った仕事の事だ。

やっぱり何かあるんじゃないかと、どうしても勘ぐってしまう。

 

 

「やっぱり、何か……、あるんですよね」

 

「な、なんでもないって!」

 

「でも佐野さん苦しそう!」

 

 

佐野は言葉を詰まらせる。

実は殺し合いのゲームをしてます。パートナーが小学生の女の子で、自分の知らない所で死んでました。

どうにかするには、50人ほど人を殺すしかありません。運がよければ2人で済みます。

こんな事を言える訳がないのだ。

 

 

「………」

 

 

もしもあの時、ゆまを置いていかなかったら。そんな事ばかりを考える。

いや、いや、それは言い訳か。

もっと目の前にある問題を直視したくないのだ。

 

 

「佐野さん……!」

 

「へ?」

 

 

百合絵は泣きそうな表情で佐野を見ている。彼女への罪悪感へも募ってしまう。

しかし全ては百合絵と一緒に過ごすためのものなのだ。

そのためならどんな事をしてもいい。幸せになりたい。それは佐野の純粋な願いだ。

 

 

「佐野さん! 私は――ッ、貴方とずっと一緒にいたいです」

 

「百合絵さん――!」

 

「だから、お金なんて無くても……ッ!」

 

 

佐野は百合絵を落ち着けて、偽りの無い笑顔を向けた。

彼女の気持ちは本当に嬉しい。自分にはもったいない程の女性だ。

だからこそ百合絵には不自由のない暮らしをしてもらいたい。

 

愛が全てなんて綺麗ごとだ。佐野はそれを知っている。

やっぱり、なんだかんだ金はあった方がいい。

だが、だからと言って百合絵を他の男に渡す気もない。

 

 

「本当に心配ないよ百合絵さん。ちょっと疲れてるだけだからさ」

 

「だったら……、いいんですけど」

 

 

幸せを手に入れるには、ゲームで生き残るしかない。

織莉子の実力は安定しているし。インペラーの力が弱いとも思わない。

 

 

(佐野さん、上条くんには鹿目まどかが魔法少女だと言う事は絶対に伏せておいてください)

 

「………」

 

 

新しく入った彼女のパートナーが気になるが、どんな裏があるにせよ上手く立ち回ればいいだけの話だ。

佐野は百合絵を送り届けた後、ジュゥべえの名前を呼んでみる。

はじめは無反応だったが、ゆまの蘇生の事を持ち出すと、ジュゥべえは暗闇から姿を見せた。

 

 

『なんだよ』

 

「蘇生方法を再確認したいんだけど……」

 

『仕方ねぇな。じゃあもう一回説明するぜ』

 

 

パートナーが死んだ場合は、その事実を妖精サイドが時間差で相棒に伝える。

これはパートナーと未契約の場合でも適応される。

佐野の場合はこれにあたると。

 

 

『ルールにより、魔法少女は二回、騎士は一度だけ復活できる』

 

 

蘇生方法は同じ。

誰でも良いから50人殺すか、ゲームの参加者を2人殺すかだ。

その条件を満たせばすぐに蘇生しなくてもストックされ、かつそれはパートナーが死ぬ以前から達成しても条件達成とみなされる。

 

 

「ちなみに、現在、蘇生を行ったヤツはいるのか?」

 

『いるぜ。いるいる。一人じゃねぇぞ』

 

「!!」

 

 

そういえばパチンコ店での集団失踪事件や、高速道路での大型バス爆破事件。

佐野の脳裏に様々な事件が浮かんでくる。

それがゲーム参加者の手によって行われているものだとすれば、ゾッとしてしまった。

もしかしたら無差別に殺していく中に、百合絵が入っていたかもしれないのだ。

 

 

『いい事じゃねぇか、それだけゲームに勝ちたいんだろ』

 

「ぐっ!」

 

 

ジュゥべえは笑みを浮かべる。

心がないと言っておきながら、焦りを焚きつける方法を熟知している様だ。

そんなわけで、早速佐野に選択を迫った。もちろんそれは佐野がゆまを蘇生させるのかどうかだ?

 

 

『テメェだって分かってる筈だ。このゲームでパートナーがいない事の不利さが』

 

「………」

 

『パートナーは仲良しの象徴じゃねぇ。スペアなんだよ。データが消えないようにバックアップを取るのと同じだ。保険だよ保険』

 

 

まあいいや。

話の続きだとジュゥべえは言う。

 

 

『騎士の蘇生システムについては、その細部が魔法少女とは大きく異なる』

 

「!」

 

 

騎士が復活できるのは一度だけだが、純粋な蘇生ではない。

 

 

『まず騎士が先に死んだ場合、如何なる状況においてもミラーモンスターが復活する』

 

 

デッキを破壊され様が、ミラーモンスターが死んでいた場合であろうがだ。

ジュゥべえは佐野の場合で説明を行う。佐野がゆまよりも先に死ねば、ギガゼールが蘇生されてゆまの命令に忠実に従う下僕となる。

 

 

『そして、蘇生させるまでにミラーモンスターが死ねばアウトだ』

 

 

指定人数の殺害に加え、蘇生までミラーモンスターを失わない事が条件とされる。

ミラーモンスターは常にアドベント状態となり、カードにして隠す事ができない。

では何故ミラーモンスターを失ってはいけないのか――?

 

 

『それは、ミラーモンスターが媒体となるからだ』

 

「?」

 

『ミラーモンスターはテメェらの分身、つまりは新しい身体となる』

 

 

だからこそ――

 

 

『騎士が復活した場合、テメェらは永遠に変身を解除する事ができない』

 

「は!?」

 

『お前だったら、一生インペラーの姿で暮らすのさ!』

 

「マジで!?」

 

『ああ。人間の姿を失うと言う事だ。食事もとらなくていい身体になる。便利だろ?』

 

 

ジュゥべえはそう言うが佐野にとっては頭が真っ白になる話しだ。

あまりにも魔法少女とは違っているリスク。ジュゥべえはそれが代価だといった。

 

 

『魔法少女の連中は既にもう死んでるのさ、だけどお前らは生きてる。このくらいの差があっても仕方ないだろ?』

 

 

それに魔法少女の方を蘇生させる回数を増やした方がよほどいいとジュゥべえは言う。

 

 

『宇宙のエネルギーを搾取するためにもな』

 

「くそっ! ふざけやがって!! 人の命をなんだと――」

 

『おいおい、冗談じゃないぜ。ナメてんのかテメェは』

 

「ッ!?」

 

『特に関わりもしなかったパートナーが死んだ途端、大人しくなりやがって。なんだ? 今になって中途半端な罪悪感かよ』

 

「それは……!」

 

『パートナーがガキだったって知ってどうなるよ? 今更どうなる? 第一、お前がゆまに何をしたんだよ。何もしてねぇだろ。関わることを放棄したくせに!』

 

「あ、あれはアイツに親がいると思って――」

 

『人間様お得意の言い訳だよな。全て結果論だぜ?』

 

「待てよ、それとコレとは違うだろ!」

 

『じゃあ良いじゃねぇか、さっさと蘇らせれば。そんで可愛がってやれよ』

 

 

もう既に蘇生を行った連中はいる。それに佐野は騎士だ、人間よりも優れた力を手にした存在。

つまり人間の上位となる位置に立っているのだ。食物連鎖はインペラーの下に『人』を示した、何もできない肉の塊なんて一撃で蹴り殺せる。

 

だったら佐野は50回蹴ればいいだけ、それで簡単にゆまを蘇生できる。

佐野は百合絵以外はどうなってもいいと言っていた。何を躊躇う必要があるのか、ジュゥべえには本気で理解できなかった。

 

 

『オイラはテメェにデッキをやった。それは結局テメェと言う人間を見てデッキを与えたのさ』

 

 

佐野満と言う人間は、今まで努力を怠ってきた。

勉強も適当、進路も適当、そのくせ自己主張だけは一人前に。

 

 

『努力もしないで生活だけは上の方を望みやがる。そんなのは普通に生きていれば不可能なんだよ』

 

 

普通に生きていれば。

 

 

『お前は騎士っていう力があんだろうが。金が欲しいならメガゼールに銀行でもなんでも襲わせればいい』

 

「ッッ!!」

 

 

そのとおりだ。金を手に入れようと思えばなんだってできた筈。

なのに佐野満は今までそれをしなかった。気がつかない馬鹿じゃない、明確な理由があって逃げてきた。

 

 

『なんでだ? 決まっている。お前は自分の手を汚すのが嫌なんだろ?』

 

 

そうだそうだ、そうに違いないとジュゥべえは笑う。

 

 

『お前、鹿目まどかを攻撃したときも、ライアを攻撃した時もそうだ』

 

 

本気で殺す気なんて無かった。

そしてそれは手加減をしたのではなく、殺せるだけの度胸が無かっただけだ。

 

 

『クソみたいな良心は捨てろ。モラルに縛られるな! まともなお頭じゃ50人も殺せねぇぞ』

 

 

手加減をした? 邪魔が入った? 

言い訳を並べているがそうじゃない。はじめから殺意なんてこれっぽっちもなかったのだ。

さやかを絶望させた時も、自分は手を下していないから悪くはないなんて心の中で『逃げ道』をつくってる。

 

 

『あの百合絵って女への罪悪感か? それとも決めきれてねぇのか?』

 

「俺は……、俺はただ――ッ」

 

『いいじゃねぇか。殺さなきゃ殺されるのがこのゲームだ』

 

 

誰も、お前を責めたりはしない。

ジュゥべえはこの部分を強調した。

 

 

『まあとは言え、オイラはお前の考えを尊重したいとは思うぜ』

 

 

ゆまを蘇生させないならそれでもいい。全ては佐野の自由だ。

そして去り際に一言。それは二回目の魔法少女の蘇生についてだ。

基本的には条件こそ同じだが、難易度は少し上がると言う。

参加者を二人殺せばいいのは変わらないが――

 

 

『一般人の場合、二回目は100人だ』

 

「!」

 

『そこまでして勝ちたいと思えるヤツを、オイラは応援したいね』

 

 

笑いながらジュゥべえは佐野の前から姿を消していく。

言いようのない焦燥感、佐野は畳を殴りつけて、歯を食いしばるしかできなかった。

 

 

翌日、土曜日。

佐野は百合絵に連れられて、少し大きめの公園にやって来た。

百合絵なりに佐野を元気付けたいらしく、なるべく一緒にいたいとの事だった。

 

快晴の空の下、二人は手を繋いで共に公園を散歩していく。

池にいる鯉に餌をやったり、ハトに餌をあげたりと特別刺激もない時間だったが、佐野は楽しかった。百合絵だって笑っていた。

 

 

「はい、どうぞ佐野さん」

 

「ありがとう」

 

 

百合絵が買ってきたジュースを受け取る。

二人はベンチに座ってしばらく何をするでもなく時間を過ごした。

チラチラと佐野の表情を伺いながらジュースを飲む百合絵。

対して佐野は、百合絵の視線には全く気づかず、ひたすらに今後の事について思考を巡らせる。

 

 

(なんでオレはこんなにビビッてんだ……)

 

 

そもそも今まではパートナー無しで十分うまくやってきたんだから、今更気にする事なんて何も無いはずだ。

ましてゆまは小さな子供。復活させた所で味方になるとは思えないし、なった所で戦力的な問題がある。

 

 

(そうだ、あんなガキ、気にする必要なんて無い)

 

 

そんな佐野の様子を、百合絵は悲しげな表情で見つめていた。

やはり佐野は何かに追い詰められている。百合絵はそう思い、なんとか気を紛らわせようと話題を探す。

こうしてコミュニケーションをとっていけば、佐野の方から頼ってくれるのではないかと思ったからだ。

 

 

「佐野さん、始めて会った時の事って覚えてますか?」

 

「え? あ、ああ。もちろん……!」

 

 

昔はあまり思い出したくない。淀んだ記憶ばかりだ

だけど百合絵と一緒にいる時間は輝いて見えた。物心ついたくらいから出会い、それから親達の事もあって、結婚を意識する様に育てられてきたっけ?

 

 

「だけどオレあんまり成績よくなかったでしょ? でも百合絵さんは優秀で」

 

「そ、そんな事……」

 

 

しかも百合絵は清楚、上品、まさに箱入り娘のお嬢様だ。

対して佐野は父親に反抗的だったり、自由に生きていったりと、百合絵と釣り合うとは到底思えなく成長していった。

佐野もそれは分かっていたのだろう。いつだったか百合絵に言った事がある。

 

 

『本当ゴメン。オレ百合絵さんを幸せにできる自信なんて無いよ』

 

『え?』

 

 

そんな事を言うと、百合絵は悲しそうな表情を浮かべた。

 

 

『いやいや。百合絵さんはずっとオレといるせいで、他の男の人と触れ合う機会が無かっただけだよ』

 

『ッ』

 

『ほら、世の中広いじゃん。オレみたいなヤツよりよっぽど百合絵さんと合ってるヤツが――』

 

『そ、そんな事ないです!!』

 

 

目を丸くする佐野。

百合絵が声を荒げるのは非常に珍しい事だった。

 

 

『私は佐野さんがいいんです!!』

 

『……ま、マジ?』

 

『そうです! 別に幸せじゃなくてもいいですから!!』

 

 

あの時は嬉しかったし、同時に百合絵を本当に幸せにしたいと思った。

だが現実はそんな簡単にはいってくれない。

結局は父親との縁を切り、百合絵からも距離を離す事に。

 

だから佐野は勝たなくてはいけないのだ。

 

ジュゥべえの言うとおり、金を手に入れるだけならば方法なんていくらでもあるだろう。

そこはやはり佐野の中途半端な罪悪感があるのかもしれない。

いや、違う。自分と言うよりは百合絵への罪悪感か。

 

 

(大丈夫、大丈夫だオレ)

 

 

織莉子に手を貸すと言う事は、自分の身を守る事にも繋がる。

佐野だって王蛇ペアやユウリの様なプレイヤーの危険性を理解しているつもりだ。

ヤツらの様な化け物は参加者の皆殺しを考えている。流石に一人じゃ彼らに勝つことは難しい。

 

 

「でもどうして百合絵さんはそこまでオレの事――」

 

 

百合絵は首を振る。

佐野は自分の事を卑下しすぎだと。

 

 

「私は佐野さんが優しい事を知っていますから」

 

「……優しい、か」

 

 

佐野はその言葉を受け止める事はできない。

きっとこれからも織莉子の害とされる参加者を傷つけていく筈だ。

そして最悪の場合、魔法少女や騎士、どちらかを殺す事になるのかもしれないのだ。

 

 

「ギィイイイイイイ」

 

「………」

 

 

佐野は水面に写るメガゼール達を見る。ガゼルモンスター、その性質は"絆"。

果たして今、佐野は誰との絆を求めている? 織莉子か? 千歳ゆまか?

ただ一つ分かるのならば、百合絵との絆だけは守らなければならないと言う事だ。

どんな事をしてでも――

 

 

「あ!」

 

「!」

 

 

声を上げる百合絵。

佐野が彼女の視線を追うと、そこには地面に倒れている小さな男の子が見えた。

きっとはしゃいでいる所で転んでしまったのだろう。

男の子は痛みからか、涙を浮かべて起き上がる。

 

 

「かわいそうに。ぼく、大丈夫?」

 

「あ……」

 

 

百合絵は男の子に駆け寄ると砂を落としてあげた。

怪我はしていない様なので、良かったと笑う。

 

 

「痛かったね。よしよし」

 

「うん……っ」

 

 

男の子を撫でる百合絵、佐野もやって来る。

 

 

「大丈夫? 気をつけなよ」

 

 

佐野はポンポンと男の子の頭を叩く。

 

 

「――っ」

 

 

その時、一瞬だけだが男の子の姿にゆまが重なった。

 

 

(そんな、馬鹿なッ)

 

 

佐野はすぐに頭を振ってその幻影を振り切る。

 

 

(あんなガキの事なんてどうでもいいだろ!?)

 

 

どうでもいいヤツなのにどうして自分は――!

 

 

「あ、ごめんなさい!!」

 

「え?」

 

「たっくん大丈夫?」

 

 

走ってくる女の子。どうやら男の子の姉らしい。

弟の無事を確認すると百合絵にお礼を告げる。

そして当然、佐野にも。

 

 

「ごめんなさい! わたしが目を離しちゃって――!」

 

「ああ、いや。別にいいんだけどさ」

 

 

佐野の目が見開かれる。

同時に少女も気がついたのか、驚きの表情を浮かべて固まった。

それもその筈だ、佐野の前にいるのは鹿目まどかだったのだから。

 

佐野は襲い掛かった身。

まどかは襲われた身。それぞれは最悪のエンカウントを果たしてしまった。

 

 

「えっと――っ」

 

 

緊張したように、まどかは震え始める。

佐野はすぐにこの場を離れようとするが、そこで百合絵が笑顔を浮かべた。

 

 

「もしかして佐野さんのお知り合いですか?」

 

「え?」

 

「!!」

 

 

百合絵はまどかに笑いかけて自己紹介を行う。

幼馴染である事、そして婚約者である事もだ。

その事実にまどかは驚き、もう一度佐野を見る。複雑な笑みを返された。

 

 

「あ、まあね。その――、ちょっと友達の友達、みたいな」

 

「へぇ、そうだったんですか! お名前は?」

 

「え、えっと! 鹿目ッ、まどか――! です!」

 

 

百合絵はまどかと握手をしている。

戸惑うまどか。視線を佐野に移すと、口ぱくでメッセージを送られる。

 

 

『ごめん』

 

「………!」

 

 

まどかは佐野の言葉に気がつくと、ほぼ無意識に声をあげる。

それは混じりけの無い、まどかの意思を示すものでもあった。

 

 

「少し、お話しませんか?」

 

「……ッ!!」

 

 

まどかの強い視線を感じて、佐野は目を反らす。

 

 

 

 

 

 

 

「………」「………」

 

 

水面を見つめたまま沈黙する佐野とまどか。

少し離れた所ではタツヤと百合絵が楽しそうに遊んでいる。

対して佐野達はやはり何も言わず、目も合わさず時間を過ごしていった。

しかしその内、その空気に耐えられなくなったのか、佐野の方からまどかに声をかける。

 

 

「オレ、怖い?」

 

「最初は……、ちょっと。でも今は大丈夫です」

 

 

まどかはそこでもう一度佐野を見る。

 

 

「佐野さんは、どうして騎士になったんですか?」

 

「聞いてどうすんのさ? やめておいた方がいいよ」

 

「知りたいんです。どうして佐野さんが、こんなゲームに参加するのか」

 

 

沈黙する佐野。

しかしそれは答えとしてまどかに写った様だ。

 

まどかも最初はこのゲームに参加する人たちの心が全く分からなかった。

しかし時間が経つにつれて、騎士達の懸ける想いに少しずつだが気がついてきた。

それは魔法少女として契約を果たした自分だってそうじゃないか。

 

 

「百合絵さんを守るためですか?」

 

「まあ、それもあるよ。それだけが理由じゃないけど」

 

「?」

 

「そんなに綺麗な理由じゃない」

 

 

佐野はそう言って自虐的な笑みを浮かべる。

きっとまどかは、佐野が戦わなければいけない状況にあるとでも思っているのだろう。

百合絵を守るために織莉子に協力せざるを得ない状況にあるとか、そんな『ありきたり』な予想を立てているのか?

 

 

「要するにさ、オレは自分のために騎士になったんだよね」

 

 

佐野はすぐにまどかが魔法少女になった理由を聞いた。

 

 

「わたしは、人を守りたいから……」

 

「ふーん。ってかさ、何でそんな事聞くの? 知ってキミはどうしたいのさ」

 

 

わざわざ襲い掛かってきた敵に近づいて話しを聞こうなんて危険にも程がある。

 

 

(まあ、攻撃しないオレもオレなんだろうけど……)

 

 

そういった事をまどかにぶつける佐野。

まどかは苦しそうに表情を変えて、しばらくは沈黙した。

 

 

「わたし……、戦う人達って、酷いって思ってました」

 

 

人の事なんて考えていない最低な連中、そんな事をさやかは言っていた。

まどかはそれを口では否定すれど、心の中では同じ事を思ってしまったのかもしれないと。さやかを殺し、ゆまの様な小さな娘を殺す。そんな人がゲームに参加しているという事実に、疑問と恐怖を抱く。

 

 

「千歳ゆま……」

 

「はい、わたしの友達です」

 

「……ッ」

 

 

しかしと、まどかは色々考えて考え抜いた。

そして少しだけ考え方を変えたのだと。

 

 

「もしかしたら皆、いろいろ事情があるんじゃないかって」

 

「は?」

 

「戦う人も、殺し合いを楽しむ人だって昔いろいろあったから……」

 

 

佐野は大きく首を振る。彼女は何を言っているんだ?

 

 

「そんなの知ってどうするんだよ! 何言ってるか分かってる?」

 

「わたしは止めたいんです。どうしても戦いを!」

 

「理由を知った所で戦いは止まらないよ。ソイツを理解した所で今更遅いんだ」

 

「そんな事……!」

 

 

まどかは口を閉じる。

まだ上手く口にはできないが、それを理解すれば、いずれ皆で協力できる鍵になるのではないかと思っているのだ。

 

 

「ふーん……」

 

 

馬鹿な娘だ。佐野は心の中でつくづくそう思う。

しかしそう思う中で、無意識に言葉を放つ。

 

 

「ゆま……」

 

「え?」

 

 

やばい。佐野は不思議そうな目で見てくるまどかに、苦笑いを向ける。

佐野は心にチラつく千歳ゆまの影を、未だに振り払う事ができない点を疑問としていた。

深く関わった人物ならまだしも、あんな数分会話しただけの子供に何故自分は……?

 

 

「ゆまちゃんが、どうかしたんですか?」

 

「一番小さい娘だとか聞いたんでさ。何か知ってるの?」

 

 

頷くまどか。そのまま佐野に軽くゆまの情報を告げた。

使い魔に襲われていたところを助けたが、実は魔法少女だったと言う事。

マミと共に暮らしていたが、ゲームに巻き込まれて色々心に傷を負ってしまった事。

佐野はその中で、またも反射的にまどかへ質問を投げ掛けていた。

 

 

「ゆまちゃんは、どうして魔法少女になったの?」

 

「それは――」

 

 

言葉を詰まらせるまどかと、何故かイライラしてしまう佐野。

どうしても知りたい、何故かそんな事を思ってしまう。

 

 

「オレ、アイツのパートナーなんだよ。だからさ、教えてくんない?」

 

「え! そうなんですか!!」

 

 

だったらと、まどかはゆまの事をより深く話し始める。

 

 

(ちょろいな)

 

 

佐野はそう思いながらも複雑な感情を膨らませる。

まどかはどうしてココまで人を信用できる?

パートナーだからなんなんだ。騙されると言う可能性を限りなく低く見ているとしか思えない。

 

 

「ゆまちゃん。実は――」

 

「………」

 

 

そこで佐野はゆまが両親に受けていた虐待の事を知る。

 

 

(親に……、受けた暴力って、なんだよ)

 

 

親を見限った自分と、親に見限られて育ったゆま。

根本的な部分に共通点があったのかもしれない。

佐野はますますどうしていいか分からなくなってしまう。

ゆまは一体何を望んで戦っていたのだろう? 自分の様に、ただ幸せになって――

 

 

「クソッ!」

 

「!」

 

 

柵を殴りつける佐野。もういい加減にしてくれ、そう叫びたかった。

今やっと理解できた、今やっと気づくことができた。

千歳ゆまが気になっていた理由も、鹿目まどかに苛立ちを覚えていた理由もよく分かる。

 

鹿目まどかの考えは。千歳ゆまの存在はあまりにも綺麗で。あまりも儚すぎる。

それはまるで百合絵のようだ。そうだ、綺麗なものは綺麗なものを身につければいい。

好きな人ならなおさらだ。綺麗な人に、汚いモノは相応しくない。

 

 

「うぉーい! まどかちゃーん!!」

 

「!!」

 

 

間抜けな声が(佐野視点)して、二人は声がした方向を見る。

そこには馬鹿みたいに(佐野視点)手を振ってコチラに走ってくるマヌケ(しつこい様ですが、佐野視点)そうな男が。

 

誰だ?

佐野は目を凝らして男を見る。

まどかの知り合いらしい。笑顔で手を振っているじゃないか。

 

 

「!!」「!?」

 

 

その男――、城戸真司と佐野満の視線がぶつかる。

双方しばしの沈黙。

 

 

「「あああああああああああああああ!!」」

 

「?」

 

 

互いを指差し後ずさる佐野と真司。

それが意味する所はつまり。

 

 

「お前ッ!!」

 

「先輩!!」

 

 

二人は知り合いと言う事だった。

 

 

 

 

 

真司は明日、この近くにあるカフェで取材があるらしく、場所を下見に来ていたらしい。

その帰り際にまどかを見つけたとの事だったが、まさかそこに過去の知り合いがいたとは思わなかったろう。

 

 

「へぇ、じゃあ二人は高校で?」

 

「まあ、サッカー部で少しだけ」

 

 

しかし佐野が先に辞めて、以後は連絡が途絶えたと。

少し前に連絡があって、話を聞いてみれば金を貸してくれだのと言ってきたのを覚えてる。

 

 

「そ、そりゃあ先輩が馬……、頼りになるからですよぉ! 嫌だなぁ!」

 

「お前今、馬鹿って言わなかったか!?」

 

 

いえいえと苦笑する佐野。

だが、すぐに強烈な違和感を覚える。

 

真司がココにいるのは何故だ? 

どうやらまどかの知り合いだった様だが、接点がまるで分からない。

そしてまどかは魔法少女、つまりそれは――

 

 

「佐野さんはゆまちゃんのパートナーなんです」

 

「お、おまえ騎士だったのか!」

 

「………」

 

 

やはり真司も騎士だった。佐野は表情を歪める。

あの赤い龍を使役した姿は、今も佐野の心に深く刻まれている。

薄々そんな気配はしていたが、まさか本当に知り合いが騎士になっているとは。

 

 

「お前ッ、まさか戦いに乗ろうとか思ってないだろうな!」

 

「え!? あ、えーっと――ッ! やだなぁ先輩! 当たり前じゃないですか!」

 

 

佐野は作り笑いを浮かべて真司のご機嫌を取る。

まどかには視線を移せない。少なくとも襲った事があるなんて言われたら、戦闘は避けられないだろう。

 

 

「ホントかぁ?」

 

「ほ、本当ですってばぁ!」

 

 

怪しいとばかりに睨んでくる真司を受け流し、佐野は笑みを深くする。

早く終わって欲しいと願うが、助け舟は意外なところから放たれた。

 

 

「本当だよ。佐野さんは優しい人ですから」

 

「!」

 

 

その言葉を言ったは紛れもなく鹿目まどかである。

真司はだったらと。佐野を疑う事を止めた様だが、肝心の本人は目を見開いてまどかを見ていた。

まさか助けたのか? まどかもインペラーの事を忘れた訳じゃあるまい。

 

佐野はしばし、信じられないといった表情でまどかを見ていた。

優しい? 何故そう思う? 佐野には分からなかった。

 

 

「………」

 

 

佐野はチラリと百合絵を見る。現在、まどかの弟と楽しそうに遊んでいた。

それを、まどかも嬉しそうに見つめていた。

佐野にとって、何故かそれが堪らなく不愉快だった。

 

 

「――よ」

 

「え?」

 

 

佐野はデッキを取り出すと、それを真司に向けて突きつける。

 

 

「オレ、まどかちゃんを殺そうとしたんですよ!」

 

「なッ!!」

 

「さ、佐野さん!?」

 

 

目の色を変える真司。

対してポーズを決める佐野。今の言葉に偽りなど無い。自分は鹿目まどかを襲った、ただそれだけだ。

 

 

「オレがゲームに勝ち残る為にね!」

 

「お前ッ!」

 

 

戦わなければまどかが傷つく。

真司は自らもデッキを取り出して前に突き出した。

 

 

「やめろッ! 俺達に戦う気なんてないんだ!」

 

「オレにはあるんすよねぇ」

 

「佐野さんッ!」

 

 

まどかの呼びかけには応えない。

真司は戦いが始まる事を予想して、まどかに魔法結界を張る様に頼む。

ココで戦う事になれば、公園に遊びに来ている他の人達に危害が加わるかもしれないからだ。

 

 

「………っ」

 

 

しかし、まどかは変身せずにジッと佐野を見つめるだけ。

不安そうな表情ながらも、目はしっかりと佐野の目を捉えている。

 

 

「まどかちゃん!?」

 

「佐野さん……」

 

「―――ッッ!」

 

 

まどかに呼ばれ、佐野の動きが止まる。

しばらく仮面の様な笑みを貼り付けたまま沈黙していた。

一体どういう状況なのか。真司はどうしていいか分からずに、二人を交互にみる。

まどかは相変わらずジッと佐野を見るだけだ。

それから十秒くらい経った頃だろうか?

 

 

「ちッ!」

 

 

佐野はばつが悪そうな表情を浮かべてデッキをしまう。

安心した様に笑みを浮かべるまどかと、意味が分かってない真司。

 

 

「ど、どういう事だよ!? おい!」

 

 

真司は佐野に掴み掛かかろうとするが、まどかがそれを制する事に。

 

 

「よかった……」

 

「何で、オレが戦わないって分かったの?」

 

「だって、百合絵さんを見てれば分かるから。佐野さんが優しい人だって事」

 

 

まどかの言葉に、佐野はまたも表情を歪ませる。

あまり良い気分では無かった。まどかは何か根本的なことを勘違いしていないか?

確かに佐野は百合絵に対しては優しさを見せるだろう。

しかしまどかに――、ゲーム参加者に対しては敵意を向けるだけ。

 

そこを無視して、『良い人』のレッテルを貼られるのは、佐野としてはどうにも苛立つ話だった。

が、しかし、ココで戦うのは百合絵を巻き込むことになる。

 

 

「まどかちゃんって、結構ウザいね」

 

「え……」

 

 

それは、やはり、佐野としては嬉しくない。

だから小さくまどかを『刺す』くらいしかできなかった。

 

 

「駄目だよ。人にはいろいろ踏み込んで欲しくない部分があるんだから」

 

「そんな、わたしは……」

 

「おい! なんてこと言うんだよ!」

 

 

ムッとして近づいてくる真司。

佐野は唇を吊り上げ、後ろに下がる。

 

 

「先輩はどうして戦ってるんですか?」

 

「ッ! 決まってるだろ、参加者同士の戦いを止める為だよ」

 

「……それだけですか?」

 

「それだけって。それが一番だろうが!」

 

「オレは、オレの大切な人のために戦ってます」

 

 

たった一人を守るために戦う佐野と、参加者全員を止めると言う真司。

佐野の理由が蓮に通じる所もあって、真司は思わず沈黙してしまう。

佐野はその間に言葉を続ける。

 

 

「つまり、先輩とオレじゃ、背負ってるモンが違うんですよ」

 

「!!」

 

 

そう言って佐野は百合絵の所へ走っていく。

真司とまどかは複雑そうな表情でそれを見つめていた。

まどかはどうか知らないが、真司には見ているだけしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

翌日の日曜日。

真司は約束のカフェで件の中学生を待っていた。

何でも見滝原中学校に通っているらしく、つまりはまどかの後輩と言う事になる。

そんな事を考えているとカフェの前に止まるタクシー、中から現れたのは噂の『どら息子』だ。

 

 

「あ、芝浦淳さんですか? BOKUジャーナルの城戸真司です」

 

「ああ、アンタが記者さん。ふーん、見えないね」

 

 

真司は特に気にする事なかったが、思い切りタメ口の芝浦。

彼は真司の前にドカッと座り込み、店員に注文をとった。

 

 

「あ、今日は俺がおごりますんで、好きなモン飲んでください」

 

「別にいいよー、おれ金持ってるし。むしろアンタに奢ってあげようか」

 

「あ、じゃあ――……いやいやいや!」

 

 

真司は首を振ってそれを断る。

成程、確かに生意気そうなガキじゃないか。

しかし仕事は仕事だ。真司もそこは割り切って取材を始める事に。

 

 

「芝浦くんは中学生なんですよね、俺も見滝原に友達がいるんですよ」

 

「ふーん。まあ、おれあんま行ってないんだけどね学校」

 

「え? どうして?」

 

「だってつまんないじゃん。周りは馬鹿ばっかで、キモイ奴しかいないしさ」

 

「はぁ」

 

 

まあ真司も昔は学校が退屈で仕方なかったし、たまにサボっていたりもしたので、何とも言えない立場である。

ましてや中学男子と言うのは常に反発心と言い様の無いモヤモヤを抱えているものだ。

真司は割り切って質問に入る。

 

 

「オリジナルゲームをつくっていると言う事ですが、どんな内容のゲームなんでしょう?」

 

 

それを聞くと、芝浦は少し身を乗り出して真司を見た。

 

 

「あんたさ、ウチ会社のゲームやったことある?」

 

「もちろん」

 

 

芝浦の会社は。『トラスト』と言う名前のゲームメーカだが、その人気はかなり高く、知らない人間はいないだろう。

主にファミリー向けのゲームを無数にヒットさせており、中でも『バレッド』と言うサイのキャラクターは、日本だけでなく世界に愛されるゲームキャラに上り詰めていた。

 

もちろん真司もゲームをやった事がある。

純粋な横スクロールでありながら、奥の深い作りにハマっていたものだ。

 

 

「はぁ、アンタあんな子供だましのクソゲーに満足してんだ。凄いね」

 

「んなっ!」

 

「あんな糞幼稚なの。面白いとか言ってるやつの気が知れないな」

 

 

コイツ、嫌なヤツだな。

真司はジットリとした目で芝浦を見る。

それに自社のゲームではないのか?

 

 

「親父さんが作ったゲームでしょ? 馬鹿にするのは良くないよ」

 

「何? 文句でもあるの? 別に取材、止めてもいいけど」

 

「あっ! ご、ごめんなさい!」

 

 

ぐぬぬぬ、真司は心の中で拳を握り締めて必死に耐える。

 

 

「だったら貴方はどんなゲームを作りたいんですか」

 

 

その言葉に芝浦は楽しそうに笑いながら話を続ける。

 

 

「おれが作るのはね、面白いよぉ。オープンワールドのゲームなんだけど……」

 

 

見滝原の町を完全に再現する。

入りたい所に入れ、住民の顔もなるべく本物に近づける。

まさにもう一つの見滝原をモデリングしようと言うのだ。

水の中にも入れるし、そこで食事や結婚だってできる様にすると言った。

 

 

「町は見滝原の開発事業に合わせて更新していく。新しい店ができれば、それを作るんだ」

 

「じゃあ家にいながら自由に見滝原の町を移動できるって事ですか?」

 

 

成程、まあ確かにそれは面白そうかもしれない。

要するにシュミレーションゲームと言う訳か。

自分のアバターを操作して、電脳世界の見滝原を自由に動き回る。

 

 

「でもね、ほんっとに面白いのはココから」

 

「?」

 

 

そこでウエイトレスが芝浦の注文したジュースを運んでくる。

注文の品を芝浦が受け取ると、ウエイトレスは一礼して戻っていった。

芝浦は真司に、ジェスチャーでウエイトレスを見るように指し示す。

 

 

「アイツ今ジュースもって来たじゃん」

 

「はあ」

 

「アイツをぶっ殺せる」

 

「!?」

 

 

ゲームでは自分の好きなタイミングで人を殺せる。

例えば今ジュースを運んできたウエイトレスと全く同じ顔をしたヤツを、ナイフで刺し殺す事が可能だと。

それだけじゃない、やろうと思えば保育園に爆弾を投げ込む事や、結婚式の最中に火炎放射器で全員黒こげにもできると。

 

 

「楽しそうじゃない? ガキ拉致って、のこぎりでバラバラにもできるんだぜ?」

 

「なッ! 悪趣味だよそんなの」

 

 

難色を示す真司に、芝浦はヤレヤレと首を振った。

 

 

「あんた、まさかゲームと現実ごっちゃにしてない?」

 

「えぇ?」

 

「割り切ろうよ、ゲームはゲームでしょ!」

 

 

芝浦は挑発的な笑みを浮かべて、真司を見る。

 

 

「現実世界では、人間は常に抑制という名の檻の中だ。だからストレスが溜まるし、異常な犯行を行う輩が現れる」

 

 

だけどゲームの中の『現実』で、好きな事をできたなら。

 

 

「きっと世の中は良くなる」

 

「………」

 

「アンタだって、コイツ気に入らないなーとか、ムカつくなぁって思うヤツはいるでしょ? そー言うヤツを好きにできるんだよ?」

 

 

芝浦は楽しそうに真司に言った。

芝浦は自分の言っている事が何も間違って無いと思っている。

 

真司にはその純粋な狂気に少し気圧されていた。

確かに真司も気に入らない事を抱えて世の中を生きているが、その不満を抑制する事も人の義務ではないか?

 

別に芝浦の言っている事はそこまでおかしくはない。

何に、どんな想いを抱こうが、どこに何を重ねようがそれは人の自由だ。

グロテスクな映画をどう楽しもうが、それは勝手である。

 

ただ、どうにもこの芝浦と言う少年からは危険な香りを感じた。

フィクションとリアルをごっちゃにするなとは言うが、彼自身がその危うさを抱いているように見えてしまうのだ。

 

 

「ルールに縛られる人生なんてつまらないじゃん」

 

「………」

 

 

その時だった、真司の脳を揺らす耳鳴りが。

 

 

(魔女!? こんなときに!)

 

 

真司はすぐに周りを見回し、異変を探ってみる。

同時に笑い始める芝浦。真司が反射的に目を向けると、既に立ち上がっていた。

 

 

「ねえ、面白いもの見せてあげようか」

 

「面白いもの?」

 

「そ、ついてきてよ」

 

 

芝浦はそう言って席を立つ。

何だ? 真司は取り合えず芝浦についていきながら、魔女の気配をたどる事に。

気配は微弱。まだ結界を本格的に展開していないのだろう。真司は汗を浮かべながら、おかしい所が無いかを探っていた。

 

 

「ど、どこに?」

 

 

芝浦はどんどん店の奥に入っていくじゃないか。

スタッフしか入れない場所に、勝手に入ってもいいものなのか。

しかし同時に強くなっていく魔女の気配。

 

 

「ほら、今からアイツ死ぬよ」

 

「!」

 

 

芝浦が入ったのは倉庫。

そこには何と、先ほどジュースを運んできたウエイトレスが立っていた。

厨房から持ってきたのか、鋭いナイフを首もとに当てているじゃないか。

すぐに走り出す真司、申し訳ないと思いつつも、タックルを当てて自殺を防ぐ。

 

 

「アンタ何やって――って、これ魔女の!!」

 

 

その時、真司はウエイトレスの手の甲に『魔女の口付け』があるのを発見する。

人を死に至らしめる絶望の刻印。これを受けてウエイトレスは洗脳されてしまったのか。

真司はすぐに気を失った女性を安全な場所に移動させると、魔女の結界を探す。

 

 

「!」

 

 

しかしふと脳裏によぎる光景。

何故、芝浦はウエイトレスの死に気がついたのか?

 

 

「へぇ、驚いたな。アンタも関係者なんだ」

 

「!!」

 

 

芝浦は相変わらず笑みを浮かべている。

そして理解した。芝浦はウエイトレスに刻まれた魔女の口付けに気がついていたのだ。

真司はその意味を察し、思わず芝浦につかみ掛かった。

 

 

「何で助けようとしなかったんだ!」

 

 

芝浦の方が身長は低いが、全く怯む素振りはない。

むしろ真司を見上げながら相変わらずニヤニヤと笑みを浮かべている。

 

 

「ウザいなぁ。別にいいじゃん、こうする事で魔女が成長するんだから」

 

「ふざけんな!」

 

 

そこで変わる景色。

どうやら魔女は真司達を獲物として認識したらしい。

結界に引きずり込んで始末するようだ。

 

 

「ほらほら、とりあえず魔女倒さないと」

 

「お前なぁ!」

 

 

芝浦は真司の腕を払いのけると、ポケットからカードデッキを取り出して見せる。

真司としても魔女は倒しておきたい、芝浦への不信感はあれど、真司もデッキを取り出して前に突き出した。

 

 

「やっぱりアンタも騎士なんだ」

 

「ああ。そうだよ……」

 

 

斜めに手を上げる真司。

一方芝浦は、腕を振り出して半円を描くように、上から下へ曲げた肘を振り下ろす。

その腕構えはまるでサイの角を表しているようだった。

 

 

「変身ッ!」「変身!!」

 

 

龍騎と、新たに現れる騎士、『ガイ』。

小柄な芝浦とは裏腹に、ガイは重厚な鎧に包まれた戦士だった。

それだけじゃない、変身した途端、身長が伸びたではないか。

龍騎とそう変わらないシルエットになる。ジュゥべえのアシストだった。シルエットで変身者を特定されるのを防ぐためだ。

 

 

「来るよ」

 

 

ガイの言葉と共に、フィールドがライトアップされる。

 

 

『bbbbbbbbbbbbbbbb!!』

 

「ッ!!」

 

 

コンセントを龍にした様な形状。

雷鳴の魔女『Lavinaia(ラヴィーナ)』は、有無を言わさず龍騎たちへ襲い掛かる。

構える龍騎。すると隣にいたガイが肩を叩いてきた。

 

 

「何だよ!」

 

「アンタは見てていいよ。おれ一人であんなの十分だし」

 

 

そう言ってガイは龍騎を突き飛ばす。

咄嗟のことであっけに取られ、龍騎はしりもちをついてしまった。

そうしていると既に魔女は、その巨体でガイに向かって突進をしかけてくるところだった。

 

 

「危ない!!」

 

 

龍騎が叫ぶ。

だが、ガイは既にカードを抜いていた。あとはそれを肩に装備されているメタルバイザーに向かって投げればいいだけだ。

メタルバイザーは近くにカードが来ると自動で展開し、カードを吸い寄せてセットする。

後はバイザーを閉めればいい。他のバイザーよりも速くカードを発動できる利点があった。

 

 

「無駄なんだよ」『ガードベント』

 

 

光がガイを包む。

変化といえばそれだけだが……。

 

 

『biiiiiiiiiiiiiiiiiiiii!!』

 

 

ガイに直撃するラヴィーナ。何と、彼女の巨体をもってしてもガイを怯ませる事はできなかった。

それどころかガイの防御力に逆にダメージを受けてしまった様だ。

弾かれ、倒れるラヴィーナ。ガイはさらに別のカードを発動する。

 

 

『フリーズベント』

 

 

ガイの右腕が白く輝き、その手で地面を叩く。

すると冷気の衝撃波が発生してラヴィーナに命中。みるみる魔女の身体が凍り付いていき。数秒後には完全に凍結している状態へと変わった。

 

 

「すご……」

 

 

思わずつぶやく龍騎。あんな大きな魔女を一発で凍らせるなんて。

一方でガイは余裕の振る舞いを見せつつ、自身の紋章が刻まれたカードを発動した。

そこで。思い出したかの様に龍騎を見る。

 

 

「あ。そこ危ないよ」

 

「え?」

 

 

龍騎の背後を示すガイ。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「お、おわあッッ!!」

 

 

鏡が割れる音と共に魔女結界が破壊される。

姿を見せたのはガイのミラーモンスターである『メタルゲラス』だった。

サイの姿をしており、その突進で魔女結界を粉々に破壊しながらやってきたのだ。

その性質は『真実』。メタルゲラスは前方にいた龍騎に構う事なく、ガイのもとへ向かってくる。

 

 

「あ、あっぶねぇ!」

 

「だから言ったじゃん」

 

 

龍騎はなんとか回避する事に成功したが、あのまま突っ立っていたらメタルゲラスの角で弾き飛ばされていたことだろう。

ガイは、メタルゲラスの頭部を模した『メタルホーン』を装備していた。本来はストライクベントを使用することで装備されるのだが、どうやらファイナルベントを使うと自動的に装備されるらしい。

ガイは気だるげに歩き、メタルゲラスの前に立った。

 

 

「絶望して脱落した弱小プレイヤーなんて、いらないんだよなぁ」

 

 

龍騎には聞こえなかった言葉。

どうやらガイは魔女の正体が何であるか理解していた様だ。

魔女になった者たちは絶望してゲームに負けた弱者だ。

 

 

「そんな雑魚は、おれみたいな強いヤツの経験値を上げるエネミー風情がお似合いなんだよ」

 

 

ガイはジャンプし、背後に立っているメタルゲラスの肩に足を置いた。

 

 

「っていう訳だから。じゃーねー」

 

 

走り出すメタルゲラス。

ガイは地面と平行になりながらメタルホーンを突き出す。

それはガイ自身が『角』となる事。メタルゲラスはそのまま猛スピードで氷付けになっているラヴィーナに突進していく。

 

 

『―――――』

 

 

メタルホーンが氷を打ち砕いた。

"ヘビープレッシャー"。ガイのファイナルベントが豪快にラヴィーナを破壊する。

粉々になり爆散する魔女。どうやら戦いは終わったようだ。

龍騎はそのまま変身を解除しようとするが――

 

 

「ちょっと待ってよ」

 

「?」

 

 

崩壊していく魔女結界。

そして、新たに構成される魔法結界。

 

 

「まだゲームは終わってないよ」

 

「は?」

 

 

その時ガイの隣にふわりと降り立つドレス姿の少女。

龍騎は彼女がガイのパートナーであると同時に、この結界を構築したのだと把握する。

そして何よりも龍騎には少女の姿に見覚えがあった。

 

 

「キミは――ッ」

 

「ふふ♪ 双樹あやせです」

 

 

あやせはドレスの両端をつかんでお辞儀を行う。

龍騎は不信感を募らせながらも、先ほどの言葉の意味を問うた。

まだゲームは終わっていない? どういう意味なのか。

するとニヤニヤと、あやせが笑い始める。

 

 

「まだこの場に敵が残っているじゃない。ね? 淳くん☆」

 

「まあ、そゆこと」

 

「敵? 魔女がまだ?」

 

「はぁ……。アンタってホント、トロいんだね。頭にちゃんと脳みそ入ってんの?」

 

「なっ!!」

 

 

その意味が示すのはただ一つ。

敵とは龍騎視点ではなく、ガイ視点での事である。

 

 

「アンタだよ」

 

「え?」

 

「だ・かぁ・らぁ! アンタなの! 分かる? おれの敵はお前」

 

「な、何言ってんだよ!」

 

「いやそれコッチの台詞だから! 忘れてた? コレ、殺し合いのデスゲームでしょ」

 

 

ガイはそう言いながら龍騎に向かって歩き出す。

 

 

「あやせ、見てなよ。今からコイツぶっ殺すから!」

 

「うん♪ 淳くん頑張れー!!」

 

「なっ!!」

 

 

メタルホーンを龍騎に向けて。

 

 

 

 

 






ユウリの固有魔法が変身なのはオリジナルです。

原作じゃ明かされませんでしたが、原作での『願い』と、一度里美に変身していたのを見て『変身』にしました


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第28話 学校侵食 食侵校学 話82第

 

 

 

「ちょ、ちょっと待て! 俺は戦う気は無いんだ!!」

 

 

迫るガイを制止させようと。龍騎は両手を前に出す。

しかしガイに止まる気配は無かった。むしろ龍騎の言葉を聞いて、ダルそうに首を振る。

 

 

「あ、そう。じゃあ――」

 

 

そして、サムズダウンを一発。

 

 

「死ねよ」

 

「うっ! わあああ!!」

 

 

ガイのタックルが龍騎にヒットする。

巨体から繰り出される一撃は、龍騎を吹き飛ばして地面に叩きつけた。

同時に拍手を行うあやせ。キラキラした瞳でガイを見つめている。

 

 

「おまえッ! やめ……!」

 

「やだよ」『ソードベント』

 

「ウグッ!!」

 

 

立ち上がろうとした龍騎の腹部に、ガイの蹴りが抉り込んだ。

再び倒れる龍騎。しかしガイに首を掴まれ、強制的に立ち上がる。

ふと、腹部に衝撃を感じた。ガイの足裏がヒットしたのだ。

 

フラつきながら後退していくと、見る。

ガイの手にメタルゲラスをイメージした大剣、メタルセイバーが握られた。

ガイは巨大な剣を軽々と振るい、龍騎の装甲に大きな傷を作っていく。

 

 

「ぐあぁああッッ!!」

 

 

火花が血のように舞う。

まずい、このままじゃ本当にヤバイ。龍騎は仕方なく反撃を行う事に。

幸いガイは龍騎が反撃する気がないと思っている。だからこそ、ふいに放った蹴りはしっかりと命中した。

 

 

「うぉ!」

 

 

怯むガイ。

その隙に龍騎は地面を転がり、距離を取る。

 

 

「何だよ。戦わないとか言っときながらさ、結局蹴ってんじゃん」

 

「はぁっ!?」

 

「アンタ、何だかんだ言って仕方ないから殺すパターンだよね」

 

「何言ってんだよお前!」

 

「いるよなー、そう言うヤツ。あーあー、マジでガッカリだわーッッ!!」

 

 

ガイはわざとらしく大きなため息をついて、しゃがみ込む。

 

 

「っていうかさ、戦いを止める為に戦うって矛盾してない?」

 

「してる訳ないだろ! 今ココでお前が攻撃を止めたら終わりだ!」

 

「おれ、止める気ないし。だったらアンタはおれを動けなくするまで殴ったり蹴るしかないじゃん」

 

「なんでそうな――……」

 

 

そこで佐野に言われた言葉が脳裏にフラッシュバックする。

背負っている物が違う。それは覚悟が違うと言う事だろう。

龍騎の戦いを止めたいと言う覚悟は、他者の覚悟を踏みにじってまで突き通すものなのか。

 

 

「酷いっ! 戦う気が無いとか言っておきながら、淳くんを蹴るなんて! 最低ッ!!」

 

「えっ」

 

 

あやせは悲しそうな表情で龍騎に言葉をぶつける。

 

 

「いやいや! だからッ! 襲ってきたのはソッチだろ!」

 

 

龍騎は叫ぶが、あやせはそれを無視して言葉を続けた。

 

 

「戦わないなんて嘘つき! やっぱり貴方もゲームに乗ってるんだ! 言葉だけの上っ面なヤツぅ、最低な人!!」

 

「違う! 誤解だ!」

 

 

龍騎はガイ達に近づいて弁解を始める。

自分は本当に戦いを止めたくて変身しているのだと必死に言葉を並べた。

それを興味なさそうに聞いているガイ。ある程度龍騎の話を聞くと――

 

 

「どうでもいいや」

 

「は?」

 

「そらッッ!!」

 

「うわああああっっ!!」

 

 

ガイは頷くとメタルセイバーを突き出して龍騎の胴に突きを叩き込む。

胸を押さえながらうずくまる龍騎。それを見てケラケラとあやせは笑っていた。

先ほどとは対照的に、素晴らしいほどの笑顔である。

 

 

「よっわーい! これなら淳君の敵じゃないね☆」

 

「ホントだよ。コイツ弱すぎ。何で今まで生き残れてんのか不思議だよ!」

 

 

倒れる龍騎に次々と追撃の剣を浴びせていくガイ。

龍騎は必死に抵抗するが。ダメージは蓄積されていくばかりだった。

しばらくそれが続いていたが、龍騎は一瞬の隙をついて何とか地面を転がり、回避に成功。

デッキからガードベントのカードをドローする。

 

 

「やめてくれ! どうして戦う必要があるんだ!」『ガードベント』

 

「それがルールだからに決まってるじゃん」『コンファインベント』

 

 

現れて早々粉々に砕けるドラグシールド。

龍騎は信じられないと言う様子でそれを見た。

だがガイに何も変化が起きない事を見るに、今の『コンファイン』のカードの効果と言う事か。

 

 

「ルールなら皆で協力する方もあるだろ!」

 

「おれ、協力プレイより対人プレイの方が好きなんだよね」

 

「戦いはゲームじゃないんだぞ!!」

 

「あー、もういいって。マジで萎えるわお前」

 

 

空気読もうよ。

ガイはうんざりだった。本当に龍騎のようなプレイヤーは嫌いなのだ。

 

 

「別に協力派でもいいけどさぁ。せめて参戦派前にしたら戦えよ」

 

「俺は誰も犠牲にしたくないんだ!!」

 

「じゃあ殺さなきゃいいじゃん。戦わない理由にはならないよね?」

 

 

必死に叫ぶ龍騎だが、ガイの心には何も届いていないらしい。

 

 

「おれ、優勝した願いで神様になろうと思うんだ」

 

「はぁ!?」

 

「そんで弱い人間を使って遊ぶんだよ。素敵な願いでしょ?」

 

 

あやせも、うっとりとした表情を浮かべてため息をつく。

彼女は彼女で願いが別にあるらしい。

可愛いものに囲まれて暮らしたい。もちろんそれは普通の女の子が願う様な物ではない。

あやせは自分のソウルジェムを取り出すと、ペロリと舌でそれをなぞる。

 

 

「ソウルジェムって綺麗でしょ? いつかコレクションしたいって思ってて」

 

「な、何言って――」

 

「あーん、でも淳君の隣にいる女神様になるのもいいなぁ♪」

 

 

見て分かるでしょ?

ガイはそう言ってデッキに手を掛ける。

 

つまりは二人には叶えたい願いが一つではないと言う事だ。

これじゃあワルプルギスを倒す理由は無い。

協力エンドは一つしか願いを叶えられない上に、誰が叶えられるかすら決まっていないんだから。

 

 

「そんな訳でさー、コッチとしては協力する気なんてサラサラ無いんだよねぇ」

 

「ッッ!」

 

 

何て奴だ。龍騎はつくづくそう思いながら、一旦ココを離れる事にした。

今は無理でも日を変えて話し合いを持ちかけるしかない。

そう決めてアドベントを発動する。ドラグレッダーに時間を稼いでもらえばココを脱出できる筈だと。

 

 

「へー、龍じゃん。かっこいいね」『コンファインベント』

 

「!?」

 

 

咆哮をあげて飛んできたドラグレッダーだが、直後、粉々に砕け散る。

 

 

「そんな馬鹿な!」

 

 

コンファインベントは先ほど使った筈。

いくら何でも再構築の時間が早すぎる。驚く龍騎、そして満足そうに笑うガイ。

どうやら龍騎のリアクションが望んでいた物の様で、満足したようだ。

 

 

「カードは一枚だけじゃないって事」

 

「ッ!」

 

「おれ、全部のカードを二枚ずつ持ってるんだよね」

 

 

相手が直前に使ったカードを無効化する『コンファインベント』。

破壊では無いため、龍騎がブランク体になる事は無かったが、再使用までは時間がかかるようだ。

一方でガイはファイナルベントのカードを抜き取る。

コチラも二枚存在しているようだ。

 

 

「や、やめろ!」

 

「やーだよ雑魚」『ファイナルベント』

 

 

粉々になるメタルセイバー。同時に現れるメタルホーン。

ガイはヘビープレッシャーを発動して突進してくる。

何とか回避できないかと力を入れる龍騎だが、そこで周りに着弾していく炎。

 

どうやらあやせは手を出さない訳では無い様だ。

炎が龍騎の退避のルートを潰していき、気がつけばメタルホーンが目の前にあった。

 

 

「うわあああああああああああああああッッ!!」

 

 

ファイナルベントが直撃。

龍騎は大きく吹き飛ばされて変身が解除されてしまう。

そのまま地面に直撃する真司。苦しそうに呻きながら、地面を這い蹲る形に。

 

 

「う……、ぁ―――」

 

 

真司の意識はそこでブラックアウトだ。

血を流し、倒れて動かなくなる。しかし命の鼓動は弱まる気配を見せない。

つまりは真司は気絶しただけに終わったのだ。

 

その事に首を傾げるのはあやせだ。

ファイナルベントを受けてこの程度とは、つまり威力がそれだけ弱かったと言う事になる。

 

 

「あれぇ? 淳君、どうして手加減なんかしたの?」

 

「んー、やっぱり気が変わってさ」

 

 

ガイは変身を解除して、真司を足蹴にする。

 

 

「こんな雑魚、いつでも殺せるし」

 

 

だからこそ、今殺すのは少しもったいない。

 

 

「ちょっと試したい事があってさ」

 

「?」

 

 

芝浦は真司の身体を探ってデッキを手にする。

どうやらわざと破壊しなかったらしい。そこから抜き出すのはドラグレッダーが書かれた、アドベントのカードだ。

芝浦はそれをつかんで思い切り力を込める。どうやらカードを破ろうとしているらしい。

 

 

『無駄だよ』

 

「!」

 

 

そこで聞こえるのはキュゥべえの声。

見ればいつの間にか芝浦の前方に立っていた。

 

 

『【アドベントカードは如何なる力を持っても破られる事は無い】。ただそれはイコールで頑丈と言う訳ではないよ。盾にしようとしても意味は無いんじゃないかな』

 

「あっそ。じゃ、このカードってパクれるの?」

 

 

首を振るキュゥべえ。

カードもデッキ同様に、持ち主から一定の距離を離すと自動的に戻るようになっているらしい。

まして他人のカードをバイザーにセットしても効果は自分には適応されない。

 

 

『つまりデッキやカードを奪っても意味は無いんだ』

 

「ふーん、つまんないの。じゃあいいや、帰ろうかな」

 

「殺さないの?」

 

 

頷き、ニヤリと笑う芝浦。

 

 

「どうせ明日くらいには孵るんだし。ねえ、そうでしょ?」

 

「?」

 

 

芝浦はポケットに手を突っ込んで後ろを振り向く。

後ろ? あやせも釣られる様に視線を移した。

するとそこにいたのはコートに身を包んだ魔法少女、ユウリである。

 

 

「さすがガイ。お強いお強い!」

 

「当然でしょ。淳くんはゲーム参加者の誰よりも強いもん!」

 

 

芝浦の前に立ち、ムスッとした表情を浮かべるあやせ。

このユウリと言う魔法少女。少し前に芝浦達の前に現れ、面白い『玩具』を提供すると近づいてきたが、どうにもあやせとしては胡散臭いところだ。

加えて露出の多い魔法少女の衣装。

 

 

(まさか淳くんを誘惑するつもり!?)

 

 

などと、あやせはユウリ対して露骨な敵意をむき出しにする。

対して挑発的な笑みをユウリに向ける芝浦。

 

 

「アンタに貰った種、本当に使えんのー?」

 

 

芝浦はユウリが提供するといった玩具に食いついた。

 

 

「おれとしては罠でもなんでもいいんだよ。ゲームが面白くなれば」

 

「フフフフ! もちろん、安心してほしいよね」

 

 

ユウリが懐から取り出すのは、芝浦に授けた(おもちゃ)だ。

 

 

「この"イーブルナッツ"は、魔女の成長を加速させる効果を持ってる」

 

 

ユウリは試しにと、お菓子の魔女であるシャルロッテの使い魔・ピョートルを召喚させる。

そこへ手に持っていたイーブルナッツを埋め込む様にして合成。

 

 

「へぇ!」

 

「すごい! 魔女になった!」

 

 

するとピョートルの身体が鏡の様に割れ、そこからシャルロッテが現れた。

ユウリは生まれたばかりのシャルロッテにリベンジャーの銃弾を浴びせていく。

数十秒で蜂の巣になり死亡するシャルロッテ。すると死体からはグリーフシードが排出される。

 

 

「こんな風に、ドロップもできるかもね」

 

「ふーん、じゃあお前はグリーフシードには困らないんだ」

 

「そのとおり、豆苗はタコとガーリックで炒めるのがオススメ」

 

「???」

 

 

苗をカットしたあと、豆と根の部分を水に浸けておくとまた苗が生えてくる。

こうする事でまた食べられるのだ。ユウリも同じである。使い魔をすぐに魔女に出来る彼女にとっては、グリーフシードが枯渇すると言う状況はこない。

 

 

「扱い方は前に説明したとおり」

 

 

ユウリはニヤリと笑って腕を組む。

今見せたイーブルナッツを、複数芝浦に渡していたのだ。

 

 

「グリーフシードにイーブルナッツを埋め込んだ場合、すぐに孵化させる事ができる」

 

「これ、何に使ってもいいんだよね」

 

「どうぞご自由に。ちなみに前にも言ったけど、イーブルナッツで孵化させた魔女は使用者の駒となりますので」

 

「いいじゃん、魔女を使ってゲームを加速させてやるよ」

 

 

じゃあ遠慮無くと芝浦は踵を返して歩きだす。

ついて行くあやせ。最後に芝浦は、ユウリに何故自分達にイーブルナッツを渡したのか理由を問うた。

 

 

「別に。アンタ等に渡した方が面白く調理してくれそうだっただけ」

 

「へぇ。まあ期待しない程度に期待しててよ」

 

 

そう言って完全に歩き去る二人。

ユウリはそこで倒れている真司を見た。

黒い笑みを浮かべる。真司の頭を踏みにじると、ある種の恍惚な表情を浮かべる。

 

そしてその隣では赤い目を光らせているリュウガの姿があった。

リュウガは何も言わずに真司を見ていた。

そして手に持った黒いドラグセイバーを振り上げる。

 

 

「待て。まだその時じゃないだろ」

 

「………」

 

 

リュウガの動きが止まり、ドラグセイバーを消滅させる。

どうやらリュウガは真司と関わりがあるらしい。

だから騎士の姿も似ているのだろうか?

 

 

「今コイツを殺ったとして、完全に殺せる訳じゃないだろ」

 

「………」

 

「そう、お前の目的は達成できないって事」

 

 

その言葉を聞くと、リュウガは頷いて一歩後ろへ下がる。

どうやらココで真司に止めを刺す事は無いようだ。

リュウガは何も言わず、ただ機械的なリズムで呼吸を繰り返すだけ。

 

 

「フフ。やっぱりアンタを"貰って"正解だった。お礼に今は殺さないであ・げ・る!」

 

 

それに、ただ殺すだけじゃつまらない。

それは真司だけじゃなく参加者全員に言える事だ。

ユウリの目的は参加者全員の殺害。それはあの芝浦達だって例外じゃない。躍らせて躍らせて、最後は殺す。

 

 

「苦しめて、絶望させて、それで殺しちゃうからさぁ! アハハハハハ!!」

 

 

ユウリはそうやって、笑いながら消えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真司が気絶して放置という状況にあるのだが、残念ながらパートナーのまどかにソレを知る由も無い。

彼女は日の沈むかどうかの見滝原を歩いていた。

そして目的地につくと、笑みを浮かべてインターホンを押す。

 

 

「ほーむらちゃん」

 

「まどか……、どうしたの?」

 

 

扉を開けるのはほむら。

家に訪ねてくる人物なんて、せいぜい手塚だけだと思っていたが、まさかまどかがやって来るなんて思ってもみなかった。

 

しかし何故?

ほむらは少し首を傾げて問う。

すると笑みを浮かべて、袋を差し出すまどか。何でも父親がクッキーを作りすぎたので友達に渡して回っているのだと。

 

 

「一人で来たの?」

 

「うん、どうして?」

 

「あまり関心はできないわ。外にはゲーム参加者がいるかもしれないのに」

 

「そっか、ごめんね」

 

 

まどかは申し訳なさそうに笑ってほむらに謝罪する。

 

 

「いえ、分かればいいのよ」

 

「うん、じゃあコレどうぞ」

 

 

まどかは友達に配ると言うクッキーをほむらに渡す。

心なしか少し暗い表情に変わるほむら。無意識に、呟く。

 

 

「貴女は……、私を友達だと言ってくれるのね」

 

「え? どうしたの」

 

「いえ。なんでもないわ」

 

 

ほむらはまた暗い表情に変わってしまった。

それを見て、まどかは考える。

 

 

「ほむらちゃん。都合が悪いなら言って欲しいんだけど」

 

「?」

 

「ほむらちゃんのお家に、お邪魔してもいいかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、すごいお部屋だね」

 

「え、ええ」

 

 

普通の部屋に、ほむらの魔法がかけられている為、そこは随分と別世界に見える。

魔法で少し広くなった空間に、歯車の様な装飾。壁には様々な魔女のデータや文献が貼り付けられていた。

中でも目立つのは、巨大な魔女の姿が記されている文献だ。

それらは全て一つの魔女を指し示している。

 

 

「ワルプルギスの夜……」

 

「ええ。いずれ私達が戦うだろう魔女よ」

 

 

イラストにはピエロの様な帽子をかぶった女性が逆さまに写っていた。

その女性の表情は、見ているだけで不安になりそうな『狂気』が浮かんでいる。

しかし所詮イラストだ。数々の伝承はあれど、本物を見た人間は未だにいないと言われている。

 

よくある話だが、本物を見て帰ってきた人間はいないのだ。

残されたビデオテープに、僅かな映像が残っているだけだとか何とか。

 

 

「……私も見た事がないから、本当にそんな姿をしているとは言えないけれど」

 

 

ほむらの声色が少しだけ変わる。

もちろんそれは微弱なもの。まどかが気づく訳もなし。

 

 

「待っていて、今お茶を淹れてくるわ」

 

「手伝うよ」

 

「……ええ、ありがとう」

 

 

カップを用意するまどかとほむら。途中で彼女達は他愛も無い会話を繰り広げる。

学校であった事、まどかの家族の事。それは殺し合いと言う凄惨な状況を忘れさせてくれる時間でもあった。

 

 

「じゃあ運ぶね」

 

「ええ」

 

 

リビングに戻っていくまどか。

それを見て、ほむらは自分の胸を押さえる。

まどかの声が聞こえる度に、まどかの笑顔が見れる度に、心臓が心地よいリズムを奏でているのが分かる。

 

まるで恋をしている様じゃないか。

ほむらは思わず笑みを浮かべる。バカな話だ。

 

 

「あ!」

 

「え?」

 

 

まどかは、ほむらを見て何かを発見した様に笑う。

戸惑うほむらと、嬉しそうに近づいて来るまどか。

 

 

「やっぱりほむらちゃんは笑った方が素敵だと思うな」

 

「そんな事……」

 

「ほんとだよ~。えへへ」

 

 

まどかは屈託の無い笑みを浮かべて、ほむらをくすぐる。

 

 

「ちょ、ちょっと……」

 

「ほらほら、笑って笑って! こちょこちょ!」

 

「まどか、やめて……! ふ、ふふっ!」

 

 

半ば強制的に笑みを浮かべるほむら。

しばらくは楽しげなじゃれ合いが続いていたのだが、次第にまどかの笑みが憂いを持った物に変わっていく。

 

 

「気のせいかな。わたし、やっぱり前にほむらちゃんと会った事があるような気がして」

 

「え?」

 

 

まどかは寂しげに呟く。

もちろんそんな事は無いと分かっていながらも、何故かほむらを見るとそう思う様になってしまうと。

 

 

「心の奥が、締め付けられる様に苦しい」

 

 

そんな感覚をいつも覚えてしまう。

 

 

「変かな。ごめんね、急に」

 

「………」

 

 

気がつけば、ほむらはまどかの手を握り締めていた。

目を丸くするまどか。ほむらは少し照れた様に笑みを浮かべる。そのまま、まどかの目を見て頷いた。

 

 

「あなたは何も心配する必要は無いわ。私がちゃんと……、守るから」

 

「う、うん……。ありがとう」

 

 

徐々にまた柔らかい笑顔に戻るまどか。

ほむらはたった今口にした言葉を、もう一度心の中で復唱する。

そうだ、まどかは――

 

 

必ず私が守る。

 

 

「じゃ、じゃあクッキー食べよっか!」

 

「ええ」

 

 

この笑顔を守るためにも。

 

 

 

 

 

一方、織莉子邸。

 

 

「わざわざすいません。毎回コチラに来てもらって」

 

「いえいえ、お嬢さんの様な美しい方にお呼ばれされるなんて光栄ですよ」

 

「まあ、お上手ですね」

 

 

そう言って笑みを浮かべる織莉子の前では、スーツを正す青年が一人。

 

 

「なんだか今日はお顔が違って見えますね」

 

「いい事があったんですよ。なんかこう、運命的な出会いを果たしたっていうか」

 

「まあまあ!」

 

 

そう言って織莉子は笑う。

対面するのは同じく笑みを浮かべた弁護士、北岡秀一だった。

 

何故彼がココにいるのか。

それは織莉子が北岡を雇ったからだ。

織莉子は北岡の噂を聞いていた。事務所こそ小さいが、腕は確かな物だと。

なによりも北岡には評判があった、金さえあれば仕事はこなす男。

 

 

「それで、いかがでした?」

 

 

織莉子は笑みを消す。

北岡もまた笑みを消すと、カバンの中から資料を取り出していく。

 

 

「確かに、お嬢さんの言う通り、おかしな点がチラホラと」

 

 

北岡は次々に資料を渡して、不可解な点を説明していく。

まず見せたのは警察の捜査記録や議員名簿、その他もろもろである。

織莉子が北岡に依頼したのは、父親の自殺に対する各組織の対応、及び裁判の結果である。

 

 

「久臣議員の経費の改ざんによる不正疑惑はまだしも、自殺の部分が引っかかる。どうにもココがおかしいんですよね」

 

「ええ。私もそう思っていました。父があんな形で死ぬ事は無いと」

 

 

織莉子の誕生日に、織莉子の父は死んだ。

あれだけ娘を可愛がっていた久臣が、よりにもよってその日を選ぶだろうか?

もちろん死ぬと決めた久臣が織莉子の事などどうでもいいと思ったならば別だ。

しかしご丁寧にケーキまで予約していたのだ。

 

 

「警察は既に捜査を打ち切っています。まあ当然でしょう、これだけ時間が経ったんだ。ただ、中にはお嬢さんと同じく疑問に思っている刑事もいまして」

 

 

石島美佐子と言う女刑事から、北岡は面白い情報を聞けたと言う。

 

 

「彼女は偽装自殺と言う可能性も考えたらしい」

 

「偽装?」

 

「ええ。わざとケーキを買っておいて、あたかも自分がその日自殺するつもりなどなかった様に見せる」

 

 

しかし美佐子は捜査の中でそれを否定した。

 

 

「どうやら当時、違法な取調べがあったらしく」

 

「違法な、ですか」

 

「どこの警察組織でもたびたびあるらしいですよ。ある種、拷問に近いものです」

 

「―――ッ!」

 

 

歯を食いしばる織莉子。北岡は構わず話を続ける。

久臣への取調べには、暴力や睡眠を取らせない等と違法行為が頻繁に行われていたと言う。

そしてそれらの記録は、美佐子が調べなければ見つからなかった訳で。

 

 

「要するに、大きな圧力が掛かっていたのではないかと」

 

 

それも強大な物だ。

警察すらも手中に収め、かつ人一人の命を簡単に奪い、今も尚姿が分からない相手。

 

 

「お嬢さんの依頼は、不当な裁判を行ったすべての組織に損害を求める事ですね?」

 

「はい。父の無念、屈辱は私の物でもあります」

 

 

ため息をつく北岡。

 

 

「覚悟は立派だが、お勧めはできません」

 

「ッ、どう言うことですか?」

 

「正直言って、私も相手の大きさに驚いています。おそらく織莉子さんが太刀打ちできる相手ではないでしょう」

 

 

北岡としてはゾルダの力があるため、恐れはない。

そしてそれは織莉子も同じだ。北岡も織莉子も互いが参加者だとは知らないからこそ、この場にいられる。

 

 

「私はそれでも、父に何があったのか知りたいんです」

 

「綺麗な方が危険な目に合うのは賛成できないんですけどね」

 

「お金は払います。ですから、どうか」

 

「……そう言われては仕方ない」

 

 

とりあえずと、北岡は集めた資料を全て織莉子に渡す事に。

そして報酬を受け取ると、去り際に最後の言葉を。

 

 

「もし裁判をお望みでしたら、このスーパー弁護士にお任せください」

 

「ええ、期待しています」

 

 

そう言って家を出て行く北岡。

それと入れ替わるようにしてキリカが顔を見せる。

すぐに織莉子へ飛びつくキリカ。深刻な表情を浮かべている織莉子が心配になったようだ。

 

 

「織莉子は笑顔の方が三億倍可愛いよぉ~!」

 

「ふふ、ありがとうキリカ」

 

「あ、何だよーッ。頑張って口説いたんだから、そこはもっと赤面するべきだぞ!」

 

 

織莉子は少し吹き出す様に笑い、キリカの頭を撫でる。

しばらくすると連絡を受けた上条がやって来る。

 

 

「相変わらず二人は仲がいいね」

 

 

織莉子は上条に気づくと、申し訳なさそうに頭を下げる。

 

 

「すいません、わざわざ……」

 

「別にいいよ。それより本当なのかい? 連絡で言っていた事は」

 

「ええ、明日ですね」

 

 

織莉子の目が金色に変わる。

どうやら明日何か大きなイベントが起こる様で、その対応と作戦をこれから考えたいと言う事だった。

大まかな事は既に織莉子から聞いているため、上条はココに着く前に答えを決めていた。

 

 

「わかった、特に止めるつもりは無いけど」

 

「………」

 

 

二人の表情が変わる。

 

 

「邪魔なら、消す方針で行こうか」

 

「はい」

 

 

無邪気に笑うキリカと、対照的に真顔の織莉子たち。

ゲームなんて最初からコチラが全て決める決定論だ。

未来は未だにオーディンペアの勝利を提示している。

 

ある意味、これからは茶番にしか過ぎない。

しかして、その未来は簡単に崩れる物だとも、織莉子は知っている。

だからこそ油断はできなかった。

 

 

 

 

 

翌日、月曜ともあって、眠気がいつもより酷い気がする。

まどかはまだ少し重い瞼を擦りながらサキの家に到着する。

 

 

「おはよう、サキお姉ちゃん」

 

「ああ、おはよう」

 

 

既にサキは家の前に立っており、まどかとは違ってキリッとした目をしている。

二人は朝の挨拶を交わすと、昨日の事を話しながら学校を目指す。

 

 

「実は休日中にジュゥべえに会ってな」

 

「え!? ど、どうだったの?」

 

「特に情報は貰えなかった。ワルプルギスの出現時期について聞いたんだが……」

 

 

アバウトにしか言わなかった。

ただ一言、まだ現れる事は無いとだけ。

 

まどか達からすればワルプルギスには早く来てもらった方がいい。

しかしジュゥべえの話を聞くにあまり期待はできなさそうだ。

残念な話だが、キュゥべえ達が望むのは殺し合いの筈。だとしたらワルプルギスはなるべく最後の方に出て来るのではないかと。

 

 

「まあ、あまり気にしすぎてもな」

 

「うん。それまでに皆とお友達になれたらいいな」

 

 

それからまたしばらく他愛ない会話が続けられる。

サキは昨日まどかに貰ったクッキーの感想を述べていた。

やはりまどかの父親は料理の天才だとか何とか、まどかとしても親が褒められると言うのも嬉しい。

そうしていると仁美、かずみが輪に加わる。

 

 

「おはようございます」

 

「おはよー! 昨日クッキーありがとね!」

 

 

そして最後にほむらだ。

 

 

「おはよう……」

 

 

こうして五人は学校を目指す。

その中で、まどかはかずみと話すことに。

 

 

「秋山さんと仲良しなんだね」

 

「うん。わたしね、蓮さんにすっごいお世話になったんだ!」

 

 

とはいえ、肝心の蓮は覚えていない様だけど。

かずみはそう言って悲しそうに笑う。

 

 

「だったらその時の事を話してみたら?」

 

 

まどかはそうアドバイスしてみるが、かずみは首を振った。

 

 

「うん、実はね。あんまり言いたくない事もあって」

 

「そうなんだ」

 

 

言いたいのに言えない、それが今のかずみの状況らしい。

何故言えないのかまでは聞く事ができなかったが、只ならぬ事情があるのだろう。

とにかく立花かずみは、秋山蓮に絶大な恩があると言う事だった。

 

 

「わたし、どんな事をしてもその恩を返したかった」

 

「かずみちゃん、もしかして――」

 

「うん、それはわたしが魔法少女になった理由でもあるの」

 

 

どんな事をしてでもその恩だけは返したい。いや、返さなければならない。

だからこそかずみは蓮を慕うし、蓮の尊重する道を歩みたいと願う。

たとえそれが戦いの道であったとしてもだ。

 

 

「そんなに……。でも、だったらどうして秋山さんは覚えてないのかな?」

 

「まだ――、知らないからだよ」

 

「え?」

 

 

まどかは、その言葉は聞き取れなかった。かずみも何でもないと笑ってみせる。

 

 

「とにかく、わたしは、蓮さんの味方なの!」

 

 

蓮が望むなら戦う。それが、かずみなのだ。

たとえそれが自分の思いを押し殺す事になったとしても、構わない。

 

 

「ねえ、まどか」

 

「ん?」

 

 

かずみはうつむき、震える声で呟く。

 

 

「魔法少女にとって一番大切な物って……、なんなのかな?」

 

「どう、かな? わたしも分からない」

 

 

だけど――

 

 

「分からないけど、わたしはこの戦いを止めたい。ただそれだけ」

 

「………」

 

 

そこでちょうど学校に到着する一同。

かずみは何も言わずに頷き、それぞれは自分の靴を入れに向かう。

一人になったかずみは、周りに誰もいない事を確認すると、消え入りそうな声で呟いた。

 

 

「海香、カオル……、皆――!」

 

 

わたしは、間違ってないよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆、登校も終わり、教室にて朝のホームルームを待つ時間が始まる。

談笑に勤しむ者がほとんどの空間。それは上条たちも例外では無かった。

前のケーキ作りで中沢はますます仁美に惚れ込んでしまったようで、チラチラと視線を移しては幸せそうにニンマリとしている。

 

 

「あまり見ていると変態だと思われてしまうよ」

 

「えっ! あ、ああそうだな」

 

 

バッと目を反らす中沢、それを見て上条はクスクスと笑う。

 

 

「冗談だよ。中沢は志筑さんのどこが好きなんだい?」

 

「そりゃ雰囲気とか、性格とかッ、いろいろだよ~」

 

 

語る中沢。

自分の様な中途半端な人間とは違う上品な雰囲気。

とは言え、まどか達と一緒にいる時の年相応な女の子感。

それはギャップ萌え。上品な口調は一見近寄りがたいポイントだが、その口調で話しかけられた時など跳んで喜びたくなる。

 

 

「それから、それから――」

 

「「………」」

 

 

顔を見合わせてヤレヤレと笑う上条と下宮。

その中で、上条はそっと中沢に問い掛ける。

仁美の事を好きなのは十分に理解できた。上条だって今、さやかを思うだけで心が締め付けられる程に苦しいのだから。

だからこそ、今、中沢に聞きたい。

 

 

「中沢、キミは志筑さんの為に命を賭けられるかい?」

 

「え? いきなり何んだよ」

 

 

そんな途方も無い質問に、中沢は沈黙していしまう。

確かに仁美の事は好きだが、命を賭けられるかなんて考えた事も無かった。

 

 

「そりゃあ好きな人のために頑張るのはカッコいいと思うけど……、そんな状況なんて来ないでしょ」

 

「そう」

 

 

納得したのかどうかは知らないが、上条はそれ以上、質問を広げる事はなかった。

不思議に思う中沢と下宮。しかし特に追及する必要もないと、談笑を再開する。

 

そうこうしている内に時間は経ち、教室には早乙女先生がやって来た。

今日も今日とて不機嫌そうである。どうやらまた彼氏とうまくいっていない様だ。

怯えたように構える中沢。だいたいこういう場合は自分に怒りの矛先が――

 

 

「中沢君、ビアンカ派ですか? フローラ派ですか?」

 

「………」

 

 

は?

 

 

 

 

 

 

 

 

全く意味の分からないホームルームが始まった頃、一階下の教室では一年生が同じくホームルームを始めていた。

今日一日の注意事項、これからの連絡。淡々と行われていく時間を、つまらなさそうに過ごす者がチラホラと見える。

やる気の無い朝。それは誰だってあるものだろう。

 

 

「………」

 

 

芝浦淳、彼もまたそんな一人である。

教師が話しているにも関わらず、堂々と携帯をいじっていた。

ゲームをしながら確認するのは時間だ。この学校に着いてからどれだけ経ったろうか? 芝浦は頭の中で計算を行いながら、ニヤニヤとしていた。

 

 

「おい芝浦。携帯はもうしまえ!」

 

 

教師から注意を受ける。

普段ならば渋々従っていたが、今日は違っていた。

 

 

「さーてと、そろそろかな」

 

「お、おい芝浦!!」

 

 

芝浦は机を蹴り飛ばすと、ポケットに手を突っ込んで歩き出す。

当たり前の様に教室を抜け出す芝浦。当然教師は連れ戻そうと声をかけるが、芝浦に聞く耳など無かった。

 

 

「ウザいなぁ、離せよ」

 

「おまえッ! 教師に向かって何て口の利き方――」

 

 

教師の言葉が急に止まる。

まるで人形の様に吹き飛び、壁に叩きつけられた後に動かなくなったのだから。

教師を吹き飛ばしたのは巨大なサイ、メタルゲラス。

 

芝浦はニヤリと笑うと、メタルゲラスを消滅させて再び歩き出す。

最初に向かうのは職員室だ。扉を開けると、そこには血塗れの教師達が転がっているのが目に付いた。

 

 

「へぇ、上等じゃーん」

 

「あ! 淳くん!!」

 

 

血に染まったサーベルを振るうのは双樹あやせ。

彼女もまた学校を休んで、わざわざコチラに来ていたと言う事だ。

あやせの持つ剣の名前は『フランベルジュ』。炎の力を宿したサーベルに人間が叶うわけもなく、この場にいる全員が血塗れになって苦しそうに呻いている。

芝浦はそんな教師を蹴り飛ばして、あやせの元へ。

 

 

「準備は整った。行こうか」

 

「うん♪」

 

 

そして二人は次の目的地へ足を運ぶ。

それは校長室だ。いきなり入ってきた二人に驚く校長だが、何か声を出す前に、突進してきたメタルゲラスの餌食となる。

 

巨体に突進され、角の一撃を受ければ人間は即死だ。

そのまま食事を始めるメタルゲラス。

 

 

「よしよし、ゲラスちゃん。いっぱい食べて大きくなってね♪」

 

 

あやせに撫でられ、メタルゲラスも嬉しそうに唸る。

ペットを可愛がる女の子と言う、微笑ましい光景にも見えるが、既に命が奪われている状況だ。

なのに芝浦は笑みを浮かべて校長室の椅子にどっかりと座り込んだ。

 

 

「悪くない」

 

 

目を閉じてその感触を堪能する。

しかし本番はこれから、芝浦は時計を確認して楽しそうに笑う。

 

 

「もう全員登校してるだろ。じゃあ始めようかな」

 

「うん! 任せてね淳くん!」

 

 

あやせは懐からグリーフシードを取り出して、それを校長室の隅に投げる。

同時に芝浦はイーブルナッツを取り出して、それをグリーフシードにぶつけるように投げた。

 

 

「ルチョラ・フォーコ」

 

 

オレンジ色の淡い光を放つ球体が、イーブルナッツとグリーフシードを包み込むようにしてセットされた。

あやせが行ったのは設置形の魔法である。

 

簡単に言えばこのルチョラ・フォーコは小規模の爆弾だ。

この中にイーブルナッツをグリーフシードに合わせた物を置いておく。

芝浦はコレと同じ物を既に学校中にしかけていた。

 

オクタヴィアの時に芝浦が姿を見せず、今の今まで行動を控えていたのは、全てこの時の為に用意するべきグリーフシードを集める為だったのだ。

 

 

「バースト☆」

 

 

あやせが指を鳴らすと、ルチョラフォーコが爆発。

範囲事態は小規模な物ではあったが、それはグリーフシードとイーブルナッツに刺激を与えるには十分だった。

 

砕けたグリーフシードにイーブルナッツが融合していく。そして急激に成長を促がすのだ。

そう、成長促進。学校中に散らばった魔女の卵が次々に音を立てて砕けていく。

それが意味するのはただ一つ、魔女が孵ると言う事だ。

 

校長室が次第に摩訶不思議な空間に変化していく。

芝浦はテーブルに肘をついて、ニヤリと笑った。

 

 

「さあ、ゲームスタートだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所はまどかの教室に戻る。

相変わらずの無茶振りを行う早乙女先生と、それを受ける中沢。

またやられてるよ可哀想に。誰もがそんな事を思いつつも、当たり前と化した光景に違和感を感じる事は無かった。

ボトリ、そんな音がするまでは。

 

 

「?」

 

 

早乙女が振り返ると、そこにはリボンを巻いたクラゲのぬいぐるみが落ちているじゃないか。

しかもその数は一つだけじゃない。同じデザインの物がもう一つ少し離れた所にあった。

 

 

「もう。誰ですか? 学校にぬいぐるみを持ってきてるのは」

 

 

早乙女はぬいぐるみを掴み、生徒達に持ち主がいないかを問い掛ける。

そこで初めて生徒達はまともに早乙女へ視線を移した。

というよりも、早乙女が持っているぬいぐるみを。

 

 

(あ、かわいい)

 

 

まどかは早乙女が持っているぬいぐるみを見てそう思う。

デフォルメされたファンシーな『クラゲ』のキャラクター。

ぬいぐるみは口をあけて動き出すと、自分を掴んでいた早乙女に勢い良くかぶりついた。

 

 

「え?」

 

「は?」

 

 

誰もが――、早乙女でさえ意味が分からずに間抜けな声をあげる。

さらに早乙女が持っていたもう一つのぬいぐるみも、鋭い牙を向けて齧りついてきた。

 

かわいいクラゲのキャラクターから発せられるのは、早乙女の肉に食い込む牙の音と、骨を砕く生々しい音声だった。

 

 

「っっッ!!??」

 

 

同時にまどか、ほむら、かずみは頭を抑えてうずくまる。

と言うのも魔女の登場を知らせる耳鳴りが聞こえたのだが、それがいつもの比ではないくらいの衝撃だった。

 

耳鳴りが何重にも重なって、脳が爆音と共に揺れ動く。思わず一瞬意識を失う程だった。

しばらくはその耳鳴りが続き、それが晴れて意識が鮮明になると、三人は言葉を失った。

 

 

「な……、なに?」

 

 

絶句するまどか。

なぜなら先ほどまで自分は教室にいたはずなのに、今はもう全く違う場所にいるではないか。

この独特なサイケデリックな世界、まさにそれは魔女結界そのものだった。

 

 

「先生……?」

 

 

意識が戻ったまどかに飛び込んできた景色。

それは天井から先ほどのクラゲが大量に降ってきて、倒れている早乙女に群がっていく所だった。

まどかをはじめ、クラス全員がその光景をぼんやりと見ている。

まるで狐につままれた様に、これが幻想なのではないかと。

 

 

「ペッ!」

 

 

口の周りを血で汚した可愛いクラゲが何かを吐き出した。

それは砕けた早乙女のメガネ。食事を終えて散らばるクラゲと、数分前まで早乙女だった白骨。

 

 

「いやぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

誰かが叫んだ。

それを合図にして一勢にパニックになる生徒達。

いきなりクラゲのぬいぐるみが振ってきたと思えばそれが担任を食い殺した。

 

そんな馬鹿げた光景をこの目で見てしまったのだから仕方ない。

タチの悪いB級ホラーの様な展開に、生徒達はどうしていいか分からずに逃げ惑うだけ。

 

 

「な、なんだよコレッ!!」

 

「出してッ! 出してよォオオオオオ!!」

 

 

教室だった空間は、完全にロックされていた。

歪に変わった世界はグロテスクさを増して、生徒達の混乱と恐怖を加速させていく。

対して怯むまどかと、やっと耳鳴りから解放されたかずみとほむら。

 

素早く状況を理解して、クラゲ達を睨みつける。

間違いなく魔女。しかし現在クラゲ達は止まっており、攻撃を仕掛けてくる様子はない。

 

 

『はーい。じゃあお前らちょっと落ち着こうか』

 

「!」

 

 

突如鳴り響く放送。聞こえてきたのは少年の声だ。

 

 

『たった今、この学校を支配しました芝浦でーす』

 

 

この放送は全ての学年、全てのクラスに聞こえているらしい。

どうやら他のクラスでも、見せしめの意味を込めてまずは担任が犠牲になった様だ。

 

 

『まあ簡単に言うと、今からお前らには脱出ゲームをしてもらいます』

 

 

ルールは簡単です。

学校は今、悪い化け物によって恐怖のフィールドと化しました。

敵は結託して皆を餌にしようと企んでいます。当然獲物を逃がさない様に結界は複雑にしてあります。

 

今ココが果たして何階なのか、そもそも階層の概念はあるのか?

皆さんで考えてください。

 

まあ、とにかく。

皆は一刻も早くこの学校を脱出しなければ死んでしまいまーす。

どこかにあるだろう出口を目指してどうぞ頑張ってください。

ちなみに鍵だとか謎解きなんて面倒な仕掛けはないので、純粋に出口を目指すだけ。

 

 

『ただ、出口を目指すのが面倒な人の為に救済処置があります♪』

 

 

次に聞こえてきたのはあやせの声だ。

出口を目指すには様々な危険が伴います。そんな人の為に、特別ルールを設けました。

 

 

『それは誰でも良いからこの学校にいる生徒さんを殺す事♪』

 

「!」

 

 

まどかは放送の無いように耳を疑う。

 

 

『三人殺して、殺した人の生徒手帳を奪ってください☆』

 

『そしたら出してやるからさ』

 

 

じゃあそろそろ始めまーす。その言葉と共に教室の扉が勢い良く開いた。

同時に始まる芝浦のカウントダウン。見滝原中学校に通う誰しもが、訳の分からない放送を聴きながら、ただその時を待つだけだった。

 

 

『3……2……1――、0!』

 

 

その言葉と共にクラゲのぬいぐるみ――

ではなく、古代の海の魔女『Hungrige(フングリッヒ) Pumpe(プンペ)』は一勢に牙を向いて動き出す。

まどかのクラスメイト達を噛み殺すために。

 

 

「ぎゃァああああああああああああぁあああぁああああ!!」

 

 

生徒の悲鳴が学校中に響く中で、芝浦達の笑い声が放送からは聞こえていた。

既に誰も聞いていないかもしれないが、彼は見滝原中学校の生徒を使った殺人ゲームの開始を宣言する。その名も――

 

 

『じゃあ、マトリックスのスタートだ!』

 

 

ゲームスタート。

その言葉と共に、動き出したプンペ達。

彼女達は小さな身体ながらも、鋭い牙で生徒達を食い破ろうと跳躍していく。

 

同時にパニックになり散らばる生徒達。

誰しもが芝浦の言葉を妄信するしかない。

ここから出るには出口を見つけるか、他の生徒を殺すしかないのだと。

 

状況としては教室を飛び出していく生徒。恐怖で動けなくなる生徒。未だに何が起こっているのか分からない生徒と別れている。

まどかもまた、動かずに早乙女の死体をジッと見つめるだけだった。

早乙女は詢子《ははおや》と友人だった。もちろんまどかだって、よく話した事がある。

 

そんな早乙女先生があっという間に死んで、目の前で骨になっているなんて信じられるわけが無かった。

 

 

「まどか! 危ない!!」

 

「!」

 

 

目の前には牙、気がつけばプンペが自分の顔に噛み付く寸前だった。

しかしそこでプンペの体中に弾丸が撃ち込まれる。

吹き飛ぶ魔女と、まどかの前に立つほむら。

 

そこでやっとまどかは我に返った、

状況をくまなく理解。既にほむら、かずみは魔法少女として変身しており、プンペの群れと交戦中だった。

 

 

「もう、迷ってる暇は無いんだねッ」

 

「………」

 

 

一筋の涙を流して、まどかは手を斜めに突き上げた。

 

 

「へんしん!」

 

 

服が弾け飛び、同時に魔法少女の衣装に変わった。

まどかは、すぐに教室に残っているクラスメイト達全員に守護魔法をかける。

"ヘズディエル・ベール"、光の幕が生徒達を守るバリアとなった。

 

 

「う、うわああああああ!!」

 

 

しかし生徒達は自分に守護魔法がかけられた事に気づいていないものがほとんどだった。

教室に残っていたのは、身を低くして逃げ惑う中沢。

 

 

「くっ! 寄るな魔女め!!」

 

 

椅子を振り回して、プンペを追い払おうとしている下宮。

 

 

「………」

 

 

プンペの攻撃をひたすらに無言でかわしている上条。

 

 

「――っ」

 

 

そしてへたり込んでブルブルと震えている仁美だった。

教室にはプンペに首をかまれて即死した女生徒が転がっている。

それを見てしまい、仁美は腰を抜かしてしまったのだろう。

声にもならない悲鳴をあげて仁美は震えるだけだった。

 

 

「仁美ちゃん!」

 

「!!」

 

 

そんな仁美の前に立つまどか。

襲い掛かるプンペだが、守護魔法の前には成すすべなく攻撃が防がれていく。

だが問題はそこではない。仁美は、まどかが放った淡い光の結界をしっかりと目で見ている。

 

 

「まどか……ッ、さん?」

 

「ッ」

 

 

まどかは一瞬複雑そうに表情を曇らせるが、仁美の方へ振り向いた時には笑顔を浮かべていた。

もちろん、それは作られたものではあったのだが。

 

 

「今まで内緒にしててごめんね、仁美ちゃん」

 

「え?」

 

 

まどかは弓を出現させると、光の矢をプンペ達に命中させていく。

仁美は信じられないと言う表情でまどかを見た。

目の前にいる親友は、確実に人間には成せない技を使っている。

 

 

「わたしね、魔法が使えるんだ」

 

「ま、魔法――?」

 

 

その時教室が光に包まれる。

無限の魔弾を発動させたかずみ。マスケット銃から放たれる大量の弾丸が、プンペの群れを全て撃ち捉えていく。

 

 

「みんな! 逃げよう!!」

 

 

叫ぶかずみ。

既に多くの生徒達が教室を抜け出している。

それはこのクラスだけに言えた事では無いだろう。

とにかくココを出ることが先決だ。ほむらは頷いて、まどかとアイコンタクトを取った。

 

 

「はやく!」

 

 

上条たちを逃がすように促がす。

言われるがまま、一同は教室の外に出ていくのだが――

 

 

「なっ!」

 

「嘘……」

 

 

そこにあった景色は、もはや自分達の知っている見滝原中学校などではない。

学校を侵食した魔女結界。廊下はますますサイコなデザインを強調しており、生徒達は溢れる使い魔に襲われているじゃないか。

 

逃げ惑う生徒達。

既に事切れている者も少なくは無い。

それだけでなく、返り血を浴びている生徒手帳を持った者の姿も見えた。

 

 

「まさかアイツ……ッ!」

 

 

中沢は先ほどの放送を思い出してゾッとする。

出口を見つける以外にも、生徒を殺して生徒手帳を三つ集めればココから出してもらえると言われた。

 

だとすればあの生徒はそれを実行したと言う事なのだろう。

死体は使い魔が食い散らかし、処理を行う。

それが連鎖の引き金になる。

 

 

「皆止めてッッ!!」

 

「それだけは駄目だよ!!」

 

 

かずみやまどかが叫ぶが、狂った歯車は急激に加速していくのみ。

パニック状態も合わさってか、生徒たちで殺し合いを始めようとする者がチラホラと現れる。

すぐにその生徒を気絶させに走るほむらだが、周りには無数の使い魔が。

つまり凶行に走る生徒を気絶させても、その場に放置しておけば使い魔に食われる運命なのだ。

 

 

(厄介な――ッ!)

 

 

舌打ちを放つほむら。

まさか敵が本格的に一般人を巻き込んでくるとは思わなかった。

 

 

(どういう仕掛けを使ったのかは知らないけど、耳鳴りが多重に鳴っていたと言う事は、一勢に魔女が出現したと言う事ね……)

 

 

だとしたら学校を丸ごと魔女結界に変えて、全校生徒を引きずり込む強大さも納得がいく。

よく見てみれば、生徒達を襲っている使い魔の種類もバラバラだ。

以前シャルロッテの結界に、コールサインプロローグが結界を構築していた事があったが。今回もそのパターンと見て間違いない。

 

プンペ以外にも大量に魔女が潜んでいると言う事だ。

おまけに芝浦の態度を考えるに、彼らは魔女に攻撃される心配が無い?

カラクリは分からないが、ほむらにとって非常に厄介な状況である事は間違いなかった。

 

 

(手塚、聞こえる?)『ユニオン』『トークベント』

 

 

自分達だけでは事態を変える事は不可能。

ほむらはそう判断し、騎士側に助けを求めた。

 

 

『なんだ?』

 

「よかった。実は――」

 

 

手塚はほむらから事情を聞くと、適当な理由をつけて教室を飛び出していく。

 

 

『迂闊だったなッ、予想はできたが――ッ!』

 

『ええ。でもまさか、本当にこんな堂々と行動に出るなんて……』

 

 

既に見滝原中学校は外界から隔離されている状況になっていた。

手塚は適当に人を見つけて話しかけてみたが、返って来た言葉はどれも同じだった。

 

 

「見滝原中学校? 何ソレ」

 

 

取り合えずジュゥべえを呼んでみる。

来るかどうかは賭けだったが、意外にも彼はすんなりと現れて状況を説明してくれた。

あくまでも簡易的な物だったが、今回の件は妖精サイドにとっても予想外だったらしい。

 

 

『今何が起きているかくらいは説明してやるよ。しかしまあ、面白い事をしたな。向こうも』

 

「敵は見滝原中学校に何をしたんだ!?」

 

 

階段をジャンプで飛び降りていく手塚。その肩に乗ってジュゥべえは説明を行っていく。

 

 

『敵が行ったのは学校中にグリーフシードを散りばめて、一勢にそれを孵化させたんだ』

 

 

生まれた魔女は互いの結界を合成させて、強大な一つの結界を作り上げた。

 

 

『その存在はあまりにも強く、外界から中学校の認識を消させる程さ』

 

「現在認識できるのはゲーム参加者だけと言う事か」

 

『その通りだ。魔法少女は魔女の力に抵抗できる。騎士もユニオンの関係上、その力の中に魔法少女と同質のエネルギーがわずかに流れている。だからこそ魔女結界を認識できるのさ』

 

 

つまり現在、警察に連絡をしても無駄と言うわけだ。

ネットも繋がらないし、中は圏外扱いになるから携帯で助けを求めることはできない。

ましてや、警察にはどうする事もできないだろうが。

 

 

『まあ他の奴も結界がはれた時点で再認識を行うだろうけどな』

 

「しかしグリーフシードはいきなり孵る訳では無い!」

 

 

確実にその過程で耳鳴りが起こり誰かが気づくはずでは?

ほむらが事前に対処できなかったのなら、対処する時間が無いほど急速だったと?

 

 

『その理由については、後日オイラか先輩を見つけるこった』

 

「……チッ」

 

 

手塚の舌打ちと共に消滅するジュゥべえ。手塚は校門を飛び出してデッキを構える。

今からエビルダイバーに乗っていけば三分と掛からずに中学校へ飛んでいく事ができるだろう。

 

 

(……いや)

 

 

向こうでは何が起こるか分からない。

エビルダイバーにもスタミナと言うものがある。

ここで無闇に露出させるよりは、温存させておいたほうがいいか?

近くのスーパーにバイクは停めてある。向こうにはほむらもいるし。

 

 

「キミ、もしかしたら見滝原中学校に行くんじゃないかな?」

 

「!?」

 

 

そんな声が聞こえてきて、手塚は後ろを振り向く。

そこに立っていたのは東條悟だった。

 

 

「お前――ッ」

 

 

いつの間にか手塚の背後に立っていた。

気になるのは今言った、『見滝原中学校』と言う単語だ。

この世界から切り離されたその名を知るのは、ゲーム参加者以外には有り得ない。

 

 

(コイツやっぱり――ッ)

 

 

以前占いで、東條に騎士の影が出ていた事があった。

やはり占いは間違っていなかったわけだ。しかしどうする? ココではいそうですと言ってしまえば面倒な事になるかもしれない。

東條が敵であるケースも十分考えられる話だ。手塚は結局うやむやにする事に。

 

 

「いや、俺はただ具合が悪いから帰るだけだ」

 

「……ほら、おかしいよソレ」

 

「?」

 

「みんな見滝原中学校って何? って聞くのに、キミはそうじゃない」

 

「!」

 

 

意外と鋭い様だ。手塚は痛いところを突かれてしまう。

 

 

「早くしないと大変な事になるよ。キミ、助けに行くんでしょ?」

 

「………」

 

 

手塚は言い訳を諦めてデッキを取り出してみせる。

どうせいずれは出会う事になっていた相手だ。それが遅いか今かだけの話だろう。

しかしまだ東條を信用する訳ではない。

 

 

「お前が俺の敵になる可能性が無いとは言えない」

 

「僕は……、戦わないよ。僕は英雄になりたいだけなんだ」

 

「何?」

 

 

東條はデッキを取り出すと、それを苦しそうに見つめる。

ゲームの事はもちろん知っていた。しかし戦う気など無いと、殺し合いなどする気は無いと、必死に説いた。

手塚はしばらく考えたが、こうしている間にもほむら達が危険な目に合っている。

迷っている暇はないのだ。

 

 

「だったら一緒に行くか」

 

「え、いいの?」

 

 

疑っていてはゲームを止める事など不可能か。

手塚は東條の言っている事を信じる事に。

 

 

「俺は戦いを止めたい。そして犠牲者を出すことも望まない」

 

「僕もだよ……。英雄は、皆を救う物だから」

 

「分かった。俺は手塚、ライアだ」

 

「東條、騎士の名前はタイガ」

 

 

二人は頷くと、中学校を目指す。

 

 

 



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第29話 ユウリ様参上 上参様リウユ 話92第

学校とデスゲームってベタだけどいいよね(´・ω・)

みんなも『突如授業中に異変が起こってクラスメイトがざわつく中、不適な笑みを浮かべる』練習はしておけよ


 

 

「ッッ!!」

 

 

真司は目を開けると、しばらく呆けていたが、状況を思い出して慌てて飛び起きる。

ガイとあやせに負けた所までは覚えていた。

 

 

「それから……、どうなったんだっけ?」

 

 

頭をかいて周りを見る。

カフェの倉庫で魔女結界に突入したのだから倉庫にいる筈だ。

しかし周りは普通の部屋。特に目立ったものが無いシンプルな内装は、見覚えがあった。

 

 

「気がついたか」

 

「!」

 

 

扉を開けて入ってきたのは蓮。

そうだ、ここは蓮の部屋じゃないか。真司は飛び起きると、状況の説明を求めた。

 

 

「ああ、それは――」

 

 

蓮が言うには、あのカフェは立花の友人が経営している場所であり、アトリとも付き合いがあった場所だと言う。

蓮とも顔見知りだったため、友人である真司の姿も覚えていたようだ。

 

 

「お前が倉庫で倒れてるって電話があってな。引き取るコッチの身にもなれ」

 

「お、おお。悪かったな」

 

 

ため息をつく蓮。

 

 

「それで、何であそこにいた? 腹でも減ってたのか?」

 

「んな訳あるか! 襲われたんだよ参加者に!」

 

 

そこで真司と連の携帯電話が同時に音を立てる。

確認するとそこには手塚の名前が。どうやら同時送信のメールらしい。

"何か"ある時のために、蓮も渋々アドレスを交換しておいたらしい。

 

 

「どうやら、その"何か"が起こったようだな」

 

「え……?」

 

 

二人はすぐに内容を確認する。

そこに書いてあったのは、見滝原中学校がゲーム参加者によって魔女の要塞に変えられてしまったと言う事。かなり深刻な事態らしく、既に死人も出ているとか。

 

 

「た、大変だ!!」

 

「成る程。まさかこんな大胆な方法で一般人を巻き込んでくるとはな」

 

「今すぐ行かないと!」

 

 

真司は飛び起きてスクーターの鍵を探す。

同時に仕度を始める蓮、どうやら一緒に現場に向かう様だ。

 

 

「ちょうどいい、ナイトの力を試すか」

 

「おい! そんな言い方すんなよ!」

 

「安心しろ、俺も今回はお前らと戦おうとは思ってない」

 

 

ただ、蓮は鋭い目で見滝原中学校がある場所を睨む。

 

 

「調子に乗ってる奴には、おしおきが必要みたいだな」

 

「………」

 

 

蓮が何を考えているかはともかく。

関係ない人を巻き込む参加者には、真司としても強い怒りを覚えた。

しかしこれは、ゲームを止められない自分にも責任があるとも思う。

 

 

「と、とにかく一刻も早く学校に行って止めないと!」

 

「怪我はもういいのか?」

 

「こんなの全然平気だって」

 

 

真司はデッキを強く握り締め、蓮と共に学校を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

そしてこの事態に気づいたのは真司達だけではない。

同じくして織莉子邸では織莉子とキリカが出発の準備を行う。

リュックサックにいっぱい荷物を詰め込んでいるキリカ、どうやら趣旨を完全に履き違えている様だ。

 

 

「織莉子~! おやつは何円までなのだろーか? バナナっておやつに入る?」

 

「キリカったら……」

 

 

織莉子は苦笑しながらも魔法少女の姿に変身。無数のオラクルの出現させて言葉を吹き込む。

彼女の魔法の一つである『レガーロ・オラクル』はメッセージをオラクルに記憶させて対象者に送る事ができる魔法だ。

 

どんな長文でも念じれば一瞬で記憶させる事ができる事に加え、指定した相手以外は言葉を聞く事ができないようにする事もできる。

つまり情報伝達に優れた魔法と言うわけだ。

織莉子はメッセージを入れたオラクルを佐野に向けて飛ばし、自分達は学校を目指すことに。

 

 

「!」

 

 

オラクルのスピードは速く、佐野の元にたどり着くのに時間はそうかからなかった。

今日も今日とて佐野についている百合絵。二人はどうやらデート中だった様だが――

 

 

「佐野さん?」

 

(マジかよ……!)

 

 

オラクルを手にした瞬間、佐野の脳に織莉子のメッセージが届く。

内容は芝浦淳と双樹あやせと言う参加者が学校を魔女の要塞に変えたと言う事。

そこで行われる殺人ゲーム、佐野はそれらの情報を一気に叩き込まれた。

 

 

「百合絵さん、ごめんっ!」

 

「え?」

 

「ちょーっと急用ができちゃって……! ま、また今度ね!」

 

「あ!」

 

 

仕方ない、お仕事だ。佐野は百合絵を振り切るようにして走り去る。

その背中を見つめる百合絵、悲しげに歯を食いしばって――、同時に決意のまなざしを向けた。

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、嘘でしょ?」

 

 

魔女の結界に覆われた学校。

一般人から見れば学校と言う認識が消え、誰もが見滝原中学校など存在しなかったと言う記憶を刷り込まれる。

しかしゲーム参加者はそうでない。

 

 

「何よ、あれ」

 

 

北岡は車を道の脇に止めて外に出る。

たまたま見滝原中学校が見える場所を通りかかってみれば、そこにはもう見滝原中学校ではない物が建設されていた。

魔女結界に覆われた学校は、禍々しい城のようになっている。

魔女の巣窟としては合格点な建造物であろうが、北岡から見ればそれは悪趣味の一言につきる。

 

一体何が起こっているのか、北岡はジュゥべえを呼んでみる。

すると手塚同様、説明を行いにやって来るジュゥべえ。

 

 

『こういったイレギュラーが起きた場合は、ある程度執行者の邪魔にならない程度に説明をするぜ!』

 

 

魔法少女サイドでは同じくキュゥべえが説明を行っているところだろう。

北岡は事態を把握すると、ため息をついて車に戻る。

 

 

『ありゃ、放っておくのか?』

 

「当たり前でしょ。あんなの罠って言ってる様なもんだ」

 

『でも、あそこには美樹さやかの友達がいっぱいいるぜ?』

 

「だから? それ、俺と何の関係があるんだよ」

 

『お前、性格悪いな』

 

「どこが? リスク管理は人間の基本だろ」

 

 

北岡が笑うと、ジュゥべえは確かにと笑い返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『しかし驚いたよ、まさかグリーフシードをこんな風に使うなんてね』

 

「でしょ? 淳くんは天才なんだもーん♪」

 

 

校長室。

放送室と融合させたこの空間で、芝浦達は生徒の殺し合いをじっくりと堪能していた。

椅子にドッカリと偉そうに座る芝浦と、彼を後ろから抱きしめる様にしてモニターを見つめるあやせ。

立ち寄ったキュゥべえは、二人の発想に賞賛の言葉を述べていた。

 

 

「別に。魔女結界を同時に展開させるなんて、誰でも思いつく事でしょ。やろうとしないだけで」

 

『行う必要がないからね』

 

「おれには必要だった。見ろよ、また食い殺されてら。ははッ、グチャグチャだ」

 

「見て見て淳くぅん、また殺した人がいるよ☆」

 

 

声のトーンは冷めた様子だが、芝浦もあやせもその表情は本当に楽しそうである。

嬉々とした二人の雰囲気は、好きな玩具で遊ぶ子供と変わらない。

問題はその玩具が『他人の命』と言う事なのだが、二人には気にする素振りなど欠片とて無かった。

 

 

『ちなみに、本当に出口はあるのかい?』

 

「あたりまえじゃん。無かったらゲームにならないでしょ」

 

 

その辺りのフェアな精神も持ち合わせている様だ。

と言うよりも、芝浦は本当にゲーム感覚で楽しんでいるだけにしか過ぎない。

彼は大量虐殺がしたいだけではなく、生き残る方法がちゃんと存在するゲームを楽しんでいるのだ。

 

 

「面白いのはね、他人を殺したほうが生き残る確立が低いって事!」

 

『?』

 

 

あやせが嬉しそうに語る。

はてと首を傾げるキュゥべえ、三人殺した方が明らかに効率が言い様に思えるが?

 

 

「まあ、見てろって」

 

 

芝浦はモニタの一つを指差した。

そこに映っていたのは丁度今言った、生徒手帳を殺して奪った人物だ。

既に三つを手に入れたらしく、ココから出してくれと狂った様に叫んでいる。

 

 

「こっちの条件を満たした奴はさ、こうなるんだ」

 

 

光が迸り、その生徒を包み込んで消滅させる。

学校内の生徒達からしてみれば、学校から出られたのだと思っているのだろう。

しかし本当は違う。光に包まれた生徒は、最後のゲームを受けなければならないのだ。

 

 

「ルールは簡単、扉が二つある」

 

 

転送された生徒は、文字通り扉が二つある部屋に送られる。

そこからどちらかの扉を選んで先に進まなければならないのだ。その生徒は考えた末に、右の扉を選んだ。

 

 

「おお、正解!」

 

『なるほど、これで出られるんだね』

 

「ううん。人を殺しておいてそう簡単には出られないよ♪」

 

 

扉の向こうにはまた扉、今度は三つの扉が存在していた。

生徒は出られるものとばかり思い込んでいたために、発狂して再び右の扉を開く。

 

 

「ああ、残念」

 

『なるほど』

 

 

間違った扉を開けた場合、その向こうに待っているのはカエルの魔女『Gabriella(ガブリエラ)』だ。

非常にファンシーで、愛らしいデフォルメされたカエル。

そんなガブリエラが、大きな口を開けて待っててくれる。

 

 

『あ、食べられた』

 

「要するに生徒を殺して出ようと思った連中は、運試しにもクリアしないといけないのさ」

 

 

ちなみに運試しは計3回あり、次の扉の数は10個だと言う。

その中にある一つを選べた者が、外に出る事を許されるのだ。

 

 

「人を殺して出ようなんてさ、相当な悪党だよ」

 

「こうなって当然だね♪」

 

『………』

 

 

面白いだろ? 芝浦はキュゥべえに笑いかける。

対して冷めた様に首を振るキュゥべえ、面白いと言う感情は理解できない。

データを集めたいという興味深い思いはあるけれど。

 

 

『それに、面白いのかな? 世間的には悪趣味と言うんじゃないかい』

 

「むっ! 酷いなぁ」

 

 

あやせは頬を膨らませてキュゥべえを睨みつける。

 

 

『あくまでも人間が作った常識の範囲の事を言ったまでだよ』

 

 

キュゥべえは涼しい顔を浮かべている。

 

 

『それにしてもキミたちは命の尊さを日頃訴えている割には、命を軽視する行動しかとらないね』

 

「あんなのただの戯言だよ、馬鹿しか釣れないって。人間みんな平等とか言ってる馬鹿の気が知れないね」

 

 

芝浦はそう言ってモニタに写る死体を楽しそうに見ていた。

 

 

「人間ってのはさ、選ばれた奴とそうでない奴の二種類しかいないの」

 

『へぇ』

 

「で、おれは選ばれた側」

 

 

芝浦はニヤニヤと自分を指し示してみせる。

 

 

「そうじゃないゴミはさ、おれの玩具になるのがお似合いなんだよね」

 

『人間っていうのは、固体によって考え方が大きく違うものなんだね』

 

「それは違う。確かに人間を構成する思考は、一人一人が違うものかもしれないけど、根本は皆同じなんだ」

 

 

同時に大きく吹き出す芝浦。

使い魔を通して見ている映像が校長室には映し出されているのだが、何か面白い物を見つけたようだ。

 

 

「あははは! ほら、コイツ見てみろよ!!」

 

『?』

 

 

キュゥべえが見ると、そこには何か箱の様な物を武器にして生徒手帳を集めようとする女生徒の姿が見えた。

箱とはいえど角で思い切り殴りつけている様で、既に二人の人間を殺している。

 

つまり他人を犠牲にして生き残る方を選んだのだろうが、それだけならば別に笑うほどでは無い筈だ。キュゥべえは芝浦が大笑いする理由が未だ分からなかった。

 

 

「違うって、コイツ! ははは! コイツの持ってる箱だよ!」

 

『箱? ああ、そういう事かい』

 

 

女生徒が持っていた箱は、なんと"募金箱"である。

見滝原中学校に存在するクラブの一つであるボランティア部、彼女はその部長だった。

人を助ける為の箱で人を殺している。こんな滑稽な事はないと芝浦は腹を抱えて笑う。

 

 

「いっつも玄関で募金してくれとか気持ち悪い奴だったけど、結局他人に認められたかっただけでしょ」

 

 

本気で人を救う気なんて無かった、それがこの結果だと彼は言う。

 

 

「おれ大っ嫌いなんだよね、良い人ぶってる奴って」

 

 

次に芝浦が指差すのは、同じく他人を殺して生き残ろうとしている人物だった。

何とソレは相談室の先生である。人の悩みを理解してくれるなんて評判だったが、結局一番可愛いのは自分だったと。

 

 

「ウザイ奴ばっかだよ。要は良い事してる自分に酔ってるだけじゃん」

 

 

見返りが欲しくて偽善者ぶってるだけ。

相談者だとか、募金を送る相手を見下して自分は上の立場だと優越感に浸っているだけ。

そう言う人間の本性が露出されるのが、このマトリックスと言うゲームだと芝浦は笑う。

 

 

「んで、コッチを見てみな」

 

『?』

 

 

キュゥべえが視線を移すと、そこには見た目が派手な生徒が。

俗に言う不良と言う者だろう。普段から他人を見下している連中、しかし今は使い魔の恐怖に震えて情けない姿を晒している。

それを見て楽しそうに笑う芝浦とあやせ、一見自分は強いと、選ばれた者だと思っている馬鹿。

 

 

「でもそうじゃない、雑魚は何をしても――」

 

 

モニタに写る不良が使い魔に食い殺されていく。

ますます笑顔になる芝浦、本当に楽しそうだった。

 

 

「雑魚なんだよなぁ! あははは!!」

 

「ふふっ! あはは☆」

 

 

そこで芝浦は先ほどの言葉を繰り返す。

人間なんてだいたいが同じような物、そして自分達はそうじゃない。

 

 

「選ばれた存在って事」

 

『極端にも思えるけどね』

 

「んー?」

 

『人は恐怖でパニックになれば冷静さを失い、本来の自分ではない自分となってしまう。それならば生きたいと思う心が先行してしまい、愚行に出てしまうケースもある』

 

 

要するにキュゥべえは、生徒等の行動は芝浦によって強制的に引き出されたモノ。

これを本質と言うには少し違うのではないか?

しかし芝浦はそれをも否定する。

 

 

「要はこんな状況になったとしても善意を貫く奴が少なすぎる。結局人間なんて皆汚い思考を持ったゴミなわけ」

 

『じゃあ、キミ達がもし彼らと同じ状況になったらどうするんだい?』

 

「ならないんだよ。選ばれた奴はさ」

 

『ふーん。ボクには違いが分からないけどなぁ』

 

「は?」

 

 

芝浦はキュゥべえを見る。

そこには相変わらず無表情の彼が。

 

 

『ボクが【選ばれた者】として考えると、キミ達は【そうじゃない側】に思えるよ』

 

「………」

 

『まあいいや、頑張ってね』

 

 

そう言ってキュゥべえは二人の前から姿を消す。

 

 

「食えない奴だな。あの白いの」

 

「ほんとにね。なぁに考えてるのかサッパリ」

 

 

芝浦達は少し不満げに表情を歪ませるが、再びモニタに視線を移すとまた楽しそうに笑い始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ッ! ハァっ!」

 

 

一方のほむら。一旦まどか達から離れて、ひたすらに出口を探していた。

まどか達は安全な場所にいるため、逆を言えば出口からは遠い筈。

 

 

『使い魔が多くて、かつ分かりやすい場所に出口はある』

 

 

と、先ほど芝浦から放送が入った。

だからこそほむらは必死に出口を探していたのだが、見える景色は凄惨な物だった。

 

 

(まさに地獄絵図ね)

 

 

殺しあう生徒達、逃げ惑う生徒達、既に死者は100を越えているだろうか。

なるべく使い魔を倒そうとは考えているが、元の魔女を倒さなければ話にならない。すぐに新しいのが出てきて終わりだ。

 

 

『聞こえるか暁美? そっちはどうだ』

 

『ええ、最悪だわ』

 

 

見つからない出口に、増える犠牲者。状況は悪くなる一方だった。

それを聞いて手塚はしばらく沈黙する。

 

 

『こういった場合は、最悪、結界を構築した者を倒す事を考慮しておいたほうがいいかもしれない』

 

『つまり芝浦を倒す事も考えておいたほうがいいと言う事ね』

 

『ああ、だが一番は出口を見つける事だ』

 

 

芝浦が学校内の様子を確認しているならば、当然ライアペアの様なゲーム参加者がいると言う事は知っているはず。

ましてや外部からさらに参加者がやって来る可能性だって十分に考えられえる。

 

 

『そうなると芝浦達も己の身を守るため、魔女を自分の周りに集中させるかもしれない』

 

『………』

 

 

ほむらは疑問に思う。

芝浦が何らかの形で魔女を使役しているようだが、一体どれだけの数なのかは見当もつかない。

ましてや、そもそも魔女を操ることができるとは驚きだった。

そんな事を考えながら辺りを探るほむら。すると誰の大声が聞こえてくる。

 

 

「出口があったぞぉおッッ!!」

 

「!!」

 

 

声がした方向に生徒達が雪崩のように押しかけていく。

そのあまりの勢いに、ほむらは思わず気圧される。

廊下は普段の学校より広くなっているが、我を忘れている生徒達で押し合いとなっている。

倒れる者、踏まれる者、踏んでいく者。

 

 

「落ち着いて! まだ出口と決まった訳じゃ――」

 

 

ほむらは叫ぶが、悲鳴と使い魔達の笑い声がその音をかき消してしまう。

 

 

「出口……」

 

 

本当ならば一刻も早く脱出したい所である。

ほむらは舌打ち混じりに『魔法』を使い、まどか達の所へ戻ることに。

途中、助けを求めていそうな生徒や、血まみれの生徒がいたが全て無視した。

若干の罪悪感を感じたが、ソコはしっかりと割り切る事に。

 

自分は人助けをしたくて魔法少女になった訳ではない。

そう心に言い聞かせて、ほむらは走る。

 

 

「ほむらちゃん!」

 

「ほむら! 出口があったって!!」

 

 

既にまどか、かずみも、その情報を聞いていた。合流した一同は、これからの事を考える。

 

 

「みんなを避難させる方がいいと思う……!」

 

 

まどかは、廊下の隅でうずくまる仁美達を見る。

こうしている間にも逃げている生徒達がいるのだ。使い魔を倒しつつ、出口を目指すのがいいと。

 

 

「待って。向こうがこのまま簡単に私達を逃がすと思う?」

 

「それは……」

 

 

ほむらはそれが気になっていた。

芝浦は自分達をゲームの駒としか見ていない。

つまり通常の考えを持った人間ではないのだ。そんな人間が魔法少女たちを逃がすだろうか?

それはない。だからこそ、他の生徒と一緒に出口に行けば、それこそ周りが危険に晒される可能性はあった。

 

 

「わたし、芝浦を止めるよ」

 

「かずみちゃん!?」

 

 

かずみは十字架を握り締める。

 

 

「ココでもしみわたし達が逃げたとして、魔女の城はこのままだし、残された生徒もいる」

 

 

それは結局問題を引き伸ばしただけで何も解決はしてない。

むしろ放置された芝浦は、また同じような事を仕掛けてくるかもしれない。

 

 

「だとしたら戦えるわたしが止めないと!」

 

 

確かにと、ほむらも頷いた。

 

 

「まどかとほむらは皆を逃がして!」

 

「あ、危ないよ一人なんて!」

 

「大丈夫、もうすぐ騎士の皆も来てくれるでしょ!」

 

 

それに結構わたし強いから。

そう言ってエッヘンと笑うかずみだが、まどかとしては了承できない提案である。

いくらかずみが強いからとは言え相手が悪すぎる。どこかにいるだろうサキや美穂と合流できればまだしも。

 

一方で、そんなまどか達の話し合いを、中沢と下宮はしっかりと見ていた。

 

 

「お、俺は……、夢を見てるんだろうか?」

 

「彼女達はッ、一体何者なんだ?」

 

 

隣では同じく言葉を失っている仁美がいる。

親友だと思っていたまどかに、全く知らない一面があった。

その部分に戸惑いがあるのだろう。

 

 

「………」

 

 

そして上条恭介。腕を組んで周りの生徒達を見ている。

ふと、話し合いを行うまどか達を見て、少しだけ唇を吊り上げた。

 

 

(やはり、彼女達は魔法少女だったって訳か)

 

 

見たところゲームに乗っている様子は無い。

上条としても、さやかを絶望させた原因とは思えなかった。

 

 

(そもそも彼女達はさやかの友人だった。いや待て、だとしたら彼女が絶望に染まっていくのを何の対処もせずに見ていたと――?)

 

 

それは良くない。

苦しむさやかを見捨てたと言う事ならば、殺してやりたい気持ちはあった。

しかし上条とてまどかの性格はよく知っている。

よく言えば優しい。悪く言えば愚直で弱弱しい。とにかくまどかがさやかを陥れたり、見捨てたりするとは思えないのだ。

 

 

(暁美ほむら。それに立花かずみ、か)

 

 

転校生二人は全く素性が分からないが、鹿目まどかの友人である以上、やはりさやかが魔女になった原因とは考えにくい。

それが上条の考えだった。

 

 

(とはいえ――)

 

 

まどか、かずみ、ほむら。この中に絶望の魔法少女と呼ばれる者がいてもおかしくはない。

織莉子から聞いた話だが、魔女になってしまえば元がどんな人間だろうと絶望を振りまく存在になる。

 

優しい性格だとしても、魔女になれば殺戮を繰り返すキラーモンスターになると言うわけだ。

ある程度は『性質』によって行動方針が決まるらしいが、人間である以上、どんな者にだって心に闇はある筈。

 

 

(まあ、その判断は織莉子に任せようか……)

 

 

そうしている内に、まどか達三人は答えを出したらしい。

とりあえずは先ほど通り、かずみが芝浦を倒すために上層に向かう。まどかとほむらが仁美達を保護して、出口を目指すと言う事に落ち着いた。

仁美達を逃がした後で、かずみに合流すると言う約束で、まどかも渋々納得した様だった。

 

 

「じゃあ気をつけてね、かずみちゃん……!」

 

「うん、そっちもね」

 

 

そう言ってかずみは黒いマントを翻して走り去る。

さあ、そうと決まればモタモタはしていられない。

ほむらは銃を構え、校内の様子を確認。そして中沢達に立ち上がるよう促した。

 

 

「行きましょう。ココを出るわよ」

 

「あ、ああ」

 

「仁美ちゃんも、はい!」

 

 

まどかは仁美の手を持つと、ニッコリと微笑んでみせる。

もちろんそれは作り笑いだ。まどかだってこの凄惨な状況に怯えているのだが、力を持つ自分がパニックになれば仁美達はより怖いはずだ。

だから無理やりに笑顔を貼り付け、元気を装う。

 

 

「行こう。仁美ちゃん」

 

「まどかさん……ッ、そ、そのお姿はなんですの?」

 

「っ、ごめん。今は話せないんだ」

 

 

仁美はそれを聞くと、不安そうな表情を浮かべながらもまどかの手をしっかりと握った。

しかしタイミング悪くプンペの群れが襲来。牙を向けてまどか達を標的とする。

 

 

「しつこいわね……」

 

 

一瞬の沈黙。

気がつけば、追ってきたプンペ達の眉間に一発ずつ銃弾が打ち込まれていた。

いつの間に? そう、これは暁美ほむらの魔法、『時間操作』の賜物だった。

 

ほむらは文字通り時間を操る魔法少女なのだ。

盾にある砂時計のギミックを起動させると、それは発動される。

主に使用するのは、時を『停止』させる事。ほむら以外の時間が止まり、魔女も人も魔法少女も皆ピクリとも動かなくなる。

 

この時間停止中にほむらは銃弾をプンペに向けて撃っていたのだ。

停止中は『ほむらが触れているものは動く』ので、銃弾は発射されて、少しだけ進んだところで停止する。

 

魔女の群れに銃弾を撃ち、そして時間停止を解除する。

すると一勢に弾丸は動き出し、プンペの眉間を貫いたのだ。

時間が止まっていたまどか達にとっては、一瞬で魔女の眉間に穴が開いたように見えただろう。プンペ達はそのまま、風船がしぼむ様にして倒れていく。

 

 

「さあ今のうちに――」

 

 

走り出す一同、しかし同時に倒れたプンペ達が一勢に動き始める。

魔女達は腕に空気を吹き込み、頭を風船のように膨れ上がらせた。

一瞬で元の状態に戻るプンペ。ほむらは舌打ちを行い、再び魔法を発動させる。

 

動きが止まった隙に盾から武器を取り出すのだが、次はハンドガンではなくマシンガン。

無数の銃弾はプンペの原型を留めない程の威力を見せた。

 

 

「!」

 

 

液状となり消し飛ぶプンペ達。

終わったかと息をつくが、何と液体となったプンペ達は一つに混ざり合い巨大なシルエットを形成していく。

 

新しく姿を見せたのは無数のプンペが一つになった巨大な魔女だった。

第二形態――、いや、コレが魔女の真の姿である。

 

(くっ! 銃が効かない……ッ?)

 

 

だったら爆弾ならどうだ?

ほむらは盾の中に手を入れて爆弾を掴むが、すぐに否定する。

爆弾は威力こそあれど、周りを確実に巻き込んでしまう。

 

例えばまどかのスターライトアローや、かずみのリーミティエステールニなどは、彼女達自身の魔法技である為に、他人を巻き込まない様に威力を『設定』する事ができる。

しかしほむらは既存の武器を魔力で強化しているだけ。手加減こそできるが、どれだけ魔力を下げても元の殺傷能力に戻るだけだ。

 

 

「くっ!」

 

 

今は逃げるしかない。

ほむら達は、全速力で出口の方向を目指す事に。

途中、何度も銃弾を撃ち込んでいく為にプンペの動きは大きく鈍る。

倒すことこそはできなかったが、足止めには十分だった。

 

そのうちに見えてくるのは巨大な門。

どうやらあれが出口と言う事か?

やけに分かりやすい場所に用意してある事に違和感を感じる。

 

 

「なんだよアレ……!」

 

「嘘――ッ」

 

 

ほむらや下宮は何となく分かっていたが、入り口と呼ばれる場所には既に別の魔女の姿があった。

キリンの魔女『Karin(カーリン)』、スカートを履いた少女の下半身に、上半身は文字通りキリンの首の魔女だ。

適当なデザインにも思えるが、逆にそれが異常性を引き立たせている。

 

不気味なコラージュ。

さらに巨大な姿がより恐怖を増加させていく。

カーリンは長い首を振り回して、出口を目指す生徒達を弾き飛ばし、倒れた所を次々に捕食していく。

長い首を振り子の様に動かして人を食らう魔女、最悪な程にグロテスクで悪趣味だった。

 

 

『ははは! ほらほらどうした? 早く魔女から逃げないと死んじゃうよー!』

 

『頑張ってねー☆』

 

 

生徒の悲鳴をバックに、楽しげな放送が聞こえてくる。

歯を食いしばるほむら。何て最低な連中なんだ。

あんなのが自分と同じゲーム参加者だなんて吐き気がする。

今までいろいろな魔女と戦ってきたが、それ以上の殺意を人に抱くなんて。

 

 

「なんだよ魔女って? 訳分かんないよ!!」

 

 

中沢は目に涙を浮かべてカーリンを見る。

すぐに目に映る生徒達に結界を施すまどか。

ほむらもバズーカーでカーリンの頭部を射撃し、大きく怯ませた。

 

効果はある様だが、生徒達が周りにいるため連射はできない。

もしも一発でも外してしまえば生徒に直撃するからだ。

 

 

「暁美さん! 鹿目さん!」

 

「!」「!」

 

 

下宮が後ろを見ながら叫ぶ。

迫ってくるのはプンペ。このままなら魔女に挟まれる事になってしまう。

誰もがそれを理解し、ますますパニックになる出口前。

 

 

「ほむら……ッ、ちゃん――ッッ!」

 

 

展開する結界が多ければ多いほどに、まどかの負担も大きくなる。

ほむらも本気を出したいが、生徒達が多ければ多いほどに動きは制限されてしまう。

そして何より気になるのはあの扉。アレは本当に出口なのか?

 

 

「うわぁあああああああああああ!!」

 

「「!?」」

 

 

そして、その時だった。

ガラスが砕ける音。プンペの頭上から降り注ぐ大量のガラス破片。

ほむらが上を向くとステンドグラスの一つが粉々に砕けている。

その向こうに見えたのは空、しかし青ではなく有り得ない紫色だったが。

 

 

「空?」

 

 

ここは一階のはず、学校は三階建てだから――

 

 

「!?」

 

 

何故空が見える?

もしかしたら結界が融合した際に空間さえも捻じ曲げられてしまったのか。

そして空から降ってきたのは――

 

 

「真司さん! 蓮さん!」

 

「おい蓮! もっと優しくおろせよ!!」

 

 

地面に落とされた龍騎と、ゆっくりと翼を広げて降りてくるナイト。

龍騎は尻を打ったのか、悶えている。

そうこうしている間に魔女達は、二人に狙いを定めていたが――。

ナイトは既にカードを発動していた。

 

 

『ナスティベント』

 

 

ダークウイングが辺りを飛び回り、超音波攻撃ソニックブレイカーを発動。

生徒達やまどか達には影響は無いが、魔女達は悲鳴を上げてのた打ち回る。

その隙にナイトは龍騎を引き起こす。

 

 

「俺はあの悪趣味なキリンを倒す」

 

「お、おしッ! じゃあ俺はあのふわふわしてる方を」

 

 

背中合わせとなり構える二人。

ソニックブレイカーの終了と共に二人は動き出す。

まず先に動いたのはナイトだ。デッキからカードを抜き取り、バイザーへセットする。

 

 

「ハァァァ……ッッ!!」『シュートベント』

 

 

ダークバイザーに纏わり着く疾風。ナイトはそのまま何度も剣を振るう。

すると発射される斬撃。風の刃・ウインドカッターは幾度と無くカーリンの長い首を切り裂いていった。

 

悲鳴を上げながら後退していくカーリン。

ナイトはその隙にダークウイングと合体して空に舞い上がる。

 

黒い翼を広げ、ナイトは空を疾走。カーリンを何度も切りつける。

カーリンはイライラしたように首を振り回し、纏わりつくナイトを吹き飛ばそうとするが、それは叶わなかった。

 

さらにそこで銃弾の雨がカーリンの脚に直撃する。

ほむらのアシストだ。衝撃を足に受け、カーリンの動きが鈍った。

 

 

「上出来だ」『ファイナルベント!』

 

 

マントがナイトを包み込み、巨大な槍に変わった。

 

 

「ハァアアア!!」

 

「!」

 

 

カーリンが目視した時には、もう飛翔斬が身体を貫いていた。

もともとほむらの攻撃でダメージも受けていたため、体に風穴が開いた魔女はそのまま崩れるように消滅していった。

浮かび上がるエネルギーはしっかりとダークウイングが捕食。これでナイトが強化されたと言う事なのだろう。

いずれにせよ、完全な勝利だった。

 

そして一方の龍騎。

プンペは銃弾や斬撃を無効化する強力な魔女だったが、唯一の弱点があった。

龍騎はそれをまるで理解していなかったが、幸いにも龍騎はその弱点を突く力を持っている。

 

 

「まどかちゃん! 決めるからッ、結界をお願い!」

 

「はい!」

 

 

龍騎に言われ、まどかは防御に集中する。

一方で龍騎は早々に勝負を決めるため、自身の紋章が書かれたカードをセットする。

 

 

「フッ! ハァァァア……ッッ!!」『ファイナルベント』

 

 

龍騎が手を激しく旋回させると、それに合わせる様にドラグレッダーも周りを飛び回る。

それは龍騎の盾となり、噛み付こうとしたプンペを逆に弾き飛ばした。

そのまま跳び上がる龍騎。空中で一回転した後に飛び蹴りの構えを取る。

同時に後ろにいたドラグレッダーから放たれる炎。それは龍騎に合わさり一つとなった。

 

 

「ダアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

「ピギャアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

炎を纏ってミサイルのように突撃していくドラゴンライダーキック。

プンペはそれに反応する隙もなく直撃。全身に炎が広がり、一瞬で消滅していった。

どうやら魔女は『炎』に弱いらしい。たまたまではあったが、龍騎にとって相性のいい魔女だった様だ。

 

 

「よし、これで魔女は倒せたな」

 

 

魔女が死んだ事で、使い魔も大幅に減る。

とりあえず龍騎はパニックになる生徒を落ち着ける事に。

まず伝えたいのはあの巨大な扉の向こうは出口などでは無いと言う事だった。

 

 

「え!? そ、そうなんですか!」

 

 

頷く龍騎。

実は扉の向こうは地面など無く、崖になっているダミー。

要するに扉を開けて駆け出していく生徒を殺すトラップだという事だった。

 

二人は空を飛ぶ方法を持っていたため、崖を越えて学校に来る事ができたが、一般の生徒達ではココを抜ける事は不可能だ。

それを聞いて生徒達は疲れたように腰を抜かしていく。

 

 

「蓮さん! かずみちゃんが――」

 

 

そんな中、まどかは真っ先にナイトへ事情を伝える。

かずみが芝浦を止める為に奥の方へ向かったという事。

それを聞くとナイトは頷いて足を進める。どうやら、かずみと同じ考えだったようだ。

 

 

「俺も芝浦には話がある。ついでだ、かずみと合流するのも悪くない」

 

「俺は皆を助けてから向かうよ。アイツは一発ぶん殴らないと気がすまない!」

 

「……好きにしろ」

 

 

ナイトはそう言い残すとさっさと走り去ってしまう。

何だかんだでかずみが心配なのだろうか?

それは分からないが、とにかく今は生徒達を救出するのが先だ。

 

ドラグレッダーならば生徒達を背中に乗せて外へ連れて行く事もできるだろう。

龍騎は早速その事を一同に伝える。

助かる? よく分からないが、その事実を盲目的に信じて安堵する生徒達。

中沢たちは未だにポカンとして事態が受け入れられない様だが。

 

 

「でも、どうやってこんな城を作ったんだろ?」

 

「芝浦が何らかの力を使って、魔女を一気に成長させたと考えるべきね」

 

 

ほむらはそこで沈黙する。果たしてそんな事が芝浦達にできるのだろうか?

少なくとも何らかの特殊能力を使ったことは明白だ。

しかしあやせの魔法は炎を操る事だった筈。とてもじゃないがこんな事ができるとは思えない。

 

だとすれば他の何者かが芝浦にその技術を渡した? あるいは協力関係にあるのかもしれない。

思えばさやかの時だって一度倒した筈のゲルトルートが現れたり、魔女が自分達だけを集中的に狙ってきたりとおかしな点が多々あったじゃないか。

もしかすると、魔女を操作できる参加者が――

 

 

「ああん、そんな簡単に出ようなんてダ・メ!」

 

「「「!!」」」

 

 

その時、突如聞こえてきた声。

 

 

「イル・トリアンゴロ!」

 

 

一瞬だった。一瞬で扉前のホールに刻まれる巨大な三角形の魔方陣。

それらは龍騎達を捕らえると、次々に魔方陣の絵柄を追加していく。

同時に強くなっていく光。それに真っ先に反応したのはほむらだ。

 

 

「まどか! 結界を張って!」

 

 

かつ魔方陣から抜けられる物は今すぐに走れと。

しかしいきなりの事で、誰も動くことができず、ただ困惑するだけだった。

 

「ッッ!!」

 

 

仕方ない、ほむらは魔法を発動。

盾に仕込まれた砂時計を操作すると、時間が停止する。

ほむらが触れた物は動く事ができるので、魔方陣に入っている一部の生徒や仲間に触って外に連れ出していく。

 

 

「ねえ! これってどういう事なの! 何かの冗談なんでしょ!!」

 

 

パニックになる生徒達の声は全て無視するしかない。

ほむらとしても何と声をかけていいのか全く分からなかったのだ。

そして魔方陣の中には誰もいなくなった後、時間を戻す。

すると魔法陣が凄まじい爆発を起こした。もしも中にいたのなら、消し炭になっていただろう。

 

 

「な、何だッ!」

 

 

叫ぶ龍騎。

その言葉に反応して、跳び上がる影がひとつ。

 

 

「ヘイッッ! このユウリ様の事が、気になるご様子で!!」

 

「!?」

 

 

飛び上がった影は爆発の中でしっかりと笑っていた。

それもその筈、先ほどの魔法は彼女が仕掛けた攻撃なのだから。

コートを脱ぎ捨てて、その影は扉の上に立つ。

 

 

「おはよう諸君! この血にまみれた凄惨で素敵な朝に、運命の神はアタシ達をめぐり合わせてくれた!!」

 

「!?」

 

「今回は運悪くゲームに巻き込まれてしまった諸君。本当に残念だと思う。しかしこれもまた一つの!!」

 

 

奇跡――!

 

 

演劇の様に饒舌に話すのはユウリ。

 

 

「このユウリ! 魔法少女集会では13番だった!」

 

 

早々に打ち明ける。

目の色を変えるほむらとまどか、13番と言えば皆殺しを宣言した危険人物ではないか。

 

 

「皆逃げて!!」

 

 

まどかが叫ぶ。

訳も分からない生徒達だが、彼女の言う事が直接脳に命令された。

爆発に巻き込まれていれば死んでいた。そしてその爆発を起こした人物が目の前にいる。

それだけ理解できれば十分だ。生徒達はまたも悲鳴をあげて、やって来た道を逆戻り。

 

 

「フッ! 雑魚共が!」

 

 

ユウリは笑うだけで、特に生徒達を追いかける事はしなかった。

 

 

「仁美ちゃん達も下がってて」

 

「は、はい……!」

 

 

まどかも仁美たちを下がらせ、そこでユウリと対峙した。

 

 

「貴女、もしかして芝浦に協力しているの?」

 

 

ほむらの言葉を聞いて、ニヤリと笑うユウリ。

 

 

「正解とは言えないが、間違ってもないよね」

 

「?」

 

「アタシは環境とアイテムを芝浦に提供しただけ。調理したのは芝浦達であって、アタシは関係ない」

 

「だ、だからって、どうしてそんな事!」

 

「どうして? 決まってる」

 

 

ユウリは一瞬でリベンジャーを出現させ、右の銃で地面を撃つ。

そこには既にアドベントカードが置かれており、銃弾に当たる事で効果が発動された。

同時に左の銃の引き金を引くユウリ、発射されるのは黒い炎だ。

 

 

「アンタ等みたいな馬鹿を殺す為だろうが!!」

 

「!!」

 

 

それは単発の銃弾ではなく、火炎放射の様に繋がった物。

ユウリはそれを左右に振る事で、炎のカーテンをほむら達へ発射した。

 

 

「クッ!」

 

 

まどかは結界、龍騎はドラグシールド、ほむらは盾で炎を防ぐのだが――

 

 

「!?」

 

 

炎を受けた部分がみるみる石に変わっていくじゃないか。

まどかは結界が。龍騎はドラグシールドが。そしてほむらは盾が。

そこで思い出すのはオクタヴィア戦のホール。

あの時も突如飛んできた炎に能力を封じられてしまった、と言う事は――

 

 

「あの時の――ッ!!」

 

「あははッ! 今更気づくなんて遅い遅い! まーた同じ手受けちゃってさぁ、ほむらちゃんってばドジっ娘なんだね! ウェヒヒヒヒッッ!!」

 

 

誰かの声真似をしながら、ユウリは完全にほむらを見下した表情で笑い続ける。

 

 

「アンタの能力って最高に厄介だからさ! 盾をまずは封じないと!」

 

「!?」

 

 

ほむらは目を見開く。

やはり間違いない。ユウリは完全に時間停止の能力を把握している。

魔法は盾の砂時計を操作する事で発動できるが、石化してしまった今、それを発動する事は叶わない。

まして盾は武器庫の役割を持っているため、ココを封じられるという事は暁美ほむらの戦術を完全に封じた事にもなる。

 

 

「くッ!」

 

 

やられた! 一度ならず二度までも。ほむらは悔しさからグッと歯を食い縛る。

しかし危険なのはこれからだ。ユウリは能力が消えたほむらに銃口を合わせると、躊躇なく引き金を引いた。

 

リベンジャーから放たれる銃弾。

盾は石化したが、盾の役割を失ったわけじゃない。

ほむらは舌打ちを行いながら、銃弾を盾で防いだり、軽やかな動きでそれをかわして行く。

そうしている内にまどかがほむらを庇う様に立った。

 

 

「やめて!」

 

「わお素敵! 反吐が出るくらい素敵な友情!! でも嫌っ! ピンクと黒の食材なんてアタシは思わず吐いちゃうもん!」

 

「……っ???」

 

 

そこで初めてしっかりと目を合わせるユウリとまどか。

先に口を開いたのはまどかだった。震える声だったが、その目はユウリから反れる事は無い。

 

 

「ユウリちゃん、だよね? ユウリちゃんはどうしてこんな事するの?」

 

「……へ?」

 

 

ハテナマークを浮かべるユウリ。

 

 

「どうして? 何が?」

 

 

まどかは少し不安げながらも、笑みを浮かべる。

 

 

「戦う理由を聞きたいの。ユウリちゃんは、その……、戦う人でしょ?」

 

「もちろん。魔法少女集会の事を覚えててくれて、嬉しい」

 

「願いのためだよね? だったら協力できるのなら、一緒に問題を解決したいな」

 

「んー? あ、なるほど。アタシが叶えたい願いをゲーム中に叶えられれば、戦う理由はなくなると」

 

「うん、わたしは戦いたくないから――」

 

 

大げさに頷いていくユウリ。すると、まどかを見る目を徐々に潤ませていく。

 

 

「優しいね、あなた」

 

 

苦悶の表情を浮かべるほむら。

拳を握り締めて立ち尽くす龍騎。

動こうとする二人をまどかは制止させる。まどかは敵意をむき出しにしては、敵意しか返ってこないと思っていた。

こうやって真摯に話し合う姿勢を見せれば、向こうだって応えてくれると。

 

 

「じゃあ教えてあげる。でも、他の人に聞かれたくないから……」

 

 

ユウリは手に持っていたリベンジャーを投げ捨て、手招きを行う。

 

 

「来て、まどか」

 

「!」

 

「まどか!」

 

 

ユウリの様子がおかしい。

ほむらはまどかを行かせない様に叫ぶが、それをまどかが否定する。

戦いを止める為には当然ながら参加者同士が手と手を取り合わなければならない。

その為には疑うと言う気持ちを捨てなければいけないのだ。

それは難しい事かもしれないが実践しなければ前には進めぬと。

 

 

「それに、ユウリちゃんは武器を捨ててくれた」

 

 

まどかも弓を地面に置くと、ユウリのもとへ歩く。

 

 

「聞いてくれるの? まどか」

 

「うん、解決できそうなら、わたし全力で協力するよ」

 

 

笑顔で頷くユウリ。

そのまま、まどかの耳元に口を近づける。

 

 

「ごめんね。アタシ……、誰も信用できなくて戦ってたけど、貴女なら信用できそう」

 

「皆いい人だよ。わたし達はきっと協力できるもん」

 

「そうだね」

 

 

笑顔で頷くユウリ。

 

 

「あのね、まどか。アタシが戦う理由はね――」

 

「うん」

 

「復讐なの」

 

「え?」

 

 

物凄い衝撃がまどかの腹部を襲う。

まどかの呼吸を止めて、言葉を失わせるには十分だった。

ユウリは笑顔を浮かべたまま、まどかに膝蹴りを浴びせたのだ。

 

 

「え? ぐッ、つ――! ゆ、ユウリちゃん……?」

 

 

苦しいのか、涙を浮かべて膝を着くまどか。

見上げたとき、そこにいたのは下卑た笑みを浮かべたユウリの姿だった。

 

 

「お前ホントにゴミだな」

 

 

ユウリが指を鳴らすと、地面に落ちていたリベンジャーが消滅。

次の瞬間には、ユウリの手に収まっていた。

ユウリはまず、踵をまどかの肩に落とす。

 

 

「アタシは、魔法少女も騎士も大ッッ嫌いなんだよ!!」

 

「そ……ん――な」

 

 

まどかの瞳から涙が溢れる。

痛みのせいでもあるが、何よりもユウリから受けた攻撃に原因があった。

せっかく分かり合えると思っていたのに。ユウリには最初からそんな気持ちはなかったと?

 

 

「鹿目まどか。お前本当に馬鹿なプレイヤーだ。いい加減無理だって気づけ。バカか? アホか? イライラするよ本当」

 

 

ユウリはリベンジャーの引き金に指を伸ばす。

 

 

「ウオオオオオオオッッ!!」

 

「!!」

 

 

だがその時、龍騎がユウリにタックルを決めた。

ユウリの体が大きく移動し、放たれた弾丸がまどかに当たる事はない。

しかしユウリは地面に倒れるとすぐに照準を龍騎に変更。無数の銃声と共に、龍騎の体からシャワーのように火花が散る。

 

 

「うッ! グゥゥ!」

 

「何すんの、女の子に」

 

 

跳ね起きるユウリ。

龍騎は仮面の奥で表情を歪め、痛みを放つ胴を抑えた。

 

 

「お前ッ! 最低だぞ!!」

 

「アハッ! アハハハハ! サンキュー!!」

 

 

ユウリは笑いながら指を鳴らす。

すると彼女の隣に鏡像が出現して重なり合った。それは騎士となり、赤い複眼を光らせる。

 

 

「え?」

 

 

龍騎は思わず声をあげる。現れた騎士は自分と同じ姿をしているからだ。

真っ黒な龍騎。しかし複眼の形は異なり、真っ赤に光っている。

何だ? 誰だ? 一同が言葉を失う中で、ユウリの笑い声だけが辺りを包む。

 

 

「マイ、ベストパートナーのリュウガくん! 仲良くしてやってよ、オ・リ・ジ・ナ・ル!」

 

「ッ!?」

 

 

戸惑う龍騎。

オリジナル? 意味が分からなかった。

リュウガが同じ姿をしているのは偶然なのか、それとも何か理由があるのか?

 

 

「………」

 

 

リュウガは何も言わずに一歩、また一歩と足を進める。

声をかける龍騎を無視して、リュウガはデッキから一枚のカードを抜き取った。

それは無言の殺意。どうやら戦うつもりのようだ。

 

 

「お、おい! お前誰だよ!?」

 

「………」『ソードベント』

 

 

バイザーも龍騎と同じ形の、『ブラックドラグバイザー』。

そこに装填されるのは、龍騎と同じソードベントのカード。

唯一異なる点があるとすれば、リュウガのバイザーからは酷く濁った様な音声が流れるという事だ。

 

これは他の騎士にもないリュウガだけの音声。

現れたブラックドラグセイバーを握り締め、尚も足を進める。

 

 

「まどかちゃん、逃げて!」

 

「え……! でも!」

 

「いいから!」『ソードベント』

 

 

ドラグセイバーを構える龍騎。そこで銃声、ユウリが発砲したのだ。

 

 

「うッ、ツッ!!」

 

 

刃を盾にして銃弾を防ぐ。

剣を戻すと、目の前にリュウガが迫っていた。

 

 

「うわッッ!!」

 

 

リュウガの振り下ろした剣を、何とか剣で受け止める龍騎。

目の前には自分と同じ顔というのが何とも不気味である。

鏡を見ている様な、けれども完全には同じじゃない顔。

今も釣り上がった赤い瞳が龍騎の姿をしっかりと捉えていた。

 

 

「お前……ッ! どうして――ッッ! って言うか誰なんだよ!」

 

「………」

 

 

何を問い掛けてもリュウガは無言だった。

しかし逆に攻撃は激しさを増していくばかり。

龍騎は何度も攻撃を中止する様に叫ぶが、リュウガがそれを聞く事は無い。

一方でユウリは銃を構えてほむらとまどかを狙う。

 

 

「お願いユウリちゃん! 戦いなんて止めようよ!!」

 

「お断りだねクソ女! お前って本当にマズそうな意見ばっか! うんざりするよクソピンク!」

 

 

銃を交差させながら撃ちまくるユウリ。

まどかはほむらを庇うように立ち、ひたすらに結界を構築していく。

しかし防戦一方では圧倒的に分が悪い事など明白だ。反撃なき防御など、崩壊するのを待つだけではないか。

 

対してさらにユウリは連射のスピードを上げる。

踊るように、舞うように、銃を連射していった。

 

 

「ほらほらぁ、どうしたの? 結界が、バリア壊れるよー! 壊れちゃうよぉ! アハハハハ!!」

 

「うっっ! くぅぅッッ!!」

 

「駄目駄目、壊れちゃうぅう! らめぇええ! 的な事叫んだら、世の中の男はアンタの虜かも! うふ! あははは!」

 

 

 

抵抗するまどかをあざ笑う様なユウリ。

庇われるだけのほむらは、殺意の形相を浮かべて歯を食いしばっていた。

純粋なまどかの気持ちを裏切ったユウリ。許すわけにはいかないが、盾が石化していてはどうする事もできない。

 

一方で二人の様子を確認する龍騎。

このままではまどか達の身が危ない。龍騎は仕方ないと、手に力を込める。

 

 

「アンタ、許せよ!」

 

「!」

 

 

龍騎の動きが変わった。自分が燻っていては守れる者も守れない。

リュウガの剣を弾き返すと、ドラグセイバーに炎を纏わせて斬撃を発射する。

"龍舞斬"。使い魔ならば確実に倒せる威力だが、リュウガはそれを叩き切る様にして無効化する。

 

 

「!」

 

 

そしてまどか達を助けに行こうとした龍騎の肩を掴み、無理やりに引き倒す。

地面についた龍騎へ容赦なく浴びせていく剣や蹴り。

龍騎はそれを必死に耐えると、地面を転がって何とか距離を離した。

 

 

「しま――ッ!!」

 

 

だがそんな龍騎の前にはクロスの斬撃が。

リュウガも同じく『龍舞斬』を発動していた。

龍騎は何とか剣でそれを受け止めるが、威力が高すぎて防ぎきる事ができない。

黒い炎を身に受けると、苦痛の声をあげながら地面に倒れる。

 

 

「ア……、グッ!」

 

 

仰向けに倒れた龍騎。すぐに立ち上がろうとするが、既にリュウガが距離を詰めていた。

龍騎の胴体を踏みつけて動きを止める。抵抗するものの、どれだけ脚を掴んだり、殴りつけてもリュウガは怯む素振りを見せない。

 

そうしている間にもユウリはまどか達を攻め立てていく。

かなり危険な状況だった。このままだといずれまどかが限界を迎えるだろう。

その思いに龍騎が胸を抉られた時、異変は起こった。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「!」

 

 

アドベントを発動していないにも関わらずドラグレッダーが現れ、リュウガに突進をしかけた。

これは予想していなかったか。リュウガは背後からぶつかるドラグレッダーに対処できず、吹き飛ばされる。

転がるリュウガ。気絶したのだろうか、うつ伏せになったまま動かなくなる。

 

 

「サンキュー! ドラグレッダー」

 

 

龍騎は立ち上がり、すぐにまどかを助けようとユウリを睨む。

しかし停止するリュウガは、しっかりとデッキからカードを抜き取っていた。

真っ黒な龍が描かれたカードを。

 

 

「………」『アドベント』

 

 

それは、走る龍騎を遮る様にして現れた。

血の様な色をした目、そして真っ黒な体、ドラグレッダーの色違いとも言える存在。

ドラグブラッカーは、先ほどのドラグレッダーと同じく龍騎に突進をしかけて吹き飛ばす。

 

 

「グアアアアアッッ!!」

 

 

倒れる龍騎と、濁った咆哮を上げるドラグブラッカー。

その性質は『絶望』、全ての飲み込む邪悪なる闇の化身。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「グゴォオォオオォォオォオオオオッッ!!」

 

 

互いに激しい咆哮をあげて威嚇しあうドラグレッダーとドラグブラッカー。

互いの姿が気に入らんとばかりに二体の龍は激しく吼える。

そして同時に立ち上がる龍騎とリュウガ、同じくして双方の龍から放たれる赤と黒の炎弾。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオッッ!!」『ストライクベント』

 

「………」『ストライクベント』

 

 

炎弾がぶつかり合い、激しい炎を散らす中。

龍騎とリュウガはそれぞれドラグクローと、ブラックドラグクローを装備して互いに拳をぶつけ合った。

 

打ち合いは均衡? いや、決着はすぐに訪れた。

打ち合いに負けて吹き飛んだのは龍騎だった。

二つのドラグクローをぶつけ合ったときに、リュウガだけ同時に炎を発射していたのだ。

戦闘センス、それが足りなかった龍騎は黒い炎を纏いながら地面を転がっていくだけ。

 

ドラグレッダーとドラグブラッカーの攻め合いも、後者が有利と言った様子だ。

どうやらスペックその物がリュウガ側に味方しているらしい。

 

さらにその間にも、ユウリは容赦ない攻撃でまどかの結界を破壊していた。

その度に新しい結界を構築するまどか。既に体からは出血が見られるが、それでも尚まどかはユウリを説得していた。

 

 

「お、おい何か……、やばくないか?」

 

 

ホールの端にいた中沢達は状況を見て、まどかたちの不利を察する。

 

 

「本当に夢を見ている様だ……」

 

「………」

 

 

焦る中沢と、汗を浮かべる下宮。尚も無表情で龍騎達を見ている上条。

そしてその背後では唇をかんでいる仁美がいた。

何が何だか全く分からない状況だ、しかし確実に分かる事といえば、友達が危険な目にあっていると言う事。

それは仁美にとって耐え難い状況である。

 

 

「私、助けに行きます!」

 

「えっ! やめておいたほうがいいよ! 危ないって!!」

 

「でも! まどかさん達が!!」

 

 

仁美は落ちたガラス片を掴んで走り出そうとする。

それを止める中沢。いくら何でも無謀すぎる。相手は確実に人間を超えた力を持っていて、ましてや銃を持っているじゃないか。

仁美が向かった所で何の力にもなれず殺されるのがオチだ。

中沢は仁美の腕を掴んで止めるが、彼女は納得できない様だった。

 

 

「このままじゃ私の大切な友達が死んでしまいますわ!!」

 

「!」

 

「もう……、もうこれ以上! 友達がいなくなるなんて嫌ッッ!!」

 

 

涙を流しながら訴えかける仁美に、中沢は何も言えなかった。

腕を掴む力も弱くなっていく。このままじゃ仁美が死ににいく様なものだ。しかし仁美の気迫に中沢は押し負けてしまった。

結果、仁美は中沢の手を振り払い足を進めようとする。

だがその時だ。新たな手が伸びたのは。

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「グあっ!!」

 

 

それは突然だった。

ユウリが大きく仰け反って攻撃を中断したのは。

聞こえたのは銃声。そしてまた一発。後退していくユウリと、その足もとに落ちた『弾丸』。

 

 

「誰? 素敵なパーティを邪魔する屑は!」

 

 

ユウリは歪な笑みを浮かべて、足下の銃弾を蹴り飛ばす。

 

 

 

「パーティ? 残念。あいにく俺は女の子を苛めて楽しむ変態じゃないんでね」『ミラージュベント』

 

「き、北岡さん!」

 

 

立っていたのはマグナバイザーを構えた騎士、ゾルダだった。

仁美を引き戻した後、ユウリ達の前に姿を現したのだ。

ゾルダはバイザーを連射してユウリをまどか達から引き離す。

同時にデッキから抜き取るカード。シュートベントだ。

 

 

「ハッ!」

 

「おっと!!」

 

 

装備されたギガランチャー。

契約モンスターのマグナギガの腕を模したランチャー砲から放たれる弾丸は、非常に速く強力だ。

しかしユウリは超反応で旋回してその弾丸を回避する。

ヒュウと口笛を吹いて汗を浮かべるユウリ。あれは中々威力がありそうだと。

 

 

「ちょっと待ってよ。女の子苛める趣味は無いんじゃないの? あんなの当たったらお腹に風穴開いちゃうよから」

 

「お前、タイプじゃないのよね。十年後も期待できなさそうだわ」

 

「あらやだ。セクハラですよ」

 

 

それに――、ゾルダは指をふる。

 

 

「安心していいのかな?」

 

「何……?」

 

 

眉を潜めるユウリ。

そういえば最初に別のカードを発動させていた様な。

 

 

「グゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「!!」

 

 

その時ドラグブラッカーに起こる爆発。

 

 

「なんだ!?」

 

「………!」

 

 

その隙がチャンスと、龍騎はリュウガにタックルを仕掛け、ドラグレッダーも尾で追撃を仕掛ける。

吹き飛ぶリュウガ。その隙に龍騎はまどかを守る為に走り出した。

 

 

「チッ!!」

 

 

龍騎を止めようと銃を構えるユウリ。

そこで気づく、背後に巨大な『鏡』があった。

厚い鏡はマグナギガを模している。つまりゾルダが生み出したモニュメントと言うわけだ。

 

 

「ムンッ!」

 

「ウッ!」

 

 

再びギガランチャーから放たれる弾丸。

ユウリは地面を転がってそれを回避するが、弾丸は背後にあった巨大な鏡『ギガミラー』に直撃すると、弾丸を弾き返して背後からユウリを狙う。

 

 

「あッぶ――!」

 

 

反応し、サイドステップを行うユウリ。

すると突如前方にもう一枚ギガミラーが地面から生えてきた。

弾丸は例外なくぶつかり、再度反射を行う。

 

が、しかし、既に一度目の反射でリュウガが動いていた。

デッキからカードを抜き取ると、それを空中へ投げていた。

ユウリもまたリベンジャーを撃ち、カードを貫く。

 

 

「ねー……!!」『アドベント』

 

 

蛸の魔女・マリレーナがユウリの前に現れ、弾丸を弾き返して無効化する。

しかしこれで先ほどのカラクリが完全に理解できた。

ギガミラーに当たった銃弾は文字通り反射されるわけだ。

これでゾルダはユウリを狙いつつ、反射した銃弾でドラグブラッカーを狙うようにミラーを調節していたのだろう。

 

 

「二段構えとは! いい、いいね! 凄くいい! 殺したくなる!」

 

 

ユウリが腕を天に向けて伸ばすと、リュウガのデッキが光り、一瞬でカードがユウリの手に収まった。

そのままカードを投げると、リベンジャーを乱射していく。

 

 

『アドベント』『アドベント』『アドベント』

『アドベント』『アドベント』『アドベント』

 

 

次々に魔女を召喚していくユウリ。

オランダの魔女、暗闇の魔女、犬の魔女、落書きの魔女……。

あっという間にホールを埋め尽くす魔女の群れ。

不安そうにまどかは表情を固くするが、ゾルダに焦る素振りは無かった。

 

 

「虫は光が好きだ。そして俺は光、群がりたいのは分かる」

 

「?」

 

「でも俺は虫が嫌いだ」

 

 

そう言ってゾルダが取り出すのは自身の紋章が刻まれたカード。

それをバイザーに装填すると、音声が流れる。

 

 

『ファイナルベント』

 

 

ゾルダの目の前、地面から現れるのはマグナギガ。

その性質は『均衡』。全てを平等に裁く存在であり、同時に北岡が悪として判決を下した者を『処刑』する役目を担っている。

 

ゾルダはマグナバイザーをマグナギガの背中にセットした。

するとマグナギガが有している全ての兵器部分が展開していく。

胸部アーマーは大量のミサイルが格納されており、脚部分からはキャノン砲が展開。腕や頭部にある銃口には光が収束し、エネルギーが膨れ上がっていく。

 

 

「おいおいおい……! マジかッ!」

 

 

表情を変えるユウリ。

すぐにマリレーナを戻して逃げようと走り出すが、仮面の奥でゾルダはしっかりと笑みを浮かべていた。

 

 

「じゃ、そういう事で」

 

 

引き金を引くゾルダ。

放たれるのはマグナギガに搭載されている全ての兵器だ。

一勢に放たれるビームやミサイル、ガトリング弾。全ての武力は一つになり、広範囲を破壊しつくす裁きの雨となる。

 

次々に魔女の群れへ着弾していく武力。

爆発の連鎖が魔女を次々に焼き尽し、衝撃で空間が震えた。

魔女の断末魔が木霊していく光景はまさに悲鳴合唱団。それは世界の終わりとも言える光景ではないか。

 

 

「うォオオオオオッッ!?」

 

 

爆炎の中に消えていくユウリ。

『エンド・オブ・ワールド』、ゾルダのファイナルベントはユウリが出現させた魔女を全て焼き尽くす。

圧倒的広範囲攻撃。爆風はフィールドに広がっていき、龍騎達をも巻き込む。

 

 

「うわぁあああああ!!」

 

 

衝撃で吹き飛んでいく龍騎。

リュウガはすぐに、ドラグシールドを出現させていたため、何とか踏みとどまっているが、それが限界のようだ。

まどかは結界を広げて、爆風からほむらや仁美たちを守り、ゾルダもマグナギガが盾になっている為ダメージは0である。

 

 

「ちぃいッ! まさかあんなふざけた攻撃があるとは――……!」

 

 

爆風に揉まれたユウリは焦げた前髪に息を吹きかけている。

さらにその時、地面が揺らめき、そこから巨大な白鳥が現れた。

何だ? 先ほどから目まぐるしく変化する状況に、ユウリはついていけない。

 

 

「皆! コッチ!!」

 

「ッ! 美穂!?」

 

「逃げるぞ! 真司!」

 

 

走ってきたのはファムだ。ブランウイングに合図を出すと、羽ばたきで強力な突風を発生させる。

吹き飛ばされぬように力を入れるユウリとリュウガ。その隙を狙って、ファムは仁美達をブランウイングに乗せる。

 

 

「逃げるつもりか! させるかよ!!」

 

 

ユウリは舌打ち交じりにリベンジャーを向ける。

だがそこでサキが前宙で一気にユウリの前に着地する。

 

「うォ!!」

 

「やらせんぞ!」

 

 

サキは踏み込み、右足でハイキックを行う。

それに合わせるようにユウリもまた右足のハイキックを繰り出した。

交差する脚。次は左足で同じ動きが行われる。弾かれる足と足。

先に動いたのはサキだった。右の拳でユウリを狙う。

 

 

「チッ!」

 

 

ユウリは腕をクロスにしてそれをガード。

しかしすぐにサキの左足が飛んできた。ユウリはそれもガードするが、そこで気づく。ただの蹴りじゃない。サキは足裏に魔法の電気を纏わせていた。

まるで心臓マッサージのように着弾と共に衝撃が一気に襲い掛かってきた。

気づけばクロスに組んでいた腕が解けてしまう。

 

 

「フッ!!」

 

「うごォ!」

 

 

サキは踏み込んで体を捻り、右足の裏でユウリの胴を打つ。

衝撃で後退していくユウリ。止まろうとしても、後ろに傾きすぎて上手くいかない。

ユウリは舌打ちを行い、持っていた二つの銃を後ろへ放り投げた。

そのまま倒れ――、いや倒れない。片手を地面につくとバク転を行いながら反動で後ろへ跳ぶ。

 

一気に斜め後ろへ跳ぶと、空中にあった銃をキャッチ。落下しながらサキを狙う。

しかしサキも魔法を発動。成長魔法で、動体視力を強化。銃弾の動きを見極め、最小の動きで回避していく。

それだけじゃない。サキは鞭を出現させると、それを伸ばしてユウリの胴体を絡め取る。

 

 

「うッッ!!」

 

「来い!」

 

 

サキは鞭を引き戻してユウリを強制的に前まで引き寄せると、腹部に掌底を叩き込む。

帯電しながら吹き飛ぶユウリ。地面に墜落すると、帯電しながらリベンジャーを落とす。

 

 

「グッ! が――ッッ!!」

 

 

麻痺しているようだ。さらに追撃を叩き込むため走り出すサキ。

 

 

「バーカ」

 

「うっ! ヅッゥ!!」

 

 

しかしユウリの周囲に二つのマシンガンが出現すると、自動で弾丸を発射。

無数の銃弾はサキに直撃していき、血が飛び散っていく。

 

 

「サキ! 引こう!」

 

「了解した」『ユニオン』『ソードベント』

 

 

ファムが名を呼ぶと、サキはウイングスラッシャーを手にする。

尚も迫る銃弾を耐えながら、力を込める。

すると長刀の刃に雷のエネルギーが集中していき――

 

 

「ハァアア!!」

 

 

長刀を思い切り振るうと、雷のカーテンがユウリの前に。

激しい音と光に、ユウリは思わず目を覆う

 

 

「………」

 

 

光が晴れると、そこには誰もいなかった。

ユウリはため息をつくと、立ち上がる。

 

 

「逃げられたが――、まあいいか」

 

 

今回の目的はまた別にある。その目的は――、達成できた。

リュウガもゆっくりとユウリの隣にやってくる。リュウガとしては何か不満が残るのか、拳を握り締めていた。

尤も、言葉を発する事は無かったが。

 

 

「ご苦労、戻っていい」

 

「………」

 

 

ユウリが合図を出すと、リュウガは鏡が割れるようにして消滅する。

 

 

「さて、用件は済んだし今回は引き上げるか」

 

 

ユウリが踵を返した時――

 

 

「……?」

 

 

足音が聞こえる。

ユウリは立ち止まり、耳を澄ませた。

足音は徐々に大きくなっていき、ついにはユウリの前に。

 

 

「あれ? 逃げたんじゃないの?」

 

「………」

 

「さっきまで隠れて震えていたはずの人間が、何故ココに?」

 

 

ユウリは訝しげな表情を浮かべて首を傾げる。

 

 

「恐怖でおかしくなったのか? あは、そりゃあ笑えることで」

 

「………」

 

「それとも、わざわざ死にに来たのかな?」

 

「………」

 

「ちょっとぉ、無視しないでよ」

 

 

少年は何も答えない。

ただ無言でユウリに向かって足を進めるだけだ。

その目には光がある様にも見えるし、逆に虚ろにも見える。

 

 

「なに? アタシに会いたくて残ったの? だったら最期にいい物見せてあげようか? アハ!」

 

 

ユウリは露出の多い身体を強調する様なポーズを取る。

申し訳程度に胸を隠している布をはだけさせ、少年を煽る。

対して、そこで初めて声をあげる少年。

 

 

「ああ。会いたかったよ。ユウリ」

 

「わお、これは熱烈なラブコール! うっとり、ゆでだこユウリ様になっちゃいそう」

 

 

そこでユウリはリベンジャーを少年に向けた。

 

 

「でも残念、好みじゃないの。せめて死体になった後にキスしてあげる」

 

「………」

 

「その後にドラグブラッカーに捕食させればずっと一緒にいられるわ、それで良いよね?」

 

 

殺害宣言。

しかし少年には焦りの一つも、まして恐怖すら感じられない。

 

 

「気が合うね。僕もお前のような下品な屑はタイプじゃない」

 

「は?」

 

「それに死ぬのはお前のほうさ」

 

 

上条恭介はポケットからデッキを取り出す。

目を細めるユウリ、それを見れば察する事は可能だった。

 

 

「……まさかステルスを通していた参加者がいたとは」

 

 

ユウリはふいに銃弾を一発、上条に向けて発射する。

変身前に殺せればと思ったが、やはり無駄だった。

上条を守るようにして現れたのは黄金の翼を持った不死鳥・ゴルトフェニックス。

そのあまりの神々しさに思わず言葉を失うユウリ。そして手で無限のマークを描いた上条。

 

 

「お前まさか――」

 

「変身」

 

「ッ!」

 

 

デッキをセットする上条。

すると鏡像が重なり合い彼の姿を騎士の物へと変化させる。

黄金の騎士、オーディンへと。

 

 

 



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第30話 人間 間人 話03第

真司と蓮の中の人が再会してましたな。
感動やで(´・ω・)


 

 

「黄金の騎士――ッッ」

 

 

ユウリにはその姿に心当たりがあった。

間違いない。あの姿は『力のデッキ』が齎した力。

つまり、優勝候補であると。

 

 

(織莉子ッ! 契約を果たしていたか!!)

 

 

そこでユウリは気づいた。

オーディンの姿がいつの間にか消えているじゃないか。

辺りには金色の羽が舞っているだけだった。

 

 

「ッッッ!!」

 

 

そこで頬に走る衝撃。

気がつけばオーディンが目の前に立っており、裏拳でユウリを吹き飛ばしていた。

女でも容赦しない一撃、普通の人間ならば頭が粉々になっていただろう。

ユウリは素早く地面を転がるとリベンジャーを連射していく。

 

 

「あれっ?」

 

 

しかし、またもオーディンの姿が見えない。

戸惑うユウリ。すると背中に焼けるような痛みが走る。

 

 

「アぐッ!!」

 

 

背中を切り裂かれた?

すぐに回し蹴りを仕掛けるが、そこには何も無し。

 

 

(どこだ? どこに消えた!?)

 

 

ユウリは身体を激しく回転させて、三百六十度、銃弾の雨を乱射する。

これならばと思ったが――

 

 

「甘いよ」

 

「ッッ!!」

 

 

突如オーディンが目の前に現れ、ユウリの腕を掴んだ。

オーディンの固有能力である瞬間移動だ。ユウリは足払いを仕掛けるが、既にオーディンの姿はなかった。

 

 

「ああッ、くそ! ウザすぎ!」

 

 

次は右にオーディンが出現する。

いつの間にかソードベントで生み出した"ゴルトセイバー"を二刀流にしており、黄金の一線がユウリに刻まれていく。

一度だけじゃない、二度、三度。ユウリは必死に標的を探すが、どこにもいないのだから攻撃のしようがない。

 

ワープの度に舞い落ちる黄金の羽。

そこにはユウリの血液が付着しているのが見える。

自分がやられている。当たり前の事実に、ユウリは表情を歪めた。

 

 

「チィイイッッ!! ローザシャーン! ズライカ!」『『アドベント』』

 

 

暗闇の魔女の力で辺りを黒に染める。

さらにそこで素早い動きの『玩具の魔女』を仕向ける。

 

 

「成る程。考えたね」

 

 

そこでオーディンは姿を見せる。

見える景色は真っ暗。なるほど、これならユウリを攻撃するのは不可能だ。

一方で魔女はしっかり見えているらしい。近づいてくる殺気が分かる。

 

しかしゴルトバイザーに自動でセットされるカード。

オーディン本人は腕を組み合わせて立ち尽くすだけだ。

焦りなど欠片もない。

 

 

『スキルベント』

 

 

圧倒的だった。

ローザシャーンの攻撃を全て回避していくオーディン。

なぜ、なぜだ? ユウリは暗闇の中でそれを確認していた。

オーディンには何も見えていない筈。なのにどんなに攻撃の手を増やしても。確実に瞬間移動でかわしてみせる。

 

 

「不思議かい、ユウリ」

 

「!」

 

「僕には見えているよ、"未来"がね」『シュートベント』

 

 

光が溢れる。

暗闇が吹き飛び、オーディンが姿を見せる。

 

 

「何言ってんだ! ああああ! 鬱陶しくてドキドキしちゃう!」

 

 

ユウリは身をよじらせ、苛立ちから全身を掻き毟る。

すると背後から、鈴を鳴らした様な綺麗な声が耳を貫いてくる。

 

 

「おやめなさい。下品な振る舞いは女性の価値を腐らせるわ」

 

「あぁ?」

 

「気をつけた方がいいんじゃないかしら」

 

 

織莉子、キリカ、インペラーの三人がやって来る。

汗を浮かべてニヤリと笑みを浮かべるユウリ。

流石に自分が置かれている状況が穏やかなものではないと察したようだ。

 

 

「これはこれは……、大集合な事で」

 

 

そして背後にはオーディン。

ユウリはリベンジャーを投げ捨てると両手を広げる。

 

 

「あら、随分と素直なのね」

 

 

織莉子はすぐにユウリの周りにオラクルを発射。

一つ一つのオラクルからレーザーが伸び出て互いを連結していく。

それは檻だ。が、しかし、隙間はある。

ユウリはニヤリと笑うと、捨てた筈のリベンジャーを一瞬で手元に引き寄せる。

 

 

「なんてなバァアアアカッ!! 死ね死ね死ね死ねぇええッッ!」

 

 

引き金を無茶苦茶に引いた。

しかしそれは全て『視』えていた事でしかない。

織莉子達は何の焦りもなく、全ての銃弾の前にオラクルを配置して攻撃を防ぎきる。

叫び声を上げるユウリ。仕方ない仕方ないと連呼していた。

 

 

「今回は殺されてやるよ織莉子ォオオ! でも勘違いしないで! 最期の料理(しょうり)を味わうのはこのユウリ様って事をなァアッ!!」

 

 

ギャーギャーと騒ぐユウリを、織莉子たちは冷めた目で見つめている。

特にキリカは一度織莉子を殺されたとだけあって、殺意をむき出しにしていた。

 

 

「覚悟しろよゴミクズカスザコクサレェエ!! できるならば私がお前が引き裂いてやりたいよ!」

 

 

だがユウリもユウリで、そんなキリカが気に入らない様だ。

 

 

「ウゼェなクソガキがァア! あんまりギャーギャー言ってると臓物引きずりだして刺身にするぞッッ!!」

 

「!!」

 

 

キリカは舌を出すと、素早く織莉子の背中に隠れる。

一方でユウリを刺し殺さんとばかりに睨む織莉子。

どうやらキリカに暴言をぶつけた事にスイッチが入ったらしい。

ユウリを睨みながら、冷ややかな声で言い放つ。

 

 

「オーディン。アレはもう目障りです」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

「同感だね。必要のない害虫には消えてもらおうか」『ファイナルベント』

 

 

両手を広げて空中に浮かび上がるオーディン。同時に織莉子は無数のオラクルを出現させて、自身の周りに待機させる。

同じくして織莉子の元へ飛来してくるゴルトフェニックス。不死鳥は途中で炎となり、織莉子と融合。彼女に巨大な黄金の翼を与える。

 

さらに浮かび上がったオーディンが光となって分裂。

織莉子が出現させたオラクルの一つ一つに融合していった。

瞬く間に黄金に染まるオラクル。それは文字通り『卵』だ。

そしてそこから生まれるのは、無数の『不死鳥』だった。

 

 

「消えなさい、ユウリ」

 

「覚えておけ美国織莉子ォオ! 今回はサービスで死んでやるだけだって事を! アタシはすぐに復活して、お前等を殺――」

 

「黙れ」

 

 

織莉子の周りに何羽もの光の鳥が群がっていく。

そして織莉子がユウリを指差したとき、その鳥達は一勢に羽ばたいてユウリを狙った。

 

 

「ウグァアアアッッ! ハ……、ハハ! ハハハハハ! ヒャハハハハハハハハッッ!!」

 

 

猛スピードで着弾していく不死鳥の群れ。

ユウリは光の中に消えて行きながらも、狂った様に笑っていた。

オーディンが光の力を織莉子のオラクルに与え、無数の不死鳥を相手に飛来させる複合ファイナルベント・『インフィニティ・フェザー』。

 

十秒後、ユウリが居た場所には何も残っていなかった。

完全なる消滅。跡形も無く消え去ったのだ。

 

 

「案外簡単に死んだものだね。騎士も呼ばなかったし」

 

「ええ。あの発言通りでしょう。ここで騎士を呼んで長引かせるより、早々に自分を切ったんです」

 

「構わないよ。邪魔ならまた消すだけさ」

 

 

そう言って変身を解除する上条。

インペラーやキリカも変身を解除して情報を交換する事に。

その中で佐野は疎外感を感じてしまい、思わず汗を浮かべる。

 

 

「しかし本当にキミの言った通りになったね」

 

「はい、未来はこの光景を映していました」

 

 

既に織莉子は未来予知の魔法で芝浦たちの行動を知っていた。

そして上条もまた同じだ。そしてそこで多くの報酬を得た。

多くの魔法少女、そして騎士。あの中にさやかのパートナーがいる可能性も十分に考えられる。

 

 

「できれば接触したい所だけど……」

 

「そうですね。あと私からも一つ提案があるのですが」

 

 

織莉子は涼しげな顔で言い放つ。

 

 

「志筑仁美を、殺しましょう」

 

「!!」

 

 

上条はピクリと眉を動かし、佐野は大きく首を振って織莉子見る。そしてヘラヘラと笑うキリカ。

織莉子は凛とした態度でその言葉を言い放った。

しかしどこか儚げなのが織莉子の雰囲気なのだが。

 

 

「理由を聞いてもいいかい?」

 

 

上条も志筑仁美の事はよく知っている。

上品で美しい少女。さやかの友達であり中沢の想い人だ。

上条としてはそれほど親密な関係でないにせよ、中沢やさやかの事を考えると乗り気ではない提案である。

 

 

「ココで志筑さんを殺せば、さやかを蘇生した後に悲しむ」

 

「……鹿目まどか、暁美ほむら、立花かずみ。彼女達が魔法少女だということは?」

 

「ああ、さっき確認した」

 

「でしたら、理解していただけるかと」

 

 

沈黙する上条。やがて、頷いた。

 

 

「どう言うこと?」

 

「つまり――」

 

 

上条はオーディンに変身している際によくポーズである腕組みを行いながら、佐野やキリカに事情を説明する。

織莉子が何故、志筑仁美を殺そうと言うのか? それは織莉子の目的が関係している。

 

 

「志筑さんは今分かっている魔法少女に共通する友人だ」

 

 

まどか、ほむら、かずみ。

彼女達と楽しげに登校している仁美を何度も見ていた。

 

 

「佐野さんは未来を変える最も簡単な方法が何かご存知ですか?」

 

「ん、んーッ? なんだろ……?」

 

 

複雑に笑う佐野。上条は頷くと答えを告げる。

 

 

「死ですよ」

 

「死……」

 

 

織莉子もまた頷く。

未来とはそれ即ち、人によって紡がれるもの。

人と人の繋がりが未来を創り、未来を繋げていく。

 

例えば『佐野満』は、佐野の父親と母親が愛し合った末に生まれた存在だ。

もし佐野の両親のどちらかが死んでいれば、佐野が生まれると言う未来は無かった。

 

未来と言うものはそもそもが複雑なものだ。

簡単に変わる時は変わるし、変わらない時は何をしても変わらない。

ともあれ、大抵は『後者』である。要するに何をしても些細な違いしか起こらず、結末は一点に収束していく。

 

 

「Aと言う目的地に行く未来に収束していく中、電車を使おうが、バスを使おうが、徒歩で行こうが、目的地に行くことをやめなければ未来は同じです」

 

 

未来を変えようと思っていても、何も変わらないのはこの点を攻略できていないからだ。

乗り物を変えるだけでは時間の差はあれど、過程の差はあれど、最終的には同じ場所に辿りついてしまう。

 

だが、もしも運転手が死ねば?

ましてや自分が死ねば?

 

 

「目的地にはたどり着けない」

 

 

上条が言う。織莉子は頷いた。

 

 

「死は他者に大きな影響を与えます。未来や運命を大きく変える力を、簡単に齎す」

 

 

死ねば、影響を与えることも、影響されることも無い。

未来は大きく形を変えて、新しい世界を創造する。

 

 

「小説で、重要な登場人物の台詞を全てマーカーで消してみてください。以後の話は、物語として成立しますか?」

 

「なるほどね」

 

「物語に影響を与えない人物ならばまだしも、少なくとも私達ゲーム参加者は全てが等しく、重要人物です」

 

「だからこそ復活ルールがある。あれは織莉子のワンサイドゲームを防ぐためのものさ」

 

「はぁ、なるほど」

 

 

本来、人の死と言うのは一度きりだ。

しかしそれがいくつも起こりうる事で、織莉子にとってはかなりのノイズになる。

織莉子は見たい未来をピンポイントで見られる訳じゃない。

未来が変わる要因が連続で発生すれば、織莉子も対処に追われると言うわけだ。

 

 

「死が未来に齎す影響にも強弱があります。近い存在の者が消えれば、観測はまだ容易です」

 

 

人の死は他者に衝撃と悲しみ、あるいは狂喜を与えるかもしれない物。

さやかが死んで、未来は変わった。そして次は仁美が死んで齎す世界を視たかった。

さやかと仁美は『近い』。死が束ねる未来は、そこまで異常な影響を齎すものではないだろう。

しかしそこに最悪の絶望がいれば、確実に『視える』筈だと思っていた。

 

 

「つまり簡単に言えば、志筑仁美が死ねば多くの魔法少女に影響を与える事ができるのです」

 

 

友人が死んだとあれば人はどうなる?

決まっている、大きな悲しみに包まれる筈だ。

それは絶望に至る病。悲しみに包まれた魔法少女達は、一つの未来を映しだす。

己が、絶望する未来を。

 

 

「うまくいけば誰が絶望の魔女になるのかを知る事ができます」

 

「でもッ、もしかしたら殺した瞬間魔女になるって可能性もあるんでしょ?」

 

「ですので、注意をしてください」

 

 

沈黙する上条たち。

織莉子の言う事は理解できる。

理解できるから――

 

 

「それが世界を救う為なら仕方ない」

 

「!!」

 

 

理解できるから断る理由も無い。上条は織莉子に笑みを返す。

上条にとっては美樹さやかと幸せになる事こそが勝利だ。

そこに絶望はいらない。世界を無に返してしまう魔女は邪魔でしかないのだ。

 

それを排除できるならば織莉子に協力は惜しまない。

たしかに志筑仁美はさやかの大切な友人だ。

だが仁美だけしか友達がいない訳じゃないだろう。

 

一人くらい減っても許してくれるはず。

そうだ、さやかには鹿目まどかが残っている。

仮にまどかが死んでも、さやかは社交性がある。

誰とでも仲良くなれる筈だ。

 

 

「ちょ、ちょっと待って! え? いやッ、それはちょっとやり過ぎじゃないかなぁ?」

 

「……佐野さん?」

 

 

佐野はあたふたと言葉を述べる。

 

 

「流石にゲームと無関係な女の子を殺すのは抵抗があるというか」

 

 

織莉子は柔らかな笑みを浮かべて首を振る。

 

 

「お気持ちは理解できます。しかしもはや志筑仁美はゲームと無関係ではない。彼女の死は結果としてよりよい未来を齎してくれるはずです」

 

 

言わば、これは必要な死として捉える事ができる。

 

 

「佐野さん、優しさだけでは世界は救えません」

 

「それは……、分かってるけれども」

 

「どうしたんですか? 迷いが見えます」

 

「え……?」

 

 

迷い。確かにと思う。

以前ならば、きっと割り切れた筈なのに。

 

 

「大丈夫。殺すのは彼が受け持ってくれる。ガルドサンダー!」

 

 

上条が指を鳴らすと、上空から火の鳥が現れる。

姿を見せたのは使役しているモンスターであるガルドサンダーだ。

 

 

「僕達が手を汚す必要は無いし、殺すところも見なくて済むだろう」

 

「それなら大丈夫でしょう?」

 

「ま、まあ――」

 

 

そうだ。別に自分が気にする事じゃないだろ。

佐野は心の中でそれを強く自分に言い聞かせる。

そもそも志筑仁美とは無関係の筈なのに、何故うしろめたさを感じているのか。

佐野は自分でもよく分からなかった。

 

 

「バイトくんはさ、織莉子の言う事を素直に聞いていればよいのだよ~」

 

「あ、ああ……。だよねぇキリカちゃん」

 

 

そうだ、キリカの言うとおりだ。

佐野は少しぎこちない笑みを浮かべながらも仁美の殺害を了解した。

何を今更こんな弱気になる必要があるのか。今までだって、何の躊躇いも無く人を傷つけられたはずなのに。

 

 

『本当だよ。佐野さんは優しい人ですから』

 

 

まどかの笑顔が佐野の脳裏に焼きつく。

まどかの友達が狙われている。ただそれだけの事だ。

佐野は何故か痛みを放つ胸を押さえながら、それ以上意見を言うことは無かった。

 

 

そして、佐野は知らない。

 

 

「ハァ! ハァ……!」

 

 

学校の周りで息を切らしている女性が一人。酷い息切れと汗だ。

こんなに汗をかくなんて今まで無かった事である。

生まれて初めての感覚、そうまでして彼女が走った理由は――

 

 

「佐野さん……、どこにいったんだろう?」

 

 

そう。百合絵は佐野の後を追っていた。

もちろん彼女の足では佐野に追いつく訳も無いが、それでも何とか食いついて来たつもりだ。

心臓が張り裂けそうな程の鼓動を刻んでいる。呼吸をするのも精一杯だが、それでも必死に佐野を探していた。

見つかるわけも無いのに。それでも彼女は探し続けるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは?」

 

「保健室。元だけど」

 

 

一方のまどか達は、美穂とサキに連れられて一つの部屋に入る。

言葉通り、元々は保健室だった場所だ。今は魔女結界の影響を受けて不気味な造りになっていた。

とはいえ、元の保健室よりかなり広くなっており、中には多くの生徒達が居る。

どうやら美穂とサキはこの部屋に生徒達を避難させているようだった。

 

 

「上条くんがいない!」

 

「あれ!? そういえば!!」

 

 

焦る一同だが、中沢の携帯に連絡があった。どうやら外部との通信はできないようだが、学校内では使えるらしい。

メッセージで無事だという一文が入っていた。

どうやらブランウイングから落ちてしまったらしいが、安全な場所を見つけて隠れているというのだ。

ただし場所がどこか分からないため、騒動が終わるまではココに隠れているという事。

できれば探しに行きたいが複雑な魔女結界だ。手がかりなしに探すのは不可能かもしれない。

それに安全な教室というのが引っかかる。

 

 

「実は教室が教室だからなのか、この部屋にも魔女や使い魔が入ってこれないんだ」

 

「そ、そうなのか!」

 

 

芝浦が狙って作ったものなのかは知らないが、安全なポイントが存在しているらしい。

美穂たちの作戦としてはココに生徒達を匿っておき、その間に自分達が芝浦を止めると言うものだった。

こんなゲームを仕掛けるくらいだ。きっと出口はもっと意地悪な場所につくってある筈。

だとしたら元を断ったほうがいいんじゃないか? それが美穂とサキの思いだった。

既にかずみ、蓮も向かっている状況。ココは合流した方が得策ではないかと。

 

 

「そういえば……、アンタがさやかちゃんのパートナーなんだって?」

 

「え? ああ、そうそう」

 

 

そこで美穂は北岡の姿を確認する。

現在は離れた所にある椅子に座って、携帯を弄っていた。

 

 

「ふーん、確かに凄いね。圏外って出てるのにメールが送れるよ」

 

 

北岡は、無理やり教えられた真司の携帯アドレスに先ほどから悪戯メールを送りまくっている。

 

 

「だからさっきからメールが止まないのか! 納得納得――ッて馬鹿! 止めろ!!」

 

「つまんないねぇ、お前のノリツッコミ」

 

「ほ、ほっとけ! でもどうして北岡さんはここに?」

 

「まあ何となく。俺はなるべく早くゲームを終わらせたいのよ。って言うかさ、俺の事は気にせずやってよ」

 

 

まるで興味がないと言った北岡。

いつもは突っかかる真司であるが、どうやら今はそんな気が起きない様だ。

 

 

「くそっ! それにしても芝浦の奴!!」

 

 

真司は思い切り拳を壁に打ち付ける。真司は一同に、以前芝浦と会った時の事を端的に話した。

あの時もっとしっかり止めておけば、こんな事にはならなかったかもしれない。

移動中に見かけた死体を思い出して、目をギュッと瞑る。

 

 

「………」

 

 

少し離れた所で座っているまどかも同じだった。

魔女に食い殺されている早乙女を黙ってみているだけしかできなかった。

自分には力があったのに。

 

 

「まどか」

 

「ほむらちゃん――」

 

 

ほむらが優しく肩に触れる。

もう今のまどかは泣くことすらできず、ただ力なくへたり込むだけだった。

まどかは一点を見つめ、震える声で呟く。

 

 

「どうして……、こうなっちゃうんだろうね?」

 

「………」

 

 

虚ろな目をしていた。

ほむらはまどかに視線を合わせると、しっかりと首を振る。

 

 

「落ち込むのは早いわ」

 

「え?」

 

 

ほむらは保健室に避難している生徒達を指し示す。

怯えている彼等は何もできずに嘆いている事だろう。

しかし自分達は違う、自ら運命を変える力を持っているじゃないか。

救えなかったと嘆くより、今は彼等を救える可能性を信じた方がずっといい。

 

 

「貴女の願いは何?」

 

「わたしの願いは……」

 

 

誰かを守れる様に強くなりたいと願ったじゃないか。

まどかはそれを思い出して、徐々に目の光を強くしていく。

そうだ、ここで諦めちゃいけない。まだ彼等が残っているんだから。

 

 

「うん、そうだね……! わたしが諦めちゃ駄目だよね!」

 

 

頷くほむら。

まどかは手を握り返して、ありがとうと笑みを浮かべた。

同時に真司達の方も話し合いの答えが出た様だ。

サキは勢いよく立ち上がると、一同に向かって力強く宣言する。

 

 

「芝浦と双樹を止める!」

 

 

サキの宣言に同意を示す一同。

 

 

「とにかくアイツは一発ぶん殴ってやらないと気がすまない!」

 

 

ナイトペアと合流できるならそうして、それから芝浦がいる部屋を探し出せばオーケーだ。

すると、まるでタイミングに合わせる様にして放送が鳴った。

 

 

『あー、ちなみにおれは最上階の校長室にいまーす。あと学校内には化け物が入ってこれない場所が幾つかあるんで』

 

 

保健室、男子トイレ、女子トイレ、あとはプールの更衣室とシャワー室です。

まあそこを見つけて隠れてるのもいいんじゃないかな。一生学校で暮らす事になるかもしれないけど。芝浦はそう言いながら放送を切る。

恐らくコチラの会話を聞いていたのか、それとも映像だけで判断したのか。

 

 

「だが分かったこともある」

 

 

芝浦達は最上階。そしてとりあえずこの教室は安全だと言うことだ。

 

 

「やはり皆をココに残し、私達は芝浦を探そう」

 

 

サキはそう言うが、そこで立ち上がる北岡。

 

 

「どうした、先生」

 

「面倒だからパス」

 

「は?」

 

 

北岡はそう言ってさっさと教室を出て行ってしまう。

止めようとした真司だが、北岡はサラリとかわしてどこかへ行ってしまった。

 

 

「な、何しに来たのよアイツ」

 

 

美穂が呆れ顔で言う。

まあ北岡がよく分からないのは今更だ。

一人は危ないかもしれないが、北岡だって騎士である。一階の魔女もほとんど残っていないだろうし、今は芝浦に集中したい。

 

 

「でも本当に上にいると思う?」

 

 

そこは気になったが、芝浦はゲーム感覚でこの状況をしかけている。

言わば芝浦はゲームマスター。だとしたら嘘の情報を教える事はないだろう。

仮に罠であったとしても、今は情報が少ないため、一度上に行くのは悪くない手だった。

皆をココに残すという事は少し不安だが、結界をちゃんとほどこしておけば安全の筈。

 

 

「まどかさん……、行ってしまうんですか?」

 

「うん、ごめんね仁美ちゃん。すぐに戻ってくるから」

 

 

仁美の手を握るまどか。

後ろでは不安そうな中沢と、訝しげな表情を浮かべている下宮が見える。

 

 

「僕としては、事情を説明してもらいたいのだけど……」

 

「ほ、本当にココって安全なのかな?」

 

 

その言葉に答えるのはサキだった。

 

 

「大丈夫。雷の結界を追加してある、これならば魔女や使い魔の攻撃を防げる筈だ」

 

 

それに学校内なら連絡が取り合える。

魔女が出てからイルフラースを使えば、すぐに戻ってくる事ができると。

 

 

「正直、広範囲で攻撃してくる魔女に出会ったら守れる自信は無い。ココにいてくれたほうが助かる」

 

「ま、まあ、それは……。でも本当に一体何がどうなって――?」

 

「今は話せない。悪いが、理解してくれ」

 

「……まあ、僕らとしても理解できる話ではないかもしれませんしね」

 

 

下宮は少し納得がいかないようだったが、頷いて後ろへ下がる。

さあもう時間は無い。すぐにでも向かわなければと部屋を出て行く一同。

仁美とまどかも名残惜しそうだったが手を離す事に。

 

 

「ま、まどかさん!」

 

「?」

 

 

仁美は離れていくまどかを見てしっかりと言った。

 

 

「まどかさんがどんな人でも! 私はッ、私は友達ですわ!!」

 

「仁美ちゃん……! ありがとう!」

 

 

まどかは強く頷き、保健室を出て行く。

残された仁美達。本当にココに魔女がこないのかは知らないが、自分達にできる事はただ祈る事だけだ。

 

一体何が起こっているのかは知らないが。

一つだけ分かる事があるのなら、まどか達はこの事態に対抗できるだけの力を持っている。

もしかしたら自分の知らない所で戦い続けていたのだろうか? そう思うと胸が苦しくなる。

いろいろな意味でだ。助けてあげられなかった事、知らなかったと言う事、内緒にされていたという事。

様々な想いが、志筑仁美の心を締め付けた。

 

 

「まどかさん……、お願いだから無事に帰ってきてください」

 

 

仁美は祈るように目を閉じる。

隣では不安そうに震える中沢と、機械的にメガネを整えている下宮がいた。

 

 

(なるほど。間違ってない。きっと、彼女も)

 

 

さて、一同が芝浦を倒す事を決めた頃。

先に上層へ向かったかずみは魔女との交戦中だった。

 

場所は音楽室。

なにやら悲鳴が聞こえて駆けつけてみれば、魔女が生徒を襲っている所を見つけたのだ。

すぐに割り入り、生徒を逃がしたかずみは、歌姫の魔女『Clarice(クラリーチェ)』と戦いを繰り広げる事に。

 

長い髪にギターの身体を持ったクラリーチェは、その身体をかき鳴らして音楽を奏でる。

さらに口からは耳が裂けるほどの怪音波を発生させてかずみを狙う。

 

 

「うーるーさーいーっっ!!」

 

 

音楽室のあちらこちらに、使い魔であるスピーカー型のウサギ、『アイザック』が配置され、音波攻撃を増徴させていた。

すぐに聴覚切断を行ったかずみだが、どうやらこれは脳に直接流れ込んでくるらしい。

このままでは狂ってしまう。かずみはすぐに魔法を発動する事に。

 

 

「イクス・フィーレ!」

 

 

かずみの手に巨大な本が装備される。

魔女の怪音波が本に触れる度に、そこへ文字が刻まれていくじゃないか。

あっという間に本は文字で埋め尽くされる。

それを素早く読み抜くかずみ。フムフムと唸り、本を閉じた。

 

解析魔法『イクス・フィーレ』。

魔女の攻撃を本で受けると、そこに文字が刻まれて敵の情報や、どうやって倒せばいいのかを教えてくれる便利な魔法だった。

かずみは早速、記載されていた手順で魔女を倒す事に。

 

 

「まずは使い魔を封じる! ラ・ベスティア!!」

 

 

天に向けた十字架から光が溢れる。

それを見た使い魔達は、一勢に動きを止め、スピーカーの役割も放棄した。

音が弱まり、さらに使い魔達は何故か主人であるはずのクラリーチェに襲い掛かる。

これが使い魔を自分の操り人形とする魔法、"ラ・ベスティア"なのだ。

 

使い魔は魔女に群がり動きを鈍らせる。

次は部屋に設置されている無数のマイクの破壊だ。

これもまた魔女の奏でる音を増徴させる厄介な機械。

 

そしてこの機械は一勢に破壊しなければならない。

同時でなければ個々が瞬時に再生してしまうのだ。

この様に、イクスフィーレを使えば厄介な情報も一発で理解できる。

 

 

「ハァアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

かずみの周りに無数の大砲が現れる。

それらの砲口は、全てのマイクを的確に捉えていた。

溢れる光、かずみはマミからコピーしていた魔法技を発動する。

 

 

「ティロ・リチェルカーレ!!」

 

 

弾丸は全てのマイクを破壊して、魔女をさらに弱体化させる。

一方で使い魔達の攻撃を受けてよろける魔女。後は簡単だ、マスケット銃の弾丸をぶつけていくかずみ。ある程度ダメージを与えると、次は武器を杏子の多節棍に変えて魔女を縛り上げる。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

 

魔法で腕力を強化して魔女を振り回すかずみ。

次々に部屋の壁に魔女をぶつけていき、最後は空へ放り投げる。

悲鳴をあげながらバランスを崩すクラリーチェ。かずみは無防備な魔女へと十字架を向けた。

 

 

「リーミティ・エステールニ!!」

 

「ギャアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

光に包まれて消滅する魔女、

先ほどまでは音が溢れていた音楽室も、今は静寂に包まれる。

しかし程なくして背後から足音。かずみは振り返りながら十字架を其方に向けた。

てっきり新しい敵かと思ったが、そこにいたのはナイトであった。

 

 

「蓮さん!」

 

「やたらでかい音が聞こえて来たと思えば、お前だったか」

 

 

二人は合流と共に情報を交換する。

 

 

「二階は造りは簡単だよ。廊下があって、お部屋があるだけ。でも部屋が多くてさ、一体どこが校長室に続くのかがさっぱり!」

 

「向こうでも大きな音がしてるな。誰かいるかもしれない、行ってみるか」

 

「了解しました!」

 

 

二人はさっそくその音がしていると言う教室に向かう。

 

 

「ごめんください!!」

 

 

かずみが扉を蹴破ると、そこは美術室。

そこには魔女と交戦を繰り広げている騎士の姿があった。

 

絶望をテーマにした作品(アート)が溢れる中に舞う桜。

春の魔女『Palmira(パルミラ)』は、少女の姿に春を示すピンクの髪を持った魔女だった。

 

問題は少女の姿といえどそれは歪。

そして髪は手の様な形をしており、複雑に動いているのが不気味さを強調している。

そしてパルミラはその手を使って美術品を投げたり、直接バラバラに引き裂こうとしていた。

 

 

「あの髪が厄介だな!」

 

 

ライアは、エビルバイザーで次々に飛んでくる彫刻等を防御していく。

そしてその隣では東條悟が変身した騎士が並んでいた。

美しい銀と白、そして青のラインを刻んだ騎士・『タイガ』。

 

 

「じゃあ僕が何とかするよ」

 

 

タイガの所持するデストバイザーは、文字通り斧として機能する武器だ。

タイガはそれを構えて、パルミラの髪を切り裂こうと走り出す。

しかし斧と髪。リーチはパルミラが圧倒的に勝っており、激しい乱舞の嵐にタイガは近づけない状況だった。

 

 

「うかつに近づくと危険だぞ!」『アドベント』

 

 

パルミラの背後から猛スピードで飛来してくるエビルダイバー。

電撃で怯ませた後に、突進で魔女を吹き飛ばす。

しかし倒れながらも髪の毛を伸ばすパルミラ。エビルダイバーをしっかりと掴んで、ギリギリと締め上げた。

 

 

「―――!!」

 

 

かなりの力があるのか、グシャリと音を立ててエビルダイバーは潰されてしまう。

自分のせいでと戸惑うタイガだが、ライアへ平然としており、ましてやブランク体になる気配も無い。

それもその筈。潰されたエビルダイバーが、鏡の割れる音と共にはじけ飛ぶ。

 

 

「!?」

 

 

焦るパルミラ。掴んでいたのはジョーカーのカードだった。

その時フィールドに響き渡るトリックベントの音声。スケイプジョーカーは攻撃を無効化できるカードだ。攻撃を受けた後に発動すれば、『偽者』が受けたという事にできる。

文字通りそれは運命を変えるカード、かなり強力な能力だ。

そして戸惑うパルミラには大きな隙が生まれる。

 

 

「今だ! 東條!」

 

「分かった!」『ファイナルベント』

 

 

タイガの腕に、鋭利な爪が備えたガントレット・『デストクロー』が装備される。

その爪を構えて跳躍するタイガ。隙だらけのパルミラへ、その爪を深く突き入れる。

 

 

「ハァアアアアアア……ッッ!!」

 

 

悲鳴をあげる魔女。

タイガはより深く爪を刺し入れて、冷気を流し込む。

数秒もしない内に魔女は完全に凍りつく。

タイガは爪を引き抜くと結晶爆発が起こり魔女は消え去った。

これがタイガのファイナルベント、『クリスタルブレイク』なのだが――

 

 

「東條。お前、ミラーモンスターはいないのか?」

 

 

ファイナルベントは通常、契約したモンスターと協力して放つ必殺技だ。

しかし今の技にはどこにもモンスターが絡む要素がなかった。

 

 

「僕には契約モンスターがいないんだ」

 

「どういう事だ? ありえるのかそんな事が」

 

 

契約モンスターとは自分の分身。

東條がここにいる以上、モンスターは生まれる筈なのだが。

 

 

「ジュゥべえが教えてくれたんだ。僕はまだ本当の自分に出会えてないって」

 

「?」

 

「僕が英雄になれば……、ミラーモンスターがやって来てくれるんだ」

 

 

よく分からないが、東條が変身した時に託した『想い』ではミラーモンスターを誕生させる事ができなかったと言う事らしい。

しかしそうなってくると気になるのは東條の言う英雄だ。

しきりになりたいと言っているが、明確に英雄とは何かと聞かれればライアには分からない。

 

 

「その英雄ってヤツには、どうやったらなれるんだ?」

 

「僕にも分からないよ」

 

「そ、そうか……」

 

 

まあライアとしても占い師になる方法がイマイチ分からない状況だ。人の夢にどうこう言える立場ではないだろう。そこはスルーして状況を整理する事に。

ある程度の情報はトークベントでほむらとやり取りをしている為に把握できている。

芝浦を止める選択をしたのなら、自分達も校長室を目指したい。

 

 

「ねえ、その前に一つ聞いてもいいかな」

 

「なんだ?」

 

「キミはパートナーと仲がいいの?」

 

「………」

 

 

ライアは考える。フラッシュバックする思い出の数々。

話しかければ50パーセントで無視されていたのが、今では30パーセントくらいにはなった気がする。

あと最初は自分の事を虫けらを見る目でみていたほむらが、最近では冷たい目で見てくれる気がする。

 

 

「……普通」

 

「そうなんだ、僕は最悪だよ。話せば死ねって言われる」

 

「それは……、何と言うか、大変だったな」

 

 

ちょっとだけ優越感を覚えたライアは、タイガのパートナーの事を尋ねる事に。

 

 

「名前は呉キリカ。他の参加者を殺して勝利を掴むってプレイヤーではないけれど……」

 

「そうか。協力はできそうか?」

 

「無理だよ、きっと。彼女はあの人のいいなりだから」

 

「あの人?」

 

「うん。美国織莉子、美国議員の娘さんなんだって」

 

 

美国議員は手塚も聞いたことがある。

汚職議員だのと騒がれたニュースは、うんざりするほど特集されていたものだ。

 

 

(成程、やはりゲーム参加するプレイヤーは……)

 

 

ある程度『戦う理由』を持った者。

簡単に協力を選ばない為か。いやらしく考えられているものだ。

 

 

(しかしそうなるとパートナーも考えがあって決められているのか?)

 

 

キュゥべえ達は何を考えて自分達をパートナーにしたのやら?

そんな事を考えていると、ナイトとかずみが入ってくる。

 

 

「そいつは?」

 

 

ナイトはタイガを指し示す。

変身を解除して自己紹介を行う東條。

ナイトは新しい参加者だと知ると、表情を険しく変えた。

 

いくら今は戦いを保留しているとは言え、恵里が助かる方法を見つけられなかった時、蓮はゲームに乗るつもりである。

つまり手塚も東條も、いずれは殺す対象に変わる可能性を持っているのだから。

 

 

「まあいい。あまり俺に関わるな。分かったな」

 

「………」

 

「ま、まあまあ蓮さん!」

 

「おいよせ。とにかく今は芝浦を倒す事を考えるぞ」

 

 

ライアの言葉にナイトも納得したのか、それ以上尖った発言をする事は無かった。

二階は教室こそ多いが、通路自体は非常にシンプルな造りになっている。

だが逆に、二階のどこにも三階に続く階段は無かった。

おそらくはどこかの教室にあるのだろうが、まだまだ教室の数は多い。

 

 

「どこでもいい。さっさと扉を開けて、中に階段がないか確認すればいいだけだ」

 

 

そう言うとナイトはさっさと部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

まどか達がいなくなった後の保健室。

絶対安全という言葉は本当らしく、一向に使い魔たちに襲われる気配は無かった。

逃げ込んでくる生徒達も増えていく中、誰もパニックを起こさなかったのは仁美達が必死に生徒達を落ち着けているからだ。

 

ここは安全。もうすぐ助かる。そんな言葉を必死に連呼する。

しかしそれでもやはり不安は募る。仁美が表情を暗くすると、中沢が反応を示した。

 

 

「だ、大丈夫だって志筑さん! もし何かあったら……、その!」

 

「?」

 

「そのッ、お、俺が守るからさ!!」

 

「中沢くん……、フフ、ありがとうございます」

 

 

笑顔でお礼を言う仁美。

それを見て中沢も顔を真っ赤に染める。

 

 

「な、何かあったらいつでも言ってね! 俺ッ、その、志筑さんのためなら何でもするから!」

 

「まあ、それは頼もしいですわね。でも、どうしてそこまで……?」

 

 

なぜ自分の事を気にかけてくれるのか?

仁美は何の躊躇いもなく、中沢に問い掛けた。

中沢はたじろぐものの、フニャフニャと理由を話し始めた。

先ほどもまどかを助けようとしたところなど、仁美は気品の中にしっかりと自分の芯を持っている。

 

 

「俺はどっちかって言うと優柔不断だから……、しッ、志筑さんは、憧れなんだ! だ、だからその――」

 

「ふふっ、ありがとうございます」

 

 

少し柔らかな雰囲気が二人の間に流れる。

それを見ていた下宮。邪魔をするのは悪いとは思えど、話しておきたい事があったので中沢に声をかけた。

 

 

「上条くんから連絡は?」

 

「さっき連絡したんだ。"おれたちは保健室にいる"って」

 

「返事は?」

 

「あったよ。上条も安全地帯にいて、外に出ると危ないからコッチには来ないって」

 

 

納得する下宮。

見れば他の生徒達もだいぶと落ち着いてきたらしい。

安全地帯にいる事と、事前に下宮が嘘ではあるが、殺す方法では脱出できない事を告げていたため、暴走しそうな生徒もいなかった。

 

 

「僕らも少し休もうか」

 

 

下宮に促され、中沢と仁美は端の方に座り込む。

 

 

「それにしても、彼女達は何者なんだろうね?」

 

 

下宮はもう一度まどか達のことを話題にあげた。

現実離れした化け物が現れたかと思えば、同じくしてクラスメイトが不思議な力で撃退を始めた。

 

 

「でも、ちょっと羨ましいかも」

 

「え?」

 

 

中沢は素直にそう思えた。

力があれば化け物に怯える事も無くなる。力があれば大切な人を守る事ができる。

そう言ってチラリと仁美を見た。彼女がそれに気づくことは無かったが。

 

 

「ヒーローじゃん。カッコいいよ」

 

「でも、あの芝浦って人も同じ力を持ってるみたいだった」

 

「あぁ、それは確かに……」

 

「力があっても、それをどう使うかを決めるのは結局人の心次第って事なんだ」

 

 

そんな物だろうか?

中沢は唸り声をあげて首を傾げた。

対して仁美は先程と同じ事をもう一度口にした。

 

 

「たとえまどかさんがどんな力を持っていようとも、彼女が私の親友である事には変わりませんわ。現にまどかさんは私達を助けてくれました」

 

 

確かに初めは少し驚いたが、中身はまどかのままだった。

 

 

「私はただ、まどかさんを助けたい。今はそう思っています」

 

「そうだね。力ある者故の恐怖があるのかもしれないし、僕たちにしかできない事もあると思う」

 

「まあ、おかげで今ココにいられる訳だしな。鹿目さんたちには本当に感謝しないと……」

 

 

そこで中沢はまた仁美の表情が重く沈んでいるのに気づいた。

だからグッと拳を握り締め、震える声で言う。

 

 

「で、でも志筑さんの言葉は鹿目さんにちゃんと届いてると――、思うよ」

 

「そうでしょうか? だったらいいんですけれど」

 

「ああ。だって鹿目さんすごく嬉しそうだったからさ」

 

 

その言葉を聞いて目を丸くする仁美。

中沢としても嘘は言っていなかった。見たままを口にしている。

 

 

「だから鹿目さんの助けになったんじゃないかな? 志筑さんの言葉は」

 

「中沢くん……! ありがとうございます。うれしいですわ!」

 

 

仁美は桜色に頬を染めて彼に笑いかけた。

下宮は二人の様子を安心した様に見つめる。

釣り橋効果も合わさって仲が加速してくれれば良いのだが。

 

 

その時だった。轟音が鳴り響き、保健室の扉が吹き飛んだのは。

 

 

「――!?」

 

 

幸い、扉が誰かにぶつかる事は無かったが、問題はそこからだった。

 

 

「グエェエエエエエエエエエエッッ!!」

 

 

現れたのは鳳凰型のモンスター、ガルドサンダー。

突如現れた異形に、保健室内の生徒達は一勢に悲鳴をあげる。

ココは安全じゃ無かったのか。叫び、パニックになる生徒達。仁美達も言葉を失う。

だがそこで激しいスパークが巻き起こる。まどかが施した結界と、サキが施した雷のベールがガルドサンダーを停止させたのだ。

 

 

「グゲェッ!?」

 

 

ガルドサンダーは弾き飛ばされ、体からは煙が上がっている。

結界があるのを察知すると、すぐに火の鳥となって空を疾走。再び結界に突撃していった。

が、しかし、またもスパーク。激しい光に包まれて、ガルドサンダーは地面を転がる。

 

 

「グゥウウ!!」

 

 

床を殴りつけるガルドサンダー。

立ち上がり、炎弾を連射するが、やはり桃色の結界が崩れることはなかった。

 

 

「よし! 入って来れないんだ!」

 

「でも油断できない! 鹿目さんに連絡を――」

 

 

携帯を取り出した下宮。

しかしそこで凄まじい光を感じ、思わず目を瞑ってしまう。

ガルドサンダーの隣から神々しい光を放った鳥が飛来してきた。

ゴルトフェニックス、その突進は一瞬でサキとまどかの結界を破壊してしまう。

 

さらにそこで大量のガゼルモンスターが流れ込んできた。

メガゼール達は何の障害もなしに保健室の生徒達を取り押さえ始める。

悲鳴が木霊する。ともあれ、メガゼールたちは生徒達を取り押さえるだけで、攻撃はしてこなかった。

ただ、唯一、仁美たちには飛びかかってきた。

 

 

「ど、どうなって!! うわぁあああああ!!」

 

 

中沢は適当に腕を振り回す。

もちろんこんな事でモンスターが止まるわけも無いが、痛みは一向に襲ってこない。

そこで下宮は気づいた。ガゼルモンスター達に敵意がないことを。

 

 

「落ち着け中沢くん! こいつ等――、僕たちは狙ってない」

 

「え!? で、でも!」

 

「抑えようとしてるだけだ! 取り合えず暴れて!!」

 

 

現に下宮がメガゼールを蹴っても、向こうは反撃をしてこない。

掴みかかろうとはするが、それだけだった。

 

 

「きゃあ!!」

 

 

が、しかし、ガルドサンダーだけは違う。

紅蓮の炎を拳に宿し、仁美に向かって飛びかかる。

仁美は全力で走り、なんとか一撃は回避したが、それは紛れも無い殺意の証明だった。

ましてや恐怖で足がもつれる。フラつく仁美に、二撃目が避けられる筈もない。

 

 

「えッ、志筑さん!?」

 

 

中沢が反射的に名前を呼ぶと、ガルドサンダーは動きを止めて中沢を見た。

 

 

「うッ!」

 

 

マズイ。そうは思うが、ガルドサンダーはすぐに仁美を睨みつける。

 

 

「よせッ!!」

 

 

メガゼールを強引にかき分け、下宮は全速力でガルドサンダーの前に立つ。

危ない――、中沢は叫ぶが、ガルドサンダーは困ったように動きを止めるだけだった。

 

 

「間違いない! 中沢くん! コイツは志筑さんだけを狙ってる!」

 

「えぇ!? そ、そんなッ」

 

「このままじゃ彼女が危険だ!」

 

 

下宮はそのままガルドサンダーの腰に掴みかかって動きを止める。

 

 

「志筑さんを連れて逃げろ!!」

 

「そ、そんな! でも!!」

 

「いいから! はや――」

 

 

下宮一人に何ができると言うのか。

ガルドサンダーは簡単に腕を振りほどくと、下宮の首を掴んで投げ飛ばす。

壁に叩きつけられ、地面に落ちた友を見て中沢の足が竦む。しかし確かにガルドサンダーは仁美を狙っているように思えた。

だから、助けなけばと思うのだが、足が震える。怖い。恐怖が体を重くする。

 

 

「うわァア!!」

 

 

そこでガルドサンダーは掌から炎を発射。

中沢の目の前、地面に着弾させる。

威嚇射撃と言うものだろう。しかし中沢にはそんな事は分からない。目の前で燃える炎を見て、完全に心が折れてしまった。

 

 

「うッッ! ま、まじかよぉ」

 

 

ガクガクと震える中沢。

そうしているとガルドサンダーは彼を通り抜け、仁美に向かっていく。

腕から『鞭』を出現させ、それを振った。

 

仁美の悲鳴が聞こえる。

中沢は真っ青になり、目を見開いた。

嫌だ、嫌だ。泣きそうになりながらも、何とか声を出してガルドサンダーを止めようと試みる。

 

 

「やめろォおおおおおッ!!」

 

「ガアアアアァッ!!」

 

「ひッ、ひぃい!」

 

 

ガルドサンダーは、黙れと言わんばかりに吼えた。

効果はあったようで、中沢は完全に沈黙して震えるだけ。

 

 

「あ……ッ! ぐっっ!!」

 

 

一方でまた仁美の美しい脚に、赤い線が刻まれる。

苦痛の声を漏らす仁美。ガルドサンダーに下された命令は、なるべく仁美を痛めつけて殺す事だ。

そのほうが死体も凄惨な物となる。ソレを見せた時の魔法少女達の絶望も膨れ上がるはずだ。

 

しかしあまりにも酷いと絶望しすぎて魔女になる可能性がある。

ある程度の傷を作れば、あとは即死させる。

それで終わりだった。

 

 

「う……、うぁ!」

 

 

中沢は仁美を見る。見ているだけだった。

身体が動かない。いや正確には動くし、立ち上がっていたのだが、仁美を助けると言う事ができなかった。

いろいろな意味もあるが、何よりも恐怖が心を支配する。

 

 

「――ッ」

 

 

その時、中沢と仁美の視線がぶつかった。

痛みと恐怖で涙を浮かべている仁美。その目が、中沢の目に重なる。

仁美の表情が中沢に語っていた。そして口も、その言葉をなぞる。

中沢には聞こえない距離だったが、形がはっきりと分かってしまったのだ。

 

 

『たすけて』

 

「――ァ」

 

 

中沢は青ざめて走り出す。

 

 

「ウワアァァアアァアアアアァァアアアア!!」

 

「ッ! 中沢君!!」

 

 

中沢は走り出した。

仁美を助ける為ではなく、仁美に背を向けて保健室を出て行ったのだ。

恐怖には勝てなかった。ただそれだけの事だ。

そしてガルドサンダーは仁美に向かって炎を――

 

 

「クッソォオオオオオオオオオオオオっっ!!」

 

「グガッ!」

 

 

ガルドサンダーが発射した炎は、仁美の隣に着弾する。

理由は炎を発射する直前で、下宮がガルドサンダーにタックルを仕掛けたからだ。

下宮は再びガルドサンダーに掴み掛かると、仁美に逃げるように叫んだ。

 

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

 

仁美も自分だけが狙われている事を理解している為、下宮にお礼を言うと脚を抑えながら保健室を飛び出していく。

 

 

「よし、これで――」

 

「グエェエッッ!!」

 

「ウグッ!!」

 

 

ガルドサンダーの肘が下宮の背中を打った。

呼吸が止まり、動きを止めた下宮に今度はアッパーが命中。あまりの衝撃にえび反りになる。

ガルドサンダーはさらに下宮の胴体に向けて炎を発射した。

 

 

「ガァアアアアアアアッッ!!」

 

 

炎が全身に回る事はなかったが、腹部からは煙があがり、下宮は熱と痛みに表情を歪ませる。

衝撃もあったのか、下宮は倒れると動かなくなってしまった。

ガルドサンダーは鼻を鳴らすと、仁美を始末する為に保健室を出て行く。

 

 

「さ、最低だ……、おれ!」

 

 

一方、中沢は廊下を走りながら泣いていた。

好きだったのに。本当に好きだったのに、仁美を見捨てて逃げている。

涙と絶望で、顔をグシャグシャにして尚も走り続ける。

 

 

「こ、こんな筈じゃなかったのに! ちくしょう……!」

 

 

もっと力があれば良かったのか?

もっと勇気があれば良かったのか?

もっと『覚悟』があればよかったのか?

しかし中沢は人間、あくまでも弱い人間。中学生の子供にそんな決断を迫るのは酷と言うものだ。

 

 

「志筑さん――ッ!!」

 

 

今頃はもう?

守れなかったと言う悔しさと、彼女を見捨てて逃げている自分への劣等感で中沢は狂いそうだった。

そんな中沢の前に意外な人物が姿を見せる。

 

 

「お前っ!」

 

「どうしたんだい中沢、酷い顔だよ」

 

 

上条恭介を見つけ、中沢はすがる様に近づいていく。

今起こった事を、すぐに包み隠さず話した。

 

 

「お前は前に言ったよな? 好きな人の為に命を賭けられるのかって! おれ、無理だった……! 志筑さんを見捨てて、最低だ!」

 

 

中沢はパニックになりながら仁美への謝罪と自虐の念を吐露していく。

上条はしばらくその言葉を無言で聞いていたが、やがて言葉を遮るように口を開いた。

 

 

「大丈夫だよ中沢。後悔しているなら、志筑さんにちゃんと謝ればいい」

 

「だけど――ッ! もしかしたらもう彼女は!!」

 

「ああ。だから天国でね」

 

 

ドスッ!

そんな音が、静寂の中で響き渡る。

 

 

「え……?」

 

 

中沢はゆっくりと下を向く。そこには床一面に広がる赤黒い液体が見えた。

そして自分の腹部に突き刺さっている黄金の剣。それを持っているのは上条。

なんて綺麗なんだろう。中沢がそんな事を考えていると、上条が剣を引き抜いた。

すると血が噴水のように流れ出ていく。

 

 

「え? な、なんで……? あれ? どッ、どうして――? カハッ、ウブッ!」

 

 

中沢は涙を浮かべて上条に問い掛ける。

咳き込むと血が出てきた。苦しい。止まらない。

ダラダラダラダラ流れ出ていく赤。

 

 

「どうして? 決まっているじゃないか」

 

 

上条は持っていたゴルトセイバーを振るい、血を払う。

そして笑みを中沢に向けた。

 

 

「中沢、キミが僕の友達だからだよ」

 

「あ……」

 

 

上条は偽りの無い笑みを浮かべて、もう一度剣を振った。

中沢の首が、飛んだ。若干のタイムラグを経て倒れる体。

上条は中沢が死んだ事を確認するとデッキを取り出してオーディンの姿に変わる。

 

同じくして彼の元へ駆けつける織莉子達。

当然中沢の死体を確認する訳だが、織莉子もキリカも特にコメントは無かった。

しかし一人だけは大きく動揺したようで。

 

 

「か、上条くん!? コイツ君の友達だったんだろ? なのにッ、どうしてこんな――!」

 

 

少なくとも佐野満の頭では、上条の行動を理解する事はできなかった。

普通、友人を大切にこそすれど殺すなんて事はしない。

なのに上条は『中沢の為』に中沢を殺すという行動を取った。

 

その意味が佐野には全く理解できなかったのだ。

逆にそれは大きな恐怖にも変わる。上条は仲間ですら簡単に殺してしまうんじゃないだろうか?

だとすれば織莉子の仲間でいる事の安全性が疑われてしまう。

 

 

「佐野さん、簡単な話ですよ」

 

 

オーディンは腕を組んだまま中沢の死体を見る。

 

 

「彼は志筑さんの事が好きだった。そして、志筑さんはもうすぐ死ぬ」

 

「……だ、だから?」

 

「愛する人が先に死ぬ。その苦しみが貴方には分かりますか?」

 

 

沈黙する佐野、百合絵が先に死ねば確かにそれは。

つまりオーディンは仁美が死ぬと言う事で、一緒に中沢も殺すと言う決断に至ったのだ。

 

 

「これで彼もあの世で志筑さんと一緒に暮らせるはずだ、誰の邪魔も受けずに」

 

「――ヵ」

 

「僕は彼の愛を守るために、彼を殺したんですよ。フフフ」

 

 

佐野は確信した。上条は純粋なまでに狂っている。

優しさを伴った狂気。恐ろしさに震える佐野の隣では、織莉子が反応を示した。

眼の色が金色に変わった。未来が視えているのだ。

 

 

「まもなくココに志筑仁美がやって来ます」

 

「では殺そう」

 

 

頷くオーディン。

ゴルトセイバーを両手に構えて仁美がやって来るのを待つ。

 

 

「織莉子ォ、カミジョー! 私がバラバラにしてもいいんだよね?」

 

「ふふっ、駄目よ形をちゃんと残さないと」

 

「あはは、キリカは加減ができないからね」

 

「………」

 

 

殺す気満々のキリカを落ち着ける織莉子。そして二人の様子に笑みを浮かべるオーディン。

これがもうすぐ人を殺す者達の態度なのか? 佐野はゾッとして言葉を失った。

ふと、見つめるのは首がない中沢の体だ。

あまりにも凄惨な死体に、佐野の欠片ほど残っていた良心が狂った様に暴れだす。

 

 

「ッ!」

 

 

通路を曲がってき仁美は、オーディンたちを見つけた。

そしてオーディンたちも仁美を見つける。何の問題も無い、未来がやって来ただけ。

仁美はすぐに危険を感じて逃げようとするが、背後から迫るのはガルドサンダー。

 

 

「あ……、あぁ」

 

 

へたり込む仁美。どうやら自分の運命を悟ったようだ。

ギュッと眼を閉じて祈るようなポーズをとる。眼から溢れる涙、ガタガタと震える彼女の姿は何とも悲しげだった。

 

 

「たすけて……ッ! まどかさん――!」

 

 

仁美は消え入りそうな声で弱弱しく呟く。

対して笑いながら歩き出すオーディン。まだゴルトセイバーには中沢の血が付着している。

コレで葬れば、きっと中沢も満足だろう。それはオーディンの罪滅ぼしだ。

仁美の首だけを残して、後は中沢と共に消滅させる。

オーディンのプランは完璧だった。仁美を殺す事こそが、中沢に友情を示す何よりの証なのだと。

 

 

「………」

 

 

佐野はそれを見ているだけだ。

可哀想だが仕方ない。仕方ないのだ。

 

 

『本当だよ。佐野さんは優しい人ですから』

 

「……ッッ」

 

 

仕方ない筈なのに。見ているだけでいいのに。佐野の頭には色々な言葉が張り付いていく。

例えばそれはまどかの笑顔。仁美が死んだと知れば、まどかはきっと絶望してしまうだろう。

佐野を優しいと言ってくれたまどかは、仁美を見捨てた佐野を憎悪するのだろうか?

まどかから恨まれる事を想像して、佐野の足が何故だか震えだす。

具合が悪い。なんだこれは? 佐野は目を細めて、表情を歪める。

 

 

『私は佐野さんが優しい事を知っていますから』

 

「――ッッ」

 

 

百合絵の笑顔がそこにはあった。

佐野は息を呑む。自分の事を優しいと言ってくれた百合絵。

自分と一緒にいたいと言ってくれた百合絵。

百合絵のためだったら何をしてもいいと思えた。

 

 

(彼女と一緒にいたいからこそ自分は戦えた。誰を犠牲にしてもいいと思ってた)

 

 

それが佐野満の想いと言うものだ。

 

 

(そう、だからあんな女が死んでもオレには関係ない! 百合絵さんさえいてくれれば――ッ!)

 

 

では――、その百合絵は、佐野が女の子を見捨てたと知ればどうするだろうか?

佐野の中で時間が止まったような気がした。それは世界が色を失っていく感覚だった。

 

死にたくないと泣いている仁美を見捨てて、それでも百合絵同じ事を言ってくれるだろうか?

その事実を知っても、以前と変わらない笑みを向けてくれるだろうか?

 

 

(違う……! バカな事だ!)

 

 

そうだ、おかしな話だ。

だって考えてもみてほしい。そもそも百合絵と言う女は佐野が騎士だと言う事も知らないのだ。

彼女は何も知らない。何も知らなくていい。知らないからいいんだ。

笑ってくれればいい。褒めてくれればいい。気持ちよくしてくれれば、百合絵の役目は完了だ。

 

そこで――、佐野の目の前に『自分』が見えた。

百合絵は何も知らない。が、しかし、自分は知っている。知ってしまっている。

罪が過ぎ去り。それを隠すのであれば、確かに百合絵は何ひとつ変わらない笑顔を向けてくれるだろう。

 

だがココで仁美を見捨てた佐野は、果たしていつもと変わらない笑顔を百合絵に向けられるだろうか?

答えはきっとノーだ。ただでさえ、何かあるのかと聞かれている。

作り笑いが下手になったのだ。

 

 

『あそこに、戻りたくない』

 

「―――」

 

 

仁美の美しい緑色の髪が、千歳ゆまと重なる。

 

 

(何でだよ、どうしてオレと関係ないお前がッ、オレの頭から離れないんだ……!)

 

 

恨んでいるのか? お前を騙したオレを。

幻想に向かって佐野は叫んだ。答えは返ってこない。

 

 

(あんなの恨むような事じゃないだろ! オレは何も悪くなかっただろ!!)

 

 

止めてくれ、オレは優しくなんてないんだ。だからオレに期待するのは止めてくれ。

オレはそんな凄い人間じゃないんだ! なのにどうして皆オレに善意を求めるんだ?

オレはもっと汚い人間なのに、どうしてそれを否定したがるんだよ!

皆オレの何を知ってるんだ! どうしてそんな――ッッ!!

 

 

「助けて……! お母様、お父様――ッ」

 

「………」

 

 

仁美の言葉が佐野の記憶を刺激する。

泣いてばかりだった母。家族を顧みなかった父。

あんな風にはなりたくないと思うどこかで、きっと自分は家族の幸せを願っていたんだろうか?

分からない。分からないが、分からなくても生きていた。

 

 

『人を悲しませる様な事だけはしたら駄目よ』

 

 

などと、誰もが親から言われたであろう言葉が、母の最期の言葉だったかもしれない。

明確な記憶ではない。忘れるほど薄い言葉だ。

しかし何故か今はその言葉が、何度も何度も頭の中に再生された。

 

 

(嫌だ! オレは母さんみたいにはならない!)

 

 

佐野の記憶にいた母は、泣いてばかりだったじゃないか。

母だっていつも自分の様な人生を歩ませたくないと佐野に訴えかけていた。

と、思う。

 

 

(駄目だ、嫌だ! オレは母さんみたいになっちゃいけないんだ!!)

 

 

佐野はもう一度仁美を見る。

死への恐怖で怯えている姿が色々な人物と重なっていく。

それは自分を信じた鹿目まどか。それは何もしてやれなかった千歳ゆま。

それは可哀想だった母。そして、それは――

 

 

『佐野さん!』

 

(オレは、百合絵さんの為にもココで死ねないんだッッ!!)

 

 

愛した、百合絵。

愛してくれた、百合絵だ。

彼女は自分の気分をよくしてくれる道具でしかない。百合絵がもしも佐野の嫌がることを言うのなら、きっと佐野は百合絵を嫌いになる。

 

 

「さようなら」

 

「ひッ!」

 

 

オーディンがへたり込む仁美に向かって剣を振り上げた。

そして何の迷いも無く、剣を振り下ろす。

コレで中沢と一緒に天国で幸せに――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

「え……」

 

 

が、しかし。剣が仁美に触れる直前だった。

空間が割れ、メガゼールが飛び出して仁美を突き飛ばした。

剣から離れる仁美と、代わりに切り裂かれるメガゼール。

一瞬の出来事に、オーディンや織莉子達は言葉を失うだけだった。

 

 

「―――ァ」

 

「?」

 

 

そして。

 

 

「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

「!」「!」

 

 

自分でも何が起こったのか分からない。

分からないが――、佐野はしっかりと自分の意思で両手を前に突き出していた。

左手には自身の紋章が描かれたデッキ。顔の前でクロスした手は。親指と人差し指を立ててエックスの文字を形成している様に見えた。

そのまま手首を回して左右に両手を広げる。小指を立てて、手を契約モンスターのモデルとなった動物を表した。

 

 

「変身ッッ!!」

 

 

佐野はデッキをバックルへセットする。

現れる鏡像。インペラーへの変身を完了させると、一気に駆け出した。

同時に発動するのはアドベントだ、織莉子やキリカ、オーディンを邪魔する様にして無数のメガゼールが出現する。

さらにガルドサンダーの前にはリーダーのギガゼールが出現して、仁美を守る様に立ちはだかった。

 

 

「……佐野さん、これは一体どういう事ですか?」

 

 

織莉子は冷たい目でインペラーを睨む。

そのインペラーは言葉を無視して、仁美を狙うガルドサンダーに飛び蹴りを食らわせていた。

吹き飛ぶガルドサンダー。インペラーはギガゼールに命令を出し、仁美を抱え上げた。

 

 

「逃げろ! 早く!! その娘だけは守り抜けッッ!!」

 

「ギギッ!」

 

「え……! ええ!?」

 

 

インペラーの言葉に頷くギガゼール。戸惑う仁美を無視して、横抱きにして走り出す。

逃がさないと言わんばかりに鞭を伸ばすガルドサンダー。

しかし割り入るインペラー。ソードベント・"ガゼルダガー"によって、鞭を切り裂いた。

おかげで仁美は完全にオーディンたちの前から姿を消す事に。

 

 

「グググェ……ッッ!!」

 

 

ガルドサンダーは拳を握り締めて怒りを爆発させる。

獲物を逃がしたインペラーを完全に敵と認識したようだ。

次々に炎を放ち、焼き殺さんと走り出す。

 

 

「ウラァッッ!!」

 

 

しかしインペラーも負けてはいない。

ストライクベントを発動。ガゼルクローを脚に装備して炎を蹴散らしていく。

激しい蹴りの乱舞。踊るようにして繰り出されていく足技はあっという間にガルドサンダーに直撃していく。

 

 

「グガァアアアアアアア!!」

 

「ッ! うぐぁっ!!」

 

 

しかし痺れを切らしたのか、ガルドサンダーは火の鳥へフォームチェンジ。

轟々と赤く燃える翼を広げてインペラーに突撃していく。

スピード、威力、インペラーの予想を超えていた。次々に突進を受けてダメージが蓄積されていく。

 

そうしていると地面に倒れるインペラー。

そこで自分の姿が客観視できた。なんとまあ無様な姿か、思わず笑えて来る。

 

 

(百合絵さん――ッ!)

 

 

だが、悪い気分では無かった。

 

 

(今のオレなら! キミに変わらない笑顔を向ける事ができると思う? ねえ、百合絵さんッ、百合絵さん!!)

 

 

立ち上がるインペラーだが、再び火の鳥の突進を受けて倒れる。

さらに次々と降りかかる炎。身を焦がす痛みは、より心を動かしていく。

インペラーの契約モンスターである『ガゼルモンスター』のモデルは、佐野が子供の時に見たテレビがルーツだろう。

 

肉食獣に食べられているレイヨウ。その姿を見て佐野は可哀想と思った。

その感性。佐野は殺されそうになっている仁美を可哀想としか思えなかった。

佐野は人間である。だから仁美を殺せなかった。

 

 

(オレは百合絵さんのために、オレを(かえる)さなきゃいけない!!)

 

 

 

別に佐野だけなら仁美を見捨てることはできた。それも簡単にだ。

だが、もうそういう訳にはいかないんだ。百合絵は『道具』だ。だからこそ大切にしたい、だからこそ自分も使ってほしい。

百合絵に、自分がいたから良かったと思って欲しい。

話していると楽しいだとか、一緒にいると気持ちいと思って欲しい。

 

 

「ッッ!!」

 

 

インペラーは火の鳥を見た。

だからこそ蹴り飛ばし、強制的に地面へ叩き落す。

転がるガルドサンダー。立ち上がりざまに追撃のドロップキックをブチ込んでやる。

 

 

「キミには分からないよ。おこちゃまにはさ」

 

 

小さく呟く。それが答えだ。

恋愛とは対等な関係が望ましい。格差や劣等感があってはいけない。

お互いがフラットな関係だからこそ、気兼ねなく過ごせるのだ。落ち着くのだ。

 

だから、百合絵に合う人間になりたい。それが佐野の本心だった。

犯罪を犯すヤツは百合絵の傍にいてはいけない。彼女が汚れる。

乱暴なヤツは百合絵の傍にいてはいけない。悪い噂が流れれば、彼女の評判が落ちる。

ましてや、そう、女の子を見捨てるようなヤツは――……。

 

 

(オレは――)

 

 

デッキからカードを引き抜くインペラー。

それは紋章が煌くカードだった。

 

 

(オレは――ッッ!!)

 

 

吹き飛んだガルドサンダーはダメージが大きいのか立ち上がるのに失敗していた。

隙だらけだ、止めを刺すなら今しかない。インペラーはそのカードを迷わずバイザーへセットした。

 

 

「ウオオオオオオオッ! ハァァアアアアアアアア!!」

 

「グガァッ! ゲゲェエエエエッッ!!」

 

 

構えるインペラー。その背後から無数のガゼルモンスターが跳躍していく。

次々に爪や蹴りでガルドサンダーを攻撃していくガゼル達。

そして最後に叫び声を上げながらインペラーの飛び蹴りがトドメの一撃を叩き込む。

 

 

「グゴアアエエエエエッッ!!」

 

 

ファイナルベントである"ドライブディバイダー"を受けて吹き飛び爆発するガルドサンダー。

この戦いは誰が見てもインペラーの勝利だった。

とは言え、複雑なものだ。思い描いていたプランじゃない。

人生とは、なかなか上手くいかないものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アグァアッッ!!」

 

 

インペラーの背中に激痛が走り、反射的に後ろを向いた。

そこにいたのは黒い爪をつき立てているキリカだった。

鬼のような形相でインペラーを睨んでいる。

 

 

「おっ、おおおッ! 織莉子を裏切るなんて……! 許さないぞッッ!!」

 

「ウ――ッ! あぁあ゛ッッ!!」

 

 

インペラーはキリカを振り払い、すぐに回し蹴りを繰り出す。

しかし既にキリカの姿はソコには無かった。音速とも言える動きで、次々にインペラーの身体を切り刻んでいく。

 

舞い散る火花。

インペラーは反撃を繰り出そうとするが、どれだけやってもキリカの姿を捉える事はできなかった。

対してキリカは尚も加速し、次々にインペラーへダメージを与えていく。

 

 

「クソッ! クソォオオッッ!!」

 

 

さらに起こる爆発。見ればオーディン達がメガゼールを倒してコチラに向かっていた。

立ち上がろうと力を込めるインペラーに次々と降りかかるオラクルの雨。

強制的に地面へ押し倒され、織莉子は冷たく笑った。

 

 

「残念です、こんな事になるなんて」

 

「ウッ! グゥウウウッッ!!」

 

「でも予想外でした。この未来は視えませんでしたもの」

 

 

残念だが、貴重な(ガルドサンダー)を殺されたケジメはつけなければ。

 

 

「でもこれでやっと分かりました」

 

 

オーディンは錫杖に、自分の紋章が刻まれたカードを装填する。

 

 

「貴方が未来にいなかった――、理由が」

 

「!」

 

「残念ですよ。貴方とは良い関係を築けると思ったんですが」『ファイナルベント』

 

 

オーディンの背後に現れるゴルトフェニックス。

そのままオーディンの背に重なるように融合すると、巨大な光の翼をオーディンに与える。

 

それを広げて空に浮かび上がるオーディン。

全身からは眩い光とエネルギーが溢れていき、巨大な光の柱を形成する。

光の本流は徐々に巨大化していき――

 

 

「あぁ……ァ」

 

 

光に包まれるインペラー。

オーディンのファイナルベントである"エターナルカオス"は、全てを光の中に誘っていく。

愛も、悲しみも、苦しみも、痛みも、そして命さえも。

光が晴れたとき、そこにはデッキが粉々になった佐野が倒れていた。

 

それを見て笑みを浮かべるキリカ。

しかしすぐに表情を険しい物へ変える。佐野は呼吸をしていたのだ。

 

 

「あれ? あれれ? あれれれれー? どうして殺さなかったの?」

 

 

佐野はまだ呼吸をしていた。生きているのだ。

 

 

「だって流石に殺すのは可哀想だよ。今まで色々と協力してもらったんだ、そのお礼だよ」

 

「ええ。オーディンの言うとおりです」

 

 

そこで佐野も目を開ける。

 

 

「ちく――ッしょおぉお……ッッ!!」

 

 

佐野は苦しそうに呻きながら、何とか立ち上がり、オーディン達に背を向けてフラフラと走り出す。

それを不満そうに見つめるキリカ。佐野を追いかけて殺すつもりだったが、ソレも織莉子達に止められる。結局佐野はそのまま見えなくなってしまったではないか。

 

 

「それにしても――」

 

 

オーディンは織莉子を見る。

 

 

「スキルベントを使えば、キミの未来予知の力が、僕にもある程度使えるようになる。便利なものだね」

 

 

既にオーディンはそれを発動していた。

未来を視たのだ。だから佐野を逃がしたのだ。

 

 

「志筑仁美を追うのは止めましょう。都合が悪い」

 

「ああ、それよりも今は芝浦の方を追おうか。その途中でいろいろと面白い事になる」

 

 

頷きあう二人。

しかし相変わらずキリカは不満そうである。織莉子を裏切った佐野をどうしても許せないらしい。

 

 

「どーしてさ織莉子ぉ! 私が怒りでトマトみたいに赤く膨れ上がって爆発してもいいのかい!!」

 

「ふふっ、大丈夫なのよキリカ」

 

 

織莉子の目が金色に変わる。

彼女はその状態でもう一度大丈夫なのだと口にする。

そしてキリカの頭を優しく撫でた。織莉子に笑いかけられて渋々納得したのか、キリカもそれ以上文句を言うことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ハァハァ! ア――ッ! ぐぅッッ!」

 

 

佐野は、壁を伝う様にして廊下を移動していた。

苦しい、痛い。心のどこかで最期を予期していた。

だから最期くらいはカッコよく、まどかの友達を守った事を誇りに思って死に――

 

 

「死にたい訳、ねぇえだろうがアアッ!!」

 

 

彼は、人間である。

 

 

「クソッ! クソォおっ! あんな女助けなければよかった!!」

 

 

どこまで行っても、佐野満は純粋な人間だった。

襲い掛かるのは死へ恐怖と後悔。この溢れる悲しみと憎悪は、誰かのせいにしなければならない。

こんなの、望んだ結末ではないのだから。

 

 

「何考えてんだよオレは! 何考えてんだよ織莉子達はァ!」

 

 

でなければ壊れてしまう。

何故? どうして仁美なんかを助けたんだ、関係なかったのに。

織莉子の仲間でいれば安全にゲームを終えられたかもしれなかったのに!

 

 

「鹿目まどか……! アイツのせいだ! アイツが全部悪いんだッッ!!」

 

 

それに織莉子達だってどうかしてる。

あれだけ協力してやったのに、いざ少し歯向かっただけでコレかよ。

佐野の怒りは頂点に達していた。

 

 

「こんな事ならはじめっから50人殺しておくんだった!!」

 

 

ふざけんな、ふざけんな!

佐野はそう叫びながら地面に倒れる。

エターナルカオスの影響は大きく、佐野の体力は限界に近かった。

 

 

「嫌だ……! 嫌だ! オレは死にたくない!! 百合絵さん! 百合絵さんと一緒にいるんだ!!」

 

 

佐野は意識が飛びそうになりながらも、百合絵の姿を追い求める。

 

 

「オレは帰らなくちゃいけないんだ! オレの世界に!! こんな所で終わるなんて絶対に嫌なんだよォオッッ!!」

 

 

いつも百合絵は自分の事を想ってくれていた。笑いかけてくれていた。

きっと今の姿を見ても百合絵は笑顔でいてくれる。

自分の事を分かってくれる筈だ、だから彼女に会わせてくれ! 彼女の笑顔を見せてくれ!!

佐野は叫び続ける。

 

 

「出してくれ……!」

 

 

声が掠れる。本人は叫んでいるつもりでも、その声量は随分小さい。

佐野は足掻く、何とか見つけた廊下の窓。外を見れば、現実世界の景色が見えた。

だがいくら窓を破ろうとしても叶わない。人間の力では破壊できるわけもない。

外にいる人間にも知られない。それが佐野に突きつけられた現実と言う物だった。

佐野はそれを認められずに叫び続ける。弱く、強く、ありったけに百合絵を求めた。

 

 

「出してくれよ! ココから出してくれよッ! 出してぇエエエエエエエッッッ!!!」

 

 

そんな佐野の願いが届いたのか、廊下に響く足音が聞こえてくる。

まどか達かもしれない! 佐野はすがる様に走り出して足音の主が誰なのかを確かめようとした。

 

 

「まどかちゃん!? 先輩!! いるんだろ? 助けて、オレを助けてよッッ!!」

 

 

生きたいと願った佐野の前に現れたのは、鹿目まどか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、なく。

 

 

「ァアァァアア……ッッ」

 

 

蛇の様な眼光が佐野を捕らえる。

学校に侵入した浅倉威と佐倉杏子は、一番初めに佐野を発見したのだ。

絶望の表情を浮かべて動きを止める佐野へ、浅倉はニヤリと笑ってデッキを取り出す。

 

 

「誰だお前? あァ、誰でもいい。退屈なんだ。俺と戦え」

 

「まあ服装的に参加者じゃないの? アンタ、さっさと変身しないと死ぬよ」

 

 

杏子はたい焼きをかじりながら不満そうに頬を膨らませる。

冗談じゃない、佐野は狂いそうになる感情を押さえつけてなんとか声をあげる。

 

 

「ちょ、ちょっと待て! ちょっと待って! オレ、今デッキ壊れちゃって!!」

 

「アァ? チッ、おい!」

 

 

浅倉は舌打ち交じりに杏子を見る。

 

 

「へーへー、分かりました分かりましたよ」

 

 

杏子は槍を一本出現させると、ソレを佐野に投げ渡す。

 

 

「えッ?」

 

「これでいいだろ? さっさと戦えェエ!」

 

 

生身で走り出す浅倉。

 

 

「じ、冗談だろ!?」

 

 

佐野にはもう考えるだけの力すらない。

とにかく目の前にある槍を掴んで、生きる為にソレを振るった。

 

 

「ハッ! ハハァ!!」

 

「うぐぁぁああッッ!」

 

 

浅倉は佐野の一撃を簡単にかわして、拳を叩き込む。

無理だ、こんな状態で勝てるわけが無い。

吹き飛んだ佐野は槍を投げ捨てると、浅倉に背中を向けて走り出した。

笑みを浮かべてソレを見ている杏子。

 

 

「あらあら情けない。簡単に終わったな、一発じゃん」

 

「つまらん……! だが、勝ちは勝ちだ」

 

 

変身を行う浅倉。

王蛇は歩き出して勝利の笑みを浮かべる。

 

 

「ハハハハハァア」

 

 

首をゆっくりと回し、王蛇は最後のカードをちらつかせた。

一方の佐野は狂った様に百合絵の名前を呼ぶ。

助けて、助けて、何度もココにいない百合絵に助けを求めて。

 

 

「百合絵さん……! 嫌だ、嫌だッッ! 死にたくないんだ百合絵さん!!」

 

 

背後から蛇の鳴き声が聞こえる。

それでも佐野は走り続けた。嫌だと何度も叫び、百合絵の名前を呼ぶ。

それに反して、どこか心の中に冷静な部分があったのも事実だ。

だから佐野は口で百合絵の名を。心の中でゆまの名を呼んだ。

 

 

(お前も、一緒だった)

 

 

オレも、お前も、求めていたのは同じ物だったんだよな。

でも、それを手にする事はできなかった。そうだろ?

あっちじゃ、ちょっとは優しくしてあげようかな。

佐野は泣きながら一瞬だけ笑みを浮かべた。

だがすぐに歯を食いしばる。もう涙のせいで何も景色は見えなかった。

 

 

(どうしてこうなるんだよ――ッッ)

 

 

こんなの、望んだ結果じゃない。

 

 

「オレは……! オレはただ、幸せになりかっただけなのに……ッ!」

 

 

ベノスネーカーが発射した毒が王蛇に力と勢いを与える。

そのまま放つ連続蹴り、"ベノクラッシュ"が佐野に命中したのはその時だった。

断末魔をあげてきりもみ状に吹き飛ぶ佐野。地面に直撃したのを見て、杏子は笑みを浮かべながら近づいていく。

 

 

「お疲れ、食うかい?」

 

 

食いかけのたい焼きを差し出す杏子。だが佐野からの返事は無い。

 

 

「ありゃ、死んでるよもう」

 

 

杏子は首を振ると、絶命した佐野に槍を刺して放り投げる。

それをキャッチするのはベノスネーカーだ。佐野を二度程度租借して、一気に飲み込んでいった。

 

 

「これで一ポイントリードだな」

 

「雑魚狩りで調子乗ってんじゃないよ。騎士同士だったらアンタが負けてたかもな」

 

「そりゃあいい。殺したのが残念だ」

 

 

笑う王蛇と舌打ちを放つ杏子。

確かに王蛇としては万全の状態で戦いたかったが、杏子とのゲームでリードできるのは良い気分だった。

 

 

「ん?」

 

 

そんな時、杏子は窓の外に何かを見つける。

そういえば佐野は先程から何か人の名前を連呼していたような。

 

 

 

 

 

 

 

 

「佐野さん?」

 

 

学校の外では、百合絵が相変わらず佐野を探し回っていた。

 

 

「気のせいかな? 今、一瞬だけ声が聞こえたような……」

 

 

悲しそうで、自分を呼ぶ声が。

 

 

「佐野さーん!」

 

 

呼んでみるが返事は無い。

百合絵は強い違和感を感じながら佐野を探し続けていた。

何かがソコにあるような、そしてそこから佐野の言葉が聞こえてきたような――?

 

 

「なあ、アンタ。百合絵って名前なのか?」

 

「え? は、はいそうですけど……」

 

 

どこからか声をかけられ、立ち止まる百合絵。しかし誰に話しかけられたのか分からない。

周りを見るが、それらしい人物がいないのだ。

 

 

「誰ですか?」

 

 

虚空に向かって尋ねる。

 

 

「コッチだよ」

 

「え?」

 

 

左から声がしたので、百合絵は其方の方に頭を向ける。

そこにあったのは――

 

 

「あ」

 

 

口。

 

 

 

 

 

 

 

百合絵の身体が浮き上がる。上半身を覆うのは巨大なコブラの口だった。

何も無いと思っていた場所は、魔女の結界が施された学校。

そこからベノスネーカーが現れて百合絵に噛み付いたのだ。

 

一撃で即死した百合絵は、佐野と同じく数回の租借を得て腹の中に消えていく。

校内にて彼女は死んだ、それを杏子は冷めた笑みを浮かべて見ていた。

 

 

「何をしてる?」

 

 

浅倉が問い掛けると、杏子は相変わらず口だけを吊り上げて答えた。

 

 

「独りぼっちは寂しいもんなァ? ずっと一緒にいてやれよ。ハハハハ!」

 

 

嬉しいだろ? 愛する彼女とずっと腹の中で再会さ。

杏子は適当に手で十字架を切って笑っていた。

 

さて、杏子と浅倉は一旦立ち止まって行き先を決める事に。

教会から学校の異変を感じてやってきたはいいが、一体何が起こっているのか?

ましてや他の参加者がどこにいるのかサッパリだ。

 

 

「とりあえず上に行ってみるか。こんな馬鹿デカイ魔女結界は初めてだよ」

 

「なんだっていい、楽しめればな……!」

 

 

二人は頷き、早速他の参加者を求めて歩き出すのだった。

 

 

 

 

「およ!?」

 

 

一方、学校の外で一人の少女が間抜けな声をあげた。

名は神那ニコ。隣にはパートナーの高見沢も立っていた。

ニコは持っていた携帯を高見沢に見せる。既にレジーナアイのアプリは起動済みなのだが、そこにある名前の一覧から『佐野満』の文字が赤字に変わった。

それはつまり佐野が死んだと言う事を意味するものだった。

 

 

「さのまん、殉職したもよう。なむなむ」

 

「ハッ、どうせもうすぐ頭に直接情報がくるだろ」

 

 

今日は珍しく高見沢もニコに付き合っている様だ。

それもその筈、今回もまた多くの参加者が集まる絶好のチャンス。

ココを逃す手は無いだろう。

 

あまりにも戦いが激しいならば観戦にまわり、仕留められそうならば殺す。

レジーナアイには既に学校内のマップが詳しく表示されており、この二人には芝浦がどこにいるのかも明白だった。

 

 

「うーん、しっかし貴重なロリ枠が……! ゆまちゃんをペロペロする前に終わったか」

 

「どうでもいいさ。どうせ最後には俺達以外はいないんだからな」

 

「それもそうか。ほんじゃま――」

 

 

ニコと高見沢はそれぞれソウルジェムとデッキを取り出して前に突き出す。

ニコは左腕、高見沢は右腕を曲げて構えた。

二人はそれぞれ対照的にポーズを取る。そして――

 

 

「「変身」」

 

 

パチン! 指を鳴らしてデッキを入れる高見沢。ジェムを光らせるニコ。

鏡像が高見沢に重なると、そこから緑色の騎士が現れる。

カメレオンのデザインを持った騎士・"ベルデ"。

 

さらに隣では飛行士の様なメカニックな衣装を纏ったニコが立っていた。

二人は何の障害も無く学校の中へ、すると入り口が消滅してしまう。

どうやら入る時はどこからでも入れる様だが、出口は一つらしい。

 

 

「さあ、いくぞ」『クリアーベント』

 

「おけ。ま、余裕っしょ」『ユニオン』『クリアーベント』

 

 

二人の姿が完全に消え去る。

ここにまた、新たな参戦者が学校に侵入していくのだった。

 

 

 

【ユウリ・死亡】

 

【佐野満】【千歳ゆま】【インペラーチーム・両名死亡】【これにより、両者復活の可能性は無し。よって、インペラーチーム完全敗退】

 

【残り20人・11組】

 

 

 






没案で佐野が使い魔に群がられて食われるってのがありました。
ただなんだかんだ本編に似せてしまうという。

そう、そこなんです。
これはきっと僕だけじゃないと思うんですが、皆さんはこんな作品を見たことがないでしょうか?

オリ主やオリキャラが変身するライダーなのに、原作キャラと同じ決め台詞を言ってしまう、使ってしまう。ええ、現に私はそれをしました。


これはつまり、台詞も含めてそのライダーの魅力になってしまうからだと思っています。

ましてやデスゲームものって言うのはある意味、死ぬところがメインと言うか、そこが一番サブキャラが輝く場面というか。主人公になる場所というか。

つまり簡単に言えば、龍騎という作品は非常にキャラクターの死に方が完璧なんですな。だからこそ佐野なんてあの台詞にあの死に方がなければもはや魅力が落ちてしまうんじゃないと思ってしまう。

ましてや、じゃあ佐野が出ます。インペラーが出ますってなったら、絶対最期を想像するし、あの最期だったからこそインペラーって人気もあると思うんですよ。
だからこそ、なぞってしまう。なぞらなければならないんじゃないかと思ってしまう。
オリジナルにしないといけないのに真似を――、オマージュしてしまう。


こういう現象を私は『インペラーのパラドックス』、もしくは『893(としき)の呪縛』と呼んでいます(適当)


ごめんなさい、本当に適当です。
今現在眠すぎて何かいてるかイマイチ分かってません。
とにかく、まあ、そんな感じです。お茶会は次か次の次くらいに更新予定です。






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第31話 双樹あやせ カル樹双 話13第

 

 

「こ、ここは?」

 

 

ギガゼールに連れられて上の階に上がった仁美。

襲い掛かる使い魔は全てギガゼールが追い払ってくれたが、途中で何故か消滅してしまった。

理由は佐野が死んだからなのだが、仁美にはそれを知る由もない。

しかも運悪く、取り残された場所は魔女の目の前だった。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオ』

 

 

雪の魔女『Cornelia(コーネリア)』は、新たに迷い込んだ獲物を捕食しようと能力を思う存分に発揮していた。

魔女と仁美がいる場所は食堂なのだが、そこは今現在多くの雪によって覆われている。

魂まで凍ってしまいそうな冷気が仁美を弱らせていった。

コーネリアは直接殺す事はしない。仁美を一旦凍死させてから死体を頂く上品な魔女なのだ。

文字通りその姿は氷の女王に相応しい。クリオネをイメージした使い魔の"コルルス"も笑いながら仁美の周りを浮遊するだけだ。

 

 

「―――」

 

 

仁美は眠気を感じて地面に倒れる。

既に冷たさは無い。あるのはぼんやりとした感覚。

 

 

「……うぅっ」

 

 

そして自身を包む罪悪感だけだ。仁美は先ほどの事を思い出して涙を流す。

仁美はまどか達の事を変わらぬ友人だと言った。

しかし、初めて魔法を見た時に一瞬だけ思ってしまった。

 

 

『怖い』

 

 

「まどか――、さん」

 

 

ごめんなさい。仁美はそれを繰り返した。

 

 

(きっと罰が当たったんですわ、親友の貴女を怖いと思ってしまった罰が)

 

 

だから仁美は抵抗しない。

ただ襲い掛かる眠気に身を任せるだけだった。

だから仁美はゆっくりと目を閉じる。

 

 

「諦めないで」

 

「……ッ?」

 

 

誰かの声が聞こえる。鮮明に、しっかりと。

 

 

「貴女はココで死んでは駄目よ」

 

「え――……」

 

 

目を開ける仁美。目の前に。長い黒髪をなびかせる少女が見えた。

そして暖かな光を感じ、仁美は意識を覚醒させる。

寒さで麻痺していた為に分からなかったが、手を握ってくれている誰かがいる。

 

「あ……」

 

「もう大丈夫だよ、仁美ちゃん!」

 

 

まどかだった。

対して暁美ほむらは魔女へ一勢放火を仕掛ける。

雪の魔女であるが故に熱には弱いのか、爆弾や重火器に対して魔女は大きく悲鳴をあげていた。

使い魔達もほむらを刺し殺さんとばかりに氷柱に姿を変えて飛んでいくが、ほむらは盾を操作、『クロックアップ』を発動させて自分のスピードを強化させる。

 

 

「フッ!」

 

 

氷柱は全て回避。

さらに銃に魔力を与えている為、反動はキャンセルされている。

ほむらは両手に構えたショットガンを使ってコーネリアを仁美達に近づけまいと連射していった。

狙い通りダメージの反動で後退していく魔女。ある程度離れると、ほむらは時間を停止して魔女の体中に爆弾を設置。

そして、時は動き出す。

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

上品ではない断末魔を上げて消し飛ぶコーネリア。

すると部屋を覆っていた雪が消滅して部屋の温度は元に戻る。

 

髪をかき上げて踵を返すほむら。

見えたのは仁美を治療し終えたまどかの姿だった。

ココにはまどかとほむらしかいない。二階は部屋が多いため、一同は分担して三階へ続く階段を探していたのだ。

その途中でまどか達が仁美を見つけたと。

 

 

「まどかさん……」

 

「大丈夫? 仁美ちゃん」

 

 

まどかは仁美を心配そうに見つめてくる。

それが嬉しくて、申し訳なくて、仁美は一筋の涙を流した。

やはりどんな力を持ったとしても、どんな姿になったとしても、まどかはまどかだ。

それを強く思い、仁美はまどかの手を強く握り返す。

 

 

「ッ! 見て、まどか」

 

「?」

 

 

雪が溶けた事で部屋の全体が露になるが、そこに階段が姿を現した。

つまりこの部屋が上階へ続く道だったと言う事になる。

すぐに仲間に連絡を取るほむら。駆けつける龍騎達だが、そこでインペラーペアが死亡したアナウンスが頭の中に流れ込まれた。

 

 

「佐野さん……っ!」

 

「佐野……」

 

 

決して仲がいい訳ではなかったが、知っている人間が死ぬ事は心に刺さる。

ゆまの死も改めて突きつけられる。真司もまどかも、打ちのめされた様に力を失ってしまった。

一方で冷静に分析を始めるナイトペアやライアペア。

と言うのも、アナウンスに強い違和感を感じたらしい。

 

 

「復活の可能性が無しと言う事は、何かしらの形で復活はできると言う事か?」

 

「知らないんですか?」

 

 

東條が一同に復活のルールを説明する。

既にキリカを通して情報を得ていたらしい。

他者を殺す事で魂を現世に呼び寄せる禁忌。それを聞いたサキは怒りで拳を強く握り締める。

 

 

「どこまでも狂ったゲームだ……ッッ! 吐き気がする!」

 

 

人の命をどこまでも玩具だとしか思っていないルール。

妹の事もあるため、サキは強い憤りを感じた。

 

一方で沈黙を保つライアペア。

ほむらは腕を組んで、目を閉じている。心の中ではいろいろと思う事があるのだろう。

 

 

「暁美」

 

「………」

 

 

無視しているのか言葉を待っているのか。手塚はほむらの反応を気にせずに言葉を続けた。

ほむらとしても手塚が何を言おうとしていたのかは、何となく分かっていたが。

 

 

「あのルールは忘れろ」

 

「………」

 

 

ほむらは目を閉じて沈黙している。

 

 

「俺はお前が死んでもルールを使う気は無い。だからお前も絶対に俺を蘇生させるな」

 

 

手塚はほむらから目を反らしていた。

そこでゆっくりと目を開けるほむら。何の感情も含まぬ言葉で呟く。

 

 

「分かったわ」

 

 

そして一同は仁美が何故あそこにいたのかを知る事になる。

安全な保健室が襲われた。既にサキは様子を見に向かっている。

中沢はどうなったか知らないが、少なくとも下宮は一度攻撃を受けてしまったと。

 

 

『あー、お前等聞いてるー? あ、参加者の奴ねー』

 

 

そこで芝浦からの放送が入ったために、一同は反応せざるを得なかった。

 

 

『なんかダレてきたなぁ。さっさとおれの所に来いよ』

 

『早くしないと、魔女を外に開放しちゃうかも。ふふ♪』

 

 

結局芝浦の狙いはソレだったと言う事だ。

生徒達を使った殺し合いは余興でしかない。

全ては自分達のほうが上の存在だと言う事を実感する為のショーである。

芝浦の本当の狙いはゲーム参加者を集めて『数を変える』事だ。芝浦も当然参戦派である。ゲームを有利に進め、勝ちを目指そうとする事は何もおかしな事ではない。

 

しかし人の命を散々ゴミのように扱っておきながら飽きた?

真司は激しい怒りを覚える。しかしそんな感情が芝浦に届くはずも無い。

飄々とした声がまた聞こえてくる。

 

 

『三階はホールがメインになってる。んで、その先に校長室がある』

 

『出口は三階だよ♪ 残ってる子は頑張って逃げてね♪』

 

 

全てを明かしていく芝浦。

仕掛けたメッセージがひしひしと伝わってくる。

要するに全部教えてやったからさっさと来い、コッチはもう飽きてきたと言う事だろう。

 

 

『ミスったんだよなぁ。予想以上に魔女が生徒殺したせいで全然殺し合いにならないもん』

 

『安全地帯に逃げてるみんなは大人しいし、退屈だね!』

 

 

鼻を鳴らす蓮。

これ以上下らない愚痴を聞く気にはならなかった。

 

 

「だったら、望み通りにしてやる」

 

「あ! 待ってよ蓮さん!」

 

 

さっさと階段に向かう蓮とかずみ。

一瞬罠かとも思ったが、いずれにせよ三階には向かうしかない。

真司達も頷くと蓮の後を追いかける事に。まどかは仁美に笑いかけて、立ち上がった。

 

 

「もう少しだけ我慢しててね、仁美ちゃん」

 

「まどかさん……。あ、あの」

 

「なぁに?」

 

「無事に帰れたら、全てを教えてください」

 

 

まどかは一瞬迷ったように沈黙していたが、結論はしっかりと頷く事だった。

芝浦を止めたら、全てを仁美に話す。小指と小指を絡めて二人は誓いの言葉を歌う。

 

 

「ちょっといいかな」

 

 

それを見て、真司は提案を行う。

仁美をこれ以上危険な目にあわせる訳にはいかない。

という事で、仁美とまどかにはココに残ってもらおうと。

 

聞けば敵は仁美を狙う様な行動をとっていたとか。

もしもまだ敵が諦めていないなら、仁美を一人にするのは危険だ。

 

 

「そっか、そうですよね」

 

「こっちの事はいいからさ。頼むよ、まどかちゃん」

 

 

念のために美穂もまどか達につく事に。

ココにいると他の参加者がやってくる可能性もある。

まどか達は保健室に行ったサキに合流しようと決める。

 

 

「仁美ちゃんとまどかちゃんは私が絶対守るから。任せて!」

 

 

そう言って二人を連れて行く美穂。

真司、手塚、ほむら、東條の四人は、すぐに蓮達を追いかけて階段を駆け上がっていく。

ボスに続くだけあってか豪華な装飾が目立ってくる。しばらくすると大きな扉が見えてきた。

真司はそれを蹴破るようにして中に入っていく。

 

 

「――ッ?」

 

 

そこは芝浦の言う通り、巨大なホールだった。

向こうには校長室へ続く階段が見える。その向こうに芝浦がいるのだろう。

しかし蓮とかずみは扉から出てすぐの場所に立っていた。

 

何故か?

それはホールの中心に既に参加者が立っていたからだ。

黒、白、金。三色の参加者は真司達を確認するとアクションを起こす。

 

 

「皆さんには――」

 

 

美国織莉子はスカートの端を掴み、深々と頭を下げた。

儚げに笑うと、全ての参加者達へ等しく視線を送る。

 

 

「愛する人が、いますか?」

 

 

ピクリと眉を動かすのは、蓮とほむら。かずみは不安そうな表情で二人を見た。

織莉子達は既にホールにたどり着いていたのだ。そして真司達が来るのを待っていた。

隣にはキリカとオーディンが変身した状態で待機している。

蓮としても織莉子たちが黙って通してくれる筈がないと、様子を伺っていたのだ。

 

 

「キリカ……」

 

「………」

 

 

東條はパートナーの姿を見つけて悲しげに呟く。

すぐにキリカも東條に気づいたようだが、無視して織莉子の言葉を待った。

織莉子は問うた、参加者達には愛する者がいるのかと。

 

 

「家族や恋人」

 

 

織莉子は蓮とかずみを見る。

 

 

「友人」

 

 

最後に手塚、ほむら、真司を。

 

 

「心から慈しみ、自らを投げ打ってでも守りたい人がいますか?」

 

 

織莉子は一瞬だけキリカに視線を移して、すぐにまた真司達を見つめる。

その眼差しは悲しみを含んでおり、同時に強い決意を感じた。

佐野の言葉を思い出す真司。背負うものがそれぞれにはある筈だ。

織莉子も譲れない何かを背負っているのだろうか?

 

 

「そして、その人たちを守るに至らぬ自分の無力を嘆いた事はありますか?」

 

 

織莉子は一同に訴えかける。

優雅な姿とは裏腹に、ある種の『必死さ』がそこにはあった。

 

 

「今、世界は危機に陥っています」

 

「………」

 

 

ほむらは無言で話を聞いていたが、無表情とは裏腹に拳をギリギリと握り締めている。

それに気がついた手塚はトークベントを発動する。

ほむらは冷静な性格だとは思っているが、所々で感情を露にする癖がある。

そしてその時は決まって、『まどか』が関係している時だ。

ならばおそらくは今回も――?

 

 

『どうした?』

 

『……なんでもないわ』

 

『あの白い奴とは知り合いなのか?』

 

『知り合いと言う程では無いけれど……』

 

『?』

 

『私は、彼女が嫌いなのよ』

 

 

手塚は改めて織莉子を見る。

そこまで危険そうな人物には見えないが? どうやらほむらとは因縁があるらしい。

とは言え、織莉子がほむらに反応している素振りは無い。一方的な感情があると言うことなのか。

などと手塚が考えている間にも、織莉子は話を続けている。

 

 

「絶対的な悪意と暴力。それを具現した存在が降臨しようとしています」

 

 

誰もが織莉子が何を言っているか分からなかった。

しかしその鬼気迫る雰囲気を見て、嘘を言っているとも思わなかった。

 

 

「しかし、私は戦う」

 

 

織莉子は表情を変え、殺意を瞳に宿す。

 

 

「お話は終わりだ。これ以上はもういい」

 

 

痺れを切らした蓮。

事実、織莉子の言葉はやや抽象的すぎる。

重要な事を言っている様だが、肝心な部分を隠している様にしか思えないのだ。

 

 

「言いたい事があるならハッキリ言ったらどうだ?」

 

「……そうですね」

 

 

ならばと織莉子は話を切り出す。

 

 

「貴方達は、魔法少女が一体どんな結末を迎えるのかご存知ですか?」。

 

「!」

 

 

空気が変わる。知らないのは真司だけだった。

蓮もかずみから聞いており、東條もキリカから聞いていた末路。

魔女になるのだ。魔法少女はやがて皆。

織莉子は答えを口にする事は無かったが、一同のリアクションでだいたいを察したらしい。

 

 

「このゲームの結末は既に決まっています」

 

「何?」

 

 

織莉子は言い放つ。ネタバレ、と言うやつだ。

 

 

「滅び、全ては消え去るのです」

 

 

美国織莉子は未来を知っている。それは当然ゲームの結末をも。

そんな彼女が視た未来は、文字通り『滅び』だった。

何も無い。何も残らない。見滝原にいる生命は全て消え去り、同時にそれは世界中へと進行していく。

 

"連鎖"、全ては終わりに導かれる未来。

家族も、恋人も、友人も、誰しもが持っている大切な物が全て消え去ってしまう。

とてもバカらしい話だった。ゼロになるために戦うなんて。まさしく愚か者だ。

 

 

「その未来を、私は変えたいと戦ってきました」

 

「何を根拠に」

 

 

蓮が食いかかるが、それを止めたのはほむらだった。

 

 

「本当よ。彼女の魔法は未来を知る物なのだから」

 

「何だと?」

 

「……ッ」

 

 

何故自分の魔法を知っているのか?

織莉子はほむらに対して訝しげな視線を送った。

が、しかし、そうなると話が早いのも事実だ。

 

 

「その通りです。私の魔法は未来予知です」

 

 

その上で織莉子は先ほどの話を繰り返す。

このまま自分達が戦ったとしても、世界は必ず滅びの結末を迎えると。

 

 

「皆さんの中には、これが不信を煽る罠だと考えている人もいるかもしれません。ですが必ず世界は滅びを迎える。これは真実なのです」

 

 

だからこそ美国織莉子は戦うと言った。

織莉子の目的は初めから何も変わってなどいない。

魔法少女になったあの日からずっと。それはただ一つ、この世界を守る事だ。

 

 

「私は初めから見滝原を――、この星を守る為に戦っているんです」

 

「なら、どうすれば滅びの運命を変えられる?」

 

 

手塚の問いかけに、織莉子はオラクルを出現させるという答えを示した。

それは酷く矛盾した行動にも思えるかもしれない。

戦いを否定した織莉子が、戦いの道具を生み出したのだから。

しかしこれにもまた、一つの意味があることだ。

 

 

「もはや一刻の猶予もありません」

 

「………」

 

「危険な因子は排除しなければならないのです!」

 

 

織莉子はその言葉と共に一勢にオラクルを発射し、真司達の周りに設置する。

そして爆破。オラクルから炎が噴出し、真司達は悲鳴と共に爆炎に消えた。

 

 

「――!」

 

しかし炎はすぐに吹き飛ぶ。見えたのは巨大な『龍騎の紋章』だった。

目を細める織莉子。そして龍騎の紋章が音を立てて割れると、そこには変身を済ませた一同が立っていた。

 

 

「お、おぉ……! ちょっと焦った!」

 

 

龍騎は気づいてなかったが、まどかとの関わりでカードが増えていたのだ。

スキルベント・ドラゴンハート。ライアのトークベントのように、同変身していなくても発動できるカードだった。

 

と言うより、ドラゴンハートは変身していない状態でしか発動できないカードである。

生身の状態で致命傷を負うだろう攻撃が飛んできた時、龍騎の紋章が結界となって真司を守り、自動的に変身する効果であった。

 

 

「キリカ!」

 

「了解!」

 

 

戦闘の時間だった。

織莉子が叫ぶと、キリカは前が前に出る。

 

 

「ホラホラホラホラホラ!!」

 

 

キリカは魔法技であるステッピングファングを使用して黒い爪を発射していく。

それを武器で弾くナイトとかずみ。盾で吹き飛ばすライアとほむら。

厄介な話だった。芝浦へ続く道がすぐそこにあるというのに、なぜこうなるのか。

 

 

「おい! 危険因子とはどういう意味だ!!」

 

「そのままの意味です」

 

「意味がわから――」

 

 

そして面倒な事は連鎖する。

龍騎達の背後から聞こえてくるのは蛇の声。

龍騎以外はその意味に気づいてホール入り口から一気に離れる。

 

 

「え? え? 何、皆どうしたの?」

 

 

ウロウロとする龍騎。

それに気づいたライアがダッシュで近づいて、肩を掴んだ。

 

 

「あれは恐らく――ッ」

 

「って、おわああああああ!!」

 

 

扉を破壊し、二人のスレスレで通り抜けるのはベノスネーカー。

巨大な大蛇は龍騎達を通り抜け、一気にホールの中心へと移動する。

そこで気づく。ベノスネーカーの上には騎士と魔法少女の姿が見えた。

ベノスネーカーが弾け、消滅すると、二つのシルエットはホールに降り立つ。

 

 

「ここかァ、祭りの場所は!」

 

 

ベノサーベルを構えた王蛇はクルリと一回転して参加者を見定めた。

隣では杏子が槍を持ってニヤニヤと笑っている。ポッキーを齧り、目を細める。

 

 

「最近戦えなくてイライラしてたんだ。だから思う存分――」

 

 

杏子は地面を蹴り、走り出す。

 

 

「暴れさせてもらうぜッ!!」

 

 

同時に王蛇も前に出た。

とりあえず目に付いた参加者に有無を言わさず攻撃を仕掛けていく。

まず杏子が目をつけたのは織莉子だった。織莉子が見ていた未来はもっと先のものだ、この乱入は予想外だったのか、織莉子は不快感に顔を歪ませる。

 

 

「佐倉杏子。未来を惑わせるノイズめ!」

 

「それって褒め言葉?」

 

 

杏子は迫るオラクルを力任せにガンガンと弾いていく。

しかし力だけが杏子の実力では無い。複雑に迫るオラクルを多節棍で弾く技術力も備えている。

だがそこで黒が迫ってきた。

 

 

「織莉子に近づくなァア!!」

 

 

キリカが鬼のような形相で杏子に近づいていく。

そのスピード、杏子が気づいた時には既に目の前に。

 

 

「あ、ヤベ」

 

 

とは言え、そこでキリカが吹き飛んだ。

 

 

「にょわわーッ!」「げへッッ!!」

 

 

何かが飛んできて、キリカにぶつかったためだ。

それもまた黒。キリカに直撃したのは『かずみ』だった。

 

 

「そっちはお前がやれ」

 

「おー、サンキュー!」

 

 

かずみを投げ飛ばした王蛇は、ベノサーベルを振り回し、ナイトを狙う。

打ち付けあう刃と刃。弾かれるのはナイトの剣だ。

手がビリビリと痺れを残す。そうしていると、王蛇の蹴りが胴体に叩き込まれる。

 

 

「蓮ッ!」

 

 

ナイトを助けようとした龍騎だが、そこでライアに引き止められる。

 

 

「待て城戸。コレはチャンスだ」

 

「ええ、この混乱に紛れて芝浦の所へ行きましょう」

 

「えッ! 芝浦の所に!?」

 

「こ、声が大きい……!」

 

 

ライアとほむらは同時に龍騎の口に手を当てる。

王蛇ペアが乱入したせいで織莉子達も其方の対応に追われている。

行くならば今しかない。龍騎だってナイトの実力は知っている。

確かに今は芝浦を止めるのが先だとも、思う。

 

 

「馬鹿かよ! 行かせる訳ねぇだろうが!!」

 

 

少し離れていたにも関わらず、杏子は多節棍を伸ばして妨害を行う。

鞭のようにしなる槍が龍騎達の胴体を打った。

 

 

「イッデ! ど、どうして俺達の行動がバレたんだ!?」

 

「馬鹿みたいな大声出して! 気がつかない訳ないだろ!」

 

 

そう言って杏子は連続して槍を投げてくる。

最初の数発はほむらが射撃で弾き、後はライアが呼び出したエビルダイバーが体を盾にして防いでくれた。

 

 

「ご、ごめん!」

 

「ま、まあ、気にするな。そういう事もある」

 

「手塚、アレを使いましょう」

 

 

ほむらの言葉に頷くライア。

すぐにデッキからファイナルベントのカードを取り出した。

同時にユニオンの音声が流れ、ほむらの体を中心にライアの紋章が一瞬浮かび上がった。

複合ファイナルベントの発動の合図だ。

 

 

「走れ、城戸!」

 

「あ、ああ!」

 

 

龍騎は言われたとおり、校長室へ続く階段を目指して走り出す。

もちろん杏子は止めようと動くが、そこへ電流と水流を纏ったエビルダイバーが迫る。

エビルダイバーにはほむらとライアが乗っており、まずほむらが手に持ったショットガンで織莉子達を牽制していく。

これで龍騎の邪魔をする参加者は杏子だけだ。

 

 

「おいおい、そんなバカみたいな直線でアタシを止められるとでも思ってんのかよ!!」

 

 

確かにエビルダイバーはスピードはあるが、軌道は真っ直ぐのストレートだ。

一応はハンドガンを連射するほむら。しかし杏子はそれを槍で簡単に弾いてしまう。

だがそれでいい。全て分かっていた事だ。これは囮なのだから。

 

 

「!」

 

 

杏子は気づいた。いつの間にかほむら達の姿が消えていたのだ。

 

 

「あ? どこ行――ッ、ぐあッッ!!」

 

 

背後から絶大な衝撃。吹き飛んでいく杏子。

後ろを見ればそこにはほむらとライアがいるじゃないか。

 

 

「ば、馬鹿な! いつの間に!?」

 

 

混乱しながら地面に叩きつけられる。

手加減があったのか、ダメージはそれほどだが。

 

 

(どういう事だ、オイ!)

 

 

背中をさすりながら立ち上がる杏子。

すると気づく。自分の周りに大量の爆弾が置いてあったのを。

ピーと音を立ててライトが青から赤に変わる。それを見て杏子もヤレヤレと首を振った。

 

 

「マジかよ……ッッ!!」

 

 

大爆発。

キリカやかずみが思わず声をあげるほどの衝撃がホールに響いた。

ほむらが銃弾で相手の注意を引き、時間停止を行う。その隙にライアがエビルダイバーを操作して相手の背後に回るのだ。

エビルダイバーは一瞬で最高速度に達するため、ハイドベノンの威力が下がる事は無い。

そうやって相手に奇襲をかけ、再びほむらが追撃を加える。

これが二人のファイナルベント、『パーフェクトライアー』だった。

 

 

「行くぞ!」

 

「ええ」

 

「おわっ!」

 

 

エビルダイバーに乗ったまま芝浦の元へ向かうライア達。龍騎も掴んで一気に階段を抜けていく。

無言でそれを見ている織莉子。どうやら全力で止めたいと言う訳でもないらしい。

だが好きにさせるのも良くないのか。織莉子はキリカを見る。

 

 

「行ける?」

 

「もちろん!」

 

 

キリカは倒れているかずみを踏みつけ、ライア達のところへ走り出す。

だが彼女達は気づいてない。ライアがファイナルベントを発動した時に、もう一人カードを発動させていた人物がいたと言う事を。

 

王蛇だ。

彼もほむらの銃弾による妨害を受けていたのだが、その中でしっかりと新たなカードを発動していた。

 

 

『コピーベント』

 

 

ライアも同じ物を持っているが、同名のカードが同じ効果を齎すとは限らない。

ソードベント一つでもいろいろな種類の剣が装備されるように、コピーベントもライアのものとは効果が大きく変わっていた。

 

ライアの場合は一度見た武器を複製して自分のものにすると言う効果だが、王蛇がコピーするのは武器では無い。

さらに王蛇のコピーベントは"一度しか使えない"のだ。

 

何故か?

それはコピーした物が以後ずっと王蛇の力となるからだ。

要するにコピーベントは使用すると、新しいカードに変わると言う事。

 

 

「行け」『アドベント』

 

「!」

 

 

階段に差し掛かったキリカが、何かに押し出されて吹き飛ばされた。

何だ? 一同が視線を移すと、そこに存在する筈の無い物が存在していた。

 

 

「いててっ! なんだよぉ、アッチ行ったんじゃないのかー!」

 

 

吼えるキリカ。彼女を吹き飛ばしたのはライアのミラーモンスターである『エビルダイバー』だった。しかしライアは芝浦の所に行った筈だ。

わざわざキリカが後を追うことを予想していたのだろうか?

 

 

「これは……!」

 

 

織莉子が初めに気づいた。

現れたエビルダイバーは、よく見ると色が違う様に思える。

ライアのエビルダイバーは赤紫だ。しかしココに飛んでいるエビルダイバーは紫色ではないか。

それに刻まれている模様も違う。

 

そうだ。ココにいるのはエビルダイバーではない。

その名も"ベノダイバー"、手塚のミラーモンスターではないのだ。

では誰の? 決まっている。それは――

 

 

「よッ!」

 

「!」

 

 

意味を理解し、ベノダイバーに飛び乗る杏子。

そう、これが王蛇のコピーベントの効果だった。相手のミラーモンスターを複製して自分のミラーモンスターとして使役する。

王蛇は先ほどのライアのファイナルベント時にエビルダイバーをコピーした。

 

そしてコピーするのはミラーモンスターだけではない。

そこから生まれるカードも全て王蛇の力に変わるのだ。

つまりライアがパートナースキルで手に入れたカードを除いた物が、同じように王蛇の物になっていく。

 

 

「ほらほら! いつまでそうしてるんだよ眼帯女ァ!!」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

 

倒れたキリカへ猛スピードで向かっていく杏子。

激流と電撃を纏っているベノダイバー、完全にハイドベノンと同一の技だった。

ファイナルベントでさえコピーできるのが王蛇の強さである。

 

 

「う、うわッッ!!」

 

 

何とか立ち上がり横へ跳ぶキリカ、ギリギリでかわした?

いや杏子は槍を伸ばして振るっていた。キリカの胴体に電撃と水を纏った槍が――

 

 

「うおッ!?」

 

 

何か硬い物に当たる感触がして、杏子は思わず槍を手から離す。

本来、槍はキリカに当たるはずだったが、そこに巨大な金色の盾を構えた騎士が割り入ってくる。

オーディンだ。ガードベントで生み出された『ゴルトシールド』を構えて瞬間移動を行い、キリカの前に来たのだ。

 

 

「ありがとう! 助かったよ! お礼に後でナデナデしちゃうもん!」

 

「別にいいよ。それより、お前……」

 

 

冷たい声でオーディンは杏子に問い掛けた。

 

 

「もしかして佐倉杏子か」

 

「は? そうだけど?」

 

「美樹さやかを……、覚えているか?」

 

「ハァ? さやか? ああ、アイツか!」

 

 

はいはいと言いながら、杏子はニヤリと笑みを浮かべる。

一旦ベノダイバーから降りて、オーディンに向かって挑発的な笑みを向けた。

 

 

「アイツはアタシらが殺った。目を閉じれば思い出すよ、最後の断末魔!」

 

「――ッッ!」

 

「絶望して死んだんだっけ? 雑魚にはお似合いの末路だろ」

 

 

消えるオーディン。次に現れたのは杏子の隣だった。

そのまま拳を握り締めて渾身のストレートを繰り出す。

怒りに任せた一撃だ。しかし杏子はそれを紙一重ではあるがかわしてみせた。

 

何と言う反射神経か。

オーディンはすぐにワープで杏子の背後に回ると、ゴルトセイバーで切りつける。

流石に二回目は防げなかったようだが、ゴルトセイバーを受けても杏子は少し苦痛の声を漏らすだけだった。

 

固有魔法がない分、肉体強化に魔力が回っているのだ。

オーディンとしても、まるで鉄の塊を切っている錯覚に陥るほどである。

しかしオーディンは怯まない。防御力があるなら、それを上回る攻撃を繰り返せばいいだけだ。

 

 

「お前だけは殺すッッ!!」

 

「はンッ! なんだか知らないけどさぁ、殺れるモンなら殺ってみろってね!」

 

 

すると、既にオーディンの真下から何本もの槍が生えていた。

冷静さを失っているのか、それを回避できずに受けてしまったオーディン。

美しい金色の鎧から火花が散り、気がつけば杏子の拳が脳を揺らしていた所だった。

 

 

「おい!」

 

「わかってるよ! 殺しはしないさ。ただ今回はゴチャゴチャしてるからさァ、アンタも魔法少女を攻撃してもいいよ」

 

 

王蛇も納得したのか、言い返すことは無かった。

一方でナイトを助けるために向かってきたかずみの十字架を掴む。

 

 

「うわっ!」

 

「ハッ!」

 

「ぐッッ!!」

 

 

かずみの腹部に蹴りを入れる王蛇。

怯んだ所を回し蹴りで吹き飛ばし、一方でまた距離をつめてきたナイトと剣をぶつけ合う。

ギリギリと音を立ててせめぎ合う両者。だがパワーは完全に王蛇の方に味方していた。

 

 

「クッ……!」

 

「ハハハハハハ!!」

 

 

耐えるナイトと、笑う王蛇。

だが注目したいのはナイトが持っていた武器がウイングランサーだと言う点だ。

不利に見えたナイトだが実はそうでない。腰についていたダークバイザーを抜くと、王蛇の腰に向けて振るう。

 

 

「ッ!」

 

「ハッ!!」

 

 

突然の二刀流。不意打ちに対処できず、王蛇はダメージに怯んだ。

その隙をついてナイトは二つの武器で思い切り王蛇を突いた。

槍と剣の刃が走行を強く打ち、王蛇は後ろに下がっていく。

 

だが、タダでは転ばないのが浅倉と言う男だ。

フラつき、後退していく中でベノバイザーを取り出すと、それを投げる。

まさに投げ槍だ。ナイトの肩にダメージが入る。

しかも既にカードは装填済み。ベノバイザーはナイトにぶつかった衝撃でカードを取り込み、発動させる。

 

 

『アドベント』

 

「ぐああッッ!!」

 

 

ナイトの真下から飛び出してくるベノスネーカー。

しかもその衝撃でベノバイザーは再び宙を舞って王蛇の手に収まる。

何と言う戦闘センスか。王蛇はそのまま別のカードを抜き取ってバイザーに入れようと――

 

 

「チッ!」

 

 

だがそう簡単にはいかせない。

カードをセットしようとした王蛇に向かって、小型の黒い十字架が次々に襲い掛かっていった。

十字架はまるで手裏剣だ。回転しながらナイトを守るように浮遊する。

 

 

「イラつかせる……ッ!」

 

 

ベノサーベルで十字架をなぎ払う王蛇。

"シビュラ"、かずみが織莉子のオラクルをコピーして生み出した十字架型の支援ビットである。

複雑な動きで王蛇を攻撃していくシビュラだが、王蛇はわずかな時間で見切るとカードを発動。

 

 

『スチールベント』

 

「あっ!」

 

 

かずみの手から消える十字架。王蛇はカードの力でかずみの武器を盗んだのだ。

どうやら十字架を持っているものの意思でシビュラは操れるらしい。王蛇はシビュラを一箇所に集めると、ベノスネーカーの毒液で全て排除する。

 

首を回す王蛇。

向かってきたナイトの攻撃を十字架とベノサーベルの二刀流で受け流すと、蹴りや乱舞で反撃を行っていく。

 

 

「ハハッ!」

 

「ウォオオオッッ!!」

 

 

二人の武器がぶつかり合い、激しい火花を散らせる。

激しい戦いを繰り広げるホール。その一方で階段を駆け上がるライア達。

ライアは龍騎に視線を移した。無言で俯く龍騎、恐らくコレから始まる戦いに迷いを抱いているのだろう。

 

 

「城戸。この先に進むと言う事は、芝浦と戦うと言う事だ」

 

「あ、ああ……。分かってるよ」

 

「俺は芝浦を殺す気は無いが、それでも戦う事は仕方ないと思っている。お前は芝浦やあやせを攻撃できるか?」

 

 

ライアの言葉に沈黙する龍騎。

だが今まで見てきた生徒達の表情を思い出す。恐怖に怯え、絶望に震えていた生徒達を。

 

 

「俺は――」

 

 

龍騎が何かを言おうとした時、扉が見えてきた。

校長室だ。ライアとほむらは何やら軽く言葉を交わし、直後ほむらはエビルダイバーから飛び降りた。

一方で龍騎とライアはエビルダイバーに乗ったまま扉に突進する。

 

勢いよく打ち破られる扉と、広がる景色。

広い校長室には多くのモニターが設置してあり、学校中の景色を写していた。

ほとんどの生徒が安全地帯に避難している中で、それをジッと見ている人物が。

 

 

「やっと来たんだ、遅かったね」

 

「芝浦……ッ!」

 

 

校長室の椅子にどっかりと座っている芝浦が姿を現した。

椅子を回して自分の姿を龍騎達の前にさらけ出す。

隣では慎ましく控えているあやせの姿もあった。

何も言わず、目を閉じて芝浦の言葉を待っている。

 

 

「芝浦淳だな。今すぐこの結界を解除してくれ」

 

 

戦う意思は無いと、変身を解除する手塚。

龍騎も同じように変身を解除して、芝浦と平等に話す姿勢をとる。

一方の芝浦は何よりもまず真司の姿に反応する。

 

 

「お、生きてたんだねアンタ。もしかして復讐しに?」

 

「そんな訳ないだろ! 今すぐ皆を解放してくれ!!」

 

 

必死に訴える真司と手塚。

しかし芝浦は相変わらずニヤニヤと笑っているだけだった。

椅子に乗ったままクルクルと周り、ふざけた素振りを見せる。

 

 

「えー? どーしよーかなー?」

 

「お前ッ、どれだけの人が犠牲になったか分かってんのかよ!!」

 

 

真司はモニタに映る数々の死体を指して叫ぶ。

本当は今すぐにでも芝浦をブン殴ってやりたかった。

しかしそれでは戦いの火が起こるだけだ。グッと歯を食い縛って、芝浦の良心に訴えかける。

 

 

「芝浦。これ以上、無関係な人たちを犠牲にする事に何の意味がある?」

 

「んー、まあね。暇つぶしにはなったし。確かに解放してあげてもいいけどさぁ」

 

 

芝浦は立ち上がり二人を指差す。

そもそもまず、大切な物が二人には足りていないと言った。

 

 

「大切な物だと?」

 

「そう。態度だよ、誠意ってモンがないよ。あんた等はさ」

 

「は、はぁ?」

 

「……何をすればいい?」

 

 

戸惑う真司だが、手塚は何となく意味を理解した様だ。

芝浦は何度か頷くと再び椅子に座って、地面を指差した。

相変わらず人を小馬鹿にした様な笑みを浮かべて。

 

 

「じゃあまず、土下座でもしてもらおっかなー?」

 

「なっ!!」

 

「………」

 

 

戸惑う真司。

手塚も一瞬表情を歪め、呆れたように鼻を鳴らす。が、しかし、そのまま前に出る。

 

 

「土下座をすれば生徒達を解放してくれるのか?」

 

 

それを聞くと芝浦はニヤニヤと腕を組んで唸ってみせる。

 

 

「そうだな、考えてあげてもいいよ」

 

「そうか」

 

 

それを聞くと膝をつく手塚。真司は突然の彼の行動に思わず目を丸くする。

どうやら本当に手塚は芝浦に土下座するつもりらしい。

その行動には芝浦も少し予想外だったのか、冷めた目で彼を見下していた。

 

 

「おいおい。アンタさぁ、プライドとか無いの? 超だっせーよ土下座なんて」

 

「これで他の生徒が助かるなら、安いもんさ」

 

 

そう言って手塚が地面に手を着こうとした時だった。

 

 

「い゛ッッッ!!」

 

「!?」

 

 

突如現れる黒。

暁美ほむらが現れて芝浦を殴り飛ばしたのだ。

ほむらは身を乗り出す程の勢いで芝浦の顔面を殴りつけた。芝浦としても一瞬で現れたほむらに対応できる訳もなく、思い切り後ろへ吹き飛んでいく。

 

魔法少女の力で殴ったため、芝浦はしばらくバウンドしながら壁に叩きつけられる。

しかしほむらは気づいていた。芝浦を殴った感触がおかしい。あやせの魔法で防御力を強化していたのか? 感触が硬い。事実起き上がった芝浦の頬は少し赤くなっているだけだった。むしろ地面に打ち付けた背中のほうが痛むのか、しきりにそちらを摩っている。

 

 

「いってぇ……」

 

 

しかし、だったら追撃を加えればいい。

立ち上がろうとした芝浦の前に再びほむらが現れる。抵抗しようとした芝浦の手を蹴り飛ばすと、素早く彼を組み伏せた。

 

 

「おわッ!」

 

 

そしてその頭にハンドガンを突き付け、睨みつける。

その眼光はナイフのように鋭く、そして氷の様に冷たい。

真司も手塚も一瞬、ほむらがそのまま引き金を引いてしまうのではないかと思ってしまった程だ。

 

 

「じゅ、淳くん!? なにするのよ貴女!!」

 

 

あやせは大きく目を見開き、芝浦を助けようとする。

しかしほむらは銃口をさらに芝浦に押し付け、引き金に指を伸ばす。

 

 

「動かないで」

 

「ッ!」

 

 

その威圧感と殺意に、あやせは言葉を失い立ち止まる。

どうしようもない。あやせは汗を浮かべて、悔しそうに歯を食いしばっていた。

 

 

「その顔、その目、すっごく嫌……! 好きくない――ッ!」

 

「聞こえなかった? 黙りなさい。これ以上耳障りな声を出せば、この頭を吹き飛ばすわ」

 

「……ッ」

 

 

舌打ちを放つ芝浦。とは言え戸惑っているのは手塚達も同じだった。

そもそも本来は何かあった時の為にほむらを待機させる作戦だったが、打ち合わせと全く違う展開ではないか。

 

 

「暁美……、お前」

 

「手塚、あんな事をしても無駄よ。こいつ等は絶対に結界を解除なんてしないわ」

 

「それは、まあ……」

 

「やるならば力ずくで強制的に解除するしかない」

 

 

ほむらの言葉に押し黙る手塚。本当は彼だってそのくらい分かっていた筈だ。

しかしあえて手塚は話し合いと言う形で事を解決したかった。

だが、やはり無駄だったのかもしれない。手塚は目の色を変えると強く頷いた。

こうなったら仕方ない。手塚もほむらと同じような目に変わる。

 

 

「芝浦、そういう事だ。悪く思うなよ」

 

「へ、へぇ……! 結局そういう方法でいくつもりだったんだ」

 

「俺は城戸とは違う。戦いを止めたいと思う気持ちは同じだが、それを聞き入れないヤツには無理やりにでも協力してもらうしかない」

 

 

手塚はそう言って立ち上がると、あやせを睨む。

無言の圧力だ。言いたい事はほむらと変わりない。

抵抗すれば芝浦の頭に鉛球が撃ち込まれるのだ。あやせもそれくらい分かっていた。

 

 

「今すぐ学校を元に戻せ。どれだけの命が犠牲になったと思っている」

 

 

すると芝浦はやはりと言うべきなのか、笑い始めた。

 

 

「は、はは……! 別にいいじゃん。あんな雑魚共、せめて余興に散った方がまだ人生に役割持てて得したと思うけど?」

 

「そんな事は聞いていないわ。どうでもいいから今すぐに学校を戻しなさい」

 

 

銃を少し動かしてその存在をアピールするほむら。

しかし芝浦は相変わらず余裕そうに笑っており、構わず話を続ける。

そもそも何故、手塚やほむらは学校なんかに拘るのか? 芝浦にはそれが疑問に思えて仕方ない。

 

 

「お前等だって選ばれたんだろ? だったら、何であんなゴミみたいな連中に構うんだよ」

 

 

虫けらみたいに毎日毎日世の中っていう地面を這いずり回っている群れの中で、自分達は羽を手に入れた。

地面にいる連中とは違う力を手に入れた。食物連鎖は変動を遂げる。

もはや自分達は人間というカテゴリーではない、一歩先を行った存在なのだと。

 

 

「お前らだって本当はそう思ってるんだろ?」

 

「ふざけ――ッ!」

 

 

イライラも限界だった。

ほむらは芝浦の脚に一発銃弾を命中させるつもりで引き金を――

 

 

「つぅッッ!!」

 

「!?」

 

 

しかしその時、ほむらは芝浦から離れてしまう。抑えていた腕が凄まじい熱を感じたのだ。

手塚と真司も、突然仰け反ったほむらへ視線を移した。

同時にニヤリと笑って変身を行うあやせ。

 

 

「カローレ・アルマトゥーラは熱の鎧、残念だったね♪」

 

 

そう、既にあやせは魔法を発動していたのだ。

芝浦が合図を出すと、彼の体の周りに熱のベールが現れる魔法を。

直接的な攻撃ではないが、凄まじい熱はほむらの反射行動を引き起こすには十分だった。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「!?」

 

 

空間を突き破り現れるメタルゲラス。

アドベントを使用したようには思えない。どうやら芝浦は懐かれているらしい。

メタルゲラスは角を光らせ、一直線にほむらへと突進をしかけていく。

 

ともあれ、ほむらはすぐに時間停止で軌道から外れる。

静止した時間の中で、ほむらは盾からバズーカを取り出した。

 

 

「……ッ!」

 

 

狙うは芝浦。

思えば最初から話し合いなど無意味だったのか。

 

 

「残念ね」

 

 

ほむらは弾丸を芝浦へ向かって発射する。

そして自分は爆風の影響がない位置、つまり手塚達の所まで走って時間を戻す。

 

 

「!!」

 

 

爆炎の中に消える芝浦とあやせ。

思わず声をあげる真司だが、手塚とほむらは涼しそうな顔でソレを見ている。

 

ほむらとしては、こうするしか無かったという理由。

危険な参加者を排除するという都合のいい理由を振りかざした行動なのかもしれない。

そこに少し、複雑なものを感じて沈黙していた。

 

一方で手塚が目を細めていた理由は、ほむらとは違う。

彼は着弾の瞬間に、芝浦がデッキをセットしている事に注目していた。

 

 

「暁美、まだだぞ」

 

「え?」

 

 

爆炎を振り払う様に現れたのは騎士になったガイとあやせだった。

ガードベント・メタルコートによってバズーカの弾丸を防ぎきったのだ。

ニヤニヤと笑うあやせ、そして不動のガイ。

 

 

「結局さ、コレが一番早いんだよね」

 

「そうそう♪」

 

 

武器を構えるあやせを見て、手塚は深いため息をつく。

自分もデッキを取り出して、Vバックルを装備する。

 

 

「暁美。どうして最初のプランを無視したんだ?」

 

「………」

 

 

デッキを構え前に突き出す真司と手塚。

一方でほむらは手塚から目を反らし、理由を口にする。

本来は待機が作戦だった。しかし――

 

 

「あんな話合いも行動も、全て無駄だと思ったのよ」

 

「しかしそうするしか無い」

 

「……それに、少し腹が立ったのよ」

 

「そう、か」

 

 

そこで唸り始める真司。

違う。そうじゃない。叫びたかった。

真司としてはそうじゃないのだ。

 

 

「おいちょっと待ってくれよ! やっぱり戦うなんて――、おかしい!!」

 

 

とは言え、当然届くわけが無く。

ガイはうんざりしたように首を振った。

 

 

「マジかよ。この状況でまだ言ってんの? じゃあさ、お前マジで何で変身したんだよ?」

 

「そ、それは……」

 

 

肩を落とす真司。

そんな中、手塚が龍騎の肩を叩いた。

 

 

 

「城戸、俺たちは戦いを止める」

 

「あ、ああ」

 

「だが戦いを止めると言う事は武器を持ち、傷つけあう事を止める事じゃない。争いを生む心を正す事にあるんだ」

 

 

人はどんな人間でも悪意やソレに近い感情を持つ生き物だ。

そこに殺意を混ぜては人は人でなくなってしまう。芝浦とあやせは現に多くの命を奪い、自分達が人より優れた存在である事を説いた。

それは騎士や魔法少女の力と、F・Gのルールが生んだ事なのか?

 

 

「いずれにせよ、ヤツ等は自分達が人である事を否定した」

 

 

だが違う。

たとえどんな力を手に入れようが。

たとえ人の命を簡単に奪える存在となろうが――

 

 

「俺たちは、どこまで行っても弱い人間なんだ」

 

「……!!」

 

 

それを芝浦達に教えなければならない。

そして傷つけあう事の愚かさを教えなければならない。

だからその愚かさを自分達も背負い、脚を踏み入れる。

それが戦いを止める事に繋がるのなら、希望を生んでくれるのなら。

 

 

「俺は、命を賭けて戦うだけだ」

 

 

そう言ってライアはデッキをVバックルに装填した。

真司も目の色を変え、強く頷く。

 

 

「俺は……、いや俺もッ! 戦いを止める! 変身ッ!!」

 

 

 

現れる龍騎とライア。

一瞬で決める。ほむらと共に二人は走り出した。

 

 

「ふふ♪ 殺しちゃうから!!」

 

「………」

 

 

同じく走り出すあやせと、ゆっくり歩き始めるガイ。

だがほむらはソコで時間を停止させた。同時にライアが既に持っていたカードの一つ、"タイムベント"がその瞬間に発動する。

 

トークベントと同じだ。バイザーを介さずとも発動できる。

ほむらが時間を止めたとき、彼女に触れていなくとも動くことができるのだ。

 

 

 

「殺すなよ」『ストライクベント』

 

「……ええ」

 

 

少し不満そうにしながらも、魔力で強化したスタンガンを手にするほむら。そのままあやせの背後に回りこむ。

対してライアはストライクベントによってバイザーを強化した。

そしてガイのデッキに向けて三日月状のビームを連続で発射する。

 

 

「時間を戻すわ」

 

「ああ」

 

 

そして動き出す時間。

スタンガンが直撃したあやせは、悲鳴をあげて膝をついた。

その隙に、ほむらはあやせのソウルジェムを強引に剥ぎ取る。

 

 

「うグッッ!!」

 

 

対してビームが次々にガイのデッキに命中していく。

デッキの強度はダメージの度合いによって決まるが、流石に連続で攻撃を浴びれば限界は簡単にやって来た。

ましてやライアは追撃を行っていた。

渾身のストレートがデッキに入り、あっと言う間に粉々に砕け散る。

 

 

「グオオオオオオオオオオ!!」

 

「おっと!!」

 

 

粒子化しながらも抵抗しようと突進してくるメタルゲラスは龍騎がガードベントで受け止めた。

そういしてるとメタルゲラスは完全に消滅。同時にデッキが壊れた事で、ガイの姿もガラスが割れる様にして消滅した。

 

 

「うっ!」

 

「勝負あったな。芝浦」

 

 

芝浦はあやせを見る。

しかしまだスタンガンのダメージが残っているのか、あやせは苦しそうにへたり込んで動かない。

ましてや。あやせのソウルジェムを手で弄るほむらの姿が見えるじゃないか。

 

ソウルジェムは魔法少女の魂だ。

それが体から一定以上の距離離れてしまうと、器の肉体は死体と変わらない状態になる。

それをほむらも分かっている。何かおかしな動きをすれば時間を止めて逃げればいい。それであやせは終わりだ。

 

 

「早く学校を戻さないと、彼女が腐るわよ」

 

 

芝浦もソウルジェムの仕組みは知っているのか、苛立ちに表情を歪ませる。

そこでライアはため息をついて芝浦を見た。

 

 

「頼む芝浦、もうこれ以上無意味な事はやめてくれ」

 

「………」

 

 

そこで、芝浦は確かに笑った。

 

 

「アンタさ、自分が勝ったと思ってる?」

 

「何?」

 

 

するとライアが吹き飛んだ。

まさに一瞬。ほむらが反射的にライアを見る中で、龍騎が叫び声をあげる。

 

 

「ほむらちゃん! 前ッ!!」

 

「え……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暁美ほむら、いとをかし」

 

「ッッ!!」

 

 

ほむらは凄まじい冷気を感じた。

するとピキピキと音を立てて腕にあった盾が凍結していく。

まずい。ほむらは腕を振るい、数種類の武器を地面に落とす。

 

 

いや、それよりも目を見張るのは先ほどまでへたり込んでいたあやせが一瞬で立ち上がったことだ。

すり足で距離をつめられ、そして掌を胴に押し当てられる。

だがほむらは冷静だった。持っていたソウルジェムを思い切り後ろへ放り投げる。

 

魔女結界の恩恵を受けた校長室はかなり広い。

魔法少女の強肩があれば一瞬で入り口を越えた階段部分までソウルジェムを投げ飛ばすのは容易だった。

それは確実にソウルジェムが魂を供給できる距離を超えている。

つまりあやせは行動不能と言う事だ。電池の切れた人間が動ける訳がない。

 

 

「カーゾ・フレッド!!」

 

「うくぁあ! あ――! ぅウ゛ッッ!!」

 

 

冷たいが、焼け付くような痛みが走った。

あやせの掌から放たれたのは鋭利な『氷柱(ツララ)』だ。

それはほむらの腹部に突き刺さると、大きく後ろへ吹き飛ばす。

 

赤い点が広がり、赤い雫が落ちる。しかし痛みよりも驚きが勝る。

なぜならば目の前にはしっかりと立っている双樹あやせがいたからだ。

 

 

「そんな、どうなって……!」

 

 

ソウルジェムが肉体から100メートルほど離れると、機能が停止するはず。

確実にその条件は見たいしていた。にも関わらずあやせは立って、笑っている。

いやそれだけじゃない。なんと階段の方向からあやせのソウルジェムが空中を疾走してきたじゃないか。

魂の宝石はそのままほむらを通り過ぎると、あやせの手に収まった。

 

 

「やれやれ」

 

 

あやせは自分のソウルジェムを身体に戻すと呆れたように首を振る。

本来はあり得ない事だ。ジェムを失った魔法少女が自分で動けるなんて。

 

 

「何で……ッッ!!」

 

 

同じくライアも驚愕していた。

吹き飛ばされた原因は『メタルゲラス』なのだ。

しかしこれはおかしい。先ほどデッキは破壊した筈。芝浦はガイの力を一時的とは言え完全に失っている筈なのに、どうしてミラーモンスターを呼べるのだろうか。

 

 

「ごっめーん。おれさぁ、デッキ一回壊されても大丈夫なんだよねぇ」

 

 

芝浦はカードだけでなく、デッキも二つ所持していると言う事だった。

さらに芝浦の隣についたあやせの雰囲気が変だ。穏やかな表情から、キリッとした切れ目に変わっている様な気がする。

 

 

「フッ、愚かな!」

 

 

純白だったドレスも真っ赤に染まっている。

目の大きな網タイツも、今は黒いタイツになっている。

さらに、あやせのドレスは左肩が露出していたが、現在は右肩の部分が露出していた。

そして声は同じだが、トーンが違う。

 

 

「まさか……ッ!」

 

 

ほむらの表情が変わる。

それは答えだ。芝浦は新たなデッキでガイに変身し、正解と指を鳴らした。

 

 

「そゆこと、コイツ"二重人格"なんだ」

 

「「「!?」」」

 

 

つまり、双樹あやせは一つの身体に二つの心を持っている。

そしてその二つの心が、別々に魔法少女になったと言うのだ。

しかしそれならば今までの行動が説明できる。

あやせのジェムが無かったとしても、もう一人のジェムがあれば体は動かせるのだから。

一つの体に二つのソウルジェム。その矛盾をキュゥべえは個性と解釈し、一方のソウルジェムの復元能力まで与えたほどだ。

 

 

「淳。喋りすぎです」

 

「いいじゃん、ココまで来たサービスで教えてあげようよ」

 

「全く、困った人」

 

 

とは言え、存在がバレてしまったのなら仕方ない。

 

 

「これよりは正々堂々と、淳の敵になる貴様等を排除する」

 

 

あやせは告げた。

いや違う、彼女は双樹あやせではない。

 

 

「私の名は双樹ルカ!」

 

 

あやせに非ず。

 

 

「私はあやせと同じ身体に宿りし、二つ目の心なり!」

 

 

ルカは氷の力が宿ったサーベル・"アルマス"を構えて、一同に一礼を行う。

 

 

「城戸真司、手塚、そして暁美ほむら!」

 

 

ルカは顔を上げると、パートナーとそっくりの笑顔を浮かべて走り出した。

 

 

「お命、頂戴!!」

 

 

冷たい風が、校長室に通り抜けていった。

 

 

 

 

 



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第32話 双樹アルカ カルア樹双 話23第

大人向けのVバックルが発売されるみたいですね。
ライダーって変身アイテム出す時がトップクラスにカッコいいんですよね。
たとえばドライバー系をカチャって出したり、変身アイテムの小物を両手で構えたり。

龍騎だとデッキを懐出すのがメチャクソかっこいいですよね。


(´・ω・)やるんか? おお? やんのんか?
( ^ω^ )ワイも持ってるでデッキ。ほな……、やりましょか?


みたいな(適当)


 

 

 

ルカは眼前の地面を凍らせ、まるでスケートを滑るように龍騎達に向かっていく。

その中でほむらを睨みつけていた。凍てつくような殺気が解き放たれる。

 

 

「暁美ほむら。大切なあやせを傷つけ、さらに愛する淳を殴りつけた罪は償ってもらうぞ」

 

「貴方も芝浦の最低な考えに同意しているのね」

 

 

ほむらは盾を確認する。完全に凍り付いており、砂時計のギミックは起動できない。

それだけではなく、武器をストックしている部分も厚い氷で覆われており、手を入れる事はできなかった。

 

だからほむらは地面に落としていた日本刀を蹴り上げ、手に取る。

刹那、ほむらの刀とルカのサーベルがぶつかり合った。刃と刃を押し合えて、二人は睨み合う。

 

 

「同意? 当然でしょう? でなければあやせとの共存など不可能!」

 

 

古風な雰囲気が示す通りなのか、ルカの剣技はほむらのソレを圧倒していた。

もともと近接武器の一つとしてしか使用していなかったほむらに比べれば、やはりサーベルをメインとしているルカではレベルが違うと言う事か。

押し合ったのは最初の数秒で、以後はルカのターンとなる。

 

 

「おやおや、どうしました? 貴女の剣からは迷いが感じられる」

 

「ッ?」

 

 

ルカはあやせの中にいた訳だが、その間にも意識はハッキリとしていたらしい。

だからこそ観察していた。ほむらの中にある渦巻く感情を。

 

 

「パートナーやお仲間は戦いを止めたいと必死の様だが、肝心の貴女からはその必死さが伝わってこない!」

 

「!」

 

「パートナーと心を通わせなければ私たちの力には限界が見えますよ!」

 

 

ライアと龍騎は未だにガイへ説得の言葉を投げ掛けている。

しかし相手はもちろん聞く耳など持たぬ。大剣を振り回して龍騎とライアを傷つけようと存分に力を振るっていた。

確かに、ほむらは完全に無駄なことだと思っていた。

さっさと芝浦とルカを殺すことがベストであり、ベターだとも思っている。

しかしそれはまどかの意思を無視することであり――

 

 

「私達は淳を守る盾となり!」

 

 

その時、ルカはサーベルがほむらの持っていた刀を弾き飛ばした。

旋回しながら跳んでいく武器。拾いに行くのは無理だ。

ほむらは地面を蹴って大きく後ろへ跳んだ。

 

 

「私達は淳の敵を切り裂く刃!」

 

 

ルカは地面に手をついてカーゾフレッドを発動。

ほむらの着地地点に無数の氷の棘を出現させる。

このままならば着地したほむらは串刺しだが、ほむらは念のために装備していたベルト型のホルダーから手榴弾を取り出して棘へと投げた。

 

 

「そして、私達は淳を永遠に愛す!!」

 

 

爆発で棘は吹き飛んだが、着地と同時にルカはサーベルで切りかかってくる。

ほむらは凍りついた盾でソレを防ぎ、再び競り合いを始める。

 

 

「そうね。確かに私は戦いを止めようとする彼らの想いを疑問視しているわ」

 

 

そこまでする価値がコイツらにあるのか?

手塚は何故そこまでして傷つけあう事を嫌がるのだろう?

仕方ない事もあるのに、それを受け入れなければならないのに。

本人もそこまでは分かっているのに、何故最後の一歩を踏み出せないのか。

 

 

「ウッッ!!」

 

 

ほむらはホルダーからハンドガンを引き抜いてルカの腹部に突き入れる。

そこからゼロ距離での射撃、ルカは苦痛の声を漏らして後退していった。

残りの弾丸は盾の穴に打ち込んで見せる。先ほど、ルカの剣を受けた際にヒビが入ったのか、銃弾は氷を破壊して、なんとか武器を取り出せるだけの『穴』ができた。

ほむらは早速盾からもう一つハンドガンを引き抜くと、二丁拳銃の構えとなる。

 

 

「だから私は、私の理由で戦うわ。大切な者を守る為に」

 

「ッ」

 

 

弾丸を放つ。しかしルカは自らの体に氷の層を作る事でダメージを軽減していった。

ルカはそこで、ほむらの瞳に輝く光を見た。

成る程、パートナーとは違う理由だが信念は持っていると。

 

 

「質問してもいいかしら」

 

「……答えられる事であれば」

 

 

ほむらはルカに問う。

何故最初に『盾』を狙ったのかと言う事だ。

時間停止に関するキーアイテムが盾という事に気がついたのだろうか? それもこの短時間で。

なるべく盾を操作する素振りは隠す様にしていたのにも関わらず、ルカはピンポイントで狙ってきた。

そこに強烈な違和感を感じたのだ。

 

 

「ある参加者が、盾が武器の魔法少女を見たなら真っ先にそれを凍らせろとアドバイスをくれました」

 

「――……ッ」

 

 

間違いない、ユウリだ。

しかしそうすると、ユウリは何故ほむらの力を知っているのかと言うループになる。

ほむらはユウリと言う魔法少女を知らなかった。

やはり何か能力を使ったとみるのが普通だろう。

 

 

「私も詳しくは知らない。そもそも奴は胡散臭いのです」

 

 

どうやらルカもユウリを毛嫌いしていた様だ。

 

 

「あと一つだけ」

 

「いいでしょう、どうぞ」

 

 

ほむらはガイを見る。

 

 

「あなたは何故、アイツの為にそこまで戦えるの?」

 

 

もっと違う質問だと思ったのだろう。

ルカは目を丸くして、直後ため息まじりに苦笑した。

 

 

「貴女には、理解できない」

 

「ええ。したくもないわ」

 

「何……ッ?」

 

 

ルカは苛立ちを隠さず全力で睨みつける。

だがほむらにとっては本当に理解できない事だった。

偉そうな事を言える立場では無いかもしれないが、命を軽視して弄ぶ最低な奴という認識しかない。

しかしルカは今の言葉にカチンと来たようで、サーベルを構えて走り出していた。

 

 

「淳を馬鹿にする事は! 私とあやせが許しませんッ!」

 

 

ルカの一振りを、ほむらハンドガンを交差する事で受け止める。

さらに軽い身のこなしでバク転を一回。その際、振り上げた足でルカの顎を蹴り上げる。

しかしルカは素早く顔を引いたため、蹴りは不発に終わった。

しかしほむらは回転しながらハンドガンの引き金を引いている。迫る二重の弾丸が、ルカに牙を剥いた。

 

 

「魔法少女は、やがて絶望の化身となる存在!」

 

「……っ?」

 

 

ルカは弾丸を剣で弾きながら、すり足で前進していく。

 

 

「魔法少女の多くは”望”と引き換えに己の願いを叶えた!」

 

 

叶えなければならない状況だった者。

大きな覚悟を抱えて願った者。私利私欲の為に祈った者。

人を超えた存在となった魔法少女は、以後絶望の果てと背中を合わせて生きる事になる。

 

 

「しかし魔法少女になるべくしてなった我等は、元から誰よりも絶望を恐れていたのでは?」

 

「!」

 

「絶望と背中を突き合わせていたのは魔法少女になった故ではなく、元より自分達は絶望の中にあったのでは無いか!」

 

 

それは私利私欲であったとしても同じだ、

窮屈な時間が来ることを他の誰よりも恐れていた。

故に自分の望む時間が永遠に続くことを願ったのだ。

 

 

「絶望から逃げる為に、目を反らす為に、願いに手を出した!」

 

 

ほむらが放つ銃弾をルカは体を旋回させてかわした。

同時に繰り出す回し蹴り、ほむらはハイキックでそれを受け止める。

黒い脚が重なり、クロスの文字を作り出した。

 

 

「本当はもう、絶望していたのに」

 

「……何が言いたいの?」

 

「魔法少女は、絶望の延期でしかない。魔法少女になる前から私達は魔女だったのです」

 

 

魔女は異端として裁かれた。

最初から自分達は異端の者だった。ルカの蹴りとほむらの蹴りは互いを弾きあい、少し距離を空ける。

 

 

「しかし今現在、私達は絶望していない。この身がその証明です」

 

 

絶望を抱えて絶望に向かって歩いている魔法少女達が、まだこの場に立っているのは何故だ?

 

 

「我らには淳がいた!」

 

「!!」

 

 

ルカが指を鳴らすと、ほむらの周り三百六十度に氷の剣が出現していく。

浮遊する剣の刃は、全てがほむらを捉えており、どんな攻撃が来るのか容易に想像ができた。

その中で言葉を続けるルカ。今も尚絶望していないのは、縋るべき希望がソコにあったからだ。

 

 

「淳は双樹の希望。故に我等は芝浦淳を愛したのです!」

 

「!」

 

「貴女も、縋る物があったからこそココに立っている筈!」

 

 

ニヤリと笑って指を鳴らすルカ。

すると浮遊していた剣が一勢にほむらに向かって飛来する。

 

 

「消えろ! スポウザージ・フィナーレ!!」

 

 

氷の剣が一気に収束していった。

だが直後、巻き起こる大爆発。爆風がルカを襲い、ドレスを大きくなびかせる。

 

 

「剣を防ぐために爆弾を使ったか」

 

 

しかし距離を考えても爆弾を使用したほむら自身にダメージが直撃する筈だが――?

 

 

 

 

 

「グッッ!!」

 

 

一方のガイと龍騎達もまた、互角の勝負を繰り広げていた。

戦いを止めるために手加減をしている部分はあるが、それでもガイは一人で龍騎たちを圧倒していた。

 

まずはその防御力だ。

ガイの装甲は厚く、ライアや龍騎の拳を受けても仰け反るリアクションを見せない。

そして攻撃力。ガイは遠距離攻撃に乏しいデッキ構成だが、反面接近武器の多くが高い攻撃力を秘めている。

 

 

「うらッ!!」

 

「チッ!!」

 

 

メタルセイバーとメタルホーンを同時に装備して振り回すガイ。

動きはそれほど素早くは無いが、リーチの高い攻撃でそれをカバーしていた。

何よりも自身のカードには遠距離攻撃が無いものの、パートナースキルが加われば別である。

 

 

「にげんなよー!」『シュートベント』

 

 

距離を取る龍騎達。

ガイはメタルセイバーを地面に突き刺して、カードを発動する。

認識音声が流れると同時に、ガイは掌を前に向けた。するとソコから剣の形をした炎が放たれる。

"フレイムソード"、あやせの魔法が授けた力である。

 

 

「ぐぅう!」「うわああああああ!!」

 

 

何とか交わしたライアと龍騎だが、剣がそこで爆発を起こし、衝撃で吹き飛んでいく。

そのまま近くの壁に叩きつけられて地面に落ちた龍騎たちを見て、ガイはケラケラと笑っていた。

 

 

「強いでしょ、おれってさ」

 

 

まるでゲームの様だ。

華奢な芝浦もゲームの中では屈強なプレイヤーと変わる。

まさに『ガイ』は芝浦淳と言う人間のアバターに相応しい姿と言えよう。

 

 

「やっぱ楽しいなーコレ!」

 

「……ッ! 楽しいだと」

 

「楽しいよ! 毎朝毎朝駅とかで他の奴等見てみろよ! ほんッッと、つまらなそうな顔してるんだ」

 

 

饒舌に語り始めるガイ。

 

 

「いつの間にか社会のプログラムの一部になってさ――」

 

 

毎日毎日金稼ぐためにヘコヘコヘコヘコ目上の奴に頭下げる毎日。

一方で自分は社会の歯車にならないとか言ってる奴も、おれからしてみりゃ同じだね

結局はどんだけ偉そうな事言ってもさ、限界ある毎日に落ち着いて。おれは他人とは違うんだって弱い言い訳を続けてる。

偉くなったらなったでさ、他人を見下して自分の地位を再確認するクソみたいな楽しみしかなくなるわけ。

 

 

「この世界はさ、退屈な奴が作った下らない連中ばかりの"バグ"なんだよ」

 

 

クソゲーなんだよなぁ!

ガイはイライラした様にジェスチャーを行い、この世界が未完成である事を告げる。

だからガイペアはゲームに勝ち残り、世界を自分の望む形へアップデートするのだ。

 

 

「クソゲーが神ゲーになれば最高じゃん」

 

「……そのゲームは、お前だけが楽しむものだろう?」

 

「それでいいんだよ。それが正しい世界なんだから」

 

 

当たり前の様に言った。

ガイは自分が間違っているなんて欠片とて思っていない。

全てはガイがルール。ゲームマスターは自分なのだから自分が全て。それが芝浦のゲーム。

 

 

「お前……! 本当に何も思わないのかよ!!」

 

「しつけーな。マジで、何回目だよそれ」

 

「何回だって言ってやるよ!」

 

 

何度言われてもガイには龍騎の考えが理解できなかった。

人よりも優れた力を与えられながら人の枠で満足しようと言う無欲さ。

何故、人を超えようとしない?

何故、他者に見下される毎日を選ぶ!?

 

 

「なんで? 意味不明だわ」

 

「決まってるだろ! 俺たちが人間だからだよ!!」

 

 

父親と母親がいて、友達と一緒に学校に行って。

そりゃその中で不満に思う事や嫌な事だってあった。

真司だって芝浦の言いたい事が全く理解できない訳でもない。

それでも人として生まれてきた以上――

 

 

「絶対に超えちゃいけない線ってヤツがあるだろ!!」

 

「違う! パパはおれをデータサンプルとして育てた!」

 

 

芝浦の父は万人向けのゲームを作った偉大な人物として受け継がれている。

芝浦も父親にいろいろなゲームをさせてもらった。それこそゲームに育てられたと言ってもいいくらいに。

父はそんな芝浦のリアクションを研究し、誰しもが楽しめるゲームを作ったのだが――

 

 

「おれが喜んだゲームは他の連中も面白いと思ったのか、ゲームはヒットする」

 

 

みんなプログラムが用意した接待にハマって金を落とす。

そうやって父は会社を大きくしていった。

 

 

「パパは理解したんだ、他人を喜ばせるプログラムを! 誰しもがソレをプレイすれば面白いと言うデータを完成させた!」

 

 

そしてソコに潜む本当の意味、そこにガイは目を置いた。

 

 

「分かるだろ、ゲームも現実も同じなんだよ。皆プログラムの感情で構成されたアバターだ」

 

 

行動もまた同じ。ゲームに勝ちたいと言う一心で、他の弱いプレイヤーを探す。

自分が優れた存在だと言う事を証明する為に弱者を傷つける。そんな連中ばかりではないか。

 

 

「クソゲーにはクソみたいなプレイヤーしか現れない」

 

 

皆そういったプログラムで構成されてる。

芝浦の父はそれを理解した、そう言う事なんだとガイは笑う。

 

 

「おれは今まで全てのゲームに勝ち続けてきた。昔も今も、そしてこれからもだ!」

 

 

ガイがFOOLS,GAMEにプレイヤーとして選ばれたのは必然だ。

そして必然の中に生まれたプログラムは勝利。ガイはこのゲームで自分が勝つことを信じて疑わない。

 

 

「芝浦、お前にとって現実はどこだ」

 

 

ライアが問うと、ガイはまた声を出して笑う。

 

 

「どこにも無いよ、だからおれが創る。お前等っていうエネミーを倒してさ」

 

「やれやれ、どうやら玩具を取り上げる必要があるな。お前からは」

 

 

そこで起きる爆発、先ほどのルカとほむらの勝負が故だった。

氷の剣に串刺しにされる事を拒んだほむらは、爆弾を頭上で爆発させると言う賭けにでた。

爆風で氷の剣は消し飛ぶが、炎の中に消えたほむらは大丈夫なのだろうか?

直後聞こえる銃声。及び小さく悲鳴をあげるルカ。

 

 

「ぐッ! 成る程ぉ……、面妖な――ッッ!!」

 

 

ルカは弾丸が撃ち込まれた肩を押さえて膝をつく。

丁度爆煙が晴れ、右手にライフルを構えたほむらが見えた。

さらに左手では機動隊が使用する盾を構えており、魔力で防御力を増加させて何とか爆発を防いだのだ。

 

しかし盾はボロボロ。

ほむら自身もダメージを受けたのか、少し服が焦げており、所々が破れていた。

一方で、ほむらの魔法である"キャンセラー"によって銃の反動は軽減されている。

同時に銃弾の威力と命中率は上昇させている。だからほむらは爆発の衝撃の中で、片手にも関わらずルカを狙う事ができたのだ。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

無言でにらみ合う両者、それを見てガイは小さなため息をついた。

 

 

「おれはゲームで負けたことが無い」

 

「!」

 

「何で分かるか?」

 

 

ガイは仮面で顔を隠している為、誰を見ているのか分からない。

誰もが無言の中、ガイは言葉を続ける。

 

 

「強いからだよ。おれはどんなゲームでも頂点に立てた」

 

 

ガイはルカを見た。ルカは頷く。

ほむらは何か嫌な予感を覚え、ルカの額に向けてライフルを放つ。

しかしルカは手を前にかざして、氷の壁を生み出した。

魔法の氷は銃弾をしっかりと受け止め、無効化する。

 

 

「まだ下に参加者いるんだろ? だったらもういいやお前等」

 

「ッ!」

 

「おれはどんなゲームでも勝って来たんだ。F・Gも同じだよ。負ける理由が無い」

 

 

だから勝つ、おれは負けない。

ガイの心にあるのは絶対の自信だった。

そして幸か不幸か、その自信を抱かせるだけに相応しい実力がある。

ルカは『その言葉』の意味を理解した。つまり本気で龍騎達を潰す。

 

 

「ふふ♪」

 

 

穏やかな表情に戻るルカ。あやせに変わったのだ。

そして取り出すのは自らのソウルジェムと、ルカのソウルジェム。

二つのソウルジェムを握り締めると、光が迸る。

 

 

「フフ♪ わたし達の本気――」

 

 

魔力の異常増幅を感じてすぐに射撃を行うほむらとライア

しかし既に遅かった。ほむらの銃弾とライアのビームをかき消すのは、紅と蒼の奔流。

絶対零度のベールと、紅蓮業火のベールだ。

 

 

「なっ!」

 

「くそ! 冗談だろ……!!」

 

 

凄まじい衝撃が走り、思わずよろける龍騎とライア。

同じくほむらは髪をなびかせて倒れまいと力を込める。

一方で不動のガイと、降り立つあやせ。

 

 

「フッ! 遊びは終わりだな、参加者よ!」

 

 

ではなくルカ?

 

 

「フフフ♪ ハハハハハハ!!」

 

 

いや、どれも違う。

あやせ達はポニーテールだったが、今の彼女はツインテールになっている。

そしてどちらかの肩を露出していたのも、今は両肩を露出している。

そしてドレスは丁度中心を境に右が赤、左が白色に別れている。

 

 

「二つの人格を統合させたのか……!」

 

「ふふ♪ ご明察だ!」

 

 

左手にはフランベルジェ、右手にはアルマス。あやせとルカは互いの力を一つにした。

 

 

「人格連結。双樹アルカ」

 

 

二つのソウルジェムを同時に使用する、最強形態だ。

 

 

「あやせとルカの力があれば、誰にも負けないもん♪」

 

 

彼女は二人で一人の魔法少女、『双樹』なのだ。

 

 

「ほらほら、何ボーッとしてんだよ」

 

「!」

 

「エンジョイプレイは終わりなんだよ。こっからはガチの時間って訳」

 

 

ガイがメタルホーンを突き出すと、前方に現れるメタルゲラス。

さらにアルカから炎が発生してそれがガイのメタルホーンと、メタルゲラス双方の角に収束していく。

 

 

「俺に任せろ!」

 

 

龍騎はストライクベントを発動。ドラグクローを装備して前に出た。

 

 

「ハァァァァアアアア……ッッ!!」

 

 

ドラグクローを構えて腰を落とす龍騎。

同時に咆哮を上げながらドラグレッダーが出現し、龍騎の周りを旋回する。

昇竜突破の予備動作だった、龍騎とガイはそのままお互いに炎の力を溜めていく。

 

 

「ハァアッッ!!」

 

「ヤアアアアアアアッッ!!」

 

 

ガイがメタルホーンを突き出すと同時に、メタルゲラスが炎となって猛スピードで宙を駆ける。

"スパイラルフレア"、それは全てを貫く赤き疾走。

同時に放たれるは巨大な炎弾。昇竜突破はスパイラルフレアを真正面から受け止めるのだが――

 

 

「!!」

 

 

轟々と燃える一角獣は、巨大な炎をかき消すと龍騎に向かって突進していく。

 

 

「う、打ち破られた!?」

 

 

それを理解した時には既に着弾と爆発が起こっているところだった。

炎はライアと龍騎を飲み込んで燃え盛る。

が、ガイのリアクションは薄い。既にほむらが消えていたのを確認していたからだ。

 

 

「うお!」

 

 

直後ガイのデッキから爆発が起こる。

アルカになった事で、ルカが掛けた魔法が一旦解除されたのだろう。

盾の凍結が解除された為、ほむらはスパイラルフレアがライア達に着弾する前に時間停止を発動した。

そして龍騎とライアを救出し、尚且つガイのデッキに爆弾を貼り付けたのだ。

 

 

「あーあ、でも残念」

 

「フフフ!」

 

「ッ!!」

 

 

しかしガイのデッキは壊れない。

時間が戻り、爆弾が爆発するほんの一瞬の間、デッキと爆弾の間に厚い氷の装甲が発生して衝撃とダメージを軽減したのだ。

それだけじゃなく爆発した衝撃と熱エネルギーが全てアルカの方へと収束してしまう。

 

 

「まさか……ッ!」

 

 

ほむらの額に汗が見える。

再び時間停止を発動して、アルカとガイの周りに大量の爆弾を仕掛けた。

そして二人から十分距離を取った所で、盾のギミックを使い、時間の流れを元に戻した。

 

 

「!」

 

 

大爆発が起こり、爆炎の中に消えるガイ達。

しかしすぐに炎が吸収される様にしてアルカに集まっていく。

それを見ていたライアも、意味を理解して声をあげた。

 

 

「炎を吸収しているのか!」

 

「うん! 申し訳ないが今の私は、炎のエネルギーを吸収できるんだよ☆」

 

「……だったらッッ!!」

 

 

ほむらは時間を止めて盾からマシンガンを取り出した。

そしてありったけの銃弾をアルカに向ける。そして動き出す時間、弾丸のシャワーが次々にアルカに命中していくのだが――

 

 

「フフフ♪ 無駄と知れ!!」

 

「そんな……!」

 

 

ほむらは気づいた。アルカの体が薄いオレンジ色に包まれている。

それはまさに熱のベールだ。アルカへ向かう弾丸は肌に触れる前に、まずこの熱ベールに触れる事になる。

するとどうだ、鉛球はその熱に耐え切れず、一瞬で蒸発するように融解した。

結果、全ての弾丸はアルカへダメージを与える事なく無効化されていく。

 

 

「そ、そんな……! そんな馬鹿な!」

 

 

ほむらは再び時間を停止させて、今度はマシンガンよりも比にならない程大型のガトリングガンを取り出した。

そこから放たれる無数の破壊の弾丸。それらはアルカとガイを巻き込んでいくのだが――

 

 

「フフ! 浅いな暁美ほむら! 人が作った玩具を強化したところで、限界がそこにはある!」

 

「あはは。おーい、当たってないぞー!」

 

 

ガトリングの弾も全て融解していく。

加えてガイには氷の鎧がタイムラグ無しに現れて弾丸を防いでいった。

もちろんただの氷ではない。氷はガトリングの弾をしっかりと弾く防御力を見せていた。

 

 

(そんな、そんなそんなそんな――ッ!!)

 

 

ほむらは焦りのままに能力を発動。

チェーンソーを引き抜いてエンジンを入れる。

 

 

(時間停止が通用しない――っ!?)

 

 

無機質で殺意を込めたエンジン音。さらに刃が回る音が聞こえる。

ほむらは、そのまま走り出して直接アルカに切りかかる。

もしもこの攻撃が通用すればアルカは確実に死ぬ事を理解しているのだろうか?

 

いや、逆を言えばほむらは無意識に一つの答えを出してしまっている。

この攻撃が、通用しないと言う答えを。

 

 

「……そんな」

 

「ふふ♪ ご・め・ん・ね☆」

 

 

ペロリと舌を出して悪戯に笑うアルカ。

ほむらは刃が溶けて無くなったチェーンソーを力なく見つめていた。

 

 

「ソウルジェムは力の源だよ♪ 貴様は一つ、我らは二つ!」

 

 

アルカは既にサーベルを振るっていた。

いつまでもほむらのお遊びに付き合う程暇ではないのだ。

 

 

「魔力の量も質も違う! レベルが違うの☆」

 

「――ぁ」

 

 

ほむらが気づいた時には既に目の前にサーベルがあった。

 

 

「危ない!!」

 

「!」

 

 

しかし衝撃と共にほむらの体がサーベルから大きく離される。

ほむらを抱きかかえ跳んだのは龍騎だ。二人はアルカの攻撃をギリギリで回避すると、地面に倒れた。

それを守る様に現れたのはエビルダイバーに乗ったライア。

ありったけの電撃をガイ達に向けて放つ。

 

 

「!」

 

 

そうだ、熱と塊系が駄目だとしてもまだ雷があった。

ほむらは時間停止を発動して、盾から高圧電流が流れるケーブルを取り出す。

バチバチと青白い光を迸りながら、ほむらとライアはガイ達を狙った。

 

 

「「!?」」

 

 

しかしエビルダイバーの電撃も、ほむらの電撃も、ガイ達には効果を示さなかった。

ほむらなんて直接ケーブルをガイに当てたにも関わらず、電流はガイを伝う様に移動していき一点に集中していく。

仮面で表情は見えなかったが、ガイがニヤニヤと笑っているのが分かった。

彼は先程、ほむらがチェーンソーでアルカを攻撃している時点でカードを発動していた。

 

 

『チャージベント』

 

 

見ればメタルゲラスの角に全ての電撃が集中しているのが分かる。

まるで避雷針だ。アルカの同属性を吸収する能力が、ガイに同じ力を与えたのだ。

 

ガイが吸収できるのは雷のエネルギーだ。

ある程度集まっていくと、チャージベントがメタルバイザーから排出される。

見れば絵柄が変わっているじゃないか。ガイは再びそれを放り投げ、効果を発動させる。

 

 

『ブラストベント』

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

三つの悲鳴が重なる。

メタルゲラスは溜めた電撃を一気に解放。

広範囲に拡散する電撃は、龍騎達をしっかりと捉えていた。

ほむらは龍騎が庇ってくれたおかげでダメージを抑える事ができたが、決してソレは軽く無い。

 

 

(このままなら負ける!!)

 

 

歯を食い縛るほむら。

本気を出したい所ではあるが、室内では彼女の能力を100パーセントは引き出せない。

悔しいが、ここは一旦引くのが賢い判断だろう。

ほむらは時間停止を発動してライア達をつれて逃げる事に。

ほむらが龍騎に触れ、ライアはタイムベントの力で移動を開始する。

 

 

「芝浦……! あんなに強いなんて――ッ!」

 

 

脚を引きずるように歩く龍騎。

 

 

「ごめんなさい、何度か庇われたわね」

 

「すまん、暁美。俺もフォーチュンを使ったんだが――ッ」

 

 

フォーチュンベントはライアのカードの一つだ。

相手が次に使うアドベントカードの三枚まで名前で知る事ができる。

欠点は名前だけで効果が分からない事。そして、いつ使うのかが分からない事だ。

チャージとブラストは予見していたが、まさか雷を吸収するとは思わなかった。

なによりも一枚のカードが、絵柄が変わって違う効果になる事も分からなかった。

 

そして次にガイが使うカードはファイナルベントと出た。

ここは逃げるしかない。不利な状態で大技を食らえば命の危険がある。

 

 

「何よりも強力なのは――、双樹あやせ」

 

 

しかし考えてみれば当然か。

本人も言っていたが、魔法少女の魔力はソウルジェムが源となる。

それが二つ。つまり双樹の魔力は他の魔法少女の二倍、スペックで見れば最強と言っても過言ではない。

悔しいがガイ達の実力は本物。

ただのビックマウスではなく、彼らは本当にゲーム勝てるだけの力を持っている。

 

 

「ッッ?」

 

 

ほむらは気づいた。いつの間にか校長室の扉が閉まっている。

先程あやせのソウルジェムを投げた時は開いていたのに。

ましてや、扉を開こうとしてもビクともしない、ライア達も力を込めるがビクともしない。

 

 

「なんだ? なぜ開かない」

 

「まさか――ッ」

 

 

時間停止を解除する。

すると扉に浮かび上がる『雪の結晶』を模した魔法陣。

それを見てほむらは全てを悟った。アルカは既に退避ルートを読んでいたのだ。

だからこそ戦いの中でしっかりと対策を取っていた。

 

 

「扉は凍結してあるよ、魔法の氷は硬いからな」

 

「!」

 

「ククク、絶対零度の檻にて眠るが良い!!」

 

 

魔法陣から冷気が放出されていき、扉を完全に氷で覆いこんだ。

それだけじゃない。氷はどんどん広がって数十秒で校長室全体を氷の檻で包み込む。

すぐに氷を破壊しようと弾丸を放つほむらだが、分厚い氷の壁は何をしても砕ける事はなかった。

強力なエネルギーを加えれば壊れるだろうが、熱エネルギーは全てアルカに吸われてしまう。

早い話が、閉じ込められたのだ。

 

 

「意味分かるか、おれ達を倒さないとお前等は出られないんだよ」

 

「フフフ! あははは☆」

 

 

そして遂に動き出すガイとアルカ。

まず前に出たのはアルカだった。サーベルをクロスさせ、氷の力と炎の力を解放させる。

揺らめく陽炎と、霞みを見せる冷たい空気が剣を纏い、二つの力は一つとなった。

そのままクロスさせたサーベルを、龍騎達三人の方へと向ける。

 

 

「ピッチ!」

 

「――ッ!!」

 

 

まずい、氷の影響で滑る足場。

こんな状態で大技を発射されるのは非常に危険だった。

だからほむらは時間を止めて必死に抵抗の道を探す。

 

火炎放射で扉を炙ろうか?

駄目だ、魔法の氷は簡単には解けない。そんな事をしている時間はない。

 

銃を使って妨害は――、先程の通り熱のベールで溶けて終わりだ。

本気を出せばライア達が爆風に巻き込まれる。ましてや爆風は『熱』だ、アルカが吸収してしまう。

 

毒ガスはどうだろう?

魔法少女はソウルジェムの使い方で色々な応用が利くものだ、たとえばそれは水中で息をする事でさえ可能としてしまう。

だからソウルジェムの仕組みを知っているアルカには効かないだろうし。

 

そもそも騎士にも効くのか分からない。

ましてや龍騎とライアが毒を食らい、ガイが平気なんて事にでもなったら最悪だった。

ここで無駄なリスクは背負えない。

 

 

(何も出来ない……ッッ!!)

 

 

時間停止は強力な魔法だが、選択肢の無い状況が弱点ではある。

自分の持っている武器が無効化されるとは思っていなかっただけに、用意がない。

魔女にだって普通に通用していた武器なのに、アルカにとっては効果が欠片とてみられない。

完全に予想外。時間停止に甘えていたのが悪いのか――?

 

 

「っ」

 

 

時間を止め続けるのは、ほむらとしてもマズイ状態だった。

魔力の無駄遣いは何よりもソウルジェムを濁らせる要因となる。

しかも焦りが高まる今、心も不安定な状態となり濁る速度が速くなっている。

予備のグリーフシードは半分の容量が一つだけ。

後は何よりも砂が無くなってしまうのは、本当に避けたい状況だった。

 

 

(何か……、何か!!)

 

 

そうだ!

ほむらは盾からある物を引っ張り出して、時間の流れを元に戻す。

直後ライア達の前に広がる壁。

 

 

「な、何だコレ?」

 

 

ガイ達も驚いたのか、一旦攻撃を中止して壁を凝視した。

壁というよりはガイ達を取り囲む鉄の塊だ。ライア達とガイ達を隔てる大きな鉄がそこにある。

 

 

「暁美、これはどういう事だ?」

 

「軍が開発していた個人用のシェルターよ。核爆発でも耐えられるらしいわ」

 

「そ、そんなものまで持ってるのか……」

 

 

ガイ達をその中に閉じ込めたと言うわけだ。

ライアの占いのカード通りにガイはファイナルベントを発動して壁を打ち破ろうと試みたがどうやら無駄だったらしい。

大きな衝撃がコチラに伝わってきたが、それだけに終わる。

もちろんこのシェルターもほむらの魔力で強化されているのだ。

ちょっとやそっとじゃ壊れないようだ。

 

 

「フォーチュンの効果が切れた。次は何をしてくるか予想もつかないな」

 

「ど、どうする!?」

 

「今のうちに氷の壁を破る方法を考えましょう」

 

『コンファインベント』

 

 

鏡が割れる音が聞こえた。

 

 

「え?」

 

 

ほむらが振り向くと、そこには粉々に散ったシェルターが。

 

 

「な、なんで……!」

 

「甘い」

 

 

指を振るガイ。

コンファインベントは相手が直前に行った攻撃を無効化できる。

 

 

「こういうのも無力化できるんだよねー」

 

 

壁が壊れた事でアルカの攻撃が続行された。

クロスした炎と氷は相反する力によってエネルギーを暴走的に膨れ上がらせていくのだ。

 

 

「ピッチ! ジェネラーティ!!」

 

 

そして剣を払い、アルカはそのエネルギーを解き放つ!!

 

 

「くっ!」『ガードベント』

 

「うオオオオオ!!」『ガードベント』

 

 

ライアと龍騎がほむらの前に立ち、エネルギーを真っ向から受け止めた。

二対に構えたドラグシールドとフラッシュシールド。

防御力は何の申し分も無いものだったが――

 

 

「!!」

 

 

悲鳴を上げて吹き飛んでいくライアと龍騎。

ドラグシールドは粉々に砕け散り、二人は大きく吹き飛び壁に叩きつけられる。

 

 

「なんて威力だ……!」

 

「つえぇぇえ……ッッ!!」

 

 

もう道は一つしかない。ライアはよろよろと立ち上がりガイ達を見る。

 

 

「やはりヤツらを倒すしか方法が無い!」

 

 

龍騎とほむらも頷き、もう一度ガイ達めがけて走り出す。

同時にガイ達も武器を構えて前に出る。相変わらず余裕の笑みは崩さずに。

 

 

「ガイは双樹の魔法に守られている! 先に倒すのはアルカだ!」

 

「ええ!」

 

 

ライアが射程に入ったと見るや、アルカはサーベルを振るう。

しかしライアはスライディングで刃を回避し、同時に切り替えて脚を狙った。

鉄を蹴った様な感触だが、蹴りはアルカに直撃する。

 

アルカが纏っていた熱のベールはあくまでも魔法で構成されている物のようで。

例えば意図していないカウンターを防ぐため、生命が触れても問題はないらしい。

つまり無機物たる武器での攻撃には反応するが、拳や蹴りに大しては効力が無効化されるのだ。

 

だから、ほむらも飛び回し蹴りでアルカの肩を狙う。

しかし一瞬でアルカの肩を覆うように氷が生まれた。それは装甲となってほむらの攻撃を防ぐだけではなく、ほむらの脚を氷で覆ってみせた。

 

 

「うッ!」

 

 

脚が重くなる。

そこへ躊躇無く伸びてくる炎の刃。

しかしこれはチャンスでもあった。ほむらは氷に覆われた脚を盾にして刃を受け止める。

そこで時間停止。氷は炎の力で完全に溶けて、ほむらは自由の身に。

そのままアルカの背後に回ると、時間を元に戻す。

 

打撃ならば通る。

ほむらは脚払いでアルカを狙うが――

 

 

「見えていますよ」

 

「ッ!」

 

 

氷のサーベルが蹴りの軌道に置かれる。

そのまま脚を振るっていたら、刃に当たって逆にダメージを受けるだろう。

ほむらは攻撃を中断すると、後ろへ跳んだ。

 

 

「フッ!」『スイングベント』

 

 

ほむらをアシストするため、ライアは鞭を伸ばす。

だが鞭は例外なくアルカの体に触れる前に融解していった。

とは言え、気を引く事はできたようで、ほむらは再び時間を止めてアルカの頭上に現れた。

そのまま脳天に踵落としを仕掛けようとするが。

 

 

「無駄だよ♪」

 

「!」

 

 

今度は凄まじい吹雪が発生してほむらを吹き飛ばす。

それだけじゃなく倒れた後、体が床に凍り付いて立ち上がれない。

 

 

「クッ!」

 

 

このままではマズイ。ライアはアルカにタックルを決め、腰に掴みかかった。

しかしアルカはビクともせず、かつサーベルの柄でライアの背中を強打して呼吸を止める。

 

 

「私に触れていいのは淳くんだけなの!」

 

 

怯んだライアの腹部に叩き込む膝蹴り。

起き上がったライアへそのままサーベルを振り下ろす。

 

 

「ぐァアアアアアアアッッ!!」

 

 

ライアから炎と氷の傷が刻まれ、火花が散る。

さらにアルカはそのまま剣をクロスさせて必殺技を放った。

 

 

「ピッチ・ジェネラーティ!!」

 

「!!」

 

 

エネルギーを受けて吹き飛ぶライア。

壁に叩きつけられると爆発が起こり、地面に倒れた後は動かなくなる。

 

 

「手塚!」

 

 

叫ぶ龍騎だが、彼もガイとの戦いに苦戦を強いられていた。

攻撃は当てられるのだが、氷の鎧が瞬時に出現してダメージを無効化していくじゃないか。

 

 

「クソッ!」

 

「悪いね何か。でもRPGでもあるでしょ? コレはお前らにとって絶対に負けるイベントなんだよ」

 

 

だってレベルも装備も違う、経験そのものが違うのだから。

ガイは龍騎の攻撃を受け止めた後、肩についているメタルバイザーの角を向けてタックルを浴びせた。

 

 

「うわあああああ!!」

 

 

そもそも本気で殴っていない龍騎に勝ち目なんて無い。

龍騎は床を滑っていき、大きな隙が生まれる。

 

 

「ねえ、もう殺しちゃおうよ淳くん!」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

「んー、そうだな。もうコイツ等いいや」『ファイナルベント』

 

 

ガイ達が睨んだのは――、暁美ほむら。

なんとか氷を引き剥がし立ち上がっていたが、そこでアルカが腕を広げ、二対のサーベルを振り下ろした。

 

すると氷と炎の衝撃波が発生して、地面を伝っていく。

衝撃波はまさにカーテン状の壁だ。ほむらが右を見れば炎の壁、左を見れば氷の壁が存在し。完全に閉じ込められてしまった。

しかも壁の高さはしっかりと天井まで届いており、飛び越えると言う選択肢が封じられる。

 

 

「――っ!」

 

 

直線上にはニヤリと笑うアルカ。その後ろにガイ。さらにその後ろにメタルゲラスが並び立っていた。何が来るのか予想したほむらは、ダメージ覚悟で炎の壁に飛び込んだが、炎の壁は凄まじい抵抗感を持っていた。

結果としてほむら内側に弾かれ、脱出できない。

 

 

「無駄だよ♪ 逃げられはしない、諦めろ暁美ほむら!」

 

「ぐッ!!」

 

 

しかも氷の壁から発生される冷気で、再び盾が凍りついた。

時間は止められない。上は天井、左右は炎と氷の壁。後ろは凍りついた出口。

ほむらは持っていた銃を使うが、アルカの熱のベールによって全て無効化されていく。

 

 

「ハッ!」

 

 

飛び上がるガイ。ヘビープレッシャーの発動であった。

さらにアルカもメタルゲラスの背に乗ると、身を乗り出して二本のサーベルの刃先をメタルホーンの角先に合わせた。

 

アルカとガイを乗せて走り出すメタルゲラス。

逃げ場を失った標的に、全てのエネルギーを込めた強化ヘビープレッシャーを当てる。

これが二人の複合ファイナルベントである『トリプルビークス』だった。

 

 

「ほむらちゃん!!」

 

 

倒れている龍騎は、ほむらに向かって手を伸ばすが全てが遅かった。

 

 

「―――ァ」

 

「!!」

 

 

ほむらは、ガイとアルカの武器に貫かれて壁に磔となった。

二つの武器はしっかりとほむらの胴体を貫通しており、ほむらの目も虚ろになっていく。

叫ぶ龍騎、またなのか? また守れなかったのか!?

 

 

「……?」

 

 

しかし首を傾げるガイ。

感触はあるものの、ほむらからは一滴の血も流れない。

どういう事だ? メタルホーンは確かに彼女を貫通しているのに。

 

 

『ユニオン』『トリックベント』

 

「!?」

 

 

ほむらの体が粉々になり、メタルホーンに先にあるのはトランプのジョーカーだった。

 

 

「何だコレ?」

 

 

すると、ライアと龍騎の隣にほむらが現れる。

 

 

「助かったわ手塚、あなたのカードが無ければ死んでいた……!」

 

「ああ。一瞬本気で焦ったぞ」

 

「え? ええ!?」

 

 

ほむらはファイナルベントを受ける寸前にユニオンでライアのトリックベントを使用していた。

トークベントで効果を教えてもらったほむらは、攻撃を無効化してライアの隣にワープしたわけだ。

 

 

「ハッ! 一回避けたくらいでなんだよ!」

 

「その通り☆ 意味などは無い!」

 

 

確かにガイ達の攻撃をかわしただけだ。劣勢なのは変わらない。

ガイもしぶとく粘ってくる龍騎達に苛立ちはじめたのか、声を荒げていた。

 

 

「いい加減諦めろ! おれに勝ちたいなら本気でゲームに乗ってる奴を連れて来い!!」

 

 

その言葉に沈黙する三人。

しかしその時、扉の向こうから声が聞こえてきた。

 

 

「だったら、俺が相手になってやる」

 

「!」

 

「リーミティ・エステールニ!」

 

 

扉が輝き、直後凄まじい光が溢れて氷の壁を消し飛ばす。

それは熱でもない氷でもない雷でもない、『光』と言う破壊の力だ。

円形状に開いた部分から足音を立てて歩いてきたのは二つのシルエットだった。

 

 

「蓮!」

 

「立花……!」

 

 

校長室にやって来たのはナイトとかずみ。

膝をつく龍騎達を通り過ぎると、ガイとアルカに向けてダークバイザーを向ける。

かずみも同じだ。十字架をガイに向けて強く睨みつける。

 

 

「何? お前、そいつ等の仲間?」

 

「こいつ等の? 違うな」

 

「じゃあ何?」

 

「俺はお前等を殺しに来たゲーム参加者だ」

 

「お、おい蓮! お前なに言ってんだよ!」

 

 

龍騎は声をあげるが、ソレをライアが止める。

 

 

「ふーん。ま、いいよ、遊んであげる」

 

「口だけじゃない事を祈るばかりですね」

 

 

対峙するナイトペアとガイペア。

二組の武器が交差するまで、それほど時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 

 

しかし何故下で戦っていたナイト達がココにやって来る事になったのか。

少し時間を巻き戻す。龍騎達がいなくなった後もホールでは戦いが続いていた、しかも芝浦が呼んだのかカエルの魔女である『ガブリエラ』までも姿を現す。

 

魔女と参加者を交えての戦い。

しかも破壊される事を恐れないのか、王蛇はベノスネーカーとベノダイバーを長時間召喚させていた。

 

 

「くそッッ! ウザッてぇ!!」

 

 

猛スピードで杏子を少しずつ切り刻んでいくオーディン。

杏子も抵抗を示すが、フィールドを猛スピードで飛び回るオラクルが動きを制限していく。

かと思えばあたりに張り巡らされる杏子の鎖、場はかなり混雑している。

 

 

「攻撃がまるで当たらねぇ!!」

 

 

槍を振り回すがオーディンはワープ。

そしてキリカや織莉子は速いというレベルを超えた動きを見せている。

 

 

「何がどうなっている!」

 

 

イラつくように叫ぶナイト。

するとその言葉に反応してタイガがキリカを指差した。

 

 

「キリカの魔法は"時間操作"なんだ」

 

「何?」

 

「キリカが張った魔法陣の中にいる相手は減速する。だんだんスローになっていくんだよ」

 

 

会話と言う『概念』は通常に行えるが、それ以外は全て徐々にスピードが抑えられていくのだ。

 

 

「わあああああああああああ!!」

 

「!」

 

 

そこで叫ぶキリカ。地団太を踏んで悔しそうにタイガを見る。

その異常なまでの怒りっぷりに思わず停止する一同。

キリカはボロボロと涙を零し、悔しそうにタイガを指差していた。

 

 

「どーッして私の魔法言っちゃうんだよォオオオッッ!!」

 

「え、だって皆困ってるじゃない」

 

「もっと隠しておきたかった! もっとカッコいい感じで皆に披露したかった!! ゲームとかでよくある最後の最後で分かるとかそういう展開を妄想していたのに全部ココでお前にネタバレされた!!!」

 

「……ごめんなさい」

 

「うわあああああん! 馬鹿馬鹿馬鹿!!」

 

 

大切に取っていた秘密をあっさりと言われた事が相当ショックだったのか、その後もキリカは何度もタイガに罵声を浴びせていく。

そもそも魔法少女にとって己の魔法形態を知られるのは、戦いにおいて不利となる可能性が高い。

ましてキリカの様にこっそりと仕掛けておくタイプならば尚更だ。

 

 

「そんなに馬鹿って言わないでくれるかな。キミが悪いんだよ、キミが僕の気持ちをちっとも分かってくれないから」

 

「それはコッチの台詞だバカー! どーして織莉子の言う事が分からないんだよ!! どうして私に協力してくれないんだよーッッ!!」

 

 

もっと優しくて強くて頼りになるパートナーの方が良かったと、キリカは泣き喚く。

拳を握り締めるタイガ。彼もキリカの言っている事が理解できない。

もっと英雄に相応しい人がいた筈なのにどうしてジュゥべえ達は自分達をパートナーにしたんだろう?

 

 

「あああ! うッぜぇな! つまりコレを消し飛ばせばいいんだろ!?」『ユニオン』『リリースベント』

 

 

ホールの下に刻まれていた紋章。

最初は元々あった『模様』かと思っていたが、どうやらキリカが仕掛けた罠だった様だ。

杏子は解除の力を込めた槍でそれを思い切り突き、キリカの減速魔法の魔法陣を破壊する。

 

 

「もらった!」

 

「!」

 

 

しかしその瞬間、杏子の目の前に現れるオーディン。

既にゴルトセイバーは振り上げており、脳天を狙っている。

 

 

「ヤバイ!」

 

 

杏子は瞬時に腕をクロスさせてガードの構えを取るが、受けきれるかは怪しい所だった。

 

 

「ウラァッ!!」

 

「!!」

 

 

うずくまった杏子の背後から跳んで来たのは王蛇。

捻りを加えたドロップキックでオーディンの胴体を捉えると、キリカを巻き込んで吹き飛ばす。

どうやらオーディンもオーディンで、杏子達に対する殺意が強すぎて冷静さを失っている様だ。

 

 

「サンキュー浅倉! で、後ろだろ!」

 

「……チッ!!」

 

 

ワープのルートも単調である。

とりあえず攻撃を当てようと背後に回る事が多い。よって杏子は槍でゴルトセイバーを受け止める。

さらにワープも連続で行えば疲労が溜まるのか、だんだんと回数も少なくなって来ている。

 

 

「キリカ!」

 

 

地面を転がっているキリカを助けに向かった織莉子。

同時にオラクルを王蛇と杏子に向かわせ、オーディンをアシストしようと試みる。

しかしその時、タイガがバイザーにカードをセットしていた。

 

すると無数にあったオラクルがその場で急停止。

以後どれだけ織莉子が力を込めても、オラクルたちが動く事は無かった。

 

 

「これは……!」

 

「ボクの力だよ織莉子さん」

 

 

"フリーズベント"。特定の物を凍らせたように停止させるタイガのカードだった。

織莉子は瞬時に能力を発動させて未来を視る。

まだ何かが変わる素振りはない、そして絶望の欠片を捉える事もできない。

 

 

「織莉子さん。こんなやり方はやっぱり間違ってるんじゃないかな?」

 

「と言うと?」

 

「やっぱり僕、人は傷つけちゃいけないと思う」

 

 

ガブリエラと戦っているナイト達。

キリカ達と戦う王蛇達。周りを見れば戦いばかりだ。

人を傷つける行為は英雄らしくないとタイガは言う。

英雄は皆に尊敬される存在なのだから戦いを止める事が正しいはず。

 

 

「キミが悪い人だとは思えないんだ。だから止めてくれないかな」

 

「………」

 

「織莉子さんは、信用できる人なのかな?」

 

 

問い掛ける様に言うタイガ。

織莉子は金色の眼でタイガをジッと見つめる。眼を細めて、何かを見透かしている様だった。

しばらく沈黙したままの織莉子は、少し眉を動かすと唇を吊り上げた。

まるで何かを企んだように。何か面白いものを視た様に。

 

 

「そうですか。では信用の証に、今日は退きましょう」

 

「!」「!」

 

 

織莉子の言葉に、キリカとオーディンの様子が変わる。

 

 

「織莉子……ッ!」

 

「オーディン。今はまだその時ではありません」

 

 

オーディンは不満げに拳を握り締めるが、ワープでキリカのもとへ移動。

彼女を掴んで黄金の羽を大量に発射する。

 

 

「逃がすか!」

 

 

杏子と王蛇はすぐに走るが、黄金の羽は触れた瞬間に爆発を起こす武器だ。

二人が爆発に怯んでいる間に、織莉子もまたオーディンの所へ移動して三人は光に包まれて姿を消した。

 

 

「あああああ! クソ!! 本当に面倒くさいな!」

 

「最高にイラつくぜ……!」

 

 

奇しくも、その行動がパートナー同士の心をリンクさせたのか、王蛇のデッキに淡い輝きが生まれた。

どんな理由であれ、今の王蛇ペアは互いに『苛立ち』と言う感情を共有している。

それが結果として新しいカードを生んでいく。善悪の差は問わず、パートナーと歪な形で心を通わせていく。

 

 

「アイツら戦う気はあるのかい? ああもうッ、本当にムカつくぜ!」

 

「アアアアアア!!」

 

 

イライラが収まらない二人。王蛇はベノスネーカーをナイト達に向かわせた。

現在ナイト達はカエルの魔女と戦っており、その巨大な魔女の頭にベノスネーカーは勢い良く噛み付いていく。

 

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

誰でも良いから殺したいと言う王蛇の想いを汲み取ったのか、まずナイト達よりも先に目についたガブリエラに牙を食い込ませる。

突然の痛みに悲鳴を上げる魔女。しかし『蛇に睨まれた蛙』という言葉がある様に、これは自然の摂理だ。

 

 

『ゲロロロロロロ!!!』

 

 

蛙の鳴き声にノイズを混ぜたようなガブリエラの声。

魔女はベノスネーカーに投げ飛ばされると、王蛇と杏子の目の前に叩きつけられる。

さらに噛まれた際に毒を注入されたのか、ガブリエラは血の涙を流しながら呻いていた。

ともあれ、何とか抵抗しようと、長い舌を使って杏子の体を縛り付ける。

 

 

「うお!」

 

 

そのまま思い切り舌を引き戻す。

杏子は宙を舞いながら、魔女の大口の中へ引き込まれていった。

 

 

「おおおおおおおおおおおお!?」

 

 

バクン☆ ゴックン☆

などとファンシーな音を立ててガブリエラは杏子を丸呑みに。

 

 

「止めておけ。ソイツはマズイぞ」『ソードベント』

 

 

パートナーが食われたと言うのに、王蛇は特に焦る様子を見せなかった。

ベノサーベルを構え、ゆっくりと首を回しながらガブリエラに近づいていく。

 

 

『ギピィイイイイイイイイ!!』

 

 

その時、大きく反り返る魔女。一本の槍が腹を突き破って現れた。

いや一本ではない。体中から次々と槍が出現し、腹から突き出た槍は移動を開始して魔女の腹を縦に裂いていく。

血が噴水の様に吹き出ていき、同時に王蛇は魔女のつぶらな瞳にベノサーベルを突き刺した。

 

断末魔をあげながら、のた打ち回る魔女。

腹を裂いて出てきたのは笑みを浮かべている杏子だ。

しかし笑みを浮かべているとは言え、今の彼女は非常にイライラしている。

ほむらから爆弾を受けて服はボロボロ。かと思えば良く分からない魔女に唾液まみれにされるしで。

 

 

「くそがァアアアアアアア!!」

 

 

槍を巨大化されて振るう杏子。それは魔女の頭部を一撃で潰し絶命させる。

少しスッキリしたようで、笑みを浮かべる杏子だが、王蛇は間髪入れずにガブリエラの死体を持ち上げて少し高めに掲げた。

 

 

「ん? 何やってんのさ?」

 

 

杏子が問い掛けたまさにその直後、激しい衝撃と爆発が二人に襲い掛かる。

 

 

「どわわわわわ! な、なんだ!?」

 

 

頭を抑えて屈みこむ。

数秒後に爆発と衝撃は収まり、王蛇は炭になったガブリエラの死体を放り投げた。

 

 

「ま、マジなんなんだよ!」

 

 

杏子が辺りを見回すと、ホール入り口に巨大な牛の姿が見えた。

 

 

「はあはあ、成る程」

 

 

杏子は頷いて今起こった事を悟った。

 

 

「よく気づいたね。まあでも助かったよ」

 

「ハッ! アイツの事は覚えてる。そう、それに――」

 

 

ホールに現れたのは牛の化け物だ。

つまり騎士・ゾルダ。開幕のファイナルベントを発動したという訳だ。

その際に発生する電子音を、王蛇は聞き取ったのである。だからガブリエラの死体を盾にした。

 

 

「おーおー、結構派手にやってるねぇ」

 

 

エンドオブワールドは広範囲を焼き尽くす強力な攻撃だが、貫通力に関して言えばソレほど高い物ではない。

ガブリエラの死体を炭には変えたが、貫く事は無かった様だ。

尤もゾルダも多少の手加減はしたらしい。もう少し威力と時間があったのなら、死体を焼き尽くして裏にいた王者達も焼き尽していただろうが。

 

 

「お前も参加者か」

 

 

爆発が少し遠かったために、逃げる事ができたナイトペア。

しかしもしも王蛇と近い位置にいたなら、二人もエンドオブワールドを受けていただろう。

 

 

「んー、微妙な所だな俺は」

 

「何?」

 

「あ、見て! 蓮さん!!」

 

 

かずみが指差した方向には、倒れているタイガが見えた。

どうやら爆風に巻き込まれてしまったらしい。

 

 

「助けに行かないと!」

 

 

走るかずみ。

ナイトは不満げながらも彼女を追う事に。

 

 

「………」

 

 

そもそも、なぜ乗り気でないゾルダがココにやってきたのか?

理由はいろいろあったが、その一つが王蛇である。

北岡は他人に関心がないが、そんな彼でも王蛇の雰囲気と声には覚えがあった。

 

 

「やっと思い出したよ、お前。浅倉だな」

 

「ハッ、俺もだぜェ、北岡ァ」

 

 

ねっとりと王蛇は言い放つ。二人の間に流れる異様な空気。

少なくとも友人などと言う関係では無いだろうが、杏子にしてみればまさか浅倉を知っている人物が孤児院関係以外でいたとは驚きである。

 

 

「紹介してくれよ浅倉。アイツ誰?」

 

「俺の中で一番殺したいと思ってた奴だ。まさかゲームにいるとはな」

 

「コッチの台詞だよ。俺、二度とお前とは会いたくないって思ってたんだけど」

 

 

うめき声を上げながら首を回す王蛇。

何だかんだ言って北岡には感謝しなければいけないかもしれない。

憎悪で今までのイライラが全て吹き飛んだ、そして同時に殺したい相手がゲームに参加してくれていたと言う幸運。

これを喜ぶなと言う方が難しい。

 

 

「北岡ァアアアアアアアアアアアア!!」

 

「やれやれ、でも俺としても丁度良いって言えばそうなんだよね」

 

 

走る王蛇。銃を構えるゾルダ。

ゾルダとしても王蛇が生きているのは都合が悪い。

何故ならば浅倉は北岡にとって都合のいいスケープゴートでなければならない。

 

 

「そう言う訳でさ、死ねよお前」

 

「やってみろ! 俺が先に殺す!」

 

 

とは言え、ヒートアップする王蛇を杏子を寂しそうな眼で見つめていた。

 

 

「おいおい、なんだか知らないけど盛り上がっちゃって……。アタシだけ置いてけぼりかよ」

 

 

一方で、かずみ達はタイガを抱きかかえていた。

爆風で吹き飛ばされたようだが、弾丸は直撃していないのでダメージは薄いようだ。

 

 

「東條さん大丈夫!?」

 

「ぼ、僕はいいから……。キミ達は校長室に行ってよ」

 

 

その言葉を聞いて視線を移すナイト。

上では先に向かった龍騎達がガイと戦っている筈だ。

しかしナイトは――、蓮は知っている。真司の性格上、絶対にガイには勝てない。

 

正しくは勝たないのだ。故に今は劣勢の筈だ。

手塚やほむらがどうかは知らないが、龍騎が足を引っ張っている可能性も考えられる。

 

 

「れ、蓮さんどうしよう?」

 

「………」

 

 

沈黙するナイト、そこへ杏子が笑いながら近づいてくる。

 

 

「行かせる訳ないだろ。せめて魔法少女は残れ。アタシの獲物がいなくなる」

 

 

とも思えば、杏子の周りに舞い散る電撃。

 

 

「チッ! 何だよ次々から次に!」

 

 

気だるそうに向かってきた雷撃を振り払う。

しかしこの雷には覚えがあった。杏子はオクタヴィア戦を思い出し、ニヤリと笑う。

 

 

「お前の相手は私だ」

 

「……よ、久しぶり」

 

 

ホール入り口から現れたのは浅海サキだ。

一旦保健室の様子を見に行った彼女は、再びコチラに戻ってきたと言う事だ。

生徒達はまどかや美穂が見ていてくれている。

 

 

「かずみ、秋山さん。貴方達は芝浦の所へ行ってくれ」

 

「………」

 

 

無言のナイト。

だが、かずみに『来い』と合図を出して走り出す。

かずみは少し慌てた様子でタイガをホールの隅に移動させて、ナイトに続く。

杏子は一瞬かずみ達を見たが、すぐにサキに視線を戻す。

 

 

「大丈夫? ホールん時は弱すぎてどうしようかと思ったけど」

 

「フッ、少なくとも前回よりはキミの期待に応えられる自信があるよ」

 

「そりゃあいい」

 

 

杏子は槍を右手と左手に持ち、腰を落とした。

サキは威嚇の意を込めてバチバチと雷を鳴らす。

前回は不安定な精神状態が原因で敗北したが、今回はそうはいかない。

そして一つの勝算もあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時間は現在に戻る。

 

 

「ハッ!」「ウラァア!」

 

 

校長室。

メタルホーンとウイングランサーがぶつかり合い、ナイトとガイは互いを弾き合って地面を擦る。

ビリビリとした衝撃で怯む二人。となればサポートするのはパートナーだ。

かずみはナイトの肩を蹴って跳躍。アルカは優雅に立ち振る舞い、ガイを庇う様に立った。

 

 

「えい! そら!! ほいさ!!!」

 

 

かずみは空中で器用に旋回しながらマスケット銃を撃っていく。

しかし結局は先程と同じだ。魔力で構成された銃弾でさえ、アルカに触れる前に一瞬で熱融解して消滅する。

 

だったらと十字架をかざす。

するとガイの真下から黒い槍が無数に出現していった。

杏子の攻撃をコピーしたのだが、これもまたアルカの防御魔法がガイを守る。

次々と氷の装甲が現れて、ガイへ掛かるダメージを最小限に抑えていった。

 

 

「むむむ……ッ!」

 

 

着地と同時に、かずみは大きな本を片手に構える。

対してアルカは必殺技であるピッチジェネラーティを発射した。

赤と青の奔流が、一直線にかずみへ向かっていく。

 

 

「蓮さん!」

 

「ああ」

 

 

まどかの守護魔法をコピーしていたかずみは、目の前に無数の盾を出現させていく。

しかしそんな抵抗をあざ笑うかの様に、アルカの魔法は盾を突き破り二人へ向かう。

 

 

「あれ?」

 

 

しかし既にナイト達は走り、魔法のルートからは回避している。

 

 

「なかなか素早いね……!」

 

 

目を細めるアルカ。

そもそも最初から盾で防げない事を分かっていたような素振りである。

では何のために壁を張ったのか。

 

 

「!」

 

 

盾が全て壊れ、魔法の着弾点にあったのは先程かずみが呼び出した『本』だった。

敵の攻撃を受けた場合、相手の情報を記載するイクス・フィーレだ。盾はソレを隠す為に張られた囮のようなもの。

当然ピッチ・ジェネラーティは本に命中し、一撃で全ての情報を刻み込む。

リボンを伸ばして本を引き寄せるかずみ。彼女は一瞬でそれを読み抜くと、十字架を振るった。

 

 

「!」

 

 

現在アルカを纏うのは紅のベール。そしてガイは蒼いベールが纏わりついている。

そしてナイトとかずみを包むのは『黒のベール』。かずみは十字架を振るい、頭上に大砲を生み出した。

 

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 

十字砲から放たれた巨大な弾丸。

しかしアルカに焦りはない。少し大きくなったくらいで所詮は無機物。

ノーガードでそれを受け止めようと胸を張ったが、直後弾丸はアルカの体にしっかりと命中して爆発を起こした。

 

 

「あぐぁああ!!」

 

 

衝撃で仰向けに倒れる。

煙が上がる中、アルカは目を丸くして間抜けな声をあげた。

 

 

「は!?」

 

 

ガイもこれには驚いたのか、戸惑いの声をあげている。

 

 

「ど、どうして防げなかった?」

 

「貴女の魔法、わたしがコピーしたよ!」

 

「!?」

 

「えっへん!」

 

 

かずみはアルカの防御魔法を解析、コピーすると、それを混ぜ合わせた物を生み出したのだ。

かずみとナイトの攻撃には以後アルカが発動したベールと同質の物が付与され、結果混ざり合う形で進入を許すのだ。

 

簡単に言えば、かずみはアルカの魔法を解析して、抗体を生み出した。

外敵から身を守るアルカのベールは、かずみ達のベールを自分の魔法だと認識して効果を発揮しない訳だ。

 

 

「わたしの魔法は破戒、あなたの防御を壊しちゃうよ!!」

 

「喋りすぎだ」

 

「あ、ごめん!!」

 

 

ナイトに叱られ、やってしまったと恥ずかしそうに笑う。

 

 

「な、なによそれぇ!」

 

 

歯を食い縛るアルカ。

よく分からない理由で突破されたが、まだ慌てることは無い。

ただ防御魔法が無効化されただけではないか。攻撃面で勝てば何の問題もない。

 

 

「フッ! ハッッ!!」『シュートベント』

 

「やああああああああああッッ!!」

 

 

ナイトは斬撃を。かずみはマスケット銃を乱射して距離を詰めていく。

しかしアルカは腕を前にかざし、そこに氷の盾を出現させる。

さらにアルカの背後について走るガイ。強引に弾丸を無視して走っていく。

 

互いの距離がすぐそこまでに迫った。

サーベルを振るうアルカ。舞い散る火の粉と雪の結晶。紅と蒼の軌跡が何とも幻想的だった。

しかし見惚れていたなら待っているのは死だ。かずみとナイトは攻撃をギリギリで回避すると、すぐに反撃の突きを同時に繰り出した。

 

 

「淳くん!」

 

「分かってるって!」

 

 

既に剣を振るった反動でアルカは後ろに跳ぶ。

入れ替わりで前に出ていたガイは十字架とダークバイザーを掴み取ると、そこで踏みとどまる。

 

 

「そこだね♪」「串刺しになれ!」

 

 

空中にいたアルカは炎をナイトに。

ガイは反撃のショルダータックルを繰り出し、かずみに赤い角を向ける。

 

 

「甘い!」

 

 

しかしかずみはマントを広げてメタルバイザーの角を受け止めた。

さらにアルカが放った炎は、ナイトを纏う黒いベールに吸収されていく。。

 

 

「そこまでコピーして……! でもッ、甘いのはあなた! ジュディツィオ・コメット!!」

 

 

アルカは炎の塊となってかずみに突撃する。

かずみは始めマントでそれを受け止めたが、すぐに苦悶の表情を浮かべて押し出されていく。

コピーした魔法や武器は性能を限りなく本物に近づける事はできるものの、劣化している部分はどこかで出てきてしまう。

 

今回の場合は吸収できる炎に限界があると言う事だ。

無尽蔵に吸収し続けるアルカとは違う。炎の塊となったアルカはかずみを押し出し、ついには壁に叩きつけていく。

 

 

「きゃあああ!!」

 

 

かずみは苦痛の声をあげる。

しかし既にナイトが動いていた。アルカに狙われなかったおかげで、一枚のカードをダークバイザーに装填する事ができたのだ。

ガイはそれに気づいて妨害しようと試みるが、ナイトはダークバイザーで攻撃を受け流すと、そのままカードを発動させる。

 

 

『ナスティベント』

 

 

空間が割れ、ダークウイングが姿を見せる。

強力な音波攻撃を発動。ガイもアルカもコレは吸収できず、頭を抑えて苦痛の叫びをあげていた。

 

 

「えいッ!」

 

「ぎゃ!!」

 

 

その隙にかずみはアルカの肩を踏んでジャンプ、十字架の先に光を集中させていく。

苦しむアルカはそれに気づく素振りもない。

 

 

「もらった!」

 

 

かずみはリーミティエステールにを発動しようとするが、そこでガイがカードを発動する。

 

 

「ッざけんなよぉ!!」『ブラストベント』

 

「!」

 

 

何度目か分からないメタルゲラスの登場。

どうやらまだ電気は残っていたようだ。角が発光すると、スパークが発生。

電撃が迸り、空にいたダークウイングに命中する。

 

 

「ギィイイイイイイイイイイ!!」

 

 

ダメージから音波攻撃が中断した。

そこで我に返るアルカ。ルカの反射神経が活きたか、すぐに空にいるかずみを見つけて必殺技を発動した。

 

 

「リーミティ・エステールニ!」

 

「ピッチ・ジェネラーティ!!」

 

 

破戒の光と反作用のエネルギーがぶつかり合う。

競り合いはない。勝負は一瞬だった。

 

「え!?」

 

「ふふ♪」

 

 

アルカの魔法は、かずみの魔法を簡単に打ち破り進んでいく。

戸惑いを隠せないかずみだが、待っていたのは魔法の直撃だ。

それを見たナイトは舌打ち混じりにカードを発動する。

 

 

「終わらせてやる!」『ファイナルベント』

 

 

飛翔斬を発動し、アルカに向かって――

 

 

「はいはい」『コンファインベント』

 

「!」

 

 

ガイはもう一枚ストックがあったコンファインのカードでナイトのファイナルベント無効化。

地面に着地するナイトの背後にタックルの強力な一撃を叩き込んだ。

火花を散らして仰け反るナイト。ダークウイングを戻しつつ、素早く地面を転がって体勢を立て直す。

 

ダメージは受けれども狙いは変わらずアルカにある。

再びソードベントを発動するとダークバイザーとの二刀流でアルカの剣技をいなしていった。

 

 

「かずみ! 起きろ!!」

 

 

アルカの動きを封じている内に、と言う事だろう。

 

 

「う、うん! ごめんね蓮さん!!」

 

 

飛び起きるかずみ。

焦げている部分や凍り付いている所は見られるものの、本人は平気だと鼻息を荒げる。

しかしソードベントを発動させて走るガイ。メタルサーベルで起き上がったばかりのかずみに切りかかった。

 

 

「ふんしょ! こんの!!」

 

「お、マジで?」

 

 

貧弱な十字架など相手では無いとガイは思っていたが、十字架が変形。魔法の刃が出現して、あっと言う間にメタルセイバーに負けない程の大剣が握られる。

攻撃力もまた非常に高く、かずみはガイの攻撃をしっかりと受け止めていく。

 

 

「グオオオオオオオオオオ!!」

 

「いだっ!!」

 

 

ガイはまだメタルゲラスを残していた。

待機させておいたミラーモンスターをかずみに向けて突進させる。

マントを盾にした為に直撃と言う訳ではないが、衝撃は凄まじい。かずみは地面を何度も転がり後退していく。

だが反撃の魔法もしっかりと発動していた。まずは――

 

 

「ラ・ベスティア!!」

 

 

その言葉を言い放つと十字架から光が発生。それをメタルゲラスが確認した途端――

 

 

「グオオオオオオオ!!」

 

「は?」

 

 

踵を返したメタルゲラス。あろう事か主人であるガイに向かって攻撃を仕掛ける。

使い魔を支配して操る魔法はミラーモンスターにも効果を齎してくれた様だ。

そしてもう一つは織莉子の武器をコピーした『シビュラ』。

小型の十字架たちは旋回しながらアルカに向かって飛んで行く。

 

 

「いたたっ!」

 

 

無数の十字架はアルカの動きを鈍らせて隙を生ませる。

そこへ叩き込むナイトの剣。さらにガードベントを発動。

肘撃ちでアルカを怯ませると首を掴み、マントを翼に変えて空に舞い上がった。

 

 

「女の子の扱いが雑! あなたモテないでしょ!!」

 

「知るか!」

 

 

空中でアルカを放り投げる。

彼女に翼はない。落下するまでは無防備だ。

ナイトは急降下で飛び蹴りを仕掛け、アルカの腹部に足裏を沈める。

 

 

「ぐへッッ!!」

 

 

墜落するアルカ。

しかしすぐに手を伸ばすと、無数の氷柱を発射していく。

 

 

「串刺しになれ!!」

 

「チッ!!」

 

 

ナイトは飛行し、逃げる。

 

 

「まずい! 蓮さん待ってて、今行くよ!」

 

 

かずみは後退しながらリーミティエステールニを発動。

ガイとメタルゲラスをまとめて光の中に放り込む。

 

 

「淳くん! 待ってて、今助けるね!」

 

 

一方のアルカもガイのもとへ向かおうとするが、その時かずみは大きく息を吸った。

 

 

「コッチ見ろ!!」

 

「!?」

 

 

反射的に視線を移すアルカ。

するとソコには十字架を向けているかずみが。

 

 

「ファンタズマ・ビスビーリオ!!」

 

「――!」

 

 

強い風がアルカを通り抜ける。すると瞳から光が消えた。

虚ろな瞳になったアルカは、フラフラと視線をリーミティエステールニを受けたガイ達に向ける。

ガイはその防御力で必殺技を耐え抜き、メタルゲラスを消滅させていた所。

 

 

「いってぇ! おい! 反撃に出るぞ!!」

 

「………」

 

 

アルカは何も答えない、そして唐突にニヤリと笑う。

 

 

「?」

 

「ごめんね、ちょっと借りるよ!!」

 

「なに!?」

 

 

アルカの口調があやせともルカとも似つかない物に。

そしてガイは『近い話し方』の人物に視線を移した。

それは間違いなく、かずみだ。

 

 

「お前っ! まさか!」

 

「もう遅い!! ピッチ・ジェネラーティ!!」

 

 

かずみが発動させた『ファンタズマ・ビスビーリオ』とは即ち洗脳魔法。

メタルゲラスを操った『ラ・ベスティア』とは違う部分は、操るのがモンスターか、人かと言う点だ。

 

 

「くっ!!」

 

 

素早くデッキに手を伸ばす芝浦だが遅い。

かずみに意思を乗っ取られたアルカは、必殺技をガイに向けて発射。

ガイもアルカから攻撃を受けるとは思っていなかった。

 

しかもルールの一つにパートナー間での戦いは禁じられている。

だが洗脳状態にあるアルカはかずみとしてカウントされる為、そのルールは無効化されるのだ。

結果、高威力の必殺技が直撃する。

かずみは最初からこのタイミングを見計らっていたのだ。

 

 

「ぐあッ! ガアアアアアアアアアアア!」

 

 

爆発に呑まれて消えるガイ。

できればコレで決着がついて欲しいが――、段々と爆煙が晴れていく。

舌打ち交じりの声を出すナイト。見たのは、未だに立っているガイの姿だった。

 

 

「ハァ……、ハァ…ッッ!!」

 

 

しかしガイも大きなダメージを受けたらしい。

鎧が所々破損していた、加えてメタルバイザーにある赤い角が折れている。

 

 

「しぶといヤツだ」

 

 

ナイトが呆れたように言う。

あの攻撃を至近距離で受けておきながら立っていられるだけの防御力を持っているとは。

とは言え、かずみは少し複雑そうに表情を歪めた。

 

 

「違うよ蓮さん。魔法少女だよ」

 

「なに?」

 

 

ピッチジェネラーティを放つ寸前に、かずみの洗脳が切られた。

相当強い意思が働いたと言う事だ。発射はしてしまったが、威力が抑えられてしまった。

つまり、芝浦を傷つけたくないと言う強い意志がそこにはあった。

双樹あやせと双樹ルカにとって、芝浦淳と言う人間は本当に大切な存在らしい。

 

 

「おのれぇぇぇええッッ!!」

 

 

だからこそ、アルカは憎悪の瞳でかずみを睨む。

 

 

「わたしの淳くんに何てことを……ッッ!!」

 

 

ソコですぐに不安げな表情に変わる。彼泣きそうになりながらガイに縋りつく。

 

 

「違う、違うの! 今のは操られていただけだから! わたし達は淳くんの為なら何だってやれるから――! だから嫌いにならないで!!」

 

「………」

 

 

ガイは無言だった。

そのままグリーフシードを一つ、投げわたす。

 

 

「許して欲しかったら、あいつ等を殺すぞ!」

 

「う、うん!!」

 

 

「一回分の浄化で回復する魔力を全てピッチジェネラーティにつぎ込め! 消し炭にするぞ!」

 

 

それは、マズイ。

ナイトとかずみは、アルカを止めるために走るが、ガイが許すはずもない。

 

 

「お前等は来んなよ! うっざいなッッ!!」『スタンベント』

 

 

ガイの前方に現れたメタルゲラスは、その場で大きく足踏みを行う。

すると発生する地震。大きな揺れはナイト達の動きを封じる。

さらに続けてフリーズベントを発動。氷の衝撃波を発生させて、ナイトペアの脚を凍らせる。

 

 

「う、動けないよ蓮さん! カチコチだよ!!」

 

「ぐッッ!!」

 

「ハァアアアアアアアアアア!!」

 

 

その隙に魔力を技に込めるアルカ。

轟々と燃える炎と、激しい冷気がクロスさせた剣にエネルギーを宿していく。

ナイトペアは逃げられないと踏み、それぞれ守護魔法や防御のマントで身を包む。

 

 

「そんな盾、全部壊しちゃう!!」

 

 

アルカは天高く剣をかざし――

 

 

「消えろ! ピッチジェネラーティ!!」

 

 

最大出力の必殺技を放った!

 

 

 

 

 






アルカは原作で言う本気モードです。
原作じゃルカしか使用してませんでしたが、今作は二つの人格を一緒にします。


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第33話 十字星 星字十 話33第

遅れてすまぬ(´・ω・)

地震大丈夫でしたか皆さん。
なんかこういうのって触れていいのか悪いのか曖昧なところですよね。
とりあえず普通に更新していこうと思います。


 

 

退却した織莉子達は屋敷にてダメージを回復させていた。

しかし三人の空気は重い。涼しい顔をして紅茶を飲んでいる織莉子はともかく、ソファに体育座りでいるキリカは不機嫌そうに頬を膨らませている。

上条も濁った目で窓の外をジッと見ていた。

 

 

「フフ、二人とも元気がないみたい」

 

 

織莉子の言葉に反応して、上条は傍に座る。

 

 

「見苦しい所を見せてしまったね」

 

「冷静さは戦いにおいて必須とされる物ですよ」

 

「分かっているつもりだった」

 

 

織莉子に軽く特訓をしてもらい、戦いの技術や、瞬間移動を基調とする戦い方を身につけたつもりだった。

しかしいざ杏子や王蛇を目にすると憎悪の炎が心に湧き上がり冷静さを失ってしまう。

結果、オーディンのスペックを無駄にするような動きを多発してしまった。

 

 

「あの槍が、あの拳が、あの女の言葉が、さやかを傷つけたかと思うと虫唾が走る……!」

 

「殺意は心を獣に変えます。何も考えずただ剣を振るうだけの獣に」

 

「意地になってしまう。どうにも具合が悪い」

 

「落ち着いて。貴方には佐倉杏子や浅倉威を殺すだけの力がある。焦る必要はありません。時間はまだあります」

 

 

そこでキリカが唸り声を上げる。

どうやらタイガに自分の魔法をバラされたのが相当悔しいらしい。

本当は織莉子がピンチに時に颯爽と現れて敵が戸惑っている間にネタバレを~などと色々プランがあったのに、全て台無しだもの。

 

 

「ねー織莉子ぉ、東條の奴をブチ殺してしまおうよー!」

 

「こらキリカ、言葉が汚いわ」

 

「いいじゃん、いいじゃないか! いいじゃないですか!!」

 

 

キリカはソファから立ち上がると頭を掻き毟って再びバタリと大げさに倒れてみせる。

そして手足をジタバタと動かして殺せ殺せと喚き始めた。

ため息をつく織莉子と、首を振る上条。

 

 

「止めなさいキリカ、東條君は素晴らしい人よ」

 

「どこが!? あんな英雄ジャンキー、車にでも轢かれて死んでしまえばいいんだーッッ!!」

 

「仕方ないわね」

 

 

織莉子は立ち上がると、綺麗に結んだサイドテールの髪を揺らしてキリカに近づいていく。

そして喚き散らすキリカの頭を抑えると、そっと前髪をかき上げて唇を押し当てた。

 

 

「静かにしなさい、キリカ」

 

「!!」

 

 

目を見開くキリカ。

 

 

「デコチューきたぁあああああああああああああああああ!!」

 

 

キリカは頬を上気させて跳ね上がる。

 

 

「すぐ寝よう! キミの唇の! ハァハァ! 感触を確かめながら! そしたらきっと良い夢が見れる筈だーッッ!! やったーッッ!!」

 

 

キリカは前転でソファから転げ落ちると、そのまま気絶するようにイビキをかき始めた。

 

 

「凄いな彼女は……」

 

「明るい彼女にはいつも助けられてます」

 

「明るいと言うか――、いや、ごめん。なんでもない」

 

「話を続けましょう。今回の戦いで一つ、面白いことが分かりました」

 

「面白い?」

 

「ええ。立花かずみ……、でしたか。彼女の事は?」

 

「知ってるよ。十字を持ってる黒い魔法少女だろ? 最近転校してきた」

 

「私は彼女が最も怪しいと思っています」

 

「ッ!」

 

「彼女は確実に何かある。異質な存在です」

 

「理由を聞いても?」

 

「私は今まで色々な未来を視てきました。ですが常にその中で立花かずみがボヤけて映るんです」

 

 

ノイズ掛かっているような、砂嵐を見ているような感覚だった。

 

 

「そんな事が起きるのは彼女だけです」

 

「なるほど……」

 

「まるで"彼女だけ"、私達とは違う生き物みたい」

 

「つまり、究極の絶望である可能性が高いと言うことか」

 

「あくまでもその一点だけですから。ただいずれにせよ、マークはしておいた方がいいでしょう」

 

 

今回の戦いである程度、究極の絶望に目星はついた。

後は確信を持つだけ。しかし踏み込めば、絶望がトリガーとなり魔女になる。

そうすれば終わりだ。慎重にゆっくりと少しずつ剣を刺さなければ、黒ひげが飛び出す確立は高くなる。

 

 

「覚醒させずにトドメを刺す。くれぐれも気をつけてください。ましてや佐倉杏子が究極の絶望であると言う可能性もゼロではありません」

 

「……分かっている」

 

「そしてあと一つ。東條くん」

 

 

織莉子はキリカに視線を移すと、小さく笑った。

 

 

「彼は、使えます」

 

「………」

 

 

上条もまたキリカに視線を移し、唇を吊り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北岡秀一は天才だった。

若干22歳と言う年齢で弁護士資格を手にし、尚且つ裁判は全て勝利と言う結果に終わる。

だが北岡が天才的だったのは頭脳もあるが、何よりも立ち回りだった。

 

彼の勝利には独特のやり方が関わってくる。

文字通り、どんな事をしても勝つ方法を選んできたのだ。

金さえ払えばどんな悪党も白にする、それが北岡のやり方だった。

それを成功させるには、ソレ相応のやり方が必要だったのだ。

 

ある日北岡は、政治家の息子が起こした事件を受け持った。

断ると言う選択肢はなかった。向こうは裏組織とも繋がりがある事を事前に話していた。

北岡としてもヤクザと揉めるのは避けたい。

 

尤も、これはハイリスクでありハイリターンだ。

それなりの大金を積まれた北岡は当然彼を白にするべく行動を開始する。

やり方は簡単だった。よく使う方法の一つだ。近くに住んでいた浅倉威と言う男に全ての罪をなすりつけたのだ。

 

もともと浅倉は乱暴で危険な少年として評判だった。

それに暴力団も協力してくれたし、事は思いのほかスムーズに終わった。

警察にも息がかかっていたのか、浅倉はすぐに逮捕された。

後は簡単だ。浅倉のアリバイを徹底的に潰していき、時には金を握らせた。

そして『真犯人逮捕』を武器に無罪を主張する。依頼の達成はいつもよりもずっと楽に終わった。

 

それから少し時が経ったある日、浅倉が北岡の事務所に殴りこんできたのだ。

容姿端麗。さらに若くして自分も事務所まで持つ北岡はちょっとネットで検索すれば一発だ。

探そうと思えば簡単に見つかる。浅倉も罪を擦り付けられた復讐をする為に、行き着いたのだろう。

 

だが当時、北岡には優秀なボディガードがついていた。『由良吾郎』と言う秘書だ。

当時の浅倉では五郎に勝てず、組み伏せられるのがオチである。

 

 

「悪いね、わざわざ来てもらったのに。まあでも未成年なんだし良いだろ? 名前は出ない」

 

「お前ェ……!」

 

「お前の親もお前がやったんだろうって疑わなかったしさ。ホント、お前って信用ないんだなぁ」

 

 

ヘラヘラと笑いながら警察に連絡を入れる北岡。

 

 

「もうすぐ少年院に逆戻りだ」

 

 

浅倉を見下しながら笑う。

 

 

「悪いなぁ、俺も仕事だったんだよ。お前が丁度いいスケープゴートだったってワケ」

 

「ッッ!」

 

「でもさぁ、考えれば考えるほど悪いのは俺じゃなくてお前だと思うよ」

 

 

普段からまともな人生送っていれば、周りも浅倉が犯人ではないと言うのが普通だろう。

にも関わらず誰もが浅倉を疑い、殺人を犯すのは当然の事だと納得してみせる。

 

 

「普段の行いが悪いんだよな、浅倉さんは!」

 

 

外から聞こえるサイレンの音。

 

 

「お帰りだ。お前みたいな屑は、せいぜい俺に利用されるのがお似合いなんだ」

 

「北岡ァ、いつか殺すぜ? お前……!」

 

 

浅倉も浅倉でニヤリと笑って北岡を見る。

蛇が獲物を捕らえた様な眼光だった、北岡も怯まずに笑みを返すと二人はソコで別れる。

 

その後北岡はいろいろあって事務所を見滝原に移動。

浅倉は浅倉で家に火をつけて家族を殺したとかで再び少年院。

さらに特殊な施設に送られたとかで、いつしか記憶から消えていた。

 

 

「でも、まさかこんな所で会うなんてなぁ。浅倉って名前にピンときたんだ」

 

 

そして今。

ゾルダはマグナバイザーを連射して王蛇を狙う。

王蛇も多少は防御していたが面倒になったのか、銃弾を構わず身に受けながらゾルダとの距離を詰めていった。

 

 

「今も思うよ。お前はやっぱり檻の中が一番似合うってな」

 

「ハハハ! お前は墓の中が一番似合いそうだ」

 

 

王蛇の剣を回避するゾルダ。

射撃特化とはいえ、接近戦もある程度こなせる。

王蛇の乱暴な拳を受け止めて弾くと、カウンターに拳や銃弾を与えていく。

 

 

「戦いは良い! 魔女や参加者を殺す時はイライラがすっかり消える」

 

「じゃあ一生イライラしてろ!!」『バーストベント』

 

 

マグナバイザーの銃弾を炸裂弾に変えるカードを発動する。

炸裂弾は文字通り撃った瞬間に爆発する物で、近距離の武器に変えるものだった。

引き金を何度も引くと、爆発は多重に巻き起こり、攻撃範囲も拡大する。

 

 

「グッ!!」

 

 

王蛇は煙を上げながら後退していく。

すると背中に感触があった。背後を見ると、ちょうど同じように後退してきた杏子と目が合う。

 

 

「丁度いい。槍を貸せ」

 

「あ? いいけど、代わりにベノスネーカー貰うぞ」

 

「好きにしろ」『アドベント』

 

「サンキュー」『ユニオン』『アドベント』

 

 

王蛇の元に飛来するベノダイバー。

杏子の背後に出現するベノスネーカー。

二人はさらに同じ力を発動する。その名も――

 

 

『ユニオン』『ユナイトベント』

 

 

合成のカード、ユナイト。特定の存在を融合させる力だ。

王蛇は槍とベノダイバーを。杏子は槍とベノスネーカーを合成させる。

 

王蛇の手に宿るのは大鎌だ。柄の先がエイを模した刃になっている。

そして杏子の手に宿るのは、複合ファイナルベントの時に使用する巨大な棍棒だった。

さやかを殺した武器でもある。ゾルダは無言でカードを抜くと、すぐにマグナバイザーにセットする。

 

 

『シュートベント』

 

 

肩にかける二対のバズーカ砲・『ギガキャノン』を装備すると、向かってくる王蛇に巨大な弾丸を発射していく。

そも、北岡は苛立っていた。

容姿には自信があった。才能には自信があった。自分は恵まれていると思っていた。

だからこそ、その人生は優雅なものでなければならない。一切の障害があってはならないのだ。

事実そうなってきた。途中までは。

 

 

「――ッ!!」

 

 

弾丸を回避しながら近づいてくる王蛇を見てつくづく思う。

なぜ自分がこんなサバイバルゲームに巻き込まれなければならないのか。

なぜ王蛇のような低レベルのヤツと肩を並べて戦わなければならないのか。

なぜ、なぜ、なぜ。なぜはちっとも終わる気配を見せない。

北岡は苛立っていた。だからこそもう一度、弾丸を放ったのだ。

 

 

「そらそらッッ!!」

 

「クッ!!」

 

 

杏子は巨大な棍棒を軽々と振り回していた。

だがサキも脚力を成長魔法によって強化させ、的確に回避を成功させていく。

杏子は舌打ちを行い、口からは罵詈雑言が漏れ始めた。

 

 

「うるさいな、もっと上品に戦えないのかキミは」

 

「うッせぇ! さっさと当たれってのッ!!」

 

 

杏子は脚を上げ、その場を踏みつける様なアクションを取った。

するとサキの真下から槍が生えてくる。『異端審問』、お得意とする攻撃だ。

不意打ちにサキは対応できず、身を切り裂かれる。

槍が肉体を貫通しないのは魔法少女の防御力があるからこそであって、生身の人ならば一撃で串刺しだろう。

 

 

「はい、もーらい!」

 

「ウグッ!!」

 

 

振り下ろされる棍棒。

サキは避けられないと踏んで、魔法で腕力を異常成長させて受け止める手段をとった。

ズドンと重い衝撃がサキの体を包み、歯を食い縛る。

対して杏子は笑いながら力を強めていく。そんな状況の中、ふいにサキは口を開いた。

 

 

「……私の友人である魔法少女が、過去に別の魔法少女とチームを組んでいたらしい!」

 

「それが何?」

 

「友人の名は巴マミッ」

 

「………!」

 

 

杏子の表情が変わったのを、サキは見逃さなかった。

マミはあまり詳しく口にする事は無かったが、パートナーだった魔法少女の事をガサツや乱暴な部分もあるけど『優しくて正義感のある少女』だと言っていたのも覚えている。

 

 

「そして、イメージカラーは赤だとも!」

 

「………」

 

「有り得ないと最初は思っていたが――! お前なんだろう!」

 

「ああ、そうだよ」

 

 

一瞬だった。杏子の表情が鬼のようなものに変わる。

 

 

「つうか、アイツの名前を出すな。耳が腐る!」

 

 

杏子が後ろに跳ぶと、着地地点から巨大な槍が出現した。

例外なく蛇腹状に変わり、それはまさに『大蛇』のようにも見える。

 

 

「"最後の審判"って技だ。かっこいいだろ?」

 

「マミは、キミを優しい人だと言った……!」

 

「ッ?」

 

「私はマミを信じている。佐倉杏子、同じマミの友人として、もう一度協力の意思を示したい!」

 

「ハァ。一つ良いこと教えてやるよ」

 

 

杏子は強大化した槍の上に乗り、サキを見下す。

 

 

「マミの知っている佐倉杏子は死んだんだ。もう随分と前に」

 

「なに……!?」

 

「今ココにいるのは新しいアタシだ! 誰も知らない、浅倉とアタシだけが知っている佐倉杏子なんだ!!

 

 

杏子は審判の槍を発射する。

サキは仕方ないと首を振って、迫る刃を睨みつけた。

 

 

「どこで道を間違えたのかは知らない、どんな理由があったのかは知らない」

 

 

しかし佐倉杏子と言う人間はもはや人でない、魔法少女でもない。

 

 

「お前はただの獣だ!!」

 

「!」

 

「イル・フラース!!」

 

 

巨大な雷の翼がサキの背中に付与される。

杏子が理解したのはそこまでだった。次の瞬間、サキが消えたかと思ったら視界が真っ暗になる。

拳だ。サキの拳が顔面に抉りこんでいる。

 

 

「どわあああああああああッッ!!」

 

 

杏子は地面に叩きつけられてバウンドした所で状況を理解した。

だから空中で体勢を整え、着地を成功させる。

口の中は違和感だらけだ。適当に吐き出すと、いくつかの歯と血の塊が出てきた。

 

 

「……獣ねぇ、いいじゃんカッコよくて! って言うかそもそも、何回同じ会話を繰り返すんだよアタシ達は」

 

「何?」

 

「コッチは協力する気なんてサラサラ無いのにしつこいんだよ! あと何回繰り返す? アタシは何回否定すれば分かってもらえるんだい?」

 

 

杏子は手で顔を覆い、治癒に魔力を集中させる。

砕けた骨が修復され、飛び出した眼球が正しい位置に移動を開始していく。

 

 

「お前もさっさとアタシを殺す方を選んだ方が楽じゃん」

 

「……ああ、だから選ばない」

 

「は?」

 

「戦う事は楽かもしれない。だから選んでしまいそうになる」

 

 

しかし厳しい道だとしても、選ぶのは協力の道だ。

 

 

「お前が拒んでも、私達は何度でも手を差し伸べ、声を掛ける」

 

 

たとえ今が駄目でも未来と言う希望を信じて。

今の杏子は獣だが、きっとまた分かり合える時が来る。

時間が、人の想いがソレを可能にさせる。杏子は恐らく大きな絶望に包まれた、故に変わってしまった。

ならば再び大きな希望に触れる事ができたならば以前の様に――

 

 

「だったら、こっちはアンタの手を切り落としてやるよ」

 

 

そうすれば手を差し伸べることはできなくなる。

すっかり元通りになった杏子は、歯を見せて笑うと武器を構えて走り出した。

 

 

「させはしないさ、私が――! 必ずッ!」

 

 

人は愚かな生き物だ。故に自らの考えを貫き通せない。

しかしそれは決して悪い意味だけではない。杏子の様な意見を持っていたとしても、心変わりのスイッチは案外簡単な物だったりするものだ。

サキが、そうであった様に。

 

 

「人は必ず闇に堕ちても変わる事はできる。その罪を背負ったとしても、必ず光を目指す事はできる! 何故か分かるか!」

 

「くだらねぇ、ポエムの時間か? 勘弁してくれよ」

 

「私達がッ! 私達の根本がどこまで行っても人だからだ! コルポ・マグネティカ!!」

 

 

サキが鞭を振るうと、帯電した淡い光の弾丸が放たれる。

しかし杏子は怯む事なく、むしろ加速して弾丸を切り裂こうと槍を振るった。

 

 

「ハッ!」

 

 

当然切り裂けると思っていたが、弾丸は杏子を包むようにして包み込み瞬時消滅した。

 

 

「は? なんだこれ?」

 

 

痛みも衝撃も無い。つまりコレは初めから攻撃の魔法ではない?

 

 

「私はマミを殺そうと思っていた」

 

「!!」

 

 

家族を失った悲しみを、マミに押し付ける事で救いを求めた。

しかし、マミと関わっているうちに信頼が生まれ、友として想うまでになった。

それは初めて会った時のサキでは考えられなかった変化だ。

 

 

「私はマミを失い、心の底から悲しむ事ができた。キミもいずれ――」

 

「何言って――ッて! な、なんだ!?」

 

 

杏子はサキを黙らせようと走り出すが、凄まじい抵抗感を感じた。

誰かに引っ張られている気がして、気がつけば体が浮いている。

 

 

「どわあああああ!!」

 

「コルポ・マグネティカは相手に磁力を付与させる魔法だ」

 

 

つまり文字通り杏子は『磁石』と変わらぬ体となった。

物凄い勢いで引き寄せられると言う事は、鉄の塊があると言うことだ。

 

 

「鉄? そんな物この部屋にあったか!?」

 

 

杏子は重い首を動かして、何とかその正体を探ろうとする。

だがその前に凄まじい衝撃。そして背中に感じた壁。

 

 

「フッ!!」

 

 

サキは翼を広げて跳躍、杏子に仕掛けた魔法と同じ物を王蛇に向かって放つ。

ゾルダはそれに気がつくと、王蛇を強引に掴んで弾丸を当てる様に仕掛けた。

鎌を肩に受けながらも、ゾルダは決して手を離そうとしない。

 

 

「悪いな、最初からお前と一対一なんて考えてなかったんだよ!」

 

「ッ!?」

 

 

王蛇に命中するコルポ・マグネティカ。

すると例外なく磁石になり、杏子と同じ鉄の塊に磔にされる。

しかしこの部屋には鉄の塊など存在しなかったはず、ではその正体とは何なのか。

答えはゾルダが呼び寄せたミラーモンスター・マグナギガ。別名は鋼の巨人、鉄である。

その体に王蛇と杏子は貼り付けられたのだ。

 

 

「ぐオォオォッッ!!」

 

 

力を込めるが、体はビクともしない。

しかしここで杏子がピンと来た。

 

「あ! そうだ、リリースベントを――」

 

 

拘束解除のカードを使おうとしたが、もう遅い。

サキは動けなくなった二人に、電磁砲を発射していた。

光と雷のレーザー砲が着弾する瞬間に、ゾルダはマグナギガを消滅させる。

 

 

「――――ッッッ!!」

 

 

光に包まれる王蛇ペア。

そのまま魔女結界を破壊していくまで飛んでいき、二人はホールから強制退場だ。

ゾルダは思わず唸る。サキの電磁砲は、さしずめトールハンマーとでも言えば良いか。

いくら魔法とは言え、もはや神話級だ。

 

 

「殺したのか?」

 

「いや、それだけの威力は出していない」

 

「あれで? 恐ろしいねぇ。ただ、まあ――」

 

 

ゾルダは王蛇たちが飛んでいった方向を睨む。

 

 

「アレは殺しておくべきだ」

 

「そう……、だろうか?」

 

「甘いなお前。それも最悪な甘さだ。あいつ等を生かせば、また誰か死ぬぞ」

 

「それでも、信じたいんだ……」

 

 

他者を犠牲にしてしまうかもしれないと言う事は分かっていた。

しかし、どうしてだろうか? やはりマミの元パートナーと言う事が引っ掛かったのか。

 

 

「私は、諦めたくない。希望は、絶対に死なないんだから――!」

 

「希望があるとしても、アイツ等に求めるのは間違いだって」

 

 

複雑な表情を浮かべるサキ。

何も言えず話題を変えるしかなかった。

 

 

「貴方はどうする? 私と戦うか?」

 

 

二人はホール入り口前で出会い、そして王蛇達を倒すと言う利害一致の上に協力をしていた。

だがもう、王蛇達は場外へ飛んで行ってしまった。

ホールにいるのは気絶しているタイガを除いて自分達だけだ。

 

 

「いや、いいや。俺もう疲れたし」

 

「……感謝する」

 

「たとえガキでも、女と戦うのは趣味じゃない」

 

 

そう言ってゾルダはフラフラとホールを後にしていく。

サキはそれを見つめ大きなため息をついた。

自分の辿る道について迷いはもう欠片とて無いが、やはりそれがうまくいかないジレンマは強く感じてしまう。

 

絶対に皆が協力する道は無いと思いつつ、心のどこかで必ずできると期待している。

だってそうだろ? 自分達は絶望に限りなく近い存在、だからこそ希望と言う物を諦めたくは無い。

誰も皆、絶望するために生まれてきたわけじゃない。

手と手を取り合う事が一番じゃないか。

 

 

「マミ……、君ならこんな時、どうしていたんだろうな?」

 

 

もっと事態を丸く収める事ができたのだろうか?

想いを引き継ぐつもりだったが、気がつけば助けを求めている。

こんな姿を見たらマミは情けないと笑うだろうか?

 

 

「だが、私は絶対に諦めないぞ」

 

 

たとえ上手くいかない道だったとしても、絶対に諦めたりはしない。

必ず叶えてみせる。

 

 

「君の為に、美幸の為に、そして――」

 

 

残された者のためにも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

校長室。

最大出力のピッチジェネラーティが放たれた後、フィールドは煙で覆われていた。

入り口の向こうで様子を確認していた龍騎は、助けに走ろうとはしていたが、ライアに引き止められた。

 

 

「行くな。今のお前じゃ、確実に死ぬ」

 

「……ッ」

 

 

煙が晴れてきた。

見えたのは勝利を確信したように笑っていたアルカと、ガイ。

 

 

「お!」

 

 

ガイが声をあげる。

視線の先にはボロボロになって倒れているかずみと、辛うじて防御に成功したと言う様子のナイトだった。

 

 

「勝負ありだな。終わらせるぞアルカ」

 

「うん……♪」

 

 

ガイ達も無傷ではない。

ましてや本気モードのアルカは二つのソウルジェムをフルに使用するため、それだけ汚れのスピードも速い。さらに言えばピッチジェネラーティは協力だが、これもまた二つの力を使うために消費魔力は大きい。

グリーフシードの予備はあるが、そろそろ決着はつけておきたかった。

 

 

「おい! 大丈夫か?」

 

「………」

 

 

やはり防御力は騎士の方が高いようだ。

ナイトはフラフラになりながらも、かずみに声をかける。

しかし逆に言えば、ナイトがボロボロだと言うのに、かずみに耐えられる筈は無い。

かずみはうつ伏せで倒れたまま動かなかった。防御に使ったマントも焼け焦げて、残ってない。

 

 

「お……、ん」

 

「ッ、なんだ?」

 

 

かずみが弱弱しく言葉を放つ。

対してアルカは、腕を前にかざす。するとナイト達の周りに出現する炎と氷の剣。

ガイもメタルホーンを装備し、腰を落とす。

 

 

「死ねよ、ざーこ」

 

「消えて☆ 永遠にな!!」

 

 

放たれる炎の一角獣。そして降り注ぐ紅と蒼の剣。

ナイトはマントを再び広げて自分とかずみを守ろうとするが、受けきれる自信は無かった。

瞬時、かずみがハッキリと言葉を放つ。

 

 

「止める時は、名前を呼んでね」

 

「は?」

 

 

その時、かずみのピアスが揺れる。

両耳にある鈴型のソウルジェムが美しい音を鳴らした。

 

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「!?」

 

 

轟音が校長室を包む。

咆哮だ。その叫びは周囲にあった無数の剣や、炎の獣を消し飛ばす。

叫び声をあげたのは――、かずみだ。彼女は既にアクションを起こしていた。

 

 

「あ」

 

 

イルフラースとクロックアップを同時に発動。

音速でアルカの前にやって来ると、巨大な『手』で頭部を鷲掴みにする。

 

 

「な、なに? なんだ!?」

 

 

腕が黒い。かずみはキリカの武器をコピーしていたのだ。

鋭利な爪がアルカの頭に食い込み、血が垂れていた。ましてや顔を掴まれているため真っ黒な視界が恐怖心を煽る。

 

 

「いたいいたいッ! 痛いよ!!」

 

 

アルカは叫ぶが、かずみは何も答えない。

返事の代わりか、掴んだアルカの頭部を思い切り地面に叩きつけた。

 

 

「きゃあぁぁあッッ!」

 

「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

力が掛かり、地面がへこむ。

気づけば、かずみの容姿がみるみる変化していく。

髪が伸び、体にはなにやら複雑な模様が刻まれていく。瞳は出目金のように飛び出し、縦にジクザグな線が走っていた。

 

何よりも足が変化して闇の線になった。それが一つに束ねられ、蛇の様に一本へ変わる。

それは神話に登場する下半身が蛇の化け物、ラミアを思わせる。

なんと禍々しいものか。とてもじゃないが、きらびやかな魔法少女の影はどこにもない。

 

 

「あぐっ! ぐぅつ!!」

 

 

姿こそ変われど、かずみは相変わらずアルカの頭を何度も何度も地面へ打ち付けていく。

しかしルカの方が反応したのか、ハリネズミのように背中に氷柱をいくつも生やして、かずみを怯ませる事に成功した。

 

 

「な、なんだよアイツ!」

 

「この気配は――、魔女!? いやでも違うッ! な、何なの!?」

 

 

呆気に取られるガイペア。

かずみから魔女の気配を感じるというが、グリーフシードは生まれていない。

かずみの耳にはまだ確かにソウルジェムが確認できる。

そして考える暇を与える事なく、かずみは再び移動を開始した。

 

 

「グガァァアアアアァアアァアアッッ!!」

 

「こ、こないで!!」

 

 

アルカは強力な冷気を発射して、かずみを止めようと試みる。

一方でかずみは腕を盾にするだけで構わず突進してくる。

当然体中が凍っていき、盾にした左腕が一番最初に凍りついた。

 

 

「ぎぃイイイイイイイイイ!!」

 

 

しかし怯まない。

かずみ右手で左腕を掴むと、躊躇無く凍った腕を引きちぎる。

 

 

「ひッ!」

 

「まじか……!」

 

 

それだけならばまだしも。かずみは引きちぎった自分の腕を、牙で貪り始める。

黒く濁った血が零れるなかで、ジャクジャクとシャーベットを食べるように己の腕を食っていた。

異常な光景だった。生理的嫌悪、アルカは言葉を失う。それはガイやナイトも同じだ。

 

 

「ギシャアアラアアアアアアア!」

 

「!」

 

 

左腕を食い尽くすると、更新されるように新しい左腕が一瞬で生えてきた。

どうやら食った腕を吸収して再構築したのだろう。

かずみは高速で辺りを駆け、闇の脚でまずはガイを吹き飛ばす。

 

 

「ぐはッッ!!」

 

 

巨体が吹き飛ばされる。

イルフラースにより、パワーもスピードも以前と比べ物にならないほど強化されている。

電光石火、黒が迫る。アルカは首に焼け付くような痛みを感じた。

 

 

「ぎゃあ、痛いッッ!!」

 

「ギィイイイイィィイィ!!」

 

 

振り払おうとするアルカだが、かずみは食いついて離れない。

闇の脚でアルカに絡みつくと、顎の力をさらに強める。

アルカが炎を発しても冷気を発しても、コピーした吸収魔法で全て無効化していった。

 

 

「痛い痛いッ! は、離して!! 落ち着けあやせ! む、無理だよルカ! 助けて!!」

 

 

アルカの中で分離が起こる。

どうやらルカには耐えられる痛みでも、あやせには厳しい物らしい。

さらにかずみの異常性も相まって通常よりも大きな恐怖があやせに襲い掛かっていた。

目の前にいるのは魔法少女でも人間でもない、得体の知れない野獣なのだ。

 

 

「――ッ」

 

 

その時、首の肉を食いちぎる生々しい音が耳に入った。

吹き出る血、ルカの心が大きく揺れる。体に傷が残る? 血が出てる、痛い。

パニックを起こしていくあやせ。ルカは落ち着けと何度も連呼するが、ソレをかき消すようにかずみの咆哮が割り込んでくる。

 

もちろん、ただの咆哮じゃない。ファンタズマビスビーリオにて弱ったあやせの心を侵食していく。

痛みは鋭敏になり、それは心の痛みも同じだ。

あやせの心をこじ開け、痛みを引き出していく。思い出したくないことや、嫌悪する存在をフラッシュバックさせていく。

幻影。まるであやせの全身に闇の蛭がビッチリと張り付き、血を啜っていく感覚。

 

 

「いやアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「ギィイイイイイイイイイイイイイイイ!!」

 

「クッ! 仕方な――」

 

 

ガイは立ち上がると、すぐにアルカを助けようと動く。

だがその時、周りに無数の十字砲台が出現していった。

ガイはガードベントを発動しようとデッキに手を伸ばすが、遅すぎる。

それよりも早く砲口からは様々な弾丸が発射されていった。

例えばティロフィナーレ。例えばリーミティエステールニ。例えばピッチジェネラーティ。

 

 

「――ぅ、あ」

 

 

砲撃を受けたガイは、煙を上げながら膝をつく。想像以上に高威力だ。手加減も感じない。

かずみは動きが止まったガイを見る事も無く、再びアルカを狙う。

次は両手の爪を瞳の前に移動させていた。

 

 

(まさか、目を潰す気か!?)

 

 

アルカの中にいたルカは次の攻撃を予想して舌打ちを行った。

しかし『ルカ』の考える事は即ち『アルカ』の考える事。

つまりもう一人の共有者にも伝わるのだ。

 

 

「嫌……ッ! いやああああああああああ!!」

 

 

両目を潰される痛みと姿を想像し、あやせの心が崩壊していく。

幸か不幸か、あやせと言う少女は今まで苦戦を知らなかった。

そりゃあ少しは痛い思いをした事はあるが、ルカがいる事もあってそこまで大きなダメージを受ける事はなかった。

そんな中で突きつけられる痛みと恐怖。それは心を大きく破戒していくには十分だった。

 

 

「や、やだッ! いやいや! お願い止めて! 何でもするから止めてよォ!!」

 

 

だが、今のかずみにその言葉は届かない。

 

 

「やだあああッ! 助けて淳くんッッ!!」

 

必死に目を閉じるが、かずみは強引にこじ開け、眼球に爪を突き刺そうと迫る。

ガイは舌打ちを零し、再び走り出した。

だが間に合う距離ではない。

 

 

「止めろ! かずみッッ!!」

 

「―――」

 

 

校長室にナイトの叫び声が響き渡る。

目を見開いたかずみは、爪を停止させた。

かずみはナイトを見ると、困ったような表情を浮かべる。

 

まるで彼の指示を待つような様子だった。

ナイトは震える声で、ゆっくりとかずみに攻撃を中止する様に言った。

 

 

「止めろ」

 

 

理由は言わない。

ただ一言、止めろとだけ。

 

 

「………」

 

 

今のかずみが、ナイトの言葉一つで元に戻るのかは疑問に思うところでもあった。

しかしナイトとしても今の状態は少し引っかかる物がある。

確かにあのままかずみを放置しておけば、状況は有利な物に変わった筈だ。

しかし今の状態は――、どうにも気分が悪い。

ナイトには、かずみが苦しんでいる様にしか見えなかった。

 

 

「……ッ! グガアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

かずみが苦しそうに咆哮を上げる。

だが同じくして、その姿が元に戻っていくではないか。

"止めるならば名前を呼んで欲しい"と事前に言ったのは、コレを意味していたのだろう。

 

 

「ウラッ!!」

 

「あぐっ!!」

 

 

しかし動きを止めてくれたおかげで、ガイがタックルでかずみを吹き飛ばす。

かずみは苦痛の声をあげてナイトの方へと転がる。ナイトはすぐに駆け寄り、かずみの無事を確かめた。

既に姿は元通りに。呼吸は荒げているが、会話も可能だった。

 

 

「おい! 大丈夫か?」

 

「う、うん。止めたんだね蓮さん……! でも、あのまま放っておいてくれたら勝てたのに」

 

 

かずみは苦笑交じりに立ち上がる。

ナイトは少し沈黙したものの、口を開けばすんなり理由を説明し始めた。

 

 

「お前は俺の惚れた女に似ている。手を汚すのは、俺だけで良い」

 

「……な、なにそれ」

 

 

そうだ。そうなのだ。

かずみは恵里に似ていた。顔は――、微妙だが、なんとなく雰囲気に通ずるものを見た。

だからナイトとしては、かずみが苦しんでいるのはどうにも気分が悪いのだ。

 

 

「ソレに、ガキらしくない」

 

「へ?」

 

「お前みたいな間抜けそうなヤツは、バカみたいに遊んでいた方がらしい」

 

「ぶぅ! 酷いぞ!!」

 

 

やはりナイトもどこかで、かずみを巻き込んでいる事に若干の罪悪感を覚えている様だ。

 

 

「……でも、あはは! 大丈夫大丈夫、手伝うのはわたしの意志だから」

 

 

かずみは笑う。

ナイトも、これ以上は何も言えなかった。戦いはそこにあるのだから。

 

 

「それより蓮さん、お喋りは終わりしたほうが良いかも」

 

 

視線の先にはガイとアルカが見えた。

アルカは恐怖に青ざめつつも、コチラを鋭く睨んでくる。

 

 

「も、もう嫌ッ! あの娘、殺して終わらせる!」

 

 

炎と氷の刃が交差する。

どうやらもう一度ピッチジェネラーティを放つつもりらしい。

さらにガイのスパイラルフレアも加わり、決着をつけると。

 

 

「流石にもう一度受ければ負けるよ。蓮さん」

 

「分かっている。だから、俺達も対抗するぞ」

 

 

かずみは既にアルカの魔法をコピーしている。

だからこそ、ピッチジェネラーティは発動できる。

 

 

「でもオリジナルよりは威力が落ちるから」

 

「大丈夫だ。方法はある」

 

 

 

ピッチジェネラーティは炎と氷、二つの属性を合わせる事でエネルギーを増幅させていく。

ならばコチラは『もう一つ』属性を加える事で、三つのエネルギーを合わせるのだと。

 

 

「消えてよ! ピッチ・ジェネラーティ!!」

 

「ハァアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

攻撃を行うガイペア。

ガイが放ったスパイラルフレアにより、炎のサイが発射された。

その角にアルカが撃ったピッチジェネラーティが集中していく。

赤と青の螺旋がナイト達に迫る。

 

 

「行くよ蓮さん! ピッチ・ジェネラーティ!!」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

「ああ、しっかり合わせろ!!」『ファイナルベント』

 

 

かずみも同じく赤と青の魔法を放つ。

さらにナイトはファイナルベントのカードを取り出してバイザーへセットした。

同じくかずみもその力を共有する。

炎と氷と、そして風のエネルギーを追加しようと言うのだ。

 

 

「はいはい、お疲れお疲れ~」

 

 

しかしガイはソレを読んでいた。

既に一番はじめに使ったコンファインベントのカードは再生成が完了している。

だからこそ余裕だった。カードはデッキからコンファインベントのカードを引き抜き、バイザーへ放り投げる。

後は自動でセットされ、蓋を閉じれば終わりだった。

 

ナイト達のファイナルベントは無効化され、消し炭になる。

少し焦った場面もあったが、やはり今回のゲーム勝ち――

 

 

『エラー』

 

「は?」

 

 

電子音が告げた情報。ガイは間抜けな声をあげた。

エラー? つまりコンファインベントが失敗に終わったと。発動できなかったと。

 

 

「な、何だ? どうなってる!?」

 

 

ガイはすぐにメタルバイザーからカードを排出させて絵柄を見た。

ソレは紛れも無いコンファインベントの絵柄ではないか。

 

 

「なっ! はぁああああッッ!?」

 

 

だが鏡が割れる音がして、コンファインのカードが砕け散った。

代わりに現れたのはトランプのジョーカーを模したカードだ。

コレは見たことがある。ガイはすぐに校長室入り口の方へ顔を向けた。

やはりソコにはライアが立っていたではないか。

 

 

「悪いな、まあ今までのお返しだと思ってくれ」

 

「ふッざけんなよお前ぇエエエエエエ!!」

 

 

ずっと様子を見ていたライア達が遂に動いたのだ。

彼はずっとこの場面が来る事を予測していた。トリックベントのスケイプジョーカーは相手の攻撃だけでなく、使うカードも無効化できる。

いずれ使うだろうコンファインベント、ソレを無効化するタイミングをずっと伺ってきたのだ。

 

 

「じゅ、淳!」

 

「!?」

 

 

ガイはアルカの声で再びナイト達を見る。

無効化できなかったのだから、ナイト達の複合ファイナルベントが来るのだ。

 

まず現れたのはダークウイング。

超音波を発射してガイ達の動きを止める。

さらに大きな翼で羽ばたいて、ナイトとかずみの武器に風の力を纏わせた。

 

 

「疾風!」

 

 

ナイトが叫び、剣を思い切り縦に振るう。

すると巨大な風の斬撃が発射されて、アルカのピッチジェネラーティと押し合いを始めた。

かずみは飛び上がると、同じく思い切り十字架を振りかぶった。

 

 

「十字星ッッ!!」

 

 

かずみは十字架を思い切り『横』に振るう。

放たれるのは同じく巨大な斬撃だ。

二つの鎌鼬は一つになり、文字通り巨大な十字架(クロス)を形成した。

 

複合ファイナルベント。疾風(しっぷう)十字星(じゅうじせい)

クロスの斬撃はかずみのピッチジェネラーティと合わさる事で強大なエネルギーとなり、エネルギーを増幅させていく。

炎はより激しく燃え上がり、氷は吹雪となって勢いを上げる。

 

 

「そ、そんな!!」

 

「!!」

 

 

十字架は三属性の斬撃となり、アルカ達の攻撃を打ち破った。

 

 

「くそ!」

 

「あ!」

 

 

ガイは舌打ちを行うと。アルカを掴み乱暴に背後へ突き飛ばす。

倒れるアルカを確認すると、ガイは両手を広げて後ろを向く。

そうしている内に疾風の十字架はガイに着弾し、巨大な爆発を起こした。

 

 

「うがぁぁアア……ッッ!!」

 

「きゃあああああああ!!」

 

 

爆炎と吹雪に揉まれ、吹き飛ぶガイとアルカ。

既にナイトは走っていた。ガイに距離をつめ、デッキを一突きに粉砕してみせた。

芝浦となった後も、彼は衝撃で転がり、しばらくして動きを止める。

かずみもアルカに追撃を行っていたか。アルカも力なく倒れて動かなくなった。

 

 

「勝負あったな、芝浦」

 

「クソォオオッッ!!」

 

 

ダークバイザーを喉元に突きつける。

かずみも十字架をアルカに突き出していた。

変身にも魔力を使用していたか、アルカはルカに戻ると悔しそうにかずみを睨んでいた。

 

 

「あーあ、負けちゃった」

 

「さっさとココを元に戻せ」

 

 

芝浦はニヤリと笑って頷いた。

劣勢にも関わらず、未だに余裕の笑みを浮かべている。

 

 

「学校を元に戻す一番簡単な方法がある」

 

「なんだ?」

 

「おれを、殺せば良い」

 

「………」

 

 

ナイト達だけでなく、ライア達も沈黙する。

 

 

「何で黙ってんの? どうせこのゲームは勝者が敗者を殺してのし上がるルールだろ。だったら負けたヤツに生きている資格はない。さっさと殺せよ」

 

 

芝浦は笑いながら言った。同じく笑い始めるルカ。

 

 

「ふははは! 見事だ。殺せ、私をな!」

 

「………」

 

 

かずみは無表情で十字架を握り締める。

戦いの終わりに待っているのはコレだと理解はしていた筈だ。

そもそも、いずれはナイトペアも勝利を目指す存在になるかもしれないのだ。

殺せと言っている者が目の前にいるのなら。

 

 

「………」「………」

 

 

二人は武器を握り締め、そして――

 

 

「駄目だよ! かずみちゃん!!」

 

「止めろ蓮ッッ!!」

 

「!!」「!?」

 

 

ライアの脇を抜けて走ってきたのは龍騎とまどかだった。

まどかは守護魔法を発動して、一気にかずみとルカの間に入って十字架を受ける。

呆気に取られ、ナイトは剣を止めた。それを突き飛ばしたのは龍騎だ。

芝浦たちが目を丸くしている中で、ナイトは地面に倒れる。

 

 

「何をする!」

 

「何をするって、蓮! 誰も殺さないって約束したろうが!!」

 

「約束はしてない! 第一、コイツの言う事には一理ある」

 

 

それがルールなのだから。ナイトはそう言うが、龍騎は納得できなかった。

 

 

「何だよ! ルールで決められてるからって殺しても良いのか? おかしいだろそんな事!!」

 

「お前は芝浦に負けただろ! 都合の良い時だけ出てくるな!」

 

 

ナイトは立ち上がって龍騎の肩を打つが、龍騎は踏みとどまる。

 

 

「いーや引き下がれないね、ココだけは!!」

 

 

もみ合う二人。それを見て芝浦はダルそうに立ち上がり、首を振る。

 

 

「何やってんだよ。おれ、こんな間抜けに負けたのか……」

 

「間抜けって何だよ! お前だって死にたくないだろ!!」

 

「べっつに、何か死んだら死んだで面白そうだし。殺せば解決するんだからさっさと殺せよ」

 

 

すると龍騎は変身を解除。

真司はそのまま芝浦の胸ぐらを掴んで声を荒げる。

 

 

「そんな無責任なこと言うなよお前! 一体どれだけの事をしたのか分かってるのか!?」

 

「ッ」

 

 

その迫力に芝浦も少し怯んだ。

ガイと言うアバターを失った以上、力は無い。ただの中学生のガキに変わってしまったのだから。

しかし芝浦はすぐに笑った。

 

 

「罪滅ぼし? じゃあやっぱり死ねばいいじゃん。おれは死刑になるんだよ」

 

「違う! 死ねば終わりなんて、間違ってる!!」

 

「それはアンタの考え方だろ! おれはそうは思わない!」

 

 

芝浦は真司を蹴るが、やはりまだ食いついてきた。

 

 

「人の命はな、ソイツだけのものじゃないんだよ!」

 

 

受け売りだが、本当にそう思う。マミの死でも強く実感した事だ。

残された人もまた深い悲しみに包まれる。それが理不尽な死であれば尚更だ。

真司はこのF・Gによって齎される死は、最もな理不尽だと思っている。

 

 

「あやせちゃんもルカちゃんも、お前が好きなんだろ!? 二人の為にも、お前は生きろよ!」

 

 

そしてこの騒動で死なせた生徒達の為にも絶対に生きなければならない。

生きて罪を償わなければならない。飽きたから死ぬなんて都合のいい逃げ道は許されない。

真司は必死に芝浦を説得するため、声を荒げた。

生きる事を誤解してはいけない、死ぬ事を美化してはいけない。

 

 

「はッ、コイツ等なんてどうでもいいよ。おれもコイツら死んでも別に何とも思わないし」

 

 

芝浦は膝を着くルカを見て言い放った。

しかしここで合流するライアとほむら。ライアは変身を解除して、芝浦をジッと見つめる。

 

 

「なんだよ、見んなよ」

 

「お前、嘘をついてるな」

 

「は?」

 

 

手塚は見ていた。疾風十字星が着弾する際、ガイは確かにアルカを庇っていた。

無意識にせよ、意図したものにせよ、ガイはルカとあやせをしっかりと守っていたじゃないか。

 

 

「それは――」

 

 

芝浦の言葉が止まった。笑みも消える。

だからルカが助け舟を出した。

 

 

「ハッ! 淳が死ねば私も死ぬ! それでいい! それが私達だ!!」

 

 

ルカの言葉に首を振る真司。

 

 

「じゃあだったら、あやせちゃんはソレで良いのかよ?」

 

「何ッ?」

 

 

何も知らずに駆けつけたまどかは、ルカの秘密を知らない。

現在下の階層では、美穂とサキが残った生徒達を脱出させている所だった。

 

だからまどかはココに来れたのだ。

ほむらはまどかに駆け寄ると、あやせとルカの秘密を説明し始める。

そして真司は話を続けた。ルカと芝浦の気持ちは分かった。だがまだあやせの本音を聞いてない。

 

 

「どうなんだよ、あやせちゃんは。芝浦が死んでもいいのかよ。その後を追って死ねれば、本当にそれでいいのかよ!」

 

「………」

 

 

ルカは力を失ったように俯く。

 

 

「俺はあの世があるかなんて知らないけどさ、本当に楽しい場所なんて限らないだろ?」

 

 

ましてやそこで芝浦とあやせ達が再会できる保証も無い。

だったら、もっとこの世で二人の思い出を作りたいんじゃないのか。

一緒に映画を見たり、一緒に食事をしたり。二人で色々な場所に行って遊びたい筈だ。

 

 

「口では何とでも言えるけど、本当のところ、どうなんだよ」

 

「……い」

 

「え?」

 

 

ポタリと、一滴の涙がルカの手の甲を濡らした。

顔を上げて涙に濡れた顔を見せる。それはルカではなく、あやせだった。

 

 

「死にたくないよ! わたし、淳くんともっといっぱい楽しい事したい!!」

 

「………」

 

 

悲痛に叫ぶあやせだが、ほむらは随分と冷めた目でソレを見つめていた。

楽しい事? それがこの凄惨な状況を生んだのに、何をいけしゃあしゃあと。

本当は今すぐに芝浦とあやせをぶん殴って銃弾を眉間に撃ち込みたい。

しかし、それは今自分が行う行動でもない。だからほむらは腕を組んで沈黙していた。

 

 

「この結界を解くには、学校にいる魔女を全部倒せばいいの!」

 

「お、おい!」

 

 

あやせは結界の全てが魔女によって構成されている事を告げる。

芝浦達はあくまでもイーブルナッツによって魔女を孵化させただけにしか過ぎない。

魔女結界は魔女が死ねば消える。そのルールは同じだった。

 

 

「残りの魔女は校庭にいるから。それで最後」

 

「な、なんでバラしてんだよ! おいおい!」

 

「………」

 

「だって、そしたら淳君とルカちゃんは死ななくていいんでしょ!?」

 

「……ッ!」

 

 

それを聞くと、ライアは下にいるサキ達に連絡を入れに向かった。

半ばヤケになっているのか、あやせは次々と言葉を吐き出していく。

家族も友達もいない。自分には芝浦しかいないんだと声を震わせていた。そこにいたのは先ほどまでのあやせではない。ただの弱い少女だ。

 

 

 

「淳くんが死ぬなんて嫌! でも、わたしも……、死にたくない!!」

 

 

それはワガママ? あやせは頭を抱えて涙を流す。

死にたくない。その言葉が一同に突き刺さる。

同時に、今までの戦いを軽視していたとしか思えない発言であった。

 

 

「魔女に殺されちゃった人も……、きっと死にたくないって思ってたよ」

 

「……!」

 

 

まどかが声を放つ。

彼女もあやせ達の行動には当然怒りを感じているようだ。

理不尽に生徒達の命を奪ったのは紛れもない事実なのだから。

しかし、まどかは移動すると、へたり込むあやせの前に膝を着いた。

 

 

「え?」

 

「………」

 

 

まどかは視線をあやせと同じ高さに変えると、そのまま抱きしめる。

悲しげな表情を浮かべて沈黙するまどか。あやせも動きを止めて、優しい香りだけを感じていた。

 

 

「な、なに?」

 

「わたし、貴女達がした事は本当に酷い事だと思う」

 

 

まどかは複雑な表情で、あやせと芝浦を見た。

ゲームと名がついただけの殺戮。どれだけの生徒達が犠牲になったのか?

そしてコレからどれだけの生徒達が心に傷を負っていくのか想像もつかない。

しかし、まどかは全ての責任が芝浦達にあるとは思えなかった。

 

当然コレを仕組んだのも、行ったのも全て芝浦達の意思である事には変わりない。

だがその背景には何がある?

 

 

「本当に悪いのは……、フールズゲームだからっ」

 

 

まどかも、人の心には『他人を傷つけたい』と言う悪の種がある事は理解している。

しかしそれを解き放つのは外部からの様々な影響だ。

そして最もたるはF・Gと、齎された力だろう。

それが何よりも悲しい、こんな悲劇を生むために自分達の魔法はあったのか?

 

 

「違うよ。誰だって……、幸せになりたいもん」

 

 

だからと言って他人を犠牲にしてもいいのか?

殺された生徒達の人生は芝浦達を楽しませる為にあったんじゃない。

自分の幸福を掴む為にあったんだ。

 

そして当然、それは芝浦達にも言える事だ。

だからこそ今回の行動は絶対に間違っているし、簡単には許せない。

 

 

「芝浦くんも、双樹さんも……、コレが本当の幸せなの?」

 

「ああそうだよ。邪魔な奴等、ウザイ奴らをぶっ殺して成り立つ。それがおれの幸せさ!!」

 

 

まどかは苦しそうに目を閉じる。そして首を振った。

 

 

「わたしには、それが不幸にしか思えないよ……!」

 

「はぁ?」

 

 

誰もが生きていく中で嫌だと思う事や、そう言った人物に出会う事はある。

そしてその邪魔だと思う者が消えたなら、または消すことができたなら、一時的な高揚が身を包むのは当然だろう。

何故ならば自らを不快にさせる、恐怖させる存在がいなくなったのだから。

 

しかしソレはあくまでも一時的なものでしかない。

そこに快楽や喜びを覚える事は麻薬に手を出す事と同じだ。

次なる快楽を求めて無意識に敵を作る。過剰に人の動きを確かめる。

そして新たな敵が出てきたらばソレを消さなければならない。

 

そうやって最後には何も残らなくなる。悲しみと虚空以外には。

何故ならばその快楽は尽きる事の無い負の連鎖によって成り立つものだから。

悲しみや絶望の上に成り立つ幸福など、次の悲劇を引き立たせるスパイスでしかないのだから。

 

 

「見下してんなよ……、お前!!」

 

 

芝浦はバッサリとまどかの言い分を切り捨てる。

自分の幸せが不幸などと、つまらないと、可哀想だと言うのか!

 

その言葉に首を振るまどか。

そうだとは言わない。しかし少なくとも他者を殺す事を喜びと言うのならば、幸せだと思うのなら――

 

 

「それは、絶対に間違ってる!!」

 

「なんだと!!」

 

「じゃないと悲しすぎるでしょ。殺された人も、殺した人も……!」

 

 

まどかはソコで始めてあやせに笑みを向けた。

少し悲しみを含んだものだが、彼女はしっかりと微笑んだ。

 

 

「だから、わたしは芝浦くんと、双樹さんとお友達になれたならいいなって」

 

「は?」

 

「……っ?」

 

 

いきなり何を? 二人だけでなく、かずみ達も呆気に取られた表情でまどかを見た。

一瞬聞き間違いなのではないかと思う様な言葉だ。

友達になりたい? あやせは無意識に復唱し、まどかもう一度頷いた。。

 

 

「それで、わたしが幸せだと思う事を二人に知ってもらいたい」

 

 

もしかしたらソレはあやせ達にとっては何も面白く無い物なのかもしれない。

でも、だったら次はあやせ達の幸せを教えて欲しい。もちろん人を傷つける事以外の物で。

もしそれがまどかに理解できない物ならば、今度は皆が共通して幸福を感じられる事を探したい。

 

 

「ハッ! 面倒なヤツ。そんなのできる訳ないだろ」

 

「できるよ、だって――」

 

 

切り捨てようとした芝浦へ、まどかは自分の想いを重ねる。

 

 

「だって、わたし達は同じ人なんだから」

 

「………」

 

 

その言葉と共に学校が元に戻っていく。

どうやら情報は本当だったらしい。最後の魔女をサキ達が倒した事で、魔女結界が崩壊した様だ。

生徒達のこともある、まどか達はサキの方へ向かう事を決めた。

 

問題は芝浦達をどうするか、だ。

 

不殺をまどか達が望む以上、その想いを無視して芝浦達を殺すと言う事はできない。

本音を言えば、蓮やほむらとしてはココで芝浦を殺しておきたかった。

 

芝浦達をココで見逃す事は再戦もありえる。

なにより二人の性格を考えて、必ずリベンジを挑んでくる筈。

それを真司とまどかは分かっているのだろうか?

 

 

「もしも、また俺たちと戦おうって言うなら――」

 

 

途端、真司が口を開いた。

その強い眼差しを受けてあやせは目を反らし、芝浦は悔しそうに歯を食い縛る。

 

 

「今度は、俺も本気で戦う」

 

「なんだよ、あれが本気だったくせに」

 

 

龍騎達もココで芝浦を見逃す事の意味は理解している様だ。

しかしあえて二人を見逃すしかない。それがF・Gに勝つと言う事なのだから。

そうだ、自分達の敵はプレイヤーではない。FOOLS,GAMEなのだ。

ワルプルギスの夜を倒すまで、誰も殺してはいけない。

 

 

「おれは必ずお前を殺すぞ」

 

 

芝浦はまどかを睨む。

 

 

「だったら、もっと強くなる。魔女を倒して、貴方達に勝てる様に」

 

「魔女を倒して強くなるか、随分だな。元々は同じ魔法少女だったくせに」

 

「……えっ?」

 

 

まどかと真司の表情が変わった。

 

 

「なんだよ、まさか気づいてなかったのか?」

 

 

ほむらが動く。

まどかの前に立つと、芝浦を睨みつけた。

 

 

「ほむらちゃ――」

 

「行きましょう。志筑さんの様子を一度見に行かないと」

 

「え? ま、待って。ねえ、ほむらちゃん!」

 

 

ほむらは強引にまどかと龍騎を引っ張っていく。

 

 

「だっせぇ」

 

 

芝浦は最後までヘラヘラと笑っていた。

さて、戦いは終わった。もうココにいる必要はない。

蓮達も校長室を後にする事を決める。芝浦達は迷ったが放置しかない。危険性を考慮するのであれば、どこかに閉じ込めておくと言うのも有りだが、まどか達が言う協力はそういう意味では無いことくらい分かる。

 

 

「もしも、また俺の前に敵として現れるなら――」

 

 

蓮は、冷たく二人を見下す。

 

 

「殺すぞ」

 

「………」

 

 

そう言って蓮とかずみも校長室を出て行った。

脱力したようにへたり込む芝浦とあやせ。結局何ともアッサリと見逃された訳だが、二人の心には大きな穴が開いていた。

まどかの言葉が、屈辱と虚無感を生み出し続ける。

 

 

「くそっ!」

 

 

芝浦はイライラを隠せず、床を軽く殴る。

 

 

「とりあえずココから出て、次に備えるぞ」

 

「ねえ……、淳くん」

 

「?」

 

 

あやせが弱弱しく口を開いた。ずっと一点を見つめている。

 

 

「まどかちゃんと、お友達になれるのかな?」

 

「おい……! 本気で言っちゃってんの!?」

 

「う、ううん! 違うの! 違うんだけど……」

 

 

可能性の一つとして、ソレもあり得るのかが気になった。

もしも罪を償えたのならば、その時はまどかと一緒に――

 

 

「そしたら、わたし。皆と一緒が……」

 

「………」

 

 

芝浦が口を開こうとした時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「困るんだよねぇ、やる気の無い殺人役(マーダー)にこれ以上生き残られて・て・も」

 

 

 

 




ブリーチのオフショット凄かったですね。
あの三人好きなんですよ、特オタにはたまらんでぇ(´・ω・)


ツイッターで調べれば出てくると思うんで、また見てない人は是非。
あの三人好きなんですよね(´・ω・)


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第34話 恋慕の君へ へ君の慕恋 話43第

 

 

「!?」

 

 

声がした。すぐに芝浦は周りを確認する。

するとボロボロになっていた校長室の椅子に、一人の少女が座っているじゃないか。

 

 

「フフ」

 

「お、お前は――ッ?」

 

 

神那ニコは持っていたバールで椅子の脚を叩いた。

すると何故か椅子が一瞬で綺麗になる。ニコは偉そうにふんぞり返りながら、芝浦達を見た。

ニヤつくニコ。その姿を見て、芝浦は目を細める。紛れも無く魔法少女であると。

 

 

「あなた……、誰?」

 

 

あやせが問うと、ニコはわざとらしく両手を広げてみせる。

 

 

「我が名は神那ニコ。キミは双樹あやせ、そして芝浦淳だろ?」

 

「ど、どうして名前を?」

 

「途中からずっと見てたよ」

 

 

尤も、透明だったから誰も気づかなかったが。

ましてやクリアーベントには魔力探知を妨害する機能もある。

気配を消す練習もしたし、誰もニコに気づかない。

 

 

「観察の理由? それは必要だよ。私はキミたちの名前を知らなきゃいけなかった。だって名前が無いと――」

 

 

ニコはバールを模した杖を、あやせ達に向ける。

 

 

「キミたちの名を、墓石に刻まないと駄目だろ?」

 

「!!」

 

 

芝浦とルカは意味を理解して、アクションを起こした。

ルカはあやせを引っ込めて主人格になると、変身。芝浦を守る様に立つ。

そこに飛来してくるのはニコが放つ"レンデレ・オ・ロンペルロ"だ。

ニコの必殺技だった、魔法のエネルギーを収束して放つ攻撃。

 

 

「クッ!」

 

 

ルカはアルマスでそれを切り裂くと、ニコに向けて無数の氷柱を発射する。

ニコはそれを見ると両手を広げた。

 

 

「ウグッ! ガァァッッ!!」

 

「ッ?」

 

 

氷柱達は何の障害も無くニコに着弾し、体に赤い点を作っていく。

おかしい。いくらなんでも怪しいというものだ。ニコは回避する素振りすら見せなかった。

しかしコレはチャンスだ。ルカは不信感を覚えつつも、ニコへ直接斬りかかる。

 

 

「ハアアアッッ!!」

 

「!!」

 

 

ルカはサーベルを振るい、ニコの首を跳ね飛ばした。

コレもまた何なく成功。ニコは仮面の様な笑みを貼り付けたまま二つになった。

そのまま胴体は倒れ、首は地面に落ちる。

 

 

「焦らせる……! ただの雑魚だったか」

 

 

ルカは、ニコから広がる血の絨毯を見つめながらサーベルを鞘に収めた。

だが、少し複雑そうに表情を歪める。結局またも戦い、そして死が待つのか。

今のを見て、まだ鹿目まどかは『友達になりたい』等と思うだろうか?

 

 

「――結局、何を言っても私達は戦いの運命からは逃れられない」

 

「ッッ!?」

 

 

ルカの背後に聞こえる声。そして肩に触れる手。

振り返るとソコには誰もいない。何だ? 今聞こえた声は確かに……。

 

 

「お前も、私達も、殺しあう宿命」

 

「!!」

 

「フフ、誰もいないね。何も見えないんだから誰もいないね」

 

 

声の場所が移動していく。

視線を合わせるルカ、しかしソコには何も無い。

だが急に、何も無い場所に色がついてあっという間にニコが現れた。

 

 

「馬鹿な! お前は確かに今、この私が――」

 

 

ルカが視線を移すと、そこにはまだニコの死体があった。

それはニコも見ていた。そして懐から無数のビー玉を取り出し、それらを地面に転がす。

 

 

「プロドット・セコンダーリオ」

 

 

ニコが魔法を発動すると、地に落ちたビー玉が次々と形を変えて『神那ニコ』に変わっていく。

そしてあっという間に校長室には6人の神那ニコが現れた。

驚くルカ達に、ニコはサービスだと自分の魔法形態を説明し始める。

 

 

「私の魔法は再生成。物質を他の物質に作り変える事ができる。何の変哲も無いビー玉もご覧の通り」

 

 

分身と言うことだ。

 

 

「フォレス・ビアンコ」

 

 

ニコが指を鳴らすと、生まれた分身達が一勢に爆発して煙に変わった。

校長室は白い煙に覆われて、何も見えなくなる。

煙幕だ。ニコはヘラヘラと笑いながらルカの前から姿を消した。

それだけじゃない、ルカは芝浦の姿を見失い、逆もまた同じだった。

 

 

「淳!!」

 

「ルカ! どこ行った!?」

 

 

双方を呼ぶ声が聞こえる。

芝浦は今は変身できないために無防備だ。狙われる可能性が高いのは明白。

 

 

『コピーベント』『ユニオン』『コピーベント』

 

 

不穏な音が聞こえる。

二重に聞こえた音声と、ユニオンの電子音。つまりニコのパートナーもこの場にいる事だ。

一気に不安が押し寄せた。何も見えない白、そこには恐怖だけが渦巻いている。

この白い森には殺意を持った野獣が潜んでいるのだ。

 

 

「マズイッ! 淳! 淳ッッ!!」

 

 

嫌、嫌だ! ルカは、あやせは、そう叫びながら芝浦を求めて手を伸ばす。

芝浦がその手を掴んでくれる事を期待したが、一向にそんな時間はやってこない。

 

 

「止めろ! 私はどうなってもいいから! 淳だけは狙わないでくれ!!」

 

「お、おい! 落ち着けよルカ!!」

 

 

芝浦達はまだお互いの姿を捉える事はできない。

そうしていると煙幕の中に浮かび上がった影。

ルカの前に、芝浦の前に、シルエットが浮かび上がった。

 

 

「淳!」

 

「ルカ!!」

 

 

ルカにサーベルに伸ばした手を下げる。

目の前に現れたのは紛れもない芝浦だった。

芝浦の前にもルカの姿が現れ、それぞれは再会を果たしたと?

 

 

「「?」」

 

 

気のせいか? 『それぞれの声』が。全く別の所から聞こえてきた気がする。

しかし目の前にいるのは紛れもないパートナーの姿じゃないか。

 

 

「うグッッ!!」

 

「あが――ァァッッ!!」

 

 

それもまた同時だった。

ルカのサーベルが芝浦の腹部を捉え。芝浦の拳がルカの腹部を捉えたのは。

 

血を吹き出す芝浦。

呼吸が止まったのか、苦しそうに後退していくルカ。

なんで? どうして? 二人は同時にパートナーの顔を見た。

 

 

「悪いな、女を殴るのは趣味じゃねぇんだが! ハハハハッ!」

 

「気をつけよう。目に見える物だけが"真実"じゃない」

 

「「!?」」

 

 

鏡が割れる音と共に、『偽り』が弾け飛び、真実が晒される。

芝浦の前にいたのはニコ。そしてルカの前にいたのは騎士・ベルデだった。

相手の姿をコピーする"コピーベント"によって、ベルデはガイに。ニコはルカに変身していたのだ。

 

 

「ハハハハ! ガキ、お前はコレがゲームだって言ってたよなぁ?」

 

 

ニコが指を鳴らすと、煙が晴れた。

ルカはその場に崩れ落ち、芝浦は切りつけられた傷を抑えながら地面を這う。

血が止まらない。芝浦の顔から笑みが消え、焦りが浮かんでくる。

 

そこへ笑いながら近づいてくるベルデ。

芝浦の頭を掴むと、顔を耳へ近づける。

 

 

「それは違う。覚えておけ、これはゲームなんかじゃねぇ!」

 

「がハッ!!」

 

 

ベルデは芝浦を蹴り飛ばすと、足蹴にして言い放つ。

芝浦は随分と好き勝手やっていた様だが、ベルデからしてみればナンセンスとしか言い様が無い。

 

 

「これは殺し合いなんだよ、ガキが!!」

 

「ッッ!!」

 

 

ゲームと言う単語こそついてはいるが、それは芝浦が求めていた娯楽とは違う。

人生や社会を写した縮図のようなものだ。

 

 

「戦いに娯楽を求めるなとは言わねぇが、コッチはお前が死んでくれればそれでいいんでね」

 

「グゥウウ!」

 

「お遊戯の時間は終わりだ」

 

 

ずっと透明になって隠れていたのに、気がつかないだなんて笑えてくる。

ベルデはその言葉と共に芝浦をさらに蹴り飛ばした。

 

 

「ぐあぁぁッッ!!」

 

「この世界ではな、悪い事をしたら相応の罰を受けなきゃいけないって事になってる」

 

 

ベルデは自分のデッキを指で叩く。

 

 

「あれだけ好き勝手やっておいて、ケジメ付けずに帰るなんて甘いぜ坊ちゃん」

 

 

ベルデはデッキから紋章が描かれたカードを抜き取る。

それを見た瞬間、ルカと芝浦の表情が絶望に染まった。

 

 

「あらあら、せっかく生存フラグ立てたのに」

 

 

ニコは濁った目でルカ達を見ていた。

そして唇を吊り上げる。

 

 

「死亡フラグになっちゃった。詰んでるよお二人さん」

 

「う、うオオオオオオオオオオ!!」

 

 

ルカは咆哮をあげて芝浦を庇う様にして前に出た。

 

 

「淳はッ、私が守る!」

 

「おいおい、女に守ってもらうのか? ボクちゃん!?」

 

 

ベルデの言葉を受けて芝浦の目が見開かれる。

 

 

「淳! 早く逃げてください!!」

 

「ルカ、お前……」

 

「大丈夫! 後で貴方がルールを使って私を復活させてくれればいいんですから!」

 

 

芝浦は頷くとルカに背を向けた。

幸い、出口は芝浦の後ろだった。このまま走れば逃げられるはずだ。

 

 

「………」

 

 

このまま走れば。

 

 

「―――ッッ!!」

 

 

走れば――ッッ。

 

 

「ルカ、あやせ!」

 

「ッ?」

 

 

芝浦はルカを抱き寄せると、旋回して自分が前に出る。

 

 

「え!?」

 

「行け」

 

 

ルカは戸惑い、沈黙する。

すると芝浦が怒鳴り声を上げた。

 

 

「いいから早く行けよ!!」

 

「な! 何を言っているのです!?」

 

 

ルカとしては意味が分からない提案だった。

芝浦が残ったとしても足止めは難しい。それに復活のルールは騎士側が圧倒的に条件が厳しい。芝浦が死んでしまえば、願いを使うしか人間に戻る方法が無くなるのだ。

 

 

「駄目です淳! キミが残る必要性が無い!!」

 

 

ルカの中にいるあやせも、それだけは駄目だと叫びを上げていた。

もしもベルデの挑発を真に受けたなら気にする必要は無いと、必死に訴えた。

ましてルカが死んでも、あやせが生きていれば魔力続く限り蘇生ができる。

ここで芝浦を残して逃げる事は、ルカにとってもあやせにとっても絶対に納得できない事だった。

 

 

「おいおい、もういいかな? 空気呼んで待ってあげてるんだから」

 

 

その時、出口から声がした。

校長室の扉が開くと、そこからニコが姿を見せる。

 

 

「レンデレ・オ・ロンペルロ」

 

「うあ゛ッッ!!」「ぐあぁッ!!」

 

 

衝撃を感じて吹き飛ぶルカと芝浦。

現れたニコこそが本物だった。ベルデの隣にいた分身ニコは破裂して消え去る。

 

 

「ま、あの世で仲良くな」『ファイナルベント』

 

「調子に乗りすぎたんだよ、アンタ等」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

 

バイオバイザーはベルデの左太腿にある召喚機である。

カメレオンの舌を模したカードキャッチャーを伸ばし、カードをそこへセットする事で舌が引き戻されたときにバイザーへ装填される。

 

 

「盛り上げようってのは悪くないが、脇が甘いんだよ」

 

「シュルルルル!!」

 

 

全てを追い求める心。それはつまり、誰しもが持つ性質である『欲望』だ。

それを映し出したのはミラーモンスターであるバイオグリーザ。

カメレオン型のモンスターはベルデの背後に出現すると、自分と主人の姿を透明に変える。

ベルデは踵をつけたまま、地面を叩く様に足でタップ。そして地面を蹴ると思い切り飛び上がった。

同時に部屋が変わる。ニコの再生成により、狭い校長室は再び広いホールへと変わる。

 

 

「くっ!!」

 

 

ルカは芝浦を助けようと試みるが、全身にバイオグリーザの舌が巻きついた。

いや、これはニコの再生成によって生み出されたコピーグリーザだ。

すぐに舌を引き寄せてルカを芝浦から引き剥がす。

 

 

「淳!!」

 

「ルカ!!」

 

 

手を伸ばす二人だが、その手は触れ合う事なく離れていく。

ルカはそのままニコに抱きしめられる形となった。

 

 

「ォオオオオオオオッッ!!」

 

 

ルカは瞬時に冷気を解放してニコを一瞬で凍結させる。

しかしそのニコがポンと音を立てて弾けた。そしてコピーグリーザの隣に透明化していたニコが姿を現す。

 

 

「フフフッ! そっちはフェイクだよ。私が本物」

 

「グゥウ! お、おのれッッ!!」

 

「凄い威力だな。でも今のでキミの魔力はほぼゼロになった」

 

 

ニコは携帯を見て唇を吊り上げる。

レジーナアイに登録した魔法少女は残存する魔力の量も表示される。

ルカは既に登録済み。ナイトたちとの戦いで大きく魔力を消費した状態での、先ほどの攻撃だ。

既に魔力はそこを尽き、戦闘能力の低いニコでも十分に対処できる。

 

 

「恥ずかしい方と痛い方。どっちがいい?」

 

「何を――」

 

 

コピーグリーザの舌が、ルカの手足を拘束したまま切り離される。

 

 

「決められない? じゃあ痛い方で」

 

 

ニコは笑い、走る。

 

 

「ほいっと」

 

「ウッ!!」

 

 

ニコはルカを掴むと、バックブリーカーにさせる形で抱え上げる。

ルカも逃げようともがくが、先の通り魔力がもう残っていない。

ましてや体力もそうだ。結局ニコを振りほどく事はできなかった。

そうしていると、ニコは地面を蹴って飛び上がる。

 

 

「ルカ!!」

 

「おいおい、余所見はいけないな!」

 

「!!」

 

 

芝浦も自分が狙われている事は理解できつつも、ベルデの姿がどこにも見えない。

必死に視線を配らせて逃げていたが、やはり無駄だった。

突如物凄い衝撃を感じて、宙に舞い上がる。

ベルデに掴まれたのだ。もう逃げる事などできない、生身の芝浦ではどうする事もできなかった。

 

 

「う、うあああああああああ!!」

 

「ハハハハハハハッッ!!」

 

 

ベルデの跳躍後、脚にバイオグリーザの舌が巻きついた。長い舌はベルデをさらに上へと引き上げていく。

それだけでなく振り子の様に勢いをつけて、バイオグリーザは舌を離した。

ベルデは空中を何度も旋回しながら掴んでいた芝浦の頭を下に向ける。

 

同じくニコもルカを掴んだまま空中を舞っていた。

ニコはそのままベルデの上に肩車をする形で重なり合い、ニヤリと笑う。

上から順にルカ、ニコ、ベルデ、芝浦の並びとなり一同はそのまま地面に落下する!

 

 

「―――ッッ!!」

 

「あがぁぁあァァアアアッッ!!」

 

 

ベルデは芝浦の足を掴み、頭を下にした状態で地面に直撃させた。

これがベルデのファイナルベント、『デスバニッシュ』である。

今回はそれに加わりニコがいる。衝撃は増加され、さらにニコが掲げていたルカの腰へ凄まじい衝撃が襲い掛かった。

 

ベルデとニコ。

二人の投げ技を合体させ、威力と衝撃を増幅させるる。

これがベルデペアの複合ファイナルベント、『バニッシュドッキング』なのである。

 

 

「ハハハハハハハハハハ!!」

 

「フッ……!」

 

 

ベルデは踵を返すと、両手を広げて軽快に歩き出す。

ニコもルカを投げ飛ばすと、着地を決めて歩き出した。

体力と魔力が少ない事もあって耐久値が減っていたのだろう。衝撃に耐え切れず、ルカのソウルジェムが粉々に砕け散った。

同じく、ただの人間である芝浦も耐えられる訳がなかった。

 

 

「――ぁッ!!」

 

「ん? ああ、そうか」

 

 

しかし倒れたルカは素早く立ち上がると、校長室の扉を突き破って出て行く。

ニコも再生成の魔法を解除して、校長室を元の狭い空間に戻す。

 

 

「あやせの方を忘れていた。ルカが死んでもアイツが生きていればまた復活する」

 

「追うぞ」

 

 

ベルデはそう言って歩き出す。

 

 

「!」

 

 

その時、彼の足を掴む手が見えた。

 

 

「お前……」

 

 

芝浦の手だった。

生身であの攻撃を受けて、未だに生きていたのだ。

地面を這ったままベルデを足を掴んでいた。呼吸は弱弱しく、言葉も切れ切れではあったが、何を言っているのかは聞き取れた。

 

 

「アイツ……、だけは――ッッ! アイツだけは……! 殺させ……、ない――ッッ!!」

 

 

芝浦の力が強くなる。

なぜだか知らないが、芝浦の脳裏に浮かんだのは龍騎とまどかだった。

 

龍騎達は恐ろしい程に人を信じている。

特に鹿目まどか。彼女はきっと人の汚さも醜さも知らないんだろう。

だから自分達を受け入れようと身を張れる。人は素晴らしい存在と信じて疑わない。

だけど、まどかはきっと知らない筈だ。人間は彼女が思っている以上に汚く、醜く、救えない存在だという事を。

 

 

(そうだろ? あやせ、ルカ――ッッ!)

 

「離せ」

 

「断る! アイツらを……、いじめて――…、いいのは…おれ……、だけ、だ」

 

 

意地でも行かせないつもりだろうが、悲しいかな。

 

 

「心意気だけは立派だがよぉ、現実はそれだけじゃ変えれねぇ」

 

 

結局悲しいほどに力が物を言う世界だ。

芝浦は力が無いから負けた。ただそれだけの結果が全てになってしまう。

 

 

「そう言う事だ。死ねよ」

 

 

その言葉と共にベルデは芝浦の手を簡単に振り払う。

それが限界だったのか、芝浦は力なくダラリと動かなくなった。

芝浦は最期の最期でパートナーを守るために生身で抵抗した。

それが心の変化だったのか、今となっては確かめる術はない。

 

 

だってもう、彼は死んだのだから。

 

 

「行くぞ、ニコ」

 

「いや、追わんでよし」

 

 

理由は二つ。

ニコはレジーナアイを起動させるとソレをベルデに見せて説明を行う。

そして『何か』を取り出して、ソレを見せ付ける。

 

 

「成る程な。よくやったな、お前も」

 

「ぬふふ、照れるぞな」

 

 

ウインクを決めるニコ。

そしてもう一つの理由は、マップを表示しながら説明する。

 

 

「となるとココは――、ずらかるのが得策か」

 

「そゆこと。アイツはどの道アウトなんだよな」

 

 

携帯の画面を弾きながらニコは笑う。

二人は頷くと、透明になって消えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うあっ! ひぐッッ!!」

 

 

あやせは涙で顔をぐちゃぐちゃにして走っていた。隣ではメタルゲラスがついて来ている。

それが意味する事はただ一つ。芝浦が死んだと言う何よりの証拠だ。

あやせはその事実を知って涙を流す。とにかくまずはルカを蘇生させるのが先だ。

 

 

「うゥ――ッ」

 

 

が、しかし、魔法が使えなかった。

正確には魔力切れだ。度重なる戦闘や精神の疲労でソウルジェムは濁りきっている。

こんな状態では修復魔法は使えない。魔女になってしまえばルカを蘇らせることはできないし、ましてや芝浦を助けることも出来ない。それは絶対に避けなければならない事だった。

しかしあやせにはまだ希望があった。魔力が足りないなら回復すればいいだけの話だ。

だから早速ストックしてあったグリーフシードを使おうとするのだが――

 

 

 

「な、なんで……! どうして!!」

 

 

回復すればいい筈だった。

 

 

「どうして一個もないのっ!?」

 

 

ドレスの裏には確かにグリーフシードがあった筈だ。

しかも一つじゃない。三つくらい持っていた筈だった。

なのにそれが一つも無いのだ。

 

 

「やだ……、やだよぉ!」

 

 

ニコは気づいていた。

だからこそルカを掴んだ際に、こっそりとグリーフシードのストックを盗んでいたのだ。

だから今のあやせに残された浄化装置は一つもない。

浄化できなければ――、結果はひとつだ。

 

 

「駄目なのに……! ココで終わっちゃ――、淳くんがッッ!」

 

 

あやせはメタルゲラスを優しく撫でた。

 

 

「待っててね。今すぐ50人殺して貴方を救うから。あの時、貴方がわたしを救ってくれたみたいに今度はコッチが助ける番だから――ッッ!!」

 

 

まどかの笑顔が一瞬脳を過ぎったが、あやせは首を振って前に進む。

 

 

「わたしは……、死ねないの――ッッ!」

 

 

誰もいない学校を、あやせは呼吸を荒げて歩く。

壁を伝いながら、必死に一歩一歩足を進めて行った。

あやせは諦めない、絶望なんてしない。だってまだ希望が残っているんだもの。

 

 

「待っててね。絶対、わたしが――……」

 

 

あやせは廊下に差し掛かった所で、ソコが異常に荒れている事に気づいた。

学校を戦いの場に変えた事は事実だが、ソレは魔女結界で上書きしただけにしか過ぎない。

つまり学校そのものには傷なんてついていない筈。なのに廊下や見える教室は荒れ放題だ。

 

 

「どう言う事……?」

 

 

考えられるのは、学校に戻ってから傷がついた。

 

 

(まさか――ッ!)

 

 

あやせはすぐに学校を出ようと足を進めるが――。

どうやら、神は彼女を見放したらしい。

 

 

「あああああああ! クソッ!! マジでどいつもこいつも……!」

 

「ひっ!」

 

 

怒号と共に教室のドアが吹き飛ぶ。

そして中から現れたのは――

 

 

「あ! お前ッッ!!」

 

「あ……、あ……!!」

 

 

あやせの顔が青ざめていく。

目の前に現れたのは、絶対にココで会ってはいけない人物。佐倉杏子だった。

さらに続けて唸り声を上げて出てく浅倉威も見えた。

 

王蛇ペアはサキに電磁砲で吹き飛ばされながらも、多節棍を伸ばして学校の壁に槍を突き刺していたのだ。それを辿って戻ってきたが、ココまで来たときには既に学校は元に戻っていたと言う訳だ。

 

杏子はサキを追おうとしたが、どこを見ても誰もいやしない。

イライラは最高潮だった。今すぐに誰かを殺したくてウズウズしている。

そこへ見つけた獲物。杏子は口を三日月の様に吊り上げて、槍を構えた。

 

 

「覚えてる、アンタ魔法少女だろ?」

 

「嫌……! お、お願い!! 見逃して!!」

 

 

あやせはメタルゲラスを庇う様にして懇願する。

今、メタルゲラスを殺されれば希望が消えてしまうじゃないか。

かと言って今のソウルジェムの状態では戦っても確実に負けるのは分かりきっていた。

だから現在の状態を必死に訴え、見逃してくれる様に頼んだ。

 

 

「成る程ねぇ。まあアタシもさ、弱っている相手を殺してもつまらないから」

 

「だったら――!!」

 

「だけどッ!」

 

「!!」

 

「今ッ! すげぇイライラしてんだよッ! アンタでいいから死んでくれよッッ!!」

 

 

杏子は槍を構えて跳躍。

震えるあやせに容赦なく切りかかった。

 

 

「い、いやああああああああ!!」

 

 

あやせは反射的に変身、サーベルで杏子の槍を受け止める。

しかし精神状態が不安定の為か、いつもの剣技とは言えない弱弱しい物だった。

杏子は当然すぐにあやせのサーベルを弾くと、何度も体を切りつけていった。

 

悲鳴が連続で聞こえる。

浅倉はする事がない。隅のほうにしゃがみ込むと、小さく唇を吊り上げた。

 

 

「お前も弱った雑魚狩りか。」

 

「うるせぇ! 仕方ないだろ! ムシャクシャして仕方ないんだ! 少しでもイライラを発散しないと破裂しちゃうんだよ!!」

 

 

そう言って杏子は回し蹴りであやせの頭部を打った。

血が舞い散る。しかしそれがスイッチだったようだ。

 

 

「グオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

あやせを傷つけられた事でメタルゲラスの目が光った。

すぐにあやせを守る為に杏子へ突進。追撃を行おうとした杏子はすぐに防御を行うが、それでも衝撃で吹き飛ばすだけの力はあった。

そこで動く浅倉。デッキを構えて――……、少し動きを止めた。

 

 

「佐倉」

 

「あ?」

 

「魔女は魔法少女としてカウントするんだろ? だったらアイツは騎士に入るのか?」

 

 

メタルゲラスを見て浅倉は問い掛ける。

起き上がった杏子は少し沈黙して考えた。

 

 

「入らないだろ」

 

 

目を逸らしながら言う。

魔女が魔法少女としてカウントされるなら、普通はミラーモンスターも騎士としてカウントするのが当然だ。

しかし、なんだ。浅倉にポイントリードを許すのは嫌だった。

 

 

「……芝浦は死んでる。だったらアレがアイツの代わりだ」

 

「いや、でも!」

 

 

言い合っていると、再びメタルゲラスが突進してきた。

とは言え、同じ手は食らわない。浅倉と杏子は体を転がしてそれを回避してみせた。

 

 

「ああああ! もう仕方ねぇな! いいよ、あれも騎士にカウントしよう!」

 

「それを聞いて安心したぜ。変身」

 

 

王蛇に変わった浅倉。

デッキに手を伸ばすと、仮面の裏でニヤリと笑った。

 

 

「さて……」

 

 

一枚、カードを抜いた。

それはコピーベントのカード。ライアに使用したものと同じものだ。

そうだ、王蛇のコピーベントは一枚だけでは無かったのだ。

対象はメタルゲラス。するとコピーベントの絵柄が変わる。王蛇は続けてそれをベノバイザーへ装填した。

 

 

『アドベント』

 

「グオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

誕生したのは王蛇仕様に変更されたメタルゲラス。その名も、"ベノゲラス"だ。

紫色で禍々しい刻印が刻まれたベノゲラスは、メタルゲラスの突進を真正面から受け止めて競り合いを始める。

 

 

「いやぁぁあ!!」

 

 

危機を感じ、手を伸ばすあやせ。

しかしそんな彼女の体にジャラジャラと音を立てて多節棍が巻きついていく。

杏子は絶望するあやせのの表情を楽しみながら、拳を胴体に打ちつけた。

一方の王蛇。競り合いは互角だった。黙ってみているのもいいが、王蛇は少々せっかちだ。

 

 

「行け」『アドベント』

 

 

空間が割れてベノダイバーが飛び出してきた。

そのままメタルゲラスを吹き飛ばし、地面に倒す。さらに王蛇はもう一枚カードを。

 

 

『アドベント』

 

 

聞いただけで身を凍らせる程の咆哮だった。

出現したのはベノスネーカー、王蛇を中心にとぐろを巻いて、王蛇を守る様にその存在をアピールしていく。

さらに前に立つのはベノゲラス。そして上空に控えるはベノダイバー。

王蛇は三体のミラーモンスターを使役しながらメタルゲラスを見た。

 

アレは獲物だ。もう逃げられない。

全てを食らいつくし、奪い去る。その力こそが正しいのだ。

高らかに吼えるべきだ。力こそが正義だと!

 

 

『ユナイトベント』

 

 

ラストだった。王蛇は合成のカードを発動する。

するとどうだろう? ベノスネーカー、ベノゲラス、ベノダイバーが融合していくではないか。

みるみる一つになっていくモンスター達。身体はベノゲラス、頭はベノスネーカーとベノゲラスの装甲。そして体にはベノダイバーの鎧が装備されていく。

 

 

「ジォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

「ハハっ! ハハハハハハハァアッッ!!」

 

 

王蛇が興奮したように笑い、首を回す。背後に誕生したのは"獣帝ジェノサイダー"。

全ての頂点に立つ絶対的な力の具現。王蛇が望む物、全てを破壊する帝王。

ジェノサイダーの咆哮を受け、メタルゲラスは怯えたように動きを止めた。

 

あやせの悲痛な叫びも、帝王の咆哮の前には全てかき消される虚しい物だった。

餌が何を言おうとも、帝王の耳には入らない。

弱者の言葉など、欠片も心を動かさない。

 

 

「消えろ」『ファイナルベント』

 

 

粉々に砕け散るジェノサイダー。

とも思えば、メタルゲラスの背後に出現する。

そして咆哮と共に力を解き放ち、体の前に巨大なブラックホールを形成してみせた。

王蛇の色でもある『紫』のブラックホールは、全てを飲み込む存在だ。

 

 

「嫌ッ! お願い止めてェエエエエエエ!!」

 

 

あやせは叫ぶが、王蛇には聞こえていないのか。聞いていないのか。

王蛇は既に走り出しており、地面を蹴って飛び上がっていた。

そして捻り加えたドロップキックを繰り出す。杏子もそこであやせを投げ飛ばして、壁に叩きつけた。

 

 

「ァァアア゛ッ!!」

 

「グゴォッ!!」

 

 

キックが、メタルゲラスを打った。

衝撃は強くメタルゲラスは宙に浮くと、後方に吹き飛んでいく。

そこには当然ジェノサイダーが待ち構えている訳で。

 

 

「ァァァァアアアアアッ!!」

 

 

あやせが見た光景は悲惨としか言えない。

ブラックホールに飲み込まれたメタルゲラスは、苦痛の声を上げながら身体がバラバラになって崩壊していく。そして次々に破片が吸い込まれていき、数秒後には完全に無へと変わった。

相手をブラックホールの中にブチ込み、跡形も無く消し去る。これが王蛇の新たなるファイナルベント、『ドゥームズデイ』だ。

 

 

「あ……、アァァ……ッッ!!」

 

 

あやせは最後まで手を伸ばしていたが、当然メタルゲラスがその手を掴む事は無い。

闇に飲み込まれて完全に消え去った。そしてそれは芝浦がもう蘇られない事を証明したのだ。

 

 

「あ……。あぁぁぁ」

 

 

弱弱しく力を失うあやせ。

大丈夫、大丈夫だと自分に言い聞かせる。

まだ最後の一人になれば、願いで芝浦を蘇らせる事はできるのだ。

そう、だからまだ諦めるのは早い。

まだ諦めるのは早い――

 

 

(待ってて……、淳くん――!)

 

 

待ってて淳くん

 

 

待ってて淳くん

 

待ってて淳くん

 

待ってて淳くん

 

待ってて淳くん

 

待ってて淳くん

 

待ってて淳くん待ってて淳くん

 

待ってて淳くん待ってて淳くん

 

待ってて淳くん待ってて淳くん

 

待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん

 

待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん

 

待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん

 

待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん

 

待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん

 

待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん

 

待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん

 

待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん

 

 

 

 

 

 

 

カ ナ ラ ズ タ ス ケ テ ア ゲ ル カ ラ ネ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ浅倉」

 

「あ?」

 

「確認しておくけど、魔女は魔法少女に入るよな」

 

「……めんどくせェな。どうでもいい」

 

 

杏子の多節棍を引きちぎって現れたのは、双頭の邪翼『Twins(ツインズ) viziala(ヴィジアラ)』。

あやせが絶望した事によってルカのジェムも侵食されてしまい、二人は魔女へと変わる。

二つの犬の頭部に、体に生える紅と蒼の翼。魔女結界が再び学校を別の景色へ変えていく。

 

 

「「キャハハハハハハハハハハハハ!!」」

 

 

魔力が他の魔法少女の二倍ならば、当然魔女としても力も二倍だ。

殺意に満ちた目を光らせ、笑い声をあげながら杏子達に襲いかかる。

杏子は『縛鎖結界』を展開。赤い菱形が連なった鎖がいくつも生まれると、それが壁となって魔女を受け止める。

 

 

「浅倉ァ、新しい複合試そうぜ? あ、もちろんカウントはアタシに入るって事で」

 

「………」

 

 

王蛇にとしてはやや不満が残る物だったが、彼としても複合ファイナルベントの威力を確認しておきたいと言う興味心はあった。

 

 

「おいおい、どうすんのさ! 早く決めろよ蛇野郎!」

 

「チッ! まあいい、好きにしろ」『ファイナルベント』

 

「はい来たー!」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

 

杏子の背後にジェノサイダーが現れる。

 

 

「!」

 

 

頭の中に効果が流れ込んでくる。杏子はそう言う事かと、攻撃の全貌を把握した。

同じくして生みだされるブラックホール。けれども杏子は何の躊躇も無く、それに飲み込まれていった。何故ならばコレは新たなる融合の幕開けなのだから。

 

 

「アァ、面白い形になったな」

 

「へっ!どうだい? なかなか似合ってるだろ?」

 

 

ブラックホールに飲み込まれたと思えば、鏡が割れる様にしてジェノサイダーが消滅する。

代わりに、吸い込まれた筈の杏子が立っていた。

気になるのは杏子の姿が先ほどとは大きく変わっている点だ。

結んでいた髪は解かれ、体には刻印が刻まれている。

 

頭部にはジェノサイダーの頭部を模した帽子があった。

それは体にも言える事だ。ジェノサイダーを模した装飾がいくつも装備されている。

腕、脚、背中。まるでジェノサイダーを擬人化したような姿だった。

 

 

「あぁぁア……、良い気分だ。力が漲ってくる」

 

 

ユナイトベントがもたらした合成の力によって、ジェノサイダーと杏子は一つになったのだ。

獣帝の力を全て与えられ、杏子は溢れる力をかみ締める。

 

 

「ヘソ出しかよ。いっぱい食べても苦しくないな。それに、うォ、尻尾あるよ……」

 

 

杏子は変化した自分の姿に笑っていた。

尻尾をブンブンと振って、調子を確かめる。

 

 

「さて、と」

 

 

いつまでも遊んではいられない。

杏子は適当に十字架を切ると、両手を握り合わせて祈りを捧げるポーズをとった。

 

 

「浅倉。時間を稼いでくれ」

 

「アァ?」

 

 

杏子が地面に膝をついて目を閉じると、紫色の光が王蛇の体を包む。

するとどうだ、力が漲ってくるじゃないか。体が軽い、高揚感が湧き上がる。

王蛇笑みを浮かべて、手首のスナップを利かせた。

 

杏子の祈りによって、王蛇の身体能力が強化された。

さらに念じるだけでベノサーベルや、杏子の槍が手に装備されるようになる。

王蛇は早速右手に剣を、左手に槍を持つと、縛鎖結界を破壊してツインズへ向かっていく。

 

祈りの力は身体能力の強化だけには終わらなかった。

王蛇が剣を降ると紫の斬痕が発生してツインズを切り裂いていくではないか。

これはいい、王蛇はさらに蹴りを繰り出す。

するとこれもまた紫色の光が蹴りの長さを増長させてアシストを行った。

攻撃リーチの拡大。通常時では絶対当たらないものも、面白いように命中していった。

 

 

「ギ、ギギャアアアアアアア!!」

 

 

ツインズ口から炎や氷を次々に発射していくが、王蛇は何のそので攻撃を行っていく。

真正面から炎や氷を粉砕して、ベノサーベルと槍でツインズの体に火花を散らしていく。

 

 

「我を過ぐれば憂ひの都あり、我を過ぐれば永遠の苦患あり――」

 

 

一方で祈りを捧げる杏子は、何やら言葉を紡いでいった。

すると杏子を中心として魔法陣が発生。はじめは描かれている魔法文字も少なく、円の範囲も狭かったが、徐々に巨大に。荘厳になっていく。

 

 

「我を過ぐれば滅亡の民あり義は尊きわが造り主を動かし――」

 

 

言葉を紡いでいく。

するとツインズから少し離れた所から地響き立てて、何か『板』のような物が生えて来た。

まだそれが何なのかは分からない。杏子は尚も修道女の様に跪いて祈りを紡ぎ続ける。

それを邪魔させまいと、王蛇はツインズを遠ざけるように攻撃を行うのだ。

 

 

「聖なる威力、比類なき智慧、第一の愛我を造れり――」

 

 

魔法陣が徐々に形を大きくしていき、さらに装飾も派手になっていく。

そして板のような物も順調にその姿を露にしていく。

 

 

「永遠の物のほか物として我よりさきに造られしはなし――」

 

 

板と言うのは極端で、それは板と言うにはあまりにも豪華な物。

装飾品は細かく多く、そして人を模した彫刻品も多めに備えてある。

杏子の詠唱と共にそれは段々とその全てをさらけ出していき、ついには全容が見えてくる。

 

 

「しかしてわれ永遠に立つ――」

 

 

『考える人』と呼ばれる有名な彫刻が、そこにはあった。

ツインズは杏子が何かをしようとしている事は知りつつ近づけないでいた。

生まれる使い魔も、繰り出す攻撃も、全て王蛇が粉砕していくのだから。

王蛇は笑いながら、楽しそうに、全てを壊していく。

 

 

「汝等こゝに入るもの――」

 

 

それは板ではない、『門』だった。

"地獄の門"と呼ばれるゲート。

杏子が言葉を紡ぐ毎にその装飾が派手になり、魔法の文字が刻まれていく。

門の隙間から光が漏れ始めた。扉の向こうで何かが呻いている様な声も聞こえてくる。

時間は来た。杏子はゆっくりと目を開け、最後の言葉を言い放つ。

 

 

「一切の望みを棄てよ」

 

 

その言葉と共に、扉は開かれた。

 

 

「ハハァッ!!」

 

 

王蛇は強化されたドロップキックでツインズを突き飛ばす。

同時に門から無数の黒い手が伸びてツインズを狙っていく。

扉から放たれる亡者の呻き声。そしておびただしい程の血と死の臭いが鼻を刺す。

 

 

「ハハハハハハ! アハハハハハハッッ!!」

 

「アァァァ、もう終わりか」

 

 

杏子と王蛇は並び立ち、愚かな魔女の末路を見ていた。

無数の『手』は、活きのいい魔女が羨ましいと言わんばかりに群がり、次々と色んな場所を掴んでいく。

耳、足、そして翼。どれだけツインズが抵抗しようとも、地獄の門から伸び出た腕は彼女を離そうとはしない。

 

 

「ギャアアアアアアアアアア!!」

 

 

その時、手の一つがツインズの美しい羽を引きちぎった。

吹き出る鮮血を浴びて、無数の腕はますますその動きを激しくしていく。

魔女の目を抉り取り、彼女の耳を千切り、脚をもぎ取ろうと力を込める。

 

 

「ァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

可哀想に。あれだけ仲のいい姉妹が縦に引き離されてしまった。

無数の手は、二つの頭を掴んで門の方へと引きずり込んでいく。

途中、残った目を抉り、牙を毟り、舌を引き抜き――

 

 

「ピギャアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

嫌だ、あそこには行きたくない。魔女は懇願するように叫び声を上げる。

しかし二つの体は容赦なく門へ引きずり込まれて無数の手に覆われていった。

ギギギと音を立てて扉がゆっくりと閉まっていき、再び地中に戻って消えていく。

 

途中、門から心を引き裂かんばかりの断末魔が聞こえてきたが、中で何が行われたのかは誰も知ることは無い。

 

止める方法は一つだけだった。

詠唱中の杏子に一発でも攻撃を与える事ができたならファイナルベントは無効化されていたのに。

いや、しかしそれを守るのが騎士たる王蛇の役目だったのか。

コレが彼らの新たなるファイナルベント、『ドゥームズ・オブ・ワン』。

 

 

「ちょっと思ったんだけどさ、アタシって美樹の奴を殺したときもこんな感じだったよな」

 

「あ?」

 

 

魔女になった魔法少女を殺せば一ポイントもらえるルールにしたから……

 

 

「っていう事はアタシは美樹とアイツをぶっ殺した」

 

 

そして王蛇はインペラーとガイの残骸であるメタルゲラスを殺した。

 

 

「これでイーブンだね!」

 

「………」

 

 

浅倉は変身を解除してダルそうにしていた。

何も言わないと言う事は別にそれで納得した様だ。

隣にはケラケラと笑う杏子。二人とも参加者を殺した事でイライラが消えたらしい。

 

 

「おいなあ、焼肉いこーぜ!」

 

「今日は面倒だ……」

 

「いいじゃんか、ほら決定な! よーし食うぞー!!」

 

 

杏子は上機嫌に浅倉の手を取って走り出す。

なんだかんだ楽しそうな雰囲気ではあるが、たった今人を殺した態度とは思えない。

やはりどこかで二人の歯車は狂っているのだろう。

死亡確定のアナウンスが流れる中で、二人は何の興味も無く足を進めていた。

殺す事も、強い自分達が生き残る事も、全ては当然の事だと知っていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

椅子があった。

数は二つ。一つは空席で、もう一つには座っている(?)者が一匹。

そしてその後ろには大きな扉が一つ見える。耳を澄ませば歯車の音、舞台装置は順調だった。

何の問題もない、何の障害もない、全ては決まっている運命を刻む無機質なリズム。

ソコには悲しみも無く、絶望も無く、恐怖も無い。

 

決めたれた筋書きをなぞるストーリーは心を壊す。

強いて言うならば、与えるは醜い娯楽か?

 

駒たちは心を持つ事すら許されない。ただ与えられた役割を必死に果たす道化だ。

滑稽に絶望するなら、それは観客を笑いへ誘うスパイス。

つまりピエロは絶望しても笑いしか生み出せない。サーカスを見に来た観客を同情させるには至らないのだ。

 

全て演出として終わり、そして観客達がそれを何よりも望んでいる。

道化を哀れむストーリーなどは不必要。道化は道化を演じていればいい。

無様に踊って、苦しむ姿が滑稽なんだから。

 

そう、ピエロは傷つき他者を喜ばせる。あなたはそれを認めるだろうか?

他の全員が望んでいる事だとしても、あなた一人が認めなければ演出は台無しになるだろう。

良い意味で? 悪い意味で? さあ、分からない。

後に生み出される『何か』など、誰にも分からない。

 

 

『へぇ、珍しいお客さんだ』

 

 

座っていた? 乗っていた?

まあとにかく椅子の上にいたキュゥべえは赤い瞳で『あなた』を視界に捉えた。

もう一つの椅子には誰もいない。おそらくはジュゥべえの席だろうが、彼はこの場を離れていると言う事なのだろう。

 

 

『キミはジュゥべえが言っていた人? ボクと会った事はあったっけ?』

 

 

あなたはジュゥべえに会った事があるだろうか?

たとえば、ジュゥべえに会って物語がどんな終わりを向かえるのか気になって聞いてみたとか。

覚えが無い? そうか、なら今すぐにココから去ったほうが良い。

もうこの先には物語りなど欠片とて無いのだから。

ココから先にはただの空白しか広がっていない。見るだけ、居るだけ無駄なのだから。

 

 

『まあ残りたいなら止めはしないけどね』

 

 

丸くて赤い瞳が、あなただけを写している。

だからあなたの目が扉に向けられた事を、キュゥべえは見落とさなかった。

 

 

『扉が気になるのかい? この先にあるのは過去なのさ』

 

 

真実とは一つだけかもしれない。

だがソレを様々な方向で見る事によって、感じる物が違ってくるとは思わないかい?

君が過去を知ったなら、知り終えた後の君には若干の変化が訪れる筈だ。

 

 

『ただし過去は過去、それを見たからといって未来は変わらない』

 

 

君は残念なくらい無力だからね。彼女達に干渉する事はできない。

場に入って戦いを止める事もできない。まして舞台に向かって言葉を飛ばす事もできない。

まあ脚本家に文句を言う事はできるかもしれないけど、可哀想だろ? 止めてあげてよね。

なんて、冗談だよ。ジュゥべえに習って言ってみたんだけどどうだい? やはり感情の無いボクには不得意な事か。

 

 

『過去が知りたいなら扉を開ければ良い。止めはしないさ』

 

 

その前に一つ聞いてもいいかな?

君はこの戦いが――、つまりフールズゲームが正しいと思うかい?

巻き込まれた参加者達は仕方ないと思うかい?

 

ボクには感情が無い。だから何とも思わないんだけど、君はどうなのかなって思ってさ。

そもそも君は同じ状況に陥った場合どんな選択を取るんだろう?

ワルプルギスを倒す方を選ぶかい?

それともさっさと他の参加者を殺して願いを叶えようとするかい?

ほら、これはパートナーの意見も関係あるだろうけど、あくまで個人としてはどうなのかなって。

 

 

『もしもキミが城戸真司や鹿目まどかと同じようにF・Gが間違っていると思うのなら――』

 

 

人が力を持って殺しあうのが間違いだと思うのならば。

 

 

『尚更、扉を開けてみた方がいいのかもしれないね』

 

 

何で?

ゴメンよ、ジュゥべえの受け売りだからボクもよく分からないんだ。

だけど他人の考え方や経緯を知る事で違った一面を見る事ができる筈。

別に理解しろとは言わない、だってキミ達は全員違う人間なんだから。

でも知ってみる事で、受け入れる事で、世界は少しだけ良い未来を照らすんじゃないかな?

 

 

『ただ、気をつけたほうが良いよ』

 

 

知ると言う事はいい事ばかりじゃない。

人の汚い部分や、見たくない物を見る事になるかもしれない。

事実、この先には数えきれないくらいの暴力、汚い心が生んだ悪意があった筈だよ。

それでも君が進みたいのなら、どうぞ扉を開ければいい。

 

 

『選択は、"キミ"次第なんだからね』

 

 

ここから先は進みたい人だけ進めばいい。

キュゥべえは無表情で言葉を並べていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寒くなった季節の事だ。

街はもうすぐ雪がふるんじゃないかとか、クリスマスプレゼントはどうしようか等と浮かれている訳だが、少女はそんな街とは切り離されたように沈んでいた。

トボトボと誰もいない道を選んでは俯いて歩く。少し前からそれが習慣のようになっていたかもしれない。少女はソッと、誰もいないのを確認して呟く。

もしかしたらその言葉は誰かに聞いてもらいたくて言い放ったのかもしれない。

独り言、しかしそれは確かに誰かに向ける為の言葉だったのだから。

 

 

「誰か……、たすけて」

 

 

返事は無い。言葉は返ってこない。

それを知りつつも彼女は俯いて再び歩き出す。

濁る視界を必死にぬぐって、こみ上げる想いを押し込めた。

 

 

思えば、理由など無かったのかもしれない。

彼女は何一つ標的にされる理由はなかったのだから。

彼女は優しい人間だ、優しすぎると言ってもいい。信じれば必ず報われる。善を行えば世界は良くなる。

 

困っている人がいれば、それがどんな人間であろうとも声を掛けたい。

そんな想いを胸に抱いていた優しい純朴な少女だったのだ。

 

可愛くて優しい彼女は、最初こそ誰にでも愛された。

しかしそんな輝きは妬みを生んでしまう。嫉妬の対象になるのは想像に難しくない事だ。

彼女の通っている学校がプライドの高い生徒達が集まる場所ならば尚更の事だった。

 

 

「……あ」

 

 

最初は勘違いだと思った。次は偶然だと思った。

しかしそれが何度も続くうちに、自分がどういった立場にあるのかを段々と理解していく様になったのだ。

今日も靴箱を開ければ、中からは大量のゴミと虫の死骸が顔を見せる。

 

 

「ヒッ!」

 

 

おぞましい光景に少女はすぐに靴箱を閉めた。なぜこんな手間のかかる事をと疑問に思う。

そもそも靴箱の中に探していた物は無い。まただ、彼女は歯を食いしばって近くのゴミ箱の蓋を開けてみる。

するとあるじゃないか、自分の探していた靴が。

 

 

「………」

 

 

予想通り。それはもう落書きとカッターで傷つけられたのかボロボロで、靴とは思えなかった。

だから彼女は自宅から持ってきた代わりの靴を履くしかない。

そうすると――

 

 

「あら双樹さん、カバンから靴を出すなんてどうされたのかしら?」

 

「!」

 

 

振り返るがそこには人が多すぎて誰が言ったのか分からない。

ただクスクスと言う声が聞こえていた、周りから無数に。

 

 

「ちょっと、何か臭いんだけどぉ! 虫の死体みたいな臭いがするよぉ」

 

 

ケラケラ笑い始める者たちは一勢に彼女を見る。

その言葉が何を意味するのか、あやせは知っていた。

故に彼女は逃げる様にして教室に行くしかない、自分を嘲笑する声を背後に聞きながら。

 

 

「………」

 

 

教室に着いた『双樹あやせ』がする事は毎日決まっている。

自分の椅子を綺麗にする事だ。登校する時間にはいつも椅子は汚くなっていた。

どれだけ早く登校しても同じだ。きっと自分が帰った後に行為が行われているんだろう。

汚い、おぞましい。椅子には卑猥な落書きがされており、その上に接着剤で画鋲がつけられていた。

 

 

「……ッ」

 

 

それを取り除いている時が一番辛かった。

どうして自分がこんな事をしないといけないんだろう?

自分は何もしてないのに、どうして周りの人達は見て見ぬふりなんだろう。

様々な疑問と悔しさが駆け巡る。自分の人生はこんな事をする為にあったんじゃない。

そうでしょ? 叫び声をあげたい。今すぐに。

 

 

思えば始まりは自分じゃなかった。同じような娘がいて――、その娘を助けたら自分が標的にされた。

どうして? なんで? 自分は正しい事をしたのにどうして誰も分かってくれないの?

どうして助けた娘が知らないふりをして目を逸らしてるの!?

 

 

「ほら、双樹。いつまでも立ってないで座りなさい」

 

「あ……」

 

 

教師の冷たい言葉、周りの生徒達のあざ笑う声が聞こえる。

今すぐに耳を塞ぎたかったがそうもいかない。

 

 

「あの……」

 

 

あやせは大人しい娘だった。だから周りの視線を受けるとどうしても萎縮してしまう。

イライラした様子で待つ教師を見ると、椅子の事を言おうかどうかを迷ってしまう。

まだ画鋲しか取ってない、落書きは消してないしコレを見られるのは抵抗がある。

いくら自分が書いていないとはいえ。

それにもしも教師に告げ口したなんて知られたらもっと酷く――

 

 

「あの……、椅子、壊れてて」

 

「違います先生、双樹さんったら自分の椅子に落書きして汚したんですよ」

 

「え? いや違――ッッ」

 

 

ため息をついて首をふる教師。

 

 

「学校の物になんて事をするんだ。トイレか、どこか水がある場所で綺麗にしてきなさい。全く、子供じゃないんだから」

 

「あの! でも!!」

 

「早く! 授業の邪魔になるだろ! お前のせいで皆が迷惑してる!」

 

「は、はい……」

 

 

怒号を受け、あやせは泣きそうになりながら教室を出て行く。

あやせは以前にも教師に事情を告げた。だから今回も後でしっかりと何が起こったのかを端的に説明する。

しかし、教師から返って来た言葉は何とも淡白な物だった。

 

 

「いじめられてるなら、誰にやられているかちゃんと言いなさい。分からないだろうが」

 

「あ……、それは――」

 

 

名前を言うのは勇気のある事だ。

言ってしまえばいいのに。恐怖で言葉が詰まってしまい、何もいえなくなる。

 

 

「あのな、双樹。こんな事言いたくないけど気のせいじゃないのか?」

 

「え?」

 

「落書きなんて、可愛げのある悪戯じゃないか」

 

「で、でも靴だって!」

 

「犯人が言えないんだろ? それはつまり、犯人がいないって事じゃないのか?」

 

「そ、そんな……! だ、だからッ、たとえば――」

 

 

怪しい人物を口にしてみる。

 

 

「声が小さいな。それは自信がないからだろ」

 

「ぇ、え?」

 

 

教師はあやせが言った名前を聞いて首を振る。

彼女は成績優秀で、授業態度もいい。皆から慕われる。

だからそんな事をする人間ではないと。

 

 

「双樹。ココ最近、お前の成績は下がりっぱなしだ」

 

 

確かに。だがそれは、あやせの責任とは言いがたい。

授業中ともなれば、背中をペンの尖った部分で強く刺されたり、椅子を蹴られたりで集中できない。

それだけじゃない。気がつけばノートを取られたりなんてのは珍しくない。

教科書には落書きがされて、文字がよく見えないのだ。

 

 

「それにな、お前持ち込みのテストでも成績が悪いじゃないか」

 

「それはだって……!」

 

 

あやせの脳裏に浮かぶ偽りの笑顔。

持ち込みがあるテストでは決まって『彼女達』が事前に声をかけてくる。

実は今日資料忘れちゃったの、だから双樹さんの資料を貸してくれない?

断らないよね、だって――

 

 

『友達でしょ? 私達』

 

 

あやせは断らなかった、断れなかった。

貸したらどうなるのか分かっている部分もあったが、もしかしたら本当に困っているのかもしれない。

それに貸さなかったら何て言われるか。貸したら貸したで、皆と仲良くなれるかもしれないから。

でも、結局資料は返って来ない。知ってたのに、知ってたのに――……

 

 

「双樹、成績が悪いのを他の人のせいにするな。お前はいじめられてなんてない。ただ自分の成績が悪くなったのを、いじめがあると言うせいにして、架空の言い訳を作っているだけだ」

 

「あ……」

 

「椅子に落書きとかは、誰がしてるか分かったらまた来なさい」

 

「は、はい」

 

 

優しさとは弱さを含んだものであると、多少の解釈がある。

あやせは強く意見を言えない少女だった。だからこそ場を丸く治めようと言う強い信念に支配されていく。

 

結局何も言えず、何も変わらない。

もしもココで彼女が強く、自分がいじめられているから助けてくれと言えたなら未来は変わっていたのだろうか?

 

 

「双樹」

 

「はい?」

 

 

教師は最後に一言。

 

 

「先生な。いじめってのは、いじめられている側にも問題が多少あると思うんだ」

 

「え……!?」

 

「双樹の態度はな、何かこう人に不快感を与えやすいと思う」

 

「そ、そんな……!」

 

「どもったり、固まったり、もっとハッキリ喋ればお前の世界は良くなると思うぞ」

 

 

教師に悪気があったのかどうかは知らないが、あやせにとってその言葉は心を抉る刃として十分すぎる威力を持っていた。

好きでこんな喋り方になったんじゃない。

少しでも声を落として喋らないと聞かれえる可能性があったからだ。

 

それに何? コッチが悪い?

そんな馬鹿な事があって良い筈が無い。

あやせはこみ上げる涙を必死に抑えて廊下を歩く。

 

 

「ねえ、双樹さん」

 

「!!」

 

 

ビクッと肩が震える。

クラスメイトの少女達が手招きしているじゃないか。

あやせは震える足で彼女達の所へ向かうしかなかった。

本当は今すぐに無視して走り出したい所だったのに。そんな強さも勢いも持ち合わせてはいない。

 

 

「さっさと歩けよ! うぜぇなお前は本当に!」

 

「きゃ!」

 

 

トイレに連れ込まれたあやせは乱暴に壁に叩きつけられる。

リーダー各の少女がつけていた鈴のアクセサリーがチリンと音を立てる。

あやせはこの音が大嫌いだった。

 

 

「お前、もし教師にチクッたらどうなるか分かってんだろうな?」

 

「わ、わたしは……」

 

「あ? 何? 何なの? 全然きこえなーい!」

 

 

クスクスと笑う取り巻き達。

あやせは強く言い放つしかなかった。

 

 

「もう――ッ、こんな事止めて!」

 

「え? あれ?」

 

 

アクセサリーの少女は、ココでわざとらしく言葉を無視して一旦あやせから距離を取る。

あやせは気づいた。取り巻きの一人がバケツを持っていた。

 

 

「ッッ!!」

 

 

気づいた時にはバケツに入っていた水がぶちまけられていた所だった。

しかもこの水、ただの水じゃない。

 

 

「うぇ! ぶげぇ! かはっ!」

 

「あはは! 双樹さんのために絞ったんです。感謝してね?」

 

 

下卑た笑いの中であやせは静かに涙を流す。

雑巾を絞って作られた汚水。あやせのプライドと自尊心はズタズタだった。

 

 

「次は体育なんだから問題ないよね?」

 

 

白々しい笑みを向けつつも、アクセサリーの少女はハッキリと彼女の耳元でささやく。

 

 

「変な事したら、お前だけじゃなくて家族もブッ殺すぞ」

 

「………!」

 

「知ってる? 私の彼氏さぁ、結構ヤバイ所と繋がってるんだ」

 

 

ふざけた事したら、どうなるか知らないよ?

そんな笑みを投げ掛けられてグループはあやせから離れていった。

最後に一言。

 

 

「酷い臭い」

 

 

馬鹿にした笑いを投げつけて。

 

 

 

 

学校の中は狭い世界だ。優劣が生まれ、虐げられるものが出てくるのは別に不思議じゃない。

理由など無い。前述した通り、全ての巡り会わせが悪かったというべきか?

 

この世は誰しもが自分の下を作りたがる世界だ。

故にあやせは標的となった。あやせは優しいが、少し弱い所がある。

可愛らしい容姿や声。恵まれた体系は男性から見れば非常に好印象かもしれないが、同性だらけの場所では意味を成さない。

 

 

体育の授業の様子も一応記しておこうか。

あやせは必死に髪を洗って汚れや臭いを落としたが、周りからしてみればそんな事はどうだっていい。

事実を知っている人間が口にした事を復唱する機械の様な役割だったのだから。

 

 

「ねえ、何か臭くない?」

 

「あら本当、雑巾みたいな臭いがするわ」

 

「きったない! 誰? 誰がそんな不潔な女なの!?」

 

 

アクセサリーがチリンと揺れる。知ってるくせに、貴女がやったくせに。

そんな想いは知らない。臭い、汚い、年頃の少女にとってそれがどれだけ心を抉る言葉だったのか想像できるだろうか?

 

 

「えー、双樹さんコッチのチームなの? 最っ悪」

 

「うそぉ! あーあ、だったらもう負けじゃない。やってられないわ」

 

 

あやせは体育が嫌いだった。運動神経が悪いわけではないが、得意と言う訳でもない。

ましてや人と争わなければならないじゃないか。優しいあやせには苦手なものだった。

そもそも、チーム分けが大嫌いだった。

 

 

「ねえ! そっちのチームに双樹さん入れてくれない?」

 

「無理無理! あんなの来たら負けろって言ってる様な物よ!」

 

 

周りはしたたかだ。教師が気づかないギリギリの範囲で行為を行って行く。

そして試合が始まった後の事は、もう想像がつくのではないだろうか?

体育で行われるのはスポーツではなく暴力である。

 

あやせにボールをぶつければ1点。

痛いと言わせれば2点、顔に当てて泣かせる事ができたら3点。

あやせは襲い掛かる暴力から当然身を守るしかない。

そんな状況じゃまともに動けるわけも無く――

 

 

「あーあ! 双樹さんがいたから負けた!!」

 

「本当あなたって何しても駄目ね!!」

 

「勉強も駄目、運動も駄目! あれ? 貴女って取り得あるの?」

 

「生きてる意味あるの? 何しても誰かの劣化じゃない」

 

 

皆、毎日毎日尽きる事の無い言葉を浴びせていった。

中には同じの立場になりたくないから。本当は『可哀想だけど』等と思っていた者もいたかも知れないが、当時のあやせには関係ない。

 

あやせが一番欲しかったのはこの状況を変えてくれる何か。

そして自分を助けてくれる存在しかなかったのだから。

 

 

「もう……、やだよぉ」

 

 

誰もいない帰り道で泣く日々。

大げさなと笑う人もいるかもしれないが、彼女にとって毎日は地獄とそう変わりないもの。

何も悪い事などしていないのに、どうして自分が毎日毎日こんな目に――。

 

 

「うえぇぇぇぇぇえん」

 

 

子供みたいに泣くしかない。しかし心の中で突きつけられる現実もある。

泣いて何かが変わる訳が無い、自分が泣いた所で明日も明後日も地獄は続いていく。

変わることは無い、自分が諦めない限り。それを思えばまた涙が溢れてきた。

 

 

「ただいま……」

 

 

かと言って、家に味方がいるのかと言われればそうでも無かった。

心配を掛けさせたくない、弱い自分を知られたくないと言う事もあって、あまり話せないのも原因だったのかもしれない。

一度それとなく母と父に話を振った所――

 

 

『それがどうしたの。母さんも昔は靴を隠されたりしたものよ、でもね? そういう時はやり返さないと駄目。相手はいつまでも付け上がってくるのよ』

 

 

やられてばかりの貴女も悪いんじゃないの?

 

 

『あやせ、そういう話はお母さんにしてくれ。父さんじゃ女の子の事は分からないよ』

 

 

それより母さんも忙しいんだからあまり心配を掛けさせないようにな。

不安なら先生に頼りなさい、お前ももう子供じゃないんだから。自分の問題は自分で解決できるようにしておかないと、これから先の社会じゃ生きていけないぞ。

 

 

「………」

 

 

あやせは、そうだねと笑うしか無かった。

とにかく誰が何を思おうが、双樹あやせはその時に笑うしかできなかった。

だから父も母もたいした事が無いと思うのだ。

 

 

「あやせちゃん、何かあったの?」

 

 

しかし、そんな彼女にも心の寄り所と言う者があった。それが祖母である。

あやせに何かちょっとした変化があれば祖母は真っ先に気づきあやせに声を掛けてくれる。

会った時は小額ながらもお小遣いをくれたり、お菓子をくれたり、あやせの言葉に決して反論しない人であった。

あやせも、どんなわがままも聞いてくれる優しい祖母が大好きだったのだ。

 

 

「ううん。なんでも――……、ないよ」

 

 

故に、心配は掛けられない。

あやせは、祖母にも自分が置かれている状況を話す事は無かった。

祖母も祖母で、何も無いと言うのだから深く聞く事もできない。

一度本当に何も無いのか、しつこく聞いてみたが、あやせは決して事情を話すことは無かった。あやせにとっては、祖母が話しかけてくれるだけで十分だった。

それで少しは気も紛れたのだから。

 

しかし一方で、あやせに対するいじめは日に日に強まっていく。

加害者側もヒートアップしていったのだろう。

その日もまたチリンと鈴が鳴った。

 

 

「今私の肩にぶつかったでしょ!!」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「何様だよ! お前みたいなバイ菌が、人間様に触れるんじゃねぇよ!!」

 

「あッ!!」

 

 

あやせの頬をグループの一人が平手打ちで叩く。

体育の時間からエスカレートしていき、ついには日常の中で暴力を受ける様になっていく。

 

 

「も、もう止めてよぉ! わたし何かした!? 貴女達に何かした!?」

 

 

何かしたなら謝る。直せるなら直すから止めて!

あやせはついに耐えられずにボロボロと涙を零す。

だがそんなものは気分を盛り上げるスパイスにしかならない。

各々は携帯であやせのの泣き顔を写真に撮ってはしゃいでいた。

それが嫌で俯きながら涙を流すあやせ。そんな彼女の頭を誰かが踏みにじっていく。

 

 

「直せないよ。死なないと」

 

「……え?」

 

「死ねよ。そう、お前みたいなクズは死ねばいいんだよ」

 

 

辺りの生徒達がニヤニヤ笑いながら死ね、消えろ、いなくなれと連呼する。

真っ白になるあやせの思考、もう限界だった。

そもそも何故こんな仕打ちを受けなければならないのか。本当に何もしていない。

ただ、いじめられていた娘を助けただけ。なのになんでこんな酷い目に……。

 

 

(なんで、なんで!?)

 

 

あやせは猛烈に世界を恨みたくなった。

テレビじゃいじめについて評論家やタレントが正義感に溢れた言葉を羅列するくせに、結局現実はこんな物じゃないか。

 

あやせはそこで以前助けた少女を見つけた。

するとどうだろう? 彼女もまた他の生徒と同じように自分へ死ねなどと言っている。

なんだかそれがたまらなく可笑しくて、とても惨めになった。

 

 

「………」

 

 

その夜、あやせは家に帰らなかった。

日が落ちた街はすっかり冷え込んで、スカートから除く素肌に突き刺さる痛みがあった。

吐く息は白くなり、けれども今のあやせには対して印象には残らない。

 

 

「………」

 

 

体を包む風が涙を乾かしてくれる。

あやせは真下に広がる闇を見てぼんやりとため息をついた。

自分がもっと、例えば『侍』の様に強い意思を持っていたなら――、もしくはそんな姉か妹がいたなら助けを求められたのに。

 

 

(ううん、どれだけ夢見ても駄目)

 

 

だって、現実には叶わないんだもの。

 

 

「もう、耐えられないよ……」

 

 

あやせが学校から帰るまでの道に、廃墟と化した建物が一つあった。

五階建てで、元々はどんな施設だったのかは知る由も無い。しかし今のあやせにはとても都合のいい場所だった。

 

あやせはココから飛び降りるつもりだった。

苦しみから解放される唯一の手段は、死を以って他にない。

 

 

(みんな、わたしが死ぬ事を望んでる)

 

 

建物はビックリするくらい簡単に侵入できた。

あやせにはソレが意味のある事に思えた。まるでココは自分が死ぬ時に使う為に残っていたんじゃないかと思うくらいに。

 

あやせは幽霊や、そう言った類の物を怖がる性格だったが、今はすんなり廃墟と化した建物に侵入して屋上を目指す事ができる。

そして屋上の扉もまたすんなりと開いてくれた。

 

 

「……ココから飛び降りれば、楽になれるよね?」

 

 

虚空に向かって問い掛ける。

街灯が少ない場所と言う事もあってか、下に広がる景色はまさに闇一色だった。

 

あやせはもう一度問い掛ける。

 

 

「……楽になれるよね?」

 

 

よく自殺した人は地獄に行くと言われているが、彼女もソレは信じていた。

だから自殺しようとしている人がいたら『間違っているよ』、等と言って絶対に止め様と思っていたものだ。

それがまさか、自分がその立場になるなんて。

 

 

(きっと閻魔様もわたしの苦しみを分かってくれるよ……)

 

 

誰も助けてくれないんだ。もう、こうするしか方法なんて無い。

あやせは意を決して足を前に出す。

痛いのは怖いけど、少なくとも今よりは楽になれると信じて。

 

 

「へえ! アンタ、本当に死ぬつもりなんだ」

 

「!!」

 

 

その時、男の子の声が聞こえた。

その瞬間、下に広がる景色が嫌に鮮明に見えてしまい、思わず悲鳴を上げて金網にしがみ付く。

もしもあの声が無ければ本当に下に落ちていただろう。

 

 

「だ、だれッ?」

 

 

あやせは周りを見て、そしてすぐに気がついた。

屋上の入り口の上に男の子が座っていたのだ。

入った所からじゃ分からなかった。でも今はハッキリと姿が確認できる。

だって少年は携帯型ゲームをしていて、その光が顔をよく照らしていたから。

 

 

「おれが誰かなんてどうでもいいでしょ?」

 

 

少年は入り口の上から飛び降りると、ニヤニヤしながらあやせを見つめる。

歳は下だろう。背だってあやせの方が高い。雰囲気も随分と幼い物だった。

小学生と言っても差し支えないかもしれない。

まあ、あやせだって中学生だから、さほど離れてないと言えばそうだが。

 

 

「ぼ、ぼく? どうしたのこんな所で。迷子かな?」

 

「はぁ? んな訳ないだろ。って言うか、そんな事どうだって良くない?」

 

「どうだってって……」

 

「それよりもさ、死のうとしてたんでしょ?」

 

 

少年の言葉にあやせは少し言葉を詰まらせるが、やがてしっかり頷いた。

 

 

「そ、そうだよ! お姉ちゃん、死のうと思ってたんだ」

 

「ふーん!」

 

 

ニヤニヤと嬉しそう。

あやせはちょっとムッとしてしまう。

 

 

「止めたって……、駄目なんだから!!」

 

「止める? 誰が?」

 

「え……?」

 

「むしろ早くやってほしい」

 

「え? えぇ?」

 

「飛び降り自殺、一度見てみたかったんだよねぇ」

 

 

そのサイコっぷりには言葉を失った。

幼い風貌とは違って、なんて事を考えているんだ!?

あやせはギョッとして固まってしまう。

 

 

「なあ知ってる? 飛び降りってすげぇ痛いらしいぜ!」

 

「え……」

 

「アンタもマニアックだな、練炭とかじゃなくて、よりにもよって痛くて悲惨な方法選ぶなんて!!」

 

 

金網越しに会話を続ける二人。

少年が言うには飛び降りる高さが足りなければ痛みにしばらく悶え、高ければ頭が粉々になって色んな物をぶちまけてくれるらしい。

 

 

「で、でも! 飛び降りた瞬間に気絶するから苦しくないってインターネットで……!」

 

「はぁ? そんなもん嘘に決まってるだろ」

 

「う、うそなの?」

 

「なんなら、飛び降りて死んだ奴の画像見る? ちょっと待ってて! すげーのあるから!」

 

 

そういって少年は携帯をいじって、あやせに現物の画像を突き出した。

完全にグロ画像。今まで縁の無かったからドン引きである。

足はガクガクと震えて、こみ上げる吐き気を抑える事はできなかった。

 

 

「あーあ、何ぶちまけてんのさ」

 

「うえぇ! だ、だってぇ!」

 

 

涙目になるあやせ。

何だ? 自分もあんな風になるのか!? 嫌だ、そんなの絶対に無理!!

気がつけば、あやせは金網を乗り越えて屋上の方へと戻っていた。

完全に怖気付いてしまった。すると少年は不満そうに首を振っている。

 

 

「なーんだ。死ぬ勇気もないのか。だっせぇ」

 

「ち、違うよ! わたし……、跳べるもん!」

 

「あ、そう。だったら準備できたら言ってよ」

 

 

そう言って少年は適当な場所に座ってゲームを再開する。

あまりにも淡白な態度ではないか。別に死のうとしていた事に間違いは無いが、何故だか納得がいかない。

 

 

「ねえ、ぼく? 止めないの?」

 

「は?」

 

「いやッ、だって仮にも目の前で人が自殺しようとしてたら、さ?」

 

「止めて欲しいの?」

 

「いや、えっと……、それは――っ」

 

「じゃあいいじゃん。さっさと死ねよ」

 

 

むっかぁあああああああ!

分かりました分かりましたよ! そんなに死んで欲しいなら死んでやりますとも!

あやせは少年を睨みつけると、再び金網を越えて身を闇に向かって乗り出した。

 

 

「………」

 

 

めちゃめちゃ痛い。

 

 

「………」

 

 

ぐちゃぐちゃ。

 

 

「………っ」

 

 

ハンバーグ。

 

 

「うぅぅ!」

 

 

無理! やっぱり無理!!

あやせは青ざめながらフェンスを乗り越えると、屋上の地面にへたり込む。

 

 

「期待はずれ」

 

 

少年は視線をゲームに戻した。

どうやらこの少年は本当に他人の死に興味があるらしい。いつものあやせならば、『そんな考え方は駄目だよ!』なんて注意を行っていたかもしれないが、今はそんな余裕も元気も無かった。

 

 

「うぅぅう……!」

 

 

ポタリと、涙が地面に落ちる。

 

 

「うぅうううううううッッ!!」

 

「………」

 

 

泣き始めるあやせ。

それでも少年は無表情でゲーム画面に釘付けである。

泣いている女の子が目の前にいれば多少は動揺するものだろうが、何も変わらずにジッとゲームをしていた。

 

 

「うわあああああああああああああ!!」

 

 

もう泣くしか自分を守る事ができなかった。

そもそも、何も悪くない自分が何故死ななければならない。

何故死ぬ選択を取る事になったのか、泣いている自分が何よりも惨めで仕方なかった。

情けない、死にたい。だが死ねない。

 

 

「どうして? なんで!? 今すぐ楽になりたいのに――ッッ!!」

 

「うざいなぁ、帰って泣けよ」

 

「……ッ!!」

 

 

別に優しい声を掛けて欲しかった訳じゃないが、それでも今の言葉は酷くないか!?

あやせは信じられないと言う表情で少年を見た。

しかし少年は相変わらずで、ゲームから視線を外そうとしない。

頭に来たあやせは、意地でも少年にコチラを振り向いてほしくなった。

 

 

「なんでそんなゲームばっかり!! 酷いよボク!」

 

「ああもう子供扱いすんなよウッざい、カス、ゴミ」

 

「酷い! 女の子に使う言葉じゃないよ! 鬼畜だよ!!」

 

「めんどうくせー……」

 

 

あやせが何故ソコまで食いつくのか?

彼女に兄弟の類は無い、故に年下である少年を見て、初めて『下』に見れる存在かもしれないと思ったからだ。

無意識に求めていたのかもしれない、見下せる存在と言うものを。

 

だから少年が逆に馬鹿にしていると感じたとき、あやせは何よりも悔しかった。

結局自分はどんな人間にも馬鹿にされ、どこに行っても見下されるのか?

そんなのは嫌だった。だから引き下がれない。負けず嫌いみたいなものだ。

 

 

「ねえ、どんなゲームしてるの? そんなに面白いの?」

 

「はぁ? 関係ないだろ」

 

「ッ! い、いいじゃない……! 見せてよ!」

 

 

見下そうと思った相手に見下されるのだけはプライドが許さなかった。

もうボロボロにされたプライドだが。

 

 

「………」

 

 

まあ何だ。少年もゲームの話題は嫌いじゃないのか、ソレにはちゃんとした反応を見せた。

 

 

「別に、女が見ても引くだけだよ……」

 

「え、エッチなの!?」

 

「違う!!」

 

 

少年はあやせに画面を見せる。

そこには刀を持って走っているプレイヤーキャラがいた。

舞台は街。寄生された住民を殺していくと言う非常に暴力的な映像がそこにはあった。

海外版なのか特に目立って規制もなく、刀を振り回せば臓物や血が飛び散る演出が。

 

 

「うえ」

 

「ほらみろ! やっぱり――……」

 

 

確かに、一見すれば引いてしまう映像があった。

しかし何故だろう? あやせの心からは全く別の感情が浮かび上がってきたのだ。

あやせはその感情、好奇心、興味に身を任せて口を開く。

 

 

「ねえ、さっきの男の人って君が動かしてたの?」

 

「当たり前だよ。ゲームなんだから」

 

「じゃ、じゃあ刀を振り回すのも?」

 

「だからゲームなんだってば」

 

 

沈黙するあやせ。

刀を振り回していた男は敵をバッタバッタと切り伏せて殺していた。

そんな暴力的な物、自分にとっては一生縁の無いゲームだと思っていたが。

 

 

「ね、ねえ……」

 

「もうウザイなぁアンタ! さっさと消えてくれよ!」

 

「それ、お姉ちゃんにやらせて」

 

「……えっ?」

 

「お願い! やらせて!!」

 

 

苦虫を噛み潰した様な表情の少年。

何なんだこの女は――、とは思いつつ。ゲームをあやせに貸し渡した。

 

 

「変なアイテム使うなよ」

 

「うん、ありがとう」

 

 

あやせは適当にお礼を言う。

今はもう画面の中の血生臭い世界しか写らない。

 

 

「わ! す、凄い! 動いた!!」

 

「だからゲーム……、まあいいや」

 

 

観念したのか。少年は軽い操作説明を行い、後は無言だった。

あやせもそれだけで十分動けたし。敵の倒し方も難しくないから、すぐに理解できた。

 

 

「………!!」

 

 

一般人が敵に襲われて殺されている。

悲鳴をあげて血を撒き散らし、街中には臓物を引きずって泣いている子供も見える。

そして襲い掛かってくるのはグロテスクな化け物。

しかしてプレイヤーキャラはダメージを受けても仰け反るだけで、すぐに強力な武器で化け物共を殺していく。

 

はっきり言おう。あやせは興奮していた。

本来ならばこの光景は、彼女にとって目を覆いたくなる悲惨な物だ。

しかし今のあやせにとっては、その世界が何とも輝いてみえたのだ。

 

今までのあやせは理不尽に暴力を振るわれて、何も反撃ができない弱い弱い存在だった。

抵抗したいと何度思ったろう? しかし反撃が怖くて何もできなかった。

 

故に、あやせは考えた事もある。

どうすればいいのか? それはいじめる相手を殺す事だ。

もちろんそんな事ができる訳も無い。だからジッと我慢するしか無いと決め付けていた。

 

しかしどうだろう?

画面の中の自分は。刀を持って軽快に街を駆けているじゃないか。

襲い掛かる敵もなんのその。『力』で切り伏せて、二度と抵抗も歯向かう事もできなくさせる。

 

快感だった。

弱い自分がコレほどまでにグロテスクな敵を恐れる事無く、殺せると言う事が。

あやせは無意識にゲームに自分に重ねていた。

敵は自分をいじめる生徒達。だが怯える必要は無い。

向かってくるのならば切り伏せてしまえばいいのだ。殺してしまえばいい。

誰も自分に勝てない、自分が一番強い!

 

 

「あは☆」

 

「へぇ、何だよ。アンタ結構うまいじゃん」

 

「え?」

 

 

その時、ドクンと大きな音を心臓が立てた。

全身を包む高揚感、少年は笑みを浮かべて画面を見ていた。

 

あやせには衝撃だった。あれだけ自分に無関心だった少年が自分を褒めてくれた。

思えば人に褒められた事なんていつ以来だろう?

いつも馬鹿にされ、貶され、蔑まれていたのに、彼は認めてくれた。

 

もちろん少年はただあやせのプレイを軽く褒めただけで他意は無いのだろうが、あやせにはその言葉は何よりも心に響いてしまう。

 

 

「お姉ちゃんって……、う、うまい?」

 

「まあね。だってコレやった事ないんだろ?」

 

「う、うん。ゲームも普段そんなにやらないし」

 

「へぇ! 初プレイでノーダメとかアンタ才能あるかもね」

 

「え! そうかなぁ?」

 

「うんマジマジ。っていうか、コレみて笑えるとかアンタ結構アレだよね」

 

「え?」

 

 

グロテスクなゲームをして笑っていたのか、あやせは少し戸惑いがちに顔を伏せた。

 

 

「ソレ、気に入ったならあげるよ」

 

「えッ!?」

 

「いやぁビビッた。まさかハードモードを初見でノーダメクリアいけるなんて」

 

「でもっ、悪いよ……」

 

「いいよべつに。どうせもう飽きたし、今度続編でるし。いやぁ、それにしても女がコレを気に入るなんて――」

 

 

少年は少し嬉しそうだった。

どうやらグロテスク面が強すぎて回りに共感を受けなかったらしい。

 

 

「おれ、今からゲーセン行くんだけど。アンタも来る?」

 

「え? ゲーセン? なにそれ」

 

「嘘でしょ……、あんたジュラ紀からタイムスリップしてきたの?」

 

「ひ、酷いよ! そんな事ないもん!」

 

「あぁ、って言うかその制服ってあのお嬢様学校のヤツか……。成る程ねぇ」

 

 

学校の話題が出ると、あやせは青ざめた表情になる。

 

 

「が、学校の話しはしないで」

 

「……そ。で? どうすんの。ゲーセン、ゲームセンター。行く?」

 

 

あやせは少し考える。

昔からああ言う場所には悪い人が集まると思っていたので、ついつい躊躇してしまう。

 

 

「それともココに残って死ぬ?」

 

「……!!」

 

 

少年の言葉があやせの心を刺す。

そうだ、死を決めた身ではないか。今更何を恐れる必要があると言うのか。

 

 

「行く」

 

「じゃ、決まり」

 

「待ってよボク!」

 

「芝浦淳」

 

「え?」

 

「ボクじゃない。俺の名前は芝浦だっての。んで、アンタは?」

 

「あ! う、うん! 双樹あやせ」

 

「ふぅん。じゃ、さっさと行こうよ。あやせ」

 

「!!」(いきなり下の名前!?)

 

 

グイグイ来すぎではないだろうか。まさか会って間もない年下の男の子に名前を呼ばれるとは思っていなかった。

耐性が無いものだから思わず赤面してしまう。

 

 

「し、芝浦くんって以外に大胆なんだね。お姉ちゃんびっくり」

 

「……うざ」

 

「な、なんで! ちょっと待ってよ! 今行くから! ねえ、置いてかないでってば!!」

 

 

その後の時間はあやせにとって随分新鮮なものだった。

あやせは始め可愛いぬいぐるみが取れるかもしれないクレーンゲームがやりたいと言うのだが、すぐに芝浦に止められる。

それも悪くはないがと、芝浦はあやせを引っ張って格闘ゲームの台に連れて行った。

 

 

「やった事ないよ!?」

 

「知ってるよ。だから慣れろって言ってんの」

 

 

芝浦は自分のプレーを見せながらあやせにコマンドやコンボ、立ち回りの重要性を教えていった。

あやせは戸惑いながらも話を聞くうちに何となくソレらを理解する。頭はいいのだ。

 

 

「わわわ!」

 

「………」

 

 

とは言え、初プレイは散々だった。芝浦がいきなり難易度を上げるのが悪い。

あやせはCPUにボコボコにされて、あっと言う間に100円をドブに捨てた。

 

 

「よわ」

 

「ひ、酷いよ! 初めてやったんだから仕方ないじゃん!」

 

「なら回数を重ねろ。ほら次々」

 

「う、うううう!」

 

 

と、最初は弱音を吐いていたあやせだったが――

 

 

「やった! 勝ったよ芝浦くん!!」

 

「ああ。まあいいんじゃない」

 

 

才能――、と言えばいいのか。あやせのゲームの実力は中々の物だった。

一時間もすればコンピューター相手では圧勝し、対人も数回こなす内に勝ち星の数が増えていった。

そしてついには芝浦相手にプレイできるようまで成長したのである。

尤も、芝浦はあやせを容赦なくボコボコにして終わったが。

 

 

「うえぇ、強いよ芝浦君」

 

「当然だろ? おれはゲームじゃ負けないんだ」

 

「………」

 

 

あやせは悔しかった。同時にそれは熱中している証拠でもあった。

格闘ゲームに勝つと言う事は、相手の全てに勝つと言っても過言ではない。

入力のタイミング、読み合い、そしてセンス。後は少々の運。それら全てがあいてより勝っていればWINの文字がデカデカと表示されるわけである。

負けた相手が台からそそくさと逃げていく背中を見るのは言葉に表せない高揚感があった。

 

その後も芝浦とあやせはゲームを繰り返す。

格闘が終わればガンシューティング、一緒にプレイするのだから隣り合わせになる二人。

あやせは芝浦の身長が自分より低いことにも優越感を感じていた。

 

 

「あーあ、いつか本物をブッ放してみたいな」

 

 

正直言って、あやせも全く同じ気持ちだった。

迫る敵を嫌いな人間に見立てて撃ち抜くのは言葉にできない快感がある。

 

芝浦が教えてくれる物は、あやせにとって溜まっていたストレスをみるみる発散させてくれる。ある種、魔法のような物だったのかもしれない。

とは言え時間は過ぎ去るもの。芝浦は飽きたといって、帰る事に。

 

 

「あの、最後に一つだけいいかな」

 

「?」

 

 

あやせは芝浦をクレーンゲームに誘った。

ぬいぐるみが好きだったから、クレーンゲームだけはずっとやって来た。

とは言えどうにも最近はアームが弱いのか上手くいかない。

ましてや欲が出て大きなサイズの物が欲しいので、難易度もそれだけ跳ね上がるのだ。

 

 

「これね、取れないよ! ううぅ!」

 

「諦めたほうがいいよ。アームがマジでクソだからココのゲーセン。詐欺だよ、詐欺」

 

「でもコレほしいの! 諦めきれないの!」

 

「……貸してみ」

 

 

芝浦はあやせを退けると、ぬいぐるみを易々と取ってみせる

100円で取ろうとするのが間違っている等と言っていたが、聞いちゃいない。あやせは唖然としながら固まっていた。

芝浦が本当に『神』に見えた。

 

 

「ん」

 

「え?」

 

 

芝浦はぬいぐるみを、あやせへ差し出した。

 

 

「何で驚いてんだよ。欲しかったんでしょ?」

 

「く、くれるの?」

 

「当たり前だろ。おれ要らないよそんなキモイの」

 

「……! あ、ありがとう!」

 

 

芝浦にとっては本当に要らない物だった。

しかしあやせにとっては、何故かその行動が無性に嬉しかったのだ。

結局二人はそのまま何も無く別れる。芝浦もあやせを家に送っていくなんて気の利いた事などしなかったが、あやせにとっては手に持ったぬいぐるみの暖かさで十分だった。

 

その後、あやせは初めて門限を破ったとして両親から叱られたが、そんな事はどうでも良かった。

彼女を包むのは久しぶり――、いやもしかしたら初めてとも言える興奮と高揚感だった。

自分は弱者じゃない。なぜかそれを実感していた。

 

 

「……♪」

 

 

ぬいぐるみとゲームを見るだけで自然と笑みが零れてくる。

久しぶりだ。辛い事以外を考えて眠れたのは。

 

 

 

 

翌日も、あやせに対する皆の態度は変わる事は無かった。

いじめは徐々にエスカレートしていき、彼女はそれから逃げる様にして毎日を過ごす。

それは非常に辛い。だが、あやせは決まってウキウキとした表情で帰路につけた。

迷う事無く廃墟に侵入して、屋上を目指す。

 

 

「何、アンタまた死にに来たの?」

 

「ううん」

 

 

芝浦は決まってココにいた。だからあやせもココに来る。

 

 

「分かってるでしょ。芝浦くんに会いにきたの」

 

「……ふぅん」

 

 

芝浦は最初こそ面倒だと言ってあやせを追い返したりしたものだが、次第に何も言わなくなっていった。芝浦も男だ、可愛いあやせと一緒にいるのは悪くない気分だったのだろうか?

いや、まあそれは知らないが、こうして二人は一緒にいる時間が長くなった。

 

何も喋らずにゲームしかしない時もあったし、別のゲームをする時も多い。

だが二人はそれでも一緒にいた。とは言え季節が季節だ。

廃墟の屋上は、かなり寒い。

 

 

「ねえ、どうして芝浦くんはココにいるの?」

 

「別に……、何となく」

 

「だったら場所移動しない?」

 

「別にいいけど、どこ?」

 

「家にくる?」

 

「………」

 

「別に大丈夫だよ。お父さんとお母さんは帰ってくるの深夜だし、お祖母ちゃんは隣の家だし」

 

 

あやせはすっかりゲームに夢中なってしまった。

今までの小遣いはぬいぐるみに使うくらいで、それなりに貯金してきた。

それを全部ゲームにつぎ込んでいるのだ。

 

 

「もしかして照れてる? ふふふ!」

 

「……誰が。まあいいけど」

 

「じゃあ決まり! ね、行こう!」

 

 

それから二人はあやせの家で対戦ゲームをしていた。

あやせは完全に自覚していた。芝浦に惹かれていたのだ。

それは些細な理由かもしれない。絶望の中にあった彼女に優越感と言う楽しみを教えてくれた。

 

言い方は悪いかもしれないが、もしも彼女がいじめられておらず、かつ普段からゲームと言う物を知っていたならば、芝浦にこんな感情を抱く事はありえなかっただろう。

むしろ芝浦と言う人間に嫌悪感すら覚えていたはずだ。

 

しかしめぐり合わせや運命の歯車と言う物がある。

故に、双樹あやせは芝浦淳に恋をしていたと言えば差し支えはあるまい。

 

 

(ふふ♪ まさか……、年下の男の子を好きになるなんて)

 

 

初めは弟みたいとしか思っていなかったが、日々を過ごしていくうちに芝浦の事しか考えられなくなっていた。

次に会ったら何の話をしよう? どんな顔をして会えばいいのか分からない。

本当に嫌われてない? ゲームがうまくなれば好きになってもらえる?

 

 

「ねえ、淳くんって……! 呼んでもいいかな!?」

 

「はぁ? うざっ! キモっ!」

 

「ちょ! な、なんで!? 淳くんだって、わたしの事下の名前で呼んでるじゃん!!」

 

 

首を振ってため息を浮かべる芝浦。

 

 

「少し年が離れているからって偉そうに」

 

 

子ども扱いされるのはどうにも不満があった。

自分はもう立派に考え、ココに立っているのに。

 

 

「分かった、分かったよ。好きにすれば?」

 

「うん☆ 好きにする♪」

 

「……ハッ」

 

 

あやせがふと鏡を見ると笑顔になっている自分がいた。

そうだ。芝浦と居れば笑顔になれる、楽しいと思える事ができる。

それは双樹あやせにとって何よりの希望だった。

 

 

「ねえ、次は何しよっか?」

 

 

二人を繋ぐのはゲームだけ。

二人が会っている時は、同時にゲームをしている時でもある。

それ以外の事で何かをした事など無い。共に食事をしたり映画を見たりなんてありえない。

 

 

「あ……」

 

「ん? このゲームが気になるの?」

 

 

あやせが取り出したのは国民的有名ゲーム。

トラストと呼ばれるサイのキャラクターは彼女がゲームに嵌る以前から知っている。

アニメも放送されていたし、ぬいぐるみも何種類か持っていた。

 

 

「そんな幼稚なゲームするんだ」

 

「え?」

 

「おれ、ソレ……、大嫌いなんだよね。クソつまんないっていうか」

 

 

芝浦は目を逸らしながら言う。

幼稚、下らない、面白くない。ファンの脳みそが腐ってる。

いつもとは少し様子が違っていた。

 

 

「ふぅん、そうなんだ」

 

「ああそうだよ。何かガッカリだな、アンタもその下らないゲームが好きだったなん――」

 

 

バキッ! と音がした。

芝浦が目を見張ると、ソコにはトラストのゲームを叩き割っていたあやせが目に入った。

大人しいあやせが見せた暴力的な一面に、芝浦は少し引きつった笑みを見せる。

 

「なにしてんの?」

 

「クソゲーなんでしょ? じゃあ、コレでいい?」

 

「え? あ……」

 

「淳くんが嫌いな物なら、わたしも嫌い。そんなの壊れちゃった方がいいもんね」

 

「あ、ああ」

 

 

少し怯んだ芝浦だが、すぐに頷き始める。

成る程、成る程、嫌いな物なら壊れた方がいいか。

それは案外理にかなっている言葉かもしれない。

 

 

「ははは、やっぱアンタ……、あやせは面白いかも」

 

「ん……!」

 

 

あやせは頬を桜色に染めた。

芝浦に褒められると胸が弾んでしまう。同時にグッと掴まれた様に苦しい、切ない。

だが幸いにも今の行動が芝浦の好感度を上げたらしい。『双樹あやせ』がお気に入り登録された様で、芝浦は自分のフレンドコードを彼女に渡した。

 

つまり家に居ながらもゲームをしようと言うのだ。

格闘、シュミレーション、FPS、芝浦は何でも手を出した。

あやせも一緒にプレイするのならどんなゲームでも良かった。二人は夜中もボイスチャットを利用して電脳世界に身を投じた。

 

 

そんな関係が少しだけ続いたある日。

その日も芝浦はあやせの家で一緒にゲームをしていた。

あやせは楽しかった。好きな人とゲームが出来るのだから、それは楽しい筈だ。

 

ただ、楽しいだけじゃなかった。

だから芝浦に話しかけた。話しかけてしまった。

あやせは自分の事を知ってほしかったのだ。なによりも誰かに聞いてもらいたかった。

 

 

「ねえ淳くん」

 

「何?」

 

「わたしね……、学校でいじめられてるんだ」

 

「………」

 

 

芝浦は何も言わなかった。

芝浦との時間は安らぎではあるが、それで日々の地獄が変わるかと言われれば、やはりそれは違う。あやせの傷は日々増えていき、ゲームで消化できる量を超えようとしていた。

別におかしな話じゃない。風船は膨らみ続ければ破裂する。ただそれだけだ。

 

 

「今日ね、雑巾を食べさせられそうになったの」

 

「………」

 

 

助けて欲しいのか。

 

 

「酷いよね。もちろんね、嫌だっていったよ。だってそれトイレのだったもん」

 

「………」

 

 

徐々にあやせの声が震え始める。

芝浦に何を言っているんだろう? 何を期待しているんだろう?

そんな想いもあったかもしれない。

 

 

「そしたらね、お腹殴られちゃった」

 

「………」

 

 

芝浦は無言だった。

あやせが望んでいるのは、芝浦からの救済の言葉なのだろうか?

いや、それはあやせにも分からない事だ。彼女はただ言葉を羅列して苦しみをさらけ出すしかない。

 

 

「そこで止めてくれればいいのにね。あの娘達ったら今度はモップでわたしの顔とか体とかを擦り始めるんだ」

 

「………」

 

「酷いよね、ゴミは掃除しないと駄目なんだって。わたし……、ゴミじゃないよ」

 

 

沈黙が続く。

あやせは欲しかったのだ、芝浦からの否定を。

 

 

「淳くんは分かる?」

 

「おれは、学校じゃ特に何も――……」

 

 

芝浦にはあやせの気持ちは分からない。別に学校では何も無かった。

本当に何も無かった。誰も無関心だ。言い寄るとしても会社がらみの事ばかりで。

 

 

「あはは……、そっかぁ! わたしだけかぁ」

 

 

あやせの頬を伝う涙。

 

 

「わたしね、もう疲れちゃったんだ。このまま淳くんとだけゲームしてたいなぁ」

 

 

震える声。

だが芝浦が返したのは笑みだった。

 

 

「ははっ」

 

「え?」

 

「まあ、アンタをいじめるのは楽しいから」

 

「っっ!!」

 

 

別に慰めて欲しい訳じゃない。救って欲しい訳じゃない。

いやきっとソレを求めていたんだろうが、あやせは少なくとも共感じみた答えを返して欲しかっただけだ。

それがあれば、きっとまだ理性を保つ事ができた。

 

だけど芝浦はその言葉をくれなかった。

芝浦にとっては少しからかっただけのつもりだったのかもしれない。

だが今のあやせには、その言葉は凶器でしかなかったのだ。

 

 

「酷い……、酷いよ淳くん!!」

 

「な、なんだよ。何マジになっちゃってんの?」

 

「うるさいな!! 何よ! 何なのよ!!」

 

「は?」

 

「酷い! 酷いよ! もう知らない! 出てって! アンタなんか出てってよ!!」

 

 

芝浦は何も言わなかった。

ただ舌打ちをして彼は部屋を出て行くだけ。

最後に交わした言葉はあまりにも粗末な物だった。

 

 

「イラついた。もう二度と来ない」

 

「いいよ。あたしだって……! 顔も見たくないもん」

 

 

これで二人の交流は幕を閉じた。なんともまあ呆気なく、みすぼらしい最後ではないか。

一週間が経っても二人が顔を合わせる事は無かった。もしかしたら芝浦はまた廃墟の屋上にいたのかもしれないが、あやせは屋上へ向かう事は無かった。

もう終わりだった、彼女の中でもう芝浦はいない。終わったことだった。

 

 

「………」

 

 

しかし心の拠り所を一つ失ったあやせには、毎日の陰湿な日々は以前よりも増して心に影を落とした。日によっては特に何もなく終わることもあるため、それを祈るしかない。

憂鬱とした心は体力も奪っていく。学校を休む事も多くなった。中々眠れない日々も続いた。

夢を見てしまえば毎日悪夢と呼べるものだ。それはココに記す事も躊躇する程のおぞましい物。

彼女は心が、身体全体が絶望に犯されていく不快感に、嘔吐した日もある。

 

 

「あやせちゃん、お菓子があるんだけど食べるかい?」

 

「う、うん! ありが……、とう」

 

 

唯一になった支えは祖母だった。それがあやせの希望、彼女の救い。

 

 

 

 

 

ある日、その希望が亡くなった。

 

 

「………」

 

 

喪服姿のあやせはぼんやりと遺影を見ている。

祖母は人気の無い横断歩道の脇で倒れているのが見つかったらしい。

状況を見て、石にでもつまずいて転んでしまったようだ。転倒の際に頭を打ってしまったらしく、それがいけなかった。

人の死と言うのはあまりにも呆気なく、そして唐突に理不尽に訪れる物だと思う。

まるで、ゲームみたいに。

 

 

(誰かがおばあちゃんを……)

 

 

誰かとはプレイヤー。

 

 

(殺しちゃったのかな……)

 

 

敵として。エネミーは倒すのがゲームのセオリーだもの。

そんな通夜の日。ああ、忘れる筈も無い顔がやってきた。

あやせをいじめていたアクセサリーの娘を筆頭にしたグループがコチラに向かってきたのだ。

 

何をしに来たんだ?

あやせは怒りと恐怖に震えながらも、立ち尽くすしかなかった。

 

 

「私達、双樹さんの友達で」

 

「あらそう、悪いわね」

 

 

少女達は何食わぬ顔であやせの母と会話をしていた。

そしてあやせの前に来る。場所を移そうと、あやせは葬儀場の裏につれて行かれた。

 

 

「双樹さん、残念だったわね」

 

「………」

 

 

あやせは気づいた。アクセサリーの少女を取り巻く少女達は、少し焦ったような、居心地の悪そうな顔を浮かべている。

一方でアクセサリーの少女だけは笑っていた。楽しそうに笑っていたのだ。

 

 

「アタシはマジで嬉しいんだけどね」

 

「!!」

 

「アンタのババアが死んで最高にハッピーだって言ってんの!」

 

 

取り巻きの少女達は完全に引いていた。

それほどまでにアクセサリーの少女があやせに抱く私怨は凄まじいものがあった。

何が彼女をそうさせたのかは知る由も無いが。

 

 

「なんつうか、間抜けな遺影だったね。アンタに似てさぁ」

 

「………」

 

「ボケてた? 汚らしい笑顔浮かべた写真だった!」

 

「………」

 

「聞いたよ。道端で野たれ死んでたって? お似合いの死に方じゃんッ!」

 

「………」

 

「ねえ双樹さん。今どんな気分なの? あんな汚ねぇババア死んだって喜んでる? 遺産とかでるの?」

 

「………」

 

「ああそうだ、今度は双樹さんからお小遣いもらおうかな!」

 

「………」

 

「アンタも、一緒に死んであげれば良かったのにね」

 

 

その日は、あやせが初めて人を殴った日だった。

祖母を侮辱した事、自分を侮辱した事、永遠の地獄を約束する悪。

それらが激情となり、気づけばアクセサリーの少女を殴っていた。

はじめは少し怯んだ顔をしていたが、すぐに鬼の様な顔となり、あやせを蹴り返す。

 

 

「う……ッッ」

 

「覚えてろよ……!!」

 

 

少女達は踵を返して帰っていく。残されたあやせは、やはり泣くしかなかった。

蹴られた腿が痛かった。殴った手が痛かった。祖母がいなくなった事実が心に刺さっていた。

全ての支えが無くなって、これからの毎日を想像するだけで絶望する。

あやせは泣き続けた。自分でも驚くほど涙が止まらなかった。

 

 

「ねえ、流石にやりすぎじゃない……?」

 

「あぁ!?」

 

「さ、流石にアレは――」

 

 

一方でアクセサリーの娘を取り巻いていた少女達も、異常な憎悪に異変を感じていた。

たしかに取り巻きの少女達も、あやせをターゲットにする事には賛成したし、楽しさも感じていた。だが流石に今回のはおかしいと言うか、異常と言うか。

 

 

「何? 今更可哀想だって言うの?」

 

「そういう訳じゃないけど、いくらなんでもココまで……」

 

「アンタさ、糞食わされた事ある?」

 

「え……? く、くッ? な、何言って――」

 

「まあ無いよね。でも、アタシはある。害虫も、腐った魚の死骸も、うす汚い豚の臓物だって!!」

 

 

おぞましい、アクセサリーの少女は頭を掻き毟る。

血走った目、荒げる呼吸、よもや人の顔とは思えない。

真っ青になった顔で、吐き気を堪えていた。

 

 

「双樹にやられたの……! アイツ、ヤバイよ」

 

「う、うそ!?」

 

「ホント……ッ! そ、それだけじゃ無いッッ」

 

 

語るもおぞましい話であった。

それらは全て双樹あやせによって行われたと。

 

 

「ゆ、ゆゆ夢の中で! あアアアイツ、笑ってた!!」

 

「ゆ、夢!?」

 

 

彼女は何を言っているのだろうか。

取り巻きの少女達は訳が分からなかった。

 

 

「だけど、アイツを苛めれば……! 私、助かるって!!」

 

「……っ」

 

 

狂っているのは、どっちかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「双樹さん、今までゴメンね」

 

「……っ」

 

 

祖母の事が落ち着いて、学校に戻ったあやせ。

掛けられた言葉は意外にも優しいものばかりだった。

いじめていたグループのメンバーが全員彼女に駆け寄り、そして次々に頭を下げたのだ。

もちろんそれはアクセサリーの少女も同じだだった。

 

 

「ごめんね双樹さん。わたし双樹さんに叩かれて目が覚めたの。もう乱暴なこと全部止めるから。今までのこと許してくれる?」

 

「う、うん」

 

 

本心だろうか? あやせは信用できずに、うろたえるばかりだった。

 

 

「良かったぁ! ねえ、今日は一緒に帰りましょ?」

 

「え?」

 

「わたし、貴女の事をもっと知りたいの。今まで散々やってきて酷いとは思うけれど……、お願い!」

 

 

あやせは半ば思考停止状態にあった。

だがもう地獄が終わるというのならばそれでよかった。だから頷く。

事実その日は驚くべきほど何も無かった。いつも怯えていたあやせにとって、それは何よりもの平穏だったろう。

 

そのまま何事もなく一日を終えて、そして何事もなく帰路につける。

まあ隣にはアクセサリーの娘がいたのだが、親しげに話しかけてくれた。

 

 

「双樹さんもコッチだったのね」

 

「うん……」

 

 

季節が季節だからか、帰路につく頃には辺りはすっかり暗くなっていた。

二人は他愛も無い会話を繰り返し、歩いていく。(と言ってもあやせは聞くだけだが)

そんな中でふと、あやせの目に廃墟が映った。

 

 

「………」

 

 

あやせは立ち止まる。

もしかしてまだ芝浦はココに来ているのだろうか?

しかし互いに拒絶しあった身だ。今更どんな顔をして会いに行けばいいのか分からない。

そもそも屋上に誰もいなかったなら虚しいだけじゃないか。それに仮にいたとしても芝浦はきっとまたからかってくる。

あやせはもうなるべく辛い思いはしたくなかった。

それがどんなに些細なものだとしても。

 

 

「ねえ双樹さん、私考えたのよ」

 

「あ……、え?」

 

 

いけない、考え事をしていた為に話を聞いていなかった。

少女はあやせを見て笑った。謝罪の言葉でもくれるのだろうか? もういいのに、もう関わらないでくれればそれでいいのに。

 

 

「貴女をどうしたら壊せるのかなって」

 

「へ?」

 

 

おかしな言葉だった。あやせはポカンと口を開いたまま固まる。

その時だった。あやせの前にゾロゾロと男達がやってきたのは。

本当にどこに隠れていたのだろうか? 髪は各々派手に染め上げ、派手なピアスを鼻にしていたり。あやせの苦手なタイプだった。

タバコやガムを噛みながら男達はニヤニヤとあやせに近づいて行く。

 

 

「おう、話してたのってコイツ?」

 

「うん! そう!」

 

 

アクセサリーの娘は、明るく男達に話しかけていた。

戸惑うあやせ。人は見かけで判断してはならないと言うが、どうにも萎縮してしまう人たちである。

 

 

「あ、あの、えっと、これ、なに?」

 

「双樹さん、この人がアタシの彼氏」

 

 

少女は鼻にピアスをしている男の手を組む。

 

「そ、そうなんだ。ど――ッ、どうも、はじめまして……」

 

「双樹さん。アタシ、貴女には謝らないといけない事があるの」

 

「?」

 

「あなたのお祖母ちゃんのこと」

 

 

少女は体験談を語るだけでいい。

ある日彼氏のバイクで一緒に夜道を走っていたとき、信号が赤になった。

そこは人通りもなく、誰もいないのに止まるのはバカらしいと、彼らはバイクのスピードを緩める事はなく直進を行った。

 

要するに信号無視だ。

するとどうだ。夜道でよく見えなかったが、通行人がいたのだ。

通行人は足を止め、幸いにもバイクに当たる事は無かったが――

 

 

「ソイツ、こけちゃってさぁ」

 

「あん時は超ヤベーって思ったよなぁ! その内に動かなくなってよぉ!」

 

 

彼らは何を言っているんだろう?

あやせは震える足で言葉を聞いていた。

現実にいるのに、現実にいないみたいだった。

 

 

「私達、逃げちゃったんだ。ごめんね双樹さん」

 

「え? あ、ぅぁ……ッ、ッ?」

 

「びっくりしちゃった。事件になるかと思ったら何にも騒がれないんだもん」

 

 

人とは思えない笑顔がそこにあった。

 

 

「あの時ちゃんと救急車を呼んでれば、あなたのお祖母ちゃんも助かったかもしれいのにね」

 

「ッッ!!」

 

 

怒りはない。あるのは圧倒的な恐怖だけだった。

つまりなんだ、祖母が死んだのはいじめの延長線だったと言うわけだ。

そんなもの理解できるわけが無い。常人には欠片も理解できるものじゃない。

ありえない、おかしい。異常だ。あやせは怖くなった。この時代にこんな悪意が存在するなど信じられる訳がなかった。

 

気に入らないから、家族を殺した。

そんなバカな。そんな漫画や映画みたいな事が起こるなんて信じられなかった。

しかし現に今、あやせは囲まれている。すぐに逃げようとするが、男達に取り押さえられる。

アクセサリーの少女を含めて6人があやせの周りにいた。男性の腕力には勝てず、あやせ強引に廃墟に連れて行かれる。

 

 

「むーッ! ム゛ぅウッッ!!」

 

 

口を塞がれている為に声が出ない。

男達はあやせの反応が楽しいのか、下卑た笑みを浮かべてはしゃいでいる。

 

 

「あやせちゃんって軽いねぇ」

 

「顔も可愛いし、胸もあるし!」

 

(――ッ、触らないで!)

 

 

そう叫びたかったが、口が塞がれていて声がでない。

そんな自分をニヤニヤと見ているアクセサリーの娘。

あやせの中にどす黒い感情が生まれた。今すぐにでもアクセサリーの少女を殺したかった。

そうだ、祖母は殺されたんだ。きっと狙ったに違いない。本当は分かっていたんだ。祖母があそこを通っていたことに。

そうだ、そうに違いない。殺したんだ、理不尽に。そしてそれを全く悪びれる素振りも見せない!

 

 

「あんた等分かってる? ちゃんと顔面変わるまで殴っといてよ」

 

「ヒッ!」

 

 

しかし憎悪の感情も迫る恐怖には勝てない。

殴られる? しかも顔の形が変わるまで? 背筋が凍る思いだった。

 

 

「分かってるよ。ごめんねぇ双樹さん。俺達、彼女の彼氏に借りがあってさ」

 

 

彼氏と言われた男はフンと鼻を鳴らす。

 

 

「おい糞女、俺の彼女を苦しめたってんだから容赦なくボコボコにしてやるからな」

 

「コイツ、少しだけボクシングやってたんだ。すげぇ痛てぇよぉ!」

 

 

不安を煽るような言葉を投げ掛けていく男達。

あやせは恐怖でブルブルと震えるしかできなかった。

結局、自分はとことん弱者なのか? 悔しい、誰か助けて、それを頭の中でループさせる。

心臓の鼓動は恐怖と不安で爆発しそうになるほど激しい。

 

 

「手の指折るのだけは私にやらせてよ。私コイツに殴られたんだから」

 

「そう言う訳だから、ごめんね双樹ちゃん」

 

「―――ッッ」

 

 

嫌だ、嫌だ! 嫌だ!! 助けて、誰か助けて!!

あやせは必死に懇願しながら助けを求める。しかし声にならない声を、誰かが聞いてくれる筈も無い。

 

気づけばあやせはそのまま廃墟の三階へと連れて行かれた。

もともと誰もこない事で有名な場所だ。助けが来るとは思えない。

まして周りにも何も無い。叫んだとして聞こえるかは微妙だった。

 

 

「お、お願い! 止めてよ!! もう謝るから!!」

 

 

あやせは叫ぶ様に助けを求める。

どうして何も悪くない自分が許しを請うのか?

理解できないが、身を守るためなのだから仕方ない。

 

 

「やだ。私、鬼じゃないわ双樹さん」

 

「え……っ!」

 

「殴られる前に、いい想いをさせてあげる」

 

「何言って……」

 

「まあ気持ちいいのはこいつ等だけかもしれないけど」

 

 

アクセサリーの少女がそう言うと、男達があやせの手と足を掴みとって引き倒す。

 

 

「な、何!?」

 

 

あやせは叫ぶが、男達はニヤニヤと笑うだけ力を弱めようとはしない。

 

 

「ねえ双樹さん、貴女まだ男を知らないんでしょ?」

 

「な、何言って……!」

 

「私、貴女の友達だから。今日は女にしてあげようと思って。顔が変形した後じゃ皆萎えちゃうでしょ?」

 

 

アクセサリーの少女は何の変哲も無いトーンで、そう言ってみせる。

思考停止するあやせを他所に、少女は男達へ命令を下していく。

 

 

「ヤるだけじゃなくて、ちゃんとビデオ撮っておいてよ? 後で脅しに使うんだから」

 

「分かってるよ。へへ、中学生とヤれるなんて思ってなかったぜ」

 

「ってかガチで大丈夫なんだろうな?」

 

「大丈夫よ。この娘、多分傷ができても階段から落ちたとしか言わないだろうし」

 

 

少女は、あやせの前に立って笑う。

 

 

「顔が変形しても、誰が犯人かなんて言わない。ねえそうでしょ? だって私達友達だもんね、周りにバラしたりしないよね。でも一応不安だからビデオを残してそれを保険にしようと思うの。ババアの事も話されたら厄介だしね」

 

 

感情の無い言葉の羅列だった。早口だからか、感情が視えない。

アクセサリーの少女の目は濁っている。あやせを見ているようで、何も見ていないのかもしれない。

とにかく、少女はあやせに苦しんで欲しかった。

 

 

「嫌ッ! お願いだから止めて! 何でもするからお願い!!」

 

 

あやせも自分が何をされるのか分かっていた。

しかしそれだけは嫌だった。想像しただけで全身に嫌悪感が走り、吐きそうになる。

そう言った行為は本当に好きな人と段階を踏んで、ちゃんと愛した人と――。

 

 

「じゃあお婆さんの事黙っててくれる?」

 

「だ、黙ります! 誰にも言いませんから!!」

 

 

そんな事を言う自分を今すぐに殺してあげたかった。

だけど、やっぱり身を守るのが先だから仕方ないのだ。あやせは心の中で祖母に謝罪する。目の前に仇がいるのに、その相手に懇願するなんて。

 

 

「ありがとう。だったら、一回で終わりにしてあげる」

 

「い、嫌ァ! 嫌ァアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

あやせは暴れるが、男達は弱弱しい抵抗をあざ笑うだけ。

むしろ興奮材料の一つとしてしか見ていなかった。

 

 

「ねえ双樹さん、妊娠したら教えてね」

 

 

ゾッとする事を少女は次々に口にする。

あやせはもう身体の感覚が無かった。

恐怖が心をズタズタに引き裂いて滅茶苦茶にしていく。

双樹あやせは確かにこの瞬間、絶望のどん底に叩き落されたのだ。

 

 

「テメェの子供なんざ奇形かブッサイクなのがお似合いだろうけどさぁ!」

 

 

人はココまで醜くなれるのか。

 

 

「でも安心して。生ませねぇよ? 腹蹴りまくってグチャグチャにしてやるからなぁオイ!!」

 

 

人はココまで汚いのか。

 

 

「嫌ァあぁぁああぁああああああぁああッッ!!」

 

 

双樹あやせは、狂う。

 

 

「助けて!! 嫌ァアアアアアアア! 許してぇええぇええッッ!!」

 

「うるせぇなッ! ぶん殴られてぇのかッッ!!」

 

 

嫌だ

嫌だ嫌だ

嫌だ嫌だ嫌だ

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

 

 

 

「嫌ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やれやれ、こうして見ると本当に人間と言う物が低俗な種族だと言う事を再確認させられるよ』

 

 

え?

 

 

『言葉を中途半端に知っている分、まだ猿やカラスの方が利口に見える』

 

 

何か異変が起こったと感じたのはその時だった。

 

 

『同時に、こんな害虫を繁栄させた事を申し訳ないと言う思いが浮かぶね。ただボクには感情が無い、この罪悪感はあくまでも擬似的な物である事を先に謝罪するべきだろうか?』

 

 

声が聞こえる。

ああ、幻聴ね。狂ってしまったんだ。

あやせは幻聴に耳を傾けるほど余裕は無い。

 

 

『しかし彼らは本当に進歩と言う言葉を忘れてしまったんじゃないかと時折不安になってしまう』

 

 

これは幻聴。

 

 

『だから安心してくれ。ボクですら、君を可哀想な物として見る事ができるよ双樹あやせ』

 

 

これは幻。

 

 

『まして、彼らは君たちの様な資源の価値を分かってないんだ』

 

 

貴重な資源を腐らせるのは同じ人でも害虫にしか映らない。

可愛らしい声でそんな言葉が聞こえた。気のせいだろうか? 世界がスローモーションになっている気がする。

 

 

『双樹あやせ、よく聞いて欲しい』

 

 

君が愛する者の為に守り続けていた唇や純潔。

つまり肉体は今、低俗な連中によって強引に奪われようとしている。

ボクにはいまひとつ理解できない所だけれど、キミ達のような年頃の少女はやけにそう言った物を大切に守るんだろ?

 

 

『だがキミの腕力じゃ彼らには勝てない。結果は見えているね』

 

 

それは困る。

契約してくれた後ならまだしも、先に絶望されるとボクとしても嬉しくはないんだ。

しかしこのままじゃどうする事もできないのが現実。ううん、だけど方法はあるよ。君がこのまま陵辱されない為には――

 

 

『魔法少女になれば良い。そうすれば性欲に捉われた屑共を血祭りに上げられる筈だ』

 

 

これは助けを求める自身が生み出した幻影。そんな現実離れした声が聞こえる訳が無い。

そんな都合のいい事がある訳が無い。これは幻聴、これは幻。

双樹あやせが恐怖故に生み出した声。

全て――、偽り。

 

 

『だから、ボクと契約して――』

 

「嫌アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

 

もう恐怖で何も考えられない。

だから彼女に残された行動はただ一つ、叫ぶしかない。

 

 

『……ボクの声は届かないか』

 

 

だったら残念だけど、一度身を汚してから話しかけるしか無いよね。

赤い目はヤレヤレと首を振って一歩身を引いた。直後元に戻る時間の流れ、男達はあやせのブレザーに手を掛けていた所だった。

 

 

「助けてぇッッ! 助けてェエエエエエエッッ!!」

 

 

声は出ていた。自然に、無意識に助けを求めていた。

誰に? 母親? 父親? いや違う。では祖母か?

いや祖母は死んだ。だから、あやせが心に思い浮かべたのはただ一人だけだった。

 

 

「うるせぇなぁ、仕方ないけど歯の一本でも折れば黙るだろ」

 

 

男が拳を振り上げる。

あやせは『彼』に助けを求め続けた、心に最初に浮かんだ彼へ。

 

 

「助けてぇえ! 淳くんッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はびゅ!!」

 

 

間抜けな声が聞こえた。

男達はそのまま放物線を描いて飛んでいく仲間の一人を見る。

吹き飛んだのは先ほどあやせを殴ろうとした人物だ。そんな彼が血まみれて飛んで行くのを、誰しもが口を開けてみている。

 

飛んでいった男はそのまま天井に当たって地面に落ちる。

血塗れに加えて腕や足は変な咆哮に曲がっており、体はピクピクと虚しい痙攣を起こしていた。

 

 

「え?」

 

 

何だ? 何が起こった?

誰しもが周りを見回す中で、答えとも言える咆哮が聞こえる。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「あ、あああああああ!?」

 

 

闇から現れたのはサイの化け物だ。

勢いをつけた突進で、あやせの足を持っていた男を吹き飛ばす。

巨大な角が男の肩を貫き、血を撒き散らせて壁に叩きつけた。

 

落ちた場所がたまたま木材を積んでいた場所であり、それを崩しながら倒れる男。

顔中に木材の破片が突き刺さっており、悲惨な状況だった。

 

 

「うぎゃァアァアアッッ! イテェ! いてぇよぉおおお!!」

 

 

血が見えた。骨が皮膚を突き破っている。

全身が複雑骨折と言える状況に、二人の男は悲鳴を上げる。

そこで一同は何が起こったのかを確認した。

 

 

「な、なんだよコレ!!」

 

「ビビるな! ど、どうせ着ぐるみよ!!」

 

 

そうだ、現実にこんな化け物は存在しない。

ボクシングをやっていると言う彼氏の男が、ストレートをサイの化け物に叩き込んだ。

するとどうだろう? 男の拳は簡単に砕けて終わりだ。

 

 

「あえあああああああああああああああ!!」

 

 

この痛みは偽りなどではない、そんな事くらい分かるだろ。

 

 

「グオオオオオオオオオオ!!」

 

「ゴ……ッ! ぷぉ!!」

 

 

お返しだと言わんばかりにサイの化け物、『メタルゲラス』の腕が男の胴を打ち砕く。

呼吸が止まった男を容赦なくタックルで吹き飛ばすメタルゲラス。

彼氏の男も、他の連中同じく血を撒き散らせて動かなくなった。

 

 

「う、うわあああああああ!!」「ヒィイイイイイ!!」

 

 

あやせの腕を掴んでいた二人は確信する。目の前にいるのは本物の化け物だと。

だからこそ彼らは這う様に逃げ出すしかなかった。

アクセサリーの少女は怯えて動けない。

 

 

「ちょ、ふざけんなよ!!」

 

 

少女にわき目もくれず逃げる二人。

しかし彼等が逃げた先には、また別のシルエット。

 

 

「おいおい、帰るなんて下らない事言うなよ」

 

 

悲鳴が聞こえた。

鉄の様な拳が逃げた男の一人、その顔面を粉砕する。

そしてもう一つの手が、別の男の顔面を鷲づかみにした。

 

 

「た、たしゅけて……!!」

 

 

懇願する男の声が聞こえる。

影から現れた甲冑は楽しそうに笑って答えをぶつける。

 

 

「助けて? いやいや、何言っちゃってんの。やーだよ」

 

「ぎゃああああああああああああああ!!」

 

 

ゴキッ! ボキッ!! そんな骨を砕く音が聞こえて、男の顔面が壊れていく。

そこへ駆けつけるメタルゲラス。彼は主人が手を下した二人の男をしばらく拳や蹴りで痛めつけると、最後には乱暴に他の男達の場所へ投げ飛ばした。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

そして突進していくメタルゲラス、五人の男は叫びながら助けを求めている。

足の骨は粉々、歩く事も立つことも出来ない。

ただただ襲い掛かるメタルゲラスの暴力を受け続けるしかなかった。

 

 

「簡単に殺すなよー」

 

 

すぐには終わらせない。

主人の男はメタルゲラスに命令を下す。

 

 

「即死させちゃ、もったいないだろ。苦しめて苦しめて絶望させる事ができないじゃん」

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

メタルゲラスは了解の咆哮をあげた。

命乞いを始めていた男達を玩具のように投げ飛ばしたり、殴り飛ばしたり。

そんな光景をニヤニヤと見ていただろう甲冑の男。

少女は狂った様に叫び声をあげていたが、脇に倒れていたあやせには彼の声に聞き覚えがあった。

 

 

「く、来るなよ! 警察! 警察呼ぶぞ!!」

 

「じゃあ殺すぞ」

 

「ヒッ!!」

 

 

騎士は少女の髪を乱暴に掴みとると、容赦なく引きまわす。

ブチブチと嫌な音を立てて引きちぎられる髪。少女は絶叫をあげて痛みに悶えていた。

騎士はそうやって怯んだ少女を押し倒すと、容赦なくその足を踏みつける。

重量ある足の一撃は、少女のか弱い脚を容赦なく破壊するに十分だった。

 

 

「ぎゃああああああああああああああああ!!」

 

 

すぐに紫色に腫れあがる足。

一目でもう使い物にならない事が分かる。

 

 

「ゆ、許して下さい!! お願いします!!」

 

「そう言ったあやせに、お前は許す気を見せたか? そういうモンなんだよ結局は」

 

「お、お前アイツの!?」

 

「――ハハ、うるせぇよ」

 

 

騎士は残っている方の脚を破壊する。骨が砕ける音が聞こえた。

 

「ャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! ひぃぃぃいいッッ!! 足が!! 足がァァアアアァアアァア!!」

 

「ゥハハハッ! きったねー!」

 

 

痛みと恐怖で失禁する少女を、騎士は楽しそうに笑ってみている。

まるでコレが現実ではない。そう、テレビの中のショーを見ている様な感覚かもしれない。

 

 

「何かさぁ、勘違いしてるみたいだから教えてやるよ」

 

「ひぃいぃいいぃぃい!! 痛いぃぃぃいぃ!! イギイイィイイ!!」

 

 

騎士・ガイは、号泣している少女を見下しながら冷たい声で言い放つ。

何よりも冷たい、ゾッとする様な声で。

 

 

「コイツをいじめていいのは、おれだけだ」

 

「……!」

 

 

あやせの表情が変わる。同じく恐怖でひきつる少女。

 

 

「パンチングマシーンな、お前」

 

「え……!?」

 

「言ったとおりの意味だよ」

 

 

ガイはそのまま拳を容赦なく少女の頬に打ち付ける。

もちろん、殺さないように威力を抑えて。

そしてありったけの怒りをその拳に乗せて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おーおー、派手にやったねぇコリャ』

 

 

ピョコンとファンシーな足音を立てる黒い妖精。

 

 

『男共は全身複雑骨折って感じか? つうかどう考えても二度と歩く事はできないね』

 

 

ジュゥべえは、ニヤニヤと笑いながら男達を通りぬけていた。

まあでもいいんじゃないかと彼は思う、コレでもう二度と女を襲おうとは思えないだろう。

機能的な意味でもきっと。

 

 

『アホばっかだぜ。なあ?』

 

 

ジュゥべえは笑い、ガイを見る。

 

 

『どうよ、女をボコボコにした気分は』

 

 

女ってヤツを殴るのは、道徳だの倫理だのと避ける傾向にあるが、まあ酷いもんだとジュゥべえは思う。

アクセサリーの少女は髪を全て引きちぎられ、顔はブクブクに膨れ上がって変形している。

10中10人がコレを女とは、まして人間とは思わないかもしれない。

目も酷く晴れ上がっており、美しさなど微塵も感じない容姿に変わっていた。

 

 

「ああ、女を殴るのは酷いよな」

 

『は? いやお前何言って――』

 

「だって、おれが殴ったのは女じゃなくてゴ・ミ」

 

『……ああ、成る程ね』

 

 

ガイは少女を適当に投げ飛ばすと、踵を返して倒れているあやせに向かう。

涙を浮かべてガイの手を握り締めるあやせ。

本当に安心した様な表情だった。頬を蒸気させ、優しげで儚い笑顔を見せる。

 

 

「来て……、くれたんだ」

 

「あー、まあその――」

 

「いいよ。来てくれただけで。本当に嬉しいよ、淳くん」

 

 

ガイが変身を解除すると、姿を見せたのは芝浦だった。

彼はあやせの手をしっかりと握って引き起こす。

笑顔で見つめてくるあやせに、芝浦はばつが悪そうに表情を歪めた。

 

 

「何もされてないな」

 

「うん、淳くんが来てくれたから」

 

「つまんねー」

 

「あ! 酷い!!」

 

 

あやせは芝浦にデコピンを行う。

芝浦は呆気に取られた表情であやせを見たが、また複雑そうな顔をする。

 

 

「その、悪かったよ。遅くなって」

 

「あ……、うん」

 

 

珍しく真面目で素直な態度に、あやせは少し優越感を覚えた。

芝浦に勝った気分だ。気分も高まり、少しからかいたくなってしまう。

 

 

「わたしに会いたくなって来たの?」

 

 

もしかしたら芝浦はあやせに会える可能性を信じて、毎日ココに来ていたのだろうか? それを想像すると可愛くてたまらなくなる。

しかし当の芝浦は、ゾッとしたように一歩後ろに下がった。

 

 

「きもいな、やめてくれ。おれはジュゥべえに言われて来たんだよ」

 

 

「……何だ、ガッカリ」

 

 

しかしふと疑問が浮かぶ。

 

 

「ジュゥべえ?」

 

 

あやせが目を丸くすると、芝浦の肩に飛び乗る黒い猫の様な生き物が見えた。

そう言えば先ほど会話をしていたか。

 

 

『よぉ双樹あやせ。初めましてだな、オイラはジュゥべえ』

 

「は、はじめまして」

 

『感謝してもらいたいモンだね。コイツにお前の居場所と状況を教えたのはオイラなんだから』

 

 

芝浦はいつもの様にゲームセンターで遊んでいたところをジュゥべえに声をかけられた。

双樹あやせが危険だ、今すぐ行かないと大変な事になる。

おいゲームを止めろ。無視すんな! おい! 見捨てるのか! 鬼畜! アホ! 人でなし!

 

 

『――ッてな。最初はコイツも渋ってたが、結局オイラと契約してスッ飛んできた訳よ』

 

「うざいなぁ、お前少し黙ってろ」

 

『おいなんだよ、素直じゃねーなお坊ちゃんも』

 

 

芝浦は舌打ちをするとジュゥべえを無視することに。

 

 

「とにかく場所を変えようか」

 

「うん」

 

「あ、あー、そうだ。あやせはいいの?」

 

「えっ? な、なに?」

 

「あれだよ、アレ」

 

 

芝浦が倒れているアクセサリーの少女を見る。

どういう意味なのか、あやせには驚くほどスムーズに理解できた。

少し沈黙した後に、ゆっくりと足を少女の方へと進めて行く。

 

 

「ねえ、どんな気分?」

 

「ヒッ!!」

 

 

あやせは優しい娘だ。

 

 

「今、どんな気分なの?」

 

「お、おねはい……ひまひゅ、たふけて……」

 

 

歯を折られているせいか、何とも貧相な喋り方だ。

ろくに見えてもいないだろう視界の中であやせの足を掴み、縋る様に命乞いを始めた。

それを見た瞬間あやせの中にどす黒い感情が爆発する。

双樹あやせは優しい人間だった、しかし限度と言う物があるだろう?

 

 

「ふざけないで!!」

 

「あぎゃアア!!」

 

 

あやせは初めて人を蹴る。

何度も、何度も何度も何度も!!

 

 

「死ね! 死ね!! 死んじゃえッッ!!」

 

 

好きくないの、貴女なんて大嫌い。

今までよくも色々やってくれたね、あやせは始めての暴力にえも言われぬ高揚感と興奮、喜びを覚えていた。

 

今まで散々自分に惨めな思いをさせた相手を蹂躙できる。

それがあやせにとってどれだけの幸福だったろうか?

アクセサリーの少女に痛みを与える度、弱い自分を殺せた様な気がして、あやせは何度も何度も少女の蹴り飛ばした。

最後には落ちていた釘で傷を抉る。

 

 

「あぁぁぁああぁあああぁぁぁあああぁああぁ」

 

 

痛みと恐怖で惨めに泣き叫ぶ少女。

逃げたくても足の骨を折られている為にソレは叶わない。

 

あやせはソレを見てさらなる興奮を覚える。

もっと泣かせたい、もっと苛めたい、もっと傷つけて苦しめたい。

今まで自分が味わった屈辱を彼女に全てぶつけたい!

 

 

「くはっ!」

 

 

芝浦もまた、あやせの様子を見て楽しそうな笑みを浮かべている。

芝浦はあやせにプレゼントを残したと告げた。顔が変形する程に殴りつけた少女であるが、両指はまだ綺麗なままであると言う事。

 

 

「ああ、淳くん……!」

 

 

あやせはそれを確認すると頬を蒸気させて芝浦を見る。

彼は自分の事を本当によく分かってくれている。非力な自分ができる事を理解してくれている。それを考えると再び芝浦への想いが爆発しそうになった。

 

 

「貴方って本当に最高……♪」

 

「おれも、お前は他の奴とは違う気がするよ」

 

 

あやせは優しい笑みを浮かべて少女のか細い指を握り締める。

まずは中指からだ。

 

 

「な、何を――」

 

「ねえ淳くぅん、どっちに曲げればいいのかなぁ?」

 

 

芝浦はニヤニヤしながら、方向を教えてあげる。

それを聞くと笑顔でお礼を言うあやせ。

少女の必死の言葉も完全に無視である。そしてあやせは、力を込めて。

 

 

「えいっ☆」

 

「ぎぃいいいいいいいいいひぃいいいいいいい!!」

 

 

ボキリと音がして少女の指が変形する。

痛みに絶叫をあげる少女、あやせはソレを見ると楽しそうに笑った。

 

 

「わぁ! やった! 折れたよ淳くん!」

 

「おお、一発じゃん。お前才能あるかもよ」

 

「本当!? えへへ、嬉しいな♪」

 

 

狂った会話だった。

いや、本当に狂っていたのか? ココに至るまでに明確な絶望があった。

それは、あやせを優しい少女から脱却させるには十分すぎる経験と時間だったのではないだろうか。

 

 

「それ♪」

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

飽きる事無く絶叫してくれる。

あやせは嬉しくて嬉しくて堪らなかった。

涙をボロボロ零して許しを請う少女が可愛くて、だからもっと泣かせてあげたい。もっと苦しめて苦しめて絶望させて――ッッ!

壊してあげたい。

 

 

「あはっ! んふっ♪ くぅん……ッッ!」

 

 

体が火照る。あやせの中に恐怖など、もう微塵も残っていなかった。

恍惚の表情を浮かべて頬を上気させる姿は何とも艶やかで美しい。

思わず芝浦もあやせから視線を外せなくなる程に。

 

 

「もっと苦しんで、もっと鳴いて……!!」

 

「ああぁぁぁぁあ」

 

 

アクセサリーの少女には、あやせが確かにこう見えたはずだ。

 

 

「ま……、魔女――ッッ」

 

「うふふ♪ 魔女かぁ、それもいいかも☆」

 

 

あやせは少女の指を全てへし折り、粉砕するまで場を離れなかった。

そして全てが終わった後、芝浦は痛みに呻いている一同へ強く宣言する。

誰も聞いていないかもしれない。珍しく大きな声で叫ぶ。

 

 

「救急車は呼んでおいてやったよ! だから何とか助かるかもねぇ!!」

 

 

事実、彼らはあれだけ痛めつけて置かれてもまだ息はある。

 

 

「あのさぁ、コレは命令なんだけど――」

 

 

もしも自分達の事を話したり、何かしらの手を使ってあやせに復讐し直そうとした時は――

 

 

「次は、永遠の地獄を与えた後にぶっ殺してやる!!」

 

 

分かってる?

芝浦は倒れた男達を全力で蹴り飛ばしながら笑っていた。

あやせはウットリとした目で芝浦を見ながら微笑んでいる。こうやって二人は廃墟を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

芝浦に連れられてあやせは、どこぞの豪邸にやって来る。

どうやらココが芝浦が暮らしている場所らしい。

両親は忙しいため、あまり帰ってこないのだとか。

 

 

「うふふ、可愛いなぁ」

 

 

あやせはメタルゲラスを撫でて嬉しそうに笑っている。

メタルゲラスも悪い気はしないのか、照れた様に鳴いていた。

芝浦は適当に冷蔵庫からジュースを取り出してあやせへ差し出す。

 

 

「飲む?」

 

「うん、ありがと♪」

 

 

そこでふと浮かぶ疑問。

 

 

「ねえ淳くん」

 

「なんだよ」

 

「どうして来てくれたの?」

 

 

沈黙する芝浦。

この質問が来る事は分かっていた。数回頷くと、飲んでもいないのに口をつけていたジュースをテーブルに置く。

 

一度は拒絶し合い、距離を置いた関係だ。

それなのにどうして芝浦はまたあやせを助けに戻ってきたのか、戻ってきてくれたのか?

ソレが気になってしまう。

 

まあ、『君が好きだから助けにきた!』なんて言う筈も無いのは知っていたが、ちょっとは期待してみる。

 

 

「……あの日」

 

 

芝浦は、意外にも真面目に答えた。

 

 

「あの日、初めて出会った時……、あやせは死のうとしてたじゃん」

 

「う、うん」

 

 

もう今となっては思い出したくない過去ではない。あやせはどんな人間にも負けない。

芝浦がいてくれれば何でもいい。無敵だった。だからあやせにとっていじめられていた過去は些細な物でしかない。

とはいえ、あの時はもう限界で死にたくなった。それは事実だ。

 

 

「本当は、おれも死のうと思ってた」

 

「え!?」

 

 

かなり意外だった。

芝浦もまた自分と同じような苦しみを背負っていたのだろうか?

 

 

「なんていうか……、理由は無いから今までは言えなかった」

 

「そう、なんだ」

 

 

芝浦の言っている事は本当だった。芝浦淳はあの日、死ぬつもりで屋上にやって来た。

何故? そう聞かれると難しい。彼は本当に理由無く死ぬつもりだったのだ。

もしかしたら共感できる人間がどこにはいるかもしれない。

死にたいが、理由は無い。

 

いや、むしろ誰しもが心当たりのある事ではないだろうか?

人は一度くらい理由も無しに、ただ何となく死にたいと思う。

死んでみたいと願う。芝浦はその興味に取り付かれて死を決意したのだ。

 

不自由が無かった訳じゃない。

友人は上辺だけの連中ばかりだったし、父や母は自分に関心を持っている様で持っていない。

だがソレ等の悩みは別にたいした事はなかった。死にたいとまで芝浦を追い詰める苦しみにはならなかった。

 

芝浦が死を決意した理由は、本当に何となくなのだ。

しかしふとカバンに入っていたゲームが気になり、それをプレイし終えたら飛び降りると決めていた。

 

そこへあやせがやって来たと言う訳だ。

しかし、強いて言うのなら、コレはあくまでも仮説の話しだが――

芝浦は、きっと誰よりも成長と日常を恐れていたのでは無いだろうか?

別に働くのが嫌だとか、社会の歯車になるのが耐えられない訳ではない。

しかし自分がそういった役割となる事、世間をつまらないと見る事、それらは苦痛で仕方ない。

 

 

芝浦は世界をプログラムとして見る一面があった。

世界は結局のところ理解できる範囲内で動いている。

それは芝浦にとって生きる興味を削ぐ物だったのかもしれない。

 

 

意味が分かるだろうか?

つまり要するに、芝浦は他の誰よりも退屈を恐れていた。

毎日に絶望する事を避けたいと思っていた。だからゲームをしていた?

しなければならかった。より多くの仮想世界、電子現実を作る事で世界を増やしていたのだ。

 

どんなゲームもプレイし続ければ飽きてしまう。

そして彼にとって現実もゲームと同じ。だから彼は飽きが来るのを恐れていた。

飽きれば、違うゲームを手にするしかない。

 

だったら現実と言うゲームに飽きたら、死ぬしか無いじゃないか。

どんなに足掻いても、現実は現実だ。ゲームなんかじゃないと言う事を理解していたのだから。

しかし彼はあやせに出会う事で、飽きるのを延長できたと言う事か。

 

 

「今からキモイ事言うけど引くなよ」

 

「え?」

 

「おれ、お前見てたら死にたく無くなったんだ」

 

 

あやせの鼓動が大きく変わる。

 

 

「お前と遊んでたほうが、多分死ぬより楽しいんじゃないかなぁって」

 

「淳くん……。わ、わたしも! わたしも貴方と居る時が一番楽しかった!」

 

 

それを聞いて芝浦は頷く。

別に頬を赤らめたりはしなかったのが、あやせとしては少し残念だったけど。

 

 

「何かつまんなかったんだよね、お前と離れた後」

 

「!」

 

「ゲームしてても張り合い無い奴等ばっかりって言うか……」

 

 

だからジュゥべえにあやせが危険と知らされた時は、少し悩んだが助ける事にした。

面白い力をくれるっていうし、ゲームの相手も確保できるんだから芝浦にとって断る理由などは無い。

 

最初にジュゥべえを見た時は、夢でも見ているのかとは思ったが。この世もまだ捨てた物じゃないと思える要因でもある。

面白い。世界がおれに力を授けるのなら、甘えようではないか。

有り難くガイの力を受け取ろう。そこに迷いも後悔も、不安も欠片とて無かった。

 

 

「あやせ、もう離れんなよ」

 

「!!」

 

 

瞬間、あやせは芝浦を抱きしめる形で押し倒していた。

 

 

「うん! わたし、淳君に一生ついていくね♪」

 

「うざいな! ゲームの相手になれって意味だよ、それ以外は勘違いすんなよ!」

 

「うん! うん!!」

 

 

強く抱きしめ頬ずりしてくるあやせを、芝浦は冷めた目で見つめる。

ならばもしも彼女がゲームを止めたり、ゲームをしなくなったら関係は終わってしまうのだろうか?

いやいや、どうやら神は彼らを祝福するつもりらしい。

 

 

『双樹あやせ、キミが無事でよかったよ』

 

「あ!」

 

 

そう言えばジュゥべえとは結局なんだったのか? ガイとは一体何なのか?

そう思えば、目の前に白い妖精が現れる。

 

 

「お前は……、ジュゥべえ?」

 

『いや、ボクはキュゥべえ。よろしく!』

 

 

そこで二人は騎士と魔法少女の事を知る事になる。

あやせは幻聴と思っていたが、それは幻聴などではない。明確な現実だった。

あやせはキュゥべえから契約を持ちかけられた。魔法少女にならないかと。

 

 

「お願いが叶うんだ」

 

『そうだよ。なんでもいいよ』

 

「騎士も叶うの?」

 

『そうだね。魔法少女とは違って、騎士は全てが終わった後だけど』

 

「淳くんには叶えたいお願いがあるの?」

 

「あるに決まってんだろ。ってかいい加減離れろよ」

 

「やだよぉ。でも、どんな?」

 

 

芝浦はくっついたままのあやせをゴミを見る様な目で見ていたが、とうとう諦めたのかそのまま自分の願いを言い放つ。

 

 

「神になる事、おれが創造主となって世界を――、いやゲームを作る」

 

『へぇ、随分とまた大きな夢だ』

 

 

悪気はないだろうが、からかうように言うキュゥべえ。

無表情だから不気味な雰囲気がある。しかし芝浦はそれに全く怯む素振りを見せない、彼はむしろ挑発的に笑って話を続ける。

 

 

「お前だって見たろ? この世はバグが多すぎる」

 

 

今の世界(ゲーム)はあまりにも不安定で未完成、そして欠落していると言った。

気のせいだろうか? 芝浦が少し体を動かした気がする。あやせをキュゥべえから遠ざけた。

まるでソレは外敵からあやせを守る様な動作。だがすぐに手を離してふんぞり返る。

 

 

『バグ? よく分からないな……、あの連中の事を指しているのかい?』

 

「まあそれもあるかも。でもアイツ等だけじゃない」

 

 

とにかく世には不必要で目障りな物が溢れている。

それらは世界を狂わせるノイズ。バグでしかない。

要らない物をのさばらせる事が芝浦には理解できなかった。

これが神の意思だと言うのなら、芝浦はその考えを一蹴するだろう。

 

 

「神さまはデバッグすらしなかったんだよ、きっと」

 

 

テストプレイをしないまま世界を構築していった。

結果、できあがったのはバグだらけのクソゲーだ。芝浦は笑みを浮かべてスラスラと自論を展開させていく。

 

神を信じる発言。そして『ゲーム』を前面に出した考え方は、芝浦の幼さをを象徴する。

キュゥべえとしてはあまり象徴的な説明は困る。

芝浦の言っている事が分からない訳ではないのだが。

 

 

『つまり君は、この世界を壊したいと?』

 

「別にそういう訳じゃないよ。ただ、おれが神になった方が楽しそうかなって」

 

 

少なくとも今のバグだらけの世界に、吐き気を催す事は無くなる。

 

 

「おれも、コイツも」

 

「!!」

 

 

あやせは顔を真っ赤にさせて芝浦を見る。

つまり、芝浦は二度とあやせが苦しい目に合わないようにしてくれる?

そういう事なのだろうか? あやせはすぐに真意を問いたかったが、芝浦とキュゥべえの会話は続いていた。

 

 

『なるほどね。人間は色々な思考を持っているとは思っていたけど、キミの考え方は中々興味深い』

 

「下等生物っぽいナリにしちゃあ、わかってんじゃん」

 

 

キュゥべえとしても先ほどの通り、害虫(バグ)を反映させた身として感じる物があるのだろう。

資源を腐らせる存在はインキュベーターにとって有害でしかない。

 

まあ、今のインキュベーターには『キトリー』と言う武器がある為、排除する事も容易いだろうが、あまり干渉しないのがキュゥべえのやり方だ。

契約に関わる事以外ならばどうでもいいと言えばそれまでである。

 

 

『でもやっぱり今回の様なケースが多発しても困るからね。魔法少女は純潔で低年齢の方が強力になるケースが多い』

 

 

データが物語っている。言い方を変えればリアルになられちゃ困る。

より一層夢を見る乙女でなければ感情の起伏は生まれない。

要するに脳みそがお花畑でなければ困るのだ。

何度も言うが、断定できる話ではないが。

 

 

「まあおれが神になったら契約しやすい環境にはしてやるよ。バグは消滅するからな」

 

 

汚い人間はいらない。芝浦はそう言って笑う。

やはり少しはあやせを意識しているのだろうか? 芝浦は何も語らないため、真意を知る事などできはしないのだが。

 

 

『………』

 

 

感情が無い為、キュゥべえは論理的な考えが優先する傾向がある。

そう言ったキュゥべえにとって芝浦の『神になりたいと』言う願いは全く見当もつかない物だった。

 

そもそも神とは何なのか、果たしてそんな物があるのか?

それはインキュベーターの力があれば叶うのだろうか?

キュゥべえすら分からない展開は、興味をそそらせてくれる。

 

 

『まあいいや、とにかくボクは双樹あやせ。キミに魔法少女になってもらいたいんだけど』

 

「………」

 

『魔法少女になれば願いが叶うだけじゃなく、超人的な力を手に入れる事ができるよ』

 

「でも怪しいな。デメリットは?」

 

『そうだね、例えば魔女になることかな?』

 

 

聞かれたから、キュゥべえはあっさりとその事を教えた。

もちろん、これは考えがあっての事だ。

そしてパートナーシステムの事も。

 

 

『双樹あやせ、キミ魔法少女になった場合、芝浦淳とペアになる』

 

「じゃあ、なる♪」

 

「ふーん……、いいの?」

 

 

一応、芝浦にも思う所があったのか。念を押す様に言った。

しかしあやせは何の恐れも抱かずに頷く。魔女になる可能性はあるが、魔女になる気なんて一ミリも無い。

 

 

「だって、淳くんがいるもん」

 

 

パートナーを結べば使い魔や魔女を倒すだけでジェムは浄化される。

ましてやパートナーならずっと一緒にいられる。あやせにはそれが最高のオプションだった。

芝浦も別に悪い気はしないらしい。だから迷う意味もない。

 

 

『じゃあ願いは何にするんだい?』

 

「うーん、淳君と一緒にいられれば別に……」

 

 

とも思ったがココで浮かぶ願い。

そう言えば昔……、と言っても最近だが願望があったっけ?

味方してくれるカッコいい『姉妹』がほしい。かっこいい自分になりたい。

 

 

「決めた☆ わたしの願いは――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして。淳、あやせ。私は双樹ルカ」

 

 

ルカは古風な少女だった。サムライガールと言えばいいだろうか?

服の好みもあやせとは違い、あやせは洋食が好きだったが、ルカは和食が好きだった。

願い出生まれた姉妹、双樹ルカ。記憶は既に共有しており、あやせはあえて『二重人格』と言う手段をとった。

その方がより近くに居られる、そして体が一つの方が都合が良いときもある。

 

 

『ルカも淳が好きなんだよ!』

 

 

パートナーである芝浦には控えの人格の声が聞こえる。

その言葉通り、ルカは芝浦に跪くと絶対の忠誠を誓った。

 

 

「我は淳を守る盾となり、同時に貴方の邪魔をする敵を排除する剣となる!」

 

「お、おう……」

 

 

怯む芝浦、彼からしてみれば面倒なのが一人増えた事になる。

 

 

「そして私の身も貴方に捧げるつもりです!」

 

『あ! 駄目だよルカ! 抜け駆けなんてしちゃ!』

 

 

二人は一人であり、同時に違う人間でもある。しかし同じ人間でもある。

何ともおかしな物だが、ルカも芝浦に好意をもっていたようだ。

あやせも同一人物だからなのか、嫉妬の類を一切抱かない。

むしろ肯定的に受け取っていた。

 

 

「ねえ淳くん。大きくなったらルカとわたしをお嫁さんにしてね」

 

「……まじ?」

 

「私達は本気ですよ淳!」

 

 

めんどくさい。芝浦は本気で頭が痛くなった。

そしてルカもまたすぐにキュゥべえに取り入って、魔法少女の契約を結ぶ。

このケースは非常に珍しい、二重人格となった各々の人格が魔法少女になるなど。

キュゥべえとしても興味深いと言う事で、申し出を断る事は無かった。

 

ちなみにルカの願いは、『あやせと芝浦を支える力が欲しい』との事だ。

結果として、双樹は互いを蘇生させる魔法と強力な防御魔法を手にする事になった。

さらに融合の力もだ。尤も、それは同じ力を持つかずみには通用しなかった訳だが。

 

 

「おれさ、今度見滝原って街に引っ越すんだ」

 

「見滝原?」

 

 

近未来都市と呼ばれている場所だ。

ここからは随分遠い。芝浦は彼女達に申し出を行う。

 

 

「お前らも一緒に来いよ」

 

「え……!!」

 

 

そこからは思っていたよりもスムーズに事が運んだ。

芝浦は両親が甘いのかは知らないが、簡単に住む家を用意され、あやせはいじめを素直に告白したら両親が転校をアッサリと許してくれた。

 

その時の話しはルカにつけてもらった。

彼女は非常に口がうまく、両親をすんなりと納得させたものだ。

住む家については学校の近くに安いアパートを設けてもらった。

なんだかんだで双樹家もそれなりの金を持っている家と言う訳だ。

関心が無いように見えて、子供が甘えれば言う事を聞いてくれる。言い方は悪いが甘いのだ。

 

ただし、その条件が、以前通っていた学校とレベルがそう変わらない見滝原第二中学校を受験するというものだった。

芝浦は興味がないため、まどかと同じ第一に入る事に。

あやせとしては芝浦と同じが良かったが、まあ親に無理を言った訳だから、せめて向こうの条件を呑んでやろうと言う事である。

受験には成功し、転入手続きをさっさと終えて二人は見滝原を目指す。

 

 

「これからはずっと一緒だね淳くん☆」

 

「………」

 

 

芝浦は嬉しそうな素振りを見せた事は無いが、同時に否定の言葉をぶつける事も無かった。

そして以前よりも突き放す態度を取る事は少なくなってきた気がする。

あやせは幸せだった。芝浦とルカが過去の出来事を全て忘れさせてくれる。

 

 

「ねえルカちゃん。わたし達は姉妹なんだから、お姉ちゃんはどっちかハッキリさせておくべきだと思うの」

 

『ええ、同感です』

 

「それでね、わたしがお姉ちゃんやりたいんだけど……、いい?」

 

『ええ、いいですよ』

 

「本当!? やったぁ!! じゃ、お姉ちゃんって呼んでね!」

 

『そ、それはその……、恥ずかしいので。あやせって呼びます』

 

「えええええええ!?」

 

 

こうしてお姉ちゃんと呼ばれる夢は潰えたが、三人の生活は本当に楽しかった。

 

 

「淳くん! お熱だしたの!?」

 

「ああ。だからほっといて、お前が近くにいると悪くなる」

 

「いけません淳! 私の氷魔法ですぐに冷やします!!」

 

「それより一緒に寝ようよ淳くん! わたしがいればポカポカだよ! それで……、汗をかいたら、拭いてあげる☆」

 

 

コロコロと表情を変える双樹。

どうやら出たいと思ったときに出られるらしい。

 

 

「何を言っているんですかあやせ! もしも貴女が寝ぼけて加減を間違えてみなさい、淳は黒こげですよ!!」

 

「ええええ! 淳君がステーキになっちゃうっ!」

 

「ええ、だから私がずっと淳を冷やします! 寝ません! 傍でずっと冷やすそれが妻の役目なのです!!」

 

「いつからお前の夫になったんだよ!」

 

 

芝浦はうんざりしたように耳を塞いで双樹から逃げる様に寝返りをうつ。

 

 

「何ならこの部屋を南極と同じ温度ににしましょうか!?」

 

「駄目だよルカちゃん! そしたら淳君アイスクリームになっちゃうよ!」

 

 

ギャーギャーと言い合いを始める二人。

いつの間にか話題は、どちらがどれだけ役に立てるのかと言う話しに摩り替わっていた。

二人が喧嘩する場合はだいたい芝浦がらみである。

その芝浦を放っておいて、喧嘩はヒートアップしていく。

 

 

「私は淳の手にする飲み物をいつでも、どこでもキンッキンに冷やしてあげる事が可能です!!」

 

「う゛ッ!」

 

「それだけじゃない、夏はクーラーなんて要らないし、カキ氷が食べたければいつでも作る事ができます! あと耳かきとマッサージはあやせよりも得意!」

 

 

ルカは得意気にそう語った。対して反論するあやせ。

 

 

「わたし、冷めたご飯をいつでもアツアツにできるもん!!」

 

「ムッ!」

 

「それだけじゃないよ! 冬は一瞬で部屋を暖かくできるし、外でも水さえあればカップラーメンが食べられるよ! 部屋のライトが切れても蝋燭さえあれば明かりを灯す事ができるもん!!」

 

「ムゥウ!」

 

「それに! ルカよりお胸が大きいもーん!!」

 

「なっ! それはあやせが変えようって言うから!!」

 

 

ソウルジェムと肉体の仕組みもキュゥべえは包み隠さず教えてくれた。

だから目の形と胸の大きさを変えようと言う提案を行ったのである。

 

 

「つ、つつましいと言って頂きたい!! それにこの方が着物が似合うのです!!」

 

「淳君は大きいほうが好きだよねぇー?」

 

「そ、そんな事は無いですよね淳! ちょっとばかりの貧乳の方がいいですよね!?」

 

「しらねぇよ! コッチは高熱なんだって! あ――、吐く……!」

 

「淳くぅううううん!!」

 

 

芝浦の熱が上がったのは言うまでも無い事だった。

まあ、いろいろあるが三人の生活は悪くない。むしろ幸せを感じる事ができた貴重な時間だ。

いつまでもこんな時間が続いて欲しい。芝浦はどう思っていたか知らないが双樹姉妹はそう思っていた。

 

 

そう、思えた。

 

 

『契約した皆は、願いを叶える為に潰しあってよ!』

 

 

だから、F・Gが始まった時も焦りは無かった。

自分達は強い、だから負ける訳は無いと確信していた。

ずっとこの日々は続いていく。他の参加者はちょっとだけ可哀想だけど。三人の生活を守るためなら殺す事も気にならない。

むしろそう言う運命なんだから楽しんだほうがいいでしょ?

ソウルジェムは綺麗だし、コレクションしてみようかな。

 

 

「勝とうね淳くん。負けるなんてもう嫌だもん♪」

 

 

もうあんな屈辱は二度とゴメンだった。

それに人を傷つける事に対しての抵抗はもう無い。

むしろあの時の高揚感をもう一度思い出せるとあって。ワクワクするくらい。

 

 

「当たり前だろ。お前等は黙っておれについて来れば良い。おれの命令を聞いてればいいんだ」

 

 

芝浦もゲームにはノリノリだった。

つまらない生活よりはコッチの方がずっといいと彼は笑う。

やはりその顔は自信に満ちていて、自分が負ける可能性なんて万に一つも無いと言いたげだった。

 

 

「安心しろ、おれのパートナーになった事は後悔させないからさぁ」

 

「うん☆」

 

「おれ、ゲームで負けた事ないし」

 

 

あやせもルカも、芝浦を見て頷く。

ただちょろっと思い浮かべてしまう願望。ココまでの生活で自分達は芝浦への愛を散々告げてきた訳だが、芝浦からはまだ一度も愛を示された事は無い。

 

好きだとか、キスだとか。

まして手もまともに繋いだ事は無い。

もしかして女としてはまだ見てくれてない!?

 

 

(うーん……、それはちょっとショックだなぁ)

 

 

あやせは何かを思い付いた様に頷くと、悪戯な笑みを浮かべて芝浦に話しかける。

 

 

「ねえ淳くん。わたしって可愛い?」

 

「はぁ?」

 

 

あやせが何を考えているのか、『彼女自身(ルカ)』は分かったよう。

 

 

「淳、私は……、そ、その――! 綺麗ですか?」

 

「ルカ、お前まで……」

 

 

とは言え、芝浦もまたニヤリと笑い、ためらう事無く答えてみせる。

何ともまあ憎たらしい笑みだ、きっと彼もまたあやせがからかっている事を悟ったのだろう。

 

 

「ああ、最っ高に可愛いし綺麗だよ」

 

「ふふ♪ ありがとう!」

 

「あ、ありがとうございます! 嫌だな、私は何を聞いていたのやら!」

 

 

ルカは真っ赤になって満足した様だけど、あやせとしてはまだ納得できない部分もあった。

いつか芝浦の口から、本当の想いを聞いてみたい。

自分の事が大切だと、愛していると言って欲しい。

 

 

(いつか……、そんな日が来るよね?)

 

 

だって時間はたっぷりある。それに自分達は勝ち残れる!

 

 

「勝とうね、淳くん♪」

 

 

手を出すあやせ。それは偽りの無い笑顔だった。芝浦が取り戻してくれた本当の笑顔。

芝浦もまたソレを理解したのか。少し真面目な表情になった後、いつものような笑みを浮かべる。

 

 

「当然じゃん」

 

 

芝浦は双樹の手を取る。

あやせは手を通して伝わる体温を感じ、自分が孤独じゃ無い事を再確認する。

目を閉じれば幸せそうなルカの笑顔。そうだ! もう一人じゃない!!

 

 

「淳くん!」

 

「ん?」

 

「わたしね、わたし――!!」

 

 

あやせはギュッと芝浦の手を握り締めた。

もう一つの手はしっかりとルカの手を握っている。

 

 

「わたし、最高に幸せだよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【芝浦淳】【双樹あやせ(双樹ルカ)】【ガイチーム・両名死亡】

 

【これにより、両者復活の可能性は無し。よって、ガイチーム完全敗退】

 

 

 

 

 

ああ、残念だ。

芝浦は確かにゲームじゃ負ける事はなかったかもしれない。

でもこれは現実――

 

 

「現実はゲームじゃないんだよねぇッ! アハハハハハハハハ!!」

 

 

気づくのが遅いよぉ、それとも目を逸らしてたのかなぁ?

 

 

「でももう死んじゃったから関係ないかぁ! うふ! あは!」

 

 

上機嫌に笑うのは魔法少女ユウリ。

ソファに座っており、テレビを見ながらポップコーンを貪り食っていた。

 

 

「あー、でも本当に感動。マジ泣いちゃいそうだわ」

 

 

ユウリは脚を組みなおし、塩がついた指を舐める。

 

 

「あやせってば可哀想。いじめ、暴力、それを助けてくれる芝浦! ああ、とっても素敵なボーイミーツガール!」

 

 

そこでユウリはポップコーンが入っていたバケットを床に落とす

 

 

「いかにもッ! クソオタクがッ、お小遣いで買ったノートに書いたようなストーリー! 本当にご馳走様! 次はたぶんアレでしょ? 芝浦が病気か事故で死ぬんでしょ! マジ感動しすぎてッゲロッ吐きそう! 実写化しないかな!!」

 

 

ユウリはバケットを蹴り飛ばすと、振り返って笑う。

 

 

「アンタもそう思う?」

 

「………」

 

 

壁にもたれ掛かっていたリュウガは何も答えない。

50人殺しを達成するのは造作も無いことだった。

復活したユウリは適当に見つけた空家をアジトとして、芝浦達の過去を確認していたのだ。

 

 

「随分とまあメルヘンラブだったお嬢さん。カボチャの馬車はパンプキンパイにするのがオススメぇ」

 

 

ハンドルネーム・エリーキルステン。

箱の魔女は、戦闘面では魔女の中でも最低クラスだろう。

だが本当に恐ろしいのは特殊能力である『対象の心を覗ける』点にある。

魔女はトラウマになった出来事を映し出し、対象を弱らせて自殺させるのだ。

 

エリーは既にあやせをサーチしており、その過去がテレビのモニタに映し出された。

それを主人であるユウリは自由に確認できる。あやせのチャンネルはまあ暇つぶしにはなってくれたようだ。

ちょうど見終わったところで、死亡確定アナウンスも流れた。

 

 

「芝浦のボーヤもまあ頑張ってくれたし、今回はコレでいいか」

 

 

確定脱落が二組と、思っていたよりは少なかったが、ほとんどの参加者をエリーに登録する事もできた。

これで過去を中心にして様々な情報を得ることが可能である。

事実、ユウリは既にほむらのチャンネルを持っており、確認もしている。

だからこそほむらがどう言う魔法少女なのか分かっているし、最も強力な時間停止の(カラクリ)にも気づいていたと言うわけだ。

 

 

「しかしまあ、オーディンとか言う奴が厄介だな」

 

 

次はそちらを調べる。

 

 

「上条恭介か。美樹さやかの幼馴染……」

 

 

美樹さやかを絶望させる事に関してはユウリも協力していた。

織莉子を裏切る為の様子見だったが、その中で織莉子のやっている事はよく見てきたつもりだ。それなのに上条は恨みを彼女に向けてはいない?

和解したとは考えにくい。と言う事でユウリは上条をエリーで詳しく調べてみるが――

 

 

「なるほど。騙されやすいイ・ロ・オ・ト・コ!」

 

 

上条はさやかを絶望させたのが織莉子の計画とはまだ知らないらしい。

それを教えてあげればあのペアは分解する? いやいや、おそらく上条はユウリの言う事を信じないだろう。

上条は織莉子を妄信し、責任を杏子やユウリに重ねて恨みを晴らすつもりだ。

それを織莉子は分かっていたと。

 

 

「くそ、こんな事なら上条をもっと早く殺しておくべきだった」

 

 

エリーで織莉子を調べても映るのは父の死ばかりで、ちっとも有益な情報は得られなかった。

おそらく『願い』の恩恵で簡単なロックが掛かっていたのだろう。

深く心を覗き込めなかった事が悔やまれる。

 

 

「んー、まあまあ」

 

 

これはいい。何とかなりそうではある。

しかし実力では向こうがやや上と言ったところ。

 

 

「技と力じゃ純粋に考えて向こうが上手だよね。しかしそれはこのユウリ様! 技は使い方次第で大きく化けますよ!!」

 

 

はしゃぐユウリ。

対照的にリュウガは不動だった。

 

 

「ただ――、あぁ、暁美ほむらも厄介なんだよねぇ」

 

 

エリーのチャンネルをほむらに合わせる。

昔はあんなに可愛かったのに今はすっかりクソガキだ。

しかも自分に断りなく何度も何度も勝手な事をしてくれる。今回もそんな事をされては堪ったモンじゃない、ちゃんと運営の妖精共は対策してるんだろうな?

 

 

「………」

 

 

ユウリは体を起こし、大きく上体を後ろに反らして背後にある窓を見る。

大きな建物だ。何を模しているかは先端にある『十字架』で判断できる。

そうだ、教会だ。ユウリは黒い笑みを浮かべて足をバタバタと動かす。

 

 

「くっは! ひゃは! アハハハハハハッッ!!」

 

 

芝浦を馬鹿にはすれど、ユウリには芝浦の気持ちがよく分かる。

自分が負ける事や、死ぬ事は無いとどこかで確信しているのだ。

現に一度死んでいる訳だが、今はこうして復活している。

こみ上げる謎の自信にユウリはひたすらに笑っていた。

 

無理もないか。

彼女たちにとってはこの今は現実(リアル)ではない、ファンタジーなのだから。

 

 

「さあ! ユウリ様が復活したから残り――、ドン!!」

 

 

【残り19人・10組】

 

 

 

 

 

 

 







次回はライアペアが主役の番外編更新します


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第35話 望む解放 放解む望 話53第

 

 

 

「                 」

 

『うん、芝浦淳と双樹あやせが死んだね』

 

『ま、あそこでイライラMAXの王蛇ペアに目をつけられちゃ。死ぬしかないわな』

 

「                  」

 

『そうだねぇ、意外だったと言えばそうだよ』

 

『あ、そうか! 先輩はアイツ等が優勝すると思ってたんだもんな』

 

『あやせはルカがいると言う事もあって、単純にスペックが他の魔法少女の倍はあるからね』

 

『まあ、スペックなんてお飾りだって言う展開はありがちだぜ』

 

『スペックはともかく、あやせには少し精神的に弱い部分があった。痛覚遮断があるんだから、かずみに目を狙われたくらいで怯まなければよかったのに』

 

『芝浦のヤローも調子乗ってたしなぁ。ハッキリ言っちまえば、死ぬべくして死んだんじゃねーの?』

 

「                      」

 

『え? オイラ? オイラはそうだなぁ、やっぱオーディンペアかリュウガペア辺りなんじゃねーの? 優勝はさ』

 

『おや、だけどキミは以前、別のペアを提示していたじゃないか』

 

『おお、そうそう』

 

「            」

 

『ん? 誰かって? 龍騎ペアだよ』

 

「                    」

 

『そうだな、まあ気持ちは分かるぜ。オイラ感情無いけど、それでもアイツらがショボイってのは分かる』

 

『彼らは争いごとには向いていないタイプだからね』

 

『だけどよ、これもありがちだぜ?』

 

「    」

 

『何が? そりゃ決まってる。常識を壊してきたのは常に馬鹿の奇抜な行動だった』

 

『人の歴史で見ても。名のある偉人達は過去に変人と呼ばれた人が多いからね』

 

『そう言う事だな』

 

「                」

 

『ひひひ、そうだな。ただの馬鹿で終わるか。それとも凄い馬鹿で終わるのかは分からない』

 

『ボクは特に何も思わないけどね。擬似的な感情を与えたジュゥべえにのみ感じるものがあるのかな?』

 

『ま、それはコレからだな』

 

「                 」

 

『じゃあボク達は戻るよ』

 

『またな、チャオ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幸せな毎日だった。

友達がいて、家族がいて、何気ない毎日を楽しいと思える事ができた。

それは多分とっても幸せな事だったんだろう、とっても恵まれていたんだろう。

先輩が淹れてくれる紅茶を飲みながら、友達とふざけ合えるんだから。

 

 

「今更、そんな言葉なんて聞きたくない!」

 

 

目の前に銃を構えた先輩がいた。

かっこよくて、素敵で、いつか彼女みたいになりたいと願った。

なのに、その先輩に銃を向けられている。

争わないで、憎まないで。涙が零れた。

 

 

「仕方ないのよ、貴女も理解して!」

 

 

弾丸が胸を貫く。

血が溢れ、倒れる。先輩を見た。先輩は泣きそうだった。

 

 

「仕方ない、仕方ないんだよまどか!!」

 

 

気がつけば、鹿目まどかは無傷の状態に戻っていた。

訳も分からず立ち尽くすなか、今度は親友が剣を振るって切りつけてくる。

 

止めて、わたし達はこんな事をする為にココまで来たんじゃない。

そんな言葉を投げようとも、無駄だった。

 

 

「死にたくない! 生きたいよ!!」

 

 

殺し合いと言う凄惨な状況では、年齢など関係ない。

自分よりもずっと小さい子でさえ武器を振るって他者の命を奪おうと試みる。

誰もが生き残る為に。幸せになる為に涙を飲んで、自分の心に嘘をついて戦っていく。

たとえそれが昨日仲良く笑い合っていた友人を殺す事になろうとも。

 

環境が人を変える。

ルールが人を豹変させる。

誰のせいでもない。まどかはそう思う。

 

 

「でも、そんなの駄目だよ――っ!」

 

 

叫んだ。

誰も聞いてくれない。

 

 

「とんだ綺麗ごとだな」

 

 

最後は幼馴染だった。

姉妹の様な二人だと言われた時期もあったが、彼女は冷めた目で見つめてくる。

 

 

「助け合う事なんて無意味だ。殺しあう事が間違っているなんてナンセンス」

 

 

だってもう自分達は後戻りできない位置にいるじゃないか。

既に多くの魔法少女を殺しているじゃないか。

 

 

「え?」

 

「まさか知らなかったのか? 私達が魔力を回復する為に狩っていた魔女は――」

 

 

私達自身だろ?

 

そう言って浅海サキは、まどかの心臓を鞭で貫いた。

痛みよりも、信じていた人たちに殺されるという悲しみだけが心を汚す。

怒りは無い、ただ悲しみと後悔だけがグルグルと回るだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆に殺される夢を見た?」

 

「う、うん……」

 

 

サキの家で、まどかは今朝見た夢の内容を告げる。

サキはもちろんマミやさやか、ゆまにまで殺されてしまう夢。

それだけではなく他の参加者の姿も見えた。皆、何かしらの苦しみを抱えた表情でまどかを殺す。

 

 

「そうか、それは辛かったね」

 

 

サキはまどかを抱きしめると、何も心配は無いと告げる。

 

 

「確かに夢で私はキミを殺したかもしれない。しかしそれは夢だ」

 

 

現実じゃあない。サキはまどかの頭を撫でる。

 

 

「私は絶対に君を傷つけたりはしないさ」

 

「うん……!」

 

 

まどかは笑顔に変わると、先ほどまでの暗い表情が嘘のように笑い出す。

 

 

「昔を思い出すね、こうしてると」

 

 

まどかはそう言って笑った。

昔から気が弱かったから、やんちゃな男の子にからかわれる時があった。

その時は決まってサキかさやかが飛んできて守ってくれたものだ。

 

 

「当然だ。私の可愛いまどかをいじめるヤツは絶対に許せない!」

 

「フフ、だからね――」

 

 

だから今、まどかは『守る』魔法を望んだ。

今まで受けた恩を返すかの様に。

 

 

「色々な事があった。それだけ君に負担がかかり、悪夢を見せたんだろう」

 

「そう……、かな」

 

 

本当にいろいろあった。

芝浦が仕掛けたゲームで、学校は壊滅状態。

生徒の半数近くは魔女や使い魔に殺されてしまった。

しかしあれだけの事件があった後でも、F・Gによる記憶の改ざんは問題なく行われた。

 

サキ達は知らないが、浅倉達が元の学校を破壊していた事もあって、現実では学校は爆破テロによって破壊されたと言う情報が浸透していた。

生き残った筈の生徒達も、例外なく記憶をすり込まれており、何を聞いても爆弾でどうのこうのと言う具合にしか喋らなかった。

学校は現在封鎖されており、しばらく休校と言う事だ。

 

しかし例外もある。

中には魔女に襲われたと言う事を覚えている者もいた。

どうやらそれは魔法少女に触れた者や、長く会話をしていた者のようだ。

数名しかいないその生徒達はいずれもがテロのショックで精神をやられた気狂いとして処理されるのが残酷な現状ではある。

 

下手な事は言えない。

事情を知っている仁美も、周りの人たちにはテロに巻き込まれたと説明しているようだ。

 

 

「中沢と下宮は残念だった……」

 

「………」

 

「せめて上条だけが助かったのが幸いだが――」

 

 

サキは保健室に生徒達の無事を確認しに向かったが、その途中で中沢の死体を発見したのだ。

保健室にいた生徒達は怪我こそすれど、命を落とした者はいなかった。

しかし唯一、中沢の友人だった"下宮鮫一"が見つからなかった。

聞けば、モンスターの炎を受けて動かなくなっていたのだと言う。

芝浦たちが倒された後も、下宮は見つからなかった。消し炭になったのか、魔女結界と共に消滅したのか。考えただけで胸が痛む。

 

 

「私がもっと強固な結界を施しておけば――」

 

「お姉ちゃんは悪くない……。悪くないよ」

 

 

傷の舐め合いかもしれない。

しかしサキにはまどかの言葉が何よりもありがたかった。

人の心は悲しいほどに不安定だ。サキだって強くあろうとするが、いつも迷いや不安に揺れている。

 

だからこそ、そんな時に自分を支えてくれるまどかの優しさが救いだった。

妹を殺したマミの事故だって、まどかがいたからこそマミへの憎しみを散らす事ができたのだとも思う。

 

まどかが傍に居なければ、サキは己の憎しみを。マミに向けると言う愚かな行動を取っていたかもしれない。

 

しかし今、まどかが苦しんでいるのが嫌でも分かる。

一つは学校の皆を救えなかった事。一つは仲間を失っていく現状。

一つは芝浦達の事だってある筈だ。学校を出てしばらくした後に、芝浦達の死亡確定アナウンスが入った。

 

思えば弱った彼らを狙う参加者がいる事は容易に想像できたのに。

まどかは芝浦達の死に対しては、無言で涙を一筋流すだけではあったが、それでも心が引き裂かれる思いを抱いたのは本当だったろう。

なにより――

 

 

「まだ、モヤモヤは晴れないかい?」

 

「うん、やっぱり……、考えちゃうよ。今まで倒してきた魔女が魔法少女の成れの果てだなんて」

 

 

まどかは小さく呟く。

芝浦が真司とまどかに言った言葉。"元々は、同じ魔法少女だったくせに"。

もう隠しておくのは不可能だとサキは判断した。故にまどかと真司に全てを告げたのだ。

マミやさやかが魔女になったのは、ソウルジェムの暴走だとジュゥべえは言った。

しかしそれは違う。魔法少女とは願いを叶えたその日から魔女になると言うゴールに向かって走り続ける存在だったのだ。

 

魂の宝石であるソウルジェムが絶望や悲しみによって濁りに染まった時、魔法少女の時は終わりを告げる。そして魔女として覚醒するのだ。

 

 

「わたし達が今までやってきた事って、何だったのかな?」

 

 

まどかにとって一番悲しい事は、自分が魔女になる事ではなく、今まで倒してきた魔女が魔法少女だった事だ。

 

今まで自分達は何も考えずに魔女を殺し、そして笑い合い、それが正しい事だと信じて疑わなかった。しかしそれは同属を殺していただけにしか過ぎない。

魔女になった魔法少女達は、どんな想いだったのだろうか。

皆、さやかの様に苦しんだのだろうか? 胸の痛みは強くなるばかりだ。

 

まどかは守るために魔法少女になったのに、いずれは人を傷つける存在になる。

矛盾している。そんなのは嫌だ。何よりも今後、以前と同じように魔女に武器を向けられるのか?

まどかは悩んでいた。答えが全く見えない。

 

 

「確かに、ショックな現実だとは思う」

 

 

サキは首を振る。

どうやらサキは既に割り切っているようだ。

今後も戦い続け、魔女を殺す事を躊躇はしない。

 

 

「魔女が人を傷つける存在なのは変わらない。理性を失っていたのは、さやかやマミの例を見ても明らかだ」

 

 

可哀想だと見逃せば、より多くの人が殺されてしまう。それは最も望まない結末だ。

魔女は魔法少女の心の闇を具現した存在と見ればいい。

 

 

「まどか。君が戦わないと言うならば私は止めない」

 

「え……?」

 

「君のためにグリーフシードを確保しよう。もちろん、他の参加者と戦う事もしなくていい」

 

「だけど、わたしは――っ!」

 

 

まどかの肩に手を置くサキ。

全て間違いだったんだ。つくづくそう思う。

 

 

「キミは、こんなゲームに巻き込まれるような人間じゃない。何も苦しまなくていい、何も背負わなくて良い」

 

「わたしは――……っ!」

 

 

まどかは何も言えなかった。なぜならば、ここで返す言葉は一つだけしかない。

わたしは、戦える。そんな事は言えなかった。

まどかは何も言えなかったのだ。サキが淹れてくれたお茶を飲む事もできずに、俯くだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨が降っていた。

曇天の空と、雨粒が窓を打つ音は鬱々しい気分になる。

手塚はカーテンを閉めると薄暗い部屋の中で電気のスイッチを探した。

 

 

「?」

 

 

明かりが灯った時、丁度インターホンが鳴る。電池がないのか、音が途切れている。

しかし、誰だろうか。手塚は覗き穴から来客者を確認する。

そこにいたのはパートナーである暁美ほむら。手塚はすぐに扉を開けて、彼女を招きいれた。

 

 

「傘は無かったのか?」

 

「ええ、ごめんなさい。突然だったもので」

 

 

雨の中を歩いてきたのか、ずぶ濡れである。

変身しても良かったが、さすがに魔力の無駄だと思ったのか、気にせずにココまでやってきたようだ。

 

 

「タオルを」

 

「ありがとう」

 

 

手塚からタオルを受け取ったほむら、しかし何故かそこで止まってしまう。

 

 

「ッ? どうした?」

 

「髪だけじゃなくて、できれば体も拭きたい」

 

「ああ、成る程。じゃあ俺は出て行くから、その間に」

 

「後ろを向いていてくれれば十分よ」

 

「そうか。俺ので良かったら仮のシャツでも着るといい」

 

「助かるわ。お願いできる?」

 

 

後ろを向く手塚。

ほむらは服を上げて、肌についた水分を拭っていく。

その内にシャツを手に取り、着替え様と上着を脱いだ。

 

 

「おい、いないのか? インターホンが壊れて――」

 

 

ガチャリと扉が開いて、サキが姿を見せる。

 

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「「「………」」」

 

「そういう事か。なるほど――ッ、な!!」

 

「待て浅海! 何がなるほどなんだ! 待ってくれ!!」

 

 

手塚はすぐにサキを引き連れて事情を説明する。

何とか納得したサキ、どこか嬉しそうなのは気のせいだろうか?

 

 

「ところで、なんの用だ?」

 

 

パートナーのほむらならまだしも、サキが手塚の部屋に来る理由が分からない。

するとほむらが小さく手を挙げた。

 

 

「彼女は私が呼んだの」

 

「そうか。しかしどうして?」

 

「私も気になっていた。早速だが用件を聞いてもいいかな」

 

 

頷くほむら。

濡れた髪から滴る雫が頬を伝う。それはまるで、涙の様に。

その美しさと儚さに、思わず目を奪われる手塚とサキ。

ほむらは時折、全てを見透かしている様な表情をする。とてもじゃないが中学生の表情とは思えない。

 

 

「大切な話しがあるの」

 

「だったら、まどか達も――」

 

 

ほむらは首を振る。どうやら多人数に聞かせる話ではないらしい。

手塚とサキにだけ聞かせたい事らしい。二人も納得して、ほむらの言葉を待った。

やはり言いにくい事なのか、ほむらは迷ったように目を閉じて表情を歪ませる。

 

しかしいつまでも沈黙と言う訳にはいかない。

意を決した様に目を開けると、小さく小さく呟くように言葉を放っていく。

 

 

「実は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、じゃあどうぞ」

 

 

早乙女が肩を優しく叩く。

赤いメガネで、黒髪を三つ編みにしたおさげの少女は仰け反りながら一歩前に進んだ。

これは、まずい。周りの視線が一勢に自分へ集まる緊張感。

自然と声が小さくなり、一度早乙女にやり直しを要求されてしまった。

 

 

「あ、えっと! あああ暁美――ッ! ほ、ほむらです…!」

 

 

物珍しそうに笑みを浮かべている者や、無表情で紹介を聞いている者。

期待と無関心が織り交ざった雰囲気に、押しつぶされそうになってしまう。

 

 

「その、ええと……、これから色々迷惑を掛けるかもしれませんが! ど、どうかよろしくお願いしましゅ!!」

 

 

誰かが吹き出した。

真っ赤に染まるほむら、力むと緊張して噛んでしまうのだ。

ああ。穴があったら入りたい。ほむらはシュンと肩を落として俯いた。

 

 

「暁美さんはね、心臓の病気でずっと入院していたの」

 

 

早乙女先生が助け舟を出してくれる。

そうだ、ほむらは幼い頃から体が弱くて入退院を繰り返してきた。

その内に病気は少しずつ悪化していき、今回はとびきりの長期入院の後だったのだ。

しかし手術はなんとか成功し、これから少しずつ普通の人生を歩んでいける。

 

だが内気な性格に加えて入院生活ではあまり人と関わらなかったせいなのか、ほむらの性格はますますシャイになってしまった。

こんな事で友人ができるのだろうか? これからの学校生活を送っていけるのか、不安は尽きない。

 

 

「久しぶりの学校。色々と戸惑うことも多いと思うから、みんな暁美さんを助けてあげてね」

 

 

適当に答える面々、それが余計に不安を煽ってしまう。

しかしほむらの予想とは裏腹に、休み時間に突入した瞬間に土石流が如く生徒達が群がってきた。

転校生は珍しいらしい。前の学校やら部活やら、ほむらは早速質問攻めに合う。

 

 

「あ、えと!」

 

 

無関心はキツイが、逆に注目を集めるのも苦手であった。

どう答えていいのもか分からず。期待に添えない答えを言ってしまえば、嫌われてしまうのではないかと怖くなる。

 

しかもまだ病み上がりのほむらは、保健室で定期的に薬を飲まなければならない。

最初の休み時間に行かなければならないのに、このままではタイミングを逃してしまう。

そこでちゃんと言葉にできればいいのだが、ほむらはそれができない性分だった。

自己を主張する勇気が無い。周りに流されるしかないのだ。

 

 

(だ、誰か助けて――……)

 

 

周りは知らない人ばかり、ほむらは困り果てていた。

だがそんな時だ。一人の少女が、ほむらの気持ちを理解したかのように声を掛けたのは。

 

 

「みんな、暁美さんは保健室でお薬飲まないといけないから。ごめんね」

 

「あ、そうなんだ。ごめんね止めちゃって」

 

「う、ううん! いいんです!!」

 

「場所分かる? 一緒にいこっか」

 

 

助かった。ほむらは廊下で助けてくれた人にお礼を述べる。

優しそうな人だった。暖かい雰囲気に、ほむらの緊張が緩くなっていく。

 

 

「ううん、いいだよ。わたし保健係だから」

 

 

少女は笑顔でほむらを見た。

ほむらの心に凄まじい安心感が芽生えた。話しやすい雰囲気だった。

 

 

「みんな悪気は無いから許してあげてね」

 

「も、もちろんです!」

 

「えへへ、緊張しなくていいよ。わたし達はこれからクラスメイトだもんね」

 

 

少女は振り返ると、手を出してニッコリと微笑んだ。

 

 

「わたし鹿目まどか。よろしくね」

 

「よ、よろしくお願いします!!」

 

 

握手を行う二人。

しかし、これじゃあ固いとまどかは一つの提案を行った。

 

 

「お互い名前で呼び合おうよ」

 

「えっ、でも!」

 

「うん、決まり! それがいいよね!」

 

「で、でででででも!」

 

「もう決めちゃったもーん! えへへ!」

 

 

ほむらとしては心臓が張り裂けそうな提案ではあるが、早速まどかが呼んできたから半ば強引に了解するしかなかった。

 

 

「行こうほむらちゃん」

 

「は、はい! まど……!!」

 

「ふふふ、敬語も無しにしよ!」

 

「は――! う、うん! で、でもやっぱり恥ずかしいから鹿目さんで!!」

 

 

まどかは少し寂しそうながらも微笑んだ。

まどかは、ほむらが自分と似たような性格だと気づいていた。

 

 

「わたしも、あまり前に出て行くタイプじゃないんだ。ほむらちゃんの緊張とか凄くよく分かるよ」

 

「本当……?」

 

「うん。わたし達、良いお友達になれそうだね」

 

「う、うん!」

 

 

ほむらは赤面して微笑む。

まさかにこんなに早く友達ができるなんて思って無かった。

不安に包まれた学校生活だが、まどかがいれば何とかなりそうだ。

ほむらは確かな希望を覚えて、まどかの隣に並んだ。

 

 

「でも鹿目さん。ほむらって名前変じゃない?」

 

 

歩きながら会話する。

ほむらの緊張も解けてきたのか、割とスムーズに会話を行える様になってきた。

まどかには毒が無い。ほむらもまどかの雰囲気に完全に心を許していたのだろう。

 

 

「そうかな? かっこいいと思うよ」

 

 

昔から入院ばかりで、まともに友達を作れなかった。

言ってしまえば、まどかは初めての友人と言っても良い。

ほむらは、いつもテレビでしか確認できなかった『友達』と言う存在にずっと憧れを持っていた。

だから、まどかとこうして笑い合えるのは、本当に嬉しかったのだ。

 

 

「なんかね。燃え上がれ~! って感じでカッコいいと思うけどなぁ。エネルギーがあるって言うか!」

 

「そう……、かな? 嬉しい……」

 

 

でも正直名前負けしているとは思う。

炎と言うよりは、ジメジメした水の方がイメージとしては近い。

 

 

「カッコいい名前は私には似合わないです」

 

「でもね、青く静かに燃える炎とかもあるでしょ?」

 

「う、うん。それは確かに」

 

「それにさ。変わりたいと思うなら変わっちゃえばいいんだよ」

 

「え?」

 

「簡単に変わる事はできないかもしれないけど、今の自分が嫌なら、少しずつ変えていけば良いの」

 

 

弱い自分だとか、辛い現実は、自分が望めば変わる筈だとまどかは信じている。

 

 

「………」

 

 

変わりたいと願うなら、きっと変われる。

辛い現実を壊したいと願うなら、きっと世界は自分の味方をしてくれる。

まどかの言葉はほむらに大きな自信を与えたが、現実と言うのは中々に厳しい物である。

 

そしてそれはすぐに明らかになっていく物だ。

今までずっと入院してきた故に、勉強のレベルが一気に上がっているギャップに苦しんだ。

もちろん入院している時も勉強はしていたが、いざ学校にとなると全然付いていけない。

 

次に体育。

心臓が悪いと言う事で、参加できても準備運動がせいぜい。

それで貧血を起こす程だった。

 

 

「準備運動で倒れるってやばくない?」

 

「あはははは。マラソンしたら死ぬんじゃない?」

 

 

悪気はないのかもしれないが、そんな声が聞こえるたびに心が締め付けられる。

 

 

「あんま気にしない方がいーよ。それに成績が悪いのはあたしも同じだし、だはは!」

 

「ふふ、さやかさん。気をつけないと一気に離されてしまいますわよ」

 

 

類は友を呼ぶなどと言うが、まどかの友人の美樹さやかと志筑仁美も優しい人だった。

しかしだからと言って心に刺さったトゲが抜けるわけじゃない。

まどかもまたフォローしてくれるが、逆にそれが申し訳なく思ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『きゃはは! 何のとりえも無いのね、貴女って!!』

 

 

だから、それは必然だったのかもしれない。

 

 

『死んだほうがいいわ。そう、死んで少しでも罪を償って!!』

 

「死んだほうがいい……?」

 

『そう! 死んだ方が楽よ!!』

 

 

落ち込んでいた帰り道、ほむらは気が付くと全く知らない場所を歩いていた。

彼女を導いたのは、虚栄の性質を持った芸術の魔女。

名は『Isabel(イザベル)』。魔女は負の感情に浸っていたほむらを餌として招き入れたのだ。

イザベルを一言で表すなら、禍々しい凱旋門。魔女は無数の使い魔をほむらの所へ向かわせる。

 

 

「ひぃいい!!」

 

 

人型の使い魔である"ミヒャエラ"達がほむらを囲む様に現れ、近づいてくるではないか。

ゾンビの様にうめき声を上げて近づいてくる異形、絶大な恐怖をほむらを包む。

最初は夢かと思ったが、体を駆ける全ての感触がそれを否定する。

じゃあ自分は目の前にいる化け物に殺されるのか!?

 

 

「い、いやアアアアアアアアア!!」

 

『綺麗な目、ほしいな』

 

『綺麗な手、ほしいな』

 

『綺麗な髪、ほしいな』

 

 

使い魔は彼女の体の奪うつもりだった。

目を抉り、手を千切り、髪を毟り取る。

その光景を想像してしまい、ほむらは腰を抜かす。

 

 

(もう駄目! もう逃げられないッッ!!)

 

 

その瞬間、天を切り裂く光が見えた。

 

 

「え? へ?」

 

 

ほむらの周りにドーム状の結界が出現すると、襲い掛かってきたミヒャエラ達を容赦なく吹き飛ばしていく。

さらに黄色い影が降ってくると、結界の頂点に降り立つ。

へたり込んでいたほむらが上を見ると、視界に乗っていた人物の靴裏が見えた。脚が見えた、下着も見えてしまった。

 

 

「は、はゥ!」

 

 

ほむらは反射的に目を覆う。

しかし現れた少女は気にする事無く腕を振った。

すると無数の大砲が花びらの様にして展開していき、全ての使い魔達へ砲口を向ける。

 

 

「ティロ・リチェルカーレ!!」

 

 

次々に大砲が火を吹き、周りにいた使い魔達は爆炎に包まれていった。

訳も分からぬままに起こった出来事を受け入れるほむら。

何だ? つまり助かった? 助けられた?

しかし誰に?

 

 

「危なかったね、ほむらちゃん!」

 

「え!?」

 

 

黄色い髪の少女が見えた。

そしてその隣には、先ほどたくさん話したクラスメイトが立っていた。

 

 

「か、鹿目さん!?」

 

 

鹿目まどか。と言ってもその姿はとてもファンシーだ。

まるで日曜日の朝に放送されているスーパーヒロインのような格好ではないか。

 

 

『よく見ておくといい、暁美ほむら。あれが魔法少女だよ』

 

「え?」

 

 

ウサギの様な不思議な生物が話しかけてきた。真っ赤な目の中にほむらは自分の顔を視る。

それにしても魔法少女? ほむらは目の前にいる巴マミと鹿目まどかの姿を凝視した。

 

 

「魔法少女って――?」

 

「えへへ、いきなりバレちゃった」

 

 

まどかは弓を構えて、イザベラを狙う。

弦を振り絞ると、光が矢の形に変わっていく。

魔女も攻撃を止めようと闇の弾丸を発射していくが、それらはまどかに命中する前にマミが相殺させていく。

 

そうしている間に、まどかのチャージが終了した。

杖についている蕾のギミックが展開し、綺麗な華が咲く。

 

 

「クラスの皆には、内緒だよ!!」

 

 

まどかの必殺技・スターライトアローが魔女を撃ち抜き爆発させる。

これが、全ての始まりだった。暁美ほむらが魔女を、魔法少女を知ったこの瞬間が全てのだ。

 

 

世界に絶望を振りまき、悲しみを齎す『魔女』

 

希望の力を武器にし、絶望を打ち砕く『魔法少女』

 

 

鹿目まどか、巴マミは、見滝原を狙う悪の魔女を倒す、正義のスーパーヒロインだった。

助けられたほむらは、マミ達から全ての事情を聞いた。

キュゥべえに選ばれた少女は願いを叶え、それと引き換えに魔女と戦う運命を背負う。

 

それはきっと怖い事なのだろう。

しかしまどかとマミの目には『希望』の光が常に灯っていた。

見滝原の街を、人を守る事を誇りとしていたからだ。

 

 

「……!」

 

 

かっこいい、なんてカッコいいんだ。

ほむらは二人に強い憧れを抱き、その後は魔女退治に無理を言って同行させてもらった。

 

巴マミは優雅に戦い、余裕を崩さない憧れの先輩。

鹿目まどかは親友であり、自分を守ってくれる。

ほむらにとって二人は最高のヒロインだった。

 

もちろん魔女退治は厳しいものだ。

魔女の中には特殊な能力や、不意打ちを仕掛けてくるものが多く、何度か命の危険に陥った事もある。

 

しかし、まどかはどんな時だって諦めず。

その粘りにマミも感化されて、勝利へのルートを導いていた。

 

 

「「ティロ・デュエット!!」」

 

 

まどかとマミの合体攻撃がピンクッションの魔女を捉える。

確実に成長していく二人。既にほむらの前で多くの魔女を撃破していた。

新しい技、新連携、ますますほむらは虜になっていく。

 

 

「マミさんと一緒なら、どんな強敵が相手でも負けないね」

 

「そうね。もっと強くならなくちゃね」

 

 

笑い合う二人。

いつからか、ほむらも二人の様に強くなりたいと願う様になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ワルプルギスの夜?」

 

「そう。もうすぐ見滝原に最強の魔女がやってくるの」

 

「わたし達はそれを倒すために特訓してきたんだよ!」

 

 

負ける気はしなかった。

マミも、まどかも、ほむらも。負ける事など全く考えていなかった。

もう普通の魔女は相手ではなかった。どんな状況に対応できるほど、まどか達は強くなっていたからだ。

 

ほむらも何も疑うことは無かった。

きっと二人はワルプルギスを倒して見滝原を守ってくれる。

だって二人はこんなにカッコよくて、強くて、素敵なんだもの!

 

 

「よし、じゃあワルプルギスを倒したらパーティをしましょ!」

 

「賛成! 私とびきり美味しいケーキ買ってきます!!」

 

「えへへ、楽しみだな!」

 

 

楽しみだったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

マミが寝ている。

ほむらは左足、顔が半分無い人間を始めて間近で見た。

 

 

(でも顔が半分だけでも、巴さんとっても綺麗……)

 

 

ほむらは、ぼんやり考えていた。

 

 

「じゃあ、行って来るね」

 

「え……?」

 

 

とびきり優しい声が聞こえた。

母親が子供に囁く様に、優しく、そしてどこか寂しげな声が。

 

 

「鹿目さん?」

 

 

まどかは全身から大量に出血し、マミと同じく片腕が全く使い物にならなくなっていた。

顔には大きな傷があり、おそらく右目の視力は完全に失われているだろう事も容易に想像がつく。

足には目を覆いたくなるほどの痣がある。

 

 

「なに言ってるの? 巴さんが……、こ、こんなに簡単に殺されたんだよ?」

 

「うん。だからもうアイツに勝てるのはわたしだけ」

 

 

まどかは鈍る視界の中にソレを捉えた。

美しく、荘厳、そして溢れんばかりの狂気を具現化したかの様な『夜』を。

 

夜は、鹿目まどかをあざ笑っていた。

愚か、愚かな、愚か過ぎる。身の程を弁えない少女は愚か。

生きる価値などあろうモノか。

 

 

「駄目よ鹿目さん! 死んじゃう!!」

 

 

甘かった、レベルが違った。

ワルプルギスの夜は文字通り最強の魔女だった。

他の魔女とは全てのレベルが違う化け物。そんな存在にまどか一人で勝つなんて不可能。

それこそ、自殺しにいくようなものだ。

 

 

「でも、わたしは皆を守る為に魔法少女になったから」

 

 

それが鹿目まどかの願いであり、戦う理由なのだ。

ワルプルギスを見逃せば、より多くの犠牲者が生まれてしまう。

なによりも自分自身を否定する事になってしまう。

 

 

「それに、ほむらちゃんを守りたいから」

 

 

今のまどかに、ほむらを連れて逃げる余裕はなかった。

かと言ってほむらは絶対においていけない。だから戦うしか選択肢は無かった。

もちろんココで死ねば、きっとほむらは殺される。

それだけは何としてでも防がなければ。せめて致命傷を、そうでなくとも少しでもワルプルギスをほむらから遠ざけたい。

それだけが瀕死のまどかを突き動かすものだった。

 

 

「大丈夫、わたし……、負けない」

 

「嘘! ねえ逃げようよ鹿目さん!! 誰も責めないよ!!」

 

 

首を振るまどか。ニッコリと微笑んで弓を構えた。

 

 

「ねえほむらちゃん、わたし貴女と友達になれて嬉しかったよ」

 

「やめて! そんな死ぬみたいな事を言わないで!!」

 

「だから魔法少女になれて本当に良かったって思ってる。マミさんを救えなかったのは本当に悔しいけど」

 

 

悔しいから、諦めたくない。

 

 

「鹿目さ――」

 

「さよなら、ほむらちゃん。元気でね」

 

 

地面を蹴ってワルプルギスを目指すまどか。

ほむらの叫びを背に感じて、まどかは強く魔力を込めた。

大切な者を守る一撃。自分の魔力の全てを込めた一撃を、ワルプルギスに撃ち込む為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『意外だったね。まさか、一撃たりとてワルプルギスにダメージを与えられなかったなんて』

 

 

キュゥべえは振り返る。

マミの銃弾、そして全てを込めただろう鹿目まどかの一撃も、ワルプルギスの夜に届くことすら無かった。

 

 

『マミとまどかは、弱い魔法少女では無かった』

 

 

にも関わらず、ノーダメージに終わったワルプルギス戦。

 

 

『やはり、他の魔女とは一線を越えている証拠か。実に興味深い』

 

 

キュゥべえはワルプルギスの夜を見上げている。

ふと、暁美ほむらの悲痛な叫びが聞こえてきた。

 

 

「どうして!? 死んじゃうって分かってたのに!!」

 

 

ほむらの前にはまどかの死体が寝転がっている。

上空には戦いの始まりと何ら変わりないワルプルギスの姿が見える。

結局最後の一撃も簡単に弾かれ、カウンターの攻撃でまどかは即死した。

あまりに呆気ない最後に、ワルプルギスの夜は笑いを隠せない。

 

 

「私は貴女に生きててほしかったのに!!」

 

 

ほむらはまどかの亡骸を強く抱きしめる。

いつもの優しい香りではなく、鼻を刺す強い血の臭いが広がった。

終わり、全て何もかも終わり。ほむらは深い悲しみに嗚咽を漏らす。

 

 

『暁美ほむら』

 

「!!」

 

 

だがその時だった。

 

 

『キミは祈りの為に、己の魂を賭ける覚悟はあるかい?』

 

 

希望の声がほむらの脳を貫いた。

戦いの道に身を置けど、どんな願いでも叶えてくれる存在がある。

全てを覆すチャンスがまだココには存在しているのだ。

それがほむらにとって、どれだけ大きな存在だったか!

 

 

『叶えたい望みがあるんだろう? ボクが力になってあげようか』

 

「……契約すれば、どんな願いも叶えられるの?」

 

『もちろんだ。文字通り、どんな望みも叶えてあげるよ』

 

 

たとえそれが、神が創りし掟を覆す物だったとしても。

人を愛しただろう神を冒涜し、神を裏切る願いであろうともだ。

 

 

『君には資格がある。ソウルジェムを持つ資格がね』

 

 

ならばもう、ほむらに迷う気持ちなど微塵も無かった。

そもそもココで諦めればワルプルギスに殺される。

魔女の餌になり、友を救うチャンスを手放す。

 

それがどれだけ愚かな選択なのかは、考えなくても理解できる。

ならば答えは一つしかない。

 

 

「私は、鹿目さんとの出会いをやり直したい!」

 

『成る程』

 

「彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたいッ!!」

 

 

それが出来る事だと信じて。

何よりも自分が望む道だと信じて。

 

 

(言ってくれたよね? 辛い現実は、弱い自分は変えられるって!)

 

 

だったら。

 

 

「変わりたい! 私は強くなりたい! カッコよくなりたいッッ!!」

 

『契約は成立だ。君の祈りは、この瞬間エントロピーを凌駕した』

 

 

ほむらは自分の体が魔法少女の衣装に包まれるのを確認する。

 

 

「凄い! 力が溢れてくる!」

 

『さあ解き放ってごらん。その新しい力を』

 

「――ッッ」

 

 

ほむらの願いと共に盾のギミックが発動する。

すると世界が瞬く間に変動を遂げていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

 

目が覚めた。視界に広がるのは病院の天井。

 

 

(夢?)

 

 

随分と長い夢だった。

カレンダーを見れば今日が退院の日ではないか。

どうやら緊張と期待やらでリアルな夢を見てしまったらしい。

ほむらは安心した様にため息を――

 

 

「………」

 

 

ほむらは、自らのソウルジェムを確認する。

そう、そうだ、これは夢なんかじゃない。

全て、現実!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日から、ほむらの未来を変える為の戦いが始まった。

新たに魔法少女として覚醒したほむらは、真っ先にまどかへコンタクトを取った。

こう言っては何だが、ほむらはとても嬉しかった。

 

だってそうだろ?

たとえ命を懸ける事になったとしても、まどかと一緒に戦い、まどかを守れる存在になれたのだ。

 

それはマミにも言える事だ。

戦いのスキルが足りなかったほむらだが、マミの教えにより魔法の使い方や戦い方を教えてもらった。

 

ほむらの魔法は時間操作。

自らの時を早めたり、最もたるのは時間を停止させる事だ。

それは魔女の戦いで大きなサポートを発揮する。

 

 

「マミさん! 今だよ!!」

 

「ええ、お願い暁美さんッ!!」

 

「え、えい!!」

 

 

盾が武器では攻撃面が不安だ。

幸い盾の中にはなんでも入ったので、インターネットで爆弾の作り方を調べて、それを魔力で強化する。

その威力は中々で、魔女にダメージを与えるには十分だった。

マミやまどかのアシストもあり、ほむらは初めて魔女を倒す事に成功した。

 

 

「やった……! やったぁ!!」

 

「すごいよほむらちゃん! えへへへ!!」

 

「ふふ、お見事ね!」

 

 

楽しかった。自分でも誰かの役に立てる。まどか達を守れる。

弱い自分ではなく、強い自分として生きる事ができる。

ほむらは幸せだった。それに願いがあるから、ワルプルギスにも負けない筈だ。

魔女を倒して、まどかとずっと友達でい――

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんで……!!」

 

 

雨が降る中、ほむらは一人立ち尽くしていた。

目の前には二つの死体が転がっている。楽に勝てるとは思っていなかったが、結局誰も、何も救えない。

 

覚えているのは自分達を守ろうとして、マミがワルプルギスの放った火炎に焼き尽くされた事。

そして訳も分からず固まっている自分を守る為に、まどかが自分を庇って――

 

 

「う、うぁあぁあぁああああ!!」

 

 

ほむらは頭を抱えて、目の前の現実をひたすらに否定する。

空を見上げればワルプルギスの夜が狂った様に笑っていた。

まるで、自分を馬鹿にしているかの様に。

 

 

「キュゥべえぇえ!!」

 

『ん? なんだい?』

 

 

なぜ、なぜ救えない?

どうして願ったのに誰も守れない!? 何で何で何でまどかが死ぬんだ!

ほむらは狂ったように連呼した。

 

 

『ははあ、だから君と契約した覚えがないんだね』

 

 

キュゥべえは、ほむらに何を願ったのかを問いかけた。

ほむらは自分の願いをきちんと伝えた。

出会いをやり直したい、守れる自分になりたい。なのに守れなかったのは何故か?

 

 

『何故? 決まっているじゃないか、それは君のミスだよ』

 

「え?」

 

『ボクは願いを叶えてあげた筈だ。"鹿目まどかとの出会いをやり直し、そして彼女を守れるだけの力を授けた"』

 

 

キュゥべえは表情を変えずに淡々と言い放つだけ。

 

 

「だけど――っ!!」

 

『今、君が言った願いに。"まどかの命を救う"という意味の願いは無い』

 

「!!」

 

 

出会いをやり直すチャンスは与えた。そしてまどかを守れるだけの力も与えた。

なのにまどかを救えなかった。それは完全に暁美ほむらのせいだ。

ほむらが甘かったから無条件にまどかを救えると勘違いして、二人は死んだ。

 

 

『それをボクのせいにするなんて、酷いよ』

 

「な……! なっ!」

 

『君の努力が足りなかったんじゃないかい?』

 

 

気づけば、ほむらは病室の天井を睨んでいた。

時間を戻せるのは一度だけではなかった。

 

時間停止には色々なルールがあった。

まず盾に備わっている『砂時計』を反転させるギミックを操作して、時間を止めるのだが、時間を止められるのはこの砂が無いといけない。

砂は当然落ちるから、ほむらはいつまでも時間を停止できる訳ではないのだ。

 

しかして砂をどれだけ保存したとしても、ワルプルギスの夜との戦いで砂は完全に落ち切るルールだった。

そして砂が無くなった時、時間を巻き戻す事ができる。

 

こうしてほむらは再びまどかを救う為、始まりに戻った。

まどかを救うには、ワルプルギスの夜をどうにかしないといけない。

 

一番簡単なのは戦わない事だ。

ほむらはまどか達を必死に説得して、何とか戦いを回避する事に成功した。

これでいい、これで皆が救われ――

 

 

 

 

 

 

 

ほむらちゃんへ。

やっぱり皆を傷つける魔女を放っておく事はできません。

あなたが心配してくれた事は凄く嬉しい。

 

でもマミさんと相談して、わたし達は戦う事にしました。

それでお願いがあるんだけど、ほむらちゃんはマミさんの家で紅茶とケーキを用意してほしいの。

ワルプルギスを倒したら、みんなでパーティしようね!!

 

 

まどか

 

 

………。

 

 

ほむらは走った。

時間を止めて、間に合う筈だった。

そしていざ現場に駆けつけてみれば、見たことのある光景が広がっていた。

 

上空には狂った様に笑い続けるアイツ。

そして糸の切れた人形みたいに転がっている死体のマミ。

ほむらもまた狂った様に泣きながら走る。

そして――

 

 

「鹿目さん!!」

 

「あぐっぁあああああああああっ! ああぁぁあ……っっ」

 

 

苦しそうに呻きながら胸を押さえるまどか。

彼女がまだ生きていたと言う事に安心したが、どうにも様子がおかしい。

攻撃は受けていないのに苦しそうに叫び、もがき苦しんでいる。

 

 

「な、なに? どうしたの鹿目さん!!」

 

「ァァアアァアアッッ!!」

 

『離れたほうがいい』

 

 

そこに現れるキュゥべえ。

どうしてまどかが苦しんでいるのかを説明してくれた。

ソウルジェム、まどかのソレは真っ黒に染まり濁りきっている。

 

 

「え?」

 

『あれが、魔法少女の成れの果てであり――』

 

「なんで……っ!」

 

 

まどかの姿が醜く変わっていくその様を、ほむらは目に焼き付けた。

 

 

『君の、未来だ』

 

「だ、騙されてた……!!」

 

 

ほむらは頭をかきむしり、地面に膝を付く。

なんて事だ。なんて事だ。なんて事だ。

血走った目でキュゥべえを睨んだ。愛らしいと思っていた姿が、気持ち悪くて仕方なかった。

 

 

「皆っ! 皆キュゥべえに騙されてた!!」

 

 

魔法少女とは希望に満ちた存在であり、同時に絶望に向かって走り続ける愚かな存在だった。

彼女達は契約したその時から、魔女になる運命を強制付けられていたのだ。

 

 

 

 

 

キュゥべえは、その真実を契約を迫る時、その裏側にあるものを言わない。

それを知っているのは自分だけ、自分だけが全てを知っている。この腐ったルールを知っている。

みんなに教えないと、ほむらはすぐに時間を巻き戻して説明を行う。

 

 

「あのさ、キュゥべえがそんな嘘ついて、一体何の得があるわけ?」

 

「そ、それは……!!」

 

 

しかし誰もそれを信じる事は無い。

皆はキュゥべえを信じ、己の魔法少女としての正義を信じているからだ。

美樹さやかはほむらを睨んで、逆に疑いの言葉をぶつけていく。

 

 

「あたし達に妙な事吹き込んでさ、仲間割れでもさせたいわけ?」

 

「ち、ちがいます!!」

 

「あんた、ホントはあの杏子とか言う奴とグルなんじゃないでしょうね?」

 

 

時間を戻す事は、繰り返す事とは違っていた。

たとえば目の前にいるさやかがそうだ。

ある時間軸では契約せず、ある時間軸ではこうして契約している。

 

全てが決まっているシナリオではない。

巻き戻す度に少しずつ違う世界になっているのだから、不思議なものである。

 

 

「さやかちゃん。止めようよ! それこそ仲間割れだよ!!」

 

「……どっちにしろあたしは、この子とチーム組むの反対!」

 

「っっ!」

 

「まどかやマミさんは飛び道具だから平気だろうけどさ、いきなり目の前で爆発とか勘弁して欲しいんだよね。何度巻き込まれそうになった事か」

 

 

魔法少女だって皆が皆、人を守ろうと考えている訳じゃない。

いろいろな考えを持った魔法少女がいて、時には衝突する事もある。

今は特にそう言った時期だった。

 

 

「うーん。暁美さんには爆弾以外の武器ってないのかしら?」

 

 

いつもは優しいさやかも今はイライラしているのか、ほむらにキツめに当たってしまう。

まどかとマミは何とか雰囲気を和らげようとしているみたいだが、なかなか上手くいかない。

 

 

「………っ」

 

 

もしかしたら自分の力が及んでいないからなのか? ほむらは必死に悩み、努力した。

武器を爆弾だけでなく、自衛隊や暴力団から盗んだ重火器を取り揃えて強化を施した。

人間関係だって必死に改善させ、何度も愚かな輪廻を繰り返していく。

何度、仲間の死を見ただろう? 何度大切なまどかを苦しめたんだろう?

 

 

(諦めちゃ駄目……!!)

 

 

信じれば、辛い世界は終わりを告げる。悲しい現実を壊す事ができる。

まどかに言われた言葉を必死に信じて、ほむらは打倒ワルプルギスの夜を目指す。

諦めなければ奇跡が起こる事を信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーし! じゃあさっさとブッ飛ばして終わりするか!」

 

 

杏子がポッキーを齧りながら笑う。

 

 

「ふふ」

 

 

ほむらは笑顔だった。

 

 

「どうしたのほむらちゃん?」

 

「ううん、諦めなければ奇跡は起きるんだなって」

 

「?」

 

「なんでもない」

 

 

ほむらは笑顔で空に浮かぶワルプルギスの夜を見た。

覚悟しなさい、今回で全ては終わり。

ほむらは両隣にいる4人の魔法少女を見て強く、拳を握り締める。

 

 

「鹿目さん、貴女は私が守るから!」

 

「あら、意外と大胆なのね暁美さんは」

 

 

マミもまた優しく笑っていた。

 

 

「何言ってんの! まどかを守るのはあたしだ!」

 

 

凛々しく笑うさやか。

5人は並び立ち、そして近づいてくる最悪の魔女に勝利宣言を行う!

 

 

「5人の力を合わせれば、ワルプルギスの夜なんて――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――あは」

 

 

ほむらは笑っていた。

 

 

「あははハハハははぁはハはははハハ」

 

 

目の前には杏子の腕と顎の欠片だけが落ちている。他はどこかに飛んでいってしまった。

少し離れた所には、逆さにそびえ立つビルがあった。

あの下にはおそらくマミがいる筈だ。虫の様に簡単に潰されて終わり、あっけない人生。

 

 

「えはへへへえへへえへへへ」

 

 

黒焦げになってしまったさやかは、原型を留めていない。

風に吹かれれば炭はどこかへ飛んでいってしまうだろう。

 

 

「――――」

 

 

ほむらはふと上を見た。

何故か租借音だけは嵐の中でも鮮明に聞こえてくる。

もしかしたら聞かせてくれているのかもしれない。

ワルプルギスは食事の間も狂った様に笑っていた。

 

肉を噛み切る音、骨を砕く音。

耳を塞いでも脳に直接叩き込まれる。

ほむらは教えてほしかった、何故餌に選んだ存在が『彼女』だったのか?

何故それを自分に見せるように――……ッッ!!

 

 

「………ぁ」

 

 

魚の骨を吐き出す様に、ワルプルギスの夜は食べかすを勢い良く吹き出した。

それは骨ではなく頭部だ。ほむらの前にゴロゴロと転がるのは、血に塗れた親友の笑顔だった。

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

 

 

ガチャリと、盾のギミックが作動する音が聞こえた。

 

 

「!」

 

 

目が覚めた。病院の天井ではなかった。

ほむらは最早、何が夢で何が現実か分からなくなっていた。

外を見れば雨が降っている。嵐になる筈だ。

 

 

(大丈夫みんながいる。大丈夫みんながいる。今回はだって――!)

 

 

ほむらは、病室で目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「ッ」

 

「これが、私が魔法少女になった理由と体験してきた過去の一部よ」

 

 

ほむらは髪をかき上げて目を閉じる。

話を聞いていた手塚とサキは目を見開いたまま動きを止めている。

どんな顔をしていいか、何を話せばいいのか全く分からずに沈黙している様だ。

 

 

「じ、地獄だ……!」

 

 

サキはボロボロと涙を流してほむらを見た。

ほむらが達観している理由、少し大人びている理由がこんな悲しみに満ちた物だと誰が予想できた? 誰がそれを望む!?

 

 

「き、キミはそれだけの地獄を耐えてきたのか!?」

 

「別に。もう慣れたから」

 

 

淡々と言う。

何の期待もしていない。

そんな冷めた雰囲気には、諦めの感情も見える。

 

 

「そういう事じゃないだろ! 何故今まで教えてくれなかった!!」

 

「教えて何になるの? それに貴女を簡単には信用できない……ッ!」

 

「そ、それは――! すまない、少し取り乱した」

 

「……いえ」

 

 

そこで手塚は口を開く。

今までの話はほむらにとって辛い物だったろう。

しかし手塚にとっては色々と気になる所があった。

 

 

「そもそも何故今、それを俺たちに教えようと?」

 

「そ、そうだな。パートナーである彼はともかく、私にも」

 

 

ほむらは大きなため息をつく。理由の一つとしては、芝浦との戦いにあった。

全ての環境がおかしくなっている時間軸で感じた命の危険。

ガイペアの力は凄まじく、ナイト達の助けが無ければ死んでいたかもしれない。

 

そうなると、他の誰もが今を不自然に思わずに生きることになる。

もう迷っている時ではない。芝浦達の他にも大きな力を持った参加者は多いだろう。

ほむらだけが全てを知っている。この違和感に気づいているのだから。

 

 

「だから、打ち明ける事にした」

 

 

ほむら視点。最も信用できるのは、やはりパートナーである手塚だ。

そしてもう一人は行動を見るにサキしかいない。

一瞬美穂も脳裏には浮かんだものの、よく考えてみると――

 

 

「彼女は、お喋りそうだから」

 

「あはは。あー……」

 

 

まあ分かる。

サキはフォローの言葉が浮かばず、心の中で美穂に謝罪した。

 

 

「後はどうにも信用できない」

 

 

真司は逆に背負いすぎてしまうから言えなかった。

 

 

「私は、貴方達を信じるわ」

 

 

目を細めるほむら。

顔が言っている、信じる代わりに裏切ったら許さないと。

そんな殺意を感じて、サキは思わず息を呑んだ。

 

 

「だから、貴方達も私を信じてほしい」

 

「信じるさ」

 

「……!」

 

 

手塚は即答で答える。

占い師というのは人を視る職業だ。

そして時には、真実を偽って答えを告げる事もある。

 

本当に答えが欲しくて占いを望む者。

それともただ都合のいい答えを聞いて自信をつけたい者などを見極める時だってある。

神社の占いだって、中身に凶を入れない所もあるとか。

 

 

「嘘をついているかどうかくらいは分かる様になった」

 

 

100パーセントとは言わないが、自信はある。

手塚は、今のほむらが嘘をついていないと思っていた。

 

 

「なによりも、相方の言う事を信じるのは、パートナーとして当然だろう?」

 

「……ありがとう」

 

 

ほむらは少し微笑んでお礼を言う。

 

 

「ニヤつかないで、貴女はどう?」

 

「あ! わ、悪い!!」

 

 

サキは咳払いを一つ。

 

 

「私も手塚と同じ意見だ」

 

「理由を聞かせてもらっても?」

 

「キミがまどかを想い、願いを叶えた様に。私にとってもまどかは大切な存在だ。そのために戦うキミを疑う必要などあろうか?」

 

「……そこなの、私が気になったのは」

 

「?」

 

「確かにな。俺も思う所がある」

 

 

ほむらが手塚とサキを選んだのには、もう一つ理由がある。

それは手塚たちが、ほむらにとって大きなイレギュラーだからだ。

騎士である手塚。そして見た事も無い魔法少女である浅海サキ。

 

 

「まずは貴女、浅海サキ」

 

 

時間をループする中、まどかの幼馴染のお姉さんなんて一度たりとも存在しなかった筈。

 

 

「何者なの? あなた」

 

「な、何者と言われてもな。私は昔からあそこに住んでいるだけだ」

 

 

サキは両親が離婚して見滝原にやって来た。

アルバムもあるから今度見せると。

 

 

「今までは両親が離婚しなかったと言う事か?」

 

「分からない」

 

 

確かに、ループの中で異変が起こる事自体は珍しい事ではない。

例えばヴァイオリンに命を懸けていた上条恭介。

 

 

「彼がギタリストだった時間軸もあるわ」

 

「……そ、それは凄い」

 

 

想像がつかない。

そもそもそれは結構大きな変動ではないか?

だとすれば浅海サキと言う魔法少女の出現自体は珍しい事ではない気もする。

もちろんほむらもソレは考えた。だがそれにしてはイレギュラーが多すぎる。

 

 

「暁美、お前が今まで確認しなかった魔法少女は浅海だけなのか?」

 

「いえ。例えば、まずは立花かずみ」

 

 

二人目の転校生。

 

 

「そして双樹達もよ」

 

 

二重人格の魔法少女なんて聞いたことが無い。

おかげで死にそうになったものだ。

 

 

「あとはユウリ」

 

 

参加者の皆殺し、そして復讐を宣言した危険人物。

 

 

「そう言えば学校のホールで会った二人の事を知っている素振りだったな」

 

「ええ。美国織莉子と呉キリカ、二人とも知っているわ」

 

 

苦い思い出がある。ほむらは少し表情を歪ませた。

ほむらはホールで織莉子の魔法が未来予知だと言う事を言い当てた。

今になって思えば、それは一度見ていたからだ。

 

 

「だったら、アイツの言っていた言葉の意味が分かるんじゃないのか?」

 

 

織莉子は何やら含みのある言い方をしていた。

大きな絶望がどうとか、もうすぐ滅びの運命がどうのこうのだとか。

 

 

「そうだな。もしも未来が視えているなら、ソレは凄まじくマズイ事では?」

 

 

織莉子の言う事が本当ならば、このゲームの終わりにあるのは破滅だけなのだから。

 

 

「……いえ、分からない」

 

「………」

 

 

嘘だ。手塚もサキも、ほむらの表情がかすかに変わったのを見逃さなかった。

それに声の音量も微かではあるが小さくなっているし。おそらくはほむらにとって都合の悪い真実なのか、それとも半分しか分からない状況なのか。

少なくとも何かヒントだけは知っていると手塚は予想した。

 

 

「しかし――」

 

 

サキが声をあげる。

詳細は聞きにくい、手塚も黙ってサキの言葉を聴くことに。

 

 

「参加者の多くと顔を合わせたが、一人足りないな」

 

「おそらく魔法少女集会でいう7番でしょうね」

 

「隠れていると言う事なのだろうか? それともチャンスを待っているだけなのか?」

 

 

いずれにせよ戦いたくは無い。

だが最も可能性が高いのは、ワルプルギスが現れてから他の参加者を狙うタイプだ。

 

 

「そう言えば、ワルプルギスの参加時期は分からないのか?」

 

「ごめんなさい。今回はもう今までの時期を過ぎているわ」

 

 

今回は相当イレギュラーらしい。

しかし何故、イレギュラーが今回に限って集まるのか?

気になるのはやはり、騎士の存在だろう。

 

 

「騎士が出てきたのは今回の時間軸が初めてよ」

 

「確かに、魔法少女のシステムに比べればかなり浮いている」

 

 

魔法少女は女性しかなれない。

かと言って、騎士の中には美穂と言う女性がいる。

何故ジュゥべえはわざわざ美穂を騎士の方へ導いたのだろう?

 

 

「ありのままに信じるなら、今回は実験だな」

 

 

サキがジュゥべえから聞いた情報では、騎士は魔法少女システムに次いでエネルギーを搾取する方法となるかもしれない。

その為のデータ集めとして美穂は騎士側に選ばれたのだろう。

 

 

「ちなみに、私が繰り返してきた中にジュゥべえと言うのも存在していなかったわ」

 

 

擬似的な感情を持ち、キュゥべえと違い、明確な嘘までつける妖精。

キュゥべえのアシストを行う『従属するインキュベーター』の略がジュゥべえだ。

 

 

「アイツは私を知っていたし、能力もお見通しだった。あいつ等の言葉を信じるなら私はもう過去には戻れない」

 

「まあ、キミの力はインキュベーターにとっては邪魔な存在だろうしね」

 

 

せっかく集めたエネルギーをリセットされる。

それをインキュベーターは良しとはしないだろう。

だからインキュベーターらはほむらの能力を封じたのだろうか?

いろいろな願いを叶えられるのなら、難しくは無さそうだが……。

 

 

「ただ、それは少し違和感がある」

 

 

サキの言葉に頷くほむら。

何かがおかしい。ほむらの能力をインキュベーターはいつ知ったと言うのか。

 

 

「騎士に関する事もそう」

 

 

真司、蓮、北岡の働いている場所をほむらは知らなかった。

それはつまり、BOKUジャーナルや北岡の事務所、喫茶店アトリがこの時間軸で初めて生まれた存在だと言う事だ。

 

 

「そんな偶然があり得ると言うのか?」

 

 

いくらなんでも不自然なイレギュラーが重なりすぎている。

そこへ開催されたFOOLS,GAME。

 

 

「成る程、確かに余りにおかしい」

 

 

見滝原に集まった見たことの無い魔法少女。見たことも無い騎士。

そして生き残りをかけたデスゲーム、FOOLS,GAME。

これが一度の時間軸に起こるなど、ほむらでなくても違和感を感じると言う物だ。

 

 

「前回の時間軸でおかしな事は? 例えばキュゥべえに能力がバレたとか……」

 

「それは、無い」

 

 

すると手塚はココで一つの可能性を示した。

 

 

「暁美。お前は本当に今回の時間軸に、お前の魔法でやってきたのか?」

 

「……?」

 

 

成る程とサキも理解する。

ほむらがもしも時間魔法ではなく、キュゥべえ達によって連れてこられたというのならば、違和感も理解できると言うもの。

 

 

「いえ、私が目覚めた時はいつもの病室だった」

 

 

それに前回の記憶もあるとほむらは言う。

いつもどおり、救えなかった記憶が鮮明に。

 

 

「そうか……」

 

「とにかく、今日は貴方達にこの事実を知ってほしかった」

 

 

ほむらは申し訳無さそうに手塚たちを見る。

声の音量もより小さくなっていき、珍しく弱気である。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

時間を巻き戻すと言う事のエゴ。

自分の都合で他人が掴み取った幸せを無かった事にする罪。

ほむらにはやり遂げなければならない事があり、それを諦める気は無い。

 

もしもこの時間軸で再び時間を巻き戻すチャンスがあれば、すぐにそれを実行するだろう。

それはつまりこの時間軸で得た絆を無かった事にする事だ。

そして以前サキに聞いた、戦う理由。

 

 

「貴女の妹さんも、前の時間軸では――……」

 

 

死ななかったかもしれない。

それを言葉にする資格が暁美ほむらにあろうか? 目指したゴールの過程に、どれだけの人間を犠牲にしたのか?

それから目を逸らしていた部分だってある。

 

 

「そうだな。確かに君の言う通り……、妹は前の時間軸では生きていたかもしれない」

 

 

しがし意外にもサキの声色は優しかった。

その表情も、まどかと接する時に近い。慈愛の目でほむらを見ている。

 

 

「怒りがないと言えば嘘になる。しかしソレは事実があってこそ浮かぶ感情だ」

 

「?」

 

「妹は――、前の世界でも死んでいたかもしれない。ならば、それをキミの責任にするのはお門違いだ」

 

 

たらればで争うのは虚しい。

 

 

「それに、私は確かにこの時間軸を生きているんだ」

 

 

サキは、命と言う物に関して独自の考えを持っている。

そもそも本当は願いで妹を蘇生できたのに、ソレをしなかった。

 

 

「たった一度だけ与えられた命。その時を生きるからこそ、人はその限られた時間の中に喜びを知る」

 

 

命は何よりも尊い。

だからこそ人はそこに『生』の意味を見出す筈だ。

 

 

「もちろんキミ達が誰かを蘇生させたいなら、否定はしない」

 

 

これはあくまでもサキ個人の考えだからだ。

故に、サキはほむらに対して怒りを覚える事は無い。

もちろん蘇生させたいと思う気持ちはあるが、自分はその踏ん切りがつかないとも思う。

 

 

「それに妹は優しかった。彼女なら、キミを恨んだりもしないだろう」

 

「そう……」

 

 

サキはふと思い出したように手塚を見る。

 

 

「妹は美幸と言うんだ。君と一緒だな」

 

「成る程、良い名だと思うぞ」

 

 

ニヤリと笑う手塚、サキも微笑んで頷いた。

 

 

「とにかく今、私達に出来る事はこのゲームを終わらせる事だ」

 

「これ以上の犠牲者を出すのは避けたいな」

 

「そうだ。難しいかもしれないが諦めてはいけない。諦めた時点で何も叶わなくなる」

 

「………」

 

 

ほむらは悲しげに頷いた。

とにかく今は起きている異変を調べつつ、ワルプルギスに勝つしかない。

ただ話を聞けば分かる事だが、ワルプルギスの夜は他の魔女とは圧倒的にレベルが違う。

もしも戦闘中に妨害を受ける様な事があれば、確実に勝てない。

 

 

「アレは巨大。それに嵐を巻き起こす能力がある。見滝原にいれば発見するのは難しくないわ」

 

「つまり参戦派がいない状態で戦いを挑むしかない訳か」

 

「そして勝つ。厳しいな」

 

 

しかし希望もある。

イレギュラーとしてみている騎士。その存在はワルプルギスの夜にとってもイレギュラーの筈だ。

騎士と魔法少女の力が合わされば、活路はあるのではないか。

 

 

「勝とう。私達は、絶望する為に生まれた訳じゃないんだから」

 

「ああ」

 

「ええ」

 

 

三人は頷いて、小さな希望を胸に灯したのだった。

 

 

「私にできる事があれば何でも言ってくれ」

 

「そう? じゃあ早速お願いしたい事があるのだけど」

 

「?」

 

 

ほむらはサキに一つの事を頼む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、どうもいらっしゃ――……あ、サキ!」

 

「ああ。今いいかな?」

 

「いいよいいよ! いらっしゃい!」

 

 

手塚の部屋を出たサキが真っ先に向かったのは、喫茶店アトリだった。

そこで店の手伝いをしていたかずみに接触する。

 

 

「少し、君と二人だけで話がしたい」

 

「……!」

 

「誰にも聞かれたくない話になる。場所はあるかな?」

 

 

サキの言葉で、ある程度は察したのか、かずみは深刻な表情で頷いた。

 

 

「しばらくしたら休憩だから、それまでは待ってて」

 

「分かった。店にいても?」

 

「うん、いいよ。何か飲む」

 

「ああ――。ん? あれは」

 

 

サキはカウンターの方で見知った背中を発見する。

今日は平日で昼前ともあってか、それほど客が居ないためにすぐに分かった。

城戸真司だ。その背中は見るからに物悲しげであり、何やら蓮にブツブツと相談をしている。

 

 

「なあ蓮、お前はそれでいいのかよ!!」

 

「当たり前だ。俺が知ったことじゃない。それにもう手遅れなのは流石にお前でも分かるだろ」

 

「そ、それは――……! そうかもしれないけど!」

 

 

サキは真司に近づき、隣に座って話しかけた。

 

 

「どうも」

 

「ああ、サキちゃん」

 

「何か悩み事ですか?」

 

「あぁ、えっと――」

 

 

真司は芝浦から聴いた真実に違和感を覚えていた。

だからこうして皆に意見を聞いて回っているのだ。

 

 

「サキちゃんはさ、魔女を倒す事に抵抗とかない?」

 

「最初は少しだけ。でも、もう魔女は魔女だ」

 

「ほら見ろ。そこのガキはお前より何倍も頭がいいな」

 

 

蓮の言葉に唸る真司。

確かに魔女は魔女だ。放置しておけばより多くの犠牲者を生み出す『悪』として考えるのが普通だろう。

 

 

「でもなぁーッ!」

 

 

しかしそれとコレとは別だ。

目の前にいる魔女が、元々は希望に目を輝かせていた少女だと思うと、どうにも攻撃を行う事ができない。

どうしても元の存在がチラついてしまうのだ。

 

 

「魔女は、使い魔から進化した可能性もあります。全てが元魔法少女とは限らないでしょう」

 

「う、うん」

 

 

サキは蓮に紅茶を注文すると、ため息をつく。

フォローの言葉を入れるものの、人として正しいのはおそらく真司の方だ。

少し迷いこそしたが、すんなりと魔女を殺せるようになったサキとしては、どうにもこうにも。

 

 

「優しさと甘さは違う。お前はただ甘いだけだ」

 

「ッ!」

 

 

蓮の言葉に真司は表情を歪めた。

真司自身も色々と思うところがあるのだろう。

 

 

「分かっているのか。芝浦に殺されていたんだぞ、お前」

 

「ああ……」

 

「それはあの学校の連中も同じだ。お前、守るんじゃなかったのか? そんな事じゃ――」

 

「分かってるよ!」

 

 

痛いところを突かれたからか、真実は少し声を荒げてしまう。

こんな事じゃ、誰も守れはしない事くらい痛い程分かっている。

向こうは殺す気。こちらはニコニコと仲良くしましょう。

どちらが不利なのかは明白だ。

 

 

「分かってるけど――ッッ!!」

 

 

うな垂れる真司。

 

 

「ちくしょう! どうしてこうなるんだよ!!」

 

 

状況は悪くなる一方としか思えない。

戦いを止めたいと思っているのに、全然うまくいかない。

無力感、虚しさ、真司は頭をかきむしる。こんな筈じゃ無かった、もっと騎士の力はより良い事に使える筈だった。

 

 

「騎士って……、見た目は結構ヒーローっぽいじゃん」

 

 

子供の時には憧れていた"戦隊ヒーロー"。

ドラグレッダーだってその時の印象から生まれたモンスターである。

別に正義のヒーローになろうとかじゃないし、そう言うのがフィクションだと言うのも分かる。

 

ただやはり騎士になれた時は、多少そう言ったヒロイックな気分にもなる。

なのに周りの奴らは殺し合い、それはヒーローとはかけ離れた行動だ。

 

 

「現実だからな。お前みたいに夢に溢れてないんだよ」

 

「ちょっとくらい夢見たっていいだろ? どうせ貰うなら、殺し合う力より守るための力の方がいいじゃないか」

 

 

それを鼻で笑う蓮。力をどう使うなど力を得た人の勝手だ。

それに今の真司の言葉は余りにおかしい。

殺し合う力より守る力? 蓮はそれは大きく違うと真司に示した。

 

 

「俺たちが手にしたのは、同じ力だろ」

 

「……!」

 

「騎士はヒーローなんかじゃない。ただの鎧、そして武器だ」

 

 

全ては騎士の意思次第。

最初に手にした力は、全員が同じであった筈だ。

 

 

「城戸、お前は期待しすぎている」

 

 

周りがいつか自分のミスに気づき手を取り合う? 甘い、甘すぎると蓮は言った。

真司は戦いと言う物を勘違いしているのだ。真司は戦う事がイコールで、他者を傷つけると言う発想に至りすぎている。

 

そう言った点では同じ戦いを止めたい考えであったとしても、手塚の方が余程リアリティのある考えを持っているだろう。

手塚は参戦派で話が通じないなら、排除はやむなしと思っている派だ。

 

 

「手塚は正しい。戦いを止めたいなら、お前がちゃんと戦って、力で周りを黙らせろ」

 

「………」

 

「屈服させて、協力させるくらいしなければ、この戦いは終わらない」

 

 

話を聞いていたサキは何も言わない。

それは多少なりとも蓮の言うことの方が正しいと思ってしまうからだ。

とは言え、唸る真司。

 

 

「それは少し違う気がする」

 

「?」

 

「やっぱり心の問題なんだと思うけどなぁ。あ、ほら、北風と太陽ってあるじゃん」

 

 

無理やり従わえても、それは本当の信頼ではないし、協力にも繋がらない。

魔法少女と騎士の連携。そして何よりも参加者の協力が、ワルプルギス討伐には必須だと信じている。

 

 

「なら、王蛇みたいな奴が協力すると思うか?」

 

「………」

 

 

思えない。正直真司もそう思っている。

 

 

「でもッ、じゃあ無理なんだって諦めるのかよ」

 

 

王蛇だって杏子とペアが成立しているのだから、誰とも協力できない訳じゃない筈だ。

 

 

「俺は絶対に諦めないからな!!」

 

「フッ、せいぜい折れない様に頑張るんだな」

 

「あはは……」

 

 

正直サキとしては諦めている所はある。

戦いを止める事を目的とはしているが、残り参加者全員が手を取り合いワルプルギスを倒す事は不可能だとも思う。

とにかく王蛇ペア、そして美国織莉子が率いていた集団。

 

 

(さやかを絶望させた原因の一人、呉キリカ)

 

 

となれば当然織莉子だって絡んでいる筈。

 

 

(全く、どいつもこいつも困った奴だ)

 

 

そこで、かずみがやって来る。

どうやら休憩時間のようだ。サキは真司たちに別れを告げて、喫茶店に連結されている立花の家へ案内された。

 

そのまま階段を上ってかずみの部屋へ。

空いていた一室を部屋として利用させてもらっているらしい。

かずみの趣味なのか猫のグッズが多く、女の子らしい可愛いものである。

 

 

「私の部屋とは大違いだ」

 

「えへへ、欲しいなら一つあげるよ」

 

 

クッションを差し出すかずみ、サキは礼を言ってそこへ座る。

和やかに笑い合う二人だが、サキが表情を変えて本題へと話しを持っていく。

 

 

「かずみ、君は何者なんだ?」

 

「え……?」

 

 

それは暁美ほむらに頼まれた事だった。

ほむらは、ガイペア戦で『暴走』を確認している。

能力、鈴型のソウルジェム、そして魔女に近づく暴走。

 

全て一人の魔法少女の力と言えばそれまでだ。

しかし、かずみもほむらにとってはイレギュラー。

ほむらは一度かずみの事を調べてみることにした。時間を止めて学校にあった個人情報を確認する。

 

 

「私も少し調べさせてもらった。立花の親戚と言うのは本当なのか?」

 

 

なにぶん見滝原から出られない為、調べられる事も少ないが、それでも怪しい所が多々出てきた。

 

 

「魔法でわざわざ教師を洗脳して、学校に入学する手続きを取ったね」

 

「………」

 

「一度、マスターやキミのパートナーに詳しく話を聞く必要があるのかな?」

 

「……サキは意地悪だね」

 

「許せ。このゲームでは信頼が一番の武器だからな」

 

 

かずみ大きなため息をついてうな垂れた。アホ毛がそれに合わせて垂れ下がる。

 

 

「負けだよ。負けです。負け負け。観念しました」

 

 

かずみだって信頼が大切なのは知っている。

下手に怪しまれて敵視されるのは、不本意だった。

 

 

「そうだよ。わたし、ホントは立花さん達とは何の関係も無いんだ」

 

「じゃあ親戚と言うのはやはりウソなんだね」

 

「うん。絶対に蓮さんには黙っておいてね」

 

「約束しよう。私も、悪戯に人間関係を壊す気は無い」

 

 

しかし気になるのは、何故かずみが嘘をついてまで蓮の傍にいるのかだ。

 

 

「実はね、わたしの願い事が関係してるんだ」

 

「魔法少女になった理由?」

 

 

頷くかずみ。

魔法少女として願った祈り。

 

 

「勘違いしないで、わたしは本当に戦いたくは無いの」

 

 

しかし協力派のままと言う訳にもいかなかった。

 

 

「詳しくは言えないけど、わたしも恵里さんを助けたいの。もちろん蓮さんも悲しませたくない」

 

 

だからかずみにとって最も優先されるのは、蓮の願いだった。

もしもゲームが進み、恵里を救う方法が『願い』しかないと判断すれば、かずみは蓮と共に戦うしかない。

 

 

「そうなったら、私は迷わないよ。たとえサキやまどかを殺す事になっても……」

 

「ッ」

 

「ごめんね。本当に、ごめん」

 

「いや、私もキミを止める」

 

 

かずみは困った顔を浮かべるが、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「しかし願いはワルプルギスを倒しても叶えられる。それじゃ駄目なのか?」

 

「わたしね、できれば……、死にたくないの」

 

 

協力派の面々ならば今のところ願いを譲ってくれそうな物だ。

しかし叶えられる願いは一つだけ。恵里を助けると、魔法少女システムの否定ができない。

ソウルジェムの問題をどうにかしなければ、かずみはやがて魔女になってしまう。

それは、嫌だった。

 

 

 

「サキはどう考えてるの? 魔法少女から逃れないと、わたし達死んじゃうんだよ?」

 

「そうだな、ワルプルギスを倒して魔法少女の呪いを解き放つしかないのかもしれない」

 

「でしょ? だったら協力派だとダメなんだよ。ダメダメなんだよ」

 

「……ッ」

 

「魔法少女は寿命じゃ死なないんだから。絶望して魔女として死ぬか、その前にソウルジェムを砕いて死ぬか……」

 

 

でも、そんなのは悲しすぎる。死にたくない。ただそれだけだった。

 

 

「やっぱり、幸せになるには生き残るしかないんだよ」

 

 

悲しいけど、それ以外に方法が無いのだから仕方ない。

かずみは蓮の為に、そして何よりも自分の幸せの為に、願いを複数叶えたいのだ。

果たしてそれが正しい事なのかは分からないが、間違ってもいないはずだ。

 

 

「だが君は他人を犠牲にして成り立つ幸福の中で、本当に以前と変わらない笑顔を浮かべる事はできるのか?」

 

「……それはッ、ずるいよ」

 

 

一番聞きたくない事だ。

まどかやサキを殺して、かずみは願いを叶えた後で変わらない笑顔を浮かべられるのか?

罪の意識に苛まれないとでも言うのか?

 

 

「しかし事実だ。目を逸らせない」

 

 

ある意味、詰んでいるのかもしれないとサキは言う。

悲しすぎるゲームだ、希望だけチラつかせて終われば、絶望の思いに苛まれて自滅する。

もしかしたらキュゥべえ達はこの一連のプロセスすら目的に組み込んでいるのかもしれない。

恍惚だ。人の心を利用して絶望させようとしている。

 

 

「擬似的な感情を持っているジュゥべえ辺りが言い出したんだろ」

 

 

厄介な武器を手に入れた物だ。

キュゥべえだけならゲームすら起きなかったのかもしれない。

その言葉を聞くと、かずみはハッと顔を上げた。

 

 

「わたしね、キュゥべえ達に怖い事聞いたんだ」

 

「怖い事?」

 

 

キュゥべえ達に出会う事ができれば、ルールや情報を教えてくれる。

かずみも運よくキュゥべえを見つける事ができたので、情報を貰っていたのだ。

 

 

「サキはさ、考えた事ない? 他の魔法少女が今何をしてるのか」

 

「ああ、そう言えばそうだな」

 

 

見滝原だけでなく風見野や他の地域にも魔法少女はいる。もちろん海外にも。

 

 

「そうか! 見滝原外にいる魔法少女に助けを求める事ができれば、希望が見えるかもしれない!!」

 

 

しかしかずみは顔を青くして首を振った。

 

 

「駄目なの」

 

「ど、どうして?」

 

「だって――」

 

 

かずみの言葉に、ゾクリとサキの背中に寒い物が駆ける。

 

 

「だってね、もう"誰もいない"んだ」

 

「それはどういう――?」

 

「キュゥべえ達はね、参加者以外の魔法少女が邪魔だから消したんだよ」

 

「け、消した?」

 

「うん。全員絶望させて、魔女に変えたんだって」

 

「馬鹿な!!」

 

 

サキは思わずテーブルを叩いて立ち上がる。

 

 

「そんな横暴――ッ! ありえない!!」

 

 

サキは少なくともキュゥべえ達はあくまでも直接的な介入をする事は無いとずっと考えてきた。

お互いのパワーバランスもあくまでも均等。魔法少女と対等な立場を維持するとばかり。

なのに今、明確な力の差を教えられた気がする。

インキュベーターは魔法少女と対等なのではない。完全に上を行く存在なのだ。

 

 

「し、信じられない……!」

 

「信じられないなら、サキも妖精を探すといいよ」

 

「だがッ、そもそもそんな方法があるのなら遠回りなエネルギー回収をする必要は無いのでは? 適当に契約させ、直後絶望させればいいだけでは……」

 

「それじゃあ得られるエネルギーが少ないんじゃないかな?」

 

 

もしくは。サキはジュゥべえに言われた言葉を思い出す。

契約のシステムは有益な取引だと。取引とは相手と対等な立場である者が行うものだ。

得る物を得る為に、協力し合う。

 

かずみが今述べた事を照らし合わせるなら、つまりインキュベーターは人を絶望させる事自体は容易にできると言う事なのか?

 

 

「しかしそれでは大きなエネルギーが得られないから、あえて私たちを放置して自然に絶望させる様に仕向ける……」

 

 

キュゥべえ達はあえて自分達を泳がせていたのだ。

希望をチラつかせ、餌を与えて太った所を絶望する事でより多くのエネルギーを得る。

殺すだけなら簡単にできたのに。

 

 

「養殖と同じだよ。わたし達は狭い箱庭の中で飼われる餌だったんだ」

 

 

杏子が以前言った言葉に、食物連鎖のピラミッドがある。

家畜や植物を食らう人、そして人を食らう魔女。その上に立つのは魔法少女だと。

しかしピラミッドには続きがあった。

魔法少女を食らう妖精と言う続きがだ。

 

 

「つまり、キュゥべえ達の気分次第で私達は簡単に排除されるのか!?」

 

「たぶん……。だから願いの力を使ってキュゥべえ達もどうにかしないといけないの」

 

 

未だにサキは信じられなかった。

そんな方法があるならば、何故時間をループする一番の邪魔者であったほむらをすぐに殺さない?

何故今になってこんなゲームを持ち出すのか。

 

 

「だからね、やっぱり願い事で幸せになるしか無いんだと思う。ワルプルギスを倒しただけじゃ多分ダメなんだよ」

 

 

かずみは苦しそうに言った。

自分はともかく、せめて蓮だけは幸せになってほしい。

 

 

「正直、魔法少女(わたし)達って、ちょっと諦めてる所あるよね」

 

 

幸せになる事を。

 

 

「でも、騎士の皆は、まだわたし達ほど絶望に向かってないと思うんだ」

 

 

だから幸せになってほしい。

それが、パートナーとしての自分達ができる精一杯のお手伝いなのではないか。

かずみは儚げに笑っていた。

 

 

「………」

 

 

泣きそうな笑顔だった。

サキは何と声をかけて良いか分からず、曖昧な笑みを返すしかなかった。

 

 

『幸せになれるさ、私達は』

 

 

その言葉を言えば良かっただけなのに、できなかった。

サキはそれが悔しかった。だけど悔しいのに、悔しいと分かっているのに、何も言えない。

この時、理解してしまったのかもしれない。

かずみとはいずれ、戦う事になるのだろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ」

 

 

一方コチラは真司。未だに踏ん切りがつかないでいた。

騎士や魔法少女達と戦う事。魔女と戦う事。

人を守るためとは言え、意識してしまうのは当然じゃないか。どうして蓮があんなに簡単に割り切れるのかサッパリ分からなかった。

 

 

「はぃ」

 

 

別に正義がどうのこうのと言うつもりは無い。

人として、人だった者を傷つけるのはおかしいのではないかと言う考えだ。

もちろん放置すれば危険と分かりつつ、どうにも抵抗が拭えない。

 

 

「はぅ」

 

 

悩む。

 

 

「はぇ」

 

 

迷う。

 

 

「はぉ」

 

 

弱い、俺は。

真司はどんどん深い思考の闇に落ちていく。

 

 

「はぁあぁぁぁああぁああぁあ!!」

 

「いやうるせぇよ!!」

 

「ぶーばッ!!」

 

 

丸めた雑誌で殴られた。

真司が振り返ると、ソコにはイライラしてますと表情を歪めた編集長が。

 

 

「な、なんでしょう?」

 

「なんでしょうじゃないよお前は。何なんだ、最近ため息ばっかり!」

 

 

いつも馬鹿みたいに元気のいい真司が急に黙り込んで、ため息ばかり。

編集長でなく仕事仲間全員がその異変には気づいていた。

しばらく放っておけば治るだろうと思っていたが、どうにもそうでないらしい。

 

 

「あれだろ、応援してたサッカーチームが負けたんだな。ははあ、仕方ないよ真司くん。勝負の世界とはそういうものさ」

 

「ち、違いますよ」

 

「じゃああれか、大切にしまっていた饅頭の賞味期限が切れたんだな。大丈夫だよ真司、お前はお腹も馬鹿だから痛んでても気づかないって」

 

「失礼ですよ編集長!」

 

「だぁもう、じゃあ何なんだよ! ほら、言ってみろ! 金と女の事以外ならバシーっと解決してやるからさ!」

 

「じゃあ――……」

 

 

唸る真司。

とは言え、どう説明すればいいものか。

 

 

「どうしてもやり遂げたい目標があるんです」

 

「ほう!」

 

「だけどっ、全然できる気がしないっていうか……、なんて言うか」

 

「諦めろ! 無理なモンは無理! 以上!!」

 

「ええ!? いやいやそりゃないでしょ!」

 

 

真司は編集長を掴んで強く揺さぶる。

 

 

「何かこうバシーッと決めてくれるんじゃなかったんですか!」

 

「うるせぇ黙れ! この世は夢も希望も無いんだよ!」

 

「そこを何とか!!」

 

 

真司は立ち去ろうとする編集長の腰を掴んで引っ張る。

これじゃ何も変わらない、むしろモヤモヤは膨らむばかりだ。

 

 

「だいたいお前は迷うってキャラじゃないだろ! せいぜい昼メシを牛丼にするか天丼にするかで悩むくらいだったろうが!!」

 

「それも最高に迷うことだけどッ、今はもっと悩んでるんですってば!!」

 

「じゃあやり遂げるまでッ、やり続けろよ!!」

 

「!」

 

 

真司はハッと表情を変えて手を離す。

おかげで編集長は雑誌の山へと吹き飛んでいき壮大に転んでいた。

 

真司は先ほど言われた言葉を復唱する。

当たり前にも思えるが、ゴールに向かうには何はともあれ、走り続けなければならない。

 

 

「でもやり遂げる自信も無いし……」

 

「それでもだよ。できなくても、叶わなくてもやり遂げる為に行動しろ」

 

「ゴールも見えないし……」

 

「だったとしても、お前の性格ならやらないよりはやった方が良い。じゃないともっと後悔する。お前はそういうヤツだ。俺は知ってる」

 

「え? いや、編集長に俺の何が分かるんですか」

 

「殴るぞ」

 

 

とにかく、目標の為に走り続ける事こそが迷いを振り切る事。

その途中に何度迷っても、目指した道をただひたすらに走る事。

 

 

「馬鹿が考えたってどうしようもないんだから、行動するしかないだろ」

 

「そ、それはまあ」

 

「そもそもな。人間誰かに相談する時点で、実はもう自分の中でだいたい答えが決まってる事が多い」

 

 

背中を押してほしいのだ。誰もがみんな。

 

 

「お前のやりたい事は、お前が一番分かってんだろ?」

 

「………」

 

「それにな真司。さっきは夢も希望も無いって言ったけど――」

 

 

案外うまくいく時は、すんなりうまくいく。

それに望んだ事以上の物が返ってくる場合だってある。

 

 

「まあ要するに何が起こるか分からないのが人生だ」

 

 

それは当然真司にだって言える事だ。

 

 

「お前がやりたい事を、最後まで目指してみろ。もちろん仕事に支障の無い程度にな」

 

「は、はい!!」

 

 

頷く真司。

 

 

「よし、今日は予定も無いから後は外でネタ探して来い! 時間になったら帰っていいから!」

 

「わ、分かりました! ありがとうございます!」

 

 

オフィスを出て行く真司。

編集長は腕を組んで頷いている。

 

 

「叶わなくてもやり遂げる為に行動しろ、か。良いこと言いますね編集長」

 

「だろ? 俺の豊かな人生経験がなせる業だね」

 

 

そこで島田が床に落ちた雑誌を片付けようと席を立つ。

 

 

「い、いや、いい。俺が全部やる」

 

「遠慮しないでください。片付け手伝いま――」

 

 

島田が手に取った雑誌に、先ほど言った言葉が全部書いてあった。

 

 

「………」「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

BOKUジャーナルを出た真司。

答えを見つけなければ、そう思ったらばお腹が鳴った。

まずは食事だ。腹が減っては何とやらと言うじゃないか。

 

 

「んー、何食おっかな」

 

 

頭をかく真司。

そう言えば、まどかとこの件の関してまだ詳しく話してはいない。

彼女はどう思っているんだろう? 一度会って話してみるか。

真司は携帯を取り出して、まどかへ連絡を取った。

 

 

「あ、もしもしまどかちゃ――、え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、じゃ、ま! 無事に仁美ちゃんが退院できたって事でかんぱーい!!」

 

「「「か、かんぱーい……」」」

 

 

ウーロン茶やジュースのグラスに混じって、ビールのグラスが気持ちのいい音を立てた。

美穂はゴクゴクと豪快に音を立ててビールを飲み干していく。

真司達はそれを複雑な目で見ていた。

 

 

「あ、あの美穂先生? お昼なのに大丈夫ですか?」

 

「ういー! ん? 何が?」

 

 

美穂はあっと言う間に一杯を飲み干すと、早速おかわりを注文していた。

急いで持ってきた店員に礼を告げると、みるみるグラスの中の液体を減らしていく。

 

 

「うひぃ! 超おいしい!!」

 

「お、オッサンみたいだぞ。と言うかまどかの言う通りだ、夜まで我慢できないのか」

 

「ああ駄目よサキ、まどかちゃん。文句ならお酒を生み出した罪深き神に言ってちょうだい」

 

 

美穂は気にする事無く唇についた泡を拭う。

まどか、サキ、真司、美穂はお好み焼きのチェーン店に来ていた。

 

鉄板の上ではソースのいい香りが広がっている。

真司以外の三人は、仁美が退院すると言う事で顔を見せに行っていたらしい。

 

しかし先に仁美の両親が来ており、食事は家族で行うとの事。

ならば後で仁美の家で合流する事にして、三人で食事を済ませようと。

そこで真司からまどかに連絡が入り、今こうして四人でココにいる訳だ。

本当はほむら達も誘ったのだが、何やら忙しくて来れないとの事だった。

 

 

「………」

 

 

理由はサキだけが知っている。

かずみ聞いた情報をほむら達にも教えたのだ。

その詳細を求めに妖精達を探しているんだろう。

とは言え簡単に教えてくれるとは思わないが。

 

 

「でもちょっとお前不謹慎だぞ。あんな事があったのに酒だのなんだのって」

 

「何言ってんの。切り替えは大事でしょ、遺族達の前ならまだしも私達がいつまでもウジウジしたって仕方ないって」

 

「そ、そっか……。そう言うもんか」

 

「そう言うものよ。悩むよりも次に繋げるわ」

 

 

美穂も既に自分なりの考えを持っているようだ。

真司は素直に凄いと思う。

 

 

「そうそう。みんな青海苔かける?」

 

「かける、かけ――」

 

「馬鹿、アンタは絶対にかけるって知ってるって。私はサキ達に聞いてるんだよ、女の子は歯につくと恥ずかしいでしょ?」

 

 

ムスッとした様に了解する真司。

その様子をまどか達は笑顔で見ていた。

 

 

「かけよっか、お姉ちゃん。わたしも青海苔好きだし」

 

「ん? あ、ああ」

 

「大丈夫大丈夫。青海苔つけてドジっ娘アピールしておけばいいじゃない」

 

「するか! そんな遠まわしなアピール!!」

 

 

美穂の言葉に、サキは叫ぶ。

いつの間にか、まどかは皆の前でもサキと昔のように接していた。。

しばらくは幼馴染としてでなく、後輩として接してきたが、戦いの中で再び頼れる姉のような存在になっているのだろう。

 

一方でサキと美穂も姉妹の様だ。

美穂の頼みで、敬語での関係を止めた二人。

とは言え、まるでサキが姉の様になっている。

 

 

「おい美穂、俺のにもかけてくれよ」

 

「はぁ? やだよ、自分でかけなよ」

 

「お前がかけてくれるのが一番バランスがよくて美味いんだよ」

 

「なによそれ。仕方ないなぁ本当に」

 

 

なんだかんだ言ってかける美穂。

 

 

「って言うか、口の周りソースまみれだよ? もっと綺麗に食べなよ」

 

「豪快なのが男ってもんだろ!」

 

「ただの馬鹿にしか見えないわよ!」

 

 

美穂は真司の口周りについたソースをごしごしと拭いていく。

それを見てニコニコと笑うまどか。まどかからして見れば、真司は兄の様な存在だ。

彼の様子はよく観察していて、だいぶ分かってきた。

やはり美穂といる時はいつもより楽しそうなのだ。

 

 

「二人はとってもお似合いだね」

 

「「!!」」

 

 

真司と美穂はギョッとした目で、まどかを睨んだ。

 

 

「え? あッ、ごめんなさい!」

 

「そ、そうだよまどかちゃん。誰がこんなヤツ」

 

「はぁ。嬉しいくせに。いいんだぞ? まどかちゃんの言葉に乗じて私に好意を伝えても。ねえサキ?」

 

「なるほど、二人きりだと伝えられない事をまどかと言うクッションを用いてそれとなく相手に伝えるわけか。それはいい、後でメモしておこう」

 

「サキちゃんまで何言ってんだよ! あのな、そもそも俺はもっと清楚な人が好みなんだよ!」

 

「なんだ! そりゃ私ががさつな女ってか! この馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!」

 

「ちょ! 痛っ! 馬鹿お前! いだだだだだ! ぎゃぁあぁああああ!!」

 

 

叩く美穂。崩れていく真司。

何故かそのまま美穂は真司のお好み焼きを奪ってガブガブ食べていく。

それを見て、呆れたようにまどかは苦笑したのだった。

 

 

 

 

さて、食事が終わった四人は約束どおり仁美の家に向かった。

全てを彼女に知られ、かつ記憶も残っている時点で隠しておく事も無いだろう。

なによりも約束した。だから全てを彼打ち明けるつもりだった。

しかしいざ家に着いていみると、ソコには先客が。

 

 

「まどかさん! 来てくれたんですのね!」

 

「あら、あなた達は」

 

「?」

 

 

仁美は困ったような表情で、まどかに助けを求める。

前にいたのはスーツ姿の女性だった。状況を見るに、何やら話しを聞いてメモしていた様だが。

 

 

「貴女は?」

 

「失礼。石島美佐子と言います」

 

 

そう言って美佐子が出したのは警察手帳だ。

真司は思い出す。確か須藤の相棒がそんな名前だったはず。

しかし既に須藤の存在はこの世界から無かった事にされているのだから、何もいえない。

 

 

「はあはあ刑事さん。でもまたどうして?」

 

 

頷く美佐子。

 

 

「テロの事について色々と」

 

「あぁ」

 

 

仁美は貴重な生存者だ。それは話も聞きたくなるだろう。

しかしアレはキュゥべえ達によって都合よく書き換えられた事実なのだから、どれだけ聞いても無意味なのが悲しい。

 

 

「でも今はその、テロの話じゃないんです」

 

「?」

 

 

複雑そうに表情を歪める美佐子。

 

 

「実は、個人的に気になる事があって志筑さんのお宅へお邪魔しました」

 

「はあ」

 

 

言いにくい事なのか、美佐子は何度も言葉を詰まらせる。

 

 

「実は、その、一命を取り留めた生徒の中には皆と違う証言する子がいて」

 

「違うこと?」

 

「ええ、学校が壊された原因はテロではないと」

 

 

一同は理解する。仁美のように記憶を保持したままの生徒がいる事は聞かされていた。

とは言え、皆テロのショックで精神に異常をきたしたと判断されているようだが。

 

 

「でも、私は否定しきれないんです」

 

「なぜ?」

 

「テロではないと言っていた生徒達は、みんな学校が化け物に襲われたと口を揃えて供述しています。一人だけならまだしも、複数人が言っているのなら……」

 

 

確かに、そこに目をつければありえない話ではない。

 

 

「それに、私自身がそれを信じる理由がある」

 

「え?」

 

「昔の話です。誰に言っても信じてくれなかったけど――、皆さんは魔法少女と言う存在を知っていますか?」

 

「!!」

 

 

驚く一同。とは言え、美佐子はその表情を違う形で解釈したらしい。

 

 

「そうですよね。おかしなことを言っているのは分かってます。だけど私は――っ!」

 

 

美佐子が中学生の時。親友に、"椎名レミ"と言う少女がいた。

ある日部活の帰りで遅くなった美佐子は。人気の無い近道から家に帰っていた。

その途中で摩訶不思議な空間に足を踏み入れたと言う。

周りの景色が変わる中で現れた異形。どこからどう見てもこの世の生き物とは思えない容姿だった。

 

 

「まさに、化け物」

 

「………」

 

 

化け物に襲われた美佐子は、死を覚悟したが、その時にレミが現れて自分を守ってくれたと言うのだ。

 

 

「あの時の彼女の服装は今も覚えている」

 

 

メイド服の様なファンシーなドレス。

しかし手に持っていたのは不釣合いな斧だ。

レミが化け物を倒した後、美佐子は意識を失った。

 

 

「気がついたときには朝でした。両親が言うには私は普通に帰宅して、そのまますぐに眠りに着いたと」

 

 

レミが守ってくれたことは夢だったのか?

違う。あの時、確かにこの目でレミが戦う姿を見た。

直接聞いても知らないと言っていたが。夢だと笑っていたが。あの感覚はどう考えても現実だった。

 

 

「そして、私達が三年に上がる丁度その時でした」

 

 

レミが行方不明になった。

美佐子は必死にレミを探したが、警察共々見つける事は叶わず、行方不明と言うことで処理された。

 

 

「だから私は刑事になりました」

 

 

レミを探すための資料を集めたのだ。

そこで分かったのが、当時三歳だったレミの妹が、『レミは魔法少女である』と証言していた。

 

 

「三歳の少女の言う事です。もちろん誰も信じなかった」

 

 

しかし妹が書いたレミの魔法少女としての姿が、美佐子の記憶にあったものと似ていた。

子供の書いた絵だったので詳細は怪しいが、イラストのレミは斧を持っていた。

 

 

「この一致を偶然とは思えなかった。それから個人的に調べている中で過去にも似た様な事件があったのは確かなんです!」

 

 

美佐子はどうにも今回の話が精神のショックで生まれる物とは思えなかった。

 

 

「あ、えっと……、私は……」

 

「志筑さんは混乱しているようで、今日はもう帰ろうかと」

 

 

と言うのは仁美の演技だ。

まどか達に相談せず、魔女の事を話していいものか分からないでいた。

 

 

「………」

 

 

サキは考える。

ほむらが言っていた事を踏まえると、この時間軸には多くのイレギュラーや、悪意が見える。

その中で管理された自分達ができる抵抗は些細な物になるかもしれない。

ここは、とにかく協力してくれる存在が多い方が助かる。

 

 

「分かりました。真実を、お話しします」

 

「え?」

 

「ちょ! ま、マジ? 大丈夫なのサキ?」

 

 

これを話すと言う事は、戦いに巻き込む事でもあり、同時に世界に大きな影響を与える事になるだろう。美穂はサキを止めようとするが、サキは引かなかった。

強い目で美佐子を見つめる。

 

 

「知る覚悟はありますか?」

 

 

それを問うと、美佐子は強く頷いた。

 

 

「もちろん、私はそのために刑事になったんですから」

 

「そうですか」

 

 

真司とまどかも、どうしていいか分からずに沈黙していた。

暗黙のルールと言うか、マミの教えもあってか、一般人の記憶に残らない様に魔法少女は振舞う物だと思っていたのだが……。

 

 

「教える事で危険を回避させると言う考え方もある」

 

 

どうせ仁美にも話そうと思っていたことだ。

警察に協力者ができれば、いろいろ動きやすくなるのも事実である。

しかし一番の理由は、同情してしまったのかもしれない。

このままだと美佐子はレミの幻影を追い続けることになる。なぜレミが死んだのかを知らないまま。

それは、とても悲しいことだ。だから話す。

 

 

「!」「!?」

 

 

サキは二人の前で魔法少女に変身した。

掌に電撃が生まれた。

 

 

「これが、魔法です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そんな……!」

 

「驚いた、まさかそんな残酷でッ、幻想的な事がありえたなんて――!」

 

 

サキは美佐子と仁美に、契約の事、魔法、魔女、そしてFOOLS,GAME。今この見滝原で行われている異常を説明し終えた。

仁美には厳しい現実だったのか、途中から泣きじゃくってしまい、以後はまどかが寄り添う形で話を聞いていた。。無理も無い、さやかの死が残酷なルールによる物だと知れば、怒りや悲しみも湧くだろう。

 

 

「じ、じゃあ……、レミは?」

 

「おそらく、魔女になったのでしょう」

 

「………!」

 

 

美佐子も流石にレミが生きているとは思わなかった。

しかし心のどこかに淡い期待があったのも確かなのだろう。

それが砕かれたショックで、しばらくは呆けていた。

 

 

「魔女になった後は、どうなるんですか?」

 

「人を殺します。やがては魔法少女に倒される」

 

「そんな……!」

 

 

美佐子は崩れ落ちる様に膝をつき、堪えるように涙を流した。

 

 

「じゃあ、まどかさん達は……、ワルプルギスを倒さないと?」

 

「……うん」

 

「そ、そんなぁ! あんまりですわ!」

 

 

仁美にとって、これから親友と先輩を失う事になるかもしれない。

想像するだけで泣けてくる。まどかは一応大丈夫と微笑むが、仁美にとっては優しい嘘でしかない。

 

ほむらの話しを聞くに、ワルプルギスの夜は強い。

本当に犠牲なくして勝てるのかは、疑問だった。

 

 

(いや、私が弱気になっていては駄目だ!)

 

 

教えた責任もある。サキは真っ直ぐに美佐子と仁美を見ていた。

 

 

「まどかさん! 絶対に死なないで! 私、あなたまでいなくなったらもう――ッ」

 

 

もうこれ以上、友達が死ぬのは耐えられない。

 

 

「もう……、嫌――ッ」

 

「仁美ちゃん……」

 

 

そこで美佐子が顔を上げ、ふと呟く。

 

 

「レミは、絶望しながら死んでいったんですね」

 

「………」

 

 

頷くサキ。

それが魔法少女の宿命である。

 

 

「悲しすぎますわ……!」

 

「そうだね。でもわたし達は確かに希望を抱えていたんだよ?」

 

 

それを守る為に、忘れないために戦ってきた。

それはこれからも? その言葉に疑問を抱えている現状であるが。

 

 

「まどかさん、困ったことがあったらいつでもっ、どんな事でも言ってください! 私、絶対に助けますわ!!」

 

 

戦えない仁美にできる事は限られる。仁美は縋る様にまどかを抱きしめた。

 

 

「私も、個人でできる協力は惜しみません」

 

 

美佐子もそう言ってくれた。

さらに、捜査している中で気になる情報があったら教えてくれるとまで。

 

 

「い、良いんですか? 勝手に捜査資料を流したら……」

 

「それでも! 子供が殺し合う世界なんて、絶対に間違ってるッ!」

 

 

真司は少し怯んだが、やがてしっかりと頷いた。

そうだ。これは異常だ。おかしいんだ。

手塚も言っていたが、このゲームを認めた時点で自分たちは人で無くなってしまう。

 

確かに蓮の様に絶対に叶えたい願いがある者達にとってはチャンスなのかもしれない。

しかしそれでも否定しなければならない。

このゲームの果てに得られる幸福は、絶望の上に成り立つ物でもあるから。

 

 

「!!」

 

 

その時だった。

参加者全員の脳に、不快な耳鳴りが響いたのは。

 

 

「……魔女ッ!」

 

 

真司は歯を食いしばった。焦り、不安、まだ答えが出ていないのに。

さらに一同の異変に気づいたのか、美佐子と仁美も異変を察知する。

まどか達は戦いの場に向かうのだろうか? 仁美としては行かないでほしかった。

しかしそれは犠牲者を増やすかもしれない。

 

 

「耳鳴りが弱まっていく」

 

 

それは気配が遠ざかっていると言うことだ。

 

 

「このままだと見失う可能性も高い。今すぐに追わなければ」

 

 

サキは仁美達に告げると変身。窓を開けると、そのまま屋根に飛び乗った。

成長魔法によって視力を強化。周りを見渡して魔女の結界を探る。

 

 

「なるほど、そういう事か」

 

 

道を走る軽トラック。そこに魔女結界の入り口が見えた。

どうやらグリーフシードが何らかの形で荷台に乗ってしまったのだろう。

おかげで移動する魔女結界となった訳だ。もしもこのまま市街地へ結界が運ばれれば、被害はそれだけ大きくなる。

 

 

「行こう、魔女を倒すんだ」

 

 

そこでサキは表情を曇らせているまどかと真司を見た。

 

 

「もちろん、二人はココにいればいい」

 

「そ、それは――!」

 

「戦えるの?」

 

 

まどかも、真司も、何も言えなかった。

はっきり言って、戦えない。しかしだからと言って見過ごすことも出来ない。

損な性格なのだ。愚かとしか言い様がない。

 

 

「アシストだけはしたい。ね? 真司さん」

 

「ああ……!」

 

 

立ち上がる四人。そこで手が伸びてきた。

 

 

「あの、まどかさん……! お願いがあるんです」

 

 

サキとしては予想済みだった。それは美佐子もだろう。

 

 

「私も連れて行ってくれませんか?」

 

「危険だ。守れる保証は無い」

 

 

魔女にもレベルがある。

特殊な能力を持った魔女は対処の仕方が分からず、コチラが危険になる事もあるだろう。

芝浦達の所にいた魔女はどれも生まれたたて力が弱かったが、今回感じた魔力はそれなりだった。

 

 

「それでもッ、私は現実を知りたいんです」

 

「私も、レミが戦ってきた物が見たい!」

 

 

双方譲れぬと、目が語っている。

 

 

「……分かった。じゃあ行きましょうか」

 

「美穂!」

 

「やっぱりさ、こうのは自分で見たいよね。私気持ち分かるから」

 

 

美穂はそう言って笑った。確かにソレは、サキとしても分かる事である。

足手まといとは分かりつつ、それでも知りたい世界があるのだと。

 

 

「仁美ちゃん……」

 

「まどかさん、私だって貴女の友人ですわ! だからどうか、私を頼って……!」

 

 

仁美はまどかの痛みが知りたかった。

エゴなのは分かっている。それでも戦ってきた魔女を知りたかった。

吐露されていく想い。まどかは仁美の願いを複雑そうに聞いている

 

申し訳ないと言う気持ち。ありがたいと言う気持ち。

巻き込みたくないと言う気持ちがグチャグチャになる。

しかし黙っているわけにも行かない、こうしている間にもトラックは離れて行く。

だからまどかは儚げに微笑むと、魔法少女へと変身するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いたぞ。魔女だ」

 

「あれが……!!」

 

「ヒッ!」

 

 

魔女結界にたどり着いた一同は、まず車から結界を断絶する事に成功した。

そして結界が本格的に展開し、サキ達は魔女結界の中へ侵入していく。

溢れていく使い魔達。この程度ならばサキの敵ではないが――

 

 

「サキ! 魔女よ!!」

 

「ああ。あれか――ッッ!!」

 

 

結界の奥にたどり着くと、闘牛場をイメージしたホールが広がっていた。

その中央には獣の様な咆哮を上げて、一同を睨む異形が立っていた。

牛の魔女『Carmen(カルメン)』。二本の足で立ち、手には巨大な斧を抱える。

魔女、と言うよりは化け物そのものだった。

カルメンは侵入者を発見すると、早速その斧を抱えて走り出す。

 

 

「パワータイプか。美穂、いけるか?」

 

「大丈夫。サキも気をつけて」

 

 

ファムはウイングスラッシャーを構え、マントを広げる。

マントはすぐに白い翼となって、空に舞い上がった。

空中からカルメンを狙うつもりだ。一方の地上ではサキが鞭を使って、魔女の動きを封じていく。

 

 

「――っ!」

 

 

ホール端では、まどかと龍騎が仁美たちを守っていた。

まどかの表情が複雑に歪む。カルメンに魔法少女の姿を重ねているのだろう。

カルメンになった魔法少女は、何を願い希望を手にしたのだろう? そして何に絶望して死んだのか?

 

そして、なによりもその亡骸を殺すのが生きている自分達であると言うジレンマ。

苦しい。助けてあげたい。でもそれは無理なんだ。

まどかはもう直視できなかった。目線を下に落とし、戦いが終わるのを待った。

 

 

「やはり、この力は呪いと呼ぶに相応しい!」

 

 

サキが唸る。

まどか達には悪いが、負けられない理由がある。助けなければならない人がいる。

その為には人を傷つける魔女は不要なのだ。ファムとサキは、それぞれの攻撃でカルメンにダメージを与えていった。

殺すのだ。幻影を振り切り、魔女を滅するのだ。

 

 

「終わりだ! ランチア・インテ・ジ・オーネ!!」

 

 

鞭先に電撃が収束していく。

そのまま一気に鞭を伸ばした。貫通力が高まった一撃は、カルメンの頭部を貫いてみせる。

エネルギーが暴走し、魔女はそのまま爆発。

戦いは終わりを告げた。

 

 

「あ、あんな恐ろしい物とまどかさん達は――ッ!?」

 

 

口を覆い、涙を浮かべる仁美。

しかし悲しいかな、その恐ろしい物にまどかが変わる可能性を秘めているのだ。

 

 

「待て!」

 

 

様子がおかしい。

サキはファムを掴んで一度後ろへ跳ぶ。

爆発したカルメンだが、魔女結界が終わらない。

つまり魔女が、まだ死んでいないと言う事だ。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

「ッ!!」

 

 

倒した筈のカルメンが、サキ達の前で再生していく。

そして再び斧を振り上げていた。

 

 

「ど、どういう事だ!?」

 

 

混乱する二人。その時、まどか達の叫ぶ声が聞こえる。

それに反応して背後に視線を向けると、そこにカルメンが立っていた。

 

 

「瞬間移動――!?」

 

「違う!」

 

 

斧を振り上げるカルメン。

拳を握り締めるカルメン。

 

 

「二体いる!!」

 

 

全身に衝撃が走る。

ファムは背後にいたカルメンの拳を避けることができず、豪腕によって吹き飛ばされてしまった。

放物線を描きながら飛んでいくパートナー。

しかしサキも油断はできない。既に斧は振り下ろされた。

避けられなかったため、サキは腕をクロスさせて刃を真っ向から受け止める。

 

 

「うグぅウウウッッ!!」

 

 

成長魔法により腕を限界まで強化したおかげで、切断とはいかなかったが、凄まじい衝撃がサキの体を駆ける。

骨が軋み、内臓が震える。

そうしていると、ファムを殴り飛ばしたカルメンもサキを狙ってきた。

なるべく多様は避けたいが仕方ない。サキは歯を食いしばって魔法を発動する。

 

 

「イル・フラース!!」

 

 

轟音と共に落雷が発生、サキに直撃すると雷の翼が生まれる。

さらに落雷のエネルギーは周囲に拡散。サキを殴ろうとしたカルメンを一瞬で消し炭に変える。

どうやら防御力は低いようだ。とは言え斧を持ったカルメンは一瞬怯んだものの、鼻を鳴らしてすぐにサキへ斧を振るっていく。

 

 

「――フッ!」

 

 

先程とはスペックが違うのだ。

サキは右手の裏拳で斧を簡単に弾き返すと、電光石火の勢いで懐に入る。

そして左手で繰り出す掌底。カルメンの胴に抉り刺さった左手はさらに放電を巻き起こし、カルメンを内側から破壊していく。

 

 

『ギャアアアアアアア!!』

 

 

カルメンは絶叫を上げて爆散

斧が地面に落ち、魔女は跡形もなく消え去る。

 

 

「………」

 

 

サキはイルフラースを解除して。ファムの元へ駆け寄った。

 

 

「大丈夫か美穂?」

 

「いてて……! あ、ごめんサキ終わって――」

 

 

ない!

今度はファムがサキを掴んで空に飛び上がる。

すると先ほどまで彼女達がいた場所に斧が振り下ろされていた。

見れば、再びカルメンが現れ咆哮を上げているのだ。

 

 

「そ、そんな! ヤツは先程確かに――ッ!」

 

 

サキは目を見開いて辺りを確認する。

するとどうだろう、先ほどとは違い、今度は四体のカルメンがホールに存在していた。

 

 

「どうなってるんだ!?」

 

 

龍騎はガードベントの向こうからソレを確認する。

加勢しないとマズイのではと思ったが、どうにも足が震えてしまう。

やはり龍騎はまだカルメンを人として見ているのだ。

 

 

「え……?」

 

「ど、どうしたんですか?」

 

 

龍騎たちに守られていた美佐子だったが、彼女はふと大きく身を乗り出してカルメンを見た。

 

 

「ちょ、ちょっと! 危ないですよ!!」

 

 

龍騎は急いで美佐子を引き止める。

どうしたと言うのか? 突然の変わりように龍騎だけでなくまどかや仁美も異変を感じる。

美佐子は呼吸を荒げ、目を見開き、真っ青になっていた。

何かを発見した様で、龍騎たちにソレを告げようとするが唇が震えて言葉にすらならない。

 

 

「お、落ち着いてください。何が見えたんですか?」

 

「レミの斧――ッ!」

 

「え?」

 

「あの牛の……っ! あの魔女の武器が、レミの斧にそっくりで!!」

 

「……!!」

 

 

そんな偶然がある訳ないと美佐子は思った。

しかし見れば見るほどに一致している点がある。

例えばレミのイメージカラーは緑だったが、カルメンも見事に緑を基調としている。

いや、むしろ斧のデザインが同一の時点で気づくべきだったのだ。

 

 

「レミ――っ?」

 

「え!?」

 

 

気づけばカルメンの数が増えていた。

龍騎達の前にも大きなのが一体迫ってくる。

まずい、そう思ったときにはスパーク。サキたちが駆けつけてカルメンを吹き飛ばしてくれた。

 

 

「あれが……、レミなの!?」

 

「ッ、椎名レミの魔女としての姿と言うわけか!」

 

 

あり得ない話しでは無かった。

魔女に寿命があるのか分からないし、キュゥべえ達がルールによって魔女を見滝原に集中させているなら可能性はある。

 

 

「だがアレが本人から生まれた魔女とは限らない」

 

 

もしかしたら使い魔から生まれた固体なら、一応レミとは無関係である。

サキ達は知らないだろうが、現に牛の魔女は一度マミと杏子に倒されているのだ。

それがレミだったのか、それともコレがレミなのか。

 

 

「来るわよ、サキ!!」

 

 

ファムが剣を構えた。

ギョッとする美佐子。

 

 

「か、彼女を! き、傷つけ……ない…で」

 

 

美佐子は涙を流して言った。

しかし美佐子自身、自分がおかしな事を言っているのは分かる。

だから後半は徐々に声がフェードアウトしていく。

 

しかし親友が絶望して死んだ。

そして今再び殺されようとしているなんて悲しすぎる。

とは言え、やはりサキは首を振る。

 

 

「貴女の気持ちは分かる。いやッ、私が思う何倍も悲しく、苦しいかもしれない!」

 

 

だが放置した所で何も変わらない。

変わらなかったからマミは、さやかは死んだ。

 

 

「とにかく、アレは倒さなければならない存在なんだ! 分かってくれ!!」

 

 

サキは鞭をふるって近づいてくるカルメンを牽制する。

鞭がカルメンを打つたびに悲鳴が聞こえ、美佐子の心は張り裂けそうになった。

仁美もおろおろと視線を交差させるしかない。

 

 

「美穂、おそらく魔女の本体は斧の方だ!」

 

「うん、それは思ってた」

 

 

カルメンは確かに一度完全に死んでいる筈。そして再び現れた。

再生ならばまだしも、完全に消滅した魔女が出現するのは違和感がある。

そして本体が消える中に残っていた斧。となると予想は絞られる。

 

 

「しかしッ、近づけないな!」

 

 

イルフラースを再使用するにはまだチャージがかかる。

ならばと金色のカードを取り出すファム。

ファイナルベントを発動して、一気に勝負を決める気だった。

 

 

「キュィイイイイイイイイイイ!!」

 

 

地面から飛び出したブランウイングは、カルメンたちの背後をとっており、そこで大きく羽ばたいた。

暴風が発生して、大きな体のカルメンたちも簡単に浮き上がり、ファムの方へと飛んでいく。

 

 

「ハァアアア……!」

 

 

ウイングスラッシャーを回転させて、狙いを定めるファム。

 

 

「フッ! ハァ! ヤァアアアアアアアッッ!!」

 

 

ミスティースラッシュ。

ファムはウイングスラッシャーを振り回して、次々に一閃を刻んでいった。

飛んできたカルメン達の体が次々に切断されていく。

そして最後の一体、斧持ちの姿が見えた。あの斧を破壊すれば終わりだ。

 

 

「!?」

 

 

だが斧を持っていたカルメンは最後の力を振り絞り、斧を思い切り投げ捨てた。

結果、斧は風の軌道から外れて地面に落ちる。

牛の部分はファムによって切り裂かれたが、本体が残っていれば意味は無い。

 

 

「まかせろ!」

 

 

サキは地面を蹴り、斧に向かって飛び蹴りを仕掛ける。

このままいけば問題なく破壊できる筈だった。

しかしその時、斧は独りでに空中に舞い上がると高速で回転をはじめた。

 

 

「うわッ!!」

 

 

蹴りは刃に弾かれ、サキは地面に墜落した。

まさか自分で動けるとは思っていなかった。

サキはすばやく立ち上がって状況を確認する。

すると既に牛の体は再生されており、次々に突進してくるではないか。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

「ぐあッ!!」

 

 

カルメンの一体が地面を掬い上げるように腕を振った。

地面が抉れて岩の破片が次々にサキとファムに降りかかる。

動きを止めたファム達に斧が飛んでくる。仁美は思わず小さな悲鳴をあげた。

 

 

「お姉ちゃん!」「美穂!」

 

 

しかしそこは龍騎とまどかが飛び出していき、しっかりファム達を庇う。

だが庇うというのは、当然攻撃を代わりに受けると言うことだ。

もともとの精神状態、さらにカルメンの攻撃力が合わさり、まどかの結界は簡単に破壊されてしまう。

 

龍騎も同じだ。

二人は地面を滑り、近くの壁に激突する。

それを見て、美佐子は表情を変えた。

そうか、そうだったんだ。自分は何て勘違いを――、と。

 

 

「まどかさん! 血が!!」

 

「大丈夫だよ仁美ちゃん、これくらい慣れっこだから」

 

「慣れっこって……」

 

 

その言葉に再び反応する美佐子。

 

 

「……ねえ、二人にお願いがあるんだけど、聞いてくれるかしら」

 

「?」

 

 

美佐子はうつむき、寂しげな表情で呟く。

しかし今は戦闘中だ。魔女の鳴き声もあってか、小さな声ではかき消される。

だから、叫ばなければならない。その選択を。

 

 

「お願いしますッ!」

 

 

震え、掠れ、上ずり。それはなんとも情けない声だった。

しかし皮肉にも、助けを求めるような声色は、まどか達の耳に入っていく。

それは鋭利に、鋭敏に。痛みを齎す叫びである。

 

 

「レミをッ! 彼女を! 解放してあげてほしい!!」

 

「!!」

 

 

慣れないほどに叫んだから、美佐子は大きく咳き込んでいた。

解放。言葉は濁したが、要はカルメンを殺して欲しいと言う事だ。

 

 

「でも――!」

 

「気づいたの、あれはもうレミじゃないって!」

 

 

椎名レミは優しい性格だ。それは親友だから保障すると美佐子は言った。

人の痛みが分かり、魔法少女になった後も人を守る為に戦ってくれた筈だ。

そんなレミが今、人を傷つけている光景が耐えられなかった。

それを望まないのは誰だ? 何よりもレミ本人じゃないのか!?

 

 

「レミ……ッ!」

 

 

その斧は人を殺すためじゃなく、守るための物だった筈だ。

人を絶望に染めるのが魔女の本能ならば、レミの心が絶望に染まっている証拠でもある。

おかしな話だ。レミは人を殺す為に魔法少女になったんじゃない筈なのに。

 

 

「あれはレミであり、レミじゃない!」

 

 

絶望に縛られ、己でありながら己でなくなったレミを。

 

 

「もう、楽にしてあげてください……!」

 

 

涙を流しながら美佐子は二人に願う。目を閉じれば思い出が嫌でも溢れてくる。

幼い時からずっと一緒だった。なのにいつしかレミはいなくなってしまった。

悲しみ。それを認めず彼女を探した、でも結局見つからず諦めてしまった。

 

その間もレミは――、いやカルメンは人を襲っていたのだろう。

そしてもしもココでカルメンを殺さなければ、レミは苦しみ続ける事になる。

自分が行っている事が間違いだとも分からず、自分が否定した事をし続ける事になる。

 

 

「レミの心を救ってくださいッッ!!」

 

「!!」「!!」

 

「レミは貴方達を傷つける娘なんかじゃない! それは彼女自身が一番分かってる筈なの!!」

 

 

うるさいと、カルメンが吼えた。

だから美佐子は負けないように叫ぶ。

 

 

「だって椎名レミはッッ! 人を守る魔法少女だった筈だから!!」

 

 

 

その言葉を聴いて、龍騎とまどかに大きな衝撃が走った。

二人はずっと魔女を殺す事が魔法少女を傷つける事だと思っていた。

間違っている事なのかもしれないと思っていた。

しかし今、美佐子は魔女を殺す事に救いを見出した。

 

そこで、気づいた。

あれはレミなのだ。使い魔からの進化だとか、もしかしたら別固体だとか。そういう事じゃない。

レミはきっともう死んでいるのだろう。キュゥべえの話を聞くに、そもそも魔法少女は13人以外みんな死んだ。

 

だから美佐子にとっては、あれがレミなのだ。

 

本当かどうかじゃない。本物かどうかじゃない。あれがずっと探していたレミなんだ。

じゃあ、美佐子はどうすれば救われる? 決まっている。

今、張り裂けそうな声で叫んだじゃないか。

人間は魔女には勝てない。だから、たとえ苦しんだとしても、その宿命を背負うのは。背負えるのはただ一つ。

 

 

「仁美ちゃん……、わたしが人を殺すって言ったらどうする?」

 

「え……?」

 

 

まどかは仁美にそれを問うた。仁美は迷わずに答える。

 

 

「まどかさんは、そんな事をする人じゃないですわ」

 

 

そうだ、まどかは絶対にそんな事をしたくない。

だけど魔女になれば、まどかだって人を殺す為に暴れまわるだろう。

たとえ前に立つ者が家族であったとしても。友達であったとしても、殺すかもしれない。

 

いや、殺すんだ。

それが魔女の本能。魔女のルール。

絶望を背負った『魔女』と言う存在なのだから。

 

 

「それでも殺すって言ったら?」

 

「………」

 

 

仁美は涙を浮かべながらも、ハッキリと言った。

そこに一片の迷いも見せず、仁美は確かに言ったのだ。

 

 

「絶対に。刺し違えても止めますわ」

 

「ふふ、ありがとう」

 

 

そうだ、まどかもそれを望んでいる。

自分の意思とは関係なしに動いてしまうのなら、殺してでも止めてくれと願うだろう。

解放してくれと、呪いの鎖から解き放ってくれと願うだろう!

 

 

「私の親友を、楽にしてあげて!!」

 

 

その言葉がスイッチだった。

光を探していた龍騎の瞳に、まどかの瞳に、誰よりも強い輝きが視えた。

ずっと傷つけるだけだと思っていた。しかし今、自分たちは新たなる道を見出した。

 

それは自分につく、都合のいい言い訳なのかもしれない。

人を殺す便利な大義名分なのかもしれない。

だが自分がそうだから。自分がそう思うから、彼らは答えを見つけた。

 

傷つけるのが怖いのは自分だけじゃない。

絶望した『彼女達』だって同じ筈だ。

傷つけたくなかった、しかし何人の命を奪ってしまったのだろう?

何人の命をこれから奪っていくのだろう?

 

病院で生まれたとき、どれだけの希望を望まれただろう。どれだけの幸せを願われただろう。

なのに、殺し続ける人生なんて――ッッ。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

赤い龍騎士は、迷いをかき消す咆哮を上げた。

そして桃色の魔法少女もまた、武器を取り出す事で迷いを振り切った。

 

本当はもっと、誰も傷つかない方法があるのかもしれない。何度も考えた。何度も願った。

しかしもう、自分たちは迷えない位置に来ている。

迷いながらも、悩みながらも前に進まなければならない。

悲しみの鎖に縛られた者が、目の前にいるのなら――ッッ!!

 

 

「ッしゃあッッ!!」

 

 

救わなければならない!

 

 

「まどかちゃん!」

 

「うん!!」

 

 

終わらせられるのは、騎士と魔法少女だけなのだ。

龍騎もまどかも、椎名レミと言う人間を知らない。知らないが、分かる事もある。

レミには友人がいた。そしてもしも自分達が負ければ、レミはその友人を殺す事になる。

そんな悲しいことがあっていいのか? それをレミは望んでいるのか!?

 

 

「望んでるもんかッッ!!」

 

「うんっ!!」

 

 

本当は殺したくないと言えばそうだ。それは今でも変わらない。

しかしそれはレミにも言える事ではないか。

彼女を解放する事が、『死』しかないのなら。

 

 

「その呪いは、俺たちが背負う!!」『ファイナルベント』

 

「わたしが受け入れる!!」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

 

もう、辛い世界は終わりにしよう。

もう十分レミは戦った筈だ。休ませてあげてもいいだろ?

こんな絶望と悲しみの鎖で縛り上げる必要なんて無いだろ!?

悲しみの連鎖を作り上げる意味なんて無いだろッッ!!

 

 

「フッ! ハァァアアアアアアアアア――……ッッ!!」

 

 

激しく手を旋回させる龍騎。

背後では空へ浮かび上がるまどかと、二人を守る様に激しく旋回していくドラグレッダーが。

それを確認して龍騎ペアの意思を把握するサキ達。

 

 

「いいのか!?」

 

 

その言葉に、龍騎とまどかは強く頷いた。

 

 

「ああッ! 俺も戦う!」

 

 

レミ達を永遠の呪いから解放させられるのは、自分達だけだ。

それは美佐子にやらせてはいけない事なのだ。

苦しむのは、自分達だけでいい。

 

 

「離れて二人とも!!」

 

「「了解!!」」

 

 

声を合わせ、ファムとサキは左右に跳んだ。

一方のカルメンは龍騎たちを見て、牛の幻影達を全て前方に集めて巨大な肉の盾を形成させる。

分身の量はまだ増える。それを重ね合わせる事で、どんな攻撃をも防ぐ鉄壁となるのだ。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

龍騎は飛び上がり、空中で蹴りの体勢を取る。

背後には、まどかが並び、引き絞っていた弓の弦を放す。

 

 

「ハァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

「ダアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

マギア・ドラグーン。それは一瞬だった。

激しく燃える炎の矢は、陣形を組んでいた牛の幻影たちを物ともせず、まるで何も阻む物が無かったかのように斧を貫いた。

カルメンが反応を示したときには、既に風穴が開いている。

 

 

『ギィヒィアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

爆発が起こり、カルメンはグリーフシードをドロップして消滅した。

それを美佐子は、涙を流しながらも安心した表情で見つめていた。仁美も安堵の息をはく。

 

地面に着地した龍騎は、拳を強く握り締めて空を見ていた。

まどかも遠い目で崩壊していく魔女結界を見ていた。

 

 

「お? なんだ。もう終わっちまったのかい」

 

「「「「!」」」」

 

 

その時、聞き覚えのある声が。サキは舌打ちを零して視線を移す。

魔女の気配は参加者全員が感知できる為、戦いはそれだけ注意を引く。

だからと言えばそうなのだが、皮肉にもこのタイミングとは。

 

 

「あ、あれは?」

 

「言っただろう? あれがもう一つの問題さ」

 

 

サキはすぐに美佐子と仁美の周りに雷の結界を施す。

参加者が抱えている問題は色々あるが、一番キツイものが迫ってきた。

サキは木の上に立っている赤毛の彼女を睨む。この場所が人気のない農道で本当に良かった。

 

 

「もう一つの問題って――」

 

「そう。サバイバルゲームを受け入れている者さ」

 

 

佐倉杏子は、たい焼きを片手にニヤリと笑った。

蛇の様にギラついた視線。魔女の気配をたどって来てみれば、見たことのある顔がチラホラと。

しかも見るからに弱そうなピンクに。学校じゃ散々コケにしてくれた白。

加えて騎士の姿や、一般人まで見える。

 

 

「全員食っちまおうか? ハハハ!!」

 

 

杏子は残りのたい焼きを口に詰め込み、舌なめずりを行う。

 

 

「ゥウン、期待してなかったが騎士もいるな」

 

 

茂みの中から姿を見せる浅倉。

杏子の話では、魔女がいる所に参加者ありと言う事だった。

半ば疑ってはいたが、なかなか信憑性があるじゃないか。

ファムと龍騎、二人の獲物を見つけた浅倉はすぐにデッキを取り出して変身を行う。

 

 

「ッ、戦うのか?」

 

「当たり前だろ。それがルールだ」

 

 

睨み合う龍騎と王蛇。

一方で杏子は木から飛び降り、地面に着地した。

 

 

「さあ、死ねよ!!」

 

 

槍を構え、杏子が飛び出した。

真っ向勝負だ。サキもまた前に出るが、そこで杏子は目を細める。

 

 

「前とは違うよ!!」『ユニオン』『アドベント』

 

「何ッ!?」

 

 

地鳴りがしたと思ったら、サキの真下の地面が盛り上がる。

反射的に後ろへ飛ぶと、地面から角が飛び出してきた。

 

 

「グオオオオオオオオ!!」

 

 

ベノゲラスが土片を巻き上げながら登場。

さらに杏子の手には既にエビルウィップがあった。鞭を伸ばし、ベノゲラスの角に巻きつける。

同時にベノゲラスは思い切り頭部を振るい、杏子を一気に引き寄せる。

気づけばサキの眼前に杏子の姿があった。

 

 

「そらよッッ!!」

 

「ぐァア!!」

 

 

脚がサキの首に入った。

きりもみ上に吹き飛び、そのまま地面に叩きつけられる。

着地した杏子はさらにダッシュでサキを追いかける。倒れたところに駆け寄ると、喉を貫こうと槍を構える。

 

 

「お姉ちゃん!」

 

 

だが硬い感触。

刃がサキに届くことなくせき止められる。

まどかだ。結界を張ったのだろう。杏子は舌打ちまじりに首を動かし、まどかを睨みつける。

 

 

「うぜェ」『ユニオン』『アドベント』

 

 

悲鳴が聞こえた。

まどかの背後からベノダイバーが飛び出してくる。

不意打ちの突進を受けて仰向けに倒れるが、終わりじゃない。ベノダイバーはそのまま放電を開始、紫色の電撃がまどかを焦がす。

 

 

「うぁああああ゛ッッ!」

 

「まどかちゃん!!」

 

 

まどかを助けようと走ったのは二人だ。

まずは龍騎。しかし肩をつかまれ、引き戻される。

すぐに拳が飛んできた。王蛇に殴られ、地面を転がる。

 

 

「ほっとけよ。俺達は俺達の遊びをしようぜ」

 

「ふざけんな!」

 

 

とは言え、やはり王蛇は放置できない。

一方で反射的に走っていたのは仁美だ。だがすぐにファムに腕を掴まれる。

 

 

「行っちゃダメ! 死んじゃうよ!」

 

「で、ですが!」

 

「私に任せて!」『アドベント』

 

 

ブランウイングが出現し、ベノダイバーと空中戦を開始する。

しかしあくまでもミラーモンスターを止めただけに過ぎない。

杏子はサキの髪を掴むと、引き起こし、まずは腹部に強烈な拳を打ち込んでみせる。

 

 

「ぐォッ!」

 

「ハハハッ!」

 

 

怯んだところに距離をつめ、右の頬をフックで殴りつける。

サキが衝撃で左を向くと、次は左の頬を殴られた。

血が飛ぶ。杏子は腕を下から上にあげ、アッパーカットでサキの顎を打つと、フィニッシュにがら空きになった胴体に足裏を叩き込む。

 

 

ゲラス、サキがよけると、鞭で角を縛り、ゲラスが思い切り頭部を振るって一気に杏子がサキのところへ。

斬りつけ、怯んだところに追撃。助けようとしたまどかもモンスターとの連携で。

 

 

「うッッ」

 

 

凄まじい吐き気を感じて、思わず仁美は口を抑えた。

女性がこうも堂々と顔を殴られるのか。こうも容赦なく攻撃されるのか。

意味が分からない。仁美は震えながら、かつてない恐怖を覚える。

 

 

「あ、貴方達! こんな事は止めなさい!!」

 

 

流石に刑事として黙っていられないのか、美佐子はファムを振り切ると、警察手帳を掲げて杏子に向かっていく。

しかしそんな事で止まるわけがない、杏子は軽蔑したように美佐子を鼻で笑うと、アドベントでベノスネーカーを呼びよせた。

 

 

「警察なんか、ただの餌なんだよ」

 

「ッッ!!」

 

「骨まで溶けろ」

 

 

ベノスネーカーの口から溶解液が発射された。

一瞬終わりを察した美佐子だが、彼女に痛みが襲いかかることはなかった。

 

 

「!」

 

 

目を開けると、溶解液が目の前にある。

まどかの結界だった。腕を伸ばし、美佐子の周りにバリアを張っている。

 

 

「美穂先生!」

 

「任せえて!」

 

 

呆気に取られている美佐子を、ファムが抱えて逃げる。

 

 

「またアンタか! イライラさせるなよッッ!!」

 

「お願い。お願いだから戦うのをやめて!」

 

「まァだ言ってんの? まだ言ってんの!? まだ言ってんのかよッッ!!」

 

 

何回目だ? 杏子は吼え、近くにあった石を思い切り蹴り飛ばす。

 

 

「マジでムカつく! 本当にイライラするな! 逆に笑えてくるよ!!」

 

 

杏子は刃をまどかに向けると、歪んだ笑みを浮かべる。

 

 

「安心しなよ。お前が守ってるその一般人ごと、皆殺しにしてやる」

 

「!」

 

 

半ば分かっていた事とは言え、ショックだった。

ましてや仲間が傷つけられる光景がフラッシュバックしていく。

例えばさやかを助けられなかった事。さらに迷い、躊躇したからこそ、死なせてしまったゆま。

全て、至らなかったから死なせてしまった参加者達。

 

 

「……ッ!!」

 

 

ゆまはまだ幼い子供だった。

さやかだって。学校の生徒達だって。いや、誰だって死にたくなんかなかった筈だ。

命を奪っていた芝浦やあやせだって。こんなゲームに溺れたばかりに命を奪い、奪われた――ッッ!!

 

 

「美穂、皆を守ってくれ」

 

「ッ! う、うん」

 

 

龍騎も声色を変えた。

誰だって死にたくない。そして同時に叶えたい願いもある。

傷つけてまで叶えるのか? それはゲームが生み出した淡い希望だ。

 

人を狂わせるゲーム。

そして今、そのルールに呑み込まれた者達が仲間を傷つけようとしている。

許せるか、絶対にこのゲームを許せる物か!

 

龍騎の脳裏に思い浮かんだ、美佐子の言葉。

戦う事は傷つけるだけじゃない。それは分かっていたが、なかなか踏み出せなかった。

 

しかしどうあっても戦いからは逃げられないんだろ?

そろそろ理解はしている。だったら真っ向から受け止めるしかない。

そして解放するんだ。このふざけたゲームと言う鎖に縛られた自分達を!

 

 

「ハハハ! ハハハハ! ハハハハハハッッ!!」

 

 

王蛇が両手を広げて走り出す。龍騎に向かっていく。

そう、どれだけ戦いたくなくても敵は向かってくる。全てを殺す為に向かってくるのだ。

それでも協力派を貫くなら、敵を止め、ゲームを終わらせるしかない。

 

龍騎はそれで良かった。

それは、まどかも同じ気持ちだった。

だったら――ッッ!

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

「はああああああああああああああああッッ!!」

 

「何ッ!?」「ッ!!」

 

 

ファムの前に立った龍騎。

カードを発動。その手にドラグクローが装備される。

 

 

「ッ」

 

 

だが構わず王蛇は拳を突き出した。

しかし龍騎は攻撃をしっかりと見ていた。王蛇の拳を弾き返すと、龍の頭部を胴体へ叩き込む。

 

同じく、まどかは向かってきた杏子を強靭な結界で受け止めた。

結界とはつまり、光の壁だ。全速力で走ってきた杏子は結界を破壊できず、逆にぶつかってダメージを負う。

 

 

「アァ゛、いいぜェ、なかなか良い……!!」

 

 

よろけた王蛇はソードベントを発動させると、再び龍騎に襲い掛かる。

ベノサーベルの荒々しい攻撃を龍騎は的確にドラグクローで受け止めていった。

しかし王蛇もまた変則的な軌道でサーベルを叩き込んでいく。

 

しばし、火花がそこらじゅうに舞い散る。

だが龍騎もまた、王蛇へしっかりとドラグクローをぶつけていく。

一発、二発。そして三発目、直撃と同時に火球を発射。

王蛇は炎を纏って地面を転がっていった。

 

 

「チッ! うぜぇな糞がッ!!」

 

 

杏子は立ち上がると、一旦バク宙でまどかから距離を取る。

着地際に槍を出現させて、まどかの方へと投擲。後ろには仁美がいたため、まどかはそれを防御するしかない。

両手を広げて、桃色の結界を展開する。

 

 

「ぅくっ!」

 

 

槍が、結界に突き刺さる。

 

 

「いいねぇ! 何本目で壊れるかな!」

 

 

二本目を投擲。

仁美は腰を抜かして動けない。つまりまどかも動けない。

ファムが邪魔をしないように、ベノダイバーを向かわせる。

完璧だった。杏子は三本目を投げつけた。

 

 

「ううぅッッ!!」

 

 

まどかは両手を広げて踏ん張る。

槍が刺さった。マミとさやかの泣いている顔が視えた。

 

 

「――ッ」

 

 

また槍が刺さった。

死んでいくクラスメイトが視えた。

 

 

「――ッッ」

 

 

槍が刺さった。結界に亀裂が走る。

同時に、後ろから仁美の声が聞こえてきた。

 

 

「私の事はいいですから! 逃げてください! まどかさん!!」

 

 

違う。

こんな事を言わせたくないから、魔法少女になった。

誰も傷つけたくないから、『守る』魔法を望んだ。

夜更かししてノートに書いたイメージは――!

 

 

「リバース・レイエル!!」

 

「!?」

 

 

まどかが叫ぶと、彼女の真上に『女性』が現れた。

 

 

「ッ、誰だテメェ!」

 

 

新しい参加者?

杏子は一瞬そう思ったが、そこで気づく。

女性の背中には翼があった。ふと、幼い記憶が蘇る。

聖職者には馴染み深いシルエットだ。ステンドグラス、イラストで何度も見た。

 

それは――、天使。

神々しい光を放ち、翼を広げる天使が現れたのだ。

杏子は目を丸くする。そしてようやく気づいた。あれはまどかの魔法なのだ。

 

 

「どういうこった――ッ!? なんだありゃ!」

 

 

召喚系の魔法。そんなものは見たことが無かった。

武器ではなく、アイテムでもなく、それは紛れも無く一つの生命体。

それだけの存在を具現できる魔力など、杏子には想像がつかない。

 

一方でまどかの頭上にいるのは、目を閉じている天使・レイエル。

まどかが合図をすると、その目が開かれる。

同時に結界に突き刺さっていた槍が、全て軌道を変えて杏子の方へと反射されていった。

 

 

「マジかよ……ッ!」

 

 

自分の槍が、自分に牙を剥いてきた。

杏子は驚きつつもすぐに槍を振るって、弾き飛ばしていくが――

 

 

「くそッ! 面倒な――っ、ぐアァアアア!!」

 

 

槍で弾く途中、槍の中から桃色に光る閃光が見えた。

気づいた時には衝撃。杏子は倒れ、地面を滑っていく。

正体は分かってる。槍が反射されて飛んでくる中、おまけがあったのだ。

矢だ。まどかは攻撃を反射させた後に弓矢を発射したのだ。

 

 

「あンの女ァァァアッッ!!」

 

 

杏子は思い切り地面を殴りつける。

記憶にあった鹿目まどかは、オクタヴィアのホールの中だった。

 

ブルブル震えて情け無い姿。

弱く、惨めで、ただ狩られるだけの雑魚でしかないと思っていたのに。

あろう事か、そのまどかに一撃を貰った。

してやられた気分だ。杏子の中に怒り炎が激しく燃え上がる。

 

 

「アンタみたいな雑魚は! アタシに殺される為にいるんだよッッ!!」

 

 

抵抗なんて許せない。杏子は槍を構え直して、まどかへ切りかかっていく。

激しい乱舞。しかしまどかも結界を構築して、攻撃を的確に防いでいった。

さらにまどかは結界を『発射』。先ほども言ったとおり、結界とは壁なのだ。

破壊されなければ強制的に相手を押し出す力となる。

それはまさに攻撃と変わらない。まどかの防御は攻撃そのものなのだ。

 

 

「ウガアアアア!!」

 

 

イライラのまま槍を振るうが、壁は壊れない。

杏子は迫る壁に押されていき、まどかと距離が開いていく。

 

 

「えいっ!」

 

「はぁ!?」

 

 

さらにまどかは押し出した先に結界を構築する。

つまり壁と壁。結界に押し出された杏子は、結界に受け止められる事に。

前に壁、後ろに壁。そうしていると右に壁、左に壁。

杏子はまどかの防御魔法に閉じ込められる。

 

 

「こ、こんな使い方が!?」

 

「ごめんね、杏子ちゃん。わたしは貴女を止めなきゃいけない」

 

 

まどかは弓を思い切り振り絞る。

先についていた蕾のギミックが展開して、光の矢は杏子に向かって放たれた。

それを確認しようにも、杏子は壁に挟まれているため身動きが取れない。

 

結界はどんどん縮小され、杏子は現在頑丈な棺おけに閉じ込められているようなものだ。

腕さえ広げる事ができない状況。防ぐ手段は無い。

まどかは光の矢が結界に命中する寸前で、結界を消失させた。

当然矢は杏子に直撃し、光が炸裂する。

 

 

「うっがァアアアアアアア!!」

 

 

地面を転がる杏子。そこで初めての感情が湧き上がってきた。

 

 

(どうなってる! なんでこんな雑魚に圧されてる!? 戦いを止めましょうなんて言う甘い奴に負けてんだ!?)

 

 

それは王蛇も同じだった。

完全にナメていた龍騎に攻撃を弾かれ、胴体にドラグクローを当てられるのは相当な屈辱だったる。

 

 

「イラつくぜお前。アァ、いい感じに殺したくなってきた」

 

「ふざけんな! どうしてお前らはそうやって簡単に人を傷つけられるんだよ!!」

 

 

怖かったはずだ。

殺されていった人たち、須藤も、マミも、ゆまも、佐野も、さやかも、芝浦もあやせもルカでさえも!

 

 

「何でゲームに乗るんだ。なんで願いが叶うなんてルールにしたんだ! なんで絶望したら魔女になるんだ!」

 

「うるさいヤツだ。どうだっていいだろ、そんな事」

 

 

ふざけるな、龍騎は吼えた。

理不尽で悪意あるルールに拳を握り締める。

 

何をするのが正解なのか。どうすれば皆が傷つかずに済むのか。

それはまだハッキリとは分からない。でもレミの件、今までの事を踏まえて、龍騎は一つの答えを出した。それはまどかも同じだ。傷つけるのが、傷つくのが怖くても分かる事が一つあった。

 

 

それは――

 

 

「俺はッ!」「わたしは――!」

 

 

 

龍騎は再び王蛇の攻撃をその身で受け止めてカウンターを打ち込む。

まどかは杏子の攻撃をしっかりと防いでカウンターを行う。

とは言え、ノーダメージじゃない。龍騎の装甲は大きく傷つき、まどかは無数の出血が見られる。

しかし二人に怯む気配は無い。むしろその闘志が大きく燃え上がるのを皆は感じていた。

 

 

「「負ける訳にはいかないんだッッ!!」」

 

 

二人の声が見事に重なった。

シンクロが起こっているのだろうか? 攻撃のタイミングも同じだ。

王蛇と杏子が再び地面を転がっていく。

 

 

「アァァアア!!」「ぐああああああッッ!!」

 

 

大切な人がいる。

守らなければならない物がある。望んだ世界が、願った未来がある。

それを掴むためには、それを叶えるためには、ココで死ぬ訳にはいかない。

死んでいった参加者のためにも、こんな腐ったゲームを認めたまま終わらせる事が無い様に。

 

 

「もう逃げない! いや、逃げられない!」

 

 

一つの答えが見つかった。

迷っていても前に進むしかない、止まっていたら死ぬ。

そうだろ? だって――!

 

 

「戦わなければ、生き残れない!」

 

 

再び声が重なった。

二人の強い眼差しが王蛇達を捉える。

 

 

「ムカツク目だ」

 

「ああ、本当にさ」

 

 

大きな怒りを感じて王蛇ペアは舌打ちを行った。

本気で止めるつもりなのか。本気でゲームを否定するつもりなのか。

自分達を倒して、そして分かり合うと?

 

 

「アホが。イライラするぜ……!」『アドベント』『アドベント』『アドベント』

 

 

王蛇の周りに出現する三体のミラーモンスター。ベノゲラス、ベノダイバー、ベノスネーカー。

さらに王蛇はユナイトベントのカードを発動した。

戦わなければ生き残れない? だったら今ココで戦いの果てに死を送るまでだ。

 

 

「消えろ……!」『ファイナルベント』

 

「グジャアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

獣帝ジェノサイダーの咆哮に怯む龍騎達。

さらにファイナルベント。ジェノサイダーの体が砕け、直後龍騎たちの背後に出現する。

出現するブラックホール。風を伴う引力が発生して、身動きが封じられる。

 

 

「ハハハハハ!!」

 

 

走り出す王蛇。

どうやら王蛇はこの引力は作用されないようだ。

自由な行動が可能となり、存分に蹴りを打ち込める。

 

 

「エンブレス・ヴェヴリヤー!!」

 

 

その時だった。

まどかが叫ぶと、ジェノサイダーの背後に先程とは違うデザインの天使が出現する。

 

 

「まさかッ、また!?」

 

 

叫ぶ杏子。

まどかの魔力がおかしい。凄まじい勢いで上昇しているような気配を感じる。

 

同時に感じる不安定。

まどか自身、自分の魔力の激しさを戸惑っている様な――?

 

 

「お願い! 天使様!!」

 

 

まどかが叫ぶと、支配の天使ヴィヴリヤーは、ジェノサイダーを背後から抱きしめる。

するとアレだけ殺意に満ちていたジェノサイダーが攻撃を中断して、動きを止めたのだ。

 

 

「まさかアイツ……! 嘘だろ!?」

 

 

杏子は確信する。

前回の戦いで見せなかった技の数々。そして魔力の不安定性。

間違いない、まどかはこの短時間で先ほどの天使や、今の天使を生み出したのだ。

 

魔法とは、『魔力』と『想像力』を使って生み出す物。

まどかの仲間を守りたいと言うイメージが、まさか天使を創ったとでも言うのか?

 

 

(ありえねぇ! 魔法であれだけの天使(そんざい)を生み出すだァ? 冗談だろ!?)

 

 

ミラーモンスターを三体も融合させたジェノサイダーを簡単に封じる天使。

それに先程は、受け止めた攻撃を相手に反射する天使も召喚していた。

しかし何故、わざわざそんな固体を生み出す必要があるのか?

攻撃を反射させる魔法なら、それだけいい。天使がいる意味が無い。

 

 

(わざわざ貴重な魔力を天使を具現する分に割くなんてアホなのか?)

 

 

そこで杏子の額に、汗が浮かんだ。

 

 

(待て、待てよ。おいおい、ちょっと待てよ……!)

 

 

逆、だとしたら?

つまりわざわざ『攻撃を反射させる天使』を作っているのではなく、『攻撃を反射する魔法』ではまどかの魔力が高すぎてオーバーフローとなるため、天使と言う別容器を作って魔法を安定させているとしたら?

あるいは増幅装置の一種と言う可能性だってある。

いずれにせよ、それだけ凄まじい魔力を感じた。

 

 

(アイツ……! 化け物か!?)

 

 

どうやら杏子は、鹿目まどかの印象を更新しなければならない様だ。

思わず汗を浮かべてニヤリと笑った。可愛い可愛いウサギちゃんとばかり思っていたが、どうやらその皮の下にはとんでもない化け物が眠っていた様だ。

いくら向こうに戦う気が無かったとしても、魔力の差は戦いを左右する大きな要因だ。

まどかが本気を出せば危ない。それは確かな『事実』である。

 

 

「真司さん! あのモンスターを止めている間は動けないの!」

 

 

どうやら、まどかが一歩でも動けば再びジェノサイダーが活動できるようだ。

龍騎は強く頷き、走ってくる王蛇を見た。

回避はできない。まどかに当たるからだ。

龍騎はもう一度気合を入れるとドラグレッダーを召喚して構えを取った。

昇竜突破、王蛇はそれを読んでか急停止して後ろへ跳ぶ。

 

 

「ヤアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

「チッ! でかい!!」

 

 

ドラグレッダーの炎とドラグクローから放たれる炎が合体して巨大な火球が発射される。

しかも今回は今までの物よりもサイズが大きく、通常の何倍もの大きさだった。

ユニオンシステムにより、騎士も魔法少女の力がある程度は流れている。

例えばそれがまどかの力ならば、まどかの魔力が急上昇した事で龍騎もある程度強化されたと言うことなのだろうか。

 

 

「佐倉ッ、分かってるな!」『ファイナルベント』

 

「ああ、分かってるよッ!!」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

 

ジェノサイダーが消滅。

同時にベノスネーカーが杏子の槍と融合して巨大な棍棒に変わる。

ボールはど真ん中のストレート。杏子にとっては余裕の軌道だ。

一本足打法にてフルスイング。その火球を真っ向から受け止める。

 

 

「くぉおおおおおおおおおお……ッッ!!」

 

 

だが龍騎の火球も負けてはいない。

競り合いを始める両者、杏子は歯を食いしばり、全ての力を棍棒に乗せていく。

おまけに、その棍棒を思い切り蹴り飛ばす王蛇。力が上乗せされて杏子は火球を打ち返す事に成功した。

 

 

「ハハハ! 自分の攻撃で焼けちまいなッッ!!」

 

「……! しまった!」

 

 

反射されるとは思っていなかったのか。

龍騎は思わず動きを止めてしまう。

このままなら火球を受けてしまうのだが。

 

 

「大丈夫! 止める!!」

 

 

龍騎の前に出るまどか。両手を前に突き出して、魔法を発動させる。

 

 

「アイギス・アカヤー!」

 

 

以前も使っていた。巨大な盾を出現させる魔法だ。

なのだが――、今まどかの前に現れた盾は以前の物よりも装飾が派手になっており、サイズも大きくなっていた。

 

さらに前回までは盾しか出てこなかったが、今はその盾を構える天使が生まれる。

忍耐の天使・アカヤー。そう、つまりサキのイルフラースが未完成だった様に、今までのまどかの魔法もこの場において完成されたのだ。

 

戦い、傷つけあう事を受け入れ。

かつ、あくまでもそれらを否定する心が魔力に共鳴して魔法を強化させる。

盾は魔力を込めればそれだけ強化されていく。まどかは仁美達を守る為に、自らの魂を天使へ乗せていった。

 

 

「いっけえええええええええええ!!」

 

「アイツ――ッ!」

 

 

巨大な盾が完全に火球を受け止めた。

さらにまどかは解放の天使レイエルを召喚。

先程見た。その効果は杏子も知っている。

 

 

「鹿目まどか! テメェエエエエエエエエ!!」

 

 

レイエルが目を開くと、火球が反射される。

ファイナルベントは終わってしまったため、もう棍棒は無い。

流石にもう返す手が無い、そして回避するには火球は大きく、速い。

結果として杏子と王蛇は屈辱の防御を取るしかなかった。

 

 

「チィイイイイイイイ!!」

 

 

着弾と爆発。

すぐに王蛇が腕を振って爆炎をかき消すが、周りには誰もいなかった。

あくまでも龍騎ペアの目的は守護だ。そしてゲームを終わらせる事にある。

杏子達の死は、彼らも望まぬ事なのだから。

 

 

「……成る程ね、ちょっとナメすぎてた」

 

 

杏子はどっかり座り込むと、焦げたポッキーを齧りながら鼻を鳴らす。

 

 

「佐倉、あの羽が生えたヤツはなんなんだ」

 

「天使。エンジェル。アンタも施設で見ただろ」

 

「………」

 

「分かってる! そういう話じゃんだろ! だから、あれは魔法だよ。魔法!」

 

 

ムカツク奴が増えた。

だがそれは同時に殺せばスッキリする奴が増えたというプラスの考え方に変える。

あの決意に満ちたまどかの表情を絶望に歪ませる楽しみが増えた。

 

 

「まあいい、食い甲斐のある奴じゃないとつまらないからな」

 

 

王蛇はゆっくりと首を回しながら変身を解除する。

ゲームはまだ続く、じっくりと狩りを楽しもうじゃないか。

 

 

「それに、また大きな祭りの気配がする」

 

「?」

 

 

浅倉は笑い、踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ私はコレで。何かあったら連絡するわ」

 

「どうも、助かります」

 

「いいのよ。私に出来る事があれば何でも言って」

 

 

巻き込む事になってしまうのは申し訳ないが、刑事である美佐子が協力してくれるのはやはりありがたい。

ほむらの話しが本当ならば、この世界はイレギュラーに満ちている。

情報は何よりも欲しい武器であり、この世界の謎を解く鍵にもなるだろう。

 

 

「じゃあね仁美ちゃん」

 

「あ……! はい」

 

 

手を振って笑顔を浮かべるまどかだが、いろいろと傷が目立つ。

とは言え、体など結局は人形なのだから一日もすれば元に戻るのだが。

しかしそれでも仁美には割り切れず、親友が傷つく事実だけが心に刺さる。

 

 

「あの……! まどかさん!」

 

「ん?」

 

 

仁美はもじもじと体を動かす。

申し訳なさと、どうしていいか分からないモヤモヤが渦巻いている様だ。

しかしそれでも伝えたい想いがあった、言いたい気持ちがあった。

 

 

「前にも言いましたけどっ、私はまどかさんがどんな人でも友達だと思ってます!」

 

 

たとえ魔女になろうとも。

たとえ誰かを傷つける事があったとしても。

 

 

「私は、まどかさんの友達だから! だから最後の最後まで貴女の味方でありたい!!」

 

 

それだけは伝えたかった。

仁美は目に涙を溜めて微笑む。

 

 

「うん! ありがとう仁美ちゃん!!」

 

 

まどかも満面の笑みを浮かべて気持ちを返す。

 

 

「あ、あの……! もしよろしければ、今日は私の家に泊まっていきませんか?」

 

 

もっと一緒に話しがしたい。一緒にご飯を食べたい。

もしかしたら明日にでもソレは叶わなくなってしまうかもしれないから。

その想いを理解してなのかは知らないが、まどかは再び笑顔で仁美の手を取った。

 

 

「いいの!? じゃあママとパパに連絡するね!」

 

「は、はい! 浅海先輩もいかがですか!?」

 

「わ、私もいいのか?」

 

 

親友同士と言う空気に、サキは疎外感を感じていたが、仁美は偽りの無い笑みを浮かべる。

 

 

「もちろんですわ! 浅海先輩も大切な先輩なんだから!」

 

「ひ、仁美……!」

 

 

サキは唐突に空を見上げて震え始める。

 

 

「んー? 泣いてんの? 泣いてんのか? お姉さんがよしよししてあげよっか?」

 

「だ、黙ってくれないか……!!」

 

 

からかう美穂。しかし肩を掴まれた。真司だ。

 

 

「ここからは友達同士の時間だ、俺たちはさっさと帰ろう」

 

「ん」

 

「じゃあねまどかちゃん、みんなも」

 

 

真司達はまどかに笑顔で別れを告げると、夕日に染まった道を歩いていく。

やはり友人とはいいものだ。まどかの笑顔をみて真司は思う。

 

 

「よし、じゃあ俺達も飲むか!」

 

「お、いいねぇ!」

 

「じゃあ蓮も誘おう!」

 

「はぁ!?」

 

 

美穂はギョッとする。

 

 

「い、嫌なのかよ!?」

 

「嫌じゃないけど、アンタちょっとは空気読みなさいよー」

 

「な、なんで!?」

 

「いやまあ、別にいいけど……」

 

 

おかしな奴だ。

真司は蓮にメールを入れて携帯をしまった。

 

 

「ねえ真司ぃ、私疲れたからおんぶして~」

 

「やだよ! 自分で歩けっての!!」

 

「してくれたら、おっぱい押し当ててあげるからー!」

 

「ぶぅううううううううううう! 何言ってんだお前!」

 

 

真司は真っ赤になって足を速めた。

後ろでは美穂がニヤニヤと、そのリアクションを確認している。

 

 

「だいたい歩くのが嫌ならブランウイングに乗ればいいだろ!」

 

「あ、そうか! 頭良いね真司!」

 

「へ?」

 

 

本当に乗るかよ!!

さっさと飛んで行く美穂。

真司は全速力で白鳥を追いかけながら、沈む夕焼けに向かって色々溜まったモヤモヤを叫ぶのだった。

 

 

 

 

 





まどかの魔法技はかなりオリジナル色が強くなっていきます
よろしくやで(´・ω・)b


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第36話 リーベエリス スリエベーリ 話63第

更新しようとしたら廊下の方でガサゴソと聞こえてきました。
そうか、ついに私の家にも美少女幽霊がやって来たのだな。
と、思いました。

生きている私と、死んでいる彼女の甘く切ないボーイミーツガールが始まるのだな。
夜の間だけの短い恋物語が始まるのだな。
そう思い、わくわくしながら確認しに行きました。







ゴキちゃん、でした。


絶句して震える私の前でヤツはクロックアップで逃げていきました。
最悪です。はじめてです。最悪です。眠れません。

更新したら戦ってきます。

みなさん、今までどうもありがとう!





 

 

 

 

それはある日の事だった。

 

 

「城戸真司だな」

 

「え? ああはい、そうですけど……」

 

 

朝。真司の家には強面でスーツ姿の男たちがゾロゾロと。

一体なんなんだと怯んでしまう。気づいたのは外にパトカーが何台も停まっている事。

これはまさか――

 

 

「殺人容疑で逮捕する」

 

 

逮捕……。

 

 

た・い・ほ!?

 

 

「えええええええええええええええええ!!」

 

 

その言葉と共に男たちは真司を取り押さえて、腕に手錠をかける。

 

 

「待ってください! 誤解です! きっと編集長だ! あの人が悪いんだ!!」

 

 

とてつもなく失礼な事を叫んだが、仕方ない。

人間とはパニックになると冷静な判断ができなくなるものである。

ましてや真司は本当に身に覚えが無かった。

 

 

「分かった! 大砲だ! はっは! やだな! そう言ってくださいよ! いやあの俺って高校時代は大砲のモノマネが上手いって評判だったんですよ! じゃあ見ててくださいね、一発デカイのブチかましますよ! はい、どッッかーん! なんてね、ははは!!」

 

 

フレンドリーに話していたつもりだが、気づけば真司はパトカーの中にぶち込まれていく。

 

 

「はは、は……」

 

 

サイレンが鳴ってパトカーが発進した。

ひょっとするとこれは冗談じゃ済まないのではないか。

ようやく頭が回り始めてきた。一体どうしてこうなった? 真司は青ざめながら考える。

 

まず身に覚えは無い。少なくとも逮捕される事はしていないと神に誓える。

たしか警察は殺人容疑と言っていた。咄嗟に編集長のせいにもしてしまったが、真司は編集長を良く知っているし、ましてや尊敬している。そんな事をする人間ではないと、これまた神に誓えるのだ。

 

 

(マジかよッ、神様……!!)

 

 

結局何も分からず、真司はただパトカーの中でうな垂れるしかできなかった。

しかし本当にどうしてこうなったのか。

時間は大きく遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仲直り?」

 

「ええ。やっぱりいがみ合ったままで終わるのは悲しいわ」

 

「じょぉオオオオオオオオだんッッだロッッ!?」

 

「!?」

 

 

本を読んでいた上条は、絶叫に近い声を聞いて思わず肩を震わせた。

学校での一件が終わってから、織莉子陣営もまたしばらくは動きを潜めている。

と言うのも、芝浦達の死によって未来が書き換えられているのだ。

 

織莉子の計算では、芝浦たちに未来を大きく変える価値は無い。

変わる未来も、計算内に終わるだろう。

問題はやはり鹿目まどか、浅海サキ、立花かずみ、暁美ほむらの辺りだ。

 

オクタヴィアが死んだ時、大きな揺らぎを観測した。

普通に考えれば、さやかに近い魔法少女が絶望の魔女ではないかと思うのは当然である。一番気になるのは立花かずみ。何故か彼女がいると未来をうまく視れない、ノイズが掛かると言うのか。砂嵐になると言うのか。

 

まあ色々と気になる所はあるものの。今の織莉子は友を気遣う優しい少女だ。

織莉子はキリカに、パートナーの東條と仲直りをしたらどうなのかと持ちかけた。

だがキリカは既に『東』の文字を見るだけでも変なブツブツができるまでに酷い状況に。

 

 

「前にも言っただろ!? アイツは織莉子の考えを否定した糞馬鹿●●●野郎なんだぞーッッ!!」

 

「こ、言葉が汚いわ。落ち着いて!」

 

 

キリカは中指を立てて暴言を連呼している。

確かに織莉子とて、考えを否定されるのはいい気はしない。

しかしこの世にいる人間は、一人一人違う想いや、心を持っている。

だからこそ、人は人になり得たのだ。

気に食わないから拒絶するなんて、それこそ人としてはナンセンスだ。

 

 

「彼の気持ちも理解してあげて。ねえ? キリカ」

 

「嫌だよ織莉子! あんなヤツ本当は今すぐにでも八つ裂きにしたいんだ!!」

 

「そこをなんとか。私は気にしてないから」

 

「いやだい! いやだい! 仲直りなんて絶対に嫌だい!!」

 

 

キリカは床に倒れて、ダダをこねる様に暴れまわる。

 

 

「困ったわ……」

 

 

ため息をつく織莉子。

キリカがこう言い出すと、中々意思を曲げないのだ。

 

 

「どうしたんだい? さっきから」

 

「ええ、上条くん。実は――」

 

 

説明を行うと、上条は首をかしげる。

 

 

「本人がどうしても嫌なら、それでいいんじゃないかい?」

 

「そうかしら? でも……」

 

「この世には、どうあっても分かり合えない人達がいる。キリカと東條さんもそう言った類の間柄なんだろう」

 

「私は仲直りをしてほしいんですけど……」

 

「無理にそうさせても逆効果じゃないかな。関わらないと決めたら、距離を置いた方がいいと思うけど」

 

「私もそれは考えました。貴方と……、だいたい同じ意見ですわ」

 

 

しかし、キリカの事を想うとどうしても切り捨てられないのだ。

 

 

「キリカと東條さんは似ていると思うんです」

 

 

上条は耳を疑った。

達観したような。悪く言えば暗い東條と、常にハイテンションなキリカが似ている?

 

 

「何を見て、そう思うんだい?」

 

「ふふ。これでも会ったばかりの時は、別人みたいだったんですよ。キリカ」

 

 

織莉子はまだジタバタしているキリカを見ていた。

 

 

「上条くんは、美樹さんと喧嘩をした事は?」

 

「……あるよ。今にして思えばほとんど僕が悪かった。八つ当たりさ。けれどいつも先に謝ってきたのは彼女だった」

 

「つまり辛い時、美樹さんは貴方の支えになってくれたのですね?」

 

「そう、だね……。僕は愚かだったから彼女に甘えるだけで、傷つけてばかりだった」

 

 

今の自分があるのは、さやかがいたからこそだ。上条の声が震える。

織莉子はそこに大切なものを見出していた。

人は人によって支えられていく。人は一人じゃないから生きていける。

辛い時は誰かに甘え、悲しい時は誰かに助けられて、心を持ち直す。

 

 

「家族、幼馴染、そして友人。誰もが人との関わりの中に安らぎや安定を求めているわ」

 

 

人は人に縋って生きていく。

なのに今、キリカが縋れるのは恐らく織莉子だけ。

キリカは織莉子以外に友人がいない。過去に一人だけいたらしいが、喧嘩別れをしてしまったとか。

 

 

「家族は?」

 

「キリカの両親は、彼女が幼い頃に離婚しました。キリカは父親の方へついて行ったみたいですが……」

 

 

父は別の女性と再婚したらしい。

キリカへの愛情を失ったわけではないのだが、いかんせん相手の女性とはうまくいかなかった。どうにもばつが悪く、現在は家を飛び出して織莉子の家に住んでいるのだ。

 

 

「友人として、私はキリカにもっと幸せになってほしいんです」

 

「………」

 

 

目を細める上条。

織莉子は利口だ。きっと自分には見えていない物が見えているのだろう。

そんな織莉子が、切にキリカの幸せを願う。まるで今の状態が幸せでは無いと言う様に。

 

 

「……まあ僕も君には世話になっている。恩返しくらいはするよ」

 

「?」

 

 

上条はキリカの方へ近づくと、目線を合わせて肩を持つ。

 

 

「落ち着いて」

 

「はぁ。どーしたカミジョー」

 

 

織莉子のパートナーだからか、割とすんなり言う事を聞く。

 

 

「キリカ。東條さんは、誤解しているんじゃないだろうか?」

 

「ごかい?」

 

「ああ、織莉子は素晴らしい人間だ」

 

 

「そうだとも! 流石はカミジョー、話が分かる!」

 

 

キリカは何度も首を縦に振る。

織莉子の良さを理解できない東條は嫌い。そういう事だろう。

 

 

「だがもしも東條さんが、織莉子が素晴らしい人間だとは知らず、些細な勘違いから誤解しているとしたら?」

 

「???」

 

「どうだい? ここは一つ、僕と織莉子も協力するから。彼の誤解を解いてあげようじゃないか」

 

「む、むむむ!」

 

 

御免したい所だが、上条の提案は織莉子を否定しているようでどうにも気持ちが悪い。

 

 

「じゃ、じゃあ一回だけ……」

 

 

渋々退出していくキリカだが、話し合う事は決めてくれたらしい。

織莉子は上条にお礼を言って微笑んだ。

 

 

「ふふっ、キリカってば、上条くんに弱いみたいですね」

 

 

もしかしたら上条もキリカにとって良い友人か、あるいは理解者だったり――

 

 

「まあ最悪、東條が鹿目まどか達に嘘を吹き込まれたと言えばいいさ」

 

「……っ」

 

「そうすれば、キリカの怒りを上手くコントロールできる」

 

「そう――、ですね」

 

 

織莉子は自分を恥じた。

キリカにパートナーとの絆を大切にしてもらいたい理由は、織莉子自身絆を育めないからだ。上条はキリカを上手く利用しようと考えている。それは織莉子も同じではないか。

利用し合うなかで、仲良く絆だのと口にできる訳が無い。

 

ましてや上条は静かに、そして確実に狂いはじめている。

さやかの為なら、友人だった人間を簡単に殺してみせた。

 

果たして上条はありのままの美樹さやかを求めているのか?

それとも自分の事を受け入れてくれる、都合のいい美樹さやかを求めているのか?

それは織莉子には分からないし、特別興味も無かった。

だから本当のパートナーにはなれないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

手塚海之は目を丸くしていた。

学校が終わり、帰ろうと玄関に足を運んだならば東條の姿があった。

 

 

「キリカ達に呼ばれたんだ、一緒に来てくれないかな?」

 

「なら俺のパートナーに連絡するから待ってくれ」

 

「戦いじゃ、無いと思う。場所ファミレスだし」

 

「ファミレス? どういう用件なんだ?」

 

「ほら、これ、メール」

 

 

手塚は東條の携帯を覗き込む。

 

 

「仲直り?」

 

「そうなんだ。僕としたいって……」

 

 

キリカからのメッセージには、仲直りがしたいから帰り道にあるファミレスに来てくれとだけ書かれていた。

 

 

「喧嘩をしていたのか?」

 

「分からない。でも仲直りって言ってるんだから、してたんじゃないかな?」

 

「……ファミレスに行ったら、待ち伏せしていたオーディンに黒焦げにされるなんて事は?」

 

「人の集まる場所でそんな事をするのかな?」

 

 

織莉子は参戦派だが、無差別に殺すと言うことはしない。

絶望の魔女を狙うのだ。だからこそ、騎士である東條はそこまで危惧していなかった。

 

 

「でもやっぱり僕だけじゃ不安なんだ。ついて来てくれないかな?」

 

「……は?」

 

 

ここで最初に戻る。

そこからの行動は一方的だった。

東條は手塚の返答を待たずして、腕を掴むとファミレスを目指す。

手塚としては半信半疑だった。一応、自分達と織莉子は敵のはずだ。

サバイバルゲームの最中にレストランで会合なんて――

 

 

「ああ、こちらです」

 

「………」

 

 

普通にいた。

笑顔で手を振る織莉子。その隣ではキリカが目つきを悪くしてチョコレートパフェを貪っている。

 

いや、本当に目つきが鋭い。

滅茶苦茶口の周りを汚して東條を睨んでいる。

 

 

(しかしおかしい。仲直りをしにきたのに何でこんなに睨んでるんだアイツは……)

 

 

早速のラビリンス。

そうしていると、手塚たちも席につく。

 

 

「ありがとうございます。わざわざキリカの為に来てくれて」

 

「………」

 

 

東條が織莉子と会話している間に、手塚は周囲を確認する。

織莉子のパートナーらしき人物がいないかどうかを探るつもりだった。

 

 

「安心してください。今日は戦いに来たのではありません」

 

「!」

 

「仲直りです。それだけが目的です」

 

「……一応、俺達は敵同士でいいんだよな?」

 

「それは貴方たちの考え次第です」

 

 

手塚は何も言わなかった。

むしろチャンスかもしれない。何か情報を引き出せるかもしれないからだ。

 

 

「まあいい。それより仲直りと言うのは」

 

「ほら、キリカ。東條くんにアレを」

 

「むぅぅうぅ!」

 

 

キリカは不満そうに、東條へ綺麗に包装された小箱を渡す。

 

 

「なにこれ?」

 

 

東條が首をかしげると、キリカが歯切れ悪く言葉を並べる。

 

 

「前は……、ぃぃ言い過ぎたよぉ! だからコレ、お詫びの品!!」

 

「ありがとう……」

 

 

東條はキリカから箱を受け取ると、早速中身を確かめて見る。

 

 

「これって」

 

「夜なべして作った(わら)人形」

 

「ブッ!!」

 

 

水を零す手塚。

東條の写真が貼り付けてある藁人形がこんにちは。

おまけに、しっかりと釘まで刺してあるじゃないか。

もうブッスリと東條の頭部を貫通してらっしゃる。

 

え? 何? こいつら仲直りするんじゃないの?

手塚は困ったように視線を泳がせる。関係と言うよりも、存在に止めを刺している様にしか見えない。

 

 

「わざわざ僕のために……」

 

「え゛ッ!?」

 

 

嬉しいのか? 喜んでいる? 何で? 気づいてないのか? お前呪われているぞ!!

等と色々思うところはあるが、手塚は全ての言葉を飲み込んだ。

欠片とて理解できないが、東條は嬉しいらしい。

そういうペアなのだ。きっと。だから第三者が口を挟むものじゃない。

 

なので、手塚は自分のやるべき事に集中する。

わざわざ危険を承知でやってきたのは、織莉子と接触するためだ。

 

 

「美国織莉子。少しだけ、二人だけで話がしたい」

 

「……今日、私達は付き添いの立場です。主役はキリカと東條さんですよ」

 

「なら尚更、邪魔者は消えないとな」

 

 

織莉子は微笑み、無言で席を立つ。

ついていく手塚。二人は入り口近くの待合室にやって来る。

今日は客も少ない。そこには手塚と織莉子の二人だけ。

 

 

「美国織莉子。聞きたい事は二つだ。お前らは参戦派なのか? そして学校で俺たちに告げた言葉の意味を知りたい」

 

「このゲームの開始を告げたきっかけが何か、ご存知でしょうか」

 

「巴マミと須藤雅史の死だろう?」

 

「ええ。それは私達が仕組みました」

 

「!!」

 

 

あまりにもアッサリと言ってみせる。

織莉子は説明を続ける。まずは須藤に接触して、歪んだ正義感を刺激する事から初めた。

遅かれ早かれ、須藤が直接的に悪人を裁くことは視えていた。

だから、あの時は仲間だったユウリに指示を送り、須藤に接触を試みた。

 

ある時はいじめを苦にして自殺しようとしている少年を演じさせ、ある時は暴漢に家族を殺された未亡人として接触。

須藤に被害を訴え、善意が殺意に変わるように刺激を続けた。

 

 

「一つが崩れれば、連鎖が起こります。まんまとおびき寄せられた巴マミは、我々の仕組んだ罠にかかり、魔女になったのです」

 

 

魔法少女が絶望する事によって魔女になるというのは、織莉子は契約時から知っていた。

それを使えば仲間割れをはじめとして、いろいろ応用できるのではと思っていたところだ。

 

 

「結果はご存知のとおり、今に至る訳です」

 

「何故そんな事を――ッ」

 

「決まっています。私はこの腐ったゲームを否定し、世界を救う為に戦っています」

 

 

織莉子は少し妖艶な笑みを浮かべて手塚を見た。

その目には偽りなど感じない。信念の光が宿った目だ。

事実、織莉子に嘘はない。文字通り世界を救う為に戦っている。

 

 

「巴マミや美樹さやかに手を下した事さえ、世界を救う為だったと言うのか?」

 

「手塚さん。貴方は戦いを止めたいと思っていますか?」

 

「ああ、俺はその為に戦っているつもりなんだがな」

 

 

織莉子はそのまま手塚に問うた。

戦いを止めるとは一体どういう事を指すのか。

参加者を誰も犠牲にせず、かつワルプルギスの夜を倒す事を言うのか?

だとすればソレは大きな勘違いをはらんでいると織莉子は言った。

 

なぜならば彼女もまた、手塚と同じ志を目指しているからだ。

織莉子もまた、戦いの終わりを望んでいる。

 

 

「二つ目の質問に答えましょう。私の力は未来予知です」

 

 

織莉子は一つの未来を提示する。

それは学校のホールでも示唆していた事だ。

同時にココが一番のポイントでもあると強調してみせる。

 

 

「それは全てに収束していく未来」

 

「ッ?」

 

「このままでは誰が勝っても、誰が生き残っても、世界は崩壊の未来を辿るでしょう」

 

 

確かに、戦い止めると言う考えは立派だ。

だが戦いを止めるとは、一体どういう意味を含んでいるのか?

そこをもう一度考えてほしいと織莉子は言う。

 

 

「目先の目標では、結局滅びを迎えるだけ。先を見た行動が望ましいとは思いませんか?」

 

 

ゲーム攻略の果てに、参加者達は生きることを望んでいる。

しかし考えても見て欲しい。ゲームだけをして生きる人生があるだろうか?

 

 

「手塚さん。貴方は戦いを止めてどうしたいのかしら?」

 

 

誰かを守るために戦う者。

死にたくないから協力し合う者。

いずれにせよこのままでは確実に死が訪れるのだ、それも近いうちに。

 

 

「結論を言いましょう手塚さん」

 

「結論?」

 

「はい、この戦いの本当の敵です」

 

 

それはデスゲームに参加する者達ではない。

ではこれを仕組んだ運営、つまりキュゥべえ達か?

違う。キュゥべえ達を殺す事は不可能。では何か? 一体何がこのゲームの裏にいるのか?

 

 

「答えは一つ。私達がやるべき事は絶望の魔女を殺す事です」

 

「絶望の魔女……?」

 

 

頷く織莉子。

全ての魔女を超越した存在。

それはワルプルギスを上回るかもしれない程の力を持つ混沌。

 

 

「ワルプルギスの夜は複数の魔女を合わせた合成獣(キメラ)だと情報を得ています」

 

 

無数の魔女の集合体なのだから、それは強いはずだ。

しかし絶望の魔女は一人の魔法少女から生み出される存在。

にも関わらずその力はワルプルギスを上回る。

 

 

「想像しただけでも恐ろしい……!」

 

 

現に織莉子は、その姿を未来予知を通して確認している。

なんと恐ろしい姿か、なんと恐ろしい力か。

思い出しただけでも震えてくる。

 

 

「命と言う命が、全てあの魔女によって壊されていく」

 

 

美しく、そして一瞬で。

思い出したのか、思わず織莉子は口を押さえた。

 

 

「生きとし生ける全てのものを消滅させる最悪の魔女。それが参加者の一人だと言うのですから、さらに驚きです」

 

「そんな――、まさか」

 

「信じられないのは分かります。しかし信じてほしい」

 

 

織莉子は頭を下げた。

マミやさやかを犠牲してまでも、その正体を知らなければならなかった。

幼いゆまを犠牲にしてまでも、勝てる環境を整えたかった。

 

 

「なんとしても排除しなければなりません。どれだけの命を犠牲にしても、ヤツだけはこの世に生み出してはいけない!」

 

「だが……!」

 

「ありがちな話ですが、天秤の上に乗せられた少量の命と大勢の命。犠牲にするなら、私は迷わず少量を選びます」

 

 

織莉子は命を悪戯に奪い合うゲームは反吐が出ると嫌悪感を示している。

しかしその先に絶望の魔女を倒すヒントがあるのなら、迷わず参加する。

多くの命を犠牲にしても絶望の魔女をを倒さなければ、人類に未来は無い。

 

 

「私を疑うのならばこの場で私を殺してください」

 

 

織莉子は自分のソウルジェムを手塚に渡した。

 

 

「お前には未来が視えてる」

 

「詳しく見えるわけじゃありません。貴方が握り潰す未来がそこにあるのかも」

 

「……俺は殺し合いを望んでいるわけじゃない」

 

 

手塚は織莉子にソウルジェムを返す。

織莉子のソウルジェムは欠片の濁りもない。手塚を疑うことすらしなかったようだ。

 

 

「賢明な判断です」

 

「だが気に入らないな。お前達の計画で人が死んでいる。それは許されない話だ」

 

「先程も言ったように、全ては世界を救うためです。我々には時間がない」

 

 

織莉子は手塚を睨む。

感情的な話をしたいんじゃない。ここは大人の話がしたいのだ。

全てを割り切った話が。

 

 

「……絶望の魔女を止める方法は優勝時の願いか。孵化前に母体を殺す事だけか?」

 

「ええ。絶望の魔女が覚醒すれば後は終わりです。いかなる未来も滅びを予知しています」

 

「つまり俺達は大きな爆弾を抱えた状態でゲームを行っているわけか」

 

「その通りです。勘違いしないで欲しいのは、絶望の魔女はワルプルギスよりも強い。今残っている参加者が全て手を組んだとしても勝てないでしょう?」

 

「そんなにか? 俺は何度か魔女と戦ったことがあるが……」

 

「詳細は私もまだはっきりとは。しかしこれは事実なんです」

 

 

いかなる選択も間違えられない。

もしも絶望の魔女が生まれればそれで終わり、世界は滅ぶのだ。

 

 

「一刻も早く絶望の魔女を殺す必要があるのだと言う事を、どうか理解していただきたい」

 

「だが――、俺は周りの人間を巻き込むやり方は」

 

「……手塚さん」

 

「ッ?」

 

「障害がいます」

 

「なに? どういう事だ?」

 

「貴方はそれを理解しているのでは?」

 

「意味が分からない、何を言って――」

 

「私は、もう絶望の魔女が誰なのかを把握しているつもりです」

 

「!」

 

「候補は二人ほど」

 

 

もちろん確証はないが、全くの当てずっぽうでもない。

織莉子はそこで立ち上がり、戻ろうとジェスチャーを行う。

 

 

「手塚さん、貴方はこの世界の未来を守りたいのですか?」

 

「……っ」

 

「それとも、一時の安定を求めたいのか。もう一度よく考えてほしいものですね」

 

 

織莉子はそれだけを言うと、柔らかな雰囲気に戻る。

 

 

「さあ戻りましょう。注文していたお料理がもう来ているかも」

 

「………」

 

 

ほむらと言い、織莉子と言い。とてもじゃないが中学生の出せる覇気ではない。

張り付く寒気はまだ残っている。ひょっとすると織莉子の気迫はほむらを超えているかもしれない。

それだけ彼女もまた、このゲームに自分の信念を持って挑んでいると言う事なのだろう。

力と勝利だけを求める王蛇ペアや、ガイペアとは違い、それはそれで厄介なものだ。

それに織莉子の言っている事が本当ならば、手塚にとっても見逃せない事になる。

 

 

「そうだ、そうだな。本当に厄介だ」

 

 

手塚はコインを弾いた。

占いの結果は、あまり良くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 

キリカのもとへと戻った二人、

するとそこには――

 

 

「やっぱり君は英雄とは程遠いよ!」

 

「なっ! ぐぅぅぐッぅ!!」

 

 

キリカは悔しげに赤面して涙を浮かべていた。

 

 

「やっぱお前なんて嫌いだぁあああああああああ!!」

 

「あ! え!? ちょ、ちょっとキリカ!!」

 

 

走り去るキリカ。

織莉子はすぐに追いかけ、店を出て行った。

 

 

「おいおい、どうして仲直りをする筈がこんな事になっているんだ?」

 

 

手塚はムスッとしている東條に詳細を求めた。

 

 

「聞いてよ。彼女信じられないんだ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「フツーさ! から揚げにはレモン絞るだろぉおおおおおおおおお!!」

 

「………」

 

「あの腐れ英雄ジャンキーは勝手にレモンを絞るなって!! うおおおおおおおおお! それくらい許せぇえええええええええ!!」

 

 

キリカの声が屋敷中に響き渡る。

上条は呆れたように読んでいた本を閉じた。

いきなり戻ってきたので話を聞いてみれば、から揚げにレモンを絞った瞬間に英雄らしくないだのなんだの言われたらしい。

 

 

「なんで個人の好みが英雄らしく無いとか言われなければならないのかぁぁあっぁ!!」

 

 

ピリピリしていたキリカはイライラマックスってなものである。

 

 

「あんな奴ッッ! レモンの汁が目に入って苦しみ続ければいいんだーッッ!!」

 

 

織莉子の思想を巡る対立で始まったのに、気づけばからあげにレモンを絞るかどうかのラインに立っている。正直何を言っているのか意味不明である。

 

 

(どっちでもよくないか?)

 

 

上条はそんな事を思いつつも、口にはできない。

口にしたら多分、キリカに殴られる。それくらい今のキリカはテンションがおかしい。

 

 

「もう何を言っても駄目なのかもしれません。はぁ」

 

 

織莉子は頭を抑えてうな垂れる。

こんな筈じゃなかったのに。なんだったら出かける前より雰囲気が悪くなっているじゃないか。

 

 

「いや、諦めてはいけませんね! 次はスワンボート作戦でいきます!!」

 

「えッ? まだやる……ッ、いやまあいいか。がんばってくれ」

 

 

上条は投げやりに答えて席を外す。

面倒になったらしい。一方の織莉子はますます気合を入れて仲直りの作戦プランを立てていた。

 

 

「は?」

 

 

だから翌日、手塚は帰ろうとして東條に話しかけられる。

 

 

「だから、僕と一緒に見滝原公園まで来てほしいんだけど」

 

「また呉キリカからか……」

 

「そうなんだ。メールが来て」

 

「ちょっと見せてくれ」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

死ばらくですね。いや昨日ぶりですか。

ねる時に考えたんですが、やはり他の人に確認しないでレモンはいけません。

お暇でしたら、今日の夕方に見滝原公園に来てくれませんか?

前回はうまくいきませんでしたが、仲直りがしたいです。

はやく関係が直したいな、一応私達はパートナーじゃないですか。

嫌いにならないでもらいたい。

いい関係であるといいですね、貴方はそう思いませんか?

だんだだん。

死かたないと思わないでくださいね。

ねる前に決めてほしい。

東へお日様が沈みます。

條……、條? んー、なんかあったっけ? まあとにかく明日。あと縦には読まないでね。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「………」

 

「ここまで言われたら行こうかなって」

 

「どっちの意味で?」

 

「え?」

 

「文に溢れ出てるぞ憎悪の感情が」

 

 

せめてもっとうまく隠せ。

一番最初の字くらいひらがなで良かっただろ。

あと後半もう考えるの面倒になったのか適当になってるじゃないか。

 

だんだだんって何だ、だんだだんって!

『だ』から始まる文が思いつかなかったからってそれはないだろ。

最後に至っては考えから諦めるまでの過程を文にしてる始末だし。

しかも本人は予防線のつもりか知らないが最後の最後で完全にネタバレしてる!

フラグか? これがフラグと言う奴なのか?

 

 

「コレは行かない方が良い……!」

 

「でもせっかく謝ってもらったし」

 

「まさか気づいてないのか! ココまであからさまにしておいて!!」

 

 

正直このまま公園に行ったら、東條が殺されるイメージしか湧かない。

と言うより東條の運勢を調べたがヤバイ、とにかくヤバイ。

今日死にますくらいのレベルなのだ。

 

 

「でもせっかくこうやって連絡して来てくれたんだし。断るのは悪いかも。嫌われたくないんだ」

 

「ッ」

 

「と言う訳でついてきてよ」

 

「え? あ、おい!」

 

 

東條は手塚の腕を掴んでズルズルと。

 

 

「一つ聞いてもいいか?」

 

「何かな」

 

 

手塚は折れたのか、結局東條と共に公園に向かう。

その途中、ずっと気になっていた事を聞いてみる。

 

 

「お前の言う英雄は、一体どんなモノなんだ?」

 

 

東條は自分の性質が分からなかったからミラーモンスターを生み出す事ができなかった。

ならばその性質はほぼ間違いなく『英雄』だろう。

しかし東條は英雄と言うものが何か分からない、だから分身が生み出せない。

とは言え、ブランク体でもないのだからあと一歩のところまでは来ているのではないか。

 

では東條が目指す英雄とは何か? 

東條の思う英雄とは一体なんなのか?

手塚はそれが気になってしまう。

 

 

「僕にも分からないよ」

 

 

でも、分かる事もある。

 

 

「皆から愛される存在だよ。英雄になれば、皆が僕の事を好きになってくれる」

 

「………」

 

 

東條悟の瞳の奥には、大きな闇が見えた。

それが寂しさから来るものだと言う事がやっと分かった。

 

東條は喋る時、その人を見ていない。

手塚が東條の目を見ても、東條は手塚の目を見ない。

目が合ったとしても、東條はその奥にある闇だけを見ているのだ。

 

 

「そうか」

 

「うん……」

 

 

選ばれたのは魔法少女だけじゃない。

騎士も皆、何かをジュゥべえに見出されてココにいる。

ジュゥべえは東條の中に何を見出したのか? そして彼の中にいるミラーモンスターはいつ目覚めるのか?

 

そんな事を考えている内に二人は公園にたどり着いた。

そこには白と黒の少女が既にスタンバイしている。

 

 

「ああ、どうも」

 

「………」

 

 

手を振る織莉子。

キリカもにっこりと笑うと、東條に中指を立てていた。

 

 

「こ、こらキリカ。いけないわそんな!」

 

 

織莉子がそれに気づいて慌てて指を元に戻そうとするが、ビィインと音がするが如くキリカの中指は天を指す。

分かっていたが、謝る気が欠片とてない。

手塚は冷や汗をかいて東條を見る。

 

 

「???」

 

 

東條は首をかしげている。

良かった。意味が分からない様だ。心が純粋で助かった。

 

 

「ところで今日は何を……」

 

「ええ。あれ、見てください」

 

 

そう言って織莉子は公園にある小さな湖のスワンボートを指差した。

 

 

「楽しそうじゃありませんか? ねえキリカ」

 

「う゛ん゛! だのじぞう!!」

 

 

全然楽しそうな言い方ではないが大丈夫なんだろうか? 手塚は訝しげな表情を浮かべる。

いくらパートナー同士が攻撃不可能と言うルールがあれど、あんな狭い場所に二人を入れたら乱闘の運命しか視えない。

 

 

「ねえ東條さん、キリカと一緒に乗ってあげてほしいんです」

 

「えー、僕にはあれが面白そうとは思えないけどなぁ」

 

 

お前も空気を読め! 手塚はビキビキと筋を立てていくキリカを見てそう思う。

ハッキリ言ってココでもしもキリカがブチ切れようものなら、確実に八つ当たりで狙われる気がしてならない。

 

 

(いや待て! まさかそれが狙いなのか!? キリカを激情させ、そして織莉子も便乗して俺を殺すのが狙いなのかッッ!?)

 

「あれ? どうしたんですか手塚さん。お顔が真っ青」

 

「いやッ、なんでもない……!」

 

 

考えすぎらしい

織莉子は手塚に目もくれず、必死に東條を説得していた。

その熱意に圧されたのか、東條はキリカと一緒にスワンボートに乗る事になった。

 

 

 

数分後。

 

 

「フンッ! フンッッ!!」

 

「………」

 

 

手塚と織莉子は、スワンボートに乗っているキリカ達を遠めに見守っていた。

確かに狭い場所に二人ならば、自ずと会話も生まれるだろう。

さらにスワンボートは二人の力があって進む物だ。

何か一つの事を二人でやれば仲も縮まる筈だろう。織莉子もコレを見越していたのだろう。手塚もそれは理解できる。

が、しかし――!

 

 

「フンッ! フゥウンッッ!!」

 

 

スワンボートから聞こえるのは、キリカが息を荒げる音だけだった。

理由は簡単。まず今日残っていたボートが四人乗りだった事。

そして何故か東條はキリカの隣ではなく後ろに座った。

操縦するのは前二人のため、キリカは現在一人でボートを漕いでいる。

 

 

「重いっ! ヘビー! そして何故手・伝・わ・な・い!?」

 

 

キリカは汗だくになりながらも必死にボートを漕いでいる。

対して東條はボケーっとしながら外の景色を見ているだけ。

二人の間に会話は無い。織莉子は頭を抱え、崩れ落ちる様に柵にもたれ掛かっていた。

 

 

「……美国、提案があるんだがいいか?」

 

「……何でしょう?」

 

 

手塚のトーンがゲームの事を言っている。

織莉子は表情を険しく変えて言葉を待った。

手塚は織莉子から話を聞いて、自分なりの考えを出したつもりだ。

 

 

「俺たちと協力しないか?」

 

「………」

 

「俺達もお前達も、やり方は違えどゲームを終わりを望んでいる筈だ」

 

 

確かにマミや須藤、さやか達を苦しめた事には怒りを感じる。

しかしほむらの話を聞くに、ワルプルギスの夜は非常に強力な化け物だ、

仲間は多い方がいい。そして願いを使い、絶望の魔女を生み出す要因を消せばそれで上手くいくのではないかと。

 

 

「もちろん私達も悪戯に命を奪いたくはありません。目指すべき勝利は、貴方たちと同じくワルプルギスの死です」

 

 

そう言った点では、ワルプルギス戦では協力は惜しまないと告げる。

しかしだからと言って手塚の頼みをそうですねと答える訳には行かなかった。

 

まず上条の問題がある。

織莉子がそれを手塚に言う事は無いが、もしもゲーム中にさやかが蘇生しなければ、願いでさやかを蘇生させる必要がある。

 

でなければ後々面倒な事になる気がしてならない。

織莉子はキュゥべえ達と接触した時にある情報をもらった。

それはゲーム終了後も、騎士の力は継続すると言う事だ。

もしもさやかが蘇生しないと上条が暴走してキリカ達に危害を加える可能性が高い。

 

かと言ってさやかを殺さなければ、上条は使い物にならず、杏子達に殺される未来しか見えなかった。つまり織莉子はなんとしてもさやかを蘇生させる必要があるのだ。

それがうまく行く可能性は、まだ何とも言えない位置にある。

 

人の死が未来を変える。今後もまだ死者はでるだろう。

それが復活できる可能性を持っていたとしても、未来は変わるのだ。

いや復活できるからこそ、ノイズが頻繁に起こる。

本来は死んだ人は生き返らない。しかしキュゥべえ達が用意した常識を超越した力により、世界は一種のバグを起こしている。

 

未来予知はより不安定な物に。

かと言って常に発動すれば、みるみる魔力が減って魔女になってしまう。

 

 

「あと一つ、大きな障害があります」

 

「?」

 

 

手塚が言う事くらい、織莉子も考えていた。

ワルプルギスを倒し、絶望の魔女を内に秘めた魔法少女を呪いから解放すると言う事。

 

 

「しかし手塚さん、絶望の魔女を生み出す魔法少女はキュゥべえ達に何よりの資源です」

 

 

言い方を変えれば極上の餌だ。

あの恍惚な妖精達がそれをみすみす手放す訳がない。

多くの歴史の中で人間を見てきたインキュベーターは、必ずどんな手を使っても餌を獲得するだろう。

例えば呪縛から解き放たれた少女を狙い、強制的に再び契約を結ばせる事だってできるのだから。

 

 

「そもそも、このゲームの舞台を完成させたのはインキュベーター達です」

 

「成る程……」

 

 

キュゥべえもそれくらいは気づいているのではないか?

だとすればまだ何か特殊ルールをまだ隠している可能性はある。

そんな怪しい存在を放置はできなかった。

 

 

「あのハイエナ達を黙らせるには、魔法少女に死んでいただくしかありません」

 

 

永遠に手の届かない場所で眠ってもらうしかない。それが織莉子の考えである。

宇宙の寿命を延ばす事は大切である事は分かる。だがそれが地球滅亡に繋がるのなら、何が何でも止めなければならない。

 

気になる事はまだある。

織莉子もまた参加者以外を強制絶望させたキュゥべえ達の話は聞いている。

では、何故そんな力がありながらキュゥべえ達はみすみす絶望の魔女を見逃しているのか。

 

餌を早く回収すればいいだけなのに、どうしてこんなゲームを続けるのか?

そこが織莉子には全く理解できなかった。今まで感情を否定し、理論や効率を重視してきたインキュベーターには似ても似つかわしくない。

そこまでしてゲームに拘る理由は何だ? それはまだ分からない。

 

 

「……本音を言えば、魔法少女は皆死ぬべきだと思うのです」

 

 

それは織莉子自分自身を含めてだ。

 

 

「私たちは生きてはいけない存在。この世を乱す魔女として生まれるべきなら、今ココでソウルジェムを砕いた方が遥かに世界を守るためになる」

 

「悲しすぎるだろ……、そんな事を」

 

「それが魔法少女の運命なんですよ」

 

 

同時に責任がある。

魔法少女になった事で世界を壊してしまうのなら、それを全力で止めなければならない責任がだ。

だからこそ織莉子は何が何でも絶望の魔女を覚醒させる事を止めたかった。

 

 

「その為なら、私は悪魔にも魂を売りましょう」

 

「……ッ」

 

「手塚海之さん。私からもお願いがあります」

 

 

場に静寂が訪れる。手塚は迷っていた。

 

 

「改めて、絶望の魔女を生み出す魔法少女の名はおそらく――」

 

「ッ!」

 

 

その名を手塚は知っている。

 

 

「手塚さん。貴方は世界を守りたいのか、それとも僅かな時を守りたいのか……?」

 

「俺は――ッ」

 

「私は、父が愛したこの世界を守りたいんです。誰も傷つけない方法があればよかったんですが、私にはコレしか思いつかなかった」

 

「ッ」

 

「私は意志を曲げるつもりはありません」

 

 

必ず、必ず彼女を殺す。

 

 

「私は魔法少女になって世界を守りたかった。憎しみに満ちた世界を変えたかった」

 

 

だがそれが叶わないと知り。

自らが世界を汚す魔女と知った時から、道は決まっていたのだろう。

 

 

「私は、罪で罪を壊します」

 

 

その言葉と共に、湖に大きな水しぶきが巻き起こった。

見れば真っ二つになったスワンボートが沈没していく。

水面から顔を出す東條とキリカ。特にキリカは魔法少女の姿で大声を上げていた。

 

 

「おおおおお! ファッキン! 東條ファッキン!!」

 

「まあキリカったら、あんなにはしゃいで! きっと仲直りがうまくいったんですね!!」

 

「………」

 

 

え?

 

 

仲直りって、何だっけ?

手塚は引きつった笑みで平泳ぎをしている二人を見ているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあお嬢ちゃん、最近この辺りは物騒だから早めに帰ったほうが良いよ」

 

 

街の中。

一人で歩く少女に声をかける三人の男女が。

年齢や服装はバラバラで、皆共通のバッジをつけている。

どうやら何かのボランティアの様だ。彼らは優しげに少女に声をかけていく。

慈愛に満ちた笑みを浮かべて。

 

 

「失せろ」

 

 

三人いたが、細切れになるのは一瞬だった。自分が死んだとも気づかぬまま、中身や血液をぶちまけて息絶えたのだろう。

佐倉杏子が返り血で赤く染まるのは今日で三回目だった。

先ほども同じように自分に声を掛けてくれた人物をサイコロにした所だ。

 

頬についた血を舐めると、変身を解除して何事も無かったかのように立ち去っていく。

死体はミラーモンスター達が処理してくれるから何の問題も無い。

返り血も魔法少女の衣装に付けば、変身を解除したら元に戻る。

杏子は地面に落ちたバッジを拾い上げると、表情を歪ませた。

 

 

「おいおい、コレ……」

 

 

ああそうか、そう言う事か。

だから最近こんなにムカつくって訳だ。

杏子は歩きながら、蛇の様な目であたりを見回す。

いるわ、いるわ、イラつかせる連中ばっかりだ。

全員殺すのも悪くは無いが、ココにいると吐き気がする。

杏子は手に持っていたたい焼きを乱暴に貪るとひたすら足を進めていった。

 

 

「アイツやば過ぎだろ。何とかしてよポリスメン」

 

 

一連の流れをビルの屋上から確認していたのは神那ニコだ。

がっしりとキュゥべえの頭部を握り締め、先ほどの光景に震えを覚えた。

 

 

「あの娘。最近殺しすぎじゃね? あんな自由にしてていいの? あんな横暴許されるの?」

 

『確かに最近の杏子は浅倉以上に荒れているね。でもいいんじゃないかな? ゲームの一環として考えれば』

 

「ハァ。お前さんに聞いたのが間違いだった」

 

 

最近の杏子は荒れている。人を超越した力とは言え、あまりにも殺しすぎだ。

餌を与える為に殺していたのが、殺した後ついでに餌にしているイメージがある。

 

 

「見滝原呪われすぎワロタ、見滝原でまた行方不明、見滝原は死の町」

 

『何だいそれ?』

 

「ここ最近、掲示板で立てられるスレの名前」

 

 

シザースといい王蛇といい、何より芝浦が行ったテロ事件。

しまいには蘇生させる為の50人殺しといい、見滝原周辺は最近死の町として有名だ。

ネット上では『世紀末都市見滝原』、『魔境見滝原』などと書かれているいる始末。

SNSでは見滝原に潜入して生きて帰ってきたなどとツイートも目立つ。

 

要するにゲーム中に行われる『一般人殺し』は世間にも影響を与え始めてきたと言う事だ。

既に見滝原から引っ越していく者たちも珍しくは無い。

最近は街中にパトロールをする警官を多く見るし。ニコとしては息が詰まって仕方が無い。

 

 

「変なのも現れるし」

 

『変なの?』

 

「そ。なんか慈善ボランティア集団ってのが増えてきた」

 

 

忙しい警察の代わりにパトロール、幼稚園の送り向かい、その他様々なボランティアを行う集団だった。団体が作った『見滝原を安全に』と言うポスターもチラホラと見る。しまいには『本部』と言われる大きな建物もできたし、なんだかうさんくさい。

 

 

『キミの心が捻くれてる証拠じゃないかい?』

 

「おぬし意外とひどいな」

 

 

怒ったのかニコは乱暴にキュゥべえを放り投げる。

 

 

「さて、今回は何の情報をもらおうかな?」

 

 

ニコは舌ペロリと出して笑った。

実はもう決めていた事がある。それは少し前にジュゥべえに教えてもらった事だ。

参加者以外の魔法少女は一勢に絶望してもらったとかなんとか。

 

 

「それは間違いは無いん?」

 

『ああ、本当だよ』

 

「おいおい。否定しろよ」

 

 

ニコもまた、汗を浮かべてその話を聞いていた。

世界中にいた魔法少女たちを邪魔だからと言う理由で一勢に排除した。

流石にこの行動には参加者全員が疑問を持つだろう。ニコもまた例外ではない。

インキュベーターが行った『矛盾』ともいえる行動。違和感はある。

 

 

「どうしてそんな事を?」

 

『いらないからさ。邪魔されるのは困るし、それに見滝原から出られない君たちへのサービスだよ。魔女は多い方がいいだろ?』

 

「……ゾッとするね」

 

『なにがだい?』

 

「今までは放牧だったってわけ? お前らは結局餌を自分達を育ててきただけにしか過ぎないと?」

 

魚の養殖みたいなものだ。

結局は魔法少女達はただの餌でしかなかった。キュゥべえは消えそうと思えばいつでも消せたわけだ。それはニコとしては気持ちが悪い。まるで見えない首輪があるようだ。

 

 

『どういう事だい?』

 

「だから。べえやん(ジュゥべえ)とか、べえちゃん(キュゥべえ)はさ、私らを好きなタイミングで絶望させられるってか?」

 

『少し違う。ボクらは君たちを絶望させる事はできない。まあ他の娘達はすんなりと絶望したけれど』

 

「どゆこと?」

 

『そうだな。映像があるから、見てみるかい?』

 

「見たい。見せんかいワレ」

 

『じゃあ、キトリー』

 

 

上空から針の魔女が飛来して、キュゥべえの隣に舞い降りる。

針の魔女キトリー。黒いコートにキュゥべえの顔の着ぐるみと言う奇抜な格好だ。

それだけでなく彼女はインキュベーターを崇拝して、命令を忠実に聞く僕となっている。

 

 

『キトリー、彼女に見せてあげてほしい』

 

『キキキ!』

 

『彼女は現場にいたからね。よく覚えてるんだ』

 

 

キトリーはコートを広げてニコを包み込む。

一瞬攻撃されたかと思って焦ったが、目の前に広がる景色を見て理解した。

これがキトリーが記憶していた光景なのだ。

 

 

コレが、絶望へ至る過程だった。

 

 

『嫌です! ――は絶望なんかしたくないのですっ!!』

 

 

まだ幼い魔法少女は、その目に涙をいっぱい浮かべて震えている。

その表情にあるのは恐怖。そして何よりも絶望のソレだった。

彼女はニコを見て震えていた。

 

 

(なるほど、魔女の視点か)

 

 

『ああッ! 嫌あぁッッ!!』

 

 

白い糸の様なモノがなぎさの頬を、体を、腕を打つ。

ワイヤー、それとも鞭? とにかく白い糸の様なモノは、少女の体を次々に打ちつけ、切り傷を作っていった。

女であろうとも容赦はない。顔や体を傷つけて大きな傷を作っていく。

 

 

『あぐあぁああぁあ!!』

 

 

糸は少女のひとさし指に絡みつくと、万力の様にギリギリと締め上げる。

美しく可愛らしい、小さい指が濁った色に変色していくのをニコは黙って見ているだけしかできない。

絶望を盛り上げるBGMは助けを求める声、必死に命乞いをする声。

とにかく最悪なモノだった。

 

 

『だずげでぇ! パパぁ! ママっっ!!』

 

 

懇願する声を聞けば、思わず耳を塞ぎたくなる。

しかしそこに混じる笑い声。そうだ、傷つける側は笑っているのだ。

 

 

「!!」

 

 

その瞬間、ニコの表情が変わった。

 

 

(待て、コレは――ッ!)

 

 

キ ト リ ー の 笑 い 声 で は な い?

 

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

「!」

 

 

我に返るニコ。

少女が苦痛の悲鳴を上げると同時に、耳障りな音をあげて指が分離した。

涙と鼻水でぐしゃぐしゃになる顔。少女はもう止めてくれと懇願して助けを求める。

しかし非情にも糸は次の指を狙って巻きついていくだけ。

 

そうか、忘れていた。これは絶望させるためか。

苦しめることで魔女にする。

ああ、簡単ではないか。

 

 

「もういい! もう分かった。元に戻せ!」

 

『おや? もうすぐ絶望の瞬間だけど、見なくていいのかい?』

 

「ああ、もう十分だ……ッ!」

 

 

すると景色が拷問の現場から元の屋上へと戻る。

ニコはため息をつくと、そのままキュゥべえの首を掴んで思い切り睨みつけた。

ギリギリと音を立ててキュゥべえの首は歪になっていく。

 

 

『苦しいよ、離してくれないかい?』

 

「インキュベーターには感情だけじゃなく、心ってモンが無いのか?」

 

『あの映像の事を言っているだとしたら、勝手にも程があるよ。見せてほしいって言ったのは君じゃないか』

 

 

沈黙するニコ。確かにその通りだ。

 

 

『それに君は参戦派だろう?』

 

「おいおい、私が純粋に殺人を楽しむサイコ女だと思ってもらっちゃ困るよ」

 

『じゃあ君は、自分の意思で彼女が可哀想だと思うのかい?』

 

「………」

 

『高見沢が協力派だったら君は協力派になった。じゃあ高見沢が何も決めなかったら、キミはどんな意見を今、振りかざしていたんだろう?』

 

「……いいね。中々痛い所を突いてくるね。確かにソレを言われちゃ黙るしかない」

 

 

ましてニコは思った。

あの立場にならなくて本当に良かったと。13人に選ばれてラッキー。

そうだ、だからこそココに立っている。絶望せずにチャンスを与えられているのだ。

分かった事は、直接ソウルジェムを操作した訳では無いと言うことだ。

精神汚染の類ではなく、直接手を下してきた。

 

 

「しかしそうすると、一人一人を絶望させるには遅くないか?」

 

『そこはシークレットだね』

 

「シークレット?」

 

『君達がゲームを行う上では関係の無い情報だ。混乱させるのも申し訳ない』

 

「ハッ!」

 

 

ニコは目を逸らしながら爪を噛む。

 

 

「最後に一つ聞いていい?」

 

『なにかな?』

 

「べえちゃんは自分の意思で魔法少女を絶望させたのか?」

 

『……質問の意味が分からないよ』

 

 

キュゥべえは首をかしげる。

 

 

「インキュベーターはルールの具現化なのか、それとも純粋な宇宙を守る使者なのかって事さ」

 

『シークレットだね。言う必要は無いよ、ゲームには関係の無いことだ』

 

「あ、そう」

 

 

ニコは納得したのかキュゥべえに背を向ける。

 

 

「まあどうでもいい。どうでもいいけど、どうでも良くないこともある」

 

『?』

 

「やっぱあと一つ質問。勝ち残れば本当に何でも願いを叶えてくれるん?」

 

『そのつもりだよ』

 

「どんな願いも?」

 

『ああ』

 

「ならばよし!」

 

 

ニコは頷くと、レジーナアイを起動して他の参加者の動きを探った。

ここから少し歩けば気になるあの娘のお家じゃないか。

想像しただけでドキドキわくわく。

 

 

「まこうなると俄然やる気出てくるよ。私は選ばれた13人の魔法少女が一人って訳なんだろ?」

 

『そうだね。期待しているよ神那ニコ』

 

「おっけー、まあ期待してて。優勝者の立ち振る舞いってのをさ」

 

 

ニコはそのままスキップしながら姿を消す。

残されたキュゥべえはジッと虚空を見つめていた。

誰に言うでもなく、そっと呟く。

 

 

『賢くいてもらいたいね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、本当にゴメンねまどか。知久もメガネが曇るほど謝ってたよ」

 

「ううん、いいんだよママ。パパにもそう伝えてね」

 

 

数日前、まどかの父である知久が階段から落ちてしまい、脚を骨折してしまった。

折れ方がマズかったらしく、しばらく入院を余儀なくされてしまったようだ。

そしてそのタイミングでまどかの母である詢子に出張の予定が。

 

大事な仕事が絡んでいる為に断るわけにもいかず。

結局まどかと弟のタツヤは、一週間サキの家でお世話になる事に。

 

 

「悪いねサキちゃん、今度焼肉おごるからさ」

 

「それは楽しみだ。とにかく留守の間は任せてください」

 

「まろかー!」

 

「わ!」

 

 

タツヤも両親が不在になる事に怖がっては無いようだ。

一週間は少し長いかもしれないが、サキやまどかが一緒ともあってか元気なものである。

むしろ不安そうなのは詢子の方だ。しかしもう出発しなければ。

 

 

「あーん、ママは心配だよ」

 

 

いつもの調子に見えるが、詢子とて最近の出来事で大きく参っている筈だ。

学校の件で亡くなった早乙女先生は詢子の友人だった。とは言え死体は出てこない、行方不明として世には処理されている。

まどかは真相を知っているだけに、いろいろと苦しいものがある。

 

 

「わたし達は大丈夫だよ。いってらっしゃいママ」

 

「ん! 行って来ます」

 

 

詢子はタツヤとまどかの頬にキスをすると、手を振って駅に向かっていった。

しばらくはタツヤとサキとの三人暮らしだ。

タツヤもサキには慣れているのか、早速駆け寄っていく。

 

 

「サキねえちゃ!!」

 

「あはは。会う度に大きくなってる気がするよ」

 

 

その後はしばらく三人で色々なことをして遊んだ。

夕方には仁美とほむらが食材を持ってくる事になっており、皆で食事をしようと言う事になっている。かずみも誘ったのだが、店が忙しいと言う理由で来れない様だ。

 

 

「まろかぁ、つかない!」

 

「え? あ、ほんとだ」

 

 

そんな中、タツヤ持っていた光る玩具が壊れてしまった。

と言うよりも電池が切れただけらしい。

 

 

「お姉ちゃん。電池ある?」

 

「えーっとそこの棚にあったような……」

 

 

しかし見つけたのは単三電池だけ。タツヤの玩具は単四電池でなければ動かない。

 

 

「わたし買ってくるね」

 

「私が行こうか?」

 

「ううん。タツヤのだし、悪いよ。それにちょっとしたお菓子も買いたいし」

 

 

コンビニも近いし、外はまだ明るい。

夕焼けに照らされる公園を歩き、まどかはコンビニで必要なモノを一通り揃える。

 

 

「こんにちは」

 

「?」

 

 

帰路についている途中、声を掛けられた。

まどかが振り返ると、そこにはバンダナの少女が立っている。

少女は黄緑色の髪の毛を揺らしながらニコリと笑った。釣られてまどかも笑みを浮かべる。

 

 

「ちょっと道に迷ってしまって。駅までの道を教えてもらいたい」

 

「あ! そうなんですか、いいですよ」

 

 

まどかは少女に駅までの道を詳しく教えてあげた。

杏子戦で覚醒を果たしたものの、まどかの根本は何も変わらない。

近づいてきた少女を疑う事もせず、話を続けている。

 

 

「ん、サンキュー。おかげで野垂れ死には避けられそうだ」

 

 

少女は持っていた袋から、にくまんを一つ取り出すると、そのまま投げる。

まどかは慌ててにくまんをキャッチ。もう少しで落としそうだった。

それを見て、再びバンダナの少女は笑みを浮かべた。

 

 

「それ、お礼。一緒に食べないかい?」

 

 

数分後。

コンビニ近くの公園のベンチで、まどかと少女は肩を並べてにくまんをほお張っていた。

 

 

「結構大胆に喰うね、キミ」

 

「ほへっ!?」

 

 

にくまんを口いっぱいに詰め込んでいたまどか。

自分の姿を客観視したのか、恥ずかしそうに赤面しながらもぐもぐ口を動かしていた。

だってお礼と言われたら嬉しいじゃないか。まどかはそのまま気まずそうに咀嚼を繰り返し、やがてゴクンと勢いよく飲み込む。

 

 

「私、今度コッチに引っ越してくるんだ。よろしく」

 

「あ! そうなんだ、よろしくねニコちゃん!」

 

 

既に自己紹介は終わっている様だ。

神那ニコは、見滝原に引っ越してくるから下見に来たのだと言った。

もちろん嘘であるが、まどかがソレを疑う事は欠片とてない。

本気でニコと友達になれると思っている様だ。

 

 

「ニコちゃんは前はどこに住んでたの?」

 

「アメリカ」

 

「本当に!? すごいね!!」

 

「おやおや、照れるぞな」

 

 

大人しいとは言え、まどかは意外とコミュニケーション能力が高い。

少し話しただけですっかりニコとは打ち解けた様だ。

尤もまどかは気づいていないが、ニコの目は濁っていて、まどかを視てはいないのだが。

笑顔だって貼り付けたような。そう、まさに仮面の様だ。

 

 

「でも実際どうなん?」

 

「え? どうって?」

 

「ほら。最近ニュースであるじゃん」

 

 

呪いの街、殺人都市、今週の行方不明。

SNSでは関係ない人々が、事件を面白がってネタを投下する。

流石にまどかもそれには気づいていた。ある意味仕方ないのは言え、自分の住んでいる町がからかわれるのは悲しい事だ。

 

ただ結局のところ悪いのは止められない自分ではないか。

早く何とかしたいとは思えど、目の前にある安らぎを求めてしまうのも事実。

まどかは考えれば考えるほど苦悩していく。

 

 

「怖い……、よね?」

 

「ま、でも、面白そうっちゃ面白そうだけど」

 

「え?」

 

「スリルがあって良い。そういう映画は大好きだ」

 

 

この前も面白いヤツがあったと、まどかに内容を告げる。

 

 

「13人だか15人だかの男女が集められてさ、殺し合いさせられるのよ」

 

「!」

 

「生き残るのは一人だけ、それが終わるまで皆戦い続ける」

 

 

でも生き残れば想像もつかないほどの大金が手に入る。

生き残りを賭けたデスゲーム、バトルロワイアル。

集められるのは金を欲している奴らばかり。中には主人公の知り合いもいて、戦わなければ生き残れない。

 

 

「キミ、そういうのはお嫌い?」

 

「う、うーん。あんまり見ないかな?」

 

「そんなを顔しておる」

 

「え? そうかな?」

 

「ウサギか子リスが主役のアニメーションが好きって感じ」

 

 

まどかは、かわれているような気がして赤面する。

ニコは構わず『その映画』の話を続けていった。

皆が仕方ないと殺し合いを始める中で、主人公だけは戦いを止める為に奮闘していく。

 

 

「争いは何も生み出さない? 争いの果てにある幸福に意味は無い? とんだ綺麗事だ、反吐が出る」

 

「ッ」

 

「君ならどうする? 環境やルールが犯罪を肯定する世界なら、殺しあうかい?」

 

「………」

 

 

まどかは真面目な顔をして首を振った。

ニコの目は相変わらず濁っている。

 

 

「わたしだったら、戦いを止めたいな」

 

「どうして?」

 

 

ニコはすぐに理由を聞いた。

まどかがこの答えを選ぶ事は分かっていた。

ニコにはレジーナアイで参加者の情報を全て掌握してきたつもりだ。

 

しかしその中でも理解できない事がある。

それこそが目の前にいる『鹿目まどか』だ。

ニコもレジーナアイを通してまどかのパワーアップは確認している。

てっきり闇墜ちしてからの覚醒かと思ったが、蓋を開けてみればコレだ。

感情が未曾有のエネルギーを生み出すことは理解している。まどかにも何か、心の中の爆発があったに違いない。そう思っていた。

しかし以前チラリと見かけたときと変わっていないように思う。

何がまどかの魔力を跳ね上げたのか――? ニコはそれが気になるのだ。

 

 

「どうしてって……、わたしは主人公さんの気持ちが分かるから」

 

 

人を殺して願いを叶える。

人を殺して得る幸福。

それは本当に正しい幸福なんだろうか?

 

 

「わたしは、やっぱり最後まで戦いを止めようって叫びたいよ」

 

「誰も聞いてくれない。そして殺されても?」

 

「うん、それが"わたし"らしいし」

 

 

ニコは沈黙する。

無表情でただ口を閉じるだけだ。

しかし心には明確な苛立ちがあった。

 

 

「みんな覚悟を決めてる。やっぱり誰も君の言葉は聞かない筈」

 

「人を殺す覚悟って、なんなのかな」

 

「んん?」

 

 

みんな、歯を食いしばって。己の心をズタズタに傷つけても叶えたい願いがある。助けたい人がいる。それを叶えるためにはたとえ他人を、知り合いを殺してまでと思うだろう。

まどかだってその気持ちが分からない訳じゃない。

しかしそれでも戦いを止める。止めたい。それは本心だった。

 

 

「もし君の大切な人が……、お父さんやお母さんが理不尽に殺されたり、死んだとしよう。それでも君は戦わないと?」

 

 

それを口にした時、ニコはハッと目を開く。

失言だった。話に挙げた映画は大金を手に入れるだけ、願いを叶えられるとは言っていない。

人の蘇生などできる訳が無い。ニコは焦ったが、まどかがソレに気づく事はなかった。

 

 

「自信は無いけど……、ううん! やっぱり絶対にわたしは戦いを止めたいな!」

 

 

だってそうだろ?

戦う覚悟を決められたなら、人を殺す覚悟を持てたのなら――

 

 

「願いを、諦める覚悟だって固められるはずだよ」

 

「!!」

 

 

しばし、沈黙が続いた。

 

 

「諦める覚悟?」

 

 

ニコは思わずまどかの顔を見る。

 

 

「うん。その人達が本当に固めなきゃいけない覚悟は、殺さない覚悟なんじゃないかな?」

 

 

目の前にある餌に喰いつかない覚悟。

 

 

「……へぇ、意外と残酷な事を言うね。キミ」

 

「え? そうかな……、そうかもしれない」

 

 

まどかは眉を八の字に落として俯いた。

でも、それでも、血に塗れた幸福の中で生きていくのは、いつか辛い現実を再び引き寄せる事になる気がして。

 

 

「でもその映画じゃ必ず戦わなきゃいけないルールがある。理想じゃ掟は超えられない」

 

 

F・Gはワルプルギスを倒す抜け道があるが、所詮はおまけのようなものだ。

たいていの場合は殺しあって一人が生き残るまで続くのがセオリーだろう。

ルールと環境が違う中でも鹿目まどかは戦いを止めようというのか?

 

 

「うん、わたしはそうするよ。せめて逃げ出す道を皆で探したい」

 

 

まどかは、どうせ死ぬなら協力する中で死にたいと言った。

それに、そもそも鹿目まどかが戦いを止めたい理由はもう一つある。

 

 

「わたしね……、自分に自身がなくて。でもある時に変われた気がしたの」

 

 

魔法少女の話だろう、ニコは確信する。

何を願ったのかまでは流石にレジーナアイじゃ分からないが、まどかの性格ならば何となく想像はつくと言う物だ。

 

 

「自分に自信が持てた、自分を好きになれた」

 

 

人を守る為に戦う魔法少女。

誰かを助けたい、それが願い。

 

 

「わたしは、そんなわたしで在り続けたいから」

 

「ッッ!!」

 

 

守ると決めた皆の為に。

 

 

「そして自分のために」

 

 

だから人を傷つける選択を取りたくは無い。それが鹿目まどかの思いだった。

もちろんそれは真司だって近いものを持ってくれている筈だ。

だから自分達はFOOLS,GAMEを否定し続ける。

たとえ最後の一人になったとしても。たとえその中で命を落とす事になったとしても。

 

 

「わたしはわたしであり続けたいか……」

 

 

ニコはフッと笑って俯いた。

 

 

「君の言葉は、ココロにくるね」

 

 

同時に、ニコは明確な殺意を抱いた。

どうやら主催側はとんだジョーカーを忍ばせていた様だ。

ただの雑魚かと思い放置しておけば、後々とんでもない事をしてくれる筈。

ならば今ココで死んでもらった方がいい。

 

それになにより、まどかは眩しかった。

眩しいと前がよく見えない。それは困るのだ。

 

 

(気に入らないな、気に入らないよ)

 

 

まどかの首を狙う。

ニコは他の魔法少女に比べて攻撃力は低いが、相手のソウルジェムを強制排出させる即死魔法とも言える技を持っている。

トッコ・デル・マーレ、相手に触れさえすれば発動できるニコの切り札だ。

ニコはまどかに気づかれないように触れようと試みる。

 

 

(死ね、鹿目まど――)

 

「あ、ほむらちゃん!」

 

「!!」

 

 

ニコは腕を引っ込めて立ち上がった。

まどかの視線の先には、袋を持ったほむらと仁美が。

どうやら長話をしている間に時間が経っていた様だ。

ほむら達が通りかかり、まどかを見つけてしまった。

 

 

「こちらニコちゃん。今度ね――」

 

 

まどかはニコの事をほむらと仁美にも説明を。

 

 

「あら、初めまして。私達見滝原中学校にいますの」

 

「へー、それはよろしく」

 

 

仁美と握手を行うニコ。

続いてほむらに向かって手を出した。

 

 

「ッ?」

 

 

ほむらもニコの雰囲気に少し引っかかるモノを感じたが、流石に参加者とは思わない。

何の疑いもなく握手を行う事に。

 

 

「よろしく」

 

「ええ」

 

「………」

 

 

ニコはそこで少し表情を変える。

 

 

「なんだか、似てるね」

 

「え?」

 

「何となく、私達。そう思わない?」

 

 

似ている? ほむらはよく分からなかった。

顔も雰囲気も違う様に思えるが。

 

 

「なんて、冗談」

 

 

確かに、全然似てない。

どうしてあんな事を言ったのか、ニコにすら分からない様だった。

 

 

「じゃ、ま、さよならだぞ」

 

 

そう言ってニコはさっさと三人の前から姿を消した。

ただ一つ、言葉をまどかに残して。

それは先ほどまで続けてきた映画のお話。ニコは主人公が戦いを止める為に振舞ってきたと言って来た。しかし映画には当然エンディングがあるもの。

 

 

「最後は、ヒロインを殺された主人公が覚醒して参加者全員を殺す終わりだったよ」

 

「!」

 

「じゃ、そういう事で。駅まで教えてくれてあんがとさん」

 

 

囁き、去っていく。

ほむらは複雑な表情を浮かべているまどかに気づいた。

心配になって声を掛けてみる。

 

 

「何の話をしていたの?」

 

「うん。映画のお話だよ……。行こっか」

 

「え、ええ」

 

 

大丈夫。きっと大丈夫だと、まどかは自分に言い聞かせてサキの家に帰るのだった。

しかしそれにしても何故か仁美とほむらの距離が近い気が……。

 

 

「暁美さんって……、素敵ですのよ」

 

「……危険を感じるわ」

 

 

ピンクのオーラを出す仁美。

あれ? 仁美ちゃんそっちの人!?

ほむらは身震いし、まどかは困ったように笑った。

 

そこからサキ達と一緒に夕飯を作り、皆で食べる事に。

 

 

「華に囲まれているタツヤがうらやましいものだ」

 

 

サキはからかうように笑っていたが、タツヤは料理に夢中で話を聞いていなかった。

笑うまどか、それを見てほむらや仁美も嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「ん?」

 

 

サキはふと、テレビに視線を移す。

そこには最近よく見かける様になったCMが映っていた。

見滝原だけに流れているモノらしく、ここ最近は頻繁に目にする。

なんだったらもう二桁を軽く超えるかもしれない。

時期は、芝浦達の事件があってからだろうか?

 

 

『え、え、えーりーすー!』

 

 

テレビの中では、子供達が手を繋いで笑顔で団体の名前を口にしている。

そうしていると大人達も現れて、手を繋ぎ。動物達現れてが手を繋ぎ。

最終的には一つの輪になっていく。すると団体の活動が紹介されていった。

ゴミ拾い、パトロール、忙しい親に代わっての送り迎え。施設での支援サービス。

 

 

『見滝原の皆さんの暮らし、安全は、私達が守ります』

 

 

団体のロゴが最後に映し出された。

 

 

『私達人間は、みんな家族なんですから』

 

『リーベエリスは、皆様の暮らしを応援しております』

 

 

そこでCMは終わった。

テロが行われたと言う事。行方不明者が多いと言うこと。

日々増える事件に、慈善団体が立ち上がったと言うわけだ。

彼らのおかげで壊れた学校も修復されていき、街では毎日の様にバッジを付けたメンバーの姿を見かける。

 

 

「いい人ばかりで助かりますわ。やっぱり怖いですものね」

 

「そうだな、今は大変な時だから皆が手を取り合う必要があるのかもしれない」

 

 

組織の名前は『リーベエリス』。略してエリス

日本中に拠点を構え、見滝原だけでなく災害が起こればそこへ慈善事業を行いに向かう団体だった。

その支援活動には多くの人が感謝し、同時に共感して団体へ入りたいと願う若者が後を絶たない。

リーベエリスもそう言った人間を拒むことは無く。職業や年齢に関係なく入る事が可能であった。

 

 

「こう人達ばかりならいいのにね……」

 

 

まどかもエリスの評判は聞いている。

父である知久の入院も手伝ってもらった故に、エリスの仕事を手伝いたいと思うほどだ。

善意の輪が広がるのはいい事ではないか。

きっと世界は良くなる。まどかはそう信じている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方高見沢邸。

ニコは今日あった事をありのままに伝えていた。

ステルスを貫こうと思っていたベルデペアの計画をニコは簡単に崩してしまった。

当然それは謝って済む問題ではない。

 

 

「はぁ!? 参加者と接触しただァッ!?」

 

「悪い、スマンかった」

 

 

机を叩く高見沢。

これは命を賭けたデスゲームだ。軽率な行動が招く事態を、ニコが頭に入れていなかった訳じゃない筈だ。

にも関わらず他の参加者に接触して、話をしたと言う事になる。

しかも偽名すら使わず名前まで名乗って。

 

 

「どいつに会ってきたッ!?」

 

「鹿目まどか。あと結果的に暁美ほむらにも姿見られた」

 

「アホかオメェ!!」

 

 

高見沢は大きく舌打ちを放つと、しばらく無言で考え、椅子を回す。

知られたのはマズイが、バレている訳ではないし、まどか程度ならば大丈夫か?

危険度を考えればまだ……。

 

 

「チッ! 次は絶対に気をつけろ。下手なミスしたらブッ殺すぞ」

 

「お、意外と許してくれるのね。ツンデレかな?」

 

「ざけんな、ココまでのお前の働きを評価してだ。調子にのんなよ」

 

 

しかし逆を言えば、ココまでニコは軽率な行動には走らなかった。

高見沢の命令や指令は基本的に守ってきたのに、何故ココに来て勝手な行動を?

そして多くの参加者がいる中で、何故鹿目まどか一人に狙いを絞ったのか。

理由を聞くと、ニコは小さなため息を漏らす。

 

 

「さあ? 何でだろう」

 

「あぁ?」

 

「私でもよく分からん。ただ何となく、鹿目まどかの考えを聞きたかった」

 

 

理解できないから知りたいと思うのは当然だろう? ニコの笑みに高見沢は表情を濁した。

思えば高見沢はニコのことを何も知らない。初めて出会ったのも、ニコがレジーナアイで高見沢を訪ねてきた。

 

願いも知らないし、前に住んでいた所で何をしているのかも知らない。

家族の事もだ。ニコが言うには一人もいないと言っていたが、何が起こってそうなったのかは分からない。

 

 

「知りたいのかい? 私の事が」

 

「俺に関係ない話なら、しなくて良い」

 

「それは助かる。私もペラペラとお喋りは嫌いなんだ」

 

 

可愛くないガキだ。

高見沢はつくづくそう思う。

子供と言うのは、適当にゲームや漫画を読んで馬鹿みたいに笑っていればいい。

生産性の無い生産性とでも言えばいいのか。それが結果的に社会を回す。

 

当然ニコだって、多めに与えた小遣いを使ってそれをしている。

寝転がって漫画を読み、お菓子を食べる。

しかし高見沢視点、その時のニコには楽しんでいると言う思いが感じられない。

 

仮面の様にずっと同じ笑みを貼り付けて、少し前にはバラエティを無表情でジッと見ていた。

何をするにも、何をやるにも演技的だ。

唯一食事くらいだろうか? まともな興味を示すのは。しかしどこかわざとらしささえある。

 

何が楽しいんだか分からない。

それに自分で言っておいてなんだが、高見沢には一つ気になる事があった。

 

 

「ニコ」

 

「ん?」

 

「お前、俺が参戦派になるって言わなかったら、どうしてた?」

 

「はじめに言ったろう? 私はお前の意見に合わせるつもりだった」

 

 

何故? 合わせるとはいえ、ゲームに乗る乗らないの判断は大きい。

人を殺せるか否か。それをニコは簡単に受け入れて既に多くの参加者を殺害している。

その覚悟はどこからくるのか? 何を根底に動いているのか?

 

 

「別に、なんとなく」

 

「ハッ、じゃあお前はもし願いを叶えられるとしたら何を願う?」

 

「………」

 

 

ニコは言葉を詰まらせて唸る。

いつも適当な返事で返す彼女も、この質問には困った様だ。

だが最終的に出した答えは普段どおりだった。濁った目で口にする適当な答えだ。

 

 

「地球平和」

 

「……可愛くないガキだぜお前は本当に」

 

 

笑うニコ。

これは本当の笑みなのか、このタイミングで笑えばいいと思っているのか。

どっちなのだろうか?

 

 

「たかみー。お前ぇ、目腐ってるよ」

 

 

願いなど、欲望があって初めて湧き上がる物だ。

人は、欲望があるからこそ人に成り得たのだ。

では欲望の無い人間は、人に非ず。人になれる資格も無い。

だから私は、人じゃない。

 

 

「ま、いいや。そんなニコちゃんから一つのお話が」

 

「おいまだ何かあるのか」

 

「いや、これはあくまでも私の勘だぞい!」

 

 

ニコがまどかに言った映画の話は、別にニコの作り話ではない。

今日日複数の人間が集められ、最後の一人になるまで殺しあうジャンルは珍しくは無いのだ。

バトルロワイアル、その手のゲームには共通する存在が。

 

 

「それは、明確な終了時間」

 

「……成る程な」

 

 

ワルプルギスの夜が来ればゲームは急速に展開していくだろう。

しかし逆を言えば何故明確にその存在を提示しないのか。

ステルスを貫くプレイヤーが出てくるから? いや違う、そうじゃない。

ニコはある可能性を視ていた。キュゥべえ達がワルプルギスの出現情報を隠していたのは、ゲーム演出の一環ではないかと。

 

 

「つまりワルプルギスの夜は、インキュベーターが望むタイミングで出現する筈」

 

「マジか?」

 

「もちろんコレは私の勘。だけどたぶん正解」

 

 

ゲームには期限がつき物だ。

しかしインキュベーターはそこを濁すだけで、明確にはしていなかった。

 

 

「奴らはゲームが進む中でエリアが狭くなると言った。それがワルプルギスの力によるものだとしたら?」

 

「なるほどな。何も知らないならゲームエリアを狭くするのはおかしいわな」

 

 

キュゥべえたちがワルプルギスがいつ現れるのかを知らなければ、エリア外から攻撃されると言う事態が起こる。

それはフェアじゃない。キュゥべえたちもそれくらいは分かっている筈だ。

 

 

「ワルプルギスの夜はラスボスだ。インキュベーターがその存在をちゃんと把握していなければ、ゲームとしては成り立たない。きっと何かトリガーがある筈なんだ」

 

「いずれにせよそれが分からない以上、俺たちがステルスを通せば良い」

 

「ああ……」

 

 

気になる事はまだある。

まだ漠然としているが、何か引っ掛かりがあるのだ。

これはゲーム、ゲームは何が必要?

舞台(みたきはら)参加者(プレイヤー)、そして――?

なんだ?

 

 

「………」

 

 

ニコは笑みを浮かべる。

 

 

「わくわくするね――、悪い意味で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

見滝原中学校の生徒達は、リーベエリスの本部に収集される事になった。

テロの事件があってから学校が使えなくなり、生徒達のショックも大きいだろうと言う事で休校になっていた訳だが、そんな中でエリスの面々が立ち上がったのだ。

 

とにかく一度集まってほしいと言われた。

しかし強制参加ではなく、タツヤの事もある為、まどかは残る事に。

 

 

「仁美たちは行くらしい。タツヤの事は私に任せて、キミも行って来るといい」

 

「え? でも」

 

「なるべく仁美と一緒に過ごしてやってくれ」

 

 

そう言われては仕方ない。

まどかは仁美たちと現地で待ち合わせることにして、玄関に向かう。

 

 

「じゃあ行ってくるねお姉ちゃん。タツヤも良い子にしてるんだよ」

 

「ああ、気をつけて」

 

「行ってらっしゃぃ!」

 

 

エリス本部は、最近見滝原にできた大きな建物だ。

ここからはバスを使って行けばいい。まどかは早速近くのバス停に向かい、エリス目指すことに。

その途中、同じくバスに乗ってきた者が。

 

 

「かずみちゃん!」

 

「おお! まどか!」

 

 

かずみはまどかの姿を見つけると、嬉しそうに手を振って隣に座った。

 

 

「リーベエリスに?」

 

「うん、まどかもでしょ? 一緒にいこーッ!」

 

 

ふと、まどかはバスの中を見回す。

人が少ない。皆怖がって外に出ないからだろうか?

街ではエリスのメンバーが殺される事件も多発している。

 

今や見滝原は外を歩けば必ず警察を見かける事態にまで発展している。

キュゥべえはゲームの演出にもなると言っていたが、現状は異常であると言えよう。

そんな中で二人はバスに揺られて目的地に向かう。

 

 

「ごめんね、昨日は行けなくて」

 

「ううん、気にしないで。忙しかったのにゴメンね」

 

 

かずみの表情が重く、暗く、迷いを孕んだ物に変わっていく。

 

 

「ねえ、かずみちゃん」

 

「ん?」

 

 

勘違いだったら、自分が赤面すれば良い。

 

 

「もしもね……、あ! これはわたしの考えだから違ってたらゴメン」

 

「うん?」

 

 

かずみは良くまどか達の誘いを断る様になってきた。

本当に店が忙しいだけなのかもしれないが、それにしては見かける度に苦しそうだ。

 

 

「もし、ね? 戦いの事でかずみちゃんがわたし達に何かを感じてくれているなら、その気持ちは嬉しいと思う」

 

「!」

 

 

かずみから感じる距離感は、やはり彼女が中立の立場にいるからだろう。

まどか達が協力を唱える中で、かずみの立場は酷く曖昧だ。

今はたまたま協力関係にあるかもしれないが、やがて参戦派になる可能性を十分に持っている。

 

そしてかずみはその未来が来ることを悟っている。

だから距離を詰めてはいけないと、色々感じるところがあるのだろう。

今もこうやってまどかの隣には座っているが、距離はやや空いている。

それはいずれ敵になる自分達が関わりを持つ事を良しとしていないから。

まどかにとっても、かずみにとっても。

 

 

「わたしはね、かずみちゃんがどんな答えを出しても……、友達でいたい」

 

「!!」

 

「だからね、お願いがあるの」

 

 

まどかはニッコリと微笑んでかずみを見る。

かずみから見ればソレは何とも温かく、何と儚げな笑顔だろうか。

 

 

「かずみちゃんもね。わたしと戦う事になったとしても……、友達でいてほしい」

 

「まどか……」

 

「あ! もちろん戦う事になったら全力で止めるから!」

 

 

まどかは舌を出して笑う。

 

 

「わたし、結構強くなったんだよ」

 

「あはは、まいっちゃうなもう」

 

 

かずみは笑顔に戻ると、まどかとの距離を詰めてそのまま抱きしめる。

突然のハグに結局まどかは赤面する事に。

 

 

「ど、どうしたの?」

 

「わたしの親友がね。嬉しい事があったら全身で喜べって! ありがとまどか、わたし本当に嬉しい!」

 

「えへへ」

 

 

だが同時に思ってしまう。

どうしてかずみはそんなに苦しんでまで、戦いのラインを行き来するのか。

 

 

「確かに秋山さんの願いは大切かもしれないけど、かずみちゃんだっても戦いたくないのならパートナーとして意見してみたら?」

 

 

するとかずみは、悲しげな表情を浮かべた。

 

 

「わたし自身ね、迷ってる部分があるんだ」

 

 

確かにまどか達とは戦いたくない。

サキと、ほむらと、騎士達と協力してワルプルギスを倒せればなんて思ってしまう。

しかし同時にどうしても叶えたい願いがあるのだ。そこもまた譲れぬ部分がある。

 

 

「かずみちゃんの叶えたい願いって……」

 

 

聞けない。

まどかは口を閉じるが、そこまで言えば聞いているのと同じだ。

かずみは複雑な笑みを浮かべて、ゆっくりと口を開いた。

 

全てを言う訳ではない。それは許されない。

でもだからこそ。まどかに少しでも理解できてもらえたなら、それはきっと……。

 

 

「わたしね。命よりも大切な人が二人いたの」

 

「え?」

 

 

親友よりも大切な二人が。

 

 

「でもね……、二人とも」

 

 

苦しそうに言葉を詰まらせる。

言いたいのに言えなかった。口にしようとすると、どうしても思い出してしまう。

 

 

「いいよかずみちゃん、言わなくても……!」

 

「ありがとう。ごめんッ」

 

 

願い事の詳細は分からずとも。

かずみが蓮に一方的に協力的な理由が分からずとも。

それでも、かずみが本気だということは分かった。

 

 

「大切な人……」

 

「うん。わたしの――」

 

 

バスが止まった。目的地についたのだ。

 

 

「行かないと。ね?」

 

「う、うん」

 

 

かずみの戦うの理由を知りうる事はできなかった。

だがかずみは、立ち上がり様にまどかへ手を差し伸べる。

どうやら友達でいたいと言うまどかの想い汲み取ってくれたみたいだった。

 

 

「行こ! まどか!!」

 

「うん!!」

 

 

まどかはかずみの手を持って立ち上がる。

そのまま二人は手を繋いだままバスを降りていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「へぇ、凄いね……!」

 

「うん、何かちょっと空気が変だけど」

 

 

かずみのアホ毛は魔法少女や魔女を捉えるセンサーなのだが、それがなんだかピクピクしている。

ハッキリと反応は示していないため魔女がいるわけではないのだろうが、どうしてなんだろう?

 

神聖な雰囲気がだからだろうか?

エリス本部はステンドグラスを多用しており、屋根の上部には大きな十字架のモニュメントもある。

もちろん本当の教会ではなく、あくまでもチャリティー活動をメインとした集団であるが。

 

 

「あ、ほむらちゃん! 仁美ちゃん!」

 

「あらまどかさん、それに立花さんも!」

 

 

先に到着していたほむらと仁美は、ロビーの椅子に座っていた。

手を繋いでいるまどか達を見て、何故かほむらは少しムッとする。

しかしすぐに咳払いをして奥へ向かう事に。

 

本部にはエリスのバッジを付けた人間達が多く見えた。

そんな人達の挨拶を受けつつ、四人は第一ホールに案内されていく。

そこには他の生徒の姿もチラホラと見えた。

 

一体ココで何が行われるのだろうか?

まどか達は良く分からずに首を傾げるだけ。

そうしているうちに時間が来たのか、ホールの電気が徐々に暗くなっていく。

どうやら話が行われる様だ。一同は席について何かが始まるのを待った。

 

 

「皆さん。今日はお忙しい中、お集まり頂いてありがとうございます」

 

 

ホール先にあるステージの教壇に、赤い髪の少女が立った。

しかし司会にしては幼すぎる気がする。年齢は小学生くらいにしか見えない。

さらに進行役しては着ている服が気になった。金色の装飾にゆったりとしたローブの様な衣装は、少なくとも他の役員とは位が違うように感じた。

 

 

「はじめまして。リーベエリス、リーダーの"ディス・コルディア"と申します」

 

「!?」

 

 

目を見張るまどか。

まさかあんな小さい女の子が、このとてつもなく巨大な集団の頂点に立つ存在だと言うのか?

とてもじゃないが信じられない。それはほむらや仁美達だって同じように思っただろう。

 

しかし幹部や、エリスのメンバー達は実際にディスコルディアと言う少女に頭を下げていた。

そうすると仰々しい服装にも納得だ。なによりもそんな嘘をつく必要がない。

 

 

「気軽に、コルディアと呼んでくださいね」

 

 

それにまどか達は知らないだろうが、公式サイトにはしっかりと彼女の紹介ページもある。

 

 

「え……?」

 

 

そこでまどかは間抜けな声を上げてしまった。

薄暗い部屋。ライトで照らされたコルディア。

彼女がまず最初に行ったのは、涙を流す事だった。

闇の中で光を放ちながら涙を流すコルディアは、まるで女神の様だった。

 

 

「皆さんの心の痛みが、私には良く分かります」

 

 

声を震わせ、大粒の涙を流して生徒達を見る。

怖かったろう、辛かったろう、悲しかったろう。

友を失い、学び屋を失い、そして自らの命をもが危険になる状況での恐怖。

 

 

「想像するだけで、辛い……!」

 

 

何人かは既にグッと心を掴まれていただろう。

それほどまでにコルディアは美しかった。

それは容姿の事を言っているのではない。いや、もちろん可愛らしい顔立ちではあるが、なによりもその雰囲気が美しかったのだ。

 

 

「気持ちは分かります。私も過去に大切な人を亡くしました。父、母、そして姉を」

 

 

コルディアは熱弁する。

自分が今、ここいる意味は何か?

必死に考えた。そうすれば自ずと答えは出ていた。

それは同じような苦しみを人に背負わせない事。苦痛を背負うのは自分だけでいい。

 

 

「私は皆さんの苦しみを背負います。家族よりも深く愛します。そうです! 私達は今日から家族になったのです!」

 

 

コルディアは満面の笑みを浮かべて、手を差し伸べるジェスチャーをとった。

スポットライトが強くなる。まるで曙光のように、後光のように。

生徒達は慈愛に満ちたコルディアの姿に釘付けになっていた。

コルディアの力になりたいと集まった人間達がいるもの頷けるというものだ。儚げな彼女の力になってあげたいと、小さな『種』が生まれたのではないだろうか。

 

 

「リーベエリスは皆様に学問を学ぶ環境を整えます」

 

 

そして本題はコレだった。

学校が使えなくなったまどか達の為に、無償でリーベエリスが勉強を教えてくれる。

要するに仮設学校を設けてくれると言うのだ。

本部にある一室を教室として、教科書も無料で用意してくれると言う。

 

 

「我々のメンバーには教員免許を持っている者や、元教師の人達もいます」

 

 

中には現役の教員もいるとか。

 

 

「安全な環境で、安全に勉強をしてほしい。それが私の願いであると皆さんに知ってほしい」

 

 

コルディアは必死に訴えた。

最近はエリスのメンバーも女子供関係なく惨殺される事件が多発してきた。

 

 

「しかし我々は決して悪意には屈しない!」

 

 

叫ぶ。強く、強く。

そこには先ほどの儚さはなく、強い眼差しの戦士がいた。

 

 

「善意の輪は広がり続け! やがて闇をも消し去るだろう! 私はそれを信じてます」

 

 

そこで再び柔らかい笑顔に戻る。

 

 

「手続きは下のロビーでお願いします。期限は設けません、お好きなタイミングで自由に来てもらっても結構です。このエリス本部は皆さんのもう一つの家なのですから」

 

 

その言葉を最後にして、今回の話し合いは終了した。

どうやら仮の学校を作ると言う事がメインだったらしい。

コルディアは笑顔で手を振り、退出していった。

ホールは再び明るくなり、今日は解散と言う事になる。

 

 

「随分と素敵な方でしたわね」

 

 

たしかにそうだ。まどかもソレは思っていた。

自分よりも小さいのに随分としっかりしていて、綺麗で、そして品がある。

理由は大まかなものだったが、家族を失ったのに賢明に今を生きるコルディアに、まどかは尊敬さえ覚えていたかもしれない。

 

 

「でも学校を作ってくれるのはありがたいよね、行かないかもだけど」

 

 

舌を出して笑うかずみ。

自由にいける学校なんて素晴らしいじゃないか。

同時進行でエリスのメンバーが学校の復旧を手伝っているらしいし。

 

それにしても先ほども話しに出ていたが、本当にエリスのメンバーには凄い人が多い。

学校を直しているのだから、建築関係はもちろん、思い返せばまどかがよく行っているコンビニの店長も先日エリスメンバーに入っていた。

 

参加条件は『人の役に立つことを苦と思わず、弱きものに手を差し伸べる事を願う者』らしい。

つまり善意のある人間ならば誰でも入れるのだ。

面倒な手続きも存在しないと言うのが拍車をかけているのかもしれない。

 

 

「すごいね、まだ設立してそんなに時間も経ってないんでしょ?」

 

 

入り口のロビーにあった紹介のパネルにそんな事が書いてあった。

その短期間の間にここまで大きくなったのはコルディアの努力があるのだろう。

現在は『見滝原に潜む闇を倒す』と言うスローガンを抱え、警察と協力して犯人を追っているらしい。

 

そんな善意の意に溢れたリーベエリス。

多くの人に歓迎されているが、中にはその存在を良しとしない者もいる。

 

それはまどか達がリーベエリスから帰る途中だった。

ほむら達別れ、かずみと共に帰っていたまどかは、イライラしている様子の北岡を発見する。

 

 

「北岡さん!」

 

「ん、確か……」

 

「まどかです! 鹿目まどか!」

 

「かずみだよ!」

 

「あぁ、はいはい。なるほどね」

 

 

そこで北岡は呆れたように苦笑いを浮かべる。

 

 

「あのさ、俺一応敵なんだから、注意した方がいいんじゃない?」

 

「え、でも……」

 

 

複雑な表情のまどか。

そこで――

 

 

グルルルルルルルゥ

 

 

「「!?」」

 

 

目を丸くするまどかと北岡。

隣では顔を赤くしてお腹をさすっているかずみが。

 

 

「でへへ、お腹空いちゃったね」

 

「……はぁ」

 

 

なんて緊張感の無い。

北岡はもう一度頭を抑えて、がっくりとうな垂れた。

 

 

「え! これ食べていいの!?」

 

「女性には優しく接するのが俺のルールなんだ、まあ食べな」

 

「ありがと先生ー!」

 

 

かずみは目の前にあるパフェにかぶりつく。

あれから三人は近くにあった喫茶店に移動していた。

まどかもケーキと紅茶をごちそうしてもらった。嬉しそうにフォークを持つと、そこで北岡の腕が伸びる。

 

 

「今日のことはできれば城戸のヤツに伝えておいてくれ」

 

「え?」

 

「そして城戸のヤツには令子さんに俺の優しさを伝えるように言ってくれ。是非。是非な」

 

「???」

 

 

よく分からないが、とりあえず頷いておく。

 

 

「ところで北岡さん。どうしてあんな顔してたんですか? もしかして……、ゲーム?」

 

「え? ああ、俺が苛立ってるのはアイツらさ」

 

「?」

 

 

北岡が指差したのはテレビ。

そこには今日も今日とて例外なくリーベエリスのCMが流れている。

 

 

「貴方たちは家族です、広げよう善意の輪、ああ反吐が出る」

 

「そ、そうですか? 素敵だと思いますけどぉ……」

 

「冗談キツイよまどかちゃん。アイツら本当にふざけてる」

 

 

北岡が言うにはリーベエリスには弁護士のメンバーもいて、本部に行けば無料で悩み事を相談してくれると言う。

さらに驚くべきは小さな事件程度ならば無償で法廷まで付き合ってくれるとの事だ。

 

 

「あいつ等イカレてるとしか思えない! おかげで俺の仕事がどんだけ減ったと思ってるのよ。弁護士としてのレベルはコチラが圧倒してる。向こうは雑魚、カス、屑レベルの連中!」

 

「言いすぎですよ……」

 

「いいんだよ! なのに人は無料の魔力に圧倒されるものなんだ!」

 

 

相談料に金が掛かる北岡の事務所にはすっかり人がいなくなってしまった。

 

 

「じゃああんな連中の為に料金設定を変更しろと? 冗談じゃあない、弁護士軽く見られたら終わりだ!」

 

「確かにお仕事してる人は困るよね、立花さんもぼやいてたよ」

 

 

リーベエリスの本部にある喫茶店は広く、そして全てのメニューが無料である。

 

 

『家族からお金を取る事などおかしいでしょう?』

 

 

それがエリス側の言い分なのだが、やはりそちらに流れてしまうのだから他の店からしてみれば大迷惑である。それに飲食だけではなく、他の施設等も完備してある徹底振りだ。

何か困った事があればリーベエリス本部に向かえばだいたいは相談に乗って解決してくれる。

 

 

「………」

 

 

周りを見回すまどか。

この喫茶店は特に看板メニューもなく、本部から近い事もあってか、お客がいない。

 

 

「ムカつたからさ、ちょっと文句言いに行ったんだよ」

 

「え! そうなんですか?」

 

「ああ。お前らがいると商売にならないって。そしたら何て言われたと思う?」

 

 

『困っている人からお金を取るなど考えられません、それは善意からかけ離れている愚かな行為です』

 

『金銭など、家族の間には不要なモノ。それにそんなものなら望めば腐る程湧き出ます』

 

『お金がほしいなら、いくらかは差し上げます。だから困っている人を悪戯に混乱させるのは止めてください』

 

 

「だぜ!? アイツら本当にムカつくよ――ッ!」

 

「へー、すごいね」

 

 

かずみは口の端についていたクリームをペロリと舐めとった。

多くのことを無料で行ってくれる施設は皆が幸せになるものと思っていたが、見方をひとつ変えれば迷惑の塊だったと言うことか。

 

 

「でも、あの、一つ聞いてもいいですか?」

 

「?」

 

「北岡さんの事務所はどうしてあんなに……、その、小さいんですか?」

 

 

北岡ならもっと大きな事務所でもおかしくは無い筈だ。

なのにたった一人で。よく分からない。

 

 

 

「ずっと一人でやってきたんですか……?」

 

「ああ、いや――」

 

 

北岡は複雑そうに顔をしかめた。

 

 

「過去には秘書がいたさ」

 

 

由良吾郎と言う優秀な秘書が。

しかし今現在北岡は一人である。

どういうことなのか……?

 

 

「死んだよ、ゴロちゃんは」

 

「えッ? あッ、ごめんなさい」

 

「いや――……、俺は恨みを買いやすいからさ」

 

 

忘れる訳が無い。ある日北岡が事務所に帰ってくると、吾郎の死体が転がっていた。

吾郎は強い。必死に抵抗したのか、事務所には争った跡がいくつも残されていた。

だが結果として彼は殺された。その体に何本もの矢を受けて。

 

 

「おそらくは俺を狙ったんだろうけどさ。いなかったから……、代わりに」

 

 

この時代に矢で殺しにくるなんてどうかしている。

結局犯人は今も分かっていないが、相当な変わり者だったのだろう。

どこぞの『組』の者か。それとも浅倉のように過去に何かしたものか。

 

 

「候補が多すぎるから考えるだけ面倒になってさ」

 

 

それから北岡は事務所を小さくして一人で活動を続けてきた。

その後も何人か秘書は雇ったが続く者はおらず、今に至る訳だ。

 

 

「俺は運がいいから、助かった」

 

「そんな言い方ひどいよ、由良さんは先生を守ったのに」

 

「………」

 

 

北岡は無言で笑みを浮かべるだけだった。

 

 

「北岡さん」

 

「ん?」

 

「さやかちゃんは……?」

 

 

そんな質問に北岡は吹き出す様に笑った。

 

 

「馬鹿な奴だったよ、仕事もできないし」

 

「………」

 

「ただ、馬鹿の方が賢い奴よりずっと良い」

 

 

北岡はそれだけを言い残すと二人に別れを告げた。

 

 

「………」

 

 

北岡はさやかを蘇生できる立場にある。

しかしそれを行う気配はない。

それは人としての葛藤なのか――?

それとも、彼の弱さなのか。

 

 

 

 

翌日、BOKUジャーナルでは真司がせっせと仕事に励んでいた。

平和な事は一番だが、事件が多ければ多いほど仕事が増えると言うのが複雑な職業である。

連続する行方不明事件。殺人事件。そしてテロ事件。見

滝原が何故この短期間でココまでの危険な街となってしまったのか?

 

それを解明する為にBOKUジャーナルも総力を結集していた。

とは言え真司からしてみれば理由が分かってしまっている以上、何とも言えない現状である。

 

 

「真司くん……」

 

「どわっ! どうしたんすか島田さん!!」

 

 

死んだ魚の様な目をしながら、島田がヨロヨロと近づいてくる。

どうやらココ最近まともに寝ていないらしい。ただでさえ人がすくないネット配信社だ。

それだけ労力も増えると言うもの。

 

 

「編集長から伝言――……」

 

「は、はあ」

 

 

15分後、真司は話題のリーベエリス本部の中にいた。

ココ最近エリスの話題はSNSを通して爆発的に加速している。

慈善活動、チャリティー、数々の支援、ほぼ無料のボランティア。

一部では偽善集団と叩く者もいるが、多くの場合は褒め称えるコメントで溢れている。

 

何故彼らはここまでするのか。何を収入としているのか。

まだまだ謎が多いエリスを取材して来いとの指令だったのだ。

アポはとっておいた為、真司が受付を済ませるとすぐに一つの部屋に案内される。

 

 

「………」

 

 

真司は誰もいなくなった部屋で辺りを見回してみる。

ステンドグラスに囲まれた部屋はなんだか日本にいる気がしない。

それに天使の絵が自分を見つめている気がしてなんだか落ち着かない。

なんだか罪を咎められる視線だった。

そうしていると、扉が開く。

 

 

「お待たせして申し訳ありません」

 

「ああいや――、ッて、え!?」

 

 

思わず声を上げて固まる。

なぜなら目の前に現れた担当者は、エリスで一番偉い位置にいる人だからだ。

コルディア。しかし事前に情報を得ていたとはいえ、改めて見るとやはり不思議なものである。

まどかよりも小さい女の子が、こんな集団をまとめあげるリーダーなんて。

 

 

「ど、どうも! BOKUジャーナルの城戸真司です」

 

「はじめまして。リーベエリスのコルディアです」

 

 

ネットの一部では、その行動や振る舞い、そして美しさから天使と呼ばれているらしい。

まさか直々に現れるとは思わなかった。真司はポカンとしながら握手を交わす。

 

 

「時間がある時には、来客の対応は私が行っているんです」

 

「はぁ、そうなんですか……」

 

「人の話を直接聞かなければ痛みは分かりませんから。その人を理解する事、理解してもらう事が大切なんですよ」

 

コルディアは直接人と対面する事の重要さを説いた。

コレは真司としてもありがたい事だ。直接トップの人間にインタビューできれば、人となりも見える筈。

 

 

「えっとじゃあ、早速取材の方を」

 

「ええ、どうぞ」

 

「まずはどうしてこう言った活動を?」

 

 

リーベエリスはコルディアが立ち上げたのではないと言う。

元々あった団体が名前を変えて、コルディアがトップになった途端に話題になっているだけ。

はっきり言ってたまたまだと言う。

 

 

「最近はSNS文化ですから。話題にしてくれる人が多くなったのでしょう」

 

「なるほど」

 

「けれど、私自身の想いと言うモノがあります」

 

「それはどういう……?」

 

 

その言葉にコルディアは涙を流す。

 

 

「私は両親を事故で失い、最愛の姉も行方不明となりました」

 

「あぁ、それはなんて言っていいか……、すいません」

 

「いいんです。それが私の道を決めた事ですから」

 

 

弱さや悲しみが自分の道を決めた。コルディアはそう言って微笑んだ。

成る程。真司も何故彼女が天使と呼ばれているのかが分かった気がする。

辛い境遇でありながらも、必死に生きて、そして人の為に努力を惜しまない姿はある種最大の自己犠牲ではないか?

 

自らの幸せよりも、コルディアは他人の幸せの方が嬉しいのだと告げた。

その感覚は良い意味でも悪い意味でも変わっている。

だからこそコルディアは同じ『人』であると言う感覚を薄めているのだ。

それが天使と呼ばれる理由だと真司は確信する。

 

 

「この世界には、まだまだ痛みが満ち溢れています」

 

 

悪意や恐怖、ねたみ、恨み、それらは人を狂わせて幸福を逃す悪意となる。

 

 

「そんな全ての存在を消し去りたい、それが私の切なる願いです」

 

 

それが叶うのならば例えこの身が傷つこうとも構わない。自らが血を流したとしても構わない。

 

 

「いつか世界中の人々が手を取り合い、笑い合える未来を願って、私達は行動を行っているのです」

 

 

凄い人だ。真司はつくづくそう思う。

コルディアくらいの年齢の時には、ろくな考えも無く遊んでいたものだが、彼女の小さな背中には今とてつもない責任が乗っている。

 

環境や考え方、それが違うと人はこうまで成長するのか。

真司は若干の恐怖すら覚えていたかもしれない。

 

 

「でも、ちょっと気になる事があるんですけど」

 

「はい?」

 

 

本当にコルディアはこんな生活を望んでいるのだろうか?

確かに活動は立派だが、本当は歳の近い少女達と遊ぶ方が――?

まあ尤も、そんな事は聞けるわけも無く。真司はジャーナリストとしての質問を続けていく。

 

 

「やっぱり無償と言うのが特徴的ですよね。この中にある自販機とか、レストランとか全部無料ですし。変な話し、資金とか、収入と言うのは?」

 

「そうですね、メンバーの方の寄付や、スポンサー様の寄付にて成り立っています」

 

「なるほど。スポンサーですか」

 

「ええ。企業から商品等を提供してくださると、我々も宣伝活動をお手伝いしています」

 

 

確かに現在、リーベエリスの好感度は高い。

そこに協力していると名が付けば、宣伝効果は高いかもしれない。イメージアップにも繋がる。

 

 

「中には、資産家の方が遺産をまるまま寄付してくださったこともあります」

 

「す、凄いですね」

 

「お金じゃ買えない価値があると見てくださったのでしょうか。ありがたい話です」

 

 

おかげで最初は小さなものではあったが、今にはそこそこ立派なものになったとコルディアは言っていた。

 

 

「コレもまた善意の輪、人が人を助けたいと思う気持ちが資産をつくってくれる。私達はコレを善意の錬金術と呼んでいます」

 

「は、はあ……」

 

 

聞こえは良いとは言えないが、気のせいだろうか?

だがとにかくコルディアたちの行動に共感や感動した人達が『あしながおじさん』になってくれる訳だ。何をするにも金がいる世の中では珍しい。

 

 

「おわかりいただけたでしょうか?」

 

「あ、はい! ばっちりです」

 

 

他にも真司は色々な質問をぶつけていく。

例えばリーベエリスのメンバー数や、メンバーにはどんな人がいるのかと言う事だ。

ネットでも軽く触れてあったが、とにかく人数が多い。世界中から行動に共感した人が本部には集まっている。

中にはエリスの行動に集中したくて会社を辞める人までいるそうだ。

 

集まるメンバーも職業や年齢はバラバラである。

とにかく入りたいと思えば入れる為、職業も大工、先生、弁護士、医者、まさに多種に渡るもの。

 

 

「城戸さんもいかがですか?」

 

「え?」

 

「もちろん無理にとは言いません。私達と家族なりたいのなら、いつでもいいですよ」

 

「はぁ、あははは」

 

 

頭をかく真司。何かを思い出していた様だ。

その後も他愛ない質問を繰り返していき、そうやってインタビューは終了した。

知りたい事はだいたい分かったし、十分な仕事はできただろう。

二人はなごやかな雰囲気で別れを告げると、そのまま別れていく。

 

その後真司はBOKUジャーナルに戻り、記事を纏めた。

驚くべきは編集長が出来上がった記事にすんなりOKを出すと、そのまま掲載を始めたことだ。

そして瞬く間にアクセス数が上昇していく。

世間の興味は今それだけリーベエリスに集中していると言う事だった。

 

 

「人間は興味のない話題でも流行ってれば気になって食いついてくる。そしてそれだけ話題に興味を持っていき、同時に嫉妬して否定したりする」

 

 

情報は新たな情報を生み出す泉だ。

人はリーベエリスの情報を見て、さらに深いところを知りたいと思うようになる。

編集長が言うには、しばらくコレで勝負していけそうだとの事だ。

つまりコレは目玉。誰もが興味を示す最大の餌と言う事にもなる。

 

 

「うーん」

 

 

そんなに凄いものなのか?

確かに行動は立派だと思うし、凄い集団だとは思うが、真司はそこまで興味はそそられなかった。

尊敬して、ハイ終わりってなモノである。

しかしコメント欄を見てみれば悪い噂を流すものは、実は世界を征服しようとしているなんて突拍子も無いものまでチラホラと。

 

 

「よく分からないなぁ」

 

「それでいい」

 

 

編集長いわく、記者にとって自分の意見を掲載する事は大事かもしれないが、一番大切なのは中間の立場にたって物事を見る事だと言う。

なので真司は無難なコメントを乗せて終了する。

 

 

「編集長はどう思ってるんですか?」

 

「別に。ただまあ、SNSでのコメントも理解は出来るさ。いろいろ考えられる集団だからな、あやしさもあるし、胡散臭さとか? でもまあ輝きもある」

 

 

日々何かしらのスレッドは立てられている。

行動を褒め称えるスレ、偽善者集団だとののしるスレ、コルディアの美しさを褒めるスレ。

まあどれもこれもリーベエリスだ。テレビをつければ必ずCMを目にし、ネット見ればエリス関係のスレッドが見え、そしてフリーペーパーの雑誌にも載っている。

 

要するに今見滝原はどこを見ても、どこにいてもリーベエリスの話題がついてくる。

少し大げさかもしれないが、見滝原にいる人間ならば誰でもリーベエリスを知っている筈だ。

メンバーになっている人も多いのだとか。

 

 

「でもまあ、こう言うのはブームだ。いずれは他の話題が出てくる。だから今のうちにしっかり取材しておけよ」

 

「はあ、そういうもんですか」

 

「ウーパールーパーとかレッサーパンダとか、パンダみたいなモンなんだよ」

 

 

真司は適当に頷きながら一日の仕事を終えた。

 

 

 

 

 

「今日は、そういう事があってさ」

 

「出たよ、出ましたリーベエリス。まあうっさん臭いよね」

 

「お、おい! そんな事言うなよ!」

 

「もう見飽きた、はっきり言って目障りだな」

 

「あのな! お前もなんて事言うんだよ!」

 

 

居酒屋のカウンター席。

真司を中心として、右には蓮。左には美穂の姿があった。

三人はビールジョッキを片手に、ブツブツ卑屈な表情で酒を流し込む。

見るからにダメな大人である。

 

 

「かぁー! やっぱ働いた後はうまいよな!」

 

「……おい」

 

「ん? どうしたんだよ蓮」

 

「嫌味な奴になったね真司は。私は悲しいよ」

 

「なんだよ美穂まで……って、あ!」

 

 

よく考えてみれば、この二人にしてみればエリスは邪魔でしかない。

 

 

「ご、ごめん」

 

「連中が来てからコッチの店の客がだいぶ取られた」

 

「私なんて学校そのものが無くなったのよ!? もう本当にどうしていいかぁあぁん……!」

 

 

美穂はとりあえず心に大きな傷を負ったということで、実習をまるまま放棄して休んでいるらしい。

蓮としても常連はともかく、新規の客は全て取られたと言ってもいい。

どちらも職業柄、良い思いはしていないのだ。

 

もちろん学校を直してくれている事や、子供達を守ってくれている事には何も言うつもりはない。

しかしそれはそれ、これはこれである。人間余裕が無いとイライラしてしまう。

そうなってくると、何かに八つ当たりしたくなるのだ。困ったものである。

 

 

「はい、焼き鳥おまたせしました!」

 

「ああ、どうも」

 

 

真司が注文した焼き鳥が届く。

 

 

「ムシャムシャムシャ!!」

 

「う゛おいッッ!!」

 

 

五本入っていた焼き鳥から速攻で三本のバードが消え去った。

美穂が怒りに任せて奪い取った串。

さらに見れば蓮も一本を奪っているじゃないか。

 

 

「ふざけんなよ! 食いたきゃ自分で注文しろっての!!」

 

「うるへー! 仕事順調なんだからこれくらい許せよ!」

 

 

ハムスターのように頬を膨らませた美穂に睨まれた。

真司は涙目になりながら自分の焼き鳥を守る様に構える。

 

 

「獣がいる前で餌を堂々と見せる方が悪い」

 

「お前も取ってるだろ! あとそんなすぐに守れるかッッ! っておいちょっと待て! 俺の大好きなねぎまちゃんが消えてる!」

 

 

どこ!?

ねぎまちゃんはどこ!?

そんな真司をあざ笑う様にして、美穂は自分の腹を指差した。

 

 

「ここ!」

 

「おまッ! お前ぇぇ! くぅぅウウ!!」

 

「ふん、レディファーストよレディファースト!」

 

「レディなんてどこにいるんだよ!!」

 

 

ムッとした表情を浮かべる美穂。

彼女は大きく体を反らして、胸を強調してみせる。

 

 

「ほら、何なら近くのホテルで確かめて見る?」

 

「ブッ!!」

 

 

真っ赤になって仰け反る真司。それを見て美穂はニヤニヤと笑っていた。

 

 

「知ってるんだよ。本当は真司が私のデッキにファイナルベントしたいんだよね?」

 

「ななな何言ってんだよ! お前本当に最ッ低だな!!」

 

「下品でうるさい奴らだ。酒が不味くなる」

 

「おいちょっと待て蓮、何で最後の焼き鳥まで食べてんだよ! 俺一本も食べてないんだぞ!!」

 

 

なんでこんな疲れなければならないのか。真司はガックリとうな垂れてため息をついた

しかし考えてみれば、確かに胡散臭いと言うか、真司視点でもリーベエリスは少し特殊な雰囲気を感じる。なんというか、普通のチャリティー集団とは少し違う位置にいると言えばいいか。

まあ捻くれている美穂達の言う事なのだから、気にする事はないのかもしれないが。

 

 

「あ、そういえば蓮」

 

「ん?」

 

「前に頼まれたヤツ、あれゴメン、うまくいかなかった」

 

「そうか。ならいい」

 

 

美穂が謝るが、蓮は別にどうでもいいと言うリアクションだった。

 

 

「あれ? なんだよ。何かあるなら俺も協力してやろっか?」

 

「いや……、もういい」

 

「ねえ蓮、別に真司に言ってもいいでしょ?」

 

「ああ、隠すつもりは無いからな。かずみの事だ」

 

「え? かずみちゃん?」

 

「少し気になってな」

 

 

かずみは立花の親戚で、蓮を知っていると近づいてきた

しかし蓮はかずみは知らないし、協力的な理由が分からない。

ましてやかずみは参戦派になる事を悩んでいる。そんな人間が、何故いつまでも傍にいるのか。

 

 

「だいたい近づいてきたアイツがパートナーなんてのは、偶然にしてはできすぎてる」

 

「あぁ、まあそれは確かに?」

 

「だから霧島に頼んで、個人情報を調べてもらった」

 

 

せめて自宅の場所さえ分かれば、両親に話を聞けるかもしれないからだ。

だが学校に提出した住所はアトリのもので、保護者も立花の名前になっている。

つまりかずみが元々いた場所については何の手がかりも無かったのだ。

ましてや他の情報は滅茶苦茶だ。にも関わらず、学校は疑問を持たない。

 

 

「多分魔法使ってる。洗脳系のヤツかな。教科書とかそれで手に入れたっぽい」

 

「いやッ、って言うかかずみちゃんに直接聞けばいいじゃないか」

 

「アホかお前は。もう聞いた」

 

 

しかし何度問いかけても、うやむやな答えを示すばかりで無駄だった。

立花についても同じだ。聞いても答えてくれない。

だからこうして美穂に頼んだのだ。

 

 

「本当に覚えてないの? かずみちゃんはアンタを知ってるんだから、どっかで会ってるのよ」

 

「全く覚えてない」

 

「あッ、もしかしてかずみちゃん、お前が好きなんじゃ……」

 

「ハァ、真司……、あんたマジで真――ッ、はぁぁぁ!」

 

「なんだよ! その軽蔑しきったようなため息は!」

 

「あのね、かずみちゃんの目を見れば分かるの。あの眼差しはそういうんじゃないんだよ?」

 

 

かずみの好意は男女の間に生まれる愛ではなく、友愛や憧れのそれに近いと美穂は熱弁する。

 

 

「目を見ただけで分かるのかよ!」

 

「分かるよ。女の勘もあるけど」

 

「なんだよそれ……」

 

「もう童貞の真司には分からないんだから、黙っててよ!」

 

「な、なななななんだよ!!」

 

 

真司は氷水を大量に摂取し、一旦クールダウン。

 

 

「でも意外だよ、蓮がそこまで他人に興味を示すなんて」

 

「ああ、確かにそれは分かる」

 

「……なにがだ。気味が悪いから調べるのは当然だろう?」

 

「いや、まあそうなんだけどさ」

 

 

蓮は友人が少ない。それこそ真司と美穂だけだ。あとは恋人の恵里だけか。

それはやはり近づきにくいオーラと言うか。無愛想で、ソリッドな空気と言うのか。

 

しかしかずみはそれを気にすることなく近づいてくる。

まあ言ってしまえば真司と近いタイプなのだ。だから蓮もかずみにはなんだかんだと優しくしている。それが新鮮だった。パートナーという補正はあるのかもしれないが。

 

 

「それにかずみちゃんってちょっと恵里に似てるよな。笑ったときの雰囲気って言うのかな」

 

「分かる。笑ったときの子供っぽい感じ、柔らかいって言うのかな?」

 

「………」

 

 

蓮は何も言わなかった。否定をしないと言うことだ。

 

 

「ねえ真司、私の笑顔はどう? キュートでしょ?」

 

「汚い」

 

 

掴みかかる美穂と、振りほどこうともがく真司。

バカな光景だ。蓮はつくづく思う。

だが嫌いじゃない。

 

嫌いじゃないが――、何が一番好きなのか? それを改めて自問する。

得体の知れないかずみに甘いのは、真司達の言うとおりだ。

少し雰囲気が近いからと言う理由でかずみに甘くなる。

 

それだけ恵里の事が大切なのだ。

 

 

蓮は奇跡を信じるタイプではなかった。

 

 

「恵里はいつ急変してもおかしくない。明日にはもう、いないかもしれない」

 

 

あれだけ騒いでいたのに、真司と美穂は一瞬で言葉を止めた。

 

 

「許せ。戦う時は、本気で殺すぞ」

 

「……ああ、いいさ。俺も本気でお前を止めるからな」

 

「やり過ぎるんなら、両方のケツに蹴りを入れてあげるね」

 

 

三人は同時に吹き出した。

おかしな会話だった。いずれ敵になりうる筈なのに昔の雰囲気とまるで同じじゃないか。

ナイトとの殺し合いは、あくまでも友情の延長線になるのだろう。

真司はため息をついて、すっかり温くなったビールに口をつける。

その味はいつもより、余程苦く感じた。

 

 

 

 

 

 

夜。リーベエリス本部にあるコルディアの部屋。

さらにその奥にある隠し部屋。コルディアは跪き、女性の靴にキスをしている。

それは絶対なる忠誠の証。コルディアの上に立つ人物がそこには存在していた。

 

 

「報告は以上です。お母様」

 

「ええ、ありがとうございます。今日も一日大変でしたね」

 

「いえ。私が疲労する中で他の人達が幸福を得られる可能性が広がるのならば」

 

 

そう言ってコルディアはいつもと変わらない笑みを、『お母様』と呼ばれた女性に向ける。

しかしコルディアは彼女は事故で両親を失っていると言った。その言葉に偽りは無い。

つまり今、彼女の前にいる女性は義理の母親と言う事になる。

もっと言ってしまえば母親代わりの女性なのだ。

 

 

「しかし城戸真司ですか……。まさか彼がこんな所に潜んでいたとは」

 

「っ? あの記者様を知っているのですか?」

 

 

女性は表情を歪め、顔色を真っ青に変えた。

 

 

「知っているもなにもお! 彼は悪意の具現化ですよ。ああ恐ろしい……っ!」

 

「え!」

 

 

打ちのめされた表情を浮かべるコルディア。

 

 

「まさか! 無害そうな人でした」

 

「それが彼の恐ろしいところなのです。あの雰囲気にだまされ、多くの人が命を失いました」

 

「そんな……! で、では私は裏切られたのですか?」

 

「そうなりますね」

 

 

コルディアは崩れ落ちると、おうおうと涙を流す。

 

 

「コルディア。よく聞いて。今この見滝原には多くの悪意と殺意が蠢いています」

 

 

母と呼ばれた淑女は、コルディアにUSBメモリを渡した。

 

 

「これは?」

 

「後で幹部と一緒に見てちょうだい。そこに映っている悪意こそ、我々が本当の意味で戦うべき相手なのです」

 

「つまり私の道ですか?」

 

「ええ。しかし気をつけて。それは恐ろしく、おぞましい映像です。気をしっかり持って、正義の心を身に宿して見てください」

 

「分かりました、お母様……」

 

 

その後もチラホラと会話を繰り返す。

その間にコルディアは何度涙を流しただろうか?

それほどまでに心に突き刺さる内容だったのだ。

 

 

「さあもう今日は遅い。早く休みなさい」

 

「分かりました。おやすみなさい、お母様」

 

 

コルディアは頷くと自室に戻る。

しかれどもまだ幼いゆえの好奇心か。それとも覚悟の表れなのか。

パソコンに先ほどのメモリを挿し、中の映像を確認してみる。

 

 

「―――――」

 

 

叫んでいた。

それは大いなる嘆き。

コルディアは渡された映像を見て、気が狂いそうになるのを必死に抑えた。

命がけで記録したと母は言っていた。それほどまでに凄惨な映像があったのだ。

 

 

「あぁ! ぁぁあああぁああぁぁああぁ!!」

 

 

嘔吐し、泣き続けるコルディア。

彼女はすぐに服を脱ぎ捨て、全身にカッターナイフの歯を押し当てる。

沈む刃、流れる血。それでよかった。コルディアは少しでも映像の向こうにいる被害者達の恐怖や痛みを受け止めるため、自傷行為を繰り返す。

見ればコルディアの体中には傷があった。救済の自傷は今回が初めてではない。

 

 

 

「なんて事っ! なんて事なの!!」

 

 

こんな事をしている場合じゃない。

彼女はすぐにエリス幹部を収集して緊急集会を開いた。

ちなみにコルディアの『母』を知っているのは本当にごく一部の幹部だけだ。

他のメンバーはコルディアの自室に隠し扉があるなどと言う事を知る由もない。

 

 

「皆さん! 勇気あるエリスのメンバーが、見滝原に潜む絶望の姿を捉える事に成功しました」

 

 

ザワつく部屋の中、コルディアは唇を噛むと早速スクリーンに映像を映しだしていく。

見滝原の中にある強大な悪意、恐怖、絶望。その全てを集め、具現化した存在がこの街に潜んでいる。

 

 

「何としてもその存在を排除しなければなりません!!」

 

 

コルディアは念を押してメンバーたちに助けを求める。

 

 

「これが、悪意です!」

 

 

肉が引きちぎれる音、骨が砕かれる音、何かが破れる音。多くの悲鳴が映像の中にはあった。

携帯のビデオで撮影していたのか、画面は大きく揺れている。

 

 

「こ、コルディア様……! これは一体!?」

 

 

こんな残酷な映像は一体何なのか。

しかもよく見れば殺されている人達は皆リーベエリスのバッジをつけているじゃないか。

家族を殺されているのと同じだ、彼らはコルディア同じく涙を流したり、自傷行為に走り始める。

 

 

「あぁ! あれは何なの!?」

 

 

映像の中に犯人の姿が映し出された。

おぞましい。金属バットで命乞いをするメンバーを次々に殴り殺していた。

かとも思えば映像が切り替わり、銃で眉間を撃ち抜いていく者もいる。

 

つまり犯人は一人ではなかった。

一人、また一人、悪意の集団がエリスのメンバーを惨殺していく。

誰だ? こんな非道な事を行う者は。幹部達は犯人の姿を脳へ焼き付けていく。

 

 

「一見すれば普通の青年や少女に見えますが油断しないでください。彼らは――、悪魔です!!」

 

 

コルディアは犯人の名を次々に口にしてく。

ちょうど最初の人物が映し出された。

 

 

「城戸ッ、真司!」

 

 

真司は手に持った武器で楽しそうに人を殺しまわっている。

かと思えば映像は切り替わり、北岡と言う人間がハンマーで人を殴りまわっている。

映像は次々に切り替わり秋山蓮、霧島美穂、手塚海之、そして浅倉威。

 

 

「それだけではありません。一見すれば我らが守るべき者たちも――」

 

 

ざわつく一同、

次に映し出されたのは、まだあどけない少女だった。

しかし銃を構えて逃げ回る人達を殺して回る。

 

 

「おぞましい光景です! あんな猟奇的な殺人をこんな少女が行っているなどと……!」

 

 

さらに映像は切り替わっていく。犯人は一人ではない。

 

 

「浅海サキ、立花かずみ、暁美ほむら――!」

 

 

杏子とニコ以外の名前が告げられていく。

そして最後の犯人が見えた。

 

 

「外道、その名は鹿目まどかッ」

 

 

コルディアは机を叩き、幹部達を鼓舞する。

 

 

「彼女たちを止めなければ! 我々に真の平和は齎されない!! 私は神の言葉を聞いた!!」

 

 

コルディアは母を『神』と称して教えを説いた。

母は言った。彼らを倒すには生贄を神に捧げればいい。

 

 

「鹿目まどかの弟、鹿目タツヤを生贄にしましょう!」

 

 

悪魔の弟を神に捧げ、絶望の連鎖を止める。

賛成していく幹部達。メンバーにこの事を伝え、秘密裏に行動を起こすと告げていった。

警察だけには任せておけない。自分達の手で家族の敵討ちだと、復讐を行うと。

 

 

「皆さん、私達の為に、そして何よりも世界の平和の為に彼らを殺しましょう!!」

 

 

よもや外道は人ではない。リーベエリスが守るのは『人』だ。

よってメンバーを殺すまどか達には何の慈悲も与えはしない。

殺された同胞たちと同じ苦しみを与え、殺す。

 

 

「善意の輪は我らにきっと助けを与えてくれる筈です!」

 

 

皆さん、見滝原を守る為に戦いましょう。

コルディアの言葉に幹部達は大きく頷いた。

彼女の言葉は絶対だ。それは日々の行いが生んだ忠誠心からくるものなのか?

 

いずれにせよ、どちらも普通ではなかった。

この見滝原にて行われているゲームも、それに踊らされるコルディアたちも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お母様、報告が終わりました」

 

「ええ、ありがとうコルディア。こんなに夜遅く」

 

 

部屋に戻ったコルディアは、早速母に報告していく。

それを聞いた母は、コルディアを優しく抱きしめると感謝の言葉をかけた。

 

 

「お母様に励まされると、報われた気持ちです」

 

「お休みなさいモモ、悪夢は必ず晴れるものですよ」

 

「はい、シルヴィスお母様」

 

 

コルディアとは、言ってしまえば称号である。

彼女の本当の名は"佐倉桃子"、そして母と慕う淑女の名は"シルヴィス・ジェリー"。

どちらも佐倉杏子にとって大きな影響を与えていた人物である。

あの日杏子はモモを置いて、偽りの福祉施設であるリーベを抜け出した。

 

だがそれから時は流れ、リーベはリーベエリスとして生まれ変わったのだ。

その長に君臨するのがモモとは何と皮肉な事なのだろうか?

運命の悪戯と言う言葉が一番相応しい。神は随分と皮肉な事をする。

 

報告が終わるとモモは自分の部屋に戻っていった。

シルヴィスは椅子に持たれかかり、『通話』を行う。

 

 

『それで、人数の方はどうなんだ?』

 

「ええ、問題はありませんよ。担当のものがしっかりと手配を」

 

『なら問題ない。金は用意してある。部下を通してソッチに送らせよう』

 

「助かりますわ」

 

 

皆、モモを天使と言うまでに心酔している。

しかしどれだけ善意の仮面で取り繕っても、その裏の顔は消えることは無い。

リーベが何をしていたのか? それを考えれば、リーベエリスもまた同じ顔を持っていると結論に至るのは難しくない話だった。

 

今現在、シルヴィスが話している人物は、見滝原の外れに拠点を構える暴力団が一派『射太興業』。

表向きは大人しいものの、裏では武器の取引や人身売買に手を出す程の組織だった。

 

 

「そう言えば、無くした拳銃や日本刀は見つかったのですか?」

 

『その話はしないでくれ。親父のブチ切れた顔が今でも思い浮かぶ』

 

 

射太興業はリーベエリスと協力関係にあった。

ましてやリーベエリスはモモが『コルディア』としてリーダーになっているが、真の支配者はリーベ設立者であるシルヴィスのままである。

 

モモは杏子と別れてから組織の幹部によって完全なマインドコントロールを施された。

現在はリーベエリスに絶対的な信仰を抱いている。

そしてそこに現れた偽りの母。偽りの教祖。偽りの愛。

そして偽りの善意に誰もが心を奪われる。

 

モモは真司に巨大なスポンサーがいるといった。

そのスポンサーこそが暴力団や闇社会に精通する組織だったのだ。

 

エリス側も、心酔している信者から無作為に生贄を選出する。

人身売買や奴隷として売られる彼らは一つも嫌な顔をしない。

シルヴィスやモモが生贄に選ばれる事は非常に素晴らしい事であると、教えを叩き込んでいるからだ。それもまたマインドコントロールの一環である。

 

 

「嘘をつく時、真実を少しだけ混ぜておけば信憑性が増す様に、ありったけの悪意の中に善意をチラつかせれば人は疑うのを止める」

 

『残酷だね、アンタも』

 

 

シルヴィスはニヤリと笑った。

 

 

「騙される方が悪いんですよ」

 

『成る程。まあコッチはやる事さえやってもらえればいい』

 

 

報酬の一部を渡す。立派なビジネスだ。

要するにコレもまた善意の一環である。皆が幸せになる為には、一部の人間が犠牲になってくれればいい。

 

 

『信者を三人ほどくれ。ヤク絡みでちょっと使いたい』

 

「分かりました。幹部に手続きを頼みます」

 

 

エリスは既に無数の信者を獲得する事ができた。

彼らはエリスが絶対の『正義』と信じて疑わない。だから鹿目タツヤを生贄に捧げる行為も何の疑問も持たずに行うだろう。

それが善意の輪を広げる行為だと本気で信じている。

そしてその思いを踏みにじるシルヴィスは、本当の外道と言えるかもしれない。

 

 

だがちょっと待ってほしい。

赤い記憶を確かめた人物ならば分かるかもしれないが、シルヴィス既に死んでいる筈だ。

 

佐倉杏子を利用したため、その報いを受けて死んだ。杏子の手によって殺されたのだ。

しかし今、シルヴィスは何事も無かったかのようにココに存在している。

切り取られた腕もしっかりと体にくっついている。

 

おまけにシルヴィスがモモに渡した映像。

真司や蓮。さらに絶対に人を傷つけないだろう、鹿目まどかでさえエリスメンバー殺していた。

あれは一体なんなのか? あの映像はまさに百聞は一見。疑いようの無い証拠に、皆は怒りを燃やしていた。

 

普通に考えてありえない映像だ。

しかしこの世にはあり得ない力が存在している。

それは魔法。奇跡を具現させる力。

 

 

「ああ、可哀想に……」

 

 

暴力団との会話を終了させたシルヴィス。

携帯電話を使っていたのではない。もっと便利な魔女を使っている。

箱の魔女・エリー。そんな事ができる人物は一人しか存在しない。

 

 

「あはっ! あははは! ハハハハハハハッッ!!」

 

 

シルヴィスが指を鳴らすと、体が一瞬でユウリの姿へと戻った。

 

 

「いいねぇ。いいよぉ……! じっくり煮込むのは好き」

 

 

舌なめずりを行って、椅子にドッカリと座り直す。

誰も見ていないのにユウリは変身を繰り返す。

真司に、蓮に、まどかに、サキに、ほむらに次々に変わっていった。

 

運が良いとは思う。

オクタヴィア戦のホールで杏子を見かけた時、ユウリはしっかりとエリーに記憶させていた。

そして杏子の記憶を覗いてみればこれだ。

 

ユウリはエリーにもっとリーベを調べさせた。

シルヴィス亡き後も組織が解体される事は無く、リーベはシルヴィスの代わりを作る事にした。

それに選ばれたのが佐倉桃子だった。とは言え以後は停滞していた組織であったが、そこを狙ったのがユウリである。

 

変身魔法でシルヴィスをコピーすると、早速モモたちに接触した。

 

 

『私は神の力で蘇った』

 

 

その一言は非常に強力だった。

そこに魔女の力を加えれば、モモや幹部を洗脳させることは難しくなかった。

元々マインドコントロールを中心としていた組織だ。騙すのは非常に簡単だったと言えよう。

 

手はずとしては、まずはモモを見滝原に呼んだ。

もちろん認めなかった連中も多いが、偽者だと言ってくる取り巻きは皆リュウガに始末させた。

それを『裁き』とすることで、より信仰を高めた。

 

一旦リーベに戻ったモモは、シルヴィスが生存していたことを強く訴えてくれた。

見滝原から出られなかったのは煩わしい事であったが、そこはエリーを通しての会話で何とか乗り切った。

 

同時期に芝浦をチラつかせて行動を起こさせる。

ユウリとしてはどこでも良かった。

とにかく何かデカイ事さえしてくれれば便乗して破壊活動を行えるからだ。

 

 

結果、芝浦は学校を選んだ。

学校を破壊したのは王蛇ペアだけでなく、リュウガもまた同じだったのだ。

爆発を起こし、学校を破壊して、テロが起こったと世間に認識させる。

 

後はモモを焚きつければ終わりだった。

 

 

『助けて、あなた達の力が必要です』

 

 

シルヴィスを妄信していたモモはすぐに見滝原に幹部達を連れて見滝原にやって来たと言うわけだ。

 

 

「しかし……」

 

 

不思議な事もある。今時珍しい悪の組織がいたものだ。

それにシルヴィスと言う老淑女の存在感。モモは彼女の姿を見た途端、異常なほどに忠誠心を見せて来た。

 

 

「こんなのただのババアじゃん!」

 

 

シルヴィスに変身してクルリと回るユウリ。

どうやら相当マインドコントロールが上手かったようだ。幹部の信者たちも面白いように言う事を聞いている。

 

 

「まあどうでもいいか」

 

 

とにかくユウリは変身魔法を使って、忠実な下僕を手に入れる事ができた。

後は他の参加者に変身して、エリスメンバーを殺害して、それをエリーに撮影させればハイできあがり。

 

 

「クヒヒヒヒヒ! さあ、魔女狩りの始まりさ!」

 

 

信者達は完全に暴走。

城戸真司たちを狙ってくれるだろう。

 

 

「見滝原ごと滅茶苦茶にしてやる。チマチマ進めるゲームはもう飽きた」

 

 

もっとスパイシーに殺しあいたい。

どいつもこいつも巻き込んで、パーティタイムと行こうじゃないか!

ユウリは最後の『隠し味』を入れるため、名前も知らない女子高生に変身する。

 

 

「あ、もしもし警察ですか!」

 

 

慌てた様な演技。

エリーを介して繋ぐのは警察だ。

 

 

「私、変な映像見つけて! もしかしたら最近流行ってるエリスの人達を殺した犯人の手がかりかもしれないんです」

 

 

震える声とは裏腹に、表情は歪な笑顔であった。

 

 

 

 

 





今年の24時間テレビは石ノ森先生のドラマをやるみたいですね。

なんか昔聞いたんですけど、先生はお姉ちゃんがとても良い人で、漫画家になるのを応援してくれたり、励ましてくれたり、とにかくとても大切な人だったらしいです。


だからライダーとかだと『姉』って言う存在は、主人公の成長に関わったりする事が多いとかなんとか。
そう考えると、ゼクロスとか、平成だと電王や鎧武もそうですね(´・ω・)


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第37話 暴徒 徒暴 話73第

 

 

「城戸真司だな」

 

「え? ああはい、そうですけど……」

 

 

こうして、城戸真司は逮捕されたのだ。

ユウリが自作自演で作った映像を警察に届けていたため、すぐに連行となった。

変身魔法は骨格はもちろん、指紋や声紋まで完全に一致させることができる。

真司に言い逃れは不可能だった。

 

 

「な、なんなんだよッ!!」

 

 

頭を掻き毟り、鉄の棒を強く掴む。

当然真司としては納得がいかない。何もしていないのに手錠を掛けられて牢に入れられるのは人間として屈辱だ。

とは言え、携帯も取られてしまったし一体全体どうなるのやら。

 

 

「うおっ!」

 

 

しかし没収されたと思っていたが、気がつけばポケットの中にデッキがあった。

そういうシステムなのだ。一瞬龍騎に変身して抜け出す事も考えたが、そんな事をしても後々余計に疑われるだけだ。

真司は考えた結果、しばらくこのままで過ごす事に。

 

 

そして。どれだけ時間が経ったろうか?

ぐったりしていると担当者に名前を呼ばれて面会を許された。

すぐに向かうと、BOKUジャーナルのメンバーが。

 

 

「編集長! 島田さん! 令子さん!」

 

「おお真司、災難だったな」

 

 

等と言っている編集長だが、ちゃっかり真司とは距離をとっている。

 

 

「ちょ! ちょっと! 俺本当に何もやってないですって!!」

 

「ああ、いやッ、その冗談冗談! なはははは!!」

 

 

絶対嘘だ。真司は冷めた目で編集長を見る。

しかし今は本当に冗談を言っている場合じゃない。

真司は必死に自分が無実だと言う事を訴えた。

すると真剣な表情で令子が頷いてくれる。どうやら彼女達は真司が無実だと言う事を信じている様だ。

 

 

「実は似たような事件が数件あって……」

 

 

島田はメガネを光らせた。

真司と同じ様な被害にあった人物が複数いると告げる。

全く別の場所にいた筈なのに、何故か殺人の証拠映像が撮られていると言った具合だった。

 

 

「でだ真司! お前の為に優秀な弁護士様を連れてきてやったぞ」

 

「へ?」

 

 

まさかと顔を顰める。そのまさかである。

その言葉と共に面会室に現れたのは北岡だった。

彼は真司と同じく、ジットリと重苦しい表情だった。

「……ちょっと待ってろ」

 

「は、はあ」

 

 

その言葉と共に部屋を出て行った北岡。

そしてすぐに真司は解放される事となる。

 

北岡は既に、真司が美穂たちと飲みに行っていた居酒屋の店員に証言を貰っていた。

監視カメラにも真司の姿はハッキリと映っており、犯行時間に飲んでいると言うアリバイが成立した。

 

警察は何かしらのトリックを使ったのではないかと疑いを持ったが、そこはそれ、北岡が警察に誤認逮捕の責任をチラつかせて脅しを掛けたのだ。

それが効いたのか、真司はスムーズに外に出れた。

それにもう一人、重要な協力者が存在した事も幸いしたと言えよう。

 

 

「大変だったわね、本当」

 

「ああ、はあ……」

 

 

北岡のアシストを行ってくれたのは警察関係者である美佐子だった。

彼女が必死に真司の無実を証明しようと頑張ってくれたらしい。

 

 

「ったく、何なんだよアイツらは!」

 

「そうなると先生も?」

 

 

男子トイレ。北岡はイライラしたように鏡を睨む。

相当イライラしている様だ。どうやら北岡も真司と同じような目に合ったらしい。

その時間にクライアントとの話し合いがあった為、アリバイをすぐに証明する事ができたが、それでもやはり腕に残った手錠の感触は忘れられない。

 

 

「クソッ、警察(あいつら)まとめて訴えてやる!」

 

「お、落ち着けよ!」

 

「じゃあ何だ! お前は何とも思わないのか? 本当に屈辱だよ!」

 

「そりゃまあムカつくけどさ、今はどうしてこうなったのかを調べるのが先でしょ」

 

 

意外そうに目を丸くする北岡。

 

 

「な、なんですか?」

 

「単純な馬鹿だと思っていたら意外と考えが回るらしいな」

 

「失礼だぞ!!」

 

 

確かに今はこの不可解な事件の真相を暴くのが先だ。

何故何もしていない自分達が捕まるまでに至ったのか。

 

 

「ま、正直答えなんて一つしか無いけどさ」

 

「え? な、なんでそんな事分かるんだ!?」

 

「逆に分からないのがビックリだよ俺は……」

 

 

脳みそ牢屋の中に忘れてきたんじゃない?

そう言って北岡はツンツンと真司の頭を突く。

 

 

「参加者に決まってるだろ」

 

「ええい! 鬱陶しい!」

 

 

その手を振り払う真司。

やっぱりコイツはムカつく! そうは思えど、恩人だ。言葉をグッと飲み込んだ。

真司はとりあえず北岡に頭を下げて礼を言う。

 

 

「お前の為じゃない。令子さんの為さ。男に感謝されてもキモイだけだっての」

 

「なっ! 最近令子さんに付きまとってる奴ってアンタだったのか!!」

 

 

そんな事を職場で聞いた。

ストーカーかと思って心配していたが、まさか知り合いだったとは。

なにやら以前令子に取材を受けてからと言うもの、すっかり彼女に惚れてしまったらしい。

 

 

「付きまとうなんて言い方は止めてほしいね。これは運命だ」

 

「何が運命だよ!」

 

「ま、そういう訳で特別に今回はタダでいいよ。令子さんに頼まれちゃ、俺もそうするしかないからさ」

 

「アンタそれでよく仕事になるな……」

 

「それだけ俺が優秀って事さ」

 

 

北岡は自慢げに胸を張る。

 

 

「そう言えばあの綺麗な刑事さん、お前の彼女?」

 

「そ、そんな訳ないだろ!」

 

「それにしてはお前の無実を必死に訴え――」

 

 

北岡は真司の表情を見て察した。

悪いくせだ。真司はバツが悪くなると頭をかく癖がある。

 

 

「お前、教えたな? ゲームの事を」

 

「う゛ッ!」

 

「本当に顔に出やすいねぇ」

 

「ほ、ほっとけ!」

 

「まあでも、実際警察関係者は使えるな」

 

「使うって、そんな物みたいに言うなよ」

 

「はいはい。それに最近の見滝原を見てると、知っている方が注意できるのかもしれない」

 

 

リーベエリスが現れてからまた殺人の頻度が上がってきた気がする。

誰がやったかなんてだいたい想像がつくが。

 

 

「まあいい、とにかくコレから令子さんと楽しいお話しだ。お前は犯人でも見つけといてよ」

 

「む、無茶言うなよ! 手がかりもないのに!」

 

「それを探すのがジャーナリストの仕事だろうが。向こうも手を考えなくなってきた、街を巻き込んで戦いを展開するって事でしょ? 早くした方がいいと思うけど?」

 

「そんな……!」

 

「ゲーム終了が近いから一気に詰めに来たのか。それとも単純に抑えていたモノを爆発させたのか」

 

 

なんにせよ厄介な事には変わりない。

王蛇ペアもココに来て殺人数を上げてきた。

ミラーモンスターに人を食わせればそれだけレベルが上がっていく。

 

 

「俺は浅倉に恨まれてるんだ。アイツが力をつける前に消しておきたい」

 

「消すって……! 俺は戦いを止めたいんだ! 先生はどうなんだよ」

 

「や、だからさ、俺は最初っから乗り気だよ」

 

 

真司は北岡の言葉に怯んでしまう。

今はこうして普通に会話をしている訳だが、北岡は勝利を目指すと言う。

なんだかよく分からなかった。参戦派なら普通、ここで戦いを始めようものだが?

だから真司は思うのだ。

 

 

「俺は……、そのッ、北岡さんは悪い人じゃないと思ってるから」

 

「何だよ気持ち悪いな。お前に俺の何が分かるんだよ」

 

「俺じゃない」

 

 

真司は複雑に顔を歪ませ、頭をかいた。

 

 

「は?」

 

「だから俺じゃなくて……、その、さやかちゃんが――」

 

「あいつが?」

 

 

以前真司はさやかと街中で出会った時に、それとなく言った事がある。

あんな卑屈で意地悪そうな人の所なんて辞めたほうがいい。金なら貸してやると。

しかしさやかはお礼こそ言えど、真司の提案に乗る事は無かった。

そして笑いながら真司に言ったのだ。

 

 

『確かに意地悪だし卑屈だし、絶対友達いなさそうだけど――』

 

 

 

おいおい、酷い言い草だな。

北岡は頭を抱えてため息を。

 

 

『でも、悪い人には思えないからさ。なんだかんだでちょこっとは優しい所もあるし』

 

「………」

 

 

北岡はそれを聞くと、意外にも舌打ちを零す。

 

 

「俺はそういうのが嫌なんだよ」

 

「な、なんだよそれ」

 

「他人に俺の何が分かる? 所詮お前もアイツも、上辺だけの考えに縛られるつまらない人間だ」

 

『誰も殺さないでね?』

 

 

一瞬だけ涙で顔を歪ませたさやかが目に浮かぶ。

気に入らない、ああ気に入らないな。

北岡はつくづくそう思い、もう一度舌打ちを行った。

 

 

「まあいい。行けよ」

 

「え?」

 

「いやだからさ、俺とお前だけじゃないでしょ、狙われたのは」

 

「――ッ!!」

 

 

そうだ。真司は美佐子から返してもらった携帯を確認する。

サイレントにしていた為に全く気づかなかったが、画面には美穂やまどかからの着信履歴が無数に記載されている。

 

 

「まずい――ッ!」

 

 

嫌な予感がする。

真司はすぐに走り出してトイレを出て行った。

 

 

「あらあら」

 

 

北岡は対照的に笑みを浮かべると、鏡を確認して身なりを整える。

さあ令子さんとの楽しい話し合いだ。焦っていても仕方ないのだからゆっくり行こうじゃないか。

しかしその時だった。

 

 

「――ッ!」

 

 

口を押さえて咳き込む。

むせただけにしては顔を真っ青にして、大量の脂汗を浮かべていた。

頭痛がするのか、頭を抑えて近くの壁に手を添える。

耳鳴りも酷い。しかも咳き込むときに口に添えた手には赤いものが。

 

 

「……クソッ!」

 

 

北岡は首を振る。

まるで痛みを振り払う様に。まるで雑念を振り払う様に。

 

 

 

 

一方で飛び出していった真司は、一番最近の履歴である美穂に電話をかける。

幸いにもすぐに繋がった。電話の向こうでは、美穂が息を荒げている。

 

 

「どうした? 大丈夫か!?」

 

『おお! 無事だったか真司ぃ!』

 

 

相当疲れているのか、声が掠れていた。

やはり彼女も何らかのトラブルに巻き込まれていたと言う訳だ。

二人は素早く情報を交換し合う事に。

 

分かったのが、美穂も真司と同じく警察に連れて行かれたこと。

しかし犯行時間にコンビニに寄っていた為、その防犯カメラの映像でアリバイを証明できた。

だが問題はここからだった。

 

 

「い、家が燃えてた!?」

 

『さいッッあくだよ! さいッッていだよ本当ッ!! どこのどいつが仕組んだか知らないけど絶対許さないからな!!』

 

 

アパートに帰ってみれば、そこには轟々と燃える炎が。

あまりにもの光景に頭が真っ白になったと言う。

無理もないだろう。警察に逮捕されて帰ってみれば、自分の家が燃えてました。

 

 

「確実に人生最悪な日だ!」

 

 

しかし、まだまだ負の連鎖は終わらない。

家の前にはご丁寧にガソリンの入れ物とライターを持った人が立っていた。

早い話が放火である。しかもその放火魔は一人なんて生易しいモノじゃない。

 

 

『五人はいた。そいつ等がアタシの家を燃やしたのよ!』

 

「う、嘘だろ……!?」

 

『私もそう思いたいね! でもまだ終わりじゃないんだよ!』

 

 

唖然とする美穂に気づいた放火魔たち。

すると彼らは『悪魔がいたぞ!』だとか、『外道を殺せ!』などと叫びながらバットやナイフを構えて走ってきたのだ。

 

そこで我に返った美穂。

確実にあいつ等はヤバイ! こうしてしばらく鬼ごっこを続け、一瞬の隙を見てブランウイングを召喚して空に逃げたのだ。

 

 

『今は適当なビルの屋上にいるんだけど……! ああ思い出しただけでムカツク!』

 

 

お気に入りの洋服や通帳などを全部燃やされたわけだ。美穂は怒りを露にしている。

しかしそうなると気になるのは他のメンバーの現在である。

真司はすぐに次の履歴にあったまどかに連絡を取る事に。

 

 

「じゃあな美穂! しっかりやれよ!」

 

『おいもっと私を慰めんかい! 聞いてんのか真――』

 

 

申し訳ないがそこで電話を切った。

すぐにまどかの携帯へ連絡を入れるが繋がらない。

もしかしたら逃げている途中かも。次は蓮に連絡を。

 

 

「蓮? 大丈夫か!?」

 

『おい、コレはどうなってる!?』

 

 

蓮の呼吸も荒い。話を聞いてみれば、美穂とだいたい同じだった。

店に警察がやってきて他の従業員が自分のアリバイを証明してくれたまではいいが、次に店に押しかけてきたのは年齢も性別もバラバラの集団だった。

 

彼らは店に蓮がいるのを発見するやいなや、武器を持って襲い掛かってきたと言う。

結果として、蓮とかずみは店を飛び出して連中をおびき寄せる事に。

 

 

「で、どうしたんだよ!」

 

『ああ、全員倒した』

 

「た、倒したぁ!?」

 

「安心しろ、殺してはない」

 

 

しかし気絶した面々を見ても、会った記憶が無いと言う。

昔はそこそこ喧嘩もしたが、中には女まで混じっている始末だ。

さすがに女を殴った記憶は無かった。

 

 

「分かった! 気をつけろよ!」

 

『お、おい!』

 

 

蓮の返答を待たずに電話を切る。続いて手塚に連絡を取った。

しかし繋がらない、もしかすると逃げ回っている途中なのかも。

だがこうなると北岡の言っていた事が嫌でも理解できるものだ。

 

敵はとんでもない方法に出た。

真司はすぐにスクーターを飛ばして、まどか達がいるだろうサキの家に向かった。

 

 

 

 

 

 

少し時間を巻き戻し、サキの家。

朝から遊びに来ていた仁美を交えて、三人は紅茶を飲んでいる。

隣の部屋では昨日夜更かしをさせてしまった為か、未だぐっすりと眠るタツヤがいる。

 

 

「――って事でしたの」

 

「へぇ、凄いじゃないか」

 

 

何気ない会話を繰り返す三人、するとインターホンが鳴った。

 

 

「誰だろう?」

 

 

真司か美穂辺りか。

サキは心当たりの無い訪問者に疑問を覚えながら、扉を開いた。

チェーンロックの向こうにはリクルートスーツを着た若い女性が立っている。

見た事はない。知り合いではなかったようだ。

 

 

「あぁ、もしかしてセールスとかですか? 申し訳ないのですが――」

 

「いえ! そうじゃないんです! あの、すいません! 浅海サキさんですか?」

 

「え? そうですが」

 

「ご両親はいますか?」

 

「いえ、今は……」

 

 

父は死んだ。

母はその事故が原因で体調や精神を悪くして病院に入院していた。

それを知らないと言うことは、深い関わりを持った人物ではないようだ。

 

 

「失礼ですが、貴女は?」

 

「私ですか? 私は――」

 

 

女性はにこやかな笑顔を浮かべていたが――

 

 

「私は、お前に殺された男の子供だ!!」

 

「!?」

 

 

女性は扉の隙間から何かを投げてきた。

それを確認するサキ。一瞬何が起こったのか、理解する事ができなかった。

 

なぜならばそれはこの見滝原で普通に生きていれば絶対に見ない物。

スーツ姿の女性からは絶対に連想できない物だったからだ。

言ってしまえばそれは"手榴弾"。玩具かと思われたが、鬼気迫る表情がその可能性を否定する。

 

 

「!?」

 

 

轟音と衝撃が響き渡り、まどか達は大きく肩を震わせた。

ガラスが割れる音が聞こえる。まどかはもちろん、仁美も不安げに辺りを確認していく。

この音でタツヤも目を覚ましてしまったようだ。

しかし未だ何が起こったのかはわからない。すると怒号と共に無数の人間が流れ込んできた。

 

 

「え? え!?」

 

「いたぞ! 鹿目まどかとその弟だ!!」

 

「おのれ魔女めぇえ!!」

 

 

さらに窓を破ってくる者も。皆、土足で進入して来た。

まどかは混乱する。年齢も性別もバラバラな人々が、各々武器を手に取り睨んでくるのだ。

訳が分からないが、そういうのはゲーム関係と決まっている。

 

しかし目の前の人達はどう見ても一般人だ。

と言う事は操られているか、ソレに近い事になっているに違いないと見た。

 

 

「逃げて仁美ちゃん! タツヤをお願いできる!?」

 

「わ、分かりましたわ!」

 

 

仁美はすぐに隣室のタツヤを連れて逃げ道を探す。

玄関の方からは『殺せ』だの『化け物』だのと聞こえてくるので、向かうのは危険だろう。

外に逃げたとしても集団が待機している可能性はある。

ここはまどかとサキの実力を信じて、仁美は二階へ向かった。

 

一方、玄関ではサキが立ち上がっていた。

かろうじて魔法少女に変身した為に爆発のダメージを抑える事はできたが、もしもタイミングが遅れていたら足が吹っ飛んでいただろう。

 

 

「何故だ……!」

 

 

サキの視線の先には先ほどの爆発の衝撃で吹き飛ばされた女性が見えた。

扉が吹き飛び、飾っていた花瓶も割れ、いろいろな破片が女性に突き刺さっている。

おびただしい量の血が見えた。病院に? 回復魔法を? そうは思えど、前からはまだ人が流れ込んでくる。

 

 

「爆弾を受けても死んでいない……! やはり魔女は実在していたのか!」

 

「じゃあやっぱりコイツ等が俺たちを家族を! 許せねぇ!!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! なんの話しだ! 落ち着いてくれ!!」

 

 

そうは言うが、誰一人聞く耳を持たなかった。

サキは混乱している。一体何故恨まれているのか?

そしてまどか達の心配もある。ああ、爆発のせいで耳鳴りも酷い。

 

 

「ま、待ってくれ! まずはその人を病院に!!」

 

 

手榴弾に巻き込まれた女性からは今も尚、血が流れていく。

しかし次々と聞こえてくる声。勇気ある行動だの、聖戦のための礎だの、聖なる血が魔女を滅するだの、全く理解できない意見ばかりだ。

 

 

(何なんだッ! それにあの手榴弾は一体どこで――)

 

 

そこで衝撃が。

サキがサキのわき腹に、ナイフがあった。

 

 

「死ねぇエッッ!!」

 

「くッ!!」

 

 

もちろんただの小さなナイフが魔法少女の衣服を貫く筈はない。

が、しかし、向こうの力は本気。もう迷って入られないようだ。

ましてや姿を見られてしまった以上はそれなりの動き方をするしかない。

 

サキは襲い掛かってきた男たちへ次々に掌底を打ち込んでいく。

直撃の瞬間に電気ショックを流し込んで気絶させる。

異形の力を見てざわつき始める侵入者達。しかしあっと言う間に全ての者が地面に倒れた。

 

 

「……ッ」

 

 

助けられる命は助けなければ。

サキは気絶している女性に回復魔法をかけると、すぐにリビングに向けて走り出した。

しかし改めて考えても、仇だのと言われる覚えがない。

 

 

わざわざ名前を口にしていた以上、人違いではないのだろうが、本当に身に覚えがない。

 

 

「浅海先輩!」

 

「仁美ッ! 大丈夫か!?」

 

 

階段付近でサキは仁美に接触。

 

 

「まどかさんがリビングで!」

 

「分かった!」

 

助けなければ。サキは仁美達を連れてリビングに向かう。

だがその時リビングに続く扉が破れ、まどかが吹き飛んでくる。

壁に叩きつけられて苦痛の声を漏らすまどか。

 

だがそれも考えてみればおかしな話だ。

彼女はしっかりと魔法少女の衣装を身に纏っている。

にも関わらず、人間相手に吹き飛ばされた?

 

 

「参加者か!」

 

 

サキはまどかを庇う様にリビングへと足を踏み入れた。

そこで見えたものは、これまた全く予想していなかった光景だった。

 

 

「な――ッ!!」

 

 

絶句するサキ。

リビングにいたのは、参加者でも何でもなかった。

 

 

『ギギギギギギギッ!!』

 

 

巨大な目がギラリと光る。

今まで過ごしてきたリビングはもうボロボロで、見る影もなく荒れ果てていた。

ソファは切り刻まれ、テレビは真っ二つ、食器や小物も全て破壊されている。

唯一、妹が残したスズランの花だけは何も変わらずに残っているのが寂しげだ。

 

 

「あ、ああ! これが本当に神の力なのか――ッ!」

 

「悪を滅ぼす正義の力。ああ神々しいッ!」

 

 

侵入者達がうっとりと目を輝かせている。

そこにいたのは何て大きな蟷螂(かまきり)だろうか。

鋭利な刃、巨大な目、鋭い牙が特徴的だった。

 

 

「魔女!?」

 

 

いや、それにしては独特の耳鳴りがしない。

ましてや魔女結界も構成されておらず、近くには使い魔の姿も見えない。

 

 

『ギィイイイイイイイイイイ!!』

 

「へ――?」

 

 

その時、叫び声を上げた蟷螂が腕の武器を滅茶苦茶に振り回した。

そう、滅茶苦茶に。だから近くにいた侵入者たちは一瞬で体を刻まれて絶命していく。

瞬く間にあがる叫び声。誰しもが意味を理解せずに逃げ回る。

なんだ、なんなんだ? これは一体どういう事なんだ!?

そんな言葉と共に腕が飛び、首が舞い、臓器が零れていった。

 

 

「しま――ッッ!!」

 

 

サキもまどかも目の前で人を死なせてしまった喪失感に打ちひしがれる。

だがまだ諦めてはいけない。まどかはすぐに守護魔法を発動しようと試みる。

だが揺れる視界。逃げ惑う人々に止めを刺したのはフィールドだった。

 

 

「ッッ!!」

 

「これは!」

 

 

今度はしっかりと耳鳴りがした。

するとサキの部屋が魔女結界へと姿を変える。

範囲はリビング。だから廊下にいた仁美達は巻き込まれなかったものの、侵入者たちは例外なく引きずり込まれる。

 

生まれた魔女結界は『空』をモチーフにしており、そこに無数の『線』が足場として存在しているのみである。

助かるのは綱渡りが得意な者くらいだろうか。当然そんな人間が都合よくいるものか。

 

次々に落下していく人々。

そのまま遥か下にある地面に激突して、魔女が食べやすい状態になっていくのだろう。

 

 

「っ!!」

 

 

しかしまどかは素早く空に結界を構築して、光の壁を生成する。

それは陸地だ。結界はそのまま人々をラッピングするように球体となって空に留まる。

中にいる人はショックからか全員気絶しており、それはまどか達にとってはありがたい展開だった。

そして足場のはるか先、結界を構築した魔女が姿を現す。

 

セーラー服を着た少女なのだが、頭が存在せず、スカートや上着からは『腕』だけが蜘蛛の脚のごとく生えていた。

見れば電線のような足場も、蜘蛛の巣を模した物と思えば納得がいく。

さらに電線にはセーラー服や体操着が干されている異様な魔女結界だった。

 

委員長の魔女である『Patricia(パトリシア)』は魔法少女を発見すると、早速攻撃を開始。

どこからか大量の椅子や机を出現させて、それを弾丸の様に飛ばしていった。

ただの学習道具もスピードと魔力が加われば立派な凶器だ。

 

 

「クッ、足場が悪いな!」

 

「大丈夫っ! わたしに任せて!」

 

「え?」

 

 

まどかは板状の結界を空中に張って、それを足場に変える。

そのままサキの前に走ると、両手を広げて結界を展開させた。

 

「ディフェンデレハホヤー!」

 

 

魔法技。

他者を庇う時に使うとスピードが倍になるのが特徴であるが、もう一つ別の利点があった。

それは結界の範囲が広い事だ。左右に広がる桃色の結界。見ればそれは『翼』の形をしている。

 

 

「なッ、なんだそれは!」

 

 

サキが驚いたのは、まどかから何かが出てきたことだ。

まどかの肩に手を乗せているのは防御の天使"ハホヤー"。

天使が微笑むと、結界が後ろに移動していき、まどかを通過する。

結界は背中で止まり、サイズが縮む。つまりまどかに光の翼が装備されたのだ。

 

 

「ハァア!!」

 

 

 

まどかの意思ひとつで翼は大きさを変えられるらしい。

まずは右の翼を巨大化させ、跳んで来た椅子や文房具やらを全て受け止めてみせる。

 

 

「リバースレイエル!」

 

 

別の天使が出現。

目を閉じた天使が開眼すると、受け止めた武器が全てパトリシアに返っていく。

しかし後ろから迫るのは謎の巨大な蟷螂『マンティス』。線の上を移動していき、まどかへ鎌を向ける。

 

 

「お姉ちゃん!」

 

「ああ! 任せろ!」

 

 

サキが飛び出した。まどかが結界で作ってくれた足場を走り、マンティスに蹴りを撃ち当てる。

マンティスは帯電しながら落下するが、すぐに羽を使って戻ってくる。

 

 

『ギギギギギギギギギギ!!』

 

 

目を細めるサキ。

改めて見ても魔女とは思えない。

ましてやパトリシアの使い魔にも見えなかった。

 

 

「止まれッ!!」

 

 

鞭を伸ばして、マンティスを縛り上げる。

しかし凄まじいパワーだ。魔女と大差はない。

さらに踏ん張っていたが、マンティスは鎌で鞭を切り裂いて脱出する。

それなりに強度がある鞭を切り裂くのならば、鎌の威力もそれなりだろう。

 

 

「ピエトラディ・トゥオーノ!」

 

 

サキの両手に雷のヨーヨーが装備される。

円盤状に回転する雷を発射。それは複雑な軌跡を描いて再びマンティスを縛り上げた。

雷のヨーヨー故、縛られるだけでダメージが蓄積されていく。

 

 

『ギギ! ガガッ!』

 

 

マンティスは拘束を抜け出す為に鎌を振るうが、糸に触れた途端、雷撃が伝達されて更なるダメージが入る。

サキはそれを見て、ヨーヨーのボディをパージ。

雷の糸で相手を縛り上げつつ、ボディの部分は回転しながらサキに戻っていく。

 

雷の円盤はそのままサキの右足に二つとも直撃した。

自分の魔力を吸収し、そして一点に集めるのだ。

 

 

「フッ! ハッッ!!」

 

 

サキは両足を揃えて地面を蹴った。

そのまま電撃を集中させた右足を突き出して飛び蹴りをしかける。

雷光の一閃はマンティスを蹴り破ると、粉々に爆散させる。

 

 

「!?」

 

 

そこで不可解な事が起こった。

爆発の中から、気を失った人間が降ってきたのだ。

爆風で飛ばされたのだろうか? サキは戸惑いつつも、その人間を鞭でキャッチして引き寄せる。

 

 

「サキお姉ちゃん! 離れて!」

 

「ああッ!」

 

 

まどかが結界を張ってくれたので、サキは一旦魔女から距離を取る。

すぐに気絶した人を安全な場所に避難させて、まどかに加勢しようと思っていたのだが――。

 

 

 

「輝け! 天上の星々! アドナキエル!!」

 

「んッ!?」

 

 

聞きなれない口上。

サキが振り返ると、パトリシアと対峙していたまどかが腕を天に向かって強く突き上げていた。

するとどうだろう。まどかを照らす様にして、強い輝きを放つ光が点々と浮かび上がった。

まさに夜空に輝く星のようだ。魔力の塊が星座を創り、まどかの意思に呼応してその輝きをさらに強めていく。

 

 

「煌け! 瞬光(しゅんこう)のサジタリウス!!」

 

 

まどかは弓を思い切り振り絞ってパトリシアに標準を合わせる。

望むは解放だ。魔女の呪いに囚われた意思を、ここで解き放つのだ。

 

聖澄(せいちょう)なる軌跡を与えられし徒となる光よ! 万物を貫く矢と変わり、我を照らしたまえ!」

 

 

詠唱と共に、星の光が最大に変わる。

覚醒によって力を上げたのは守護魔法だけではない。

攻撃面に関してもまたパワーアップを果たしていたのだ。

まどかの必殺技であるスターライトアロー。今までは光を纏って一直線に飛んでいくだけだったが、今は違う。

 

 

「な、なんだアレは――ッ!」

 

 

思わずサキも口にする。

まどかの技はそれほどまでに進化を遂げていた。

輝いた星の並びは『射手座』・サジタリウスの形そのものだった。

 

そして弓に付いている蕾のギミックが展開して華が咲いた時、魔力がまどかの体に吸収される。

すると弓が光と共に姿を変え、より巨大で、より壮大な物へと変わる。

反っているリムの部分が『翼』になっていた。それはやはり、天使をイメージさせる。

 

いや、と言うよりも天使なのだ。

まどかが呼び出したのは『弓』の形をした天使・アドナキエル。

弓を構えると、光の糸が生まれて弦になる。

まどかはそれを思い切り振り絞り、さらに光を集中させていく。

 

 

「撃ち抜けッ! 射手よ!!」

 

 

まどかは、弦から手を離した。

 

 

「スターライトアローッッ!!」

 

『―――ッッ!!』

 

 

神弓(アドナキエル)から放たれたのは、サジタリウスの矢。

それは今までのスターライトアローとはスピード、威力、共に桁違いのレベルだった。

光を振りまきながら飛んでいく矢は、一撃で魔女を貫いて爆発させる。

サキは絶句して固まっている。本当に強い。最早、自分よりも確実に。

 

 

(いや、だがッ、いくらなんでも異質すぎる――ッ!)

 

 

サキもイルフラースを強化させたし、戦いの中で成長していく魔法少女は珍しくないと思っている。

だがまどかの進化はあまりにも極端だ。天使召喚と言い、今の攻撃と言い。

 

 

「ありがとう、天使様」

 

 

まどかは探求の天使・アドナキエルにお礼を告げる。

射手座を司る天使でもあり、12種類の一つ。

 

 

「まどか、君は一体……!」

 

「結構練習したんだよ、えへへ!」

 

 

サキは曖昧に笑うだけしかできなかった。

明らかに他の魔法とは質も桁も違っている様に感じる。

 

 

(あれは魔法のアレンジで済むレベルじゃなかった……)

 

 

感情の高ぶり、一度の覚醒においてアレだけの進化を遂げるものなのだろうか?

魔法で意思を持った別の生物、それも天使と言うイメージに難しい物を召喚するなんて――。

 

 

(もしかすると、まどかにはとても大きな才能があるのかもしれない)

 

 

まどかは自分に自信が無かったと言っていた。

確かに特別勉強ができる訳ではないし、運動が得意なわけでもない。

しかし人間には皆、何かしらの才能と言うものが確実に備わっているものなのだ。

 

もしかしたら、まどかの場合はそれが『魔法少女』だったのかもしれない。

それがこの絶望のゲームの中で解放されたとしたら?

 

 

(もしかしたら彼女は、いや彼女達は――)

 

 

この見滝原と言う閉鎖された空間は、まさに箱庭だ。

突き詰めれば箱。その中で行われる絶望のゲーム。

なんだか、神話で言う『パンドラの箱』と似ているじゃないか。

 

神話において、パンドラと言う女性は、絶対に開けてはならない箱を開けてしまった。

そして中に入っていた多くの絶望を解放してしまったのだ。

しかし、パンドラの箱には最後に僅かな希望が入っていた。

 

見滝原が箱の中なら、同じ様に僅かな希望が残っている筈だ。

その最後の希望が、サキにはまどかと真司に思えて仕方ない。

 

このゲームにおいて他者を守りたいと言う意思を持ち続ける限り、いつか必ず希望はチャンスを与えてくれるだろう。

その最初のチャンスが、今の天使なのだとしたら?

 

 

「!?」

 

 

だが現実は容赦なく牙を剥いてくる。

パトリシアが死んだことで、魔女結界が崩壊していく。

するとどうだ、荒れていた家の中がもっと酷い状態になっているじゃないか。

 

 

「まさか――ッ!」

 

 

廊下に走ると、破壊された仁美の携帯電話が落ちていた。

 

 

「しまったッ!!」

 

 

つまり、まどか達が魔女結界の中に送られた間にも、サキの家には暴徒がやって来ていたのだ。

そうすると無防備だった仁美達はどうなる? サキ達はゾッとして辺りをすぐに探し回った。

しかしどこを探しても仁美達は見つからない。

 

 

「私はなんてバカな事を――ッッ!!」

 

 

サキは自分の愚かさを恥じた。

仁美たちからは絶対に目を離してはいけなかった。

しかし色々と混乱することが起きたため、気が回らなかった。

 

 

「まどかッ!」

 

 

見滝原の異変に気づいたのか。そこで、ほむらがやって来た。

どうやら彼女も例外ではないらしく、暴徒によって自宅を燃やされてしまったらしい。

とりあえず時を止めて逃げたが、パートナーとも連絡がつかない為にココにやってきたと言う。

 

 

「ココもなのね……!」

 

「ああ、私にはもう何がなんだか」

 

 

今まで過ごしてきた家が壊される。

それは悲しい事だ。サキは苦悶の表情を浮かべながら、スズランの花が入ったケースに手を伸ばす。

いつまた暴徒が来るか分からない。少し悩んだが、サキは花を取り出すと、それを結ってブレスレットを作った。

 

この花はサキの願いがあるため、どんな事をしても枯れる事はない。

妹が笑顔で見せてくれたあの時と永遠に同じなのだ。

 

 

(許せ、美幸……)

 

 

サキはブレスレットを右手につけると、状況をほむらに説明していく。

ポイントとなるのは、何故自分達が狙われる事になったのか?

そして何よりも仁美とタツヤの行方だ。

 

 

「携帯は壊されていたが、血液の痕は無い。逃げたか、もしくは捕まったのか……」

 

「私がここに来た時にはもう志筑仁美と鹿目タツヤの姿は無かったわ。外にも、それらしい人影は無かった」

 

「仁美ちゃん……! タツヤ――っ!」

 

 

どうか無事でいてほしい。まどかは目に涙を浮かべて、祈る様なポーズをとった。

ほむらも、まどかを励まそうと――

 

 

「大丈夫だよまどか、きっと彼女達は無事さ」

 

「うん、そうだよねお姉ちゃん……!」

 

「………」

 

 

ほむらよりも先に、サキがまどかの肩を持つ。

釈然としない。ほむらはムスっとした表情でサキをじっとりと睨む。

 

 

「な、なんだ?」

 

「いえ……」

 

「とにかく仁美たちを探そう。まどか真司さんに連絡を。ほむらは周りを見張っていてくれ」

 

「う、うん!」

 

「……了解」

 

 

サキは気絶していた暴徒を起こす事に。

 

 

「――ッ!」

 

 

目覚めた男は状況を把握すると、目の前にいる魔法少女達を睨んだ。

 

 

「やはりッ、お前らは悪魔だ! 魔女だ!!」

 

「落ち着いてください。貴方は何かを誤解してる!」

 

「うるさいッ! うるさいッッ!!」

 

 

男は懐から手榴弾を取り出すと、乱暴に栓を抜いた。

 

 

「ッ!」

 

 

ヒヤリとしたが、次の瞬間、男の手から手榴弾が消える。

どうやらほむらが時間停止で奪ってくれたらしい。

 

 

「……?」

 

 

ほむらは目を細めて手榴弾を見る。

 

 

「どうして一般人がこんな物を……?」

 

 

その時、普通の主婦に見える女性が立ち上がった。

なんだろう? 注意していると、次の瞬間その女性が『爆発』する。

どうやら服の裏にダイナマイトを仕込んでいたらしい。轟音と共に体が後ろへ吹き飛ぶ。

 

 

「うぐぁッッ!!」

 

 

まさかこんな事になるとは。ダイナマイトなんて想像もつかない。

だが結果としては周りの暴徒たちは爆発に巻き込まれて死亡と言う、最悪の展開だった。

 

 

「なんでこんな――ッ! 大丈夫か! ほむら、まどか!」

 

「ええ、なんとか……」

 

「わたしも大丈夫だけど――ッ」

 

「とにかく一旦外に出よう! 前が、見えない……!」

 

 

爆煙を掻き分けて前に出る。

 

 

「!!」

 

 

滅茶苦茶だった。

入り口では先ほど助けた女性が舌を噛んで死んでいるのを見つけた。

 

 

「なんなんだ……ッ、なんなんだッッ!?」

 

 

サキは怒りの思いで壁を殴る。

まどかも守るべき人達を目の前で死なせてしまった責任と、言いようの無い虚しさで言葉が出ない様だ。

しかしこのままでは色々な意味でまずい。

三人はボロボロになった家を出ると、近くの公園に向かい、変身を解除する。

 

 

「どうなっているんだ。もう意味が分からない……!」

 

「確かに。異常ね、あんな武器を一般人が持っている事もおかしいわ」

 

「ああ、何がどうなっているのか。それになんであんな簡単に命を……」

 

 

すぐにサイレンの音が聞こえてくる。

あれだけの轟音だ、周りの人間が気づかないわけが無い。

 

 

「どうするの?」

 

「どうするって……、あの状況をどうやって説明すればいいんだ」

 

「だけど逃げれば逃げたで面倒な事になるかも」

 

「確かに。警察には石島さんがいるから、彼女に説明すれば……」

 

 

すると意外にもまどかが首を振った。

 

 

「ごめんお姉ちゃん。わたし、このまま仁美ちゃんとタツヤを探したい」

 

 

警察に行けばそれだけ拘束されるだろう。

それはまどかとしては、不安が募る一方だった。

 

 

「わたし、見たんだ。サキお姉ちゃんが戦ったあの蟷螂」

 

「ああ、あれか」

 

 

魔女とも言えぬ化け物だった。

その正体を、まどかはその目で確認していた。

最初は信じられずに見間違いかとも思ったが、ここはもう見たものを信じるしかない。

 

 

「人間!?」

 

「うん、蟷螂を倒した時に人が降って来たよね」

 

「確かに、爆発の中から現れたようにも見えたが……」

 

 

まどかが言うには、あの人物こそがマンティスの正体だと言うのだ。

つまり暴徒の一人が、あの巨大な蟷螂となって自分達に襲い掛かってきたと。

 

 

「本当なのか? 人間が化け物になるなんて」

 

「でも、わたし見ちゃったから……」

 

 

何をしたかは知らないが、『何か』を額に押し当てたら化け物に変わったと言う。

今までそんな事例がないだけに信じられぬ話ではある。

だが何が起こるか分からないのがF・Gだ。疑う事も馬鹿らしい。

 

 

「信じましょう」

 

 

ほむらの言葉に頷くサキ。

もしも仁美達が同じような化け物に襲われたのなら、助けられるのは参加者だけだ。

 

 

「仕方ない、後から事情を説明すれば分かってくれるだろう」

 

「うん、早く仁美ちゃん達を探さないと!」

 

 

三人はサイレンの音から逃げる様にして場を離れた。

まずは様子が見たいと言う事で、まどかの家に向かうことに。

幸い、家族は今誰もいない状態だが、やはりと言うべきか。鍵が壊され、中に進入された形跡がある。

 

 

「そう言えばまどか、真司さんに連絡は?」

 

「かけたけど、ダメだった。大丈夫かな……」

 

 

幸い携帯電話は魔法少女の衣装に守られていたからか、壊れてはない。

サキは美穂に連絡を取り、情報を交換する。

そこで気づく。ほむらや美穂は家に火を放たれると言う強引な手を使われた。

だがサキやまどかは違う。直接進入してきたのだ。

 

 

「何かあるんだろうか?」

 

 

サキは顎を触りながら考える。

例えば火をつけると言うのは、安否確認をせずに事を終わらせるものだ。

しかし直接進入してくるのは違う。確実に殺すため? 

 

 

「いやッ、或いは初めから捕らえるためだったとか……?」

 

「え? じゃあ初めから仁美ちゃんとタツヤを狙って?」

 

「……考えすぎか」

 

 

そこでほむらが手を挙げた。

どうやらトークベントを通じて手塚と連絡が取れたようだ。

 

 

『緊急事態なの、今から貴方の家に寄ってもいいかしら』

 

『すまない、俺も大変な事になってる』

 

『?』

 

 

さらにタイミングの良い事に、まどかの携帯電話が音を立てた。

 

 

「真司さんだ! もしもし? 真司さん!?」

 

 

そこで一同は情報の交換を行った。

聞けば聞くほど、それぞれは大変なことに巻き込まれているらしい。

 

 

「………」

 

 

例えば手塚海之は狭い部屋の中で頭を抱えていた。

檻、である。登校途中に警察に声を掛けられてこうなった。

殺人容疑。もちろん身に覚えが無いので必死に無実を訴えたが、どうやら証拠があるらしい。

これから少年院の手続きがどうのこうのと。それが終わるまで仕方なく座っていたのだが、物音がして顔を上げてみれば、日本刀を持って立っているパートナーの姿があった。

 

 

「迎えに来たわ」

 

「あ、ああ……」

 

 

どうやら時間を止めてココまで進入してきたようだ。

ふと後ろを見れば日本刀でたたっ切ったのか、真っ二つになっている鉄の棒が。

魔力で強化したのか。それはどうでもいいが、これは良いのだろうか?

 

 

「行きましょう」

 

「だ、脱走しろと?」

 

「覚悟を決めて。無実を訴えている時間は無いの」

 

「どういう事だ?」

 

「コレは私達を陥れる罠だと言う事よ」

 

 

ほむらは今まで起こったことを大まかに説明してみせる。

騎士と魔法少女の数名が何故か一般人に敵視され、暴徒と化した連中はやり方を問わず殺そうとしてくる。

しかもどういう訳か相手は人を超える力を持っているらしい。

 

 

「ハッキリ言えば、参加者の誰かが裏にいるのね」

 

「……芝浦の件があって嫌な予感はしていたが、やはり街を巻き込んでも構わないと思ってる参加者がいるみたいだな」

 

「しかも敵は一般人を使って来ている」

 

「成る程。だから俺は逮捕されたのか」

 

 

誤解を解くと言う事は、おそらく不可能だろう。

一度憎悪の対象になっている自分達が何を言おうが、相手の神経を逆撫でするだけの気もする。

それこそ偽者でも出てきてくれない限りは不可能だ。

 

 

「とにかくココを離れましょう」

 

「前科がッ、ぐッッ!」

 

「大丈夫よ。まどかの知り合いに警察関係者がいて、何とかしてみるって言っているから」

 

「……それに賭けるか」

 

 

それよりと、ほむらは話を切り替える。

 

 

「ココにくる前、東條――、だったかしら? 彼に会ったわ」

 

「ッ? アイツは無事だったのか」

 

 

なんでも一緒に登校していたらしい。にも関わらず手塚だけ捕まるとは。

少し考える。敵は全ての騎士を把握している訳ではない?

それとも織莉子達が仕組んだから、キリカのパートナーである東條は避けた?

 

だがこのやり方は織莉子らしくない。

彼女は見滝原の平和を願っていた。その言葉を信じるならば、一般人を大きく巻き込むやり方は矛盾している。

 

 

「手塚?」

 

「ああ……、いや、すまない。なんでもない」

 

「ココで考えても仕方ないわ。とにかく東條を回収して離れましょう」

 

 

手塚達としても鹿目タツヤと仁美は助けたい。

二人は頷くと、時間を停止して警察を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な……ッ!」

 

 

東條と合流した後、一度手塚の家で作戦を練る事にした。

東條も協力してくれると言ってくれたので、その点はありがたい。

しかしいざ家に到着してみると、そこには轟々と燃える赤い炎が。

 

 

「煙が見えたからもしかしたらと思ったけど、予想通りね」

 

「へぇ、結構派手に燃えてるね」

 

「お前ら他に言う事無いのか。少し泣きそうなんだが……」

 

 

やはり暴徒は手塚の家にも押しかけていたらしい。

消防士の怒号が聞こえ、激しい水流が発射されている。

手塚は思わずしゃがみ込んだ。周りの住人達には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

 

「ふざけてる……ッ!」

 

「逆を言えば、向こうもそれだけ本気と言う事かしら」

 

 

ほむらは髪をかき上げて憂いの表情を浮かべる。言うて彼女も家に火をつけられた。

とにかく向こうは周りを犠牲にしたとしても自分達を殺したいらしい。

それほどまでに憎悪している。

 

逆に、黒幕はそれ程の憎悪を手塚達へ向ける事に成功したと言う事だ。

相当の実力者なのか、あるいはそういう能力なのか。

織莉子もキリカもその手の能力ではない筈。

騎士か、あるいは他の参加者か? ほむらも爪を噛んで考えていた。

 

 

「お前も狙われたのか」

 

「ええ。警察は大丈夫だったけど、家はもう駄目」

 

「そ、そうか……。まあお互い無事でよかったな」

 

 

身に染みて分かる。

最悪の気分だった。特に思い出がある訳でもないし、実家ですらないが、帰る場所が無くなると言うのは想像以上にダメージが大きい。

手塚は大きくため息をついて立ち上がった。

 

 

「ええ、ありがとう。あなたもその……、元気を出して」

 

 

ほむらも流石に手塚が気の毒に思ったのか少し励ましてみる。

そのやり取りを不満そうに東條は見ていた。

それに気づく手塚、どうしたのだろうか?

 

 

「羨ましいよ、僕は」

 

「え?」

 

「パートナーって感じがしてさ。僕はもうどうしようも無いんじゃないかな」

 

 

手塚とほむらは、ある程度目的が同じであり、協力できる関係であった。

しかし東條とキリカは別のベクトルを行っているため、歯車がかみ合わない。

織莉子が言うには、キリカと東條は似ていると言う。

雰囲気と言うのか。それにキリカとタイガは共通して爪と言う武器もある。

 

とは言え、東條はピンと来ていなかった。

性格はまるで違うし、爪なんて見た目だけだ。

東條としてはもっと根本的な部分が繋がっていないとパートナーにはなれないと思っていた。

 

 

「貴方は呉キリカと連絡は取れないの?」

 

「駄目だよ。僕からの連絡は絶対無視するんだもん、彼女」

 

 

うまく行けば織莉子たちから情報を得られると思っていたがそうもいかない様だ。

 

 

「織莉子に連絡をしたらどうか?」

 

「それも無理じゃないかな。僕、美国さんの連絡先知らないし」

 

 

織莉子が東條に連絡する時は、キリカの携帯を使っているのだとか。

それはきっと少しでもキリカと東條繋げたいと言う願いだろう。

 

 

「彼女はきっと、僕に興味が無いんだ……」

 

「どうして? わざわざ仲直りの場を設けてくれた以上、それは無いと思うが」

 

「あれは全部キリカのためさ。美国さんって、そういう所あるっぽいし」

 

 

東條が織莉子と関わる中で、そういう点に目が言った。

キリカを注意したりはすれど、基本的にはキリカを第一においている。

 

 

「キリカ、キリカ、キリカキリカキリカキリカキリカ。彼女はそればっかり……、かも」

 

「確かに関わりは深そうだったが……」

 

「そうだよ。だから美国さんは僕の事なんてどうだっていいんじゃないかな? キリカさえ幸せになってくれれば、後はどうでもいいんだ」

 

 

手塚とほむらは沈黙した。

大きい小さいは別として魔法少女は皆、心のどこかに闇を抱えている。

それは騎士や、他の一般人にも言えることかもしれないが、それでもその闇を媒体に魔法(ねがい)が決まるケースも多いはず。

要するに、織莉子もまた何か『闇』を持ち、それに呉キリカが何らかの影響を与えたとすれば――?

 

 

(ある種の依存か)

 

 

手塚は複雑な表情を浮かべる。何か思い当たる節があるのか。

そうしているうちに一同は東條の家にやって来た。

警察に追われなかったと言う点で期待したが、やはり敵は東條の存在には気づいていなかった様だ。

鍵を開けられた形跡はなく、怪しい人物の気配もない。

 

 

「何か飲む?」

 

「えっと、そうだな、水でいい」

 

「私はいらないわ」

 

 

東條が水を用意しているなかで、手塚はほむらをチラリと見た。

 

 

「何?」

 

「いや……、お前、鹿目まどかについて行かなくて大丈夫なのか?」

 

「………」

 

 

ほむらは少し眉をピクリと動かした。手塚を睨むようにして腕を組む。

 

 

「本当はそうしたかったわ。貴方よりも彼女といたかった」

 

「ストレートすぎるだろ。それは結構傷つくぞ」

 

「でも、そのまどかが貴方の所へ行ってほしいと」

 

 

『大丈夫、わたしにはサキお姉ちゃんがついてるから!』

 

 

「そう言って、そう言われて」

 

「そ、そうか」

 

なんだかピリピリしている気がする。

サキに嫉妬でもしているのか? 嫌な空気だ。胃が痛くなる空気だ。

手塚はほむらの視線から逃げるため、リモコンを手に取った。

 

 

「テレビでも見よう」

 

『見滝原警察署から逃走したのは手塚――』

 

「テレビはやめよう」

 

 

現実から逃げよう。

手塚は辺りを見回す。

 

 

「立派な家だな」

 

「別に――……どうだっていいよ、そんな事」

 

 

そこで東條が水を持ってきた。

それに一つ気づいたが、何故かゴミ箱に現金が捨ててあった。

何か、とてつもない闇を感じるのだが、触れてはいけない問題と言うのもある。

ここは黙って、今後のことを考えることに。

 

 

「今、まどか達は必死に志筑仁美達を探している所よ」

 

 

しかし行方は全く持って不明である。

携帯が壊れてしまっている事に加えて、暴徒に追われている事を考えると、隠れているのか? それとも捕まってしまったのか? なんとでも言える。

 

 

「つまり早い話が八方塞がりか」

 

 

考えたくは無いが、殺される可能性だってある。

とにかく今はエビルダイバーや、自分たちの足を使って探すしかない。

丁度その時、三人の携帯が一勢に音を立てた。

 

 

「!?」

 

 

それは手塚達だけじゃない。

まどかや真司の携帯にも同じ様にメールが届いた。

 

 

「もしかして仁美ちゃん!?」

 

 

仁美たちを探していたまどかは、すぐにメールを確認する。

そこにあったのは仁美の名前ではなかった。

なぜか相手のメールアドレスが記載されておらず、そこにはただ一つ『お知らせ』の文字が。

そういえば前にも似た様な展開があった。あれはさやかの居場所が分からなかった時だ。

 

 

「これって……ッ!」

 

 

 

 

 

『おしらせ』

 

参加者の皆様。

現在は身に覚えの無い恨みを突きつけられて焦っているのではないでしょうか?

 

私はその答えを知っている者です。

 

どうでしょう?

襲い掛かる暴徒達が身に着けている共通点を見つけてみては。

そうすれば必ず暴徒達が何者で、どこに繋がっているのかが分かる筈です。

 

私は何故、皆さんがこんな事件に巻き込まれているのか、その理由は知りません。

ですが魔法少女の一人が暴徒達の拠点にいる事を考えれば、彼女がこれを仕組んだのではないかと思います。

 

もしも皆様がこの状況を打破したい。もしくは変えたいと願っているのであれば、この魔法少女を止める事をお勧めしたい。

 

あともう一つ。

この暴徒達が緑色の髪の少女と、小さな男の子を本部にて監禁しております。

心当たりがある方は、何としても助けてあげてほしいですわ。

 

失礼。悪ふざけでしたか?

では私からの情報提供は終わりです。

このゲームを是非とも、より良い方法で終わらせる事を願っております。

 

 

 

 

「これって……」

 

 

誰がこれを送ったかなんて、どうでも良かった。

まどかが注目したのは最後の部分だ。これは間違いなく仁美達の事を言っているのではないだろうか?

だとしたら無事で良かったと言う安堵はあるが、監禁されている事になってしまう。

 

 

「た、たすけないと!!」

 

 

まどかは焦る。

暴徒達の共通点を見つけろとメールには書いてあるが、一体それはどういう事なのだろうか?

悩んでいると、近くにいたサキから電話がきた。

サキもまたメールの内容を確認していたらしく、暴徒達の共通点を探ってみた。

するとあったのだ。最初は気づかなかったが、注意深く記憶を探ってみるとピンときた。

 

 

『バッジだ! 彼らはみんな同じバッジをつけていたんだ!』

 

「バッジ……?」

 

 

襲われている時は服なんてマジマジと見る機会がなかったが、確かに言われてみると小さいながらも同じ様なデザインのバッジをつけていた様な。

同時にゾッとした。もしもそれが本当ならば、あのバッジが意味する事はただ一つ。

 

 

「そんな! まさか!?」

 

『そうだ。どういう訳かは知らないが、私達はリーベエリスのメンバーに襲われているらしい』

 

「ッ!!」

 

『メールを見るに、エリスの中に魔法少女がいるらしい。ソイツが関係しているとしか思えない』

 

「それは誰なの!?」

 

 

 

 

 

 

 

「間違いなくユウリね」

 

「めんどくさい事しやがってアイツぅぅうッッ!!」

 

 

メールはもちろん、織莉子達にも届いていた。

同時にユウリも織莉子達をターゲットにしていた。

まどか達に向けた悪意よりももっと大きくて強力なものを向かわせていたのだ。

 

今日織莉子の家に乗り込んできたのは、黒服に銃を構えた男たちであった。

暴力団と言うものだ。彼らは窓ガラスを破り織莉子邸に侵入。ターゲットである織莉子たちを見つけると、話し合いの時間すら設けずに銃を発砲してきた。

 

 

「せっかくのカーペットが台無し」

 

「ああ! ごめんよ織莉子!」

 

「いえ、いいのよキリカ……」

 

 

だが、織莉子は未来予知によって既に暴力団が来る事は知っていた。

織莉子としては抑えてもらいたい所ではあったが、キリカとしては織莉子を傷つけようとする者を許せる訳がない。

 

結果、織莉子邸のエントランスは死体と血で溢れていた。

普通の人間がキリカの減速魔法に勝てるわけも無い。

銃弾や爆弾も魔法少女の前では無力だ。

 

織莉子としてもドライに割り切っているのか、それとも過剰に反応しているのか。

キリカの行為をゴミ掃除と称した。

 

 

「街を汚す存在は不要です」

 

 

見滝原に蔓延る悪意には、少々敏感のようだ。

 

 

「彼にも助けられましたね」

 

『………』

 

『ゲェェエエエ!!』

 

 

織莉子の家に集まっていた暴力団は、全て絶命している。

キリカが全員殺した訳ではない。上条の使役モンスターであるガルドミラージュとガルドストームの援護があったのだ。

 

 

「無事だったようだね」

 

「上条くん……」

 

 

しばらくしてモンスターの主人が顔を見せる。

その様子を見るに、なんとなく織莉子は彼の現状を察する事ができた。

黙っていようと思ったが、キリカに空気を読む技術はない。ぐいぐい近づき、顔を覗きこむ。

 

 

「おや、元気が無いぞカミジョー」

 

「………」

 

 

上条は床に転がっている死体を見つめる。

どうやらユウリは彼の家にも暴力団を向かわせたらしい。

 

 

「彼らは僕を組長の仇だと言っていた」

 

「……ユウリが変身魔法で貴方の姿に化けて、組の重鎮を殺害したのでしょう」

 

「父と母が殺されたよ」

 

「そう、ですか」

 

 

ミラーモンスター達は織莉子達の護衛に回していた為、上条が気づいた時にはもう手遅れだった。

 

 

「厳しい人たちだった。僕の才能を信じる故に、プレッシャーにも感じていた」

 

「………」

 

「だけど、死ねば解放される物でもないね」

 

「そうですか――」

 

「嫌いだったわけじゃないんだ。父さんも、母さんも、音楽も……」

 

 

上条も、両親の死には動揺を隠し切れない様だ。

しかし織莉子はそれを分かった上で、かけなければならない言葉がある。

改めて、理解する。やはり自分達は本当の意味でパートナーにはなれないのだと。

 

 

「上条くん、貴方は両親の死を乗り越え、美樹さやかと幸せになるべきなのです」

 

「ッ!」

 

傀儡でなければならない。

人を捨ててもらわなければならない。両親の死で悲しむような人ではいけないのだ。

ここでもしも上条に優しい言葉を掛けようものならば、彼はきっと心のどこかに大きな弱さを抱えてしまう筈だ。

 

上条の心は繊細で、美しく、そして同時に脆さが伴っている。

彼がこの戦いでオーディンとして役割を全うする為には、『壊れ』なければならない。

美樹さやかを助けるために、自分の大切な物や邪魔な物を全て排除するマシーンでなければならないのだ。

 

 

「彼女ならば、きっとご両親を失った貴方の苦しみを癒してくれるでしょう」

 

「そう――、か。そうだね」

 

 

上条は歪な笑みを浮かべると、静かに頷いた。

それでいい。織莉子は何も言わない。

 

 

「それにしてもさ、これからどうするんだい織莉子」

 

「もちろん目障りなユウリを潰すわ」

 

 

ただこの『メール』の送り主も気になる所ではある。

 

 

「おそらくはステルスを保っている七番でしょうね。まだ気配を見せない」

 

「どうにも胡散臭いな。なぜこんな情報を持っているんだろう?」

 

「そうですね。もしかしたらユウリと組んでいる可能性もあります」

 

 

そして気になるのは最後の部分だ。

 

 

「志筑仁美、でしょうか。この最後の部分」

 

「なるほど。仮にコレが志筑仁美だとすれば、この小さな男の子と言うのは?」

 

 

上条は考える。

仁美の家族に弟がいたと言う記憶は無い。

友人である可能性。もしくは従兄弟だとか、親戚である可能性もある。

 

 

「まあでも、ちょうどいいんじゃなーい? どうせお嬢様には死んでほしいって計画だったよねぇ?」

 

「微妙な所よ、キリカ」

 

 

ユウリの狙いだとしたら、それはまずい。

地雷原を全速力で走るようなものだ。勝手にボンボン爆発させられたらと思うと頭が痛くなる。

 

 

「未来はどうなんだい?」

 

「今は問題ありません。邪魔なユウリを消しましょう」

 

 

そこで上条はハッと顔をあげる。

 

 

「そういえば鹿目まどかにはタツヤと言う弟がいた」

 

「成程。本命はそちらかもしれませんね」

 

「ユウリめ、面倒な事を……」

 

「ようし! 決まりだよ織莉子! カミジョー!とにかく今からアイツをぶっ倒しに――」

 

 

そこで聞こえる怒号と銃弾。

どうやら暴力団の応援が駆けつけたらしい。

 

 

「やれやれ――……」

 

「織莉子、まずは先に邪魔な存在を散らそうか」

 

 

上条が指を鳴らすと、鳳凰型のモンスター達が暴力団に襲い掛かっていく。

そこからの作業は淡々としていた。暴力団を一人だけ残して後は全滅させる。

そして残った一人から『組』の名前を吐かせる事に成功した。

どうやら町外れにある射太興業と言う所らしい。

 

 

「ご苦労様」

 

 

その言葉と共にガルドストームが斧を振り下ろした。

 

 

「まずはその射太興業を潰さなければ」

 

「そうですね――」

 

三人は冷たい雰囲気で頷き合うと、そのまま足を進める。

 

 

「行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方コチラはリーベエリス本拠地。

元々は鉄道関係の会社だったが、近年はモノレールを中心とした企業形態のレベルアップにより、会社は既に別の場所に移転したらしい。

まだ解体されていなかったため、そこをリーベエリスが譲り受け、簡単な改装を施して本部として利用している。

 

譲り受けたというのは、その会社の社長がリーベエリスの幹部であるからだ。

ステンドグラスや、隠し部屋がもともとあったのはそのためだろうか?

 

 

(しかし本当に凄いなシルヴィス・ジェリーってヤツ。よくこんなババアの信者になれるな。それだけマインドコントロールが上手いのか?)

 

 

しかしまあ、死人は死人だ。

 

 

(馬鹿共を洗脳してくれたおかげで、コッチは動きやすくて助かる)

 

 

善意がどうのこうのと本気で信じている奴等はお気の毒だ。

その善意の裏に、ソレを凌駕する程の悪意があるとも知らずに。

 

一般の信者たちは、まさか自分達が『世を忍ぶ仮の姿』を作るための駒だったなんて思わないだろう。その滑稽さ、笑うしかない。

 

ただ、同時に心に引っかかるモノもある。

自分が利用しておいて言える事じゃないかもしれないが、何かこの組織はおかしい。

何というか、存在自体がフワフワと雲の様に曖昧ではないか?

やや盲目的と言えばいいか、幻想的と言えばいいか。

 

いやにリアリティが無い。

実際存在している組織であり、現にこうして活動しているのだからおかしな表現かもしれないが、ユウリには少し引っかかる部分があったのだ。

 

 

「ま、いっか」『アドベント』

 

 

要は勝てばいいのだ。勝てば全てを終わらせる事だってできる。

こんなちっぽけで、ただの人間共が構築した闇のシステムなんて一捻りにできる力だって手に入れられる。

 

ユウリはエリーを呼び出すと、街に放っておいた使い魔達の視点をモニターに表示させる。

エリーの使い魔であるダニエル&ジェニファーが見た景色を、ユウリはここで確認できるのだ。

 

 

「んー? 何々、もう気づいちゃったの?」

 

 

険しい剣幕で走っているサキとまどかを見つけた。

他のメンバーはどうか知らないが、確実にまどか達はエリス本部に近づいてきている。

 

 

「アイツらバッジ外さないもんなぁ。あんなクソダセェの、チョコエッグに入ってたらチョコだけ食べて中身捨てるレベル」

 

 

ユウリは映像を切り替える。

そこには確かに志筑仁美と、鹿目タツヤが映っていた。

 

 

「ああ。早くしないと弟ちゃんとお友達がバラバラにされちゃうかも!」

 

 

ユウリはまどかを見ながら舌なめずり。そしてまどかを撫でる様に画面へ触れた。

 

 

「凄いなまどかちゃんは。あんな凄まじい魔力レベルに覚醒して、それでもまだ戦いを止めたいなんて。人間ができてるなぁ」

 

 

戦いを本気で止めたいと願う少女。

人を守るために魔法少女の力を振るう彼女。

ああ、何て素晴らしい性格の持ち主なんだろう?

なんて美しい心の持ち主なんだろう?

 

 

「でも、ちょぉおおおおおおおおウッゼェエエエエエエエエ!!」

 

 

糞雑魚まどかちゃんは強くなって調子乗ってるよねぇ!

ユウリは画面を叩き割りそうな勢いでまどかを睨んだ。

まどかは馬鹿だ。放置すると必ず厄介な事になりかねない。

それだけの力を秘めているのは事実なのだから。だから死んで貰わなければならないし、何よりも死んでほしい。

 

故にユウリはタツヤと仁美を狙った。

あの希望に満ちた表情を絶望に染め上げるのは、近いものを狙うことだ。

 

 

「ん? んんんん!?」

 

 

ユウリはニヤリと笑い、『もうひとつ』の映像を見る。

どうやら気づいたのは、まどか達だけではないようだ。

もしくは刺激しすぎたから怒ってしまったのだろうか?

 

 

「しかしどちらにせよ面白い! そろそろ座りっぱなしも飽きてきた」

 

 

シルヴィスの様な丁寧な淑女を演じるのは体が痒くて仕方ない。

そろそろ溜まった鬱憤を晴らさせてもらおうじゃないか。

ちょうど暴れたくてウズウズしていたのもあって、全てが丁度いい。

 

 

「っていうかあの娘! 携帯持ってないってのがマジ終わってる! ホント漬物みたいな女の子!!」

 

 

だったら直接お話しだ。

 

 

「って事でギーゼラァアアァァア!!」『アドベント』

 

 

勢い良く窓を飛び出したユウリは、銀の魔女『Gisela(ギーゼラ)』を召喚して背中に飛び乗った。

すると金属が擦れる音が響き、瞬く間に魔女の体が変形していき、『バイク』に変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒィイイ! ごポォ……ッ!!」

 

 

男の胸を刺し貫く赤い槍。

それを引き抜きながら、佐倉杏子はもう片方の手にあった"頭"を握りつぶす。

ザクロの様にはじける人の頭部。もはや杏子の善悪の感覚は狂ったまま、元には戻らない。

 

人は脆く、そして自分は強い。

強いものが弱者を殺すのは自然の摂理。ルールと言うものだ。

故にもう人を殺す事の罪悪感は微塵も無かった。

 

今も目に付いたリーベエリスのメンバーを適当に殺した後だ。

杏子は頬についた血を舐めとると、連中からバッジを毟り取ってその場で握りつぶす。

 

 

「………」

 

 

イライラする。

どれだけ殺してもそれは収まるどころか、むしろどんどんと増していくようだ。

ソレも全てこの糞ッたれな組織のおかげであると杏子は分かっていた。

だから大きく舌打ちを行った。今でも目を閉じれば思い出す。

何も疑わず、ただ都合のいい存在であった自分と、それを利用して笑っていたシルヴィス。

 

写真にあった孤児達の行く末は、過去に見た時には心が壊される程凄惨なモノだと感じたが、今にして思えばアレは何もおかしな事ではない。

結局この世は力がある者が生き残り、娯楽を得る事ができる。

 

弱いものは強いものを楽しませるための玩具でしかない。

傷つけ、壊され、絶望する様子こそが強者にとっての最大の娯楽。

 

 

(アタシは違う。アタシは強者だ! だからこそアタシを弱者としたリーベエリスだけは許せねぇ!)

 

 

杏子はその想いを胸に、槍を振るっていた。血が飛び散り、肉が散乱する。

それで良かった。あのバッジをつけているヤツは皆殺しだ。

殺して殺して殺しつくす。その先にしか杏子の安定はない。

 

 

「ハハハ! アハハハハ!!」

 

 

殺せば少しだけスッキリする。

死体の中で杏子は笑ってた。

その姿はまさに魔女だ。人間らしさなど欠片もない。

だがソレでよかった。誰もがその光景に恐怖するだろう。怯え、自分が狩られる獲物であると自覚してくれた方がいい。

 

現在、杏子がいるのはリーベエリス本部近くの住宅街だった。

周りを見ればどいつもこいつも胸糞悪いバッジをつけているじゃないか。

 

 

「オラァアアアアッッ!!」

 

 

最後の一人を殴り殺した杏子だが、そうするとまたイライラしてくる。

 

 

「チッ! 食え!!」『ユニオン』『アドベント』

 

 

ベノダイバーとベノゲラスが出現する。

新入りの彼らにも力を蓄えてもらわなければ。

杏子は積み上げた死体を彼らに振舞って、食事を見ている。

 

 

「……チッ! クソ!」

 

 

イライラする。

もう限界だ、根本を絶たなければならない。

そうだ、巣を潰せばいい。杏子はリーベエリス本部をギロリと睨んだ。

今はゲームの参加者を殺すよりも、リーベエリスを潰す事の方が優先度が高いようだ。

それほどまでに不愉快な存在であった。

 

 

「あん?」

 

 

しかしふと目を細める。

なんだ? 本部の方から何かが煙を上げて近づいてくるような。

 

 

「キョォオオオオオオオッッウッコちゃあああああああああん!!」

 

「!!」

 

 

轟音を上げてエンジンを吹かしてくるバイク。

そうだ、巨大なバイクが空を駆け、飛んできたのだ。

このままだと確実に潰される!。杏子は立ち上がると、思い切り後ろへ跳んだ。

 

 

「何だァ?」

 

 

着地したバイクを睨む。ただのバイクじゃない、魔女だ。

そう言えば見た事がある。あれは銀の魔女・ギーゼラ。

杏子が知っている姿は錆付いた雑魚だったが、目の前にいるギーゼラは文字通り『銀』の輝きを保った状態だった。

 

あれがギーゼラ本来の姿だったと言う事か。

そして最も注目する点は、そのギーゼラを運転してきた人物がいると言うことだ。

金色のツインテールの少女。

 

 

「あーそびーまぁあぁあああぁあしょオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

ユウリは大げさに、過剰に叫び、杏子を煽る。

 

 

「はーん……! どうしよっかなーッ!」

 

 

ニヤリと笑う杏子。

今のイライラを消すにはもってこいの相手ではないか。。

 

 

「なんでアタシの場所が分かった?」

 

「ヒ・ミ・ツ! うふっ!」

 

 

ユウリはギーゼラから降りると一旦召喚を解除する。

モモの関係があるため、なるべく放置しておきたかったが、悪戯に駒を減らされるのユウリとしても不本意だ。

よって決める。佐倉杏子は自分が殺すと。

 

 

「最近カルシウム足りてないんじゃないのクソ女。ユウリ様がお乳でも搾ってあげよっかー?」

 

 

中指を立てながらゲラゲラ笑うユウリ。

杏子は鼻で笑うと、槍を持って一歩前に出る。

 

 

「キメェなクソアマが。細切れにするぞ!」

 

「やれないくせに」

 

 

どこから取り出したのか、杏子はたい焼きを齧りながら進む。

二人は互いを煽り合いながら徐々にその距離をつめていく。

 

 

「いろいろ邪魔なんだよね杏子ちゃんは。だからアタシ、ずっと殺したいって思ってた! アハ!」

 

「おーおー、アタシも有名人か? サインの練習しとかないとねぇ!」

 

 

ユウリもまたリベンジャーを構えて歩くスピードを速めていく。

 

 

「アンタ十三番だろ? 全員殺すとか言ってたヤツ――!」

 

「アタリ。ってな訳で殺しちゃうから、文句は言わないで」

 

 

走り出す両者。

片方は二丁拳銃、片方は槍を構えて。

双方笑みこそ浮かべているものの、その心内ではギラギラとした殺意を隠す事なく放出していく。

 

ユウリは一回、そして杏子もまた一回死亡していた。

つまりまだチャンスはあるのだと双方は思っている。

死ぬのは二度まで許される。狂ったルールはお互いが持つ命の価値をも狂わせていた。

だから全力で戦える。恐怖せず、躊躇わず、向こうからやってくる敵を殺す事ができる。

 

 

「ゴメン無理、アタシがいる限り皆殺しは無理なんだよ! 逆にぶっ殺してやるから泣くんじゃねーぞ!」

 

「言ってくれるよねクソガキがッ! テメェのそのゴマみたいに小さい脳みそで実力の差ってモンをよく刻み付けとけよ!」

 

「へッ! アンタこそイカれた格好してるくせに良く言うよ。露出狂の変態なんかに、この杏子様が負ける訳ねぇだろ!!」

 

 

その瞬間、杏子とユウリの武器がぶつかり合う。

杏子の槍を拳銃で受け止めたユウリ。二人は競り合い、睨み合い、お互いの瞳の中に敵を捉える。

その瞬間本能で察知する。コイツとは分かり合えない、コイツは理由が無くとも嫌いだと。

 

 

「服? あぁ、セクシーでしょ? 自信あるのよね、敵の攻撃が当たらないっていう自信がさ!」

 

 

申し訳程度に肌を隠す程度のユウリの魔法少女衣装。

それは『攻撃を当てられるモンなら当ててみろ』と言うユウリなりの挑発の意味があった。

それは杏子に対しても言える事だ。

 

 

「雑魚の攻撃なんか、このユウリ様を掠める事すらできない!」

 

「ムカつくヤツだ――ッ!」

 

「その言葉、そのままプレゼントフォーユーしてもいい?」

 

 

お互いは武器を弾き、距離をとる。

どちらも参戦派として優勝を目指す立場にある訳だが、だからこそ同じ考えを持った参加者は非常に目障りなものだったのだろう。

 

 

「「ブッ殺す!」」

 

 

奇しくも、声が完全に重なった。

嬉しくないシンクロの中で、ユウリは引き金を。杏子は槍を握りなおして一気に突進を仕掛ける!

そうだ、そうだそうだそうだ! あまりにも簡単な話しなのだ。

イラつくヤツは、邪魔なヤツは、目障りな参加者は、殺してしまえばいい!

 

 

「雑魚が、死ねよユウリィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッ!!」

 

「テメェが死ねよ佐倉杏子ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

お互いは殺意を全開にして、目の前にいる獲物を狩る為に地面を蹴った。

 

 

 

 

 



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第38話 最凶VS最狂 狂最SV凶最 話83第

 

「ミックスミキサー!」

 

 

ユウリがリベンジャーをシェイクすると、ガチャンと音がして『弾丸』が切り替わる。

赤色の弾丸・レッドホット。引き金を引くと、燃える弾丸が発射されていく。

 

 

「ステーキになれ! 佐倉杏子!」

 

「いやッ、おっそ! 蚊の方がまだ速いんじゃねーの?」

 

 

しかし杏子は槍を振るって何のこと無く弾丸を弾き返していく

レッドホットは連射性が落ちてしまう、これでは杏子を止められないらしい。

 

 

「あぁン……、ステーキはお嫌い?」

 

 

ユウリは舌打ちを行い、後ろへ跳んだ。

近接武器である槍と、遠距離武器である銃ならば、ユウリの方にアドバンテージがあると思うのだが、杏子に焦る様子は無い。

 

ユウリは銃弾を元に戻して連射していくが、杏子は槍を回転させて盾にしながら突っ込んでいく。

お粗末な盾であるため多少は銃弾を身に受ける事になるが、気にしない。

強引に距離を詰めると、槍を横に振っていく。

 

 

「お?」

 

 

しかし感触が無い。

ユウリがバク宙で後ろに跳んでいたのだ。

だが杏子は思い切り地面を踏みしめる。すると着地したユウリの足下が赤く光った。

 

 

「いやこれ知ってるから」

 

 

地面から槍が生えてくる魔法技、異端審問。

しかしユウリはそのルートを読み、全て的確に回避していく。

 

 

「なんでわざわざ地面赤く光らせるの? 馬鹿? 避けやすいんですけど?」

 

「………」

 

 

そうしないと生やせない。

杏子は口にしない。

 

 

「あれー? 杏子ちゃんってこんなに弱かったっけ? ユウリ様の前菜にすらならないかも」

 

「ハッ! 避けるのだけは上手いな。見習いたいね、そのチキンプレイ」

 

 

双方の額に青筋が浮かぶ。

安易な挑発だ。乗る方が馬鹿。乗る方がアホ。乗る方が愚か。

乗る方が――

 

 

((殺す!!))

 

 

双方、動いた。

杏子は前に、ユウリは後ろに。

 

 

「コルノフォルテ!!」

 

 

杏子の背後から牛の使い魔が出現し、突進していく。

不意打ちだ。自分に注意を引き付けて、背後からの一撃。

 

 

『ユニオン』『アドベント』

 

 

角が角を受け止めた。

杏子の背後から現れたのはベノゲラス。

巨体で突進を受け止めると、そのまま競り合いを始める。

 

 

「不意打ち! しかも失敗してるし! ァー、なんつうかさぁ見た目だけじゃなくて戦い方まで汚いねぇーッ!」

 

「ゲロゲー、臭そうなアンタに言われるとはユウリ様も堕ちたもんだ」

 

 

それを聞くと杏子はギョッとして自分の匂いを確認し始める。

 

 

「ふざけんな。アタシはこう見えて風呂にはちゃんと――」

 

 

ダン! と、銃声。

眉間に一発だ。杏子は仰け反って仰向けに倒れる。

 

 

「アーッハハハハ! 杏子ちゃんも女の子だねぇ、本気でプリティー! ヒハハハハ!!」

 

「……殺す」『ユニオン』『アドベント』

 

 

空間が割れ、ベノダイバーが飛び出して来た。

一瞬で加速、これにはユウリも笑顔を消して大きく右へ跳ぶ。

 

 

「あッぶ――ッ!」

 

 

そこで気づいた。地面が光っている。

 

 

「ないなァ!!」

 

 

さらに前転、伸びた槍を後ろに1本。

 

 

「ちゃんと当ててよ? アンタの太いのアタシのハートに」

 

「………」

 

「?」

 

 

杏子が無言で腕を伸ばしてきた。

ユウリはきょとんとして何かが来るのを待つ。

すると遠くの方でベノゲラスと戦闘していたコルノフォルテが鳴いた。

 

 

「お? お!?」

 

 

反射的に周囲を確認。右、左。そして後ろ。

 

 

「あ」

 

 

槍が伸びていた。

そして折れると、多節棍となって蛇のように変わる。

 

 

「うげ、忘れてた」

 

 

一瞬だった。蛇のような槍がユウリに迫ると、巻きついていく。

あっと言う間に胴体を縛られたユウリ。さらに別の槍が伸びてきて足首を縛る。

 

 

「うぐッ! し、縛られるとアタシ様の妖艶度がアップするけど……、いいの!?」

 

「いいぜ。もっと綺麗にしてやるよ」

 

 

すぐそこに杏子の膝があった。

飛び膝蹴り、このままだと顔面を粉砕される筈。

このまま、なら。

 

 

「浅いな佐倉杏子」

 

「うおッ! ウガガガガガ!!」

 

 

"ビンコットラッシュ"。

ユウリの魔法技の一つであるソレは、両肩の上にマシンガンを出現させるものだ。

宙に浮かんだ銃はユウリの意思一つで連射を行う攻撃ビットとなる。無数の弾丸を受けて杏子は墜落、火花を散らしてそのまま後ろへ転がっていく。

 

 

「浅すぎる。漬けて1分の浅漬けより浅い。定年退職したジジイが始める蕎麦屋くらい浅いッ。売れない役者がファミレス語る芝居論くらい浅いッッ!!」

 

 

ユウリは自分を縛る多節棍にも銃弾を当てて破壊。

バラバラになって落ちる鎖を見て、ニヤリと笑った。

 

 

「ユウリ様、危機一髪!」

 

 

しかし両手を広げて笑っていると、肩の上にあったマシンガンが二つとも破壊される。

赤い閃光が見えた。地面を転がりながらも、杏子が槍を投げて破壊したのだ。

 

 

「これでもうマシンガンは無い!」

 

 

立ち上がり様、さらに槍を二つ持って走る。

ユウリは一瞬迷ったが、笑みを崩さぬまま同じく前進してきた。

リベンジャーを発砲しながら走る。一方で杏子もそれを強引に突破してくる。

二人の距離が縮まった。ところで、またユウリは後ろに跳ぶ。

 

 

「魔力があればすぐにホラ!」

 

「!」

 

 

再びユウリの両肩上にマシンガンが現れる。

杏子がハッとした時にはもう遅い。大量の弾丸が迫り、再び地面を転がることに。

 

 

「アッハ! カップラーメンより早いでしょ? アホな杏子ちゃんは何も考えずに突っ込んできてくれる」

 

「ちくしょうがッッ!!」

 

 

杏子は立ち上がると槍を上に投げた。

ユウリは一瞬そちらを確認するが、分かっている。ちゃんと分かってる。

上の方に気を引かせて、本命は下だ。

地面を見ればほら、思ったとおり赤く転々と光ってる。

 

 

「もうやめときな。アンタじゃアタシ様には勝てないよ」『ユニオン』『ガードベント』

 

 

ユウリはブラックドラグシールドをサーフボードのようにして上に乗る。

突き上げられた槍はシールドを貫通することはなく、ユウリを持ち上げる結果に。

目線が高くなったユウリは、杏子を見下しながら笑っていた。

 

 

「って言うか手加減しないでー。いいよ? 固有魔法使っても」

 

「………」

 

「あれ? ん? あーッ、そっか! アンタってば固有魔法使えないんだ! なんでだっけ? うーん!」

 

「………」

 

「思い出した、それはアンタが――」

 

 

槍が、ユウリの肩に刺さった。

 

 

「……あれ?」

 

 

杏子がニヤリと笑う。

 

 

「上が本命だよ。クソ女」

 

「ぐッッ! ガアァァアアァア!!」

 

 

赤い雨が降ってきた。

槍を上に投げて、異端審問を発動。下からの攻撃がやってくるが、それは囮だ。

本命は上に投げた槍。それが分裂して、刃を下にして降ってくる。

 

ドラグシールドに乗っていたユウリは、下の槍は防げても上からの槍は防げなかった。

ましてや仰け反り、前のめりになってしまったため、肩や背中に槍が突き刺さっている。

 

 

「うぐッ! ガハゥッ!!」

 

 

咳き込むと、血が出てきた。

それを見て杏子は満足そうに笑う。

 

 

「あ? ここだっけ、ハリネズミの展示場。あぁー、思ってたのよりは可愛くないなー」

 

「テンメェエエ……!!」

 

 

ユウリが体を起こすと、さらに四本の槍が飛んできた。

二本はマシンガンを破壊。もう二本は両肩にそれぞれ突き刺さる。

 

 

「うごッ!」

 

 

衝撃で後ろへ倒れる。するとどうだ、そこには地面から生えている無数の槍が。

 

 

「ギャアアアアアア!!」

 

「ハハハハッッ! いい声してるねアンタ」

 

「イル――ッ!!」

 

「?」

 

 

その時、巨大な三角形の魔法陣がユウリを中心に展開する。

 

 

「トリアンッゴロ!!」

 

 

魔法陣が爆発。

踏みとどまる杏子。

 

 

「ユウリ様の華麗なジャーンプ!」

 

「……ッ!」

 

 

爆風を抜けて飛び出してきたのは当然ユウリだ。

爆発で自らを突き刺す槍を全て吹き飛ばしたのだろう。

自分の魔法技のため、ユウリ自身は爆発のダメージを受けていないようだ。

 

ユウリは華麗に舞い、着地を決める。

しかし止血をしたとは言え、体には槍を受けた痕がしっかりと残っていた。

 

 

「……杏子様特性のサンドイッチはどうだい?」

 

 

ポッキーを咥える杏子。

 

 

「とってもスパイシー。ビリビリ痛すぎ! 杏子ちゃんッ、アタシもう壊れちゃう!」

 

「ッ! これは――ッ!」

 

「お・か・わ・り!!」

 

 

杏子を中心として巨大な三角形の魔法陣が展開される。

過剰に魔力を供給していたのか、魔法陣に文字が描かれていくスピードが桁違いに速い。

先ほどみた魔法陣と同じではないか。杏子はすぐに後ろへ下がるが、魔法陣は点滅を開始している。

 

 

「イル・トリアンゴロ!」

 

 

強力な磁場フィールドに巻き起こる爆発。

ユウリは唇を吊り上げた。杏子がまだ結果以内にいたのを確かに見ていたのだ。

つまり、直撃。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「チッ! ゴキブリ女が!」

 

 

予想通りと言うか、予想外と言うか。

爆風の中から杏子は槍を構えて飛び出してきた。

出血の痕や、服の一部がボロボロになっているのを見るに、ダメージは受けてくれた様だが想像以上に動けている。

ユウリは舌打ちを一発。そしてリベンジャーを構えて同じく走り出した。

 

 

「どうした? まだまだアタシは退屈だぜッ!!」

 

「アホが! 一生独りで遊んでろッ!!」

 

 

杏子が突き出した槍がユウリを貫通する。

いや、違う。そう見えただけで、ユウリは刃をしっかりと回避していた。

その後、脇で槍を挟んだのだ。

 

グッと力を込める両者。普通なら杏子が勝つ。

だがユウリは右手に持っていたリベンジャーで杏子の左足の甲に銃弾撃ちこんでいた。

足に走る痛みと衝撃。杏子が表情を歪めたところで腹部を蹴る。

 

 

「うォ!」

 

 

衝撃で杏子は槍を放した。

ユウリは脇ではさんでいた槍を適当な場所に投げ捨てると、少し動きが鈍った所で槍を反対方向に放り投げて武器を封じる。

そしてそのままの勢いで体を旋回させて杏子の首を掻っ切る様な回し蹴りを行った。

カポエイラのメーアルーアジコンパッソに近い。地面に手をついて、脚は思い切り上に伸ばす。

 

 

「だから遅せぇよ雑魚が!!」

 

 

しかしその回し蹴りを杏子は片腕でガードしてみせる。

 

 

「ハッ、間抜けな姿」

 

 

確かに今のユウリは足を伸ばして、杏子にお尻を向けている状態。

屈辱的なものがあったのか、ユウリの表情が歪むい。

だがしっかりと笑みも浮かべた。

 

 

「フェイクだよ糞女ァ!」

 

「!」

 

 

ジャキっと音がして、ユウリの靴から銃身が伸びてきた。

 

 

「は?」

 

「ミソ、ブチまけろ」

 

 

発砲。

靴から銃弾が発射されて杏子の頭部を狙う。

が、しかし、杏子は頭を思い切り反らしてそれを回避する。

 

 

「あぶね!」

 

「なにッ!?」

 

 

早い。まさかアレに反応してくるとは。

作戦変更。ユウリは回転しながら地面に倒れると、二つのリベンジャーを杏子へ向ける。

倒れるまでに既にミックスミキサーは発動していた。

赤色の弾丸。レッドホットが発射されて、炎塊が飛んでいく。

 

 

「オラァッッ!!」

 

「ハァア!?」

 

 

だが杏子は頭突きで炎弾を真っ向から受け止め、そして打ち破る。

 

 

(銃弾を頭突きで相殺した? なんだよソレ!!)

 

 

次の瞬間、ユウリは思い切り蹴り飛ばされて空中を飛んでいた。

きりもみ上に回転しながら、血を吐き出す。

 

ああ、嫌だ。

なんだか凄く嫌な気持ちになった。

今の一撃は完璧だった。なのに頭突き。頭突きって。

そもそも槍で銃弾を弾くのだってナンセンスだ。映画じゃよくあるけど、ここはリアルですよ。

 

ああ、なんだか嫌な気持ち。

例えるなら出汁とかに拘って頑張って作った料理にいきなりマヨネーズかけられた気持ち。

頑張ってカレー作ったのに、今日はラーメンの気分って言われたときの気持ち。

ユウリが立てたプランを、杏子は雑に突破してくる。

 

 

「やっぱアンタ、超最高にムカつく!!」

 

 

そこでユウリは地面に激突した。

聞こえてくる。ほら、楽しそうに笑う杏子の声が。

 

 

「いいねぇ! やっぱ戦いってのはこうでなくちゃ!!」

 

 

命を奪い合う高揚感。

そして相手を傷つける事で実感できる自分の力。

 

 

「興奮する――!」

 

「ド変態が、アンタ性癖おかしいんじゃない?」

 

「相変わらず下品な女だな。その口、二度と喋れない様にしてやるよ」

 

「言ってくれる!」

 

 

ユウリは気だるげに立ち上がると、カードデッキを取り出した。

 

 

「ッ」

 

「フフフ、本気で行こうか?」

 

 

カードを一枚、ゆっくり抜き取ると、それを上に投げた。

そしてすぐにリベンジャーを抜き、カードを撃ちぬく。

 

 

『アドベント』

 

 

エルザマリアを召喚。ユウリを背後から抱きしめるようにすると、エルザマリアがマントに変わる。

黒が広がっていき、シルエットが翼に変わった。

するとユウリの体が浮き上がり、空へと舞い上がる。

 

 

「影よ!!」

 

「!」

 

「広がれェエ!!」

 

 

広げた翼から無数の影が発射される。

それは黒い触手だ。無数の線が杏子に襲い掛かり、皮膚を破ろうとしてくる。

 

 

「ウグッ!」『ユニオン』『アドベント』

 

 

しかしすぐにアドベントを発動。

アドベントの再生成は『なつき度』によって早くなる。

きちんと餌を与えていたためか、ベノダイバーはすぐに駆けつけ、ユウリへ突進を仕掛けた。

 

 

「おっと!」

 

 

マントで自分を包み、突進を受け止める。

だがベノダイバーはそこでスパークを巻き起こした。

激しい電流がユウリに伝わり、これには表情を歪める。

 

 

「ア――ッ! うぐぅうッ!」

 

「へッ! いい声で鳴くじゃん」

 

「悪いけど! テメェとSMプレイに興じるつもりは無いッ!」

 

 

ユウリは再びカードを投げた。

銃声、発動。現れたのはドラグブラッカー、全てを呑みこむ黒き絶望だ。

 

 

「来い!」『ユニオン』『アドベント』

 

「ジャアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

杏子は追加でベノスネーカーを召喚。

全てを飲み込む黒い絶望? ならばそれを破壊するのは圧倒的な力だ。

杏子には自信があった。と言うのも、基本的なスペックはドラグブラッカーが圧倒しているが、王蛇のミラーモンスターはここ最近であまりにも人を食いすぎた。

故に、それだけ力も上がっている。

 

だがそれはユウリとて理解している事だ。

エリーを通して杏子の暴走はちゃんと見ている。

だからこそ技のデッキを存分に使っていくのだ。

 

 

「バージニア! シャルロッテ! ウアマン!」『『『『アドベント』』』』

 

 

ユウリの周りに次々と現れていく魔女達。

それらは一勢にベノスネーカー達の方へと突進していく。

いくら力があっても、それを上回る数で攻めれば問題ない。

 

 

「チッ! どうすっかな!」

 

 

ドラグブラッカーと巻きつき、攻撃をしかけているベノスネーカー。

しかしまもなく魔女が加勢に入る。ベノダイバーを加勢させるか。

それとも一旦アドベントを解除するか。

それを考えていると、杏子の頭部に拳が抉り刺さる。

 

 

「余所見とかナメてんの?」

 

 

地面を滑っていく杏子。

ユウリは勝利を確信する。ただのパンチじゃない。拳にはエルザマリアを纏わせている。

それだけ力も上がっていく。確実に頭蓋骨は粉砕され、なんだったら脳みそをブチまけているところだろう。

そうなれば動きも止まる。ソウルジェムで肉体を回復する前に、細切れにすればいい。

 

 

「そっちもバラバラにしてやれ!!」

 

 

ユウリはドラグブラッカーを見る。

その時、ユウリの頬に拳が叩き込まれた。

 

 

「!?!?!?」

 

「おい、余所見とかナメてんのか?」

 

 

気がつけばユウリは血を吐きながら空中を回転していた。

地面に墜落し、二回ほどバウンドして止まった。

普通の人間ならば今の一撃で二回は死んでいる。

ユウリが体を起こすと、そこには当然佐倉杏子が。

 

 

(最悪)

 

 

佐倉杏子が固有魔法を捨てて。魔力を肉体強化に割り振っているのは知っていたが、まさかこれほどとは。

いや、違うのか。このリーベエリスの一件を介して、杏子もまたパワーアップを果たしていたと言う事かもしれない。心の傷を刺激するトラウマも、強い憎しみを生み出し、感情エネルギーは魔力を膨れ上げていく。

 

鹿目まどかが他者を守りたいと想い、魔女を解放させると言う決意を抱いたように、どんな感情であれ強いものであれば、それだけエネルギーは大きくなっていく。

 

 

「ヒヒヒッ!」

 

 

ゾクゾクする。悪くは無かった。

 

 

「そうじゃないとコッチも殺し甲斐ってもんが無い」

 

 

魔法少女同士の戦いにおいて、完全なる勝利は相手を殺す事ではない。

ユウリはそう確信していた。

 

 

「問題です杏子ちゃん」

 

「あン?」

 

 

ユウリは両手両足を広げて、大の字に。

一見すれば諦めた様にも取れるが、そんな筈は無い。

まだまだ、殺すつもりだった。

 

 

「さっきのアドベント。何重音声だったでしょーか?」

 

「………」

 

 

ユウリは先ほどアドベントを複数使用して魔女を召喚した。

重なっていた音は四つだ。しかし呼び出された魔女は

だったらあと一体は――

 

 

「!」

 

 

地面を突き破り、無数の触手が杏子の四肢を捕らえた。

 

 

「クリフォニア」

 

 

地面の中に一体。

触手を操る魔女が潜んでいた。

 

 

「ぐッ!」

 

「コルノフォルテぇえええええええ!!」

 

「――ッ! がぁぁアアアッッ!!」

 

 

ベノエゲラスと戦っていたコルノフォルテが消滅、すると杏子の背後に出現する。

ワープだ。巨大な角を持った牛はそのまま全速力で杏子の背中に突撃する。

海老反りになる杏子の体。しかも背中の骨が砕ける音がして、かつ呼吸が停止する。

二つの角は刺さる事は無かったが、杏子の脇に入り、ガッチリと体を固定した。

 

 

「が――ッ!」

 

「アホの杏子ちゃんには少し難しかったかしら? 今日からおちゃかな食べて頭良くちまちょーね!」

 

 

杏子はユウリのもとへ運ばれていく。

コルノフォルテのスピードとパワーは、杏子の抵抗を一切許さない。

ましてや体を支える骨は、コルノフォルテによって粉々にされた。

 

 

「単純に突っ込むだけの力技じゃ――」

 

「!!」

 

 

ユウリはラリアットで杏子を叩き落す。

仰向けに倒れる杏子。空の前に、銃口があった。

 

 

「"技"を司るアタシには勝てない」

 

 

パンパンッ! 軽快な二発の銃声音。

同時に杏子は小さな悲鳴を上げる。ユウリは杏子の両目に一発ずつ銃弾を撃ち込んでいた。

どんなに防御力を上げたとしても急所は急所だ。杏子は目を押さえ、苦痛の声を漏らしている。

 

 

「ホラホラホラァ! だらしなくッ、可愛くッ、無様に! みっともなくちょっぴりセクシーに命乞いでもしてみてよ!」

 

「グッ!」

 

 

ユウリは杏子の頭部を足で思い切り踏みつける。

さらに足を捻って、徹底的な屈辱を刷り込んでいく。

 

 

「育ちの悪い佐倉杏子は、ユウリ様の様な上流階級のお方に勝てる訳ありませんでした! とか何とかさ!」

 

 

ベノスネーカーも魔女や邪龍に囲まれ、地面に叩きつけられている。

 

 

「靴でも舐めてもらおうか? アハハハ! お前が貧乏時代に食ってた飯よりは美味いかも!!」

 

 

コルノフォルテが意外に強いのか、ベノゲラスもまた地面に倒れて動かなくなった。

 

 

「―――」

 

 

そのときだ、杏子が何かを呟いた。

ニヤリと歯を見せるユウリ。きっと杏子は今頃ビクビクビクビク怯えてる筈。

自分が最強だとかほざいていたけど、結局はこの程度の雑魚!

ユウリは耳を済ませて杏子の言葉を――

 

 

「寝言は寝て言え、カス女」

 

 

プっと杏子が吐き出したのは謝罪どころか煽りの言葉。

ついでに血を吐いて、ユウリの頬にぶつけたではないか。

ユウリの中で何かがキレた。リベンジャーを向けて、ソウルジェムを狙う。

 

 

「死ねよ糞がぁアアアアアアアアアアアア!!」

 

「――ハッ!」

 

 

だがその時、杏子がニヤリと笑って、さも当然の様に飛び起きた。

バク転で足を振り上げて、銃を弾くと、そのまま後ろに跳んでいく。

 

 

「驚いた! まさかもう粉々になった骨を再生して傷を癒合していたなんて!」

 

 

だがそれだけだ。

回復したところで攻撃面が弱いのでは話しにならない。

 

 

「佐倉杏子ォ! お前とは戦力が違う。手にした運が! 力が違う!!」

 

 

技のデッキに勝てるのは力のデッキ以外にはありえない。

確かにはじめこそ技のデッキは他のものと大差ない性能かもしれないが、今は無数の魔女の力が味方している。

魔女狩りのユウリ。魔女を操りし力は、優勝候補の名に相応しい。

 

 

「さあ! フィナーレと行こうかな!!」

 

 

適当にカードを引き抜き、次々と召喚していく。

数十体の魔女がユウリを守るようにして現れていった。

中には使い魔から進化させたのか、同型の物も少なくは無い。

 

 

「ねえ綺麗に食べて骨は残しておいてよ。アタシが踏み潰すんだから」

 

 

ユウリはドラグブラッカーの背中に腰掛け、ニヤニヤと笑う。

魔女達が杏子をむさぼり殺す所を高みの見物と行こうじゃないか。

すぐに魔女達は移動を開始。杏子は諦めたのか、全く動こうとしなかった。

 

 

「はいはい、降参ってわけね」

 

 

復活チャンスは二回ある。

ここは素直に殺されようと言うのだろう。

 

 

『ユニオン』

 

 

「あれ? まだ何かする気? やめとけば、盛りすぎは汚く見えるよ」

 

 

その時、ベノスネーカー、ベノダイバー、ベノゲラスの三体が粉々に消し飛ぶ。

 

 

「ほら、もうモンスターも諦め――」

 

 

『ユナイトベント』

 

 

巨大な『黒』が見えた。

そこへ、魔女が次々と吸い込まれていく。

実力の高い魔女ならばすぐに逃げ出しただろう。だが次々と禍々しくも美しい槍が降り注ぎ、一瞬で全ての魔女を絶命させた。

 

 

「ば、馬鹿なッ! なんだアレ!?」

 

「技のデッキ? おいおい、甘えてんじゃねぇよ」

 

「ッ!!」

 

 

佐倉杏子が、そこにいた。

ジェノサイダーをイメージする衣装を身に纏った杏子が立っていた。

 

 

「……趣味がSMとコスプレなんて、ユウリちゃんドン引き」

 

「意外と似合ってるだろ?」

 

「全然、まず露出が全然足りない。ってな訳で0点」

 

「ハッ!」

 

 

特定の存在を融合させる『ユナイトベント』のカード。

杏子は三体のミラーモンスターと自分を融合させたのだ。

 

 

「ッ! やばい!!」

 

 

ユウリは自分の真下が光り輝くのを確認する。

すぐにドラグブラッカーを消滅させて全力ダッシュだ。

するとやはりと言うか、異端審問が発動。今までは地面から槍が生えていたのだが、杏子が強化されたからか、槍が次々と空に打ち上がっていく。

 

 

「ぐッ!?」

 

 

ダッシュで範囲から逃げたわけだが、空中に留まった槍は自動的にユウリを追尾していく。

 

 

「う、ウオォオオオオオオ!!」

 

 

エルザマリアを翻して、無数の触手を発射する。

これでいくつかの槍を撃ち落し、残りの槍は再びダッシュで回避した。

 

 

「!?!?!」

 

 

だが地面に突き刺さった槍はひとりでに爆発。

小さなブラックホールを生み出し、引力でユウリの動きを鈍らせる。

杏子は踏ん張っているユウリを見つめながら、同時に自分の槍を見た。

 

 

「ロンギヌス」

 

「はッ?」

 

「神殺しの槍。皮肉だろ? 神に仕えていたアタシの武器にしちゃ」

 

 

神の生死を確かめる為に、わき腹に刺したと言われる槍。

それが強化された杏子の武器の名だった。

杏子はそれを構えるとゆっくりとユウリに向かって足を進める。

 

 

「くぉおおッ!」

 

「おいおいどうした? 余裕が消えてるぜ」

 

 

ユウリは試しにリベンジャーを撃ってみるが、杏子はそれを手で払うようにして弾いた。

成程、確かにこれは凄まじいプレッシャーだ。

あの融合、ユナイトベントの力があれば、杏子達も『技のデッキ』と対等に張り合う事ができる。

巧みに練られた技を打ち破るのは、やはり全て凌駕する力なのか。

 

 

「認めるかッ! 来いッ! リュウガァア!!」

 

「!」

 

 

しかしユウリは知っている。

杏子が浅倉と行っているゲームをだ。

だからこそパートナーの騎士であるリュウガを呼ぶ。

空間が割れ、黒い騎士は簡単にフィールドに降り立った。

 

それを見て杏子は不満げに攻撃を中断する。

浅倉とのゲーム、『騎士にはなるべく攻撃しない』。それをユウリは分かっている。ここからリュウガを盾にしながら立ち回れば、杏子は終わりだ。

 

 

「えーっと、こうするんだっけな?」

 

「あ?」

 

 

杏子が手をかざすと、そこに『ホワイトホール』が出現する。

 

 

「穴は一つじゃない」

 

「下ネタ? よして、食事中の人もいるかも」

 

「死ねよ。あぁ、いや、アタシが殺すのか」

 

 

そこで気づいた。

ホワイトホールの中から、唸り声が聞こえてきた。

そうだ、穴は一つじゃない。黒い穴は入り口。そして白い穴は出口。

 

 

「成る程、便利だな、これは」

 

「だろ? これでお互いが獲物を見つければすぐに駆けつけられる」

 

 

中から姿を見せたのは、杏子のパートナーである浅倉だった。

どうやらブラックホールとホワイトホールを使用して空間の行き来ができる様になったらしい。

杏子はリュウガを攻撃できないが、浅倉ならば何の問題も無い。

すでに変身を完了させており、王蛇はリュウガの姿を見つけると仮面の下でニヤリと笑う。

獲物がいた。それだけで王蛇が動く理由としては十分すぎる。

 

 

「浅倉、アイツ邪魔なんだよ。引き剥がしてくんない?」

 

「いいぜ。俺も近くにガキがいると邪魔だからな」

 

 

ユウリはうんざりした様にうな垂れた。

できればリュウガと共に行動をしたいが、まあここは王蛇を殺せるチャンスが増えたと考えようではないか。

 

 

「リュウガ、王蛇は任せた」

 

「………」

 

 

リュウガは無言で頷くと王蛇に向かって足を進めていく。

ユウリは舌打ちをしながら銃を連射、杏子を牽制しながら騎士たちから離れていく。

 

 

「イライラしてたんだ。暇つぶしに遊んでくれよ」

 

「………」

 

 

両手を広げて歩く王蛇。

一方でリュウガは無言で立ち尽くしている。

殴り合いはすぐに始まった。荒々しく拳を振るう王蛇が『動』とするならば、的確に弾いてみせるリュウガは『静』と言った所か。

 

王蛇の攻撃はパワーもあり、動きの割には狙いも的確だ。

しかしリュウガはそれを上回るスピードで攻撃を防ぎ、弾いていく。

そして生まれたほんの僅かな隙を見て攻撃を打ち込んでいった。

 

 

「ウゥウ゛ン!」

 

 

背中を殴られ、王蛇は仰向けに倒れる。

立ち上がり様に、ベノバイザーを呼び出した。

しかし王蛇もいろいろな喧嘩はしてきたが、リュウガの動きは確実に素人ではない。

 

 

『ソードベント』

 

 

王蛇はベノサーベルを装備。それを見ると、リュウガもデッキからカードを引き抜く。

 

 

『ソードベント』

 

 

濁った音声と共に、ブラックドラグセイバーが装備される。

しかしそこで王蛇が動いた。持っていた剣を地面に落とすと、別のカードを発動した。

 

 

『スチールベント』

 

「!」

 

 

リュウガの手にあったドラグセイバーが消失し、代わりに王蛇の手に移動する。

相手の武器を奪うカードだ。王蛇は黒い剣をしばらく観察すると、やがて二刀流でリュウガに切りかかっていく。

リュウガも最初こそは王蛇の攻撃をかわしていたが、ふとした瞬間に足を払われて膝をついた。

 

 

「ウラァアア!!」

 

「!」

 

 

リュウガは腕をクロスさせて二本の剣を受け止める。

王蛇は叩き割るつもりで剣を思い切り振り下ろしたのだが、リュウガは無言だ。反応が無い。

痛みを感じていないのか? 複眼も発光しておらず、その動きはどこか機械的なモノを感じた。

王蛇でさえ、強烈な違和感を感じるというもの。

 

 

「お前、誰だ?」

 

「………」

 

「音声が濁ってるのは――、技のデッキってヤツか? それにしてもどうして龍騎に似てる?」

 

 

リュウガは何も答えない。

代わりに、なんの事なく立ち上がると、腕を払って剣を弾く。

 

 

「!」

 

 

バランスを崩した王蛇の胴体に拳を強く打ち込む。

怯んだところに回し蹴り。狙うのはドラグセイバーを持っていた左腕だ。

王蛇は衝撃から思わずドラグセイバーを落としてしまう。リュウガはすぐに地面にあったドラグセイバーを蹴り上げて自らの手に戻す。

 

そしてすぐに斬りつけた。

王蛇は装甲から火花を散らし、後ろへ下がっていく。

しかし今ダメージこそ受けたが、王蛇は仮面の下で確かな笑みを浮かべていた。

 

傷つけ、傷つきあう事で実感する生への渇望。

相手を痛めつける事により得られる高揚感。

自分が死ぬかもしれないと言う僅かな不安はあるのかもしれない。自覚しているかは置いておいて。

そして相手を殺せば、その相手を完全に超えたと言う事実。

 

 

「楽しいな。戦いは最高に楽しいぜ」

 

 

しかし感じるモノもある。

 

 

「だが、お前を見てると無性に腹が立つ」

 

 

龍騎とほぼ同じ姿なのに、なぜか龍騎よりもずっとイライラする。

理由は説明できない、強いて言うならば直感。インスピレーション?

過去に何かあったわけでも無いのに、やけにイライラする。

 

 

「………」

 

 

そこで初めて、リュウガの複眼が光った。

 

 

「どうだって良い」

 

 

初めて口にした言葉、その声は誰よりも冷たく、何よりも心が篭っていない。

 

 

「そうだな」

 

 

王蛇も納得する。

今ココにデスゲームに参加しているプレイヤー同士が存在している。

それだけで戦う理由として十分すぎる。

 

 

「オオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

王蛇は獣の様な咆哮をあげて走り出す。

リュウガは冷静にデッキに手をかけた。取り出すのはアドベントのカードだ。

しかしすかさず王蛇が一つのカードを発動させる。

 

 

『ベノムベント』

 

 

王蛇を中心として紫色のエネルギーが迸る。

リュウガはガードの体勢に入るが、何故か何も起きないし、痛みも全く感じない。

引っ掛かる点もあったが、王蛇は尚もコチラに向かってきている。

結果、リュウガはそのままカードをバイザーにセットした。

 

 

『ベノム』

 

 

なぜか音声が違う。アドベントを入れたのに、ベノムとコールされた。

するとブラックドラグバイザーから紫色の光があふれ出し、直後火花があがる。

バイザーは爆発を続け、ついには融解する程に。

リュウガは気づいていなかった。王蛇が発動したベノムベントの効果に。

 

カードを発動するとまず紫色のエネルギー『ベノムオーラ』が放出される。

それに触れたものはカードに毒が注入されてしまう。

そして一定時間内にその毒に侵されたカードをバイザーに入れると、毒がバイザーに回り、融解。

一定時間封印されてしまうと言う訳だ。

 

つまり相手は、しばらくの間カードを発動する事ができなくなる。

しかしこれにはデメリットもあり、発動に成功した場合、王蛇もまたカードを使用できない。

もしも王蛇がカードを発動すればその瞬間相手のバイザーも元に戻ると言うものだった。

 

だがそうしなければ、ココからはまさに殴り合い。

決め手になるファイナルベントも使えない。

時間が来るのか、その前にどちらかが殴り殺されるかの二択なのだ。

 

 

「………」

 

 

リュウガもそれ理解したのか、すかさず王蛇に向かって拳を振るう。

そこからはまさに一歩も引かぬ殴り合いだった。

お互いにどう相手の拳を避けるのか、どう相手に拳をぶつけるのか。

それしか考えず。相手を傷つける為に全力を出す。

 

 

「ハハハハハハッ! ハハハハハハハ!!」

 

 

楽しい。王蛇にとってはそれが全てだった。

つまらないまま終わる世界だった。イライラしたまま終わる世界だった。

だがF・Gには戦いがある。

リュウガも何を考えているのかは知らないが、恐れや焦りなどは欠片とて感じられない。

人は恐怖するからこそ、痛みを知るからこそ行動の範囲を制限する事ができる。殴る重みを知る事ができる。

しかしそれが分からぬ彼らは、よもや人ではない。

野獣と同じだ、ただ相手を狩る事しか考えていない。

 

 

「………!」

 

 

王蛇の拳がリュウガの仮面をえぐった。

だが丁度地面に倒れた時、リュウガのバイザーが復元された。

ベノムの時間が終わったのだ。つまりカードを使用する事ができる。

リュウガはすぐにファイナルベントのカードを抜き取り――

 

 

『アドベント』

 

「………」

 

 

それよりも早く、王蛇がカードを発動していた。

リュウガの背後に現れるベノスネーカー。すかさず毒液を発射して、妨害する。

しかしリュウガは地面を転がってそれを回避。転がる中で、バイザーにカードを装填していた。

 

 

『ファイナルベント』

 

 

濁った音声が告げる必殺技。

リュウガに直接噛みかかろうとしていたベノスネーカーを、ドラグブラッカーが突進で吹き飛ばす。

しかし王蛇はその瞬間――、まさにその瞬間を待っていた。

 

 

『ユナイトベント』

 

「……!」

 

 

ベノスネーカーの体から閃光が迸り、またドラグブラッカーからも同様のものがみられた。

すると二体のモンスターは引き寄せ合うかのように移動していくではないか。

成程、そう言う事か。リュウガは意味を理解してドラグブラッカーから距離をとる。

そしてベノスネーカーとドラグブラッカーが重なり合い――

 

 

「グジャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

現れたのは黒いベノスネーカーだった。

ただ色が変わっただけでなく、体にはドラグブラッカーの鎧、頭にはドラグブラッカーの角がある。

その名は"ヨルムンガンド"。濁った咆哮をあげると、真っ赤な目でリュウガを睨んだ。

 

 

「……やってくれる」

 

「良いカードだろ? あげないぜ」

 

 

ユナイトベントは相手の許可を得る必要などない。

特定の存在を融合する事がカードの効果であり、強制的に相手のモンスターの力を奪う事だって可能である。

 

 

「アァァ……! 終わりだ」『ファイナルベント』

 

 

王蛇を旋回しながら吼えるヨルムンガンド。

そして走り出す王蛇。飛び上がると、ヨルムンガンドが炎を纏った毒液を発射して、王蛇に力を与える。

毒液の飛まつと、火の粉を散らしながら繰り出す連続キック。

それが『ブレイジングダスタード』だ。ベノクラッシュよりも威力とスピードがあるのだが――

 

 

「………」

 

「!?」

 

 

リュウガは鼻で笑った。

すると彼の体が鏡の様に割れて、存在ごと消滅したではないか。

当然空を切る王蛇の攻撃。着地してすぐに周りを確認するが、リュウガの姿はどこにも無い。

気配すら無かった。

 

 

「チィッ! どいつもコイツもイラつくぜェ!」

 

 

変身を解除する浅倉。どうにも逃げられるケースが多い。

それにムカつくのは、リュウガは本気じゃなかった。

冷静に考えてみれば遊ばれていたのはコチラだと言う事なのか?

それにしてもあのリュウガの異様な雰囲気。それは浅倉も戦いの中でしっかりと感じている事だ。

 

 

(ただの人間じゃない。成程、主催者側も面白い事をしてくれる)

 

 

浅倉は笑みを浮かべると、杏子の無事を確認せずにリーベエリス本部の方へ足を進めていった。

どうやらあそこにいけば退屈はしなさそうだと信じて。

 

 

 

 

一方、杏子とユウリ。

王蛇がベノスネーカーを召喚した事で、杏子の体からベノスネーカー分のエネルギーが消失したが、それでもユウリと渡り合うには十分なモノだった。

ユウリはステップを踏みながら銃弾を連射していくが、杏子にとってそれは随分と遅く見える。すぐにロンギヌスで弾き返し接近していく。

 

 

「イル・トリアンゴロ!」

 

 

三角形の魔法陣が、右のリベンジャーの銃口を中心に展開していく。

銃口サイズの魔法陣には、時間と共にエネルギーが密集していくのだ。

これがもう一つの使い方だった。範囲内に相手を入れて爆発で攻撃する以外にも、銃に使用することで強力な磁力弾を放つ事ができる。

 

しかしそれには相応のチャージが必要だ。

ユウリは逃げながら、左のリベンジャーを乱射して杏子を近づけまいと動いた。

それにチャージが完了したとして、杏子を倒すには銃弾をしっかりと命中させなければならない。

弾速も軌道も普通、威力のみが高い弾丸をどう当てるかだ。

 

 

「あれ? 大口叩いてた割には逃げてるだけってか?」

 

「黙れクソブス! お前、マジで殺すから!」

 

「ハッ! いいじゃん、楽しいねぇ」

 

 

杏子は異端審問を発動。

ユウリが逃げようとした先のルートに光の群れを配置する。

飛び出してくる槍を見て、思わず動きを止めるユウリ。

そこへ杏子の多節棍が振り下ろされる。

 

 

「ぐがぁぁッッ!!」

 

「はいあたりぃ!」

 

 

膝をついたユウリの背に再び打ち付けられる槍。

倒れたところで、杏子に首を掴まれた。

 

 

「やっと捕まえた」

 

 

杏子はユウリを持ち上げると、すぐにヘッドバッドを繰り出す。

 

 

「ゴッ!」

 

「へへへッ!」

 

 

次は腹部に膝蹴りを。

 

 

「ガハァッ!!」

 

「ハハハハハ! 楽しいねぇ! 最っ高!」

 

 

杏子はユウリを投げ飛ばすと、槍先の刃を向ける。

露出された肌に刃を突き入れたら、ユウリはきっと苦しんで死んでくれる筈だ。

想像しただけで気分がスッキリする。杏子は大きな高揚感を感じながらユウリへと足を進めた。

 

ユウリは蹲っているため、表情は確認できないが、きっと悔しくて悔しくてたまらない筈だろう。

しかしそれはユウリが弱いからだ。強いヤツが勝つ、弱者は死ぬ。当然じゃないか。

 

 

「結局最後に笑うのは、力のある者なんだ」

 

 

槍を構え、トドメを刺そうと決めた。

 

 

「――いたい」

 

「あ?」

 

 

高い声が、杏子の耳を貫く。

思わず杏子は腕を止めてしまった。今のは――、ユウリの声じゃない。

そして、うつむいていたユウリが顔を上げた時、杏子は思わずロンギヌスを地面に落としてしまった。

 

 

「痛いよぉ、おねえちゃん!!」

 

「モモ――……!?」

 

 

そこにいたのはユウリではなく、たった一人の妹だった"佐倉桃子"だった。

杏子は何が起こったのか分からず、ただ目の前にいる妹をジッと見つめるだけ。

最後に別れてからどれだけ時間がたったろうか?

シルヴィスの件も露呈したが故、ちゃんとした場所でちゃんとした暮らしているとばかり思っていたが、違うのか?

 

 

「何で……、アンタがココに? ユウリは――?」

 

「分からないッ、わたしね、施設で暮らしてたらユウリって人に襲われて!」

 

「襲われた!?」

 

「うん、気がついたらユウリさんの体の中にいたの……」

 

「体の中にって……! ほ、本当なのか!?」

 

「分からない。もう何も分からないよ。怖かった……! お姉ちゃん!!」

 

 

モモは涙を浮かべ、両手を広げて姉に向かっていく。

杏子は少し戸惑いながらもモモを拒絶する事なく抱きしめた。

幸せに暮らしていると思って、モモの事を考えないようにしていたが……。

 

 

「お姉ちゃんどこ行ってたの!? モモ、寂しかったんだよッ!!」

 

「いや、それは……ッ」

 

「もう、どこにもいかないよね!?」

 

「モモ。ゴメン、アタシは――ッ!!」

 

 

ドン!

そんな音が、杏子の耳に届いた。

呼吸が止まる。杏子はゆっくりと違和感を感じた部分を見る。

 

 

「ァ」

 

 

腹部に風穴が開いているじゃないか。

文字通り穴だ。向こう側がハッキリと見えるくらいの穴。

後ろを見ると、大きな弾丸が飛んでいくのが見えた。

 

 

「な――」

 

 

喋ろうとしたら口から大量の血が溢れてきて、声にならなかった。

背後には飛び出した臓器があるのだろうか? それとも臓器ごと消し飛んだのだろうか?

分からない。何故だ。どうしてこうなった?

杏子は血にまみれた手で抱きしめている妹に目を移す。

 

 

(モモは、無事か?)

 

「――ゃはは」

 

「モ……、モ?」

 

 

喋れるのが不思議だった。おそらく魔法の力なのだろうが。

それよりも杏子が気になったのは目の前にいるモモである。

どうして彼女は――、そんなに笑顔なんだろう?

 

 

「ヒャハハハハハハハハハハハハ!!」

 

「……ぁ」

 

「ヒヒヒ! ハハッ! アハハハハハハッッ!!」

 

 

腹を抱えて笑いながら、モモは杏子から少しずつ離れていく。

ショックで混乱しているのだろうか? 杏子は本気でそう思った。

ならば妹を落ち着けなければ。モモが気の毒だと本気で考えた。

 

 

「マジぃ? アンタマジなの!? ウヒャハハハハ! む、無理! お腹痛いィィ! アハハハハハハッッ!!」

 

 

杏子は気づくのが遅れてしまった。

この状態、自分の腹部に風穴を開けたのがモモだったと言う事に。

いや、それは少し言い方がおかしいか。

 

 

「おいおいおいおいおいッ! どうした? 佐倉杏子! 嘘でしょッ!?」

 

 

正確には、モモに変身したユウリに全く気がつかなかった。

いくら外見は完璧にコピーしたとして、言い分がおかしいとは思わなかったのだろうか?

警戒はしなかったのだろうか?

 

 

「ユウリぃい……! テンメェエエッ」

 

 

掠れた声で足を進める杏子。

しかしダメージは想像以上だ。すぐに膝をついて嘔吐する様に血を吐きだしていく。

仕方ない。腹にぽっかりと穴が開いている。全身の血が面白いように流れていった。

 

 

「まさか皆殺しだの何だの言ってた杏子ちゃんがシスコンだったとは! こんなッ、想像以上に信じてくれちゃって! ハハハハ!」

 

「――――」

 

 

モモは杏子に向かって全力の回し蹴りを打った。

首が折れる程の力で吹き飛ばされる杏子。倒れたらば、何とかして立ち上がろうとする訳だが、流した血が多すぎて力が入らない。

 

早く回復しなければ。

意識をソウルジェムに集中するが、それでも時間は掛かる。

そもそも不意打ちゆえに、魔力を防御に回し切れていなかった。

杏子は悔しさに歯を思い切り食いしばる。まさか、まさか、あんな方法にしてやられるとは。

 

 

「そっかぁ、杏子ちゃんは知らなかったなぁ、アタシのま・ほ・う……」

 

 

指を鳴らすと姿がモモからユウリにチェンジする。

ゆっくりと歩きながらデッキを取り出すと、一枚、カードを抜いて地面に落とした。

そして歩き、ふいに銃で落ちたカードを撃つ。

 

 

『ソードベント』

 

 

ユウリはブラックドラグセイバーを逆手に構えると、杏子の傍に立った。

そして力を込め、刃を肩に突き刺した。

杏子の悲鳴が聞こえ、剣は肩を貫いて地面に突き刺さる。

 

 

「フフフ! ハハハハハ!!」

 

 

エリーで過去のトラウマを調べれば、その人間に影響を与えた人物を調べる事だってできる。

結果、ユウリはモモに目をつけた。妹と言う存在、狙い通り油断してくれた。

まさに大成功。ユウリはニヤニヤと、杏子の苦痛に歪む表情を楽しんだ。

 

 

「意外とお優しい部分もあるのね、佐倉さん」

 

「!」

 

「マミちゃん感動!」

 

 

ユウリはマミに変身してみせる。

杏子の怒りに見開く目が、表情が、ユウリにとっては快感だった。

 

 

「笑えるな。まだ妹と巴マミだけには信頼と安らぎをおいていたのか」

 

「ッッッ」

 

「コレがお前の弱さだ佐倉杏子!」

 

 

柄を掴み、グルグルとかき混ぜるように動かした。

刃が肉を抉り、杏子はより表情を歪ませる。

ソウルジェムにより痛覚は遮断したが、それを上回る怒りと苛立ちが身を突き刺した。

 

 

「お友達に殺されちゃう気分はどうかしら佐倉さん」

 

「うる……せぇ、戻れよ……! 殺すぞ――……ッ!」

 

「まあ、強がっちゃって! かわいいんだからぁぁあ!!」

 

「うる――ッッ! せぇえええええええええ!!」

 

 

杏子は血を吐きながらも叫び、立ち上がろうとする。

しかし剣が邪魔でうまく立てない。それにその足を、胸を、手を、目を、ユウリのリベンジャーが撃つ。

 

 

「いい加減現実を理解しろ佐倉杏子! 今のお前は虫ケラと同じだ!」

 

「ぐぁっ! グググッ!」

 

「ヒヒヒヒヒ! ハハハハハハ!! ブラボーッ! 駄目だなぁ、ちゃんと考えて行動しないと!」

 

 

ユウリはマミの姿で杏子を踏みにじった。

気分がいい。このまま終わらせようではないか。銃を降って、弾丸を赤色に変える。

 

 

「ソウルジェムごと焼き尽くしてくれる!」

 

 

銃口を杏子に向ける。

すると桃色の閃光がほとばしり、ユウリのリベンジャーを弾いた。

 

 

「ん!?」

 

 

駆け抜ける光。杏子の前に広がる翼。

ユウリはそれを確認したところで衝撃に吹き飛ばされる。

 

 

「な、なんだ?」

 

 

混乱するユウリは受身を取るのも忘れて地面に倒れてしまう。

だが、しかと見た。翼を広げて杏子を守る鹿目まどかの姿を。

 

 

「あらあら、コレはコレは! 誰かと思えば。素敵な偽善者の鹿目まどか!」

 

「………」

 

 

ディフェンデレハホヤーで駆けつけたのだろう。まどかの背中には巨大な翼が見える。

マミの姿からユウリに戻ると、やれやれと首を振った。

 

 

「何? 今いい所だから、空気読んでよ。それとも鹿目さんは他人を守ってあげる快感に目覚めちゃった?」

 

「わたしは、ただ止めたいだけだよ」

 

「止めたい? 何を? 何か勘違いしてるのでは?」

 

 

まどかはどうも自分達がゲームに乗って殺し合いをしていると思っている様だ。

いや、それは間違いないのだが、その根本を考えてみてほしいとユウリは言う。

 

 

「これ、正当防衛。当然の事なんだ」

 

「っ?」

 

「ゲームを止めたいとか、戦いを止めたいとか、もう止めないか?」

 

 

ユウリは一つ、例をあげる。

 

 

「ゲームに勝つために殺すのと、生き残るために殺すの。そこに何の違いが?」

 

「それは――」

 

「貴女が戦わないのは勝手だ。でも、そこにいる女はアタシらを殺そうとする。だったらコッチも生きる為に戦うのは当然だろ?」

 

 

確かにユウリの言っている事は一理ある。

戦いたくないと喚き続けても、戦わなければならない現実。

まどか達だって何度と無く、そういった状況には陥ってきた。

 

 

「だからさ、もういいじゃん。委員長ごっこは終わり。ソイツ殺そう?」

 

「………」

 

「なんならこのユウリ様と手を組む? 織莉子とかブッ殺そうじゃない」

 

「ごめんユウリちゃん。わたしはそれでも、戦いたくないの」

 

 

ピクリと眉を動かすユウリ。

やはりまどかの答えはそれだった。予想していた事ではあったが。

 

 

「だぁかぁらぁああ!!」

 

「わたしはユウリちゃんとお友達にはなりたいと思うけど。傷つけあいたいって絶対思わないから」

 

 

それは杏子にも言える事だ。

確かに殺られる前に殺れと言うのは、このゲームの本質かもしれない。

両手を広げて相手を受け入れるつもりの考えでは、傷つけられるだけかもしれない。

 

 

「それでも、お互いが武器を捨てれば――!」

 

「いやいやッ、できると思ってるの?」

 

「うん」

 

「相変わらず脳みそがお花畑! それを摘んでハーブティーにしたいレベル!」

 

 

ユウリはわざとらしくリベンジャーを見せ付ける。

 

 

「そもそもこのアタシ様が武器を捨てない! どうするの? 委員長!」

 

「じゃあ分かってもらうまで、わたしは食い下がる」

 

 

まどかは凛とした目でユウリを見つめていた。

 

 

(下手に力をつけた分、それが自信に回っていると言う訳か)

 

 

ユウリは鼻を鳴らしてまどかを睨む。

二人の視線がぶつかり合い、お互いは全く動じる気配を見せない。

 

 

「貴女が戦いたいなら、わたしだって相手になる」

 

 

でも殺さない。

傷つけあう事になったとしても、武器を落とす為に戦う。

 

 

「なんの想いを抱こうが、相手を殺せば結果は同じだ」

 

「わたしは守るために傷つけるかもしれない。でも、絶対に命は奪わない」

 

「それは、お凄い! へし折りたくなるなァ!」

 

「………」

 

 

まどかは何も言わず、杏子の肩に刺さっていた剣を引き抜く。

すぐに止血をすると、杏子を抱きかかえて翼を広げた。

ユウリは、何もしない。こうしてまどかは飛び去っていった。

 

 

「フン」

 

 

誰もいなくなったフィールドに、ユウリは一人佇む。

杏子を仕留めきれなかったのは残念だが、『弱点』が分かっただけでもこの戦いに価値はあった。

どうせまた本部にやってくる筈だ。ユウリは踵を返してリーベエリス本部へと戻っていく。

 

 

「鹿目まどか。思ってたよりウザいなアイツ」

 

 

でも楽しみだ。あんな事を言っていたまどか。ぜひとも彼女の目の前で弟を殺したい。

そうすれきっと闇に落ちる。憎悪を解放させる。

傷つけない? 殺しあわない? それは知らないからだ。本当の憎悪と言うものを。

 

ぬるい世界で生きてきたお嬢ちゃんに、激しい憎悪が宿れば、きっとそれはより強く燃え上がる炎になる。その時にまた同じ事が言えるだろうか?

ユウリは唇を吊り上げ、本部へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

暖かい。

杏子はゆっくりと目を開けた。いつの間にか気絶していた様だ。

それにしても清清しい気分である。それは傷が大分回復しているからであろうか?

完全に貫通していた腹部も今はもうすっかり元通りだ。

 

杏子は腹部を擦る。

至るところに包帯が巻かれており、魔法だけの治癒でない事が分かった。

周りを見ればそこは大きな公園の一角。人がこない様な散歩道の、さらに端。

 

 

「ごめんね、こんな所で」

 

「アンタは……」

 

 

鹿目まどかは優しい笑みを浮かべて杏子に回復魔法をかけていた。

 

 

「……どうしてあの場に?」

 

「リーベエリスに向かう途中で見かけて」

 

「ふぅん」

 

 

杏子は非常に危険な状況ではあったが、ソウルジェムが無事ならば魔法少女に完全な死は訪れない。

それにまどかにはパトリシアがドロップしていたグリーフシードがあった。

魔力が確保できるのだから、回復には専念できる。

それだけじゃない、グリーフシードを全て使用して、まどかは杏子のソウルジェムを浄化した。

 

 

「もういい」

 

「あ!」

 

 

杏子は起き上がると、改めて自分の体を確認する。

ご丁寧に敷物をして、包帯や絆創膏まで。

 

 

「これは?」

 

「あ、うん。近くの薬局で買ったの」

 

 

そこでハッとするまどか。

少し顔を赤くして、もじもじと。

 

 

「なんだよ?」

 

「あ、あのね。包帯を巻かなきゃと思って……、あの、その」

 

「ああ。別に今更、裸なんて誰に見られたって構やしないよ」

 

「わ! わ! ご、ごめん」

 

 

杏子はまどかの前で包帯を乱暴に引き剥がしていく。

思わず赤面したまま後ろを向くまどか。

 

 

「服、取ってくんない?」

 

「う、うん」

 

 

まどかは丁寧にたたまれた服を渡す。

杏子は何も言わずにそれを受け取ると、もう一度自分の体を少し見回してみる。

それほど時間は経っていない筈だ。にも関わらず穴が塞がっている。

まどかの固有魔法は回復ではないのに、たいした治癒能力ではないか。

 

 

「杏子ちゃんはさ……、し、下着とかしないの?」

 

「上な。何か面倒でさ」

 

「だ、駄目だよ……! 女の子なんだから!」

 

「いいよ別に。誰も見やしないし。それに締め付けられるって言うか」

 

「体に合ってないだけだよ。もし良かったら、あの、一緒に見に行く?」

 

 

杏子はうんざりしたようにため息をついた。

 

 

「アンタ、フールズゲームって知ってる?」

 

「それは……、分かってるけど」

 

「分かってないッつーの! だって――」

 

 

杏子はバツが悪そうに頭をかくと、何度か頷いて座り込んだ。

 

 

「悪い……、その、何て言うかさ。助かったよ」

 

「うん、いいよ」

 

 

まどかは友達に向ける笑みと変わらぬモノを杏子に向けた。

それを見て、杏子は気まずそうに目を逸らす。

 

 

「ありが――、とう」

 

 

小さくつぶやいた言葉。まどかは何も言わずに頷くだけだった。

だがその時、杏子の脳裏にフラッシュバックしていく記憶。

過去にも何度、『ありがとう』と笑顔で口にしただろうか?

父親に、マミに、そしてシルヴィスに。その結果どうなった。

 

 

『人を惑わす薄汚い魔女め!』

 

『所詮化け物がッ!!』

 

「………」

 

 

歯を食いしばる杏子。

ユウリに頭を踏まれた感触が残っていた。

言葉にすれば思い出す。行動にすれば結果が伴う。杏子の目から徐々に光が消えていく。

そうだ。何をしていたのか。優しさの果てにあるのは結局弱さだったではないか。

モモ、マミ、そしてまどか。また間違えていた様だ。

 

 

「鹿目、だったよな?」

 

「うん、まどかって呼んで」

 

「オーケー、了解さ、まどか」

 

 

杏子は立ち上がるとソウルジェムを取り出して魔法少女の姿へと変身する。

 

 

「杏子ちゃん……?」

 

「まどか。助けてくれた礼に、天国へ送ってやるよ」

 

 

 

 

 







実際、俺が一番最初にまどあんの可能性に気づいていたって言う話は何回もしたと思う。
質の高いマギカリストなら、気づいていたとは思うんだけど。
うーん。試されてるって言うのかな?
でも皆も分かってる筈だと思う。


( ^ω^ )当然だよね。









( ^ω^ )当然だよね(適当)


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第39話 理想と現実 実現と想理 話93第

ちょっと最後の方追記しました。



 

 

ガキンと、槍が何かにぶつかる音がした。

 

 

「……っ!」

 

 

もし、変身して結界を構築していなければ、今頃まどかは串刺しになっていただろう。

それだけの力を感じた。明確な殺意。杏子は、確かにまどかを殺そうとしたのだ。

 

 

「杏子ちゃん……!」

 

「ハッ! 助けてくれたから協力すると思ったか?」

 

「それは違うよ、わたしはただ!」

 

「うるせぇ! その上っ面の慈悲が。報酬目当ての偽善がイライラするんだよ!」

 

 

杏子はそう吐き捨てると、魔力を解放して巨大な多節棍を背後に出現させた。

最後の審判。まるで生き物の様にうなる槍にに杏子は飛び乗っていく。

 

 

「わたしは、あれがユウリちゃんでも同じ事をしてたよ」

 

「だから? アタシがアンタを殺すのは決定事項さ! これはフールズゲーム! 殺すのがルールってもんだろ!!」

 

「………」

 

 

まどかは天に向かって手を掲げる。

昼間だと言うのに空には眩く輝く星の群れが生まれる。

 

 

「輝け、天上の星々アスモデル!」

 

「ハッ! また天使様か!?」

 

「煌け、雄雄しきタウラスッ!!」

 

 

まどかの背後に牡牛座の光が並ぶ。

それを見て笑みを浮かべる杏子。そうだ、戦えばいい。

相手を殺す事によって強さは証明される。

 

 

「創造を叶えし闘揮(とうき)の光よ。万物を破壊する矢と変わり、我を照らしたまえ!!」

 

「何ゴチャゴチャ言ってんだよ! マミに影響されすぎだろ!」

 

 

やはり杏子がマミの元弟子なのか。

まどかは複雑な思いを胸に宿しながら、弦を引き絞る。

少しだけ時間がズレていたのなら、杏子と一緒に戦っていた世界もあったのかもしれない。

しかし全ては過去の事だ。ありえたかもしれない世界に縋るのは虚しいだけだ。

 

 

「壊せ! 雄牛!!」

 

「死ね! 鹿目まどか! お前は目障りなんだよォオオオ!!」

 

 

光が最大となり、まどかは弦から手を離す。

同時に槍を発射する杏子。血の様に光る力と、穢れ無き純白の光がぶつかり合う。

 

 

「スターライトアロー!!」

 

 

発射されるのは矢ではなく巨大な光の『牛』だった。

豊かさの天使であるアスモデル。雄牛とは言うが、巨大な二本の角がある。

牛と槍がぶつかり合った。アスモデルはスピード、威力共にまどかが以前使った『射手座』よりは劣る。

 

しかし雄牛座にはある特殊能力が存在していた。

それは『相手の攻撃』に牡牛座をぶつけた場合、その攻撃を打ち破る為の力が倍増すると言う事だ。

つまり攻撃に当てる攻撃と言うこと。巨大な二本の角は溢れんばかりの光を放ち、雄牛は杏子の槍を破壊するために空を翔る。

 

 

「!」

 

 

アスモデルが杏子の槍を粉々に破壊した。

これでいい。まどかは悲しげな眼で崩壊していく槍の残骸を見ていた。

 

 

「っ!?」

 

 

しかしそこで気づく。槍を発射させた杏子がどこにもいない。

 

 

「ウラアアアアアアアアアアアア!!」

 

「!!」

 

 

槍は囮。杏子はまどかが槍を破壊している間に、距離を詰めていた。

まどかはすぐに結界を形成して拳を受け止めようとするが、その瞬間に真下から槍が生えてくる。

異端審問。まどかが主に使用する結界はドーム状のバリアや、前方に形成する板状のバリアだ。

いずれにしても地面から槍を生やす攻撃を防ぐことはできない。

 

 

「あぐっ!」

 

 

槍が皮膚を裂いた。

痛みが魔力の配分を狂わせ、結界の強度が弱くなってしまう。

杏子はまどかの結界を蹴りで打ち破ると、拳をまどかの頬に思い切り打ち込んだ。

揺れる視界。まどかの動きが鈍る。杏子は槍を構え、まどかの頭部を一突きにしようと踏み込んでいった。

 

 

「はい、そこまでー」

 

「!!」

 

 

銃声が聞こた。

飛んできた弾丸は杏子の槍を弾き、まどかを守ってみせる。

ゾルダ。どこから湧いてきたのかは知らないが、いい所で邪魔をする。

 

 

「お前――ッ!」

 

 

どうせ一発二発撃ち込まれた所で致命傷にはならない。

杏子はゾルダを無視するようにして槍をまどかへと向ける。

だがその瞬間、再び銃声が。それも連射だ。槍を持っている手に次々と弾丸がめり込んでいく。

 

 

「痛いな! おい、邪魔するんじゃねぇーよ!!」

 

 

杏子は腕をまどかの首に回して、盾にする。

 

 

「動くとコイツの喉を掻っ切るぜ」

 

「どうせ、動かなくても殺すでしょ」

 

「テメェ……!」

 

 

ひょうひょうとした態度のゾルダ。

なるほど、浅倉がコイツを嫌うのも納得だと杏子は思う。

つくづくこう言うタイプは気に入らない。

 

 

「ごめん、杏子ちゃん!」

 

「!」

 

 

まどかの背中から光の翼が生え、杏子を吹き飛ばしていた。

厄介な能力ではないか。杏子はカウンターにと槍を発射するが、まどかの結界を破壊するには威力が足りないようだ。

 

 

「なんどだって止めてみせる!」

 

 

羽ばたくと槍が飛んでいく。

信念に満ちた光が、まどかの瞳にはあった。

 

 

「ああ! クソッ!」

 

 

どちらにせよ、ゾルダは攻撃できない。

 

 

「次は本当に殺す。たとえ騎士がいても、絶対にぶっ殺す!」

 

 

杏子は頭を掻き毟ると、ポケットからグリーフシードを取り出してまどかに投げる。

 

 

「え? これって……」

 

 

ポカンとするまどか。

しかし杏子はもう既に飛び去っていった。

複雑な女心と言うものなのだろうか? ゾルダは軽蔑混じりに鼻を鳴らすと変身を解除した。

 

同じく変身を解除したまどか。

すると自然に膝が折れた。震える手で、殴られた所をを撫でていく。

殴られた事に対して悲しんでいるよりも、襲われた事に対して悲しんでいるのだろう。

 

 

「女の喧嘩ってのは怖いねぇ」

 

「そんなのじゃないですよ。それより、ありがとうございます。助けてもらっちゃって」

 

「俺も王蛇ペアは敵みたいなモンだし。利害が一致したって事さ」

 

 

同じくリーベエリス本部に向かおうとしていた北岡は、その途中に杏子達を発見する。

しばらく様子を見ていたのが、まどかが襲われた所でチャンスと踏んで登場したわけだ。

 

 

「アイツ等、俺の事務所まで燃やしやがった」

 

「わたしも、多分きっと弟があそこに」

 

 

北岡としては犯人を見つけて銃弾をブチ込んでやりたい気分だった。

放っておけば真司達が何とかする可能性もあるが、そんなのを待っていられるほど暇じゃない。

それに北岡には一刻も早くゲームを終わらせなければならない理由があった。

故に参加者が集まるだろうエリス本部は好都合でもある。

 

 

「ま、まどかちゃん大丈夫!?」

 

 

しばらくして連絡を受けた真司が駆けつける。

どうやら蓮や美穂達は既にリーベエリスに侵入して黒幕と思われる魔法少女を探しているらしい。

 

 

「北岡さんは?」

 

「俺も行こうかね。今回ばかりは仕方ないし」

 

 

馴れ合いは性に合わないが、本部には既に話の通じない連中ばかりだ。

それに加えて敵の魔法少女も何かしらの対策はとっているだろう。

 

 

「それにおそらく、王蛇ペアも必ず本部にやってくる」

 

「あぁ、まあ、それは確かに」

 

「俺にも良心はある。浅倉をあんな風にした原因の一つは俺だ」

 

 

決着をつけるという程のものじゃないが、13階段から叩き落す役割くらは担っても良いと思っていた。

 

 

「いやッ、だから殺すのは――」

 

「はいはい、行くぞ。今回は俺も協力してやる」

 

 

自分にはパートナーがいないのだから。

それを言う事は無かったが、不利であることには変わりない。

現実的な話し、勝ちを目指すならばなるべく危険そうなヤツから消していきたいのが本音であった。

 

 

「利害も一致してるし、一時的に手を組みますか」

 

「あ、ああ……、よろしくな先生」

 

 

手を差し出す真司だが、北岡はそれを華麗にスルーするとまどかに声をかけた。

北岡は知りたかった。あの状況で殴られたまどかの気持ちをだ。

北岡からしてもまどかは少し異常とも言える『善意』をかざしている。

純粋と言うにはあまりにも無謀。とはいえ、無知な馬鹿と言うには少し違う。

 

 

「助けても、結局アイツ等は君の望む行動をしない」

 

 

現に杏子はまどかを殺そうとした。

 

 

「無駄だと思わないのか?」

 

「それは――」

 

 

まどかはしっかりと首を振る。

 

 

「わたしが杏子ちゃんを助けたのは、傷ついていたからで、それは嘘じゃないです」

 

 

あのままならば確実にユウリは杏子を殺していた。

だから止めた。助けたからと恩を売るのでなく、本当に杏子を守りたかったから守った。

守れる力があったから行動した。それだけだと、まどかは言う。

 

 

「もちろん、それで杏子ちゃんが分かってくれたら……、って思いも少しはあったんだろうけど」

 

「分からないよ。あんな屑は絶対」

 

「そんな……」

 

「もう見てて分かるだろ、本気でそう思っているとしたら、お前は愚か者だ」

 

 

分かってきた。

きっとまどかは何度だって杏子に手を差し伸べるだろう。

だがその手は何度と無く振り払われ、あげくには切り落とされるかもしれない。

何度と無く裏切られ、何度と無く傷つけられ、好意を無駄にされてまで守る価値はあるのか?

裏切られると分かっているのに信じる意味はあるのだろうか? 北岡は疑問だった。

 

 

「それでもわたしは、手を出すよ」

 

「………」

 

「何度裏切られても、何度だって信じます」

 

「あー……、自分が馬鹿だなって思う時は?」

 

 

まどかは笑う。

確かに馬鹿な考えだとは思うが、これが『自分』なんだから仕方ない。

そうしなければ自分の心の中にモヤモヤが残る。だから自分は、最後まで『鹿目まどか』であるために手を伸ばす。

 

 

「分かってもらえなくても、傷ついている人がそこにいれば、わたしは助けたい」

 

「あぁ、そう」

 

 

それは確かに立派な事だ。

北岡は理解できない部分もあるが、意味が分からない訳ではない。

しかしその行動には一つ、大きな問題が存在している。

それをまどかは分かっているのだろうか?

 

 

「君がアイツを助けた事で、もっと多くの死体が出るかもしれない」

 

「――ッ!」

 

 

まどかは苦しげな顔をして胸を掴む。

理解していなかった訳じゃないが、その問題に直面する事を考えないようにしていた所もあるかもしれない。

確かに治療した杏子がその後に人を殺せば、それはまどかが殺したも同じかもしれない。

 

 

「わたしは――……」

 

 

明確な答えが見つからない。

分かる。理解する。どうして自分の行為が偽善だと言われるのかを。

 

 

「わたしは……」

 

 

言葉が出なかった。まどかは苦しそうに地面を見る。

 

 

「俺はどっちかって言うと参戦よりだけど、もしも本当に戦いを止めたいなら佐倉杏子は殺さなくちゃいけない」

 

「………」

 

「それが戦いを止めるって言う道を選んだ覚悟と責任じゃないのか? そうだろ? 中学生」

 

「う、うぅぅ」

 

 

言い返したいとは思えど、北岡の言葉に反論できる自信が無かった。

 

 

「もしも佐倉杏子がさ。治った足で君の親なんかを殺したりしたら、君は本当に自分の行動が正しかったと思えるのかね?」

 

「それは、その……、あの、えっと――ッ」

 

「間違ってない」

 

「!」「!」

 

 

まどかと北岡は眼を丸くする。見れば真司がまどかの前に立っていた。

 

 

「まどかちゃんが杏子ちゃんを助けた事は、絶対に間違ってないだろ!」

 

「なんでだよ?」

 

 

真司は頭をかいて唸る。

 

 

「いやッ、それはちゃんと説明はできないけど……」

 

「なんだそれ、結局馬鹿が呟いただけか」

 

「馬鹿って言うな! 馬鹿って! 確かに……、まどかちゃんのやった事は100パーセント正しいとは限らないかも」

 

 

現に杏子は今からリーベエリスに向かって、メンバーを皆殺しにする勢いだった。

その責任は多少なりともまどかにあるかもしれない。

 

 

「でもだからって見殺しにしたり、殺すなんて違うだろ! そんなのゲームに乗っているのと同じじゃないか!」

 

 

自分達はゲームを否定し、あくまでも人間として生きたいんだ。

それに殺せば終わる。死ねば終わるという考えも、真司は納得できないものだった。

 

 

「殺す覚悟ってなんだよ。そんなのただ――ッ、ゲームに飲み込まれてるだけじゃないか。分かり合えないから、言っても無駄だからって殺すのかよ!」

 

 

何のためにこの世界に法律があるのか?

なんの為に罪を裁くルールがあるのか?

沢山殺したからソイツをすぐ殺して連鎖を止めましょう。

言っている事は分かるが、どこか納得できなかった。

 

 

「アイツは即死刑だよ。殺した責任なんて欠片とて感じてない」

 

 

それは浅倉やユウリにも言える事だろう。

奴等は狂っている。もう人じゃない、だから罪の意識なんて生まれる訳も無い。

サイコに狂った化け物は、言葉を聴かずして始末する以外は無いんだと北岡は考えている。

 

 

「街に野獣が現れたら、即射殺するだろうと?」

 

「たとえどんなに狂っていたとしてもアイツらは人間じゃないか!」

 

 

どんなに似ていたとしても、人は人だ。

その事実から逃げてはいけない。その事実を軽視してはいけないと真司は思っている。

最も大切なのは、杏子達に自分の罪を自覚してもらう事じゃないのか?

 

 

「人を超えた力を持つ俺たちだからッ! 人の命を簡単に諦めちゃ駄目なんだろ!!」

 

 

参戦派の誰もが簡単に人を殺す。

まるでそれが当たり前だと言う様に他者の命を奪っていく。

真司としても参戦派の連中はブン殴ってやりたいほどに大嫌いだ。

ただ、だからといって死んでいいのか? それは疑問だった。

真司はジャーナリストだ。理解できないから記事が書けないなんて言ったら編集長と令子に死ぬほど怒られるに決まってる。

 

 

「人を殺す事は絶対に、正当化しちゃいけない事だろ!」

 

 

たとえソレがどんな罪人だったとしても。

たとえ世界のルールが変わったとしても。

杏子達はあまりにも人を殺しすぎている。だからといって死ねば、杏子達がどんな想いを抱いていようが許されるのだろうか?

 

 

「死ねば全てが終わっちゃうだろ。だからこそ、生きないと……」

 

 

たとえその後に罪の意識に押しつぶされて死のうが、まずはその過程が抜けているとしか思えなかった。

 

 

「だから早くこんなゲーム止めないと駄目なんだよ」

 

 

人の命の重さを狂わせるゲームをだ。

既に犠牲者は100人以上を越えている。復活の為に殺した50人など、浅倉達は顔さえ覚えていないはずだ。殺す事が当たり前になり、そこに何の疑問も持たなくなる。

 

彼らは人間だ、その事を彼ら自身が忘れているのではないだろうか?

それを思い出させる為にも、簡単に死んで終わらせるなんて許せない。

 

 

「だからまどかちゃんは、間違ってない」

 

 

何よりも、傷ついた者を救いたいと思う気持ちが罪になっていい訳が無い。

 

 

「真司さん……」

 

「なるほどね、ただの馬鹿かと思ったら馬鹿なりに考えてるんじゃない」

 

「アンタ、やっぱ失礼だな!!」

 

 

それにと、まどかは口を開いた。

可能性はある筈だ。杏子は自分にお礼を言ってくれた。

 

 

「お礼?」

 

「うん、ありがとうって……」

 

「でも、その後殺そうとしただろ」

 

「そうかもしれない。でも、魔法少女にとって一番大切なグリーフシードだってくれた」

 

 

根っからの悪人なんてこの世には存在しない。

たとえどんな残忍な性格の持ち主だって、心のどこかにほんの僅かな良心。優しさを持っている筈だ。

 

現に杏子は少し前までは、マミと笑い合っていたじゃないか。

浅倉だって杏子とはうまく行っている筈。ユウリだってきっとそんな人がいる筈だ。

それはリュウガなのか、他の者なのかは知らないが。

 

 

「きっと分かってくれるよ。わたしは今日のお礼を信じたい」

 

「………」

 

 

無理だろ。

そう思いつつも、北岡はそれ以上何も言わなかった。

別に、まどかの心を否定する意味も無い。浅いとは思うが。

 

思うが――、それは北岡に起こっている問題でもあった。

何故、参戦派を目指そうとするのにさやかを蘇生させないのか?

何故北岡は人を殺さないのか。何故燻っているのか?

 

それは別に人を殺す事が怖いからではない。

人を傷つける事に後ろめたさを感じているのではない。

知っているからだ。浅倉を、杏子を見て、人が人で無くなると言う事を。

そしてまだ北岡の心を刺激するいくつかの要素がある。

 

 

『先生は、最後まで人でいてください』

 

 

いつか、いつの日か、言われた言葉があった。

 

 

『センセーは……、誰も殺さないでね――』

 

 

どうでもいいと思っていたヤツに言われた言葉がある。

全ては、人である事を望んだ言葉だった。

北岡は知っている。人は誰しも、『獣』に変わるスイッチを持っている。

それを押した者は、人である事を放棄する。人である事を忘れる。

押す理由? それはいろいろある。北岡はいくつか心当たりがあった。

 

その一つが、人を殺す事をなんとも思わなくなる時。当たり前だと思ってしまう時だ。

だから北岡は引き金を引けなかった。勝ち残るにはモンスターにならなければならない。

それを自分は受け入れられるとばかり思っていたが、果たして本当にそうなのだろうか?

 

 

「………」

 

 

城戸真司は馬鹿だ。鹿目まどかは愚かだ。

自分達が行っている行動が不可能な事だと知っている筈なのに、それを認めようとしない。

そして必ず希望があると信じている。愚直、愚鈍、ああなんて愚かなんだ。

北岡は心の底から彼らを軽蔑した事もあったし、今だって馬鹿なヤツだと思ってる。

 

結局彼らは何も変えられないだろう。

いつか裏切られて死ぬに違いない。

 

しかし、彼らは人間だ。

他の参加者の誰よりも人として輝いているのではないだろうか?

もちろんその龍騎ペアがゲームの途中で闇に堕ちる可能性だってある。

 

しかし何故か北岡はそう思わなかった。

龍騎ペアはきっと最後まで愚かな馬鹿でい続けるんだろう。

そして同時に、最期の瞬間まで『人』であるのだろう。

 

北岡は、ソレを少し羨ましいと思った。

北岡は自分が大好きだ。自分に自信がある。美味い物が好きだ。ゴルフも好きだ。

美しい顔をしている自分が大好きだ。

 

人間である北岡秀一が大好きなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、ついた」

 

 

あれから歩くこと十五分ほど。

北岡は冷めた表情でリーベエリス本部を見上げた。

 

 

「誰もいない」

 

 

無音だった。

いつも本部の周りには多くのエリスメンバーが挨拶活動や、本部の案内をしてたり活気付いている。

だが今は世界が滅んだかのように静かだった。

 

 

「あ、何か貼ってあるよ」

 

 

まどかは壁にあった張り紙を見てなるほどと唸る。

エリスは昨日からメンバー以外の人間を、立ち入り禁止にしているようだ。

 

 

「だから誰もいないんだ」

 

 

実際、少し歩くと立ち入り禁止の張り紙と、柵が用意されていた。

 

 

「あれ壊してよ」

 

「え? い、いんですか?」

 

「いいからいいから。訴えられたら無実にしてやるさ」

 

 

まどかとしては初めて行うかもしれない規則を破る事。

しかし仁美達の命がかかっているのだから仕方ない。

矢で柵を吹き飛ばすと、そのまま突き進んでいく。

 

始めに庭園が出迎えてくれる。

石畳の道。噴水や小鳥達がさえずる庭は、まるで楽園のようだ

 

 

「天国かもね。文字通り」

 

「……っ」

 

 

入り口の前にやってくる三人。

ドアはロックされている様だ。北岡は一歩後ろへ下がってデッキを突き出す。

装着されるVバックル。北岡はそのまま『牛の角』現すように、肘を曲げて腕を広げる。

 

 

「変身」

 

 

デッキをセットした北岡、彼の姿がゾルダへと変身を遂げる。

マグナバイザーを構えると、何の躊躇いも無く入り口のガラスを破壊する。

 

 

「「………」」

 

 

本当は良くない事だ。

良くない事だが――、そうしなければならない。そうしなければ間に合わない。

真司とまどかも、それぞれ騎士と魔法少女に変身する。

 

二人の姿が変わった時、エントランスホールのどこかから小さな悲鳴が聞こえた。

それは紛れも無く『誰かがどこかで見ている』と言う証拠だった。

悲鳴を上げると言うことは、その人物達は紛れも無く騎士の姿に恐怖しているのだろう。

 

 

 

 

 

 

一方、エリス本部からは離れた場所。

見滝原の外れにあるのは射太興業の事務所である。

そこでは、先ほどから何度となく銃声が響いている。

怒号を吐き出し、引き金を引く男達。同じく叫びながら刃物を振るう男達。

しかし悲しいかな。彼らは強いが――、ただの人間でしかない。

 

 

「戦え――」

 

 

鳴き声をあげて斧を振るう怪鳥に、誰も何もできない。

 

 

「戦え――」

 

 

幻影を纏い、不規則な動きを描くチャクラムからは誰も逃げられない。

 

 

「戦え」

 

 

金色の羽が事務所に舞い落ちていく。誰も逃げられない、誰も逃がさない。

入り口の傍では、腕を組んでいる金色の騎士が立っているからだ。

その隣では哀れみの視線を送っている少女が一人。

火種を生まなければ、生き永らえたのに。

 

 

「戦え、僕の為に」

 

 

オーディンが言う。

その命令をガルドストームとガルドミラージュは速やかに遂行するまでだ。

織莉子達はあれから射太興業に向かい、どうして自分達が狙われているのかを調べる事にした。

情報の出所はどこなのか? それを指示した魔法少女は誰なのか? 手がかりを探るためだ。

そしてなによりも、自分達の邪魔をする障害を排除する為に。

 

 

「ゲルルルル!!」

 

「………」

 

 

ガルドストームが回転すればそこに小規模の嵐が巻き起こる。

ガルドミラージュが光を放てば幻影が空間を支配する。

瞬く間に潰えていく命。聞こえてくる断末魔。

どれだけ数がいるのかは知らないが、少なくとも事務所にいた人間は一人残らず命を枯らしただろう。

 

 

「脆い」

 

「ええ、本当に」

 

 

オーディンはゴルトフェニックスを呼び寄せると、事務所にあった死体のみを焼き尽くす。

そして排出された魂をミラーモンスター達は食事として取り込むのだ。

 

 

「へぇ、綺麗になったねー!」

 

「そうね、あとは少し調べ物をしましょうか」

 

 

三人はここに来る途中、エリスのバッジをつけた人間達に『銃』で狙われた。

彼らはキリカが始末したが、織莉子たちにはどうにも引っ掛かる部分がある。

組員を殺して回る途中、だいたいの情報は手に入れた。

ユウリが上条やキリカに変身して組の幹部達を殺した。

そして最後はユウリが織莉子に化けて組長を殺したのだ。

 

それははじめから予想ついていた事だ。

もう一つ浮かぶ疑問は、何故一般市民である筈のリーベエリスメンバーが武器を持っていたのかだ。

織莉子と上条は、この射太興業に秘密があると睨んだ。

 

 

「これは……」

 

 

オーディンは上条に戻ると、事務所のパソコンにあるデータを覗いてみる。

丁度整理していた途中なのだろう。画面には、なにやら取引の内容が記載されているではないか。

 

 

「織莉子、これを見てくれないか」

 

「なるほど、そういう事でしたか」

 

 

モニタに記載されていたのは、銃や爆弾等の武器を中心とした売買の記録だった。

海外から射太興行は武器を仕入れ、それを国内にて違法販売する。

警察にも数名の協力者がいるらしく、そしてその中にはリーベエリスの名前もあった。

 

 

「まさかチャリティーを中心とした団体が、裏で暴力団と武器の取引をしていたとは」

 

「あの集団はあまりにも胡散臭いものでしたからね」

 

 

それに取引をしていたのは武器だけではない。

なにやらよく分からない文字列や、その隣には数字が記載されている。

 

 

「エリス側も何かしらの売買を射太興行と共に行っているのかしら」

 

「しかし引っ掛かるな。何故そんな面倒な事を彼らは行っているんだろう」

 

 

そもそもリーベエリスの本当の目的はなんなのだろうか?

チャリティーそのものを重要としているならば、射太興行とは関わりを持たぬ筈。

取引を行うと言う事は、金銭のやり取りがまず浮かぶ訳だが、リーベエリスには資産家のスポンサーまでついている。

 

 

「純粋な金が欲しいのならば何も知らないメンバーから搾り取れる筈だろう」

 

 

その違和感がどうしてもリーベエリスにあった。

明確な目的があやふやで、さらにそれが胡散臭いと来る。

 

 

「評価が欲しいのであれば、こんな危ない取引はしないものね」

 

 

現にこうして織莉子達はリーベエリスの秘密を知った。

確かに暴力団の事務所に忍び込もうと言う人間はいないだろうが、こうしてパソコンにはロックすらかけない始末だ。

さらに言えば、いずれこの秘密をネタに、射太興業に揺すられる可能性を考えなかったのか?

 

 

「つまり金銭以外の目的があると?」

 

「武器を手に入れる為でしょうか? テロリストの類だとすれば?」

 

「しかしリーベエリスは――、その前のリーベの歴史は古い。それまでは目立った行動を起こしていない」

 

「確かに。武器を持ち出してきたのも今回が始めてのようですし」

 

 

一体彼らは何がしたくてリーベエリスを確立させたのだろうか?

人を助ける救いの団体か。それとも暴力団と取引を行う裏の目的なのか。

そしてその先にある筈の、彼らの真の目的とは何なのか。

 

 

「リーダーのコルディアなら、何か知っているかもしれないね」

 

「最悪、一度話を聞く必要があるかもしれません」

 

「それに、気になる事はまだあるんだ」

 

 

リーベエリスが関わりを持った裏の組織は、果たして見滝原の射太興行だけなのだろうか?

言ってしまえば暴力団など日本中に存在している筈だ。

そしてリーベエリスの起源は見滝原では無い筈。

世界中の組織と関わりを持っているのか? そうなると余計に正体が分からない。

 

 

「リーベエリスは確かにチャリティー活動を行っている面もある」

 

 

上条もつい最近、リーベエリスのドキュメント番組を見かけた程だ。

なにやら学校が無い国に学校を作ったり、災害があった地域には必ず支援を行いに向かう。

そういった確かな実績も組織には存在している。それに闇の組織との繋がりがあると知っているのは一部の者達だけだろう。

 

 

「F・Gには関係ないのでしょうが。少し、気になりますね……」

 

 

織莉子は心に引っ掛かる物を感じていた。

と言うのも、父が過去に掲げていた目標として暴力団の追放があった。

そもそも織莉子は、今日のこの日まで見滝原に暴力団の類が存在していた事を知らなかったのだ。

未来を視た時、その存在が見滝原にいる事に驚きを隠せなかったほどである。

 

 

「仕方ないさ、僕だって知らなかった」

 

「ええ、目立って活動する筈もないですし……」

 

 

ザワザワと嫌な悪寒が背中に走る。

射太興業に関してのニュースを見かけた時は無い。

それだけ彼らは表で目立った活動をしていなかった。

 

 

(父は、射太興業の存在を知っていたのだろうか?)

 

 

織莉子は取り付かれた様に次の部屋に向かう。

不可解な死を遂げた父。それに通ずる手掛かりがココにはあるんじゃないだろうか?

織莉子にはそう思えてならなかったのだ。

 

 

「織莉子ぉ、さっきさ、変なヤツが変なモノもって逃げようとしてたんだよ」

 

「?」

 

 

組長の部屋を漁っていると、キリカが声をかけてきた。

なにやら射太興行にとって一番大切なモノがどうのこうのと言っていたらしい。

織莉子はキリカからその『変なモノ』とやらを受け取る。

上条も少し興味があるのか、織莉子のところにやって来た。

 

 

「USBメモリかい」

 

「データを移したんでしょうか」

 

 

織莉子は早速それを使って、中のデータを確認しようと試みる。

しかし流石にコレにはロックが施してあり、そこから三人の悪戦苦闘が始まる。

とりあえず事務所にパスワードの手がかりを探し、そして手当たり次第に試してみる。

気の遠くなる作業かと思われたが、ある時にキリカが適当にボタンを押すと――

 

 

「「!?」」

 

 

ロックが解除されて様々なデータがそこに晒された。

なんて運の強い。織莉子はキリカを抱きしめてお礼を告げていた。

 

 

「ありがとうキリカ、ああ! 愛してる」

 

「!!」

 

 

キリカは真っ赤になって嬉しそうな顔を浮かべた。

しかしそこで織莉子の表情が険しくなる。未来が微弱な変化を遂げた様だ、それは佐倉杏子とまどかの会話から。

 

 

「鹿目まどかが少し早めに着きそうですね」

 

「僕らもそろそろ向かおうか。データーをコピーすれば後からでも確認できるし」

 

「………」

 

 

未来を視れる織莉子。

自分達はこのUSBの中身を確認できる事が約束されている。

現に中身を見ている所を予知できた。

 

しかし織莉子の表情は暗い。馬鹿な事だとは思うが、未来を変えてまで今ココでUSBを確認したいと言う感情があるのだ。

一人の魔法少女としてでなく、一人の中学生として、慕っていた父の死の秘密を知りたい。

 

 

「織莉子、気になるなら確認すればいいよ」

 

「え?」

 

 

背中を押してくれたのはキリカだった。

織莉子は言葉にしていないのに、キリカは自分の胸を叩いてみせる。

つまり自分に任せろと言うことだった。

 

 

「私がピンクちゃん達の足止めをする」

 

「キリカ……」

 

「気になるんだろう? だったら、見ちゃえばいいじゃない」

 

 

織莉子は頷いた。

キリカにお礼を言うと、ココに残る選択を取った。

視ていた未来を無視するという、たまらなく愚かな行為だ。

しかしそれでも織莉子は父の死の手がかりを知りたかったのだ。

 

 

「ごめんなさい、上条くん……」

 

「かまわないよ。多少の未来は、僕が変えて見せる」

 

 

上条はそういって特に何も言う事は無かった。

キリカは早速魔法少女へと変身すると、エリス本部に走った。

上条はガルドストームをキリカの護衛につかせると、USBの方へと視線を移す。

 

 

「取引についての明確な詳細だね。凄い、相当過去の記録もある」

 

「ええ、それだけじゃなくて他の事もいろいろと記載して――」

 

 

ハッと目を見開く織莉子。

そこにあったのは先ほどの見滝原についての記録だった。

隠されていた取引の内容は、『人』を意味すると言うのが分かった。

 

 

「人身売買……!」

 

 

マウスを激しく動かして情報を得ていく。

 

 

「おそらくリーベエリスは、メンバーの数人を生贄と称して臓器売買や奴隷にする為の商品として利用していたのでしょう」

 

「なんと言う……」

 

 

中には子供の記録も存在する。

何人もの命を奪った自分達が言える立場ではないが、それでもエリスのやり方は卑劣だった。

 

 

「しかし何故そこまで……。他のメンバーは疑問を持たないのか?」

 

「洗脳が強いという事でしょうか」

 

「あのコルディアと言う少女にそんな事ができるとは思えないけど」

 

「前リーダーはシルヴィス・ジェリーと言う名の女性でした。おそらくは彼女が強い影響力を持っているのではないでしょうか」

 

「あれだけの人間を洗脳するとは、只者ではないね」

 

「しかし当然後継者にも裏側は見せている筈。現リーダーのコルディアも恐ろしい少女なのでしょうか……」

 

「しかしますます分からないな。この人身売買、結局リーベエリス側が得たのはお金だけじゃないか」

 

「ですが、だからこそあの施設の整備やサービスも理解できます」

 

 

何をするにも無料と言うのは、それだけリーベエリス側に財力があったからだ。

いくらスポンサーがいるとは言え、金はいつの時だって必要になってくる。

だから彼女達は一部のメンバーを犠牲にし、人を助ける力を経ているのだろうか?

 

 

「人を助けるための犠牲か、おかしな話だね」

 

「他者の命によって成り立つサービスを受けていると知れば、一体どれだけの人が絶望するのやら……」

 

 

違和感は拭えないが、全ての目的が金銭に収束するとしか説明がつかない。

だが今の織莉子にはもっと気になる事がある。

それは自分の父の事。美国久臣議員の死に関してだ。

このデータには様々な記録やレポートが記載されている。そして中には見滝原の記録がいくつもあった。

 

 

「まずは検索したらどうだい?」

 

「流石にそこまでは――」

 

 

とは思いつつ、織莉子は自分の父の名をメモリ内の検索にかけてみる。

結果はゼロだった。織莉子は少しだけ安心したような表情を浮かべる。

父親の死の真相を知りたいと思う一面で、知りたくないと思っている自分もいるのかもしれない。

 

 

「待って、隠しファイルの可能性もある」

 

「え……?」

 

 

上条は一度設定を変更して、再び織莉子の父の名で検索をかけた。

すると――

 

 

「―――ッッ!!」

 

「驚いたな、まさか本当にあるなんて」

 

 

確かに『美国久臣』と言うデータが存在していた。

ファイルが存在するフォルダには、久臣だけでなく多くの人間の名前が羅列されていた。

これらは誰なのか? 織莉子は首を傾げるが、上条はいくつか見かけた名前を見つける。

 

 

「入院中はテレビを見るくらいしか気を紛らわせる方法が無かったから覚えてるんだ」

 

 

『児童行方不明』の事件を追っていた刑事が、当時捜査中に自殺したと言う出来事があった。

その自殺した刑事の名前が、このフォルダにはあったのだ。

 

 

「………」

 

 

織莉子は青ざめ、震えていた。上条の言葉も途中から耳に入ってこなかった。

この名前をクリックすれば、その先には一体何が待っているのだろうか?

織莉子は震える手でカーソルを合わせる。

 

 

「……っ」

 

「怖いのかい?」

 

「はい、少し」

 

 

ずっと知りたかった。

しかしいざ直面すると、どうにも気が引けてしまう。

色々なものを利用してまで願ったのに、ココに来て迷うのか。

 

 

「そう言えば聞いてなかったけど、君は何を願って魔法少女に?」

 

「………」

 

 

上条としては聞く必要も無かったし、まして興味も無かった。

しかし話せば少しは気持ちも落ち着くだろう。上条なりの気遣いである。

そんな彼の気持ちを汲んでか、織莉子は頷くと、自らの事情を打ち明ける事に。

そうすれば少しは『パートナー』になれるのだろか?

都合のいい傀儡にしておきながら、それでも絆を望むのはいけない事だろうか?

 

 

「私が魔法少女を目指したのは――」

 

 

織莉子がまだ幼い時に母が亡くなった。

兄妹がいない彼女は。たった一人の家族である父と生活していく事に。

それまで子育てを母にまかせっきりにしていた美国久臣は、初めこそつまずいていたものの、大いなる愛情を持って織莉子に接した。

 

その気持ちが伝わったのだろう。

元々優しい性格の織莉子は、『母の死』と言う悲しみを乗り越えて、大好きな父との生活に幸せを、希望を抱くようになっていた。

 

 

『おはようございます! 美国久臣をよろしくお願いします!』

 

 

織莉子が小さい時から父は政治活動に励んでいた。

見滝原を本気でよりよくしたいと言う真っ直ぐな父が、織莉子は何よりも自慢だった。

 

 

『おとうさん、おりこは、おとうさんの一番のみかただからね!』

 

『はは、ありがとう織莉子』

 

『うん、がんばって! あ、でもわいろはだめだよ!!』

 

 

もちろんだと笑って、久臣は織莉子の頭を撫でていた。

織莉子は父の財力と人間性を受けて、良い環境で育つ事ができた。

良い学校にも行かせてもらえたし、織莉子自身が持つ美しさと気品で、すぐに人気者になった。

 

 

『ごきげんよう美国さん。今日もお綺麗で羨ましいわ』

 

『ふふ、ありがとう。だけど褒めても何も出ませんよ』

 

『いえ、これは皆が思う事。美国さんは本当にみんなの憧れですわ』

 

 

友達も多かった。勉強だって問題なかったし、将来は有望だと思っていた。

誰もが織莉子を慕い、誰もが織莉子の幸せを願う。幸せだった。

過去に負った心の傷を癒してくれる程、毎日がうまくいっていた。

 

何よりも父との関係がある。

織莉子は父を心から慕い、久臣も見滝原を良くしたいと言う信念を曲げる事なく政治活動を行っていた。父に味方してくれる人も多く、本当に良い人たちに恵まれたものだと織莉子は思っていた。

 

 

「幸せでした。世界は幸福に満ちている。未来はとても明るいと信じていました……」

 

 

毎日が順調だったが、その時がきた。

美国久臣にかかった汚職の容疑。正義感に燃える政治家が、実は経費改ざんと言う行為を裏で行っていたと報道は告げる。

 

 

「ありえない、どうせ父の行為を邪魔に思った何者かが作ったゴシップだと信じていました」

 

 

父にも問いかけた。

どうか信じてくれと言われたから、信じたのだ。

 

 

「父は立派な人です。絶対に不正行為には手を出さないと誓えます」

 

「………」

 

 

なんとなく上条も記憶にあった。

当時はよくマスコミが騒ぎ立てていた気がする。

週刊誌もある事ない事を書いて、みんな久臣が黒だと印象を植え付けられていく。

現に上条の両親も久臣が黒だと話していたような記憶があった。

 

 

「私は信じていました。父は何も間違った事などしていない。だからいつか疑いは晴れると」

 

 

久臣は織莉子に心配をかけまいと、普通に振舞っていた。

あの時は何も感じなかったが、今にして思えば相当無理をしていたのではないだろうか。

評判は地に落ち、しかしそれでも見滝原の平和だけを切に願い、考えていた。

 

 

「父には味方も多い、私には友達がいる。周りがなんと言おうとも、分かってくれる人がいればきっと何とかなると」

 

「………」

 

「時期は、私の誕生日が近い時でした」

 

 

久臣は織莉子の誕生日にはちゃんと家で祝ってくれると言っていた。

色々と大変な時期であったろうが、しっかりと娘との時間を作ってくれたのだ。

暗い気持ちばかりだったが、織莉子はそれが楽しみだった。

 

 

「そして誕生日当日、父は自ら命を絶ちました」

 

「……ニュースで見たのを覚えているよ」

 

 

何もしていないのならば死ぬ必要など無かった

結局は責任逃れだと。世間は久臣の死を尊ぶ所か、卑劣な汚職議員として見下す様に。

 

 

「父の仲間達は、父が死んだ途端ッ! 実は怪しいと思っていただのと!!」

 

 

要は上辺だけの関係だったのだ。本人が死んだ途端、手のひらを返して黒だと言う。

そして織莉子本人もまた、周囲の手のひら返しを受ける事になった。

登校しても誰も挨拶をしてくれない。教室でも無視が続いた。

 

 

『あら美国さん。貴女良く学校にこれるものね』

 

『泥棒の娘と話していたら、こっちの品位まで落ちるのよね』

 

『犯罪者の娘と仲良くできる訳ないじゃない』

 

 

批判、嫉妬、負の感情が、次々に織莉子へ降りかかる。

今まで友人だと思っていた人間は、織莉子を汚い者として認識していたのだ。

周りからは軽蔑され、父を侮辱される。織莉子は怒りに狂い、悲しみに打ちひしがれた。

 

 

「私は何度も父の無罪を訴えました」

 

 

しかし父は死んだ。

なぜ何もしていないのに死ぬ必要があったのか?

それは織莉子には全く理解できない事。ゆえに完全な否定ができない。

 

 

『週刊誌には織莉子さんの体を使った接待もあったって書いてありましたわ、クスクス!』

 

『本当に汚らわしい。もう学校にこないでくれる? 下女が』

 

『学校の品位が落ちるのよね。貴女みたいなのがいると』

 

 

女として、人としての尊厳を踏み握られる日々。

言い返したかった。しかしもう言い返す気力も無かった。

だから織莉子は父の無実を、自分だけが信じる事にした。

自宅に引きこもり一切外に出なくなった。

 

だが家には毎日誰かしらが悪戯をしにくる。

さっさと消えろだとか、出て行け犯罪者だとか。

家の壁には落書きをされる事も多い。それを深夜の誰も見ていない時に消す事は、織莉子のプライドをズタズタにしていくには十分すぎた。

 

 

「努力もしたんです。だって父の死は明らかにおかしかった」

 

 

父はケーキを予約してくれていた。プレゼントを用意してくれていた。

なのにそれを渡さずに死んだ。一緒に祝ってくれると言った誕生日があった。

その事に疑問を持ち、捜査してくれた二人組みの刑事もいたが、すぐに事件は闇の中に。

 

 

「絶望しかなかった。本当に辛かったわ……」

 

 

毎日自室で毛布に包まり、恐怖から逃げる様にうずくまっていた。

もう精神は限界に近く、彼ついに父を疑い始める。裏切りモノ、信じてたのに、大好きだったのに。

一緒に見滝原を平和な町にしようって約束したのに。うそつき、うそつき、うそつき。

織莉子は呪いの様にその言葉を連呼し、心を磨り減らす。

 

 

「そんな時でした、彼が――」

 

 

あの白い悪魔が。

 

 

「インキュベーターが現れたのは」

 

 

今でも思い出す。絶望に染まっていた自分に、一筋の光を齎した声を。

 

 

『やあ、美国織莉子』

 

 

赤くて丸い目が織莉子をしっかりと捉えていた。

キュゥべえ口も動かさず、直接織莉子の脳内に言葉を放り込んでくる。

 

 

『父の無実を晴らすのも、今キミが置かれている辛い現実を変えるのも、全てはキミの意思一つだ』

 

 

意思は心。心は可能性。そして可能性は奇跡へと繋がる道しるべだ。

キュゥべえは饒舌に語りながら織莉子の回りを歩いていく。

辛いなら変えればいい、変えたいのなら願えばいい。

 

 

『君には、その資格がある』

 

『資格?』

 

『ああ、そうだとも。ボクはキュゥべえ』

 

 

キュゥべえは無表情。しかし織莉子には彼が笑っている様に思えた。

そしてキュゥべえの言っている事を疑う事無く信じる事ができたのは、きっと彼が大きな希望に見えたからだ。

 

 

『美国織莉子、ボクと契約して魔法少女になってよ!』

 

 

昔、父が読んでくれた絵本では、魔女や悪魔は決まって最初は優しげな言葉を掛けるんだ。

だがこの時の織莉子には、そんな囁きがどれだけ希望に思えただろうか。

どれだけキュゥべえの言葉で救われただろうか。

生きる意味も、生きる価値も無いと蔑まれていた自分に話しかけてくれただけで、本当に嬉しかった。

 

 

『本当に、どんな願いも叶えてくれるんですか?』

 

『当然だよ、君が望むならば』

 

 

織莉子は、笑う。

 

 

『だったら――』

 

『父の無罪を証明するかい?』

 

 

それもあった。いや、今にして思えばそうするべきだったのか。

しかしあの時の織莉子には一つの想いがあったのだ。

もしもそこで父の無罪を証明したとして、自分はどうするんだろう?

 

確かに無実が証明される事は望む事でもある。

しかしそれを願ったとして、父は帰ってこない。

では父を蘇生させたとて世間の目をどう回避すればいい?

駄目だ、父のためを思うのならば蘇生はできない。

本当の事を言えば、織莉子が一番望むのは蘇生だった。

だが織莉子は愛する父親の為に、蘇生を候補から外す。

 

 

『私の願いは――』

 

 

無実が証明されれば、幸せが戻ってくるかもしれない。

幸福。すぐに掌を返す友人達や、父の知り合いがまた微笑んでくれるかもしれない。

自分を下女呼ばわりした友人と、また楽しいティータイムを楽しめるかもしれない。

 

 

(なんて――、ふざけるな)

 

 

結局自分が信じていた人たちは味方なんかじゃなかった。

なんだったんだ。自分が今までしてきた事や、関わった人たち。

過ごした時間は一体なんだったんだ。見滝原を平和にしたいだけなのに、結局自分のしてきた事は、信じていたモノは全て幻想だったのか?

 

 

美国織莉子(わたし)の人生とは、なんだったのか。

 

 

『知りたい――っ!』

 

『?』

 

『私は、知りたい!!』

 

 

だから織莉子は願った。

だから織莉子はその願いを託した。

だから織莉子は、魔法少女になったのだ。

 

 

「私の願いは、"私の生きる意味を知りたい"――、です」

 

「そう……」

 

 

織莉子は頷くと、マウスをクリックする。

ファイルが表示され、織莉子と上条は真実を目にする事になる。

 

 

「見つかったのかい? 君の生きる意味は」

 

「ええ。やはりお父様の意思を受け継ぐ事にあったんです」

 

 

だから自分は見滝原を守らなければならない。

見滝原に住む人達が幸せになる為には、多少の犠牲は仕方ない。

そしてなによりも見滝原だけでなく、この地球を守るためには、何としても絶望の魔女を殺さなければならない。

 

未来は辛いものだ。だから変えなければならない。

そのためにはパートナーを利用しても、親友を利用しても、そして自らの命を犠牲にしても、必ず成し遂げなければならない事がある。

だが今は、ただ一人の女子中学生として父の死の真相が知りたかった。

織莉子は食い入るように画面を見つめた。

 

 

「な、なんだコレは……?」

 

 

上条の方が先に声をあげてしまう。

そこにあったのは、メールをメモ長にコピーしたテキストファイルだった。

はじまりの文にはこのメールをコピーして保存しておく様にと言うリーベエリス、正確には旧リーベ側からの支持があり、射太興業がそれに従ったようだ。

 

強烈な違和感を感じるのは、その内容である。

どうやら取引のメール自体は頻繁に行われているらしく、取引の概要やその他の特殊事項を記載してあるらしい。

 

メールの内容は、こうだった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

件名:美国久臣議員

 

 

このメールはメモ帳などのテキストファイルにコピーして、指定されたUSBに移してください。

 

今回記載するのは見滝原在住の国会議員、美国久臣についての処理依頼の記載。

おおまかな処理過程、最後に処理結果、および各詳細である。

本件は甲と乙の明確な了解の上に行われた契約である。

今回の依頼内容は美国議員を、経費改ざんによる汚職事件の容疑者にする事であり、加えて美国議員の殺害を最優先事項とする。

本件は――

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「やはり……やはり父は――ッ! お父様はッッ!!」

 

「殺害依頼……ッ! つまり、君のお父さんは誰かに依頼されて殺されたと言う事か!」

 

「ッッ!」

 

「それにこれは……、リーベ側からの依頼の様だ」

 

 

テキストを読み解く限りはこうだ。

まずリーベが当時行っていた人身売買の関係者の一人に、経費を改ざんして不当な利益を得ていた政治家がいた。

しかしそれが久臣によって暴かれそうになったから、リーベに相談を持ちかけたのだ。

 

結果、リーベは関わりがあった射太興業に久臣を殺すように持ち掛ける。

射太興業としても暴力団を追放しようとする久臣の存在は邪魔でしかない。

お互いは利害の一致として、契約を結んだと言う事だった。

リーベには既にマスコミ関係者の信者がいた。ましてや警察関係者も。

それらメンバーとも協力し、スムーズに殺害と規制をおこなったのだ。

もちろん――、書かれている内容から予想するにはだが。

 

 

「馬鹿げてる!!」

 

「確かに、なんて現実離れした……」

 

 

織莉子はキーボードを壊す勢いで両手を叩きつけた。

警察とマスコミにも信者? そんなもの、探偵小説で言うなら下の下のトリックだ。

ありえない、そんな都合のいい集団がいてたまるか。織莉子は鬼のような形相で画面を睨みつける。

しかし現実に織莉子の父は殺された。

自殺に見せかけた他殺。警察も必死に捜査したが、証拠が少ないと言う点と早々に捜査が打ち切られた事によって、真実を有耶無耶にされた訳だ。

 

 

「しかし本当に信じられないな、それほどまでに力のあるリーベとは一体――?」

 

「……コルディアは二代目です。襲名時期からして今件には全く関わっていないと見ていいでしょう」

 

 

メールにあった名は創設者であるシルヴィス・ジェリーだ。

コルディアに変わるまでは全て彼女がリーベを動かしてきたと言うことである。

 

 

「たとえば元々暴力団と関わりのあった警察関係者がシルヴィスだったと言うのはどうだろうか?」

 

「いえ。彼女は元々は見滝原の外でリーベを運営していた筈です。それならば見滝原の警察にコネクションがあるのは疑問が……」

 

「まあ、名前を見ても日本人では無いみたいだし」

 

「シルヴィスとやらが何者なのかは知りません――」

 

 

織莉子はゾッとする程冷たい声で言葉を放つ。

その目は憎悪と怒りで染まっていた。

 

 

「ですが、やはり父は、無実の罪で世間から悪人とされ殺された」

 

 

どれだけ無念だったろうか、それを想像するだけで狂いそうだ。

 

 

「織莉子、ソウルジェムが……」

 

「――ッ、そうですね。すいません」

 

 

織莉子は上条が差し出したグリーフシードを受け取ると、ソウルジェムをすぐに浄化する。

心を落ち着けなければ今にも魔女になってしまいそうだ。

織莉子はその文を目に焼き付けると、椅子から立ち上がる。どうやらリーベエリス本拠地へと向かう様だ。

 

 

「USBにあったファイルは美国久臣の項目だけではない。あの名前の全てを秘密裏に殺害し、かつ隠蔽してきたのだろうか?」

 

 

馬鹿な、いくらなんでもただの一般組織ができる範囲を遥かに超えている。

人々を洗脳し、暴力団との繋がりを持ち、それでなく警察やマスコミにもない通者が存在しているだと?

 

 

「化け物か……? どうやってそんな事を」

 

 

今まで何も知らなかった自分達。

しかしその裏ではこうやって巨大な悪意が蠢いていたのだ。

想像するだけで恐ろしい、腕を組みながら上条は小さく笑う。

 

 

「ええ、それが根本だったと言う事を私達は忘れていたのかもしれません」

 

「根本?」

 

 

頷く織莉子。

そうだ、この魔法少女と言うシステムを覚えた時から、少しだけ自分達の価値観は狂ってしまったのだろう。

恐ろしい魔女、狂気に満ちた参加者、ああ何を勘違いしていたのか自分達は。

それら全ての元をたどれば、そこにいるのは皆同じではないか。

 

 

「この世で、一番恐ろしいのは人間だと言う事です」

 

「………」

 

「誰もが化け物になる可能性を秘めている生き物、なんて愚かな生き物。もちろん、それは私も含めて」

 

 

なるほど、間違っていないか。

上条は何も言わずに頷くと織莉子の後をついていく。

――が、しかし、上条は冷静だった。織莉子は父が無実である事で安堵しているのか、感情が怒りのほうへシフトしているようだが、上条としてはまだまだ疑問が残っている。

 

 

(しかし何故わざわざこんなデータを? 記録を残しておくには、お粗末だ)

 

 

彼らは、文の終わりを見てはいなかった。

織莉子は最後までスクロールする事をせずにファイルを閉じた。

空白の果て、まだ続きはあった。これは射太興業側が書き加えたものだったが。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

リーベは今ケースの美国久臣を『成功例』と称していた。

 

さらに同時に『契約成功例』と言うキーワードも確認している。

我々にはそれが何を意味するのかは不明だが、『杏里家』殺害でも同様のワードが確認された。

この人物らと美国久臣の共通点は不明であり、おそらくは無関係だと思われる。

 

しかし杏里家はごく一般的な家庭であり、殺害は他の組によって行われたとデータにはあった。

管轄外である我々に考察の余地はない物と思われ、調査は不要。

 

リーベは裏で行っている作業を、『下ごしらえ』と暗喩していた事も報告されている。

この事を問い詰めても、向こうは詳細を明かさない事を考え、我々射太興業はいずれリーベが裏切ると考えてこの文章を作成した。

 

もう一つ『箱庭』と言うキーワードをリーベ側が使用していたが、コチラに関しては関係性があるかどうかも不明である。

 

 

現在××××年、○月×日。

我々射太興業とリーベは協力関係にあるが、いずれは対立の可能性もあると考え、よく注意してほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に、美国久臣は「深淵を視た」と言っていた。

これが何を意味するのかは不明である。

手帳に簡単な日記をつける癖があるとの事だったので、所謂『美国手記』を探したが、コチラも見つかる事は無かった。

 

 

 

 

 





射太興業ちゅうんは、アニメに出てきた暴力団事務所の名前じぇけぇの( ^ω^ メ)

ほむほむが武器盗んだところじゃけぇの。使わせてもらいましたわ( ^ω^ メ)

井上のオジキちゅうんは、龍騎の脚本家の一人じゃけぇの。
小林の姐さんとの絶妙なバランスが、良かったんじゃのぉ( ^ω^ メ)


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第40話 進入の園 園の入進 話04第

 

 

 

リーベエリス本部では、参加者を止めるべく多くの信者達が射太興業を通して手に入れた武器を手にしていた。

彼らは信じている。目の前から迫る者達が悪意の塊であり、自分達はそれを打ち砕く正義なのだと言う事を。

 

 

「気をつけろ、かずみ!」

 

「うん! 分かってるよ蓮さん!」

 

 

いくらリーベエリスが広いとは言え、建物内部の構造はマップがあるために迷う事はない。

 

 

「おそらく、リーダーのコルディアの近くに敵の魔法少女がいる筈だ」

 

 

ナイトとかずみはその犯人を探すべく、エリス本部を駆け抜ける。

目の前から迫ってくるのは魔女ではなく、ともあれば使い魔でもない。

正真正銘の人間達だった。

 

 

「奴等をコルディア様に近づけるな!」

 

「ば、化け物めッ!!」

 

 

皆口々に憎悪を浮かべ、今まで使った事もない武器を振るう。

銃の反動で倒れる人。ナイフを持つ手が震えている人。

にも関わらず。彼らは戦った。コルディアや自分の守りたい物を守るために。

 

 

「虚しい奴らだ」『アドベント』

 

 

ダークウイングがエリスメンバー達を弾き飛ばして鳴き声をあげる。

ナイトとしては、それで諦めてくれるだろうと思っていたが、一部の信者達は腰に巻いていた爆弾を晒して特攻を試みた。

 

 

「!」

 

 

おそらくはコルディアか幹部の誰かが命じたのだろう。

殺せないと思ったら特攻してでも侵入者を止めろと。

かずみはそれを想像してゾッとする。なぜそこまでするのか、理解が――

 

 

「………」

 

「かずみ! ボケッとするな! 洗脳魔法を使え!!」

 

「まかせて蓮さん! ファンタズマ・ビスビーリオ!」

 

 

かずみは襲い掛かってきたメンバーを洗脳すると、すぐに爆弾を外して情報を引き出す事に。

自分達が化け物だと誰に教えられたのか?

そして自分達を傷つける様に指示したのは誰か?

加えてその人物はどこにいるのか。最後に仁美達はどこにいるのかだ。

 

 

「私達は…、皆さんに聞いたのです……」

 

 

リーベエリスの幹部連中に、かずみ達が恐ろしい化け物だと告げられた。

幹部に指示を出せるのは、もっと上の立場の人間。つまりコルディアくらいだ。

 

 

「そのコルディアはどこにいる?」

 

「分かりません……」

 

「………」

 

 

もちろん幹部が独断で行った可能性もあり、コルディアが巻き込まれた者だと言う可能性もあるため、決つける事はできないが。

仁美達の居場所は誰も知らないらしい。どうやら幹部連中だけが知っている牢屋に入れられているとか。

 

 

「牢屋か。福祉施設が聞いて呆れるな」

 

「でもまだ生きてるって事が分かっただけマシだよ。早く見つけてあげないと」

 

「待て。まだ聞きたい事はある。銃や爆弾はどこで手に入れた?」

 

 

信者が言うには、それらも幹部達から与えられたらしい。

 

 

「一部の方は……、奇跡の種を…与えられていました……」

 

「奇跡の種?」

 

「はい、奇跡の力を手に入れられる……、種です」

 

 

そんな物はナイトもかずみも聞いた事が無い。

種が武器になるわけが無いのだから、何かを言い換えたモノだろう。

 

 

「ッ?」

 

 

その時、上部から聞こえてくる羽音。

二人は反射的に武器を構えて上を見る。

吹き抜けになった空間の二層目。ステンドグラスが照らす空間から、何かが飛び出してきた。

 

 

「「は?」」

 

 

思わず二人の声が重なる。

そこから現れたのは巨大な"カブト虫"だったからだ。

文字通り巨大な角を持ったカブト虫だ。しかし大きさが普通じゃない。ダークウイングくらいある。それに角も、なにやら模様が入ってたり、少し禍々しく見えた。

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「!?」

 

 

普通カブト虫は鳴かない。だがこの『ビートル』は違った。

ギラつちた目でナイト達を睨むと、そのまま自慢の角で貫こうと突進してくる。

 

 

「な、なに!? わわわわ!」

 

 

かずみは反射的に、まどかのアイギスアカヤーを発動する。

巨大な盾が出現してビートルの突きをなんとか防いだ。

しかし劣化版であるからか、一撃で盾にヒビが入る。

 

 

「な、ななな何コレ蓮さん!?」

 

「落ち着け! 来るぞ!!」

 

 

ナイトが叫ぶと同時に、再びビートルが空を駆けた。

シュートベントであるウインドカッターで応戦するが、ビートルの鎧は硬く、風の刃を寄せ付けない。ナイトは舌打ちを行うと剣を構えて神経を集中させる。

 

 

「危ないよ蓮さん!」

 

「大丈夫だ、お前は自分の心配をしろ!」

 

 

空中を旋回して再びナイトに向かうビートル。

同時に走り出すナイト。まずはスライディングを行い、地面を擦りながら姿勢を低くした。

おかげでビートルの突きを回避し、真下に潜り込む。

ビートルは背中の部分は硬いが、下には柔らかい部分も少しは存在していた。

ナイトはそこへ剣を突き入れる。

 

 

「ギアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

痛みからかビートルは叫び声をあげた。

陸地に着地すると、そのまま滅茶苦茶に角を振り回してナイトを攻撃していく。

柱や壁が破壊されていく。このまま自由にさせてはまずいが、角と剣ではリーチで負けていた。

そうしているとビートルの真下から地面を突き破る様に生えていく十字架。

杏子の異端審問をコピーしていた、かずみのアシストだ。

 

 

「ギギッ! ガガガガガ!!」

 

 

もがくビートルだが、体が大きい分突き刺さる十字架もそれだけ多い。

さらに十字架で持ち上げられる形になったため、踏ん張りが利かずに思うように動けないようだ。

 

 

「よくやった、かずみ」『ファイナルベント』

 

 

飛び上がるナイト。

ダークウイングが背中に装備され、マントが剣を包む。

 

 

「ハァアアアアッッ!!」『ファイナルベント』

 

 

ドリルのように回転しながら飛んでいく疾風斬。

それはビートルの硬い鎧を貫くと粉々に爆散させた。

しかし勝利の余韻に浸る暇は無い。ビートルが巻き上げた爆炎から排出されるようにして、人間が放り出されたのだ。

 

 

「ッ? 魔女じゃないのか?」

 

「そう言えば結界構築されてない! あちゃー、こんな事なら調べればよかったね」

 

「待て、まだ意識がある」

 

 

ナイトは倒れた青年を掴みあげると、すぐに詳細を問いつめた。

一体あれはなんだったのか? すると青年はやはりと言うべきか、憎悪の目でナイト達を睨みつける。

 

 

「だま――、れ! 父を、母を殺した――ッ! お前らを……ッ、許さないッ!」

 

「!」

 

 

その時かずみの表情が険しく変わった。

結局青年はそのまま何も告げずに意識を失ってしまった。

 

 

「なんなんだ」

 

 

ナイトは首を振ると、青年を廊下の端に寝かせて先を急ぐ事に。

 

 

「どうした、酷い顔だぞ」

 

「え? あ……、うん」

 

 

かずみの様子が少しおかしい。

一気にテンションが下がったと言うか、おまけに少し泣きそうではないか。

別に放っておいても良かったが、ナイトは少し肩を落とすと、詳細を問うた。

 

 

「ちょっと……、分かっちゃうから」

 

「?」

 

「あの人、お父さんもお母さんも死んじゃったんだね。しかも殺されて」

 

「お前、親がいないのか?」

 

「一応いるっちゃいるけど。ううん、やっぱりいないって言うか……。でもいるって言われれば、いるのかも」

 

「???」

 

「複雑なの!」

 

 

歯切れの悪いかずみ。

自分から悲しげな雰囲気出しておいて聞かないでと舌を出して笑っている。

しかし考えてもみれば、今かずみは家出をしている状況だ。

にも関わらず一向に両親が探しにくる気配は無い。死んでいるような素振りではなかったし、どうやら家庭で上手くいっていないのだろう。

 

 

「かずみ」

 

「ん?」

 

「親は先に死ぬ。言ってしまえば、自分の人生の踏み台だ」

 

「ど、どうしたの急に?」

 

「俺も親がいない。まあ、父親だけだが」

 

 

蓮の父は交番に勤務する警官だった。

誰からも慕われ、街の平和を守る事を誇りに思っていた。

そんな勇敢な父を蓮は尊敬していたし、いつか自分だってああなりたいと思っていたのかもしれない。

 

しかしある時、街に通り魔が現れた時があった。

精神に異常をきたした犯人はナイフを持って見境なく暴れまわり、子供や老人にも容赦なく危害を加えようとする。

蓮の父は拳銃の使用を許可され、犯人を制止するためにそれを構えた。

だがその時犯人は激高。余計に危険な状態となってしまった。

威嚇射撃を物ともせずに暴れる犯人。だから蓮の父親は決断するしかなかった。

 

 

「親父は犯人を撃ち殺した」

 

 

もちろんそれは本意では無い。

結果としてそれが多くの人を救う事になったとしても、蓮の父にとっては少し違うものだったのだ。

助かった人や、父の友人はその行動を責めず、むしろ勇気ある『決意』の結果だと称えた。

しかし父は違う、決意などしていなかった。

 

 

「親父は勇敢であり、優しくもあり、故に大きな弱さがあった」

 

 

人を守るために警官になったのに、自らの手で人を殺めた。

その責任と重さが父を狂わせていったのだろう。

 

 

「親父はおかしくなった。見えないモノに恐怖し、自らに恐怖してな」

 

 

犯人には仲間がいて、自分に復讐しに来るのではないかと毎日怯えていた。

人を殺したから、相応の罪が下る。蓮の父は来るかも分からない裁きに恐怖した。

 

 

「ある日、親父は母さんを殴った」

 

 

料理に毒が入っているというのだ。

もちろんそんな訳は無い。しかし父は母を殴った。

何故か? 怖かったからだ、母に化けた犯人の仲間が自分を殺しに来るのではないかと。

人を殺した自分を地獄に引きずり込もうとする悪魔がいるのではないかと。

すぐに自らの過ちに気づき、何度と無く頭を下げていた父の姿を、蓮はどんな気持ちで見ていたのだろうか?

 

 

「病院にも何度となく通ったが、親父が良くなる事は無かった」

 

 

夜は眠れず、食事も喉を通らない。

数日入院した日もあったが、心の影が晴れる事は無かったのだ。

 

そして蓮の父親は自ら命を絶った。ロープを使って首を吊って。

自分の罪を自分で裁いた。絞首刑を自らの手で執行したのだ。

死体を蓮が見る事は無かったが、母はしっかりと見てしまった様だ。

 

だから蓮はすぐに立花を頼った。立花の所へ行きたかった。

近所の人たちから、よく蓮は父親に似ていると言われた。

ならば母は蓮の顔を見れば、父の事を思い出してしまうかもしれない。

そうすれば精神をすり減らし、母もまたおかしくなってしまう。

だから蓮は家を出た。

 

 

「そうなんだ。ショックだね……」

 

「慣れた。要はそういうモンだ」

 

 

そう言ってナイトはかずみの前を行く。

いつかは慣れるから、そう気を落とすなと言う事なのだろうか?

意味不明にも思えるほどに不器用な優しさを感じて、かずみは思わず吹き出してしまう。

 

 

「笑うな、耳障りだ」

 

「へへへ、ごめんごめん」

 

 

ナイトの心に若干の嫌悪感が湧いた。

何故かずみにそこまで話してしまったのだろう。

この話は恵里だけに話した。恵里だけが知っておいて欲しかった。

だから唯一友人と認めている真司と美穂にすら話していないのだ。

それなのに出会って間もない、かずみに話す事になるとは。

 

 

「………」

 

 

何なんだろうか。

ナイトは心にある『引っ掛かり』の正体が分からずに苛立ちを覚えた。

恋だの愛だのと恵里に抱いていた感情とはまるで違うが。どうでもいい感情でもなかった。

 

 

「フン」

 

 

まあいい、ナイトは思う。

自分にとって一番大切なのは恵里だ。それが揺らぐ事は無い。

そう割り切って先に進む。

 

 

「知ってたよ――……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メールが届いた。

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

参加者の多くが無事本部についた様で何よりです。

しかし皆さん、お気をつけて。黒幕である筈の魔法少女は自らの姿を他の人間に変えられると言う特殊能力を持っています。

 

彼女は他の信者に化け変わり、追跡を逃れるつもりかもしれません。

ですので今から私が彼女の居場所を常に地図上に表示させていただきます。

私としても争う事は本心では無いのですが、彼女を倒さない限りこの混乱は終わらぬ様にも感じるのです。

 

どうか、このゲームがより良き終わりになる事を願っております。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

メールを見たナイトは呆れた様にため息をつく。

 

 

「コイツも胡散臭いな」

 

「うん、どうやってわたし達がここにきた事を知ったんだろう?」

 

 

メールには携帯のアプリが添付されており、それを起動するとリーベエリス本部の地図が表示されて赤い点が見えた。

どうやらこの赤い点が、黒幕とやらの居場所らしい。

メッセージにあった通り、赤点は黒幕の動きとリアルタイムでシンクロするらしく、普通に考えればかなり有利な状況だ。

とは言え、いくらなんでも怪しすぎる。この赤点がトラップの様な気がしてならない。

 

 

「でも、トラップでも行ってみる価値あるかも。ここちゃんとコルディアって人の部屋だし」

 

「虎穴に――、と言うヤツか」

 

 

いいだろう。信じてみようじゃないか。

ナイトとかずみは頷くと、この赤点を目指す事に。

その途中で仁美が見つかればいいのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー、うまい」

 

 

見滝原にある喫茶店の一つ。

オープンテラスのカフェで、少女はコーヒーとケーキを楽しんでいた。

外は涼しい風が吹くものの、逆にそれが心地いい。

おまけに今日は平日だ。世の中は忙しいと言うのに、自分は優雅にティータイム。

優越感、開放感。気分が高まる。

 

 

「しかし景色がいいですな、ココは」

 

 

携帯片手にみる景色。

ふと目を移せば、リーベエリス本部も視界に入る。

 

 

「いやいや、本当に皆さん忙しそうで大変だ」

 

 

神那ニコはアンニュイな表情で呟いた。

携帯にはリーベの地図が映っており、そこにいる参加者の情報が全て筒抜けである。

この喫茶店はレジーナアイの範囲内ギリギリにあった。だからこそ、リアルタイムで情報を送信できる。

 

そうだ、メールを送っていたのはニコだった。

理由はいろいろあるが、やはりユウリにはここで消えてもらいたいと言うのが一番である。

 

 

(向こうが何を考えているのかは知らんが、どうせ馬鹿そうだし、適当に場をかき乱したいだけだろ)

 

 

タツヤを狙ったのは面白い試みだとは思う。

ニコとしてもまどかを絶望させると言うのは面白そうな話しではあるが、この場はまどか側についた方が懸命だとも思っていた。

とはいえ簡単に仁美の情報を教えるのも、それはそれで面白くは無い。

できる限り潰しあってもらうシチュエーションがニコにとってはベストなのだから。

 

 

「にしても、便利になったねぇ」

 

 

時間経過によって手に入れたビジョンベント。

それを使えば、バイオグリーザが見た景色を自分も確認できると言うものだった。

そのメリットは何と言っても音声も拾える事だ。ニコは既にバイオグリーザをリーベ本部内に忍ばせておいた。

 

透明になっておけば、誰も気づかない。

つまり動く監視カメラをリーベエリスに忍ばせている事と同じなのだ。

分かったのはユウリは現在シルヴィスとか言う人間に化けている事。

レジーナアイには死亡数まで記載されている。ユウリは一度死んでいる。ここでももう一度死んでくれれば、次がファイナルチャンスだ。

 

 

「うーん、うまい……」

 

 

他の連中が命を賭けて戦っている時に、安全な場所で食べるスイーツはたまらない。

別にバイオグリーザが見つかってしまったとして、透明のまま死ねば相手にたいした情報を与えずに済む。

それに見つかったとしてニコの居場所がバレる訳ではないし、バイオグリーザも時間がたてば復活できる。ユウリもユウリでニコと高見沢の存在にはまだ気づいておらず、信者をけしかけることはできなかった。

 

 

「そういえば今日はリーベエリスに行かないんだ」

 

「うん、なんか電気の故障が見つかったから、しばらく休みなんだって」

 

「施設にも近寄れなんだよね。ああ、早く無料でケーキ食べたいな」

 

「あはは、あそこタダだし超おいしいよねー!」

 

 

耳を澄ませば、そんな声が聞こえてくる。

 

 

(おいおい、お嬢ちゃん。タダより怖いものは無いって知らないの?)

 

 

なんだか笑えてくる。

ニコからしてみてもリーベエリスは意味不明の集団だ。

慈善事業でいい子ちゃんと思えば、裏では人身売買から殺人依頼の仲介まで行ってると来た。

ユウリの会話を盗聴してニコも団体の裏を知ったが、本当に意味が分からない。

だから同時に恐怖する。そんな団体が人間の手で作り上げられ、今も見滝原を侵食しようとしているのだから。

 

 

「ま、せいぜい頑張りたまえよ諸君」

 

 

ニコはリーベエリス本部を見ながら再びコーヒーをすする。

人は守るものがあるとそれが弱さになってしまう。ああ、可哀想に。

では守るものが無い者は、それはそれでどうなんだろう? 

 

 

「羨ましいね」

 

 

そこでニコの耳に、再び女性達の声が聞こえてきた。

 

 

「それにしてもココのケーキ……、おいしくないよね」

 

「コーヒーも苦い割りに薄いって評判だからね」

 

「………」

 

 

どうりで周りには人がいない訳だ。

ニコはカップから手を離すと、再びケーキを口に入れる。

 

 

「……まずっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ! なんなんだよコイツ!」

 

「喋ってないで攻撃しろ! ああもう、俺はこういうの駄目なんだって」

 

「二人とも危ない!」

 

 

まどかの結界が龍騎とゾルダを保護する。

そこへ降り注ぐヘドロ状の物体。ドロドロの物体は何なのか理解できない分、絶対に触りたくはないものだ。三人もまた、ナイトと同じく魔女でも使い魔でもない異形に襲われていた。

名は『コスメ』。スライムの様にドロドロで、ゾルダの銃弾を物ともせずに暴れまわる。

 

 

「このッ!!」

 

 

龍騎は隙をみて昇竜突破を発動。

巨大な炎弾がコスメを襲うが、その体を広げて炎をしっかりと受け止めた。

さらに炎弾を覆い隠す様に広がり、鎮火してみせる。

 

 

「む、むちゃくちゃだ!!」

 

 

まどかの光の矢も、コスメの液状化された肉体を通過していき、ダメージが入っていないようだ。非常に厄介な相手ではないか。ゾルダは舌打ちをすると金色のカードを構えた。

 

 

「銃弾は聞かないって!」

 

「まあ見てな」『ファイナルベント』

 

 

マグナギガの背中にバイザーをセットするゾルダ。

全身の武装が展開していき、そのまま引き金に指をかける。

エンドオブワールド。加減をしたのか、発射される弾丸は少量で範囲も小さいが、それでもコスメにとっては十分すぎる威力だった。

 

 

「ビィイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」

 

 

一発の弾丸を液状化して回避するコスメだが、その瞬間に次の弾丸が着弾していく。

次々に打ち抜かれるコスメの肉体、再生の頻度が追いつかない!。

そうしている内にレーザーも加わり、肉体が蒸発していく。

こうして完全に消え去ると、どこからともなく一人の女性を『排出』して消え去った。

 

 

「ッ! やっぱり!!」

 

「人?」

 

 

まどかは結界で女性を受け止めると、素早く女性の様子を確認する。

気絶している様だが、体のどこにも魔女の口付けらしき痕は無い。

 

 

「魔女に取り込まれた訳じゃないんだ」

 

「つまり――?」

 

「この人がさっきのスライムみたいなモンスターだったんです!」

 

 

まさか。ゾルダと龍騎は顔を見合わせる。

そうしていると、まどかは女性を抱えていた。

 

 

「どこか、休ませる場所があるといいんだけど」

 

 

この施設、部屋は多い。とりあえず適当に目に付く所から開けることに。

中にあったのは特に何の変哲も無い部屋だった。

都合の言いことにソファがある。まどかはそこへ女性を眠らせ、また仁美達を探そうとする。

 

 

「ちょっと待て、誰かいるぞ」

 

「え?」

 

 

ゾルダはクローゼットを指差す。

耳を澄ませれば、確かに呼吸の気配や、小さな声が聞こえてくる。

龍騎はゾルダとまどかに離れる様に言うと、クローゼットの扉をゆっくりと開いた。

 

 

「「「!!」」」

 

 

絶句する三人。

そこにいたのは身を寄せ合って震えている子供達。

そして、それを守るようにしていた若い女性職員だった。

どうやらメンバーの子供達を預けておく保育所のエリアだったらしい。

一般人は寄せ付けずとも、エリスメンバー達は通常運営だった。

故に龍騎たちが侵入してきたと聞いて、避難できずに隠れていたのだろう。

 

しかしそれよりも龍騎とまどかが気になったのは子供達の表情だ。

みんな、自分達を見て怯えている。当然か、彼らにとって龍騎達は悪魔にも近い存在なのだ。

騎士なんてのは特に人間らしい見た目じゃない。

 

 

「う、うあああああああああああ!!」

 

 

見つかってしまった。

子供達は殺されると思ったのか、みんな声をあげて泣き始める。

まどかは言葉を失った。子供達は皆、その未来に希望を見て笑いあうべきだ。

しかし今、みんな絶望したような表情だ。

それはまどか自身のせいなのだと。

 

それだけじゃない。

女性職員は子供達を守るために、渡された銃で龍騎たちを殺そうと発砲してくる

 

 

「ウッ! ちょ、ちょっと待って! 俺達は――ッ!!」

 

 

何度誤解だと言う事を説明しても、それは子供達の泣き声でかき消される。

半ば錯乱しながら銃を乱射する女性。

まどかも龍騎も、銃弾を受けるが意味はない。我ながら、人間じゃないと思う。

 

 

「ッ!」

 

 

そうしていると、ゾルダが女性の手から銃を奪って投げ捨てる。

抵抗の手段を失った女性が次に取った行動は、子供達を守るための命乞いだった。

女性は飛び出し、子供達の前で土下座を行う。

 

 

「お願いします! 私はどうなってもいいから!!」

 

「………ッ!」

 

 

誤解だと言えばいいのに。

龍騎はその光景を見て、何も言えなくなってしまった。

言葉が出ないのだ。すぐに顔を上げてくれと言えれば良かったのにそれができなかった。

女性の後ろでは迫る死に怯えて震えている子供達が目に焼きつく。

 

 

「―――」

 

 

まどかはそれを見て泣いていた。肩を震わせて、職員や子供達を見る。

龍騎もグッと拳を握り締めて立ち尽くしていた。

言葉が出ないのだ。騎士の力は、人を守るために使いたかった。

それが過去に見ていたヒーローのあるべき姿だと信じたからだ。

真司だとすれば、昔好きだったヒーローは赤い龍と共に多くの悪と戦い、テレビの向こうにいる自分に希望をくれた。なのに今、龍騎を見て子供達が絶望している。

 

 

「………」

 

 

龍騎は部屋にあった鏡を見た。

そうだ、なんの事は無い。根本たる事を忘れていたのかもしれない。

龍騎の姿は、どこから見ても人じゃないじゃないか。

何も知らない人から見たら、怖いんだ。

きっと、目の前にいる人たちはトラウマになる。

 

 

「俺は……ッッ」

 

 

ヒーローはフィクションだ。現実では本当の正義などどこにも存在しない。

メッセージを見た。それを信じるなら魔法少女が龍騎か真司に変身して人を殺したのだろう。

その秘密を知らない人間は、一生城戸真司を恨み続ける。

 

 

「俺は――ッ! 殺してないんだ……!」

 

「ひぃぃいッ!!」

 

 

前に進むと、皆後ろに下がった。

誰もが怯えている。それでも真司は自分が無実だと言う事を必死に訴えるしかなかった。

 

 

「もういいだろ。何やってんのよ。こんな所にいても意味なんて無いだろ」

 

「真司さん……」

 

「ああ」

 

 

ゾルダは先に行くと言って、部屋を出て行く。

そして次はまどかだ。彼女も子供達に自分は無実だと言う事を訴えると、簡易的な結界を施して後ろへ下がる。

 

 

「信じてもらえないと思うけど……、俺達は本当に誰も殺したりなんかしてないんだ!!」

 

 

しかし植えつけられた恐怖は何をしても無駄なのか、誰も龍騎の言葉を信用しなかった。

だったらもうココにいても無意味に怖がらせるだけだ。

龍騎はまどかとアイコンタクトを行うと、部屋を出て行く。

 

 

「ッ! 北岡さん!?」

 

 

外に出た龍騎達だったが、先に部屋を出ていたゾルダが膝をついて苦しげに呻いているのを発見する。周りに敵はいないが、穏やかな状況ではない。

ついには変身も解除され、北岡は倒れてしまう。

 

 

「ど、どうなって――ッ!!」

 

「真司さん! とりあえず隣の部屋に!」

 

「あ、ああ!」

 

 

龍騎は北岡を抱えると、無人の個室に運ぶ。

物置なのか、適当にスペースを作って北岡を寝かせると、まどかは回復魔法をかけはじめた。

 

 

「お、おい……、そうじゃない」

 

「え!?」

 

「薬が……、俺のスーツのポケットに――ッ!」

 

 

スーツ?

龍騎は一度変身を解除すると、北岡の服を探る。

すると確かにケースに入った錠剤があった。

北岡はそれを苦しそうにしながらも口に含むと、一気に飲んで呼吸を整える。

 

 

「北岡さん。これって……」

 

 

二人が戸惑っていると、ピョコンとファンシーな音を立てて部屋に侵入してくる影が。

 

 

『あーあ。またかよ北岡ぁ。ほんとうに人間はボロっちぃなオイ!』

 

「ジュゥべえ!?」

 

 

自分から現れるという事は、特殊ルールを告げるのだろうか?

とも思えば、北岡から黒い靄の様な物が出てきて、それがジュゥべえの背中へと吸い込まれていくじゃないか。

 

 

「う……! ぐッ!」

 

 

北岡の顔色が少し良くなった。

痛み弱まったのか、呼吸の調子元に戻っていく。

 

 

「な、なんだよコレ」

 

『んん、それは――』

 

「おいッ!」

 

 

ジュゥべえを睨む北岡。

しかしジュゥべえはフッと笑って、視線をヒラリとかわす。

 

 

『いいじゃねぇか、ここまで見られちゃ一緒だろ』

 

「それは――! ガハッ!」

 

 

次は咳き込む北岡。

ただ咽ただけかと思ったが、手に血がついているのを確認する。

 

 

「き、北岡さん!? アンタまさか――ッ!」

 

『どうやらそろそろ限界は近いってか? 大変だねぇ』

 

 

だがそうしてもらった方が話しやすいとジュゥべえは笑う。

 

 

『演出の一環だ。なあ、そうだろ北岡秀一』

 

「……ッ」

 

『お察しの通り、コイツは腹と頭に爆弾(やまい)を抱えてやがるんだよ』

 

 

すげーよな、ダブルパンチってヤツだぜ。

ジュゥべえは軽い調子で笑っていたが、真司達からしてみれば絶句物の情報である。

北岡は舌打ちをするだけで何も言わない。つまり本当の事であると。

 

 

「でも北岡さん、今まではそんな雰囲気じゃなかったのに」

 

『オイラがアシストしてんのさ。じゃなかったら今頃コイツはもうお陀仏よ』

 

 

鎮痛剤と進行を抑える薬を、ジュゥべえが独自に強化を施して北岡に与えている。

さらに先ほどのように、一定の期間で広がる病魔を払っているのだと告げた。

しかし痛みや苦痛はしっかりと北岡を蝕む。それだけではなく、進行を抑えると言うだけなのだから、そのサイクルは無限ではない。

日に日に北岡は確実に弱り、最後には――

 

 

『くたばる!』

 

「!」

 

『まあ、オイラは騎士側のサポーターだからよ』

 

 

北岡を放置してしまっては、今頃病院でチューブまみれになっていた事だろう。

そうなるとゲームのプレイヤーとしては機能しない。

と言う事で、北岡が『ある程度』動けるだけの状態にしているわけだ。

 

 

「そこまでするなら治してやれよ! できるんだろ? お前らなら!」

 

『まあ可能ではあるぜ。でもそしたらつまんねぇだろ?』

 

「なっ!」

 

『願いを叶える為に戦うのがこのゲームだ。叶えたい願いの候補は多いほうがいいじゃねぇか』

 

「だ、だったら北岡さんの戦う理由って……」

 

「――まあ、それもある」

 

 

また何も言えなくなる。

現代の医療でどうにもならないなら、願いで病気を治す以外には方法は無い。

しかし、もしもワルプルギスを倒す方法ならば叶えられる願いは一つだけだ。

北岡が病気を治せば蓮は恵里を助ける事ができず、魔法少女も呪いから逃れる事はできない。

 

 

「もちろんそれだけじゃないぞ。俺には、まだどうしても願いがあるんだよね」

 

「え?」

 

「まあ、言えないけど」

 

 

北岡に協力してくれと言うのは、『死ね』と言っているようなものだ。何も言えなくなる。

 

 

「ほら、もう大丈夫だ。さっさと行こう」

 

「で、でも! 休んでた方がいいんじゃ……」

 

「休んだくらいで治るもんじゃない。今は早くこのアホみたいな事態を終わらせることだ」

 

 

北岡はそう言って部屋を出て行った。

真司たちもついていくしかない。その後も、武器を持ったエリスメンバーは容赦なく真司達に襲い掛かっていった。

避難しておけばよかったものを、それほどまでに憎悪の炎が膨れ上がっているのか。

 

 

「俺達は何もしていない、何もしない!」

 

 

何度と無く言ったが、誰も龍騎の言葉を聞こうとはしなかった。

 

 

「黙れ! お前らの仲間が俺の家族を殺してるのを、俺は目の前で見たんだ!!」

 

「ッッ!」

 

 

誤解だと言えど、心に宿した憎しみはそう簡単には消えはしない。

それに彼らは本当に見ていたのだから。リーベエリスメンバーを殺す騎士を。

彼らは騎士がみんな仲間だと思っている。

故に龍騎の言葉も、油断させる為の嘘にしか聞こえないのだ。

 

 

「お願いです! 本当にわたし達は何もしてないんです!!」

 

 

騎士はまだしも、まどかの言葉には、みんな戸惑いを見せる。

もしかしたら説得できるかもしれない。まどかは一瞬、笑みを浮かべるが――

 

 

「!?」

 

 

その時、ステンドグラスを模した床が赤く染まっていく。

意味を知っているまどかとゾルダは、すぐに力の限り叫んだ。

 

 

「逃げて!」「逃げろ!!」

 

「な、何を――」

 

 

まどかは地面に両手をつけて、素早く結界を張りめぐらせる。

が、しかし人の叫び声の様な音と共に、禍々しい槍が飛び出してきた。

それらはまどかの結界を破壊すると、さらに上に昇っていく。

 

 

「ごがァァっ!」

 

「ァァアァアァアァア!!」

 

 

槍が足から、股から入り、次々に人が『裂けていく』。

かろうじて回避に成功した者や、初めから範囲外にいた者は真っ青になって逃げて言った。

 

 

「やっぱりッ! 騙すつもりだったのか!!」

 

「違う! そうじゃない!!」

 

 

まどかは叫んだ。誤解を解くために手を伸ばした。

すると逃げている人間の頭部に槍が突き刺さった。

悲鳴が木霊する。次々に倒れていく人々。その向こうから現れたのは、やはりと言うか王蛇ペアだった。杏子は既にジェノサイダーと融合しており、まどかを見つけるとニヤリと笑ってみせる。

 

 

「杏子ちゃん……ッ! なんで! どうして!!」

 

「意外と早く会えたねぇ。アンタのおかげですっかり元通りさ」

 

 

北岡に言われた事が、こんなに早く現実になるなんて。

覚悟していた事とは言え、心が抉られる気分だ。

もしもまどかが杏子を助けていなければ、今の人達は死ななかったのだから。

 

 

「う――ッ!」

 

 

罪悪感が不快感に代わり、まどかは口を押さえて蹲った。

それを見て杏子は声をあげて笑い始める。

すぐにそこへ浅倉の笑い声も重なった。

 

 

「北岡ァ! また会ったな」

 

「会いたくなかったけどね」

 

 

睨み合う王蛇とゾルダ。

面倒なシチュエーションだが、ゲームを続ける以上は仕方ない。

 

 

「城戸。ピンクいのを連れてに先に行け」

 

「え!?」

 

「浅倉は俺が引き受ける。佐倉杏子は騎士には攻撃しないルールを自分に作ってるから大丈夫だ」

 

「それはできない! 北岡さんを置いていくなんて!」

 

「そうですよ! わたしも残ります!」

 

「友達と弟がいるんだろ? 全部守るなんてお花畑みたいな事言ってないで、優先順位ははっきり決めたら?」

 

「……!」

 

 

戸惑うまどかだが、真司はその言葉を胸にしっかりと受け止める。

たしかに守りたいとは思うが、譲れないモノもある。

 

 

「行こう、まどかちゃん!」

 

「え!? で、でも!」

 

「それでいい、早く行け!」

 

 

龍騎はまどかの手を掴むと、廊下を走っていく。

今は助けられなかった人を悔やむより、残した北岡の心配をするより、もっと大切な事があるのかもしれない。

真司は自分の心を必死に騙しながらまどかの手を引いていく。

この繋いだ手の感触がある限り、『独断』で動く事はできない。

 

 

「言ったよな、次は殺すって!!」

 

 

もちろん杏子も逃がす気は無かった。まどかを追いかけるために走り出す。

だが既にゾルダはアドベントのカードを発動していた。龍騎達と杏子の間に、マグナギガが割り入って壁となる。廊下を埋め尽くす鋼の巨人。杏子はイライラしたように笑うと、すぐに槍を振り上げた。

 

 

「……待てよ?」

 

 

マグナギガは騎士の一部だ。

杏子がゆっくり後ろを見ると、王蛇が首を振ってるのが見えた。

触るな、触れるな、さっさと退け。無言の圧力を感じて杏子は後ろに下がっていく。

 

 

「浅倉! あれ邪魔なんだ! 早く殺せよな!」

 

「冗談だろ? もっと楽しませろ、しばらく退屈してたんだ」

 

「チッ!」

 

 

杏子は廊下の端にドガっと座ると、不機嫌そうにポケットからどら焼きを取り出して食べ始める。

ゾルダは一旦マグナギガを解除すると、同じ場所に素早くギガミラーを設置。

これでミラーモンスターを召喚できる状態に持っていった。

 

 

「浅倉ぁ! あの鏡でもダメなのか!」

 

「ああ」

 

「なんだよ! もう知らない!」

 

「あららら、浅倉さん、根に持つ男はモテませんよ」

 

「アァァア、別にあの時の事はどうだっていい!」

 

 

そうだ。過去の事はどうでもいい。

大切なのは今だ。今ココにムカツク奴が同じ参加者として同じ場所に立っていると言う事だ。

 

 

「戦えばいい、最後の一組になるまでな!」

 

「……ま、勝つのは俺だけどね!」

 

 

銃を構えるゾルダ。

そして同じくベノサーベルを構える王蛇。

つまらなそうに見つめる杏子。

 

 

「遊ぼうぜ――ッ!」

 

「やれやれ」

 

 

走り出す王蛇。

ゾルダはすぐに銃を乱射して近づけさせまいと試みる。

しかし王蛇は足に向けて放たれた弾丸はステップで回避。

上半身に向けて放たれた弾はサーベルで弾いて近づいてくる。

 

 

「チッ! 銃を剣で弾くなよ!!」

 

 

ゾルダは後退しながら銃を連射していく。そして近くにあった階段を下りる事に。

高低差のある場所ならば王蛇も銃を回避しにくい筈だ。

踊り場についたゾルダは迫ってくるだろう王蛇に備えて。ギガキャノンを召喚させた。

これで迎え撃つ準備は完璧だが――。

 

 

「下らん」『アドベント』

 

「しまっ!」

 

 

王蛇が発動したのはベノダイバーのカードだ。

ゾルダの足元が水面の様に揺らめくのを確認すると、心の中で舌打ちを行う。

ユウリと杏子の戦いを見ていたゾルダ。その存在を確認していたのに忘れていた。

すぐに武装をパージすると床を蹴って階段を転がり落ちていく。

しかしその判断のおかげで、地面から飛び出したベノダイバーの突進は避ける事ができた。

 

 

「ハハァッ!」

 

 

だが王蛇にとってはそれはチャンス。

ゾルダが階段から転げ落ちる間に、手すりを掴んで跳躍。一気に階段を飛び降りていく。

そのまま勢いに乗せてベノサーベルを振り上げる王蛇。

しかしゾルダも倒れた際に、カードをしっかりと抜いていた。

 

 

『アドベント』

 

「!」

 

 

ゾルダの前方に出現するのはマグナギガ。

その巨体で振り下ろされたベノサーベルを受け止めると、すばやくガトリングを発射して王蛇の装甲にガリガリと無数の傷をつけていく。

 

 

「グゥッ!」

 

 

ベノサーベルを盾にするが、そんなものでは衝撃は防げない。

すぐに後ろに仰け反りながら後退していく。

 

 

「………」

 

 

ゾルダの脳裏に、先ほどの子供達が過ぎった。

ここで暴れては建物の倒壊を招く可能性もある。

 

 

「うんざりだな」

 

 

ゾルダはアドベントを解除すると、全力で走り出した。

少しはなれたところに食堂があるはずだ。それにあの子供達から王蛇を遠ざけることが出来る。

 

 

「鬼ごっこか? 嫌いじゃないぜ」『アドベント』

 

 

現れたのはベノスネーカー。

廊下を這うと、猛スピードでゾルダに向かっていく。

 

 

「アホが! 知能の差を見せてやる!」『シュートベント』

 

 

ゾルダは振り返ると、ギガランチャーを取り出した。

廊下と言う一直線の場所だ、ましてやベノスネーカーは巨体。

弾丸は絶対に避けられない。ギガランチャーは通常カードでありながら、魔女や使い魔を粉砕する威力を持っている。当然ミラーモンスターとて受ければタダではすまない筈だ。

 

 

「吹き飛べ!!」

 

 

ギガランチャーから弾丸が発射され、反動でゾルダは大きく後ろへ下がっていく。

 

 

「ハハハハハッ!」『ユナイトベント』

 

「何ッ!?」

 

 

だが王蛇も考え無しの召喚ではなかった。むしろ、ベノスネーカーを召喚した目的はココにあった。

つまり最初から囮だったのだ。王蛇はベノスネーカーに銃弾が当たる瞬間、合成のカードを発動させた。それが意味する所はただ一つ。

 

 

「クッ!」

 

 

ゾルダはギガランチャーを抱えて走る。

ただの力まかせに暴れるだけのファイターかと思えば、考える所はしっかりと考えているじゃないか。厄介な話しだ。ゾルダが視線をベノスネーカーに移すと、既に銃弾と融合は完了していた。

 

 

「シャアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

吼えるベノスネーカー。

体が機械的になり、金色の鎧が追加されている。『ストライクスネーク』と呼称しよう。

 

 

「ァアァァァ……! 殺れ」

 

 

王蛇が命令を下すと、なんとストライクスネークの体が変形を始めた。

トランスフォームと言うのか。巨大な円柱の先に半円の顔がつく。

 

 

「マジか――ッ!」

 

 

呆れる様に言い捨てたゾルダ。

間違いない『弾丸』の形だった。

 

 

「シャアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

やはりと言うか。ストライクスネークは猛スピードでゾルダに向けて突進を仕掛けていく。

だが早いとは言え一直線の軌道だ。ゾルダは再びギガランチャーを発射して、弾丸をぶつけていく。

 

 

「くっ!」

 

 

ストライクスネークが動きを鈍った。

だが鈍っただけだ。また飛んでくる。

それはそうか。ギガランチャーの弾丸と、ベノスネーカーの力を持っているのだから。

ただ動きが鈍る事は回避のチャンスが生まれる事だ。

ゾルダはその場に倒れ、姿勢を低くする。すると虚しく上を通過していくストライクスネーク。

 

 

「ハッ! 飼い主に似てバカな蛇だな!」

 

 

ゾルダが立ち上がると――、そこへベノダイバーが突っ込んできた。

二段構えの突進だった。ゾルダは苦痛の声をあげて吹き飛んでいく。

 

 

「うぉオオ!」

 

 

だが吹き飛ばされたおかげで少し開けたところに出た。

食堂だ。並んだ椅子を蹴り飛ばしながらゾルダは中央に向かって走る。

同時に空中を旋回して戻ってくるベノダイバー。しかしゾルダはマグナバイザーを連射してベノダイバーを射撃していく。いくら早いとは言え、予測して撃てばいいだけだ。

防御力はそれほど無いのか、すぐにベノダイバーは墜落して動きを止めた。

 

 

「ハァァアッ!!」

 

 

だが背後から笑い声。

王蛇がメタルホーン――、正確には『ベノホーン』を構えて向かってくるではないか。

ゾルダは引き返し、地面に落としていたギガランチャーのもとへ走る。

 

 

「ハハァッ!」

 

「チッ!」

 

 

しかし王蛇の方が僅かに早かった。

ゾルダはギガランチャーを掴みはしたが、そこでベノホーンによって腕を叩かれた。

衝撃で武器を放してしまう。向こうも向こうでギャンブルをしかけてくる。

もしもゾルダが武器を先に構えていたら、王者の体には風穴が開いていたかもしれないのに。

 

だが結果は結果だ。ゾルダはギガランチャーを諦めてバックステップ。マグナバイザーで王蛇を狙う。しかしベノホーンは盾の役割を持っている。上半身を狙う弾丸は全てガードされてしまった。

だったら下半身だ。ゾルダはさらにバックステップを行いながら足元を狙っていく。

 

 

「うォ!!」

 

 

しかし王蛇は前転。

一気にゾルダの方まで転がると、勢いに乗せて武器を突き出してくる。

 

 

「グアッ!」

 

「ハッ! 命中だァ!」

 

「やってくれるね!」『ストライクベント』

 

 

ゾルダはギガホーンを構えて王蛇と対峙した。

ふと思う。浅倉には背負うものが無いのだろう。きっとそうだ。

だからあれだけ振り切れる。殺す事を躊躇わない王蛇と、殺す事に怯えを抱いたゾルダ。

 

 

「――ッ」

 

 

しかし、だからどうしたと言う話である。

人を殺す事に躊躇いを覚えたとしても、目指す勝利はあくまでも『一人勝ち』である。

ならばいずれにせよ王者の存在は邪魔。

そう、邪魔。邪魔、邪魔、邪魔。

 

 

(だったらどうする?)

 

 

決まってる、殺すんだ。

向こうは異常者だ。痛み、恐怖、戦いの緊張感を快楽に変えるヤツなのだ。

普通に戦えばゾルダに希望は無い。いつか根気負けしてしまう。

 

 

「だったら――ッ!」

 

「ハッ! どこを狙って――」

 

 

銃を撃つ。外す。

違う――。王蛇はすぐに顔を上げた。

確かにゾルダは狙いを外し過ぎた。王蛇の『上』を撃ったのは、狙ってやったと思われても仕方ない。

 

 

(とは言え、もう遅い)

 

「グッ! オォオォオオオ!!」

 

 

踏みとどまろうとする王蛇だが、少しタイミングが遅かった。

王蛇の頭上、ふきぬけの空間の上に、大きなシャンデリアがあった。

銃弾によって接合部が切り離され、シャンデリアは真下にいた王蛇に容赦なく襲い掛かった。

 

 

「綺麗だな」

 

 

シャンデリアは粉々になり、キラキラと光る破片を撒き散らす。

 

 

『ファイナルベント』

 

「!?」

 

 

獣の咆哮が背後から聞こえた。

ゾルダが振り返ると、空間を破壊してベノゲラスが突進してくる。

 

 

「おぅわ!!」

 

 

角がゾルダを吹き飛ばし、ベノゲラスはそのままシャンデリアの残骸に向かって走っていく。

 

 

「そうだ……ッ! 三体目がいたか――ッッ!」

 

 

これは予想外だったか。ゾルダはすぐに立ち上がる。

一方でシャンデリアの残骸から聞こえてくる笑い声。

 

 

「はいはいそうですかそうですか!」

 

 

ゾルダはもううんざりだった。

まさかアレに潰されてまだ笑えるなんて。

 

 

「悪くない! ただ突っ込んでくる馬鹿はつまらないからなァ!」

 

 

そう言ったのに王蛇はヘビープレッシャーでただただ突っ込んでくる。

鎧には多くの傷が見えたが、中身は随分と元気そうだ。

いやもちろんダメージは受けているが、それを上回る興奮が王者の痛みを和らげていた。

異常なアドレナリンの分泌、王蛇は死に近づけば近づく程に興奮していく。

 

 

「………」

 

 

だがゾルダもまた選ばれたものには変わりない。

死に近づけば近づくほど、冷静さを発揮するものだ。

死に対してどこか達観し、客観的に見ることができるゾルダならではだろうか。

 

 

「あんまりこう言うのは好きじゃないんだけどな」

 

 

一か八か。ゾルダは向かってくる王蛇をギリギリまで引きつけて地面を転がる。

ヘビープレッシャーは確かに貫通力と威力は高いかもしれないが、その射程はあくまでもメタルホーンを突き出している範囲に限定されている。

そして王蛇とベノゲラスの体勢を見るに、常に動いていなければならないことになる。

 

王蛇は地面と平行になる様にしてベノゲラスの肩に乗っている。

乗っていると言うよりは加速を利用してくっ付いていると言えばいいか。

とにかく、ベノゲラスが停止すれば王蛇はその態勢を維持できずファイナルベントは中断される。

 

だからゾルダは地面を転がる。

当然そのままではベノゲラスに蹴られて踏まれるので、何度も地面を転がってなるべく離れる様にした。さらに途中、銃弾をベノゲラスの足に撃ち込む事で勢いを殺していく。

プラス――、目。

 

 

「ほう!」

 

 

結果は成功だった。足と急所を撃たれてベノゲラスは悲鳴をあげた。

スピードが弱まる。ましてやゾルダは射程外。

王蛇ははすぐにベノゲラスから降りると、地面を転がって体勢を立て直す。

 

 

「ォオオ!!」

 

 

ゾルダはマグナバイザーを連射。

王蛇の鎧が銃弾の雨によってガリガリと削られていく。

振りそそぐ衝撃と、激しい痛み。殺したい相手である北岡から受ける攻撃は、より王蛇の体に苦痛を植えつける。

 

だがそれがどんどんと王蛇のテンションを上げていくのだ。

王蛇は銃弾の中、かまわずカードを抜いてバイザーにセットしていく。

常人は痛みを植えつけられれば恐怖し、体の動きが鈍っていく筈だが、王蛇はよりヒートアップしていくのだ。

 

 

「ハハハハハハッ!!」『ファイナルベント』

 

「!」

 

 

二枚目。王蛇はミラーモンスターを複数所持している

それはつまりカードもそれだけ存在していると言う事だ。

もちろん、ファイナルベントのカードだって例外ではない。

 

 

「ウラァアアアアアアアアア!!」

 

「ッッ!!」

 

 

毒液を纏った王蛇の蹴りが迫る。

どうする? ゾルダは反射的にガードベントを発動。盾である『ギガアーマー』を構えた。

しかし盾で、あの攻撃を真っ向から受けても大丈夫なのか?

 

ここが運命の分岐点かもしれない。

とりあえず勢いを殺す為、王蛇の足に向かって銃を一発撃ってみた。

だが毒液はいとも簡単に弾丸を溶かして無効化するじゃないか。

 

 

「クソッ!」

 

 

結局博打しかない。

 

 

「間に合うか――ッ!」

 

 

すぐに炸裂弾を撃てるバーストベントを発動しなければ。

ゾルダはデッキに手をかけるが、もう王蛇はすぐ目の前だった。

駄目だ、カードは発動できない。ゾルダはマグナバイザーを腰へ戻すと、両手でギガアーマーを構えて歯を食いしばる。

 

 

「ハハハハハハハ!!」

 

「グゥウウウウウ!!」

 

 

着弾していく蹴りの嵐。

気を抜けばシールドが吹き飛ばされそうになる。

しかもそれだけじゃなく確実に盾が融解していくのが分かった。

あと三発は耐えられない。ゾルダは意を決して行動を取る事に。

 

 

「だがッ、俺は賭けでも負けない男だ!」

 

「!」

 

 

ゾルダは両手で持っていた盾を片手に構えると、もう一方の手でマグナバイザーを抜いて王蛇の足に突きつけた。

タイミング勝負だった。連続で振るわれた足が目の前に来るその一瞬。

ゾルダはそのタイミングに合わせて銃を撃った。本当はバーストベントで強化した弾丸の方が良かったが仕方ない。距離が近いため、毒液にて溶かされる前に衝撃が伝わっていく。

 

 

「チィイイイイイッ!」

 

「ウラァアアアア!!」

 

 

しかしベノクラッシュは片手では防げない。

王蛇は蹴り上げで、ギガアーマーを吹き飛ばす。

最後の蹴り上げでゾルダを蹴るが、大分盾で防がれたため、勢いや毒液の量が足りなかった。

とは言え、それでもファイナルベントはファイナルベントだ。

蹴り上げられたゾルダは宙を舞い、机やら椅子やらを巻き込んで倒れていく。

 

 

「ウグ……ッ!」

 

「アァァァァア! 中々やる」『ファイナルベント』

 

「は!?」

 

 

すぐに起き上がる。

嘘だろ、ゾルダは思わず叫んだ。

だがおかしな話じゃない。三枚目があるのだから使うのは当然だ。

王蛇はゆっくりと首を回し、その隣にはベノダイバーがつく。

 

 

「あれは卑怯じゃないのか! 糞運営!」

 

 

ジュゥべえの蜂の巣にしてやりたいと切に思う。

仕方ない、出来れば温存しておきたい所だったがファイナルベントを切るしかない。

コスメ戦では威力を弱めていたため、もう再構築は済んでいた。

 

 

「―――――」

 

 

カードをデッキから抜き取ったはいいが、何故かそこで動きを止めてしまう。

ゾルダは力なくカードを落として沈黙した。

一言でいうなれば蠢いたのだ。蟲が、頭の中で。

ざわざわ、ワシャワシャ、グジュグジュ。

 

 

(こんな……、時にか――……ッッ)

 

 

ふざけるなよジュゥべえ。

明らかに前回よりも感覚が早くなっているじゃないか。

 

 

「………」

 

 

違う。そうか、違うのか。

そうだな、そうだ。効力は変わってない、なのに感覚は早くなった。

それはつまり体がそれだけガラクタに近づいたって事なんだろう?

 

 

「あ」

 

 

ゾルダが気づいた時には、目の前にベノダイバーの『目』があった。

殺意を孕んだ目だ。そしてすぐにゾルダの意識はブラックアウトする。

 

しかし別の景色が広がった。

なつかしい光景だった。ハイドベノンの衝撃で、脳にあった記憶がフラッシュバックしているのだろう。

 

 

『先生は、最後まで人でいてください』

 

 

そうだ。俺だってそれを望んだんだ。

俺は高貴な人間だ、才能や容姿に恵まれた素晴らしい人間だ。汚らしい獣なんかじゃない。

人は俺を称えるべきだ。俺は人の上に立つべきだ。やりたい事をやって、好きな物を食って、好きな女と付き合う。

そうだ、世界は俺の望むように動くべきだ。

 

 

『センセー!』

 

 

ん? ああ、お前か。

お前はお気楽でいいな。それが原因で死んだのかもしれないが。

いや、だとしたらお似合いだ。俺は子供が嫌いなんだざまあみろ。

 

 

悪くない人生だったんじゃないか?

友達がいて、好きなヤツがいて、ソイツの為に頑張ろうと奮闘する。

どれもこれも俺には理解できない生き方だ。特に報われない恋に心を締め付けられるなんて――。

 

ああ、いや。俺にもそれは理解できるか。

知ってるか? 令子さんって言う人がいるんだが、あれは久しぶりに運命を感じたね。

でも困った事に彼女は俺の魅力にまだ気づいてくれてないんだ。

珍しいね、でもそれが逆に燃えてくるって言うか。

 

そうだ。

それにもう一つだって理解できたか。

俺にも友達がいたんだ。たった一人だが、ゴロちゃんは最高の……。

 

 

『センセーは……、誰も殺さないでね――』

 

 

なんでお前はあんな事を俺に言ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

ゾルダが意識を取り戻したとき、彼は仰向けに倒れていた。

吹き抜けになっているため、天井部分は遥か上にある。

天井にもステンドグラスがあり、青白い光が自分を照らしている気がした。

 

体中が痛くて仕方ないと言う事だ。

どうやらハイドベノンを真っ向から受けてしまったらしい。

ゾルダは元々装甲が厚く、防御力は他の騎士よりも高い方だ。

変身解除とまではいかなかったが、痛くて動けないのだからあまり変わらない。

何と言うか、非常にマズイ展開である。

 

 

「終わったな」

 

 

杏子は上の階から食堂の様子を覗いていた。

その顔はなんとも不満げである。これより王蛇はゾルダを殺害して一ポイントを手に入れるのだから。

 

 

「楽しかったぜェ、北岡ァ!」

 

 

王蛇はベノサーベルを構えてゆっくりと歩いてくる。

 

 

(そうか、死ぬのか俺は……)

 

 

ゾルダはゆっくりとため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんて、思うわけねぇだろうが!)

 

 

自分は高貴な存在だ。世界にとって必要なスーパー弁護士だ。

こんなふざけた所で終わるわけにはいかない。

たとえ体が動かなくとも、なんとかしてチャンスを作ってほえ面かかせてやればいい。

本当に強いのが誰なのか。弱者を操り、利益を得る者が誰なのかを教えてやる。

ゾルダは心の中で強かな想いを燃やしていく。

 

 

「何をしている」

 

「アァ?」

 

 

その想いに呼応したのか、足音が聞こえた。

王蛇が振り返ると、そこには漆黒の騎士と魔法少女が立っていた。

ナイトとかずみだ。本部内を移動している所に鉢合わせたのだろう。

 

 

「騒がしいと思って来てれば。なるほどな」

 

「お前、確かにガイの時にホールにいたな」

 

「ナイトだ」

 

 

重要なのは、お互いが敵同士だったということだ。

 

 

「む」

 

 

かずみは、倒れているゾルダを発見する。

緑色の騎士。それは記憶にあった会話を呼び起こさせる。

バスの中にてまどかと会話をしていた、そしてさやかのパートナーの話題も。

 

 

「蓮さん、あの人助けよう」

 

「は?」

 

「知り合い!」

 

 

地面を蹴るかずみ。

十字型支援ビットであるシビュラを展開して王蛇を狙う。

まさに無数の手裏剣。王蛇はそれをベノサーベルでガードすると、無言で停止する。

抵抗も考えたが、かずみは魔法少女だ。自分が動く相手ではない。

 

 

「ひゃッッほう!!」

 

「!」

 

 

上から杏子が降ってきた。

 

 

「丁度いい所で!」

 

 

これなら自分も戦う事ができる。

丁度北岡の前に着地したため、かずみからしてみれば何とも邪魔な存在である。

 

 

「どいて! その人助けたいの?」

 

「や・だ・ねッ!」

 

 

すかさず杏子は槍をふるって攻撃を仕掛けていく。

 

 

「もうッ、なんなの!?」

 

 

襲われたら防ぐしかない。

十字架と槍が激しくぶつかっていった。ならばと杏子はすぐに槍を引き戻し、右から振るった攻撃を次は左から振るっていく。

 

 

「フッ!」

 

「お!」

 

 

かずみは逆からの攻撃を十字架ではなく、腕でガードした。

いくら魔法少女の防御力があったとしても、杏子のパワーならば骨折くらいはしている筈。。

しかしかずみは自らの体を鋼に変える魔法を使って、腕の防御力を最大にまで上げていた。

 

 

「そういえばそんなんあったっけな!」

 

 

地面を踏みつける杏子。

するとかずみの立っている部分が赤く光る。

異端審問。かずみはこの技をコピーしているため効果は分かっている。

すぐに地面を蹴って後ろへ跳び、マスケット銃を構えた。

 

 

(アレはマミの――! ああそうか、そういう魔法だっけ?)

 

 

学校のホールで戦ったときに何となく観察していたが、かずみは相手の魔法をコピーできる。

杏子は迫る弾丸をなんなく弾いて様子を伺った。

杏子は曲がりなりにもマミの弟子だ。魔法少女とその魔力管理に関する訓練は、嫌と言う程させられた。

 

さらに杏子は固有魔法を失ったゆえ、独自に訓練を重ねた。

その一つが、魔法少女と魔女の気配を感じる事だ。

これは魔法少女が各々もつ才能のようなものである。たとえばかずみのアホ毛のように、魔法少女の中には離れていても魔女の気配を感じることができるものがいる。

それは魔力を感じているからだ。その感じ方も各々で異なるが、杏子のそれは『嗅覚』に似ていた。

文字に色を感じたり、音に色を感じる共感覚のようなものだ。

 

 

「……?」

 

 

杏子は目を細める。

ホールで戦ったときは多くの参加者がいた為、匂いが混じりに混じっていたが、こうして対峙してみると何やら強烈な違和感がある。

杏子はその正体を確定づける為、神経を集中させていく。

 

一方で王蛇とナイトもぶつかり合っていた。

ホールで戦った記憶があった為、敵対する流れはスムーズなものだ。

ナイトはゾルダをそれほどよく知らないが、少なくともかずみが助けようと言っている異常、優先して排除すべきは王蛇の方だと睨んだ。

 

 

「お前も俺と遊んでくれるのか?」

 

「下らん。すぐに終わらせてやる」

 

 

ゾルダにトドメを刺したいところではあったが、新しい獲物が来たのならそれはそれで。

それが王蛇と言う者の性質である。対してナイトも、そろそろ決断したかった。

真司には悪いが、殺してもいい相手は存在すると思っている。

覚悟を決めなければならないのではないか。ずっと思っていた事だ。

そろそろ向き合うべきなのだ。恵里は放置しておいても絶対に治らないことを。

 

 

「予行練習だ。来い、俺がお前を殺してやる」

 

「威勢が良いのは嫌いじゃないぜ」

 

 

互いに剣を構えて走り出す両者。

戦う事でしか叶えられない願いがある。戦う事でしか至らぬ境地がある。

それを考えてナイトは剣を振るった。ぶつかり合うベノサーベルとダークバイザー、二人は顔を近づけて威嚇を行う。

 

 

「お前は何故戦っている?」

 

「ァア?」

 

「ゲームに勝って、何を叶える!」

 

 

剣の扱いならがナイトの方が上だったか、王蛇の剣を下から弾き、大きな隙をつくらせる。

がら空きになった胴体へ一閃。王蛇は胸の鎧から火花をあげて後退していった。

しかし痛みに怯む素振りは見せない。むしろ刻まれた傷をなぞり、戦いと言うものを実感している様だった。

 

 

「そんなのどうだっていい」

 

「何?」

 

「大事なのは殺しあう事、このゲームそのものだ」

 

 

人を超えた力を使って殺しあう。これほどまでに興奮する事は無い。

故に王蛇にとって最も大事なのはこの瞬間であり、勝ち残ったが故に与えられる商品はどうでも良かった。

ただ戦えればいい、ただ食えればいい。

しかし今改めて言われると叶えたい願いと言うモノが明確になった。

それは――

 

 

「そうだな、ずっとこのゲームが続く様に願ってやるよ」

 

「フン……!」

 

 

呆れたが、ソレで良かった。良心が痛まずに済む。

恵里の命がかかっている。彼女の未来がかかっている。

今も彼女の時間は失われていく。時の価値はあまりにも大きい。

あれがしたい、これがしたい。その可能性が消えていく。

だったら早く恵里を解放させなければならないのではないか?

それがナイトに出来る――、贖罪ではないのか。

 

 

「お前を、殺す」

 

「やってみろ。やれるモンならなァ?」

 

 

互いに殺意を上乗せした一撃をぶつけていく。

しかしそれを見て、かずみは表情を歪めた。蓮は確実に参戦派に乗り換えつつある。

もちろんかずみとしては、どちらを選んだとしてもナイトについていくつもりだ。

いや、むしろ参戦派である方が良かった。

 

 

「………」

 

 

だが、ふと思い出してしまうのだ。

バスでまどかに言われた言葉。

 

 

『わたしはね、かずみちゃんがどんな答えを出しても……、友達でいたい』

 

「………」

 

 

わたしも、わたしだって――!

 

 

(海香……! カオル――ッ!)

 

 

どうすればいいんだ。

かずみは拳を握り締めて目を閉じた。

何が本当に正しい事なのか。自分はどうすればいいのか。ココに来て心がグラついてしまう。

とにかく優先するべきは何かを考えなければ。そうだ、考えるのだ。見失ってはいけない。

 

 

「あ」

 

 

と、思っていたら、自分の真下が赤く光っていた。

 

 

「キャッッ!!」

 

「おいおい、ボーっとしてると死ぬぜ!!」

 

 

異端審問がかずみの体に傷をつける。

だが痛みが、冷静にさせてくれた。

とにかくココはまずゾルダを助けて、そしてナイトを落ち着かせる。

それはまどかと戦いたくないから? それはまだかずみ自身も分からないが、とにかくここで戦っても何もならない。

 

考えた結果、かずみはココを逃げる事に。

バックステップで杏子から距離をとるとマントを広げて自分を覆い隠す。

その隙にナイトのカードを使用した。

 

 

『ユニオン』

 

「ハッ! 今更何をしようが無駄だっての!」

 

 

杏子は多節棍にモードチェンジを行うと、マントを縛り上げるようにしてかずみを捕らえる。

 

 

「あッ!」

 

 

かずみは縛られ、引き寄せられるとそのまま押し倒された。

杏子はかずみ腕を膝で押さえ、香りをかぐ様にして首に鼻を近づける。

 

 

「な、なに! なんでクンクンするの!?」

 

「……アンタさぁ」

 

 

気になっていた事がある。

相手の魔法をコピーすると言うのは、強力な魔法形態だ。

何故か体からは魔女の匂いもするが――、それはまだいい。

 

何故ならばいかにして強力な魔法だろうとも、元はその人間の願いの強さや才能に比例するからだ。

それはまどかにも言えることで、要するに魔法少女としての才能があったからこそ、強力な魔法形態や、質の高い魔力を獲得することができる。

かずみは変わっているが、そういう魔法少女だからと言えば説明がついた。

しかしその中で、一つだけどうしても分からない部分がある。

 

 

「アンタ、魔法少女じゃないだろ」

 

「……ッ」

 

 

かずみの表情は微妙だった。

驚いているとも取れれば、それほど変わっていないとも取れる。

そんな微妙な違いが杏子に分かる訳も無い。

 

 

「アハハハ! 悪い悪い、まあちょっと言い方が悪かったね」

 

 

かずみは確かに魔法少女だ。

杏子と同じく魔法を使い、杏子と同じようにキュゥべえと契約して願いを叶えた。

そしてその結果、大きな呪いを背負う様になった筈だ。

だからかずみが魔法少女ではないと言うのはおかしい。

では言い方を変えようじゃないか。

 

 

「お前、何で普通じゃない?」

 

「……ッ」

 

 

魔法少女と言う点は揺ぎ無い。

だがかずみには、明らかにおかしい部分があったのだ。

 

 

 

 

 



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第41話 メランコリック クッリコンラメ 話14第

 

 

「かずみって言ったか。お前は普通じゃねぇ」

 

「……ッ」

 

「もちろん自分でも分かってるよな、それくらい」

 

 

マミから教わった。

グリーフシードは魔法少女にとって魔力を回復する重要なアイテムだ。

事と場合によっては、それを奪い合うために魔法少女同士で争いになるケースも珍しくは無い。

 

ましてあの頃の杏子達は見返りよりも正義の為に行動していた。

それが面白くないと思う者達も多かったろう。

だからマミは魔法少女同士の戦いになった時の対象方法を教えてくれた。

 

 

「相手のソウルジェムを狙うことだ」

 

 

尤もあの頃はまさかソウルジェムが砕かれれば死ぬとは思っていなかったが。

とにかく分かっていたのは魔法少女にとってソウルジェムは急所だと言う事だ。

そこを攻撃し排出させるかすれば、相手は怯んで魔力がブレる。

そこで変身が解除されるケースがある。その間に逃げればいいと。

 

 

「やっぱ魔法少女と戦う時は見るよな、ソウルジェムがどこにあるのか」

 

 

ソウルジェムは卵の形をした状態から変形して、衣装のどこかに付いている。

杏子は共感覚のようなものを持っており、魔力を匂いで嗅ぎ分けていた。

魔法少女の場合はやはりソウルジェムから最も強い匂いが放たれる。

 

 

「始め、アンタのソウルジェムがどこにあるか全く分からなかった」

 

 

だから匂いに集中した。

今、間近で嗅いで確信する。

 

 

「お前。何で"ソウルジェムが二つ"ある?」

 

「……!」

 

「耳のピアス、それがそうなんだろ?」

 

 

かずみの両耳にある鈴の形をしたピアスから、同じ強さの匂いがした。

ただ分かれているだけと言えばそれだけだが、杏子にはどうにも引っかかってしまう。

 

たとえばそれは不利なのではないかと言う事。

ソウルジェムとはすなわち魔法少女の魂そのものだ。破壊されれば待っているのは死である。

かずみはその急所をわざわざ二つに分けたと言うのか?

 

魔法少女の衣装は契約者の心情を反映して構築される。

あまりにも気に入らないデザインだった場合は、インキュベーターに言えば変えてくれるとか言う噂を聞いた事がある。

 

それは置いておいて。

かずみはゲーム参加者だ。一人だけ急所が二つあるなんて不公平ではないか。

ハンデ? かずみの魔法が強力だから? いや、確かにそれも可能性の一つではあるが、鈴型と言うのも気になる。

 

ここで杏子は様々な可能性を考えてみた。

例えば二つのソウルジェムは、一つが破壊されてももう一つが残っていれば大丈夫であるとか。

それならば、このデザインでも問題はないだろう。

 

しかしどうしても気になるのは、何故かずみだけがそんなデザインなのか?

杏子は今まで多くの魔法少女を見てきた。しかしかずみのようにソウルジェムが二つに分かれていると言うタイプは誰一人いなかった。

 

 

「なあ、ソウルジェム見せてよ」

 

「!」

 

 

杏子は自分のソウルジェムを取り出して見せる。

卵型の宝石。もしもかずみがそれを見せてくれたら、今回は見逃すと杏子は言った。

 

 

「信じられないかもしれねぇけど、神に誓う」

 

「……嫌だ」

 

「なんで?」

 

「信じられない。見せたらグサーッ! とか!」

 

「違うだろ?」

 

「……ッ」

 

「できないんだよな、お前のソウルジェムの形は根本からしてアタシ達とは違うんだろ!?」

 

「!」

 

 

今までいろいろな魔法少女を見てきた。

格好。武器。魔法形態。しかし取り外したソウルジェムだけは皆同じ形だ。

しかし、かずみは違うと?

 

 

「腕前を見るに、わりと昔には契約してたと見える」

 

 

例えば、キュゥべえが今日からデザインを変更しようと決めて、その契約者第一号がかずみならば納得できる話かもしれない。

しかしどうにもそのような様子はない。

 

 

「お前、何者だ?」

 

「おしえて――」

 

「?」

 

 

かずみはベッと舌を出して杏子を煽る。

 

 

「あーげない!!」

 

「……ハッ! そうかい。だったら死ねよ!!」

 

 

杏子は思い切りかずみの頭部を殴りつけた。

すると彼女の体が鏡の様に割れて消滅したではないか。

 

 

「ッ、へえ! 成程ね!」

 

 

槍を横に構える杏子。

そこにかずみの十字架が命中する。思えば先ほどカードを使っていたか。

トリックベント。つまりあれはかずみの分身だった訳だ。分身は細部までコピーできるため匂いもちゃんとコピーしていたようだ。

だがいずれにせよ杏子は十字架を受け止めた。これで仕切りなおしか。

 

 

「イル――」

 

「しまった!」

 

 

二段構え。

 

 

「フラース!!」

 

「ウグォオオオオオ!!」

 

 

かずみの体から黒い電撃が迸る。

帯電しながら吹き飛ぶ杏子。かずみはその隙に地面を蹴ってゾルダを回収した。

極限まで身体能力を強化しているため、かずみは片手でゾルダを持ち上げると、そのままナイトも掴んで逃げていく。

 

 

「お、おい!」

 

「ここは引こう! 蓮さん!!」

 

 

王蛇はすぐに腕を伸ばすが、掴んだのは黒い残像だった。

あっと言う間にフェードアウトしていくナイト達。

王蛇達の耳には、かずみのソウルジェムが鳴らしたチリンと言う音しか残っていない。

 

 

「クソッ! また逃げんのかッッ! どいつもこいつもワンパなチキンばっかりだ!!」

 

 

杏子は壁を蹴りつけて吼えた。

王蛇も壁を殴りつけ、静かに唸る。

 

 

「……対処法を考えないとな。盛り上がってきた所で切られるのは腹が立つ」

 

 

ふと、杏子の目にもっとイラつくものが目に入ってきた。

自分達の戦いを見ていたのか、廊下の隅で震えているエリスのメンバーだ。

杏子はそれを確認すると、イライラを全て踏み潰す様にして足を叩きつけた。

直後聞こえてくる悲鳴と断末魔。異端審問は目に入ったところならば、どこでも槍を出現させる事ができる。

 

 

「何だ? 参加者か?」

 

「いや、一般人。なあ浅倉、ちょっと提案があるんだけどさ」

 

「あン?」

 

「今だけルールを少し変更しないか? 特別ルールだ」

 

 

杏子は一点を見つめながら淡々と口にしていく。

一応口では笑みを浮かべているものの、その心に楽しさなど欠片とて無かった。

 

 

「エリスのバッジを付けた奴。何人殺せるか」

 

「張り合いが無い連中ばかりだ。つまらん」

 

「そういうなよ。中には化け物に変わるやつだっている。どういう原理か知らないけど」

 

「………」

 

「別に、乗らなくてもアタシだけでやるからいいけど」

 

 

杏子はたい焼きを取り出して口に咥えた。

 

 

「………」

 

 

王蛇は唸ると、変身を解除して杏子の咥えていたたい焼きを奪い取る。

そしてガツガツと一瞬で平らげると、ニヤリと舌を出して笑った。

 

 

「リーベには昔、いろいろ世話になった、イラつくヤツらばっかりだった」

 

「お、おお? つまり?」

 

「俺が勝ったら久しぶりに殴らせろ」

 

「ハッ、そうこなくっちゃ!」

 

 

杏子は浅倉の背中を軽く叩くと、嬉しそうに走り出す。

 

 

「殴ってきたら、殴り返すけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん、どしてココきらきらぁ?」

 

「これはステンドグラスって言うんですのよ」

 

「すてんどぐらしゅ?」

 

「うーん、どう説明したらいいのでしょうか? ごめんねタツヤくん」

 

 

志筑仁美はタツヤの頭を優しく撫でながら呟いた。

二人がいる部屋には大きなステンドグラスがあり、天使の描かれている。

優しい光が仁美達を包み込んでいるが、とてもじゃないが穏やかな気持ちにはなれない。

 

仁美としても、暴徒はタツヤを狙っているように感じた。

結局、サキの家では何も出来ずに捕まってしまったが、これからの事を考えると不安で仕方ない。

しかしその場でタツヤが殺されそうものならば、仁美は暴徒達の靴を舐めてでも守ると覚悟していた。

 

だが激情にかられた行動とは裏腹に、自分達はこうして幽閉されている。

話を聞いて察するには、どうやらボスであるコルディアが指揮した事らしいが……。

何が狙いなのかはサッパリ分からない。とは言え、『処刑』と言う単語が聞こえてきたので油断はできない。

 

 

「それにしても……」

 

 

改めて周囲を確認する。

自分達が今いる個室の外には柵があった。つまりココは『牢屋』なのだ。

何故支援事業を主とする団体の本部に牢屋など作る必要があるのか?

仁美はゾッとしながらも、タツヤを怖がらせまいと気丈に振舞った。

幸いタツヤは幼い。自分が置かれている状況には気づいていないようだ。

ただ目の前に広がるステンドグラスに目を輝かせ、いずれくるだろう姉の到着を待っているだけ。

 

 

「………」

 

 

それに仁美が危惧するのはエリスメンバーだけではない。

部屋に飾ってある花瓶の中、そこから聞こえる小さな笑い声を確かに聞いていた。

いる。いるのだ、あの中に。異形、それは使い魔。でも自分じゃ勝てない、殺される。

 

 

(どうすれば……?)

 

 

仁美はギュッと目を閉じてひたすらに祈った。

 

 

(まどかさん、どうか早く――ッッ!!)

 

 

そうやって震える仁美を、隠し部屋でユウリがエリーを通して観察していた。

 

 

「ククク! さあ、早く来い鹿目まどか!」

 

 

まどかがあの部屋に来たら、花瓶の中にいる使い魔にタツヤを殺してもらう。

子供ならば不意打ちで即死させられるだろう。

運が良ければ呆気に取られている仁美も殺してしまおう。

脳を狙えばおそらく一発で死ぬ。それを見たまどかがどんなリアクションをするのか、想像するだけでゾクゾクする。

 

――などと、考えいたユウリ。

だが彼女は一つ重要なものを見落としていた。

それは牢の中に忍ばせておいたのは使い魔だけではないという事だ。

あの部屋にはもう一体、別の異形が存在している。

 

 

「緑の髪のお嬢様はついつい感情移入してしまいますな。誰だい、緑色の髪が不人気だとか言ったヤツぁ」

 

 

喫茶店でコーヒーを飲んでいるニコ。

彼女は自分の黄緑色の髪の毛を弄りながら、仁美達の映像を見ていた。

ビジョンベントの力により、ミラーモンスターが見ている景色を携帯に映し出す事ができる。

つまりあの部屋に潜んでいるもう一つの異形は、透明になっているバイオグリーザであった。

 

 

「さてと」

 

 

ニコはメールで仁美達の場所を他の参加者に送信する。

順調だった。このままならば、ニコの思い描いていた通りになる。

とは言え、ニコの表情は複雑だ。笑みを浮かべているが、額には汗が滲んでいる

理由は分かっている。だがその理由を口にする事は許されるのだろうか?

確かめたいと行動に移す事は――、許されるのだろうか?

 

 

「……余計な事は考えないようにしないと」

 

 

これで参加者は仁美達の所に向かうだろう。

助けれられればそれでいいし、死なせてもまあそれはそれで。

 

 

「はぁ……! ハァ!」

 

「大丈夫まどかちゃん?」

 

「う、うん!」

 

 

そのメッセージを見たまどか達は、ニコの予想通りと言うべきか、迷わずその場所に向かっていた。

もちろんそれを止めようとリーベエリスのメンバー達は各々武器を持って襲い掛かってくるが、まどかの結界の前では全てが無力といって良い物。

だがそうしていると襲い掛かってくるのだ、魔女とも付かぬ異形が。

 

 

「またかよ!」

 

「ッ!」

 

 

周りがステンドグラスに囲まれたホール。

二人の行く手を阻むように現れたのは巨大な蝙蝠『バット』だ。

耳が裂ける様な怪音波を撒き散らしながら、二人の元へ向かってくる。

気になるのは怪音波を他のメンバーに構わず放っていると言う事。

おそらくあの化け物に変われば味方の区別も付かなくなり、理性も失われるのだろう。

 

だが救いもある。

あの化け物に変われば、死ぬほどのダメージを受けても変身が解除されて人間が輩出されるだけ。

つまり思い切り攻撃しても問題はない。むしろ思い切り攻撃したほうがいい。

特に今は人質の居場所が分かった大事な時だ。ココで足止めを食らっている時間は無かった。

 

 

「降り注げ! 天上の矢!」

 

 

まどかが手をかざすとバットの頭上にに魔法陣が出現。

まどかは矢を引き絞り、そこへ光の矢を一発放った。

狙いはバットからまるで外れているが、まどかが狙ったのは初めから魔法陣だ。

矢が魔法陣に吸収されると、魔法陣から光の矢が雨のように降り注いでいく。

 

『マジカルスコール』。

体の大きいバットはそれだけ当たり判定がある。

連続で矢を背中に受けてしまい、怪音波が止まった。

そこを狙うのは龍騎だ。ドラグアローの矢がバットの頭部へ突き刺さると、菱形の鏃が分離して埋め込まれる形になった。

 

 

「トドメだッ!」『ストライクベント』

 

 

ドラグレッダーが龍騎の周りをゆっくりと旋回する。

ドラグクローを構える龍騎。バットはそれを確認すれど、マジカルスコールが継続中のため逃げることができなかった。

 

 

「ダアアアアアアアアアアアア!!」

 

「ギギギギギィイイイイイ!!」

 

 

昇竜突破。巨大な炎の塊がバットに直撃。さらに埋め込まれていた菱形の燃料に共鳴してさらなる爆発が起こる。爆風で周囲にあったステンドグラスが粉々になり、バットに変身していた人が地面に倒れた。

 

 

「魔女じゃないなら、アレは一体……」

 

「と、とにかく今は仁美ちゃんとタツヤを!」

 

「そっか! 了解!」

 

 

龍騎達は頷きあい、足を進める事に。

ホールを抜けて突き当たりの角を曲がり、そのまま真っ直ぐに進めば、仁美たちが幽閉されている牢屋部屋に繋がる隠し階段があるとメールには書いてあった。

 

罠の可能性もあったが、今のまどか達にその危険性を考える余裕は無い。

とにかく親友と、大切な家族を救いたい。もう失うのは嫌だった。もう友達を守れないのは嫌だった。だからまどかは一心不乱に曲がり角を目指す。

 

 

「!!」「ッ!」

 

 

しかし二人は足を止める事に。

広い廊下だった。中心に、胡坐をかいて座っている魔法少女が一人。

知り合いと言えばそう。しかしあまり良い関係とは言えないが。

 

 

「んもーう、遅いんだよぉ!」

 

「キリカさん……!」

 

 

キリカはまどか達を確認すると、あくびをしながら立ち上がり、大きく伸びを行う。

 

 

「な、なんでここに――?」

 

「なーんで? うへへへぇ、決まっているじゃない――ッ! かッ!!」

 

 

キリカは首をダランと力なく下げる。

さらにそのままぐるぐると首を回す。異常めいた行動に、まどかは思わずゴクリと喉を鳴らした。

申し訳ないが、プラスのイメージが持てなかった。

そしてこの世の定理と言うべきか、嫌な予感ほどに当たると言うものだ。

キリカは黒い爪を伸ばし、それをまどかに向ける。

 

 

「ゴメンねピンクちゃん、ココは通せない」

 

「どッ、どうして!」

 

「あれ? ピンクちゃん、怖い顔をしてる」

 

「お、お願い! 大切な友達がいるの! そこを通して!!」

 

「俺からも頼む!」

 

 

頭を下げる龍騎とまどか。

しかしキリカは鼻を鳴らす。

友達のため。立派なことだ。なぜならキリカもまた、大切な親友の為に戦っている。

だからココは引けない。織莉子の為に、織莉子が望む世界を手に入れるために。

 

 

「私の目的はキミ達を足止めすることだ。それだけ全てなんだよ」

 

「……ッ!」

 

 

結局、戦うしかないのか。

まどかも弓を構えて目を細める。

スターライトアローで相手を牽制し、隙を見て一気に駆け抜けるしかない。

キリカの魔法は減速魔法。長期戦は圧倒的に不利なのだから。

 

 

「じゃあピンクちゃんとドラゴンくんには消えて――って、わわわ!!」

 

 

キリカが一歩足を踏み出すと、バチュンと音がして火花が散った。

すると黒い髪をなびかせて、暁美ほむらが走ってくる。

 

 

「お、おまえぇぇえ!」

 

「退きなさい呉キリカ。でないと、殺すわよ!」

 

 

キリカは歯を食いしばる。

ほむらの魔法は厄介だ。減速魔法は時間停止に対抗できるものの、問題は減速スピードが時間に比例していることだ。

まだそこまでスピードが落ちていない。時間停止を発動されたら終わりだ。

 

さらにここでキリカにとって絶望的な状況が生まれる。

メールを見たのはもちろん他のメンバーもだ。

つまりまどかの仲間が続々とココにやって来ると言う事だった。

 

 

「大丈夫かまどか!」

 

「サキお姉ちゃん!」

 

「生きてる? 真司!」

 

「あ、ああ!」

 

 

ファムペアがほむらの背後から駆け寄ってくる。

さらにナイトペアもまた姿を見せた。

続々と集まってくる龍騎陣営、キリカは悔しそうに歯を食いしばりながら後退を始める。

 

 

「!」

 

 

さらに、ほむらのパートナーである手塚。

そしてその隣には、東條の姿があった。

 

 

「とーじょぉぉおおお……ッ!」

 

「………」

 

 

キリカは悔しそうに歯を食いしばり、東條を睨みつける。

東條にリアクションは無い。無言で目を逸らしている。

何度もピリピリとした空気を経験してきたが、今日は今までの比ではない。

どれだけ嫌悪し合おうが、今まではまだ命のやり取りは存在しなかった。

だが今この瞬間、タイがペアは殺しあう関係へと明確に変化したのだ。

 

 

「もう一度言うわよ呉キリカ。そこを退きなさい。殺すわよ」

 

「ふざけ――ッ!」

 

「勝てると思っているの?」

 

「ぐぐぅッ!」

 

 

周りを見るキリカ、まどかの仲間がたくさんだ。

きっと彼女は人気者。自分と違って人気者。だから皆が味方する。

鹿目まどかは大馬鹿で●●の●●なのに味方する。

 

自分はどうだ?

今、大切な人の為に命を賭け様としている。

だけれどもそれを誰も認めない、私が悪者、私が悪役。

 

 

「へへ……!」

 

 

ああ、私らしくないなコリャあ。キリカは笑う。泣きそうだから笑う。

織莉子の役に立てないから泣きそうになる。

足掻いても暁美ほむらが時間を止めて眉間をバッキュン。

それでハイおしまい、何もできずにハイ終わり。

織莉子には使えないガラクタだと思われるのだろうか?

それはこの世界に存在するどんな拷問よりも辛い事だ。

 

 

「………」

 

 

キリカは織莉子に嫌われる事を想像して、思わず一筋の涙を流す。

それを呆気にとられた表情で東條は見ていた。

まどかも一瞬怯んだが、ここで引き下がっては仁美を救えない。

 

 

「ほむらちゃん、本当に殺したりなんか……、しないよね」

 

「………」

 

 

ほむらは少し沈黙するが、ゆっくりと首を振った。

 

 

「え?」

 

 

戸惑うまどかを無視して、ほむらはキリカを睨みつける。

 

 

「呉キリカ、美国織莉子……! 貴女達はどれだけ私の邪魔をすれば気が済むの?」

 

「……何を言っているのか私には分からないな。暁美ボムラ。ん? ベムラー?」

 

「チッ」

 

 

いい加減うざいのよ。

ほむらは溜まりに溜まった怒りを胸に、キリカを睨みつける。

 

そのキリカは、周りを見ていた。

皆同じだ。手塚も美穂も蓮も真司も、みんなみんなパートナーの魔法少女を庇う様に立っている。

騎士が魔法少女を守るべき存在だと自負しているからだ。

なによりも、守りたいと思うから守っているんだ。だから騎士は魔法少女の前に立っている。

 

 

「ねえ、とぉじょぉ。私このままじゃ殺されてしまうんだよ……」

 

「………」

 

「助けてくれないのかい?」

 

 

無理だよと――、目が語っている。

それを見てキリカは大きくうな垂れた。

 

 

「そうだね。また意味不明な英雄論で君は誤魔化すんだ」

 

 

なんだよそれ。

なんなんだよソレ――ッ! なんだよそれ!!

どうして、なんで、ちくしょう、ちくしょうちくしょうちくしょうッ!!

なんでなんでなんでなーんでどうしてどうしてさー! どうして味方をしてくれないんだよ!

パートナーは味方なんだぞー! 最後の希望なんだぞぉ! なのに君は私にイジワルしようとしてる!そんなのおかしいょぉお! ありえないだろー! なんだよ、私がお前に何したっていうんだよ馬鹿ぁ!!

 

 

「……ちくしょう」

 

「!」

 

 

目に涙を貯めて、キリカは顔を上げる。

その手にはソウルジェムがあった。さらに一気に広がっていく魔法陣。

減速魔法の範囲が拡大されていく。

 

 

「な、なんだ!?」

 

 

これほどまでに一気に魔法を展開できるものなのか?

そこで手塚は気づいた。キリカのソウルジェムが真っ黒に濁りきっている。

だから魔法陣がこれほどまでに強大に展開できた。キリカは自分の魔力の全てを使って減速結界を構築したのだから。

 

 

「まさかアイツ……ッ!!」

 

「ええ、そうね」

 

 

本当に、芸の無い女。

ほむらは目を細めてキリカを睨み続けていた。

 

 

「織莉子……」

 

 

キリカは濁った目で、濁ったソウルジェムを見つめる。

 

 

(君は、自分のしたい事をすればいい。自分が望む事をすればいい)

 

 

世界が歪む。

景色が変わっていく。

 

 

 

「私は、いつだって君の味方だから」

 

 

だからせめて『アレ』だけは封じる。

 

 

「愛してるよ――」

 

 

キリカはソウルジェムにキスをすると、それを宙に放り投げた。

崩れ落ちる魂、現れたグリーフシード。

キリカは電池が切れたように崩れ、地面へと倒れた。

 

 

 

 

「上条くん」

 

「……?」

 

 

オーディンと織莉子は地面を蹴りながらリーベエリス本部に向かっていた。

その跳躍力はもはや飛んでいると言っても過言ではない。

そんな中で、織莉子は嫌悪の感情を告げる。

 

 

「私。キリカを裏切ってしまいました……」

 

「どういう事だい?」

 

 

織莉子は未来を知る事ができる。

あの時、父の情報を知りたいと願った時にキリカが足止めを申し出てくれた。

だがその時織莉子は視てしまった。キリカが魔女になっている光景を。

 

親友が魔女になる姿。それを止める方法はごく簡単だった。

行かないでと言えばいいだけ。父の死の真相を知る事を後回しにすればいいだけだ。

ただそれだけで織莉子はキリカが魔女になる事を止められた。

にも関わらず織莉子はキリカを行かせた。一時的な感情の高ぶりを解消したいがために、親友を絶望の化身へ変えた。

 

 

「最低だわ、私」

 

 

キリカを捨てたのだから。

天秤にかかったのは、後から絶対に分かる情報と、親友の尊厳だ。

それを織莉子は……。

 

 

「友人は大切にするべきだよ、織莉子」

 

 

などと友人の首を跳ね飛ばした男が、さも当然の様に言う。

おまけに上条は下宮が生死不明だと言うのにたいした興味も示さない。

だが上条は死が安息だと考え、下宮が死んでいるのならば、それはとっても幸せな事なのだろうと思っているらしい。

要は、考え方一つである。

 

 

「後ろめたい心があるのなら、彼女を助ければいい。それを可能にする力を僕達は持っている筈だ」

 

 

オーディンはそう告げた。

どんな手を使ってもキリカが救われる未来を作ればいい。

そして未来と言うものが人の死によって大きく変わるのなら――。

 

 

「僕が、その未来が提示されるまで殺し続けてあげるよ」

 

「………」

 

 

ありがとうとは言わない。織莉子はただ曖昧な笑みを浮かべて頷くだけ。

オーディンの考えは間違っている。しかし織莉子にとってはその言葉が何よりも都合のいいものだった。甘えようではないか。ありがたく。

一方で学校では、まどかやほむら達が構えている。

 

 

「あれが、呉キリカの……」

 

 

倒れたキリカと入れ替わる様にして現れたのは、『MARGOT(マーゴット)

裸のマネキンを三つ重ね合わせ、頂点の体は目玉のついたハットをかぶっている。

友愛の魔女。その性質は自己犠牲。キリカはただ織莉子の役に立ちたいと言う純粋な気持ちを掲げて魔女になった。それは絶望からじゃない、友情からだ。

 

 

「エビルダイバー!!」『アドベント』

 

 

手塚は変身を済ませるとエビルダイバーを召喚して、まどかと龍騎を背中へ乗せる。

魔女が生まれれば当然魔女結界が構築される訳だが、そうなれば隔離世界へ閉じ込められてしまう。

ならば仁美たちが危険な状態になっても助ける事ができない。

 

だからライアは魔女結界が構築される前にまどか達をこの場から引き剥がさなければならなかった。

とは言え既に魔女結界は広がっている。ましてや減速魔法が発動している状態だ。当然、エビルダイバーのスピードも遅くなっている。

 

 

『フリーズベント』

 

「!」

 

 

マーゴットの動きが停止する。見ればタイガがカードを発動していた。

魔女、使い魔、およびミラーモンスターの動きを停止させるフリーズベント。

マーゴットもその例に漏れず、彼女の時間が停止した事で魔女結界の構築も中断される。

 

 

「いいぞ東條!」

 

「うん。だから今の内に逃げたらいいんじゃないかな?」

 

 

エビルダイバーはそのまま魔女の脇を通り抜けると龍騎達を魔女結界の外に運んでいく。

さらにキリカが魔女化したのは好都合ではあった。

何故ならばルールにおいて、『パートナーが魔女化した場合は騎士が使役できる』のだから。

 

キリカはそれを知らなかったのだろうか?

とにかく既にタイガとパートナー契約を結んでいる以上、簡単に彼女を操る事ができるのだ。

現にフリーズベントの効果が切れた後もマーゴットは動かなかった。

 

 

「消しましょう」

 

 

ほむらが盾から武器を抜こうとする。

その時だ。タイガの背中から火花が散ったのは。

 

 

「なッ、何!?」

 

 

タイガは背中を押さえながら背後を見る。

そこには斧を持っているインディアンの様なモンスターが。

 

 

「ゲゲゲゲゲェ!!」

 

「うあッ!!」

 

 

オーディンの使役モンスター・ガルドストームは、咆哮あげて斧を振るう。

切られるというより叩かれる様な感覚。それだけじゃない、斧を振った時に嵐が発生。

タイガはまるで洗濯機の中に入れられた様に回転して意識を失った。

気絶したことで指示が途絶え、マーゴットは再び活動を再開する。

 

 

「東條! 大丈夫か!!」

 

「……っ」

 

 

返事は無かった。

その隙にマーゴットは魔女結界を完成させる。

幸い龍騎達を逃がす事ができただけでも良しとしよう。

ブティックの様な場所に変わるリーベエリス本部。

さらにここで異変が起きる。どうやらマーゴットはちゃんと『味方』を認識している様だ。

 

ガルドストームのスピードが一気に高速に変わった。

と言うよりも、マーゴットは減速魔法をガルドストームには掛けていなかったのだ。

対象を認識するだけの知能が、理性があるとでも?

 

 

「厄介な!」

 

 

ナイトやかずみが武器を振るうものの、ガルドストームから見れば止まっている様にしか見えない。

キリカが発動していた分と、マーゴットが発動している分が重なり、減速スピードは十分だった。

 

 

「ゲゲゲェッッ!!」

 

 

斧を構え、疾風を纏うガルドストーム。

高速で移動する彼を捉える事は不可能か?

 

 

「ゲ―――」

 

 

ガチャリと、時計の動く音が聞こえた。世界が無音に変わる。

ほむらは相変わらず冷めた目でマーゴット達を睨んでいた。

思い出す。過去のループ、キリカのせいで苦しみが一つ増えた事を。

 

故にこれは復讐だ。

減速魔法? そんな物、時間停止の前には無力だと言う事を教えてやろう。

確かに『以前』は応用で対策の手を取られてしまったが、今回はそうはいかない。

 

 

「………」

 

 

減速魔法は時間と共に強力になっていく。つまりほむら達はどんどん遅くなっていくのだ。

盾の砂を多めに使っても、確実に仕留めなければならない。

前回は銃弾を撃っても、着弾する前に反応されてしまった。

 

だから今回は逃げ場を無くせばいいだけの話だ。

ほむらはガルドストームの前後左右、さらに頭部と足を狙ってハンドガンの弾丸を放っておく。

計八発の銃弾はまさに檻だ。どこに逃げようとも確実に弾丸が命中する配置になっている。

ほむらはそれを確認すると、再び時間の流れを元に戻した。

 

 

「!」

 

 

目の前に迫る弾丸。

ノロノロ動く弾丸だ。反応はすれど、体をどう動かしても弾丸が当たってしまう事に気づいた。

 

 

「ゲェエエエエエッッ!!」

 

 

ガルドストームが吼えた。

すると自身を中心として小規模の嵐を発生させる。

ハンドガンの銃弾ともあってか、風が全ての弾丸を吹き飛ばす。

 

 

「………」

 

 

ほむらは髪をかき上げて怪しげに微笑む。

ガルドストームの発生させる嵐は、台風のようなものだ。

台風には中心部分に、風の影響を受けない『台風の目』と言うものが存在している訳で。

 

 

「ギゲェエエエエエエエエエエエエ!!」

 

 

ほむらは全て予想していた。

故に八発の弾丸とは別に、もう一つ攻撃を行っていたのだ。

それはガルドストームの真上。そこにロケットランチャーの弾丸を発射しておいた。

ガルドストームは周りにある銃弾を打ち消した事で、頭上の注意を怠っていた。

魔力を込めた重火器だ。弾丸の威力、スピード、機動性はそれだけ上がっている。

ましてや距離が誓い。弾丸はガルドストームの脳天に直撃すると、断末魔さえあげる暇なく粉々にしてみせた。

 

爆風で震えるフィールド。

呆気に取られるファム達をよそに、ほむらは再び時間を停止させるために盾のギミックを操作する。

不動の世界。同じ手で粉砕してやればいいと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガチャン

 

 

「――え?」

 

 

ほむらの前には高速で移動するマーゴットが。

次の瞬間、ほむらの体に黒い爪が刻まれる。

 

 

「え? 何で?」

 

 

スローになるほむらの世界。

何で時間が止まらないんだ?

 

 

「グぅッッ!!」

 

「!!」

 

 

すぐにライアがほむらを庇う様に立った。

アクセルベントで少しでも減速魔法に抵抗している様だ。

しかしそれでもマーゴットのスピードには追いつけない。

ライアは背中に無数の斬撃を受け、さらに巨体に押されて地面を転がっていた。

 

 

「……ッ」

 

 

マーゴットは他の参加者を狙い始める。

倒れていたほむらは、目を見開いて青ざめていた。

気づいたのだろう。何故時間が止まらないのか。それは盾の中に内蔵されている砂時計のギミックが原因だった。

 

ユウリに石化されたり、ルカによって氷で覆われた場合、時間は止められなかった。

これはつまり時間を止めるには盾にある砂時計のギミックを作動させなければならないからだ。

そこに異変が起きると、時間は止められない。

そして一番重要なのは砂時計だ。砂がある分だけ、ほむらは時間を停止させる事ができる。

 

 

「……嘘」

 

 

思わず、言葉に出てしまう。

ほむらの視線の先。砂時計の中には、大事な砂が一粒も残っていなかった。

しばらくの間、何が起こったのか全く理解できなかった。砂のストックが完全に切れたと言う事を認められなかった。

 

 

(何で――ッ!? 嘘ッ! そんな馬鹿な事が!!)

 

 

 

確かに普段よりは使用していたが、しっかりとペース配分を行っていた筈だ。

しかしそこには一つのカラクリが存在していた。

ガルドストームは囮だったのだ。ほむらはマーゴットが仕掛けトラップに掛かったのである。

 

マーゴットは、減速魔法を部分的に解除した。

場所は、ほむらの盾。正確には『砂時計』の部分だ。

これによってほむらの動きは遅くなるが、砂時計の落ちるスピードは通常時と同じになる。

 

ほむらはそれに気づかず、ガルドストームを確実に仕留める為に長時間の時間停止を行ってしまった。いくら時間を止めていても、環境が変わるわけではない。分かりやすく言えば水の中で時間を止めたとしても呼吸はできない。

それと同じだ。魔女結界中に存在している『減速魔法』からは逃げられない。

時間を停止していた後も減速魔法は適応されていた。

例えば、ほむらの一秒が実際は10秒だとしたら? ああ、それだけ砂が落ちていく。

 

 

「やられた……ッッ!!」

 

 

やられた、やられた! やられたッ! やられたッッ!!

ほむらは歯を食いしばり、マーゴットに対するありったけの憎悪を向けて睨みつける。

悔しさでおかしくなりそうだ。また邪魔をされるのか! しかも自分の存在意義を奪われた。

自分の切り札、メイン武器、強みが全て!

 

 

「許さないッッ! アァアァ!」

 

 

思わず頭を抱えて吼えた。

つまり以後、ほむらは時間を停止する事ができなくなった。

砂は『ある行動』を行わない限り回復する事はない。

それは簡単に行える事ではないし、おそらくもう無理だ。

要するにほむらは固有魔法を失ったのだ。完全なる弱体化である。

 

 

「呉キリカァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

ほむらは怒りに震える手でマシンガンの引き金を引く。

かつてない怒りだった。同時に、かつてない不安がほむらを蝕んでいった。

 

 

 

「……ッ?」

 

 

怒号が聞こえる。吹き飛ばされ、気絶していたタイガが目を覚ます。

まだ少しぼんやりしている。体を起こすと、ブティックの奥から光が漏れているのに気づいた。

タイガが最も先にすべき事はマーゴットを制御して皆を助ける事だろうが、タイガは何故かその光の正体を確かめたくて仕方なかった。

だから這うようにして光の場所を目指す。

 

 

「これ……」

 

 

試着室の向こうにあったのはテレビだった。

もちろん魔女結界にあるのだから、一般的な番組を映す訳ではない。

タイガは不思議とそのテレビの中に映る映像に釘付けになってしまった。

 

 

「………」

 

 

テレビの中に映っていたのは小さな女の子だった。

普通の女の子だ。友達と笑い合い、未来に希望を持ち、その笑顔は幸福と言うもので満ち溢れていた。少なくともタイガにはそう見えた。

しかし亀裂が走る。女の子の親友が、家庭の事情で引っ越すことになったのだ。

女の子は悲しんだ。同時に、病んでいく親友を止めたいと願った。

 

結果は失敗だった。

女の子は誤解が生んだとは言え、犯罪者扱いだ。

詳しい理由は分からなかったが。女の子にとってそれはとても悲しい事だった。

親友に裏切られたと思ってしまったのかもしれない。

 

女の子自身も、環境の拗れで徐々に笑顔を失っていった。

はじめはあれだけ笑顔だったのに、女の子の顔から笑みと希望が消えていく。

 

女の子は中学生になった。

過去の事があったからか、友人は一人もいなかった。

目立ったいじめを受けている訳でもないが、皆が女の子に対して関心を持たない。

ただそこにいるだけ。空気の様に毎日を送っていた。

 

家族ともろくに会話をしない。誰とも会話をしない。

気が付けば彼女の声は、自分でもビックリするくらい小さくなってしまった。

 

 

「誰も私を見ていない」

 

 

このまま死んでも、誰も興味を示してくれないのではないか。そんな妄想が続いた。

葬式も開かれない、誰も来ない、誰も自分の死を悲しまない。

それは自分が空気だから。この世界に存在する価値なんて無いから。

いてもいなくても一緒だから。

 

 

「………」

 

 

いつの間にか、タイガは食い入る様にテレビを見ていた。

強烈な既視感。彼女の想いが、気持ちが、感情が自分の心に入っていく様な感覚だった。

なんだか鏡を見ているような気分だった。

時間の概念が狂う。減速も減速。タイガの時間は止まっているように進んだ。

 

 

『ねえねえ、昨日のテレビ見たー?』

 

『見たよー、ってか今度映画いかない? ほら話題になってるじゃんアレ!』

 

『おい知ってるか? あの野郎、昨日女の子と歩いてたぜ!』

 

『この前さ、コンビニで新作のお菓子があったから食べたんだけど――』

 

 

クラスでは皆、毎日楽しそうに会話を行っている。

女の子はクラスの後ろでそれをジッと見ているだけだった。

立ち尽くしてジッと見ていた。ジッと聞き耳をたてていた。

そして思うことはただ一つ。

 

 

(くだらない)

 

 

そう、どいつもこいつも毎日毎日同じような事ばっか話して。

低俗で話題で盛り上がって。下品に笑って。くだらない、ああくだらない!

馬鹿みたいな連中ばかりだ、頭の悪い連中ばかりだ。

でも私は違う、私はこんなヤツより余程マシなんだ。女の子はそう思って毎日を過ごしていた。

 

 

本当に?

 

 

『呉さんっていつも一人だよね』

 

『暗いもん。不気味って言うか、何考えてるか分からないし』

 

 

聞こえているよ。

会話が無くなったら、会話に困ったらみんな私を馬鹿にする。

そうやってクッションを挟む。呉キリカは舌打ちをしていつも下を見ていた。

いい訳だ。全部いい訳だ。彼女は分かっていた。

 

 

『チッ、うぜぇな』

 

『モタモタしないでよ』

 

『邪魔なんだよなぁ』

 

 

ある日、コンビニで小銭落とした。

みんな後ろで文句を言うくせに、誰もキリカを手伝おうとはしない。

無関心。けれども悪口だけは立派に叩く。本当にくだらない連中ばかりだ。

キリカは苛立ちを覚えながらも散らばった小銭を拾い集めていた。

するとそこへ白い手が。

 

 

「!」

 

「手伝います」

 

 

美しい肌と同じく、美しい髪が見えた。

サイドテールの少女がキリカに微笑みかけて、小銭を拾ってくれた。

それが美国織莉子だった。

 

 

「あ……り――ぅ」

 

 

人と会話をしていなかったせいで、緊張して声がでない。。

キリカは掠れた声で織莉子へ小さなお礼を告げた。

きっと聞こえていないだろうが、織莉子は微笑んでくれた。そのままキリカに別れを告げて行ってしまった。

 

 

「………」

 

 

キリカはポカンと口を開けたまま立ち尽くす。

織莉子は自分を見ていたのか。自分に話しかけてきたのか。助けてくれたのか。

織莉子は――

 

 

「私を見てくれていたのか」

 

 

いや、違う。キリカはすぐに否定した。

織莉子は自分が邪魔だったから早く事態を収拾したかっただけだ。

微笑みなんて簡単に作れる。作り笑いなんて誰だってできる。

 

 

「―――ッ」

 

 

キリカはふと、窓ガラスに映った自分の顔を確認した。

つくり笑いすらできなかった。歪で気持ち悪い表情がそこにあった。

たまらなく惨めになる。情けなくて、周りに当たってしまう。

 

だって何も楽しい事なんて無いじゃないか。

笑みを浮かべられる事なんて何も無い。

辛いと感じる事はあっても、楽しいと感じられる事なんて無かった。

 

きっとそうしている間に自分は辛いと思うことすらできなくなるんだろう。

そうしたら本当に空気になる。生きているなんて言えなくなる。

嫌だ? ううん、その感情すらも湧かない。

それほど、呉キリカと言う少女は冷めていたのだ。

 

 

「おはよう」

 

「!」

 

 

だが、三日ほど経ったある日、キリカは駅で織莉子と再び出会う。

話しかけてくれるなんて思っていなかった。

織莉子は以前と変わらない笑顔を浮かべてくれた。

 

 

「今日はショッピング?」

 

「ぁ……んぁ――っ! ち、ちがぅ。私……! と、友達いない――……しッ!」

 

 

詰まりながら、どもりながら、キリカは何とか言葉を紡いでいく。

しかし我ながら何を言っているのか。何て挙動不審なのか。

自分で自分が気持ち悪いとつくづく思う。しかし織莉子は優しげな笑みを崩さない。

 

 

「あ、あぁあのぉ……」

 

「?」

 

 

この間はありがとう。

そう言おうとしたが、キリカにはできなかった。

そうすると織莉子は何かを思いついたように手を叩く。

 

 

「そうだ、もし良かったらこれから一緒にショッピングに行きません?」

 

「???」

 

「私も一人なの」

 

 

怯むキリカと、笑う織莉子。

なんだって自分みたいなヤツを――?

何か裏があるのか? キリカはそう思うと怖くなって首をブンブン横に振ってしまった。

すると織莉子は残念そうに眉を落とす。

 

 

「そうですよね。ごめんなさい、いきなり」

 

「あ……、い、いゃ」

 

 

そう言って織莉子はキリカの前から姿を消した。

何だったんだ。キリカは心の奥に違和感を覚える。

不思議な動機だ。気持ち悪い、ザワザワして落ち着かない。

何故、誘ってくれたのだろう? 優しい性格だったのか。それともからかうつもりだったのか。

 

 

「……ッ」

 

 

キリカは気が付けば織莉子の事だけを考える様になっていた。

そしてあの時感じた嫌な動機は、後悔だったのではないかと考える様になる。

いつも下らないと見下してきたクラスメイトの行動を、いつの間にか自分と織莉子に置き換えていたからだ。

 

一緒にお弁当を食べる事。くだらない事で笑いあう事。一緒に帰る事。

馬鹿みたいだと思っていた光景に、いつしか羨ましさを覚えていた。

キリカにとっては、まだ名前も知らないあの人なのに。

 

 

「………」

 

 

でも駄目だ、キリカは強烈な自己嫌悪に陥る。

織莉子の様な素敵な人が、自分みたいなのを友人に欲しがる訳が無い。

きっと織莉子には何倍も素敵な人が周りにいる。

 

もしかしたら愛し合っている彼氏だっているかもしれない。

織莉子の人生に自分は必要ない、自分みたいなヤツは関わる価値もない。

キリカはそう結論付けた。それでいい、これでいい、なのにキリカの目からは涙が溢れていた。

かつてない深い悲しみだった。なんでこんな目に合わなければならないのか。

 

 

「………」

 

 

奇行だったのかもしれない。

織莉子に出会えるかもしれないという事で、毎日彼女が行きそうな場所をうろついた。

運よく織莉子を見かけたときも、マイナスのイメージが出てきて話しかけられなかった。

いっそ後をつけようと思った事もあるが、キリカの中にある良心と嫌悪感がそれを防ぐ。

 

そうしている内に、織莉子の事を夢で見る様にもなった。

夢では、キリカと織莉子は親友同士だった。

楽しかった。でも夢から目が覚めれば死にたくなる。

 

キリカの想いは日々強くなっていく。まだキリカからしてみれば名前も知らない、性格だって知らない織莉子と友達になりたかった。

そんな希望を抱いても、すぐに嫌悪感や劣等感に苛まれる。

つまらない自分が、織莉子と同じ気持ちを共有できる訳が無い。

 

 

『おめでとう。君は選ばれた』

 

 

そして――

 

 

『成程。もはやその募る想いは、恋慕と言っても差し支えは無いね』

 

 

キリカの前に究極の希望が現れたの。

 

 

『劣等感などボクに理解できる物ではないが、それが苦しみとして存在している事はよく知っているよ呉キリカ』

 

 

彼は言った。

望みさえすれば、願いさえすれば手に入るのだと。

 

 

『君は思っているんじゃないのかな、彼女と友人関係になるのは不可能だと』

 

 

だがその考えは根底の部分で間違っていると妖精は言った。

この世界には不可能な事など一つも無い。

ありとあらゆる事柄において、絶対など存在しないのだと。

 

 

『だから君の願いも叶う筈だ』

 

 

キリカが、それを望むのなら。

 

 

『ボクはキュゥべえ。さあ呉キリカ。彼女の名を知りたいのなら、彼女と友愛を築き上げたいのなら、君の取る行動は一つではないのかな?』

 

 

キリカにはその資格がある。

願いを、己の欲望を叶える権利があるのだから。

 

 

『ボクと契約して、魔法少女になってよ!!』

 

 

もはやキリカに迷う事など何も無かった。

動く死体だった自分に生きる希望と苦しみを教えてくれたのは織莉子だ。

たとえ彼女がどんな人間でも構わない。自分もくだらない事で笑いあいたかったのだと気づかせてくれた彼女に、少しでも近づきたい――ッ!

 

 

「か――ぇて」

 

『?』

 

 

掠れた声で、ぼそぼそとした声で、キリカは懇願する。

 

 

「かなぇて!」

 

『ああ。では君の望みはなんだい?』

 

「――りたぃ」

 

 

キリカは必死に叫ぶ。

 

 

「変わりたい!」

 

 

今の自分から、織莉子に見合う姿に、性格になりたい!

 

 

「私は、違う自分に変わりたい!!」

 

『分かったよ。君の願いはエントロピーを凌駕する!』

 

 

ただの人形だったキリカは喜怒哀楽を手に入れ、違う『呉キリカ』に生まれ変わる事が出来た。

 

 

『アイツなんなんだよ急に……!』

 

『なんか気持ち悪いよね』

 

『壊れたんじゃね?』

 

 

変貌ぶりに皆驚く。

だがそんなクラスメイトなんてキリカには眼中に無いというもの。

キリカの全ては、白いあの娘だけなのだから。

 

 

「るーん! るんるん♪ るるんるーん♪ るるるるー! りゅん!!」

 

『ごきげんだね』

 

「うーん! もっちろーんさー! しかし緊張するね、しろまる!」

 

『ボクはしろまるじゃないよ、キュゥべえだよ』

 

 

キュゥべえは表情ひとつ変えずに呟く。

しかし疑問だった。キリカの願いは少々ナンセンスだ。

 

 

『願いであの娘と仲良くなりたいと言えば良かったじゃないか』

 

「ばっかちーん! そんな無理やりなんてヤラシーだけじゃないか! どすけべがぁ!!」

 

 

ちゃんと自分の言葉で伝えないと。

キリカはキュゥべえの額を弾いて足を進める。

そしてキリカはついに織莉子を発見した。気品のある姿は間違え様のない、唯一無二の存在。

 

 

「ああ、緊張するよ。私のハートは張り裂けてしまいそうだ!」

 

『まるで男女のソレだね』

 

「もちろん、これは告白なんだから」

 

 

緊張してうまく話しかけられるだろうか?

などと言っていたキリカだが、スライディングで織莉子の前にやってくるとバッと立ち上がる。

あまりにも奇抜な登場だ。織莉子も汗を浮かべて目を丸くするだけ。

 

 

「あ……、ああ! 貴女は――」

 

「私は呉キリカ! この前は調子が悪かったんで申し訳なーい!」

 

「え? あ、うん。気にしていないわ」

 

「キミのお名前は!?」

 

「私は美国織莉子。よろしくね」

 

 

織莉子は微笑んで手を差し出した。

キリカは興奮したように頬を赤らめると、両手で織莉子の手を包み込む。

柔らかくて温かくてスベスベの手だ。キリカは涎を浮かべてその感触を確かめた。

 

 

「ハァハァ」

 

「あ、あの……」

 

「おーッと! これは申し訳なーい! 嬉しすぎて興奮してしまったのさ!」

 

 

キリカは名残惜しそうに手を離す。

 

 

「織莉子、さっそくだけど今日はキミをお誘いにきたんだ」

 

「え?」

 

「前に小銭を拾うのを助けてくれたろ? だからお礼にお茶でもご馳走しようかなって」

 

 

その言葉に少し呆気に取られる織莉子だが、すぐに満面の笑みになって頷いた。

 

 

「いいのかい?」

 

「ええ、もちろん!」

 

 

じゃあ行こう。キリカはそう笑って織莉子の手を握った。

ハッとして少し頬を染める織莉子。悪戯っぽくキリカは微笑むと舌を出してウインクを行った。

 

 

「嫌かな?」

 

「い、いえ。別に」

 

「だったらこのままだ」

 

 

そうやって二人は近くの喫茶店でケーキと紅茶を楽しむ事に。

 

 

「呉さん、お砂糖入れすぎよ! フフフ!」

 

「私は甘いのが大好きでね。死ぬときはお砂糖に包まれて昇天したいよ」

 

 

キリカにとってそれからの時間は天国とも言えるものだった。

今まで馬鹿みたいに見えていた行動がこんなに楽しいなんて知らなかった。

破天荒なキリカと上品な織莉子。一見すれば正反対の二人だが、だからこそお互いの知らない世界を話し、それだけ時間がつぶれていく。

 

 

「呉さんとお話するの、とっても楽しいわ」

 

 

夕焼けに照らされた織莉子の笑顔はこの世の物とは思えない美しさだった。

思わずキリカは見惚れてしまう。

 

 

「え? あ、ああ! まあ私はお友達がいない根暗ヤローなんだけど」

 

「またそんな嘘をついて!」

 

「嘘じゃないさー! キミの様な美人さんには分からないんだよー!」

 

 

ケラケラ笑いながら言ったキリカだが、反面織莉子の表情は少し暗くなる。

 

 

「?」

 

「呉さん。実はね……、友達がいないのは私なの」

 

「えぇ?」

 

「私、お友達が一人もいないの」

 

「それこそ嘘だ!」

 

 

キリカは吼える。

 

 

「織莉子を放っておくなんて世界遺産を冒涜している事と同じだ! 織莉子は人類の宝、人類が敬わない訳が無い!」

 

 

キリカは訳の分からない理論を振りかざして必死だった。

けれども、それが面白かったのか、織莉子は少し笑顔を取り戻す。

 

 

「でも本当なの」

 

「………」

 

 

正確には、友達と思っていた人達は友達なんかじゃなかった。

織莉子はそう言って悲しげに微笑んだ。

言われてみれば、織莉子を見かけた時はいつも一人だった様な。

 

 

「だから、今日はとっても楽しかった! 誘ってくれて本当にありがとう呉さん!」

 

 

などと聞いてしまえばキリカはもう自然に体を動かしていた。

織莉子の手を取ると真剣な表情で織莉子の目を見る。

 

 

「だったら、友達になろう! いや、親友になってください!!」

 

「え……、えぇ!?」

 

 

照れたように笑う織莉子。

 

 

「イエス? ノー!?」

 

 

キリカは必死な形相で寄っていく。

なんともまあ威圧的な友情確認である。

今にも刺さんとばかりの迫力ではないか。

 

 

「ノーなら私はもうキミに近づかない! 多分! いやおそらく! やっぱり……、ちょっと約束はできないかもだけど!」

 

「―――」

 

 

目を丸くする織莉子。

今までの人生。キリカの様な人は一切現れなかった筈だ。

織莉子にとっては何よりも新鮮なものだった。必死なキリカを見て、思わずプッと吹き出してしまう。

 

 

「わ、私でいいのかしら?」

 

「当たり前だろ! むしろ私は100人知らないヤツが友人になるより、キミ一人が友達になってくれた方が嬉しい!!」

 

「じゃ、じゃあ……! よろしくお願いします」

 

「本当かいッッ!? わーいやったぁああああああ! やっびゅぅううううううう!! んほおおおおおおおおおお!!」

 

 

キリカはガタガタとオーバーリアクションで喜びを表す。

しかし織莉子にとってはそんなキリカの純粋さが何よりも新鮮で楽しかった。

上辺だけの友情しか感じなかった織莉子にとって、まさにキリカの存在は救いだったろう。

 

 

「私も嬉しいわ呉さん」

 

「おいおい! 冗談だろ織莉子! 私達はもう親友なんだから名前で呼んでくれよ!」

 

「えっ? でも……」

 

「いいから! あ、でもキミに名前を呼ばれたら耳がとろけてしまうかも!」

 

 

そう言ってキリカは笑う。

 

 

「じゃ、じゃあ。よろしくねキリカ」

 

「んんんんんッ! やっぱり親友じゃなくて唇を重ねあう仲でもいいよーッ!」

 

「な、何を言っているの!?」

 

 

赤くなる織莉子。しかし笑顔だった。

こうして友達となった二人。しかしこれより先に友人と呼べる者はできなかった。

二人は互いに依存とも呼べる友情を育んだ。

それが不満だったわけではないが、もしもどちらかが死ねば、また孤独になってしまう。

それは少し悲しかった。しかし二人はジュゥべえと出会い、その話を聞かされる。

 

 

『パートナーはお前らにとって信用するべき価値のある存在だ』

 

 

パートナー同士は傷つけあえない。

疑心暗鬼が発生するゲームで、これほど信頼できる事があろうだろうか?

力を分け合った関係だ。そしてそこから新たに得られる力を考えれば、互いの絆はより深いものへと昇華する筈。

 

 

『その絆を否定するな。受け入れろ』

 

 

パートナーは、お前達にとって最後の希望となるだろう。

ジュゥべえは二人に騎士システムが魔法少女にとって有益な物だと説明する。

 

 

『だからお前らも仲良くしてやれよ』

 

「………」

 

 

それを聞いて織莉子は複雑に顔を歪める。

互いに攻撃できないからと言う理由だけで盲目的に信頼できるものなのだろうか?

答えはノーだ。ジュゥべえが何を意図して『希望』と言ったのかは不明だが、たったそれだけの理由で絆を育めと言うのも無理な話ではないか?

 

確かにパートナーが決まる事は悪い事ではない。

だが織莉子は不安と言う文字を払拭できないでいた。

攻撃できないと言うだけで、利用ならばいくらでもできるからだ。

 

 

「………!」

 

 

しかし隣のキリカは、満面の笑みを浮かべてその話を聞いていた。

ウキウキと楽しそうに体を動かしながら、ジュゥべえに詳細を聞いていく。

本当に味方なのか? 本当に希望なのか? つまりその人と自分は友達になれるのかと。

 

 

『お前によく似たヤツをチョイスしておいた。見つかるといいな。応援してるぜぇ』

 

「えへへ! ホントーかい!? うえへへへ!!」

 

 

友達が増える。

織莉子とは別のベクトルで結ばれた相手が増える。

それを思うだけでキリカは幸せだった。もしも出会えたら何をしよう?

一緒に魚でも釣ろうか、一緒にお茶をしようか?

 

 

「ぬふふふ! 楽しみだよ織莉子ぉ」

 

「あら、嫉妬しちゃうわ」

 

「大丈夫、もちろん一番は織莉子だからぁ!」

 

 

そうは言うが、やはりキリカは楽しそうだった。

まだ見ぬ未来のパートナーに希望を持っていたんだろう。

キリカは画面いっぱいの笑顔を見せていた。

 

 

「!」

 

 

そこでテレビの映像は砂嵐に変わった。

我に返るタイガ。長い追体験だった。実際の時間はそれほど経っていない。

むしろ1分にも満たなかったかもしれない。

 

 

「キリカ……」

 

 

そう言えば初めて会った時、お茶を誘われた。断ると釣りに誘われた。

断ると、悲しそうな顔で俯いていた。それが今更になって思い浮かんでくる。

そうか、キリカは希望を持っていたのか。

そして映像を見て分かった。何故自分達がパートナーに選ばれたのかを。

 

 

「キリカ……」

 

 

彼女は、自分だった。

全てではないかもしれないが、限りなく東條はキリカと同質だったのだ。

キリカは希望を知った。だからまだ見ぬ東條にも希望を重ねる事ができたんだ。

 

 

(じゃあ僕は?)

 

 

何も知らなかったから何も期待をしなかったのか。それがキリカとの違い。

 

 

「ッ!!」

 

 

突如停止するマーゴットの攻撃。それはタイガが命令を下したからだ。

 

 

「気づいたのか! 東條――ッ!」

 

「……うん」

 

 

タイガはゆっくりとライア達のもとへ歩いていく。

マーゴットはそれに合わせる様にして蹲り、動きを停止させた。

帽子についている目が、ギョロリとタイガを見ている。

 

 

「ごめん」

 

『―――』

 

 

ただ一言、タイガは呟いた。

誰よりも彼女の悲しみを、苦しみを理解できる筈なのに。

でも逆に考えれば、弱い自分を殺す事ができれば英雄に近づけるんじゃないだろうか?

タイガはほんの一瞬だけマーゴットを撫でた。そして踵を返すと皆に合図を出す。

 

 

「……今だよ」

 

 

皆頷いた。

動きが止まっている、このチャンスを逃す訳には行かない。

 

 

「美穂」『ユニオン』

 

「……仕方ないわね」『『ファイナルベント』』

 

 

次々とマーゴットの周りに出現していく雷の柱。

それは檻の様に魔女を取り囲むと、一気に収束して一本の巨大な柱へと変わる。

雷の中に閉じ込められるマーゴット。苦痛の叫びを上げながらも、動く事は無い。

タイガがそう命令しているからだ。

 

 

「………」

 

 

タイガは耳を塞いだ。

今、東條がどんな表情をしているのか、仮面がそれを隠しているため全く分からない。

そうしているとファムとサキは地面を蹴って飛び上がる。

二人の足に宿る雷。ファムは右足を、サキは左足を突き出して飛び蹴りを仕掛けた。

ミスティックセイヴァー。雷光の軌跡は、まさに剣のようだ。

マーゴットはその体に風穴を開けて、ゆっくりと地面に倒れた。

 

 

『―――』

 

 

マーゴットの体に電流が迸り、直後爆発して命を散らした。

粒子化していくキリカを見つめながら、ため息をつくファム。やはり割り切っていたとしても心には嫌な引っ掛かりができるものだ。

だがこれで魔女結界は剥がれ落ちる。

これで自分たちも仁美達の所へと向かうことができるのだ。

 

 

「「「!」」」

 

 

結界が剥がれ落ち、元の場所に戻る。

 

 

「ごきげんよう」

 

 

一同の前に美国織莉子とオーディンが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【呉キリカ死亡】【残り18人・10組】

 

 

 

 

「………」

 

ユウリは椅子にふんぞり返り、エリーのモニタを確認していた。

もうすぐまどかがやって来る。それはいい事だが、どうにも引っかかる。

いくらなんでも人質の場所が簡単に割れすぎじゃないか?

 

まどか達は特に迷う事もなく仁美達の場所を目指している。

まどか達だけならばまだしも。他の面子も同じだ。

まるで最初から場所を知っていた様な素振りじゃないか。

 

かとも思えば、王蛇ペアなんかは適当に辺りをうろついているだけ。

好戦的なあの二人ならば、迷わず参加者が固まっている場所に向かいそうなものだが?

そこでユウリは気づいた。どうにも、まどか達は携帯を確認しながら走っている。

 

 

「考えられる理由は一つか……」

 

 

はじめは仲間同士連絡を取り合っているものかと思ったが、メールを打っている素振りもない。

思い出すのはオクタヴィア戦。あの時も参加者が妙に集まってきていた。

 

 

(リークしてるヤツがいる。誰だ? 織莉子は――、違うだろ?)

 

 

まあいいか。ユウリは考えるのを止めた。

どうせおしまいなんだ。仁美達を殺す為、ユウリは使い魔に命令を送る。

できれば目の前で殺したかったが、なんだか騒がしい状況だ。

早めに処理しておいた方がいい。考えてみればいいシチュエーションではないか、頑張って助けにきたらもう死んでましたなんて。

 

 

「!!」

 

 

だがココでまたもユウリにとってイレギュラーが発生する。

エリーの映像が突如切れたのだ。真っ暗になった画面。カメラは仁美達を始末するために用意していた使い魔の視界だ。

その映像が途切れたと言う事は――。

 

 

「使い魔が殺られた! なんで!?」

 

 

仁美達では絶対にない。

確かに使い魔くらいならば硬い物で殴るなどすれば怯ませる事は可能だろう。

しかしそんな動きはなかった。

 

 

「………」

 

 

これもまた仁美達の居場所をリークした何者かの仕業と言うことか。

 

 

「……七番か?」

 

 

正解である。携帯を見ていたニコは何度も頷いていていた。

使い魔が動いたのを見て、バイオグリーザに始末させた。簡単だ、舌を伸ばして絡めとり、あとはモグモグ。

確かに、仁美達が目の前で死ねば、まどかはどんなリアクションをするのだろう? それはニコも興味があった。しかし重要なことに気づいたのだ。だからユウリの邪魔をした。

 

 

「やれやれ」

 

 

まどかは覚醒を果たし、他の魔法少女とは比べ物にならない魔力を手に入れた。

そこに注目して少し考えれば分かることだった。

ましてや存在があやふやで、ソウルジェムの構造が他とは違う立花かずみもいる。

なるべくうかつな事はしてほしくない。

 

 

「ユウリたんってば意外とドジっ娘?」

 

 

取り返しの付かない黒ひげゲームで剣をポンポン刺すようなものだ。

ニコは楽をして勝ちたいのに、面倒な事をされるのは好きじゃない。

参加者は参加者だけ殺していればいい、そして勝手に死んでいけばいい。

 

 

「……チッ!」

 

 

そのユウリは、椅子から立ち上がってシルヴィスに変身した。

とにかく邪魔をされたからには次の手にでるしかない。

そのまま部屋を出ていくと、モモの所へと向かう。

 

 

「うッ!」

 

 

ユウリは思わず怯んでしまう。

モモは目を閉じ、全身にナイフを突き入れている所だったのだ。

ステンドグラスから差し込む光が、モモのの華奢な体から流れ出る血液を強調する様に照らしている。

 

 

「うぅ、ぐすっ」

 

 

モモは泣いていた。痛いからか、それとも周りが苦しんでいるからか。

白い肌から流れ出る赤い血液。そして全身に刻まれた傷跡。

まさにそれは全ての罪を背負う天使の様ではないか?

 

 

(コイツ、ヤバ過ぎ)

 

 

妄信だ。

モモは本当に自分が救済の天使だと錯覚している。

自分が置かれている世界が、正義と悪の両極端に分かれている物だと信じている。

そして自らが傷つく事で、少しでも世界の痛みが和らぐと本気で思っている。

 

 

(まあどうでもいいか)

 

 

ユウリは咳払いをすると、優しい声色でモモへ話しかけた。

 

 

 

 

 



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第42話 種 種 話24第

 

 

 

「コルディア……。いえ、モモさん」

 

「はい」

 

 

ゆっくりと目をあけるモモ。その瞳には決意が見える。

何の決意? ユウリにはどうでもいいことだが、都合がいい事この上ない。

ユウリは適当にモモを労うと、仁美達の近くにまどか達がやってきた事を報告する。

 

なんと言う事だ!

あの悪魔達は進行を阻もうとする多くの家族を殺して仲間を助けにやって来た。

やつらの思惑通りにさせていいのか、そうすればもっと多くの人々が苦しむ事になる!

ユウリは適当に、けれども饒舌にそれらしい事を並べる。

 

しかしモモにとってはその言葉一つ一つが心に突き刺さる苦しいものであった。

救いたい、救いたい、ただ救いたいと言うそれだけの想いを訴えた。

 

 

「手を取って笑い合える世界を作りたかったのに……」

 

 

その夢と希望を乗せたリーベエリス本部は今ベットリと多くの血で溢れている。

もう嫌だ、もう駄目だ、もう耐えられない。これ以上愛する者達が苦しめられるのは見たくない。

モモはシルヴィスに懇願する。どうか自分に彼らを助ける手立てを与えてくれと。

絶望を齎す希望の力を授けてくれと縋りついた。

 

 

「お母様なら、その力があるのでしょう……!?」

 

「ええ。ですが力には相応の苦しみと苦痛が伴いますよ」

 

「構いません! 皆を! 家族を守れるのならばそれで!!」

 

 

では、と。シルヴィスは懐からそれを取り出した。

イーブルナッツ。芝浦にも渡していたソレ。

そもそもこのイーブルナッツとは何なのか? それはユウリが手にした技のデッキが生んだアイテムであった。

 

イーブルベント。

そのカードを使うとイーブルナッツが誕生する。

これは言わば肥料だ。使い魔にこれを与えると急成長を促し、すぐさま魔女となる事ができる。

これはイレギュラーの進化であるため、使い魔を生んだ魔女とは別固体になる可能性がある。

真司が初の変身を行ったゲルトルート戦では、この現象が見られた。

 

さらに芝浦が行った急成長。

グリーフシードにイーブルナッツを連結させて刺激を与えれば、互いが反応しあい魔女がすぐに孵化すると言うもの。

そしてそのイーブルナッツを使った人間の命令を聞くようにもなると言う事だ。

 

しかしこのイーブルナッツにはもう一つまだ能力があった。

人間を魔女に変える事だ。イーブルナッツを人間の体内に埋め込む様にすると魔女化が始まる。

マンティス、ビートル、バット。次々と現れた異形は、全てユウリが与えたイーブルナッツが原因である。

尤も魔女化してしまうとほとんどが自我を失うため、ユウリの命令を聞く訳ではない。

おまけに強制的に埋め込んでも、本人が魔女化を拒絶すればイーブルナッツは体外へ排出されてしまう。そのためにユウリは今までこの機能を使ってはこなかった。

 

だがどうだ?

今このリーベエリスのメンバー達はm全て自分の言う事を聞く駒ではないか?

だからこそユウリは実験を兼ねて、複数のメンバーにイーブルナッツを渡しておいた。

そして今、モモを魔女化させようと言うのだ。

 

 

モモは歪んでいるように見えるものの、救済を求める心はひたむきだ。

愛する者たちを守りたいと言う強い意志が、イーブルナッツを押さえ込むのではないか。

ユウリは期待している。

 

 

「さあ、貴女に力を」

 

「はい……!」

 

 

まず一つ、イーブルナッツをモモの額に押し当てる。

種は、ズブズブと容赦なく埋め込まれていく。

多少の苦しみがあるのか、モモは顔を歪めて声を漏らした。

 

 

「んぐ…ッ! くぅッ!」

 

「世界を救えるのは貴女、世界を愛で埋め尽くす事ができるのは貴女」

 

 

適当に励ますと、モモはにっこりと微笑んだ。

そこでユウリに黒い感情が芽生える。知的欲求だ、イーブルナッツを一つ埋め込めば立派な魔女になるが、その強さは一般的な魔女には劣ってしまう。

だったらもしも複数のイーブルナッツを埋め込んだらどうだろうか?

もしもココでモモが壊れたらそれはそれで。ユウリがまどかの所に行けばいいだけだ。

 

 

「モモ、耐えるのです。そうすれば貴女は救世主になれる!」

 

「う、嬉しい……っ! 嬉しいですお母様――ッ!」

 

 

ユウリはモモの右手を掴むと、その甲にイーブルナッツを押し当てる。

さらに左手に追加。様子はどうだ? 確かに辛そうではあるが、モモはまだ意識を保っていた。

 

 

「あぐッァ! ぎひぃうぅ!」

 

「耐えなさい! 苦痛は、やがて力へと変わります!」

 

「は、はい……ッ!」

 

 

ユウリは右足、左足へと種を埋め込む。

さすがにもう止めておくか。そう思い、モモから離れていく。

 

 

「さあ、解き放ちなさい」

 

「あ――ッ! ああああああああああああああああ!!」

 

 

激しいエネルギーがモモの身体を駆け巡った。

そして文字通り、モモの背中に美しい白き翼が生えていく。

 

 

(へぇ。意外と耐えたな)

 

 

まさにその姿は全てを赦し、全てを裁く天使の様ではないか。

名前は『エンジェル』。モモは五つのイーブルナッツによって救済の使徒へと変わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仁美ちゃん!」

 

「まどかさん!!」

 

 

牢とは言っても、所詮は元々ある施設に手を加えただけのものだ。

ニコの案内に従って、龍騎達は見張りを気絶させて仁美たちのところへとやってくる。

牢屋は龍騎が破壊し、仁美とまどかはお互いが無事である事を確かめていた。

 

 

「無事で良かった……! 本当によかった! タツヤも――ッ!」

 

 

声を震わせるまどか。

その手を、仁美が優しく包み込む。

 

 

「まどかさんも城戸さんも……、助けに来てくれるって信じてましたわ」

 

 

頷くまどかと龍騎。

タツヤは何故姉が泣いているのかが分かっていない様だ。

それよりも目の前にいる龍騎の姿のほうが気になるようで、近づくとペタペタ触り始める。

 

 

「かっこいいー!」

 

「え? あ、あははは」

 

 

龍騎はタツヤを抱きかかえると、ポンポンと背中を叩く。

見れば、どこも怪我などはしていない様だ。仁美は暴徒達から抵抗した際に引っ掻かれたような傷があったが、逆を言えばそれだけだった。

しかし再開を喜ぶのもいいが、とにかくココを脱出する事が先だ。

北岡の心配もあるし、魔女化したキリカの事もある。

 

 

「どうしよう真司さん……」

 

「一旦、蓮達と合流しよう! 行こうタツヤくん、仁美ちゃ――」

 

 

龍騎が吹き飛んだ。

巨大な『手』が、仁美とタツヤを掴む。

 

 

「え?」

 

 

仁美は戸惑っていた。急に足が地面から離れ、体が宙に浮いていたのだから。

隣を見るとタツヤが手の中にいた。そうだ、手だ。

白く神々しい巨大な手が二人を鷲づかみにしていた。

 

 

「ッッ!!」

 

 

刹那、部屋に轟音が響く。

巨大な頭が床を突き破ってきたのだ。

神々しいといえばいいのか。それは目を閉じた女性の頭部だった。

いつか美術館や彫刻で見た事のあるような形状だ。頭上には金の装飾に包まれた『天使の輪』まで備えてある。

床が崩れ、壁が崩壊し、天井が落ちてくる。

まどかは何とか結界を構築し、自分や仁美達を守った。

エンジェル。モモが変身した魔女もどきは、さらに部屋を粉砕していく。

 

 

『裁きを』

 

「!?」

 

 

おもむろにエンジェルの閉じていた目が開眼する。

まどかと龍騎が立っていた場所が爆発。二人は白い爆炎の中に包まれる事に。

どうやら目で見た場所を指定すれば、そこに爆発を起こせるらしい。

 

 

「まどかさ――」

 

 

友の名を呼ぶ仁美だが、視界にはすぐに空が広がった。

仁美達を掴んだエンジェルは、翼を広げて空を翔る。

目指すのはリーベエリスで一番大きい大聖堂であった。

 

 

「ま、まどかちゃん! 大丈夫!?」

 

「う、うん……! でも仁美ちゃんとタツヤが!!」

 

 

まどかは翼を羽ばたかせて爆炎を振り払う。

龍騎はドラグレッダーを呼び出すと、背中に乗ってエンジェルを追いかけた。

 

 

「……ッ」

 

 

そこでエンジェルの全貌が確認できた。

そのシルエットは天使を名乗るだけあって限りなく人間に近い。

とは言え細部を見ればやはり異形の存在である事が分かる。

身体には複雑な模様が刻まれており、所々には神々しさを強調する金色の鎧や装飾品が装備されていた。さらに肩や膝の関節連結部は巨大な球体になっており、腕はパイプの様な細長いパーツになっており、手首から上にあたる部分は楕円の球体がついている。

 

さらに、巨大な人の手が『二つ』存在していた。

空中に浮かぶ光の手が、現在仁美とタツヤを掴んでいる。

能力で生み出されたものだろうか?

 

足は装飾こそ派手だが、特にこれといった特徴は無く、人間のものと変わりないように思える。

そして背中にはエンジェルと名が示すとおり、六つの翼が存在していた。

これも光の手と同じく、身体から直接生えているわけではなく、背中の周りに浮遊している。

そして頭上には天使の輪が一つ。これがエンジェルの全てだった。

 

 

「お前ッ! 仁美ちゃん達を離せよ!!」

 

 

追いついた龍騎とまどか。龍騎が指をさして吼える。

エンジェルは目を見開いたまま龍騎達を視界に捉える。

その瞳の奥には光の本流がいくつも見えた。

 

 

『なりません』

 

「!」

 

 

エンジェルは口を開かずに言葉を放つ。

おそらくキュゥべえ達と同じく頭に直接語りかける方法なのだろう。

モモの声に加えて、いくつもの女性の声が重なっている。

 

 

『罪、裁かれる者。これは救済でもあり、罪を償う行為でもあります』

 

 

エンジェルの目が光ると、背後に二つの十字架が出現する。

光の手が動き、仁美とタツヤを十字架の中心に押し当てる。

するとどういう原理か知らないが、仁美とタツヤは十字架に磔となり、固定される。

魔法が働いているのか、タツヤは気絶してしまったようだ。

目を閉じてダランと顔を下げるタツヤの姿を見て、まどかは涙を浮かべて懇願を。

 

 

「お願いします! 二人は関係ないんです!」

 

 

もちろんそれは自分達もだ。

何か誤解があるのなら説明すると、まどかも龍騎も必死だった。

何故何もしていない自分たちが。何もしていない仁美達が巻き込まれるのか――、と。

 

 

『もう、これは誤解ではありませんよ』

 

 

エンジェルは語る。

たとえ龍騎が無実だったとしても、もう関係ない。

積み上げられた恐怖と悲しみ。大切な者を殺された怒りや復讐心は、簡単に消えるものではない。

リーベエリスのメンバーは今、龍騎達を残虐な殺人鬼として認識している。

 

 

『実は勘違いでした。などと、終わらせる事なんてできません』

 

「な、なんでだよ! 何言ってんだアンタ!」

 

『では聞きましょう。仮に貴方達の言うとおり誤解が生じているとして、貴方達は真犯人を連れて来られるのですか?』

 

「そ、それは――!」

 

 

エンジェルは言う。

無理だとしたら、誤解は真実のまま通すしかない。そうしなければ誰も救われない。

家族を失った悲しみ、恋人を失った苦しみ、その怒りを誰かにぶつけなければ人は生きられない。

 

 

「真犯人が明るみに出ない以上、この私はリーベエリスの長として貴方たちを裁かなければならない」

 

「て事は、アンタ――ッ!」

 

 

龍騎はコルディアの顔を思い出す。

 

 

「なんでキミが……!」

 

『残念です城戸さん。貴方はいい人だと思っていたのに』

 

「ち、違う! 聞いてくれ! 他人に変身できるヤツがいるんだ! ソイツが俺達の姿を借りているとしたら!」

 

『なりません』

 

「え!?」

 

『もう全てが遅い。貴方たちが無実だとして、その力は真実です』

 

「!」

 

『人を超越せし力。それは神を冒涜する力ではありませんか』

 

 

赤い龍を乗り回し、かたやどこでも自在に壁を作れる。

これは神に与えられた人の器を遥かに超えている行為ではないか。

そんな馬鹿な事を、そんなふざけた事を赦す事はできない。

 

 

『今回は誤解でも、次は貴方達がその力を悪用する可能性があります』

 

「そ、それは――ッ!」

 

「だからって仁美ちゃん達は関係無いじゃないですか!!」

 

 

首を振るエンジェル。悪魔の血を根絶させるのが自分に課せられた使命。

そして支配者としての役割なのだからと。

 

 

「支配者……!?」

 

『その通り。リーベエリス――、我らが愛は、やがて全ての世界を包み込む事でしょう』

 

 

リーベエリスの"リーベ"とは愛を意味する言葉だ。

 

 

『その支配の過程に、貴方達の存在は邪魔なのです。人を傷つける愚かな力がこの世界に存在すると思うだけで腹が立つ』

 

「な、何言ってるんだよ! 支配とか今はどうでもいいだろ!」

 

 

傷ついて震えている子供達がいるんだ。

彼らの為にも真実を教えてあげなければならない。真実を証明しなければならない。

確かに龍騎達の力は人を超えているものかもしれない。

だけどきっと助け合えば狂う事は無い筈だ。だから今は仁美達を助けて欲しいと言うが――。

 

 

『なりません。これは処刑なのです』

 

 

人を蝕む不安は削除しなければならない。人の心にチラつかせてはならない。

龍騎と言う存在。騎士と魔法少女と言う存在がいるから、人は恐怖する。

 

 

『怯え、不安になるのだからいっそ無くしてしまえばいい』

 

「……!!」

 

 

龍騎とまどかは、自分達を見て震えている子供達を思い出した。

きっと彼らは龍騎達の疑いが晴れたとしても、騎士と言う存在に、魔法少女と言う存在に、怯え続けるのだろう。

現に王蛇達は本当に大量殺人を行っているし、何よりこの誤解を生んだのも魔法少女(ユウリ)だ。

 

 

「……ッッ」

 

 

言葉に詰まる龍騎。

手にしたのは守る事にも使えるが、人を傷つけて殺す事もできる巨大な力だ。

力はいつだって争いの火種になる。それを求めようとする者。それに溺れる者。

力が原因で人は傷つけあう。現に今もFOOLS,GAMEがある。

 

 

「でもッ! そういう……! そういうアンタはどうなんだよ!!」

 

 

かろうじて言葉を返す龍騎。

力が罪だと言うのならば、今モモが振るっている力は一体何なのか。

 

 

『これは力ではありません。神です』

 

「な!?」

 

 

リーベエリスのリーベとは愛を意味する言葉だが、"エリス"は何を意味するのだろうか?

それは同名の女神から取った言葉なのだ。モモはその神の意味を知らずに、ただ神という事を強調されて育てられた。

 

故にモモは女神が神聖なる意味を持ち、それが平和を願うものの象徴だと思い、今に至る。

そして今変身している姿も、天使――。

いや実は違う。モモが変身しているのは天使ではなく、女神『エリス』をイメージしていた。

神話に登場する女神、エリス。彼女が司る物は――

 

 

不和と争い。

 

 

『私が女神エリスとなり、貴方達を神の元へと返しましょう』

 

「!」

 

 

エンジェル――、本当の名を『エリス』は目を再び光らせた。

すると聖堂の天井の一部が消滅。エリスはそこから中に入り、二つの十字架ステンドグラスへ貼り付ける。すると十字架は、神が描かれているステンドグラスの中に埋め込まれていく。

 

 

「えッ!?」

 

 

埋め込まれたのは十字架だけじゃない。そこへ磔になっている仁美とタツヤもだ。

すると仁美の足元がステンドグラスと一体化をはじめたではないか。

タツヤは身長が低いためか、まだ何も変化は起きていないが、おそらく時間と共に同化していくのは変わらないだろう。

自分の足がガラスになっていくのを見て、仁美は恐怖で顔を歪ませた。

 

 

『痛みはありません。貴女達は神の御許に仕えるのです』

 

「仁美ちゃん!!」

 

 

助けなければ!

龍騎とまどかは顔を見合わせて頷く。

同じく聖堂の中に入り、まどかが腕を天へ突き上げた。

 

 

「輝け! 天上の星々ハマリエル!!」

 

 

光の球体がいくつも出現していき、それらはおとめ座の並びを作り出す。

 

 

「煌け、純白なるヴァルゴ!」

 

 

まどかは弦を思い切り振り絞ると、狙いを定める。

 

 

「呪いを砕く穢れ祓いし慈愛の光よ。万物を癒す救済の矢と変わり、我を照らしたまえ!」

 

 

矢についている蕾のギミックが展開する。

照準は仁美とタツヤに。

 

 

「救え、乙女! スターライトアロー!!」

 

 

弦を放すと、美しい女性の形をした天使が発射された。

平和の天使ハマリエル。その力は攻撃ではなく救済だ。

呪いの力を振り払うそれは、ステンドグラスにされていく仁美達を助けるには十分な技だった。

おそらくエリスを倒した場合も仁美達を助ける事はできるだろうが、その前にステンドグラス化が完了してしまえばどうかは分からない。

ハマリエルのスピードならば一気に二人を救い出す事ができると踏んだのだ。

 

 

『消えなさいッ!』

 

「!」

 

 

しかしエリスの翼が巨大化し、仁美とハマリエルの間に差し込まれる。

翼にぶつかったハマリエルは小競り合いの後に消滅してしまった。

どうやらただの翼と言う訳ではない様だ。

 

 

『これが真の救済なのです。邪魔をする事は許されません!』

 

「ふざけんな! 何が救済だよ!!」

 

 

スターライトアローは呼び出す天使によって消費される魔力が異なるが、どれも決して軽いものではない。魔力の量が多いまどかではあるが、悪戯にソウルジェム濁らせるのは危険だった。

こうなればエリスを倒して解決するか、大きな隙を作らせるしかない。

龍騎はいろいろな雑念を振り払い、まずは仁美達を助ける事に集中する。

 

 

「ドラグレッダー!」

 

 

乗っていたドラグレッダーは、龍騎の言葉を受けて口から紅蓮の火球を発射する。

使い魔ならば一撃で葬り去る威力だろうが、エリスは光の手を広げると火球を掌で受け止めて消滅させる。

どうやらあの光の手が主な武器らしい。

さらに盾の役割を持つ翼や、ギロチンとなる頭上の輪も。

 

 

「うおっ! あぶなッ!!」

 

 

さらにエリスそのもののアームからは光の弾丸が発射されると来た。

女神と言いつつ、全身が武器の様なものだ。

エリスはステンドグラスを守るようにして立ち振る舞っている。

豊富な飛び道具は、相手を近づかせない為の手段だろう。

 

しかしコチラも負けてはいられない。

龍騎は両肩にドラグシールドを装備、さらに左手にドラグクロー、右手にドラグセイバー。

そして背中にドラグアローと、フル装備で戦いに挑む。

 

 

「行こうまどかちゃん!!」

 

「うんッ!」

 

 

まどかは腕を前にして、エリスの前後左右、さらに頭上に結界を張ってみせた。

壁で囲むと、さらに結界を自分の方へと引き寄せる。こうすればエリスの距離をステンドグラスから離しつつ、拘束できると思ったのだろう。

 

 

「そんな……!」

 

 

しかしエリスが翼を広げると、結界は簡単に崩れてしまった。

さらにカウンターが飛んでくる。エリスの頭上にあった天使の輪が、回転しながらまどかに向かってきたのだ。

まさにギロチン、おそらく並みの結界ならば真っ二つにされてしまうだろう。

 

 

「アイギスアカヤー!」

 

 

まどかの前に巨大な盾を構えた天使が現れる。

通常の結界は簡単に打ち破られたが、魔法技のこれならばそう簡単には破れない筈だ。

それにアイギスアカヤーは、まどかの結界の中でも一番硬い。

 

 

『――!』

 

 

エリスの目が光った。

すると直線の軌道で飛んでいた天使の輪が、急激に旋回を行い、盾を避けて横からまどかを狙う。

 

 

「ッ! きゃああああああああああ!!」

 

「まどかちゃん!」

 

「まどかさん!!」

 

 

反応が遅れながらも何とか横に結界を張るまどか、しかし輪はそれを打ち破るとまどかに着弾する。

まどかも輪が当たる前に地面を蹴って後ろに跳んでいた為、直撃こそは避けられたが足にかすってしまった。そこから血が飛び散り、赤が舞う。

 

 

「んくっ!」

 

 

倒れるまどか。

顔を上げると、天使の輪が再び自分を狙ってくる。

どうやらエリスの意思で自由に軌道を変えられるらしい。そうなると、一点を守るアイギスアカヤーでは先ほどの二の舞になってしまう。

強度を落としても広範囲を守れる結界に切り替えなければ。

 

 

「うおおおおおおおおおお!!」

 

「!」

 

 

ドラグレッダーから飛び降りる龍騎。

その手にはガードベント・ドラグケープがあった。

エリス本体の行動は制限をするのが難しいが、『輪』に対してなら指定が有効だった。

どんなにエリスがまどかを狙おうとも、輪は吸い寄せられるように龍騎の咆哮へと向かう。

 

 

「いっくぞぉぉ……ッ!」

 

 

龍騎は一旦ドラグセイバーを地面に突き立てると、背中にあるドラグアローに手をかけた。弓を振り絞り、輪に狙いを定める。

 

 

『させません!』「させない!」

 

 

同時に動いたエリスとまどかだ。

まずはエリスが輪の動きを操作する。ドラグケープの効果は分かった。ならばここは龍騎を先に排除すればいいだけだ。輪を縦横無尽に動かし、相殺されるのを防ぐ。

 

 

「あぁ!」

 

 

龍騎の情けない声が聞こえてきた。

彼の放った矢はジグザグに動く輪を捉える事はできなかった。

しかし、まどかはそれを踏まえた上で詠唱を行っていた。

 

 

「ッ! 撃ち抜け射手よ!」

 

 

まどかは地面に倒れながらも、弓でエリスを狙う。

スターライトアロー。選んだのはサジタリウスだ。

巨大化した光の矢が、真っ直ぐにエリスを狙う。本体がダメージを受ければ輪の操作も中断されるだろうと思っていたのだ。

 

 

『抗ってはいけません』

 

「!」

 

 

しかし待機していた光の手が動き、両手でまどかの矢を受け止めてみせた。

 

 

『フフ、どうしました? こんなもので――』

 

 

そこで爆発音が聞こえる。

炎に塗れていたのは、エリスの投げた輪だ。

 

 

『これは……!』

 

 

エリスはまどかの手に注目する。

まどかが持っていたのは自分の弓じゃない。龍騎のドラグアローだ。

サジタリウスの矢は囮である。見るからに高威力の矢なのだから、相手も注意するはずだ。

だからこそ矢を放ってすぐにユニオンでドラグアローを呼び出した。

 

狙うのは、龍騎の方へ飛んでいく輪だ。

龍騎は外してしまったが、まどかはいつも弓を使っている。

それに射撃に関してはマミの特訓を受けていた為、不得意ではない。

不規則に動き回る輪だが、先読みして矢を放ったら見事に命中した。

後は龍騎がドラグクローから炎を発射すれば、輪に打ち込まれたエネルギーと呼応して爆発が起きる。

 

破壊とまではいかなかったが、輪は地面に墜落して勢いを完全に失った。

龍騎は腰を落とすと、再びドラグクローを構える。

そこへを旋回して、狙いを定めるドラグレッダー。

エリスはすぐに攻撃を中断させる為にメ腕からビームを発射した。

だがまどかが腕を伸ばすと、龍騎の前にオーロラ状の結界が出現、光弾を受け止めてみせる。

 

 

「リーバスレイエル!」

 

 

天使が現れ、目を開く。

すると光弾が反さされて、エリスの体に直撃した。

 

 

『ウグァア!』

 

 

同時に突き出したドラグクロー。

炎と炎が交じり合い、巨大な炎塊に変わる。

 

 

『グガアアアアアアア!!』

 

 

昇竜突破だ。

エリスはよろけながらも、炎をかき消し、声を荒げる。

 

 

『ぐゥウ! 何故裁きを受け入れてくれないのですか!?』

 

「こんなのが裁きであっていいかよ!!」

 

『なぜ! 自らの罪の意識を攻撃に変える。それは大罪ですよ……!』

 

 

悪は裁かなければ成らない。

疑わしきは罰せよ。そしてその疑いを掛けられたのならば、世界のためにも自らを犠牲にするべきではないのか?

 

 

『なのに何故あなた達は死なない? 何故己の罪を認めようとしない? 何故まだ生きようと、希望を見ようとする! そんなのは正義じゃない!!』

 

「関係ない人を巻き込んで、何が正義だよ!!」

 

 

龍騎は地面に突き立てていたドラグセイバーを抜くと、再びドラグレッダーの背中に乗って空を翔た。狙うはエリス本体だ。龍騎はドラグセイバーに炎を纏わせる『龍舞斬』を発動して突っ込んでいく。

まどかも龍騎のアシストを行うために弓を引き絞った。

ソウルジェムの穢れはそれなりに溜まっている。魔力配分はよく考えなければ。

 

 

『私は世界の事を誰よりも愛しています。ゆえに、貴方達は死ななければならない』

 

 

世界を恐怖させる者たちは存在を許されない。

でなければ愛も夢も希望も全てが壊れてしまう。

それが何故分からないのかと龍騎達に吼えた。

 

それに切り返す龍騎とまどか。

確かに自分達の存在はリーベエリスの人たちにとっては恐怖以外の何者でも無いだろう。

しかしそれは誤解なんだ。それに仁美達は本当に関係ない、そしてゲームの事もある。

自分達は誤解で死ぬわけには行かない。それにこれ以上犠牲者が出ない様に、ゲームを止めなければならないのだから。

 

 

「悪いけど、俺達は死ねないんだ!!」

 

「仁美ちゃんを、タツヤを守りたい!」

 

 

仁美は既に膝上辺りまでがステンドグラスになっていた。

あまり時間は残されていないようだ。

 

 

『黙りなさいッ! 世界を汚す要因に、これ以上大地を踏みしめる資格など無い!』

 

 

エリスの傍にあった光の手が、凄まじいスピードで龍騎へ向かっていく。

まるでロケットパンチだ。ドラグセイバーを物ともせず、裏拳で龍騎を弾き飛ばす。

さらにもう一つの手でドラグレッダーを殴り飛ばした。放物線を描いて飛んでいくドラグレッダー、巨大なパイプオルガンにぶつかり、それを破壊しながら倒れていく。

龍騎も近くにあった壁に叩き付けれてしまった。

 

 

「真司さん! ドラグレッダー!」

 

「だ、大丈夫大丈夫ッ!」

 

 

たじろぐまどか。だが龍騎はすぐに立ち上がって、まどかの所へ走る。

 

 

「!」「!!」

 

 

エリスは背中にある六枚の翼を大きく広げた。

すると翼の一つが体から離れていき、回転を始めた。

龍騎は翼が無くても空中を浮いているエリスを見て察する。

 

そうだ、元々翼は体にはくっついていなかった。

と言うことは、エリスが宙に浮いていたのは、翼があったからではなく自分自身の能力だったのだろう。では翼の役割とは何なのか? たとえば先程のように盾にするだとか。

 

 

『消えなさい! 神の鉄槌を!!』

 

「ッ!!」

 

 

やはりと言うか、それは剣であり、それはブーメランであり、つまり純粋なる武器である。

巨大な翼が刃となって飛んできた。しかも六枚全てだ。

翼型のブレードは縦横無尽に大聖堂を飛び回り、辺りを傷つけていく。

龍騎は一旦ドラグレッダーの召喚を解除し、盾を二枚構えて前に進んでいく。

 

しかしその大きさから来る衝撃は凄まじく、まどかも自分の周りに結界を展開させるのが精一杯だった。そうしているとエリスは自分の身体を回転させながらまどかへと突進していく。

捻りを加えたからか、腕の部分から結界を突き破っていき、楕円の腕部がまどかを掴みあげて壁へと押し付けた

 

 

「あぐっ!!」

 

『消えなさい!』

 

 

このままゼロ距離でビームでも発射してやろうか。

そうだ、それがいい。エリスがエネルギーを集中させると、細長い腕が爆発して粉々になった。

 

 

『な、なにィ!?』

 

 

さらに空中で待機していた光の手も爆発して吹き飛んでいく。

エネルギーが暴走したなんて話しじゃない。

エリスが怯んだ隙にまどかは翼を広げて飛翔する。逃げる中で、しっかりと見た。

飛んでいくミサイル。爆発するエリスの体。それを仕掛けた騎士の姿を。

 

 

「いい所で登場するね。俺って」

 

「北岡さん!!」

 

 

ギガランチャーとギガキャノンを装備したゾルダが立っていた。

隣にはマグナギガの姿もある。アームを破壊したのは彼らだ。

ゾルダは間髪いれずに三発の弾丸を発射した。エリスはすぐに翼を広げて盾にするが、伝わる衝撃と震える羽。いずれ翼は粉々になるのは明白だった。

 

 

『裁かれるべき罪人が増えましたね……!』

 

「冗談! 俺は裁く側なんで」

 

 

マグナギガ、その性質は均衡。

もたらされるのは対等なる立場だ。

ゾルダの合図と共に、再びその身体から無数のミサイルが発射された。

 

 

『なんてッ、厄介な!』

 

 

エリスは防御を続ける。

そこで龍騎の姿がどこにも無い事に気づく。すると真下から聞こえる龍の咆哮。

 

 

『しま――ッ!』

 

「ダアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

大きな翼が逆にめくらましになってくれた。

龍騎はダッシュで一気にエリスの懐に潜り込むと、インファイトに持ち込んでいく。

手に持っているドラグセイバーを思い切り突き出し、ドラグレッダーの炎を纏った。

 

ドラグセイバーには炎を纏わせて斬撃を強化する『龍舞斬』の他に、もう一つ技があった。

その名も『ドラゴン爆炎突き』。名前こそ他の物と毛色が違っているが、その威力は言うまでも無く強力だ。

ドラグレッダーの炎を受けた龍騎はジェットの様に飛んでいき、ドラグセイバーをエリスの身体に思い切り突き入れる。

 

 

『ぐぐうぅぅう!』

 

「ウラァッ!!」

 

 

下から上に炎の斬痕が刻まれる。

さらに龍騎は剣を刺したまま、エリスの身体を蹴って離れる。

すると突き入れられたドラグセイバーが点滅を始め――、直後大爆発を起こした。

 

 

『おのれェェエエエエッッ!!』

 

 

吹き飛び、倒れるエリス。

その隙に龍騎達三人は合流してすばやく情報を交換し合う。

ナイトに助けられたゾルダは、彼と共に移動するのを拒否し、リーベエリス本部のマップを思い出していた。ゾルダは仁美には興味は無い、目指すのはこの事態に陥ったが故に頂点のコルディアのもとだ。

 

 

「部屋に移動する際、窓の外にアイツが飛んでいくのが見えた。とりあえず攻撃したけど、あれは一体何なんだ?」

 

「あれがコルディアなんだって!」

 

 

どんな事情であの姿になったのかは知らないが、とにかくこのリーベエリスはゾルダにとって邪魔以外の何物でも無い。

それにエリスも普通の魔女とは明らかに実力が違っている。

ゲームの事はあるが、それを行う舞台を滅茶苦茶にされては元も子もない。

 

 

「仕方ない。不本意だが、協力するべきだ」

 

「オッケ。頼むよ先生」

 

「馴れ合いは好きじゃない。お前ら、足引っ張るなよ」

 

 

うんざりしたような龍騎と、苦笑するまどか。

だが余裕はない。早くしなければ仁美たちが危ないのだ。

 

 

「あの羽が邪魔だな」

 

「とにかく、隙を見てまどかちゃんが二人を助けられる様にしないと」

 

 

まどかは自分のソウルジェムを取り出して確認する。

魔法の連続使用で、かなり穢れてしまっている。

だからそれを浄化させる為のグリーフシードを取り出した。

 

 

「………」

 

 

杏子にもらったグリーフシード。

あの善意はきっと無駄なものではないと信じたかった。

 

 

「さあ、ヤツが起き上がるぞ」

 

「ああ、まどかちゃん」

 

「はい! 真司さん、北岡さん――ッ! 頑張りましょう!」

 

 

三人は頷き合うと、立ち上がって翼を広げるエリスを睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐあぁぁあッッ!!」

 

 

別の場所。

吹き飛んだのはサキだ。

彼女を助けようとファムは走るが――!

 

 

「無駄だ」

 

「うっ!」

 

 

目の前に現れる黄金の鎧。

ファムはすぐに武器を構えるが、その前にオーディンは手を伸ばして金色の羽を無数に発射した。

一見すれば普通の羽に見えるが、当たれば小規模の爆発が起きる武器の一種だ。

小さな爆弾と言っても過言ではない。ファムも羽を散らそうと剣を振るうが、羽は意思を持ったようにファムへと命中していく。

ファムは火花を散らして倒れる。周りを見れば彼女と同じように倒れた者達が目立つ。

 

オーディンは冷静だった。

前回のホールでは目の前に王蛇ペアと言う憎悪する相手がいたから自分を見失った。

しかし今は違う。最強の騎士と言う自覚、そして得られる力を存分に振るって、ナイト達全員を地につかせていた。

織莉子も少しは手伝ったが、それでもライア、ほむら、タイガ、ナイト、かずみ、サキ、ファムと七人をたった一人の騎士が打ち倒したのである。

 

 

「強すぎる……ッ!」

 

 

ライアは規格外だとつくづく思う。

コチラは七人もいたのだ、なのにたった一人の騎士も止められない。

その攻撃力、その防御力。そして厄介なのが自在に空間をワープする能力と黄金の羽である。

全てが他の騎士とレベルが違っているではないか。

織莉子とオーディンはライア達がキリカを退けた事を知ると、攻撃を仕掛けてきた。

あっという間にライア達はボロボロにされてしまい、地面に伏せている状態だ。

 

 

「ふざけないで――ッ!!」

 

 

色々と思うところがあるのだろう。

ほむらは立ち上がると、マシンガンを乱射してオーディン達を狙った。

しかしオーディンは不動。ワープすらしない。弾丸を真っ向から受け止めて何のリアクションもせずに歩いていく。

 

 

「くッ!」

 

 

ほむらはマシンガンを捨てて盾の中に手を入れる。

もっと高威力の武器でなければ、あの黄金の鎧を砕く事なんて不可能なのだ。

 

 

「無駄だよ」

 

「!」

 

 

エコー掛かった声。気が付けば腕を掴まれていた。

ほむらの隣にはオーディンが。どうやら目に映る場所ならば一瞬で飛べるらしい。

ほむらは全力でオーディンの手を振り払おうと力を込めるが、騎士と魔法少女ではやはり腕力には大きな差が出てきてしまう。ましてやほむらはスペック自体は他の魔法少女よりも低い。

オーディンは簡単にほむらの手を盾から引き抜くと、そのまま彼女の胴体に掌底を打ち込んで強制的に後退させる。

距離が開いたところにオーディンが手をかざす。すぐに金色の羽が発射されていった。

 

 

「!」

 

 

素早く立ち上がったライアは、ほむらを守るために間に滑り込む。

一応エビルバイザーを盾として構えていた為に、何とか爆発を堪える事ができた。

そのまま間髪いれずにデッキからカードを抜き取ると、ほむらの名前を呼ぶ。

 

 

「分かったわッ!」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

 

盾の砂が無くなってしまった為、ほむら一人では時間停止はできない。

しかし複合ファイナルベント時には砂が微量に回復すると言う性質があった。これにより再び時間を止める事が許される。

尤も、ファイナルベント終了と共に回復した分の砂は消滅する為、重複して回復はできないが。

 

 

「暁美ッ! ヤツは危険だ! 何が何でも倒すぞ!!」

 

「ええ……ッ!」

 

 

時間が止まる。動くのを許されたのはライアペアとエビルダイバーのみ。

ほむらはロケットランチャーを織莉子に向けて発射した。

これは殺すための一撃である事をライアも理解していたが、燻る物を感じるだけで何も言えなかった。

 

板ばさみと言う曖昧な状況だ。

ライアは織莉子から話を聞いている。しかしほむら達の事もある。

だから何も言えない。何も――。

 

 

「――ッ」

 

 

ほむらはアサルトライフルの引き金を引いて、オーディンの前に六発の弾丸を停止させる。

そして自分達は後ろに周り、そこで時間停止が解除された。

聞こえる爆発音。しかし織莉子の方を確認している余裕はない。

ライアとほむらは、エビルダイバーの突進をオーディンに命中させる。

 

 

「ッ!?」「!!」

 

 

エビルダイバーはオーディンに直撃した。

そう、確かに直撃したのに手ごたえと言うモノが感じられなかった。

まるで何も無いところに突っ込んだ様な感覚だ。透けたような、すり抜けたような感覚。

現にオーディンは何のリアクションもしていなかった。平然と腕を組み、鼻を鳴らす。

 

 

「ぐあッ!」

 

「手づ――! きゃっ!」

 

 

空中を舞う様に飛び出してきた『何か』がライアの装甲を削り、地面に叩き落す。

それに気づいたほむらにも蹴りが飛んできて、彼女もまたエビルダイバーから落下する。

さらに目に入ったのは円形状の刀だ。

チャクラムと言うのか、それはほむらの顔面をスレスレに迫っていた。

すぐに顔を反らすが、バランスを崩す事になり、近くの階段を一気に転げ落ちてしまう。

 

 

「うぅう……ッ!」

 

 

何だ? 倒れていたファム達も必死に状況を把握しようと目を見開く。

まず爆炎から姿を見せる織莉子。彼女もまた無表情で無傷である。

ロケットランチャーの弾は避けたのか? それとも――?

 

 

「ご苦労、ガルドミラージュ」

 

「ええ、助かりました」

 

「………」

 

 

無言で頭を下げるガルドミラージュ。

鳳凰をモチーフにしたモンスターであるが、その美しい緑色の体と展開されている羽を見るに、孔雀も混ざっていると言う事が分かる。

そうだ、孔雀のように広がる翼。そこから見える『陽炎』が答えを示した。

 

ガルドミラージュ。

その能力は『蜃気楼』を作り出すことができると言うもの。ただの蜃気楼ではなく、強力な幻影だ。

オーディンがスキルベントによって未来を視ていた。だからこそガルドミラージュに指示を出し、相応の幻影を生み出したのだ。

 

ガルドミラージュの能力はそれだけではない。

羽から放つ光によって、オーディン達の姿が透明になる。

その流れをスムーズに行い、結果としてはライアペアは幻影を攻撃したのである。

 

 

「どうする織莉子、殺すかい?」

 

「いえ、悪戯に命を奪う必要はありません」

 

 

しかし気になる事もある。

織莉子は笑みを浮かべながら足を進める。

 

 

「クッ!」

 

 

倒れたまま鞭を伸ばすサキ。

伸縮する鞭はすぐに織莉子の足を絡め取った。

しかし織莉子は無言でオラクルを出現させる。彼女に焦りは無い。

その時ナイトが何かをしている様だったが――……。

 

 

「オラクルレイ」

 

 

オラクルから光の剣が生え、足を絡め取っていた鞭を切り裂く。

そしてオーディンが金色の羽をサキに向かって発射した。

サキは落雷を自分の周りに纏わせる魔法を発動して、羽を消し飛ばすが――

 

 

「抵抗は止めたほうがいい」

 

「あぐっ!!」

 

 

ワープしたオーディンはゴルトバイザーでサキの背中を思い切り突いて、動きを封じた。

ファムやライアはダメージが大きく、立ち上がれないと言った様子だ。

その隙に織莉子はかずみの前へとやってくる。

 

 

「ッ!」

 

 

織莉子の目が金色に光った。

どうやら未来を視ている様なのだが――?

 

 

「やはり貴女はおかしい」

 

「っ?」

 

「近くで視れば視るほどに――!」

 

 

かずみの姿が未来では非常にボヤけている。

未来視状態で目の前のかずみを確認しようとすると特にそれが感じられた。

それはまるで彼女の存在が有耶無耶であるかの様に。彼女がそこにいないかの様に。

砂嵐。ジャミング。存在が不確か。こんな事は初めてだ。

まるで、死んでいるように。

 

 

「ッ? これは……、ソウルジェム?」

 

「!」

 

 

織莉子はかずみの耳にあるピアスから魂の輝きが放たれている事を確認した。

問題はそれが両耳に存在しているという事だ。

今まで多くの魔法少女を見てきたが、こんなソウルジェムの形状を持った者はいない。

 

 

「何者ですか、貴女は」

 

「……ッ!」

 

 

唇を動かすだけでかずみは何も答えない。

隠していて黙っているのか、それとも自分でも自覚が無いから黙っているのか。

そしてもう一つ。かずみが絶望の魔女であるからこそ、イレギュラーの気配があるのかだ。

 

 

「お、教えてあげない!」

 

「……ッ」

 

 

かずみは地面を転がって立ち上がると、十字架を振るって織莉子を攻撃する。

しかし織莉子はちゃんとオラクルを防御に回しており、無数の球体が十字架をしっかりと受け止めて見せる。

 

 

「だったら――ッ!!」

 

 

かずみの十字架が変形。

分離して剣に変わると、二刀流となって攻撃を仕掛ける。

しかしコレもオラクルのスピードには勝てず、しっかりと織莉子はガードを行っていた。

 

 

「シビュラ!!」

 

「!」

 

 

かずみの背後から無数の小型十字架達が回転しながら織莉子を狙う。

だが所詮は劣化版である事には変わりない。

オラクルよりも強度が弱く、ぶつかり合うと、シビュラが先に壊れていく。

 

 

「ブレイドサトゥルヌス」

 

 

織莉子が魔法名を呼称すると、オラクルが黄土色に変わり、球体の回りに『輪』が出現する。

輪は高速回転を始め、全てのオラクルに回転するブレードが付与された。

まるでそれは土星のようだ。オラクルは加速し、かずみを取り囲んでいく。

 

 

「う――ッ!」

 

 

かずみはマントを広げて防御の構えを取った。

同時に立ち上がる音と、走り出す音が。

 

 

「ハァァァァ!!」

 

 

ナイトがダークバイザーとウイングウォールを装備して織莉子に向かう。

パートナーの危機に反応したと言う事なのだろうか?

しかしそれはオーディンも同じだ。サキを蹴り飛ばすと、ワープを行ってナイトの前にやってくる。その手にはゴルトセイバー。二刀流に構えた剣が、ナイトの剣と真っ向からぶつかり合う。

 

 

「遅い!」

 

「へぇ。やるじゃないか」

 

 

剣の腕前はナイトの方が上だった。

ダークバイザーが二本の剣に引けを取らない動きを見せる。

右から、左から、そして真下から。オーディンがの剣を振るっても、ナイトは蹴りやマントを翻して、的確にガードを行っていく。

 

しかしこれは殺し合いだ。

いつまでも正々堂々と真正面から剣を振るう訳も無い。

オーディンはワープを行うと、ナイトから距離を取り黄金の羽を噴射させる。

 

 

「クッ!」

 

 

ナイトはマントを翻して風を発生させる。こうする事で羽は吹き飛ばされることに。

かずみにもオラクルが命中していくが、マントの強度はそれなりにあるようで、攻撃を耐える事はできているようだ。

 

 

「でも甘いな、君は」

 

「!」

 

 

どうしても羽やオラクルに気を取られてしまう。

だからこそオーディンはワープでナイトの背後を取る。

ゴルトセイバーを一旦解除すると、代わりにゴルトバイザーを手にした。

巨大な杖であるゴルトバイザーは、槍やメイスとしても機能できる。

その大きな杖を振るい、ナイトの足を払って地面へ倒した。

マントの防御範囲は優秀なものだが、足元までは守れない。

 

 

「ぐッ!」

 

「フッ、終わりだね」

 

 

倒れたナイトの脚に向かって思い切りバイザーを突き入れるオーディン。

機能停止させようと考えたのだろう。その考えは非常に素晴らしいものだ。

現にナイトはもう立てない程のダメージを受けている。

だが――!

 

 

「!?」

 

 

ナイトの身体が粉々に砕け散り、その破片が弾丸となってオーディンの装甲を傷つける。

何だ? オーディンが怯むと同時に、空中から飛翔してくる四人のナイト。

 

 

「成程――ッ!」

 

「覚悟しろ!」

 

 

未来予知(スキルベント)を切っていた為に気が付かなかった。

どうやらナイトは分身ができるトリックベントを使用していた様だ。

分身とは言え質量を持っており、さらに一定の攻撃を受けて破壊された後は破片を斬撃の弾丸として使用できるかを選択できる。

 

なかなか優秀なカードといえるだろう。

しかし分身ならばコチラも負けてはいない。

オーディンは一旦ナイトから距離をとると。待機していたガルドミラージュに合図を出す。

 

 

「………」

 

 

同じくオーディンの元へ移動した織莉子。

それを見て、ガルドミラージュは二人の前に立ち、羽を展開させる。

孔雀の様に翼が広がり、そこから光の粒子が発射されて陽炎が巻き起こる。

特殊な蜃気楼は、オーディンと織莉子の分身を無数に作り出してみせた。

この分身はナイトと違って攻撃を直接行う事はできないが、行動の全てに分身の効果が発生する。

 

つまり、無数に増えたオーディンが羽を発射すれば、それだけフェイクの羽も発射されると言うことだ。視界を埋め尽くす黄金の羽。どこをガードすればいいのか、果たしてナイトには理解できるのだろうか?

 

 

「ダークウイング!」『ナスティベント』

 

 

飛翔してくるダークウイング。

すぐにソニックブレイカーを発動して空間を振動させた。

すると幻影を作り出していた蜃気楼が揺らぎ、オーディンの分身が不安定な形に歪む。

 

 

「もら――ッ! た!!」

 

「ッ!」

 

 

ナイトは本体のオーディンを目視。そこへ渾身の突きを繰り出した。

オーディンもソニックブレイカーに怯んでいたか、突きをまともに受けてしまった。

初めてオーディンの鎧から大きな火花が散っていく。

 

このチャンスは逃せない。

ナイトは己に宿る力を全て剣に乗せ、切りまくる。

縦に、横に、そして斜めに振るうダークバイザー。

黒い閃光がオーディンの美しい鎧を抉らんとばかりの勢いで刻まれていく!

 

 

「……ッ!」

 

 

頭を抑え膝をつく織莉子と、主人の危険に地面を蹴るガルドミラージュ。

チャクラムを構えてナイトを狙う。しかしそこへ飛んでくるのはダークウイングだ。

尻尾についているウイングランサーでガルドミラージュを突き、動きを鈍らせる。

 

 

「チッ!」

 

 

アシストは期待できない。

オーディンは隙を見てナイトの剣を手で弾くと、ワープを発動。

だがその瞬間ナイトは地面を踏み込んで、自らの背後を思い切り突いた。

 

 

「あ――ッ! グあッ!! 何故!?」

 

「勘だ!」

 

 

ダークバイザーが突き刺さるのはオーディンの鎧。

ナイトは度重なるワープを見て、攻撃時には背後に現れる事を観察していた。

山勘ではあったが、功を奏したと言う事だろう。

 

 

「ッ! オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

さらに、サキに巨大な落雷が落ちる。

イルフラース。雷の翼を広げてサキは一気にオーディンの目の前まで移動を行う。

オーディンは防御にと瞬間移動を行うが、今のサキのスペックならばオーディンが現れるのを確認してからその場所へ攻撃を行うなど容易い事だった。

 

 

「!」

 

 

サキの雷を纏った拳がオーディンの鎧を捉える。

そのまま目では確認できない速さで拳を打ち付けていくサキ。

サキもオーディンの危険性は理解している。拳を全力を打ち込むことに。

 

 

「かずみ!」『ファイナルベント』

 

「う、うん!」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

 

ダークバイザーに激しい風が纏わりつく。

そのままナイトは、怯んでいるオーディンに向けて剣を思い切り縦に振った。

 

 

「疾風――ッ!!」

 

「クッ!」

 

 

巨大な鎌鼬がオーディンを捉える。

両手を盾にして攻撃を防ぐオーディンだが、まだナイト達のファイナルベントは終わっていない。

風の斬撃を耐えるオーディンの背後では、同じく風を纏った十字架を横に振るうかずみが。

 

 

「十字星!!」

 

「!」

 

 

ナイトが発射した振り下ろしの斬撃。

かずみが発射した切り払いの斬撃がオーディンにぶつかり合う。

背中からの攻撃には対処できなかったか、オーディンは風の十字架の直撃を許してしまう。

ナイトは続けざまにデッキから自身の紋章が刻まれたカードを抜き取った。

 

 

「終わりだ!」『ファイナルベント』

 

 

ガルドミラージュを弾き飛ばして猛スピードでナイトへ装備されるダークウイング。

そのまま地面を蹴って空に舞い上がる。

そう、連続ファイナルベントの使用。ナイトとしてもオーディンはココで倒しておきたかった。

だからこそ全力で潰しにかかる。

 

 

「……ッ!」

 

 

十字架を構えるかずみ。

ココでナイトのアシストを行うべきだ。

そう、ココでリーミティエステールニを放てばオーディンは確実に倒せる。

倒せる? それは違う。それは都合の良い言葉だ。

 

 

「――ゥッ!」

 

 

サキを見ればイルフラースが解除されて倒れる姿が見えた。

 

 

「ッッ」

 

 

かずみの持っていた十字架の先端が光を放つ。

しかし光を放つだけで、そこから先に進む事はなかった。

良心の葛藤。殺す事に対して覚悟を決めた筈だったが、やはり……。

 

 

「タァアアアアアアアアアア!!」

 

「グッ! ガアアアアアアアアアア!!」

 

 

疾風斬がオーディンを捉えた。

とはいえ変身を解除させるには至らなかったが、オーディンは勢いよく転がっていき動かなくなった。複合ファイナルベントに加えてのファイナルベント。

これでもうオーディンの機能は停止させたも同然だ。

 

 

「どうする? まだやるか!?」

 

「………」

 

 

少し、不気味な点がある。

何故織莉子はあんなにも冷静なのだろうか?

それにガルドミラージュでさえ、どこかまだ力を抜いている様な印象がある。

杞憂か? いや、織莉子の実力であればオラクルで邪魔くらいはできた筈。

それなのにあろう事かノーモーションを貫いた。この意図とは?

 

 

「フフ……」

 

「!」

 

 

織莉子は口を手にあて怪しく、妖艶に、黒い笑みを浮かべた。

 

 

「遊びすぎですわ、オーディン」

 

「!?」

 

 

ナイトは背中に寒いものを感じて背後を振り返った。

倒れているオーディン。しかしその前にはしっかりと浮遊しているゴルトバイザーが存在しているではないか。

どうやら本人の意思だけで動かせるようだ。

さらにオーディンのデッキから自動でカードが抜き取られると、そのままカードは意思を持ったようにバイザーへセットされていく。

 

 

『タイムベント』

 

「!」

 

 

時計の音が響き渡る。

そしてみるみるオーディンの装甲に刻まれていた傷が消えていくじゃないか。

そして同時に眩い光が放たれて――

 

 

「ぐっ!」

 

「フフフ、申し訳ない。ちょっとした余興だと思ってくれ」

 

 

気が付けばナイトの腹部にゴルトバイザーの先端が突き入れられていた。

貫通はしていないが、その衝撃にナイトは言葉を失い思考を停止する。

目の前には完全に無傷となったオーディンが立っていた。

 

 

「なッ、何故だ!」

 

 

あれだけダメージを与えたのに、まるで戦う前と変わっていないじゃないか。

 

 

「まさか――ッ!」

 

「そう。僕のタイムベントの効果は、自分の時間を操作できる」

 

 

だからオーディンは傷を負う前の自分に巻き戻った。

しかし所詮は戻しただけだ。いずれ時間が経過すれば受けたダメージは再生され、辻褄合わせが行われる。

しかしオーディンにはその未来を変える事が可能なのだ。

傷はナイトやサキに負わされた物。では、その傷つけた者達が戦えない状態にあるならばどうだろうか?

 

戦えない者はオーディンの鎧を傷つける事など不可能。

よって未来はその異変にあわせた結果を齎してくれる。

世界を騙すのだ。いや、認識させるのだ。オーディンの勝利は絶対だと。

未来が過去を変えるのだ。

 

 

「厄介な――ッ!」『トリックベント』

 

 

ライアは素早くカードを発動する。

だがそれはオーディンも同じだ。

 

 

「消えるがいい」『ファイナルベント』

 

「フフフ……!」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

 

燃えるように揺らめく光を纏った不死鳥、ゴルトフェニックスが姿を現す。

その凄まじいエネルギーに誰もが言葉を失っていた。ゴルトフェニックスは織莉子と融合を果たし、オーディンも光となって織莉子のオラクル達に力を与えていく。

卵となったオラクル。そこからは次々に不死鳥が孵り、翼を広げていく。

 

 

「行け」

 

 

織莉子は不死鳥の群れを発射する。

鳴き声が聞こえ、次々に悲鳴も重なった。

もはや防御など意味を成さない。っと言う間に世界は光に染め上げられる。

インフィニティフェザー。不死鳥の突進を受けて、騎士達は変身が解除されて転がっていく。

 

 

「そうそう、一人忘れていました」

 

 

織莉子は階段の下にいるほむらに向かっても一羽の不死鳥を向かわせた。

直接確認はせずとも、巻き起こる光で着弾は確認できた。

 

 

「う――ッ! ぐ……!」

 

 

蓮、手塚、美穂の三人はデッキを破壊されており、24時間後でなければ変身ができない。

かずみやサキもぐったりとして動いていない。

全員死んではないが、もはや立つことも難しいようだ。

 

 

「失礼、あなた達は邪魔だったもので」

 

 

織莉子、オーディン、ガルドミラージュは同時にグリーフシードを一つずつ取り出して適当な場所に投げた。

 

 

「グリーフシードは傷つけてしまったお詫びの品だと思ってください」

 

 

命を奪う事は良しとしない。

しかし邪魔な存在は排除しなければならない。

これはゲーム故に当然の事だと織莉子は涼しい顔で言う。

 

 

「織莉子。もう誰も聞いてない」

 

「おや、これは失礼しました」

 

 

織莉子達は完全に意識を失った一同を確認していた。

しかしただ一人、変身すら解除していない者が。

 

 

「さて、安心してください」

 

「――ッ」

 

 

不死鳥はタイガを狙わなかった。

しかし二人の圧倒的な力を見て、タイガはへたり込んでいる。

 

 

「大丈夫。大丈夫ですよ東條さん」

 

 

優しく微笑む織莉子。

周りには気絶している参加者がいる中で、随分とまあ不釣合いな笑顔ではあったが。

 

 

「な、なに?」

 

「いえ、私は貴方の夢を応援したいんです」

 

「???」

 

「今から行うのは一人の英雄の話です」

 

「!」

 

「東條さん。貴方は英雄になれる資格を持っているのです!」

 

「え?」

 

「ある人は言いました――」

 

 

織莉子の言葉を聞いて、東條は仮面の奥で目を見開く。

 

 

「詳しい話は場所を移動してから」

 

 

織莉子はそう言うと、倒れた参加者に目もくれず移動を開始する。

タイガとしても手塚たちが気になる所ではあるが、織莉子に言われた英雄になれる資格と言うのが何よりも気になってしまった。

だから織莉子の後をついていく。

 

 

「………」

 

 

織莉子たちがいなくなった後、階段の下でほむらがゆっくりと立ち上がる。

例外なく不死鳥の一撃を受けてはいたが、その直前にライアがトリックベントを発動してくれた。

相手の攻撃を無効化するスケイプジョーカー。そのおかげで無傷だったと言うことだ。

 

 

「――ッ」

 

 

階段をあがると、予想していたが皆が倒れている。

それに聞こえたのは、先ほど織莉子が東條に言った言葉だ。

嫌な予感がする。ほむらは歯を食い縛って、手塚の肩を揺すり始めた。

 

 

 

 

 






佐倉桃子ってオリジナルです。
原作じゃモモだけだったんですけど、あだ名ぽかったんで。
まあ杏子なら桃子かな、みたいな。

でも考えてみたらさくらももこって、まるちゃ――


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第43話 姉妹愛 愛妹姉 話34第

 

 

ある所に一人の女の子がいました。

 

 

女の子は優しいお母さんと優しいお父さん。そして大好きなお姉ちゃんと一緒に暮らしていました。

女の子のお家はお世辞にもいい暮らしとは言えませんでした。

毎日毎日、おなかいっぱい食べられた事はありません。

家も狭くて。夏は死んでしまいそうになるほど暑く、冬は死んでしまいそうになるくらい寒いのです。

 

でも女の子はそんな生活が嫌いではありませんでした。

たしかに辛い事はあったけど、眠るときはみんな一緒に並んで寝ます。

お風呂は必ずお姉ちゃんと入ります。貧しいけれど、女の子の心は裕福で幸せでした。

それに生活も少しずつ良くなり、こんな日がずっと続けばいいのにと思っていました。

 

しかし幸せを自覚した時には、既に崩壊が始まっていると言うものです。

 

ある日、お父さんの様子がおかしくなりました。

お姉ちゃんと言い争いが増え、毎日毎日お酒を飲んでいました。

ある日、お父さんは、お母さんの頬を叩きました。次の日は髪を引っ張っていました。

 

ある日、お家に火がつきました。

 

女の子は眠っていたから記憶はありませんが、お父さんとお母さんは燃えてしまいました。

女の子は泣きました、たくさんたくさん泣きました。

お姉ちゃんと施設に移った後も、女の子は泣いていました。

でも女の子には希望がありました。それは大好きで優しいお姉ちゃんです。

 

家族がいる。

どんな時だって、どこへだって、お姉ちゃんがいれば耐えられると女の子は思いました。

それに施設には女の子の傷ついた心を癒してくれる沢山のお友達がいました。

 

そして優しい優しい、お母さんの代わりになってくれる人がいました。

女の子は、もう一度幸せになれるかもしれないと思っていました。

希望が、自分には大切な希望があるから!

 

 

そして、お姉ちゃんはいなくなりました。

もう一人のお母さんもいなくなりました。

女の子は必死に二人を探しました。でも見つかりません、他の人は口を揃えて言います。

 

二人とも、死んだのだと。

 

ああそうか、女の子は確信しました。

自分は幸せになってはいけないのだと、自分は幸せになれないのだと。

何をしても自分の希望は離れて行ってしまう。何をしても絶望が自分の身を包む。

 

しかし同時に生まれるのも新しい希望でした。

女の子は思います。自分の苦しみを他の人たちに味あわせてはいけないのだと。

自分の不幸を、世界の不幸は無くさなければならないのだと。

 

そうすれば自分の様な苦しみはもう生まれない。

だから自分は路頭に迷う子羊たちを救済する立場にならなければならないのだと!

それが自分の生きる道、それが生き残った自分に残された使命!

そう、それはリーベの様に!

 

女の子は懇願しました。自分をリーベに入れて欲しいと。

そうすれば意外と大人達はすんなりと了解してくれました。

新たなる顔が必要だと向こうも思っていたのでしょう。

 

そして少女はいろいろな事を教えられました。

少女はルールを知りました。この世界はどうあっても幸せになれない人がいる。

そうした人たちは他の人を幸せにする為の道具となる事が与えられた役割なのだと。

だから女の子はリーベの裏の顔といわれている物を嫌悪する事はなく、むしろ素晴らしい事だとより一層リーベを好きになりました。

 

行き場の無い子供達を保護して、その後はちゃんと役割を与えてあげるなんて素晴らしい組織ではありませんか。

臓器を売られると言う役割、手足をもがれて置物になると言う役割。

ただ性を貪られる為に生きる道具、永遠に働き続けると言う道具。

皆役割を与えられて出荷されていく。

彼らはきっと自分と同じ、生きていても幸せになんかなれない。

なら他の人を幸せにする礎となる事で生きている意味を全うできる。

この世界に生み出された意味を持てるのですから。

 

尤も『出荷』が嫌だと泣き叫び、最後まで拒む子は殺されてしまいますが、少女はそれもまた一つの幸せではないかと気づきました。

苦痛から開放される死と言う安息、それを与えてあげるの最後の希望ではないかと。

みんな言っています。新しい扉を開く行為なのです。

 

 

人は、世界は幸せになるべきです。

幸福で包まれるべきなのです。その美しい世界こそが女の子の目指す全て。

世界のあり方、世界の形、世界の全て、幸福と希望に満ち満ちた優しい優しい世界なのです!

 

そして同時に、その幸福を誘う者が必要なのだと自覚します。

優しい世界を教えてあげる指導者が必要だと理解します。

それは自分に与えられた使命であると言う事を察します。

"導く者"、そして誘う管理者が自分なのだと女の子は信じます。

 

 

『リーベエリスは駅です。幸福へ導く分岐点なのです』

 

 

そして自らがその管理者なのだとエリスは説いた。

 

 

『私が望む世界は、皆が望む幸福。人は私が導いてあげます!』

 

 

その幸福の障害となるのが龍騎達なのだ。

エリスは既に腰までステンドグラス化している仁美達を見て笑みを浮かべた。

 

 

『貴方達が死ぬ事で、多くの人々が希望を覚えます』

 

 

その生贄に選ばれたのだから、胸を張って死んで欲しい。

エリスの翼が大聖堂を破壊しながら飛び回る。

まどかは結界を張って必死に耐えるが、何とも虚しいものだと思わないのか? 全ての受け入れれば楽になれる。

そこに苦しみはあるかもしれないが、所詮は一瞬だと。

 

 

『受け入れなさい、死を!』

 

「――ッ」

 

『貴女たちだって望めばいい! ねえそうでしょう!?』

 

 

エリスは仁美を見た。

下半身がガラスになっていく感触に仁美は怯えている。

青ざめ、唇が震えていた。

 

 

「お断りします

 

『は?』

 

「ですから、お断りしますわ」

 

 

だが仁美は、キッパリとエリスの言葉を否定した。笑顔を浮かべて。

 

 

『何を?』

 

「私は、まだ生きたいんですの……!」

 

『!!』

 

 

負が巻き起こる。埋め込まれたイーブルナッツが思考を蝕む。

 

 

『なぜ! 苦痛なき死、名誉ある死。罪を受け入れる為に行われる処刑! それを拒むと言うのか!?』

 

「何を言っているのか、私には分かりませんわ」

 

『だからッ! 貴女はまだ罪を重ねると言う意味ですか!』

 

「私には理解できない所を貴女は見ているのですね。私の理由はとても簡単ですわよ」

 

『ゥッ?』

 

「私はまだ、まどかさんと一緒にいたいんですの。この世界で笑い合って、生きていきたい」

 

『だからッ、つまり! 私の管理を! 私欲の為にッ! 拒もうと言うのですか!!』

 

 

仁美はステンドグラスの一部となり、正義の処刑を受けた者としてリーベエリスに刻まれる。

それを見た信者は、悪魔の友人が死んだと安心し、そして同時にそれを行ったモモを称えるだろう。

その素晴らしいサイクルを、ただの友達と一緒にいたいなどと言う理由で拒むと言うのか?

エリスは連呼するかの如く仁美に詰め寄っていく。

 

 

「まどかさんは何もしていません。私がお約束します」

 

『だから! してるかしていないかはもう関係ないのです! 人々を苦しめたことが既に罪なんですよ!!』

 

「しかし私はまどかさんに助けてもらいました!」

 

『うるさい! 神である私が正しいのでス! その救済を、貴様は拒むのかぁァ!?』

 

「神……?」

 

 

仁美は呆れたように笑う。

 

 

「貴女は私のお友達を傷つけましたわ」

 

 

そんな存在が神であっていい訳が無い。

いや、もしも目の前にいるエリスが本物の神であったとしても構わない。

仁美は屈しないからだ。親友を傷つけ、親友の家族を殺そうとするヤツは――!

 

 

「そんな物は、神とは認めませんわ!!」

 

『!』

 

「このままなら貴女は結局、ただの人殺しです!」

 

『神を冒涜するとは……救いがたい――ッ!!』

 

 

ならばもう救う必要は無い。

エリスは光の手を握り締め、それで仁美を殴りつけて殺すつもりだった。

今日から仁美はギュッと目を閉じる。しかしそこで爆発音がしてエリスは苦痛の声を漏らす。

見ればゾルダが構えたギガランチャーが火を噴いている所であった。

 

 

「ごちゃごちゃ煩いんだよお前は」

 

 

仁美に気を取られていたからか、エリスは翼の操作を怠っていたのだ。

だからこそゾルダは安定した射撃を行う事ができた。

何よりも仮面越しに感じるゾルダの殺気、それが不愉快だとエリスは表情を歪ませる。

 

 

「そのレディの言う通りだ糞ガキ。神様ごっこはもう終わりだ」

 

『ごっこ――?』

 

「正義? 幸福? 管理? どれもこれも本当に下らない糞ガキの妄想だな」

 

 

ゾルダは吐き捨てた。

どんなお花畑なフィルターを掛けているかは知らないが、結局なんだかんだ言ってエリスのやってきた事は闇社会の重鎮達を喜ばせる仕事の加担だろうて。

 

ああ反吐が出る。

話を聞くに、自分達は今まで夢見る女の子の自慰行為に付き合わされていたのか。

見滝原と言う都合のいい玩具箱で弄ばれていたと?

 

 

「そんなもん、一人でお人形相手にやってろ!」

 

 

巨大な弾丸が発射される。

エリスはすばやく翼を盾にするが、限界がきたのか、盾に使用した翼が粉々に砕けた。

さらにゾルダは再びギガキャノンを装備、二対の砲口が爆音を上げて弾丸を発射した。

それは風を切り裂き、一つの翼とエリスの腹部に直撃していく。

 

 

『ギャ! がはっ!!』

 

「ッ!」

 

 

まどかは、仁美の言葉に心を揺れ動かされていた。

そう、そうだ。仁美とタツヤを救えるのは――

 

 

「……ッ」

 

 

そこで自分達を見て、震える子供達が見えた。

目の前で死なせてしまった人が見えた。

 

 

「ッッ!!」

 

 

けれども、やはり仁美の笑顔が浮かんでくるのだ。

タツヤを抱きしめた感触が腕に蘇るのだ。

たとえ呪われた力だとしても、血に塗れた魔法だとしても。

今、二人を守れるのは自分だけだ!

 

 

「輝け! 天上の星々ハナエル!!」

 

『!』

 

 

友達一人守れなくて何が天使だ――ッ! 何が魔法少女だ!

まどかの意思に呼応して、星は強く光り輝く。

 

 

「煌け、覇光(はこう)のカプリコーン!!」

 

 

まどかは歯を食い縛って狙いを定める。

こんな時に――、いやこんな時だからこそ。

仁美と出会った時、仁美と過ごした時の記憶がフラッシュバックしてくるものだ。

 

 

『仁美ちゃんって呼ぶね! わたしはまどかって呼んで!』

 

『は、はい……! はい、まどかさん!!』

 

 

幻影乱舞(げんえいらんぶ)幻想蓮華(げんそうれんげ)幻惑昇華(げんわくしょうか)!」

 

 

いつも三人で一緒だった。

いつもお昼を一緒に食べた。いつか旅行をしようと約束をしていた。

いつの日か、一緒に泊まって朝まで喋っていた日があった。

ずっと、ずっとこれからも――。

 

 

「万物を惑わす夢幻(むげん)の矢となり、我を照らしたまえ!」

 

 

ずっとこれからも親友でいようと約束をした。

だから、わたしは――!

 

 

「惑え! 山羊(やぎ)よ!」

 

 

だから、わたしはその約束を守りたい!

 

 

「スターライトアローッ!!」

 

『!』

 

 

弓から放たれるのは山羊の形をした天使ハナエル。

山羊は湾曲した角をエリスに向けて空を疾走する。

当然エリスは翼のシールドを展開させてガードを行った。

山羊は翼に命中すると進行を阻まれ、競り合うまでもなく消滅してしまう。

あっけない、エリスはその弱さに悲しささえ覚えた。

 

 

『ガァアアッ!!』

 

 

しかしその数秒後、エリスは背中に大きな衝撃を感じてまどかの方へ吹き飛んでいく。

つまり仁美達が磔になっているステンドグラスから大きく距離を開けたのだ。

 

 

『背後から攻撃? 誰が――!』

 

 

エリスがすぐに視線を移動させると、そこには消滅していくハナエルの姿があった。

 

 

『な、何故!?』

 

 

スターライトアロー・カプリコーンの特性である。

一発目の矢は、まどかの意思一つで『幻の矢』とする事ができるのだ。

そして二発目は、まどかの好きな位置から発射する事ができる。

威力は他の矢に比べると低めだが、背後から攻撃ができると言う点を考えれば非常に強力な効果だろう。

 

 

「ハッ!」『ミラージュベント』

 

 

ゾルダは一つのカードを発動した後、再びギガランチャーを構えて狙いを定める。

しかし何故かゾルダが銃を向けているのは、倒れているエリスではなく壁に磔になっている仁美達じゃないか。

 

 

「アンタ何やって!」

 

「き、北岡さん!?」

 

 

止めようとする龍騎と、慌てるまどか。

しかしここでゾルダはたった一言だけ言葉をぶつける。

 

 

「信じろ」

 

「……ッ」

 

「………」

 

 

少しだけの沈黙。

だがすぐに龍騎とまどかは強く頷いた。

 

 

「「わかった!」」

 

 

見事に声が重なる。それが少し間抜けに思えて、ゾルダは唇を吊り上げる。

同時にランチャーから放たれる巨大な弾丸。やはりそれはエリスからみても明らかに自分ではなく仁美を狙っているものと分かる。

 

 

『狙いが外れたのですか?』

 

 

エリスは弾丸を防ぐのではなく放置と言う手を取った。

それで仁美達は死ぬ、裁きは決行されるのだから。

 

 

『仲間割れとは愚かな』

 

「………」

 

 

確かに。ゾルダは思う。

龍騎達はゾルダがう裏切ると言う可能性を考えなかったのだろうか?

あんな簡単に人を信じるから今まで馬鹿を見てきているんだ。

が、しかし。彼らは運がいい。そもそもココで裏切る理由はないし、あとは何よりも――

 

 

「やっぱ子供(おまえ)は嫌いでね」

 

『!』

 

 

仁美達の前に出現する巨大な鏡・ギガミラーだ。

どうやら瞬間的に呼び出すことができるらしく、さらに空中に留まる機能もあるときた。

弾丸はミラーに命中して反射。リフレクトショットは油断していたエリスの背中に直撃する。

 

 

『アアアアアアアアア!』

 

 

さらに龍騎達の方へ近づいてくるエリス。

完全に壁からは遠ざかった。今がチャンスだ。

 

 

「まどかちゃん!」

 

「うん!」『ユニオン』『アドベント』

 

 

仁美とタツヤは既に胸辺りまでステングラスになっている。これ以上の負担は掛けられない。

まどかはドラグレッダーに飛び乗ると、再び仁美達の所を目指した。

しかし未だ5枚の翼と、二つの光の手が存在している。

高威力のマギアドラグーンか、ドラゴンライダーキックを撃ちたい所ではあるが、どちらも発動までには少し時間がかかる。

その間に妨害されるのは目に見えていた。何かせめて、きっかけがあればいいのだが。

 

 

「クッ!」

 

 

そうしている間に翼のブーメランがゾルダに襲い掛かる。

ギガランチャーを放棄して回避するゾルダ。

さらに光の手がまどかに向かって襲い掛かる。これではまた引き離されてしまう。

 

 

『私の管理は絶対! そう、絶対なのです!!』

 

 

エリスが叫んだ『管理』と言う言葉を聞いて、龍騎の脳裏に震えていた子供達が浮かんだ。

怯え、泣きじゃくる子供達。何も知らず、与えられた幸福を全てと信じて、エリスが希望の神であると教えられる。

 

龍騎達が死ねば、モモは絶望を倒した神としてもっと多くの支持を得られるのだろう。

本当の犯人は別にいるのに。しかしモモはそれが大切な事ではないと説いた。

人を騙す事によって得られる仮初の幸福を真実だと信じて――。

あの子供達は、笑顔を浮かべるのか。

 

 

「そんなの、そんなのおかしいだろッ!!」

 

「!」

 

『何――ッ!』

 

 

その時、龍騎の複眼が赤く光る。

どうにも納得がいかない。真司は仮にもジャーナリストだ。真実を追究する男だ。

嘘や虚構で塗り固められた世界は気に入らない。

 

幸福とは何か、幸せとは何か、希望が何か。

そんなものは龍騎にだって分からない。だが、そんな彼にも一つだけ分かる事がある。

 

 

「コルディア、アンタの幸せは間違ってる!!」

 

『!』

 

「こんなの何も変わらない! 結局悲しみが先延ばしになるだけじゃないか!」

 

 

真面目に相手をしなくていいのに。ゾルダはそう思うが、龍騎は本気で怒っていた。

どんな事情があるかは知らない。それを調べるのもジャーナリストだが、そこまで真司はできていない。

 

だが、仁美やタツヤは苦しんでる。現にあの子供達は苦しんでいる。

モモが始めに言っていたのは幸福な世界だ。今もしきりにそんな事を言ってる。

支配がどうのこうの、救済がどうのこうの言葉を濁しているが、それでもより良い世界を作りたいと思っていたはずだ。

なのに裏では良からぬ事をやっている様にも聞こえた。

 

 

「そんな嘘だらけの幸せなんて、間違ってる!!」

 

 

龍騎の叫びに応えるようにしてドラグレッダーの目が光った。

身体をグルンと一回転させると、乗っていたまどかを宙に放り投げる。

 

「えぇぇ!? わわわっ!」

 

 

放物線を描いて仁美たちの所へ飛んでいくまどか。

一瞬焦ったが、すぐにディフェンデレハホヤーを使用して光の翼を広げる。

一方でドラグレッダー口から火炎を発射。今までの火炎弾ではなく、強力な火炎放射だ。

龍騎の心に強い意志が宿れば、それに呼応して分身である彼も強化されていく。

 

 

『おのれぇえエエエエエエエエエエッ!』

 

 

赤い火炎は、光の手を焼き尽くし、動きを鈍らせる。

さらにドラグレッダーはそのまま尻尾についているドラグセイバーを振るうように身体を旋回。

強力な刃の一閃は、二つの手を完全に切断して粒子化させた。

 

 

「まだだ! まだ羽がある! おい、何とかしろ!」

 

「む、無茶言うなよ!!」

 

 

その言葉を聞いたまどかは、すぐに魔法を発動させた。

とは言え、すぐにエリスは翼をブーメランにしてまどか達の方向へ発射する。

仁美達ごと始末するつもりなのだろう。結界を展開しても、自由に動かせる翼を全て防ぐのは不可能に近い。

だからと言って広範囲の結界にしては翼の威力に負けて破壊されてしまう。

だからまどかはパートナーに任せることに。

そのためにもまずは自分がエリスの動きを封じなければ。

 

 

「エンブレス・ヴェヴリヤー!!」

 

『な、なんですかコレは!!』

 

 

エリスの背後に出現する巨大な天使。

そのまま覆うように抱きしめると、エリスの動きが完全に停止する。

支配の天使ヴェヴリアーの抱擁。しかし効果を継続するには、まどかも動きを止めていなければならないルールがあった。

 

それは正確には自分の意思で体を動かしてはいけないと言うことだ。

まどかは空中の勢い――、慣性に身をまかせて落下していく。

止められる時間は限りなく少ないかもしれないが、その間に出来る事は多い。

 

 

「お前のパートナー賢いな、お前と違って!」

 

「うるさいなアンタはいつも!」『ガードベント』

 

 

ドラグケープを振り回す龍騎。

翼のブーメランが一勢に龍騎の方へと向かっていく。

 

 

「いいぞ! で、あの翼をどうするつもりなんだ!」

 

「考えてない!」

 

「さすが馬鹿!」

 

 

取りあえず背中を向けて逃げ出す龍騎とゾルダ。

 

 

「きゃ! あうッあ!」

 

 

ジッと動きを止めていたまどかだが、そこで地面と言うゴールが待っていた。

まどかは墜落、地面に叩きつけられる。地面を乱暴に転がっていき苦痛の声を漏らす。

しかしまどかは転がる中でしっかりと弓を構え、狙いを定めていた。

 

 

「ん゛ッ! 救え――ッ! くっ! 乙女ぇ!」

 

 

落下中に詠唱は完了していた。

揺れる視界と襲い掛かる衝撃の中で、まどかは親友と家族の姿を見た。

不思議とこういう時ほど場面はスローになる。仁美、いつも一緒だった親友。

タツヤ。時には親の愛情を独り占めする彼に嫉妬した事もあったが、でも今は何よりも大切なたった一人の弟だ。

 

 

『ウアァァッ!!』

 

 

まどかが動いた事によりヴェヴリアーの拘束が引きはがされる。

しかし弦を引いていた手を離した。

 

 

「もしも神様が仁美ちゃんとタツヤの死を望むなら――!」

 

『!』

 

「わたしも、神を否定するッ!!」

 

 

エリスは、ステンドグラスが眩い光を放っているのに気づいた。

先程見た美しい『乙女』が翼を広げているではないか。

そしてその手には二つの命が大切そうに握られている。

 

 

『そんなッ!』

 

 

まどかの放ったスターライトアロー・ヴァルゴが、仁美とタツヤにかけられたステンドグラス化を解除した。エリスは怒りに身体を震わせ、憎悪の表情を浮かべる。

 

 

『許せない! 救いの手を払いのけようなど――ッ! 何故、ああ! 何故ッッ!!』

 

 

残っている手でビームを放とうとするが、身体にミサイルが直撃して爆発していく。

ゾルダの前にマグナギガが立っていた。アドベント?

いや、違う。

 

 

「決まってるだろ」

 

『!?』

 

 

マグナギガが次々に武器を展開してチャージを開始するのを確認した。

ゾルダが使ったのはアドベントではない、ファイナルベントだ。

 

 

『グッッ!!』

 

「お?」

 

 

無数の翼を受け止めるために龍騎が選んだのはドラグシールド二枚重ねと言う何とも頭の悪い方法だった。

しかし危険を感じたエリスは龍騎に向かわせていた翼の全てを自分の方へと引き戻す。

 

 

「せ、セーフ!」

 

 

一方エリスは戻した翼を重ねて盾を作り上げる。

納得がいかなかった。何が決まっているというのか。

自分は今まで聖女として、人々を救済する存在として君臨してきた。

その役割に自身はプライドを持ち、そして人は救いを、幸せを求める筈なのに――ッ!

そんな中で、ゾルダは少し笑いながら言い放つ。

 

 

「お前、胡散臭いよ」

 

『な、なんで――……!?』

 

 

ゾルダは叫ぶ。

 

 

「シールドを張れ!」

 

『!』

 

 

部屋の隅に移動していたまどかは、気絶しているタツヤと仁美の前に立ち、強固な盾を出現させる。

さらに龍騎の前にも桃色のシールドを置いた。龍騎も意味を理解したのか、結局ドラグシールドを二枚重ねにして蹲る。

 

 

『くッ!!』

 

 

引き金を引くゾルダ。

展開された武器が次々に火を放ち、圧倒的な火力を解放するエンドオブワールドが放たれた。

爆炎がエリスの視界を埋め尽くす。広範囲の衝撃は当然まどか達にも届くため、魔力を注ぎ込み盾を強化して言った。

 

 

『オッ! オォォオオオオォオツッ!!』

 

 

あまりの衝撃でエリスの体が震え始める。

その時、バキンッと嫌な音が聞こえてきた。

 

 

『ま、まさか!!』

 

 

爆風を受けとめるマグナギガ。

その後ろでゾルダの笑い声が聞こえてくる。

 

 

「あぁ、ダメダメ。(それ)――、薄すぎ」

 

『!!』

 

 

不安定な精神状態も関係していたのだろう。

翼のシールドに亀裂が走り、次の瞬間、粉々に消し飛ぶ。

 

 

『アアアアアアアアア!!』

 

 

そこでファイナルベントが終了した。

散らばっていく羽。金の細工も粉々になり、エリスの最大の武器が破壊された。

威力を上げる為に精神力を削ったか、ゾルダは膝をついて息を吐く。

だがそこでもう一度叫び声を。

 

 

「城戸!」

 

「ああ!」『ファイナルベント』

 

 

龍騎は両手を突き出すと、引き戻し、激しく旋回させる

合わせてドラグレッダーも龍騎の周りをうねり、旋回していく。

 

 

『させ……、させない――ッ!!』

 

 

エリスは腕のビーム砲を龍騎に向けた。

まずいな。ゾルダは思う。ドラグレッダーが盾となっているおかげで、多少の攻撃は防げるだろうが、万が一にも力を込められて光弾の威力が上がり、ドラグレッダーが吹き飛ばされてしまうとファイナルベントが中断される。

 

 

「くそ、何で俺が――ッ!」

 

 

首を振って立ち上がるゾルダ。

 

 

『私は――、私は皆を幸せにするのです! 邪魔なんてさせない!!』

 

「ぐっ!」

 

 

腕から放たれる光弾。

それが先程の何倍も大きい。

これはマズイ、龍騎はファイナルベントを中断して逃げようと。

 

 

「あぐッ! おおおお!!」

 

「え! 北岡さん!?」

 

 

突如龍騎の前に飛び出したのはゾルダ。ビームを受けて龍騎の横を転がっていく。

ゾルダが考えたのは自分を盾にして龍騎を守る事だった。

ガードベントを構えたい所であったが、そんな暇は無い。

煙をあげながら龍騎の斜め後ろに倒れたゾルダ、ダメージは負えど命に別状は無い様子だ。

ゾルダは他の騎士よりも防御力が高い、それが功を奏した訳だ。

 

 

「あぁクソ……、本当に何でこんな事しなくちゃならないのよ!」

 

「ちょ! だ、大丈夫ですか!?」

 

「いいから! 早くアレなんとかしてよ……!」

 

 

そうだ。龍騎はエリスの方を見る。

ゾルダが時間を稼いでくれたおかげで準備は整った。

地面を蹴ると飛び蹴りの構えを取る。

 

 

『くっそォオオオ!!』

 

 

エリスは最後の武器である天使の輪を投げた。

投げたが――

 

 

「ダアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

『私は、私はぁぁぁああ!!』

 

 

赤く燃え滾る飛び蹴りは、向かってきた輪を何の抵抗もなく破壊すると、そのまま猛スピードでエリスに直撃する。

それはまさにロケットだ。飛び蹴りが胴体を貫くと、龍騎はまどかの隣に着地した。

 

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

そして爆発。

変身者であったコルディア――、つまりモモが地面に倒れてうめき声を上げる。

 

 

「………」

 

 

全てが終わった訳ではないが、とりあえず落ち着いた。

龍騎は力を抜くと辺りを見回した。まどかは気絶していた仁美達に声をかけている。

 

 

「まろかぁぁぁ!」

 

「うーん! えへへ、びっくりしたねぇ。でももう大丈夫だよ」

 

 

混乱しているのか、タツヤは泣きながらまどかにしがみつく。

まどかは弟を優しく抱きしめながら、頭を撫でていた。

 

 

「これはね、夢なの」

 

「ゆめ?」

 

「うん。見ててね!」

 

 

まどかはタツヤに微笑みかけると、何故か変身と解除を繰り返す。

 

 

「ほら、いきなりお着替えできるなんて不思議でしょ? これは夢だからだよ!」

 

「うん! ゆめ!」

 

 

さらにまどかは天使を呼び出す。

 

 

「ベルスーズシェーヤー」

 

 

安楽の天使シェーヤーは、桃色のシャボンの中にタツヤを閉じ込めた。

そう言えばと龍騎。あれは確か自分も受けた事がある。

そうしている内にシェーヤーはシャボンの上に座って指を鳴らす。すると中にいるタツヤはあっという間に眠りに落ちてしまった。

相手を眠らせる魔法だ。人に恐怖を与えず、安らぎを与える魔法はまどかの望みである。

まどかはタツヤが眠ったのを確認すると、隣にいた仁美に視線を向ける。

その表情はどこか寂しげだった。

 

 

「ごめんね仁美ちゃん、巻き込んじゃって――ッ! 本当になんて言ったらいいか……」

 

「何を言っていますの」

 

 

仁美は疲れた様にぐったりとしていたが、それでもまどかの手を握って微笑んだ。

 

 

「貴女がいなければ、私は死んでいましたわ」

 

「でも――」

 

「まどかさん、助けてくれて……、本当にありがとう」

 

 

笑みを浮かべるまどか。

しかしそれでも仁美やタツヤを巻き込んでしまったと言う罪の意識がある。

仁美は将来を約束されている令嬢だ。彼女の人生に、自分は必要だろうか?

 

 

「ねえ、仁美ちゃん」

 

「はい?」

 

「やっぱり、ゴメン」

 

「え?」

 

「だって、もしも仁美ちゃんがわたしと知り合わなければ、こんな怖い想いはさせなかったのに」

 

 

仁美はわざわざ学校のレベルを落としてくれた。本当はもっと良い中学校に入るはずだったのに。

そしたら事件には巻き込まれなかったし、今だって他の人のように見滝原を離れて幸せになっていたかもしれない。

まどかは知っていた。仁美の両親は最近の状況を見て、見滝原から引っ越したいらしい。

しかし仁美が頑なに拒んでいるのだ。

 

 

「仁美ちゃん、この事件が終わったら逃げたほうがいいよ」

 

 

見滝原にいればゲームに巻き込まれる。

今日みたいな事があったら、また守れるとは限らない。

今だってギリギリだった。そんな事が続いたらと思うと、胸が張り裂けそうだったのだ。

 

 

「仁美ちゃんは、わたしと一緒にいると不幸になっちゃうよ……」

 

「――ッ」

 

 

その時、パチンと乾いた音が響く。

ハッとする龍騎。仁美がまどかの頬を叩いていた。

それほど強くは無いから痛くは無かったが、まどかは呆気に取られて固まってしまう。

叩いた仁美は、目に涙を浮かべていた。

 

 

「そんな事、二度と言わないで!」

 

「仁美ちゃん……。ご、ごめん」

 

「あッ! い、いえッ、その……、私もごめんなさい」

 

 

すぐに叩いた事を謝罪する仁美。

しかしこれだけはまどかに分かってもらいたいと食い下がる。

 

 

「まどかさんと出会って、私は本当に幸せでした」

 

「……!」

 

「まどかさんと、さやかさんがいたから! 私は笑顔になれました!」

 

 

稽古が多くてノリが悪いだの、暮らしが違うから合わない等と、今まで多くの人間が自分の元を離れていった。しかしまどかとさやかだけは違う。

自分を本当に理解してくれる友達に出会えたのだから。

 

 

「私にとって、まどかさんは最高の親友ですわ。だからそんな事、絶対に言わないで!」

 

 

その言葉を聞いてまどかは涙を零し、けれどもすぐに拭って笑みを浮かべた。

 

 

「うん! ありがとう!」

 

「はい!」

 

 

二人は笑い合うと、抱きしめあってお互いの体温をしっかりと感じた。

これが生きていると言う証だ。ただ仁美としても、まどかの言う事は痛いほどに理解できる。

叩いておいてなんだが、今回は自分の存在を利用され、まどかを危険に晒してしまった。

殺し合いのサバイバルゲームだからこそ。少しでも長くまどかと一緒に過ごしたかったが、それは汚いエゴだ。

 

 

「私がいると、まどかさんの足を引っ張ってしまいますわ」

 

「そ、そんな事――」

 

「今回の事で、私は無力だと言う事を実感させられました」

 

 

タツヤを守れず、人質となってまどかを傷つけた。

仁美には力が無い。使い魔から逃げる事も、使い魔達から誰かを守る事もできない。

だからこそ、仁美は決断を下した。

 

 

「まどかさん、私は見滝原を離れたほうがいいのでしょうか」

 

「うん、そうだね……」

 

 

「分かりました。けれど勘違いはしないでくださいませ。まどかさんと離れたくないけれど、ゲームがあるからと言う――」

 

「えへへ! わかってるよ、大丈夫大丈夫!」

 

 

仁美は申し訳なさそうに微笑む。

近い内にワルプルギスの夜も来る筈だ。

そうなれば見滝原がどうなってしまうのか分からない。

それも踏まえ、仁美はこの見滝原を離れる決断を取る。

 

 

「絶対にわたしは生き残るから、安心してよ仁美ちゃん」

 

「まどかさん……」

 

「ワルプルギスの夜を倒したら戻ってきてね! 一緒にパーティしよ!」

 

 

言葉を詰まらせる仁美。何を言っていいのか、分からない。

するとそんな彼女に気づいたか、まどかは彼女の手を持ってグイっと前のめりに。

 

 

「そうだ! ワルプルギスを倒したら何て言わずに! ここから出たらケーキ食べに行こう!」

 

「え? え、ええ!」

 

 

まどかの迫力にコクコクと頷く仁美。

そして最後にまどかは少しだけ悲しげに微笑んで――

 

 

「大丈夫、全部終わったら……、もっと色んな事して遊べるからね」

 

「はい……」

 

 

お互いにはお互いの道がある。

それを望んだかどうかは別としても。

しかし全てが終われば、また二人の道は交わるだろう。

お互いはそれを察して微笑みあった。悲しい運命に変わりは無いが、きっとまたいつか。

 

 

「………」

 

 

龍騎は安心したように頷くと、踵を返して倒れているゾルダの元へ。

 

 

「アンタ良いヤツだったんだな。さっきは助かったよ先生。ありがとう」

 

「お前が決めなきゃ長引いてたからな。ケースバイケースだ」

 

 

ゾルダは大きく息を吐きながら立ち上がる。

 

 

「大丈夫ですか? まだ寝てたら?」

 

「おいおい、俺達にはまだやるべき事があるだろ」

 

 

ゾルダは倒れているモモの所へ向かう。

そうだ、残っているリーベエリスのメンバー全員に、モモの口から龍騎達が無実であると告げてもらわなければ。

さっそくゾルダは倒れているモモを引き起こそうと近づいていった。

 

 

「ん?」

 

 

そこで大聖堂の扉が大きな音を立てて開かれる。

いやいや、既にエンドオブワールドによってボロボロの扉だ。

それは蹴破られると言った表現が近い。中に入ってきた二人は会話中のようで、まだ龍騎達には気づいていない。

 

 

「おいおい、だからブラックホールの中に吸い込んだら殺した数を数えられねーだろうが!」

 

「ざっと100人だ、お互いにな」

 

「アバウトすぎるってのそれじゃあ……」

 

 

王蛇と杏子は、中にいるメンバーと、破壊されている大聖堂を見て沈黙する。

リーベエリスのメンバーをどれだけ殺せるか競い合っていた二人であるが、その中で大聖堂ならば多くの人がいるのではないかとやって来た。

しかしいざ中に入ればそこには参加者達が。

 

 

「……最悪だ」

 

 

ゾルダがため息混じりに呟く。

妖精たちが仕組んでるのではと思うほどのエンカウント率である。

 

 

「最悪? 何を言っている。最高の間違いだろ?」

 

 

王蛇は龍騎とゾルダに視線を合わせると、ゆっくりと首を回した。

 

 

「――ッ! 待て!!」

 

「うン?」

 

 

王蛇を制す様に、杏子が手を出す。

獲物である筈のまどかには一切目もくれず、ただひたすらに一点を見つめていた。

汗を浮かべ、なにやら様子が普通ではない。

 

 

「何だ?」

 

 

イライラしたように問いかける王蛇。

すると杏子は答えではなく、単語を口にした。

 

 

「……モモ?」

 

「―――ッ!」

 

 

倒れていたモモはその言葉に反応して杏子の方を見る。

目を見開いて信じられないと言った表情だった。

 

 

「おねえ……、ちゃん?」

 

「ハァ?」

 

 

王蛇もまた、モモに視線を移した。

 

 

「アイツ……、アァ、そういう事か」

 

 

浅倉も杏子に妹がいる事は知っていた。

施設にいた頃は部屋に監禁状態だったため、見た事はないが。

しかし言われてみれば似ている。まさかココで姉妹の再会とは。

 

 

「お姉ちゃんなの!?」

 

「モモなのかッ? またユウリでしたなんてオチは勘弁してくれよ」

 

 

杏子は警戒しているようだ。

 

 

「………」

 

 

ゾルダもそう言えばと思い出す。

覗き見していたユウリと杏子の戦い、優勢だった杏子が敗北したのは、ユウリがあのモモに変身したからだ。

 

 

「妹だったか」

 

 

しかし厄介な話である。

さっさと話をつけて帰りたいのに、下手に手を出せない。

とは言え大聖堂に入ってきた王蛇ペアの話を聞くに、本部にいる人間は杏子達は殺して回っているらしい。

通りで途中から人の姿が減ったと思った。いっその事全員殺してくれたほうが都合が良いが、問題はこの状況をどう切り抜けるかである。

 

グルグルグルグルとゾルダは思考をめぐらせる。

今の状態では王蛇に勝つ事はできない。

向こうもカードを消費していればいいが、元気そうなのが絶望的である。

 

 

「お姉ちゃんっっ!!」

 

「「「!」」」

 

 

モモはフラフラと立ち上がり、こけそうになりながらも一心不乱に杏子の所を目指した。

それを見て決意を固めたように目を光らせた杏子。

あれはモモだ。小さく呟くと、自らも走る。

 

 

「おねえぢゃん!! あいだがっだぁ!!」

 

「アタシも、ひょっとしたらアンタがいるんじゃないかって! 心のどこかで思ってた!!」

 

「本当にお姉ちゃんなの?」

 

「へッ、当たり前だろ。見れば分かるってもんさ」

 

 

先程までのモモとは別人だった。

表情をぐしゃぐしゃにして、涙と鼻水を流している。

間抜けなものに見えたかもしれないが、死んかと思っていた姉との再会だ。

それも大好きなたった一人の家族。モモが我を忘れるには十分な要素ではないか。

 

 

「今までどこに行ってたの!? 私寂しかった! 本当に寂しかった!!」

 

「悪いな、ちょっと孤児院に戻れない理由があったんだよ」

 

「私おねえちゃんが死んじゃったんじゃないかって! ずっとそれで泣いてて――ッ!!」

 

 

モモは跪き、杏子に縋るように身を寄せる。

杏子はしばらく沈黙していたが、モモの頭に優しく手を置くと、包み込む様に抱きしめた。

なんと優しい抱擁だろうか。今までの想いが溢れて、モモは堰を切ったように涙を流す。

 

 

「オイ、いい加減にしろ。何がしたいんだお前は」

 

 

ダルそうに王蛇が言い放つ。

 

 

「まさかココにきてお涙頂戴の寸劇を始めたいのか? ふざけるなよ、反吐が出る」

 

「家族のいないお前には分からない。家族を愛してないお前には理解できないよ」

 

 

そして杏子は『王蛇にだけ』に聞こえるように言う。

 

 

「頼む浅倉。ココはアタシに任せて欲しい」

 

「ふざけ――」

 

「これは、決着だ」

 

「――………」

 

 

ねっとりとした言い方だった。何故か王蛇は沈黙して動きを止める。

苛立ちを抑えてまで、何かを感じ取ったか。

そのまま動かなくなると杏子をジッと見つめるだけ。

 

 

「なあ、まどか」

 

「えっ?」

 

 

緊張が一同に走る。

しかし柔らかな声色だった。

 

 

「モモをアタシに任せて欲しい。コイツは、アタシのたった一人の家族なんだ」

 

「杏子ちゃんの家族――ッ」

 

「ああそうさ、アタシにとって大切な妹だ」

 

 

杏子はまっすぐな目でまどかを見つめた。

そこに濁りはない、そこに迷いは無い、それは純粋な眼差し。

 

 

「まどか、コイツをアタシに任せちゃくれないか」

 

「え……?」

 

「アタシを信じてくれ、モモと会話がしたい」

 

 

呆気に取られる一同。

だが王蛇達と戦闘になればタダでは済まない。

もちろんそれこそ仁美達はどうなる? 誤解を解けないまま終わるのは癪だが、まずは己の安全だ。

 

 

「逃げるぞ」

 

「あ、ああ」

 

 

ゾルダは早速出口へ走る。龍騎としても今の状態で戦闘は避けたい。

まどかに合図を送り、タツヤを抱えて走り出す。

何よりも杏子の態度。彼女にも大切な人はいたのだと、まどかは少し安心した様に微笑んだ。

 

 

「分かった」

 

「悪い、助かるよ」

 

 

まどかは仁美を連れて大聖堂を抜けだす事に。

しかし本当に意外だ。まさか王蛇が何も言わないなんて。

ゾルダはチラリと杏子を見る。それほどまでに杏子が王蛇に影響を与えたのか?

 

 

「まどか!」

 

「……!!」

 

 

入り口に差し掛かったところで、杏子はまどかの名前を呼ぶ。

 

 

「ありがとな、信じてくれて」

 

「う、ううん! いいよ杏子ちゃん!」

 

 

杏子の態度にまどかは笑みを浮かべた。

確かに杏子は今まで多くの血を浴び、そして多くの人を傷つけてきた。

だが今あそこにいるのは、大切な妹をあやしている優しいお姉ちゃんだ。

 

杏子との協力は非常に困難を極めるかと思ったが、今の様子を見れば希望がみるみる湧いてくる。

モモの存在が杏子の凍てついた心を溶かしてくれる筈だ。

まどかも同じ姉だからこそ分かる。そんな中、杏子はモモの頭を軽く叩いた。

 

 

「ほら、お前アイツらに何かしたんだろ? 謝りな」

 

「え? で、でも――ッ!」

 

「でもじゃねぇ! 謝れ!」

 

「あ、うん! ごめんなさい!」

 

 

モモはリーベエリスの長であるコルディアではなく、ただ佐倉杏子の妹である佐倉桃子としての顔を見せた。まどか達が知る由も無いが、モモもまたシルヴィスに洗脳された被害者なのだから。

 

 

「まどか、本当にありがとな! モモを渡してくれて」

 

 

杏子は自分の頬をモモの頬に重ねて笑った。

一恥ずかしそうにしながらも、モモは頬ずりを行う。

美しい姉妹愛がそこにはあったのだ。

 

 

「コイツといるとアタシは優しくなれるんだ」

 

「えへへ、くすぐったいよお姉ちゃん」

 

 

まどかはその言葉を聞いて強い希望の光を感じた。

杏子と協力ができる。この戦いを終わらせる望みが湧いた。

 

 

「なあモモ、アタシの事が好きか?」

 

「うん、当たり前だよぉ! お姉ちゃんが生きてて本当に良かった!」

 

「嬉しい事を言ってくれるね! ほら、抱っこだ!」

 

 

杏子はモモを横抱きにすると、クルクル回り始める。

キャッキャとはしゃぐモモ。杏子もまた笑顔だった。

初めて見た純粋で無垢な笑顔だった。

 

 

「なつかしいな。金無かったからこうやってメリーゴーラウンドとか言ってたっけ?」

 

「コーヒーカップだよ」

 

「あぁ、そうか。よく覚えてるね」

 

「だってお姉ちゃんとの大切な思い出だから」

 

「サンキュー。なあモモ、アタシもアンタが好きさ。大好きだ!」

 

 

世界で一番と言っても良い。

 

 

 

 

疑問だった。謎だった。訳が分からなかった。意味不明だった。

と言うのは、杏子がはしゃぎまわる中、地面から何かが生えてきたのだ。

何だアレ? 一同が目を細めると、それは杏子がいつも使っている武器。赤い槍だと言うのが分かった。何故一本だけ生えている? 何故一本だけ生やす必要が?

 

 

「え?」

 

 

誰しもが、無意識に漏らした言葉。

龍騎であり、まどかであり、仁美であり、よもやゾルダでさえ呟いた言葉かもしれない。

はしゃぎ回っていた杏子とモモ。仲睦まじく微笑ましい光景であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして杏子は、その一本だけ生えている槍に向かってモモを投げた。

 

 

「え?」

 

 

モモもまた呟く。

何コレ。モモは自分の腹部から生えている槍を見つめてそう言った。

いや、もしかしたら言葉にはなっていなかったかもしれない。

なにせ槍はモモをしっかりと貫通しているのだから。

槍のサイズはいつも杏子が使う物よりも若干細いため、即死する事はなかったが、みるみる赤い点が広がっていく。

 

 

「あれ? え――?」

 

 

腹部が熱くなる。

モモは襲い掛かる痛みを感じて、思わず涙を流す。

痛い。何だ、何だ、何だコレ。どうして自分は今こうなっているんだろう。

モモは何が起こっているのか分からずに、姉を見た。

 

 

「あぶっ、げぶ……ッ! んばっ、パ……!」

 

 

お姉ちゃんと呼ぶつもりだったのに、口から血が出てきて上手く喋れない。

息ができない。苦しい。でも大丈夫。お姉ちゃんはいつも自分を助けてくれた。

熱が出た時は、ずっと一緒にいてくれた。いじめっ子がいたらどんな相手でも姉は立ち向かってくれた。

 

いつも守ってくれたお姉ちゃん。

いつも助けてくれたお姉ちゃん。

いつも自分の側にいてくれた大好きな――

 

 

「おねえ――、ぢゃん――! ぃたぃ」

 

 

ゴポっと音がして口からまた血が溢れた。うまく喋れない、うまく言葉にならない。

しかし姉は笑みを浮かべているじゃないか。だからモモは安心していた。お姉ちゃんが微笑んでくれるなら大丈夫だ。大丈夫だ。大丈夫だ……。

 

 

「杏子ちゃん……? 何してるの」

 

 

まどかは思わず言った。

言わなければならなかった。この嘘のような状況を否定するために。

 

 

「言ったよな、アタシ」

 

 

モモがいれば優しくなれる。

モモが大好きだって。

 

 

「だからさ」

 

 

杏子は浮かべていた笑みを消した。

そしてモモを――、たった一人の妹を睨みつけた。

まるでゴミを見る様な眼で。

 

 

「お前、邪魔」

 

「……ぇ?」

 

 

杏子が指を鳴らすと、異端審問が発動されてモモの背中から何本の槍が出現していく。

 

 

「ごッ! ギッッ! ぎゃぁぶぇえッ! べびッッ!」

 

 

濁った声が聞こえてきた。肉を裂く音がいくつも聞こえてきた。

思考が停止しているまどか達へ杏子はもう一度お礼を告げる。

 

 

「サンキュー、鹿目まどかァ。信じてくれてさぁ!」

 

「―――……」

 

「ッ! 逃げるぞ!!」

 

 

ゾルダが吼える。

ああそうだ。忘れていた忘れていた。アイツ、イカレてたんだ。

龍騎とゾルダはこの場から逃げるため、全速力で走りだす。

しかしゾルダが振り向くと。まどかが立ちすくんでいるのが見えた。

 

 

「クソ!!」

 

「北岡さん!」

 

 

龍騎は仁美とタツヤを抱えている為、両手が塞がっている。

だからゾルダがまどかを抱える事に。まどかは目を虚ろにしてその光景を確認していた。

さっき、希望を抱いた。モモの存在が杏子を救うのだと。

しかし目の前では杏子が、その希望を串刺しにしている。

 

 

「おねえ……、ぢゃん」

 

 

モモは手を伸ばす。

視界は涙で歪んでいて確認できない。きっと声は出ていない。刃が喉を突き破ったからだ。

しかしモモは安心していた。モモの知っている『おねえちゃん』であれば、きっと手を握り返してくれるからだ。きっと優しい言葉をかけてくれる筈だからだ。

きっと、ずっと傍にいてくれる筈だから。

 

 

「モモ、愛してる」

 

 

杏子はそう言って槍を持った。

そして一瞬だけ、まどかに視線を移した。

杏子は確かに笑っていた。

 

 

「愛してるから――!」

 

 

杏子は槍をモモの心臓に突き入れる。

 

 

「愛してるから、死んでくれ!」

 

「ぉ―――」

 

 

モモは薄れいく意識の中で、否定を行った。

お姉ちゃんは自分にそんな事はしない。自分を傷つける様な事はしない。

だってお姉ちゃんは誰よりも優しかった。自分が両親に怒られていてもいつも味方をしてくれた。

 

 

お姉ちゃんは、世界一優しかった。

 

 

だから目の前にいたのは、姉ではなかった。

 

 

「――はは」

 

「………」

 

「ははは! ハハハハ! ハハハハハハハハハッッ!!」

 

 

王蛇の笑い声が大聖堂に木霊する。

何故王蛇が龍騎達を止めなかったのか。

それは杏子のしようとしている事を察知したからに他ならない。

あの時の杏子の言葉には狂気と殺意が潜んでいた。だから王蛇はその先が見たくなった。

 

 

「面白いな。佐倉杏子。退屈しないぜェ、お前といると」

 

「悪いなぁモモ!」

 

 

杏子は槍を消滅させて倒れた妹を掴み上げる。

 

 

「でもずっと一緒だ」『ユニオン』『アドベント』『アドベント』『アドベント』

 

 

三体のミラーモンスターを呼び出して、そこへ妹だった肉塊を放り投げる。

 

 

「――――」

 

 

違う、違う、違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。

違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。

これは姉ではない、大好きだったお姉ちゃんなんかじゃない。

悪魔、絶望を世界に広める巨大な悪そのものではないか。

誰? どこ? 私のお姉ちゃんはどこにいるの? また抱きしめて、また愛して、誰か――!

 

 

「―――」

 

 

そうだ、やはり私の味方はお母様しかいない。

お母様は色々な事を教えてくれた。私を愛してくれた。

今だって、コッチを見て微笑んでくれているじゃないか。

手を伸ばせば届きそうだ。そこにいる。上にいる。

モモは微笑みながら『彼女』に向かって手を伸ばそうと試みる。

あれは幻なんかじゃない、そうでしょう? お母――

 

 

「食え」

 

 

モモが伸ばした腕に、ベノスネーカーがかぶりついた。

すぐにベノダイバーとベノゲラスも加わっていく。

 

 

「う――ッ!」

 

 

まどかは思わず口を押さえた。

ダメだ。直視できなかった。

涙を流し、そして震える声でなんとか言葉を搾り出す。

 

 

「なんで――?」

 

「おい! 何やってる! 早く逃げるぞ!!」

 

 

そこでゾルダに持ち上げられて大聖堂を離れていく。

残された杏子だが、一応は約束だ。まどか達を追うことは無かった。

と言うよりも今自分を流れる興奮の余韻に浸りたいからか。

 

 

「くはっ! アハハハハハハハ!!」

 

 

杏子が何故モモを殺したのか?

そんなのは決まっている。モモが何よりも大切で、モモを傷つけたく無かったからだ。

だから杏子はユウリに負けた。最高の屈辱と言うモノを味わった。

あの時、杏子は自分の中にまだ優しさと言うモノが存在していた事に気づく。

傷つけたくない心。守りたいと思う心。

 

 

「ハハハハハ! アーッハハハハハ!!」

 

 

それは、どれもこれもゲームには不必要な感情だ。

生き残りをかけた殺し合いに、愛はいらない。

だから杏子はその愛を――、つまる自分を縛る楔を断ち切りたかったのだ。

失う物が無いのなら、自分は最強になれる。ユウリのような者に惑わされることはない。

そうだ、考えてもみればシルヴィスに良い様に使われる事はなかった。

 

罪悪感と良心の十字架を構成していたのはモモだ。

そしてそこへ打ち込まれた杭は二本。マミとゆまだ。

ゆまは刺さりが浅かったため、すぐに抜けた。しかしマミはなかなか抜けてくれない。

が、しかし、マミは死んだ。死んでくれた。これは非常にありがたい話だった。

そして今、モモを排除した。愛をと優しさを杏子自身が否定する事により、彼女は文字通り躊躇いをなくした。

戦いにおいて最も不必要な躊躇いをだ。

 

 

「「ハハハハハハハハ!!」」

 

 

王蛇と杏子は声を合わせて笑う。

後ろでは三体のミラーモンスター達も笑っている様に吼えていた。

するとその笑い声に気づいたのか。頭上にあった大きな穴から大聖堂に入ってくる者が。

エルザマリアの翼を広げて着地するユウリだ。

 

 

「じゃんじゃじゃーん! ユウリ様さんじょ……う」

 

 

ユウリは辺りを見回してポカンと口を開いた。

何だコレ。確か数分前まで、まどか達とエリスが戦っていた筈なのにどうして誰もいないのか。

それに、どうして関係無かった杏子たちがココにいるのか。

確かに監視につけておいた使い魔が、ゾルダファイナルベントによる爆風で消されたから時間は経ったが――。

 

 

「おいおい、まさかアンタら全員殺したっての?」

 

「……まどか達はアタシが逃がした」

 

 

その言葉を聞いてユウリは再び沈黙して停止する。

 

 

「は? 何? 逃がした? 誰が? えッ? あの戦えだの、殺すだの、馬鹿みたいに連呼していた杏子さんが自分の意思で人を逃がしたって!?」

 

「うるせぇな、お前は本当に」

 

「あははははは! 何ソレ! リアルか!? 落ちたな佐倉杏子!!」

 

「……安心しろよ」

 

「いひひひひひ! な、何が!? あはははは!!」

 

「お前は逃がさねぇ」

 

 

杏子は冷めた目でユウリを指差した。

 

 

「やってみろクズ。戦う意思を失った参戦派に価値は無いぞ」

 

 

もういらなーい。ユウリは舌を出し、両手を広げて杏子を煽る。

同時に呼び出すリベンジャー。杏子もまた槍を構えると、ユウリの所へ歩き出す。

距離が詰まっていく。ふと、ユウリはクルリと一回転。するとその姿がユウリのものではなくなる。

 

 

「お姉ちゃん! やめて!! 私ユウリって人の魔法で身体を一緒にされてるの!!」

 

「モモか?」

 

「そう! この前は私じゃなくてユウリが私の姿を借り――」

 

 

その時だ。杏子が地面を蹴った。

次の瞬間、握り締めた拳がモモの顔面に抉り込む。

 

 

「え?」

 

 

ユウリは自分の身体が吹き飛んでいる事に気づく。

そのまま崩壊した瓦礫の中に直撃。流石に同じ手は食わないと?

いや、それよりも速さと威力が前回より桁が違うような。

一切の迷いが無い。欠片もモモが埋め込まれている事を気にしていない威力だ。

 

 

「さ、佐倉さん酷いわ! いきなり攻撃するなんて!」

 

 

起き上がったユウリはマミの姿になり、杏子を落ち着けようと試みる。

設定は何にするか? そう、実はマミは死んでおらず、ユウリに取り込まれた事にしておけば――

 

 

「黙らせろ」

 

「おッ!?」

 

 

待機していたベノダイバーが杏子のわきをすり抜けて、猛スピードでユウリへ突進していく。

ユウリはすぐに地面を転がして回避行動を行うが、先程までたっていた場所をベノダイバーが通過している。それも一切スピードを緩めずに。

やはり今の杏子に小細工は効かないという事か。何があったかは知らないが、どうやら弱体化した訳ではないと。

 

 

「浅倉ァ! イライラも溜まってんだろ、アタシが許す! アレで決めるぞ!!」『ユニオン』

 

「なるほどなァ。なら参加させてもらうぜ」『『ファイナルベント』』

 

 

粉々に砕け散るベノダイバー。待機していた他の二体も砕け散り、その破片が一箇所に収束していく。すると杏子の背後にジェノサイダーが出現。とも思えば、すぐに融合する杏子とジェノサイダー。

 

 

「チッ、またあのコスプレかよ」

 

 

融合を完了させた杏子はすぐに地面に膝をつき、神に祈るポーズをとりながら詠唱を始める。

 

 

「ッ?」

 

 

あれは知らない技だ。

ユウリは舌打ちを行いカードを取り出した。

とりあえず妨害をしなければ。

 

 

「あ?」

 

「俺と遊んでくれよ」

 

 

王蛇は首を回しながら杏子の前に立つ。

手にはバイザーとカードを持っており、戦闘態勢である事が分かる。

首を傾げるユウリ。同属同士でしか攻撃できないルールがあった筈だ。

 

 

(もう止めた? いや、それとも――)

 

 

目を凝らす。王蛇の体に赤い光が纏わり付いている。

これは間違いない、杏子の魔力だ。

そして耳には、杏子の声が聞こえてくる。

 

 

「我を過ぐれば憂ひの都あり――」

 

「!」

 

 

なるほど、ユウリは確信する。

あんな台詞は脳筋の杏子(バカ)がこの場で口にする言葉ではない。

つまりアレは魔法の詠唱。それもファイナルベントと名がつく以上、相当強力なものだろう。

そして前に出た王蛇。全てが繋がったとユウリは理解する。

 

 

(あの状態で攻撃を食らったら中断されて終わりって事ね)

 

 

だったら話は早い。

ユウリは既に身に着けていたエルザマリアのマントをを翼に変え、思い切り地面を蹴って空へ舞い上がる。

 

いくら王蛇が守護するといっても所詮翼の無い騎士。

ましてミラーモンスターも杏子に融合している為、誰も呼べはしない。

ここからリベンジャーを撃てばそれで終わりだ。

 

 

「フッ!」

 

「がっ! な、何!?」

 

 

だがユウリはユウリはすぐに墜落する事になる。

見れば王蛇がアッパーのモーションを取っていた。

もちろんあそこで拳を振り上げた所で、空中にいるユウリに届くわけが無い。

なのに感じた衝撃。拳の動きに合わせるように赤いエネルギーオーラが発射されたのだ。

 

 

(ちゃんと王蛇が強化されていると。成る程、面倒な!)

 

 

だったら魔女で囲めばいい。

ユウリは魔女のカードを適当に五枚ほど抜き取ると、それを投げて標準を合わせる。

 

 

『ベノムベント』

 

「遅いッ! 今更何しても無駄!」

 

 

もらった。

ユウリは銃の引き金を引いてカードを撃っていく。

 

 

『ベノム』

 

「あ?」

 

 

カードが砕けて発動もされない。

呆気にとられるユウリ。そうしていると、まるで酸をかけられた様にリベンジャーが融解していくではないか。

 

 

「はッ!? 何だコレ!!」

 

 

すぐにリベンジャーを放棄して、新たなリベンジャーを出現させようと試みる。

しかし何度念じても、ユウリの手に新しい二丁拳銃が現れる事は無かった。

 

 

「どういう事!? リベンジャーが無ければ何も出来ないんだけど!」

 

 

そんな事を考えていると、走ってくる王蛇の姿が目についた。

 

 

「おいおいおいおいおい! あれはマズイんじゃ――ッッ!!

 

「ハハハハハッ!!」

 

「うっ!」

 

 

全身を乗り出すようにして蹴りを仕掛ける王蛇。

ユウリも全身を投げ出して回避を行った。すぐに振り向くと、王蛇の前方が消し飛んでいるのが見えた。

 

 

(やはり王蛇の攻撃の範囲と威力を上げる魔法が掛けられている!)

 

 

ベノムベントは相手のバイザーを封じる力。

ユウリのリベンジャーはバイザーとしても認識される為に、こうなったと言う訳だ。

 

 

「おせェッ!」

 

「グッ! ガァッ!!」

 

 

逃げたユウリに合わせて腕を振るう王蛇。

通常ならば絶対に当たらない位置にいるのに、エネルギーエフェクトが追尾してユウリの頬を打つ。

 

 

「お前ッ! 女殴って恥ずかしくないのかしら!!」

 

「気持ちいいぜ? お前も遠慮せずにもっと来い」

 

「アァァ! クソ! コンビ揃って頭にカニミソでも詰まってんじゃない!?」

 

 

ユウリにはまだエルザマリアがいる。

影の魔女は明確な形を持たない為、ある程度自由に姿を変える事ができる。

ユウリはエルザマリアを鞭に変えると、王蛇を超えて杏子に叩き込もうと振るってみる。

 

 

「ハァ!」

 

「!?」

 

 

しかし、王蛇はいとも簡単に鞭を掴み取った。

と言うより、王蛇が何も無い場所を掴むと、その先に紫色のエネルギーで構成された手が出現。

それが鞭を掴み取ったのだ。リーチが拡大するとは知っていたが、まさか手のエフェクトすら構築されるなんて予想外だった。

 

そんなユウリにさらなるサプライズが襲い掛かる。

鞭を――、つまりエルザマリアを掴み取った王蛇。

その時、仮面に変化が起きる。

 

 

「!」

 

 

王蛇の仮面の下部分が展開した。

正確にはクラッシャーが開いた。文字通り、王蛇は口を開いたのだ。

そのまま掴み取ったエルザマリアを思い切り引っぱって、ユウリの手から奪い取ってみせる。

 

 

『ピギイイイイイイイイイイイイイイイイ!!』

 

「………」

 

 

青ざめながら笑みを浮かべるユウリ。王蛇はエルザマリアを食い始めた。

魔女を食う? 人間が? バリバリと音を立ててエルザマリアを体内に入れていく王蛇。魔女の悲痛な断末魔がユウリの耳を貫く。

 

 

「やべぇ……。美味い? ソレ」

 

「アァァ! 最高にマズイな」

 

 

王蛇はエルザマリアを全て平らげてみせた。

綺麗に食べて偉いね。なんて話じゃない。馬鹿げてる、ふざけてる。なぜ食った? どこに食す意味が? 思考が理解できない。ユウリは本能でバックステップを行っていた。

 

リベンジャーがなくても魔法技ならば発動は十分に可能だ。

範囲攻撃イル・トリアンゴロ。磁場フィールドの中に相手を閉じ込めて爆発させる。

要は離れていても場所を指定して攻撃は可能と言うことだ。

ユウリは杏子を中心として、三角形の魔法陣を構築する。

 

 

「なんだその落書きは?」

 

「!?」

 

 

ベノム発動中は王蛇もカードは発動できない。

だがバイザーだけならば武器として使用は可能だ。

王蛇はベノバイザーを手に持つと、ソレを思い切り地面へ突き立てる。

すると杖を中心に王蛇の紋章が出現し、上書きするようにユウリの魔法陣を消滅させた。

 

 

「なんだよソレは! そんな簡単に消してんじゃねーッ!!」

 

 

ユウリは歯を食い縛り、さらに後ろへ下がっていく。

 

 

「――我より先に造られしはなし」

 

 

既に杏子の詠唱は後半に差し掛かっている。

そして嫌でも目につくのが、杏子の背後に現れていく巨大な門だ。

あれが全て出てくればどうなるのかなんて、容易に想像がつく。

ユウリはイライラした様に笑みを浮かべると、身体を震わせた。

 

 

「ふざけんな……!!」

 

 

だから嫌いなんだ。力でゴリ押すバカは――ッ!

 

 

「ざッけんなよぉォォ……!!」

 

 

後退していくユウリと、ゆっくりと近づいてくる王蛇。

 

 

(なーんてね)

 

 

ユウリは内心で舌を出して笑っていた。演技派女優ユウリ様になんちゃら賞をあげたい気分。

 

 

(さすが杏子(バカ)王蛇(バカ)が組んだだけはある)

 

 

魔女を食ったのは完全に予想外でドン引きだったが、それだけだ。

あるのだ、切り札ってヤツが。ユウリが指を鳴らすと杏子の背後に闇が収束してリュウガが出現する。完璧だった。杏子は目を閉じて詠唱を行っている為リュウガには気づいていない。

ましてや王蛇はユウリに釣られて杏子から距離を置いている。

つまり杏子は隙だらけ。リュウガはそのまま杏子に蹴りを入れようと踏み込み。

そして、後ろへと吹き飛んだ。

 

 

「!?」

 

 

リュウガの胸に突き刺さっているのはベノバイザーだ。

そのまま後方へと吹き飛んで、壁に叩きつけられる。

ベノバイザーはリュウガの身体を貫通しており、楔としてリュウガを磔にした。

 

 

「………」

 

 

口を開けて佇むユウリ。

王蛇はリュウガが現れたと同時にバイザーを後ろへ投げた。

ご覧の通りリュウガの胴体に突き刺り、杏子から引き離したと言う訳だ。

しかも跪いている杏子の脳天スレスレを通ってリュウガに突き刺さった。

なんと言うコントロール、なんと言う反射神経。

いやそもそも反射神経なのか? ユウリは今起こった超人的なシーンを全く理解できないでいた。

王蛇はユウリを見ていた、つまりリュウガの姿は確認できなかった筈。

だったら耳で、聴力でその存在を確認したとでも?

 

 

「爽快だぜ。気分がスッキリする」

 

「………」

 

 

そんな炭酸飲料のCMみたいな事を言われても。

 

 

「汝等」

 

「ッ! やっばい、逃げろリュウガぁぁアアア!!」

 

 

ユウリが叫ぶと、磔にされていたリュウガが鏡の様に砕けて姿を消す。

ワープの類なのか? 王蛇は面白い芸当だと関心してみせる。

対して落ち着いたトーンで言葉を並べていく杏子。普段の荒々しい喋り方が故に気づかなかったが、杏子声はなんとも美しい。

 

 

「――こゝに入るもの一切の望みを棄てよ」

 

「ッッ!!」

 

 

ユウリは踵を返して走り出す。

杏子はゆっくりと目を開けて、そして口を三日月の様に吊り上げた。

真後ろにはその姿を現した『地獄の門』が聳え立っている。

杏子が立ち上がると光が門を駆け巡り、一瞬だけ王蛇の紋章を浮かび上がらせる。

 

 

「悪いな、もう遅いぜユウリ」

 

「――ッッ!!」

 

「あばよ」

 

 

大きな音を立てて扉が開かれる。

 

 

「あが――ッ!!」

 

 

門から音速で飛び出してくるのはバラである。

茎の先端が鋭利に尖っており、ユウリの背中に突き刺さった。

どうやら茎には毒が塗られていたのか、ユウリは体が重くなるのを感じる。

動けない。しびれる。そうしていると、地面にへたり込んだ。

 

 

「くそ――ッ!」

 

 

そこでユウリは見つけた。

肉片。顎の一部。見たことあるような傷だらけの腕を。

 

 

「まさか……、お前妹を殺したのか?」

 

「いい顔で泣いてたよ。迷いを断ち切るには十分だった」

 

「ンハハッ! いいな! 狂ってるねアンタ!」

 

 

バラに続いて、門から無数の『蝶』が溢れてきた。毒々しい色の羽を持った蝶々だ。

美しくもあり、禍々しくもある。無数の蝶達はユウリに刺さったバラに群がっていき、『歯』をむき出しにした。

そう、この蝶には牙がある。口がある。

蝶達はバリバリと花を食い散らかすと、次はその茎を食べ散らかす。

そしてその茎の先にいるのはユウリ。

 

 

「佐倉杏子ォオオ、浅倉ァアァ! これで終わりだと思うなよォッッ!」

 

 

ユウリ様は何度だって蘇り、そして必ずお前らに復讐してやる!

そう言いながらユウリの全身に蝶が群がっていった。

 

 

「負け犬の遠吠えとしてはお馴染みだな」

 

「ハッ!」

 

 

蝶の群からは肉を噛み千切る音、骨を噛み砕く音。

そしてユウリの悲鳴が間隔をあけて聞こえてくる。

それを笑みを浮かべながら見ている杏子と王蛇。

 

そして数十秒後、音が消えた。

ヒラヒラと羽を広げて飛び立つ蝶達。もう何も残っていなかった。

バラも、茎も、そしてユウリの姿も。全てを平らげた蝶達は一勢に地獄の門へと舞い戻っていき、扉が閉まると門は地中に消えていった。

 

 

「アァァァ、やはり戦いはいい」

 

「ああ、スッキリしたよ。でもやるなら徹底的にだ」

 

 

杏子は槍を投げて崩れかけのステンドグラスにぶつけた。

神だか天使だかが描かれているが、その眉間に槍が突き刺さると巨大なステンドグラスは音をたてて完全に崩壊する。

 

 

「全てブッ壊す。こんな偽りに塗り固められた場所なんて、全部な!」

 

 

怒りと喜びで体が震える。

杏子は踵を返すと、次の獲物を求めて歩き出した。

 

 

【ユウリ死亡】【残り17人・10組】

 

 

 

 

 

 



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第44話 大好きな貴女へ へ女貴なき好大 話44第

ホーム画面で水着マミさんをひたすらタップしてニヤニヤしてます。
多分おれ今マギレコ界隈で一番気持ち悪いと思う。




 

 

場面は大聖堂から逃げた龍騎達に移る。

誰しもが先ほどの光景を思い出し沈黙していた。

現在彼らはドラグレッダーに乗ってキリカがいた場所に向かっている。

皆の無事を考えるべきなのだろうが、先ほどの光景しか頭には入ってこない。

 

 

「………」

 

 

その中でも、やはりまどかのダメージは大きいようだ。放心しきっている。

せっかく分かりあえるかもしれないと言う希望を持った後にあの行動。

杏子はモモを殺す時に笑っていた。何よりも大切なはずの家族を笑いながら殺したのだ。

人を殺す事に何の抵抗も、欠片の罪悪感を感じていないと言う事がハッキリと伝わってしまった。

 

なによりも同じ兄妹を持つものとして、あの光景は余計に突き刺さる。

龍騎としても何か声をかけてあげたい所ではあったが、何と声をかけていいのか分からない。

まどかの後ろにいた仁美は、悲しげな顔でまどかを抱きしめる事しかできなかった。

 

 

「……!」

 

 

しばらく本部を進んだ時だ。

遠くに見知った影を発見する。

龍騎はドラグレッダーに合図を送ると、停止させて声を掛ける。

 

 

「東條くんだよな?」

 

「城戸さん……」

 

 

そこにいたのはタイガだ。

しかし気になるのは一人だと言う事。確か手塚と一緒にいたはずだが?

龍騎は何かあったのかと心配になって詳細を求めた。

するとタイガは先ほど起こった一連の出来事を皆に報告していく。

 

マーゴットを退けたはいいが、そこから現れたオーディンペアに自分達はなす術なく敗北してしまったと。キリカのパートナーと言う事もあってか、唯一タイガだけは攻撃もされずに見逃されたと言う事も説明する。

 

 

「全員やられたのか!? たった二人に?」

 

「変なモンスターもいたけど……。とにかく、強いんだ」

 

 

その言葉を聞いてゾルダは頭を抱える。

13個もデッキがあるのだからパワーバランスは均一ではないとは思っていたが、まさかそこまでの実力者がいるとは。

そしてそんなヤツがまだココにいると言う不安感。

ゾルダとて自分の力はよく分かっている。今の状態じゃ間違いなくやられてしまうだろう。

 

 

「み、皆は! 蓮達は無事なのか!?」

 

「うん、織莉子さんも命を奪うまではしなかったし――」

 

 

とりあえず蓮達は、部屋の一つに休ませてあると言う。

 

 

「じゃあどうして東條くんは今一人で――?」

 

「それは……」

 

「?」

 

「いや。とにかくまだオーディン達がいるかもしれないし。僕達じゃ皆を守れないし。助けを呼ぼうかなって」

 

「そっか、分かった! とりあえず皆と合流しよう」

 

 

オーディンはまだ上にいるかもしれない。

龍騎はドラグレッダーを消滅させて様子を伺いに階段を上がろうとする。

しかし、動きが止まった。無言で振り返る。ゾルダは顔を逸らした。

 

 

「き、北岡さん……!」

 

「嫌だよ」

 

「………」

 

 

龍騎ひとりじゃオーディンに勝てるかどうか分からない。

だからゾルダに応援を頼むが、拒否された。

 

 

(待てよ)

 

 

ゾルダは考える。

龍騎だけをいかせてオーディンに襲われたとする。

そうしたら龍騎は死ぬだろう。それはゾルダ的には有りである。

しかし龍騎を放置して、待機している自分たちが襲われたとする。

なれば逆にゾルダが危険な目になってしまう。

逃げてもいいが、そうすると王蛇とのエンカウントの危険性もあるし、まだ他の参加者がいないとも限らない。

それじゃあ結局同じ事ではないか、難しい所だ。

 

 

「うぉッ!!」

 

 

その時、空中にキラキラ光るものが見えたかと思うとゾルダの立っていた地面が爆発を始める。

怯むゾルダやまどか。爆竹を撒き散らしたような衝撃の中で、ゾルダは自分に向かってくる二つのチャクラムを確認する。

 

 

「――……ッ」

 

 

回避を行えばチャクラムは後ろにいる仁美達に当たる。

ゾルダは舌打ちを行い、一発目のチャクラムをその身で受け止めた。

装甲から散る火花と痛み、そして衝撃。しかし二発目のチャクラムはしっかりバイザーで撃ち弾き、投げてきた者へとお返しする。

 

 

「お前は?」

 

「………」

 

 

上層から飛び降りてきたか。

ゾルダの視線の先には着地のポーズを決めていたガルドミラージュが。

彼は意思を持ったように戻ってきたチャクラムを背中に戻した。

そして手にあるかぎ爪を構えてゆっくりと歩き出す。

 

 

「仕方ない、お前らはココに残れ!」

 

 

ゾルダはまどかとタイガを押さえるようなジェスチャーを取ると、ガルドミラージュへ向けて走り出した。

 

 

「北岡さん!」

 

 

龍騎が物音を聞いて急いで戻ってきた。

すぐに戦闘中のゾルダ達を発見。自らも加勢しようと走り出すが――

 

 

「!?」

 

 

階段を飛び降りようとしたところで、誰かに掴まれた感触があった。

反射的に振り返ると、そこには黄金の鎧を纏ったオーディンの姿が。

突然の事に龍騎の頭は真っ白になってしまう。そんな龍騎へ、オーディンがエコー掛かった声で話しかける。

 

 

「悪いが――」

 

「うっ!!」

 

 

掌底。

さらに羽を噴射する事で突風に似た衝撃が龍騎を襲った。

既に一撃目で龍騎は気絶しており、階段の踊り場に激突した衝撃で目を覚ました。

しかし状況を把握するだけの時間は無い。掌底と同時に噴射された羽が、ちょうど龍騎のもとへ舞い落ちてきた。

叫ぶ龍騎。羽が触れたところから爆発がおき、衝撃でまたも頭が真っ白になる。

 

 

「抵抗はオススメしないな」

 

「あ――ッ! ぐっっ!!」

 

 

呻く龍騎。

何とか立ち上がろうと力を込めるが、そこで背中に大きな衝撃を感じて再び地面にへばりつく。

オーディンは落ちた龍騎のもとへ一瞬でワープを行うと、背中を踏みつけた。

 

 

「力とは絶対だ。キミにも分かるだろう?」

 

「な! 何言ってんだよお前――ッ!」

 

 

オーディンは龍騎の首を掴むと階段の方へと投げ飛ばす。

階段を転げ落ちていく龍騎。オーディンはワープを行い、再び龍騎を踊り場の壁に叩きつけた。

 

 

「身の程を知るがいい」『シュートベント』

 

 

龍騎を照らす幾重もの光。

倒れたままでは危険だと感じ、龍騎は跳ね起きた。

 

 

「ぐああぁぁッッ!!」

 

 

しかし降り注ぐ光のスピードは速い。

龍騎は何とか直撃こそ免れたが、右脚に光を受けてしまった。

オーディンのシュートベントであるソーラーレイの威力高い。

脚はしっかりと龍騎の移動手段を鈍らせていく。

 

 

「フフフ……!」

 

「ぐっ! つぅうッッ!!」

 

 

脚を押さえて苦痛にもがく龍騎。

オーディンは腕を組んだまま笑い、龍騎を蹴り飛ばして仰向けにさせる。

そしてそのまま龍騎のデッキを引き抜くと粉々に握り潰して見せた。

 

 

「な――ッ!」

 

「見えるか? コレが力の差と言う物だよ」

 

 

変身が解除される真司。

一瞬終わりを察して頭が真っ白になるが、予想とは裏腹にオーディンは止めを刺そうとはしなかった。オーディン視点、正直に言えば邪魔な存在は消していきたいが、未来は人の死によって大きくその姿を変えるものだ。真司が何かしらの分岐を作ってしまう可能性はある。

24時間を経過しないとデッキは再生されない。機能は十分停止した筈だ。

 

 

一方でゾルダとガルドミラージュ。

ガルドサンダーやガルドストームも十分強力なモンスターではあるが、このガルドミラージュは他の二体よりも少しだけスペックが高い。

相手の攻撃を見極める知能。そして的確な反撃ルートを見出す力。

今もゾルダの弾丸を最小限の動きで交わしながら蹴りやチャクラムを駆使してインファイトに持ち込んでいる。

 

だがゾルダも当然負けてはいられない。

病と言う大きなハンデを背負ってはいるが、騎士としての実力ならば北岡はトップクラスだ。

ガルドミラージュの攻撃パターンを記憶すると、バーストベントを発動。

同じくインファイトを仕掛ける。

 

 

「真司さん、北岡さん……っ」

 

 

まどかは複雑そうに表情を歪めていた。

加勢したい所ではあるが、織莉子の武器であるオラクルの事は話に聞いていた。

縦横無尽に動き回る攻撃装置の事を考えると結界は常に張った状態でなければ危険である。

オーディンとガルドミラージュがいれば、その近くに織莉子がいると言うのは想像に難しくは無い。

まどかは仁美とタツヤの前に立ち、注意を働かせる。仁美は眠っているタツヤを抱いており、その前方にはタイガが二人を守る様に立っていくれているが、油断はできなかった

 

 

「……ッ」

 

 

そして一番危惧しているのは、ソウルジェムである。

少し前に浄化した筈なのに、既にどんよりとした濁りが見えた。

それだけ先ほどの光景がまどかにとってショックだったと言うわけだ。

必死に落ち着こうとするが、マイナスのイメージが膨れ上がっていく。黒いものに蝕まれていく感覚があった。

ただひたすらに悲しい。苦しい。辛い。

信じれば、必ず裏切られる――?

 

 

(そんな事……ッ、無い!)

 

 

言い切れるのか?

まどかの脳裏に、ユウリに言われた言葉がフラッシュバックしてきた。

 

 

『ゲームに勝つために殺すのと、生き残るために殺すの。そこに何の違いが?』

 

 

生きるために殺す。

ゲームの為に殺す。

それを自分は止められない。変えられない。だったら――……。

 

そうだ。

だったら自分は何もできないんじゃないか。

証明したかった。人は闇に呑まれるだけの生き物ではないと。

だが他の参加者にとって殺人と言う行為が『闇』ではなかったとしたら?

全ての独りよがりな常識とルールだけに囚われていたら?

 

 

(駄目、考えちゃ駄目――ッ!)

 

 

心が弱くなれば、それだけ結界の強度は低くなる。

まどかは必死にマイナスのイメージを払拭する様に力を込める。

大丈夫、自分が今まで信じてきた事をこれからも信じればいい。

信じれば――!

 

 

「………」

 

 

そんな鹿目まどかを見つめる者が一人。

 

 

「フッ!」

 

 

いや、もう一人。

オーディンは状況を確認すると、真司を蹴り飛ばしてワープ消失する。

向かったのはこの場から少し離れた部屋の一室だ。

そこには織莉子がいて――、さらに目覚めていた蓮達も座っていた。

 

 

「お前……」

 

 

目覚めた一同は、織莉子に促されて適当な部屋の一室に集められていた。

手足を縛るなどの拘束はしていない。

しかしデッキを破壊されて変身できない蓮達では織莉子を超えて逃げるなど不可能だ。

織莉子も織莉子で、オラクルをチラつかせて無言の圧力をかけていた。

 

まして蓮達が受けたダメージも大きい。

トドメに、織莉子が入り口を防ぐ様に座っている始末。

サキやかずみは与えられたグリーフシードによって魔力は回復したが、変身できない騎士達を守りながら織莉子とオーディンを突破するのは不可能と判断し、暴れる事はできなかったのだ。

 

 

「あら、オーディン」

 

 

今に戻る。

オーディンの出現を確認すると、織莉子は小さく唇を吊り上げた。

 

 

「織莉子。時が来た」

 

「そうですか?」

 

「待て。何を企んでいる」

 

 

手塚が問うと、織莉子はクスリと笑って立ち上がる。

 

 

「皆さん、答え合わせを始めましょうか」

 

「―――ッ!?」

 

 

手塚はそこで思い出す。

織莉子は階段の下にいたほむらに攻撃が命中したと思い、目もくれなかった。

しかしそれは本当にそう思っていたのか? 織莉子の魔法は未来予知なのに。

 

 

「ライアは――」

 

 

織莉子はドアノブに手をかけて言葉を放った。

 

 

「暁美ほむらを助ける」

 

(やられたッ!)

 

 

手塚は歯を食い縛って織莉子の涼しげな顔を睨んだ。

 

 

「暁美ほむらは一旦手塚を起こそうと試みるが、それが叶わないと知ると――」

 

 

織莉子は最初から全てを知っていた。

手塚達は決められたルートに乗せられ、踊らされていただけだ。

 

 

「暁美ほむらは態勢を立て直す為に、一度階段を降りて近くの部屋に身を隠す」

 

「ッ」

 

「回復魔法を己ににかけながら何らかの能力でパートナーと連絡を取っていた。ですよね? 手塚さん」

 

 

トークベントで会話をしていた事も読まれていたのか。

汗を浮かべる手塚と、笑みを崩さぬ織莉子。彼女は本気だった。魔力を大幅に消費してここに至るまでの未来を細部に至るまで確認していた。

既にオーディンがストックしてくれたグリーフシードを二つも消費している。

それほどまでに膨大な魔力を使ってまで、織莉子はここに勝負をかけていた。

 

 

「暁美ほむらは、外から騒がしい音がするのを確認します」

 

 

――敵が来たのかと思い、銃を構えて一度物陰に身を隠します。

しかしいつまで経っても部屋には誰も来ない。

彼女は自分が標的ではないと判断して、一度部屋の扉を開けて外の様子を確認する事にしました。

 

 

「そこで彼女はとんでもない物を見てしまう」

 

 

故に。

 

 

「叫ぶ」

 

「!!」

 

 

織莉子が扉を開いたと同時に、ほむらがまどかの名前を叫ぶ声が一同の耳に入ってくる。

 

 

「冷静な彼女が叫ぶほど、とんでもない光景だったと言う事ですね」

 

 

織莉子は一同に部屋から出ろと言うジェスチャーを送る。

引っかかる物もあるが、とにかく状況が状況だ。美穂や蓮、かずみ達は次々と織莉子を警戒しつつ部屋を飛び出していった。

最後に残されたのは手塚だ。

彼もまた部屋を出て行こうとするが、そこで織莉子は小さな紙を渡す。

 

 

「っ?」

 

「部屋を出た暁美ほむらが見たのは――……、おそらくそう」

 

 

織莉子は部屋を出て行く手塚の背中を見つめながら目を細めていた。

少しだけ時間を巻き戻してみようか。

織莉子の言う通り、ほむらが見たのは戦闘中のゾルダ達だった。

特に傷を負っていないまどかを見てホッと安心するほむらであったが、そんな安心をすぐに消し飛ばす光景が目に映った。

 

 

「まどかぁあああああああ!!」

 

「え! ほ、ほむらちゃ――」

 

 

だからほむらは叫ぶ。

織莉子が言った通りだ。とんでもない物を見てしまい叫んだ。

そして織莉子は先ほどの言葉の続きを口にする。

 

 

「部屋を出たほむらが見たのは――……、おそらくそう」

 

 

織莉子は目を細め、冷たく、何よりも冷たく、そして鋭く言葉を並べた。

 

 

「鹿目まどかの――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まどかあぁあッ! ソイツから離れてえええええッッ!!」

 

「え?」

 

 

いつもクールなほむらからは想像できない姿だった。

青ざめ、そして叫んでいる。まどかは名前を叫ばれ、ドキッとしてしまう。

ソイツから離れて? 誰? まどかは辺りを確認するが何も無い。

と言う事は――、後ろだ。

 

 

「まどかの背後に、斧を振り上げたタイガが立っていたから」

 

「東條さん?」

 

 

斧型のデストバイザーを振り上げているタイガが見えた。

何がどうなって――、こうなっているの?

まどかはポカンとして停止している。だって斧を振り上げられている理由が分からない。

敵がいるのか、だったら戦わないと。そう思っていると謝罪が飛んできた。

 

 

「ごめんね。でもこうするしかないんだ」

 

「……嘘」

 

 

上では織莉子がまだ言葉を続けていた。

それを聞くのは背後に立っていたオーディンしかいない。

手塚たちは飛び出すようにして、下に降りていったからだ。

織莉子は声はやはり冷たく抑えられているが、恐ろしい程に美しい。

 

 

「タイガは斧を振り上げていましたが、すぐには振り下ろさなかった」

 

 

迷いがあったのだろうか?

それとも踏み込み力を込めていたのか。

とにかく鹿目まどかが気づいても、タイガはすぐに斧を振り下ろさなかった。

だから攻撃までにタイムラグが起きる。

 

 

「ほむらはタイガを攻撃する為に銃を構えました。彼女の技術があれば斧に銃弾を当てて弾き飛ばす事も可能だったでしょう」

 

「しかし鹿目さんが結界を張っていたおかげで、それは叶わない」

 

「その通りです。皮肉にも弟や友人を守ろうと張っていたバリアが。暁美ほむらの助けを阻む壁になってしまった」

 

 

タイガは結界の中にいた。

銃弾は虚しく弾かれ、一方で斧はまどかに振り下ろされる。

 

 

「暁美ほむらはその光景を見て、悲鳴をあげました」

 

 

織莉子がその言葉を口にしたとほぼ同時に、ほむらの悲鳴が聞こえてくる。

全ては織莉子の言ったとおりに事が進んでいた。

これが未来予知の本質であり、美国織莉子の本気と言っても差し支えないものだ。

 

 

「しかし、希望の光は存在していた」

 

 

タイガが斧を振り上げるのを、いち早く確認している者がいたのです。

攻撃を行うまでのタイムラグ、そこで動く事を許された者がいた。

まどかの結界の中で自由に動ける者がいた。

それが鹿目まどかの希望であり、命を繋ぎ止めた存在なのです。

 

 

「神は……、未来は鹿目まどかを救いました」

 

 

つまり、鹿目まどかは死なない。

 

 

「ましてや傷つきもしない――!」

 

 

だが斧は振り下ろされる。その未来が変わる事は無かった。

現に今、まどかは振り下ろされるタイガの斧をしっかりと確認していた。

だが、織莉子の言葉通りまどかは無傷だ。

 

 

「鹿目まどかは助けられたのです」

 

 

織莉子の瞳は冷め切っていた。

余計な事を考えないように。覚悟が揺らいではいけない。

だから織莉子は迷ってはいけない。彼女は目を閉じた。

 

 

「かけがえの無い親友が、彼女を助けたのです」

 

「………」

 

 

オーディンはワープで階段の踊り場に出現する。ここからならば下の様子が見えるからだ。

そこには織莉子が言ったとおり、無傷のまどかが人形のように無表情でへたり込んでいた。

あれは本当に生きているのか? オーディンは一瞬そんな事を思ってしまう。

目の焦点が合っていない。カクカクと壊れた人形の様に震えている。

顔は驚く程に青ざめ、人の生気を纏っていない。

そしてその隣には――

 

 

「斧を受け、血を吹き出す志筑仁美がいた」

 

 

ゆっくりと目を開けて、拳を握り締める織莉子。

 

 

「仁美ちゃん……?」

 

「まど……か――さ――無事で――」

 

 

ドサリと倒れる仁美。

あっという間に血が広がり、へたり込むまどかにも仁美の血液が触れた。

温かい、たった今流れ出た血が水溜りになっていく。

 

 

「なにこれ?」

 

 

まどかは掠れた声で反射的に言葉に出した。

それを未来で確認していた織莉子。

 

 

「パーフェクト、全て予測通りです」

 

 

織莉子は踊り場から下の様子を確認して言葉を終わらせる。

その光景は全ての人間が確認していただろう。

足を怪我している為、仲間達に支えられて階段を降りてきた真司も、もちろん支えていた蓮や美穂も。

 

コンマで間に合わなかったサキとかずみも。

安心とショックの狭間で複雑な表情を浮かべているほむらも。

表情を複雑に歪ませる手塚も。何よりも守られたまどか自身が。

皆、それをしっかりと確認していた。

 

仁美はタイガの行動に気づいたと同時にタツヤを寝かせて立ち上がった。

思い浮かんだのは二つの選択肢だ。一つはタイガにタックルを仕掛けて狙いを逸らす事。

しかし向こうは人を超越した力を持った騎士だ。非力な仁美では何も出来ない可能性があった。

だから仁美は残った消去法で動いた。まどかを移動させると言う方法を選んだのだ。

 

仁美は地面を蹴った。

今までの体育ではそれほど力を出していなかったが、護身術を習ったり水泳を習ったりする中で体力は身についていたのだ。

だから彼女はありったけの跳躍力で飛び出し、そしてタイガの脇を抜けてまどかを突き飛ばした。

そして代わりに斧を受けた。

 

 

「それが、未来」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ォ」

 

 

止まっていた時間が動き出す。

そこにある現実が一同を突き動かしていた。

 

 

「東ォオォォオォ條ォォオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

身体は限界を迎えていたが、サキは二度目のイルフラースを発動させて地面を蹴った。

音速を超えるスピード。しかし制御ができず、すぐに暴走が始まった。

髪がみるみる伸びていき、身体も成長と言う事から少しずつ大きくなっていく。しかし急激な変化に身体がついていかず、全身が軋む様に痛みを発した。

しかしサキは止まらない。雷を纏ったストレートでまどかの結界を破壊すると、そのままタイガに拳を当てていく。

 

 

「何故裏切ったァア!!」

 

 

雷の翼を広げてタイガをまどか達から引き剥がす。

しかしどこかが千切れる様な音が聞こえたかと思うと、全身の至る所から血が噴き出してくる。

だがこうなっては引けない物がある。サキは電磁砲を発射しようと手を振り上げた。

その動きに合わせて舞い上がる羽。ゴルトフェニックスが飛翔し、サキを真横に吹き飛ばす。

 

 

「ぐあァッ!」

 

 

サキは近くの壁に叩きつけるが、しっかりと不死鳥の頭を掴んでいた。

やはり不安定な精神の中でイルフラースを使ったために、既に限界が来ている。

サキはタイガを狙うのではなくオーディンを弱体化させる事を選んだ。

どんなに強力な能力を持っていても、契約しているミラーモンスターが死ねばブランク態にはなる筈だ。サキはそれを狙って電力を上げていく。

 

 

「吹き飛べエェエェエエエエエッッ!!」

 

 

背中にあった雷の翼が巨大化してゴルトフェニックスを包み込む。

ゴルトフェニックスはすぐに離れ様ともがくが、サキはそれを許さなかった。鞭を取り出すとお互いの身体を合わせるように縛り上げて放電していく。

織莉子のオラクルもそれに触れれば一瞬で蒸発する程のバリアだ。ゴルトフェニックスは逃げることを諦め、炎を吹き出してサキを焼き尽くそうと試みる。どちらが先に限界を迎えるのか、我慢比べのようなものが始まった。

 

 

「………」

 

 

激しい光が辺りを包み、それが晴れれば立っていたのはサキだった。

イルフラースによる電撃が先にゴルトフェニックスを塵に変えたのだ。

ミラーモンスターを失った事により、オーディンは色を失いブランク体となる。しかし彼は焦る素振りを見せない。むしろ腕を組んだままで、そこには余裕が見えた。

 

 

「皆さん、私達や東條さんを攻撃しても何の意味もありませんよ」

 

 

だってそうでしょう?

織莉子は必死に回復魔法を発動させて仁美の名を呼んでいるまどかを見ていた。

 

 

「我々を攻撃すれば彼女は助かるのですか?」

 

 

そんな事をひょうひょうと言う織莉子を睨みつけながら、かずみは走った。

言われたとおりオーディンペアに攻撃するのではなく、まどかの所に駆け寄って一緒に回復魔法を発動する。

 

 

「仁美ちゃん! 仁美ちゃんッッ!!」

 

「しっかりして仁美ッ! 待っててね、今治すから!」

 

 

"ローシェルヒール"。

回復の天使が放つ光を浴びながら仁美はまどかに抱きしめられている。

見ればまどかの可愛らしい魔法少女の衣装が血で汚れていた。

もちろんまどかは気にしない。ただ必死に仁美の名前を叫んでいた。

 

しかしいくら天使を呼べる程の魔力がまどかにあったとして、本来の魔法形態が守護である事には変わりない。似ているようで回復と守護は違うのだ。

さらにかずみはその劣化。いくら二人掛りであろうとも限界や限度と言うものがある。

 

仁美の傷は即死レベルの物だった。

すぐにまどかが回復魔法を使用したおかげで何とか首の皮が一枚繋がった状態になったが、そこから仁美の状態を安定したレベルに持っていく事など不可能に近い事なのだ。

 

 

「………」

 

「クッ! おい!!」

 

 

少し離れていた所で戦っていたゾルダもまどか達の状況を確認した。

するとガルドミラージュは蹴りでゾルダを怯ませ、跳躍でオーディン達の所へと舞い戻っていく。

どうやら初めからゾルダを遠ざける事が目的だったらしい。

もちろん逃がすまいと銃を構えるが、すぐに銃を下ろした。

抵抗はもう……。ゾルダは頭がいい。

 

 

「―――ッ」

 

 

ほむらもまどか達に駆けつけたが、回復魔法は応急処置程度のもの。

一応は手を貸すが、仁美の傷はまったく塞がらなかった。

むしろほむらは理解してしまう。これは、逆効果だ。中途半端な延命は苦しむ時間を長引かせる悪手でしかない。

それを皆分かり始めたから何も言えなかった。

まどかが仁美の名前を泣きながら叫ぶ声しか聞こえなかった。

 

 

「仁美ちゃん! 嫌だよぉ! 仁美ちゃんッッ!!」

 

 

まどかの悲痛な叫びを受けて、手塚はその状況を作った本人を睨む。

 

 

「東條ッ! お前、自分が何をしたのか分かってるのか!?」

 

「……うん」

 

「だったら! なぜこんな事を――ッッ!!」

 

 

タイガは少し怯えている様子だったが、同時に大きな興奮を抑えている様にも思えた。

声を震わせ、歓喜した様に言い放つ。

 

 

「仕方ないよ。これがっ、英雄になる為の方法だったんだ――!」

 

「英雄? 英雄だと!? お前ッ、そんな理由で――?」

 

 

何かが切れる音がした。頭の中で。

 

 

「ふざッけんなぁアアッ!」

 

「!」

 

 

飛び出したのは美穂だ。怒りの形相でタイガに掴みかかろうとしていた。

変身できないのにそれは無謀な事だ。しかし美穂も少し前に感情的な理由でゲームに乗るかを苦悩していた身。

それも重なって、東條の馬鹿げた理由がより一層愚かに見えた。

 

 

「見ろよッ! コレが本当に『英雄様』がやる事なの!?」

 

 

そんな美穂の前にオーディンがワープで割り入った。

 

 

「馬鹿なッ!」

 

 

サキの声が聞こえた。

オーディンはブランク態となった筈だ。

なのに美穂の目の前にいるのは黄金の鎧を身に着けたオーディンである。

 

 

「僕のミラーモンスターは不死鳥、その意味が理解できるかな?」

 

「まさか――ッ!」

 

 

ゴルトフェニックスは破壊されても『三分』と言う短時間で復活するのだ。

そうすれば再びワープ等の強力な力を手に出来る。

まさにそれはモチーフが不死鳥だからこその能力と言えよう。

オーディンはタイガに迫ろうとする美穂に手をかざす。

 

 

「このまま進めば、どうなるのか? よく考えて欲しい」

 

「私をナメるなよッッ!」

 

「よせ霧島、死ぬぞ――ッ!」

 

「美穂……ッッ!!」

 

「ぐっ!!」

 

 

蓮と真司の言葉で、美穂は悔しそうにしながらも動きを止めた。

しかし真司とて美穂と同じ気持ちである。

足さえまともに動けば、自分も同じく突っ込んでいた事だろう。

冷静さが失われる、そんな状況だったのだ。しかしその中でも蓮と手塚は冷静だった。

タイガが突如この行動に走ったのには必ず何か理由がある筈だ。

 

 

「お前、美国織莉子に何を吹き込まれた?」

 

「吹き込まれただなんて嫌ですわ。私は東條さんに教えてあげただけです。英雄のなり方と言うモノをね」

 

 

するとタイガは大きく首を動かして、何度も頷いていた。

 

 

「そうッ、聞いたんだ! こんな話があるんだよ!」

 

 

タイガは嬉しそうに話し始める。

自分が今行った事を何とも思っていない様子で。

どうやら、ようやく道しるべが見えたらしい。

 

 

「人を一人殺しちゃうと犯罪者なんだ」

 

 

いけない事だよね。タイガはまるで子供の様に、どこか他人事で話していた。

人を殺めてはいけない。それは色々なドラマや漫画で言っている事だ。

だからそれは英雄らしくない。英雄は人に好かれなければならないからだ。

だからタイガはフールズゲームにも難色を示し、多数を犠牲にする織莉子には協力できないとしてきた。

 

 

「でも美国さんは頭が良かった。彼女はその行為が褒められたものではないと知っていたんだ」

 

 

それでも行うにはちゃんと意味があった。

それを教えてもらったのだ。

 

 

「一人を殺せば犯罪者」

 

 

でも――、タイガは仮面の裏で確かに笑みを浮かべている。

 

 

「でも、数千人を殺せば英雄なんだって!!」

 

 

織莉子にその言葉を言われ、東條は一度携帯を使って検索をかけた。

するとどうだ? 確かにその言葉は世に伝わり、人々に認知されていたではないか!

つまりそれは人々が認めたからに他ならないのでは?

 

 

「無意味な言葉は後世には残らないでしょ?」

 

 

東條はその時、織莉子が今までやって来た事と、これからやろうとしている事が、むしろ英雄に近づいている事だと悟った。そしてこの瞬間、東條悟と言う人間の中に、言いようも無い興奮が芽生える。長年追い求めてきたが、分からなかった問題の答えがそこにはあったのだから。

東條は織莉子の言葉を聞き、自分の中に抱いていた疑問の答えにたどり着いた。

 

そうだ、そうすればいい。

殺害は決して英雄から遠ざかる唾棄すべき行為ではない。

むしろ英雄として認められる近道ではないか。

 

 

「僕はやっと英雄になれるかもしれない……!」

 

 

織莉子は続けた。この言葉には裏に隠された意味もあると。

それはただ殺し続ければいいと言う訳ではない事。一人を殺しても、数千人を殺しても、そこに『ある物』が無ければどれだけ殺人を重ねた所で気が狂った犯罪者で終わるだけ。

では何を加えればいいのか? それは『明確な目標』だと織莉子は東條に説明した。

 

 

「彼女は見滝原の為に犠牲を出している。それはとっても素晴らしい事なんじゃないかな?」

 

 

見滝原を、世界を守るために殺人を行う。

救済の為には尊い犠牲がつきものだ。

いや、違う。ヒーローものだってそうだろ? 町を守るためには悪党は倒さなければならない。

悪は爆発して死ぬ。それを聞いた途端、東條の中にあった織莉子のイメージがガラリと変わった。

 

 

『彼女は何て素晴らしい人なのだろう』

 

 

東條は絶望の魔女の話も聞いた。

この世界に生きる全ての命を守るためには多少の犠牲は仕方ない。

むしろそれを乗り越えなければ守れないと!

 

 

「いつの時代も、戦いを終わらせるのは戦いだったでしょ」

 

 

犠牲の上に成り立つ幸福だ。

人々はそうして生まれた安泰の為、敵を傷つけた者を英雄と称する。

 

 

「僕は決めたよ。織莉子さんの味方をしようって!」

 

 

そして織莉子が目指す目標の中で出てくる犠牲を、自分が受け持つ。

そうすれば世界は救われ、救済された人々は自分達を英雄として認めてくれると言われたからだ。

だから東條は織莉子に付いた、オーディン達の仲間になったのだ。

そうなれば話は早い。世界を脅かす存在は排除しなければ。

 

 

「まず、鹿目まどか」

 

 

そしてそれを邪魔しようとする者だ。

仁美もまた平和を妨害しようとする存在だったのだ。

それを殺したタイガは、今はまだ分かってもらえないかもしれないが、全てが終われば報われる。

邪魔者を殺していけば、いつか周りの人はタイガを英雄として見てくれる。

 

 

「そう、皆がやっと僕を見てくれるんだ!!」

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「「「!」」」

 

 

吼えるタイガの声に重なるように虎の咆哮が聞こえた。

タイガの隣に真っ白な虎のモンスターが出現する。

 

 

「見て、手塚くん。織莉子さんの言葉を聞いた時ッ、出たんだ!」

 

「それは……!」

 

「そうだよ、僕のミラーモンスター。デストワイルダー!!」

 

 

タイガは英雄になる為の道を見つけるができた。

だから自分の中にある英雄に向き合う事ができる。

それは覚醒だ。心が東條悟の形を明確に作り上げて具現した。

 

 

「美国さんの言ったとおりだ。彼女の言った通りにすれば、僕は前に進める!」

 

 

織莉子が自分の道を教えてくれた女神なんだ。

タイガはもうすっかり美国織莉子の虜になっていたのかもしれない。

 

 

「ジュゥべえも教えてくれたよ?」

 

 

ミラーモンスターの誕生を察知し、ジュゥべえタイガにデストワイルダーの性質を教えて消えた。

 

 

「何か分かるかな?」

 

 

タイガはウキウキとした声色で嬉しそうに問い掛ける。

まどかが泣く声に重なり、場は異様な雰囲気に包まれていた。

 

 

「分からない? じゃあ教えてあげる! 英雄なんだよ!」

 

 

デストワイルダー。その性質は英雄。

完璧だった。パーフェクト! 自分の心が具現した事に興奮しないと言うほうが無理だ。

 

 

「気づく事はいいことでしょ? もしかしたら僕はもう英雄なのかも! どうなのかな? フフフ!」

 

絶句する一同、その中で織莉子は場を制す様に手を上げた。

全身からビリビリと嫌な雰囲気が漂っている。

これは、そう、緊張感だ。

 

 

「皆さん。各々、思う所や言いたい事はあるかもしれません」

 

 

ですが、ここは一度心を落ち着けて沈黙してほしいと頼んだ。

自分が言える立場ではないかもしれないが、ココは一つの時間を与えるべきだ。

誰にも邪魔できない神聖な時間を。

 

 

「それは、親友と別れなければならない彼女の為に」

 

 

そう言って織莉子はまどかを見た。

睨み返すほむらやかずみを無視して、織莉子はハッキリとその事実を突きつける。

 

 

「志筑仁美は、もう助かりません」

 

「――ッ!!」

 

「鹿目まどかとの別れの時を、与えてあげましょう」

 

 

まどか達はフルパワーで回復魔法を行使しているが、仁美の身体からは今も血が流れていく。

仁美は人間だ。既にまどかも気づいていた。脆い彼女に回復魔法をかけても死へ至る時間が長引くだけ。苦痛が増すだけ。

 

 

「いい加減に認めた方がいいわ。別れの言葉をかけてあげた方が賢い選択であると言うことを」

 

「嫌だよ! そんなのやだよぉ!!」

 

 

まどかはボロボロと涙を零しながら仁美の死を否定しようとする。

しかし対照的に仁美の肌はもう驚くくらいに青白く変わっていた。

感じる体温も冷たく、呼吸も弱弱しく微弱なものへ。

 

 

「嫌だよッ! 嫌だよぉ! せっかく守れたのに!!」

 

 

まどかは仁美を強く抱きしめる事しかできない。

すでに回復はフルパワーで掛けている。もちろんかずみもほむらもだ。

しかし織莉子が言ったとおりそれは何とも弱い延命でしかない。

 

 

「まど……か…さん」

 

「!」

 

 

だが回復のおかげで喋られる様にはなった。

仁美は弱弱しい笑みを浮かべると手についた血を服で拭い、その手でまどかの涙を拭いた。

そのまま震える手でまどかの頬に触れる。

 

 

「ありが……と――…う……。でも――、もう……ぃいん…です――……の」

 

「良くないよ! なんでそんな事言うの!?」

 

「だって……、もう」

 

「嫌ァ! そ、そうだ! 言ったよね? 言ったよね! 一緒にケーキ食べようって!! 約束だよ? 約束なんだよッ!?」

 

 

約束を破るなんて駄目! だから死なないで!

まどかはそう言って仁美を何とか繋ぎ止め様としていた。

しかし仁美は儚い笑みを浮かべたまま首を振る。

なら謝らないといけない、約束は守れそうに無い。掠れる声が言葉を紡ぐ。

 

 

「やめてよっ! やだよ! やだよ仁美ちゃん!!」

 

 

まどかだって分かってる。

だけどそれを認めては終わりだ。泣き叫ぶ様にして仁美を抱きしめる力を強めた。

回復の天使ローシェルはその光景を悲しげに見つめる事しかできない。

既にフルパワーであると言うだけに、もう打つ手は存在しなかった。

いや、もしかたら何かがあったのかもしれない。

何かがあったのかもしれないが、それを見つける事はできなかった。

 

 

「ゲホッ! かはっ!」

 

 

弱弱しくせきこむ仁美。

血が詰まっていたのか、咳をするたびに吐血を繰り返していた。

ソレを見てパニックになるまどか。仁美が死ぬ、それだけは嫌だった。

 

 

「お願い……! お願い死なないで仁美ちゃんッ! 仁美ちゃんがいなくなったらッ、わたし――ッ!」

 

 

いつも三人一緒だったじゃないか。いつだって三人で笑ってたじゃないか。

一緒に映画を見たり、一緒に遊園地にだって行った。

楽しかった、さやかがいて、仁美がいて。

 

 

「わたしっ! わたし一人になっちゃうよぉ!!」

 

「――ッ」

 

 

まどかは懇願するように、縋りつく様に泣いた。

その言葉を聞いて表情を歪めるほむら。

関わりは薄い。分かっていた事だ。

そう割り切っていたつもりだが、今の一言はほむらの心に大きく響いた。

まどかにとって、友人と呼べる者はさやかと仁美だけだったのだろうか?

ほむらは下を向いた。

 

尤も、まどかはそう言う意味で言ったつもりじゃないが、言葉のあやと言うものだろう。

仁美もそれを分かった上で、笑みを浮かべた。今にも崩れてしまいそうな儚い笑みだ。

消えてしまいそうなロウソクみたいに命の火を燃やしながら笑った。

 

 

「そんな事……。まどかさんにはお友達が……いっぱい…いるじゃない……ですの」

 

 

血を吐いて呼吸が楽になったか、仁美は少し声量を上げて口した。

しかし目がどんどん虚ろになっていく。世界が暗くなっていく。

怖かった。辛かった。嘘だと言ってほしかった。夢であってほしかった。

パパとママに会いたくなった。でももう、それを叫ぶ元気も無い。

 

そんな中で仁美が笑みを浮かべる事ができたのは、そこに親友がいて、彼女が泣いているからだ。

少しでも心配をかけたくないと、少しでも冗談めいた終わりにしようと考えているのだろうか?

 

 

「わた……――…し、なんか……よ――……もっ…素敵なお友達が――ッ」

 

「やめて! 聞きたくない!!」

 

 

まどかもそう言って仁美の頬に触れる。

ダメだ。仁美の冷たさがより伝わってしまった。

しかし仁美にとっては、まどか体温を感じられることが嬉しかった。

死にたくないと泣いたら、彼女が困ってしまう。だから絶対に言わない。

 

 

「次、そんな事言ったら……怒るよ! 本当に怒るからね!!」

 

「………」

 

「仁美ちゃんだってわたしが似たような事を言ったら叩いたくせに!」

 

 

仁美はそうだったと謝罪を行う。

 

 

「仁美ちゃんの代わりなんていない! いないんだよぅッ!!」

 

 

だってそうじゃないか。

 

 

「仁美ちゃんは、わたしのかけがえの無い親友なんだもん!!」

 

「まどか……、さん――。 本当ですか――?」

 

「あたりまえだよぉ! だから、待ってて! 絶対助けるからぁッ!!」

 

 

まどかの守りたいと思う心に呼応して、ローシェルの放つ光が強くなっていく。

 

 

(愚かな)

 

 

織莉子はつくづくそう思う。

あれは希望の光ではない、志筑仁美の苦痛を長くするだけの物だ。

が、しかし――。仁美は嬉しそうに笑った。長引く苦痛のはずなのに、偽りの無い笑顔を浮かべていた。

 

織莉子に湧き上がる言いようの無い敗北感。

気に入らなかった。分かりやすく言えばムカついて仕方なかった。

親友(キリカ)を利用した自分と、親友(ひとみ)を最期の最後まで死なせまいとするまどか。

仕方ないと割り切っていても嫉妬や劣等感に近い物が生まれた事は確かだ。

 

それにまどかの潜在能力は魔法少女の中でもトップクラスだ。

このままだと本当に仁美を助ける可能性も出てきた。

奇跡を起こされては困る。織莉子はローシェルを破壊しようとオラクルを構えた。

しかし仁美が次に口にした言葉を聞いて、織莉子はオラクルを下ろすことに。

 

 

「うれしい……! うれしいですわ――ッ、まどかさん……!」

 

「………」

 

 

耐えようと思っていたが、ついに仁美も堰を切ったように涙を流し始めた。

痛みや恐怖も理由の一つではあるが、なによりもまどかの言葉が嬉しかった。

どんな言葉を貰っても、どんな態度を貰っても、心にはいつも張り付くような不安があった。

仁美は端的にまどかへ自分の想いを吐露していく。

 

自分の家柄が凄いことは知っていた。

つまりお嬢様。習い事は別に良かった。嫉妬されても良かった。耐えられた。

でもそんな環境には――、不満はあった。

 

異性だって、中学生と言う年齢ながらもよくラブレターを貰ったり、告白されたこともある。

しかし話を聞けば聞くほど、向こうは自分ではなく、自分と言うブランドと付き合いたいのだと言う事を突きつけられる。

自分はおまけだ。相手がほしいのは志筑仁美と付き合っているというステータスだけ。

 

誰も自分を見てくれない。誰も本当の自分を理解してくれない。

そんな不満を抱きながら彼女は毎日を送ってきた。

だけど、そんな中で出会った二人。まどかとさやかだけは本当の自分を見てくれる。自分を理解してくれる。

 

何よりも、二人の前ならば本当の自分でいられる。

何事もそつなくこなしてきた仁美に、初めて嫌われたくない人ができた。

そしてもっと知りたい相手が出来たのだ。

 

 

「嬉しかった、です……、けれ……、ど」

 

 

不安もあった。

習い事の為に誘いを何度も断り、テレビの話題にもたまについていけない。

まどか達がそんな事を口にしたことはないが、もしかしたらノリが悪いだとか話していてもつまらないんじゃないかと不安になっていた。

でも聞けない、聞いて関係が悪くなるのが怖かった。

 

我ながら醜いと思う。

けれど、ほむらやかずみが転校してきた時も実は不安だった。

仁美、まどか、さやかの並びが崩れてしまうのではないか。隣にいるのが、いつの間にかほむらに代わっているのではないか、なんて。

 

 

「酷いでしょう……?」

 

「そんな事ないよッ! どんな事があってもッ、仁美ちゃんはわたしの親友だよ! 嫌いになんてならないよッッ!!」

 

 

ほら、また親友と言ってくれた。

こんなに嬉しい事があるか。こんなに幸福な事があるか。

仁美の心は幸せと希望に満ち溢れていた。

だから涙を流してる。嬉しさと、まどかを悲しませてしまう事。

なによりも、もう会えなくなる寂しさや。

 

 

「………」

 

 

織莉子はオラクルを完全に消滅させた。

もうローシェルを壊す必要は無い。だって、もう仁美は……。

 

 

「ごめんね……まどか――……さん」

 

「――っっ!」

 

「もう、貴女の姿が……見えませんの」

 

 

最初は目を閉じているのかと思っていたが、視力を失っていた事に仁美は気づいた。

耳にも異変が起きる。音が遠くなって、意識もぼんやりとしてきた。

嫌だった。死にたくなんて――、無い。

それでもまどかが抱きしめてくれるから、怖くは無かった。

仁美は最後の力を振り絞って笑みを浮かべた。

 

 

「ねえ……まどか――……さ――」

 

「仁美ちゃん? ねえ、どうしたの仁美ちゃん!!」

 

「私……貴女の事が――……」

 

 

これだけは言わなくちゃいけない。

仁美は最後の希望を燃やす。

 

 

「大…好き……――――」

 

「――ッ」

 

 

ダランと、仁美の身体から力が抜けた。

目にはなんの光も灯しておらず、まどかが何度名前を呼ぼうが反応する事は無かった。

 

 

「……寝ているだけ、そうだよ! 眠ってるだけだよ!」

 

 

まどかボロボロと涙を零しながら笑った。

 

 

「仁美ちゃんが起きたときにはもう元通りにしないと! だから早く助けないと! お、お、お願いローシェル、仁美ちゃんを助けてあげて……!」

 

 

しかしローシェルは悲しげな表情で首を振って消滅していく。

もう回復魔法をかける意味が無い。かずみとほむらも理解して魔法を中断した。

 

 

「うそ……、だよ――ッッ!」

 

 

まどかは打ちひしがれた様に仁美を抱きしめていた。

チラと見る。鎖骨が無かった。斧で切断されたのだ。

引き裂かれた肉が見えた。まどかは目を逸らした。そのまま見ていくと、心臓に刃が達している。

それは見えてはいけなかった。まどかは首を振る。でも仁美は動かない。

 

 

「もう分かっているはず」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仁美が死んだ事を。

 

 

「せっかく……、せっかく守れたのに――!」

 

 

見滝原から避難してくれるって約束したのに――ッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シ ン ジ ャ ッ タ

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッッツウ!!??」

 

 

目が金色になっていた織莉子は、その瞬間、頭を抑えて声にならない悲鳴をあげる。

そして痙攣したように身体を震わせると、思わず口を押さえて俯いた。

酷い汗だ。仁美と同じほど青ざめて震えている。

 

耐え切れず、吐きだしてしまう。

しかし何も胃には入っていないのか、ただ胃液だけが体内で暴れる。

 

 

「オエ――……ッッ!」

 

 

何が起こったのか?

その中で頷き合うオーディンとタイガ。

どうやら二人は事前にこうなる事を聞かされていたのだろうか?

 

 

「織莉子!」

 

 

オーディンが名前を呼ぶと、織莉子が反応を示す。

ただあまりの衝撃で言葉が出ないのか、何度も頷くだけだった。

しかし察するには十分だ。オーディンはワープを行うと呆然座っているまどかの前にやって来る。

 

 

「ッッ!!」

 

 

ほむらは銃を構えてオーディンからまどかを守ろうと試みた。

しかし意外にもオーディンはグリーフシードを手にしており、妨害しようとするほむらへ手をかざす。

 

 

「邪魔をするな。世界が終わるぞ」

 

「……ッ?」

 

 

怯むほむら。

そうしているとオーディンはまどかのソウルジェムにグリーフシードをかざした。

見ればまどかのソウルジェムが真っ黒になっている。

 

 

「!」

 

 

穢れが晴れたように見えたソウルジェム。

しかしそれは瞬く間に淀み、再び黒に染まろうとしていた。

 

 

「厄介な……!」

 

 

オーディンは予備のグリーフシードを使って、再びまどかの魂を浄化させる。

そして穢れが晴れたと同時に首を打ち、気絶させた。

痛覚遮断や衝撃緩和をソウルジェムに命令していない事が幸いだった。

まどかが気を失った事で思考は停止し、ソウルジェムが急激に穢れる事はなくなる。

 

 

「………」

 

 

相変わらず、誰もが言葉を失っていた。

真司は倒れている仁美を呆然と見ているだけしかできなかった。

実感が湧かない。本当に彼女は死んでいるのか? そんな現実逃避を心が無意識に行っている。

だがその中で織莉子達はしっかりと未来を視ていた。もちろん全ては計画通りである。

そして今、望む答えが手に入ったのだ。

 

 

「視えました……ッッ!」

 

 

志筑仁美と言うゲームにおいてのキーキャラクターが死んだ事で、未来が変化する。

彼女が死んだ事で悲しむ人物がいる。親友を失った事で絶望する者がいる。

そしてその絶望にて生まれた魔女は、全ての生命を無に返す。

 

 

「やはり……やはり貴女だったのね――ッ!」

 

 

狙い通り、織莉子は『彼女』を指差す。

未来にノイズが走るかずみはイレギュラーではあるが――、あれだけの天使を生み出せる人物の方とて異常ではないか。

 

 

「鹿目まどか――!」

 

 

織莉子が見る未来は、地球が滅びる光景。だ

その原因を作り出したのが、そこにいる鹿目まどかなのである。

 

 

「貴女が絶望の魔女です……ッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『先輩、気づいたな』

 

『ああ、そうだね』

 

 

時は来た。

キュゥべえは丸い目で全てを視ていた。

二匹の妖精の片方はニヤリと笑い、片方は無表情で地面を蹴った。

 

 

「鹿目まどかが魔女になれば、世界は終わる!」

 

 

織莉子が指差したのは間違いなく気絶しているまどかだった。

 

 

「な、何故だ……ッッ!」

 

 

地面に倒れたままのサキが叫んだ。

立ち上がる力も無いのだろう。今にも気を失いそうなほどに目も虚ろになっている。

しかし今の言葉は聞き逃せなかったのだろう。

 

 

「何故まどかがそんな存在になる! 彼女は普通の魔法少女の筈だ!」

 

「そうだよ! デタラメ言って、まどかを殺そうっての!?」

 

 

十字架を構えるかずみ。

しかし織莉子の様子が明らかに違う。あれは演技でできるものなのか? そんな引っ掛かるものもあった。

その織莉子は震える声で一同に謝罪を行う。仁美を殺した事は本当に申し訳ないと。

 

 

「しかし全ては見滝原を。いえッ、世界を守る為の犠牲! 鹿目まどかを見つけるための礎なのです!」

 

 

普通の魔法少女? いや違う。

あの魔力の質と量。そして天使召喚と言うイレギュラーたる力。

どこも普通じゃない。

 

 

「貴女達は何の犠牲も無しに世界が救われると! 守れると思っているのですか?」

 

「何――ッ!?」

 

「そんな甘い世界じゃないことくらいもう知ってるでしょう! この問題は早急に、かつ必ず解決しなければならない事です!」

 

 

でなければ世界が終わる。

もはやフールズゲームなんてどうだっていい。

織莉子はただ単に、鹿目まどかを殺す事が大事だと言った。

 

 

「確かに犠牲なき終わりがあるのならばそれは素晴らしい事であり、我々が目指すべき結末でもあるでしょう! しかしそれは時間と余裕ッ、なによりも希望があればの話!」

 

 

あったか? そんなものが今までに。

無理だ。魔法少女システムは否定できない。少なくともルールの檻に囲まれている以上は絶対に無理だ。

 

 

「彼女は生きていてはいけない存在なのです。そう、存在自体が罪ッ!」

 

 

可哀相だとは思う。気の毒だとは思う。

だが現にそうなってしまった以上は仕方ないだろう。

織莉子は荒げ、おもむろに手を上げた。どうやら織莉子なりに焦っているらしい。

 

 

「なにをっ?」

 

「贖罪の一つです。こんな事で皆さんの気が晴れる訳は無いと思いますが――」『ファイナルベント』

 

 

ファイナルベントの音声は聞こえたが、それは織莉子が行ったものではなく、ましてやオーディンでもない。

では誰が? 一同が疑問に思ったとき、またも信じられない光景が飛び込んでくる。

 

 

「グ――……ッ!」

 

「!?」

 

 

織莉子の前方に現れたのはタイガのミラーモンスターであるデストワイルダーだった。

白虎はその爪を躊躇無く織莉子の腹部に突き入れる。みるみる赤く染まっていく織莉子の服、それは紛れも無く攻撃されたと言う証。

またもタイガは裏切りを? だがオーディンは腕を組んだままの無言。

どうやらこれは最初から計画された行動であるようだ。

 

 

「ごめんね、織莉子さん」

 

「いいんです……! この痛みッ、なによりも鹿目まどかの為に背負いましょう!!」

 

 

タイガが合図を出すと、デストワイルダーが織莉子を仰向けに叩きつけて引きずり回した。

摩擦で肉が剥がれているのか。織莉子は苦痛に顔を歪めながら、血の絨毯を作っていく。

デストワイルダーが織莉子をつれて向かうのはタイガの元だ。

彼はデストクローを装備して腰を落としている。

 

 

「ハァァァ……!!」

 

「!」

 

 

そうか、そういう事か。手塚は織莉子の狙いを把握した。

織莉子は自分の死で未来を再び変えるつもりなのだろう。

 

 

「鹿目まどかが目覚めたなら、この瞬間、この光景をちゃんと伝えてくれ」

 

 

オーディンは持っているグリーフシードを全てまどかに向かって投げていく。

起きた瞬間グリーフシードが穢れる可能性が高い。

それを浄化しつつ。織莉子が苦しんで死んだ事を伝えてほしいと。

 

どんな人間だろうとも、人間である以上は複雑なものを抱えている。

まどかだってそうだ。仁美を殺されたとあらば、当然その犯人や首謀者に黒い感情を抱くのは無理もない。

だが、まどかは愚かなほどに優しい。湧き上がった感情は永遠ではなく、すぐに白が塗りつぶしてくれる。だから織莉子の体に爪が入ったと聞いたとき、まどかは一瞬だけ無意識ながらに『ざまあみろ』なんて思ったのかもしれない。だがまどかはそう言った感情を嫌う。そう思ってしまったのならば自分を嫌悪する。

 

いや、違う。

すぐにもっと大きな感情が湧いてくる。

それは織莉子への同情だ。つまり心配してくるのだ。

助けてあげられないかな? わたしに出来る事はないかな――、なんて。

 

 

「ハアアアアア!!」

 

 

デストワイルダーは織莉子を掬い上げる。

そこへ爪を突き出すタイガ。デストクローは深々と織莉子の背中に刺さりこみ貫通。つめ先が腹部から顔を見せる。

臓器が破壊され、織莉子は大量の血を吐き出した。

 

 

「皆さん……ッッ」

 

 

織莉子は血走った目で参加者を睨みつける。

そしてまた吐血。しかれども目を見開いて最期の言葉を放った。

 

 

「またッ、私は戻ってきます……!」

 

 

織莉子はまだ一度しか死んでない。二度目の復活は許される。

そこでまた大量の血を吐く織莉子。この痛みは忘れない、そしてだからこそ同じような痛みを世界に背負わせてはならない。

絶望の魔女が覚醒すれば、多くの人間が死を迎える。

何度でも叫んでやろう。鹿目まどかは不要だ。必ず殺さなければならない。

 

 

「その時こそ……! 貴方達とは、友好な関係を築きたいものですね」

 

 

タイガはそこで冷機を噴射。

織莉子はみるみる凍りつき、爆発を起こした。

クリスタルブレイク。織莉子の残骸は一瞬で粒子化してその存在を消滅させる。

 

 

「………」『スキルベント』

 

 

織莉子が死んだと同時にスキルベントを発動するオーディン。

織莉子の魔法の力を使えると言うことで、早速未来が変わったのかを確認する。

しかし全貌を確認するには若干の時間が足りないようだ。

 

人の死が未来を変える。

それも参加者が死ねばよりいっそう未来は形を変えていく。

毎日どこかで人は死ぬものだ。それでいちいち未来が変わっていてはキリが無い。

死ぬことで未来に影響を与えうる重要なファクター、それが参加者達と、その周りにいる人々だ。

 

 

「志筑仁美の死は重要な物となり、そして鹿目まどかが絶望の魔女に至る光景を視る事ができた」

 

 

だがそれはこの場で鹿目まどかが絶望し、明日に変わることなく世界が滅びる光景。

鹿目まどかは気絶し、織莉子が罪を認めて死んだ。未来がどう変わったのかはまだ映像が飛び飛びでまともに確認できないが、少なくとも『明日』はある。『明後日』もあるようだ。

そして化け物が見える気配は無い。人は普通に生きている。

つまりそれはどんな姿であれ、ゲームオーバーは回避できたと言うことだ。

 

 

「目覚めた彼女には、くれぐれも注してくれ。なるべく優しい言葉をかけるように」

 

 

あとはサキたちの説得に期待しようではないか。

それが無理ならば、次の手を考えるだけだ。

もちろんここで気絶しているまどかを殺してもいいが――、まだ未来が視えていない以上、うかつな事はできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やあ、参加者の皆』

 

「「「!」」」

 

 

丁度時を同じくして参加者達の前に現れる二つの影が。

片方は白く、片方は黒く。ジュゥべえとキュゥべえは絶望の雰囲気漂う中でもいつもと変わらない様子だった。

 

彼らは重要な情報を与えるキーキャラクターだ。

普段は街に隠れて、ヒントを与える為のアシストとして機能する。

そんな彼らが自ら参加者にコンタクトを取る場合は決まって情報を与える時だ。

直接脳に必要な言葉を叩き込むだけでいいのに、今回はわざわざ姿を晒した二匹。

それだけ重要な情報なのだろうか?

 

尤も、今は誰も彼らの話をまともに聞ける心情ではない。

そしてそれを当然理解できないインキュベーター達。

彼らは淡々とした様子で自らのペースをつくりあげる。

 

 

『志筑仁美は死んでしまったようだね。ゲームに巻き込まれるとは、お気の毒だよ』

 

『鹿目まどかは気絶してんのか。じゃあ誰か後で伝えておいてくれよ』

 

 

キュゥべえが皆に重大なお知らせがあると告げた。

そのタイミングが今だった事はわざとではないが、狙わなかったと言えば嘘になる。

とにかく、今から話す内容は参加者にとって運命を左右する情報だ。

ちゃんとココにいない参加者にもテレパシーを通して伝えると補足が入った。

 

 

「前書きはいい。さっさと伝えてくれないか」

 

 

オーディンの言葉に申し訳ないとキュゥべえ言う。

そしてその無表情な顔を突き通したまま、一同の脳内に直接その真実をブチ込んだ。

 

 

『一週間』

 

「「「!」」」

 

『ワルプルギスの夜が、今日を含めてあと七日でやってくるよ』

 

 

最強の魔女、ワルプルギスの夜。

 

 

『さあ、ラストデイズだ。終焉の始まりと行こうぜ!』

 

 

感情はない筈なのに、やけにジュゥべえの声は嬉しそうに聞こえた。

 

 

 

【美国織莉子死亡】【残り16人・10組】

 

 

 

 

 



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第45話 白と黒 黒と白 話54第

 

 

 

「ワルプルギスの……、夜」

 

 

つまりそれは、あと一週間でゲームが終了するかもしれないと言う事だった。

最後の一人、もしくは最後の一組になるまで殺しあう。その勝利条件は参戦派が目指すべき場所。

そして協力派が目指す場所とは、最強の魔女と言われているワルプルギスの夜を倒す事にある。

それがあと一週間で――!?

 

 

『それに準じてルールを変更する』

 

「ッ?」

 

『とはいえ、今の君たちには少し関係の無い事かも知れないけど』

 

 

キュゥべえが新たに付け足したルール、それは行動範囲の狭小化だ。

ゲームフィールドが収縮し完全に見滝原からは出られなくなる。

尤も、もう全ての参加者が割りと近い距離にある状態のため、一見すればこのルールは意味のないように思える。

逆を言えばコレは、ワルプルギスから逃げる事を禁ずるルールでもある。

 

 

『ワルプルギスを放置した場合、見滝原がとんでもない事になるぜ!』

 

 

だからどこに隠れても無駄だと言うことだった。

 

 

『がんばって、倒してほしい』

 

『ヒヒヒハハハ! 応援してるぜぇ!』

 

 

そこで消え去るキュゥべえ達。

随分あっけらかんと帰っていった。

 

 

「………」

 

 

キュゥべえ達が現れて時間が経ったおかげで、オーディンは変更された未来の結果をよりしっかりと把握する事ができた。

しばし腕を組んだまま沈黙。直後ワープでゾルダの隣へ移動する。

 

 

「取引をしないか?」

 

「……取引?」

 

「ああ、キミのパートナーの名前を教えてほしい」

 

 

ずっと考えてきた。

誰がさやかのパートナーなのかを。そして多くの騎士を見る中、ゾルダがフリーであると気づく。

もう残っている魔法少女で正体が分からないのは、七番くらいだ。

違っても、そうであっても、事は有利に進む。

 

 

「大切な事なんだ。頼むよ」

 

「………」

 

 

気にいらないな。ゾルダはつくづく思う。

 

 

「嫌だって言ったら? どうすんのさ」

 

「そうだね。残念だけど……」

 

 

君を殺す。

オーディンのエコーが掛かった音声で囁かれた。

ため息をつくゾルダ。流石にそこまでバカじゃない。ここでオーディン様に逆らったら虫けらのごとく殺されるのがオチだろう。

それはマズイ。このままいけば、取りあえずこの場はしのげるようなので。

 

 

「美樹さやかだよ」

 

「………」

 

 

仮面越しでも分かる動揺。

明らかにオーディンの雰囲気が変わった。

震える声でゾルダに礼を言うと、ワープでタイガの元へ移動する。

 

 

「僕等も鬼ではない。君たちに一日の時間をあげるよ」

 

 

その間にしっかりと鹿目まどかにお別れを言うと良い。

オーディンはそう言ってまどかを見た。すぐにほむらが前に出てくる。

 

 

「ふざけないで」

 

「どっちが?」

 

「ッ?」

 

「コチラも目指すのはワルプルギスの夜を倒す事だ。つまり我々は同じ目的を抱えた仲間になる。なら、僕達が争う意味はなくなる」

 

 

オーディンは自分達がワルプルギスの夜を倒した場合、全ての魔法少女のソウルジェムが永遠に穢れない様に願うと告げた。

 

 

「しかし鹿目まどかだけは殺しておかなければならない」

 

 

いくら願いを使って鹿目まどかのソウルジェムを保護しようが、彼女が爆弾である事には変わりない。インキュベーターは必ずまどかが絶望した際に発生されるエネルギーを狙ってくる筈だ。

 

 

「ゲームの舞台を整える為に、魔法少女を強制的に絶望させた彼らが、鹿目まどかを放置する訳がないだろ」

 

 

いかなる手を使っても再び接近して魔女に変えようとする筈だ。

そうなれば見滝原は――、いや地球は滅びの未来をたどる事になる。

それだけは絶対に阻止しなければならない。

故にその危険を根底から断たなければならないのだ。

 

 

「鹿目まどかは殺す。悪いが、これは絶対だ」

 

 

相変わらず腕を組み、オーディンは余裕の佇まいでまどかを見る。

 

 

「それを邪魔する者もまた、必ず殺す」

 

 

それだけは理解してくれ。何度も同じ事を言わせないでほしい。

オーディンはゴルトバイザーを構えてカードを発動させた。

織莉子といた時間が生み出した新たなるカードである。

 

 

『ディメンションベント』

 

 

オーディンが杖をかざすと、タイガの姿が光と共に消える。

どうやらワープの力を他者にも分け与える効果の様だ。

 

 

「賢い判断を、期待しているよ」

 

「………」

 

 

そう言ってオーディンとガルドミラージュは黄金の羽を散らして一同の前から姿を消した。

辺りを包むのは沈黙、静寂、そして非情なる現実だけだ。

 

 

「なんだよ――……、コレ」

 

 

真司は消え入りそうな声でそう呟いた。

どうしようもない現実と、どうしようもない真実。

そしてどうしようもない程の絶望が彼の中を駆け巡る。

誰もそれを言う事はなかったが、つまりはこういう事ではないか。

 

 

『世界を守りたいのなら、鹿目まどかは死ぬしかない』

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここから離れよう」

 

 

手塚の言葉が長い沈黙を打ち破った。もうココにいる意味はない。

そればかりか王蛇ペアがいる以上、留まるのは危険だ。

耳を澄ませば地響きの様な音や悲鳴も聞こえる。仁美を守れなかったのは非常に残念な事だが、守れた命もある。タツヤを失いたくないのなら一刻も早くココを離れるべきなのだ。

真司たちも失意の中にはあるが、手塚の言う通りコレ以上犠牲者を増やす事は絶対に避けなければならない。

 

 

「それにココにもまだ子供達が――ッ」

 

「分かった。俺が見てくる」

 

 

足を怪我した真司では移動は困難だ。とは言え手塚もデッキが壊れている。

ここはパートナーの同行してもらうように頼んだ。

しかし、ほむらは沈黙して視線を落としている。

気絶しているまどかを抱き起こす形で停止して、唇を震わせていた。

 

 

「彼女と……、一緒に――、いたい」

 

「そうか」

 

「じゃあわたしが付いていくよ!」

 

 

かずみが胸を叩いた。

蓮も少しばかり反応を示したが、変身しない状態では足手まといが増えるだけ。

ココは一同と共に残ると言い、結局手塚とかずみが真司が出会ったと言う子供達の元へ向かう。

 

 

「………」

 

 

正直に言ってしまえば、真司が足を怪我したのは幸いだったと言えよう。

手塚もかずみも、何となくその可能性は考えていた。

そして結果は、やはりと言うべきなのか。その部屋には子供達の姿は無く、辺りに飛び散った血液のみが残されていた。

おそらくその理由はミラーモンスターに襲われたからではないだろうか?

 

 

「どうして、いつも、こんな……」

 

 

暗い雰囲気が二人を包む。かずみは力なく手塚に問いかけた。

これからまどかはどうなるのか? これからF・Gは一体どうなっていくのかを。

 

 

「気になるのは、鹿目まどかは本当に絶望の魔女なのかと言う点だ」

 

「そうだね。嘘かも」

 

 

もしも本当だった場合は、確かに危険な事になるだろう。

まどかの存在は大きな爆弾となってしまう。いつ爆発するかも分からないソレをどう守るのか、どう扱っていけば良いのか。

 

 

「そして――、願いも」

 

「………」

 

 

オーディン達と協力すればワルプルギスは倒せるかもしれない。

しかしそうなると、たった一つの願いは先ほどの通りになるのだろう。

手塚は別にそれでいいが、かずみは一体どう思うのか?

 

 

「俺は一応占い師を目指しているんだが、キミの未来だけは全く見えない」

 

「あはは……、みんなそればっかりなんだから」

 

「何か事情があるのか?」

 

 

手塚の言葉にかずみは苦笑しながら頭をかく。

どうやらお見通しと言う事らしい。もちろん言えないが。

しかしかずみとしても色々問いただされる機会が多く、どこか疲れていたんだろう。

 

 

「そうだよ。わたし、皆とはちょっと違うんだ」

 

「そうか」

 

「占い師さん。言わないでね、誰にもね」

 

「ああ」

 

 

かずみは悲しげに微笑み、踵を返した。

 

 

「残念だけど、もどろっか」

 

 

かずみは部屋を出て行く。

手塚もすぐに後を追おうとしたが、そこでもう一度部屋を見回してみた。

恐怖と絶望、それがココには散漫している様だ。無力感をひしひしと感じて思わず壁を叩いた。

そしてふと思い出すのは織莉子にもらった紙だ。あれは一体――?

 

 

「どうしたの手塚さん」

 

「……いや、すまない。今行く」

 

 

するとかずみがアッと声をあげる。

窓の外に巨大なブラックホールを確認したのだ。

理由は不明だが王蛇ペアが現在リーベエリス本部を文字通り破壊しているらしい。

とにかくココにいては危険だ。二人はすぐにここから離れる。

共通するのは、二人とも何か引っ掛かる表情をしている点だった。

複雑な思いを胸に抱え、それぞれはゲーム終了に向けて最後の戦いを覚悟していく。

ワルプルギスの夜は、確実に近づいているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

破壊され、崩壊していくエリス本部、その地下を歩いているのはリュウガだ。

エリスの幹部達やその家族をわざわざ呼び出して地下に避難させておいたのだが、案の定と言うべきかもう誰もいなかった。

やってくれたものだ。せっかくユウリを蘇生させる為に溜めておいた"ストック"だったのに。

 

 

「………」

 

 

まあいい。

リュウガは誰もいなくなった地下を後にすると、そのまま落ちてくる瓦礫をかわしながら外に出る。

ユウリは今回の件で多くの参加者が減る事を望んでいたが、結果は仁美が死ぬくらいに終わったか。

しかしそれでも鹿目まどかが絶望の魔女と分かり、ワルプルギスの夜が一週間後にやって来ると言う情報は大きい。

それに美国織莉子も二度目の死を迎えたことになる。これでもう次は無い。

 

 

「………」『ストライクベント』

 

 

デッキからカードを引き抜くとバイザーにセットする。

濁った音声が聞こえ、リュウガの手にブラックドラグクローが装備された。

 

 

「………」

 

 

リュウガの周りを激しく旋回するドラグブラッカー。

その性質が『絶望』である様に、全てを塗りつぶす闇が口の中から溢れていく。

リュウガはドラグクローを真上に向けた。それに合わせてドラグブラッカーも真上を向いた。

 

黒炎が龍の口から発射される。

黒い炎は交じり合い、一つになり、巨大な固まりとなって空に昇っていく。

リュウガはその行く末を確認せずに再び歩き出した。

 

そして一歩、二歩、三歩、四歩、五歩。

そして次の足を踏み出す時に炎が『着弾』した。

爆発音が微かに聞こえる。しかしリュウガは分かっていたからこそ視線を移動させることは無い。

遥か上空では、昇竜突破を受けて大破した大型旅客機があった。

 

つまりリュウガはストライクベントによって放たれる炎で、空にあった飛行機を破壊したのだ。

リュウガにとってそれは丁度いい稼ぎ所でしかない。炎に包まれた飛行機は多くの部品を撒き散らしながら徐々に降下してどこかへと墜落していく。

もちろんそこには多くの人間が乗っており、二回目の復活に必要な100人殺しは簡単に達成された。

手をかざすリュウガ、すると割れた鏡が集まる様なエフェクトと共に、死んだ筈のユウリが無傷な状態で出現した。

 

 

「起きろ、戦いが動いたぞ」

 

「………」

 

 

ゆっくりと目を開けるユウリ。

しばらくは呆けていたが、手を開いたり握り締めたりしている内に、バッと飛び起きて伸びを行う。

 

 

「あぁぁぁぁ、状況を詳しく教えて」

 

 

リュウガは使い魔に一連の流れを観察させていた。故にエリーがそれを映し出す。

リーベエリスの崩壊。志筑仁美の死。そして鹿目まどかが絶望の魔女であると言う事。

そしてワルプルギスの夜が一週間で襲来すると言う事。

 

 

「ひゅう! あッぶな! 鹿目まどか……ッ、なるほど。だからあんな天使なんてものを」

 

 

安易にまどかを絶望させるのは危険だったか。ユウリは汗を浮かべると苦笑いを一つ。

しかしワルプルギスの夜が来ると言うのは、ユウリにとって最も重要な情報かもしれない。

まどかをどうするのかはユウリにも分からぬ事だが、その問題が処理されれば織莉子達は打倒ワルプルギスと言う目標を抱える筈だ。

そうなると協力派陣営と手を組まれる事も考えられる。

 

 

(そうなれば皆殺しは危険になってくるか。厄介だな)

 

 

流石にオーディンペアを含めて、あの人数を相手にはできない。

 

 

「んー、どう消すか……!」

 

 

そこでふと思い出すのはオーディンである上条だ。

 

 

「アレ……、良いんじゃない? あのボウヤ」

 

 

ユウリはしばし口元に手を当てて考える。

 

 

「美樹さやかのパートナーは……、はいはい、なるほど。ッて言うかステルスちゃんもいるんだよなぁ」

 

「どうするつもりだ?」

 

「……まずは北岡秀一を消す。あれは美樹さやかのパートナーだ」

 

 

ゾルダが死んで確定敗退アナウンスが流れれば、オーディンは必ずさやかを蘇生させる為に行動するはず。もしかするとオーディンも参戦派になるのではないか?

さやかを蘇生させる為に織莉子と対立する可能性も十分にある。

まあ、流石に織莉子もそれを考えて何かしらの対策は行っているだろうが、揺さぶりをかけておくのは悪くない。

 

 

「狙うのはアリ。大アリ! 酢豚にパイナップルくらい有り! って言うかもうそれしかない!」

 

 

決めた、ゾルダを殺ーす!

ユウリは次なる目的を決めて頷いた。

 

 

「どうする? もうやっちゃう? お前も早くアイツは殺したいでしょ?」

 

「………」

 

 

リュウガは無言で目を光らせるだけ。

しかしユウリとしても調子には乗れない立場ではある。

既に二度死んだ、つまりもう復活のチャンスは無い。技のデッキは非常に強力だが、圧倒的な力でゴリ押しにされるとどうにもならない点がある。

ムカつく事ではあるが、王蛇ペアやオーディンペアの実力は無視できない。

 

さらに言ってしまえば予備のグリーフシードは、ユウリが全て管理していた為、死んだ際に消滅してしまった。

技のデッキは魔女を召喚できるため、グリーフシードを自分で生成できる反則級の能力を所持しているが、同時に普段から消費される魔力もそれだけ高い。

ストックが無い今、龍騎達を狙いにいく中で予期せぬトラブルがあると終わる可能性もあるのだ。

 

 

「ステルスを気取っているヤツもいる」

 

 

目立った動きはしていないだろうが、今回の件で7番は情報収集能力に特化していると睨む。

ステルスを貫く理由は? 臆病な協力派と言う可能性もあるが――。

 

 

『………おいどんは、相棒の意見を聞いて決めるのでごわす』

 

 

あの時、魔法少女集会で7番はそう言った。

参戦派か協力派になるのかは半々。もしくは中立の立場になり、状況を見て判断する可能性もあるが、いずれにせよ参戦派になる可能性は秘めている訳だ。

 

だとするなら7番のペアは最後の最後まで隠れ、おこぼれを狙って勝利すると言う事ではないか。

それは非常に腹の立つ事である。まして隠れられ続けられるとユウリの目的である『皆殺し』が難しい。

 

 

「そうなると、7番もマジで邪魔ね」

 

 

それを考えると取るべき行動は一つなのかもしれない。まずはやはり、グリーフシードのストックを確保することだ。

 

 

「別行動だリュウガ。アタシはグリーフシードを用意して使い魔を見滝原中に設置する」

 

 

エリーを通して見滝原を監視し、意地でも7番を引き摺り下ろす。。

 

 

「遅かれ早かれ三日もあれば確実に鹿目まどかは消えてるだろ」

 

 

明日一日はどうやらオーディンが与えた自由時間の様だが、その次の日には織莉子達はどんな手を使ってもまどかを消そうとする筈だ。まどか側もすんなり殺されるのか?

いやいやそんな事は無いだろう。潰しあってはくれるはず。取りあえずは様子を見るべきだ。

 

 

「お前はソッチを頼む」

 

「………」

 

 

リュウガは無言で頷き、粉々に砕けた。

それを見てユウリは腕を組む。残り一週間で全員を殺す。ユウリとしても本気を出さなければならない様だ。

油断はできない。魔法と、技のデッキの可能性をフルに活用するしか生き残る方法は無いだろう。

 

 

「そろそろコイツを使うか」

 

 

ユウリは一枚のカードを取り出してニヤリと笑う。

この魔女は切り札だ。使いどころを今まで探ってきたが、そろそろ切る時がやって来たのかもしれない。

ユウリは皆殺しを妥協する気は無かった。

自分が直接手を下さずとも、生き残るのは自分だけでいい。

あと一週間、それが大きなラインとなるだろう。

 

 

「さあ、クライマックスと行こうじゃん?」

 

 

ユウリは振り返り、お世話になったリーベエリス本部を見る。

そこには爆発と共にブラックホールに飲まれていく無残な姿が見えた。

 

 

「にしても、使えない連中だったな」

 

 

不気味な存在ではあったが、所詮人間が作った脆いシステムだ。

崩壊は呆気ないもの。ユウリはギーゼラを召喚して、本部をバックに走り去るのだった。

 

 

 

 

 

 

ああ、彼女は知らない。気づかない。見えない。

 

 

「………」

 

 

紫の髪。

 

 

 

 

 

 

光るレンズが、ソコにあったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【二日目】

 

 

朝日は昇る。次の日はいつも通りやってくる。

しかし参加者達の心は、時間が経つごとに重くなっていった。

絶望の魔女、ワルプルギスの夜、FOOLS,GAME終了が近づく中で浮き彫りになっていく問題点。

誰もが落ち着かぬ時間を過ごす中、彼女もまた――?

 

 

「んー……」

 

 

ニコは公園の芝生に寝転びながら携帯を覗いていた。

画面をスライドさせて掲示板を数ヶ所覗いてみる。

すると、あるわあるわ。見滝原の話題がネットでは爆発的に取り上げられている。

 

 

『リーベエリス崩壊は流石に草。魔境見滝原伝説にまた一つ歴史が加わったか』

 

『胡散臭い所だったし、やっぱなんかあったんじゃね?』

 

『それよか見滝原の上通った飛行機が謎の爆発の方がやべーだろ』

 

『最近あそこの周りで人死にすぎでしょ』

 

『死にたくねぇ! 見滝原に引っ越そうと思ってたけど止めよ!!』

 

『もうコピペできてんのかよww!』

 

『見滝原マジで洒落になってなくてワロタ。リアルに呪われてるだろ』

 

『従兄弟が見滝原に住んでるんですよね。心配です』

 

『警察は何やってんだよ。もうコレ完全にテロだろ、偶然にしては重なりすぎてる』

 

『呪いとか陰謀論とか信じてるヤツ本気でいたのか』

 

『元カレ見滝原に行ってくれないかなーww』

 

『リーベエリス崩壊って、まだ一回も行ってないんですが……』

 

『俺の先輩リーベエリスのメンバーなんだけど行方不明なんだよな。マジ見滝原はおかしいって』

 

 

「……ワロチ」

 

 

適当に呟く。

オカルトスレや、事件性を疑うスレ。

テロだの呪いだのとネットでは様々な憶測が飛びかい、動画投稿サイトでは面白がった放送主達が生放送でカメラを回しながら見滝原の街を徘徊する動画がぶっちぎりで人気である。

コメントには『今日も生き残ったか』だとか、異常事態を期待するコメントが多い。

多くの人間は見滝原を恐れる様になったが、一部の人間はその異常性に惹かれて見滝原にやってくる様だ。

 

まあそう言った連中はだいたいが魔女の餌になるか、杏子やユウリ辺りに殺されるかだ。

問題はそれを配信していた場合、混乱は必須だと言うこと。

運営の妖精共はその点についての情報規制はちゃんと行っているのか?

それとも混乱さえもゲームの一環とするのか?

 

 

「………」

 

 

まあどうでもいいか。ニコは呆れ顔で立ち上がる。

なんだかもうどうでも良くなってきたと言えばそうだ。

アレも日に日に酷くなっていると言うか……。

 

 

「あー、だりー、まじ一週間寝てねーからツレーわー」

 

 

ニコは反り返る様に伸びを行って体を揺する。

空は曇天。おそらくワルプルギスの夜が近づいている為であろうか?

 

 

「……ワルプルギスの魔女ねぇ。ああいや夜か。ん? どっちだっけ?」

 

 

ニコも噂には聞いたことがある。

最強の魔女。多くの魔女の集合体であると噂されているが、その姿を見た物はいない。

見た目は『逆さの女性』らしいが、いまいちピンと来ない。

 

聞けば嵐、津波、地震、多くの災害を巻き起こしてきた犯人であるとも言われている。

ニコとしてはそんな大層な存在に勝てるとは思っていない。だからこそ参加者を皆殺しにした後で願いの力を使って存在ごと消し去りたい所ではあるが……。

 

 

「難しいか」

 

 

と言うのも、ニコは既にキュゥべえ達からその点についての情報を得ていたのだ。

それはワルプルギスの夜が姿を見せてからのゲーム終了条件についてである。

 

例えば、七日目の魔女襲来時に生き残っているのがニコとまどかだけだったとしよう。

もしもそこでニコがまどかを殺せば、生き残ったのがニコだけだと判断されてゲームは終了される。

しかし、過程はどうであれ、まどかがワルプルギスの攻撃を受けて死亡したのなら、それはニコの勝利とは認識されない。

 

ではどうなるのか?

答えはニコがワルプルギスの夜を倒さなければゲームは終了とされないのだ。

これは非常に面倒な事であり、下手をしたら詰む事になる。

奇襲をメインとするベルデペアではワルプルギスを倒す事は難しい。

では逃げる? それも無理だ。ワルプルギスの夜は見滝原を滅ぼすつもりらしい。そこから出られない参加者はいずれ追い詰められて死ぬ。

 

 

「これはいかん。それに鹿目まどか……」

 

 

ニコも透明化させたバイオグリーザの目を通して、まどかの事は知った。

あの絶望の魔女を放置しておくのも危険極まりない事ではないか。

 

 

「メンドくさ。終わってるねホント」

 

 

イラつくとは思えど、ニコは無表情で携帯の画面をスライドさせる。

今日、彼女がこの公園にやってきたのは『とある実験』を行う為だった。

ココは見滝原の公園の中でも一番隣町に近い所だ。つまり、もう少し歩けばニコは見滝原の外から出てしまうのだ。そしたらばルールによって死ぬことになる。

だが問題はそこだ。見滝原の外に出たら死ぬ。ニコはそこに疑問を持った。

 

 

「お、いけるじゃない」

 

 

ビジョンベント。

ミラーモンスターが見た光景をニコは携帯で確認している。

現在、バイオグリーザは見滝原ではなく隣町の『風見野』に足を運んでいた。

画面は今もくっきりだ。

 

ミラーモンスターは騎士の分身とも言える存在だ。

ならば希望は薄いかと思ったが、どうやらルールによって殺されるのは『騎士』と『魔法少女』のみらしい。

バイオグリーザが範囲外に出て行ってからそれなりに経っている。

高見沢が死んだと言う連絡もない。まあミラーモンスターがまだ存在しているのだから当然か。

 

まあだからと言って何かゲームに優位に立てると言う訳ではないが、外の様子が確認できる程度には役立つかもしれない。残り六日と言う中で何ができるのか?

ニコは唸りながらアドベントを解除した。

 

 

「………」

 

 

リーベエリスのメンバーはどうやら昨日本部に全員収集されていたらしく、一部を除けばほぼ全滅と言う形になったと発表された。

生き残ったメンバーも次々と行方不明になっていると聞く。

どうせ王蛇ペアが生き残った面々を殺害して回っているのだろう。

向こうも向こうでバッジを取ればメンバーとは分からないのに、相も変わらずマインドコントロールに踊らされているのか。

 

 

「ありえん」

 

 

しかし気になる。

ほぼ全てのメンバーが昨日集まった?

おいおい、流石に無理があるって物ではないでしょうか?

そもそも普通に働いているメンバーもいると言うのに、わざわざ仕事を休んでボランティアの本部に集まったと?

しかも杏子達が事前にメンバーを殺して回っている事は知っていた筈だ。

自分達を狙う殺人鬼が潜む街にわざわざ滞在し続ける意味はなんだ?

 

そもそもアレだけしつこく活動していたリーベエリスが急に消え去った感覚がある。

いや、メンバーが八割強死んだらしいので当然といえばそうだが、やはり何かおかしいと感じざるを得ない。

不確定な存在、まるでそれはフィクションの産物の様な存在だった。

ユウリは一枚噛んでいただろうが、全てには関わっていないはず。

このあまりにも呆気ない幕引きは、ニコに大きな違和感を残す事となった。

 

 

「………」

 

 

加速していくニコの想い。

それは知的な欲求か? それとも核心に迫らなければならないと言うある種の使命感なのか。

 

 

「馬鹿げてる」

 

 

だが途端のクールダウン。

 

 

「帰るか

 

 

相変わらずアンニュイな表情を浮かべて踵を返した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます」

 

「ああ、目が覚めたんだね」

 

 

二日目の朝。庭に姿を現したのは美国織莉子だった。

最後の蘇生を使い果たした彼女は、変身を行っていたオーディンに声をかける。

庭にはゴルトフェニックスも存在していた。一体何をしているんだろうか。

 

 

「少しカードの性能を試したくてね」

 

 

オーディンのワープは目に映った場所。

もしくは範囲こそまだ把握しきれてはいないが、一度足を運んだ場所に飛ぶ事ができる。

今回追加されたカードは『ディメンションベント』は、そのワープの力を他者に与える事ができる。

 

 

「どうやらそれだけじゃなくて、キミをゴルトフェニックスと入れ替える効果もあるみたいなんだ」『ディメンションベント』

 

「きゃ!」

 

 

織莉子の姿が消え、オーディンが言ったとおりゴルトフェニックスが立っていた場所に現れる。

そして織莉子がいた場所にはゴルトフェニックスが現れた。

 

 

「なるほど。これは上手く使えるかもしれませんね」

 

「範囲の方は後で調べておくよ。それより、未来はどうだい?」

 

「ええ、問題ありません」

 

 

一度は滅びの未来を観測した織莉子であるが、自らの命を犠牲にする事によって強制的に未来を変えた。もちろんそれは賭けではあったが、今、視える未来はずいぶんと都合のいいものである。

このままであれば何の問題も無い、織莉子はそう言って笑みを浮かべた。

 

 

「それに、迎えにいくのでしょう?」

 

「ああ……、そうだね」

 

 

変身を解除するオーディン。

上条の目は冷たく。けれども唇は吊り上がっている。

服装を整えた。これから大切なゲストを迎えにいかなければならない、失礼の無いようにしなければ。

 

 

「それより、"彼女"は?」

 

「ええ、大丈夫」

 

「そう……、良かったね」

 

 

上条はそう言うと織莉子の横を通って屋敷の中に戻っていく。

少し複雑な表情を浮かべながら織莉子は微笑んだ。

しかしそこで足を止めた上条。織莉子の方を振り向かず、言葉だけを投げた。

 

 

「そういえば、東條さんに聞いたんだけど」

 

「……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

 

呉キリカは目を見開いて一点を見つめていた。

ボサボサの髪を掻き毟り、もう一度信じられないと言った表情で『ソレ』を見る。

けれどもやはりソレは――、東條悟は幻ではないようで。キリカは隈のある目をカッと開いて東條をジッと見ていた。

 

 

「???」

 

 

気まずい沈黙だった。

キリカは自分の手を見た後に東條を見る。

続いてキリカは自分の体をペタペタ触った後に東條を見る。

さらにさらにキリカは目を擦った後に東條を見た。

幻か、夢か、はたまた幻想か? キリカは自分の頬をつねって一言。

 

 

「いひゃい」

 

「……さっきから何してるの?」

 

 

それがキリカが生き返って一番最初にかわした会話だった。

キリカはまだポカンとした表情で離れたところに座っている東條を見ている。

何故彼がココにいるのか、何故自分は生きているのか。

何故? それが頭の中をグルグルと駆け巡る。

 

 

「なぜなぜなぜーッッ!?」

 

「!」

 

 

キリカは跳ね上がる様にベッドが起きる。

近くの鏡を見て、自らが確かにココに存在している事を知る。

キリカは一気に呆けた様にへたり込むと、パチクリと目を動かして東條を見つめた。

 

 

「え? 誰!?」

 

「だ、だれって……! 酷い――ッ! やっぱりキミはそうやって僕を避けるんだ」

 

 

東條は椅子の上で体育座りをして、ムスっとした表情でキリカを睨む。

それでキリカは事態を把握する。やはりコレは本物の東條であり、コレは現実であり、自分は復活してココにいる。

 

 

「あれ? でも? んんー!?」

 

 

ちょっと待てとキリカは首を傾げて唸る。

彼が本物の東條だとして、何故自分を蘇生させたのか?

今の今まで織莉子を否定し続けてきた英雄ジャンキーがココにいる理由が全く分からない。

 

 

「何故急に――?」

 

 

東條は複雑な表情を浮かべてキリカから目を逸らした。

 

 

「織莉子さんは素晴らしい人だったよ」

 

「ん――……、ん」

 

 

その通りだ。その通りではあるのだが。いやむしろその言葉を待っていた。

だが、いざ口にされると何とも違和感しか感じず。何も言葉が出なかった。

 

 

「何でさ。キミはあんなにも織莉子の事を煙たがっていたじゃまいか! ええ!?」

 

「だって彼女は僕に、英雄のなり方を教えてくれたんだもん」

 

「AU? えーゆぅ? あぁ、英雄か」

 

 

相も変わらず英雄英雄英雄ジャンキー。

結局根本は変わっていないようだが、とにかく東條は織莉子についての考えを改めたらしい。

それに腹を割って話してみれば、織莉子は幼い頃から苦労してココまできた。

そ見滝原を父の代わりに守りたいと願う儚げな少女じゃないかと、東條は考えを改めたのだ。

 

 

「彼女はひたむきに真っ直ぐだ」

 

 

それが東條にとってはどこか羨ましかった。

 

 

「とにかく美国さんは僕に英雄になれる方法を教えてくれた。一人を殺せば殺人者、しかし大勢ならば英雄」

 

 

その言葉を投げかけられた時の東條の想いは言葉にできない物だったろう。

やっと英雄になれる道標を得られた。それを思えば、躊躇う理由はなくなる。

 

いや、言い方を変えれば東條をずっと打ちとめたネジが、箍が、楔が外れたと言ってもいい。

塞き止められていた感情や想いは、もしかするとずっと誰かの助けを求めていたのかもしれない。

とにかく理由がなんであれ、東條に織莉子は道標を示した。それが東條にとってどれだけ救われる事だったろうか?

それは彼自身、分からない事かもしれないが。

 

 

「だから、僕は殺した」

 

 

誰でもいい、英雄になる為に殺す。

それは気持ちの良い事ではなかったが、英雄になれると言う想いが手を進めていった。

そうやってリーベエリスメンバーを殺害して50人殺しをやってのけた。

 

 

『鹿目まどかを殺さなければ世界が終わる』

 

 

織莉子は教えてくれた。

参加者だけを巻き込んだゲームではなく、世界のその全てを巻き込んだ終わりが来るのだと。

それを止められるのは知っている者だけ、つまり参加者だけだ。

 

織莉子は言う。

サキや真司、ほむらなど、一時の情に流される気持ちは分からなくも無い。

だがしかしその小さな優しさが世界を終わらせるのであれば、ちゃちな情など捨てるべきではないか?

 

 

『間違っているのは彼らです』

 

 

そして正しいのは世界を救おうと思っている自分たち。

 

 

『でも、それでも……、友を殺したくないと言う気持ちは理解できます』

 

 

それは織莉子の本心でもあった。

もしもキリカが絶望の魔女だとしても、織莉子はキリカを殺す決断を取る事はできた。

だがその時に感じる悲しみは、想像しただけで胸が張り裂けそうになる。

まさに絶望しそうになると。

 

 

『だから、せめてもの優しさに……、私達が鹿目まどかを殺しましょう』

 

 

ほむら達がまどかを殺す事は、彼女達にとっても大きな悲しみを生み出す事になる。

しかし殺さなければならないのだ。誰かがやらなければならない事だ。

 

 

『だったら殺せない暁美ほむら達を長々と苦しめるより、いっそ自分達が殺して、その恨みを背負おうじゃありませんか』

 

 

何よりもその行為は世界を救うという大義名分を果たすことができる。

 

 

『まさに、英雄ではありませんか』

 

 

東條に再び設けられた圧倒的なチャンス。それは鹿目まどかを殺す事。

恨まれるかもしれないが、その恨みを背負うのも英雄らしいではないかと。

 

 

「僕はやっと気づいたんだ。英雄になれる方法にね」

 

 

同じ思想を持った織莉子を敵視する理由は無い。

それを聞くとキリカはふぅんと少し大人しくなって体を丸めた。

 

 

「それは分かったよ。分かったけど……」

 

 

なぜ自分を蘇生させたのか。

その理由は何となく聞きづらい。

織莉子に対しては歯の浮く様な台詞を連発していたクセにとは思うが……。

 

 

「お、お前は私が嫌いなんじゃないのかぁー?」

 

「………」

 

 

東條はその質問には答えず、逆にキリカへ質問を行った。

 

 

「キリカ、今のキミは……、本当のキミ、なのかな?」

 

「き、黄身? 私は卵じゃないぞぉう!」

 

「違うよ! うん、全然違う……!」

 

 

そういう事を言いたいんじゃない。。

東條はマーゴットの魔女空間で見た物をキリカに打ち明ける。

それは呉キリカの過去、彼女がいかにして願いを叶えるに至ったのか。

 

全てが下らないと吐き捨て、しかしふとした時、その下らないと思っていた物に憧れている事に気づく。そして何よりもたった一人の女の子と仲良くなりたいと夢を掲げて。

 

 

「み、見たのか――っ!」

 

「……うん」

 

 

キリカはそれを聞くと目を見開いて唇を震わせた。

一瞬、過去のキリカが出て来たような気がした。

よくも悪くも今のキリカよりは普通。それは忘れたい過去なのかもしれない。

誰も見ず、誰からも見られず、そして世界だけを呪う。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

無言。

 

 

「「………」」

 

 

無言。

 

 

「―――」

 

 

今のキリカからは考えられぬ様な無言が続いた。

肩を震わせてただ一点に東條を睨む。キリカとしても色々考える所があるのだろう。

とにかく過去を知られるのはあまり良い事ではないし、恥ずかしさに似た感情がある。

 

 

(軽蔑するだろ? あんな私を見て)

 

 

東條は何も言わない。キリカは口に出していないからだ。

 

 

(がっかりだろ、あんな私で。滑稽だろ? 否定して否定し続けた先に憧れを見出していたなんて)

 

 

捨てた筈の自分が出てくる。

キリカは昔のキリカに笑われているような気がした。

頭のおかしいフリをするのが好きな女だと笑われているような気がした。

それはどうしようもなく恥ずかしくて嫌だ。今すぐ体中を掻き毟って走り出したくなる。

 

 

「君は……」

 

「――っ」

 

 

東條は、とにかくその言葉が言いたかった。

 

 

「君は、僕と同じだね」

 

「え?」

 

 

東條もまた、他者の視線に映らない男だった。

高校のクラスでも同じだ。毎日毎日同じような事で盛り上がるクラスメイト達を下らないと見下しながら満足しない毎日を送っていた。

そしてキリカと違うのは、東條は本当に誰からも見られなかったと言う事だ。

 

キリカはたまに会話のネタに『暗い』だの『何を考えているか分からない』なんて馬鹿にされていたが、東條はそれすらもない。

当事者となれば東條の方が羨ましいのかもしれないが、本人にしてみればそれは本当につまらないものだった。

 

まだ会話のネタにされる方がマシだ。だが誰も東條を見ようとはしない。

空気だ。そこにいる事を認知しない様な。

そこに悪意があったのか、それとも本当に彼が見えなかったのかは分からない。

 

そしてそれは両親も同じだ。

どんな想いがそこにあったとしても、東條からしてみれば父も母も彼を見ていなかったと言えるだろう。互いに忙しかったという事もあるが、滅多に揃って姿を見せる事は無かったし、帰ってこない日も多かった。

 

幼い頃から会話なく育った彼はやはりどこか大きな不満を持っていたのかもしれない。

例えばそれは誕生日、もちろんそれは親が仕事を休む理由にはならない。

故に毎回用意されるのは静寂の部屋に置かれた大きなケーキと、丁寧に包装された誕生日プレゼントの現金だけだ。

 

両親としては申し訳なさもあったのだろう。

だから豪華なケーキと、好きな物を買える様に現金をという手をとったのだと。

それは東條にとっては虚しさを煽るだけのものだった。

 

食べきれないケーキ。

プレゼントだって買ってくれるのならば何だってよかった。

そうだ、現金を置いた理由は親が東條の好きなものを知らないからだ。

 

だから現金をゴミ箱に捨てた。

それが東條が選んだ誕生日プレゼントだった。

こういう行動をする場合は何かしら『気づいてほしい』とのアクションを起こすかもしれないが、東條はそれを隠した。ゴミも自分で処理したし、親の前では平然を装った。

 

 

「なんでだろう? なんでだろう?」

 

 

気づいて欲しかった。見て欲しかった。そして評価してほしかった。

このままであれば東條は人として生まれてきた意味を見出せない。

だから『東條悟』として生を受けた価値を見出したかった。

 

それが『英雄』と言う不確かなものに行き着いた原因なのだろう。

英雄とは人から慕われ、評価され、祭り上げられる存在。きっと自分も英雄になれば人は僕を見てくれる。

そんな想いが彼には渦巻いていたに違いない。

 

英雄になれば変わる事ができる。

その不確かな存在に東條は願望と望みを。何よりも大きな希望を重ねていたのだろう。

だから彼は英雄を目指した、変わりたいと思い、変われると信じて英雄になる事を望んだ。

自分を見てくれる物ならば英雄にこだわる必要はなかったのかもしれないが、東條にとってはその願いが叶うのは『英雄』しか分からなかったのだ。

 

 

「僕は、君と同じなんだよ」

 

「………」

 

 

普段のキリカはすぐにこう言っただろう、一緒にするなと。

闇に擦り寄り、似ていると言えば、何かなるとでも思ったのだろうか?

アレはキリカにとっては過ぎた過去であり、織莉子に出会った今わざわざ思い出す必要はない記憶だった。

 

キリカは変わりたいと願ったのだ。故にあの過去はもう自分であり自分ではない。

今のハイテンションでいつでも元気な呉キリカこそが自分なのだから、似ている等といわれるのは心外でもある事だろう。

 

 

『お前は今現在も迷っているかもしれないが! 私はそうじゃない!』

 

 

だから一緒にするなと――、言えれば良かった。

 

 

「………」

 

 

だがキリカは燻った様な表情で東條の話を聞き、しばらく時間が経った今尚、否定はしなかった。

なぜならばキリカこそが話を聞いている内に『似ている』と思ってしまったから。

東條の過去は、まるで自分の過去の様にデジャブを覚えてしまう。

彼の体験、経験、感情、その全てが手に取るように理解できる。

 

 

「馬鹿みたいに話している奴らを見下してた」

 

「うん」

 

「でもちょっと羨ましいと思ってたー」

 

「うん」

 

「自分はたまに生きてるのかさえ分からなくなる」

 

「うん」

 

「だって誰も自分をみないもーん。それじゃあ他人から見えてるのかさえ分からなくなる」

 

「うん」

 

 

キリカの口から次々と溢れる言葉は自分の事だ。

しかし東條は己の事を言っているのだと錯覚している。

そうしている内にキリカは過去にキュゥべえとジュゥべえが言っていたことを思い出して理解する。

 

パートナーは『似た者』を用意したと彼らは言った。

そうか、そうか、これはもう似ているなんて物じゃない。

例えばそれは爪を武器にしたり、例えばそれは白と黒だったり、雰囲気もまあ似ているのだろうが、そういう事ではなくもっと突き詰めて。

 

 

――東條は自分だった。

 

 

「初めは、このまま空気のまま消えてしまってもいいかなって思ったりした」

 

「うん」

 

 

世界が自分に興味を示さないのならばそれでもいいと思った。

しかしキリカはその考えを否定する事になる。

このままでは駄目だと、人から好かれる自分にならなければならないと。

それはそうなりたいと思えたからだ。このまま空気のまま消えるのは嫌だと願ったからだ。

 

 

「彼女に……、織莉子に出会えたからね」

 

「………」

 

 

そこが東條とキリカの徹底的に違う部分だろう。

織莉子はキリカが唯一自分の身を投げ打ってでも守りたいと願った人だ。

そして何よりも織莉子の為に変わりたいと思えた人物でもある。

 

これほどの影響を与えてくれるものは、もう現れないだろう。

織莉子がいたからこそキリカは下らないと絶望していた毎日に大きな希望を見つける事ができた。

変わるきっかけだ。そんな物が東條にもあったのだろうか?

彼がひたむきに英雄を目指そうと思ったきっかけが。

 

 

「猫……」

 

「え?」

 

「猫を飼ってたんだ」

 

 

両親がせめて寂しくないようにと用意してくれたもの。

数々の行為が神経を逆撫でする中で、唯一その計らいだけは東條にとって大きなプラスと言えるものだった。

 

何の品種かも分からぬ程、猫の知識は薄かったが、それでも東條は精一杯の愛情を猫に注ぐ事ができた。それはもしかすると『彼』だけが自分を見てくれているのだと言う安心感があったからだろうか?

出会った時は子猫だった彼も東條と共に成長していき、はっきり言ってしまえば両親よりも同じ時間を過ごしていたかもしれない。

 

一緒にご飯を食べ、一緒に遊び、嫌がる彼を連れてお風呂に入ったこともある。

そうそう、寒いときは一緒に寝たりもしたか。

とにかく友人のいない東條にとって彼は唯一の遊び相手でもあり、言葉は交わさずとも猫もまた東條にはよく懐いていた。

 

学校から帰れば、猫が玄関で出迎える様にしていたのも鮮明に覚えている。

そう、東條は彼が大好きだった。

 

 

時が流れたある日。

外に遊びに行っても夜には戻ってくる猫が、いつになっても姿を見せない時があった。

はじめは何も思わなかったが、時間が進むにつれて東條の心にザワザワとした物が宿り始める。

もしかしたら事故にあったのかもしれない。もしかしたら何かトラブルに巻き込まれて道に迷ったのかもしれない。

もしかしたら誰かに苛められているのかもしれない。

 

ああそうだ、何かで見た事がある。

猫は自分の死期を悟ると飼い主の前から姿を消す事がらしい。

そうやって次々と生まれるネガティブな感情。心配が故の絶大な恐怖。

どうしよう? どうしよう! 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 

東條は軽いパニックになっていた。

猫と離れたくない。東條は強い寂しさを感じて泣きそうになりながら家を飛び出した。

 

今までの東條は自分でも感情が無いのではないだろうかと思えてしまう程、『無』だった。

所謂猫を被ることはできる。みんなの前じゃみんなのように振舞うこともできる。

けれどいつもそれが終わると虚無が襲ってくる。

 

何も誰も心に影響を及ぼしてくれない因子ばかりだと決め付け、現にそう思えてしまう環境にいたからだ。いつからか何も喋らず、何も感じず、まして誰からも喋りかけられる事は無い。

そして家には誰もおらず、わずかながらに顔を合わせても、結局は両親が最も期待しているであろう理想の『東條悟(むすこ)』を演じていた。

 

それは両親の為に、それは自分の為に。

だがそこにはやはり本当の東條悟はいなかった。

故にあの時の東條ならば親が死んだと言われても、まして殺されたと言われても『そうなのか』で済ませただろう。

だが震える足で家を飛び出した東條は紛れもなく愛する猫の死に怯える一人の少年だった。

 

感情が無いと思っていた少年は消え去り、友の死に怯えて探しにいくほど普通だった。

長い間人との会話を避けてきた男が名も知らぬ人々に猫を見なかったかを聞きまわった。

その間、心に浮かべるのは無事でいて欲しいと言う純粋なる願いだけだ。

 

感情を失っていた東條は、感情を爆発させて唯一の友の無事を祈っていた。

何も無いからっぽの自分はどうなってもいい、猫の代わりに死んでもいいからとまで。

 

 

「それで、見つかったのかい? キミの猫ちゃん」

 

「いや……、その時は駄目だった」

 

 

どれだけ探しても猫は見つからなかった。

必死に探し続けたが、時計の針が12を回ったところで警察に見つかり家に帰された。

きっともう猫は――……、そんな考えが過ぎった時。

 

 

『ダニー!!』

 

 

東條は猫の名前を呼んで涙を流す。

家の前に、猫のダニーが無傷でちょこんと座っていたからだ。

しかもいつもはもう寝ているのに、しっかりと起きて、東條を待っていてくれた。

東條は我を忘れるかの様に涙を流して、ダニーを抱きしめただろう。

 

 

『どこに行ってたのさ! 本当に心配したんだよ!』

 

 

でも良かった。本当に良かった!

東條はボロボロと涙を零し、ダニーを優しく撫でている。

 

 

『さあお腹減ったよね? 一緒にご飯を食べよう』

 

 

本当に良かった。

東條はダニーが無事だった事に喜びと希望を感じていたのを徐々に理解していった。

そしてダニーと一緒に食事にありつけた時にはハッキリと一つの感覚を知る事になる。

それは自分はまだ『人』だと言う事だ。

 

当たり前とも思うかもしれないが、感情を忘れてしまったのではないかと思う東條にとっては今回の出来事はそれだけ大きなものだったのだ。

自分はまだ人だった。人であれた。それは大きな喜びでもあるが、同時に大きな戸惑い。

 

だってそうだろう?

空気として消えてしまってもいいと思っていた東條が人である事を自覚したとて、明日からその生活が変わる訳でもない。

結局待っているのは無関心な環境。無関心な人々。そして何も話さずいるだけの置物の自分だ。

 

それならば置物として、自分を見下していたほうが生きやすい。

中途半端に人として生きようとするから虚しくなる、悲しくなる。

自分で自分が哀れに思えてしまう。

 

だから東條にとっては自分は置物で、空気で良かった。

そうすれば苦しまずに済むのだから、それが自分であれば良い。

 

 

『お願いだよダニー、もうどこにも行かないでね』

 

 

そうすればダニーと戯れる時間を楽しみとして、自分は壊れずに置物であれる。

ダニーの前だけ東條悟となり、あとの時間は人の形をした何かとして存在する事ができる。

そうすれば苦しまない、そうなれば悲しまない。そうであったなら不満を覚えずに済む。

 

だから東條は懇願した。

このままダニーとの元の生活が戻ればいつもの東條悟であれる。

ダニーが死ねば――、手首でも切って水に沈めてしまうのもいいかもしれない。

そうだ、愛するダニーが全て。東條はそう思いながら食事に箸を伸ばした。

 

 

『あ、ダニー……、駄目だよ』

 

 

そんな事を思った時だった。

ダニーが食事中、ふと移動して床に置き放しのリモコンに触れたのは。

じゃれたのかは知らないが、リモコンに触った事で電源のボタンが押されてしまい、テレビに映像が流れる。

今まで静寂だった部屋に溢れた夜のニュース。

だからか、東條の耳にはより鮮明にその情報は入ってくる訳で。

 

 

『えー、続いては親子を救った小さな英雄のニュースです』

 

 

親子を救った小さな英雄。

それがそのニュースのタイトルであり、一つのテーマだった。

内容は右折の巻き込み確認を誤ったトラックが、横断歩道を渡っている親子を轢いてしまいそうになったそうな。

 

親子はトラックに気づきいたものの、驚きと恐怖で立ち竦んでしまった。

そのままならば減速していないトラックにぶつかりmあわや大惨事となる所だが、タイトルの通りそこには英雄がいたのだ。

 

親子の後ろを歩いていた中華屋を営んでいる男性が異変に気づいて親子を突き飛ばし、ぶつかる寸での所で回避させた。男性を含め親子は無事で、トラックの運転手も慌ててブレーキを踏んでハンドルを切ったせいで近くのポールに車をぶつけはしたが、目立った怪我は無かったと。

 

とまあ、つまりは中華屋の男性がいたから誰も怪我無く済んだと言う訳だ。

男性の勇気ある行動と、素早く状況を把握した判断力がメディアの目に止まり、こうして小さなニュースになったと言う訳である。

画面の向こうでは親子にカメラが向けられ、男性に泣いて感謝するシーンが流れている。

 

 

『あなたは本当に英雄だ! ああ、ありがとう! ありがとうございます!』

 

 

このインタビューで出てきた『英雄』と言う単語が、ニュースのタイトルに使われたと言う事なのだろう。あまり普段は使用しない言葉の為、印象にも残ると言う理由もあろうだろうが。

そうこうしていると場面はスタジオに変わり、生真面目そうなコメンテーターや、チャラチャラとした芸人だのが笑顔で映りこむ。

 

 

『いやぁ、素晴らしいですね! 英雄ですかー』

 

『本当! すっごくカッコイイですよね!』

 

『いやぁ、本当にコレ英雄ですよね、みんなを救ってるっていう立派な――』

 

 

コメンテーター達は目をキラキラと輝かせて、親子を救った男性を褒め称えている。

まあこういったニュースはごくたまに放送される為、それだけでは東條の心を揺さぶるには至らなかったのかもしれない。

だが『英雄』と言う、ある種時代遅れともいえるキーワードが何故か耳には強く残った。

デジャブ……? とは少し違うのかもしれないが、どこか強く印象に残っている様な。

 

 

『はい、さらに英雄と言う単語が出てきましたが、街の人に貴方にとっての英雄とは!? と言う内容でアンケートをとってきました。そちらも続けてどうぞ!』

 

 

尺を長引かせるワンコーナーと言った所か。

とにかく特殊なワードは引き続き使われていく。

あなたにとっての英雄とは? つまり尊敬する人や、恩人等がインタビューでは告げられていった。

 

 

『………』

 

 

不思議と東條は釘付けになる。

普段だったら下らないと一蹴するものだろうが、ダニーの件を経て僅かながらに人としての意識を持った東條にとって、その時間に経験しうるものは全て新鮮に映った事だろう。

 

他人が口々に言う『英雄』とは、一人一人の定義が微妙に違う物ではあるが、少なくとも東條には同じ英雄として認識されていく。

とにかく東條にとって英雄とは、皆から好かれ、輝く目で見られるものだとインプットされていた。

 

そして先ほども言った様に、今の東條は感情を持った人間だ。

当然その光景と自分の今を重ねれば、劣等感が生まれるもの。

自覚した。羨ましいと、ああ、自分にもまだこんなハッキリとした感情があるのか。

まだ人として機能できるのか。

 

東條はその一連の流れに、ある種の感動を覚えていた。

そしてその全てを理解したかの様にダニーは東條を見つめて鳴いた。

 

 

『ダニー……、まさか君は僕にソレを教えてくれたのかな?』

 

 

自分はまだ人なのだ。

いや、どれだけ自己を否定しようが空気にはなれない。

自分はこれからの世界を、人であり続けなければならない。

お前はある日、当然虫には変わらない。あと50年以上も人間で生き続けなければならない。

社会に適応できないと言い訳を続けても、いつかは破綻する。

 

それは東條にとって大きな苦痛だった。

だから知らず知らずに目を背け、否定し、直視を避ける。

考えてみればダニーはそんな自分を救うために一連の行動を起こしてくれたのかもしれない。

いつも同じ時間に帰ってくるのに、いつもの時間ならば寝ているのに。食事の時はずっと集中していたのに。

 

もちろんそれは偶然だったのかもしれない。

奇跡とも呼べる連続がたまたまに起こっただけなのかもしれない。

しかし東條にとって。ダニーとずっと一緒に暮らしてきた親友として。

ダニーが変われと言ってくれたような気がした。

 

ダニーももうそれなりに歳を重ねている。

猫の寿命を考えると、いつまでも一緒にいられない事を理解していたのだろうか?

 

 

『そうだね、僕は……、人間なんだもんね』

 

 

涙が溢れてくる。

そうだ、もう自分に嘘はつけない。

東條は人から好かれたいと望んでいる。

 

ううん、いや、もっと根本の所にあるもの。

注目されたいとかでなく、ただ純粋に他者に自分を、東條悟を見て欲しい。

それを切に願った。そしてその気持ちを抱えていることをダニーが教えてくれた。

 

 

『英雄か……。うん、英雄だよ』

 

 

声を震わせてダニーを見る東條。

彼の水晶玉の様な目が、全てを語っている様な気がした。

ダニーは友人であり恩人だ。東條は頭を優しく撫でる。

ダニーのおかげで自分は人である事に気づけた。

ダニーのおかげで自分は目標を決める事ができた。英雄、英雄――……。

 

 

『ありがとう』

 

 

そして東條は、ダニーの首に両手をかけて強く締め付けた。

 

 

『ありがとう……! 本当にありがとうダニー!』

 

 

ギリギリと力強く首を締め付け、そして涙を流しながら笑みを浮かべて礼を告げる。

本当にダニーがいなければ東條は気づけなかった、人であれなかった。

ありがとう、本当に君がいてくれて良かった。

 

 

『大好きだよ、ダニー……ッ、大好きだ……!』

 

 

ダニーは不思議と暴れる事はしなかった。

全てを悟ったかの様に達観し、けれども酸素が回らない苦痛から、首をガクガクと動かしている。

悲しみ、苦しみ、慈しみ。東條は慈愛に満ちた表情で尚も力を込めた。

その手が、様々な感情で込めた力によって震えていく。

 

 

『決めたよ、僕は英雄になる』

 

 

そうしたら、きっと皆は僕を見てくれる。

 

 

『ありがとう……。ダニー』

 

 

東條は本当にダニーを愛していた。

だからダニーが動かなくなったのを確認すると、ゆっくりと手を離してもう一度体を優しく撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

いや。

誤解が無いように言っておくが、東條は本当にダニーを愛していた。母よりも、父よりも。

いつまでも一緒にいたいと思っていたし、ダニーが帰ってこなかった時の慌てようを見れば分かってもらえる筈だ。

だから東條はダニーが憎くて殺したわけではない。

 

 

「……それが、僕のきっかけかな」

 

「そーか、そうか」

 

 

キリカは萎んだ花の様に縮まって、今の話を聞いていた。

大半の人間は東條の行動を理解できないと疑問視し、ペットを殺した彼の行動を非難するかもしれない。だが先ほどから何度も言っている様に、東條はキリカであり、キリカは東條だ。

キリカは何故愛するダニーを自らの手で殺したのかが分かってしまう。

 

東條は思ったのだろう。

ダニーとの静かな時間が流れれば、きっとまた自分は世界に絶望してしまう。

だってダニーがいれば変わる必要なんて無いのだから。

ダニーが死ねば自分も死ぬ。その時が自らの終わりだと東條は確信していたから。

 

それでは駄目なんだ。

東條はこれから無を脱却して人であらねばならない。

ダニーとの生活に、そのぬるま湯に浸かっていてはいけないんだ。

 

 

『大切な物を犠牲にできる勇気がある者にこそ、英雄の資格がある』

 

 

いつだったかそんな文を見た気がする。

ダニーに甘えていてはいけない。そしてダニーが何よりも大切だからこそ――、英雄に近づくために殺さなければならない。

 

 

『ありがとうダニー』

 

 

東條は庭に穴を掘って、ダニーを埋め、その最後の時まで涙を流し続けた。

感謝、申し訳なさ。そして何よりも親友の死を悲しむ為。

同時に、その決意を揺ぎ無いものにする。

ダニーの為に、自分が自分であるために、英雄にならなければならない。

もしも諦めそうになった時は手の感触を思い出せ。

ダニーを絞め殺したときの感情を思い出せば、なんとかなる気がした。

 

 

「でもね、今でもたまに思うんだよ」

 

 

ダニーは自分を恨んでいるんじゃないだろうか?

 

 

「ダニーを犠牲にした事は後悔していないけれど、今も英雄になれていない僕を見て、きっと彼はガッカリしてると思う」

 

 

それに不安だってある。

英雄になれば本当に周りの人は自分を見てくれるんだろうか?

もしもそうじゃなかったら、何のためにダニーを殺してしまったんだ。

それはとても悲しい事だ。今だってくじけそうになると、ダニーに会いたくなってしまう。

 

 

「大丈夫だよ」

 

「え?」

 

 

そうだ、やっと理解した。

キリカは頷くと、ベッドから体を起こして東條の所へ近寄る。

そうだ、そうなんだ、東條は自分だ。自分は東條でもある。

それがパートナー、自分達はなるべくしてパートナーになった。だって同じなんだもの。

キリカはにんまりと微笑んでいる。

 

 

「見なよ、私の目を」

 

「え?」

 

 

キリカは自分の目を見開いて東條の視線上に持ってくる。

何を? 意味を理解できず固まる東條。キリカは東條が目を見ていないと勘違いしたのか、もっと自分の顔を近づける事に。

 

いや、それは近づけるなんてものじゃない。

キリカは何を思ってなのか、自分の眼球を東條の眼球に触れ合う寸での所まで持ってくる。

東條は圧迫感から一瞬だけ顔を引きそうになるが、キリカが首を振ると動きを止めた。

そして二人は密着するくらい距離を詰める。目と目が触れ合いそうになる距離。

当然顔を押し付けるようになり、上唇に至っては互いに触れているとも言えるだろう。

尤も二人の間にその事を考える事は無く、そういった感情も欠片とて存在していなかったが。

 

 

「今、私は君を見てる。君だけを見ている」

 

 

広がる景色は眼球のみ。

 

 

「そして君も」

 

「うん。僕は今、君だけを見てる……」

 

 

広がるのはキリカの目。

 

 

「世界中の人間が私達を無視しても、私は今キミを確認して、キミに話かけて――」

 

「――ッッ!」

 

 

その時キリカはもっと前に体を移動する。

下唇も触れ合うことになるが、それは当たっただけだ。

キリカが意識していたのは『目』である。見開いた眼球が、東條の眼球と触れ合った。

東條は痛みを感じて仰け反る。反射で目を閉じると、そのまま一筋の涙を流す。

 

 

「痛いよ……」

 

「大丈夫、私も痛い。痛くて痛くて涙が出る」

 

 

痛みを『痛い』と口にするのは、人間のみに許された行為だ。

今、二人は同じ痛みを背負い、共有した。

 

 

「ああパートナーらしいね」

 

 

キリカは東條の頭を抱くようにして前に座る。

目の前にいるのは自分だ。可哀相だった自分。

キリカは東條を心から『あわれんだ』。

 

ああ哀れな子、ああ憐れな子、"愚かな"子。

人間なのに人間になれない。愛されなければ存在する意味もない。

キリカには織莉子がいたが――、東條には今もう何も無い。

 

からっぽの人間だったんだ。キリカは微笑む。

自分もそうだった。彼は自分、自分は彼、それはある意味、最も激しい自愛の念。

 

 

「東條、君は可哀相だね」

 

「……キミもね」

 

「そうだね、だから私を――、私も憐れんで」

 

 

キリカは東條の流した涙を舌ですくう。

頬に這わせる舌。異常な行為ではあるが東條は無表情だ。

何も感じない訳ではないが、彼が思っている感情はおそらく他の人間が同じことをされた時に抱くものではないだろう。

 

 

「しょっぱい。涙の味だ」

 

 

反射で流した涙ではあるが、人は感情によって泣く事を許された生き物だ。

東條はきっと涙を流せる。だって人間なのだから。

そして彼が人なら私も人だ、キリカは自分の涙を舐める様に言った。

しかし抵抗がある。東條がそう言うと、キリカは絶対的な一言を。

 

 

「パートナーだろ? 私たちは」

 

「………」

 

「同じだから、同じになれたんだよ」

 

「……そうだね」

 

 

東條は舌でキリカの頬なぞった。

キリカの涙の味が、東條にしっかりと伝わった。

 

 

「これで私の一部がキミの体に入った」

 

 

キリカは笑う。

そして東條の一部もキリカの体に入ったと。

 

 

「今なら、本当の意味でキミのパートナーになれる気がする」

 

 

孤独ではなく、感じる寂しさでもなく、無視に対する怒りでもない。

常に抱えていた感情は『無』だ。感情ともいえぬそれは、自らを決定付ける因子であった。

心無き人は人に在らず。だが自分達は人でありたかった。

 

 

「僕もだよ、キリカ」

 

「そう、私たちは同じになれる」

 

 

キリカは東條を抱きしめて自らの胸を東條の胸に思い切り押し付けた。

感じるのは二人の心臓の鼓動だ。それは生を、命を証明する絶対の振動である。

 

 

「感じるだろう? 私の心の音が」

 

「うん、僕と同じだ」

 

 

二人の鼓動は同調するかの様に同じリズムを刻む。

もはや二人の間に抱える絆は、恋だの愛だの友愛だのと言葉にできるものではない。

それは時にどんな絆にも劣り、それは時にどんな絆よりをも凌駕するものとなる。

そう、まさにそれは同化同調。鏡合わせの様に存在するもう一人の自分。

 

 

「東條、私は織莉子を愛してる」

 

「うん。織莉子さんは素晴らしい人だからね」

 

 

濁り、けれども澄んだ心でキリカは言う。

愛する織莉子の為に、彼女が望む世界を創り上げたい。

 

 

「だから協力して欲しいんだよ」

 

「いいよ。それが、僕を英雄にしてくれる」

 

 

今この瞬間、東條悟と呉キリカは本当のパートナーになれたのだ。

そして東條が完全に織莉子陣営に入った事になる。

望むのは鹿目まどかの抹殺。完全なる絶望の破壊だ。

 

 

「キリカ!」

 

「!」

 

 

その時だ、ドアが勢いよく開かれて織莉子が姿を見せたのは。

織莉子は青ざめ、涙を浮かべながらキリカに飛び掛かって強く抱きしめる。

あまりの衝撃にキリカはウ゛ッと声をあげて仰向けに倒れた。

 

 

「ど、どどどどうしたんだい? 今日は積極的だね! ハァハァ!」

 

「ごめんなさい!」

 

「……え?」

 

「ごめんなさい!ッ 私……! ああ、ごめんなさい! 許してキリカ!」

 

「ど、どうしたの?」

 

 

織莉子はキリカの願いを知らなかった。

しかし先ほど上条からその理由を教えてもらった。(上条は東條から教えてもらったようだ)

キリカは織莉子に、自分の願いは『アイスクリームが溶けるのを遅らせて欲しい』と説明していた。しかしそれがまさか自分と親しくなりたいと願っていたなんて。

 

それを聞けば、ますますキリカに行った裏切りが酷く醜く映ってしまう。

 

 

「キリカはいつも私の味方をしてくれて、いつだって私を守ってくれたのにッッ!」

 

 

そしてどんな時も慕ってくれていたじゃないか。

そんなキリカが絶望して魔女になる未来を見ておきながら、織莉子は興味に溺れて見捨ててしまった。愚かだ、なんて愚かなんだ、織莉子は涙で顔をグシャグシャにしてキリカに謝った。

 

 

「許してキリカぁ、最低な私を許して……ッ」

 

「………」

 

 

キリカはまず東條を軽く睨みつけた。

 

 

「勝手に人の過去をペラペラ喋りやがって!」

 

 

「だ、だって……、ちゃんと言葉にした方がいいんじゃないかな?」

 

「………」

 

 

無言だがちゃんと伝わったらしい。

キリカは織莉子の頭を優しく撫でると、『誤』らないでと懇願した。

 

 

「私は織莉子の為に戦うのに、キミに泣かれてしまってはどうにもならないじゃないか!」

 

「でも……!」

 

「アレは私が本心で願った事さ。だから私はキミの駒でいい、織莉子にとって都合の良い存在であればいい」

 

 

むしろ謝るのはキリカの方だと言う。

 

 

「私は織莉子をずっと騙してた」

 

 

織莉子の知っているキリカはニセモノだったと笑う。

 

 

「いや、今となっては本物だけど、織莉子が一番最初に声をかけてくれた呉キリカは織莉子に好かれる資格もないカラッポの人間だった」

 

 

何もできない、何もできない事から目を背けていた。

 

 

「今までキミを嘘に付き合わせてた。だから、謝るのは私の方なんだよ」

 

 

そういって逆に謝罪を行うキリカ。

しかし織莉子はブンブンと首を振ってキリカを強く抱きしめる。

 

 

「違うわ、たとえどんな姿になったとしても貴女は貴方よ! 私が大好きな呉キリカに変わらない!」

 

 

でも自分は彼女を――ッ!

 

 

「だったら、これからも一緒にお茶をしよう」

 

「え?」

 

「これからも一緒に、うん、そうだな。ずっと一緒にいようじゃないか」

 

 

それが贖罪だ。

キリカはニンマリと笑って立ち上がる。

 

 

「許してくれるの?」

 

「当たり前だろ、私は何も怒っていないよ」

 

「キリカ……! うん、そう、そうね! ずっと一緒にね!」

 

 

織莉子もまた謝りながらキリカの手を握り締めた。

そう、そうだ、キリカは改めて心に刻む。

織莉子との幸福を、何よりも織莉子自身を守るには鹿目まどかを殺すしかない。

 

 

「キリカ」

 

「?」

 

「後で織莉子さんと一緒にお茶をしない?」

 

「………」

 

「あと、今度釣りもしよう」

 

 

東條は小さく笑みを浮かべてそう言った。

それに反応して笑みを浮かべるキリカ。

 

 

「そうだ! きっと楽しいお茶会になる!!」

 

 

ウキウキと答えた。

 

 

「ああ、でもその前に――」

 

 

織莉子は涙を拭いて柔らかな表情から、少し含みのある様に唇を吊り上げた。

 

 

「お迎えに、いかないとね」

 

 

 

 

 







仁美ちゃんの事は無限の可能性を持つ女って読んでます。
まあ若干本編では悪意のほうが勝ってしまったとは思うんですけど、まあ皆さん、彼女はまどかの親友なんですよ。忘れてないですよね?

ここをね、もっと見たいですよね。
百合的な話しではなくて、まど仁、覚えて置いてください皆さん。ここ多分ね、きますよ。ええ。

いやでもね、まだ少ない。
二次創作の場でもね、やっぱまだたりねぇんだよな。
まだ皆そのステージに立ててないんだろうな。おぉん。

来てよ、はやく。
待ってるからね( ^ω^ )











( ^ω^ )なんつってな! 全部適当や。気にせんといてくりゃあな!



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第46話 過去の鎖 鎖の去過 話64第

 

 

「………」

 

 

見滝原にある病院の一室、そこに手塚の姿があった。

たまたま誰も入院患者はおらず、手塚としても無断で入っているために長居はできない。

彼は椅子に座ると目を閉じて俯く。

 

幻聴。手塚は過去の音を思い出していた。

戦いを止める。それは彼がずっと掲げてきた目的である。

その全てはココから始まったと言ってもいい。

手塚は何故騎士になったのか、何故戦いを止めたいと願ったのか。

 

 

「………」

 

 

手塚はグッと拳を握りしめる。

そして彼が目を開けた時――、そこには確かな覚悟が見えた。

 

 

「運命か」

 

 

いつだって下らないと、決められた物とばかり思っていた。

しかし今の手塚はまさに運命に踊らされている道化だ。

でもそれは望んだ事でもあるんだろう? だったらせめて、神が憐れだと見捨てるまで、自牙を突き立ててやろうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電話が鳴る。

曇天の空が原因か。やたらと静かに感じる部屋に、その音はやけに響いた。

たまたま部屋の前を通りかかったかずみは、急いで電話の持ち主に声をかける。

 

 

「蓮さーん、電話なってるよ」

 

「ああ」

 

 

少しテンション暗めに答える蓮。

アトリは先日の混乱を忘れさせる様に普通に営業していた。

客も普通に入り、暴徒達が押し入ってきたのが嘘の様な通常を印象付ける。

 

 

「いいよ、出てきて」

 

「どうも」

 

 

立花の言葉を受けて、蓮は頭を下げた。

電話を取りに部屋に戻っていく姿を、心配そうにかずみは見つめている。

そんな二人を見つめる立花。

 

 

「どうした二人とも? やっぱり変な連中に狙われた事がショックなのか?」

 

「いやッ、違うと思うよ」

 

「?」

 

 

しまった。

かずみは困ったように眉を曲げて苦笑いを。

 

 

「多分ッ、わたしと蓮さんの悩みは違って事」

 

「そうなの?」

 

「うん、多分だけど……」

 

 

蓮はおそらく恵里の事だろう。

一週間と言うリミットが設けられた今、蓮だって悩んでいる場合ではない。

今までは答えを先延ばしにしてきたが、決意を固める時がやってきたのかもしれない。

 

 

「じゃあかずみはどうして元気ないんだ?」

 

「そ、それは――……」

 

 

言いにくいものだ。かずみは頭をかいて苦笑いを浮かべる。

ゲームの事を打ち明ける訳にはいかないし、まして絶望の魔女がいて世界を滅ぼすかもしれないなんて言った所で信じてもらえるかどうか。

そんな風に迷っていると、立花は立花なりの解釈をしてくれたようだ。

 

 

「ま、いいや。人には誰だって言いたくない事もあるもんだし」

 

 

人間なんて皆、何か腹に一物抱えているもの。

立花だって、そりゃ言いたくない事の一つや二つはある。

彼はかずみの頭を少し乱暴に撫でて、厨房へと戻っていった。

 

 

「家の事で悩んでるなら気にしなくて良いから。いたいだけいればいい」

 

「ん、ありがと立花さん」

 

「ああ」

 

 

かずみにはその言葉は何ともありがたい物であると同時に、なんとも辛い物にも聞こえた。

とにかくゲームはもう最後に向けて確実に時を進めている。

今自分が選ばなければならないのは、何と言っても絶望の魔女である鹿目まどかをどうするかだ。

 

織莉子が嘘を言っていると言う可能性も考えられる。

何せ彼女だって参戦派の可能性は大いにあるから。

協力するとは口では言ってるものの、いざとなったら裏切る可能性があるのがこのF・G。

 

 

「………」

 

 

都合の良いように考えすぎだろうか?

やはりまどかを傷つけたくないと心の中で逃げ道を作っているだけなのだろうか?

ああ。何度同じような考えを繰り返せばいいのやら。

 

 

「あ、蓮さん……」

 

「………」

 

 

そんな事を考えていると、電話を終えた蓮がやって来た。

 

 

「ど、どうしたの?」

 

「………」

 

 

鬼気迫る蓮の表情。

焦り、不安、そう言った負の感情と、殺意にも近い険しい物が織り交ざった様な。

 

 

「恵里が……、恵里の容態が悪化した」

 

「えッ!?」

 

 

その容態が悪化したのだと言う。

呼吸困難、心拍数の異常な数値。長らく植物状態が続いてただけに少し余裕があると思っていたが、どうやらリミットは近づいていると言う事なのか。

もう時間が無い。もう時間が。時間が――……。

 

 

「―――ッ」

 

 

蓮は額に手を当てて歯を食いしばる。

本音を言えば今すぐにでも恵里の所へ行きたかったが、非情なルールに縛られて見滝原から出る事はできない。

 

 

「恵里――!」

 

 

絆だの信頼だの友情だの。

まして愛などと語る性格ではないが、それでも蓮にとって真司と美穂は大切な友人だった。

そして何より恵里を、彼女をひたすらに愛していた。

 

初めは馬鹿だと思っていた真司や美穂。

しかし話すうちに自分もその馬鹿の輪に入っている事を覚え、そして悪い気分ではなかった。

何度となく衝突もしたが、逆に言えばそれだけ本音で語れる相手でもあったんだ。

今、天秤にある二つの皿の一つにはその親友がいる。そしてもう一つの皿には――!

 

 

「昔はよく喧嘩をしていた……」

 

「うん」

 

 

気がつけば弱音の様過去がが漏れる。

父の件が蓮にとってストレスとなり、よく他者との対立と衝突を繰り返していた。

殴られれば怒りの感情が過去を忘れさせ、他者を殴る事でそのモヤモヤを発散する。

どうしようもない生き方だったと今は思うが、所詮は年齢も心もガキだったあの頃の自分にとってはお似合いの姿だったのかもしれない。

 

自慢じゃないが喧嘩となればそれなりに勝てたと言うのが勢いに拍車をかけていたのだろう。

何も失うことの無い勢いが、良くも悪くも制御の歯止めを壊していた。

しかしいくら勢いがあっても、喧嘩が強くても、怪我はするものだ。

その日も適当に因縁をつけてきた相手をボコボコにはしたが、同じくらい拳を受けてしまった。

疲労もあってか、座り込んでいる蓮。そこにハンカチが差し出された。

 

 

「大丈夫?」

 

 

蓮が顔を上げると、そこには微笑んでコチラを見ている恵里が。

これが二人が初めて顔を合わせた時だった。

蓮は恵里をどこかで見たような気がしたが、覚えていない。だが制服を見て自分と同じ学校だと言う事が分かった。

 

しかし何故自分に話しかけるのか?

蓮が無視を決め込むと、恵里はなんと隣までやってきて蓮の血をぬぐい始めた。

 

 

「何だお前」

 

「怪我してるの、ほっとけないよ」

 

 

面倒な奴だ。

蓮はすぐに恵里を振り払うと無言で家に帰った。

その時は特に何も思わなかったのだが――。

 

翌日、蓮が学校に行くと恵里が同じクラスだという事に気づいた。

あまり他人に興味が無かったため、クラスメイトの顔すらまともに覚えていなかったのだ。

 

 

「おはよう。昨日は大丈夫だった? 平気?」

 

 

恵里は蓮に絆創膏を渡してくれた。

 

 

「あんまり喧嘩しちゃだめだよ」

 

「………」

 

 

渡されたのはクマのキャラクターが映った可愛いもの。

こんなもの付けられるか、蓮は鼻を鳴らして逃げる様に距離をとった。

恵里は少しムスっとした表情を浮かべたが、それは無視をした事ではなく、再び喧嘩をするのではないかと言う心配から浮かべるものだ。

 

その後も恵里は何かある度に蓮を心配する素振りを見せた。

放課後にわざわざ後をつける様な事をしたり、喧嘩になればわざわざ止めに入ったり。

 

 

「何なんだお前、面倒な奴だな!」

 

 

蓮としても喧嘩を女に止められると言うのは格好がつかないものだ。

恵里を近くの喫茶店に引っ張って行くと、大きなため息をついた。

 

 

「クラスメイトが危ないのにほっとけないよ」

 

 

恵里は少し太めの眉毛を八の字にして不安げに蓮を見つめる。

 

 

「全く、馬鹿なのかお人良しなのか」

 

 

とにかく蓮としては同じクラスだというだけで、恵里とは何の接点も無い。

自分に関わるなと言う事を念押ししておく。

 

 

「お前みたいな真面目な奴は、俺と関わっても損をするだけだ」

 

「そんな事無いよ。秋山くんだってさっきは私の事を助けてくれたじゃない」

 

「どうしてそう都合の良い解釈ができる? アレはお前がいれば喧嘩がしにくいだけだ」

 

 

すると恵里は意外にも、ふぅんとだけ言ってアイスティーのストローを咥えていた。

 

 

「ねえ秋山くん。明日は土曜日だけど何をする予定なの」

 

「お前には関係ないだろ」

 

「それはそうだけど……。いいじゃない、教えてくれても」

 

 

休日といえば蓮は決まって家を出る。

金も無いので、街をブラつくだけだ。

やはり母と顔を合わせたくない。昔はよく母から、『貴方はお父さんにそっくりね』なんて褒められた物だ。

 

しかしそれが今となっては母を苦しめる鎖になる。

蓮の顔を見れば母は父を思い出してしまう。

なによりも蓮が窮屈だった。常にあふれ出る怒りのような感情を溜め込んだまま狭い家で過ごしたくない。それこそ母さえも殴りたくなるような激情があった。

もちろんそんな事はしないし、したくない。

だから蓮は家を出るのだ。

 

それで誰かが因縁をつけてきたのならば殴ればいい。

まあ早々そんな事も無いが、それを端的に告げると恵里はウンウンと頷いた。

 

 

「ヤバイ人なのね。秋山くんは」

 

「………」

 

「じゃあ明日は私と一緒に出かけてください」

 

「――は?」

 

 

何を言っているんだコイツは。

そんな蓮の視線を感じつつも、恵里は視線を外さなかった。

しかし自分でもおかしな事を言っているのが分かるのか、慌てた様に補足を入れる。

 

 

「ほ、ほら。私と一緒にいれば秋山君は喧嘩しなくていいもんね」

 

「………」

 

 

少し頬を赤らめて恵里は笑った。

その理由は蓮にはまったくピンとこない。

何故ただのクラスメイトにそこまでするのか。

喧嘩なんて放っとけばいいし、蓮としても迷惑なだけ。

 

 

「まさかお前、俺が好きなのか?」

 

「………」

 

 

自分でも気持ちの悪い質問だと思さ。だがコレでうんざりしてくれれば良し。

まして真面目そうな恵里の事だ。こういうからかい方をすれば冷めて見捨ててくれるだろうと。

 

 

「うん」

 

「………」

 

 

目を丸くする蓮。

一方で恵里は頬を赤く染めて下を向いている。

後になって聞けば、この時は一生分の勇気を振り絞ったとか何とか。

だがこの時の蓮は呆気に取られて言葉を失うだけ。

からかったつもりが、告白で返されるとは。

 

 

「好きだよ」

 

「なんで……」

 

「秋山くんは気づいてなかったかもしれないけど――」

 

 

以前恵理は蓮の後ろに席を持っていた事がある。

授業中にいつも外を見ていた彼、その目が悲しげであり恵理は大きな衝撃を受けた。

 

 

「なんて冷たい目をするんだろうって。でもそこに興味が出ちゃった」

 

 

少し影を持った、けれども自由な。

まるで夜を自由に飛び回る蝙蝠の様な雰囲気に恵里は心を打たれたのだ。

 

 

「秋山くんは私に持ってない物、全部持ってる気がして」

 

「持たない方が良い物ばかりだと思うが」

 

「かもね、でも私平凡なのがちょっとコンプレックスだから。無い物ねだりかも」

 

「俺の糞みたいな人生は真似しない方が良い」

 

「まだ中学生じゃない」

 

「十分糞だ」

 

「ふぅん、大変だったんだね」

 

 

恵里ののどこか抜けている言葉に、蓮は吹き出してしまった。

 

 

「笑わないでよ」

 

 

恵里は頬を膨らましたが、蓮としてはそのあっけらかんとした態度は意外に好印象であった。

それに好意を向けられるのは嫌ではないものだ。

 

 

「じゃあお前も喧嘩してみるか」

 

「ううん、無理」

 

「?」

 

 

彼女は舌を出して笑う。

 

 

「だって私、血……、苦手だもん」

 

 

気絶しちゃう。

そう言って恵里は残りのアイスティーを一気に飲み干した。

ジュコォォォ! と、ストローの音。

ますます笑う蓮。なるほど、こういうのも悪くは無いか。

蓮は恵里の平凡さが気に入ったのかもしれない。

 

 

「そ、それで答えは?」

 

「?」

 

「明日、一緒にどこか出かけてくれるの? くれないの?」

 

 

恵里は空になったグラスを覗き込む様にして呟いた。

ああそうか、つまりデートに誘われているのか? 蓮は少し沈黙してフッと笑う。

 

 

「かっこいいねその笑い方。私も真似する。……フッ!」

 

「馬鹿にしてるのか」

 

「え? そんなまさか」

 

 

少しからかいたくなったのかもしれない。

 

 

「もし嫌だと言ったらどうする?」

 

「死にます」

 

「ッ!?」

 

「死んで、遺書に秋山くんの名前書く。デートに来てくれなかったからだって」

 

「おいおい 脅迫する気か」

 

 

っていうかとんでもない事をサラリと言われた気がする。

これが噂に聞くメンヘラと言う奴か。とりあえず刺される所までは浮かんだ。

蓮が冷や汗を浮かべて沈黙していると、今度は恵里のほうが悪戯に微笑んだ。

 

 

「うそうそ、冗談だってば。ビックリした?」

 

「………」

 

「嫌なら断って。もう誘わないから」

 

 

蓮はコロコロと表情が変わる恵里を見て楽しさを覚えてしまう。

もっと彼女の変化を見たいと思ってしまったのかもしれない。

だから首を縦に振った。初めは意味が分からずポカンとする恵里だが、それがオーケーの意思だと分かるとパッと表情を明るくして笑う。

 

 

「いいの? やった!」

 

「ああ。死なれちゃ気分が悪いからな」

 

「ちょっと! だからアレは冗談だってば!」

 

「いや目が本気だった」

 

「もう、嘘ばっかり!」

 

 

笑う蓮、すると恵里も釣られる様に笑った。

そして二人は約束通り休日にデートをする事に。

大人びているとは言え、所詮は中学生だ。二人は適当にウィンドウショッピングや、適当に見つけた映画を見て時間を潰す。

そうしていると恵里は公園に行きたいと言った。

 

 

「もう昼だ。どこかで何か食うぞ」

 

「だからほら、見てよこれ」

 

「?」

 

 

恵里はそこでずっと大事そうに抱えていた大きなカバンを揺らす。

 

 

「お弁当作ってきたの」

 

「そ、そうか」

 

「心配しないで。おにぎりはラップで握ったから。そういうの凄く気にするタイプでしょ? 顔見れば分かるよ」

 

「何も言ってないだろ」

 

「じゃあ誰かが握ったおにぎり食べれる?」

 

「無理だ」

 

「奇遇だね。私もあれは無理」

 

 

恵里は笑っていた。

真面目と言うか何と言うか、やはり蓮とは根本的に違っている。

しかしアレだ。蓮も男であるし、この時の彼はまだまだ年齢も精神もガキだ。

いや、それは年齢など関係ないのかもしれないが、自分に好意を持ってくれている人がわざわざ弁当を作ってくれると言うのは好印象であった。

 

 

「お前、コレ……」

 

「あ、あはは。ちょっと張り切りすぎちゃって」

 

 

しかしいざ食べるとなると蓮は顔より大きなおにぎりを見て少し引いてしまう。

むしろよくこんな大きさのものがカバンに入っていたなと感心するレベルだ。

だが考えても見ればつくづく全く不釣合いな光景である。

休日にクラスメイトの女と公園でお弁当を食べているなんて。

蓮は少し気恥ずかしさを覚えたが、そう言った平凡でベタな幸せの形は居心地の悪いものでは無かった。

 

何よりもその証拠に蓮の心は非情に落ち着いていた。

忘れていた穏やかさ。少し恐怖すら感じるほどの落ち着き。

要はつまり、蓮は恵里の中に『平凡』を見出した。

 

 

「………」

 

 

この女なら、好きになれるかもしれない。

好きになってもいいかもしれない。

そんな事を思いながら蓮は大口を開けておにぎりに向かっていった。

 

その日のデートと言えばそれで終了と言うものだが、意外にも次のデートは蓮から誘った。

あの時は柄にも無く緊張していたのを覚えている。色々とややこしい書き方をしたかもしれないが、結局の所、蓮も恵里の事が気になったのである。

その後も特に刺激の無いデート、と言うべきかどうかも微妙な物を繰り返した。

 

しかし蓮はそれでよかった。

いや、それこそが彼の求めていた物だったのかもしれない。

人を殴れば嫌なことを忘れられたが、心の中に燻る怒りとモヤモヤが晴れる事は無かった。むしろ日々強くなっていく炎は、嫌な熱を帯びていた。

しかし恵里といる時間の中では、そう言う『怒り達』はみるみる消えていく事が分かった。

 

だから蓮は――……いつ言ったのかは覚えていないし。

どういうタイミングで言ったのかは分からない。まして言葉も。

しかし確かに蓮は恵里に想いを告白していた。

 

 

「好きだ」

 

 

すると恵里は頬を真っ赤に染めて、満面の笑みを返してくれた。

嬉しいと連呼しながら蓮に抱きついてきた。

あの時の笑顔を蓮は一生忘れないだろう。それは紛れもない宝物だった。

 

 

「私も好き!!」

 

 

二人は交際を始めたが、蓮のトゲトゲとした性格がすぐに直る事は無かった。

それでも恵里と関われた事で余裕ができた事は確かだった。

 

大切だった、恵里が。

 

自分に安らぎを与えてくれる彼女が何よりも大切だった。

もちろんその中でも不安はあったと言えばそうだ。

例えば自分を恨んでいる奴らが恵里をターゲットをするんではないかと言う不安。

そしてそう言った事も何度かあったが、彼女は文句一つ言わずにいつも蓮の心配だけをしていた。

 

だがそう言った事もピタリと無くなる時がやってきたものだ。

それは真司と美穂と知り合ってからだ。

彼らは良くも悪くも馬鹿で強い、恵里とはすぐに仲良くなり、自分の代わりに恵里が狙われたらば全力で守ってくれた。

その事に関しては、蓮も言葉にしきれぬ感謝をしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――大切な人だね、蓮さんにとって」

 

「………」

 

 

かずみは悲しげに微笑みながら色々な意味を含めてそう言った。

そう、そうだ、蓮もまたそこに様々な感情を込めて頷いた。

恵里派何よりも、誰よりも大切な人だ。

 

 

「本気だった……」

 

「蓮さん――」

 

「指輪も……、安いヤツだが、買ったんだ」

 

 

蓮はずっとアクセサリーにしていた指輪を見て言った。

恵里に贈った安物の指輪を思い出す。それはもちろん『そう言う意味』を含めて買った物だ。

恵里も意味を理解して、とても喜んでくれた。

 

 

「いつか本物をプレゼントしたかった……」

 

 

人生を恵里と共に歩みたかった。

少なくとも蓮と恵里は本気だった。

 

 

「愛する女は……、一人だけでいい」

 

 

友人だって、分かり合えた者がいればそれでいい。

しかし世界は意地悪だ。幸福を感じれば、それを打ち砕く要因を作る。

恵里は事故にあって意識を失っている。

あれだけ守ると言ったのに、随分と滑稽な話だ。

恵里は今、病院のベッドにて生と死の境をさ迷い続けている。

蓮は神を恨んだだろう。守れなかった自分を恨んだだろう。

 

けれどもどれだけ何かを恨もうが。

どれだけ他の何かに怒りを覚えようが、恵里が意識を取り戻すことは無い。

死と言うゴールがやってくるまで、蓮は叶う筈もない希望に夢を見るしかない。

 

いつか蓮は言った。自分はあとどれだけ待てば良い?

何をすれば恵里がまた笑いかけてくれると言うのか。

知っている筈だ。恵里は目覚めず、蓮は彼女の死を迎えることでやっと解放されるのだと。

その苦しみから、その苦痛から。

 

けれども恵里の亡骸を前にすれば、また新たなる絶望がその身に降りかかる事も知っている。

まして今は恵里の顔を見る事すらできない。しかし目の前に転がっているのは絶大なチャンス。

それがあるのに、蓮は手を伸ばさず、恵里が死ぬその光景だけを夢想する。

 

 

「俺は……! 俺は――ッッ!」

 

「………」

 

 

絶望だ。

絶望に敏感な魔法少女だからこそ分かる。

今の秋山蓮にはありったけの絶望があったのだ。

苦しいんだろう、答えを出せずに。そして選べはしない二つの狭間を感じて。

 

 

(ああ……、違う。バカだなぁ、わたしって)

 

 

蓮が迷っている事なんて初めから分かっていたじゃないか。

何故ココに立っているのか、何故蓮のパートナーになっているのか。

全て分かっていたのに。

 

 

『かずみちゃんもね、わたしと戦う事になったとしても……、友達でいてほしい』

 

 

ああ、やっぱり貴女は絶望の魔女。駄目なの。気を抜けば忘れちゃう。

だから覚悟を決めておかないと駄目だったの。

なのに貴女は笑ってくれた、なのに貴女は気にしないでと優しくする。

それが辛いのに、それが悲しいのに、だから絶望しそうになるのに。

やめて、決めて、わたしは今ココにいるのは願ったからでしょう?

だから――ッッ!!

 

 

「蓮さん!」

 

「!」

 

「蓮さん、殺そう!」

 

「!」

 

「殺せばいいんだ! うん! そうだよ!!」

 

 

かずみが開眼したとき、揺ぎ無い決意がそこにはあった。

 

 

「一人残らず殺そうよ!!」

 

「かずみ――ッ」

 

「まどかも、真司さんもッ、美穂さんも! 他のみんなも殺しちゃおう!」

 

 

かずみは自らのソウルジェムを弄り、涙が出る機能を封じた。

声を震わせないようにして笑みを浮かべる。

心は見えないナイフでズタズタになっているのかもしれない。

が、それでも突き通さなければならない覚悟と言う物がある。

天秤は破壊するべきだ。悲しみは嘘ではないが、決意も本物だった。

 

 

「それが、蓮さんが騎士になった理由でしょ!?」

 

「……ああ。ああ」

 

「わたしも背負うよ。だから殺すんだよ!!」

 

 

愛する一人を――ッ!

最も愛する恵理を助ける為に、他の全てを敵に回さなければならない!

殺すんだ、彼女を救うために。

 

 

「恵里さんは参加者じゃない。真司さんや美穂さんが死んでも悲しまないよ!」

 

 

どうせその存在は消え去るのだから。

覚えているのは生き残った者のみ。それに願いを使えばその罪悪感を消し去る事だってできる。

そうだ、かずみは己の願いを使って蓮の記憶を消せば良いと思う。

だからもう何も迷う必要は無い、でなければ今自分がココにいる意味だって――!

 

 

「蓮さん、覚悟を決めようよ! 貴方はどうして騎士になったの!?」

 

「―――ッ」

 

「殺すんだよ! 殺さなきゃ駄目なんだよッ!!」

 

 

かずみの言葉は蓮の心に不思議とよく響いた。

だから心に一つの炎が湧き上がる。そうだ、もう迷い続けた。苦しみ続けた。

その中でも自分が壊れなかったのは恵里がいたからだ。

 

 

「許せ、城戸――ッ! 霧島」

 

 

壊れる事があっても、それは彼女を救ってからだ。

 

 

「すまない……。かずみ」

 

「うん、いいよ」

 

 

かずみはあくまでも笑みを浮かべた。

蓮は頷くと、決意を覚醒させて虚空を睨んだ。

その虚無の先には、恵里がいつもの様に微笑んでいる気がしてならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんの馬鹿――ッ!」

 

「蓮……!」

 

 

別々の場所にて真司と美穂は、蓮から送られてきたメールを確認する。

内容は随分とアッサリした書き方で、蓮がゲームに乗ることを決めたものだった。

確かに時間は無く、具体的な解決方法を探る前にリミットが来てしまったと言えばそうだ。

 

美穂も真司も蓮の行動を口では咎めるが、どこに責める理由があろう?

自分達だって恵里の為にと言っていたが、結局何もできずに終わったじゃないか。

 

真司はグッと拳を握り締める。

結局、無力なのか、真司は目の前にあるまどかの家を見上げて歯を食いしばった。

何と声をかけようか、それも分からずに先ほどからずっとココに立っている。

 

美穂もサキと共に、美佐子の家でただ現実に怒りを覚えているだけだ。

何か、何かできる筈なのにそれが全く分からない。

その中で蓮は唯一の答えを見つけ出したと言う事なのだろう。

 

 

「でも駄目だ……ッ! 駄目なんだ!」

 

 

だがそれを許せば、きっと何かが狂ったまま時が進んでしまう。

確かに蓮は答えを出したが、その答えは真司にはどうにも間違っている気がしてならない。

いや答えを見出せない自分よりは、蓮は確かに進み、有能なのかもしれない。

しかし先ほども思ったように、狂ったまま進む時計はいつか異常をきたして、また壊れてしまう。

参加者を殺し、そして恵里との幸せを掴んだとして、本当に蓮は幸せになれるのか――?

 

 

(いや、願いで記憶を消せば良いのか――……)

 

 

そうすれば誰も悲しまない。誰も苦しむ事は無い。

ならば蓮はやはり正しいのか、人を殺して願いを叶えて、罪の意識から開放されればそれは。

なんだよ、なんなんだ、真司は肩を落として。大きく息を吐いた。

 

 

「あ」

 

「……あ」

 

 

そうこうしている内に家の扉が音を立てた。

現れたのは鹿目まどかだ。疲労している様子で、けれども真司を見つけると淡い笑みを浮かべる。

一目で分かった。無理をして作られた笑みだと言うことを。

 

 

「まどかちゃん……」

 

「いらっしゃい真司さん。中入る?」

 

「いや――ッ。たまたま通りかかっただけだから」

 

「そうなんだ……」

 

 

沈黙。

真司は少し無神経かと思ったが、心配する意味で声をかけた。

 

 

「お、落ち着いた?」

 

「うん……。って、言ったら嘘になっちゃうかも」

 

 

まだ手には仁美を救えなかった感覚が強く残っている。

だが、さやかの時もそうだが、こんな状況だからこそ律せねばならない自己がある。

だからまどかは絶望しない。絶望しそうになっても、仁美が守ってくれた『己』と言う存在があるから希望を持っていた。

 

そうだ。仁美はまどかを守って死んだ。

もしもまどかが絶望に包まれて死ねば、それこそ仁美は何の為に死んだというのか。

故にまどかは心を取り戻す。何よりもソレは、仁美の為に。

あとは、そう話を聞いた。織莉子が死んだこと。いろいろ思うところはあるが、最終的に行き着くところは一つだ。

 

 

「わたしは、それを望んでない」

 

 

真司は思わず適当な嘘をついて帰りたくなってしまった。

それほどまで、まどかと話していると自分が小さく見えて情けなくなる。

が、しかし踏みとどまる。それもまた己の戦いであると見出したからだ。

 

 

「ねえ真司さん」

 

「ん?」

 

 

しかしまどかも人間。知りたいと思うことはある。

 

 

「わたしが気絶してるとき、何か……、あったの、かな?」

 

「――ッッ!!」

 

 

浮かぶ、絶望の魔女。

何故まどかが選ばれたのか、それは分からないが、ソレが一番の問題である。

しかし言える訳が無い。キミは実は絶望の魔女で、覚醒すれば世界が終わってしまうんだよと言う情報なんて。

 

それにまだ真司は織莉子が嘘をついている可能性を捨てきれない。

そんな状態でまどかに絶望の魔女の事を言っても、混乱させるだけではないか。

それに仁美を亡くした後にそんな情報は、辛すぎる。

 

 

「わ、ワルプルギスの夜がもうすぐ来るって……」

 

「うん、絶対に倒そうね」

 

 

そこで若干の沈黙。

そしてまどかは、あくまでも弱弱しい笑えを浮かべながら問いかける。

 

 

「――それだけ?」

 

「ッ!」

 

 

目を逸らして俯く真司。

しかし、やはり言えない。言うのがパートナーとして正しいことなのか?

まどかにとって大きな負担となる事が分かりきっている事を……?

そうだ、言える訳が無かった。だから真司は嘘をつく。

 

 

「あ、ああ」

 

「……そう、ありがとう真司さん」

 

 

サキお姉ちゃんと一緒だね。

まどかは心の中でそう思い、真司に対して申し訳なさを感じた。

確実に、何かを隠している。そして二人が隠すのならば自分に何か関係のある事なのだろうと察することは簡単だった。

だが聞けない。聞けば二人の好意を無駄にしてしまう。

それに――、怖かった。

 

 

「ま、まどかちゃんはコレからどこに?」

 

「うん。北岡先生の所にお礼をしに行こうと思って」

 

 

北岡には色々助けてもらった。

せめてものお礼にと、高いお菓子を持って行こうと言うのだ。

どうやらまどかにとっては北岡はすっかり仲間として認識されているらしい。

真司は少し苦い顔をしたが、確かに色々と世話になったのは事実だ。

北岡がいなければ確実にタツヤは守れなかった。

 

それにまどか一人では行かせられない。

織莉子は時間を与えたが、杏子や別の参戦派と鉢合わせになる可能性がある。

だから真司もまどかと共に北岡の所へ行く事に。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

北岡は現在ホテル暮らしだと言う。

流石はスーパー弁護士と言った所か。事務所は小さく、今はもうリーベエリスの暴徒たちによって破壊されてしまったが住む場所自体は確保していた様だ。

よって目指すのは見滝原駅近くのホテル。その間、二人は特に会話を交わす事も無く道を歩いていく。いつもはどうでもいい会話で時間が無駄に流れていくのに。

 

 

「真司さんは今どこに住んでるの?」

 

「え? ああ、会社にさ」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

「あ、うん……」

 

「「………」」

 

 

沈黙が。

 

 

「どうしたの真司さん?」

 

「え? あ、ああ……」

 

 

仕方ない。

流石にいつもと雰囲気が違うのが自分でも分かったか、真司は少しだけ真実をまどかに打ち明ける事に。

尤も、それは絶望の魔女ではないが。

 

 

「蓮が、ゲームに乗るみたいなんだ」

 

「――っ」

 

「恵里の事があるから。もう、時間が無い」

 

「そっか……」

 

蓮のゲームに乗ると言うのは、皆殺しはもちろん、まどかを確実に殺すと言う部分が象徴されている気がした。

そして真司もまた思うところは多々ある。

初めて蓮がゲームに乗ると言った後、なんだかんだで何とかなると心の中で思っていたのかもしれない。無責任な楽観。恵里が願いを使わずに眼を覚ます事ができる方法がある筈だと根拠も無いのにそう思っていた。

 

だが結局時間は無くなってしまい、タイムリミットはすぐにそこに。

蓮は決断をした、その覚悟が前回の比ではない事くらいは分かってる。

どうやって止めればいいのか、真司にはまだ分からない。

 

 

「でも間違ってる。間違ってる筈なんだ――ッ!」

 

「そう……、だね」

 

 

頭をかく真司。

絶望の魔女への答え、ゲーム乗った友人への答え。

そして何よりもFOOLS,GAMEへの答え。

その全てが全く見えなかった。

 

今までも色々悩み、そして答えを出してきたつもりだ。

しかしまたブレる。また迷ってしまう。揺ぎ無い一つの答えが真司にはまだ見出せない。

人を守る為に騎士になったつもりだった。なのに、なのに、なのに結局――ッ!

 

 

「あ……」

 

 

そうしていると二人は北岡の住むホテルにやって来た。

こんな顔じゃ、お礼に来たと言ってはおかしい。

二人は一度抱えているモヤモヤを振り払い、あくまでも普通に振舞おうと笑顔を浮かべた。

エレベーターを使い、北岡がいると言う部屋にやって来る。

ノックを行うまどか。しかし返事は無い。

 

 

「?」

 

「出かけてんのか? 北岡さーん!」

 

 

呼びかけるが返事は無い。

まさかと顔を見合わせる二人。

ただ出かけているだけと言う可能性もあったが、北岡は病を抱えている。

もしかすると倒れている可能性もあった。真司は断りを入れると、ドアに手をかける。

鍵はかかっていなかった。部屋の中に入ると、荒れている部屋が飛び込んでいる。

その中心にはスーツを着崩してへたり込んでいる北岡の姿が見えた。

 

 

「北岡さん!」

 

「あ? あぁ、なんだ、お前らか……」

 

 

北岡は二人を見ると、呆れたように苦笑する。

すぐに駆け寄るまどかと真司。部屋は随分と荒れており、鏡にはヒビまで見える。

 

 

「他の参加者に襲われたのか!?」

 

「いや、いや……、そうじゃない」

 

「!?」

 

 

そこでまどかは、北岡の拳から血が滴り落ちるのを見た。

そして鏡には同じく血液が。これは拳の痕だ。

 

 

「北岡さん……。自分でやったんですかッ?」

 

「え?」

 

「―――ッ」

 

 

北岡はヨロヨロと立ち上がり、ベッドに倒れこむ。

そして大きなため息を一つ。自分の姿が酷いものだと、笑みを浮かべた。

 

 

「前に見たんだけどさ」

 

「?」

 

「浅倉ってイライラしたら壁に何度も何度も頭突きするんだよ」

 

「な、何を――」

 

「意味わかんない行動だと思ったけど、アレちゃんと意味あったんだね」

 

 

溢れる怒りを、沸き立つ感情を抑えられない。暴走する心が破壊を求める。

北岡は自分で部屋を荒らしたとの事だった。

枕を切り裂き、カーテンを引きちぎり、そして鏡を拳で叩き割る。

 

 

「どうしてそんな事っ?」

 

 

まどかは理解できない、真司もまた。

そんな二人の哀れみの目が北岡をイラつかせたか、珍しく怒号をあげた。

 

 

「虫が離れないんだよッ!」

 

「え?」

 

「頭の中に何匹も何匹もウジャウジャウジャウジャ!」

 

 

北岡の顔色は相当悪い。

 

 

「虫? 北岡さ、頭の中に虫がいるのか!?」

 

「ち、違うよ真司さん。北岡先生の病気が――!」

 

 

ジュゥべえのアシストではもうどうしようもないくらい北岡の体調は酷くなっていた。

もう『応急処置』では対処できない程にガタが来ていたのだ。

めまいは酷く、頭痛も頻繁に起こる。それはまるで脳を食い散らかす虫を何匹も何匹も脳の中に詰め込まれたようだ。

 

咳が出れば必ず血の塊が出てくるし、記憶もまれに飛んでしまう。

北岡からしてみればそれは非情に腹の立つ話だ。何故ジュゥべえは中途半端な保障しかしないのか、なぜ自分だけこんなハンデを負わなければならないのか。

 

そうだ、自分は昔からエリートだった。

常に人を見下す位置にいた筈だ。浅倉の様に格下は、自分の様な物に利用されるのが当然だと思っていた。

なのに今の状態では浅倉には絶対に勝てないじゃないか。

 

いや、このままならば誰にも勝てない。

ありえない話なのだ。自分の実力とゾルダの力があれば、初めから皆殺しなんて簡単だった。

全てを殺して、願いをたんまり叶えられる筈だった。

しかし病気と言うハンデ、使えないパートナー。

そうだ、何故自分の相方はあんな甘い馬鹿だったのか。

 

 

「………」

 

 

そして何故、食い散らかされている脳なのに、美樹さやかの涙と言葉が離れないのか。

 

 

「――分かってる! 俺はもう分かってるさ!」

 

 

幻想に向けて吼える。

理由など本当はずっと前から分かっていたんだ。さやかを蘇生させない理由もちゃんとある。

 

 

「くそ、くそっ! くそッッ!」

 

 

北岡の爆発の裏にあったのは、当たり前の絶望だった。

 

 

「……!」

 

 

その時、北岡は自分を照らす桃色の光を確認した。

回復魔法を使用しているまどかと目が合う。

 

 

「いい、よせ」

 

「でも、少しは楽になるかも……」

 

 

確かに、そうだ。

病気を治すことはできないが、体が軽くなる。不快感が消えていく。

北岡は折れた。何も言わず、まどかの光を受ける。

そうなると手持ち無沙汰の真司。彼は北岡に菓子を持ってきた事を告げる。

 

 

「つまらない物ですけど」

 

 

まどかが決まり文句を言うと、北岡は中身をジロリ見る。

 

 

「本当につまらないな」

 

「アンタ……! 性格もまどかちゃんに治してもらえ!」

 

「ほっとけよ。それよりさぁ、喉渇いたんだ」

 

「はぁ」

 

「はぁ、じゃないでしょ間抜けかお前は。悪いけど下の自販機で何かジュースでも買ってきてよ」

 

 

少しムッとしたが確かに何もしていないし、病人相手に怒鳴る気はない。

真司は言われた通りジュースを買いに行く事に。

ドタドタと部屋を出て行く真司。それを見送るまどかの表情は暗い。

 

 

「………」

 

 

北岡もそれは気づいている。ましてや人とよく関わる弁護士だ、相手の表情の変化や、腹に抱えた一物が何なのか見抜くことも時として要求される。

北岡は今のまどかの異変が、ただ悲しみだけから来るものではない事を何となく察知した。

 

 

「ねえ、北岡さん……」

 

「ん?」

 

 

ほら来たと。

おそらく次に出る言葉は――

 

 

「わたしが気絶してるとき、何があったんですか……?」

 

「………」

 

 

やはりと北岡は俯く。

どうせ真司達の事だ、まどかを気遣って絶望の魔女についての情報は何も与えていないのだろう。

しかしいくらまどかが放心状態であり、魔女になりかけだったとは言え、わざわざ敵であった筈のオーディンがソウルジェムを浄化しにくる光景は心のどこかに覚えている筈だ。

そして邪魔をしようとするほむらに向かって言った言葉も耳にしているのだろう。

そして結果がこれだ、まどかは他を気遣って踏み込めない。

それが皆のためと割り切るが、結局心には不和が募ってしまう。

 

 

「あったよ。そりゃもう凄い事があったさ」

 

「……!」

 

 

北岡にとってはある意味どうでも良い事だった。

だから鹿目様が期待しているであろう答えを返してやろうと思った。

ある意味それは自暴自棄、どうせ病で苦しむくらいなら。なんて。

 

 

「キミさぁ、何かやばい存在だったんだって」

 

「え……?」

 

「だから、お前が魔女になると世界が終わっちゃうとか言うヤツだよ」

 

「……っっ!」

 

 

まどかは胸を強く押さえ、魔法を中断する。

不安定な精神を感じ、このまま魔法を使ってしまえば倍以上の魔力を消費すると悟ったのだろう。

北岡は随分とアッサリ言ったが、まどか自身にとっては大きく打ちひしがれる事だ。

予想していた。分かっていたとは言え、やはり突きつけられるとショックは大きい。

 

北岡はため息をつくと立ち上がり、引き出しの中にあったグリーフシードを取り出してまどかへ投げ渡す。

いつかの日にたまたま見つけ倒した魔女からドロップしておいた物だ。

自分は騎士だから使うことも無いし、渡すパートナーも死んだ。

 

 

「ありがとうございます」

 

「まあ、絶望しないで貰えればいいよそれで」

 

「あはは……」

 

 

そう言うまどかの顔は全く笑っていなかった。

当たり前か。自分が世界を終わらせる大きな爆弾だと知ってしまったのだから。

 

彼女はどうするのだろう?

北岡にそんな疑問が浮かんだ。体に大きな爆弾を抱えていると言う点では共通するものがある。

まあ尤もレベルが違うともいえるが。

 

 

「一番いいのは、なんなんだろう……」

 

「そりゃあ、ねぇ?」

 

 

流石に北岡も空気は読んだか。しかしまどかは察している。

それは自分から死を選ぶことだ。死ねば流石のインキュベーターも回収は行えない、筈。

いや、蘇生ルールを設けている彼らの事だから確実ではないか。

過去には死者の蘇生を叶えた魔法少女もいると聞くし。

 

だが、だからと言って生き永らえる方がやはりリスクは大きい。

それはまどかも北岡も知っている事だ。

もちろん先ほどの通り自分が死ねば仁美の死は無駄になってしまう。

それだけでなく純粋に中学生の女の子として、まどかは死にたくないと願うのだ。

 

 

「自分が死ねばいい。それは分かっているつもりなんですけど……」

 

 

純粋に、ただ純粋に、死にたくないと願うのは罪なのだろうか?

胸に押しかかる思い出や未練と言う重み。

家族はどうなる? なによりもまどかは自分の人生を謳歌したかった。

多くの友人を失い、多くの後悔が炎となって身を焦がすが、それでもまだ生を望む意思がある。

胸を包む黒い靄は、まどかの心を絶望ではなく、無限大の虚無へといざなっていく。

一体どうすればいいの? もう先ほど100回以上は自問自答だ。

 

 

「………」

 

 

北岡は苦悶の表情を浮かべるまどかを見て、つくづく彼女と言う人間が気の毒だと思う。

まだ歳相応に死にたくないと駄々をこねてくれた方がマシだ。

生と死の狭間で苦悩するばかりか、それでも尚彼女はきっと他者のことを考えているのだろう。

 

 

「買ってきたぞ北岡さん」

 

「遅い。何分待たせる」

 

「うるさいなッ、買ってきたんだからそれでいいだろ!」

 

 

真司が北岡に向かって缶を差し出す。

 

 

「お前何考えてんだよ! 喉渇いてるって言ってるのに普通甘酒チョイスするか?」

 

「間違って押しちゃったんだよ!」

 

「ならせめて違うのもう一つ買えよ!」

 

「一本分の小銭しか持っていかなかったんだよ!」

 

「本当ッ、使えないねぇ……」

 

 

北岡は貰った甘酒を即座に真司へ投げ返すと、適当に水を汲んで飲みほした。

カルキの臭いが酷いかと思ったがそうでもない。見滝原の優れた浄水装置が齎した結果だろう。

真司はふとへたり込んでいるまどかの様子がおかしい事に気づく。

先ほどよりも明らかに元気が無い。

 

 

「どうしたのまどかちゃん」

 

 

だがやはりと言うべきなのか。

まどかは何でも無いと笑う。気にしないで。大丈夫。

軽くて重い嘘だ。

 

 

「ちょっと疲れちゃった。貧血気味だったからかな?」

 

「そっか、辛かったら言ってよ」

 

「うん、ありがとう……」

 

「………」

 

 

北岡はため息をついた。

あくまでも、まどかが浮かべるのは笑みなのか。

分かり合えると思っていた杏子とは完全に亀裂ができ、親友が死んで、自分が絶望の魔女だと知る。

ある種、笑えてくる程の不幸の中で、まどかはまだ他人を気遣い笑みを浮かべるのか。

なんて不幸な。なんて憐れな。あんて愚かな。気の毒な程に彼女は優しすぎる。

 

 

「子供らしくないな、君は」

 

「じゃあ良かった」

 

「え?」

 

「北岡先生、子供が嫌いってよく言ってるから」

 

 

全く。思わず笑ってしまった。

北岡は笑みを浮かべるまどかを見て、言葉にならない息の詰まった感覚を覚える。

 

 

「ああ、俺はガキが嫌いだよ」

 

「どうして?」

 

「………」

 

「それは――」

 

 

誰にも言うまいと思っていた。

ああいや、過去には唯一の友に打ち明けたか。

それほど北岡の中で秘密にしておこうと思ったことも、何故か今は簡単に口を突いて出た。

まどかの余りにも自傷じみた行動に同情したからか。それとも北岡を蝕む病が気を弱くしたか。

 

よく言うだろう、病は気からと。

言葉にする事はなかったが、確実な弱さを心に抱えていたのかもしれない。

それをまどかに聞いてほしいと無意識に欲していたのかもしれない。

 

もしくは同調の念か。

親友を失ったと言うまどかの姿は、自己を投影するには十分だった。

いずれにせよ、とにかく北岡は疲れていたのだ。だから淡々とその理由を話し始めた。

 

 

「昔の話だ」

 

 

 

 

 

 

 

北岡は生まれたときから恵まれた環境にあった。

弁護士だった父は多くの功績をあげ、数々の裁判にて勝利を収めてきた確固たる実力を持った男だった。

その息子として生まれた北岡は、恵まれた環境にて、恵まれた生活を約束された。

 

要するに彼はエリートだったのだ。

生まれながらにして人生の安泰を約束された男。

さらに言えば天は彼に『才能』と言う、何よりの財産を与えた。

 

テストをすれば一位以外を取ったことはないし。

運動もまた同じだ。何をやらせても北岡秀一は全てを凌駕する。

そのプライドも持っていたし、他の人間など自分を引き立たせる道具くらいにしか思っていなかっただろう。

 

だがそんな彼にも唯一尊敬している人物がいた、それが父である。

父には威厳があった。父には実力があった。父は偉大だと、そして北岡も父に色々な事を教わって弁護士の道を目指すようになった。

北岡にとって父親は道標でもあり、尊敬に値する人物だったのだ。

 

約束された将来、恵まれた環境、偉大なる父親。

北岡は幸福を約束された希望に満ちた人生を歩んでいく。

 

 

筈だった。

 

 

ある日、父が病に倒れた。

何の病のだったのかは覚えていない。

いや、分かっているかもしれないが、思い出したくも無い。

才能のある父に神が嫉妬したのか、父は次第に弱っていったのを覚えている。

 

だが病気と言うのは誰もがなりうるものだ。

それは北岡もよく分かっていた。だから悲しいけれど、受け入れる事はできた。

弱っていく父。そこにあるのは『父親から将来を託される息子』と言う、お涙頂戴のストーリーではないか。

北岡はそれを想像する事で割り切る。

自分はそのエピソードを胸に更なる飛躍を遂げるだろうと。

 

ある意味、どこか酔っていた部分があったのかもしれない。今になって北岡はそう思う。

 

 

しかし思い知らされた。

現実とは、ドラマと違って随分と醜いものだ。

いや、北岡は人の醜さなど等に知っていたのかもしれない。弁護士を目指す上で様々な人の負を見てきた筈だ。人は醜く、愚かだ。そんな屑共を見下せる位置に北岡はいた。

なのに、彼は大切な事を見落としていたのかもしれない。

 

 

「なんだこれ」

 

 

無意識に出た言葉だ。

病に伏せる父は自分にどんなメッセージを贈るのか。

やや期待していた面もどこかにあったのかもしれない。

だが現実にあった光景といえば、それは大きく北岡の想像を違っていたものだったのだ。

暫くぶりに父の病室を訪ねた北岡、そこにいたのは――

 

 

子供、だった。

 

 

父は威厳があった。厳しくも凛とした気品があった。

だと言うのに、久しぶりに見た父は指をしゃぶっていた。

母が言うには父の脳を病が蝕み、それ故の結果だと言うのだが、あの時の北岡にはソレを受けいれる事ができなかった。

 

厳しく、けれども色々な事を教えてくれた父が涎まみれになって一心不乱に指をしゃぶっている。

指は甘くて美味しいらしい。喉の奥まで突っ込むと、激しく咳が出て涎が溢れてくる。

それが美味しくて心地いい。父は呂律のまわらない口調で説明してくれた。

 

それだけではなく『そういった機能』も壊れたか。父は糞尿を所構わず漏らし続けた。

多くの人間が普段から口にしている。病人には優しくしろと。

しかし北岡はその時、心から父を軽蔑した。いやもっと簡単に言えば引いていたのか。

病気の症状だから仕方ないと言えばそうだったのだが、人の心はそんなに簡単ではない。

指をしゃぶる父を愚かだと思い、糞尿を漏らす父を心の底から惨めだと思った。

 

 

もっとはっきり言えば、何とも醜い姿だった。

 

 

そんな事を思う北岡を人は冷たいと一蹴するだろうか? 非道だと、非情だと。

しかし息子だから思う物があったのだろう。おまけに日を増すごとに症状は悪化していき、次第に会話もできない状況になっていた。

人の顔を忘れ、自分が何を話していたのか、食事を何度行ったのかすらまるで理解していない。

滑舌も悪くなり、皮膚も汚く変色し、病人特有の悪臭が鼻をつく。。

 

膨れ上がっていく北岡の苛立ち。

コレがあの父なのか? 自分が憧れた男は、今はもう幼児と言っても差し支えないもの。

 

北岡は父に会う事を止めた。汚いものは見たくない。当然だ。

話に聞いただけだが、なんでも背中をかいてくれないからと言う理由で母を怒鳴り、殴ろうともしたらしい。怒りの感情すらコントロールできず、思い通りにいかなければ喚き散らす。

まさに子供だ。哀れな、愚かな、見苦しい。

 

だが危篤状態だから来てくれといわれた時は、流石に赴いた。

久しぶりに見た父は、食事を取ることができず点滴で栄養を補給していたからか、骸骨の様にやせ細り、体には呼吸器だのと様々なチューブが繋がっていた。

 

目は空ろで、声を出すことも無く。

聞こえるのは小さなうめき声の様な物だけ。

肌の色はますます悪く、北岡にとっては心から汚いと思えるものだった。

 

コレが、父なのか。

あれだけ醜い姿を晒し、今はもう全身チューブまみれになって、かろうじて生きているだけの存在。暴れまわった子供が、お仕置きを受けた後の様に静かになっている。

みすぼらしい、これが人間なのか。

これがあれだけエリートの道を行っていた父の末路なのか。

 

そして父はそのまま何のことは無く死を迎えた。

火葬場で焼かれた後に骨をみたが、病が蝕んでいたのか、スカスカの骨たちしか残らなかったのも覚えている。

 

 

そしてその時、北岡は思った。

 

 

俺は、ああはならない。

 

 

 

 

なのに、今――。

それは絶望。俺もあんな姿になるのか?

父とは病の種類が違うが、治療と言う過程を受ければ同じような末路になる。

ひょっとしたら指をしゃぶり、糞尿を漏らす様にもなるのかもしれない。

 

北岡はそれがたまらなく嫌だった。

自我を失い、理性を失い、そしてただの醜い置物になるだけなんて絶対に嫌だ。

しかも北岡は父とは違い、腹部にも爆弾を抱える事になる。

その時からだろうか? 子供を見ると嫌悪感を覚える様になった。

 

いや、別に子供が嫌いなわけじゃない。

しかしギャーギャーと騒ぐ姿は、あの時に見た父そのものだったからだ。

父は子供だった、ガキだった。そして自分を同じ運命を辿るのか。

自分もガキになるのかと思えば不快感がこみ上げてくる。

 

 

「だから、俺は子供が嫌いなんだ……」

 

「北岡さん――……」

 

 

真司もまどかも、何と声をかければ良いのか全く分からずに沈黙してしまう。

ただ純粋に子供が嫌いなのかと思っていたが、まさかそんな理由があったとは。

 

 

「………」

 

 

北岡は思う。

結局自分の人生も愚かな物だったのかもしれない。

父と同じにはなりたくないと思えど、今の自分も相当顔色が悪い。

そればかりか、唯一の友は自らの行動が原因で殺されたのだろうとも思う。

 

彼とは一緒に酒を飲んだ。一緒に旅行に行った。

まだせめてもの幸いだったことは、自分の病が進み、彼の顔を忘れる所を見せなくて良かったくらいか。

 

 

「……なあ、城戸」

 

「えッ?」

 

 

北岡は疲れた様に真司を見る。

 

 

「俺は、生きる為に戦いを選んだ」

 

 

人としての尊厳を取り戻す為に皆殺しを選んだ。

 

 

「それは、悪い事なのかね?」

 

「そ、それは――……」

 

「俺は間違っているのか?」

 

 

真司の心に、言いようも無い悔しさが残る。

今まで参戦派と言えば、浅倉や芝浦の様に純粋に殺し合いを楽しむヤツばかりかと思っていた。

しかし蓮や北岡が皆殺しを選ぶ理由は確固たる信念と、引けない理由がある。

それを止める資格などあるのか――?

 

真司の願いは人を守る事、戦いを終わらせる事だ。

その裏に確実に出てくる筈の悲しみと犠牲者の事をちゃんと考えていたのか?

分からない、至れない、答えが出ない。真司はただ俯いて首を振るだけだった。

 

 

「ま、いいや」

 

「……っ」

 

 

「もう帰れ。疲れた」

 

 

どうせ戦いについての答えは、明日にでも出て来る。

オーディン達はまどかを確実に殺しに来る。その時、北岡もその戦いに参加して答えを出す。

北岡はその事を真司たちには言わなかったが、そう思っていた。

 

どこか、その雰囲気を感じたのか、まどかは頷くと真司に部屋を出る様に促す。

彼女もまた、答えを出せぬままに時間を過ごすしかない。だが絶望に塗れた希望もある。

答えは自ずと出る。今は、なるべく考えないように。

ただワルプルギスを倒す事だけを考えたい。

考えさせてほしい……。

 

 

「北岡さん……」

 

「?」

 

 

別れ際、真司は弱弱しくも、言葉途切れる事なく想いを打ち明ける。

 

 

「俺は答えを出せない。迷ってる。だけど――!」

 

「………」

 

「だけどもしもアンタが、皆を殺そうと思うのなら」

 

「………」

 

「間違ってるとか、間違ってないとかじゃなくて、ただの純粋な人間としてアンタを止めたい」

 

 

北岡はその言葉に無言で頷くだけだった。

否定も肯定も、ましてやいつもの様に馬鹿にする事も無い。

やれるものならやってみろ。そんな視線を送るだけだった。

 

 

「じゃあ、また」「失礼しました」

 

 

部屋を出て行く二人。

北岡はため息をついて、先ほどの真司の言葉を思いだす。

北岡にとって城戸真司と言う男は馬鹿で愚かな存在だ。

しかしきっと正しいのは彼の方なのかも知れないと、最近思い始めてきた。

もちろん、だからと言って北岡は自らの生を諦めるつもりはないが。

 

 

「?」

 

 

その時、床に何か光る物が落ちている事に気づく。

これは――……、羽?

 

 

「!」

 

 

黄金の、羽。

 

 

「ごきげんよう、北岡秀一」

 

「お前……ッ!」

 

 

北岡の目の前に現れたのは黄金の騎士オーディン。

 

 

「何だ? 殺しにきたのか」

 

「いや違う。勘違いしないでくれ」

 

 

オーディンは言う。むしろ、逆だ。

 

 

「貴方を守りに来た。守護ですよ先生」

 

「守護?」

 

「ああ。このままならば貴方は確実にユウリに殺される」

 

「――ッ」

 

「僕は未来が視えるんだ。だから貴方を助けに来た」

 

「それは……、ありがたい事だ。しかし前回は普通に攻撃を仕掛けに来ただろ?」

 

 

するとオーディンは珍しく、組んでいた手を降ろして跪く様なポーズを取った。

威厳に満ち溢れた雰囲気からは想像もつかない行動に、北岡はやはり強烈な違和感を感じた。

 

 

「理由は二つ」

 

「っ?」

 

「まず一つ目。今となってはワルプルギスの夜の戦力を一人でも確保したいと言う事さ」

 

 

前回オーディンが北岡を襲ったのは仁美を殺す邪魔をされたくなかったからだ。

それが達成された今、一人でも多くの協力者を確保したいと思うのは当然の事ではないか。

まどかを殺そうとする中、その過程にどれだけの負傷者が出るか。

オーディンの力があればワルプルギスは倒せるとは思えど、やはり保険はかけておきたいじゃないか。

 

 

「そしてもう一つ、コレはお願いです」

 

「お願いだと?」

 

「そう。パートナーを蘇生させてほしい」

 

「ッ」

 

 

さやかの涙がフラッシュバックする。

彼女を蘇生させると言う事は、50人殺しを達成させなければならない。

オーディンはその生贄は用意すると言う。とにかくゾルダには何が何でも美樹さやかを蘇生させてもらわなければ困るのだから。

 

 

「……っ?」

 

 

弁護士としての勘か。

さやかの話をするとき、オーディンが何か焦りの様な物を感じている事に気がついた。

何かあるのか? 美樹さやかに。

 

 

「嫌だって言ったら?」

 

「………」

 

 

命令どおりに操られるのは癪だ、北岡は挑発的に笑みを浮かべる。

するとオーディンはありったけの殺意が篭った声で北岡の首に手をかけた。

 

 

「殺すだけだ」

 

「ッ、やれるのか? 俺を殺したら美樹さやかは戻ってこない」

 

「………」

 

 

首を少し動かすオーディン。

 

 

(なるほど、厄介な相手だ)

 

 

オーディンは北岡の首を掴んだまま持ち上げる。

息が止まる、苦痛の表情を浮かべて北岡はオーディンを睨んだ。

少し違和感があった。わざわざさやかを蘇生させる点が特に見つからない。

特別な力があったようにも思えないし、まどかキラーにでも使うつもりか?

いや、それにしたって織莉子とオーディンで十分な気もする。ここまでの焦りの理由には繋がらない。

 

となれば。

もしかすると美樹さやかが何らかの理由で必要になったと考えるのはどうだろうか?

コレは賭けだった。もしも織莉子陣営にとってさやかが必要なものならば、なんとかして優位な状況には立てないか?

隙をついて邪魔なオーディンを消せはしないか?

 

 

「キミは色々と考えている様だ」

 

「ッ?」

 

「だが僕は未来が視える。織莉子の力でね」

 

「――ッ」

 

「こうなったら、少し荒っぽいやり方が必要かもしれない」

 

 

オーディンはカードを使い、北岡を連れてワープを行う。

ゲストは丁重にもてなしたかったが、仕方ない。

オーディンは何が何でもさやかを蘇生させたい。

そのために上条はオーディンになった。彼にはさやかが必要なのだ。

さやかの為に、そしてなによりも自分自身の為に。

 

 

 

 

 

 






もしかしたら、近いうちに番外編で、没エピソード更新するかもしれないです。
言うても本当にちょっとしたヤツで、やるかもどうかも未定なんで、もしかしたらって感じで。


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第47話 決別 別決 話74第

あとがきにビルドの次のライダーの事をちょろっと書いてます。
まだ知らない人は飛ばしてね(´・ω・)


 

 

 

「………」

 

 

ほむらは現在、美佐子のマンションで生活している。

現在サキと美佐子は買い物に出かけている為、家にはほむらだけだった。

彼女は電気もつけずに、壁にもたれ掛かって沈黙している。

明かりと言えば窓から差し込む夕日だけだ。その炎の様な光だけを感じて、思考を鈍らせる。

 

放心した様に、ほむらは一点を見つめていた。

もう『時間停止』と言う切り札は使えない。奥の手も――、おそらく期待しないほうがいいだろう。

いずれにせよ、限りなく弱体化した状況でまどかを守らなければならないのだ。

不安は多いが、それでもほむらを突き動かす記憶と言う物がある。

 

たとえどれだけ傷つこうが、たとえどれだけ心を抉られ様が、たとえどれだけ絶望がこの身を汚そうとしようとも繋ぎ止めたい想いがある。

目を閉じれば、今も鮮明にあの時の事が思い出せる。

 

まどかは希望を与えてくれた。

まどかはほむらとってのヒロインだった。

まどかはいつも明るく、笑顔で、なによりも優しかった。

 

 

「――まどか」

 

 

彼女を名を口にするだけで優しくなれる。

だから、まどかが死ぬ運命をどうしても変えたかった。

ほむらは、まどかの為に魔法少女になった。その事は欠片も後悔していないが、だからこそ彼女を救えない苦痛があった。

 

 

「それでも私は必ず貴女を助ける。必ず貴女を守る」

 

 

まどかを守る為に、永遠の時間を繰り返す事を決意した。

あの日、あの時、その時間軸。皆が恐怖に飲まれていた。

さやかは杏子と対立を起こし、それが原因で魔女になる。

それが魔法少女が魔女となる運命を知らなかったマミの恐怖を加速させ、彼女を暴走させた。

 

マミはまず、ほむらを縛り、そして杏子のソウルジェムを撃ち抜いた。

あの時の恐怖に満ちたマミの表情は、ほむらとしても複雑な想いが残る。

 

 

『ソウルジェムが魔女を産むなら! 皆死ぬしかないじゃないッ!!』

 

 

マミは恐怖に身を任せて、やがて魔女になる魔法少女達を皆殺しにしようとした。

そんなマミを止めたのはまどかだ。まどかはほむらを狙うマミのソウルジェムを、光の矢で貫いた。

ほむらを救うにはそうするしかなかった。尊敬する先輩を殺してしまい、辛い現実を突きつけられたまどかは、涙を流して崩れ落ちる。

救うために殺す。そんな意味不明な矛盾に心を抉られていたのだろう。

 

 

『嫌だ……っ! もう嫌だよこんなのぉ……!』

 

 

何故まどかが絶望しなければならないのか。

ほむらは慰めようと、必死に笑いかけた。

もしかしたらこの時の自分達は、他人の目から見れば酷く滑稽に映ったかもしれない。

 

 

『大丈夫だよ、二人で頑張ろう? 一緒に……、一緒にワルプルギスの夜を倒そう?』

 

 

でも、ほむらはどこかで諦めていたのかもしれない。

まどかも涙をこらえて頷いてくれたが、きっと彼女だって心のどこかで諦めがあった筈だ。

 

無限に続くループ。

ほむらも幾度と無く続いていく絶望の連鎖に、心が折れそうになっていた。

まどかを救いたかった、まどかを守りたかった。まどかと共に笑い会える未来を歩みたかった。

なのに何度と無くインキュベーターが、魔女が、そして何よりもワルプルギスの夜がそれを砕く。

わずかに灯った希望を、ズタズタに引き裂こうとするのだ。

 

 

『ヒャハハハ! アハッ! アハハハ! ヒーッヒヒヒヒヒ! イヒッ!』

 

 

今回もまた、ヤツは狂ったように笑いながら現れた。

ほむらもまどかも手を抜いたつもりは無い。全力でワルプルギスを倒そうとした。見滝原を守ろうと奮闘した。

 

しかし。

 

なのに。

 

でも。

 

結局、無駄だった。

 

ありとあらゆる手で攻撃したが、向こうのサイコキネシスや使い魔たちの援護攻撃はまどか達の攻撃を封殺して、的確な反撃を行っていく。

最強の魔女。その名にふさわしい圧倒的な敗北だった。

二人のソウルジェムは濁りきっており、空には何の事も無く笑い続けるワルプルギスが浮遊している。勝てない、ヤツには何をしても。どんな手を使っても勝てない――ッ!

 

 

それが、暁美ほむらが得た結論。

 

 

『わたしたち、もうおしまいだね』

 

 

隣に寝ていたまどかが呟く。

彼女のソウルジェムもまた限界を迎えていた。

 

 

『グリーフ……、シードは?』

 

『ううん、全部、使っちゃった』

 

 

そう、ほむらは終わりを確信した。

 

 

『ねえ、私たちこのまま二人で魔女になって、こんな世界滅茶苦茶にしちゃおっか?』

 

『え?』

 

 

ほむらは涙を浮かべ――、けれども笑顔で提案する。

辛い事も、嫌な事も、悲しい事も。全部無かった事にしてしまえる程に壊して、壊して、壊しまくって。

 

 

『それはそれで、良いと思わない?』

 

 

いい子であるのも疲れたろう。

もう自由にしてくれ。ほむらは己の身を絶望にゆだね様としていた。

すると、ほむらのソウルジェムが急激に光りだす。

 

 

『え?』

 

 

見れば、まどかが笑みを浮かべながらグリーフシードでほむらのソウルジェムを浄化しているではないか。

 

 

『なっ! 鹿目さん!?』

 

『てへへ、さっきのは嘘……。一個だけ取っておいたんだ』

 

『そんな――ッ!? でも、どうして私にッ』

 

 

対照的にまどかのソウルジェムは真っ黒に淀み、ヒビが入り始めた。

絶望が身を切り裂こうとする中で、まどかはほむらに笑みを向けたのだ。

いつも様に。普段どおりに。

 

 

『わたしにはできなくて、ほむらちゃんにできる事を……、お願いしたいから』

 

『え?』

 

『ほむらちゃん、過去に戻れるんだよね?』

 

『――ッ!!』

 

 

ほむらの体に電流が走った、

確かに以前、そう言った話をそれとなくは。

結局誰にも信じてもらえなかったとばかり……。

 

 

『こんな終わり方にならないように、歴史を変えられるって言ってたよね?』

 

『うん……』

 

 

そのつもりだった。

しかし実際は何も変えられず、こうして救いたかったまどかを絶望に沈めようとしているんだ。

まどかの笑顔が眩しくて、心に突き刺さった。目を背けたかった。

 

 

『キュゥべえに騙される前の馬鹿なわたしを、助けてあげてくれないかな?』

 

『!!』

 

 

まどかは、笑いながら涙を流していた。

その時ほむらは、まどかの心の中にある、ありったけの苦痛を感じ取った。

未練。辛いのに笑うのは苦しすぎるから。これを夢だと信じたいからだ。

 

 

『ほむらちゃん……、わたし、こんな終わり――、やだよ』

 

『鹿目さん……!』

 

 

マミやさやか、杏子と普通に笑いあいたかっただけなのに。だけなのに――ッッ!

 

 

『こんなの……、やだよぉ』

 

 

ほむらは、まどかを抱きしめたかった。

でもそんな時間が無いことも分かる。だから無我夢中で訴えた。

まどかの想いを死なせない為、その手を握る。

 

 

『約束するわ! 絶対に貴女を救ってみせる。何度繰り返す事になっても!』

 

 

ほむらも、まどかも、涙でお互いの顔がうまく見えない。

 

 

『必ず、必ず貴女を守ってみせる――ッッ!!』

 

『……よかった』

 

 

永遠の戦いになったとしても、この誓いだけは忘れない。

必ず鹿目まどかを守るのだと。絶望したまま終わらせるなんて絶対に許さない――ッ!!

 

 

『うあぁぁッッ!!』

 

『か、鹿目さん!?』

 

 

まどかは苦痛に身を捩じらせて叫び声をあげた。

絶望がまどかを侵食して、飲み込もうとしているのだろう。

弓なりに体をしならせ。身体と魂に走る激痛に恐怖する。

 

 

『も、もう一つだけ――ッ! お願い……しても、いい……かな?』

 

 

苦しそうに表情を歪ませながらも、まどかは心配を掛けさせないためか、笑みを浮べていた。

 

 

『なに? 私貴女の為ならなんでもする――!』

 

 

それを聞くと、まどかは少し寂しげな表情を浮かべる。

 

 

『わたし、魔女になりたくない』

 

『!』

 

『嫌な事も……、悲しい事もあったけど、守りたいものだって――』

 

『うん、うん……!』

 

『守りたいものだって、たくさん……ッ、この世界にはあったから』

 

『まどか――ッ』

 

 

まどかは儚げな笑みを浮かべたまま、ほむらの頬に手を添える。

 

 

『ほむらちゃん……。やっと、名前で呼んでくれたね』

 

 

うれしいな。

そう言ったまどかの目から光が消えた。

ほむらは泣き叫びながら盾から銃を取り出して、それをまどかに向けた。

泣いた、叫んだ、美しい声が、醜く掠れようとも構わずに。

 

だってそうだろう?

欲しい物を買ってもらえずに泣き喚くのとは訳が違う。

死なないでと。壊れないでと願っているのに、その手に持っているのは彼女を殺す道具だ。

命をつなぎとめる行為が、彼女を壊す、その矛盾。

 

 

『はっうッッ! ぐぁッ! うぅぅうう!!』

 

 

別に特別な事は望んでいなかった。

ただ、まどかと一緒に笑いあいたかっただけだ。

一緒の時を過ごせればそれでよかった。まどかの友人として、当たり前の幸福を築きたかった。

お茶をして、買い物をして、それからそれから――……。

 

 

『ううぅう゛う゛う゛ぅう゛ウゥウヴ゛ッッ!!』

 

 

銃声が聞こえた。

ほむらは引き金を引いて、まどかに終わりを与えた。

そして魔法が発動される。ほむらが砂時計を戻せば時間は遡り、また始まりだ。

砂はワルプルギスの夜との戦闘にて必ず切れるルールがある。

砂が織り成すループ。無幻と無限。

 

 

 

誰も未来を信じない、誰も、未来を受け止められない。

 

 

「――まどか」

 

 

ほむらはゆっくりと目を開ける。

そうだ。どれだけの絶望が襲い掛かってこようが、まどかと再び笑い会える世界にたどり着くまでは諦めない。

しかし今回は騎士と言うイレギュラーが訪れた訳だが、その謎はほむらにも全く分からぬ事。

なぜ時間を戻しただけのループなのに、騎士などと言うイレギュラーが押し入ってくるのか。

それにいなかった筈のジュゥべえだって……、彼が言った言葉だって。

 

 

『暁美』

 

『!』

 

『窓の下だ』

 

 

その時。頭の中に手塚の声が響いた。トークベントだ、ほむらは我に返って窓の外を見る。

影の黒と、夕焼けのオレンジしかない世界で、手塚はほむらを睨む様にして立っていた。

手塚の目に夕日が映っているような気がする。

 

ほむらは手塚の表情に少し気圧されてしまう。

尤も、手塚とはもうそれなりに長くいるが、いつも無表情に近い。

だから言ってしまえば、いつもと変わらないとも言える。

しかし長くいたからこそ、ほむらには彼の『異変』が分かってしまった。

 

 

『何……?』

 

『大切な話がある』

 

『………』

 

 

丁度良い。ほむらとしても手塚とは話したかった。

ほむらはすぐに彼を美佐子の部屋に招き入れる。

他人の家だ、お茶を出すわけでもなく、二人は向かい合って座る事に。

 

おかしな感覚だ。

少し離れただけなのに懐かしさがある。

昔を思い出していたからだろうか? ほむらはほんの少しの安心感を覚えていた。

ずっと繰り返してきた時間の中で、仲間になってくれる魔法少女は多くいた。

しかし時間軸が変われば、時として対立して、命の奪い合いも行ったものだ。

その点、手塚はまだ純粋な味方と言えるかもしれない。

 

 

「今日は、すまなかったな」

 

「いいのよ。別にたいした話はしなかったわ」

 

 

仲間で話し合った。手塚は用事があるらしく来れなかったが。

 

 

「いずれにせよ、まどかを守るだけよ」

 

 

問題はオーディン達をどうするのか?

結局その答えも出ぬままに話し合いは終わってしまったが、とにかく鹿目まどかを守ると言う点が大切なのだ。

 

 

「その事で一つ聞きたい事がある」

 

「何?」

 

 

一瞬だけ、間が空いた。

手塚の声のトーンは変わらないが、少し引っかかる。

 

 

「鹿目まどかは、本当に絶望の魔女なのか?」

 

「………」

 

 

手塚としてはそれが唯一気になっていた事だ。

あの情報は織莉子達が自分達を混乱させる為に告げたものなのか?

それとも本当にまどかは危険な存在なのか? ココがネックだった。

 

 

「繰り返してきたお前なら、知ってるんだろう?」

 

 

ほむらは考える。

あまり言いたくはない話ではあるが、事態が事態であり、パートナーの手塚にも知ってもらう必要があるのかもしれないと思ったからだ。

ましてや余計な考えを働かせて集中力を切らしてもらっては困る。

少し迷ったものの、ほむらは苦い顔をしながら頷く。

 

 

「ええ、そうよ」

 

 

駄目だ。

この話をする度に、まどかが絶望に嘆く光景が眼に浮かんでくる。

それはほむらにとって、決意を固めた理由であると同時に、何よりも心に突き刺さるトラウマであった。

 

 

「そうか――……」

 

 

手塚は複雑な表情で頷いた。

しばらく沈黙する。ほむらも何を言っていいのか分からずに沈黙しえいた。

手塚は何かを考える時の顔を浮かべていた。苦悶の表情をそこに混ぜた様な。目を閉じて耐える様に言葉を詰まらせていた。

 

 

「理由は分かるのか?」

 

「え?」

 

「鹿目はただの人間だろ。なぜそんな彼女が世界を終わらせるほどの存在になる?」

 

 

手塚は、ほむらを睨んだ。

いや、本当は普通に彼女を見ているだけなのかもしれない。

だがほむらには少なくともそう感じた。それは話の内容が、ほむらを追い詰めるものだったからなのかもしれない。

 

 

「もしも間違っているのならすまない。これはあくまでも俺が考える仮説の一つとして聞いてくれ」

 

「何を……?」

 

「お前が原因の一つじゃないのか?」

 

 

間違いなく、手塚はほむらを睨んでいた。

別に傷ついた訳ではなく、別にそれが不満だった訳でもない。

だが今までは無駄に肯定してくれただけに、手塚から責任を求める様な言葉が出てきて、ほむらは少しだけ怯んでしまった。

 

そしてその時。ほむらは、いつの間にか手塚に甘えていたのではないかとも思ってしまう。

なんだかんだと言ってパートナーなんだからと言う、割り切った甘え。

心のどこかで手塚は自分を傷つけない存在なのだと、都合よく考えていたのではないかと。

 

しかしそんな一瞬の考えを、深く掘り下げる暇はない。

ほむらは意を決して、何度か頷いた。それはイエスの意だ。

そう、ほむらはその責任から目を背けたいが、逃げる事は許されない。

だから頷く。イエス。手塚の言うとおり、まどかが絶望の魔女に至った原因の一つは確実に暁美ほむらにあるのだと。

 

 

「そうね、その通りよ」

 

 

ほむらはキュゥべえから教えられた事を、そのまま手塚に告げていく。

魔法少女の潜在力は、自身が持つ『元々の才能』と他に背負い込んだ『因果の量』で左右される。

 

 

「因果?」

 

「キュゥべえは不思議がっていたわ」

 

 

一国の女王や救世主ならばともかく。

ごく平凡といえる人生を与えられた鹿目まどかに、どうしてそれだけの力が眠っていたのか。

それはもはや才能として割り切るには在り得ない程の力だった。

であるならば、背負い込んだ因果の量が凄まじいと考えるのが普通だ。

では、平凡なまどかが背負い込む因果とは何か?

 

 

「キュゥべえは一つの答えにたどり着いた」

 

「それが、お前だったと言う事か」

 

「ええ、おそらく貴方が考えている通りよ」

 

 

キュゥべえは言った。原因は、暁美ほむらの魔法にあると。

その副作用にこそ、鹿目まどかの因果を膨張させるに至ったエネルギーがあるのだと。

相反する二つの絶大なエネルギー。それは希望と絶望、無限に続く生と死。

 

 

「私はただ時間を戻したとばかり思っていたわ。いえ、事実ソレは変わらない」

 

 

だが時間を戻し、ほむらが未来を変える事で、事実はそれに合わせた変動を遂げていく。

もっと簡単に言えば、ほむらは時間を戻す度に、何かしらの過去を変えて未来の形を変形させてきた。

 

するとどうだ?

元々あった、『なりうる筈』の未来はどこにいく?

事実として一度は存在した世界はどこにいく?

 

 

「それは、平行世界としてカウントされていった」

 

「……ッ、パラレルワールドか」

 

「ええ。私は物語の主人公でもなんでもないわ」

 

 

ほむらが時間を戻したとして、ほむら以外の人間がそこにいる事は変わりない。

だが未来は、ほむら視点では確実に変動を遂げていく。

だったら彼女が時間を遡った後の他の人間はどうなるのか。

その疑問はパラレルワールドへと収束する。

 

 

「私は、鹿目まどかの安否を原因に、時間を戻し続けた」

 

 

何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も。

同じ目的、同じ理由、全ては鹿目まどかの為に。

そうしている内に、ほむらは数多の世界を『まどかを中心にして』束ねてしまった。

 

 

「その結果として、決して絡まる筈のない平行世界の因果が、全て鹿目まどかに上乗せされる様に連結してしまったと言う事か」

 

「ええ、そうよ」

 

 

ほむらは冷たい目で手塚を見る。

きっとそれは手塚の後ろにいる過去を視ていたのだろう。

キュゥべえは言った。わざわざ、ご丁寧に言ってくれた。

 

 

「私が、まどかを最強で最悪の魔女に育ててくれたんだと」

 

「………」

 

 

頭が痛くなる。

手塚は苦悶の表情で首を振った。

まさかそんな事が在り得るとは。いや、それほどまでに暁美ほむらが、鹿目まどかを想う力が強いとも言える。

しかしその想いが、今この状況を創り上げたのだろう。

 

死ぬはずだった鹿目まどかを助けるために、何度と無く時間を巻き戻して死と再生・絶望と希望のループを繰り返す。

歪な言い方をすれば、それは純粋なる愛が創り上げた異形の奇跡だ。

積み上げた想いは、それだけ因果を膨れ上がらせる。

 

 

「因果、平行世界――ッ」

 

 

騎士はほむらが全く知らなかった存在だ。

時間を戻した時、いきなり現れた。

それはまさか――ッ?

 

 

(いや、過ぎた運命か)

 

 

今更なんだ。

考察も、後悔も、疑問も全て。

 

 

「今回も、戻すのか?」

 

「………」

 

 

ほむらは少しばつが悪そうな表情を浮かべ、首を振った。

『今回』は何故かジュゥべえと言うイレギュラーが、初めからほむらの能力を知っていた。

 

 

「アイツは私の魔法と、今までのやってきた事を見透かした様な発言をしていたわ」

 

 

そしてもう二度とチャンスは無いという事。

今回で決めろと言う警告じみたものだった。

それが意味するものはただ一つ。

 

 

「おそらく私は、何らかの制約で時間を戻せないのではないかと思うの」

 

「まあ、運営が許すわけも無いか」

 

 

ほむらの話では、今回のジュゥべえとキュゥべえの介入率は他の時間軸の比ではない。

参加者を隔離し、かつキトリーと言う従者まで獲得し。

何よりもゲームに不必要な魔法少女を何らかの手を使って、強制的に絶望させた。

 

そんな彼らが、ほむらにわざわざアプローチを仕掛けておいて、魔法を把握していないとはあり得ないだろう。もちろんハッタリの可能性も捨てきれないが、今回のイレギュラーに次ぐイレギュラーを考えれば、時間逆行は不可能と見て間違いない。

 

 

「だから私は、何があっても、どうなっても彼女を守りたいの」

 

「………」

 

 

手塚はその言葉には反応を示さず、代わりに自分の心に取り巻く純粋なる疑問をぶつけた。

 

 

「もし、今回も戻せるとしたら、お前はどうする?」

 

「ッ、もしもの話をするつもりは無いわ」

 

「可能性はゼロじゃない。いつまたお前の魔法が戻るかなんて分からないだろ」

 

「………」

 

「魔法少女は奇跡を起こしてきた。なら、第二の奇跡を起こせるかもしれない」

 

 

言葉を詰まらせるほむら。

ほむらの意思によって手塚の運命は左右される。

そんな彼を目の前にして言うべき台詞なのかは迷ったが、元々答えは一つしかない。

そう決まっている。答えは一つだ。純粋な想いはまだ死んでいない。

 

 

「私は、まどかを守る為にココにいる」

 

「……そうか」

 

「その目的が達成されるまで私は抗い続ける。たとえ今ココにいる貴方を犠牲にしても」

 

「ああ、それでいいさ」

 

 

今回は平行世界の時間軸が乱れ、騎士と言う全く違う存在を生み出したのかもしれない。

もしも時間を巻き戻せば、もう二度と手塚は騎士になれないかもしれないし。

もしかしたら騎士と言う存在その物も消え去るかもしれない。

つまり手塚と言う人間など、初めからいなかったことになるのかもしれない。

 

だがそれでも、それでも……、成し遂げたい目的がある。

ほむらの中に後悔は微塵も無かった。手塚と過ごした時間は嫌なものではないが、揺ぎ無いまどかへの想いがそれを塗りつぶす。

 

 

「恨むなら、私を恨んで……」

 

 

自分でもわがままとは思うが、貫かなければならない意志がある。

手塚はそこで始めて笑みを浮かべて首を振った。

尤も、その笑みとは唇を少し吊り上げただけ。目は全く笑っていなかったが。

 

 

「暁美、俺は別にお前を責めるつもりはないさ」

 

 

人は誰もが譲れない『何か』を持っている筈だ。

ほむらの様に、己の身を犠牲にしても叶えたい願いがある。

全ては人間の願い、欲望、純粋なる心の力が生み出した、求める物がある。

 

 

「………」

 

 

そして、それはもちろん手塚海之にも同じくして存在しているのだ。

手塚は歯を食いしばると、拳を握り締める。

 

 

「手塚、それより明日の作戦を――」

 

「暁美。俺は、戦いを止めたい」

 

「えっ?」

 

 

ほむらの言葉に被せる言葉。それは手塚にとっての純粋なる願いだ。

暁美ほむらの想いと肩を並べるに相応しい確固たる信念である。

 

 

「どうしたの? 知っているわ」

 

 

何度も聞かされた言葉だ。今更である。

 

 

「だがそれは、その先にある確かな物を守る為にだ」

 

 

ほむらの苦悩は分かっている。

しかし手塚とて抱えている信念があった。

ほむらよりも勝っているとは思わないが、劣っているとも絶対に思わない。

 

 

「何を言ってるの――?」

 

「俺は確かめたかったんだ。鹿目まどかが本当に世界を終わらせる魔女なのかを」

 

 

しかし疑問は今をもって、確信へと変わった。

なぜ手塚が話し合いに参加しなかったのか。それは、ある人物に会いに行っていたからだ。

 

 

「俺が戦いを止めたかったのは、俺には守りたい物があったからだ。この星にな」

 

 

言ってしまえば、真司の様に輝いた愚直な願いではない。

漠然としたものを守りたいのではなく、明確な存在を守りたいのだ。

それが、約束だったから。

 

 

「お前の話を聞いて分かった。やはりインキュベーターは是が非でも鹿目まどかのエネルギーを回収しにくるだろう」

 

 

インキュベーターは力を与えてくれた存在でもあるが、言い方を変えれば侵略者とも言える。

鹿目まどかを願いによって救ったとして、奴らは必ず次の手でまどかを狙いにくる筈だ。

そして最終的には地球を終わらせる一手がやってくる。

たとえまどかを魔女の運命から遠ざけようとも、おそらくは魔女に代わるシステムを用意してくる筈だ。

どんなルートを辿ろうが、鹿目まどかに蓄積された因果の力が減る事は無い。

 

 

「恨むなら、俺を恨め」

 

「え……?」

 

 

先ほどほむらが言った言葉と同じ事を手塚が口にする。

 

 

「時間を戻せない今回が狙い目だな」

 

 

何だろうこの嫌な予感は。

ほむらは汗が滲む感覚を覚える。

否定して欲しい、はやく否定して、いつもの様に淡々とした雰囲気に戻ってほしかった。

こんな憎悪をチラつかせないでほしかった。

 

 

「俺は、お前を利用した」

 

「な、何を――?」

 

 

手塚は立ち上がると、窓の外を見た。

夕焼けが照らす見滝原。この街には――、この世界には多くの人間がいる。

他人を傷つけるヤツ。人を平気で殺せるヤツ。そんな人間がゲームでは目立ってきた。

しかし同じくして、他者を思いやる心を持った者たちが多くいる事を知っている。

 

 

「そして、その中で死ななければならなかった者がいる」

 

 

命の重さは人によって変わる物なのかもしれない。

だが決して誰もが軽いわけではないのだ。

 

 

「決めたんだ、暁美」

 

「……ッ」

 

 

聞きたくない。

それがほむらの純粋なる想いだった。

しかし手塚はそんな彼女の気持ちを知る由も無く。

いや分かっていながらかもしれないが、とにかくほむらを睨んでいた。

 

 

「俺は――」

 

 

ほむらは目を逸らした。しかし耳は塞げない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、織莉子に付く」

 

 

ほむらは目を見開いて手塚を見つめる。

彼が何を言ったのか、理解できない様だった。

 

 

「鹿目まどかは無視できない存在だ。だから――!」

 

 

手塚は、ほむらを睨み貫く様な眼光だった。

 

 

「彼女には、消えてもらう」

 

「な、何を――……」

 

 

その時、手塚の目にあった覚悟が、殺意だと言う事にほむらは気づいた。

戦いを止めたいと思った手塚を利用させてもらうつもりでいた時もあった。

しかしいざとなったら、手塚のほうが牙を剥いてくると?

 

 

「何でッ、どうしてッ!」

 

「俺には、守りたい物がある。それだけだ」

 

「戦いを止めたいんじゃないの!?」

 

「戦いを止める為に殺すんだ」

 

「ッッ!!」

 

 

手塚とてそれは本心ではないと言えばそうだ。

彼も鹿目まどかは死ぬべきではないと思う。

しかし、それとは別の想いもある。何があっても守らなければならない物がある。

それを天秤にかければ、自分も手を汚す必要があるのかもしれないと決断を行ったのだ。

 

 

「どう考えても鹿目まどかの存在は危険だ。そもそも、お前は何度時間を繰り返した?」

 

 

それはつまり、それだけの回数、ほむらがまどかを救えなかったと言うことではないのか。

もう時間は戻せない。失敗したじゃ済まされないのだ。

 

 

「お前を鹿目を守り続けると言う気持ちで戦うのは自由だ。しかしそれは爆弾を抱えながら生きていくと言う事だ」

 

 

暁美ほむら一人の問題ならまだしも、多くの人間を天秤にかけてまで行う行動なのか?

 

 

「お前の時間旅行はココで終わりだ」

 

「!」

 

「死を以ってして、鹿目まどかの呪われた運命を終わらせる――ッ!」

 

「ッぅ――!」

 

「俺は世界を取るぞ。暁美!」

 

 

ほむらは反射的に変身すると銃を構えて、手塚に突きつけた。

しかし手塚は全く怯まない。むしろ呆れたような視線を向ける。

 

 

「無駄だ、"パートナー同士は傷つけあえない"!」

 

「うるさいっ! うるさいのよ!! 今すぐ冗談だと言って――ッ」

 

「………」

 

「言いなさい! 手塚ァアッ!」

 

 

冗談でこんな事は言わない、手塚は本気だった。

戦いを止めたいと一心に願っている。だが同時に、その難しさも理解している。

綺麗事は大事だとは思うが、それを語っている内にどれだけの命が犠牲になった?

 

もう時間は無い、迷っている時間も。

だから手塚は決断を行った。彼を突き動かすのはただ一つ、暁美ほむらと同じく純粋な願いである。

 

 

「猶予は無い。俺は鹿目まどかを切り捨てる」

 

「うるさい――ッ! 黙れ!!」

 

 

発砲音。

ほむらが構えたハンドガンが、音を立てて弾丸を発射する。

手塚の肩を捉えたが、【パートナー同士は傷つけあう事ができない】。

弾丸は手塚に命中したものの、ダメージを与える事はなく、虚しく地面に落ちた。

 

 

「スタンガンも効かない。(ネット)を使っても、そこに殺意があれば簡単に引きちぎれる」

 

「ッッ!」

 

「今のお前に感情をコントロールできる余裕があるか? 無理だな。お前に俺は止められない」

 

「うるさい――っ! うるさい、うるさい!!」

 

 

二度、三度と引き金を引く。

ほむらの声が悲痛に震えていた。

そこに綺麗事は無い、手塚は自分を裏切った。手塚はまどかを裏切った。

何よりも大切なまどかを殺そうとする。そうだ、"手塚海之は敵になった"のだ。

ほむらが発射した殺意の結晶は手塚を傷つけようとするが、それ等は全て虚しく弾かれるだけ。

 

 

「なんだ!? ほむら、どうし――」

 

 

帰ってきていたのか。美佐子とサキが銃声を聞いて飛び込んでくる。

するとそこには銃を構えているほむらと、無表情で座っている手塚がいるわけで。

ほむらの表情は鬼気迫るもの。とても冗談や、実験をしている雰囲気ではない。

 

 

「ちょ、ちょっと、どういう事なの?」

 

 

美佐子は特に混乱していた。

普通ならば刑事として止めるべきなのだろうが、参加者独特の空気を感じてしまい、困ってしまう。

 

 

「浅海サキ! 今すぐコイツを拘束して!」

 

「て、手塚をか?」

 

「そうよ! 暴れる様なら殺しても構わないわッ!!」

 

 

そんな事、急に言われてもである。

そんなサキを不憫に思ったか、手塚は立ち上がる。

 

 

「丁度いい。浅海、俺は今日織莉子の所へ行ってきた」

 

「ッ?」

 

「リーベエリスの本部で連絡先を貰ったんだ」

 

 

女性が男性に携帯番号を教える場合、色恋沙汰と相場は決まっているが、もちろんこの狂ったゲームの中では違う意味になる。

仁美の事があるため、もちろん手塚としても織莉子は警戒していたし、怒りもあった。

だがもっと気になる事があったまで。それは罠の可能性を考慮してもだ。

 

それが、絶望の魔女である鹿目まどかの事である。

手塚も人間だ。志筑仁美の死は大きなショックではあったが、手塚の大切な物が危ない状況ならば割り切る事もできた。

 

 

「俺は織莉子に誘われたんだ」

 

「な、何をだ――?」

 

 

手塚は窓にもたれ掛かり、サキを冷たい目で見つめる。

当然だ、今日のこの瞬間から、目の前にいるのは敵なのだから。

サキも、ほむらも、そして真司達も。

 

 

「鹿目まどかを殺す事をだ」

 

「なっ!」

 

「俺はそれに乗った」

 

 

その瞬間、サキも何故ほむらが銃を構えていたのかを理解する。

手塚が裏切った。いや――、裏切ったと言う言い方はおかしいのか。

答えを、見つけたのだ。

 

 

「待てッ! いくらなんでも織莉子が怪しいとは思わないのか!?」

 

「分かってるさ」

 

「なにッ!」

 

「だが、たとえ利用されても、鹿目だけは消さなければならない」

 

「馬鹿な! 利用される事が分かっている上で、織莉子についたと言うのか!?」

 

 

そこまでして、手塚はまどかを――。

サキはそれが堪らなく寂しかった。冷静だった手塚がまどかを殺す判断した事で、彼女が世界にとって害悪なんだと言う事を叩きつけられている様だ。

 

 

「お得意の占いで、まどかを殺した方がいいって出たのかしら」

 

 

ほむらは嫌味たらしく言い放ち、盾から新たに取り出した銃で手塚を狙う。

無駄では? パートナー関係がある以上、ほむらはどうあっても手塚にダメージを与える事はできないのだから。

 

 

「占いか。そうだな、織莉子につく方が賢いと出たよ」

 

「――ッ」

 

 

ほむらは悔しそうに表情をゆがめて引き金を引く。

その時、誰も理由が分からぬ事だが、ほむらの目から一筋だけ涙が零れた。

手塚はそれを見ても、目を逸らさない。ただ飛んで来る弾丸を無言で受け止めただけだ。

当然それはルールによって意味のない物に――

 

 

「……なるほど」

 

 

いつの時代も、決まりごとにやルールには何かしらの穴と言う物が存在しているものだ。

ほむらは確かに手塚を傷つけられない。

しかし弾はしっかりと命中している。

 

 

「麻酔銃か」

 

 

確かに、針は刺さっている。

普通なら手塚は眠ってしまうが、先程のとおりだ。

 

 

「落ち着け。殺意が隠しきれてない」

 

「――ッッ」

 

 

眠らせるならまだしも、眠らせて殺そうと思っているからルールが発動する。

手塚は全く眠くならない。ほむらは舌打ちをして銃を投げ捨てた。

針が刺さればあるいはと思ったがどうやら無駄の様らしい。

 

いや、狙いは良かった。

ルールはあれど、それはパートナー間での戦いを全て禁止する訳ではない。

抜け道は確かに存在はしている。しかし今回は抜けられなかったと言うだけであって。

 

 

「くッ!」

 

「!」

 

 

だがその時、サキが反射的に変身して鞭を伸ばした。

パートナーであるほむらの攻撃は通らないが、サキの攻撃は当然通る。

まどかの敵になると言っている以上、サキとしても無視はできない。鞭で手塚を縛りあげた。

 

 

「気絶させる。頭を冷やせ!」

 

「俺は冷静だ。自分でも引くくらいな」

 

 

人を殺す事を正当化しようとしている。

世界の為にと、大切な者の為にと。だがそうする事で思っていたよりも、まどかを殺す事を楽に決める事ができた。

 

 

「浅海、お前は運命を大きく左右する重大な位置に立つだろう」

 

「っ?」

 

「占いだ。お前は運命の分岐点を作る鍵になる」

 

 

その言葉と共に、動き出そうとする手塚。

何か来る? サキは反射的に電流を流して気絶させようと試みた。

 

 

「なっ!」

 

「クッ! やられた!」

 

 

電流が迸った瞬間、手塚の体が粉々に砕けて消滅する。

残ったのはジョーカーのカードだけ。トリックベント・スケイプジョーカーだ。

どうやら変身していなくとも使えるらしい。

随分と皮肉な物だ。ほむらとの時間が生んだカードが、ほむらとの決別に使われるとは。

 

 

『そう。それに暁美ほむら』

 

「――っ」

 

 

トークベントを介して、手塚の声が脳に響く。

まどかの敵となった以上、その声は嫌悪感しか感じない。

ほむらは舌打ちを行い窓を開ける。どこだ? 周りを見回したとき、彼はすぐ下の道に立っていた。

 

 

「手塚……」

 

 

どこかで、冗談だと言って欲しかったのかもしれない。

本音を言えばやはり信頼していた。ずっと一人で無限とも言える時間を巡ってきた中で、やっと疑いようの無い味方に出会えたと思ったのに。

信じてもいいと。頼っても良いと思い始めたのに。

 

 

「やっぱり、こうなるのね……」

 

 

ほむらは、変身していたライアを見る。

目が合っているのかも分からない。

ただ一つ分かる事があるのならば、やはり彼は敵になったのだと言う事だった。

両隣に目障りな影があった。

 

 

「んでんでんででー? どうだったのさ」

 

「ああ、やはり鹿目まどかが絶望の魔女で間違いは無い」

 

「良かった。じゃあ僕がやった事はやっぱり正しかったんだ」

 

 

ライアの右には、ジットリとほむらを睨む呉キリカが。

そしてライアの左には相変わらず濁った目をしている東條が立っていた。

ライアは、ほむらが信頼して伝えた情報を呆気なくキリカ達に告げると、トークベントでの会話を続行させた。

 

 

『お前、このままの道を行けば死ぬぞ』

 

『まどかを守る事が、私の全てよ。占いなんて下らない!』

 

『俺の占いは当たる。よく考えるんだな』

 

『今更敵の心配かしら。余裕ね、腹が立つわ』

 

 

フッと笑うライア。

これがパートナーとしての最後の会話だと彼は言った。

 

 

『そうだ、これが俺のパートナーとしての最後の行動だ』

 

『ッ?』

 

『もう一日、猶予を作ってやる』

 

 

手塚は織莉子の味方になる条件の一つに、明日――、つまり織莉子がまどかを殺す予定日を遅らせる事を申し出た。

それくらいじゃ未来は変わらないのか、織莉子は了承する。

つまり一日は遅らせるのだ。

 

 

『お前達はその間に作戦を立てろ』

 

 

戦いになれば織莉子達は力押しでやってくる筈。

オーディンのスペックの前では小細工は無駄?

いや、しかし向こうも人である以上、必ずミスや焦りと言うのは存在する筈だ。

 

 

『逃げればあるいは、か』

 

 

例えばワルプルギス到着まで、まどかを連れて逃げる。

そして耐え忍べば織莉子達は狙いをワルプルギスに変えるしかなくなるだろう。

 

しかしそれはあくまでも一時しのぎにしかならない。

織莉子はゲームが終わった後でもまどかを狙い続ける。

それは根本の解決にはならない、何としてもハッキリとした形で決着をつけるしかないのだ。

話し合い? いや、それは難しい話。結局の所正面からぶつかり合って織莉子を説得するか――

 

 

『殺すしかない』

 

『……どういうつもりなの?』

 

 

裏切ったと思えば心配など、そのブレブレな行動、ほむらにとっては不快感が増すだけだ。

 

 

『俺はあくまでも戦いを止める為に鹿目を殺す。下手な犠牲は出したくは無い』

 

 

それに先ほども言ったとおり、コレは最後のパートナーとしての言葉なのだと。

何度も言っている通り、今日を以ってして二人は敵となり、その間には明確な亀裂が走る。

 

 

『許さない……っ! 私は貴方を絶対に』

 

 

そんな事を言えた義理ではないかもしれない。

いつだって不利な立場にあったほむらに、味方し続ける保障なんてどこにもなかった筈だ。

そうだ。手塚にメリットは無かった。

まどかを守ると言う事は無理難題を押し付けていたのかも知れない。

 

しかし手塚ならば協力してくれると信じていたのだろう。

なのに彼はまどかを殺すと言う。そのショックが憎悪を倍増させたのだ。

ある種、ほむらが歪な信頼を抱えていただけ。

歪んでいるのだ、彼女は。

 

 

『その恨みを、力に変える事だな』

 

 

決別。絆の終わりがやって来た。

それをライアもほむらも理解する。所詮はゲームと言う砂の城の上に成り立つ関係だったのか。

どちらも己の道の為、双方が邪魔になった。

 

 

「さあ、戻るぞ」

 

「ぶー、今殺しちゃえばいいのに」

 

「そうだよ、英雄として彼らは――」

 

「それが契約だろう?」

 

 

ライアの言葉に渋々頷くキリカと東條。

織莉子からライアの言う事は絶対に聞けと言われている。

今日はあくまでも手塚の付き添いに護衛として付かされただけだ。

東條もキリカも、織莉子の言葉となれば絶対となっている。

よってライアの言葉通り、特に何をするでもなく踵を返した。

 

 

「――ッ!!」

 

 

ふざけるな。

ほむらは盾からバズーカーを取り出すと、迷わず三人に向かって発射する。

 

 

「んなッ! 住宅街だぞ!?」

 

 

サキと美佐子はいきなりの彼女の行動に息を呑むが、その時スキルベントと言う音声が。

 

 

『フリーズベント』

 

「な……ッ!」

 

 

瞬時認識される別の音声。

見ればほむらが放った弾丸がピタリと止まっているじゃないか。

そして同時にバイザーを突き出しているのはタイガ。

どうやらキリカとの絆を認識した事で、カードが増えたと言う訳だ。

 

スキルベント、『インストール・トパーズ』。

それは龍騎の持っているスキルベントと非常に効果が似ている。

変身補助だ。東條の身に危険が迫ると減速魔法が発動して、しばらく周りの時間が極端に遅くなる。

 

その間にタイガへ変身、フリーズベントを発動する。

"フリーズ・アクアマリン"。人間以外の動きを止める効果を持つ。

その二枚を使って、ほむらが放った攻撃を回避したという事なのだろう。

 

 

「駄目だよぉ暁美ぼむらぁ、怒りっぽいのは」

 

「相変わらず腹の立つ魔法ね……!」

 

「酷いよ暁美さん。そんな言葉遣い、いけないんじゃないかな?」

 

「そうそう。周りの人の事は考えないと駄目だよ」

 

 

嫌味を含めたキリカの言葉。

さらに同時に変身して、黒い爪を一本、止まっている弾丸に向けて投げた。

爪は弾丸に刺さり爆発。サキが結界を張って周囲に被害が出ることを防いだが、爆風が晴れたときにはもうライア達の姿は無かった。

 

 

「………!」

 

 

ほむらは軽く壁を叩く。

 

 

「落ち着け」

 

 

サキはほむらの背中を軽く叩くと、咎めるように睨みつけた。

 

 

「先ほどの行動は、とてもじゃないが褒められた物ではないぞ」

 

 

世話になっている美佐子の家の周りで戦闘を。

おまけに複数に被害が出そうな武器をチョイスするなど。

 

 

「……ごめんなさい」

 

「いえ――ッ、怪我が無くて良かったわ」

 

 

そうは言う美佐子ではあるが、やはり表情には戸惑いが見える。

何度見てもこの光景はなれない物だ。自分よりも遥かに小さい子供達が覚悟を決めて、命を奪うために不釣合いな力と武器を振るう。

 

中でも今の暁美ほむらは圧倒的だ。

魔法とは言えど、使うのは実際に存在する重火器。

ほむらは本気でライア殺すつもりだった。美佐子にはそう思えて仕方ない。

 

いや事実そうだったのだろう。

いくらパートナーといえど。いくら傷つけられないと分かっていれど。

いくら共に時間を過ごし助け合った仲だったとしても、確かな亀裂が走れば、それはすぐに殺し合いへと舞台を移す物なのか。

 

そう、そうだ。

命を賭けた殺し合いにて、道を違えればこうなる事は分かっていたのに。

それでもほむらは、心の中にある確かな苛立ちを隠しきれない。

 

それに焦りだってある。

ライアがいても勝てるかどうか分からない状況だったのに。

この状況で織莉子に仲間が増えるなんて。

しかし弱気になってはいけない。ほむらは彼らが立っていた場所を激しく睨むと、すぐに割り切る事にした。

 

 

「……浅海サキ」

 

「な、なんだ?」

 

「真正面からぶつかって、勝機はあると思う?」

 

「――っ、それでいいのか?」

 

 

サキとしても、手塚は自分を迷いから引き上げてくれた存在だ。

今の事態を受け入れる事に抵抗があった。

 

 

「分かっているでしょう? あなたも」

 

 

確かに。

手塚は戦いを止める為にココまできた。

それは止めたいと思える理由がこの世界にあったからだ。

まどかは今、世界を終わらせる力を持っている。

 

 

「……正直、厳しいだろうな。あの羽さえ無ければなんとかはなるかもしれないが」

 

 

情けない話だが、前回のオーディン戦は酷い物だった。

それは決して自分達が力を抜いていたわけではなく。

まさに圧倒的なオーディンの力に敗北したと言ってもいい。

あくまでも初めて戦ったという事で不利な面もあったが、果たして次があっても勝てるのかどうか。

 

 

「ワープは勘で対処するしかない。後は織莉子の武器か」

 

「呉キリカの時間操作が一番厄介よ。あれは最悪のコンビネーションになる」

 

 

唯一向こうに勝てる方法があるとすれば、戦力の分断以外にはありえない。

織莉子達は固まる事により力を増幅させる性能を多々有している。

たとえばそれはキリカの魔法であったり、織莉子の武器であったり、オーディンの立ち回りであったり、そしてタイガやライアのカード。

その全てがどちらかと言うとサポートの役割を持っている物が多いのだ。

 

 

「しかしワープを持っているオーディンを分断できるのかと言われれば……」

 

「ええ、そうね。でも確実にオーディン以外は分けておきたい」

 

 

特に呉キリカだけは。ほむらはそう言って近くの椅子に座り込んだ。

酷く疲れた様子だ。長く終わりの無い闇が、身と心を包んでいく。

それは巨大な重圧となり、一気に暁美ほむらの心を押し潰そうとする。

 

 

「……浅海サキ」

 

 

ほむらはか細い声でサキの名前を呼び、笑みを向ける。

その笑みには、自分自身と世界へのありったけの皮肉が感じられた。

あれが中学生の浮かべる表情なのか。

美佐子はつくづく魔法少女と騎士が背負っている重さを感じてしまう。

美佐子がほむらに何を言おうとも、ほむらにとっては薄っぺらい言葉にしか感じられないのだろうと。

 

 

「私は……、ただ、まどかを守りたいだけ」

 

「ほむら――ッ」

 

 

なのに、と、ほむらは目を細める。

 

 

「どうして、上手くいかないの?」

 

「………」

 

 

サキは自分の腕にあるスズランの花を見つめて、同じく目を細めた。

しかしほむらと違って、全く笑っていない。

 

 

「それが、魔法少女が背負う呪いと言うものだろう」

 

「呪い――……」

 

「ああ。叶えた物と同じくらいの物を――。いや、もっと多くの物を失う」

 

 

契約しなければ良かったと思うほど、最後には相応の滅びが待っている。

 

 

「しかし私たちはこの力を求めた。その願いを叶えた。確かな魔法を手に入れた」

 

 

だから自分達は足掻き続けなければならない。

 

 

「呪いに。絶望に食われるな。それが私たちにできる最大にして唯一の抵抗ではないのか」

 

 

サキはそういって優しくスズランを撫でる。

 

 

「月並みな言葉かもしれないが、諦めてはいけない」

 

「諦めないわ……。私は、絶対に」

 

 

絶対など、存在しないものかもしれない。しかし言葉にしなければならなかった。

それはサキも同じだ。どれだけ自分達が不利な状況にあろうとも、諦めればそこで終わってしまう。

だから足掻く、だから抗う。

 

 

「その姿が醜くても――」

 

 

そうすれば。

 

 

「愚かでも――」

 

 

きっと。

 

 

「哀れでも」

 

 

希望の光は僅かながらに輝く筈だ。

 

 

「絶望に食われるな。希望があると信じるんだ」

 

 

まどかは守るし、誰も死なせてはいけない。サキはそう言って大きく息をはいた。

奇跡を願って得た力だ。ならばもう一度奇跡を起こす事だってできる筈。

希望の祈りで生まれた力を、絶望を回避する為に使おうではないか。

その為の希望は、まどか達が。妹が教えてくれた。

 

 

「いつか君は言ったな」

 

「?」

 

「何故私たちは今ココにいるのか」

 

 

何故魔法少女になったのか。決まっている、それは奇跡を願ったからだ。

その思いの強さをもう一度胸に刻もうではないか。

 

 

「たとえ心が折れそうになっても」

 

 

サキは少し自信なくもそう言った。

 

 

「そう……、そうね」

 

 

曲げられない願いがある。

手塚にもそれがあったのだろうか?

ほむらはそんな事を思いながら深いため息をついた。

 

とりあえずサキや美佐子と相談して、今起こったことを一同に告げる事に。

既に蓮達はゲームに乗ったとの情報は得ている。

こうなればまどかを守ってくれるのは真司、美穂、サキ、ほむらと言う事になるのか。

場合によっては危ない橋を渡る必要があるのかもしれない。

ほむらはそんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ」

 

「どうしたの? 真司さん」

 

「あ、いやっ! 何でもないよ! あはは」

 

 

北岡と別れた真司たち。

まどかを家まで送り届けたところで、真司の携帯にサキからメッセージが届いた。

それは手塚が織莉子に付いたと言う事。まどかには絶望の魔女の事もあるため、メールは送られなかったが。

 

 

(手塚――……ッ!)

 

 

失望は無い。幻滅と言う事も無い。衝撃だけがあった。

手塚は自分と同じ志を抱えていたと思っていたが、彼はまどかを殺すと言う。

いや、それは『戦いを止める』という言葉の裏に隠された、相反する意味。

 

真司は全ての人のために戦いを止めたかった。

しかし手塚は違う。明確な優劣をつけた上で、目的の為に協力派を選ぶことが正しい判断だと思っていたのだ。

それは割り切った上での話しなのかもしれない。

 

たとえばの話だが、強盗犯が銃を持って人質を取り、立てこもっているとしよう。

その事件をどう解決するのかが今回の話しに繋がってくる。

真司は話し合いで、犯人が自分から人質を解放して自首する事を促すタイプだ。

しかし手塚は強引に突入し、人質を守るためならば犯人を撃ち殺すタイプだった。

もちろん極端な言い方ではあるが。

 

要するに真司と手塚は『戦いを止める』と言う同じ目標を掲げていたのだが、過程や細かい話は随分と変わってくると言う訳だ。

真司にだってそれくらいは理解できた。と言うか、きっと分かっていた。

 

もちろん納得はできないし、手塚の行動を肯定する訳でもない。

そもそも疑問だった。その道を行く事が、手塚にとって本当に望む物なのだろうか?

真司としても濁った物が心の中に渦巻いている。

手塚がどこか蓮に重なった。

 

 

「あの、まどかちゃん……」

 

「ん?」

 

「――ッ」

 

 

頭をかく真司。

やはり、彼女には本当の事を言うべきなのだろうか?

しかし自分ひとりの判断で決めて良い物なのか?

結局、渦巻く迷いを振り切る事ができずに、曖昧な笑みで誤魔化すしかできなかった。

 

 

「あ、あはは。何でもないんだ」

 

「てへへ、変な真司さん」

 

 

じゃあ。

そう言って二人は躊躇う様に手を振って別れた。

 

 

「ッ、何でだよ……」

 

 

真司は帰り道。虚空に向かって苛立ちをぶつける。

蓮の答えも、手塚の答えも、真司は否定できなかった。

彼らには彼らの抱えている願いがある。その重さは、言葉では表せない物だと言うことも理解しているつもりだ。

 

蓮は恵里を何よりも大切に思ってたし。真司にとっても恵里は大事な親友だった。

だけど、だからと言って、まどかを殺そうなんて許せる筈がない。

パートナーとしてはもちろん。なによりも一人の人間として、あんな良い子が絶望の魔女だからと言う理由で死ななければならないなんておかしいだろ。

――などとは思うが。だからと言って、コレと言った対処方法も分からない。

 

ヒーローはおろか、何にもなれない。

まどかを救うことも。仲間を説得する事も。まして戦いを止める事もだ。

また何も見えなくなってしまう。

 

 

「ッッ!!」

 

 

そんな事を考えていたからか。

少し離れたところに立っている少年に気づくのが遅れてしまった。

思わず息が止まる。一瞬、幻覚なのではないかと思ってしまった程だ。

 

 

「鹿目まどかの家からお前の会社に行くのなら、この道を通ると思ったんだ」

 

 

真司が他の道を通って帰る可能性も十分にあった。

しかしそこはそれ、占いと言う便利な力がある。

よもやそれは予言の域にまで達しそうだ。将来はもう決まったも当然だろう。

 

 

「俺の占いは当たるからな」

 

「手塚……ッ」

 

 

真司は少し後ずさり、全身に迸る緊張感に息を呑んだ。

 

 

「城戸、少し話さないか?」

 

 

手塚はどこか、呆れたように笑っていた。

 

 

 

 

 

 














ジオウの公式画像でなぜか龍騎のベルトがディケイドライバーになってたのが話題になってましたね。

まさか何か伏線なのか?
皆が盛り上がってる中、神様の華麗な上スライドによってベルトが隠される修正。



そういうとこやぞ(´・ω・)


でもたのしみやのぉ。
このワクワク感はオールスターならではですな。

メインは田崎監督らしいですね。
どの程度監督の影響力があるのかは分かりませんが、田崎監督といえばやはりアギト、龍騎、ファイズの夏映画でしょうな。

あの画の強さは、今でも印象に残ってますね。


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第48話 生きる るき生 話84第

 

 

 

「謝罪は――、よそう。あまりにも言葉が薄くなる」

 

「だったら――ッ! あ……、いや」

 

 

あれだけ街を赤く照らしてた夕日も、もう空の向こうへと消えてしまった。

オレンジと紫の層がつくる空を見ながら、二人は近くの公園で話をする事に。

戦いを止める為にまどかを殺す。普段の真司なら、手塚の胸倉を掴んで激高していただろう。

だが今、蓮の事があり、さらに色々とショッキングな出来事が重なっていた為、真司はとても疲れていた。

 

手塚が正しいとは絶対に思わない。

しかし、手塚の行動を否定する権利が無い。

偉そうな事をいくら叫ぼうが、何も出来ていない真司では全く響かないはずだ。

 

 

「手塚。はじめに言いたいんだけどさ」

 

「ああ」

 

 

少しだけ間があく。

 

 

「俺はやっぱり……。うん、色々な事に迷ってるけど、まどかちゃんは死なせたくない」

 

「それは、世界を犠牲にしてもか?」

 

「決まってる訳じゃないだろ」

 

 

確実な話ではない。それが真司の唯一の希望だといってもいい。

ワルプルギスを倒して、魔法少女の呪いからまどかを解放させれば、可能性はずっと低くなる。

たとえその後にキュゥべえが彼女を狙ってきたとしても、そしたら全力で守ればいい。

 

 

「考え直せよ手塚! まどかちゃんが死んでいい訳ないだろ!」

 

「………」

 

「ほむらちゃんだって、きっとショックを受けてる!」

 

「悪いが――」

 

 

悪いがそれはできない、手塚は確かにそう言った。

 

 

「分かってる。分かってるけど! それは綺麗事かもしれないけど! やっぱりそれが一番良いだろ!?」

 

「確かに、俺としても鹿目を殺すのは一番良い方法ではないと思う。それに身勝手だとも」

 

 

だから手塚はココに来た。

真司が自分を許せず、その怒りを戦いと言う物に乗せたいなら、今すぐライアになって受けて立つと。

 

 

「もちろん負けるつもりもないが」

 

「なんでそうなるんだよ! 戦う以外にも、戦いを止める方法なんていくらでも――ッ! あるだろ……!」

 

 

言葉が詰まる。最後まで上手く言えない。

その方法がいくらでもあるのなら、今こうして悩んでいない。

手塚は思う。迷っているのはお互い同じだ。だがそれでも、時間は進んでいく。

真司はまだそこから目を背けている。それじゃあダメなんだ。

 

 

斉藤(さいとう)雄一(ゆういち)

 

「っ?」

 

 

唐突に手塚の口から出た名前。

 

 

「俺の友人だった。親友だったんだ」

 

「――ッ」

 

 

真司にとっての、蓮や美穂だ。

 

 

「ピアノをやってた。昔は神童だなんて、持て囃されてた」

 

 

限定的な物だが、音楽会社と契約してCDまで出していた。

しかも中学生でだ。手塚は自分の事ではないのに、少しだけ自慢げに語る。

 

 

「今ではプレミアとされてるんだ。凄いだろ?」

 

「う、うん」

 

 

手塚は口を吊り上げたまま、真司にそれを告げていく。

思い出に浸る様に、懐かしさを憂い、そしてそこにある悲しみを噛み締める。

 

 

「アイツは凄いヤツだったよ」

 

 

自分よりも早く夢を持ち、自分よりも大きな才能を手にし、自分よりも明るく尊敬できた人間。

出会いなど、何の事は無い、幼稚園だか小学校だか、もうそれこそ忘れてしまう程に普通である。

しかし友情には劇的な出会いや、思い出など必要ない。

ただ単純に気が合っただけで十分ではないか。

 

 

「アイツは俺の親友で、凄いヤツだった。俺なんかよりもずっと……」

 

 

その一言は真司に言ったのではなく、自分自身にに言い聞かせたように感じる。

 

 

「その雄一って人が、手塚の戦う理由なのか?」

 

「………」

 

 

手塚は無言で頷いた。そしてゆっくりと口を開く。

そこにはやはり躊躇と迷いがある様に感じた。もしかしたら手塚はまだ――。

 

 

「雄一は死んだ。俺の目の前で」

 

「!」

 

「アイツは言ったんだ。家族を。大切な者がいるこの世界を絶対に守ってほしいと」

 

「じゃあ――」

 

「ああ、そうだな。俺はアイツとの約束を守りたいんだ」

 

 

それは手塚海之として、雄一の友人としてだ。

真司はその言葉を聞いて、怒りや不安で膨張していた心が針で刺された様に萎んでいくのを感じた。

まだ納得をしている訳ではないが、今の状況と少しリンクした物を感じる。

手塚もまた、友人の事で色々と抱えていたのだろう。

 

 

「秋山も戦う覚悟を決めたんだろう?」

 

「ど、どうしてそれを!?」

 

 

蓮は手塚にもメールを送っていたのだろうか?

真司は慌てたように手塚へ視線を移す。すると手塚は小さく唇を吊り上げた。

驚いている真司の表情が面白かったのか。それとも分かりやすい彼の性質を笑ったのかは知らないが。

 

 

「占いで何となくな。でも、今の態度で分かったよ」

 

「なっ!」

 

「やはり俺の占いは、当たる。あまり感情を表に出しすぎると損をするぞ」

 

 

手塚はうな垂れ、地面を見る。

 

 

「答えを出すのは、難しい事だ」

 

「………」

 

「秋山も迷い、いや――、今もまだ迷っているのかもしれない」

 

 

しかし答えを出さなければ失われてしまう物がある。

それが大切であれば大切であるほど、迷いも霧の様に深くなる。

だがそれでも答えを出さなければならないジレンマ。

押し潰されそうになったろう、でも押し潰されてはいけない。

何故か? 簡単だ、背負う物があったからこそ。

 

 

「俺は約束を守る。だから今まで戦ってきた」

 

 

雄一の想いを、手塚は託された。

手塚の心の中には、もう一人の人間の意志がある。

親友の想いがライアのデッキには存在しているのだ。

だからこそ手塚は答えを出さなければならなかった。

 

 

「結局、俺も逃げ続けていただけなのかもしれない……」

 

「っ」

 

「アイツとの約束の為にも、鹿目まどかは大きすぎる障害なんだ」

 

「そんな言い方――ッッ!」

 

「ならアンタには! 鹿目まどかを絶対、絶望の魔女にしないと約束できるのかッ?」

 

「ッッ!」

 

 

珍しく声を荒げる手塚。それだけ余裕が無いという事なのだろう。

そうだ、そんな事はできないのだ。

滅んでからでは全てが遅い。手塚には約束がある。だから、だからこそ――!

 

 

「俺は鹿目まどかを殺すと決めた――ッ! たとえそれが、歪な運命の上に成り立つ安定だったとしてもだ」

 

 

約束ががある。

それは暁美ほむらと同じく、ただ友の為に。

 

 

「手塚……ッ! 俺は、俺は絶対に認めない!」

 

「なら足掻け。運命に抗って見せろ!」

 

 

手塚は立ち上がり、真司に背を向ける。

決別が分かっている以上、双方ココで戦う事もできた。

いやむしろ手塚としては其方の方が楽であり、好都合だったろう。

しかし真司の心にある、迷いの炎の揺らめきを感じたのも事実だ。

よって手塚は戦う場所がここではないと悟る。

 

 

「明後日には確実に織莉子は動く。俺もそれを止める気は無い」

 

 

織莉子が手塚の申し出を断らなかったのは、その期間内にまどかが絶望する事は無いからだ。

そして都合のいい未来が見えているからに他ならない。

つまり鹿目まどかは、このまま進めば確実に死ぬ。だから織莉子は何も言わない。

だが彼は占い師。運命を変更するアドバイスを一つ。

 

 

「城戸真司。運命を変えたいのならば、抗い続けろ」

 

「!」

 

「たとえ悲しみの炎に身を焼かれようが、たとえ絶望の剣に心を刺し貫かれても、変えたい世界があるのならば命の炎を燃やし続けろ」

 

 

きっと真司には多くの苦しみが待っている。巨大な絶望が待っている。

しかしそれを受け入れ、同時に否定する事ができれば、世界は彼にひれ伏すだろう。

だからこそ城戸真司は諦めてはいけない。救えない苦しみ、守れない辛さ、変えられない現実に押し潰されても、どんなに苦痛を与えられても心を生かす事。

それができるのなら、きっと――……。

 

 

「いつだって……、運命に喰われるかどうかは自分次第なんだ」

 

 

手塚は真司がそれができるかもしれないと見抜いたから、言葉を投げた。

占い師を目指す上で、人を見る目は養ってきたと自負している。

手塚視点、城戸真司には他の人間とは違う『可能性』がある様に思えた。

 

それは良い物なのか、悪いものなのかは分からない。

しかしそれは秘めた力だ。活かすも殺すも真司次第。

きっと手塚は、どこかで期待しているのだろう。尤もそんな希望を待ち続ける程の余裕が無いからこうなっているのだけれど。

 

 

「じゃあな。邪魔をするなら、アンタも殺すぜ」

 

「手塚……ッ! 俺は、俺は――ッッ!!」

 

 

真司は闇に溶けていく手塚の姿を見て、拳を握り締めるだけしかできなかった。

まどかの事も、手塚の事も、蓮の事も、ましてゲームの事も。

答えは本当にでるのか? 不安。自分に何ができるのか?

疑問。結局自分はただ迷い、ボウっと立っているだけ?

 

怒り。

 

手塚は言った。諦めるなと、抗い続けろと。

できるんだろうか? 何も答えが出せず、泊まっているBOKUジャーナルに戻る時に、真司はやけに自分がみすぼらしく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっせぇ」

 

「は?」

 

「だから遅いわよ。馬鹿」

 

 

真司がBOKUジャーナルに戻ると、入り口では美穂がしゃがみ込んでムスっとしていた。

 

 

「ダルかったわ」

 

 

美穂は唸り声を上げながら立ち上がると、大きく伸びを行う。

 

 

「ずっと待ってたのか?」

 

「うん。携帯の充電切れちゃって。わざわざコンビニで買うのもアレだし」

 

「あ、そう……」

 

「くぁー! ちょっとやだ、どうしたの? 美穂ちゃんが来たのに反応薄いわよ!」

 

 

髪をかき上げて胸を突き出す美穂。

いつもの真司なら何かしらのリアクションを返してくれるのだが、今はそんな元気など無いようだ。

小さくため息をつくと、「嬉しい嬉しい」と投げやりに返すだけ。

 

 

「って言うか、何で来たんだよ」

 

「女が男に会いにくるのに理由なんていらないわ! そこに愛があれば――!」

 

「はいはい。まあ、入るか?」

 

「……真司、そういう所だぞ」

 

 

美穂は腰に手を当てて、ヤレヤレと言った表情でため息をついた。

 

 

 

 

 

 

ボリボリ。

 

 

「「………」」

 

 

パリパリ。

 

 

「「………」」

 

 

ポリポリ。

 

 

「「………」」

 

 

バリバリ。

 

 

「「………」」

 

 

暴徒達に家を燃やされた真司は編集長のご厚意でBOKUジャーナルに住まわせてもらっている。部屋の明かりや水はなるべく節約する様に言われている。

よって真司と美穂は、蛍光灯一本で照らされた中、向かい合ってお茶を飲んでいた。

小さい冷蔵庫にたまたまあった漬物盛り合わせをお茶請けにして。

 

しかし薄暗い室内。さらにテンションが冷め切っている真司。

美穂も感化されたのか、無言になってしまう。

なので部屋には先ほどからお茶をすする音と、漬物を齧る音しか聞こえてこない。

 

 

「ねえ真司。私今なら、倦怠期の夫婦の気持ちがよく分かる」

 

「な、なんだよソレ……」

 

 

美穂はジットリとした目で真司を見ていた。

 

 

「そんなんじゃねーのよ美穂さんが期待しているリアクションは」

 

「仕方ないだろ。疲れてるんだよ、俺だって」

 

「はぁ、出た。なんかアンタって一発ヤるまでは張り切ってるけど、終わったらもうどうでもいいってタイプ?」

 

「ブゥウウウウウウッッ!!」

 

 

流石にコレは。

真司は口に含んでいたお茶を吹き出すと、真っ赤になって否定を行う。

 

 

「なななな何言ってんだよお前! 最低だぞ!!」

 

「……最低はお前だよ」

 

 

美穂はベタベタになった顔をおしぼりで乱暴に拭いていく。

口をパクパクとさせる真司だが、そこでふと思う。

 

 

「なんか嫌なデジャブを感じるぞ……! 前にもしてないか? こんな会話」

 

「は!? デジャブ!? ッてことはアンタ私以外の女ともこんな会話してんの!? 最低! 浮気物!!」

 

「な、なに言ってんだよ! お前とだけに決まってるだろ!」

 

 

いや待て! 逆に何言ってんだ!?

真司と美穂はお互いに訳が分からなくなって、手をブンブンと振り払う。

良くも悪くも変な風にテンションが上がってしまった。二人は呼吸を落ち着かせると、一旦また沈黙を。

 

 

「ハァ」

 

 

美穂は真面目な表情に戻り、会話をゲームの事へ移す。

 

 

「どこ行ってたのよ、今日」

 

「北岡さんの所だよ」

 

 

真司は北岡の事情を話す。

あまりこういう事を他人に言うのは褒められた物ではないが、もちろんコレは美穂を信用しての事だ。なんだかんだと言いつつ、やはり真司にとって蓮と美穂は特別だ。頭一つ抜けている信頼感があるのだろう。

 

 

「ふーん、大変なんだね。いろいろみんな」

 

「ああ、だよな……。みんな本当に大変なんだ」

 

 

だから戦う。

だから願いを叶えたい。

 

 

「分からないんだよ、俺……」

 

「うん」

 

「まどかちゃんを守りたいのに。でも、蓮の願いを叶えてやりたいって思いもある。手塚だって、北岡さんだって」

 

「それは無理よ」

 

「そう。無理なんだ。ワルプルギスを倒しては叶えられる願いは一つしかない」

 

 

じゃあ蓮を最後の一組にしてやるのか?

駄目だ、まどかを見捨てる事はできない。

それに真司だって死にたくないとは思ってる。

 

 

「………」

 

 

弱気な真司を見て、美穂フムと唸る。

 

 

「真司はさ、一番最初から"戦いを止めよう"って言ってたよね?」

 

「え?」

 

「今でも、そうでしょ?」

 

「それは、まあ。迷ってるけど……」

 

 

参加者同士で戦うのは間違っている。

だから戦いを止めようと真司は口にして、協力派として動いてきた。

 

 

「それってさ、何で?」

 

「は?」

 

「普通、ゲームに乗る方を考えるよね?」

 

 

確かに人を殺すのはいけない事だ。

しかしゲームと言う社会のルールに縛らず、かつ願いが叶うと言う大きな餌を見せられれば、心がブレるなと言う方が難しいのではないだろうか?

 

誰だって人を殺す事をリアルな物と捉えず。

かつ願いが叶えば、その罪悪感に包まれた記憶を消す事もできるのだ。

殺した参加者の死体だって、ましてや存在だって消える。

周りの人間の記憶からも完全に消えるのだ。

 

つまりF・Gは多人数が生き残る道はあれど、とにかく殺し合いに特化したルールと環境が整っている。騎士に選ばれた者も、魔法少女に選ばれた者も。何かしら大きな物を背負っていたり、腹に一物を抱えている物だ。

もちろんそれ等もまた、殺し合いを助長する一環と言えばいいか。

 

 

「私も正直、結構揺れてた」

 

 

急に非日常に突き落とされ、不安と絶望と隣り合わせ。

周りが何を言っても否定的に捉えてしまい、感情はマイナスの要素だけを膨らませていく。

好意は悪意に感じ、かと言って放置されれば、誰も自分を気にかけてくれないと怒りが出てくる。

 

 

「前に言ったよね、まどかちゃんに嫉妬してたって」

 

「あ、ああ」

 

「殺したかった。ハッキリ言って」

 

「――ッッ」

 

 

たとえば自分を助けてくれると言った真司の注意を引いていた事だったり。

たとえば気の弱い子と言う印象だったのに、自分には無い強さを幾つも持っていたり。

些細な劣等感や、普段ならば絶対に感じない嫉妬が生まれ、それらは全て憎悪に変わり、『ゲームに乗ってもいいかな』なんて思わせてしまう。

 

それは美穂が弱いと言う訳ではなく。

ある種当たり前と言ってもいいかもしれない。

人は皆が強い訳ではない。誰もが持つ心の弱さにつけ込む因子が、F・Gには多々あった。

ユウリが変身魔法を利用して美穂に近づいた面もあったが、全ては心の弱さを刺激された行為だ。

 

 

「でも今は違う」

 

「美穂……」

 

「私はまどかちゃんを心の底から守りたいと思うし、サキだってそう」

 

 

誰も犠牲にしたくは無い。

つまり、今の美穂は真司と同じ志を持っている。

 

 

「でも、最初はそう思えなかった」

 

 

色々な過程があって、今の霧島美穂がいるのだ。

しかし真司は最初から戦いを否定していた。ゲームを否定していた。

それは考えてみれば凄い事なのではないだろうか?

美穂は真司の意思を貫く強さを、ヒシヒシと感じていたのだ。

 

 

「違う。俺は最初から背負う物とか無かっただけで……」

 

「私も別に無かった」

 

「嘘つけ、お姉さんの事とか色々あったろ」

 

「まあ確かにお姉ちゃんを生き返らせたいって想いはあるにはあったけど……」

 

 

でも美穂は姉の死を受け入れていた。

姉には申し訳ないが、死は受け入れれば慣れる物だ。

そりゃ生き返れば嬉しいが、姉はもしかしたら生き返りたくないかもしれない。

そう思えば、なんだか特別な理由にはならない気がしてきた。

 

 

「だいたい世の中に何人身内を亡くしたヤツがいると思ってんのよ。テレビでもやってるでしょ? まだ小さな子供が死んだ人だっている」

 

「それはそうだけど」

 

「お前だって、尊敬してたお祖母ちゃんが亡くなって悲しいとか言ってたじゃん。蘇らせようとは思わなかったの?」

 

 

真司は田舎の祖母を思い出す。

随分、影響されたとも思う。

まあ詳しい話は彼らしか知らぬ事なのだろうが。

 

 

「祖母ちゃんは十分生きたって言ってたし」

「ま、そうだよね」

 

 

美穂はホラねとジェスチャーを取る。

要は誰もが色々あると言われればそうなんだ。

でも何かしら自分にいい訳だのケジメだのをつけて暮らしてる。

でもそれ等がF・Gにおいてはある程度の起爆剤になろうとする。

誰もが持っている心にある『何か』が、戦う理由になろうとして暴れだす。

 

 

「でも何だかんだとアンタはゲームの否定を、綺麗事を貫いた」

 

「………」

 

「それってやっぱ、すっごい事だと私は思うけど?」

 

 

綺麗事――、そう綺麗事だ。

他の何かを抱えている参加者にとっては、真司の抱える理想は目障りで、何にも分かってないヤツだと怒りを買うかもしれない。

しかし綺麗事と言う言葉が意味する通り、戦いを止めようと言う意思は綺麗なのだ。

 

 

「汚いよりは、よっぽどいいわよ! なぁ?」

 

「美穂……」

 

 

ケラケラと笑う美穂。

真司は緊張が解けたように少し笑みを浮かべた。

 

 

「皆が真司の言う綺麗事を下らないって蔑むのは、きっとソイツ自身が自分の取ろうとする行動に自信がないからよ。心のどこかで間違っているとか、汚いとか思ってるのよ」

 

 

誰だって綺麗が良いに決まってる。

でも綺麗なままじゃ掴み取れない物がある。

F・Gと言う汚い汚い泥の中に、何よりも光る物があるのだから。

まあ純粋に浅倉あたりは汚いことが普通と思ってそうだが、真司が目障りなのは、明確に感じる眩しさがあるからだろう。

 

 

「まあそこら辺は各々で色々あるとは思うけどさ。とにかく、私はアンタの事、凄いと思うけどね」

 

 

一番難しくて、一番綺麗で、一番愚かな選択肢を選び続けてる真司が本当に尊敬できる。

それは賢い選択ではないのかもしれないけれど、美穂は間違っているとは思わなかった。

真司はそれを聞くと彼女に礼を言う。しかし今は胸を張って同じことは言えない、状況は少しずつ悪くなっている気がしてならないからだ。

何も考えず、ただ純粋に戦う事が間違っていると思っていた自分は、もういない気がする。

 

 

「何て言うか――、俺はただ、馬鹿なだけだったのかも」

 

「っ!!」

 

 

その時、美穂は何故かニンマリ笑うとバチンと指を鳴らす。

嬉々とした表情は、まるでその言葉を待ってましたと言わんばかりに見える。

なんだ? 真司は嬉しそうな美穂を見て呆気に取られてしまった。

 

 

「そう! そうなんだよ真司ッ!」

 

「はぁ!?」

 

「やっと気づいた! いい? よく聴いてよ!」

 

「お、おう」

 

 

なんだ? なんなんだ? 真司は目を丸くして固まってしまう。

一方で美穂さんは大きく息をすって、真司を強く指差した。

先ほどのしんみりした様子ではなく、なんだか普段の――、と言うか何も考えず馬鹿みたいに笑っていた学生時代の美穂に見えた。

 

 

「城戸真司くん! 君は――!」

 

「お、俺は?」

 

「君は――ッッ!!」

 

 

美穂は一旦、何も言わずに口パクだけで文字を一つずつ表していく。

何を言いたいのか分からない。とりあえず口の動きだけは注目しておく。

 

 

『あ』

 

『あ』

 

『あ』

 

『お』

 

 

(あああお……?)

 

 

もちろんア行だけではないだろうから、母音が示す通りなのだろうが、サッパリ分からない。

 

 

「なんだよ、教えてくれよ」

 

「知りたい?」

 

「もったいぶんなって。知りたい知りたい、教えてくれ」

 

「じゃあ言ってあげる!」

 

 

美穂は両手を真司の肩においてニンマリと笑った。

 

 

「馬鹿なの!」

 

「………」

 

 

は?

 

 

「だから! 真司くんは、お・ば・か! なのッッ!!」

 

「な、なんだそりゃ! ふッざけんな!!」

 

 

真司が怒って手を払いのけると、美穂はケラケラ笑って腹を押さえていた。

彼女は真司にはもう一つ大きな武器があると言う。

それは他の参加者とは大きく違う、何よりの武器なんだと。

 

 

「それはアンタが馬鹿な所だよ!」

 

「お前……、すっごく酷いな」

 

「馬鹿言えよ、いや馬鹿なのか! あ、いや違う違う、だから――!」

 

 

普通、まともなオツムをしているヤツならば、戦いを止めようと最初から今日までは思わない。

それでも理由を貫くのならば、それは大きく分けて三つの理由があると美穂は言った。

一つは明確な理由がある言う場合。美穂も詳しくは知らないが、手塚はそれに入るのだろう。

 

もう一つは本当に強い意思があっての事だ。

コレはまどかが該当すると美穂は言った。

優しさと言う強さ、その道のりは厳しい物ではあるが、自らの正しさを信じて彼女は戦いを拒む。

それが茨の道と知りつつも。

 

 

「んで最後、純粋な馬鹿」

 

「………」

 

「ソレ、オマエ。オマエ、バカ」

 

「何で片言なんだよ……!」

 

 

落ち着けと美穂は言う。

自分がバカだと、真司自身が言ったんじゃないか。

これは決してバカにしている訳じゃないのだ。誤解がある。美穂はフフンと自信げに笑った。

 

 

「アンタの強さは馬鹿だって事! それを誇りに思え、自信に変えろよ!」

 

「……いや、意味が分かんないんだけど」

 

「そりゃそうよ、馬鹿なんだもん!」

 

「馬鹿馬鹿うるさいな!」

 

 

真司が身を乗り出すと、美穂はおおっと言って後ろへ下がる。

 

 

「だいたい、お前だってそんなに俺と成績とか変わらなかったろ!」

 

「ぅォ……! いやでもアンタよりは100倍良かったわッ!」

 

 

まあ行動は同じ様な物だったけど。

美穂はそう言って少し真面目な表情に戻る。

だからこそ分かる物があるのだ、考えとかじゃなく、もっと純粋な行動原理と言うべきか。

 

 

「……なあ真司、考えて答えなんて出た?」

 

「え?」

 

「ずっと迷って、ずっと苦しんで、それでも考えてた」

 

 

でも答えなんて出なかった。

いや。まあまあ答えが出たからこそ、今こうしてココにいると言われればそうではあるが。

しかしそれは考えた末での事ではなく、どちらかと言えば色々な想いの果てに見出した自分なりの考え方だ。

 

それはそうだろう。

だって今直面している問題は数学じゃない。

最初から用意されていた一つの答えなど無いのだ。

要するに根本的な事を突き詰めれば、『答え』なんてそもそも本当に存在しているのだろうか?

 

 

「方程式もまともに解けなかったアンタが、もっと難しくて複雑な今の問題に、答えなんて出せる訳ないのよ」

 

「う゛……ッ」

 

 

100パーセント馬鹿にされている。

そう思った真司だが、言われてみれば確かにそうかもしれない。

馬鹿――、とは思っていない。断じて思っていないが、確かに頭が良いとは思わない。

そんな自分が考えても、そう簡単に答えなど出ないと?

そう言われればそんな気はしてくる。

 

 

「でも勘違いしないで。アンタは馬鹿でも、悪い馬鹿じゃなくて、良い馬鹿だ! それは忘れんなよ城戸真司くん!!」

 

「……なあ、お前本当に褒めてんのか?」

 

「当たり前でしょ! いい? 本当によく聴きなよ!」

 

 

まだ美穂達が仲良く無かった時に起こったコンビニでの事件。

仮にも向こうは凶器を持った強盗だ。しかし真司と蓮は素手で立ち向かっていった。

蓮には何かしらの考えがあったのだろうが、少なくとも真司はノープランで突っ込んだのだろう。

ハッキリ言って馬鹿だ。大人しくしてれば良い物を、わざわざ凶器持ちに立ち向かうなんて馬鹿、大馬鹿!

 

 

「猪か! 獣かお前は! おサルか! よッ、モンキー真司!!」

 

「うるせーッッ!」

 

 

しかしそんなリスクを背負ってまで真司が動いたのは何故か?

彼を突き動かしたのは何か?

それをもう一度よく考えて、よく思い出せと美穂は言った。

 

 

「どうして動いたか?」

 

「そう、アンタを突き動かしたは何?」

 

「それは……」

 

 

真司はあの時の事を思い出す。

やはり印象的な出来事であったし、恐怖もあった為にすぐに思い出すことができた。

そう、あの時に自分が動いたのは――

 

 

「助けたかった。誰も傷つけたくなかった」

 

 

ましてや自分の目の前で。

それを聞くと美穂は少し安心した様に微笑む。

 

 

「そう、突き動かしたのは本能ってね」

 

「?」

 

「なあ真司。もう考えちゃダメだよ」

 

 

下手に頭を使ってしまえば、城戸真司の良い所が全て消えてしまうと美穂は言った。

美穂は自分の拳を握り締め、一度自分の胸に当てる。

直後その拳を真司の胸に当てた。胸と言うよりも心臓、つまりハートに。

 

 

「馬鹿は馬鹿のまま突っ走れ! アンタの本能は、きっと誰かを救ってくれる」

 

「美穂……」

 

「一番大事なのは、何百の言葉より自分のハートでしょ」

 

「………」

 

 

目を閉じる真司。

自分のハート、つまり心の中にある願い。

するとどうだろうか。真司の瞼の下には、自分でも驚くほど鮮明に一人の女の子の顔が浮かんできた。

 

それは、時間だ。

始まりの人。

 

 

『あなたの悪事は私が潰す! 魔法少女マミ!』

 

 

いつも笑顔だった。

いつも周りを笑顔にしていた。

きっと彼女はこれからも皆に慕われ、誰かを癒してくれると思っていた。

 

 

『も……み―――一緒に………でも……』

 

 

彼女の表情が変わる。

それは何よりも悲しく、何よりも諦めに満ちていた。

未練もあったろう、でも納得しなければ――、受け入れなければならなかったのだ。

きっと心はそれを拒んでいたとしても。

 

 

『騎士は、魔法少女を守る為に存在するのだと思います』

 

 

次の人物もまた、真司の前に鮮明に姿を現す。

それは彼らが多大な影響を与えてくれたからだろう。

それが結果として良い意味なのか、悪い意味なのかは別としても、心に刻まれた繋がりは普通の人間が一生の内に体験するソレとは比にならない筈だ。

 

そうだ、ハッキリと分かる。

騎士のあり方を教えてくれた『彼』に、憧れていたんだ。

 

 

『隠蔽、冤罪――ッ! 誤報! この世は腐っている!』

 

 

しかし彼は心の闇に呑まれてしまった。

いや、それは彼が出した答えだったのだろうか?

分からない、何も、誰も、ただ一つだけ言えるのならば彼に待っていたのは終わりだった。

 

 

『本当!? やったぁ! マミお姉ちゃん大好き!』

 

 

幼い彼女は幸せを望んだ。

何よりもと言う訳ではない、ただ『当たり前』と称される規模の物だ。

彼女は普通を望んだ、その普通がやっと手に入ったと彼女は笑っていた。

屈託の無い、穏やかで純粋な笑みを浮かべていた。

 

 

『――――』

 

 

彼女は泣いていた。

当たり前を望んでいた彼女には、普通ならば在り得ない絶望が身に降りかかった。

大切な人の死を、理不尽な形で与えられ、自らを取り巻く環境に彼女は飲み込まれて死んだ。

 

 

『オレは、オレの大切な人のために戦ってます』

 

 

関わりは決して多く、深い物ではなかっただろう。

友、とは言わずとも決して自分達は憎みあってもいなかった筈だ。

なのに戦わなければならない現実に、彼はいち早く答えを出していた。

 

 

『先輩とオレじゃ、背負ってるモンが違うんですよ』

 

 

背負う重さが違うのか。

ならば自分は彼には勝てなかったのか。自分が彼の代わりに死ねばよかったのか。

答えは云々、純粋に了承はできない。彼の覚悟が自分の何倍も上をいっていたとて、死にたくないと言う、当たり前の感情がそこにはあるのだから。

当然、それは彼にもあったろう。

 

 

『貴女には、理解できない』

 

 

自分にも彼女の考えは理解できなかった。

しかしだからと言って永遠に分かり合えないと言う訳ではない。

それを自分は信じていた。

 

 

『淳君が死ぬなんて嫌! でも、わたしも……死にたくない!!』

 

 

彼女は、彼女達は人だった。

魔法と言う、人間を遥かに超越した力を持っていても。

騎士と言う、神にも等しき力を持っていても。

自分達の中身はあくまでも弱い人ではないのか。

 

 

『お前等だって選ばれたんだろ? だったら、何であんなゴミみたいな連中に構うんだよ』

 

 

選ばれたと錯覚していたんじゃないのかよ。お前も、俺も。

鏡に映るのは人ではなくなった自分かもしれない。

だがそれはどんなに姿形が違っても、自分と言うカテゴリを離れる事は無い。

あくまでも、自分だったんだ。

 

 

『ああそうだよ。邪魔な奴等、ウザイ奴らをぶっ殺して成り立つ。それがおれの幸せさ!!』

 

 

幸せの定義は人それぞれだ。

でも俺は――、お前の幸せは間違っていると思う。

いや何度だって言い続けてやる。もっと誰も悲しまない幸せが、お前にもあったんじゃないのか。

 

でも一つだけ分かる事がある。

お前はもうその幸せを見つける事はできないし、お前が感じていた幸せも感じる事はできない。

幸福は、生きているから感じられるんだから。

 

 

「………」

 

 

ゆっくりと目を開ける真司。

俺、自分、彼、彼女、あなた、キミ。誰もが答えを見つけていると思っていた。

事実、何かしらの想いを抱えて戦っていたのだろう。それが答えと言えばそうだ。

だけど世界は誰かの解答を気にせず回る。

答えは、出ない。

 

 

「………」

 

 

でも、世界は回る。

 

 

「………」

 

 

愚かな歯車は、回り続ける。

 

 

「……ッッ」

 

 

でも、多分。

多分だけど、分かる事が一つだけある。

もしかしたら違うかもしれない、だって俺はあまり頭が良くないから。

でもきっとそうだと思える事が一つだけあった。

 

そう、そうだ。

だから今日まで――、今まで動いてきた。

動いてこれたのかもしれない。

 

 

「それは、誰も死にたくないって事」

 

 

だって怖いだろ、辛いだろ。何もかもひっくるめて死ぬって嫌だろ?

いや、もしかしたら死にたいって願っている人達はたくさんいるのかもしれない。

でもそれはきっと何か辛い事があるから、『死』でしか逃げれない事があるからだ。

もしもその障害がなくなって、幸せな日々と思える時がきたらその考えは消えるはず。

 

そうだ、そうに決まっている。

だからみんな根本の所ではきっと同じなんだ。

死にたくない、生きたい――ッッ! 生きて、幸せになりたい!

 

 

「――ッッ」

 

「っ? 真司?」

 

 

真司は俯き頭を掻き毟る。

燻っているのだろう、美穂は少し息を呑んで見守った。

 

 

「なあ、美穂」

 

「んあ?」

 

 

真司は落ち着いたのか、たった一言、質問を。

 

 

「死にたくないよな?」

 

「………」

 

 

美穂は少し間を置いて、無言で一度頷いた。

そして――

 

 

「当たり前じゃん。こんな完璧な美貌を持った美穂様が死ぬとか、それもう世界にとっても大きな損失になるよ」

 

「ハハハ、言ってろよ」

 

 

だが真司は少し穏やかな表情に戻った。

そしてッシャア! と叫び、自分の手で、自分の頬を叩く。

 

 

「え? 何? 一人SMごっこ? ひ、ひくわー……」

 

「違うわ! 気合を入れたんだよ気合を!!」

 

「あはは、分かってるって」

 

 

コイツは!

真司はギロリと美穂を睨む。

 

 

「……そうだよな。考えたって、答えなんて出ないか」

 

 

いつだってそうだった。

自分を突き動かしたのは揺ぎ無い本能だけだ。今も昔も、そしてこれからも。

とは言え、今するべき事だけは、しっかりと分かっているつもりだ。

真司は頷くと、美穂にお礼を言う。

 

 

「サンキュー美穂、やっぱ考えるより前に動くタイプだよな、俺って」

 

「そそそ」

 

「悪い、ちょっと行かなきゃいけない所ができた。すぐに戻ってくるから」

 

 

真司はそう言うが、美穂は首を振って一緒に立ち上がる。

どうやらもう帰るらしい、あまり遅くなるのも美佐子に迷惑だからと、二人は一緒にBOKUジャーナルを出ることに。

そして外に出た時だ、真司は原付を取りに行こうとするが、美穂に呼び止められた。

 

 

「指きりしよう」

 

「ん?」

 

「約束よ。や・く・そ・く」

 

「約束?」

 

 

真司は言われるままに小指を差し出した。

 

 

「勝つぞ、絶対に」

 

「な、何にだよ」

 

「全部にだよ」

 

 

美穂は少し寂しげに微笑みながら、小指と小指を絡ませる。

 

 

「勝つ、か」

 

「カツ丼の話しじゃないわよ」

 

「知ってるよ! あんまナメんな!」

 

「真司の事だから勘違いしてると思って。うほほほ!」

 

「あ、霧島さんって凄いゴリラみたいな笑い方するんですね。やっぱ普段ウンコとか投げてる感じですか?」

 

「………」

 

「や、やめろ! 無言で指をねじ切ろうとするな! いでででッッ!!」

 

「ふざけてないで、約束は?」

 

 

真司は少し責任を感じならがも、強く頷いた。

ゲームに勝つ。簡単には約束できない事だ。その言葉は第三者が感じるよりもずっと重たい物だ。

しかし真司はいつも通りの笑顔で手を振り、約束の言葉を述べていく。

 

 

「「指切った」」

 

 

子供のようだ。二人は笑う。

 

 

「変わんないね、私達」

 

「かもな。ずっと子供のままだ」

 

 

大人(りこう)になるのは難しい。

ずっと子供(バカ)なんじゃないかと思ってしまう。

それが今はプラスになる事を切に願うだけだ。

 

 

「そうだ、一応コレあげる」

 

 

美穂はサキに貰ったグリーフシードを真司に投げ渡した。

まどかに渡す予定だったが、サキも忙しくてままならなかったと。

 

 

「お、分かった。サキちゃんに、ありがとうって伝えてくれ」

 

「ん。じゃあ明日、作戦会議するわよ多分。だから――」

 

「ああ、分かってる」

 

「そう、じゃあいいのよ」

 

 

美穂はそう言ってブランウイングを召喚させた。

どうやら今の交通手段は常にミラーモンスターらしい。

大丈夫かとも思うが、便利なのだから仕方ないと美穂は笑った。

 

 

「人に見られんなよ、ただでさえ今、ネットじゃ見滝原はヤバイとか言われてんだから」

 

「大丈夫大丈夫。行こうブランウイング!」

 

 

そう言って闇夜に飛び立っていく美穂。

真司もまた、原付に走っていった。美穂にありったけの感謝を込めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ、残りたい?」

 

「うん。ごめんね……」

 

 

ふぅ、とため息をついて、詢子は苦い顔を浮かべる。

鹿目家では家族会議が行われていた。と言ってもタツヤは既に夢の中で、父の知久もまだ骨折で入院中である。しかし一応無理を言って病院を風見野の方へ変えてもらう事はできそうなので、詢子としては見滝原を出たいとの事だった。

 

 

「アタシもオカルトとかは信じないけどさ、やっぱ最近見滝原って普通に考えて治安かなり悪いし」

 

 

ココ最近で見滝原で起こる行方不明事件や、猟奇殺人の多さは明らかに異常だった。

一般人からしてみれば芝浦のやった事はテロと置き換えられている訳で、そしてさらに見滝原を通りかかったバスや飛行機の爆発。

 

ニュースでは前日報道されていた殺人事件はもう放送されない。

なぜか? 新しい殺人事件に更新されるからだ。

さすがの詢子も自分のいる街がおかしいと気づいている。いろいろ問題はあるが、一番大切なのは家族である。

まどかがテロに巻き込まれて、かろうじて生き残った。

親バカで無くとも過保護になるのは当たり前だ。

 

 

「前にも家の鍵、壊されてたし、サキちゃんの家なんて爆破されたんだろ!? ありえないって」

 

「そ、そうだね」

 

 

これでタツヤが実は誘拐されてましたなんて知れば、まどかを引きずってでも家を出る事間違いなしだ。だからまどかは事前にタツヤに絶対にリーベエリスに行った事を言わないでと口止めはしておいた。果たしてタツヤがそれを守ってくれるのかは心配なところだが。

 

 

「ニュースじゃ、テロ組織が見滝原にいるんじゃないかって言ってる」

 

「こ、こわいね……」

 

「まどかも流石にやべぇって思うでしょ?」

 

「や、やべぇだなんて」

 

 

まずい。詢子の気迫に満ちた表情を見て、怯んでしまう。

詢子としては見滝原を出たい一心なのだろうが、まどかとしては困るところである。

なんて説明すればいいのか。殺し合いに巻き込まれて、見滝原から出たら死にますとは口が裂けても言えない。

とは言え、まどかとしても詢子の気持ちも良く分かる。

だがそれでも、突き通さなければならない嘘がある訳で。

 

 

「ほら、家の事とかもあるし――」

 

「家なんてまた建てればいい。賃貸だっていい! 私にとって家なんかより、ずっとアンタとタツヤの方が大事なんだって!」

 

 

それは父も同じだろう。

一度鍵が壊されていると言う事は、再びココが標的になる可能性が高いと詢子は考えていた。

 

 

「見滝原は……、さやかちゃんと、仁美ちゃんの思い出があるから」

 

「……っ」

 

 

嘘ではない。本音だった。

見滝原はまどかにとって思い出の詰まった街であり、ココが戦いの場になっている現状は辛い物がある。

だからこそ見滝原を破壊しようとするワルプルギスの夜は止めたい。

それに加えて――……、自分の事も色々と考えてしまう。

 

 

「………」

 

「まどか……ッ!」

 

 

堪え様としても、ついつい涙が浮かんでしまう。

母を、父を、弟を守るには、やはり死んだほうがいいのだろうか?

なるべく考えないようにはしているが、そんなの無理だ。

死にたくないとは思いつつ、けれども自分が死んだほうが一番良いとは分かりきっている事なんだ。

 

 

「気持ちは分かるけど……! パパとママの気持ちも分かってくれ!」

 

「――ッ、それは」

 

 

今までは父と母を傷つけたくないと、魔法少女の事を隠してきた。

だが、このままでは余計に母を傷つけてしまうだけだ。

それはまどかとしても本心ではない。

 

 

「分かった」

 

「まどか……! 分かってく――」

 

「でも、あと六日だけ待って!」

 

「っ! まどか!!」

 

「ごめんママ、でもどうしても――……ッ! どうしてもお願い!」

 

 

詢子はいつもと違う娘の様子に息を呑んだ。

普段のまどかが出す雰囲気ではない。それがどういう意味なのかまでは読み取れないが。

それでもただ一つ言える事は、ただのワガママでは無い事。

まどかだって危険なのは分かっている筈。

それでも尚、この見滝原に留まりたい理由があるのだろう。

 

目を見れば分かる。

それに、理由を聞いても、まどかはきっと嘘をつくとも分かった。

自分の娘の事だ。似た部分は必ずある。

まどかは今まで嘘をつかなかった、でもきっと嘘をつく。そんな気がしてならない。

 

 

「まどか」

 

「……ごめんなさい」

 

 

まどかは、唇を噛んで俯く。

母として取るべき行動は何なんだろう? 詢子はため息をついて苦い顔を浮かべた。

それはもちろん、嫌がる彼女を引きずってでも明日か明後日には見滝原を出る事だ。

しかし今まで、母の言う事には何ひとつ文句を言わなかったまどかが、初めて自分の意思で何かをなし得たいと思うのならば、背中を押したいと言うのが『鹿目詢子』の想いだった。

 

 

「………」

 

 

だが――、それでも。

 

 

「駄目だ。明日か明後日、用意でき次第、一旦見滝原を出るぞ」

 

「ママ……!」

 

「風見野の方にアパートを借りるから、そこでしばらく様子を――」

 

「ママ!」

 

 

その時、詢子はまどかをキッと睨む。

 

 

「まどか! アンタの命は、アンタだけの物じゃねぇんだッ!」

 

「――っ!」

 

 

杞憂に終わる。と言う考えを持つレベルじゃなくなっている。

見滝原には毎日毎日警察がパトロールを行う様になったが、その警察が何人も死体で発見されているのが連日ニュースだ。

 

そんな街に住んでいられるものか。

不動産屋を覗けば、見滝原の土地だったり物件は、いまや格安で販売されており、それを象徴するべく見滝原を離れる者が後を絶たない。

 

 

「悪いけど、やっぱり納得できない」

 

「どうしても?」

 

「ああ。タツヤと知久の為にも、アンタを危険には晒せない」

 

「………ッ」

 

 

母の愛を感じて。まどかは真剣な表情を、複雑な表情へシフトさせた。

分かっていたと言えばそうだ。しかしココだけはまどかも色々な意味を込めて、引き下がれない部分である。

なんとかして分かってもらうしかない。しかし知れば知るほど辛くなる。

 

お互いに。

 

 

「ママ、ごめん。何度言われても、六日はわたし動かない」

 

「アンタ――ッ! なんでそこまで?」

 

「……ごめんね」

 

「それは危険を知りつつもやらなければならない事なのか?」

 

 

家族の事を天秤に掛けてまで。

何も知らない詢子にとってはそれが疑問で仕方ない。

 

 

「どうしても、わたしにしかできない事があるの」

 

「どんな事さ!?」

 

「ごめん、言えない」

 

「ッ」

 

 

まどかの目は本気だった。

もちろん詢子が言った、自分ひとりの命ではないと言う言葉は心に深く突き刺さる。

母と娘。双方の間には愛があるからこそ、譲れぬ物があるのだ。

しかし今のまどかには余裕も、時間も無い。

話し合い、納得してもらうのを待つ時間は無いのだ。

 

 

「ごめん――……。本当に、ごめんなさい!」

 

「え?」

 

「お願い、かずみちゃん」

 

「かず――?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ファンタズマビスビーリオ」

 

 

フッと。

蝋燭の火が吹き消された様にして、詢子の目から光が消えた。

その後、崩れるようにテーブルへ顔を伏せる。

姿を見せたかずみは、無表情で詢子を見ていた。

 

 

「ごめんね、かずみちゃん。急に呼び出して」

 

「びっくりしたよ。メール読んだ時は驚いた」

 

 

まどかは最初からこうなる事が分かっていたのかもしれない。

母に分かって欲しかった。だけど母が自分を心配してくれて、それが結果として双方のモヤモヤを大きくするだけだと言うことも分かっていた。

 

だから事前にかずみにメールを送っていたのだ。

母と話し合いがしたいけれど、恐らく纏まらないから助けてほしいと。

詢子は人間だ。どれだけ体力や精神力が万全の時でも、洗脳魔法には適うまい。

 

 

「どうする? 設定」

 

「わたしを置いて先に風見野にいく流れを作ってほしいの」

 

「ん、了解。ゴマアブラーユってね」

 

 

かずみはそう言って十字架を振るう。

かずみ自身も途中から裏で話を聞いていたので、まどかの望む流れは理解できた。

次に詢子が目覚めれば、都合のいいシナリオ通りに動いてくれるだろう。

 

 

「……駄目だよ、お父さんとお母さんを心配させちゃさ」

 

 

かずみの声には、何とも言えぬ寂しさがあった。

表情もまた寂しげだ。なぜだろうか、まどかは今になって、他人の表情の変化に敏感になってきた。

周りの目を気にしすぎたから、かもしれない。

 

 

「うん、そうだね。わたし悪い子だ」

 

 

まどかの儚げな笑みを、同じく儚げな笑みで受け止めるかずみ。

この言葉にできない寂しさは、一体いつになったら終わるというのか。

二人はふと、笑みを消して睨み合う。この今、流るる微妙な空気の意味を、まどかは以前ならば理解はできなかっただろう。

いや、理解したくないから目を背けていたかもしれない。

しかし北岡によって告げられた真実が、まどかを良くも悪くも成長させたのかもしれない。

鋭敏な寂しさには理由がある。それは決して無視してはいけないものだ。

 

 

「ごめんね、まどか。コレがわたしにできる、友達としての最後の魔法」

 

「うん、ありがとう」

 

 

分かっているのだ。

一度は戦った仲だ。かずみに、もう時間が残されていない事くらい、まどかはちゃんと分かってる。

 

 

「力になれなくてごめんね。わたし、何もできなかった」

 

「気にしてないよ。それに今は、むしろ邪魔してるじゃん」

 

「………」

 

「酷いよ、まどか」

 

 

酷いのは自分だ。かずみはそれを分かっていて、まどかを睨みつける。

 

 

「安心して、まどか。お母さんの洗脳はちゃんとしたから」

 

 

たとえば詢子を利用する事は無いし、ちゃんとまどかが望むシナリオを頭に埋め込んだ。

それは信じて欲しいとかずみは言う。

 

 

「信じるよ。かずみちゃんは……、友達だから」

 

 

その言葉を聞いて、観念したようにかずみは肩を竦めた。

 

 

「……うん。うん。わたしも、まどかの事、本当に友達だと思ってる」

 

 

だけど――!

かずみは十字架を振るった。その先を向けるのは、当然まどかだ。

 

 

「ごめん、決めたの。わたしは貴女を殺すって」

 

 

いや、まどかだけじゃない。

真司だって、サキ、美穂、北岡達だって殺す。

王蛇ペアも織莉子達も全員殺す。ワルプルギスの夜なんて関係ない。

殺して殺して殺した先に答えがあるのだから。

 

 

「わたしは蓮さんを勝者(かみ)にする。もう迷わない、もう逃げない」

 

 

かずみの言葉を聞いて、まどかは表情を歪める。

覚悟はしていたが、いざ目の前で言われると怯むものはある。

だが自分だって生きたい。自分だって……

 

 

「わたし、諦めたくないから」

 

「いいよそれで。今日はそれでいい」

 

 

次に会った時に答えは出る。まどかが死ぬか、それともかずみが死ぬか。

もしくは他の誰かに殺されるか、殺すのか。かずみの表情に明確な殺意が宿る。

目の前にいるのは友だ。しかし殺すべき相手でもある。

その事をしっかりと理解して、かずみはまどかを睨んでいた。

 

 

「まどか、わたしね……、貴女と同じくらい素敵な友達がいたんだよ」

 

 

一緒に色々な所に行ったし。シェアハウスだってしてた。

 

 

「でもね、二人はわたしが殺したんだ……」

 

 

分かるでしょ?

分かって、もう戻れない。

あの時。そう、友を殺した時から、もう戻れないなんて分かってたんだ。

 

 

「じゃあね、まどか。次は殺すから」

 

「……わたしも抵抗する」

 

 

まどかは変身すると、威嚇の意を込めて片翼を出現させる。

かずみは頷くと、黒いマントで自分を包み、そしてマントが翻ったときには誰もいなかった。

 

 

「疲れたな……」

 

 

色々な意味で。

 

 

「嫌だな、みんなと戦うの」

 

 

死にたくないんだ。

自分の為に、両親の為に。

なのに、なのに――!

 

 

「……ママ」

 

 

まどかは詢子をベッドまで運ぶと、変身を解除する。

寝顔を見つめ、そしてただ一言を「ゴメン」とだけ呟いて自室に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

「……!?」

 

 

自室に戻ったまどかは、何をする訳でもなく椅子に座って俯いていた。

その時だ、窓がコンコンと音を立てる。

ここは二階だ。おまけにそこそこ遅い時間である。

まさか参加者か? まどかはいつでも変身できる用意をしてカーテンを開いた。

 

 

「きゃあ!」

 

 

視界に飛び込んできたのは赤。

まどかは思わず驚いてしりもちをついてしまった。

だが仕方ない、何故なら窓の外には巨大な龍の顔があったのだから。

ドアップで存在するドラグレッダー。流石にそれは想像もつかないと言うものだ。

 

 

「まどかちゃん! 今大丈夫?」

 

「し、真司さん……!」

 

 

ドラグレッダーの背中に乗っていたのは真司である。

まどかはすぐに気づいた。真司の表情が、何かこう先ほどと変わっているのだ。

楽になったと言うべきか。それとも覚悟を決めたというべきか。

とりあえず窓を開けて、真司を部屋に招き入れる。

 

 

「ど、どうしたの? 真司さん」

 

「ああ。俺さ、やっぱ馬鹿なんだよ」

 

「へ?」

 

 

いきなり何を? 返答に困る。

そうだね、なんて言えないし、思ってもないし。

真司も困惑が伝わってきたのか、だははと笑いながら頭をかく。

そんな彼の様子はいつも通りというか。前の様な違和感は、微塵も感じさせなかった。

 

 

「何が言いたいのかって言うと、馬鹿だから考えても考えても分からないし。答えが出せるかは分からない」

 

「……っ」

 

「でも、一つだけ分かった。一つだけ言いたい」

 

 

真司は揺ぎ無い眼差しでまどかを見る。

 

 

「守るよ。まどかちゃんを」

 

「!」

 

「やっぱり、俺にはコレしか思いつかないんだ」

 

 

戦いを止めたいと言うのもあるが、とにかく今は、まどかを守る事だ。

それを城戸真司は、騎士・龍騎の意思であると彼女に告げた。

 

 

「真司さん……」

 

「ごめん、まどかちゃん。俺……、隠し事してたっ」

 

「!」

 

「全部話すよ」

 

 

真司は手に持っていたグリーフシードを握り締める。

それを見てまどかは力が抜けたように笑った。

 

 

「知ってるよ。わたし、絶望の魔女なんでしょ?」

 

「え!? あッ! だ、誰に――?」

 

「だから――」

 

 

まどかは問い掛ける。

自分を守ると言う事は、その覚悟を決めてもらわなければならない。

今のまどかは、存在自体が罪だ。いずれは爆発する爆弾。

それでも真司は自分を守ると言うのか?

 

 

「絶望の魔女の、わたしを……」

 

「当たり前だろ! まどかちゃん!」

 

 

真司はまどかの両肩をポンポンと叩いて笑う。

 

 

「俺は、キミのパートナーなんだから!」

 

「真司さん……!」

 

 

ソレに何よりも、まどかは生きたい筈だ。

真司はそれを絶対に無視したくなかった。

 

 

「そうだろう? まどかちゃん」

 

「………」

 

 

思わず視界が霞む。

 

 

「うん……、うん! わたし――ッ!」

 

 

生きたい。

その言葉を聞いて。真司はしっかりと、力強く頷いた。

生きたいのは皆そうだ。当たり前なんだ。でもその当たり前の事が許されない。

それは、まどか自身がよく知っている事であり、それが枷になっている事なのだ。

 

 

「でも、いいの……? 真司さん」

 

 

まどかはそれが気になってしまう。

守る事の責任。しかし彼女がそれを口にするよりも、真司はその絶望を否定した。

 

 

「まどかちゃんが絶望の魔女だって関係ない! パートナーだから、友達だから守るんだ!」

 

「でも――っ!」

 

「言われたんだ。運命を変えたいのならば、抗い続けろって!」

 

 

真司は手塚の言葉を信じていた。

当然だ。仲間の言葉は、信じるべきだ。

 

 

「絶望の魔女で終わるなんて悲しすぎるだろ! 生きよう、まどかちゃん!!」

 

 

真司はまどかを守る。

しかし一番大事なのは、まどかの意思だという事も知っている。

彼女が願わなければ絶望の運命は変わりはしないのだから。

 

それを言えば。まどかは少し沈黙して俯く。

真司には、彼女の心の声が聞こえた気がした。

彼女はきっと真司と同じで、思い出しているのだろう。

生を望み、そしてそれを叶えられずに散っていた命の炎を。

 

 

「まどかちゃん、君は生きていいんだよ……!」

 

「本当……?」

 

「もちろん! ダメだって言うヤツがいたら、俺が全員ぶっ飛ばしてやる!」

 

 

そうだろ?

誰も死を背負って生まれてきた訳じゃない。

ありったけの希望を背負って生まれてきたんだ。それを否定されてたまるか。

死ぬことが当たり前だなんて、そんな運命を認められる訳が無い。

 

抗うんだ、そうだろ手塚。

生き抜くんだ、そうだろ美穂。

否定するんだ、そうだろ蓮ッ!

そんな燻る真司の想い。

 

もちろんそれは、まどかだって同じだ。

思い出すのは、儚く崩れていく友の笑み。悲しみの涙。

それは絶望の支配。鹿目まどかは切に願う。

その絶望を、否定したいと!

 

 

「わたしは、生きたい!」

 

「ああ。それでいいんだよ、まどかちゃん!」

 

「生きていいよね? 真司さん。生きてもいいんだよね!」

 

「ああッ! ああ!!」

 

 

閉じた目を開く。

まどかの表情は、呪いに押しつぶされそうな以前の物とは明らかに変わっていた。

そこに感じる圧倒的な覚悟。真司は答えが分からぬけれど、自らの心に燃える想いに身を任せて突っ走った。

しかしまどかは自らの心と向き合い、それで自らの答えを出した。

 

 

「わたし、生きたい。死にたくない」

 

 

守ってくれた命だ。

両親が、友が。そして自分自身と言う存在が。

だから否定したくない。たとえ絶望の魔女であると知った今でも、その運命に押し潰されたくない。

 

 

「真司さん、わたしのワガママ……、聞いてほしい」

 

「当たり前だろ、俺たちはパートナーなんだからさ」

 

「うん、ありがとう真司さん」

 

 

それを聞いてまどかはニッコリと笑う。

一度決心を固めた後のまどかは強いものだ。

それもまた今までの経験で分かっていた。

まどかは自分の思いを簡潔に告げる。死にたくないし、このままゲームに翻弄される気も無い。

 

 

「織莉子さんも、かずみちゃんも説得するし、ワルプルギスの夜も倒す」

 

「ああ、戦いを止めよう。絶対に」

 

「うん! よろしくね真司さん!」

 

 

二人はしっかりと握手を行い、迷いを振り切る様に笑みを浮かべた。

どんなに心折れそうな時だって、この二人ならば食らいついていけるのかもと思う。

それが家族や恋人では得られぬ絆。騎士と魔法少女の絆なのかもしれない。

 

二人は戦いの終わりを誓う。

どうすればいいのか、何をすれば一番いい未来が作れるのかは分からない。

けれども、二人の心には戦いを止めたいと言う純粋な願いのエネルギーが激しく燃えている。

この想いは、きっと無駄にはしない。

 

 

「じゃあそろそろ俺は帰るよ」

 

「うん! 気をつけてくださいね!」

 

 

夜も夜だ。

真司はドラグレッダーに飛び乗ると、手塚が『明日』という時間を作ってくれた事を伝える。

 

 

「でも明後日には……」

 

「大丈夫。わたしはもう逃げないし、戦うよ……!」

 

 

絶望と。

 

 

「ああ、がんばろう」

 

 

夜の闇は深くなっていくが、二人の中にある希望の光はしっかりと大きくなっていく。

今ココに新たな意志が生まれた。夜を越えて、より大きくなる意思がある。

人の思いがあるからこそ、愚かな歯車はより強いエネルギーで回るのだ。

 

 

 

 

 

 

 







マギレコのホームでまどかをつんつくしまくると聞ける「そんな……(震え声)」ってヤツ、あれ、かわいいよね。

マミさんもケーキの事について語る時が輝いてるし。
こらもうワシがケーキになるしかおまへんなぁ( ^ω^ )ガーッハハッハ!!


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第49話 杏里の呪い い呪の里杏 話94第

 

 

 

 

【三日目】

 

 

清清しい朝と言うのは、誰しもに与えられる訳ではない。

たとえばココ、高見沢邸の厨房では、朝の食事を用意するために多くのシェフやメイドが慌しく動き回っていた。

シェフ達は高見沢の食事を用意する。メイド達は自分達の朝食を別に作っている。

そんな中、ニコは厨房にひょっこり顔を見せた。

 

 

「おはおは」

 

「あっ! おはようございますニコ様!」

 

 

使用人たちは一勢に作業を中止して、ニコに頭を下げた。

 

 

「止めてくれ。ただ顔を見せただけで作業を止められたら、私が高見沢に怒られそうだ」

 

 

しかし一応ニコは親戚と言うことになっている。

失礼なことはできないのだろう。

 

 

「アイツこえーもんな、皆お疲れちゃん」

 

 

ニコの服装は外出時のもの。どうやら早朝から出かける様だ。

 

 

「手早く朝食を済ませに来た」

 

 

ニコは近くの皿に盛り付けてあった卵焼きを見て目を光らせる。

器の形から見て、コレはメイドが作った使用人の食事だろう。

まだカットもしてないし、少しスプーンで削ったような跡はあるが。

 

これなら食べても問題ない――、と言う訳でもないだろうが。

ニコは行儀悪く卵焼きを、むんずっと手で掴みとる。

 

 

「わりわり、急いでるから。コレだけで良いからニコちゃんが食べちゃうぞ。ほしまーく!」

 

「え? って、あ! ニコ様それは――!」

 

 

メイドがぎょっとした表情でニコを止めようとする。

しかしニコはもう卵焼きをヒョイヒョイと連続で口の中に入れていく所だった。

アワアワと焦りに目を見開くメイド達。中には、やってしまったと青ざめている者も。

しかし当の本人は何のその。無表情ながらに口をモゴモゴと動かして、ゴクンと一気に飲み込んだ。

 

 

「うん、うまいうまい。ごちそうさん」

 

「えっ!?」

 

「おじゃましたね、んではでは」

 

「……っ?」

 

 

ニコは手を振って去っていく。メイド達は顔を見合わせてザワザワと。

やっぱりだとか、以前もこういった事がだとか、いろいろ話し合っている。

 

 

「い、一度報告してみます」

 

「ああ、頼む」

 

 

不安げにニコの背中を見つめるメイド達。

ニコはまだ、気づいていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

見滝原の町は、いよいよを以ってオカルトタウンと認識される様になっていた。

学校の復旧に当たっていた者達も気づけばキャリアの浅い、つまりは下っ端だけとなり、上層部は逃げ出すと言う異常事態に陥っていた。

 

リーベエリスメンバーの集団失踪事件や、日に日に更新される死者数に警察の信頼も、まして国家の信頼も薄れていく始末。

各学校は無期限の休校状態にあり、見滝原の市長が隣接する街への避難を促すと言う前代未聞の状況となっている。

そこには、相変わらず杏子と王蛇が連日的に殺人を繰り返している言う面もあるのだろう。

あの二人にとって殺人とは非常に強力なドラッグなのだから。

被害者の中には外からやってきた動画配信者も存在し、ますますSNSで拡散されていく。

 

しかし皮肉なのは朝は等しくやってきて、清清しい小鳥達の声が耳に入ってくる事だ。

死の街に飛び交う小鳥達は、何の恐怖も抱いておらず。

いつもと変わらぬ見滝原に存在しているのだと思っているのだろうか。

 

そんな見滝原の中にある美佐子の家。

朝早くから魔法少女と騎士たちは顔を合わせて険しい表情を浮べていた。

サキは、汗を浮べて唇を震わせている。その表情は驚きで染まっていた。

 

 

「い、今なんて――ッ!?」

 

 

視線の先にいる鹿目まどかは、しっかりと頷いた。

 

 

「わたしも戦う。安心して、絶望はしないから」

 

 

鹿目まどかは自身が絶望の魔女である事を聞かされたと打ち明ける。

けれどそれは決して絶望を刻まれたのではない。自分の意思を固める鍵になった。

そして何よりも自分の強い願いを確認する経験になった。

 

 

「わたしのワガママを聞いてほしいの」

 

 

どう考えても死んだほうがいい。死んだほうが世界のためになる。

だから織莉子たちは自分を狙う。もう何度も繰り返した問題と答えだ。

でも、それでも生きたいと思う心がある。

家族と一緒にいたい、友達と一緒にいたい。

 

 

「それに、わたしを守るために死んだ仁美ちゃんのためにも、わたしは生きなきゃダメだと思う」

 

 

命は自分だけの物じゃない。それを母に教えられた。

自分は生きててもいいのだと、それをパートナーに教えられた。

今まで自分の事を顧みなかった少女にはじめて生まれた明確な欲望。願い。エゴ。

 

 

「ごめんサキおねえちゃん、美穂先生。わたし死にたくない」

 

 

それは【生きたい】と言うごく当たり前の事だったのだ。

 

 

「わたしは、死ねない。生き抜いてみせる」

 

「まどか――ッ」

 

「まどかちゃん」

 

 

サキに比べて落ち着いた表情の美穂。

真司が決意を固めた時点で、こうなる事は予想していた。

そしてサキも、最初こそは驚いたが、すぐに優しい笑みを向けた。

 

 

「ああ、そうだな。キミは生きるべきだ」

 

 

そしてまどかにはもう一つ思う事がある。

それは自分が生きていてはいけない存在だと言う事の『重さ』だ。

生を望み、抗う事が多くの人を焦らせ、絶望に至る毒を生み出してしまう。

現にまどかは、自分を殺しにくる織莉子達が間違っているとは思えない。

 

確かに織莉子はマミを死に追いやった。

お茶を濁していたが、さやかやゆまも殺してる様なものだ。

その点にだけ注目するのなら、まどかは織莉子たちを許せない。

 

しかし残酷な言い方になるが、結果論となった今の状況では、織莉子達も必死なのだと理解できる。

自分が少数派の立場にあると言う事も、鹿目まどかはしっかりと理解していた。

 

だから戦わなければならない。

巻き込む仲間達には申し訳ないとは思うが、逃げるのではなく、戦いの場に赴かなければならないと言う一種の使命感があった。

やはり自分が通さなければならない『筋』がある様な気がしてならなかったのだ。

 

織莉子は生きたい。自分も生きたい。世界を生かす為に自分が邪魔。

逃れなれない宿命の上に立った自分達にできることは、やはり武器を握る事だけなんだろうと思う。

それは悲しいことだ。話し合いで解決するなら是非と思う。

しかしどうあっても避けられない衝突があるのだと、まどかはおろか、真司も理解する様になった。

でも諦めはしない。戦いに呑み込まれたりはしない。

戦いを終わらせる為に、世界に希望を齎す為に、戦いたい。

 

 

「だから、わたしも戦う」

 

 

もう逃げられない。もう逃げてはいけない。十分、今の今までは逃げてきた。

いや、だからこそ、死と言う、最も大きな逃げ道を作りたくない。

そのエゴを突き通すワガママのけじめというべきか。

絶望の魔女であるまどかが、生きる為に選ぶべき責任(せんたく)は、やはり織莉子達と真正面から向き合う事しかないと思ったのだ。

 

 

「よし、じゃあ一緒に戦いますか」

 

「美穂先生!」

 

「ああん、美穂リンって呼んでよ」

 

「無茶言うなよ……」

 

 

真司の言葉に舌を出す美穂。

まどかは少し頬を染めて嬉しそうに美穂さんと。

 

 

「死んだら死んだよ。気楽に行きましょう」

 

 

美穂はサムズアップを行う。

 

 

「死んだらって……。縁起でもない事を言うなよ」

 

「だって、あの金ピカ野郎、滅茶苦茶強かったし」

 

「それが問題だな。あとは――」

 

 

何と言っても、ほむらが納得するかどうか。

まどかが家に来た時には、ほむらは既に家を出ていた。

何やらやりたい事があると言っていたが、何をするかは教えてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がー! ぐごー!」

 

「………」

 

 

都市部から、少し離れた所にある廃墟と化した教会。そこに二つの寝息が。

布団を用意するわけでもなく、地面に大の字となって眠っているのは浅倉だ。

そして彼の腹を枕にしているのは杏子。浅倉はその重さからか、眠っているのにイライラしている様な表情を浮べて歯軋りを行っていた。

 

対して気持ちよさそうに眠っている杏子。

この光景だけ見れば、微笑ましいのが皮肉なものだ。

二人の周りには綺麗に食べ終えた弁当の空き箱が無数に積まれている。

好きなだけ殺し、好きなだけ食べる。箍が外れた獣、まさに彼等は理性を失った人間が行き着く最終地点と言ってもいい。

 

 

「んごっ!?」

 

 

その時、杏子の眉間に何かが当たった。彼女はその衝撃でハッと目を覚ます。

しばらくは混乱しているのか、呆けているが、その内頭をかいて首をキョロキョロと。

すると見つけた。紙飛行機が落ちているじゃないか。

 

 

「なんだよ、せっかく気持ちよく寝てたのに」

 

 

紙飛行機を拾い上げる。

 

 

「どこぞのガキが投げたのか?」

 

 

教会の天井は既に崩れ落ちている為、ありえない話ではなかった。

杏子は紙飛行機を手にしたまま、一度外に出て辺りを確認してみる。

しかし誰もいない。子供なら拾いに来そうな物だか?

 

 

(生意気な奴なら細切れにしてやる……!)

 

 

そんな事を思いつつ、しばし停止。しかし誰も来ない。

どうやら風に乗ってきただけか。杏子はため息をついて紙飛行機を捨てようと――

 

 

「ん?」

 

 

ちょっと待て、紙飛行機には『佐倉杏子へ』と言う文字があるじゃないか。

 

 

(参加者? よくココが分かったな)

 

 

だったら何故寝込みを襲わなかった?

ナメているのか? 苛立ちを覚えながらも紙飛行機を開く。

予想通り、そこには杏子と浅倉に宛てられたメッセージが。

はじめは気だるげに読んでいたが、徐々に唇が吊りあがっていく。

 

 

「はーん、成る程成る程」

 

 

お誘いと言う訳か。

若干誘導されている気もしなくは無いが、まあ丁度退屈していた所である。

暇つぶしには持って来いのイベントではないか。杏子紙を指に挟んで浅倉の所へ戻っていった。

 

 

「………」

 

 

そしてそれを木の上で見ていたのは暁美ほむらだった。

彼女は過去のループの中で、佐倉杏子と仲間になった事がある。

その時に案内されたのがこの廃墟だ。今回もココをアジトにしていたのだろう。

読みが当たってくれて何よりだ、おかげで話がスムーズに進んでくれる。

 

 

「……杏子」

 

 

名前を呟いてみる。随分変わったものだ。

マミやさやかはまだ面影を多く残していたが、杏子に関しては以前の面影がまるで無い。

皮肉にも、杏子とは一番共闘の回数が多かった気がする。

当然、それだけ信頼していた回数だって――……。

 

 

(いえ、過ぎたことね)

 

 

ほむらは空中に舞い上がり教会を離れた。

これで『種』は撒いた、凄まじいギャンブルである事には変わりない。

しかし可能性と言う意味では、やはりココに賭けるしかない。

 

本音を言えばユウリにもコンタクトを取りたかったが、どこにいるのか見当もつかないし、あの魔女を操る力を考えるに近づくのは非常に危険だ。

結果、ほむらは全ての希望を杏子に託す。

凄まじい絶望を齎す役割を、王蛇ペアに賭ける。

 

ああ何とも愚かな選択だろうか。

だが構わない、まどかを守れるのなら――。

ほむらは唇を噛んで風を切る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

ほむらが接触を諦めたユウリは、現在工場地の一角に身を潜めていた。

元々人があまり来ぬ地だ。そして魔女結界を展開する事で身を隠す。

ユウリはその中で目を閉じて魔女を生み出し、そして共食いを行わせていた。

それは蠱毒。それはグリーフシードの生成。それはストックの確保。

ユウリはワルプルギスの夜襲来に向けて、着実に準備を進めていく。

 

それに今、目指すのは7番の死だ。

北岡はリュウガに探させたが、どうやらもう既に姿を消していた後だったらしい。

自分で危険を察したか。それとも他の要因が原因して姿を消したのか。

死亡アナウンスが流れていないと言う事は、まだ生きてはいる様だが。

 

まあいい。

とにかくユウリにとって目障りな7番を見つける為に、今はとにかく使い魔を増やし、それを維持するためのグリーフシードを用意しておかなければ。

幸い織莉子がまどかを狙うと言うのは絶好のタイミングであった。

向こうが殺しあってくれる間に、ユウリは準備を整えられる。

 

もちろん、ユウリは織莉子達だって絶対に殺すつもりだ。

未来が見える? それがどうしたと言うのか。

深き絶望は、ユウリの視界を真っ黒に染める。

 

 

(このまま全部塗りつぶしてやる)

 

 

真っ黒に染めてやる。

壊して、殺して、恨んで、憎んで、全てを絶望に包み込む。

それで終わる。それでやっと――……。

 

 

「………」

 

 

歪な景色が広がる魔女空間。

そこにずっといたからだろうか? ユウリの心には冷静な落ち着きと共に、乱れ暴れ回る狂気が渦巻いていた。

 

不思議なものだ。

魔女空間はノスタルジックな気分になる。

現実と逸脱した景色が、自己を幻想の中に引きずり込む。

思い出したくない過去も。大切だと胸にしまっている過去も。それら全てが集って、己と言う物を構築している。

 

ただし、一部の魔法少女はそうとも言えない。

今ココにたっている己が、果たして本当に自分なのかと言われれば首を傾げる者もいるだろう。

ユウリもまた、そんな一人だった。ユウリは目を閉じて沈黙していた。

暇だ。こう何か暇を持て余すと、嫌でも浮かんでくる景色がある。

 

 

 

それはやはり過去なのだが――、それは誰の過去?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たとえば、『杏里あいり』と言う少女がいた話をしようか。

それはユウリではなく『杏里あいり』の過去になるわけだが、まあ時間も余っている。

ココは一つ暇つぶしに彼女の話をしよう。

 

しかし、特にコレと言ってエピソードがあるのかと言われれば微妙だ。

別に勉強ができた訳ではない、運動ができた訳でもない。

特技はコレと言って見つからず。趣味はお菓子を作ることくらい。

家族の職業もコレと言って特別な物ではなかった。

 

まあ、しかし、何も無い訳ではないか。

簡単に言えば、あいりは少し運が悪かったのかもしれない。

 

それは彼女が小学校に上がった時の事だ。

父と母と一緒にランドセルを買いに行ったあいりは、新しく始まる新生活に胸を躍らせていた。

期待と希望に満ちていた彼女の笑顔は、それはそれは素晴らしい物だった。

 

素敵な買い物をした後は、素敵な夕食だ。

久しぶりのレストラン、両親は何でも好きな物を食べていいと言ってくれた。

何を食べよう? あいりはウキウキとはしゃぎ、両親と手をつないでスキップを。

 

 

それにもうすぐ誕生日だ。

そうだ、遊園地に行こうか? 父親の提案に、あいりは飛び上がる程喜んだ。

だがココで彼女の運の悪さが現れてしまう。

 

 

「んぶぅッ! んあぁあ゛! 落ちないぃぃ! おぢな゛いぃい゛!」

 

 

ドシュ、ドチュ、ザクッ、そんな音を聞きながら。

 

 

「血ィ! 血がおちだい! 取れない血! ぢ! 血血血! なんでごぼれ続けるんの゛のォぉ゛オ゛!?」

 

 

ガシュ、ザクッ。

そんな音が、しつこいくらい彼女の耳にはベッタリと張り付いていた。

目の前には知らない男の人がいて、何度も何度も叫ぶ様に言葉を並べているが、幼いあいりにとっては何を言っているのか全く分からなかった。

 

と言うよりも、どんな人間であっても、彼の言葉を理解する事はできなかったと思う。

言葉としては意味を成さない。それはもう動物の鳴き声と同じだった。

 

あと覚えているのは、男性は泣いていた。涎を流していた。目の焦点もあっていなかったかな?

なんともまあ突然の出来事である。幸せそうな杏里家の前から男が歩いて来たと思ったら、突然サバイバルナイフを手に襲い掛かってきた。

 

意味が分からない。

現にあいりは、その時の事を端的にしか覚えていない。

最初に聞こえてきたのは男の意味不明な奇声だ。血が落ちないだの、血が止まらないだの。

そして彼の持っていたナイフが、父の首に抉りこんだのは覚えている。

 

 

悲鳴が起こる。誰の? 母のだ。

ああそうだ、まだ覚えている。母は叫びつつも本能的な行動だったのか、あいりを庇う様にしながら逃げ出そうと必死だった。

けれども男は叫びをあげながら二人を追いかける。

 

恐怖で足がすくみ。

それに子供を守りながらだったからか、あいりの母は何度も背中を刺された。

そして13回ほど刺したくらいの後、男はナイフを大きく振って、母の脳天に大きな刃を突き立てた。

 

 

「ンフッ」

 

 

それが母の最期の言葉だった。

鼻から血が吹き出て、地面に倒れると、頭蓋の隙間から血とベージュのドロドロした液体が零れてきた。

 

崩れ落ちるあいり。

しかし、まだかろうじて父の意識があったのか。

血まみれになりながらも娘を助けにきてくれた。

 

親が子を守ると言う本能なのか。

父はあいりを守ろうと、必死に男に立ち向かう。

しかし悲しいかな。現実の悪役は、ヒーローに必ず華を持たせてあげる訳ではない。

あいりは崩れ落ちる様にへたり込み、その光景をずっと目にしていた。

 

 

「ンぶぅ! アァァあ゛! 血が落ちないんですゥゥうう゛!!」

 

 

男はあいりの父に馬乗りになって、何度も何度も鋭いナイフで滅多刺しにしていく。

地面を耕すように何度も抉り、貫き。その度に地面には赤い絨毯が広がっていく。

大好きだった父の顔がもう思い出せなくなるくらい、原型は無くなっていく。

あいりからは見えなかったが、父は既に穴だらけだった。

 

 

「掃除が好きなのに゛ぃぃ! ンアァァア゛!!」

 

 

次は母だ。

既に事切れていると言うのに、男は死体に跨ると何度もナイフを突き立てる。

あいりはその光景を何もできずに見るしかできない。

赤、赤、赤、ふと気づけば血はサイレンに変わる。

父と母からは、赤黒い液体がこれでもかと流れ出ていた。

 

 

「あり゛がどォオォございまじだァァアアア゛あ゛あ゛!!」

 

 

男はお礼を言いながら警官に取り押さえられ、連行されていく。

父と母は、肉の細切れになってしまったが、二人が時間を稼いでくれたおかげで警察が駆けつけてくれた。

 

後に分かったが、あいりの両親を襲ったのは麻薬中毒の暴力団員だったらしい。

呂律が回っていない事や、目の焦点があっていない事からそれが分かる。

そんな輩に出会うとは、何と運の無い事だろうか、この少女は。

 

 

 

さて、それからどんな経緯があったのかは知らないが。

あいりは親戚の家に引き取られる形にて、何とか落ち着きを取り戻した。

警察は彼女が事件の間、気を失っていると最終報告を行ったが、事実は違う。

あいりは両親の最期をしっかりと目に焼き付けており、それが原因なのかは知らないが、その頃から頻繁に体調を崩す様になった。

 

しかし、あいりは心を強く持っていた。

感動的なエピソードだ。親戚が優しく支えてくれた。友達が励ましてくれた。

何よりも、自分が落ち込んでいては天国の両親が悲しむと思った。

ああ、なんと純粋な想いだろうか。杏里あいりは、大きな希望を背負った女の子だったのだ。

 

強い娘だ、優しい娘だ。

彼女は何とか学校にも行けるようになり、大切な友人達と親戚に囲まれて、再び笑顔を取り戻すまでに育っていった。

 

 

そして彼女が小学二年生になった中頃くらいだろうか、学校の遠足があった。

友達とどんなお菓子を持って行くかを悩み。

お弁当は期待しておいてと、叔母さんは笑った。

行き先は、両親と行けなかった遊園地。あいりは少し複雑な思いがあったのだが、何よりも友達と一緒に遊べると言う楽しみは、しっかりと心にあった。

 

あいりはココで、また運の悪さを露呈させてしまう。

 

 

と言うのも、遠足の日、彼女は高熱にうなされたのだ。

ああ可哀想に、おかげで楽しみにしていた遠足を休む事になってしまったじゃないか。

 

残念だな。

あいりはとても悲しんだし、何度も叔母達に行かせてくれとお願いもした。

だけど叔父も叔母もあいりが心配で、家で安静にと念を押した。

あいりは納得できなかったが、何よりも自分が一番に分かる体調の辛さと、叔母がプリンとアイスを買ってきてくれると言うので渋々納得した。

 

 

「……?」

 

 

朦朧とする意識の中で、テレビの音がBGMとなってあいりの耳に入ってくる。

大人しく眠っているのが一番なのだろうが、叔父も叔母も夕方までは仕事だ。

どうにも心細いと言うもの。物音しない部屋に一人と言うのが、恐怖を増加させる。

だからあいりは孤独を紛らわせる為にテレビをつけっ放しにしてボウっとしているだけ。

 

こう言う時、楽しいバラエティや、素敵なアニメでも放送されていたなら気も紛れるのだろうが、あいにく平日の午前中ではニュースばかり。

退屈だ。彼女はそう思いながらも、自身を蝕む高熱のせいで、うまく寝付けないでいる。

 

そんな時だった。

運が悪いなと思う事があれば、それに相反する出来事が起こったりする物だ。

いや、果たしてこれが運の良い事かは分からないが。

 

 

「――っ!?」

 

 

あいりは跳ねる様に体を起こした。

高熱で奪われた体力や気力など、一瞬で吹き飛ぶ程の衝撃があったからだ。

あいりは顔を真っ青にして、テレビを見ていた。

 

 

『番組の内容を変更してお伝えしております――!』

 

 

テレビの中では、アナウンサーが血相を変えていた。

時間なんて分からない、どこでなんて知らない。ただそこには唯一の情報がある。

 

 

『今日、●●小学校の遠足に向かうバス群が、土砂崩れに巻き込まれて――! あッ、ただ今入った情報によりますと! 2組のバスの中にいた生徒達は全員死亡と情報が――!!』

 

 

2組? 二組? ああ、にくみ。

それはあいりのクラスではないか。

全身に浮ぶ汗が、高熱のせいではないと理解していた。

 

 

クラスの皆が死んだ?

 

 

あいりは乾いた唇を震わせながら、ニュースが嘘っぱちだと何度も心の中で連呼する。

そう、これは夢だ。ひたすら心の中でリピートしてベッドにもぐりこんだ。

しかし唇を強くかんだ際に伝わってくる痛みが、現実なんだと教えてくれる。

 

 

「うそ……」

 

 

優しかった友達は沢山いた。あいりは皆に救われた。

両親の事を一緒に悲しんでくれて、可笑しい事があったら一緒に笑ってくれる。

 

ああ、もう面倒になってきた。

つまりだ、死んだのだ。皆。土砂崩れで。

彼女のクラスは全滅だった。他のクラスも、これまた面白い事に仲のいい子だけがピンポイントで死んだ。

 

 

「!?」

 

 

その時、窓に大きな影が横切った。

上から下へと消えた影。直後、何かが地面にぶつかる音がして、思わず「ヒッ!」と声を漏らす。

 

なんだ? 鳥? 動物?

あいりの部屋は二階にある。この家は二階建て。

つまり屋根から何かが落ちたのか。それとも空から何かが落ちたのか。

 

 

「……なんだろう?」

 

 

彼女は逃げ道を探していたのかもしれない。

仲の良い友達が死んだ。その事実を受け入れない為に、直視しない言い訳がほしかった。

だからあいりはテレビから目を離すと、フラフラと窓の方へと向かっていく。

下にあるものが自分の気を紛らわせてくれるとでも思ったのだろうか。

 

そろそろ分かってきたんじゃないか?

お察しの通り、彼女の運の悪さはココでも披露される事になる。

 

あいりが窓から顔を出して下を見ると、そこには蠢く物があった。

一瞬、巨大な虫が下にいるのかと息を呑んだ。

それは高熱が生み出した幻覚だったのか、長い手足をジタバタと振り回して、もがき苦しむ様はまさに昆虫のソレだ。

 

 

「う゛う゛う゛ぅう゛ぅ゛ぅ゛う゛ん」

 

 

心臓の鼓動が張り裂けそうな程、強くなっていく。

虫の鳴き声と思われるソレは、彼女の記憶にあった、あの異常者のうめき声に重なってしまう。

しかし意識を鮮明にさせたならば、それまでのまやかしは全て彼方に吹き飛んでいく。

 

クリアになる世界。

窓の下、赤い絨毯を広げて苦しんでいたのは、仕事に行った筈の大好きな叔母だった。

 

 

「あ――っ、あぁぁぁぁあぁ?」

 

 

あいりは頭を抑えて首を振る。

何故叔母がココに? 仕事に行っている筈だ。つまりあれは叔母ではない。

ああよかった! あいりは壊れそうな笑みを浮べて、もう一度下を見る。

するとそこにいたのは、やはりもがき苦しむ叔母の姿だった。

 

どうやら頭から飛び降りたらしく、首がおかしな方向に折れ曲がり、青黒く腫れ上がっていた。

おまけに石にぶつけたらしく、中途半端に砕けた頭からは脳みそを撒き散らして、鼻の穴や目からおびただしい量の血が垂れていた。

 

それは最早、人の声と言うにはあまりにも不気味で、気持ちの悪いものだったが、声は間違いなく叔母のものだった。

あいりは狂いそうな頭を必死に押さえつけて、己に言い聞かせる。

あれは叔母じゃない、あれは叔母さんじゃない。

だって叔母さんは仕事に行っていて、帰りにはプリンとアイスを買ってきてくれるんだから!

 

 

「んっ、ぎっ! うっふ――ッ!」

 

 

嗚咽を漏らしながら、あいりは必死に心を落ち着かせようと努力した。

だか彼女は、笑ってしまうくらい運が無かった。

もう一人、落下してきた。叔母が落ちた丁度隣に、叔父は激突した。

 

「んびぃぃ! んばぁぁ!! あぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 

変なうめき声。

あいりは思わず笑ってしまいそうに鳴る。もちろんそれは壊れた笑みを。

叔父だ。叔父さんだ。彼は叔母とは違って、しっかり頭から落ちる事ができたようで、意味不明なうめき声をあげながらビクンビクンと動いたくらいで、すぐに動かなくなった。

 

そしてその後、すぐに叔母も動かなくなった。

それをジッと見ていたあいり。でも全然怖くない!

だって考えてみてほしい。叔父も叔母もいないんだよ。じゃあアレは偽者だよね!

 

幼い少女は結論を導き出して笑みを浮べた。

これは夢だ、いつの間にか寝てしまった自分が見ている夢なのだ。

熱の時は悪夢を見ると言う、それに痛みだって気のせいに違いない。

 

そうだ、安心だ、これは夢!

あいりはホッと胸をなでおろすと、ベットに向かっていく。

家の外で悲鳴が聞こえる気がするが、きっと気のせい。

気のせい、気のせいなんだから!

 

 

と、まあ。こんな所である。

 

 

あいりは必死に否定をしているが、庭に転がっている二つの死体は、紛れもない叔父と叔母である。

では何故二人は仕事に行かなかったのか。何故二人は自ら命を絶つ様な事をしたのだろうか?

答えは二人の首筋に刻まれた一つの紋章にあった。

 

『魔女の口付け』とされるソレは、付与された人間を、滅びへと導く紋章である。

たとえば自殺。叔父と叔母は、魔女の口付けを受けて自宅の屋根から飛び降りたのだ。

 

一度家を出た後に、口付けを受け、二人は宅に舞い戻ってきた。

あいりは熱にうなされていたせいで、二人が扉を開ける音や、バルコニーに出る際に発生した音に全く気づかなかった。

 

 

「な、なに?」

 

 

そしてグニャリと歪む景色。

周りがサーカスをイメージした不気味な空間へと変貌を遂げる。

二人を狙った魔女。それがあいりを狙わない理由などあるのだろうか?

夢の魔女『clowney(クラウニー)』は、ピエロをイメージした魔女である。

 

その性質は幻想。

何も考えず、何も信じず、ただ虚ろな世界で永遠になればいい。

魔女は不幸なあいりを救う為、姿を現したのかもしれない。

 

 

「なにっ? 何コレ!? 何なの――……?」

 

 

夢だ、夢に決まっている。こんな現実離れした世界がある訳が無い。

夢、悪夢、きっとうなされているだけ。

そう思いつつも、迫るクラウニーに明確な恐怖を感じた。

 

 

「大丈夫、コレは夢……!」

 

 

でも相手は夢の魔女。どうすれば――

 

 

「!?」

 

 

その時、クラウニーの体が光をあげて爆発する。

あいりが視線を移動させると、ソコには"黒いドレス"を身にまとい、巨大な(ハサミ)を持った女の子が。

 

あれも夢なの? 

頭を抱えるあいりに、彼女はウインクを決めた。

 

 

「大丈夫、何にも怖くないからね」

 

「……っ」

 

 

綺麗な人だった。

タンっと地面を蹴ると、鋏を構えて一直線にクラウニーの所まで向かっていく。

鋏の軌跡が美しい閃光となって魔女の体を刻んでいく。なびく長髪は美しく、ニヤリと笑う彼女は妖艶で、言葉に出来ないほど魅力的に見えた。

 

 

「これで――」

 

「ぎぎぎぎいぃぃぃッ!!」

 

「おしまい」

 

 

少女が鋏を閉じると、魔女の首が宙に舞い上がる。

崩壊していく魔女結界、あいりは目を丸くしたまま自室へと帰還を果たした。

未だにコレが夢だと思っているのだろうか? しかし全身で感じる感覚はリアルなもの。

そして黒ドレスの少女に触れる感触もまた。

 

 

「大丈夫だった?」

 

「……うん」

 

 

黒ドレスの少女はしゃがみ込んで、あいりと目線を合わせる。

 

 

「コレは夢?」

 

 

問いかけると、返ってきたのは複雑そうな笑みだった。

幼いあいりにも何となく想像がついた。だから少し意地悪な質問をぶつけてみる。

 

 

「叔父さんと叔母さんは、帰ってくるよね?」

 

 

ドレスの少女は窓の外を確認する。

すると下にあったではないか、真っ赤に染まっている二つの死体が。

 

 

「ごめん、お姉ちゃん……。助けられなかった」

 

「え? え?」

 

「これからきっと、キミは、今とは違う環境になるかも」

 

 

でも諦めないで、でも絶望しないで。

今はどれだけ悲しくとも、生きていればきっと幸せなエンディングになれるから。

コレは夢なんかじゃない。少女はそう言って、あいりを抱きしめた。

 

 

「え?」

 

 

夢じゃない?

それがあいりの全身を冷やしていく。

襲い掛かるのは凄まじい絶望。だけれどもパンドラの箱のお話が教えてくれた。

どんな絶望の後だって、僅かながらに希望と言う物が存在しているのだと。

それが目の前にいる黒いドレスの彼女ではないのか?

 

 

「これ、あげる」

 

「え?」

 

「無責任かもしれない。でもお姉ちゃんにはコレくらいしかできないから」

 

 

そう言って彼女は、あいりに小さなぬいぐるみを渡した。

何かのキャラクターと言う訳ではなく、どうやら手作りのようだ。

だがそれはドレスの少女が作ったのではない。

 

 

「私もね、助けられたんだ」

 

「え?」

 

「同じだったの、私もあなたと」

 

 

その時に助けてくれた人がくれたのだと言う。

だから諦めずにココまで来れた。だから貴女を助けたのだと。

 

 

「それが魔法少女の使命なのよね」

 

「魔法……、少女?」

 

「ごめん、もう行かなきゃ」

 

 

皆には、秘密にしておいてね。

彼女はそう言ってドレスを翻し、あいりの前から姿を消した。

 

あれはなんだったのか。

あいりには魔法少女と言う単語しか残っていなかった。夢なのか、それとも現実なのか?

とにかく時間は進む。叔父と叔母の飛び降りる所を誰かが見ていたらしく、警察が家にやってきた。

 

握り締めるストラップ。

魔法少女のことは秘密にしてと言われたから、秘密にしておいた。

 

友人も失い。

親戚と言う親戚もおらず。

あいりは遠く離れた施設に預けられる事になった。

両親を目の前で殺され、叔父と叔母は自殺。そして友人を事故で失った。

誰もがあいりを不幸と言うが、あいりはまだ絶望していなかった。

 

確かに不幸も多かったが、何よりも自分を助けてくれた魔法少女が希望を齎していた。

あれは夢? いや違う、あいりの手には貰ったストラップある。

それをギュッと握り締めれば、辛い日々を耐えられた。

 

しかし、あいりは子供だった。

魔法少女に興奮したが故、その存在をやや妄信的に信じてしまうのも仕方ない事だ。

我慢できなくなって、ストラップの事を施設の皆に話してしまった。

 

魔法少女からもらった。魔法を見た。化け物がいた。

それが不味かったか、すぐに周りの子供達はあいりを、からかい始めた。

魔法少女なんている訳無いだろ。そんな事を言われたら、あいりは本気で怒った。

ケンカも沢山した。強情な彼女はどんどん敵が増えていく。

 

だがココでもあいりは希望に会えた。

それは同じ施設に入っていた、『ある少女』と出会えたからだ。

彼女は正義感が強い人だった。だからだろう、あいりが苛められていたら必ず助けに来てくれた。

 

 

「あいりちゃんを苛めるのは、私がゆるさない」

 

 

それが益々向こうの苛立ちを増加させるとしてもだ。

時には殴られ、時には同じくして苛められた事もあった。

しかしどんな事があっても、彼女はあいりが困っていたら助けに来てくれた。

 

 

「友達でしょ? 私たち」

 

 

どうして自分を助けてくれるのかを聞いた事がある。

すると彼女はニッコリと笑ってそう言ってくれた。

 

多くの物を失った。

家族、友人、家。しかしそれにも勝る出会いを神様は与えてくれたのだろうと思った。

それは何よりもカッコいい、あの名前も知らない魔法少女であり。

それは目の前で笑っている彼女――、"飛鳥ユウリ"だったり。

 

美しい金色の髪に、長めのツインテール。

そしていつもニコニコと笑っている少女こそがユウリである。

あいりと同じ年齢ではあるが、あいりよりもずっとしっかりしていた。

 

料理の手伝いはもちろん。掃除や選択、怪我をした子の手当ても器用にこなしている。

自分だけでなく誰かが苛められていても必ず助けていたし、皆ユウリは認めているようだった。

あいりは彼女に憧れていた。ユウリとしても懐いてくれるあいりには心を許したのか、二人はすぐに親友になった。

 

いろいろな話をしたし、いろいろな場所で遊んだ。

一緒にお風呂だって入ったし、一緒に眠ったりもした。

それに二人には共通して『料理』と言う趣味があった為、いつか一緒に喫茶店を開こうと話していたものだ。

 

ユウリも周りには、しっかりした自分を見せなければならないと気を張っていたのだろう。

次第にあいりの前では、素の姿を見せる様になっていく。

 

 

「あついね~、あいり」

 

「ユウリったら、駄目じゃんか! 寝転んでアイスなんて食べたら!」

 

「えへへ、たまにはいいの!」

 

「もう!」

 

 

あいりにとって、ユウリは希望であり。

ユウリにとって、あいりは希望だったのかもしれない。

ユウリも色々辛いことがあってココにいる。そう言った中で世界を恨む事もあっただろう。

 

しかしこの世には絶望を振りまく魔女がいて、それを倒す魔法少女(きぼう)と言う存在がいる。

多くの人間は、そんなあいりの話を信じなかったが、ユウリは信じた。魔法少女がいるのだと気持ちを共有してくれた。

 

だから二人は親友になれたのかもしれない。

希望を信じる者と、希望を信じた者。

絆を繋ぎ止める二人の希望は。眩しく輝いていた。

 

しかし不幸は常に後ろに張り付いているものだ。

体調を崩すことが多かったあいりだが、心臓の病気を患ってしまう。

今までの高熱等は前兆だったのか? あいりは命の危険性を孕んだ心臓病に苦しめられる事になる。

 

もう無理だった。世界を呪うしかない。

自分が一体何をしたと言うのか。家族を殺され、友人を失い、最後は自分の命か。

それほどの事をしたのか? いや、そんなはずは無い。

 

きっと神さまは自分の事が嫌いなんだ。

どうして、なんで? 何も悪い事していないのにどうして自分ばかり!!

 

 

「でも、きっとコレも全部魔女がいるからなんだよね」

 

「あいり……」

 

 

病院のベッドに横たわりながら、あいりはユウリに微笑みかけた。

まだ壊れていないのは、あの時の記憶があったからだ。

全部魔女が悪い、全部魔女のせい。この世に存在する悲しみは、全て魔女が生み出しているに違いない。

 

だからきっと今もどこかで、魔法少女は戦っているのだろう。

自分の為、自分の人生の為にも、どうか勝ってください。

きっと魔女の大ボスが死ねば病気も消え去る。あいりはそんな自己設定を真実としていた。

 

 

「そうだね、きっと――……」

 

 

ユウリはあいりの妄信的な魔法少女への愛に、若干の違和感を覚えたが、否定はしなかった。

おそらく、ユウリはこの時から分かっていたのかもしれない。

魔法少女が仮に魔女の大ボスを殺したとして、あいりの病気は治らない。

 

 

しかし、人間の医学は進歩している。

あいりも心臓病に苦しんではいるが、何とか持ちこたえて、気がつけば小学校を卒業して中学校に入学する事はできた。

だが同時に病気は確実に進行し、あいりは日々苦痛に表情を歪ませる。

 

 

「ケーキつくったんだ、今度に一緒に食べようね」

 

「うん……」

 

 

ユウリは毎日あいりの病室を訪れ、あいりを励まし続けた。

しかし、あいりの苛立ちは日々募り、大きくなっていた。

いつになったら治るのか、いつになったら幸せになれるのか。

いつまでもゴールが見えない日々に、うんざりしていたのだろう。

 

 

「ユウリ……。やっぱり、魔法少女なんていないのかも」

 

「え?」

 

 

あいりは寝返りをうって、ユウリに背中を見せる。

その声はいつのも様にハキハキしている物ではなく、自信無さげにトーンを落としていた。

 

 

「魔法少女、あれから一人も見てないし。病気もぜんぜん良くならないし。ストラップだって本当は道で拾った物を魔法少女から貰ったんだって、錯覚して……」

 

「あいり……」

 

「でも、もういいもん」

 

「え?」

 

「どうせ、私そろそろ死ぬし」

 

 

やっと終わるんだ、こんな下らない人生。

思えばあの時、麻薬中毒者に一緒に殺されておけばよかったんだ。

そうじゃなかったら、友達と一緒にバスに乗って死んでおけばよかった。

生き永らえる理由なんて一つも無かった。魔女に殺されておけばよかった。

でなければこんな惨めな終わりを迎える事も無かったのに。

 

 

「……ごめん、変な事言って」

 

「う、ううん」

 

「生きてたから、ユウリとも知り合えたんだもんね」

 

 

ユウリはあいまいな笑みを浮べる。

あいりの希望が、絶望に飲み込まれようとしているのだ。

そして同時に彼女の命の炎も燃え尽きる。

生きている意味も無い。これからの希望も無い。夢も、愛も、全て絶望に呑み込まれる。

何故神は、あいりをココまで生かしたのか。それも分からずに人生を終えるのだ。

本当に何故? あの時に殺しておいてくれればこんな虚しさも覚えずにすんだのに。

 

 

「――ッ、大丈夫だよ!」

 

「え?」

 

 

しかしその時、ユウリが胸をバンと叩いた。

 

 

「この世には、魔法少女はいる! 素敵な魔法はあるんだよ!!」

 

「ッ? ユウリ?」

 

「そして、ありったけの希望だってある!」

 

「……でも、私は」

 

大丈夫。ユウリはそう言って笑った。

病室に飾ってあったストラップを優しく撫でて、もう一度あいりに微笑みかける。

何故だろうか。あいりには、ユウリの笑顔がとても眩しく見えた。

それはそう、あの時と同じ。魔法少女を見た時に感じた『光』があった。

 

 

「それって……」

 

「あ、ごめんあいり! 私もう行かなきゃ!」

 

「えっ!? ちょ、ちょっとユウリ!」

 

「今日は用事があるの。じゃ、また明日ね!」

 

 

そう言って足早に病室を出て行くユウリ。

なんなんだ? あいりは目を丸くして彼女を見送るしかできなかった。

魔法はある。魔法少女はいる。ユウリが言った言葉を、あいりは頭の中でリピートさせる。

飾ってあるストラップを、彼女も優しく撫でてみた。

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

「本当だったんだ! 本当に奇跡はあったんだ!!」

 

 

ベッドの上ではしゃぎ回るあいり。

何と今日の検査で、彼女の蝕んでいた病気が嘘の様に消えたのだ。

つまり、もう健康その物。誰もがそんな馬鹿なと声を揃えて言っていた。

だってありえない話なのだ。心臓病はパッと治る程、軽くは無い。

 

しかし現にあいりの体は健康そのものであり、心臓だって何の問題なく動いている。

何度調べても数値は正常だった。医者達も、しきりに信じられないと呟いていた。

だが何度信じられぬと喚こうが、現実に彼女は健康なのだから、これ以上病院にいる必要が無い。

その日にあいりは退院できた。

 

 

「本当に良かったね、あいり」

 

「うん! 私生きてて良かったよユウリ!」

 

 

荷物を整理するのを手伝いに来てくれたユウリ。

あいりはニコニコしながら喜びをの感情をマシンガンの如くぶつけていく。

それをユウリは笑って聴いていた。

 

 

「本当に良かったね」

 

「………」

 

 

ふと、あいりは我に返る。

 

 

「ね、ねえコレって……。魔法、なのかな?」

 

「え?」

 

「ユウリは何か知ってるんでしょ? 私の病気が治った理由――ッ」

 

 

ユウリは、あいりがずっと大切にしていたストラップを指差した。

 

 

「お願いしたの」

 

「お願い?」

 

「うん。空にお願いしたんだ、あいりを絶対助けてって! 私は何でもしますからって!」

 

 

あいりが過去に助けてもらった魔法少女にお願いをしたのだとユウリは説明した。

 

 

「空に向かって思い切り叫んだの。周りからはさぞ痛い子だと思われちゃったかもね!」

 

「ユウリ――……!」

 

「きっと、届いたんだ。その声が」

 

 

自分の為にそこまで!

あいりは目に涙をいっぱい溜めて、ユウリへジリジリと詰め寄っていく。

 

 

「ほらほら、泣かない泣かない」

 

 

あいりは今まで少し運が悪かっただけ。

これからはありったけの希望に満ち溢れた人生が待っているよ。

それでいい、それがいいでしょ。だからもう涙を流す必要なんてない。

 

 

「さ、病院出たら取り合えずバケツプリン食べにいこ!」

 

「うん……! うん! 行く行く!!」

 

 

魔法はある。

希望は確かに存在している。

あいりはソレを信じ、親友と手を繋いで未来へ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「ね、取材のお礼でお金もらっちゃった! 今度ケーキ食べに行こう!」

 

「あはは、またー? 太っちゃうぞ!」

 

「いいのー! ブックブクになってもケーキはやめられないんだもん!」

 

 

あいりはユウリの言った通り、本当に幸せな日々を過ごす事ができた。

新聞社には奇跡の少女と小さい特集を組まれ。それも原因していたのか、施設でのいじめはパッタリと無くなった。

そして毎日ユウリと一緒に喫茶店でケーキを食べたり、映画を見たり。

 

 

「ねえユウリ! 私本当に幸せ!!」

 

「私も! あははは!!」

 

 

親友の証にと二人で買った、おそろいのスプーンのアクセサリを首からぶら下げて、色々な場所に行った。

どこへ行くにも、どんな時でも、ユウリの美しい金色の髪。あいりの銀色の髪が並んでいた。

幸せだった、本当に。

 

 

 

 

 

 

 

 

あいりには、の話だが。

 

 

おかしいなと思ったのは、いつからだろう?

何となくユウリの顔に、常に疲労が浮かぶ様になった。

初めはただの夜更かしかとも思ったが、なんだかそう言う訳では無さそうなのだ。

 

ユウリに聞いても、心配ない。何でもないとばっかり。

たしかに周りの人間には気づかない程、微妙な変化だったろう。

しかし親友のあいりには、ユウリの微妙な変化は大きな変化だった。

 

 

「本当に大丈夫?」

 

「う、うん。本当に大丈夫。ちょっと疲れているだけだから」

 

 

彼女は何度もそう言って誤魔化していた。

そう言えば頻繁に出かけるようになった。

後をつけた事もあるが、必ず最後までは確認できず、どこかで撒かれてしまう。

 

そんな生活がどれほど続いただろうか?

ユウリから笑顔が消えた。本当に疲れているようで、いつも何かを睨むようにしていた。

異変はそれだけでない。たまにおかしな事を言う様になった。

 

 

「ねえあいり、人ってどうしてワガママなんだろうね……」

 

「え?」

 

「縄張りとか、利益にならないから見捨てるとか……。本当にどうかしてる。それに守られる側だって品の無い――」

 

「な、なんの話なの?」

 

「え? あ……! あはは。ゲームの話」

 

 

明らかに様子がおかしい。

でも何も答えてくれなかった。なんでもない、心配ない、大丈夫だから。何百回も聞いた。

 

そしてある日、ついにユウリが帰ってこない日がやってきた。

施設では稀に家出を行う者もいるため、一日だけ様子を見ようと言う結論に至ったが、真面目なユウリが姿を消すのは明らかにおかしい。

 

あいりはすぐに施設を飛び出して彼女を探しに向かった。

やはり近頃の異変が関係していたのか? こんな事なら何が何でも、たとえ嫌われたとしても詳細を聞き出すべきだった。

とにかく彼女を見つけ、何があったのかを聞かねば。あいりはただその一心でユウリを捜す。

 

 

 

 

 

 

 

忘れていたのか?

ならば思い出させてあげようじゃないか。

 

 

『プスプスプス』

 

「!?」

 

 

お前は、『杏里あいり』は、運が悪い少女であると言う事を。

 

 

「きゃぁあああぁぁああぁああ!!」

 

 

親友を見つけたい。

ただその気持ちを掲げて走っていた彼女の前に現れたのは、注射器の姿をした魔女だった。

医療の魔女『ArztKochen(アルツトコッヒェン)』、その性質は献身、必要とされない事を何よりも嫌うのだ。

 

魔女が再び目の前に。

ある意味で感動さえ覚えたが、それらは全て恐怖に上書きされる。

どうやら魔女結界に紛れ込んでしまったらしい、魔女は現在食事中の様だ。

 

 

「た、助けてくれぇええッ!!」

 

「!」

 

 

手術台の上に、見知らぬ男性が大の字で寝転んでいる。

縛り付けられてはいないが、どうやら針で刺されたのか、全身に麻酔が効いて動けない様だ。

どうやら彼が魔女のターゲットに選ばれたらしい。口づけではなく、直接結界の中に引きずり込まれるとは幸か不幸か。

そうしている内に魔女は次の行為に。

 

 

「な、なんだ!? なんだコレ!!」

 

 

魔女は中華包丁や刺身包丁。お玉や、泡だて器などの調理用具を大量に召喚する。

ココから始まるのは救済であり、調理であり、献身である。

男は恐怖でひたすらに叫びをあげていた。

震えて腰を抜かすあいり。男の絶望と、あいりの恐怖が、魔女には何よりも素晴らしいエネルギーとなる。

 

 

「っ!」

 

 

男の足に巨大な木の棒が振り下ろされた。

バンッと大きな音と共に足の骨が砕かれる。

食材を柔らかくするのは、まず叩いて伸ばすのが重要らしい。

魔女は巨大な木の棒で男の体を一通り無茶苦茶に叩き伸ばす。

 

男は麻酔が効いている為に痛みは全く無い。

しかしこの麻酔、意識を失う事は無いため、男は自分の体が砕かれていく様を見届けなければならない。

 

それだけではない、次は捌く作業だ。

巨大な包丁をサイコキネシスで移動させ、魔女は命乞いを行う男へ刃を一気に振り下ろす。

 

 

「―――」

 

 

そこからの光景は思わず目を覆いたくなる物だった。

現にあいりは目を反らすが、肉を切る音、臓物を引きずりだす音。

それが嫌でも耳に入ってきて恐怖を増加させていく。

 

しかしコレは調理ではない。その根本にあるのは治療なのだ。

魔女は男の体をある程度捌いた後、『肺』を引きずり出した。

魔女はターゲットが最も悪くしている部分を取り出してあげる。

そしてそこに存在している『病』を消して、元に戻してあげるのだ。

 

骨を砕く行為も、恐怖で逃げ出さない様にする為で、決してターゲットを傷つけ様などとは思っていない。魔女はタバコで汚れた肺を綺麗にしてあげると、患者の胸へ臓器を返す。

しかし残念。肺は綺麗になったが、他がグチャグチャだ。

魔女は困ってしまった。男はもう死んでいた。

この魔女は誰も救えない、そう言う物なのだ。

 

魔女は泣きながら男の死体を口に入れて処理をする。

救えなかった、その絶望を魔女も色々な意味で『噛み締める』。

 

 

『プスプスプス』

 

「ヒッ!」

 

 

魔女はへたり込んでいるあいりを見た。

ああ、ココにも助けを求めている人がいる。

魔女はあいりを救わねばと言う使命感で体を動かしている。

 

救わねば、守らねば、癒さねば。希望を与えてあげねば。

そんな魔女の親切心は、やがて絶望へと収束していくのだから皮肉なものだ。

あいりは死を覚悟した。しかしそう思ったとき――

 

 

「そこまでだ! 悪しき魔女め!!」

 

 

奇跡は、再び彼女の前に具現する。

 

 

「!!」

 

 

強烈なデジャブ。

コレは間違いない。姿は違うが、あれはまさしく!!

 

 

「魔法少女――ッ!」

 

 

和をイメージさせる魔法少女だった。

巫女の装束と、現代の洋服を合わせてアレンジさせた物を身にまとい。

足には足袋の様な物もある。

 

そして頭には真っ赤な大きなリボンを付けて、そこからは鈴をぶら下げていた。

二つに枝分かれした短いポニーテール。彼女は右手に長刀、左手に小刀を構えて呼吸を整えた。

 

 

「時雨流――、奥義!」

 

『プスプスプスプス!!』

 

 

魔女は誰も救えない、それが魔女の呪い。

 

 

「愚かな娘よ、先に天へと還るがいい」

 

 

命絶つ事でしか救えぬ魂がある。

魔法少女は刀を交差させると、殺気に満ちた目で魔女を見た。

 

 

「呪いに縛られた愚かな娘」

 

 

呪い。その部分を強調させて魔女を哀れみの目で見ていた。

 

 

「私もいつかああなるのか――」

 

 

その言葉はあいりには聞こえない程の音量だった。

 

 

「華鳥風月」

 

「っ!」

 

 

魔法少女の動きが消えて魔女の背後に出現する。

するとどうだ、魔女を巨大な月型のエネルギーオーラに閉じ込めたではないか。

魔法少女は背後を確認する事なく、あいりの方へと足を進めていく。

 

 

「ま、魔女はどうなるの?」

 

 

あいりは息を呑む。

そして魔法少女は二つの刀を鞘へと納めた。

 

 

「死ぬ」

 

 

カチリと音がして、刀が鞘へ収まる。

それを合図として、月に何本も閃光(かまいたち)が走り、中にいた魔女を細切れにした。

魔女から散ったはおびただしい量の血液が、華のシルエットを形作る。

 

崩れ落ちる月とバラバラになる魔女の体。

あっけなく絶命した魔女と、一瞬だけソチラに顔を向ける魔法少女。

その表情は何とも複雑なものだった。

 

 

「娘、大丈夫か?」

 

「は……、はい。でも男の人が」

 

 

あいりが手術台を指差す。

そこには血痕だけが残されていた。

魔法少女は把握して、ゆっくりと目を閉じる。

 

 

「すまぬ。ソレはもう――……」

 

「……っ!」

 

「私の未熟さが故だ、しかしキミだけは守れて良かった」

 

 

魔法少女はあいりの肩に触れると、儚げに微笑む。

ああ、やっぱり何て綺麗なんだろう。魅了される。近づきたい。離したくない。

その――、希望。

 

 

「あのっ、私! 前も貴女のお仲間に助けてもらったんです!」

 

「仲間……? ああ、そう言う事か。それは奇遇だったな」

 

 

魔法少女は笑みを消す。

あいりが二回魔女に襲われたのは偶然か必然か。

 

 

「娘、もしもお前の前に、白い物の怪が現われたとしても、決してソヤツの言葉に耳を傾けてはいけない」

 

「え?」

 

「信じられぬかもしれないが、ソイツは人を破滅に導く妖だ」

 

 

どういう意味なのだろう?

それを聞こうとしたとき、黒い影が現われて落ちたグリーフシードを奪い取った。

 

 

「ッ! しまった!!」

 

 

あいりの前にいた魔法少女が焦りの声をあげる。

あいりには意味が分からなかったが、グリーフシードは魔法少女にとってとても大切なアイテムだ。中にはああ言う風に横取りを狙う者も少なくは無い。

 

 

「おのれっ! ドロップの瞬間を狙っていたか!」

 

「あ、あの……!」

 

「すまない娘、私はアレを取り返さなければ」

 

 

魔法少女は背を向ける。

そうだ。あいりは大声をあげて魔法少女を引き止めた。

 

 

「あのっ! 助けてくれて……! ありがとうございました!!」

 

「……ああ。その命、大切にな」

 

 

魔法少女は地面を蹴って、あいりの前から姿を消す。

あいりは感動していた。やっぱり魔女はいる。魔法少女は要るのだ。

早速この事をユウリに伝えてあげたい。そしたら彼女も元気を取り戻すはずだから。

 

 

「ッ?」

 

 

そこであいりは、魔女が爆発した所に何かが落ちているのに気づいた。

しかもそれは、なにやら見覚えのある物で。

 

 

「っ! な、なんで!?」

 

 

そこにあったのは金色のスプーンのアクセサリーだった。

これは間違いない、ユウリの物ではないか。

あいりは戸惑いながらも、自分の銀色のスプーンのアクセサリーをギュッと握り締めた。

 

 

「ど、どッ、どうしてコレがココに?」

 

 

スプーンには名前がローマ字で刻まれている。

見れば、確かにユウリの文字が刻まれているじゃないか。

 

もしかしたら初めからココにあったのか?

いやそんな記憶は無い。見落としていた? いや違う、コレは初めは無かったもの。

ではいつココに落ちた? いつユウリがココに立ち寄った?

どうして彼女に気づかなかった――?

 

 

「そっか! わかった! さっき魔法少女さんが追いかけたのが――」

 

『いや、それは違うよ杏里あいり』

 

「!!」

 

 

その時、頭の中に響き渡る声。

耳ではなく、脳が音を拾う感覚。

何? 誰? あいりがキョロキョロと周りを見ると、そこには白い影が。

 

 

『やあ、はじめまして』

 

「い、犬が喋った!?」

 

『犬じゃないよ。ボクはキュゥべえ、妖精さ』

 

 

ピョコンとファンシーな音を立ててあいりの前にやって来るキュゥべえ。

フラッシュバック。憧れの魔法少女様に言われた。白い物の怪の言葉には耳を貸すなと。

言われた通り、耳を塞いで逃げ出そうとするあいり。

しかしキュゥべえの言葉は脳に直接入ってくるため、耳を塞ごうが意味など無い。

 

 

『飛鳥ユウリの居場所を教えてあげようか』

 

「……ッッ!」

 

 

あいりは、ピタリと動きを止めた。

キュゥべえの真っ赤な目には、あいりの驚きに満ちた表情が映っていた。

そこには恐怖が混じっているが、同時に大きすぎる期待があった。

 

 

「知ってるの……?」

 

『ああ、知ってるよ』

 

 

そう、そうだ。

キュゥべえは物の怪なんて言い方に似合わない姿だ。

きっともっと恐ろしい外見の『白い奴』がいるんだ。

だから、いいんだ。

 

 

「何をすれば――、教えてくれるの?」

 

『落ち着いてほしい。別に見返りを求めてはいないよ。ボクは純粋に君の力になりたいだけさ』

 

 

キュゥべえはあいりの前に移動すると、しっぽを少し振るう。

そう、そうだ、見た目だって魔法少女の味方にいるマスコットみたいじゃないか。

信頼して、いいんだ。

 

 

『ユウリは、今死んだよ』

 

「………」

 

 

え?

 

 

『さっきの注射器みたいな化け物。アレは魔女と言ってね。飛鳥ユウリの絶望した姿なんだ』

 

 

ユウリが、あの化け物。

ユウリが、死んだ。

ユウリが、ユウリが、ユウリが、ユウリがユウリがユウリがユウリがユウリが。

ユウリユウリユウリユウリユウリ……。

 

 

「うそ」

 

『本当だよ。ボクは嘘はつかないよ』

 

 

最初から説明する必要があるね。

キュゥべえはそう言って、魔法少女とは何かを説明していく。

希望より生み出され、願いを叶えた代償として、絶望の化身である魔女と永遠に戦い続ける存在。

 

 

『それが、キミを二度も助けた魔法少女さ』

 

「……!」

 

『キミの事を少し調べさせてもらったよ。杏里あいり』

 

 

あいりは後悔した。

やっぱり、コイツが、物の怪なんだ。破滅に導く化け物なんだ。

だがもう何もかも遅かった。

あいりとしては、ユウリのいない世界に未練は無かった。

 

 

『飛鳥ユウリも、魔法少女だった』

 

 

キュゥべえの言葉に、あいりは打ちのめされた様に崩れ落ちた。呼吸を荒げ、髪を掻き毟る。

飛鳥ユウリは魔法少女。それで今までの不可解な出来事に全て納得がいくと言う物。

施設を抜け出していたのは魔女を倒していたから。疲れていた表情を常に浮かべていたのは、魔女との戦いで疲労していたから。

 

 

「ユウリ……ぅッ!」

 

 

胸を強く掴むあいり、それは心臓を掴む様に。

願いを叶えられるとは、どんな奇跡も起こせると言う事ではないか。

その心当たりが、あいりにはあった。

 

 

『その通り。飛鳥ユウリは、キミの心臓を治した』

 

「――ッッ!!」

 

『それが、彼女の願いだったんだ』

 

 

俯いて口を覆うあいり、耐え様としてもボロボロと涙が溢れてくる。

彼女は自分の為にそこまでしてくれたのか? どうして自分の為にそこまで――ッ!?

 

 

『それは、キミが親友だったからだよ』

 

「!」

 

『彼女の願いを聞き入れたのはボクだからね。彼女は切にキミを救いたいと願っていた』

 

 

献身的な少女だ。

ある種それは究極の自己犠牲を孕んでいたのだけれど。

キュゥべえはそう言ってあいりの周りをピョコピョコと歩き回る。

 

 

『飛鳥ユウリは杏里あいりを救いたかった、友人として。つまりキミの為に魔女と戦う宿命を選んだ』

 

 

不思議だよ。

友人とは言え、結局はただの他人。自分の人生を捧げてまで救うべき存在なのかな?

でも彼女は救いたかったようだ。自分の人生を捧げてもキミを助けたいと願った。

だから魔法少女になれた。なった。そしてその力で他者を救ってきた。

 

 

『彼女の魔法は凄いものだよ。病気を治せるんだ』

 

 

戦闘じゃまるで役に立たないけど、ユウリは色々な病院を回って病に苦しむ人達を救ってきた。

食事や睡眠の時間を削ってまで、彼女は救済を献身的を行っていく。

それだけじゃない、世界を守るために彼女は魔女とも戦ってくれた。

素晴らしい自己犠牲。素晴らしい献身。彼女の魔法少女衣装はナースをモチーフにしたもの。

まさに救済の天使と呼ぶに相応しかったかもしれないね。

 

 

『エネルギー源であるグリーフシードも、彼女は他の魔法少女が困っていたら迷い無く譲っていたね』

 

「そ、それはどういう……」

 

『そう。だから彼女は壊れてしまった』

 

 

被せる無機質トーン。

 

 

『だから彼女は死んだんだよ』

 

「だ、だから! それってどういう事なの!?」

 

『優しさとは、愚かさに直結する物だとも、ボクは彼女から教えられたよ』

 

「いい加減な事を言わないで!」

 

 

あいりは苛立ちのままにキュゥべえを掴み挙げる。

しかし前にあるのは無表情。嘘じゃないよ、淡々と言い放つ。

 

 

『彼女は立派だ。でもこの世の中、頑張りが全て感謝されて報われるとは限らないだろ?』

 

 

彼女の善意を逆に利用して、道具として利用する者たちも多かった。

人間も魔法少女も中身が綺麗な者ばかりとは限らない。

ユウリを利用し、傷つけ、絶望に近づける後押しをした者達は多かったんだ。

 

ユウリはそれでもめげなかったけど、ある時は化け物と言われ。ある時は囮にされ。

ある時はグリーフシードを持ち逃げされたり。

中には人間にも利用されそうになったことがある。

 

多くの汚い部分をユウリは見て来た事だろう。

人間が綺麗な物と信じて疑わなかった彼女にとっては、それはさぞ辛い事だったんじゃないかな?

 

 

『そして逃げれない戦い。命を賭ける恐怖、ユウリの精神は次第に狂っていく』

 

 

それでもユウリは病に苦しむ子供達の治療を止めなかった。

グリーフシードもろくに確保していない彼女が、魔力を消費し続けたらどうなるか。

そして他者の悪意に貶められ、疲労していくユウリの精神が生み出す結果とは――?

 

 

『それら全てが、今に繋がった訳さ』

 

 

悲しみを無視して、悪意を否定して、その先には何があった?

過ぎた献身は、愚かな輪廻を作り出しただけだ。

救ったものは多かったかもしれないが――、彼女は代償に最も大事な物を失う事になる。

 

 

『いいかい? あいり。魔法少女が絶望に染まったらどうなるのか?』

 

 

それは魔女になる。

人間じゃなくなるんだ。

 

 

「………」

 

 

目を見開き、震えるあいりに告げられていく情報。

絶望を振りまく魔女とは、ソレすなわち、魔法少女の成れの果て。

希望に目を輝かせた彼女達が、絶望に食われた姿なり。

 

 

『ユウリは頑張ったよ。でも悪意に食われた、時間に食われた』

 

 

グリーフシードを確保していたら、まだ生きていたかもしれないのに。

 

 

「――そ」

 

『?』

 

「うそ」

 

『本当だよ。キミは目の前で見たろ? アレはユウリなんだ』

 

 

アレがユウリ?

男の人を解体して殺したあの悪魔が、ユウリ?

 

 

「うそよッ!!」

 

『スプーンのネックレスが物語ってるだろ? アレはユウリさ』

 

「……ッッ!!」

 

 

ボロボロと涙を零すあいり。

本当は心の中でキュゥべえの言葉を受け入れてしまっているのだろう。

しかし本当にそれを認めてしまえばユウリは死んでしまう。

彼女が――、親友が、また、いなくなってしまう。

 

 

『あいり、キミは運が悪いね』

 

「――ッッ! あ、アァァアアァアァァアア!!」

 

 

キュゥべえの言葉をスイッチに、あいりは叫ぶ様に涙を流してのた打ち回る。

じゃあ、じゃあ何か? それが本当ならば――!

 

 

「私ッ、ユウリを殺したヤツにお礼を言ったッッ!!」

 

『それは可哀想だね。ボクも同情するよ』

 

 

ユウリは優しい娘だった。

 

 

『献身的で、でもだからこそ利用に利用されて絶望してしまった』

 

 

裏切られた、利用された。他人に壊された!

 

 

『きっと奇跡が起きて、彼女がまたこの世に戻ってきたとしても、また壊れてしまうんじゃないかな?』

 

「そんなの……! そんなのって無い!!」

 

 

許さない。ユウリは誰よりも優しい娘だったのに!

あいりの心に凄まじい憎悪が宿った。

それは世界に対する圧倒的な憎しみだ。

 

考えてもみれば、何故自分がココまで奪われなければならない!

何故ユウリまでが死ななければならない! 全部クソッたれだ!

どいつもこいつも、この糞みたいなシナリオを考えた神もッ!

全部! 全てが許せない!!

 

 

「うがぁぁアァァアアアアッッ!!」

 

 

あいりは怒りに任せて地面を殴りつける。

そうだ。運が悪いの一言で済まされる『今まで』が、堪らなく憎い!

何故両親を奪われなければならない? 何故友人を奪われなければならない!?

何故愛した親友を奪われなければならないッッ!!

 

そして魔法少女だってそうだ。

どうして中途半端にしか助けない! どうしてユウリを助けない!

そればかりかキュゥべえの話では、ユウリを利用した魔法少女だっているじゃないか。

それにユウリを殺したヤツだってッッ!!

 

 

「憎い憎い憎い憎い憎いィィィイイイッッ!!」

 

『………』

 

「糞だ! 全部糞だ! 世の中全部クソばっかりだッッ!!」

 

 

頭を掻き毟って、掠れた声で叫ぶあいり。

そのタイミングでキュゥべえは――、動いた。

 

 

『でも、ある意味でキミは運が良い』

 

「ッ!?」

 

『キミは今まで多くの物を失った。だけど自らの命は奇跡的に守ってこれたじゃないか』

 

 

何度と無く死ぬタイミングはあった筈だ。

けれども、あいりはことごとくそれを回避してきた。

その死と生の狭間を繰り返した事で、あいりの因果が良質に膨れ上がっていく。

 

 

『キミはさぞ素晴らしい魔法少女になるだろうさ』

 

「魔法少女――っ」

 

『ああ。その力があれば、世界をキミの望む様にできる』

 

 

これからもユウリは殺され続ける。

キュゥべえはそう言った。確認したのだが、ユウリのグリーフシードを持って逃げた魔法少女は、ユウリを殺した魔法少女と戦闘を行った際に、グリーフシードをどこかに無くしてしまったらしい。

と言うことは、つまりあれが放置されれば(ユウリ)は再び生を受けて、この世に出現するのだ。そして多くの使い魔を世に放ち、それが成長すれば魔女もまた増え続ける。

 

 

『どれだけの魔法少女が、これからユウリを殺すんだろうね?』

 

「そんなの……、許せる訳ッない!」

 

『でもキミは人間だ。魔法少女は止められない』

 

「止める! 止める! 絶対止めるッ! ユウリを傷つけるヤツは皆アタシがブッ殺す!!」

 

『そうか、キミの熱い思いは伝わったよ』

 

 

キュゥべえは少し声のトーンをあげて、あいりの前に立ち止まった。

 

 

『杏里あいり、ボクと契約して魔法少女になってよ!』

 

「………」

 

 

キュゥべえはユウリの願いを叶えたと言った。

魔法少女は願いを叶えて力を得る。それが意味する所は、つまり魔法少女への覚醒にはキュゥべえが大きく関わっていると言う事だ。

 

今日のあいりは不思議と頭がよく回った。

恨み、憎悪、果てしない負の感情が、思考を冷静にさせているのだ。

 

 

「ねえキュゥべえ、願いって何でも叶えてくれるの?」

 

『ああ』

 

 

しかしやはり、あいりは冷静ではなかった。

普通じゃない。普通じゃないから、普通の願いは叶えない。

もしも施設を飛び出した時点でのあいりだったらば、こう願うはずだ。

 

 

ユウリを蘇生させて、と。

 

 

だが今の彼女は、心に果てない憎悪を抱えている。

ココでユウリを蘇生させても、彼女はきっとまた死んでしまう。

だって自分は神様に嫌われてる。運が悪いんだ。だから大切なユウリは、すぐに魔法少女や人間に汚されてしまう。

 

駄目だ、それじゃあ駄目。

それにあいりの心には、今日に至るまでの全ての不満が重なっている。

全てが許せない。世界も、魔女も、魔法少女も全部嫌いだ。

 

 

「キュゥべえ……。私、魔法少女になってもいいよ」

 

『じゃあキミは、どんな願いを叶えるんだい?』

 

 

このインキュベーターが叶えてあげるよ。赤い目が光る。

 

 

「………」

 

 

あいりの目が据わっている。

そこに希望の光は無い、あるのは圧倒的な絶望だけだ。

思えば糞みたいな人生だった。それを救ってくれたのがユウリなのに、世界はユウリも殺そうとするんだ。

 

じゃあ、いらねぇよそんなモン。

全部下らない。魔法少女、魔女、世界も全部全部下らないしムカつくしイライラしクソだしああああクソクソクソクソクソクソ……。

 

 

「ユウリにしてよ。あいりは、要らない」

 

 

だって、どうせ私、運が悪いんだもん。

このままなら何をしても駄目。それに比べてユウリは素晴らしいんだ。

可愛いし、綺麗だし、優しいし、私が死ねばよかった。

彼女が死ぬ理由なんてどこにも無い。

 

 

「アタシをユウリにしろ! インキュベェエエエタァァアアッッ!!」

 

『了解したよ杏里あいり。いや、杏里ユウリと呼ぶべきかな』

 

 

キミの願いは、エントロピーを凌駕する。

その言葉と共に、あいりの姿が光に包まれ、歪んでいく。

そして光が晴れた時、そこには杏里あいりなど存在していない。

金色の美しい髪、そして長いツインテール。

 

それはまさしく飛鳥ユウリの姿その物ではないか。

そう、彼女は願いの力で、自らの姿を『ユウリ』にしたのだ。

 

 

「ひ、ひひっ!」

 

『………』

 

「いひひひ! ヒヒヒヒ! ヒャハハハハハハハ!!」

 

『喜んで、もらえたかな?』

 

「人生糞だ……! 命なんて、皆どうせいずれは無くなる」

 

『?』

 

 

両親も、友達も、親友も、いずれは無くなる。

だったら――!

 

 

「アタシが、奪っても、別にいいよね」

 

『………』

 

 

キュゥべえは何も言わない。

そして代わりに『ユウリ』へ、箱の様な物を投げわたす。

 

 

「コレは?」

 

 

キュゥべえは可能性の塊だと言ってみせる。

 

 

『技のデッキ。やがてキミの力になってくれる』

 

「?」

 

『いずれ、13の魔法少女と、13の新たなる参加者を交えての戦いが始まる』

 

「なにそれ、どう言うことだ!」

 

『ゲームさ。その時キミがデッキをどう使うのかは勝手だ。力とは最も単純な武器ではないか、ソレを振るう使用者次第で、どうにでもなる』

 

 

訂正だ。力ではなく、技だったね。

全てを覆す技術がキミにはある。もちろん使い方を誤れば、半分の力も引き出せずに終わるだろうけど。

 

 

『期待しているよユウリ。キミの"技"を、是非ゲームで示してくれ』

 

 

それが、世界を変える事になるかもしれないからね。

キュゥべえはそう言いながら、ユウリの前から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

こうして、あいりはユウリとなった。

 

 

(運の悪かった少女はもういない。ユウリは私と共に生き続ける)

 

 

ユウリの意思は死なない。

彼女の憎しみは全部、アタシが背負ってやる。

そして彼女が果たせなかった『復讐』も、しっかりとアタシが果たしてみせる。

 

 

「人間も魔法少女も下らない。全部ブチ殺してあげないと」

 

 

ユウリはずっと大切にしていたストラップ――、魔法少女から貰ったストラップを地面に放ると、思い切り踏みつけてグチャグチャにする。

ずっと憧れていた魔法少女に自分はなれた、だからもう要らない。

それに、いざなってみたら意外に下らないって事も分かったし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティロフィナーレ!」

 

「やったねマミさん!」

 

「流石はマミだな」

 

 

あれから多くの時間が経った。

キュゥべえの言った通り、アルツトコッヒェンのグリーフシードは誰にも回収される事なく孵化していたのか。その使い魔が成長した分を含めて、何度も目にする事になった。

 

しかしもうそれはオリジナルではない。

ユウリも少し冷めた目で観察を行う。今日もまた、一人の『(ユウリ)』が殺される。

 

 

「鹿目さんのサポートが良かったわ。ありがとう」

 

「てへへ、ありがとうマミさん」

 

「ぶーぶー! あたしはぁ!?」

 

 

群れる奴ら。

 

 

「織莉子の前に現われるなぁぁ!!」

 

「ふふ、あまり熱くなると汗で冷えちゃうわ」

 

 

刻まれる親友。

ああ、何も知らないで笑ってるヤツら。

 

 

「はい、終わり!」

 

 

無数の赤い槍が彼女を貫く。

 

 

「もう、目障りだな。消えちゃえ♪」

 

 

炎が彼女を焦がす。

孤独なヤツ。ユウリの痛みを知らずに、陥れたのもこう言う奴らなんだろう。

 

その他にも多くの魔法少女が彼女を殺すのを見た。

いや違う、殺されたのは自分自身だ。もう、あいりがどんな姿をしていたのかなんて思い出せない。

 

変身を繰り返し、けれどもユウリの姿を忘れなかったのは、強い恨みがあるからに違いない。

黒い水面に映った自分の顔は、やはり憎悪に満ち満ちている。

 

 

『キルルルルル……!』

 

 

そのとき、ユウリの背後に魔女が迫る。

裁縫の魔女『Ellenote(エルノート)』、"黒いドレス"を身に纏った上品な魔女だ。

体と目はボタンでできており、裁縫の魔女を強くイメージさせる。

彼女は武器である巨大な『鋏』で、ユウリを切断しようと歩み寄っていくが――

 

 

「面倒なんだよね、全部」

 

『!』

 

 

三角形の魔法陣が、エルノートを中心にして展開されていく。

歩き出すユウリ。さらにエルノートの前には無数の魔女が群がって行った。

 

 

「生きるも死ぬも、アタシが決める」

 

 

これは復讐だ。

邪魔する奴らは全て殺す。そう、全て。

 

 

「消えろ、イル・トリアンゴロ!」

 

 

ユウリが指を鳴らすと、エルノートを囲んでいた魔法陣が爆発を起こし、魔女を消し炭に変える。

どこかで見た事のある様な魔女だった。まあ、どこかなんて思い出す気にもなれないが。

どうせ過去(あいり)が見た景色だ。自分(ユウリ)には関係の無い事である。

 

魔女の返り血をたっぷりと浴びながら、ユウリは恍惚の表情を浮かべた。

これだ。これならば今までの糞みたいな人生と、それを生み出してきた要因に復讐ができる。

しかも、お誂え向きに、まもなく殺し合いが始まると言うじゃないか。

 

 

「ムカつくわ、全員ブチ殺ちゃうもんねぇ! くひゃははははぁ!!」

 

 

舌を出して下品にゲラゲラと笑う。

それが私の、いやアタシたちの復讐になる。

ユウリは高笑いを繰り返して闇に溶けていった。

 

 

 

 

「………」

 

 

そして記憶が今へと戻る。

目を開けるユウリ。ゲームの終わりはすぐそこまで来ている。

終わらせるのは自分だ。全てを殺し、そして自らはどうなる?

 

ああ、滅びが永遠を呼ぶ。

ユウリは自らの体を撫でて、"ユウリ"と言う存在を確かめる。

 

 

「もう少しだ」

 

 

ユウリは心の中で終わりを復唱する。

もうすぐ全てが終わる。いや違うか、もうすぐ全てを終わらせる。

 

うんざりなんだよ、この世は全部ゴミ。

だから全部を終わらせる。魔法少女を皆殺しにすれば、魔女も生まれない。

目に見える大きすぎる希望も絶望も、全部無くなる。

意味不明な夢に憧れ、うなされる事はもう無くなるんだ。

 

 

「………」

 

 

ユウリは無言で使い魔を増やし、グリーフシードを量産し続ける。

命を懸けて、復讐を成し遂げる。それがユウリの戦う理由なのだから。

 

尤も、それはユウリが望んだ事なのか?

そしてユウリとは誰なんだ? アタシは誰なの?

その答えを、ここにいるユウリは無視し続けるのだろうけど。

 

 

 

 

 

 







ごめんなさい。
これ前も書いてるかもしれないんですけど、ユウリ様の固有魔法は原作じゃ不明のままでしたが、この小説では『変身』です。

まあ願い的に変身に関係してるので。
あとは、一巻で里美を完コピしてるので、変身魔法にしました。

マギレコで変身魔法使う子出てきましたけど、まあ固有魔法が被るケースもあるとは思うので、そこはの(´・ω・)

ただ最近は、まどか関係に限ったことじゃないですけど、ツイッターとかで追加設定みたいなのがホイホイ出てくる時代なんで、どこかで説明されてたらすいません。


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第50話 境界線 線界境 話05第

 

 

 

「………」

 

 

夕日が照らす見滝原。

暁美ほむらは、真っ赤に染まる世界を歩きながら目線を落としていた。

どうしても夕日を見ていると昨日を思い出す。同じく赤の世界にて決別したパートナーの事を。

思えば、ほむらは手塚の事を端的にしか知らない。

 

何の為に騎士になったのかも詳しく聞いていなかった。

尤も、自分達はそういう上辺だけの絆で成り立っていたペアではないか。

怒るのは何とも勝手な話しだ。考えてもみれば、ほむらだって手塚を利用しようとしていたし、なんだったら裏切るプランもあった。

なんの事は無い、先に裏切ったのが手塚だったと言う話ではないか。

 

いや、裏切りですらないか。

ある種当然の結末だったのかもしれない。

ほむらは、遥か向こうに見える風車の羽を見ながら目を細めた。

もう敵になってしまった物は仕方ない、問題は手塚をどう殺すかだ。

 

それに織莉子達もいい加減にしてもらいたい。ほむらと織莉子は、以前も対立関係にあった。

もちろんそれは以前のループ周期の中で。しかし皮肉と言うか何と言うか、何度と無く繰り返した時間の中で、何度も繰り返す出来事がある。

 

それは例えば美樹さやかと上条恭介の関係だったり。それは例えば織莉子とキリカだったり。

もしもまたループが許されて、時間を戻したならば。またほむらと手塚は同じ様に決別しあうのだろうか?

 

「………」

 

 

しかし手塚も言っていたが、パートナー同士は傷つけあえないとは言え、必ずルールの穴は存在している物だ。

何かしらの方法を以ってすれば、ほむらを手塚を殺す事だって可能のはず。

きっと彼も同じことを考えている。そして織莉子達も。

 

 

「ふぅ」

 

 

思わずため息が漏れる。

ただ手塚が違う道を行ったというだけなのに。まるで世界中が敵になったように感じてしまう。

きっと味方として、それだけ妄信していたのだろう。

 

しかし何故だろう?

それだけでは無いような気がしてならないのは。

世界中が自分の敵になる? そう、そんな事が前にあった様な――?

手塚は、自分を守ってくれたような気が――、しなくも、ない。

 

 

(何を考えているのかしら)

 

 

そんな事はありえないのに。

 

 

「ほむらちゃん」

 

「………!」

 

 

そのとき、ほむらの足がピタリと止まる。

前からやってきたのは、夕日に照らされた桃色の髪。

後ろめたさや焦り。ある種それは若干の恐怖。そして恋慕にも似た友愛の情。

様々な感情が土石流の様に押し寄せて、ほむらは言葉を失う。

 

 

「ほむらちゃん、話があるの」

 

「………」

 

 

鹿目まどかの色々な表情を見てきたつもりだ。

それこそ中学二年生の鹿目まどかと関わった時間は、まどかの両親よりも長いかもしれない。

だからこそ分かる。今の表情は、覚悟を決めた時だ。

 

 

「分かったわ」

 

「うん、ありがとう」

 

 

ほむらは、まどかがどんな話をするのかが予想付いた。

純粋な感情を言えば、聞きたくなかった、今すぐ逃げ出したかった。

もしかしたら、まどかは守られるお姫様のままでいてほしかったのかもしれない。

 

ほむらは、まどかを守る騎士でずっといたかったのかもしれない。

それは自分の弱さを鹿目まどかは知られたくなかったからか?

好きな人の前では格好を付けたいもの。

ああ、何故キュゥべえがこの年代の少女に拘るのか、ほむらも少しだけ理解できた気がする。

 

何とも複雑な。いいや、何とも面倒な物だ。

ほむらは自虐的な笑みを浮かべて、まどかの後をついていく。

 

 

「………」「………」

 

 

二人がやってきたのは川原の砂利の上に置いてあるベンチ。

土手の坂をあがった所にある道では、子供達がそれぞれ帰宅中で、カラスの鳴き声が寂しさを演出している。

 

川は夕日を反射して、ますます眩しく輝いていた。

燃える様な夕日は、彼女達の闘志にも置き換えられる。

だがどれだけ熱く燃えても、やはりその世界は切なく悲しげなものに映ってしまう。

 

 

「あのね、ほむらちゃん。わたし――!」

 

「………」

 

「わたし、戦う」

 

「――そう」

 

 

やはりと思った。

まどかは、自分が絶望の魔女である事を受け入れたと告げる。

それは流石に予想外だったか。ほむらは表情を変えてまどかの方を見た。

そこで思わずハッとして仰け反ってしまう。そこには、まどかがニッコリと微笑んでいた。

 

何て優しい表情なのか。

きっと彼女だって怖いだろうに。辛いだろうに、苦しいだろうに。

その優しさの裏に内包された苦しさを、完全には隠し切れていない。

夕日に照らされた笑顔は何とも儚かった。まるで、そう、やがて壊れいく運命がごとく。

 

赤い夕日。赤い顔。赤い血。

フラッシュバックする歪な既視感。

そして家に帰る子供達の笑い声も、今になっては狂った様な笑い声に重なった。

そう、あの最低で最悪な糞女、ワルプルギスの夜と。

 

 

「……っ」

 

 

いけない、こんなマイナス思考では。

ほむらは少しだけ唇を吊り上げ、笑みを浮かべた。

 

 

「いいの?」

 

「よくないよ。本当はね、すっごく逃げたい」

 

 

逃げたほうが良い事も分かっているし、そうしたい。

けれどもまどかが戦いを選んだのは、きっと自分の存在を織莉子達に認めてもらいたいと言う欲望からだ。

 

 

「じゃないと生きてても――、気持ち悪いもん。しっかり生きてて良いって証がほしいの」

 

 

だからぶつかり合う。

自分を守ってくれると言う真司たちの意見は本当に嬉しく、ありがたい。

命を賭けたワガママだ。ほむらにも申し訳ない事をすると、まどかは頭を下げた。

だけどこれからの世界を胸を張って歩くために、やはり織莉子との決着は必須との判断か。

 

 

「いいのよ。貴女は……、生きるべきだわ」

 

「ほむらちゃん、ありがとう」

 

 

ほむらは小さく頷いた。

 

 

「ママ……、お母さんに言われたんだけどね。命は自分ひとりの物じゃないんだって」

 

「そう」

 

「教えられちゃった」

 

 

舌を出して軽く笑う。

けれどもそれは楽観的な笑みではなく、ほむらを不安にさせない為に浮かべていた物だろう。

 

死ねば終わる。

死ねば周りを不幸にせずに済む。

一般的に逃げと呼ばれるそれだが、まどかにとっては十分選択肢の一つだと思っていた。

 

もちろんそれは簡単に選んではいけないとは思えど、決断の一つだと認識している。

それを選ぶ事も、場合によっては仕方ないのかもしれないと。

 

ただ、死ねば悲しんでくれる人がいる。

それがまどかの心に引っかかりを産んだ。

そしてそれこそが彼女の選択肢を別の物へと変更させたのだ。

分岐点を変動させる鍵と言えばいいか。

 

 

「こんな事言うと怒られたり、酷い人だなって思われちゃうかもしれないけど、わたし昔は自殺する事がいけないなんて思ってなかった。ううん、今でもどこか思ってる部分はあるのかも」

 

 

どうしても逃げたい事があるなら逃げてもいい。辛い事があるのなら諦めてもいい。

だけど、どうして周りがそれをいけない事だと言うのか。駄目な事だと長い世の中で教えていくのか? まどかには分かってきた。

 

 

「残された人は、辛いもんね……」

 

 

マミ達の死を目の前で見てきたからこそ分かる。

たとえ自分の存在が消えてしまっても、伝わらなかったとしても、家族達には自分の死を背負わせたくない。

 

 

「わたしはやっぱり家族のみんなが大好きだから」

 

 

まどかは自己犠牲を通してでも他者を思いやる優しい子だ。悪く言えば損な性格である。

しかし優しいとは言え、やはり『優先順位』と言う物は少なからず存在しているのだろう。

その最もたる頂点にいるのが家族。そしてそのすぐ下に友人である。

 

自己よりも他者を。

家族を尊重したいまどかが、自らの死を選ぶことはない。

生きたいと願ったのはもちろん純粋たる願いもあるが、何よりもまずは自らを産んでくれた家族の為にだ。

 

 

「ママとパパとタツヤがいなかったら、わたし……」

 

 

いや――、死ねば存在が消滅する為、その理屈はおかしい。

まどかが死ねば、まどかの死を悲しむ家族は存在しなくなる。

鹿目家において鹿目まどかと言う娘など、最初から存在しない事になるのだから。

 

でもそれは、あくまでも家族からの視点。

まどかはそれが一番嫌だったのかもしれない。自分が死ねば、自分は鹿目まどかで無くなる。

文字通り無になってしまうからだ。まどかは愛する家族と『家族』でなくなってしまう。

それがまどかにとって、一番辛い事だった。

だから存在を残したい。生きてもっと家族と一緒に、家族がしたい。

 

 

「それに――」

 

「?」

 

 

まどかは少し足をプラプラと動かして沈黙する。

何かを考えているのだろうか? そのうち、足元にあった小石を持つと、立ち上がり、前に流れる川を睨んだ。

 

 

「えいっ!」

 

 

ほにゃんと、力なく投げられた小石は、何とか川へ届いた。

ポチャンと小さく音を立てて終わりである。あんな小さな石を投げたところで、川の流れは止まらない。何も変わらない。

けれども、何度も何度も『意思』を投げ続ければ、やがて『石』たちが積み重なり合い、壁になるかもしれない。

つまり、川の流れを止められるかもしれない。

 

 

「……わたしも、自分で考えたんだ」

 

 

もしも絶望の魔女が、他の人間だとしよう。

もしもその子が自分の家族だったら、自分の友達だったらと思うと、やっぱりそれはとても悲しいわけで。

 

 

「わたしなら、死んでほしくないなって……」

 

 

もちろんそれはワガママだ。

分かってる。分かっているから戦うと言ったんだ。

とにかく、立場や環境が変われば意見はコロコロと変わってしまう訳で。

 

 

「もしもね、ほむらちゃんが絶望の魔女で、ほむらちゃんが犠牲を抑える為に死ぬって言ったら……、やっぱりわたしは悲しくて止めるから」

 

 

まどかは再びベンチにどかっと座ると、ほむらの方を向いて気恥ずかしそうに頬をかく。

ほむらもほむらで、今の言葉が嬉しいのか、少し頬を染めて目を逸らした。

まさかこの時間軸のまどかが、そんな風に思ってくれていたなんて。

 

 

「ほむらちゃんは、わたしが死んだら泣いてくれる?」

 

 

変な質問だね、ナルシストみたい。

まどかは恥ずかしそうに笑うが、ほむらは唇をギュッと噛んだ。

フラッシュバックしていく多くの記憶。

死んだら? ほむらは何度、まどかの死を体感したのだろうか。

 

そして何度、無力さと言う剣で心をズタズタにされたのだろうか。

気がつけばほむらは、まどかの手をギュッと握り締めていた。

零す涙。まどかも彼女の気迫に笑みを消して真っ向から見つめなおす。

 

 

「あたり……ッ、まえ! あたりまえじゃない!」

 

「っ、ほむらちゃん……」

 

「悲しいに決まってる! 泣くに決まってる!」

 

 

だって――!

 

 

「だって……」

 

 

ほむらは言葉を詰まらせる。

 

 

『だって私達は友達でしょう』

 

 

とは、言えなかった。

まどかとは、多くの時間を共有してきた。

でも、それぞれの時間軸の中で関わった時間にはバラつきがある。

今回はどうなのだろうか? いろいろな事があって、まどかとの距離感が分からないでいた。

常に後手後手にまわっている状況は、胸を張れるものじゃない。

友人だと、助けてあげる存在だと声を大にして言えなかった。

 

 

「そうだよね、ごめんね……」

 

 

そうしていると、まどかが口を開いた。

ほむらの手を優しく包むと、優しい口調で言い放つ。

 

 

「友達、だもんね……! わたし達!」

 

「!」

 

「えへへ。駄目かな?」

 

「う、ううん! 駄目なんかじゃないわ!!」

 

 

よかった。

まどかはそう微笑んで、再び紅い川を見る。

友人が死ぬのは悲しい。当たり前だ。

 

 

「だから、ほむらちゃんも絶対に死なないでね」

 

「うん……、うん!」

 

 

死ぬ事を選択肢に入れなければならない世界なんて間違っている。

だから最後の最後まで、大きな壁が出来るまで石を投げ続けるのだ。

ポチャン、とまた一つ音を立てて。

 

 

「帰ろっか、ほむらちゃん」

 

「ええ」

 

 

でもやはり、夕日に照らされたまどかの笑顔は寂しげで、今にも消えてしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼女と話してきたのか」

 

「ええ……」

 

 

美佐子の家に戻ったほむらを出迎えたのはサキだった。

 

 

「本音を言えば、まどかが戦う事は意地でも止めたかった」

 

 

考え直して欲しかった。

戦いたくない。隠れていたいと、言って欲しかった。

何も知らず、何も背負わずに終わって欲しかった。

 

 

「でも、やっぱりそれは、私の願望にしか過ぎなかったわ」

 

「彼女は強い。その強さは、大きな弱さを孕んだものだが……」

 

 

サキはいずれこうなる事が分かっていたのかもしれない。

 

 

「複雑だな。私は彼女を守りきれる自信が無い」

 

 

ほむらは何も言わなかったが、正直な所、同じ気持ちである。

だから戦場にまどかを連れて行くのは本当に苦しかった。

しかし、それは無責任な放置ではない。ほむらに至っては、まどかを守る事を諦めた訳でもない。

やはり一番に真摯な想いが伝わり、そしてどこかに希望を感じたからだろう。

不安はある、恐怖だって。だけど後悔は無い。

たとえ明日、自分達が命を落とそうとも、それはそれで辿り付いた答えなのではないだろうか。

 

 

「キミは、まどかと多くの時間を共有してきた。まどかを救うために魔法少女になった」

 

「ええ」

 

「君からしてみればちゃちな物かもしれないが。私も、まどかとは多くの時間を過ごした」

 

 

はじめは失った妹の代わりでしか無かったが、次第に妹とは違う一面を多く見つけて、最後には紛れもない、『鹿目まどか』と言う人間を好きになった。

ほむらにとってはイレギュラーかもしれない。でもサキにとってはこの世界、この時間軸が真実だ。

まどかと同じ小学校、中学校に通い、地区のイベントには一緒に参加した。

 

 

「一緒に温泉も行った事があるんだよ。まだ、小さかったけど」

 

「そう……」

 

「多くの思い出がある。それが生んだ絆がある」

 

 

少し不満げなほむらの表情を見て、サキは笑った。

 

 

「まどかは大切な存在だ。もちろん、君にとっても」

 

 

だからほむらは、今ココにいる。

 

 

「だから我々は、彼女の想いを優先した」

 

 

「そうね。はじめてかもしれないわ、彼女があんなに強く自分の意思を訴えたのは」

 

「大丈夫。私達は生き残るさ」

 

「……ええ」

 

 

そしてサキは、ほむらにお礼を。

彼女がいたからこそ、まどかはココにいる様な物だ。

それに忘れてはいけない、闘志を。

 

 

「私達は勝つ。織莉子達にも、ゲームにもな」

 

「そうね。そうしましょう」

 

 

ほむらは強く頷いた。

可能性はゼロではない、杏子達に送った手紙がある。

そして"彼女"に送ったメールがある。返信はないが、きっと彼女は読んでいる筈だ。

夕日は、今日も変わらないスピードで沈んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

織莉子邸。

広いリビングで、それぞれは各々の時間を過ごしていた。

手塚と東條はそれぞれ離れた所でソファや椅子に座り、本を読んでいる。

東條はカフカの『変身』を。手塚は最も力を入れているコイン占いの本を。

 

対して織莉子とキリカはと言うと、楽しそうにお喋りに興じていた。

明日は殺し合いと言う時に、何をのんきな事をと思うかもしれないが、織莉子にとっては唯一気を張らずに、『素』になれる瞬間である。

 

 

「………」

 

 

手塚はその様子を横目に見る。

何の話をしているのかは知らないが、織莉子は本当に楽しそうだった。

無邪気で、柔らかく。とてもじゃないが、志筑仁美を殺したときとは大違いだ。

 

いや、アレが織莉子の本当の顔なのか。

呪いの輪廻さえなければ、彼女もまどかとああやって楽しげに会話を交わせたのだろうか?

尤も、今になってはどうにもならない話ではあるが。

手塚はコインを見詰めながらつくづくそう思う。

 

表の世界と裏の世界。二つが交わる事は無い。二つの結果が交わる事もない。

手塚はコインを弾いた。机の上に落ちるコインが示すのは表か、裏か。

或いは奇跡のような『側面』か。

 

 

「織莉子」

 

「!」

 

 

リビングの扉が開き、そこから上条が姿を見せる。

 

 

「家の前に手紙が置いてあった。差出人は浅海サキだ」

 

「あら、どういう事でしょう」

 

「織莉子宛だからね、君が先に見るべきだ」

 

 

上条の心遣いにお礼を言って、織莉子は手紙を受け取った。

 

 

「じゃあ僕は」

 

 

目を細めた手塚。

退出していく上条をジッと見る

彼がオーディンの正体であり、美国織莉子のパートナーだと言う事を知ったのは屋敷に招かれてからだ。

 

手塚は以前、仁美の家で行われたケーキ作りに参加している。

あとは、そう芝浦の学校襲来時か。会話こそは数回だが、姿は何度も見かけている。

そう言えば、美樹さやかの葬儀でも見かけたか。

 

そんな彼が姿を隠し、裏で織莉子と暗躍していたとは予想外だった。

聞けば、織莉子を二回蘇生させたと言うではないか。

つまりそれは100人殺しを達成している訳だ。いくら叶えたい願いあるとは言え、その罪、その業、その重さは、無視できない。

 

しかし手塚が口を挟む資格は無い。

お互い、信念を持ってデッキを握っている身だ。

ましてや今となっては共通の目的を持っている仲間ではないか。

不信や怒りが無いとは言わないが、なにはともあれ今は騎士・ライアとしての目的を全うしなければならない。

命は、自分だけの物ではないのだから。

 

 

「………!」

 

 

手紙を読む織莉子。そのの表情が険しい物へと変わる。

キリカはしきりに中身を覗こうとしていたが、織莉子がそれを制して、手紙を早々に処理してしまう。

 

 

「鹿目まどか達は正々堂々と戦いを挑んできたわ」

 

 

周りに被害が起こらないだろう、リーベエリス跡地にて戦いの決着を。

 

 

「……成る程。鹿目まどかが望んだか」

 

「ええ。そうなのでしょうね。優しくて、愚かな子」

 

 

だが、まどか達にも恐らくにして勝機はある。

と言うのも、明日の戦いにオーディンは参加しない。

何か他にやる事があるらしく、織莉子達もそれは納得している。

 

 

「………」

 

 

手塚は詳細を知らないが、織莉子が上条を引き止めなかったのは、彼がいなくとも勝てる未来を視たからか? それとも、彼を引き止められないと諦めたからか。

どちらにせよ人の死が未来を変える。明日の戦いに参加するのは、いずれも参加者と言う大きな要因だ。

 

 

(一人でも誰かが死ねば、織莉子の計算は狂うかもしれない)

 

 

織莉子もそのリスクを考えない訳ではないだろう。

だからこそ、先ほどまではあんなに楽しそうだった表情が消えているとしたら?

 

 

(油断はできないな。お互いに)

 

 

手塚は目を閉じた。あまり考えても仕方ない。全ては明日、それで決着がつく。

それにしても何故、上条は明日の戦いには参加しないのか?

先ほども言った通り、彼にはやらなければならない事があった。

上条はリビングを出ると、すぐに『ある部屋』に向かっていた。

 

 

「気分はどうかな?」

 

 

織莉子邸の地下にある倉庫。

窓の無い部屋だ。むき出しの電球が一つしかない薄暗い空間だった。

そこには見張り役のガルドミラージュの他に、椅子に縛られた男が一人。

 

 

「ああ、最悪だよお坊ちゃん」

 

「ハッ、だったら早く解放されればいい。僕もゲストは丁重にもてなしたいのに」

 

 

君自身がそれを拒む。

そうだろ? 上条は冷たい目で男を睨んだ。

 

 

「北岡秀一さん」

 

「………」

 

 

北岡はニヤリと笑ってみる。

オーディンによってこの場に連れられて来てみれば、監禁状態ではないか。

一見すれば何も変わってはいないが、右手には包帯が巻かれ、爪の部分が真っ赤に染まっている。

 

どうやら上条はお願いをした様だ。丁重なお願いを。

けれども北岡は上条の願いを叶えてはくれない。

だからちょっとだけ『おしおき』しただけである。

 

 

「先生。僕は何も難しい話をしてる訳じゃない。ただ50人を殺して、美樹さやかを蘇生させればいいだけなんだ」

 

 

北岡はさやかのパートナーだ。

蘇生させてハイ用済み。なんて事はしない。

それを何度も言っているのに、北岡は何もしない。してくれない。

 

 

「貴方は仮にも、戦いに乗る側にいた筈だ。今更50人を殺すくらいどうと言う事は無いはず」

 

 

もちろん殺す50人も選出してやると上条は言う。

ガルドミラージュに他の県でも何でもいいから、刑務所に入っている凶悪犯とか――。

とにかく罪悪感を感じないでいい奴らにするからと言うのに。

 

 

「僕はこれほど譲歩しているのに、どうして協力してくれないんですか」

 

 

少し苛立ちを込めて上条が言う。

顔は笑みを浮かべているが、その裏にある大きな焦り。

それはそうだ。彼にとって一番の目的は美樹さやかの蘇生。

それが叶う所まで来ているのに――!

 

 

「何で? そりゃあ、決まってるよね」

 

「報酬と言う事か――?」

 

「まあそれもあった方が俺は嬉しいさ……」

 

 

でも、決定的な部分が一つ。

 

 

「お前、もう人間じゃないんだよなぁ」

 

「……は?」

 

「つまり、さ。俺はお前が嫌いなんだよね」

 

「――ッ」

 

 

こみ上げる苛立ち。

上条は卑屈に笑みを浮かべて何度か頷いた。

冷静さをかろうじて保っているものの、腸は煮えくり返っている事だろう。

 

 

「北岡さん、僕はあまり貴方を傷つけたくは無い」

 

「それはありがたいね」

 

「言う事を聞いてくれないのなら、もう一度痛い目にあってもらう」

 

「………」

 

「これは命令ではないんだよ北岡さん。お願いだ」

 

 

上条には理解できない話であった。

何を迷う必要がある? 何を躊躇う必要がある?

さっさと50人を殺してパートナーを蘇らせれば良いだけ。それなのに何をモタモタと。

思えば佐野だってそうだ。彼も北岡も、何故行動を起こさないのか。

何も生身で殺せというのではない。人を超越した騎士の力を振るえば、50人なんて一時間もあれば達成できるだろうに。

 

 

「僕にはさやかが必要なんだ! 北岡秀一ッ、何故理解してくれない!?」

 

「………」

 

 

首を振る北岡。

 

 

「理解していないのは、お前の方だ」

 

 

 

客観的に見て、初めて冷静な判断ができるとはよく言った物だ。

何も無い。理性も、抑制も。そして均衡も。

ただ獣の様に結果を求める。それはもう人の姿ではない。

参加者達はそれを進化と言うのだろうが、北岡には愚かな勘違いにしか映らなかった。

 

 

「チラつくんだよ、子供(ガキ)が」

 

「なに……?」

 

「そういう気分じゃない」

 

 

舌打ちを放つ上条。

すると地下室の扉が音を立てる。

 

 

「駄目だよ上条くん。北風と太陽ってお話知らないの?」

 

「……東條さん」

 

「はぁ。おいおい、病んでるヤツばっかの動物園かココは」

 

 

地下室に姿を見せたのは本を片手に持った東條だった。

彼は北風と太陽の童話を持ち出して説明を行う。

物事をうまく進めるのは強引なやり方ではなく、相手が自分から動きたいと思わせる事なのだと。

 

 

「北岡さん。僕、思うんだ」

 

 

上条くんにとって美樹さんはとても大切な人なんじゃないかな?

だったら美樹さんを救える北岡さんは、英雄の資格があると僕は思う。

英雄は皆を救う存在だ。君も美樹さんを蘇生させて――!

 

 

「僕と一緒に、英雄になろうよ!」

 

「………」

 

 

北岡は口を開けて東條を見ていた。

そしてしばらくすれば、吹き出す様に笑う。

 

 

「っ?」

 

「あはは、お前本気で言ってるのか」

 

「ど、どういう意味かな?」

 

「少し前に見た時と何も変わってないな。口を開けば英雄、英雄、英雄英雄! 馬鹿の一つ覚えみたく、何度も何度も執着するように縛られる」

 

「ッッ」

 

「病気だよ、お前」

 

 

北岡は客席から、舞台に上がっている滑稽な役者達に野次を飛ばす。

 

 

「びょ、病気? 僕が!? 何で――ッッ!?」

 

「ああ、しかも飛び切りのサイコなヤツだ」

 

 

英雄と言う言葉に縛られ、表面上の名誉を求める。

それだけならばまだしも、自分が行う全ての負も善も、都合よく『英雄』と言う二文字の単語によって操作されていく。

 

自分の邪魔になる存在は全て英雄に相応しくないと勝手な理論で排除し、自身の取る行動は全て英雄になる為の行為なのだと意味不明なフィルターで正当化させる。

今だってそうだ。美樹さやかを救うという結果だけを尊重する。

その過程に50人の命を捧げる行為を、東條は当然の事だと思っているのだろう。

それはそうだ、それが英雄に相応しいとフィルターをかけているのだから。

 

 

「壊れてるよ、お前」

 

 

挑発する様な目で、北岡は東條を睨んだ。

 

 

「な――ッ、なな……!」

 

「だいたい知ってるかお前?」

 

 

北岡は疲れきった目で東條を見る。屑ばっかりだよ、自分を含めて。

全員壊れてる。だからこそ理解できる物がある。だからこそ見える景色がある。

北岡は冷めた目で。冷め切った声で、言い放つ。

 

 

「英雄ってのはさ、英雄になろうとした瞬間に失格なのよ」

 

「!?」

 

 

東條の目がクワっと見開かれた。英雄と言う単語に反応したのだろう。

しかし直後に付け足された言葉によって、彼の心は打ちのめされる。

英雄は英雄になろうとした瞬間に失格?

 

 

「え? まって、ちょっと待ってくれないかな」

 

 

東條は震えながら、北岡を見ている。

今、英雄になろうとしている真っ最中じゃないか。でも北岡は言った。

なろうとした瞬間に失格って。

 

 

「分かんないかなぁ? つまり――」

 

 

北岡はニヤリと笑みを浮かべた。

目が語っている。目が馬鹿にしている。

目が、目が目が目が目目目目目目……!!

 

 

「お前、いきなりアウトって訳」

 

「――ッ、う! うあああああああああ!!」

 

「!」

 

 

東條は奇声を上げて、近くにあったどこぞのお土産だろうか?

とにかく、鳥の置物を持って振り上げる。

そこそこの重量があるそれは、思い切り頭にぶつければ命に関わってくる物だろう。

にも関わらず、東條は何の躊躇いも無くそれを北岡に向かって――

 

 

「待つんだ東條さんッ!」

 

「………」

 

 

上条の声に反応して、ガルドミラージュが動く。

一瞬で東條の隣へと距離を詰めると、腕を掴んで抑止を行う。

しばらくは抵抗しようともがく東條であったが、次第に自分のしようとしている事が、上条の意に反している事を悟ったらしい。

 

 

「ち、違う! ぼ、ぼぼぼ僕は英雄に――ッ! って!」

 

「……っ、ガルドミラージュ。東條さんを上の方に」

 

 

頷くガルドミラージュ。

彼は錯乱する東條を落ち着ける為に、上のほうへと連れて行く。

笑う北岡と、大きなため息をつく上条。

 

 

「やれやれ、話の通じない人だ。もっと上手に立ち回れるかと思っていましたよ」

 

「……気づいただけさ」

 

「?」

 

「言葉の意味に」

 

「………」

 

 

上条は鼻を鳴らす。

今は何をしても無駄かもしれない。

 

 

(もう少し弱らせるか)

 

 

上条は再びニコリと笑みを浮かべると、北岡に一礼を。

 

 

「食事が必要になったらいつでも言ってください」

 

「じゃあ今――」

 

「もちろん、代価はいただきますよ。先払いで」

 

「……あ、そう」

 

「それでは。僕はいつも賢い判断を期待しています」

 

 

上条は北岡に背を向けると地下倉庫を後にする。

 

 

「やれやれ」

 

 

北岡はうな垂れた。

観客の立場になってみれば、本当に役者達の愚かさがよく分かると言う物だ。

どいつもコイツも獣みたいな、浅倉みたいなヤツしかいない。つくづくウンザリだ。

 

 

「意外だったな、アンタが躊躇いを見せるなんて」

 

「……ああ、今度はお前か。飽きないねぇココは」

 

 

上条と入れ替わる様にして現れたのは手塚だttあ。

水をペットボトルに入れ、そこへストローを挿して持ってきた。

適当に周りにあった机を引いて、北岡の前にそれを置く。

 

 

「気が利くじゃない」

 

「悪いが食事は持って来れない。一日我慢しろ。と言うよりも一日は上条達のご機嫌を取れ」

 

 

手塚は適当な場所を見つけて座った。

上条の様子が何かおかしく、後をつけてみたらコレだ。

まあ手塚としても北岡がさやかのパートナーだと言うのは分かっていた事だし、上条がさやかに執着している点を見ても、こうなっている事は想像に難しくは無かった。

 

意外だったのは北岡が蘇生を渋る、と言う点だ。

確かに北岡は王蛇ペアの様に、積極的にゲームには乗っていなかった様にも見える。

しかしだからと言って協力派と言うわけでも無い。50人殺しは勝つためには仕方ないと割り切るかと思っていたが、どうやらそう言う事でもなかったか。

 

 

「別に。俺も場合によっちゃあ殺そうと思ってたし」

 

「だがお前は殺していない」

 

 

確かにこういった状況では、さやかを蘇生した時点で用済みと判断されて消される可能性が高い。

しかし手塚は視ていた、北岡の中にある戸惑いの感情を。

尤もそれは占いが導き出した物ではあるのだが。

 

 

「俺は占いは信じないんだ。あんなもの、全部インチキだろ」

 

「それは人の勝手だ。俺は信じてる。アンタには保身だけじゃない理由があると視ているが」

 

「そこまで言うのは、もはや占いではなくエスパーだろ」

 

「俺は超能力は信じない」

 

「ハッ! はは! 中々面白いね、お前」

 

「茶化すな。お前は今、自分の置かれている状況が分かって――」

 

「当たりだよ」

 

「!」

 

 

北岡は掠れぎみの声でそう言った。手塚の言う通りだ、何もかも。

疲れたと言えばそうだ。今も頭の中に、腹の中に、とにかく自分を食い破ろうと蠢く蟲達がいるのをつくづく感じている。

発作的な苦しみは無いが、痛みは日々深刻になっていく。

 

 

「もう多くが食い破られた。だからよりリアルに、より鮮明に分かる様になった」

 

 

参加者の滑稽さ。周りの愚かさが。

 

 

「俺はゲームに勝つためなら。何人殺してもいいと思ってた」

 

 

そもそも、もう国自体がゲームみたいな物だと思っていた。

正義が金で買える時代だ。人が人を裁くために振るう武器と言う法律、それを北岡は養ってきた。

法が国を作り、法が人を裁き、法によって人の運命は大きく左右される。

その今日に至るまで創り上げられてきた世界の理こそが、法治国家と言う名目に集っていたのだ。

言ってしまえば法こそが人を形成すると言っても良い。

 

人を殺してはいけない。

当たり前だ。では何故、誰もがそれを当たり前と言うのか。

それは法が殺人を止めているからだ。野生動物が縄張りの事で殺し合い、雌を奪い合うために殺し合い、食物連鎖と言う名目の下に弱者を殺す。

あいつらには法は理解できない、その知識も環境も無いからだ。

だが人間は――、自分達は長い歴史の中でルールと言う常識を作りあげて『人』でありえたのだろう。それはこれからも同じだ、人であるが為に法の下で生きる。

 

 

「人を殺せば社会的弱者になる。高学歴で恵まれた容姿を持つ俺が、中卒の不細工に立場で負けるなんて考えただけでも寒気がする」

 

 

しかしだ。

その法と言う柵が取り払われたFOOLS,GAMEにおいて、自分達は今まで繋がれていた鎖を、檻を破壊する事になる。

その果てに見てきたのは多くの獣達だった。

人である事を忘れ、力に溺れ、自らのルールで生きる。

 

 

「それはもう人なのか?」

 

 

いや違う。北岡は確信した。

それは人の形をした化け物だ。獣だ。理性を失った愚かな人の形をしているだけの何か。

 

 

「たった一人の親友に言われた言葉がある」

 

『先生は、最後まで人でいてください』

 

 

今になって思えば、彼はもうその時点でこうなる事が分かっていたのだろう。

王蛇ペアやガイペア、そしてオーディンやタイガをペアを見ていてよく分かった。

人である事を忘れ、超越者として振舞う事。それ自体は嫌いじゃない。

嫌いじゃないが――

 

 

『センセーは……、誰も殺さないでね』

 

 

彼女のほうが、よほど人だった。人間らしかった。

あの時、実の父親を汚いと思ったのは何故だ? 父の様にはなりたくないと思ったのは何故だ?

決まっている。それは北岡の頭にあった『人間』の像と大きく違っていたからではないだろうか?

 

父は厳しく、色々な事を北岡に教えた。

その中で北岡は目指すべき『人』の姿を無意識に妄想していたのだろう。

 

人とは、理性と均衡に満ちた生き物であるべきだ。

もちろんある程度の逸脱は仕方ないとは思っている。現に、北岡だって多くのルールを破った。

だが獣ではない。あくまでも人として、ピラミッドの上位に立つ存在として振舞ってきたつもりだ。

だから北岡は怖いのだ、父の様に自制心を失い、暴走する事が。

浅倉の様に何の躊躇いも無く人を殺す事に慣れる事で、あのおぞましい父になるのが嫌だった。

 

 

「50人以上を殺せば、俺はきっとどこかのネジが緩む」

 

 

北岡は今のままで在りたかった。

その上で頂点に立つ。それが彼の目指すべき道だったのだ。

なのに周りは壊れた獣だらけ。自分もそこに加わる? 冗談じゃない、動物園に入る気などサラサラ無いんだよコッチは。

 

何よりも、自分の為に。友人の為に。『人』で在り続けたい。

パートナーだって、絆なんざ無いかもしれないが、情は少しくらいはあった。

 

 

「殺したくないってのとはちょっと違うか。殺せないんだよね、俺」

 

 

大分病も進んだ。今もどこか朦朧としている部分はある。

全てが夢のような感覚の中、一人でも殺せばその瞬間にダムが壊れる気がしていた。

 

 

「俺は今、自分の環境に焦りを覚えている」

 

 

早く病気を治したい。常に考えるようになってきた。

 

 

「おそらく俺は何が何でも勝ちを目指すだろう。そんな必死な姿、あさましいとは思わないか? 醜いとは思わないか?」

 

 

愚かだとは、思わないか?

 

 

「俺は、思うね」

 

「……そうか」

 

 

マグナギガの性質は均衡だ。

それは北岡がその位置に立っていたいと思っていたからかもしれない。

多くの屑を今まで白にしてきた。無差別に人を狙う猟奇的な殺人者、どうしようもない強盗、多くの人間を狂わせた麻薬の売人。特に理由なく幼稚園に火をつけて子供達をステーキにした放火野郎。

まだある。まだまだある。事務所を点々と変えてきた北岡は、多くの犯罪者を見てきた。

 

自分に関係ない奴らの事件だ。

被害者周りに同情もしないし、加害者は金さえ払ってくれれば余計な詮索はしない。

どんなヤツだって白にしてきたし、それが仕事だと理解していたから。

 

いつだったか?

もう覚えていないが小学生の女の子が誘拐される事件があった。

親が身代金を払った後に首を切り取られて両親の元へ郵便で送られてきた事件があったか。

アレも特に何の感情のブレも無く、犯人を白にした物だ。

 

 

「マスコミは俺を外道と非難したが、それも重なって娘の遺影を抱えながら泣き崩れる両親達の姿を見た時は、ある種の爽快感すら覚えた」

 

 

しかし、しかしだ。

共通して抱える想いと言う物もまた存在していた。

それは弁護する奴らの屑っぷりを見れたが故に、得たものだと思う。

 

 

「つまりのところ、俺はああはならないと。随分愚かな連中だと心の中で見下してきた」

 

 

それに滑稽なシーンだって何度もだって見てきた。

 

 

「たとえばその事件で俺を外道と扱き下ろした記者が、痴漢の裁判で俺に泣きついてきた時には笑いが止まらなかった」

 

 

少女の両親が、無罪を勝ち取った犯人を後日殺害したと聞いたときも同じだ。

人間は結局、法と言う名の鎖で繋がれているだけにしか過ぎない。

その本質は愚かな獣なのかもしれない。だから秘書である『吾郎』は警告をしてくれたのかもしれない。

 

 

「人のままでいてくれ」

 

 

そうだ、人の皮を被り続け、人で在り続けてくれと。

 

 

「そして俺もそれを願った。俺は、人で在りたかった」

 

 

城戸真司や鹿目まどか、そして何よりも美樹さやか。

下らない事に一喜一憂し、喜怒哀楽が激しく。そして何よりも愚直な感情を持っている。

悪く言えば大馬鹿、そしてよく言えば――

 

 

「皮の厚い、人だよ。人間だ」

 

 

だから余計にイラつくのかもしれない。

だから余計に気になるのかもしれない。

生きていく中では損な性格かもしれないが、人として見るのなら合格だ。

 

 

「正直、ちょっと羨ましいとすら思うよ」

 

「……そうだな」

 

「代わるか? って言われれば、死んでも嫌だけどね」

 

 

今の自分には自信がない。

おそらく人を殺せば、今まで屑だと見下してきた連中に自分がなってしまう。

それだけは嫌だ。そんな醜い姿を晒す事が、北岡にはどうしても耐えられない。

 

しかしこのまま何もしなければ蟲が頭を食い散らかし、同じく人間じゃ無くなってしまう。

だから困っているんだ。北岡はそんな弱さを、珍しく特に関わりも無い手塚に打ち明けた。

理由は分かっている。きっともう――……。

 

 

「そうだな、鹿目まどか……」

 

 

羨ましい、か。

手塚もまた頷いていた。

 

 

「しかし今の彼女の取り巻く環境が示している。彼女は呪われている」

 

 

悲しく、哀れで、悲劇だ。

だから終らせなければならない。世界の為に。『まどか』のためにも。

 

 

「北岡。あと一日は耐えろ。上条を刺激するな」

 

「……?」

 

「明後日、もしも俺が生きているなら、お前をココから逃がしてやる」

 

「大丈夫なのか?」

 

「俺の狙いは鹿目まどかが死ぬことだ。明日で必ず決着はつける」

 

 

それにと、手塚はコインを取り出した。

 

 

「北岡秀一。アンタには運命をかき乱す役割があると視ている」

 

「あ、そう」

 

「ヤケになるなよ」

 

 

手塚は北岡が持っていた薬を水の隣に置くと、踵を返して地下室を出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ! あいつ! あいつぅぅぁぁッッ!!」

 

 

東條は頭を掻き毟って廊下を歩くのは。

何とか殺意は押さえ込んだが、未だ頭の中には先ほどの言葉が何度も何度もループしていた。

英雄は、英雄になろうとした時点で失格?

 

 

「最っ低だよアイツ! 英雄が何なのか全く分かってない!」

 

 

興奮しながら東條は否定の言葉を何度も繰り返す。

違う。英雄とは目指すべき者の努力に応じて現われる筈。

 

 

「あいつは僕の夢を邪魔して楽しんでいるんだ!」

 

 

最低だ、本当に最低な人間だ。

 

 

「ゲームに乗る奴なんて屑ばっかりだよ――ッ!」

 

 

僕を惑わせて破滅させようとしている。

何にも分かって無い、アイツは何にも理解して無い。

ブツブツと何度も同じ事を連呼して、必死に北岡の言葉を消そうと試みる。

 

だってそうしないと壊れてしまいそうだからだ。

東條は英雄になる為に親友(ダニー)を殺したんだぞ。英雄にならなきゃ彼は無駄死にじゃないか。させない、そんな事はさせない! ダニーの為にも、絶対に英雄にならければ。

 

 

「どうしたんだい、相棒」

 

「キリカ!」

 

 

そうしていると飛び出してくるのはパートナー。

東條は半ば助けを求めるようにキリカへ駆け寄っていく。

キリカはソウルジェムを操作しており、東條の声がよく聞こえる様に聴力を上げている。

だから彼の変化をいち早く察知して駆けつけたという事なのだろう。

 

そうなる様にソウルジェムを操作するのはかなり難しい事だ。

だがキリカは東條とは自分であると信じている。

故に自分の声を拾えるのは当然だと。

意味不明な法的式かもしれないが、それが心を繋ぎとめる楔になる。

 

 

「聞いてよキリカ、あの弁護士少し頭がおかしいんだ。いやおかしいなんて物じゃない、狂ってるんじゃないかな? そうだよ、きっとそうだ狂ってる。今すぐお医者さんに見せないと駄目だよ、絶対駄目だ! だって弁護士さんなのに言ってる事が変なんだ。ぼ、僕が英雄になれないって言うんだ。僕は英雄になる為に生まれてきたし、英雄になる為に今までだって色々努力してきた。そりゃあ0歳の時とか赤ちゃんの時とか、ダニーが僕に英雄になれって教えてくれる前は気づかなかったかもしれないかもだけどッ。でもそれは気づかなかっただけで、きっと僕自身は心の中で英雄になるべきだと使命を内に秘めていたのかもしれない。だってダニーが教えてくれたときは僕はなんだか安心したと言うか、やるべき事がやっと見つかった気がしたんだ。それはやっぱり僕自身が英雄に対してデジャブがあったからだと思うんだけど違うかな? だから僕が英雄を目指すのはもしかしたら初めから決まっていた運命だったんじゃないかって、だったら僕は英雄になれる筈だろ!? う、ううん。別におごってる訳じゃない。訳じゃないけどッ、努力をしっかりと詰めば神様はきっと僕を評価してくれる。それを僕は信じていたし、それを糧に今まで生きてこられた、頑張ってこられた。でもね、でもアイツは! あのふざけた弁護士は僕が英雄になれないって言うんだよ! あり……っ、ありえないよね!? なぁんでそんな事を言うんだよッ! 嫉妬かな? ねぇ、アイツもしかしたら嫉妬してくれてるのかなッ? いや、普通に考えて英雄になりたい人が英雄を目指すのは当たり前だろ? 世の中人は平等だよね? だったら英雄を目指しても良いよね? なのにアイツは目指した時点で終わりって! もう意味わかんないかも! どんだけ屑なんだよ!

 目指した時点で何なのさ!? じゃあどうやって英雄になれって言うの? ああ聞いておけばよかったよキリカ! きっとあの気狂い弁護士は答えられないよ! そう、そうだ!アイツは僕が英雄になるのが羨ましいんだ! きっと嫉妬して妨害しようとしてるんだよね? 本当にさいッッていだよ! どうしてそんな事をするのかな? 小さいときに人を傷つけちゃ駄目って先生に教えられなかったのかな? ありえないよね、ありえないよ本当に! 終ってる、人間としてアイツは欠落してるよ! ああそうか、だからアイツは英雄になれないんだ。 だからこれから目指そうとしている英雄候補を潰そうとしてるんだよね? キ●ガイだよアイツ! 精神が病んでるんだ! 精神がおかしいんだ! 英雄は目指そうとした時点で失格? 何だよソレ、僕は認めないよ? キリカもそう思うよね、だってそれを認めたら僕はもう英雄になれないって事じゃないか、僕は今まで英雄になる為に生きてきた。 じゃあ英雄になれなかったら僕は何の為に生きてるんだよ!? 否定された、アイツに、あんな奴に僕の生きる道が否定されたんだよ? 酷い、酷すぎるよ!! じゃあ僕に死ねって言ってる様な物だよね? あぁぁ、そうか分かったぞ! アイツはそう! 僕に死んで欲しいんだ。英雄じゃない僕はもう僕じゃない、東條悟である意味が無いんだよね、アイツはそれを分かっていた! だから僕に死ねって言ったんだ。最低だ、アイツはやっぱり殺し合いに乗った屑なんだよ。だいたい人を傷つけた時点で最低だよね、裁かれるべきなんだよ! なのにそれだけじゃなく人格まで否定して! 屑、屑、屑だよあんなの! ほらキリカ! クズは無視して歌おうよ! らんらーんらーん! あれ、どうしたのキリカ。ねえ聞いてる? 聞いてくれているのかな!? そう言えば上条君は大切なゲストだって言ってたけど、もしも止められなかったら僕もうアイツ殺してるんじゃないかな? うんきっとそうだよ、人を傷つけるのはいけない事だけどあんな奴もう人間じゃないもんね! どう思うキリカ? ねえ聞いてる? ねえねえ聞いてるの!? 君の意見も聞かせ―――」

 

 

「うるせぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 

「ああぁあぁッッ!!」

 

 

キリカは右手で握りこぶしを一つ作ると、それを思い切り東條の頬へ抉り込ませる。

きりもみ状に回転して地面へ倒れる東條。すぐに頬を押さえ、涙目でキリカを睨んだ。

 

 

「うぅぅ、酷いよキリカ、いきなり殴るなんて……!」

 

「こんのバカチンがぁ! 君の英雄に対する想いってそんな軽い物なのかい?」

 

「え? って、う゛ッ!」

 

 

キリカは起き上がろうとする東條を押し倒すと、自分はそのまま彼の体の上で前転。

一回転した後に同じく倒れこむ。脳天を合わせる様にして仰向けになる二人。

キリカはそのままブリッジで。東條は顎を上に向けて。それぞれ反転した状態で見詰め合う。

 

 

「君は英雄になる為にココまで来たんだろう? 英雄になる為にデッキを掴んだんだろう!?」

 

 

だったら他の誰に何と言われようが、自らの信念を貫けばいい。

言葉一つで想いが揺らぐほど東條の中にある英雄は軽くなんて無い筈だ。

 

 

「私は他の誰に何を言われようとも、どんな事をされようとも、織莉子の味方であり続けると誓ったんだ」

 

 

その意思は揺らぐ事の無い絶対。東條もまた同じ筈では?

 

 

「君は英雄になるべきなんだ。友達の為、織莉子の為、そして私のために」

 

「キリカ……」

 

 

世の中には色々な人間がいる。

何十、何百、何千、何万、北岡もその中の一人でしかない。

この世界に一個人が示せる絶対的な真実なんてありはしない。

名言を残した人間は数多にいるが、その逆説を訴えた人間も少なからずはいる筈だ。

どちらか一方が真実として認識されようが、長い歴史においてその定理や真実が覆される事も珍しくは無い。

 

 

「要は、つまり、だから」

 

 

北岡秀一と言う人間はこう言った。

英雄ってのはさ、英雄になろうとした瞬間に失格なのよと。

 

 

「それが絶対真実、神様も認めたゆるぎない決定付けされた論理、誰もが疑う事の無い唯一無二のお言葉である証拠は? 事実は?」

 

「え?」

 

「今後も揺るぎ無い確信の名言であり続けられる保障は? どこ? ねえどこ? どこどこどこー!?」

 

 

私には見えない。つまり、ありはしないんだよそんなの。

キリカは口が裂ける程に吊り上げてケラケラと笑う。

北岡先生のお言葉は素敵だ。実に痺れる。それを名言だと信じて疑わない人間も山の様にいるだろう。その言葉は間違いじゃないし。事実、的を得ている言葉かもしれない。

 

 

「でも、答えじゃないよ」

 

 

キリカは笑った。

 

 

「私はそうは思わない。だから私はこう返す」

 

 

それを答えと認めぬ者がココにいる。

 

 

「英雄ってのはさ、英雄になろうとしなかったら永遠になれないのよ」

 

「!」

 

「――ってね!」

 

「キリカ……」

 

 

キリカはグルンと体を回転させて素早く立ち上がる。

相反する二つの意見、絶対的な真実の証明。それはコインと同じだ。

表と裏の意見がある。見た目は同じかもしれないけど、裏と表では確かに違うデザインの絵柄が描かれてるのだ。

 

 

「でもこのコインは両面違う絵柄が描かれてるけど(ホント)(ウソ)かは自分で決められるんだ。君は好きな絵柄を表にすればいい」

 

 

気狂いでキ●ガイでアンポンタンな糞弁護士と、一心同体とも言える美少女パートナー。

 

 

「未来の英雄さんは、どっちを信じるのかな。フフフ……!」

 

 

ニコリと微笑んで手を差し伸べるキリカ。

東條はパッと光が差した様に笑顔に変わった。

先ほどまで彼を取り巻いていた苛立ちやモヤモヤが全て取り払われた様だ。

何とも清清しい、何とも希望に満ち満ちている。

 

 

「き、決まってるよ。君だよキリカ!!」

 

「流石だぜ相棒!」

 

 

そこで東條はハッと友人の姿を思い出す。

キリカのイメージカラーはどう考えても黒だ。

そしてダニーは――

 

 

「ダニーはね、黒猫だったんだ」

 

「へぇ」

 

「君、もしかしてダニーの生まれ変わりなの!?」

 

 

キリカはニッコリと笑ったまま頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んな訳ニャいだろ、頭おかしいんじゃねぇの?」

 

「………」

 

 

だよね、東條は寂しげに俯いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ社長」

 

「お持ちします高見沢様」

 

「ああ」

 

 

一日を終えて町外れの豪邸に戻ってきた高見沢。

ギリギリ見滝原内だったから良かったものを、キュゥべえ達も厄介なルールを設定すると彼はため息をついた。

 

一番面倒なのはゲームと言う殺し合いの中でも社会は回り続けるという事だ。

グループの総帥である彼はやはり会社には行かなければならない。

長期休暇にでもしてくれれば、その間に参加者を積極的に減らせると言うのに。

 

 

「ニコは戻ってるか?」

 

「はい、つい先ほどお帰りに」

 

「そうか。ならいい。食事の用意を頼む」

 

「はい」

 

 

いつのならば、そこで淡々と戻るメイドだが、今日はなんだか様子がおかしい。

何かソワソワして立ち止まっている。

 

 

「何か?」

 

「あのっ、実は」

 

 

考えすぎかもしれませんが。

メイドはそう前置きした上で、気になる情報を高見沢に告げる。

前々から何か違和感はあったらしい。しかし一概にも言えぬ事なので、もしも何か無礼があったらも申し訳ないとスルーしてきたらしいが、今回は特に気になったので。

 

 

「し、失礼ですが……。他にも少し変わったことはあって」

 

 

ゲームだとか、本だとか、DVDだとか。そして料理とか。

 

 

「なるほど、分かりました」

 

「はい、失礼します」

 

 

面倒な話だ。

高見沢は小さくため息をついて首を回した。

そして少し時間が経ち、いつもの様に夕食の時間となる。

 

ニコは相変わらず高級そうな料理をパカパカ食物を口に入れてスープで流し込むという贅沢の極みを行っている。

そして今日一日に得た情報を高見沢へと告げるのだ。

 

ミラーモンスターは見滝原の外に出られる事や、鹿目まどかが絶望の魔女だと言うこと。

それを殺すために明日織莉子達との戦いが始まる事とか。

バイオグリーザとヴィジョンベントによりニコはどんどんと情報を集めていく。

 

しかしどれだけ情報を集めても七日目。

つまりワルプルギスの夜が現われれば、全てが無駄になる可能性も高い。

鹿目まどかの存在も、高見沢としても無視できる物ではなかった。

だがベルデペアはあくまでも不意打ちに特化した能力の持ち主だ。真正面から戦えば、スペックの高いまどかには勝てないかもしれない。

 

 

「しかもユウリと王蛇ペアもいるしな」

 

「ああ、明日はスルーするか」

 

 

どうせ放っておけば数人は退場するだろう。

特に鹿目まどか。オーディンの力の前には流石の彼女も――?

しかし今日はニコの表情が優れない。いや言ってしまえば、毎度毎度優れないと言えばそうだが、いつもアンニュイな表情が今日はいつもより険しくなっている。

 

 

「なぁ、たかみぃ」

 

「おい、だからそのあだ名で呼ぶのは――」

 

「織莉子辺りに接触していいか?」

 

「冗談だろ?」

 

「冗談にしてほしいか?」

 

 

ニコの目が相変わらず曇っている。

何の興味も希望も無いと言った目だ。

高見沢にはある種、それがデジャブの様に感じられた。

 

 

「まあいい。そう決断するからには何かあるんだろ? 理由を聞こう」

 

「―――……」

 

 

ニコは珍しく少し言葉を詰まらせる。

そのまま沈黙が一分は続いただろう。

ニコは顔を上げると、相変わらずの表情で、たった一言。

 

 

「言えん」

 

「チッ! どういう事だ!」

 

 

高見沢がイラつくも無理はない。

二人決めたステルスのルールに大きくそれる行動。それはニコ自身も分かっている。

自分達の力で脳筋共に勝つには、不意打ちとステルスを徹底するしかない。

そこそこ広い見滝原と言うステージでうまく立ち回る事が自分達に唯一残された勝利方法なのだ。

それは十分理解した上で、ニコはまどかと接触した。

それを分かった上で、『言えぬ』と言うのだ。

 

 

「たぶん、接触すれば織莉子は何だかんだと死ぬかも」

 

「つまり美国織莉子を倒す術があるってか?」

 

「うーむ。そりゃ、ま。結果的には……?」

 

「歯切れが悪いな。おい、せめて俺には言えよ」

 

「なんでよ」

 

「なんでってお前――」

 

「パートナーだろ? なんて、言うなよ」

 

 

ニコは顎を摩りながら、捻くれた笑みを浮かべる。

 

 

「そんな絆めいた物を振りかざされては困るし、反吐が出そうになる」

 

 

笑うニコ、対して両手を上げる高見沢。

 

 

「やれやれ本当に面倒なガキだ」

 

「茶目っ気があっていいとは思わんか?」

 

 

軽い口調ではあるが、ニコはますます無表情へと変わっていく。

彼女が何を考えているのか、どんな感情を込めているのかがまるで分からない。

 

 

「だがなニコ。とにかくココは言ってもらなねぇと困るんだよ。俺の命に関わる事だろうが」

 

「無理でおじゃる。私を信じろ、パートナーだろ?」

 

「お前……」

 

「大丈夫、足はつかないようにする」

 

 

ニコは念を押していた。

別に絶対に『織莉子』と言う訳ではないらしい。

しかし残っている参加者でと言うのなら、織莉子以外には考えにくいと端的に説明する。

そしてその結果、おそらく織莉子は死ぬ。そして自分が7番だと明かす上で、ニコはもう高見沢の近くには戻らないと。

 

 

「名残惜しいがニコちゃんは野宿に切り替えるよ」

 

 

食事や寝る場所は魔法を使って確保すればいい。

あとはゲーム終了まで適当に立ち回って参加者を減らしていく。

そして勝負をかけるとすればワルプルギスが現われる直前。

最強の魔女を討伐する為に集ったメンバーを奇襲で殺す。

それ以外は一日前に殺す様に心がける。

 

 

「以上。これが必勝のニコプラン。これでいいだろ?」

 

「………」

 

 

少しだけ沈黙する高見沢だが、すぐに首を振る。答えはノーだ。

別れる点に関しては文句は無い。しかし実際そうするとなると、戦力が分断される。

ニコの再生成は必要不可避。なるべく一緒に行動したいのだ。

 

 

「お前の言ってるそれは、絶対やらねぇと駄目なのかよ」

 

「んー、まあ……、個人的には」

 

 

珍しい話と言えばそうか。

参戦派か、協力派かをも他人に決めさせたニコが、自分から何かをしたいと思ったのは二度目だ。

一度目はまどかとの接触。二度目は今の織莉子との接触。しかし後者は前者よりも、いろいろと事態が違ってくる。

いやいや、それにしてもまずは――……。

 

 

「はぁ、しかたねぇな」

 

「おろ? 分かったくれたのかな」

 

「絶対俺に迷惑を掛けんなよ」

 

 

そこで呼び出しボタンを押す高見沢。

すると執事の一人が、皿を運んでくる。

 

 

「なんだ?」

 

 

執事は皿を、そのままニコの前に持っていく。

どうやらコレはプリンの様だ。隣にシロップが入った器も置かれる。

 

 

「なんぞコレ」

 

「取引先から貰った。まあ食え、ちょっと早めの餞別だ」

 

「ほーん……」

 

 

ま、いいか。

ニコは無表情ながらも、声のトーンを少し軽くして器に入ったカラメルシロップをドバドバとプリンへかける。

カチャカチャとスプーンを鳴らして、ニコはプリンを口に入れた。

 

 

「感想は?」

 

「うめ」

 

 

ニコはジュースをゴクゴクと。

 

 

「ん……? たかみぃさんは食わんのか?」

 

「そのシロップが甘すぎるんだよ。アホみてぇに甘ぇ」

 

「ま、そだな」

 

「………」

 

 

再びゴクゴクとジュースを飲んでいるニコ。

緊張感の欠片も無い姿だが、高見沢の目は鋭い。

 

 

「おい」

 

「んあ? 欲しいのか?」

 

「いや、そうじゃない。お前――」

 

 

高見沢はニコの食べているプリンと、ニコが飲んだジュースに視線を移す。

 

 

「それは特別な物だ」

 

「ありがとう。高いんだな」

 

「違う。普通じゃないんだよ。味がな」

 

「ッッ!」

 

 

その時、ニコの表情が大きく変化を遂げる。

無表情なニコは目を大きくして、次第に笑みを浮かべ始める。

やってくれたな。表情がそう語っている。

味、つまり普段の料理とは味付けが違っていたと言う事だ。

ニコはハハアと唸りながら、何度も頷いていた。

 

 

「や・ら・れ・た・お」

 

「……お前」

 

 

やられた、やられました。ニコは何度もそう言いながら唸り声を。

神那ニコは初めて高見沢の前で戸惑う表情を見せたかもしれない。

汗を浮かべてニヤリと笑いつつも、明確な焦りが滲み出ている。

 

対して仕掛け人であろう高見沢も、少し意外とそうにニコを見ていた。

"そうかもしれない"とメイド達に言われたが、まさか本当にそうだったとは。

 

 

「お前、"味覚"が無いのか」

 

「………」

 

「いやそれだけじゃない、お前……」

 

 

最初におかしいと思ったのは誰だったか、それは分からない。

とにかく何かがおかしいと、何か違和感、異変、それが神那ニコと言う人物にはある。

そう、感じはじめた。最初はメイドであったり、次は執事であったり。

 

一番初めは、ニコがうどんを食べていた時だ。

メイドが後片付けを行おうと容器を見ると、中には大量の一味唐辛子が。

それは一般の人間が入れる量をはるかに超えている。

ギョッとしたメイド、明らかに一本は使っているんじゃないかと思うほどに器の底は赤だった。

 

まあ、と言っても、この世にはそう言う香辛料を大量に使う人達もいるだろう。

だからその時は驚きこそすれど、違和感は感じなかった。

けれどもおかしな事と言えば、ニコは二度とうどんを食べたいとは言わず、その後も一切の調味料等を使う事は無かった点だ。

辛党ならば他のものにも一味やタバスコをかけそうなものだが、ニコは全くそうしなかった。

 

そう言う小さな違和感は多々あった。

たとえばメイドのお弁当をつまみにやってきたニコ。

メイド達とは同性同士だからか、ニコ自身の独特なコミュニケーション能力も合わさって、一緒に食事を取る仲にはなっていた。

 

そこでも違和感。

ニコがいつも食べているのは高見沢の好みに合わせた食事だ。

だから朝は甘い卵焼きが出る事が多い。しかしメイドが作るのは砂糖を入れない卵焼きだ。

にも関わらずニコはメイドの卵焼きを食べて。『いつもの味』と言ったのだ。

 

そう、ニコは勘違いしていたのだ。

高見沢への食事は全てシェフが作っているのに、ニコはメイドも関わっていると思ったのだろう。

確かに似ていた点はある。それは切り方だ、シェフが作った卵焼きをメイド達がカットする事は多い。だからニコは間違えた、同じ形の卵焼き、けれども味は大きく違うそれ。

 

しかしニコも後で気づいたのか。

もう二度とメイドの卵焼きを口にする事はなかった。

 

その後も少なからずそう言った『変』な事があったのだ。

一度ならばまだしも二度三度となれば、違和感はそれだけ膨れ上がり、偶然や気のせいではないと言う事にもなる。

 

そんな不信感が募りつつの今回である。

メイドが自分達の食事用に卵焼きを作っていたのだが、勘違いからか塩を入れる量を間違えてしまった。

 

少し味見をしてみたが、とてもじゃないが食べられた物じゃない。

これが『高見沢に出すものじゃなくて良かった』、などと話していた時にニコが来て――、と言う事である。

 

ニコは塩だらけの卵焼きを何も言わずに食べて行った。

気を遣ってくれた可能性もあったのだが、それにしてはあまりにもノーリアクションすぎる。

ニコはつかみどころの無い正確だが、いくらなんでも一言くらいはからかったりするのでは?

それがきっかけとなって高見沢へ報告したのだった。

 

 

「そう言う事で、お前のかけたプリンのソースには苦味成分がある液体を入れてもらった」

 

「……なんで、んなモン持ってるんだよ。使わんだろ苦味成分とか」

 

「ゴクゴクのんでたジュースには酢をぶち込んだ訳だ」

 

「はいはい」

 

 

ニコは何も言わなかった。

それが意味する所は、彼女は苦味も塩気も酸味も辛味も、何も感じていなかったと言う訳だ。

 

 

「演技派だな。ハリウッド出身だったか?」

 

「グリーンランタンって映画はクソらしいぞ。見たことないけどデッドプールが言ってた」

 

「あと、それだけじゃねぇわな」

 

「………」

 

 

神那ニコのおかしな行動はそれだけに留まらない。

今までは味覚だけであったが、彼女はまだ違和感を強く残す行動を取っている。

たとえばニコはよく高見沢から貰った多目の小遣いで漫画やDVD、ゲームを買ってくる。

 

しかし漫画は決まって一巻だけ。

DVDは見ずに返すと言う事も多いと言う。

ゲームに至っては何故か必ずセーブをしない。

そんな楽しみ方があると言えばそれまでだ。すぐに飽きたからと言えばそれまでだ。

しかし、いくらそう言う楽しみ方があったとしても、少なくともそれは『普通』とは言いがたい。

 

そして一部のメイド達の間では、ニコは『寝ていない』のではないかと言う噂もある。

そう言った中での味覚が無いと言う出来事。

高見沢とて、ニコの不思議な行動や様子に関心はあった。ウイスキーを持ち出すと、氷をアイスピックで砕き始める。

 

 

「何で味覚がない。最初からか? 気づかなかったぜ」

 

「……っ」

 

「おいおい、別に怒ったりはしねぇさ」

 

 

金はあるんだ。パートナーとして当然の待遇を行っているだけ。

別にあげた金を無駄に使おうが、味を感じない舌で高級料理を求めようが問題はない。

やる事さえやってくれれば待遇を緩める気など無かった。

それを聞くと、ニコは観念したように肩を竦める。

 

 

「まあ、ムラはある。けど……、そら最初ッからでんがな」

 

「なるほど。そりゃあ関係あんのか?」

 

「?」

 

「お前が力を手に入れた事とだよ」

 

 

ニコはアンニュイな表情で高見沢を睨む。

 

 

「余計な事は聞かないタイプだと思っていたけどね」

 

「ハハハ! まあ、そうだな。だが余計な事って訳でも無いだろ?」

 

 

ウイスキーを注ぐ高見沢、グラス越しに彼女を見る。

カランと音を立てる氷がニコを反射していた。

まるでそれは鏡の様に。

 

 

「俺たちはパートナーだろ? 神那ニコさんよぉ?」

 

「………」

 

 

舌打ちをしながらウインクを決めたニコ。

ばっちこーん。自分で擬音をつけながら笑みを浮かべた。

 

 

「あんたがパートナーで本当に最悪。なあ、高見沢さんよぉ!」

 

「ハッ!」

 

 

そこで気づく高見沢。

そういえば最初もこんな会話だった。

至急シェフに連絡を取って、ニコの好物を注文する。

 

そしてあっという間にニコの前には天ぷらアイス。

理由を聞いてみれば温度はよく分かるらしく、アチャツメタイの感覚がたまらんらしい。

要はごきげん取りだ。これでニコの過去を聞きだそうと言う訳である。

 

 

「安い女じゃないのよ、私」

 

 

おしえてあげない。

そう言いながら天ぷらアイスをほお張るニコ。

しかしいくら病みつきになる感覚とは言え、やはり味覚は変だ。

感じる時もあるにはあるが、もうほとんどが無味である。

 

 

「はじめは違和感しかなかったが、今は今で慣れるもんさ」

 

 

ニコはもう何年も味の無い生活を送っているとか。

 

 

「にしても、言いたくねぇな。正直」

 

「どうしてもか?」

 

「あー、マジ言いたくねぇわー。結構暗い過去背負っちゃってるからなぁ、これ皆が知ったら確実にアレだからなぁー。言いたくねぇわー」

 

 

は高見沢はため息を一つ。

確かに最初はこんなガキの過去なんざどうでもいいと思っていた。

しかし、やはり殺し合いに乗る事をパートナーの意見一つで決めたニコが、言うのを渋る過去とは何なのか。

 

こうなれば嫌でも聞きたくなってしまうと言う物だ。

高見沢のミラーモンスターの性質は、『欲望』。ミラーモンスターは自分の鏡像だ。つまり高見沢の性質でもある。

 

 

「酒の肴代わりだ、聞かせろよ」

 

「趣味悪いな。せめて女体盛とかにせぇや」

 

「……お前にだけは言われたくねぇよ。そうだな、何か条件があるなら聞いてやる」

 

 

その言葉にニコはピクリと反応を示した。

じゃあと身を乗り出すニコ。せっかくなんだから良い条件を出してやろうじゃないかと。

 

 

「まあパートナーさんのお願いだ。私が魔法少女になった理由を教えてやらんでもないさ」

 

 

ただ一つ。

 

 

「自由にさせろ。あとお前の過去を教えてくれよ」

 

「………」

 

 

二つじゃねぇか。

高見沢はニヤリと笑って舌打ちを一つ。対してニコは笑顔で舌打ちを一つ。

 

 

「どういう話が聞きたいんだよ」

 

「暗いやつ。もしくは何で逸郎少年がそんな最高の性格になられたのかを」

 

「はっ! やっぱテメェと組んだのは退屈しないで済むからイイのかもな。じゃあまずはお前からだ――。と、言いたい所だが、コッチの方がショボイから俺から言ってやるよ」

 

 

高見沢はそう言ってグッとグラスに残っていたウイスキーを一度全て飲み込んだ。

 

 

「あれはまだ俺がガキの頃だ。お前より、もう少し小さかった」

 

 

人間、だれしもが初めから殺気だっていた訳でもなく。高見沢逸郎も、もちろんそうだ。

つまりは普通に恋をした男女の間から、普通に何のことは無く生まれてきた。

今の彼からは想像もつかない話ではあるが、両親はどちらも優しく、高見沢には素直に育って欲しいなど常に口にしていた物だ。

 

父は町で小さめの町工場を営んでおり、それなりに生活は順調だった。

それなりに幸せだった。

 

父は常に言っていた。

人を信じる事が正しい。人を助ける事が正しい。

事実、父は多くの人間に慕われていた。人情がどうのこうの、友情がどうのこうの。

人によっては立派だと言い。人によっては甘いお人よしだと言うだろう。

 

だからだろうか。

父は信用していた筈の相手に騙された。

あっとう言う間だった。あっと言う間に全てが終わった。

営んでいた町工場はすぐに潰され、父は多額の借金を背負う事になる。

 

社員の面倒は見切れず、しきりすまないと頭を下げたのを覚えている。

そして社員達は今まで慕っていたのが嘘の様に、高見沢の父を罵倒しはじめた。

どうせもう辞めるから関係ないと言わんばかりに父の責任を責め、これから路頭に迷う自分達に責任を取れと喚いていた。

 

普段はニコニコと父を慕っていたのに。いざとなると掌を返して罵倒する。

それはなぜか、全ては父に責任があったと高見沢は思っている。

父は自分の部下達を友達だとでも思っていたのだろうか?

 

いや違う、高見沢は幼いながらに分かった。

明確な上下関係と、それに基づく確固たる契約関係があってこそに生まれた関係だったのだ。

みんな生活がある、みんな家族がいる。それらを守るためには、金が要ると言うのは当たり前の事なのに。

 

 

「ふーん、倍返しのドラマみたいだな」

 

「は? ああ……、少し前に話題になってたヤツか」

 

「そそそ、親父さんはどした? 首でも吊ったか?」

 

「ああ、その通りだよ」

 

「テンプレすぎんだろ。おだぶつなむ~」

 

 

ニコは適当に手を合わせて、適当に喪に服した。

高見沢の父は責任を取るという事で工場で首を吊っていたのだ。

 

 

「しかしまあ何と言うか……、俺はそれを間近で見たが、悲しみの感情は湧いてこなかった」

 

 

だってそうだろ?

騙されたのは父だし、いつかこうなるんじゃないかとも思っていた。

同情はするが、やはり結果が全てのこの世では、騙された方が悪いと言う事になってしまう。

だからと言って騙す方を正当化するつもりもないが、金を賭け合うマネーゲームが具現した世界において、絶対の信頼は盲目過ぎる。

 

母はとても悲しんでいたが、高見沢はこれが勉強になったと思っている。

何の疑いも持たずに判子を押す父は、経済の才が無かった。だから利用されて死んだまでだ。

ある種その自業自得。世界にはそういう冷たいシステムがある。まさかいい歳にもなって理解していなかった訳じゃなかろうに。

 

仲良く酒を酌み交わしていた相手が、裏切りと言う刃物で後ろから刺し殺してくる。

全部が全部とは言わないが、確かに存在しているのも事実だ。

他者は信頼するべきものであると同時に、どう利用するか、自分にどんな利益を齎すかを、常に計算しなければならない。

 

 

「俺はそれを、ぶら下がっている親父の姿から学んだ。知ってるか? 首吊りってのは死んだらどういう訳か漏らすんだ」

 

「私今プリン食べてるんだけど」

 

「あぁ、これは失礼」

 

 

高見沢は当時、思った。

父は自殺ではなく、戦いに負けて殺されたと同じではないか。

いずれ自分もまた、そう言う世界に足を踏み入れるのかもしれない。

ぬるい生活がお望みならばそう言う選択もあるのだろうが、所詮誰かの下につくしかない。

高見沢はそれが嫌だった。自分は頂点に立ってみせる。それが彼の希望だった。

 

高見沢は母と共に暮らす様になったが、それもまた惨めな物だった。

母は高見沢を養う為に、朝も昼も夜も働いてくれたが、それも長くは続かなかった。

ある日、家に帰ってくると置手紙があり、『もう疲れた。ごめんなさい』とだけ書かれて。母は二度と帰ってくることは無かった。

 

 

「働き先、場末のスナックで男でも作って出て行ったんだろうな」

 

「あらら」

 

「でも俺はアイツを恨んだりはしなかった」

 

 

それはそうだ、自分は何もできない。そんな物を抱えて貧困の闇に食われ続ける。

母にとっては何よりの拷問だったろう、貧困は人を狂わせる。

それからは親戚や知り合いの家を転々とした高見沢だが、そのときの経験はまたも勉強になったものだ。

 

 

「物や金や無くなれば、まず俺が疑われた」

 

 

しかしそれは仕方ない。

やはり貧乏な奴が盗ると思われるのは当然の事だ。

弱者の立場だ。力のある物が下を見るのは当然の事ではないか。

気の済むまで殴られたし、自分じゃないと分かった後も、疑いをかけた相手を責める事はなかった。

 

 

「この世にはよく平等を訴える奴がいるが、アレも二種類に分かれる」

 

 

下の奴らが、上の奴らと同じにしろと吼える物。

逆に、上の奴らが下の奴らに、ご機嫌を取ろうとして、思ってもない事を言う。

 

そこにあるのは格差だ。

世界は日々、より良くはなっていく。

しかし同時に消えない格差や、酷くなる差別もあると言うもの。

 

誰もが頂点に向かう為、他者を蹴落としあう。

日常生活だって同じだ。程度の違いはあれど、人は常に下を見つけて『自分が底辺ではない』と安心する。

 

 

「我ながら、一度下の下は見たと思っている」

 

 

信じる事が全て正しいと盲目的な信頼を振りかざし、結果首を吊って死ぬ。

失禁し、飛び出た眼球でコチラを見ていた父は紛れもなく敗者だった。

 

 

「俺は頂点に立つ事を決めていた」

 

 

あんな愚かな姿はもうゴメンだ。

高見沢も多くの人間から見下されてきた。だからこそ、頂点に立たなければならない。

多くの人間を見下す立場にならなければ、愚かなまま終ってしまう。

 

 

「この位置に立つまで、多くの人間を裏切った」

 

 

多くの人間を利用した。

しかし、その過程があってこそ、現在は高見沢グループの総帥の椅子に座っている。

会社を作り、そしてその頂点に立っているのだ。

 

 

「笑えるもんだぜ。俺が社長になったやいなや、母親から連絡がきた」

 

 

私達は家族だろう?

会いたかった。ずっと貴方の事を考えていた。

今少しお金が無くて困ってる。どうか助けてくれと。

 

 

「ふぅん、で? どうしたのさ」

 

「適当に札束投げて尻を蹴った。俺に母親はいねぇってな」

 

 

二度と現われるな。次に顔を見せれば殺す。

 

 

「そう言われた時のアイツの顔は傑作だった」

 

 

高見沢は笑いながら再びグラスに酒を注いでいく。

この世は殺し合いだ。他者をどう落とすか、そして自分をどう上げるかの戦いが常に続いている。

 

 

「これで終わりだ。つまんねぇ話だろ?」

 

「確かに。マジつまんねぇわ。ジャンプなら二週で打ち切り決定だな。せめてテロリストの一つでも潰す過去持っとけよ」

 

「ははは! お前みたいな正直な奴は嫌いじゃない」

 

 

もう今となっては、まともに信じられるのは無知な子供くらいだ。

 

 

「まあだからといって騒がしいガキは嫌いだが」

 

 

高見沢はゲラゲラと笑っているが、ニコは無言で天ぷらアイスがあった皿を見ている。

反射する自分の顔、何とも濁った目ではないか。

 

 

「なあ、たかみぃさんよ」

 

 

ニコは自分の顔を見ながら呟く。

 

 

「今、幸せ?」

 

「昔よりはよっぽどな」

 

 

友人は上辺だけの付き合いのものしかいない。

執事やメイドも、所詮上下関係だ。そしていつ壊れるかも分からない会社を継続させようと、終らぬ戦いを毎日毎日くりかえしている。

そんな人生楽しいのか? ニコは思うが、高見沢にとって最も屈辱なのは見下される事だ。

だから少なくとも今は不満がある人生ではない。頂点に立つ快楽は、やはり何物にも変えがたいものがある。

 

 

「とはいえ、この位置に立って分かった事もある」

 

「?」

 

「人の欲望はつきねぇな、こりゃ」

 

 

何かを終えれば、また新しい欲望が生まれる。

それが達成されようとも、また新たな欲が生まれていく。

終らない連鎖。ある意味でそれは地獄と言ってもいい。

その事に気づいたのはある意味で最も不幸で、最も幸運だったのかもと思う。

 

 

「丁度それを気づいたくらいか、ジュゥべえの野郎が俺の前に現われた」

 

「んで、お前はデッキを受け取ったと」

 

「そう言う事だな」

 

 

尽きぬ欲望に手助けを。

人間を超える力は、やはり高見沢にとっては魅力的な物であり、すぐに飛びつくべきアイテムであった。

それを手にした事で殺し合いに巻き込まれたが、別に不満は無い。

むしろモブとして選ばれる方が屈辱的なものだ。

参加者に選ばれたのは、やはり自分がココの位置に立っているからだろう。

 

 

「まあ、何も、全ての道が騙しあいって訳でもねぇがな」

 

 

楽な道もある。

しかしそれを選べば、相応の不満もやってくる。

それを高見沢は受け入れられなかったと言うだけの話だ。

彼はそう言ってまた酒を一気に飲み干していった。

 

二人の間に若干の沈黙が。

しかしグラスと氷が擦れる音を合図にして、次はお前だと高見沢はニコ煽る。

 

 

「………」

 

 

ニコは一度目を閉じて。ニヤリと笑う。

彼女はジュースが入っていたグラスを高見沢に向かって投げた。

 

 

「?」

 

「注いでくれよ」

 

「ハハハ、ガキにはわからねぇよ」

 

 

そうは言いつつ高見沢はキャッチしたグラスに氷とウイスキーを注いで指を鳴らした。

するとバイオグリーザが出現、グラスをニコの方へと運んで行った。

ニコはお礼を言いそれを受け取ると、腰に手を当ててグビグビと一気飲み。

 

 

「そうやって飲む物じゃねぇぞ?」

 

「ま、好きにさせぇや」

 

 

それなりに度数の高いウイスキーだ。

それに味覚は感じずともアルコールの感覚ならば影響するのでは?

とも、思ったがニコはケロっとした表情で全ての酒を飲み干すと、自身が何故魔法少女になったのかを話し始める。

 

 

「レジーナアイのトップページを見た事あるだろ?」

 

「ああ、それがどうした?」

 

「あの壁紙、あれが始まりだ」

 

 

ニコの魔法アプリ、レジーナアイのトップページは外国のニュースペーパーの記事がモチーフになっている。それはアメリカで起きたある事件を綴った物だ。

高見沢はまじまじと内容を見た事は無いが、それがどうやらニコにとっては大きな影響を与えた事件らしい。

 

 

(ひじり)カンナ」

 

「?」

 

 

唐突に出てきた人の名前。

聞いた事はない。高見沢は黙ってニコの言葉を待つ事に。

ニコはグラスに入っている氷を指でなぞりながら、浮かべていた笑みを消す。

相変わらず目に光は無い。

 

 

「それが、私の名前だった」

 

「……ほう」

 

「カンナちゃんってのは、カリフォルニアに住んでいた元気な女の子」

 

 

おてんばな彼女は、とても元気の良い子で度々両親を困らせてたっけ。

でもそんな時カンナは両親に言ってやったのさ。

隣のボブおじさんが勢い良くすすって飛び散るミートソースの汚れの方が困るってな!

 

 

「HAHAHA!」

 

「………」

 

「すまん。適当に言った」

 

 

とまあ幼女のカンナちゃんは広いカリフォルニアの土地で楽しく可笑しく過ごしてた。

体を動かしたりするのが好きだし、コミックはと言うとアメリカンヒーローが好きだったっけ。

要は女の子ってより、男の子寄りの趣味趣向だった訳さ。

だから男の子と混じって一緒に遊んでたりもしてた。

 

 

「そんなカンナちゃん達の間では、保安官ごっこがトレンドだったのさ」

 

 

保安官と悪党役に別れて遊ぶ。

まあ日本でもよくあるごっこ遊びの枠を出ないモンさ。

もう何度も遊んでた、飽きる事も無く毎日毎日ね。

実際楽しかったし、保安官は人気役で常になりたいと思ってた。

 

 

「保安官役は一人だけなんだ。何でだと思う?」

 

 

ニコはニヤリと笑って俯いた。

 

 

 

 







にこにー……(´・ω・)


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第51話 四日目 目日四 話15第

 

 

「保安官役は一人だけなんだ。何でだと思う?」

 

 

ニコはニヤリと笑って俯いた。

 

 

「保安官には拳銃が要る」

 

「はぁーん、なるほど」

 

「そう、私達は本物の拳銃を使って遊んでた」

 

 

バン☆

ニコは指で銃の形をつくると撃つジェスチャーを行った。

幼少時にはリスク管理なんて出来る訳ない。

テンションに任せたノリで馬鹿みたいに遊ぶのが子供だろう?

 

 

「自分からなのか。それとも何かの拍子に指が引っかかったのか、今となっちゃ何も分からない。覚えてない」

 

 

けど物凄い轟音が轟いたと思ったら、肩が抜けそうな痛みと衝撃を感じた。

そして前を見れば、私が放った銃弾がお友達の脳天をぶち抜いていたっけ。

意味が分からなかった、混乱した、パニックになった。

だからかな? 私はまた引き金を引いてしまった。

 

悪意があった訳じゃないんだ。ただ純粋に怯えからくる反射と言うか。

するとやっぱり実銃な訳だから、弾丸が放たれますわな。

そしたら目の前にいたお友達が大きく仰け反って地面に倒れたのさ。

 

みるみる広がる紅い絨毯。

私は意味も分からず泣きじゃくってるだけ。

そうしている内に音を聞きつけた大人たちが駆け寄ってきて、事態は収拾される訳だ。

 

 

「私はまだちっこいガキ、二人をぶっ殺しても罪には問われない」

 

 

わざとでも無かったしね。

けれどもやっぱ周りからとか、両親達が責められるのよ。

私のあだ名は『人殺し』になったし、両親も毎日被害者の家に謝りにいって、そのたびにマジギレされてたなぁ。

 

でもほら、パパンもママンも優しいから。

私には気にするなって笑顔を浮かべる訳よ。

コッチとしてはそれがまあキツくてね、だからか――

 

 

「その日から、マジで笑えなくなった」

 

「………」

 

 

面白いとかは分かる。笑みももちろん浮かべられる。

でも何かが違う。周りの人間が浮かべる笑顔とは、明らかに何かが不足している。

面白いと思う事も、まるで脳に言葉として伝わるだけで、そのまま脳みそが私の顔を笑顔にさせるって信号は出さなかった。

目も光が消えたみたいになってさ。心が足りないみたいって、よく言われたよ。

 

パパン達はそんな私に気を使ったのか、よく私の好物を作ってくれた。

ハンバーガーが大好きでね、毎日ハンバーガーが食卓にあった。

普段の私なら泣いて喜ぶ天国さ。一口食べればああハッピーってな。

 

 

「でも口に入れた瞬間、思ってしまった」

 

 

こんな美味しいものを食べる資格が自分にはあるのか?

人の一生を二つも奪ったお前が幸福を感じる事を許されるとでも?

一瞬だ、一瞬そう思っただけなのに――。

 

 

「その瞬間から、何食っても味がしなくなった」

 

 

漫画だってそうだ。

大好きなアメコミヒーロー物を見ていると、まるで自分が責められている妄想に駆られる。

彼等ヒーローはきっと私を悪人として扱うだろう。そんな悪が、彼等の様な眩しい『正義の味方』に憧れる資格は無い。興味を持つ資格は無い。

私は醜いヴィラン、人を殺した悪役だもの。

 

あとは、『続く』と言う事に強烈な気持ち悪さを感じてしまう。

友人等の物語はこれからも続く筈だった。しかし私がその未来を奪った。

私がぶち殺した二人も、漫画が、DVDが、ゲームがしたかったかもしれない。

ゲーム、ゲームと言えばセーブ。人間はセーブができない。

私がやった事は彼等の電源ボタンを叩いて壊して、強制的に切った事と――!!

 

 

「ってな事が、嵐の様に私の頭をかき乱す」

 

 

漫画も、テレビも、ゲームも、全部大好きだったのに、楽しむ資格があるのかと自問自答が始まって結局どれも見れなくなる。

漫画は二巻を買おうとすると吐き気がして、ゲームはセーブをすると頭がおかしくなりそうになる。

周りの人間にしてみれば意味の分からない事に思えるだろう。

でも私にとってはそれは紛れもない事実、真実、吐き気がする。

 

 

「両親の心配も、私には心を抉る行為でしかない」

 

 

けれども同情されないと、優しい言葉を掛けてくれないと、それはそれで壊れそうになる。

繊細だったよあの頃のニコさんは。だからこそなのか、極めつけと言うべき出来事が起こる。

 

 

「夢を、見るようになった」

 

「夢?」

 

「ああ、最高に素敵な夢だったよ」

 

 

箱があった。透明で大きな箱が。

私は箱の上に立っていて、箱の上部、つまり私が立っている所だな。

そこには小さな穴が数箇所、密集して開いてるだけだった。

 

そしてふと気づく。

はじめは箱の中には何も入っていなかった筈なのに、いつの間にかパパとママが箱の中に入ってたんだ。

 

二人は自分に気づくと手を振ってくれる。

しかし自分達が箱の中に閉じ込められている事を知ると、不思議そうに箱の中を探索し始めて出口を捜し始めるんだ。

 

私も箱の上から中を見て、出られる所が無いかを捜したんだけど、特にそう言うのは無かったし、箱はそれなりに大きくて梯子や階段も無かったから下には降りれなかった。

 

 

「そしたら、箱の中に突然水が入ってきた」

 

 

ビックリしたよアレは。

だってホースとか何にも無いように思えたし。それは箱の中にいる両親も同じだ。

どこからともなく箱の中には水が溢れていく。でもさ、意味分かるだろ? 箱って事は上も前も後ろも下も壁でできてんだ。

パパとママは叫びをあげて出口がどこかにないかを探し始める。

 

そして水が膝くらいにまで溜まったら、出口は諦めて箱を壊そうって考えに至った。

でも結構薄い壁に見えても、箱ってヤツは頑丈で、どれだけパパがタックルだとか蹴破ろうとしてもビクともしなかった。

体は浮き始め、二人は迫りくる上の壁を見て顔を青ざめていた。

私も私で、何とか二人を助けようとするけど……、まあお察しだよね。

幼女に出来る事なんて何も無いのさ。

 

 

「箱の上には穴があった。そこから息をしてくれって事なんだろうけど、穴はちっせぇし、あんなんで持つ訳が無い」

 

 

対してどんどんと迫る水。

両親はいよいよを以ってしてパニックになってた。

でも何もできない、何も変わらない。私は真下で恐怖に震える両親をただただ見ているだけしかできなかった。

 

そうしている内に水は鼻の高さまでやってくる。

パパもママも結構顔は整ってんだ、でもその顔は恐怖とパニックのせいで醜く変わってた。

何が何でも呼吸をしようとあさましく顔を上に向けて小さな穴へ口を持っていこうとする。

 

 

「私は真下で溺れそうになっている両親を見て、体の震えが止まらなかった」

 

 

両親も両親でコッチに助けを求めて来るんだよ。

あれは相当切羽詰ってたんだろうな。

 

 

『ガボッ! た、だずけてガンナぢゃん゛――ッ! ガボォツ!』

 

『ぐるしいッッ! だ、だずけ――ッ! ババッ! ガババ!』

 

『ま、ママ――っ! パパぁ!』

 

 

私は必死に箱を壊そうとするけど無駄無駄。

でもな。その時、手にある感触があったんだ。

それは絶対に初めからは無かったアイテム。両親が死に掛けの時に、神様が私に与えてくれたのだろうか。

 

 

「たかみぃよ、私の手には何が握られてたと思う?」

 

 

拳銃だよ、拳銃。

しかもそれは私が友達を殺した時に使ったブツと全く同じだった。

なんで銃がココにあるのかなんて分からない。

まあ夢なんてそんなモンでしょ?

 

だからかな。幼女の私でも、自分が何をするべきなのか理解する事ができた。

真下では自分に助けを求める溺れかけの両親。私はどうやっても二人を助けられない。

んー、本当か? 本当に助けられんのか?

 

 

『だずけ――ッッ、息ができな゛――ッッ!』

 

『――っ!!』

 

 

助けないと。

溺れる苦しさは私も知ってる。

息ができないんだ、そんな状態が続くなんて地獄だろう?

だから私は二人を楽にしてあげないとと思った。私の手にはそれを可能にするアイテムがある。

 

 

「バン! 私は、二人を撃ち殺した」

 

「………」

 

 

穴を通り抜けた銃弾は二人の眉間を一発で捉えて絶命させた。

神エイムってヤツだ。プラチナトロフィーなら解除安定だな。

ただショックだったよ。たかみぃと違って私はパパとママが大好きだったからね。

そんでさ、両親の死体の向こうに――

 

 

「私が殺した二人が、血まみれで笑ってた」

 

 

そりゃあ恨むよな、私を。

そこでその日は目が覚めた。私は無言で両親にしがみついたよ。何となく嫌な予感がしたからね。

まあそう、そうそうコレはつまりフラグな。その嫌な予感ってのは見事に的中するのさ。

 

次の日の夜に、私は別の夢を見た。

今度は私が檻の中に入ってるんだ。そして外には十字架に磔になっているパパとママが。

十字架の下には無数の藁があってさ、私はその瞬間に未来が視えた気がした。

まあ想像に難しくは無いモンな、幼女の私でも分かった事だし。

もう分かると思うけど、ふとした瞬間に藁に火がついたんだ。

 

今度は目の前で愛する両親が火あぶりさ。

パパとママは私を心配させまいと強がりの言葉を口にしてたけど、火が腰までくると痛みと熱さ、恐怖で気が狂った様になってた。

 

 

『あづぃぃぃいいい!! だすけてくれぇええええ!!』

 

『パパぁ……! ママぁ!』

 

 

私は檻を破ろうとしたけど無駄だった。

私は祈るしかない。パパとママを助けてって。

その時は感触とか感覚がやけにリアルでさ、夢だって気づかないんだよ。

だから私は本当に両親が目の前で丸焼きになる光景を完全にリアルとして見ている。

そんで、二人が苦痛に絶叫するとさ――

 

 

「また私の手には拳銃があった」

 

 

迷いは無かったね。

愛する両親が苦痛を受けて死んでいく様など誰が見たい?

私は檻の隙間から銃弾を二発放って、それぞれ両親の眉間にぶち込んだ。

そこそこ距離はあったけど眉間のど真ん中、かなり素晴らしいスナイプ力だろ?

 

 

「悪夢にうなされるって……、病院にも行った」

 

 

けど、どれだけ薬を飲んでも。

どれだけ心を落ち着ける方法を試しても。

夢は、私の前に確固たるリアルとして現われた。

両親が死にそうになるんだ。しかも長引く、苦しい方法でさ。

 

それを助ける為には殺すしか無い。

凶器はいつも同じだよ、私が暴発させて友人を死なせたあの銃だ。

アレがいつも丁度いいタイミングで私の手の中に現われる。

そして私がパパとママを殺すと、私が死なせた二人がコチラを見て笑っているんだ。

 

睡眠薬を使っても無駄。昼寝ですらアウト。

睡眠と言う行為をとった時点で私は二人を殺さないといけない。

一度は放置するという考えもあった。だけど……、ホラ、さっきも言ったけどニコちゃんはパパママ想いのいい子だからさ。

 

耐えられないんだ。

両親が醜く虫けらみたいに殺されていくのが。

だから殺す、だから引き金を引く。指に残る感触が夢から覚めても覚えてる。

 

 

「一週間はうなされた。そして七日目の夢もキチってたよ」

 

 

私は椅子に縛られてる。目の前には同じく椅子に座っているパパとママ。

でもその椅子がヤベーんだよ、明らかに近未来の拷問器具だ。

四肢がガッチリと固定されてさ、手足の指もそれぞれリングみたいなモンで固定されてる。

パパもママもどうして自分達がこんな事になってるのかは分からない。

でも私はこれから何が始まるのかが分かっちゃう。だから叫ぶ、逃げろってさ。

 

ただまあ無理だよね。

その日も私の叫びは虚しくショータイムさ。

椅子が起動すると、肉を断つ音が聞こえて、二人の絶叫が耳を貫く。

私も詳しくは覚えてねーんだが、指を固定してたリングの中に刃物が入ってたらしく……。

まあ要するにパパとママの親指が分離したのな、本体から。

 

 

『ぎゃアアアアアアアアアアアアアアア』

 

『ひぃッ! ヒィィィイイィィィィ!!』

 

 

なあ、たかみぃよ。お前は両親にそれほど良い思い出がねぇんだろい?

んだけども、私は違う。私の……、ああ違うな、カンナちゃんのパパとママは最高に優しかったし、カンナちゃんはパパとママが大好きだった。

 

家には似顔絵もかざったりしてさ。

ベタベタだろ? でも二人も喜んでくれたし。

つまる所、カンナちゃんはテメェと違って両親様が大好きだったのさ。

 

 

「お前は親父がブランリチョしてる所を見たのかもしれない。だけどそれは死んでる所を一回見ただけだ」

 

「………」

 

「まだカンナちゃんは幼女だった。なのに目の前で破壊される両親をマジマジと見せ付けられたのよ」

 

 

私は声が潰れる程に叫んだよ。やめて、とめて、許して。

私はこの夢が自身の罪悪感から生まれる物だと確信してた。

でもだったら私を傷つければいいだけだ。

 

何故パパを傷つける?

何故ママを傷つける? なんつってな、健気だろ。

でも私がどれだけ叫んでも夢は覚めない、拷問は止まらない。

 

指切りリングは順調に作動して、パパとママの指を一本ずつ丁寧に切断していった。

こんな形で両親の泣き顔を見るなんて思って無かったよ、本当に困っちゃうね。

 

 

「手が終われば、次は足だ。パパとママは私と同じく、誰とも分からない仕掛け人に命乞いを始めたよ」

 

 

それを目の前で見せ付けられる気分がお前には分かるか? ま、分からんわな。

とにかく一つだけ言うなら、それはさぞ糞みたいな気分だよ。

本当に思い出しただけでも激おこだぞ。

 

 

「そんなわけで、カンナちゃまのパパンとママンは両手両足の指を全て切り取られた」

 

 

私は祈ったよ、早く拳銃が来てくれるように。

でも来ねーんだなコレが! そうしてると今度は椅子がけたたましい音を立て始めた。

まさかとは思ったけどコレがまたB級スプラッターみたいなんだよ。

 

 

「すげぇぜ、いきなりパピーとマミーの右腕が引きちぎれたんだ」

 

 

捻りを咥えてブッチンさ。

意味が分かんなかったねアレは、どうしてそうなる? まあ夢だから多少の強引展開は仕方ないのか。

 

いやいや、問題はそこじゃねぇ。

どうしてまだ二人を苦しめるのか。

安易でとびきりグロい方法で。まあアメリカンってそう言うの多いから。私も見たことはあったし。

 

 

「恐怖と直接伝わる光景に、私はたまらず胃の中をブチまけた。夢だけどリアルな感覚だったよ」

 

 

けれどもそれで機械は止まらない。

血塗れで発狂する両親を何もできずに見ている私。

はっきり言うけどアレは地獄だったよ。この世にはどこにも存在して無い、確固たる地獄だ。

 

 

「何度も言うけどコレ夢なんだぜ? とんだドリームジャンボだろ」

 

「おいおい、マジな話なんだろうな? 流石に創作くさいぜ」

 

「ガチンコに決まってるんだろうが。確かに最近病み病み女子も流行ってんだろうけど、私のは事実100パーセント生絞りだっての」

 

 

そんなこんなで次は左腕がブッチンさ。

パパとママはもう狂ってたけど、私も限界だった。

早く解放してくれ、早く二人を助けて、そして何よりも私を助けて。

赦してって。

 

 

「そしたらいつもの如く手には拳銃さ。縛られてた手も、気づけば開放されてる」

 

 

私はやっと来てくれたかと大歓喜。

でもな、たかみぃ。その日はいつもと違ってたんだ。

 

 

「カンナはパパとママを助けなかった」

 

「ほう」

 

「なんでだと思う?」

 

 

疲れたから?

いや違う。むしろ最後を見てみたくなった?

ノンノン。諦めた? 壊れた? いーや、いやいやソレも違う違う。

 

 

「カンナは握り締めた拳銃、その銃口を――」

 

 

自らの額に押し当てた。

 

 

「………」

 

「そして、バン」

 

 

銃弾が自分を貫く感覚は、まだ覚えている。

そうだ。いつもは二人を救うために打ち込んでいた銃弾を、ニコはついに自分へと向けたのだ。

もう赦してくれ、もう助けてくれ、それは幼い彼女が選んだ懺悔の自害。

自らを撃ち抜きブラックアウトする世界。

 

 

「目覚めたとき、アレが夢なのを安心したと同時に少し後悔した」

 

 

自分は生きている。

何も救えず、ただ苦しんだだけの世界だった。

 

 

「その日から、眠れなくなった」

 

 

寝ればもっと酷い方法で両親が苦しむ。

今度は救えないかもしれない、今度は何を見せられる?

やだ、いやだ、苦しい、辛い、怖い、眠たくない。寝たくは無い。そんな意思に共鳴するかの様にカンナちゃんの中から睡眠欲が無くなったんだ。

 

寝れば地獄が待ってる。

それを思うだけで全く眠れない。

ただ両親想いのカンナちゃんは眠れないとは言えなかったのさ。

夜はひたすらベッドの中で耐えるしかない。

睡魔が無くなったとは言え、睡眠をとらないと人の体は異常をきたす。

だから無理矢理にでも体が睡眠をとろうとするかもしれない。それを防ぐために、私は必死に耐えてたよ。

 

 

「でもやっぱりそれも限界はある。いくら味覚が、睡眠欲が無くなったとは言え、それは所詮麻痺でしかない」

 

 

睡眠をとらなかった私の体はボロボロだ。

美少女であるカンナたんの目の下には真っ黒なクマたんが出てきてさ。

自分でも本格的にヤバイと感じてた。歩けばフラフラ、幻覚は見えてくる始末。

でも何かもうどうでも良くなってきた、このまま死ねればそれはそれでいい。

 

 

「もう何が何だが分からない。この世は地獄、死ねば終る」

 

 

でも死にたくない。

それが自分の中にハッキリとあった。

そりゃそうだろ、死ねば楽にはなれるけど、じゃあどうやって死ねばいいんだよ。

何をしてもあの夢がチラついて無理だった。死は苦痛を伴う物と激しく心に刻まれた私には、無理無理。

 

ただ生きてても眠れねーし。

ご飯は美味しくねーし。

生きてても楽しくねぇって言うか何て言うか?

 

 

「そんな時だよ、私の前にキュゥべえ様が現われたのは」

 

 

もう何日も眠れなかった私は肉体的にも精神的にも限界だった。

幻覚は私が殺した二人がどこにでもいる様な景色さ。左を見ても、右を見ても、上、下、斜め、三百六十度どこを見ても、どっかに私が殺した奴がコッチを見てる。

狂いそうだった、いやもう狂ってたのか? そんな私を、ヤツは救いに来たのか。

 

 

『やあ聖カンナ。初めに言っておくけどボクは幻覚じゃないからね』

 

 

君は随分と苦労しているみたいだけど、解放される方法があるんだ。

よかったら話を聞いてはもらえないだろうか。

とかなんとか言って、敏腕営業マンのインキュベーター君は私に魔法少女の魅力を十二分に伝えてくれた。

 

 

『悪夢と言うのは人間が作った夢占いにて、それほど悪いものじゃないんだ。殺される夢、殺す夢と言うのは現状を変えたいという現われだ。また、世界が変わろうとしている合図でもあるらしい』

 

 

解放されたかったカンナちゃんは、何かに縋りたかったカンナたんは、すぐに食いついたさ。

 

 

『聖カンナ、ボクと契約して魔法少女になってよ!』

 

 

なる! なりたい! させてください。

私は懇願した、これで救われるって本当に信じていた。

半ば壊れかけてた私にとってキュゥべえの言葉を疑う事は無い。

たとえコレが幻聴でも構わないと思ってたし。

 

 

「さあ、そんなこんなとスムーズに魔法少女になったカンナちゃん。しかしココでも問題が一つ」

 

 

私は願いと言われれば一つしか無いと思っていた。

それは私が暴発事件で殺した二人の友達を蘇らせてくれって話。

二人が蘇れば私の味覚は戻る。もう夢にうなされなくてもいい。

そう信じてたし、実際そう願おうと私は口を開いたんだ。

 

 

「でも、でも」

 

 

言葉を言おうとしたのに出来なかった。

何で? 決まっている。それは瞬間的に考える未来の予想図さ。

私が彼等を蘇らせたとして私は赦されるのか?

 

二人にどんな顔をして会えばいい? どう接すればいい?

それにたとえ記憶を消したとて、本当に世界は都合よく変わってくれるのか?

確証は無い。願いを叶えられるのは一度のみ。そして私はそこから命を賭けて戦い続ける毎日が待っている。

 

ではいっそ、死んだ二人は放置して幸せにして欲しいと願うのはどうか?

いや――、それはできない。それは駄目だ。私が二人を殺した。

その責任を放棄しては、きっと手に入れた幸せは脆く崩れる。

では一生幸せにしてというのはどうか?

 

 

「私はキュゥべえに一生幸せにしてくれと願った」

 

「そんな抽象的なモンでもいいのか?」

 

「いや……、アイツはすぐにこう言った」

 

『幸せ? 君にとっての幸せとはどんな物だい?』

 

 

具体的に教えてくれれば叶えてあげるよって。

私はすぐに考えた。今、私が望む世界って何だ? 楽しい事、幸福な事って何だ?

まあ、分かる訳無かったんだよ。壊れかけてた私には。

ネガティブが幸福の想像を塗りつぶしていた私には答えられなかったんだよ。

 

でも私はそんな中でも必死に考え、必死に思い出した。

幸せってなんだってさ。それはやっぱり皆が楽しく笑って過ごす事だろ?

 

 

「私が殺した二人が生き返って――」

 

 

両親達は何の苦痛も無いままに、一生を幸せに暮らしていく。

私が殺した二人も死んだ事が嘘みたいに、元気に過ごして、元気に笑って……。

嫌だと思う事は無くていい、辛いと思う事は体験しなくて良い。

そして――……

 

 

「その景色の中に、私がいない事」

 

「………」

 

「私の望んだ世界に、私はいなかった」

 

 

いやちょっと違うのかもしれない。

 

 

「私は要らない」

 

 

私の眼は、虚空しか映っていなかったのかもしれない。

いつしか私は、全ての苦痛の原因が私自身に収束しているのかもしれないと思うようになっていた。私がいる限り、そこに幸せは無い。

私は理想とする幸福を私視点で見ていた。つまり、私はいないんだよ。

 

 

「だから私は祈った。私が殺した者たちの蘇生、そして私がいない世界の再構築を!」

 

 

キュゥべえはすぐに私の望む結果を叶えてくれたよ。

私が眉間をぶち抜いて殺した二人は、何の事も無く簡単に蘇った。

死に関する記録や事実は全て粒子化し、一度無になった後、都合のいい物へと再構築を行う。

カリフォルニアで起こった痛ましい事件の記憶は、世界中の人間の脳みそからデリートされて、実銃暴発の『事実』そのものが消えうせる。

 

 

「同時にまた、世界中から聖カンナが消え失せた瞬間でもあった」

 

「そう言えば、お前の事を調べた事がある」

 

 

どこに住んでるのか、家族は何人なのか、何も言わないから少しだけ気になった事が。

だから高見沢は彼女が何者なのかを少し調べてみる事に。

しかしまるで何も分からない。彼自身もそこまで興味が無い物だった為、すぐに打ち切ったのだが。

 

 

「それはそうだ。この世に聖カンナを知っている人間はいやしない」

 

 

キュゥべえにそう頼んだのだから。

ニコはそう言って過去を懐かしむ様な表情を浮かべた。

高見沢が見る、初めてニコの心が入った表情だったかもしれない。

 

 

「とにかくだ」

 

 

ニコは言う。カンナは聖カンナと言う存在を消滅させたのだ。

両親は初めから子供がいなかったと言う結果になり、ようやっと子作りに励もうかと話しているのをカンナは遠くに聞いた。

殺した二人もすっかり元通り、元気に学校へ行って遊んでいた。

 

 

「完璧だったよ。そこには何の苦痛も無い、何の苦しみも悲しみも無い」

 

 

完全な幸福に包まれた世界だった。

 

 

「だがそこにお前はいない。お前は満足だったのか?」

 

「ああ、おそらくだが、もう聖カンナは死んでたんだよ」

 

 

あの引き金を誤って引いてしまった瞬間から。

 

 

「だがお前は今ココにいる」

 

「フッ、聖カンナはいないよ」

 

 

いるのは、『神那ニコ』だ。

ニコはまた、心の無い笑みを向ける。

聖カンナは幸福な世界に自分がいることを異物とし、だからこそ取り払った。

 

しかしだからと言って死にたかった訳じゃない。

死ぬのは怖かった、だから彼女は孤独でも生きる事を望んだのだ。

それに望みもあったのかもしれない。いつか自分を取り巻く罪の楔が消えるのを。

要するに、私は赦してほしかったんだ。

 

 

「私は聖カンナを捨てた。死を使わずに殺したんだ」

 

 

そして違う人間として生きる事を決意した。

カンナを苗字にし、名前は『二個』目の人生と言う事で、ニコにした。

手にした魔法は再生成。そこにある物を、別の物に作り変える力。

理を覆し、自らの望む物を創り上げる力。

 

 

「けれども心ってのは複雑なモンだ」

 

 

割り切ったつもりでも、結局自分は引きずっていたのかもしれない。

呪いを背負ったままだったのかもしれない。

味覚は感じるはずなんだ、だけど無意識にソウルジェムを操作して味覚を遮断している。

ゲームをセーブしようとすると、DVDの続きを見ようとすると、漫画のページを一枚めくろうとすると、無意識にソウルジェムが脳を操作して気分を悪くする。

 

そして夢は見なくなった。コレは確定している。

けれど寝てしまえば、いつまたあの苦痛に満ちた夢を見るかもしれない。

そう思うと反射の様にソウルジェムへ寝むらせるなと命令が走る。

 

その後でソウルジェムを操作して強制的に寝オチさせてもいいのだが、それもまた抵抗のある事だ。

まあ幸いなのは魔法少女の体は、いくら眠らずとも問題ない体だと言うところか。

 

 

「結局……、何も変わって無かった」

 

 

しいて言うなら、色々な演技がうまくなったくらいか。

 

 

特に寝たフリは結構自身あるんですのよ。おほほのほ」

 

 

味覚だってたまには戻る。

良くなっては来ている、来ている筈なんだが――。

 

 

「まあ、後は一歩引いた所から物事を見てる感じか」

 

 

レジーナアイや、『願い』その物の事から、まるで世界と言う舞台を観客席から見ている様な感覚だ。

だから、なんだか全ての事がパッとしないといえばそう。

参戦派になるかどうかの話も、そう言った要因が絡んで、パートナー任せになったのかもとは思う。

 

 

「これで終わりだよ、私の話はな」

 

 

ニコは時計を見る。

 

 

「随分つまらない話を長々としてしまった。詰んでいるゲームがいっぱいあるのに。そろそろ眠らなくては」

 

 

ニコはニヤリと笑って自室に戻ろうと。

 

 

「おい」

 

「んあ?」

 

 

高見沢はニコの方を向くことはない。

だが一言、彼女に質問を。

 

 

「お前に欲望はあるのか?」

 

「……忘れた」

 

 

彼女はそう言って部屋を出て行った。

ため息をつく高見沢。まあ随分と可愛くないガキだ。つくづくそう思う。

子供は子供らしいのが一番だ。と言うより何の役にも立たないチビが持っている唯一の取り得を奴は失っている。

 

しかも人間にとって一番大事な物も欠落していると来た。

あれじゃあまさに――

 

 

「ガラクタだな……」

 

 

高見沢は首を振って窓の外を見る。

真っ黒な闇は、ニコの目の奥にある物と同じだった。

恐らくは今日も、ニコの長くて短い夜が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【四日目】

 

 

 

正直に言うわ。私は最初、貴方を利用しようとした。

正体の分からないイレギュラーだった貴方を全く信用していなかったし。

情も湧かない今ならば、使い捨てには最適だと思ってた。

 

でも、貴方はいつでも私の味方になってくれたわね。

少し衝突もあったけれど、いつからか私は貴方を信用するに値する存在だと認識していた。

だけどそれは妄信的で、願望と幻想が混じったものだったのかもしれない。

今はそう思うわ。

 

味方とは自分に利益を齎し、自分にとって都合の良いように動いてくれる物と、長い間独りで戦っていると錯覚してしまう。

貴方も例外じゃない。私にとって都合のいい人形だと、いつから勘違いしてしまったのかもしれない。

 

だから、別にもう……、恨んでいないわ。

確かにあの時は憎悪の炎が生まれたけれど――、それは私の勘違いが生んだ感情だったのよ。

私は貴方に期待ではなく都合を押し付けてきた。でも気づいたのよ、貴方にも当然心がある。

貴方にももちろん目的がある。

 

本当は初めから気づいていなければならない事だったのかもしれない。

知っていて当然だった事でしょうね。

だけど私は繰り返すうちに、大切な物が麻痺していたのかもしれない。

それを教えてくれただけでも、十分すぎる見返りを受けたわ。

 

だから貴方が貴方の意思で。目的で。彼女に銃を向けるのなら、もう私は貴方を恨まない。

 

私達は同じ目的のレールの上を歩いていた。

でもずっとはありえない、だから分岐したレールは、交じり合う事の無い場所へと向かってしまったんだもの。

 

 

『――でも、私にも私の願いがある』

 

 

だから。

 

 

『彼女を傷つける者なら、貴方を殺す』

 

 

その日は、少し強めの風が吹いていた。

それが暁美ほむらの美しい髪を靡かせる。返事は無い、だけどほむらは続けていた。

ユニオン、トークベントによって、彼女は先ほどからパートナーへと声をかける。

聞こえていない筈が無いが、手塚も亀裂を理解しているのか、コンタクトは取らなかった。

 

ほむらの隣にはサキ、美穂、真司が。

三人とも覚悟を固めた表情でしっかりと立っていた。

場所はリーベエリス跡地。崩壊した聖域が、愚かさを強調しているようだ。

 

多くの人間が勝手な都合で死んだ。

それでもまだ愚かなシナリオを紡ごうと言うのだ。

それは罪だ。この場所は罪の具現した場所にも感じる。

 

 

「………」

 

 

血痕がついたステンドグラスの残骸が遠くに見える。

ココを捜査していた警察や他の者たちは、全て魔法で眠らせて安全な場所においてきた。

それほど長くは続かない戦いだろう。だがいずれにせよ、決着は今日一日でつく。

 

 

「………」

 

 

龍騎はあの子供達を思い出す。彼等はきっと……。

思わず拳を握る力も強くなると言うものだ。十分に助けられた筈だった。筈だったのに。

 

 

『俺も、俺の願いがある。だから殺さなければならないんだ』

 

『……!』

 

 

声が聞こえた。

ほむらはゆっくりと口を開いた。

 

 

「来るわ」

 

 

その言葉を合図に、真司と美穂はデッキを突き出す。

Vバックルが腰に装備され、二人はそれぞれの構えを取って、デッキをセットする。

そして同じくソウルジェムを構えるサキとほむら。パートナーの構えと反転した動きで、衣服が魔法少女のソレへと変わっていった。

 

 

「っ、手塚……!」

 

 

龍騎の複眼がその姿を捉える。

自分達と同じく、並んでコチラにやってくるのはライア、ガルドミラージュ、タイガ、そして変身済みのキリカの四人だ。

表情が分かるのはキリカのみだが、彼女もまた相当の殺気を出して龍騎達を睨んでいる。

 

 

「来てあげたよ。織莉子も約束は守ってやるって。律儀だろ? 彼女は優しいんだから」

 

 

キリカはゆっくりと手をあげ、そして一気に振り下ろす。

すると裾から黒い爪が伸び、キリカは両手に出現したソレを擦り合わせた。

ギギギと爪同士が擦れ、火花が散る。

キリカはそのままジットリとした目で龍騎たちを視界の中へ捉えていった。

 

 

「ドラゴンくんに、白鳥さん、暁美ぼむらに、ビリビリ。桃色ピンクがいないね?」

 

 

キリカはニヤリと笑いつつも、目で不信感を訴えていた。

正直言ってしまえば龍騎達はどうでもいい。

鹿目まどか以外を殺しても意味が無いと言えばそう。

龍騎を今ココで皆殺しにしようが、鹿目まどかが生き延びては全く意味が無い。

 

 

「全ては手紙書いた通りだ。まどかも覚悟を決めた、今更逃げも隠れもしない」

 

 

サキの言葉に鼻を鳴らすキリカ。

 

 

「本当かなぁ?」

 

「信じたから、織莉子はココにいない。そうだろ?」

 

「まあね。織莉子は強いから、絶望なんかに負けはしない」

 

 

織莉子は本当に素敵な人だ。

見滝原の事だけじゃなくて、世界の事まで自分の事の様に考えている。

犠牲を出すのは彼女も本意じゃない。だけどそれを迷えない程、絶望がすぐ近くにあるんだから仕方ない。

 

 

「織莉子は世界を救うよ。鹿目まどかを殺してね」

 

「まどかは死なない。世界も滅びない」

 

 

睨み合うキリカとサキ。

双方がココに立っているのは、信じる者が、愛する者がいるからだ。

片方は希望を背負い、片方は絶望を背負っていると言う、大きすぎる違いはあるが。

それでも二人にとって、大切な人であると言う共通点がある。

そうしていると、次はライアが口を開いた。

 

 

「多くの人間が死んだ。多すぎる被害が、何の罪も無い人間が死んでいった」

 

 

次は誰が死ぬ? 次は何人犠牲になる?

そんな怯えや恐怖に満ちた考えを、一体あとどれだけ抱えなければならない。

そんなイカれたゲームの先には何が待っているのか。

 

 

「滅びだ。全ての運命がゼロに還る」

 

 

何も守れず、何も変えられず。そして最後には自らも滅びる。

その可能性はこれから常に待ち構える物だ。

そしてその始まりが鹿目まどかと言う存在。絶望の魔女になる彼女。

 

 

「世界は綺麗な部分だけじゃない」

 

 

汚れは自らが背負うとライアは言う。

皆が幸せに暮らせる運命などありはしない。だからこそ、今この状況ができあがっている。

コレは独りよがりの行動なのかもしれない。しかしライアには掲げた約束があるのだ。

世界を滅ぼす爆弾を前にして落ち着いていられる程、大人ではいられない。

 

 

「それでも、綺麗な世界を目指したいんだ……!」

 

 

龍騎は拳を握り締める。

どうしようもなく無責任で、甘えた綺麗事とも言われるだろう。

しかし彼もまた、まどかが死ぬのを黙って見ていられる程大人にはなれない。

だからこそ今、自分達はココにいる。

話合いはもう不可能だ。彼等は変身してココに立っている。

 

 

「手塚。俺はちゃんと覚えてるよ」

 

 

たとえ悲しみの炎に身を焼かれようが、たとえ絶望の剣に心を刺し貫かれても、変えたい世界があるのならば命の炎を燃やし続けろ、と。

諦めるな。変えたい運命が、世界があるのならば抗う為に、その龍の牙を突き立て食い下がるのだ。

 

それをライアに教えてもらった。

いつも言っていたじゃないか。俺の占いは当たると。

だったら与えられたメッセージを信じるのも当然だ。

なによりもそれはパートナーのまどかの為にも。

 

 

「………」「………」

 

 

双方、言葉は少なくとも理解をしているのだろう。

龍騎とライアは無言で睨み合い、互いの意思が譲れぬ物だと言う事を再確認する。

そしてタイガの一言が、張り詰めた空気を変える。

 

 

「はじめようよ。僕は君達を倒して英雄になるんだ」

 

「そうね、さっさと終らせましょうか」

 

 

構える一同。

その中でほむらは、ゆっくりと時間を数えていた。

この戦い、パッと見れば4対4と言う均衡な並びに見えるが、現実はそういう訳でもない。

 

それはやはり呉キリカの存在だった。

彼女は再び命を捨てる気でいる。キリカの魔法はほむらと同じく、トップクラスに強力な時間操作。

消費される魔力が高いため、ゲームが始まらなければ特別強力と言う訳ではなかったが、今となっては話は大きく違ってくる。

 

ほむらとキリカ。

お互い、覚悟は本物だが、復活ルールに対する代償の差が出てくる。

 

キリカの死亡回数はまだ一回。東條の性格を考えても、100人殺し踏み切るはずだ。

それをキリカも分かっている。だから文字通り、死ぬ気で魔力を注いでくる。

魂の大半を注いで構成される魔法陣は、範囲も減速速度も通常のソレとは比べ物にもならない筈。

一方で犠牲者を出さないというスタンスの龍騎達には圧倒的に不利な状況である。

ほむらが死んでも、手塚は蘇生させることはないだろうし。

 

 

「って言う訳で、今日は遊ばず殺しちゃうよ!」

 

「………」

 

 

予想通り、キリカは大幅に魔力をつぎ込んで減速魔法陣を広げていく。

時間の経過ごとに龍騎達の動きは遅くなっていき、対してキリカが指定したライア達は元のスピードを保つ事ができる。

龍騎達に勝機などない、どんな強い攻撃も、遅かったら当たらないのだ。

 

しかし、その中でほむらは冷静だった。

いや冷静とは少し違うが、この光景は初めから予想できていた。

とはいえ明確な対処方法は無い。ほむらはもう、時間を止められないのだから。

 

だからこそ仕掛けた博打があるのだ。

おそらく転がりようによっては、むしろ最悪の結末を生む諸刃の剣ではある。

しかし虎穴に入らずんば虎子を得ずと言う言葉がある様に、何もしなければ敗北は決まっているのだから、ソレを変えるには危険を冒さなければ。

 

 

「――っ」

 

 

織莉子は真面目な部分がある。

おそらくそれが彼女の本質なのだろう。

殺し合いと言う中でも、情けや慈悲の心を晒す部分がある。

だからこそ仁美を殺せど、まどかに時間をあげたのだし。

だからこそ、この誘いにも乗ってきた。

 

だからこうして、渡した手紙に記された場所と時間を守り、律儀にやって来たわけだ。

だが残念。申し訳ないが――、ほむら達はそこまで律儀でもなければ、真面目でもない。

 

 

「楽しそうな事やってんじゃん」

 

「「「!!」」」

 

 

だから同じ内容の手紙を、『彼女達』にも送っていた。

 

 

「アタシらも混ぜてよ」

 

「ウラァアアアアアアアア!!」

 

 

獣の様な咆哮と共に飛来してくるのはベノバイザー。

それは地面に突き刺さると、大きな衝撃を巻き起こしてキリカの魔法陣をかき消した。

 

 

「そ、そんな!?」

 

 

思わず叫ぶキリカ。

魔力を大幅に使った魔法陣が消された?

地面に攻撃をすれば消えると言う物でもないのに何故!?

 

いや、それがベノバイザーの力といえるだろう。

使用者のスタイルからはかけ離れているが、一応ベノバイザーは杖であり、魔力を伴った物なのだから。その一撃によってつけられた地面の傷は、魔法陣の構成を破壊し、無効化する。

要するに、王蛇とは、騎士と魔法少女を両方相手にするべくして生まれたモンスターであると言う事だ。

 

 

「アァァァァ、しばらく遊んでなかったんだ。俺も混ぜてくれよッ!」

 

「ッ、なんでお前がぁぁ!」

 

 

表情を歪めるキリカと、無言のライア。

 

 

(なるほど。なかなか危険な橋を渡る)

 

 

いや、もしかしたらソレは遠回りな自己犠牲なのかもしれない。

自分達の命を大きく危険に晒しても、まどかの敵を減らそうというのか。

ライアは迫る王蛇ペアを見て小さくため息をついた。

そして、参加者は彼らだけには納まらない。

 

 

「ッ!」

 

 

足音。

龍騎が其方の方を向くと、ソコには黒が。

 

 

「チッ」

 

「……ッッ」

 

 

ファムは舌打ちを一つ。

対して龍騎は無言ながらに拳を握り締めていた。ギリギリと音が立つほどに強く握り締める拳。

温厚な真司からは想像もつかない程の覇気が滲み出てくるようだ。

そのあまりの力の感覚に、キリカ達は思わず言葉を失う。

 

 

「蓮……ッ!」

 

 

そう、ココに乱入してきたのは王蛇と杏子だけではない。

騎士・ナイト。秋山蓮の姿がそこにはあった。

だがその登場を龍騎もファムも喜びはしない。現われた友との再会、これより始まるのは、ただの殺し合いである。

 

 

「………」

 

 

ライアはゆっくりと近づいてくるナイトを見ていた。

秋山蓮、可哀相な男だ。失う事に恐怖を覚え。しかしその想いとは裏腹に、失いたくない物が増えていく。

ナイトはきっと運命に大きく踊らされる。

しかし彼はその中で確実に、誰よりも強くなっていく。

 

果たして今、ナイトが辿り付いた強さこそが終着点なのだろうか?

それともまだ迷いの中にいるのだろうか? ライアは少しだけその事が気になってしまう。

ナイトが司る性質は決意。間違った決意もまた、存在する筈なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

そしてリーベエリス跡地から少し離れた平地。そこを美国織莉子は歩いていた。

ココはいずれリーベエリスの別館が建つ予定地だったとかなんとか。

今はもう見渡す限りの平地で。人の気配はもちろん無い。

そもそもリーベエリス自体が街からは少し離れているので、無関係な人を巻き込む心配も無いだろう。

 

織莉子は一歩一歩、大地を踏みしめる様にしっかりと歩いていた。

そして足を前に出す毎に、彼女の服が一部分ずつ魔法少女の物へと変わっていく。

多くの人間を犠牲にした。多くの人間を絶望へと追いやった。

全ては世界のためとは言えど、責任や罪悪感を感じないわけが無い。

 

本当はもっと良い方法があったのではないかと、何度も思ったが、それを形にするにも考えるにも時間は無かった。だからこそ心を黒に染めてまでココまでやってきた。

 

もう彼女は決めている。

後悔はしない、すれば全てが無駄になる。

自分が殺した名も知らぬ人たち、自分が絶望させた魔法少女達。

ああ、私は何と愚かな罪人か。罪に塗れたこの体。

ならば最後の罪を以ってして、終らせようじゃないか。

 

 

「貴女を殺す事が、私の最後の罪になる事を祈るばかりです」

 

「………」

 

 

変身を完了させた織莉子の前には、先ほどから立ってコチラを見ている鹿目まどかが。

既に変身を完了させており、覚悟を決めた表情をしている。

一定の距離を取って停止する織莉子。二人の間にできた距離と隙間は、相容れない物を感じる。

これは見えない壁か。この隙間は埋まる事は無いのか。

まどかの切なげな表情が、それを物語る。

 

きっと仲良くなれた筈。

サキ、そしてマミが生きていれば、同じ学年と言う事できっと友達同士になれた筈なのだ。

だけどそれはもう叶わぬ事。

 

織莉子もまた無表情ではなかった。

まどかを前にして、色々と込み上げる物のあるのだろう。表情を見れば分かる。

まどかは終らせる気だ。全てを。だからこそ今日で織莉子が行ってきた罪は報われる?

それとも罪と共に、永遠に闇の中に沈むのか。

 

 

「来てくれたんですね、一人で」

 

「ええ、貴女には本当に申し訳ないと思っているから」

 

 

多くの友人を、愛する人を失わせた。

そして今、最も大切な物である『命』を奪おうと言うのだ。

そのせめてもの償いだと織莉子は言った。

 

 

「殺す」

 

 

殺意を全開にして、まどかを睨んだ。

 

 

「死して解放されなさい、絶望の魔女! 鹿目まどかッッ!!」

 

 

織莉子の周りに、球体状の宝石であるオラクルが無数に出現していく。

あれが自らを撃ち貫き殺す凶器。まどかはそれを確認しつつも、怯える素振りは見せない。

なぜならば、まどかの心に死への恐怖などは無い。

ココでは死なないと決めているからだ。

 

 

「ごめん。わたしは死ねない……!」

 

 

両親の為に、友の為に。

そして守ると言ってくれたパートナーの為にも。

目を細める織莉子、風が二人の髪を静かに揺らしている。

 

世界は一応、平穏だ。

その中で、これより世界の命運を決める殺し合いを行うなど、見滝原に住む人々は欠片とて考えていないのだろう。

 

いや、それでいい。織莉子はつくづくそう思う。

子供達は学校に行き、大人達は仕事をして各々変わらぬ日々を過ごせばいい。

魔女も、魔法少女も、F・Gも、何も知らない人たちにとっては悪い夢でしかない。

夢は永遠には続かない。いつかは覚める、覚めなければならない。

 

 

「もう目覚める時間なんですよ。私達は」

 

 

全てひと時の夢だった。

自分達は少しだけインキュベーターに惑わされただけだ。

人を超えた力を手にし、何かを変えられると思い。いきがり、そして何かを失った。

それは全て勘違い、もう十分だろう? もう満足だろう?

幼い頃に憧れた、魔法の世界の夢は。

 

 

「全てを終わりにしましょう!」

 

「ううん、終らないよ。ワルプルギスを倒すその時まで」

 

 

弓を構えるまどか。

しかしその時だ、強い風が吹いて、二人の髪を大きく揺らした。

空から舞い降りたのは黒い魔法少女だった。三角形の様に並び立つ桃、白、黒。

 

 

「貴女は……」

 

「貴女の言う通り。終わりだよ、全部」

 

「……っ!」

 

 

かずみは、マントを翻して姿を晒す。

織莉子は冷たい表情でかずみを睨む。視えた未来はノイズが酷かった。だからこそ逆に、かずみが来ることを予想していた。

そして。それをあえて止めなかった。かずみもまた、大きな覚悟を背負ってココに来た筈だ。

 

 

「全てが消えれば、全ては無になる」

 

 

かずみは十字架を構える。

参加者は誰の記憶にも残らない。死ねば、そこで全てが終わる。

 

 

「だから、わたしは貴女を無に返す事にしたの」

 

「………」

 

 

十字架を向けた先には織莉子。

しかし、かずみは、そのまま十字架を分離させて剣にすると、もう一つの剣先をまどかの方へと向けた。

 

 

「言ったよね。次に会ったら殺すって」

 

「………」

 

 

まどかもまた、分かっていた為に表情は変えなかった。

次にあったらかずみとは殺しあう運命になる。そして今、こうして二人は会っているじゃないか。

だから受け入れる。誰もが半端な覚悟ではココに来ていない。

 

 

「わたしが目指すのは独り勝ちなの。だから貴女達には消えてもらうよ」

 

 

かずみは二刀の剣を一つに戻すと、再びそれを振るってまどか達を威嚇する。

 

 

「そういう事ですか。なら丁度いい」

 

 

降りかかる火の粉は払うまで。

皆殺しになんてさせてたまるか。織莉子はオラクルを一度回転させて威嚇を行う。

かずみの様なプレイヤーは放置はできない。ならば今ココで一緒に排除するのが最良の方法ではないか。

 

 

「わたしはかずみちゃんにも、織莉子さんにも負けない。そして誰も死なせない!」

 

 

まどかは光の翼を一瞬だけ広げて威嚇を行う。

三人は三人の意思を掲げて、互いに睨みあった。

それぞれ意味の全く違う覇気をぶつけ合い、圧倒的な力の本流を生み出した。

白と、黒と、桃色の光が、自らの意思を貫こうと激しく迸る。

 

 

「わたしは絶対にもう引けないの! ごめんね、まどかっ! 織莉子!」

 

 

風が、かずみをのマントを揺らす。

全てを殺し、血に塗れた希望と知りながらも、望んだ世界を掴み取る為に。

 

 

「謝る必要はありません。私も負けられない、貴女達を殺して世界を守る」

 

 

風が織莉子の髪を揺らす。

守るために殺し、救うために殺し続けた。

目指した平和の為に、その果てにある物を完遂させなければ全ての死が無駄になる。

何よりも父が愛した世界の為に。

 

 

「悪いけど、わたしは死なない。みんなもっ! 守ってみせるから!」

 

 

風がまどかのツインテールを揺らす。

死を、殺人を、ゲームを受け入れてはいけない。何よりも絶望に食われてはいけない。

両親が、友人が自分を今日まで守ってくれた。

 

絶望した友人がいる。

何のために死ななければならなかった、何の為に絶望しなければ、涙を流さなければならなかったのか。

認めない、認めてはいけない。二人がゲームに呑まれる前に止めなければならないんだ。

何よりも自らが希望を失わない為に、フールズゲームを否定する。

 

そして、その時。

風がピタリと止んだ。

 

 

「「「ハァアアアアアアアアアアアアアア!!」」」

 

 

声が重なった。

三角形に並んでいた三人は、一勢に地面を蹴った。

かずみ、おりこ、まどか。三人の魔法少女は信念をぶつけ合う為に、武器を振るうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティロフィナーレ!!」

 

 

一番初めに動いたのは、かずみ。

十字架を模した巨大なバズーカを出現させると、まどかの方へ向かってそれを発射する。

炎と轟音をあげて放たれる巨大な弾丸、しかしまどかは怯まない。片手を横に振るうと、桃色の結界がオーロラのように広がり、銃弾をしっかりと受け止めた。

 

 

「リバース――ッ!」

 

 

光と共に、まどかの頭上に目を閉じた天使が現れる。

何度見ても、あの神々しい天使と言う存在を独立した生命として魔法で生成するとは。

化け物だ。織莉子もかずみも、まどかの底知れぬ魔力に寒気を感じた。

 

しかし、今となっては納得のいく話ではないか。

絶望の魔女を内に秘めている、まどかだからこそ、無尽蔵な魔力が常識をさらに破壊していく。

 

 

「レイエル!!」

 

 

天使の目が見開かれる、それは反射可能と言う合図だ。

まどかは弾丸を、発射してきたかずみではなく、織莉子に向けて反射した。

と言うのも、既に織莉子も無数のオラクルをまどかに向けて発射済みであり、それを散らす為にまどかはティロフィナーレを利用したわけだ。

事実弾丸は、まどかを襲おうとしたオラクルを弾き飛ばすと織莉子に向かって飛んでいく。

 

 

「………」

 

 

織莉子はノーモーション。そのまま弾丸は彼女に着弾して爆発を巻き起こす。

しかし、まどか達は分かっている。織莉子が動かなかったのは、動く必要が無かったからだ。

織莉子の前にはオラクルが多数連結してできあがった壁がしっかりと存在しており、それが盾になって織莉子を守っている。

 

だがそこに便乗したのはかずみ。

先ほど、織莉子ティロフィナーレと同時にオラクルをまどかに向かわせたように、まどかが織莉子に仕掛けた時点で、かずみも織莉子にターゲットにしていた。

 

オラクルで作った壁は、さぞ防御力が高いのだろうが、それは所詮前方に盾が一枚置かれただけ。かずみが発動したのは杏子の異端審問だ。地面から無数の十字架を生やす魔法で、織莉子を串刺しにしようと試みる。

 

 

「ッ!」

 

 

地面が転々と黒く光る。

すると同時に、織莉子は涼しい顔で足を後ろに引いて、体を反らした。

胸を張るような姿勢。中学生にしては不釣合いなほど豊満なバストが強調される様だ。

立ち姿としては少し不自然な物に感じる。その時、地面から次々と十字架が伸びて、織莉子を貫かんと襲い掛かった。

 

息を呑むかずみ。

何故、織莉子があんな姿勢をとったのかすぐに理解できた。

未来予知で、どこに十字架が生えるのかを視ていたらしい。

少し間抜けな格好になっても、ノーダメージに終わるルートに姿勢を合わせただけ。

 

現に織莉子は無数の十字架に囲まれているが、ダメージは一切受けていない。

むしろ攻撃時に発生した風が、彼女の髪をふわりと持ち上げて美しさを演出させただけだった。

織莉子は十字架の中で妖艶な、そして黒い笑みをかずみに向けている。

 

 

「!」

 

 

織莉子は、十字架の隙間からオラクルを飛ばして二人に向けていた。

さらに自分の周りにもオラクルを展開させ、そのまま自身の周りを回転させる。

オラクルは聳え立つ十字架群を破壊し、さらにまどかとかずみを、金色の瞳で見つめた。

 

 

「フッ! くッ!!」

 

「ハァッ! えいっ!!」

 

 

オラクルはそこそこ素早い上に、不規則な動きをしている。

まどか達は、すぐにオラクルを撃ち落とす為に武器と魔法を振るった。

 

かずみは自分を中心にして、無数のマスケット銃と十字架型の剣を設置する。

これはマミとさやかのスタイルだ。一方でまどかは、自分を中心に円形状のバリアで張ってしっかりとオラクル達をガードしていく。

さらに、隣で動きを止めているかずみを睨んだ。

 

 

「ニターヤー・ボックス!」

 

「!?」

 

 

かずみの周りを取り囲む桃色の線。

それは互いを連結し合い、四角形を作り上げた。

さらに瞬時に『面』を張る事で、かずみを大きな箱の中に閉じ込める。

まどかの新しい結界の形。かずみは桃色の四角に守られる事になるが、同時に箱の中に閉じ込められた。

 

 

「なっ!」

 

「キシシシシ!」

 

 

箱の上に乗る少し小さな天使。

彼女は箱の上で脚を組むと、中にいるかずみを挑発する様に悪戯な笑みを浮かべた。

"鎮静の天使ニターヤー"、かずみはムッとした表情で箱を壊そうとするが、守護魔法をメインとするまどかが構築した結界だ。一見脆そうに見せても、箱はなかなか壊れない。

 

そうしている間に、まどかは地面を蹴って織莉子の方へと走り出す。

オラクルは近距離、中距離、遠距離。全て対応でき優れた性能を持っている。

だが、それでも得意な距離はあるはずだ。おそらく穴は『近距離』にあると踏んで。織莉子へ距離を詰めていく。

 

もちろん織莉子も黙っている訳が無い。

すぐにオラクルを展開してまどかに発射すると、後ろへ下がっていく。

 

 

「!」

 

 

しかし、すぐに抵抗感。

織莉子の背後には壁があった。

 

 

「成る程……!」

 

 

表情を歪ませる。背後に広がる壁。

まどかが張った結界だ。これを壊そうとすれば、その隙にまどかに距離を詰められる。

かと言って上を見上げれば、ご丁寧に天井代わりの結界も用意されていた。

つまり逃げるルートは左右か、前か。

 

織莉子が選んだのは――、前だった。

ならば真正面から潰すしかない。織莉子はまどかへ向かわせるオラクルの量を増やした。

今は結界を張りながら近づいてくるが、無数に迫る弾丸を全て受けきるのは不可能だと睨む。

 

目を細めるまどか。

同じ判断をしたのだろう。ならば話は変わってくる。

最低限のオラクルを結界で流しつつ、それでも向かってくるのは真っ向から潰すしかない。

 

 

「輝け天上の星々、マヌエル!」

 

(――ッ、あれは!)

 

「煌け! 高輝なるキャンサー!」

 

 

表情を変える織莉子。

とびきり強い魔力の波長を感じた。あれだけの技をもう撃つ気か?

いや違う。一見すれば強い魔力だが、それはイコールしてまどかの魔力を大幅に削ぎ落とす訳では無い。

 

 

(流石は絶望の魔女を内包しているだけはあるのね!)

 

 

絶望と希望は表裏一体と言うべきなのか。

 

 

「黄金に煌け輝甲(きこう)の鎧よ! 万物を切り裂く鋼の矢となり我を照らしたまえ!」

 

 

素早く詠唱を済ませるまどか。

彼女の背後に光の点と点が線で繋がれ、一つの『星座』を作り出す。

弓を振り絞ると、光がさらに強くなっていき、蕾のギミックが展開して一輪の花を咲かせた。

 

 

「断ち切れ蟹よ! スターライトアロー!」

 

 

弦から手を離したが、矢は放たれない。

その代わりに蟹の形をした天使、『マヌエル』が出現してまどかの弓に吸収されていく。

すると弓の周りに、巨大な鋏の形をした金色のエネルギーオーラが纏わりついた。

 

弓を近距離特化の武器に変える。それが蟹座の力である。

ハサミの種類はいろいろと選べるが、今回まどかがチョイスしたのは本物の蟹のハサミに近いものだった。長い甲殻の脚があって、その先にぷっくりと膨れた楕円、そこにハサミがついている。

どちらかと言うとハサミと言うよりは槍に近い。

 

まどかは早速弓を――、蟹の足を振るってオラクルを弾き飛ばしていく。

さらに先端にある鋏はまどかの意思で閉まるらしく、時にはオラクルを真っ二つにして機能を失わせていくのだ。

 

 

(なんて力なの!? つくづく敵である事が悔やまれる!)

 

 

目を見開く織莉子。

やはり彼女は化け物だ。魔法の質が一段階上に感じる。

絶望の魔女だからか、それとも元々あった才能だったのかは知らないが。

 

さてどうするか? 織莉子は考える。

まどかは優しい性格だ、それは逆を言えば弱い性格にもなる。ウィークポイント。

ここでノーモーションを貫けば、まどかはどんな行動を取る?

織莉子は未来予知を発動して数十秒後の未来を読んだ。

かずみの様に箱に閉じ込めるだけでは『ぬるい』としか言い様が無い。

 

すると視えたのは、鋏を自分に向かって投げているまどかの姿だった。

成る程、やはり意思は本物だったか。多少なりとも相手を傷つけると言う覚悟はしてきたようだ。

その時だった。周りのオラクルをなぎ払う様にまどかが一回転を行うと、そのまま彼女は両手を上げて魔力を解放する。

 

 

(なにッ?)

 

 

織莉子は数秒後の未来は読んでいない。

それにあの魔力。まどかは他の魔法少女とは持っている魔力の量が違うのだ。

だからこそ発動できる技がある。

 

 

「ゼロ・ラジエル!!」

 

「!?」

 

 

両手を天に掲げるまどか、その手の上に現われたのは予想通り天使。

しかしその輝きの壮大さは、織莉子とかずみの想像をはるかに超えていた。

大学帽を被ったメガネの女性。本を持っている姿は、知的なイメージが印象に強い。

 

大きさは他の天使と変わらぬが、その輝きは他の天使よりも言葉に表せぬ程に美しい。

それもその筈だ。まどかが今回召喚したのは今までの天使とはレベルが一つ上の『大天使』と呼ばれる物。

"知恵の大天使ラジエル"は、メガネの奥の瞳で織莉子を睨む。

 

全身が凍りつくような寒気を感じた。アレは間違いなく生きている。

言葉を放つ事はないかもしれないが、ヤツは――、ラジエルは確かに生きてまどかの味方をしている。

 

それはまどかが呼び出したからなのか?

それともラジエルはラジエルの意思で、まどかに協力をしているのか。

織莉子はつくづくそれを天使達に聞きたい所である。

お前らを呼んだのは巨大な絶望なんだぞ。アレは天使ではなく堕天使なのだろうか。

 

 

「ハァアッ!!」

 

「ッ!!」

 

 

そこで先ほどの未来通り。

まどかは弓を、ハサミを投げた。

回転しながら飛来してくる武器。しかし周りにはまどかの張った結界は無い。

織莉子はサイドに跳んで逃げようと地面を蹴った。

 

 

「!」

 

 

しかしその時おかしな事が起きる。

周りには何も無い。なのに織莉子は動けなかった。

横に移動して逃げようと思ったが、横に移動できなかった。

 

織莉子は僅か二秒ほどの時間で全てを理解した。

鹿目まどかは結界を織莉子の周りに張っているのだ。

なのに結界が、見えない。

 

 

「クッ!」

 

「ごめん織莉子ちゃん。ちょっと……、ううんッ、結構痛いよ!」

 

 

知恵の大天使のラジエルの力とは、出現している間、"まどかが張った全て結界を相手の視界から消す"と言う物だった。

言わば、まどか以外には透明の壁が出てくるようなものである。

そして鋏が織莉子に当たると言う所で、壁を消せば完璧だ。

まどかは織莉子を傷つける意思を、初めて明確に持っていた。

しかしそれは殺しあう意思ではなく、戦いを終らせる為に。

 

 

「フフ」『ユニオン』

 

「!」

 

 

そしてもちろん、織莉子もそう簡単にはやられない。

 

 

「よくできた戦術でしたよ。まどかさん」『ディメンションベント』

 

「!」

 

 

背後に現われる織莉子。そうか、彼女にはワープがあったのか。

まどかがそう思った時には、織莉子に服をつかまれ投げ飛ばされていた。

地面に叩きつけられるまどか。織莉子はそこへ無数のオラクルを容赦なく叩き込んでいく。

 

硬い球体が大きな衝撃となって、全身に打ち込まれていく。

まどかは苦痛の声をあげ、さらに織莉子は背後にいたラジエルを、オラクルに剣を生やす魔法、オラクルレイを使って串刺しにする。

 

 

「消えなさい。虚像の天使よ」

 

『………』

 

 

少し悔しげな表情を浮かべて消滅するラジエル。

そしてその時、織莉子とまどかがいた場所が黒く濁る。

織莉子はそれを確認するとまどかを蹴る様にして後ろへ跳んだ。

同時に黒い部分から突き出てくる十字架。

織莉子が首を横に向けると、そこにはボックスを破壊して外に出ていたかずみが見えた。

 

異端審問で自分達を狙ったのだろう。

しかし結果的に受けたのはまどかだけ。

彼女は黒い十字架に打ち上げられ空中に放り出されていた。

 

かずみは異端審問を再び発動。

織莉子を狙うが、未来予知を持っている織莉子にとってはルート予測ができる分避けやすいもの。

今もスカートの裾を掴んで、タタタタタと後ろ向きに走って十字架の追跡を回避しているじゃないか。

 

 

「――ッ!」

 

 

しかし余裕だった織莉子の表情が一気に歪む。どうやら良くない未来を視たらしい。

彼女は汗を一筋浮かべると回りを確認する、どうやら未来が見えても対処が難しい事の様だ。

それを証明するように、織莉子の周りに桃色の壁がいくつも出現していく。

 

もちろんそれを発動したのは空中に放り出されているまどかだ。

ダメージを受けて吹き飛びながらも、しっかりと状況を確認していたようだ。

唇を噛む織莉子。そんな彼女が立っている地面が黒く染まった。

 

かずみは地面を二回叩き。

一つの十字架を織莉子の真下から。一つの十字架をまどかが着地するだろう場所に出現させる。

無理だ。避けられない。防御を行えど、ダメージを受けて空中に放り出される織莉子。

そしてまどかは意識をハッキリと取り戻し、光の翼を広げて十字架を回避する。

 

 

「!」「!」

 

 

そこでまどかと織莉子は、かずみに起きた異変を確認する。

文字通り、かずみが4人に増えているのだ。ナイトのトリックベントを使用したのだろう。

二人の分身は、十字架をそれぞれ織莉子とまどかに向けて、先端に光を集めていく。

 

 

「クッ!」

 

「ッ!!」

 

 

織莉子とまどかは、すぐにオラクルと光の矢を放ってかずみを狙う。

しかしそれらは命中すれど、かずみ達は全く怯まずにチャージを行っている。

体を鋼鉄に変える魔法、カピターノ・ポテンザが発動されていたのだ。

 

 

「「リーミティエステールニ!!」」

 

 

かずみの十字架から巨大なレーザーが二本発射される。

まどかはすぐに強力な盾を出現させそれを受け止め、織莉子もオラクルを自分の周りに集めてシールドを展開する。

オラクルを円形にして自分の周りにいくつも重ねて高速回転させる魔法技、"イージスユピテル"。

緑色に光ったオラクルガ、なんとか光のレーザーを防いでいる。

 

一方まどかは流石と言うべきか。

巨大な盾であるアイギスアカヤーは、完全にレーザーを封殺していた。

その表情からは、むしろ余裕が見られた。まどかはすぐにレーザーを反射しようと狙いを定める。

だが忘れてはいけない、かずみは四人に分身したのだと言う事を。

 

 

「え?」

 

 

まどかは右から光を感じてそちらを振り向いた。

そこには十字架を模した砲台が空中に浮いており、自分に砲口を向けている。

そう、そうだ。リーミティエステールニを発射したかずみとは別のかずみが、魔法を発動していたと言う事だ。

 

アイギスアカヤーはまどかの盾の中でも最強の防御力を持っているが、弱点として前方しか防御できない。その穴、つまり横からの攻撃には無力。

 

 

「ティロフィナーレ!」

 

「きゃああああああああああ!!」

 

 

十字架から放たれた弾丸は、まどかに直撃。

凄まじい衝撃と爆炎を引き連れて右方向に吹き飛んでいく。

そして右にはレーザーを防御中の織莉子が、彼女はまどかに気がつけど、動くに動けない状態。

下手にまどかを止めようと思えばレーザーに喰われる。

 

 

「くっ! ああっっ!」

 

 

吹き飛んだまどかはそのまま織莉子に直撃。

その衝撃で織莉子のシールドが破壊されて、二人はもつれあったまま地面に落下する。

そこがチャンス、四人のかずみはイルフラースを発動して思い切り地面を蹴った!

 

 

「!」

 

 

一瞬で距離を詰めたかずみ達。

倒れたまどかと織莉子を掴み上げると、それぞれ反対方向に向けて投げる。

そして瞬間自らも跳躍。十字架を双剣モードに変えると、高速で彼女達を刻んでいった。

 

 

「あっ! ぐっ!!」

 

「うあぁッ!」

 

 

飛び散る鮮血。

かずみは高速のフォーメーションで二人にダメージを与えていく。

抵抗しようと試みるまどかと織莉子ではあるが、次々と襲い掛かる痛みが原因でうまく集中できない。

 

織莉子の場合は自分を自動的に守ってくれるオラクルがあるため、まだ攻撃の手も少なくなるが、それでもかずみの圧倒的なスピードとパワーが二人の身体に無数の線を刻んでいった。

叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。悲しみ苦しみも全て勝利の雄たけび変えなければならない。

 

 

「――ッ!」

 

 

弓を振り絞るまどか。

蕾のギミックに光が集中していき、彼女の表情を照らし出す。

そこにはいつも優しくニコニコと微笑んでいた鹿目まどかはいない。

確かな決意が――

 

そう、決意(さつい)があった。

 

 

 

 

 







ヘルシェイクを生み出した伝説のクソアニメ(直球)
ポプテポピック、そのOPの『POP TEAM EPIC』って滅茶苦茶『龍騎・まどか』っぽいから、良かったら聞いてみておくれやす(´・ω・)b


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第52話 分かれ道 分かれ道 話25第

 

 

 

「「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!」」

 

 

かずみは十字架を大剣モードに変えると、思い切り横に振るう。

抵抗しようとするまどか達よりも早く、腰へ叩き込む一撃。

切断はしなかったが、骨が砕けるのではないかと言う衝撃が襲い掛かってきた。

まどかと織莉子はそれぞれ左右に吹き飛んでいく。

 

かずみはしっかりと計算していたか、右に吹き飛んだまどかと、左に吹き飛んだ織莉子が見事にぶつかった。二人がもつれあい墜落する所へ、さらなる追撃の一手を。

 

 

「「パロットラ――!」」

 

 

大剣で吹き飛ばした二人とは別のかずみが魔法を発動する。

倒れる織莉子とまどかを取り囲むようにして、無数の黒いマスケット銃が空に出現していった。

もちろん全ての銃口は中心にいるまどか達に向けられており、三百六十度どこを見てもマスケット銃である。

 

まさに銃で作られた檻。

逃げようとするものを容赦なく射殺せんが如く。

尤も、逃げずともそこからは火が放たれるのだろうが。

かずみは引き金代わりに、魔法名を言い終えた。

 

 

「「マギカエドゥンインフィニータ!!」」

 

「ッ! 」

 

 

まどかは素早く立ち上がると、先ほどかずみに使用した魔法・ニターヤーボックスを発動する。

結界でできた箱の中に自分を閉じ込める。さらにまどかは、織莉子も箱の中に入れていた。

円形状の結界にしなかったのは、異端審問を警戒してだ。箱状ならば上下左右前後、全てが壁である。

 

 

「レガーメ・アナウエル……!」

 

「……!」

 

 

まどかの声で、織莉子の意識を鮮明になった。

 

 

「私も守ったのですか。相変わらず中途半端に甘い……!」

 

「違うよ、織莉子ちゃん」

 

「!」

 

 

まどかが織莉子を箱の中にいれたのは、一緒に守ってあげよう、なんて優しさではない。

箱の中は逃げ場の無い密室だ。織莉子が立ち上がると、フル装備のまどかが立っていた。

右手にドラグセイバー、左手にドラグクロー、両肩にドラグシールド、背中にドラグアロー。

可愛らしい魔法少女の衣装とは不釣合いな装備が、まどかをガッチリと固めている。

 

それほど広くは無い箱だ。接近戦にはピッタリか。

しかし逆を言えばこmの空間で無数のオラクルを切り抜けられるとでも思っているのか?

むしろ有利なのは織莉子の方だ。すぐにオラクルを展開して、まどかを狙おうと操作を行った。

 

 

「――っ?」

 

 

しかしオラクルは織莉子の意思とは裏腹に、箱の隅に飛翔していくだけ。

 

 

「なんでッ!?」

 

 

そう言えばと、織莉子。

まどかは何か魔法を使っていた。

 

 

(また天使か!)

 

 

箱の外にある爆炎の、そのさらに向こう。

見たことの無い天使が翼を広げて空中に浮かんでいた。

神託の天使・アナウエル。神父の様な格好をした彼女は、いわばまどかの分身だ。

 

つまりアナウエルはまどかのアバターとも言っていい。

まどかが命令すれば、アナウエルが魔法を使うことができる。

まどかはユニオンを発動させ、天使にドラグケープを持たせた。

アナウエルが赤いマントをなびかせると、攻撃の対象が其方に切り替わる。

 

オラクルも、銃弾も。

アナウエルは翼を広げて必死に銃弾から逃げている所だ。

彼女が生きている間は、オラクルは全てまどかではなくアナウエルを狙う。

織莉子にとっては非情に厄介な状況である。

 

 

「ハァアアア!!」

 

「クッ!」

 

 

ドラグクローから火炎放射が放たれて織莉子を狙う。

オラクルは攻撃に使えば、ドラグケープの方へ吸い寄せられるが、盾として使うのならば問題ない。

すぐにオラクルの数を増やして自分を守る壁を構築する。

しかし防戦一方には変わりない。

 

 

「結界よ!」

 

「!」

 

 

まどかは織莉子の目の前に結界を出現させた。

さらにそれを奥の方へスクロールさせる事で強制的に織莉子を壁へと追い込める。

バリアは攻撃を防ぐだけでなく、相手の動きを封じる壁になるのだ。

つまり相手を押し潰す武器。壁に挟まれ、織莉子は全く身動きがとれない。

その隙に、まどかはドラグクローに炎を纏わせて、声を上げながら走った。

 

 

「ハァアアアアアアアアアアア!!」

 

 

本気だ、本気の目だ。

織莉子は向かってくるまどかを見ながら核心を持つ。

殺意があるのかはともかくとして、本気で傷つける為に走っている。

そこで織莉子の前の壁が消え、変わりにドラグクローが炎を撒き散らして迫ってきた。

織莉子はオラクルを壁にしようとするが間に合わず、思い切り腹にその一撃を受けてしまった。

 

 

「がはっっ!」

 

「――ッッ!」

 

 

熱と衝撃で呼吸が止まった。

まどかは追撃にとドラグセイバーを振るうが、織莉子もやられてばかりではいられない。

彼女もまたユニオンを発動して、左手にゴルトシールド、右手にゴルトセイバーを持ち、まどかの一撃を受け止めた。

 

 

「鹿目まどかッ、貴女に大切な人はいますか?」

 

「いるよ、いっぱい!!」

 

 

まどかの振るうドラグセイバーを、ゴルトシールドで受け止めて弾く。

衝撃で仰け反ったまどかを切り裂こうと、織莉子はゴルトセイバーを縦に振るった。

 

 

「貴女が生きると言うことは、その大切な人を絶望に沈める事に繋がるのですよ!?」

 

「――ッ」

 

 

まどかはバランスを失いつつも、素早く身体を反らして刃を肩のドラグシールドで受け止めた。

さらにそのままの勢いで回転して、ドラグクローの背で織莉子の剣を弾く。

魔法少女には不釣合いな接近戦。力任せの攻防。

 

 

「いえ、大切な人だけじゃない! この世界に生きとし生けるッ、全ての生命を危険に晒す!」

 

「ッ」

 

「世界の為に貴女は犠牲になるべきよ! 何故それが分からないの!?」

 

 

死にたくないと言う意見は尤もだが、そんなワガママが通る程、世界の命は軽く無い。

鹿目まどかは世界の為に一刻も早く死ぬべきだ。

それをどうして理解してくれないのか。織莉子の言葉を聞いて、まどかは大きく首を横に振った。

 

 

「わたしは絶望なんてしない! わたしが生きるのは、その大切な人たちの為!」

 

「そんな物は都合の良いッ、いい訳!」

 

 

まどかが死ねば、彼女の存在は消え去るだけ。誰も彼女の死を悲しんだりはしない。

悲しむとすれば、それは僅かな参加者だけだ。

その悲しみと世界の命、天秤にかけるまでも無い!

 

 

「ううん、それでもわたしは――!」

 

 

お腹を痛めて自分を生んでくれた母。

自分にありったけの愛情と道徳を教えてくれた父。自分を慕ってくれる弟。

自分を守ってくれた仲間。自分に希望をくれた友人。

そして、生きてと願ってくれたパートナーの為に負ける訳には行かない。

何よりも罪と知りつつ浮かび上がる欲望、それは自分の為に。

 

 

「この世界で生きたいから、わたしは死ねない!」

 

「エゴよ! それも罪深いッ!!」

 

「うんッ! だからわたしは悪でもいい! たとえ非道だと言われも――!」

 

「!」

 

「生きたいんだ!!」

 

 

織莉子とまどかの剣がぶつかり合い、火花を散らす。

舌打ちを放ちながらも、織莉子は理解する。

そう、そうだな。どんな『良い子』でも、負に近い感情を抱かない訳が無い。

完全な善で構成された人間など、この世には存在しないのだから。

 

つまり。初めてと言ってもいいか?

鹿目まどかが今日まで生きてきて、初めて思った世界への反抗、悪意。

それこそが、『生きたいから』と言う理由で生まれた欲望。

 

優しいまどかが初めて持った悪意にしては、あまりに大きすぎる物なのかもしれないが、彼女も人間である以上仕方ないのだろう。

そうだ、仕方ない。仕方ないなら、ルールの下に。

 

 

「わかりました。ならば私は正義の名の下に、貴女と言う悪を滅する!」

 

「わたしは、絶対に死なない! 死ねないから!」

 

 

織莉子は盾に変えたオラクル前にを突き出し、まどかは肩に結界を纏わせてショルダータックルを行う。二人の繰り出したシールドバッシュは大きな衝撃を生み出して、双方を後ろへ弾き飛ばした。

改めて、現在二人がいるのは狭い箱の中である。吹き飛べばすぐに壁に背中がぶつかり、床に倒れる。

 

そこでニターヤーボックスに、かずみの大剣が振り下ろされた。

トリックベントは時間経過で解除されたらしい。本物かずみが一人、巨大な剣を振り下ろして箱を切断してみせる。

織莉子もまどかもすぐに箱から出て、仕切りなおしだ。

 

 

「かずみさん、貴女は何故勝利を目指すのです?」

 

「教えない!」

 

 

織莉子の目が金色に変わる。

まず、ゴルトシールドを空に浮かんでいたアナウエルに向かって投げた。

直後ゴルトセイバーを少し離れた、何も無い場所に投げる。

 

すると盾を回避したアナウエルが丁度そのラインに入り、彼女はドラグケープごとゴルトセイバーに貫かれて消滅した。どうやら未来予知で回避ルートを把握していたようだ。

再びオラクルを展開する織莉子。かずみの十字架が迫っている。

彼女はオラクルを攻撃にあわせて重ねていった。

 

 

「フッ! ハァッ!!」

 

 

二人に向かって光の矢を放つまどか。

かずみと織莉子はそれを回避しつつ、互いに攻撃をしかけていく。

誰を狙う? どこを狙う? どう動く? 三人は時に一人を集中的に狙い、時にいきなり狙いをかえて乱戦を行う。

 

 

『ユニオン』『ディメンションベント』

 

「ッ!」

 

 

再構築が完了したか、再びワープを行う織莉子。

彼女はゴルトセイバーを二刀流にして、かずみの背後に出現すると同時にそれを振るう。

だが、かずみはしっかりと振り向いており、織莉子の二刀流を十字架でしっかりと受け止めた。

 

 

「あら、やるじゃない」

 

「しっかり頂いてるんで……!」

 

 

そう笑う、かずみの右目が金色に染まっていた。

つまりかずみは、しっかりと織莉子の魔法をコピーしていると言う訳だ。

劣化版のために、最大でも15秒後の未来しか見えないが、戦いにはそれで十分だろう。

そして二人が競り合う事でまどかに時間ができる。

何の? 決まっている、詠唱のだ。

 

 

「輝け天上の星々バルビエル! 煌け、反逆のスコーピオン!」

 

「ッ!」

 

 

しまった! 織莉子はすぐに一本のゴルトセイバーを投擲する。

まどかも馬鹿ではない、しっかりと詠唱前に自分の前方に一枚の結界を張っていた。

だがゴルトセイバーの威力は強力だ。バキン! と音を立てたかと思うと。結界を粉々にしてまどかに向かう。

 

だがそれは、まどかも予想済みだった。

結界は破られたが、威力を殺す事もしっかりできた。

まどかは未だに装備中である肩のドラグシールドで剣を弾くと、詠唱を続ける。

 

 

「我が呼びかけに応えよ革命の刃! 万物を覆す波乱の矢となり我を照らしたまえ!」

 

「こんの!」

 

「ッッ!!」

 

 

まどかを止められなかった事を確認して、少し表情を険しく変える織莉子。

そんな彼女へ容赦なく、かずみは切りかかっていく。

織莉子も視線をまどかからかずみへ移すと、十字架とゴルトセイバーを打ち付けあった。

とは言え二人は、まどかを放置した訳ではない。

かずみはシビュラを、織莉子はオラクルを向かわせているのだ。

 

攻撃が――、まどかに命中する音が聞こえる。

ゴッと肉に打ち付けられ、骨に響くオラクルの一撃。

刃が肉に突き刺さり、抉ろうとするシビュラの一撃。

しかもそれは一度ではない、何度も何度もまどかの身体に硬い十字架と、球体状の宝石が打ち込まれていく。

 

 

「――?」

 

「ッ?」

 

 

しかし攻撃は確かに命中している筈なのに、輝きは消えない。

何故? 詠唱は攻撃を受ければ、苦痛で精神が乱れ、解除される筈だ。

なのに、なぜ? 織莉子とかずみは激しい剣舞の中で、一瞬だけまどかに視線を移した。

 

 

「……っ!」

 

 

そして二人は見る。

無数のシビュラとオラクルに身体を打たれながらも、しっかりと織莉子達を睨みつけている鹿目まどかの姿を。

 

もちろんシビュラもオラクルも、一つでコンクリートの壁を破壊し貫通するだけの威力を持っている。それが何度も身体にぶつかるのに、まどかの目は死なず、怯まず、しっかりとした輝きを保ったままで、織莉子達を睨んでいるのだ。

 

肌が露出している部分には青あざがいくつもでき、顔にも傷やあざが出来ているのに。

そのまま弓を織莉子達に向けて、尚も力強い眼差しで二人を睨んでいた。

その輝きは何なのか? どこから来るのか。織莉子とかずみは、一瞬だけまどかを見る筈だったのに、心を奪われたように視線が釘付けになっていた。

 

だからこそゾッとする。

まどかの力は、ただ単に魔力が高いからではない。

鹿目まどかの強さの根本にあるのはやはり――!

 

 

「乱せ、蠍! スターライトアロー!」

 

 

弦を離すまどか。

光の矢は、一瞬で形を変えて巨大な『サソリ』となる。

もちろんコレはただのサソリではない。大きさもまどかよりも巨大であり、鋏や尾には荘厳な金色の装飾が、鎧の様に装備されている。

 

創造性を司る天使、バルビエル。

スターライトアロー・スコーピオンは、天使が矢の如く飛んでいく訳ではない。

現に今バルビエルは、まどかのすぐ目の前に着地したではないか。

 

そう、それこそがバルビエルの特徴だった。

しばらくの間、サソリの天使はまどかを守る使い魔として機能するのだ。

まどかは早速バルビエルの背に乗ると、さらに魔力を高めていく。

 

先ほどから大技の連続使用にも関わらず、まどかの表情は余裕がある様にも感じられた。

生きたいと願う心が、戦う意思を固めた彼女の想いが、消費する魔力を抑えているのか?

 

 

「ラファエル・コントラッタッカーレ!」

 

 

まどかが両手を広げて、それを天にかざすと、巨大な翼を広げた天使が現われる。

均衡の大天使ラファエル。大きな身体で、上半身しか具現していない。

左手には神々しい装飾の盾を持ち、右手には同じく神々しい装飾の剣が握られている。

天使は薄目を開けて、織莉子とかずみを悲しい目で見ていた。

 

それは戦わなければならないと言う悲しみからくるものなのか?

それとも鹿目まどかに歯向かう愚かさを見下しているのか。

 

下にはサソリ、上には大天使。

なんとも神々しく。逆を言えば、何とも不気味に見えた。

唇を噛む織莉子。つくづく共にワルプルギスと戦えないのが残念だ。

 

 

「行こう」

 

 

まどかの発した言葉を合図に、バルビエルは咆哮を上げて走り出した。

織莉子とかずみは一端距離を取り、オラクルやマスケット銃でサソリの進撃を止めようと試みる。

しかしバルビエルは怯まない。そしてまどかに襲い掛かる攻撃は、ラファエルが盾を前に出して防いで見せた。

 

するとどうだ、攻撃が盾に当たると、盾についている宝石が発光し、同じく剣が光り輝く。

そしてラファエルは剣を思い切り振るった。

まだ織莉子達とは距離があったが、剣からは斬撃が発射されて二人を狙った。

 

 

(なるほど、カウンターですか!)

 

 

どうやらラファエルの役割は、オートガードに加えオートカウンターと言う訳か。

まどかを狙う攻撃から自動的に盾を突き出し、その盾に攻撃が触れればラファエルが攻撃を行った者に剣を振るう。

なんと言う魔法か。織莉子は靴の裏や身体にオラクルを付着させて空に舞い上がる。

 

おかげで斬撃は回避に成功したが、直後腹部に感じる衝撃。

見ればまどかが発射した光の矢が直撃しているところだった。

凄まじい衝撃。織莉子は肺に残っている空気を全てぶちまけながら、墜落していく。

 

力のデッキがアタリとされた。技のデッキがアタリとされた。

しかしていざ蓋を開けてみれば、とんだ化け物が紛れ込んでいたものだ。

普段は人を傷つけたくないと可愛らしい羊の皮を被っているから気づけなかった。

やはり、鹿目まどかの中身は絶望。もしも彼女が本気で殺意を抱いたのなら、おそらく絶望の魔女にならずとも見滝原くらいは二日もあれば更地にできてしまうのではないかと。

こうなると、まどかの魔法形態が『守護』と言うのがなんとも皮肉な物に感じてしまう。

 

 

「ふッ!」

 

「!」

 

 

まどかはバルビエルから飛び降りると、かずみの前に着地する。

バルビエルはそのまま織莉子に襲い掛かっていき、まどかはゆっくりとかずみに向かって歩いていく。

 

上には翼を広げる大天使。

なんて威圧感なんだ、思わずかずみは後ろへ退避しそうになる。

そしてまどかの背中にはまだドラグアローが装備されている。そして右手にはドラグセイバーも。

 

しかし、かずみもまた目を細めて意識を集中させた。

確かに、まどかは強い。しかしだからなんだと言うのか。

相手がどれだけ強くても、やるべき事が変わる訳ではない。

叶えたい願いがあるからこそ、邪魔な奴らを倒す。いや殺す。

それだけだろう? かずみは十字架を構えるとマントを翻して跳んだ。

 

 

「まどかぁああぁああああ!!」

 

「………」

 

 

思い切り上に振り上げて、着地の勢いを加えながら振り下ろす十字架。

しかし当然まどかの上にいるラファエルはシールドを降ろした。

かずみは攻撃を中断できただろうが、あえて思い切りそのシールドに十字架を叩きつける。

 

どんな壁も破壊してみせると言う意思の表れだった。

しかしそれが原因で当然ラファエルはカウンターの剣をかずみへ振り下ろ――

 

 

「ラファエル・コントラッタッカーレェエエエ!」

 

「ッ!!」

 

 

鬼気迫る表情で魔法名を叫ぶかずみ。

そう、彼女はまどかの大天使をもコピーする。

振り下ろされたラファエルの剣は、かずみが召喚した天使の盾によって防がれる。

かずみの頭上に現れたのは真っ黒な羽を持った堕天使だ。目には光が無く、それは人形。

とは言え、機能はする。天使の一撃を受け止めた堕天使は、本物と同じく攻撃者へのカウンターを執行した。

 

 

「……!」

 

「ゥッッ!!」

 

 

ラファエルの美しい羽が散る。

だが、またすぐに盾で攻撃を防ぐと、剣を振るい堕天使の黒い羽を散らしていった。

天使が剣を振るい、堕天使が剣を受け止め、堕天使が剣を振るい、天使が剣を受け止める。

 

その応酬が繰り広げられる下では、桃色と黒色がぶつかり合う。

片方はドラグセイバーを振るい、片方は十字架を振るう。

赤と黒の斬撃が一歩も引く事なく、お互いを純粋に傷つけようと火花を散らす。

ハッキリ言おう、実力はかずみの方が遥かに上だった。

 

 

少し前までは。

 

 

と言うのも、まどかは膨大に存在している魔力を身体強化に注いでいる。

攻撃的センスを、強引にスペックで塗りつぶすのだ。

 

 

「ハァアッッ!!」

 

「――ッッ!」

 

 

まどかはかずみの十字架を弾くと、その胴体に容赦なく蹴りを打ち込んだ。

初めて人を蹴った。こんなにハッキリと。

それでも、まどかは怯まない。

 

 

「トゥインクルアロー!」

 

「うぁぁあああ!!」

 

 

強化された矢が、かずみの胴に突き刺さり、そのまま彼女を押し出していく。

苦痛に歪む表情がまどかの罪悪感を刺激する。しかし、まどかは唇を噛んだ。

そして、かずみの堕天使を見上げる。劣化コピーとは言いつつ、かずみも大幅に魔力を注いだのだろう。

 

堕天使は既に片方の翼を失っており、盾を持つ手も切り落とされているが、それは大天使も同じだった。まどかはそれを冷静に確認しつつ、手をかざす。

他者を犠牲にする事を認めつつも、抱いた爆発的な欲望。

 

それは鹿目まどかに、歪な覚醒を齎していた。

全ての魔法技に使用する魔力が減少していく。そして他者を傷つける事に繋がっていく。

なんと、愚かな輪廻か。

 

 

「エンブレス・ヴェヴリヤー」

 

 

堕天使の後ろに現われる支配の天使。

堕天使を抱きしめると、その動きが完全に停止する。

その隙をついてまどかのラファエルは、堕天使を一刀両断。

爆発が起きて、煙がまどかの姿を隠す。

 

 

「う――ッ!」

 

 

一方、腹部に矢を受けたかずみは、歯を食いしばって立ち上がる。

正直、魔力を大幅に消費してまで天使をコピーする意味は無かったのかもしれない。

しかしそこは彼女の意地でもある。

 

何としてもまどかを超えたかった。

そして殺すが故に、まどかの象徴である天使召喚をコピーしておきたかったのだろう。

かずみには言いようの無い悔しさがあった。親友だと思ったまどかが、自分の願いを叶える為に何よりも大きな障害となっている事が。

 

 

「あっ!」

 

 

そんな事を考えていたからだろうか。

かずみは爆煙を突き破って飛来してくる弓矢に気づかなかったのだ。

素早く身体を横に反らして、反射的に回避を行う

不意打ちじみた攻撃に反応できたのは、かずみの実力が齎すものだろう。

 

しかし甘い部分もある。

かずみは確かに矢を避けた。しかし矢を放ったまどかに注意を払うが故に、後ろにある矢がどうなったのかを確認し忘れる。

 

矢は、光に包まれていたが、それは光で構成された矢ではない。

どういう事なのか? つまり、その矢はまどかが普段放つ光の矢ではなく、ドラグアローから放たれる矢と言う訳だ。

 

矢は、かずみの後ろで止まる。

まどかが張っていた結界に突き刺ささったからだ。

同時に結界の上に現われる天使レイエル、その力で矢は反射され、かずみの背中に突き刺さる。

 

 

「うあ゛ッッ!」

 

 

しかし、かずみには背後を守るマントがある。

矢は背中に刺さったが、マントのおかげで深くは刺さっていない。

これならすぐに抜ける筈だった。

 

 

「アァァアアア!!」

 

 

だが、かずみの悲鳴が聞こえる。

まどかは、再びかずみのすぐ背後に結界を張って、それを思い切り手前に移動させる。

そうする事で甘い刺さりだった矢が、結界に押されてかずみのマントを突き破って肉に押し入っていく。

マントを破り、かずみの肌に進入していく矢先。

焼け付くような傷みが背中に走る。

 

何とかしなければ。

そう思うものの、既に前も右も左も後ろも結界が張られて身動きがとれない。

バキンと音がして、ドラグアローが分離する。鏃が背中に埋め込まれた。

マズイ、結界を壊さないと。そう思ったときには、まどかは次の一手を打っているところ。

かずみの後ろにいつのまにか立っていたのは神託の天使アナウエル。

まどかや龍騎の力を仕える天使。だからこそ、彼女の手にはドラグクローがあった。

 

 

「………」

 

 

爆発が起きる。

ドラグクローから放たれた炎が着弾したのだ。かずみの背中に埋め込まれたエネルギーも、連鎖爆発を起こしただろう。

粉々になる結界の破片が散っていく。

目を細めるまどか。ヨロヨロと姿を見せたかずみは、今、自分が傷つけた。

 

 

「く――っ! あぁ……!」

 

 

かずみ顔は痛みで歪んでいた。身体には至るところから出血が見られる。

最もダメージを受けているのはやはり背中だ。マントや衣装は焼け焦げており、背中には痛々しい程の火傷が。

 

いや、それはもう火傷などと言うレベルではない。

肉は吹き飛び、破壊と呼ぶのが相応しい。かずみは膝を付いて呼吸を整える。

まどかからコピーしたシールドを展開して。

 

 

「………」

 

 

一瞬、まどかは悲しい表情を浮かべて、かずみから視線を逸らす。

直視したくない。だが、ダメなのだ。友を傷つけた事を悔やむのは一瞬だけなのだ。

まどかは横を見る。少し離れた場所でバルビエルと戦っている織莉子が見えた。

 

硬い鎧を持つバルビエルは、オラクルを弾いて無効化していく。

苦戦している織莉子。まどかは彼女に向けて、腕を伸ばした。

織莉子の表情が変わる。見えた視界に広がる桃色。結界が壁になり、自由に動けない。

 

 

「――ァ!!」

 

 

一方でサソリはハサミを伸ばして結界を突き破る。

織莉子の胴体を挟み、持ち上げる。

 

 

「クッ! ァァアアア!」

 

 

もがく織莉子ではあるが、その胴体にバルビエル尾が突き刺さった。

止まる呼吸と、注入される天使の毒。それは対象を死に至らしめる猛毒とは違う。

打ち込まれるとほんのしばらくの間、魔法が使えなくなると言うもの。

 

コレでユニオンは使えない。

バルビエルはそのまま勢いを付けて、織莉子を投げ飛ばす。

きりもみ状に吹き飛び、織莉子の平衡感覚が無くなる

そんな彼女を待っていたのは、まどかが用意した結界と言う名の壁だ。

織莉子はそこに思い切り叩きつけられ、反動の衝撃でダメージを負う。

普通の人間ならば全身の骨が粉々に砕けて即死だったろうが、織莉子は絶大な苦痛を伴うだけにとどまった。

 

その様子を見ていた、かずみ。

壁に叩きつけられた織莉子は、一瞬だけだが気を失ってしまう。

そのタイミングで、かずみは洗脳魔法であるファンタズマビスビーリオを発動。

織莉子の脳をハッキングして、ある『命令』を出し続ける様に設定した。

 

すぐに意識を取り戻した織莉子。

洗脳で操るまでには至らなくとも、命令を出せと脳にはしっかり設定を行えたようだ。

 

では気になるのはその命令とは何か?

それは『未来予知を行うな』と言う物だ。

結果は成功、意識を取り戻した織莉子はすぐその事に気づくが、なかなか意識しても洗脳を跳ね除けるのは難しい。

 

未来予知をしようとすると、脳が魔法を中断する命令信号をすぐに発信させるからだ。

おまけにコレは魔法が齎した事、ソウルジェムを操作しても解除は厳しい。

おそらく暫く時間を空けなければ回復しないだろう。

言ってしまえば僅かな時間かもしれないが、攻撃ルートを読めなくなったのは痛い所だ。

 

かずみとしては、『オラクルを動かすな』でも良かったが、それでは洗脳が薄くなる可能性があった。

未来予知の魔法は、魔力消費の点から織莉子も、多少『使いたくない』と言う意識がある。

その為に、その想いを刺激させる形で洗脳が働いたというわけだ。

 

 

「………」

 

 

まどかは無言で一連の動きを見ているだけだった。

ため息をついて目を細める織莉子。見ればかずみは膝をついているし、まどかはまだ余裕を見せているし。

 

 

「………」

 

 

 

まどかの想いはよく分かった。

だからこそ――

 

 

(腹が立つ――ッッ!!)

 

 

その瞬間、オラクルの動きが明らかに変化する。

宝石たちは赤く染まり、炎を発したではないか。

赤く燃える宝石たちがバルビエルに降り注ぐと、その動きを停止させるに至った。

織莉子はオラクルを自分の真上に収束させ、巨大な炎弾を作り上げると、それを一気にバルビエルに向かって振り下ろす。

 

 

「ブレイジングマルスッ!!」

 

 

太陽の如く轟々と燃える炎の塊が、バルビエルを焼き尽くす。そしてすぐに、まどかを狙った。

まどかは当然の様に結界を張るが、彼女もオラクルの異変には気づいていた。

明らかに動きが先ほどまでと違う。

スピード、そして――

 

 

「!」

 

 

そして、威力。

オラクルはまどかの結界をバリバリと割りながら飛来してくる。

すぐに新たな結界を構築するが、あっと言う間にオラクルはターゲットの周りを取り囲むと、一勢に結界を打ち破ろうとアタックを仕掛けた。

 

 

「ブラストウラヌスッ!」

 

 

織莉子が拳を握り締めるとそれを合図にして、シールドを囲んでいたオラクルが大爆発を起こす。

衝撃で砕けるまどかの結界。すぐに新たなシールドを用意しようとするが、それよりも速くオラクル達が動いた。

 

 

(だめッ!)

 

 

まどかは結界を諦め、弓矢でオラクルを撃ち落とそうと試みる。

しかし織莉子は鬼気迫る表情でオラクルを操作。弓矢を交わしながら、一直線にまどかの――、急所を狙った。

 

 

「ッッ!! ――ァ!」

 

 

まどかの右目にオラクルが直撃する。

人間の最も分かりやすい急所である目を狙ったのだ。

眼球を抉り取る勢いでオラクルを押し込む織莉子。しかしまどかも身体を後ろに反らして、勢いを殺しつつ、左目だけの視界で織莉子を狙う。

 

 

「輝け天上の星々バルキエル、煌け霧上のピスケス――!」

 

「くッ!」

 

 

早口で詠唱を行うまどか。

しかし魔力はしっかりと練成されて、星の並びは『魚座』を示す。

本当は弱っているかずみも狙っておきたかったが、ここは織莉子に集中する。

 

 

「させるか――ッ!」

 

 

織莉子も自身の魔力を大幅にオラクルに注ぎ込み、意地でもまどかを殺そうと力をオラクルを飛ばした。狙うのは左目の眼球。それは真っ直ぐに届いたが――、せき止められる。

まどかはまるでコンタクトレンズのように目を覆う結界を張っていたのだ。

 

そんな事もできるのか。唇を噛む織莉子。

しかしそれにしても、まどかが予想以上に怯んでいない。

どう見てもまどかの右目は潰れている。当然それだけの痛みが彼女には襲い掛かっている筈だ。

視界を奪われる焦りは、恐怖となって心を縛る筈なのに。

 

 

「駆けろ疾水、翔けよ激流! 万物を逃がさぬ波紋の矢となり我を照らしたまえ!」

 

「おのれ――ッ!」

 

 

答えは簡単だった。まどかは自らの痛覚を遮断している。

ハッキリ言ってこれはソウルジェムの操作の中でも禁忌に近いもの。

なぜならば痛みが恐怖に繋がるからで、それを遮断してしまえば戻す必要性を感じなくなるからだ。

つまり人らしさを排除すれば、それだけ人では無くなっていく。

 

織莉子もかずみもそれを知っているからこそ、痛みを軽減する様に操作はしても、完全に遮断はしなかった。しかしまどかは今こうして痛みを完全に遮断している。何も感じないし、だからこそ恐怖しない。

 

なんだか皮肉な物もある。

まどかは覚悟を決めうると同時に、『甘え』をソウルジェムに託した。

それは自己の感情さえもソウルジェムを介して操作すること。

 

そう、まどかは自分の罪悪感をもソウルジェムで消し去るようにしていた。

感情を殺し、痛みを殺し、それでもその先にある生を掴み取ろうとする。

 

誰しもが言う、まどかは優しい娘だと。

そんな彼女らしさを排除してまで掴み取る生に意味はあるのか?

当たり前だ。まどかはそれを覚悟して、今こうして立っている。

優しいって何? それすらも彼女は、もう分からない。

答えなんて知らない。でも唯一分かっている事は、生きて戦いを止めたいと言う事。

だから、なしえるために傷つけるのか。

 

 

「駆けろ、魚よ! スターライトアロー!!」

 

 

赦しの天使であるバルキエルが、まどかの弓矢から放たれた。

魚の形をした天使だ。ヒレの部分が翼になっている。

このバルキエルの特徴は、縦横無尽に動く軌道と言うべきだろう。

まどかが自分で天使が通るルートを指定できる、空中や地面の中でさえ自由に泳ぐ事ができるバルキエルに届かぬ場所など無い。

さらにバルキエルは大きさも収縮させる事ができる。

まどかは、縦横無尽に動き襲い掛かるオラクルの微かな隙間を狙って、バルキエルを泳がせた。

 

 

「なんて精度!」

 

 

織莉子も必死にバルキエルを撃墜させようとオラクルを操作するが、魚は華麗に攻撃を回避して織莉子へと迫る。

こんな時に魔法が使えればいいのだが、あいにく蠍の毒とかずみの魔法は、まだ死んでいない。

 

 

「こうなったら!!」

 

 

織莉子は魚を撃墜することを諦めた。残りのオラクルの軌道を変えて、まどかを狙う。

 

 

「アァアアッッ!!」

 

「グッッ!」

 

 

無数のオラクルがまどかに。バルキエルが織莉子に、それぞれ命中する。

吹き飛びながら地面を転がる両者。しかし織莉子もまどかも血を吐き出すと、すぐに立ち上がる。

一方で回復を終えたかずみも立ち上がり、両者を睨んだ。

 

 

「「「………」」」

 

 

一瞬だけ立ち止まり沈黙する三人。

つくづく道が違う事が悔やまれる。

けれども三人は三人とも、それを口にする事は無く。次の攻撃に転じていった。

殺すために、終らせる為に、守るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方龍騎達も、まどか達同じく、乱戦を繰り広げている所だった。

キリカが危険視されていた戦いであったが、ほむらの賭けが功を奏したか、減速魔法は王蛇がかき消していく。

 

どうやらベノバイザーには魔法を破壊できる効果があるらしい。

魔法陣を常に設置しておくキリカにとっては、相性の悪い相手であった。

ゾルダがいない点は王蛇も不満そうだったが、やはり戦いの中に快楽を見出していくのか、すぐに上機嫌にベノサーベルを振るっていく。

それは杏子も同じらしい。戦いの場には武器をぶつけ合う音、そして二人の笑い声がよく聞こえていた。

そんな中で言葉を投げあう者達も。

 

 

「蓮ッ! お前は本当に……っ!」

 

「くどいぞ城戸。リミットは来た、それだけだ!」

 

 

ダークバイザーを振るうナイト。龍騎はドラグバイザーでそれを受け止め、弾く。

後退していく龍騎。二人の視線が仮面越しにぶつかり合う。

ナイトとは――、蓮とは今まで何度も衝突をした。

しかし何も、それが命を賭ける物ではなかったろうに。

 

 

「落ち着きなさいよ、アンタたち!」

 

 

すぐに割って入るファム。彼女もナイトの気持ちは痛いほど分かる。

美穂と恵里は、親友だった。もちろんナイトの想う気持ちはきっと数倍くらい上なんだろうとも分かっている。

けれどやはり、このまま戦いに呑まれるのを認める訳にはいかない。

 

 

「ジュゥべえ達の思う壺よ!」

 

「それでも俺は、可能性が高い方に賭けるッ。それだけだ!」

 

 

黒い軌跡が、白にぶつかる。

ギリギリと競り合うダークバイザーとブランバイザー。

踏ん張るファムだが、ナイトは彼女の足を、己の足でなぎ払う。

 

 

「うっ!」

 

 

肩から地面に激突するファム。

そこへダークバイザーガ振り下ろされた。

しかし刃は届かない。それよりも速く、龍騎がタックルでナイトを引き剥がしたからだ。

 

 

「蓮……、お前にも譲れない部分があるみたいにッ、俺にも譲れない物はあるんだ!」

 

「お前の――?」

 

「ああ、戦いを止めるって事だよ!!」

 

 

その言葉は、戦いの場によく澄み渡る。

龍騎を見るライア。戦いを止めるか――……。

 

 

「ウラァア!!」

 

「!」「!」

 

 

その時、龍騎とナイトの間に王蛇が飛び込んでくる。

ファムを踏み潰そうとばかりの飛び蹴りだ。

彼女は転がってそれを回避するが、王蛇はすぐに龍騎とナイトを狙う回転切りを繰り出した。

それぞれバイザーを盾にして攻撃を受け止め、ナイトはすぐに反撃の一閃を繰り出していく。

 

 

「お前の叶えたい願いはなんだ?」

 

「アァ? 決まっているだろ。この戦いが永遠に続くようにだ!」

 

 

王蛇の願いも一切ブレない。

イライラする。全て。だからそのイライラが消える戦いに、王蛇は希望を見出している。

故に、それが永遠に続いてほしいと願うのは至極当然の事ではないか。

戦いは人を傷つける物? いや違う、王者は戦いによって救われているのだ。

 

それは少し離れた所でキリカやサキと戦っている杏子も同じだ。

彼女にはもう失う物が無い。だからこそ純粋に戦いに集中できるし、それが拠り所になる。

成る程。戦いを止めたい者がいれば、戦いが永遠に続いてほしいと願う者もいる。

そんな事を思いつつ、ライアは龍騎を見ていた。

 

 

「………」『アドベント』

 

「えっ!? って、おわぁああああああ!!」

 

 

龍騎の真下から凄まじいスピードでエビルダイバーが飛び出してくる。

王蛇に気を取られていたため、龍騎はその不意打ちを通してしまい、空中へ放り出された。

エビルダイバーは高速で龍騎に突進をしかけると、磔にしたままライアの方へと加速する。

 

 

「他の奴らは頼むぞ。俺はアイツと決着を付ける」

 

「うぇ? ちょ、ちょっと占い師くん!?」

 

 

ライアはキリカとタイガの肩を叩くと、エビルダイバーの背に飛び乗った。

どうやら龍騎との一騎打ちを望んでいる様だ。それはそうだろう、二人には戦いを止めたいと言う共通の目的がありながら、道を違えた。

だからこそライアは答えを出したい。己と龍騎、どちらが正しいのか。

この戦いで答えが出る訳が無いのだが。けれどもライアは答えを出したかった。

答えを、見つけたかった。

 

 

「城戸!」

 

「――ッ」

 

 

龍騎はふと、ナイトを叫びを聞いた。

 

 

「お前は俺が殺す。忘れるなよ、城戸!!」

 

「……フッ」

 

 

笑うライア。

彼はそのまま龍騎を連れて、乱戦を抜け出していく。

ファムは止めようとするが、王蛇やナイトが邪魔で何も出来ない。

 

 

「手塚……ッ!」

 

 

ライアは、ファムの道を示してくれた恩人でもある。

ファムとしては、そんなライアと龍騎が殺しあう展開は避けたかったが――。

どうにもこうにも。自分には理解できないプライドがあるのかもとは思った。

 

 

(ああもう! 死ぬなよ真司!)

 

 

ファムは舌打ちを一つ。

そして自分も武器を構えて王蛇達のところに――

 

 

「「「!?」」」

 

 

その時だった。空から黒い炎が落ちてきたのは。

 

 

「今度は何だよもー!」

 

 

そんなキリカの喚き声をかき消す様に、炎は着弾して爆発する。

誰もが回避に成功し、それを見る。激しく燃える黒の中に、赤い複眼が光った。

 

 

「アレは……」

 

 

ファムは思わず、ゴクリと喉を鳴らす。

そういえば前に聞いた。龍騎そっくりの騎士がいるのだと。

そうだ。リュウガが一同の前に姿を現したのだ。

 

 

「ハハハ……!」

 

 

王蛇が笑う。

汗を浮かべて警戒する魔法少女達。無言のナイト。

ああ、どんどん面倒な方向に転んでいる気がする。

ファムは首を振って地面を蹴るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うあ゛ッッ! ぐっ!」

 

「城戸真司――!」

 

 

一同からそれなりに離れた場所で、ライアはアドベントを解除した。

龍騎が墜落して、地面を激しく転がるなかで、ライアは綺麗に着地を決める。

彼はゆっくりと倒れる龍騎に視線を移した。

そして一度、変身を解除してみせる。

 

 

「俺とお前は、同じ道を歩いていた」

 

「ああ、戦いを止めたいって……」

 

 

手塚が何を思って変身を解除したのかは分からない。

しかし龍騎も、何か強い想いだけはしっかりと感じた。

故に、変身を解除して城戸真司に戻る。二人の強い瞳がぶつかり合い、火花を散らす。

 

 

「俺はそれが正しい事だと信じていた」

 

 

手塚は過剰ともいえる程に占いを勉強してきた。

それは運命と言う文字に、彼が強い影響を受けたからである。

翻弄され、惑わされ。そして何もできずに運命をありのままに受け入れた。

 

いや、ずっと否定したいと思っていたのかもしれない。

だから運命を少しでも学ぼうと、占いを始めた。

自信はついてきたつもりだ。手塚少しだけ唇を吊り上げて、そう言う。

しかしどれだけ学んでも、どれだけ人の運命を視る事ができても――!

 

 

(やはり、自分の運命だけは全く見えなかった)

 

 

人はいつも迷っている。

自分は何をすればいい? 自分はどうすれば幸せになれる?

何を身につけ、何を食べ、何を行えば、悲しい運命に直面せずに済むのかと。

その答えの見つけ方は、人それぞれだ。自分で答えを導く者、そうでない者は何かに縋っていく。

 

たとえば、それこそ占いとか。

言われた事を妄信する訳じゃない。だけど良い運勢ならばそれが真実と信じて、悪い運勢ならまやかしだと切り捨てるか、救いを求める。

 

誰だって、悲しみに満ちた運命を受け入れたくは無い。

決まっているだろう運命を、少しでも『より良い』ものと信じたいからだ。

 

 

「俺にも、受け入れたくない運命があった」

 

 

だが結局、最悪の結末はやってくる。

それを回避し、生き残った手塚は何をすればいい?

どうやって、これからを過ごせば良い? 何故俺が生き残った?

なんて。そんな疑問だらけの毎日を挫けずに生きていけたのは、確かに『縋るもの』があったからだ。

 

 

「戦いを止める事。世界を守る事が、俺の生きていく理由だった」

 

 

それが自らに架した、これからの運命だと信じていた。

 

 

「だが俺は今、確かに心が揺れている」

 

 

これが何なのかは分からない。

いや、分かりたくないのかもしれない。

とにかく手塚は、自分のためにも決着をつけなければならないのだ。

そう、そうだ、手塚は思ってしまっている。

真司の考え方こそが正しいのではないか。自分が出したかった答えなのではないかと。

 

だが駄目だ。

それを認めると言う事は、他ならぬ手塚自身の否定になる。

そしてなによりも親友に誓ったじゃないか。

そう、たった一人の大切な親友に。

 

 

「……良い友を持ったな、アンタは」

 

「え?」

 

「秋山は言ってた、アンタを殺すのは自分だと」

 

「あぁ……。いやッ、でもそれのどこがいい友人なんだよ!」」

 

「ハハ、そうだな。酷いヤツに思えるが、逆を言えば自分以外の人間には殺されるなと言う意味にも取れる」

 

「まあ、それは……」

 

「秋山はお前に、俺に勝てと言ったんだ」

 

「ほ、本当かなぁ?」

 

 

頭をかいて苦笑する真司。

まだあると手塚は言う、例えばそれは美穂だ。

 

 

「霧島はお前に大きな影響を与えると視た。いや、もう既にか?」

 

「……流石」

 

 

確かに美穂の応援があったからこそ、真司はここにいる。

そればかりか、まどかに対する答えも見出せないまま、傷つけまいと距離を取り、結局まどかを傷つけていたのかもと思う。

 

 

「そうだな、そうだよな。そうだよ」

 

「………」

 

「俺にとって、蓮も美穂も大切な友達だ。だから戦いを止めるんだ」

 

 

友人と殺しあうなんて俺には耐えられない。

それは誰だって同じだ、だからココまで来た。

多くの人間に馬鹿にされても、それは間違っていると言われても。

 

 

「そうか。羨ましいよ、アンタが」

 

 

手塚はライアの紋章が刻まれているデッキを見つめる。

同じく真司も、龍騎の紋章を見た。刻まれているのは龍の顔だ、目の下に線が入っているからか泣いている様に見えた。

 

そう、そうだ、悲しい運命を壊すためにこのデッキを掴む。

真司はデッキを突き出して、真っ直ぐに手塚を見る。

手塚は無言で頷くと、同じくデッキを突き出してバックルを装備する。

 

 

「俺の親友は死んだ」

 

「………」

 

「お前は、俺と同じ道を歩むな」

 

 

だからこそ道は違えたのか? 分からない、手塚は表情を無に戻す。

結局はじめから、自分達の運命は違っていたのかもしれない。

それでいい、手塚はつくづくそう思う。

 

真司は手塚と同じ運命を辿るべきではない。

このまま同じ道を歩めば、きっと同調してしまう。

だからこそ切り離すべきだった。

 

 

「もう一度聞く。鹿目まどかを殺す気は無いんだな」

 

 

同じ道は歩むな。

真司はその言葉を胸に、強く頷いた。

 

 

「まどかちゃんだけじゃない。誰も、殺さない」

 

 

フッと笑う手塚。

目が語っていた、それでいいと。

だが何度も言う様に、手塚には手塚の誓いがある。

それを破るわけにはいかないんだ。だから手塚は真司を睨む。

 

 

「俺は違う――」

 

 

嫌いだから殺し合うんじゃない。憎いから傷つけ合うんじゃない。

ただ運命が違ったからだ。真司は手を斜めに突き上げ、手塚は手を前に突き出す。

何度も迷い、何度も答えに疑問を持ち、その先に望む答えはあるのだろうか?

 

 

(教えてくれ城戸真司、お前を倒せば……、きっと俺は答えにたどり着く)

 

 

だから、叫んだ。

 

 

「変身ッ!」「変身――!」

 

 

走り出す二人。

同時に、彼等に合わさる様にして鏡像が重なり合った。

鏡が弾けるエフェクトと共に、変身が完了する。

一瞬だけ龍騎の複眼が光る。二人は地面を同時に蹴ると、相手の胴体に拳を打ちつけた。

 

 

「ッッ!!」「!!」

 

 

龍騎は右、ライアは左。

繰り出した渾身のストレートが互いの呼吸を止めると、地面に撃墜させる。

倒れた衝撃で二人の脳が揺れ、だからだろうか? 二人の目の前に、『記憶』がフラッシュバックする。

 

それは一瞬。

しかし二人の目にしっかりと刻まれた景色だ。

龍騎が見るのは蓮と美穂の後ろ姿。そして儚げなまどかの表情だ。

一方でライアが見るのは目の前で死んだ親友。斉藤雄一の姿だった。

 

 

(雄一、俺は……、俺は間違っていないよな?)

 

 

立ち上がる二人の手には、それぞれ二枚のカードが握られていた。

二人はすぐにバイザーの中に入れて発動する。

 

龍騎はソードベントとガードベント。

ドラグシールドを両肩に装備して、右手にはドラグセイバーを。

そしてライアはスイングベントとコピーベント。

右手にドラグセイバーを持ち、左手にはエビルウィップを構える。

 

 

「ぐっ!」

 

 

鞭が龍騎の装甲を叩いた。

バチンと言う音。ウィップから迸る電流の音が、龍騎の耳を貫いた。

ライアは長い鞭で牽制しつつ、接近戦の範囲に入ればドラグセイバーで応戦するつもりだ。

龍騎も強引とは分かりつつ、身体を竦めながらライアの方へと突進していく。

 

 

「うおおおおおおおおおお!!」

 

「………!」

 

 

力技だ。

龍騎は強引に鞭の嵐を突破すると、ドラグセイバーでライアに切りかかった。

けれどもライアとてコピーした剣で応戦を始める。赤い軌跡が二人を掠めた。

龍騎もライアも己の意思を刃に乗せて、ただひたすらに剣を打ち付けあう。

なんだかそれは相手の身体に剣を当てると言うよりも、相手の剣を弾くのを優先している様にも思えた。

 

相手の攻撃を受け止め、そして弾く。

自分も想いが相手よりも上である事を証明するかのように。

あくまでも、の話だが。

 

 

「―――ッ」

 

 

舞い散る火花は、まさに華の様だ。

なぜだろうか。戦いの真っ最中だと言うのに、どこかノスタルジックな気分になる。

ライアの心は、自分でも驚くほどに落ち着いていた。

達観していると言えば良いか。ライアにはこの戦いの結末が既に見えている気がしてならない。

だから不安は無かったのだ。何を恐れる必要があるのか。

これはもう決まっている運命――?

 

 

「!」

 

 

ライアの剣が弾かれ、手から放られて宙を舞った。

 

 

「もらった!」

 

 

龍騎は思い切り地面を踏み込んで、突きを繰り出す。

しかしライアの鎧を捉えた感触は無い。

それもその筈だ。ライアは龍騎の突きに合わせる様、後ろへ跳んだのだから。

 

そして同時にエビルウィップを伸ばす。

鞭はドラグセイバーの持ち手部分に巻きつき、ライアが引っ張ると龍騎の腕からすっぽ抜けた。

それだけじゃない。鞭先には剣が巻きついたまま動き回る。

まるで鎖鎌だ。ライアは着地を決めると、鞭を再び振るう。

剣先が龍騎の装甲を削った。

 

 

「う――ッ! ぐぐッッ!!」

 

 

しかし龍騎はその時に鞭を手で掴んでいた。

馬鹿め、ライアは電流を流して追撃のダメージを龍騎へと浴びせていく。

が、しかし、ここも我慢だ。龍騎は鞭を思い切り引っ張ると、ライアの身体を自分の方へと引き寄せた。

 

 

「しまった!!」

 

 

ライアがすぐに鞭から手を離すがもう襲い。

龍騎は空いていた左手でライアの顔面を思い切り殴りつける。

 

 

「―――」

 

 

衝撃で目の前が真っ白になる。

真っ白とは少し違うか。真っ白な空間に、たった一人立っている親友が見えた。

彼は、悲しい顔をしていた。

 

 

(――ッ、雄一)

 

 

斉藤雄一。

何故だが分からないが、彼とは気があった。

元々騒がしくするタイプでもなかったからか。年齢の割にはお互い落ち着きがあったからか。

手塚と雄一は気がつけば共に行動をする様になっていたものだ。

いやいや、少し変な言い方をしたな。要は普通に仲良くなっただけの話なんだ。

 

語るほど、面白いエピソードがある訳ではない。特別なエピソードがある訳でもない。

ただ毎日学校で顔合わせ、下らない会話をし、共通の話題で笑いあう。

誰しもが友人と行う事だ。しかしそれは、誰しもが持つ共通の財産だろう。

真司も、まどかも、ほむらもだ。

 

 

『ストライクベント』『ストライクベント』

 

 

ドラグクローと、強化されたエビルバイザーがぶつかり合う。

龍騎は肩のシールドでライアの攻撃を受け止める手もあった。

しかし何となく、それをしなかった。別に理由があった訳じゃない、だけど本当に何となくソレをしなかった。

 

したくなかったと言えばいいのか。

ライアは真っ直ぐ来ると確信していたから、龍騎も真っ直ぐに攻撃を出しただけだ。

結果は予想通り、真正面から武器が、拳がぶつかり合う。

よく分からないが、別にコレでいいと二人は思った。

 

 

「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」

 

 

叫ぶ声が重なる。

ドラグクローからは炎が放たれ、ライアの身体をすぐに紅蓮の炎が包み込む。

しかし同じくしてエビルバイザーからは激しい紫電が放たれ、龍騎の身体を雷で包み込んだ。

熱が、痛みが、苦しみが二人を包み込む。だが二人は怯まなかった。

むしろ闘志をどんどんと爆発させていくだけ。

龍騎もライアももう一つの手で相手の腕をガッチリと掴み、逃げられない様に固定する。

 

いや、逃げようと思えば逃げられた。

しかしライアは逃げなかった、龍騎は逃げなかった。

ライアとしてはいつもの戦い方とはかけ離れた、力押しのパワープレイだが、それでも構わない。

逃げずに力を解放し続ける。我慢比べをしようとは思わない、ただ純粋に相手よりも上である事を証明したいと意地になっているだけだ。

 

 

「――ッッ」

 

 

炎がライアを包んでいるのがよく分かる。

熱い、なんて熱いんだ。けれどもライアは、まだどこか達観していた。

まるで自分を遠目で見ている様な感覚。炎で揺らめく視界の中に、また雄一の姿を見る。

 

 

「俺は……、俺は負けない――ッッ!!」

 

「俺だって、負ける訳にはいかないんだ!!」

 

 

雄一には家族がいた。元々ピアノがある家だ。それなりの財力があり、故の教養があった。

雄一は家族を愛していたし、ピアノの才能がある彼を、家族も誇りに思っているようだった。

 

よく家には呼ばれ、家族とも話したものだ。

雄一の弟と妹は手塚に懐いてくれた。2歳になる妹からは結婚の約束も申し込まれた事もあったか。

もちろん冗談だが、その時の雄一の苦い顔は今でも思い出して笑いそうになる。

 

良い家族だと本当に思う。幸せそうな家庭だった。

理解があり、尊敬し合い、大きな愛があった。

 

 

『いつかプロになって、父さんと母さんに恩返しができたらって思うよ』

 

 

雄一は才能があった、思いやる心もあった、とにかく出来た男だった。

世の中で成功すべき者は、雄一の様な者なのだと手塚は本気で思っていた。

努力をし、良識のある行動を心がけ、他者を思いやる者が報われて欲しいと思うのは当然だろう。

 

 

「城戸ッ! お前は秋山を説得できなければどうする? ヤツを殺すのか!?」

 

 

焼ける身体で、ライアは声を絞り出す。

苦痛はより深く、けれどもライアは走り、拳を龍騎へ押し当てる。

 

 

「俺は――……」

 

 

分かってるよ。

そんな声が聞こえた様な気がする。

実際は何も聞こえない筈なのに。

 

 

「俺は、殺さない!!」

 

「だったら秋山に殺されると!?」

 

 

説得できないのは、文字通り分かり合える可能性が断たれたと言う時だ。

武器を捨て、話し合い、その先に決裂があり訪れる未来だ。

残っているのは相手を殺す事だけではないのか?

なのに、龍騎は違うという。

 

 

「俺は足にしがみ付いてでも蓮を止める。そんで俺もアイツも死なない、死なせない!!」

 

「笑わせるなよ! 口では何とでも言える! 俺が聞きたいのは甘えを捨てたッ、お前の答えだ!」

 

 

ライアは電力を最大にして、龍騎を消し炭にしようと試みる。

しかし、龍騎もまたドラグクローを突き出し、火力を上げる。

拳と拳がぶつかり合った。死なない。龍騎の炎は一向に消える気配を見せない――!

 

 

「それでも俺は、絶対に殺さない!」

 

 

だって。

 

 

「手塚、お前が教えてくれたんだろッッ!!」

 

「!!」

 

 

悲痛な叫び。それに呼応するが如く、目を光らせるドラグクロー。

その瞬間、爆発的に火力が上がった気がする。

 

 

(やはりコイツも……)

 

 

ライアは確信する。

例えば、まどかがキング、ファムがクイーン、サキがジャック、ほむらがエースとするならば確実に龍騎はジョーカーだ。

 

いや、それは彼等の仲間内だけに留まる話ではない。

この世界をもかき乱す程の力を龍騎は持っているのか?

そう、信じてみたい。

 

 

「たとえ悲しみの炎に身を焼かれようが――!」

 

 

炎の勢いがどんどん強くなっていき、徐々にライアの紫電が弱まっていく。

 

 

「たとえ絶望の剣に心を刺し貫かれても……ッッ」

 

「……っ」

 

 

そして震え始めるライアの拳。

 

 

「変えたい世界があるのなら! 命の炎を燃やし続けろって!!」

 

「城戸――ッ」

 

「抗い続けろって!!」

 

 

そして、決着。

ドラグクローはライアの紫電を消し去ると、そのまま胴体に思い切りブチ当たる。

ライアは大きく仰け反り、地面へ倒れる。そのまま激しく転がりながら、龍騎から離れていった。

何度も頭部が地面にぶつかる。だからだろうか、また過去がフラッシュバックしていく。

 

 

(抗い続けろ……、か)

 

 

勢いが死に、ライアは停止する。

ため息をついて仰向けになった。目の前には快晴が広がっており、一面の青が眩しい。

そう言えばあの日もこんな空だった。そうだ、あの日。

雄一が事故にあったと聞いた日も。

 

 

「………」

 

 

初めてそれを聞いたとき、手塚は全く信じていなかった。

だってそうだろ? 才能に恵まれた男が、ある日事故にあってその才能を失うなんて。

小説かドラマの中にてありがちな事だ。

 

手塚もよく本を読む中でそういったシーンは何度も見てきたし、ありがちだなと思うまでになった。

だから驚きの感情が不思議と湧かなかった。どこか嘘なのだろうと思っていたのだろう。

しかし次の日、雄一は学校に来なかった。次の日も、その次の日も。

 

だから手塚は病院に向かい、雄一に会った。

そして今までの話が真実であると、その目で見てしまったのだ。

事故と言っても、車に轢かれただとかではない。

人災だった。詳しくは聞けなかったが、何でも『ノックアウトゲーム』と言う物が当時は流行っていたらしい。

本当にごく一部で。それもすぐに消えた物だが、とにかく雄一はそのターゲットに狙われたと言う事なのだった。

 

ノックアウトゲームとは簡単に言えば見ず知らずの人間を殴り、一撃で気絶させられるかどうかと言う狂った遊び。

そしてその様子を撮影し、動画投稿サイトにアップすると言う流れである。

この一連の流れもにもいろいろと種類があるらしく、雄一はある日学校の帰り道に集団暴行を受ける事になった。

 

一度殴られても気絶しなかった雄一を見て、犯人達は角材や金属バットで彼を殴り始めた。

殺害への抵抗は無かったのか? とにかく犯人達は本気で、要は殺す気で雄一を殴った。

しかも何故か、ご丁寧に『手』を集中的にと言う訳だ。

もしかするとノックアウトゲームを偽った犯行なのかもしれないと警察は言っていたらしい。

 

思えば雄一は天才ピアニストと呼ばれ持て囃されていたし、メディアにも取り上げられていた。

どこかで誰かの恨みをかってもおかしくはないだろう。

とにかく手を狙われたため、酷い傷であった。

複雑骨折、神経も傷つけており、治ったとしても後遺症でピアノは弾けないらいし。

 

 

『鍵盤に触れたら激痛が走るんだ。まいったよな』

 

 

雄一はその事を笑いながら手塚に話していた。

 

 

『命が助かっただけ良かったよ、巻き込まれたのが家族や手塚でなくて良かったと』

 

 

笑いながら言っていた。

 

 

「おかしいと思わないか? 幸福になるならまだしも、神は――」

 

 

運命は、雄一から才能を奪ったのだ。

ライアは龍騎に聞こえるか聞こえないか程度の声でそう言った。

その瞬間、手塚は初めて運命と言う物に疑問を持った。

 

人には生まれながらにして決められた道がある?

では雄一は無駄になるのに必死に努力し、他人を思いやる生活の果てに、名前も知らない連中に殴られる為に生まれてきたのか?

 

警察は必死に犯人を捜した。

だがなにしろ犯人連中は皆覆面やらで顔を隠していたし、ノックアウトゲームと言う名目上なのだから、恐らく雄一と何の関係も無い人間の可能性もあった。

 

一方で手塚がパソコンで動画サイトを見回っていたら、意外とすぐに雄一の動画は見つかった。

案の定それはノックアウトゲーム・リンチ編と言うふざけたタイトルで、雄一が暴行される一部始終が記録されている。

動画は数日で削除されたが、手塚の目や脳には、しっかりと全てが焼き付けられていた。

 

それを見て。怒りよりも疑問が勝った。

ノックアウトゲームの動画は、何も雄一だけではない、他の人間もターゲットにされていた。

ニュースでは連日の様に殺人事件の話題が上がっている。

今まで考えた事も無かったが、つまり彼らはこうなる運命だったと?

 

 

『そんな馬鹿な事があっていいのか?』

 

 

しかし手塚には何も出来ない。

漠然とした違和感を感じるだけで、特に何かをすると言う事は無かった。

犯人は警察が捜すし、できる事が見つからなかっただけと言えばそれだけだが。

 

 

「ハァッ!」『アクセルベント』

 

「グッ! ラァア!!」

 

 

ライアは立ち上がると、すぐに拳を構えて龍騎に殴りかかる。

カードの力で高速となったライアは、またも似合わないパワープレイに出る。

ただひたすらに龍騎を殴り続けた。

 

もちろん龍騎は肩のガードベントで防御を行うが、ライアは構わず殴り続け、防御をかいくぐり、また殴り続ける。

ライア自身、拳が砕けそうな程に痛い。

装甲や盾があると言う意味もあるが、何よりもコレが人を殴る痛みなのか? 痛い、拳も、心も。

龍騎も再びライアの意思を感じ、ガードベントを解除する。

そしてありったけの力を拳に込めて、ライアを殴った。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

雄一を殴った奴らも、痛みを感じていたのだろうか?

手塚は毎日雄一の病室を訪れる様になった。

個室とは金持ちだな。そう言うと、雄一は以前の様に笑った。

 

様に、思えた。

しかし手塚もその時から、人を見る才能は少しばかりあったのだろう。

雄一が以前の様に振舞っている様にしか見えなかったのだ。

笑顔を浮かべている? 違う。手塚にはそれが偽物の笑顔にしか見えない。

 

けれども手塚は、それを雄一に問う事は無かった。

なんだろう? なぜだろう? やはり運命は決まっているから?

雄一に何を言っても無駄なのではないかと思ってしまったからだろうか。

 

 

『そう言えばさ、殴られてる時に道にこんな物が落ちてたんだ』

 

 

思わず拾ってココまで持ってきてしまった。

雄一は笑いながら手塚に黒いケースを差し出す。

思えば、コレも最初から仕組まれていた運命と言うヤツだったのだろうか?

今になってそう思う。

 

 

『これは?』

 

『分からない、でも中にカードが入ってる』

 

 

そう、カードデッキ。

その時はまだ何も書かれていなかったが、ソレは確かに雄一の手にやってきたのだ。

彼はそれをお守りと言って持つ事に。願掛けの様な物だろう。

デッキを拾ったから命は助かったと信じたいのだ。つまり雄一はそこに希望を見出して、縋る。

 

 

「フッ!」『コピーベント』

 

 

龍騎の胴体を蹴り、一度距離を取るライア。

コピーベントは三枚持っている。彼は二枚目を使い、龍騎のドラグクローをコピーした。

同じく倒れながらも再構築が完了したストライクベントを発動する龍騎。

立ち上がると同時に構えを取る。少し離れた所には、同じ構えを取っているライアが。

 

 

「ハァァァァァ……ッッ!!」

 

「フ――ッ!」

 

 

龍騎の周りを激しく旋回し口の中を光らせるドラグレッダー。

ライアの周りを飛び回り激しく紫電を光らせるエビルダイバー。

同じ構えで睨みあう騎士達。そしてその騎士を守るべく睨みあうミラーモンスター。

まるで二人は鏡合わせの様に。けれども確かに違う存在なのだ。

それを二人はよく分かっている。似ている面はあれど確かに違う存在なんだと。

 

 

「ハァアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「ヤァアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

ライアが放つのは紫電に包まれた炎弾、龍騎が放つのは巨大な炎弾。

二つの炎はぶつかり合い、競り合いを始める。

迸る紅蓮と紫電。激しい二つのエネルギーは空間を振動させて力を拡散させる。

そしてその中に、ライアは再び過去を見ていた。

 

 

「………」

 

 

雄一はよく笑い、必死にリハビリに励んでいた。

誰もが彼を立派と言い、誰もが彼を強いという。

メディアもメディアで、雄一を悲劇の少年と取り上げていた。

辛い運命を背負いながらも挫けずに努力する。そんな煽り文句を見かけた事もあったか。

 

それは彼の両親だって同じだった筈。

思ったよりも心にダメージを負っていなくて本当に良かったと言っていた。

弟や妹と楽しそうに話している雄一を見て、安心した様に笑っていた。

 

だけど。けれども。しかし。手塚にはそうは見えなかった。

雄一は仮面を被っている。それが雄一を見続けてきた手塚の感想だ。

何かがおかしい、雄一には異変が起きている。

 

その違和感は日に日に強くなっていく。

だけど手塚はソレを誰にも、告げない、問わない。

自分に何ができる? 何も出来ないに決まっている。

何故? 決まっているじゃないかそんな事。

 

だって――、もう、人が辿る道は『運命』として決まっているのだから。

手塚が何をしたところで雄一には元々定められている運命と言う奴がある。

抗えないし、少しは変えられるかもしれないが、やはり定められたレールがある筈。

だから手塚は何もしなかった。雄一がおかしくなっていく事を知りつつ、どこか大丈夫だろうと達観していたのかもしれない。

 

 

「!」

 

 

競り合いをしていた炎に決着がついた。

打ち破ったのは龍騎の炎だ、巨大な炎弾は紫電の炎を破壊するとライアに向かっていく。

だがライアは避けない。どう言うつもりだ? アレを受ければいくらなんでもと龍騎は思うが、ライアはやはりノーモーションだった。

 

当然炎はライアに命中。

体を焼きつくさんと爆発を起こす。

息を呑む龍騎、しかし直後すぐに電子音が。

 

 

『トリックベント』

 

「!」

 

 

ライアの身体がガラスが割れる様に消し飛び、そこにはジョーカーのカードが。

そして今度はその砕けたガラス――、鏡の破片を集める音がして、龍騎の背後にライアが現われる。

 

 

「ハァア!」

 

「ぐあッ!!」

 

 

まずバイザーについている刃で龍騎の背後を縦に切り裂くと、振り向いた龍騎の胴体にドラグクローを打ち込む。

 

 

「あ――ッ! ぐぅぅ!!」

 

「無駄だ!」

 

 

何とか龍騎はドラグクローを掴むが、ライアはそこで炎を発射。

龍騎はのけぞりながら炎と共に吹き飛んでいく。

そこでライアはアドベントを発動する。エビルダイバーに飛び乗り、猛スピードで龍騎を追った。

 

まだライアの攻撃は終ってはいない。

吹き飛び地面に倒れる龍騎に追いつくと、エビルダイバーについているブレードで攻撃していく。

 

 

「グアァアアア!!」

 

 

飛び散る火花。

同時に龍騎の身体が浮き上がり、ライアは旋回を行って、龍騎に次々と突進を繰り出していった。

 

だが龍騎もまたやられてばかりではない。

一瞬の隙をついてデッキからカードを引き抜くと、それを素早くバイザーにセットする。

現れたのはドラグアロー、しかも弓ではなく矢だけだ。龍騎は手に持った矢を接近したエビルダイバーに突き刺した。

 

 

「まずい!」

 

 

ライアはすぐにアドベントを解除して地面に着地する。

当然エビルダイバーに刺さっていた矢も地面に落ちる訳だ。

すぐに走り出すライア。しかし龍騎もまた既にドラグセイバーを構えており、大きく後ろに跳びながら炎の斬撃を放つ『龍舞斬』を繰り出した。

 

 

「ぐあぁぁああ!!」

 

「うあぁあああ!!」

 

 

炎が地面に転がっていた燃料に引火。

大爆発が起き、龍騎とライアは爆風で大きく吹き飛ばされる。

手足をバタつかせながら倒れる龍騎と、空中で一回転して背中から地面に叩きつけられるライア。

再び真っ青な空が彼を出迎える。

 

 

「――ッ」

 

 

何も変わらない友人。

けど確かに変わっていく物を感じつつ、手塚は何もしなかった。

できなかったのか、しなかったのか。それは今になっても分からない事だ。

 

どうにかなる。

何も変わらないと信じていた。いや、そうなってほしいと願っているだけで、怯えていた。

何も出来ず、その状況を正当化するために必死に言い訳を行っていたのか。

あるいは、それが自分自身の運命と言う奴だったのか。

 

 

「分からない、分からないんだ」

 

 

ふとライアはそう言葉にする。

もちろんそれは龍騎には聞こえぬ言葉だ。

自らに投げかけるべき疑問。何故、何もしなかった? いや何ができたと言うんだ。

徐々に狂う歯車を感じつつも、棒立ちだった自分に今も罪を覚えている。

 

 

「――ッッ! ォオオォォォォオ!!」

 

「!」

 

 

立ち上がったライアは、再び拳を握り締めて龍騎へと向かう。

龍騎も拳を一度見つめ、強く握り締めるとライアと殴りあった。

戦いでもなければ、殺し合いでもない。ただ純粋に拳をぶつけ合う行為。

理由はもう、ライアは分かっている。

トリッキーな戦い方を放棄して、何故ライアは我武者羅に、一直線に龍騎へ向かうのか。

ライアは、もう龍騎を見ていないのだ。

 

 

「ハァアアアアアアア!!」

 

「!!」

 

 

ライアから、普段は想像もつかないような荒々しい声が漏れた。

目の前にいる龍騎に、ライアは己を重ねていたのだ。

だからこそ殴り壊したかった。龍騎は運命を変えようと足掻くつもりだ。

その意思を貫けとライアは言った。けれども、だからこそ、壊したかった部分がある。

 

龍騎は、ライアができなかった事をやろうとしている。

だからもしも龍騎がライアの拳に倒れるようならば、弱い自分と共に消え失せろ。

 

 

「オオオオオオオオオオ!!」

 

 

ライアの拳が龍騎の頬を捉えた。

けれども龍騎は踏ん張る。踏み込み、その頭部で思い切り頭突きを繰り出した。

それを受けてヨロけるライア。そこへ龍騎はドロップキックの追撃を。

 

 

「―――」

 

 

ある日、雄一の病室を訪ねると、そこは散々な物が変わっていた。

窓にはヒビ。飾ってあった花瓶は割れ。彼の家族が血を流している。

なんだ? コレは。手塚は全身が寒くなるのを感じると同時に、ああ――、と納得する部分があった。

やっと自分が感じていた違和感が晴れる時がやってきたのかと。

 

雄一はピアニストになって、両親に恩返しがしたいと言っていた。

けれども、何もソレは報酬や名声だけが目当てではない。

並んで座って、一緒に弾いたこともあったから知っている。

下手糞な手塚を見て、雄一は本当に楽しそうに笑っていた。

 

雄一はピアノが大好きだった。

ピアノの道で生きていく事は、雄一にとって両親に対する恩返しであり、何よりも自分の夢を叶えると言う希望であった。

それがある日、全く訳の分からない理由で奪われたら?

 

その苦しみ、憎しみ、怒り。

つまり憎悪は、雄一自身が想像をする物を遥かに超越していただろう。

だが雄一は家族に心配をかけぬ様に振舞った。犯人を殺したかったろう、治せない医者を殴りたかったろう。ちゃんと回復しない体を恨みたかったろう。

その全ての負を、雄一は笑顔と言う仮面で隠した。

 

ピアノが駄目なら、他の生き方をすればいい。

雄一がそう口にした裏にある想いは、どす黒く濁りきっていたのかもしれない。

希望もあったんだろう、リハビリを続ければ治ると言う希望も。

一緒に頑張ろう、また演奏聞かせてね、そんな言葉を投げられて雄一も笑みを浮かべていた。

 

 

手塚は、その全てを見ていたし、理解していた。

にも関わらず何もしなかった。何もできない、何をしても無駄。

その感情だけを抱えて、手塚は仮面の笑顔に、仮面の笑顔を向けていた。

そして遂に、その憎悪が仮面を突き破ったと。

手塚は冷静に分析を行ってしまう。

 

話を聞けば雄一は突然――。そう"彼等にとっては"、突然暴れだしたらしい。

花瓶を投げ、病室にある過去の賞状やトロフィーを破り、投げ。弟たちや両親にぶつけたとか。

訳も分からずに泣きじゃくる弟や妹。そして当たり所が悪かったか、血を流している父親。

床には血のついたトロフィー。くしゃくしゃになったクラスメイトの寄せ書きが落ちていた。

 

いや、捨ててあった。

確かコレは雄一が飾ったものではなく、飾られた物だと聞いたことがある。

手塚はそれを見て一つのことを思い浮かべていた。

 

 

やっぱり、こうなるのか。

 

 

手塚はどこかでこの景色が来る事が分かっていたのかもしれない。

でも止めようとは。その運命を回避し様とは思わなかった。

だって運命とは決まっている道、だからこそ運命と言うのだろう?

 

 

「グッ! ガァァァ! アアアアア!!」

 

「ウオオオオオオオッ! ダァッ!!」

 

 

叫びながら、狂いながら殴り続ける龍騎とライア。血を吐けば、仮面を介して排出される。

殺す。ライアは龍騎にかつてない殺意を抱いた。

殺す! 殺さなければならない! 彼を、罪を、己を!

それが自らに出来る罪の清算だ。

 

頼む、お願いだ。

その時ライアは仮面の奥で一筋だけ涙を流した。

お願いだから死んでくれ。

お願いだから――……。

 

 

「―――……」

 

 

拳が砕ける音がした。

それでもライアは殴り続ける。

鏡、彼は鏡、龍騎は鏡、己を映す鏡なんだ。

 

だから殺す、だから殴り続ける。

己を殺す為に拳が砕けても、激痛が拳に走ろうとも殴り続ける。

こんな痛みを――、いやそれ以上の痛みを雄一は感じていたのだろうから。

 

 

 

雄一はひとしきり暴れた後に病室を飛び出していったと言う。

医者や看護婦が必死に探しているらしいが、まだ見つかっていないとか。

しかし手塚は冷静だった。自分でも驚くくらいに。

こうなる事が分かっていた。

 

デジャブの様な物を感じた。

雄一がどこに行ったのかも、心当たりがあったのだ。

それは限定されたものではなく、あくまでも候補と言うだけの話だが、手塚には雄一が向かいそうな場所が分かってしまったのだ。

手塚は踵を返し、背中に泣き声を受けながら歩き出す。

 

 

見滝原病院に隣接している七階建ての建物。

入院している間、学校に行けない子供達に病院を教える場所や、小さな図書館の役割、そして運動器具が置いてある別館ともいえる場所

窓の下から、その建物を見る手塚。

少し息を呑んだ。なぜならば本当にそこに雄一がいたからだ。

小さいが人影が見える。アレは間違いなく――、彼だと。

 

 

手塚がそこに目をつけたのは何も直感やデジャブだけが理由ではない。

明確な理由が一つそこにあったからだ。それは見滝原病院本館とは違い、屋上に簡単に出入りできるのだ。

警備が甘いといえばそうなのだが、一応しっかりとした柵はあったから。

 

 

『………』

 

 

手塚は、雄一を見かけたことを誰にも言わなかった。

何故だ。彼は今になってそう思う。あの時警察か医者か家族か――。

とにかく誰かに言っておけばと何故考えなかったんだ。何故、何で……。

 

とにかく手塚は雄一がいるだろう場所へ一人で向かう。

そこへ到着するまで、手塚は走る事もしなければ、焦りさえも浮かべていなかったのかもしれない。

何とかなると思っていたのか、抗えぬ運命を感じていたのか。

とにかく手塚の心は驚くべきほどに落ち着いていた。

その理由だけは、この時はまだ分からなかったんだ。

 

そして手塚は雄一が通ったであろう道を辿り、屋上へやってくる。

時間は夜。闇の空間が広がり、他のビルのネオンが自分達を照らしている様な感覚だった。

そこで初めて目を見開く手塚。屋上の柵が不自然な曲がり方をしていた。

そしてその奥に雄一が立っていた。

 

なんだ? なんだこれ? コレを彼がやったのか?

ならどうやってこんな硬い鉄の柵を曲げて――?

混乱する手塚であったが、そこで雄一は手塚に気づいたようだ。

 

 

「誰も――ッ! 誰も何にも分かって無いんだよ!!」

 

「雄一――ッ」

 

 

そこで初めて、手塚は今いる場所がとんでもない所なのだと教えられた気がする。

夜の暗闇にくっきりと浮かび上がる雄一の姿。その奥には、無数の明かりが宝石の様にキラキラと散らばっている。

風は強い。雄一の髪や衣服がバタバタと揺れていた。

 

雄一は言う。

誰も理解していない、誰も何も分かっていない。

そう叫ぶ彼の表情はなんともやるせなく、悲しく、虚しそうな。

 

 

「ダアァアァッッ!!」

 

「ぐあぁッ!」

 

 

その時、龍騎の拳が二つ同時にライアの胴を打った。

うめき声をあげて吹き飛び、地面を転がるライア。

うつ伏せで倒れると、ピタリとその動きを止める。

 

決着はついたか?

凄まじい疲労と気迫に、龍騎も膝をついて呼吸を荒げる。

一方でライアは無言で時間が止まったかのように停止していた。

 

 

「………」

 

 

違う。

理解していない。雄一は泣きそうな顔で、そう言った。

どうしてこんな状況になっているんだ? 手塚は少し怖くなって、すぐに雄一に戻ってくる様に促す。

 

雄一が立っているのは柵の向こう側だ。

つまり何も抑制する物が無い空間。しかも雄一は縁に立っている訳で、あと一歩でも足を前に出そう物なら、闇の中に消えていくのは明白。

 

 

「戻れ雄一! 危ないぞ!!」

 

「何で――俺――……だ」

 

「っ? なんだ雄一? よく聞こえない――ッ!」

 

「何で俺がこんな目に合わなくちゃいけないんだよ!!」

 

「!」

 

 

人に優しくできるのは、自分に余裕があったからこそだ。

雄一は自分の才能を理解していた、自分の努力が必ず実る物だと理解していた。

だから頑張れた、だから優しくなれた。

 

やがて夢を見た世界で、多くの人に感動を与える事ができるのだと。

それを信じていたからこそ、楽しく優しく毎日を余裕を持って過ごす事ができた。

しかしそれが全く理解できない理由で砕かれた今、雄一の中にやり場の無い怒りが溜まるのは当然の事だ。

 

何故それを誰も理解できない?

何故、みんな平気な顔で、笑って、一緒に頑張ろうなどとッッ!!

全てが軽い言葉だ。何をほざいても、心には届かない。

 

 

「何を一緒に頑張るって言うんだ! あいつ等は悲しそうな顔をして、俺に同情の言葉を投げればそれで済むと思ってる!!」

 

「雄一……! 皆は本気でお前を心配して――」

 

「いらないんだよそんな軽い言葉! もしも俺の事を本当に想ってくれているなら今すぐ俺の手を治してくれよ! 俺の手を、俺の夢を奪ったあいつ等を殺してくれよッッ!!」

 

 

できないんだろ? できないクセに力になれるみたいな顔しやがって!

鬱陶しいだけなんだそんなの、それに何なんだよ父さんも母さんも、見せ付ける様にピアノに関係する物を置いて!

 

 

「それで痛みが取れるのか!? 鍵盤に触れるだけで痛いんだ! そんな状況で前の様な演奏ができるか!」

 

 

なんなんだよどいつもコイツも、俺の手を治せない医者も!

下らない言葉ばかり投げかけてくるナースや、リハビリを担当するヤツも、全部鬱陶しい!

それに無能な警察、今も俺の夢を奪った奴らが下品に笑っているかと思うだけではらわたが煮えくり返る思いだ!

 

申し訳ない? 可哀相? 私が代わりになればよかった?

必ず良くなる? 皆口ばかりなんだよ! イライラする、殺してやりたいよ全員。

父も、母も、妹も弟も何もしない、何も出来ない!

 

 

「手塚、お前もだ!」

 

「ッ!」

 

「俺たち……! 親友だったろ――?」

 

 

立ちすくむ手塚。

自分を悲しげな目でしっかりと睨みつける雄一。

 

初めて見る目だった。

何の希望もなく、何の期待もしていない、全てを諦めたような目だ。

そこにはありったけの悲しみと虚しさが見える。

手塚は言葉を選ぶが、何も浮かばずに息を呑むだけだった。

 

 

 

 

 



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第53話 友情の定義 義定の情友 話35第


あとがきで、ちょろっとジオウの事かいてます。
まだPV見てない人は気をつけてね

プラス、ちょろっとマイティノベルにも触れてます。
ネタバレってほどではないんですが、まあ一応ね。



 

 

雄一は手塚の事を親友と言ってくれた、けれども次の瞬間。

 

 

「でもお前は何もしてくれなかった――ッッ!」

 

「雄一……」

 

 

当たりだ。何もしなかった。

両親や医者は、雄一の望む事はしてあげられなかったが、力になろうと言う気持ちは本物だったろう。たとえそれが雄一にとって迷惑で押し付けがましく、彼の視点では何もしてくれなかったと思う物だったとしても。

 

 

「待ってくれ雄一。俺に何ができた? 犯人を見つけ出して殺す事か? お前の腕を医者でもない俺が治す事か?」

 

「………」

 

「頼む。落ち着いてくれ……!」

 

 

しかし、手塚に関しては違う。

手塚は雄一の異変にしっかりと気づいておきながらも、何一つアクションを起こさなかった。

だから手塚は雄一を説得すれど、目を見て話す事はしない。できない。

 

 

「お前は気づいていたんだろう? 俺の気持ちに――ッ!」

 

「!」

 

 

そして雄一は、しっかりと手塚を見ていた。

 

 

「お前の俺を見る目が、途中から哀れみになってるのを気づかないとでも思ったのか!?」

 

「ち、違う! 何を言ってるんだ!」

 

「俺の中にある憎悪が膨れている間、お前は黙って見てるだけだったろ!?」

 

「……ッ」

 

 

全て雄一の言うとおりだ。

手塚は雄一の想いを理解していた。しかし何もしなかった。

それが運命だと割り切り、雄一の道には何を置いたとしても、『その道』を進んでしまうのだからと決め付けた。

 

 

「俺は終わりだ……! もう何も考えられない! 憎悪しか、憎しみしか湧いてこない!!」

 

「落ち着け雄一!」

 

「落ちつけば落ち着くほど……! 壊れそうになるッ!!」

 

 

手塚はきっと自分でも分かぬ内に、『ある想い』を抱く様になっていたのかもしれない。

だから何もしなかった。ある意味それが、手塚が辿った運命だったのか。

 

 

「城戸、お前は運命を信じるか?」

 

「……ッ」

 

 

立ち上がるライア。過去と、今が、入り混じる。

ライアは今、燃え尽きた炎の様に冷静さを取り戻していた。

そしてデッキに手をかけ、自分の紋章が刻まれた金色のカードを抜き取る。

ライアはその絵柄を龍騎に見せ付け、自分の意思を示した。

ファイナルベント、決着を望んでいると言う事だ。

その先にあるのは、答えなのか? それとも死か――。

 

 

 

「人には生まれた瞬間から辿るべき道が決められてる。それが運命だ」

 

「………」

 

「今になってつくづく実感する。俺は絶対的に妄信していた」

 

 

雄一は自らの夢と人生を簡単に壊されたと絶望した。

しかし本当に一番絶望していたのは、手塚の方だったのかもしれない。

 

手塚は雄一に、憧れや尊敬の念を抱いていた。

才能に恵まれ、良識もある。幸せになるべき人間、皆に憧れるべき存在。

なのに雄一が積み上げてきた功績は、名前も分からぬ者たちによって一日で崩された。

 

そんな馬鹿な事があっていいのか?

雄一はこれからだった。これからより良い環境で高みを目指すのだと、雄一以上に手塚は信じていた。もちろん、雄一だってそのために努力した筈だ。

なのに崩れるのは一瞬なんだと突きつけられた。

夢を追う資格が無いのだと言われた気がする。

 

雄一の成功を確信していた手塚にとって、それは認めたくない悪夢だったろう。

自分よりも優れていると思っていた雄一が簡単に壊れた。

他人には分からない事かもしれないが、手塚はまるで自分が壊された様な気がしたのだ。

 

いや自分が壊されるよりも辛い。

だから手塚は、何が何でも理由(いいわけ)を見つけなければならなかった。

 

 

自分よりも優れていた雄一が、何故、人生を狂わされたのか?

 

 

雄一が暴行されている動画が手塚の脳裏にしつこくリピートされていく。

あの動画に満ち溢れていた殴る音や、犯人達の笑い声。

その方程式を解き明かさなければならなかったのだ。

 

手塚は必死に考えた、何故雄一がこんな事になったのかを。

彼が誰かを傷つけたのか? 神に裁かれる様な事をしていたのか?

分からない、分からない、分からない――……。

そんな時、ふと頭に浮かぶ漢字があったのだ。

 

それこそが『運命』

 

雄一はそう言う運命だったと言えば、全ての説明がつく。

それが答えか? いや、手塚にとってはそれを答えにしなければならなかった。

でなければ自分も壊れてしまうから。

 

 

「俺は雄一の為に、俺の為に運命を信じた。運命と言う物が人には備えられていると妄信した」

 

 

だから変えようと足掻いて、けれども変えられないと諦めていて。

 

 

「俺の為にも、雄一の為にもッ、運命を信じなければならなかったんだ……!」

 

 

だから今回も、運命の名の下に、鹿目まどかは死ぬ。

 

 

「それが……ッ、それを、鹿目まどかの運命にする!」

 

「俺は、馬鹿だからよく分からない」

 

 

龍騎は戸惑いながら言葉を紡いでいく。

信じていない訳じゃない、運命はあるのかもしれないし、無いのかもしれない。

だけど、ただ一つだけハッキリと分かって、ハッキリと言える事がある。

 

 

「まどかちゃんを死なせない為に、戦いを止める為に戦い続ける。それが俺の運命だ」

 

「……!」

 

「もしもそれができない運命なら、俺はいらない。何が何でも壊してやる!」

 

「ハッ!」

 

 

確かに頭のいい答えでは無いかもしれないが――、良い答えだ。

ライアはカードを抜き取る龍騎を見てそう思った。そして異なる点もある。

二人はカードを構えているが、龍騎が引き抜いたのはファイナルベントではなくガードベントだ。

当然だ、傷つけるファイナルベントよりも守るガードベントを優先させるのは当然の事。

 

 

「運命が、いらない――、か」

 

 

それが龍騎の答えなんだろう。

雄一は――、違ったが。

 

 

「運命? は、はは! 運命かコレが!!」

 

 

言わなければ良かったのか? けれども手塚は言ってしまった。

龍騎にした質問と同じ物を。雄一はしばらく壊れたように笑い続け、直後声を荒げて暴れだす。

 

 

「納得できる訳ないだろ!!」

 

「………」

 

 

しばらく地団太を踏んだ後に雄一はピタリと動きを止めて、暗闇の空を見上げる。

運命、運命、運命か、何度も同じ事を呟いてポケットからソレを取り出した。

いつの日か、お守りだと言って見せてくれたカードデッキだ。

しかし気になるのは、見せてもらった時とは違って何か『紋章』の様な物が確認できた。

蝶? アレは一体なんなのか?

 

 

「じゃあ、俺がアイツ等を殺すのも運命なんだな……!」

 

「っ?」

 

「そう、そうだ。どうせもう俺は終わりだ。だったら、この"パピヨン"のデッキで全部壊してやる」

 

 

俺を狂わせた犯人、何もしてくれなかった無能な連中。

 

 

「俺の気持ちを理解しない家族だって……ッ! もう、要らない!」

 

「雄一、何を言ってるんだ! 落ち着け、お前らしくないぞ!!」

 

「俺らしいって何なんだよ! ヘラヘラヘラ周りの人間に気を使うのが俺なのか!?」

 

 

"ケルベロス"は言っていた。

まもなく騎士や魔法少女を巻き込んだ戦いが始まるのかもしれないと。

だったらなんだよ。まだ俺は運命ってヤツに人生を滅茶苦茶にされないといけないのか?

可能性があるとだけ。でももしも本当になれば俺は殺し合いだ。

その前に力を使って全部滅茶苦茶にしても、別にいいじゃないか――……!

 

 

「パピヨン? ケルベロス? それに殺し合いって……」

 

 

手塚には雄一が何を言っているのか全く理解できなかった。

しかし明らかに普通じゃない。今の彼を放置しておくのは危険だ。

もしかして精神に異常を――?

 

 

「雄一! 人生はピアノだけじゃないだろ? 他のことで――」

 

「俺はピアノが好きだった……」

 

「ッ、ならリハビリを続けていけばいい!」

 

「俺の身体は戻らない……! 分かるんだ」

 

 

心だってそう。人を感動を与えたくてピアノをやっている部分があった。

でもその人を嫌いなってしまったんだ。

たとえ指が元に戻っても、以前の様な音色が出せるわけが無い。

家族への愛も、こんなに簡単に崩れてしまうなんて思っていなかった。

 

 

「正直に言うよ……! 何もしてくれない父さんを殺したい!」

 

「!」

 

「トロフィーを飾り、戻らない栄光を見せ付けようとする母を殺したかった!」

 

 

何故、気持ちが分からないのか。

自分の前で学校であった楽しい事を話してくる妹を殺したかった!

自分の目の前で指を使う弟を殺したかった。

嫉妬が爆破的にわきあがる。俺じゃなくてお前が壊れれば良かったんだと。

 

クラスメイトの寄せ書きだってそうだ。

あいつらには何の才能も無いんだろ? だったら何で俺の代わりにならないんだよ!

寄せ書きの言葉だって、軽くて軽くて全員殺したくなるんだ。

 

 

「俺は力を、パピヨンを手に入れた。俺が殺したいと思えば、全員殺せる!」

 

 

そして何よりも――!

 

 

「そんな事を考えてしまう自分が一番許せない、殺したくなる――ッ!」

 

 

こんな事、思いたくないに決まってる。なのに湧きあがってしまうんだ。

憎しみが、憎悪が、自分を苦しめる負の感情から開放されるために家族や周りの人の死を願ってしまう。

自分はこんなに醜かったのか? こんな事を思ってしまう人間だったのか?

雄一は頭を抱えてうめき声をあげていた。

 

 

「雄一……!」

 

「俺は屑じゃない! 屑じゃないのに……!」

 

 

気づけば雄一はボロボロと泣きながら力なく俯いていた。

パピヨンと言う単語は分からないが、それまでの言葉は理解できる。

しかし、だからと言って手塚が何を言えば良いのか。分からないから沈黙するだけ。

 

何を言っても雄一を傷つけてしまうのではないか。

そう思ってしまえば動けなかった。屋上には雄一がすすり泣く声だけが響く。

 

 

「俺が俺でなくなる。俺の中の絶望に喰われてしまう」

 

 

そうなればいいと思ってしまう自分がいる。

もう耐えられない、彼は弱さを吐露していった。

そして声を震わせて手塚に一つの疑問をぶつける。

 

 

「手塚……、俺は――!」

 

 

俺は――、俺は。

 

 

「俺は、生きるべきなのか?」

 

「――ッ」

 

「生き残るべきなのか……?」

 

 

すぐに首を振ればよかった。すぐに、「ああ」と言ってやれば良かった。

なのにココでまた手塚の頭に一つの言葉が割り入る。

運命、それが定められた道であると、宿命付けられた物であると。

ココで何を言おうが、雄一の答えは変わらない。

 

そうなんだろう?

そうだと手塚は決め付けてしまった。もうその二文字の漢字に手塚は執着していたんだろう。

雄一もそれを分かっていた筈だ。彼は手塚の戸惑いに満ちた表情を見ると、フッと笑って目に光を灯す。

 

 

「手塚、見てくれ」

 

「雄一!?」

 

 

雄一はどこか安心したような、ホッとした表情で笑っていた。

手塚は尚も動けない。これが雄一の答えなのだろうと知りつつも。

 

 

「これが俺の――」

 

「!」

 

「運命だ」

 

 

そう言って、雄一は後ろへ大きく足を踏み出して屋上から姿を消した。

息を呑む手塚。雄一が飛び降りた事に最初はゾッとした。

しかし彼が立っていた後ろに、いつの前にか巨大な『蝶』の化け物がいた事に心を奪われる。

 

あれは、なんだ?

手塚がそれを思った瞬間に、蝶は消えた。

そしてすぐに理解する現実。手塚は雄一の名前を叫びながら彼がどうなったのかを確認する。

するとそこには蝶の鱗粉がキラキラと舞い落ちる幻想的な景色が。その先には、地面に倒れる親友の姿が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「運命が狂ったから絶望したのか、初めから絶望に至る運命だったのか」『ファイナルベント』

 

「ッ?」『ガードベント』

 

 

カードを発動する両者。

ライアの言葉は龍騎には意味の分からない物だろう。

けれども手塚にとって大事な言葉だと言う事は分かった。

ライアの真上に現われるエビルダイバー。龍騎はドラグシールドを両手に構え、ドラグレッダーを召喚する。

 

ライアは思う。

ココで龍騎が負けて死ぬ事は、既に決まっている運命なのだろうか?

それともライアが打ち破られ、そして……、どうなる?

もうそれも決まっている運命なのか。

 

 

「長引かせるつもりはない。全てを終らせよう」

 

「……ああ」

 

 

ライアが地面を蹴りエビルダイバーの背に乗った。

迸る紫電。背後にはライアのエネルギーで構成された津波が流れてくる。

その波に乗るライア、猛スピードで激流と電撃を纏いながら龍騎を目指す。

 

 

「何度でも言う。俺は鹿目まどかを殺す!」

 

「俺も何度でも言うさ! まどかちゃんは守るしッ、戦いを止めてやる!」

 

 

ドラグレッダーが龍騎の周りを激しく旋回し続け、炎の竜巻を作り出した!

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

ハイドベノンと、竜巻防御がぶつかり合い、辺りには激しいエネルギーが溢れる。

ライアも龍騎も己の意思を解き放ち、ただひたすらに叫び、ぶつかり合う!

二人の攻撃は交じり合うかの様に重なり、紅と紫の光を一つにしていく。

同じ意思を持っていた二人――、似ていると?

 

いや、けれども龍騎の炎はライアの水を蒸発させていく。

同じ意思だが、細部は全く違っていた。分かり合えないのか。

二人はそんなジレンマを振り払う様にただ我武者羅に叫び、目の前にある攻撃を、防御を、破壊しようとだけ考えるのだ。

 

この勝負の結末は、もう決まっているのだろうか?

自分たちの運命はもう決まっているのだろうか?

だったら、身を任せるだけ――?

 

 

「雄一!!」

 

 

手塚はそこで初めて自らの愚かさを実感していた。彼は階段を転げ落ちる様に降りていく。

いや事実、転げ落ちていた、けれども手塚はすぐに立ち上がり、狂ったように走る。

どこへ? 決まっている、雄一が落ちた場所にだ。

 

何故、何もしなかったんだろう?

どうして死ぬなと言ってあげなかったんだろう?

答えが分からぬままに、手塚は目に涙を溜めながら走る。走る。走る。

 

肺が破れそうだった。けれども先に心が破れていたのかもしれない。

手塚は今更な後悔を抱えながら外に出て、雄一が倒れている場所にやってくる。

薄目を開けて弱弱しく呼吸を行っている雄一を見つけた。

どうやら頭を打ってはいないのか? 奇跡的にまだ息はあった。

手塚はすぐに携帯電話で助けを呼んだ。しかしその最中、耳には雄一の声が聞こえてきた。

 

 

「止めてくれ、俺はもうココで死にたい」

 

「――ッ」

 

「俺を……、助けてくれ」

 

 

助けてくれ? 助けてくれとは……、何なんだ?

手塚は連絡を終えると、携帯を投げ捨てて、とにかく雄一に声をかける。

とにかく励ましの言葉で、雄一の魂が向こうに行くのを防ごうとした。

 

 

「待ってろ! もう少しで助けが来る!」

 

「違う……も……う、いい――…んだ」

 

 

表情は虚ろで、目からは光が消えていった。

 

 

「本当に、すまなかった手塚……」

 

「おい雄一ッ! やめろ! 喋るな!!」

 

 

涙を流して、雄一は今までの暴言や、それを吐いた相手に謝罪を行っていた。

皆は、心配してよくやってくれた。けれどもその期待に応えられないかもしれないと卑屈になって、行き場の無い怒りを、善意に付け込み発散させようとした。

だけどそれが自分自身を嫌いにしていく。結局他者を苦しめ、自分を苦しめ、それだけだ。

 

 

「このまま生きても、俺はまたすぐ絶望に呑まれる……!」

 

 

そうすれば、本当に家族を、愛する人を殺してしまうかもしれない。

そうなってしまうのを想像するだけで耐えられなかった。

家族は何よりもの宝だ、それは夢よりも上の存在。

 

 

「なのに……、傷つけようとしてしまうッッ」

 

 

掠れ、震える声が、悲しみを証明していた。

雄一は搾り出すように吐露する。自分が不幸になったから、周りの不幸を望んでしまう。

 

 

「そんなの……、もう嫌なんだ――ッッ」

 

 

あんな言葉を言いたかった訳じゃない。もっと美しいメロディを世界に響かせたかった。

呪詛の言葉で塗りつぶしたい訳じゃないんだ。

なのに駄目なんだ、もう自分の音は呪われている。

 

 

「耐えられない……、俺には、もう」

 

「止めろ雄一……! 雄一ッッ!!」

 

「それにもう、疲れた――」

 

 

頼む、眠らせてくれ。

雄一は手塚の手を弱弱しく触り、呟いた。

 

 

「分かっていたんだろう? お前だってこうなる事が」

 

 

俺が心のどこかでこの状況に至る事を望んでいた事が。

いろいろ過程があったがその願いが現実になっただけ。

何を悲しむ必要がある? 何を止める必要がある?

 

 

「そんな悲しい事がお前の願いだったのか!? 違うだろ!!」

 

「死は……、怖くない。それにもう俺は助からない」

 

 

だが――、と、雄一は涙を流す。

自分の事はもういいが、心残りが全く無いと言えば別になる。

今更こんな事を言えた義理ではないのかもしれないが、どうか頼みを聞いて欲しいと雄一は手塚に懇願した。

 

 

「頼む手塚……ッ、俺の――、家族を…守って――……く、れ』

 

 

目が見なくなってきた。雄一はそう言いながら会話を続ける。

家族が死んで欲しいと本気で願った。けれども今はやはり違うと声を大きくして言える。

一番大切だと思うのは家族だ。でも自分にはもう守る事も、まして守る資格も無い。

 

 

「でも、家族と……残った親友だけが俺の希望だ――」

 

「雄一――ッ!」

 

「きっともうすぐ戦いが――……る」

 

「ッ?」

 

「お前は……戦うな――! 呑まれるな、絶望に。止めてくれ……戦い…を――……!」

 

 

雄一は言葉を詰まらせながらも、必死に手塚に訴えた。

お前には辛い事を頼む事になる。最低だと俺を呪ってくれてもいい、恨んでくれてもいい。

でも頼めるのはお前だけなんだ。

 

頼む手塚、俺を赦してくれ。

そしてもしも、お前がまだ俺の事を親友だと思ってくれるのなら、どうか俺の家族を守ってくれ。

 

 

「この……デッキを――」

 

「デッキ?」

 

 

許してくれ手塚、俺はお前をも呪った事がある。

俺は愚かだ、俺は弱い、絶望に喰われて何も見えなくなった。

だけどお前なら――、お前ならきっと変えられる。俺にできなかった事をお前なら可能にしてくれる。

だから頼む、お願いだ手塚、どうか俺の家族を、愛する人たちを守ってくれ。

愛する家族が生きるこの世界を、守ってくれ。

 

 

「それ……、俺――、最期の…ねが――だ」

 

 

それが、俺の最期の願いだ。

 

 

「―――」

 

 

喉が潰れる程に、手塚は雄一の名を叫んだ。

すると直後、手塚の連絡を聞いたナースやら医者やらが駆け寄ってくる。

すぐに雄一は担架に乗せられて運ばれていった。残された手塚は呆然と立ちすくみ、魂が抜けたように動きも思考も停止していた。

 

しかしふと、視界に入った物。それは雄一が言ったデッキだ。

手塚は理由が分からぬまま、とり憑かれたようににソレを拾うと、雄一が運ばれた手術室を目指す。

 

 

「………」

 

 

強い風が、手塚の髪を揺らした。

全身に嫌な汗を浮かんでいる、身体が冷えて、それが冷静さを与えてくれる。

そう、そうか――、そうだな。手塚は全てを悟り、その答えを導き出す。

喰われたのは雄一だけじゃない、自分も同じだ。

 

決まっている運命?

既に確定しているのだから何をしても無駄?

だから自分は何もせず、何も出来ぬと割り切り、沈黙を徹した。

ああ違う。なにもかも違う。

 

 

(俺は運命に負けたんだ)

 

 

雄一がこうなると分かっておきながら、運命を変える事ができなかった。

この場面を想像する恐怖から逃げるために、言い訳を無数に用意して、最期には後悔に身を包む事さえも正当化しようとしている。

違う、違うんだ、何も守れなかった。俺は雄一を守れなかった。

 

 

「許してくれ雄一、謝るのは俺の方だ――!」

 

 

俺は逃げていた、お前から、運命から。

お前の異変に気づいていながら、お前の苦しみを理解しておきながら逃げていた!

俺が戦っていれば悲しみを生み出さずに済んだのかもしれないのに。

 

手塚は手術室の前で泣きじゃくる雄一の家族を見て、必死に心の中で謝罪を行う。

この涙の原因の一つは自分なんだ、自分が弱かったから――!

 

 

「俺は守る! 誓いを、アイツの想いをッ!」

 

「!」

 

「消えろ! 龍騎ィイイイイイイイイイ!!」

 

 

ハイドベノンの勢いが爆発的に上がっていく。

歯を食いしばり必死に耐える龍騎だが、凄まじい力に圧倒されていく。

ライアには背負う命がある。背負う誓いがある。

今、雄一の家族は見滝原から離れた所にいる為、ゲームに巻き込まれる心配はしていない。

 

だが、もしも鹿目まどかが絶望の魔女に覚醒すれば、世界は終末の未来を向かえる。

つまり雄一の家族も例外なく絶望へと沈められるのだ。

それだけは認めるわけにはいかなかった。

一度諦めたからこそ、二度と諦める訳にはいかないのだ。

 

雄一の大切な物を守る。

その誓いは曲げない。曲げたくない。

男のプライドと意地が――、そこにあった。

 

 

「俺だって――ッ! 譲れないんだァアアアアア!!」

 

 

龍騎も叫んだ。誰もが生きたいと願う、誰もが幸せになりたいと願う。

それを決めるのは他者じゃない、自分だ。絶望していい人間なんていない。絶望させていい人間なんていない。

それを信じたい、それを証明したい。

だから負ける訳にはいかないんだ。龍騎もまた火力を最大にしてハイドベノンを受け止める。

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

(雄一、俺は……ッ、俺は――ッ!!)

 

 

雄一が手術室に運ばれてからどれだけ時間が経っただろうか?

医者が出てきた時、一つの運命の果てを見た。

雄一は死んだのだ。泣き崩れる家族達から少し離れた所で、手塚は静かにその事実を受け止める。

後悔などしていない、雄一は死を望んでいたのだから。

これが雄一にとって幸福な終わりであったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんて――、思うわけが無いだろう。

 

 

雄一は自らその命を終らせた。

しかしそれは彼が望んで招いた結果な筈が無い! 死にたくなかった筈だ、生きたかった筈だ。

だけど希望を失い、夢を壊され、心を先に死なせてしまった。

雄一は、『やっと終わる』と笑みを浮かべた。

しかしその笑みは、もっと別の事で浮かべる筈だったんだ。

 

雄一は、それを受け入れ、否定する為に死んだ。

手塚はこみ上げる悲しみを必死に抑えながら心の中で連呼する。

誰か、誰でもいい、教えてくれ! 雄一は何故死ななければならなかった!?

何故、環境に苦しまなければならなかった? 何故、憎悪しなければならなかった?

何故、何故、何故――ッッ!

 

それが彼の運命だったからとでも言うのか?

ふざけるな、ふざけるなよ! そんな事が許されてたまるか。

雄一はこんな苦しみに満ちた人生を決定付けられていたのか!?

そんな不公平な事があってたまる物か! 手塚は拾い預かったデッキを、壊さんとばかりに握り締めて虚空を睨む。

 

 

(雄一を死なせたのは俺だ!)

 

 

変えられた筈なんだ、きっと。

なのに自分は何もしなかった。運命は変えられない? 誰が決めたのかそんな事を。

だが手塚は『そう言う物』だと言い訳をして、問題を放置してきた。

その結果がコレだ、最悪の結末にはならないと言い聞かせた結果が今だ!

雄一は死んだ。雄一は殺された。

 

 

「運命にッ、それを放置した俺にッッ!」

 

 

手塚は踵を返すと、誰もいない場所へ向かい、思い切り壁を叩く。

変えられた筈だった。救えた筈だった。だけど俺は――ッ!

雄一は死ぬ運命だった? 雄一はこうなる運命だった?

だから仕方ない? 運命は絶対? 運命、運命、運命運命運命運命――!

 

 

「もううんざりだ! 下らない運命なんて全部ブッ壊してやる!!」

 

 

友を守れなかったと言う焦燥の思いに、手塚は身を震わせる。

その時だった。手塚の握っていたデッキが一瞬だけ光ったのは。

デッキに目を移すと蝶の紋章が消えており、代わりに新たな紋章が浮かび上がっていた。

 

 

『それはエイだぜ、手塚海之ぃ』

 

「!」

 

 

脳に直接響く声。

手塚の前に、赤い眼を光らせる小さな動物が。

 

 

『オイラは、ジュゥべえ』

 

 

ジュゥべえは手塚が選ばれた者だと称した。

 

 

『占いっつうのは、ウソを教える奴もいるんだろ?』

 

「何を……」

 

『今日貴方の運勢は最高ですって言えば、気分をよくさせられるしな』

 

 

嘘つきって言うのはライアーって言うんだっけか?

あとラテン語か何かでエイってのはライアって言うらしいぜ?

 

 

『決めた! 手塚海之、お前はライアだ』

 

「ライア? それにお前は一体?」

 

『ケルベロスのヤツが魔女にブッ殺されたと思ったら、今度はパピヨンの野郎が自殺かよ。おいおい、まだ始まっても無いのに勘弁してほしいね全く』

 

 

ジュゥべえはニヤニヤと笑いながらそう言った。

 

 

『それでお前が選ばれたか。やっぱもう、運命ってヤツでルートは決まってんのかもな』

 

「なんだと……!?」

 

 

一瞬強い怒りを覚える手塚、しかしすぐに怒りを静めて詳細を問うた。

パピヨンと言う単語を使うあたり、ジュゥべえは雄一と何らかの接点があるのでは? と。

 

 

『まあいいや、よく聞けよ手塚海之。お前は――』

 

 

そこで手塚は騎士の事を聞かされる。

雄一はデッキを手にして覚醒を果たしていた。

力を得た彼が真っ先に考えたのは復讐だ、己の夢を奪った連中を見つけ出して殺す。

けれども雄一は力を手にした瞬間、周りの人間も排除対象としてカウントしてしまいそうになる。

 

 

『たまにいるんだよな――』

 

 

人間を超越した力を脇に抱えれば、自分を不快にする人間をいつでも殺せると思ってしまう。

彼もまたそうした力に飲み込まれそうになった者のひとりだ。

だからこそ雄一は怯え、恐怖し、解放されたいと願った。

 

表情を歪ませる手塚。

だったら雄一が死んだのは、少なかれジュゥべえが原因でもある。

彼がデッキを雄一に渡さなかったら、力に飲まれ、怯え、殺意に恐怖して自ら死を選ぶ事も無かったのではないかと。

 

 

『おいおい勘違いしてもらっちゃ困る。力は使い方によっては希望にもなり得た筈だ』

 

 

斉藤雄一は己の中にある恨みを、力を使えば全て発散できるのではと考えた。

しかし次第に己を取り巻く善意を悪意と認識し、愛する家族さえも殺してしまおうと思ってしまう。

自分の中に取り巻く良心と殺意、ヤツは力に飲み込まれる事を恐れ自ら死を選んだ。

 

 

『全てアイツが決めた事だ。それが運命ってヤツだろ?』

 

「貴様――ッ!!」

 

『気に入らないかよ? だったらお前は運命を変えられるのか? ああ?』

 

 

お前がこのデッキを手にした事は、オイラは必然だと思っている。

エビルダイバーの性質は『運命』だ、お前はこれからその力をどう使う?

斉藤雄一を死に追いやった要素全てに復讐するか?

それともアイツの守れなかった物を守るのか?

もしくは――

 

 

『運命と戦うのか?』

 

「………」

 

『いっそライアの力を捨てるのもアリかもな』

 

 

ジュゥべえは赤い眼の中に、手塚を捉えて笑っている。

手塚を言葉を借りれば全て運命が決める事だろう?

 

 

『どうするのかは、お前が決めろ』

 

「……ッ」

 

『パートナーと会って決めても良い。お前のはとびきりブッ飛んでるヤツだからな』

 

「パートナー……?」

 

『ああそうだ、オイラが選んでおいた。お前とよく似てる。今のお前なら会えば一目で分かるだろうよ』

 

 

ま、期待してるぜ。その言葉と共にジュゥべえは消えた。

そして手塚はライアになった。自分が何ができる? 自分がこのデッキを受け取った意味は?

答えが出せない手塚。だが、からっぽ彼にも唯一縋れる物があった。

それが最期の約束だ。雄一は言った、家族を守ってくれと。

家族が生きるこの世界を、どうか守って欲しいと。

 

 

「俺は一度、負けた!!」

 

 

運命に、変えられぬ『死』にだ。

だからこそ今度は負けたくない、約束を殺したくは無い。

だから今、叫びをあげて龍騎を打ち破ろうと全てを込める。

雄一との約束を果たす事が、ライアに残された生きる意味であり、縋る物であり、何よりもライアになった理由だ。

 

雄一が死ぬのではないかと思いつつ、何もしなかった自分。それはもう骸だ。

そんな自分に、生きる意味を与えてくれたのが最期の誓いであった。

それに雄一は言ったではないか。戦いを止めてくれと。

彼はおそらく、F・Gの事を知っていたのかもしれない。

だから、言った。止めてくれと。

 

 

「だから俺はここまで来れたんだ!」

 

「――ッッ!」

 

 

守り抜かなければならない、それが戦う理由だったからだ。

 

 

「俺は、俺はッ、絶対に雄一との約束を守る!!」

 

 

むしろそれだけがライアの生きる理由だったのかもしれない。

自分よりも優れた雄一が死ななければならない理由が、ライアには分からなかった。

だから理由を作らなければならない。それが一度決めた目的を最後まで貫く事だったのだろう。

目的、信念、それを糧に生きていく。そこにブレが生じたとき、それはライアの魂が崩壊していく事を意味していた。

だけど、なのに――

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「!」

 

 

その時だ、ドラグレッダーの瞳が光ったかと思うと咆哮を上げて旋回スピードを上げる。

それだけでなく龍騎の周りに上がる炎もその勢いを増していった。ドラグレッダーが龍騎の想いに呼応しているのだろう。

まどかを守る為にどんな攻撃にも立ち向かう勇気、それが性質と同調している訳だ。

 

 

「手塚! 俺は運命がどうとかは分からないッ!」

 

 

だけど――!

 

 

「俺は、俺の中にある確かな意思を信じる!」

 

 

美穂が教えてくれた事だ。

考えても答えは出ない――。いや少し違うな、答えに気づけない。

だったらありのままの自分を信じるだけ、自分の本能に身を任せる。

まどかを助ける事は世界にとって有害な事。他者の目で見ればそれは悪として認識される事なのかもしれない。

 

ただ、まどかを死なせる事を思えば、心がズタズタに切り裂かれる様に痛い。

だったら龍騎はたとえ世界を危険に晒そうとも、周りから馬鹿と非難されようとも、まどかを助けるだけ。

 

それは戦いに関しても同じだ。

何もせずに殺されれば、人は龍騎を愚かと笑うだろう。

けれども誰かを殺して生き残るよりはずっといい。ずっと自分の心は穏やかに済む。

だからと言ってむざむざ殺されるつもりもないが。

自分の為に、仲間の為に、必ず戦いを終らせて鹿目まどかを殺させない。

 

 

「それが俺の意思なんだッッ!!」

 

「ッ!」

 

 

押され始めるライア。仮面の下で悔しげに歯を食いしばる。

紛れも無い意思か、龍騎はそれを胸を張って言えるのだろう。

しかしライアはどうだ? 数々の思いを脳裏にフラッシュバックさせたところで、龍騎と同じ様な事が言えるのか?

 

そうだ。

何故今まで雄一の事を思いながら、そして龍騎に自分を重ねていたのか。

その理由はライアが一番分かっているんじゃ無いか?

何故今、圧され始めているのかの理由をだ。

 

 

(そうだ! 俺は、俺は確かな迷いを抱いてしまった――ッ!!)

 

 

絶対の目標がブレはじめる。

だからライアは何が何でもこの戦いに勝ち、鹿目まどかを殺さなければならない。

でなければ自分の生きる意味がなくなってしまうから、友との誓いを裏切ってしまうからだ。

そう、そうだ、思えば『彼女』が現われた瞬間から、少しずつライアの歯車は狂っていたのかもしれない。

 

 

(暁美……ッ!)

 

 

たまに自分の信念を思い返すために、雄一の病室に行く事がある。

人が入っていれば部屋の前までだが、その時は誰も入院していなかった。

部屋に無断で入る事は申し訳ないとは思うが、しばらくそこで何をするわけでもなく瞑想する。

 

その日も、そうやって自分の想いを固め、そして帰ろうとしたところで彼女に出会った。

はじめは目つきが悪い女としか思わなかったが、すぐにデジャブの様な物を感じた。

彼女がパートナーだと見えない何かが告げた気がする。

 

それから一緒に過ごすうちに、何故ジュゥべえがほむらを選んだのかを理解した。

まさに似たもの同士ではないか。親友である鹿目まどかの『死』、その運命を変えるために戦うほむらは、まさに鏡合わせのような存在だ。

 

けれど時間が経てば経つほどに、手塚は思った。

ほむらは自分とは違う。似ているなどと言えば、一緒にするなと睨まれるだろう。

自分は雄一の死と言う運命を変える事はしなかった。変えられなかった、変えようともしなかった。

 

だが、ほむらは違う。

まどかを何が何でも助けようとしている。その為なら、どんな地獄を見ても構わないと言う。

それは意思の違いなのか? だからこそ手塚は引けない、ここで龍騎を倒さなければならない。

 

そうだ。

まどかを殺す事は雄一との約束を守るだけではなく、暁美ほむらや城戸真司を超える事にもなる。

ライアは、手塚はそれを望んでいる。二人には申し訳ないが、世界を守るという大義名分の下に二人を超えたいと思うライアもいるのだ。

 

さらに言えば、その想いはもっと複雑であろう。

ライアは何もほむらや真司を苦しめたい訳では無い。

けれど、いるんだよ。二人の後ろに何もできなかった自分が。

 

ライアには、手塚海之にはどうしても殺したい人間がいる。

それは自分自身。何も出来ずに運命に負けた愚かな男だ。

けれど自ら死を選ぶことは、約束の放棄に繋がる。

 

だからこそ似通っている部分を持つ真司達を超えたかった。

彼等を超えることで、手塚はきっと過去の己を殺す事ができる。

まどかを殺す事で、今も尚これでいいのかと湧き上がっている迷いを殺す事ができる。

 

知っているよ。

知っているんだよ自分のやろうとしている事が、自分にとって愚かで間違っている事くらい。

本音を言えば手塚だって誰も犠牲にしたくは無い。

 

しかしそれは手塚海之個人の意見だ。

自分の背中には、己を押し込めてでも守らなければならない命が――、世界がある。

それに本当に雄一の家族を守りたいという思いは本物なんだ。

だからその部分を他人のせいにするが如く、責任を擦り付ける場所にしてもいけない。

 

自分の意思で鹿目まどかを殺す事を正当化するために、まずは意地でも龍騎を超えなければならない。ああ、何度こういった事を思えばいい。あと何回こんな理由をつくればいい。

そうやって生まれていく迷いを全てねじ伏せるために、何度でも叫ばなければならない。

 

 

(そうすればきっと……、俺は迷いをッ、そしてお前の向こうにいる俺自身を殺す事ができる!)

 

 

そうだ。

お願いだ龍騎、俺を――

 

 

 

 

 

 

 

 

俺を、殺してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「運命なんて、うんざりなんだよ……ッ!」

 

 

でも誰しもが持っている物。逃げられない宿命がある。

抗う者、足掻く者、認め受け入れる者、否定する者、喰われる者、信じぬ者。

そして――

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

再び二人は吼え叫び、余っている力を全て解放する。

そして――、疑問を持つ者。これが自分なのだとライアは冷静に分析していた。

激しい炎と水流がぶつかり合い、蒸気の代わりに光を漏らす。

その光に包まれて、ライアは鈍い思考の中に龍騎を見る。

 

 

彼は、きっと、変えられる者。

 

 

(そして――……)

 

 

鹿目まどか、終らせる者。

最後に、まどかの涙が浮かぶ。

自分よりも幼く、昔は弱かった筈の彼女が、今は誰よりも強く運命と戦っている。

そうだ、鹿目まどかは戦い続ける者。運命に疑問を抱き敗北した手塚海之と、何度運命に地獄を見せられても必ず立ち上がってきた鹿目まどか。

 

 

「―――!」

 

 

その時、ライアは龍騎の鉄仮面に覆われた奥にある複眼。

さらにその奥に燃える、彼の瞳を確認した。

激しい炎だ。命の炎なのか、その光を目に宿し、真司はライアを見ている。

揺ぎ無い意思の、焔。

 

 

(そう、そうだな)

 

 

ライアは、悟る。

 

 

「俺は、俺はァアァアアアアアアア!!」

 

「……ッッ」

 

 

思えば、雄一の事を思いながら戦った時点で決まっていたのかもしれない。

彼の為に、彼との誓いの為にと言う思いは、言い訳でしかなかったか。

本当にその覚悟があったのなら龍騎達の背後に自分自身は視ない。

 

 

「………」

 

 

その時、エビルダイバーの勢いが弱まる。

押され始めるライア、それは攻撃の意思を弱めたからではない。

エビルダイバー自身が動きを鈍らせたからだ。

 

ミラーモンスターは意思を持つと同時に、主人である騎士の鏡像でもある。

ならば動きを弱める理由、ライアに分からない筈が無い。

けれどもライアはそれを否定したくて、喉が潰れるほどの叫びを上げる。

 

だが一度理解してしまったら後は、一気に理解が進むだけ。

エビルダイバーはみるみる勢いを弱めてしまう。

 

 

(……すまない、エビルダイバー)

 

 

決着がついてしまったんだ。

それは龍騎とのではない、自分自身との戦いの話だ。

雄一の為に鹿目まどかを絶対に殺さなければならないと思っていた。

しかし戦う中で雄一や真司、まどかやほむらの事を思い出す。

その中でライアは改めて一つの真実に至った。答え? いや、真実だ。

 

 

(結局、俺は――)

 

 

まだ、運命の鎖に囚われていたのだと。

あの日から何も変わっちゃいない。友との誓いを自分の生きる意味として都合よく利用していただけ。虚構な骸だった、要はつまり――

 

 

「俺は、運命に負けたままだったんだな……ッ」

 

 

あの日、雄一を死なせたときと何も変わっていなかった。

変わっていたつもりでも、呪いの様に雄一との思い出がつきまとっていた。

それを振り切れず、縋り、結果その思い出の中に取り残される。

 

鹿目まどか、暁美ほむら、城戸真司は、自分と同じ様に思えても、前に進もうとする意思があった。

しかしライアは前に進んだつもりでも、また後戻りをしていただけだ。

そしてそれを永遠に繰り返す。

 

前に進もうとする彼等と、過去に縋る自分。

やはり思えば思うほどに決着は最初からついていたのかもしれない。

ライアはつくづく、そう思った。

 

 

(すまない、雄一……)

 

 

お前が託してくれた想いを、俺は歪んだ物として受け止めてしまった。

だから――

 

 

「城戸、聞かせてくれ」

 

「!」

 

「運命がお前の敵だとすれば、お前はどうする?」

 

「……ッ」

 

 

龍騎は迷わずに答えた。

 

 

「運命を、ぶん殴るさ!!」

 

「……フッ」

 

 

やはり、はじめから決まっていたんだな。

そう言う運命だといえばいいのか。

 

 

「すまない雄一、エビルダイバー」

 

「っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の、負けだ」

 

 

運命に負けたままのライアと、運命を変えようと抗う龍騎。

勝てる理由など、どこにも無かった。エビルダイバーはライアの意思を理解し、動きを止める。

ライア自身が、エビルダイバーを止めてしまったのだ。

 

ハイドベノンは中断され、一気に龍騎の竜巻防御が水流を打ち破った。

爆風にもまれ、ライアは仰向けに倒れる。

空が見えた。相変わらず空は、変わらぬ青いままだ。

悔しさも、虚しさも、全て空に吸い込まれていく気がして、ライアは何も話す事ができなかった。

 

 

「ぐっ!!」

 

 

ライアを打ち破ったはいいが、力を使いすぎたようだ。龍騎は膝をついて息を荒げている。

勝った筈なのに、何故か凄まじい虚しさが龍騎を包んでいた。

手塚にも譲れぬ想いがあったろう。それを超える事は、彼の想いを否定する事と同じだから。

 

もちろん否定しなければ、まどかは守れない。

だから後悔は無いが、達成感などの感情は湧き上がってこなかった。

ライアの思いを踏みにじり、自分の思いを通す重さと責任。

その重圧が龍騎に圧し掛かる。

 

 

「行かないと……! 皆のところに――ッ!」

 

 

龍騎はふらつく身体を叱咤して立ち上がった。

しかし二歩ほど進んだ所で、また崩れ落ちてしまった。

一方で倒れたまま動かぬライア。決着はあっさりと着き、それについて語る事もしない。

 

ライアは心の中で考えていた。

生きる意味を賭けて戦ったつもりだった。

しかし自分には何も無かったのかもしれない。

 

だったらこれから何をすればいい? どう生きていけばいい?

ライアはそれを無意識に口に出していた。

すると龍騎が、振り返る事なく口にする。

 

 

「占いとかっ! 過去とか……ッ! そう言うの全部取り払って、手塚の歩きたい道を歩けばいいだろ!」

 

 

何度も膝を突きながらも歩く龍騎。

 

 

「もう、手塚の運命の道は終わったんだ……!」

 

「……!」

 

 

それだけを言って、龍騎は離れていくのだった。

残されたライアは無言で空を見ていた。

 

 

「俺の、やりたい事か……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

激闘を繰り広げているリーベエリス跡地。

しかし織莉子邸でも別の戦いが繰り広げられていた。

いや尤もそれは戦いと言うにはあまりにも一方的なものなのだが。

今も薄暗い倉庫の中では二人の男が対話を行っている。

 

一人は椅子に縛られ、疲労しきった様子で苦笑いを浮かべていた。

両手の爪は全て剥がされてしまい、それは両足も同じだった。

乱雑に巻かれた包帯に赤い血がにじみ出ているのが何とも痛々しい物である。

そしてその男の前には、黄金の鎧を身に纏った騎士が腕を組んで立っていた。

 

 

「いい加減、諦めたらどうだい?」

 

 

オーディンは呆れた様に北岡へ言った。何故、彼はここまで蘇生を拒むのだろうか?

オーディンが嫌いだから? いやいや、ココまで来ると何か別の理由があるのではないかと思うのが当然だろう。

北岡は利口な性格の筈。いくら何でもココは強情を張るべき場面では無い。

 

 

「嫌だねぇ。蘇生させた瞬間、殺されちゃうんでしょ? 俺」

 

「そんな事はしないと何度も言っているじゃないか。むしろ僕は貴方を彼女のパートナーとして最高のもてなしたい。こんな事をさせないでほしい、どうか考え直してください」

 

 

気持ちは分かる。

この状況、北岡が警戒心を抱くのは当然の事だろう。

 

 

「だがそもそも、こうなったのは、貴方がいつまで経ってもさやかを蘇生させないからだ。僕は悪くない」

 

 

オーディンは胸を張ってそう言った。

それが北岡を余計にイラつかせるのだが、今はそれどころではない。

頭の中にはうじゃうじゃと蟲が這う感覚がしているのだ。

今すぐに自分の頭蓋骨に穴をあければ、きっと大量の蟲が湧き出てくる筈だろう。

病の進行具合に思わず笑ってしまいそうになる。脱出のチャンスを伺う前に、壊れてしまいゲームオーバーとなるか?

 

正直、もう何故こんなに意地を張っているのかも分からなくなってきた。

さっさと美樹さやかを蘇生させれば済む話では? 本当の事を言えば何度もその考えを持った。別に50人くらい殺してもいいのでは?

北岡はデッキに選ばれた。そうでない奴らを殺しても、それは食物連鎖を一つとして処理されてもいい事なのではないだろうかと。

 

しかしその考えに身を沈めようとすると、必ず二人の人間が目の前に現われてしまうのだ。

一人は唯一の親友、人のままで居てくれと言われた。

そしてもう一人は泣いているパートナー。

アイツはどうでもいいと思う。そもそも何でお前のせいで俺が振り回されないと駄目なんだ。

お前がどうでもいい理由で絶望なんかして、脱落しなければこんな目に合う事だって無かったのに。

なのに、なのに、何でお前の言葉で、俺の心が決断を鈍らせる?

北岡は、分からなかった。

 

 

「お前、50人殺すのに、何とも思わなかったのか」

 

「ああ。なぜならこの世には、必要な犠牲と言うものがあるからね」

 

 

何も皆殺しを企んでいる訳じゃない。世界の終焉を望んでいる訳でも無い。

ただ環境が整い、人が資源になるルールがそこにあっただけ。

 

 

「だから僕はその資源を有効に活用しただけさ、僕達はデッキと言う力に選ばれた。言わば人を超越した存在にある。人間であり、人間ではない、故に周りの人間を犠牲にする事は、僕達のみに許された行為なんだ」

 

 

その地位に立てた事を受け入れ、そしてルールに従っているまで。

 

 

「あっそ……」

 

 

それだよ、北岡はどうにも気持ちが悪い。

環境が変われば堕ちても良いのか? ああいや堕ちている感覚すらないのか。

人であり人ではない? いやいや、気づいて無いなら教えてやるよ。

多分――

 

 

「お前は、初めに資源として人を殺した瞬間から、人間じゃなくなった」

 

「っ?」

 

「それは駄目だ。俺は人のままがいい。この完璧なスーパー弁護士のままでいたい。12人くらいなら殺しても良かったが……、流石に50はダメだ」

 

「何を言っているんだい? それより、いい加減決めていただきたい」

 

 

オーディンは苛立っていた。もう、すぐそこまで来ているのに。どうしてこんな足踏みをしなければならないのか。

北岡ははぐらかしてばかりだ。

 

 

「………」

 

 

オーディンは首を振ると、しばらく沈黙を続ける。

諦めた訳ではないが、何を言っても無駄だと分かったのだろうか?

激高しないだけマシか、北岡はうな垂れて、直後少し離れた所に無造作に置かれている自分のデッキを見る。

 

中途半端に離されているおかげで手元に呼ぶ事もできない。

なんとかデッキさえ取れればとは思うのだが……。

 

 

「………」

 

 

オーディンは必死に考えていた。

今でも目を閉じれば、さやかの笑顔が思い浮かぶ。

早く彼女に会いたい、ただそれだけの純粋な想いなのに、何故うまくいかないんだ。

苛立つ心を必死に抑えながら思考をめぐらせる。何か手は無いか? 何か……。

力押しだけじゃない何かもっと良い手は。

 

 

「……!」

 

 

その時だ、オーディンの記憶に思い浮かぶ、ある会話。

あれは東條が北岡の所にやって来た時の会話だった。

 

 

(これだ……!)

 

 

北岡は頭の良い男だ。しかし彼は今、相当疲労しているに違いない。

食事は水だけ。出血からくる気ダルさ、ろくに眠っていないため鈍る判断力。

そして、彼を蝕む病。

 

オーディンも北岡が咳き込んだときに吐血を行ったところ見て、彼の体に巨大な爆弾がある事を理解していた。これらの要因は、冷静な判断を鈍らせ、北岡の思考を単純な物にしていく。

 

 

「北岡さん、そんなに僕の事が信用できないのかな?」

 

「まあね」

 

 

オーディンはその時、北岡の目にしっかりとした殺意を視る。

北岡はどうやら人を殺したくないとウジウジしている訳では無いようだ。

 

 

「………」

 

 

そうか、そうだな。東條の言うとおりだ。オーディンは心の中で礼を言っただろう。

少し、焦りすぎていた様だ、こんな事では北岡が心を開いてくれないのも当然であろう。

織莉子達の事もある。そろそろ、この戦いに決着を付けて皆のところに向かわねば。

 

 

「分かったよ。北岡さん、信頼は大事だからね」

 

「?」

 

「今までの無礼を許して欲しい」

 

 

オーディンはそう言うと、北岡を縛っていたロープとワイヤーを引きちぎる。

北岡は無言で拘束の痕をなぞった。向こうは何が何でもさやかを助けたいと言う事なのだろうか?

もしくはあえて拘束を解いたのか、だ。

 

 

「北岡さん、ただし一つだけ忘れないでほしい。貴方の命など、いつでも消せると言う事を」『スキルベント』『スキルベント』

 

 

オーディンはふと、二枚のカードを発動してしてみせた。

 

 

(なんだ? スキルベント……? たしかパートナーの魔法が関係した効果だったか?)

 

 

とすれば、思いつくのは未来を視たと言う事か。

しかし発動したのは二枚だ。なんだ? 何をする? 北岡の表情に気づいたのか、オーディンは心配しないでほしいと念を押した。

 

 

「今のは僕の未来と、織莉子の未来を視ただけさ」

 

「………」

 

「僕らには時間が無い。そうでしょう?」

 

 

確かにそうだ。まどかの事もあるし、病の事もある。

安定を取るなら、まだオーディンに合わせていた方が賢い手段と言えるだろう。

 

 

(そもそもヤツには未来が見えている筈。それを踏まえた上で慌てる様子が無いと言う事は、俺がさやかを蘇生させる未来を見ている――?)

 

 

それとも見えていないから手段に困っているのか?

 

 

(駄目だ、どうとでも考えられる。ヤツにはまだ時間がある)

 

 

織莉子には余裕があった。いくら未来が変わるリスクがあったとしても、おそらくこのままならば鹿目まどかは今日で死ぬのだろう。

仮にまどかが勝つ、もしくは絶望の魔女にでも覚醒しようものなら、オーディンだって戦場に行っている筈だ。

 

 

「………」

 

 

鹿目まどかが、死ぬ。

まあ、あの性格だったから当然だろう。

それに絶望の魔女である彼女には死んでもらったほうが北岡としても助かる。

 

助かる。

そう、大いに助かる。

 

 

「………」

 

 

助かるが――!

 

 

『先生は、最後まで人でいてください』

 

『センセーは……、誰も殺さないでね――』

 

 

ああ、もうまたか。

しつこいなゴロちゃんもお前も。勘弁してよ。

まあでも、仕方ないか。

 

 

「――ッ」

 

 

少し気に入らないもんな。

この流れは。

 

 

「変身を解除しろ糞ガキ」

 

「!」

 

「変な動きをしたら、俺は絶対にさやかを蘇らせない」

 

「何を――?」

 

 

北岡はため息一つ。

そのあと、飛び出す様に椅子から立ち上がると、無造作に置かれていた自分のデッキを掴んだ。

 

 

「オーディンの力を過信しすぎてデッキに注意を払うのを忘れたか?」

 

 

北岡は笑うと、すぐにゾルダへと変身を行う。

マグナバイザーをオーディンへ突きつけて、自分に従う様に告げた。

 

 

「いいか、少しでもおかしな動きをすれば、俺はさやかを蘇生させないぞ」

 

 

脅迫の文句としては間抜けな――、と言うか効果があるのかゾルダでも分からなかったが、とにかくオーディンがさやかに執着している事は間違いの無い事だ。

それを盾にすれば自分を守れるのではないかと。

 

 

「どういうつもりだい北岡さん……! 僕は貴方を信用して拘束を解いたんだよ」

 

 

流石にコレは予想外だったか?

未来を変えた、とまではいかないかもしれないが、過程を滅茶苦茶にする事はできる筈だ。

それに参加者の死が未来を変える重要なファクターである事は知っている。

脱落確定アナウンスは流れていないものの、誰かが既に命を落としている可能性は高い。

だからこそオーディンは先ほど未来を確認したのではないだろうか。

 

とにかく、ゾルダには時間が無い。

ワルプルギスの夜までは持つだろうが、それは薬を飲めばと言う事。

手塚が持ってきた分じゃ足りないのだ。かと言って手塚の言うとおり今日一日ご機嫌を取ると言うのも北岡には受け入れがたい。

 

理由としては簡単。

ごく単純に、目の前にいるガキが気にいらない。

イライラする。今のままでは確実に最終日前に色々な意味でぶっ壊れてしまう。

だからとにかく、ゾルダは急がなければならなかった。尤も、彼自身何を急げばいいのかさえも分からないが。

それだけ頭の蟲が北岡の脳を齧っているのだ。

 

 

「いいからさっさと変身を解除しろ。コレも信頼だ」

 

「いい加減にしてもらえないだろうか。僕が本気を出したら、君を殺すなんて簡単なんだよ」

 

「そしたらお前の大事なさやかは蘇らない」

 

「ハッ、それも勘違いだ」

 

「なに?」

「別にキミに執着せずとも、ゲーム終了後の願いを使えば彼女は蘇生される」

 

「……お前にはその未来が視えているのか?」

 

「ッ?」

 

「織莉子がそれを許すか? そして参加者の中には隠れている奴もいる」

 

「……ッッ」

 

「魔法少女のシステムがある以上、さやかを蘇生させるには一人勝ちしかあり得ない。今はステルスを貫いてる参加者もいるみたいだからな。はたして上手くいくかどうか?」

 

 

隠れている参加者を炙り出すのなら、見滝原中にいる人間を殺せばいい。

しかし織莉子はそれを許すか? そんな無茶がまかり通る未来が視えているのだろうか?

 

 

「無いな。無い、今の未来はそれを示して無い」

 

「………」

 

「さあ、早く変身を解除しろ!」

 

 

尤も、変身を解除すればお前は終わりだがな。

ゾルダは仮面の奥で、決意と殺意をギラつかせていた。

確かに人を殺す事は獣になる可能性を秘めた危険行為である。

しかしこの世には消しておかなければならない人物もまた存在しているのだ。

何のために死刑がある? それは人で無くなった物を裁くための最終手段であろうが。

 

 

(北岡裁判でお前は死刑だよ、オーディン)

 

 

コイツだけじゃない。

東條や杏子、ユウリ、要するに浅倉と同じ様なヤツは殺さなければならない。

 

 

(何故? 決まってるさ、俺が弁護士だからだよ)

 

 

こいつらは完全に黒、黒も黒で真っ黒だ。

手塚に言った通り、人を殺したが故に自分が獣になる恐怖が北岡にはあった。

今の北岡は、自分でもハッキリと分かる様に不安定だ。

 

死への恐怖。

病に選ばれた理不尽さの怒り。他の参加者に対する嫉妬。

見下す心、憎しみ。その中で自分を象徴する均衡が暴れだす。

 

 

「どうした? お前が変身を解除すれば、さやかを助けてやらなくも無い」

 

「……本当ですか?」

 

「ああ」

 

「では――」

 

オーディンは変身を解除すると上条の姿に戻る。

さらにゾルダはデッキをこちらに渡す様に指示。さやかを盾にして上条へ屈服を迫る。

 

 

「さやかが大切なら言う通りにするんだな。お前の愛が試される」

 

「僕の愛は本物だ。見くびってもらっては困る」

 

 

上条は少し不満げにしながらも、ゾルダの指示通りデッキを滑らせて彼の方へと送る。

ゾルダは送られたデッキを踏んでみせた。この距離ならばデッキを手元へ戻す事も不可能だ。

自分がそうだった様に。

 

 

(くそっ!)

 

 

変身しても剥がされた爪が痛む。

本当は今このチャンスを使って彼に復讐をしたかったが、長引かせる意味が無い。

ああ、また蟲が動く。自分が何をしているのすら混乱で分からなくなる。

しかしハッキリと分かる事もある。目の前にいる上条は100人殺しを達成した。

そしてその意味。彼はもう人間ではない。獣と子供、嫌いな物に、嫌いな物が重なっている。

ああもういい、純粋に言えば良いだけの話だった。

 

 

(俺はコイツが気に入らない)

 

 

蟲が動く。

純粋なる殺意。

浅倉や杏子、ユウリ、みんな殺したい。

蟲が動く。今、引き金に手をかけてバイザーから銃弾を放つとしよう。それを上条の眉間に当てればどうなる?

 

簡単だ。いくらオーディンが強いとは言え、それは変身後の姿ならでの事。

ただの人間の子供である彼は――、多少なりとも強化されているかもしれないが、言うて人間の枠は出ていない。

確実に死ぬ、確実に殺せる。

ああ、蟲が、蟲が……。

 

 

(ああ、武器を持つだけでコレか。俺も相当キテるな)

 

 

堕ちるのが怖いと手塚に言った割には、意外とアッサリ殺せる気がしてきた。

そうだ、そうだ、そうに違いない。上条恭介は危険な男だ。

殺しておかなければ俺の安定は訪れない。蟲がうざいな、クソ。

 

 

(そう、結局は生き残るために有害なヤツを殺す。綺麗事をいい、人がどうのこうのと喚いていたが結局何も変わらない)

 

 

だがそれでもいい、俺はコイツが、ゲームを盾に人を殺すヤツが気に入らない。

正義を語ろうって訳じゃない、ただこの獣が、幸せな夢を見るのが何よりも気に入らない。

何人殺そうが構わない、どんな犯罪を犯そうが構わない、それは俺が弁護士だったからだ。

 

 

(今の俺は、『人間』だ!)

 

 

殺す。気に入らない、殺す。俺は獣になんかに負けない。

あの日から、父が人間でなくなったあの日から、俺は『人』としてのプライドに誰よりも拘ってきた、誰よりも縋ってきた。

 

それが俺が俺である為の証明だったからだ。

そして俺は今、日々、時間が毎分毎秒経つごとに、人でなくなってきている。

認められるかそんな事! 俺は、俺は、俺は、俺はあんな品の無い姿は晒さない。

ああ、クソ、止めろ。蟲め、俺の脳を齧るな。俺の腹に卵を産み付けるな。

 

いいか、クソ。

俺はだれよりも人で、そしてその中でも頂点に立つ資格を持った男なんだ。

その俺が今こうして獣に堕ちた――、しかもガキに見下されていると言う事実がッ、何よりも気にいらない!

 

城戸真司や鹿目まどかの様な馬鹿は、確かに馬鹿ではあるが、どこか羨ましいと思える部分もあった。しかしコイツは違う、こいつ等はもはや害悪。

人の皮を被った野獣でしかない。

 

 

(殺す。死んでも殺す……ッ!)

 

 

人の世の均衡は、理性ある物だけが作り出せるものだ。

獣には不可能なんだよ、よってお前は死刑だ。

 

 

「以上」

 

「ッ?」

 

 

ゾルダは今ここで、上条に対する明確な殺意を固めた、固めてしまった。

人で無いのなら殺して構わない。その考え方は果たして人が選ぶものなのだろうか?

ゾルダはそれに気づいていない。彼の追い詰められた状況が、己を失いたく無いと言う気持ちに呼応して歪な覚醒を遂げた。

 

人のままでいたいと思うゾルダの意思が、人としてのプライドを失いたくないと思う気持ちが、そのまま殺意に変換されていく。

北岡は今、特殊な形でゲームに乗った。あれだけ躊躇していたというのに。

それは彼が明確な(ぶき)を手にしてしまったからだろう。

力はやはり人を狂わせる。そして愚かな道化へと変えてしまうものだ。

 

 

(殺す!)

 

 

ココで上条の眉間を撃ち抜くのは簡単だ。しかしまだ安心できないのが現状である。

なぜならばデッキがなくとも上条はゾルダの攻撃を防ぎ、反撃に出る事ができる。

それはミラーモンスターシステム。掲げている性質に合った行動すれば、好感度があがり、なつく。すると、アドベントを使わなくとも主人を助けにくるのだ。

上条もそれは分かっているに違いない。

だとすれば、隙を伺っている可能性は高いのだ。ただ普通の弾を撃つだけでは駄目だ、一撃で確実に殺す手段でなければならない。

 

 

「耳を塞いで目を閉じろ、そして跪け。そうすればお前を信頼に値すると認めるよ」

 

「……分かりました」

 

 

不満げながらも、さやかを盾にすれば上条は言う事を聞いた。

なるほど、確かに想いは本物なのかもしれない。

ただ残念だとゾルダは仮面の奥で歪な笑みを浮かべた。

 

さやかは誰よりも人らしかった。

汚い部分もあったろうが、それをひっくるめて人だったんだ。

だがお前はもう違う、人を道具として見た時点で終っていた。

 

 

『ファイナルベント』

 

 

耳を塞がせたのは電子音を悟られないためだ。

聞こえているだろうか? だが構わない。ゾルダの前には武器を展開させるマグナギガが。

そう、彼はこの場でエンドオブワールドを放とうと言うのだ。

こんな場所で広範囲を焼き尽くす攻撃を使えばどうなるのか、しかもココは地下なのに。

 

けれどもゾルダに焦りは無い。

爆風はマグナギガとゾルダの防御力があれば問題なく、崩れ落ちた瓦礫もマグナギガを盾にしていけばどうとでもなると確信している。

 

別にシュートベントで良かったのではないか?

しかしゾルダにとっては全てを消し飛ばすファイナルベントでなければ駄目だったのだろう。

獣を消し炭にする。跡形も無く、存在さえも残さずに消し飛ばすにはコレしかないと。

 

そう、そうだ。彼は、ゾルダは、北岡は既に狂っていたのかもしれない。

病を抑えつつも、蟲は頭を食いつぶしていく。

北岡はプライドに固執し、その間に受けた軽い拷問に屈辱を重ねている。

そうだ、なぜ人である自分が、獣の上条に爪を剥がされ、食事を与えられず、見下されたような扱いを受けなければならないのか。

 

それは耐えがたい屈辱。

その積み重なった怒りが殺意になり、拘束が解かれた今、爆発した。

冷静な判断はできなくなり、気に入らない獣を一刻も早く排除しようと脳が命令を出す。

 

皮肉なものだ。

今のゾルダは、檻が破壊され外に解き放たれた『獣』そのものに見える。

そしてオーディンを殺す理由も、気に入らないから殺すと言うまるで『子供』の様ではないか。

 

 

「………」

 

 

マグナギガの展開が終了する。

ゾルダは引き金を引く事に躊躇は無かった。

人を殺すのが怖い、しかし人で無い物を殺す事は怖くない。

 

 

(死ね! オーディン!!)

 

 

引き金に手を掛けるゾルダ。

目障りなんだよ、何もかも。

 

 

「北岡さん、先に謝らなければならない――」

 

「!」

 

 

その時、耳を塞いでいた手が下ろされる。

そして閉じていた目が開かれる。浮かべるのは――

 

 

「僕は嘘をついた」『ディメンションベント』

 

 

笑み。

 

 

「!?」

 

 

黄金の羽に包まれてゾルダと、連結していたマグナギガが倉庫から消える。

ディメンションベント。指定した相手をワープさせる事ができるそのカードにて、ゾルダはある場所に転送される事となる。

 

 

「………」

 

 

上条は黒い笑みを浮かべながら一人だけとなった空間を歩く。

片手に携帯、そして片手で落ちていた自分のデッキを拾うと、汚れを払っていた。

携帯の画面にはSNSが。そこには『先程も確認していた』情報が記載されていた。

 

 

「馬鹿共が」

 

 

面白がって首を突っ込むからこうなる。

情報に踊らされる馬鹿ばかりだ。まあそのおかげでコチラは助かったんだけど。

上条はオーディンに変身すると、ゾルダを転送させた場所に自らもワープで向かう。

オーディンがワープできる場所は、目に映ったところと、一度足を運んだ場所だ。

 

 

「ああ、何て強い効果なんだろうね、ディメンションベントは。流石は力のデッキと言った所だよ」

 

 

一瞬で変わる景色。

オーディンは喜びを隠し切れない様子で声を震わせていた。

彼はゾルダに嘘をついていた言った。どういう事なのか? オーディンは腕を組みながら説明する。

 

 

「僕が発動した二枚のカード」

 

 

どちらもスキルベントだった。

オーディンはそれが二枚とも未来予知だと言ったが、それは嘘である。

一枚目は本物の未来予知だが、二枚目は違う。その『派生』である。

それは未来予知に続いて発動するもの、効果は簡単。

 

 

「未来にカードを発動できる」

 

 

意味が分かるかい?

そう、未来の景色に、カードの力を一つ齎す事ができるんだ。

カードを発動したポイントに時間が重なるまで、自分は何一つカードを使えなくなると言う大きなデメリットもあるんだけどね。

 

でも今の状況はまさに絶好のタイミングだった。

まさか貴方が、あそこであんな攻撃をするって分かったんだもの。

そんなに僕を殺したかったのかい? いやいや、残念だよ北岡さん。

 

 

「でもそのおかげで、僕は彼女へ一歩近づく事ができた」

 

 

もう自分でも分かっているだろ?

僕が未来に発動したカードはディメンションベント。

対象をワープさせる事もできるカードなんだ。

最強だよコレは、だって、だって貴方なら理解できるだろう?

身を以って体感した貴方なら。

 

 

「流石に見滝原の外に運ぶことはできないけど、僕が足を運んだ場所ならどこでも貴方を飛ばすことができる

 

「………」

 

「たとえばさ。マグマだとか硫酸のプールの上にキミを転送させる事もできる。まあそんな場所はないけどね」

 

 

ゾルダは放心したように立ち尽くしていた。

転送時に引き金を引いていたのだろう、マグナギガからは既に大量の弾丸が放たれた後だった。

つまりエンドオブワールドは無事に発動されたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

転送された後の場所で。

 

 

「50人殺し、達成おめでとう」

 

「ば、馬鹿な……ッ!」

 

「いや、もしかしたら100人はいったんじゃないかな」

 

 

目の前にあったのは爆発や銃弾によってボロボロになったショッピングモールの一角だった。

オーディンは既に北岡が自分を殺そうとする未来を見ていた。

だからこそ、それを利用したまでだ。

 

磨り減った精神では、まともな判断は出来ない。

オーディンを一刻も早く殺そうとする焦りが、引き金を早く引きたいと駆り立たせる。

その結果が、破滅に繋がっているとも知らず。

 

そう、つまりゾルダはエンドオブワールドを転送されたショッピングモール内で発動した。

いくら見滝原が危険とは言えど、それを信じていない人間達は沢山いて、買い物にも出かける訳で。

ショッピングモールとあらば、人が集らない訳がない。

 

テロ対策で店内には警官や警備員が多く集っており、むしろ言い方を変えれば、それだけ人が多くなっている訳である。

そんな中、上条はショッピングモール周辺にゴルトフェニックスを飛ばしていた。

今の見滝原は、町で起こっている異変を面白がる人間達も多くいる。

そんな連中が、金色に光る鳥を見たらどうする? それは決まっている、生配信だの、SNSを盛り上げるために追いかけるんだ。

そしてゴルトフェニックスはショッピングモールの中に入り、もっと多くの人間を集めた。

 

 

その結果――

 

 

「お、俺は……! 俺は――ッッ!!」

 

「申し訳ない。僕としてもコレは少し気分が悪い」

 

 

でも、さやかを蘇生させる為なんだ。

僕は世界を敵に回しても、彼女を助けると自分に誓った。

だから他の人たちには犠牲になってもらうしかないんだよ。

オーディンはそう言いながら目の前に広がる凄惨な状況にため息を漏らす。

 

人があつまるショッピングモールに突如降り注ぐミサイルや銃弾。

それらは、そこにいた人達、器物を次々に破壊し無に返していく。

次々に起こる爆発。ゾルダは何が起こっているか分からずに思考を停止させる。

いや、磨り減った精神では、引き金から指を離す事すらできなかったのだろう。

 

ゾルダはショッピングモールを破壊し、そこにいる人々を焼き尽くした。

多くの人が集るショッピングモールだ。爆風や崩れ落ちた瓦礫でもカウントは行われ、すぐにゾルダの脳内にはジュゥべえの声が。

 

 

『よおゾルダ。50人殺し達成だ。頭で念じるだけで、いつでも美樹さやかを蘇生できるぜ』

 

『お、俺は――、俺は殺したのか!?』

 

『あ? 当たり前だろうが。どういう状況だよ、自覚してないのか?』

 

 

だったら今すぐ脳に刻め。

ジュゥべえはテレパシーでゾルダに事実だけを、真実だけを教えていく。

ゾルダが意図してか意図しないでかは関係ない。そこにある真実のメーターは確かに殺人を記録し、その死者を刻み込む。

 

 

『北岡秀一。テメェは確かに今、50人以上をブチ殺した』

 

 

それが望んでか望んでいないかは関係ない。

もし自分の望まぬ結果として死者を出してしまったのなら――。

 

 

『その事実、有効に使う事だな。オイラは騎士のサポーター。応援してるぜぇ』

 

 

それだけ言ってジュゥべえは通信を切る。

脱力するゾルダ、あれだけ渋っていた50人殺しを利用されたとは言え、いとも簡単に達成してしまったのだ。

ゾルダの耳には崩れ落ちる瓦礫の音や、爆発に巻き込まれた人の悲鳴が次々に聞こえてくる。

生配信だのとSNS関連で盛り上がっていた連中も爆発に巻き込まれて死んだ。

それが配信されているのだと思うと恐ろしい物があるもの。

 

しかしオーディンには関係ない。

彼は燃えるショッピングモールを見ながら達成感をかみ締める。

隣ではマグナギガを消滅させ膝をつくゾルダ。脱力したように景色を確認していた。

 

 

「俺は……、俺が――ッ!」

 

「大丈夫だよ北岡さん。時間が経てば、自分のした事が正しかったのだと理解できる日が来るさ」

 

 

問題はある。

ゾルダは今こうして50人殺しを達成した訳だが、だからと言って美樹さやかがすぐに蘇ると言う訳ではない。

 

オーディンにはその未来はまだ見えていなかった。

だが条件を揃える事ができたのは大きい、何はともあれと言う事だろうか?

これで彼女が蘇る確立がグッと高くなった。後はゾルダが死なない様にしておけばいい。

今の精神状態ならば、すぐに折れるかもしれないのだから。

 

オーディンは使用したカードを復元するカードを持っている。

それを使用してディメンションベントをリロードすると、それを再び発動して、ゾルダと共に破壊されたショッピングモールを後にする。

 

自分達の姿を誰かが撮影していたとしても、素顔がバレていないのだから問題はない。

そしてココにいれば、ショッピングモール自体が崩壊して自分達にも危険が及ぶかもしれない。

まあテロが何だといわれている現状だ。きっと今回もまたテロの一つとして処理されるのだろう。

 

 

「さあついた。貴方はココにいてほしい」

 

「………」

 

 

オーディンは織莉子達が戦っているリーベエリス跡地近くにワープを行うと、膝を着いて放心しているゾルダを一瞥する。

本当はさやかを蘇生させるまでに強引に持って行きたかったが、ココからは織莉子にも手を貸してやらねばならない。

 

 

「未来予知どおりなら、織莉子は今頃、鹿目さん達と戦っている所」

 

 

オーディンの役割は他の者達を粛清する事だ。

キリカ達の味方になって、他の邪魔な奴らを処分すると言う事。

もちろんワルプルギス用に仲間をつくっておきたいと言う事もあったため、織莉子と事前に邪魔になる参加者を選出しておいた。

 

そう、彼が殺すのは――

 

 

(王蛇ペアに、秋山蓮、そして暁美ほむら)

 

 

一人勝ちを狙う参戦派はいらないと断言できる。

そしてまどかに固執している風に見えた暁美ほむらも、念のために消しておきたいと言うのが織莉子達の意見であった。

ほむらの雰囲気から察するに、まどかが死んだ後に味方になる可能性はゼロ。

仲間になったとしても、それは復讐の為であろうとの事。

そんな危険因子を放置しておく必要もない。

 

 

「ゴルトフェニックス、彼を頼むよ」

 

「―――」

 

 

空から飛来してくる光。不死鳥は崩れ落ちたゾルダの前に着地する。

 

 

「おかしな行動を取るようならば、止めてくれ」

 

 

命令を受け、不死鳥は頷くと羽を収めた。

 

 

「さて、大詰めといこうか」

 

 

腕を組んで余裕な素振りのオーディン。

彼はゾルダに目もくれず、再びワープを行い戦いの場へと移動する。

 

一方で崩れ落ちたまま俯くゾルダ。

一瞬だった。景色が変わったかと思えば人の中に転送され、そして自分は焦るままに引き金を引いてしまった。

その結果爆発が起こり、人を次々に巻き込んでいく。

一瞬で消し飛んでいく命。なのにその命を奪ったという感触が自分の中には存在していない。

死んでいく人間達は、まるで映画のひとコマみたいに思えてしまう。

 

 

「結局俺も――」

 

 

既に獣だったのか。

いや、それよりもあんなガキにしてやられたと言う事実。

 

 

「クソッ!!」

 

 

ゾルダはバイザーを放り投げると、両手で地面を思い切り殴りつける。

何故、ココまで醜態を晒さなければならない。

それは自分が獣だったからか? それは自分の中に巣食う蟲のせいなのか?

行き場の無い怒りをどこにぶつければいいのかすらも分からない。

一つだけハッキリと分かる事があるのなら、今もなお頭に蠢く蟲の感触だけ。

 

 

「ウオアァアアアアアアアアァァアアァ!!」

 

 

叫ぶ。叫んでみたのか。

しかし何も起こらない。むしろ頭の中の蟲だけが声に反応しているかの様だ。

分かる。分かってしまった。何故ゾルダが獣を嫌うのか。それにはもう一つの理由があった。

 

それは、獣達は良いか悪いかは別としても、本能に従って活き活きとしている。

ゾルダの様に、ただ死を待つだけの虚しい自分にとっては、この上なく目障りだったんだ。

いろいろ考えている内に、何も考えられなくなっていく。

なんて虚しい、なんて愚かな、俺の生きている意味って何なんだ?

 

死を前にしてゾルダはその答えを見出せず、狂ってしまったのかもしれない。

 

 

(俺の人生は――ッ! 俺の人生はッッ!!)

 

 

――何だったんだ。

 

 

「誰か教えてくれよぉォオッッ!!」

 

 

どれだけ叫ぼうとも答えは返ってこない。

の代わりなのか、ゾルダ大きく咳き込み、クラッシャーから血が吹き出た。

頭と腹部に蠢く蟲の感覚だけが、ゾルダのリアルだった。

一瞬だけ、真司の職場にいた令子の姿が浮かぶ。

 

しかしすぐに髪の毛を失い、チューブまみれになっている自分の姿が浮かんできた。

別に、思い通りに人生、事が運ぶなんて思ってない。

けれど、それにしたって酷すぎるだろ。ゾルダは蠢く蟲を抑えるため、頭を抱えてもがき苦しむ。

その姿はきっととても醜く、愚かなんだろう。まるで死に掛けの虫みたいに。

 

 

「ァァアアァァアアアアァァアァア!!」

 

 

そこにある感情はただ一つ。大きすぎる虚しさだけ。

 

 

 

 

 






ジオウ続々と新情報が発表されて盛り上がってますな。
かなり楽しみですぞ。
なんつったって、また動く飛彩先生が見られるってのはええこっちゃやで。
ブレイブ好きなんですよね。


あとエグゼイドの小説見てて思ったんですけど、なんかの間違いが起こって敏樹が永夢とポッピーで一本書いてくれねーかな(適当)

あのお互いがお互いを気にしてるんだけど、それがまだ恋慕かどうか自分でも分かって無くて、依存寄りで、さらに種族が違うと来てって、もうこれ敏樹やないの(暴論)

あの漫画版クウガで最悪のお好み焼きデートを描いた井上さんが他のキャラクターを弄るならどういう風になるのかは、いつも妄想してしまいますな(´・ω・)b



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第54話 甘い人 人い甘 話45第

登場人物紹介、ちょっと追加しておきました


 

 

一方、ナイト達。

王蛇達が場を乱してくれているおかげで、キリカの魔法に一方的にやられると言う事は無くなった。

しかし杏子や王蛇は、当然ほむらやファムも狙ってくる。

それに合わせる様にしてキリカ達の攻撃が飛んで来るので、状況は必ずしもプラスになっている訳ではない。

そして、さらにその状況は大きく乱される。

それは途中からやってきた参加者、リュウガが齎した異変。

 

 

「お前、城戸……?」

 

 

ナイトは警戒しつつ距離を一定に保つ。

前からゆっくりと参加者の方へ向かってくるリュウガは、見た目だけならば龍騎と瓜二つだ。

紋章と複眼の形以外は、まさに龍騎を黒くしただけだ。

 

騎士のデザインはミラーモンスターをモチーフとしている。

しかしその素体は個々によってあらかじめ決められているもの。

ナイトやファムなど、似ている種類はあるが、それは結局似ているだけにしかすぎない

 

しかしリュウガと龍騎に関しては似ていると言うレベルではない。

ただの偶然なのか、別に似ている理由など無いのかは分からない。

けれども龍騎を知っている物からしてみれば彼から発せられる殺気には強烈な違和感を覚えてしまうものだ。

 

 

「アァァ、ムカつく顔だ。殺したくなる」

 

「………」

 

 

龍騎に一度してやられた王蛇としては、姿自体がイライラする。

それにリュウガとは前回の戦いでは、いい所で逃げられた。今度こそ殺すいい機会ではないか。

ましてや大聖堂で戦ったときには明らかに手を抜いていた。と言うよりも、『命令どおり』に動いていた気がしてどうにもつまらない。

 

ナメられた物だ。

王蛇は首をゆっくりと回しながらリュウガに近づいていく。

思わずタイガやキリカ、ほむらでさえ動きを止めて、その様子を確認していた。

 

 

「浅倉威。お前では俺には勝てない」

 

「アァ!?」

 

「因果がある」

 

 

殴りかかる王蛇の拳を、リュウガは片手で止めた。

その声を聞いて、ファムはゴクリと喉を鳴らす。心なしか声まで真司に似ている様な気が……。

けれども真司よりはずっと低く、冷たい。とてもじゃないがリュウガが真司とはファムもナイトも、サキやほむらも、言ってしまえばキリカ達ですら思わなかっただろう。

そして今の行動にも目を見張るものがある。王蛇の拳を片手で受け止めるとは。

 

 

「俺は最強の騎士だ」

 

「ハッ、口だけは立派だな」

 

「確かめてみるか?」

 

「アァア……、面白い――!」

 

 

蛇の様な笑みを浅倉は仮面の奥で浮かべた。

そして行動はすぐ。王蛇は掴まれた拳を一気に振りほどくと、その勢いを利用して回し蹴りに移行する。

しかしそれはリュウガも同じだった。

振りほどかれた勢いを利用して、王蛇とは逆回転に回し蹴りを行った。

ぶつかり合い弾きあう両者の足。

地面を擦り、後退する両者はまたもシンクロする様に動いていた。

双方自分のデッキに手を掛け、カードを一枚引き抜いたのだ。

 

 

『ソードベント』『ソードベント』

 

 

ベノサーベルと、ブラックドラグセイバーを構える両者。

ジッと構えるリュウガと、咆哮を上げて激しく切りかかっていく王蛇。

剣と剣がぶつかり合う音と飛び散る火花。それが一同の意識を鮮明にさせる。

 

 

「………」

 

 

先に動いたのはタイガだった。

デストクローを装備し、後ろを向いているナイトの方へと足音を消して忍び寄る。

向こうはまだ王蛇の戦いを見ている最中だ。

今なら無防備な背中に思い切り爪を刺し入れれば――!

 

 

(殺せる!)

 

 

話に聞けば、ナイトは参戦派に回ったとか。

最低だ。参戦派に回るヤツなんてクズばかり。夢を否定したあの北岡と同じだ。

故に生きている価値なんて無い。英雄になれる自分が殺してあげた方が幸せだろう。

タイガに迷いはなかった。むしろ英雄に近づけると言う喜びが彼の身体を支配している。

 

目の前にいるのは絶大なる悪、その悪を倒すのは相対的に正義しかありえない。

ナイトは悪、だったらそれを殺せば自分は正義と言う事になる。

英雄とは正義、だったら僕は英雄に――!

 

 

『ガードベント』

 

「え!?」

 

 

タイガがナイトの背に爪を突き立て様とした瞬間、ナイトの背にマントが出現する。

なんだこれ? 一瞬と惑うタイガだが、もう突き出した手だ。

彼はそのまま勢いに任せて爪をマントへと沈める。

 

だがマントはナイトの盾であり、同時に身を隠す物でもある。

タイガは自分の攻撃が空を切るのを感じた。

マントごしにでもナイトの身体を捉えた感触がない。文字通り黒い布をただ手で押している様な感触しか伝わってこなかった。

つまりナイトはマントの向こう側にはいないのだ。

 

 

「フッ!」

 

「うあ゛ッ!!」

 

 

ナイトはマントで自分の姿を消し、その瞬間上に跳んでいた。

そしてタイガの攻撃をかわしつつ、自分はダークバイザーをタイガの肩に振るう。

剣はタイガに問題なく命中し、衝撃に声をあげて大きく仰け反っていた。

その間にナイトはカードを発動しつつ着地。ウイングランサーを装備すると、タイガの背後を取る。

 

まずは蹴りだ。

蹴りでタイガを海老反りにさせると、右手に持っていたダークバイザーで背中を横に切る。

ダメージを受けて、声を上げつつもタイガは回転。次に来る攻撃を防ごうと、デストクローのガントレット部分を押し出す。

 

 

「甘いな」

 

「え? あっ!」

 

 

しかしナイトが取った行動は、左手に持っていたウイングランサーでタイガの脚を払う事だった。

デストクローのガントレットは大きく、二つを重ねれば上半身に来る攻撃は高確率で対処が出来る。

しかし下半身となると話は別だ。防御時にもっと姿勢を落とせばよかったものの、そこはセンスが関係してくるのか。

 

タイガはナイトの足払いを防ぐ事ができずに倒れる事になる。

それは絶好の追撃ポイントだ。ナイトは二つの武器でタイガを連続して突いていく。

必死に地面を転がるタイガだが、ナイトは起こすまいと彼を攻撃し続けた。

 

 

「あぐぁ! ひぃ!」

 

「――っ」

 

 

悲鳴が聞こえ、若干――、手の力が抜けそうになる。

罪悪感? 下らない、今さらもう遅すぎる事だろう?

ナイトは緩んだ力を押し戻す様に強く二つの武器を握り締めた。

しかしコレは個人戦ではない、すぐにナイトを妨害しようと彼に飛び掛る影が。

 

それはオーディンの使役モンスターであるガルドミラージュ。

彼はタイガを助けるためにチャクラムを投擲し、ナイトの身体に二つとも命中させる。

動が鈍るナイト。そのままガルドミラージュは空中で一回転。勢いを乗せて飛び蹴りを放つ。

 

 

「ハァッ!!」

 

「!」

 

 

しかしそこでサイドからの邪魔が入る。

ナイトへ飛び蹴りを仕掛けたガルドミラージュ、その横からファムが膝蹴りで割り入ってきた。

ミラージュは予想以上に素早いファムの攻撃に対応できず、ナイトへ届く前に弾き飛ばされた。

 

 

「蓮、お礼は?」

 

 

ファムは『ドヤ』と、ジェスチャーを行うが――

 

 

「フン」

 

「あぁぁ、はいはい……!」

 

 

ナイトは一瞥してすぐにタイガへ攻撃を仕掛けていく。

ファムは頭を押さえてヤレヤレと。さて、ここからどうした物か。タイガはそれなりのダメージを受けており、このままだと本当に危険かもしれない。

かと言ってタイガは仁美を殺した、明らかにおかしい男だ。

 

 

「………」

 

 

とは言え、仕方ない。

ファムはデッキからカードを抜き取ると、バイザーへと装填して効果を発動させた。

選んだカードはパートナースキルであるスイングベント、サキの武器である鞭のカードだった。

ブランバイザーの先端から光の鞭が伸び、ファムはそれを一度地面に叩きつけたあと標的に狙いを定める。

ではその標的とは誰なのか? ファムに迷いは無かった。

 

 

「ほっ!」

 

「!!」

 

 

ファムはナイトの腕に鞭を絡ませると、それを引いてナイトをタイガから引き剥がす。

 

 

「何をする!」

 

 

ナイトがファムを睨む。

しかしファムは無言で首を振るだけだった。

 

 

「邪魔をするな霧島ッ!」

 

「止めときなさい。それ以上はソイツ、マジで死んじゃうわよ」

 

「当たり前だ、殺すつもりなんだからな!」『トリックベント』

 

「!」

 

 

ナイトがカードをバイザーへセットしたかと思うと、身体が鏡が割れる様に消滅した。

かと思うとファムの背後から一閃。ファムは苦痛の声をあげて背後を確認する。

するとそこには剣を振り下ろしているナイトが立っていた。

 

分身のカードだ。

周りを見てもナイトは一人。では上は?

すると予想通り、空中に四人のナイトが翼を広げて待機している。

どれが本物なのやら。ファムは鼻を鳴らして剣を構えた。

 

 

「俺はあの時とは違うぞッ、霧島!」

 

「分からずや! 相変わらずの頑固ものね!」

 

 

ダークバイザーの一撃をブランバイザーが受け止める。

白と黒の斬撃はしばらく続くが、体力や力はやはりナイトの方が上と言った所だろう。

 

 

「ずいぶん目障りな女になったな霧島! 惚れた男に感化されたか?」

 

「うるせー! あんな馬鹿に誰が惚れるか!!」

 

「誰も城戸とは言ってない!」

 

「――、アンタのそういう所が嫌いなの!!」

 

『アドベント』

 

「ってッ、うわっ!!」「チッ!!」

 

 

そうしていると二人の間に飛び込んでくるデストワイルダー。

咆哮をあげてナイトとファムを引き裂こうとその爪を振るった。

幸い二人とも素早さには自信がある。地面を転がりその攻撃を回避してみせるが、そんな話ではない。ファムはイライラしたように地面を踏みつける。

 

 

「ちょっとアンタ! 助けてあげたでしょ! 攻撃やめなさいよ!」

 

「殺す、殺すッ! そうだよ、英雄になる邪魔をするやつは皆殺す!!」

 

「うわーお……!」

 

 

タイガはファムの声など聞いていないと言う様子だ。

確かにファムはタイガを助けた事にはなるが、タイガ視点でファムはナイトと友人だ。

クズの友人は皆例外なくクズ。その方程式に辿り付いたタイガにとって、ファムは既に揺ぎ無い敵なのである。

 

 

「戦うなって! 戦っても何にもならないじゃないの!」

 

「ダメダメ……、クズの言う事なんて聞く価値ないよ」

 

 

タイガはデストワイルダーをナイトへ向かわせ、自身はデストバイザーを構えてファムへ向かう。

 

 

(そりゃ、ま、ココまで来て戦うなってのが無理な話か)

 

 

ファムはため息をついた。

つくづく真司のやっていた事が無謀な事だと思い知らされる。

ファムは仕方なくウイングスラッシャーを構えてタイガを迎え撃つ事に。

 

 

「ちょっと君。最初に言っておくけどね、英雄ってのは女の子には優しくする物なのよ」

 

「――ッ!」

 

 

ピタリと動きが止まるタイガ。

女の子には優しく? だったらファムには攻撃できな――

 

 

「騙されるな! ソイツの言う事はデタラメだ!!」

 

「ッ!」

 

 

背後から声。

見れば黒い爪がファムに向かって飛んできている。

ファムは舌打ちをしつつ素早く身体を反らして爪を回避。地面を転がりつつ状況を整理する。

やってきたのはキリカだ。彼女は素早い身のこなしでタイガの隣に距離を詰めていた。

 

 

「相棒、言葉に惑わされちゃダメダメだ!」

 

「え?」

 

「私の――、君自身(わたし)の言う事だけに耳を傾ければいい!」

 

 

アレは敵なんだ、キリカはそう言ってタイガの目を見る。

 

 

「……そうか、そうだ、僕を惑わそうとする悪党の言葉に耳を傾けてはいけない」

 

 

タイガは頷くと、再びファムへと向かっていく。

 

 

(くあぁぁあッ、いい手だと思ったのにッ。なによ!)

 

 

そこでファムは気づいた。真下に広がる減速魔法陣。どうりでタイガがあんなに早く――!

 

 

「ハァアアッ!!」

 

「うぐっ! ッッ!」

 

 

ファムは何とかタイガの攻撃を回避しようと試みるが、既に攻撃のスピードについていけてない。

すぐにファムの身体から火花が散った。なにより、ファムは真司に感化されている。他者を傷つける事が正しいのかと、攻撃をする事に躊躇してしまうのだ。

 

 

『ナスティベント』

 

「!」

 

 

空中から飛来してくるダークウイング。

そして同じく空中から飛来してくる三体のナイト。どうやら其方が動いたらしい。

まずは巨大なコウモリから超音波が放たれた。

 

 

「うあぁあああああああ!!」

 

「……ッ」

 

 

音波攻撃ソニックブレイカーは、ファムやキリカ達に等しく降りかかる。

ナイトには一つの考えが合った。確かにキリカの魔法は非常に強力で厄介だ。

しかし弱点が一つあるのではないかと言う事。

それは全体攻撃においての対策である。減速すると言う事は、逆に言えばそれだけ攻撃時間が長くなると言う事でもある。

つまり脳を破壊されそうな音波攻撃が、キリカにはずっと遅いかかるのではないかと言うこと。

 

キリカは減速魔法を発動していながらも、普通に会話ができていた。

それは『音』に関する事は、普通に伝わる様に設定されているのではないだろうか?

さらに言えばいくら防御が硬くても、音に対する対策はできぬ筈。

つまり頭を破壊しようとする不快な超音波は普通に伝わるが、その継続時間は減速魔法によって延長されていると。

 

 

「うがぁっ!」

 

「フッ!」

 

 

やはり――、ナイトの狙い通りだった。

耐えられなくなったキリカは減速魔法を解除する。

彼女にとっては攻撃を受ける時間が長引くだけなのだから。

 

攻撃を耐えつつ、上空にいるダークウイングを狙うという手もあったのだろうが、激しく脳を揺すられる中では、そこまで考えが回らなかったようだ。

これは助かった。ナイトは分身たちと共に走り、キリカとタイガを追い詰める。

 

 

「「「ハァ!!」」」

 

「うわわわ!!」

 

 

ナイト達の剣がキリカとタイガを切り裂く。

超音波はナイトには効果がない。ナイトは的確な剣捌きでキリカの爪を弾き、タイガを蹴り飛ばす。

それを見て首を振るファム。駄目だ、駄目駄目、こんなのを通していい筈が無い。

しかしファムも頭を抱えて呻いているところ。脳がグチャグチャになる。

 

 

「ああもう! 本当に性格悪い攻撃するわね!」

 

 

しかしそこで音波攻撃が中断される。

ファムが辺りを確認すると、チャクラムがダークウイングを妨害していた。

その発射主が、ファムのほうへ駆け寄ってくる。

 

 

「うわわッ!」

 

 

飛び掛る様に蹴りを繰り出してきたのはガルドミラージュだ。

ファムを敵と認識しているミラーモンスターを説得するのは流石に不可能か。

できれば戦いを止めたいと言う真司の意思を汲みたかったが――!

 

 

(やっぱそう簡単にはいかないわよね!)

 

 

ファムはマントを翻してガルドミラージュの目を眩ませる。

その隙を狙い、渾身の突きをガルドミラージュへと打ち込んだ。

しかし攻撃は命中した筈なのに手ごたえが全く無い。

それもその筈、ガルドミラージュの能力は幻影だ。

突きを受けたのはフェイク。ゆらめくように消えていく。本体は少し離れた所で孔雀のような羽を広げていた。

 

 

「うっ! くっ!!」

 

 

広げた羽から無数のチャクラムが飛来してファムの装甲を削っていく。

さらに動きを止めているところへ飛び蹴りが直撃した。攻撃を受けて地面を転がるファム。地面に倒れた彼女は、力なく大の字に寝転んで耳を澄ませる。

 

武器と武器がぶつかり合う音。

攻撃を受けた物が苦痛に呻く声。

そこには純粋なる戦いの音が響き渡っていた。

 

 

(コレ――ッ、こんなの止められるの……?)

 

 

無理だろ、とは思いたくない。

だけど途方も無い事にしか感じられなかった。

やはり真司は凄い。良い意味でも悪い意味でもだ。

 

 

「悪いけどココは、私のやり方を通させてもらうか」

 

 

ファムはそう決めるとカードを引き抜きつつ立ち上がる。

 

 

「とりあえずアンタは消えて……!」『ガードベント』

 

 

ファムはブランウイングの翼を模した盾、ウイングシールドを構えてマントを広げた。

自分の元に向かってくるガルドミラージュ。その行く手を阻むようにしてシールドから大量の羽が噴出される。

ファムはマントを翼の様に自在に動かす事で風を発生、大量の白き羽を拡散させて相手の視界を封じる手に出た。

 

 

「……!」

 

 

しかしガルドミラージュも対処の手は打ってくる。

翼を広げ、大量の粒子を風に乗せて発射する。

光の粒はファムの羽に触れると小さな爆発を起こし、次々に羽根を散らしていく。

あっと言う間に鮮明になる視界、ファムは戸惑いを隠せず、再び羽を出現させていく。

 

しかし既にその姿は捉えていた。

今更目くらましなど意味の無い物だと言わんばかりに、ガルドミラージュはチャクラムを投擲する。

だがファムも盾を前に突き出している状態だ。普通ならばチャクラムは盾にぶつかって終わりだ。しかしココでガルドミラージュは両手を左右に広げるアクションを取った。

するとチャクラムが腕の動きに連動しているかの様に、起動を左右に反らしてファムの両隣を通り抜けて飛んでいった。

 

 

(外した?)

 

 

いや違う。

ガルドミラージュは左右に広げた手を前に突き出し、そのまま両手を真ん中で合わせると手前に引く動作を取る。

すると二つのチャクラムが中央へ収束して、引き戻されるように軌道を変えた。

チャクラムは風を切り裂き、白い羽を散らしながら猛スピードでファムの背中を狙う。

 

 

「ハズレ」

 

「!?」

 

 

だがファムにチャクラムが命中したと同時に、彼女の姿が白い羽となって消える。

そう、ウイングシールドには盾や目くらましの他に、自分の分身を生み出す効果もある。

ライアのトリックベントの様な効果でもあると言えばいいか。

舞い散る羽が収束していき、ガルドミラージュの背後で実体化する。

手にはウイングスラッシャー、彼女はそれを思い切り振り下ろした。

 

 

「くらえ!」

 

「………」

 

「!?」

 

 

金色の刃がガルドミラージュを縦に引き裂いた。

いや、違う。手ごたえが無い。つまりコレは――!?

 

 

「……!」

 

「んなッ!」

 

 

そう、ガルドミラージュの能力は幻影。これも偽者だ。

分身は霧の様に消え、ファムの背後にガルドミラージュが出現する。

逆に背後を取られた、ファムはすぐに身体を反らすがもう遅い。ガルドミラージュはチャクラムを巨大化させて、『圏』に変えてファムを切り裂く。

 

 

「それもハズレ!」

 

「!」

 

 

だがファムは再び消える。

まだガードベントは継続中である。白い羽の幻影効果は消えていない。

 

 

「できる女は芝居が上手いの。覚えておきなさい!」

 

「!!」

 

 

ファムが横に振るったウイングスラッシャーは確かな手ごたえを感じていた。

切り裂く音と共にガルドミラージュから舞い散る火花。このリアクション、間違いなく本物と言う事。ファムは走り、怯んでいるガルドミラージュへ追撃のブランバイザーを何度も突き入れる。

コレは危険と悟ったか、ガルドミラージュは羽を広げてファムを牽制。

 

 

「!」

 

 

しかし体勢を整えたか、ガルドミラージュは回し蹴りでブランバイザーを弾くと、一旦大きく後ろへ飛んだ。ファムのフィールドを作らせてはいけない。ガルドミラージュは羽ばたきで粒子を拡散、白い羽を全て散らしていく。

ファムもガードベントの効果が時間性で切れたのか。

分身を作れる状況は完全に無くなってしまう。

 

 

「――ッ!」

 

 

対してガルドミラージュは拡散させた粒子で分身を作り出し。

あっと言う間にファムの前には何十体ものガルドミラージュが出現していった。

この中に本物は一体だけ。ガルドミラージュの分身は実体を持たないため、攻撃を行うことはできないが、それでも相手を混乱させるには十分だった。

 

だがファムに焦りはない。

彼女はデッキからパートナーとの絆で生まれたカード、スキルベントを抜き取る。

魔法少女の固有魔法を使えるこのカード。成長とはすなわち強化としても捉える事ができる。

ファムが使用したのはスキルベント、『ライトニングセンス』。自身の感覚を超感覚へと昇華させる事ができる物。

ファムはその状態で視力や聴力を研ぎ澄ませ、ガルドミラージュを素早く観察する。

 

すると分身の中にハッキリと一体だけ、他と動きが違う物が見えたのだ。

それはダメージからくる怯み、フラつき。早く決着を付けたいと言う焦り。

自我を持つミラーモンスターだからこそ生まれる異変。それにそのガルドミラージュ以外は、目を凝らすと周囲の景色が少し揺らめいている。

 

 

「お前だ!」『シュートベント』

 

 

白いボウガン、ウイングシュートを呼び出して、ファムはその違和感を放つ一体に向けて矢を発射する。ガルドミラージュはまさか自分の事をファムが見破るとは思っていなかったのだろう。

早く体力を回復させようと思う心が、ファムが放つ矢を回避すると言う選択肢を潰してしまった。

 

結果、矢はガルドミラージュの胸に突き刺さり。衝撃とダメージで回転しながら倒れる。

そして本体が攻撃を受けた事で分身たちは消失。ファムはウイングスラッシャーを構えて、全速力で走りぬけた。

すぐにガルドミラージュは矢を引き抜きつつ立ち上がっていたが、もうファムは目の前に。

 

 

「フッ!」

 

 

ファムは通り抜け際に一閃、さらに動きを止めたガルドミラージュの背後に上から下へ武器を振り下ろした。

血のように飛び散る火花、さらにファムは回し蹴りでガルドミラージュを回転させ、自分の方へ向けさせる。その胴体へ思い切り突き出すブランバイザー。よろけながら後退していくガルドミラージュへ、トドメの一発としてファムは飛び回し蹴りを打ち込んだ。

 

 

「!!」

 

 

手をバタつかせて後方へ下がっていくガルドミラージュ。

しかし彼もまだ反撃を諦めていない。しっかりと羽を広げて粒子をファムにむけて発射した。

だがファムはそれをしっかりと確認、マントを翻して粒子を防いでみせる。

さらにマントを振るうことで風が発生する。飛んできた粒子が反射されてガルドミラージュへ命中していき、爆発を巻き起こしていった。

 

 

「ナメんなよ!」『ファイナルベント』

 

 

爆発に揉まれ地面に倒れたガルドミラージュ。

その真下から飛び出すのはブランウイングだ。ガルドミラージュを空に打ち上げ、そのまま羽ばたきで強風を巻き起こしファムの方へと強制的に移動させる。

凄まじい風はガルドミラージュの平衡感覚を失わせ、抵抗させる力さえも強引に奪ってしまう。

対してウイングスラッシャーを頭上で激しく回転させ、ファムは気合を入れつつ狙いを定める。

 

 

「消えなさい……ッ!」

 

 

ガルドミラージュ。ガルドサンダー。ガルドストーム。

彼等もまた気の毒な存在なのかもしれないとファムは思う。

戦うために生み出され、心や意思はあれど結局望まれるのは絆ではなく利益だ。

 

それは他のミラーモンスターにも言える事。

戦いを否定することは、ある種彼等の存在を否定する事にもなる。

だが戦いを望んだとしても彼等は本当に救われるのか? ああ、なんて愚かな存在か。

 

 

「ハァアアアッッ!!」

 

「―――――」

 

 

ファムが巻き起こした黄金の一閃が、ガルドミラージュを一刀両断にする。

上半身と下半身。二つになったガルドミラージュはファムの背後で爆発し、消え去った。

ファムは大きな息を吐いて勝利を実感する。なるほど、確かに虚しい勝利だ。

ミラーモンスターの欠片でこれなのだ、他の参加者を殺しても爽快感など覚える訳が無い。

 

 

(くそっ! やっぱ止めるしかないのね……!)

 

 

そんな意思を固めるファム。

その少し離れたところでは杏子とほむら、サキが戦っていた。

ほむらは杏子の周りを走り回り、ハンドガンの銃で威嚇していく。

そちらの方に注意を向けさせつつ、サキが攻撃を繰り出すと言った流れのようだ。

 

 

「フッ!」

 

「おいおい! こんな糞パンチでアタシを止められるとでも思ってんのかよ!!」

 

「ぐッ!」

 

 

なのだが、どうにも硬い。

文字通り分厚いゴムを殴っている様だ。サキは表情を歪めてバク転を。

そこに襲い掛かる槍。斬り払いの為、後ろへ回避した事で掠る事もしなかったが、どうにも硬直状態が続いている。

だが全くダメージが通らない訳ではない。動き回るほむらの銃弾には、流石に痛みを覚える様だ。

 

 

「さっきからチョロチョロうぜぇんだよ!!」

 

「!」

 

 

多節棍モードに切り替えた杏子は、思い切り槍を振るう事でほむらを狙う。

しかし反応を示すサキ。鞭を伸ばして、多節棍を絡めとり、そのまま自分の元へと引き寄せる。

 

 

「あ?」

 

「動くなお前は!」

 

 

サキはそのまま鞭と多節棍を杏子の身体に絡ませ、さらに自身も杏子を羽交い絞めにして強引に動きを封じた。

 

 

「離せよ!」

 

 

杏子が舌打ち混じりに吼える。

もちろん離す訳が無い。サキはほむらに今がチャンスだと告げる。

 

 

「私に構わず撃て!」

 

「――ッ!」

 

 

頷くほむら。

盾からバズーカーを引き抜くと、少しだけ躊躇う表情を浮かべたが、すぐに狙いを定めて引き金を引く。

 

 

「ガッ!」

 

 

それとほぼ同時に杏子は異端審問を発動。

サキの真下から槍を出現させて身を削っていった。

痛みに声を漏らすサキ。力が弱まってしまい、鞭の力が弱まってしまう。

杏子はニヤリと笑いつつ、腕を広げて鞭や鎖を引きちぎる。

それだけではない。サキの首を掴むと、自分の前に持っていく。

そこへ飛来するバズーカーの弾丸。当然それは、サキの背中に着弾してしまう。

 

 

「ガァァアアアア!!」

 

「ッ!」

 

「アハハハ! バーカ!!」

 

 

焼け爛れ、背中の一部が吹き飛んだサキ。

素早く魔力を背中に集中したおかげで意識を失う事は無かったが、それでも凄まじい衝撃だ。

杏子は立ちすくむサキの腹部へ蹴りを入れ、弾き飛ばす。

転がるサキ、ほむらはすぐに駆け寄り、サキを飛び越える。

 

 

「ごめんなさい! 少し休んでいて」

 

「あ、ああ。気をつけろ!」

 

 

サキはすぐに成長魔法で自身の傷を修復しようと試みる。

対してハンドガンを二丁構えて走り出すほむら。

正直接近戦で勝てるとは思わないが、ココで意地でも杏子は殺しておきたい。

それにもう一つ理由があると言えばそうだ。

 

 

「――ッ!」

 

 

ほむらは二丁拳銃を乱射しながら杏子に向かっていく。

杏子も槍で銃弾を弾きつつ地面を転がり異端審問や槍の投擲を組み合わせて確実に距離を詰めていく。すぐに眼前に迫る相手。杏子は確かにスペックも高く、接近戦や遠距離どちらでも対抗できる術を持っている。

しかし、その性格。猪突猛進とも言えるそのスタイルだけは変わっていない筈だ。

 

 

(くらいなさい!)

 

「うおぉ!?」

 

 

ほむらはハンドガンを投げて杏子にぶつけようと試みる。

何だ? 杏子は不思議に思いつつも、何の事なく首を反らして飛んできたハンドガンを交わした。

そこへ突き出す盾。そこから催涙ガスが勢いよく噴射される。

 

 

「そんな事もできるのかよ!」

 

 

杏子はすぐにソウルジェムで感覚を遮断するが遅かった。

いくら化け物になったと思っていても、所詮人間のカテゴリを出ていない。

ガスを思い切り吸い込んでしまい、よろけてしまう。

 

ソウルジェムを操作して、肉体を人形と認識する前にケリをつけたい。

ほむらは歯を食いしばり、ありったけの力を込めて杏子の手を蹴る。

杏子は舌打ちを一つ。衝撃で武器を落としてしまった。

さらにほむらは盾から日本刀を引き抜くと――

 

 

「ハァアアアアアアアアア!!」

 

 

似つかわしくない咆哮と共に、ほむらは刀を振り下ろした。

脳天から叩き割るつもりだった。

ほむらが何故、杏子を殺したいと思うのか?

それは――、過去だ。

 

 

「へぇ、やるじゃん」

 

 

杏子は体を横へずらしてみせる。

しかし逃げ遅れたか、切り落とされた右腕が地面に落ちる。

 

 

「強化した身体を切断するなんて」

 

 

そう、それだけ。

杏子は腕が切り落とされたのに、それだけの反応しか示さない。

何故ならばソウルジェムを壊されない限り、腕はまた生えてくる。

 

それにどちらかと言えば腕を切り落とせるだけの実力があるのだと、喜んでいた。

腕を切り落とされて笑える。そんな佐倉杏子を、ほむらは見ていられなかったのかもしれない。

これ以上、彼女が人としての大切な物を失っていく前に、せめて自分の手でと。

もちろんほむらも、佐倉杏子の全てを知っている訳ではない。巡ってきた時間軸の中にはひたすら暴力的な性格で終わった時もあった。

しかしそうであっても、今の杏子は見るに耐えないのだ。

 

 

「でもなァ」『ユニオン』

 

「!」

 

「腕くらいで調子に乗んなよ!」『ユナイトベント』

 

「そんな!」

 

 

杏子は融合のカードを使って槍を自分に融合させ、腕に変えた。

多節棍状態の槍が腕につき、どうやら自在に動かす事ができるらしい。

先端が刃になっている為、当然物を持つことはできないが、自在に操れる多節棍は武器としては優秀だ。

杏子はそのまま多節棍を操りほむらの脚を絡め取る。

 

 

「うグッ!」

 

 

地面に倒れるほむら、すぐに盾からチェンソーを取り出すと多節棍に向けて思い切り振るう。

おかげで多節棍を切断する事はできたが、まさかあんな事までできるなんて。

 

 

「面白い盾だね。何でも入ってんのか? お菓子とか無い? 小腹空いててさ」

 

「ハァ! ハァ!」

 

 

疲労と緊張感が酷い。

杏子に勝てるのか? 試しに思い切り後ろへ跳んで、バズーカーを発射してみる。

すると杏子は異端審問を発動し、槍を重ねて壁を作る。

 

そこに着弾する弾丸。

ほむらはさらに手榴弾を投げ、壁の向こうを狙う。

しかし杏子は何の事なく、その手榴弾を打ち返してきた。

でたらめだ。ほむらは盾で防御を行い、なんとか爆発を防ぐ。

 

次は魔法で反動を殺したマシンガンを両手に二丁構えて発射する。

箱のようなソレは、パラララと音を立てて銃弾を無数に杏子の方へと向かわせる。

 

しかし杏子は多節棍を自分の周りに二重程度に巻きつけて、そのまま前進してきた。

鎖のベールに銃弾は弾かれていき、何の効果も成さないまま終わる。

一応銃弾の威力は魔法で上げてある筈なのに。

 

 

「勘弁してもらいたいな!」

 

「浅海サキ……!」

 

 

その時ほむらの方へ転がってくるサキ。

どうやら回復は終った様だ、魔法少女の衣装も破れたところが修復されている。

さて向こうから迫る化け物をどうするか。二人が汗を浮かべた時だった。

 

 

それが、飛んできたのは。

 

 

「グゥウウウウウウゥウウ!!」

 

「「「!!」」」

 

 

黒い炎の塊。それがほむらが瞬間的に思い浮かべた感想である。

文字通り轟々と燃える黒が、自分達の眼前を通り抜けて行ったのだ。

炎が取った場所には陽炎が揺らめき、遅れて感じる熱が自分達の意識を鮮明にさせる。

 

 

「な、なんだ?」

 

 

杏子も攻撃を止めて、その炎が通り抜けた方向を見る。

それもその筈、炎の中から聞こえた悲鳴は紛れもなくパートナーの物なのだから。

そうしている内に炎は近くの地面に着弾。黒い爆発を巻き起こし、一同の意識を集中させる。

爆発の中からはしっかりと人影が確認できる。それは黒い炎の中から姿を見せる紫。

 

 

「アァァア! イラつかせるヤツだァ……!!」

 

 

まだ鎧の部分部分が燃えているが、王蛇は炎の中からユラリと姿を見せた。

仮面の奥の表情は確認できないが、その震える声からは、怒りと殺意、そして苦痛が感じられる。

それもそうだ。王蛇にとって戦いとは何よりの娯楽であるが、人間なのだからダメージは受ける。無敵ではないのだ。攻撃を受ければ、それだけ傷も負う。

 

そんな王蛇へ近づいていくのは、複眼を光らせているリュウガだった。

手にドラグクローを装備しているところを見ると、その炎で王蛇を押し出したと言う事だろう。

杏子は鼻を鳴らす。どうにもリュウガは気持ちが悪い。殺意は感じられるが、どうにも掴みどころの無い闇を見ているようだ。

虚無を感じる。仮面の奥には顔が無いんじゃないかと思うほどに、『無機質』を感じさせた。

もちろん喋っている以上、意思や感情はあるのだろうが、何か人間とは違う違和感を感じさせる。

 

 

「ウォオオオオオオ!!」

 

 

王蛇は炎を振り払い、ベノサーベルを召喚して走り出す。

リュウガはドラグバイザーを消して、自身も同じくドラグセイバーを召喚。

王蛇は力任せにサーベルを振るう。

 

それを簡単に回避してみせるリュウガ。

だが王蛇もこう見えて、無計画には殴らないタイプだ、避けた際に生まれた隙を突く用意はしていた。剣を振るいつつ、蹴りを繰り出していたのだ。

しかしリュウガは蹴りをしっかりと回避すると、黒く燃えるドラグセイバーを振り下ろす。

 

 

「ぐゥウ!!」

 

「無駄だ! お前では俺には勝てない!」

 

 

なぜならば俺は最強の騎士となるべき存在なのだから。

リュウガはそう言いながら王蛇に次々と斬撃を刻み付けていった。

王蛇の実力は騎士の中でもトップクラスだ。そんな彼を圧倒しているリュウガに杏子は思わず目を疑ってしまったのだろう。

それはファムやサキ達も同じだ。リュウガから感じる違和感が、何故か無性に心に引っかかる。

 

 

「アァァ! イラつくぜェ、お前ェェエ!」

 

「そろそろ終わりだ、浅倉威」

 

 

リュウガはドラグバイザーを展開させ、そこに一枚のカードを入れる。しかしバイザーは閉じない。

そのまま自分に殴りかかってくる王蛇の拳を再び受け流すと、空いた胴体に渾身のストレートを打ち込んだ。

そしてその衝撃でバイザーが閉まり、カードが発動するのだ。

 

 

「グゥ!!」

 

「消えろ」『アドベント』

 

 

一瞬だった。

王蛇の真下。その地面が黒く光ったかと思うと、鏡が割れる音と共にドラグブラッカーが大口を開けて飛び出してくる。

龍は王蛇に噛み付くと、そのまま空に舞い上がり急降下、王蛇を地面に激突させる。

いきなり空に打ち上げられたかと思えば、すぐに全身に衝撃と痛みが走った。

再び空に舞い上がるドラグブラッカー。王蛇を口に咥えたまま黒い炎を口の中に光らせた。

 

 

「ぐ――っ! オォォオ!!」

 

 

ドラグブラッカーは王蛇を咥えたままその炎を発射する。

先ほどとは比べ物にならない勢いで、王蛇は炎に飲まれて吹き飛んでいく。

そのまま彼は一同から大きく離れ、見えない所にまで飛んで行ってしまった。

少し時間が経った後に爆発音が聞こえて来たため、おそらく離れた場所に着弾したのだろうが……。

 

 

「因果には逆らえない」

 

 

リュウガはふと、呟く。

 

 

「アイツ……、浅倉に勝った」

 

 

杏子は驚愕の表情を浮かべていたが、すぐにニヤリと笑みを浮かべて身体を震わせる。

 

 

「くく、くはは! あははは!!」

 

 

まだまだ面白いヤツがいた物じゃないか。

最近はどいつもこいつも腑抜けた連中ばかりかと危惧していただけに、コレは嬉しいニュースだった。頭の中にパートナーの死亡が通知されていない為、王蛇は死んではないのだろうが、それでも大きなダメージは負ったはずだ。

さぞ悔しかろうて。浅倉の表情を想像すると、杏子は思わず笑ってしまう。

 

 

「アイツ……!」

 

 

その様子を見ていたファム。

リュウガの声が引っかかる。

 

 

「ッ!?」

 

 

さらにその時だ。

ファムは最も見たくなかった物を視界に入れてしまう。

それは空にヒラヒラと舞い落ちる黄金の羽。

 

 

「やっぱ来るのね。あいつ――ッ!」

 

「君は不満かな?」

 

「ッ!?」

 

 

後ろを振り向くファム。

そこには自分に向けて手を突き出しているオーディンが。

 

 

「マジ!?」

 

 

ファムは咄嗟に腕を交差して防御の構えを取るが、既に黄金の羽は発射されていた。

無数の爆発がファムを待っている。全身が震え、骨が軋む。すぐにファムは火花を散らしながら転がっていった。

対して、オーディンは腕を組んで辺りを見回す。

 

 

「成る程。他の参加者を巻き込んで、状況をかく乱させるのがキミ達の作戦だった訳か」

 

 

オーディンの目に杏子の姿が映る。

さやかを傷つけた彼女を見れば、驚くくらいの殺意が湧いてくる。

だがオーディンはグっと堪える。怒り、過度な殺意は、冷静さを削いで不利な状況を作り上げるものだ。

ココはまずナイトの隣にワープを行った。

 

 

「なっ! お前は!」

 

「君には大人しくしてもらいたい物だね!」『ソードベント』

 

 

オーディンは二刀流に構えたゴルトセイバーを振るって、ナイトとその分身に奇襲を行う。

ワープの頻度を上げ、次々とナイト達に黄金の一閃を刻み付けていった。

流石にコレにはナイトも怯み、後退していく。

さらにオーディンは黄金の羽を発射して、さらにナイトをキリカとタイガから引き剥がす。

 

 

「大丈夫かい、キリカさん、東條さん」

 

「あ、ああ! 助かったよ……!」

 

「あ――ッ! うぐっ!」

 

 

オーディンが差し出した手を取る二人。

この場にいる誰もがオーディンの存在を確認し、さらにリュウガの存在もあってか、動きを完全に止めた。

 

それはオーディンとリュウガも同じだ。

どう動く、誰を狙う? そして目指す勝利に一番近い道は何か?

だが、動かねば進まない。真っ先に動いたのは杏子だった。

 

 

「フフフ! ハハハハッッ!!」

 

 

浅倉がやられた事でテンションが上がっているらしい。

ポッキーを取り出して咥えたかと思うと、槍を二つ構えてサキ達の方へと走り出す。

一方で沈黙のオーディンとリュウガ。それぞれ技と力のデッキの所持者であると察したらしい。

そしてリュウガはユウリのパートナー、つまり参戦派であると言う事だ。

できれば双方潰しておきたい関係ではある。

 

だがオーディンはフムと、冷静に考えてみる。

以前から織莉子と話していた事だが、未来を視る上でイレギュラーな存在が現れる。

例えばかずみ。未来を視ようとすると、彼女の姿がふいに消える事がある。テレビで言うなら砂嵐のような、ノイズ交じりの映像になってしまうのだ。

 

そして、それは稀に暁美ほむらにも見られた現象である。

織莉子がまどかを殺すイメージで、未来を視ると、ノイズと共にほむらが現れて織莉子は死んでしまう。

 

織莉子はこの戦いの前に、答えを見出した。

それは暁美ほむらと、立花かずみが、『時間』に関係する魔法を使用した。

もしくは使用しているからだとオーディンに説明していた。

 

未来を視ると言う事は、当たり前の事ではあるが、自分達がいる『今』よりも、先の時間を見る事になる。かずみは不明だが、ほむらの場合、時間を繰り返している事が時間軸を戻した今も作用していると言う事なのだ。

つまり一応ほむらは、未来の時間にも存在していた事になっている。

 

彼女は同じ時間を繰り返してきた。

ワルプルギスの夜の出現時期が今までと違い、今まで戻してきた時期を越えていたとしても。

時間を何度も跳躍したと言う揺ぎ無い事実が、ほむらの存在をあやふやな物にしている。

 

とまあ色々ややこしい話に聞こえるかもしれないが、要するにほむらは時間に干渉できる力を持っていると言う事だ。織莉子はどこまで言っても、暁美ほむらの魔法が『時間を止める事』だと思っていたが、もしかするととんでもない力を秘めているのかもしれないと危惧していた。

そう、たとえば、時間を巻き戻すとか。

故に、織莉子はオーディンに事前にこう告げていた。

 

 

『暁美ほむらだけは殺しておきたい』

 

 

できればワルプルギスの夜を一緒に倒す仲間として迎え入れたかった。

しかし少し視ただけで何となく伝わる、鹿目まどかに対する執着ともいえる愛。

そして時間干渉を許される魔法。

ほむらを放置するのは聊か――、いやかなり危険なのではと二人は結論付ける。

 

疑わしくは罰せよ。

ほむらを放置するのは危険に思えてならない。

織莉子が目指さなければならないのは真の安定と平和である。

ほむらはスペックだけを見れば魔法少女の中で最弱クラスだが、魔法の力は最強クラス。

まどかの死で覚醒でもされれば非常に厄介な事になりかねない。

やはりそれを考えると、暁美ほむらは邪魔でしかない。

 

 

「………」

 

 

オーディンは考える。

織莉子が視た未来予知が正しいなら、現在まどかとかずみと戦っている筈だ。

かずみは織莉子がなんとかするだろう。

 

 

「と言う訳で」

 

「!」

 

 

ほむらは背後でオーディンの声を感じ、ゾッとする。

瞬間移動。分かっていても対処が難しい。回し蹴りをしかけてみせるが、片手で止められた。

サキもすぐにほむらを助けるためにオーディンに攻撃を仕掛けようとするが、それを阻むようにしてオーディンの周りになにやら金色の模様が浮かび上がっていく。

梵字を模したそれらは、オーディンを囲むようにして幾つも出現し、攻撃を行おうとしたサキに触れると爆発して彼女を吹き飛ばす。

 

 

「サ――」

 

 

サキの名前を呼ぼうとした所で、ほむらは既にオーディンが羽を発射しているのを確認する。

すぐに盾を構えて身体を丸めるが、襲い掛かる衝撃はなかなかの物だった。

さらに先ほどのファム同じく、金色の羽は攻撃だけではなく視界を奪う役割をも果たす。

視界が金色に染まり、動けない。そこでオーディンは仲間にジェスチャーを送る。

 

 

「彼女を確実に殺してくれ」

 

「了解したよ。行こう相棒」

 

「うん、コレが英雄になる為だからね」

 

 

そう言ってオーディンはアドベントを発動。出現場所の指定、ほむらの背後だ。

ほむらは金色の羽に気をとられているため、ゴルトフェニックスの突進に気づく事ができなかった。背中に嘴が刺さり、苦痛に表情を歪める。

 

そしてそれは純粋な攻撃ではない。

ほむらを隔離する為の攻撃だ。ゴルトフェニックスはほむらを押したままキリカ達の方へと向かう。

それはどう言う意味か? 簡単な話だ、ライアが龍騎にやった事と同じ事。

 

キリカとタイガは飛び上がると、ゴルトフェニックスの背中に飛び乗った。

さらにキリカは嘴で押されているほむらの首を掴むと、引き上げ、ゴルトフェニックスの背中に叩きつける。

 

ほむらは理解する。

このまま自分を隔離し、タイガペアとの2対1の状況を作るつもりなんだろう。

 

 

「行こうか暁美ぼむらァ! 君はもうおしまいッ!」

 

「クッ!」

 

 

それはマズイ。

ただでさえ時間停止が封じられているのに、タイガペアを二人相手にしなければならないのは圧倒的に不利だ。

何とかして脱出しなければ。ほむらは苦痛に顔を歪めながらも、盾から武器を引き抜こうと腕を伸ばした。

 

 

「ッ! あぁ!」

 

 

しかしタイガがほむらの腕を踏みつける。

 

 

「抵抗したら……、駄目じゃないかな?」

 

「うくッ!」

 

 

人事の様に言ってみせる。

しかしタイガの足は、しっかりとほむらの腕を踏みつけて盾から武器を引き抜くのを防いでいた。

別に手を入れなくとも出せる武器はある事にはあるが、催涙ガスが精一杯だ。

今猛スピードで動いているゴルトフェニックスの上で使ったとしても、すぐに振り切られる。

他には閃光弾もあるが、背中に落としてから爆発までの間に振り落とされて終わりだ。

まずい、対処の仕様が無い――!

 

 

「待っててよほむらちゃん。今助けるから!」『アドベント』

 

 

ファムは倒れながらもカードを発動。

ゴルトフェニックスの遥か前方にブランウイングが出現し、突進を仕掛けようと翼を広げるが――!

 

 

『フリーズベント』

 

「んなっ!」

 

 

タイガが発動したカードによってブランウイングの動きが完全に停止する。

しかも停止中はアドベントを解除する事もできない。

そうしているとキリカがニヤリと笑って前方に手をかざした。すると減速魔法陣が出現、キリカはその魔法陣の中に自身の爪を次々に発射していく。

放たれた爪は魔法陣を通過すると、減速の恩恵を受けて低速に変わる。

 

その間も次々に魔法陣を通過していく黒い爪。

ある程度爪が魔法陣を通った後、キリカはパチンと指を鳴らした。

すると魔法陣が消滅。減速魔法の効果が切れて、爪が飛んでいくスピードが元の速度に変わる。

そう、大量にストックされていた爪たちが一勢にブランウイングに向かって飛んでいくのだ。

ファムはもちろんソレを確認できているのだが、何をしてもブランウイングは動かない。

そうしている間に無数の黒い爪が次々にブランウイングの白く美しい体に突き刺さっていった。

カーネイジファング。ブランウイングは黒い爪によって串刺しになる。

 

 

「いいアシストだ。助かったよ相棒」

 

「当然だよ、僕は――、英雄になるんだから」

 

 

同じ様な応酬、しかし確かな変化。

フリーズベントの効果が切れたのだろう。ブランウイングの時間が動き出したのはいいが、受けたダメージは無視できない。

結果、ブランウイングは爆散する事に。

 

 

「――ッ!!」

 

 

自分の分身であり、ミラーモンスターとして愛着があったブランウイングが死ぬ事はショックな事だ。まあ言ってしまえば24時間でブランウイングは再び再生するから割り切れると言えばそうなのだが、問題はそこではない。

ミラーモンスターが死んだ事で、ファムの力消滅していく。

 

 

「やばいッ!」

 

 

純白のカラーリングが変化していき、黒と灰色の淡白なものに。

白鳥を模した装飾品も次々に消えていき、デザイン面もシンプルなものになってしまった。

ブランク状態。この状況でパワーダウンは、洒落にならない。

オーディンはナイトと戦っており、リュウガはオーディンを見ているからまだしも、狙われればいつでも危険な状態だ。

何よりも、こうしている間にほむらが離れていく。

 

 

「さ、サキ!」

 

「ああ! 分かってる!」

 

 

成長魔法で脚を強化するサキ。

すぐにほむらを助けようと地面を踏みしめるが、そこで赤が飛び込んでくる。

 

 

「おおっと! お前はアタシと遊ぼうぜぇ!」

 

「クッ! 邪魔だ!!」

 

「つれないねェ、そんなこと言うなよ」

 

 

サキの前に飛び掛る杏子。

サキは避けようとするものの、しつこく杏子が前に出る。

そうしている内に、ゴルトフェニックスはみるみる離れていく。

戦慄。ファムはブランク状態、加勢に向かった所でタイガやキリカに勝てる可能性は低い。

そしてサキは杏子に足止めを受けている状態。このまま強引にサキがほむらの所に向かったとして杏子がそこに付いて来るのは明白だ。

ファムが杏子を受け持ったとして、彼女は騎士を攻撃できない点からサキを追おうとするだろう。

そしてナイトはオーディンと戦い、そしてそれを見ているリュウガ。

龍騎はまだ戻ってこない――。

ほむらとしても、逃げられるは逃げられるが、どの道そうなるとオーディンに睨まれる。

しかもそうなるとキリカとタイガも戻ってくるので、対処のプランが浮かんでこなかった。

 

 

(とにかく行かないとほむらちゃんがヤバイ!)

 

 

走り出すファム。

自分が行っても足手まといかもしれないが、とにかくこのままではマズイ。

灰色の身体で地面を蹴って走り出す。しかしそれがリュウガの注意を引く事になってしまった。

 

 

「愚かな姿だな霧島美穂」

 

 

リュウガはため息をつくとカードを抜き取って、ドラグクローを装備する。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「フン!」

 

 

構えを取るリュウガと、その周りを旋回するドラグブラッカー。

ファムはその咆哮で、自分が狙われているのだと理解する

 

 

「やっぱそうなるのね……!」

 

 

ファムは仮面の奥で歯を食いしばって足を速めた。

とにかくだ、放たれるのは昇竜突破。だが龍騎のを見るに、スピードは速いが直線の単発攻撃。

発射された瞬間に思い切り横に飛べばまだチャンスはある。

 

 

「ハァアアアアアアアアアア!!」

 

「……え?」

 

 

放たれた炎を確認せずに横に跳んだファム。

地面を転がりながら確認したのは、五個の炎が横一列になって向かってくる所だった。

 

 

「うそ」

 

 

巨大な黒い炎の塊。いや、黒い炎の壁だ。

一発だと思っていたのに、五発同時。しかも横に並んでいる。

無理、無理、避けられない、無理、無理。

 

 

(いや――ッ!)

 

「ほう」

 

 

感心の声をあげるリュウガ。

ファムはとっさの判断で立ち上がり、思い切り地面を蹴って飛び上がったのだ。

左右と背後への回避は不可能。であるならば残された道は『上』のみと。

 

それが功を奏したか、ファムは見事にジャンプで炎を回避する事ができた。

しかしなにぶん、時間が足りなかったのだろう。

炎がファムの右脚に命中した。

 

 

「ウアァッ! う――ッ! ぐぅう!!」

 

 

炎はしっかりと彼女の右脚を焼いており、地面に落下したファムは脚に燃える黒炎を振り払う様に地面を転がった。

ただでさえブランク状態で防御力が低下していると言うのに、リュウガの攻撃力の高さもあってそれなりのダメージを脚に受けてしまったようだ。

おまけに足を怪我したのはこれからの行動に大きな支障をきたす。

 

騎士は魔法少女よりも遥かに防御力は高いが、傷の回復までには魔法少女の倍程度には時間が掛かる。避けられはしたが、これからの攻撃を考えると全く油断はできない状況であった。

 

 

「は!?」

 

 

おいおいおい、ファムは再び呆気に取られた声をあげる。

だってそうだろう? 彼女の目にしているのは、先ほどと全く同じ構えを取っているリュウガなのだから。

 

 

「冗談でしょ……!」

 

 

つまり、二発目のチャージに入っていたと言う事。

簡単に言えば先ほどの攻撃がもう一度飛んでくると言う訳だ。

嘘だ。ファムは何度もそれを叫びながら立ち上がろうと力を込める。

だが足の痛みが原因で、立ち上がった所で同じ高さジャンプできるかと言われれば――、だ。

マントがあれば飛行ができるのだが、ブランウイングの力は失われている。

 

 

「クッ! 頼むわよ!」『ガードベント』

 

 

よく分からない盾を出現させて構えるファム。防げる気がしないが、無いよりはマシだろう。

足が駄目になった以上、跳ぶのも走るのも無理。だったら真正面から受け止める以外には選択肢が無かった。

 

 

「ッ! 美穂!!」

 

 

もちろん周りもその状況を確認している。

サキは何がなんでも彼女を助けるために杏子を蹴り飛ばし、走り出すが――

 

 

「ッッ!!」

 

「おいおい、盛り下がることはすんなよ!」

 

 

足に巻きつく鎖。

やはり他人を気にしながら戦える相手ではない。

サキは表情を歪ませて抵抗を図る。だが当然向こうもそれを阻止してくるわけで。

 

 

「別にパートナーなんてほっとけばいいじゃんか。死んだら蘇らせればいいんだし」

 

「騎士の死は私達の死よりも重い! それに50人殺しのルールの意味を分かってるのか!」

 

「意味が分かってねーのはソッチだろ? 人間は資源、人間は道具だ!」

 

 

それを教え込まれた。身を以って知った。

杏子は少し怒りの感情を言葉に込めながら吼える。

 

 

「人を超えた魔法少女になったのに、どうしてまだ人を思いやる必要がある!? 理解できないねアタシには!」

 

「私達は力を持った所でッ、所詮人間だ! 何故それを認めない! 何故分からない?」

 

「うぜェな! アタシ等は魔法少女! 人の上に立つ存在なんだよ!!」

 

 

人間に希望なんて持つな!

人間は醜い、汚い、どうしようもない。そんな屑を自分達は資源として使用できる。

それの何が悪い、それのどこに疑問を持つ必要がある?

 

 

「誰もがアタシ達を利用しようとする! そんな連中を逆に利用してやるんだ、逆に使ってやるんだよ! そう、アタシ達にはその資格があるッッ!!」

 

「ふざけるな! お前は逃げているだけだ! 何があったのかは知らないが、いい加減に現実を見ろ!!」

 

「黙れ! お前が人間だって言うなら。食物連鎖のピラミッドに準えてアタシが殺してやるよ!」

 

「――ッ!」

 

「人の上に立つのが魔法少女だッッ!」

 

 

杏子は多節棍を振り回して鎖をサキの身体に巻きつける。

動きを封じるつもりなのだろう、サキは唇を噛むと、切り札を使用する事を決意する。

魔力を集中させるサキ。すると空気が振動して晴天の空に雷鳴が響き渡る。

 

 

「イル・フラース!」

 

「ッ!」

 

 

空から巨大な雷がサキに降り注ぎ、直撃する。

爆発する様に迸る雷は、一瞬辺りに拡散するようにバチバチと音を立てて暴れまわるが、すぐに翼の形に変わると、サキの全てのステータスを爆発的に上げていく。

 

力の制御に関してはサキも裏で特訓を重ねた。

今はかなり安定した形に持っていくことができる。

とは言え、成長を『強化』として成立させるには、色々な場所に制御や抑制を施さなければならない。でなければすぐに肉体が耐え切れず崩壊してしまうからだ。

 

その抑制分の魔力も消費し続けるのだから、イルフラースは短時間の使用に留めなければ、あっと言う間にソウルジェムが濁って魔女になってしまう。

一刻も早くケリをつけなければならない。サキはまず自分を縛る鎖を簡単に引きちぎると、文字通り、消えたかと思うほどのスピードで移動を開始した。

 

ちなみにサキは『髪』の成長に関しては抑える事をしていない。

コレは少しでも抑制分の魔力を抑えるためであり。また、髪の長さでイルフラースの時間を計る為でもある。

 

今は精神的に余裕が無い。

だからショートだったサキの白く美しい髪が、既にセミロングまで伸びている。

その事を考えても、今回は余計に魔力を喰っている様だ。

 

 

「うッ! オァァアアァア!?」

 

 

サキは一瞬で杏子の目の前に移動すると、一発ストレートを彼女に打ち込んだ。

と――、言うのが杏子視点。そう、杏子視点ではサキがいきなり自分の目の前にやってきて、一発殴ったように見えただろう。

しかし体中に衝撃が走る。それも一回じゃない、何度もだ。

 

つまり、サキは一瞬で何十発も拳を打ち込んでいたのだ。

杏子がソレに気づいた時には、既にきりもみ状に吹き飛び、景色がグチャグチャになっていた。

 

 

(美穂! ほむら――ッ!)

 

 

杏子を殴り飛ばしたサキは踵を返して地面を蹴る。

まず目指すのはファムのもと。オーディンはサキの動きを未来予知で確認するが、未来が視えても妨害できない程のスピードだった。

サキはファムの元へ駆け寄ると、彼女を抱きかかえて雷の翼を広げて空に舞いあがる。

電撃は残像となり、光の軌跡が美しく輝く。

リュウガは腕を止めた。炎を発射したところで、あのスピードには追いつけない。

 

 

「サンキュー……! やっぱ持つべきものはパートナーね」

 

「ヒヤヒヤしたよ。だが安心は出来ないぞ美穂」

 

 

周りには敵だらけ。

それにイルフラースが解除されればサキは反動により必然的に弱体化してしまう。

その状況で狙われれば結局は同じ話だ。

であるならば。サキはファムをリュウガから離れた場所に着地させると、自身は再び羽を広げてリュウガの元へ翔ける。

 

 

(ヤツが何者なのかは知らないが、危険である事には変わりない。機能を停止させる!!)

 

 

欲を言えばリュウガを倒した後でオーディンにもダメージを与えておきたいが、ほむらの事を考えるとそんな暇は無い。

サキは冷静に優先順位を考える。ほむらは確実に狙っているようだが、ワルプルギスの事を考えると、オーディンは美穂を標的には入いれていない筈。

 

 

(とにかくまずはお前だ!)

 

 

サキは一瞬でリュウガの背後へ移動すると、雷を纏った掌底を繰り出す。

だが、なんとリュウガはそれに反応してみせた。身体を反らし、手を伸ばしてきたのだ。

だがサキは無理に腕を伸ばした。早さには自信がある。

事実、リュウガよりもはやくサキは胴体を捉えた。

掌底を受けたリュウガは、地面を擦りながら後ろへ移動していく。

ここは逃がしたくない。サキは瞬間移動とも言えるスピードでリュウガの背後に回った。

 

 

「フンッ!!」

 

 

だがリュウガもそれは読んでいたのか。

回し蹴りを合わせてくる。狙い通り、足はサキに命中する。

 

 

「ッ!」

 

 

いや、それは残像だった。

サキの行動は確かに読まれ、リュウガの蹴りは的確な位置に放たれていた。

だがサキはその蹴りを確認した後で、ルートを変更。翼を広げて空へ急上昇すると、隙だらけのリュウガへ落雷を命中させる。

 

 

「成る程――ッ、中々やるじゃないか」

 

 

リュウガは少し声を震わせて笑う。

まだ余裕を感じると言えばそうだが、雷が命中した事で僅かながらに動きが鈍っている。

当然、そこを狙う事に。サキは雷の力を手に両手に集中させ、掌を合わせて突き出した。

 

 

「終わりだァア!」

 

 

発射される電磁砲。

巨大な雷光のレーザーは、リュウガの黒を白で塗り潰さんとばかりに直撃する。

なるほど、リュウガは光の中で理解する。電磁砲は規格外の威力だった。このまま受け続ければ負けもありえるか。

 

 

「………」

 

 

だがリュウガも既にアクションは起こしていた。

と言うのも、先ほど背後に蹴りを打ち込んだと同時に彼はデッキからカードを抜いて、バイザーへセットしていたのだ。

そして今の状況を見て、リュウガはバイザーを閉じた。

 

 

『スキルベント』

 

「ッ!」

 

 

濁った電子音がサキの強化された聴覚によく響く。

そして、『彼女』の声も。

 

 

「サキちゃん!」

 

「……っ」

 

 

サキは全身がゾクッと震えるのを感じた。

聞き間違いか? いや、聞き間違える訳がない。

そうだろ? そうだ、サキが一番分かっている。

だってその声が聞けるのを、自分はどれだけ願ったのか。どれだけ神に懇願したのか。

 

 

「嘘だ」

 

 

全身の感覚が無くなる。心臓の鼓動がおかしな程に素早いリズムを奏でる。

サキの髪がみるみる長くなっていった。しかしそれを気にする余裕を持てない、イルフラース制御の為に精神もそこそこ鍛えてきたつもりではあった。だがそんな彼女の心を簡単に揺さぶる声が聞こえたのだから仕方ない。

 

 

「み、美幸……ッ!?」

 

「そうだよサキちゃん! わたしはここにいる!」

 

 

サキの瞳の中に映ったのは最愛の妹だった。

しかも記憶に鮮明に残っている幼少時の美幸だ。

誰よりも愛していた。誰よりも想っていた。ずっと一緒にいられるとばかり思っていたのに、ある日突然この世を去った妹がそこに立っていたのだ。

 

 

「サキちゃん、会いたかった!」

 

「美幸なのか――!?」

 

 

美幸は目に涙をためてサキの名前を呼ぶ。

しかし躊躇するサキ。美幸は死んだじゃないか、スズランの花を残して。

 

 

「!」

 

 

そう、死んだ。死んだんだ――!

 

 

「グアァァアア!!」

 

 

違う。アレは美幸じゃない。

サキがそう思った瞬間、目の前が黒に染まった。

全身に感じる熱、サキはそこで自分がリュウガに攻撃を受けたのだと理解した。

 

いや、しかしそれは当然の事だろう。

美幸を見かけた事で、サキは驚きのあまり攻撃の手を止めてしまった。

それだけじゃなくリュウガから視線を反らし、美幸の方を見ていたのだから。

 

リュウガはその間にドラグクローでサキへ昇竜突破を打ち込んだと言う事なのだろう。

防御も何もない、近距離でのクリーンヒット。ダメージは当然それだけ跳ね上がる。

しかもサキの心はかなり不安定だ。イルフラースは非常に集中力が大切な魔法。

だからだろうか、魔法は解除されてしまい、サキはフラフラと地面に倒れる。

 

 

「ガッ! あ――……、ぐぅうァッッ!」

 

 

地面に落ちたサキ。

イルフラース状態は常に雷の結界が張られているため、ダメージはある程度軽減できたようだ。

だが今はそれよりも、とにかく心がザワザワと引き裂かれそうになる。

立ち上がったサキは既に髪の毛が地面まで達しており、前髪も顔を覆わんとばかりまで伸び生やしていた。

 

 

「お、お前は……ッ、誰だ?」

 

 

髪を掻き分けてサキは妹を見る。

そこにいるのは紛れもなく愛する妹、しかし彼女は既に死んでいる。

だったらお前は誰なんだと。

 

 

「幻だよ、ただの」

 

「!」

 

 

美幸はニヤリと笑うと粉々に砕けて姿を消した。

それはある意味で死。妹が死ぬ様をサキは再び目にする事になったのだ。

キラキラと光を反射する鏡の破片は、美幸の欠片。

 

 

「甘いな、お前も」

 

「ッッ」

 

 

リュウガが効果を説明する事はなかったが、スキルベントとはユウリの変身魔法をモチーフにしたものである。効果は簡単、リュウガが一度見た事のある人間の鏡像(ニセモノ)を作り出せるのだ。

ユウリは箱の魔女であるエリーの力で、ほぼ全ての参加者の過去を見ている。

その中で誰を生み出せばより効率的に心を揺さぶれるのかも理解していた。

そしてその結果がコレだ、サキは予想通り、妹が死んでいると理解しているにも関わらず動きを止め、リュウガの攻撃を受けた。

 

 

「悲しい生き物だ。あまりにも愚かだな」

 

 

リュウガはサキの首を掴んで強制的に立ち上がらせると、彼女の腹部にドラグクローを打ち込む。

吹き飛ぶサキ、さらにリュウガはアドベントを発動。リュウガの遥か前方に現われたドラグブラッカーは飛んできたサキを尾で打ち返し、ファムの方へ吹き飛ばしていく。

 

 

「ハァァアアアアアアッ!!」

 

 

そしてリュウガは昇竜突破を発動。

再びファムとサキ、二人のもとへ巨大な黒の炎が襲い掛かった。

リュウガが放つ炎、少し離れた所でドラグブラッカーが放つ炎。

二つの黒はファム達を挟み込むようにして襲来していき――

 

 

「終わりだ」

 

 

ファム達を巻き込み大爆発を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ」

 

 

それを確認するナイト。

割り切ったつもりであっても、いざその瞬間が来るとなると身構えてしまう物だ。

対して一度ワープでナイトと距離を離すオーディン。腕を組んで沈黙する。

 

 

(死んだか……?)

 

 

ブランク状態のファムと、イルフラース解除後で弱体化しているサキが耐えられる攻撃なのだろうか? あいにく爆発から巻き起こる激しい炎のせいで、二人の姿を確認する事が出来ない。

ただ少なくとも避けた形跡はない、だったらやはり二人はあの炎の中にいると言うのが普通か。

 

 

(……死亡アナウンスは流れていない)

 

 

まだ死んでないのか。それともまだ流れていないだけなのか?

あのアナウンスが流れるタイミングはまちまちだ。

それに片方のどちらかが死に、もう一人が生きている可能性もある。

 

 

「………」

 

 

いずれにせよオーディンとしてはサキ達を失うのはプラスでは無い。

 

 

(助けておくか……)

 

 

オーディンは頷くと、ワープを行いナイトの背後に出現した。

さらに出現と同時に十字に剣を振るっていたため、ナイトも対応ができず背中から火花を散らす事になる。

 

 

「グッ!」

 

「失礼、しばらく大人しくしててもらおうか」

 

 

激しい斬撃をナイトに刻み込んでいくオーディン。

ナイトも的確に対抗できていると言えばそうなのだが、悲しいかな、やはりスペックの差が出てくると言う物だ。

 

それにオーディン。

つまり上条とて、力のデッキに甘えている訳ではない。

誰も見ていない所で意外と特訓は積んでいる。

故にナイトの攻撃を的確にワープで回避し、黄金の羽や梵字の紋章と言ったオーディンその物に備わっている能力でナイトを圧倒していく。

 

 

「クッ! 俺は――ッ!」

 

 

ナイトは圧されながらも、その眼前に恵里を見る。ナイトが諦めれば彼女は死ぬのだろう。

それはナイトにとって全てを失うと言う事と同じだ。自分の死を意味すると言ってもいい。

だから何としても勝たなければならない。彼女の為に、自分のために。

 

 

「俺は負ける訳にはいかない!」

 

「それは、僕も同じだよ」

 

 

オーディンは再びワープ。ナイトは素早く背後に剣を突くが、それはハズレだ。

オーディンはナイトから離れた所に出現するとバイザーにカードを装填させる。

彼が使用したのはブラストベント。ナイトのナスティベント同じく、ミラーモンスターに攻撃をさせる技だった。

ナイトの背後に出現したゴルトフェニックスは巨大で美しい翼を広げ、思い切り羽ばたいた。

するとオーディンが発射するのとは比べ物にならない量の羽が発射される。

 

 

「!」

 

 

羽は小型の爆弾も同じ。

ナイトはすぐにマントを構えて防御の姿勢をとるが、凄まじい爆発と衝撃がすぐに彼を包み込む。

そしてこの攻撃はゴルトフェニックスが行っている物だ。オーディンは自由に動けるわけであって、彼はすぐに別のカードを使用する事に。

 

 

『シュートベント』

 

 

ナイトはその音声を聞いて舌打ちをもらす。

オーディンのシュートベントであるソーラーレイ。

相手の頭上から光のレーザーを放つ技だと言う事は覚えていた。

 

仕方ない。ナイトはマントで身をできるだけ隠しつつ前進していく。

舞い落ちる羽達の爆発を多少耐え抜き、ソーラーレイからの回避を試みる。

すると背後で衝撃、何とか一発は回避できた様だ。だがナイトは知らない、ソーラーレイが単発ではないと言う事を。

 

 

「ぐあぁぁアアアア!!」

 

 

二発目を撃てたのだ。

それに気づかないナイトは光のレーザーを脳天から受けて大きく怯んでしまう。

オーディンは動きを止めたナイトへ向けてゴルトバイザーを投擲。

ナイトはすぐにマントを盾にするが、ゴルトバイザーはマントを貫くと、胸に命中する。

装甲までは貫通しなかったが、呼吸が止まり、ナイトは膝から崩れ落ちた。

 

 

「ハァ!!」

 

「ぐあぁ!!」

 

 

そしてすぐにワープで現れたオーディンのゴルトセイバーが刻み付けられる。

黄金の羽はオーディンに触れても爆発しない。これほど動きやすいフィールドはないのだ。

動きを止めたナイトへ、オーディンは渾身の十字切りを繰り出した。

 

ナイトは大きく仰け反り、オーディンはさらに瞬間移動でナイトの前方に回ると、バイザーを天に掲げる。シュートベントはまだ継続中である。つまり三発目のソーラーレイが発動されたのだ。

ナイトの頭上から降り注ぐ光。それは彼のマントを焼き尽くして、羽を防ぐ手段を断たせる。

 

当然防御の術が無くなったナイトに襲い掛かるのは爆発の雨だ。

オーディンはそれを確認すると、再びワープを使用、

けれどもそれはナイトを攻撃するものではない。

 

彼が出現したのはリュウガの前だった。

ナイト達の方へとゆっくり歩いていたリュウガ。

オーディンを発見すると、赤い複眼がよりギラギラした光を放つ。

 

 

「『力』……オーディンか」

 

「君は『技』のだろう? ああ邪魔だな、ハッキリ言ってね」

 

 

剣を構え、梵字型の紋章を自分の周りに展開させるオーディン。

一方でリュウガは、仮面の奥で確かに笑みを浮かべている。

 

 

「目障りな――!」

 

 

オーディンは紋章を発射すると、同時にワープでリュウガの背後に出現する。

挟み撃ちと言う事なのだろう。だがリュウガは確実にオーディンの瞬間移動に反応しており、オーディンが攻撃をしかけた時には、既に横に飛んで攻撃をかわしていた。

 

 

「甘いな」

 

「………」

 

 

梵字型の紋章は軌道を変えてリュウガのもとへと向かう。

追尾機能があるらしい。リュウガは一度地面を転がると、立ち上がり様にデッキからカードを抜いて発動させた。

ブラックドラグシールド。黒い盾を両手に構えて、リュウガは真正面から突進を仕掛ける。

それは梵字を強引に破壊していくと、真っ直ぐにオーディンの方へと。

 

 

「やれやれ、そんな単調な突進が当たるわけがないだろう?」

 

 

オーディンはすぐにワープでリュウガの後ろへ移動する。

 

 

「ハッ!」

 

「!」

 

 

しかしリュウガはそこで右手で持っていたシールドの一つを投擲。

それは激しく回転し、炎を纏う事で黒炎のブーメランが如くオーディンに襲い掛かる。

さらに自動で追尾してくる梵字は蹴りで真っ向から潰して見せた。

 

 

「なるほど、反応速度は十分か」

 

 

オーディンは再度ワープを行い盾を回避する。さてココで読み合いが発生する訳だ。

オーディンは一体どこに現われるのかである。

瞬間移動には体力や精神力を消耗する為に、長時間に渡って連続使用はできない。

しかし向こうは特別厄介な障害だ。多少の無理は通してでも潰しておきたい。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

オーディンはリュウガから離れた所に出現。

もう一度梵字を自分の周りに展開させて、剣を両手に構える。

そういえばと、オーディンは先ほどのリュウガの発言を思い出す。

 

 

「キミは先ほど自分が最強の騎士だと言っていたね」

 

「間違いではない。俺は因果を超越している」

 

「勘違いをしてもらっては困る。頂点に立つのはただ一人!」

 

「!」

 

「本気で行くぞ」

 

 

コレがオーディンの力だと言う事を徹底的に教えてあげなければならない。

上条は仮面の奥でニヤリと笑うと、再び瞬間移動を開始してリュウガの背後に現われる。

もちろん反応するリュウガ。裏拳で背後を叩くが――

 

 

「どこを狙っているんだい?」

 

「!」

 

 

既にそこにはオーディンはいなかった。

消えて即攻撃ではなく、一度フェイントを入れてきた。

それだけでなく、出現と同時に剣を振るって、その後、すぐに瞬間移動へ繋げる。

消えては現れ、消えては現れ、斬りつけて消え、羽を出して消え。

 

目障りなヤツだ。リュウガはそうは思えど、オーディンがまともに具現している時間は一秒あるか無いか。その間に梵字も飛んでくるのだから、反撃ができない。

次々に襲い掛かる攻撃頻度。スペックが成せる攻撃力。上に放てば、ヒラヒラと落ちて、遅れて攻撃ができる設置型の羽。攻撃にも防御にも使える梵字型の紋章。

辺りにはオーディンの剣を振るう音と瞬間移動を行う音が連続して聞こえている。

的確に反撃していたリュウガも、ついに黄金の羽を受け、隙が生まれ、そこに連続して剣を叩き込まれる事に。

 

 

「………」

 

 

しかしリュウガは苦痛の声はあげない。まるで効いていないかのように。

ここがリュウガに感じる違和感だった。いかなる状態でも何も変化が起きない。

まさに機械のようだ。とは言え、既にリュウガは一方的にやられている状態。このまま攻め続ければ間違いなくオーディンの勝ちである。

 

 

(仕方ない。引くか)

 

 

だがオーディンは冷静だ。

リュウガ相手にもまだ優位に立てることが分かっただけで十分である。

今は美穂とサキの救出である。これだけの時間が経っても確定死亡アナウンスが流れないことを考えると、確実に息はある。

オーディンはリュウガから離れ、未だに燃えている黒い炎を目指そうと――、して、動きを止めた。

 

それはリュウガも同じである。

立ち止まり、ジッと黒い炎を睨みつける。

その時、複眼が赤く光った。

 

 

「………」

 

 

つくづく愚かだな、歯車は歪に回り続ける。

 

 

(お前は、何も出来ない)

 

「!」

 

 

リュウガが突如、鏡の様に砕けたかと思うと、気配が文字通り消滅した。

 

 

(逃げたのか……? まあユウリがいない事を考えると、向こうも様子見程度にやってきたと言う事か)

 

 

それともユウリがどこかにいるのか?

まあいずれにせよリュウガペアは邪魔だ、消す以外の選択肢は無い。

しかし今は――、オーディンは炎に視線を戻す。

黒い炎の中に、赤が見えた。

 

 

「なるほど」

 

 

徐々に黒が、赤にかき消されていく。

直後、赤は黒を飲み込み、完全に己の色だけの竜巻を巻き起こしていた。

その竜巻の中には無傷のファムとサキがへたり込んでいる。

その前には竜巻を起こしている張本人が立っていた。

 

 

「ぐ――ッ!」

 

 

その男、龍騎は両手に構えたドラグシールドを落として膝をついた。

龍騎が直前でファム達の前に立ち、防御を行っていたのだ。

その理由は、龍騎の頭上で浮遊しているエビルダイバーが証明していた。

彼が龍騎を猛スピードで運び、空から落としたのだ。

 

 

(手塚さん。決着は貴方の負けと言う事かな……?)『スキルベント』

 

 

一度状況を整理するために未来を覗くオーディン。

しかしココでおかしな事が起こる。

 

 

「ッ? ――……!?」

 

 

未来にかなり激しいノイズが掛かり始めた。こんな感覚は初めてだ。

参加者が死んだ時に掛かるノイズに似ている。つまり誰かが死んだ? だがそれにしてはまだノイズが薄い。確実に未来が変わったのではなく、まもなく変わろうとしている?

とにかく何かがおかしい。

 

 

(何が起こっている――ッ? 面倒な事がおきなければいいが)

 

 

嫌な予感がする。

オーディンは仮面の奥で表情を歪めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(面倒な事が起きなければいいのですが――)

 

 

その異変は織莉子も同じくして観測していた。

未来が大きな乱れを起こそうとしているのか?

何にせよ、未来予知を手にしてから初めて感じる違和感に、織莉子も一抹の不安を覚える。

 

しかし何が、誰が、どこが原因なのかが分からない。

何も出来ないのは癪に障る所だが、予想は立てられると言うものだ。

おそらく、ノイズを常に放っていた者が死ぬからではないだろうか?

 

織莉子は未来を視てココにやってきた。

何度も出ていたように、織莉子にとってプラスな結果で終わるからである。

織莉子もまだ力を完全には使いこなせないが、端的なぶつ切りの未来であっても都合のいい結末が視えた。

簡単に言えば、織莉子は既に二人を死を見ている。

誰と誰? それは――

 

 

「おっと」

 

 

首を少し、横に反らす。

すると紙一重のところを桃色の矢が通り抜けた。

矢を連射しながら近づいてくるまどかが見える。

オラクルを結界や地面を転がって器用に交わしながら、確実に距離を詰めてきた。

しかし潰れた右目はまだ回復しきっておらず、右からの攻撃には弱いようだ。

織莉子はそこを重点的に狙おうとしたが、そこで後ろから地面を蹴る音が聞こえる。

 

 

「ハァア!!」

 

「クッ!」

 

 

後ろで大剣を振り上げていたのはかずみ。

織莉子もかずみの動きはよく分からない、未来を視ても彼女には靄が掛かっていてうまく把握できないからだ。

目障りな。織莉子はすぐにオラクルを無数に固めて大剣を受け止める。

しかし大剣と言うのだから威力はそれなりだ。ギリギリと競り合いが始まり、さらにかずみはシビュラを展開。織莉子のオラクルを制圧しつつ、少し離れた所では十字砲が二対出現する。

 

 

「潰す!」

 

「――ッ」

 

 

織莉子は、オラクルの強度を上げる『スチールウェヌス』を発動。

スピードは下がるが、一つ一つの強度が跳ね上がり、当然防御力も上がる。

だが――!

 

 

「し、しま――ッ!」

 

 

かずみは異端審問を発動した。

織莉子の真下から一本、十字架が突き出てくる。

何とか一歩後ろへ引くことで、織莉子は回避に成功するが、十字架が多節棍となり織莉子の体を縛り付けた。

そしてかずみは十字砲を操作。オラクルの壁が薄い位置に持っていき――

 

 

「ティロフィナーレ!」

 

「――ガっ!」

 

 

二対の砲台から放たれる弾丸が織莉子の身体を焦がし、激しい衝撃を巻き起こす。

オラクルで防御しても爆風が凄まじい。かずみもそれだけ魔力を込めて威力を上げたと言うことだろう。骨が折れる音が嫌でも耳に聞こえてくるが、織莉子はそれでも真っ直ぐにかずみを睨む。

 

 

「ハァアアアアアアアアア!!」

 

 

かずみは空にいた。大剣で織莉子を一刀両断にしようと飛び上がっている所だ。

さらに自分の行動を妨害されないように、織莉子の周りに無数のマスケット銃を並べてある。

だが織莉子も意地だ。オラクルを全てのマスケット銃の銃口に重ねる様に配備させると、かずみの目を狙ってオラクルを発射する。

 

しかし、かずみは既に自分の肉体を鋼鉄に変えていた。

当然、オラクルはかずみの眼球に当たれどダメージは与えらず、怯ませる事もできない。

 

 

「チッ! 厄介な……!」

 

 

ギリギリの判断。

織莉子はオラクルの威力と強度は下がるが、速度を上げる『ネプトゥヌス・タービュランス』を発動。海の色に染まったオラクルを身体に付着させて、一気に自分を押し出した。

これで何とかあの大剣の一撃から回避できればと思ったのだろう。

 

 

 

 

 

ガン!

 

 

「!」

 

 

織莉子は背中に壁を感じる。

またか――、と思う心と、同時に吹き出る汗。背後を見れば黒い壁があった。

そうか、これはかずみの結界か。まどかの戦い方までコピーしているのか。

等と思っている間に、かずみの大剣がもうすぐそこに迫っていた。

織莉子は歯を食いしばり、土壇場でオラクルを飛ばした。せめてもの防御にと思ったのだろう。

 

 

「ウラァァア!!」

 

「うがぁアッ!!」

 

 

織莉子は思い切り地面を蹴って身体を反らす。

しかしそこへ降り注ぐ黒の一閃。それは織莉子のオラクルごと織莉子の身体を引き裂いた。

意識は――? ある。織莉子は自分の右腕が跳ね飛ばされた事を確認しつつも、これで済んだ事に安堵した。

白い魔法少女の衣装が赤く染まるも、織莉子は冷静に自分の『今』を分析する。

 

織莉子は冷静だった。

剣が自分に触れる瞬間にオラクルで剣を横から思い切り叩く。

コレで多少なりとも軌道をそらせる事ができたようだ。

体もズラしたし、結果は右腕だけを失う程度に済んだ。すぐにソウルジェムで肉体を操作して止血を行う。

所詮、肉体など入れ物。

腕も時間が経てば新しい物が生えてくるし、痛覚を抑えているため恐怖も少ない。

 

 

「ハァアアアアアアア!」

 

「……ッ!」

 

 

分かっている。

まだ終わりではない。かずみは振り下ろした剣を今度は横に振るう気だ。

織莉子は靴の裏にオラクルを仕込んでジャンプの準備をする。

これで飛べば、横に振るわれる一閃は確実に回避できる。

 

だがもし、かずみがフェイントか、あるいは斜めに剣を振るえば話は変わってくると言う物。

未来を確認したい所ではあるが、何故か未来全体に靄がかかっている様な感覚があって上手くいかない。

ましてや相手はかずみ。普段からノイズまみれの彼女では未来予知が不確かだ。

 

 

(それにしても何故未来がこんな不安定な形を――ッ!?)

 

 

まさかココに来て妖精達が織莉子の力に制約をかけた?

それともまだかずみの洗脳魔法や、蠍の毒が継続しているのだろうか?

織莉子は焦りを覚えつつ――

 

 

「「!」」

 

 

しかし勝負の時は訪れなかった。

横に剣を振るおうとしたかずみだが、そこで二人を隔てる様に桃色の半透明の壁ができあがったからだ。

後ろを振り向く織莉子と、織莉子の奥にいる人物を睨むかずみ。

そうコレは鹿目まどかの結界である。

 

 

「――万物を捉える双翼の矢となり我を照らしたまえ!!」

 

 

既に詠唱は後半に差し掛かっている所だった。

まどかの右には、右だけ翼が生えている天使が弓を構えている。

そして左には、左だけ翼が生えている天使が弓を構えている。

片翼の天使達は『双子座』を示し、インスピレーションを司る"アムビエル"。

 

 

「貫け双子!」

 

 

双子の天使と、まどかは、一勢に弓を振り絞り狙いを定める。

何となくどんな攻撃が来るのかは分かる。かずみは舌打ちをして織莉子を諦め、後ろへ跳んだ。

そしてマントで自分をくるみ、前方には盾を出現させる。

織莉子も失った腕部分を押えながらオラクルを集めて防御魔法を行使する。

 

 

「スターライトアローッッ!!」

 

 

まどかの両隣にいた天使が弓矢を同時に放った。

桃色に輝く二本の光の矢。一本は織莉子へ。一本はかずみへ飛んでいく事に。

 

それぞれは防御魔法を発動している為に、何とかその一撃は防ぐ事ができた。

元々威力もそこまで高くないのか。しかしそれでも双方の防御を崩す程度には威力を見せ付ける。

さて問題はココからだ。片翼の天使たちが放った矢のほかにあと一つ、まどかが放つ矢がある。

おそらく天使の矢で防御を崩してから自身の矢で相手を貫くのが彼女の狙い。

 

ではどっちに来る?

織莉子はゴルトシールドを既に構えており、かずみも次の結界をいつでも発動できる様にしていた。

すると、まどかは唐突に矢を上に向けてみせる。

 

 

「ッ?」

 

「……!」

 

 

まどかは矢を放った。

だが違和感。まどかは最後の矢を天空に向けて撃った。

つまり意図的に外したと言う事だ。てっきり自分に来るものだと思っていた両者は、両者とも怯んでしまう。

 

拍子抜けと言った方がいいのか。

いや、もちろんその方が助かるのだが。

同時に気になるのは、何故まどかが矢を外したのかと言う事だ。

どちらかに当てていれば確実にダメージは入ったはずなのに。

少し後退しながらまどかの表情を伺う織莉子とかずみ。すると、まどかは少し俯き加減に口を開く。

 

 

「"さいご"に、もう一度だけ聞いていい?」

 

 

さいご。それは『最後』か『最期』なのか。

そして、まどかが攻撃のチャンスを捨ててまで聞きたい事とは?

 

 

「……わたしと一緒に、ワルプルギスの夜を倒してくれないかな?」

 

 

少しだけ、沈黙が辺りを包む。

しかし一番最初に聞こえたのは了解の言葉ではなく、和解の言葉でもなく、ただのため息だった。

幻滅、とでも言えばいいのか。織莉子もかずみも、冷たい目でまどかを見る。

正確に言えばかずみは少し戸惑いはあった。しかしそれを押さえ込むように表情を曇らせる。

 

 

「いい加減にしましょう。貴女も、理解している筈です」

 

「………」

 

「話し合いで解決するなら、私達が分かり合える道にいるのなら、今ココに私達はこうして集ってはいないと」

 

「それは、そう……! でも、だからって諦めたら何にもならないよ!」

 

「かもしれません。けれど、それは貴女が言える言葉ではない」

 

 

分かり合えるとすれば、かずみとだけ。

織莉子はそう言うと、少しだけかずみに視線を送る。

すると、かずみは鼻を鳴らして十字架に交互に向ける。

 

 

「遅いよ、もう何もかも」

 

 

分かり合えたのなら、とっくに肩を並べて笑いあっている。

その覚悟が自分達には無かったんじゃないかと、今になってつくづく思うようになる。

まどかや龍騎の考え方は立派だ。だが立派になるまでに、時間が掛かりすぎた。

もっと人の心に土足で踏み込む事を、早くからやっていれば良かったんだ。

尤も、それで今の運命が変わったのかは知らないが。

 

 

「鹿目まどかさん。この世には、絶対に決められた道があります。運命といえば良いでしょうか」

 

 

ここで戦うことは決められた道なのだ。

今更引き返せないのは分かっているだろうに。

無駄な会話を重ねても意味はない。織莉子は鹿目まどかを殺す。これ以外の道はないのだ。

 

 

「まどかは、ずるいよ」

 

 

かずみは、ポツリと呟く。

いつもは可哀相な程、弱いのに。いきなり強くなって分かり合おうだなんて。

もっと早く強引に言ってよ。もっと早く全てをさらけ出してよ。

弱さも強さも、悲しみも。友達なんでしょ?

何もかも、躊躇して、結局後戻りできない位置になって話し合うなんて。

 

 

「無理だよ、まどか。コレが私の答えだもん」

 

 

かずみは十字架をまどかに向けて止める。

織莉子も頷くと、オラクルを自分の周りに待機させて両者を睨む。

 

 

「分かり合い、そして戦いを終らせようとする貴女の意思は悪い物ではないでしょう。きっと」

 

 

しかし遅い、もう何もかもが遅すぎる。

 

 

「貴女だって心のどこかで理解していたはずです。このゲームは協力よりも裏切りの方が多発する環境の下に成り立っていると」

 

 

そんな中で協力を唱える事がどれだけ難しいことか。

そして何よりも全ての絶望が自分自身に収束している自覚が足りない。

この戦いは何よりもまず、鹿目まどかを殺す事が大切なのだと言う理解が足りない。

 

 

「貴方は結局、まだ心のどこかで話し合いで済むと思っている。違いますか!?」

 

「それは……」

 

「無理なんですよ。特に貴女と言う悪の言葉では」

 

「――っ」

 

「もちろん、貴女が死ねば全てがうまく行く訳ではない」

 

 

けれども、死ななければ全てがうまく行かない可能性が高くなる。

この世界に絶対、つまり100%は無いのかも。

けれども高い確率と言う概念や意識は、絶対に存在する。

鹿目まどかが生きていれば、世界が終わる確立が上がる。

その情報は真実、事実である。だから排除しなければならない。

それを悪と言う事も許して欲しい。だって世界を滅ぼす絶望魔女になるかもしれない女なのだから。

 

 

「ごめん、まどか」

 

 

かずみの十字架の先端に光が収束していく。

それは決別の合図。分かり合えない意思の表れであった。

織莉子もそれは理解している。だから特に何をするでもなく、まどかを見た。

彼女は悲しげだった。しかし同時に、絶望もしていなさそうで。

 

 

「わたしは、そうは思えない」

 

 

いや違う。思いたくないのか。

だが無情にも、かずみはリーミティエステールニを放ち、まどかは悲しげな表情で盾を出現させる。

天使が構える盾は、しっかりとかずみの必殺技を遮断した。

 

苦悶の表情を浮かべ力を込めるかずみ。

しかしまどかは涼しげな表情で盾を継続し続ける。

感じる力の差。このまま長期戦を続ければ、魔力の差でまどかが優勢になるのは明らかだ。

それを織莉子も感じつつ、けれども動くに動けない状況ではあった。

 

 

「死んでよ! 死んでよッ! まどかァアッッ!!」

 

「――ッ、かずみちゃん……!」

 

 

自分の必殺技を物ともせず防いでいる事実が認められない、認めたくないのか。

かずみは涙を浮かべて叫びをあげる。対して目を細めるまどか、傷つけたくないからと守護魔法を選んだのに結局は――、か。

 

 

「わたしの事、友達だって言ってくれたよね! だったら友達の為に死んでよ! 消えてぇぇッッ!!」

 

 

かずみの放つ光がより強くなる。

駄々をこねる様に叫び続けるかずみ。まどかは悲しげな瞳で、かずみを見る事しかできない。

きっと自分が知らないだけで、とても大きな悲しみと願いを背負っているんだろう。

その障害が自分達なのだろう。まどかは、とても苦しい。

 

 

「ごめん、かずみちゃん。友達だから……、わたしは死ねない」

 

 

それに貴女も死なせなくない。

綺麗事と何度言われようとも、コレがわたしの思いだから。

だけど、ううん、ごめん。矛盾してる。だってわたしも戦うって決めた。

死にたくないから抗うって決めた。

綺麗事と言うオブラートでどれだけ隠しても、わたしの本心はきっと誰よりも生を望んでいる。

 

だから、つまり、わたしは人の屍の上に成り立つ生でもいいのかなって思ってる。

わがままだよね、最低だよね、でもゴメン、わたしはまだパパとママとタツヤと一緒に生きたい。

それに天国、ううん地獄かな? そこに行ったって仁美ちゃんに知らせたくない。

彼女はわたしを守って死んだの、だからわたしは生きなきゃいけない。

仁美ちゃんはわたしの親友だから、大切な大切な友達だから。

軽く聞こえるかもしれないけど、わたしにはこう言うしかないんだ。

 

 

「ごめん、わたしは死ねない!」

 

 

だから、かずみちゃんが私をどうしても殺したいのなら――

 

 

「抗うよ」

 

「ッッ!!」

 

「貴女が分かってくれるまで。たとえ貴女を傷つける様な事になったとしても」

 

 

まどかは盾の向こうで手を上げる。

気づく織莉子と、気づかぬかずみ。

織莉子は未来を視て、まどかが何をしようとしているのかを先に知る事になる。

 

なるほど。

やはり鹿目まどかは羊の皮を被った狼だ。

あの時、双子座。真上に向けて矢を放ったのは、攻撃の意思が無いと言う主張ではない。

油断を誘うためだ。

 

つまりまどかは、"上に向けて放った矢を、しっかりと織莉子達の見えない所で受け止めていた"。

空に壁を張って、矢を受け止めたのだ。そして発動する天使はレイエル。天使は矢を反射させ、さらに真下に壁を作り、また反射させる。

そうやって矢は何度も上の結界と下の結界の間を反射する事になる。

 

例えるなら天上がそれほど高くない室内で思い切りスーパーボールを床に叩き付けたと言えばいいか。ボールは勢いが失われるまで天上と床をバウンドする筈だ。

その勢いが死なないバージョンがまどかの矢なのである。

 

そして今行ったかずみとの会話をスイッチにして、まどかは反射の角度を変えつつ、矢をかずみの真上にまで誘導して見せた。

 

 

(何と言う精度と魔力……! そして本人の集中力ッ)

 

 

そして矢は、真下に軌道を合わせて飛んでいく。

上空高くで行われている調整のため、ほとんどの人間はそれに気づかない。

織莉子が気づいたのも、ある意味たまたまだろう。

そして当然気づいていないかずみに待っている結果はただ一つ。

 

 

「―――アァアアアァア!!」

 

 

半ばムキになり、怒りと悔しさ、焦りによって冷静さを欠いたかずみに、上から降ってくる光に気づける訳がなかった。光の矢――、と言うよりレーザーはかずみに降り注ぎ、彼女の動きを停止させる。冷静にまどかを見ていれば、彼女のアクションに気づけた筈なのに。

かずみの位置からでは厳しかったのか? いや、手を上げたアクションは気づけた筈だ。

それだけかずみも切羽詰っていると言う事か。

 

しかしココで動きを止めることが何を意味するのか。

かずみは参戦派、つまり織莉子にとっても邪魔なのだ。

 

 

「あ――ッ! ああぁぁ!!」

 

 

織莉子のアクションは早かった。

オラクルを移動させて、かずみの各関節部分に猛スピードで打ち込んでいった。

しかもオラクルを燃やす攻撃魔法、ブレイジングマルスを発動しながら。

 

 

「―――」

 

 

ゴキッと嫌な音がしてかずみは地面に倒れる。

痛みが自分の愚行を気づかせてくれた様だ。

かずみはハッとした様な顔を苦痛の中に混ぜていた。

しかしもう遅い、倒れた彼女に次々と降りかかるオラクル。

 

それだけじゃない。

織莉子はオラクルに光の剣を生やす『オラクルレイ』を、オラクルを叩き付けた瞬間に使っていた。

するとどうなるか。簡単だ、光の剣はかずみの肉体を貫いて、地面に突き刺さる。

 

 

「――ッ!」

 

 

まるで昆虫の標本のようだ。

だが、そこで動くのがまどか。走りながら織莉子に次々と矢を連射していく。

しかし、かずみはともかく、まどかの動きは未来予知で把握できる。

織莉子は最小限の動きで矢を交わし、逆にかずみを攻撃しつつオラクルをまどかに向かわせる。

片腕は無いが、オラクルは織莉子の意思一つで自在に動く。特に問題は無い様だ。

そしてまどかの回避ルートに置く様にして攻撃すれば――

 

 

「うッ!」

 

 

いくらまどかが守護魔法に特化していようとも、次々と周りを飛び回るオラクルを全て回避できるとは限らない。それに撃ち落そうとすれば、織莉子はすかさずオラクルを移動させて攻撃を回避させる。

 

織莉子は能力、魔力、武器ともに強力だが、他二人はさらに強力だと言わざるを得ない。

ならば少しでも自分のペースに引き込み、アドバンテージを取る。

それ以外に勝つ方法は無い。ココがチャンス、一気に決める為に、織莉子は意識と魔力を集中させる。

 

特に今は、まどかも疲労気味の為にタイミングは完璧だった。

いくら絶大な魔力を持っていたとしても、流石に大技を連発させすぎている。

織莉子は基本的にはまどかに意識を向けつつ、今現在負傷しているかずみには追撃を。

突き立てたオラクル達の中で、それぞれ四肢に刺さっているオラクルに魔力を集中させる。

 

さらにその四つを回転。

コレがどういう事態になるのか? 簡単だ。先ほどの織莉子と同じく、かずみの腕が切断される。

いやそれだけでなく両腕と両脚が無くなる事に。

防御力を上げていたようだが、コチラも決着を付けるつもりで魔力を注いでいる。

先ほどのお返しも込めて、織莉子は勝負をしかけた。

 

 

「アァアァアアアァアアアアア!!」

 

 

悲鳴を上げるかずみ。

彼女の四肢からはおびただしい量の出血が確認できた。

どうやら痛みとパニックで止血できる思考が無いのか?

だが結局、回復に魔力を割けば物の10分もあれば全に手足は再生するだろう。

だから早く決着を付けなければならない。織莉子はまどかに視線を合わせつつ、再びオラクルをかずみへ当てようと試みた。

 

だが考えてみれば、つくづく自分達の命や存在は軽いものだ。

騎士よりも防御力が低く、騎士よりも蘇生が楽に、しかも複数チャンスを与えられているからだろうか?

 

元々魂がソウルジェムに~などと言う背景もあってか、手が無くなったときもどうせまた生えてくるからとしか思わない。

人間としてあるべき物が欠落している様だ。

 

 

(いや、今はそんな事を考えている場合じゃないわ)

 

 

とにかくかずみを殺す。

一方でかずみの名前を叫ぶまどか。光の翼を広げて、強引にオラクルを蹴散らしながら織莉子の元へ飛んできた。

オラクル達が身体や顔に当たろうとも気にしない、強引なパワープレイと言うべき動きで近づくいていく。

 

そこで織莉子は悟る。

やはりまどかは、死人が出ない様に立ち回っている。

織莉子とかずみが均一なダメージ量になる様に心掛けている様だ。

だが愚かな、その判断が織莉子を戦いやすくしてくれる。

 

 

「フッ! ハァァ!!」

 

 

オラクルの数を増やし、それをまどかに一勢に向かわせる織莉子。

一瞬かずみも確認しておく。

 

 

「っ?」

 

 

え?

 

 

「ッッ!?」

 

 

なんだ?

なにがどうなっている!? 織莉子は一瞬、自分の目を疑ったものだ。

なぜならば、倒れていたはずのかずみがいつの間にかいなくなっているから。

手足が無くなったと言うのに、かずみが忽然と姿を消していたのだ。

 

 

(カードを使った? それにしては音はしなかったし、マントで飛んだ……?)

 

 

 

等と考えている織莉子の耳に、チリンと澄んだ鈴の音が聞こえた。

 

 

「え?」

 

「っ! お、織莉子さん!?」

 

 

思わずまどかは、織莉子の名を叫んでしまう。

両者の思考の中に割り入ってくるのは、澄んだ鈴の音と、獣の様な叫び声だった。

 

 

「ウガァアァアアアアァアァアッッ!」

 

 

織莉子は殴られた。

誰に? それは四肢がしっかりと生えた、かずみにだ。

かずみの拳は織莉子の頬を抉っており。彼女はそのままきりもみ状に吹き飛びながら、ボロ雑巾がごとくグシャグシャに身体を曲げつつ地面を擦って、転がって、叩きつけられていく。

 

 

(ば、馬鹿な……!?)

 

 

何故かずみが動ける? まさかもう再生したとでも言うのか?

様々な考察を張り巡らせる織莉子だが、彼女は血を撒き散らしながら空を見る事に。

痛みと衝撃がまだ身体に残っている様だ。織莉子は立ち上がる事もできず、ただ今起こった出来事の答えを探すだけ。

 

 

「―――」

 

 

遠くの方で、かずみの叫び声が聞こえる。

その声はもう、彼女の澄み渡った声ではなく、濁りきった獣のソレ。

声と言うよりは鳴き声だ。理性の欠片もない様に感じる。

 

 

「かずみちゃん……!」

 

 

一方でまどかも、かずみの姿をしっかりと確認していた。一部始終も見ている。

倒れたかずみのピアス。つまり二つのソウルジェムが音を立てたかと思えば、彼女の手足が急に生えてきた。

 

と言っても、その手足は人間の物とは違う。

黒く、爪も鋭利で、形もおかしい。人間ではない手足、だとすればそれは何なのか?

何度も言う様に、この世には人間以外の生物は限られてくる。

使い魔、ミラーモンスター、そして――

 

 

「ゴガァアアァァアアァアァァアアア!!」

 

 

魔女化魔法・マレフィカファルス。

自身の中に眠る魔女の力を、極限まで前面に押し出す技である。

 

暴走状態。

かずみはそれを使用したという事なのだ。

目にはヒビの様な線が入り、獣の唸り声を漏らす口の中には、鋭利に尖った牙が見える。

ダメージが多かった為なのか、それとも以前に使ったからなのかは知らないが、既に理性は失われており、言い方を変えればただの魔女になっている。

 

あのまま使用を続ければ、魔女に食われるのだろうか?

まどかは胸にズキリとした痛みを覚えるが、あの魔法を使用させたのは自分だと言う事実をしっかりと胸に刻んで弓を構える。

 

そして一方の織莉子。

彼女は驚きとは少し違う表情を浮かべて、かずみを見ていた。

それはまるでずっと疑問だった謎が解かれたような、そんな爽快感と、そして謎を解いてしまったが故の戸惑い。

 

 

(……まさか)

 

 

織莉子は、かずみの耳にあるピアスを見る。

あれが彼女のソウルジェムである事は、放出される魔力を感知するに間違いない事だ。

しかも今のかずみは、暴走状態が故なのか、両耳のピアスからしっかりと目で確認できる程の魔力を放出している。

どす黒いオーラのソレ。とにかく、かずみのソウルジェムが二つのピアスだと言う事を証明していた。

 

今、考える事ではないのかもしれない。しかし一度思えば考察は加速する物だ。

杏子も疑問視していた事だが、気になるのは何故かずみだけ織莉子達とソウルジェムの構造が違うのか。

確かにソウルジェムは衣装に組み込まれるとそれぞれ別の形になるものだ。

しかし二つに分かれるのは聞いたことがない。まして鈴型になって宝石部分を隠すなども。

 

たまたまだと言えばそうかもしれないが、織莉子が見て来た魔法少女の中にそんな者はいなかった。

片方を壊せばどうなるのか? 試してみてもいいが、それよりも先に考えてみた。

たまたまと言う要素を排除すれば、導き出される答えはつまるところ、かずみは"特別"なのではないかと言う事だ。

 

それは今、かずみが発動している魔法を見ても分かる事だ。

魔女の力を魔法少女のままに扱えるなど、規格外の力ではないのか?

 

いや、彼女の魔法形態がコピーならば、他人から写した魔法とも言える。

しかしキュゥべえが言っていた様に、ゲームが行われると決まった際、妖精は参加者以外の魔法少女を全て絶望させた。

ならば誰から盗むというのか。もしかしたらキュゥべえが魔法少女を絶望させる前に盗んだとも考えられる為、どうとでも考えられるが。

 

とにかく、今はかずみが特別だと言う点を重要視して話を進めたい。

これは全て織莉子の考察にしか過ぎないが、かずみのソウルジェム、未来を視る時にかずみに靄が掛かる事。

それらを考えた結果、導き出される答えは絞られる。

 

 

(まさか彼女は――ッ!)

 

 

別にこの答えを導いた所で、戦闘に関係ある訳ではない。

しかし、それでも一つの答えが織莉子の脳に浮かんでしまったのだから、仕方ないだろう。

魔女になる魔法と言う、天使を呼ぶくらいに特殊なソレ。

まどかは絶望の魔女だから特異性に説明がつくものの、かずみはどうだろう?

 

少なくとも"今までの魔法少女"とは違う力に感じられる。

二つに分かれた他とは違うソウルジェムの形。

未来を視ても彼女の姿がぼやけて確認できない事がある事実。

 

 

「………」

 

 

もしかすると彼女は――、ある意味で全ての元凶なのか?

文字通りではなく、かずみの存在が歯車をまた大きく狂わせたのではないだろうか?

いやそれとも彼女は――、途中から?

いや、それでは話が……。

 

 

(F・Gの参加者は、12組だったとすれば? いや、となると妖精達はいつ彼女に接触を……!?)

 

 

そこで我に返る織莉子。

いや、こんな事を考えてどうにかなる訳ではない。

かずみが"たとえそうだったとして"、何になると言うのか。

かずみは今ココで死ぬ、それだけだ。

 

今はとにかく勝利を目指すしかない。

幸いかずみは、今ターゲットをまどかに変えて攻撃を行っている所だ。

織莉子も魔力の底が見えてきた。これでも一度グリーフシードを使って回復したのだが――

 

それに、いつまでも均衡は保てない。

たとえどれだけ魔力を回復しようにも、長期戦になればやはり優勢になるのはまどかだろう。

彼女もきっとグリーフシードの予備くらいはサキ辺りに持たされている筈だ。

それに長引かせると言う事は、まどかを魔女にするリスクが高くなる。

やはりもうそろそろ、終わらせなければならない。

 

 

「集え、星よ――!」

 

 

織莉子は一本だけの手を天に掲げる。

ソコへ収束していく全てのオラクル。

さらに織莉子はオラクルを追加させ、それも上へと収束させていく。

そして決着の為の魔法を発動させる。するとオラクルが光に変わり、隣接している光を取り込み始めた。

つまり一つになっていくと言う事、そうしていると全てのオラクルが一つになり――

 

 

「もう、終わりにしましょう……ッ!」

 

「!」

 

 

悪戯に長引かせる必要もない。

コレをきっかけに、全てを終わらせると織莉子は宣言した。

彼女が掲げる手の上では、巨大な一つの宝石が眩い輝きを放っている。

それは一つの星の様だ。織莉子はソレを見せ付けるようにして輝きを強めた。

なんて大きな宝石なんだろうか、どんな物でも押し潰してしまいそうな。

 

 

「ガァアアアアアアアアアアア!!」

 

「キャァアア!!」

 

 

かずみはアクロバティックな動きでまどかの背中を蹴ると、同時に両手の爪でまどかの背中を引き裂く。動きを止めるまどかと、彼女から距離を取るかずみ。

まどかの可愛らしい魔法少女の衣装が切り裂かれ、肌からは血が流れていると言うミスマッチな光景が異常を演出する。

 

かずみは吼えながら四足歩行で移動し、最初の立ち位置。

三角形になる様な位置で止まった。

織莉子、まどか、かずみの三つ巴の並び。

 

するとかずみの周りにティロフィナーレを放つ際に使用される十字砲が無数に出現していく。

なんて数だ。織莉子とまどかは思わず喉を鳴らしてそれを見る。

無限の魔弾を使用する際のマスケット銃とまるで同じではないか。

 

さらに十字砲の砲口に集中していく光。

なるほどと、まどか達はかずみが何を使用するのかを理解した。

かずみもまた、織莉子の大技に感化されて最大攻撃ともいえるアクションを取ったのだろう。

 

決着を付ける気だ。

まどかもそれを理解すると、牡牛を呼ぶための詠唱を始める。

 

 

(勝てるの……? あれほどのエネルギーを持った二人に――!)

 

 

 

織莉子は思わず汗を浮かべる。

だが未来は常に自分の手にある。

どれだけ足掻こうが、もがこうが、抗おうが意味の無い事を教えてあげねば。

 

 

「ごめん。もう一度……、ううん何度でも聞くけどッ、戦いを止めませんか!」

 

「フッ、貴女はどれだけ愚かなのかしら。もう全て無駄、遅いんですよ!」

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

一人に至っては話すら聞いてないし。

織莉子の言葉に、まどかは苦悶の表情を浮かべる。

 

 

「私は世界を救う。絶望なんかに負けない!!」

 

 

だから死んでください!

織莉子はそう叫ぶと、巨大なオラクルが回転を始める。

三人の意思は、言い方を変えれば凄く近い物であり、同時に全く別の道を行く物でもある。

 

決して交わる事のない平行線。

織莉子はもう疲れた。このまままどかの優しさに触れても、このままかずみの悲しみに触れても、何も変わりはしないのだから。

 

もしかしたら、三人は三人とも、それをよく理解しているのかもしれない。

けれども何度となく、同じ事を言うしかない。

それが自分達に与えられた役割と知っているから。

 

 

「――ッ!」「!」「ッッッ!!」

 

 

誰が合図をした訳ではないが、三人が動いたのは同時だった。

織莉子だけではないかもしれない、分かりやすく力を解放して、見せ付けたのは。

もしかしたら自分の意思が一番強いのだと、力を以って証明したかったのか。

難しい年頃の少女が選ばれた理由が、こう言う場面で出てしまう。

尤も、それを三人が自覚する事は無いのだろうけど。

 

 

「……!」

 

 

織莉子は二人を睨む。

救済に拘った彼女は、いつしか多くの命を犠牲にしてしまった。

それが正しい事とは思えず苦悩した日もある。

しかし奪った命は確かなもの。そこから目を背ける事はできない。

 

ならば織莉子にできる事は、その奪った命よりも多くの命を救うことだ。

そして父の目指した道。世界救済を成し遂げるために、彼女はココに立っている。

 

 

「ァアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

かずみは二人を睨む。

大切な者は山ほどあった。たくさんの思い出が詰まった町。たくさん笑いあった仲間、友達。

そして何よりも大切な――……。

 

それが全て壊れた時、彼女はその定めを受け入れる事ができなかった。

だから藁をも掴む思いで手に入れたチャンスに縋った。

そのチャンスを掴むためには、多くの犠牲が生まれた。

かずみはそれを望んでいなかったのに。大切な友達も、大好きな町も全てが壊れる。

だから彼女は、最後に残った希望に生きる意味を見出した。だからココに立っている。

 

 

「壊せ牡牛!」

 

 

まどかは二人を睨む。

迷い、戸惑い、悲しみ、そして何が救えた? 何も救えず自分は泣いていただけだ。

変わりたいと願ったあの日から。まどかは、まどかが望む世界を作れたのだろうか?

憧れた魔法少女になれたのだろうか?

 

答えは出ない、永遠に?

いや、でも自分は見つけたい。このままじゃ終われないんだ。

友の為に、家族の為に、世界の為に、そして自分のために。

 

今度こそ鹿目まどかは声を大にして言いたい。

全てを守ると。全ての絶望を跳ね除け、絶対の希望を示すと。

だから今、ココに立っている。

 

 

「「「―――」」」

 

 

三人が動いたのは同時だった。

織莉子は巨大な宝石を放ち、かずみは無数の十字架型砲台から光を放ち、まどかは弓から牛型の天使を放つ。

三つの意思を具現した力は、中央でぶつかり合う事に。

 

 

「ケイオスプルート!!」

 

「ガァアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

「スターライトアロー!」

 

 

ぶつかり合い、激しい光を巻き起こす三人の攻撃!

 

 

「「「オォオオオオオオオオオオオオ!!」」」

 

 

見事に声が重なった。

最大攻撃で望む、勝敗のボーダーライン。

しばらくは激しく競り合う三者の攻撃だが、決着は割と早い段階で訪れた。

 

 

「――ッ!」

 

 

織莉子のオラクルにヒビが入る。

それはそうだろう。彼女の攻撃がいくら強くとも、まどかのスターライトアローは相手の攻撃を打ち破る事に特化した牡牛座。

そしてかずみは、無数の砲台からリーミティエステールニと、双樹姉妹のピッチジェネラーティを合成させたものを発射している。

その攻撃は、織莉子の最強魔法を簡単に破壊していく。

 

 

「………」

 

 

分かっていた。

この特別な存在達の中で、織莉子の実力が頭一つ下にあるのは。

絶望の魔女の魔力を持ったまどかの牡牛は、その角で宝石や光線に怯まずに突き進む。

片や、エネルギーの塊に、エネルギーを上乗せした光の弾丸は、宝石や牡牛を焼き尽くそうと進んでいく。

 

織莉子がどれだけ抵抗した所で、まどか達のスペックや、純粋な魔力の差に勝てぬ事くらい、分かっていた。

オラクルのヒビはどんどん大きくなっていき、バキンと言う音と共に、欠片が飛び散るまでに。

分かっていた、分かってはいたが――

 

 

(腹が立つ――ッ!)

 

 

まるで自分の意思が圧し負けた様な感覚だった。

織莉子は歯を食いしばって、自分の心に宿る感情を偽らずに受け入れる。

苛立つ、ムカつく、気に入らない! どうして世界をこんなにも愛する自分が、こんな連中に圧し負ける!?

 

 

(お父様の考えに離れた思想を持つ彼女達に、何故私が――!!)

 

 

劣等感と言えばいいか?

織莉子は自分の想いが他の二人よりも勝っていると自負していた。

なのに真正面から撃ち負けるなんて。もしかしたら自分の思いはその程度なのかと錯覚してしまうじゃないか。

 

 

(そんな事は無い――ッ!)

 

 

これは全て分かっていた事だろう?

織莉子は自分で自分を落ち着けると、冷静に状況を確認する。

意地比べまがいな勝負を持ちかけたのは本当だ。しかし何も、本当に純粋な力と力のぶつかり合いを望んだ訳ではない。

 

織莉子にはもう一つの狙いがあった。

かずみが暴走状態となり、冷静さを欠いている今が何よりのチャンスだと思ったからだ。

彼女はそのタイミングを狙っている、虎視眈々と。

 

 

「「「ハァアアアアアアアアアアアアア!!」」」

 

 

けれどもこの純粋なぶつかり合いでも勝ちたい。それが織莉子の本心ではあった。

奇跡を願って自分達はこの力を手に入れた。

その思いの強さが、試されている様な気がしたから。

 

 

「………」

 

 

けれども――

 

 

(ごめんなさい、お父様)

 

 

その瞬間。

そう、まどかとかずみの魔法技によって自分のオラクルが砕かれた時、織莉子は一筋の涙を流す。

砕かれたのだ。オラクル同士を合体させるケイオスプルートによって最大の力を放った。

だがそれは二人には通用しなかった。かずみの光がオラクルを砕き、まどかの牡牛がオラクルを粉々に粉砕する。

最大攻撃魔法は完全に撃ち負けた。織莉子はその事実が何よりも悔しくて涙を流す。

それは魔法少女だとか言う事を一切除いて、中学生の女の子が流す涙だった。

 

 

(でも、勝つ! 絶対にココで決めるッッ!)

 

 

織莉子は自分に向かってくる光の中でしっかりとターゲットを睨む。

実力は知っている、だから織莉子はあえて負けると知りつつ、攻撃を放った。

そして今、まどか達は織莉子の攻撃に勝った事で多少なりとも油断している筈。

人間は勝ちを確信した時に、最大の油断が生じる物。そこを叩く!

 

 

(見なさい! コレが力のデッキが生み出した最強のカード!)

 

 

織莉子はユニオンを発動。

オーディンのデッキから一枚のカードを使用する事に。

 

 

(私は、絶対に世界を救ってみせる!!)

 

 

それは――

 

 

『タイムベント』

 

「「!」」

 

 

時間を操作する力。

織莉子を中心としてオーディンの紋章が広がり、あっと言う間にまどかとかずみも紋章の中に入る。

まどかとかずみ、二人の視界はホワイトアウトし、耳は時計の針が動く音だけが聞こえる。

タイムベントは一部の時間を操作することができるカードだ。

織莉子は、この場面の時間を戻したのだ。

 

 

「!?」

 

 

まどかとかずみからしてみれば、自分の技が一瞬で消えた様に思えるだろう。

とは言え、それはあくまで紋章の中の時間が戻っただけ。つまり攻撃を放つために消費した魔力も元に戻っているのだ。

だからつまり、同じ事をやればいいだけ。尤も、まどか達は仕組みに気づいていないのか攻撃を消されたと思っているようだが。

 

一方で、織莉子は違う。全てを理解している。

では彼女は、何故この一連の流れを行ったのか?

攻撃を無効にするが、魔力が戻るためまた同じ威力の攻撃を放つことができる。

一見すれば無意味な行動に思われるかもしれないが、しっかりと進んでいる時間もある。

それは、カードの再構築時間である。織莉子の狙いは全てココにあった。

つまり攻撃準備から競り合い、オラクル破壊に至るまでに消費した時間が、それだけカードの力を取り戻す時間になってくれる。

 

 

『ユニオン』『ディメンションベント』

 

 

だからもう一度使えるようになる。

消える織莉子、出現位置はただ一つ。

それはかずみの背後だ。いくら暴走状態とは言えど、自分の攻撃が消えた事に驚くはず。

そんな中で背後に現われた織莉子に対処できる訳が無い。

織莉子は発動していた二枚目、ソードベントを思い切り振るう事に。

ありったけの殺意を込めた斬撃はかずみを大きく怯ませ、さらに渾身の力を込めてゴルトセイバーで突きを繰り出す。

 

片腕に加えて、非力な織莉子ではあるが、ソウルジェムを使って腕力を強化した事と、元々のゴルトセイバーの威力もあってか、かずみの胴を貫通させる事ができた。

血を吐き出すかずみ。織莉子はまだ力を弱めない、かずみが事態を把握する前に殺すつもりだった。

 

織莉子はゴルトセイバーをより深く、かずみの体へ沈めていく。

すると胴を貫通した剣は地面に突き刺さり、かずみの動きを拘束させる楔に変わる。

だがまだ安心はできない、異端審問やシビュラ等、かずみは動けずとも攻撃ができる手段が豊富だ。

だからその前にソウルジェムを片方だけでも――

 

 

(いける!)

 

 

かずみの未来は確認できないところにまで靄が掛かってきた。

しかしこのスピードなら――

 

 

「ぁッ!?」

 

 

背中に衝撃、動きを止める織莉子。

何だ? 分かっている。お前だろう鹿目まどか!

 

 

「死なせないよ、誰も!」

 

「愚かな!!」

 

 

光の矢を受けた織莉子。

その一瞬の時間稼ぎで、かずみは状況を理解した様だ。

手がまるで鞭の様に伸びると、織莉子に掌底を打ち込む。

 

さらにそこで、かずみは双樹姉妹の姉であるあやせの火炎魔法を使用。

紅蓮の炎が織莉子の腹部を押しながら、かずみとの距離を空ける事に。

 

 

(まだだ――ッ!!)『ユニオン』『シュートベント』

 

 

吹き飛ばされる織莉子ではあるが、それが逆に使えなかった技を使えるチャンスを作る事に。

かずみは地面に突き刺さっている剣が抜けないために動く事ができない、そこに降り注ぐ光の雨。

流石にダメージが大きすぎたか、かずみは唸り声をあげつつも、力なく停止する。

だが織莉子も炎を胴に受けて吹き飛んでいるところ。地面に叩きつけられ転がっていく。

そして倒れた先で織莉子が見たのは――

 

 

「――……ッ」

 

 

倒れた自分を見下ろす、まどかだった。

光の加減が原因なのか、それとも本当にそうだったのかは知らないが、まどかの織莉子を見る目が――、まるで、ゴミを見る様な目に見えた。

 

 

「織莉子さん……、もう止めて」

 

「………」

 

 

まどかも理解している。守るだけじゃ戦いは終らない事を。

だから弓を振り絞り、桃色の光を集中させている訳だ。

もう止めて。その続きをまどかは言わないが、表情が語っている。

 

全ての言葉を並べるとしたら『織莉子さん、もう止めて。これ以上続けるなら撃つよ』だろう。

城戸真司とは違い、彼女は良心をソウルジェムでセーブできる。

最悪の場合、まどかは本当に織莉子を殺すのか。

 

 

「ここでわたしが撃てば……」

 

 

まどかはまたも、その先を言う事は無かった。

しかしそれくらい織莉子にも分かる事だ。

ここで撃てば、まどかは勝つことができる。

 

 

「もう動かないで。動いたら撃ちます……!」

 

「………」

 

 

だろうな。織莉子は無言でまどかを見る。

対して辛そうに表情を歪めつつも、説得を続けるまどか。

もう勝負は決したろう? これ以上続ければ本当に誰かが死ぬ。

その前に戦いを終らせる必要がまどかにはあった。

 

 

「かずみさんもいる中で、戦いを止めろと言うのかしら……?」

 

「………」

 

 

まどかは織莉子から一瞬視線を外して魔法を発動する。

ベルスーズシェーヤー。桃色のシャボン玉の中にかずみを閉じ込めて、安楽の睡眠を誘わせる。

普段ならば跳ね除けてしまうのだろうが、蓄積されたダメージと擦り減った精神力。

何よりも動けない状況が功を奏したか、かずみは気を失っていく。

 

 

「所詮は気休めです。時間が経ち、かずみさんが回復すればアレは割れる」

 

「だったら、二人で止めようよ!」

 

「………」

 

 

今の戦いを通して、自分の実力は分かってもらえたとまどかは思っている。

決して足手まといにはならない筈だ。それはワルプルギスの夜との戦いでも言える事。

確かに絶望すればと言うリスクはあるが、絶望する気はないし、守護の魔法で皆をサポートして見せると。

 

 

「お願いします織莉子さん……、もう戦いたくないよぉ」

 

 

弱弱しい本音。まどかの目から涙が零れていく。

あくまでも『守護』を貫くならば、この戦いは終わらない。

どれだけ抵抗の為に相手を傷つけようが、誰も殺せないし、戦いを終らせるには殺意を削ぐしかないのだから。

 

織莉子はまどかの目に見える涙を見て口を閉じる。

織莉子も複雑な表情だった。多少なりともまどかの言葉には心を動かされているようだ。

 

 

そして。

 

 

「……分かりました」

 

「え?」

 

 

織莉子は目を閉じて大きく息を吐く。

 

 

「今の言葉に嘘はありませんね?」

 

「それは――」

 

「貴女が本当に戦いを止めたいのなら、私は今ココで戦いを止めて、貴女と協力の意思を示しましょう」

 

 

負けました。織莉子は少し複雑そうに表情を歪めて言った。

対してパッと明るくなるまどかの表情、そこには希望が視えた。

 

 

「本当!? 織莉子さん!」

 

 

涙を零しながら笑みを浮かべるまどか。

彼女は攻撃を中断して織莉子に手を貸そうとする。

対して目を開ける織莉子、彼女もまた表情を変えてまどかに一言だけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘に決まっているわ」

 

「え?」

 

 

その時だった。

まどかの全身にオラクルが打ち込まれ、骨が砕ける音が響いたのは。

先ほどのかずみ同じく、関節部分にそれぞれしっかりとオラクルはめり込んでおり、まどかの『立つ』と言う機能を破壊していく。

 

 

「え?」

 

 

まどかは倒れながら、鈍る思考を必死に回復させる。

嘘? 嘘って、どういう――?

いや、違う。本当は『嘘』と言う言葉が出た瞬間に、理解はできた。

思考が止まったのは、認めたくないと、拒絶したからだろう。

要するに織莉子は、まどか油断させるために嘘をついた。

まどかは、まんまと織莉子の罠にはまってしまったのだ。

 

 

「甘いんですよ、貴女は」

 

 

織莉子は立ち上がり、服についた汚れを払っていく。

浮かべる表情は、相手を罠にかけてやったと言う笑みではなく、哀れみに満ちた表情だった。

まどかのどうしようもない愚かさと優しさ、悲しい素直さに対する表情だったのだ。

 

 

「どれだけ愚かなのかしら、貴女は!」

 

 

どうして疑わない? どうして躊躇する?

どうしてそこまで協力の意思を通せる? どうしてそこまで――!

 

 

「はじめに言ったはずよ。あれは最終警告、私達の道が交わる事は無いと!」

 

 

それなのにまどかは、そんな不可能な事を可能だと信じて、偽りの希望を作り出して縋る。

分かり合えるのなら、もうとっくに分かり合っている。

目指す道が同じなら、とっくに手を取り合っている。

 

 

「何故今、私達は戦っているの? それは力で相手の意思をねじ伏せる為でしょう?」

 

 

そんな中で、今更話し合いでの解決なんて望むなよ。うんざりだった。

 

 

「鹿目さん、私も貴女と同じ様な意思を持ちたかった」

 

 

皆が協力する道があるのなら、それが一番だから。

 

 

「でも無理だった! 分かるでしょう!? 傷つけない戦いに、終わりは無いの!」

 

 

コレは喧嘩じゃなく殺し合いだ。

つまりどちらかの命が費えるまで攻撃は終らない。

掲げた意思(さつい)は、そんな簡単な言葉で終わるほど軽い物ではないんだ。

 

 

「貴女の存在を、私は認める事ができないッ」

 

「あっ! あぁぁ!!」

 

 

織莉子は倒れるまどかに何度となくオラクルを当てていく。

防御魔法を発動するまどかだが、その前にオラクルが体内に侵入して回転しているのか、傷を抉られる痛みで魔法が安定しなかった。

 

さらに言ってしまえば、まどかは心に大きなダメージを負ってしまっている。

それもあって織莉子は張られる結界をバリンバリンと割る事が可能になる。

それが最大のチャンスだと、彼女は容赦なくまどかを打ちのめす。

 

 

「貴女の思いは立派だわ。けれど、貴女を信用するにはまだまだなの!」

 

 

絶望しない絶対の保証が無い。

ましてやワルプルギス戦で魔力が無くなる、または何らかの要因が関係して絶望する可能性は高い。

確かに最強の魔女といわれるワルプルギス戦にまどかがいれば心強い事はそう。

しかし同時に大きすぎるリスクがある。

 

 

「私は安定を目指したい。それに比べて貴女の掲げた思想は叶える事が何よりも難しい!!」

 

 

参加者同士が手を取り合う景色など、夢物語にしか過ぎない。

まどかの希望に満ちた御伽噺を聞かされるのはもうウンザリなんだ。

織莉子はその思いをオラクルに乗せて、まどかを攻撃する。

 

 

「それに忘れた訳ではないでしょう? 私は貴女の親友を殺したッ!」

 

 

実行はしていないとは言え、殺したも同然だ。

そんな相手と協力? そんな相手を許す? 馬鹿な、できる訳が無い。

 

 

「織莉子さんを殺しても――……! みんなは、もどって…こない――ッッ」

 

 

仁美ちゃんは、絶対に喜ばない。まどかは信じていた。

確かに怒りが全く無いわけではないが、恨みを通すよりも、希望を見出したいとまどかは思う。

悪いのはF・Gだ。環境が人を狂わせる。

 

 

「立派な答えね! ですが、貴女こそがその環境の一部――ッ!」

 

 

織莉子はもう一度、まどかの身体にオラクルを叩き込む。

まどかは言葉にならない悲鳴をあげて動きを止めた。

 

 

「……ッ! 終わり、ですね」

 

「あ――ッ! はっ! カハ……ッ!」

 

 

意外とアッサリと決着は訪れる物だ。

織莉子は血塗れのまどかからソウルジェムを毟り取ると、一度まじまじと見詰める。

もうまどかに抵抗する様子は無い。諦めたのだろうか? 涙を流しながら血を吐いていた。

 

 

「結局、貴女は誰も傷つけられない。傷つくだけ」

 

 

かずみを先に狙ったのも、織莉子は一つの確信を持っていたからだ。

それはまどかはどれだけ相手を攻撃できたとしても、最後の一線は越えられない。

生きる覚悟を固めた時点で、誰も殺せない。

それは立派な事だが、同時に大きな弱さに繋がってしまうのに。

 

 

「己の優しさを、そして弱さを恨みながら死になさい」

 

 

まどかのソウルジェムはまだ輝きを保っていた。

美しい桃色の宝石。それは希望の光?

いや、だが、織莉子にはその奥に大きな絶望を見ている。

 

鹿目まどかは立派な少女だ。

不可能に近い道と知りながらも、皆が幸せになれる道をパートナーと共に目指す。

つくづく彼女達がこの戦いに巻き込まれた事が残念でならない。

しかし不可能な道は、文字通り不可能でしかない。

 

 

「さようなら、鹿目まどか」

 

 

あなたは立派。あなたは優しい。

あなたは――

 

 

「可哀相なほどに愚か」

 

 

織莉子はまどかのソウルジェムを地面に叩きつけ、オラクルを振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は少し戻り、一同から離れた原地。

そこでほむら達が戦っていた。ほむらの足元には巨大な魔法陣、逃げようと思っても当然二人でそれを止めてくるので難しい話だ。

既にほむらの魔法少女の服には多くの裂け目が見え、そこから赤い線も覗いている。

だが彼女も必死に抵抗したのか、キリカ達とて無傷とは言えない物だった。

 

むしろキリカに関しては全身に傷が見え、血だらけと言ってもいい。

そう言った点では、むしろキリカの方がダメージは受けている様だった。

そうだ、ほむらがわざわざ運ばれた理由は2対1であっても勝てる自信があったからに他ならない。

 

 

「まさか盾から車が出てくるなんてね」

 

 

タンクローリーを出して轢かれた時は終わったと思ったよ。

キリカはケラケラ笑いながら回想に浸る。車に引きずられたのは痛すぎて笑ってしまう程だった。

ほむらとしては爆発もさせるつもりだったが、タイガがそこでフリーズベントを使用しタンクローリーの動きを止めたのがポイントだったか。

 

ほむら一人だけならキリカに勝っていただろうが、そこにパートナーシステムの恩恵が光る。

キリカが全身骨折で呻いていた際にはタイガがほむらの相手を務め、その間にキリカは回復に専念できたと。

 

そして今に至る訳だ、キリカの減速魔法もいい具合に成長を遂げた。

彼女は早速爪を飛ばすステッピングファングをほむらに発射。

ほむらは何とか回避しようとするが、減速中な訳で――

 

 

「ぐぅッ!」

 

 

肩に爪が刺さり、倒れてしまう。

キリカは流れる血を気にする事なくケラケラと笑っていた。

 

 

「あはは! 痛いかい? ゴメンゴメン!」

 

 

でも残念、運が無かったね。

だってキミは死なないといけない。

なんで? 何故? それは。

 

 

「キミが、彼女に固執してるからさぁ」

 

「……ッ」

 

 

キリカは自分の鼻先が、ほむらの鼻先に触れる程、近くに寄ってニヤリと笑う。

舌打ちを放つほむら。すぐに回し蹴りを繰り出すが、もちろんここでも減速魔法の恩恵が見える。

キリカはほむらの蹴りを確認した後で、後ろへ跳んで攻撃を回避した。

 

 

「うお! わわわ!」

 

 

しかしほむらも手にはマシンガン。

言うてまだそこまで減速している訳でもなく、弾丸のスピードはそこそこだ。

それが次々にキリカへ襲い掛かっていく。だが相手には先ほども言ったがパートナーがいる。

ほむらのサイドからは、高速で走るタイガが見えた。

 

 

「鹿目さんは絶望の魔女。そこに固執するキミも、絶望の化身だよ」

 

「……ッ」

 

 

斧を振り上げるタイガ。

しかし、ほむらも対策はしている。

既に辺りには――

 

 

「!」

 

 

爆発。

爆炎に塗れて吹き飛ぶタイガと、後ろへ跳びながら銃を乱射するほむら。

辺りには地雷を隠していた。幸い草木が生い茂っている場所の為、爆弾を隠すのにピッタリである。

キリカは吹き飛び、転がる相棒を見て、ムッとした表情をほむらに向けた。

 

 

「貴女も理解できるはずよ、呉キリカ」

 

「?」

 

「私はただ、まどかの為に戦うだけ」

 

 

爆発がほむらとキリカの間に壁を作る。

吹き飛ぶ草や土の向こう側で、キリカはニヤリと唇を吊り上げた。

ほむらは、まどかに。キリカは、織莉子に。それぞれ行き過ぎたとも言える友情を抱いている。

彼女達にとって、それぞれ絶大な希望となり得たから過去も、今も、そしてこれからも助けになろうとする。

 

 

「私達は希望を守る。希望が作りたい世界を、一緒に作るの」

 

「うふ、ウフフ! アハハ!! そうだね、そうだよ……」

 

 

キリカはほむらに笑いかける。

お互い、大切な人の為に戦うと言う単純明快な理由を背負っているんだ。

今更言葉なんて意味の無いものか。ただ純粋に織莉子の為に、ほむらを殺すという使命を全うすればいい。

 

 

「私は織莉子を愛してる」

 

「――ッ」

 

 

ほむらは盾から火炎放射器を取り出すと、辺りを火の海に変える。

減速魔法ならば炎はそれだけ相手に残り続けてくれると言う事になるからだ。

炎の壁の向こうでは相変わらず笑い声が。ほむらは不気味さを感じて盾を前に突き出す。

 

 

「でもね、愛は無限に有限さ」

 

「あぁ!!」

 

 

ほむらの狙いは悪くは無かった。

円形状に張った炎の結界は、キリカ達にとっては厄介な事この上ない。

しかし円形状と言う事は、『穴』は確かに存在している。

それは上だ。キリカはステッピングファングと。部分的減速魔法の合わせ技、カーネイジファングで『爪の雨』をほむらの上に降らせる。

黒い刃の雨は、ほむらを刻み、彼女の膝を地面につかせた。

 

 

「きっと今日もまた、どこかで始まる愛がある。どこかで終わる愛がある」

 

 

私の愛は終わらない、永遠に、いつまでも続いていく黄金のエルドラド。

でも君の愛は違う。だってそうでしょ? 鹿目まどかは今日で織莉子に殺される。

そしてキミは――

 

 

「私達に殺される」

 

「クッ!」

 

「素敵だと思わないかい? 私の愛する人が、キミの愛する人を殺し――」

 

 

ブラストベント。

その音と共に、上空から降ってくるデストワイルダー。

タイガとキリカの間に着地すると、チャージを開始する。

炎で確認できないほむら。しかし危険だという事は分かった。

だが減速魔法のせいで回避を取ろうとする前にチャージは完了してしまう訳で。

 

 

「そう、フフフ! キミは私達に殺される!」

 

「運命的だね、英雄の脈動を感じるよ」

 

「そうだとも相棒、これは必然なのさ。アハハ!」

 

 

息を呑むほむら。少し目線を上げればそれは確認できた。

デストワイルダーが両手を広げて上に掲げると、そこには巨大な水晶の様な物体が生まれる。

色の付いた氷だ。デストワイルダーが冷気を発生させて、何も無い場所に巨大な氷の塊を作り上げたのだ。

 

ブラストベント・クラッシュサファイア。

ほむらは次の行動を察し、思い切り高く跳んで炎の壁を飛び越えた。

その判断は正しい。何故なら彼女の予想通り、デストワイルダーはその巨大な氷の塊をほむらがいた所に投げたのだから。

 

氷の塊は炎の壁を強引にかき消しながら地面へ直撃する。

薄紫の氷は粉々に砕けて、美しい宝石の様にキラキラと破片を輝かせた。

一方で既にほむらは上だ。何とかその一撃は回避する事ができたのだが――

 

 

「あ――ッ! うぅぅうッ!!」

 

「駄目だよぼむらぁ、隙だらけだよ」

 

 

ほむらの全身に突き刺さる黒い爪。

キリカ視点ではほむらのジャンプはふんわりと風船の様だ。

その間に爪を連射すれば、どれかは彼女に刺さってくれる。

元々のスペックが低いほむら、魔法少女の衣装も爪を弾く事ができずに、浅くではあるが全ての爪が皮膚を貫く事に。

 

 

「………」

 

 

墜落する形で倒れたほむらは、すぐに立ち上がりバズーカーを構える。

そのヘラヘラした顔を吹き飛ばしてやる。苛立ちを隠す事なく、歯を食いしばって引き金に手を掛けた。

 

しかしそこで動くキリカ。

動くと言っても、爪を飛ばすだの、走り出して直接切りかかろう等と言う物ではない。

キリカは魔法少女時、右目が眼帯で隠れている。

彼女はニヤニヤと笑いながら、その眼帯を取り外したのだ。

なんだ? 思わず其方に目を向けてしまうほむら。それが間違いだった。

 

 

「何故、織莉子は桃色ピンクの誘いを乗ったと思う?」

 

 

なんでわざわざ律儀に時間を作り、ほむら達に時間を与えたと思う?

分かるよね、考えれば分かる事だ。そう言うキリカの右目を見たほむらはゾッと顔を青ざめた、自分の行動が間違いだった事に気づいたのだろう。

 

 

「いいの? キリカ。その事、言っても」

 

「構わないさ。せめてもの手向けだ」

 

 

それに、そんなの一つしかない。

 

 

「教えてあげるよ暁美ぼむら。織莉子はね、キミと桃色ピンクの死を視ていたんだ」

 

「――ッ!」

 

 

そこでほむらは、自分の体に起こる確かな異変に気づいた。

身体が動かないのだ。どれだけ力を込めても、どれだけ魔力を込めても、ピクリとも身体が動かなかった。

 

その原因はキリカの右目にある。

彼女の右目は普通の目ではない。黒目の部分には円形状にローマ数字が12個並んでおり、中心には黒い点、そしてそこから短い線と長い線が見える。

 

つまり彼女の右目の中は時計の様になっていると言う事。

"クロック・アイ"、その目を見たものは、12秒の間、時が止まる。

減速魔法が成せる究極の一手だった。

 

ただしこれを使用すれば、キリカも大幅に魔力を消費するし、直後の疲労感が尋常ではない。

故にこれは最後の切り札だ。彼女はそれを使うタイミングを今と見出した。

つまり、暁美ほむらを殺す事を、今と見たのだ。

 

 

「織莉子が視たのは、キミが先に死ぬ未来だ」

 

「……ッッ」

 

「喋れないだろ。でもすぐに終わるから安心しておくれよ」

 

 

キリカはクロックアイでほむらを捉えつつ、タイガの肩に優しく触れる。

そして放つのは、タイガにとって絶対の言葉。

 

 

「さあ、相棒。世界を乱す悪を倒して英雄になろう」

 

「うん、そうだね……!」

 

 

カードを抜き取る音がする。

絶望の言葉と共に絶望の音声が耳に入ってくる。

ほむらは怒りと焦り、悔しさでおかしくなりそうだった。

 

また、まただ。またうまくいかない。

どちらにせよまどかは死ぬ運命だった? そして自分も? ふざけるな、ふざけるなよ!

どうしてうまくいかない、どうしてキリカ達の方がうまく行く!?

 

 

(私の方が、私の方がッッ、アイツ等よりも何倍も努力して何倍も苦しんで、何倍もまどかを想っているのにどうして――ッ!!)

 

『ファイナルベント』『ユニオン』『ファイナルベント』

 

「……!」

 

「うふふ、あはは! さようなら」

 

 

嫌だ、嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ!

ほむらはどうしようもない怒りに心が押しつぶされそうになる。

なんでこんな事になっているんだ、なんでこんな目に合わなければならない。

アイツに、ワルプルギスにやられるならまだしも、どうして同じ魔法少女に負けなければならない!

 

ほむらは半ばヤケになり、砂時計を操作しようと試みる。

しかし当然砂は無く、おまけに今は完全に動けないのだから仕方ない。

それにほむらは察しているが、キュゥべえたちは彼女のループをしっかりと止めている。

もしもココで彼女が砂時計を反転させようが、時間は戻らない。

 

 

「―――」

 

 

ほむらの周りを飛び回る白と黒。

デストワイルダーとキリカは、ファイナルベントによって強化された減速魔法の恩恵を受けて、ほむら視点高速で彼女の周りを駆ける。

そしてその爪で彼女の身体に大きな傷を刻み込んだ。

 

痛い、痛い痛い痛い――……!

ほむらは自身に刻まれる痛みから死を強く連想してしまう。

 

 

(死ぬ? 私が? 私が死ぬの!?)

 

 

嘘、嘘よ、そんなの嘘に決まってる。

ほむらは心の中で必死に叫んだ。

自分が死んだら誰が彼女を守る? 誰が彼女を――!?

 

 

「キミも、彼女も死ぬ」

 

「!」

 

 

キリカは分かったように言う。

 

 

「ハッピーエンドだ、あの世で愛し合えばいい!」

 

「――ッッ」

 

 

いや、いやッ、嫌だッ! 私は生きて彼女と共に人生を歩みたい。

ただそれだけ、特別な事は何もいらない。

ただ彼女と笑いあって過ごせればそれでいいのにどうしてうまくいかないの?

どうして皆邪魔をするの? ほむらは止まる時間の中で、耐えられずに涙を流す。

いや、もちろん鈍る時間の中では目から涙はこぼれないが。

 

ほむらは心で泣いていたのだ。

痛いから、苦しいから、悔しいから、怖いから。

全てはまどかのため、何もできない自分が憎くて。

 

 

(なんで、なんでよ!)

 

 

一緒に学校に行って、一緒にお昼を食べて、放課後には一緒に帰って。

それから、それから休日には一緒に遊んで。そんな事をしている人たちがこの世界にどれだけいると思ってるの?

 

その中の一組になりたいだけじゃない!

なのになんでうまくいかないの? なんでそれを許してくれないの!?

私が、彼女が何かした? 誰かを苦しめて、傷つけた?

嘘、嘘よ! 私達は何もしてない! 恨まれる様なことも、苦しまなければならない様な事も何もしていないのに。

 

 

『ほむらちゃん!』

 

 

白と黒がほむらを切り刻む中で、ほむらはまどかの笑顔を見た。

自分に自信が持てずに苦しんでいた時、助けてくれた優しいまどか。

みんなの幸せを願っていたまどか。いつも笑って優しかったまどかが、どうして絶望に沈まなければならない? どうして自分はその隣にいる事を許されない?

 

 

(どれだけ頑張ったと思ってるのよッッ!)

 

 

彼女を守るために、彼女を助けるためにいろんな事をした。

いっぱい苦しんだし、いっぱい恨まれたし、いっぱい泣いた。

でもそれは、まどかが助かるかもしれない希望だったから割り切れたし。ほむらはいつまでも頑張れたんだ。

 

なのに、また、いつも、今も、昔も全部駄目。

なんで、なんでよ! なんでなのよ! 私が悪いの?

なんでいつも失敗して苦しまなければならないの?

いつ終わるの? いつ私達は幸せになれるの? なんの為に私は彼女を――ッッ!

 

 

(何のために殺したのよ!!)

 

 

ほむらは心の中で泣き叫ぶ。

悟ったのだろう、自らの死を。

 

 

『ほむらちゃん……わたし、こんな終わり――、やだよ』

 

 

ただ約束を守りたかっただけ。ただ、まどかを助けたかっただけ。なのにいつも結果は最悪だ。

自分だって誰かを守れる。誰かを助けられるスーパーヒロインになりたかった。

なれると思っていた。なのに何も守れない、何も変えられない。

守りたかったまどかは死に、自分も死ぬ。

 

 

(そんなの、ただ長めに苦しんだだけじゃない!)

 

 

嫌だ嫌だ嫌だ!

ほむらはデストワイルダーを目の前にして心が完全に凍りつく。折れる。壊れかける。

その時だった。デストワイルダーの咆哮と共に腹部に激痛が走った。

爪がほむらの腹部に突き刺さったのだ。

 

その鋭い爪は、華奢なほむらの身体を簡単に刺し貫いて見せる。

そこで12秒が過ぎて、彼女の時間が動き出す。

血を吹き出すほむら。ソウルジェムは左手の甲にあるため、直接的な死につながる一撃ではないものの、連想させるには十分すぎる一撃であった。

ほむらの心が崩れ始める。

 

 

(嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だッ!!)

 

 

死ぬ、死ぬ、殺される。何も守れず死ぬ。まどかを助けられず、まどかも死んで終わる!

ほむらのソウルジェムは黒く染まっていくが、減速魔法の効果としてソウルジェムの濁りのスピードも遅くなると言う、デメリットなのかメリットなのか分からない機能もある。

 

その為、ほむらが魔女になる可能性はほぼゼロと言っても良かった。

だからこそキリカには余裕があったのかもしれない。

とは言え、遊ぶと何が起こるか分からないために決着を付ける気だが。

 

 

「ガアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

デストワイルダーはそのままほむらを引き倒すと、自分を中心としてほむらを地面に押し付けたまま一回転。ほむらは背中に摩擦熱と痛みを感じる。何故か火花が散り、彼女は背をズタズタにされる痛みを覚える。

 

魔法少女の衣装が守ってくれたからいいものを。

もしも素肌を晒していたらと思うだけでゾッとするものだ。

しかし攻撃は終わらない。デストワイルダーはその勢いをつけ、今度はほむらを持ち上げたまま回転、そのまま思い切り放り投げる。

無茶苦茶に回転しながら吹き飛んでいくほむら。走馬灯の様に、まどかとの思い出が駆け巡った。

 

諦めなければ終わらない戦いだと思っていた。

まどかを救う時が終わりだと思っていた。なのに今、殺されかけている。

いや正確に言えば、コレから殺される。

 

手塚は自分を蘇らせる?

ううん、だって彼はもうパートナーじゃないんだから。

だったら自分はどうなるの? それに自分が奇跡的に蘇生された所で、まどかはどうなるの?

真司はあの性格だからまどかを蘇らせない。だったら――

 

 

 

 

 

 

 

もう、終わり……?

 

 

「―――ァ」

 

 

そう思うと口から血が吹き出てきた。

なんで? 何で血が? 痛い、痛い、苦しい。混乱するほむらの脳を強制的に叩き起こす者が。

それはデストワイルダーからのパスを受け取ったキリカだった。

 

キリカは今度は背中からほむらを突き刺す様に掴んで、再び地面に叩きつける。

貫通こそしていないが、五本に増やした黒い爪は、ほむらの肉に刺さり込み、ガッチリと固定している。

 

その少し離れたところでは、タイガが腰を落としてデストクローを構えていた。

力を集中させているのだろう。おびただしいほどの冷気が腕に集中していくのが分かる。

自分が何をされるのか、ほむらは驚くほどスムーズに理解できた。

 

 

(助けて……)

 

 

壊れかけたほむらが最後に縋るのは、やはり彼女の笑顔だった。

 

 

(たすけてまどかぁ……!)

 

 

そこにいるのは、長い時を経て鹿目まどかを守ろうとした暁美ほむらではなく、メガネをかけて三つ編みだった頃の弱い姿だった。

まどかは助けてくれる。まどかが助けてくれる。

そんな事を思いつつ、けれどそんな事はありえないとも悟ってしまう。

彼女はココにはいない、そしてもうすぐいなくなる?

 

 

(なんで、なんでぇえ……!)

 

 

誰か助けて、誰か私と彼女を助けて!

 

 

「終わりだッ! 暁美ほむらァアアアア!!」

 

 

キリカはほむらを地面に押し付けたまま全速力で走り出す。

地面を乱暴に引きずられて行くほむら、彼女の腹部に激痛が走る。

そしてそのゴールには爪を構えて待っているタイガが。

明確に近づく死に、ほむらはボロボロと涙を流していた。

中学二年生の女の子が、まさに今、死に直面している。

 

 

(死にたくない――ッ)

 

 

切に願う、その感情。

 

 

(死にたくないよぉ……ッ!!)

 

 

貴女もそうでしょう?

でも駄目なの? 私達は死ななければならないの?

 

 

「残念だったね! キミはこうなる運命だったのさ!」

 

 

運命って何よ……! 何なのよ!?

 

 

「私の愛がッ、キミの愛を塗り潰して勝利する!!」

 

 

もっとまどかと一緒にいたかったのに。

 

 

「織莉子の理想郷が、君達の屍の上に創られる!!」

 

 

もっと、まどかと生きたかったのに。

 

 

「相棒! 受け止めてくれよー!!」

 

「もちろんだよ。コレが、英雄の力だ」

 

 

減速魔法の中、デストワイルダーとキリカが相手を切り刻み、その後デストワイルダーが相手をキャッチしてダメージを与えた後に、キリカにパス。

その後キリカがは相手を地面に押し付けて引きずり、タイガのもとへ。

最後にタイガが爪で相手を貫いて結晶爆発でフィニッシュを行う。

 

これが、二人の複合ファイナルベントである"ライトニングチェック"。

その最後の一手が決められ様としているのだ。

 

 

(ああ……)

 

 

ほむらは悟る。

 

 

(ごめんね、まどか……)

 

 

終わりみたい。

 

 

「アディオス、暁美ほむら」

 

「さようなら。そしてありがとう、僕を英雄に近づけてくれて」

 

 

タイガが突き出す爪が見えた。

ほむらの意識は、そこでブラックアウトしたのだった。

 

 

 

 



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第55話 彼が望んだ道 道だん望が彼 話55第

水着マミさんのカキ氷食べるときのボイス、マジで無限に聞いてられるわ(オーディン)


どや? 無限に気持ち悪いやろ?(´・ω・)



 

 

 

時間は再び遡り、場面は龍騎に移動する。

ライアとの戦いに勝利した龍騎は、ナイト達の元へ移動しようとするが、なにしろ先ほどの戦いで全てを出し尽くしてしまったのかもしれない。

まともに歩く事ができない。しかし行かなければならないんだ。

ヨロヨロと力なく戦いの場を目指していた。

 

 

「おいおい、俺よりもフラフラじゃないか」

 

「手塚……」

 

 

見かねたのか、手塚が龍騎を支える様に手を貸した。

もちろん手塚とて満身創痍だ。龍騎を支えている拳は砕け、痛々しいほどに変形している。

全てを賭けて負けた。だから龍騎に対する闘争心は消えてしまっている。

加えて言えば、手塚は全てに負けを認めてしまったから、どこかに諦めを持ってしまった。

だから戦意は無い。

 

 

「お前は俺に勝った。だから、何が何でも鹿目を守れ」

 

 

そして。

 

 

「アンタの、信じる道を行くべきだ」

 

「手塚――」

 

 

手塚は少しだけ言葉を詰まらせたが、それでも龍騎には笑みを向ける。

いつからか、雄一との約束に縛られ。それを言い訳にして自分自身から逃げていたのかもしれない。

何のために戦うのか。誰の為に戦うのか。何故生きるのか。その理由を、手塚は見つける事ができなかったのだ。

だから雄一に縋った。彼との約束を糧に、手塚は生きる道を見つけた。

 

それは歪んだ決意だったと今になって思う。

だから本来、希望となる筈の約束が呪いに変わり、運命を狂わせた。

手塚は本当に雄一の為に戦っていたのだろうか?

いや、きっと彼を盾にして都合のいい様に生きてきただけだ。

 

本当の自分を見つけることも出来ずに消えた。

手塚は自分の運命がよく視えない理由がなんとなく分かった。

だって自分として生きてはいなかった。そんな屍の様な男に、定めなどあろうモノか。

 

そして途中、城戸真司は自分とは対になる存在なのではないかと確信を持った。

真司は何度も何度も心折れそうになり、道を外しそうになった。

けれども他者や己自身に影響を受けて、必ず外した軌道を元に戻して、先にあるゴールを目指している。

 

それに、手塚が最も評価している部分は、真司が拳を振るう時だ。龍騎は己以外の為に拳を振るう。

背負った宿命が消えぬと知っていても。抗えぬ歯車の上に立っていると思っても。

真司は自分以外の為に戦っている。それは簡単にできる事じゃない。

手塚だってそうだと思っていた。雄一や、雄一の家族の為に戦っていると思っていた。

しかし今回真司と戦ってみて、やはりそれが幻想であると知った時、戦いを止めたいと言う目的の下で真司に勝てる理由など、どこにも無かったのだ。

 

 

「俺は別に、手塚に勝ったとは思ってないよ……」

 

「?」

 

 

結果的な勝ち負けを決めるとしたら、どちらかと言えば龍騎の勝利なのかもしれない。

しかしあの時に感じた虚無感で龍騎は察する。やはりこのゲームは、ゲームと名のつくだけの殺し合いだ。

勝っただとか、負けただとかではなく、生き残る事ができた。ただそれだけ。

しいて勝ち負けがあるとすれば、それはやはり参加者同士の話ではなく、F・Gに向けての話になる。そう考えれば、やはり龍騎は勝ちを狙いたかった。

 

 

「俺の相手はF・Gだからさ。手塚には……、勝ってない」

 

「………」

 

 

現に、まともに歩けない程フラフラになってる。

手塚は心が折れただけで、まだ変身はできるし、歩ける。

だから真司は手塚に勝って等いないと。

 

 

「成る程。そう言われると、矛盾してるな」

 

 

負けた筈の手塚が龍騎を支えている今の状況に。

 

 

「だがアンタは守る為の戦いを重視した筈だ」

 

 

最後の競り合いだってそう。

ライアはファイナルベントを使い、龍騎はガードベントだった。

もしあそこで龍騎がファイナルベントを使っていたら、競り負けたライアはただでは済まなかったろう。

 

それだけの違いだ。

龍騎は人に向かってファイナルベントを使った事がない。

そこもまた、想いの差なのかもしれないと手塚は苦笑しながら言う。

 

 

「分からないだけだよ。俺は……」

 

 

矛盾してる。矛盾ばっかりだ。戦いを止めるために戦うんだから。

手塚は龍騎の事を凄いと言ってくれるが、龍騎自身はそう思っていない。

今だって手塚はガードベントを使った事をピックアップしてくれるが、その前には本気で殴り合ってきたんだ。

完全に相手を傷つけないという意思は持っていない。

 

 

「中途半端に傷つけて、俺は……」

 

「だがアンタは最後までファイナルベントを使わなかった。それは事実であり、真実だ」

 

 

それを誇りに思ってもいい。手塚はそう龍騎に告げた。

頭を押える龍騎。結局まだ迷っている途中なのかもしれない。

けれども答えらしい物は見つかった訳で。それは手塚が言った様に、他者の影響はある。

 

 

「俺は馬鹿だから答えなんて分からない。矛盾してる事を解決できないまま、新しい矛盾に当たってる感じって言うか……」

 

 

でも、一つだけ答えらしい物が見つかったかもしんないと、龍騎は強く言った。

 

 

「俺は、信じた道を曲げてまで器用になんて生きられないんだ」

 

 

マミたち魔法少女が、須藤たち騎士が、理不尽に死ぬ事がどうにも納得できなかった。

 

 

「そりゃあ浅倉だの、杏子ちゃんだの、芝浦だのは酷いヤツだってのは感じるし、好きにはなれないかもしれない……」

 

 

けど、それでも、彼等だってこんなゲームに飲み込まれて歯車が狂うのは、どこかおかしいとは思う。人が人を傷つけてはいけない、殺してはいけない。

そんな当たり前の事が非常識として認識されるなんて、おかしいだろ。

 

それにまどかの様な良い子が絶望に沈む世界なんて許していい訳が無い。

その想いが何度も浮かんできて、龍騎を突き動かす。

 

 

「アンタの自分の為は、やはり人のためだな」

 

「え?」

 

「いや、やっぱりこの戦いはアンタの勝ちだ。そう思っていてくれ。俺は負けるべくして負けた、それだけなんだから」

 

 

手塚は悲しげな表情で笑みを浮かべている。

 

 

「そう、俺はお前に……、運命に負けた」

 

「――っ」

 

 

しかし龍騎はその言葉に少し反応を示す。

 

 

「さっきも言ったけどさ。手塚が教えてくれたんだろ?」

 

「俺が……?」

 

「ああ。抗い続けろって」

 

 

たとえ悲しみの炎に身を焼かれようが、たとえ絶望の剣に心を刺し貫かれても、変えたい世界があるのならば命の炎を燃やし続けろと。

龍騎はその言葉を信じて、抗い続ける覚悟を決めた。足掻き続ける決意を固めた。

そうすれば運命を――、世界を変える事ができると言ってくれたからだ。

 

 

「でも変えたい世界が……、運命があるのは俺だけじゃない」

 

「!」

 

「手塚だって、そうなんじゃないの?」

 

「………」

 

 

呆気に取られる手塚。

なんだか当たり前の事で、まったく今まで気づいていなかった事なのかもしれない。

 

 

「運命は変えられるんだろ?」

 

「それは、まあそうか。意外と痛い所をついてくるな」

 

 

 

手塚は困ったように頭をかく。

 

 

「だが俺は敗北を納得してしまっている。抗う事も、足掻く事も諦めた俺に、今更何をする資格があるのか」

 

「俺はそうは思わないけどな……」

 

「?」

 

 

手塚は目を丸くする。

自分が負けを認めた理由を、こんなにアッサリ否定されるとは思わなかったのだろう。

手塚はまだ自分は負けたままだと思っている。だからこそ運命には勝てないし、変えられない。

そう言う理由はなんとなくだが龍騎にも分かる。だが手塚はそこで全てを止めている。

 

 

「リベンジすればいいじゃんか、運命に」

 

「り、リベンジ?」

 

「ああ、そうだよ。負けたまま終わるのって悔しいだろ?」

 

 

手塚は一度の負けに拘っている様に思える。

でも龍騎からしてみれば、負けは確かに負けかもしれないが、それで終わりとは思わなかった。

負ければ、次は負けない様に力を付ければいい。そして自分を負かした相手を負かしてやるんだ。

 

 

「手塚、お前は悔しくないのかよ」

 

「悔しい?」

 

「ああ、よく分かんない運命なんかに負けてさ」

 

 

友達との約束のために戦うのは立派だ。

 

 

「でも手塚が作りたい世界も、あるんじゃないの?」

 

「……!」

 

「そうだよ、手塚がやりたい事がきっとある筈だよ。だって俺たちは人間じゃんか」

 

 

龍騎は確かにそう言った。

 

 

「手塚もまだ、きっと運命に勝てるよ」

 

「城戸……」

 

「終わってないんだ、俺たちはまだ」

 

 

まだ。終わってない。手塚にはその言葉が胸に突き刺さる。

 

 

「……そうか、そうだな。ずっともう終わっていた物だと思っていた」

 

 

自分は屍だと、自分は骸だと、人形だと思っていた。

だが生きてるんだな。当たり前だ、当たり前の事だった。

手塚は俯いて、その事実をかみ締める。

 

 

「……俺は、何故今までそんな当たり前の事に気づけなかったんだろうか」

 

「迷っていただけさ。誰でも、分かんなくなる時がある」

 

 

そこで龍騎はピクリと顔を動かした。

どうやら何か閃いたようだ。そうだったと言いながらデッキからアドベントのカードを抜き取る。

別に歩いていかなくてもドラグレッダーに乗っていけばいいじゃないか。

 

 

「くそ! どうしてこんな簡単な事に気づかなかったんだ!」

 

 

何故気づけない?

龍騎は意識していなかったが、それはつい先ほど手塚が言った言葉と同じ意味。

だがそこで気づいた、ふとした瞬間に思いついたり、誰かに教えてもらったり。

とにかくそうした影響下の中で答えらしい物が浮かぶ。

どうしてこんな事に気づかなかったんだろう。こういうのはきっと、まだまだ沢山ある。

 

 

「………」

 

「俺はゲームに勝ちたいんだ。手塚に勝ちたいわけじゃない。手塚だってそうだろ?」

 

 

龍騎の言葉に手塚はグッと心を掴まれた様だった。

当たっている。手塚は途中から龍騎に自分を重ねて戦っていた。

それはつまり龍騎に対する劣等感であり、今の自分自身に対する疑問であったり。

龍騎に勝ちたいと思う事は、その奥にある自分自身に勝ちたいと言う意味を含んだ物だったからだ。手塚はその事を龍騎に告げた、すると彼は「ほら」と笑う。

 

 

「手塚は自分に勝ちたかったんだろ? なんで勝ちたかったのさ」

 

 

まだ、勝ちたいと思う事ができる筈だ。

それにいくら縛られていたとは言え、雄一との約束を守りたいという想いは手塚自身の意思であり、真実だ。

言い訳だったとしても、偽りなんかじゃない筈だ。

 

 

「手塚もさ、自分の想いを貫くために、これからも戦えばいいんじゃないの?」

 

 

もちろんそれが龍騎と相反する想いなら。また戦わなくちゃいけない。

 

 

「それは悲しい事だけど、手塚が抗うって言うんなら、俺はいつでも受けて立つさ」

 

 

それが騎士の宿命。

デッキを手にした人間の『定め』なのかもしれないから。

 

 

「まあ俺も偉そうな事は言えないけどね」

 

「城戸……」

 

「そんな訳だからさ、俺は行くよ」

 

「……いや、待て」

 

「え?」

 

「コレを使え」

 

 

手塚が指を鳴らすと真司の前にエビルダイバーが現われる。

一瞬攻撃されるかと思い身構える龍騎、しかし手塚は安心しろと念を押す。

どうやらドラグレッダーに乗るよりコッチに乗れとの事だった。

 

 

「エビルダイバーの方が早い」

 

「え? ああ……! で、でも――」

 

 

いいの?

龍騎としては言いにくい言葉である。

鹿目まどかを守りに向かうのは、手塚の約束を遠ざける事でもある。

しかし手塚は目を閉じて首を振った、その表情に笑みを浮かべて。

 

 

「簡単な話さ」

 

「……?」

 

 

確かにココで龍騎に手を貸すのは、鹿目まどかの生存率を上げる事なのかもしれない。

ああ、いや、まどかは今、織莉子達との戦いに挑んでいるのだから、龍騎が行っても何にもならないのかもしれないが、それでも何とかしたいと思っている。

そんな龍騎の、城戸真司の姿を見て、手塚には思う所があったのだろう。

 

 

「俺は、お前を信じたい。アンタに託したいのさ」

 

 

雄一の約束を――、と言う面に関しては、鹿目まどかは最大の障害でしかない。

 

 

「だが、戦いを止めたいと言う面ではアンタの考え方が一番だ」

 

「あ、ありがとう……」

 

「それが一番難しい。だから俺は諦めた」

 

 

けれど今、もう一度希望を見たいと言う思いがあったのかもしれない。

だから真司にその希望を託すのだ。手塚ができなかった事を、不可能だと思った事を、龍騎なら成しえるかもしれない。

ダメだったとしても、龍騎を信じた事は間違いではないと思うから。

 

 

「俺のためさ。だから乗ってくれ。後は……、そう、アンタ次第だ」

 

 

戦いの場についた瞬間殺されたとしても、それはそれで。

龍騎は手塚の言葉を途中から無言で聞き、全てが終わった後、しっかりと頷いた。

そして気合を入れる様に叫ぶとエビルダイバーに飛び乗る。

 

 

「サンキュー手塚」

 

「……ハハ」

 

 

馬鹿だな、コレが罠だとは思わないのだろうか?

もしも手塚がエビルダイバーに命じて、皆とは反対側に走らせれば――、だとか。

そう言う警戒を持たないのは龍騎が手塚を信じてくれたからか。

いい意味でも悪い意味でも真っ直ぐだ。それがゲームをかき乱すジョーカーになれるのかもしれないとつくづく思う。

手塚はちゃんとエビルダイバーに皆のところへ向かう様に命令して走らせた。

今更小細工で勝とうとも思っていないし、無意味な事だ。

一秒程度で最高速度に達するエビルダイバーは、龍騎を乗せてすぐに手塚の前から消えていく。

 

 

「………」

 

 

疲れた。

手塚は膝をついてもう一度空を見上げる。

 

 

(あんな生き方を、してみたかったのかもしれないな)

 

 

すまない雄一。

俺は俺の運命にもう一度刃を突き立てたくなった。

約束を忘れた訳じゃない、だけどより良い道を目指したいと思うのはきっと罪じゃない筈だ。

すまない、お前には色々迷惑を掛けっぱなしだな。

俺がお前と同じ所に行けたなら、その時は何度でも、何時間でも謝るよ。

 

 

「無理な話か……。雄一、許してくれ」

 

 

勝ちたい。そうだ、悔しいんだ。過酷な運命に負けたままなのは。

だからもう一度、もう少しだけ足掻かせてくれ。

手塚は空の向こうにいる友人に心の中で何度も謝罪し、大きく息をはいた。

しかし手塚も慢心相違。拳は相変わらずズキズキと鈍い痛みを放っている。

 

それに足掻こうと思っても、すぐに結果が出せる訳じゃない。

手塚は一度心を落ち着ける為にポケットからコインを取り出す事。

まともに持てないが、それでもなんとかコインを目の前まで運んだ。

占いに使うためのコインだ。表か裏、どちらを運命は示すのか。

 

 

「………」

 

 

手塚はフッと笑うとコインを表にして地面に置いた。

自らの手で運命を左右させる。その事をもっと早くにしたかったものだ。

そうすれば雄一を助けられたのだろうか?

だが言い方を変えれば助けたところで、雄一がゲームに巻き込まれていただけ。

そうしたら彼はどうしたのだろう?

 

 

(お前も、一緒だよな)

 

 

そう信じてる。

手塚は痛々しく変形した指で挟むようにしてデッキを持つと、表情を歪ませながらも強くそれを突き出した。

 

 

俺は――、変われたか?

 

 

「変身!」

 

 

ライアには新しいカードが生まれていた。

ビジョンベント、エビルダイバーが視ている景色を自分も覗けると言う物だ。

そして彼が見たのはガードベントでファムとサキを守る龍騎の姿だ。どうやらエビルダイバーは間に合ってくれたらしい。

後は龍騎の腕次第と言った所か、運命は彼に微笑んでくれるのかどうか。

 

 

「ああいや、違うな」

 

 

また運命に囚われていた。

龍騎が運命を引き寄せるのか。それが戦うと言う事だ。

具体的にどうすればいいかとかではなく、心持ちと言うか何と言うか。

ある意味根性論と言うべきなのか、しかしどうする? オーディンは強いぞ、彼等で勝てる物なのか?

 

 

「………」

 

 

どちらに付くか。ライアは最後の決断だと胸に誓った。

織莉子達か。それともまどか達か。確かに龍騎の考えは立派だ。手塚海之としては、龍騎を応援したい。

しかし雄一の思いを最後まで通したいと思う気持ちも嘘はない。

織莉子と同じだ、安定を取るのが一番だと思う自分も確かにいる。

さあ、自分にできる事はこのどちらか、または第三の答えを出すしかないと言う訳だ。

 

 

(ん?)

 

 

おかしな事が起こる。

ヴィジョンベント発動中は、どれだけ離れていようともエビルダイバーに命令ができる。

ライアはもっと状況を確認してほしいと言ったのだが、エビルダイバーは命令を無視して猛スピードで移動し始めたのだ。

 

 

『どうしたエビルダイバー? なぜ俺の言う事を聞かない?』

 

 

エビルダイバーが止まる様子は無い。

景色は線になっていき、高速移動を継続していた。

なんだ? 彼は何をしようとしているのか。

 

 

「!」

 

 

すると停止するエビルダイバー。

ライアはそこに広がっていた景色を見て、思わず身を乗り出しそうになる。

そこにいたのは戦っている最中であろうパートナーの姿があったからだ。

暁美ほむらはタイガペアと殺し合いを行っていた。

 

 

(暁美……)

 

 

心がグッと鷲掴みにされる。

理由は分かっている。目を閉じれば、決別の時に見た、ほむらの表情が今でもハッキリと思い出せる。夕焼けに照らされた悲しげな面持ちは、あの時の――、雄一のソレと同じだった。

 

 

(エビルダイバー……、お前は)

 

 

そう言えばエビルダイバーは、ほむらにケーキを貰ったり、撫でられたりしていたような。

もしかしたら自分の知らない所でも交流があったのかもしれない。

早い話が、なついていたと言うべきか。ミラーモンスターにも心があるし、人間並みの知能だって持ち合わせている。

 

 

(お前、暁美を助けたいのか?)

 

 

しかし無言。

いや、エビルダイバーは喋れないのだから無言は当たり前なのだが、なんのアクションも起こさない所を見ると、少し気になってしまう。

それに助けたいとは言っても、自分で動く事もしない。その理由は?

 

 

「………」

 

 

まさか。

 

 

(お前、中々いい性格してるな)

 

 

いつだったか爆弾食べさせた事まだ根に持ってるのか? アレは謝ったじゃないか、許してくれよ。

とにかく、エビルダイバーはライアにその映像を見せるだけだった。

それが運命を背負ったモンスターの役割だと、自負しているのだろうか? 

 

要するに、自分で決めろと言う事なのだろう。

ミラーモンスターは自分の分身なのだから、考えている事はなんとなく分かるし、エビルダイバーがほむらを死なせたくないと思うと言う事は……。

 

 

「そうだな、俺も思う所はある」

 

 

見えない枷がある様な気がして、自己の思いに縛られる。

ほむらは、いろいろと雄一に重なってしまう。あの時の感情や後悔を思い出させてくれる。

なによりも自分に重なってしまうだ。必死に友人を助けようとする姿は――、どうにも眩しい。

 

 

(お前はまだ、鹿目を諦めていないんだな)

 

 

そうだ、似ているが、一緒にしてはいけない。

手塚とは違うのは諦めなかった点だ。今も彼女は運命に抗おうと戦っている。

茨の道と知りつつも、何度地獄を見ようとも構わないと決めて。

 

 

「俺はそれができなかった」

 

 

手塚は、ほむらの影だ。

だから味方でありたいと思ったのかもしれない。

変えられなかった手塚と、変えられるかもしれない暁美ほむら。

 

 

「俺はお前にも負けたくなかったのかもな……」

 

 

そして何よりも苦しんでいる筈だ。雄一と同じ目をしている彼女ならきっと。

それはそうだろう、守れない苦しみ。手塚が味わったあの苦痛を、彼女は何度となく体験している。狂わない方がおかしい。苦しまない方がどうかしている。

 

 

(それでもお前は戦い続ける事を止めない、俺はそれが眩しく苦しかった)

 

 

苦しむ者を前にして何も出来ない。

それはまさに、あの時とまるで同じじゃないか。

ほむらに重なるのは手塚であり、雄一であり、まるで変えられない運命の具現化の様に思えた。

 

 

(それでもやっぱりお前はお前自身、暁美ほむらなんだ)

 

 

それを行動を共にする内に分かってくる。

そのジレンマや劣等感に耐えられず、手塚はほむらを拒絶した。

 

 

(お前も俺も、運命ってヤツにはつくづく縁がある)

 

 

終わるのか? この戦いは。

いつ終わる? いつまで俺たちは戦い続ければいい?

ライアはキリカ達と血まみれになって戦うほむらを見て、言い様のない切なさを覚えた。

手にするのはトークベントだ。自動で発動できるソレを、ライアは半ば無意識に発動していた。

 

 

『………』

 

 

しかしいざ声を掛けようと言う所で、戸惑ってしまう。

何を言う資格があるのか? このタイミングで言って何になる?

悪戯にほむらを混乱させて隙を生ませるだけだ。

ライアは言葉を飲み込んだ。

 

 

生きたいか?

 

 

その言葉を。

知りたかった。ほむらは自分の生をどう考えているのか。

しかし聞けない。無言のライア。通信を解除しようとした時――

 

 

『――嫌だ!』

 

『!!』

 

 

ほむらの声が大音量で頭に響く。

ライアは一瞬怯んでしまうが、すぐにそれがほむらの声で、ほむらの言葉なのだと理解した。

見れば彼女はいつの間にか危険な状況になっている。

そこでハッとするライア。また――、見ている様で目を背けていたのかと。

苦しみ、傷ついているのが分かっているのに、動かなかったのか。

 

ほむらの言葉はライアに向けられたのではない。

行き場の無い怒りや苦しみを無意識に叫んでいるのだろう。

"考える"や、"思う"では反応しないトークベントが反応していると言うことは、ほむらは文字通り脳内でその苦しみを声にしている。

つまりこれは心の叫び、揺ぎ無い本心なのか。

 

 

(暁美――ッ!)

 

 

ほむらの腹部にデストワイルダーの爪が刺さりこんだのを見て、ライアは思わず一歩前に踏み出す。

思わず、ライアから乾いた笑みを漏れた。

ライアの願いは運命に勝つ事だ、そして運命を司るのはエビルダイバー。

 

 

「そうかお前は、こんなにも早く俺の願いを叶えてくれると言う事か」

 

 

皮肉なものだ。

運命を変えたいと願いつつも、直面すればやはり迷いが湧き出てくると言う物。

それにどうすればいいのか、それすらも分からなくなる。

運命を変えるとは、どうすればいいのか? それが分かれば誰もが苦労しないで済む。

 

 

『たとえ悲しみの炎に身を焼かれようが、たとえ絶望の剣に心を刺し貫かれても、変えたい世界があるのならば命の炎を燃やし続けろ』

 

「……!」

 

 

ココでその言葉を思い出すのか。

一瞬、雄一と龍騎の姿が浮かぶ。

友を救えなかった後悔。何も変えられなかった自分への絶望。ライアは確かな未練を残している。

あの時からライアの手には見えない手錠がある。それを外す鍵を何時までも探していた。

 

 

(暁美、お前は――!)

 

 

独りよがりな話だ。

だがライアはほむらを見た時、今度こそ誰かを救えるのかもしれないと期待を持った。

ほむらの話を聞いたとき、何かを変えられるのではないかと希望を抱いた。

しかしそれが何か――、あと一歩分からずに、時間は来てしまう。

 

 

「運命に負けた俺と、運命と戦い続けるお前……、生き残るのはどちらだ?」

 

 

迷いの鎖がライアをより強く縛ろうとする。

だがその時だった、また、ほむらの声が聞こえた。

 

 

『助けて……』

 

「!!」

 

 

と、同時に龍騎の声がフラッシュバックする。

 

 

『リベンジすればいいじゃんか、運命に』

 

(雄一、暁美――ッッ!!)

 

 

助けてくれ。

親友の死に際に言われたあの一言だ。

それは生を望む言葉ではなく、苦しみから解放されたい言葉。

なれば、今のほむらもそうなのだろうか?

 

 

(いや――ッ、違う。雄一だって生きたかった筈だ!)

 

 

よく分からないふざけた運命に狂わされただけ。

そして今、ほむらが同じ様な状況に陥っている。

ライアは、歪な指がさらに歪になるのを構わず、拳を握り締めた。

痛みが後悔を思い出させてくれる。

何かを変えれた筈だ、そうすれば悲しみに沈む事もなかった。

 

 

『たすけて、まどか……ぁ』

 

 

ほむらは親友に助けてくれと願った。

雄一だって同じだった筈だと信じたい。

鹿目まどかも運命を変えるために戦っている。

 

 

(変えたい――ッ!)

 

 

切にライアはそれを思った。

今更何をしたところで雄一は帰ってこないが、それでもこのまま世界が進むのは気に入らなかった。

ライアは今、ほむらに全てを重ねた。変えられなかった自分と、救えなかった親友、そして変えたい運命を。

 

 

なによりも――

 

 

なによりもッッ!!

 

 

「俺は――ッ!」

 

 

その時だった。彼女の悲痛な声が脳に叩き込まれる。

 

 

『死にたくない――ッ』

 

 

死にたくないか、そうだよな、死にたくないよな。

誰もが同じだ。手塚はほむらの弱さを全て知る事になる。

彼女はただ普通でありたかっただけだ、特別は望んでいない。

誰もが送る日常を望んだだけ。その時、エビルダイバーがキリカの言った言葉を拾う。

 

 

『残念だったね! キミはこうなる"運命"だったのさ!』

 

 

動けないほむら。攻撃を無効化するトリックベントは既に使っていたのか発動は出来ない様だ。

つまり、ほむらにタイガたちのファイナルベントを防ぐ手立ては無い。

 

本当に?

 

運命――、その言葉を聞いた時、ライアのデッキが激しい光を放つ。

カードが追加されたと言う合図だった。

 

 

(負けた事が納得いかない。だったらそうだな、お前の言うとおりだよ城戸――!)

 

 

ライアはそのカードを引き抜くと、迷わず発動する。効果は不思議と頭の中に入ってきた。

 

 

(勝手な話だ)

 

 

しかし、ライアが――、手塚海之が暁美ほむらに抱いた感情は確かなもの。

苦しむ彼女を、自分が救えるかもしれないと。それこそが、自らが知らず知らずの内に見出していた運命へのリベンジだったのではないだろうか?

 

何も変えられなかった男が、今度こそ開けたい運命を見出した。

そうだ。雄一を助ける事ができなかった手塚が、彼女を救えたのなら、それはきっと――!

 

何が運命だ、何が決められていた道だ!

ふざけるなよ! 俺は、俺たちは滑稽に踊って消えるピエロなんかじゃない!

誰もが希望を信じて生きている。そんな人の道は、自分で決めるんだ!

 

そう、そうだ、そうなんだ!

人の道を決めるのは、自分が望む道を決めるのは他人でもなければ運命なんて物でもない。

自分自身なんだと!

 

だったら分かるだろ!

俺は何がしたいんだ!? 雄一を死なせたからこそ守りたいんだろ!

今度こそ、守れる人を捜したかったんだろ!?

だったら何が何でも、どんな手を使っても彼女を守るんだ。

 

 

「見ていろ! FOOLS,GAMEッッ!」

 

 

すまない雄一!

どこまでも愚かで滑稽な俺を許してくれ!

そして許してくれ城戸、どちらに付く事もなく迷いのまま消えていく俺を――ッッ!!

だがこれだけは言える。言ってみせる!

 

 

「アイツが死ぬ事が運命なら、このふざけた運命、俺が変えるッ!!」『トリックベント』

 

 

二枚目のトリックベント、『チェンジザデスティニー』。

それを発動した瞬間ライアの姿が消える。

そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

 

ほむらは自分の状況が理解できずに、辺りを何度も確認していた。

だがすぐにデストワイルダーに刺された痕や、引きずられた痛みが残っている為、膝をついて小さなうめき声をあげる。

 

死んだのか? 自分は。

ほむらがそう思ってしまうのも無理はない。

あの状況で攻撃を避けるのは不可能だった。周りには助けてくれる者もいない。

しかし、どうした事だ? ほむらは確かに呼吸をして地面にへたり込んでいる。

傷はあるが、爪で貫かれてはいない。

 

 

「ッ!? ッッ???」

 

 

それにキリカやタイガはどこに行った?

景色が一瞬だけブラックアウトしたかと思えば、二人が消えている事に気づく。

トドメを刺せた筈だ。なのにいなくなったなんて、おかしな話だ。

 

 

「!」

 

 

そう言えば似たような原地だろうとも、遠くに見えるビル等の配置がおかしい様な?

 

 

「何が、起こって……」

 

 

助かったのか?

ほむらは気休め程度の回復魔法を自分にかけつつ、辺りをフラフラと移動する。

すると何か光る物が目に留まり、地面に落ちているソレを彼女は確認する。

 

 

「これって……」

 

 

それはコイン。

と言ってもただの通貨じゃない。

外国のもので、ほむらには見覚えがあった。

 

 

「まさか――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんで……?」

 

「え?」

 

 

一方のキリカとタイガ。

二人は動きを停止して、目の前に現われた男を見ていた。

 

 

「なんでなんでなんでぇええええええええええッッ!?」

 

「て、手塚くん……!?」

 

「悪いな……! 二人とも」

 

 

トリックベント・チェンジザデスティニーの効果、それはパートナーと自分の位置を入れ替えると言う物だ。

簡単な話、ライアの立っていた場所にほむらが立ち、ほむらが立っていた場所にライアが立つだけ。

ライアの胴を、タイガの爪が貫いている。

血を吐きながらも、既にバイザーへ装填していたカードを発動させる。

 

 

『アドベント』

 

「ギャヒィィイイ!!」

 

 

まるでそれはヒラメの様にエビルダイバーはライア達が立っていた地面から現れた。

背中に三人を乗せつつ、一気に放電を開始した。

悲鳴が聞こえる。エビルダイバーの電撃はライアには効果がないのか、ひたすらにタイガを掴んでいた。

さらにエビルダイバーは長い尾でキリカの足を縛っている。

こうなると溜まったものではない。減速魔法のおかげで、電撃が当たりに留まる時間が増え、放電時間が延びることになる。

 

 

「あびゃびゃびゃびゃ!! か、解除!!」

 

 

減速魔法を解除するキリカ。

この時を待っていた。エビルダイバーは尾にある針でキリカを突き刺す。

相手を痺れさせる毒針だ。と、言っても魔法少女ならばすぐに回復するだろうが、その前にケリをつければいいだけ。

 

 

『スイングベント』

 

 

エビルウィップで自分を含めて三人を思い切り縛り上げる。

前にタイガ、やや後ろにキリカ、中心にライアの並びとなり、エビルダイバーは三人を乗せたまま放電を続けつつ一気に空に舞い上がる。

 

 

「皮肉な物だ――!。運命がどうのこうと言っていた俺が、一番運命に振り回されていたなんてなッ! ガハッッ!!」

 

 

血が喉に絡む。咳き込むライア。口や胴体からはおびただしい量の血が流れていく。

タイガもすぐに爪を引き抜こうとするが、ライアはタイガの腕を強く掴んで、それを許さない。

それにしても、ああ、ああ。二転三転と意見を変え、迷い、ブレ続けた男の何と滑稽なことか。なんと愚かな事か。

笑え、笑ってくれ、愚かだと、哀れだと。

だがそれでもやっと自分が出せる答えらしい物が見つかったんだ。

 

 

(すまない雄一、お前との約束を破りたい訳じゃない)

 

 

すまない城戸、お前と一緒に戦いを止めたいと言う思いも本物だった。

でも、それよりも俺はまず――

 

 

「許せ東條、呉ッ、俺は暁美ほむらを死なせたく無い」

 

「ッ! う、うらっ! 裏切るのかぁぁ!」

 

「ああ。アイツが死ぬ運命を、俺は変える!」

 

 

血を吐き出しながらライアは二人を縛る力を強める。

タイガは爪を抜くのを止め、むしろ冷気を放出した。ライアの体を内側から破壊していくようだ。

しかしそれでもライアは怯まない、止まらない。

運命に囚われていた彼女を守るために。

 

 

『手塚! どういうつもりなの!?』

 

『暁美……』

 

 

ほむらもその事に気づいたのか、トークベントを通して手塚にコンタクトを取る。

しかし何を話していいのか分からずに、言葉を詰まらせるしか無かった。

助けてくれた事は何となく分かるが、何故今更このタイミングなのか。一度は溝の出来た関係なのに。

ライアは一体何がしたいのか、それが分からずにほむらは戸惑うばかり。

 

 

『なんで、今更……』

 

『それは――、俺がお前に生きていて欲しかったからだろう』

 

『え?』

 

『本当に今更だが、少し話を聞いてくれ』

 

 

時間は無い。色々な意味で。

爪から放たれる冷気はライアの臓器を破壊し、血を凍らせ、かつてない苦痛を与えていく。

もう喋れない。だがトークベントは頭で言葉を発すればいい。だから丁度良かった。

 

ライアはまず、端的に自らの過去をほむらへ打ち明けた。

すぐに終わる話だ。友を救えなかった男の話である。

だが暁美ほむらは救えるかもしれない女。だから、希望を託したいと彼は言った。

 

 

『お前は運命を変えろ。死の連鎖を断ち切るんだ』

 

 

勝手な事ばかり言って申し訳ないとは思うが、それが自らの願いであるとライアは告げた。

 

 

『その資格がお前にはあると気づいた。だから――』

 

『なんなのよ……! だったら、最初から味方でいてくれればよかった!!』

 

 

ほむらの声が少しだけ震えている。

それは怒りか、それとも彼女がライアの運命を察したからなのか。

 

 

『すまない、俺にも通したい意地があった』

 

 

そしてその結果この答えに辿り付いた。

ほむらを生かす事、それが自らの役割だと見出して。

 

 

『罪滅ぼしのつもりなの? 私が喜ぶとでも思っているの?』

 

『……悪いな、だから、押し付ける形になる』

 

 

勝手に裏切り勝手に助けて。もう訳が分からないとほむらは叫ぶ。

 

 

『なんなのよ……! 何がしたいのよ……ッ!』

 

『………』

 

 

分からない。けれど、ライアも答えらしい物が見つかったんだろう。

戦いを止めたいと言うのは雄一の願い。まどかを殺したいと言うのは雄一を盾にしたライアの願い。

そして今、手塚海之が出した自分だけの答えがコレだ。

 

 

「離せよ! なんだよ! こんなの聞いてないぞ!!」

 

「ぼ、僕は英雄になる! こんな所で死ねないんだ!」

 

「いや、付き合ってもらう――ッ!」

 

 

ライアの身体は既に氷に変わっていたのかもしれない。

しかしそれでも彼を突き動かすのは命の炎が燃えていたからだ。

何を目指し、誰のために、何をなし得たかったのか。

今となっては様々な思いが走馬灯の様に駆け巡る。

ただし、これだけは声を大にして言える。自らが最後に出した答えは――

 

 

『お前を、生かす事だ』

 

『……ッ』

 

『生きたいんだろう? 死にたくないんだろう』

 

 

だったら、生きろ。

 

 

『いや違うな。生きてくれ、ほむら』

 

『手塚……!』

 

 

ほむらが生き延びるべきだと思う。揺ぎ無い理由がある。

ライアは自らの心にずっと引っかかっている思いを彼女へ打ち明けた。

何故、あの時、ライアは雄一を見ていて、何も行動を起こさなかったのか?

その理由は長い間分からなかったが、今は違う。目を逸らさず向き合った時、やはり答えは一つだった。

 

 

『俺は……、雄一が、友が死ぬべきだと思った』

 

『!』

 

 

夢を失い、希望を失った雄一は生きる屍の様だった。

だったら、もういっそ、これ以上苦しまない様に、死を選ぶ事が最良の選択なのではないかと思ってしまっていたのだろう。その結果、雄一は本当に死を選んだ。

あの時、雄一が屋上に上がっているのを見た時、ライアの中には、確かな安心感があったのだと。

 

 

『俺は、アイツが死ぬ事が正しいと思っていたんだ』

 

 

やっと救われる。やっと解放される。彼は、助かるのだと。

しかしそんな事は無かった。雄一は余計に苦しみ、傷つき、望まぬ死を選ばなければならなかった。

それをあの時、雄一が口にした「助けてくれ」という言葉の裏に感じてしまう。

多くの未練があったろう。死を選べばいいとばかり思っていたが、それが間違っていたと今になって本当に思う。

 

 

『だがお前は違う』

 

 

たとえループ周期の中でまどかを殺す事があったとしても、それは全て彼女を救うためにだ。

ほむらはどんな時もまどかの幸せを願い、そして止めるべく戦ってきた。

諦め、友の死を願ったライアとは違う。

 

 

『だからお前は生きろ。生きて、鹿目まどかを救え』

 

 

俺にしてやれる事は何も無い。

せめて、お前の敵を少しだけ減らすくらいか。

そう、俺はどんな手を使ってもお前を助けると決めた。

たとえ何を犠牲にしようともだ。城戸、俺はどうやらお前の様に強くはなれないらしい。

 

 

『暁美、お前の望む世界を、どうか……』

 

『貴方は……! 貴方は本当にそれでいいの!?』

 

『ああ、俺の占いが……、やっと外れる』

 

 

暁美ほむらが死ぬ未来は崩す。

占いは縋る物だ、それはもう要らない。そうだろ?

 

 

(城戸……)

 

 

お前は最後までブレるなよ。俺の言葉を、どうか覚えておいてくれ。

ライアの目にゴールが見えてくる。エビルダイバーは彼の意思に従いトップスピードを超える速度を見せた。

 

だからか、そのラインがまもなくやってくるのだ。

タイガは後ろを向いている為、分からないが、キリカはそれをしっかりと理解できた。

しかし振りほどこうにもライアが施した拘束は強く、この速さではまともに動く事もできない。

 

 

(なんで!? 織莉子の言ってた未来と違う!!)

 

 

じゃあ何か、まさかコイツは。

 

 

(死を使わずに運命を変えたとでも!?)

 

 

馬鹿な! ありえない、認めない認めるかよそんなものッッ!!

キリカは渾身の力を込めて抵抗を示す。彼女もまた譲れない意思がある。

それが呼応したのか、バキンと何かが割れる音が。

 

 

「や、やった!!」

 

 

タイガの放つ冷気は既にライアの体中をめぐっている。

だからか、キリカがもがく事でライアの左腕付近が割れて砕ける事に。

既に血さえ凍りついているライア。腕が肉体から分離したことで、鞭に緩みができた。

キリカはすぐに拘束を抜け出し、何とかエビルダイバーの上から飛び降りる事ができた。

しかし――

 

 

「ぬ、抜けない! ぅぁぁぁうッッ!!」

 

「……悪いな東條。俺のワガママに付き合ってくれ」

 

 

戦いを止める。

その思いは叶える事はできなかったが、せめてパートナーを助ける為なら。

ライアは残った右腕でタイガをしっかりと固定する。

タイガもライアを貫いている爪がなかなか抜けない。ならばと大量の冷気を噴射して、ライアを粉々にしようと試みる。

しかし既にエビルダイバーはそのラインに迫っていた。

 

 

「相棒ォオオオオ!!」

 

 

手を伸ばすキリカ。

 

 

「もう遅い――ッッ!」

 

 

ライアはタイガを連れたままエビルダイバーを加速させる。

そのスピードだからこそたどり着く事ができた。

ボーダーライン、見滝原とその外の境目へ。

 

 

『頼む。暁美、俺を蘇らせるな』

 

『手塚!!』

 

『そして生きろ、それが俺の最後の願いだ』

 

 

それだけを言い残し――?

 

 

『ああ、あと一つだけ』

 

 

少しだけ声が軽くなる。

 

 

『お前とパートナーになれて、なかなか面白かったよ』

 

 

そしてライアはタイガを連れて見滝原の外へと飛び出した。

それが何を意味するのか、知らない訳じゃない。

 

 

「運命は……変わ…る」

 

「そんな――ッ、僕は英雄に! 英雄になれ――」

 

 

運命を自らの手で変えた男は、さらなる一手を繰りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!」

 

 

ほむらは放心しきった様子で膝をつく。

ライアの声だけが頭には響いていた。

生きろ、それだけが胸を取り巻いている。

 

 

「手塚……」

 

 

返事は無い。

 

 

「答えてッ! 答えてよ……!」

 

 

ほむらは両手を地面について蹲る。理不尽な怒りを感じた。

すると脳に声が響く。それは手塚のものではない。

当たり前だ、だって彼は今、エリアの外に飛び出した。

 

 

『やあ、暁美ほむら。たった今パートナーの死亡を確認したよ』

 

「………」

 

 

見滝原の外に出れば死ぬ。それがルールだ。

 

 

「そう、そうなのね」

 

 

一筋だけ、涙が零れた。ほんの少しの感謝と、後は哀れみの涙かもしれない。

キュゥべえはパートナーを蘇生させるための方法を伝えるが、ほむらにとっては意味の無い物だ。手塚は言った、蘇生させるなと。

 

 

「――ッ」

 

 

ほむらの目に光が灯る。

彼女の前にエビルダイバーが出現する。50人を殺せば、その命をエビルダイバーが食らい、ライアが戻ってくる。

でも、手塚はそれを望んでいない。

 

 

「……勝ったのね、貴方は運命に」

 

 

自分で出した答えだものね。

ほむらはエビルダイバーに小さな笑みを向けた。

 

 

「……安心して。生きるわ、私は」

 

 

ほむらは軽くエビルダイバーを撫でると、上空高くに待機させる。

そして踵を返し、髪をかきあげて歩き出した。

その目に、確固たる決意と信念を宿して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【手塚海之・死亡】【東條悟・死亡】【残り17人・10組】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手塚海之は、最後の最期で暁美ほむらの死を防ぐ事に成功した。

つまりそれは、運命を変える事に成功したと言ってもいい。

きっかけは些細な事であったのかもしれないし、大きな決断だったのかもしれない。

運命を司る手塚が導いた答えは世界を少しだけ変える。

そしてそれが歪な歯車に、さらなる連鎖を巻き起こす事に。

 

 

たとえばそれは、ゾルダに影響を与えるとしたらどうだろう?

何も手塚が直接影響を与える訳ではないが、狂った歯車は歪に合致し、新たなシーンを作り出す。

ゾルダの脳内には、言いようの無い虚しさが渦巻いていた。

何のために生き、何をすれば終わるのか。そんな彼のもとへ、一つの答えが降ってきた。

 

 

「アアァァァ! イラつかせるヤツだ!」

 

「……浅倉?」

 

「アァ? お前――!」

 

 

リュウガによって吹き飛ばされた王蛇は、一同からそれなりに離れた所でやっと炎が散って解放された。凄まじいダメージを受けたと言えばそうなのだが、それは王蛇にとっては刺激的な興奮剤としかならない。

 

そんな中、たまたまなのか、運命なのか。

王蛇の墜落場所にはオーディンによって連れて来られたゾルダがへたり込んでいた。

 

 

「コレが運命ってヤツか? アァ、丁度いい。イライラしてるんだ。俺と戦え!!」

 

「………」

 

 

沈黙のゾルダ。しかしオーディンも万が一の事態は想定してある。

ゾルダの守護にはゴルトフェニックスを付かせてあるのだ。

上空にてゾルダを監視していたゴルトフェニックスは、当然王蛇を敵とみなして突進していく。

 

 

「なんだお前――?」

 

 

しかし、今の王蛇は相当キテいる様だ。

ゴルトフェニックスの一撃を地面を転がって回避すると、ベノサーベルを手にして、向かってくる不死鳥を打ち返そうとフルスイング。

しかし相手は最強のミラーモンスターだ。

オーディン同様にワープを行うと、王者の背後に姿を見せて突進を命中させた。

転がる王蛇。成る程と呟き、立ち上がりながら首を回している。

 

ゴルトフェニックスは最強のミラーモンスターかもしれないが、ミラーモンスターは人を食う事で強力になっていく。王蛇のモンスターは三体ともリーベエリスでたらふく人間を食らってきた。

そのスペック最早、どれもゴルトフェニックスに並ぶと言っても過言ではない。

その証拠に、再び突進してきたゴルトフェニックスを前にして王蛇は余裕の雰囲気でカードを二枚構える。

そして突進が当たる直前、そのカードをバイザーへと叩き込んだ。

 

 

『『アドベント』』

 

「ギギィイ!!」

 

 

王蛇の前に突如として現われたのはベノダイバー。

その広い身体を使って盾のように王蛇を守る。

驚くべきはその強度だ。ベノダイバーはゴルトフェニックスの突進を受けて、吹き飛んでいく。

しかし同時にゴルトフェニックスをしっかりと怯ませて吹き飛ばしていた。

そして不死鳥が地面に叩きつけられたとき、再び悲鳴が聞こえた。

 

 

「ハハハァ!」

 

 

笑う王蛇と舞い散る羽。

地面から突如角が生えて、倒れたゴルトフェニックスに突き刺さったのだ。

そこから飛び出すのはベノゲラス。舞い散る羽でダメージを受けながらも、怯む事なく突き刺したゴルトフェニックスを持ちあげてみせる。

 

王蛇は先ほどベノダイバーに弾かれて吹き飛んだゴルトフェニックスを記憶していた。

そこからベノゲラスによって投げ飛ばされれば、だいたいどの辺りに直撃するのかを割り出す。

王蛇はそこへ走った。同じくして王蛇の意思を汲んでベノゲラスはゴルトフェニックスを投げ飛ばす。

 

軌道は、読みどおり。

ゴルトフェニックスが体勢を整える前に、王蛇はサーベルを叩き込んだ。

 

 

「鳥が俺を見下すな」

 

 

王蛇は笑いながら金色を叩きのめしていく。

 

 

「ギィイイイ!」

 

 

ゴルトフェニックスは慎重だった。すぐに復活するとは言え、死ねばオーディンに力を供給できなくなる。故に、一端ゾルダを放置することにした様だ。ワープで消えると、そのまま主人の方へと向かう。

王蛇はしばらくゴルトフェニックスを探していたが、逃げたのを察すると全てのミラーモンスターを消滅させてゾルダを睨む。

 

 

「コレで終わりだ、北岡ァ」

 

「お前とは因縁があるのか無いのか、よく分からないよ」

 

 

ゆっくりと立ち上がるゾルダ。なんだか王蛇とは不思議な縁がある様な気がする。

ただ裁判に勝つために利用したとかじゃなく、もっと大きな因縁がある様な気がする。

おそらくそれは向こうも感じているのだろう。最初は犯人にされたからと言う理由だったかもしれないが、途中から何か不思議な縁を感じている筈だ。

 

 

「もしかしたら、ご先祖様同士も殺しあってたのかもな俺達」

 

「知るか。今お前を殺したい。それが俺の全てだ」

 

「まあどうでもいいや、もう疲れたんだコッチは。さっさと終わりにするか」

 

「いいぜェ? 喰ってやるよ、全部」

 

 

そうすればイライラが消えそうだ。

王蛇のその言葉に、ゾルダはピクリと反応を示した。

 

 

「イライラか。奇遇だな、俺も相当イライラしてるんだ。今回はマジで行くぞ」

 

「ほう!」

 

 

そうやって二人が足を進めた時、黄金の羽が割って入る。

光と共に腕を組んだオーディンが出現した。

腕を組んで降りてくる中、大きなため息をついてゾルダを見る。

 

 

「困るんだよ。危険な目に合ってもらうと」

 

「そりゃあどうも」

 

 

首を振るゾルダ。

やれやれとジェスチャーを行い、後ろへ下がっていった。

 

 

「大事なところだ。ガキは引っ込んでろ」

 

「そうはいかない、彼にはやってもらわないといけない事がある」

 

「俺には関係ないなァ?」

 

「……それに参戦派であるキミを消す事が、僕にとっては第一優先となる事」

 

 

オーディンはそう言ってゴルトセイバーを構えた。

どうやら王蛇を消す事にしたらしい。ゾルダとしてもそれは悪い話ではなかった。

確かにオーディンは気に入らないが、勝手に潰しあってくれるのならそれはそれでアリだ。

ゾルダはニヤリと笑って王蛇から距離を取っていく。

 

 

「まあいい、騎士は全て殺す。お前もその一人だ」

 

「何かを勘違いしている様だね。キミじゃ僕には勝てない」

 

 

絶対的な力の差を教えてあげるよ。

オーディンは笑みを浮かべ、二つの剣を擦って火花を散らす。

どれだけミラーモンスターを強化しようとも関係はない。

 

 

「頂点は常に一人。それが僕だ」

 

「御託はいい、さっさと来いッ!」

 

 

走り出す王蛇。オーディンは呆れたように鼻を鳴らすとワープを行う。

出現場所は背後だ。しかしそれはフェイク。王蛇も消えたのを確認して背後を蹴っていたが、既にオーディンの姿は無い。

出現場所は元の位置。つまり王蛇の前方だ。

 

 

「フッ!」

 

「ッ!」

 

 

オーディンは剣で王蛇の装甲を切り裂く。

王蛇は火花を散らせて仰け反ったが、オーディンはさらにワープで背後に回って連続で装甲を削っていく。

だが次第に王蛇の動きが軽くなっていく。

痛みは彼にとっては苦痛な物ではない。起爆剤なのだ。

 

 

「オラァァアア!!」

 

「何ッ!」

 

 

王蛇は次にオーディンが現われる位置を『勘』で予想するとそこに思い蹴りを打ち込む。

回し蹴りだった為に範囲は広い。ピンポイントではないが、範囲には入ってしまった。

オーディンも片腕でガードを行い、王蛇の蹴りを受け止める。

 

 

(なるほど威力はある……!)

 

 

流石に殺害を重ねて強化しているだけはあると言ったところか。

 

 

(しかし敵ではないな)

 

 

オーディンはワープを駆使してその後も次々に攻撃を王蛇へと仕掛けていった。

さらにオーディンには自動で相手を攻撃してくれる梵字の紋章まである始末。

これは流石に王蛇も終わりか? ゾルダは淡い期待を抱くのだが――

 

 

「アァァァ……」

 

 

倒れた王蛇は大の字になり唸り声を上げる。

どいつもコイツも逃げてばかり、最高にイライラさせてくれる。

その感情が王蛇の力となり、以前から募っていた苛立ちと言う油に火を。

 

 

「!」

 

 

オーディンは王蛇のデッキが光り輝いた事を確認し、後ろへワープを行う。

 

 

(なんだ? まさかこのタイミングでカードを生み出したのか? 厄介な……!)

 

 

しかし後に生まれたカードが必ずしも強力と言う訳ではない。

まだ臆するタイミングではないか。そう思った時だった、背中に衝撃が走ったのは。

 

 

(しまった!)

 

 

後ろにはベノダイバー。いつのまにかアドベントを発動していた様だ。

デッキから発する光に集中していたため、気づかなかった。

ダメージを受けた際には瞬間移動ができない。オーディンは一気に王蛇の元へと飛んでいく。

何がくる? 注意してみると、王蛇は新たしく手に入れたカードを早速使用していた。

 

 

『デュエルベント』

 

 

紫に光る円形状の光がベノバイザーを中心に広がっていく。

その光にオーディンは触れてしまった。そのまま光は広がり続け、少し離れたゾルダのところまで伸びていく。

 

 

「うお」

 

 

急いで離れるゾルダ。

すると光の侵食は止まり、円形状のまま留まる形に。

その中にいる王蛇とオーディン。デュエルベントの効果とはバトルフィールドを形成するシンプルな物だった。

魔法少女が張る結界と同じだ。だが当然その中にいるオーディンは、ワープで結界の外に出る事が許されない。

強力な攻撃で強引に割るか、王蛇の変身を解除させるかでしか出られないと言う訳だ。

 

 

「――そういう効果らしいぜ」

 

 

頭の中にジュゥべえが情報を入れてくれたのだろう。

王蛇は頭部を人差し指で叩きながら笑っていた。

 

 

「問題ないな。むしろキミ自身の首を絞める事になる」

 

「そうだといいがな」

 

 

指を鳴らす王蛇。

するとそれは一瞬だった。

 

 

「グッ!」

 

「ハハハハ!」

 

 

オーディンの全身を襲う衝撃。

円形のフィールドの中央上空に、ベノダイバーが浮遊しており、そこから電撃をフィールドに降らせている。どうやらミラーモンスターの攻撃は通すようだ。

電撃は器用に王蛇がいる部分だけは避け、他の一面に雷撃を落としている。

なるほど、これではどこにワープしても攻撃が当たるようになっている訳だ。

ならばと、オーディンはガードベントを発動。ゴルトシールドで雷撃を防ぎながら王蛇へと向かおうと試みる。

 

 

『ファイナルベント』

 

「!」

 

 

オーディンの背後からベノゲラスが出現して突進を仕掛けていく。

オーディンは舌打ちをしつつワープでベノゲラスを回避。

しかしそこでベノダイバーの突進を受けることに。

 

 

「ぐがッ!」

 

 

さらに上にはメタルホーンを装備した王蛇も乗っていたので、その追撃も受ける事になる。

鋼の角が金色の鎧に傷をつける。なんだ? オーディンは受身を取りつつも、全身に張り付く嫌な緊張感を覚えている。

 

 

(コレは一体なんなんだ?)

 

 

そうしていると着地を決める王蛇。

すぐにベノゲラスの肩に乗ってホーンを突き出した。

ヘビープレッシャーがオーディンに迫る。

 

 

「フン、こんな物――ッ!」

 

 

相変わらず執拗に迫る電撃を防ぎつつ、オーディンはワープでファイナルベントを回避してみせる。

しかし回避されたと見るや、王蛇はベノゲラスの肩を蹴って離脱。

そのままベノダイバーに飛び乗り、ファイナルベントを発動。

 

二段構えと言うことか。

さらにハイドベノンの効果によって王蛇の通った後には津波が生まれる。

王蛇が力を込めているのだろう。水の量が多い。これではどこに逃げても意味は無い。

オーディンは回避を諦め、ゴルトシールドでの防御を試みる。

この盾の防御力は絶大だ。たとえファイナルベントだろうが、防御してみせると。

 

 

『アドベント』

 

「!」

 

 

背後に出現するベノスネーカー。

蛇に睨まれ、オーディンはワープを行った。狙うはベノスネーカーの右。

が、しかし、オーディンが出現すると、ベノスネーカーは頭部をすぐに其方へ向ける。

そしてグッと頭部を振り上げた。溶解液が来る。オーディンはワープで左へ跳んだ。

 

 

「!」

 

 

ベノスネーカーは堪えた。堪えていたのだ。

そして左へオーディンが出現すると、そちらに溶解液を飛ばす。

なるほど、それなりに高い知能はあるようだ。フェイントを挟むあたりは流石といえよう。

王蛇も迫っている。ここは安定策として盾で溶解液を防いだほうがいい。オーディンはそう考え、盾を構えた。

 

 

「何ッ? 馬鹿な!?」

 

 

溶解液をシールドで受け止めたオーディン。

するとシールドがドロドロと勢い良く溶けていったではないか。

何故ミラーモンスターの攻撃程度で絶対防御のシールドが破られるのか。

オーディンは信じられず、思わず声をあげてしまった。

 

確かにオーディンが驚くのは尤もだ。

ゴルトシールドはファイナルベントの威力ですら耐えられる防御力を持つ盾なのだから。

それが溶けた、それには二つの理由がある。一つ目はベノスネーカーの溶解液はガードベントで生みだれた物を溶かしやすい性質にある事。

 

もう一つは今の王蛇の感情である。

普段から募っているイライラは、オーディンに勝負を邪魔された事で最高潮を遥かに超えているレベルまで高ぶっている。

そんな王蛇に呼応する様にしてミラーモンスター達も苛立っているのだ。

苛立ちでスペックが上がると言うよく分からない事になっているが、司る性質が『力』なのだから仕方ない。

 

 

「――ッ、そんな馬鹿な事が……!」

 

 

オーディンは戸惑いつつも回避のルートを探る。

前からはハイドベノンの王蛇。後ろにはベノスネーカー。右からはゆっくり歩いてくるベノゲラスが。いずれも突破はできると思っているが、また何かよからぬ特殊能力でも発動されては困る。

ここは常に安定を取っていくべきだ。ならば回避ルートは一つ。オーディンは左に向かってワープを行った。

 

しかしそれは罠である。

王蛇はオーディンが消える前に、既にベノダイバーの背から跳んでいた。

狙うは空いているスペースの『左』だ。瞬間移動は消えてから現れるまで約1秒前後、その僅かな時間は周りを確認できない。

王蛇はその1秒でオーディンが現われる左へ距離を詰めていたのだ。

 

そのスピードを可能にしたのは、ベノダイバーが王蛇を跳ね上げこと。

さらに苛立ちで王蛇のスペックまで上がっていること。

とにかくオーディンが左のスペースに出現した時には、既に王蛇は目の前だった。

王蛇はオーディンの首を掴みそのまま引き倒す。

 

少し前にリュウガを圧倒したオーディンとは思えない光景だ。

それは王蛇から感じるビリビリとした殺意が原因だったのかもしれない。

 

 

「ァアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

王蛇のクラッシャーが開き獣の声が漏れる。

全身の血の気が引き動きが止まるオーディン。

 

 

(まさか、この僕が怯えていると言うのか!?)

 

 

その瞬間、肩に走る激痛。見れば王蛇がオーディンの肩に噛み付いていた。

噛み付きなど、野生の世界の攻撃。そんな獣じみた攻撃を人がやるのか。

そしてその威力。王蛇は黄金の鎧をガリガリと砕き、肩の一部を噛み千切ってみせる。

黄金の鎧にボタボタと垂れる血の痕が、オーディンの思考をより乱していく。

 

 

「おいおい、ついに文字通り人間卒業したのかアイツ?」

 

 

ゾルダもつくづく呆れ果てていた。

とは言え、獣になりきっている王蛇の方がまだマシかもしれないと思う。

自分はなんだ? 今どんな位置に立っている?

 

 

「―――」

 

 

その時だ、ゾルダの脳と腹部に激痛が走る。

まさに食い破られる感覚と言うのがふさわしいか。

立っている事ができず、膝をついて咳き込んだ。

 

苦しい。ゾルダは唸り声をあげて辺りを転がる。

そうか、もうそんな所まで俺を喰ったのか。

こみ上げる不快感は異常だ。ゾルダはたまらず変身を解除して胃の中にある物をぶちまけた。

 

 

「……!」

 

 

出てきたのは赤い嘔吐物。北岡はソレを見て自らの末路を察する。

たまらずもう一度吐く、出てきたのはやはり赤黒い物体だった。

まて、待ってくれ、俺は食事を取っていない。

 

出てくるのは血だ、あふれんばかりの血。

コレは嘔吐ではなく吐血、北岡は苦痛に呻き、腹部に走る激痛から逃れる為に辺りを転がる。

ダメだ、気持ちが悪い。また吐く。たくさんの血が出てきた。

 

なんて惨めな姿なんだ。

北岡は自分の姿をどこか冷静に客観視していた。

今の自分は何だ? 獣になりたくないとずっと思っていた。

なのに今の自分は獣ではなくとも、とても人とは言いがたい。

惨めに地面を転がり、無様に血や涎で顔を汚す。

 

 

(コレが俺が人を殺す事を躊躇ってまで、勝利を目指すのを戸惑ってまで――ッッ、目指した姿の行くつく先なのか!?)

 

 

それは耐え難い屈辱だった。

 

 

「俺は、俺は――ッ」

 

 

腹を食われ、脳を食われ。

まるで、まるで――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーディンは震えを感じた。

蛇に睨まれた蛙と言う言葉があるが、まさに今の状況はソレと似ている。

たとえば狭い牢屋の中に、人とクマかライオン、あるいは凶暴なカバが放り込まれたらどうなる?

きっと人は恐怖で身体が竦み動けなくなるか、パニックになるかのどちらかだろう。

それは人がその獣に対抗できる術がないと知っているからだ。

殺されるビジョンが容易に想像できてしまうから怯えてしまう。

絶対に勝てない存在と言う物があると、本能がそれを理解する。

 

 

「ウラァアアアアッッ!!」

 

「ガッ! くっ! ぐぅっ!」

 

 

そして今、王蛇が馬乗りになってオーディンを殴りつけている光景がソレだった。

いや、否定。そんな訳が無いとオーディンは我に返る。自分は力のデッキに選ばれし物。

こんな訳の分からない屑とはレベルが――、存在の重さが違う。

オーディンは蹴り上げで王蛇を怯ませると、そのまま力押しで王蛇を跳ね除ける。

さらにワープで後ろへ移動して王蛇へ大量の羽を浴びせていった。

 

 

「アァアアアアアアアア!!」

 

 

しかし王蛇は両手を広げてその羽の中を、何のことは無く突っ切っていく。

 

 

「何故だ、なぜ怯まないッ!」

 

 

何故ダメージを受けた素振りを見せない!?

火花が散っている時点で、効いていない訳は無い。

なのに王蛇は全く怯まず、全くその動きを止めず、オーディンの方へ走っていく。

 

 

「何故だ? 何故止まらないんだ!」

 

 

恐れる相手。

例えばそれは、必ず復讐されると分かっている相手。

オーディンは幸福な未来を望んでいる。なのにヤツはどこまでも執拗に追いかけ、自分や、その周りを暴力で沈めようとする。

もちろんココで殺せば問題は無い。しかし王蛇は――、浅倉と言う男は墓穴から這い出てくるのではないか。本気でそう思わせる希薄があった。

さやかが欲しい。しかしヤツは、どこまでも僕を追いかけて、きっとさやかも殺してしまう。

歯向かえば、ヤツは僕を狙う。そんな事をオーディンは無意識に考えていた。

 

 

(馬鹿げた妄想だ――ッッ!!)

 

 

オーディンはワープを行い、王蛇の前に現れると直接接近戦を持ちかける。

体術もそれなりに覚えはある。王蛇の攻撃を受け流して蹴りを叩き込むが――

 

 

「ハハハァッ! いいぞ、楽しませてくれる!」

 

 

何故蹴られているのに、そんなに楽しそうに笑うんだ。

何故ダメージを受けても恐怖しない、怯まない、恐れない?

むしろ王蛇から感じる殺意と覇気が上がっていく始末。

 

 

(なんだよコイツ――ッ! 気持ち悪いなッッ!!)

 

「どうしたァ? もっと俺を楽しませろッッ!!」

 

 

クラッシャーが避けた。

ニタリと、仮面の奥の浅倉が笑ったように見えた。

 

 

「――るな」

 

「アアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「来るな……!」

 

 

巨大な殺意(ちから)が、オーディンを喰らい尽くす。

 

 

「来るなァアアアアアアアア!!」

 

 

オーディンの心に明確な恐怖が生まれる。

どうして怯まない、どうして苦しまない? どうして殺し合いなのにこんなに楽しそうなんだ。

その異常性は今まで出会ってきた人間の中に該当する者が誰一人いない。

つまり、つまりだ、オーディンの中で下した判断。

 

王蛇は人間ではない。

 

オーディンは羽を倍増させて発射し、梵字の紋章も全て王蛇に向けて放つ。

しかし周りを飛び回るベノダイバーがそれを防ぎ、当たった所で王蛇は怯まずに笑い声を上げて向かってくる。もちろんダメージはちゃんと通っている。王蛇も苦しんでいるのだ。

だが後退していくオーディンが知ったことではない。しかしデュエルフィールドの壁が背当たってこれ以上後退ができない事を知ると、彼の焦りは最高潮に達した。

 

 

「来るなァアアアアアアアアアアアア!!」『ファイナルベント』

 

 

オーディンの真上に現われるゴルトフェニックス。

 

 

(そうだ、全て消してやる。そうすればヤツも無に還る――ッッ!)

 

 

僕が、頂点に立つべき僕が! 恐れる相手などこの世に存在してはならないんだ!

するとゴルトフェニックスに突進をしかけるベノダイバー。

無駄だ、不死鳥は強力な光を纏っており、先ほどとは違いベノダイバーのみを吹き飛ばす。

 

 

筈、だった。

 

 

『ユナイトベント』

 

 

オーディンの目の前でぶつかった二体のミラーモンスターが融合を始める。

確かにあの状態ではベノダイバーに勝ち目は無かった。

だからこそ王蛇は、ベノダイバーがゴルトフェニックスにぶつかった瞬間カードを発動したのだ。

ユナイトベントには強制力がある。つまり無理矢理不死鳥と自らのモンスターを融合したと言うわけだ。

 

もちろんミラーモンスターも抵抗するのだから、長時間は融合できない。

ましてゴルトフェニックスともあろうレベルなら尚更だ。

しかしゴルトフェニックスは王蛇に叩きのめされた事で弱っていると言う部分がある。

さらに王蛇はベノゲラス、ベノスネーカーを融合させる事で、三体でゴルトフェニックスを押さえ込む。

 

 

「お前を殺すだけの時間は持てるって事だ」

 

「な、なんなんだよソレはァアッッ!!」

 

 

王蛇の背後に現われるのは、金色の翼を持ち、装飾が金色になったジェノサイダー。

ゴルト・ジェノサイダーとでも言えばいいか。

王蛇は見せ付ける様にして、四つの紋章が刻まれたカードをチラつかせる。

 

 

「う――ッ! ウォオオオオオオオオオ!!」

 

 

オーディンは滅茶苦茶に叫びながら羽を発射して抵抗を試みるが、ゴルトジェノサイダーはその倍の羽を発射してオーディンの攻撃をかき消しながらダメージを与えていく。

最強の騎士オーディンを倒す方法は簡単だ。

オーディンの力を使えばいい。

 

 

「うぐっ! ぐがぁ!!」

 

 

身体がから無数に火花が散っていく。

自分が今まで他人へしてきた攻撃を、自らが受けるとは皮肉な物だ。

そして募る恐怖と焦り。ありえない、あり得て良い筈がない。

こんな敗北、こんな恐怖、こんな、こんな! こんなこんなこんなこんなこんな――ッッ!!

 

 

「そろそろ飽きた。消えろ」『ファイナルベント』

 

「う、うあぁあああああ!!」

 

 

オーディンは叫びながらワープを連続で行い、王蛇の狙いを外そうと試みる。

しかしそんな彼に襲い掛かるのはフィールド一杯に舞い散る羽。

まずゴルトジェノサイダーは羽ばたきで無数の羽をあたり一面へ散らしていった。

ゆっくりと舞い落ちる羽は、オーディンがどこへ回避しようとも触れるのだろう。

 

さらに驚くべきはココからだ。

ゴルトフェニックスを取り込んだ事による物なのか、王蛇もまた瞬間移動の力を手に入れた。

オーディンが出現する場所を追う様にして、次々と移動を繰り返す王蛇。

獲物を執拗に追う蛇の如く張り付いていく。

 

 

「来るな来るな来るなァアアアアアアア!!」

 

「ハハハハ! どうしたァ? そんな物かァアアアア!!」

 

 

瞬間移動の頻度を早めるオーディンだが、王蛇は確実に後をついてまわる。

そして金色の羽達は確かにオーディンにダメージを与えていき、ついにその動きが鈍った時だ。

王蛇がオーディンのの首を掴んだのは。

 

 

「ハハァ!」

 

「ぐあッ!!」

 

 

肘を打ち付けられ怯むオーディン。

後方へワープする王蛇。彼はそのまま両手を広げて走り出す。

フラつき、停止しているオーディンの背後にブラックホールが出現した。

吼えるゴルトジェノサイダー。黒の球体は、黄金の羽を全て吸い取りながら、空間を歪ませる。

 

 

「ウラァアアア!!」

 

「ガァァアア!!」

 

 

捻りを加えたドロップキックがオーディンに命中する。

きりもみ状に飛んでいく黄金騎士の背後には巨大な黒が。

嘘だ、ありえない、オーディンは何度もその言葉を連呼する。

頂点に立つ男の最期がコレなのか?

 

いや、違う。僕は人には勝てる!

しかし目の前にいるのは獣だ。人ではない。だから僕は負けたのか!?

オーディンは得体の知れない恐怖に屈服したと認めるしかなかった。

 

人は全く理解できない物に遭遇すると恐怖を覚える。

人が猛獣と出合った時に足が竦む様に、彼もまた――。

それに、何故? 何故未来を視たのに、こんな事になっているのか。

未来はオーディンの生存を示し続けていた筈なのに――ッッ!

 

 

「……!」

 

 

まさか、まさか未来が変わった? 運命が変わったとでも言うのか!?

一体、誰がそんな事を? スキルベントを発動しようとしたオーディン。

しかし、もうどこか上で、どこが下なのかも分からない。

そうすると景色が真っ黒に染まった。

 

 

(馬鹿な、僕が負ける? 僕が――!)

 

 

死ぬ?

 

 

「ウアァァアアァアアアァアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

オーディンは手を伸ばした。

しかし彼の金色は。紫の闇に喰われていくだけ。

 

 

「ありえないッッ、この力のデッキを持つ無限(ぼく)が負けるなんて!!」

 

 

何故? 運命は自分の勝利を記録していたはずなのに。

未来が、運命が変わったなんて、認めな――……。

 

 

「ハハハハハハハハハハハ!!」

 

 

王蛇の笑い声と共に、オーディンは闇の球体の中へと消えていった。

ワープと、羽の妨害を加えたドゥームズデイが、オーディンの命を深い闇の中へと沈めていく。

ミラーモンスターの融合を解除する王蛇。

すると悲痛な叫びをあげてゴルトフェニックスが粒子化して消え去った。

当然だ、自らの主人が死んだのだから、分身であるミラーモンスターが生き残れる道理など無い。

 

 

「さあ――」

 

 

終了時間も来たのか。

ガラスの様に割れて飛び散るデュエルフィールド。

しかしまだ足りない、まだ物足りない、王蛇は次の獲物に視線を移す。

 

 

「次はお前だ。北岡ァ」

 

「………」

 

 

北岡は青ざめた様子で立ち上がる。そしてニヤリと笑った。

本人に青ざめた感覚は無いが、他人から見ればどう見ても顔色は最悪のソレだ。

そして北岡は今、前が良く見えていない。ぼやけた視界と狂う平衡感覚。

吐き気は継続しており、頭と腹は相変わらず食い破られる様な痛みと、蟲が這う感触で支配されている。

今すぐに腹と脳を引き裂いたら、黒い虫がウジャウジャとぶちまけられるのではないかと錯覚してしまう程に。

 

 

「ゴポォ!」

 

 

情けない音がして、口からは大量の血が漏れる。

ああ、なんて無様な姿か、北岡は人でありたかった。

なのに今、蟲に喰われるだけの存在。

 

そう言えば、どこぞの種類のハチに、芋虫の身体に卵を産み付ける物がいた。

蜂の幼虫達は芋虫の体内で孵り、内部を餌として食い散らかし、なんと脳を支配して芋虫を操る事ができると言う。

そして幼虫達が大きくなると、芋虫の身体を突き破って外に出て来るらしい。

 

じゃあ、つまり、なんだ。

北岡は必死に人であろうとしていた。

なのに今の状況が全てを証明しているじゃないか。

俺は、俺は――

 

 

 

 

 

 

 

 

(エサ)

 

 

「認めるか……!」

 

 

食われるために存在している食料、究極の弱者ではないか。

人ですら無く、獣にすら及ばぬ弱い存在。それが今の北岡。

そしてその証拠に今、自分は獣に食われようとしている。

 

既に蟲に喰い散らかされた後、まだヤツは俺を貪ろうと言うのか。

そしてそのまま惨めにその生涯を終えるのだろう。

北岡は自分の事を絶対的なエリートだと思っていた。自負していた。

父を見た時に感じた、あの気持ちを忘れず、ああはならないと誓った。

良い暮らしをして、良い女と結婚して、幸せに暮らす。それが絶対だと思っていた!

 

しかしそれは幻想。

実際は獣に食われる為に生まれてきた食料。

餌としての人生を今まで送って来たのか?

 

 

(ふざけるなッ、俺は違う!)

 

 

俺は餌なんかじゃない!

そうだろ? 友達に言われたんだ、人で在り続けてくれと。

そうだ、俺は人だ、人間様だ! お前らとは、レベルがッ、品が違うんだよ!

 

 

「浅倉、悪いけどさ。俺の勝ちだよ……!」

 

「ハッ、冗談にしてはつまらんな」

 

「それが本当なのよね……」

 

 

北岡は笑いながらデッキを構える。

さっきからずっと考えていた。どうやったらこの状態で王蛇に勝てるのかを。

どうすれば王蛇との決着を付けられるのかと

 

するとやっぱり思い浮かぶのは、パートナーのあの言葉だった。

最後の最期まで役に立たないかと思ったら、意外といいインスピレーションを与えてくれたじゃないか。

 

何も、力でねじ伏せるだけが勝負じゃない。

そうだろ? 人は知恵を使う物だ、それが獣との圧倒的な差と言う物だ。

ゾルダに変身したら、すぐさま仮面を脱ぎ捨てる。

 

 

「ッ?」

 

「俺は、お前に勝つ方法を一つだけ見出した」

 

 

大変ありがたい事に、浅倉さんは俺を殺したくて殺したくて仕方ないらしい。

ただ俺はお前に負けるのはまっぴらゴメンだ。悔しいが今の俺が戦った所で結果は見えている。

でも、一つだけ、お前に最低な思いをさせる事ができる方法がある。

 

 

そう、俺はお前に勝てるんだよ。

 

 

「俺は人間だ、餌じゃない」

 

「ッ! 北岡ァアア!!」

 

 

王蛇は気づく、そして走る。

だがもう遅い! ゾルダは、北岡はニヤリと勝利の笑みを浮かべてマグナバイザーを自らのこめかみに押し当てた。

 

 

俺は、俺は――ッ!

 

 

「人で在り続ける!」

 

「クソォオオオオオオオオオ!!」

 

 

発砲音。

北岡は笑みを浮かべまま、自らの頭を弾丸が通り抜けるのを感じた。

穴ができて、蟲が逃げてけばいいと思った。

濁っていく視界は、より濁り、耳鳴りの中で意識もまた鈍くなっていく。

 

だが北岡の意識はまだ保たれていた。

世界がスローモーションになる中で、彼はまだ自我を保っていた。

騎士になったから強化されたのか、それともこういう物なのかは知らないが、最期にまたあの二人を思い出す。

 

 

『先生は、最後まで人でいてください』

 

 

ああ、やったよ吾郎ちゃん。俺は人であれた。そうだろ?

今、行くからさ、一緒に酒でも飲もうよ。

 

 

『センセーは……、誰も殺さないでね――』

 

 

ああ、うん。お前も最後には役に立ってくれたな。

何故か、お前の言葉でこの作戦が浮かんだんだ。誰も殺さずに自分を殺す。

見たか、王蛇の悔しそうな表情、仮面の裏の顔が容易に想像できるよ。

 

アイツは一番殺したかった男をさ、もう殺せないんだ。

目の前で死なれて、そうとう悔しいぜアレは。

 

あれ? でも違うか。俺、人、殺しちゃったんだっけ?

まあいいや、もうどうでもいいしさ。俺の勝ちで終わったんだから、いいでしょ別に。

だから、コレはせめてものお礼。俺は女には優しいんだ。

例えソレが、ガキであってもな。

 

 

「じゃ、ま……あと……は、好きに――しろ」

 

 

北岡はその言葉と共に地面に倒れる。

王蛇が駆け寄った時にはもう北岡の目には光はなく、糸の切れた人形の様に転がっているだけ。

拳を握り締める王蛇、何だそれは? 何なんだソレは!?

 

 

「ウアァアアッ! ァアァアアアアアッッ!!」

 

 

今までに感じたことの無いイライラが襲う。

王蛇はすぐに拳を握り締め、北岡の顔を殴り潰そうとするが、振り下ろした拳は地面を叩くだけだった。

なぜなら、もう北岡は粒子化して消え去ったからだ。

 

 

「アァアアアアアアアアアァァアアァアアアアアア!!!」

 

 

獲物を逃がした獣の咆哮が、やけに悲しげに聞こえたのは気のせいだろうか?

一番喰いたかった獲物を、王蛇は永遠に喰う事ができなくなったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【上条恭介・死亡】【北岡秀一・死亡】【残り15人・10組】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、最後の連鎖が巻き起こる。

北岡は一つのお土産を残していった。

それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――は?」

 

 

織莉子は目を見開いて間抜けな声を上げる。

まどかのソウルジェムを砕く未来を、織莉子はしっかりと視ていた。

その間に死亡するのは暁美ほむらのみ。それ込みで、未来が確定していたのだから。

 

なのにソウルジェムを砕こうとオラクルを振り下ろしたら、そのオラクルがサーベルによって弾かれた。

 

なんだ? なんで?

未来は視えていたのに。どうしてこんなイレギュラーが――……。

完全に停止する織莉子の思考。ふと横を見ると、そこには『青』が。

 

 

「ガァァア!!」

 

 

そして痛み。

 

 

「あたしの親友に、何すんのよ」

 

「そ、そんな……! そんな馬鹿な――ッ!」

 

 

青い斬撃が織莉子の身体に刻まれる。

大きく息をはいて後退していく織莉子。

対して剣を振った『青』は、まどかのソウルジェムを握り締めると、同じく倒れているまどかを抱きしめて跳んだ。

 

 

「え?」

 

 

まどかも同様に声を上げる。

ブルーオーシャンのシャンプーの香りには覚えがあった。

最初は死が見せる幻覚だと思ってしまう程、それはあり得ない事だと思っていた。

しかし、今、こうして現実に『彼女』は立っている。

 

 

(何故ッ! 馬鹿な!? なんでッッ!?)

 

 

織莉子は訳が分からずに、ただフラフラと後退していくだけしかできない。

何故、予知した未来と今が違う? 未来予知が外れた? 運命が変わる因子は参加者の死だ。

しかし自分が見た未来は、ほむらが死んだのも込みにしての結果のはず。

それなのにどうして? どうしてッッ!?

 

 

「そんな……! そんな馬鹿な! 嘘、あり得ない――ッッ!!」

 

 

織莉子はすぐに魔法を発動して未来を確認する。

するとノイズ。テレビの砂嵐の様な物しか見えなかった。

コレは未来が変わり、世界が再構築される時に起こる物。

つまり簡単な話、未来が変わったと言う事なのだ。

 

 

(そんな、そんなッッ!?)

 

 

なんで? なんで! なんでッッ!?

彼女がそう思ってると、ノイズの中に一瞬だけライアの紋章が見えた。

 

 

(まさか、まさか――ッ! ライアペアか!?)

 

 

それしか思い当たる節が無い。

既にノイズが掛かっていたほむらと、運命を性質に持っていた手塚。

彼等が死を使わずして未来を変えたとでも言うのか?

つまり――ッ! 運命を、変えた!?

 

 

(どこまでも邪魔をォオオオッッ!!)

 

 

嘘だ! そんな事はありえないッ!

では、目の前にいる女を、何と説明すればいいのか。

彼女はまどかのソウルジェムを持ち主に渡すと、少し切なげに微笑んだ。

 

 

「がんばったね、まどか」

 

「――ッッ!!」

 

 

ゆっくりと、まどかを寝かせる。

織莉子は否定の感情を込めつつも、オラクルをまどか達へ向かわせた。

あり得ない、あれは幻想だ、偽りに決まっている!

未来は暁美ほむらと鹿目まどかの死によって紡がれると決定している。

 

 

「それ以外の道は無い!」

 

 

まどかを助けた少女は、織莉子に目を向けること無く、ましてまどかから視線を外す事なく、オラクルを防ぎきって見せた。

白いマントを拡大させて、自分とまどかを覆うようにしてオラクルを防御したのだ。

 

オラクルの激しい攻めに、マントもボロボロになるが、すぐに音符を模した魔法陣が広がり、マントが修復されていく。

だから織莉子がどれだけ攻撃してもマントは破られない。

 

 

「……なんていうか、今更過ぎるし、あたし色々最低な事も言ったよね」

 

「―――」

 

 

まどかは目に、いっぱい涙を溜めて首を横に振る。

 

 

「もう……、さ。アンタはあたしの事、友達と思ってくれないのかもしれない」

 

 

最期のシーンを思い出すに、嫌いになってるのかも。でも、それでも――!

 

 

「ごめん」

 

 

一言だけ謝罪。

直後、ニヤリと自信たっぷりの笑みを浮かべて、まどかの涙を指ですくう。

 

 

「今は親友だった頃の、あたしとして守らせてよ! まどか!」

 

「さやかちゃん……っっ!」

 

 

まどかはボロボロと涙を流し、声を震わせる。

一方で、そう。"美樹さやか"は微笑むと、マントから抜け出していった。

 

 

「頼むよ!」

 

 

マントと結界でまどかを完全にコーティング。

さやかの魔法形態は回復だ。特にそれは自己に対する物。

故にマントはさやか自身とみなされ、どれだけ攻撃されてもすぐに元通りになる事ができる。

そして今、彼女は友を守るためにサーベルを構えて織莉子を睨んだ。

 

 

「まどかを殺すってんなら、ソレはあたしが許さない!」

 

「クッ! なんで……ッッ! 何故あなたが――!!」

 

「あたしにも分からんッッ!」

 

 

そんな未来は視ていないのに!!

青い風が、さやかの髪を揺らしている。

凛としたその姿に、織莉子は思わず青ざめて息を呑んだ。

 

 

 

 



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第56話 青の疾走 走疾の青 話65第

 

 

 

「美樹ッ、さやか――ッ! なんでッ、何故貴女が!?」

 

「うむ。誰かは知らないけど、さやかちゃん復活を祝ってちょうだいよ!」

 

 

地面を蹴るさやか。

持ち前のスピードは磨きがかかり、一瞬で織莉子の目の前に移動してみせる。

 

 

(うッ、速――ッ!)

 

 

織莉子は反射的にオラクルを振るって攻撃するが、虚しく空を切るソレ。

さやかの姿を捉えたと思ったのに、一陣の風が織莉子の前髪を揺らすだけだった。

 

 

「残像だ! なんてね!!」

 

「クッ!」

 

 

さやかは既に織莉子の後ろ。

剣を強化する魔法技、スパークエッジを使用して織莉子を切り裂く。

十字の斬撃を受けてよろける織莉子。しかしすぐに事態を飲み込みさやかを睨んだ。

 

 

「貴女はッ、自分が何をしているのか分かっているの!?」

 

 

何も考えず、何も理解せず。ただ一時の感情に身を任せて破滅の道を歩む。

ああ愚か、なんて愚かなの! 織莉子は怒りの形相でさやかにオラクルを向けた。

しかし、さやかは持っていたサーベルを投擲。刃はオラクルを撃ち落し、さやかはそれを決意の眼差しで確認していた。

 

 

「そりゃ分かんないって! あたし今起きたばっかりだもん!」

 

 

でも、それでも、何も分からない訳じゃない。

目覚める前、ある程度の情報はキュゥべえが教えてくれたし、今この目の前にある光景がリアルだろう。

親友が殺されそうになっている。親友が困っている。

 

 

「それだけで動く理由としては十分でしょ!!」

 

「鹿目まどかは絶望の魔女なんですよ! 放置すれば世界が死ぬ!」

 

「それがどうした!」

 

「なっ!?」

 

 

一蹴し、文字通り織莉子も一蹴する。

織莉子は、さやかが状況をいま一つ理解しきれていないんじゃないかと思ってしまう。

だからもっと詳しく説明を行う。魔法少女が魔女になり、そしてその魔女に問題があるのだとしっかり、はっきり。

だが返ってくる答えは全く同じだった。

さやかは言葉の意味が分かっていない訳ではない。分かった上で、それがどうしたと叫んだのだ。

 

 

「まどかが死なないと救われない世界ならッ、そんなのいらない!」

 

「馬鹿な! 言っている意味が分かってるの!?」

 

「当然でしょ。身勝手だってのは分かってる。でも、それだけが道じゃないでしょ!」

 

 

だから、まどかは戦ってるんでしょ?

さやかはそう言って、マントに包まれたまどかを見る。

 

 

「まどかはね、あたしが出会ってきた人間のなかで一番優しくて、でも弱っちい所もあって、それでもあたしよりもずっと強い娘なの」

 

 

そんな彼女が戦っているんだ。

特別な理由があるに決まってる。

だからさやかは味方をするのだ。

 

 

「それに、あたしは、道がそれしか無くともまどかを守る!」

 

「ふざけないで! 薄っぺらい友情一つで世界中の人間を犠牲にする気なのッ!?」

 

「……そうだね。あたし酷い事言ったし。それは認める」

 

 

でも、だからこそ突き通したい想いがある。

どんなに溝ができたって、親友だった事は紛れも無い真実だ。

そしてさやかは、コレからもまどかと親友でありたいと切に願っている。

 

 

「死んでみて、ちょっと冷静になれた」

 

 

自虐的な笑みを浮かべたさやか。

世界を滅ぼすかもしれない鹿目まどかを守るなら、それは紛れも無い悪なのだろう。

だがさやかはそれでいいと言う。もちろん世界を壊したいと思っている訳じゃない。

それは、まどかだってそうだろう? だから彼女は戦っているんだろう?

 

 

「さやかちゃんの意思は単純明快、愉快痛快ってね!」

 

 

胸を叩くさやか。

心臓を示して、自らの意思が『命』と重なっている事を示す。

一方で真面目な表情に変わると、少し声のトーンを落とした。

その表情には織莉子やまどか、かずみと同じ覚悟の量が窺い知れる。

 

 

「世界がまどかの死を望むなら、あたしは世界を犠牲にする」

 

 

つまり。

 

 

「世界を敵に回しても、あたしはまどかの味方をするって事!」

 

 

さやかが指を鳴らすと、巨大な太刀がまどかの周りに突き刺さって行く。

攻撃じゃない、剣で壁をつくり、まどかを守っているのだ。

さらにサーベルを二刀流にして、織莉子に向ける。

 

 

「まどかを殺したいのなら、まずはあたしを殺してみせろ!」

 

「!」

 

「もちろん、死ぬ気も無いけどね!」

 

「おのれ――ッ! 愚かな! なんて馬鹿な人なの!!」

 

 

オラクルを展開する織莉子。何故だ? 何故こんな事になっている!?

未来は自分に味方していた筈なのに、どうしてライアペアなんかが未来をそう簡単に変えられるんだ!

 

織莉子の心は苛立ちと焦りでおかしくなりそうだった。

とにかく何としてもココでまどかは殺さなければならない。

美樹さやかの登場で焦ったが、冷静に対処すれば美樹さやか程度は敵では無い。

 

 

【東條悟】

 

 

「――っ? ッッッ!!」

 

「?」

 

 

だが直後、織莉子の表情が一変し、まるで時間が止まったかの様にオラクルの動きが停止する。織莉子は真っ青になり、汗も浮かべている。唇はわなわなと震えてり、その表情からは僅かな絶望が感じられた。

 

 

(ッ、なんだろう?)

 

 

さやかはサーベルを構えて、いつでも対処できる様に気をつける。

そうしていると頭にその情報が飛び込んできた。

それが、状況を大きく動かす事になる。

 

 

【呉キリカ】

 

 

(あ、これって――ッッ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【タイガチーム・両名死亡】

 

【これにより、両者復活の可能性は無し。よって、タイガチーム完全敗退】

 

【残り15人・9組】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? は?」

 

 

織莉子の頭は真っ白になっており、思考は停止していた。

思わず乾いた笑みが漏れる程に、意味が分からない。

そしてそれを合図にして、織莉子の周りを浮遊していたオラクルが全て地に落ちていった。

キリカが死んだ。その事が織莉子とって、何よりも受け入れがたい物だったのだ。

 

 

「う、嘘。嘘よ……!」

 

「ッ」

 

「嘘、あはは……、嘘。嘘なんだから。嘘に決まって――……、う、うそ」

 

 

膝をつく織莉子。決着はなんとも呆気ない物だった。

戦意が消えていくのが分かる。さやかは悲しげな表情でソレを見ているしかできない。

織莉子にも譲れない想いがある事は分かっている。

きっと今死んだ魔法少女は、織莉子にとって大切な人だったんだろうと察するのは簡単だった。

 

 

「うそよぉ……!」

 

 

織莉子は震える声で弱弱しく呟き、地面に手をついて蹲った。

もう戦うだけの気力は無い。分かっていたつもりだった。

場合によってはキリカを利用してまで、達成しなければいけない使命があると。

だが、揺ぎ無い勝利のビジョンを描いていた織莉子にとって、これはあまりにも辛すぎる未来だったのだ。

 

目の前には親友の為に世界中の人間を危険に晒す(さやか)

そして織莉子は使命の為に友人を犠牲にしてまで世界を救う正義。

なのに本心を言えば、まどかが羨ましくて堪らない。

そんな感情もまた、戦意を削ぐ要因になってしまのだろう。

 

 

「!」

 

 

だがその時、さやかの目に見知った姿が。

かずみだ。十字架をさやか達に向けて、先端に光を集中させている。

眠らされていたかずみは、タイガペア死亡のアナウンスで目を覚ましたのだ。

だいぶ回復もしており、暴走状態も解除され、今が好機と判断したのだろう。

何故さやかがいるのかは知らないが、どうせ全員殺す道だ。

誰が生き返ろうが同じなのだから、撃てばいいだけ。

 

 

「やば!」

 

 

さやかは指を鳴らすと、まどかを包んでいたマントを引き寄せて装着。

一瞬悩んだが、仕方ないと叫んで織莉子ごと守るようにマントを巨大化させて壁に変えた。

そこへ直撃するリーミティエステールニ。

 

 

「ギリギリ! めちゃ焦った!!」

 

 

だが、かずみの攻撃は終わらない。

レーザーを撃ちつつ前進。ダッシュで距離を詰めると、地面を蹴って思い切り空へ舞い上がる。

 

 

「こんの――ッ!」

 

「うえっ! まじ!?」

 

 

さやかマントは、まどかの結界と違って半透明ではない。マントの向こう側がどうなっているのかまでは確認できないのだ。

かずみはそれを利用して距離を詰めると、マントを飛び越える様にして姿を晒した。

十字架は大剣モードに変えており、コレを振り下ろせば織莉子くらいは殺せると踏んだのだろう。

 

 

「うあ゛ァッッ!!」

 

「な、なに!?」

 

 

焦るさやかだが、かずみが大剣を振り下ろそうとした瞬間、その胴体へ桃色の光が命中して吹き飛ばしていった。

反射的に視線を送ると、光の翼を広げて弓を構えているまどかが見える。

 

 

「ナイスまどか!」

 

「えへへ! さやかちゃんが回復魔法をかけてくれたおかげだよ!」

 

 

サムズアップを送るさやかと、ピースで返すまどか。

だが、まどかはすぐに険しい表情に変わると、一気に空を駆けてマントの向こう側へ。

そのまま飛行し、頭を押えてフラフラと立ち上がるかずみの前に着地した

 

 

「お願い、もう止めてかずみちゃん」

 

「無理だよ……っ! そんなの無理だよ!!」

 

 

かずみは唇を噛み、膝をつく。

どうやら暴走状態のツケが回ってきたらしい。

このままでは意識を失い、戦闘を続ける事ができなくなる。

かずみは撤退の意思を固める。黒いマントを翻して目を眩ませる。

まどかは手を伸ばすが、何も言えなかった。

そしてかずみも既に消えていたところ。残った黒いマントは地面に落ちると、何のことは無く消えてしまった。

 

 

「………」

 

 

まどかは空中に浮遊したまま、悔しげな表情を浮かべて、かずみが消えた場所を見ていた。

しかし彼女もまだ疲労とダメージが残っていたか、翼が消えてしまい地に落ちる事に。

 

 

「わっ! きゃ!」

 

「おっと!」

 

 

しかし落ちた所には既にさやかが待ち構えていた。

まどかを抱き止めると、横抱きにして地面を蹴る。

ココにいる意味はもう無いと判断したらしい。勝負だって、勝ち負けは別として決着はついたろうから。

 

 

「織莉子さんが……」

 

「大丈夫だよ、まどか。あの人はもう……、戦えない」

 

 

戦えない。

その言葉が示すとおり、織莉子は崩れ落ちて動きを完全に停止させている。

さやかは一瞬だけ織莉子を見る。まどかも釣られて織莉子に視線を向けた。

精神が魔力に関わっている部分もある。だからだろうか、織莉子は変身が解除され、すすり泣く声しか聞こえなかった。

 

 

「行こう、まどか」

 

「織莉子さん……」

 

 

声を掛けたほうがいいのか。しかし今のまどかに何を話す資格があろうか。

まどかはまた、肝心な所で迷ってしまう。

だから何も言えずに、小さくなっていく彼女の姿を見詰めるだけだった。

 

 

「大丈夫だよ」

 

 

それを理解しているのか、この親友は。

まどかに微笑みかけて、舌を出す。

 

 

「あんまり考え込んじゃダメ。女の子でもハゲちゃうかもよ」

 

「は、は……!」

 

 

戸惑うまどか。

しかしすぐに、別の意味で戸惑いの表情を浮かべる。

 

 

「ホントにさやかちゃん――、なんだよね?」

 

 

移動中。

ギュッとしがみつく力が強くなる。

さやかはそれを感じて、少し嬉しげに頬を染めた。

 

 

「もちろん! 正真正銘純度100%のさやかちゃんですよ!」

 

 

ニッコリと微笑むさやかだが、またすぐに悲しげな笑みに変わる。

いろいろ、忘れたくても忘れられない。

魔女として覚醒し、意識を失った後は、ずっと黒一色の部屋にいた感覚だったと言う。

 

なにも感じない。

退屈も、疑問も、自分がどうなるのかと言う不安さえも。何もかもだ。

そうしていると一筋の光が部屋に差し込み、光が声を放ったと言う。

その声がキュゥべえの物であると言う事は、ぼんやりとした意識でも理解できた。

 

 

『蘇生の時だよ。美樹さやか』

 

 

蘇生?

さやかは真っ暗な部屋の中で、その単語の意味を思い出す。

つまり生き返ると? そもそも自分は死んでいたのか、などなど。

 

 

『少し特殊なシチュエーションが起こっているから、まずはそれを説明するよ』

 

 

まだパートナー契約を結んでいないさやかは、蘇生された時点で騎士側のパートナーが死んでいると言う具合になっている。

キュゥべえはまず、さやかのパートナーが北岡秀一だと言う事を打ち明けた。

 

 

「センセー……、が?」

 

 

まあ、デスクの引き出しの中にあるデッキを見かけた時から、何となくそうなんじゃないかとは思っていたが、まさか本当にそうだったとは。

驚くのはまだだ。北岡が死んだという事も、それなりには衝撃だった。

契約は結んでいないが、さやかにはマグナギガを呼び出す権利が与えられる。

 

50人を殺し、その命を食わせればマグナギガをゾルダにできる。そして北岡の意識は戻ると。ただしあくまでも未契約のため、それ以外の力は発動できず、さらにマグナギガもサポートを行う事はできない。

 

できる事は本当に目の前にマグナギガを呼び寄せるだけ。

壁にはできるかもしれないが、攻撃をさせることも出来ず、ユニオンも使えないと言うことだ。

 

 

『少しだけ状況を教えてあげるよ。パートナーが死んだ以上、蘇生場所を選ぶ権利が君にはあるからね』

 

 

そう言ってキュゥべえは本当に端的だが、さやかに今の状況を告げる。

戦っている一同の情報。さやかはぼんやりとした頭で、たった一言。

 

 

「まどかの所に行かせて」

 

『わかったよ、じゃあ頑張ってね』

 

「まって……」

 

『?』

 

 

さやかの目に光が戻っていく。

その中で、一つだけ聞きたいことがあるとキュゥべえに質問を行った。

それは自分が蘇生されたのは、北岡がルールを使ったからではないかと。

死んでいく中で、ルールはある程度把握している。頭に叩き込まれたと言うべきか。

 

 

「センセーは、人を……、殺したんだよね?」

 

『そうだね、まああれは事故とも言えるだろうけど。結果は結果さ』

 

「そう……、ありがと」

 

 

何故、北岡が自分を蘇生させるのか、何となく分かった気がする。

約束を破った謝罪って事?

意外と律儀なんだから。

 

 

 

 

 

 

 

「――って、感じかな?」

 

 

こうして、さやかは先ほどの状況に至ったと言う事だった。

何故まどか達が戦っているのかは分からなかったが、まどかが傷ついていると言う点でもう十分だった。

 

 

「なんか、さ。死んでみて冷静になれたんだ」

 

 

色々酷い事を皆に言ってしまった。迷惑を掛けてしまった。

だからせめて、今度こそ意地でも誰かを守りたいと思う。

自分が憧れた魔法少女の姿はヒーローのソレだ。

今更遅い? いやそんな事は無い。

 

 

「もう後悔なんてしたくない。あたしは、友達を守りたい」

 

「さやかちゃん……!」

 

 

それを聞いて、まどかは涙をボロボロと零した。

さやかをより強く、ギュッと抱きしめる。

確かな体温を感じて、まだ涙が零れてきた。助けてくれた感謝もあるが、何よりも申し訳ないと言う意味がある。

まどかも、想いはさやかと同じだ。友達を守りたいと思っていた。

けれど何かも上手くいかない。自分の事だって。他人の事だって。

 

 

「ごめん……! 仁美ちゃんと学校の皆が! ゆまちゃんだって――ッッ!!」

 

「ッ! そっか……。辛かったね」

 

 

まどかは『死』と言う表現を避けたが、さやかはしっかりと理解してくれたようだ。

仁美も、ゆまも、ちゃんと話をしたかったのに。

それはもう叶わないのか。

 

 

「でも正直――、さ。最悪の結末ってのを考えちゃってた」

 

「……っ?」

 

「みんな死んじゃってて。あたし以外はヤバイ奴らばっかとか? だはは……!」

 

 

でもキュゥべえがまどかの所に蘇生させてくれると――。

つまり、まどかがまだ生きていると知る事ができた。

その時の安心感と、嬉しさといったら。計り知れない物があった。

 

 

「まだ生きててくれたって。本当に嬉しかった」

 

 

さやかは照れくさそうに目を逸らす。

そこでまどかはハッとして、先ほどの言葉を思い出した。

さやかは過去の事で、まどかが怒っているとか、軽蔑しているとか考えている様だ。

だから違うと言わなければ。

 

 

「わたしは、さやかちゃんの事! ずっと親友だって思ってる!」

 

「ほ、本当? サンキュー! 良かった。正直、ちょっと不安だったんだ」

 

「わたしが、さやかちゃんの事嫌いになる筈ないよぉ」

 

「え、えへへ」

 

 

さやかはまどかを見ると、ニッコリと笑う。

まどかとしても、同じくらい嬉しいのだが、不安もある訳で。

それは自らが絶望の魔女だと言うこと。それがどうしたと言ってくれたが――、やはり気になる所なのだ。

 

 

「分かってる? さやかちゃん。わたし魔女になったら世界を壊しちゃうんだよ」

 

「ちょいちょい。さっきも言ったでしょ? アンタが何者だって関係ない。あたしの親友である鹿目まどかには変わりないんだから」

 

 

もうこれ以上、失いたくない。

さやかの言葉に、まどかは申し訳なさを覚えつつも笑みを返した。

嬉しい。とっても嬉しい。とってもとっても嬉しかった。

さやかの言葉は、まどかにとって何よりも大きな希望だった

 

するとさやかの目に、爆発や飛び散る火花が見えてくる。

説明を行うまどか。あそこでは龍騎達が戦っている筈だと。

 

 

「どうしたい? まどか」

 

「決まってるよ。止めたい。わたしはその為に戦ってるんだもん」

 

「うむ。では行きますかッ!」

 

 

さやかはニヤリと笑い、そのスピードを速めた。

そして思い切り息を吸い込み、思わずまどかの目が点になるくらいの大声で、力強く叫んだ。

 

 

「ちょっと待ったァアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蓮! 分かってるのかよお前は!」

 

「お前もしつこいな! 俺は戦う道を歩むと決めた!」

 

 

ナイトの剣が龍騎のドラグセイバーを弾き飛ばし、胴体に黒い一閃を刻む。

飛び散る火花を振り払う様に、龍騎は身を乗り出してナイトの剣を掴んだ。

オーディンが何故か消えて、リュウガや王蛇もいなくなったフィールドではあるが、戦いが終わる事はなかった。

 

ナイトは次の標的をいよいよと龍騎に変えて、剣を振るってきたのだ。

龍騎もナイトを止めようと必死で食い下がるが、そう簡単にはいかない。

 

そして問題はそれだけではない。

リュウガのカードによって、イルフラースを制御しきれなかったサキが、今度は杏子に狙われる。

 

ファムもなんとかしてサキを守ろうとは思うのだが、足を怪我しているし、ブランク状態と言うのが辛い所だ。サキの前に出ても、杏子が軽くいなしただけでファムは転んでしまう。そうしている間に杏子はサキに距離を詰めて刃を振るっていく。

 

 

「グアァアア!!」

 

 

地面を転がるサキ。

杏子は余裕の笑みを浮かべて槍を構え、ポッキーを齧っていた。

むしろ槍に手を掛けて気ダルそうにゆっくり回ったり、首だけ反ってサキを見たり、余裕のそれである。

 

 

「サッパリしただろ? まあまあ気分いいから、お代はタダでいいよ」

 

「グッ! ガハッ!」

 

 

伸びきっていた髪が、切られて辺りに散乱している。

サキの髪は現在、セミロングほどにはなっているだろう。

しかし同時に、身体にも多くの傷が見えた。

 

イルフラースを操りきれなかった代償は重い。

サキはもうまともに動くことができなかった。かろうじて立っているだけの彼女に攻撃や防御ができるものか。

一方的な暴力。刻まれていく杏子の刃。赤い服だからあまり目立たないが、サキの全身から血が滲んでいた。

 

 

「アンタとは本気で殺り合ってみたかったけどさ。意外と抵抗できない相手を刻むのも悪くないんだよね」

 

「グッ! くうっ!!」

 

 

多節棍を振り回してサキを連続で殴打していく杏子。

ケラケラと笑う声を聞いて、龍騎はすぐにサキを助けに向かおうとするのだが、そうするとナイトが剣が伸びて背中を切り裂いた。

 

 

「相変わらず甘いな、城戸!」

 

「甘い事の何が悪いんだよ! お前もッ、さっきの声は聞いただろ!!」

 

 

タイガペアの死。

まただ。また戦いを止めたいと願う中で、人が死んでいく。

 

なぜ人が死ぬ?

なぜ誰も戦いを止めない?

分かっている。お前らがその気なら、意地でもコッチが止めなければならないのだ。

 

 

「サキが危ない!」

 

 

ファムが叫んだ。

すると、返事が聞こえた。

大きな声だ。誰の耳にも嫌でも入ってくるくらいの、自己主張が感じられる。

 

 

「ちょっと待ったァアアアアアアアアアアア!!」

 

「「「「「!」」」」」

 

 

なんだ?

一同がその方向を見ると、そこには凛とした表情の美樹さやかが見えた。

さやかはまどかを横抱きにしたまま、呆気に取られる一同の中心地点に降り立つ。

 

 

「ほい、まどか。気をつけて」

 

「うん。ありがとう!」

 

 

まどかを地面に立たせてると、さやかは目を光らせて辺りを見回す。

 

 

「なるほど、なるほど! はいはい、そういう事ね!」

 

 

さやかは腕を組んで大きく頷くと、そのままゆっくりと頭を斜めに向けた。

 

 

「ど、どう言う状況?」

 

 

タハハと笑う。

格好つけて乱入したはいいが、どういう状況なのかが全く分からない。

とりあえず移動中にまどかが説明してくれたが、知らない騎士がチラホラと。

 

 

「さ、さやかちゃん!?」

 

「生き返ったのッ!?」

 

「お、城戸の兄貴! それにその声は霧島の姐さんじゃないですかぁ!」

 

 

フムフム、そうかそうかと、さやかは軽い調子で頷く。

だいたい分かった。となれば今、やるべき事は――!

 

 

「そこのアンタ、サキさんから離れろ」

 

「……!」

 

 

ドスッと音を立てて地面に突き刺さるサーベル。

それはサキと杏子を隔てる一閃だった。ニヤリと笑い、首を回す杏子。

 

 

「随分懐かしい奴がまた現われたモンだね」

 

 

しかし杏子は全く怯んでいなかった。

まあ当然か。前回の結果が物語っている。

 

 

「足りないんだよなァ、アンタじゃ、何もかも」

 

「なら、試してみる?」

 

 

睨みあう二人。

その間にまどかは走り、サキとファムを連れて杏子から離れていった。

足に傷を負っているファム。全身に傷を負っているサキの手を引いて、安全な場所まで移動させると、まどかはローシェルヒールを発動した。

回復の天使がファムペアを包み込むように温かな光を放つ。

さらにまどかはニターヤーボックスを発動。箱で自分達を囲み、完全な防衛を整え治療を続ける。

 

 

「さやかちゃ――」

 

 

しかし同じくして、またも叫び声。

龍騎とナイトが其方をみると、ベノダイバーに乗ってコチラに向かってくる王蛇が見えた。

 

 

「マジか……!」

 

 

うんざりした様子の龍騎。

一方で王蛇は龍騎達を見つけると、ベノダイバーから飛び降りて有無を言わさずベノサーベルを振り回してきた。

 

 

「誰でもいいッ! 俺と戦えェエエエエエエエエッッ!!」

 

 

王蛇は北岡の件が相当頭にキテいる様だ。

そう言った意味では北岡の作戦は成功なのだろうが、それが原因で王蛇の力は極限にまで高まっている状態。残されたものはたまったものじゃない。

 

王蛇はまず近くにいたナイトをターゲットに決めた。

盾がわりにしたダークバイザーを叩き割る様にしてサーベルを振るう。

なんて力だ。ナイトは痺れる手を感じつつも、王蛇に対抗しようと試みた。

 

 

「!」

 

 

が、しかし王蛇は冷静な部分も持ち合わせている。

カウンターを狙ったナイトの回し蹴りを、しっかりとバックステップで回避したと思えば、一気に踏み込んでドロップキックを繰り出してみせる。

後ろに引いたと思ったら前に飛んできた。対処できずに吹き飛んでいくナイト。

龍騎は蓮の名を呼びつつも、向かってくる王蛇を倒すべく拳を握る。

 

 

「………」「ハハハッ!!」

 

 

一方睨みあう杏子とさやか。

しかし王蛇の咆哮を合図にして、杏子が動き出す。

 

 

「なに? 勝てるとでも思ってんの、アンタ?」

 

「………」

 

「正直、弱すぎて記憶に残ってないんだよね」

 

 

杏子は槍を構えて、ゆっくりとさやかへ近づいていく。

対してさやかもサーベルを構えて、二刀流のまま杏子へと近づいていく。

さやかが思い出すのは苦い敗北の味だ。しかし今の自分は違う。そう思いたかった。

だから無理やりにでも自信を笑みを浮かべて足を進めていった。

 

 

「勝つよ、今回は。だって――!」

 

 

一瞬だけ、さやかは後ろを見た。

まどかとサキ、ファムが遠くに見える。

気づけば自然と笑みが零れた。風になびく白いマントが、魔法少女の衣装によく似合っている。どちらかと言えば、騎士に近いデザインではないか。

 

 

「あたしの後ろには、絶対に守らないといけない人がいるから!」

 

「くはッ! クセェなお前!」

 

 

杏子の目にギラリと濁った殺意が宿る。

 

 

「面白いッ! だったらその後ろの奴を目の前で殺してやるよ!!」

 

 

ダンッと足踏みを行うと、まどかのいる場所に異端審問が発動される。

幸いニターヤーボックスによって全面防御を行っているため、槍は結界に塞き止められるが、振動は感じる。

これが連続で来れば、まどかの結界とて破られてしまうだろう。

さやかは大きく息を吸うと、歯を食いしばって地面を蹴った。

 

 

「ハァアア!!」

 

 

まずは手に持ったサーベルを投擲する。

二つの剣は風を切り裂きターゲットに向かうが、杏子はなんの事なく身体を捻って、槍の柄で剣を弾き落とした。

ならばと、さらに追加で剣を投擲する。

しかし杏子は身体を回転させ、槍の柄や刃で向かってくる剣を弾き飛ばす。

 

 

「よゆー」

 

 

いや、確かにサーベルは弾かれたが、距離は十分詰める事ができた。

さやかはスパークエッジで剣を強化すると、それを杏子に振り下ろす。

流石にコレは真っ向から防ぐしかないと踏んだか。杏子は槍を盾にして、さやかの剣をしっかりと防御する。

 

 

「甘い!」

 

 

だがさやかが振り降ろしたのは左手に持ったサーベル。

つまりまだ、右手に持っているサーベルがある。

それを上から下ではなく、右から左へ振るって杏子の胴体を狙った。

確かに一見すれば隙だらけの胴体に見えただろう。

さやかの狙いは悪くは無い。だが杏子はニヤリと笑ってみせる。

 

 

「そっちがな!」

 

「!」

 

 

杏子は槍を『折る』と、左手にある柄の部分で剣を受け止めた。

彼女の槍は多節棍。こういう芸当も可能なのだ。

呆気に取られるさやかと、後ろに引きつつ身体を回して多節棍を振り回す杏子。

するとその勢いでさやかの身体に多節棍が巻かれていく。

 

 

「うあッ!」

 

「おいおい! 前回から何にも成長してねぇな!」

 

 

遊ぶ価値も無い。

杏子は冷めた笑みを浮かべると、多節棍を強く縛り上げてさやかの体をがんじがらめにする。前回と全く同じだ。後は適当に振り回して、地面に打ち付ければ終わり。

しかしたった一つ、前回と変わっているところがあった。

それはただ一つ。さやかの表情が絶望には染まっていないと言う点だ。

 

 

「悪いけど、そうはいかない!」

 

 

しっかりと笑みを浮かべる。

心を落ち着けろ。F・Gに、恐怖に呑まれなければ活路は開かれる。

さやかの脳裏に焼け付くマミの姿。

 

 

(そうだ、あたしはマミさんの一番弟子ッ! 今まで何を教わってたの!)

 

 

その想いがソウルジェムに呼応し、美しい青の光を放つ。

 

 

「シューティングスティンガー!」

 

「何ッ!?」

 

 

さやかが叫ぶと、何も無い空間から剣が三本出現。

まるで意思を持ったように、ひとりでに風を切って移動する。

剣は飛び、さやかを縛り上げていた鎖を切断すると、次は剣先を杏子に向けて移動を開始した。

 

 

「チッ!」

 

 

杏子は回し蹴りで一本目を吹き飛ばし、素早く新たな槍を召喚して掴み取る。

迫る剣を一度地面を転がって回避し、立ち上がると槍を振り回して追尾する剣を叩き壊した。

 

一方でその隙に、さやかはマントに魔力に送って刃に変えると、残りの多節棍を全て振りほどく。

さらにマントを切り離すと、ブーメランの形に変えて、思い切り杏子へと投げ飛ばした。

くの字に変わったマントは、風を切り裂きながら杏子のもとへ飛んでいく。

 

 

「おウッりゃぁああああああああああ!!」

 

 

先ほどのシューティングスティンガーは遠隔操作した剣を操る魔法である。

さやかがマミから学んでいたのは、武器を遠隔操作する方法である。

前回の戦いではパニックや恐怖に心が押し潰され、実力の半分も出せなかった。

いやあれが実力だったのか。しかし今は違う。

変な話ではあるが、死んでみて分かる境地があった。一度死んださやかはどこか冷静だ、心を落ち着けて、自らの魔力を高めていく。

 

 

「ウゼェな! こんな物すぐに切り裂いて――!」

 

 

杏子が迫るブーメランを槍で切り裂こうとした瞬間、さやかはマントの硬化を解除して布に戻した。しかし言うてコレは魔法の布だ。槍の刃でも切り裂く事はできず、さらに布を巨大化させて杏子を包み込んだ。

 

 

「なっ!」

 

「お返しってね!!」

 

 

真っ白に染まる杏子の視界。

すぐに覆いかぶさったマントを引き剥がそうとするが、中々うまく行かない。

それもその筈。マントは杏子を包み込もうと抵抗している。

拘束魔法を司るマミに教えてもらった技だ。そう簡単に引き剥がされてたまるかと。さやかは鼻を鳴らす。

 

だが考えてみれば皮肉な物だ。マミの弟子と弟子が殺しあう事になるとは。

そして杏子もイライラが力に変わるタイプである。

強引な力技でマントを引き千切ってみせた。

だが、解放される杏子が見たのは、言葉を失う光景であった。

自分の周りを三百六十度、どこを見てもサーベルだらけではないか。

無数の剣が、文字通り空中に浮遊して杏子を狙っている。

 

 

(そうか、動きを止めたのはこの準備をする為ってかッ?)

 

 

全ての剣先が杏子を狙っている。

さらに杏子は見る。少し離れた所に、剣が何本も重なっている。

柄頭の部分に刃を置いて、それが重なって剣のタワーになっていた。

細い刃なのにも関わらず、剣同士はピッタリと重なっており、その頂点の柄頭にはさやかが立っていた。

マントは既に再生しており、剣を重ねただけの不安定なタワーはグラつく事も無く。

さやかは、しっかりと杏子を見下していた。

 

 

「なるほどねェ。確かに前回とは違うな――ッ!」

 

 

杏子は笑みを浮かべているが、額には確かに汗が滲んでいた。。

剣は――、100? いや200以上はあるだろうか?

それら全てが、さやかの合図を今か今かと待っている様だ。

ならばと、さやかは指揮棒の様に持っていた剣を振るい、杏子へ自らの力を証明する。

 

 

「あたしの剣はどこにでも届く!」

 

 

剣を振り下ろすさやか。

すると連動する様にして、全ての剣が一勢に標的目掛けて動き出した。

 

 

「スプラッシュスティンガー!!」

 

「ウォオオオオオオオ!!」

 

 

杏子は地面を叩いて、自らの周りを囲む様にして巨大な槍を何本も出現させる。

槍はまるで壁の様に杏子を守り、そこへ否応にも無く突き刺さっていく無数のサーベル。

厚い槍の柄は、まさに鉄壁だ。その防御層を破る事はできず、剣は突き刺さるだけで貫通とまではいかない。

 

一部の剣は、槍の上から杏子の脳天を狙おうと試みるが、槍達は刃をくっ付けて天井の役割を果たしている為、上から降ってくる剣も弾かれていく。

しばらく時間が経った後、全ての剣が大型の槍に突き刺さる形で終わりを迎えた。

 

 

「耐え切ったか。案外余裕だったな」

 

 

杏子と笑みを一つ。だがここで微かに感じる震え。

 

 

「なんだ――?」

 

 

未だ槍の内側にいるため、確認が後れた。

槍に突き刺さっている剣達が、一勢に淡い光を浮かべ始めたのだ。

マミはリボンを媒体に銃を作った。そしてソレはさやかも同じだ。

 

 

「風よ爆ぜろッ! 嵐を起これ!!」

 

「はッ!?」

 

「グランディオーソッッ!!」

 

 

突き刺さった剣は『風』を媒体に形成されたもの。

その剣達が一勢に『元の姿』に還る。

凄まじい風のエネルギーはまさに嵐その物だ。

その力は杏子の槍を破壊するに至るほどだった。

 

 

「そんな馬鹿な!」

 

 

なんて破壊力だ!

杏子は思わず声をあげて否定を行う。

しかしコレは現実。そして砕けた槍の破片を身に受けながらも、さやかは杏子の目の前まで移動を行っていた。

早い。風を纏っているからか、スピードが以前とはまるで違っている。

刹那、さやかは思い切り剣を杏子の胴体に叩き込んだ。

 

 

「ウオォオッ!!」

 

「ぎッ!」

 

 

胴薙ぎの要領で剣を押し込むさやか。

スパークエッジの力で、剣が美しい青光の軌跡を描いた。

さやかはそのままスピードと風に乗り、一気に杏子の身体を切り抜く!

 

 

「ぐあぁああああ!!」

 

 

地面に倒れる杏子と、走りぬけるさやか。

踵を返して剣を構えなおすと、青の残像が美しい光を残す。

嫌な流れを感じて、杏子ギリギリと拳を握り締めて思い切り地面を叩く。

 

まさか、あんな雑魚に傷を負わせられるなんて。

屈辱以外の何物でもない。杏子は唸り声を上げて立ち上がると、槍を両手に構えて走り出した。

一方でマントを翻すさやか。サーベルを二刀流に構えると、杏子をまっすぐに睨んで走り出す。

 

 

「ウラァアアッッ!!」

 

「フッ! ハァア!!」

 

 

赤い閃光と、青い閃光がぶつかり合う。

次々と縦横無尽に繰り出されていく杏子の攻撃。

槍での斬撃、打撃、そして多節棍モードでの攻撃は、自在に曲がる蛇の様に。

 

しかし、さやかもまた持ち前のスピードでしっかりと対処していく。

思い出すのはマミとの特訓だ。相手の攻撃を見極める事が大切なんだと教えられた。

だからこそ目を凝らし、迫る槍を剣で打ち弾いていく。

 

 

「あァァッ! イラつくな雑魚のクセに! アタシの攻撃についてきやがって!」

 

 

その時、さやかは急に一回転。

するとマントが刃となって杏子の槍を弾き飛ばした。

それなりの威力だったのか、槍は大きくさやかから反れ、隙が生まれる事に。

 

 

(まずいッ!)

 

 

杏子はすぐに蹴りで対応しようと試みるが、さやかのスピードがそれを許さない。

 

 

「それはコッチの台詞! あたしの剣に、ついてこられるッ!?」

 

 

大地を踏みしめ、ありったけの叫び声と共に無茶苦茶に剣を突き出していく。

残像が見えるほどの連続突き。杏子も対応しようとするが、さやかのゴリ押しが勝ったのか、遂に真正面からの直撃を許してしまった。

 

 

「ガガガアァ!!」

 

 

飛び散る鮮血。

最後にさやかは剣を重ねて横に思い切り振るう。

青の巨大な一撃が、赤をかき消して吹き飛ばしていった。

地面を転がり苦痛の声を漏らす杏子。格下と見下していた相手に攻撃を受け、地面に倒された?

 

 

「なんだと……! このアタシが、あんな雑魚に――ッ!?」

 

 

自分の攻撃でビクビク震えていたアイツに押し負けた?

杏子は腸が煮え繰り返る思いで再び走り出す。

だがもう今は完全にさやかのペースだ。マントで杏子を翻弄しつつ、迫る槍を的確に剣で弾き返し、僅かな隙もそのスピードで突いていく。

 

 

「ぐあぁ! ――ッ! ウラアァアァア!!」

 

 

しかしただではやられないのが佐倉杏子である。

剣を受けながらも異端審問を発動して、さやかの足元に槍を生やしていく。

しかしさやかはバックステップで槍を全て回避し、剣をレイピアタイプに変えて投げた。

細い刃は、並んでいる槍の僅かな隙間を通りぬけ、杏子の肩に突き刺さった。

 

 

「うぐッ! ガァッ!」

 

 

杏子は衝撃から、血を撒き散らして回転する。

その時間をさやかは見逃さなかった。

ダッシュで距離を詰めると、十字状に剣を振るって杏子へクロスの傷を作る。

 

 

「ガハッ!」

 

 

さらに斬り際、杏子の周りに五本程度の剣を浮遊させておいた。

それらの剣がトドメにと、一気に杏子の体へ突き刺さっていく。

防御力を強化しているため、剣はすぐに杏子の身体から弾かれるが、ダメージは確かに与えた。杏子の身体から滴り落ちている血がその証拠だ。

 

 

「クッッソが――ッ!!」

 

 

そして杏子の目の前に、気づけばさやかが拳を構えて腰を落としていた。

 

 

「は!?」

 

「今までよくもやってくれたな!」

 

「ぐッ!」

 

「お返しだァアアア!!」

 

 

杏子の頬を抉るさやかの拳。

杏子はきりもみ状に吹き飛び地面を擦る。

少しスッキリした表情のさやかと、ポカンとしながら空を見上げる杏子。

 

 

「……は」

 

「?」

 

「ははっ! ハハハハハハ!!」

 

 

なぜ殴られて笑う? さやかは苦い顔を浮かべて固まった

杏子は自分から流れ出る血液と、頬の痛み。そして自分に刻まれた十字状の傷を見て笑みを浮かべていたのだ。

虫けら以下と思っていた美樹さやかにやられるのは屈辱的ではあったが、これだけ傷を作られればそれはもう偶然ではなく必然。

つまり美樹さやかの実力だ。

 

 

「やるじゃん。ちょっと見直したよアンタ」『ユニオン――』

 

「!」

 

 

立ち上がる杏子の周りに現われる三体のミラーモンスター。

ベノダイバー、ベノスネーカー、ベノゲラス。

彼等は杏子に吸い寄せられる様に消えて、ユニオンの言葉で一つになる。

ユナイトベント。杏子はジェノサイダーと合体すると、神殺しの槍、ロンギヌスを構えて歩き出した。

 

 

(ッ、明らかに雰囲気が変わった……)

 

 

さやかは本能的な恐怖を感じて、喉を鳴らして後退してしまう。

だが攻撃しなければ。さやかは再び走り出して、まずは剣を投擲した。

すると杏子は簡単に弾いて前進してくる。ならば直接と剣を突き出すが――

 

 

「アァァァ」

 

「!?」

 

 

杏子は片腕でさやかの剣を掴むと、直後力を込めて粉々に砕く。

 

 

「んなッ! そんなのってアリ!?」

 

 

仮にも魔法で作った剣なのに素手で砕かれるなんて。

 

 

「どうした? 来ないのかよ?」

 

「うっ!」

 

 

動く杏子。

さやかの本能が回避を選択、思い切り後ろへ跳んで逃げて行く。

杏子は呆れたように笑みを浮かべると、手を前に突き出した。

するとそこへ発生する小さなブラックホール。

何が来る? さやかはマントを広げて防御の準備を行う。

すると後ろの方で、まどかの叫び声が聞こえた。

 

 

「後ろだよ! 逃げてさやかちゃん!!」

 

「!」

 

 

声を受けて、さやかは反射的に身体を反らす。

すると肩に激痛が走った。飛び散る血液、杏子のロンギヌスが確かに肩に突き刺さっているではないか。

 

貫通している槍。

どうして? さやかが杏子を見ると、そこにはブラックホールの中に槍を突き入れている彼女の姿があった。

そして後ろを見ると、小さなブラックホールと同型のホワイトホールが存在しており、そこから槍が伸びていたのだ。

 

つまり空間を跳躍して攻撃を仕掛けてきたと言う事。

なんて厄介な! しかも防御力のあるマントを貫通しているじゃないか!

さやかは走り出して強引に槍を引き抜くと、杏子の方へと足を進める。

近づかなければマズイ、そう判断したのだろうが、異端審問がその道を防ぐようにして発動された。

 

強化体での異端審問は、発動後地面から離れて上空に発射される。

発射された槍は、先ほどのさやかの剣と同じく、ひとりでに動いてさやかを刺し貫こうと追尾を開始した。

走るさやか。しかしそこに気を取られていると、ホワイトホールに気づけない訳で。

 

 

「うあ゛ッッ!!」

 

 

足を槍に貫かれて、さやかは地面に倒れる。

回復魔法がある為、どれだけ傷を受けてもすぐに完治できるが、槍が足に突き刺さったままではいくら回復させてもすぐに傷を負ってしまう。

武器を抜かなければ。そうしていると、さやかの周りに続々と槍が集ってくる。

杏子はそこであえて槍を停止させた。死刑宣告を行うためだ。

 

 

「お返しだ。さやか」

 

「……杏子。名前を覚えててくれたんだね。感激」

 

「ああ、じゃあな」

 

 

指を鳴らす杏子。

それを合図にして槍はさやかに降り注ぐ。

 

 

(うわ~! あたしせっかく蘇ったのにもう退場!? ごめんセンセーッ!)

 

 

間抜けな最期。

まあ、らしいちゃらしいか。

さやかはギュッと目を閉じて、くるべき苦痛を覚悟する。

ソウルジェムを操作すれば痛みは感じないが、なんとなくそれは気が引けたから止めておく。

痛みは一瞬、一瞬だから――ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガキンッッ!!

 

 

「!」

 

「……ッ?」

 

 

ガガガガガと何かが何かにぶつかる音がする。

何だ? 音が気になり、さやかは薄目を開けた。

すると自分を囲む様にして、ドーム状の結界が張られているのが見えた。

降り注ぐロンギヌス達はその結界を貫く事ができずに弾かれ、次々に消滅していく。

ポカンとするさやか。結界の色は桃色。と言う事は?

 

 

「チッ!」

 

 

舌打ちを放つ杏子。

すると直後、天を切り裂き降り注ぐ白き雷。

杏子も反応はするが、避ける事ができずに直撃を貰ってしまう。

 

 

「ぐゥう!」

 

 

迸る電撃を振り払いながら杏子は目を細めた。

前を見れば、さやかに駆け寄る目障りな連中が二人。

浅海サキは鞭をコチラに向けていい殺気を放っている。

もう一人。鹿目まどかは、さやかの足を貫いている槍に手をかけている所だった。

 

 

「ちょっと痛いよ、我慢してね!」

 

「え? あ、ちょ!」

 

「えいっ!」

 

「おう゛ッ! くぅ~! まどかって結構エスッ気あるよね」

 

「え? あ、ごめん……!」

 

 

杏子が走り出そうとすると、サキがまどか達を庇う様に立った。

どうやらまどかの回復が間に合ったらしい。

さやかもまた自己回復で傷を一瞬にして治療すると、剣を構えて横に並び立つ。

正面左から、さやか、サキ、まどかの順に並び立つ。

 

 

「奴は危険だ。三人で止めるぞ!」

 

「おっけーサキさん。まどかは後ろでサポートお願い!」

 

「うん、皆はわたしが守るからね!」

 

 

武器を構える三人を見て、杏子は両手を広げ上機嫌に笑う。

いいタイミングだ。やはり戦いは死ぬ可能性を孕んでなければスリルが足りない。

それに杏子としては、まどか、サキ、さやかの三人特に殺したい所だ。

先ほどの戦いで、さやかも弱い訳ではないと言う事が分かった。

コレは十分楽しみたい所である。

 

 

「来い。お前らのちっぽけな友情ごと、ズタズタに引き裂いてやる」

 

 

まどかは後ろに跳びながら弓を引き絞り、さやか達は武器を構えたまま地面を蹴った。

そしてサキが回復したと言う事は、だ。

離れた所もまた、同じ様な状況が。

 

 

「いい? よく聞きなさいよ蓮!」

 

 

王蛇と揉め合いつつも、ナイトは龍騎を攻撃しようと試みる。

しかしそこへドロップキックで跳んできたのはファムだ。

龍騎とナイトを同時に跳ね飛ばすと、アドベントを発動して王蛇をブランウイングの羽ばたきで吹き飛ばす。

ただしこんな物は気休めでしかない。

ファムはその僅かな時間でナイトを説得しようと言うのだ。

 

 

王蛇(アイツ)はヤバイ! それはアンタだって分かるでしょ!?」

 

 

だったら取るべき道は一つだ。

 

 

「まずは私達が協力して、アイツを何とかするしかないの」

 

「俺に馴れ合いと言うのか!」

 

「いや今だけでいいから! それに馴れ合えって言ってる訳じゃない!」

 

 

王蛇はナイトにとっても邪魔な存在だろう。

そしてファム達にとっても王蛇は邪魔、だったら利害は一致してる。

王蛇を戦闘不能にした後、煮るなり焼くなり好きにすればいいだけ。

デメリットなんて無い。王蛇を弱らせる為に一時的な共闘を結ぶだけ。

その後で殺したいのなら殺せばいい。

 

 

「お、おい! 俺は認めないからな! 殺すなんて絶対に――」

 

「アンタは少し黙ってろ!」

 

「あごっ!」

 

 

ファムは頭突きで龍騎をダウンさせる。何でだよ! 叫ぶ龍騎の声はまるごと無視した。

龍騎もライアとの戦いで体力を消耗しているし、ファムだって歩けるようにはなったが、絶好調とはいえない。

ましてや龍騎は甘い、甘さは弱さ。たとえそれが王蛇であっても発揮されてしまうものだ。

向こうはそんなに甘くない。だからこそファムは力強く叫んだ。

 

 

「今ッ、私達に拘る意味なんて無いだろ! 特にコイツなんかいつでも殺せる、コイツなんか」

 

「……え?」

 

 

足でツンツンと龍騎を指し示すファム。

ナイトは少し苛立つ様にしながらも、ファムの言いたい事は理解する。

確かにこの状況で一番目障りなのは王蛇である事は変わりない。

 

 

「恵里の為にも、頭を使いなさいよ!」

 

「ッ! 勝手にしろ!」

 

 

それがスイッチだった。

ナイトは渋々納得したのか。ファム達と手を組んで王蛇を狙う事を了解したようだ。

しかし馴れ合いの意思は無いと、勝手に走り出す。

ファムはヤレヤレと首を振った後に龍騎に手を差し伸べた。

 

 

「なんだよ! お前酷いぞ!」

 

「仕方ないじゃん、半分本当の事なんだから」

 

 

まあしかし、やはりナイトにとって恵里の存在は大きすぎる様だ。

言い包めるのも簡単だが、逆にこれからの事を思うと頭が痛くなる。

おそらくもうファムでは無理な段階に達している気がした。

本当の意味で根本から蓮を変えられる人物がいるとすれば――

 

 

「アンタだよねぇ、多分」

 

「何の話だよ?」

 

「いやいや。さあ、私達も王蛇を倒すよ」

 

 

ナイトが王蛇を殺そうとしたその時にでも止めればいい。

正直ファムとしては王蛇を生かすのは反対だが、そう言っても仕方ない。

戦いを止めると決めた以上、どんな奴だろうとも命を失ってはいけないのだ。

龍騎とファムは頷きあうと、自分達も王蛇を倒すべく走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ」

 

「………」

 

 

さやかとサキは杏子を挟む様にして位置を取った。

右にさやか、左にサキ。杏子は素早く状況を整理する。

美樹さやか。典型的なスピードタイプだが、遠隔操作の剣といい、テクニカルな部分も持ち合わせている。

 

浅海サキは素早い上に、電撃にはスタン効果があり、一度受けると動きが鈍ってしまう。

体術もそれなりにこなし、何と言ってもイルフラースを使われれば杏子でも対処ができるかどうか。

 

しかし、サキはもう既にイルフラースを制御できずに失敗している。

おそらく連発使用はできないと見ていい。

となれば――

 

 

(やっぱ先に狙うのは鹿目まどか!)

 

 

遠くの方で弓を向けているまどかへ、異端審問を発動する。

もちろんまどかとて注意を払っているのだから避ける準備はしているだろう。

だが驚くべきはその範囲だ。まどかが立っている所だけではなく、その周辺に大規模な光が展開していく。

 

まずい!

まどかは一度ジャンプを行った後、下方向に盾を出現させて発射されていく槍を受け止める。ガガガとうるさい音を立てながら、盾にぶつかっていく槍。

ロンギヌスはそれなりに威力があり、まどかも対抗するには当然それだけの魔力を盾に供給しなければならない。

 

まどか達が持っていたグリーフシードは全部で三つ。

それぞれ魔法少女が一つずつ持つ事になっていた。

しかし数はそれだけだ。つまり今回全部使ってしまうと、ワルプルギスの夜に使う分や、他の日に使う分がなくなってしまう。

 

とは言え、目の前にいる杏子は決して油断できない相手。

ましてや、まどかは絶望してしまえば色々な意味で終わる。

 

 

「サキお姉ちゃん! グリーフシード使うね!」

 

「ああ! 仕方ない!」

 

 

グリーフシードが浄化できるのは一個で二回程度。

まどかの持っている物は一度浄化済みである為、使用した瞬間に粒子化する。

コレはキュゥべえの元に送られるのだ。

一方で動くサキとさやか、まどかが狙われるのは何としても避けたい。

 

 

「ハァ!」

 

「フン!」

 

 

雷を纏ったサキの右手を、杏子は左手で難なく受け止めた。

そして後ろから斬りかかってくるさやかの剣を、残った右手で掴み取る。

サキは目を細め、残っている左手で杏子の腕を掴むと、飛び上がる。

 

 

「!」

 

 

腕ひしぎの様に、サキは足で杏子の腕を絡め取る。

さやかもピンときたのか、サキのマネをして思い切り身体を反らせた。

さらにサキは鞭を使って拘束を助長。杏子は両手を広げて、胸を反らせる姿勢になる。

もちろん抵抗しようとする杏子だが、サキがありったけの電流を放って彼女を妨害していく。腕を取り、胴を晒す。それは大きな隙になるのだ。

 

 

「グゥウッ!」

 

「さやか! 少し我慢しろ!!」

 

「お、おっけー! さやかちゃんは頑丈だけが取り柄ですから……ッ!」

 

 

回復魔法を発動して電流のダメージを消していくさやか。

 

 

「今だ! まどか!!」

 

「……へぇ!」

 

 

杏子の前には、地面を転がりつつ弓を向けているまどかが。

トゥインクルアロー。魔法で強化した弓矢を発射、がら空きの胴体を狙う。

なるほど狙いは悪くない。だがしかし杏子は冷静だった。

彼女の前に現われるのは小さなブラックホール。

 

 

(ノーモーションで出せるのか!)

 

 

サキが焦りを感じた時には、既にまどかの放った矢がホワイトホールを経由してサキの背中に命中している所だった。

 

 

「うッッ!!」

 

「サキさん! ぐがっ!」

 

 

こんな時に剣を召喚してサポートでもできればいいのだが、さやかはまだまだ未熟な魔法少女。そこに気が回らず、ただサキの名前を呼ぶだけしかできなかった。

そうしていると杏子は両手を叩き合わせる様にしてサキとさやかをぶつけて怯ませた。

その後、地面に叩きつけて拘束を引き剥がす。

 

気になるのは杏子を縛っていたサキの鞭。

それはなんと、杏子のポニーテールが刃となって切り裂いたのだ。

 

杏子は現在、ジェノサイダーの頭部を模した帽子を被っている。

赤く長いポニーテールは、ベノダイバーの尻尾で縛られて細くなっているが、それを鋭利な刃物として使用できるのだ。

髪の毛が刃に変わるなど予想できるはずも無い。

結果、サキとさやかは地面に引き倒されて大きな隙を晒す事に。

 

 

「死ね!」

 

 

杏子は楽しそうに笑いながら両手に持った槍で二人を突き殺そうとする。

しかしそこで倒れた二人を守るようにに桃色の結界が。

ガキンと大きな音がして、砕けるロンギヌスの刃。サキとさやかは、「しめた」と目を光らせて地面を転がり、杏子から距離を取っていく。

 

 

「チィイ! 鹿目ェ!」

 

「ハァッ!」

 

 

まどかは再び遠距離からの射撃を。

だが当然杏子も反応しており、自分の所へ来る光の矢をブラックホールで吸い込んだ。

このブラックホールは王蛇のファイナルベントであるドゥームズデイの時の物とは違って小規模場もので、人を吸い込んで直接殺すと言う事はできない。

しかし迫る攻撃に対してはほぼ無敵の効力を発揮する。いかなる攻撃も吸い込んで、ホワイトホールから排出すればカウンターにもなるのだ。

 

さらにブラックホール出現は杏子の意思一つで出せる。

時間としてもほぼ一瞬で出現させる事ができるので、手足を拘束されていても問題ないし、攻撃を見てから吸い込むことは簡単だ。

今も、まどか矢は何の事なく紫の闇の中に消えていき、まどかの背後に出現する。

自分の魔法で自分は傷つけないようにしている魔法少女は多いが、ホワイトホールを経由した光の矢には杏子の魔力が纏わり付いている。

つまりこれは杏子の攻撃として判断されるため、龍騎などにもダメージを与えることができるのだ。

 

 

「………」

 

 

しかし、背後に出現した矢が、まどかに触れる前に消滅していく。

同じくノーモーションで背後に結界を張っていたからだ。

 

 

「ハッ、生意気な!」

 

 

杏子がそう思った時、肩に傷みが走る。

 

 

「?」

 

 

見れば、肩にドラグレッダーを模した矢が浅く刺さっているじゃないか。

杏子は、まどか、サキ、さやかの動きを確認していたが、それではダメなのだ。

例えば上空に浮遊している翼の生えた天使様にも注意を払わねば。。

 

 

「誰だ? また天使かよ」

 

 

杏子はドラグアローの矢を引き抜くと、何の疑問も持たずに投げ捨てた。

何にせよ目障りだ。杏子は槍を出現させると、早速天使へ向かって投げつける。

しかしその天使、アナウエルは龍騎ペアの装備を自由に使うことができる。

まどかが指示を送ると、ユニオンでガードベントを発動。

ドラグシールドを両手に持って、ロンギヌスを受け止めた。

 

アナウエルはまだやってもらう事がある。

まどかはサキとアイコンタクトを取り、作戦を大まかに伝えることに。

まず睨んだのは地面に落ちたドラグアローだ。あの効果はサキも知っている。

なんとなく、まどかが何を狙っているのかは分かった。

早速隣にいたさやかを引き寄せると、簡単な耳打ちを行う。

 

 

「杏子の意識を集中させてくれ」

 

 

見たところ、ブラックホールは一つしか出せない様だ。

そして杏子は矢の効果に気づいていない。

ははあと唸るさやか。彼女も矢の効果は知っている。

 

 

「おっけ、任せてよサキさん。ばっちし名誉汚名しちゃいますから」

 

「……変わった間違い方をするんだね」

 

 

まあいい、サキは微笑むと、さやかの背中を軽く叩く。

 

 

「期待してるぞ! さやか!」

 

「了解ッ!」

 

 

右に跳ぶサキ、左に跳ぶさやか。

杏子は一度ため息をついて槍を両手に構えた。

 

 

「グダグダしてんのは嫌いでね。そろそろ上げていくか」

 

 

そう言って一気に魔力を解放する。

なんて覇気と殺気だ。さやかは恐怖に呑まれそうになってしまうが、震える足を叱咤するとサーベルにマントを巻きつけて簡易的な『大剣』を練成させた。

マントは捨てる事になるが、その分足りない攻撃力やリーチは補う事ができる。

見た目ほど重くも無いので、スピードだって死なない。

 

 

「うオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

恐怖を振り払う様に叫びながら、杏子へと突っ込んでいく。

以前と違い、さやか恐怖に喰われなかったのは、彼女を突き動かす明確な意思があるからだ。

 

たとえばそれは他人の事。

仁美やゆまが死んだと言われても、正直心のどこかでそんな事は無いんじゃないだろうかと思っている。

ただそれはきっと真実。憎悪や恐怖に飲み込まれた時は、いっそ死んでくれと思ってしまった程ではあったが、いざ死を突きつけられると泣きそうになる。

 

そして今ココにいる自分。

仁美達が死んで、さやかが生きている理由とは何か?

なぜ仁美達は死ななければならなかったのか。

なんだか難しくてよく分からない。正直北岡が蘇らせてくれたと言うのも、実感の湧かない話である。

 

要するに今の美樹さやかもまた、他の参加者と同じだ。

多くの疑問が自身を取り巻き、何も答えが出せない状況にあった。

でも分かりたい事もある。

 

死んでみてそれがハッキリと分かった。

それは、あの時の自分には戻りたくないと言う事。

嫉妬や恐怖、それが己を醜く変えてしまう。それが本当の自分じゃないのかと言われれば耳は痛いが、少なくとも今までは違ったはずだ。

 

だったら、その今までの自分でありたい。

友を恨み、傷つけ、そして自分を否定する姿には戻りたくない。

さやかが自分の事を好きだった時間は、マミ達と平和の為に戦っていたあの時だ。

 

今になっては、あの時の自分は何も知らない馬鹿なのかもしれないが、だったらどうしたと言うのか。

馬鹿で結構! おバカ上等! だからさやかは飲まれない。

あの頃の自分であり続けるため。

そして何度も言っている。親友をもう、失いたくないから。

 

 

「でりゃあああああああ!!」

 

「ハッ! 叫べばいいってもんじゃないんだよ!」

 

 

さやかは太刀を縦に振り下ろした。杏子は槍をクロスさせて剣を受け止めると腕を振るって剣を跳ね上げた。さやかは振り上げる時の姿勢に逆戻り、そうなると胴体ががら空きだ。その時、杏子はさやかのソウルジェムを位置を確認する。なんとも狙いやすい腹部のど真ん中、つまり『へそ』の辺りだ。

 

さやかの固有魔法は回復。それも自己回復だ。

どんな傷でも短時間で癒すのは、凄まじい機動力と粘りを見せるだろう。

しかし弱点として即死させられる部分が狙いやすい位置にあると言うことか。

 

 

「だったら丁度いい、今ココで貫いて終わりにしてやるよ!!」

 

 

杏子は右手に持った槍を突き出そうとするが、さやかの目は死んでない。

 

 

「シューティングスティンガー!」

 

 

三つの剣がさやかの腹部前方から出現し、さらにもう三つの剣が上空に現れる。さらに自動で刃を振り下ろし、杏子の槍を弾こうと試みる。

前方から来る剣は強引に破壊できたが、振り下ろされる剣は流石に厳しい。

杏子は槍の軌道をズラされ、さやかではなく地面を突き刺す事に。

 

 

「クソうぜェ!!」

 

 

だったらと、杏子はもう一方の手に持っていた槍を投げた。

しかしそれを阻む桃色の結界。杏子のイライラがどんどん溜まっていく。

それだけじゃない。結界が無かったとしても、サキの鞭が杏子の槍を弾いていた。

 

 

「安心しろさやか! キミは一人じゃない!」

 

「うん! 絶対に守るから、安心して戦って!」

 

 

その言葉を聞いて、さやかは驚くようにポカンと固まった。

しかしすぐにニカッと笑うと、再び杏子に向かって走り出した。

そこに恐怖は無い。だって今の通りだ、危険になれば守ってくれる人がいるから。

さやかの表情にあったのは希望。漲る自信がある。

 

 

「ありがとうサキさん! まどか!」

 

 

でも守れられてばかりじゃないって所も見せないと。

さやかは再び太刀を構えて杏子へリベンジを仕掛ける。

スパークエッジでさらに剣を強化。これならばロンギヌスにも負けないはずだ。

そしてサキもまどかも、移動を行いながら電撃や光の矢で杏子を妨害しようと狙っていく。

しかし杏子のポニーテールが光の矢を切り裂き、上に突き出した槍が雷をかき消す。

 

 

「下らない連中だな!!」

 

 

つくづく思う。

所詮馴れ合いが生んだ力なんてこの程度。

まどかには色々驚かされたが、限界が見えてきた。

どうにも杏子はイラつくのだ。まどか達は夢や希望があると信じて戦っているお子様だ。真理を知って食物連鎖の頂点として自覚している杏子には程遠い。

 

 

「おりゃぁああああああ!!」

 

 

さやかが突っ込んで来て、飛び上がる。

なんと先ほどと全く同じモーションで切りかかってきた。

 

 

(コイツ、馬鹿か?)

 

 

流石の杏子も呆れ果ててしまう。

まさか通用しなかった手をもう一度使ってくるとは、ナメられたものだ。

確かに先程とは違い、スパークエッジで剣を強化してあるが、だったら杏子も槍を強化すればいいだけの話だ。

 

杏子は魔力を注ぎ込み、紅いオーラを槍に纏わせる。

防御も全く同じだ。槍をクロスして剣を真っ向から受け止める。

強化されている槍なのだから、当然さやかが勝てるわけが無い。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「なっ! 何だコレ!?」

 

 

思わず、膝をつく杏子。

振り下ろされた剣の重さが、先程とはまるで違っていた。

何故だ? 杏子は混乱しながら腰を落とす。確かに向こうは剣を強化しているが、それは杏子だって同じのはず。要するにスペック自体は先ほどと何も変わらないのに、どうして負けているのか――?

 

 

「えいッ!」

 

「うぐッ!」

 

 

さやかは剣を持ち上げ、膝をついている杏子へ渾身の蹴りを打ち当てた。

場所は丁度クロスに構えている槍のど真ん中。蹴りの衝撃で防御が崩れ、さやかは思い切り剣を振るい上げて杏子の上半身に青い斬撃を刻み込む。

 

 

「ちっく――ッ! ああああ! クソがッ!」

 

 

杏子は大きく身を乗り出して、一度後ろへ転がっていく。

しばらく高速で地面の上をロールして、さやかから離れていく。

とは言え、立ち上がり様にはしっかりと槍を投擲。ロンギヌスは風を切り裂いて、さやかのソウルジェムをピッタリと狙っていく。

 

 

「どうりゃああ!!」

 

 

しかしさやかは走りながら剣を左に振るってロンギヌスを撃ち落す。

だが槍はもう一本あった。だったらと、さやかは剣を右に振って槍を弾き飛ばす。

まさか、弾かれるとは。杏子が歯を食いしばった時には、さやかはもう目の前。

 

 

「ォオオオオ!!」

 

「チィイ!!」

 

 

青い一閃が杏子に走る。

胴体が切り裂かれた。杏子は地面を転がりながら体勢を整える。

 

 

(そうか、そういう事か! コイツも馬鹿って事か!)

 

 

さやかは単純なのだ。

ネガティブな考えに包まれればそれだけ精神が歪んでしまい、ソウルジェムも淀んで本調子を出せなくなる。

しかし一度自信がつけば、ソウルジェムの輝きは極端に強くなり、それだけスペックを跳ね上げていく。

 

つまり美樹さやかは、調子が悪いときは極端に弱くなり、調子が良い時は極端に強くなる魔法少女なのだ。

 

 

「だったらまたブッ壊してやるよ、お前のそのちっぽけな希望を!」

 

「あたしは負けない! 皆がいるから!」

 

 

槍を突き出す杏子だが、さやかはそれを剣で弾くと、すぐさまカウンターを狙う。

しかしその槍はフェイクだ。槍に注意を引きつけて、地面を気に取られないようにさせるための囮。

つまり異端審問を悟られない為の行動である。

 

 

「あッッ!」

 

 

地面から槍が飛び出していき、さやかの身体を削っていく。

だからこそ剣の軌道がぶれてしまった。杏子はすぐに、その力の無い刃を槍で弾き飛ばすと、右の拳を握り締めてソレをさやかの顔面へと打ち込んだ。

 

顔が抉れる様な痛みと衝撃に、さやかの目の前が真っ暗になる。

杏子としても顔面を砕く勢いで拳を打った。むしろ形を保っているのが意外なくらいだ。だが少なくとも、さやかはグロッキーだ。その間にソウルジェムを貫こうと試みる。

 

 

「――ぉ」

 

「!」

 

「ォォォォォォオオオオオオッッ!!」

 

「なんだと!?」

 

 

さやかは気合で意識を覚醒させると、杏子の右腕を掴んだ。

そして大剣のマントを切り離すと、自分の手と杏子の右腕が離れないように結び、固定する。

 

そして思い切り身体を旋回させて位置を変えた。

つまり杏子がさやかの位置にまわり、さやかが杏子が立っていた場所へ移動したのだ。

なんの意味が? 杏子がそれを思った時、背中に走る絶大な衝撃。

 

まどかはさやかが時間を稼いでいる間にスターライトアローの詠唱を開始していた。

おかげで異端審問からは守れなかったが、今この時に詠唱は完了したのだ。

さやかはソレをしっかりと確認しており、杏子の背中をまどかに向けさせる為にアクションを起こした。

 

杏子も杏子でパワーファイターだ。

周りを確認するよりは、一刻も早く目の前にいる敵を殺してと言う考えが優先されたのだろう。

 

だから肝心な時に確認を怠ってしまった。

背中に射手座の矢を受けてしまい、大きく仰け反っていく。

貫通はしなかったが直撃を貰ったため、ダメージは大きい。

煙が上がる背中。そして気づけばさやかがマントを戻していた。

 

 

「乙女の顔に――ッ!」

 

「ガハッ!」

 

 

踏み込み、そして渾身の力で切り上げる。

剣から風が巻き起こり、杏子の体が宙に舞い上がった。

さやかもまた飛び上がり、杏子を切り刻みながら空に舞い上がっていった。

抵抗さえも許さないスピードだ。風が、嵐が、青い閃光が杏子を切り刻む。

 

 

「何してくれてんのよぉオッ!」

 

「グッ! オォォォオ!!」

 

 

体に入る刃の感触。

杏子は思わず目を見開いた。はて、こんなに地面は遠かったか。

気づけば杏子は地面から大きく巻き上げられた。

そして、さやかは杏子よりも遥か上に。そして剣を構え突っ込んで来る所だった。

 

 

(馬鹿が――!!)

 

 

杏子にはブラックホールがある。

剣を突き出された瞬間、ブラックホールで武器を吸い込み、ホワイトホールをさやかの背中に配置する。

こうすると事で、さやかは突き出された刃を自分で受けることになるのだ。

 

 

(いや――ッ!)

 

 

ブラックホールが――!

 

 

(間に合わない!?)

 

 

さやかは青い風を纏い、さらに加速する。

 

 

(速すぎる!一瞬を越えるだと!?)

 

 

既にそう思ったときには、剣が目の前に。

 

 

「スクワルタトーレ!!」

 

「グアアアアアアアアアアア!!」

 

 

フィニッシュの一撃で杏子は思い切り地面に叩きつけられる。

さらに倒れた杏子へ降り注ぐサーベルの雨。

さやかは着地と同時にマントを翻し、腫れた頬を撫でていた。

すると回復魔法が発動して彼女の顔は元通りに。やはりさやかを殺すにはソウルジェムを狙ったほうが効果的らしい。

いや、それよりも――

 

 

「やっぱお前からだよなァアア!!」

 

「!」

 

 

杏子は立ち上がると、踵を返して一直線にまどかに向けて走りだす。

仮にも必殺技を受けたのに、何の事無く立ち上がる杏子を見て、さやかはゾッとした事だろう。ましてや体にはまだサーベルが突き刺さっているのにおかまいなしだ。

だがさやかはすぐに走り出した。まどかを守るのが己の役目だと理解している。

さやかはすぐに杏子の前に回りこむと、再び剣を向けた。

 

 

「アァ、やっぱウゼェなお前! 何もかも!」

 

「………」

 

 

サキがそこで動いた。

現在、杏子の優先順位はまどか、そして目の前にいるさやかだ。

サキの事はまるで気にしていないし、空に浮遊している『アナウエル』にも気を取られていない。

 

サキは鞭を伸ばして地面に落ちていたドラグアローの矢を絡め取ると、まどかとアイコンタクトを行う。

いける。二人はそう判断するが、杏子もすんなりとはいかない相手だ。

その証拠にと、さやかを蹴り飛ばすると地面を思い切り踏むように蹴った。

すると一面に広がっていく赤の点々。

 

ゾッとして息を呑むまどか達。

杏子の異端審問の範囲が一気に広がっていく。

全てを埋め尽くす赤。どこに逃げても赤が地面にある。

 

 

(こんな広範囲を埋め尽くす事ができるのか!)

 

 

そもそも隙間が見当たらない。

まどかは地面全体に結界を張ろうと――

 

 

「はぁあああああああああ!!」

 

 

さやかは叫びながらマントを地面に叩きつけて広げる。

地面を覆うように白の布が広がっていき、まどか達の所まで来ると、彼女達は素早く察してマントの上に飛び乗った。

つまりさやかは、異端審問が飛び出してくるだろう地面全てを覆うようにしてマントを広げたのだ。杏子が立っている部分を器用に避けて、マントはさらに広がっていく。

 

 

「ハッ! お前には防げない!」

 

「やってみなくちゃ、分からないでしょ!」

 

 

発射される異端審問。

確かにマントの防御力はそれなりだろうが、流石に防げないだろうと杏子は思っていた。

しかしいざ異端審問が放たれると、マントはそれらを押さえ込み、槍が地上に突き出られないほどの勢いで押さえ込む。

 

 

「なっ! コイツどこまで――ッ!」

 

「ふぎぎぎぎぎッッ!」

 

 

踏ん張るさやか。

しかし悔しい話だが、少しだけ防げただけでもう限界のようだった。

だが、まどかはマントに飛び乗った時から詠唱を開始していた。

 

 

「輝けッ、天上の星々マルキダエル!」

 

「ッ!」

 

「煌け、守護せしアリエス!」

 

 

杏子はまどかを止めようと力を強めるがマントは意外としぶとく槍を押さえつけてくる。

 

 

(コレが友を想うが故の力だと? 下らない、クセェ! 殺したくなる!!)

 

 

膨れ上がる杏子の苛立ち。

こうなったら意地でもさやかの顔を涙でグチャグチャにしてから殺したいと思うようになった。そうでもしないと、即死させたところでイライラが収まる気がしない。

 

 

「ウラァア!!」

 

「ウあッ!」

 

 

マントで押さえつける。

だったらマントの上に乗ればいい。杏子は走り、さやかのわき腹を殴りつける。

怯んだところで肘で頬を抉った。魔力をマントに集中させているため、極端に動きが鈍くなっている。

まだ、サキは動かない。ましてやさやかも回復魔法ですぐに元通りだ。

 

 

「――ッ!」

 

 

杏子は再びさやかを殴ろうとするが、その目が死んでいない点に少し動きを止めた。

 

 

「集え光よ! 形成せし結界、愛よ希望よ我が勇気! 万物を守護する矢となり我を照らしたまえ!」

 

 

早口で詠唱を済ませるまどか。

もうマントは限界を迎えようとしている。その前に――ッ!

 

 

「守れ、牡羊! スターライトアロー!」

 

 

まどかの弓から勢い良く飛び出したのは復活の天使である"マルキダエル"であった。

羊の形をした天使は、空に舞い上がると身体を震わせて『綿』を三つ発射する。

桃色の光を纏う綿は、さやか、サキ、まどかの身体に付着して終わった。

 

 

「ふざけんな、こんなクソみたいな綿でアタシの槍が防げるかよッッ!!」

 

 

杏子の怒りは力となり、ついにさやかのマントを突き破って槍たちが一勢に飛び出していった。さらに杏子は目の前で怯むさやかの腹部に、思い切り槍を突き入れる。

 

 

「死ね!」

 

 

殺意とともに放たれた一撃だが、文字通り、柔らかい物に当たる感触しかしない。

 

 

「ッ!?」

 

「あ、あれ? 痛くない」

 

 

さやか自身も不思議だったのだろう。痛みを全く感じない。

あれだけの威力を持つロンギヌスが、綿の鎧を少し散らしただけに終わったのだ。

それはその筈。まどかが発射したのは攻撃ではなく、守護に特化した補助技だったのだから。

 

マルキダエルは綿状の結界を味方に纏わせる事ができ、その防御力は通常の結界よりも上である。さらに、まどかは上空から振ってくるロンギヌスを破壊するため、矢の雨を降らせるマジカルスコールを発動して槍を次々に破壊していった。

 

神殺しの矢が、天使を使役する者に破壊されるとは。

サキは皮肉めいた状況に苦笑しながら走り出す。

チャンスはまさに今。杏子は怒りで周りが見えていない。

 

未だ上空に待機しているアナウエルへ支持を出し、追従させる。

そのままサキは杏子の背後に回ると、一気にスピードを上げる。

 

 

「………」

 

 

途中、考える。

先程は、まどかの結界によって助けられた。

彼女の固有魔法が『守護』なのだからある種当然と言えばそうなのだろうが、それが何よりも皮肉な話だ。

守りに特化した彼女が絶望したその瞬間に全てを壊す存在になるのだから。

 

 

(絶対にさせるかそんな事!)

 

 

サキは杏子を飛び越える様にジャンプを行うと、鞭を移動させ、杏子の体を縛り付ける。

鞭の先にはドラグアローの矢がまだ巻きついており、杏子の体に密着させる。

ポニーテールで切り裂かれる事を危惧して、鞭にありったけの魔力を注いで意地でも切られないようにしている。

これもまたサキの意地だ。ソウルジェムから大量の意思(まりょく)が鞭に供給され、切られるまでの時間を遅らせる。

 

尤も、それなりに時間が稼げれば十分だ。

サキは杏子の前に着地し、それに気づいた杏子はサキの背後に蹴りを入れようと足を出す。

しかしサキと杏子の間にできる結界。

 

 

「またか!」

 

 

杏子が大きな舌打ちを行うと、振り向いたサキは無言でそれを告げる。

 

 

「終わりだ!」

 

「アァ?」

 

 

そこで気づいたのは、杏子の左右後ろにも桃色の結界が張られていた事。

いや下にもか。と言う事はコレは全面結界。

 

 

「箱――?」

 

「ニターヤーボックス!」

 

 

前後左右、そして下にバリアが張られている。

唯一開放されているのは上だ。その向こう、上空にはアナウエルがドラグクローを装備してチャージを行っていた。既に周りにはドラグレッダーも旋回しており、すぐに昇竜突破により巨大な炎が発射される。

 

脱出しなければ。杏子が動こうとすると、激しい電撃がその体を包み込む。

サキが結界に手を当て、中に電流を発生させたのだ。

そうしていると、炎が箱に入った。

同時にニターヤーが箱の蓋を閉める。サキは地面を蹴って後ろに跳び、一方で炎は杏子の身体にまきついている燃料(アロー)に触れて――

 

 

「―――」

 

 

大爆発。

 

 

「――ッ!!」

 

 

凄まじい爆風も、まどかがボックスの防御力を上げている為、何とか封じ込める事ができた様だ。

一箇所に固まる三人。たまらずグリーフシードで魔力を回復したが、そこそこ短時間で多くの魔法を使用したせいか、纏わり付くような疲労感が消えない。

 

 

「大丈夫か、まどか」

 

「う、うん。ありがとうお姉ちゃん」

 

「やったかな?」

 

 

箱の中は未だに炎で覆われているため、杏子がどうなったのかは確認できない。

そこで首を振るまどか。絶対に死んではいないと二人に告げる。

まどかは、先ほどの羊の綿を杏子のソウルジェムにも小さくではあるが、つけておいた。

 

 

「まどか、アンタって子は……」

 

「彼女は倒しておいたほうが楽だと思うが」

 

さやかとサキの呆れるような声色は分かっている。

しかしまどかは首を振った。

 

 

「死んで良い命なんて無いよ、絶対」

 

 

ただ爆発の威力は本物だ。

おそらくもう戦える状態ではないと思うのだが――?

 

 

「「「!?」」」

 

 

その時、轟音と共にはじけ飛ぶニターヤーボックス。

一同が見上げる先には杏子が立っていた。一瞬、龍に見間違えるほど大きな槍に乗った杏子がだ。

 

その槍、『浄罪の大炎』。血の様な赤いオーラが、炎の様にロンギヌスに灯っている。

三人を見下す杏子。服は所々焼けて無くなり、肌には大きな火傷が見える。

しかしジェノサイダーの力を得ている彼女には、思った以上にダメージを与えられなかったらしい。杏子は怒りに歪んだ表情で、凄まじい殺意を隠す事なく放っている。

 

 

「ヌルいんだよテメェら……! 最高に腹が立つ……ッ!!」

 

「っ!」

 

 

多節棍となっている槍はまさに龍。いや彼女からして蛇か。

杏子としてはヌルい戦い方の連中に押されていると言うのが、何よりも腹の立つ事だった。

馴れ合いの絆を断ち切って強くなってきた。

友を、妹を、良心を捨ててまで目指すべき強さがあったからだ。

 

もう自分は何者にも利用されない、何者にも屈しない。

食物連鎖の頂点に立つ魔法少女としての自覚。そして強者に許された力を振るってきた。

なのに何故、まだ甘い甘い世界に、ぬるま湯に浸かっている連中にコケにされなければならないのか。

 

許せない、杏子が抱く過去最高の苛立ち。

ああ。イライラしすぎて、頭がおかしくなりそうだ。

 

 

「殺す。絶対に、何がなんでもブッ殺す!」

 

 

今から撃つのは、ありったけの殺意が生み出した、全ての罪を力でねじ伏せる一撃だ。

協力だのと言っている連中には、絶対に打ち破れない攻撃であると杏子は説いた。

 

 

「この世界は力が全てだ。そしてそれは、馴れ合いの場では絶対に生まれない物なんだよ」

 

 

杏子はそう、確信している。

甘さを捨て、弱さを捨ててこそ頂点に君臨する力を得る事ができる。

 

 

「お前ら餌がッ、アタシに歯向かうこと自体が許せない!」

 

 

それは過去に、杏子が餌として扱われていたからだろう。

今でも、シルヴィスが自分を見る時の目を思い出せば、殺意が湧いてくる。

もうあの時の弱さは無い。自分は誰にも負けない、全てに勝つ。

 

 

「………」

 

 

サキはふと、妹の残したスズランのブレスレットを撫でる。

 

 

「……妹を殺して手に入れた強さが本物だと?」

 

 

サキは怒りではなく、哀れみの表情で杏子を見た。

杏子も過去は、自分達と同じ様な道にいた筈なのに。

いつからか、道は違えたか。

 

 

「まどか、さやか。アレは壊すぞ」

 

「うん……!」

 

「おっけ、了解」

 

 

まどかも弟がいるから分かる。

家族を殺してまで手に入れた強さ。それは、絶対に否定しなければならない。

前にそびえ立つ槍は確かに強力だ。だがしかし、あの力にはもう一つ大きな影がある事に杏子は気づいているのだろうか?

そう、絶望と言う要因に。

 

 

「力の差を感じながら死ね――ッ!」

 

「受けて立つ! さあ、まどかに力を!」

 

 

杏子がチャージを開始するのを見て、サキは合図を出す。

頷くまどかと、さやか。三人ともそれなりに戦ってきたが故に分かる力の差。

確かに杏子のあの攻撃は、個人では誰も適わないだろう。

それは杏子が言うとおり、全てを捨てたから手に入った力なのだから仕方ない。

 

が、しかし、勝算はある。

向こうが純粋な『力』をぶつけて来るなら、まどか達は手を取り合う力を見せようじゃないか。

 

 

「大丈夫か? 最後にやったのは、だいぶ昔だったからな」

 

「わたしは覚えてるよ」

 

「ま、まあ大丈夫大丈夫」

 

 

三人はソウルジェムを合わせ魔力を解放する。

桃色の光が、水色色の光が、白の光が一つに交わった。

つまり同調。三人はソウルジェムを戻すと魔力を一気に解放する。

 

まだマミが生きていた頃。

ずっと昔に思えるが、何度か試した事がある。

なかなか使う機会も無かったが、ついにその時が来たと言う事なのだろう。

つくづく魔法の使い方を教えてくれたマミには感謝しなければならない。

 

 

「「「合体魔法! エピソーディオ・インクローチョ!!」」」

 

「!」

 

 

三人のソウルジェムが凄まじい光を放つ。

 

 

「目障りなッッ!!」

 

 

杏子は大きな舌打ちを行い、自らも血の様に赤い光を爆発させた。

 

 

 

 

 

 







ビルドの映画見てきました。

ルパパトはガンアクションがものすごい気合入ってて、最後とかもうガンダムよ。
ビルドはヒゲポテトがキレキレやでぇ。あと敵のゲスト三人が凄い気合入ってて、今回そっちがかなり印象に残りましたね。
どうやったら、上に座ってもらえますか?(ブラックホールに吸われる音)

九州ロケやったみたいなんで、戦う場所も普段とは違うところで面白かったですね。


ただ一個だけ気になったのが、隆は万丈がたおせぇ!!(ノブ)



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第57話 現実の弓 弓の実現 話75第

 

 

「無駄なんだよ今更ッ、何をしようが!」

 

 

杏子の紅が、槍全体を包み込む。

空気が震動し、燃えるようにエネルギーが揺らめいていた。

 

 

「無駄? それは違うな」

 

 

サキ達は皆、その思いを抱いている。

まどかが前に出る。サキはまどかの左に移動すると、右手をまどかの肩に置く。

さらに右に並んださやかは、左手をまどかの肩に置いて魔法陣を展開する。

三人の魔力を合わせて一つの魔法を創り上げるのだ。

まどかは牡牛座を早口で詠唱。サキとさやかも、ありったけの魔力をまどかへつぎ込んだ。

 

 

「――ッ」

 

 

杏子はあえて待つ。

それを破壊したいと言う欲求に従うためだ。

 

 

「壊せ――ッ! 牡牛!!」

 

 

まどかが思い切り弓を引き絞ると、弓の前には牡牛座を司るアスモデルが現われる。

しかし以前とは姿が少し違っている様に感じた。

さやかの魔力が適応したのか、背中には紅いマントが追加されており、角の部分が刃物になっていた。これもさやかだ。

そして全身にはサキの力である、白い電撃が纏わりついている。

装飾品も普段よりも派手になっており、より一層壮大さが増しているようだ。

 

アスモデルは地面を蹴り擦る様な仕草を取って、突進の準備を始めた。

目の前にある絶望を何が何でも砕くと言う、まどか達の意思に呼応しているかの様だ。

そうしている内に、双方のチャージが完了する。

 

 

「イライラするんだよお前らは! だから死ねよォオッッ!!」

 

「スターライトアロー!!」

 

 

弓を放つまどか。

サキとさやかも、まどかの肩に触れていない方の手を前に突き出して魔法名を叫ぶ。

重なる三人の声。それと共に発射されたアスモデルは、風を切り裂き、咆哮をあげながら巨大なロンギヌスへ命中した。

競り合いを始める両者。しかしすぐにアスモデルが押され始める。

 

 

「クハハ! 壊せ壊せ壊せェエエエエエ!!」

 

 

杏子の苛立ちが力となり、さらに信念が力となり、槍を凶暴なモンスターへ変える。

だが杏子を真っ直ぐに見るまどかの目は死んでいない。ましてや一欠けらの恐怖すら覚えていない。

だから叫ぶ。杏子の狂った笑いをかき消すように。

 

 

「壊れないよッ!」

 

「ハァ?」

 

「絶対に、壊れない!」

 

 

その言葉に反応して、アスモデルの目が光った。

すると前に進む勢いが増したではないか。まどかの声に応える様にして、牛の天使は進撃を開始する。

その時、バキンと落とした。

ロンギヌスにヒビが入る音だ。瞬間、杏子の表情が鬼気迫る物に変わる。

 

 

「ハァアア!? ウゼェな、ウゼェわ、糞ウザいんだよォオオオ!!

 

 

杏子も吼える事で魔力が爆発。

亀裂が徐々にも元通りになっていく。

 

 

「何調子に乗ってんのさッ! お前らマジで勝てるとでも思ってんのかよ!!」

 

「当たり前だよ、コレはわたしだけの力じゃないから」

 

「アァァアア!?」

 

 

絆の力だとでも?

ゴミみたいな絆が生んだちっぽけな力でアタシに勝つ!?

絶対的な力とは一人で得るものだ。それが理解できていないまどか達に、勝てる道理などある物か。

 

 

「違うよ杏子ちゃん」

 

「何が違うんだよ!」

 

「一人で得られる絶対の強さなんて無い」

 

 

だってそうでしょ?

 

 

「人は――、一人じゃ生きられない!」

 

「――ッ」

 

 

なに分かったような口きいてんだよ。

何にも理解していないクセに偉そうなんだよ。

杏子は歯を食いしばって槍の勢いを上げる。

 

 

「死んでも殺す!」

 

 

あの糞ガキの臓物全部引きずり出してぶっ殺してやる!

膨れ上がる杏子の憎悪。だがまどかは恐怖を浮かべる様子は無い。

悲しげな目で杏子を見るだけだ。

 

 

「確かにわたしも偉そうな事を言える立場じゃないし、分かってないのかもしれない」

 

 

でも、もしも本当の強さが他者を犠牲にする上で成り立つ物なら。

全ての愛を捨てなければ得られない物ならば――

 

 

「わたしは、本当の強さなんていらない!」

 

「何だとォ……ッ!」

 

「偽りの強さで、貴女を倒す!!」

 

 

ニヤリと笑うさやか。

 

 

「言う様になったじゃん」

 

 

ソレはサキも同じだ。

しかしすぐに真顔に戻ると、同じく哀れみを持った目で口を開く。

杏子も多くの絶望を知ってココにいるのだろう。

だからこそ彼女は間違っていない筈だ。そうだ、サキは杏子が正しいと思っている。

しかし、だからと言って自分達が間違っているとも思わない。

 

 

「佐倉杏子、コレが私達が示す本当の強さだ」

 

「ハッ! じゃあその強さで何かが守れたか?」

 

「……!」

 

 

耳の痛い話だ。しかし、サキは怯まない。

 

 

「確かに私達は、多くのかけがえの無い物を失ってきた」

 

 

友を、家族を。

しかしだからこそ、二度と失わない為に戦う。

守れないから放棄するのでは一生弱いままだ。

確かに守るものがあれば、人は弱くなってしまう部分もある。

だが、その守る物を失いたくないと思う心が、いずれは強さに変わる。

そう信じたかった。だからこそ言える。

 

 

「守る者がなければ、私達は強くなれない!」

 

「アタシは違う! 一人で全てをねじ伏せる力がある!」

 

 

お前らとは根本的に違うんだよ!

杏子はありったけの想いを乗せて吼えた。

 

 

「守る者が無ければ強くなれない? 上等だ、だったら守るべき物ごと吹き飛ばしてやる!」

 

「!」

 

「絶対的な力こそが真実! 真理なのさ!」

 

 

より膨れ上がる杏子の魔力。

 

 

「お前らのお花畑な精神論なんて貫いてやるよ!」

 

 

その時、まどかは表情を大きく変えた。

サキやさやかは、まどかから一歩引いた位置にいる為、それを理解できたのは杏子のみ。

まどかの浮かべた表情は、何とも悲しい物だった。

 

 

「だったら、杏子ちゃんはわたしには勝てないね」

 

「――ッ!」

 

 

バキバキと音を立てて砕け始めるロンギヌス。

 

 

「何ッ、そんなッ!」

 

 

杏子は汗を浮かべて、思わず一歩後ろに下がってしまう。

どうしていきなりこんな――ッ!? それにこの勢い、嘘だろ? 

杏子はゾッとしてまどかを見る。

 

 

「なんでッ! お前らみたいな奴に――ッ! お前らみたいな奴にィィイイイイ!!」

 

「だって……」

 

 

まどかが何故、悲しい表情を浮かべたのか。

それは杏子が正しいと言ったサキ、そしてその後の杏子の言葉だ。

確かに、杏子の言っている事は全てとは言わないが正しいのだろう。

 

杏子は言った。

精神論だと、力が真実だと。

だが、それを『真実』として見るのなら。まどかが杏子に負ける理由は、何一つとして存在しないのだ。

 

 

「な、なんで!? 何でこんな! アタシが負ける!?」

 

 

嘘だ! 嘘だ! 杏子は力を込めるが、まどかのアスモデルはバキバキと尚も槍を突き破って進んでいく。急激に力を強めたアスモデル、それはまどかが杏子の強さを理解したからだ。

杏子は純粋な力を、純粋な強さを、揺ぎ無い真実とした。

だったら、杏子は一つだけ分かっていない事がある。

 

 

「杏子ちゃん」

 

「ッ!」

 

 

まどかは自分の胸に手を当てて、杏子を見る。

 

 

「わたしと貴女じゃ――」

 

「―――」

 

 

その瞬間、杏子の全身に寒気が走った。

どれくらいぶりだろう、恐怖を覚えたのは。

本物の化け物は、どっちだ?

 

 

「わたしと貴女じゃ、飼ってる絶望が違う」

 

「!」

 

 

だから、純粋な力が全てだと言うのなら。

 

 

「貴女はわたしには勝てないよ」

 

「――ッ」

 

 

所詮は一端の魔女になるだけの杏子と、世界を終わらせる絶望の魔女に変わるまどか。

比べるまでも無く、理解できる力の差。それを知るがいい。

アスモデルは杏子のロンギヌスを粉々に砕くと、杏子をその刃《つの》で貫いた。

ソウルジェムは破壊していないが、杏子の腹部には大きな風穴が。

 

 

「カハ――ッ! ハッ! ガッ」

 

 

地面に落ちた杏子は大きく息と血を吐いていく。

文字通り彼女の腹部には穴が開いている。臓器ごと粉砕されたのだろう。骨もごっそり持っていかれた。

さらに角が刃でできている事もあり、周囲の部分もズタズタに引き裂かれて、さらにサキの雷が身体を迸っていく。

 

 

「やったな」

 

「う、うん……」

 

「………」

 

 

目を閉じて静かに呟くサキ。

複雑そうに頷くさやか。無言のまどか。

元の姿を考えないのであれば、魔女を倒したならば爆発して消え去るという少しばかりの達成感や、終わったと言う合図もあったろうに。

 

しかし今、まどか達の前にいるのは血を流して苦しんでいる同じ魔法少女だ。

やはり三人を包むのは圧倒的な虚しさだった。

けれども自分達は勝った。それもまた真実なのである。

 

 

 

 

 

 

 

「ウラァアッ!!」

 

「うおっ!」

 

 

そして一方の龍騎達も、王蛇と戦いに苦戦している所だった。

元々強力だった王蛇が、今は暴走状態とも言える程に暴れまわっている。

疲労していた龍騎とファムは何とか攻撃を回避しようとするも、王蛇の攻撃は常に二段構えだ。結果龍騎とファムは次々に火花を散らして地面に倒れていく。

 

 

「ウォオオオオオオオ!!」

 

 

二人を蹴散らしながら王蛇は狂ったようにナイトの方向へと走っていく。

マントを翻し剣を構えるナイト。荒れ狂う蛇の一撃を、彼は冷静に受け止め弾いていく。

しかし強引に押し割ろうとする王蛇のパワーにナイトも苦戦するしかない。

強引に打ちのめし、叩き壊す、それが性質(パワー)なのだから。

 

 

「ヤァア!!」

 

「グッ!」

 

 

だが立ち上がった龍騎が走り、ドロップキックを王蛇に浴びせた。

衝撃でよろける王蛇。そこへナイトは全力を込めた突きを行う。

さらに横に剣を振るい、王蛇を弾いて地面にダウンさせた。

 

 

『スイングベント』

 

「ウッ!」

 

 

王蛇は倒れながらもエビルウィップを召喚。

ナイトの足に巻きつけると、引き倒しつつ自らは立ち上がる。

さらにメタルホーンを召喚して、文字通りサイの様に突進していく王蛇。

龍騎はドラグシールドを構えてナイトの前に立つが、王蛇はストライクベントの他にもう一枚カードをバイザーへセットしていたのだ。

 

 

『スチールベント』

 

「なっ!」

 

 

龍騎の手から盾が消えて、王蛇の前に現われる。

王蛇はそれをすぐに蹴り飛ばすと、無防備となった龍騎へと突撃していった。

 

 

「させるか!」

 

 

ファムはシュートベントを発動してボウガンを王蛇に向ける。

 

 

「げ」

 

 

しかしファムの放った弓は、王蛇の鎧に当たると粉々に砕けるだけ。

当然だ。彼女は現在ブランク状態。せいぜい戦えるとしても使い魔や一部の魔女くらい。

そうしている間に龍騎にメタルホーンが命中してしまう。

龍騎は凄まじい衝撃を感じて、後ろへ弾き飛ばされた。ファムはすぐに龍騎に駆け寄って意識があるかを確かめる。

 

 

「お、おーい! 真司ッ、大丈夫!?」

 

「あ……、ああ」

 

 

ファムとしても加勢したいところだが。ミラーモンスターを失った彼女では分が悪い。

前を見ればナイトが王蛇と競り合っているが、ナイトでさえ王蛇の威圧感に飲み込まれているようだ。どうにも防御の回数が多くなっている。

だがそうしていると空に影が。続けて王蛇の身体に無数の火花が散っていく。

 

 

「ッ!」

 

「ぐっ!」

 

 

後退していく王蛇。

なんだ? ナイト達が上を見上げると、そこにはマシンガンを持った暁美ほむらがエビルダイバーに乗ってコチラに飛んでくる所だった。

 

彼女はさらに盾からスナイパーライフルを取り出すと、王蛇の眉間に銃弾を直撃させて見せる。地面に倒れて転がる王蛇。騎士の仮面がなければ頭が吹っ飛んでいた事だろう。

そうしている間にほむらはエビルダイバーから飛び降りて龍騎達の所へと着地する。

 

 

「ほむらちゃん! ああ、良かった……!」

 

 

タイガペアが死んだと言う事から、ほむらの無事は何となく予想ができた。

だったらタイガペアを殺したのは――、と言う予想も。

しかしその予想は大きく外れる事になるのだが。

 

 

「城戸真司」

 

「――っ?」

 

 

ナイトと王蛇が剣をぶつけ合う中、ほむらは龍騎にその真実を告げる。

 

 

「手塚が死んだわ」

 

「!!」

 

「……!」

 

 

衝撃に打ちのめされる龍騎とファム。

ほむらは彼らから少し目を逸らして、事情を説明した。

ほむら遠くに見えるまどかを確認して、安心したように息を吐いた。

キリカが言っていた『死ぬ運命』。にも関わらず、ほむらとまどかが生きている事から、一つの説が生まれた。

 

 

「きっと彼は、運命を変えたのよ。自らの手で」

 

 

そして、自分の死でさらに舞台をかき乱した。

望んでいたのか。望まぬ結果だったのかは分からない。

けれども手塚と言うトリックスターがいたおかげで、ほむらは死なずに済んだ。

延命程度かもしれない。けれども、手塚は確かに運命を変えたのだとほむらは説明を行う。

 

 

「手塚……!」

 

 

ギリギリと拳を握り締める龍騎。納得はできなかった。

本当に、それで良かったのか?

命を賭ける事で運命を変える。それが手塚海之の答えだと?

 

 

「俺は、俺は――ッ!」

 

 

龍騎の視界が濁る。

手塚は運命にリベンジを果たせたのか?

それが彼の望むべき答えだったのか。

 

 

「トークベントの最中、一つだけ彼の心が聞こえてきた」

 

 

手塚が、ほむらの放った無意識なる心の叫びを聞いた様に、ほむらもまた死に向かう手塚の心の声を拾う事ができた。

それは城戸真司に向けたメッセージだ。

 

 

「貴方にブレるなと。自分の言葉を忘れないで欲しいと言っていたわ」

 

「……ブレるな、か」

 

 

フラッシュバックしていく手塚の言葉。

 

 

『アンタの、信じる道を行くべきだ』

 

 

思えば、手塚の言葉はそのほとんどが龍騎の背中を押してくれる物だった。

多くの衝突を繰り返しながらも、手塚は龍騎の進むべき道を確固たる物に変えてくれたのかもしれない。

 

抗う事の辛さ。足掻く事の苦しみ。

世界を変える事の難しさを知りつつも、手塚は応援してくれた。

その中で彼は一つの答えを出し、運命を変えたのだ。

どこまでも手塚は先を行くものだと、龍騎は拳を握り締めながら思う。

 

 

「ほむらちゃん、手塚は……、後悔してたのかな?」

 

 

何に対してだとかは言わないし、実際どう思っていたのかも分からない。

けれどもほむらは自分なりの解釈と、手塚の最期を思い出して、首を横に振った。

 

 

「彼はきっと……、後悔はしていなかった筈よ」

 

 

出した答えが最初から望む物だったのか――、だとか。

出した答えが正しいのか――? なんてのは分からない。

だが少なくとも、手塚はこの土壇場で出した自分の意思を、真実と理解していたし。

ましてや後悔や未練は感じられなかった。

 

もちろん手塚だって自分が死ぬ事や、タイガ達を巻き込んで自爆する事が、よりよい選択肢だとは思わなかったろう。

だがそれでも答えを出し、運命を変えた。

その点に関しては、絶対に後悔はしていなかった筈。

 

手塚は運命に勝ちたかった。だからこそ劣等感や苦痛に苛まれ色々と迷った。

だが彼は最期の最後で、運命に勝ったのだ。

それだけは真実だと思いたかった。

 

 

「でも俺は……、やっぱりそれが正しいとは思えないんだ!」

 

「そうね」

 

 

言い方を返れば、手塚は死ぬしかなかった。

死ななければ、ほむらは救えなかったろう。その点に関しては何も言えない。

けれど死ぬ事でしか得られぬ答えなんて、龍騎は認めたくなかった。

 

死ななければならなかった事実を、容認したくは無いのだ。

手塚だって、運命がどうとかは一旦置いておいて、ただ一人の人間としては死にたくなかった筈だと思いたい。

 

 

「けれど、手塚は死んだ。私は彼を蘇生させる気はないわ」

 

 

龍騎はそれを聞いて頷いた。

そして、拳をギリギリと尚も強く握り締める。

そう、そうか。どんな事を考えても今は今だ。

 

 

(手塚が答えを出したなら――、俺が取るべき行動は一つだよな。手塚!)

 

 

龍騎は頷くと、一歩前に出た。

 

 

「そうだ、俺は俺の道を行く!」

 

 

俺が信じる道を行く。

龍騎を聞いて、ほむらはほんの少しだけ唇を吊り上げた。

その目には、寂しさもあったのだが。

 

 

「まどかは良いパートナーを持ったわね」

 

「え?」

 

 

そして龍騎もきっと、まどかから影響を受けている。

ほむらは、それがパートナーシステムのあるべき形なのだろうとつくづく思った。

自分達は、少し――、遅すぎたのかもしれない。

 

一緒にいる時間は長かったが、自分達の間には最後まで見えない壁があったのかもしれない。それは遠慮だったり、或いは理解だったり。

たとえば、そう、もしも手塚ともう少しだけ、あとほんの少しだけ腹を割って話す事ができていたのなら。心を許し合えていたのなら。結末は違う物になっていたのかもしれない。

 

けれどもそれは全て過ぎ去った話でしかない。

手塚は死に、ほむらが生き残った。その事実と、示された運命から目を逸らしてはいけない。

 

 

「彼は言ったわ。生きろと」『ユニオン』『コピーベント』

 

 

手塚の命を引き換えに生き延びたんだ。無駄死にはできない。

そしてただ何の考えも無く生きる事もできない。

生き残った者として果すべき目的が、責任がある。

龍騎はほむらの意思を感じると、強く握った拳を払ってカードを引き抜いた。

 

 

「手塚――ッ! 俺も、戦う!」

 

 

お前が運命に勝てたなら、俺だってフールズゲームに勝てる筈だから。

今ただ切に、それを信じたい。

 

 

「ウラァアアアアア!!」

 

「グッ!」

 

 

怒り、怒り、怒り、憎しみ、憎しみ、果て無き憎悪が王蛇を包んでいる。

その全てを力に変えて、対象を壊そうとする。

この世界にはイライラさせる物が多すぎる。だったら全部壊してしまえば良い。

しかし全部が無くなれば、壊すものが無くなってまたイライラする。

そして壊す時は面白い。だからこそ無限に戦いが続いてもらわないと困るのだ。

 

 

「「ハァアッ!!」」

 

「!」

 

 

ナイトを飛び越える様にして、龍騎とほむらが飛び出した。

エビルダイバーの背から勢いをつけて跳んだ二人の手には、それぞれ右と左にドラグクローが装備されていた。

 

ほむらの左手にあるのはコピーベントによって複製された物だ。

龍騎とライアの戦いでも、ライアが使用していた。

そのまま二人は、ありったけの力を込めてストレートパンチを王蛇の胴体に叩き込む。

さらに同時にドラグクローから炎を発射、王蛇は二つの炎弾に押されて吹き飛んでいった。

 

 

「ハァァアアア……ッッ!」

 

 

攻撃は終わらない、龍騎はドラグクローを構えて腰を落とす。

ほむらも龍騎と鏡合わせの様に、向きだけが反対であるが、同じポーズをとる。

龍騎とほむらの周りを激しく旋回するドラグレッダー。そして同じく旋回していくエビルダイバー。

 

 

「ほむらちゃん!」

 

「ええ!」

 

 

頷きあう二人、同時にドラグクローを突き出した。

すると放たれる巨大な炎。龍騎とほむら、そしてドラグレッダーの炎を一つに纏めた巨大な炎弾が、王蛇に向かって飛んでいく。

さらにそこへエビルダイバーの紫電の光が纏わりついた。。

多くの意思が詰め込まれた炎塊が、王蛇を撃つ。

 

 

「アァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

立ち上がった王蛇に命中する巨大な炎弾。

しかし王蛇はなんと、武器も使わずに素手でその炎を手で受け止めた。

両手を広げて炎をガッチリと受け止め、ありったけに叫ぶ。

憎悪もまた力なのだ。王蛇は全てのイライラを炎弾にぶつける様に、力を解放した。

その結果、自分の体よりも大きな炎を押し潰すようにかき消してみせる。

 

 

「ッ! なんて奴なの……!」

 

「でもダメージは受けた筈だ!」『ソードベント』

 

 

ドラグセイバーを構えて走り出す龍騎。

ナイトの横を通り過ぎて、真っ直ぐに王蛇へと向かう。

それを見詰めるナイト。彼もまた、ため息をついて飛び上がった。

 

 

「う゛ッ!」

 

 

ナイトは走ると、龍騎の肩を蹴ってさらにジャンプを行う。

その高さから動きを止めている王蛇へ、ダークバイザーを振り下ろした。

 

 

「おい蓮! 勝手に人の肩蹴るなよ!」

 

「フン!」

 

 

そうは言いつつ、二人は絶妙のタイミングで剣を交互に王蛇へ当てていく。

王蛇も抵抗しようとはするのだが、エビルダイバーの雷撃が麻痺効果を生み出しているのか思うように動く事ができない。

 

 

「イラつくぜェえエ!!」

 

 

振り下ろす拳。

しかし龍騎とナイトの出した剣が、クロスしてその拳を受け止めた。

そしてその時、二人の背後からほむらの声が聞こえる。

見れば、バズーカーを持って構えている所だ。

と言う事は――

 

 

「避けて!」

 

「「!」」

 

 

右に跳ぶ龍騎、左に跳ぶナイト。

それを見たファムは過去の事を思い出した。

コンビニで強盗に出会ったとき、右から真司が突進して、左から蓮が突進していたか。

なつかしいデジャブだ。しかし今回はお互いの距離が離れると言うのが少し切なげに見えてしまう。

 

すると爆発音が聞こえる。

左右にとんだ二人の間からバズーカーの弾丸が飛んできて、王蛇に直撃したのだ。

凄まじい衝撃と熱に感じて、王蛇はたまらず地面を転がっていく。

しばらくして動きが止まったが、同時に遠くで爆発が見えた。

 

崩壊していく槍が見える。

どうやら杏子が負けたらしい。それが王蛇のイライラを少しだけ抑えた。

冷静になる。杏子が負けたと言う事は、もう彼女に気を遣う必要はなくなったわけだ。

つまり、融合していたミラーモンスターを戻すことができる。

王蛇はデッキからカードを抜き取ると、バイザーへと装填した。

 

 

『アドベント』

 

「「「!」」」

 

 

立ち上がる王蛇の背後に現われるジェノサイダー。

その口から、火炎放射の様に勢いよく溶解液を吹き出していった。

なんとか後ろに跳ぶ事で回避を行うナイトと龍騎、だが王蛇は素早くもう一枚のカードを。

 

 

『ファイナルベント』

 

「しま――ッ!」

 

 

王蛇の背後にいたジェノサイダーが消し飛んだかと思うと、一瞬で龍騎の背後に移動する。

ヤバイ! と肝を冷やすが、その『一瞬』に対抗できる者が同じくして存在していた。

エビルダイバーだ。しかし龍騎を助けにはいかない。ジェノサイダーから少し離れた横に位置を取る。

 

 

「グジャアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「うッ! うおぉおぉおおぉおお!!」

 

 

ジェノサイダーが巻き起こすブラックホール。

なんとかして吸い込まれまいと走る龍騎だが、凄まじい引力が紫の闇へと引き寄せていく。

 

 

「これはヤバイ! やばいやばいやばいッッッ!!」

 

 

焦る龍騎だが、その時ほむらが魔法を発動した。

 

 

『ユニオン』『トリックベント』

 

 

チェンジ・ザ・デスティニー。

エビルダイバーとほむらの位置が変わる。

 

 

(自分が救われた技で、誰かを救えたのなら、きっと貴方も――)

 

 

ほむらは既に両手にミサイルランチャーを構えており、それをすぐに発射させた。

魔法で重量と反動を抑えたそれらだが、威力はむしろ上がっている。

凄まじいスピードで二つのミサイルがジェノサイダーの側面に命中していった。

 

 

「グガガガガァアア!!」

 

「チッ!」

 

 

ブラックホールが消え、横に倒れるジェノサイダー。

中断されるドゥームズデイ。龍騎は助かったとほむらに大声でお礼を。

同時に走り出すナイト、ココがチャンスだと叫ぶ。

王蛇もソレを理解したのか、ジェノサイダーの融合を解除するとベノスネーカーのみ消滅させてナイトとぶつかり合った。

 

 

「グオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

残ったベノゲラスとベノダイバー。

前者は龍騎に突進していき、後者はファムを狙う。

 

 

「よぅし、こうなったら――ッ!」『ガードベント』

 

 

 

龍騎はドラグケープを出現させると、闘牛の様にベノゲラスの突進を受け流した。

多くの人を食らったベノゲラス。アレは絶望、王蛇の抱える狂気でもある。

 

 

「来いッ!」『アドベント』

 

 

攻撃をかわすと同時に、発動するカード。

すると空を切り裂きドラグレッダーが現れた。

龍は炎弾を発射し、ベノゲラスの背後に直撃させる。

爆発がおき、ベノゲラスは大きくバランスを崩して倒れた。

その隙に、龍騎は自身の紋章が刻まれているカードを抜きとる。

 

 

「コレは人に使うものじゃない、絶望を砕く為のカードなんだ!」『ファイナルベント』

 

 

ドラグバイザーの目の部分が光る。

 

 

「フッ! ハァアアアアアア……ッッ!!」

 

 

両手を前に突き出し、踊るように手を旋回させる龍騎。

それに合わせる様にドラグレッダーも彼の周りを飛び回る。

そして地面を蹴って、龍騎達は空中に舞い上がった。

 

 

「グ――ッ! ゴオオオオオオオオオ!!」

 

 

ベノゲラスは立ち上がると、空中に舞い上がる龍騎を確認。

大技が来るとは理解できた。しかしだから何だと言うのだ。ベノゲラスは足を地面に擦ると、再び龍騎に向かって突進を行う。

多くの人を食い、命を取り込んだため、スペックはドラグレッダーをも、優に上回っている。

あんなちっぽけな炎など、自らの突進で逆に粉砕してやるとの勢いだった。

 

 

「ダアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

「グギアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

だが、しかし――!

ドラゴンライダーキックは、ベノゲラスの血に塗れた角を叩き折り、粉砕し、破壊すると、突進してきたベノゲラスを何の事なく吹き飛ばして爆散させた。

一方で叫びながら逃げるファム。彼女の追いかけるベノダイバーだが、その時無数の火花が散った。

 

 

「うお! マジで助かった! ありがとーッ!」

 

「下がってて!」

 

 

エビルダイバーに乗ったほむらが、ファムの前に出た。

再び突進してくるベノダイバーを紙一重で避けと、エビルダイバーに指示を出して後を追わせる。

ベノダイバーも多くの人や魔女の命を捕食している為、スペックはオリジナルのエビルダイバーよりも何倍も上だ。

 

しかしほむら自身がエビルダイバーを操作している為、回避がギリギリで可能だった。

さらにそれだけではなく、避ける際にチェーンソーでベノダイバーの尻尾を切断する事にも成功していた。

 

それに激高したか。

ベノダイバーは真正面からの突進を仕掛けてきた。

小細工はいらない、真正面からエビルダイバーを殺そうと言うのだ。

騎士が死んでいる以上、エビルダイバーが死ねばその時点で手塚の命は完全に費える。

しかしあえて、ほむらはエビルダイバーを引っ込めない。

そもそも偽者が目の前にいると言うのに、引くのは屈辱的だ。

 

 

「そうでしょ?」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

 

エビルダイバーを優しく撫でるほむら。

それと同時に、彼に激流と紫電が纏わり付く。

さらにほむらはガトリングガンを取り出して、勢い良く弾丸の嵐をベノダイバーにぶち込んでいった。

 

回転しながら激しく銃弾を放つガトリングガン。

その勢いと威力に、ベノダイバーもやや減速していく。

そこへハイドベノンが叩き込まれた。競り合いを始めるベノダイバーとエビルダイバー、しかしエビルダイバーに乗っているほむらはフリーな訳で。

 

 

「ハァア!!」

 

 

彼女は日本刀を引き抜くと、魔力を多めに供給した刃をベノダイバーの背中に突き入れる。

一点集中のピンポイント攻撃、しかし日本刀は簡単にバキンと割れて終わった。

自分だけの力じゃ無理か。少し悔しげにしながらも、ほむらはソレを魔法を発動する。

 

 

『ユニオン』『トリックベント』

 

 

発動するのはスケイプジョーカー。

ほむらとエビルダイバーの身体が消し飛び、ベノダイバーの突進をジョーカーのカードが代わりに受ける。

対してほむら達は、ベノダイバーの真上に現われた。

ハイドベノンは継続中であり、一瞬で最高速に達した二人は、ベノダイバーの身体にファイナルベントを直撃させた。

地面に叩きつけられたベノダイバー。さらにそこへロケット弾が直撃して爆発。

粉々に消し飛ぶ敵を見て、ほむらは安心したようにエビルダイバーを優しく撫でていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ!」

 

「ぐあァッ!」

 

 

ナイトの突き出した剣が、王蛇の胸を捉える。

地面に倒れる王蛇と、剣を構えなおすナイト。

 

 

「お前の攻撃は見切った」

 

「イラつくぜェ、ああ最高になァ!!」

 

 

立ち上がる王蛇は、力任せにナイトを殺そうと暴れまわる。

しかし先ほどや普段の王蛇ならば少し気のきいたフェイントだの、二段構えの攻撃だのを行っていたが、イライラが募ってきたせいか、今はただ相手を一撃一撃で殺す事しか考えていない。

確かに力では勝てないが、ナイトは冷静に王蛇の攻撃をかわしていくと、カウンターの一閃を打ち込んでいく。

 

 

「消えうせろォオオオ!!」『ファイナルベント』

 

 

王蛇の背後に現われるベノスネーカー。

そして飛び上がる王蛇。ナイトもまた、ファイナルベントを発動して空に舞い上がる。

その途中で彼らは、ベノダイバーを倒すほむらを。ベノゲラスを倒す龍騎を見た。

 

彼等には彼等の意思がある。

戦いに必要なのは、スペック、そして心だ。

対人戦では力を発揮できない龍騎も、ベノゲラス相手には己の全てを出し切ることができる。だからああして、勝利を収めたのだ。

城戸真司と言う男を、ナイトはよく知っている。

アレは当然の勝利だ、だからこそ自分も迷ってはいけない。

 

 

「ダークウイング! 力を貸せ!!」

 

 

ナイトが司るのは決意だ。

ならば自分も、その揺ぎ無い決意にて力を示すしかない。

 

 

「ハァアアアアアアアアッッ!!」

 

「ァア゛アアアアアアアッッ!!」

 

 

飛翔斬と、ベノクラッシュがぶつかり合う。

ドリルのように突き進むマントへ連続蹴りが叩き込まれ、衝撃が内部に伝わってくる。

まず一度目。揺れる脳が視界を真っ白に変えた。

しかしそこに浮かび上がるのは、恵里の姿だ。

 

二度目の衝撃がナイトを包む。

浮かび上がる疑問。なんの為にデッキを覚醒させたのか。

なんの為に武器を取ったのか。なんの為にココに立っているのか。

 

三度目の衝撃で、ナイトはハッキリと意識を取り戻す。

そうだ、全ては恵里の為。彼女を愛した時から、世界の全てが敵になってもナイトには彼女の守る義務ができた。彼女の味方であり続ける義務が生まれた。

永遠に恵里を守ると誓った決意がある。

 

 

(恵里――ッ!)

 

 

彼女を、愛しているんだ。

たとえ全てを犠牲にしても、彼女だけは守りたい。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「ッ!」

 

 

だから、消えろ。

ナイトの飛翔斬が回転速度を増して、王蛇の蹴りを弾いて進む。

吼える王蛇。何としても殺すと、蹴りのスピードを上げるが、ナイトの飛翔斬の勢いがソレを許さない。

 

秋山蓮の胸にあるネックレス。

恵里と買ったおそろいの指輪だ。本物じゃないが、ソレは本物になるつもりだった。

誓いが、約束があったんだ。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「ウッ! ガァアアアアアアアア!!」

 

 

だから俺は決意したんだろう。

恵里を助けると。何を犠牲にしても彼女を守る。

だから、だからこそ俺は――ッ!

 

 

「俺は、決意した!」

 

「グッ!」

 

 

衝撃と共に弾かれる王蛇の足。

無防備になった王蛇だが、ナイトの勢いは全く死んでいない。

改めて決意を固めたことで、彼の力が跳ね上がる。

揺ぎ無い絶対の意思、FOOLS,GAMEに勝ち残り、願いを叶える。

 

 

「それが俺の、揺ぎ無い決意だ!」

 

「ォオオ……!」

 

「消えろ!」

 

「グオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

ナイトの一撃が王蛇を捉た、場所は――、デッキ。

粉々に落ちる破片、王蛇の鎧が消し飛び、浅倉は怒りの表情を浮かべたまま地に落ちる。

対して着地を決めるナイト。彼は剣を構えたまま、浅倉の元へと歩き出す。

 

 

「終わりだ……!」

 

「ッ! やめろ、蓮!!」

 

 

龍騎はその意味を理解して走り出した。

ファムの言ったとおり、ココからが問題なのだ。ファムもまた地面を蹴る。

蓮は――、ナイトは、浅倉を殺す気なのだ。

 

 

「黙れ! 俺はもう迷わない!」『シュートベント』

 

 

ダークバイザーに纏わり付く風。

ウインドカッターでナイトは迫る龍騎とファムに風の斬撃を当てていく。

地面に倒れる二人。だがナイトが再び浅倉を睨むと、そこには光の翼を広げて浅倉を守る鹿目まどかが見えた。

 

 

「チッ、どけ!」

 

「どかない! どきません!」

 

「アァアアアアアアア!!」

 

「「!」」

 

 

その時、浅倉が立ち上がる。

イライラは治まらない。だから、まどかに手を伸ばし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ディメンションベント』『ユニオン』『ディメンションベント』

 

「!」

 

 

消える浅倉。

そしてヨロヨロと立ち上がった杏子もまた同じくして消え去った。

呆気に取られる一同の前に、入れ替わる様にして黄金と白が現れる。

 

 

「秋山蓮」

 

「……!」

 

「コレを見ろ」

 

 

言葉を失う一同。

彼等の前に現われたのは織莉子とオーディンだった。

織莉子は万が一の事態に備えて、既に50人の命をゴルトフェニックスに捕食させていた。

その為、復活はすぐに行う事ができたのだ。

 

50人殺しは、死んでからカウントが始まる訳ではないとルールで定められている。

そうやってオーディンを蘇生させた織莉子は、ディメンションベントで王蛇ペアを飛ばしたと言う訳だ。

 

本音を言えば見滝原外にでも飛ばして即死させたかった所だが、あいにくとそれは強力すぎるのか、ワープの指定場所に見滝原の外を選ぶ事はできない。

結果、廃墟となっている教会に飛ばしておいたと織莉子は素早く説明する。

 

ちなみに王蛇ペアの拠点が丁度ソコなのだが、それは偶然だ。

それを知っているのはほむらも、特に説明する事はなかった。

 

 

「かずみ……!」

 

「オーディンが見つけてくれました。少し離れた所で倒れて気を失っていたと」

 

 

オーディンがナイトに見せ付ける様に掲げたのは、彼のパートナーであるかずみだ。

ワープして逃げた彼女だが、もう跳ぶ力も残っていなかったのだろう。

ゴルトフェニックスに変われる様になったオーディンが、空から発見したと言う。

 

そう。復活した騎士は、媒体がミラーモンスターの為、アドベントはミラーモンスターを呼び出すのではなく、自身をミラーモンスターの姿に変化させると言う効果に変わる。

早い話が、一心同体になったと言うべきか。

 

 

「貴方がこれ以上戦うと言うのなら、まずはパートナーである彼女を殺します」

 

「ハッ、そんな脅迫が俺に通用するとでも? パートナーくらい失っても、また蘇生させればいいだけだ」

 

 

ナイトは当たり前の様に言う。冷めた目の織莉子。

 

 

「だったら殺しますよ?」

 

 

かずみの前にオラクルを持ってくる。

 

 

「………」

 

 

少し、ナイトの様子が変わった。それを織莉子は見逃さない。

 

 

「もしも貴方が一端引くと言うのなら、彼女の無事は約束します」

 

「それにキミも理解したほうが良い」

 

 

オーディンは腕を組みながら言った。

この状況。もし戦いになれば、ナイトに勝ち目は無い。

考えてもみて欲しい、龍騎達は皆、協力派なのだ。

 

確かにまどか達はナイトを殺せないかもしれない。

けれどもナイトが勝つこともほぼ不可能と言って良い。

ここで戦うことは全くの無意味なのである。

 

 

「貴方が馬鹿でないのなら、ココで取るべき最良の行動がすぐに分かる筈ですが?」

 

「………」

 

 

唸るナイト。確かに織莉子の言う事は尤もである。

龍騎とファムに加え、まどか達や織莉子とオーディンまでいる状況。

対してナイトは疲労している状態であり、かずみも気絶中だ。

 

 

「かずみを先に返せ」

 

「………」

 

 

オーディンはかずみを掴んだまま歩き出し、言われた通りナイトの方へと差し出す。

ナイトはかずみを抱えると、龍騎を一瞥して、マントを羽に変えて飛び上がった。

どうやら織莉子の言う事に従うらしい。

それはナイトにとっては不本意な事だが、彼とて状況は理解している。

オーディンが本気を出せばタダでは済まないだろう。

 

そしてナイトはまだ50人殺しを達成していない。

この場でかずみを殺されて、自分も死ねば、その時点でアウトだ。

万が一があっては絶対にならない。何としても恵里を救うため、ナイトは撤退を選んだのだった。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

辺りを沈黙が包む。

サキ達にも既に到着した。こうなってくると、危険なのは間違いなくオーディンペアだ。

ほむらやサキ、さやかはまどかを守るように並び立つ。

 

目を細めるさやか。

気のせいだろうか? オーディンがコッチを見ている様な?

それも、少し悲しげに。まあ仮面をつけているから、あくまでも雰囲気の話しだが。

 

 

「鹿目まどか」

 

「!」

 

 

織莉子は変身を解除すると、少し不服げではあったが、深く頭を下げた。

 

 

「ッ?」

 

「私の負けです。どうか私と……、ワルプルギスの夜を倒してくれませんか?」

 

「!」

 

 

後ろへ下がるオーディン。

何もしないと言う意味なのか? そして織莉子もすぐに消えると言う。

一度は同じ様な手で不意打ちを仕掛けた身だ。まどかも当然それを警戒するだろうからと。

 

 

「とにかく私が言いたいのは、この戦いは我々の負けです。貴女の想いはよく分かりました。しかし見滝原にはまだ脅威が迫っています」

 

 

それがワルプルギスの夜だ。

織莉子も今の状況は理解している。ここでグダグダと責め合って、見滝原を危険に晒すのは不本意なのだ。

こうなったら割り切るしかない。ワルプルギスの夜を皆で倒す事が一番賢い選択なのだろうと。

 

 

「詳しい話があれば、他の人を介してお伝えします」

 

 

まどかも織莉子を信用できないだろうから、接触を断つとの事だ。

織莉子は言った。まどかの存在は放置できないものだが、自分の意思は負けた。

だからあくまでも、まどか意思や命を尊重しつつ、自身の目的であるワルプルギスの夜討伐を達成する。

 

 

「貴女がいれば、少しは楽に倒せるかもしれません。今となっては、其方の可能性に賭けるだけ」

 

「……信じていいのか?」

 

 

サキが言う。

織莉子は頷き、隣にいるオーディンもまた頷いた。

オーディンは腕を組んだまま補足を加える。気のせいだろうか? 声のエコーが強くなっており、ますます中身が誰か分からない。

さやかは少し眉を動かしたが、首を振ると話に耳を傾ける。

 

 

「僕も同じ意見だ。今となっては、僕も彼女に拘る必要は無い」

 

「どういう事だ?」

 

「僕は織莉子の意思を尊重しているからね。彼女が鹿目まどかと協力を結びたいと言うのなら従うだけさ」

 

 

少し嘘が入っているが、まあだいたいは本音である。

オーディンはずっと、さやかを見ているだけ。

だからもう今となっては別にまどかがどうなろうと、どうでも良かった。

 

 

「鹿目まどかは確かに危険な存在だ。しかし、魔法少女の中では凄まじい力を持っている」

 

 

当然それはワルプルギスを倒す大きな戦力になってくれる訳で、勝利の可能性が上がると言う事を意味する。絶望すれば終わりだが、注意を払えば勝利後の願いで、まどかを魔法少女の呪縛から解き放つ事ができるだろう。

 

 

「ゲームの終了後の願いは、全ての魔法少女を人間に戻すで文句は無いだろう?」

 

 

一同は何も言わない。それはイエスと言う意味だった。

もちろん、それが叶った上で、再びキュゥべえ達が資源の為にまどかに近づいてくるかもしれない。

その時は全力でまどかを守ると言うプランだった。

もうそれしか鹿目まどかを生き残らせつつ、世界を守る方法は無い。

そしてもしもそれが叶わなければ、改めてその時にまどかを殺すと。

 

 

「それが僕らの結論だ」

 

「とにかく、私はもう、失う訳には行かないのです」

 

 

織莉子は言う。

キリカは死んだ、キリカは親友だったと。

そんな彼女の死を、織莉子は絶対に無駄にはできない。

だからこそ、これ以上意地になっていてはいけないのだ。

織莉子は何としても世界を守らなければならない。そのために、今はまどかの力が必要だ。

 

 

「私は貴女を信じる。だから、絶対に絶望しないと約束してください」

 

「……うん、分かった」

 

 

まどかは強く頷く。

それを見て、少しだけ安心した様に織莉子は笑った。

 

 

「では七日目まで、私は貴女の前に顔を見せない事を誓います」

 

「織莉子さん、わたしは――」

 

「いいんです。失った信頼は大きい、いや大きすぎる」

 

 

それに何より、織莉子もまどかの顔を見れば怒りがこみ上げる。

その言葉に、まどかは唇を噛んだ。まどかとて、そんな事無いよとは本心で言えないからだ。

 

結果的に仁美を殺したのは織莉子だ。

マミやゆまだって。それは簡単に割り切れる物ではない。

まどかもまた、織莉子を見るといろいろ思い出してしまう。

それは精神にとって良くない事だ。

 

 

「何かあれば電話します。逆に何かあれば、電話してください」

 

 

まどかと織莉子は連絡先を交換して別れる事になった。

複雑そうな表情の両者。サキはため息をついて声を上げる。

 

 

「明日、キミの家に行っていいか?」

 

「え?」

 

「駄目なら喫茶店かどこかで話そう」

 

 

信頼関係とは、直接的な対話や関わりの中で育まれる物だ。

これより協力関係になるのなら、最低限の信頼は結んでおきたい。

はっきり言って、今の織莉子とまどかでは、まともな連携が取れるとは思わなかった。

それを聞くと織莉子もまた唇を噛む。いろいろ思う所があるのだろう。

 

 

「罠、と言う可能性を考えませんか?」

 

「罠?」

 

「ええ。貴女が私の家にくれば、私は貴女を攻撃するかも」

 

「ココまで来て疑うのは虚しい。それに、仮にそうだったとしたら私の命を犠牲にして君が危険人物だという事を仲間に証明する事ができる」

 

「ちょっとサキ」

 

 

ファムは肩を掴む。

今の言い方が、自分の命を軽視している様で気に入らなかったのだろう。

しかし織莉子としては、確かにと頷くしかできない。

 

 

「分かりました。住所を後でメールしておきます。いつでも来てください」

 

「ああ、ありがとう」

 

 

織莉子はペコリと頭を下げると踵を返す。

無防備な背中を一同に見せるのは敵意が無いと言う表れだろうか?

そしてオーディンはアドベントでゴルトフェニックスに変わると、織莉子を乗せて飛び立っていった。

 

 

「……終わったの?」

 

 

さやかが心配そうに呟く。

ほむらも、ようやくそこでさやかに気づいた様だ。少し驚いたように表情を変えた。

サキはもう一度ため息をつく。

 

 

「ああ。とりあえず今は、終わりだ」

 

 

サキは一同を見まわし、もう一度弱弱しく呟く。

 

 

「私達の勝ちだ」

 

 

気が付けば空は赤く染まっており、夕日が参加者達を赤く染めていく。

一同はしばらく無言でその場に立ち尽くしていた。

勝利の喜びと言うよりは、ずっと己を縛っていた長い緊張から解き放たれた安堵に身を任せていたのだろう。

しかし龍騎やほむらは、確かにそこに立っているまどかを見て、たしかな希望を感じていた。

 

 

「帰ろう」

 

 

サキの言葉で止まっていた時間が動き出す。

こうして多くの命が失われ、復活し、交差する戦いが。

一つの運命が変わった戦いが終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し、時間を巻き戻そう。

ライアはキリカとタイガを縛り、見滝原外に出る事によってルールによる死を狙った。

しかし土壇場でキリカが脱出。地に落ちたキリカは、すぐに空を見上げる。

 

 

「相棒ぉおおおお!!」

 

 

手を伸ばすキリカ。

しかしもう遅かった。ライア達は一瞬で遠くに、つまり見滝原の外に出て行く。

汗を浮かべて立ち尽くしていると、頭にキュゥべえの声が聞こえてくる。

 

 

『やあ、呉キリカ。たった今パートナーの死亡を確認したよ』

 

「ッ!」

 

 

キリカはフラフラとへたり込んで、空の向こうを見る。

ルールとして定められていたんだ。見滝原の外に出れば死ぬと。

そしてライア達はエリア外に出た。だったら死ぬのは当然、何もおかしな事は無い。

 

 

「――ぅ」

 

 

キリカはグシグシと服で目を擦る。

 

 

「すまない相棒、私の涙は織莉子だけの物なんだ。だからキミの死で泣く訳にはいかない」

 

 

彼女はキュゥべえから告げられるパートナー蘇生のシステムを聞き入れた。

50の命をデストワイルダーに捧げる事で、ミラーモンスターを騎士へと昇華させると。

 

 

「殺せばいいの? 食わせたほうがいいの?」

 

『一応殺すことでもカウントされるけど、食べさせた方が強化できるからオススメだよ』

 

 

しかしココで問題が一つ。タイガが殺した分はカウントされないと言う。

キリカはまだ50人も殺してはない。

フムと唸るキリカ。織莉子には怒られるかもしれないが、タイガは大切な相棒だ。蘇生させてあげたいと思う。

 

 

「よし、食わせにいくか」

 

 

待ってろよ相棒、すぐに復活させてやるぜ。

キリカはそう笑うとデストワイルダーを撫でて生贄を捜しに出発する。

確かに運命が変わったのは驚いたが、だからと言って織莉子とオーディンが負ける訳が無い。まどかもほむらも死んで皆ハッピーだ。

 

 

「ん?」

 

 

変身を解除して道を歩いていくキリカ。

まだ痺れが少し残っている様な気がする。

そんな時、道の端に一匹の猫が寝ている事に気が付いた。

黒猫だ。キリカはホウと唸ってそちらへ近づいていく。

 

 

「猫ちゃんミャーミャーどうしたのさ?」

 

 

別に猫が好きで仕方ないと言う訳ではないが、東條からダニーの話を聞いていたため、何故か不思議とその黒猫が気になってしまった。

常に織莉子の事を気にかけるキリカが、初めて織莉子を置いて優先させた事なのかもしれない。もちろん織莉子への想いが薄れたと言う訳ではないが、やけに黒猫が気になってしまったのだ。

 

 

「………」

 

 

キリカは黒猫を撫でながら、白猫――、ではなく、デストワイルダーを見る。

その性質は英雄らしいが、東條は一体どんな英雄像を目指していたのだろうか?

たとえばキリカが考える英雄とは、織莉子を守れる存在だ。

でもきっと東條の中にいた英雄は違う。

 

 

(そうだろ? 相棒)

 

 

キミは一体どんな英雄になりたかったのか……。

 

 

「あ」

 

 

少し乱暴に撫ですぎたか、猫はキリカの指を噛むと逃げる様に走り出した。

ゴメンゴメンと頭をかくキリカ。しかしその時に聞こえるクラクション。

まさか――、思わず変身して飛び出す。するとやはり、急に猫が道路に飛び出した物だからトラックが急ブレーキを踏んでいるじゃないか。

 

このままだと猫にぶつかってしまう。

普段のキリカならば助けなかったかもしれないが、今は違った。

減速魔法をかけつつ、自らは全速力で飛び出した。

 

 

「――ッ」

 

 

ドンと大きな音がして、視界がグルグルと反転して、滅茶苦茶になって。

そして、そして、そして――……。

キリカは倒れた。

 

 

「………」

 

 

悲鳴が聞こえる。

地面に伏せたキリカは、無言で状況を整理していた。

全身が痺れる様な感覚だ。ライアのエビルダイバーの電撃が原因だろう。

それが残っている状態で無理に身体を動かしたものだから、余計に痺れている感じがする。

そうしていると、キリカの周りに人が集ってきた。

キリカはそれを確認しつつも、無言で首だけを動かして辺りを見る。

 

 

「大丈夫ですか!」

 

「誰か救急車ッ! 早く!!」

 

「意識あるかッ? 安全なところに移動させろ!」

 

 

大人たちが集ってキリカを安全なところへ運ぶ。

それをボケーっと感じるだけだった。

トラックに轢かれたキリカは確かにダメージと衝撃は受けた。

しかし魔法少女に変身しているため、なんの事は無い。麻痺が残っているため、動かないだけで命に別状は無いし、立ち上がる事も出来る。

 

 

(あ……)

 

 

キリカは猫が無事なのを確認する。

猫はキリカを少しだけ見つめていたが、すぐにまた人の気配を感じて走り去ってしまった。

 

 

(……気まぐれな奴だな)

 

 

キリカはそう思いながら自分の回復に専念する。

10秒もあれば元通りだ。大人達は今も大げさに叫んでいる。

まあ普通、人間はトラックに轢かれれば死ぬんだから当たり前だろうが。

 

 

(そういえば相棒の話じゃ、車に轢かれそうになった親子を助けた人が英雄とか言われていたんだっけ)

 

 

だったらは私も英雄になれたって事でいいのかな?

なんだよ、簡単になれるじゃないか。キミも死ななくても良かったのに。

だってもう英雄なんだよ。キミより先になれたんだ。それを知ったら君は怒るかな?

ううん、きっと祝福してくれる筈だ。だって私はキミなんだから。

そうでしょ? 相棒――……。

 

キリカは立ち上がろうとするが、自分を囲んでいる多くの人にうんざりしていた。

しかし丁度良いと思う。こいつ等を食べさせて相棒を復活させようか。

キリカはそう思いつつ、もう一つだけ考える。

 

今、こうしてキリカは英雄になった訳だが、なんだか実感が湧かないと言うか、何かが変わった気もしない。

東條は一体、英雄になって何をしたかったんだろう。

 

 

「トッコ」

 

 

その時、キリカは肩を触られる感触を覚えた。

そして人々のザワザワとする声の中に混じって――

 

 

「デル」

 

 

低い、少女の声が。

 

 

「マーレ」

 

 

ポンと音がして、キリカは自分のソウルジェムがコロコロと地面に転がるのを確認した。

え? なんで? あれは駄目だよ、アレが無いと私は。

キリカはすぐに手を伸ばそうとするが、手が動かない。足が動かない。

見れば地面のアスファルトが変形していて、コの字の留め金みたいになっている。

それが手をガッチリとホールドし、キリカは立ち上がれなかった。

そうしている間にコロコロコロコロとソウルジェムが離れて行って、そして浮き上がる。

 

 

(何、コレ)

 

 

キリカが遠のく意識でそれを見ているだけしかできなかった。

駄目、そんなに離しちゃ駄目。なんでソウルジェムが飛ぶの? なんでソウルジェムが私から離れていくの。

誰もいないのにひとりでに宙に浮いて、訳がわからないよ織莉子。

 

ねえ、まだ私の知らない事がいっぱいあるんだね。

後で織莉子に教えてもらわないと。

あれ? 音が遠くなっていく。織莉子、私はもしかして――

 

ああ、ごめんよ織莉子。

やっぱりキミを優先させておくんだった。

寄り道なんてしないで、まっすぐにキミの元へ行っていれば。

愛してるよ織莉子、だからこんな役立たずの屑を許し――……。

 

 

「気をつけよう」

 

 

しばらくして、宙に浮かぶキリカのソウルジェムが言葉を放つ。

いや、違う。これはソウルジェムの言葉ではなく。

 

 

「暗い夜道と魔女の罠ってね」

 

 

公園のベンチに姿を現したのは神那ニコ。

彼女はキリカのソウルジェムを掴んでココまでやってきたのだ。

ニコは、ソウルジェムを太陽にかざしながらニヤリと笑う。

 

 

織莉子(ママ)とはぐれちゃったのかな? お嬢ちゃん」

 

 

まあ、もう聞こえてないか。

既にキリカとの距離は200メートルは離れている。

ソウルジェムが肉体の操作権を失うのは100メートル前後離れている時だと聞いた。

念のためにもう100メートル離れたのだし、レジーナアイを確認する限りはキリカも元の位置から動いてはいなかった。

 

 

「それにしても思わぬ収穫だったな」

 

 

ニコは手でキリカのソウルジェムを弄りながら携帯を確認していた。

まさかコッチにライア達が飛んでくるとは思わなかった。彼ら等の戦いは、透明化させたバイオグリーザに確認させていたが、ライアがコチラに来たときは驚きが隠せなかった物だ。

 

さらにキリカが脱出したのも、ニコにとっては最高に良い状況であった。

姿を消してキリカの後をつけていたが、まさかあんな良いタイミングで動きを止めてくれるなんて。

 

 

「ニコちゃんの普段の行いがいいからだな、うん」

 

 

さて、茶番はいいから本題と行くか。

ニコは再び透明になると、手塚が越えて行ったボーダーラインを目指す事に。

適当な車を見つけて飛び乗ると、しばらくすれば見滝原とその外のラインにやってくる。

ライアの時も確かめたかったが、どうにも空にいるのに加えて、速すぎてよく分からなかった。

 

ニコは大きな疑問を持っていた。

たとえば見滝原の外に出られないのは、既に見滝原の外の世界が滅んでいるからなのではないだろうかと。

しかしその考察は外れる。ミラーモンスターは外に出ても問題ない訳で、ビジョンベントで『風見野』が普通に存在しているのを知った。

そもそもネットじゃ今も外の町の様子が確認できるし、テレビだって生放送のお昼番組が毎日放送されている。

 

となれば、次の疑問の答えを求めていきたい。

それはルール違反で死ぬと言う点だ。参加者はどうやって死ぬのかが気になっていた。

爆発? それとも一瞬で粒子化とか? その答えをニコはどうしても知りたかった。

自分で証明してもいい訳だが、それはちょっと『目立ち』すぎる。

 

 

「………」

 

 

ニコは自分の分身を作り上げると、キリカのソウルジェムを持たせる。

本体は透明になったまま、少し離れた位置にスタンバイしておく。

爆発でもされては、巻き込まれる可能性があるからだ。

 

気になるのは、ソウルジェムが外に出たらどうなるかだ。

騎士の分身であるミラーモンスターは許されたが、魔法少女の本体はどうなのだろう?

さすがに本体なのだから、許されない筈だ。

 

 

「さ。じゃ、ま、ニコ選手お願いしまーす」

 

「了解! ニコ選手、小さく振りかぶって――!」

 

 

などと、透明で一人芝居と言うのは悲しいものだが、ニコは分身と会話を行いながらキリカのソウルジェムを思い切り――!

とは行かず、そっと地面に落とす様に投げた。

 

 

 

「!」

 

 

すると、キリカのソウルジェムは当然ルールに従い砕ける事に。

しかしその方法は、ニコが予想していた物とは全く違う方法であった。

 

 

(おいおいおい、隠せよ少しは! コレってつまりそう言う事なんだろ?)

 

 

ニコは汗と笑みを浮かべて後退していく。

いやいや、コレもまだ確定ではないか……。

 

 

「チッ、仕方ない」

 

 

危ない橋、渡っちゃおうかな。

ニコは踵を返してレジーナアイの画面を見詰める。

その時、脳に伝わるタイガペア退場のアナウンス。

 

 

「申し訳ない事をしてしまったな」

 

 

棒読み。

ニコはアンニュイな笑みを浮かべたままだ。

 

 

「ま、コレそういうゲームだし。悪いな呉キリカ」

 

 

ニコはリアクション薄く、完全に気配を消失させた。

そして時間が経って、夜。ニコは再び街に姿を現した。

 

 

『もう……、お前の顔は見飽きたぜ』

 

「こんな美少女の顔を何度も拝めるんだ、最高に幸せだろ?」

 

 

公園。

ジャングルジムの上で寝ていたジュゥべえの横に、ニコは座った。

 

 

『なんだよ、なんだよ、なんなんだよ、次は何を聞くんだよ』

 

 

投げやりなジュゥべえ。

ニコがキュゥべえではなくジュゥべえに近づいたのは理由があっての事だ。

どちらかと言えばジュゥべえの方がまだ擬似的な感情がある分、話が引き出しやすいと踏んだのだ。

 

即、話を切り出すニコ。

ある情報を教えて欲しいとの事だった。

大事な情報だ。とても大切な情報だ。

その質問を聞いて、ジュゥべえは珍しく無言になって固まっていた。

そして大きなあくびを一回。

 

 

『オイラと先輩に決まってんだろうが。つかノーコメントだな、ソレはゲームに関係ない』

 

「いいじゃんか、ケチんぼ。お前と私の仲だろ?」

 

『しらねぇよ、とにかく余計な事を言うとオイラが先輩に怒られるんだ』

 

「つまり、余計な事なのか? どうでもいい事じゃなくて、余計な情報が――」

 

『かぁー! お前友達すくねェだろ。いいかよ神那ニコ。友情を長続きさせるには一定の距離を保つ事が大事だぜ?』

 

 

じゃあな。

早口に言ってジュゥべえはニコの前から姿を消す。

フムと頷くニコ、確かにそりゃ大事な事で。

しかし、結局まともな話が聞けなかった。

 

 

「酷い奴だよ」

 

 

ニコはうんざりだ。

けれども、より一層彼女の中にある不安に似た疑問は膨れ上がっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おいおい。ありゃ気づいちまったんじゃねーか?』

 

「……だとしても、問題は無いだろう」

 

『まあ、それも演出の一環だわな』

 

 

メガネを整える。

夜は進む。時は、流れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【五日目】

 

 

「そっか、皆……、本当に死んじゃったんだね」

 

「ああ」

 

 

昨日、それぞれ家に戻った一同は死んだように眠りに落ちた。

ソウルジェムを操作せずとも、疲労は凄まじく、美佐子は一瞬本当に死んでしまったのではないかと思った程だとか。

 

ちなみに、さやかも美佐子の家にお世話になっている。

さやかに関しては、パートナーシステムやルールの関係で死後、情報が消されなかった。

つまり世間の人間には、まだ美樹さやかを知っている者がいると言う訳だ。

もちろんそれは家族も。そんな状態で家に帰れる訳が無い。

 

 

「なるべく外出も控えるんだぞ」

 

「ぶー、ゾンビさやかちゃんって事ですか」

 

「とは言え、いつまでもこのままではな……。そこはいずれ考えよう」

 

 

一同はリビングで紅茶やコーヒーを飲んで落ち着いていた。

美佐子が色々と用意してくれていたのだ。彼女は今日も朝から警察署に向かった。

なんでも、まどか達が戦っている裏側でショッピングモールで爆破テロがあったらしく相当忙しい様だ。

犯人は参加者なのだろうが、だからと言って捜査しないわけにもいかない。

さらに言えば犯人はゾルダなのだが、一同がそれを知るよしもない。

 

 

「それで――」

 

 

現在、会話はさやかが退場している間に起こった事のおさらいだ。

芝浦が学校を魔女に侵食させ、多くのクラスメイトや仲間が死んだ。

さやかは複雑に表情を歪ませる。

 

 

「ゆま……、中沢達も……」

 

 

中沢昴、上条の友達と言う事で、さやかも何度となく話した事がある。

仁美への恋心がある事も、様子を見ていればすぐに分かった。

しかしその淡い恋心は叶う事無く消えていく。

 

下宮鮫一だってそうだ。

彼も上条の友人と言う事で、話す機会は他の男子よりも多かった。

中学生とは思えない落ち着きで、ある種ほむらに似ていた様な。

下宮は死体すら見つかっていない。そういう生徒は他にも沢山いる。

みんな使い魔か魔女に食われ、両親はいつまでも帰りを待っているのだろう。

ゆまも、いろいろ辛い思いをさせてしまった。謝りたかったのに。

 

 

「仁美も……」

 

 

リーベエリスでの出来事も説明しておいた。

あとは、そう。上条の事だ。ほとんどやり取りはしていなかったが、まどかの携帯アドレスを知っていたので、上条は一通のメールを送っておいた。

 

それは風見野に引越しを行うと言う内容。

まどか達はそれを信じて、まさか彼がオーディンとは思わずその情報を鵜呑みにしていた。

それはさやかも同じだ。風見野に行かれては、追う術も無くなる。

ましてや現在さやかはゾンビ状態。上条はゲームと無関係だと思っているため、連絡は取れない。

 

それだけじゃない。

上条の両親や、彼の家は暴力団によって壊されたが、最近の見滝原では連日死者の情報が更新されていく。

葬儀もまとめて行われると言う異例の事態になっているので、誰も気がつけなかったのだ。

 

 

「それで、さやか。北岡さんのことは……」

 

「うん。それはね――」

 

 

さやかは北岡を蘇生させる気は無かった。

気のせいかもしれないが、好きにしろと言ってくれた気がする。

それでも思う所は多い。さやかは目を閉じて一筋涙を流す。

しかしすぐに表情をキリッと変えると、頬を叩いて気合を入れた。

 

 

「悲しむのはあとあと!」

 

 

とにかく今はワルプルギスの夜を倒さなければ。

さやかの言葉に、皆は同意する。最強の魔女を倒さなければ、見滝原は壊滅的な被害を受けると言うのだから。

 

 

「でさ、そのボナプロガツの夜って強いの?」

 

「ひ、一文字しかあってないぞさやか。ワルプルギスだ。しかもどう考えてもソッチの方が言いにくいだろ!」

 

「あれ? まじ? あ、あはは! 恥ずかしっ!」

 

「ふふっ」

 

 

顔を真っ赤にして頭をかくさやかと、笑みを浮かべるまどか。

リビングにはまどか、サキ、美穂、さやか、ほむらの五人が座っていた。

まどかはもう家に帰れない。かずみは父親の知久にも洗脳魔法をかけていてくれたらしく、さらに回復魔法まで。

 

そのおかげもあってか、知久は病院を退院して、風見野のホテルに詢子たちと共に一週間の宿泊予定だ。

とにかくゲームを終らせればまた家族で暮らせるはず。

まどかはそう信じている。だからそれまでは、彼女も皆と一緒に暮らす事になった。

美佐子には本当に苦労をかけるが、気にしないでと笑ってくれた。今はそれに甘えるしかない。

 

 

「………」

 

 

笑うまどかと、照れるさやかを交互に見て、ほむらは少しだけ唇を吊り上げる。

危険視していた四日目を無事に越える事ができて心に余裕があるのだろう。

それに手塚の事もある。救われた命だ、無駄には出来ないと思う。

そんな中で、ほむらは思わず口にした。

 

 

「うらやましいわ」

 

「え?」

 

 

目を丸めるさやか。

 

 

「羨ましい? あたしが?」

 

「まどかには、貴女の様な友達が必要なんでしょうね」

 

「でへへ、ありがと」

 

 

でも、と、さやかはほむらにウインクを送る。

 

 

「あたしは落ち着いてて美人さんな、ほむらが羨ましいけどね」

 

 

まどかに必要なのはちゃんと見ていてくれる人だ。

 

 

「あたしはどちらかと言うと突っ走っちゃうタイプ、サキさんは逆に甘やかしすぎるタイプ。まどかを立てつつ、しっかり守ってくれるほむらが傍にいるのに適任だよね」

 

「そ、そう……? 礼を言うわ」

 

「うんうん、胸を張りたまえよ」

 

 

面と向かってさやかに褒められる事が慣れていないのか、ほむらはついつい怯んでしまう。

しかし悪い気はしなかった。さやかにお礼と、ぎこちない笑みを返す。

そしてまどかも笑みを浮かべていた。

 

 

「ほむらちゃんも、さやかちゃんも、大切な友達だよ。順番なんてない」

 

「お、うれしー事言ってくれますなまどかは!」

 

「フッ。まどかはモテモテだな」

 

「そ、そんな事はないよ。もう、お姉ちゃんってば。へんなこと言うのやめて」

 

 

つかの間の穏やかな雰囲気と会話に、美穂も安心した様な表情を浮かべていた。

まあ、これが本来の彼女達と言えばそうなんだが。

 

 

「いいね、青春って感じで。眩しく感じるわよ」

 

「そんな歳でもないだろうに……」

 

 

美穂の言葉にサキは一度咳払いを行った。

名残惜しいが本題に戻ろう。さやかの質問は、ワルプルギスの夜は強いのかと言う話だ。

それに答えるのはほむら。彼女は複雑そうに顔を歪めて説明を開始する。

 

 

「強いなんて物じゃないわ。少なくとも魔女と言うレベルじゃない、あれは災害よ」

 

 

貴女も何度となく殺された――、とは流石に言えないが。

 

 

「ほむらは見たことあんの?」

 

「……話に聞いただけ。とにかく戦う時は細心の注意を払って」

 

 

さやかでは、ダメージを与えるためには魔女に近づかなければならないだろう。

それはリスクを背負う物となる筈。ほむらも、ワルプルギスの攻撃パターンを全て知っている訳ではない。

なぜならその前に全滅するからだ。

 

 

「聞いた話では、サイコキネシス、火炎放射、使い魔での攻撃と、バリエーションに富んだ攻撃パターンがあるらしいわ」

 

「油断はできないと言う訳か」

 

「ええ、そうね」

 

 

このまま順調に行けば、ワルプルギスの夜で協力できるのは――

龍騎、まどか、ほむら、さやか、サキ、ファム、織莉子、オーディンの8人だ。

騎士の活躍はそれなりに期待できそうだが、それを込みにして考えても、五分五分がいい所だろう。

 

さらに問題はそこだけじゃない。

これは順調に行けばであって、参戦派の存在がココでチラついてくる。

ナイト、かずみ、杏子、王蛇、リュウガ、ユウリ。そして得体の知れない七番のペア。

半数の8人が、七日目までに何らかのアクションをとってくるのではないかと。

 

 

「最も危険なのが最終日だ」

 

「ええ、ワルプルギスを狙う時が一番無防備とも言えるわ」

 

 

そこを狙われるのはキツイ。

しかし残り二日。正確に言えば明日までに説得するのは不可能と言っても良い。

何とかして彼等を止めつつワルプルギスを倒す。

そして倒した後も――

 

 

「………」

 

 

サキは心の中で思う。

やはりどう考えても王蛇ペアだけは殺さなければならないのかもしれない。

まどかはそれを絶対に認めないだろうが、戦いが終わった後も奴らは必ず参加者を殺そうと襲ってくるはず。

なにより、運命と言う物が、戦いが終わるまでに王蛇ペアと自分達を生かしておくのか?

 

 

(考えていても仕方ないか)

 

 

時計を見るサキ。

そろそろかと、彼女は立ち上がる。

織莉子には事前にメールを送っておいた。それを見てさやかも同じくして立ち上がった。

どうやらサキについて行くらしい。帽子とマスクをつけて、準備は万端だ。

ほむらと美穂には、ココでまどかを守ってもらう。

これで何とかなるだろう。

 

 

「よし、じゃあ行こうか」

 

「ん、任せてサキさん。もしもアイツが暴れだしても、さやかちゃんは一回勝っちゃったりなんかしちゃったりしましたから」

 

「キミの悪い所は調子に乗りやすい所だな」

 

「やだな、それは長所だよ!」

 

 

わーわー言いながら家を出て行く二人。

ほむらは紅茶に口をつけると、まどかと美穂を見る。

織莉子の件がうまくいけば、何とかはなりそうだ。

問題は変更された未来が定まったとき、自分達に都合のいい結果を示すかどうか。

もしも未来がワルプルギスの夜の勝利を示すようならば――

 

 

(手塚、私も未来を変えられるかしら……)

 

 

ほむらは紅茶を置くと、美穂とまどかの名前を呼ぶ。

 

 

「二人とも。七日目までに、なるべく悔いを残さない様にしておいた方がいいわ」

 

「!」

 

「やりたい事とか……」

 

「そうね、悲しいけどその覚悟は持っておいた方がいいかもしれない」

 

 

ほむらの話を聞く限りではワルプルギスの夜は巨大かつ最強。

F・Gのラスボスなのだから、自分達もタダでは済まないはず。

命が助かれば良し、腕の一本や二本くらいは持っていかれるつもりで戦わないと。

 

 

「やりたい事か……」

 

 

美穂は考える。

そうだな、やりたい事くらいやって死なないとな。

ああいや、死ぬならの話だけれど。

 

 

「まあでも実際、ゲーム始まってから私は常にその考えでいるけどね。明日死ぬかもしれないんだから食べる物は我慢しないとか。いつも飲んでいるビール、ずっとプレミアムバージョンにしてたり。って、こんなこと中学生に言っても分からないか……」

 

「えーっと、じゃあわたしは……」

 

 

首を傾げるまどか。

いざ死ぬ前にやりたい事と言われても、そうポンとは思いつかない。

しかしやりたい事、と言うより失いたくない時間ならばポンと思いつく。

 

 

「じゃあ……! お話しようよ! いっぱい、いっぱい!」

 

「へぇ、じゃあ私が中学生の時の話でも聞く?」

 

「うん! 知りたいです!」

 

 

最後まで、魔法と希望を信じて輝いていたあの頃のままでいたい。

それを知ると、ほむらと美穂は笑みを作ってまどかのリクエストに応えていく。

その光景は彼女が望んだ物だ。マミ達が生きていた頃と同じ様な光景だった。

 

 

「………」

 

 

ほむらは美穂の話を聞きながら、少し複雑そうに表情を変える。

 

 

(これで、いいのよね? 手塚)

 

 

 

 



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第58話 幻想の夜 夜の想幻 話85第



最終章『終焉』開始。終わりも近いです。


 

 

 

「どうぞ」

 

「ああ、ありがとう」

 

「ど、どうも」

 

 

織莉子邸。

多くの死体が転がっていた時もあったのだが、それは今は亡きガルドミラージュがしっかりと掃除をしてくれたおかげで彼等の痕跡は欠片とて存在しない。

警察も射太興行の面々は行方不明として処理したとか何とか。

もしかしたらあまり触れて欲しくない所なのかもしれないが、それを考える時間も意味も無い。

 

そんな中、織莉子は今も変わらずココに住んでいた。

ユウリに住所が割れている不安はある事にはあるが、やはり父との思い出が詰まった家は離れられない。

一時期はその思い出に押しつぶされそうになった時もあるが、キリカがいてくれたから乗り越えられた。

そんな彼女ももういない、リビングには静寂が。

 

 

「「………」」

 

 

無言で紅茶を飲むサキ。

隣ではさやかが紅茶には手をつけずソワソワと、一応は警戒しているのだろう。丸分かりではあるが。

その内沈黙に耐え切れなくなったのか、さやかが紅茶を口に流し込む。

 

 

「うまっ! マミさんのと同じくらい美味しい!」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

 

一瞬笑みを浮かべた織莉子ではあるが、すぐに険しい表情に変わる。

 

 

「巴マミの件は……、本当に、すみませんでした」

 

「え? ど、どゆこと?」

 

「キミはまだ知らなかったな。いや、私も全てを知っている訳じゃない」

 

 

サキは織莉子に全ての説明を求めた。

織莉子は少し沈黙するが、一つだけ条件を出す事で了解の意を。

 

 

「私のパートナーには黙っていてください」

 

「……ああ」

 

「わかった、あの金ピカの奴だよね?」

 

「ええ、オーディンです」

 

 

了解するサキとさやか。

織莉子はそれを見て頷くと、一から今までの事を話し始めた。

と言っても、それほど深い話ではない。

織莉子は自身の魔法に覚醒し、それなりに操れる様になってから一つの結末を確認した。

 

それこそが見滝原が、絶望の魔女によって破壊される映像だ。

見滝原だけじゃない、地球上、全ての命が虚空の中に消え、世界は救済と言う名の絶望に沈められる。

 

織莉子は世界を愛していた。

父が守ろうとした物なのだから、価値はある筈。

だから織莉子は世界を守る事を決める。ふざけた未来から世界と人々を守る事を決意したのだ。

 

織莉子は必死に自分の魔法をコントロールしようと試みた。

しかし中々うまくいかない。それは彼女を縛る苦しみや絶望がまだ生きていたからだ。

けれど織莉子は自分を救ってくれるキリカや、父と言う希望を信じて戦い続けたのだ。

 

そして織莉子は一つの未来を端的ではあるが知る事になる。

それが、13人の騎士と13人の魔法少女を生贄に開催されるサバイバルゲームの存在だ。

参加者以外の魔法少女が強制的に絶望させられていた事は流石に知らなかったが、織莉子は一つの確信を持つ様になる。

 

それは絶望の魔女が、参加者の中にいると言う事だ。

見滝原で覚醒する魔女なのだから、参加者以外には考えられない。

幸いユウリが仲間になる事も分かっていたし(向こうは利用するつもりだった様だが)、織莉子達は楽に参加者を見つける事ができた。

 

その中で多くの魔法少女に影響を与えていた巴マミをまずは狙う。

彼女を殺せば、多くの参加者にショックを与えられるからだ。

まあ、そもそも一番いい方法は、魔法少女を皆殺しにすればいい話なのだが、織莉子にも良心がある。

それに流石に全滅は自分達の実力では厳しいのではないかと言う点から踏み切れずにいた。

 

 

「こうして我々は巴マミをターゲットに、須藤雅史を刺激したりと、彼女が魔女になるように立ち回りました」

 

 

絶望と言うものは、一種の病原菌の様に伝染していく。

他者の絶望に深く足を踏み入れれば、自らも知らず知らずに絶望の海へ堕ちていく。

そして運よく巴マミの死で未来は大きなブレを見せた。するとどうだ、絶望の魔女に至る魔法少女の姿が少しだけ見えた気がした。

 

救世に近づいたのだと、織莉子はきっとどこかで達成感の様な物を覚えていたのかもしれない。そのまま巴マミと親しい者を消していけば、いずれはたどり着くだろうと。

 

 

「じゃあ、あたしも狙われたって訳だ」

 

「………」

 

 

織莉子は無言で頷く。

オーディンには今までさやかを狙ったのは全てユウリの独断であったり、佐倉杏子の仕業であると説明していたが、今は嘘を言う必要ない。

さやかを追い詰めた黒い魔法少女こそ、呉キリカなのだと迷わずに打ち明けた。

 

 

「それに加えて、ユウリは変身魔法によって貴女を苦しめました」

 

「あー……」

 

 

そして織莉子はゆま、さやかと、影響を与えるだろう魔法少女を消す中で鹿目まどかにたどり着く。

 

 

「彼女の天使を呼ぶ力は明らかに普通ではありません」

 

「それは確かに。私も思った事だ」

 

「ええ。ですが彼女の魔力が、つまりは内包している力が、我々よりも一ランク上の物だと言われれば納得もします」

 

「………」

 

 

さやかはムッとした表情で織莉子を見る。

織莉子はその視線に気づき、思わず目を逸らす。

 

 

「確証が欲しかった。私達も悪戯に参加者を減らしたい訳では無いのです」

 

 

まどか達のグループは参戦派ではない。

つまり最終目的は織莉子達と同じ、ワルプルギス討伐だ。

友人を殺した自分達と馴れ合う事はなくとも、見滝原を守る為には必ず戦う筈。

だからこそ確証が欲しかった。もしもまどかが純粋なる才能であれだけの魔力を持っていたなら、それはそれは心強い味方となりうるからだ。

 

 

「だから仁美を殺したって訳」

 

「ええ。ゲームに関係の無い彼女を巻き込むのはどうかと思いましたが……」

 

 

良心よりも優先しなければならない事もある。

織莉子に迷いは無かった。志筑仁美は鹿目まどかの親友、彼女が死ねばまどかが絶望する光景が必ず見れると。

 

そしてその向こう側にある魔女の姿を知れば、答え合わせが出来る。

こうして結果は今に至る。さやかはその話を聞いて、ギリギリと拳を握り締める。その表情には怒りが確かに見て取れた。

いや、しかしコレは当然の事だろう。

結果的に仲間は死に、何の罪も無い仁美だって死ぬ事になったのだから。

 

 

「サキさん、こんな奴と協力する必要なんて無いよ!」

 

「さやか……」

 

「………」

 

 

目を閉じる織莉子。

しかし次の瞬間、さやかは握り締めていた拳を、自分の掌に打ち付けた。

 

 

「――って、言いたいけどさ……っ!」

 

「!」

 

 

膨らんだ風船が萎む様な感覚だった。

織莉子の事は許せない。しかし彼女をどれだけ責めようが、仁美たちは帰ってこない。

だったら少しでもワルプルギスを倒せる確立を上げるために、織莉子とより良い関係を作り上げるしかないのでは? と思う。

 

以前のさやかならば、ココで飛び出して織莉子に切りかかっていたかもしれない。

しかし彼女を抑えたのは、心に宿った安心感ではないだろうか?

さやかの絶望をさせてトドメを刺したのは、まどかや仁美、想っていた上条に暴言を言われたからだ。

冷静に考えれば、皆がそんな事を言う筈はないのだが、あの時はどうにも本音の様に聞こえてしまった。

 

 

『いくじなし』

 

『消えろよ、気持ち悪い』

 

『わたしはね、さやかちゃんの事……、ずっと前から嫌いだったもん!』

 

 

言葉は自らを縛る鎖となる。

嘘に決まっていると思いつつも。心のどこかで本当なのではないかと思ってしまう。

それは蘇生した時も同じだ。だからさやかは、まどか守って、その事を確かめたかったのかもしれない。

 

けれども、まどかはさやかを見て涙を流してくれた。

それはあの時のことが嘘だと言う証拠でもあったのだが、さやかはそれでも確信が欲しかった。

それが今、織莉子の言葉によって達成された。

あれはユウリが仁美たちに化けていたと言う事なのだから。

 

 

「美国さん」

 

「……はい」

 

 

さやかは大きくため息をついて、織莉子を見る。

 

 

「あたしは正直さ、貴女の事好きにはなれないかも。絶対……、ん、いやたぶん」

 

 

マミ達の事はもちろん、仁美の事やゆまの事もあるから。

けれどもココで憎しみをぶつけ合ったりするのも、どうかとは思う。

さやかの怒りが、仁美のやろうとした事を妨げるかもしれないからだ。

 

仁美はまどかを守って死んだと聞かされた。

それは何故か? 簡単だ、まどかに生きていて欲しかったからだ。

今なら、さやかも同じことができると思う。

 

 

「だから、その……、なんていうかさ」

 

「はい……」

 

「許すとか……! そう、赦すとか赦さないじゃなくて、まずは純粋にワルプルギスの夜を倒す仲間としてよろしく」

 

「!」

 

 

さやかは頭をかいて、織莉子に手を差し出した。

個人的な問題を、今ココで持ち出すのはどうなのかと思ったのだ。

織莉子を殺す事で仁美達が戻ってくるなら、剣を振るっている。けれどもそうじゃない、

過去は過去だ。今生きている命をどう守るのかが問題なのである。

だからこそサキ達はココに来て、織莉子と話をしようと言っている。

 

 

「大人になったな、さやか」

 

 

サキは少しだけ微笑んでいた。

対してばつが悪そうに表情を歪めるさやか。

 

 

「これが大人なら、大人になんてなりたくない! ぶう!」

 

「はは……」

 

 

だがとにかく、今はそう言う事だ。

織莉子に対する怒りの感情はあるが、それをぶつける事はしない。

 

 

「アンタが――、えっと美国さんがワルプルギスの夜に狙われたら絶対助けるし、怪我をしたら全力で治す」

 

 

これから自分達は仲間になるからだ。

友達にはなれないかもしれない、しかし仲間になら――、共通の目的を達成する為に手と手を取り合う事はできる筈だ。

織莉子は見滝原を守りたいと言った。

それはさやかだって同じだ。だから、一緒に戦って欲しいと言う。

 

 

「あとは美国さんが、あたしの友達や、人の命を奪った事を絶対に忘れないで。絶対に正当化させないでね……」

 

 

罪の意識を忘れないで。

それを償う想いを忘れないで。

たとえ世界を救うためだったとは言え、何の関係も無い人を傷つけた事を軽視しないで。

 

 

「そしたらいつか……! きっと凄く、きっといっぱい、とてつもなく長い時間が掛かると思うけど――ッ!」

 

 

さやかは、まっすぐに織莉子の目を見た。

 

 

「あたしは、貴女を赦せるかもしれない」

 

 

織莉子もまた、さやか曇りの無い瞳を見ていた。

サキも同じ考えなのだろう。無言ながらも、それが何となくだが伝わってきた気がする。

 

 

「だから、よろしく」

 

「……はい」

 

 

織莉子はさやかの手を取り、握手を行うと静かに笑みを浮かべた。

それから三人はこれからの事を話す事に。とにかく七日目までは、できるだけ魔力の使用と他の参加者とぶつかり合う事は避けなければならない。

特に気をつけるべきは王蛇ペアとリュウガペア。あの四人は何をしてくるかまるで分からない。

それにナイトペアも危険かもしれない、彼等には余裕がないからだ。

 

 

「ですが、彼等はまだ動かないでしょう」

 

「やはり七日目だな」

 

「ええ。七日目はどうやっても全ての参加者が同じ場所に集まります」

 

 

そこを誰も勝利をが狙う気で居る筈。

なんとかしてワルプルギスとは全力で戦える環境を作りたいのに、とんだ邪魔が入る可能性もある。

ただそれは向こうにとってもリスキーなものだ。最後の二人か、もしくは二組になった時、ワルプルギスの夜が片方を殺せば、勝利条件はワルプルギスの夜を討伐に変わる。

 

叶えられる願いも一個だけ。

それは参戦派も望まぬ事だろう。

ハイリスクハイリターンと言った所なのだろうか。

 

 

「正直、王蛇ペアとリュウガペアは殺しておく必要があるのかと思ってしまいます」

 

「そうだな……。彼等は厄介だ」

 

 

しかし戦いを止めたいと言う、まどかや真司の意思は尊重したい所ではある。

サキとてそれが一番だと思っているから。

だが同時にそれがかなり難しい道だということも分かる。

難しい話だ。その件に関してはサキも織莉子も、答えを出すことはなかった。

 

 

「魔力に関しては、これを」

 

「っ! いいのか?」

 

「ええ。協力する者として、これくらいは当然です」

 

 

織莉子はそう言うと、グリーフシードを二つサキ達に差し出す。

織莉子も織莉子で、これだけしか差し出せる分が無いのは申し訳ないところだが。

 

 

「最近、魔女の権利はほぼユウリが握っています」

 

「アイツが独り占めしている訳か。そう言えば、リュウガは戦いの場にやって来たが、ユウリの姿は無かった」

 

「グリーフシードをストックしているのでしょうね。魔力の暴発や無駄使いは。絶対に避けてください」

 

 

自分がしてやれる事は、これくらいだと織莉子は言う。

その後も少しワルプルギスの情報を織莉子に告げるだけで、特にコレと言った事はなく、時間は過ぎて言った。

 

一応の作戦としては、さやかとファムペア、オーディン、龍騎辺りがワルプルギスの注意を引きつけ、隙が出来た所を他のメンバーが攻撃すると言う流れになった。

まどかと織莉子はサポートを行うと決まる。

 

 

「わかりました」

 

「ああ。よろしく頼む」

 

 

立ち上がるサキとさやか、そろそろ帰るらしい。

 

 

「最後に一つだけ聞いていいか?」

 

「ッ、はい?」

 

「何故キミは、協力の意思を固めたんだ? 改めて聞きたい」

 

 

織莉子はしばらく沈黙していたが、小さく笑う。

 

 

「私は世界を救う為に必死でした」

 

 

何としても鹿目まどかを殺さなければならない。

可能性その物が悪なのだから、根源を断たなければならないと思っていた。

それは誰の為? 父の為か? それとも、この世界に生きる人の為?

 

 

「キリカが死んだ時、分かりました。私は父や世界の為に戦っていたのではなく、キリカと共に生きる為に世界を住みやすくしたいと考えていたのです」

 

 

要するに全ては自分とキリカの為だった。

父の想いを成し遂げたいと言っていたのだが、結局は友達とこの世界で生きたかった。

それは織莉子自身気づかなかった事である。

父が全てだと思っていたし、キリカだって利用して死なせてしまっても、目的の礎になる為なら仕方ないと思っていた。

 

 

「現に私は一度、キリカを見捨てていますからね」

 

 

その時はショックではあったが、復活させられると言う余裕があったから、耐えられる事ができた。

しかしいざ、キリカの死亡が確定されると、襲い掛かる喪失感は想像を遥かに超えていた。

 

 

「簡単な話ですよ。親友を失うショックに私は耐えられなかった」

 

 

世界のために戦っていたのは嘘じゃないが、まずは何より平和になった世界でキリカと共に生きたいと言う前提があったのだから。

 

 

「愚かなものでしょう? 私が貴女達に仕掛けた事を、いざ私が受けてみれば、私はもうその時点で壊れてしまったのだから」

 

 

戦意が消えた。

これ以上、頑張る意味があるのかと思ってしまった。

もっと言ってしまえば、死にたいとも思ってしまった程だ。

なんて不安定な心なのか。自分が子供だったのだと、つくづく思い知らされた。

 

 

「だからこそ、私は負けを認めたのかもしれません」

 

「?」

 

「拘りが、薄れました」

 

 

何が何でも可能性を排除していきたいと思ったのは、キリカの為だからだ。

キリカがいない以上、死を隣り合わせにしたリスクも背負ってもいいかなと思ってしまう。それはある種の自暴自棄。それはある種の諦めだ。

つまり織莉子は、別に世界ガどうなたって構わないと言う思いが宿ってしまったのだろう。だからこそ、まどかの意思を優先させても構わないと言う。

 

 

「勝手な話でしょ? でも、だから私は貴女達の味方であれる」

 

「……そうか」

 

「でも、お父様の為や世界の為にと思う気持ちも、本当なんですよ」

 

 

ただキリカと言う存在が、織莉子の中では二つを凌駕していた。

キリカは生きていた、生きて自分を励ましてくれた。

それがどれだけ織莉子にとって希望となりえたか。

 

 

「私自身、気づくのが遅すぎた……」

 

「――このゲームに巻き込まれてから、私達は迷いと後悔をより鮮明に感じる様になった」

 

 

あと何度迷えばいいのか、あと何度後悔すればいいのか。

 

 

「私達はまだ、囚われたままなのかもしれないな」

 

「………」

 

 

サキはそれだけを言い残して、さやかをつれて織莉子の家を出て行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ちょっとごめんサキさん」

 

「ん?」

 

 

さやかは門をくぐった所でサキに少しだけ待っててもらう様に言う。

了解するサキ。さやかは変身するとジャンプで一気に織莉子邸の屋上へと。

そこに立っていたのはオーディン、彼はさやかを見ると少し雰囲気を変えた。

 

気が、する。

 

 

「ねえ、何でそんな所に立ってるの?」

 

「……見張りさ。ココは一部の参加者には場所が知られているから」

 

 

エコーが酷い。

声も低くしているのか? 何かぎこちなさを感じた。

 

 

「ふぅん。そっか、あたし美樹さやか。よろしく」

 

「………」

 

 

さやかが差し出した手を、オーディンは無言で握り返す。

気のせいか、握る瞬間に一瞬動きが止まったような。

 

 

「何か用かい?」

 

「うん。まあ一応あいさつくらいはね」

 

 

オーディンも酷い奴の筈なのに、不思議と嫌悪感よりも何か不思議な感情が湧きあがってくる。なんなんだろう? それがいまいち分からない。

とにかく何かが引っかかると言うか。

 

 

「早く帰るといい。なるべく体力は温存させておいた方がいいからね」

 

「そう……、だね。じゃ」

 

 

そう言ってさやかはサキの元へ。

オーディンは無言でさやかが帰っていく姿を見つめるだけ。

そうしていると隣に織莉子がやって来る。

 

 

「いいんですか? 美樹さんが、あんなに近くに居るのに」

 

「今の僕は……、もう上条恭介ではない。オーディンだ」

 

 

騎士は蘇生された場合、変身を解除する事ができない。

もう彼は一生オーディンとして生きていくしかないのである。

人としての行動も大きく制限される。ある意味生きる屍と言っても過言ではない。

蘇ったのは人間としてではなく、文字通り騎士としてだ。

ワルプルギスの夜を倒すためだけの装置。

 

 

「けれども僕はキミに感謝しているんだ」

 

 

オーディンが負けたのは完全なる自分自身のミスだと思っている。

そして何よりも、織莉子が自分を蘇生させてくれなかったら、さやかの顔を見る事はできなかった。

 

オーディンは拳を握り締めて言葉を詰まらせる。

本音を言えば、今すぐにでもさやかを追いかけて自分が上条である事を打ち明けたい。

 

 

「彼女もきっと、きっと……、僕を受け入れてくれる筈だ。僕の知っている彼女はそうだった、僕がどんな事を言っても、どんな事をしても受け入れてくれる筈なんだ」

 

「………」

 

「でも駄目だ」

 

 

手と手を触れる事はできない、硬い鎧がそれを阻む。

さやかが『上条』を好きになってくれたのなら、もうその自分は居ないと言う事実がオーディンを苦しめる。

硬い仮面を外す事はできない。さやかが愛してくれた男はもうこの世には存在しないのだ。

 

 

「僕だって……、半端に彼女に触れれば想いが暴走しそうになる!」

 

「上条くん……」

 

 

さやかに肌で触れたいと言う思いに押し潰されそうになるだろう。

今だって、手の感触がよく分からなかった。

想いは膨れ上がり、それがオーディンにとっては大きな苦痛になる。

 

結ばれない愛に押し潰されそうになるのは嫌だ。

だったら、いっそ触れ合わなければいい。

さやかにはまどかがいる。友達がいる。自分がいなくても大丈夫だと。

 

 

「僕は、彼女の笑顔がまた見られただけで安心だよ」

 

「……そうですか」

 

 

織莉子は少し壊れかけていた上条が、人間に戻ったような気がした。

尤も、その時にはもう人としての姿を失っていた訳だが。

そうしていると今度はオーディンの方から織莉子に声をかける。

 

 

「未来はどうだい?」

 

「実は――」

 

 

まだ確定はしていないだろうし、今の織莉子に魔法を使えるのかと言う不安がある。

未来予知は非常に強力だが、扱いが難しく、織莉子は長い間コントロールできなかった。

それを献身的に支えてくれたのがキリカだ。

彼女のおかげで織莉子は魔法を安定化させる事ができた。

 

しかしキリカはもう居ない。

その不安とショックが、織莉子の心を想像以上に不安定な物に変えていた。

だからもし次に魔法を使えば、恐らく自分は魔法に喰われてしまう様な気がして怖かった。

 

 

「はっきり言って……、魔法を使いたくないんです」

 

 

それを言うとオーディンは腕を組んで頷く。

 

 

「分かった、じゃあ僕がスキルベントを使うよ」

 

「え?」

 

「僕は魔力の概念は無いからね。キミは休んでいるといい」

 

 

それが、パートナーとしてできる事だろう。オーディンの言葉に沈黙する織莉子。

キリカのいない世界なら、恐れる物はない。

全てを信用してみるのもいいかもしれない、愚直なまどかが今日まで生き残れたんだから。

 

 

「じゃあ、お願いします」

 

「ああ。キミは休むといい」

 

 

織莉子は下に戻っていく。

オーディンはその後もしばらく見張りの為、屋根の上で辺りを確認していく。

すると透き通った声がオーディンの耳を貫いた。

全身がこわばる感覚。オーディンはゆっくりと背後を振り向いた。

するとそこには、白いマントを風に靡かせて立っている美樹さやかがいた。

 

 

「な……、んで」

 

「ごめん、ずっと隠れて聞いてた」

 

 

さやかは泣きそうな表情でオーディンに抱きついた。

どうしていいかわからずに、オーディンは固まってしまう。

どこかコレが。夢の様な感覚がしたからだ。

さやかが言うには、サキと別れてずっと隠れていたらしい。

 

 

「なんかさ、アンタを見てると不思議な気持ちになって……、その正体を確かめたかった」

 

 

その正体が今、分かった。

そう言われても、オーディンは何を言えばいいのか? その答えが見つからない。

 

 

「大丈夫。分かってるよ」

 

 

さやかは優しい声で言った。

 

 

「貴方は……、騎士として生きていくしか無いんだよね」

 

「そ、それは――ッ」

 

「あたしだってそう。貴方とこれ以上絆を深めるのは辛くなるだけ」

 

 

ギュッとオーディンを抱きしめるさやかの力が強くなる。

 

 

「だから今日だけ、今この瞬間であたし達は終わり」

 

「ッ」

 

「そうでしょ? それがいいよね……、恭介」

 

 

さやかは儚い笑みを浮かべてオーディンを見る。

 

 

「さやか! 僕は――ッ!」

 

「ダメ。ダメだよ……。あたしが貴方から離れたら、あたし達は他人同士になるの」

 

「……!」

 

「その方が、どっちも傷つかないで済むよね?」

 

 

触れ合いたいと言う想い。愛を確かめたいと言う想いを大きくしないで済む。

中途半端に絆を深めて傷つくよりも、関わらずに傷つかない方法を選択すると言うのだ。

例えそこにある愛を捨ててでも、互いの傷つく姿を見なくて済むのだからと。

 

 

「ねえ、一つだけ聞かせて」

 

「ッ?」

 

「あたしの事が大切?」

 

「ああ、当たり前だよ!」

 

 

じゃあと、さやかは俯く。

 

 

「相談とお願い、してもいいかな……?」

 

 

俯いたさやかの表情は、よく見えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

BOKUジャーナル。

見滝原が危険であればあるほど、彼等の仕事が増えると言うのは、随分とまあ皮肉な物である。もちろん彼らも危ない身なのだが、島田は知的欲求が滾るらしく、令子はジャーナリストとしての血が燃えるらしく。

編集長は生活があると言う事で、見滝原からは離れない事情があった。

 

 

「………」

 

 

真司はイライラしながらキーボードをカタカタと鳴らしている。

打ち込むのは死者のニュースばかりだ。ずっとずっと死者の事ばかりだ。

こんな事なら黄金の蟹や、金色のザリガニだのを取材している時の方が余程良かった。

被害者遺族の悲痛な叫びを記事にする時ほど、心が抉られるものは無い。

 

人間の命は、何よりも重い物だと真司は知っている。

生まれる時は、多くの人に期待と祝福を受け。死ぬ時は、多くの人に迷惑をかけつつも、悲しまれて。

そしてどちらもちゃんとした場所で、ちゃんと整えられた思いで迎えられる物だ。

病院、葬儀場、長い歴史が生み出したシステムの上に自分たちは生きてきた。

それなのに、こんな訳の分からないゲームが起きたせいで多くの命が軽く、まさにゴミの様に捨てられていく。

なんなんだ。別に正義の味方気取りじゃないけれど、純粋に腹が立つ思いだった。

 

 

「それにしても何なんだろうな、この緑の」

 

「………」

 

 

編集長が言うのはショッピングモールに一瞬出現したといわれている緑の牛だ。

間違いなくそれはマグナギガ。真司もさやかから北岡が死んだ事は教えられていた。

彼は一体何を思って死んだのか、北岡の葬儀を行う人は居ない。

参加者は死んでから、どこに行こうと言うのか。

 

 

「――ッ」

 

 

頭をかく真司。

北岡だって絶対に生きたかった筈なのに。

当たり前の様に死んでいく人々と、当たり前の様に死んでいく参加者。

止められない焦りも合わさって、流石の真司もイライラが治まらない。

 

 

「おいどうした真司、お前凄い顔してるぞ」

 

「ああ、いや――」

 

 

目を丸くする編集長。

そこで丁度、仕事の終了時間がやってくる。

イライラしてれば仕事も早くなると言うのが皮肉な物である。

 

 

「さて」

 

 

時計を確認する編集長。

物騒な見滝原だ。暗くなる前に社員を帰らせなければ。

と言うことでタクシーを呼んで島田と令子を帰らせると、小さくため息を。

 

 

「おい、お前はもうちょっと手伝えよ」

 

「わかりまし――」

 

 

そこで真司の携帯が震える。

 

 

「出ていいぞー」

 

「あ、すいません」

 

 

相手は美穂だ。

参加者からの電話とあれば、ドキリとしてしまうのが悲しい物だ。

真司はすぐに電話に出る事に。

 

 

「もしもし?」

 

『ああ、真司? 仕事終わったよね』

 

「ああ、えっと……」

 

 

真司は会社に住まわせてもらっていると言う事で、残業を任される事が多い。

まさに今日がそれなのだ。それを軽く告げると、美穂はふぅんと頷く。

 

 

『だったら明日は暇?』

 

「いや――、仕事だけど……」

 

『お願い、休んで』

 

「は?」

 

『明日、デートしよ』

 

「………」

 

 

ぶッ!!

 

 

「?」

 

 

ガタガタと慌て始める真司に、編集長は訝しげな表情を浮かべる。

 

 

「あ、いやッ、すいません。なんでもないです」

 

 

とは言いつつ、一度席を外す。

廊下に出ると、気持ち小声で会話を続けた。

 

 

「ど、どう言う事だよお前!」

 

『どうもこうも、遊園地に行こうよ』

 

「いや、遊園地ってお前……」

 

 

頭をかく真司。

危ない事ではなかったから良かったものの、コレはコレで困ってしまう。

とりあえず気恥ずかしさから断る方向へ持っていこうとする。

向こうがからからっている場合だってあるからだ。

事実、昔はよく同じ様な手でいじられた。

思い出したくない記憶が蘇る。それになによりも今が今だ。

 

 

「悪い。明日も仕事だしさ、何よりそんな事してる場合じゃないだろ」

 

 

ゲームは続いてるし。

それに多くの死者が出ている中で遊園地なんて罪悪感に駆られてしまう。

 

 

『そんなの分かってるわよ。それでも明日は遊びに行きたいの』

 

「ワガママ言うなよ。俺だって――」

 

『オーケーしてくれないと私死んじゃうかも……』

 

「は!?」

 

『遺書に真司の名前書いちゃうかも』

 

「お、おいおい! たかが遊園地だろ!?」

 

『私にとっては大事だもん。皆にも、迷惑かけちゃうな……』

 

「だー! もう! 分かったよ! 編集長に昼からでも暇もらえないか聞いて来るから!」

 

『やったぁ! 愛してるよ真ちゃん!』

 

「………」

 

 

最低だよコイツ。

真司は覚めた表情を浮かべながら、変わり身の早い美穂の声を聞いていた。

 

 

『じゃあ……、もしも、オーケーならメールしておいて』

 

「……ああ」

 

 

少しだけ美穂の声が真面目なものに変わる。

真司はそれが彼女の本心と感じて、断りきる事ができなかった。

美穂も今の状況で何かを考えているんだろうと言う事くらい、真司にも分かった。

気分を変えたいのだろうか? 細かい事くらいは分からないが、それは自分もだから。

 

 

「あの、編集長?」

 

「あん?」

 

「明日、昼から……、休んでもいいですか?」

 

「女か!」

 

「う゛ッ!!」

 

 

咳き込む真司。

なんて鋭いんだ。いやちょっと待て! いくら何でも鋭すぎはしないだろうか?

そりゃあ編集長とは長い付き合いではあるが、いくらなんでも今の流れで女と決め付けるのはおかしい。

 

 

「もしかして編集長」

 

「おお、話は聞かせてもらった」

 

 

つまり盗み聞きである。

真司の様子がおかしいと思い、こっそりと電話の内容を聞いていたのだ。

すると何となく女の声が聞こえ、かつ遊園地がどうのこうの。

編集長も真司の交友関係は多少なりとも知っている、当てはまるのは美穂辺りだ。

 

 

「霧島は美人だが気が強そうだからなぁ、お前も付き合ったら尻にしかれそうだなぁ」

 

「何言ってるんですか! そんなんじゃないですって!」

 

 

ハハハと笑う編集長。

 

 

「相変わらずお前は分かりやすくて助かる」

 

「………」

 

「怒るなよ。だからこそココまで信用するに値する人物として接してきた訳だ」

 

 

しかしだ。

そんな編集長でさえ、ココ最近の真司の様子には少し気になる所があると言う物。

もちろん本人は何でもないの一点張りだが。

 

 

「いいよ、行って来いよ」

 

「え?」

 

「ボーナス代わりだ。今まで一度も出した事なかったからな」

 

「ど、どうも」

 

 

いいんだろうかとは思うが、休みをくれると言うならありがたい話ではあった。

御礼を言う真司、すると編集長は勢いよく立ち上がる。

 

 

「うし! 飲みにでも行くか!」

 

「え? でも仕事は!?」

 

「明日にでも回せばいいんだよ! 俺たちだって明日死ぬかもしれないんだ、やりたい事はやっておいた方がいいってもんよ」

 

 

そんなんでいいのだろうか?

真司は汗を浮かべるが、編集長はさっさとデスクを片付けて出発の準備を整える。

幸い近くに居酒屋はあるしと笑っていた。

 

 

「テロリストも飲み屋は爆発させんだろ」

 

「………」

 

 

まあいいか。

真司もずっと暗い話題を記事にしていた為に疲れきっていた。

死者のニュースはイコールで守れなかった人だ。

戦いを止められなかった自分の責任だと、心のどこかで思ってしまう。

あまり考え過ぎるのは良くないとは思うのだが、考えれば考えるほど無力感が襲ってくる。こんな事では気が滅入ってしまう。だから真司も編集長の誘いに乗るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んな? こうしたら男なんて余裕で誘えるんだよ。恵里から教えてもらったんだ」

 

「キミの誘い方は色々と間違ってる……」

 

 

塗れた髪をタオルで拭きながら、美穂はサキにウインクを。

 

 

「それは誘ったと言うよりも脅迫なのでは?」

 

「女も引いてばかりじゃいられないってね。気になるでしょ?」

 

「……まあ、多少」

 

 

サキ汗を浮かべながらも、ニヤリと笑った。

一方で居酒屋に到着した真司と編集長。

 

 

「まあじゃあお疲れだな」

 

 

ビールの入ったグラスがぶつかり、音を立てる。

周りを見れば多くの仕事帰りのサラリーマンや、大学生が居酒屋に来ている。

なんだか不思議な光景だ。見滝原から慌てて出て行く人間達がいる中で、今もこうして何気なく生きている人達がいる。

彼等は焦っていないのか、それとも諦めているのか、どっちなんだろう。

 

 

「まあ俺も世界の終わりだととかは信じてないけどなぁ」

 

 

編集長はジョッキを持つと、グビグビとビールを流し込む。

見滝原の様子を見て、一部の人間は世界の終わりがやってきただの、人災よりも天災であると言う事を主張している。

 

 

「まあ気持ちは分からなくはない。ココ最近の見滝原はゾッとするくらいヤベーし?」

 

 

しかも人の起こした事件と言うには、あまりにも人の気配が無さ過ぎるときた。

と言うのも始めに異変が起こり始めた事件として、猟奇殺人事件が挙げられるが、アレもまるで獣が人を食い散らかした様な物だったではないか。

それからさらに学校のテロ。しかし犯人を誰も見てはいない。

ただ学校が壊され、多くの命が消えていった。

長い間警察も捜査を行っているが、犯人の手がかりさえ見つからぬ始末。

 

 

「化け物が人を食い散らかしてったって言ってた子もいたんだよな」

 

 

そんなまさかと、編集長は焼き鳥を手にとって呟く。

しかし一番初めの『化け物に喰い散らかされたような~』と言う件もあって、可能性が無いと捨てきる事もできなかった。

 

 

「でもな真司。そんな事、書いてみろ。炎上だぞ炎上」

 

「はぁ、そういうモンですか」

 

「金が絡む仕事なんだ。化け物がいるとでも書いた日には適当な仕事だと非難轟々だ。あくまでも内は真面目だからな。そういう企画にするには、ネタにしちゃいけない感満載だし」

 

 

編集長はブツブツ文句を垂れ、焼き鳥を齧っている。

 

 

「まあ実際、証言の方だって精神科の医者がショックから来る物とか言ってるしな。餅は餅屋って言うだろ?」

 

「はぁ……」

 

 

全てを知っている真司としてはやはり複雑なものだ。

あいまいな返事をしながらビールを口に含む。

昔はウーロン茶しか飲めなかったが、今はビールもおいしいと感じられる。

ただ今のビールは、何の味もしない様に感じた。

 

 

「リーベエリスだってそうだよ。急に現われて急にいなくなっちまった」

 

 

あれだけしつこくやっていたCMも今はもうパッタリ。

ニュースでは連日としてリーベエリスメンバー集団失踪事件の謎が報道されているが。

BOKUジャーナルとしてもその件に関しては追いかけている途中である。

ただ調べても調べても犯人の影が出てこない。

本部の崩壊は学校を破壊したテロ組織と同一犯と警察は睨んでいるらしいが――、だ。

 

 

「まあとにかく、ヤバイ事はヤバイとは思うけど」

 

 

見滝原上空を飛んでいた飛行機がなぞの爆発を遂げたり、ショッピングモールが爆発したり。多くの人が見滝原を死の街と呼ぶのも分からなくはない。

ココにいる客の何人が来週まで生きていられるのだろうか?

なんだか夢の様な話ではないか。編集長としても見滝原を離れたいと言う思いはあるが、中々そうもいかないのが現状である。

 

 

「いや、だからさ。お前ももし引っ越したかったら引っ越せよ」

 

 

ただでさえ真司は家を燃やされているんだ。

見滝原が異常だという事を身をもって体験してるじゃないか。

 

 

「風見野から電車か、まあバスでもいいか。多少の遅刻は目を瞑ってやるよ」

 

 

辞めたいなら退職金だって少しくらいはくれてやる。

編集長は苦笑混じりにそう言った。対して首を振る真司、辞めるつもりはないし見滝原から出るつもりも無いと。

まあ出られないという意味もあるが。

 

 

「ならいいけどよ。ほら、最近お前悩んでたみたいだし」

 

「そ、そんな事は――」

 

「おいおい、お前がどれくらい嘘つくのが下手かくらい俺には分かってるよ」

 

 

仮にも昔からの知り合いなんだ。

それに、あれだけ普段職場でも馬鹿みたいに笑ったり騒いだりしていた真司がココ最近は笑みの一つ浮かべなくなった。

毎日毎日深刻な表情でイライラした様になっている。

兆候は前々からあった。編集長はもちろん、他のメンバーだって気づいている。

 

 

「まあ言いたくないなら言いたくないでいいけどよ。隠したいならもっとちゃんとしろよ馬鹿」

 

「あ、はぁ……、すいません」

 

 

謝るしかない。

蓮の事や、ゲームの事、ワルプルギスの事や、まどかの事だったりと、今まで気楽に生きていた真司に降りかかる迷いとしては多すぎる物だ。

表情が険しくなってしまうのも無理はない。あとは何と言ってもリーベエリスで自分を見て泣いていた子供達は今でも思い出す。

彼等はきっともう……。守れなかったと言う想いが重くのしかかる。

 

結局、龍騎と言うのは城戸真司が仮面と鎧を纏っただけの姿に過ぎないと思い知らされる。

北岡や手塚。そしてマミ達。彼等は満足して死んだのだろうか?

そんな筈は無い、そんな訳が無い。

しかし彼等は死んでしまったんだ。それを仕方ないと割り切れればいいのだが、どうにも真司にはできそうになかった。

それでも手塚の言葉を信じて抗い続けるが。

 

 

「何が正しいのか、とか」

 

「んあ?」

 

 

真司は頭をかいてビールを一気飲みにする。

苦味だけが強く、舌に残っている気がする。

真司の心に宿った新たな疑問と迷い。それは抗うだけでいいのかと言う事だ。

 

いや、別に手塚の言った言葉を否定する訳じゃない。

あの言葉は真司に勇気を与え、答えらしい物を見つける事ができた。

しかしだ。それはどちらかと言えば、手塚に与えられた答えでしかない。

今、真司の中では彼自身の答えが生まれようとしている。

それが分からず燻っているのだ。

 

やはり手塚の死であったり、北岡の死であったり。タイガペアの確定脱落であったり。

たとえば東條は仁美を殺した男である。

それは許せない事ではあるが、なぜ東條はその行為に至ったのか? 理由は全く分からない。

 

みんな、何かを抱えて足掻いている。自分と同じく。

真司は自分の目指すべき道が間違っていないと信じたい。

ならばそれは他の誰もが同じなのではないだろうか。

まどかを守りたいと言う思いは本物だ。しかし周りの者達の思いを否定する事もできなかった。

そんな事を真司は端的に編集長へと相談する。

 

 

「何が正しいのかとか、誰が正しいのかだとか、俺は正しいのかだとか……」

 

「………」

 

 

分からないんだ。

真司は自分の中にある確かな迷いを編集長へ打ち明けた。

流石に騎士やゲームの事は言えなかったが。

 

 

「なんて言うか……、自分が正しいと思ってた事が本当に正しいのかどうか、とか」

 

「そうだなぁ」

 

 

編集長は蛸のからあげを摘みながら唸る。

 

 

「そりゃお前……、正しくない事もあんだろ」

 

 

編集長は一つ目のグラスを空にしておかわりを注文していた。

真司はと言うと、ウーロン茶を一つ。

 

 

「ジャーナリストの心得の一つだけどな。真実は一つだが、正義は一つじゃないってのがある」

 

「え?」

 

 

真司はポカンとして編集長を見る。

適当な事を言うのかと思っていたら、そうでも無いらしい。

少し失礼な話だが意外だったなと言う感じか。

 

 

「まあ要するに、最終的に信じるのは自分自身だな」

 

 

正しいとか。正しくないとか。

そういう事を考えるのも大切だが、本当にやりたい事なら、たとえ正しくないと思っても成し遂げるべきだと。

それに――

 

 

「お前も考えてきたんだろ? 今まで、お前のその出来の悪い頭でな」

 

「なっ!」

 

「それだけで十分なんじゃないのか?」

 

 

ただし!

と、編集長はから揚げを端で摘んで真司に向ける。

 

 

「何が正しいのかを選べないのはいいが、その選択肢の中に自分の事もちゃんと入れとけよ」

 

「俺のこと?」

 

「ああ、お前の信じるものだよ」

 

 

編集長がから揚げで示していたのは真司の胸。つまり心臓、ハートだ。

 

 

「お前も、(ココ)んとこに、しっかり芯がねぇと話合いにもなんねぇし。誰もお前の言う事なんか聞いちゃくれねぇだろ」

 

「……芯」

 

「ああ。まあ覚えとけ」

 

 

真司はしばらくは無言だった。

編集長が、から揚げを全部食べた後も、枝豆を全部食べた後も何も話さない。

編集長は分かっているのか。真司が話さない事に対して追求はしなかった。

そして二杯目のグラスが空になった所で、喉を鳴らす。

 

 

「そろそろ帰るか」

 

「………」

 

 

真司の目に炎が宿る。

ウーロン茶を一気に飲み干すと、ダン! と音がなるほどグラスを強くテーブルに置いた。

周りには他にも話している客ばかりなので、その音は編集長くらいにしか聞こえない。

しかしだ。編集長にはまるでその音が、真司の心臓の鼓動の様に聴こえたものだ。

 

 

「編集長、一生のお願いがあります」

 

「なんだよ」

 

「明後日も休ませてください」

 

 

七日目。

運命が左右する日だ。

それを説明する事は無かったが、編集長はニヤリと笑う。

 

 

「今回だけだぞ。本当に」

 

「……!」

 

 

真司はお礼を言って、頭を深く下げる。

そしてできれば、明後日は見滝原から離れたほうがいいとも言った。

けれども首を振る編集長。それはできない。仕事を放りだすわけにはいかないからだ。

 

 

「だから、お前が何とかしてくれ」

 

「!」

 

「今日はおごってやるよ」

 

 

感謝しろよ。

そう言って編集長はニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

神那ニコは自室でゲームをしながらも、画面は全く見ていなかった。

目の前に迫る敵をバッタバッタと倒しながらも、意識は全く別の所に向けていたのだ。

 

ジュゥべえはニコの言葉に答えなかった。

ルールや運営方針に忠実なキュゥべえならまだしも、おちゃらけた面があるジュゥべえならばと思ったが答えなかった。

答えない。答えられないのか? インキュベター間での序列は知らないが、キュゥべえがジュゥべえに口止めを厳しくしたと言う事も考えにくい。

 

それになにより、ゲームと言う概念。

魔法少女を強制的に絶望させた時のあのシーンに、引っかかる物があった。

間違いない筈。100%ではないが可能性は高い。

 

 

「となれば――……」

 

 

先を見据える可能性がある。

もう時間は無い。七日目まではすぐそこだ。

ギャルゲーで言うなればエンディングへの分岐を選ぶ画面と言う訳か?

間違ったほうを選べば、即バッドエンドと言う可能性も考えられる。

 

 

(めんどくさいな、何で私がこんな役回りなんだよ)

 

 

そうしていると部屋がノックされる。

適当に返事を行うニコ、すると意外な人物が部屋に入ってきた。

てっきりメイドか誰かかと思ったが、現れたのはパートナーの高見沢だ。

 

 

「よう、たかみぃ。明日織莉子に接触するわ。つか早いな今日は。もう帰りか」

 

「ああ、まあな。それよか呉を殺ったんだろう? ご苦労だったな」

 

「ん、ま」

 

 

適当に返事を返すニコ。正直、高見沢の話は聞いていなかった。

動くならココでしかない。割とマジで洒落にならない可能性が出てくる。そんな事ばかり考えている。

 

 

(賭けではある。そもそも知ったところで、どうにかなる訳でもないと言われればそうだけど――)

 

「つかお前、こんなのやってたのか」

 

「んあ? ああ大江戸無双だよ。上様超強いから」

 

 

ニコがやっていたのは侍だの忍者だのを使って、群れる雑魚共をバッタバッタと成敗していくアクションゲームである。

高見沢はため息をついてニコの少し離れた所に座る。

 

 

「俺もできんのか? コレ」

 

「ああ、代わるか?」

 

「いや、同時にだ」

 

「協力プレイって事か? 珍しい」

 

 

しかし、ニコは苦虫を噛み潰した様に表情を歪める。

 

 

「なんで私がおっさんと二人でゲームしなきゃならねぇのか」

 

「ハッ、自信ないのか?」

 

「ほほう。私のゲームスキルをナメてると? いいだろう、一度見せ付けてしんぜよう」

 

 

ニコはそう言って高見沢にコントローラーを投げた。

どうやら協力プレイを行うらしい。高見沢はフムと唸り、冷めた目で画面を見つめる。

 

 

「たかみぃ、上様使っていいよ。私黄門様使うから」

 

 

黄門様もつえーんだよ。

コイツ印籠見せれば敵が跪くからさ、その間に杖で殴り殺せるんだよ。

文字にすればテンションが高めに思えるが、ニコは抑揚の無い声で淡々と説明していた。

 

 

「上様は家紋ストックしておけばリーチ長くなるから」

 

「お、おう。まあ早く始めろ」

 

 

高見沢の言葉にニコはへいへいと適当に答えてゲームをスタートした。

高見沢は上手いと言う訳でも、下手と言う訳でもない腕前だ。

対してニコは無表情でカチカチと敵を次々に倒していく。

 

分割された画面で、上がニコ、下が高見沢となり、ゲームは進んでいった。

ただゲームをするだけだ。二人は会話もなく、無数に湧き出る敵を倒していく。

 

 

「ユウリはずっと同じ場所にいる。何をしてるかは分からんけども、恐らくグリーフシードの確保か、魔女生産か……。どのみちアレは最終日に動くぞ」

 

「魔女に囲まれて結界を展開されると逃げられねぇからな。襲いにくい奴ではある」

 

「ただまあ、アイツも言うて参戦派だ。最後まで芋るなんてありえない」

 

 

ゲームはゲームでも、F・Gの会話で時間は進んでいく。

するとエリアをクリアするための最後の壁。要するに、一面のボスが二人の前に現われた。

コレを倒せば次のエリアに行ける訳だが――

 

 

「………」

 

 

そこでニコの表情が険しくなる。

汗を浮かべ、乾いた笑みを浮かべていた。

仮面の様に貼り付けた笑みは、最早笑みではない。

そして動きも鈍くなり、敵の攻撃を頻繁に受けるようになる。

棒立ちになり、雑魚の攻撃すらガードできない。

 

 

「どうした? 意外とお前下手だな」

 

「うる……、さいな」

 

 

ニコのソウルジェムが、確かな変化を与える。

無意識な心の変化を、ニコは分かっていても抑えることが出来ない。

アイツを倒せば次に進む。次に進む事ができなくなった"彼等"を忘れた訳じゃないだろう?

そう、銃で殺した彼らを。

考えが巡り、目眩がしてきた。ニコは青ざめた顔でコントローラーを床に置く。

 

 

「わり、ちょっと……、気分悪くなった。やめるか」

 

「んな訳ねぇだろ。魔法少女は風邪もソウルジェムを操作すりゃ治るって聞いたぜ」

 

「へっ、へへ! お前中々いい性格してるわ本当」

 

 

ニコはコントローラーを掴み取ると、ソウルジェムを操作して何とか気分を落ち着かせようとする。

しかし考えれば考えるほど、思考は鈍い闇の中に堕ちて行く。

幻視が、幻聴が例外なく始まった。

 

ニコの目に映るボスが、いつの間にか殺してしまった少年の一人になっていた。

周りの雑魚が、もう一人の顔になっていた。

呼吸が荒くなり、コントローラーを持つ手が震えはじめる。

攻撃をする資格が自分にはあるのか? 彼等を殺して先に進む傲慢さが許されるのか?

許される訳がない。だから、ニコが彼等を倒す資格など存在しない。

 

 

「うぐッ!」

 

 

嗚咽を漏らすニコ。

自分のキャラクターをボス達から離れさせて、退避を行う。

強烈な不快感が襲ってきた。何故魔法少女の力を経てまで、込み上げる胃酸を感じなければならないのか。

 

あり得ない、あり得ていい訳があるか。

気持ちの問題なんだと、ニコは何度と無く割り切ろうとした。

ソウルジェムを操作して平常を保とうとした。

 

しかしどれだけ意識を集中させたところで幻視は消えない。幻聴は消えない。

目の前の画面にいるのは、自分が殺した被害者達ではないか。

目を逸らすのは許されないと、自分の心がそう言っている

 

 

「―――」

 

 

ニコが殺した顔がたくさん。

眉間に銃弾が打ち込まれた時の表情で、ニコのキャラを取り囲む。

なんだよ、なんなんだよお前らは。仕方ないだろ、私は子供だったんだぞ! ムカつく! イラつく!ごめんって謝っているじゃないか。そんなに私を汚したいのかよ、そんなに私が生きてる事が気に入らないのかよ。

 

無理、無理だ。止める、もう止めるんだ。

ニコは堪らずゲームの電源を切ろうとホームボタンに手を掛ける。

しかしその瞬間、腕に違和感を感じた。手が動かないのだ。

 

 

「何だよコレ!」

 

 

反射的に周りを見ると、そこには何も無い空間から現われるバイオグリーザが。

 

 

「まだ俺がやってるんだ、止めるのはつまらんだろうが」

 

「だったらお前一人でやれよ!」

 

「おいおい協力プレイ中に言う台詞じゃねーよなぁ、それは」

 

「ひひっ、オマエェええ」

 

 

ニコは引きつった笑みで高見沢を睨む。

しかしそれよりもニコに襲い掛かる罪の幻想。

画面の中にいる雑魚達が、自分の殺した子供達の顔になって一勢にコチラを見ている。

そして操作していたキャラクターは、いつの間にか神那ニコそのものの姿へと変わっていた。

 

そうか、そうかよ、お前らは私を殺したいのか。

ニコはいっせいに武器を向けてくる雑魚たちを見て狂ったように笑う。

そうしていると雑魚が武器を振り上げる。攻撃のモーション、ニコに向けた敵意を、肉体的に傷つけると言う方法で解放させる。

だが――

 

 

「おいおい、さっきから何止まってたんだよお前は」

 

「!」

 

 

自分を襲おうとした連中が、文字通り消し飛んでいく。

そんな機能は無いのだが、ニコの目にはテレビの中でベルデがその子供達を蹴り殺したように見えた。

 

内臓を口から零しながら、幼児たちはゴミの様に地面を転がって血まみれになって死ぬ。それはニコが銃で彼等を殺したときよりも、悲惨な死体となってだ。

 

 

「……!」

 

 

その調子で、高見沢の操作しているキャラクターはニコのキャラの周りにいる雑魚をなぎ倒していく。その様子はニコにとって、『神那ニコ』の周りに群がる子供達をベルデが虐殺していく光景とも見えただろう。しかしそれはニコに新しい変化を与えた。

 

 

「おい、俺の一番嫌いな人間のタイプを教えてやるよ」

 

 

気のせいなのか? いや気のせいなどではない。

ニコが殺した子供達を、ベルデが殺し直している光景は悲惨な物だ。

にも関わらず。ベルデが一人を殺すたびに、吐き気が引っ込んでいく。

つまり楽になっていくと言う事。

 

 

「仕事が出来ない奴、段取りが悪い奴、空気が読めない奴」

 

 

何をやっても結果を残せない奴。まあソレ等は当然イラつく物だ。

だがしかし、それよりも最も苛立って仕方ないのが一つあると。

それらに比べれば、今まで例に挙げた物等どうでもいいと思ってしまう程に酷いものがあった。

 

 

「それはな、欲望を持ってない奴だよ」

 

「……っ」

 

 

それは野心、それは物欲、ある意味それは食欲ですらいいかもしれない。

 

 

「貪欲な人間は、それはもうヒデーぐらい醜い奴も居るがな。逆を言えばギラギラした良い目をしているヤツも多い」

 

 

野心無き人間に、高みを目指す資格は無い。

人は欲望があるから生きていけるのだと高見沢は自論を持っていた。

生命に執着を持ち。生きることに対して貪欲な者こそ、力を発揮できるものだ。

湧き上がる自分の欲に対して素直に、かつその欲を受け入れる事で力にできる者が、高見沢は好きだった。

 

 

「その点、お前は死人と同じだ」

 

「……死人」

 

 

そうだろう?

求めている様で、何も求めていない。求められない。

求め様としても、己に喰われて欲望を捨てざるを得ない。

それは果たして生きている意味があるのか?

 

 

「いいか? 神那ニコ。テメェは自覚を持つべきだ」

 

 

幸い自分達は人よりも遥かに優れた能力を持っている。

そう。持っているからこそ、その力は有効活用しなければならない。

それが最も頭の良い選択肢ではないだろうか?

 

 

「とどのつまり、だ」

 

 

自分の為に力を使うのが、一番賢い事であると。

 

 

「今のお前は何をやってんだ」

 

「何を……、って」

 

「酷いもんだ」

 

 

気づけば高見沢は、周りの敵を全て殺してボスに攻撃を仕掛けていた。

ニコのキャラクターに迫る攻撃は、高見沢のキャラクターが彼女を守る様にして蹴散らして行く。

 

そして凄まじい勢いでボスを攻撃していく高見沢。

ニコに断りを入れる事もなく、タバコをふかし始めた高見沢は、ニコの方を見る事なく淡々と言葉を紡いでいく。

 

 

「ニコ、お前は俺様のパートナーだ」

 

「!」

 

「組んで仕事をする相手だってな。気に入らない奴となら、やる気も失せるだろ?」

 

 

まあ、そうも言っていられないのが世の中だがよ。拘りたいのも当然の事だろう?

高見沢はため息とともに煙を吐いた。

 

 

「今のお前は死人だよ。どれだけ有能でも、俺にとってはどんな人間よりも下の屑に見える」

 

「………!」

 

 

ベルデは――、高見沢はボスの体力を僅かに残してニコに振る。

 

 

「"聖カンナ"、トドメはお前が刺せ」

 

「なに――ッ?」

 

 

聖カンナ。

その点を強調して、高見沢は言う。

その名は、ニコがニコになる前の名前だ。捨てた筈の、断ち切った筈の名前だった。

 

要らないからカンナは死んだ。

なのに高見沢は自分をカンナだと言う。

ニコとしては大切にしていたものを滅茶苦茶に荒らされた気分である。

 

 

「おいクソ野郎。ニコ様から一つだけ社会のルールを教えてやるよ!」

 

 

ニコは身を乗りだす勢いで高見沢を睨む。

 

 

「ママから人の名前はちゃんと覚えましょうって言われなかったかい?」

 

「ハッ、誰が何を間違えたんだよ」

 

「私は聖カンナじゃない! アイツは終わりッ、私がバトンを受け継いだ!」

 

 

アイツは死んだんだよ!

 

 

「死人の名前を! 死んで、もうどうだっていい奴の影を、生きている私に重ねるな!」

 

「………」

 

「私は死人でもなんでもない! 神那ニコだ!」

 

 

ニコはスタートボタンを押して、一度ゲームを停止させる。

対して笑う高見沢。生きている? 受け継いだ? 何を馬鹿な事をと。

 

 

「おいおい、冗談も休み休み言えよ」

 

「ッ!」

 

 

高見沢は高級そうなグラスの中に灰を落としながら笑う。

聖カンナは願いを叶えて神那ニコになった?

オイオイ! おいおいおいおいおいおいおい!

 

 

「何が変わったって言うんだよ!」

 

「何だと……ッ!」

 

「お前は死んだままだ。あの時から何も変わってねぇんだよ!」

 

「ッ、それは」

 

 

罪の意識に苦しんでいた聖カンナから何一つ変わっていない。なにも成長していないと高見沢は切り捨てる。

考えるまでも無くそうだろ? 味覚が無いのがその証拠だ。

未だに尚、幻聴と幻視を視るのがその証拠だ。

 

結局、変えられた様で何も変わっていない。

それは自己を中心として考えれば、なおさら突きつけられるものだろうと言う。

 

 

「もしもお前が神那ニコなら、さっさと殺して次のステージに行くぞ」

 

「………」

 

「やれよほら、俺は待たされるのは好きじゃねぇ」

 

「……ッッ!!」

 

 

やってやるよ。ニコはコントローラを掴んでゲームを再開する。

 

 

「たかがゲームだぞ。ボタン一つでボスなんざ簡単に死ぬ。簡単に殺せるんだよ!」

 

 

キリカを殺した時より簡単だ。

ニコは少し殺気を放ちながら、ボスを殺そうとキャラクターを動かしていく。

しかし、その目に映るのはやはり――

 

 

「――ッ」

 

 

やはり、自分が殺した相手であった。

 

 

「ッッ!」

 

 

なんで、なんで! なんでッッ!!

 

 

「ウッ!」

 

 

ニコは堪らず、近くにあったゴミ箱を引き寄せて胃液を漏らす。

嗚咽を漏らすニコと、声を上げて笑う高見沢。

 

 

「なんて滑稽な姿か。なあ、おい」

 

 

高見沢は、ニコを煽る様にして笑い続けた。

 

 

「なんなんだよお前は! ニコちゃんはそろそろ激おこだぞ! 出てけよもうッ!」

 

 

咳き込みながら声を荒げるニコ。

 

 

「勝手に入ってきたと思ったら、勝手な事ばっかり言いやがって。なんなんだ!

 

「まあ落ち着けって。せっかくパートナーになったんだ、嫌いな奴とは組みたくないだろ?」

 

 

なんて、ひょうひょうと言ってみせる。

 

 

「俺はな、惜しいと思ってるんだぜ? お前の生き方はクソすぎる」

 

 

これが他人も他人なら、放っておくのだが、仮にも高見沢はパートナーとして神那ニコの働きを大きく評価している。このまま彼女がその才能を腐らせて死んで行くのは、高見沢としても惜しいものがあった。

 

 

「じゃあなんだよ、パートナー様同士で馴れ合いの時間って事か? 今は」

 

「お前がそう思うならそれでもいいさ。カンナさんよ」

 

「おいおい! 聞いてたのかよ私の話!」

 

「まあ聞け!」

 

 

ニコのキャラクターがボスに一方的に攻撃されているのを見て、高見沢はポーズを押してゲームを止める。

 

 

「自分の人生だ、自分が主役だと思うほうが余程有意義に過ごせる」

 

 

まあ尤も、その中でもいずれ強い者が弱い者の上に立つと言う、当たり前の様な関係が出来上がるのだけど。

 

 

「此のゲームで言うならお前はどっちだ?」

 

 

ワラワラと群れるだけで簡単に殺されていく雑魚なのか?

その雑魚を倒すプレイヤーキャラクターなのか?

ある意味、このゲームだって世の中の縮図を現している様にも思える。

同じ様な無個性の雑魚達が群がり、強者に倒されていく画。

 

 

「俺様はもちろん、倒す側だわな」

 

 

でも今のニコは倒される雑魚にしか見えないと高見沢は笑った。

結局カンナの時の呪縛から解放されていない。今は慣れていると思っていても、やがては壊れる。

なぜならば今のニコが既にガラクタであるからだ。

人の形をした死人、ボロはいずれ出る。

 

 

「ニコ。俺はお前に期待してるんだぜ? この戦いが終わっても、お前を正式にスカウトしたいと思っている」

 

 

彼女の再生成の魔法があれば、戦いが終わった後でも高見沢グループを文字通り王の位置に持っていくことは容易だ。

ましてそこに願いの力を加えれば、いっその事、本当の神の位置にもたどり着けるかもしれない。

 

 

「協力さえしてくれれば、お前にも何不自由ない暮らしを約束してやるよ」

 

 

一人暮らしがいいなら最高級のマンションに住まわせてやるとも言った。

欲しいものがあれば今以上に用意させるし、男が欲しいなら出会いの場だって用意させてやると。

 

 

「協力してくれれば、お前の好きな様にさせてやるよ。断る理由なんて無いよな?」

 

「冗談。パートナー関係が終われば、ニコちゃんは再び旅に出るよ。それこそが自由と言う物だろう?」

 

 

高見沢が言っているのは、餌をやるから働けと言う事だ。

 

 

「鳥かごの鳥じゃない。私は大空を飛べるだけの翼を持っている」

 

 

今はゲームがあるからこそだが、それが終われば、高見沢との関係も終わりだと。

 

 

「自由? おいおい、お前にとっての自由ってなんなんだよ」

 

 

高見沢は、ニコが参戦派か協力派を決めるのに、自分に全て一任した時の事を思い出す。

それはニコが自分で決めるのが面倒だの、どっちでも良かった等ではなく。

本当に何も考えられなかったからではないだろうか?

 

自由に生きると言うことは、イコール何も考えずに生きる事ではない。

しかし彼女はそれを履き違えている。ニコ何も考えない、考えられない。

自分が何をしたいのか? それを決めるのに多くの時間を必要とするのだ。

昔も、そして今も、それは彼女自身が感じている筈。

 

 

「楽しめるのかよ、お前はその自由を」

 

「………」

 

 

何を食べても味がせず、綺麗な景色を見ても何も感じない。

感じようとすると幻覚が起こって自分の心をシャットダウンする。

濁った目がそれを語っている。

ニコは幸福にはなれない、このままならば永遠に。

それを乗り越えようともしないからだ。

 

 

「………」

 

 

ニコは何も言い返せない。

高見沢の言うとおり、生きる目的を決めてもらった方が遥かに生き易い。

今だって人を殺す事は高見沢の指示だと言い訳を作れば、何も感じずに済むからだ。

 

 

「テメェはよぉ、それでいいのか?」

 

 

高見沢にしては珍しく、ニコを心配する様に言った。

 

 

「いいか、もう一度言うぞ聖カンナ。お前は何にも変わってねぇ!」

 

「!」

 

「むしろ悪化してるんじゃねぇか? 今のお前は見るに耐えない滑稽さだ」

 

 

本当に満足してるのか? 高見沢は煽る様に笑う。

対して唇をギュッと噛むニコ。

彼女はしばらく沈黙していたが、やがて大きな舌打ちを返す。

 

 

「満足できる訳ないだろうが……!!」

 

「なら話は簡単だろうがよ」

 

「ッ?」

 

「変わればいい」

 

 

高見沢は簡単に言ってみる。

幻覚に苦しむのなら、もうその幻覚を見ないようにすればいい。

 

 

「それが分かれば苦労はしない」

 

「だから殺せばいいんだよ」

 

「え?」

 

「今お前には、ボスが殺したガキに見えてんだろ? いいじゃねぇか、ココに来るまでは多くの雑魚を殺してきたんだ。今更、罪の意識になんか苛まれる必要なんざねぇよ」

 

 

それにニコは参加者も殺している。

キリカに至っては、トドメを刺しているじゃないか。

それはある意味、彼女の中にある『神那ニコ』の部分なのかもしれない。

まだ偽りの自分。決めてもらっている自分。

 

 

「テメェが本物の神那ニコになる為には、自分の中にある聖カンナを消し去らなければ不可能だ」

 

 

それこそが、彼女が魔法少女になった理由。

あの事件の罪悪感を消し去る事だ。

 

 

「殺せ。幻覚でボスが殺した奴に見えてるなら丁度いいだろ」

 

 

今ココで殺し直せ。高見沢はしっかりとそう言った。

殺したくないなんて言葉は、今更過ぎる。

参加者を殺せたニコが、自分の意思で殺せない筈が無い。

高見沢に命令されたからなんて言い訳を盾にしていては、いつまでも彼女は死人のままだ。

 

 

「乗り越えるしか、お前が神那ニコになる方法はねぇぞ」

 

「それは……、それくらい、分かってるさ」

 

「だったら殺れよ。分かってんのか? ただゲームのボスを倒せば良いだけだ」

 

「………」

 

 

そうは言うが、躊躇がまだニコには見える。

その『顔』を直視するだけで、また吐きそうになってしまう。

だが、まあ高見沢の言うとおりだ。このままで良い訳が無い。

ニコは本当の意味で自由に生きたいのだから。

 

しかしいつまでもあの日の記憶の呪縛がついてくる。

神那ニコになったのに、している事は聖カンナの時と全く同じではないか!

だから自分には何も無い。いつだって、今だって思っている。

いつでも死んでもいいと。それは生きる希望が、生きる意味が無いから。

 

 

「いいか、よく聞け」

 

「?」

 

 

高見沢は、当たり前の事を一つ、忘れていると告げた。

 

 

「お前が殺した連中は、生き返ったんだろ?」

 

「あ……」

 

 

それは確かに。

ニコが願いの力で、しっかりと撃ち殺してしまった二人を蘇生させた。

まだゲームが始まっていなかったから、蘇生制限が無かったのだろう。

二人ともちゃんと蘇り、ちゃんと動いているのをニコは遠目に見た。

 

 

「お前が殺した相手は、今は楽しく暮らしてるって訳だ。そうだろよ?」

 

「ま、まあ、それはな」

 

「だったらもういいじゃねぇか。つまんねぇ事をいつまでも引きずってんじゃねぇぞ」

 

「つ、つまらんって……」

 

 

世の中、ムカツク奴等が多い。誰がも心の中で誰かを殺す。

今のニコは、そんな脳内妄想で人を殺して、勝手に自己嫌悪や罪悪感を覚えているだけにしか見えないと、高見沢は笑った。

 

 

「そしてそれで感覚を無くすなんざバカ。大バカ野郎だ」

 

「………」

 

「お前、人生の半分以上、いや全部を損してやがる」

 

「……それは」

 

「生きてみたいと思うだろう? テメェにも欲望はあんだろうが」

 

 

うまい物を食べて、好きな本を、テレビを見て、好きに生きる。

欲しい物があれば、簡単に手に入れられる。やりたい事は何でもできる。

そんな夢の様な生活を成しえるだけの資格が、自分達にはあると言うのに。

 

 

「生き返った奴等に罪悪感を感じる必要がどこにあるよ?」

 

 

もうそいつ等はニコを覚えていないし、恨むなんて事もありえない。

なのにニコは勝手に妄想して勝手に苦しんでいる。

滑稽すぎる、哀れすぎる、愚か過ぎる。

 

 

「私は……、からっぽだ」

 

「だったら、これから中身をブチ込め」

 

「……!」

 

「人間誰もがからっぽで生まれてきた」

 

 

だから、コレがその一歩だ。

高見沢はダルそうにコントローラーを振る。

自分達には人を超越したと言う資格と力がある。

それを存分に振るわないのは勿体無いと言うレベルではない。

見ているだけで吐き気がすると。ましてやそれが共に戦うパートナーであれば尚更だ。

 

 

「いい加減『生きろ』、聖カンナ。俺は死体と共に仕事はしない主義でな」

 

「生きろ……、か」

 

 

そりゃニコだって、今の状態がベストだとは思えない。

それが治るのならば、一番いい事も分かる。

高見沢の言う事は鼻につくが、正しいのがどちらかと言われれば――、それは分かってしまうと言う物だ。

 

 

「でも――」

 

「でもじゃねぇよ糞ガキが。子供は大人の言う事を聞くもんだぜ」

 

「うっせーなジジイ。もっと子供には優しくしろ」

 

「ざけんじゃねぇ、何がジジイだ、俺はまだ38だ」

 

「ジジイじゃねぇか、ナハハ」

 

 

あれ? ニコは急に真面目な顔に。

 

 

「今、素で笑えたかもしれん」

 

「は?」

 

「お願い、たかみぃ、もう一回面白い事言ってみて」

 

「ふざけんな、なんで俺が――」

 

「言ってくれたらアイツ倒すから」

 

「ハァ?」

 

 

自分から言い出した事と言えばそうだ。

高見沢は一瞬沈黙してしまう。タバコの煙を吐いて、すこし考えて――

 

 

「布団がふっ――」

 

「は?」

 

「……いや、なんでもねぇ」

 

「おい、お前まさか――」

 

「やめろ、言うな」

 

「嘘だろ? それ自分で面白いと思うか?」

 

「分かってる、分かってるからこそ言葉を止めたんだろうが」

 

「ほらやっぱもう思考がジジイなの」

 

 

そんな中、ニコは再び口だけだが、しっかりと笑みを浮かべた。

 

 

「いいぞ、たかみぃ。結構今、面白いって感じられてるかも」

 

「……お前は、人との関わりが少なすぎるんだよ」

 

 

いつもはメイド達に自分から話し掛けれど、適当な話をして早々にニコから切り上げる。

それはニコが自分を相手に印象付けれど、自分の事を知ってほしくないと言う表れだ。

ま、た関わる事自体を避けているからでもある。

 

一人が好きな人間は山ほどいる。

それは高見沢とてそうだ。しかしニコの場合は一人が好きなのではなく、一人でいる事しか知らないのではないかと。

そしてその状況を、ニコ自身どこか不満に思っている。

 

 

「孤独と一人は違う。割り切ってるならまだしもよ。お前からは未練が見える」

 

「未練……、ねぇ」

 

「ああ、それもタラタラした汚ねぇヤツだ。完全に感情を無くした人形として生きる事は嫌。だけど人として生きる事も無理」

 

 

中途半端な奴だ。高見沢はタバコを消して首を回す。

そんな未練を垂れ流している奴を見るのは、本当にイラつく事だ。

だからこそニコには早く割り切って貰わなければならない。

 

 

「それにいつまでもこんな事を続ける事を、お前はバカらしいとは思わないのか?」

 

「――るさ」

 

「あ?」

 

「分かってるさ。私だってこのままが嫌だって事」

 

「なら――」

 

「でも変えられない、変えたいのに変えられないんだ……」

 

 

ニコは声のトーンを落としてそう言った。

 

 

「何をすればいいのかも分からんし」

 

 

けれども幻はハッキリと確認できる訳で。

 

 

「本当にボスを倒すだけで治るのか? そうは思えん」

 

「そりゃあ俺の知った事じゃねぇよ。俺はお医者じゃねぇ」

 

「やっぱ無責任だな。老害糞ジジイは」

 

「おい増えてんぞ暴言が。可愛くねぇガキだなお前は」

 

 

まあとにかく聞けと高見沢。

それは高見沢だってこんなゲームのボス一人倒したくらいで、長年苦しんできた幻が消えるとは思っていない。

 

けれどもこのボスを倒す事。

つまりニコから見れば、自分が殺した者を殺す事は、乗り越える事と同じだと思っている。

いつまでもつまらない幻影に囚われて貴重な時間を無駄にするなんて、馬鹿げた話だ。

 

 

「もっと貪欲になれ。力があれば世界は面白くなるぞ」

 

「……でも」

 

「ったく、おいおい、まぁだ何かあんのかよテメェはッ」

 

 

だったらと高見沢は画面を指差す。

ニコを囲んでいた雑魚達は高見沢のキャラクターが全て倒した。

雑魚達もまたニコから見れば幻影。それは恐怖の具現であり、罪悪感の具現であり。

 

 

「だったら、今回みたいにまた俺が蹴散らしてやるよ」

 

「……?」

 

 

あれ? と、ニコは首を傾げる。

そしてしばらく沈黙した後で、高見沢を虚ろな目で見た。

 

 

「お前、意外と優しいな」

 

「なんの話だよ」

 

「いや――ッ、だってさ」

 

 

よくよく考えてみればこの一連の流れは。

要するに自分を慰めて元気付けてくれているのと同じじゃないか。

いろいろと悪態をついてつかれてだが、なんだかんだと高見沢が言いたいのは「元気を出して」と言う事なのでは?

 

 

「だから、俺は認めた奴には相応の評価をする。俺はお前の実力は買ってるって言っただろうが」

 

「ふぅん」

 

 

悪い気はしない。ニコは唇を吊り上げたまま沈黙。

そうしていると一度ため息をついて高見沢は一つの自論を彼女に話す。

名言だのありがたいお言葉などではなく、高見沢逸郎と言う人間が思う一つの事だ。

 

 

「いいか、もう一度言うぜ聖カンナちゃんよ」

 

「けッ、なんだよ」

 

「俺達は――」

 

 

高見沢が言った言葉は、色々な言葉を使えど、要するに自分達の存在が何よりも重く、同時に何よりも軽い事だ。

そしてその最終的な価値を決めるのは自分だ。

他者を蹴落としても、どんな手を使っても、自分と言う存在を守り抜く。

そして貪欲に生きれば、また違った世界も見えてこよう。

 

要するに生きれば、生き続ければいい。

もちろんただ生きるだけじゃ意味は無い。

例えば頂点に立つ欲望だの、何かを成しえようとする明確な意思を持ってだ。

 

 

「欲望は人を構成する最もな材料だろ」

 

「欲望……」

 

「ああ、今のお前は吐き気がするほど無欲だ」

 

 

本当はある筈なんだ。

ニコがまだ人としてちゃんと機能しているのなら、『欲望』と言う物が。

 

 

「願い無き人間などいるものか」

 

 

ニコもまた同じだ。

生きているのなら、または生きたいと思うのなら、欲望が存在している筈だと。

 

 

「ある筈だ。たとえばお前が意味無く借りてきたDVDをちゃんと見たいとかな」

 

「それは、そうだよ」

 

「もしくは面白ぇ漫画を見たいとか」

 

「それも、ある」

 

「美味い飯を食いたい、だとかな」

 

「ある、あるさ!」

 

「だったら上出来だ」

 

 

高見沢は少しだけ笑みを浮かべた。

そう、例えばニコが好きだといった天ぷらアイスを、100パーセントで味わう事ができる。

そしてもっと美味い天ぷらアイスを食べられるかもしれない。

それは生きていれば叶うかもしれない事、生きているからこそ抱ける目的だ。

可能性は、生きている人間にしか齎されない。高見沢はそう言った。

 

 

「欲は、満たされる事はねぇ」

 

 

一つの欲望が満たされれば、新たな欲望がすぐに生まれる。

 

 

「だが、それが生きてるって事だろうよ」

 

 

だからこそ高見沢はゲームに勝ち残り、願いの力でより多くの欲望が叶う力を手に入れる。

それは力を持つ者にのみ許された権利、力、立場だ。

ニコも同じ場所に立てる権利を持っている。

ならばそのチャンス、挑まなければ損だろうに。

 

 

「じゃあ、私がこのボスを――……、殺した奴を超えれば、天ぷらアイスが美味くなるのか?」

 

「ああ、すぐにとは言わねぇがな」

 

 

少しの沈黙の後、高見沢が呟いた。

 

 

「自分をもっと大切にしろ」

 

 

崖から落ちそうになれば、他人を蹴落としてでも助かろうと思えるほど、自分を愛せ。

他人がどうなろうと、自分さえよければ良いと思える程の自分であれ。

自分の欲望に、ちゃんと応えられる自分になれ。

 

 

「自分の人生、自分が満足できる方がいいだろうよ」

 

「……フッ」

 

 

ニコは汗を浮かべつつも、しっかりとコントローラーを握ってスタートボタンに指を乗せる。これを押せばゲームは再開され、自分は戦いの場に引きずり出される。

 

 

「殺せ。現実でできて、ゲームで出来ない道理がねぇ」

 

「……ッ」

 

 

ニコの汗は酷くなる。

しかし彼女は先ほどから言われている高見沢の言葉を脳内でリピートした。

 

 

「欲望? あるさ、私にだって」

 

 

だってそうだろ? 私は、私は――ッ!

 

 

「神那ニコなんだからよぉ!」

 

 

ゲームを再開するニコ。

歯を食いしばってボスに、自分が殺した顔に向かっていく。

また面白いアニメが見たい、また面白い漫画が読みたい、また面白い映画を見たい。

当たり前の事だ、当たり前の事なんだ。美味しいものが食べたいって願いは。

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

叫びで、恐怖と躊躇をかき消す。

そしてニコは目を逸らさずに被害者を打ち倒した。

無我夢中でボタンを連打するニコ。鬼気迫る彼女の表情を横目に見て、高見沢は少し満足げな笑みを浮かべていた。

そしてニコが我に返ると、そこにはボスを倒したと言うリザルト画面が表示されていた。

 

 

「ハァ……ハァ! ウッ! ガ……ッ!」

 

 

ニコは全身から血の気が引いていくのが分かった。

そして直後、再びゴミ箱を掴んで胃液をぶちまける。

苦しい。苦しいが――、意外にもニコは笑顔だった。

苦しくても、彼女の中には一つの達成感があったからだ。

 

 

「や、やった……! はは! 殺せた! ははは!!」

 

 

歪んだ笑顔だったが、ニコにとっては大きな一歩だったのだ。

それは間違った振り切り方なのかもしれない。

しかして、ニコにとっては少なくとも大きすぎる進歩だ。

こんな形で本当の笑顔を出すとは思っていなかったが。

 

 

「ハッ、上出来だぜ神那ニコ」

 

「はは……、は。見たかよ高見沢ァ、ニコちゃんの腕前をよぉ」

 

 

涙と涎や胃液、汗でグシャグシャの顔で笑いかけるニコ。

しかし高見沢にとっては最高に良い顔に見えた。

先ほどの死んだ様な――、いや死んでいた顔よりは余程いい。

 

 

「さてと、じゃあ俺は……」

 

 

部屋を出て行こうとした高見沢。

するとニコが服をガッシリ掴んでニヤリと笑う。

 

 

「な、なんだよ?」

 

「まだ終わってねぇだろうが、何を帰ろうとしているんだねキミは」

 

「は?」

 

 

目を丸くする高見沢。

ニコはバシバシと隣のクッションを叩いて座れとジェスチャーを行う。

今クリアしたのは一面だ、まだ一面なのだ。

 

 

「ゲームは始まったばかりだぞ」

 

「おいおい、後は勝手にやれよ」

 

「つれんなお前は。ノリが悪い奴は嫌いだぞ」

 

「勝手に言ってろ」

 

「明日ニコちゃんはココを出て行くのにな!」

 

「ああ、そうだったな。ってか、その理由まだ俺に言えねぇのかよ」

 

「……言えん。コレはマジで乙女の秘密だから」

 

 

首を振って部屋を出て行こうとする高見沢。

しかし彼は扉の前でピタリと止まると、しばらく考えたように沈黙して頭をかく。

まあなんだ、ココまで来たのは来たのだ。

 

 

「仕方ねぇな、今日だけだぞ」

 

「お! 流石はたかみぃ! ほら、やるぞ!」

 

 

高見沢はニコの隣に座りなおすとコントローラーを手にする。

その後は二人肩を並べてテレビゲームだ。

後ろから見れば親子の様に見えたかもしれない。

 

 

「うはは、おいおいボスに負けてんなよ。さっきの言葉が台無しだな。やっぱおっさんにはゲームは無理か」

 

「うるせぇな、初めてやったんだから大目に見やがれ」

 

「ミスをする奴は、ニコちゃん株式会社には不必要ですよ」

 

「ハハッ、そんな糞みてぇな会社はコッチから辞めてやるよ。いやむしろ俺の会社が潰してやる」

 

「フッ! こえー、やっぱ友達いねぇの納得だわ」

 

 

本心か、作り笑いかしらないが、ニコも高見沢もよく笑っていた。

そしてその答えは、光るベルデのデッキが証明しているだろう。

部屋にはその後もボタンを押す音と、端的な笑い声が途切れる事無く聞こえてきた。

こうして、五日目の夜がゆっくりと更けていく。

 

 

 

 



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第59話 告白 白告 話95第

 

 

【六日目】

 

 

「………」

 

 

真司は先ほどからソワソワと時計をしきりに確認していた。

まだ前に確認してから一分しか経っていないと言うのに。

現在、真司がいるのは見滝原の中にある遊園地だ。範囲内ギリギリにあると言うことで、エリアを示すベールがよく見える。

この遊園地は他の町から客が来る程の物ではないかもしれないが、ここら辺ではそこそこ立派な物だった。

どうして真司がココに来ているのかは、昨日の出来事を思い出して欲しいところだ。

 

 

「まったく、なに考えてんだよ……」

 

 

真司はもう一度時計を確認して呟く。

このまま順調に行けば、明日にはワルプルギスの夜がやってくる筈だ。

空は快晴だが、明日にはきっと嵐になるとほむらから告げられた。

 

考えるだけで緊張してくる。

明日には、このゲームが終わっているかもしれないのだ。

果たしてどうなるのか、それは真司にも分からない事。

 

 

「……蓮」

 

 

現在、蓮は普通にアトリで働いているらしい。

しかし真司は会いに行けない。行ってしまっては戦闘になるからだ。

説得をしようにも、真司自身、蓮の性格はよく知っている為に無駄だと言う事が分かる。

 

だがもしも蓮を本当に説得させたいのなら、やはりこの拳を振るわなければならないのかもしれない。

戦って、ぶつかって、そして分かってもらう以外には無いと。

だからこそ真司は心の中で一つの答えを出していた。

 

 

(会いに行くべきかな……)

 

 

例え、拳を振るう事になったとしても。

 

 

「よ!」

 

「!」

 

 

考えごとをしていたからか、真司は美穂の声に驚きビクリと肩を揺らす。

今日ココに来ている理由は、美穂に誘われたからである。

デート、とは言っていたが果たしてどんな意思があっての事なのか?

真司は携帯をしまうと振り返り、美穂へと視線を移した。

 

 

「――ッ」

 

「ん? どうしたの?」

 

「え? ああ、いやッ!」

 

「ははーん」

 

 

普段の美穂はジャケットだのジーンズだの、どちらかと言えば男まさりなテイストだが、今日は白のワンピースにカーディガンと控えめな服装である。

 

 

「なんだよ真司、私の美しさに見惚れたか?」

 

「ば、馬鹿言うなよ」

 

「嘘おっしゃい。やっぱ男はギャップに弱いわね。ほら、今のうちに生足を堪能しておきなさい」

 

「下品だぞお前!」

 

「無駄だ城戸真司。あんたのタイプがザ・お嬢様だと言う事は調べがついている」

 

「ぐぅううう……!!」

 

 

スカートを掴んでヒラヒラと足を強調する美穂。

ケラケラと笑う姿を見て、やはり中身は普段ままだとつくづく実感する。

一瞬だけ少しときめいてしまった自分が情けない! 真司は首を振ると、一端心を落ち着けることに。

 

 

「寒くないのかよ」

 

 

真司はセーターだから大丈夫だが、今日は少し風が冷たい。

これから何かに乗るのなら風も強くなるだろうに。

 

 

「大丈夫だよ。寒くなったら真司に暖めてもらうから!」

 

「馬鹿言えよ! ま、まあ寒くなったら言えよ?」

 

 

とにかく入り口でウダウダやってても仕方ない。

今日と言う時間もまた有限だ。二人は取り合えず中に入る事に。

ゲームの事だの、脱落者達の事だの、色々と思う所はあるが、今日くらいは全てを忘れて楽しむのもアリかもしれない。

美穂だってきっとそう言った意味を込めて誘ってくれたのではないかと、真司にしては珍しく思考を働かせてみる。

 

 

「ん、じゃあ行こ!」

 

「お、おい! 何やってんだよ!」

 

 

美穂は真司の腕に自分の腕を絡ませる。

慌てて振りほどこうとすると、美穂は不満げに頬を膨らませた。

無言の圧力に汗を浮かべる真司。何故自分が責められた様になっているのか。

 

 

「な、なんだよ」

 

「不満なの?」

 

「いや、そうじゃないけどさ。ホラ、こういうのは恋人同士がする物だろ?」

 

「かたッ、こういうのは雰囲気なのよ」

 

「???」

 

「どうせアンタは馬鹿だから恋人なんてできないわよ。だから美穂さんがその雰囲気を味合わせてあげるってのに」

 

「余計なお世話だ! 早く入るぞ!」

 

 

真司は呆れたように、美穂から離れてチケットを買いに走る。

一方で腰に手を当てて美穂はため息をついた。少し残念そうに笑みを浮かべており、そして――

 

 

「クッ! 今のは減点だぞ城戸真司ッ。あそこは腕を組んだまま進んだ方が良かったのに!」

 

「ねぇねぇー! あたしにも見せてよサキさん!」

 

「………」

 

「あ、あはは」

 

 

少し離れた所の物陰。

そこには、何用に使うのかも分からないほど巨大な双眼鏡を構えて縮こまっているサキがいた。

隣ではサキの服を引っ張っているさやかと、二人を無表情でジットリ見ているほむら。あとは苦笑気味のまどかが立っていた。

つまりの所、彼女達は真司たちを尾行()けているのである。

 

事の始まりは午前中の事だ。

打倒ワルプルギスに向けて、激しい特訓を行っていた四人。

まどかは魔力コントロールと天使召喚の把握。

サキはイルフラースの制御。さやかは戦闘の中で冷静さを保つ事などのメンタルトレーニング。ほむらは今ある力でどう戦うかの計算などなど。各々で出来る事をやっていたのだが、流石に魔法を連続使用するのは体力や精神力をガリガリと削られていくと言うものだ。

 

サキは皆の様子を見て休憩を提案。

疲れていた一同は、彼女の提案をなんなく受ける事に。

流石はサキ。彼女のリーダーシップは頼りになると、ほむらは心の中で思ったのだが――

 

 

「………」

 

 

ほむらは相変わらずジットリとした視線でサキを見ている。

休憩とは、てっきり美佐子の家でお茶でもするのだとばかり思っていたが、結果は今に至る訳である。

美佐子が張り込みを始めて行う際、形から入るために買った尾行道具セット(双眼鏡やサングラス、付け髭まで)を借りて、一同を半ば強引に遊園地へ引っ張っていった。

 

 

『正直――ッ、気になってしかたなかったんだッッ!!』

 

 

サキは真面目な表情と、真面目なトーンで、ふざけた叫びをあげる。

ココ最近は暗く重い出来事が続いていた為に忘れていたが、本来浅海サキは他人の色恋には目が無いのだ。

 

 

『このまま胸にしこりを残したままワルプルギスとなんか戦えるか! 真司さんと美穂がどうなるのかを考えただけで――ッッ! あぁぁぁ! 死んでも死に切れん!!』

 

 

ってな物である。

さやかもさやかでノリノリの為、結局サキの暴走に拍車をかけてしまう事に。

 

 

「でも、やっぱりいいのかなぁ?」

 

「いい趣味とは言えないわね」

 

「耳が痛いな……。それは確かに」

 

 

サキは一瞬だけ申し訳無さそうに俯く。

だが一瞬、そう一瞬。サキが顔をあげると、メガネの奥の目が光を放つ。

 

 

「でも、気になるだろ」

 

「「………」」

 

 

正直、ちょっと気になる。

だからまどかも何だかんだと付いてきた訳で。

いやいや確かに悪い事とは分かっちゃいるが、やっぱりパートナーの恋愛事情は気になる訳で。

 

真司と美穂はまどかの目から見て、とてもお似合いだった。

それにこんな状況だからこそ、うまく行ってほしいと思う気持ちもある。

 

 

「そう、これは応援なのだ」

 

 

サキはそこに付け込む――、ではなく割り入る。

 

 

「ただしいいか? 皆。絶対に邪魔しちゃいけないぞ」

 

 

余計な事をすれば、デートの邪魔をしてしまう事になる。

だが考えてもみてほしい。サキ達の存在が気づかれなければ、それは何の問題もない筈。

デートに支障は出ないし、当たり前だがサキ達は存在しない事になっているのだから付いて来ない時と同じ展開になる。

水を差す事なく、ただ遠巻きに観察するだけ。それだけだ。

 

 

「それに私達も、たまには遊園地で遊ぶのもいいじゃないか」

 

 

辛い事が続いた時こそ、息抜きだ。

そんな気分になれないかもしれないが、最後の最後まで巻き込まれる前の自分達でいようと一同は決めた。

 

その言葉を聞いて、渋々ほむらも納得する。

ほむらの場合は多少なりとも真司たちの事も気にはなるだろうが、何よりもまどかが行くと行ったから付いてきた訳だ。

それに集合している方が安全と言う事もあるしとの事。

 

 

「む! サキ隊長ターゲットが中に入って行きます!」

 

「なんだとッ!? いかん、出遅れるなよ諸君!」

 

「ラジャー!!」

 

 

サキとさやかは物陰に隠れながら、すり足で真司達を追いかける。

 

 

「逆に目立つでしょうに……」

 

 

ほむらはポツリと呟いたが、もう二人には届かない。

まあなんだ、本人達が楽しければそれでいいのかもしれない。

 

 

「わたし達もいこっか」

 

「ええ、そうね」

 

 

まどかの笑みに少しだけ表情を和らげる。

しかし気のせいだろうか? なんだが、この光景に既視感を覚えると言うか何と言うか。

気のせいか。ほむらは割り切ってサキ達を追うのだった。

 

 

一方遊園地内にやってきた真司と美穂。

せっかく来たんだ、何かに乗ろうと言う話になる。

遊園地などもう何年も行っていない。真司もテンション高く、辺りを見回していた。

けれどもすぐにクールダウン。やはり街の現状が現状なので、客が少ない。

普通に笑っている家族連れやカップルはいるのだが、何ともまあ複雑な物である。

 

 

「何乗るんだよ、コーヒーカップか? メリーゴーランドか?」

 

「くぁー、おいおいガキかアンタは!」

 

「うるさいな! 好きなんだからいいだろ!」

 

「まあそれもいいけど、最初はやっぱりさ」

 

「?」

 

 

そう言って美穂が指差したのは絶叫系のマシンが並ぶエリアである。

真司の表情が引きつる。対してニンマリと笑う美穂。

そう、これは確信犯も確信犯。悪意ある選択であった。

 

 

「覚えてるよ。高校時代の修学旅行。真司様はちっせぇジェットコースターでピーピー泣いてたわよねぇ」

 

「うるさい。あん時は俺も――! そう、俺も子供だったんだよ……!」

 

「ほうほう、じゃあ今は乗れると言うのかしら」

 

「あ、当ッたり前だろ! ふふん、じゃあ進化した俺を見せてやる!」

 

「んん、そうこなくっちゃ!」

 

 

相変わらずニマニマ笑う美穂を見て、真司は汗を浮かべながらも必死に言い聞かせる。そりゃあ絶叫マシンは、苦手か得意かと聞かれれば、答えは簡単。

苦手だ。

 

けれども、それはどちらかと言えばな話だけで、全く苦手とは言っていないじゃないか。

それに今まで色々な修羅場を潜り抜けてきたわけだし。ドラグレッダーにも何度と乗ったことがあるし。飛んだし。いけるし。

 

 

「ホラ、上がるよ真司」

 

「………」

 

 

はしゃぐ美穂に連れられて、真司は無言で後をついていく。

二人の行く先には、丸太を模したライドマシンが待ち構えていた。

水の坂を滑り落ちるタイプのアトラクションだ。季節が季節の為、人も全然並んでない。当然だ、このクソ寒い中で誰が並ぶというのか。馬鹿くらいである。男女二人なら馬鹿ップルである。

 

 

「落ちた時に写真撮ってくれるんだって」

 

 

美穂はレバーを降ろしたときに自らの愚かさに気づいたが、その時にはもうお姉さんが笑顔で手を振ってくれているところだった。

丸太は二人乗り。前にに美穂、後ろに真司だけを乗せた丸太が発進していく。

 

 

(我ながらチョイスがヤバイな……。並んですら座れんとは)

 

 

美穂がふと後ろを見ると、真司が真っ青になって震えていた。

 

 

「や、やっぱ降りようぜ美穂。ちょっと急用を思い出したんだ」

 

「もう頂上なのに何言ってんのよ。ホラ落ちるよ!」

 

「え!? ちょ、待――ッ! アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 

 

真司の悲鳴と共に、坂を滑り落ちていくマシン。

美穂は楽しそうに笑っているが、真司はただただ情けない悲鳴をあげて落下していった。

後で写真を見てみたら、美穂はしっかりとピースなんかを決めているが、真司は白目を向いて放心していた。

 

 

「お写真、よければどうですか?」

 

 

スタッフのお姉さんはまぶしい笑顔で聞いてくるが、一体何の理由があってあんな情けない姿を晒した証拠を買い取らなければならないのか。

黒歴史だ。真司はやんわりと断ると、出口のゲートを目指す。

 

 

「あ、じゃあ一枚」

 

「お、おいおい!」

 

 

とは言え、ノリノリの美穂。

こうして『白目の真ちゃん』と言う不名誉なあだ名を付けられただけでなく、その証拠品まで手にされてしまった。

真司も真司で、流石にスタッフの前で「買うなよ」とは言い辛く、結局無言を貫く事に。

 

 

「さ、じゃあ次行こう!」

 

「え? あ、ちょ!」

 

 

美穂は真司の手を取ると、さっさと歩いていく。

なんだかごく普通の流れとは言え、手を握っている事に真司は焦りと恥ずかしさを覚えてしまう。

いや、考えすぎか? 意識し過ぎか? 最近の男女は簡単に手を繋いだり抱き合ったりするものだとネットニュースで見た気がする。

 

 

「あ、お客様! ソッチは上級者用で――」

 

「え? 嘘! あ、おい! ひっぱんなよ!!」

 

 

引きずられて行く真司を見て、汗を浮かべるスタッフ。

この乗り物で青ざめていては向こうは厳しそうだが。とは言え、真司はそんな事を知る由も無く連れ去られていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やるな美穂。あんなにスムーズに手を繋ぐとは――ッ!!」

 

「私達、何しに来てるのかしら……」

 

 

サキ達は時間差で同じアトラクションに乗っていた。

上がって行く丸太の上から、サキは双眼鏡で真司たちを観察している。

サキの後ろでは、ほむらが珍しく汗を浮かべて表情を歪めていた。

明日には最強の魔女との決戦だと言うのに……。なんだこの、この、不毛な、この……。

 

 

「え? ま、まだ上がるのさやかちゃん! ふ、ふぇぇえ!」

 

「あはは! まどかはまだまだ怖がりだねぇ! じゃああたしに掴まっておきなよ」

 

 

遥か後ろでは対照的にキャッキャキャッキャと楽しそうな声が聞こえて来る。

絶叫マシンが苦手なまどかは、前の席にいるさやかにガシっとしがみ付いて、下を見ない様にしていた。

 

それを見てほむらは一つ考えを改めることに

まあ確かに根気詰めていても仕方ないのか?

いやいや、だけどやはりワルプルギス対策をおろそかにすると言うのも――。

 

 

「まあ、そう苦い顔をするな」

 

「!」

 

 

双眼鏡を構えながら、サキはほむらに視線を移さずに言った。

一瞬、真司たちに向ける独り言なのかと思ったが、そんな事は無い。

サキはほむらが気づかぬ内に、表情を観察していたのだ。

 

 

「キミの気持ちは分かる。いや、キミからしてみれば――、軽い言葉に聞こえるのかもしれないが……」

 

 

サキはワルプルギスの恐ろしさを知らない。

身を以って体験したほむらからしてみれば、今の時間が無駄だと思うのも無理はない。

しかしだ。時間は有限だからこそ、やって起きたい事もあるじゃないか。

 

 

「嫌な言い方だが……、私達がこうして一緒に遊べるのも最後かもしれない」

 

「……!」

 

 

ほむらの言う事を信じるなら、ワルプルギスの夜を倒すためには命を賭けなければならない。全員が生存できる可能性はどれくらいだろうか?

夢や希望を持ちたい所ではあるが、きっと――……。

 

 

「安心して欲しい、私はワルプルギス討伐に全力を尽くす」

 

「それは……、そう、でもそれは私もよ」

 

「だったら、なおさらだ」

 

「え?」

 

 

マシンが、坂を滑り落ちた。

水しぶきが舞う。ほむらは一瞬、そこに血の飛沫を視てしまった。

 

 

「命を賭けると言う事、それは決して軽い言葉ではない……」

 

 

サキは、必ず誰かが死ぬと思っている。

それはマイナス思考なのかもしれないが、そんなに甘いゲームではなかった。

気づけば大切な人たちが死んでいき、いつ自分が終わるかも分からない。

 

 

「お、おちっ! 落ちちゃうよさやかちゃん! ふあぁ! おちっ! おちちゃうぅッ!」

 

「あはははは! あははははは!!」

 

 

楽しそうな声が後ろから聞こえてくる。

まどかとしても、いろいろ悲しい事があったが、さやかがいる喜びは確かな物だろう。

もちろんそれで仁美や他の仲間を失った悲しみが消える訳ではない。

しかし残された時間の中で、親友が戻ってきたと言う喜びは、考えただけでも確かな物だ。

 

 

「まどかが、さやかとの思い出を作る事も、必要だと私は思っている」

 

 

それだけじゃなく、生き残ってきた自分達との思い出もだ。

今までは悲しい思い出ばかりだった。それで終わると言うのは寂しい物があるじゃないか。

 

 

「例えば――、そう例えばだぞ? さやかや私がワルプルギスとの戦いで命を落とすとしよう」

 

 

北岡はもういないし、美穂にそういう役目は負わせたくない。

だとすると、もうサキ達が戻ってくる可能性はゼロなのだ。

それだけではなく、周りの人間からは美樹さやかや、浅海サキの存在と記憶が消える。

 

 

「しかし生き残った参加者は覚えている」

 

 

だからその時、思い出せる記憶に、何か一つでも楽しい思い出があると良い。

 

 

「そう。でなければ……、寂しすぎる。戦いの記憶だけではな」

 

 

だからこそ今日、遊園地に来たのは大いに意味があるとサキは思っている。

それは美穂達にとっても同じだろう。戦いで苦しむ記憶だけでなく、確かにこうして笑って楽しむ記憶があれば、それは大切な希望に。財産になってくれる。

 

そう、これからの戦いの中で、今日の記憶が希望になってくれれば良い。

そうすれば絶望する確立も少しは下がってくれるのではないかとサキは笑った。

 

 

「キミも後で、まどかと色々乗ると良い」

 

 

まどかを守る事も大切だが、まどかと良い思い出を作る事も必要だから。

サキはマシンから降りながらそんな事を言う。

先に下りたサキはほむらに向かって手を差し出した。

 

 

「足もとに気をつけて」

 

 

少しポカンとしながらも、ほむらその手を取った。

 

 

「少し――、意外だったわ。まさかそこまで考えていたなんて」

 

「もちろん純粋に趣味に没頭したいと言う思いもあるさ」

 

 

言うなれば趣味と実益を兼ねていると言えばいいか。

サキもサキで、残る時間を有意義に過ごしたいと思う心がある様だ。

それを聞くと、ほむらはサキと共に、近くの柵にもたれ掛かってまどか達の到着を待つ。

 

 

「私よりほんの少し早く生まれただけなのに、余程大人ね」

 

 

マミだって、未熟な所も見てきたけど、大人な部分もあった。

 

 

「ループの時間を含めれば、私の方が遥かに長生きなのに」

 

「……私は子供さ。所詮は大きく背伸びをしているだけだ」

 

 

死ぬのは怖いし。

ワルプルギスの事を考えるだけで心が押し潰されそうになる。

 

 

「今も、それらしい言葉を並べて……、要は現実から逃げたくて逃避しているだけなのかもな」

 

「でも結果的にはソレが良い方向に進んでる」

 

「それは、どうも」

 

 

笑顔で戻ってくるまどか達を見てそう思う。

 

 

「貴女のリーダーシップは中々だわ」

 

「はは、キミに褒められるのは新鮮だな」

 

 

けれどもそれもまた、背伸びの一つでしかない。

先輩として必死に振舞っているだけだ。

マミを意識して、なんとか壊れまいと踏ん張っている。

少し道が違えば、今頃ゲームに飲まれてほむら達の敵になっているのかもしれなかったし。

 

 

「脆いよ私は。そう、弱い生き物だ」

 

「でも貴女は今こうして、皆の事を考えているわ。貴女とはもっと早く出会いたかった。そうすれば……」

 

「買いかぶりすぎだよ。私は運が良かっただけさ。周りに助けられたから呑まれなかった」

 

 

冷静でいられたのは、仲間がそうさせてくれたからだ。。

余裕があったからこそ、周りを考える余裕を持てた。

 

 

「だからそれは私だけの力じゃない。少し道が違えば敵になっていたかもしれない。そういう脆い上に成り立つのが、人と言うものでは?」

 

「………」

 

「だから他の時間で出会っても、私はキミの助けにはなれなかったかもな」

 

「そんな事……」

 

 

サキはそんなつもりは無いのだろうが、ほむらとしては少し責められている気がして、胸がチクリと痛む。

 

 

「キミを見ていると、一度どこかで会った気もする」

 

「え? でも……」

 

「もしかしたらどこかの時間軸で、私はキミに瞬殺されたのかも。フフ」

 

「そんな、まさか……」

 

 

既視感。デジャブと言う言葉には、ほむらも引っかかる物がああった。

その引っ掛かりの正体は分からないが。

 

 

「とにかく人は些細な事で変わる物だ。それはキミも知っている筈だろう?」

 

「………」

 

 

確かに。

時間軸を行き来する中で、多くの人の変動を見てきた。

今回で言うならば、佐倉杏子の様に、同じ人間でも別人の様に変わる事だってある。

 

 

「だから不可能じゃないはずなんだけどね。協力と言うのも」

 

 

何か因子だの環境だのが整えば、きっと分かり合える筈なのだ。

 

 

「そうね、そんな時間軸も……、あったのかもしれないわ」

 

 

尤も、今となっては夢物語にしか過ぎないが。

そうしているとフラフラとまどかがやって来る。

そこでサキは表情を一変させる。

 

 

「さあ皆! ターゲットは既に他の乗り物へと移動中だぞ! 早く追わねば振り切られてしまう!」

 

「ラジャー!」

 

「ふぇぇ、また乗るのぉ?」

 

 

涙目のまどか。

それを見て、サキは小さくほむらの肩を叩いた。

 

 

「?」

 

 

ほむらが首を傾げると、サキはウインクを一つ。

そしてほむらだけに聞こえる声で呟いた。

 

 

「声を掛けてみたらどうだ?」

 

「あ……、え、ええ」

 

 

咳払いを一つ。

そしてほむらは、フラフラのまどかの前に立った。

少し緊張しているのか、同じ様な表情とはいえ。普段よりも少し硬い気がする。

そして少し声も震えているような――?

 

 

「つ、次は私と……、乗りましょう?」

 

「うん、絶対離さないでねぇ!?」

 

 

まどかは泣きそうになりながらも、笑みを浮かべてほむらにしがみ付く。

さやかはケラケラと笑って、サキはニッコリとその様子を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ギエエエエエエエエエエエエエエ!!」」

 

 

流石はパートナーなのか。

次のジェットコースターに乗った龍騎ペアの悲鳴は同じような物だった。

最前列には真司と美穂が、そして最後尾にはまどかとほむらが乗っている。

ほむらとしては同じ車両に乗るのは流石にバレるのではないかと思ったが、どうやら真司にそんな余裕は無く、美穂もいちいち周りの人間は気にしていない様だった。

 

 

「ムっ、見てみろさやか! あの二人今も手を繋いでるぞ」

 

「うほーッッ! ときめきますなぁ! うひひひ!!」

 

 

ほむらの前にいるサキ達がはしゃいでいる。

しかしその位置なら双眼鏡使う必要は無いのでは――?

ほむらは言葉を飲み込んだ。

 

 

「………」

 

 

ほむらは隣で震えているまどかを見る。

彼女もまた、ほむらの手をしっかり握っているが、それは振り落とされない為であって、きっと真司も同じ感覚で美穂の手を繋いでいるのではないだろうか。

とは、思ったが。こんな所で言う訳にもいかず、ほむらは複雑な表情を浮かべながらまどかを励ましていた。

 

 

「あははは! 大丈夫? 真司。楽しかったね」

 

「う、ぅぅ……! どこが」

 

 

コレもまた真っ青になった白目を剥いている写真だった。新たなる黒歴史である。

悔しそうに唸る真司だが、そこで気づく。ずっと手を繋いだままだ。

真司は少し複雑な想いで美穂を見た。どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか、たまに分からなくなる時がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほらよ」

 

「ん、ありがとう」

 

 

真司はその語もしばらく付き合わされて何個かマシンに乗ったが、流石に身が持たないと判断して休憩を提案する。

美穂としても疲れた所だった。二人は室内にあるフードコートで、ソフトクリームを注文する事に。

 

 

「ハァ、やっと解放された」

 

 

真司はバニラソフトを二つ手に持って、一つを美穂に差し出した。

 

 

「バニラでいいよな」

 

「うん、いいよ」

 

 

美穂はニコニコと笑ってアイスを受け取ると真司の隣に腰掛ける。

 

 

「な、なんで隣なんだよ」

 

「デートだから」

 

「答えになってないだろ!」

 

「嫌なの? 嫌なら止める! 嫌か良いかで答えて!」

 

「え? あ、いや別に嫌って言うか……、まあ嫌じゃないけど」

 

「じゃあ、このままで良いよね?」

 

 

ギョッとする真司。

正直言えば、嫌かどうかで言われれば、全然嫌じゃない。

情けない話(?)だが、ハッキリ言って美穂が隣に来たときに少しドキリとしてしまった。

 

アイスの匂いに混じった、優しい匂いに、思わずドキドキしてしまった。

どうにも美穂といると調子が崩されてしまう。

とは言えど、周りの目が気になったりして恥ずかしいから、いつも何とも言えない態度になってしまうのが問題だが。

 

 

「まあ、別に……、いいけど」

 

「ふふ、ありがとう」

 

「あ、ああ」

 

 

真司はどうしていいか分からず、逃げる様にアイスに口をつけた。

一方で、美穂は何かに気づいたようだ。、アッと声をあげて、下を指差す。

 

 

「真司。靴紐ほどけてるじゃん」

 

「え? ああ。言われてみれば」

 

 

落ち着きが無い。

編集長や令子にもよく言われる。

だからなのかは、知らないが、こうしてよく解けているのだ。

 

 

「仕方ないなぁ」

 

 

美穂は自分のアイスを真司に預けると、しゃがみ込んで靴紐を手早く結びなおしてあげた。

 

 

「ガキ」

 

「う゛ッ!」

 

「……はい! 靴紐くらいちゃんと結んどきなよ」

 

「あ、ああ。サンキュ」

 

 

位置的な問題だからか。

上を向いてニッコリと笑う美穂が普段とは違う表情に見えて、またドキリとしてしまう。

要するに上目遣いと言う奴だろう。しかも胸も強調されているポージングになっており、真司は思わず頬を赤く染めて視線を逸らした。

 

 

「なあ真司――」

 

「?」

 

「私、意外と胸あるだろ」

 

「ブほッ!!」

 

 

やっぱわざとだったらしい。

真司はやられたと言う表情で、涼しげにアイスを食べている美穂を睨む。

 

 

「「………」」

 

 

ふと、沈黙が二人を包む。

無言でアイスを舐めている二人。少し気まずさを覚えてしまうものだ。

とは言え原因は色々ある為になかなか複雑な物、だからこそ沈黙してしまう訳で。

 

 

「そ、その……、さ」

 

 

しばらくして美穂が口を開いた。

先ほどの彼女からは想像もつかない程、歯切れの悪い喋り方だった。

それが何を意味するのか? 少し離れた所で観葉植物の陰に隠れていたサキは目を光らせる

 

 

「美穂の普段からは想像できない、しおらしい態度……ッ、まさかッ!」

 

「え? 何、何!? ちょっと見せてサキさん!」

 

「ま、間違いない! あれは美穂が動くのか!?」

 

 

サキの言葉に反応する一同。

確かに美穂の様子が変わったのは、一目瞭然だった。

と言う事は――、そういう事なのか?

そしてやや間が空いた後、美穂がついに動く。

 

 

「ごめん」

 

「え?」

 

 

目を丸くする真司。

 

 

「なんだよ、いきなり、ああいやッ、謝られる心当たりは山ほどあるけど……」

 

「いや、あのね。なんていうか、こんな時に誘ったりして」

 

「……ああ、成る程」

 

「私だって空気読めてないなって思ったのよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(どうしよう、真面目な話だった……)

 

 

サキとさやかは汗を浮かべて、奪い合っていた双眼鏡から視線を外す。

後ろでは、ほむらがやはりジットリとサキ達を見詰めながらチョコソフトを食べている。

隣ではまどかがバニラソフトを夢中で食べていた。

バニラを選んだ理由は、人が食べている物はおいしそうに見えるよね、との事らしい。

 

 

「………」

 

 

ふと、ほむらは自分の舐めていたソフトクリームを見る。

なんだろう? 何か――、既視感のようなものを感じる。

前にもこの遊園地でソフトクリームを食べたようなデジャブ。

けれども、何かが違う。何かが抜け落ちているような感覚だった。

既視感の『ようなもの』とは、それである。

空白があった。頭の中に。

 

 

「………」

 

 

隣にいるまどかに自然と視線が移る。

なんだか、そう――……、あの時も隣で誰かがバニラを食べていたような。

しかしあの時とはいつ? 誰かとは誰? ほむらはそれが全く思い出せずに表情を歪めた。

 

 

「あ、ほむらちゃんも食べる?」

 

「え?」

 

「わたし口つけちゃったから、それでもいいならだけど」

 

「ああ、えっと――」

 

 

まどかはほむらが自分のバニラを食べてみたいと勘違いしたのだろう。

ほむらもほむらで呆気に取られていた為、どうしていいか分からず――

 

 

「い、いただく……、わ」

 

 

と、つい返事を。

 

 

「よかったら、こっちもどう?」

 

「え? いいの!? 実はチョコも食べたかったんだぁ」

 

 

笑顔のまどかを見て、ほむらも釣られる様に唇を吊り上げる。

しかしココでまた小さな既視感。前もそう、誰かと交換を――?

いや、もしかしたら忘れているだけで、ループの中でそう言った事もあったのかもしれない。ほむらはそんな答えを出して、割り切る事に。

一方の真司と美穂。突然謝った美穂に、真司は気にするなと言う。

 

 

「まあ、コレがお前のやりたい事なら、いいんじゃない?」

 

「じゃあ真司はさ。今、楽しい?」

 

「それは……、た、楽しいさ」

 

「なら、良かったけど」

 

 

真司はコーンを一かじり。

 

 

「楽しいけど……」

 

 

北岡や手塚の死は。今でもどこか嘘なんじゃないかと思ってしまう。

憎まれ口を叩き、捻くれた北岡は、真司の知らないところでアッサリと死に。

色々な事を教えてくれた手塚もまた、答えを出すと言う形で死を選んだ。

そして過程や想いの差はあれど、結果的には二人は自分のパートナーを生かす形となった点も、真司にとっては考えさせられる事である。

 

 

「喪失、感? ずっと胸に穴が開いた様なところはある」

 

 

特に手塚とはよく行動を共にしていたと言う点もあり、ショックも大きい。

しかし手塚が言ってくれた占いの忠告と、手塚が運命を変えられたのでは? と言う点はずっと胸に残っている。

それは悲しみではなく、ある意味で達成感や尊敬とでも言えばいいのか?

手塚は答えを出せたのだろうきっと、その点は悲しむよりも賞賛をしたい。

 

 

「まあ俺もちょっと気分は変えたかったし。嫌ならオーケーしないって」

 

「そう? 誘い方もホラ、強引だったし」

 

「本当だよ。もうすんなよ」

 

 

二人はほぼ同時にコーンの先端を口の中に放り投げる。

それを飲み込むまで、再び沈黙だ。

 

 

「でも、またなんで遊園地なんだよ」

 

「そりゃ、来たかったからよ」

 

「………」

 

 

そうですか、としか言いようが無い。

真司が間抜けな顔を浮かべていると、美穂が少し顔を赤らめた。

なんだか迷っているような、そんな表情だった。

これまたおかしな話だ。何でもかんでもスパスパと言ってくるくせに、何を今更戸惑うことがあるのだろうか。

 

 

「なんだよさっきから、そのモジモジ感は」

 

「いや、ほら……、私はあんたの事、本当に凄いと思ってるんだよ」

 

「お、おお」

 

 

いきなりの褒め。

喜んでいいのか裏があるのか、複雑な表情を浮かべる。

美穂は真司の方を向かずに、床を見ながらその後も褒めていった。

以前BOKUジャーナル内で言っていた事と、だいたいは同じ内容だが。

 

 

「まあ馬鹿だなって思うときもあるけどさ、逆にそれは普通の奴じゃできない事をやってのけるって事でもあるじゃんか」

 

 

リーベエリス跡地でも、美穂は戦いを止めると言う事を軽く諦めてしまった。

直感的に無理だと思ってしまう。先の事を考えれば考えるほどウンザリしてしまう。

真司だってそれは分かっている筈。けれども今も尚、口を開けば言う事は同じだ。

あの手塚でさえ結果的にはほむらは助けれど、東條達を殺すという事になったのだから、真司と同じとは言えないだろう。

 

 

「別に……、俺だって自信はねぇよ」

 

 

ふとした瞬間に考え方が変わってしまうかもしれない。

でも少なくとも、今は戦いを止めたいといい続けたいと、まだ思える。

 

 

「答えらしい物が見つかったかもしれない……。まあ、まだ"らしい"だけど」

 

 

それは手塚の言葉が導いたものだ。

手塚は占いで真司の運命を視て、その上であの言葉をかけてくれた。

だったら真司としては手塚を――、何よりもそれを信じた自分自身を信じたいと思う。

 

 

「ん、でもやっぱ私は凄いと思う。凄い、凄いね……」

 

「よせよ。褒めても携帯代は払わないぞ。牛丼くらいなら」

 

「バカ。そういうんじゃないから」

 

 

怒られた。真司は肩をすくめる。

 

 

「だから――」

 

 

美穂は頬をかく。

首を傾げる真司。だから?

 

 

「だから、そう! 尊敬する真司に、たまにはいい思いをさせてやろうってさ!」

 

「はぁ? いい思い?」

 

「そそそ、こんな美人な美穂様とデートができるのよ? 嬉しいでしょ? ふふん」

 

「ハッ、金払ってもゴメンだね」

 

「クッ! え、偉そうに! どうせ今までデートらしいデートした事無いんだろ!」

 

「グッ!!」

 

 

痛いところを突かれた。

確かに高校時代は友達と馬鹿やっているだけでデートなんざした事は無かった。

誰かが流したのかは知らないが、当時は美穂と付き合っているなんて噂さえ流れてしまったから、寄ってくる娘もいなかったのだろうと真司は本気で思っている。

ちなみにその噂を流したのは蓮なのだが、それは真司と美穂の知る所ではない。

 

 

「だいたいッ、そういうお前だってあるのかよ!」

 

「ケッ! 私はモテモテだったぞ、忘れたのかーッ?」

 

 

しまった! そこで真司は気づいてしまう。

確かに美穂はそこそこ人気があった様な(主に中身を知らない人間から)。

いやだが待て! 複雑ながらも、ほぼ全ての高校時代を美穂と共に過ごしてきたではないか。その中で浮ついた話は聞いたことが無かったような。

頷く真司、ココは強気に攻め立てることに。

 

 

「じゃあ、あるのかよ」

 

「………」

 

「へへーん、無いんだな!」

 

「そ、そりゃ無いわよ! 誘いは全部断ったんだから」

 

「本当かなぁ?」

 

「失礼ね。本当だよ、好きな人がいるからって」

 

 

ギョッと表情を変える真司。それは初耳だ。

 

 

「え!? お前好きな人がいたのか?」

 

「嘘だよ。そう言っとけばしつこく誘わないでしょ?」

 

「そ、そっか……、まあそうだよな」

 

 

そうかそうか、真司は乗り出した身体を戻して、椅子の背もたれに深く背中を預ける。

美穂はしばらく黙っていたが、やがて首をブンブンと大きく振った。

 

 

「い、いや嘘!」

 

「え?」

 

「そう嘘、嘘なんだよ……ッ!」

 

「何が?」

 

「何がって、それは……、好きな人がいなかったって話だよ!」

 

 

そうなんですか。真司が間抜けな相槌を返すと、美穂はイライラした様に畳み掛けていった。

 

 

「ああもう! だから好きな人がいたからずっと断ってきたのよ!!」

 

「いや分かるよ、それくらい。俺をナメるな。仮にもジャーナリストだぞ」

 

「うるさい! 何にも分かってないじゃない!」

 

「???」

 

「――ぇだよ!」

 

「は? なんて?」

 

「だぁかぁらぁ!! お前なのッ!」

 

「……へ?」

 

 

美穂は頭をかいて下を向く。

 

 

「プランが台無しだ。本当は悩殺して、自分から言わせるつもりだったのに……」

 

「――ぅ?」

 

 

真司は言葉の意味を考える。

つまりなんだ。美穂が他の男達の言葉をスルーしてきたのは、真司がいたから……?

 

 

「えっ!? あ、え!? ッ? どッ、どう言う事だッ??」

 

「ハァー……!」

 

 

ため息をついて頭をかきむしる美穂。

もう一度真司の事を馬鹿と言う。

 

 

「女が男を二人きりで誘うのは、だいたいがそう言う事だろうが」

 

 

それにアプローチだって何度もしてきたと言うのに。

 

 

「いいか! よく聞けよ城戸真司!」

 

「え? あ――ッ、はい!」

 

「わ、私は、お前が好きなんだよ……!」

 

 

美穂はハッキリと、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「!?」」」

 

 

それはサキ達もしっかりと伝わっていた。

真面目な話だから距離が接近する事はないだろうと思っていたが、まさかこんな爆弾が飛んでくるとは。身構えておらず、一同は目が飛び出さんとばかりの勢いで身を乗り出した。

さやかに至ってはがっつり焼きそばを食べている途中だった為、麺が鼻から飛び出しているらしく、鼻を押さえて咳き込んでいた。

 

 

「い、いきなりすぎるぞ美穂!」

 

「い、いやでも真司さんには直球勝負で言ったほうがいいんじゃない? ゴホッ! ゲホッ!!」

 

 

さやかの言うとおりだ。

真司には小細工なしで素直に伝えたほうが分かってくれると言う物だ。現に真司は真っ赤になって言葉を詰まらせる様に口をパクパクとしている。

 

 

「な、何言ってんだよお前ッ、からかうなよ!」

 

「からかってない! 高校の時から……、ずっと!」

 

 

美穂はぐいっと身体を乗り出して真司の方へと密着する。

心臓の鼓動が伝わってくるようだ。けれども真司も真司で心臓が爆発しそうになっている。

今、要するに、つまり、告白をされたと言うことなのだから。

 

 

「ずっと……、好きだった――!」

 

 

まどかにさえ、少し嫉妬してしまうほど。

このゲームが始まって、ずっと戦いを止めたいと言う意思を持つ真司を尊敬すると同時に、その尊敬がより一層恋慕に拍車をかけていく。

美穂はそれを包み隠さず、素直にペラペラと打ち明ける。

流石の真司も、美穂の必死な様子に、コレが冗談ではないと理解してくれるだろうか?

 

 

「私は本当にお前が凄いと思ってる。心から!」

 

 

直訳すると、F・Gを通してより深く好きになって行ったと言う事だろう。

高校生の時に抱いていた恋は、今明確な物となって美穂の心に宿ったのだ。

 

 

「高校生の時は――、関係がこじれるかもとか思って何も言わなかったけど……」

 

 

よくある、『このままの関係』でいられなくなるかもしれない、と言うヤツだろう。

美穂も肝心なところで奥手になる部分がある。

だが今になってはそうも言っていられない。F・Gと言う環境では、自分だって明日死ぬかもしれない。

そう思えば思う程、美穂の心の中では恋慕が膨れ上がる。

 

 

「も、もう抑えられないんだよ! 好きって気持ちが!」

 

「は、恥ずかしい事言うなよ!」

 

「うるさいな! 仕方ないだろ、好きなんだから!!」

 

「――ッッ」

 

 

真っ赤になる二人。

それを見てサキは涎をジュルリと。

一方隣のさやかは手帳を取り出してメモを行っていた。

 

 

「うぉおぉ、盛り上がってきたなァ! 真司さんはどう返す!? ほらッ、ホラ早く見せてみろ!!」

 

「やっばい、好きが抑えられないか。コレ使えるな。今度使お」

 

「………」

 

 

仕方ない人たちだ。ほむらはそう思いながらコーンを口に含んでいた。

隣では、まどかが赤くなりながらも興味ありげに真司たちを見る。

悪趣味とは思えど、気になる心が勝ってしまうと言うもの。

ほむら以外の三人は頬をほんのりと桜色に染めつつ、真司達の様子を伺う。

 

 

「美穂は言ったぞ! 流石に真司さんにも伝わっただろうッ!」

 

「でもちょっと言い方悪かったよね」

 

 

美穂は好きと言い切って終わりだ。

付き合ってくださいの一言でも付け足せば、真司としても返しやすかっただろうに。

コレは返答に困る言い方である。現に真司もあたふたとして、何を言って良いか迷っている様子だった。

要するに詰めが甘いと言えばいいか。

 

 

(たたみ掛けろ美穂ォォ!)

 

 

念じるサキ。

パートナーだからなのか、偶然なのか、その祈り(?)は美穂に伝わったらしい。

美穂は少し自信なさげに、真司の顔色を伺うようにして言葉を続けた。

 

 

「真司はやっぱ私の事――ッ、女として見れない?」

 

「え? そ、そんな事は無いけど」

 

「じゃあ好き?」

 

「!!」

 

 

友達の好き。要するにライクではなく。

恋だとか愛だとかの意味での好き。つまりラブかどうか。

たじろぐ真司。どうしていいか分からない。

その中で美穂は更に想いをぶつけていく。美穂だって告白なんてコレが初めてだ。慣れない事に調子が崩れ、箍が外れているのだろう。

 

 

「私は本気だよ? 真司の事、友達だとかじゃなくて、一人の男の人として好きだよ?」

 

「美穂……」

 

「このまま友達で終わっても良かったんだけどさ。やっぱ死ぬかもしれないって思ったらさ」

 

 

死ねば終わりって言う、悲観的じみた割り切り方はしたくない。

だが死ねば終わり、死ねば記憶から消える。でもだからこそ残しておきたい物がある。

後悔はしたくない、どうせ死ぬにしても、その瞬間の心持ちはきっと変わっている筈だ。

だから美穂はずっと燻っていた引っかかりに答えを出したいのだ。

 

 

「も、もう一回言うぞ!」

 

「え? あ……!」

 

「私はアンタが好き。だから真司の気持ち、教えてほしい」

 

「ッッ」

 

 

本気だ。真司も彼女の目を見ればそれは分かった。

いつも、からかわれているだけで、そんな風に思っていてくれたなんて全然分からなかった。いや、美穂としても有耶無耶にして隠していたのだから、ソレは仕方ない事なのだろうが。

 

真司はゴクリと喉を鳴らすと、記憶の糸を辿る。

そう言われれば、何時だって辛い時や迷った時、苦しんだ時には美穂の姿があったか。

はじめて蓮と対峙した時の事だって。

美穂が協力してくれると言ってくれた時、どれだけ心強かったか。

どれだけ嬉しかったか。

 

 

「………」

 

 

それに、美穂のふとした仕草に心臓の鼓動が早くなる時だってあった。

今だって、そうだ。

 

 

「美穂……」

 

「………」

 

 

普段はヘラヘラと笑いながら、からかってくるのに。

今はギュッと目を閉じて赤くなって俯いている。

真司はと言えば、そんな美穂を見て、確かな想いを胸に抱いていた。

美穂の声が、美穂の思いが、美穂の全てが真司にとっては大切に感じられた。

それはつまり、答えなのではないだろうか。

 

 

「――俺は」

 

「………」

 

「ッ」

 

 

真司はギュッと拳を握ったかと思うと、今度は両手を開いて、自分の頬を軽く打った。

覚悟を決めた様に見える。ゴクリと喉を鳴らすサキ達。

雰囲気を察するにこれから返事をするのだろうが――?

 

 

(ど、どうなるッ?)

 

(あぁ、あたしまで緊張してきたー!)

 

(がんばれ、真司さん美穂さん――ッッ!)

 

 

ほむらが携帯を弄っているなか、まどか達は息を呑んで(りき)んでいる。

美穂と真司の緊張が伝わったのだろうか、当人達より緊張している様な。していない様な。

すると遂にその時がやって来た。真司は美穂の両肩に両手を置いたのだ。

美穂はビクリとして、引きつった様な笑みを浮かべた。

真司も一瞬、怯んだように目を逸らす。肩に置いた手が震えているのが、美穂からすればよく分かった。

 

 

「み、美穂……!」

 

「おう」

 

「俺は、お、俺は――ッ!」

 

 

真司は下を向いて深呼吸を行う。

そして意を決したように顔を上げると、美穂の目をジッと見つめた。

 

 

「俺は、お前が大切なんだ!」

 

「……!」

 

「だ、だから! 一日ッ!」

 

「へ?」

 

「一日! あと一日だけ待ってくれ!」

 

「「「!」」」

 

 

ポカンとする美穂に向かって、真司は自分の考えを告げる。

美穂の事は大切だ。今ヒシヒシと過去を振り返ってみて、良く分かった。

だけど、いやだからこそ、ちゃんと返事がしたい。

軽い気持ち――、と言う訳ではないかもしれないが、雰囲気に呑まれたり流されたりしている今ではなく。

 

 

「こんな状況だし、明日はワルプルギスが来るってのは分かってる!」

 

 

ワガママになるが、そこは男として通しておきたいプライドみたいな物があると。

ここで返事をしないのは逃げの様に感じられてしまうかもしれないが、答えはしっかりともう出ていると真司は言う。

 

 

「明日、俺から、俺の気持ちを言わせてくれ!」

 

「真司……」

 

「待ってて……、く、くれるか?」

 

 

それはある種、答えの様な物ではないか。

美穂は思わずブフッと吹き出して笑った。

目を丸くする真司。対して美穂はケラケラと、いつもみたいに笑い出す。

 

 

「プククク! アンタ本当に純情でウブなんだよなぁ!」

 

「なっ!」

 

「真面目か!」

 

「お、お前なぁ! 俺は真剣にだな!」

 

 

真司が照れたように頭をかいていると、美穂が肩に頭を乗せてきた。

寄り添う二人。真司が真っ赤になって高まっていると、美穂は微笑んだ。

 

 

「仕方ないな、待っててやるよ」

 

「……あ、ああ」

 

「美穂さんをフッたら後悔するからな」

 

「わ、分かってるよ。俺は……、後悔したくないからな!」

 

「うん」

 

 

二人はそれから明日の事を軽く決めてこの話題を終了させる事に。

それを遠めに見ていたサキ達も、緊張から解放されたように息をはいた。

 

 

「ふー! 緊張したぁ」

 

「成る程なぁ、少し惜しい気もするが、やはりこう言うのは男からなのか……」

 

 

サキとしてはココでバッチリうまくいって、ブチューっと一つや二つやってくれれば満足だったのだが、まあ仕方ないだろう。

明日が来ないかもしれないゲームではあるが、だからこそ『想い』を大切にしたいという気持ちは分かる。

 

 

(流石に明日は二人きりにさせてやるか……)

 

 

サキは笑みを浮かべて二人から視線を外した。

途中、隣にいたさやかを見る事になるのだが――

 

 

「ふがっ! ふががっ!」

 

「………」

 

 

さやかさんは、先ほど驚いた時に、やきそばが変な所にお向かいになられたのか。

ここにきてなんだが鼻がムズムズしてきなすった。

瞬間察するサキ、おい、まさか――ッ!

 

 

「ぶぁっくッしょんぅッッ!」

 

「「!」」

 

 

サキがさやかの口を塞ぐ前に、さやかは大きなくしゃみを一発。

さやかは手で口を覆ってはいたが、それでもそこそこ大きな音量が。

対して、さやかの声を知っている二人がすぐそこにいるのだから……。

 

 

「いやー、ごめん。ちょっと鼻がムズって来ちゃ――」

 

 

さやか、沈黙。

 

 

「「「………」」」

 

 

さやかは美穂と真司と目があったのを確認して白目になる。

 

 

(あれ? まさかあたしって相当ポンコツな事した?)

 

 

隣を見れば、サキが頭を抑えて俯いている。

背後には真っ白になって固まっているまどか。

そして自分をジットリとした目で見詰めているほむらが見えた。

 

 

「………」

 

 

さやかは自分の犯した過ちを察すると、目を閉じてゆっくりと頷く。

そして目を開けると、コチラを見ている真司と美穂に微笑を返す。

 

 

「いやぁ、こんな所で会うなんて奇遇ですねぇ! お二人とも」

 

「………」

 

 

いや、無理があるだろ。

奇しくも、さやかを含めてココにいる参加者全員の心が一つになった瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、もっと回すぞぉ!」

 

「わー! あははは!」

 

 

結局あれから皆で遊ぶという事になってしまった。

コーヒーカップを回しながら楽しそうに笑う真司とまどか。

それとは別のコーヒーカップにサキと美穂が乗っており、サキはしきりに美穂に謝罪を。

 

 

「す、すまない。本当に出来心だったんだ」

 

「ほうほう」

 

 

デートを尾行してきたことを謝罪するサキを、美穂は訝しげな目で見ている

結局、美穂がサキ達のチケット代まで出してくれた。

 

 

「尾行を言い出したのは私で、他の皆は悪くないんだ。全ての責任は私にある」

 

 

そこでムスっとした表情は、笑顔に変わる。

 

 

「大丈夫大丈夫、怒ってないから」

 

「い、いやしかし――!」

 

「サキが後ろにいる事、知ってたしさ」

 

「え!?」

 

 

美穂はカバンの中を指差す。

そこに入っているのは先ほど買ったジェットコースターでの写真だ。

落ちる瞬間を撮影したソレ。最後尾の方にはバッチリまどか達が写っていた。

 

 

「……そうだったのか」

 

 

サキが脱力していると、美穂がサキに肩に腕を回して笑った。

 

 

「普段はクールなアンタがペコペコ焦って謝る光景は、なかなか面白い物だったわよ」

 

「うッ」

 

「でも面白かっただろ、告白シーンは」

 

「そ、それはまあ」

 

 

美穂とてサキの好みは把握している。

つまり美穂はわざとサキに自分の告白シーンを見せてやったと言うのだ。

ばつが悪そうに笑みを浮かべるサキ。確かに面白かったと言うか、興奮したと言うか。

 

 

「気にしないでよ。コレもパートナーとしてのサービスサービス」

 

 

思えば美穂とサキがペアを組んだのは戦いの中。

危険を乗り越える中、それなりに絆は深まったと思うが、日常生活ではあまり何もしてやれなかった。

それはお互いに言える事であるが。

 

 

「本当はもっと色々な話をしたいんだけど……、まあ時間がね」

 

 

だからせめて今日くらいは、お姉さんとして色々とサキにしてやりたかったとか。

もちろん見られていると言うのは少し抵抗があったが、それもまた良い思い出だろうと美穂は笑う。

 

 

「美穂……」

 

「ま、サキがデートする時がくれば、今度は私が後ろにいると思ってほしいけど」

 

「アハハ、そうだな、そうなれたらバッチリ見せてやるさ」

 

 

戦いが終わったその日がくれば、今度はもっと絆を深めよう。

二人はそう言って笑っていた。

 

 

「………」

 

 

それを別のコーヒーカップで見ていたほむら。

視線を少し移動させれば、楽しそうに笑いあう真司とまどかが。

ほむらはその様子を少し寂しげに見ている。それに気づいたか、一緒に乗っていたさやかが肩に手をおいた。

 

 

「いいよね、パートナーと仲がいいのってさ」

 

「!」

 

 

まあパートナーと言うのは、元々何か通ずる物があったり。共通点だの、影響を与えるかどうかで、ジュゥべえが決めたらしいが。

 

 

「しっかし、あたしとセンセーはどこも似てないと思うけど」

 

 

プライドが高く。ちょっとしたことですぐ怒るんだもの。

さやかは北岡はボロクソ……、とまではいかないが、酷評して笑う。

 

 

「まあイケメンと美女って共通点だけは認めてあげるけどさ」

 

「………」

 

「ちょ、ちょっとゴミを見る目で見るのはやめてよ……!」

 

 

冗談冗談、さやかは汗を浮かべてほむらに弁解を。

しかして彼女はそこで先ほどのほむら同じく寂しげな表情を浮かべる。

 

 

「でも、なんだかんだで、結局最後はあたしを助けてくれたんだよね」

 

「………」

 

 

北岡がどんな思いを持ってさやかを蘇生させたのかは分からない。

死人に口無しだ。気まぐれだったのかもしれない、なんとなくだったのかもしれない。

 

 

「まあ、蘇生だの延命だのが助けたって事なのかは置いておいてさ」

 

 

といかく、さやかは北岡に感謝していると言う。

50人の命を犠牲にして存在していると思えば、胸が痛くなるが、純粋な想いとしてまどか達にまた会えて、落ち着きを取り戻せたのは希望だった。

最期が魔女になって終わりなんて、悲しいから。

 

 

「まあ今に考えてみれば、やっぱセンセーはどこかちょっと優しい所もあったとは思うから、やっぱ助けてくれたのかなーって思ったり」

 

 

美化しすぎかな?

さやかはモヤモヤを吹き飛ばす様にカップを回してみる。

 

 

「……そうね、私も助けられたわ」

 

 

手塚はほむらを助ける事で救われたのだろうか?

色々考えてしまう所はある。

 

 

「蘇生させる気ある?」

 

 

今現在マグナギガとエビルダイバーはまどかの家の庭に待機させてもらっている。

騎士が死んだ場合ミラーモンスターは常に召喚状態にあるからだ。

 

 

「あたし、偉そうにセンセーに言っちゃったからねー」

 

 

誰も殺さないでくれと。

ただちょっと引っかかるところもある。

北岡はもしかして脱落したくないから、さやかを蘇生させたのではないかと。

要するに北岡は何か危険な状況になって、仕方なくさやかを蘇生させて、そして50人殺しを達成させるのを期待しているのではないかと言うこと。

 

 

「センセーは事故で人を殺しちゃったらしいけどさ……」

 

 

事故だと言うのなら、北岡は本当は殺したくなかったのではないか。

そんな考えをさやかは考えている

 

 

「でもやっぱさ、殺しちゃ駄目だよね。当たり前の話だけど」

 

 

だから北岡には悪いが、どうあっても蘇生はさせない。

好きにしろと言ってくれた気がするし、好きにさせてもらう。

 

 

「私も手塚を蘇らせるつもりはない。彼自身がそうしてくれと言ったもの」

 

「じゃさ」

 

「?」

 

「もし、蘇らせてくれって言われてたら、アンタはどうしてた?」

 

「………」

 

 

ほむらは少し考える様に沈黙した。

そうしているとアトラクションの終了時間がやってきて機械が止まる。

次々と降りていく客たち、それに反応して立ち上がるさやか、するとそこで答えが出たのかほむらが口を開いた。

 

 

「彼は、そんな事を言う性格ではないわ」

 

「あはは、何だかんだでほむら達も仲良かったんだね」

 

「?」

 

「それだけ分かってあげてるんだもん」

 

「違うわ。私は彼の事を何も知らない。だからこうなった」

 

 

そう、本当に何も知らなかった。

だからこういうだろうではなく、こう言って欲しいのか。

それに最後の最期で、少しくらいは理解して上げられたはずだ。

 

 

「……ま、パートナーがいない物同士仲良くしましょうや」

 

「ええ。そうね」

 

 

さやかはほむらに手を差し出す。

ほむらは少しだけ唇をつりあえて、その手を取って立ち上がった。

そこでまた既視感。ほむらは少し頭を抑えて視線を逸らす。

 

 

「ん? どうした? 頭痛い?」

 

「いえ、そうじゃないけど……」

 

 

コーヒーカップ?

その後もほむらは既視感を何度も覚える事になった。

お化け屋敷だとか、ゴーカートだとかメリーゴーランドだとか。

前にも誰かと、どこかで乗ったことがある様な?

いや、それは子供の時だとかではなく、最近の事で――?

しかしその後も、空白のような記憶が続く。

だがまったく思い出せない。結局ほむらはそのデジャヴの正体を知る事できず、諦めたと言えばいいか。

 

 

「あー、楽しかった!」

 

 

さやかは大きく伸びを行って笑った。

だいたいのアトラクションにも乗ったし、空は夕日が赤く燃えている。

 

 

「今日はこれで終わりにしよっか」

 

 

美穂の意見に、一同も反対する事は無かった。遊園地を出ようと言う事に。

 

 

「まって」

 

「!」

 

 

そこでほむらが声をあげる。

なんだろう? 一同の視線がほむらに集中した。

するとほむらは、少し複雑な表情を浮かべて、ある場所を指差した。

大きな観覧車だ。ほむらは何故今からがこんな事を言うのか? 自分でも分かっていない様な様子で呟く。

 

 

「最後に、あれに乗らない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし珍しいな、キミからこんな提案があるなんて」

 

「うんうん、あたしちょっとビックリしちゃった」

 

「酷いよ二人ともぉ、ほむらちゃんだって乗りたい物くらいあるよね?」

 

「え、ええ」

 

 

観覧車のゴンドラ内で、さやか達はそんな話題で盛り上がっていた。

まどかがフォローしたとは言え、サキの言うとおり、確かにほむらが自分からコレに乗りたい! と言う提案は珍しい物だ。

 

勝手なイメージの押し付けになるかもしれないが、クールなほむらのキャラじゃないというか。まして今まで乗ってきたアトラクションや、ましてお化け屋敷でも無表情だったほむらが、人によっては一番退屈と言う観覧車を選ぶとは。

言ってしまえば、今も楽しそうには見えないし。

 

 

「見て見て、真司さん達も楽しそうだよ」

 

「あ、あはは」

 

 

上にいる真司と美穂。

個室でいい感じにでもなってるかと思いきや、美穂が身体を揺らしてゴンドラを揺らすものだから真司は必死にしがみついて青ざめていた。

ゲラゲラと笑う美穂の声が聞こえてきそうだ。二人の楽しみ方は中学生のソレである。

 

 

「でも、ほむらちゃん観覧車が好きなんだね。わたしも怖くないから好きなんだぁ」

 

「そうね……」

 

 

まどかの笑みに、ほむらは笑みを返す。

しかし先程も思ったことだが、ほむら自身、何故観覧車に乗りたかったのかが分からない。

強いて言うのならばコレもまた既視感、デジャヴだ。

観覧車を見るととても切ない気分になった。

 

その切なさの理由が、もしかしたら乗れば分かるのではと思ったからかもしれないと思ったのだ。とは言え乗ってみたものの、特に何も感じない。

まどかが喜んでくれただけでも良しとしようではないか。ほむらは割り切って、窓の外の景色を見た。見滝原の町は夕焼けに照らされ、とても綺麗で切なかった。

 

 

「美しい町だ――」

 

 

サキはその景色を見て覚悟を固める。

美しい見滝原、それを絶望に沈めさせてはいけない。

悲しみの町として認識されてはいけない。

 

 

「なんとしてもゲームを止め、ワルプルギスの夜を倒さなければ」

 

 

この時もまた、四人の心は一つだった事だろう。

 

 

「どうする? 夜も何か食べていく?」

 

「………」

 

 

こうして遊園地を出た一同。

美穂の言葉に頷くまどか達だったが、真司だけは表情が曇っていた。

何か、別の事を考えているような。心ここに在らずと言えばいいか。

 

 

「どうしたの? 真司さ――」

 

 

それに気づいてまどかが声を掛けようとしたとき、金色の羽が見えた。

 

 

「緊急の要件が」

 

「「「「!」」」」

 

 

一同の前に、オーディンがワープで現われる。

そしてまたワープで一同の前から姿を消した。

それはあまりにも突然で、一瞬の出来事だった。さやかや真司は、オーディンが来た事にすら気づかなかっただろう。

彼はなにやら封筒を落として消えたのだ。

 

 

「緊急……?」

 

 

サキはそれを拾うと、封を切る。

中には、用件が書いてある手紙があった。

 

 

「……ッ」

 

 

手紙を読むサキ。

はじめには、オーディンが自分の容姿の都合上、一同の前に立って説明できない事を謝罪する文があった。

 

確かに変身を解除できない身では、遊園地の周辺にいては目立つだけだ。

だからこそオーディンは内容をパソコンで打ち込んで、ソレを手紙と言う形で一同の前に示したと。

 

 

「―――」

 

 

手紙を読み進めていたサキの表情が、ある言葉を目にして一変する。

驚愕、焦り、そして恐怖があった。

まどか達も、ただ事ではないと察して、すぐに詳細を問うた。

 

 

「ど、どうしたのサキさん……?」

 

 

聞くのが怖い。

さやかは歯切れ悪くして、言葉を投げる。

 

すると、サキはゆっくりと手紙から視線を外して一同を見る。

つい先ほどまでは、普通の中学生の女の子としての笑みを浮かべていたのに、今は紛れもなく、『参加者』としての顔になっていた。

サキは声を震わせ。汗を浮かべ。唯一の真実を告げる。

 

 

「織莉子が、死んだ」

 

 

 

 

 

 

 



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第60話 死に至る答え え答る至に死 話06第

 

 

 

時間は遡り、とある喫茶店。

そこに座っていたのは美国織莉子。少し緊張した面持ちで紅茶に口をつけている。

周りにはそこそこ客もおり、一人で座っている織莉子の事なんて誰も気には留めてない。

すると、カランカランと喫茶店の扉が開いた音がして、織莉子の心臓がドクンと大きな音を立てる。

 

周りの人間は、新たなに喫茶店に入って来た少女なんてどうでもいいだろう。

それぞれはそれぞれの話に華を咲かせている。

しかし一人だけ、織莉子だけは違った。喫茶店に入って来た人間全てを確認しては汗を浮かべていた。そして今、確信を持つ。

今、自分に近づいてくる少女こそが――

 

 

「や、待たせてすまんの」

 

「いえ」

 

「これ、証拠。私のソウルジェム」

 

「ッ、確かに」

 

 

少女は魂を素早くしまうと、織莉子の向かいに座ってウインクを行う。

 

 

「ばちこん☆ 私が魔法少女集会の7番、神那ニコだぞ」

 

 

織莉子はニコを見て、息を呑んだ。

明るい調子で話しかけてきたのにも関わらず、ニコの目は死んだ様に濁っていて、しかも全く笑っていない。

そんな不気味さに違和感を覚えつつも、織莉子は軽く自己紹介を行う。

 

 

「約束通り、一人で来てくれた?」

 

「ええ。それは貴女が一番分かっている事では?」

 

 

ニコは鼻を鳴らして携帯を――、レジーナアイを見る。

確かにこの喫茶店周りには参加者はおらず、ミラーモンスター等も待機させてはいない様だ。なんだか最近は使い魔の数がやたら多いような気もするが、気にする必要はないだろう。

 

 

「ま、でもアンタのパートナーはワープできるでしょ? 油断はできないよね」

 

「………」

 

 

そんな事まで知っているのか。織莉子は冷静にニコの様子を伺う。

しかし無表情と言うか、感情が無いような。

ニコは読みにくい。

 

それはさておき、何故彼女たちがここにいるのか?

それは今朝、織莉子の携帯に一通のメールが入った事が始まりだった。

知らないアドレスからのメール。しかし内容を見た織莉子は、それが迷惑メールなどでは無い事を理解する。

内容は、7番からのお誘い。二人きりで話がしたいと言う。

 

7番。神那ニコ。

織莉子も未だに姿を捉えられなかった参加者だ。

敵か味方かも分からぬ彼女からのお誘い。少し悩んだが、今こうしてニコと会っているのが結果である。

 

未来はまだ大きなブレが生じており、加えてキリカを失ったが故に精神が不安定になっている。こんな状態で未来予知を行えば、魔力があっと言う間に消費されて即魔女になってしまうだろう。

ましてや未来そのものもよく見えない。ノイズが走り、謎の笑い声が木霊するだけだ。

そんな状態で敵かもしれないニコの誘いに乗るのは気が引けたが、サキ達にも言った様に半ばどうでもいいと思う感情があった為、それが織莉子の決断を後押しする形になった。

 

要するに今の織莉子には罠にかかって死んでもいいと言う思いが心のどこかにあったのだ。

危険な道かもしれないと知りつつ、織莉子はニコと会う事を決めたのだ。

メールにはニコの力が端的に書かれており、仲間が近くにいる場合は分かると。

 

だから織莉子はオーディンに行き先だけを告げて、彼には待機してもらっていた。

ニコが言うとおり、何かあったらすぐにワープで助けてくれるように。

織莉子は携帯の連絡先を上条に合わせておき、いつでもコールできる準備を整えて今に至る。

 

まあマイナスの事ばかり頭にはよぎるが、もしかしたら協力関係に持ち込めるかもしれないメリットもあった。

それに7番がどう言う人間なのかを知るのも興味深い話ではあったから。

いくら精神状態が不安定とは言え、オラクルは自由に動かせる。織莉子も腕には多少自信があり、それも会う事を了解した理由の一つだろう。

 

 

「本題に入る前にさ、何か聞きたいことある? ちょっとくらいなら答えるぜよ」

 

 

ニコは注文を取って、運ばれてきた水を飲む。

雰囲気は少し異質だが、こう言った所を見ると普通の女の子だ。

織莉子は少しだけ警戒を解いて、三つほど質問を。

 

 

「……何故今まで、ステルスを?」

 

「そりゃ私、弱いから。戦いとか面倒だし、魔法も逃げに特化してるしね」

 

 

って言うのは嘘。

ニコちゃんばりばりゲームに乗ってまーす。などと心の中で舌を出していた。

織莉子としてもこれ以上深くは聞けないし、聞く必要も無いと思ったか次の質問へ。

 

 

「貴女は……、参戦派でしょうか?」

 

「ああ、はいはい、成る程ね。まあやっぱ気になりますわなそこ等辺は」

 

 

ニコは織莉子から放たれる殺気を感じてフムと頷く。

キリカを殺したのが自分だと知れば、恐らく織莉子はニコの言葉を待たずしてオラクルを振るってくるだろう。

ここは慎重にいかなければ。ボロが出た時点で死ぬ。

ニコもまた余裕と言う訳にはいかない。自分が弱いと言うのは、あながち間違いではないのだから。

純粋なぶつかり合いでは、恐らくすべての魔法少女に負けてしまう。

 

 

「まあ、正直言えばどっちでもないかな?」

 

「白でもなく黒でもなく、グレーだと?」

 

「そうだね、適材適所? ああいや違うか、臨機応変? まあ柔軟にっていう感じだわな」

 

 

戦いを止めたいだとか。全部ぶっ殺したいだとかではなく。

生き残れればそれでいいとニコは織莉子に告げた。

このままワルプルギスの夜を誰かが退けてくれればそれでいいし、無理だと思えば殺し合いもやむなし。

 

 

「襲ってくる奴が本気なら、コッチもマジでソイツを殺すつもりで行くって感じ」

 

「なるほど。つまり現状、貴女から勝利を目指す事は無いと考えていいのかしら?」

 

「ま、そだね。あくまでも『今』はだけど。申し訳ないけど、ワルプルギスの夜討伐には手を貸さないよ。こえーし、まあその代わり邪魔もしないから」

 

 

基本的にノータッチだと。

 

 

「許せよ。死にたくないからステルス続けてきたんだ、ワルプルギスが来ても考え変えるつもりは無いぞ」

 

「そうですか。まあそう言う参加者が居てもおかしくないですね」

 

「そうそう。コッチは無理矢理巻き込まれてるんだからさ」(ま、嘘だけど)

 

 

息織莉子は紅茶を口に含むと、小さくため息をつく。

 

 

「じゃあ最後の質問です。何故今まで沈黙を保ってきた貴女が、私に接触を?」

 

「………」

 

 

ニコ形だけの笑みを浮かべたまま、しばらく沈黙する。

ウエイトレスがコーヒーを運んできた所で、ゆっくりと理由を説明し始めた。

 

 

「まず、コレはちょっとした相談と言うか、私の意見を他の魔法少女に聞いて貰いたかった」

 

 

その相手をいざ選ぶと言う時、最も適任だったのが織莉子だったと言う話だ。

ニコは長い間、他の参加者を調べてきた。

 

 

「最後に残った候補が浅海サキか美国織莉子」

 

「そして私を選んだと。理由を聞いても?」

 

「サキさん、意外とおっちょこちょいだから」

 

 

ウソである。

本当の事を言えば、死ぬ可能性を孕んでいるからと言えばいいか。

これを話した場合、もしかしたらではあるが、相談相手がなんらかの形で死ぬ可能性があるのではないかと、ニコは思った。

 

そうした場合、サキが死ぬか織莉子が死ぬか。

どちらがニコにとって利益になるのかと考えれば――、間違いなく美国織莉子である。

もちろんそんな事を本人に言う訳は無いが。

 

 

「私はある仮説を。まあ言うなれば、一つの可能性を思いついた」

 

「可能性、ですか」

 

 

それを誰かに話したくて話したくて仕方ない。

だから今日ここに来て、織莉子にそれを打ち明けようと思ったのだ。

一方で織莉子としては、そんな事を言われてもだ。

 

 

「仮説や可能性を話したいからわざわざ今まで保ってきたステルスを放棄したと?」

 

「……この予想は、もしかしたらキュゥべえ達の逆鱗に触れるのかもしれん」

 

「え?」

 

「もち、コレは『かもしれない話』って事。でもだからこそ、最初に聞いておきたい」

 

 

逃げるなら、今だと。

 

 

「………」

 

 

そんなに大層な物なのか?

織莉子はどんな顔をしていいか分からず、言葉も出なかった。

話を聞いただけで命が危なくなる? そんな馬鹿な。

いくらなんでもゲームと言う名の下にいる自分達を、運営側であるキュゥべえ達が勝手に殺すとは思えなかった。

 

 

「どう言った内容なんですか?」

 

「ゲームの事、世界の事」

 

「………」

 

 

織莉子は考えるまでも無かった。

コレが罠なら、それはそれで構わない。本当の事なら世界を守る事に繋がる。

もしもそれがキュゥべえの怒りに触れたとしても構わない。

死ぬ事になったとしても、それはキリカの所へ行けると割りきれた。

 

 

「構いませんよ。教えてください、貴女の仮説」

 

「………」

 

 

ニコは少しだけ唇を吊り上げるとコーヒーをすする。

少し、少しだけだけど苦いような気がして、ニコは唇を吊り上げた。

もちろん、あくまでも気がするだけかもしれないが。

 

 

「おかしいと思った」

 

「?」

 

 

ニコが初めて心に引っかかりを覚えたのは、そもそもで一番初めの事だ。

 

 

「巴マミと須藤雅史が死んだ事をきっかけにして、キュゥべえはこのFOOLS,GAMEの始まりを告げた」

 

 

騎士には理解できないかもしれないが、ニコ達魔法少女ならいかにキュゥべえがドライな性格かをある程度分かっている筈だ。

 

 

「だって彼には心が無いんだもの」

 

 

魔法少女がいずれ魔女になると知っておきながら、熱心に契約契約、やれ契約と持ちかけてきたのは罪悪感など欠片とて持ち合わせていない種族だったから。

利用すると言う概念すらないのだろう。宇宙の寿命を延ばす為、当たり前の様に行動する。それがインキュベーター。キュゥべえと言う生き物の性分だ。

 

 

「でも考えて見れば、タイトルが洒落てると思わない?」

 

「?」

 

「ゲームだってさ、ゲーム。フールズはまあ置いておいて、ゲームだって」

 

 

もちろんキュゥべえが普通に何の考えも無しに付けた可能性はある。

と言うよりインキュベーターには擬似的な感情を持ったジュゥべえまでいるのだから、彼ガつけたと考えても不思議じゃない。

 

 

「でもさ、何かこう……、釈然としない」

 

「と、言うと?」

 

「ゲームってさ、どうなんだろう。まして愚か者だなんて、失礼しちゃよな」

 

 

ニコはこの点が引っかかった。

 

 

「ゲームとは、それはつまり、多少なりとも娯楽を意味する単語ではないだろうか?」

 

 

まして『愚か者』や、『馬鹿』を意味するフールの文字。

確かにインキュベーターは人間を見下している面はヒシヒシと感じられるが、長い時を経てインキュベーターは人間に進化を齎して来た。

それを愚かだと、馬鹿にする様な言い回しを前面に出して、かつ殺し合いを行わせて、それをゲームの一言で括る。

なんだかニコには釈然としない思いが宿った。

テレビゲームを楽しめない彼女だからこそ感じる物と言えばいいか。

 

 

「ゲームは本来、楽しいものの筈だろ? 楽しいかな、コレ?」

 

 

絶望を助長させる儀式で、ゲームの名を使う事にニコは違和感を覚えた。

 

 

「儀式なら――、例えばリチュアルなんかでもいいよな?」

 

 

いやいや、杏子達参戦サイドからしてみれば楽しいのかもしれない。

ジュゥべえも絶望に呑まれて変わっていく人間関係を見るのは面白のかも。

ああいや、でもやっぱりおかしい。

 

 

「あいつも感情があるように見えて結局はからっぽ、私と同じだ。だったらアイツも本当に楽しいとは思っていない筈」

 

 

楽しそうに見えても、それはやっぱり楽しそうなだけで、本物じゃない。

 

 

「なんかさ、その時からやけに引っかかる様になって」

 

「っ」

 

「いや、あくまでも私の個人的な膨大妄想かもだけどね」

 

 

確かに織莉子からしてみれば、そんな事で思う。

しかしニコは違った。一度引っかかりを覚えれば、以後のすべての要素に同じ様な物を覚えてしまうもの。

たとえばそれは行動を制限するべくして決められたルールだったり、戦いが長引く様な復活システムだったり、参加者以外の魔法少女を一気に絶望させる裏側での出来事だったり。

 

 

「人間を煽る様なシステムだったりさ」

 

「煽る、ですか」

 

「そう。結構希望あるんだよな、このシステムって」

 

 

疑心暗鬼を促す物だったり、逆にやり方次第では全員が生き残れる道もあったり。

何も感情が無いキュゥべえ達が作ったシステムにしては、絶妙に中途半端な部分を付いてくる。

つまり人の感情を理解したような作りとなっている。

もちろんキュゥべえ達は長い歴史を生きているのだから、その間に感情と言う物を理解したと言えば納得はできるかも。

現にそうやってインキュベーターはジュゥべえを作ったんだから。

 

 

「アイツの煽りや言葉は限りなく人間に近い。けれど、ルールと言う点で見ればやはり首を傾げてしまう」

 

「………」

 

「あれだけ宇宙の寿命がどうのこうのと、利益を優先させる奴等が参加者全員生存と言う希望を持ったルールを作るかなぁ?」

 

 

サバイバルゲームと言うジャンルはゲームや映画ではもはや一つのカテゴリーとしておなじみだ。しかしニコが見てきた多くは、生き残れるのが一組だけと言うのが一般的だ。

いやいや、そうでもない作品もあるため、なんとも言えないのだが。

 

 

「もちろん、みんなで生き残れるかもしれないと言う希望をチラつかせ、そして無理と分かった時には一層大きな絶望となってエネルギーは手に入るだろう」

 

 

でもやっぱり全員生存の道もある訳で。

そうなってはエネルギーも満足に集められない。

そのリスクをインキュベーターが知らない筈はない。

 

 

「そもそも、さ。このゲームって何が目的なんだろう?」

 

「なかなか絶望しない私たちに痺れを切らしたインキュベーター達が、よりよいエネルギーサイクルを作るためだと認識しているわ」

 

「そうだね、でも私にとってはそれも何か引っかかる」

 

 

まずフィールドを整えるため、参加者以外の魔法少女を絶望させた点。

キュゥべえ達が自発的に魔法少女を絶望させられるのなら、何故今までそれをしなかったのだろうと言う疑問が浮かぶ。

今までは人間に好意的だったからこそ、あえて見逃していただけで、もしかしたら本気を出せば人類をすぐにでも滅ぼせたとでも言うのか。

 

 

「わざわざ今の今まで、人間と共に歴史歩んできたのに?」

 

「それは、確かに」

 

「人間や魔法少女を屈服させられる力があるなら、もっと簡単にエネルギー回収なんてできるっしょ」

 

 

たとえば生まれたばかりの赤ちゃんを母親の前でバラバラにしてみたり。

たとえば結婚式に乱入して花嫁を花婿の目の前で殺してみたり。

たとえば初めてのおつかい中、子供誘拐して毎週体のパーツを一つずつお祖父ちゃん達の所へ郵送してみたり。

 

ああ、確か中学生くらいの女の子が一番いいんだっけ?

だったら片思い中の男の子の目の前で陵辱してみたりさ。

もしくは顔に自信のありそうな奴には、虫かなんかと体を融合させてみたり。

もっと簡単に言えば大好きなパパやママを目の前で凄惨なやり方で殺すだけでいいのかもしれない。そうそう、可愛がっているペットにガソリン掛けて火をつけ――

 

 

「………」

 

「ああいや、ちょっと脱線脱線。そんな目で見るなって。ほら、私アメリカ住みだろ? B級スプラッターとか多いのよアッチは」

 

 

ニコは織莉子のドン引きと言う表情を見て、すぐに手を振った。

まあとにかく、酷い事をすれば、すぐに希望からの絶望エネルギーを回収できる筈だ。

でもキュゥべえはそれをしなかった。

魔法少女を全員強制的に絶望させられるのならば、それくらいできそうな物なのに。

 

それはきっと彼らは人間に呆れつつも、または形だけかもしれないが、二つの種族が友好な関係の上に成り立つ物として認識している筈だからでは?

或いは、何か余計な手を出してしまうと良質なエネルギーが回収できなかったかのどちらかだ。

 

 

「でも今回、現に私達以外の魔法少女はゲームを進めるために邪魔って理由だけで排除された」

 

「たとえば風見野に魔法少女がいると、助けに来る可能性があるからでは?」

 

「だったらソイツも見滝原に引きずり込めばよかった。わざわざ13と言う数字に拘る必要はない筈だ」

 

 

要するにニコは、この一連の出来事。

F・Gに関する事全てが。インキュベーターらしく無いと説く。

もちろん彼女だってキュゥべえ達の事なんて、ほとんど何も知らないと言っても良い。

けれども話くらいは少し聞いた事がある。

 

魔法少女の歴史は古く、キュゥべえと人間達の関わりは、良くも悪くも深く繋がっている。

卑弥呼やジャンヌダルクまで魔法少女だったと聞かされた時には、深くそう思ったものだ。そしてインキュベーターは皮肉にも文明発展に非常に貢献してくれた。

 

 

「長い歴史の中で人間が勝手に崩壊していくパターンはあれど、直接インキュベーターが手を下した事なぞ、ほとんど無かったのでは?」

 

 

それが今になって突然F・Gなんざを持ち出してきた。

 

 

「いやぁ、それってどうなの? ちょっとゴリ押しが過ぎない?」

 

 

では、何故なのか?

単にキュゥべえ達がやり方を変えたと言うのならそれまでだが、どうにもニコはそう思えない。それがよりハッキリ固まったのは、いつだったか、絶望させる過程を見せてもらった時だ。

 

 

「参加者以外にどれだけ魔法少女がいたのかは知らないけどさ、いちいち直接的な方法で絶望させるってさ――」

 

 

いくらなんでも、おかし過ぎやしないだろうか? ニコは強調する様に言った。

 

 

「私が見たのは直接痛みを与えて絶望させると言うシンプルな方法だ」

 

「それが全てではないのでは? 貴女が見たのがたまたまと言う可能性も」

 

「もちろん。だから今はとりあえず私が見た事を、他の例でも適応したという仮説で話してる」

 

 

そうなるとまず、やはり、面倒すぎる。

世界中にいる魔法少女を一人一人訪ねてボコボコにってのは、非常に時間が掛かって仕方ない。

そして先ほどの通り、もしもそれが許されるのなら、キュゥべえ達はその一連の流れを繰り返すだけでも良いエネルギーを得られる筈では?

 

 

「ゲームが始まれば元が取れると思ったのでは無いでしょうか」

 

「まあ、そこ、そこだな」

 

 

とにかくニコはこう考えた。

わざわざゲームを行わなければならない理由があるのでは、と。

そして魔法少女を絶望させるには、それだけの労力や純粋な力がいる。

戦闘能力が無いだろうキュゥべえ達に力があるとすれば、それは従者のキトリーだけだ。

針の魔女、そういってみればただの魔女。多くの魔法少女がキトリー一体を倒せないなんておかしい話。

 

 

「キトリーに特別な力がある可能性はあります」

 

「確かに。キュゥべえが用心棒としておいているんだ、納得できるね」

 

 

しかし、それでも全ての魔法少女がやられるのは腑に落ちない。

 

 

「だいたい用心棒の魔女なんざアイツ等にはいらない筈だ。死んでも代わりがいるんだろう?」

 

「それは、確かに」

 

「そしてなにより、根本的な話が一つ」

 

 

ニコは絶望させるシーンで、しっかりと誰かの笑い声を聞いている。

魔女はよく笑い声をあげるが、少なくともニコが聞いたソレは――。

 

 

「あれは、キトリーの声じゃなかった」

 

「……ッ」

 

 

つまりこの事から分かる事、それはキトリーは少女を絶望させてはいないと言う事だ。

いや、キトリーが複数の固体を持っているとすれば? 確かにそれならば固体別に笑い声が違う可能性はあった。

だが、どうにも笑い声が魔女のソレとは少し違うような気もしたのだ。

独特のエコーが無いというか、もちろんあくまでもニコ個人の思いではあるが。

 

そしてキトリー以外にもキュゥべえに協力する魔女がいて、そいつが強力な奴なのではないかと言う可能性も考えた。

だが、先ほどから言っている通り、キュゥべえらしくない事の連続に、やけにゲーム性を求めた作り。

それが方程式の様に組み立ってニコの脳裏に一つの答えを焼き付けた。

それこそがニコの言う不安要素、そして織莉子に相談を持ちかけた理由だ。

 

 

「この一連の疑問の答えだと?」

 

「ああ、もちろん初めに言ったけど、コレはあくまでも私の個人的な考えにしか過ぎない」

 

 

100%正しいとは限らない。当たり前の話だ。

 

 

「むしろ可能性としては低いかもしれない」

 

 

だってこれは凄く被害妄想じみた考え。

何の事も無いかもしれない事実を、勝手に掘り下げて掘り下げて掘り下げて……。

自己解釈を加えて湾曲させているのだから。

 

やり方変えましょうか? はいそうですね、そうしましょう。

等とインキュベーターが簡単に決めた事を、ニコは裏があるのではないか? 別の何かが絡んでいるのではないかと、勝手に妄想しているだけなのかもしれない。

 

 

「でも私は思うのさ」

 

 

ゲームってのは何が必要か?

たとえばそれは舞台だったり、駒だったり、プレイヤーだったり色々ある。

だけど根本的な事を考えて、何故人はゲームをするんだろうか?

それは結局の所、『楽しいから』ではないのだろうか?

 

ニコだって楽しさを求めてゲームに手を伸ばした。

まあ結局それは呪いを思い出すだけになってしまったわけだが。

でも本来ゲームと言うのは娯楽の物であり、爽快感や中毒性を覚える物の筈だ。

 

 

「だからさ、ゲームってのは楽しむ者が絶対的に必要なのよ」

 

 

それは王蛇ペアの様な者? いや、それは違う。何故なら彼らは駒だからだ。

あくまでも登場人物、キャラクター、それがフールだと言うのであればゲーム盤の上で踊る滑稽なピエロ。

つまりあくまでも誰かを楽しませる為の、玩具。

 

 

「美国織莉子」

 

「……っ」

 

 

ニコは、虚空を睨んでいた。

 

 

「14人目――、その可能性を私は提示したい」

 

「ッ!!」

 

 

魔法少女痛めつけている時の笑い声は、確かな感情があった様に思えて仕方ない。

痛めつける事に対し快楽を覚える声。絶望させる事で達成感を覚える笑い。

それは紛れも無く、感情が作り出した下卑た笑みである。

 

 

「な、な……ッ!」

 

「それなら、なんとなく納得できるんだよ」

 

 

急にインキュベーターがこんな洒落た事を始めた理由だとか。

急にここに来て魔法少女の他に騎士って存在が現われた理由だとか。

ましてやこのゲームと言う物を客観的に見てみれば、それは現れてくる。

 

 

「ゲームを裏で操っている、別の存在」

 

「別の、存在ッ!?」

 

「そう。私が考えるに例えば異常進化したインキュベーター。或いは、完全なるステルス状態にある魔法少女」

 

 

たとえば参加者以外の魔法少女が、願いの力でこの一連の出来事を作り出したと考えればどうだろうか?

インキュベーターに、『サバイバルゲームを始めてほしい』とお願いして魔法少女になれば、こんなおかしな催しが開かれた事を全て説明できる。

 

 

「そこに関しての仮説は正直、いくらでも浮かんでくる」

 

 

しかしニコに共通している想いとは、インキュベーターに協力する形でゲームを作り上げた何者かがいると言う事だ。

黒幕と言えば聞こえはいいか? このFOOLS,GAMEを楽しんで下さっているお客様。

 

 

「そ、そんな馬鹿な……!」

 

「まあ私も自分でも思うよ、馬鹿な話だって事は」

 

 

要するにニコが言いたいのは『見えない敵』がいるのではないかと言う事だ。

それはインキュベーターではなく、魔女か? 魔法少女か? それとも全く違う何かなのか。

 

 

「いくらなんでも、キュゥべえがストップをかける筈です」

 

「確かに。アイツらもそこまでバカじゃない。ただメリットがないワケじゃない」

 

 

たとえば、暁美ほむらの抹殺。

時間を戻してしまう彼女は、インキュベーターにとっては何よりも邪魔な存在だったろう。ほむらを殺せるだけの舞台を整えられるとあれば、長い目で見てゲームを行うことが正しいと判断してもおかしくはない。

 

 

「あともう一つ。参加者が見滝原の外に出れば死ぬだろ?」

 

 

驚く織莉子の前で、ニコは余裕の表情でコーヒーを啜った。

 

 

「範囲外から出れば脱落ってのは、サバイバルゲームではありがちだ」

 

 

たいていそう言うのは、参加者の首に爆弾があったり、何かしら前もって要した仕掛けが作動して遂行されるもの。

しかし騎士や、既に契約していた魔法少女にその仕掛けを施せる物なのだろうか?

ゲームを見通して作られた騎士はともかく、魔法少女には厳しい筈だ。

 

 

「そんな時、私はルールで死ぬ奴等を見た」

 

「そ、それは――」

 

「手塚、東條、呉って奴ら」

 

「!」

 

 

織莉子の表情が鬼気迫る物に変わる。

ニコは心の中で薄ら笑いを浮かべていた。

 

 

(悪いな、キリカを殺したのは自分だが、ここはあのイケメンくんに罪を被ってもらおう)

 

 

ニコは説明を開始する。

 

 

「私はあの日、見滝原の外がどうなってんのかを調べるため、境目付近に来てたんだよ」

 

 

そしたらエビルダイバーが来て、そのままニコが見ている中で見滝原の外に飛び出て行ったと。

もちろんそれは嘘だが、キリカで実験はしたではないか。

おそらく手塚達も同じように死んだはずだ。

 

 

「外に出た奴等が死ぬのは、やや時間差があった」

 

「出たら即死と言う事では無いと?」

 

「そう、若干のタイムラグがあった。それで、どうなると思う?」

 

「わ、分かりません――……」

 

 

そりゃそうか。

ニコはもったいぶるのを止めて、見た景色をそのまま織莉子へ告げる事に。

 

 

「矢だ」

 

「え?」

 

「矢がどこからともなく飛んで来て、アイツ等を串刺しにして殺した」

 

「矢……!?」

 

「そう。弓矢だよ、アロー」

 

 

流石のニコもあれには驚いた。

キリカのソウルジェムを投げた後、少しだけ時間が経ってどこからともなく風を切り裂く弓矢が飛来。

それはキリカのソウルジェムを貫通して地面に突き刺さると、しばらくしてその姿を消失させたのだ。

 

 

「自動的に矢が放たれた? うーん、だったらなんで弓矢なんだろう」

 

「ッ」

 

「原始的だよな、矢ってのは。まあ鹿目まどかの武器でもあるけど」

 

 

別にレーザーだとかでいい。

何度も言うが、これ等はあくまでニコの個人的な考えにしか過ぎない。

しかし場外に出たら死ぬ方法が、矢で射抜かれて死ぬと言う異質な物に違和感を覚えない方がどうかしていると。

 

 

「私は矢に関する情報を片っ端から調べあげた。ありとあらゆる情報を閲覧し、魔法で警察の情報も盗み見た」

 

 

すると数件、『矢』に関する事件が検索にヒットした。

 

 

「北岡秀一の秘書ってのは、矢で射抜かれて死んでたらしい」

 

「……ッ!」

 

「そして北岡先生は騎士になられた。勝ち残れば、願いの力で自分の病気と秘書を蘇生できるかもしれない」

 

「まさか」

 

「あ、でもそうなると願いは二つ叶えなきゃいけないなぁ。秘書が矢で死んだばっかりに、願いを一つ余計に叶えなくちゃいけなくなったんだものね」

 

 

ニコは濁った瞳で織莉子を睨むように見つめ、口では貼り付けただけの様な笑みを浮かべている。

 

 

「ではつまり、矢を放った何者かこそが――、インキュベーターに協力する者……?」

 

 

汗を浮かべて言葉を詰まらせる織莉子。

今、このタイミングでそんな事を言われても困ってしまう。

いや、ニコの話は織莉子にとってあり得ないと切り捨てる事ができない物だった。

つまり織莉子もニコの話を聞いて、成る程と思ってしまったからだ。

 

 

「もしも貴女の言う事が本当だとて、それは一体――?」

 

「分からん。ただ、放っておくのはどうなんだろうな」

 

 

ニコは魔法少女説を最も推している。

だとすればその存在は、ゲームを素直に終らせてくれるのだろうか?

ニコにはそうは思えなかった。こんな大舞台を整えてまで――、簡単に引き下がるものだろうか?

 

 

「あるいは……、そう。もしかしたら26人の中に全てを知っている裏切り者がいるか」

 

「!」

 

「この前、ジュゥべえにそれとなく聞いたんだがよ、アイツはぐらかしやがった」

 

「ジュゥべえが?」

 

「ああ。まあ私も深く聞けばマズイかなと思って、そん時は切り上げたけどさ」

 

 

とにかくと、ニコが織莉子にコレを持ち出したのは。もう一つ明確な理由があっての事だ。

それは未来。織莉子の魔法である。

 

 

「お前さんの魔法は未来予知って調べはついてるぜよ」

 

「それは……、そうですが――ッ」

 

「未来が視えるんだろ? どうなってんの?」

 

 

ニコは織莉子の答えあわせをしてほしかった。

果たして危険視しているソイツは現われるのか、現われないのか。

ニコの言葉に表情を歪める織莉子。少し躊躇した様に動き、そして頭を下げる。

 

 

「ごめんなさい」

 

「?」

 

 

ニコは知らない。

織莉子は現在キリカを失ったショックで、魔法をうまく発動できないのだ。。

手塚が変えた未来のその先を、彼女は知る事ができなくなってしまったのだ。

 

 

「佐倉杏子と同じです」

 

「確か――、願いを否定した時、魔法少女は固有魔法が使えなくなるんだっけ?」

 

「私の願いは生きる意味が知りたい、ですがキリカがいなくなってしまった今、私はもう生に執着が在りません。今日ココに来たのも、死んでしまっても構わないと思っているから。そんな私にどうして輝く未来を見ようと言う意思があるでしょう?」

 

 

もう自分はポンコツ、ガラクタだ。織莉子はそれをニコに謝罪する。

 

 

「だから、ごめんなさい」

 

「ふぅん……」(マジかよ、使えねぇな織莉子たん)

 

 

正直、織莉子の力さえあれば杞憂かどうか分かると思っていただけにニコとしても意外な展開であった。下手に無理強いさせて魔女化されても困るし、だったらオーディンに――、そこでニコは考えをすぐに改める。

 

 

(いや、あの子はちょいとヤバいか)

 

 

頼るのは、少し危険だ。

あくまでもニコは勝利を目指す立場。無闇にコンタクトを図るのは早計かもしれない。

こうなっては仕方ない。とにかく織莉子にその考えを持っていて欲しいと忠告を行う。

 

 

「場合によっちゃ、ワルプルギスどころじゃなくなるかも」

 

「そう、ですね。覚えておきましょう」

 

 

ニコはそこで立ち上がる。

どうやら話し合いは終わりのようだ。

織莉子ならば未来が見えるから何か分かると思ったが、それが無理ならば織莉子である必要も無い。

 

 

(浅海サキにも一回会っておくか……?)

 

 

ニコはもう織莉子を気にする事なく、背中を向ける。

 

 

「まあそれだけ。じゃ」

 

「………」

 

 

織莉子としても、コレ以上仮説の話し合いを掘り下げる事はできない。

だが植え付けられた情報は確かな物だ。織莉子は震える手で紅茶のカップを持って思考を巡らせた。

 

ゲームを管理する存在である運営。

言ってしまえばゲームマスターとなる訳だが、確かにそれがキュゥべえ達のみと考えるのはおかしかったかもしれない。

騎士と言う存在が新たに追加されたのだから、新しい要素が他にも存在していたとすれば 

それは魔法少女? 魔女? 騎士? それとも他の存在?

織莉子はニコの仮説が正しいのではないかと思い始めてきた。

 

 

(でも、だとしても、どうすれば……)

 

 

仮説を検証するのも大事だが、今やるべき事はワルプルギスの夜をなんとかする事ではないだろうか? しかしニコの言う事が本当ならば、ワルプルギスの夜を倒した後が問題となってくる。

 

 

「………」

 

 

ニコの考え過ぎであればいいが、織莉子もまた引っ掛かりを感じてしまうと言う物。

なるほど。確かに何故今までその可能性を考えなかったのか。

キュゥべえ達がいきなりゲームとやらを持ち出してきたのも、魔法少女の願いだとすれば説明がつく。

 

 

「一体、どうすれば……」

 

 

織莉子は苦悩しながら屋敷に戻った。

 

 

 

「やあ、織莉子」

 

「……!」

 

 

屋敷に戻ってきた織莉子を迎えたのはオーディンだった。

玄関の扉の前に立って、腕を組んでいる。

空には夕日が、オレンジ色の光が黄金を照らして、美しさを引き立たせていた。

普段オーディンはさやかの周りに待機しており、何かあれば戻ってくるとの事だってので、織莉子は首を傾げる。

 

 

「どうしました?」

 

「ああ」

 

 

一瞬ニコからの話を言おうかどうか迷ったが、悪戯に混乱はさせてくない。

そうしていると、オーディンが腕を前にかざす。

すると、そこにゴルトバイザーが現われた。

 

 

「がっかりだよ、キミにはね」

 

「え?」

 

 

ゾクリと、冷たい物が織莉子の全身を巡る。

なんだ? 織莉子は猛烈に嫌な予感を覚えて、後ろへ下がっていく。

対してゴルトバイザーを展開させるオーディン。その声は驚くべきほどに冷たく、表情は仮面に隠れて見えない。

オーディンが織莉子に継げた言葉とは軽蔑の一言。

これは一体――?

 

 

「な、何の話ですか?」

 

「さやかから聞いたよ。キミが彼女を絶望に至らしめたのだとね」

 

「!」

 

 

一応は口止めをしておいた筈。

しかしオーディンはさやかから事情を聞いたと言う。

つまり、さやかが約束を破ったのだ。

 

 

「――ッ」

 

 

織莉子はオーディンが抱く感情を容易に想像できた。

だから焦る。何か弁解を行わなければと。

冷静になれば問題はない筈だ。もともとバレたとしても、言い訳をちゃんと用意すれば回避できると未来を視ていた。

 

 

「そ、それは本当にごめんなさい。でも仕方ないんです。これにはちゃんと訳が――」

 

「何も聞きたくないよ。まさか、キミが彼女を苦しめていたなんて」

 

「確かに美樹さやかを魔女に変えてしまった理由には私達の意思があります。ですが、それがユウリの罠だとは――」

 

「さやかは他にも、キミの事をいろいろ教えてくれたよ。とても酷い人だと言っていた」

 

「ッ!?」

 

「さやかはキミと一緒にいるのが怖いらしい。ワルプルギスを倒した後に、自分達を殺す気かもしれないと震えていた」

 

「え? そんな!? ち、違います! 誤解だわ! 私は――」

 

「黙れ」

 

「!!」

 

 

察する。

そうか、違う。違っていた。違う違う違う! 何も変わっていない。

オーディンはまだ尚、狂ったままなのだ。

さやかに対する強烈な依存心。今の彼には、さやかを傷つけるいかなる可能性も敵になる。

だから、それを全て排除する事でしか安心する事はできない!

つまり、つまりつまりつまり――ッッ!!

 

 

「織莉子、キミには色々な感謝している」

 

「待って、話を聞いてッ!!」

 

「だが、僕はね、さやかを傷つける因子は全て排除しておきたいんだ」

 

「だから――!」

 

「ごめんよ。キミの言葉は、もう僕には届かない」

 

「!」

 

「だってそうだろ? さやかが僕の前で、直接キミに対する恐怖心と怒りを打ち明けてくれたんだ。彼女の感情は、僕の感情でもある。さやかが僕を全て受け入れてくれた様に、僕も彼女の全てを受け入れて助けなければならない」

 

「――ッッ!!」

 

「さやかはね、僕にお願いをしたんだ」

 

「お、お願い……?」

 

 

織莉子は喉を鳴らして一歩、また一歩とオーディンから離れて行く。

 

 

「そう、お願いだ」

 

 

あの日、サキとさやかが来た日。

さやかは自分を上条だと見抜いてくれた。

 

 

「流石はさやかだよ。僕の事ならなんだって分かってくれる。なんだって理解してくれる」

 

 

そして、さやかはオーディンに言ったのだ。

織莉子の悪事と、織莉子に対する恐怖や怒りを。

だから最後に、さやかは一つのお願いをした。してくれた。

それは簡単な事だ。織莉子が怖いから――

 

 

『殺して、くれないかな?』

 

 

やられた!

美樹さやかがそんな事を言うなんて予想外だった。

織莉子は素早く変身を行うと、オラクルを自分の周りに待機させる。

オーディンはさやかのお願いならば何が何でも聞くだろう。

それは愛? いや、依存心からだ。

 

 

「ごめんね、織莉子」

 

「冗談だと……! 言ってくれませんか?」

 

「いや、それは無理だよ」

 

 

オーディンはデッキに手を掛けて一枚のカードを抜き取る。

全ての事において、優先するべきは美樹さやかだ。

そのさやかが織莉子を怖いというのなら、織莉子を殺してくれと言うのなら、オーディンはその願いを聞き入れるだけだと。

 

 

「くッ! 私は確かに彼女を利用し、絶望させた。でも全ては世界を絶望から守るためなんです! 貴方ならきっと理解してくれるッ!!」

 

「駄目だよ、僕はもう決めたんだ」

 

「――ッ」

 

 

やはり壊れた人間は壊れたままか。

織莉子は踵を返して、逃げる様に走りだす。

幸いパートナー同士では傷つけられないと言うルールは機能してくれる筈だ。

今は逃げ、何とかしてサキ達に、オーディンとさやかを説得してくれる様に言わなければもう道は残っていな――

 

 

「織莉子。僕はルールを壊すことができる」

 

「ッ!?」

 

「便利なカードだよね、コレ」

 

 

オーディンがバイザーにセットするのは、ワープの力を対象者に与えられるディメンションベントだ。

そしてこのカードにはパートナーに向けて発動すると、効果が少し変わるのが特徴だと言う事を覚えているだろうか?

その効果とは、パートナーとゴルトフェニックスの位置を入れ替えると言う物だ。

 

 

「僕は一度死んだから、ゴルトフェニックスの身体を媒介に存在している」

 

 

だとすればオーディンと織莉子の位置が入れ替わるのか?

いや違う。この場合は、『ゴルトバイザー』と織莉子の位置が入れ替わるのだ。

ゴルトバイザーもまた、オーディンの一部と見なされるのだから。

 

 

「それを確かめる為に、必死になってジュゥべえかキュゥべえを探したよ」

 

 

だからこそ、すぐにとはいかず、ココまで時間が掛かったのだが。

でもちゃんとオーディンはジュゥべえを見つけて情報を聞けた。確信を持てたのだ。

バイザーと織莉子を入れ替える力がディメンションベントにはあると。

 

 

「知ってるかい? ゴルトバイザーはね、遠隔操作でもカードが発動できるんだ」『ディメンションベント』

 

 

オーディンの手から消えるバイザー。

ディメンションベントを使って、『ある場所』へゴルトバイザーのみを瞬間移動させる。

そしてそこから遠隔操作でさらにカードを発動していった。まず一枚目はリターンベント、使い終わったカードを再び具現させる物。

そうする事で再びディメンションベントを作り上げる。

 

 

「ま、まさか――ッッ」

 

 

オーディンは仮面の下でハッキリと笑みを浮かべていた。

騎士の一部とされるミラーモンスターは、見滝原の外に出ても死ぬことは無い。

つまりバイザーも同じで、見滝原の外に行っても破壊される事はない。

織莉子はオーディンの狙いを理解した。オーディンもまた、織莉子が察した事に気づく。

 

 

「僕はね、許されているんだよ。キミを殺す事が」

 

 

キュゥべえ達の粋な計らいとでも言えばいいか。

力のデッキを手にした織莉子へ対するデメリット。

それはパートナーに、飼い犬に手を噛まれる可能性があると言う事だ。

 

 

「そ、そんな……!」

 

「じゃあね、美国織莉子」

 

「ま――ッッ!!」

 

 

消える織莉子。

そう。オーディンはディメンションベントを発動して、織莉子とゴルトバイザーの位置を入れ替えた。

最初にオーディンがゴルトバイザーを置いた場所とはそれ即ち――

 

 

「!!」

 

 

織莉子は変わった光景を見て察する。

そう、オーディンはバイザーを見滝原の外にワープさせたのだ。

通常、ディメンションベントで他の参加者は見滝原の外には出せないと言うルールがある。

しかしもう一つの効果は違う。ゴルトバイザーに関してはエリア外にも置く事ができる。

オーディンのワープは一度足を運んだ場所にも飛ぶことができる。

つまり、風見野にゴルトバイザーを置くことが可能なのだ。

それはある種の裏技とでも言えばいいか。

こうして位置が入れ替わったことにより、織莉子はエリア外に放り出された。

 

 

「ッッ!!」

 

 

察する最期。

愚かな話をしよう。織莉子はココに来て死ぬのが怖くなった。

キリカがいないのなら、いつ死んでも構わないと思っていたのに、いざその時が来るのかと思うと全身に恐怖が巡っていく。

いや、嫌だ。死ぬのは――、嫌?

 

 

「あ……」

 

 

そして、織莉子は見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

何、コレ。

 

 

「――!」

 

 

織莉子は、察する。

そして降り注ぐ、無数の光。

それはまどかが放つ綺麗な物ではなく、随分と薄汚れた光だった。

その雨は織莉子の肉体を焦がし、言わば不意打ちと言う形で激しい痛みと苦痛を与えていく。

 

 

(コレは……、コレが、彼女の言っていた事なの?)

 

 

そして報いか。

人を操り、人を傷つけ、世界を守ろうという傲慢さに、神が怒ったのかもしれない。

だからこそ最期は自分が壊した上条に壊される。

なんとまあ皮肉なものか、愚かな自分にはピッタリな終わりと言えよう。

 

織莉子は激しい痛みの中で、自虐的な笑みを浮かべていた。

そして光が終わると、ドス! と言う音と共に、胸に激しい熱が走る。

 

 

「……ァ」

 

 

自分の胸を見る織莉子。

そこには、心臓を射抜く一本の矢が。

 

 

(これ――!)

 

 

そしてまた音。

気づけば織莉子の体中に矢が生えていた。

連射を受けたのか、織莉子は血の塊を吐き出して地に伏せる。

そこへ再び降り注ぐ濁った光の雨。それが終われば、再び矢が連射されて彼女の身体に突き刺さっていく。

 

それだけではなく、途中から電流も混じった。

バチバチと言う激しい音と共に、激痛が体を走る。

これもまた、サキの放つ美しい電流ではなく、濁った光を纏うものだ。

 

 

(雷、矢……)

 

 

織莉子は、最期の力を振り絞り、目を見開いた。

光の中に広がるのは、ニコが言っていた『可能性』に対する答えだったのかもしれない。

けれども織莉子にはその正体が何なのか、全く理解できないでいた。

 

なんだ、なんなんだコレは?

 

織莉子の意識は既に死に向かっているため、まともな思考ではない。

それもあってか、見える景色を一つも把握できないでいた。

だが織莉子は倒れない。それはこの極限状態にて、彼女が覚醒を果したと言えば正しいだろうか?

 

織莉子は既に二回死んでいる。

つまりもうココで倒れれば次は無いのだ。

それが織莉子に覚悟と冷静さを繋ぎとめる事となってくれた。

死ねば終わる、だからこそ残さなければならない物があるのだと。

全ては――、この世界を守る為に。

 

 

"生きる意味が、知りたい"

 

 

最悪だな。こんな時に限って頭が回る様になってきた。

おそらくオーディンは直前に"アイツ"に利用されたのだろう。

しかしもう場所を知っている者は、オーディンくらい。

まどか達が拠点にしている場所は聞かなかったし、一番連絡を取りたいニコも、どこにいるのかは知らない。

 

だから織莉子は屋敷にいるだろうオーディンに最期のメッセージを残す事に。

彼もきっと、この話を聞けば何かを感じてくれる筈だから。

 

 

(お願い、届いて――ッ)

 

 

オラクルとはそれ即ち『神託』の意味。

織莉子は一つのオラクルに、自分のメッセージを念じて閉じ込める。

オラクルは織莉子の言葉を届けるテレパシーの役割も果たしてくれる。

この言葉を込めたオラクルを、死ぬ前にオーディンか、誰かが拾ってくれれば。

あるいは……。

 

 

(私の、最期の一撃――ッ!)

 

 

織莉子は自分の頭を矢が貫いていく感覚を覚えながらも、一つのオラクルに持てる全ての力を込めて発射した。

これが誰かに、誰かに届けば――ッ!

 

 

「ァアァアァアァアアッッ!!」

 

 

絶叫。

織莉子の『急所』と呼ばれる場所に矢が刺さり、身体を貫通した。

喉のど真ん中を貫かれ。呼吸ができない、声は潰れる。

だがそれでも織莉子は倒れなかった。

 

膝を突き、ぎりぎりの意識でオラクルを飛ばす事だけを考える。

幸いソウルジェムはまだ砕かれていない。織莉子は体外へソレを排出すると、周りをオラクルで囲み、さらに手で握り締めて身体を丸めるようにしてしゃがみ込んだ。

そうする事で少しは時間が保てるはず。そうしていると再び光の嵐が織莉子を包み、その身体を焼きつくさんとダメージを与えていく。

 

身体には何本も矢が刺さっており、既に全身は焼け焦げだった。

きっともう人間の姿とは思えない醜い物に変わっていた事だろう。

頭蓋骨も矢で射抜かれていたか、脳が流れていき、思考が鈍くなっていく。

 

しかし織莉子は諦めなかった。

ソウルジェムを破壊されまいと、ボロボロの肉体で抵抗を続ける。

どれだけ肉体が崩壊しようとも、ソウルジェムがあれば思考を保つ事が許されるのだから。

頼む。全てを失っても、最後に残った微かな物だけは――!

 

 

「―――」

 

 

だが、限界はやってきた。

黄色い光に包まれた矢を背中に受けたかと思うと、矢を中心にして織莉子の身体が吹き飛ぶ。

ソウルジェムを守っていた腕もまた吹き飛び、織莉子の前でオラクルに包まれたソウルジェムが地面を転がった。

そこでもう一発光の矢が飛来する。

それはオラクルに包まれていたソウルジェムを何の障害も無しに貫くと、破壊してみせた。

 

織莉子はもう目も焼け焦げていた為、その瞬間を見る事は無かった。

耳も矢で射抜かれて機能を失っている。だから彼女は自分の命が破壊された事を知らない。

ただ一心に、ただひたすらに、自分が見たその光景を誰かに伝えるために必死だっただけだ。

 

それが世界を少しでも良くすると信じて。

それが父の為に、そしてキリカの為だと気づいたから。

世界を救うため、織莉子はオラクルを今も飛ばし続けているのだろう。

 

美しい容姿だった彼女はもういない。

そこにいたのはもう人の形すらしていない炭と化している肉塊である。

その炭は身体を吹き飛ばされても尚祈り続ける。

誰かが、きっと誰かがあのメッセージを込めたオラクルを拾ってくれる事を。

 

 

「醜い」

 

 

織莉子は祈り続けた。

この身がどうなろうとも構わない。

全ては、この世界を守る為に。

 

 

(お……父様、キリカ――)

 

 

私は、正しかったのでしょうか?

それとも、踊らされていた愚かなピエロ?

 

 

(私は……、私の生まれ来た意味は――)

 

 

そこで、織莉子は粒子化して消え去った。

世界を守る為に戦った彼女は、その疑問に答えを出すこと無く、消滅していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【美国織莉子・死亡(確定)】【残り15人・9組】

 

 

 

 

 

 

 

 

織莉子が消えた事を"弓矢を構えていた影"は確認すると、その口を三日月の様に吊り上げて消滅した。

それは『彼』も――、いや彼等も同じ。

 

 

『おい、どうするんだよ。美国のオラクルを追わなくていいのか』

 

「……ああ」

 

『神那ニコも危険だね。彼女は、気づいているよ』

 

「そうだな」

 

『くぁー、リアクション薄いねお前』

 

 

ジュゥべえは呆れた表情で『彼』を見る。

レンズが光る。織莉子がオラクルを投げてから五分程度は経ったか?

そうすると誰かに届いている可能性もある。

だが彼は追わなくて良いとキッパリ言い切った。

 

 

『いいのかい? 被害を被るのはキミの方だろ?』

 

『お前、やっぱ――』

 

 

意味深に声のトーンを変えてみせるジュゥべえ。

話しかけられた方は呆れ気味に首を振る。

 

 

「いや、放っておいても問題は無いと言う意味さ」

 

 

彼は織莉子がいた場所を見て、ため息を漏らす。

最期の悪あがきと言う所か。綺麗に散る道もあったろうに。

そこまでして世界を守ろうとする織莉子の意思は本物だったのか?

それとも彼女にはもう、それしか道が無かったのか。

 

 

「利口に生きれば、楽だったのに」

 

 

彼女も、"自身"も。

 

 

『さて、生き残っているのは――』

 

 

城戸真司、鹿目まどか、秋山蓮、かずみ、霧島美穂、浅海サキ。

美樹さやか、暁美ほむら、オーディン。浅倉威、佐倉杏子、高見沢逸郎、神那ニコ、リュウガ、ユウリ。

 

 

『この15人だね』

 

 

ホログラム、キュゥべえの前に現われる15人の顔写真。

そこには脱落者の写真もあり、彼等は色が失われ赤いバツマークが刻まれている。

そして不思議なのは、参加者の顔写真の下に何か"数字"の様な物がある事だ。

パーセンテージだろうか? それとも……。

 

 

『まあまあいるな。全員でワルプルギスに挑めばそこそこ良い所いくんじゃねぇの?』

 

 

ま、無理だろうけど。

ジュゥべえはニヤリと笑い、キュゥべえもまた頷いてみせる。

 

 

『ココまでの動きを見るに、この15人が協力してワルプルギスの夜討伐に向かうとは思えない』

 

 

人間は愚かだ。

助けあえれば良いのに、そうはいかない。

みんな自分の欲望に忠実で、それを捻じ曲げて他者には合わせられない。

 

 

『最終日にどれだけ動くかだね』

 

『最悪、仕方なくワルプルギスを倒すって感じになって、ゲーム終了後に乱闘とかあるかもな』

 

「……いずれにせよ、全ての道は一つだ」

 

 

もうここにいる意味も無い、そう言った意味では『自分』もまた愚かなピエロなのだから。

 

 

『なあおい、一つ聞いていいか?』

 

「?」

 

 

ジュゥべえは笑みを浮かべて問う。

織莉子が死んだのは、もちろん明確な理由があっての事だ。

言わばゲームの中で起こった正当なイベントが引き起こした死。

当然の死だ。けれども――

 

 

『もし、今日、今ここで織莉子が死ななきゃアイツはどうなってたんだろうなぁ?』

 

「………」

 

 

またレンズが光る。

 

 

「全ては決まっている。それが揺らぐことは無い」

 

『本当にそう思ってんのかぁ?』

 

「……ジュゥべえ、キュゥべえ、引き続き頼むぞ」

 

『チッ! 仕方ねーな』

 

『分かったよ。全ては宇宙を延命させる為にね』

 

 

消えるジュゥべえとキュゥべえ。

彼はそれを見て、もう一度メガネを整える。

 

 

「………」

 

 

誰かが誰かを否定しなければ、世界は回らない。

 

 

「愚かな」

 

 

それは誰に言った言葉なのか。

影は複雑な表情で踵を返すと、そのまま沈み行く夕日の中に消えていく様、歩き去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

さて、ココで少し舞台の裏側を見てみよう。

織莉子はオーディンに殺される形になった訳だが、その理由は美樹さやかがオーディンに織莉子の殺害を依頼したからである。

しかし考えてもみてほしい。さやかは織莉子に怒りこそすれど、殺意を抱かぬ様に協力すると言ったはずだ。

そうなると、さやかの行動は少し矛盾しているのではないだろうか?

さやかが嘘をついたとすれば説明がつく話だが――

 

 

「アッハ! アハハハハハハハハハ!!」

 

 

"彼女"は、織莉子がオーディンによって強制ワープさせられる光景をしっかり見ていた。

何を通して? それは織莉子の家に忍ばせた使い魔を通してだ。

オーディンが生きているためアナウンスは流れていないが、おそらく織莉子は死んだとみて間違いない。

 

彼女は上機嫌に笑いながら椅子から立ち上がる。

あれからアジトを移動して、今はマンションの空室を勝手に使っている。

彼女は窓の外から沈み行く夕日を見て、一度クールダウン。

 

 

「やっぱ男ってのはちょろいモンだなァ、ねぇ?」

 

 

ユウリは、窓に映った自分の姿を見てつくづく滑稽だと笑う。

固有魔法である変身を行う。光がユウリを包み、ガラスに映っていたのは美樹さやかの姿だった。

 

 

「こんな事なら、まどかも殺しておいてって言っとけば良かった」

 

 

まあ、流石に望みすぎか。

変身を解除して、さやかの姿からユウリの姿にに戻る。

そう、織莉子は最期の最後に気づいたが、オーディンはユウリに利用されていた訳だ。

 

ユウリはリーベエリス跡地でまどか達が戦っている間、使い魔を量産して見滝原中に拡散させていた。

使い魔が見た映像は、全てエリーのテレビに映る様に設定を行った。

つまり一体一体が監視カメラのようなものなのだ。

拡散させた使い魔は、織莉子の屋敷にも忍び込んでおり、さやか達と話す織莉子の姿をしっかりと捉えていたのだ。

 

そこでピンと来たユウリ。

さやかの姿を借りれば、オーディンを騙せるのではないかと思いついた。

オーディンは随分さやかに執着しており、それは妄信と言ってもいいくらいだ。

さやかが言う事は絶対に信じる筈。ああ、なんて健気で純粋で――

 

 

「アホだよねぇ! クヒヒヒ!!」

 

 

簡単な話だった。

さやかが帰った後に、ユウリはさやかに化けてオーディンに接触を図る。

あとは適当に言い包めてハイおしまい。

 

 

『もしも織莉子さんを殺してもあたしやまどか達には報告しないで。お願い、あたしもう全部忘れたいの。悲しいけど、貴方とも関わりたくない。傷つくのが怖いから』

 

 

なんて適当な保険も、あのオーディンは律儀に受け止めるのだろう。

オーディンもさやかとの関わりは避けると言っていたし、現状は完璧だ。

まあバレたらバレたで、織莉子はもういないんだから、ユウリとしてはOKである。

 

 

「あたしだってそう。貴方とこれ以上絆を深めるのは辛くなるだけ!!」

 

 

再びさやかに変身して、オーディンに接触した際に放った言葉を口にする。

なんとも馬鹿にした様な抑揚の付け方で、ふざけたイントネーションだった。

 

 

「だめだよ恭介ぇ! この間抜けが気づくわけ無いじゃないー!」

 

 

ユウリに戻り、さやかに変身し、またユウリに戻る。

完全に遊んでいる。オーディンはさやかと意思疎通ができたと喜んでいる様だが、さやか本人は今もオーディンが上条だとは夢にも思っていないだろう。

 

 

「とにかくコレで目障りだった織莉子は死んだ!」

 

 

それは大きな大きな収穫だ。

オーディンは手紙でその事をサキ達に告げたが、もちろん自分が殺ったとは書かず、織莉子は勝手に外に出て行き、死亡通告が頭の中に流れたとだけ報告した。

 

サキ達もオーディンが織莉子のパートナーである以上、彼を疑う事は無い。

だってパートナー同士は傷つけ会えないと言うルールを妄信しているからだ。

たとえば水の底にワープさせても、そこに殺意がある以上、織莉子は助かる。急激に浮き上がるとか、呼吸ができるとか。

しかしエリア外は別だ。何よりもまずルールが適応され、ペナルティによる死が優先される。

 

 

「オーディンはうまく裏をついたな」

 

 

こんなやり方、まどか達は一生気づく事は無いだろう。

 

 

「それに――」

 

 

なんと言っても収穫はそれだけじゃない。

見滝原中に使い魔を設置してあるのだから、当然その光景はしっかりと見ていた。

 

 

「詰めが甘いんだよなぁ」

 

 

まさか向こうも使い魔が見た景色を共有できるとは考えてなかったんだろう。

それに使い魔は意外と目がいい。離れたところから織莉子を監視していたら。思わぬ奴が姿を見せた。

 

 

「神那ニコォォ……!」

 

 

使い魔だから油断していたようだ。

使い魔は耳もいいヤツがいる。それを通して会話も聞いていた。

キュゥべえの協力者なんて、ユウリにはどうでもいい話だった。

ユウリの目的は全ての参加者の死だ。魔法少女は特に、ついでに騎士も。

それを成しえる事ができるのならば、それからの事がどうなろうが知った事じゃない。

 

 

「でもまあ、馬鹿じゃないか」

 

 

ニコにも使い魔をつけておいたが、彼女は透明になって使い魔を振り切っていた。

つけられている事がバレたのではなく、おそらくニコの癖なのだろう。

だが甘い。ユウリの使い魔は文字通り見滝原中をカバーしている。

よってすぐに別の使い魔が、再び姿を現したニコを補足する。

ニコはパートナーの所には戻らず、少し大きめな公園を拠点としていた様だ。

 

 

(パートナーの場所を知られない為か。なるほど、中々考えているじゃない。コース料理はお任せできそう)

 

 

ユウリは鼻を鳴らす。

だがまあ、使い魔を増やしたのはニコを見つけるためと言っても過言ではない。

その目的が達成されたのだから良しとしようじゃないか。

ユウリは同じく大量生産していたイーブルナッツを大量に構える。

人間を魔女に変えるだけでなく、魔女にとってはおいしいご馳走だ。

 

 

「さあ喰えエリー! お前の力を強化してあげる!」

 

 

そして。

 

 

「後はアイツを始末するだけだけど――……」

 

 

思い出すだけでイライラする顔がある。

だが今回は使ってやるか。ユウリはエリーのチャンネルを変えて彼女を――、王蛇ペアをテレビの中に映し出した。

 

 

「おい佐倉杏子」

 

『!』

 

 

廃墟となった教会で、杏子はイライラした様な表情を浮かべていた。

相当まどか達に負けたのが悔しいのだろう。力が全てだと言えば、それは違うと言われた。大切ななのは人との関わり。それを杏子が否定すれば、まどか達はその意思を真っ向から潰してくる。

 

そんな中で突如、エリーの使い魔であるダニエルとジェニファーが飛んで来た。

スピーカーとして使えるのだ。ユウリの声が、ダニエル達から聞こえる。

だから、杏子はますますイライラしたような表情で使い魔たちを睨む。

 

 

「消えろ」

 

 

有無を言わさず使い魔を消し飛ばす杏子。

頭をかきむしるユウリ。まあそうなるかとは思っていたが、ムカツク話だ。

ユウリは大きく舌打ちをすると、他の使い魔を向かわせて再び話を振る事に。

まあ会話は不可能と知っていたので、ユウリは一方的に話を言い放つ。

 

 

『ステルス貫いてた7番を見つけた。明日の朝、使い魔を通して場所を教えてやるから殺すなら殺せ』

 

 

殺さないのならば私が殺す。

 

 

『アタシの目的は、参加者全員の死なんだから! あはは!』

 

 

それだけを言ってユウリは使い魔を消滅させた。

神那ニコは邪魔な存在ではあるが、逆を言えばそれだけ未知数の相手だと言う事も分かる。

とは言え一度確認したのだから、エリーでニコの過去、トラウマ部分を覗き見てみる。

 

 

「……ふぅん」

 

 

ユウリは唸る。

参戦派はどこかネジがぶっ飛んでいるケースが多い。

ニコ場合もそうだ。困ったら銃で撃ち殺した二人に変身すれば動きを乱してくれるだろう。

 

 

 

「にしても、あと一日ってね」

 

 

本当はもっと時間を掛けてゆっくり殺して回りたかったが、そうもいかない。

意外とカツカツでスケジュールが足りなかった。まあ最終日に温存しておくのは大いに有りっちゃ有り。

 

なぜならば他の日に殺しても復活チャンスを使われる場合がある。

もちろんそれは最終日にも言える事ではあるが、前日に殺してしまえば50人殺しを達成させられる可能性がある。

 

余裕を無くせ。

考える時間を減らせ。

そして何よりも協力派のアホ共がワルプルギスの夜を倒す時に邪魔をして殺せると言う利点もあった。

 

 

(その為にも、ワルプルギスの夜までは身を隠したい)

 

 

ムカツク話ではあるが、鹿目まどかの力は確かな物だ。

多くの魔女を引き連れても、意味不明な天使を出されて負ける可能性もある。

おまけに向こうには多くの仲間がいると来た。

だからこそワルプルギスで細々やっている所を叩く!

 

 

(でもまずはやっぱりアイツを――。ああぁぁ、迷っちゃう。まるでビッフェに来た時みたい……!)

 

 

ユウリは歪んだ表情で笑みを浮かべると、空の向こうを睨んだ。

 

 

(ブチ殺してやる! 全員、一人残らず――ッ!)

 

 

ユウリも『次』は無い。既に二回死んでいるため、次に死ねば終わりだ。

沈み行く夕日を見ながらユウリは殺意を目に宿した。

明日はいよいよ最終日。全てが終わるのか、それとも――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

沈み行く夕日を見ていたのは彼もまた同じだった。

城戸真司。織莉子と言う仲間が死んだ事はショックだったし、焦りもあった。

織莉子がいなくなった事に対する想いは皆いろいろあったが、それを言葉にする事は無く特訓を開始する。

 

魔法少女は魔力を高め、安定させる最終調整を。

美穂はサキやほむらと相談して当日の動きや作戦の調整を。

その中で真司は一旦抜け出し、ある場所を目指していた。

夕日をバックにして、スクーターを一心不乱に走らせる。

 

沈み行く夕日が作り出す見滝原の町は幻想的な物に見えた。

だからだろうか、ノスタルジーな想いが真司の胸に溢れていく。

ネットでは連日見滝原を封鎖しろだの、見滝原を更地にしろだのと過剰とも言える書き込みが増えてきた。

 

しかし今、町には当たり前の様に車が走っていて、歩道には当たり前の様に親子が手を繋いで帰路についている。

当たり前の光景、ずっと自分が見てきた光景だ。

だからだろうか、真司は一瞬今までの出来事が全て夢なのではないかと思ってしまう。

 

もちろんそれは一瞬、信号で止まった真司は、横を見る。

少し遠くに崩壊したショッピングモールが見えた。

政府はアレをテロの被害が一つと発表したが、もちろん真司は真相を知っている。

おそらく、いや確実にアレは参加者が行った物なのだろうと。

 

そして親子の後ろには数名の警官がパトロールを行っており、空には軍やマスコミのヘリコプターも見えた。夜にはネット配信を行う生放送主も多くやって来る筈だ。

なにせ生配信中の光景にマグナギガとゴルトフェニックスが映ってしまったのだから。

 

その件についてネットは爆発的な勢いを見せている。

未確認生物だの悪魔だの幻獣だのが現われたと、連日ニュースになっており、一部の人間にとっては見滝原は良い観光スポットとなっている。

 

滅茶苦茶になる町。

真司としては明日なにが起こるのかを知っている為、複雑な気分である。

本当ならば今すぐに全員に逃げろと叫びたかった。

明日には最強の魔女が来るから巻き込まれるかもしれないと。

 

しかしそんな言葉を信じる者がいるのだろうか?

答えはノーだ。自分が何を言おうが、怖いもの見たさが勝って絶対に全員が逃げる事はありえない。ましてや今は快晴なのだし、気狂いと指を指されて終わりだ。

警察でも呼ばれちゃ、いろいろな人に迷惑がかかるし、拘束されるのは真司としてもゴメンだった。

 

だから真司としては明日、誰も被害を出す事なく、ワルプルギスを倒さなければ。

できるのか? 真司には自信がなかった。しかしその時に思い出すのは、決まって手塚の言葉だ。

 

過酷な運命に抗い続けろ。食い下がれ。抵抗を示し続けろ。

凄く簡単に言えば、最後まで諦めなければ希望が湧き上がるかもしれないとの意味だ。

手塚は、美穂は、自分を凄いと言ってくれた。

それは嬉しい話だが、真司としてはそんなに立派な物じゃないとつくづく思う。

今も諦めそうになる、これからの事を考えても。

自分を繋ぎとめているのは何か、それもまだ真司には分からない。

 

 

「………」

 

 

真司は心の中で美穂やまどかに謝罪を。

と言うのも、なんだったら今から命を落とすかもしれないからだ。

美穂への想いは――、既に答えを出している。

だが美穂への想いと同じくらい大切な物が真司の心の中にはあった。

 

たとえ美穂に気持ちを伝えられなくなっても、どうしてもやらなければならない事がある。

だから真司は、ココにやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋をノックする音が聞こえ、かずみは頭を抑えながら身体をゆっくりと起こす。

返事をすると、蓮がムスっとした表情で中に入って来た。

 

 

「大丈夫か?」

 

「うん、ちょっとまだフラフラするけど……、平気だよ」

 

 

蓮はそうかと一言だけ言うと、部屋にあった椅子に座る。

かずみはマレフィカファルスの後遺症か。アトリに戻ってきた日から高熱にうなされる様になっていた。

魔女の力を極限まで引き出す禁忌技なのだから、その反動と言う事なのだろうか?

かずみは魔法少女だ。熱が出ても病院に連れてはいけない。

かずみは寝ていれば治ると笑っていたが、その時の表情が疲労に満ちていたのを覚えている。

今は言葉通り、だいぶよくなっており、明日には完全に治るとかずみは言っていた。

 

 

「コレ、店から貰ってきた。良かったら食え」

 

「わお! 本当、やったぁ!」

 

 

蓮はアイスクリームをかずみに手渡すとため息を一つ。

今は明るく振舞っているが、リーベエリス跡地から帰ってきた後のかずみは本当に酷かったものだ。

 

酷くうなされ、立花が病院に連れて行った後に彼女は意識を取り戻した。

かずみは自分で理解していた。自らを苛む高熱が、通常の人間が熱を出すプロセスで生み出された物ではない事を。

 

だから必死に耐えるしかない。

ソウルジェムを操作して、何とか少しでも熱を下げられないかと試みたものだ。

検査入院だのとでも言われたら困る。だからかずみは必死だった。

そして何とか家に戻ってきた所で限界が来たか、かずみは再び意識を失いうなされていた。

 

 

「優しいね蓮さん! おかわりちょうだい!」

 

「調子に乗るな」

 

 

目を輝かせながらパクパクとアイスを口に運んでいくかずみを見て、蓮は苦笑する。

そういえばと蓮はかずみに一つ質問を。

と言うのもうなされている間、かずみは何かを必死に握り締めていた様な。

 

 

「あれは何だ?」

 

「あ、ああええっと。お守りだよ、お守り」

 

 

かずみが見せたのは、文字通り小さい布でできた袋だった。

中には彼女の両親が持たせてくれた大切な物が入っているらしい。

かずみはその事を話す時、何とも言えない表情を見せていた。

喜びと悲しみが混じりあった様な、人生の酸いも甘いも経験してきたような大人びた物だった。

 

 

「どうしても辛い時、このお守りに祈るんだ……」

 

「そうか……」

 

 

辛い時か。

蓮はそのお守りを初めて見たが、もしかしたらかずみは自分の知らない所で何度となくそのお守りを握り締めてきたのかもしれない。

蓮は少し胸にズキリとした痛みを覚えた。

今もそうだ、かずみは熱の辛さからお守りを取り出したのだろうか?

 

 

「親は……、優しかったか?」

 

 

自分でもビックリする様な質問だが、蓮はその言葉をしっかりと口にしていた。

蓮は両親に対して良い思いを持っていない。

しかし子供にお守りを持たせてあげる事を考えると、かずみの両親はキチンと親としての役割を果たしているのだろう。

以前、かずみは両親の事については微妙な反応を示していたが、お守りをちゃんと持っている事を考えると、険悪な仲では無い様に思えた。

 

 

「うん! すっごく」

 

 

蓮の予想通り、かずみは笑顔を浮かべて嬉しそうに両親の話を始めた。

以前の歯切れの悪かった様子とは違い、自分の事を自慢するように、両親の事を話していく。

 

 

「お母さんは優しくて、お料理とかすっごく上手なんだよ!」

 

「そうか」

 

 

そういえば以前、かずみの作った料理を少しだけ食べた事があったが、あの時は立花と共に驚いたものだ。

イチゴリゾットと言ったか。特殊な料理だが、中学生にしては良く出来ていると思ったものだ。あれはきっと母親から教えてもらったんだろう。

もしくはいつも料理を手伝っていたとかだろうか?

どちらにせよ微笑ましい母と娘の光景が、蓮の脳裏には思い浮かんだ。

 

 

「あとね、だしまき卵も得意なんだよ!」

 

「そうか。恵里も、よく作ってくれた」

 

「絶対蓮さんも気に入るよ! わたしのだし巻き卵!」

 

 

蓮は曖昧に笑う。

 

 

「お父さんはね――……」

 

「?」

 

「とっても、とってもね――」

 

 

かずみの声が震えているのが嫌でも分かった。

堪えているが、きっと笑顔の裏には複雑な想いがあるのだろう。

 

 

「とっても、カッコいいよ」

 

「そうか」

 

「色々……、教えてくれたし。いっぱい感謝してる」

 

 

何か複雑な事情があるのだろう。

以前両親が亡くなったのではないかと聞いた時、『一応いる』と答えた。

おそらく離婚でもして、離れ離れになってしまったのではないかと、勝手に考えてみる。

まあ多感な年頃にそう言った経験をすればショックか。

蓮は少し申し訳なさを覚えてしまった。

 

 

「お父さんもお母さんも……、大好きだよ」

 

「ああ」

 

 

蓮はうつむくかずみを見て、話題を変える事にした。

 

 

「そういえばお前、俺の遠い親戚なんだろ?」

 

「え!? あ、あはは!」

 

「?」

 

 

かずみは顔をあげて苦笑いを。

立花には結構前にバレたが、彼女は蓮の親戚でもなんでもない。

この話題を掘り下げられては、ボロが出てしまうと言うもの。

かずみは適当にお茶を濁すと、すぐに話題を変えていく。

 

 

「れ、蓮さんのネックレス、それ――」

 

 

そこでアッと口を閉じるかずみ、

蓮が首からかけているネックレス、それは触れてはいけない気がした。

 

 

「良い。気を遣うな。これは恵里の為に買ったんだ」

 

 

ネックレスの先には指輪があった。

安物だが、二人にとっては本物だった。

指輪の裏には二人のイニシャルが刻まれており、恵里も同じ物を持っている。

 

 

「似合わないだろ? 恵里も安物でがっかりしたと思う」

 

「そんな事無いよ! 恵里さんはすっごく喜んでるよ!」

 

「……フッ」

 

「嘘だと思ってるでしょー! 分かるんだからね! わたしには!」

 

 

そこで蓮の携帯が震えた。

マナーモードだったため、かずみには聞こえず、蓮は振動でそれを察する。

蓮は立ち上がると、かずみに背を向けて部屋を出て行く事に。

 

 

「ゆっくり休め」

 

「うん、任せて。明日には絶対絶対回復して、みんな殺すから!」

 

「………」

 

 

振り返る蓮、そこには笑顔のかずみが。

蓮はそれを見て、無言で彼女の部屋を出て行った。

 

 

 

 

 






なんかもうすぐマギレコで動きがあるみたいですね。
でもなんかあんまカウントダウンみたいなヤツってしないほうが良いと思うんですけどね。

最近どこの企業もチラホラやってますけど、変にハードル上げていくと皆期待しちゃうからね。


でもまあせっかくだから僕も予想しておきますね。
ついにニチ●イあたりで鶴乃ちゃんのチャーハン冷凍食品化決定か……(適当)


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第61話 最終日 日終最 話16第

 

 

 

「蓮――ッ」

 

 

真司はスクーターを、喫茶店・アトリに駐車させると、神妙な面持ちでシートから降りた。

個と個の関係は時として人には理解されない時がある。真司が美穂の告白をはぐらかしてしまったのも、真司だけにしか理解できないモヤモヤがあったからだ。

彼等には、彼等だけが知っている思い出と記憶がある。

そしてそれが育んだ友情。確かな絆が存在しているのだ。

だから真司には、その問題に決着を付ける必要があった。

 

 

「……城戸」

 

 

蓮は駐車場の近くの木に持たれかかっていた。

事前にメールを送っていたため、外で待っていたのだろう。

メールの内容は簡単だ。『話がしたい』、その一言だけ。

 

しかしその一行には、二人だけにしか分からない重みがあった。

だからこそ蓮も真司の言葉に真面目に応えたと言う事なのだろう。

薄暗くなった世界で二人はまっすぐに睨み合う。

 

 

「俺は――、難しい事は分からない」

 

「バカだからな」

 

「なんだよ、ちくしょう美穂も、お前も」

 

 

真司は自虐的に微笑むと、ソレを手にする。

 

 

「だから、お前を止める為の方法は、これくらいしか思いつかなかった」

 

 

蓮の表情が変わった。

真司が取り出したのはデッキだ。

参加者を前にしてデッキを構える。

それが意味するものは――、蓮は当然理解していた。

 

 

「俺は、戦いを止めたい」

 

「甘いなお前は。本気でそう思ってるのか?」

 

 

 

頷く真司。

何度もコレでいいのかと迷ったものだ。

それは今も同じだ。戦いを止めたいと願うのに、結果と環境は常に真司の望まぬ方へと進んでいく。

織莉子だってそうだ。結局また、何も出来ずに死が訪れる。

 

 

「それでも……、やっと答えらしい物が見つかったかもしれない」

 

「ハッキリしないな」

 

「それは言うなよ。分かってるさ自分でも」

 

 

ただ改めて、真司は戦いを止めたいと思う。

それは美穂から受けた言葉だったり。それは手塚から受けた言葉だったり。

何よりも純粋に、まどかが死ぬべきではないと思っているからだ。

 

 

「それに、それはお前もだ、蓮」

 

「………」

 

「お前だけじゃない、かずみちゃんだって――ッ」

 

 

蓮の気持ちは分かる。

いや、分かった気がしているだけで、何も分からないのかもしれない。

けれどそれでも一人の友として、蓮を止めなければならないのではないか。

人間にはやはり、越えてはならない一線がある様な気がする。

 

蓮をそのラインの向こう側に行かせてはいけない。

それだけが真司の心の中に渦巻いていた。もちろんそれが簡単ではないと分かっている。それは蓮自身の問題であったり、真司自身の問題であったり。

 

 

「前にも言ったが、恵里はもう普通の方法じゃ助からない」

 

「……ッ」

 

 

だからこそ、戦いに勝ち残り、願いを叶える以外に彼女を助ける方法は無いのだ。

 

 

「今も恵里は、生と死の境を彷徨っている」

 

 

顔には出さない。出せない。

けれどきっと苦しい筈なんだ。

人として生きていくのなら、誰しもが笑い、泣き、怒り、喜ぶ事が許される。

しかし恵里にはそれができない、いつまでも病院のベッドで寝たきりのまま。

 

 

「城戸。お前は心のどこかで――、恵里に早く死んで欲しいと思っているんじゃないか?」

 

「そんなわけ無いだろ! 俺だって恵里の友達だ!!」

 

「本当にそうか? それは本心か――?」

 

「当たり前だろ! そんなの……!!」

 

 

確かに、恵里が死んだら蓮を縛るものは何もないか――?

 

 

「お前は……、死んだ恵里を蘇生させようとするだろ?」

 

「そうか。そうだな。悪い、変な事を聞いたな」

 

 

蓮はそれが嫌だった。

恵里の事で、真司や美穂が気を遣ってくるのが嫌だった。気を遣わせるのが嫌だった。

今のような質問をしてしまう事が嫌だった。それは友達として、恵里の彼氏として。

 

 

「もしもココで俺が諦めたら、アイツの人生はなんだったんだ?」

 

「ッッ」

 

「お前は恵里に死ねと言うのか?」

 

「それは――……」

 

 

言葉が出ない。

真司は、その点に関する答えを今も出せずにいた。

だが、それでも、グッと歯を食いしばる。チープな台詞に聞こえるだろうか?

映画やドラマで何度も聞いたことがある言葉だ。しかし真司は本気でそう思っていたから、ハッキリと口を開いた。

 

 

「恵里は、お前が人を殺して自分を蘇らせる事を望んじゃいない!」

 

 

その時、蓮の中に強烈な不快感がこみ上げてきた。

 

 

「お前に、何が分かる!」

 

 

そんな事、言われなくとも分かっていた。

恵里の性格を考えれば望む筈がない。だがしかし、それがどうしたと言うのか。望まないから死んでもいいのか。死なせてもいいのか?

もう何度この話をすればいいのか。蓮は苛立ちを込めて真司に強く言い放つ。

コレは恵里の為であり己のためだ。彼女との想いを、絆をココで終わらせたくない。

こんな理不尽のまま、終わらせたくないんだと。

 

 

「蓮!」

 

「蘇った恵里には何も知らせない!」

 

 

そして己の犯した罪もまた、忘れてしまえばいい。

願いの力を使えばそれは叶う筈だ。蓮だって真司の言う事くらいは理解できる。

もし恵里全てを知れば、蓮を責める事はないだろうが、己を責めてしまうかもしれない。

 

そして蓮もまた、真司や美穂を殺す事に罪の意識や、後悔を覚えない訳が無い。

だからこそ願いを使えばいい。恵里を呼び戻し、そして己を取り巻く罪を消せれば、それで全てがうまくいくのだと。

何よりも真司たちが死ねば、彼等の存在は消える。

 

 

「蓮、俺は――ッッ」

 

 

真司は、その考えは否定したかった。大嫌いだった。

たとえどんな人間だろうとも、このゲームに参加した者の事や、ゲームのせいで犠牲になった者を忘れたくは無かった。

参加者は人々の記憶から消える? だったら誰が彼等の死を悔やめばいい?

誰かが喪に服さなければ、いくらなんでも悲しすぎるだろう。

 

人の命は重いものだ。

平等――、とまでは声を大にして言えないが、それでも真司は命には皆等しい価値があるのだと信じたかった。

 

それに記憶を無くせば、今ココで苦しみに顔を歪めている蓮はどうなる?

それはある意味、彼もまた死を選ぶと言う事なのではないだろうか?

手塚は自分に言ってくれた。絶望を『受け入れ』、そして同時に『否定』しろと。

 

 

「俺は忘れるわけにはいかないんだ! 絶対に!」

 

「………」

 

 

明確な答えは出ない。

だけど止めなければならない。

そして真司が選んだのは、皮肉にも戦う事であった。

コレは戦いを止める為の戦いだ。矛盾が真司を突き刺すが、それでも真司は蓮を止めるにはコレしかないと思った。

 

 

「………」

 

 

同じくしてデッキを取り出す蓮。

 

 

「城戸、俺を殺すか?」

 

 

蓮のテンションは低い。達観している様な、迷っている様な。

 

 

「いや、お前を止める。ねじ伏せるんだ!」

 

 

真司はきっと、心の中で思っていただろう。

それを口にする事は、あまりにもお互いが辛くなるだけなので、止めたが。

そう、もしも蓮が他者を殺してまで恵里を救いたいと願うのならば――

恵理は、彼女はきっと……。

 

 

「蓮! 一つでも命を奪ったら、お前はもう後戻りできなくなる!」

 

 

少なくとも――、"蘇るべきではないのかもしれない"。

 

 

「俺は、それを望んでいる」

 

 

蓮は即答するが、表情は歪んでいた。

本当に? 本当にそれを望んでいるのか?

彼もまた、迷いに囚われた愚かな人間。

 

 

「………」

 

「ッ?」

 

 

蓮はデッキを握り締め、そして――

 

 

「城戸、俺は……、そう、迷っている」

 

「え?」

 

 

蓮はデッキを一度しまった。

何を? 真司は呆気に取られて言葉を失った。

蓮のリアクションは真司とっては意外な物だった。

膨らんだ風船が割れるのではなく、ただ純粋に空気が抜けていくような。

蓮は今、自らの弱さをハッキリと自覚しているのだ。

 

 

「城戸、少し聞いてくれ」

 

「――……」

 

「俺は、恵里を救うためならば、人を殺しても構わないと思っていた」

 

 

しかし剣を振るうたびに、隣にいる彼女は泣きそうになる。

 

 

「彼女……? かずみちゃんか?」

 

「………」

 

 

蓮は無言で頷いた。

記憶には無い親戚の女の子。

しかし何故か彼女に対する想いは日々大きくなっていく気がする。

蓮もそれは何故か分からない、もちろんそれは恵里に対する『恋慕』だの『愛』と同じものではない。

全く違うベクトルの――、大きな感情だ。

しかしはっきりと分かるのだ。蓮でさえその正体が分からない想いが、どんどん膨れ上がっていくのが。

 

 

「かずみは……、きっと殺す事を望んでない」

 

 

勝ち残る事など望んでいないのでは無いか? 蓮はつくづくそう思っていた。

先ほどの会話からヒシヒシと感じられる事だ。

両親の会話をしていると時のかずみは、本当に楽しそうだった。

キラキラとした希望を瞳に浮かべ、本当の笑顔で話しかけてくれた。

それはきっと、まどか達友人と話している時もそうだったのではないかと思う。

 

 

「アイツは無理をしている」

 

 

部屋を出て行くときに浮かべていた笑顔は、偽物以外の何物でも無かった。

皆を殺す。それを口にした時のかずみの笑顔は、随分と儚い物だったのだ。

蓮を心配させまいと浮かべる偽りの笑み。後悔、焦り、悲しみがその笑顔にはしっかりと視えた。

かずみは望んでいないのだ。殺し合い等、欠片とて。

 

 

「蓮……、お前」

 

「笑うなら笑え。俺は滑稽だ、愚かだ」

 

 

あれだけ恵里恵里恵里と、彼女の事を想い、そして希望を乗せて縋ってきた。

恵里を蘇らせるチャンスがあると分かったとき、蓮はどれほど歓喜しただろうか。

親友を殺す事になったとしても構わない。何を犠牲にする事になっても構わないと思っていたのに。

 

 

「ハッキリと分かる。俺は、かずみが大切だと」

 

 

誰にも理解できないかもしれない。

蓮本人でさえ、その気持ちの正体を理解していない。

何故、何の関わりも無かったかずみに、これほど情を移してるのか?

ただパートナーと言うだけで、何故これほどまでにかずみの事を想うのか?

 

恵里と関わってきた時間は。恵里と共に育んできた絆は。かずみのソレを遥かに凌駕している。

なのに何故、ここで燻っている?

心のどこかで、かずみが悲しむくらいなら、戦いを止めても良いのではないかとすら思う自分がいるのだ。

蓮はそれが許せず、同時に答えが知りたかった。

 

 

「……!」

 

 

確かに真司としても、その答えは意外な物だった。

かずみも良い子だとは思うが、蓮の強固な想いを溶かす程かと言われれば、首を傾げてしまう。

 

いや、だが真司だってまどかが大切だ。

この殺伐とした戦いの中で助け合える関係であるパートナーシステムが、絆をより強い物としているならば、不思議な話ではないのかもしれない。

蓮は今、孤独感を背負っている筈だ。それをかずみが癒してくれていたなら、或いは……。

 

 

「だが恵里への想いが薄れた訳じゃない、これは確かな事だ」

 

 

むしろ日々強くなっている。

だから蓮も、何がなんでも答えを出さなければならない。

結局のところ真司と同じだったのだ。何度も迷い、そして答えを出したと思っても、また迷いが身体を駆け巡ってくる

 

 

「城戸、お前の中にある答えらしいものは、一片の揺ぎも無いのか?」

 

「……それは」

 

 

手塚は道を示してくれた。

しかしそれは手塚に甘えただけ? ここにきて真司の中に、より一層新たな迷いが強くなっている。

 

そうだ。

手塚は道を示してくれたが、答えを示してくれた訳じゃない。

どんなに苦しくても諦めるなと言ってくれた。

しかし何を諦めないかは、真司が決める事。

 

戦いを止める事?

真司は本当に戦いが止まると思っている?

要は自分の大切な人たちを守る事に必死で、きっと死人は出ると思っているんじゃないか。

それは真司が掲げた。『戦いを止める事』に本当の意味で近づくのか?

 

 

「城戸。お前は、俺を戦ってでも止めると言った」

 

「あ、ああ」

 

「だが、俺は止まらない。それこそ死ぬまでな」

 

 

デッキを壊しても、ナイフを持って真司に襲い掛かるだろう。

腕をちぎられようが、足を奪われようが、命があれば必ず勝利を目指してみせる。

ただ今の蓮はそれを高らかに宣言する事はできなかった。かずみを想って迷い、そして結果的に恵里を救うチャンスを逃す。そんな気がしてならないのだ。

 

蓮は拳を強く握り締めて、歯を食いしばる。

自らの中にある迷い。それをしっかりと自覚している。

だからこそ、分かるのだろう。城戸真司も同じように迷っている事が。

 

 

「今のお前と戦っても、何になる訳でもない」

 

「え?」

 

「俺も、お前もな」

 

 

今のままでは、ナイトは龍騎を殺せない。

龍騎もまた、ナイトのデッキを破壊したとすれば機能こそ停止できるかもしれないが、かずみがいる以上、蓮は優勝を目指せる。

そして今のままでは、いかなる言葉を用いても説得は不可能であると思っている。

 

 

「もしもお前が今、最小の犠牲で俺達を止めたいのなら――」

 

 

ナイトのデッキを破壊し、そしてかずみを殺すかだ。

 

 

「!」

 

「でなければ、俺は止められない」

 

「……なんでだよ!」

 

 

真司は蓮に掴みかかると、強く睨みつけた。

しかし、何かを言おうとしても、言葉が出なかった。

 

 

「………」「………」

 

 

殺す事に迷う蓮。

止める事に迷う真司。

二人はしばらく無言でその場に立ち続け、そして――

 

 

「城戸。俺は明日、必ず答えを出す」

 

「!」

 

 

先に口を開いたのは、決意を司る男。秋山蓮だった。

 

 

「だから、もしも俺が戦い続ける選択を取った時は――」

 

 

大切な存在へと変わりつつある、かずみの事を押し込め、自分の願いを優先させたその時は。

 

 

「お前を、最初に殺す」

 

「!」

 

「そして、俺の決意を示させてくれ」

 

「………」

 

 

何を馬鹿なと思う者がほとんどであろうが。

今の二人の間にあった物は、確かに『友情』だった。

それは他者には理解できない物かもしれない。しかし蓮は今、真司を頼っている。そして真司もまた、同じく。

 

 

「ああ、その時は、俺が絶対に……」

 

 

そこにあったのは、友情だ。

真司もまた、明日には本当の意味で答えを出さなければならないと思う。

燻る事の無い、揺ぎ無い一つの意思を示すのだと。

 

 

「お前を絶対に、止めてみせる!」

 

「……ああ、頼む」

 

 

二人は背を向け合った。

蓮は後ろから刺せばいいだけの話。

真司は後ろから羽交い絞めにしてデッキを壊せばいいだけの話。

しかし二人はそれをしない。今の二人には、全てが無駄な行動だと分かっていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

美穂は無言で星空を見上げていた。

もう後悔は無い。自分がやれる事はやってきた筈だ。

いや、一つだけ残していた物があるか。美穂はそれを思いつつ苦笑する。

 

 

「そろそろ、死ぬか?」

 

 

いや、生き残る。

当たり前の生活に戻るだけだ。

 

 

「美幸……」

 

 

サキは自分の手首にある、スズランのブレスレットを見る。

色々な後悔はあった。だからこそ最後の最期だけは、後悔したくない。

弱い自分でも、きっと何かが守れる筈だ。

 

 

(ワルプルギス……!)

 

 

ほむらは記憶に残っている光景を何度となくリピートさせて、何か活路は無いかと必死だった。焦り、恐怖、彼女の中で膨れ上がる絶望。

喰われまいと、飲み込まれまいとしているが、果たして?

 

 

「恭介、今どうしてるかな……」

 

 

さやかはソウルジェムをコロコロ転がしながら寂しげな表情を浮かべている。

美穂を見れば、自分も上条と話したいと思うのが当然だろう。

しかし自分は死んだ身。電話をかける訳にもいかず、想いを馳せるだけで終わり。

もしも全てが終わった後でも、彼に会えないのだろうか?

そう思えば、チクリと胸を刺す物があった。

 

 

(さやか……)

 

 

そしてその上条。

彼はオーディンとなった体をまじまじと見つめる。

もはや人としての人生は終わった。今自分がここにいるのは、全てにおいて美樹さやかを守るためだ。

どちらにせよ一方通行だった愛が、報われる日は来るのか?

 

 

「アァァァアアアアアアアッッ!!」

 

 

浅倉は教会の柱に、頭を何度も打ち付けていた

今も尚、北岡を目の前で死なせた悔しさが取り巻いている。

激しい苛立ち、終わる事の無い怒り、浅倉は呪われている。

彼は、愚かだ。

 

 

「………」

 

 

杏子は、教会に残されていたステンドグラスに映る神様を見て、ニヤリと笑う。

所詮は醜き輪廻。それを終わらせるのは自分だ。

頂点に立ち、全ての苦痛と屈辱を終わらせる。

手に持っていた石を投げて、ステンドグラスを粉々にすれば、少しは苛立ちも治まった。

 

 

「ああ、そうだな。よろしく頼む」

 

 

仕事の電話を切って、高見沢は鼻を鳴らした。

食事の席にはニコはいない。やれやれと首を振って、窓の外を見る。

優れた力を持っておきながら公園で野宿だのと。

馬鹿なヤツだ、彼はつくづくそう思っていた。

 

 

「………」

 

 

織莉子と接触を図った故に、孤立を選んだニコ。

彼女は公園のベンチで野宿を行っていた。

と言っても寝る事はなく。夜空に光る月を見て、何かをずっと考えている様だった。

織莉子は死んだ。その意味は、ニコにとってどう映るのか。

 

 

「ユウリ……、明日、全てが終わるよ」

 

 

高層ビルの屋上に立ち、ユウリは見滝原を見下していた。

終わる、終わらせる。これで己の復讐が完成する。

全ての魔法少女を殺し、全ての騎士を殺し、そして願いでインキュベーターを消し去る。

そしてその後、己を殺せばユウリの復讐は達成されるのだ。

夢なんて、希望があるから見てしまうんだから。

 

 

「………」

 

 

無言のリュウガ。

終わりはしない、何もかも。

 

 

「お父さん……、お母さん」

 

 

お守りをギュッと握り締めるかずみ。

後悔も、苦痛も、ありったけに受けた筈だ。

だからせめてと神に祈る。失った物があれば、得る物も必ずあると信じて。

 

 

「………」

 

 

無言で空を見上げるまどか、明日には、全てが……。

 

 

「「―――」」

 

 

それぞれ別の場所を向いて進む真司と蓮。

その道の先には何があるのか。それは彼等が見つけなければならない事。

答えか? それとも壁か、はたまた道が無いのか。

己の心が全てを決める。

 

こうして、それぞれの想いを乗せて時間が経過する。

多くの悲劇と多くの犠牲を乗せて回る歯車は、愚かな輪廻を作り出し、ひとつの終着点へと道を示す。

同じく、愚かな役者を乗せて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【七日目】

 

 

 

「ねえ、ほむら」

 

「……?」

 

 

朝。さやかはほむらを呼び出した。

ある事を話すと、ほむらは首を縦に振る。

実はと言うと、ほむらもさやかに同じ事を言おうとしていた。

それを聞くと、さやかは少し悲しげに微笑む。

 

 

「変な所で気が合うね、あたしらってさ」

 

「ええ……、そうね」

 

 

もっと違う所で、違う環境で、今の様に意思疎通が出来ていれば、まともな人生もあったろうに。さやかはそんな事を思いながら、視線を窓の外の曇天へと移した。

 

 

『本日午前6時、突発的異常気象に伴い、避難指示が発令されました』

 

「………」

 

 

サキはバルコニーで、広報車が放つ音声を聞きいていた。

腕を組んで空を睨む。濁った灰色の雲はどこまでも続いており、髪を揺らす風は非常に強い。轟々と音を立てる風の中で、サキは歯を食いしばる。

その表情には少し焦りと不安が見て取れた。

 

 

『付近にお住いの皆さんは、速やかに最寄りの避難場所への移動をお願いします。こちらは見滝原市役所広報車――』

 

「いきなりだな……」

 

 

ほむらに話は聞いていたが、いざ目にすると怯んでしまうと言う物だ。

突然の事だった。雷雲がとんでもない勢いで分裂と回転を起こし、スーパーセルの前兆を作り出したのは。

 

激しい豪雨や落雷。

果ては洪水や竜巻さえも生み出してしまう気象現象だ。

ほむらの話に寄れば、ハリケーンや地震、落雷による事故のいくつかはワルプルギスの仕業だと言う。

 

今回生み出された災害が、たまたまスーパーセルだったと言う話なのだろう。

つまり、それだけ近くに『ヤツ』が来ていると言う事だ。

まだ地震じゃないだけマシだったと喜ぶべきなのだろうか?

既に多くの人は避難を開始しており、中学校が一つ無くなった事で、避難所にはより多くの人が集ると事態になっているとか何とか。

 

 

「美佐子さんは先に避難しておいてね」

 

「ええ……、ごめんなさいね、最後まで何もできなくて」

 

「うんにゃ、泊めてくれただけでも大感謝ですよ」

 

 

さやかの言葉に、美佐子は申し訳なさそうに笑った。

つくづく彼女たちを見ていると、自分は滑稽だったと思えてくる。

刑事として世の中を良くしようとしてきたつもりだが、レベルが違ったと。

それに自分より幼いまどか達を残すと言うのも、胸が締め付けられる。

 

 

「いいからいいから、ほらほら」

 

「……ッ、ごめんなさい」

 

 

けれども美佐子は所詮ただの人間だ。諦めたように家を出て行くのだった。

対して集る魔法少女達。美穂は真司との約束がある為、先に家を出て行った。

ここにいるのは魔法少女達のみである。

 

 

「いよいよだね」

 

 

ソファから立ち上がってまどかが言う。

流石に緊張しているのか、表情が硬い。最強の魔女であるワルプルギスが控えている事に加え、他の参戦派と一勢に戦う可能性が高いのだ。

さらに言ってしまえば自分が絶望すれば世界が終わる。それだけは避けなければならない。

もちろんそれは最悪の場合、自分で死を選ぶ可能性も考慮しなければならない。

そんな時に笑えと言う方が無理と言うものであろう。

 

一同はとりあえず美佐子の家でワルプルギスが来るまで待機と言う事になった。

美穂は真司と待ち合わせをしたらしく、そこで答えを聞くと言う段取りらしい。

一人にするのは少し心配だが、美穂のほうから一人にしてほしいと言ってきた。

複雑な想いがある。それを無視はできない。

 

しかしワルプルギスが出現する時間は、ほむらにも分からない。

とりあえず気配が大きくなってきたらオーディンと合流し迎え撃つと言う作戦ではあるが、やはり緊張と不安は大きい。

 

 

「大丈夫大丈夫、皆いるし絶対負けないって!」

 

 

さやかが皆を元気付ける為に笑う。

 

 

「だと、いいが……」

 

「あはは……」

 

 

かつて無い緊張感だった。

誰しもが皆、不安を胸に抱く。

こんな時に快晴だったらば、まだ心も晴れただろうが。

空は薄暗く。聞こえる音と言えば、小鳥の鳴き声ではなく、雷鳴と窓を叩く風の音。

そして避難を促す声であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

公園。

見滝原は例外なくスーパーセルの影響下にある為、ココにも強風が吹き荒れていた。

みんな避難しているのだろう。公園にいるのは神那ニコただ一人のみである。

激しい風の中でもマイペース。

ジャングルジムの頂点に寝転んで、携帯の画面を見ている。

どうやらネットをしている様だ。余裕の表れか、それとも興味や恐怖が無いのか。

レジーナアイがあればこんな暴風の中でもネットは快適に繋がってくれる。

 

 

『悲報・見滝原消滅確定』

 

『見滝原でスーパーセルww』

 

『見滝原オワタ』

 

『速報。魔境見滝原、ついに歴史的災害が襲来』

 

 

SNSや掲示板では、早速今回の件で爆発的な盛り上がりを見せている。

自分とは関係ない位置にいる人間は、絶望と呼ばれたゲームを非常に楽しんでくれている様だ。

昔から他人の不幸は蜜の味とも言う

 

 

「………」

 

 

ニコは嘲笑を浮かべ、それらを見ていく。

いや、なかなかセンスのあるスレタイや、わざわざ死亡者数を記録している者がいたりと熱心な事だ。

巻き込まれている立場のニコだが、こう言ったギャラリーの反応は意外と面白い。

不謹慎なことほど、背徳的な面白さがあったりするものだ。

 

 

「ギャラリーねぇ」

 

 

連中にとって今の状況はサーカスと同じ。

安全な客席に座って、舞台に上がっている役者のショーを楽しむ。

綱渡りや火の輪くぐりなど、もしかしたら失敗を望んでいる部分も心のどこかにあるのかもしれない。

 

そう言えば、過去には闘技場で人間と猛獣を戦わせる娯楽があったそうな。

感覚としてはアレが近いのだろう。今も彼等はスーパーセルによって起こる被害がどんなものになるのか? 知りたくてウズウズしている筈だ。

 

 

「……イラつくね」

 

 

誰に対して?

 

 

「奇遇だな、アタシもイライラしてんだ」

 

「!」

 

 

は?

ニコは心臓が止まりそうになるのを感じる。

その声には聞き覚えがあった。跳ね上がる様に身体を起こすと、ジャングルジムの下にいる少女を確認する。

 

 

「よ、7番」

 

「……ッ」

 

 

水色のパーカー、風に揺れる赤いポニーテール。

 

 

(佐倉、杏子――ッ)

 

 

何故? 何故自分の場所がバレた!?

ちゃんと街中を歩く時は透明になっていたし。第一、なぜ自分が7番だと知っている?

 

 

(織莉子が教えたのか? いや、織莉子とアイツが話し合いの場を設ける筈が無い。それに織莉子はもう死んでるぞ!?)

 

 

そもそもニコにはレジーナアイがある。

確認は怠っていない。ついさっきも画面を見たが、近くに参加者はいなかった。

だったら何で杏子はココに――!?

 

 

(そうか! ジェノサイダーか!)

 

 

ブラックホールを通って、ホワイトホールをニコの傍に生み出せば一瞬でワープができる。以前も同じやり方で杏子は浅倉を呼んでいたじゃないか。

 

 

(だが待て、じゃあ何でコイツは私の居場所が分かったんだ!?)

 

 

すると笑い声が聞こえる。

ニコが持っていた携帯電話から。

 

 

『じゃじゃじゃじゃーん! ユウリ様でーす!!』

 

「……!」

 

 

あの糞女!

画面の中では、してやったりと言う笑みを浮かべたユウリが映っていた。

 

 

『初めましてかな、盗撮女ァ』

 

「……アンタとは趣味が合うと思ってたけどね」

 

 

ニコの頭にパッと浮かぶのは、箱の魔女であるエリーだ。

するとユウリは聞いてもいないのにハッキングの仕組みを教えてくれた。

ニコの予想通り、使ったのは箱の魔女ハンドルネーム、エリーキルステン。

イーブルナッツで強化されたエリーは、画面と言う画面を支配する事ができる様になった。

ニコの携帯をハッキングして画面をジャックする。

 

そればかりかレジーナアイそのものを狂わせ、一部の使い魔の姿をマップから隠して追跡を気づかれないようにもしていたのだ。

ニコとしても流石にそこまでは気が回らなかったか、一瞬でステルスが崩されてしまった。

 

 

『警戒心薄いんじゃないの? 駄目よ、油断しちゃ』

 

「チッ! こんな事ならウイルス魔女対策もしとくんだった」

 

 

ニコは携帯を投げ捨てると、気だるそうに立ち上がり杏子を見る。

ユウリが杏子にニコの場所を教えたのだろう。

 

 

(単純な女だ、そしてそれに乗ったコイツも単細胞)

 

 

ニコは笑みを一つ、杏子に向けてみる。

 

 

「お前さん。あんな露出狂の馬鹿女に利用されて悔しくないのかよ」

 

「………」

 

「天下の杏子様があんなヤツの言いなりになっている事がビックリだ」

 

 

その言葉を聞くと、杏子は声を出して笑った。

確かにそれは随分とムカツク話ではある。

自分としてもユウリの言いなりはかなり癪だったと、そして何か裏があるのは百も承知だ。

 

 

「でも考えてみたらさ、ずっと逃げられるのも、それはそれでウザイんだよね」

 

「………」

 

 

まあ、そうなるか。

ニコは透明化させて追従させておいたバイオグリーザを高見沢の元へと向かわせる。

おそらくもう自分は――

 

 

「心配しなくても、アンタを殺した後にユウリを殺しに行くからさ」

 

 

指を鳴らす杏子。

すると案の定と言うべきなのか、魔法結界が辺りに張り巡らされて逃げ道が封鎖される。

 

 

「そりゃ……、安心だわな」

 

 

ニコは変身を行うと杏子を睨んだ。

同じく変身を行う杏子。ニヤリと笑っているが、それはいつもの余裕や狩りを楽しむ姿ではなく、圧倒的な怒りや苛立ちだった。

 

ニコを見ているようで、見ちゃいない。

今も頭には鹿目まどかから投げられた言葉がずっとループしている。

力は一人じゃ限界があるだの、スペックその物が違うだの。

随分と下に見られた発言に、杏子の怒りは爆発しそうだった。

とにかく、こうなれば鹿目まどかに示すしかないだろう。

 

佐倉杏子の言葉(ちから)こそが――、正しいと言う事を。

それを証明するてっとり早い方法は何か?

簡単だ、全て殺せば良い。

 

 

「お前をさっさと殺して、次はユウリだ」

 

 

杏子の目が据わっている。

そこには一欠けらの良心も希望も無い。

 

 

「おいおい、ナメられたモンだ」

 

 

プロルン・ガーレ。

ニコは自分の指をミサイルへ再生成すると、それを一勢に発射する。

とは言え杏子は特に避ける素振りも、防御する素振りも見せない。

そうしているとミサイルは次々と命中していき、杏子を爆発の海に引きずり込んでいく。

 

 

「………」

 

 

やったか?

ニコはゴクリと喉を鳴らし、そしてハッと表情を変えた。

 

 

(やべ、フラグ立てちまった。"やったか?"は禁句――)

 

 

ドス、と音が。

 

 

「――ヵ!」

 

 

ニコは自分の胸を見る。

爆炎から何かが飛び出してきたと思えば、胸に感じる衝撃。

ニコは赤い槍が自分の腹を貫いているのを確認した。

 

そして晴れる爆煙。

そこには、ほぼ無傷の杏子が立っていた。

少し肌や服が黒くなっているだけで、何の事はなさそうだ。

ニコが理解する、スペックの差。確かにニコは戦闘向きではないし、魔法技の威力も控えめではある。

だからと言ってあんな何もダメージを与えられないなんて。

 

 

「弱いね。アンタ」

 

「うグッ! がぁッ!!」

 

 

次々とニコの身体に突き刺さり、貫通していく槍たち。

吐血してうずくまるニコを、杏子は本当につまらなさそうに見ていた。

だが、笑っているのはニコも同じだ。

 

 

(面白いじゃないか。本当に人を殺す事に対して欠片の抵抗も無い)

 

 

まさにゲームが望む最高のモンスター。

とんでもねぇ奴を見つけて来たものだ。

だがニコとて承知の事。対策を取らない訳がない。

 

 

(悪いな佐倉杏子!)

 

 

コレは、この傷ついた肉体はフェイク!

 

 

(本物は――ッ!!)

 

 

ニコは、杏子との会話中に下準備を行っていたのだ。

と言うのも、まず会話の間に魔法を発動させて自分の分身を作り出す。

後はミサイル着弾時に入れ替わればいいだけだ。爆発音でユニオンの電子音を隠し、クリアーベントで透明化すると、本体のニコは杏子の背後にまわっていた。

後は即死魔法のトッコデルマーレを打ち込めば終わりである。

 

 

「おっと」

 

(は!?)

 

 

しかしニコの手が触れるその瞬間、杏子は身体を反らして掌底を回避してみせる。

それだけではなく。透明になっているニコの腕を掴むと、そのまま背負い投げで地面に叩きつけた。

 

 

「うぐっ!」

 

「へぇ、なるほどね」

 

 

衝撃で透明化が解除されてしまった。

 

 

「そんな――ッ! なんで、透明だったのに!!」

 

「んー、まあ何となく気配と足音したし。一番は勘だけど」

 

「勘だぁ……!?」

 

 

気配を消す事と、足音を消す事は真っ先に習得したのに。

ニコは舌打ちをして抵抗する力を弱めた。

 

 

「無理、勝てんわ。降参ざんす」

 

「は?」

 

 

はっきり言って事実だ。

短い時間ではあったが、今の攻防でニコは圧倒的な実力の差を悟る。

いや、もしかしたら何とかできたかもしれないが、今のニコにはそこまで頑張れる気力は無かった。

ましてや理由も無し。

 

 

「ちなみにコレ、命乞いとかしたら助けてもらえる?」

 

「んなワケ無いじゃん、どうあっても殺すって」

 

「あっそ、じゃあ殺せや」

 

 

拘る意味は無い。

既にバイオグリーザは高見沢の所へ向かわせてあった。

いずれにせよニコが死んだら高見沢へアナウンスは流れる。

あとは彼が50人殺してニコを蘇らせれば良い。

 

ユウリもレジーナアイをハッキングしたとは言うが、そこに高見沢に関するデーターは入ってないのだから、割り出す事は不可能だろう。

トラウマを覗けるエリーも、高見沢の姿までは捉えられない筈。

ましてや杏子達にもそれは言える事だ。ココでニコが死ねば、粒子化して一切の情報は消え失せる。

 

誰も高見沢を知る者はいないし。

まだ朝なのだから、ワルプルギスの夜が来るまで多少なりとも時間はあるだろう。

そんな事を考えていると、杏子の声が耳を貫く。

 

 

「殺す前にさ、お願いがあるんだけど」

 

「は?」

 

 

杏子はニコを逃がさないために張っていた魔法結界を解除する。

 

 

「パートナー呼べよ」

 

「……ッ」

 

「いるんだろ? ソイツも一緒に殺してやるよ。コッチも浅倉が近くにいるんだ」

 

 

杏子は考える。

さっさとニコを殺してもいいのだが、復活ルールを使われるのは面倒でいけない。

ブラックホールのからくりもバレてしまったし、ユウリの協力も二回目があるとは限らない。

 

つまりココでニコを殺してしまうのは、杏子にとってはあまり良い選択とはいえなかった。

よってニコにパートナーを呼んでもらい、パートナーと一緒に殺す事で死亡を確定させようと言う。

 

 

「いや、実はもうおらんのだわ」

 

「嘘付け。死亡アナウンスとの数が合わない」

 

「いや、リーベエリス跡地でアンタらが戦い終わった後だから。タイガペアが死んだ後だ」

 

「……ステルス貫いてたヤツが死ぬか?」

 

「マジマジ。魔女に殺されたんだよ。ミラーモンスターもその時に殺された」

 

 

杏子は複雑に表情を浮かべてニコから目を逸らす。

そして、ため息を一つ。すると再びニコを睨みつける。

 

 

「嘘だね。それも」

 

「いや、本当――ッ!」

 

「今、見滝原にいる魔女と使い魔は、全てユウリの管理下にある」

 

「何ッ!?」

 

 

そのタイミングはリーベエリス跡地での戦いの最中。

つまりニコのパートナーを魔女が殺したのなら、それは当然ユウリが命令を下してと言う形になる。

しかしユウリはニコのパートナーは知らないと言っていた。

 

 

「アイツの情報に助けられるとはな」

 

 

それが先ほどの微妙な表情の正体と言う所か。

心の中でニコは舌打ちを一つ、まさかユウリがそこまで本気を出していたとは。

流石に予想外だった。レジーナアイがハッキングされていなくとも、魔女がユウリの管理下にあるとは分からなかった

だが、まだニコは焦らない。

 

 

「ユウリは嘘をついてる。私のパートナーは本当にユウリの魔女に殺されたんだ」

 

「まあソレはね。でも、そんな嘘をつく必要がどこにあるんだよ」

 

「……ッ」

 

「パートナーを殺したけど、殺してないって嘘をつく必要性はなんだ?」

 

「利用されてる。あんな胡散臭いユウリを信じるのか?」

 

「アンタも十分、胡散クセェよ」

 

(……くそ! こんな事なら自殺にしておくんだった)

 

 

ニコは無言で笑みを浮かべるだけ。

杏子にはそれが答えと映ったのだろう。

ニコパートナーは死んでいないと言う確信。となれば、ココは何としてもパートナーを呼び出したいところだ。

 

 

「まあてっとり早く――」

 

 

杏子はニコを持ち上げると、ニコが投げ捨てた携帯の所まで運んでいく。

そして携帯を拾い上げると、壊れていないかを確認。

ちゃんと機能している事を把握すると、ニコへとそれを突きつける。

 

 

「電話しろよ、パートナーに」

 

「いや、本当に死んだんだよな。私には説明できないけど」

 

「あそう」

 

 

杏子は興味なさげに呟くと、ニコを掴んでいた手を離す。

そして何の躊躇いもなく、槍の刃でニコを切りつけた。

 

 

「――ッ」

 

 

飛び散るニコの血を見て、杏子はニヤリと唇を吊り上げる。

 

 

「呼ぶ気が無いのなら、呼びたくさせるだけだよな」

 

 

ニコは乾いた笑みを浮かべる。

やはり脳筋、考える事も単純で話が早い。

しかしこれからの事を想像して文字通り、死にたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「意外だな、これだけやられても、ソウルジェムの輝きは燻らない」

 

「………」

 

 

そりゃどうも。

ニコは声を出そうとしたが、ダルかったので止めておいた。

あれから五分。恐怖も痛みも無い。あるのはただ鈍った感覚だけ。

ニコは霞んだ目を擦って、笑っている杏子を見上げた。

 

槍を構えてヘラヘラ笑っている杏子の手にはニコのソウルジェムがある。

倒れているニコの姿は、まあ随分と酷いものだった。

 

 

「ゲホッ! ゴホッ!」

 

 

ニコが咳き込むと、空気と一緒に血も吐き出された。

既に倒れている周りには血液のカーペットが広がっている。

手や足の指の何本かは切断されて地面に転がっていた。

 

右脚は槍で切り刻まれ、ズタズタになっており立ち上がる事も難しい。

それらの傷は全てニコがパートナーを呼ぶのを拒んだからだ。

何とかして抵抗しようと試みたが、一番最初に足をやられてしまった為、後は一方的にやられるだけになってしまった。

 

ソウルジェムを取られてしまったのも屈辱だ。

杏子はニコをいつでも殺せる状態にあり、完全な詰み状態である。

ああ、なんと情けない姿か。こんな事ならやはり織莉子に接触するのは避けておいた方が良かったかもしれない。

とは言え彼女も今はあの世。それは『あの話』をしたからなのか、それともただの偶然だったのか?

 

 

(後者だとしたら、今の状況も合わせて、なんとも運が悪いじゃないか、ええ?)

 

 

思えば"一番最初"もそうだ。

間違って引き金を引いたのもあるが、安全装置がないトカレフだったも、全て不幸として割り切る事ができる。

 

 

「なあおい、アタシもさぁ、アンタの為を思って言うんだよ?」

 

 

さっさとパートナーに連絡すれば楽になるのに。

杏子は少しうんざりした様にニコへ話しかけた。

けれども何度言われようが、ニコの答えは同じだった。パートナーは死んだから連絡ができない。

杏子はその言葉を聞くと、やれやれと首を振る。

携帯にはロックがかかっており、電話帳を見て相手を特定すると言う事もできない。

人間を越えた力を持つ杏子がただの電子ロック相手に悩まされるとは。なんだか情けない話ではないか。

 

 

「じゃあ、やっぱり、痛い目を見てもらうしかないよなァ?」

 

「―――」

 

 

絶句するニコ。

左腕に衝撃を感じたと思えば、手が身体から離れていく。

左腕を切り落とされたが、ニコは少し驚いた表情を浮かべただけで、最終的には笑みに変わる。

既に痛覚操作で痛みを感じない体になっている。

つまりどれだけ拷問じみた事をされようが、ニコには全く関係のない事なのだ。

 

 

「クソッ、面倒なヤツだな!」

 

 

杏子もそれが分かっているのだろう。

次第にイライラした表情を浮かべる様になってきた。

ニコの頭部を踏みにじり、暴言を浴びせるが、それも何の意味もない。

どうせ死んでもすぐに蘇るだろうから、死への恐怖や未練も無い。

 

 

「………」

 

 

その中でふとニコは考える。

はて、高見沢は本当に蘇らせるのだろうか?

今更50人殺しなんて躊躇う男ではないだろうが、何故だかニコはそう思ってしまった。

 

それはきっと、公園の草むらで自分を見ている二人の子供が目についたからだろう。

その二人の子供は、眉間に赤い穴をあけており、そこから血が流れ出ている。

ああそうか。まだあの幻影に囚われていたのかと、ニコはぼんやりと思っていた。

 

今もこうして蘇生させられるかどうかを考えているのは、つまる所、心のどこかで死を望んでいたからでは?

高見沢はニコの事を死人と呼んでいたが、それに不快感を覚えたのは、彼の言うとおりだと思ってしまったからだろう。

 

ニコが参戦派に移るか、協力派に移るかを高見沢の考えに任せたのは、心の底からどうでもいいと思っていたからに違いない。

そして同時に、自分で決める事もできなかった。

決める事すらできなかったのだろう。

 

何故って、それは高見沢の言う通りニコはもう死んでいたからだ。

人としての感覚を。人としての感情。それら失ったニコは、人らしく振舞っていただけで何も感じちゃいなかった。

夢も、目標も、生きがいも。ましてや希望も無かった毎日。

己と言う存在を否定したあの日から、本当に自分は『無』だったのだろう。

つくづくそう思う。

 

そう言った意味では、今回のパートナーシステムのおかげで、久しぶりに人と関わる事になった。それは自分の生きる意味を、誰かに決めてもらう『楽』を覚える事だった。

でも今になったつくづく思う、やはり自分はからっぽだ。

 

達観しすぎていると言えば良いか。

今こうして殺されそうになっているのに、全く怖くないし、全く何も感じない。

どうせ復活できる。そうでなかったら本当の意味で死人に戻るだけだ。

まあ、それはそれでいい。ニコは濁った目で、自分の切り離された腕を見ているだけ。

 

 

「おい、最後の質問だ」

 

「………」

 

 

杏子も杏子でそろそろ限界だった。

イライラを溜めては精神に悪い。だから槍をニコの首に近づける。

次は無い。首を跳ね飛ばすと言う事なのだろう。

 

 

「お前のパートナーを呼べ」

 

「………」

 

 

ニコは笑みを浮かべるままだった。

殺されるのは、元に戻るだけ。

人生とは何か? 空気だったニコが、他者に影響を与えるのはそれだけで価値があると言うものだ。

 

佐倉杏子を僅かに苛立たせた事が、ニコにとっては何よりもの抵抗だったのかもしれない。

一瞬だけ高見沢とゲームをした時の記憶が蘇る。

お前は、きっと下らないと笑うだろうな。

 

 

「死んだよ、私のパートナーはな」

 

「いい根性してるな、お前」

 

 

もういいや。

杏子はこれ以上の苛立ちに耐え切れなかったのだろう。

ニコのソウルジェムを投げ捨てると、槍を振り回してニコを睨んだ。

 

 

「ぶっ殺す」

 

 

全てが面倒になったので、ニコを殺すことにした。

だがニコとしては其方の方が都合がいい。目を閉じて、来るべき死を待った。

まずは一回か。ニコはぼんやりと考える。

 

 

「死んでねぇよバカ野郎」

 

「………」

 

 

え?

ニコと杏子は同時にその『声』を聞いた。

すると杏子の襟首が引っ張られる様に上につり上がり。

かと思えば刹那、杏子は一人でに後方へ吹き飛んでいった。

 

 

「うゴッ!」

 

 

杏子は木に叩き付けられ、うめき声を漏らした。

 

 

「アァ、クソ! なんだよ!」

 

 

すぐに槍を構えて戦闘態勢に入る。

 

 

「な、なんで……」

 

 

一方、ニコの表情が激しく変わる。

唇を震わせ、目を見開き、ありえないと口にしていた。

いや事実、どう考えてもありえない事だった。その理由が無いのだから。

しかしどうだ、この今は。

 

 

「なんで来たんだ……! 馬鹿かお前は!!」

 

 

声を荒げるニコ。

しかしすぐに咳き込んで血を地面にぶちまけた。

その姿を見て、何も無い空間から笑い声が聞こえる。

ゲラゲラと笑う『無』は、ニコを滑稽だと、無様だと罵った。

 

 

「情けねぇ姿だよオイ」

 

 

その声と共に、ニコの前の景色が歪み始める。

 

 

「お前もそう思わないか? ええ、神那ニコさんよぉ」

 

 

そして騎士、ベルデが姿を現した。

 

 

「――!」

 

 

いち早く反応を示したのは杏子だ。

見た事の無い騎士。そして会話から察することはできた。

今、目の前にいる騎士こそ、神那ニコのパートナーではないかと!

 

 

「ハハハハ! こりゃいいや、探す手間が省けた!」

 

「高見沢――ッ! 何で来てんだ! 本当に糞馬鹿だなお前はッッ!」

 

 

何考えてんだ?

どういう思考回路してんだよお前。これがどう言う意味かお前分かってるのか?

どうするんだ? 何考えてるんだよ、全部台無しじゃないか。そう、全部、全部だよ!

意味不明なんだよお前、今回はお前が全部悪いぞ。

っていうか、あぁクソ! マジで頭おかしいんじゃねぇか!?

 

などなど。

今までのニコからは、考えられないほど饒舌に罵倒の言葉が出てきた。

ニコ自身、あまりにも意味が分からなくて混乱しているのだろう。

同じ事を繰り返したり、支離滅裂な言葉を並べていく。

 

 

「オイオイ冷たいなお前。せっかく俺様が助けに来てやったのに」

 

「ハァ!?」

 

 

ニコが逃がしたバイオグリーザは、問題なく高見沢の元へたどり着いた。

それが緊急事態だと言う事を察知した高見沢は、ビジョンベントを発動させて何があったのかを把握する。

ライアのビジョンベントと違う点は、バイオグリーザが見てきた景色を確認できると言うものだ。要するに履歴を調べられる。

 

それでベルデはニコが杏子に見つかった事を知った。

こうなっては仕方ないと、初めはニコを諦めるつもりだったが、そこでふと気になる事ができてしまった。それを確かめたく、ベルデは再びバイオグリーザを透明化させてニコの所へ向かわせた。

そしてニコが杏子に一方的にやられる所を観察し、そして最終的にベルデが下した決断はニコの所へ自分が向かうと言うものだった。

 

 

「なんでだッ! なんでそんな無意味な事をッッ!!」

 

 

ニコとしては全ての計画が台無しにされた様な感覚だった。

それにベルデが来たと言う事は――

 

 

「よぉ、お前の獲物だぜ浅倉」

 

「アァァ、もう誰でもいい、早くぶっ殺させろ」

 

「――ッ」

 

 

やはり、杏子の背後から来るのは浅倉だった。

向こうは向こうで北岡の件があって相当イライラが募っている筈。

当然それだけ全力で殺しに来ると言う訳で。

 

 

「変身!」

 

 

すぐに王蛇へと変わり、首を回しながらデッキに手を掛ける。

抜き取るのはデュエルベントだ。これにより王蛇はバトルフィールドを形成してベルデ達の退路を断つ。

 

息を呑むニコ。

コレはいよいよとマズイ事になってきた。

実力で勝てない相手と、逃げる事のできないフィールド。

脳裏に浮かぶ脱落の二文字。

 

 

「たかみぃ、お前……ッ、本当になんで来たんだよ!」

 

 

ニコは本当に意味が分からなかった。

高見沢の行動は軽率以外の何物でもなく、同じくして彼らしくない愚行も愚行ではないか。

まどかや織莉子と接触する事をあれだけ渋っていた高見沢が、まさか自分から参加者の前に姿を晒すなんて予想できる筈も無い。

ましてやこれだけのリスクを背負うなんてありえない話だった。

 

 

「本当に……、なにがなんだか」

 

 

ニコは軽蔑混じりにベルデを睨んだ。

そのベルデは、手を上げてやれやれと呆れたようなジェスチャーを取った。

 

 

「前に言った事を覚えてるか?」

 

「ッ?」

 

 

どうしても気になること。

 

 

「お前が貪欲なら、俺はここに来なかったろう」

 

「ッ?」

 

「言っただろうが。俺が一番嫌いなのは『欲』を捨てたヤツだってな」

 

「どういう意味だ?」

 

 

ニコは彼に問うが、ベルデは何も答えない。

無欲? 確かにそんな事を言っていたのは記憶にあるが、だからと言ってベルデにとってはそれが勝ちを捨ててまで拘る事なのか?

ニコには全く理解できない。しかし時間は進む訳で、目の前には敵がいる。

 

 

「死んでも立て。お前がまともに機能しないと俺たちは死ぬぞ」

 

「――ッ!」

 

 

ベルデに煽られ、ニコは意識を集中させる。

前からは武器を構えて走ってくる王蛇と杏子。

ココで何とかして二人を退けなければ確定死亡だ。

となれば後には退けない、背水の陣。

 

 

「ニコ、生きたいなら戦え」

 

「なに……?」

 

「死にてぇなら、そこで無様に寝てるこったな」

 

「ッ、なんなんだよ」

 

 

ニコは顔についた血を拭いながら、何とか立ち上がろうと力を込めた。

足は使い物にならないのだから、再生成で義足に変える。

ベルデの横にフラフラと移動するニコ。ここに来て頭が狂ったか? 彼女は言いようの無いモヤモヤを抱えながら大きく肩を落とす。

 

なんだろうか。

先程まではココで脱落してもいいと思っていたが、今は意味不明な理由で振り回される怒りが優先して、そうは思えない。

 

 

「俺がココに来たのは、テメェに中身があるかを判断しにきたまでよ」

 

「?」

 

「ほら、来るぞ!」

 

 

ベルデは跳躍、

襲い掛かってきた王蛇へ拳を打ちつけ様と走り出した。

 

 

「なんなんだ、なんなんだよ本当に……!」

 

 

ニコはベルデが言った言葉を何度もリピートしていた。

ニコ貪欲ならばベルデはココに来なかった?

 

 

「欲無き者は、生きている価値は無い」

 

「矛盾してる――ッ!」

 

 

それとも?

 

 

「おい、テメェ――ッ!」

 

「アァ?」

 

 

ベルデの拳が王蛇の仮面を掠る。

けれども王蛇の蹴りは、確かにベルデを捉えていた。

ただの回し蹴り、ただの回し蹴りなのに、ベルデにとっては凄まじく重い衝撃に感じると言うものだ。

 

王蛇はリーベエリス跡地の戦いでデッキをナイトに破壊されている。

強化はそこでリセットされてしまった。しかしそれにしては、ベルデはもう圧され始めている。それだけ浅倉威そのものの戦闘能力が高いと言う事だ。

 

 

「テメェには欲望はあるか?」

 

「アァ? 何の話だ?」

 

「ゲームに勝ち残って叶えたい願いが! 欲があんのかって聞いてんだよ!」

 

 

再び繰り出されるベルデの拳。

しかし王蛇はそれをヒラリと回避すると、カウンターのアッパーをベルデの顎に命中させた。凄まじい衝撃がベルデの脳を揺らす。

 

だからだろうか。

ブレる視界に、過去の景色が映し出されたのは。

無欲だった為に地獄へと沈んだ父。己の欲望に忠実だったが、結局力が無い為に崩壊へと進んでいった母。

 

愚かな奴等だった。哀れな奴等だった。

ベルデは今頂点に立つ事で、二人を究極の馬鹿だと笑う事ができる。

全ては這い上がろうとする意思。力を得ようとする欲望があったからだ。

ベルデは、高見沢は――、欲望の力を信じていた。

 

 

「決まってるだろ。この戦いが終わらない様にするだけだ」

 

「ほう……!」

 

 

二人の蹴りが同時にそれぞれの腹部に炸裂し、一旦両者の距離が空いた。

呼吸を整えるベルデと、両手を上げて笑う王蛇。

 

 

「この世界にはつまらん物が多過ぎる。だが戦いは別だ」

 

 

戦いだけがかつて無い高揚感を与え、常に自身を取り巻くイライラを解消してくれる。

それは欲望などでは無く。ただ戦いを心から求める本能だと王蛇は説いた。

 

人には一人一人、生まれながらにして持つ、何かしらの才能がある。

それは些細な物から、天才と呼ばれるに至るものまで大小種類は様々だが、何かしらの物は必ず与えられると言ってもいいだろう。

神は、浅倉威に凄まじい破壊の才を与えたといっても過言ではない。

 

山ほどの人が面白いと言う漫画も、山ほどの人が泣いたと言うドラマも、浅倉にとっては心動かされる物とはならない。

性欲も無ければ、食欲も一般人のソレとはどこかズレている。

人として欠落している部分もあるが、戦いの時だけは別だ。そこには純粋なる娯楽を求める事ができる。

 

故に戦いが永遠に続けば、浅倉はそれで良かった。

けれども今、彼の中には戦いでは満たされぬ大きな殺意が渦巻いている。

北岡と言う執着していた獲物を逃がしてしまった事は、もはや何で満たされるとも知らぬ。

王蛇は怒りを拳に乗せてベルデを打ち砕こうと力を振るった。

 

 

「お前じゃァ、俺のイライラは消せない。さっさと消えろ」

 

「グッ!!」

 

 

気だるそうな王蛇の声。

拳をベルデが受け止めれば、狂ったような連続頭突きが襲い掛かる。

自らの頭部を武器として乱雑に扱う王蛇を見て、流石のベルデもうんざりしてきた。

 

 

「ナメやがって糞ガキが」

 

 

地面に倒れたベルデの中に沸き立つのは純粋なる怒り。

今まさにベルデは、己の中に『殺意の欲望』が芽生えるのをヒシヒシと感じていた。

追撃に放たれた王蛇の踵落としを、地面を転がって回避すると、デッキに手をかけてクリアーベントのカードを引き抜く。

立ち上がり様に消えるベルデ。王蛇は鼻を鳴らしてジェノサイダーを召喚する。

 

一方、それほど距離が離れていない所の杏子とニコ。

生きたいならば戦えと言われたが、本当にそうなのだから戦わない訳にはいくまい。

ココで高見沢が死んでニコも死ねば本当にアウトだ。

杏子は笑みを浮かべながらゆっくりと歩いてくる。それを見て、ニコも釣られた様に笑った。

向こうは完全に勝った気でいる。だったらその鼻っ柱粉砕してやるのも悪くない。

 

 

「行けッ!」

 

「!」

 

 

ニコは足を引きずりながら後退。しかし同時に生み出すのは無数の分身。

それぞれの分身は実体を持っており、即死魔法とも言えるトッコデルマーレを発動していた。

大量の分身と、それぞれに一撃必殺の魔法を持たせたニコ。

当然それだけ魔力は消費される事になり、ソウルジェムにかかる負担も大きくなる。

だが攻めるには十分すぎる数だ。ざっと三十体は形成する事ができた。

 

本当はもっと作る事もできたが、残った魔力はトッコデルマーレの持続時間と、分身たちの強度を上げる為にほぼ全て使ってしまった。

あとはそれぞれに指ミサイル一発分と言ったところか。

トッコデルマーレが仮に決まったとして、排出されたソウルジェムを叩き壊さないといけないのだから。

 

 

「………」

 

 

対して、杏子は向かってくる無数のニコを見て呆れた表情を浮かべている。

質よりも量を取ったと言うべきか。だがもう見ただけで分かると言う話だ。

杏子は自分の前に無数の槍を召喚すると、それを蹴り飛ばす様な仕草でいっせいに発射する。

 

次々とニコの群れに向かっていく槍たち。

そのスピードは凄まじく、ニコ達は何とか回避を行おうと試みるが、数人は顔面や腹部を貫かれ動きを止める者も。

 

さらに杏子はニコ達の動きをしっかりと観察しており、回避先に異端審問を発動していた。

次々に串刺しとなっていくニコ達。まだ終わらない。杏子は自分が持っている槍に魔力を注ぎ、巨大化させて一気に振るう。

 

 

「オラァアアア!!」

 

 

杏子の雄たけびに呼応するかの如く、槍先に紅いエネルギーが灯った。

揺らめくそれは炎の様に拡散し、次々にニコの分身たちを蒸発させる様に消し飛ばしていく。

 

槍は一回転。

密かに忍ばせておいた、透明化させた分身も一緒に消滅し、ニコが作り上げた兵隊はあっと言う間にゼロとなる。

 

 

「ハッ! 質も量も伴ってないんだよ!」

 

「う、嘘だろ……ッ!」

 

 

ニコは引きつった表情で杏子を見ていた。

分身の耐久も上げておいたのに、もういなくなってしまうとは。

それだけニコの実力と、杏子の実力に大きな差があると言うのか。

確かにニコは真正面からの攻防にはめっぽう弱いと思っていたが、まさかこれほどとは。

 

それに杏子は純粋な殺意を、胸に大きく蓄積させている事でより一層パワーアップしていると言ってもいい。それは歪んだ強化であるものの、鹿目まどかに言われた言葉を否定する為に膨れ上げた殺意は想いの力となっている。

言ってしまえば、殺意が希望となって力の源となる訳だ。

 

すべての事に興味を持てず、達観してるニコでは至れぬ境地であろう。

魔法少女になりたてのスペックならばニコもそこら辺にいる彼女達とそう変わらない。

しかし感情を持たぬと言ってもいいニコでは、そこから先の成長が見込めなかった。

 

 

「………」

 

 

その時、ニコは自らの心に明確な『悔しさ』が宿っている事に気づく。

どうでもいいと思っていた感情や心に、確かな想いが宿っている。

高見沢と行ったゲームは、やはり多少なりともニコに影響を与えたのか。

 

 

「ま、死に損ないにしちゃ……、うまくやった方だろ」

 

 

杏子も杏子でイライラが膨れ上がっている所だった。

どいつもこいつもが鹿目まどかに見えて仕方ない。

この苛立ちとモヤモヤは、まどかの顔面をグチャグチャにさせない限り収まらない筈。

だからもうニコなんて雑魚はどうでもいい。さっさと殺して終わりにしよう。

杏子はそんな事を考えで槍を握り締める。

 

ニコとしても、そういう考えが多少なりとも伝わってきたのか、余計に苛立ちが芽生えた。

しかし悔しい話だが、もう本当に打つ手が無い。

おこぼれの勝利を狙っていくスタイルでは、やはり杏子に勝つことなど不可能だったのか。

 

 

『ファイナルベント』

 

「は!?」

 

 

その時だ。

ニコに向かっていた杏子の体が、何かに引っ張られた様にして一気に地面から離れた。

一瞬で把握するニコと杏子。ニコはよく知っている技であるし、杏子としては直前の音声で理解した様だ。

そう、ファイナルベントとはベルデが放った音声。

それを証明する様に、ベルデは透明化を解除して姿を現してみせる。

 

 

「まずはテメェからだ!」

 

「チィイ! 浅倉ァア! なにやってんだよ!!」

 

 

ベルデは杏子を掴みながら回転。平衡感覚を狂わせる。

王蛇を奇襲するのではなく、杏子に狙いを変えていたのだ。

ファイナルベントでいっきに片付ける。杏子も危険だと判断したのか、表情を焦りに歪めた。力を込めてみるが、ベルデも全力だ。なかなか腕を振りほどけない。

さらにファイナルベント発動中は力が上がっているらしい。槍を当てるなり、いろいろ抜け出す方法は頭を過ぎるが、浅倉と交わしたルールは守りたい所だ。

だが迷っている間に確実に地面は近づいていく。

 

 

「死ねぇえ!!」

 

「くッ!!」

 

 

もらった!

ベルデはデスバニッシュを杏子に命中させ――

 

 

「「「!?」」」

 

 

杏子の脳天が地面に直撃しようかと言う、まさにその一瞬。

ある筈の地面が消え、そこには一面の黒が広がっている。

 

 

「なんだコレ!」

 

 

混乱するのはニコとベルデだけでなく、杏子もまた同じだった。

地面が黒に? いや、これは穴。

ブラックホールだ。

 

 

「―――」

 

 

杏子の頭は固い地面に激突するのではなく、奈落の闇の中へと消えていく。

そして王蛇の前方にホワイトホールが現れて、デスバニッシュ中の二人が横向きで排出された。

 

そう、横向き。

言ってしまえば寝転んだ状態だ。それもベルデを下にして。

そんな状態で威力など出る筈もなく。むしろベルデが先に倒れた事で、杏子のクッション代わりとなってしまった。

 

 

(俺のファイナルベントが! まさか、こんな……!)

 

 

ベルデの前には、首を回して小さく笑っている王蛇が立っていた。

その隣にいるのはジェノサイダー。地面にブラックホールを作ることで、落下してきたベルデ達を闇の中に吸い込んだのだ。後はホワイトホールで適当に排出すればいいだけ。

こうしてベルデのファイナルベントは不発に終わる。

ここでアドベントの時間が終了して砕けるジェノサイダー。

 

 

「サンキュー浅倉!」

 

「うグッ!!」

 

 

すぐに立ち上がって体勢を立て直す杏子。

王蛇はさらにベルデを思い切り蹴り飛ばして遠ざける。

 

 

「野郎――ッ!」

 

 

ベルデは立ち上がり様にカードを発動して、ヨーヨーを構えた。

一方で王蛇も両腕に武器を装備すると、真正面から突っ込んでくる。

メタルホーンとベノサーベルでのインファイト。ヨーヨーでは分が悪い。

ならばとベルデはコピーベントを取り出した。相手が武器を持った状態で使えば、その武器も複製して獲得できる。

が、しかし――

 

 

『ベノム』

 

「なっ!!」

 

 

カードをバイザーに入れた途端、王蛇の毒がベルデのバイザーを侵食していった。

カードの発動を封じるカードだ。これでお互いカードを使えない状況となったが、そうなると有利なのは当然王蛇だった。

 

ベルデが弱いわけではない。

むしろ高見沢は多少なりとも戦い方を学んだつもりだった。

しかしそれらを無視するように王蛇の純粋な力がベルデを圧していく。

ゴリ押しとでも言えばいいのか。ベルデはすぐに地面を転がり、呻き声をあげる事となった。

 

 

「クソがッ!!」

 

「アァァ、うるさい奴だァ。余計にイラつくぜぇエェ!」

 

 

イライラするんだよ、もう何もかも。

王蛇はクラッシャーを展開して呻き声をあげる。

おかしい、ベルデを攻撃してもイライラが収まらない。

いや少しは引くのだが、それを上回る勢いで苛立ちが上書きされていく。

 

チラつくのは北岡の最期ばかりだ。

最高に殺したい相手が目の前で死なれた。

しかもその時の奴の表情は完全に王蛇を見下し、勝ち誇ったようだった。

最高にして最大の勝ち逃げ、ああイライラがまた募る。

 

 

「……ッ!」

 

 

ニコは察する。

無理だ、絶対に無理。コチラに勝ち目は無い。

直感する死、そうなると必然的に膨れ上がるベルデへの怒り。

本当に何で彼はココに来たのか。ベルデさえこなければ死ぬ事はなかったのに!!

 

 

「……あ」

 

 

死にたくないと言う心は、欲望があったからこそ?

今、ニコは死にたくないと思っている。

 

 

(なんで? いやそりゃ簡単な話? いや、なんでだ?)

 

 

ニコは少し混乱してしまう。

生きていたって、楽しい事なんて一つも無いのに。

違う違う。それを克服する為に自分はあのゲームで幻想を殺したんじゃないのか?

 

 

(まさか、アイツ……)

 

 

いや、それにしたってこのままじゃ詰みだ。終わりだ。

この状況を打破できる事と言えば、ニコには一つしか思い浮かばなかった。

それにしたって状況がよくなるとは限らないが、少なくとも今はもうコレしか無い。

文字通り奥の手と言うヤツだ。

 

 

(頼むぞ私、才能あってくれよ――ッ!)

 

 

不幸自慢と言う訳ではないが、それなりに闇なら抱え込んでいる筈。

因果や、自身の闇が、それだけ力になるとか何とか聞いた事があるぞ。

そうだろ? だから――ッ!!

 

 

「ォオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

ソウルジェムを取り出しありったけの魔力をつぎ込むニコ。

彼女は再生成の魔法を使い、自身の腕をバズーカ砲に変えた。

そして瞬時、弾丸を発射。王蛇と杏子に向けて大きな弾丸を飛ばしていく。

 

 

「高見沢!」

 

「――ッ!」

 

 

ベルデは体を跳ね起こして思い切り跳躍、王蛇と杏子から距離を離す。

対して向かって来たバズーカーの弾に視線を移していた王蛇ペア。

ニコはそれを見て、回収しておいた携帯でレジーナアイを起動する。

 

このアプリは魔法で作られた物だ。

効果もニコが詳しく設定できる。

無駄かと思いつつも、ニコは最後の機能をレジーナアイに組み込もうと試みた。

 

 

「ハッ! こんな物」

 

 

一方、杏子は腕を伸ばした。

そこへ飛来する弾丸。避ける事も焦る事もなく、ただ単純に掌で弾丸を受け止めて見せた。

それを見ながらニコはレジーナアイに情報を打ち込んでいく。

アプリの機能は、その難易度に応じて消費される魔力が決定する。

今回追加する機能はそれなりに魔力を消費するもの。

もう既に僅かな魔力しか残っていないニコでは、追加できる訳も無い。

そう、『通常』なら。

 

 

「因果――ッ! 超えてみろ!!」

 

 

ソウルジェムの輝きが増し、同時に大きくヒビが入っていく。

ニコは魔力の限界を超え、自らの魂の全てをレジーナアイに注ぎ込む。

先ほどの光景、杏子が弾を回避せず受け止めるビジョンは読めていた。

なぜか? 簡単な話。杏子は単純だから。避けるのはムカつくんだろう、負けた気がして。だから受け止めてみせる。

 

 

(それもフェイクだよ脳筋!)

 

「!」

 

 

ニコが作った弾丸は普通のものではない。

バレーボール程の大きさを持ったそれは、杏子の手の中で爆発。

中から催涙ガスと、動きを封じるトリモチが発射された。

しかも麻痺を誘発させる為に、おびただしい電撃もおまけつきで。

 

 

「グッ! な――ッ!!」

 

 

目を閉じる杏子。どうやらガスを受けてしまったようだ。

さらにニコは魔法でガスに細工をしており、ソウルジェムによる感覚遮断を封じる信号を埋め込んだ。

つまり一種の洗脳効果があるのだ。杏子が必死に状態異常を治そうとするが、なかなかうまくいかないようだ。

 

騎士の仮面はガスマスクのような役割も持っており、王蛇は平気そうだったが、トリモチや電撃はしっかり受けてくれた。

このトリモチも、なかなか外れないように魔力は注いである。

と言ってもすぐに王蛇たちは動き出すだろうが……。

 

 

「よく避けたな高みぃ」

 

「お前の事だからな。何か仕込んであるだろうと思ったまでよ」

 

 

並び立つベルデとニコ。

ニコはソウルジェムを持ったまま立っており、青ざめて苦しそうに呼吸を荒げていた。

けれども浮かべるのはやはり笑み。自分でも、もう何を考えているのか分からなくなってきた。

もしかしたら今の内にトッコデルマーレを当てられるのでは?

いやいや、しかしニコはどうしても会話と言うものがしたかった。

 

 

「なあ高見沢さんよ。もしかしたらココにきたのも私の為なのか?」

 

「何?」

 

「自意識過剰? いやいや、だってお前さん……、この前だって何だかんだと優しくしてくれたじゃないか」

 

 

ニコはどうして鬼の高見沢さんが。自分以外の奴らなんて踏み台としか見ていない逸郎さんが。それはもう、とにかく酷い酷いベルデさんが自分を助けてくれたのか。

しきりに気にかけてくれるのかが分からない。

いや、ベルデは力を持った者なら評価するし、相応の扱いは約束するとは言った。

 

 

「でも自分の命を捨てるような事をしてまで……、私に価値があるとは思えないが」

 

 

ニコは笑いながら言う。

 

 

「確かに。俺も思った」

 

「は、はは……!」

 

 

とは言え、ベルデは杏子からニコを助けた。

いや、パートナーなんだから当たり前なのかもしれないが、確かに助けてくれたじゃないか。そしてニコの生命に対する『欲望』を刺激する。

狙ったものなのか。そうじゃないのかは知らないが、結果としてはニコは少しずつ『生』への執着を覚え、それを理解するに至った。

 

 

「死にたくない……。私は――、きっと死にたくないって思う」

 

「……そうか」

 

 

それはまあ考えてみればベルデの、高見沢のおかげとも言えるかもしれない。

死を近づけさせることで、生への未練を刺激する。

 

 

「まあ、逆にお前のせいで死にそうにもなってるんだけどな」

 

 

最悪の荒療治だ。ニコの呼吸が荒くなっていく。

ソウルジェムはどす黒く濁り、亀裂の数も増えていく。

力を使えば負担も増え、それが心をネガティブに変えていく。

ほら、少しでも気を抜けば死への恐怖で絶望しそうだ。だがまだ会話が終わっていない、それだけがニコを繋ぎ止める唯一の希望だった。

 

 

「ゲームしてた時、お前は私に言ったな」

 

 

恐怖が取り巻けば、俺が蹴散らしてやると。

 

 

「だから助けてくれたのか?」

 

「………」

 

 

ニコはからっぽだと自覚していた。

しかし今、少しずつ自分に『自分』が戻って来ている様な感覚を覚えている。

それは全て――、とは言わないが、少なくとも大きな影響を与えてくれたのが高見沢だとも理解している。

 

人からしてみれば何と些細な事だと思うかもしれない。

けれど神那ニコにとって、あの夜に二人でやったゲームが自分を変える要因となったのは事実なんだ。

 

苦しかった。自分が殺した相手を殺し直すのは。

キリカを殺した時や、他の参加者を傷つけたときには何も感じなかった。

けれど、あの時はとても苦しかったんだ。

でもなんだかんだ、それを乗り越え、そして次のステージへたどり着いた時――

 

 

「私は、楽しいと思えたよ……!」

 

「………」

 

 

ベルデは無言でニコの言葉を聴いていた。

この間に動きを鈍らせている王蛇ペアを攻撃すれば、どれだけ効率的だったか。

だが彼はそれをしなかった。持てる時間を、全てニコに費やす事を選んだのだ。

 

 

「傲慢で自分勝手な高見沢様が、ガラクタの私を気にかけてくれたのは、偶然だったのかな……?」

 

 

ニコは一筋だけ、たった一瞬だけだが涙を流す。笑みを浮かべたままで。

覚悟する死。けれどもニコは今、自分の中に人としての、人らしい感情が宿るのを自覚していた。

 

それは死への恐怖だったり。生への未練だったり。

これらは人に決めて貰った事ではなく、ニコ自身のしっかりとした意思だ。

死ぬ事もできず、かと言って生きているとも言えない無駄な時間を過ごしてきたニコは、死を前にしてやっと……。

 

 

「そうだな」

 

「!」

 

 

ベルデは深いため息をついて、肩の力を一度抜く。

彼がココに来たのは、確かに神那ニコの為だと。

本当は見捨てても良かった。50人殺すことは何とも思っていない。

 

ニコが考えていた通りだ。同じ考えだった。囮として使えばそれでよし。

だが、それはベルデが持った意思だけであれば良かった。

ニコ自身がそう考えるのは、どこか気に入らなかったと言う。

 

良く言えば、賢い判断だと言えよう。

しかニコの場合、悪く言えばまだ達観し過ぎている。

自分の命を勝利の為に使えるかどうかで判断する。死ぬ事を作戦の一つに入れる。

そういうのは、ルールを使ったうまい立ち回りだと思えればよかったが、ニコの事情を知っている高見沢としては、どこか気に入らない物があった。

 

どちらかと言えば、相手の靴を舐めてでも生き残りたいと思える人間の方が、高見沢は好きだった。

もちろんそれは情けない話しじゃない。ただ生きるのではなく、生き残った後に相手に必ず自分の靴を舐めさせてやると言う想いを持った上の話だ。

貪欲に生き、野望を抱える、底が見えない野心。ニコにはそれが足りていない。

 

 

「だから俺はココに来たのかもしれない。俺はお前を評価しているからな」

 

 

高見沢はニコの力を評価していると前も言ったが、他人をここまで評価するのは彼にとって珍しい事なのだ。少し言い方はおかしいが、気に入った道具とでも言えばいいか?

それを他人に汚されたり、馬鹿にされたりするのは不快だ。

ましてやそのコンディションを自分で悪くしていく様なんてのは、もう見ていられない。

 

 

「ハッ! ペット……扱い――、か…よ」

 

 

ニコの言葉が詰まっていく。

もう話す気力が無くなって来た様だ。

 

 

「ペットか、言い得て妙だな」

 

 

だが確かに、それに近いのかもしれないとベルデは笑った。

 

 

「俺も焼きが回ったか。柄に無く、情を移しちまったのかもな」

 

 

これも以前言った事だが、高見沢はニコが人との関わりが少なすぎると言った。

だがそれは自分もだったのかもと思う。いや、もちろん毎日会社の人間や、お手伝いの人間達とは会話をしたり、関わったりもしているだろう。

 

しかしニコの様に対等な立場で接してくる人間は久しぶりだ。

だからこそ、高見沢の良心とやらも刺激されたのかもとは思う。

二人がゲームに関わった時間は少ないが、それでも高見沢が食事を自宅で取る時はいつもニコと一緒だった。ニコと下らない話で盛り上がったのもまた、事実なのだ。

 

それに、ニコはただの人間ではない。

人を超越した力を持ったと言う共通点もまた、共感を刺激する要因になったのかもしれない。そして、最後に一つ。

 

 

「柄にもねぇ事を、考えちまったのかもしれねぇ」

 

「……?」

 

 

ベルデは懐からタバコを取り出す仕草をとる。

ただ自身が鎧に覆われている事に気づいて首を振った。

自分でも何故かは知らないが、前述した事から、高見沢も自身を振り返ったのだろう。

 

 

「お前に、俺を重ねたのかもな」

 

「は……?」

 

「勘違いすんなよクソガキ。容姿だのじゃねぇぞ」

 

 

もしも自分に上り詰める意思がなければ、どうなっていたのか。

それを高見沢はニコに重ねたのかもしれない。

ふと、ニコと関わる中でそんな事を思ってしまった。

父が死んだ事を納得できず、母に捨てられた事に絶望していれば。

きっと彼女のように生きる屍になっていたのかもしれない。ああ、考えただけでもおぞましくなる。不快で仕方ない。

生きる上で選択なんてものは、往々にしてあるものだ。だからこそAと言う道を選んだのならば、Bを選んでいた人生もある。

当たり前の話か……。

 

 

「だから、それもあるかもな」

 

 

故に、これは自分の為でもあると。

 

 

「それに、前に言った事を覚えてるだろ」

 

「……ああ」

 

 

ニコは小さな声で言葉を並べる。

どうやらもう限界が来たらしい。尤も、それがニコの狙いなのだが。

レジーナアイは上手くいったか? 何せ初めての事だったから、うまくプログラミングされていればいいのだが。

どのみちこれが、最後の賭け――!

 

 

「たかみぃ……」

 

「………」

 

 

ベルデは崩壊していくニコのソウルジェムを無言で見ていた。

ニコは、まだ自分の命を効率的がどうのこうのと、そう言うベクトルで『使う』つもりだ。

そう仕向けたのは自分であり、それが結果として勝利に繋がると言うのなれば何も言えない。

だが、やはり腑に落ちない物があった。

 

 

「私に――、絶対に命令はするな。それが活路だ」

 

「仕方ねぇな。分かったよ」

 

 

ソウルジェムを放り投げるニコ。

瞬時、彼女の魂は崩壊し、絶望の扉が開かれた。

 

 

 

 

 

 






マギレコもうアルまど来るんですね(´・ω・)
まあそっちのほうがクーほむとか出しやすいのか。

ただもう、ノーマルまどかパーティに入れてるんですよね。
なんか愛着湧いちまって当たっても外せまへんでぇ……


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第62話 強欲な男 男な欲強 話26第

 

 

 

「!?」「!!」

 

 

トリモチとガスが引いたのか、王蛇ペアは再び辺りを確認する。

感じた異変。それは王蛇が張ったバトルフィールドが消えていた事だ。

そう、周りの景色は新たなる結界によって上書きされていた。

テレビスタジオの上にある様な鉄骨が張り巡らされたシンプルで機械的な空間。魔女結界と言う、新たなるフィールドがそこに。

 

 

「キルキルキルキルキルキル」

 

 

弾丸の魔女『WeisseKoenigin(ウァイッセケーニギン)』が姿を見せた。

司る属性は罪悪感。いつも誰かに責められているような気がするから、結界の中に人が入るとすぐに消してしまう。

上半身だけの黒いマネキンに、両腕は刃物となっている。

眉間には穴が開いており、それはニコが過去に犯した罪の象徴とも言えるもの。

体には白い線が描かれており、それは射的場で人型のターゲットに描かれているソレだった。

というよりも、彼女の使い魔は人型のターゲットと同じ形だ。

無数に彼女の周りを漂っており、自分では何もしない。

 

 

「………」

 

 

ベルデは二枚のカードを抜き取り王蛇を睨み付ける。

腑には落ちないが、この展開は悪くない。

そもそもニコは一つ勘違いしている点があった。ベルデとて自分の行動が無茶だと言う事くらい分かっていた。だからこそ、無策では来ていないと言うもの。

確かな作戦がある。それが齎される結果も把握していた。

どちらに転ぼうが、それはそれで。

 

 

「キルキルキルキルキル」

 

 

ケーニギンの鳴き声が響き渡る。

人は、人でなければならない。それを履き違えた者は転落の一途をたどるしかない。

なぜニコは狂う道に至る事になったのか。それは彼女の優しさが、彼女の罪悪感が、彼女の人としての感覚が齎した毒だ。

 

もしかすると、ニコは裁かれる事を望んでいたのかもしれない。

けれども世界は彼女に優しかった。周りの人間はニコを罪から離そうと必死だった。

その優しさが、その必死さが、ニコには苦痛だったのかもしれない。

だからと言って責められ、罪を突き付けられ、見捨てられる事が怖かったのも事実だ。

 

たとえば、ニコの両親が罪の意識を自覚させつつも、ありったけの愛を注いだのならば、ニコは壊れる事も無かったのかもしれない。

しかし何度と無く言われてしまった。忘れなさいと、貴方は悪くないと。

忘れられる訳がないのに。罪の意識を抱かぬ訳がないのに。

 

とは言え、全ては過ぎ去った過去だ。

過ちも、苦しみも、全て偽りとなってしまった。

彼女は愚か、だから魔女になったの。

 

 

「魔女になったくらいで、雑魚は雑魚」

 

 

ヒュンヒュンと槍を回す音がエコーする。

杏子は無数の槍を周囲に出現させると、一勢に発射して魔女へ向かわせた。

風を切り裂きながら飛んで行く無数の紅。杏子が言うとおり、ニコが魔女になった所でスペックはたかが知れている物だ。

あの槍を受ければ、ケーニギンは絶命するだろう。

 

 

「キルキルキルキルキル!」

 

 

抵抗のつもりなのか。

ケーニギンは的型の使い魔を無数に重ね合わせて、槍が向かうルートに配置する。

しかしなんのそのと、ソレらを貫く杏子の槍。

使い魔達は壁にもならず、結果としてケーニギンの体には槍が次々に突き刺さっていく。

喉、両肩、腹部、心臓の位置、眉間。杏子は呆れたように笑うと、魔女の死を確信したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ん? ちょっと待ってほしい。

眉間? 眉間に槍を刺した? いやいや、それはおかしな話だ。

なぜならばケーニギンの眉間には既に穴が開いている。

それはニコが過去に銃で友人の眉間を撃ち抜いたから、イメージが生まれて、魔女もそうなった。

 

少なくとも眉間の穴は杏子の槍よりは大きく、通常ならば通り抜けてしまう。

それなのに眉間には槍が刺さっている、杏子は別に槍を大きくしたわけじゃない。

と言う事は、つまり槍が刺さったケーニギンは――

 

 

「ッッッ!?」

 

 

杏子の体に走る激痛。見れば体の至る所から血が噴出していた。

まるで体の中で爆弾が爆発したような衝撃だった。

銃声が聞こえたかと思うと、全身から弾ける様に血が散布し、さらに杏子の喉、両肩、腹部、心臓。そして眉間に刃物が突き刺さる。

 

 

「かは――ッ!」

 

「!」

 

 

ニコはレジーナアイに最後の機能を追加した。

それは魔女になった際の能力や行動パターンを決められる機能だ。

傷ついた状態では杏子達を止める事は不可能と判断し、魔女になる事で杏子を倒す作戦を立てた。けれども魔女になった所でどうしようもないと言うのが、素直な感想。

であれば、ニコは最後の望みを託す事に。

 

先ほどの通り、ニコは各参加者のパターンを観察していた。

杏子は常にイライラしており、死ぬほどの負けず嫌いだ。ましてやまどかに負けた事でさらに拍車が掛かっている。

つまり向かって来た攻撃を避けるのでなく、打ち返すか、相殺するケースが多い事に気づいた。

 

そんな杏子が魔女を前にしたらどうするか?

何の疑問も持たず、そのまま特攻してくる筈だ。

だからこそ、ニコは魔女のスタイルを『超カウンター特化』に再生成した。

使い魔は自らは攻撃できないが、使い魔を破壊した奴にはダメージが入る様に変える。

自身は攻撃や防御力に回す魔力を全てカウンターに特化した力に変える。

 

だからケーニギンは杏子の槍を一本でも受ければ死ぬだろう。

それだけ彼女は弱い。しかし同時に、様々な方法で相手の力を利用する力を手に入れた。

それは使い魔であったり。自身の分身を出現させ、そこに攻撃したら同じ場所に刃物を生やせる力であったり。

 

ケーニギンは使い魔で自分を隠しつつ、自分と同じ大きさの(ぶんしん)を作り出す。

分身と本物の見分けは体の薄さ。そして眉間の穴だ。

だが薄さは正面からじゃ分からないし、眉間の穴も魔女結界が薄暗い為に分かりにくい。

 

ちなみに刃物の威力は分身に当てた攻撃の強さで決まる。

杏子は槍を強化させていたため、刃物の威力はそれなりに上がる訳だ。

つまり早い話、杏子はニコのカウンターにまんまと嵌った事になる。

 

 

「上出来だ、神那ニコ!」

 

 

やはり使える。

ベルデはそう言いつつも、バイオグリーザの目を模したヨーヨー、バイオワインダーを構えて走り出した。

ベノムの効果は切れている。

まさに今が好機なのだ。狙うはもちろん王蛇。

 

 

「今までずいぶんとナメた真似をしてくれたな!」

 

「!」

 

「終わりだ、クソ野郎がぁアッ!!」

 

「ハッ! 終わるのはどっちか。教えてやる」

 

 

同じくベノサーベルを構えて走り出す王蛇。

ベルデはヨーヨーを投擲するが、王蛇は何のこと無くそれを弾いて近づいてくる。

だがそれはベルデの計算通り。彼もまたニコの方法を真似てみた。

 

弾かれたヨーヨーは、そのまま意思を持ったかのように伸張。

近くに浮遊していた使い魔を三体程まとめて縛り上げると、ベルデはヨーヨーを引き戻す。

そして今、王蛇の剣がベルデに届こうと言う所で、引き戻した使い魔が盾になって間に割り入ってきた。

 

 

「!」

 

 

王蛇は既にサーベルを振り下ろしていた。

急に前に現れた的達、あれを攻撃すれば自身にダメージが返ってくる。

返ってく――

 

 

「それが、どうしたァアア!!」

 

「何ッ!?」

 

 

王蛇は的を叩き割り、その先にいるベルデを容赦なく打った。

当然王蛇にもダメージが返って来るが、なんのその。

王蛇はベルデを地面に叩きつけて執拗な連撃を打ち込んでいった。

 

 

(クソッ! やるじゃねぇか)

 

 

痛みに恐怖しないとは。

だがベルデはまだ冷静だった。

先ほどカードを二枚を用意したのを覚えているだろうか?

 

既にその二枚は発動済みだ。

この王蛇のゴリ押しは悪い話ではない。彼は今、完全にベルデを殺す事に集中している。

杏子と同じパターンだ。カウンターがあると分かっていても、イライラが勝ってしまい、相手を傷つけたいという欲望が刺激される。

だからこんな強引なやり方で突破しようとする。

 

 

(だがなッ、コッチが用意したカウンターは一つじゃないんだよ!!)

 

 

それを今から教えてやると、ベルデは痛みの中で確かな笑みを浮かべて見せた。

もちろんその笑みは仮面に隠れ、王蛇に悟られる事は無い。

まずは一枚目。それは――

 

 

「!!」

 

 

王蛇の振り上げた腕が止まる。

まるで何かに引っ張られている様な抵抗感。

たまらず後ろを振りむくが、そこには何も無い。

何もいない? いやいやいるんだよ。透明になったバイオグリーザが!

 

アドベント、それが最初に発動したカードだった。

透明になったバイオグリーザはベルデの近くに待機し、王蛇との戦闘が始まると背後に回ってチャンスを伺っていた。

そして王蛇がベルデを地面へと倒し、剣を打ちつけようと大きく振りかぶった時がチャンスと見て、舌を伸ばしたのだ。

王蛇の腕を絡め取るバイオグリーザ。流石の王蛇もこれには反応すると言うもの。

が、そこがベルデの狙い。王蛇は気づいていた筈だ、ベルデの右腕が緑色の光を纏っている事に。

 

 

「俺様の勝ちだ」

 

「ッ!」

 

 

二枚目、スキルベント。

ニコとゲームをした日にデッキに追加されたカード。

その効果はニコの切り札であるトッコデルマーレとリンクするものであった。

ベルデはその効果を調べ、そして確信する。これこそが自らもまた切り札になりうる物だと言う事を。

 

効果名は、『ワンショットキル』。その名の通り一撃必殺とも言える技。

文字通り相手を一撃で殺す効果は無い。しかしほぼ同じ意味を持った力がそこにはあった。

ベルデは動きが止まった王蛇の――、デッキを目掛け、光を纏う拳を打ちつけた。

 

 

「……!」

 

 

一撃、そうたった一撃だ。

なんの事は無いパンチを一発デッキに打ち込んだだけ。

騎士のデッキはダメージや精神状態によって強度が左右される。

今の王蛇ならばそう簡単には破壊できない代物だった。

にも関わらず王蛇のデッキには無数のヒビが、亀裂が走る!

 

 

「なにッ!」

 

 

思わず声をあげる王蛇。そんな事が――、と。

 

 

「覚えとけよ、コレが騎士の戦い方だ!」

 

 

情報を隠し、相手の知らないカードで翻弄して勝つ。

ワンショットキルの効果とは、光を纏わせた拳を相手のデッキに当てることが出来れば、確実に破壊できると言う物だった。

 

デメリットは発動中は攻撃力と防御力が下がる事。

しかしそれに見合う効果が期待できるのが強みであろう。

事実今、ベルデは防御力が下がった状態で王蛇からの攻撃を受けてしまった為、大きくフラついているが、ちゃんと王蛇のデッキを破壊する事ができた。

 

 

「浅倉……! ガッ!」

 

 

離れたところでは杏子が血を吐いて膝をついている。

どうやらまだダメージは回復していないらしい。

そして目の前には鎧が砕けて地面に倒れる浅倉威、ただの人間が一人。

 

 

「ハハハハ! 終わりだお前は!」

 

「お前ェエエ!!」

 

 

浅倉はやられたと言う表情でベルデを睨む。

悔しいだろな。ベルデは浅倉を馬鹿にしたように笑い、両手を広げた。

圧倒的に不利な状況でも、執念さえあれば必ずそれを覆す事ができる。

 

そうやって今まで上り詰めてきたんだ。

ベルデは浅倉にトドメを刺そうと足を踏み出した。

杏子はダメージが大きく動けない。ただ異端審問が使えるため油断はできない。さっさと浅倉を殺すべきだ。

 

 

「ハハハハハハァッ!」

 

「!?」

 

 

だが、浅倉は笑っていた。声を出して笑っていた。

この圧倒的な不利な状況で笑みを浮かべている。なぜ? ベルデは思わず背中に寒い物を感じた。

死をまったく恐怖していないのか? それとも気が狂っただけなのか?

いろいろな人間を見て来たベルデだが、浅倉には何か凄まじい違和感を感じる。

 

仮面が消えた事で曝け出される人間の素顔、表情。

多くの憎悪が見え、多くの殺意が見え、けれども浮かべるのは笑みと言う、矛盾した現状。

そこに狂気は無い。あるのは純粋な本能のみ。

 

 

「騎士の戦い方は、一つじゃないんだよなァ?」

 

 

カードの力を使うのが騎士の特徴だとベルデは言うが、浅倉は首を振る。

もちろんそれもあるんだが。

 

 

「何……、だと――ッ!」

 

「お前、勘違いしてるぜェ」

 

 

腹部に衝撃が。

こみ上げる物を感じて咳き込むベルデ。

するとクラッシャーを通して血が地面にぶちまけられた。

ベルデは違和感を感じた腹を見る。するとそこには粒子の尾が見えた。

 

 

「が……ッ! 馬鹿な――!?」

 

 

鳴き声がする。

すると再び衝撃、ベルデのデッキに大きな角が刺さっていた。

角はデッキを貫通し、バックルを貫通し、ベルデの腹部に深く抉り込んでいく。

 

 

「ゴポォッ!」

 

 

吐き気がしたと思えば、大量の血が口から出てくる。

ベルデが確認したのは、背後から自分の体を尾で貫いたベノスネーカーと、デッキを粉砕したベノゲラスの姿だった。

さらに粒子化しつつもベノダイバーが出現。

待機していたバイオグリーザの首を跳ね飛ばす。

 

 

「モンスターっては、便利だな」

 

「お前ッ、いつの間に、アドベントを――!」

 

 

そこでハッとするベルデ。

そう言えばニコから教えられた情報に、ミラーモンスターの"なつき度"についての説明があった。

なついているモンスターはアドベントを使わずとも主人が危険な時は助けに現れる。

いやそれだけじゃない。"粒子化するスピード"も、多少は遅くなるのだ。

 

 

(しまった……! 俺とした事が!)

 

 

ベルデは己の先入観を悔やむ。

まさか浅倉がなつかれているとは思ってなかった。

それは仕方にない。高見沢は今までの戦いをニコから聞いていただけだ。

なつかれていると言えば、一般的にはペットに対するものとして認識するのが普通だろう。

浅倉のような男が自分のモンスターを可愛がったりする物か。

そんな勝手な先入観があったのだ。

 

しかし実際は己の性質にあった行動をするだけでもなつき度は跳ね上がる。

何もペットのように頭を撫でたり、餌を与えたり散歩に連れて行けば~と言う話ではない。もちろんそれでも上がるが、まずはやはり性質を受け入れ、それに見合った行動を取る事だ。

 

王蛇のモンスターは全て『力』と言う性質を司っている。

歪んでいようが、なんであれ力は力。それを伴っている浅倉には、当然モンスターも忠誠を誓うと言うわけだ。

 

 

「………」

 

 

同じくデッキが壊れたことで変身が解除される高見沢。

生身の二人だが、高見沢の腹部には尚もベノゲラスの角が深く突き刺さっている。

とは言え、そこでミラーモンスター達は完全に消滅。高見沢はもう一度大量の血を吐血してよろけた。

倒れはしないが、正直立っていられるのが不思議な物だ。

 

 

「ハハ! やるじゃんか浅倉!」

 

 

倒れた杏子も体を起こして笑みを浮かべている。

浅倉は釣られた様にさらに笑う。それだけじゃない、その目に宿していた殺意がより膨らんでいった。

強く掴むのは、高見沢の首。浅倉は『首を絞めて殺す』と言う、シンプルで分かりやすい方法を選んだ。

 

 

「ウぐ――ッッ!!」

 

 

なんとも不思議な光景だ。

人間を遥かに超えた騎士の力を持っていた筈の二人が、今こうしてシンプルな方法で生と死のボーダーラインの上に立つとは。

 

高見沢は、ギリギリと力が入る浅倉の手を掴もうとする。

しかし腹部をベノゲラスの角で貫かれ、内臓をグシャグシャにされた彼に抵抗を示せるだけの力は残っていない。

立っているのも、やっとの状況なのに。

 

 

「ハハハッ! ハハハハハハ!!」

 

 

高見沢は浅倉の笑い声を聞きながら、自分の喉が潰される感覚を覚えた。

徐々に意識も遠くなり、耳鳴りが酷い。目の前が赤く染まり、思考は停止してしまう。

ケーニギンもニコがカウンター特化に設定しているため、自分からは何もしなかった。

せめてもの幸いは、その隙を杏子が狙わなかった事だろうか? 杏子は現在、浅倉が行う殺人ショーを楽しそうに見ているだけ。

 

 

「―――」

 

 

ダラン、と、浅倉の腕に掛けていた高見沢の手が落ちた。

今まで死ぬ気で上り詰めて来た男の最期が、どこの誰とも分からぬ男に絞め殺される。

なんて滑稽な事か。きっと死体もさぞ醜くなるに違いない。

何よりも今、浅倉に見下されている。

 

 

(当然だ、俺を殺すんだからな……)

 

 

ああ、なんて……。

 

 

(気にいらねぇな)

 

 

完全に、浅倉は油断している。

獲物を取るその瞬間は、どんな猛獣も『隙』が生まれる事を高見沢は熟知していた。

そう、勝利を確信したその時がウィークポイントなのである。

 

 

「―――」

 

 

高見沢の意識が憎悪によって覚醒する。

確かに勝利の瞬間は――、勝負が決まる時だ。

だが逆を言えばまだ終わってはいない。逆転できるだけの要素(カード)があるのなら、話は違ってくる。

 

 

(俺様を見下していい人間なんざ、この世のどこにも存在しちゃならねぇんだよ)

 

 

高見沢はスーツの裏に手を伸ばす。

それは一瞬の出来事で、浅倉は引き抜かれた『それ』を見て呆気に取られる。

 

 

「ァ?」

 

(俺の立場だからこそ――)

 

 

上り詰め、権力を使い。時には裏の道に顔を出す。

 

 

(だから得られる武器がある)

 

 

死ね。

そう思い、高見沢は抜いた"ハンドガン"の引き金を引いた。

 

 

(一つ教えてやるよ。どんな猛獣もな、狩人には勝てねぇ)

 

 

何故か分かるか?

それは人が食物連鎖の一番上に立っているからだ。

人は優れた道具を今まで作ってきた、その武器が猛獣を殺すんだよ。

獣に負けないと泥を舐め、貪欲に生きてきた結果が齎した武器が。

 

 

「浅倉ぁあッッ!!」

 

 

杏子の叫びが聞こえた気がするが、高見沢の耳に響くのは銃声だけだ。

その瞬間、決着はついたのだ。奇しくも、高見沢に勝利を齎したのは、神那ニコのトラウマを作った物と同じだった。

 

 

「――ざまあみやがれ糞野郎」

 

 

テメェには一生持てなかった武器だろうよ。

高見沢は眉間に風穴が空いた浅倉を目に映し、笑いながら地面へと倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――」

 

 

真っ暗な闇の中に光を感じて、それを掴もうと手を伸ばした。

闇の水をかき分けて、その光に手が触れた時、ニコは目を覚ます事を許された。

ぼやける視界と思考。けれどもニコは『自分』が『自分』である事の異常を察する。

魔女になった筈なのに、今はこうして人の姿を保って存在しているじゃないか。

そうか、待てよ。ははあ。高見沢が50殺しを達成させたのだな。

 

 

「おい」

 

「ッ!!」

 

 

しかし最も聞きたくなかった声が背後から聞こえた。

ニコは跳び上がるようにして体を其方に向ける。

見上げる先には佐倉杏子がムスっとした表情でコチラを見ているじゃないか。

体に傷はあり、衣装には血のシミができているものの、今現在は完全状態とも言って良い杏子。

 

青ざめて目を見開くニコ。

高見沢はしくじったのか? なんでコイツがいるんだよ。

計算外だった。とにかくと抵抗しなければ、ニコは半ば反射的に変身を行う。

 

 

行う?

 

 

「――……ッ!?」

 

 

変身、できない?

ニコはゾクリと寒い物を背中に感じた。

変身が封じられた訳ではない。杏子にそんな力は無い。

では何故変身ができないのか。

 

 

(ソウルジェムが……、出せない)

 

 

ニコはキュゥべえとたくさん話したので、ルールには詳しい。

ニコは青ざめていた。向こうには高見沢が倒れているのが見えた。

既に、粒子化が始まっている。

 

 

「コッチの馬鹿(あさくら)はもう消えちまったけど」

 

「ッ!」

 

「なんか、ジュゥべえからのサービスらしいよ」

 

「は……?」

 

 

その時、脳内に響く声。

 

 

『まあ、そう言う事だな神那ニコ』

 

「ジュゥべえ――!?」

 

 

ジュゥべえが言うには、ニコが一番妖精に出会った回数が多いのだと言う。

そしてニコは"もうジュゥべえたちを利用する事は無い"だろうから、今までの記念と言う事で何かを残してあげたかったと説明される。

 

 

『ほら、オイラそう言う所律儀だからさ。ちゃんとしてるって言うの?』

 

 

面倒そうにしていたけど、ちゃんとオイラたちを見つけてくれたニコちゃまには感謝してる訳だよ。

と言っても、テメェのレジーナアイがあれば誰でもオイラ達を見つけられるんだろうが。

 

まあまあそこは置いておいてだな。

とにかくとオイラはテメェに一つのサービスを今ココで特別にくれてやる事にしたんだよ。

先輩には反対されたけどさ。ココはオイラが一つ無理を言って通してもらったんだ。

感謝してくれよ。それに、ほら、ルールもあるからな。

もう分かってるとは思うけど、その説明は一応しないと。

 

 

『つー訳で、まずはパートナーの最期に立ち合わせてやるよ』

 

「――ッッ!!」

 

 

全てを理解したニコ。

彼女は発狂したように叫ぶと、高見沢の元へ走り出す。

それを見て、杏子は鼻を鳴らす。彼女は彼女でキュゥべえとコンタクトを取っている所だった。

 

 

「まさか銃を隠し持っていたとはね。日本でよくやるぜ」

 

 

キュゥべえから届いた浅倉の死亡通知。そして杏子は一つ、彼に質問を。

 

 

『浅倉のメインモンスターはベノスネーカーで問題ないよな』

 

『そうだね。それで問題ないよ』

 

『じゃあ、つまり……』

 

『ああ、キミは既に――』

 

 

そんな会話が行われている向こうで、ニコは高見沢の傍にやって来た。

呼吸を荒げ、嗚咽を漏らす。けれどもソレは高見沢が死にゆく事に対しての悲しみとは少し違っていた。

 

 

「おい! おいッ! なあおいッぅ!」

 

 

ニコは高見沢の肩を抱えて大きく揺さぶる。

既に高見沢の目に光は無く、体に空いた風穴からは血も流れきったと言う印象だ。

事実、彼はもう死体と言っても差し支えは無い。

ジュゥべえが延命として僅かに生命エネルギーを与えているだけ、よって会話もテレパシーでなければならない。

 

 

『おい! おい! なあ――ッて!』

 

『うるせぇなクソガキが。死ぬ時くらいゆっくりさせろ』

 

 

首を振るニコ。

彼女の目には涙がいっぱい溜まっているが、それも悲しみからとは少し違う。

自分が今ここにいると言う事は、だ。

 

 

『なんでだ!? なんでなんでなんでッ!!』

 

 

どうしてどうしてどうしてどうしてどうして――ッ!

 

 

『なんで私を人間に戻したんだッッ!!』

 

『………』

 

 

震える声でニコは涙を撒き散らす。そうだ、今の神那ニコは確かに人間だった。

ルールの一つ、魔女化した魔法少女を人間に戻す方法。それはデッキが破壊された状態で騎士が殺される事だ。

そうすれば魔女となった魔法少女はそのしがらみから解放されて人間に戻る。魔法少女の資格を失い、力を失い、願った希望を捨てて人呪いから解放されると言う訳だ。

尤もそれが何を意味するのかは、巴マミの一件で証明されている。

 

 

『駄目だ駄目だ駄目なんだっ! だって、だって私が、私が願ったのは――』

 

 

首を振り、髪をかき乱し、涙を流し、嗚咽を漏らす。

今のニコに以前の様な冷静さも、達観さも、ましてやミステリアスな雰囲気など微塵も感じられなかった。

ただその事実が認められなくて、でもどうしようもなくて、悔しくて訳が分からなくて泣き崩れているだけ。

 

 

『私が人間に戻ったら――』

 

『そうだな、テメェが魔法少女になった理由が消えちまうな』

 

『じゃあ、じゃあ――ッ!』

 

 

涙が止まらなかった。

人らしさを失ったニコにしてはおかしな光景だ。

しかしそれがニコが『神那ニコ』として生まれる前の出来事に絡んでいるのだから仕方ない。

 

高見沢もそれを理解していた。

マミを例に出せば分かりやすい話だ。マミは生きたいと願って魔法少女になった、だから命を継続させる事ができたのだ。

 

しかしマミがルールによって人間に戻った時、その願いは無効とされ、マミは『生きたい』と言う願いを否定されて死に至った。

つまり、ニコの場合は……。彼女もそれが分かっているから錯乱状態にあるのだろう。

 

 

『なんでこんな事を――ッ!』

 

『………』

 

『だってそうだろ!? 私が人間に戻ったら――』

 

 

それは、つまり。

 

 

『私が殺した二人が、また死んじゃうッ!!』

 

『そりゃ、そうだろ』

 

 

今頃、ニコが願いの力で蘇生させた二人は眉間に風穴が空いて絶命しているだろう。

それはいきなりの事で、誰も真相には至れはしない。

知っているのは今この場にいるニコと高見沢のみ。

ニコは狂ったように高見沢へこうなってしまった責任と、なぜ自分を生かしたのかを問い続ける。

 

 

『無くなった! 無くなってしまったじゃんか! 私の生きてて良いと思える希望がッ!』

 

 

ニコが壊れず、多くの物を失いながらもココに立っていられる理由が、希望が、この瞬間に消え去った。またパパとママは苦しむ。殺した二人は死んでしまう。その家族や、関わった人達が苦しむ事になる。悲しむ事になる。

 

しかも今回は原因不明の死。いきなり死んだのだ。

そのシチュエーションを想うだけで気が遠くなる。

もしかしたら恋人ができてデートをしている途中だったかもしれない。

もしかしたら家族と楽しい食事の時間だったかもしれない。

 

かもしれない、かもしれないのに、二人は死んだ。

眉間に風穴をあけて、血を撒き散らして死んでいった。

こうなってしまっては僅かな延命と言うだけにしかならなかった。

むしろ多くの時間を抱えている分、それだけ絶望も大きくなろう。

 

そして何よりも自分(ニコ)が。

己がこの手で二人を殺したのだと言う『事実』が消える事が無い。

要するに、神那ニコは聖カンナに戻ってしまったと言う訳だ。

 

 

『そんな――ッ、そんなぁぁ……!』

 

 

嫌だ、どうして、私は何のために――ッ!

ニコは涙を流しながらへたり込む。最悪すぎて笑えてくる。

もう何も分からない。もう理解できない。もう嫌だ何もかも。

 

 

『私は……、どうすればいいんだよぉ』

 

『どうすればいい? 馬鹿か、お前は』

 

 

そして当の高見沢は一言。

そんなもの、初めから決まっているだろうと。

 

 

『生きろ、神那ニコ。お前はあくまでも神那ニコなんだからよ……!』

 

『!』

 

 

むしろコレは丁度良い事かもしれないと高見沢は告げた。

ここが最後のボーダライン、最後の試練。

もしくは、最後の希望となりうる。

 

 

『自分が抱えた罪を、笑え』

 

『ッ!?』

 

『強欲に生きろ! 神那ニコ!!』

 

 

生きる事を、欲しろと。

 

 

『他者を殺した事を受け入れ、それでも尚生きて、いや生き抜いてみせろ!』

 

 

ニコは、また人として生きたいとあの夜に告げた。

ならば生きれば良い。自分が犯した罪を自覚しつつも、また笑いたいと胸を張って言えばいい。

また美味い物を食べたいと。面白い物が見たいと、自分に教えてやれば良い。

 

人を殺したから自分に生きる価値がないと思う心を殺せ。

他人の夢を奪ったから、お前には夢を持つ資格がないと吼える第三者を睨み殺せ。

自分を愛せ。自分が罪の意識に苦しんでいるのなら、自分自身を何が何でも助けてやるんだ。

誰もが皆、欲望を抱えている。どんなことをしても、どんな人生を歩んでも、人は常に願いを抱えている。

その欲を、自分自身が叶えてやるんだ。

 

 

『きっとお前にも、人間になれて嬉しいと思える生き方がある』

 

 

せいぜい、それを賢く見つける事だ。

高見沢はそう言って大きなため息をついた。

もっとも"本体"の方は、もう呼吸すらしていないが。

 

 

『そうすれば、お前を人間に戻した意味もあんだろ……』

 

 

『――んで』

 

 

ニコは歯を食いしばって唸る。

目をギュッと瞑った為、ボロボロと涙の雫が高見沢の頬に落ちた。

彼がどんな事を考えているのかは知らない。しかし結果的に、ニコはまた高見沢に助けられる事になる。

 

 

『なんでお前は私に優しくしてくれるんだよぉぉっ!』

 

 

その意味が分からないから気持ち悪いんだ。

すると高見沢はゲラゲラと笑って鼻を鳴らす。

 

 

『別に優しくした覚えも、助けた覚えも無ねぇよカス』

 

 

自分がした事と言えば、ニコの欲望を刺激する行動を取っただけだ。

それにこれはあくまでも偶然だ。たまたまベルデのデッキが破壊され、王蛇に遅れをとった為に死ぬ事になっただけ。

 

何も初めからニコを助けるつもりがあった訳じゃない。

結果的に、ただこうなっただけ。ただまあ、こういう選択肢も悪くはないと思っていた。

だから別に高見沢は不満があるわけではない。

だから、あえて理由を作るとすれば――。

 

 

『面白そうだった。からかもな』

 

『はァ? な、何言ってるんだよ! 訳分かんないぞ!!』

 

『言っただろ。気に入った相手は評価すると』

 

 

純粋に見てみたかったのかもしれない。高見沢はそう笑った。

クソ生意気で達観しているガキが、ただのガキに戻る光景とやらを。

それが純粋な興味だ。高見沢と言う男に湧き上がった興味。

それは言い換えるなら知的欲求、新しい欲望だった。

 

 

『俺は我慢する事が耐えられねぇんだ。見たいと思ったものは全て見る。それが俺の人生だ』

 

 

ニコは凄まじい力を持っていると言うのに、みすみす腐らせる。

それを止めたいと思う事もまた高見沢の為であり、自らの欲望を叶える過程であったと。

つまりニコにとって助けられていると思った事は、高見沢にとっては全て自分の為だったと言う訳だ。

 

 

『そんなのッ、自分の命を投げ打ってまでする事なのかよ!』

 

『一度覚えた欲望だ。それが叶うなら俺は死をもいとわない』

 

 

欲深いんだよ俺は。

叶えるためなら命をも(ベット)するだろう。それがただの遊戯でもだ。

ルーレットに命を賭けるのも、高見沢にとっては当然のことだ。

 

 

『それに、言っただろ』

 

『――ッ?』

 

 

一緒にゲームをした夜。

高見沢は自分が抱えている自論をニコに話していた。

 

 

………

 

 

俺はデッキを手に入れて騎士になった。お前は願いを叶えて魔法少女になった。

二つの力は人間を大きく超えている。だからこそ俺達は人の上に立つ事を許された存在でもある。

 

ただ、いつかその事実が崩れる時は、必ずやってくる。

そもそも俺たちが人間と違う部分は、ただ物理的な力を持っているかどうかでしかない。

特別な人間なんて、この世にはいない。騎士も魔法少女も人である点は覆らない。

 

仮面を被り、敵と戦い、そして生き残る。

それがベルデとしての俺だ。だがな、周りをよく見てみろ。

どんな冴えない様なサラリーマンの親父も、毎日営業スマイルだのと外面を意識した仮面を被って、他の社員に居場所を奪われないように仕事や自分と戦い、そして家族や自分自身の暮らしを守る為に死ねない。

 

つまり毎日を生き残る為に、必死で戦っている。

 

何が違うってんだ、ベルデと。

それは別にサラリーマンだけに言えた事じゃない。学生だったり。フリーターだったり。

優等生も。働いてねぇ奴だって。大きな犯罪を犯した奴ら。幼稚園に通ってる様なチビガキ。

とんでもねぇ人間の屑だって、形は違えど同じようなサイクルとシステムの上に立っている。

 

その中で他者を傷つける事はある。蹴落とす事もある。

俺はそうして来たし、俺がそうされる可能性はもちろんある。

じゃあ何だってそんな事をすると思う? その戦いの先に何があるってんだ?

 

 

『それは生きる意味。欲望じゃねぇのかよ?』

 

 

こんなクソみてぇな世の中で何度も裏切られ、傷つき、それでも尚、俺たちが生きようと思えるのは、そう思えるだけの魅力的な物があるからだろう。

その宝物は一人一人違うかもしれないが、欲しいと思う心は同じだ。

 

それを求める事が欲望なんだよ!

生きる意味、力、源! それを求めて、誰しもがクソみてぇな世界を受け入れている。

常に毎日、誰かと、何かと戦って、命を賭けている。

 

 

『……!』

 

『いいか、もう一度言うぞ』

 

 

誰も、何も、変わらない。

 

 

『人間はみんな、騎士なんだよ……!』

 

 

どいつもコイツも俺と同じだ。

だがそれは肩を並べるって事じゃねぇ。

俺はそれが嫌だった。だからそいつらを見下す為に、それができる位置にたどり着いた。

それが俺の欲望だったから、俺は諦めなかった。

 

勘違いするなよニコ、お前も特別じゃない。

人を殺した奴なら他にも山ほどいる。ムショ見れば一発よ。

お前は、そんな中の、一欠片でしかない。

 

さも特別な様に。さも悲劇を背負った可哀想なヒロイン面を続けるのはもう止めておけ。醜くて仕方ない。反吐が出そうだ。

そんな時間があったらな、自分(テメェ)の欲望に少しは耳を傾けてやるんだな。

 

 

『その方が……、はるかに有意義に過ごせるぜ』

 

『うあぁ! ぁぁあああ!』

 

 

ボロボロと涙を流すニコ。

それを見てゲラゲラと笑う高見沢。

どうやら彼の欲望は、また一つ満足と言うゴールを迎えたらしい。

 

生意気だとイラついていたニコの泣きじゃくる姿を見て、高見沢は今までの行動が無駄ではないと、より笑い声を上げる。

別にニコが望んでいようがいまいが、ここれは高見沢自身が望んでいたのだから、気分は良いに決まっている。

 

しかし一つの欲望が終われば、また新しい欲が湧いてくるのが人間だ。

今回もそれは例外ではない。

 

 

『そろそろ、俺も終わりだ』

 

 

死後の世界ってヤツが見たくなって来た所だ。

丁度いいと高見沢は言う。その欲望が、今満たされる。

 

 

『ま、待ってよ! ちょっと待ってくれよ!!』

 

『ふざけんな、もうテメェには飽きた』

 

 

俺は先に行ってるぜ。

高見沢の声が遠ざかっていくのを感じ、ニコはますますパニックになり高見沢の体をゆする。

しかしどれだけニコが叫ぼうとも、高見沢は話しを聞く気はなかった。

まして待つ事も不可能だから。

 

 

『最後にもう一回言っておくぜ』

 

『おい! なあ待ってよ! ちょっと待って!!』

 

『生きろ。お前には――、いや誰しもにそれだけの才能と力が、そして欲望がある』

 

『待って、お願いだから!!』

 

『それを腐らせたまま終わるか、高みへ目指す武器にするかは――』

 

『置いて行かないで!!』

 

『お前の、自由だ』

 

 

そこで、声が途切れた。

肉体も完全に粒子化して消えうせる。

ニコはしばらく呆然としていたが、やがてまた涙を浮かべて顔をしかめる。

 

あったんだ。ニコにも、欲望と言える物が。

できたかもしれなかったんだ。"まとも"になったら一番初めにやりたい事が。

それがしたいから、ニコは過去に向き合う。過去を清算させる決心を固められると思っていたんだ。

 

 

「お前とまた、ゲームしたかったんだよぉ……ッ!」

 

 

楽しいと思えた、人と遊ぶ事が。

お前はノリ気じゃなかったけど。私は……、私にはとっても楽しいって思えそうな事だったんだ。

だからまた、一緒にしようって言いたかった。

だってまだ二面の途中なんだぞ。全クリするまで一緒にするのが普通なんじゃないのかよ。

 

 

「戻れないぞ、もう……! どこにも戻れない!!」

 

 

今更、両親の所には帰れない。でも一人で生きていく力も失った。

 

 

「さみしぃぞ……! さみしぃよぉ」

 

 

まともになっても、お前がいなかったら、私は誰とゲームすればいいんだよ。

教えてくれよ、教えてよ、私は、私の欲望は――

 

 

「たかみぃ……!」

 

 

涙がボロボロとこぼれていく。

そこにいるニコは紛れも無い、ただの人間であった。

心を失った彼女にとっては、狭い世界だったろう。

 

しかしその狭い世界が、ニコにとっては全ての世界へとなりうる物だった。

その世界が崩れた時、ニコは再び道に迷う事になってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【浅倉威・死亡】

 

【高見沢逸郎・死亡】【神那ニコ・リタイア】

 

【これにより両者復活の可能性は無し。よって、ベルデチーム完全敗退】

 

【残り12人・8組】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「安心しろよ。お前もすぐにパートナーの所へ行くんだから」

 

「!」

 

 

振り返るニコが見たのは、三日月の様に唇を吊り上げている杏子だった。

そうか、そうだな、その通りだ。あくまでもココはFOOLS,GAMEの歯車の中。

理性の無い獣には、喰われるだけなのかもしれない。

 

むしろこのまま生きる道が分からぬニコにとっては、杏子が殺意を向けてくれると言うのは喜ぶべきものなのかもしれない。

だが、だがそれでも。

 

 

『生きろ』

 

 

そう、言われた。

そしてニコは、自分の中に新たに生まれつつある欲望を理解していた。

それはまだ心の中にあったちっぽけな正義感が引き起こすものなのか。

 

とにかく、生きているのならば、どうしてもやりたい事があった。同時に感じる責任があったのだ。

だから生きたい。ニコは自分の心に宿る生への執着を覚える。

だがこの状況、どう切り抜ければ――?

 

 

「って、言いたいんだけどさぁ」

 

「!」

 

 

杏子は首をダルそうに回すと、槍を手で弄び、地面を踏んで急旋回を行った。

このままニコを突き刺して殺す事は簡単だ。そう、ごく簡単な事。

杏子としても余裕と思っていた相手に煮え湯を飲まされた為、ここいらで一矢報いたい思いもあった。

けれども、それよりも優先させるべき事があるのならば、話は別だろう?

 

 

「おいッ! さっきからジロジロ見てんじゃねーよ!」

 

 

杏子はニコではなく、虚空に向かって槍を投げる。

生い茂った草むらに消えて行く槍。するとそれが何かにぶつかる音と、ケラケラ笑う甲高い声が聞こえて来る。

 

 

「ッ!!」

 

 

理解するニコ。

呼吸を荒げて、肺が破裂してもいいからと全速力で杏子から走り去る。

いろいろな意味を含め、これが最後のチャンスかもしれないから。

 

 

「……チッ」

 

 

杏子は小さくなるニコを複雑な表情で見つめていた。

見逃すのはやはり気持ちが悪い。しかしサックリ殺してもいいのだが、それはそれで気に入らない物がある。

その全ての原因が、笑い声を上げながら杏子の前に姿を見せる。

 

 

「あっれぇ? やっぱりアタシって隠れるのは苦手なのかな」

 

「………」

 

「でもほら、仕方ない。やはり輝いている存在はそれなりのオーラを出してしまう」

 

 

ユウリ様――、参上。

対して舌打ちで零す杏子。うんざりしたように睨み付ける。

 

 

「感じたさ。薄汚いオーラって奴をさ」

 

「言ってくれる! クソ女の分際で」

 

 

ユウリも笑みを消すと、激しい憎悪の表情で杏子を睨みつける。

この落差。ユウリもまた、感情を壊したガラクタでしかない。

笑みも、希望も、ユウリにとっては歪んだ物でしかないのだから。

 

 

「何で神那を逃がした。屑かよお前、ずいぶんお優しくなられたな」

 

「………」

 

「そんなんだから鹿目ちゃんに負けちゃうんだよ」

 

 

ユウリは冷めた目で杏子を睨む。

杏子は青筋を浮かべてユウリを睨んでいる。

お互い、ありったけの殺気を出して威嚇する。

 

 

「アンタがいなけりゃ殺してたさ」

 

 

杏子は思い出していた。

ユウリは参加者全員の死を望んでいる。

杏子としては別にリタイアしたニコに拘る意味も必要も無かった。

まあニコを殺したいと言えばそうだが、その殺意を優先させるよりは、利用した方がいい。

 

要は、あそこでニコを殺せば文字通りユウリの思う壺ではないかと。

ニコを逃がしたほうがユウリとしては悔しいはずだ。だからそうした。

そもそもどうせニコを攻撃した時に横から不意打ちしてきた筈だ。

 

 

「違うか? ユウリィ」

 

「ああ、正解だよ。大正解」

 

 

ユウリはリベンジャーを出現させる。

ユウリはニコを殺したくて殺したくて仕方ないはず。

それを邪魔するのは、正直言ってニコを殺すよりも気分がいい。

 

 

「追いたいの? 追いたいよなぁ、そりゃあさァ」

 

「テメェ……ッ!」

 

 

ムカつくイラつく大ッ嫌い!

ユウリはドスのきいた声で罵倒の言葉を杏子へ浴びせていくが、最後に浮かべるのはやはり歪な笑みだった。おかしくもないのに笑ってる。

 

 

「勘違いしてもらっちゃ困る。殺害リストの中には当然アンタも入ってるわけ」

 

 

ニコを殺すのは、杏子を殺してからでも遅くは無い。

それに考えてみれば杏子とは色々と因縁がある。

リーベエリスで味わった屈辱は忘れてはいない、だから――

 

 

「今度こそブチ殺す! 佐倉杏子ッッ!!」

 

「上等だ、次こそ地獄に沈めてやるよユウリィィ!」

 

 

中指を立てるユウリと、首をかき切る動作の後にサムズダウンを行う杏子。

瞬時、二人は地面を蹴って走りだした。いつぞやの戦いでは決着がつかなかったからこそ、ここでケリをつける。

ユウリは早速エルザマリアを召喚。マントのようにして身に着ける。

 

 

「来い! ギーゼラァアア!!」『アドベント』

 

 

さらに銀の魔女ギーゼラを召喚。

すぐにバイクモードに変形させてシートに飛び乗った。

ギーゼラは巨大な魔女だが、バイクモードになると搭乗者に合わせてサイズを変更する機能がある。バイクに乗ったユウリはさらにリベンジャーを構えた。

 

 

「ミックスミキサーッ! クラッシュブルー!!」

 

 

銃を振って弾丸に色をつける。

 

 

「死ねぇええええええええええ!!」

 

 

ビンコットラッシュ。

ユウリの両肩上にマシンガンが出現して青い銃弾を連射していく。

凍結効果の弾丸が、あっという間に杏子の周りを氷のフィールドに変えた。

もちろんユウリは杏子に銃弾を当てるつもりだったが、槍を回転させて盾を作ると、弾丸を次々に弾いていくのだから仕方ない。

 

 

(マシンガンの連射を槍で防ぐとか普通無理だろ、人間じゃねぇのかアイツは)

 

 

あ、魔法少女だった。

ユウリは舌打ちと共にギーゼラのスピードを上げる。

杏子に銃弾を打ち込めなかったのは残念だが、まあ計算内であったと言えばそうだ。

狙いは周りにできあがった無数の氷柱。それは檻となり杏子の動きを封じる。

それだけでなく、氷の地面は滑って動きにくい。ニコとの戦いで杏子も疲労している筈。魔力の消費を抑える為に無駄には動けない筈だ。

だからこそラッシュを掛ける!

 

 

「イーブルナッツ!」

 

 

リーベエリス跡地での戦いをスルーしたのはこの時の為だ。

ユウリは最終決戦に向けて、大量のグリーフシードとイーブルナッツを生み出した。

それを今回惜しみなく使っていく。ユウリはギーゼラのスピードをマックスにまで上げると、適当に掴み取った無数のイーブルナッツを強引にギーゼラへ押し当てる。

 

歪み、禍々しく強化されるギーゼラ。

ドス黒い噴煙の様な排気ガスと共に、エンジンは爆音を上げる。

ユウリはシートを蹴って影の翼を広げると、銃弾を赤色に変えて、杏子ではなくギーゼラへ銃弾を発射していく。

 

 

「悪いね、ギーちゃん」

 

 

赤色は炎の弾丸。

激しい連射にギーゼラの体はあっという間に燃え上がっていく。

そしてそのままギーゼラは杏子が氷柱に閉じ込められている杏子のもとへ突っ込んでいった。

ギーゼラの体内には多くの燃料がある。当然その炎は体内の油へと触れる事となり――

 

 

「爆ぜろぉオッ!」

 

 

大爆発。

周りの氷を吹き飛ばしながら爆炎が巻き起こる。

しかし、それは一瞬だった。激しく燃えていた炎はあっと言う間に闇に吸い込まれていく。

ブラックホールだ。さらに巨大なシルエットが吼えた。それはまさに炎をかき消すように。

 

 

「グジャアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

「チィッ!」

 

 

浅倉が死んだ今、ミラーモンスターの命令権は杏子に移る訳だが、ジェノサイダーはブラックホールの中に自身を隠す事ができる。

つまり杏子にはデメリットが無いと言う訳だ。

必要に応じてモンスターを呼び出せばいい。そして危険ならばブラックホールの中に隠せばいいだけの話だ。

 

 

「つまんねぇ手だなァ! 魔女も気の毒だね、飼い主のセンスが最悪で」『ユニオン』『ユナイトベント』

 

「黙ってろッ!!」

 

 

杏子がジェノサイダーと融合する。

それを見てユウリはイーブルナッツを二個、エルザマリアに与えた。

さらに使い魔も周りに出現させて影の触手を無数に出現させる。

触手の先には動物の顔がついており、中には刃になっている物もあった。

イーブルナッツで強化させた魔女は、そこら辺にいる魔法少女なら数分で血祭りにできる事だろう。

 

 

「貫けぇエエエッッ!!」

 

「ウゼェな糞がぁア!!」

 

 

ユウリの合図と共に、無数の黒が杏子へと向かって行く。

しかし杏子は怯まない。ロンギヌスを両手に構えると、さらに自身の周りにも無数の槍を出現させた。

 

槍はすぐに割れ、中から鎖の擦れる音が聞こえる。

無数の多節棍が蛇のようにうねり、影の触手とぶつかり合う。

刃は影を引き裂くが、触手はユウリの意思一つでまた生まれていくもの。

現れ壊され、現れ壊され。これを続けていけば杏子の魔力切れを誘うことが出来た。

 

 

(でもアイツにはアレがある――ッ!)

 

 

異端審問。

地中からの奇襲に加え、ロンギヌスの場合は空中からの追尾機能がある。

このまま攻撃を続けていても、やがては不利になるのは分かっていた。

 

 

「コルノフォルテ!!」

 

「ッ!」

 

 

牛の使い魔・コルノフォルテが杏子の背後に出現。

しかし杏子は気配を察知すると体を反らして突進を回避してみせた。

そこで目を見開く。牛と言う生き物に既視感を覚えた。

牛。そう、鹿目まどかが杏子の攻撃を打ち破った時に使用したのも牛の形をした天使だったか。

力が全てだと言う理を否定し、協力がどうのこうのと叶わない夢を吼える。

 

 

「最ッ高に腹が立つ!!」

 

「!!」

 

「目障りなんだよ、弱いクセにさぁああああッ!!」

 

 

杏子の怒りが一気に爆発する。

憎悪が力に直結し、槍のスピードとパワーが膨れ上がったのだ。

周りの槍だけで襲い掛かる触手を全て打ち消していき、杏子本人はコルノフォルテに向かって手をかざした。

出現するブラックホール、猪突猛進のコルノフォルテはブレーキがきかずに暗黒の中に吸い込まれていく。

 

 

「!!」

 

 

ホワイトホールが出現するのは影の触手の上。

つまり振り回されるロンギヌス達の真上と言う事だ。

翼を持たないコルノフォルテは手足をバタつかせながら落下していくだけ。

行き着く先は刃の乱舞、杏子が引き起こすミキサーに巻き込まれて、コルノフォルテは一瞬で細切れになる。

 

 

「ッ!」

 

 

コルノフォルテはユウリの魔力をたっぷりと与えられていたため、思い入れのあるモンスターだ。それをいとも簡単に殺されるのはやはり面白くは無かった。

だがそれ以上に杏子の爆発力が気になる。やはりソウルジェムは感情によってその魔力の量や質を変化させるのか。

 

 

「ッッらぁ!!」

 

 

杏子の咆哮と共に、ユウリの周りの地面が真っ赤に染まる。

このタイミングで異端審問。ユウリは息を呑んでエルザマリアを身に纏う。

直後地面から射出されていくロンギヌス。ユウリのマントをズタズタにして空中で旋回、刃を下に向けると、そのまま槍の雨へと二段構えの攻撃を。

 

 

「グッ! つぅう!!」

 

 

ユウリは、絶命して消滅途中のエルザマリアを投げ捨てると、歯を食いしばる。

やはり杏子が一番のラインになるか。鹿目まどかは不殺主義と言う甘さが保険となっていたが、杏子は本気で殺しに来る。

 

だがニコにあれだけやられたのだから、確実に消耗はしている筈。

今だって強化したギーゼラの攻撃を防ぎ、エルザマリアを殺したのだ。圧倒的にも見えるが、当然それだけの魔力は消費している。

さらに言えば現在、軽い暴走状態に陥っている。ならば魔力配分もロクに考えてはいない筈。

 

 

(なによりも――)

 

 

多少なりとも頭は回る様だが、所詮は力に頼ったゴリ押しの脳筋パワーファイター。

ニコにもその点を見透かされて見事にカウンターの前に散った訳だ。

それをユウリはしっかりと観察していた。

 

人はそう簡単には変われない。

ましてや意地になっている杏子を見ればそれはよく分かる。

魔法少女になっても人だった頃の中身と根本は同じなのだ。

 

 

「……切り札、行くか」

 

 

前回の戦いでパワーに負けた。

糞ムカつく事ではあるが、それは認めよう。それを認めよう。

王蛇の司る物とは力。それが杏子にも影響しているのは当然のことだ。

認めよう、ああ認めましょう全部。

 

だが――、しかし。

忘れてはいけない、ユウリは技のデッキに選ばれた。

そう技だ。力ではなく技。

 

 

「来い」『イーブルベント』

 

 

餌なら、たらふくある。

ユウリは目を細めてイーブルベントを発動した。

イーブルナッツを作り出す以外に、作っておいたイーブルナッツを呼び出す効果も持ち合わせている。

同時に、切り札と称するカードを真上に投げた。

 

 

「ッ!」

 

 

動きを止めた杏子。

ユウリの周りにザザザザと言う雑音が発生したかと思うと、黒い雲が発生したのだ。

いや、雲ではなくそれは無数のイーブルナッツ。

100以上はあるソレを、ユウリは何と一体の魔女に注ぎ込もうと言うのだ。

当然それだけ力は増幅し、逆に言えば力が多すぎてすぐにパンクしてしまう筈。

つまりユウリは短時間の決着を見越している。

 

 

「シズル」『アドベント』

 

 

リベンジャーの弾丸がカードを貫く。

同時に無数のイーブルナッツが、一勢にシズルと書かれたカードに収束して行く。

そして光が発生。それが形を作り、一体の魔女を降り立たせる。

 

 

『化蚊香窩可!』

 

 

趣の魔女『Sizzle(シズル)』。

大きな頭蓋骨の上半身を持ち、下半身はボロボロの着物で、足は人間のソレが一本だけ。

頭蓋骨の目部分には二つの顔がついており、頭には花の髪飾り、ツインテールの髪は手の役割も兼ねている、和風の魔女であった。

 

シズルはユウリにとって特別な魔女だった。

と言うのも、シズルはアルツトコッヒェン(飛鳥ユウリ)から守ってくれた魔法少女の成れの果てだからだ。

彼女もまた絶望し、それをユウリは見つけ出してカードに変えた。

シズルがいたからこそユウリはココにいる。

そしてシズルさえいなければ、『ユウリ』は死ななかったかもしれない。

 

 

「魔法少女なんかがいるから魔女が生まれる」

 

 

無駄な希望が生まれ、必要の無い絶望が生まれる。

無駄なサイクル、無意味な輪廻。考えるだけで呆れてくる。

だから、ユウリはシズルが好きだった。だからユウリはシズルが嫌いだった。

だからユウリはシズルがどうでもいい。

何も無い、結局、不毛。

 

 

「行け」

 

『尾ッほ頬ォー!』

 

 

シズルはどこからとも無く持ち出した二本の刀を髪で抱えて地面を蹴る。

カランコロンと下駄の音。動きにくそうな見た目とは裏腹に、一瞬で杏子の目の前に移動した。

イーブルナッツによる強化が施されており、さらにユウリは日頃からシズルを特訓していきた。

多くの魔女と戦わせる蠱毒を経験させて、よりシズルを強くしていく。

 

 

『肺ホー!』

 

(速い――ッ!)

 

 

既に刀は振るわれている。

狙う場所は首と胴。ユウリは目を閉じて確信する。

勝った、と。

 

 

 

 

 

 

 

ガキンッ!

 

 

「!?」

 

だが、しかし――!

 

 

「そんなッ、馬鹿な――ッ!?」

 

「ハッ、ちょっと速くなっただけだろ」

 

 

杏子は確かに反応してガードを行っていた。

両手に持ったロンギヌスでシズルの刀を防ぐと、さらに多節棍に変えて刀を縛りあげる。

そのまま槍を地面に突き刺し、周りから槍を生やすと、さらにシズルの刀を縛り上げていく。

 

 

『蘭・卵・覧ッッ!』

 

 

シズルは刀が駄目になったと知るや、武器を捨てて跳躍。

骸骨についている二つの顔が伸びて、杏子を噛み殺そうと牙を剥いた。

しかし杏子はその顔の追跡を宙を舞って華麗に回避していく。ただ闇雲に回避しているのではなく、蛇の様な長いシズルの顔を互いに絡ませ、乱雑に結んだ様な形にさせた。

 

つまり逃げている間にもカウンターを仕掛けていたと言う訳だ。

シズルは強化されても知能は薄いのか。

顔同士が絡み合ってバランスを失い地面へと倒れてしまった。

 

そこで追撃が加わる。

杏子はシズルが倒れた場所に異端審問を発動、槍がシズルを貫き、同時に降り注いだ槍達が魔女の体をさらに抉り削っていく。

 

 

『麩giiiiiiiiiiiiiiiiiiiッッ!!』

 

 

シズルの体から、赤黒い血が大量に流れ出ていた。

まるで人間のようだ。杏子はニヤリと歪に頬を歪ませる。

少し気分が良くなってきた。シズルが動きを止めたのを確認すると、一旦融合を解除。

自身の背後にベノスネーカー、ベノダイバー、ベノゲラスを待機させる。

 

 

「う、嘘だ――ッッ! いくらなんでも最大強化させたシズルをあんな簡単に……!」

 

 

ユウリは何もできず、その光景を見ているだけ。

納得がいかないのか、何度も何度もあり得ないと吼えるだけだった。

 

 

「切り札とやらもガッカリだね」『ユニオン』

 

 

騎士を失う事は魔法少女にとって大きな損失だが、同時にメリットも一つあると言う。

それを今から見せてやると杏子は地面を蹴った。反応する三体のモンスター達、彼らは同時に咆哮を上げて杏子の命令に忠実に従うのだ。

 

 

「こんな事もできるんだ」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

 

パートナーがいない為に複合ファイナルベントは使えない。

だが、いないからこそ使える技がある。

 

 

「来い! ベノダイバー!」

 

 

ベノダイバーはその命令に従い、一気に杏子のもとへと移動する。

そう、本来は騎士が使うファイナルベントを発動できるのだ。

杏子はベノダイバーの上に飛び乗るとハイドベノンを発動してシズルを狙う。

 

 

「ハァアアッッ!!」

 

 

電流と水流を纏った突進がシズルを打った。魔女は地面を転がり悲鳴をあげる。

杏子はベノダイバーから飛び降りると、もう一度ファイナルベントを発動した。

隣に現れるのはベノゲラス。杏子が肩のほうに足を置いてロンギヌスを突き出すと、ベノゲラスは地面を蹴って加速していく。

 

 

「行けぇエエッ!!」

 

 

杏子がエネルギーを纏っていく。

力を具現させた様な突進。ヘビープレッシャーが、立ち上がったばかりのシズルを襲う。

 

 

「くそッ! クソクソクソ!!」

 

 

悲鳴、重い音、ユウリの目にはロンギヌスが深々と刺さったシズルの姿があった。

さらにヘビープレッシャーの衝撃で地面を転がり、動きが止まったシズル。

まさに隙だらけではないか。杏子がそれを見逃す訳もなく、三回目のファイナルベントが発動され、杏子は宙へと舞い上がる。

 

 

「ジャアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

背後には吼えるベノスネーカー。

宙返りで空へ昇った杏子は、ありったけの殺意をシズルへ向けた。

そして咆哮を。同時に放たれる溶解液。杏子は足をバタつかせながら、シズルへ飛び込んでいった。

 

 

「消えッろォオオオオオ!!」

 

 

溶解液を纏った連続蹴り、ベノクラッシュがシズルに直撃した。

一度目の蹴りがシズルの体を揺らし、二度目からの蹴りの嵐が、シズルにダメージを与えていく。

 

 

「オオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

シズルの体に刻まれていく亀裂。

そして杏子の叫びと共に放たれた最後の一撃でシズルの体が砕け散った。

叩き割られたスイカの様に、赤い液体が辺りに飛び散っていく。

散布した血の量は尋常ではなく、血の雨が辺りには降り注いだ。

真っ赤になった杏子は、狂ったように笑いながら魔女を殺した感覚をかみ締めていた。

それはやはり楽しいから浮かべる物ではない。殺意が零れた故に浮かべる表情だ。

 

 

「つまらない、つまらねぇ、糞つまんないよユウリぃぃ」

 

 

刻んでやる。

それで少しは気分も晴れるだろう。杏子はユウリにトドメを刺す為に歩きだす。

ユウリは震え、リベンジャーを地面に落としてしまった。そのまま呆然と膝をつく。どうやら切り札のシズルを簡単に殺されてしまった事で諦めてしまったようだ。

 

 

(下らない女だ、最後までつまらない、最後までムカつく奴だった)

 

 

杏子は一歩足を進める。ユウリを殺すために。

 

 

「……嘘だ」

 

 

ユウリは小さくと呟く。

 

 

「シズルが負けたなんて嘘だ。嘘だ……、嘘嘘嘘」

 

 

壊れたレコードの様に何度も何度も掠れた声で呟いていた。

杏子はそれを無視してまた一歩足を進めて行く。

ユウリを殺してもまだ足りない気がする。まだ殺し足りない。イライラはまだまだ募るばかり。

 

 

「嘘だ――!」

 

「………」

 

 

足を進める杏子。

 

 

「シズルが負けたなんて嘘だぁああああああああああああ!!」

 

 

ユウリは叫び、頭を掻き毟って血走った目を見開いていた。

うるさい。ただそれだけだ。杏子としてはどうでも良い。そしてまた一歩、また一歩、また――

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ?」

 

 

一歩、足を進める事ができなかった。

ガシっと、何かに掴まれる感覚。杏子が自分の体を確認すると、四肢にへばり付く赤黒い液体が。

液体――、と言うよりはスライムの様に形を保っている。それが杏子の四肢に絡みついたのだ。

なんだこれ? そう思った時、バチュンと何かがねじ切れる音が聞こえた。

 

 

「―――」

 

 

ドッと重い衝撃が走り、体に言い様の無い違和感を覚える。

気づけば杏子は地面に倒れていた。いや、倒れたと言うには少し語弊があるか。

正確には『落ちた』と言うべきだろう。

 

人は足とよって支えられている。

それは言わば脚と言う台座の上に胴体を乗せているからこそ、地に立つ事を許される訳で。

ではその脚がなければ? それは簡単、胴体は地に落ちるだけ。

当たり前の話だ。

 

 

「………」

 

 

杏子は目を見開いたまま動きを止めていた。

いや、動きたくとも動けないのだ。これがまた。

 

 

「言ったのに」

 

 

ボソリとユウリは呟いた。

 

 

「嘘だってぇえええぇえええッッ!!」

 

 

顔を上げると、大声を上げて笑い出す。

もはや叫びとも言える笑い声は、勝利の雄たけびかもしれない。

全ては今、ユウリが口にした通りだ。しきりに繰り返していた『嘘』と言う単語は、シズルを殺された事を受け入れられずに放った否定の言葉ではない。

文字通り、今の状況を表す一言だったのだ。

 

 

「―――」

 

 

やられた――!

杏子はケラケラと笑うユウリを見て確信する。

絶望的な状況であった。杏子は四肢を切断されて地面に倒れているのだ。

理由は両腕と両足を拘束したあの液体が原因だろう。今もほら、赤黒いジェルのようなものが合わさって一つになると、外殻と言う名の頭蓋骨を再び形作らせる。

 

 

「やっぱアンタ、力が強いだけのサルだわ」

 

 

いや、イノシシか。

猪突猛進。目の前の標的めがけ何も考えず突っ込んで破壊しようと企むのは、まさに獣。

でも愚か、なんて愚か、進んだ先には落とし穴があったのに。

 

 

「流石にあんだけ強化した魔女を一瞬で殺れるとか無いから。うん、ないない」

 

「チィィッ!」

 

 

ユウリの隣には、亀裂が入っているものの、すっかり繋がって再生されたシズルが立っていた。

そもそもユウリが何故シズルを切り札として選んだのか、それは昔助けられた魔法少女が云々なんてバックボーンは全く関係が無かった。

 

ニコも気づいていた事だが、対杏子に対する能力が最適だからである。

もちろん杏子以外にも十分効果を発揮してくれるその力は、カウンターと不意打ちである。

杏子は殺意の量や力は確かに凄まじい。それに加えて戦闘センスもあり、頭もそこそこ回る。

が、しかし。やはり根本的には自身の力に頼りきっている面が見える。

それは依存、それは心酔。自らが最強だと過信する、ある種のナルシズムか。

 

特にイライラしていたり、困った時には、実力があるが故のパワープレイになる。

危険因子を消すために、最も単純な力で押しつぶすと言うやり方を取ってくる。

そしてその事に対して一切の疑問を持ち得ない。

それでまどかに負けたというのに、何も変わっていないじゃないか。

 

 

「詰めが甘すぎだな佐倉杏子。グラブ・ジャムンより甘い」

 

「グッ!」

 

 

ユウリは杏子の腹部に蹴りを一発。

力で負ければ、より強い力でねじ伏せようとするのが杏子だ。

しかしユウリは力で負ければ、技を磨いてその力をどう受け流そうかを考える。

そして行き着く先には、『カウンター』と言う最終結論があった。

ニコは"反射機能"を使い、ユウリは"死んだフリ"を使って杏子を『騙した』訳だ。

シズルは血液には強力な融解機能がある。倒したと思ったところを狙う技に、杏子はまんまとハマってくれた。

 

 

「ハハハハハッ! ダッセェな佐倉杏子ぉお? 醜い醜い達磨さんになっちゃって!」

 

「――ッ!」

 

 

ユウリはアドベントでエリーを呼び出す。

イーブルナッツで強化されたエリーは巨大化しており、ユウリはテレビの上に座ると指を鳴らす。

すると使い魔であるダニエルとジェニファー達が杏子を掴んで一気に上空へと舞い上がった。

さらにそこで箱の魔女結界が発動、杏子を引きずりこんでいく。

 

 

「地面から槍を飛ばす技も、流石に地面がなければ使えないよな?」

 

「………」

 

 

ナメるな。

杏子の憎悪はより高い魔力へと消化する。

確かに異端審問程の威力はでないが、さやかがやっていた様に、空間から槍を直接相手にぶつける事だってでき――

 

 

「おっと危ない危ない。クヒヒヒ!!」

 

「!」

 

 

杏子は槍を空中に数本出現させると、それを遠隔で飛ばす方法を選択する。

しかしそれらは一本もユウリの体に届くことは無かった。

槍はそれなりにスピードがあるのだが、それよりも早くダニエルとジェニファーが現れて槍を体で受け止めたのだ。

 

使い魔はそれで死んで消滅するものの、それなりには強度がある為、槍が体を貫いてユウリに届くことは無い。

杏子はもう何度か同じ事をやってみるが、全てダニエル達が防いでしまう。

 

 

「こっちも無限湧きなんだよね。諦めたら?」

 

「……ッ」

 

「エリーをさらに強化しておいて正解だったな。これは」

 

 

今のエリーは高性能のカメラと同じ役割を持っている。

スーパースローで状況を的確に把握でき、使い魔の視界と映像を共有できる為、三百六十度反応もできる。

 

攻撃力は強化されてもほとんど変化はないし、直接的な攻撃力はほぼゼロと言えるが、今のユウリにとっては非常に頼りになる存在であった。

現に杏子は今、エリーによって封殺されている。

槍は手が無いから持てない。異端審問は地面が無いから発動できない。

槍を直接当てるのもエリーの前では全て分析されて使い魔の盾を張られてしまう。

 

 

「顔色悪いよ杏子ちゃん。ああ、そうか、血がちょっと流れすぎてるかも」

 

「ハ……ッ! こんなもん、ソウルジェムを操作して止血すれば何の問題もないね……!」

 

 

血を止め、痛みを止める杏子。

だが佐倉杏子が今、詰んでいる事には変わりない。

いくら回復できるとはいえ、流石に失った四肢を元に戻すにはそれなりに時間がかかる。

それをユウリが待つわけが無い。

 

 

「情けないよ! 佐倉杏子……!」

 

 

だからこそユウリは唇を歪め、舌なめずりを行う。

相手を馬鹿にし、ナメ腐った様に声を震わせて首を傾げた。

それに合わせてユウリが座っていたエリーに映像が点る。

表情が変わる杏子。その映像はシルヴィスが持っていた写真だった。

杏子がまだ正義や希望を信じていた頃に突き付けられた、義妹や義弟の成れの果てだった。

 

 

「おんなじ様になっちゃったね、杏子ちゃん」

 

「!」

 

 

それは究極の弱者と言える姿。それに自分が――?

 

 

「でも酷いよね、人間ってのは」

 

 

"こんな事"をするんだもの。

こんな世界があるなんて知らなかった。

漫画やドラマの中だけ、フィクションの中だの産物だと思っていたけれど。

 

 

「だけどさぁ。これ確かに酷い景色だけど、人が作った景色には変わりないよな?」

 

 

酷いとは思うけど、おかしいとは思わない。

人間がその手で作り出した至極当然の出来事。純粋な絶望でしかない。

 

 

「人身売買をする施設も、猟奇的嗜好の人間だって、珍しいかもしれないけど奇跡とは言いがたい」

 

 

あり得た可能性として理解できないのは、それに納得していないから。

多くの時間を用いればどんな奴だって学習する。

リアルの出来事だからこそ、納得できたんだ。

 

 

 

「実際はそうじゃないのかも。ううん、でもそう口に出して言える事はできる」

 

「――ッ、あぁ? なんの話だ?」

 

 

杏子はユウリの言っている言葉がひとつも理解できなかった。

おそらくほとんどの人間がそうだろう。ユウリは自分に言い聞かせるようにしているため、いちいち説明なんてしちゃくれない。

 

ユウリはふと、リベンジャーの銃口を自分のこみかみに押し当てる。

このまま引き金を引けば普通の人間ならば死ぬ。でも魔法少女は死なない、ソウルジェムが砕かれない限り。

 

 

「それって、あり得なくない?」

 

 

ユウリは笑みを浮かべて呟いた。

常識では考えられない物にも、レベルがあるじゃないか。

人間は誰しもが生まれたばかりは無知だ。でも学校や、親から常識や世の中をルールを教えられ、自らで学び、経験し、大人になっていく。

いや、違う。人間になっていくのだ。

 

歴史、宗教、常識。

幾重もの思想や、積み重ねられてきた知識を垣間見る事で、人は世界に適応していく。

料理みたいなものかもしれない。子供の時には何もつくれないけど、だんだんできるようになっていき、美味いか不味いかはともかくカレーくらいならば誰だって作れるようになる。

 

 

「だから、きっと私は適応できたんだ」

 

 

自己の常識が、絶望を緩和させていく。

不幸だった少女も、それが仕方ない事だと分かれば、時間は掛かるかもしれないけど受け入れられた筈なんだ。

だってどうしようもない事だと――、長い間に育まれた『知識』が答えを導き出せるから。

 

麻薬中毒者に両親を目の前で刻まれて殺された。

目の前で肉が切り取られ、顔の皮膚を剥がされ、臓物を引きずり出された両親を見れば、少女は心に大きな傷を負うのは当然の事だ。

 

でもいつか少女は立ち直る。

誰かに諭され、誰かに支えられ、もしくは自分が悲劇のヒロインだと思えばプラス思考に変わるのは特別な話じゃない。珍しいかもしれないけれど。

 

とにかく、フィクションはフィクション。現実は現実。

その壁があるからこそ、常識と言うルールに自分を適応させられるんだ。

悲劇は起こり続けない。生きていれば良い事も悪い事もある。

時代が時代ならばともかく、国が国ならばともかくだ。

 

もしくは悲しみに飲み込まれ、自ら死を選ぶとしても、それは数ある常識の中に消えた泡の飛沫の様な物だ。一時的に取り上げられる事はあるかもしれないが、長い歴史の中では、誰もがそれを忘れていく。

生も、死も、喜びも、悲しも、決して不思議なことじゃない。

生きていれば誰もが味わい、みんな肩を並べて生きていく。

 

 

「……ちょっと話し、変えるけど。人が最もショックを受ける事ってなぁに?」

 

「知るかよ」

 

「……冷めると極端にノリ悪くなるよね、お前」

 

 

知っているんじゃないの?

ユウリは冷めた目で、冷めたトーンで杏子を睨む。

大きな鬱と躁がお互いを取り囲んでいた。焦らすつもりは無いのか、ユウリはエリーに杏子の過去を映してみせる。

そして切なげな表情で微笑んだ。

 

 

「裏切りだよ」

 

「………」

 

「信じていたものに裏切られる。それは希望から絶望への転移、つまりは落差が生み出す衝撃だ」

 

 

キュゥべえ達もそのエネルギーに目を付けたのだから、ずいぶんと頭の良い生き物ではないか。

 

 

「例えばそれはトランプタワーや、積み木」

 

 

高く積まれていればいる程、崩された時の悲しみや怒りは大きくなる。

 

 

「例えばそれはジグソーパズルを滅茶苦茶にされる時」

 

 

ピース数が多ければ多いほど怒りや悲しみ、喪失感も深くなる。

その落差がより濃く現れる物こそが裏切りだ。信頼していた物が崩れる落差。

 

 

「酷いよねぇ、アンタだって分かるだろ?」

 

 

ユウリはクルリと一回転。

長い金色のツインテールが揺れたかと思えば、髪の色や、髪型が、別のものと変化していく。

それを見て、杏子の表情が明らかに変わった。

ユウリはリーベエリスの元トップである"シルヴィス・ジェリー"へと変身して杏子の顎を持つ。

 

 

「貴女は私を母親だと思ってくれましたよね?」

 

「……おい、その変身を今すぐ解け」

 

「?」

 

「じゃないと、マジで殺すぞ」

 

 

杏子の冷めた口調と、目に宿る殺意。

しかしユウリはケラケラと笑うだけで、変身を解除しようとはしなかった。

そもそも手も足も無い杏子に、今更何ができると言うのか。

 

とにかく、杏子もまた裏切りの重さは分かっている筈だ。

孤児院で出会ったシルヴィスを信頼した結果、裏切られて人身売買を円滑に行う為の道具にされていたのだから。

 

 

「酷いよねぇ、それにとっても現実離れしてる」

 

 

孤児院の創立者で、皆の母親として慕われていた女性が、裏ではその孤児を売っていたなんて。

ましてや買う方も買う方だ。強制労働、金持ちの玩具。中には猟奇的な事に巻き込まれる者もいた。

そのどれもが杏子が見つけてきた者。可愛がっていた者。幸せになれると信じていた者だった。

 

 

「優しい優しい杏子ちゃんはその一件で歪みきってしまい、あげく妹まで殺す事となった」

 

 

それもこれも全ての原因を辿れば、信頼していたシルヴィスに裏切られたからではないか?

愛が深ければ深いほど、その時の落差はより酷くなる。

 

 

「現実離れしてる、ドラマみたい、映画みたい、小説みたい」

 

 

でも、現に今、こうして杏子は魔法少女となっている。

 

 

「可哀想な杏子ちゃん。流石のアタシも同情するよ」

 

 

ユウリは、"ユウリ"に戻って言った。

 

 

「裏切りって、意外と世の中に溢れてる物だよ?」

 

 

目を細めるユウリ。

 

 

「サンタさんの正体がパパとママだったり。カッコいいヒーローや怪獣の中身は普通のおっさんだったり。憧れていたスターが、裏ではただの屑だったり」

 

「………」

 

「きっと今日もどこかで裏切りはあるよ? 私達と同じ中学生の女の子が裏切られて、もしくは裏切りに繋がる因子が膨れ上がって行くよ」

 

「………」

 

「例えばね。ママが家族と寝ているベッドで他の男に股を開いていたり。パパが自分と同じくらいの女の子に痴漢してたり。あはっ、極論かな? でも大好きだと思っていた友達が、裏では嬉しそうに自分の悪口を言っていたり。好きな男の子にあげたプレゼントを、その子が他の女の前でこき下ろしていたりするかも!」

 

 

無意識だったのかは知らないが、その口調はどこか『あいり』を彷彿とさせる。

 

 

「酷い、酷いよ、酷いよねぇえ!?」

 

 

ユウリは一度インプットした女子中学生と思われる姿に連続で変身して行く。

次々と変わりゆくユウリはまさにルーレットの様だ。

大量に記録した人の姿。それだけの人間がこの世界には存在している。

つまりそれだけ、巻き起こる裏切りの数も増えると言う訳だ。

 

ただ――、と。ユウリは言葉を付け加える。

いま話したことは、知ればショックではあるが、現実に十分起こりうる事として認識ができる。

○○に限って~、なんて思いはあるだろうが、認識ができれば時間は掛かっても、納得につなげる事はできる筈だ。

それは先程から言っているとおり。

 

 

「だから私も納得できた筈」

 

 

コロコロと変わっていたユウリの顔が、『ユウリ』に戻る。

それは真顔。なんの感情も無い様に見えるが。その裏には、かつてない負が渦巻いている。

 

 

「家族で遊園地に行く約束。楽しみ。その後ヤク中に家族を惨殺」

 

 

納得できた筈だ。

だって優しい叔父さんと叔母さんがいたし。

たとえ友達が土砂崩れに巻き込まれて死んだとしても、きっと自分はあの二人がいればまた立ち直ることができたんだ。

 

 

「でもね、魔女だって!」

 

 

何ソレ。

叔父さんと叔母さんを殺した犯人は魔女なんだって。

 

 

「常識的に考えて、そんなのいない」

 

 

でもいる。この目で見たんだ。

あれは夢なんかじゃなく、同時にその悪い魔女を倒す魔法少女って言うスーパーヒロインまでいると来た。

 

テレビの中だけの存在。

アニメの中だけの、漫画の中だけの、小説の中だけの。

だってそんなのファンタジーすぎる。つまりフィクション、創作物だけの存在だと思っていたのにリアルに存在してました?

 

 

「凄い! そんな不思議なことって!!」

 

 

ユウリは気が狂いそうだった。怒りで、憎悪で。

だから気づけば憎悪に表情を歪ませて、杏子の腹部を思い切り殴りつけていた。

 

 

「なんなんだよソレはぁアアアアアアア!!」

 

「が――ッ! ガフッ!!」

 

 

さらにリベンジャーの銃口を腹部に押しつけ、そのまま躊躇無く引き金を引いていく。

体内に直接銃弾を撃ち込まれる。杏子は衝撃に表情を歪めて、言葉を失った。

 

 

「その時――ッ! 私の常識は全て粉々に打ち砕かれた!!」

 

 

信じていた知識が、世界のルールが、己の理が壊される。

それはまさに最大の裏切りとも言える物だ。

己を取り巻く悲劇の連鎖は偶然だと思っていた。きっとこの先には良い事が待っている。

この時代、この国、悲劇だらけの人生なんて『常識的』に考えてあり得ない事なのだから。

 

 

「でも壊された! 常識と、概念ッ!」

 

 

杏子を殴りながら吼えるユウリ。

魔女がこの世界にいる。それはファンタジーの侵食。

ユウリが信じていた現実(リアル)が音を立てて崩れる瞬間だった。

自身の心に宿していた言い訳は希望だった。

つまり『こんな事、常識では起きる筈は無い』と言うユウリの自信が崩れ去った。

 

 

「バラッバラにぃッ!」

 

 

ユウリはひとしきり杏子を殴ると、呼吸を荒げつつも一旦クールダウンに入る。

一方で杏子は血を吐き出し、ユウリをジッと睨みつける。

勘弁して欲しいものだ。意味不明な自分語りが始まったと思えば、随分とはしゃぎまわる。

呆れて物も言えないとはこの事だ。とは言え、この状況を打破する考えが浮かばない。一応は自己修復に専念しているが、期待はできない。

ああ、ウザイものだ。杏子の中では今も体を突き破らんとばかりの殺意と、どうしようもないイライラだけが渦巻いている。

 

 

「でも、希望もあった――……!」

 

(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)

 

「そう、希望だよ……、希望」

 

 

杏子はもう聞いていないが、ユウリはゆっくりとかみ締める様に希望と言う言葉を口にした。

魔女と言うファンタジックな存在は、ユウリの心にかつてない絶望を突き付ける。

しかし同じくして現れた魔法少女は、その絶望と同じ――、いやそれを上回る希望をチラつかせた。

 

だってそうだろう?

ユウリが想像もしていなかった世界がそこにあった。

ならば常識では考えられない幸福が訪れるかもしれない。

魔法少女と言うファンタジーなヒロイン、魔法を使って皆を幸せにする。

 

それは大きすぎる希望。

もしかしたら魔法の力で死んだパパとママが戻ってくるかも! なんて事も。

何でもできる力だ。何でも叶えてくれる力だ。今までの不幸も全て吹き飛ばす究極の希望。

ユウリにとって都合の良い展開を全て叶えてくれるかもしれない可能性がそこにあった。

それが魔法少女だ。希望の魔法と言う存在。

 

だから耐えられた。

どんな辛い事があっても、どれだけ絶望が襲ってきても、魔法と言う希望があったから耐えられた。

魔法と言う不確かな存在を信じた。愛した。崇拝したんだ。

 

 

 

 

 






これ前にも言ったかもしれないけど、もしワイがスタッフやったら、ニコの声はどんだけ金積んでもいいから矢島晶子さんにやってもらいたいもんやで(´・ω・)
イメージCVとか一日中妄想できますわ。


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第63話 人間の放棄 棄放の間人 話36第

 

 

 

「出会いだって――」

 

 

飛鳥ユウリ、思い出すだけで心が跳ね上がる。

優しく、可愛く、美しく、最高の親友だった。

男の子との関わりが薄かった『あんり』にとっては、初恋の相手と言っても差し支えないかもしれない。

 

"ユウリ"の柔らかな肌に触れる度に心音が上がった。

彼女の唇から視線は外れなくなる。彼女の笑顔に心が奪われた時もあったか。

でもそれは勘違いなのだ。憧れと恋心は違う。若さゆえの過ちと言うヤツか。でも『あいり』にはそれを勘違いだと気づける時間がちゃんと齎される。

 

それだけ安定した生活だった。

時間もあった、友情もあった。それはあいりを成長させた。

やっと安定した幸せを見つける事ができたんだ。その背後にあるのは常に究極の希望だ。

現実離れしたファンタジーを見たあんりにとっては、常に現実離れした幸福の妄想が取り巻いていたんだ。

 

 

「でも裏切られた!」

 

「ッ!」

 

 

杏子の眉間にリベンジャーの銃弾が撃ち込まれた。

激しい熱、衝撃が杏子の脳を揺らす。

ユウリは仰け反った杏子の前髪を乱暴に掴んで引き戻すと、一発頭突きを叩き込んでいく。

頭蓋にヒビが入った。ユウリは杏子の瞳の奥、さらにその奥を睨みつける。

 

 

「裏切られたッ! 分かるか!? 裏切られて裏切られて裏切られてッ、裏切られたんだよぉオオッッ!!」

 

 

最ッ低だよ糞!

本当に最低だ、屑で、カスで、終わってる!

現実離れした希望をチラつかされれば私はすっかりその虜になったさ!

でもその先に待っていたのは最高に最低な絶望だったんだよッッ!

ああ本当にクソムカツク! 死ね死ね死ね死ねッ!!

 

 

「魔女が魔法少女だなんてアホくせぇサプライズぶち込まれて散々さ!」

 

 

ユウリはそのせいで死んだ。

私が愛した親友は、意味不明なサイクルに巻き込まれて化け物になった。

美しい目も指も鼻も髪も何も無い!

ただの注射器みてぇな魔女になって魔法少女にブチ殺されたッッ!!

 

 

「ヒデェよな!? 私は正義のヒロインの魔法少女に憧れに憧れぬいていたのにさぁ!」

 

 

私の脳、心、思い出、希望!

全部グチャグチャのメチャクチャに汚されて犯されたよ!

お前に分かるか佐倉杏子? 分からねぇよな! 分かってたまるかよッッ!!

 

 

「なぁあ! オイッッ!!」

 

 

 

ユウリは錯乱した様にリベンジャーの弾丸を杏子の体に撃ち込んでいく。

圧倒的な希望を信じていたのに、その先には絶望しかないと知った時、凄まじい落差が心を襲った。

いつか幸せになれると思っていた。いつか全ての不幸を忘れられると思っていた。

なのに現実はただ絶望に向かうまでのひと時の夢でした。

 

そんな事を知れば、あいりの――、ユウリの積み上げてきた希望はどうなる?

不幸続きの自分は、実は不幸に憧れてました?

 

 

「憎いッ! 何もかも!!」

 

 

それを知ればユウリは全身にムカデが張っている様なおぞましさと寒気を覚えた。

自分は永遠に幸せになれない、自分は不幸に見初められている。

不幸は私の心も思い出も体さえも犯しつくして、汚しつくして、命を吸い取るのか。

 

それにもうユウリには否定できない。

自分が理性を保つ為に使っていた言い訳である『常識』はもう通用しない。

現実(ファンタジー)を知ってしまった。リアルなんて自分の知らない事だらけ。

この先に待つのは永遠の不幸、無限の苦痛、最強の絶望。

 

毎日魔女に襲われるかどうかを心配しなければならない人生がやってくる。

それを防いでくれる魔法少女もいずれは化け物になるってさ!

知らないんだろうな、何も知らない奴は。毎日毎日、法に守られたこの国で教えられた常識だけを妄信して生きればいい。

でもこっちは知ってしまった。計り知れない不幸があると分かってしまったんだよ。

 

 

「そして手始めに、"ユウリ"は心が汚れてきって死んだ!!」

 

 

化け物になって人間の尊厳も無くして無になった。

飛鳥ユウリの残骸はこれからも殺され続ける。

大好きだった親友(きぼう)はいずれ絶望になるやつ等に餌とされる。

ああ、憎い! ああ、嫌いだ、大嫌い! 最高におぞましい!!

 

 

「魔法少女なんかが現れるから。見なければいい夢を見た! 見させられたんだよ!」

 

 

魔女が現れるから希望が壊れた。

魔法少女なんかが希望を見せるから、縋る物をそれに決めた。

でもそれは嘘。いずれは絶望して悲しみに沈む。自分の信じていたものはフェイク。

そしてその存在があるから叔父と叔母は、飛鳥ユウリは死んだ!

 

 

「アアアアアアアアア!!」

 

 

ユウリは自分が魔法少女になった理由を今一度全て振り返った。

そして自らの体を突き破る憎悪を抑えられずに叫びを上げる。

魔法少女さえ現れなければ、魔女さえ現れなければ自分は壊れなかったのに。

ユウリは死ななかったのに。

 

 

「魔法なんて知らなければ、いらぬ希望を抱かずに済んだのに!!」

 

 

もう不幸を否定できない。

常識は死んだ。世界が宇宙人によって滅ぼされるアホみたいな話でさえ、『魔法少女』がいるんだからと言う絶対的な言葉で肯定できる。

だからつまり、杏里あいりが一生苦しんで、死んだ後も救われなくて、一億年ほど苦しみ続けるなんて事が本当になれる。

誰もそれを否定できない。だってこの世界には、魔法があるんだもの!!

 

 

「人の気持ちをコレっぽっちも考えてやしない!」

 

 

期待に期待させておいて、どん底へ突き落とす最低の存在だよ。

 

 

「佐倉杏子ぉオ! 私は復讐を果たす!」

 

 

ユウリの為、自分の為の復讐だ。

参加者を皆殺しにして、魔女や妖精を全て消し去れば、偽りのファンタジーなんてこの世界から消え去る。そうすれば偽りの希望が蔓延る事はない。無駄な絶望に恐怖する事も無くなる。

 

愛が深ければ深いほど、裏切られた時の憎悪もまた深くなる。

ユウリは魔法少女が大好きだった。魔法を愛していた。

だからこそ、それは憎悪の対象でしかなくなる。そして今、魔法少女になっている事も憎悪を刺激している。

だから一刻も早く終わらせなければならない。もちろん、憎悪と絶望を以ってして。

 

 

「お前と暁美ほむら――、いやッ、鹿目まどかは特にムカつく!!」

 

 

杏子もまどかも、自分の力に希望を持っている。魔法少女としての力に信頼を置いている。

杏子も裏切られたと言う点では、ユウリと共通する物はあるのかもしれない。

しかし杏子は魔法少女の力を忌むべきものとはしていない。むしろ力に希望を見出した。

それはまどかも同じだ。魔法少女の存在がどう言う物なのかを知りながらも、希望として認識してやがる。

魔法少女の力を憎悪するユウリとしては、最高に苛立つ存在である。

 

 

「いい加減理解しろよクソ女。アタシ達はこの世界の癌なんだよ」

 

 

絶望の使いっパシリが調子に乗りやがって。

ユウリはリベンジャーの銃弾を赤色・レッドホットに変えると、力を溜め始めた。

 

 

「参加者を全て殺し、インキュベーターを滅ぼし、手に入れた魔女を無に還す」

 

 

改めて表明するが――、その前に、まずは純粋に気に入らない奴を殺したい。

ユウリは杏子の眉間にリベンジャーを押し付けると、狂ったように笑いはじめた。

 

 

「お前は結局、売られていった奴等と何も変わらない」

 

「あ゛ァ?」

 

 

今の一言は、杏子にとってはタブーだったらしい。

睨み殺さんとばかりの視線が飛んで来るが、それがどうしたとユウリは一蹴する。

どうせ杏子は何もできない。いや、できるとすればそれは一つだと知っている筈だ。

 

 

「ゲームに利用されてるだけだよ、杏子ちゃんはね!!」

 

 

ユウリは指を鳴らして変身魔法を発動させる。

どうすれば杏子に最大の屈辱を与えて殺せるのかをずっと考えていた。

エリーで過去のトラウマを探り、考えて考えて考えた。

そしてたどり着いた答えが、これだ。

 

 

「杏子、お前の様な化け物は生きていても意味は無いんだよ」

 

「……!」

 

「むしろ生きている事が世界にとって悪となる! 存在自体が罪なのだ!」

 

 

ユウリは杏子の父親に姿を変えると、怒りを叫んでみせる。

杏子の絶望は、父親に裏切られたところから始まった。

その記憶を思い出させるのだ。

 

 

「道具は道具、使い終われば捨てるだけなのです!」

 

「―――」

 

 

ユウリはシルヴィスに変身して杏子を煽る。

すると杏子は一瞬固まって、直後大声をあげて暴れだす。

ほら簡単だ。ユウリは心の中でそう呟く。

 

 

「ウガアアアアアアアアアア!!」

 

「またヒステリーか。救えない」

 

 

杏子は自らに降りかかる絶望を力でねじ伏せた。

襲い掛かるイライラを他者を傷つける事で発散する。

 

 

「典型的なガキだ。自らの中に眠る怒りを暴力で解決する。逆に言えば、力でしか物事を処理できない」

 

 

だからこそ杏子はまどかに勝てない。力で上を行く奴には封殺される。

時間があれば凌駕していくだろうが、刹那的な競り合いで負ければ、怒りはより膨れ上がり、行き場の無いイライラが溜まっていくだけ。

それは風船だ。溜まるだけの空気、より膨れ上がっていく風船。最後には――。

 

 

「黙れユウリィィイ! 今すぐその姿を解かないとブチ殺すぞォオ!!」

 

「道具がよく吼える。貴女は売られていった弟や妹達よりも使えない欠落品ですね」

 

 

シルヴィスとして語る。

空気が抜けなくなった杏子は膨張し続け、そして最後には破裂する。

杏子は自身で怒りを処理できない。暴力、殺害、それ等でしか己を安定させる事ができない。

過去、己のミスで多くの物を失った彼女の後遺症といったところか。

他者に依存する自らの絶望発散。誰かを傷つけなければ、貶さなければ、自己を保てない欠落品だよ。

 

 

「力と言う仮面を被ってごまかしているつもりですか? 佐倉杏子さん」

 

「――ッ」

 

「本当に貴女は弱い。脆く、愚か、救いようの無い役立たずですわ」

 

 

ユウリはしっかりと見ている。

杏子のソウルジェムが急激な勢いで濁っていく所を。

膨れ上がる怒りの裏には、同じくして絶望と言うものが纏わり付いていた。

オーバーヒート寸前の杏子は、熱を逃がす事は許されない。

 

 

「父親との意思疎通も取れず、たった一人の妹も己の闇に巻き込んだ挙句殺した」

 

 

救いようの無い屑。

シルヴィスの顔と声で言われるのは、杏子にとってはさぞ屈辱的な事だったろう。

今すぐユウリを八つ裂きにしたいとは思えど、手足の無い杏子にできる事など、もう何も。

 

 

「言い方を変えれば、父親も妹も愚かでしたね」

 

 

どちらも勝手に踊り、勝手に崩壊していった。

たとえばそれは妹。自らが救世主だと勝手に信じ込み、世界中の苦しみを身に受けると言う馬鹿な妄想で自己満足に浸る。

 

本人は本気で世界がよくなると信じている分、余計にタチが悪い。

もちろん世界がそんな独りよがりなピエロの自慰行為に付き合ってくれる筈も無く。

自傷に自傷を重ねたモモは、崩壊の道を辿った。

 

そして父。

娘の哀れみと言う優しさを、自らの才だと勘違いをし、挙句自らのプライドを優先させて崩壊の道を辿った。

娘を化け物とし、自らの才を否定する事なく壊れてゆく。

 

 

「哀れですね、愚かですね。佐倉家の血は汚れているとしか思えない」

 

 

化け物を生み出し、哀れなピエロを生み出し、そして究極の馬鹿を生み出した。

呪われた家計だとシルヴィスは――、ユウリはこき下ろす。

 

 

「そして最も哀れなのが、貴女なのですよ」

 

「オオオオオオオオオオ!!」

 

「羊が狼の真似事をし、その姿を少しでも大きく見せようと必死だ」

 

 

振り回した事を否定し、振り回された事を認めない。

ダダをこねる子供でさえも、一日と言う時間たたずして考えを改めるだろう。

なのに杏子は今の今まで『力』と言う駄々を振り回し続ける。

 

 

「罪人ですよ。もはや」

 

「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「あぁぁ……、叫ぶしか能が無いんですか」

 

 

哀れすぎる。ユウリはつくづくそう思った。

今、たとえば異端審問でも発動すればまだ少しは時間稼ぎにもなるのに。

 

 

「そんな貴女には、愚かな父親と同じ死を」

 

 

ユウリが考えた、杏子にとって最高の屈辱とは、人生を狂わせた父と『同じ死』をプレゼントする事だった。

家に火をつけた杏子の父は、頭から燃えて死んだ。

では、同じ事をしよう。

 

 

「さようなら、弱者の杏子さん」

 

「―――」

 

 

バン。一発の発砲音。

ユウリが魔力を注ぎ込んで強化した炎の銃弾が、杏子の眉間を捉える。

炎のエネルギーはすぐにその力を解放し、杏子の頭部が瞬く間に炎で包まれていく。

 

ユウリは憎い相手を黙らせる事ができて、純粋な喜びを、純粋な快楽を覚えた。

捨て台詞なのか。杏子は相変わらず騒がしく吼えていたが、ユウリにその言葉を聞く気などさらさら無かった。

 

とは言え、快楽や爽快感は一瞬で消え去る。

あるのは哀れみだけだ。杏子もまた、魔法を知らなければ壊れる事は無かったのに。

愚かだよ。誰もが皆勘違いしている。希望があるから絶望があるんじゃない。

希望がやがて絶望に変わるんだ。

 

全ての絶望は希望の成れの果て。

力を手にして偉そうに吼えていても、やがてより大きな力にねじ伏せられるだけだったのに。

中途半端に希望を覚えたから誰もが皆死んでいく。

無駄に知ってしまったから、愚かな知識を持ったから。

だからこそ積み木は高く積まれて、壊される。

 

 

「アンタの死は、知りすぎたからこそ訪れるもの」

 

 

手足を失い、頭は轟々と燃えている。

ダニエルとジェニファーが抱えるその姿は蝋燭の様だった。

もう喉は焼かれて声は出せない。ユウリは『ユウリ』に戻ると、杏子に背中を向けてエリーを発進させる。

 

 

「……知り過ぎなければ、無知でいれば、悲しむ事は無かったのに」

 

 

いらぬ希望を持ったからこそ余計に苦しむ。

ユウリはその滑稽さに声を出して笑い続けた。

 

 

「―――」

 

 

その笑い声を、杏子はぼんやりと聞いていた。熱と激痛、視界は炎に包まれて何も見えない。

だがその感覚も、感情も、杏子は何も感じない。彼女の心にあるのは果てしない憎悪と怒りだけだ。

魔法少女となって、人を超えた力を手に入れた。

誰も自分を下に見れない、誰も自分を利用できない。

アタシ自身が頂点であり、最強であると……。

 

しかし今、杏子は負けて殺される。

敗北して死ぬと言う事は、過程はどうあれ、相手にすべてを上回られたと言う意味だ。少なくとも杏子はそう考えている。

だからこそ敗北と言う屈辱が、杏子にとってどれだけ重い事なのか――。

 

 

「………」

 

 

今、杏子の頭部は激しい炎に包まれており、杏子の顔は火に隠れて見えない。

意識は薄れていくが――、それでも杏子の憎悪と怒りが減る事はない。

むしろ命の炎が消えかかる度に、怒りの炎は激しく燃え上がっていく。

 

求めたのは、誰にも屈服する事ない圧倒的な力だった。

牙を剥く者はすべて殺し、気に入らない物はすべて壊す。

誰も見下せない存在になる。誰も自分を利用できない。全てを捨てて望んだのが、そう言う存在だからだ。

 

にも関わらず、まだ自分を見下す奴がいるのか。

鹿目まどか。ユウリ。その他のヤツ。ああ、ああ、どういつもコイツも気に入らない。

目障りなんだよ、だったらどうするのか――?

 

 

(決まってる――ッ!)

 

 

今までそうして来たじゃないか。

気に入らない物があれば、気に入らないヤツがいれば――

 

 

(殺すッッ!!)

 

 

たとえ、何を犠牲にしたとしてもだ。

家族、友人、良心、そして自分自身さえも。

 

 

「………」

 

 

ユウリは周りの景色が変わったのを見て、再び踵を返した。

その表情はやはり笑みが浮かんでいる。

こうなる事は――、分かっていた。だからこそ杏子を煽った、あえて屈辱を与えたのだ。

そうだ。だからソウルジェムを砕かなかった。

 

 

「アンタにとって一番の苦痛なのは、やはり誰かの駒になる事だろうね」

 

 

なら、そうしてやるのが一番良いだろう?

ユウリは『杏子だった物』を見て、尚も挑発していく。

杏子は死なない。死ぬ前に、歪な覚醒に手を出したからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

霧が、出てくる。深い霧が。

至る所にカンテラが現れ、辺りには金魚の様な物がフワフワと泳ぐように浮遊していた。

まるでそれは暗い水の中。そしてユウリの前にボウと淡く灯る炎がひとつ。

 

 

「………」

 

 

馬の蹄が地面に当たる音が響き渡っていた。

それはユウリの前には白い馬の化け物がいたからだ。そしてその上には炎の正体が跨っていた。

中国の民族衣装を模した赤い服。頭は蝋燭になっており、燃える炎が揺らめいている。

手には大きな槍。これこそが自棄を司る武旦の魔女『Ophelia(オフィーリア)』の姿であった。

 

 

「うふ! なかなか悪くないデザインだよ杏子ちゃん!」

 

 

舌なめずりを行うユウリ。

そう、杏子はニコ同様に、魔女となる事で状況を打破しようとしていたのだ。

だがコレはユウリにとってはチャンスともなる。

オフィーリアを殺せば、技のデッキを使って彼女を自分の支配下に置く事ができる。

 

そうすればココからの状況を、より有利に進める事ができる筈だ。

ムカつく話ではあるが杏子は強い。その魔女ともなれば当然それだけの実力が期待できる。

ユウリとしても保険はかけておきたい。イーブルナッツでいくら魔女を強化しようとも、鹿目まどかと言う存在には不安が残る。

 

ならば武器はなるべく多い方がいい。

杏子だけではなく、なるべく魔女を作ってワルプルギスと交戦中のまどか達に差し向けるのがユウリの作戦だった。

あとは気に入らない杏子を『使える』と言う個人的な快楽を想像してしまえば尚更。

 

 

「さあ! さっさと死んで、アタシの下僕(イヌ)になれぇえッ!」

 

 

カードを大量に宙へ放ち、リベンジャーを連射する。

次々に発動されていくアドベント。無数の魔女があっという間に杏子を――、オフィーリアを取り囲んだ。

 

賭けと言えばそうだ。

魔法少女の中には、魔女化する事で強化される者がいる。

もちろんその逆も。

 

杏子は元がすでに強い。強化されると厄介かもしれないと言う懸念はあった。

しかし所詮魔女は魔女。人の姿であったビリビリとした殺気はもう感じない。

ましてや強化された魔女達に、オフィーリア一体で勝てる道理は無い。

さて、時間も惜しい。ユウリは召喚した魔女達へ命令を下そうと――

 

 

「ッ!?」

 

 

だがその時だった。

オフィーリアの炎が赤く、激しく揺らめいたのは。

 

 

霧は、深い。

 

 

「―――――」

 

 

ユウリの思考が停止する。

それは一瞬、文字通り一秒も経っていない。なのにその変化は起こった。

ユウリはその光景を信じることができず、敵を前にして固まってしまった。

これはもう演技ではない。ユウリは本気で焦っていた。

 

万の一つも、オフィーリアに負ける訳が無いと決め付けていた部分はあった。

その力を憎んでいるとは言え、ユウリも技のデッキを手に入れた自分の実力には自信があったのだ。

だが今、ユウリが目にしている光景はまったく予想していない物だった。

それは、自分が召喚した魔女が全てオフィーリアの姿に変わっていたのだ。

 

 

「……は?」

 

 

ユウリは引きつった表情で汗を浮かべている。

なぜ下僕たちが敵に変わっているのか。それも一瞬で、把握する隙も無く。

 

 

「な……ッ」

 

 

なんだコレは!? 一体何がどうなって――?

混乱するユウリ。なぜ他の魔女がオフィーリアに変わったのか?

見た目はまったく同じ、白い馬には乗っていないが、あとは本体となんら変わりない。

 

どうなっているのか。

分身? いや、だとすれば呼び出した魔女達はどこへ消えた?

 

 

「何故だ、何故魔女がいない、なんで消えている!!」

 

 

少量ではあったが、他の魔女にもイーブルナッツを使って強化を施していたと言うのに。

 

 

(ま、まさか――!!)

 

 

魔女にはいろいろな特殊能力を持っている物がいる。

たとえばそれは他人のトラウマを覗き込み、その映像を使って精神汚染を行うエリー。

たとえばそれは小柄な姿で相手を油断させるシャルロッテ。

たとえばそれフェイクの死で相手を油断させ、融解性のある血液で相手を攻撃するシズル等。

魔法少女の魔法が一人一人違う様に、魔女の能力もまた同じくして、個性と言う物が存在している。

 

 

「し、シズル!!」

 

 

シズルを呼び出すユウリ。

あれだけの強化を施した魔女が、そう簡単に他の魔女の力に呑み込まれるなどあり得ないと思った。

 

 

「ッッ!?」

 

 

だが、ユウリの元へとやって来るのはシズルではなくオフィーリアだ。

ユウリはドッと心音が上がるのを感じてしまった。

これは恐怖、これは焦り、これは完全なる負の感情。

 

 

(まさか――ッ! いや、でもそんな馬鹿な!)

 

 

全身が冷える。

あり得ないとは思えど、今の状況を説明できるのはこの一言しかあり得ない。

魔女オフィーリアの能力は、他の魔女を自分の使い魔に――、自分の分身に変える事ではないのか?

 

 

(だけどシズルは他の魔女の力に抗えるだけの力は持っていた筈……!)

 

 

強制力が強いのか、それとも抵抗を許さぬ能力なのか。

それは分からない。けれども一つ分かる事があるとすれば、それは確実に無数のオフィーリアが武器を持って自分に近づいていると言う事。

 

 

「くっ!」『アドベント』

 

 

とにかく身を守る行動を取らなければ。

ユウリは反射的に適当な魔女を一つ選んで召喚を行う。

だが、そこでオフィーリアの炎が光を放つ。

するとユウリの前に現れたのは呼び寄せた魔女ではなく、またしてもオフィーリアの姿だった。

 

 

「なんだ、なんだよコレ!」

 

 

やはりこれがオフィーリアの力だとでも言うのか。

分身は動き、槍を振ってユウリを狙う。

それを回避しながら、ユウリは無数のオフィーリアを睨んだ。

 

「く、来るんじゃねーッッ!!」

 

 

ユウリはリベンジャーを連射し、オフィーリア達に銃弾を浴びせていく。

オフィーリアは銃弾に怯んだのか、動きを止めてユウリの追跡を中断する。

だがそれはユウリにとっては余計に焦りに拍車をかける物となった。

 

何故ならば分身達は火花を上げたからだ。

つまりそれは、銃弾が確かにその肉体に命中したと言う事。

要するに実体があると言う事だ。ニコと同じく、ちゃんと一つの『個』を持った姿。

 

だがオフィーリアはユウリに考える時間を与える優しい魔女では無い。

魔女になっても、杏子と明確にリンクする物を持っている。

それは、気に入らない物を排除しようとする純粋な殺意だ。

 

 

「!!」

 

 

白い馬に乗っているオフィーリアが槍を振るうと、周りにいた分身達が姿を変えて赤い槍になった。

巨大な槍。それは向きもバラバラに空中に留まる。

ユウリはゾッとする。だってそうだろ? 槍に変わったと言う事は、恐らく――

 

 

「ウ――ッ! うぉぉおおぉおぉお!!」

 

 

予想通りと言うべきか。

オフィーリアが合図を行うと、無数の槍の一つがユウリに向けて発射された。

すさまじいスピードで飛来してくる紅。ユウリは素早く体を旋回させて、紙一重と言う所でそれを回避する。

しかし再び槍達の中の一つが、ユウリに向かって飛んでいく。

流石にもうココまで来るとオフィーリアの力を信じるしかないだろう。

 

 

「チィイッ!!」

 

 

銃で勢いを殺せないかと試してみたが、槍のスピードが衰える事は無い。

ユウリは再び地面を転がって、何とか紅い閃光を回避する。

だがこのままではジリ貧だ。あんな数の槍を全て回避し続ける事など不可能。

 

 

「リュウガ!!」

 

 

マズイ展開だ。魔女を呼べばオフィーリアが分身に変えてしまうし、殺人マシーンになった魔女に対して変身魔法を使ってもどうしようもない。

圧倒的に不利な状況だ。まさかこんな能力を持っていたとは思わなかった。

ユウリは自分で解決する事を諦めて、リュウガを呼ぶ。

 

 

「……ッ!?」

 

 

リュウガからの反応は無い。

念の為もう一度名を叫ぶが、彼がユウリの前に現れる事は無かった。

 

 

(まさかアイツ……! アァ、クソ! 使えねぇ!!)

 

 

肝心な所で何をやっているのか。

しかしその間にも、馬に乗ったオフィーリアは槍をユウリに向けていた。

ユウリは大きく舌打ちを鳴らし、自身に蓄えられている魔力を一気に解放する。

 

 

「イル――ッ!!」

 

 

三角形の巨大な魔法陣が、オフィーリアと、その周りに留まっている槍を取り囲む。

徐々に魔法陣に文字が刻まれていき、デザインも派手になっていく。

ユウリは魔力を大幅につぎ込んだ為、文字はすぐに魔法陣を埋め尽くして完成形となった。

 

 

「トリアンゴロ!!」

 

 

大爆発。

エネルギーが破裂して、魔女と無数の槍は爆煙の中に消えていく。

大幅に魔力を消費した分、威力もそれだけ上がっている。

これならばとユウリは呼吸を荒げつつ、煙の中を睨み付けた。

そして徐々に煙が晴れていくと――

 

 

「なッ! 馬鹿な!?」

 

 

そこにいたのは、傷を負いながらも未だその姿を保っている魔女と槍の群だった。

ユウリは一瞬ヒヤリとしたが、すぐに冷静さを取り戻す。

アレで死ななかったのは意外だったが、元が杏子となればそれは当然かとも思える物だ。

ユウリはすぐ二発目の準備を行う。どれだけ魔力を使おうとも、ユウリには大量のグリーフシードのストックがある。魔力切れは無い。

 

状況はオフィーリアに味方しているかもしれないが、だからと言って負けるビジョンは見えない。ユウリは再び魔力を解放してイル・トリアンゴロを発動する。

オフィーリアも槍達も、特に動かず、その攻撃を受けるだけだった。

再び大爆発が起き、強力な磁場エネルギーが槍を粉々にする所を、ユウリはしっかりと確認する。

 

 

「クハハハ! やっぱ所詮魔女は魔女ってね!」

 

 

機敏な動きをする訳でもなく、ただ能力に頼りきった戦い方。それじゃあ程度は知れている。

爆煙の中から姿を見せたのは、より一層ダメージを受けたオフィーリア本体であった。

ユウリはダメ押しに、小規模のイル・トリアンゴロをリベンジャーの銃口に貼り付ける事で、チャージを開始する。

 

もちろん魔力を大幅に注ぐ為に、チャージはものの数秒で完了した。

オフィーリアとしてもダメージが高いのか、呻き声の様な物を上げるだけで、抵抗の意思は示さない。そうしている間に、ユウリは腰を落として両手でエネルギーを満たしたリベンジャーを構える。

 

 

「消えろ」

 

 

その一言と共に、引き金を引くユウリ。

するとリベンジャーからエネルギー溢れる光球が発射された。

 

 

『――――』

 

 

悲鳴の様な叫び声をあげ、オフィーリアは粉々になった。

勝った。ユウリは笑みを浮かべて肩を落とすが――

 

 

「………」

 

 

いや、待て。

クールダウンしたユウリは笑みをすぐに消す。いくらなんでも弱すぎではないだろうか。

確かにオフィーリアは強かった。しかしそれは能力的に――、と言うだけ。

実際ユウリが攻撃した時はほとんど抵抗をせず、言ってしまえば棒立ちと言ってもいい。

おかしくないか? いくらなんでも逃げようとするはずだ。

 

馬に乗っている時点で動けない筈が無い。

だが魔女は……、いや分身達はほとんどその場から動かなかった。

何故だ、何故逃げない? それに攻撃だっておかしい。

あれだけ槍があったのに一本ずつ投げる様な事をしてした。

 

 

「クッ!」

 

 

嫌な予感がする。

ユウリはすぐに懐からグリーフシードを取り出してそれをソウルジェムに合わせた。

イーブルベントで生み出される亜空間にグリーフシードは大量にストックしてある。

だから魔力的には何も問題は――

 

 

「はぁ!?」

 

 

ユウリはすでに濁りつつあるソウルジェムを浄化するつもりでグリーフシードを使った。

当然だ。それがグリーフシードの役割なのだから。

だがユウリのソウルジェムは、グリーフシードを使った事で余計に濁りはじめている。

 

 

「そんな馬鹿な! ありえない!」

 

 

グリーフシードを反射的に投げ捨てる。

何かの間違いだ。ユウリは別のグリーフシードを取り出して、再びソウルジェムの浄化を試みる。

しかし結果は同じだった。ソウルジェムを浄化する筈のグリーフシードが、なぜだかユウリのソウルジェムを黒く濁らせていく。

 

 

「どうなってる! クソクソクソクソッ!!」

 

 

ユウリは頭を掻き毟り呼吸を荒げた。

何故だ、なぜグリーフシードが機能しない。何故穢れが加速する!?

とにかう、このままではマズイ。穢れが溜まればユウリだって魔女に変わってしまう。

 

冷静に、思考を加速させる。

ちょっと待ってくれ。何故ユウリはまだオフィーリアの魔女結界に立っている?

オフィーリアは自分が先ほど確かに撃ち殺した筈。

それなのに魔女結界が崩壊しないのはどうしてなんだ?

 

 

「――――」

 

 

分かってる。

理由は簡単だ。マミ達にだってそうして来た。

ユウリは後ろを振りかえ――

 

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

腹部にすさまじい衝撃を感じて、ユウリの全身が揺さぶられる。

思わず口にしてしまう悲鳴。すぐに襲い掛かる激しい痛みと熱に、再び叫び声を上げる。

魔女結界が壊れないのは、魔女がまだ存在しているから。

そして奇しくも、今の状態はユウリが最初に織莉子を裏切った時の光景に似ていた。

まさか同じ目に合うとは。

 

 

「カ――ッ! がは……っ! ぐぎッッ!」

 

 

ユウリ腹部に突き刺さった大きな槍は、背中を貫通して地面に突き刺さっている。

そして霧が晴れ、上空から現れたのはユウリの予想通りと言うべきなのか。

白い馬にのったオフィーリアであった。

 

やはり、生きていたのか。

ユウリは何とか掴んでいた自分のソウルジェムを身へと戻す。

どんな手を使ったのかは知らないが、厄介な事をしてくれる。

 

 

「――って、あ?」

 

 

ユウリは自分のソウルジェムを戻した時に、おかしな事に気づいた。

と言うのも先ほどグリーフシードで浄化した時、逆に穢れが加速した訳だが、今見た時はむしろ穢れは晴れていた。

それはつまり、グリーフシードは正常に機能していたと言う事だ。

 

 

「ッ、テメェエエエエエエッッ!!」

 

 

ユウリは全て理解して怒りの声を上げた。

決め付けと言う、落とし穴に嵌ってしまったと言うべきだろうか?

 

佐倉杏子とは、典型的なパワーファイターである。

と言うのも、彼女は固有魔法が過去のトラウマによって破壊された。

魔法少女は、魔法少女になった理由を否定したとき、固有魔法が使えなくなる。

だから杏子は特殊な魔法を使わず、技に魔力を注ぎ、身体能力を上げる事だけに魔力を使った。

 

それに、そもそもの性格で、猪突猛進な面があったから、より印象付けられたと言えばいいか。

しかし、オフィーリアは杏子であって杏子に非ず。それが答えだったのだ。

オフィーリアは力よりも特殊な魔法を使うトリッキーなスタイルだった。

 

その力は、幻覚。

オフィーリアはユウリに幻を見せて、見事に操り人形へ変えたのだ。

呼び出した魔女が全てオフィーリアに変わったのも、ユウリがそう言う幻覚を見ただけである。

さらにオフィーリアは、本当に自分の分身を作れる力もあった。一体だけではあるが、一体で十分だ。それが攻撃を仕掛ければ、ユウリは全てのオフィーリアが敵に見えただろう。

しかもアドベントにより出現させた魔女はユウリの命令によって動く。相手を攻撃しろと言う命令を出すまえにオフィーリアに変わってしまったため、魔女達は全てが待機状態のままだった。

 

そしてオフィーリアはまず、一番強力だと分かっていたシズルを『本体』に見立てた。

それはシズルを『白い馬』に乗せる事だ。無数の分身の中で一体だけ違う特徴があるなら、それが本体だとユウリは錯覚するだろう。

一方で本物のオフィーリアは白い馬から降りていた。そういう幻覚を見せた。

木を隠すなら森の中と言うべきか。

 

さらにオフィーリアは幻影の光景を変える。

シズル以外の魔女を『槍』に変えて、あとは初めと同じだ。

本当の分身体に攻撃させて、全ての槍が本物だと錯覚させる。

本体が霧の中でユウリを確認している中で、ユウリは自分の下僕が、自分を傷つける道具なのだと錯覚していく。

 

よく、嘘の中に少しだけ本当を混ぜておくとバレにくいとは言ったものだが、まさにオフィーリアはその手を取ったのである。

そしてユウリは見事に嵌る。あれは全て敵、あれは全て凶器、だから消さなければならない。

ユウリは範囲魔法で、槍と本体だと確信していたオフィーリアを攻撃するが、それはユウリ自身が召喚した魔女とシズルであった

 

だからこそ、一度のイル・トリアンゴロでは破壊されなかったのだ。

ユウリが魔女を強化していたのだから。さらに最も耐久のあったシズルを本体と見せる事で。より本物のオフィーリアなのだと錯覚させる事もできた。

それもあってか、ユウリは結局最後まで幻視だと言う事に気づかず、シズルまでも自らの手で殺してしまった。

 

そして全てを破壊したユウリに最後の幻覚。

グリーフシードを使う事で、ソウルジェムが穢れるという幻を見せる。

混乱したユウリは、本物のオフィーリアがまだ生きている事も考えず、取り乱して大きな隙を作ってくれた。

 

後はその隙を突き、手に持っていた槍を深く突き入れるだけ。

元が杏子だったからか、力は強く。魔女の一撃でユウリの肉体は貫かれた。

 

 

(やられた――ッ、まさか魔法少女の時より頭が良くなっているなんてな。ヒヒヒ……!)

 

 

目に見える物が真実ではない。

それを象徴するような変身魔法を持つユウリが、同じような手に掛かって墓穴を掘るとは。

逆を言えばそれだけオフィーリアの幻覚魔法が強力だったとも言える。

ユウリは初めこそバカにしたように笑っていたが、自らの体を流れる大量の血を見て表情を憎悪のそれへ変える。

 

 

「クソがァアアアッッ!!」

 

 

馬鹿にしやがって!

ユウリは血を吐き出しながら強く叫んだ。

一方でオフィーリアは白い馬を呼び出し、そこへ跨る。

前方には再び実態のある分身が召喚され、ユウリに追撃を加えようと走り出した。

 

 

『!?』

 

 

しかし伸ばした槍は、突如地面から噴き出てきた赤いジェルの様な物に包まれて動きを止める。

鬼気迫る表情で名前を叫ぶユウリ。そう、趣の魔女であるシズルはまだ生きていた。

強化されたシズルの生命力は、オフィーリアの想像を凌駕している。

 

 

「ぶっ潰せぇえッッ!!」

 

 

ユウリの命令どおり、シズルはあっと言う間に血液でオフィーリアの分身を包み込むと圧縮して圧死、融解させる。

髑髏の体を作るだけの魔力はもう残っていないのか。

とは言え、血液状態のシズルでも十分強力だ。

赤黒い液体は、すぐにそのままオフィーリア本体を狙う。

 

 

『………』

 

 

オフィーリアは再び幻覚魔法を行使しようと、炎を揺らめかせるが――

 

 

「させるか!!」

 

『!!』

 

 

ユウリは槍に貫かれながらも、魔法技を発動する。

両肩の上にマシンガンを出現させ、それをすぐに乱射。

オフィーリアの体にダメージを与える事で、幻覚魔法の発動を防いだ。

 

その間にオフィーリアの体に纏わりつくシズル。

血液のジェルはすぐにオフィーリアを飲み込み、強い力で締め上げる。

もちろん酸のような力も働き、みるみるオフィーリアの体が溶けていった。

聞こえる魔女の悲鳴。白い馬はドロドロに溶けて、オフィーリアにも限界がやって来る。

 

 

「!」

 

 

しかし終わらない。

オフィーリアにはまだ武器が、技があったのだ。

炎。それは宿命なのか。絶命する際に頭の火が全身に燃え移り、巨大な炎の固まりとなる。

驚くべきはその火力だ。それは文字通りオフィーリアの命の炎。

液体であるにも関わらず、シズルの体が激しい炎に包まれていった。

 

 

「ッ! し、シズル!!」

 

 

ユウリは一旦シズルを引き戻そうとするが、もう遅い。

オフィーリアの炎はシズルを容赦なく、焼き尽くし、完全に蒸発させる。

とは言え、オフィーリアも自らの炎に溶かされ、まもなく消滅するだろう。

だからこそ、オフィーリアも行動は限られる。

 

ユウリは今、槍に磔にされている為、動く事ができない。

となれば残された時間の中でオフィーリアが取る行動といえば一つ。

そう、特攻だ。

 

 

「終わりだよ佐倉杏子」

 

 

しかしユウリもそれは理解していた。

だからこそ既にチャージを完了させていたのだ。

両腕に持っているリベンジャーと、両肩の上にあるマシンガン。

計四つの銃口に、磁力エネルギーを満ち満ちた魔法陣が張り付いていた。

腹部を貫かれながらも、魔法陣を完成させたスピードと、つぎ込んだ大量の魔力。

それを可能にさせたのは――、ユウリの心が折れなかったのは――……。

 

 

もはや希望とも言える絶望があったからだ。

 

 

「吹き飛べぇえエエエッッ!!」

 

 

四つの銃口からレーザーが発射され、近づいてきたオフィーリアの体に命中する。

魔力の本流に、炎の固まりは動きを止め、徐々に後ろへと押し出されていく。

力を追い求めた魔法少女は、最後は力によって壊される。それが宿命と言う物なのかもしれない。

初めから終わりなど無かったのだ。杏子の求める物には、いつだって過去の亡霊が取り付いていた。

力を求めた先には、また力がある。その無限のループ。

 

愚かな歯車は決して止まる事のない絶望。

何故ならば、杏子は相手をねじ伏せる事に快楽を見出していたが、その最もたる所は、自身と均衡した相手を殺す事。

つまり自分が死ぬ可能性を孕んでいなければ、燃え上がる事はない喜びだった。

しかし相手に負ける事は、杏子にとっては耐えがたい屈辱である。

 

浅倉にも言える事だが、杏子たちの心には、常に説明できない苛立ちが取り巻いていた。

それを払拭させる為に杏子たちは戦う。

そう、戦い続けなければならなかったんだ。常に命を賭けなければ満たされなかった。

 

 

「―――」

 

 

ユウリは自らを貫いていた槍が消えるのを確認して、笑みを浮かべる。

つまりオフィーリアが死んだと言う事だ。炎の塊は消え去り、魔女結界が崩壊していく。

これで完全に佐倉杏子はおしまい。

 

技のデッキは、倒した魔女を配下とする事ができる。

しかしそれよりもまずは回復が先だ。思った以上に魔力を失い、思った以上にダメージを受けた。

とにかく先にグリーフシードで魔力を回復し、その後に損傷が酷い身体を何とかしなければ。

その時、魔女結界が完全に消え去る。

 

 

「チャオ、佐倉杏子」

 

 

さようなら。ユウリは笑みを浮かべる。

そしてユウリは、首を掴まれた。

 

 

「え?」

 

 

思わず出た言葉。そして待っていた地面。

 

 

「が――ッ!」

 

 

地面に叩きつけられる。

聞こえたのは、獣のような呻き声。

 

 

「アァァ……! ムカつくよなァ? 何もかも壊したくなる」

 

「お前――ッ!」

 

 

手が離れ、ユウリは解放される事になる。

そしてしっかりと見た、自分を見下しやがる王蛇の姿を!

 

 

「王蛇……ッ!お前ッッ!!」

 

「収まらねぇよなァ、イライラってヤツは本当にしつこい」

 

 

いや、何もおかしな事は無い。

あれだけ殺していたし、ましてや魔女になった双樹姉妹と、ユウリを一度殺してる。

つまり杏子は既に復活条件を満たしていた。死んでからではなく、その前にもちゃんとカウントされている。だからこそ、復活チャンスを放棄する等あり得ない話だったのだ。

 

ユウリもそれは分かっていた為、注意を払う様にはしていたが、まさかこのタイミングとは。

どうやら魔女時であってもパートナーを蘇生させる事は出来るようだ。

だが、王蛇は杏子と共に定めたルールがあった筈。

 

 

「お前ッ、ルールがあるだろ! 破るのか!?」

 

「そう、だからアタシが殺す。簡単な話じゃん」

 

「!!」

 

 

ユウリはゾッとした。紛れも無く彼女は、この瞬間に恐怖を覚えた。

それは王蛇の向かい側に現れた人物の声だ。

少女は、倒れているユウリの前髪を掴むと、乱暴に引っ張り上げて視線を合わせた。

 

 

「ブッ殺せば、イライラも消えるからさぁ」

 

「お前……!」

 

 

"佐倉杏子"の笑みに、ユウリは表情を引きつらせる。

杏子は一度死んでいる、そして先ほども死んだ。

だがチャンスはまだ失われていない、何故ならばそれがルールと言う物だからだ。

だからこそ王蛇はここにいるのだし、杏子にもそれは言える事だ。

 

杏子はリーベエリスメンバーと分かれば即決で殺していたし、浅倉も浅倉で、本部では大量の人を殺した。邪魔だと思う人間もほとんど殺害した。

邪魔だから殺す。一般人も、参加者も。

それが王蛇ペアの全てであり、もはや殺意すら湧かぬ殺人の理由。

 

だからこそ杏子は浅倉を蘇生させていたのだし、浅倉も杏子が死んだ瞬間に蘇生を行使した。

もちろんユウリもそれは分かっていた。杏子を二回殺せる自信もあった。

だがオフィーリアに、あそこまでペースを乱され、王蛇にも邪魔をされるとは。

 

 

「―――」

 

 

ユウリもまた、この瞬間理解した。

何度と無く出てきた単語かもしれないが、王蛇ペアはやはり人間ではなく、モンスターだ。

ユウリも復讐を果たす為に多くの命を殺害してきたが、逆に言えばそれは理由ある殺人だ。

人を殺す事にちゃんとした意味があった。復讐と言う、濁った理由かもしれないが。

 

良い悪いの話をしているんじゃない。

要するに、理由が無ければユウリは殺人を起こす気など無かったとも言える。

だが杏子と浅倉は違う。人を殺す事に特別な意味も、大層な理由も持っていない。

なんとなくムカつくから殺す。ちょっと不機嫌だから殺す。そのうちに目に付いたら殺す。

それは呼吸をする様に。それは食事をする様に。

 

それはある意味、間違っていない事なのかもしれない。苛立ちを治めるために人を殺す。

生きていく中で、ごく当たり前の事へと昇華していったのだから。

ああ、考えれば考えるほどに愚かな話では無いか。

 

利用される事を嫌っていた杏子は、ゲームに都合よく利用されているようにしか思えない。

それは浅倉もまた同じだ。しかしそれが二人の全て。殺しあう戦いの中でしか、もう彼らは生きられないのだから。

 

 

「リュウガァァ!!」

 

 

来ない。理由は、なんとなく分かっている。

グリーフシードを使おう? いや、こんなに密着されているのだから、おかしな行動を取ろうとすれば即ゲームオーバーだろう。

だが何もしなければ、それはそれで終わりだ。

 

 

(詰み――ッ、か?)

 

 

こんな筈じゃなかった。

何がいけなかったのか。魔女の数も、グリーフシードの数も十分だった。

しかしそれを使いこなす前に、コチラのプランをグチャグチャにしてきやがった。

気に入らない、ああ気に入らない。

 

 

(やっぱ魔法少女って糞だわ)

 

 

また魔法だ。また幻覚だ。

いつだってそうだ。考えていた事を、さも当然に壊される。

いらぬ喜びを、いらぬ苛立ちをチラつかせてばかり。

 

 

(不思議な力? ふざけんなよマジでッッ!!)

 

 

確信するよ。

生きている事こそが、やはり罪だった。

魔法少女も、騎士も、魔女も。考えてもみればF・Gが起こった事も、そもそも自分たちと言う存在がいるからじゃないか。

 

 

「存在自体が罪ッ、アタシも! お前らも!!」

 

「!」

 

 

ユウリを中心に広がる魔法陣、それは一瞬で形を完成にまで持っていく。

つまりそれだけ魔力を注いだと言う訳だ。言っておくが、ユウリにはもうほとんど魔力が残されていないのに。

 

それはユウリ自身の明確な意思。

勝つ気でいるんだろう? 杏子も王蛇も、自分を殺して終わる気でいる。

でもそれは違う。杏子が、ニコがそうした様に、ユウリにも同じくして最期のチャンスと言う物が残っているのだと。

 

 

「ちッ!」

 

「………」

 

 

杏子と王蛇はバックステップでユウリから距離を離した。

驚くべきはその跳躍力。ユウリが発動しようとしたイル・トリアンゴロの範囲から簡単に外れて見せた。

 

しかしユウリには関係無い話だ。

元々発動するつもりはなかった。いや当たれば、それはそれで良かったが、どうせ避けられるとは思っている。

これは、魔力を消費する為だ。

ユウリはあえてソウルジェムを濁らせたのだ。

 

 

「準備は整った。見せてやるよ、切り札ってやつを」『イーブルベント』

 

「ッ!」

 

「何の為にグリーフシードを、イーブルナッツを増やしたのか」

 

 

何もソレは魔力を回復する為だけではない。

何もそれは魔女を強化する為だけではない。

ユウリの上空に再び大量のイーブルナッツと、今度はグリーフシードが現れる。

黒い雲、黒の塊、イーブルナッツはグリーフシードに合わさり、次々に"ユウリの体内"へと侵入していった。

 

 

「グッ! がぁああああぁあ!!」

 

 

無数の黒がユウリの中へ吸い込まれていく。

まだだ。ユウリは魔女を封じているカードを全てを宙へと放る。

それらもまた、ユウリの周囲を旋回し、濁った光を放つ。

 

 

「何をする気だ?」

 

「一発ギャグでも見せてくれるんじゃねーの? つまんないギャグをさ」

 

 

王蛇と杏子が構えると、ユウリは再び狂った様に笑い始めた。

既に身体はボロボロの筈。しかしユウリを駆り立てるのは、身に宿る強力な復讐心。

つまり意志の力だ。

 

 

「クハッ! ひ、ヒヒヒハハッ! 呪われた力だよ、コレ――ッ!」

 

 

そう思うだろうお前らも?

この力さえ。この世界さえ知らなければ、普通でいられた。

教えられた常識が全てと知って。過度な夢も希望も持たずに終われた。

最期だって、こんな醜くなる事も無かったのに。

でも、だからこそ今は感謝しないといけない。やはり呪われた存在を殺すには、同じ力でなければならないのだろう。

 

 

「魔法少女も魔女も、騎士も、参加者全員ンンンンッ! アタシがブチ殺す――ッ!!」

 

 

お前等さえいなければ、何も知らないままでいられたのに。

ユウリと出会う事は無かったけど、ユウリが死ぬ事も無かった。

あいりが、死ぬ事も――、無かったのに。

 

 

「意味不明な復讐心を向けられてもねぇ?」

 

 

呆れ、興味なく、見下したように笑う杏子。

だがユウリは笑みを崩さない。いや、彼女自身、自分がどんな顔をしているのか分からない。

それだけ限界は来ていたのだろう。ましてや、それが『ユウリ』の力だった。

果たして一体今、自分は誰なのか? 誰に変身しているのかも分からない。

 

 

「お前だって分かる筈だ、佐倉杏子」

 

 

誰かを恨まなければ、とっくの昔に死んでいた。

何に、誰に恨んでいるのかは、些細な問題だ。

その復讐心を身に宿し続ける事で、良くも悪くもココまでいられたのだから。

復讐心を糧として、それがあったから生きてこられた。

 

 

「だから私は恨み続ける。魔女を、魔法少女を――ッ!!」

 

 

それが自分の希望、そして絶望。

 

 

「一人残らず殺してやるよ。お前らをなぁアア!!」

 

 

誰かが『彼女』を愛せば、こんな結末は起きなかったのに。

腕を天にかざすユウリ。するとその動きに合わせて、魔女のカードがユウリの上空縦一列に並んだ。

そしてイル・トリアンゴロを銃口に合わせる。そのまま、最期の魔法技を発動する。

 

 

「!」

 

 

引き金を引いたユウリ。

銃弾は天に向かって突き進み、並んでいたカードを貫き続ける。

発動されていくアドベント。大量の魔女が空に並び、そこでユウリは最期のトリガーを引いた。

自らの終わりと言う、引き金を。

 

 

「さあ、はじめよう」

 

 

終わりの、始まりを。

 

 

「ちッ、真似しやがって」

 

 

ああ、いや。そう言う意味ではニコを真似していたのか。

だから杏子はため息を一つ。彼女の前にいたのは、ユウリから生まれ出た醜き魔女であった。

 

心臓の魔女『NieBluehenHerzen(ニーブリューエンヘルツェン)』。

その性質は自己否定。心臓を強くイメージさせるハートの形をしており、魔法少女の時に特徴的だったツインテールは、針が生えた触手となっていた。

それは茨。それは血管。ニーブリューエンヘルツェンはその触手で、生み出した魔女を連続して貫いていった。

 

 

「なんだ……?」

 

 

せっかく召喚した魔女を殺した?

杏子は呆気に取られて動きを止めてしまう。

しかし狙いは別のところにあった。ニーブリューエンヘルツェンは文字通り心臓だ、

心臓とは、それ即ち身体のコアとして機能するべき物。

では、逆を言えば、『体』と言う物が存在する事になるのでは?

 

 

『プチプチプチプチプチ』

 

 

独特の鳴き声をあげながら、ニーブリューエンヘルツェンは魔女達を貫いていた触手を自分の体に巻きつけ、魔女達を纏う様な形になる。

イーブルナッツを大量に取り込み、無数のグリーフシードも取り込んだ彼女が行うのは、共鳴。

魔女同士の歪な力が引き寄せ合い、ニーブリューエンヘルツェンは召喚した魔女達を取り込んでいき、己の肉体へと変換させていく。

つまり融合だ。心臓は肉体があってこそ機能するべき物だから。

 

 

「へぇ」

 

「アァ。拍子抜けだけは勘弁だぜ?」

 

 

その融合を止める訳でもなく、杏子と王蛇はジッと観察していた。

そんな二人の前で、魔女達は次々と融合。心臓を取り囲む肉体を形成していく。

イーブルナッツの力が齎した歪な奇跡。

体内に取り込んだソウルジェムも次々と魔女を孵化させ、それも取り込んでいく。

 

 

『おいおい、焦らせんなよ。ビビったぜ』

 

 

その変化を観察していたのは、杏子達だけではない。

公園にある高い木の上では、ジュゥべえとキュゥべえが並んでそれを観察していた。

彼らがココに来たのは、異質な力を感じたからだ。

そう、とびきり異質な力。思わずジュゥべえとキュゥべえは、ゲームに支障が出たのかと疑問に思ったほどである。

簡単に言えば、ワルプルギスの夜が現れる時間が早まったのでは無いかと思った。

 

 

『しかしユウリも考えたね。まさか契約していた魔女や、生み出した魔女を全て強制的に自身の体に取り込むなんて』

 

『先輩が教えてやった情報でヒントを得たんじゃねーかな?』

 

 

その通りである。

ユウリはキュゥべえから『ある情報』を教えられて、その事を重要視していた。

その情報とは、ワルプルギスの夜の事だ。ゲームのラスボスとも言える最強の魔女。

 

 

『ワルプルギスの夜は一固体の魔女ではなく、複数の魔女が融合した姿であると』

 

『つまりユウリはそれをアレンジして、今に至る訳だね』

 

『そうだな。いやいや面白い事をしやがる』

 

 

ユウリは自分の体を中心として、無数の魔女を全て肉体に変えた。

それは彼女の体内に埋め込まれたイーブルナッツとグリーフシードと共鳴融合を果たし、文字通り一つの魔女として昇華する。

 

つまりユウリの切り札とは、自分自身を『ワルプルギスの夜』にしようと言うのだ。

自らの命は消え去るが、リュウガさえ生きていれば、なんとかなるだろうと言う考え。

 

 

『特攻も特攻だな。オイラ、命はもっと大事にした方がいいと思うけど』

 

『だがそれだけに見返りも大きいよね。事実、ボクらは彼女をワルプルギスの夜だと勘違いしたわけだし』

 

 

冷静に見れば、やはり劣化と言う印象しか残らないが、擬似的なワルプルギスの夜とすれば十分合格ラインではないか。

すくなくとも『切り札』として認識する事には問題ない。それだけの力が生まれるのだから。

 

 

『参加者にとっては、かなり面倒な存在になるんじゃないかな?』

 

『確かに。こりゃあ、ひょっとしたらこのまま決まっちまうか?』

 

 

その時、融合が終了したのか。辺りに衝撃波が発生する。

常人ならそれで死亡する程の物なのだろう。

キュゥべえとジュゥべえの前にはキトリーが現われ、マントを広げて二匹を守る。

 

そして杏子と王蛇はその衝撃波を避ける訳でもなく、ただ涼しげな顔で耐えて見せた。

だが流石に杏子たちも上空に舞い上がったユウリ――、だった者を見て、表情を強張らせていた。

 

真っ黒なシルエットはまさに巨大な魔女だ。

大きな魔女帽子は先端が渦巻いており、背中には巨大な魔法陣が展開している。

大きな裾からは、棘の生えた触手が指のように五本ずつ垂れていた。

 

 

『人工ワルプルギスと言った所だね』

 

『………』

 

 

決めた、ジュゥべえはウンと頷いて、その名を決定する。

 

 

『ヒュアデスの暁』

 

 

この時、もしもニコがいたのなら自身の考えを改めていた事だろう。

ジュゥべえ達は、意外と洒落た名前をつけるのが好きなのだ。

とにかく、新たに生まれた魔女の名はヒュアデスの暁。

ワルプルギスを模した複製品とでも言えばいいだろうか。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 

ワルプルギスは常に狂った笑い声を上げているらしい。

対してヒュアデスのあげる声は、ありったけの怨念が込められた『怒り』に感じる。

けれども、杏子達に焦りの表情は無かった。

とは言え、何も分かっていないわけじゃない。

 

 

「どうすんだ? アレ、かなり強いぞ。このまま戦っても勝てねぇ」

 

「アァァ、どうもこうもあるか」

 

 

イライラするんだよ、見れば見るほどに。

見下されるのは王蛇も非常に腹が立つ話ではあった。

だから、答えは一つだろう。

 

 

「殺す。邪魔な奴はな」

 

「くははは! そうだな、それでこそアンタだよ」

 

 

王蛇とめぐり合えた事には感謝しないといけない。杏子はつくづくそう思う。

壊れた杏子と、素で壊れている王者。気が合うのは当然の話だったのか?

とにかく杏子も王蛇も、今だ尚この体を溢れていく苛立ちと殺意をしっかりと感じ取っていた。

イライラは溜め込んでいては爆発するもの。それを満たすには他者を喰い散らかすしかない。

力と言う、牙を振るって。

 

 

「こっちも真似すりゃいいのさ。それでなんとかなるだろ」

 

 

杏子が指を鳴らすと彼女の背後に巨大な槍がいくつも生えてくる。

そして首を回しながら呻き声をあげ、カードを発動する王蛇。

 

 

『ユナイトベント』

 

 

飛来してくるベノダイバー、地中から姿を現すベノゲラス。

そして王蛇はベノスネーカーへと姿を変えると、杏子の体へと進入していく。

さらに融合していく槍達。普段のジェノサイダーとの融合ではなく、そこに王蛇が加わり、無数の槍が加わった事となる。

杏子はさらに槍を追加、彼女の体にさまざまな凶器と命が加わっていく。

 

そして過去最高の怒りと殺意。

王蛇のソレともリンクし、二人はユナイトベントの融合素材に『殺意』を形として取り込んだ。

それは全てを壊すために必要な力を得る為に。

この瞬間、文字通り二人は人間を捨てて、完全なる獣へと変身を遂げた。

 

 

『ジャオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 

蛇の鳴き声が変身の完了を告げた。

ベノスネーカー、ベノゲラス、ベノダイバー、浅倉、杏子、彼女の魔力を注いだ巨大な槍、無数の槍、そして『殺意』を融合させて誕生したのは最凶のモンスターである。

 

上半身はジェノサイダーとほぼ同じだが、カラーリングは赤を強調したものであり、それは杏子を強くイメージさせる。さらにベノスネーカーのブレード部分が杏子の槍先の刃になっており、下半身は蛇の体その物であった。

長い身体には多節棍がいくつも巻き付いており、尾の部分は杏子の魔法技である『最期の審判』で生み出される巨大な槍のブレードになっている。

 

体はジェノサイダーよりも遥かに巨大で、さらにジェノサイダーの頭部には大きな角があるのだが、それが今は杏子の上半身になっている。

杏子は普通の魔法少女の衣装ではなく、王蛇の鎧を着ていた。

顔は露出しており、髪は結んでいない。

上半身だけの杏子は、より禍々しくなった槍を持っていた。

目は閉じており、それは彼女の意識がこの身体ではなく、ジェノサイダー側にある事を意味しているのだ。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオ!』

 

 

吼える蛇。

心は王蛇と杏子。しかし二人には、もう自我と呼べるものは無かった。

二人が選んだのは、力を得る代償に理性を失う事だった。

けれども二人はそれを厭わなかった。

 

つまり、理性を失う事に対して、何の抵抗も無かったという事だ。

そして今、王蛇と杏子は一つとなり、文字通り本当の化け物になった。

合成ミラーモンスター、『メリュジーヌ』は、吼え叫び、ヒュアデスの暁を威嚇する。

 

 

『ジャアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

『アアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

 

化け物と化け物の咆哮がぶつかり合い、周りの大地を吹き飛ばしていく。

公園の遊具は粉々になり、木々は倒れ、街灯は空へと飛んでいく。

言葉は無い。話せないと言う意味もあるが、そもそも言葉は要らなかった。

今ココに必要なのは殺意と狂気。何よりも相手をねじ伏せる力のみ。

 

二体のモンスターの大きさはほぼ同じ。

まずはメリュジーヌが巨大な腕でヒュアデスの身体を殴りつける。

しかしガキンと言う硬い音が辺りに響き渡った。魔法の盾が拳を受け止めたのだ。さらにヒュアデスは反撃に魔法の剣を召喚して、メリュジーヌの身体に振り下ろす。

 

 

『………』

 

 

だが上半身だけの『杏子』が、持っていた槍を横に構える事で、落ちてきた刃を受け止めて見せる。

杏子は槍を高速回転させて剣を打ち弾くと、刃が王冠型になっている『ユリアン』と呼ばれる槍を思い切りヒュアデスの身体へと突き入れた。

 

 

『ギィイイイイイイイイイイ!』

 

 

吼えるヒュアデス。

しかしそれは痛みから来る苦痛の声ではない。

ヒュアデスはその手で、槍をしっかりと止めていたのだ。

正確には手から生える五本の触手で。

 

触手は細い管の周りに無数の棘が生えており、バラの蔓やムカデを彷彿とさせる。

それをユリアンに絡ませて止めたのだ。

それだけじゃない。触手はそのまま伸びていき、文字通り虫の様に蠢きながら、槍を伝って杏子の手に届いた。

そしてあっという間に杏子の身体に絡み付くと、強く締め付けていく。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオ!』

 

 

させるか。

その意思と共に、メリュジーヌの口から溶解液がジェット噴射の様に勢い良く発射される。

当然ヒュアデスはシールドを張って防御を行うが、全てを溶かす一撃は、シールドさえも簡単に融解させた。

 

そしてそれを待たずして繰り出される拳。

重々しい一撃がヒュアデスのシールドを粉砕して、身体に抉り込む。

怪獣とも言える二体のぶつかり合い。それは辺りのフィールドを大きく震動させて、その圧倒的な力を知らしめる。

 

 

『ゴオオオオッッ!!』

 

 

突き出されるユリアン。

ヒュアデスの身体を貫く事はなかったが、押し出される様にして吹き飛ばした。

地面を抉るように削りながら、転がっていくヒュアデス、

けれどもその音や衝撃は、暴風と曇天が覆い隠す。

だから他の人間にこの光景が見られる可能性は低かった。

 

 

『ジャアアアアアアアア!!』

 

 

煙たい風が吹く。

メリュジーヌは怒りを叫ぶ。殺意を叫ぶ。

攻撃はまだ終わらない。第二の槍である"ウード"で異端審問を発動した。

ウードは燃える炎の槍だ。地中から次々と生える赤い一撃は、ヒュアデスの身体を突き削り、熱でダメージを与えていく。

 

 

『―――』

 

 

もがくヒュアデスへ追撃を行おうと、メリュジーヌは動き出す。

上部にいる杏子は、刃が漢字の『王』の形をしている第三の槍、『ギイ』を構えて歩みを進める。

 

 

『ガアッ! アアァア!!』

 

 

槍を振り上げ、思い切り打ち付ける杏子と、叫ぶメリュジーヌ。

殴る様に槍を何度もヒュアデスへ打ち付ける。

けれどもその時だった。ヒュアデスの身体が光ったかと思うと――

 

 

『ギィィィイイィィィ!!』

 

 

杏子の代わりにメリュジーヌが叫ぶ。

すると槍を持っていた腕から大きな針が突き出てきた。

皮膚を、鎧を突き破り、血と肉を飛び散らせる鋭利な棘。それも一本ではなく複数だ。

杏子の腕はあっという間にサボテンの様に針だらけとなり、当然槍を持つ力も弱まる。

 

 

『オオオオオオオオオオ!!』

 

 

その隙をヒュアデスは逃さない。

手を前にかざすと闇のエネルギーを発射。

メリュジーヌのバランスを崩すと、今度は体中から使い魔を発射して敵を狙う。

 

 

『アアァァアア!』

 

『エェエエエン!』

 

 

泣きじゃくる声と共に、メリュジーヌや杏子に切りかかっていく黒いシルエット。

使い魔は人の形をしており、メイスや剣、銃など様々な武器を持って攻撃をしかけてきた。

大きなメリュジーヌに群がる様に武器を突き立てる様は蟲のようだ。

使い魔達は杏子の身体にも纏わりつくと、容赦なく刃物で刺し殺そうと試みる。

 

 

『――――』

 

 

その時、さらに鎧を突き破って杏子の腕から針が生えてきた。

どうやら先ほど槍を伝って、ヒュウアデュスの触手が腕に絡みついたが、それが原因らしい。

そうだ。針が生えた触手。それこそがヒュアデス最大の武器だった。

相手の体内に針を埋め込み、それが時間と共に巨大化していくのだ。

最終的に針は皮膚を貫いて回避不能の死を贈る。

それはまさに死に至る病。相手は体内で大きくなる針に苦しみながら、最期の時を待つしかない。

 

 

『ゴオオオオオオオオオオ!!』

 

 

立ち上がり再び浮遊するヒュアデス。

怯んでいるメリュジーヌに向かって、再び両手の触手を振るい、強く打ち付ける!

メリュジーヌは反射的にギイを投げる事で、一旦ヒュアデスを怯ませるが、もう遅い。

その体内には針がしっかりと打ち込まれていた。

 

針が巨大化するスピードは、威力や大きさによって変わるものだが、一度打ち込まれた針を取り除く方法は無い。

それが究極の絶望をつかさどるワルプルギスの複製、ヒュアデスの暁の実力なのだ。

針が打ち込まれた場所を切り落とせば侵食は止まるだろうが、そうしなければ針は体中を蝕んでいき、時間と共に苦痛を与え続ける。

 

 

『ジャアアアアアア!!』

 

 

しかし、杏子と浅倉がそんな事を気にするだろうか?

ましてや二人は自我を失っている。答えはあまりにも簡単な話だった。

針が体中を突き破りながらも、杏子は第四の槍『アントワーヌ』を取り出した。

槍の先端に獅子の顔がついているアントワーヌ、杏子はそれ思い切り振るった。

すると獅子のエネルギーオーラが現われ、自分の周りを取り囲んでいた使い魔たちを乱雑に食い散らかしていく。

 

 

『アアアアアアアアアア!!』

 

 

怒りの声が響き渡る。

ヒュアデスが腕を振るうと、エネルギー弾が次々に発射されてメリュジーヌの身体に着弾していく。

しかしそれでも怯まずに移動して、第五の槍『ルノー』を突き出す杏子。

 

ルノーは巨大な一本の棘がついた槍だった。

貫通力が高く、ヒュアデスのシールドを突き破って、心臓部分の肉を抉った。

これを連続で刺していけば、コアにたどり着くだろう。

だからか、メリュジーヌは狂った様に槍を突き入れる。

 

殺意。

相手を絶対に殺すと言う揺ぎ無い意思。

それが浅倉と杏子をつなぎ止める最大の絆であると言うのが、複雑な話である。

 

 

『―――』

 

 

杏子の身体中から次々と針が飛び出て、彼女の美しい顔が見るも耐えない有様になってしまった。

しかしそれでも杏子はルノーを突く手を止める事は無かった。

たとえ見た目が完全に死んでいるとしても、あくまでも彼女の本体はメリュジーヌだ。

顔や首から鋭利な針が何本も飛び出していようと、杏子の体は狂った様に槍を突き出すのみ。

 

一方でメリュジーヌは蛇の口から溶解液を発射し、ヒュアデスの身体に傷をつける。

殺意の量で言えば――、メリュジーヌはヒュアデスの暁に匹敵する物を持つかもしれない。

しかし、ヒュアデスの暁は『ワルプルギスの夜』に近いだけの力を持っている。

その力の差は、悲しいけれど大きな差が存在している。

 

 

『ゴォオオオ!!』

 

 

大量の血液が四散する。

いつの間にか知らぬ所で針を打ち込まれていたらしい。

メリュジーヌの腹部から巨大な針が突き出てきた。

さらに大量の使い魔がヒュアデスの体を覆いつくさんとの勢いで襲い掛かっていく。

 

使い魔達はそれぞれの武器でメリュジーヌの動きを封じ、その隙にヒュアデスは巨大な剣でメリュジーヌの尾先を切断した。

叫びを上げて怯むメリュジーヌ。その間にも使い魔は剣を振るい、杏子の身体を切断していく。

その時、メリュジーヌの左腕のから巨大な針が肉を突き破って飛び出して来た。

死に至る病は順調にメリュジーヌの身体を蝕んでいた様だ。

しかも使い魔に気を取られている間に、ヒュアデスはさらに触手をメリュジーヌに押し当てていく。無数の針が肉の中に進入して行き、育っていく。

 

 

『ふぅん、流石につえーな。つか最初ッからアレ使えば良かったんじゃねーの?』

 

『そうだね。まあおそらく、それをしなかったのは予想がつくけども』

 

 

ジュゥべえとキュゥべえはその光景を見て頷いていた。

擬似的にワルプルギスを生み出すと言うユウリの手は、非常に意表を突かれたとインキュベーター達も感心している。

 

その中で浮かぶジュゥべえの疑問は、何故ユウリはこの奥の手を最期の最期まで残していたのかと言う事だ。

もっと復活チャンスが残っている時にでも使っておけば、多くの参加者を殺せたのかもしれないのに。

 

 

『彼女は魔女と魔法少女に異常なほどの嫌悪感を持っていたからね』

 

 

魔女の頂点に立つワルプルギスに近づくと言う事。

体内に嫌悪する魔女を入れる事が、耐えがたい屈辱だったのだろうと推理する。

魔女になると言う事自体が、おぞましさの塊とでも言えばいいか。

 

 

『くぁー! ンなくだらねぇ理由でチャンスを逃がしたのかよ』

 

 

馬鹿だねぇ、愚かだよ。

ジュゥべえはそう切り捨てた。

 

 

『皆殺しを目指すユウリ様にしては随分と可愛らしい理由じゃねーか。魔女になりたくない、魔女を身体に入れたくないなんざ』

 

『まあ、それが人間だからね』

 

 

プライドだの志だの、譲れないプライドと言うものがあるんだろうと。

 

 

『メリットよりも優先させるべきものを、心の中に持っているものさ』

 

 

キュゥべえの言葉にジュゥべえは呆れた様に納得していた。

 

 

『それよりもボクは、どちらかと言うと王蛇ペアの方に興味が湧いたけどね』

 

 

理性を捨てると言う事は、言わば人間であると言う事を捨てると言う事だ。

人は人である事にプライド持ち、杏子は杏子で魔法少女と言う地位に拘りをもっていた。

にもかかわらず杏子と浅倉は現在、言葉を捨て、理性を捨て、ただ相手を殺す為に力を振るうキラーマシーンとして存在している。

王蛇ペアは、そうなる事に対して何の躊躇も迷いも無かった。

 

 

『ユウリを殺したいから人を捨てる。何が彼らをそこまで動かすのか。興味深いよ、人間は本当に予測できない』

 

『ただ馬鹿なだけだと思うけどな。オイラは』

 

 

二匹は再びヒュアデス達に視線を移す。

そこでは激しい殺意がぶつかり合っている所だった。

 

 

『ジュアアアアアアアアア!!』

 

 

既に身体には多くの針が突き出ているものの、メリュジーヌの殺意は収まる所を知らない。

第6の槍『ジョフロワ』を持ち、それを力任せに振るっていた。

巨大な槍、それはまさに牙をくっつけた斧の様な武器だった。

しかし相変わらず無数の使い魔が飛びまわり、メリュジーヌの体に武器を撃ち当てている。

ヒュアデスもまた槍を回避し、針を打ち込んでいった。

 

 

『アアアアアアアアアア!!』

 

 

怒りの咆哮と共に、次々とメリュジーヌの身体から火花が散った。

だが、まだ前に出る。毛に包まれたハンマーが先端についている第7の槍『フロモン』と、トライデントである第8の槍『オリブル』を両手に持って、ひたすらにひたすらに凶器を振るっていた。

 

 

『―――』

 

 

だが努力虚しく回避に徹するヒュアデス。

針を打ち込めば逃げているだけでいい。そうしているとほら、メリュジーヌの体の中にある針が巨大化していき、埋め込まれた時限爆弾が次々に発火していくのだ。

肩を突き破る針。膝を、腹を、胸を突き破って飛び出してくる鋭利な棘。

遂に、メリュジーヌの動きが止まった。それを待ってましたと言わんばかりに魔法陣を輝かせるヒュアデス。

するとメリュジーヌの周りに三角形の魔法陣が展開、これはまさしく――

 

 

『あ、終わるんじゃねーのコレ』

 

 

ジュゥべえの声に被せる様にして爆音が響き渡る。

イル・トリアンゴロ。ユウリの必殺技をヒュアデスは使用し、メリュジーヌへ致命傷を与える。

既に体中から針が飛び出しており、爆発の衝撃で身はボロボロとなった。

まさに虫の息と言う言葉がふさわしい。

 

 

『ま、取り込んだ力の数が違うわな』

 

 

王蛇達の作戦は悪くは無かった。

と言うよりも、そうしなければ初めからヒュアデスの暁に勝つ事なんて不可能だったのだ。

 

 

『チャンスはあったんだけどね、一応』

 

 

キュゥべえはユウリの手は意表を突かれたが、明確なデメリットがあると告げる。

ユウリは無数の魔女を自らの身体に埋め込む形で融合を果たしたが、それは王蛇の使うユナイトベントとは違い、所詮は歪な力だ。

イーブルナッツは当然ユウリの身体にも負担を与え、最悪自己崩壊と言う結末もあった。

 

 

『でも、オイラの目から見るとヒュアデスの暁は安定してる様に見えるけどな』

 

『ボクの目からもだよ』

 

 

それを成せたのは、やはり――

 

 

『ボクはよく分からないけど、ユウリの意思がそれだけ強かったと言うべきだろうね』

 

『……意思ねぇ』

 

『人間は理解できないけれど、やはり心や感情でそのスペックが大きく変わるものだよ』

 

 

それは確かにとジュゥべえも頷く。

火事場の馬鹿力という言葉もあるし。

 

 

『ユウリは歪ながらも明確な意思と目標を持っていた』

 

 

それが負の感情であろうとも、強い復讐心がヒュアデス制御に至ったのだろう。

今後崩壊する可能性も大いにあるが、少なくともこの戦いでそれが起きる事は無い筈。

 

 

「――ハハッ!」

 

『ウォ!?』『………』

 

「ハハハハハハハハハハハハハッッ!!」

 

 

その時、この場には不釣合いな程の笑い声が聞こえてきた。

それは紛れも無くメリュジーヌから放たれる――、浅倉の声だった。

そして瞬時、別の笑い声が聞こえてくる。

 

 

『くはっ! はははは! あははははは!!』

 

 

それはまさに佐倉杏子の声だ。

そう、二人はこの最期の時に再び自我を取り戻したのだ。

状況を理解し、未来を察し、そしてその上で一番最初に取った行動は笑うと言う物だった。

狂ったような笑い声が重なり合い、ジュゥべえはその光景から目を逸らす事ができなかった。

 

 

『……なあ先輩』

 

『なんだい?』

 

『オイラに感情があれば、きっと今、恐怖を覚えていたかもしれないな』

 

『どうしてだい?』

 

『なんでアイツら、この状況下で笑ってられるんだよ』

 

 

もう死ぬって事は分かっている筈だ。

体中に針が生え、激痛が身を襲っている筈だろうに。

なのに王蛇達は笑っている。これから死ぬ人間たちの行動とは思えなかった。

 

 

『壊れていると言う証拠だろうね』

 

 

それにしても、あの二人はどこを目指したかったんだろうか? キュゥべえはつくづくそう思う。

杏子に至っては元々の性格で言えば、まどかの様な人間だった筈だろうに。

その幸福を捨ててまで己のあり方をシフトする必要があったのだろうか?

 

 

『ずっとマミと一緒にいればよかったものを』

 

 

ジュゥべえもキュゥべえの言っている事はよく分かる。

杏子が選んだ道の先には、幸福なんてものはあったのだろうか?

 

 

 

『憎い物を消したいと思うのは誰もが一緒さ』

 

 

けれど、消せないと知っているからこそ、人はギリギリの中で生きていく。

そのギリギリが無くなった王蛇達は、次から次に周りの人間を消していく道を辿って行った。

けれども、王者達らは今も尚イライラしているじゃないか。

 

キュゥべえは一つ、確信している事がある。

それは、浅倉が北岡を殺せていたとしても、苛立ちが晴れる事は無かったと言う事だ。

殺した時点では苛立ちは収まるかもしれないが、きっと浅倉の前には北岡に匹敵する苛立ちを生む存在が必ず現われる。

 

杏子にも言える事だ。

そもそも彼らは苛立ちをなくす為に、永遠の戦いを望んでいた。

それがもう矛盾していると。

 

 

『つまりのところ。はじめからあの二人には平穏は訪れなかったんだよ』

 

 

報われる事の無い道に足を踏み入れていた。

 

 

『いや、一つだけあるか。報われる方法が』

 

 

呪縛から解放される道がある事に、キュゥべえは気づく。

今まさに、王蛇ペアはその道に足を踏み入れたではないか。

 

 

『"死"と言う道にね』

 

 

死ねば苛立つ事も無い。

逆に生きている限り、苛立ちは何かしらの形で人を襲う。

王蛇達は苛立ちを覚えれば、誰かを傷つけなければならない。

狂った上に、割に合わないサイクルだ。

 

 

『……つくづく愚かなやつ等だぜ。まったく』

 

 

やはり、浮かぶのはその一言だった。

 

 

「『ハハハハハハハハハッッ!!』」

 

 

笑い声が重なっている。ジュゥべえには間抜けな声に聞こえた。痛々しくて見ちゃいられない。

しかしたとえ愚かであったとしても、ソレが王蛇と杏子の全てだったのだから、仕方ないじゃないか。

 

王蛇も杏子も馬鹿ではない。

自らの体内に未だ尚蠢いている針の感触を感じれば、残された時間が少ない事くらい分かっているだろうに。

かと言って融合を解除してもどちらかの身体に針は残っているし、ましてや個人では絶対にヒュアデスには勝てない事も分かっている。

そう、分かっているんだ。全て分かった状態で二人は笑っている。

 

 

「アァ、気にいらねぇなァ」

 

『ああ、気に入らないよ。マジでさ』

 

「だったら分かるよなァ、杏子」

 

『当たり前だろ、さっさとやるぞ浅倉』

 

 

ファイナルベント。

その音声と共に、メリュジーヌの周りに今まで使った八本の槍が出現して行った。

そして槍は互いに交わると一つになり、禍々しい一本の槍となる。

 

 

「どいつもこいつも本当に腹が立つ」

 

『ああ、ムカつき過ぎて笑えてくる程にねぇ』

 

 

もう何度も言っているが、だったら自分たちの取るべき道は一つだけだ。

 

 

「気にいらないなら壊せばいい」

 

『イライラするなら殺せばいい』

 

 

それが自分たちの全てだ。

今も、昔も、そしてこれからも。

 

 

「『ウォオオオォオォォオオオッッ!!』」

 

 

二人の声が重なった。

すさまじいスピードで放たれる槍。

名を『オーバーキル』とシンプルに称された必殺技が、ヒュアデスの暁に襲い掛かる。

 

その速さと威力は名前に負けていない。

槍はヒュアデスが張ったシールドを簡単に打ち破ると、胸に、心臓がある部分に突き刺さる!

悲鳴が聞こえる。ヒュアデスから絶叫が上がった。

 

 

『アアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

まあ。

 

 

『アアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

それは。

 

 

『アアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

苦痛の、ではなく怒りの。

 

 

「はは、ハハハハハハ!!」

 

 

再び笑い出す王蛇と杏子。

槍は確かにヒュアデスの心臓部分に突き刺さった。

しかし最期の一撃は、ヒュアデスを絶命させるには至らなかった。

身体には刺さったが、心臓に届いてはいない。ヒュアデスが槍をしっかりと両手の触手で受け止めていたからだ。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

浅倉威は、佐倉杏子は、最期まで化け物である選択肢を選んだ。

人の姿を捨て、メリュジーヌと言うモンスターとして身体を前に出す。

再び訪れる自我の崩壊。それは二人が進んで行ったものだ。

殺す。その意思だけを掲げて、蛇のモンスターはヒュアデスの暁に向かって突進していく。

 

思い出は、走馬灯は存在しない。全てを捨てたからだ。

あるのはただ本能が巻き起こす殺意のみ。それだけを力に変えた。

殺す、破壊衝動を力に変えて。殺す、恨みを力に変えて。殺す、怒りを力に変えて。

殺す、苛立ちを力に変えて。殺す殺す殺す、全てを力に。

獣である事の証明。

聞こえたのは人の声ではない、モンスターの放つ咆哮だ。

 

 

「『――――――』」

 

 

そしてヒュアデスは、手に持った槍を、逆に王蛇と杏子の心臓に突き立てた。

 

 

『最期まで、アイツ等は変わらなかったな』

 

 

ジュゥべえの言葉。

タイミングを同じくして、メリュジーヌの身体中から針が生え出てくる。

心臓を貫かれ、肉体を貫かれ、脳さえも針が貫いた状態。

耐えられる訳が無かった。

 

 

『「―――………」』

 

 

粒子化していくメリュジーヌ。

しかし、そのモンスターは再び動き出して、ヒュアデスを殴り殺そうとする。

 

 

『化け物かよ』

 

 

思わずジュゥべえの口から出た言葉。

だってそうだろう? 心臓を貫かれ、脳を物理的に破壊されたメリュジーヌはもう死んでいるのだ。

なのにまだ拳を握り締めてヒュアデスに殴りかかった。

何がメリュジーヌをそこまで突き動かすのだろうか。既に息絶えながらも、身体を動かす強い意志とは――?

 

 

『「       」』

 

 

しかし、その拳は届く事はなかった。

メリュジーヌの拳がもう少しで届いたと言う所で、完全に粒子化して消え失せる。

それは、王蛇ペアの終わりだ。そして彼らをずっと取り巻いていた苛立ちからの解放を意味している。

 

死ななければ救われない条件の中で生きていた二人。

けれどもだからと言って、この今、彼らは救われたのだろうか?

その答えは、今となっては王蛇ペアしか知らない事になってしまったが。

 

 

『彼らは、一体どこで死んでいたんだろうね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【浅倉威・死亡】【佐倉杏子・死亡】

 

【これにより両者復活の可能性は無し。よって、王蛇チーム完全敗退】

 

【残り11人・7組】

 

 

 

 

 







これも前にも言ったかもしれませんが、杏子は書く人によって性格とか印象変わるのが面白いキャラですね。
あと年齢も決まってないみたいで、PSP版じゃ上条の事を『坊や』呼びしてたんでマミと同い年説もあるみたいですな(´・ω・)


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第64話 戦う理由 由理う戦 話46第


いろんな意味で、今回が最終回みたいなもんです。
もちろんまだ続きますけどね。


 

 

 

 

『戦う理由(わけ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び怒りの咆哮をあげるヒュアデス。

メリュジーヌが消滅したとしても、その行動は何も変わらない。

全ての参加者抹殺のため、新たな獲物を求めて移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だいぶ、風が強くなってきたな」

 

「ええ、奴が近づいてきた証拠よ」

 

「――ッ」

 

 

サキとほむらはバルコニーで街の様子を確認していた。

ビリビリと気持ち悪い魔力をどこからともなく感じる様な気がする。

思わず喉を鳴らすサキ、冷静さを保っている様にも見えるだろうが、やはり心の中では不安と恐怖がチラついている。

そんな時だった。彼女達の脳に、王蛇ペアの死亡確定アナウンスが流れたのは。

 

 

「………」

 

 

複雑に表情を歪める二人。

それはやはり、心の中に浮かんでしまった安心感が原因なのだろう。

戦いを止めたかった。けれど、二人が死んだ事に安堵を覚えている自分がいる複雑さ。

 

 

「佐倉杏子とは……、違う時間軸の中で共に戦った事もあったわ」

 

「そうか」

 

「何が、彼女をあそこまで――ッ」

 

「キミなら知っているんじゃないか?」

 

 

人は複雑な生き物だ。些細な要素が、人のあり方を簡単に変えてしまう。

他人によってはくだらないと思う事が、その人には重要だったりする。

絶望に至る因子もまた同じだ。杏子には杏子にしか理解できない闇がある。

 

 

「人は、分かり合える筈なんだ……!」

 

 

必ず。

けれど、自分達はそれができなかった。

チャンスはあった筈なのに。だからせめて残った思いだけは優先させたい。

守りたい物があるんだ、自分のエゴを突き通したとしても。

 

 

「……浅海サキ。先ほど話した事なのだけれど」

 

「ああ、分かっているさ」

 

 

サキは頷くと、踵を返して『彼女』の名を呼んだ。

 

 

「まどか、少し来てくれないか?」

 

「どうしたの? お姉ちゃん」

 

 

まどかもまた、杏子達に対する複雑な想いがあるのだろう。表情は暗い。

その肩に、サキは優しく触れる。励ましの言葉でも掛けるのかと思えば、サキの口から出たのは少し意外なワードだった。

 

 

「すまない」

 

「え?」

 

 

許してくれ、サキは謝罪をまどかに行う。

 

 

「これは、私たちのエゴなんだ」

 

「ど、どういう意――?」

 

 

まどかは身体に衝撃が走るのを感じた。

揺れる視界、見えたのは魔法少女の衣装に変身したサキの姿だった。

なんで? まどかは声出そうとしたが、うまく喋れない。

そうしていると、優しい音色が聞こえてきた。

 

 

「――――」

 

 

音は、まどかの真っ白な頭によく響く。

すると意識が薄くなり、一瞬で気を失った。

倒れるまどか。その背中には音符を模した魔法陣が付与されていた。

これは『ローレライの旋律』と言う強力な催眠魔法だ。それを発動したのは、まどかの背後に立っていた美樹さやかである。

 

 

「ごめん、まどか……」

 

 

やっぱり、一緒には戦えない。それが三人の総意だった。

まどかが嫌いな訳ではない、信頼していない訳ではない。

だがこれは彼女を守る為なのだ。まどかが好きだから。

 

 

「彼女は自分を犠牲にしてもワルプルギスを倒す気だわ」

 

「確かに。まどかは……、優しいからな」

 

 

ほむらは前もって、まどか以外にはしっかりと告げていた。

ワルプルギス戦では必ず誰かが犠牲になるだろうと言う事を。

まどかは強いが、やはり優しさと言う弱さを抱えた少女だ。自分の目の前で誰かが死ねば、それだけ、その悲しみは絶望となって心を蝕む。

 

 

「綺麗な死とも限らない」

 

 

まどかに背負わせるわけにはいかない。

それに、やはり、ほむらはループの中にワルプルギスに負けるところを何度も見ている。それを今回も払拭しきれずにいたのだ。

 

 

「ごめんね、ほむら」

 

「………」

 

 

ほむらは首を振る。同じ考えを持っていたからだ。

けれども、さやかが一番はじめに提案しなければ、きっとサキやほむらは、まどかと共に戦っていただろう。

 

でなければワルプルギスの夜に勝てる可能性が限りなく低くなる。

織莉子もいなくなった今、もう自分たちの戦力を削るわけにはいかない。

まどかを守る事は一番大事だが、大前提としてワルプルギスに勝たなければならない。

だがそれでも、ほむらはさやかの提案を受けた。

どう考えてもワルプルギスの夜と戦うためにはまどかの力は必須だと知りながらも、だ。

 

何を考えているのか自分でも分からない。けれども、それが人の心と言うものだ

バカな話しだと思うだろう。間抜けだと、愚かだと思われても仕方ない。

それでも、この愚かさだけは通したかった。たとえ己を、見滝原を犠牲にするかもしれないと思えど。たとえそれがわずかな延命になるかもしれないと思えど。

それを一番はじめに言葉にしたのは、さやかだった。

 

 

まどかを巻き込みたくなかった。どんな事をしても。

 

 

あと一つ理由を付け加えるのであれば、サキとほむらには危惧する所がった。

それは、もしかしたらまどかはワルプルギスとの戦いで自らを死を望んでいるのではないかと言う事だ。

 

まどかは自分がとんでもない爆弾だという事を理解している。

だから彼女は心のどこかで、自己犠牲の念を、『ワルプルギスを刺し違えてでも倒す』と言う意思にシフトしている様にも思えてしまうのだ。

別に確証は無いし、まどかは本気で生き残り、生き続ける気なのかも。

けれどもやはり不安や心配があった。

 

まどかは優しい。

だからこそ、その本心を胸にしまい込む。

サキ達を心配させてはいけないと抱え込む。

本音で話せればよかったのだが、それができない。弱いからか? 本音でぶつかる事が怖いからか?

これはある種の逃げ。でもきっとお互いに逃げてしまうから、仕方ない。

 

とにかく、たとえ全滅の可能性があるとは言え、ほむらは、サキは、さやかは、まどかを巻き込みたくなかったんだ。

それが絶望へと、最悪の結末を孕んだ可能性だったとしても。

故に、これはエゴ。我侭なんだと。

 

 

「許してくれるかな? まどか」

 

 

さやかの仕掛けたローレライの旋律は、相手を眠らせる魔法。

さらに自分のマントで、まどかを包むと、簡単な防御結界を施した。

同じく結界を施すサキとほむら。これでもしも自分達がいない間にまどかが狙われても、時間は稼げるし、防御力だって相当な物だ。

その間に衝撃でまどかが目覚めて、何とかしてくれるだろう。

 

強力なマントをワルプルギス戦で使えないと言うデメリットもあるのだが、やはりこれも突き通したい意地の一つだった。

なんと言うか、キュゥべえやジュゥべえが見たら、サキ達の事を最高の馬鹿と称するに違いない。

最後の希望を捨ててまで尊重する事なのかと。しかしそれでも突き通したい想いと言う物が、人間にはある。

 

 

「許してくれるさ」

 

 

サキはさやかに頼んでマントの一部を解いてもらう。出てきたのはまどかの頭だ。

眠っている彼女の頬に優しく触れると、サキは少しだけ動きを止めた。

 

 

「………」

 

 

そういえばと、ほむらは思う。

今まで辿ってきた時間軸にサキはいなかった。けれども今、サキはまどかの幼馴染なんだ。

多くの時間を共に過ごしてきたのだろう。文字通り姉代わりとして。

 

 

「まどかは、優しいからな」

 

 

その言葉には、重みが感じられた。

 

 

「そうね……」

 

「うん」

 

 

二人も頷く。まどかがいたからこそ、自分達は希望を失わずに済んだ。

たとえその先に大きな絶望が待っていたとしても、守りたいものを守りたい。

それがワガママだったとしても、どうかきっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先に避難してって言われても……」

 

「うん、わたし達も後で行くから」

 

 

ゴウゴウと風が轟く音が窓の外からは聞こえてくる。

過去に例を見ない暴風雨。スーパーセル発生と言う事で、見滝原では今もしつこいくらい避難を促すアナウンスが流れている。

それはココ喫茶店アトリでも同じだ。近所の人が一緒に避難しようと集まり、立花もそれに応じた。

そんな中でかずみが立花に持ちかけた提案、先に避難所へ行っていてくれと言う事だったが、はいそうですかとは言えない。

 

 

「そうは言ってもな。こんな状況で何かやる事なんてあるのか?」

 

「え、えーっとそれは……」

 

 

かずみは困ったように頭をかく。立花は、呆れ顔を浮かべていた。

熱はもう下がったが、病み上がりなのは変わりない。そんな状況で蓮とかずみを置いて自分だけ避難するなんて言うのは、保護者失格だ。

 

 

「別にさ、何をするんでも止める気はないけど」

 

「立花さん――ッ、ありがとう!」

 

「ソレは今、絶対にしないといけない事なの?」

 

「ぅうぅ」

 

 

かずみは言葉を詰まらせる。

とは言え、すぐに立花の目を見てしっかりと頷いた。

同時にいつでも変身できるように構える。本当は話し合いで何とかしたかったが、場合によっては洗脳魔法を立花にかけて、強引に別れてもらうしかない。

 

しかし、上手い言い訳が思いつかない。

確かにこの状況で、避難より優先させるべき事があるのかどうかと言う話だ。

しかし、なんとしても通さなければならない想いがある。

 

 

「……いいよ」

 

「へ?」

 

 

しかし、目を閉じた立花が放った言葉は意外なものだった。

 

 

「行って来な」

 

「え? あ……、えっと――っ!」

 

 

立花は納得したようだが、逆にそれはそれで困惑してしまうと言う物だ。

いいよと言うのだから助かったのだが、なんともまあ複雑な物である。

 

 

「どうしていいの?」

 

「どうしてって、逆転の発想」

 

「え?」

 

「こんな状況でも、やらなきゃいけない事って言うのは、相当大事な事だろう?」

 

「そ、それはまあ」

 

「じゃあやって来な。納得するまで、自分がこれでいいと思うまでな」

 

 

立花はそう言って自分の荷物を整理し始める。

避難所に何日篭るか分からない、何か缶詰でも持っていこうかなと。

 

 

「かずみ、よく食べるしね」

 

「え? あ、あはは!」

 

 

立花は落ち着いていた。

別にかずみ達の正体に気づいた訳でもなく、蓮の事情に気づいた訳でもない。

なんとなく察していたと言えばそうなのだが。

 

あの気難しい蓮が、かずみと共に行動する時間が多い事。

最近蓮も真司も、鬼気迫る表情を浮かべているという事。

けれどもそれを詮索する事は無く、ましてや知りたいとも思わなかった。

 

 

「俺は喫茶店のマスター。それ以外の何者でもないしね」

 

 

知ってどうにかできる訳でもない。

蓮達だって話したくも無いだろうし、助けが欲しければその時に話す筈だ。

とりあえず今は、彼らの好きにさせておけばいい。

 

 

「けれど、自己責任だから。それはしっかり覚えておけよ」

 

「う、うん……」

 

「ならいいけど。ああ、でも一つだけ覚えておいてくれ」

 

 

そう言って、立花はかずみの頭をポンポンと叩いた。

 

 

「どんな事をしても、どんな場所に行っても、俺の店に来れば何でも出してやる」

 

「――ッ!」

 

 

かずみがどんな人かは知らない。

結局そこそこの時間を共に過ごしたが、結局何者なのか語ってくれなかったし。

だがそれでも共に過ごした時間は時間だ。

それがある限り、もう自分達は他人じゃない。

 

 

「いつでも帰っておいで。かずみも、蓮も」

 

「立花さん……」

 

 

思わず涙ぐむかずみ。

この温かな場所にずっといられたら、どれだけ良かったか。

けれどもう、その時間は残されていなかった。

いや、事実忘れかけていた。自分がココにいる理由を。

脱線してはいけない、何のための魔法なんだと。

 

 

「………」

 

 

しかし心に暖かなものが宿れば、蘇る思い出がある。

 

 

『かずみちゃんもね、わたしと戦う事になったとしても……、友達でいてほしい』

 

 

まどかの笑顔がかずみの脳を過ぎる。辛い時ほど、誰かの笑顔が欲しくなる。

あの、まどかの笑顔は、全てを赦して包み込んでくれる様だった。

だからその表情が浮かぶのは、かずみが弱いからなのか。

かずみは今、まどかを殺そうとしている。それがかずみの願い。かずみの望み。

 

 

(わたしの――)

 

 

いや、蓮の望みだから。

正しいとか悪いとかじゃない、もっと大切な問題があった。

 

 

「何をしてもいいんじゃない?」

 

「え?」

 

「いや、あんまりこういうの。大人が言う事じゃないのかもしれないけど」

 

 

悪い事でも、他人に迷惑がかかる事でも、自分が本当にしたい事ならすればいいと立花は言った。

 

 

「ど、どうしてそんな事……」

 

「なんかそんな顔してたから」

 

 

やりたい事が、しなければならない事があるには辛そうだったと。

もしもそれをしたくないのなら――

 

 

「やめてもいいんじゃない?」

 

「………ッ」

 

 

なかなかそうはいかないだろうけど。

同時に、それがもしも本当にやりたい事ならば、どんな事をしてでもやってみればいいと。

後悔しても、いつかは受け入れることが出来る。

ダメでもまあ、前には進めるだろう。

 

 

「でも、もしも他人に迷惑掛けるなら、相応の償いは後でしないと駄目だけど」

 

 

謝らなければならないのなら一緒に謝るし、いつでも帰る場所を用意して待っていると。

それが立花にできる事、してやれる事だ。

だからこそ、自分はこう言う。

 

 

「自分の、したい様にすると良い」

 

「立花さん……ッ!」

 

 

たとえそれが多くの人に非難される事でも。罪を背負う事になったとしてもだ。

本当に自分がしたいこと、自分が成し遂げたいと心から願う事ならば、誰に何を言われようとも形にするべきだ。

 

 

「フッ、やっぱり保護者の言う事じゃないか。これ」

 

「そんな事ない……! わたし、楽になったよ?」

 

「そう、ならいいんだけど。じゃあついでに話しておこうかな」

 

「?」

 

「まだ時間はあるんだろう?」

 

 

かずみはコクコクと頷いた。

じゃあと立花は一つの昔話を行う事に。

かずみにバター入りのコーヒーを差し出して、過去を思い返すような表情を浮かべていた。

 

 

「昔、人を殺そうと思った事があってね」

 

「えぇっ!?」

 

 

涼しい顔でとんでもない事を言ってのける。

かずみは思わずのけぞって声を上げてしまった。

なんでも、とある経営者に騙されて、夢の結晶だった一番初めの店と土地を奪われたのだとか。

その怨みからその経営者を――、と言う所だ。

 

 

「包丁もってさ、目の前まで行ったっけな」

 

「そ、それで――? それでどうしたの!? 殺しちゃったの? ムショがえりなの!?」

 

 

立花はぐいぐいと乗り出してくるかずみを見て、フッと微笑んだ。

 

 

「止めたよ。直前で何かめんどくさくなって」

 

「あ、ああ……、良かった」

 

「あはは。殺してたらまだ檻の中だったかもね」

 

 

本当に殺すつもりだった。

 

 

「殺す事に対して何の抵抗も無かったし、恨んでいる奴が死ねば、俺の心は報われるって思ってたし」

 

「………」

 

「でもさ、その時たぶん、俺は腹が減ってたんだろうね」

 

「え?」

 

「包丁を持った時さ。これで人を刺すより、何か美味いもの作った方が、俺のためになるのかもなんて思ったり」

 

 

まあ結局その程度の想いだったんだろう。後から考えてみれば。

立花がしたかったのは経営者に対する復讐だ。

それを思ったとき、別の考えが浮かんで来たと。

 

 

「どうせ復讐するならさ。殺すより、経営で勝ったほうが気持ちいいかもってね」

 

 

俺を利用した事を後悔するほど、成功すれば良いと思った。

なんだかそっちの方が簡単で、より復讐らしいと、包丁を持ってそう思った。

あとは、これを使って人を刺し殺すより、美味い料理を作る方が向いていると思ったから。

 

 

「で。今は乗っ取られた店は潰れて、喫茶店アトリはそこそこ売り上げ上々」

 

 

最初の話と矛盾するみたいで悪いけどと――、立花は前置きを。

 

 

「なんだろうな。結果に至る道は、いろいろ選べるんじゃないかな」

 

「!」

 

「今、かずみが何しようとしているか分かんないけど」

 

 

おそらくは過程で悩んでいるんだろうと思ってみる。

それでもし今自分がしようとしている事に迷いがあるなら、やり方を変えてみるのもありかもしれないと。

 

 

「俺はそうやって復讐が成功したから言えるのかもしれないけど」

 

「そ、それは……」

 

「でも、今はそれが良かったと思えてる」

 

 

ブタ箱に入ってるよりかは、遥かに有意義な時間だと。

アトリをちゃんと機能させるまでにはそれなりに時間はかかったし、いろいろ大変だった。

でもそれだけの見返りが今、自分には返ってきた。

 

 

「悪い悪い。困るかな、こんな話しても」

 

「ううん、そんな事ないよ……!」

 

 

そんな事――。

かずみは口を閉じて唇をかむ。

もしもその過程が他に無かったら、どうすればいいんだろう?

それとも自分が見つけられてないだけなんだろうか。

 

 

「……考えてみれば、この店があるから立花さんとも出会えたんだね」

 

「ん、確かに」

 

 

いろいろな事があったよ、この店では。

立花は懐かしむ様に笑う。

 

 

「蓮が恵里にプロポーズみたいな事もしてたっけな」

 

「え! 本当!?」

 

「そうそう、結構ココに連れて来てたから」

 

 

この店にはいろいろな思い出が詰まっている物だと。

目を閉じれば真司と美穂が馬鹿騒ぎしているのが見え、それを止める恵里の姿、呆れる様に笑っている蓮の姿が見える。

 

 

「そうなんだ……!」

 

 

かずみの表情に、本当の笑顔が宿るのを立花はしっかりと見ていた。

 

 

「まあ、あんまり表に出さないけど、やっぱり蓮にとっても大切な時間だったんだろうな」

 

「へぇ!」

 

「俺も将来は、恵里にここで働いて欲しかったよ」

 

 

でも、あんな事になってしまった。立花は表情を暗くしてうつむく。

そこで立花の店に、近所の人たちが迎えにやって来た。

 

 

「どうやらそろそろ時間の様だ」

 

 

立花はかずみに別れを告げると、蓮にもよろしく言っておいてくれと。

 

 

「そうだ、店が再開したら一番初めに好きなもの作ってやる」

 

「本当? じゃあビーフストロガノフ食べたい」

 

「分かった。じゃあ、また後でな」

 

「うん……、また、後で」

 

 

かずみは寂しげに手を振ると、二階にいる蓮の方へと向かう。

 

 

「蓮さん、立花さん行ったよ。蓮さんによろしくだって」

 

「ああ、悪かったな」

 

「蓮さんは話さなくて良かったの? 立花さんと」

 

「そうだな。俺もあの人には頭が上がらない」

 

 

全てを見透かされてる気がする。だから今のままでは立花には会えない。

どこかでまだ、心に纏わりつく気持ちの悪い未練と迷い。

どれだけ割りきろうとしたのか、どれだけ覚悟を固めたのか。

しかし何度迷っても、何度覚悟を決めても、まだ――。

 

 

(俺の属性は決意。なのに、何故――ッ!)

 

 

駄目だ、揺らいでは。

蓮は拳を握り締めて、窓の外一点を見つめる。

殺さなければならないんだ。それ以外に恵里を救う方法は無い。

 

 

(なのになんなんだ。この俺をせき止める迷いは……)

 

蓮は自分の心の中に宿る迷いを、未だ払拭できない。

真司には既にメールは打っておいた。やはり"アイツ"なのか? アイツが俺の心に取り巻いているのか? 蓮は深く息を吐く。

真司との決着もつけなければとは思っているんだが――

 

 

(恵里……、俺は)

 

 

その時だった。

かずみのアホ毛がピンと反応を示す。

と言う事は、近くに魔女や使い魔が存在しているという事。

走る緊張感、かずみはハッと表情を変えて、窓を開けて空を睨む。

 

 

「どうした?」

 

「魔女――? う、ううん。でもこれって」

 

 

サキからコピーした成長魔法を使って、視力と聴力を強化するかずみ。

睨む先には、狂気の怒り声と暴風に身を包んでコチラに近づく巨大な影が見えた。

 

 

「ワルプルギスの夜!?」

 

「なにッ? もう来たのか?」

 

 

かずみは歯切れの悪い答えを返した。

ワルプルギスを見た事は無いが、情報は仕入れておいたつもりだ。

その中で、ワルプルギスの位置についての情報がある。

 

タロットカードをイメージすれば分かりやすいか。

カードを逆さまに置いた『逆位置』と言う物があるが、ワルプルギスもそうだと聞いている。

要するに人間で言うなれば、頭が下を向いているのだ。

しかし今見える巨大なシルエットは、頭が上を向いている。

それに帽子の形状や、服装がやや違っている様な気もする。ワルプルギスをイメージしたイラストには共通して歯車のモニュメントがあったが、それがない。

 

 

「―――!」

 

 

そこでフラッシュバックする光景。

と言ってもコレは、過去の記憶ではなく、これから起こりうる事実である。

織莉子の魔法をコピーしたかずみは、15秒先の未来が視えるが、それとは別に、これから起こる未来の映像を無意識に、端的に見られる魔法を手に入れた。

 

それで視えた。

アトリが魔女の通り道となり、通り抜けた際の衝撃波で崩壊すると言う光景。

さらに奴は立花たちが乗っている車全体を襲い、避難所へと向かおうとしていた人々を全員捕食するつもりであると。

 

 

「ッ」

 

 

頭を抑えるかずみ。

映像はそこで終了した。これが今から起こる未来、と言う訳である。

つまりこのままあの魔女を放置すれば、立花の店も、立花自身も死ぬと言う訳だ。

かずみはすぐにそれを蓮に報告する。彼もまた、驚いた表情で曇天の空に視線を移す。

 

 

「クッ、厄介な奴だ――ッ!」

 

 

ワルプルギスなのかどうかは知らないが、この店と立花が死ぬと言われては蓮も動揺する。

これから参加者を皆殺しに――、と言う意思を掲げなければならないのだが、立花と言う人間には大変な恩がある。

そしてこの店には恵里との思い出だって。

 

 

「助けようよ蓮さん!」

 

「!」

 

 

かずみも立花が死ぬのは『嫌』だと。

変な話かもしれない、これから多くの死体を作ろうと言うのに、人を助けるなど矛盾した行動か。

しかし参加者の死と立花の死は、今のかずみにとっては重さが大きく違った。

 

自分たちの居場所であると言ってくれた立花。

それは今のかずみにとっては、何よりも大きな希望に聞こえたんだ。

その希望を捨てられない。かずみは寂しさには耐えられない。

これから友達を、他の参加者を殺すなら、せめて立花だけは――、"家族"だけは助けたかった。

 

 

「………」

 

 

蓮も、その矛盾した想いを感じ取っているのだろう。

拳を強く握り締めて目を閉じた。躊躇と迷い。身に宿る情けなさをかみ締める。

自分は何がしたいんだ? 恵里を助けるためには、今すぐにでも参加者を殺しにいかなければならない。

 

今もこうしている間に、着実と優勝に駒を進めている者はいる筈だ。

もしもあれがワルプルギスならば、あれを倒してしまうのは自分の望む所ではない。

だったらココは立花を見捨てでも他の参加者を殺しに行った方が賢い。

賢いのだが――

 

 

「チッ!!」

 

 

蓮はテーブルに放っていたデッキを掴むと、掛けてあったコートを手に取る。

これは恵里がプレゼントしてくれたものだ。今はワルプルギスが近づいているという事もあってか気温が低い。蓮はそれを羽織ると、もう一度大きく舌打ちをする。

 

激しいジレンマ。

自分の行動に、大きなブレが何度も何度も発生している事への怒り。

そして恵里への罪悪感。蓮はその複雑に絡み合う人間らしい思考に、大きな苛立ちを感じていた。

いっその事、ロボットであったら楽だったのか。

 

 

「用意しろ! 奴の気を引いて、すぐに離れるぞ!」

 

「……! うんわかった!」

 

 

すまない恵里。立花には何度も世話になったんだ。

蓮は心の中で恵里に謝り続け、立花を救う道を選んだ。

そうする事でまた、蓮の決意が大きく揺らぐ。だが、そんな自分とは対照的に、安堵の笑みを浮かべていたかずみを見て、蓮はさらに心に重いものを感じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………』

 

『どうした先輩、浮かない顔だな』

 

『ボクはずっと同じ顔だよジュゥべえ』

 

『やだな。冗談だよ冗談』

 

 

キュゥべえの顔を模した――、と言うか同じであるキトリーの被り物。

その両耳の上にキュゥべえとジュゥべえはそれぞれ乗っていた。

キトリーはヒュアデスの後を追っており、キュゥべえは先ほどからずっと赤い目の中に魔女を映して沈黙していた。

 

 

『分析していただけだよ。あの例は珍しいからね』

 

『ま、確かにな。本物が現われる前に人工の偽者の登場ってモンだからさぁ』

 

 

それに加え、そろそろワルプルギスの到着時間となってきた。

 

 

『ヒュアデスがワルプルギスに喧嘩でもふっかければ面白そうなんだけどな』

 

『確かに、なかなか興味深い画が見れそうだね』

 

 

だけどと、キュゥべえは言葉を続ける。

 

 

『もしかすると、それは叶わないかもしれないけれど』

 

『?』

 

 

それはどういう――、ジュゥべえが問おうとすると、ヒュアデスの身体が次々と爆炎をあげていくではないか。

 

 

『なんだ?』

 

 

ジュゥべえが辺りを確認すると、遠くに煙を上げている砲台が見えた。

ティロフィナーレ。十字架型のバズーカ砲は、横並びに五個程度ならんでおり、それが一勢に放火したと言う事なのだろう。

 

 

「ジュゥべえ! キュゥべえ!」

 

『あら、見つかっちまったか』

 

 

マントを広げてコチラに飛んできたのはナイトペアだった。

結界を構築していない今では、キトリーは少し目立ってしまったか。

ジュゥべえもキュゥべえもヒュアデスに興味が向いてしまい、姿を隠すと言う事を忘れてしまっていた様だ。

同時にヒュアデスもまた、攻撃を受けたと言う事でコチラを見る。

どうやらナイトたちを敵と認識したらしい。その身体の向きを変えて、移動をすぐに開始する。

 

 

「ちょっと付き合え!」

 

『ああ、そうだったな』

 

 

飛び立つナイトとかずみ。コレで少しは未来を変えられたと言う訳だ。

狙いを立花たちからナイト達に移し、ヒュアデスを避難所のルートから外す。

そしてキュゥべえ達は情報を伝えるヒント係。それはまだルール的には死んでおらず、ナイト達が二匹を見つけたとしっかりカウントされた。

 

だからキュゥべえ達もナイトに付き合うしかない。

キトリーに指示を出して、一同は移動しながら会話を行う事に。

 

 

「あれはなんなんだ? ワルプルギスの夜か!?」

 

『いや違う。アレはユウリ、参加者の一人だ』

 

「ユウリ……?」

 

 

振りかえるかずみ。

コチラを追いかけてくるヒュアデスを見て、思わず恐怖とプレッシャーに喉を鳴らす。

あれほどの魔女が、ユウリ一人から生まれたとは思えなかった。

姿だって他の魔女と比べれば明らかに大きいし、それに魔女結界を構築していない時点で、他の物とは異質である。

結界を張る必要が無い程に強いのだ。

 

 

『そうだな、正解だ。ありゃユウリであってユウリじゃねぇ』

 

「もったいぶるな、さっさと教えろ!」

 

『くはは! 悪い悪い、つまり――』

 

 

ヒュアデスの暁。

ユウリが魔女化し、さらに他の魔女との融合を果した形態であると伝える。

 

 

『ワルプルギスの夜の偽者だ。何、少し異質だがアレも要は参加者の一人って訳だ』

 

 

ヒュアデスの暁が参加者を皆殺しにすれば、ユウリの勝ちとしてカウントされると。

 

 

『秋山蓮、君は参戦派なんだろう? でも正直お勧めはできないな』

 

 

珍しくキュゥべえからの助言が一つ。

いくら偽者とは言え、ヒュアデスの暁は他の魔女とは比べ物にならないくらい強力だ。

たった二人で戦う相手にしては力の差がありすぎる。

 

 

『お前も王蛇ペア脱落のアナウンスは聞いただろう?』

 

『それは流石に喋りすぎだよジュゥべえ』

 

『やべっ! そっか、じゃ今のナシな。聞かなかった事にしろよ』

 

「――ッ、あの王蛇ペアがアレに負けたと言う事か」

 

 

キュゥべえはジュゥべえを無言で見る。

ジュゥべえは汗まみれで沈黙していた。

それが答えのようなものだ。ナイトとかずみは息を呑んでヒュアデスを見る。

だが願いを叶える為には、アレを倒さなければならない。

 

 

「俺たちが逃げたら、アイツはどうなる?」

 

『おそらく進路を戻すだろう。言うて魔女、多くの人が集まる場所に向かう筈だ』

 

「それって――」

 

『ま、この場合は避難所だろうな』

 

「そ、そんな!」

 

 

ナイトを見るかずみ。

そしてかずみを見るナイト。武器を握る拳に一層の力が入る。

 

 

『でもお前ら、一つ勘違いをしているぜ』

 

「ッ?」

 

『逃げられるとでも思ってんのか?』

 

「「!!」」

 

 

ヒュアデスから大量の使い魔が放たれて、猛スピードで向かってくる。

それはヒュアデスに取り込まれた魔女達の元々の姿のシルエット。

要するに魔法少女の影たちが、武器を持ってナイト達を引き裂こうと襲い掛かってきたのだ。

速い。確かにあの影たちに執拗に追いかけられれば、戦わざるをえないか。

 

 

「どうすればアイツを倒せる!?」

 

『他の魔女と変わりは無いよ。ただ――』

 

 

しいて言うなら、キュゥべえはある一点に注目を。

それはヒュアデスのコアだ。要するにユウリがいる場所。心臓部分である。

あそこは既に王蛇ペアの攻撃を受けて装甲が脆くなっている。メリュジーヌの一撃は、ユウリに届く事は無かったが、それでも相当のダメージを与えた筈だ。

現に今もまだヒュアデスの胸の中央辺りは、ボロボロ。修復は済んでいない。

 

 

『あそこを突ければ、と言う所だね』

 

『王蛇ペアに感謝するんだな。こんな形で共闘とはよ……』

 

 

さあ、もういいだろう。

ジュゥべえとキュゥべえの情報提供は終わりだ。あとはナイト達が決める事だ。

逃げるも良し、戦うも良し、ただ前者もあまりおススメできない。

使い魔のスピードと数が明らかにナイト達の上をいっている。

 

その状態に逃げながら戦っても消耗されるばかりで、執拗な攻撃を解除する事はできない筈だ。

ヒュアデスもユウリの思考を色濃く受け継いでいるため、参加者に対しては相当の執着心を持っている。視界に入るうちは、追いかけてくるだろう。

だったら真正面からぶつかって倒した方が楽と言えば楽。

それに他の参加者を減らすと言う事は、一人勝ちを狙うナイトの思いにもリンクする事だし。

 

 

『ま、オイラからあと一つ。アイツの触手には気をつけろよ』

 

『ジュゥべえ』

 

『す、すまねぇ先輩! これくらいいいじゃねぇの!』

 

「どういう事だ!」

 

『あの針がよぉ……、なあオイ』

 

 

まあとにかく、くらっちまえば一発ゲームオーバー。

そこまで口にする事は無かった。流石にユウリ側にも希望を持たせてあげなければ。

まあゲームと言うのは、実力が近い方が面白いと言う物だ。

 

 

『せいぜい頑張れよ。死なないようにな』

 

 

ジュゥべえは小馬鹿にした様に笑うとキトリーに合図を出す。

 

 

『『チャオ』』

 

 

そう言ってワープで消えるキュゥべえ達。

彼らは離れた場所にて、戦いを観戦するつもりの様だ。

ナイトは考える。逃げれば、立花達が狙われる事は変わりない。

だとすれば――

 

 

「戦おう蓮さん!」

 

「……ああ!」

 

 

武器を構える二人。

向かってくる使い魔達へ、逆に自分たちから突っ込んでいく。

 

 

「ウオオオオオオオオオ!!」

 

 

悲しみの声を上げながら武器を振るってくる使い魔。

しかしそんな事はおかまいなしに、ナイトとかずみはそれぞれ剣と十字架を振るって、使い魔を切り裂いていった。

加速をつけた二人は、そのまま地面を蹴って空へと舞い上がる。

ナイトはシュートベントであるウインドカッターを発動して、後ろから追いかけてくる使い魔達に斬撃を命中させる。

かずみは無限の魔弾を発動して前方――、つまり浮遊するヒュアデスの体中に爆発の華を咲かせた。

 

 

『オオオオオオオオオオオ!!』

 

 

怒りの声を上げて後退していくヒュアデス。

しかし攻撃を受けながらも、自身も光弾を発射してかずみ達を狙う。

光弾はスピードはそれなりだが、ナイト達もスピードには自信がある。

それぞれ空中を旋回して、器用に攻撃をかわしてみせた。

 

それだけではなく、かずみは情報収集魔法であるイクスフィーレの本を取り出し、光弾をキャッチする。本に攻撃が当たると、情報がページに刻まれ、かずみはそこに目を通してヒュアデスの攻撃パターンを分析する。

 

 

「ッ! 蓮さん、あの触手は本当にやばいかも!」

 

「どういう事だ?」

 

 

早口で説明を行うかずみ。

触手の攻撃は鞭のように叩きつけて、直接的なダメージを与える事もできるが、なによも相手に触れた際に針を体内へ侵入させることにある。

小さくて細い針でああるが、時間経過と共に巨大化、最終的には皮膚を貫き対象を串刺しにする。

厄介なのはヒュアデス自身が強力であるため、騎士の鎧を纏っていても針は打ち込まれると言う事だ。

 

 

「針を取り除く方法――、今のわたし達にはないかも」

 

 

運が悪ければ伸びた位置や、針の向きが関係して、脳をやられる可能性もある。

要するにほぼ即死攻撃と言っても差し支えない。

触手の一撃を受けた時点で死が確定するのだ。

 

 

「なんだと――ッ!」

 

 

向こうは一撃を与えるだけで勝利し、ナイト達は心臓を貫けば一撃で勝てるかもしれないと言う事なのだ。

しかしそれはあまりにもデメリットが目立ってしまう物。

どう考えても不利すぎる。ナイトはすぐに一つの決断を行う事に。

 

 

「逃げるぞ、かずみ!」

 

「え!?」

 

 

もしもここで二人が針を受けてしまう事があれば、自分達は終わりだ。

そんなリスキーな真似はできない。しかしかずみは首を横に振った。

 

 

「逃げたら胸の傷が塞がっちゃう。そしたらもう、わたし達だけじゃ勝てないよ!」

 

「クッ!!」

 

 

だからと言って、このまま二人が死ぬ可能性に足を踏み入れる事もできない。

それに運よく逃げても立花が……。

 

 

「……かずみ、お前だけ逃げろ」

 

「な、何言ってるの!?」

 

「俺が奴を倒す!」

 

 

一人がこの場から離れれば、もう一人が死んでも復活チャンスを使う事ができる。

 

 

「じゃあわたしが残るよ! だって蓮さんが死んじゃったらもう人間に戻れないんだよ!?」

 

 

こんな事は言いたくないが、騎士と魔法少女では初めから命の重さが違っている様に作られているのがF・Gだ。

 

 

「わたしが残るよ!」

 

「ッ」

 

 

そうだ、その方が圧倒的にいい。

しかしナイトの心に纏わりつく気持ちの悪さ。

 

 

(……何故だ、かずみが残ると言うのならそうすればいい)

 

 

魔法少女は針を受けても、ソウルジェムさえ砕かれなければまだ生き続けられる。

騎士よりも、よほどこの場に残る役割に向いている。

 

 

(なのに何故俺はッ、かずみを残したく無いと考えているんだ……!)

 

 

ナイトの心がぐちゃぐちゃになる。

 

 

「だ、駄目だ――ッ!」

 

「どうして!?」

 

「……奴の心臓を貫くには俺の飛翔斬しか方法は無い!」

 

「そんな事ないよ! わたしだって貫通力のある技あるもん!」

 

 

そうだ、そんなものは急に拵えた言い訳でしかない。

はっきり言ってしまえば、ナイトはかずみを戦いに巻き込みたくないと思っている。

彼女がこれ以上、苦しむのを見たくは無いと思っている。

しかしナイトはそれを受け入れる事ができない。

 

それはそうだ。どれだけ恵里を想い続けたと思っているんだ。

それがただ少しの間、共に過ごした少女への想いと並ぼうとしているのを、絶対に認める訳にはいかなかった。

 

恵里の為に、自分の為に。

ただそれに反発するようにして今も膨れ上がっていく、かずみへの想い。

なんだ、なんなんだコレは。ナイトはもう自分で自分が分からなかった。

 

何故、かずみが悲しそうな表情をするだけで心が抉られる様に痛いのか。

何故、かずみが武器を振るう度に心が引き裂かれそうになるのか。

かずみへ抱く想いは恋慕では無い。しかしそれでも、下手をすれば恵里へ抱く『想い』に匹敵する大きさであった。とは言え、真司や美穂に抱いていた友愛の感情。

この胸にある正体不明の痛みは何なのか。ナイトは苦しみに呻くだけ。

 

 

『………』

 

 

キュゥべえとジュゥべえは、近くにあった建物の屋上からナイト達をしっかり観察していた。迷うナイトだが、既に妖精達は至っている。

 

 

『やっぱ理解できないねぇな、人間って奴は』

 

『ああ、そうだね。かずみに死を背負わせたくないと言う割には、50人殺しをさせる立ち位置に誘っているじゃないか』

 

『なんだよ、秋山も相当な馬鹿だな。ククク……!』

 

『でもだからこそ、彼らは有用な資源として存在を許されたんだろう』

 

『ふぅん、そんなもんかね』

 

 

ジュゥべえはそう言いながら、視線をナイト達からヒュアデスへと移す。

身体が大きい分、無限の魔弾をほぼ全弾受けたようだ。

当然それだけ衝撃が加わり、怯んでいたが、再び動き出してナイト達を狙い始めた。

 

召喚するのは無数の使い魔だ。

下僕に足止めを行わせ、自身が威力のある光弾か、触手で攻撃を行うスタイルなのだろう。

ナイト達も再び動き出したヒュアデスを確認していた。

もう迷ってはいられない、すぐに使い魔達は目の前までやって来たからだ。

 

 

「俺の言う事を聞けかずみ!」

 

「嫌だよ! どうして分かってくれないの!?」

 

「それは――ッ!!」

 

 

言えなかった。いろいろな意味で。「お前が大切だから」だと。

自分でもおかしいとは分かっている。何故かずみが大切なのか、理由が分からないのに言える訳が無い。

だから、ナイトは何も言えなかった。

 

 

「きゃあ!」

 

「!」

 

 

銃撃音と共に大きく仰け反るかずみ。

見れば使い魔の一体がスナイパーライフルを構えている所だった。

十人十色と言う言葉があり、魔法少女の力が一人一人違っている様に、武器もまたしかりだ。

動きがとまったかずみへ猛スピードで別の使い魔が襲い掛かる。

大きなハンマーを持っており、かずみはその重々しいフルスイングを正面から受けてしまった。

 

 

「カハ――……ッ!」

 

「かずみ!!」

 

 

空気が肺から一気に放出される。

かずみは、きりもみ状に吹き飛びと、何度も回転しながら地面を転がる。

近くの木に叩きつけられるまで、彼女は自分の意思で止まる事ができなかった。

しかも気絶してしまったせいもあるのか、変身が解除されてしまった。

走るナイト。ウイングランサーを召喚して、ハンマーを持った使い魔へと向かう。

 

 

「退けッ!」

 

 

ハンマー持ちはナイトに気づいたか、踵を返してそのままの勢いで武器を振るった。

しかしハンマーが捉えたのはマントだけ。本体は既に跳んでおり、そのまま武器を使い魔の胸に突き入れた。

 

 

『ウアアアアアアア!』

 

 

泣き声を無視しながら、ナイトは蹴りでハンマー持ちを怯ませる。

さらに急旋回、ウイングランサーを盾の様にして飛んできた銃弾を弾いた。

ナイトはしっかりとスナイパー持ちの動きにも注目していた。

スナイパーは一発撃つとリロードをしなければならない事も見ていた。

 

だからナイトはリロード中の使い魔めがけ、思い切り槍を投げる。

距離があったために油断していたのか。使い魔は跳んでくる槍に反応できず、頭を貫かれて死んだ。

そしてナイトは振り返りながら剣に手をかけ、思い切りそれを横へと振るう。

 

肉が引き裂かれ、ハンマー持ちが苦痛に叫んだ。

流石に、使い魔に持ち合わせる甘さは無かった。

ナイトはそのまま彼女の首を跳ね飛ばすと絶命させる。

 

 

「大丈夫かかずみ!」

 

「う、うん……、平気」

 

 

再び変身して武器を構えるかずみ。しかしそこで、彼女の表情が鬼気迫る物へと変わった。

ナイトが視線を追うと、前に教えてもらったお守りの袋が地面に落ちている。

かずみは両親から貰ったといっていたが、変身解除時に服から落ちてしまったようだ。

 

大切なものだ。

かずみはすぐにお守りが入っている袋へと手を伸ばす。

まだ体が痛むのか。バランスを崩して膝をつきながらも、四足歩行の様にしてお守りを目指す。

大きな焦りと必死さが、嫌でも伝わってきた。

 

 

「そこで待ってろ!」

 

「ダメッッ!!」

 

「!?」

 

 

ナイトが取りにいこうとすると、かずみの上ずった悲鳴が聞こえてきた。

怯んだように固まるが、そんな事をしている余裕はそもそも無かった。

 

 

『アアアアアアアアアアア!!』

 

「ッ! アイツ!」

 

 

ヒュアデスは咆哮と共にエネルギー弾を発射。ナイトはかずみを抱えて地面を蹴る。

おかげで直撃は避けられたが、禍々しく光るエネルギーが、先ほどまで二人がいた場所に直撃し大爆発を起こした。

爆風が襲い掛かり、ナイト達の視界が反転する。

 

 

「ぅぁ! あぁあぁああああぁ!」

 

「ぐああアアアアァッッ!!」

 

 

地面を転がる両者。

爆風はお守りの袋も飛ばしており、衝撃で封が外れてしまう。

その瞬間、かずみは目を見開き、今まで見せたことの無いような表情を浮かべた。

思わずナイトは息を呑んで、その視線を追ってしまった。

そう、追ってしまったんだ。

 

 

「は?」

 

 

ナイトは思わずそう呟いた。

袋から何かが飛び出したかと思えば、それは地面に落ちて鈍い光を放っている。

少し離れているし、何よりも小さいから初めは見間違いだと思った。

しかし鬼気迫る表情で走るかずみ。なんどか倒れながらも、強引にそれを掴み取る。

だがそこで使い魔たちに襲われてしまった。ナイトがすぐに助けに入るが、攻撃をされた際にかずみが持っていたものがナイトの近くに落ちた。

 

 

「な、なんだ――ッ?」

 

 

かずみは、やってしまったと言う表情を浮かべて、汗を浮かべていた。

まるで世界の終わりを目にしたような表情だ。それはヒュアデスに対する恐怖心だとか、そう言う事では無く、『お守り』をナイトに見られたと言う激しい後悔から。

 

 

「なんだ……?」

 

 

ナイトは同じ言葉を口から漏らす。

これは無意識に放たれた物だろう。

今の彼に、まともに何かを考える等と言う事はできなかった

ただ真っ白な心で剣を振るい、使い魔を少しでも遠ざけようとする。

心ココにあらず。ではどこに? それはやはり、地面に落ちている『指輪』しかあるまい。

 

 

「なんでッ、お前がそれを持っている……!?」

 

「ぅッ」

 

 

勘違い、気のせい、見間違い、ただの偶然。

ナイトの心に湧き上がる無数の言い訳。だから彼は確かめたかった。

襲い掛かる使い魔を切り伏せながら、その指輪を拾い上げて、リングの裏側を見る。

 

 

「やめて! 蓮さん!!」

 

 

かずみの声が聞こえた。だがそれはナイトの脳には届かなかった。

紛れも無く、指輪の裏側には蓮と恵里の名前が刻まれていたからだ。

 

 

「なッ、何故だ! なんでお前がコレを持っている――!?」

 

 

袋から落ちた指輪は"二つ"だった。つまりかずみのお守り袋には、指輪が二つ入っていた。

これがもし一つだけならば、ナイトはありとあらゆる可能性を用意できただろう。

たとえば、かずみが何らかの形で恵里に接触して、指輪を盗んだだとか……。

だが入っていた指輪は二つなのだ。名前付きでつくったペアリングは二つだけしかない。

 

意味が分かるだろうか?

蓮は指輪を手放してはいない。

と言う事は、世界に二つしかない指輪が、今ココに三つ存在している事になっている。

 

もしかしたら世界には今、四つあるかもしれない。

蓮が持っている指輪。恵里が持っている筈の指輪。

そしてかずみが持っている二つの指輪。

 

 

「何故、お前は一体……!?」

 

 

かずみは一体、何者なんだ?

しかしかずみは何も答えず、目を見開いたまま真っ青になって固まっていた。

そんな二人の複雑な思いとは裏腹に、離れた所ではヒュアデスの暁が再び使い魔を射出しはじめていた。

同時に、その光景を見ていたジュゥべえの口が三日月のように歪む。

 

 

「れ――」

 

 

かずみがやっと口を開く。

尤も、それはナイトの望んでいる答えでは無かったが。

 

 

「蓮さんは、早く逃げて!」

 

「おい! 待て!!」

 

 

かずみは地面を蹴ると、一直線にヒュアデス目掛けて飛んでいく。

襲い掛かってくる使い魔を大剣でなぎ払いながら、ティロフィナーレを連発させてヒュアデスを攻撃。さらにシビュラを撒き散らし、使い魔や魔女の注意を分散させて、自身はクロックアップでスピードを上げた。

 

 

「ッ!」

 

 

だがティロフィナーレで起こった爆発の中から、無傷ヒュアデスが姿を見せる。

結界を構築させ、それで弾丸を防いだようだ。

さらに腕から巨大なマシンガンが生えてくると、向かってくるかずみを蜂の巣にしようと。

 

 

「くッ!」

 

 

かずみは未来予知でルートを確認すると、銃弾を回避していく。

しかし先ほどの王蛇ペア戦の時よりは、随分とヒュアデスの攻撃頻度が低い様にも思える。

そう、分かりにくいが、ヒュアデスは『分析魔法』を発動していたのである。

 

ユウリが生み出した魔女の集合体。

その中にはエリーもいるわけで、箱の魔女の力を最大限に引き出して、ヒュアデスはかずみを分析していた。

 

何故かずみを分析する必要があったのか?

それは再三言われている様に、かずみが他の魔法少女とは違った存在であると、ヒュアデスも分かったからだ。

ソウルジェムが二つに別れ、他の魔法少女とは違う異質な魔力。

しかしもう既にヒュアデスは理解していた。分析を終えたのだ。

だから、かずみが何者なのか? そして彼女を『殺す』にはどうすればいいのかも知っている。

 

 

『オオオオオオオオオ!』

 

「ッ!!」

 

 

だから、ヒュアデスは『ソレ』をかずみへ突きつけた。

ヒュアデスは、ユウリ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 

ナイト達がヒュアデスと戦うほんの少し前。

真司は携帯の画面を見つめながら大きなため息をついていた。

けれどもそれは、マイナス的なイメージではなく、緊張と期待が混じった物と言えば良いだろうか。

こんな時にとは思うのだが、それでも真司にとっては大きな分岐点と言う所か。

 

 

「蓮――……」

 

 

一つは親友の事。

メールには答えを知らせて欲しいとの文字があった。

正午に、一番初めに蓮と戦った見滝原の展望台に来て欲しいとある。

そこで蓮は答えを示し、真司も同じく、答えを示して欲しいと。

 

蓮は言っていた。

もしも戦いに乗るのなら、一番初めに真司を殺すと。

だからと言ってさせはしない。死ぬ気もないし。蓮を止めてみせると意気込んでいる。

 

 

「美穂……」

 

 

あと一つは――……。

ああ、いや、あと一つも親友の事か。目を閉じれば鮮明に昨日の美浦が過ぎってくる。

正直、好意を向けられると言う経験が無かった為、どういう反応をしていいか分からなかったが、今になって嬉しさが込み上げてくると言うのは勝手な話なんだろうか。

 

思えば真司も無意識に彼女を常に意識していたのかもと思う。

高校時代の美穂の姿はいくらでも思い出せる。それは学校を卒業してからもそうだ。

笑った顔、怒った顔、涙ぐんだ顔、。どれも目に焼きついているのは、それだけ見ていたからか。

今までは自分だけ意識しているのが恥ずかしかったから目を背けていたが、なんともまあ不器用な物だったと思う。

 

 

「俺は――」

 

 

でも、だからこそ思う所がある。

この想いと同じ物を、蓮は恵里に抱いていた。

今なら蓮の苦しみが、本当の意味で理解できるかもしれない。

しかしそれでも自分は――。

 

 

「手塚……」

 

 

分かってる。俺は、きっと。

でもその前にm一つだけ決着をつけなければならない問題がある。

 

 

「っしゃあ! 待ってろよ美穂!」

 

 

真司は気合を入れると、彼女との待ち合わせの場所へと急ぐのだった。

 

 

「はぁー!」

 

 

一方で美穂は建築中のビルを見上げながら大きなため息を漏らした。

これはマイナス的なイメージな物ではなく、緊張と少しの期待が混じった物と言えば良いだろうか。

こんな時にとは思うのだが、それでも美穂にとっては運命の大きな分岐点と言う所。

 

 

「ワルプルギスか……」

 

 

風が強い。

いよいよと言う所なのだろうか。

終わりが近いと言う事が、ヒシヒシと伝わってくる。同時に、それだけの緊張感も。

 

 

「真司……」

 

 

好意を向けると言う経験が無かった為、どういう素振りをしていいか分からなかったが、今になって嬉しさが込み上げてくると言うのは勝手な話なんだろうか。

思えば何であんな、おバカに惚れたのかは分からない。

分からないが、この胸の高鳴りを考えるに、美穂は想像以上に真司が好きだったんだろう。

 

高校時代の真司の姿を思い出せば、それは数えきれないくらい思い出せると言う物だ。

それは学校を卒業してからも同じである。笑った顔、怒った顔、涙ぐんだ顔、

どれも目に焼きついているのは、それだけ見ていたからか。

今までは自分だけ意識しているのが恥ずかしかったから目を背けていたが、なんともまあ不器用な物だったと今にして思う。

 

ああ、なんて事だ。同じような想いがシンクロしている。

当人達は知らぬだろうが。

 

 

「………」

 

 

美穂は珍しくアンニュイな表情を浮かべて、体育すわりをしていた。

断られたらどうしようなどと、柄にも無い事を思ってしまう。

流石にあの状況でフラれるのは考えにくいが、答えを聞くまでは絶対ではない。

それになんだ、無いとは思うが、いや絶対に無いとは思うが。

 

 

(一応シャワーは浴びてきたし……)

 

 

くんかくんかと自分の匂いを確認してみる。

そこで自分の姿を客観的に視てしまい、ちょっと死にたくなった。

だが備えあれば憂いなし。もしも万が一そう言う『流れ』にならんとも限らない。

 

 

(い、いや。でもやっぱそうなったら一応断っとくか)

 

 

初めては大変とか何とか――

 

 

(って何考えてんだ私は!!)

 

 

アホか!

自分で自分を注意して美穂は大きく息を吐く。

 

 

「おーい美穂!」

 

「うぉ゛ッ!」

 

 

美穂は思わず身体をビクンと跳ね上がらせる。

顔を上げれば、そこには当然と言えばそうなのだが、真司の姿が見えた。

美穂はすばやく前髪を整えると、ややぎこちない笑みを浮かべて挨拶を。

 

 

「よ、よお」

 

「あ、ああッ。遅くなってごめん」

 

 

若干の気まずさが漂う。

それはそうだ、今から行うのは告白と言うものなのだから。

まったく。まるで自分が中学生にでもなったかの様に錯覚してしまう。

ろくな青春時代を過ごしていなかったと言えばそうなんだが、意中の相手に告白されるとなると緊張するなと言う方が無理だ。

 

 

「………」

 

 

少し頬を染める美穂。

蓮がいたならば、何をやっているんだと絶対にからかわれる。

 

 

「美穂。あのな……」

 

「あ! ちょっと待って!」

 

「?」

 

「ユウリってのは他の人に変身できるらしいからな! お前本当に真司か!? なんかちょっといつもより馬鹿っぽくないぞ!」

 

「し、失礼だなお前は!」

 

 

照れ隠しにそんな事を言ってみる。

けれど確かに考えてみればその可能性も無きにしも非ずか。

と言う事で、お互いは、お互いにしか知りえない情報を開示する事に。

ユウリはトラウマから過去の記憶も探れるらしいので、そこは注意してだ。

 

 

「高校の時、お前の着替え見ちまって半殺しにされた」

 

「ぶッ!!」

 

 

ずっこける美穂。

まあ確かにそんな思い出もあるっちゃあるんだが、何故今その記憶をチョイスするのか。

 

 

「そういうお前はどうなんだよ」

 

「んー、そうだなぁ」

 

 

そこで美穂は、ポンと手を叩く。

 

 

「そういえば昔さ、真司にお弁当を作って来てあげるって言ったことあるよね」

 

 

は? 別に嬉しくねーし。

なんて口では言っていたが、やけにソワソワし始めたのを見てゲラゲラ笑った記憶がある。

 

 

「……ああ、思い出した。あれは最低だったよ」

 

「くははは! 悪かったって、私も尖ってたんだよ」

 

 

期待に期待を重ねて、腹をペコペコにして登校してきた真司を待っていたのは、ご飯と梅干の位置が入れ替わった『逆日の丸弁当』だった。

塩分しかねぇ。真司は涙目になりながら、梅干を二個食べた所で箸を置いていたのを覚えている。

 

 

「昔はよくからかわれてたなぁ」

 

「昔はよくからかってました」

 

 

にっこりと笑う美穂を見て、真司は苦笑する。

そして急に真面目な表情に戻ると、咳払いを一つ。

 

 

「返事、してもいいか?」

 

「う、うん……!」

 

 

ドキリとして、美穂は思わず背筋を伸ばしてしまう。

下を向いて目をギュッと瞑る美穂、どうかどうか――ッ!

 

 

「よく考えたんだ」

 

「う、うん」

 

「それで、やっぱり分かるんだよ。考えれば考えるほど"城戸真司"にとって。霧島美穂がいかに大切な存在かがさ」

 

「……!」

 

 

辛い時も、折れそうな時も、苦しい時も、悲しい時も。美穂は何かしらの形で支えてくれた。

だからそれが恋慕の情になっていくのは、ある意味当然の事だったのかもしれない。

それに気づくのが少し遅すぎただけで、好意自体はもっと前から抱いていたのだろうと。

 

 

「じゃ、じゃあ」

 

 

パッと表情が明るくなる美穂。

先ほどまであった不安は消し飛び、喜びに満ちた表情がそこにはあった。

 

 

「み、美穂!?」

 

「え?」

 

 

その時、背後から真司の声がした。

だから美穂は反射的に真司に背を向けて、『真司』の声がする方を見る。

そこに立っていたのは、汗を浮かべて戸惑いの表情を浮かべている"城戸真司"だった。

 

 

「美穂? お前誰と喋って――」

 

「え?」

 

 

ドスッと、音がした。

 

 

「美穂?」

 

「―――」

 

 

焼けるような痛みと衝撃。美穂は腹部を見る。

すると、そこには己の腹を突き破って伸びていた刃が見えた。

 

 

「嘘……」

 

 

無意識につぶやいた言葉。世界が静寂に包まれる。

しかし、その声は彼女の耳にしっかり届いた。

 

 

「だから、俺はお前を殺す事にした」

 

 

城戸真司とって、一番大事な物になろうとしている『愛』。

 

 

「そんなの、俺にはいらないんだよ」

 

 

そう言って、美穂の背後にいる真司は、刃を捻る。

あまりの激痛で、美穂は声がでなかった。

 

 

「死ね。霧島美穂」

 

「美穂ッッ!!」

 

 

叫ぶ真司。そして笑う真司。

今この場には、二人の『城戸真司』が存在していた。

美穂を刺していた真司は剣を引き抜くと、何のためらいも無く美穂の背中を蹴り飛ばす。

 

階段を転がって地面へと倒れる美穂。

咳き込むと大量の血が口から出てくる。転がった後を見れば、そこには目を覆いたくなる程の血の跡があった。

 

 

「――ァッ、ぅぁッツ」

 

 

無駄かと思いながらも、苦し紛れに手で腹部を押さえる。

すこしでも止血になればと思うが、確実に剣は背中から腹部を貫通していた。

いくら騎士補正で身体能力が多少は高くなっているとは言え、変身していなければ少し丈夫な人間と言うだけだ。

魔法少女と違って傷の治りは遅いし、致命傷は致命傷でしかない。

 

 

「美穂ッ! 美穂ッッ!! 大丈夫かッ!!」

 

「かハッ! し、真司ぃ……!」

 

 

倒れた美穂を抱きかかえる真司。

なんで、なぜ、真司が二人? 美穂は自分を抱えてくれているのが本物だと確信を持つ。

つまりまんまと騙された訳だ。だがユウリにしてはおかしい。どうしてあんなピンポイントな思い出まで知っているんだ。

 

 

「お前ェエエエッッ!!」

 

 

激高する真司。

当然だ。今、目の前で愛した人が刺されたのだから。

 

 

「ハハッ! ハハハハハハ!!」

 

 

対照的に不気味な笑みを浮かべる偽者。

 

 

「いい顔をするじゃないか」

 

 

美穂を刺しておきながら、いけしゃあしゃあと口にする。

 

 

「今まで間抜けな顔ばかりの男が放つ殺気としては、上々だ」

 

 

ニセモノの真司は、美穂を刺した剣を顔の近くに持っていく。

目を見開く本物。美穂の血が滴っているその剣は、紛れも無くドラグセイバーだった。

いや――、黒いドラグセイバー。

 

 

「お前ッ! リュウガか!?」

 

 

ユウリのパートナーだと記憶している。

以前、少しだけ戦った事があるが、なぜ自分と同じ姿なのかは最後まで分からなかった。

たまたまだと割り切っていたが、今ココにいるのは、紛れも無く城戸真司。

中身まで同じなのだ。

 

 

「驚いたか? 城戸真司」

 

「お前は一体……!」

 

「俺は――」

 

 

ニヤリと、その口がつり上がる。

美穂もまたそれを見ており、思わず痛みを忘れるほどの寒気を覚えてしまう。

目の前にいるのは今までに見た事も無い表情をしている真司だった。

それは殺意、それは憎悪。それは絶望の力を存分に引き出した男の姿だった。

 

 

「俺は、お前だよ」

 

「ッ、馬鹿言うなよ! 俺がお前な訳ないだろ!!」

 

「あるんだよ、そんな事が」

 

「ッ?」

 

「ミラーモンスターってのは何なんだ?」

 

 

偽者の真司は冷たい目で、冷たい口調でそう呟いた。

騎士が誰しも持っているソレは、主人の分身であり、心の中にある性質を色濃く受け継いだ存在だ。

ジュゥべえは、鏡に映るもう一人の自分とも言える存在だと言っていたか。

 

 

「俺は技のデッキにより生まれた。お前のミラーモンスターだ」

 

「なっ!?」

 

「それが技のデッキに与えれた特権」

 

 

技のデッキで変身する者を決めるのはジュゥべえではない。

そのデッキを手にした魔法少女なのだ。つまりユウリは、まどか達を尾行するなかで城戸真司に目をつけた。

そして変身者を決定。技のデッキにより変身する騎士を、リュウガに決定したのである。

 

 

「俺はゲームによって生み出されたお前の分身であり、幻だ」

 

「それで龍騎の姿と……!」

 

「そうだ。ユウリがもしもファムを選んでいれば、俺は霧島と同じ姿になっていただろう」

 

 

特別ルール。

そして、リュウガにのみに与えられたルールが、もう一つ存在している。

それは簡単もので。最終日に彼が、分身元を消せば――!

 

 

「まあいい。とにかく追って来い、城戸真司」

 

「!!」

 

 

鏡像の真司が立っていた場所から、ドラグブラッカーが出現。

そのの背中に乗ると、空に舞い上がっていく。

よく見えないが、一枚のカードをチラつかせて再び笑みを浮かべた。

 

 

「回復のカードだ。これを使えば霧島美穂は助かるだろう」

 

「ッ!」

 

「だが、使わなければどうなるか。流石にお前でも分かるだろう?」

 

「ぐッッ!!」

 

 

真司は美穂の顔をのぞき見る。

苦しそうに呼吸を荒げ、その身体からは今も血が流れ続けている。

当たり前だ。装甲を纏っていない身体で剣を受けてしまえば普通の人間ならもう死んでいる。

 

 

「ソイツを助けたければ俺を倒すんだな。俺はお前だ。俺のカードは、お前が使う事も許される」

 

「ま、待て!!」

 

 

上昇を始めるドラグブラッカー。

 

 

「そうだった。変身すれば少しは止血効果が望める。死への時間を遅らせたければ。ファムに変身する事だな」

 

 

それだけを言って、もう見えなくなってしまった。

どうする? 決まっている! 真司は思い切り歯を食いしばると、美穂の身体をゆっくりと地面に寝かせた。

 

 

「待ってろ! 今、助けてやるからな!」

 

「真――ッ、司……」

 

 

美穂は何故だか、こんな状況だと言うのに、笑みを浮かべていた。

それは単に真司を心配させたくないと言う精一杯の強がりなのだろう。

本当は痛くて、苦しくて仕方ない筈なのに。

 

 

「待って…る……」

 

「喋るな! 変身できるか!?」

 

「できる――……けど」

 

「けど? けど、なんだよ!?」

 

 

掠れた声で小さく呟く美穂。

よく聞こえない。真司は耳を口元へと持っていく。

すると掠れた声が聞こえてきた。

 

 

「返事……」

 

「えっ?」

 

「告白の――、聞かせて……っ?」

 

「美穂――ッ!」

 

 

美穂の儚げな笑みを見て、真司は思わず涙が込み上げてくる。

そんなの、そんなの決まっているじゃないか。

答えは、初めから一つだったんだ。

 

 

「好きだ! 俺はお前が、ずっと前から――ッ!!」

 

「………」

 

「だから死ぬな! 死んだら駄目だ!!」

 

「……ぷ」

 

「………」

 

 

ぷ?

 

 

「ぷひゃははははははははは!!」

 

「―――」

 

 

え?

涙を浮かべ、ケラケラ笑っている美穂を見て目を丸くする。

なんだ? なんだか随分と余裕があるように見えるのだが。

その後も美穂は少しだけ笑みを引きずっていた。

 

 

「あー、お腹痛い! 二つの意味で」

 

「お、おいお前ッ、大丈夫なのか?」

 

「あったりまえでーす!」

 

「えぇ!?」

 

「よく考えてみなさいよ。サキの固有魔法はなに?」

 

 

成長だ。

美穂もスキルベントで同じ魔法を使えるのである。

つまり傷の治りと血の作る量を早めて、自動回復を強化させたと。

 

 

「私のスキルベントは騎士になってなくても使えるし。だから私は大丈夫って訳」

 

「ほ、本当か!? 一応救急車とか――」

 

「いらない。だいたい呼んだら絶対アイツは救急車を破壊する」

 

 

いらぬ犠牲者を出すだけだと美穂は言った。

それは美穂も望む所ではない。アイツ等は簡単に人を殺す。

でもそれはいけない事なんだ。当たり前の事だけど、反対にアイツ等は当たり前のように人を殺せるだけの力がある。

ならば最良の方法は、戦いに巻き込まぬ事ではないか。

 

 

「ってか、それよりさ――」

 

 

美穂は嬉しそうに表情を綻ばせて真司を見つめる。

 

 

「両想いだな、私たち」

 

「あ……、ああ」

 

 

はにかむ美穂、真司も気恥ずかしそうに少しだけ笑みを。

 

 

「こんなにすんなり行くなら、もっと早く言えよバカ真司」

 

 

美穂は軽く真司の鼻を指ではじく。

 

 

「痛い!」

 

「今まで私を待たせた罰だ。ありがたく食らえ」

 

 

美穂は、笑う。

 

 

「これからは、もっと色んな所に行こうね」

 

「……ああ」

 

「いろんな事をして……、ううん。何もしなくても良い」

 

 

ただ一緒にいられれば、きっと世界は輝く筈だから。

 

 

「あー、でもちょっとこのままはキツイから……」

 

 

美穂は真司の頬に優しく触れ、そしていつもと変わらない笑みを向けた。

それにどれだけ救われてきた事か。

昔も、今も、これからも。

 

 

「あんな偽者、さっさとブッ飛ばしてきな」

 

「ああ、待ってろ美穂」

 

「うん。待ってる。真司ならできるよ」

 

 

真司は強く頷くと、デッキを構え、そして強く吼える様に「変身」の文字を呼称する。

鏡像が現われ、真司は龍騎へと変わった。すぐにデッキからカードを引き抜くと、それをバイザーへ装填する。

 

 

『アドベント』

 

 

飛来してくるドラグレッダー。

龍騎はそれに飛び乗るとビルの上へと舞い上がって行った。

それを無言で見つめている美穂。汗が酷い、そしてまた呼吸も荒くなっていく。

 

 

「………」

 

 

デッキを構える彼女。中身が――、重くなっていくような。

 

 

「キスくらい、してけよ……、馬鹿」

 

 

デッキを持つ手が震える。

まさか、あんな簡単に隙を作るとは。

そしてその隙を突かれるなんて。

 

 

「くそったれ……」

 

 

本当に、フラグってあるんだな。

美穂は呆れつつもファムへと変身するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リュウガぁあッ!!」

 

「来たか、龍騎!」

 

 

既に変身を済ませていたリュウガ。

建築中ともあってか、壁が無かったり、鉄骨がむき出しになっているビルの屋上で二人は対峙する。赤い複眼が互いに光を放ち、ほぼ同じ姿の二人の背後には、使役するミラーモンスターが並び立つ。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオ!」

 

「グガアアアアアアアアアアアア!」

 

 

まずは挨拶代わりに、双方のドラゴンが咆哮を上げて火炎弾を発射する。

赤と黒の炎が、龍騎とリュウガの目線の上でぶつかり合い、爆発する。

炎が放つ光が二人の仮面を照らし、それぞれの意思をより強固な物へと変えていく。

龍騎は拳をギリギリと音が出るほど握り締め、怒りの炎を心の中で爆発させた。

 

 

「なんで美穂を狙ったんだ! 俺が狙いなんだろう!?」

 

「………」

 

 

先ほどリュウガは彼のみに与えられたルールがあると言った。

コピー元を倒せば。そこで言葉を切ったが、要するにそういう類の物なのだろう。

リュウガが龍騎を狙うのはルール、だとしたら美穂を狙う理由はない筈だと。

 

 

「俺はお前の鏡像だ。文字通り、鏡合わせの存在」

 

 

それは見た目だけの話ではない。

考え方や性格、全てが反転しているのだとリュウガは言った。

それは当然、対人関係にも言える話である。

 

 

「お前は霧島美穂の事をどうしようもなく愛した」

 

 

故に――

 

 

「俺は、霧島美穂がどうしようもなく憎くて仕方ないんだよ」

 

「ッ!」

 

 

美穂だけじゃない。

真司が好意を抱いている人間全ては、リュウガにとって嫌悪する対象でしかない。

蓮も、BOKUジャーナルの人間も、仲間も全員。

その好意が深ければ深いほどリュウガには憎しみに変わる。

だから彼は美穂を殺す。世界で最も憎い異性を。

 

 

「そして、鹿目まどかもな」

 

「お前ッ!」

 

「そう、お前が協力派であれば、俺は必然的に参戦派となる」

 

 

ならば殺すのは当たり前だろう? 何も不思議がる事じゃない。

 

 

「俺は鏡。お前の反対を生きる者なのだから」

 

 

だからユウリも自身のパートナーに相応しいと判断したのだろう。

 

 

「だが、それは些細な問題でしかない。参戦派や協力派などと言うのは、ゲームの上で定められた閉鎖的な思考が導く問題だ」

 

「ッ!?」

 

「俺の目指す所は別にある。龍騎――、俺は所詮お前の影でしかない」

 

 

唐突に変身を解除するリュウガ。

さらけ出される自分の顔。今から戦うと思っていただけに、龍騎も戸惑ってしまう。

そんな龍騎には構わず、会話を続ける『真司』。

 

 

「影は光がなければ存在できない」

 

 

所詮、影は影。鏡に映った幻想は幻想の域を出ない。

鏡の中からは出られない。どれだけ足掻こうとも、どれだけ抗おうとも本物にはなれないのだ。

光が消えれば影は消え。鏡が壊れれば、おのずと鏡像は消え失せる。

 

 

「知ってるか? 俺はお前を殺せなかったんだ」

 

「なんだと?」

 

「ユウリは知らなかっただろうがな」

 

 

リュウガのみに教えられたルール。

鏡像である彼は、鏡像元であるオリジナルを傷つける事はできても、殺す事はできない。

それがルールだったからだ。随分とまあ面倒な物だが。

 

 

「実体化できる制限時間や、力がセーブされて本気を出せない」

 

 

だがそれは今、終わりを迎えようとしている。

【真司】は、技のデッキを取り出して、ゆっくりと前方にかざした。

黒いデッキに禍々しい龍の紋章。その目に、明確な殺意が宿る。

本気を出せないルール、それは『最終日』に解き放たれる。

 

つまり今はもう、真司を殺せるのだ。

偽者がオリジナルを。鏡に映った鏡像が、鏡の前に立った本人を殺せるのだ。

そして、もしも鏡像が本人を殺したらどうなるのか。

 

 

「俺は、城戸真司本人になる」

 

「!」

 

 

肉体が与えられ、本物になれるのだ。

それこそが幻想として、鏡像として生まれたリュウガの唯一の願い。

 

 

「そうなれば俺はもはやッ、鏡の中の幻では無い……!」

 

 

圧倒的な威圧感と殺気が放たれ、龍騎は思わず後ろへ下がりそうになってしまう。

だが忘れてはいけない、アレは自分、彼は俺。

なのに感じる恐怖は確かなものだった。城戸真司は今、自分に気圧されている。

 

 

「最強の騎士として存在を許される」

 

「ッ!」

 

「変身」

 

 

デッキをセットすると、黒い鏡像が収束してリュウガの鎧を与えた。

他の騎士とは少し違う変身エフェクトが、より一層不気味さを強調している様だ。

何よりも自分が自分を殺そうとしている。その極めて異質な状況が、ココに存在しているのだから。

 

 

「消えろ。永遠にな」

 

「ッ!」

 

 

複眼が光り、リュウガはゆっくりと龍騎に向かって足を進める。

対して拳を構えて走り出す龍騎。早くしなければ美穂が危ない。なんとしてもリュウガが持つ回復のカードを手に入れなければ。

龍騎は初めて話し合いを切り捨て、力で相手を打ち負かす方法を選んだ。

自分相手には、自分の信念を曲げる。なんとも皮肉な話ではないか。

 

 

「俺を消して、俺になって、みんなを殺して! それで何が残るんだ!!」

 

 

そんな状態で本物に。城戸真司(おれ)なって意味なんてあるのか?

龍騎は握り締めた拳を力任せに振るう。

しかしそれを真正面から、さも当然の様に受け止めて、打ち流すリュウガ。

よろけた龍騎の胸に、まずは一発黒い拳を打ち込んで見せる。

 

 

「ぐはっ!」

 

「価値観を押し付けるな。俺にとってはソレが全てだ」

 

 

リュウガの拳が龍騎の顔を、肩を、胴を打つ。

そしてリュウガの蹴りが、わき腹を、腹部を、脚を打つ。

龍騎は必死に抵抗を示すが、それらは全てリュウガに弾かれ、かわされ、カウンターを決められた。

 

 

「ッ! ぁあッ!」

 

「だが、確かに言われてみれば不毛な話にも聞こえる」

 

 

うめき声を上げる龍騎と、何食わぬ様子のリュウガ。

腹の立つ話ではあるが、リュウガの望む結果が、人間にしてみれば魅力の無いものだと言うのは分かっていた。

 

 

「しかしそれは俺にも言える事だ」

 

「う……ッ!」

 

 

龍騎の首を掴んで強制的に立ち上がらせる。

鉄仮面の奥でギラリと光るつり上がった目が、龍騎の心まで吸い寄せてしまうかの様な錯覚があった。

 

 

「お前は、お前達は、何も分かっていない」

 

「ガァア!!」

 

 

裏拳が龍騎の頬を打つ。

回転しバランスが崩れて倒れそうになる龍騎。

リュウガはその肩を掴んで、再び強制的に引き寄せる。

さらにそのままの勢いで頭突きを一つ。揺れる脳、龍騎の意識がほんの一瞬だけだがロストした。

 

 

「ユウリが真司(おれ)を選んだのは、本当に偶然だと思うか?」

 

 

たしかに真司の性格は、反転すれば戦いには向いている。

そう言った意味では、ユウリの選択は妥当とも言える。

しかしリュウガは、それだけが理由ではない事を知っている。

ユウリ本人がそれを理解していなくとも。

 

 

「因果があるんだよ。この世界にはな」

 

「因果――ッ!?」

 

「偶然であり、必然だ」

 

 

暁美ほむらが、鹿目まどかを助ける為に何度となくループを行ったのにも関わらず、逆にそれだけの数まどかを死なせてしまった。もしくは、魔法少女にしてしまった。

そういう話と近い部分にある。

因果律はそこにある。

 

 

「まどかが一位とすれば、ユウリは二位と言ったところだろう」

 

「な、何がだ?」

 

「そう、お前は理解していない。いや人間には決して理解できない境地だ」

 

 

蹴りが龍騎を打つ。

 

 

「そう、理解できない」

 

 

拳が龍騎の顎を叩く。

 

 

「永遠に知る事は無い」

 

 

フックが脳を揺らした。

 

 

「だから"愚か"なんだよ」

 

 

その愚かさが故に、リュウガが生まれたとは皮肉な話だ。

因果の意味を知る事のできない龍騎達に、リュウガの哀れみが理解など出来る筈も無い。

しかしそれでも世界は、歯車は回り続ける。そしてそれは決まった周期を、結果を刻む物にはあらず。

 

 

「俺は文字通り、初めは存在していなかった」

 

「ッ?」

 

「だが俺は今ココにいる。そして本物になる」

 

 

分かる事は無い。知る事は無い。誰も何も理解できない。

だったら何も考えるな。ただ起こる事だけに目を向ければいい。

故に、今が全てだとリュウガは答えを出す。

 

 

「俺を受け入れろ龍騎」

 

「……嫌だね!」

 

 

龍騎はリュウガが伸ばした腕を手で弾くと、そのまま回し蹴りを繰り出す。

だが、リュウガはその蹴りを片手で止めると、もう一方の手を振り下ろして脚を叩き割る様に拳を打ちつける。

 

 

「ぐあぁあ!!」

 

「お前は人を殴るのに向いていない」

 

 

理性がそれを止める。恐怖がそれを止める。

龍騎の中にある確立した常識が、拳の威力とスピードを鈍らせるのだ。

そして何よりも胸にある良心が作用してしまう。

 

 

「と言うことは、俺は向いている」

 

「ぐっ!」

 

「お前も感じるだろう? 俺の、人を傷つける才能と言う物を」

 

 

確かに、拳は的確に飛んでくる。避けても蹴りが胴を打つ。

龍騎は痛みと衝撃に耐えられず、大きく仰け反って膝をついた。

呼吸が止まる。臓器が破裂しそうになる。それとももう?

 

 

「お前の信念は無駄なものだと知れ。そうだ、お前は何一つ変えられない……!」

 

 

このゲームの先に何が待っているのかを欠片とて理解していない。

ただ目先の物を守ればいいと思っている。あまりにも軽い拳だ。

 

 

 

「いや違うか、それすら決められていない」

 

「なんだと……!」

 

「人は愚かだな。自らの感情すら把握できないなんて」

 

 

リュウガは回し蹴りで龍騎を吹き飛ばすと、そのまま旋回時にデッキからカードを抜き取る。

地面を転がる龍騎と、カードをバイザーへとセットするリュウガ。

ちょうど龍騎が動きを止めた時、濁った音声が重なった。

 

 

『アドベント』

 

「――ッッ! うあぁアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

龍騎の真上に現われたドラグブラッカー。口から巨大な黒炎の塊を放ち、龍騎を押し潰す。

炎の衝撃はすさまじく、直撃を受けた龍騎は地面を壊して下の階層へと送られた。

そしてまだ衝撃は死んでおらず、しばらく床を破壊し続けた後、龍騎はやっと地面に叩きつけられる事に。

 

それを見て鼻を鳴らすリュウガ。

もう一枚カードを抜き取ると、地面を蹴って自らも穴の中へ落ちて行った。

 

 

「お前はまだ迷っている」『ソードベント』

 

 

着地と同時にブラックドラグセイバーが装備された。

前方には黒い火の粉を纏いながらも、同じくドラグセイバーを構えている龍騎が立っていた。

呼吸を荒げて走り出す龍騎。リュウガもその剣を真正面から受け止める。

 

 

「ッ!」「………」

 

 

ぶつかり合うドラグセイバーとドラグセイバー。

しかし感じる重みの差。龍騎は必死に食い下がろうと必死に剣を振るうが、リュウガはなんともまあ涼しげに剣を弾いていく。

そして心を取り巻く重々しい感情。龍騎の耳にはしっかりとリュウガが放った言葉が届いていた。

 

 

(俺はまだッ、迷っている……?)

 

 

それを理解しているのか、リュウガは軽く鼻を鳴らす。

 

 

「今日は最終日だ。ゲームはまもなく終わる」

 

 

長かっただろう?

多くの時間が経った。それだけ傷つき、傷つけた。

 

 

「そうだ。もう、最終日だ」

 

「……!」

 

「巴マミと須藤雅史が死んでから今日と言う日まで、迷う時間は十分だったろう?」

 

 

だが、どうだ? 今の龍騎はどうなんだ?

 

 

「これだけの時間を要し、お前はどんな答えを出した?」

 

「答え――」

 

「分かっている龍騎。俺はお前だからな」

 

 

出なかったんだろう?

あれだけ迷ったのに。あれだけ考えたのに。

多くの人間が助言をくれた。背中を押してくれた。

美穂や手塚の言葉は、今も龍騎の心を取り巻く大きな力となってくれている。

 

だが、それは龍騎自身が見つけた言葉ではない。他者に頼っているだけだ。

己がどうしたいのか。それを本当の意味で示す為には、真司の心と言葉が完璧に一致していなければならない。

 

 

「だがお前は、それを見つける事ができなかった」

 

 

戦いを止めると何度口にしただろうか。

しかしその止め方が分からず、心の中で躊躇が生まれる。

この言葉を自分が口にしていいのかと。

 

手塚の言葉は、美穂の言葉は救いとなった。

しかし同時に重くのしかかるプレッシャーになっているのも事実だろう。

彼らは龍騎に期待してくれたが、その期待に応えられる確かな自信が存在していない。

 

 

「俺は――ッ!」

 

 

龍騎はバックステップでリュウガから距離を取り、ドラグセイバーに炎を纏わせた。

そして大きく踏み込んで、何も無い空間にXの文字を刻む。

炎の斬撃は、その軌跡に炎を残したまま発射された。

 

 

「俺はぁああッッ!!」

 

 

龍舞斬。

届いてくれ! 龍騎は強くそう願った。

確かに自分はまだ本当の答えを見つけられてはいない。

しかし迷いながでも、成しえなければならない事があるのだ。

だが――ッッ!

 

 

「吼えるな。今の俺に迷いは無い、それが何よりの証拠だ」

 

「そ、そんな!」

 

 

リュウガも剣に炎を纏わせて横になぎ払う。

その一撃が龍騎の炎を消し飛ばし、赤を黒で上書きしていった。

 

 

「抗うな、全ては無駄な事だと理解しろ」

 

「ふざけるな! 俺はお前を許さないッ!」

 

「馬鹿な奴だ」

 

「ああそうだよ! 俺なら分かるだろ!!」

 

 

龍騎はリュウガの眼前へ迫り、剣を振り上げる。

力任せの一撃は当たれば相当の威力をもたらすだろう。

だがそれは所詮当たればの話だ。剣を振り上げた際に胴体に隙が生まれた。

そこへリュウガは素早く蹴りを打ち込み、龍騎の動きを停止させる。

 

 

「自分の迷いにすら答えを出せない奴が、フールズゲームを超えようなどと良く言えたな」

 

「く――ッ!」

 

 

反論が、できない……ッッ!

一瞬、龍騎は完全に動きを止めてしまった。

そして忘れてはいないだろうか? 龍騎がココにいるのは、何に攻撃されたからだ?

何が彼をココに運んだ?

 

 

「グガアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

背後から轟音。

龍騎が首を向けると、そこには壁を突き破って顔を出してくるドラグブラッカーが。

そうだ、まだアドベントは終わっていなかった。龍騎を噛み殺さんと牙を剥き、血の様に赤く濁った瞳で獲物を捉える。

 

 

「しまった!」

 

 

ゾッとする龍騎。

仮面の下で笑みを浮かべるリュウガ。

 

 

「安心しろ、俺に殺されればお前の死は死でなくなる」

 

 

城戸真司が消え去る事は無い。

 

 

「尤も、お前と言う人格は消え失せるが」

 

「グオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「ん? 何……ッ?」

 

 

今まさにドラグブラッカーが龍騎を噛み殺すと言う所だった。

サイドの壁が壊れて、ドラグレッダーが割り入って来たのだ。

赤龍はすぐに黒龍に噛み付くと、そのまま一気に反対側の壁を突き破って空の方へと運んでいく。

 

 

「ドレグレッダー……!」

 

「ほう。なかなか好かれているな」

 

 

ミラーモンスターが司る性質に素直な様だ。

ドラグレッダーの性質は勇気。成る程とリュウガは唸る。確かにこんなサバイバルゲームの状況下にいれば、生きる事そのものに勇気を必要とする筈だ。

それに加えて参加者に、魔女に、ゲームに立ち向かう勇気があるのだから、それだけモンスターの好感度も上がると言うものか。

だがそれは龍騎だけに言えた事ではない。

リュウガは上空で互いを激しく身体をぶつけ合っている二体の龍を見て、そう呟く。

 

 

「ドラグブラッカーの性質は絶望」

 

「!」

 

 

剣の打ち合いの末、龍騎の手からドラグセイバーが弾かれ、穴の開いた壁から空へと放り出された。

武器を失った龍騎。そんな彼の肩へ、黒い一閃が刻み込まれる。

苦痛の声が漏れた。アーマーがなんとか刃を抑えてくれたが、それよりもリュウガの言葉が心を揺さぶる。

その性質は絶望、それがリュウガの力となる。

そうだ、城戸真司の絶望が。

 

 

「今日に至るまで、どれだけの仲間が死んだ?」

 

「!!」

 

「どれだけの関係ない命が犠牲になった?」

 

 

どれだけ間近で見てきた事か。

手を伸ばせば届く位置に助けられる命があったかもしれない。

けれど現実は非情だ。守りたいと思えば思うほどに、その手から零れ落ちていく。

 

 

「何も守れなかった事に、お前は絶望している」

 

「そ、それはッ!」

 

「何も変えられない自分に、お前は絶望している」

 

 

剣を引き抜くリュウガ、火花が龍騎の肩から胸に掛けて飛び散る。

 

 

「答えを見つけられない間に、多くの命が消えていったな。そしてそれは、これからもだ」

 

 

このゲームは龍騎が考えているほど簡単じゃあない。

複雑に、そして歪に組み合わさった歯車のような物だと言う。

 

 

「お前は変えられないよ龍騎。お前には力と知恵が足りない」

 

「ふざけんなよッ! 俺は、抗い続けるって決めたんだ!」『ストライクベント』

 

 

龍騎は新たにドラグクローを装備して、リュウガの剣を何とか弾く事に成功した。

そしてありったけの思いを込めてリュウガの胴体にその拳を、ドラグクローをぶち込んでいく。

すさまじい衝撃が辺りに起こり、リュウガはそのまま地面を擦って後ろへと押し出される。

 

 

「言葉にするのは簡単な事だ。誰にだってできる」『ストライクベント』

 

 

ブラックドラグクローを装備するリュウガ。

彼は未だに龍騎が答えを出せず燻っている点が、足を大きく引っ張っていると説く。

迷いは手足に繋がる枷だ。まとわりついた鎖の先には、大きな重石がある。

罪悪感。自分への苛立ち。割り切れぬ男は、力も中途半端に終わるのだと。

 

 

「俺は、全てを知っている」

 

「ッ?」

 

 

そこで空中でぶつかり合っていたドラグブラッカーが砕け散ったかと思うと、一瞬でリュウガの背後に移動する。唸りを上げてリュウガの周りを旋回する黒龍。

口から漏れる黒い光を見て、龍騎もまたドラグレッダーを呼んだ。

 

 

「ガアアアアアアアアアアア!!」

 

「グオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

再びぶつかり合う黒龍と赤龍の咆哮。

リュウガは腰を落とし、龍騎もまた腰を落として構えを取った。

一旦言葉を切ったが、心の中で言葉を続ける。

 

 

(龍騎は何も知りはしない、迷い続けた結果が今に至る事を)

 

 

お前は知らないんだろう。心の奥底に眠っている記憶の本流。

知らない筈だ、魔女に囲まれて食われた痛みを。

迷いに迷った男は自己犠牲を選ぶ。だが世界は残酷だ、人一人の犠牲では覆せない程の絶望が存在しているのだから。

だから無駄に命が消えていく、そしてそれを知る由も無い。

 

 

「愚かだよ、お前は」

 

「――ッ!」

 

 

踏み込む両者。

そして二人はドラグクローを思い切り突き出して火炎を発射する。

そこへ上乗せするミラーモンスターの火球。二つは合わさって巨大な炎弾へと姿を変えた。

 

 

「そう、愚かだ」

 

「ッッ!!」

 

 

ぶつかり合った二つの火球。競り合いを始める訳だが――

 

 

「だからお前は俺には勝てない」

 

「そんな!!」

 

 

黒は赤を塗りつぶす。

当然の事だろう? 打ち消された龍騎の炎弾。

ドラグクローを盾にして襲い掛かる『黒』に抵抗を示すが――!

 

 

「ウアアァアァアァアァァァアアアアア!!」

 

 

爆発。ビルの上部片面が消し飛んで、龍騎は空中へ放り出される事に。

ドラグレッダーも反動で吹き飛ばされており、龍騎を助けに向かう事ができなかった。

結果龍騎は手足をバタつかせながら落下。硬い地面に叩きつけられる事に。

身体にはまだ黒い炎が纏わりついており、それは今も尚轟々と燃え続けている。

 

 

「うぐァッ! ァァァア!!」

 

 

騎士の鎧が衝撃と痛みを軽減してくれたが、それでもダメージはそれなりに入った。

さらに黒い炎がダメージを継続させる。龍騎は地面を転がる事で何とか炎をかき消したが、安心するのはまだ早かった。

何故ならば、二発目が上空から飛来してきたからだ。

 

 

「ッグアァアアアッッ!!」

 

 

纏り付く炎に怯んでいたか、龍騎は二発目の事を頭に入れる事ができずに直撃を許してしまう。

絶望の炎に焼かれて膝を突く龍騎。ダメージが高すぎて鎧が粉々となり、龍騎の変身が解除されてしまった。

 

 

「か――ッ!」

 

 

地面に落ちる龍騎のデッキ。幸い壊れてはいないようだ。

真司はすぐに手を伸ばそうとするが、黒い足が見えてデッキを蹴り飛ばしてしまった。

 

 

「!」

 

「弱いな、龍騎」

 

 

地面をスライドして真司から離れていく龍騎のデッキ。

上を見上げると、自分を見下しているリュウガの姿が見えた。

まずい。真司がそう思ったとて、生身の、ましてやダメージに怯んでいる身体では何もできない。

一方のリュウガは、真司の首を掴んで、再び強制的に立ち上がらせる。

 

 

「ぐぅぁぅウ……ッッ!」

 

「ッ? ああ、成る程な」

 

 

リュウガは何かを発見したらしく、納得したように頷いていた。

真司が絶望すればする程、それだけリュウガの力は上がっていく。

だからリュウガは真司の心にトドメを刺す事にした。

 

 

「フン!」

 

「ぐあぁアッ!」

 

 

リュウガは真司を突き飛ばして静かに笑う。

倒れた真司は、そこでやっと自分がいる場所に気づいた。

ココは先ほど美穂が刺されたところの近くではないか。階段の下には彼女がいる筈だ、真司はすぐに立ち上がると、足を引きずりながら一度美穂の方へ視線を移す。

 

 

「―――」

 

 

その時、リュウガは複眼を赤く光らせた。

 

 

(見ろ。城戸真司)

 

 

そして絶望するが良い。

お前の希望が、また一つ音を立てて崩れ落ちる様を。

 

 

「美穂ッッ!!」

 

 

城戸真司が見たのは、倒れているファムだった。

これだけならば先ほどと何も変わっていないのだが、真司の表情には紛れも無い絶望が見えた。

それはファムの身体から薄っすらと光の粒が見えたことだ。

粒子化。つまり彼女は――

 

 

 

 

 

 

 

 

霧島美穂は、まもなく死ぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、場面はナイトペアに移る。

ヒュアデスの眼前に迫った、かずみ。十字架を大剣にして大きく振り上げる。

ナイトは――、唖然として立ち尽くすだけだ。戸惑いはまだ継続している。彼が手にしているのは愛する恵里にプレゼントした筈の指輪と、自分が持っている筈の対の指輪なのだ。

 

何故これがココにあるのか。何故かずみが持っていたのか。

ナイトはあまりの混乱で、戦いの中であると言うにも関わらず、変身を解除してしまった。

そしてすぐに自分のネックレスがあるのかを確認する。

 

 

「かずみ……、お前は――ッ」

 

 

蓮の首にはネックレスに繋がっている指輪が確かに存在していた。

これは一体どういう事なのか、まだ思考が停止している。

たとえば、かずみが同じものを作ったとか? 魔法とか、本当に宝石店で注文して。

しかし、そんな事をする意味が分からない。

 

 

「ウォオオオオオオオ!!」

 

 

かずみは、振り上げた剣を今まさに振り下ろさんとしている所だった。

しかし忘れてはいないだろうか。ヒュアデスの暁はユウリであると言う事を。

ましてやその身体の中にはエリーがいる。既にかずみは、分析されているのだと。

だからヒュアデスはソレを、彼女の前に置いた。

そう、それが全ての答えへと繋がる唯一の要素。

 

 

「攻撃をやめて! かずみ!!」

 

「―――ッッ!?」

 

 

言葉を失った。かずみも、蓮も。

人は目から伝わる情報を、まず第一に信頼すると言う物だ。

そして耳から入る情報。その二つを『クリア』している存在が目の前にあった。

 

ユウリは変身魔法を使う。

それを分かっていても、"それ"がいざ目の前に現われると、人はそう簡単に割り切れない。

 

 

「恵里――?」

 

「ッッ」

 

 

蓮もかずみも、目を見開いて汗を浮かべていた。

ヒュアデスの裾から姿を見せたのは、間違いなく蓮の恋人である小川恵里であった。

だがしかし蓮は我に返る。恵里は病院で入院しているじゃないか。こんな風に話す事はあり得ない。

もちろんそれは、かずみも分かっていた。

分かっていたのだが――……。

 

これが、人間の愚かさとでも言えばいいのか。

例えば――、そう。ユウリが使い魔を使って恵里を攫ったとすれば?

なんらかの魔法を使って意識を取り戻したとしたら?

 

ある筈だ。その可能性はきっとある。

ユウリがそうだった様に、魔法の力を見せられれば、『普通ならばあり得ない』事なんて無くなってしまう。常識が壊れてしまうのだ。

目の前に見える恵里は偽者に違いないと、ナイトもかずみも理解していた。

理解していた筈なのに、思ってしまうのだ。もしかしたら本当の恵里なのではないのかと。

 

 

「……ッ」

 

 

だからかずみは恵里を斬れなかった。だから蓮はかずみに斬れとは言えなかった。

あれはヒュアデスの罠だと知りつつ、確定しつつ、間違いないと分かりつつも。

1%にも満たない想いがその確定を封じ込めてしまう。

 

恵里かもしれない、恵里なのかもしれない。

そう思ってしまえば、かずみは絶対に剣を振るう事ができなかった。

そもそもの話、かずみは偽者と分かっていても恵里を斬る事はできなかったろう。

それが、かずみが今まで自己を犠牲にしつつも蓮に協力してきた理由なのだから。

 

そして恵里の言葉で、その真実が暴かれる事となる。

蓮は恵理を愛していた。だが、それはかずみも同じなんだ。

そうだ、そうなんだ。かずみもまた恵里を愛していた。

 

 

「かずみ! お願い! 攻撃をやめて!」

 

「!」

 

「お母さんの言う事を聞いて! かずみ!!」

 

 

は?

 

 

「かずみ――……?」

 

 

蓮の間抜けな声は、風の音にかき消されるが、恵里の声は離れた蓮にもしっかりと届いていた。

かずみは目を見開いたまま動きを停止する。殺さないと、倒さないといけないのに。剣を持つ手は大きく震え、涙がボロボロと零れていた。

 

 

「―――」

 

 

かずみは、偽者と分かりきっている、『母』を見ていたのだ。

 

 

「そう、やっぱり偉い娘ね、かずみは」

 

 

恵里は攻撃を止めたかずみを素直に評価し、優しく優しく抱きしめた。

かずみもまた、抱きしめられた事に抵抗を示さず、言ってしまえばその表情には穏やかさも見える。

偽者だと頭は理解しているのに、心が見せるのは嫌悪ではなく安心。

恵里はそのままかずみの両耳にある魂に優しく手を伸ばす。

 

 

「だから死ぬのよ、お前は」

 

 

そして恵里は素直に、かずみを馬鹿にした。

 

 

「!」

 

「かずみぃイイッッ!!」

 

 

恵里はかずみのソウルジェムを握りつぶし、そこで消え去った。

ただ消えたのではない、恵里がいた場所にあったのは無数の針が蠢く触手だった。

ヒュアデスは触手を束ねて恵里の姿に変えていたのだ。

魔女の魂であるソウルジェムが砕かれた。そして触手に『抱きしめられていた』と言う事は。

 

 

「うあッ! あぁぁあああああ!!」

 

 

絶叫するかずみ。

彼女は今、針の触手に全身を縛り上げられている。

次々と体内に侵入していく絶望の種。身体の中に無数の小さな針が進入していく苦痛と、気持ちの悪さに叫びをあげるのも無理はない。

 

そしてかずみを襲う苦痛はそれだけじゃない。

彼女は大粒の涙を叫びながら流していた。それは苦痛から来る物ではない、偽者と分かっていた恵里を切れなかった自分の甘さ、そして何よりも――

母の声が聞けた事。

 

 

「アアアアアアアアア!!」

 

 

同時に、かつてない程の怒りが爆発する。

恵里を騙ったヒュアデスを。母の姿を騙った魔女を。絶対に許す訳にはいかない。

たとえ、この命を燃やしたとしても。

 

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

かずみの目に亀裂が走る。

次にあげた声は苦痛の絶叫ではなく、まさに咆哮であった。

歯は鋭利な牙へ、一瞬で変化を遂げる。手は黒く染まり、鋭い爪が確認できる。

マレフィカファルス。暴走状態となったかずみは、手を文字通り『伸ばし』て、鞭の様に変えると自分を縛っていた触手を引きちぎる。

 

そして瞬時、ヒュアデスに飛び掛っていく。

その爪で、その牙で、コピーした魔法で。

ヒュアデスを殺そうと一心に動いていく。

 

 

「かず……み」

 

 

蓮の脳にに襲いかかった衝撃は、とても言葉で表せるものじゃない。

だがすぐに全身がゾッと冷える。浮かべる汗、起きている事態が意味するものを理解している。

かずみを守れなかったと言う事だけじゃない、恵里が言った一言。

 

そして疑問がある。

かずみはソウルジェムを砕かれた。

なのに彼女はまだあんなに素早く動いているじゃないか。

どういう、事なんだ――?

 

 

『ハハハハハハハ!!』

 

「!」

 

『あ! や、やべぇ!!』

 

『……やれやれ』

 

 

蓮はその時、かすかだがジュゥべえの声を聞いた気がして、辺りを見回す。

するとやはりビルの上に小さい二つの影を見つけた。

もう何が何だか分からない状況ではあるが、蓮は死に物狂いで変身して彼らの元へと飛んでいく。

 

 

「ッ」

 

 

その途中でかずみを見るが、彼女の姿は痛々しく、それが彼女をみすみす『ああして』しまった自分への情けなさを強調している様だった。

 

 

「教えろジュゥべえぇエッッ!!」

 

『あぁ、やっぱ見つかっちまったか……』

 

 

まあ仕方ないと、ジュゥべえは何故か少し嬉しそうに言ってみせる。

どうやら連続で起こる衝撃に打ちのめされていた蓮を見ていたらしい。

 

 

『いつもクールに気取っていたお前が浮かべる間抜けな表情は、かなり面白かったぜ』

 

「黙れッッ!!」

 

『分かってる! 秋山蓮、お前が何を聞きたいのか。面白いものを見せてくれた礼だ。教えてやるよぉ』

 

 

いそもそもインキュベーター達も不思議ではあった。

何故ならば自分達はかずみと契約をした覚えが無かったからだ。

だがそれはあくまでもゲームが始まるまでは記憶をロックしていたから、と言うだけにしか過ぎない。

それに似たケースが一つある。暁美ほむらだ。

 

 

(まあでも、暁美ほむらより、異質だったがな)

 

 

かずみのソウルジェムは二つに分かれている鈴型のピアス。

今見ても分かるとおり、ソウルジェムを砕かれても死なないと言う特異性を持っている。

これは明らかに普通の魔法少女ではない。

ジュゥべえ達も理解した。

 

 

『それが進化なんだから、仕方ないわな』

 

 

時代が変われば、その変化に合わせて『物』も大きく形態を変えていく。

白黒だったテレビがカラーになった様に、その時代に合わせた姿となっていくのが道理である。

それは進化だ。次世代に適応するための変化なのである。

 

 

『新しい時代には、新しい時代に合わせた適応が生まれる』

 

『要するに、アイツがそうなんだよ』

 

 

かずみは次世代の魔法少女だと言う事だ。

そもそも、インキュベーター達は魔法少女が魔女になる際に発生するエネルギーが欲しい。

ならばソウルジェムを砕かれて死ぬと言うケースはなるべくならば避けたいところだった。

その『事故死』を防ぐのが、かずみに用いられた新世代の形態なのだ。

ソウルジェムを二つに分ける事で負担を減らし、さらに軽量化に成功。

砕かれるリスクを減らす。

 

それだけではない。

ソウルジェムを破壊されれば死ぬと言う事を回避するため、命のコアを心臓に設定した。

これによりソウルジェムを二つ破壊された状態で心臓を破壊されれば、そこで初めて死ぬと言う安全装置を施した。

この改変により、魔法少女はそのほとんどが事故死を避け、やがていたる魔女への道を歩む事になる。

 

 

『かずみが他の魔法少女と作りが違っているのは当然だ。アイツは"未来から来た"魔法少女なんだからな』

 

 

その間にインキュベーターは魔法少女のあり方を変えた。

それがかずみの異質さの正体である。織莉子が未来を視た時に、かずみの姿をうまく捉えられないと言うケースが多かった。

 

それはそうだ。織莉子が視ている未来。

本来かずみがいるべき場所は、そのさらに進んだ時間なのだから。

かずみは確かに『この時間軸』に存在しているが、本来彼女はこの時間や織莉子が視ている時間には存在していない。

それが矛盾を生み、ジャミングを発生させていた理由でもある。

 

 

「未来から……、だと?」

 

『そうとも。それがアイツの願いなんだ』

 

 

もう分かっているんだろ?

ジュゥべえは赤い目でナイトを見る。

そう、そうだ、ナイトは馬鹿じゃない。かずみを分析したヒュアデスが、なぜ小川恵里の分身を作り出したのか?

そして直後、口にした言葉の意味。

 

 

「ま、まさか――! かずみは……!?」

 

 

ナイトがずっと心に抱えていた、かずみへの特別な思いの正体。

面白いものだ。ジュゥべえはつくづく人間と言う生き物が不思議な面を持っていると言う。

秋山蓮と言う男が、簡単にかずみに情を持った理由には、やはり人間の構造が関わっているのかもしれない。

『血』とは、なかなか面白い物を見せてくれる。

 

 

『遺伝子レベルで刻まれた絆、お前も感じてんだろ?』

 

「やはり、かずみは俺の――っ!」

 

『そうだ。立花は嘘をついていた。分かっているんだろう? 秋山蓮』

 

 

赤い瞳は、確かにナイトを捉えている。

 

 

『アイツの本名は立花かずみではなく、秋山かずみだ』

 

 

つまり。

 

 

『お前と小川恵里の間に生まれた。正真正銘、本物の娘なんだよ』

 

「ッッ!!」

 

 

それはあまりにも唐突で、それはあまりにも夢物語で、それはあまりにも悲しい真実だった。

だが、そう言われればナイトは今までの出来事を納得せざるをえない。

かずみの雰囲気が恵里に似ていると感じたのも、それは当然の事だった。

ナイトがかずみを戦いに巻き込みたくないと切に願ったのも、真実を知った今ならば、見方も変わってくる。

 

だが、だからと言って、なんと口にしていいか分からなかった。

頭が真っ白になっていて、かずみが娘と言われても、どんな顔をすれば良いのか分からなかった。

仕方のない話と言えばそうか。知らない女の子を指差され、あれが未来の娘なんだと言われても全ての人間が困ってしまうと言う物だ。

 

だが、それでも分かる事はある。

ナイトは狂いそうになりながも、キュゥべえに詰め寄り必死に叫んだ。

 

 

「アイツは針を打ち込まれた! 助ける方法を教えろ! 教えてくれッ!!」

 

『………』

 

 

キュゥべえは首を振る。

本来あの針は、ユウリが魔女になった時に与えられる武器だ。その状態ならば何とかなった。

しかし現在、多くの魔女の力を手に入れ、それだけ強化が成されている。

残念だが、ヒュアデスの暁となったユウリは他の参加者を圧倒している。ナイトとかずみがどうにかできるレベルではない。

 

 

『そもそもあれはもう、ユウリとしては形だけでしかカウントされていない』

 

 

完全に別の魔女だ。ユウリの力を媒介にした、ワルプルギスの劣化版。

参加者であり、参加者ではない。特殊な位置づけである。

魔女の力は、魔女が死ねば消える。しかしヒュアデスは一固体の魔女ではない。

たとえ心臓(ユウリ)を潰しても、多数の魔女が生きているため、集合体(ヒュアデス)の力は消えない。

 

 

『打ち込まれた針を取り除くには、かずみ体の中にある針を直接取るしかない』

 

 

しかしそんな事ができると思うか?

針を取り出すために体中の肉を弄るなど、矛盾している様に感じないか?

ましてやヒュアデスは様々なサイズの針を用意している。肉眼でなんとか確認できる程の針を全て取り除けるとでも思っているのか?

 

 

『無理だよ、彼女はもうソウルジェムを破壊されているし、確実に助からない』

 

「!」

 

『それに、それは、かずみも分かっている事だと思うよ』

 

 

かずみはソウルジェムが破壊された今も尚、負担の大きいマレフィカファルスを発動してヒュアデスと戦っている。魔力の消費は倍となり、ソウルジェムがなくなった事で肉体はどんどんと本物の魔女に変わっているではないか。

 

 

『諦めた方が良い、でも彼女はまだ一度も死んでいないからね。復活チャンスは使えるよ』

 

 

淡々とそう言ってみせるキュゥべえに、ナイトはどこか理不尽な物を感じて拳を握り締めた。

娘。かずみが自分の子供。その情報が何度となくナイトの頭の中を巡っていく。

だったらどうして彼女は魔法少女に? それに確定しているのは、かずみが今、これから死ぬと言う事だ。

言い方を変えれば、自分の娘がこれから串刺しになって死ぬ。

 

 

『ゴオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

「アアアアアアアアアア!!」

 

 

高速で回転するヒュアデス。

闇のエネルギーが肉体を包み、それに触れたかずみは目にも止まらぬスピードで吹き飛んでいった。

そのまま川に着水して、大きな水しぶきをあげる。

 

あれは自分の娘。

いや、そんなのは関係無い。

まずは何よりもパートナーとしてその光景が胸に突き刺さった。

怯んでいたナイト。その間もかずみは戦い続け、そして傷ついた。

 

 

「かずみ――ッ!!」

 

 

ナイトから聞いたことも無い様な悲痛な叫びがあがる。

彼はマントを翼に変えると、かずみが着水した方向へと一心不乱に飛び去っていく。

それを見て含み笑いを行うジュゥべえ。

そして対照的にやはり無表情のキュゥべえ。

 

 

『わざとかい?』

 

『え? 何がだ先輩?』

 

『笑い声をあげた事だよ』

 

『………』

 

 

かなわねぇな、先輩には。

ジュゥべえはそう言ってニヤリと。

 

 

『正直言っていいか?』

 

『うん、いいよ』

 

『半分マジ。半分わざとって所だな』

 

 

笑いが出たのは本当だが、確かに声の音量は盛ったかもしれないと。

そもそも本当に声を出さないのがインキュベーターなのに。

 

 

『あんまりボクらが積極的に肩入れするのは良くないんだろうけどね。まあいいや』

 

 

秋山蓮の様な者が取り乱すのは、相応のギャップが生まれる。

それを感情ある者は、珍しさから興味を持つものだろうとは理解できた。

だからジュゥべえもそうした。

 

 

『それに、ソッチの方が面白くねぇか』

 

 

演出の一環だとジュゥべえは言う。

さぞ驚いた事だろう。まさかパートナーに選ばれたのが、未来の自分の娘だなんて。

そして今、父と娘の会話が行われようとしている。加えて娘は死へのカウントダウンが始まっている。

さぞ本人にとっては感動的な話になるだろうて。

 

 

『薄っぺらい家族愛のな』

 

 

今知ったんだから、ジュゥべえは言う。

だが――

 

 

『その先にある物がオイラは見たいのかもな』

 

『その先に?』

 

『ああ、純粋な興味さ』

 

『ふぅん』

 

 

キュゥべえとジュゥべえは再びナイト達に視線を移す。

ナイトは無事にかずみを引き上げていた所だ。かずみは衝撃でマレフィカファレスが解除されており、ぐったりと目を閉じて呼吸を荒げていた。

魔女化した部分は戻っておらず、それがより一層痛々しさを物語っていた。

なによりも今、かずみの体の中では徐々に巨大化していく針がある。それに恐怖し、その激痛に表情を歪ませている。

 

 

「かずみ! 大丈夫か? かずみ!!」

 

 

必死に叫ぶナイト。

その声を聞いたか、ヒュアデスは再び二人を見つけると、使い魔達を発射する。

無数の魔法少女の影は、泣き叫びながらナイトたちを殺そうと飛んでいく。

それはまさに狂気そのもの。だが反対にナイトもまた、溢れる激情の思いに叫び声を上げた。

 

 

「ダークウイングッッ!!」

 

 

ナイトはそこにどんな想いを込めて叫んだのか。自分でも分からなかった。

かずみが娘と聞かされただけ、。がその真実をナイトは疑う事は無かったし、その真実が彼の心に何か大きな『火』の様な物を灯したとも理解している。

とにかく、かずみを助けたい。とにかくかずみの死を回避したい。

途方も無い思いかもしれないが、その心の叫びに反応したのだろう。ダークウイングはナイトの背中から離れると、猛スピードで使い魔達に突進していった。

 

 

「ギィイイイイイイイイイイイイ!!」

 

 

ソニックブレイカーが放たれ、迫る使い魔達を一撃で消滅させていく。

ナイトの強い想いに呼応している様だ。そのままダークウイングは叫び声をあげてヒュアデスに戦いを挑んだ。

それはナイトが命令したからか? とにかく、ダークウイングは自分よりも遥かに大きな魔女に怯む事なく、その牙を突き立てに向かっていった。

 

 

「かずみ! おい、かずみ!!」

 

「う……! あぁぁあ!!」

 

 

体内の針を感じているのだろう。かずみは絶叫と共に意識を取り戻した。

ナイトは川の近くにあった橋の下に彼女を運び、なんとかヒュアデスの視界から消えようとする。

情けない話だが、まだナイトはパニックから回復していないんだろう。

かずみを助けたいとは思えど、何も方法が浮かんでこなかった。

心臓の動悸は嫌なほど速くなり、いろいろな感情で押しつぶれそうだった。

 

 

「あ……、蓮さん」

 

「かずみ! 平気か?」

 

「どうして逃げなかったの――?」

 

「お前を置いて逃げられる訳ないだろ!!」

 

 

ナイトは上ずった声で叫ぶ。

それを聞くと、かずみはなんと笑顔を浮かべた。

それは儚く、淡く、今にも消えてしまいそうな表情で笑みを。

 

そして、目には少しだけ涙が浮かんでいる。

水に入ったために全身が濡れているが、それでも瞳には、たった今浮かんだ雫があった。

 

 

「意外だな。蓮さんがそんな事言ってくれるなんて……」

 

「――ッ」

 

 

そう、笑みだ。笑顔なんだ。怖いだろうに、痛いだろうに、辛いだろうに。

今も尚、きっと彼女の体の中では死へのカウントダウンが着実に進んでいる。

それを一番感じているのは、かずみ自身の筈。

それでも彼女は笑顔を浮かべていた。全てはナイトに心配をかけない為に。

 

 

「どうして……! どうしてだ!? どうして何も言わなかった!?」

 

「あ……やっぱり……バレちゃった?」

 

 

じゃあ、コレでやっと呼べるんだね。

かずみは笑みを浮かべていたが、それとは対照的に涙はどんどんと溢れていく。

声は震え、けれどそこにあったのは希望と嬉しさだった。

 

 

「お父……、さん」

 

「ッッ!!」

 

 

ボロボロと。堪え切れない涙が、かずみの瞳から溢れていく。

ナイトは心が押し潰されそうだった。ナイフで心臓をズタズタにされている様だった。

かずみの笑顔が、本当の笑顔ではないと分かってしまう。

いや、もちろん笑顔自体は本当に浮かべているのかもしれない。

だが、その他の負の要因が多すぎて、せっかくの笑顔がすぐに消えてしまう事が分かった。

 

 

「言っちゃ駄目だったんだよ、本当はね……」

 

「ッ」

 

「因果がどうのこうのとか、未来が大きく変わっちゃうかもって……」

 

 

ナイトは説明を求めた。何故かずみがココにいるかを。

本当ならば「喋るな」と言ってやるのが、優しさなのかもしれない。

喋れば体に力が入り、それが体内の針に連動してより傷みが強くなる筈だ。

しかしナイトはそれが分かっていながら説明を求めた。

そんな自分に反吐が出そうになりながらも、知りたかったのだ。

 

かずみもまた、今となってはそれを拒む事は無かった。

端的にではあったが、何故自分がここにいるのかを語りだす。

一応興味があったのか。ジュゥべえ達も耳を澄ませてかずみの声を拾う事に。

 

 

「蓮さんはね、勝てるんだよ……」

 

「っ?」

 

「優勝、するんだよ。このゲームで」

 

『?』

 

 

ジュゥべえは首をかしげる。

彼は知識が薄い。けれどもキュゥべえは彼女の言葉を理解したようだ。

インキュベーターは複数の固体を持てど、すべての記憶を共有する事ができる。

それは『未来』も例外ではない。インキュベーターもまた進歩していく物だ。

 

妖精はこの世界に、この時間軸に存在する、すべてのインキュベーターとの記憶を共有する技術を既に体に組み込んでいた。

つまり、キュゥべえは未来のキュゥべえとの記憶共有を行っていたのだと。

キュゥべえは、まだ意味が分かっていないジュゥべえに説明を行った。

つまりはこう言う事である。

 

 

『本来、フールズゲームの結末は秋山蓮の勝利で終わるはずだった』

 

『うお! マジでか!!』

 

『もちろん他の参加者を皆殺しにしてね。そして彼は願いの力を使い、小川恵里を蘇生させて、ゲームは終了した。他の願いはワルプルギスの消滅等で消費してしまった様だね』

 

 

結果として見れば、ナイトの願いは叶った訳だ。

それから蓮は罪悪感に駆られながらも、恵里との生活を手に入れる事ができた。

恵里は何も知らない、知る事も無い。もしかしたら教えたのかもしれないが、それはキュゥべえ達の興味外だったので、深くは追求しないでおこう。

ましてや恵里からしてみれば真司や美穂の記憶は無くなっているのだし。実感は湧かない筈だ。

 

 

『そして時間は流れ、小川恵里の――』

 

 

ああ、いや。

 

 

『秋山恵里の体に、かずみの命が宿った』

 

 

そしてかずみが生まれ。

彼女は両親の愛を受けて育っていった。

 

 

「わたしね……、お父さんとお母さんが本当に大好きだった」

 

 

真司達の贖罪のつもりだったのか。ましてや不幸の反動だったのか。

蓮も恵里も、本当にかずみを可愛がった。だからマザコンだのファザコンだのと言う気があったと言っても良かっただろう。

かずみは信じていた。これからも大好きな家族とずっと一緒にいられると。

 

 

「でもね……、でもね――!」

 

 

声が震えて、かずみの瞳からはどんどん涙が溢れていく。

その言葉を言いたくないのだろう。声は上ずり、嗚咽は酷くなっていく。

しかし父に真実を伝えたい。いや伝えてもいいのか?

かずみもこの僅かな時間の中で、葛藤していた。身を抉る針の傷みに耐えながら。

 

 

「でもね、お母さん……! 死んじゃうんだぁ……!」

 

「なっ!!」

 

 

酷いよね、酷いんだよ。かずみはここから先を言いたくはなかった。

父の為にも、自分のためにも。だが教えなければならないと言う想いも確かにあった。

それに、自分の苦しみを父にも分かって欲しいと言う、少女なりのワガママが勝ったとでも言えばいいか。

ずっと胸の内にしまっていた想いを、たまらず吐露していく。

 

 

「殺され……るの――ッ!」

 

「!?」

 

 

何度ショックを受ければいいのか。何度打ちのめされればいいのか。

ナイトは目の前が真っ暗になった。つまりはこう言う事だ。恵里を助けても、彼女は結局殺される?

なんなんだ。恵里が何をしたって言うんだ。どうして何の罪もない恵里が苦しまなければならない!

何故、どうして――ッッ!!

 

 

『ハハッ! つくづく人間って生き物の底が知れるな先輩』

 

『人間は食物連鎖以外の理由で同属を殺せる珍しい生き物だからね』

 

 

哀れな物だとインキュベーター達は言ってみせる。

一方で話を続けるかずみ。犯人は結局分からなかった。

恵里は首を強く締め付けられ、腹には鋭利な刃物で刺された傷があった。

手がかりといえばそれだけ。そして覚えていない。思い出したくない。

幼いかずみは、目の前で恵里が死ぬのを見ていた。

 

 

「うゥッ! うあぁ……!」

 

「―――」

 

 

絶句するナイトと、当時を思い出して声を漏らすかずみ。

一方でその情報を全く別の角度から理解する二匹が。

 

 

『『なるほど』』

 

 

キュゥべえとジュゥべえの声が重なり合う。

なるほど、そう言う事かと二人は完全に流れを理解する。

忘れていたんだ、今、"思い出した"。

 

 

「……か、かずみ」

 

 

冷静になったナイトに、一つの疑問が浮かんだ。

かずみはさぞ悲しんだ事だろう。大好きだった母を失い、さぞ泣きじゃくった事だろう。

そんな彼女を誰が支えてあげたんだ?

 

 

「俺は……、どうし――」

 

 

かずみの絶望に塗れた表情を見て、ナイトは理解する。悟ってしまう。

かずみは気を遣って、その事実を口にする事はなかった。

しかしナイトは理解する。死んだのが、恵里だけでは無いと言う事を。

 

 

「俺もッ、殺されたのか?」

 

「………」

 

 

次々と溢れていく涙を手でぬぐう事もできず、かずみは喉を詰まらせただ泣きじゃくる。

だがその中で、かずみはしっかりと首を縦に振った。

絶句するナイト。つまりかずみは両親を失ったのだ。

 

 

「それだけじゃないんだよ……!」

 

 

かずみは語る。

これはまだ始まりにしか過ぎなかった。

かずみには友人がおり、気を遣ってくれたのか、かずみが一人ぼっちにならないようにシェアハウスに誘ってくれた。

優しい友人に囲まれ、かずみは悲しみのどん底を見ても、絶望する事は無かった。

しかし世界は、その希望を完全に打ち砕く。

 

 

「フールズゲームは、終わってなんて無かった……ッッ!」

 

「!!」

 

 

かずみの友人は、みんな『魔法少女』だった。

運命だったのか。それとも仕組まれた物だったのか。

それは分からないが、かずみの前に新たなるフールズゲームが開催されたのだ。

次世代の魔法少女と、次世代の騎士が願いと言う餌に釣られて殺しあう。

 

友人は死んだ。

両親を失い、友を失い、だがそれでもかずみが壊れる事が無かったのは、一つの希望があったからだ。

 

 

『彼女はこうして魔法少女になった』

 

 

かずみは、父が何をしてきたのかを知る事になった。

ゲームは以前にも行われており、父が参加者を殺して勝利を掴み取ったのだと。

 

 

「キュゥべえが……、教えてくれた」

 

『お! 先輩やるねぇ』

 

『かずみの中に素質を見出してね』

 

 

言わば、かずみはゲームが生んだ子供でもある。

多くの命を犠牲にして生まれた少女は、それだけの因果を背負っていた。

つまり相応の才能が、力が、得られるエネルギーがあったのだと。

 

そんな魅力的な素材をインキュベーターが放っておく訳が無い。

キュゥべえはかずみに詰め寄り、契約を持ちかける。

両親が死ぬ運命を、友人が死ぬ運命を、一人ぼっちになる今を壊したくはないかと。

 

 

「だから――、わたし……、願ったの」

 

 

今を壊したい。

そして、かずみは力を手に入れた。

殺した魔法少女の力を手に入れる『破戒』の力を。

 

そうだ。

先ほど友人は死んだと説明したが、それは魔女の運命から逃れられなかった彼女達を。ゲームと言う運命に縛られた少女達を解き放つ意味で、刃を突きたてた。

いろいろな事情があった事だろう。ここに語られる事は無いかもしれないが、少なくともナイトはそう思う。

 

 

「紹介、したかったな……。海香とカオル……! 他のみんなも――」

 

 

何故か記憶が抜け落ちている部分があるのだが、それでもかずみの記憶には沢山の友人の記憶がある。中でも、シェアハウスをしていた海香とカオルと言う少女達とは特別仲がよかった。

だが皆、かずみに希望を託す意味で殺される事を望んだ。

今現在かずみが相手の魔法を見ただけでコピーできるのは、海香の魔法が原因だと言う。

 

 

「変えたかったの……」

 

 

運命を、今を、未来を。友人たちもそれを望んでいた。

こんなゲームを無くしてしまいたい。だから皆、かずみに運命を託したのだ。

かずみだって変えたかった。大好きな父と母が死ぬ未来。

だがかずみはそこで、キュゥべえから一つの注意を受ける。

 

蓮に自分が娘だと言えば、因果が絡まり、未来が大きく変わる可能性がある。

例えかずみがゲームの中に入ったとしても、何もしなければ蓮は勝てる。

だから、かずみはその手伝いをして、願いの力で自分たちの永遠の幸せを約束させればいい。

あとは、二度と魔法少女や騎士が生まれない世界を設定するのだと。

 

 

「でも……」

 

 

願いの力を使うつもりだった。

だがその中で、父と母に会えたかずみには、躊躇が生まれてしまう。

父親が、これから人を殺すのだ。そうしなければ母は助からないと分かっていても、やはりそう簡単には割り切れぬ話であった。

 

もう戻れないとは分かっている。

既にかずみも力を手に入れる為に友人を殺した。しかしだからこそ、友人を殺める痛みは分かってしまう。

真司と美穂と一緒にいる父《れん》は、本当に楽しそうだった。

見た事のない表情もあった。だからこそ分かる。ずっと父は苦しんでいたのだ。

 

父も、殺したくて殺した訳じゃない。

でも母を救うために仕方なく地獄の道を選んだのだ。

それを思ってしまえば、苦しんでいる父を見ていられなかった。

 

 

「かずみ……! お前は――ッッ!」

 

「えへへ、ごめん……ね」

 

『………』

 

 

かずみの話を聞いて、ジュゥべえは「ふーん」と唸っている。

その隣でキュゥべえは淡々と呟いた。

 

 

『そろそろだ』

 

「うあ゛ぁアア゛ッッ!!」

 

「ッ! かずみッッ!!」

 

 

かずみの肩の一部が盛り上がったかと思うと、そこから勢い良く針が飛び出して来た。

赤い血と肉が飛び散る。どうやら針は一定の大きさになった時に、急成長するらしい。

 

 

「かずみ! かずみッッ! ああ、俺は――ッ! 俺は!!」

 

 

ナイトは何もできない。何もしてやれない。

目の前にいるのは娘なんだ、自分の子供なんだ。

感覚は薄くても、かずみは確かに恵里と自分の愛の結晶なんだ。

それが目の前で壊れていくのに、ナイトは何もできない。何もしてやれなかったんだ。

 

 

「わ、わたし……ね、分からなく――ッ、なっちゃった…!」

 

 

何が正しかったのか。

自分がする事は正しいのだろうか?

はじめは父親の手伝いをすればいいとだけ思っていた。

 

まどかに近づいた時も、心の中では獲物としか認識していなかった。

でも、それでも、まどか達に友人を重ねてしまったのだろうか?

いや、それはきっとかずみの性格だ。『情』を抱いてしまった。

まどか達を傷つけたくない、友達だと思ってしまった。

そして父親が苦しむのは見たくない。でも母親は絶対に助けたい。

 

 

「どうすれば……ッ、良かったの…かな――?」

 

「かずみ……!」

 

「答えが、分からないんだ……よ」

 

 

迷えない立場にあるとは分かっていたのだが、それでも分からなくなってしまったんだ。

何かを掴み取る為には、相応の犠牲が必要だとは、もはや使い古された言葉であろう。

しかしそれでも、かずみは迷ってしまう。

 

失う物の大きさを知ってしまった。

犠牲にする物が大きすぎた。大きすぎてしまったんだ。

分からない。ああ、ああ、それは今も。何も見えない。

 

 

「うあぁぁああぁあ゛ッッ!!」

 

 

わき腹。脚。右腕から、次々と皮膚を突き破って飛び出してくる針。

かずみは涙を流しながら、襲い掛かる苦痛に歯を食いしばる。

ソウルジェムが無い今、痛覚操作がうまくできない。痛みは限りなくリアルに襲いかかってくる。

目の前に父がいる嬉しさから、気が狂う事は無かったが、自らの終わりは既に察している。

ソウルジェムが砕かれ、おそらく心臓周辺にも針は打ち込まれた。

 

 

「お父さん――!」

 

「!!」

 

 

だからこそ伝えたい思いがある。

何故、かずみがここまで涙を流しているのか。

この想いを託す事、託さなければならない事に、彼女は大きな悲しみを覚えている。

エゴと矛盾に塗れた、己の願いを。

 

 

「わたし……! お父さんに…人を殺して……欲しく、なかったの」

 

 

ズシャアッ! そんな音と共に、かずみの右目から針が生える。

目を覆いたくなる光景ではあったが。ナイトは、かずみから目を逸らす事は無かった。

そうだ、見ていてあげなければならない。男として、パートナーとして。

そして何よりも、かずみが愛してくれた父として。

 

 

「でも――ッ、でもね……! でもでもッ、ぐぁぁうッッ、で、でも」

 

 

"でも"を繰り返す。

つまり殺して欲しくはなかったが、その考えを否定したい。

 

 

「でも……ッッ、! わたしッ、お母さんとお父さんと……! また、一緒に暮らしたかったから」

 

 

かずみの最期の意地だった。

目が潰された激痛を、決意の心でねじ伏せる。

そうまでして、彼女は青いワガママを伝えたかった。

家族も友達も死ぬ世界なんて嫌だから。

 

 

「生きて……、その、願いを――ッ! 叶えたい……!」

 

 

死んだら終わりだから。それに、全てが無駄になってしまう。

自分でも勝手な話だとは思う。ここまで散々ナイトの足を引っ張る形になって、だがそれでもナイトには伝えたい言葉があった。

 

 

「お願いだから……、戦って――ッ!」

 

「!!」

 

「ごめんねッ、勝手なこと言って。でも、このままなんて嫌だよぉ……!!」

 

 

何も変えられず、ただ苦しんだだけだ。

かずみが選んだのは家族と。友人と共に歩む未来だ。

だから彼女はナイトに参加者を殺す道を辿ってくれと言う。

本当は嫌だった、父が茨の道を歩む事が。自らが他者を殺す事が耐えられなかった。

だがそうやって迷いに迷った先に何が待っている?

それは、絶望だけだ。

 

 

「参加者を殺せば……! 復活、できる…から」

 

 

50人殺し以外でも、参加者を殺せば復活チャンスは使える。

それを、かずみはナイトに持ちかける。辛いのは分かっている、苦しいのは分かっている。

だけど、かずみはこのままで終わるなんて嫌だったんだ。

まどかが自己犠牲を選ぶのならば、かずみは他者を犠牲にしても幸せになる道を選ぶ。

それが、追い詰められた少女の答えだった。

 

 

「間違ってる……ッ、かな? ううん、間違っているよね、わたしきっと」

 

 

でも、それでも……。

そうしている間にも、かずみの体からは次々と針が生えてくる。

ナイトは狂いそうだった。かずみは自分に人を殺してくれと頼んでいる。

それが彼女にとってどれだけ辛い物なのかは、今までのかずみを見ていれば嫌でも理解できた。

 

こんな事を口にしたい訳がない。

でももう、かずみだけの問題では無くなってしまった。

かずみは罪を背負ってでも、殺す道を選ばなければ無らなかったのか。

 

 

「ごめんねお父さん。本当にごめん……。わたし、ぜんぜん役立たずで――」

 

「もういい! もう、いいんだ。もう謝るな……!」

 

 

その時だ。大きな衝撃を感じて、地面が揺れる。

ナイト達が隠れている橋の下、そのすぐ近くの川原にダークウイングが叩き付けられたのだ。

注意を逸らすために奮闘したのだろうが、その体は既に針だらけと、痛々しい姿だった。

それでもまだ尚立ち上がろうとするダークウイング。

しかしそこへヒュアデスのエネルギー弾が飛来する。

 

 

「ギイイイイイイイイイイイイ!!」

 

 

爆発。

エネルギー弾を受けたダークウイングは断末魔と共に粉々に砕け散った。

そして連動するようにナイトの装飾が削れ、シンプルな姿へと変わってしまう。

 

ブランク体。

これから参加者を殺さなければならないナイトにとっては、絶望的な状況である。

しかしナイトもかずみも、その点に触れる事は無かった。

 

それは二人の間にある、複雑な想いが故だ。

むしろかずみは、ナイトが弱体化したのを見て、安堵とも言える表情を浮かべた。

かずみは今、ナイトに皆殺しを託した。しかしその言葉が100%本心ではないと言う事は、ナイトにも分かる事だった。

ナイトとしては、力がどうのこうのと言うよりは、目の前にいるかずみだけに想いを注ぎたかったのかもしれない。

 

 

「矛盾……、ばっかり。戦ってほしいのに。戦ってほしく……無い」

 

 

自分で自分の抱えている想いに押し潰されそうになる。

だから無責任かもしれないが、この想いを父親に託して解放されたかったのかもしれない。

だが自分が逃げる訳にはいかないと、そうも思っていた。

 

 

「うあ゛ッ! うぅうッ! あああああうッ!!」

 

 

心臓を押さえて苦悶の表情を浮かべるかずみ。どうやら、その時が来てしまった様だ。

ナイトは変身を解除して、"彼女の手を握りしめる"。

蓮に比べれば小さな手だ。この手で、かずみはずっと重い物を抱えてきたのだろう。

それも、たった一人でだ。

 

 

「教えてくれ、かずみ……!」

 

「なぁに……?」

 

「俺は、お前にとって……、良い父親だったのか?」

 

 

かずみは笑みを浮かべた。

この限界を迎える体で、しっかりと。

 

 

「うん、大好きな……、お父さんだったよ」

 

 

そしてそれは母親も同じだと。

だからこそ、かずみは笑顔を険しい表情に変えて、再び涙を流す。

口から出るのはまた、矛盾に塗れた言葉だった。

 

 

「だから、ここで終わりたくないよぉ」

 

「……!」

 

「安心して、復活したら……もう足、引っ張らない――ッ、か……、ら!」

 

 

今度こそ全ての参加者を殺してみせる。

そうすれば、今は悲しいかもしれないけど。未来は必ず明るくなると信じているから。

家族も、友達も、みんなを守れる筈だから。

 

 

「きっと、わたし……殺して――、みせ……る……から――ッ!」

 

 

そうしたら――。

 

 

「お父さん、わたしの事……褒めて……くれ――」

 

 

そこで、かずみの言葉は止まった。

心臓を貫いた鋭利な針を見ながら、蓮は目に涙を浮かべて拳を思い切り握り締める。歯を思い切り食いしばる。

なぜ、なぜッ、なぜッッ! 虚空を睨みつける。腕が震えた。

 

蓮は、粒子化していくかずみを横抱きにして、ゆっくりと立ち上がる。

実感はまだ、完全には湧いていない。いきなりかずみが娘だと言われても、蓮にとっては僅かな関わりを持っただけの少女だ。

 

だが、彼女は娘だった。かずみは自分の子供だった。

娘が親を目の前で殺され、友達を殺すことになった。

理不尽な運命に心を引き裂かれそうになった。

 

 

そんな事を――、納得できる訳が無いだろ!!

 

 

「かずみ……!!」

 

 

かずみは最期にこう言った。次は殺して見せると。

娘が己のせいで、他人に殺意を抱かなければならない。

娘が人を殺すと言っている姿を、喜ばしい物として認識しなければならないのか。

そんなものを望んで、この戦いに足を踏み入れたのか?

 

全ては恵里と、その未来に生きるかずみを幸せにする為だったんじゃないのか?

なのにかずみは武器を持った。持たせたと言っても良い。

それを友に向けて、振るわなければならない世界を――ッ! 誰がッ、こんな……!!

 

 

「―――ァァ」

 

 

こんな串刺しになって死ぬ人生を、俺は歩ませたのか――ッ!?

花や、人形を持って笑うのではなく、武器を持って泣きながら戦う事がかずみの運命だったのか?

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

蓮は、かずみの亡骸を抱えたまま、焦燥の想いで叫びを上げた。

未来に生きる子供には、罪を覚えないでほしかった。

何も背負わず、ただ笑顔だけを浮かべていてほしかった。

苦しむのは自分だけでいい、恵里と子供には、何の罪も無い筈だ。

 

なのに今、蓮は自分の子供が涙を流して死んでいく光景を見ているしかできなかった。

無力感。情けなさ。惨めさ。そして子供に、こんな人生を歩ませてしまった事。

かずみは、自分よりも遥かに苦しんだ筈だ。そして今、彼女は死んだんだぞ!!

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

喉が潰れる程に蓮は叫ぶ。

そして粒子化して消えていくかずみを、強く、強く、それは強く抱きしめた。

皮膚を突き破った針が体に食い込もうと関係ない。ただただ、かずみに申し訳が無かったのだ。

 

違う、違うんだ、許してくれ。

こんな道を歩ませたかった訳じゃない。お前には輝かしい未来を歩んで欲しかった。

誰かを殺して欲しいと、そんな想いなど、欠片とて抱いてなかった。

許してくれ、許してくれ、かずみ。お前の母を、お前の心を守れなかった俺をどうか――ッ!!

 

 

「かずみ……ッッ!!」

 

 

今も焼きついている。

笑顔で殺すと言っていた、かずみの姿を。さぞ辛かったろう、苦しかったろう。

こんな事を言いたくは無かった筈だ。だが言わなければならなかった。

 

 

(何故!? 決まっている、俺が愚かだったからだッ!!)

 

 

こんな腐ったゲームがあったからだ!

そうだ、俺が彼女にあの言葉を言わせたんだ!!

 

 

「―――」

 

 

蓮の手から、その感触が消える。

こぼれ落ちた粒子は天へと還り、完全に消滅した。

かずみ、お前は幸せだったか? ああいや、そんな訳がないな。

苦しんで、苦しんで、これでもかと苦しんだんだろう?

 

蓮はデッキを強く。血が出るほど強く握り締める。

そしてその時だった。蓮の脳に、ジュゥべえの声がしたのは。

 

 

『よぉ。もう分かってるとは思うけど、一応言っておくぜ』

 

 

そしてその言葉で――

 

 

『お前のパートナー。たった今、死んだぜ』

 

 

秋山蓮は、"決意"する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なに……?』

 

『ッッ!?』

 

 

キュゥべえとジュゥべえは、思わず身を乗り出してその光景を確認した。

橋の下から蓮が出てきたと思えば、彼の持っているデッキが凄まじい程の光を放ち始めたではないか。

これには珍しく、キュゥべえでさえ呆気に取られる程だった。

 

 

『あれは……、まさか』

 

 

その光は、カードが増えた時に放たれる光とは比べ物にもならない輝きだった。

青と黒が混じったようなソレは、すぐに天を突き破る程の『柱』となる。

そして蓮を中心に凄まじい風が巻き起こり、その咆哮が響き渡る。

 

 

「キィイイイイイイイイイ!!」

 

『んなッ! なんだと!?』

 

 

ジュゥべえの目が飛び出しそうになる。

蓮の背後に、彼のミラーモンスターであるダークウイングが現れて翼を広げたのだ。

だがちょっと待ってほしい。一度破壊されたミラーモンスターは24時間が経過しなければ復活しない。

それは最終日でも例外ではなかったのに何故?

いや、その理由をインキュベーター達は知っている!

 

 

『間違いねぇ! アレは……ッッ!!』

 

『ああ、どうやらその様だね』

 

『死に設定すぎて正直忘れてたぜぇ』

 

 

あの光の正体は、ルールの一つだ。

騎士と魔法少女の絆が一定を突破し、その心を理解しあえた時、一枚のカードが生み出される。

そしてミラーモンスターが死んでいれば蘇生されるのだ。

 

使い方は頭の中に入ってきた筈だ。

しかし非常に強力な効果ではあるが、なにぶん出会って間もない騎士と魔法少女の間にそこまで強固な絆が生まれるのは難しい。

だからキュゥべえ達は『死に設定』として認識していたのだが――!

 

 

『あの野郎、生み出しやがったか!』

 

『なるほど。つくづく"血"と言うのは面白いね』

 

 

二匹の視線の先。

秋山蓮は揺ぎ無い『決意』の光を目に宿して、デッキを前に突き出した。

現れるVバックル。肘を曲げて振るうと、コートが靡く。

蓮は全ての感情を込めて、その言葉を強く叫んだ。

 

 

「変身ッッ!!」

 

 

現れたのは、騎士・ナイト。

ヒュアデスもナイトを再認識した様だ。針の触手を広げ、襲い掛かろうと動き出す。

しかしナイトは怯まない。ダークバイザーを横に構え、そのカードをデッキから抜き取った。

 

 

「かずみ……!」

 

 

ナイトは『疾風』が渦巻くカードを構える。

カードの絵柄が光ったかと思えば、ダークバイザーが鏡が割れる様にして消し飛んだ。

消えたわけじゃない。それは――、強化だ。

ダークバイザーがあった左手には、新たなる武器が握られていた。

青と金の装飾が目立つ『盾』。その名は"ダークバイザーツバイ"。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 

思わず、ヒュアデスは叫んだ。

ナイトから放たれる風の力が凄まじく、前に進む事ができない。

一方のナイトは、ゆっくりとそのカードをダークバイザーへと持っていき、カード装填口にセットする。

 

 

(かずみ、待っていろ)

 

 

その時、新しい風が生まれた。

 

 

「もうすぐ、全て終わらせる」【サバイブ】

 

 

風が、嵐が、ナイトに収束していく。

そしてナイトが鏡が割れる音と共に砕け散った。

破片は鏡だ。ナイトが立っていた場所には、強化されたナイトが立っていた。

メインカラーが黒から青と金に変わり、装飾も派手になっている。

二つに分かれたマントが風に靡き、彼は――

 

 

ナイトサバイブは、ゆっくりとヒュアデスに向けて足を進める。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 

ヒュアデスは風の障壁に痺れを切らしたか、エネルギー弾と使い魔を無数に発射してナイトを遠距離から狙っていく。それを見てナイトは冷静な様子でデッキからカードを抜き取ると、素早くバイザーへ装填した。

 

 

【ソードベント】

 

 

通常のバイザー音声よりもエコーの掛かった物が響く。

ナイトはツバイ上部にある突起を掴み、それを引き抜いた。

現れる剣、どうやら盾に内臓されていたらしい。

 

剣にはソードベントの効果で風のエネルギーが纏わりついており、『ダークブレード』と呼ばれるソレを思い切り振るう。

すると凄まじい勢いで鎌鼬が発射。襲い掛かる使い魔を次々に切断して消滅させていった。

一太刀の威力が通常時とは比べ物にならない程上昇しているのが、一目で分かる瞬間だった。

 

 

『サバイブ、やはり規格外だね』

 

『ああ、なにせ全てのステータスが跳ね上がってるからな』

 

 

そして進化したのはナイトだけではない。

ナイトの背後にて翼を広げるミラーモンスターもまた、サバイブの力によって強化を施された。

主人と同じく青と金の鎧を持ち、両方の翼にはタイヤの様な物が埋め込まれていた。

闇の翼ダークウイングは、『疾風の翼・ダークレイダー』として覚醒を果たした。

 

 

【ブラストベント】

 

 

空に舞い上がるダークレイダー。

両翼にあるホイールが高速回転すると、そこから竜巻が発生してヒュアデスを取り囲んだ。

ダークトルネード。ヒュアデスは何とかして竜巻を弾き飛ばそうともがくが、逆に風の奔流に飲み込まれて平衡感覚をグチャグチャにされていく。

 

 

「終わりだ……!」【ホイールベント】

 

 

その音声がしたと思えば、なんとダークレイダーが変形を始める。

ホイール部分がむき出しになり、本物のタイヤに変わった。

さらに左右にあった翼が前後の位置に突き出される。それだけではなく、シートの追加、ハンドルの追加。それはまさに『バイク』と呼ぶのが相応しい形態変化だった。

ナイトは地面を蹴ってダークレイダーのシートに飛び乗ると、フラつくヒュアデスを睨みつけて最後のカードを発動させる。

 

 

【ファイナルベント】

 

 

ダークレイダーを発進させるナイト。

通常、バイクと言うのは陸上しか移動できない乗り物だ。

しかしダークレイダーは、まるで空に道があるかの様に浮き上がり、上空を駆けた。

 

さらに機体の先端から青と金のビームが発射され、ヒュアデスの体に命中する。

すると巨大なナイトの紋章が出現、ヒュアデスの体をその中に閉じ込めて動きを封じた。

それを確認するとマントを広げるナイト。伸張するそれは、ダークレイダーごと彼を包みこみ、巨大な『槍』の様な姿へと変わる。

 

 

「ハァアアアアアアッッ!!」

 

 

アクセルを全開にして、スピードを上げる。

一方のヒュアデスは体は動けないが、触手を全身に巻きつける事はできた様だ。

茨の要塞とでも言えばいいのか。しかしナイトはそれを見ても怯まずにスピードを上げ続けた。

 

 

(かずみ、俺は――ッ!!)

 

『ォオオオオオオオオオ!!』

 

 

マントを槍にして爆発的な加速で相手に突撃する。

疾風断(ウイング・バスター)が、王蛇ペアが傷つけていた『胸部分』に突き刺さる。

いや、突き刺さる言う次元ではない。ナイトの一撃はヒュアデスの肉体を貫き、心臓であるニーブリューエンヘルツェンを捉えていた。

 

 

『ピギィイイイイイイイイイイイイ!!』

 

 

断末魔を上げて心臓(まじょ)が爆発する。

赤い液体が空中に散布し、槍の先端にはユウリの姿をした人型の『何か』が存在していた。

それは既に息をしておらず、一瞬姿を見せただけで粒子化して消え去る。

おそらくはユウリが強くイメージした姿だからなのだろう。

あいりの心の中には、常にユウリが存在していたと言う事か……。

 

 

「………」

 

 

地面に着地したナイトは変身を解除して無言で立ち尽くす。

表情は険しい。心なしか汗も酷い様な気もする。

そんな蓮の前に現れるキュゥべえとジュゥべえ。

サバイブの概要を説明して、見事に覚醒を果たした蓮を褒め称える。

 

 

『やるじゃねぇか秋山蓮、面白い物を見せてもらったぜ』

 

『そうだね。ただ――』

 

 

そこでキュゥべえが放つ言葉は、少し意外な物だった。

 

 

『どうしてかずみを抱きしめたんだい?』

 

『?』

 

『それも、あんなに強く』

 

 

何を唐突に?

ジュゥべえは、キュゥべえらしからぬ問いかけに首をかしげた。

蓮はその言葉を聞いて、少しだけ眉を顰める。

そして胸を掴んで歯を食いしばった。

 

 

『その可能性に気づかなかったのかい?』

 

『先輩――?』

 

 

蓮は首を横に振る。

 

 

「気づかなかった。と言えば、嘘になる」

 

『だったらどうしてだい? はっきり言って、愚か以外の何物でもない選択だよ』

 

「かもしれないな。これじゃあ城戸の事を馬鹿とは言えなくなった」

 

『???』

 

「俺は大馬鹿だ、そう本物の馬鹿」

 

 

特に『結果』を重んじるとするインキュベーターから見れば愚か以外の何物でもないと言われるのは仕方ない事だ。

だがそれでも蓮は、自分の行った行動に悔いは無いとハッキリ言った。

 

 

『親子の情かい? その事実が発覚してまだ一時間も経っていないだろうに』

 

「そうだな。だがアイツは俺のことを、確かに父と呼んだ」

 

 

だったらどんなに関わった時間が短くとも。裏にどんな事情があろうとも。

 

 

「アイツが父だと言うのなら、俺は父親なんだ」

 

 

それに加えて、もう一つ大きな理由が蓮にはあった。

 

 

「俺が親に抱きしめて欲しかった時は、もう親の心は別の所にあった」

 

『同じ思いをさせたくはないと? そんなに抱擁と言うのは親子の間では大切なのかい?』

 

 

少し考えれば分かる筈だ。

あの時点で既にかずみの意識は無かった。

全くの無駄、その想いは彼女には届かない。

 

 

「たとえそうであったとしても、俺は抱きしめた」

 

 

それはただの抱擁ではないとも付け加える。

要するに『理解』だ。それはインキュベーターには永遠に理解できない事だろう。

蓮も己の行動の愚かさは分かっている。だがそれでも、かずみを抱きしめなければならなかったのだ。

 

 

「アイツを、理解するために」

 

『………』

 

 

それがサバイブを生み出した要因に繋がったとでも言うのか。

 

 

『なるほど、やはりヒトとは理解しがたい生き物だ』

 

『ちょ、ちょいちょい、さっきから何を言ってんだ? オイラにはサッパリだぜ』

 

 

そこで蓮は踵を返して歩き出す。

上に現れるダークウイング、約束の場所に行かなければならない。

真司と約束した、あの展望台に。

 

 

「悪いが急ぐ。俺にはもう、時間が無いからな」

 

『ああ。キミにとって、いい結末が迎えられるといいね』

 

 

飛び立つナイトを、キュゥべえは姿が見えなくなるまで見送っていた。

そうやってやっとジュゥべえは詳細を聞く事ができた。

いったい何故、かずみを抱きしめるなんてどうでも良い事を重要視していたのだろうか?

 

 

『彼は、生身の状態でかずみを抱きしめていた。それは強く彼女の体に自分の体を押し当てたと言う事だ』

 

『まあ、そうだな』

 

『そういう事だよ』

 

 

キュゥべえはそう言って、ナイトがいなくなった空を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ユウリ・死亡】【秋山かずみ・死亡】【残り9人・7組】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し時間は巻き戻り、龍騎とリュウガに場面は移る。

リュウガによって吹き飛ばされた真司は、戦いが始まる前の場所にいた。

振り返ると、そこにいたのは――

 

 

「美穂ッッ!!」

 

 

城戸真司が見たのは、傷を受けて倒れているファムだった。

彼女の身体から粒子が薄っすらとだが放たれている。

霧島美穂は、まもなく死ぬ。

 

 

「なんで! どうして!? お前――ッ!!」

 

「無駄だ。既に意識は無い、お前の声は届かない」

 

 

リュウガは真司の方へと足を進めていた。

当然だとリュウガは言う。生身の人間が受けて耐えられる攻撃ではなかった。

刃は身体を貫通し、おびただしい量の血が流れる。それは真司だって分かっていた事だろうに。

 

 

「なんで! なんでだよ! 大丈夫だって言っただろ!?」

 

 

ファムを抱きかかえて涙を目に浮かべる真司。

それをリュウガは愚かだと嘲笑してみせた。

リュウガも話は聞いていたらしい。ファムはスキルベントがあったから平気だと言っていた。

しかしあの一撃は完全な不意打ち。成長する部分を選択する強化技が、自動で発動されるとは考えにくい。

 

ましてやリュウガは刃に炎を纏わせていた。

それが臓器を石化させ、人間としての機能を奪っていく。

いくら成長が成功していたとは言え、臓器の石化までは止められなかっただろう。

人間の機能をつかさどる大切なパーツが石になって使い物にならなくなるのだから、死は必然の事だ。

 

 

「自分の馬鹿さ加減に呆れるよ。あれはお前を心配させない為の言葉だ」

 

「な……ッ!」

 

「人を疑う事を知らず、協力がどうのこうのと甘い理想を語る。お前は常に自分の都合の良いように物事を考える悪い癖があるな」

 

 

その結果が今だ。結局周りの人間は死んでいき、何も守れない。

それは鹿目まどかも同じ、理解し難いとリュウガは一蹴した。

 

 

「少しは疑う事を覚えろ、馬鹿が」

 

「!!」

 

 

リュウガは一枚のカードを龍騎に見せる。

それは先ほどリュウガが『回復のカード』だと言っていた物だ。

しかし近くで見れば、その文字はこう書かれていた。フリーズベントと。

それは対象を石化させる補助のカードだ、断じて回復の効果なのではない。

つまり、はじめからリュウガは真司にチャンスなど与えていなかったのだ。

 

 

「どの道、霧島美穂は死ぬ運命だった」

 

「騙したのか……ッ!!」

 

「言っただろう? 俺は霧島美穂が死ぬほど憎いとな。そして――」

 

 

赤い複眼が光った。

 

 

「この次は鹿目まどかを殺す」

 

 

その言葉を聞いて、真司は無言で拳を振るわせる。

その表情には、かつてない程の怒りが満ち満ちていた。

リュウガもそれを感じ、鼻を鳴らす。溢れる覇気は評価に値すると言うものだ。

 

 

「嫌か。なら俺を殺して止めてみろ」『フリーズベント』

 

 

濁った音声と、濁った咆哮。

リュウガの背後にドラグブラッカーが飛来して口の中を光らせる。

龍騎のデッキは真司から離れてリュウガの傍にあるため、真司は変身できない。

しかし真司は歯を食いしばって、そして両手を広げた。

後ろにいるファムを炎から守ろうというのだ。その光景にリュウガはついに声を出して笑いはじめた。

 

 

「どこまで愚かなんだ、お前は」

 

 

何故これから死ぬと言う女を守る?

ましてや生身のお前が耐えられるとでも思っているのか?

愚かな、なんて愚かなんだ。それを聞いても真司の目の光は途切れない。

しっかりとリュウガを睨んで体を動かさなかった。

だが零れる涙がある。真司は思う、また守れなかったのか。

 

 

(美穂――ッッ!!)

 

 

どうして、どうしてまた零れ落ちるんだ。どうしてまた死んでしまうんだ。

守りたかったのに、このゲームの運命を変えたかったのに、何故――……!

真司は今すぐ大声で叫んで暴れまわりたかった。ぶつけ様の無い怒りがある。

それだけじゃない。悲しみ、苦しみ。それが心の中で交じり合って狂いそうだった。

愛した女一人守れない。そして浮かび上がってしまう、まどかが殺されるビジョン。

守ると誓ったのに、結局このまま何もできずに死んでいくのか。

 

 

「美穂……!」

 

 

そうだ、俺は馬鹿だ。お前の想いに気づけなかった。

お前は苦しんでいたのに、俺はそれに気づけなかった。

もしかしたら助けられるのかもしれなかった。なのに俺は、俺は――ッ!!

 

 

「ハハハ! 良いぞ! お前の絶望が伝わってくる……!」

 

「ッ」

 

「愛する女を目の前で失い、そして今、お前は自らの命も失おうとしている!」

 

 

怖いだろう。その苦痛が、俺の力に変わるんだ。

リュウガの意思に反応して、ドラグブラッカーが口を大きく開く。

 

 

「貴様を石に変えた後は、俺自らの拳で打ち砕いてやろう」

 

「グゴオオオオオオオオオオオ!!」

 

「ッ!!」

 

 

ドラグブラッカーの口から絶望の炎が放たれる。

その恐怖、凄まじい物であったろうが、真司は一歩も引かなかった。

この炎から美穂を守る為にも彼は一歩も引けなかったのだ。

今更過ぎる、リュウガの言う通り、それは何の意味も無い愚かな行動だ。

 

しかし同時に思うところがあった。

真司は自分の行動が馬鹿なものだと分かっている。

分かっているが……、美穂はそんな自分を凄いといってくれたじゃないか。

 

 

「―――」

 

 

黒い炎に包まれる真司。足から徐々に石化が始まっていく。

その苦痛の中で、真司は走馬灯の様に今までの事を思い出していった。

俺は間違っていたのか。俺は正しかったのか。その答えを真司はずっと探していた。

しかしリュウガの言う通り、迷い続ける中で多くの人が死んでいった。

そして今、美穂が死ぬ。真司が死ぬ。

 

 

(なあ美穂、俺は間違っていたんだろうか?)

 

 

気のせいだろうか?

 

 

『アンタの強さは馬鹿だって事! それを誇りに思え、自信に変えろよ!』

 

 

彼女の声が聞こえてきた。

 

 

『……なあ真司、考えて答えなんて出た?』

 

 

ああ、そうだよな。

またガラにもなく考えてたよ。考えない事を考えてた。

でも違うよな。いくら考えないって言ったって、それは答えを出さない事じゃないもんな……。

 

 

『馬鹿は馬鹿のまま突っ走れ! アンタの本能は誰かをきっと救ってくれる』

 

 

その本能が分からなくなったんだ。

俺は人を守りたくて、戦いを止めたくて、まどかちゃんを守りたくて戦ってきた。

あの日、お前にそう言われて、俺はやっと答えらしい物が見つかったのかもって思った。

でもさ、同時に目を逸らしてたんだよ。失った物達からさ。

 

 

(ああ、そうか――)

 

 

今やっと、自分を取り巻いていた『気持ち悪さ』の正体が分かった。

美穂は自分の馬鹿っぷりを褒めてくれた。だから本能のまま考えずに突っ走れと。頭を真っ白にして、ひたむきに生きろと言ってくれた。

だが同時に――、手塚はこう言った。

 

 

『運命を変えたいのならば、抗い続けろ』

 

 

たとえ悲しみの炎に身を焼かれようが、たとえ絶望の剣に心を刺し貫かれても、変えたい世界があるのならば命の炎を燃やし続けろ。

きっと真司には多くの苦しみが待っている。巨大な絶望が待っている。

しかしそれを受け入れ、同時に否定する事ができれば、世界は真司にひれ伏すだろう。

 

だからこそ諦めてはいけない。

救えない苦しみ、守れない辛さ、変えられない現実に押し潰されても――。

どんなに苦痛を与えられても、『心』を生かす事。

それができるのならきっと……。

 

 

『いつだって……、運命に喰われるかどうかは自分次第なんだ』

 

 

そう、手塚には言っていた。

何度と無くリピートしてきた言葉だが、それはある意味、美穂の言葉と相反する物だ。

抗うと言う事は、考える事でもある。思考を停止してしまえば一気に流れに飲み込まれてしまうし、自分がどのレールの上に乗っているのかも分からなくなる。

そして何よりも、蓮の言葉がある。

 

 

(………)

 

 

それは今日受け取ったメールに書いてあった物だった。

答えを出し、それを伝え合うと二人は約束をした。

そして蓮のメールには、蓮の文字が、蓮の言葉がしっかりと書かれていた。

 

 

『城戸。明日展望台でお前の、お前だけの願いを教えてくれ』

 

 

俺だけの願い。

そしてスクロールをすると言葉には続きがあって。

 

 

『戦いを止める事とか言うなよ』

 

 

それじゃあいけないのかよ。真司はそう思ったが、今なら意味が分かる。

俺は持っていなかったんだ。自分自身の譲れない意思。己の為だけの欲望と言う物を。

このゲームを変えるには、止めるには、『ゲームに参加』していなければならない。

でも俺は参加すらしていなかったんじゃないだろうかと。

そうだ、形だけの参加者。そんなのはダメなんだ。

 

 

(俺の、俺だけの答え。俺が叶えたい、俺だけの願い――!)

 

 

真司は思う。

まどかは自分と同じような考えを持っていると思っていた。戦いを止めたいと言う意思を。

でも既に、まどかは自分だけの願いを一つ叶えていたじゃないか。

それは自分だけの欲望、自分だけの答えの筈だ。

変わりたい、『誰かを守れる様に強くなりたい』と言う確固たる想い。

 

そしてそれは、魔法少女全員に言える事だ。だから彼女達は魔法少女になったんだ。

真司はその内容を全てを知る事は無かった。

たがそれでも、魔法少女が一人一人、自分だけの願いを叶えたことは知っている。

 

 

誰かを守れる様、強くなりたい。

 

愛する人の手を治してほしい。

 

死にたくない。

 

妹の残したスズランを枯らせない

 

自分を助けてほしい。

 

親友との出会いをやり直し、守られる側ではなく、守る側になりたい。

 

自分の生きる意味を知りたい。

 

違う自分に変わりたい。

 

未来(いま)を変えたい

 

姉妹が欲しい

 

全てを無かった事にしたい。

 

父親の話を聞いて欲しい

 

ユウリになりたい。

 

 

そうだ。

13人は自らの想いを形に変えた。

そして自分だけの願いを抱えているのは、魔法少女だけではない。

騎士もまた同じではないか。彼らもまた、自分だけの願いを抱えて、この戦いを受け入れていく。

 

 

自らを苛む病を治す。

 

己の正義を貫く。

 

愛する人と幸せになりたい。

 

愛する人を助けたい。

 

親友との約束を守りたい。

 

自らの愛を成就させたい

 

英雄になりたい。

 

神になりたい。

 

欲望を叶えたい。

 

イライラを収める為に戦いを続けたい。

 

(しんじ)を殺したい。

 

 

参加者全員、なんだかんだ言っても人間だ。

それだけの意思、それだけの想いが存在しているんだ。

俺はそれを忘れていたのかもしれない。真司は燃える黒の中で、それを思う。

 

 

(美穂、お前にもきっと願いがあったんだろ?)

 

 

それが何かは知らないが、きっと美穂だって自分だけの願いがあった筈なんだ。

 

 

(俺は――)

 

 

俺の願いは……、なんなんだろうか。

戦いとか止めたいとか、それはもちろん願いの一つだけど。それは戦いの中の方針でしかない。

現にそう言った意味では、まどかだけじゃ無く、サキやほむら、さやか達と同じ願いを抱えている事になるじゃないか。

そうか、そうだよな。だったら俺にもある筈なんだ。

 

 

俺だけの想い、俺だけの為の願いが。

 

 

「―――」

 

 

真司の中に、須藤の言葉が蘇った。

 

 

『騎士は、魔法少女を守る為に存在するのだと思います』

 

 

それが、自分の騎士のあり方を決めた。

美穂や手塚の言葉が、自分の道を定めていった。

しかしそろそろ、自分だけの想いと言う、揺ぎ無い意思を持たなければならないんだろう。

いや、遅すぎたくらいだ。

 

 

『わたし、生きたい。死にたくない』

 

 

まどかの顔が思い浮かぶ。

そうだ、俺は彼女のパートナーとして助け合う事を誓った。

だからこそ、俺は折れてはいけないんだ。

俺は必ず、答えを示さなければならない。

 

 

「―――ッッ」

 

 

今からでも、遅く無いよな? 美穂、手塚、蓮。

ああ、やっと分かったよ。真司は目を閉じて己の心の中にある炎の『正体』に気づく。

 

 

城戸真司は、その結論に――、至った。

 

 

そうだ、これは迷ったが故に抱いた想いである。

逆に迷わなければ見つけられなかった欲望だ。

このゲームに巻き込まれたが故に抱いた唯一の答えなのだ。

 

まどかちゃん。

やっと俺も、キミと同じ位置に立てるのかもしれない。

遅すぎたかもしれないけど、もう間に合わないのかもしれないけど……、それでも俺は答えを見つけられたんだ。

 

本当に馬鹿だよな。

でも、それでいいんだろ? 美穂。

真司は一瞬だけ振り返って、ファムを瞳に映す。

粒子化がどんどん進んでいく彼女を。

 

 

「……?」

 

 

リュウガはその違和感に気づく。明らかにおかしいと。

何故、闇の炎を受けているのに苦痛の叫びを上げない? 何故石化が進まない? そもそも何故まだ奴は生きているのか?

デッキは離れた所にある。変身できない男が何故ここまでしぶとく――!

 

 

「!」

 

 

その時だった。

リュウガは炎の中に、ドラゴンの紋章を視た。

 

 

「ッ、シャアアアアッッ!!」

 

「!!」

 

 

気合の声。

炎を消し飛ばしたのは、確かに龍騎の紋章だった。

それがはじけ跳ぶと、破片の向こうには騎士・龍騎が、確かに立っているではないか。

 

 

「リュウガ! (おまえ)は、俺を殺す事で願いが完成されるんだろ!」『スキルベント』

 

「!!」

 

 

スキルベント・ドラゴンハート。

生身の状態で危険が迫れば、攻撃を防いでくれるシールドが生まれ、さらにデッキが手元になくとも龍騎に変身できる。

こうして変身を完了させた騎士は、複眼を赤く光らせた。

 

 

「だったら、逆を言えばッ、お前にとっては俺が一番の障害になる筈なんだ!」

 

「何……ッ!?」

 

 

リュウガは真司を殺す事で完全体へと進化する事ができる。

逆を言えば、真司は最大の障害にもなると。

 

 

「俺はお前を――! いや、俺自身を超えるッ!!」

 

 

リュウガは自らの鏡合わせの存在として生まれた。

 

 

「俺は影を、弱さを、俺の絶望を倒してみせる!!」

 

(馬鹿な。奴の心から絶望が薄れていくだと……?)

 

 

何故だ。理解できない。何故まだ食い下がる希望が持てるのか。

リュウガもまた、拳をギリギリと握り締めて苛立ちを見せた。

とことん馬鹿な奴だ。どこまでも愚かな奴だ。まだこの期に及んで、どうにかなるとでも思っているのか。

 

 

「いい加減俺と一つになれ龍騎。そうすれば最強の騎士になれる!」

 

「そんな強さなんているか! 俺は俺だけの願いがッ、強さがあればいい!!」

 

「愚かな……」

 

 

走り出す両者。

龍騎の強く握り締めた拳と、リュウガの強く握りしめた拳が交差し、互いの仮面に直撃する。

凄まじい衝撃と痛みだった。しかし両者は怯まない。すぐに体勢を立て直して、次の一撃を繰り出していた。

 

 

「願い? 強さ? 馬鹿が、周りを見ろ! 愛する女を死なせ、守りたい者達を死なせ、その上でまだ願いがあるとでも言うのか!?」

 

「そうだ、俺は弱かった! どうしようもなく愚かだったんだ」

 

 

だからこそ叶えたい願いがある。

それが生まれたんだ! 龍騎は大地を踏みしめて、渾身のヘッドバットをリュウガに打ち込む。

脳が揺れる衝撃にはさすがのリュウガも怯んだか、

龍騎はがら空きになった胴体にストレートパンチを叩き込んだ。

 

 

「グッ! ォォオ!!」

 

 

倒れ、リュウガは地面を転がっていく。

願いだと? これだけの絶望に至る要素があるのに。それを振り切る想いが龍騎の中に宿ったとでも言うのか。

 

 

「教えろ! 何がお前をそこまで突き動かす!?」

 

「いや、駄目だ! コレは俺だけの想いなんだ!」

 

 

そして、もう一つ。

 

 

「初めにこの想いを伝えなきゃいけない奴がいる!」

 

 

ソイツが待っているんだ。

ソイツに教えなくちゃいけないんだ。だから俺はお前には負けられないんだよ。

死んでる暇なんてないんだよ。龍騎はそう言いながら、カードを数枚デッキから抜き取った。

ソードベント、ガードベント。シュートベント。ストライクベント。

それを一気に発動させ、龍騎はフル装備状態となって走り出した。

 

右手にはドラグセイバー。

そのドラグセイバーの持ち手に結び付けてあるドラグケープ。

左手にはドラグクロー。両肩にはドラグシールド。背中にはドラグアロー。

まどかと育んだ絆がカードを生み出した。それら全ての力を持って、自分の影を超えて見せる。

 

 

「ふざけるな……!」『ソードベント』『ストライクベント』『ガードベント』

 

 

リュウガは龍騎と同じカードを持っているが、パートナースキルで生まれたカードは複製出来ていない。とは言え、根本的な問題が一つ。それは基本スペックが龍騎よりもリュウガの方が上だと言う事だ。

 

 

「お前は俺には勝てない、永遠にな!」

 

「いや、勝って見せる! 俺の答えの為に!」

 

 

フル装備状態の龍騎とリュウガが再びぶつかり合う。

まずはドラグセイバー同士がぶつかり合い、激しい火花を散らした。

顔がぶつかり合う程に踏み込み、乗り出す両者。

 

リュウガは龍騎と対照的にアイテムを装備している。

まさに鏡合わせの存在である事を象徴している様だ。

そして覚える違和感、リュウガは剣のぶつかり合いの中で、何度と無く龍騎の隙を見つけた。

例えばそれは胴体、腹部、脚、肩など。

当然そこを突けばいい話なのだが、リュウガは剣の打ち付けあいを止めなかった。

いや、止められなかったと言えばいいか。

 

 

(あのマントか――!)

 

 

パートナースキルで生まれたドラグケープ。

赤いマントは攻撃を集中させる役割を持っており、彼はそれをドラグセイバーに巻き付けている為、リュウガの攻撃対象が龍騎ではなく、『ドラグセイバー』に設定されているのだ。

 

 

「無駄な事を」

 

 

リュウガに焦りは無い。

スペックの差を龍騎はまるで理解していない。

リュウガは龍騎の攻撃をいなしているし、そもそもドラグセイバーとブラックドラグセイバーでは――!

 

 

「力の差は歴然だ!!」

 

「グッ!」

 

 

リュウガの一振りを受け止めた龍騎だが、そこでドラグセイバーにヒビが入ってしまう。

 

 

「終わりだ」

 

 

リュウガはその言葉と共に再び剣を振り上げ――

 

 

「ハァアッ!」

 

「何ッ!」

 

 

そこで龍騎はドラグセイバーを真横に投げ飛ばした。

ドラグケープの攻撃誘導が働き、リュウガはドラグセイバーに向けて剣を振ってしまった。

盛大な空振り。一方で腕を振るい上げていた龍騎がそこに立っている。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「グハァッ!!」

 

 

ドラグクローでのストレートがリュウガの胴体に叩き込まれた。

さらに命中と同時にドラグクローからは炎弾が放たれ、リュウガは二重の衝撃を受けて後ずさって行く。

体内に響き渡る絶大な衝撃。

これはいつだったかリュウガが龍騎にやってみせた攻撃だ。それをマネたと言うわけだ。

 

 

「なるほど、学習はしていると言う事か……!」

 

 

リュウガは何とか踏みとどまり、構えなおす。

一方で龍騎はダッシュで駆け抜け、地面に落ちたドラグセイバーを回収していた。

さらにドラグレッダーを呼んで腰を落とす。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

ドラグレッダーの咆哮と、発射された炎。

それを受けると、龍騎は爆発的なスピードを得て突撃していく。

ドラゴン爆炎突き。ファイナルベントの次に高威力の必殺技だ。リュウガはまだダメージが残っている為まともには動けない。

 

 

「チッ!」

 

 

試しにブラックドラグクローから黒炎を放つ。

しかしそれをかき消して向かって来る龍騎。

激しい炎に包まれて迫る刃。リュウガもあの技の威力が分かったのか、回避を諦めてブラックドラグシールドを両手で構える。

 

 

「ウォオオオオオオオオオオ!!」

 

「フンッ!!」

 

 

ブラックドラグシールドもまた、龍騎のソレとはスペックが違っている。

それが二重になっており、なおかつ龍騎のドラグセイバーにはヒビが入っているのだ。

その状態での競り合い、不利なのがどちらなのかは明らかな話だった。

しかし龍騎の心の炎は消えはしない。ココで諦めてしまえばすべてが終わるからだ。

 

 

「そうだッ。死んだら終わりなんだぞ!」

 

「………」

 

 

リュウガもココまで食い下がる龍騎に若干の焦りを覚える。

美穂を目の前で殺せば、絶望と共に死んでくれると思ったのだが、何か割り切りを覚えたらしい。しかしだ。何が龍騎をそこまでさせるのかは知らないが、根性論だけではどうにもならない物がある。

それを教えてあげなければ。

 

 

「ハァアアアアアアア!!」

 

「ウッ! ッッ!!」

 

 

龍騎の炎を押し返す、リュウガの黒。

ブラックドラグシールドにもヒビが入るが、まだ一枚目だ。もう一つ盾は残っているから問題はない。一方のドラグセイバー。徐々に亀裂が酷くなり、刃の破片が地面に落ちていく。

 

 

「クッ! ォォオオオッッ!!」

 

「押し切るつもりか。ハッ! やはり馬鹿の考えそうな事だな!!」

 

 

無駄なんだよ!

リュウガが吼えると、それを合図にしてドラグセイバーが砕ける音がした。

そう、必殺技のエネルギーが刃により大きな負担を与えてしまい、ドラグセイバーがエネルギーの量に耐えられなかったのだ。

 

 

「まだだァアア!!」

 

「ッ!」

 

 

まだ終わっていない!

龍騎はドラグセイバーを投げ捨てると、ドラグクローを思い切り盾にぶつける。

すると砕け散る一枚目のブラックドラグシールド。

しぶとい奴だ。リュウガは龍騎の行動に嘲笑を。

 

 

「どこまでも無駄な事をする!」

 

「うぉッ!」

 

 

残っていたもう一方シールドでドラグクローを弾く。

怯んだ龍騎をシールドで殴りつけていく。

フラつきながら後ろへ下がっていく龍騎。リュウガはその頭を掴むと、強く引き寄せる。さらに別の手にあったブラックドラグセイバーを思い切り腹部に突き立てた。

腹に当たる刃。龍騎のスーツが刃をせき止めるが、そこでドラグブラッカーの咆哮が聞こえる。

 

 

「グガオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「ッッ!!」

 

 

リュウガは龍騎と同じ技を使える。

そう、だからこそ龍騎の『ドラゴン爆炎突き』を真似しようと言うのだ。

龍騎はドラグブラッカーの鳴き声を聞いて事態を察するが、もう全てが遅かった。

 

 

「死ね」

 

「グッッ! ウアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

龍騎を刺しながら、凄まじい勢いでビルに突っ込んでいく黒炎。

外装の壁を破壊する、中身をグチャグチャにしながら尚もビル内を移動する。

しばらく進んだ後、鉄骨にぶつかってようやく動きを止めた。

 

その光景は、想像を絶する物だった。

当然あれだけの勢いを見せたのだ。龍騎に襲いかかる衝撃とダメージは、先ほどまでの攻撃とは比べ物にならない。

 

 

「か――……ッ! ガハッ!!」

 

「しぶとい奴だ。まだ生きているのか」

 

 

鉄骨に突き刺さるブラックドラグセイバー。

そしてリュウガと鉄骨の間には、黒い炎をまとっている龍騎が。

そう。凄まじい勢いで放たれた突きが、龍騎の鎧を粉砕していたのだ。

つまり美穂同じく、その身をリュウガの剣に貫かれた。

 

 

「俺の勝ちだ、龍騎……!」

 

「ぐ……ッ! フッッ!」

 

 

仮面から血が噴射された。

腹部が焼ける様に熱く、身を取り巻く炎の熱が意識を奪っていく。

駄目なのか。やはり勝てないのか。龍騎はダランと手をぶら下げて、頭も下がっていった。

ごめん美穂、手塚、まどかちゃん。俺は――

 

 

「……なんて、諦めるのは」

 

「!」

 

「らしくないよな!!」

 

「馬鹿な!!」

 

 

龍騎は目を光らせ、その手で自らの腹部を貫く刃を強く握りしめる。

思わず声をあげて怯むリュウガ。何故まだ諦めない、何故まだ心の炎が消えない。

一連の戦いの流れ、龍騎は何も理解していないのか?

力の差、絶望の力、勝てる可能性の無い戦いへの恐怖!

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「ッ!?」

 

 

現れるドラグレッダー。

龍騎はドラグクローを解除すると、その手でリュウガの肩をしっかりと掴んだ。

リュウガが逃げないように。

 

 

「なんだ? 何をする気だ!!」

 

「………」

 

 

龍騎は仮面の下でニヤリと笑う。

ドラグシールドの必殺技である竜巻防御とは、自らの周りに炎を纏ったドラグレッダーを旋回させる技である。

これがあれば、目の前にいるリュウガに確実にダメージを与えられるだろう。

だがそのダメージ量では今の自分と釣り合っていないのでは?

そうだよな、分かっているさ。奴は知らないんだ。

龍騎の背中にしっかりとドラグアローが装備されているのを。

そして当然そこには『矢』がある。

 

 

(こんな方法しか思いつかないなんて、やっぱ俺って……、馬鹿なのかな)

 

 

でも、馬鹿だから。

お前は俺に惚れてくれたのか――? 美穂。

 

 

(だったら、それでもいいのかもな)

 

「お前、まさか――!」

 

 

リュウガはそこで狙いを察する。

逃げようとするが、龍騎がしっかり掴んで離さない。

 

 

「俺がッ、俺自身の影が戦いを続けるというのなら! 皆を傷つけると言うなら! それを止めるのは自分自身、俺の役割だ!!」

 

「!」

 

「リュウガ! お前は絶対に、俺が倒す!!」

 

 

ドラグレッダーは炎を放つ。

そしてその火がドラグアローのエネルギー部分に触れた。

 

 

「グアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

「―――ッッ!!」

 

 

轟音、大爆発が巻き起こった。

龍騎たちが立っていたフロアが消し飛び、周りをも崩壊させながら炎は散布していく。

衝撃で吹き飛ぶリュウガ、きりもみ状に回転しながらビルの真下へと墜落していった。

そして同じく、龍騎もまた炎に包まれて落下していく。

 

 

「ぐああッッ!!」

 

「グッッ!! ガハァッ!!」

 

 

共に落下して地面に叩きつけられる二人。

その衝撃も中々だが、なによりも先程の自爆のダメージが凄まじい。

 

 

「なんて奴だ……ッ、まさかこんな!!」

 

 

リュウガは立ち上がろうとするが、体がうまく動かない。

龍騎は背中のドラグアローに向けて火を着火させて、自身を中心に超爆発を起こした。

目の前で起こる衝撃の塊。流石のリュウガもかつて無い程のダメージを受けた様だ。

それはもちろん龍騎にもいえる事。むしろ爆発源が背中にあったので、それだけの痛みを背負うことになる。

だが、しかし――!

 

 

「な……!」

 

 

リュウガの前から、一つの影がゆっくりと歩いてくる。それは紛れも無く龍騎の姿であった。

装甲はボロボロになり、貫かれた腹部や、所々から血が滴って地面に赤い点を次々に作っていく。

だがそれでも、それでも龍騎は立っていた。それでも龍騎は歩いていた。

 

 

「………」

 

「龍騎……ッ!」

 

 

まだ立つのか。

多くの絶望を知っておきながら、数多の苦しみを知っておきながら。

絶大なる苦痛を知っておきながら、まだお前は俺の前に立つと言うのか。

愚かな歯車は回り続ける。その中でお前はまだ希望を諦めてはいないのか……!

リュウガは思い切り地面を叩きつけ、フラつく体を強引に引き起こすと、全ての武器を捨てて走り出した。

 

 

「龍騎ィイイイイイイイイ!!」

 

「リュウガァアアアアアア!!」

 

 

同じく、全ての武器を捨てて走りだす龍騎。

二人は本能のまま、溢れる敵意をむき出しにして、殴りあう選択を選んだ。

それは龍騎が抱く初めての感情かもしれない。

目の前にいる自分を――

 

 

「ウオオオオオオオオオオ!!」

 

「ハァアアアアアアアアア!!」

 

 

自分の闇を、殺す!

 

 

「ハァアア! ラァアア!」

 

「ゼアァッ! フンッッ!!」

 

 

殴る、殴る! 殴る!! 殴りつけるッ!!

回避はしない、後退もしない。ただ相手を打ちのめす事だけを考え、ただ相手を倒す事だけを頭の中に入れる。

全ての力をそこに込め、龍騎は希望を、リュウガは絶望を拳に乗せて、相手を殴り殺そうとただひたすらに拳を打ち付ける。

 

視界が揺れ、脳が震える。

それでも怯まない、屈しない、臆する事は無い。

龍騎の瞳には勇気の炎が燃え滾り、リュウガの瞳には絶望の炎が燃え滾る。

 

殴り、殴られ、殴り返す。

装甲の至る所にヒビが入り、それでも怯む事なく、彼らは拳を振るい続けていった。

徐々に拳を打ちつけた所には血の手形が残り、二人が立っている地面には、赤い絨毯が広がっていく。だがそれがどうしたと言わんばかりに二人は殴りあった。

すると、どうだ、時間が経てば自ずと優劣は決まってくる。

そして――

 

 

「ゼアァアアアッッ!!」

 

「グッ! グアアアアアアアアッッ!!」

 

 

リュウガの一撃を受けて、龍騎は地面を転がっていった。

しばらくして止まったなら、呼吸を荒げて立ち上がろうと力を込める。

そして、ふと視界の隅に感じる光。龍騎はゆっくりとその方向に首を向ける。

 

 

「――――」

 

 

そこにいたのは、既に透明と言ってもいい程に粒子化していたファムだった。

龍騎は無言で、ゆっくりと、ゆっくりと彼女の頬に触れる。

するとファムの仮面が砕け、中からは濁った瞳の美穂が現れた。

 

 

「………」

 

 

フラッシュバックする光景。美穂の笑顔、声。

自分の事を好きだと言ってくれた彼女が今、ぐったりと目を開いたまま無表情で倒れている。

もう呼びかけても答えてくれないだろう。もうその笑顔を見せてくれる事はないのだろう。

 

 

「――――」

 

 

龍騎の呼吸が少し震える。高い声が漏れる。

それでも手を伸ばし、美穂の目を覆うと、瞼を閉じさせた。

そしてデッキに手をかけて、ゆっくりと振り返りながら立ち上がった。

引き抜くのは魂のカード。金色に光るそれを見て、リュウガもまたデッキから同じカードを引き抜く。

自身の紋章が描かれた金色のカードだ。二人はそれをバイザーにセットし、発動させる。

 

 

『『ファイナルベント』』

 

 

バイザーの目が光り、音声と共に上空から二匹の龍が飛来する。

互いにぶつかり合い火花を散らすドラグレッダーとドラグブラッカー。

二匹は途中で分かれると、それぞれの主人の所へたどり着く。

 

 

『真司!』

 

 

美穂の笑顔が浮かぶ。希望だった、それは間違いなく。

 

 

『真司さん!』

 

 

そしてまだ、自分には守らなければならない希望があるんだ!!

 

 

「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

両手を前に突き出して、声が枯れる程、喉が潰れる程に、強く強く龍騎は叫ぶ。

今まさに消え去ろうとする美穂の前で、彼は全ての感情を込めた咆哮をあげたのだ。

その想いに呼応する様にして、自らも強く吼えるドラグレッダー。

龍騎は下を向いて、手を普段よりも激しく、強く、旋回させる。

 

 

「ハァァアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

腰を落として、曲げた手を前に出し、もう一方の手は肩の上に持っていく。

ファイナルベントの待機ポーズは、普段よりも気迫の入りが全く違っている様だ。

当然かもしれない。龍騎は今、初めて参加者に向けて必殺技を放つのだから。

その相手が自分自身とは、なんとも皮肉な物である。

 

 

「フッ! ハァァァァァ……!!」

 

 

一方リュウガは、一度構えを取った後、両手をゆったりと広げて意識を集中させる。

すると彼の体がゆっくりと浮遊していき、その周りを激しくドラグブラッカーが旋回する。

ドラグブラッカーは赤い瞳を、ドラグレッダーは黄色い瞳を光らせて威嚇するように口を開く。

そしてその瞬間だった。龍騎の後ろにいた美穂が、完全に消え去ったのは。

 

 

「「―――」」

 

 

奇しくもそれが、合図となる。

 

 

「ダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

右足を前に突き出し、赤い爆炎を纏う龍騎。

左足を前に突き出し、黒い業火を纏うリュウガ。

二人のドラゴンライダーキックがぶつかり合い、激しい衝撃波と炎が周囲に拡散した。

競り合う赤と黒。実力は均衡? いや、違う!!

 

 

「ッッ」

 

 

龍騎の脚に亀裂が走り、黒い炎が漏れていく。侵食される赤。

当然だ、スペックが違う。リュウガは己の勝利を確信して炎の勢いを上げていく。

終わりだよ、お前はもう終わりなんだ。

それは当然。龍騎本人も分かっている事。

 

 

「――ァ」

 

 

だが――。

 

 

「――ァァア」

 

「!」

 

 

それでも。

龍騎の脳に編集長の言葉が浮かぶ。

自分の信じる物、そうだ、俺が信じている物の為に。

俺は、戦うんだ――ッ!!

 

 

「ッッ! ダアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「馬鹿な!!」

 

 

龍騎の勢いが、リュウガの勢いを殺しながら競り上がっていく。

何故、何故だ!? リュウガは信じられないと唸る。

しかしどれだけ力を込めようが、龍騎の炎が溢れ、徐々に自分の脚に伝わってくるではないか。

一体何がどうなっている!? 混乱するリュウガに、龍騎は掠れた声で叫びをあげた。

 

 

「お前は俺の鏡合わせの存在!」

 

 

だから美穂を愛していた真司とは違い、リュウガは彼女を憎んでいた。

それは他者に対する感情だけではなく、龍騎が絶望する事でもリュウガは強くなると言っていた。

そう、相反する二人。つまり龍騎がネガティブになれば、それだけリュウガが強くなっていく。

だったら、その逆も同じなのではないのか?

だからリュウガは絶望を刺激したのではないか?

 

 

「俺は、必ずお前に勝つんだ!!」

 

「――ッ!」

 

「そう、美穂にも約束したッッ!!」

 

 

必ず勝つと言う揺ぎ無い意思。絶対の希望がリュウガを弱体化させていく。

龍騎がプラスになればなるほど、反転しているリュウガはマイナスになっていくのだ。

だからこそリュウガは完全体になるしかなかったのだ。

自らの最大の弱点を消す為に!

 

 

「俺は、負けない!!」

 

「馬鹿な……!」

 

「絶対に、勝つッッ!!」

 

「馬鹿なァア!!」

 

 

リュウガの体が衝撃で震え出す。黒い炎の中に、どんどん赤が混じっていく。

 

 

「馬鹿な、馬鹿な! そんな馬鹿な!!」

 

 

リュウガは何度も否定の言葉を放つが、それは逆に龍騎にはプラスとして働く事になっていく。

そうだ、そうだよな。俺は迷ってなんかいられないんだ。迷っている姿なんてらしくないよな。

だから。そう、だから――ッ!!

 

 

「消えろ! 俺の……、迷いッ! そして弱さと共に!」

 

「アァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

大爆発が巻き起こる。

地面に着地するのはただ一人、城戸真司。

騎士・龍騎のみだった。

 

 

「美穂……! 勝った、勝ったぞ――、俺は!」

 

 

褒めてくれる人は、もういない。

称えて、笑みを向けてくれる彼女はもういないのだ。

 

 

「……ッッ」

 

 

変身を解除する真司。

その瞳から、静かに一筋の涙が零れた。

 

 

「……ドラグレッダー。連れて行って欲しい場所がある」

 

 

真司は震える声で言葉を放つ。

 

 

「絶対に守らなきゃいけない約束があるんだ」

 

 

その時、視界が揺れた。

思わず倒れそうになる。だが、真司は踏みとどまった。

その靴が見えたからだ。

 

 

(ここで倒れるのは、俺らしくないよな)

 

 

ちゃんと行くよ。俺は前に進むよ。

お前に紐を結んでもらった、この靴で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【霧島美穂・死亡】【リュウガ・死亡】

 

【これにより両者復活の可能性は無し。よって、リュウガチーム完全敗退】

 

【残り7人・6組】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅いぞ」

 

「悪い悪い、ちょっと"道に迷ってて"さ」

 

 

見滝原の展望台。そこに二人の男の姿があった。

一人は黒いコートを風に靡かせ、一人はスカイブルーのダウンジャケットを着込んでいた。

軽い調子で会話を行うが、その表情はなんとも険しい物であった。

 

 

「見つけたのか? お前の道を」

 

「ああ。そう言うお前はどうなんだよ」

 

「見つけたさ、俺もな」

 

「そうか……」

 

 

真司と蓮は、一瞬だけ笑みを浮かべた。

 

 

「美穂が……、死んだよ」

 

「かずみが、死んだ」

 

 

慣れないものだ。

たくさんの人が死んだ。でも永遠に慣れる気はしない。

 

 

「今でも美穂がまだどこかで生きている気がするんだ。いつかまた、笑ってくれるって思っている。そんな事はありえないのにな。アイツを探しに行きたいと思っている自分がいるんだ」

 

「……そうか」

 

 

蓮は茶化さなかった。

 

 

「お前と恵里を見てたらさ、もっと恋愛って簡単な物だと思ってたよ」

 

「よく言う」

 

「ああ、そうだな。俺は駄目だったみたいだ。美穂を、これっぽっちも幸せにしてやれなかったよ」

 

 

真司はそう言って声のトーンを落とす。

そこで蓮は目を細めた。

 

 

「だが、終わりじゃない」

 

「………」

 

「そうだろ城戸。俺も、お前も」

 

「そうだな。願いの力があれば……」

 

 

風が二人の髪を揺らす。しばらくは無言だった。

だがお互いはしっかりと、お互いが何を言いたいのかを察している。

だから言葉はいらなかったんだ。

とは言えど、分かっているからこそ、ハッキリ言葉にしないといけない想いもあるようで。

 

 

「城戸、教えてくれ。お前の答えを」

 

 

蓮はデッキを取り出して、そう言った。

 

 

「あるんだろ? お前にも、お前の為の願いが」

 

「あるさ。でも、俺のは叶わなくていい。夢でいいんだ」

 

「本当にそう思っているのか?」

 

「………」

 

 

吹き出す真司。

 

 

「嘘かも。ああ、やっぱ嘘だ」

 

 

真司はデッキを取り出して、自分の紋章をジッと見つめてみる。

龍騎のエンブレム。それは龍が涙を流している様にも見えた。

悲しいよな。ああ、悲しいよ。

 

 

「蓮。俺……、決めたよ」

 

 

真司はデッキを持って歩き出す。

蓮もまた、真司の瞳を見ながら歩き出した。

 

 

「ああ。俺もだ、真司」

 

 

二人はそのまま歩いていき、一歩だけ通り過ぎた位置で立ち止まる。

背中合わせの二人。互いの中に、迷いなど欠片とて存在しなかった。

城戸真司は、秋山蓮は――、己の答えを導き出したのだ。

 

 

「蓮、俺は――」

 

「真司、俺は――」

 

 

二人は、同時に口を開いた。

 

 

「「フールズゲームを――」」

 

 

そして、一気に振り向いた。

 

 

「止めるんだッッ!!」「戦い抜くッッ!」

 

 

双方の突き伸ばしたデッキがぶつかり合い、激しい衝撃を生み出した。

後ろへ地面を擦って後退する真司と蓮。

二人は怯まない。すぐに互いの目を見て、激しい火花を散らす。

 

 

「真司、あくまでもそれがお前の答えなのか!」

 

 

戦いに勝てば美穂を蘇らせる事ができるのに!

まどかを魔女の呪いから解放させる事ができるかもしれないのに!

 

 

「蓮ッ、それがお前の答えなんだな!?」

 

 

恵里の為に。

そして真司は知らないが、かずみの為に多くの血を浴びると。

そしてその屍の上に立つ覚悟があるのかと。

 

 

「そうだ、これが俺の答えだ! 俺はもう迷わないッ! ゲームに勝ち残り、恵里を、かずみを助けるんだ!」

 

「俺も曲げる気は無い。俺はワルプルギスを倒してッ、魔法少女の皆を呪いから解放する!」

 

「霧島を諦めるのか!!」

 

「ああ! 美穂もッ、きっとそれを望んでる!!」

 

 

どうやら二人の道は、あくまでも違えている様だ。

そして真司も蓮も、今更相手を説得する気も無かった。

意見が違うなら、ぶつかり合うだけだ。それが二人の不器用な友情が生んだ答えの一つである。

 

 

「蓮、俺はお前を止める!!」

 

「真司、俺はお前を殺す!!」

 

 

それが、唯一の答え。

 

 

「―――」

 

 

だが、その時だった。

蓮の肩から針が飛び出してきたのは。

咳き込んだ真司の口から、大量の血液が噴射されたのは。

 

 

「ぐッ! どうやら、時間も無いらしい――ッ!」

 

「ああ……ッ! かもな!」

 

 

蓮はかずみを強く抱きしめた。

なんとその時、彼女の中にあるヒュアデスの針が浮き出てきて、蓮の方へと突き刺さったのだ。

針は簡単な自我を持っており、蓮の肉体に少しでも入れば、後は自分から体内へ深く侵入していく

それはユウリの攻撃とは認識されず、複数の魔女の集合として認識されているため、ユウリが死んだ今も蓮の体に残っていたのだ。

それを必死に抑えてきた蓮ではあるが、所詮は気合いでと言う話。

刺さってしまった物は、もうどうする事もできない。

 

そして真司。

彼はリュウガから度重なる攻撃を受け、かつその刃が腹部を貫通している。

加えてその状態で自爆を行い、ファイナルベントの競り合いを行った。

それがどういう事なのか、語るまでも無い話。

 

 

「真司……、お前と霧島は、俺にとって友と呼べる存在だった」

 

「珍しいな。お前が、そんな事……」

 

 

二人はもう一度。一瞬だけだが、笑みを浮かべた。

 

 

「だから、戦ってくれ」

 

「ああ、俺も……、もう、逃げない」

 

 

真司は手を斜めに突き上げ、蓮は肘を曲げた腕を前に突き出す。

二人はそれぞれの構えを取って、突き出したデッキをバックルにセットする。

 

 

「変身ッ!」「変身!!」

 

 

対峙する龍騎とナイト。

そして二人の背後に、ミラーモンスターが現れて威嚇を行った。

力の限り吼えるドラグレッダーとダークウイング。二人はそれを合図として走り出す。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

ダークバイザーを振り下ろすナイト。

龍騎はドラグバイザーを盾にして、その一撃を防いでみせる。

 

 

「俺はッ、恵里を助ける!!」

 

「俺は――ッ! 俺の答えは!!」

 

 

そのままのポーズで競り合う二人。

 

 

「………ッ」「――!」

 

 

そして二人は――!

 

 

「「―――」」

 

 

そのまま、動きを、止めた。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「キィイイイイイイイイイイイイイイイ!!」

 

 

その場から動かず。そして互いに攻撃をするでもなく。

ドラグレッダーとダークウイングは、ただひたすらに吼え続けていた。

二体のモンスターは分かっているのだろう。この戦いを邪魔してはいけない、水を差してはいけないと。

そして二体の視線の先には、それぞれの主人が見えている。

 

一人は剣を防ぎ、一人は剣を振るう。

それは二人の志をよく表している物だった。

守る者と戦う者。二人は自分の道にしっかりと立っている。そしてそのまま動きを止めていたんだ。

だからモンスターたちは威嚇を行うだけ。龍と蝙蝠はいつまでも、いつまででも吼え続けていた事だろう。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「キィイイイイイイイイイイイイイ!!」

 

 

そして――、そんな二体の体が粒子化を始めた。

そうだ、もう龍騎とナイトは事切れていたのだ。

立ったまま、お互いを見詰めたままで。

 

同じく粒子化が始まった二人。

ナイトの体からは次々と針が突き出てくる。

しかしそれでも彼らは体勢を崩すことは無く、立ったままで死んでいた。

 

限界だったのだ。

龍騎もナイトも、いつ事切れてもおかしくは無い状況だった。

しかしそれでも二人をココまで突き動かしたのは、ただそれだけの想いがあったからである。

戦いを止めたいと言う意思。戦い続けると言う意思。

二人はその向こうにある願いがあったから、立っていられた。

 

蓮は恵里を助けて、かずみが笑って暮らせる未来を作る事。

真司の願いはなんだったんだろう?

それは、彼だけが知っている事だ。

 

 

「「      」」

 

 

二人の騎士はいつまでもいつまでも、その姿のままで立っていた。

そして完全にその姿が消え去るまで、彼らの意思を具現したミラーモンスター達は威嚇を続ける。

その声は、なんとも悲しげに聞こえた。

 

 

【城戸真司・死亡】【秋山蓮・死亡】

 

【これにより両者復活の可能性は無し。よって、ナイトチーム完全敗退】

 

【残り5人・5組】

 

 

 

蓮は真司の向こうに未来を見ていた。

かずみを助け、優勝し、恵里を助けて、いつまでも家族が幸福である道を選ぶ。

真司と美穂は大切な友人だった。だがそれでも、それを投げうってでも、掴み取りたかった愛があったのだ。

 

そして真司もまた、蓮の向こうに未来を見ていた。誰もが皆、幸せに笑っていられる世界だ。

夢物語と人は言うだろう。偽善的だと人は笑うだろう。

だがそれだけ無理だと否定されても、どれだけ馬鹿だと後ろ指を差されても、叶えたい世界があったんだ。

 

だから二人は、絶対に倒れる訳にはいかなかったんだ。

今も尚、きっと二人はそれが叶うと信じているだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美穂……っ!」

 

 

サキは唇を震わせて涙を流していた。

キュゥべえから美穂の死亡が伝えられ、少しすれば携帯から真司やかずみのアドレスが消滅した。

そして流れるナイトペアを始めとした多くの確定脱落。

サキ達はそれを聞きながら、なんとも言えない感情を胸に覚えていた。

 

 

「残される側が……! こんなに辛いとは思っていなかった――ッ!!」

 

 

サキは涙をぬぐいながら口にする。

正直に言ってしまえば、名前も知らない奴らならば50人殺しても美穂を蘇生したくなる。

この広い世界、50人くらい死んだって構わない奴がいる筈だと思ってしまう。

だがもちろんそんな事はできない。それを美穂が望む訳がない。

サキは一同に美穂を蘇らせる気は無いとハッキリ宣言した。

 

 

「しかし、こうなると分からなくなってきたな……」

 

 

そう口にするのは、黄金の騎士オーディンであった。

ほむら達と合流して今、見滝原の街を歩いている。

オーディンに並ぶのは3人の魔法少女。サキ、ほむら、さやか。

 

まどかを合わせると5人、つまりアナウンス通りのメンバーとなるのだ。

参戦派の筆頭だった王蛇ペアやリュウガペアが死に、ステルスだったベルデペアも死んだ。

神那ニコは生きている様だが、リタイアのアナウンスがある以上、彼女にできる事はないだろう。

つまり生き残っている参加者はもう自分たちだけ。

邪魔をする者がいないと言うのは朗報かもしれないが、それにしても真司や美穂の事が引っかかる。

 

 

「真司さん……、死んじゃったんだね」

 

「おそらく、ナイトと相打ちになったんでしょうね」

 

 

ただならぬ関係だった。それを思えば納得のできる話である。

もちろんだからと言って、そう簡単に割り切れる物ではないが。

 

 

「ちくしょう! どうしたってこんな簡単に皆――ッ!」

 

「ああ。本当にどこまでもふざけたゲームだ……! 反吐が出る!!」

 

 

さやかとサキは本気で怒っていた。

だが、だからこそ残ったものだけは守らなければならない。

サキはスズランのブレスレットを見つめる。

そうだ、死ねないんだ。妹の為に、美穂のために、死んでいった仲間のために。

 

 

「まどかの、為にも」

 

「……うん」

 

「ええ」

 

 

頷くさやかとほむら。

そしてオーディンが一度立ち止まる。

 

 

「だいぶ、風が強くなってきた」

 

「ええ。そろそろね」

 

 

最強の魔女であるワルプルギスの夜。

謎のベールに包まれた存在を想像し、さやかは思わずゴクリと緊張で喉を鳴らした。

真司や美穂の死を悲しむに悲しめないのは、このワルプルギスに対する圧倒的なプレッシャーだった。緊張に強いと自負していたさやかでさえ、喉がカラカラに渇き、今にも吐きそうになる。

 

 

「落ち着けさやか。私たちは残された者として、絶対に勝たなければならないんだ」

 

「う、うん……!」

 

「一度、作戦をおさらいしましょう」

 

 

まず向こうが気づく前に、先制ダメージを与え、その後はオーディンとさやかが魔女を引き付けてほむらとサキが一気にダメージを与える。

作戦と言っても、もうこれくらいしか思いつかない。

小細工は奴には通用しないし、結局の所、純粋に力で勝つしか無いのだから。

 

 

「勝算はどれくらいだ?」

 

「半分以下である事は確実よ。でも、もうこれしかない……」

 

 

多くの参加者が死んだ。

そして今、自分たちがゲームの終わりに立っている。

その事に大きな威圧感を感じながらも、ほむら達は目指すべきゴールを見て前に進む。

 

もうすぐだ、もうすぐ終わる。

こんな事を言いたくはないが、杏子達がいないと言う安心感もある。

ワルプルギスを倒せば全てが終わるんだ。

 

 

「「「「!!」」」」

 

 

四人の前に、赤と黒のチェック模様のウサギが走ってきた。

ピョコピョコとファンシーな音を立てながら四人の前の通り過ぎていくウサギ。

いや、化け物。

 

 

「あれは――……」

 

「来るわ!」

 

 

目を細めるほむら。

他の三人は、前からやってくる物を見てギョッと息を呑む。

色とりどりの象が鳴き声を上げてコチラにやってきたのだ。

様々な紋章が描かれた旗を引っ張りながら、謎の人型を乗せながら行進していく象達。

 

それは異形のパレード。歪なるカーニバルの始まりだった。

中欧・北欧で4月の最後の日に行われる魔女達の祭典。

それこそが――

 

 

「ワルプルギスの夜――ッ!!」

 

 

その時、曇天の空が巨大な幕に覆われる。

同時に始まるカウントダウン。

 

 

『5』

 

 

「構えて!」

 

 

ほむらは盾から無数のバズーカ砲を出現させて地面に落とす。

最強の魔女が来る、辺りに走る絶大な緊張感。

 

 

『4』

 

 

全ての運命の不幸を無くそうとする、地上をマホウで埋め尽くし、全人類を戯曲の中へ取り込もうとする動く舞台装置。

 

 

『2』

 

 

この世の全てが戯曲ならば悲しい事など何もない。

悲劇ではあるかもしれないけれど、ただ、そおいう脚本を演じただけ。

ワルプルギスの夜で芝居は止まって、もう地球は一周だって回転しない。

物語は転換しない。

 

 

『1』

 

 

明日も明後日も、ワルプルギスの夜。

 

 

「「「「!!」」」」

 

 

幕が開いたかと思うと、巨大な虹色の魔法陣が空に浮かび上がった。

そして魔法陣に重なる様にして巨大な人型のシルエットが浮かび上がる。

曇天の空にはカラフルな炎が灯り、『彼女』の登場を盛り上げている様だった。

 

これぞまさに魔女と言った白と青のドレスに身を包み。

顔は、目や鼻が切り取られた様に白一色だった。口は裂けるほどの笑みを浮かべており、頭にはベールのついた二本角の様な大きな帽子を被っている。

スカートの中は歯車となっており、頭が地面の方を向いていると言う反転した状態であった。

 

 

「あ、あれが……! そうなの?」

 

「ああ。史上最強にして」

 

「……最悪の魔女」

 

「ワルプルギスの夜よ」

 

 

舞台装置の魔女にして、その性質は『無力』。

回り続ける愚者の象徴。歴史の中で語り継がれる謎の魔女。

この世の全てを戯曲へ変えてしまうまで無軌道に世界中を回り続ける。

それこそが――

 

 

Walpurgisnacht(ヴァルプルギスナハト)、通称『ワルプルギスの夜』である。

 

 

「でかい……!」

 

「それに、なんて言うプレッシャーだ!」

 

 

目を見開いて驚愕の表情を浮かべるさやかとサキ。

一方無言ながらも、オーディンもまたワルプルギスの圧倒的なプレッシャーと狂気を感じている所だった。

壊れかけた彼でさえ、あくまでもただの人間だと言う事を教えられている様だ。

 

 

(怯えているのか……! この僕が)

 

 

そして、ほむらが口を開く。

 

 

「行くわよ。私たちの勝利を掴むために」

 

 

頷く一同。

まだ、皆の心には希望があった。

あれを倒せば全てが終わる。アイツに勝てば、この腐ったゲームが終わる。

そうすれば今までの苦痛も意味があったものとして受け入れる事ができる。

 

 

(待っていて、まどか)

 

 

彼女達はそれぞれの終わりを描いて、それぞれの想いを抱いて、最強の魔女に立ち向かうのだった。

 

 

 

 

 

 





疾風断の読み方はわざとです。
オリジナルなのはちょっとした理由があるんですけど、説明する程のものではないので、気にしないでください。


あとツイッターで見かけたんですけど。

エピソードファイナルで、龍騎がスペックが上のリュウガにファイナルベント対決で勝てたのは、『美穂が右足の靴紐を結んでくれたから』って言う意見を見て、マジでやられたと思いましたね。

そこまで意識してなかった。
いやスタッフがそこまで意識しているかどうかは知らないんですけど、敏樹ならそういうのやりそうだなって思わせるのが、面白いですね。


それは別に龍騎だけに言えた話しじゃなくて。
それこそマギカ系とか、最近で言うならばエグゼイドとか、まさにビルドもそうなんですけど、割と見る側に妄想させるというのか。

あえて説明しない自由さみたいなのを出してきた感はありますね。
今はSNS社会ですから、考察とか、解釈をライトに発表できるようになっているんで、エンターテイメントの形も少しずつ変わってきているのかもしれません。

内海のサイボーグは、人によっては「え……?」ってなるけど、人には「こういう理由があるに違いない」みたいな盛り上がりは、良い所も悪い所もあるんでしょうが、僕はそういう意見の交差は好きですよ。

マギカシリーズも、かなり考察だの自己解釈だの、言ってしまえば妄想ストーリーを垂れ流す人もいますけど、そういうのを見るのも面白いですね(´・ω・)b
ってか今まさに僕がやってますからね。

割とクライマックスも近いので、おみゃーら次回もよろしくな!




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第65話 ワルプルギス スギルプルワ 話56第

 

 

「ワルプルギスの夜……」

 

 

城戸真司と秋山蓮が命を散らした展望台。そこにやってきたのは神那ニコであった。

暴風とも言える風の中、ニコはしっかりと手すりにしがみついて目を見開いている。

最強の魔女の姿は、ニコの目にもしっかりと映っている。

展望台からは街を見渡せると言う事もあるのだが、こんなにしっかりと見えてもいいものなのだろうか?

 

 

『やだな。お前には見えやすい様にしてやってんだよ』

 

「!」

 

 

そこへ現れたのはジュゥべえとキュゥべえだった。

 

 

『まったく、キミはとことん勝手な事をするね』

 

『まあいいじゃねぇか先輩。元参加者さんに特別待遇さ』

 

「お前ら……」

 

 

どうやら妖精達もココで戦いを観察するらしい。そしたらニコがいたと言う訳だ。

どうやら一般人には、ワルプルギスの姿はもっと靄が掛かっている様に見えるらしい。

 

 

『まあ、近くに行けばハッキリ見えるんだろうが、そうなったら一般人の場合は死亡確定だわな』

 

『ワルプルギスの夜は圧倒的な力ゆえに、結界を必要としないからね』

 

 

多くの文明がワルプルギスによって滅ぼされた。

アトランティスが海の底にあるのも、マチュピチュから人が消えたのも。

古代都市ポンペイが噴火によって滅んだのも。全てはワルプルギスの力が齎した滅びだと言う。

 

 

『そして今、彼女は見滝原と言う都市を滅ぼそうとしている』

 

「……なんで、見滝原なんだ」

 

『そりゃお前、無数の魔法少女の力に引き寄せられてきたんだろ?』

 

「そうしたのは、お前らだろ……!」

 

 

ニコは拳を握り締める。

その瞳には、やはり光は無かった。

 

 

「全て、予定調和だったと言う事かな?」

 

『荒んでるねぇ』

 

「うるさい……!」

 

『オイラ分かるぜ、お前は今、色々諦めてるだろ?』

 

「………」

 

『知りすぎるのは、損だよなぁ?』

 

 

沈黙するニコ。

ジュゥべえは小さく笑ってニコから視線を逸らした。

そして目を向けるのは先ほど『彼ら』が戦っていた場所。そして消え去った場所だ。

 

 

(城戸真司。お前には期待していたが……)

 

 

残念だぜ。

ジュゥべえは本心からそう思っていた。

馬鹿は馬鹿にしかできない事をやってくれると思っていたが、あと一歩届かなかったと言う訳か。

 

まあ元々こうなる事が分かっていたといえばそうだ。

ある意味こうなるのは必然だった。ギャンブルで言うならオッズは良いが、当選率は糞みたいなモンだったからな。

 

 

(むしろあんな甘い野郎がココまで生き残っていた事を褒めるべきか)

 

 

そして、そこでキュゥべえが声を出す。

 

 

『どうやら、戦いが始まるみたいだよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

天を切り裂いてサキに直撃する落雷。

イルフラースを発動すると、落ちているロケットランチャーやバズーカ砲を撃っては投げ、撃っては投げと、次々に弾丸を発射していく。

同じく風を身にまとい加速するさやか。ライアのアクセルベントで加速するほむら。ワープを連続使用するオーディン。

みな次々に、ほむらが地面に置いた重火器を手にして弾丸を発射していく。

僅か15秒程で、山の様にあったバズーカは全て弾切れとなり、それだけの爆発がワルプルギスの体に叩き込まれる。

 

 

『ヒヒッ! ヒハハハ! アーッハハァハハァハァハハ!!』

 

「「「!?」」」

 

 

攻撃を受けたワルプルギスが放った第一声は、狂ったような笑い声だった。

笑いと言っても楽しそうな物ではなく、ただ本当に笑っているだけ。

それに加え、溢れんばかりの狂気が織り交じっている。

普通じゃない。ほむら以外の三人は、その声に薄ら寒い物を感じた。

 

 

「化け物め……!」

 

「オーディン!」『ユニオン』『アドベント』

 

「ああ、分かっている!」『アドベント』

 

 

ほむらはエビルダイバーに飛び乗り、オーディンはゴルトフェニックスに姿を変える。

二人は一気にワルプルギスのサイドに回りこむと、猛スピードで二つの作業を行っていく。

まず一つめ。ほむらが盾の中からミサイルの発射台を連続して道に並べていく。

そして後ろを追従するオーディンが、その発射レバーを連続して入れる。

こうして次々と放たれるミサイル群。

バズーカ砲の爆風止まぬ内に、爆撃の雨がワルプルギスに襲い掛かる。

 

 

『ヒヒヒハハハ! ウエェハハハハハ! ヒーッ! ヒヒヒヒッッ!!』

 

「黙れぇええ!!」

 

 

別ポイントに移動していたさやかは、両手を前に突き出して魔力を解放する。

するとワルプルギスの周りに無数のサーベルが出現。

さやかの合図と共に一勢にそれらが収束していき、ワルプルギスに突き刺さっていく。

 

 

「ぐ……ッ!?」

 

 

いや、違う。

無数の刃はその先端がワルプルギスにあと一ミリで届くかと言う所で停止していた。

もちろんそれは、さやかがそう言う風にしている訳ではない。

さやかは必死にサーベルを突き入れようとするが、どれだけ力を入れても、剣がそこから動く事は無かった。

サイコキネシス。ワルプルギスが全てをせき止めているのだ。

だが注意は十分引き付けた。さやかはサキの名前を叫び、合図を出す。

 

 

「ああ!」

 

 

サキは翼を広げて空に舞い上がると、手におびただしい程のエネルギーを集中させて一気に解き放つ。電磁砲。巨大な雷のレーザーが、ワルプルギスの背中に命中して、巨体を押し出していく。

 

帯電して吹き飛んでいくワルプルギス。

さらにそれがスイッチとなったか。

せき止められていた剣が一勢にワルプルギスの肉体に突き刺さっていく。

 

 

「来た!」

 

 

笑みを浮かべるさやか。

これでダメージは与えられた筈だ。さらに、サキは何も考えずに電磁砲を撃った訳ではない。これは、ほむらに指定されたポイントにワルプルギスを運ぶ為の攻撃である。

 

 

「………」

 

 

橋の欄干。

そこを走るのは魔法の力を纏ったタンクローリーだった。

その上に乗って操っているのは、ほむらだ。

指定ポイントにワルプルギスがやってきた時、ほむらはタンクローリーから飛び降りる。

燃料をたっぷりと搭載したソレは、欄干の上から飛び出し、ちょうど前にやってきたワルプルギスに直撃した。

 

 

『イヒヒ! ヒャハハハハッッ!』

 

 

爆発に覆われながらも尚狂ったように笑い続けるワルプルギス。

同じだ、何もかも。ほむらは川の下に落ちていく中で過去の記憶を思い返す。

負ける気はしていない。だが何だろう? 何かこの一連の流れに、デジャブを感じる様な気がする。

そんな事は無い筈だ。今回の戦闘スタイルは初めての筈。

初めての……。

 

 

(いえ、変なことに気を取られては駄目ね)

 

 

川に落ちたほむらだが、水に落ちることは無かった。

川から飛び出して来たのは地対艦ミサイル。それに着地すると、魔法を使った遠隔操作でミサイルを発射していく。

 

 

『ヒヒッ! ヒハハハァ! アーッハハハハハ!!』

 

 

凄まじい勢いでミサイルに押し出されて飛んでいくワルプルギス。

相変わらずダメージを受けているのか受けていないのか、分かりにくい。

それにあの笑い声が、努力を、積み上げてきた物を嘲笑されている様な気がして、不快だった。

 

 

(相変わらず耳障りな笑い声。今すぐに黙らせてやる――ッ!)

 

 

『シュートベント』

 

 

ワルプルギスが競技場の上空まで移動すると、光の群れが魔女に直撃し、押し潰す様に地面へ叩きつける。オーディンのソーラレイ、しかしそれは第一段階でしかない。

空に出現していくサーベルの群れ、そして舞い散る黄金の羽。

さやかとオーディンが用意した弾丸が一勢にワルプルギスへ降り注いでいく。

そして競技場の客席全てに、『ある物』が仕掛けられていた。

 

そう、それは赤。

赤に染まっていく競技場。

C4爆弾の起動を示すライトがフィールドを染めていき――

 

 

『ヒィィイイハハハハハハ! アハハハハハハァァアッッ!!』

 

 

凄まじい爆発が巻き起こり、ダメ押しの巨大な落雷が降り注ぐ。

避難の都合上、事前に人がいない事は知っていたが、それでもこの街の一部を無に返す程の攻撃を見て、サキ達はある種の恐怖を感じた。

 

 

「やったな、ほむら」

 

「サキ……」

 

 

ほむらの前に降り立つサキ。

他の二人は別ポイントで次の攻撃に備えている。

 

 

「既に何度となく手ごたえはあった。さすがのワルプルギスもあれだけの攻撃を受ければ――」

 

「待って……!」

 

「え?」

 

 

その時、一同の耳には――

 

 

『アーッハハハハハハッッ! ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒィィィッ!!』

 

「な、何ッ!?」

 

 

爆炎の中から姿を見せたのは、出現時となんら姿が変わっていないワルプルギスであった。

サキは自らの目に映る景色を、これほどまでに疑った事は無いだろう。

あれだけの攻撃、もちろん一切手を抜いてなどいない。本気を連続でぶつけたにも関わらず、ワルプルギスの夜は何も変わっちゃいない。

 

 

「馬鹿な……!」

 

「嘘でしょ――ッ?」

 

 

離れた所にいるオーディンとさやかが見てもそう感じた。

つまり――

 

 

「無傷だと!?」

 

「……ッ!」

 

 

ほむらも、コレには大きく表情を歪めた。

流石に無傷だとは思わなかった。あれだけの火力ある攻撃を与えたのに。

サイコキネシスやシールドを張っていたならば分かるが、どう考えても攻撃は直撃していた。

それなのに何故!?

 

 

『ヒヒヒヒヒヒ! イヒヒヒヒヒヒヒッッ!!』

 

 

そして運が悪い事に、ワルプルギスはこの一連の攻撃で、己に歯向かう愚か者がいる事を理解した。

その愚か者がどんな奴なのか。どこにいるのか。何人いるのかまで察知してしまう。

輝かしい祭典を邪魔するのはだぁれ? 美しい戯曲に野次を入れるのはだぁれ?

ああ、悪い子。悪い子にはおしおきを。

 

 

『ウェハゥッ! ヒュハ! ヒーィヒハハハハハハ!!』

 

 

ワルプルギスの体が振動したかと思えば、そこから赤い光が円形状に広がっていく。

それは一瞬で。だから誰もがその光に触れてしまうのは仕方のない事だった。

ヒヤリとする一同。攻撃かと思ったが――、痛みは無い。

だったらあの光はなんだったんだ?

そして、次の瞬間。

 

 

 

 

 

 

ポン☆

 

 

 

 

 

 

ファンシーな音がした。

魔法を、ファンタジーを象徴するような可愛らしい音が。

しかし一同の目に入ってきたのは、ファンシーとはかけ離れた凄惨な光景だった。

己の腕が、肉、体の一部が爆発して、体から分離する。

 

 

「……は?」

 

 

ほむらはバランスを崩して地面に倒れる。

右耳、両足、左目、背中の一部が爆発して体から分離した。

 

 

「え?」

 

 

広がっていく血の絨毯。

そこに寝転びならがら、ほむらは空を見詰めていた。

頭が真っ白になっている。何コレ、何が起きて――?

 

 

「ぐあぁああああああああああ!!」

 

 

隣にいたサキも、襲い掛かる痛みに叫びをあげた。

光に触れたと思えば、両腕と両耳が爆発して地面に落ちたのだ。

ファンシーな爆発音からは想像できない痛みと衝撃、サキは地面に膝をついて呼吸を荒げる。

当然こうなったのは、サキとほむらだけでは無い。

離れた所にいたオーディンやさやかも、同じ状況になっており、体の一部が爆発すると言う状態だった。

 

 

「う……ッ、あ! 嘘、でしょ?」

 

 

右腕と左足を失ったさやかは近くの壁にもたれかかって呼吸を荒げる。

既に魔法は何度も発動していた。さやかの固有魔法は回復、にも関わらず何度魔法を発動しても傷は癒えない。体の一部は体に戻らない。

なおかつ、痛みが引かない。

 

 

「そ、そんな……! オーディンの鎧がこんな! 嘘だ!!」

 

 

オーディンは両腕を失い、腹部の一部もまた失っていた。

ぽっかりと開いた穴から零れていく臓物。

黄金の鎧と、血に塗れた臓器が比例し、なんとも異様なグロテスクさをかもし出す。

 

 

「なん……、だ!? あのっ、あの攻撃は――ッ!!」

 

 

光を媒介にした広範囲攻撃。

そんな馬鹿げた技があっていいのか。

サキは歯を食いしばりながら、ワルプルギスを睨む。

どう防げば良かったのか。そして次に同じ事をされたらどうすればいい?

凄まじい焦りと、恐怖が迫る。

 

そして、それを一番感じていたのはほむらだ。

目の焦点が合わぬ程、眼球が震えているような感覚。

全身が冷えていく。痛みは鮮明だが、それがより強い焦りを生み出す。

 

 

(何、あれ。あんな攻撃知らない……!)

 

 

分からない、分からない、知らない知らない知らない!

知りすぎていた故に、この事態は異常な恐怖を生み出した。

濁っていくソウルジェム。何コレナニコレなにこれナニこれナニコれナニコれなにこレなにこれナニコレナニこれナにコれなにこれなにコれナニこレナにこれ……。

 

 

(なんで、なんで知らない攻撃が来るの? 私がアイツと何度戦ったと思ってるの!? なのに、なんでッッ)

 

 

カチカチカチと言う音が、ほむらの耳に聞こえてくる。

歯がぶつかり合う音だった。まるで秒針のように錯覚してしまう。

そして、その中で――

 

 

「うッ! がぁああ!!」

 

 

オーディンは苦しみに唸り、辺りを見回す。

自分がこうなったと言う事は、おそらく他の魔法少女達も同じ様な状態になっている筈。

だとすればさやか、彼女は無事なのか? 確かめなければ。

オーディンはその想いで何とか心を奮い立たせていく。

 

 

「恭介。こっち、こっちだよ」

 

「ッ!」

 

 

名前を呼んでくれる声。

オーディンが顔を上げると、少し遠くで、さやかが手を差し伸べていた。

 

 

「こっちにおいで、治療してあげる」

 

「!」

 

 

希望を抱き、オーディンはワープで一気にさやかの元へ。

何故か視界が真っ暗になるが、オーディンは気にする事は無かった。

だってさやかがそこにいるんだ。彼女が無事でそこにいるんだ。

何も怖がることは無い、何に怯える必要があろうか。

 

 

「無事だったんだね! さやか!!」

 

「うん、きょうすけも、ぶじだったんだね」

 

 

ゴリッ! ガリッ! グッ! グギリッ!

 

 

「ああ、良かったよ本当に!」

 

「わたしもきょうすけがぶじでほんとうにうれしいよ」

 

 

ゴキッ! バキッ! グチッ! ギチチッ!!

 

 

「キミが無事なら僕はもう、それだけで――……」

 

「どうしたのつらそうだよきょうすけ」

 

 

ボリッ! ボリリッ! グチャ! グッチャッ!

 

 

「うん、ちょっと……、眠く、なって」

 

「じゃあねむってていいよおきるときはあたしがおこしてあげるから」

 

 

グチッ! グッチャグッチャ!

 

 

「あ、ああ……。うれしい、よ」

 

「うんひざまくらとかしちゃう」

 

「あはは、それ……は、はずか……し――」

 

 

オーディンは――、上条は知らない。

美樹さやかがオーディンを上条だとは認識していない事を。

あれはユウリが仕組んだ嘘。

 

と言う事はだ。

そしてもう一つ、オーディンには大きな見落としがあった。

さやかを第一に優先させるゆえの大きなミスと言えばいいか。

まさしく、さやかしか目に映っていなかったのだ。だからこそワルプルギスがどこにもいない事に気づかなかった。

 

 

「ウッ!」

 

 

その光景を見ていた『美樹さやか』は、口を押さえて目を逸らす。

サキとほむらも、その光景をしっかりと目に焼き付けてしまった。

と言うより、魔女はそれを見せ付けた。

突如オーディンがワープを開始したと思ったら、彼は――

 

 

 

 

 

 

ワルプルギスの口の中に入る。

そして、すぐに租借が始まった。

 

 

「オーディンを……! 食って――ッ!?」

 

 

黄金の鎧が砕かれる音が、魔法少女達の耳には響いていた。

耳を塞ごうとしても、一部の魔法少女には腕がないのだからそれは叶わない。

そして鎧を砕く音が徐々に肉を噛み切る音に変わっていく。

 

ああ、でも、サキ達は一つだけ誤解をしている。

オーディンは幸せだった。だって、さやかといつまでも一緒にいられる夢を見ているのだから。

痛みは感じない。さやかと言う幸せがそれを忘れさせてくれる。

オーディンは信じているだろう。眠りから目覚めるのは美樹さやかの声でと。

さやかと一緒にいられる。そう、だからオーディンは幸せ。

 

 

『グギヒッ! ギヒヒヒ! ヒィヒャハハハハハハ!』

 

 

彼は、幸せだった。

 

 

『ゴクン☆ クピッ! クヒヒヒヒ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【上条恭介・死亡】

 

【これにより両者復活の可能性は無し。よって、オーディンチーム完全敗退】

 

【残り4人・4組】

 

 

 

 

『ウェハ! ウェハッ! ゥエハハハハハハハッッ!!』

 

「―――」

 

 

たった一回だ。

たった一回の攻撃で、サキ達は戦闘不能まで追い詰められ、オーディンは喰われた。

騎士はほむらにとってイレギュラーであり、希望でもあった。

魔法少女が束になっても勝てなかったワルプルギスも、騎士の力があればどうにかなるのではないかと言う希望がそこにはあった。

しかし今、その淡い希望の光が、狂気の笑みに塗りつぶされていく。

騎士もまた、意味のない物だったと言うのか?

 

 

「……ッ!!」

 

 

先ほどからずっとソウルジェムで痛覚を遮断しているのに、体は引き裂かれる様に痛い。

一体何が起こっているのか。ここから、どうやって逆転すればいいのか、勝利のビジョンが全く見えない。ほむらはもう時間を戻せないのだ。もうチャンスは無いのに……!

 

そうだ、もうチャンスは無いんだぞ!

これじゃあ何もできずに死んでしまう。

やっぱりまどかがいなければ駄目だったんだ。でも彼女を巻き込みたくない想いは本当だった。

 

ああ、駄目だ。でも駄目だ。ほむらはハッと表情を変えた。

思えば、まどかを一人残したのは、いろいろな物を背負わせないようにする為ではあるが、心のどこかで自分達が全滅したとしても、まどかならば一人で何とかできるのではないかと言う甘えがあったからだ。

 

でも駄目。

そうだ。駄目なんだ。

ほむらの震えが一層激しくなる。そうだ、何を勘違いしていたのか?

 

(私も生き残らないと駄目じゃない)

 

 

何のために鹿目まどかを守ってきたのか。

それは彼女と共に過ごせる未来があると信じていたからではないのか?

まどかを助けるのは一番だが、また友達になって、いろいろな所に遊びに行けると夢見ていたからじゃないのか?

 

 

「あ……、あぁ!」

 

 

そうだ、そうだ! まどかが好きなんだ! だからココまで頑張ってこれた。

これからも沢山の思い出を作りたいから、ココまで生きてこられたんじゃないのか?

ほむらは自分が死んでもまどかが無事ならばそれでもいいと思っていたけど、そんなのただのカッコつけじゃないのか!?

 

 

(そう、そうよ! 私はまどかが好き! まどかともっと一緒にいたい! だから魔法少女になったんじゃないのッッ!?)

 

 

ここで死んだら、全てが終わり。

まどかと、もう何も話せないじゃないか!

 

 

「まどかっ!」

 

 

その名前を口にするだけで心音が跳ね上がる。

それが答えなんじゃないの!? ほむらは恐怖と焦りの中で、思考が加速していくのを感じた。

そもそも一番初めにこのゲームの存在を知った時、何を犠牲にしてもまどかを守ると。彼女と共に歩むと決めたんじゃなかったの?

ここで死ねば終わり、そう何もかも終わり。

 

 

「……あ」

 

 

ほむらの目に『死』が浮かぶ。

そうだ、死んだら終わりなんだ。

彼女も。彼女への想いも消えてしまうんだぞ。

 

 

「まどかッッ!!」

 

 

まどか

まどかまどか

まどかまどかまどか

まどかまどかまどかまどか

まどかまどかまどかまどかまどか

まどかまどかまどかまどかまどかまどか

まどかまどかまどかまどかまどかまどかまどか

まどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどか

まどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどか

まどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどか

まどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどか

まどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどか

まどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどか

まどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどか

まどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

愛しているのは、だぁれ?

 

 

 

 

 

 

 

『ヒャハハハハハハハハハハハハ! ハーッハハハハハハハ!!』

 

 

狂気は、伝染する。

 

 

「……ッ!?」

 

 

ほむらは、混乱と恐怖に飲み込まれている。

さやかは、力の差に放心している。

ワルプルギスの笑い声が響く。この絶望的な状況下の中、唯一サキだけは疑問を抱いていた。

実は先ほど流れたオーディンペアの確定死亡アナウンスだが、魔法少女達の耳にはそれが入っていなかったのだ。

 

誤解の無いように言うが、アナウンスは確かに流れた。

しかし彼女たちの耳には届いていない。ああいや、今は耳が無い魔法少女もいるが、それでもアナウンスは脳に直接響いてきた筈だ。耳が無くても情報は拾えるのに、サキ達には届いていなかった。これは一体どういう事か……?

 

 

(おかしい……!!)

 

 

サキは狂いそうになる心を叱咤して、なんとか冷静さを取り戻した。

噛み砕かれ、細切れにされたオーディンは確実に死んだ。

しかしそれから少しの時間が経った今も尚、織莉子ペアらの死亡確定を知らせるアナウンスが流れてこないじゃないか。

時間差と言う場合もあるが、それにしたって遅すぎるような気がする。

 

 

「!」

 

 

その想いが、サキに発見を齎す。

彼女は地面に落ちた自分の腕を見詰める。

すると『ある筈のもの』が存在していなかったのだ。

 

 

「………」

 

 

爆発で吹き飛んだ?

いや、四肢は付け根が爆発する形で地面に落ちたため、腕はきれいな形を保っている。

つまり腕そのものは元々のままだと言う事だ。

そしてサキは見つける。『スズランのブレスレット』が空中に浮遊していたのを。

浮遊? 浮いている? いや、違う。これは元々ココにあったんだ!

 

 

「そうかッッ!!」

 

 

サキは電撃を頭に少しだけ走らせた。

ビリビリとした衝撃が脳を揺らし、一瞬だけ気を失う。

そして次に意識を取り戻したとき、やはりとサキは目を細める。

 

 

「やってくれたな……!」

 

 

サキは『拳』を握り締めて状況を確認した。

 

 

「幻覚かッ!」

 

 

サキは怪我などしていなかった。

腕もあるし、どこも無くなってはいない。

そしてそれは他の二人も同じだ。全てはワルプルギスが見せた精神汚染。

強力な幻覚で怪我をしているように見せかけただけだ。オーディンもソレが原因で自ら口の中に入っていったのだろう。

 

 

『ヒュアハッハアハハハ! ウハハハハハ! ヒィイィイイッハハハハ!!』

 

「黙れ……! 黙れッッ!!」

 

 

サキはワルプルギスを睨みつけ、すぐにほむらの体を揺する。

 

 

「ほむら! しっかりしろ! これは幻覚だ!! アイツの攻撃なんだ!!」

 

「………」

 

「クッ! 仕方ない、許せよ……!」

 

 

サキはほむらの頭に手を置いて放電を行う。

微弱のショックがほむらの意識を電撃に集中させ、結果としてワルプルギスの幻影を取り払う事に成功した。

サキはほむらの肩を持って強めに揺する。

ほむらは始めはポカンとしていたが、自分の体が何とも無い事と、サキの説明で事態を把握する。

 

 

「幻影……」

 

 

それは幻。虚ろな幻想。

 

 

「しっかりしろ、ほむら! 偽りに食われるな!!」

 

 

幸いワルプルギスはサキ達を馬鹿にしているのか、幻覚攻撃以外に目立った動きはしていない。

ただ狂ったように笑い声をあげているだけだ。

それは腹の立つ話かもしれないが、逆にチャンスともなる。

相手がまだ自分達を見くびっている今こそ、不意をつくチャンスなのだと。

 

 

「………」

 

 

ほむらは、冷静だった。

今までの出来事を全て振り返り、そして今のこの状況に目を向ける。

ほむらは、驚くべきほど冷静だった。先ほどは恐怖に包まれて我を失いそうになったが、今なら分かる。

サキは、一つ大きな勘違いをしているのだと。

 

 

「あれは、偽りなんかじゃない」

 

「え?」

 

「そう遠くない未来よ」

 

「ッ」

 

「考えても見て、私が幻を見て苦しんでいた間、ワルプルギスには何ができたの?」

 

 

オーディンをその間に殺したが、その後にも時間はあった。

だったらワルプルギスはもう一人くらい確実に殺せたんじゃないのか?

 

 

「アイツの攻撃パターンはこんなものじゃないわ」

 

 

精神汚染は"初めて見た"攻撃だけど、もっと物理的に危険な物をいくつも知っている。

奴はそれをしなかった、できるのにしなかったんだ。

それはサキの言う通り、向こうが自分達を格下の相手と見くびっているからだろう?

サキはそれがチャンスと言うけど、チャンスにする為には相応の力が無ければならない。

ナメていたら逆に殺されるかもしれないと思わせる程の実力が無ければ、なんの意味の無い話ではないのか?

 

 

「今の私たちに、その力があるの?」

 

「そ、それは――」

 

「先制攻撃の時、私は手を抜いていなかった。ほんの少しも」

 

 

貴女だってそうでしょう?

本気でワルプルギスを殺すつもりで技を撃っていった筈でしょう?

その結果が今、上空で笑いこけてるアイツなのよ。何も怯んでない、何も変わっちゃいない。

あげくには馬鹿にした様な態度をとって今も何もしてこない。

 

なんで? なんで攻撃してこないの?

それは、いつでも殺せるからじゃないのかしら。

アイツはきっと分かってる、アイツはきっと理解してる。

私達の力を理解し、分析し、その上で余裕を見せている。

 

 

「私だって分かってる」

 

 

やっぱりまどか無しじゃ無理だったのよ。

彼女を巻き込みたくないってカッコつけたけど、この三人じゃどんなに頑張ってもアイツには勝てない。

今までだってそうだった、それが今になって覆るとは思えない。

 

 

「だからと言って諦めたら終わりだろう! 彼女を巻き込まないと決めたのは私達だぞッ!?」

 

「分かってるわ。だから、私――」

 

「マイナスイメージに呑み込まれるな!!」

 

「……私」

 

 

思ったの。考えたの。

あの幻想の中で私を死を覚悟した。

やっぱり、死んだら終わりなんだって身に染みた。

呉キリカ達に殺されてかけた時は、まどかも死ぬとか言う情報が強すぎて、より一層根本的な事に気づけなかった。

 

 

「私は、生きて、まどかと幸せになりたい」

 

 

でなければ私の人生って何だったの?

ずっと体が弱くて、得意な事とか青春とか全然無くて、それでやっと手に入れた幸せは簡単に壊れた。

別に億万長者になりたいだとか、不老不死になりたいだとか、世界征服がしたいとかじゃない。

ただ放課後に友達と遊びに行ったり、休日には一緒に映画を見たり遊園地に行ったり、修学旅行じゃ恋の相談とかしたり。

そんな普通の女子中学生の日常を望んだのよ。

なのになんでこんな想いをしなくちゃいけないの?

 

今まで刺されて、殴られて、蹴られて、殺されそうになって。

もういいでしょ? もうそろそろ幸せになってもいいでしょ?

初めてなのよ? 初めて祈った幸福は人並みな物、それなのにどうして叶えられないの?

 

 

「おかしい、こんな世界……! 狂ってる!!」

 

「ほむら……? 何を言って――」

 

 

なんで今も死にそうになってるの?

何で勝てないのよ。何度も何度も戦って。それでどうして毎回毎回アイツはあんなゲラゲラゲラゲラ耳障りな笑い声をあげていられるのよ――ッ!!

そっちがその気なら、私にだって、もう一つの道があるって事を教えてあげないと。

 

 

「ほむら? ほむら!?」

 

 

サキは不安げな表情でほむらを揺する。

結論から言おう、サキは遅かった。何が? 決まっている。ほむらを幻想から引き戻す事がだ。

暁美ほむらは冷静だった。その幻想を見て答えが分かったからだ。

そう、冷静だったが――

 

 

「作戦変更よ、浅海サキ」

 

「は?」

 

 

冷静だったが、壊れてはいたと。

 

 

「私が勝ち残るわ」

 

「―――」

 

 

視界が衝撃でグチャグチャになる。

サキが次に見たのは曇天の空だった。自分は倒れている。聞こえたのは銃声。

そして腹部には服に滲み出るシミ。赤い服だから分かりにくいが、これは血液だ。

そして感じる痛みと熱は、決して幻などではない。

 

 

「ほむら……ッ! 何を――!!」

 

「分かったの。優先させるべき物がなんなのか」

 

 

ほむらは涼しげな表情で髪をかきあげ、立っていた。

その手にはサキの腹部に血を広げたショットガンが握られている。

 

 

「ごめんなさい浅海サキ。私、やっぱりまどかがいないと駄目みたい」

 

 

まどかの事しか考えられないみたい。

ほむらは目が据わっており、表情もずいぶんと荒んでいた。

このままだったら確実に自分達は死ぬ、賭けてもいい。

過去にワルプルギスを見てきたからこそ分かる。トリガーは幻想、ワルプルギスはほむらが知らない技を持っていた。

 

本気じゃなかったんだよ結局。

必死だったのは自分だけだ、ワルプルギスにとっては所詮遊びだったと。

そしてもうほむらにはチャンスが無い。時間巻き戻すチャンスが残っていない。

死んだらもう、本当の本当に終わりなんだ。

 

 

「ねえ、浅海サキ」

 

「落ち着けほむら! 君は……ッ、少し混乱しているだけだ!!」

 

 

なんとか立ち上がり、ほむらの肩を掴むサキ。

しかし、ほむらはその手を確かに弾いた。

 

 

「ほむら……!!」

 

「どうせ死ぬなら――」

 

 

盾からロケットランチャーを取り出す。

やめろ! サキは撃たれた腹部を押さえて叫ぶが、ほむらの険しい表情が変わる事は無かった。

何故ならもう、サキの言葉は届かない。

 

 

「その命、私に頂戴」

 

「―――」

 

 

ロケット弾がサキの腹部にめり込んだ。

呼吸が止まる。サキは意識が飛んだまま、体も弾丸と一緒に飛んでいった。

弾は近くのアパートに直撃、爆発と共に崩壊していく。

あっと言う間に生まれた瓦礫の山。ほむらは一呼吸を置いた後、ハンドガンを手にして歩き出す。

 

死亡アナンスが流れない限り、死は確定しない。

それではサキを撃った意味が無い。何のためにこんな事をしたのか。

決まっている、それは勝利を目指す為だ。

このタイミングで、暁美ほむらは参戦派へと意思を変えたのだ。

 

 

『ヒュアハハハハハハハ! ウフフフ! アハハハ! ヒーッハハハハ!!』

 

 

ほむらの姿を見て、ワルプルギスは何もせずに浮遊するだけ。

そうしている間に、ほむらはまた一歩とサキがいるだろう瓦礫の山へと近づいていった。

だが、そこで青。

 

 

「ほむらぁああああああ!!」

 

「………」

 

 

サキはほむらだけではなく、遠隔でさやかにも電気ショックを浴びせていた。

それが原因で同じく意識を取り戻したようだ。

一度サキの所に戻ってみようと思えば、この光景が見えたと。

 

 

「あんたッ! なにして……!」

 

 

サキを守る様にして瓦礫の前に立つさやか。

戸惑いの表情を見せるさやかと、目を細めるだけで表情を変えないほむら。

正直、このシチュエーションは悪くは無い。獲物が自分から近づいてくれたのだから。

 

 

「私は、まどかの為ならなんだってできるって思っていた」

 

「っ!?」

 

「でも少し訂正するわ。正しくは、私とまどかの明るい未来の為ならって事よ」

 

 

まどかの意思を尊重したかった。

でもやっぱり一番に尊重するべきは自分の想いなんじゃないだろうか。

この場に来てみて分かった。このまま何もしなければ文字通り何もなし得ないまま終わる。

無意味な人生だったと、思いたくはない。

そうだ。ほむらは、まどかと幸せになりたいんだ。

ここでさやかを殺し、美佐子の家に戻ってまどか殺せば終わりだ。

 

 

「騎士がいないから、私に叶えられる願い事は三つ」

 

 

一つはまどかの蘇生。

一つは魔法少女の呪いからの解放。

あと一つは――

 

 

「記憶の消去にしようかしら? ううん、インキュベーターの消滅がいいわ」

 

「ほむら……ッ、そんな事、まどかが望んでると思ってんの!?」

 

「私が望んでいるのよ。まどかも、きっと分かってくれるわ」

 

 

ハンドガンを構えて、引き金を引くほむら。

さやかは高速状態の為、それを紙一重で回避すると一気にほむらの目の前まで距離を詰める。

ほむらはすぐに対処しようと動くが、その前にさやかは腕を掴んで顔を近づけた。

 

 

「だったら、なんでそんなにソウルジェムが濁ってるのさ!!」

 

「……!!」

 

 

手の甲にあるソウルジェムを、ほむら自身に見えるように突きつける。

この濁りはサキを撃ったからできた物の筈だ。

だとすれば、ほむらはまだ自分の選択に後悔を持っているのではないかと。

 

 

「濁ればグリーフシードを使えばいいだけ……!」

 

「そう言う問題じゃないでしょ!!」

 

 

心が曇ったままならば、グリーフシードなんて意味のないアイテムだ。

穢れを一時的に浄化したとして、一瞬でまた元の濁りに戻ってしまう。

それにグリーフシードが濁れば濁るほど、より心は荒んでいく。

それはさやかも身を以って知った事だ。だからこそ、ほむらには同じ道を歩んで欲しくなかった。

 

 

「今からでも遅くない! 勝てないって思うのなら、サキさん助けて、まどかを迎えに行こう?」

 

 

そして皆で一緒に戦おう。

その言葉を聞いて、少しだけほむらの表情が変わった。

それを見てさやかは確信する。ほむらはまだ、完全に『向こう側』には渡っていない。

ボーダーラインの狭間で揺れ動くだけの想いを抱いている。

説得を諦めなければ、必ず活路は見出せると!

だが――!

 

 

『ヒュハハハハハハ! ヒヒッ! ヒヒヒッ!! ヒヒヒヒヒヒ!!』

 

「「!!」」

 

 

飽きた。

そう言わんばかりにワルプルギスは笑い声の音量をあげて、二人の会話をかき消した。

体からは黒い影が発射されていくが、これはワルプルギスの使い魔だ。

その役割は道化役者である。影はビームと見間違えるほどの猛スピードでほむら達に向かっていく。

 

 

「きゃあ!」

 

「うっ!」

 

 

影に弾き飛ばされ、地面に倒れる二人。

ほむらはすぐに立ち上がるが、その前には見覚えのある人物が立っていた。

双樹あやせ。そして妹である双樹ルカの本気とされる、双樹アルカが、掌をほむらへかざしている。

と言ってもそれは本人では無く、同じ姿をしたシルエット。

要するに偽者だ。使える魔法は本人と同じだが。

 

 

「―――」

 

 

やばい。逃げようとするほむらだが、既に影からはピッチジェネラーティが放たれた所だった。

炎のエネルギーと氷のエネルギーを合わせる魔法は、相当の高威力だった記憶がある。

 

 

「ぐっ!!」

 

「!」

 

 

猛スピードで間に割り入る者が。

さやかだ。サーベルをクロスさせ、盾として魔法を受け止める。

呆気に取られるほむら。どうして自分を守ったのか。

 

 

「ぐあぁあああ!!」

 

 

盾にしたサーベルは簡単に粉々に砕け、さやかはその身に魔法を浴びる事に。

息を呑むほむら、一方で怯んださやかだが、彼女はすぐに固有魔法を発動して傷を完治させた。

そのまま叫び声をあげて剣を振るう。青の一閃はアルカの首を跳ね飛ばすと、死を以って消滅させる。

だが二人は気づいているだろうか、放たれた使い魔は一人ではない事を。

 

 

「!」

 

 

ほむらは後ろから光を感じて振り返った。

するとそこにはティロフィナーレを発動していたマミの影が見える。

しまった。そう思ったときには、服をさやかに捕まれて後ろへと投げ飛ばされている所であった。

 

 

「え?」

 

「うぐぁあアア!!」

 

 

前に出たさやかは、当然ティロフィナーレを受ける事に。

師匠だったマミの本気の必殺技を受けて、さやかは苦痛に表情を歪ませる。

だが歯を食いしばりソレを耐えると、すぐに回復。

逆にマミを切り刻む。

 

 

「うっ!」

 

『ヒャハハハハ! クフフフフフ! アーッハハハハハ!!』

 

 

さやかに投げ飛ばされた所を見ていたのか。

ワルプルギスはほむらが倒れた場所に向かって既に火球を放っている所だった。

小規模の太陽とも言うべき熱量だ。倒れたほむらは回避を諦めて盾を前に突き出す。

しかしそこで再び疾風。さやかはダッシュでほむらの前に立つと、両手を広げて全身で炎を受け止める。

 

 

「何を……!」

 

「決まってるじゃん。あたしッ、能力的に盾役ぴったりだしさ……ッッ」

 

『ヒッハァ! ヒヒヒーヒヒ! ヒハハハハハハハ! クヒヒハハ!!』

 

 

ワルプルギスの周りに次々と灯っていく炎。

さやかは意味を理解して、ほむらの手を引いて地面を蹴った。

ここで回避を行うとサキがいる瓦礫の山にも炎が当たる可能性が高い。

幸いと言うべきなのかは知らないが、ワルプルギスはさやか達を狙っている様だし、サキにも気づいていないようだ。

だとすれば! さやかはほむらを連れて宙を舞う。

 

 

『ヒャハハハ! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』

 

 

炎が一勢にさやか達に向けて発射される。

そのスピードは確かに速いが、さやかもまたスピードを売りとしている身。

そう簡単には当たらないと、魔法陣を出現させ、それを足場にすることで縦横無尽に空を舞う。

 

 

『クハハハハ! アハハハハハハハ! アハ!』

 

「!!」

 

 

しかしよけたと思った炎達は、意思を持ったように移動を開始。

さやか達を追尾して飛来していく。それだけではなく、今までのが嘘の様にスピードも上がっていた。どうやら全てワルプルギスのお遊びだった様だ。

さやかはほむらを近くの平地に投げ、自分だけに炎が当たる様にする。

 

 

「……!」

 

 

地面に叩きつけられたほむら。

熱を感じ、そらを見ると爆発がそこにはあった。

そして爆煙に包まれたさやかが降って来る。

 

 

「グッ! かは――ッツ!」

 

 

ほむらのすぐ隣に落下するさやか。

痛々しい程の火傷が見え、ほむらは思わず殺すべき相手に同情してしまう。

しかしさやかはすぐに回復魔法を発動して元通りの姿になった。

 

 

「ローレライ!!」

 

『ヒヒヒヒ……』

 

 

ワルプルギスを囲む巨大な青の魔法陣。

相手を眠らせるローレライの旋律。ゲームだとこう言う類はボスには聞かないというのがセオリーだが、少しくらいは時間稼ぎになってくれればと。

現にワルプルギスも動きを止めた。

 

 

「どういうつもりなの? 私を助ける様な真似をして……!」

 

「どういうつもりって……。仲間を助けるのは当たり前でしょ?」

 

「もう仲間じゃないわ。私は貴女を撃つ」

 

 

武器を取り出すため盾の中に腕を入れる。

だが再びさやかはその手を掴んで引き抜いた。

抵抗するほむら。蹴りを一発わき腹に入れようとするが、さやかはソレも手で弾いて防いで見せた。

そして、ほむらを強く抱きしめる。

 

 

「!?」

 

「ねえ、もう止めよう? 本当は嫌なんでしょ?」

 

「離して……!」

 

「嫌。だってこうしないと撃たれるもん」

 

 

ほむらは抵抗するが、さやかは力を弱めない。むしろ尚強く抱きしめる。

 

 

「ねえ、教えてよ。暁美ほむらの世界にはアンタとまどかしかいないの?」

 

「!」

 

「あたしや、サキさんがいたら駄目なの……?」

 

 

一瞬、ほむらの力が弱くなる。

 

 

「あたしはさ、アンタの事……、好きだよ?」

 

「なっ!」

 

「うん、大好き。サキさんもきっと同じ筈」

 

 

軽く聞こえるかもしれない。

アンタにとってはそうじゃないのかもしれない。

でも、だったら好きになってほしい。あたしの事を知ってもらいたい。

そして、ほむらの事を知りたい。

 

 

「アンタがあたしの事、大嫌いなら……、大好きになってもらえる様に努力したい」

 

 

だからその為には未来が必要なんだ。

もっとほむらと一緒に関われる時間が欲しい。

ここで死ねば、その時間は永遠に来なくなってしまう。

ほむらはその言葉を聞いて、戸惑った表情を浮かべた。しかしすぐに険しい物へと戻る。

 

 

「私はまどかさえいればそれでいい!」

 

「ほむら……」

 

「だから貴女なんて、要らない!!」

 

「そっか。残念」

 

「貴女だってそうでしょ?」

 

 

ほむらは強く叫んだ。

 

 

「私が生き残るよりもまどかが生き残った方が遥かに良い筈ッ! うれしい筈よ!!」

 

 

さやかにとっても、まどかは親友。

少しの交流しかない、ほむらよりかは余程。

 

 

「あたしは、そうは思わないよ」

 

「ッ!」

 

「一度友達って思えば、順位なんて付けない」

 

「……っ」

 

「だから……、まどかにも、あんたにも生きてて欲しい」

 

 

ほむらは目を見開いたまま固まってしまう。

言葉が出てこなかった。だからだろうか、無音の空間にはよく声が響く。

 

 

『ヒィイイイイイイイイイイハハハハハハハハァアアアアッッ!!』

 

「!」

 

 

ローレライの魔法陣を消し飛ばしたワルプルギス。

いよいよ遊びではなく、『戦闘』を行う気になった様だ。

強力なサイコキネシスを発動。近くにあったビルを地面から引き剥がして自身の前に持ってくる。

ついに動くのか。さやか達は逃げようと足を前に出した。

しかしそこで二人の周りに広がる魔法陣。

 

 

「これは!?」

 

「――ッ! そんな!!」

 

 

間違いない。

ほむら達は走ろうとするが、体がうまく動かなかった。

これはキリカの減速魔法陣。そこで気づくほむら、ワルプルギスは魔女の集合体だと聞いていた。

まさかそれは死んだ魔女達の――?

 

 

『アーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』

 

 

こうしている間にもビルは迫る。

無理だ。避ける術は無い。

しかし、ほむらは冷静だった。表情に恐怖は無い。

 

 

「ま、仕方ないか」

 

「!」

 

 

だが、戸惑いはあった。

 

 

「―――」

 

 

轟音が耳に響く。耳鳴りと共に視界は真っ暗に染まった。

一瞬こみ上げる吐き気。それは頭を大きく揺らされたからだろう。

何も見えない。だからほむらは、自分が仰向けに倒れている事に気づくのが遅れてしまった。

減速魔法、襲い掛かるビル。そして自分を突き倒したさやか。

 

 

「!」

 

 

青く鈍い光が見える。

その光が、周りの景色を鮮明にしていった。

そしてほむらは見る。四つん這いにになって、自分に覆いかぶさっているさやかの姿を。

 

 

「美樹……、さやか」

 

「ああ……! 無事――ッ! だった?」

 

 

地面に伸ばした腕が震えている。

さやかは笑顔を浮かべるが、汗が酷く、体にはやはり震えが見えた。

 

 

「ごめん……! やっぱ、あたしってポンコツだわ――ッッ!!」

 

「っ?」

 

「んぎッ! だって、も……ッ、こっからどうしていいか――!!」

 

 

ほむらは全てを理解した。

さやかはただ四つん這いになっている訳ではない。

彼女は今、ビルを背負っている。襲い掛かってきたビルからほむらを守り、自らの背中一つで受け止めているのだ。

 

 

「ギッ! ぐぐっ! うぐぐぐッッ!!」

 

 

ソウルジェムの光が強くなっていく。

それだけの魔力を使わなければ、今にも押し潰されそうなのだろう。

とは言え、ビルを背中に乗せてみたはいいが、ココから脱出できそうにもない。

 

 

「でも、アンタだけなら……逃げれる…かもッ!」

 

「………」

 

 

ビルと地面の間にはさやか一人分の隙間が存在していた。

さやかは動くに動けないが、ほむらならば隙間を伝って外に出られるかもと。

しかしほむらは首を振る。

 

 

「まだ魔法陣は残ってる。もうすぐ次のビルが来るわ」

 

「ま。このままって訳にも……いかない――ッ、し!」

 

 

ワルプルギスも馬鹿じゃない。トドメは刺しに来る筈だ。

だったらまともに動けないほむら達に成す術は無い。

ほむらも僅かな隙間では、ビルを破壊する程の兵器は出せないし。

 

 

「終わり……なの、かな――ッ? あたし、達!」

 

「いえ」

 

「っ?」

 

「私だけは助かるわ」

 

 

トリックベント、スケイプジョーカー。

あれさえあれば、ビルに押しつぶされても魔法陣の範囲外にワープできる。

だからほむらに焦りはなかった。自分は助かるのだから。

 

そして同時に分かる事、さやかはもう駄目だ。

彼女の回復があれば即死以外はどうにかなると思っていたが、この状態ではヘソにあるソウルジェムが確実に潰れてしまう。

だがまあ、まだ可能性はあると言えばそうか。

 

 

「可能性……?」

 

「ソウルジェムは魔力の量で、ある程度強度が決定するわ」

 

 

このまま魔力を身体能力に割くのは無意味だ。

ならば今すぐに力を抜けば、ビルには押しつぶされてもソウルジェムさえ庇っていればギリギリ助かるかもしれない。

あとは魔法で回復すれば、まだ何とかなりそうな物だと。

 

 

「私を庇うのは無意味よ。だからそうすれば、いいんじゃないかしら」

 

「心配……してくれてる?」

 

「!!」

 

 

そうだ、何を言っているんだ自分は。ほむらはハッとして言葉を詰まらせた。

今、ほむらがしなければいけないのは助言する事ではなく、今すぐさやかのソウルジェムを破壊する事では無いのか。

 

 

「……ふふっ」

 

「!」

 

 

さやかはそんなほむらを見て、ニンマリと笑う。

 

 

「意外と、不器用なんだね」

 

「ッッ!」

 

「でも、あたしはもう……ッ! 無理」

 

 

ほむらは気づいた。さやかのソウルジェムには大きな亀裂が走っていた。

さやかが力を込める毎に大きくなっていく。こんな状態ではビルの崩壊の衝撃には確実に耐えられない。

 

 

「流石だよね、マミさんってばやっぱり……さ!」

 

 

先ほどマミの影に受けたティロフィナーレは、さやかのソウルジェムに命中していたと言う事だった。

それが今に至る結果を生み出す。つまりさやかはもう何をしてもゲームオーバーと言う事だ。

このまま放置していれば勝手に死んでいく。

 

 

「ま。あたし須藤さん殺したし……ッ! そのっ、む……くいッ! かな?」

 

「ッ」

 

 

いざ、その場面に直面すると、ほむらは何を話していいのか分からずに沈黙する。

すると、さやかはやはり笑みを浮かべた。

 

 

「ねえ、ほむら」

 

「……何」

 

「もし、さ。もしも……、だけど――」

 

 

もしゲームなんか無くて。

魔法少女とか騎士とかも存在せず。自分達が出会ったら。

 

 

「親友に……なれ、た――ッ! か……なッッ?」

 

「………」

 

「こんな――ッ事、言うのは、アレだけど……! 結構、あたし達って正反対って言うか、意見合わなそう……! あ、はは」

 

 

限界が近いか、さやかは苦悶の表情を浮かべ肘をつく。

額と額がふれ合いそうになる位置。さやかは耳鳴りを覚える。

視界も赤く染まってきた、今にも気を失いそうになる。

 

 

「確かに……、仲良くなれないかも」

 

「ふ……ふふ! ひどっ!」

 

「でも――」

 

 

朦朧とする意識。

ほむらの表情はもう見えない。

けど声だけは、声だけは……。

 

 

「でも、貴女が私に手を差し伸べてくれるなら……。きっと私も――」

 

「そっか……! そういう未来も……あり、かもね――ッ!」

 

 

その時、ワルプルギスの笑い声が聞こえてきた。

どうやらもうお別れの時間らしい。

 

 

「ほむら……。サキさん、殺す?」

 

「ええ」

 

「やめて」

 

「―――」

 

「お願い、ね」

 

 

その時、再び轟音が聞こえた。

凄まじい衝撃が聞こえて視界は黒一色へ染まる。

何かが砕ける音。そしてワルプルギスの笑い声が聞こえて、ほむらは一瞬だけ意識を失った。

 

 

 

【美樹さやか・死亡】

 

【これにより両者復活の可能性は無し。よって、ゾルダチーム完全敗退】

 

【残り3人・3組】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

ほむらはブラックアウトする視界の中に、過去を見ていた。

僅かな時ではあったが、さやかの友人として過ごした時間もある。

それは全ての時間軸を合わせれば相当なものになっていただろう。

 

 

『ねえ、教えてよ。暁美ほむらの世界にはアンタとまどかしかいないの?』

 

 

さやかが言った、あの言葉が深く胸には残っていた。

いや、突き刺さっていたと言えばいいのか。

意識していなかったが、そう言われれば、そうなってしまうのかもしれない。

もちろん、それでいいと思っている。なのにどうして今、ほむらはこんなにも心がザワついているのか。

 

 

(………)

 

 

いや、分かっているんじゃないのか? 本当は。

ほむらは何もよりもまどかが大切だと思ってきたし、それは今も変わる事の無い想いである。

しかしだからと言って他の者を邪魔と切り捨てる事もまた……、違うのではないかと、心のどこかで思っているのではないだろうか。

さやかに守られて、嬉しかったと思ってしまう。

さやかに抱きしめられて安心感を覚えてしまう。それを否定する度に心がザワザワする。

ほむらは気づいているだろうか? それともまだ目を瞑っているのだろうか。

 

 

(いえ。今更そんな事を考えて何になるの?)

 

 

ほむらはもう、サキに向けて引き金を引いた。何かも今更過ぎる。

履き違えるな。こんなものはただの一時的な情でしかない。

さやかは邪魔だった。そしたら死んでくれた。それでいいじゃないか。

 

 

『ユニオン』『トリックベント』

 

 

ほむらはビルの裏側に回り、さらに少し離れた場所に出現場所を指定する。

これで減速魔法陣からは抜け出せるし、ワルプルギスの視界からも消える。

サキはほぼ確実に瓦礫に埋もれていて身動きが取れない。

サキの事だ、放置しておけば魔法で回復して抜け出されるだろう。

その前に殺す事ができればいいのだが。

 

 

『ギヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!』

 

「え?」

 

 

目の前に、口があった。

 

 

「……は?」

 

 

すぐ目の前に、ワルプルギスの顔があった。

笑い続ける魔女と、動きが停止するほむら。

視界いっぱいに広がる魔女の体。ほむらは一瞬、また幻覚を見せられているのではないかと錯覚してしまう。

そして次の瞬間、視界に白銀が広がった。

 

 

「うあぁあッッ!!」

 

 

瞬間的に盾を構えていたから良かったものを。ほむらの全身を包むのは絶対零度のブリザードだ。

凄まじい風圧と冷気は、幻想かもしれないと疑う思考さえ凍りつかせる。

ほむらは既に氷に覆われた地面をスライドしながら、苦痛に表情を歪ませた。

体の至る所が凍りつき。ある程度まで滑ると体の氷と、地面を氷が接着したのか、動きが完全に停止する。

 

 

「ッッ!?!?!?」

 

 

全身の感覚が寒さで麻痺している。

何故こんな事になったのか。出現場所がワルプルギスにバレた?

と言うよりも、これは幻なのか? それとも現実? 混乱するほむらの前に、更なる絶望が飛来する。

 

 

『クヒャハハハハハハ!!』

 

「……え?」

 

『ヒヒヒヒヒ!!』

 

 

空中にはワルプルギスの夜が浮遊している。

そして、その左隣にワルプルギスの夜が浮遊していた。

加え、その後ろにワルプルギスの夜が浮遊している。

おおっと、ワルプルギスの右を見てもらえば分かるだろうが、そこにはワルプルギスの夜が浮遊していた。

 

 

「―――」

 

 

ほむらの瞳が震える。

空に浮かぶワルプルギスの夜。それは一体ではない。

曇天の空のどこを見ても、ワルプルギスの夜が狂った笑みを浮かべている。

10体、いや20? 待て、30はいるかもしれない。

 

 

「なんで――……! なんで!?」

 

 

なんで増えているのよ。

その言葉を言い終わる前に、ほむらは光に包まれる。

ワルプルギスの口から大砲が出てきたかと思うと、それが一勢に発射されてほむらに着弾していったのだ。

そしてワルプルギス達が一勢に放つのは、狂気の笑みのシンフォニー。

 

 

「実体のある分身? お、おいおい……、あれって」

 

『そうだね、神那ニコ。君の魔法だ』

 

 

その光景を見ていたのは展望台の上にいたニコ達も同じだった。

ワルプルギスが冷気を発射したと思えば、複数に分身して口から大砲を出してきた。

ニコが注目したのはその大砲、あれは先ほどの影魔法少女が使っていた物と同じだ。

つまり――

 

 

「ティロフィナーレ。巴マミの技か」

 

『そう、それがこのゲームにおける。所謂ラストボスのワルプルギスの特徴なのさ』

 

 

キュゥべえ達はひとつ大きな情報を持っている。

それは参加者には伝えていない物で、このゲームに深く関わる物だった。

ゲームのラスボスであるワルプルギスがどう言った趣旨を持った物なのか、だ。

 

 

『ワルプルギスの夜は複数の魔女の集合体さ』

 

 

そして、魔女はイコールで魔法少女としても線で結ぶ事ができる。

と言うよりも、『魔女』と言うのは上辺の言葉でしかない。

いわばオブラートの役割だった。当然それで包んだ言葉がある。

それこそが魔法少女なのである。要するにワルプルギスとは、魔法少女の集合体とも言える。

 

 

『怨念の集合体とでも言えばいいか、具現化した亡霊』

 

 

そしてその中で、ゲームのラストボスらしい能力を発揮する。

 

 

【ワルプルギスの夜は、脱落した魔法少女の魔法(技)を主に使用する】

 

『脱落。つまり死んでねぇが、テメェもだな』

 

「だったら、暁美ほむらの出現場所をワルプルギスが知っていたのは――」

 

『美国織莉子の未来予知だな』

 

 

次いでほむらに発射した冷気は双樹ルカ。減速魔法はもちろんキリカ。実体分身はニコと。ワルプルギスは次々に参加者の魔法を使い分ける。

そもそも参加者以外の魔法も使える事になるが、あくまでも他に使用するのはワルプルギスが元々持っている強力なサイコキネシスと火炎弾のみだ。

 

 

『つまりこのゲームは、魔法少女が死ぬ程にワルプルギスの夜が強くなるんだよ』

 

「ッ!」

 

 

ニコは表情を険しい物に変え、直後呆れた様に首を振る。

 

 

「……そう言う事はもっと早く言えよ」

 

『ナハハハ! それを言っちゃあおしまいだぜ!』

 

 

あくまでもゲームの行動方針を決め兼ねない重大な情報だ。そう簡単には伝えられないと。

 

 

『そして同時に――』

 

【全ての参加者が生き残っている場合、全ての魔法少女の力を使用する】

 

「なんだよソレ……」

 

 

とことん協力派には厳しい勝利条件だ。

ニコは汗を浮かべて、ルールの非情性に怒りを感じた。

 

 

『何を憤る神那ニコ。テメェは参戦派だったろうが』

 

「それは、そうだけど」

 

 

ココまで来るとやはり強い意志の力を感じてしまう。

 

 

『まあとは言え。ボクは美樹さやかが死ねば終わりの様な気もするけどね』

 

 

さやかの固有魔法は自己回復だ。

そしてさやかが死んだ今、ワルプルギスの夜はその能力を手に入れた。

つまり今後は、ワルプルギスを即死させるくらいしか倒す方法は思いつかないと。

当然だ。どれだけ攻撃しても一瞬で自己回復されて終わりなのだから。

 

 

「クソッ!」

 

 

手すりを殴りつける事で、苛立ちを発散させるニコ。

しかし今の体は純粋な人間だ。響いた痛みは確かな物だった。

そして、ニコの耳に入るのはやはり狂った魔女の笑い声だった。

 

 

『ヒャハハハハハハハハハハハ!!』

 

 

どうやらニコの分身とは違い耐久性は皆無らしく。

ワルプルギスの分身達はティロフィナーレの反動で消滅していった。

しかし魔女の持つ膨大な魔力から考えれば、なんの事は無い消費だろう。

そしてその眼下には、ボロボロになって地面に這いつくばっているほむらがいた。

 

 

「か――……! ぅぁ――ッ!」

 

 

呼吸をしようと口をパクパクさせているが、うまく肺に酸素を送れない。

腕や脚は変な方向に折れ曲がっており、体はあちこちが焦げ付いている。

駄目だ、逃げなければ。ほむらはアドベントを発動させようとするが、どれだけ念じてもユニオンの音声は流れなかった。

まさか――、ほむらが視線を少し動かすと、周囲には鈍い光が。

 

 

『『『イーッヒヒヒヒヒヒヒヒ! フハッ! ヒハッ! ヒャハハハハハハハ!!』』』

 

 

再びワルプルギスの周りには実体を持つ分身が現れる。

重ねがけで発動する魔法は、キリカの減速魔法だ。

絶大な魔力を一瞬で魔法陣に注ぎ込む為、すぐにほむらの動きはスーパースローの様に変わる。

 

 

(嘘……)

 

 

ほむらは目を見開いたまま固まる。

その表情には、ワルプルギスが大好きな絶望が浮かんでいた。

ほむらは自分ならば逃げられると確信していた分、ここに来て繰り出されるワルプルギスの多彩な攻撃に完全に心を砕かれる。

 

そもそも逃げられる『自信』も、ほむらが勝手に浮かべていた儚いものだ。

すでにサキを撃った時点で、ほむらは壊れていた。

何度無く時間を巻き戻してきた彼女の心には、いつの間にかリスクを重んじる事が薄れていった。

サキ達をこの場で皆殺しにしたとて、最後にまどかを殺さなければ、ほむらの計画は意味の無いものになるのに。

まあアクセルベントやトリックベントなど変わったカードを持っているからこそ、より逃げられると思っていた面はあるのだが。

それを上回るのが、ワルプルギスの絶望と言う物なのだ。

 

 

『ヒャァアアアアッハハハハハハハハハハハハハア!!』

 

「!!」

 

 

もう動けないだろうが、それでもダメ押しの一撃が入る。

それはマミの固有魔法である拘束だ。ほむらの体が黒い影で縛り上げられ、一切の抵抗を封じた。そして口を開くワルプルギス達。

 

 

『クヒャハハハハハハハハハ!! ヒハハハハハハハハハハハッッ!!』

 

 

口の中が赤く光る。

それを見ていたジュゥべえは、キュゥべえは、ニコは、そして何よりほむら自身が察してしまう。

終わり、と言うものを。

 

 

『まあなんつーか変な話だよな』

 

「……っ」

 

 

目を逸らせないニコ。その隣でジュゥべえは淡々と言い放つ。

 

 

『暁美ほむらは何度も繰り返し、多くの時間を戦ってきた』

 

 

ほむらは自らが諦めなければ、戦いは終わらないと思っていただろう。

まさにそれはある種、『神』にでもなったかの様な錯覚を与えた筈だ。

いや、事実ほむらは神と言っても差し支えない力を持っていたのだから。

しかし、そんな彼女の終わりが、望まぬ形でこうも簡単に訪れるとは。

それに加えて何よりも、仲間を否定し自分一人でも戦い抜くと誓ったほむらが、仲間を裏切った事で大きな隙を生み出し、それを突かれて――

 

 

『死ぬなんてな』

 

 

ジュゥべえの言葉に重ねるようにして、ワルプルギスの口から一勢に炎が放たれ、ほむらを包む。

動けないほむらに防御などできる筈も無かった。そして元々のスペックが低いほむらに。耐えられる攻撃力でも無かったのだ。

と言うよりも、この業火に耐えられる魔法少女など一握りしかいなかっただろう。

 

 

「暁美ほむらは……、死んだのか?」

 

 

ただの人間であるニコの視界では大雑把な景色しか見えない。

直撃したのかどうかは分からないのだ。ただあの炎の範囲を考えれば、拘束されているだろうほむらが逃げるなど不可能だと理解できた。

そしてニヤリと笑うジュゥべえ。

 

 

『死んだ? ああ、そりゃあ死ぬよなあんなの食らったら』

 

 

辺り一面に広がっていく炎。当然の事だ。

 

 

『ただ。このまま死なせてくれるのかね? アイツは』

 

「?」

 

『ワルプルギスの夜はかなり特殊な存在だからね。彼女は覚えているよ、暁美ほむらが何度も時間を巻き戻した事を』

 

「は!?」

 

『だから、さぞ、暁美ほむらに対しては怒りを抱いているだろうね』

 

 

何度も何度も勝てないくせに挑んできて、トドメを刺そうとすれば逃げられて無駄な時間を与えられる。

そんなワルプルギスが、ほむらを簡単に殺す訳は無いと妖精たちは言った。

そして、彼らの言葉は偽りの無い物だった。

 

 

「―――」

 

 

ほむらは炎の中で焦る心を必死に落ち着けていた。

痛覚を遮断した彼女は、どうすればこの状況を打破できるのかを必死に考える。

しかしどれだけ考えても、どんな手を考察しても、自らの死と言う結果しか見えてこない。

終わるのか? こんな、こんなに簡単に終わってしまうの? そんなの認められる訳が――

 

 

『ヒヒヒッ! ヒヒアハハハハハハハハハ! アッハッッ!』

 

「―――」

 

 

ワルプルギスの体から光が放たれる。

当然縛られているほむらに避けられる訳も無く。

彼女はその光を真正面から浴びる事に。

すると――

 

 

「――ァ!」

 

 

感じるのは痛み。

 

 

「――ぁぁあああ!」

 

 

そして、熱。

 

 

「うあぁあああああぁああぁああぁああぁあッッ!!」

 

 

かずみの魔法を取り込んだワルプルギスは、当然かずみがコピーした魔法も使用できる。

洗脳魔法ファンタズマビスビーリオ。ダメージを受けてボロボロだったほむらは、それに抗う事ができず、ワルプルギスの思い通りの『操り人形』と化してしまう。

とは言え、ワルプルギスはちょっとしたアクセントを加えるだけに留めた。

まあ、そのアクセントが、ほむらを地獄にいざなうスパイスだったのだが。

 

 

「ぎっ! ひぃいああッ! うぐっ! アァアアアアア!!」

 

 

ワルプルギスはほむらに命令を行った。

ソウルジェムの痛覚遮断を解除し、かつ今まで受けた数々の攻撃の痛みを思い出せと。

すると炎に包まれたほむらは当然それだけの痛みと熱を覚える事に。

さらに今まで受けた攻撃の痛みが再生されていき、文字通り激痛の嵐が体を包む。

 

 

(駄目――ッッ!! 狂うッッ!!)

 

 

助けて。助けて。誰か助けて!!

キリカ戦で受けた痛みと恐怖がリプレイされる。

それだけじゃない、今までとは彼女が辿ってきたループも含めるものである。多くの時間を旅した彼女はそれだけの痛みを知っている。

その苦痛が、炎に包まれたほむらの体に一つずつ思い出されていく。

 

 

『ヒヒヒハハハハ! イーッヒヒヒ! ヒィィヒヒヒ!!』

 

 

ワルプルギスは狡猾だった。

狂った中にも確かな知能がある。

人はやはり、肉体的な苦痛こそが最も恐怖と絶望に直結される。

減速魔法により、炎がほむらの体を焦がす時間は延長されてる。だが肉体的なダメージが与えられるまでにも苦痛の時間はずっと続いているのだ。

熱を感じ続け、それでも肉体もソウルジェムも壊れないのだから死ぬことは無い。

永遠に痛みが続いていく。

そしてその中で、精神が汚されれば――

 

 

『ヒヒッ! ウェハ! ウェヒヒヒヒヒヒッッ!!』

 

 

ワルプルギスの分身の一体が、ボコボコと歪に変形しながら縮んでいく。

そしてそれは人の形を形成すると落ち着きを取り戻した。

ユウリの魔法を使用したワルプルギス。苦痛に絶叫しているほむらの所へ、分身を向かわせる。

 

 

『ほむらちゃん! 大丈夫!?』

 

「!!」

 

 

まどかだ、まどかが来てくれた!

ほむらは喜びから一瞬、その激痛を忘れるまでの希望を抱いた。

炎に包まれ、激痛に苛まれたほむらには、もう視力と言うものが機能していない。

その中で研ぎ澄まされた聴力がまどかの声を拾い上げたのだ。

 

 

「たすけ――ッ! お願いだずげてぇえ! まどかぁあッッ!!」

 

 

縛られているからこそ手を伸ばす事すら許されない。

すぐにまた熱と痛みが彼女の体を引き裂こうとする。その中でまどかだけが希望だった。

今のほむらは過去の弱かった彼女となんら変わりない。そう、願いを叶える前のほむら。

まどかに守られる側の存在なのだ。今の彼女にはまどかだけが希望。まどかだけが自分を助けてくれるヒロインなのだ。

 

 

『ヒャハハハハハハハハハハハハ!!』

 

 

だからこそワルプルギスは、まどかの偽者をほむらに向かわせた。

 

 

『ごめんほむらちゃん。もうわたしにはどうする事もできないよ』

 

「!!」

 

 

そしてまどかは語る。

減速魔法陣の中にいるほむらには、それだけの長い時間苦痛が与えられると。

ソウルジェムが破壊されるまで痛みはほむらに襲い掛かるが、その破壊される時間が延長されるのだから困ったものだ。

 

 

『ほむらちゃん、このまま一年くらい苦しみ続けられる?』

 

「嫌……! そんなの嫌ぁあぁアァアアアアア゛ッッ!!」

 

 

ほむらは強い心を持っていたが、それを塗りつぶす程の苦痛があった。

人間に耐えられるわけが無い。今にも狂いそうなのに。減速している自分は痛みを覚え続けなければならないと言う事実が心を抉る。

この激痛を体感時間で言えば明日も明後日も、一週間後も与えられ続ける。

寝る事も許されず、食べる事も許されず、ただ死にいくその時まで、激痛に身を置き続ける。

痛み続ける事が今後の人生となる。それを想像してしまい、ほむらはボロボロと涙を流しながら助けを求め続けた。

 

 

『嫌だよねぇ。だったら、一つだけ方法があるよ……!』

 

 

何? 何なの? 早く教えて!! 痛いの、苦しいの! 熱いの!! 

むらは半狂乱状態で叫び続ける。近くにいるだろうまどかの姿も。痛みから確認できず、一度幻を見せられているにも関わらず、それが偽りだと欠片とて疑わない。

 

ほむらにとって、まどかが全てなのだ。それを疑う事は愚問だった。

この極限状態の中でその想いに拍車が掛かり、ほむらは姿も見えない『まどか』を妄信する。

 

 

『だったらね、魔女になればいいんだよ』

 

「―――」

 

 

魔女になればソウルジェムの破壊を待たずして、自我を殺す事ができる。

そうすれば痛みも消えるだろう。

 

 

『大丈夫、ほむらちゃんが魔女になったら、わたしが願いの力で必ず元に戻してあげるから』

 

「本当……!?」

 

 

この苦痛の中、疑う事を忘れる。

 

 

『うん、信じて。わたし達親友でしょ?』

 

「うん……! 信じる――ッッ!!」

 

 

この苦痛の中で、暁美ほむらは愚かさに包まれる。

 

 

『またね、ほむらちゃん』

 

「うん、またねまどか――っ!!」

 

 

ありったけの魔力を解放した。瞬時、減速魔法を解除するワルプルギス。

ソウルジェムが砕ける前に、ほむら自身が絶望に身を置いた。

恐怖はない、魔女になる抵抗は無い。だって、すぐにまどかが助けてくれるんだから。

 

 

『ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』

 

 

笑えばいい。ほむらは溶けていく体と脳でそう思う。

すぐにまどかが、私の親友が、私の希望が私を助けてくれる。

そして、一緒に幸せになれる道を示してくれる。

 

 

「そうでしょ? まどか――……」

 

 

薄れていく意識の中、ほむらはまどかの声をしっかりと聞いた。

 

 

『ほむらちゃん』

 

 

鮮明に。

 

 

『死ね』

 

「―――」

 

 

え?

ほむらの疑問は、すぐに闇の中へ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グッッ! がぁぁ!!」

 

 

掠れた声で瓦礫の山を掻き分ける。

そう、浅海サキ。彼女はロケットランチャーを身に受けながらも確かに生きていた。

イルフラースを直前に発動し、それがギリギリ間に合ったと言う訳だ。

しかしそのイルフラースも完全ではなく、あくまでも自身の防御力を高める程度の不完全な物だ。

結果として想像以上のダメージを受け、絶望的な状態となっていた。

霞む目でなんとか妹が残してくれた希望。スズランのブレスレットを目印に、意識を保つ。

 

 

「……!」

 

 

サキはダメージからか瓦礫の外に身を乗り出す事はできない。

しかし視界を防いでいた瓦礫を取り除いたからか、少しは状況を確認できた。

そして悟る。

 

 

(ここまでか……)

 

 

詰んでいると、言う事を。

 

 

(すまない……! 本当にすまないまどか――ッッ!!)

 

 

格好をつけた結果がコレか。

何も守れず、何も変えられず、ただワルプルギスに蹂躙された終わった。

何よりもほむら。彼女の苦しみと葛藤を、もっと早くに理解して上げれれば。

ほむらが、"あんな姿"になる事も無かったのに。

 

 

『ヒャハハハハハハハハハハハハ!!』

 

 

出来損ない。なり損ない。間抜けな姿。

くるみ割りの魔女。性質は自己完結。いつもおまえは、笑い者。

 

 

『………』

 

 

ワルプルギスの前に、は無言で佇む巨大な人型の魔女が立っていた。

頭部は顎骨なのだが、半分から上が存在せず、代わりに彼岸花が生い茂っていた。

服はほむらの魔法少女時のソレを模した物。覗く体は白骨化しており、両手を手枷で繋がれていた。

先端が手の様になった腰部のリボンが、不動の本体とは裏腹に何かを求める様に動き回る。

しかし掴もうとした者が何なのかさえ、今の彼女には理解できないだろう。

 

Homulilly(ホムリリー)。決して折れぬと自らに誓った暁美ほむらは、ほかならぬ自分の意思で魔女になった。

そして、その結果へ導いたワルプルギスの夜は、相変わらず狂ったように笑い続けている。

ホムリリーは暁美ほむらと同じ力が使える。

ならば勝てるか? いや無理だろう。ワルプルギスにはきっと勝てない。

 

 

「ク……ッ!」

 

 

握り締めた拳の力が。全身の力が抜けていく。

ここまでか、サキはゆっくりと目を瞑って最期を覚悟した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「輝け天上の星々アドナキエル!!」

 

「!!」

 

 

ハッと目を開けるサキ。この声は――!

 

 

「煌け! 瞬光のサジタリウスッッ!!」

 

『ヒィイイャハハハハハハハハハハハハ!!』

 

『………』

 

 

無言のホムリリー。そして笑い続けるワルプルギス。

 

 

「スターライトアローッッ!!」

 

 

ホムリリーの隣を駆け抜ける光の矢。

それはワルプルギスの体に突き刺さると、目障りな笑い声と共に川の中へと突き入れる。

上がる水しぶき、ホムリリーが現れた事でより薄暗くなった見滝原の街。

しかしその闇の中、誰にも負けぬと、強く輝く桃色の光があった。

 

 

「ほむらちゃん……! ワルプルギスッッ!」

 

 

鹿目まどかは巨大な弓を構え、光の翼を広げてワルプルギスの夜を睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真上に昇る新月が、鈍い光を放っている。

まどかは椅子の上にポツンと座って下を向いていた。

ここは砂漠。そして周りは、見渡す限りの闇が広がっている。

まどかはこの砂漠から抜け出そうと必死に走った。けれど、走れども走れども椅子のある場所に戻ってきてしまうのだ。

どれだけの時間が経ったのだろうか。閉鎖的な空間は、徐々にまどかにネガティブな想いを抱かせる。

 

変わりたいと魔法少女になり、今まで必死に戦ってきたつもりだ。

それでも気がつけば仲間が死に、気がつけば友が死んでいく。

人は必ず分かり合えると信じてきた。どんな人間も争いと言う道ではなく、話し合いで分かりえると本気で思っていた。

 

しかしそれはこのゲームで色々な人達に否定される。

甘い、偽善、ムカツク。今までは、そんな言葉を言われても、いつか分かってくれると信じていたから頑張れた。けれどもうその人達もこの世界にはいない。

 

 

「悩み事?」

 

「……はい」

 

 

椅子が一つ増える。

そこに座っていたのは頼れる先輩だった。

彼女は本当ならココにいる事が許されない人だ。

でも今のまどかにはそれを疑う事はなかったし、違和感も感じなかった。

 

 

「わたし、自分のやってる事が……、正しいかは分からないけど、少なくとも間違っては無いって信じてました」

 

 

でも、仲間以外には否定されてきた。

分かり合えた試しがあろうか? このゲームを止めるには、双方の理解が必要になる。

それができず、まどかは結局、生き残るだけで何かを変えるという事はできなかったかもしれない。

 

いつだってそうだった。

この力を守る為に使っても、いつだって不満がついてまわる。

たとえばタツヤは助けられたけど、仁美を守る事はできなかった。

タツヤだけでも助けられたと考えるのか、一人しか助けられなかったとネガティブに考えるのか。今のまどかは、後者だった。

 

 

「いつも、思うんです。もっと上手に戦いを終わらせられる方法があったんじゃないかなって……」

 

 

失う度に、誰かがいなくなる度に、自分の掲げた想いを何一つ成しえられない事に腹が立つ。

その迷いと不満は、今のまどかの『あり方』をも疑い始めてしまうマイナスになった。

 

 

「守るだけじゃ駄目だって、でもその後の言葉がうまく言えなくて……」

 

「そう」

 

「はい。だから、わたしは間違ってるって言われても、うまく言い返せない」

 

 

今も、結局自分のせいで皆が気を遣う事になっている。

少なくとも、まどかはそんな事、望んでいなかった。

わがままな話だけど、皆と一緒に戦いたかった。

 

 

「知らない世界って……、いろいろある物よね」

 

 

巴マミは、そう言って微笑む。

確かにまどかは、『世界』と言うのは優しさに溢れている物と錯覚していたのかもしれない。

一方で参戦派、例えば杏子だとかは世界と言う物は敵意に満ち溢れている物と思っていたのかも。

その二つが交われば、個々の主張と言うものは当然現れる。

結果として杏子は自分の世界を信じて牙を剥く。

 

 

「少し厳しい言い方だけど、世界は貴女が思っている程、優しくはないわよ」

 

「はい。分かってたつもりだけど、このゲームでより……、それは」

 

 

目を閉じれば心に深く突き刺さるシーンがいくつも蘇る。

正義のヒロインを夢見て踏み入れた道は、多くの血がしみ込む茨の道だった。

その道を歩む中で、多くの悲しみがまどかの心をより縛り付ける。

 

 

「でもね――」

 

「!」

 

 

マミは少し微笑んでまどかを見る。

 

 

「それでも貴女は、ここまでその意思を持って歩いてきたじゃない」

 

「それは――」

 

「とっても凄いことよ。私でもできたかどうか……。ううん、きっと無理だった」

 

「そんな事は……」

 

「鹿目さん。世界は絶望に満ちているかもしれない」

 

 

でも、その中にも、同じくして溢れんばかりの希望がある筈だ。

まどかはそれを知っている筈だ。だから示したかったんじゃないのか。

苦しみの中にも、悲しみの中にも、苦痛の中にも。

それらを全てひっくり返せるほどの光があるのだと。

いや――、そう信じたかったのか。

 

 

「質問をしてもいいかしら?」

 

「……はい」

 

「自分の意見が否定される事を、貴女はこのゲームで嫌と言うほど経験した筈だわ」

 

「はい」

 

 

協力する事は愚か。手を取り合う事は愚か。

愚か愚か愚か。他人の命を守る事は愚か者だと。

 

 

「それを知った上で、貴女はまだ戦いを止める為に戦うと、胸を張って言えるのかしら?」

 

「それは……」

 

 

その結果が今だ。

何も止められなかった。何も変えられなかった。

 

 

「それに……、迷ってて」

 

「そう」

 

「何も、言えなくて……」

 

 

他人を殺す事が正しいとは絶対に思わない。

でも戦いを止めたいと言う想いを押し付けるのは、もしかしたら凄く間違っていたんじゃないだろうか?

まどかはココ来て、大きな迷いと後悔を覚えた。

 

 

「………」

 

 

そして、マミは一言。

 

 

「鹿目さん。私には貴女が間違っているとか、間違っていないとかは決められない」

 

 

でも。

 

 

「一つだけ忘れないでほしい事があるの」

 

「え?」

 

「魔法少女になった理由」

 

 

まどかは何を思って魔法少女になったのだろうか?

 

 

「私は貴女の願いが、このゲームには何よりも必要な事だと思ってる」

 

「わたしの、願い……」

 

 

弱い鹿目まどかが、誰かを守れる様に強くなりたいと願った。

そうだ。マミは、まどかに最も大切な事としてそれを説いた。

 

 

「鹿目さん。人は、自分以外の人間の為に強くなれる生き物なのよ」

 

「!!」

 

 

人は人との関わりの中で成長していく。

それが悪い意味にも働く事はあるが、まどかの願いは『誰か』に手を差し伸べられる強さを持つ事だ。

それは他者と他者が傷つけ合うこのゲームにおいて、何よりもの希望になりうる筈。

 

 

「綺麗事でもいいじゃない。いいえ、このゲームには貴女の綺麗事が一番必要なの」

 

 

誰かが希望の言葉を。無理だと思われる様な幸福を説かなければならない。

全員が全員殺す事に適応し、他者を傷つけるようになった時が本当の終わりだ。

 

 

「貴女は今、すごく迷ってる。でもね、きっとある筈なの」

 

 

希望に溢れた未来のビジョン。

それを信じて綺麗事と笑われる言葉を口にし続けた物が。

 

 

「教えて。貴女の希望」

 

「………」

 

「たとえ、もう叶わなくなったとしても、信じ続けた明るい未来を」

 

「わたしは――」

 

 

すごく、変だって笑われるかも。

まどかは少し悲しげにそう言った。

 

 

「笑わないわ。絶対に」

 

「じゃあ、聞いてくれますか? わたし――」

 

 

みんな、幸せで毎日笑顔でいられる世界を夢見ていたんです。

あんなゲームがあったなんて、それこそ夢だったんじゃないかって思えるくらい、幸せに包まれた世界を。

 

 

「マミさん、サキお姉ちゃんと、かずみちゃん、さやかちゃんに仁美ちゃん、ほむらちゃんと――」

 

 

そこでまどかは少しだけ息を詰まらせる。しかし、まどかは笑顔で答えた。

 

 

「後は、杏子ちゃんと朝は、一緒に学校に行くんです」

 

 

楽しくお喋りしながら。

今日あるだろう、楽しい事をいっぱい想像して。

杏子ちゃんは、さやかちゃんをからかったりもするけど、そこはマミさんに注意されたりして。

 

 

「その途中で、織莉子さん達と出会ったり――」

 

 

キリカ、織莉子、あやせ、ユウリ、ニコとも出会って挨拶を交わす。

 

 

「登校途中のゆまちゃんに手を振ったり」

 

 

そうそう。

上条くん達と鉢合わせになったら、さやかちゃんをソッチに押し出してみたり!

 

 

「うふふ、きっと真っ赤になるわ。美樹さん」

 

 

そして学校でも皆は一緒だ。

一緒にお昼を食べて、休み時間には一緒にお喋りして。

 

 

「みんなで勉強とか、学校の行事を一緒にして……」

 

「佐倉さんがサボってる様子が容易に想像できるわね」

 

「あはは。酷いなぁマミさん」

 

 

学校では美穂ともいっぱいお話がしたいと。

そして学校が終われば、アトリに皆で行きたい。

他の皆もそこにはいて、東條さんと手塚さんも来てるかもしれない。

 

 

「端っこにはノートパソコンを持って。慣れないタイピングしてる真司さんがいたら面白いかも……!」

 

 

そしてかずみと蓮が作った紅茶やケーキを楽しみたいとまどかは言った。

違う日にはマミの家に皆で集まって。

 

 

「他の騎士の皆も!」

 

 

滅多に会えないかもしれないけど、テレビで北岡や須藤の活躍を皆で見れたらそれは素敵な事だ。

 

 

「芝浦くんが作ったゲームを、ゆまちゃんと佐野さんが一緒にやっていたり――」

 

 

ニコが魔法少女だったとは意外だったし。

彼女のパートナーやユウリのパートナーはどんな人間かは知らないが、それでも仲良くできるとまどかは夢を見ている。

自分の知らない事をいっぱい教えてほしいと。

 

 

「浅倉さんだって……!」

 

「だって?」

 

「………」

 

「………」

 

「と、とにかく! その世界では仲良くできるんです!」

 

「うふふふ! そう。そうなのね」

 

 

13人の魔法少女と13人の騎士。皆が仲良くなれる世界。皆が仲良く、笑って暮らせる未来。

それがまどかが描いていた夢であり、希望なんだ。

無理だと言われても仕方ない。でも、抱くだけならいいじゃないか。

 

 

「希望を抱くのが間違いだなんて言われたら、わたしそんなのは違うって何度でもそう言い返せます。きっといつまでも言い張れます!」

 

「……そう」

 

 

マミは、それはそれは優しい微笑みを向けた。

 

 

「だったら、もう答えは出てるじゃない」

 

「え?」

 

「今の世界。とっても素敵だった」

 

「でも、これは――」

 

「叶わない?」

 

 

はい。

まどかが、そう口にしようとした時だ。

 

 

「叶うよ!」

 

「わ!」

 

 

まどかの膝の上にちょこんと座っていたのは、ゆまだ。

彼女はぐいっと身を乗り出して、まどかの顔を覗き込む。

 

 

「叶う! まどかお姉ちゃんなら叶えられるって! ゆまっ、そう思う!」

 

「ゆまちゃん……!!」

 

「鹿目さん。私達は希望があったから奇跡を起こせた」

 

 

だったら、その希望を諦めるのは早すぎる。

 

 

「貴女ならきっと、もう一度奇跡を起こせる筈よ」

 

「うんうん、ゆまもそう思う!」

 

「二人とも……」

 

 

すると暗い砂漠にもう一つの椅子が。

 

 

「わたしも、そう思う」

 

「!」

 

 

座っていたのはかずみだった。

彼女は悲しげな表情を浮かべているが、口では笑みをつくって、まどかに語りかける。

 

 

「やっぱり、必要なんだよ……。こんなゲームだからこそ、まどかみたいな幸せな希望が」

 

 

嘘みたいに幸せな希望が。

 

 

「だって、まどかの希望は――、わたし達の希望になれるから」

 

「……!」

 

 

かずみ達は同時に頷く。

すると辺り一面真っ暗だった景色に、一点の光が見えた。

まどかは瞬間的に察する、あれが出口なのだと。

そしてマミは、最後の質問を一つ。

 

 

「鹿目さん。貴女にとって、魔法って何?」

 

「魔法……」

 

 

まどかの脳裏に、幼い頃の記憶が思い浮かぶ。

気がつけば、いつの間にか家の本棚にあった不思議の国の絵本。

願いはきっと叶うのだと教えてくれた素敵な御伽噺(おとぎばなし)

 

誰しもの心の中に、魔法と言う不思議な力はある。

悲しい世界を変える力が、その手にはあると――、教えてくれた。

それが魔法だ。鹿目まどかにとっての幻想の果て。

 

本に書いてあった魔法は、幸せを呼ぶものだった。

だからまどかにとって魔法とは、『希望』なのだ。闇さえ砕く力である。

目の前の悲しみに立ち向かうための呪文。それが今は、一番ほしいもの。

 

 

「さあ、行って。鹿目さん!」

 

 

マミは答えを聞くことは無かった。

答えは、鹿目まどかが知っていればそれでいい。

 

 

「そして貴女の希望を、どうかこのゲームで示して」

 

「まどかお姉ちゃん。ゆま、応援してるよ」

 

「まどか。わたしも……、貴女みたいな希望を抱きたかった」

 

「皆……」

 

 

ほら、早くしないと光が消えちゃうかも。

急かす三人に負けて、まどかはアワアワと跳ねる様にして椅子から立ち上がった。

鹿目まどかは、この僅かな時間の中で、覚悟と決意を固めていた。

それができるのが、鹿目まどかの強さであった。

 

 

「みんな、ごめんね。そしてありがとう」

 

 

すっきりした。

まどかはそう言って、地面を強く蹴る。

 

 

「わたし、やっぱり諦めたくない! 今しっかりとそう思った!!」

 

 

この胸に抱える希望を形にしたい。

人は絶対にそれを無理と言うだろう。人は絶対にそれは叶わないと言うだろう。

でも、それでも叶えたい世界が。描きたい未来があった。

なにより、今と言う時間に守り抜きたい物がある。

多くの人に分かってもらえなかったとしても、わたしは大声でこの夢を語りたい。

 

 

「だって、それがわたしの希望だから!!」

 

 

まどかは走り出した。

後ろは振り返らない。振り返ればまた立ち止まってしまいそうになるからだ。

だから、ひたむきに一筋の光を目指して暗闇の中を走りぬいた。

呼吸は荒く、体は重く。それでもまどかは光を目指して足を止める事は無い。

 

そして光に近づくと、名前を呼ぶ声と、光から伸びた手に気づく。

まどかは闇の中でそれを掴もうと必死に走る。

 

 

「ぐっ!」

 

 

しかし光に近づくにつれて、抵抗感が強くなっていく。

もう少しで手が届くのに、まどかはあと一歩届かない様な状態を何度と無く続けていた。

 

これは弱さだ。

このまま闇の中でまどろんでいられたのなら、全ての辛いことから目を背ける事ができる。

誰だって進んで嫌な事はしたくない。それが心理と言う物なのだから。

 

 

(でも、わたしは進まないといけない!!)

 

 

だから、まどかは必死に手を伸ばす。

それでも闇は泥の様にまどかに絡まり、重石となって闇の中へと引き寄せていく。

 

 

「くっ! ぐぅッッ!!」

 

 

もがくまどかだが、比例する様に光からは遠ざかっていった。

希望なんて抱くだけ無駄。どうせまた皆に否定される。

誰も戦いを止めない、誰も争い止めない。

 

魔法なんて、希望なんて全部無駄なのだから。

心の隅に宿っているネガティブな想いが、まどかを包む絶望となって思考を停止させようとする。

 

 

「わたしは……、わたしは――ッ!!」

 

 

まどかは歯を食いしばる。

 

 

「わたしはココじゃ終われない!!」

 

「―――」

 

「!!」

 

 

その時、まどかは自分の背中が押される気がした。

決意の言葉が体を軽くさせたのもあるが、誰かに背中を押されている。

 

 

「あ……」

 

 

そして、まどかは光の中から伸びる手を掴んだ。

すると一気に引き寄せられていくまどか。

振り返ると、一瞬だけ緑の美しい髪が見えた。すぐに光が溢れ、闇は消えていく。

 

 

「まどか――」

 

「さやかちゃん……!」

 

 

闇からまどかを引き抜いたのは、さやかだった。

彼女は表情を暗くして、まずはまどかへ謝罪を行う。

 

 

「ごめん、勝手なことして……」

 

「ううん、心配してくれたんでしょ? 嬉しかった」

 

 

少し、寂しかった所もあるけど。

それを聞くと、さやかはバツが悪そうに目を逸らして頭をかく。

 

 

「あたし、最期までポンコツだったよ」

 

 

悲しい世界を変えられると思ってたけど、難しいって思い知らされた。

それも、大きすぎる代償まで伴って。

 

 

「でも、あたしにだってプライドがある」

 

 

だからこそ、この夢を通じてコンタクトを取れる様に祈った。

願いが魔法を形作る、どうやらうまく行ってくれた様だ。

 

 

「マミさんたちに、会えた?」

 

「うん……」

 

「そっか、何て言ってた?」

 

「ふふ、秘密」

 

「たはは! まどかってば意外と意地悪な所もあるよね」

 

「えぇ? 酷いよさやかちゃん」

 

 

だから、教えてほしいのなら……。

 

 

「一緒に、行こうよ」

 

「………」

 

 

さやかは寂しげに微笑むと首を振る。

 

 

「ごめん、あたしは行けない。ココまでなの」

 

「………」

 

 

さやかは、まどかと位置を入れ替えるように移動すると、手を離す。

自然に光の方へと導かれていくまどかと、光から離れる様に闇へ沈んでいくさやか。

手を伸ばしたかったが、ワガママを言っている時間も無いんだ。

まどかはさやかの表情一つで全てを読み取った。

伊達に長い時間を一緒に過ごしてはいない。

 

 

「ごめんまどかっ! 無茶振りになるけど、ホントごめん!!」

 

「ううん大丈夫。ありがとう、さやかちゃん!」

 

 

まどかもまた寂しげな表情を浮かべ、別れを告げる。

 

 

「じゃあ……、またね。さやかちゃん」

 

「ま――」

 

 

そこで言葉を止めるさやか。

ニコリと笑って、手を振る。

 

 

「ばいばい、まどか」

 

 

そこで消え去るさやか。

そして、まどかの隣を一人の男が通り抜ける。

 

 

「!」

 

 

一瞬だった。一瞬だが、まどかは全てを理解する。

彼の苦しみ、悲しみ、そして勇気と希望。

それはまどかの心に炎として灯ると、確かな熱を放ち始める。

そう、そうなんだね。まどかの目に涙が浮かんだ。

 

 

「ッ」

 

 

そしてまどかは、涙を流しながらも強い眼差しで光の先を見た。

もうそろそろ、夢から覚める時間の様だ。

 

 

「!」

 

 

さやかが死んだことで、ローレライの魔法陣もまた消え去る。

飛び起きるまどか、頭を抑えて記憶の糸を辿る。

そう、そうだ、ほむら達は自分を置いてワルプルギスと戦いに向かったのだろう。

どれだけ寝ていたんだ? 時計を見て唇を噛む。

ボウっと立っている時間は残されていないようだ。

 

 

『やあ、まどか』

 

『ッ! キュゥべえ!!』

 

 

キュゥべえがコンタクトを取ってきた。

本当はもう何度も話しかけてくれた様だが、まどかが寝ていたので会話ができず困っていたと。

キュゥべえもまどかの事情や心情は理解しているつもりだ。

 

 

『だから動きながらでいいから話を聞いてほしい』

 

「う、うん!」

 

 

まどかは光の翼を広げて窓から飛び出す。

急がなければ。幸か不幸か、辺りを見れば、ビリビリとした魔力が嫌でも伝わってくる。

雲に覆われていてよく見えないが、あそこにワルプルギスがいるのが分かる。

そしてその緊張感の中で伝えられる情報。

 

 

『キミのパートナーである城戸真司が死んだよ』

 

「………」

 

 

無言で飛行を続けるまどか。

キュゥべえは彼女の態度に首を傾げた。

珍しい事もある。まどかは、やや瞳が潤んだだけで、表情も変える事はなかった

 

 

『キミらしくない』

 

「だって、知ってたから」

 

『……? それはおかしい。ボクの言葉以外にソレを知る事はできなかった筈だ』

 

「ううん、真司さんが教えてくれた」

 

『そんな馬鹿な、だって――』

 

「教えてくれたんだよ?」

 

 

夢の中でと言われれば笑われるだろうが、確かに真司は言ってくれた。

彼は分かっていたんだ、リュウガに勝った時点で自分がどうなるのかを。

真司は心の中でまどかに謝罪を行っていた。何度も、何度も。

その想いが、まどかに少しでも届いたのかもしれない。

真司自身である彼を、通して。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

『なるほど、キミが目覚めるまでは、体の中にドラグレッダーが待機していたのか』

 

 

今はもうルールの都合上、体の中に戻す事はできない。

しかし同調している時に、ドラグレッダーの意識がまどかにリンクしたとすれば、あり得ない話では無い。

キュゥべえはあくまでも論理的に解釈を行い、まどかに騎士復活のプロセスを告げる。

 

 

『尤も、キミがチャンスを使うとは思えないけど』

 

「うん、使わない……! それを一番望んでいるのは真司さんだから」

 

 

まどかの言葉には一点の曇りも無かった。

キュゥべえもそれは分かっていた事だ。だから特に言う事は無い。

そうしていると、視界にだんだんと映る魔女の姿。

事前情報から、頭が下にあり、笑い声を上げているのがワルプルギスだとすぐに分かった。

そしてその隣にいる魔女が服装からほむらだと言う事もだ。

 

 

「……ッ!!」

 

 

間に合わなかった? ブレそうになる心。

しかしまどかはそれを抑えつけて弓を構える。まだ諦めるには早い、何か活路がある筈。

その想いを抱いてまどかはスターライトアローの詠唱を始める。

そしてそれを放ち、あの状況へと至るのだ。

 

 

「まどか……! まどか!!」

 

「ッ! サキさん!?」

 

「ッ! やっぱりまどかなんだな!!」

 

 

サキの声を拾うまどか。辺りを確認して瓦礫の山を見つける。

サキがあの中に!? まどかはすぐに瓦礫を吹き飛ばそうと構えるが、それに気づいたサキが慌てて制する。

 

 

「私のソウルジェムは大丈夫だから、構わなくていい!」

 

「え? でも!」

 

本体(ソウルジェム)は無事だが、肉体(いれもの)の損傷が激しいんだ……!」

 

 

サキは、ここで瓦礫を取り除いても自分が足手まといにしかならないと分かっていた。

それに時間が経つ程、自分がどういう状況なのかが分かる様になってくる。

動きにくいとは思っていたが、下半身が丸ごと無くなっていたからだと知れば、サキの中には強烈な無力感が浮かび上がる。

そして何より、サキも一人の人間である。

 

 

「君に……、この姿を見られたくない」

 

「サキさん……!」

 

 

視界が悪いと思ったら右目が無くなっていた。

左腕もほとんど使い物にならないくらい損傷している。

纏わり付く生暖かい柔らかなものは、きっと臓物だ。

まどかは、サキに憧れを抱いてると言ってくれていた。マミやサキの様にかっこよくなりたいと。

 

嘘でもいい。サキはそれが嬉しかったんだ。

だからこそ、かっこいい自分でいたいと言う想いが確かにあった。

だから見られたくないんだ。臓物をぶら下げながら、まどかに守られる自分は想像したくない。

 

 

「じゃあ回復だけでも!」

 

「いや――ッ!」

 

 

まどかの回復はそれなりに効果はあるが、何よりも天使を召喚すると言うのは目立ってしまう。

幸い今、サキはワルプルギスに気づかれていない。

ほむらを先に狙っただけの可能性もあるが、せめて使い魔くらいは差し向ける筈だ。にも関わらず何も飛んで来ない。

ここで下手にアクションを起こして見つかると、本当に足手まといになりかねない。

 

 

「私もまだ魔法は使える。自己回復に専念して、狙われたら飛んで逃げるさ」

 

 

だからまどかには、まずワルプルギスを倒してもらいたいと。

そうすれば戦いは終わり、ゲーム終了時の願いを叶える所まで持っていける。

ほむらの問題もあるが、とにかくワルプルギスがいてはどうしようも無い。

 

まどかはサキの言葉を躊躇いがちに聞いていたが、その声に込められた想いに気づくと、強く頷いて翼を広げた。

ココにいてはサキが見つかってしまう。

とにかく今は魔女の注意を引き付けなければ――!

 

 

「気をつけろまどか! 奴は幻覚を使うぞ!!」

 

「うん! ありがとうサキさん!」

 

 

だったらと、まどかはすばやく詠唱を行い、弓を真上に構える。

 

 

「スターライトアロー!」

 

 

呼び出すのは乙女座の天使ハマリエル。

放たれた天使は、まどかを抱きしめる様にして吸収されていく。

乙女座は、かけられた呪いや状態異常を回復させるだけでなく、予防も行ってくれる。

これでワルプルギスが精神異常をきたす幻想を仕掛けてきても、問題は無い。

 

 

「ふっ!」

 

「グゥウウウ!!」

 

 

ドラグレッダーに飛び乗り地面を離れるまどか。

サキは瓦礫の隙間からまどかの背中を見つけ、安心した様にため息をついた。

喉が潰れていないのは幸いだったか。体が半分無いのに声が出せると言うのは魔法少女故。

ソウルジェムも多少は濁っているが、まだまだ魔力に余裕はある。

狙われれば少しの抵抗くらいはできそうだ。

 

惜しむべきは爆発の衝撃でグリーフシードがどこかへ飛んでいってしまった事。

ストックは腰のベルト横のミニポーチに一まとめにしていたのが悪かった。

 

 

(頼む……! まどか。結局キミに頼む事を申し訳なく思うが、どうか私達に希望の活路を――ッ!)

 

 

サキは棒立ちになっているホムリリーに視線を移してそう祈る。

ホムリリーは今、何を思っているのか? それにしても何故動かない?

サキは何か引っかかる物を感じたが、それが何かはいまひとつ分からず、気持ちの悪い物を感じるだけだった。

 

 

『アーッハハハ! ヒヒヒヒ! ヒハハハハハァアッッ!』

 

 

水面から何事も無く浮上してくるワルプルギス。まどかは目を細めて弓を構える。

最強最悪の魔女ワルプルギスの夜。いくつもの文明を終わらせ、破壊の限りを尽くした魔女。

そして、魔法少女の悲しみの具現化!

 

 

「輝け天上の星々カンビエル!」

 

 

弓を構えるまどか。光が集中し、星座が背後に現れる。

すると笑い声と共に、まどかの周りから飛来して来る影魔法少女達。

まどかの放つ光は、絶望を退けてしまう。それは良くない。ワルプルギスの好む良質な絶望が消えるのはいけない事なんだ。

影魔法少女達は、一勢にまどかに向かって武器を振り上げる。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

まどかの周りを激しく旋回するドラグレッダー。

咆哮は襲い掛かって来た影魔法少女を怯ませ。その長い体で使い魔達を打ちはじき、追撃の火炎放射で消滅させる。

一方まどかは、翼を広げて詠唱を続けている。弓を思い切り振り絞り、蕾のギミックを開花させた。

 

 

「煌け! 水帝のアクエリアス!!」

 

 

背負う星達が紡ぐのは、水瓶座の並び。

 

 

「希望の泉、穢れ無き久遠の雫。万物を流動させる水練の矢となり我を照らしたまえ!」

 

 

希望を齎すとされる友愛の天使。

 

 

「解放せよ、水瓶! スターライトアロー!!」

 

 

まどかの弓から眩い光が放たれる。

光はあっと言う間に形を変えて、壮大な翼がついている水瓶・『カンビエル』となった。

そして天使の中から放出されたのは大量の水だ。それもただの水ではなく、龍の形をした水流だった。しかも水龍はそのまま川の中に飛び込むと、川の水を自分の力に変えて、吸収を開始する。

その結果――

 

 

「「「「クオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」」

 

 

ワルプルギスの周りの水面に、無数の波紋が生まれ、そこから次々に水龍達が顔を見せる。

あっと言う間に八体のドラゴンが、ワルプルギスを取り囲んだ。

魔女はその状態でも狂った笑い声を上げるだけ。

 

 

(抵抗をしない――ッ?)

 

 

まどかが疑問に思うと、視界が白に染まる。

フラッシュ? いや、これがサキの言っていた――!

 

 

「効かないッ!」

 

 

精神異常をきたす光を跳ね飛ばすまどか。ワルプルギスはそれでも笑い続ける。

そうしていると、次々に魔女を噛み砕こうと水龍達が襲いかかった。

抵抗しないワルプルギスに次々と歯を突き立てていく。

 

龍が体に群がる。

それでも尚、ワルプルギスは笑っていた。

しかしそのリアクションとは対照的に、魔女の肉は食いちぎられ、ワルプルギスからは影を液体にした様な黒い血が飛び散っていった。

 

 

『うおッ! あのワルプルギスにダメージを与えやがった!!』

 

「鹿目まどか……! やっぱアイツなのか」

 

 

展望台。思わず身を乗り出して声を荒げるジュゥべえ。ニコも感心したように唸っている。

強固な防御力を備えたワルプルギスの肉体に傷を負わせるとは、ひょっとしてひょっとするのか?

ゴクリと喉を鳴らすジュゥべえ。ニコも汗を浮かべてその様子を遠めに見ていた。

 

 

「毒をもって毒を制すって事か……」

 

 

やはり最強の魔女を倒せるのは、最強の魔女になる可能性を持った鹿目まどかなのかもしれない。

頷くキュゥべえ。確かにワルプルギスは強いが、まどかも通用するだけの力を備えているようだ。

 

 

『ヒヒヒィイイイヒハハハハ!! アハハハ! ハハハハ!!』

 

「!」

 

 

突如ワルプルギスを囲んでいた水龍が消し飛ぶ。

何をしたのか全く見えなかった。衝撃派? サイコキネシス?

いずれにせよ自身の天使を一瞬で消滅させた力に、まどかは汗を浮かべる。

 

だが負ける訳にはいかない。

早くしないとサキが、ほむらが危ないのだから。

特にほむら。魔女となってしまった彼女はこのまま放置していればワルプルギスの的になるだけでなく、人を襲いかねない。

友達に人殺しなどさせてたまるか。まどかは魔力を上げて弓矢を構える。

 

 

「降り注げ天上の矢!」

 

 

まどかが手をかざすとワルプルギスの上空に桃色の魔法陣が光輝く。

そこへ弓矢を打ち込むまどか。すると魔法陣からは大量の矢が発射された。

 

 

「マジカルスコール!」

 

『ヒュハッ! ヒャハハハハハハハハハハ!!』

 

 

ワルプルギスの大きな体は、それだけの矢を受けると言う事でもある。

次々に命中していく光の雨。大きなダメージを与える事になり、ワルプルギスの肉体は削れる様にして消滅していく。

 

 

「わたしは希望を諦めない!!」『ユニオン』『シュートベント』

 

 

ドラグアローを構えるまどか。

ワルプルギスは抵抗しようにも、マジカルスコールに動きを止められて何もできない状況だった。

その間に、まどかは力いっぱい、全ての力と想いを込めて、弓を振り絞り発射する。

 

風を切り裂き飛翔するドラグアロー。

それはワルプルギスの象徴とも言える巨大な歯車に強い音を響かせて突き刺った。

あれは絶望の象徴。まわり続ける愚かな輪廻。だからこそまどかは思う。

あれを壊さなければならないと。

 

多くの参加者が飲み込まれた。

多くの関係ない人が巻き込まれた。

戯曲? それが絶望の上に成り立つ物なら――!

 

 

「わたしは、絶対にそれを否定する!!」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

 

両手を前に突き出すまどか。

 

 

(お願い真司さんッ、力を貸して!)

 

 

まどかは光の翼を広げて宙に留まり、そこで思い切り両手を旋回させる。

それに呼応して、ドラグレッダーが叫びながらまどかの周りを激しく旋回していく。

ある程度まどかの周りを飛ぶと、背後に回って口を開いた。

 

 

『ヒャハハハハハハハハハ!! アハハハハハハハハ!!』

 

 

まどかを囲むのは減速魔法陣。

しかし乙女の加護を受けたまどかには、そんな物は何の意味もない。

何食わぬ顔でその魔法陣をノーモーションで消し飛ばすと、狙いを定める。

そうだ。これが絶望と言う筆で書かれた戯曲ならば。

 

 

「わたしが、希望で書き換えて見せる!!」

 

 

まどかは左足を突き出してキックのポーズを取った。

そして同時に放たれるドラグレッダーの炎。

それはまどかに融合して。爆発的な加速と威力を与える。

 

 

「だぁあああああああああッッ!!」

 

 

ドラゴンライダーキックを放つまどか。

ワルプルギスに猛スピードで突撃すると、ドラグアローが刺さった部分に蹴りを直撃させる。

最強の熱エネルギーと起爆剤が合わさって――

 

 

『ヒィィイイイイイイイイイイイアアアアアアアアア!!』

 

 

断末魔が巻き上がり、大爆発がワルプルギスの夜を包む。

文字通り、爆発四散するワルプルギスの夜。

頭部も吹き飛び、空中を回転した後に川へ着水する。

 

 

「ふっ!!」

 

 

一方爆発の中から姿を現すまどか。

翼を広げ、ドラグレッダーと共に勝利をかみ締めた。

達成感の中にある寂しさ。いずれにせよ、これでゲームは終わる。

多くの仲間を失った。そしてその先にある未来を思えば、まどかの心にはやはり寂しさがこみ上げてくると言う物だ。

だが、これで確かに戦いは――、長い悪夢は終わりを告げるのだ。

 

 

「サキさん! やった……! わたしやったよ!!」

 

「ッ! まどか……!」

 

 

まどかの声が聞こえてサキは聴力を強化する。嬉しさと悲しさが混じった声が聞こえていた。

 

 

「倒した! わたし倒したんだよ! ワルプルギスを!!」

 

「まどか!!」

 

 

サキは笑みを浮かべて大きく息を吐く。

だがまだコレで終わりではない。ほむらをどうするかを考えなければ。

 

だが不思議な物だ。

まどかがいる今ならば、何とかなりそうな気がして来た。

本当に大きな希望なんだとつくづく思う。早くまどかの笑顔が見たい。

サキはそう思いながら、もう一度安堵のため息をついた。

 

 

『マジかよ!! あのワルプルギスを一人で倒しやがった!!』

 

「……っ」

 

 

こりゃすげぇと、ジュゥべえは声色を軽くしてまどかを褒めていた。

正直、あの人数では勝ち目薄かと睨んでいたが、見事に予想が外れたと連呼している。

もちろんそれはいい意味でだ。

 

 

『鹿目まどかの本気って物を見せてもらったぜ』

 

 

ジュゥべえは少し満足気にピョンピョンと体を上下させている。

一方のキュゥべえ。ジュゥべえの様にハイテンションではないが、成る程と何度か頷いていた。

彼もああ見えて、驚いているのだろう。

 

 

『やるね、彼女も』

 

『ああ、鹿目のやつ覚醒してから本当に強――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いや、彼女じゃないよ』

 

『え?』

 

 

ジュゥべえは間抜けな声をあげて動きを止めた。

 

 

『彼女じゃない? 彼女じゃないって、他に誰がいると言うんだ先輩?』

 

 

代わりに答えたのは、まさかのニコであった。

尤も答えたとは少し違うかもしれない。

純粋な思いをニコは口にしただけと言えばいいか。

 

 

「おかしいだろ。普通に考えて、さ」

 

『?』

 

「さっき言ったよな……。うん、さっき絶対に言った」

 

『なにが』

 

『私は確かにこの耳で聞いたぞ』

 

 

ニコは汗を浮かべ、そして唇は震わせている。

目は見開き、遠くにいるだろうまどか達をジッと見詰めていた。

違和感。だってそれはキュゥべえが先ほど言った言葉じゃないか。

 

 

「ワルプルギスの夜は……、脱落者の魔法を使えるんだろ?」

 

『まあ、そうだな。それがどうしたよ?』

 

「いや、気づかんのかよジュゥべえ……!」

 

『?』

 

 

意味が分からないと首を傾げるジュゥべえ。

対照的にキュゥべえは先ほどから一点をずっと見つめている。

 

 

『正解だよ、神那ニコ』

 

「……ッ!!」

 

『お、おいおい。なんだよさっきから二人して』

 

「馬鹿かお前!」

 

 

ニコは思わず声を荒げてジュゥべえに違和感の正体を告げる。

まどかとサキは知る事の無い情報だったからまだしも、ジュゥべえはワルプルギスの事情を知っているじゃないか。

脱落者の魔法を使うことができる。これが全ての答えだった。

 

 

「なんでワルプルギスは美樹さやかの魔法を使わなかった?」

 

『……あ』

 

「いや、それだけじゃない。美国織莉子の魔法――ッ!!」

 

 

そして、答えは、『本人』の口から告げられる事になる。

 

 

『ウフフ!』

 

「!」

 

『ウフフフフ! アハッ! アハハハハハッ!』

 

 

え?

 

 

『アーッハハハハハハハハハ! ヒャハハハハハハハハハハハハッッ!!』

 

 

それは紛れもなく、『彼女』の笑い声だった。

 

 

「なん……で?」

 

 

まどかは見る。聴く。

 

 

『アハ! アハ! アッハッ! アーッハハハハハハハハハァアアアッッ!!』

 

 

ホムリリーが、確かに『ワルプルギス』の笑い声をあげていると言う事に。

そして、ニコやサキが抱いていたもう一つの違和感の答えも明らかになる。

それは何故ホムリリーがずっと棒立ちだったのかと言う事だ。

魔女になったのだから、何かしらのアクションや動きは行う筈だ。

 

にも関わらず、ホムリリーは魔女化してから一歩も動かなかったし。攻撃をする事も無かった。

それは何故か? その時、黒い影が液体の様にして、棒立ちだったホムリリーを包む。

まどかは空中に留まり、その光景を見ることしかできなかった。

 

 

『ヒャハハハハハハ! イヒャァハハハハハッ!! ヒーッヒヒヒヒ!!』

 

 

まどかの前に、ワルプルギスの夜が、その姿を現す。

 

 

「ど、どうして……!!」

 

 

だって今、たった今倒した筈なのに!

まどかが川を見ると、そこには確かに――、ホムリリーの首が浮かんでいた。

 

 

「え?」

 

 

鹿目まどかは大きな希望の塊である。

自らの希望を世界に示す為に、最強の魔女ワルプルギスへその力を見せ付けた。

絶望のシナリオを希望に満ちたシナリオにするのが鹿目まどかの願い。

だが同時にコレは覚えておいてもらいたい。

ワルプルギスの夜は、絶望の塊であると言う事を。

 

 

『ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』

 

 

希望のシナリオを彼女は新たに塗りつぶす。黒く、真っ黒に染め上げてもう何も描けぬように黒く。

希望も、夢も、くだらない未来も全部可能性ごと消滅させる為に。

 

 

『見事だね、ワルプルギスの夜は』

 

 

キュゥべえが称えたのはまどかではない、ワルプルギスの夜だ。

何せ、全てが彼女のシナリオ通りに動いていたと言う印象しか受けない。

ニコも言っていた事だが、ワルプルギスの夜は脱落者全ての魔法を使える。

現に彼女はほむらを殺す際、未来予知を使ってトリックベントの出現場所を先読みしていたのだから。

 

同時に、ワルプルギスは鹿目まどかの到着を予知した。

そう、最初から知っていたのだ。魔女は始めから全てのプランを組み立ててあったのだとキュゥべえは語る。

 

対まどかにおいてワルプルギスは、最初の一手をまどかが戦場に現れる前に繰り出していた。

それはかずみの魔法、ラ・ベスティアの使用である。

この魔法は魔女、および使い魔、もしくはミラーモンスターの洗脳が効果であった。

 

 

『そう、ワルプルギスはコレでホムリリーを完全なる操り人形と変えたんだ』

 

 

ホムリリーは暁美ほむら同じく、時間を止められる力を持っていた。

だからワルプルギスの夜は、ホムリリーに命令を下し時間を止めさせ、そこでニコの『再生成』を発動させた。

元々ある物を違う物に作り変える力、ワルプルギスはこれを自身とホムリリーに使用する。

 

その目的はホムリリーの姿をワルプルギスに。ワルプルギスの姿をホムリリーに変える事。

それが終わった後は、位置を入れ替えて時間停止を解除させる。

そこでやってきた鹿目まどか。ホムリリーはほむらの面影を強く残す姿をしている。

結果、なんの疑いも無くまどかはホムリリーを攻撃せずに、『逆さ女』の方に攻撃を開始した。

 

まどかの攻撃をワルプルギスが回避せずに受けていたのも、傷を負っていたのも、全てはその中身が洗脳状態のホムリリーであったからに他ならない。

けれど何もしないと流石に怪しまれる、だから本物のワルプルギスはたまに影魔法少女を出現させたり、ホムリリーに時間を止めさせ水龍を攻撃して、さも抵抗している様に見せた。

 

まどかは乙女座の効果によって自身に降りかかる幻想を無効化できると言う自信があった。

だからこそ目に映る景色を疑わない。本当に姿かたちが変わっているなんて事は、想像もしていなかっただろう。

故にワルプルギスの抵抗が弱くても、疑問には思わなかった。

それにしたって姿は同じなんだ。疑う心が薄くても仕方ない。

 

まどかは、ワルプルギスの計画どおりに動いてくれた。

それが分かってきたのか。まどかは自分のした事を理解して唇を震わせる。

青ざめ、目に涙を浮かべるまどか。

つまりなんだ。簡単に言うと。

 

 

「わたしっ、ほむらちゃんを……、殺し――ッ!」

 

 

まどかがほむらを傷つけ、この手で友人を殺した。

まどかは友達の為に希望を抱いた。なのに最も矛盾した行為を今、行ったのだ。

残った者たちを。ほむらとサキを助けたかったのに――ッ!

 

 

『ヒャハハハハッ! アハハハハハハハハハハ!!』

 

「ッ!」

 

 

ゾッと、まどかの背中に寒いものが通り抜ける。

自分の希望をあざ笑うかの様な、狂った笑みだった。

まるでワルプルギスは、まどかの希望を知っていて。それを打ち砕く為にこんな事をしたのではないかと思ってしまう。

 

そしてその効果は絶大な物だった。

まどかを繋ぎ止めていた希望。その根本の想いを打ち砕いたワルプルギス。

友達の為に戦うまどかが、自らの手で友達を殺す最高の絶望。

たとえそれが仕組まれたものだとして、まどかの心を揺さ振るには十分だったのだ。

 

 

『クハハハハ! イーッヒヒヒ! ヒハハハハハッッ!!』

 

 

これを、笑わずにいられるかと。

 

 

「あ――ッ! うぁ゛ッッ!」

 

 

まどかの目の前に何本もの剣がいきなり現れ、ひとりでに振るわれていく。

体の至る所に傷が作られ、血が飛び散る。

そう、ワルプルギスは手に入れたのだ。

 

 

【暁美ほむら・死亡】

 

 

ほむらの魔法を。

 

 

「うあぁあぁああああッッ!!」

 

 

まどかの体が次々と爆発していく。

何をされたのか、何が起こっているのか、まどかには全く理解できなかった。

すぐにシールドを発動するが、なんの事は無くそれが割れる音がして、体には痛みと衝撃が刻まれていく。

時間停止を手に入れたワルプルギスは、早速その力を惜しげもなく使っていく。

 

まどかの力の源である希望は、現在ほむらを殺したと言う罪悪感から不安定に揺らいだ物になっている。要するにワルプルギスの絶望がまどかを侵食しているのだ。

当然それに比例して、結界の強度は弱まっていくというもの。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「ドラグレッダーさんッ!」

 

 

まどかを守ろうと旋回するドラグレッダーだったが、時間停止の前では無力と言ってもいい。

体の至る所が爆発し、地面に墜落していった。もはやまどかの通常結界は無力だ。

そんな中で、ワルプルギスの炎が迫る。

 

 

「あ、アイギスアカヤー!!」

 

 

巨大な盾が前方に現れてワルプルギスの攻撃を防ごうとする。

しかしまどかは分かっていない。ワルプルギスが参加者の魔法を使える事を。

再び停止する時間。ワルプルギスはそのままスムーズにまどかの背後に回ると、炎を発射して時間の流れを元に戻す。

アイギスアカヤーは強固な盾であり、これならば今のまどかでもワルプルギスの攻撃を十分に防げるだろう。

しかし盾が守れるのは一方だけ、背後から来る攻撃には対処できない。

 

 

「うッ! くぁぁあ゛ッ!!」

 

 

背中に炎を受けて、まどかは苦痛の声を漏らした。

かとも思えば絶叫。四方から剣や銃弾など、様々な参加者の武器がまどかを襲う。

脳に響く笑い声。これは自分が守れなかった証ではないか?

その後も休む事なくまどかに襲い掛かる爆発の嵐。

 

まどかも必死に抵抗を示すが、どれだけ攻撃を行っても、ワルプルギスはさやかの自己回復を使用して無傷の状態へと戻る。

スターライトアローを使用したくても、ワルプルギスの攻撃は絶え間なくまどかを襲い、詠唱の隙を微塵も与えない。

 

 

「う……ぁ」

 

 

光の翼がボロボロとなり、まどかは地面に墜落していく。

そんな彼女へ更なる絶望の一撃が繰り出される事となる。

これこそが、鹿目まどかを絶望の底へと突き落とす一手だった。

 

 

『ヒャハハハハハハハハ!!』

 

 

ワルプルギスの笑い声と共に召喚される影魔法少女。

地面に叩きつけられたまどかは、その姿を見て絶句する。目を見開いたまま動けなくなる。

それはあまりにも大きすぎるショックで、だ。

ワルプルギスが呼んだ影魔法少女達は全部で11人。

 

マミ、さやか、杏子、ほむら、ゆま、キリカ、織莉子、かずみ、あやせ、ニコ、ユウリ。

それぞれのシルエットを持った影魔法少女達は、同時に武器を構えて魔法をまどかにぶつけようとしていた。

皆で幸せになれる未来を描いたまどかにとって、これ程辛い攻撃があるだろうか。

 

皆が自分を殺そうとしている様な光景が対比を生み出し、より強い落差を生み出す。

魔女なら今までだって倒してきたが、コレは、よりまどかの心を抉る。

そう簡単には割り切れない。

 

 

「……っ」

 

 

まどかは苦し紛れのアイギスアカヤーを前方に出現させる。

だがもう今のまどかを見て、ワルプルギスは時間を止める必要は無いと判断した。

サイコキネシス。それはまどかの盾を歪に変形させると、直後粉々に打ち砕いてみせる。

 

 

「―――」

 

 

盾の残骸越しに、まどかの表情が見えた。

先ほどまで希望に満ちていたその表情は、暁美ほむらを殺した事で絶望へと変換されている。

落差。その相違。希望が強ければ、それが落とされた時のショックはより深いものになる。

上げて落とす事が、より精錬された絶望を生み出すとワルプルギスは知っているのだ。

 

 

『キシシシィヒハハハハハハハハハッ!!』

 

 

ワルプルギスの笑い声を合図にして、一勢に放たれる魔法少女達の攻撃。

巨大な銃弾であったり、無数の剣であったり、脱落していった魔法少女たちが生み出す攻撃が、まどかを次々に焼け焦がし、傷つける。

 

 

「うあぁあッ! うぐっ! ふぁッッ!!」

 

 

爆発が収まり、残った爆煙の中から転がってくるまどか。

その姿は、見るも無残に変わり果てていた。あれだけ可愛らしい魔法少女の衣装が、焼け焦げ、剣で切り裂かれ、見える素肌は抉れていたり焼け焦げていたりと、痛々しい。

 

 

「う……、づぁ!」

 

 

まどかは立ち上がろうと力を込める。

その上空では、ワルプルギスが狂笑を浮かべ見下していた。

傷だらけのまどかと、無傷のワルプルギス。まだまだ余裕の様だ。

 

 

『ヒャハハハハハハハ!!』

 

「ッ!!」

 

 

ワルプルギスは唐突に、上空に炎の塊を発射する。。

すると炎がある程度上昇した後に爆発。無数の炎弾が流星の様に降り注ぎ、周囲を、いや遠くの方まで墜落して爆発させる。

 

まどかは息が詰まり、全身が硬直する感覚を覚えた。

今の攻撃はアピールだ。はたして今の爆発で何人が死んだだろう。

どこへ着弾した? 無差別に街を破壊するワルプルギス。

 

それは、『こんな街などその気になればいつでも破壊できる』と言う余裕のアピールだ。

すぐに街のあちこちに煙と炎が上がる。

また、まただ、また守れなかった。まどかの心にドス黒い影が進入していく。

 

まどかはすぐにサキが埋もれている瓦礫の山を確認する。

なんとか炎は瓦礫を着弾する事は無かったようだが、確かに着弾した場所はある訳で。

 

 

『うぉ! あっぶね!!』

 

 

その絶望的な光景はまどかだけではなく、多くの目に触れる事になる。

ニコは膝を地面に付けて同じく絶句していた。遠目からでも分かるワルプルギスの圧倒的な実力。

魔女が放った炎は、ニコたちが立っている展望台の下に着弾し爆発した。

炎はそこで消えて地面が抉られるだけで済んだが、もう少し着弾位置が上だったら、今頃ニコは消し炭にされていた事だろう。

 

 

「ワルプルギスの夜……!」

 

 

今の気まぐれで、何人が死んだ?

史上最強の魔女と言われた実力を、今ニコはひしひしと感じている。

成る程、あれはもはや災害だ。

 

 

『鹿目まどかは確かに強い。けれど、ワルプルギスはもっと強い』

 

 

一人じゃ流石に難しいよね。キュゥべえは淡々と説明していく。

そして隣では笑っているジュゥべえ。彼はまんまと騙されたと、長い耳をたたき合わせる事で、ワルプルギスに賞賛の拍手を贈る。

 

 

『伊達にラスボスの名は背負ってねぇわな!』

 

『そうだね。ましてや彼女は、まだあくまでも遊びの範囲の様だ』

 

「は!?」

 

 

ニコは思わず声をあげて詳細を問う。

あれが遊び!? 魔法少女の中でもほぼトップクラスの実力を持ったまどかが遊ばれている!?

 

 

『ワルプルギスは今、逆位置を保っている』

 

 

頭が地面の方を向いている状態。要するに今の状態である。

 

 

『彼女が本気を出す時は、正位置の状態だよ』

 

 

頭が天の方を向いている状態を指す。

今のワルプルギスはあくまでも逆位置、ただのお遊びでしかない。

そしてそのお遊びに、まどかは劣勢となっている。

それを聞けばワルプルギスの夜がいかに強いかが分かるだろう。

そして、秘密はそれだけではない。ジュゥべえはニコには教えなかったが、脳内で言葉を続けていたのだ。

 

 

(それにしても、あれで使い魔って言うんだから恐ろしいぜ)

 

 

それはどう言う意味なのか。

それを誰も知る由は無い。

 

 

『ヒャハハハハハッ!』

 

 

動き出すワルプルギス。トドメを刺す様だ。

まどかは抵抗しようとするが、ワルプルギスは時間を止めて、火炎放射を発射する。

まどか視点あっと言う間に炎が広がり、体は熱に包まれる。

必死に地面を転がって火をかき消すが、再び辺りを確認した時、ワルプルギスの顔が目の前にあった。

 

 

『ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』

 

「―――」

 

 

死が、迫る。

 

 

『ヒャアアアァァアハァアアァアァアハハァハァハァッッ!!??』

 

「!!」

 

 

だがその時、激しいフラッシュが巻き起こる。

瞬く光。まどかは攻撃されたと思い、反射的に結界を広げた。

しかし襲い掛かる衝撃は無い。一方で笑い声が震えているワルプルギスの夜。

まどかが上を見上げると、そこには帯電してビクビク震えているワルプルギスが見えた。

 

どうやら最強の魔女であっても、勝利を確信した際に生まれる油断はあったようだ。

常に未来予知を行っている訳ではない、だからこそ忘れていたのだ。死に損ないと認識し、気に留めるまでもないと思っていた人物を。

 

 

『ヒビビビビビビ!! ビバババアハハハハ!!』

 

「あ……!」

 

 

見えたのは白き落雷。

二発目が轟音と共にワルプルギスへ直撃した。

これはダメージを与える物ではなく、大きく怯ませるための物だ。

帯電は麻痺の効果を持っており、ワルプルギスの時間と思考が、しばしの間停止する。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

その意味を理解して飛んでくるドラグレッダー。

多くの攻撃を受けてボロボロになってはいるが、まどかを掴んで飛んでいく。

場所は瓦礫のもと。攻撃を行った魔法少女の所へ。

既に瓦礫の隙間からは眩い白い光が漏れ、ワルプルギスもそれを確認している。

つまり浅海サキは、自分の居場所を晒す事にはなるが、まどかを守ったのだ。

 

 

「まどか!!」

 

「サキさんごめん……ッ! わたし!!」

 

「いいんだ。キミが気にする事じゃない」

 

 

サキからも、ワルプルギスとまどかの一連の流れは見えた。

思えば傲慢な話だったのかもしれない。戦いを止めたいと言っていた自分達は、結局何も成し得る事ができずに、ダラダラと他者の命を取りこぼしながら生き永らえた。

その上で、自分達だけが生き残ろうと言うのはワガママな話だったのか。

 

だが、それでも、このままワルプルギスに殺されるのは納得がいかない。

このまま成す術もなく絶望していくのは嫌なんだ。

その思いもまた、本物だった。

 

 

「待ってて、今ッ、瓦礫をどかすから!」

 

「待ってくれ、まどか」

 

「っ?」

 

 

サキは、冷静だった。

この状況がどうしようも無いという事が分かる。

もしもここで、まどかが瓦礫をどかして、助け出されたとして――、どうなる?

体は修復が済んでいない。満足に動く事もできないサキが戦力になるのか?

 

それに、今の落雷で魔力はほとんど使ってしまった。

ああ、駄目だ。こんな状態でまどかと二人でワルプルギスを倒せるのか?

いや、答えは明白だった。

 

 

「お願いが、あるんだ」

 

「サキ……、お姉ちゃん?」

 

 

生き残っているのはサキとまどか。その二人だけ。だから――……。

 

 

「まどか、私を殺してくれ」

 

「ッッ!?」

 

「ゲームを君の勝ちで終わらせる……ッ!」

 

 

ルールがある。

もしもサキかまどかのどちらかがワルプルギスに殺されれば、その時点で残った一人はワルプルギスを殺す事でしかゲームを終わらせられない。

だったらその前にサキがまどかに殺されれば、まどかが優勝者になれる。

 

 

「そんな……! そんなの嫌だよぉッ!!」

 

「頼む! もうこれしかッ、道が無いんだ!!」

 

「ッッ!!」

 

「ワルプルギスには勝てない! だったら、他の方法で終わらせるしかないんだ!」

 

 

サキは必死に叫び、それはまどかにも痛いほど伝わる思いだった。

先ほどの炎の流星群を見る限り、ワルプルギスを野放しにすると言う事は、この見滝原を更地に変える事になる。

それだけは絶対に阻止しなければならない。

だが自分達にそれができるか? できない、奴の力は異常なのだ。

確かにもうこの状況を覆すには選択肢は一つだった。

 

 

「ワルプルギスが麻痺している今しかない! まどか!!」

 

「……ッ! だったら、わたしを殺して!!」

 

 

まどかは自分のソウルジェムを取り出して、そう叫ぶ。

しかしサキはそれを否定する。情けない話だとサキは自分を蔑んだ。

と言うのも、先ほどワルプルギスの動きを止める落雷を二発打ったわけだが、その消費魔力が自分の想像を絶していた。

 

サキもまた絶望に心を侵食されていたのだろう。

心が絶望に近づけば、それだけソウルジェムが穢れるのが早くなる。

サキは自分のソウルジェムを見るが、もう真っ黒に淀んでいた。

この状態でまどかを殺せば、確実にそのショックには耐えられない。

 

 

「魔女が勝ち残ればどうなるかは分からない。今、私達はそのリスクを犯せないんだ!」

 

「そんなの――ッ! そんなのズルいよ!!」

 

 

確かにまどかは今、絶望を心を食われつつあるが、あの夢で抱いた希望は確かなものだ。

ソウルジェムはまだ余裕の輝きを放っている。

サキの言葉を聞くに、どちらが勝者側に立てばいいのかは明らかだろう。

 

 

「そうだ。グリーフシードが……!」

 

 

とは言え、まどかもそれで素直に納得できる訳が無い。

まどかは予備のグリーフシードがあると少しだけ笑みを浮かべた。

しかし彼女は分かっているのだろうか?

今、自分達が行っている会話が、どれだけ悲惨な物なのかを。

つまりグリーフシードでサキのソウルジェムを回復させ、自分を殺してもらおうと言う事なのだから。

 

 

「あれ……? あれッ!?」

 

 

無い。

まどかは服をすみずみまで探るが、保存していたグリーフシードが姿を見せる事は無かった。

なんで? どうして? まどかは焦りの表情を浮かべて必死に探し続けるが、どれだけ探してもグリーフシードは出てこない。

 

当然だ。

ワルプルギスが時間を止めた際、まどかが持っていたグリーフシードを全て抜き取り、吸収していたのだから。

尤も、まどかがそれを知る事は無いし。もうそんな事を考えている暇も無い。

 

 

「まどか! 頼むッ! 分かってくれ……!」

 

「そんな、そんなの……ッッ!!」

 

「私の最期のわがままを、どうか聞いてほしい」

 

 

分かっている。分かっているんだ。辛い思いをさせる。

こんな役割を君に背負わせたくは無かった。でももう時間が無い、絶望がこの街を、このゲームを支配する前に、歪でもいいから希望を示したい。

 

 

「可能性を殺したく無いんだ!!」

 

「う、うぅぅうッッ!!」

 

 

首を振るまどか。

しかしサキはもう一度まどかにハッキリと自らの願いを言い届ける。

いわば、これがサキに残された最期の希望。

 

 

「頼むまどか! 私を、殺してくれ!!」

 

「ッ!!」

 

 

まどかは思わず耳を塞ぎたくなる。

しかしもう遅い。まどかはサキの想いを聞き届けてしまったのだから。

だから、まどかは選ばなければならない。

この凄惨に思える状況の中でも、希望と絶望は確かに存在している。

まどかの選択が"希望"に繋がるのか、それとも"絶望"に繋がるのか。

 

 

「わたしは……」

 

 

選ばなければならないのだ。

 

 

「わたしは――ッ!!」

 

 

『戦いを続けるのか』、【戦いを止めるのか】を。

 

 

 

 

 

 






次の三話なんですが、続きものじゃなくて、ルートが三つに分岐します。

66話・諦める(考えの放棄)
67話・戦いを続ける(サキを殺さない)
68話・戦いを止める(サキを殺す)


その三つの中で好きな物を選んでください。




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第66話 A『諦める』

※注意

66話、67話、68話は続き物ではありません。
それぞれ前回(65話)の終わりからの分岐ルートになっているので、目次から自分の選択した話へお進みください。



 

 

 

『諦める』

 

 

 

 

 

 

「わたしは、選べないよ……!」

 

 

それが、鹿目まどかの答えだった。

 

 

「まどか! 選ぶのではなく、もう選択肢は決まっているんだ!!」

 

 

まどかは強い。しかし限界と言う物も同じくして存在している。

サキはその限界をココに見ていた。ワルプルギスの夜は想像を超えた化け物だった。

そもそも今、サキ達はワルプルギスと戦ったと言えるのだろうか?

ただ魔女の玩具になったと言う印象しか受けない。全てワルプルギスが描いたシナリオ通り。

唯一、抗うとすれば、それはゲームを強制的に終わらせる事だ。

つまりサキを殺して、まどかが――

 

 

「………」

 

 

いや。サキは口を閉じる。

考えてみれば。背負わせ過ぎたのかもしれない。

 

 

「どうして……、嫌なんだい?」

 

「そんなの……! そんなの決まっているでしょ?」

 

 

ずるいよ、酷いよ! まどかは子供の様に泣きじゃくり嗚咽を漏らす。

 

 

(そうか、そうだな……。彼女も私も。まだ子供じゃないか)

 

 

人を超えた力を持ち、この狂ったゲームの中で精神を保ち続ける。

なによりもその力に、自分達は精神的に頼りすぎていたのかもしれない。

 

 

「サキおねえちゃんを殺すなんて……、いやだよぉ!」

 

「まどか……」

 

 

何も難しい事は無く。それはごく簡単で、単純な理由だ。

好きな人を殺したくないと言う。たったそれだけの理由なんだ。

当然だ。当たり前だ。どうしてずっと一緒だった幼馴染をこの手で殺したいと思うだろうか?

 

時には喧嘩をした事もあったが、寂しい時にはずっと傍にいてくれた。

楽しい時間をたくさん共有してきたじゃないか。

感動を分かち合い、時に他者から守ってくれた。

一緒にお風呂も入ったし、一緒にごはんを食べて、一緒に色々な場所に行った。

なんて、思い出を語り出すまどか。

 

 

「一緒に寝た時、朝起きたらわたしがおねしょしちゃってて――」

 

「おいおい、もっとまともな思い出は無いのか……?」

 

「えへへ、だって覚えてるんだもん。そしたらそれを見つけたお姉ちゃんってば――」

 

「ああ、覚えてるよ。私もそこで……、その、なんだ。したんだったか」

 

 

とんでもないフォローの仕方だったと、サキは過去を思い出して思わずため息を。

恥ずかしくて仕方ない。けれども笑いあう二人。

瓦礫越しではあるが、思い出話に華が咲いていた。

 

 

「えへへ! そうそう! でも、嬉しかったよ……!」

 

「まどか、もっとこう……、なんだ。この場にあった話をだな」

 

「じゃあ、これは覚えてる?」

 

 

まどかの声のトーンが変わる。

それは小学校の図工の時間でつくった紙粘土のオブジェだ。

まどかはそこそこの自信作で、親に見せる前にサキにそれを見てもらった。

サキはと言うと、その頃は少し男勝りな面があったので、ついオブジェを持つ手に力が入ってしまい、至る部分が取れてボロボロにしてしまった。

 

 

「あの時は焦ったよ。世界が終わったと思った」

 

「てへへ……、ごめんなさい」

 

「いやぁいいんだ。悪いのは私だったからな」

 

 

サキが目を閉じると、そこには過去の景色が広がっていた。

まどかはお気に入りのオブジェを壊され、口では平気だの気にするなと言っていたが、目にはいっぱいの涙を溜めていた。

それに焦ったサキは、まどかに一つの提案をしたんだっけか。

 

 

「どんなお願いも聞いてやるから許してほしい」

 

「すぐに思いつかないのなら、保留にしてもいいって……」

 

 

サキは、理解する。

まどかが何を言いたいのかを。

 

 

「君は優しいからな。結局今も保留したままだ」

 

「うん。でね! サキお姉ちゃん」

 

「………」

 

「そのお願い、今使ってもいい?」

 

 

まどかの声は落ち着いていた。

サキもまた色々と思うところはある。

そうだ、サキはまどかの姉代わりだと自負し、そこに喜びと希望を感じていた。

ならば今、もう一度あの頃に戻ろうじゃないか。

 

 

「ああ、もちろんだ。何でも言ってみろ」

 

「じゃあ……、ね?」

 

 

まどかもまた、最期のワガママをサキに頼み込む。

もしかしたらそれは、相手がサキだったからこそ頼めるお願いだったのかもしれない。

まどかが弱さを見せる一番の相手は、やはり『家族』なのだから。

 

 

「わたしを、殺して」

 

「………」

 

 

まどかは自分のソウルジェムを持つと、それを瓦礫の中へと放り投げた。

そしてサキは手を伸ばし、そのソウルジェムを確かに掴み取った。

 

 

「掴んだよ。君の、魂」

 

「うん……」

 

 

僅かな沈黙が二人を包む。

まどかは、あくまでも笑みを浮かべていた。

儚げではあるが、確かに笑っていたのだ。

 

 

「さっきの話を忘れたわけじゃないだろう?」

 

「うん。それを知った上で頼んでる。酷いね、わたし……」

 

「いや――」

 

 

今のサキの状態ならば、まどかを殺した際のショックで確実に魔女化すると。

しかしそれでも、まどかはサキに殺してほしかった。サキに生きていてほしかったのだ。

たとえ魔女になる可能性を孕んでいたとしても、たとえ自分の命が消える事になったとしてもだ。

 

 

「わたしね、夢でマミさん達に会ったんだ」

 

「そうか……、どんな話をしたんだい?」

 

「希望の話」

 

 

皆で幸せになれる道を探したいと願った。

だから、まどかはサキを殺す選択肢を選ぶ事ができない。

どんなに可能性が低くても、少しでも『生きる』と言う希望がある方を選びたかった。

でも、それはワガママだ。だからこそどうせ同じエゴならば、可能性の高いほうへ賭ける。

まどかが死んでも、サキが生き残れる可能性を選んだのだ。

 

 

「お願い、サキさん」

 

「……もし、嫌だと言ったら?」

 

「あー、酷いよ。何でもって言ったのに!」

 

 

そしたらサキお姉ちゃんのこと、嫌いになっちゃうかも。

それを聴くと、サキも声を出して笑い始める。

それは嫌だ。それは避けなくてはいけないと笑っていた。

 

 

「だったら、分かったと言うしかないな」

 

「………」

 

 

いつの間にか、サキがまどかに頼っていたのかもしれない。

たまには、そう――、最期くらいはまた頼られる側になるのは悪くない話しだった。

どうやらまどかが大きくなって安心しきっていた様だ。

腑抜けていたとサキはつくづく思う。

 

 

『ヒッ! ヒ………ヒヒッ!!』

 

「「!」」

 

 

ワルプルギスがかすかだが再び笑い始める。

どうやらもう迷っている時間は無いらしい。

まどかは覚悟を固め、そしてサキ自身も覚悟を固めた。

 

今なら分かる。耐えられる筈だ。

でなければ、まどかに合わせる顔が無い。

最期くらいはカッコよく決めさせてくれ。

 

 

「まどか……」

 

「?」

 

「もし、もしも――」

 

 

覚悟を固めれば、同時に躊躇も生まれる。つくづく人間とは困った生き物だ。

サキは声を震わせながら、まどかのソウルジェムを強く握り締めた。

僅かに魔力を消費し、帯電し始めるサキの拳。

 

 

「もしも生まれ変わる事があるのなら……、その時は、また一緒に色々な事をしよう」

 

「うん……! 絶対、約束だよ。お姉ちゃん」

 

「ああ、約束だ」

 

 

サキは、涙を流す。

そして思い切りまどかのソウルジェムを握り潰した。

瓦礫に包まれているのは幸いだった。もしもまどかの顔を見てしまえば、きっと耐えられなかっただろう。

 

 

「グッ! があぁぁッッ!!」

 

 

サキは襲い掛かる悲しみを必死に抑えた。

ソウルジェムは既に黒一色に染まっているが、ここで折れる訳にはいかない。

 

 

(頼む、まどかがやっと私を頼ってくれたんだ――ッ!)

 

 

弱さをさらけ出してくれたんだ。

終わるわけには、いかないんだよ――ッ!

 

 

(絶望する訳には――ッ! 絶対にいかないッッ!!)

 

 

心を必死に落ち着ける。

そんなサキの脳に、終わりのアナウンスが流れた。

 

 

【鹿目まどか・死亡】

 

 

これを耐え切る事ができれば、願いを叶えられる。

希望を、紡ぐ事が出来るんだッ!

 

 

【これにより両者復活の可能性は無し。よって、龍騎チーム完全敗退】

 

 

いける。いや、絶対に耐えなければならない。

サキは迫る二つタイムリミットを感じながら必死に耐え、呼吸を荒げる。

まどか、もうすぐ終わるんだ。全部、全部終わるんだよ。

 

 

【残り2人・2組】

 

「……っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

今、なんと?

 

 

「ど――ッ、言う……ことッ、だ!?」

 

 

二人? 二組!?

何故だ、何故まだ参加者がいる事になっている!?

 

 

(どうしてゲームが終わらないッ!!)

 

 

これはまずい状況だった。

サキの心は確実に絶望へ近づいている。この状態を保ち続ければ確実に魔女になる。

そんな中でゲームがまだ続いていると言うアナウンス。

 

 

(何故だ、誰も生き残ってはいない筈なのに!)

 

 

いや、待て。

淀む意識の中で、サキは冷静に今までの事を振り返る。その中で一つの違和感を見つけた。

そう言えば今のアナウンスがいつものアナウンスだ。あの時は余裕が無くて、その事実だけを受け入れたが、一つおかしな物があった。

 

そう、そうだ。

あれはホムリリーが死んだ時の事だ。

当然その時も例外なくアナウンスは流れたが――

 

 

「!!」

 

 

サキは気づく。

ホムリリーが死んだ時、ほむらの死亡がアナウンスされて脳裏に伝わったが、今の様な確定死亡アナウンスではなかった。

暁美ほむらが死んだと言う情報だけが伝わってきただけだ。

確定アナウンスは流れなかった。

 

 

『ヒハハハハハ……ッ! ギヒヒヒヒヒヒ!!』

 

「!!」

 

 

ワルプルギスが動き出す。

サキは瓦礫を掻き分けて、片腕の力だけでなんとか上半身だけの体を外にまで持って行く。

そこで息を呑んだ。ワルプルギスの前に、もう一体の魔女が浮遊していたのだ。

 

かつて数多くの種を砕いたその勇姿も壊れてしまっては仕様がない。

他に価値など持たないこの魔女が最後に望むは自身の処刑。

だが、首をはねる程度で魔女の罪は消えない。

この愚かな魔女は、永遠にこの此岸で処刑までの葬列を繰り返す。

 

 

「あれは――ッ!」

 

 

髪型は三つ編みのおさげ。

魔女らしい黒く大きな帽子はレコードとレコードプレイヤーで作られている。

それを被っているのは此岸(しがん)の魔女Homulilly(ホムリリィ)

そう、先ほどほむらが魔女化して誕生したホムリリーの失われた頭である。

 

魔女は魔法少女時の想いを強く受け継いでいる物だ。

故にホムリリーには最大の特殊能力が一つ備わっていた。

 

それは、ホムリリー死亡後、一定時間内に『鹿目まどか』が死ぬと、時空を超えてホムリリィが出現すると言う物だった。

此岸の魔女はただひたすらに愛する者を助けようとさ迷うが、その愛する者は既に彼岸へ渡ってしまった。

 

これがこの魔女の哀れな所である。

彼岸とはあの世。そして此岸とはこの世。

つまり魔女は永遠に愛する者と再会する事はできない。

 

 

『アアアアアアアアアアア!!』

 

 

ホムリリィから放たれる悲痛な叫び。

聞いている方が悲しくなってくる叫び声だった。

ホムリリィは黒い翼を広げて空高く舞い上がっていく。

彼女はただ、愛する者との再会を願うだけ。

 

それは普通ならば無理かもしれないが、今ならばできるとホムリリィは信じていた。

ホムリリィはまだ動けないワルプルギスを尻目に、先ほどワルプルギスがやったパフォーマンスと同じく、黒いエネルギー波を街の至る所に振りまいた。

 

 

「何を!?」

 

 

サキは思わず叫んでしまう。

次々と破壊されて爆発する見滝原の街、工場、ビル、そして避難所の一つ。

それを確認したサキは、ホムリリィに攻撃を止める様に叫ぶ。

しかしホムリリィにはサキの言葉など聞こえていない。

全てはまどかの為だけ動くのだから。

 

 

「うぐッ!!」

 

 

それにサキも他人のことを気にしている場合ではなかった。

既に彼女のソウルジェムは限界を迎えていた。それなのにココにきて、まだ参加者がこんな形で残っていたとは。

 

それだけじゃない。

ホムリリィがもしもワルプルギスに殺されれば、サキの勝利条件は変更され、ワルプルギスを倒さなければならなくなる。

そうなれば何の為にまどかは死んだんだ!? 駄目だ、絶対にまどかの死を無駄にしてはならない。

 

 

『ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』

 

「う……ッッ!!」

 

 

最悪だった。

サキの前で、ワルプルギスが再び笑い出して活動を開始する。

当然目の前にいるホムリリィに気づく訳で、ホムリリィもまたワルプルギスに敵意を向けていた。

 

 

「やめろほむら! 君じゃ勝てないッッ!!」

 

 

そんな事を叫んでもどうにもならないのに。

 

 

「まどかの死を無駄にしては駄目なんだ!!」

 

 

サキの言葉は、ホムリリィには届かない。

まどかの単語を持ち出せば話を聞いてくれると期待したが、どうやら無駄の様だった。

魔法少女とは彼岸と此岸の間にいるような物だ。

ホムリリィは魔法少女を自らとは関係の無い存在として認識しており、興味も持たない。

 

それはワルプルギスにも言える事だが、ワルプルギスはまどかを傷つけた。それを許す訳にはいかないのだ。だからホムリリィは翼を広げて、ワルプルギスへ突進を仕掛けていく。

 

 

「やめてくれ! ほむらぁアッ!!」

 

 

サキの中の絶望が激しく蠢いている。

全身が冷めていく感覚。やはり気合で魔女化を防ぐなんてありえない話なのだ。

それにこの状況を打破できる手が全く思い浮かばない。

 

 

(終わり? そんな、そんな!)!

 

『ヒュアハハハハハ! ヒィィイイハハハハハッ!!』

 

「!」

 

 

何かがぶつかる大きな音がサキの耳に響く。

見れば、ホムリリィがワルプルギスにぶつかっているではないか。

いや違う! ホムリリィとワルプルギスの間には虹色の壁が存在していた。

そうだ、これこそまどかの守護魔法。それをワルプルギスは使っているのだ。

 

強力な結界はホムリリィの突進を簡単に受け止めると、逆に弾き飛ばして見せる。

ホムリリィは民家の上に倒れ、転がりながら周囲の建物も破壊していく。

そんな彼女へ、あまりにも非道な仕打ちが待っていた。

 

 

『ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』

 

 

ワルプルギスの夜が召喚したのは一人の影魔法少女。サキはそのシルエットを見て言葉を失う。

もう泣きそうだった。あれは紛れも無くまどかの姿ではないか。

サキの中に込みあがる怒り。皮肉にもそれがソウルジェムの穢れを少しだけ抑える事になった。

 

 

(おのれワルプルギス! 死者を弄ぶ様な真似を――ッ!!)

 

 

そしてサキの予想通り、まどかの影は何の躊躇いも無く、倒れているホムリリィへ弓矢を当てていった。

どれだけの地獄を見てもまどかを助けたいと願ったほむらが、今まどかに攻撃されている。

そしてどんなに絶望的な状況であっても、友達を守る事を選んだまどかが、楽しそうにほむらを攻撃している。

双方の気持ちを踏みにじるやり方に、サキはどうしようもない怒りを感じていた。

 

ああ、そうしている間にまた一発の弓矢がホムリリィを貫く。

悲痛な叫びは、まどかに止めてくれと訴えている様だ。

抵抗は出来ない。たとえ複製品であろうが、ホムリリィにとってはアレはまどかなんだ。

 

 

『ヒヒヒハハハハハ! クヒャハハハハハハハハ!!』

 

 

そして笑い声。

それに反応して影まどかは弓にありったけの影を集めて発射する。

スターライトアロー。射手座のソレは、ホムリリィを貫くと何の事は無く爆散させた。

結局、どんな特殊能力を備えていようが魔女は魔女。

最強の私には勝てないと、ワルプルギスは声高々に狂笑をあげていた。

 

 

「――――」

 

 

サキの目の前が真っ白になる。

終わった、何もかも。まもなく魔女になる自分もワルプルギスに何の事は無く殺されて終わりだ。

そしてゲームは終了。この長きにわたる苦しみの結果は、こんな結末で終わるのか。

サキのソウルジェムはそのままゆっくりと濁りを受け入れようとしている。

 

 

【暁美ほむら・死亡】【残り2人】

 

「……ッ!!」

 

 

待て! まだ? まだなのか? まだ希望は潰えていないのか!

サキは閉じていた目をカッと見開いて思考を加速させる。

そうだ。まだなのだ。現時点で生き残っているのは二人なのだ。

サキはその可能性に自力でたどり着いた。

 

と言うのも、気になるのはホムリリィが最初に行った行動だ。

目の前に動けないワルプルギスがいるのにも関わらず、攻撃を行わなかった。

そして何故か見滝原の街を攻撃したのだ。

 

ワルプルギスが動いていたのなら、また何か洗脳でも行ったのではないかと思うのだが、少なくともあの時点では完全に痺れこけていた筈。

と言う事は、少なくともあの攻撃には何か意味があったのではないかと考える。

 

 

「あぐァァアッッ!!」

 

 

ソウルジェムに亀裂が走った。

どうやら一度覚えてしまった絶望がタイムリミットを早めてしまったのか。

身を包む不快感。しかしサキは必死に心を落ち着けて考察を続ける。

もしも【ホムリリィ】が『ホムリリー』と記憶を共有しているのなら、先ほどの自らの末路を知って、何かしらの学習はしたのではないか?

 

だからまず、あの攻撃を一番最初に行った。

それは魔女の生存本能。何がなんでも生きて、まどかと再会する為に自らの生存率を上げる行動。

そう、そうだ、そうに間違いない! でなければ目の前に敵がいるのに、スルーして街を攻撃する意味が無いはずだ。

サキは確信する。今この見滝原に存在する参加者は自分を含めて二人なのだと!!

 

 

「ッッ!!」

 

 

ビシッと音がして、自らのソウルジェムに無数の亀裂が走るのを確認した。

終わり? だがそこでサキの目に、妹が残したスズランのブレスレットが目に映る。

いや、まだだ、まだ終わりじゃない。終わらせてたまるか。

ほむらが残してくれた歪で、傲慢で、罪に塗れているが、今となっては確かな希望がそこには存在している筈だから!

 

 

「イルッッ! フラァアアアアァアアァアアスッッ!!」

 

 

どうせ終わる命だ。

サキはココで最期にして最大のイルフラースを発動させる。

極限成長魔法。それは後退もまた操れる。

サキはまず自分に流れる時間を退化させ、魔女になる時間を延長させた。

次に強化するのは声量だ。そこに希望を乗せて、サキはありったけに"彼"の名を呼んだ。

 

 

「今生き残っているのは私とキミの二人だけだ!!」

 

 

頼む! 届いてくれ!

サキは瓦礫を掻き分けながら叫び続ける。

 

 

「私はもう駄目だ。これより魔女になる!」

 

 

激しい雷光がサキを包む。自分はもう終わりだ。

だが希望は終わりではない。

そうだ、終わるのはお前だワルプルギス!!

 

 

「だから、私を殺してゲームを終わらせてくれ!!」

 

 

自分がワルプルギスに殺されればアウト。

だからその前に何が何でも殺してくれとサキは叫ぶ。

それが、それこそが――

 

 

「頼むッ! 最後の希望なんだぁああッッ!!」

 

 

瓦礫の中から飛び出るサキ。

これが最期の勝負ッ! サキはありったけの雷をワルプルギスに浴びせる。

ワルプルギスはさも当然のようにバリアを張って身を守るが、サキの雷は対象に纏わりつきしばらくは帯電状態にさせる。

シールドを解除した時点でワルプルギスには電撃が届くはず。

ましてや激しいスパークでワルプルギスの視界を真っ白に染め上げた。

 

そして、そこで時間がやってくる。

粉々に砕けるソウルジェムと姿を見せるグリーフシード。

それはサキが魔女へと変わった事を意味していた。

 

姉妹愛の性質を持つスズランの魔女『Asunaro(アスナロ)』。

スズランの模様が描かれた白い球体に、鋭利な牙がある口がついているだけのシンプルな魔女だった。

 

 

『ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』

 

 

希望なんて馬鹿馬鹿しいと笑うワルプルギス。

その瞬間、世界が静止した。ほむらの魔法だ。

時間を止めたワルプルギスは高速回転で纏わり付いていた電撃を何の事は無く振り払うと、もう一度大きな声で笑い続けた。

そして口から生やす砲台。これで終わり、あれが最後。ワルプルギスはティロフィナーレを放とうと魔力をチャージする。

 

しかしなんだ。

先ほどはいい所で邪魔が入ったものだ。

ワルプルギスは念の為に未来予知を発動した。

とは言え、いかなる未来が視えようとも時間停止の前には無力――

 

 

『ヒヒヒィイイ!? イヒヒヒヒヒヒヒヒ!!』

 

 

だが、ワルプルギスが視た未来は、あまりにも彼予想とかけ離れている物だった。

すぐに視線を動かすワルプルギス、この静止した時間の中で、行動できるのは自分のみの筈。

なのに、それなのに――

 

 

『ヒャハハハハハハハハハハ!!』

 

 

何故、あのエイは動いているのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「浅海ッ! お前の希望、絶対に無駄にはしないッッ!!」

 

 

エビルダイバー。

いや、騎士ライアは水流と電流を纏って猛スピードで止まった時間の中を駆け抜ける、

そう、残っていたのはサキとライアの二人だったのだ。

ホムリリィが何故ワルプルギスの夜ではなく、街を破壊したのか。

それは50人殺しを達成させる為だ。

 

ワルプルギスの洗脳には逆らえない事を知ったホムリリィは、パートナーを蘇生させ、生存率を上げる方法を選んだ。

罪に塗れた選択だ。多くの人が集まっていた避難所を破壊する事で目的を達成したホムリリィは、本能でライアを蘇生させる。

 

まさか再びゲーム盤に戻ってくるとは思っていなかったライア。

何故自分がココにいるのかをいまひとつ理解していない彼は、混乱状態に陥った。

その中で破壊されるホムリリィ。ますます戸惑う彼の耳に、サキの言葉が入ってきたのはその時だった。

 

ライアはサキの悲痛な叫びと、その内容を聞き終えると、全てを理解する。

何故自分がココにいるのか、そして自分は何をすればいいのか。何を望まれているのか。

ライアは、ほむらが時間を止めている間も動く事ができるタイムベントのカードを所持している。

それはワルプルギスの夜の時間停止にも例外なく発動し、ワルプルギス以外に唯一この空間を動く事を許されたのだ。

そしてライアはファイナルベントを発動。今、サキの最期の願いを叶えようと空を翔けている。

 

 

『ヒャハハハハ! イヒャハハハハハ! クヒィィイイヒヒヒ!!』

 

 

ワルプルギスはライアを止めようとするが、もう遅い!

今のライアはアクセルベントも発動しており、トップスピードを超える速さを生み出していた。

文字通り光となった彼は、そのままアスナロに突撃する。

 

 

『ピギィイイイイイイイイイイ!!』

 

「ウォオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

エビルダイバーが触れた事で、アスナロの時間も動き出す。

刹那、その肉体を貫く閃光。電撃と水流がアスナロを包み込み、魔女は断末魔と共に爆散した。

その残骸の中に、輝きを放つ物を見つけて、エビルダイバーは変形を解除してライアに戻る。

彼はそれを掴み取ると、地面をスライドしながら着地した。

 

 

「浅海サキ……、お前は――!」

 

 

ライアの手にあったのは、彼女が生み出したグリーフシードだった。

そこにはまるでグリーフシードを抱きしめるかの様に、ほどけたスズランのブレスレットが付いている。

ライアは過去にサキを占っている。

その結果は、彼女は運命を大きく左右する重大な位置に立つだろうと言う物だった。

 

 

(そうか、それがお前の意思なんだな)

 

 

ライアはサキの残したグリーフシードを、確かに握り締めていた。

 

 

【浅海サキ・死亡】

 

【これにより両者復活の可能性は無し。よって、ファムチーム完全敗退】

 

【残り1人・1組】

 

 

そして、その音声が流れる。

 

 

【ゲーム終了】

 

【勝者・ライアペア】【生存者2名・手塚海之、神那ニコ】

 

 

『ヒャハハハハハハハハハハ! アッハハハハハハハハ!!』

 

「………」

 

 

納得がいかないとワルプルギスのオーラが物語っていた。

すぐに多くの影魔法少女を召喚し、自らも炎を纏いながらライアへと突撃を仕掛けている所だ。

しかし首を振るライア。お前のくだらない遊びに付き合うのはココまでだと!

 

 

「一つ目の願いを宣言する!」

 

『ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』

 

「消えろ! ワルプルギスッッ!!」

 

『ヒィイイイイイアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

 

ライアを前にして、影魔法少女達と共にワルプルギスの夜が文字通り消し飛んだ。

あれだけの猛威を振るっていた最強の魔女も、一瞬で影も形も無く消え去った。

うるさい程に響いていた笑い声も今は聞こえず、辺りは静寂に包まれている。

風も止み、曇天の空からは次々と光の線が漏れていた。

 

 

『お前の口から出た言葉と、脳に浮かんだ言葉から、一つ目の願いはワルプルギスの永久消滅として処理させてもらったぜ』

 

「ああ、それでいい……」

 

 

ライアの前に現れるのは騎士担当妖精であるジュゥべえだ。

ゲームが終わった今もジュゥべえの調子は変わらない。

久しぶりだなと軽い調子で語りかけ、なんの緊張感も持っていないようだった。

 

 

『気分はどうだ? 今テメェは多くの文明を終わらせてきた魔女をブッ殺したんだ。英雄だ、表彰モンだぜこりゃ?』

 

「亡霊はあるべき場所へ還った。それだけだ」

 

『ふぅん、そんなもんかね。まあいいや』

 

 

とにかくまずは優勝おめでとうと、ジュゥべえは耳をたたき合わせて拍手を送る。

これは歴史的な快挙だと語り、咳払いを一つ。

 

 

『えー、ライアくん。君は多くの試練と苦しみを乗り越え……』

 

「………」

 

『ああもう! めんどくせぇ! すっ飛ばすかココ』

 

 

ジュゥべえはてっとり早く要点だけをまとめた。

とにかく多くの犠牲を出したゲームはコレで終わり、勝者はライアペアとなった。

勝ち残った騎士は二つ願いを叶える事ができ、魔法少女は一つの願いを叶える事ができる。

現在ほむらは死亡している為、彼女の願いを叶える権利はライアが手にする事となった。

つまりライアは、あと二つの願いを叶える事ができると言う訳だ。

 

 

『どうする? 一日くらいなら考える時間やるけど?』

 

「いや……、いい」

 

 

ライアはスズランが付いたグリーフシードを見つめている。

考えれば考えるほど、きっと自分は迷うと知っていた。今のライアは望まれもせず、ただ魔女の生存本能によって蘇った存在。

生きた亡霊とでも言えばいいのか。

 

 

「ジュゥべえ、二つ目の願いを言う」

 

『おお、何だ?』

 

 

 

 

 

 

「――ッ」

 

 

ゆっくりと目を開けた少女は、差し込んでくる光が目に突き刺さり、表情を曇らせた。

光。太陽の強い光が肌を照らす。徐々に思考が回復していく。

 

 

「……ここは?」

 

 

ごつごつとした地面の上に寝転んでいたようだ。

体が痛い。一体なぜ?

 

 

「!!」

 

 

全てを思い出した少女は、跳ね上がる様に上半身を起こして周囲を確認する。

壊れたビル。崩壊している多くの建物。夕日になろうとしている太陽が昇る空には、同じくして多くの黒煙が上がっている。

耳を澄ませば、色々な所で多様なサイレンが鳴っており、それはまさに不協和音だ。

整備されている筈の地面はいろいろな所が壊れ、コンクリートの破片が散乱していた。

至る所にクレーターの様な物が見え、周りは荒野のようになっている。

少女はそんな中で、自分がどうなったのかを振り返る。

 

 

「ヒッ!」

 

 

瞬間、一気に濁っていくソウルジェム。

それだけの絶望と苦痛が少女の中にはあった。

美しい光はもう黒く淀んでおり、再び魔女へと変わ――

 

 

「落ち着け。もう終わったんだ、なにもかも」

 

「!」

 

 

暁美ほむらのソウルジェムに、ライアはグリーフシードを押し当てる。

アスナロが落としたソレ。サキの命が無ければ、ほむらは再び魔女へと変わっていた事だろう。

もしかしたらサキはそれを予見していたのかもしれない。

だからこそ、意地でもグリーフシードを残そうとしていたのか。

もちろんそれは都合のいい妄想にしか過ぎないが、せめてそれくらいの奇跡くらいは夢を見たい。

 

 

「どうして貴方がココに!?」

 

「………」

 

 

答えぬライア。

ほむらはしばらく怯んでいたが、ライアがココにいる可能性を考えて答えに至ったようだ。

空が曇天ではないのはワルプルギスがいないから。何故いなくなった? 逃げたわけじゃあるまい。

そして全てが終わったと言う言葉が意味するもの。

放心状態にあるほむらでさえ、嫌でも答えが分かってしまう。

 

 

「私が……、蘇らせたのね」

 

「俺が浅海にトドメを刺してゲームは終わった」

 

「まどか……! 彼女は!?」

 

「俺が気づいた時にはもういなかった。その時点で、残っていたのは俺と浅海の二人だけだ」

 

「そう……、そう、なの」

 

 

ほむらは体育座りで俯き、顔を隠す。

何があったのかは知らないが、何となくその景色が見えた気がした。

結局、まどかは最後まで戦ったに違いない。ゲームに最後まで抗ったに違いない。

 

 

「気をしっかり持て。グリーフシードはこれが最後だ」

 

「……ッ」

 

 

不安定な精神では、蘇ったところですぐに魔女になる。

ほむらも、流石にこれ以上、愚かな行動は取れないと思っていた。

だから平常心を保とうとする。その中で浮かんでくる事実と過去、彼女はゆっくりと顔をあげてライアを見る。

ライアは終わったグリーフシードを、ジュゥべえに食べさせている所だった。

 

 

「ごめんなさい……、手塚」

 

「?」

 

「蘇らせないでと、言われたのに」

 

「いいさ。あの状況では仕方ない」

 

 

複雑な思いはあれど、結果的にそれがゲームを終わらせる要因になったのだから。

それに、まだやるべき事はあるとライアは言った。

 

 

「お前は願いを一つ叶える事ができる」

 

「!」

 

『ライアは既に二つの願いを叶えたぜ』

 

 

ピョコンとジュゥべえが顔を見せる。

ワルプルギスの消滅、そして暁美ほむらの蘇生。

ライアの役目は終わり、あとはほむらが願いを叶えれば本当の終わりがやってくる。

多くの命が消え、多くの血が流れたこのゲーム。その終わりが欲望を叶えるエゴにて決着が付くとは。

 

 

「………」

 

 

ほむらの表情は暗い。

理由は簡単だ。願いを叶えられるのは何よりも嬉しい事ではあるが、その数は一つだけ。

 

 

『鹿目まどかを蘇らせても、魔法少女の宿命がある限り、自分達は幸せにはなれない』

 

「!!」

 

 

心を読まれたかと思うほど、ジュゥべえの言葉は的確にほむらの心を突く。

その通りだ。ほむらはジュゥべえの赤い瞳に映った自分の姿を見ていた。

魔法少女の衣装に身を包む姿。まどかを蘇らせても、人間として蘇らせるのではなく、魔法少女として蘇らせる事になるのだろう。

だとすればゲームを乗り越えられたとしても、魔法少女の宿命はずっと続いていく。

ましてや、まどかは最悪の魔女。覚醒すれば世界は終わるのだぞ。

 

 

『まあだが、今はそこは置いておけ』

 

「えっ?」

 

 

太陽の光がオレンジ色に変わっていく。

夕日をバックに佇むジュゥべえの瞳が、何よりも赤く感じた。

 

 

『ずっと言いたかった事がある』

 

 

それはライアペアにだ。

ほむらがずっと気絶していた為、やっと今、そのルールを教えることが出来る。

 

 

「ルールだと?」

 

『ああ。あるんだよ、一つ。すげー特殊なヤツがな』

 

 

参加者殺しの方にてゲームが終了した場合に、適応されると言う。

願いを叶える際、勝利ペアが二人とも生存している場合に、ある『特殊な行動』を取るかどうかの選択を問う物だった。

 

 

『願いの数。増やしたくねぇか?』

 

「「!!」」

 

 

ジュゥべえの赤い瞳が二人を捉える。

夕日よりも赤い目。なんの感情も無いジュゥべえの象徴とも言える様な気がした。

だからだろう、そんな事を言えるのは。

 

 

【ゲーム終了時、ペア両方が生き残っている場合、特殊ルールを発動できる】

 

【双方が殺し合い、パートナーを殺せば、叶えられる願いを一つ増やす事ができる】

 

『――ってな』

 

「なっ!!」

 

 

ドクンと、ほむらの心臓が強い音を立てる。

一方で無言のライア。つまりほむらはライアを、ライアはほむらを殺せば、願いのチャンスを増やせるのだ。

今現在、叶えられる願いはほむらが持っている一つのみ。

あと一つ増やせる。パートナーを殺せば。

 

 

「どこまで……! どこまでふざけてるの貴方達はッッ!!」

 

 

ほむらは思わずジュゥべえの耳を掴み、怒り顔を近づけた。

しかしジュゥべえは貼り付けたような笑みを作ってほむらの瞳を睨んだ。

何かおかしい事でも言ったのか? 何の疑問も持たぬそんな表情だった。

 

 

『なんだよ。できないってか?』

 

「あたりまえでしょ!」

 

『嘘だな、暁美ほむら』

 

「!」

 

『おいおい……、おいおいおいおいおいおいぃいッッ!!』

 

 

ジュゥべえはニタリと口を歪ませ、ほむらの手から滑り落ちるように地面へ。

先ほどまでは無表情だったジュゥべえは、今は感情をたっぷりと含んだような声色と表情でほむらを睨んでいた。

 

 

『なあおい! 暁美ほむらぁ!? 何今更いい子ぶってんだ? あぁ!?』

 

「なッ!」

 

『もう忘れたのかよッ! テメェは鹿目まどかとの未来を得る為に仲間裏切って腹にミサイルぶち込んだんだろうが!』

 

 

そして魔女になっていたとは言え、ライアを蘇生させる為に避難所を破壊して50人以上の人を殺した。それを今更パートナーひとり殺したくないと言う理由で躊躇する理由がどこにあるのか。

 

 

『ライアを殺せば、叶えられる願いは二つになる! 一つ目で鹿目まどかを蘇生し、二つ目で魔法少女の呪いを壊せば! お前が望む未来が築けるんじゃねぇのかよ! アァン!?』

 

「ぐッ」

 

『そもそもテメェはそれを成しえる為に今まで何度時間の中を彷徨ったよ? 思ってた筈だ、何を犠牲にしてもまどかを助けると!』

 

 

ほむらは息を詰まらせ、地面を睨む。

反論はできない。

 

 

『だったらパートナーをブチ殺すくらい、何て事ねぇよなぁ?』

 

 

それに、ジュゥべえはしっかりと感じていた。

そのルールを伝えた瞬間、ほむらの心音が変わったのを。

そこに込められた想いもジュゥべえは既に見出している。

 

 

『期待したんだろ? 暁美ほむら。お前はこのチャンスを聞いて希望があると思ったはずだ!』

 

「そ、それは――」

 

『もういいじゃねぇか、ここまで来たんだ、自分の心に素直になれよ!』

 

 

それにと、視線を移動させるジュゥべえ。

何も今の話は、ほむらだけに言える事ではない。ジュゥべえはライアを見てそう言った。

 

 

「………」

 

 

無言のライア。

ジュゥべえの言いたい事を理解したようだ。

成る程、ココに来て面白いルールを仕掛けてくる。

本当にどうしようもないゲームだと、呆れる様に首を振った。

 

 

『殺し合いはペアのどちらかが了解した時点で始まる。途中で止めます、なんてのはできねぇぞ』

 

 

決着がつくまで残りの願いは叶えられず、そのまま24時間が経過すると、ルールの下に二人には死が与えられる。

これが最後のゲームだとジュゥべえは説いた。

 

 

『さあ、どうるよ? お二人さん』

 

「コイツ……!!」

 

『おー! こわ! でもほむらさんよ、ライアを殺せば大好きなまどかちゃんとずっと一緒にいられるぜ?』

 

 

人間の身でな。

ジュゥべえの言葉にほむらは言葉を詰まらせる。まさか最後の希望がこんな形で齎されるとは。

しかし、だからと言って……、と言う想いもある。

何を今更と思うかもしれないが、ほむらはその選択を取って魔女になり、惨めに死んだ。

結果的に今はココにいるが、それはサキやライアに助けられたからであり――

 

 

「受ける」

 

「……え?」

 

 

ほむらは呆気に取られた表情で、声がした方向を振り向いた。

ほむらは本気で思った、聞き間違いか、幻聴だと。

しかしライアは――、手塚海之はもう一度ほむらの前でハッキリと言ってみせる。

その表情は、仮面に隠れて見えないが。

 

 

「その殺し合い、受けようじゃないか」

 

「手塚――ッ!!」

 

『オーケーオーケー、流石は手塚だ』

 

 

ほむらはライアに詰め寄ると、正気なのかを問う。

こんな事、ジュゥべえ達の思う壺だと叫びもした。

しかしライアはもう一度『殺し合い』を受ける事を告げる。

それにジュゥべえは言ったじゃないか。双方のどちらかが了承すれば、ゲームは続行されると。だから、ほむらの意思は関係ない。

ライアが殺し合いを受けた時点で、殺し合いは始まるのだ。

 

 

「ッッ! なんで……?」

 

「暁美。ジュゥべえの言う通りだ。良い子になるのはもう止めよう。今更何を迷う必要があるのか」

 

 

他の参加者は死んだ。もう残っているのは二人だけだ。

今さら一つの命が失われた所で世界には何の影響も与えない。齎さない。

 

 

「俺たちは常に葛藤してきた」

 

 

戦いに迷い、傷つける事に躊躇してきた。

それは何故か? 理由は確かな絆があったからじゃないのか。

踏み越えてはいけないラインを自覚していたのは、そのラインの中に一緒にいたいと思う人がいたからではないのか。

 

それがいない杏子や浅倉。

他の参戦者たちは迷わずに武器を振るう事ができた。

そして今、それは自分達にも言える事だ。

 

 

「暁美、俺とお前は同じ場所には立てない」

 

「!」

 

 

ジュゥべえは自分達の『質』が似ているからと、ペアを組ませた。

それはライアもほむらも色々と思うところがあるだろう。

友の為に運命を否定しようとした二人。似ていると言われればそうだ。

だが、所詮それは似ているだけ。

 

 

「俺もお前も、確かな目的があったからこそ力を持った」

 

「……ッ」

 

「どんなに正当化した所で、喉から手が出るほど叶えたい願いはあった筈だ」

 

 

もう、戻れない位置にやってきた。

少なくとも50人の命を奪い願いの成就に近づいた。

いや、それよりも何度と無いループを乗り越えてきた。

 

 

「それなのにココで終わるなんてあまりにもつまらないとは思わないか?」

 

「それは――、でも……!」

 

『さって! じゃあお二人さん、そろそろ始めるか』

 

 

これ以上の話し合いはジュゥべえにとっては無駄なものだ。

理由がなんであれ、ライアは殺し合いを受けた。それが全てだ。

特殊ルールの発動。まずは【パートナー同士は傷つけあえない】が無効化される。

それが開戦の合図だ。24時間以内にどちらかが自殺以外の方法で死ねば、ゲームは終了する。

 

 

『自殺した場合は流れとさせてもらうぜ。今更そんなつまんねぇ事すんなよ』

 

「ああ、分かっている」

 

「手塚! 本気なの……!?」

 

「当然だ。暁美、超えてみろ」

 

 

俺の(ライン)。ライアは構えを取って戦闘態勢に入る。

言葉を詰まらせるほむら。いざ他者に殺意を促されると、良心が刺激されてしまうのは都合の良いな話なのだろうか。

しかし思い返すと、確かに自分はもう戻れない位置に立ってしまっている。

だとすれば――ッ!

 

 

『ゲームスタートだ、殺しあえライアペア!!』

 

「ッ!」

 

 

ほむらの耳にその言葉が聞こえたかと思うと、目の前には既にライアが拳を構えて跳躍している所だった。

容赦なく繰り出されるストレート、ほむらは反射的に盾を前に突き出してソレを防いだ。

感じる衝撃は確かな物で、ほむらは声を漏らして後ろへとよろける。

 

 

「ハァア!!」

 

「うぐっ!!」

 

 

盾を弾いたライアは回し蹴りを行い、ほむらの腰に蹴りをめり込ませる。

肺から息がどっと放出されて、ほむらは地面を転がっていった。

ゴツゴツの地面だ。転がるだけで体には痛みと衝撃が走る。

本気なのか。痛みがほむらの思考を冷静にさせる。

だとすれば、何もしなければ殺されるとでも……?

 

 

「立て、暁美。俺は本気だぞ」

 

「……ッ」

 

 

立ち上がるほむら。

同じくしてライアも走り出す。

 

 

「戦わなければ生き残れない。それがこのゲームの本質だったろう?」

 

「クッ!」

 

 

迫る拳。

盾で防ぐが、すぐに別の場所から攻撃が飛んでくる。

肩に襲い掛かる衝撃。ほむらがよろけると、ライアは彼女の脚を払って地面に倒す。

さらにライアは追撃に、ほむらの胴体を思い切り蹴り飛ばす。

ほむらは地面を勢いよく転がり、苦痛の声が漏れていった。

 

 

「浅海を撃ったと聞いたが、そんな物だったのか。お前の覚悟は」

 

「……ッッ!」

 

「下らないな。鹿目まどかの想いも潰え、お前の人生はとんだ茶番で終わる」

 

「!!」

 

 

拳を握り締めるほむら。

違う! 私のまどかに対する思いは下らなくなんか無い! ほむらの中に灯る殺意の炎。

そう、そうだ、自分はサキを撃ったんだ。あの時の想いを、再び宿せばいいだけの話。

 

たとえ何を犠牲にしてもまどかとの未来を生きる。

そうだ、躊躇する必要は無い、自分はその為に戦ってきたんだぞ!!

ほむらの心に火がついた。

 

 

「終わりだ、鹿目まどかの所へ今送ってやる!」『ストライクベント』

 

 

帯電し発光するエビルバイザー。

 

 

「首を跳ね飛ばしてやる!」

 

 

ライアは宣言して。走りだす。

呼吸を荒げながらも、ほむらはしっかりと立ち上がった。

そうだ、このまま黙って殺されては蘇った意味が無い!

何のためにチャンスを再び手にしたのか。きっかけは何だってよかったんだ。

またその思いが成就される可能性があるのなら、喜んで手を伸ばそう。

 

 

「手塚――ッ!!」

 

 

ロケットランチャーを取り出すほむら。

目を細め、狙いを定める。間に合わないか? いや、ギリギリほむらの方が早い。

 

 

(殺す――ッ!)

 

 

蘇る殺意。

ほむらの脳裏に、過去の決別が思い出される。

 

 

「――……!」

 

 

過去の、あれは、リーベエリス跡地。

ライアと別れた、あの地にて抱いた思い。

 

 

「死ねッ! 暁美ッ!!」

 

「!」

 

 

ほむらは引き金に指をかける。

強化されたエビルバイザーがほむらの首へと迫る。

だが間に合う、ほむらは確信した。ライアの刃が届くよりも先にロケットランチャーの弾丸が彼に届く事を。

そして――

 

 

『………』

 

 

ジュゥべえはその様子をジッと見つめていた。

ライアの殺意とほむらの殺意。凌駕していたのはどちらの方なのか。

そしてその結果がこれだと言うのなら――

 

 

『アホくせぇ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」「………」

 

 

ライアは立っていた、その場に。

そしてそれは、ほむらも同じだった。

 

 

「「………」」

 

 

無言の二人。ほむらの首には刃が届いていた。

そう、届いてた筈なのに、紙一重で止まっている。

相手に触れる事の無い刃に意味はあるのか? 傷つけぬ武器に価値はあろうか?

そしてそれはほむらにも言える事だ。

引き金を引けた筈なのに、引かず。武器をその場に下ろす。

 

 

「……どう言うつもりだ」

 

「―――で」

 

「?」

 

「ふざけないでッッ!!」

 

 

ほむらは武器を投げ捨てると、変身を解除してライアの胸を軽く小突く。

その表情は何とも言えぬ程に複雑な感情が絡まりあっている。

悲しさ、苦しさ、怒り、罪悪感。そして悔しさの中にある期待。

 

今は殺し合いの最中だ。そこで変身を解除する事がmどんなに愚かな行為なのか知らない筈は無い。しかし、ほむらは確かに変身を解除した。躊躇う事も無かった。

当然だ、ほむらは察してしまったのだから。ライアに殺意など始めから無かった、ほむらを殺す気などさらさら無かったのだ。

 

 

「なんなのよ……! 前だって、今も! 貴方はどうして生きる事を選ばないのッッ!?」

 

「………」

 

 

ライアはほむらの殺意を刺激し、そして殺されるつもりだった。

自分が殺す気だと知れば、彼女もまた正当防衛で武器を構えるはず。

そして殺意の量に応じて、向こうの殺意も膨れ上がると。

だからこそ、ほむらはライアを殺すだけの武器を構えた。

ライアとしては、あとは刃をほむらの前で止めればオーケーだった。

なのに、ほむらは撃たなかった。

 

 

「何故、気づいた?」

 

「別に……。ただ、ふと思い出しただけよ」

 

 

お前を生かす事だ。生きてくれ、ほむら。

ライアの最後の願いは、ほむらを生かす事と見出した。

あの言葉は嘘じゃないと信じている。だから、そう簡単に変えて欲しくは無かった。それだけだったのかもしれない。

 

 

「だから、甘えたのよ。貴方の言葉に」

 

「………」

 

「もしも気が変わって本気で殺す気だったのなら、トリックベントを使って一度だけならば攻撃を無かった事にもできるし」

 

「ああ。そう言えばそうだな。お前も俺のカードを使えるんだった。不思議な物だ、こんな簡単な事を忘れるなんて」

 

 

死んでから蘇ると言う感覚は、絶対に味合えない物だと思っていたし。

死ぬ事もどこかで軽視していたのかもしれない。

だから全てが夢だったのでは無いかと錯覚してしまった。

 

 

「ねえ、教えて……! どうして貴方は私を生かそうとするの?」

 

 

自分の命を犠牲にしてまで。願いを叶えられるチャンスを棒に振ってまで。

ほむらはそれがどうしても納得できず、だからこそ疑問と怒りがこみ上げてくる。

結局のところ、ライアが殺し合いを受けたのも自分のためなのだろう。

ジュゥべえの言う通り、願いの数が増えれば、ほむらとまどかは、再び人間としての人生を共に歩む事が出来る。

ライアはその未来を望み、世界に自分がいる事を拒んだのだ。

 

 

「………」

 

 

ライアはため息をつく。

 

 

「俺は、亡霊だったのかもしれない」

 

「………」

 

「ワルプルギスと同じだ。後悔と未練、負の想いの集合体」

 

 

まだ縛られている。

雄一を救う事ができなかった事の苦しみ、悲しみ。

だが当時は本当に雄一が死ぬべきだったと思っていたのだから、何とも滑稽な物ではないか。

 

 

「そうだ。俺はあの時、雄一と共に死んだんだよ」

 

 

贖罪の意思を運命を変える事と見出し、そしてライアはほむらの死と言う定められた物を破壊した。

その時点で、ライアは二度目の死を迎えた。

 

 

「俺はもう……、きっと満足してしまったのだろう」

 

 

勝手な話だが、これこそライアのエゴ。

今、ライアの中に生きたいと思う未練は欠片とて残っていない。

雄一を蘇生させたいとは思わなかった。当然だ、その資格が無い。

 

 

「お前は、鹿目が死なないでほしいと願った。しかし俺は雄一に死んでほしいと願っていた」

 

 

そんなライアが友を蘇生させる資格を持つ事ができるのだろうか?

いや、あるわけが無いんだ。あってはいけないんだ。

 

 

「だから私に重ねたの?」

 

 

そうだ。

まどかをひたむきに救いたいと戦っているほむらを見て、ライアは本心から応援したいと思った。

自分にはできなかったことだ。そしてそれは、きっとライアがしたかった事だ。

したかったが――、できなかった。

 

色々な意味で諦めてしまったんだ。

だから、ほむらには諦めないでほしかった。自分の様にならないでほしかった。

見たかったんだろう。できると知りたかった。運命に殺された友は救えるのだと。

それをほむらに託したのだ。ライアはほむらに希望を抱いた。

 

 

「お前は俺より長い時を戦い、長い時間を苦しみ続けた」

 

 

何もかもライアよりも勝った存在だ。

 

 

「貴方は……、自分が嫌いなのね」

 

 

友を救う事を諦めた自分の前に、同じ様な存在が現れた。

そんな暁美ほむらは今も尚、必死に諦めずに戦っている。

それを見れば、劣等感や、より深い後悔が浮き出てくるのは当然か。

ライアはきっと――

 

 

「赦してほしいのね。彼に、そして自分自身に」

 

「………」

 

 

きっとライアはそう思っている。

ほむらがまどかを助けると言う目的を達成する事で、それに協力した自分を赦せると思っているんだ。結果的にほむら助けとなるだけで、ライアはまだ自分自身の為に行動している。

 

 

「貴方は、死を選ぶ事に贖罪を見出している」

 

「否定は……、しない」

 

「生きたいとは思わないの?」

 

「言っただろう。俺は、お前を生かす事に意味を見出している」

 

 

この状況でほむらを生かす事ができるとすれば、それはライアが死ぬ事だ。

だから死を選ぶ。それだけなんだと達観したように言った。

ほむらは俯く。違う、違う違う違う。そんなのは嘘だ。塗り固められた偽りなんだ。

だから腹が立つ!

 

 

「変えればいい、生きる意味を! 希望を!」

 

「……ッ」

 

「貴方は結局逃げているだけだわ! 自分の罪から、そして自分の欲望からも!」

 

 

ほむらはもう気づいていた。ライアは逃げている、目を背けている。それも、ほむらを盾にして。

あるんだ。きっとある筈なんだ。彼だって人だ。だからこそ自分の心の奥底に眠る希望と言う名の願いがある。

 

 

「貴方にもあるのよ? 雄一と言う人を、貴方の友達を蘇らせるチャンスが!」

 

 

資格が無い? なんなんだ資格って。

そんな物を誰が決めるというのか、誰に決められると言うのか。

それは自分を含めてだ。宗教観? 自意識? それらはもちろん大切かもしれないし、それによっと塞き止められているのならば、それは自分の意思とも言えるだろう。

だが人間ならば。『友』を持った価値観があるのなら。きっとある筈なんだ、心の奥底にほむらと同じ願いがきっと……。

 

 

「また友達と一緒に笑うの! 生きて、この世でっ!」

 

「………」

 

「貴方は怯えているだけよ! 貴方の友達を蘇らせた後の世界で、自分が他者にっ、なにより斉藤雄一に赦されるのか? それを怖がっているだけなのよ!」

 

「!!」

 

 

ライアの心が初めて大きく揺れ動いた。

ほむらの今の言葉が、なによりも心に響く。

 

 

「……そう、そうか、そうだな、俺は怯えているんだ」

 

 

間違いは無かったと思う。

 

 

「現に貴方は斉藤雄一の最期に立ち会った時に思ったんでしょう? 彼が死ぬべきだったと思っていた自分の心が間違っていたのだと!」

 

 

だったら今だって思っている筈。でなくても、思える筈なんだ。

雄一が死ぬ事自体が間違っていたと。ライアが雄一と過去に笑いあえていたのなら、その時に戻りたいと絶対に思える筈なんだ。

 

そうだ、そうに決まっている。

手塚海之は、雄一への想いを胸に、デッキを取った。だとすれば心にはきっと宿っている。

それは自分でも気づかない程に弱いものかもしれないが、心の隅に必ず持っている。

 

 

「斉藤雄一を蘇らせたいと言う想いが!」

 

「――ッッ!!」

 

 

ライアは自分とほむらが似ている様で似ていないと言う。

諦めた自分と、諦めなかったほむら。そこを違いとしていた。

だが彼は間違っている。同じなんだよ、自分達は。根本的なところでまだ繋がっている。

 

 

「そう、同じなのよ私達は!」

 

「同じ?」

 

「ええ。友人の為に運命と戦う」

 

 

それは今も同じだ。

諦めたという言葉は、終わりでは無いのだから。

 

 

「再び戦える。そう思えるだけの存在がッ、そこにはある!!」

 

 

ほむらが指し示すのはジュゥべえ。不可能を可能にする『奇跡』を手に入れる事ができる。

ほむらが望む奇跡は鹿目まどかとの幸福。一つめの願いでまどかを蘇らせ、二つ目の願いで魔法少女の呪縛から解放される。

それと同じようにライアにだって再び雄一と未来を生きる可能性がある。

一つ目の願いで蘇生させて、二つ目で手塚海之の肉体を取り戻す。

 

 

「ほら、私でも簡単に思いつくわ。それを貴方が思いつかない訳が無い!」

 

「それは――、だが」

 

「もう逃げるのは止めて! いい加減他人の運命じゃなく、自分の運命と戦いなさい!!」

 

「!!」

 

「男でしょ? だったら運命の一つや二つ、捻じ曲げて自分の都合のいい様にして見せてッ!」

 

 

ほむらはライアの胸を叩いて突き飛ばす。

よろけながら後退していくライア。その中で過去の映像がフラッシュバックした。

 

 

「ハハ……」

 

「っ?」

 

「ハハハハハハ! アハハハハハ!!」

 

 

するとどうだ、ライアにしては珍しく声を出して笑っていた。

 

 

「そうだな。お前の言う通りだよ、全て……」

 

 

あるに決まっている。友人を蘇生させたいと言う想い。

でもその想いから目を逸らし続けてきたのは怖かったからだ。

自分の選択が本当に正しいのか、今もまだ分からずにいる。

 

 

「教えてくれ暁美。もしも鹿目を蘇生させて、拒絶されたらどうする?」

 

 

その行動を、他ならぬ鹿目まどかに否定されたらどうする?

蘇生させる事で、より一層彼女を苦しめる結果になってしまうとすればどうする!?

ライアはそれが分からずに苦しんだ。そしてその想いに押しつぶされそうになり、可能性を自らの手で捨てたんだ。

 

 

「悲しいに決まっているわ。後悔しない……、とは言い切れない」

 

 

けれど、ここまで自分が生きてきたのは、全てその想いがあったからだ。

 

 

「まどかの死を、否定したいと言う想いがあったからよ」

 

 

だから後悔するかもしれない。悲しみが襲うかもしれない。それでもその想いを抱くのは、まどかを蘇らせてからでいいと。

 

 

「それが私の意志よ」

 

「そうか……」

 

「貴方も同じ想いを抱いている筈なのよ。絶対に」

 

「そうだな、俺も思っているよ。アイツの死を否定したいと」

 

「だったら否定すれば良い」

 

「間に合うか? まだ」

 

「当たり前よ。貴方が望めば」

 

 

ほむらはライアにそう言う途中で、自らを振り返り、決意を新たにしていた。

そして固め直す。より強固な想いへと昇華させる為に。

まどかと共に歩みたい。だからその為には『どんな事をしても』生き残り、彼女を蘇生させる。

 

 

「手塚、お願い。私と戦って」

 

「………」

 

 

ほむらの髪が風に靡く。

真剣な眼差しがライアを貫いた。

だから彼もまた、同じ眼差しをほむらに送った。

仮面越しではあるが、きっと分かってくれた筈だ。手に取る様に互いの気持ちが伝わってくる。

 

 

「私は貴方を本気で殺す……!」

 

 

だから――

 

 

「貴方は私を、本気で殺して」

 

 

そうすれば全てを振り切れる筈なんだ。

多くの苦しみ、多くの絶望、それらを振り切って。

 

 

「その先に、私の望む世界があるッ!」

 

「……!!」

 

 

ライアは拳を強く、それは強く握り締める。

 

 

「暁美、感謝する。俺もやっと俺の運命と向き合える時間が来た」

 

「!」

 

「本気で……、今度こそ本気で行くぞ」

 

 

ライアの言葉に、ほむらは汗を浮かべる。しかしその表情は確かに笑みを浮かべていた。

そう、そうだ、それでいい。ライアもまた、ほむらの死の先に望む世界を見出した。

感じる。見える。ほむらはライアの仮面の奥に何があるのかが分かった気がした。

手塚の表情。彼もまた確かに笑っていると。

 

 

「そろそろ始めるか」

 

「ええ」

 

 

また風がほむらの髪を、ライアの弁髪を揺らした。強いオレンジの光が二人を照らす。

初めて決別した時も、同じような光に照らされていたか。

しかしこれから始まるのはパートナーだった者同士で殺しあうと言う凄惨な物なのに、二人の間には、何故かより深い絆が生まれていた。

 

本気だからこそ分かり合える想いがあると!

死を分かち合う事でしか理解し合えぬ心があると!

そして、同じ想いによって抱いた希望があるのだと!!

 

 

「「ハァアアアアアアアアアアアアアッッ!!」」

 

 

普段の二人からは、らしくない程の叫び声が上がり、重なった。

気合を入れているのだろう。二人は同時に地面を蹴って走り出す。

真横に走り、並行を保つ両者。だが同じタイミングで一気に回り込んで距離を詰める!

ほむらは移動しながら変身。盾から日本刀を引き抜き、ライアはバイザーを前に突き出して突撃しあう。

 

 

「ッッ!」「!!」

 

 

刀とバイザーがぶつかり合い、激しい火花を一瞬だけ散らせた。

しかし、そうする事でより縮まるほむらの顔とライアの顔。

そこでは何よりも激しい火花が散っているではないか。ぶつかり合い、競り合う二人の視線と言う火花。強固な想いがぶつかり合う事で発生する激しいエネルギー。

互いの想いはただ一つ、勝つのは自分だという事。だから目の前にいるコイツを――!

 

 

((殺す――ッッ!!))

 

 

ほむらは激しく刀を振り回し、ライアの盾をすり抜けて攻撃を仕掛けようと。

一方のライアもカウンターの隙を見つけるため、ただひたすらに刀を打ち防いだ。

激しく舞い散る火花の中で、二人は確かな殺意を相手に向けて攻撃を続けた。

 

 

「フッ!」

 

「!」

 

 

ほむらは姿勢を低くしたかと思うと、その場で回し蹴りを繰り出す。

弾かれるライアの手、そのまま起き上がりざまに刀を振り上げる。

ガリガリと装甲を削りながら刀がライアを傷つける。

しかしライアもまた、刀の動きをしっかりと見ていた。

振り上げは受けてしまったが、その次の振り下ろしの際に、盾でしっかりと刃を受け止めて、ほむらの腕を絡め取る。

 

 

「ハァア!!」

 

 

腕を掴んだままライアは回転する。騎士の力によってほむらは強制的に振り回され、大きくよろけた。ライアはその勢いのまま腕を離し、ほむらを投げ飛ばす。

凹凸のある地面を転がっていくほむらを見詰めながら、ライアはデッキからカードを抜き取った。

瞬時、それをバイザーへ入れて走り出すライア。

もう今の彼に、手加減と言う思いは無い……。

 

 

「変身!」『アドベント』

 

「ッ! あぐぁあッッ!!」

 

 

変形。ライアの体がエビルダイバーに変わる。

そのまま立ち上がり様のほむらに突進を命中させた。

超加速から繰り出される一撃に、全身が振動して、ほむらの呼吸が止まる。

足が浮いた。エビルダイバーはほむらを磔にしたまま空を飛び、さやかを押しつぶしたビルの方へと向かう。

二つのビルが重なっている異常なタワーだった。

そこへエビルダイバーとほむらは突っ込んで行く。

 

 

「「ッ!!」」

 

 

窓や周囲の壁を粉砕しながら、二人はビル内部へと侵入していく。

そこでわずかに減速したのか。ほむらは解放され、オフィスのデスクやコピー機を巻き込みながら転がっていく。

 

一方でエビルダイバーは吹雪の様に舞い散るコピー用紙を突き抜け、反対の窓を突き破って外へ出た。そのままほむらがいるフロアより、一階高い場所に、壁を突き破って侵入。

そして、ほむらが倒れている場所を予測して地面を突き破る。

 

 

「!」

 

 

瓦礫と共に振ってくるエビルダイバー。

しかしほむらは確かにそこにいたのだが、重厚なガトリングを構えていると言う誤算があった。

魔法で反動を消し、威力を跳ね上げた銃弾の雨がエビルダイバーに直撃していき、勢いと威力を殺す。その隙にほむらは横に転がり、攻撃から退避する。

 

それだけではなく、動きを止めているエビルダイバーに向けて手榴弾を放り投げた。

周囲を吹き飛ばす爆発に揉まれ、変形が解除されるライア。観葉植物や椅子を吹き飛ばしながら床に倒れた。

 

 

「やるな……!」

 

「ええッ、貴方も!」

 

 

会話の途中で、ほむらは既にマシンガンを構えていた。

ライアも体を起こして並んでいるデスクの中へ飛び込む。

弾丸の雨がライアの元へと届き、パソコンや書類等の小物を粉砕していく。

ライアは身をかがめて必死にパソコンの下を走り抜けていく。

 

 

「……!」

 

 

ふと、誰かの家族写真が吹き飛んだ。ほむらはそれを確認して唇を噛む。

ほむらの隣には、転がっている『誰か』がいた。

避難指示が出ていても、あくまで世界は、社会は回っていた。

どうしても終わらせたい仕事があったのだろうか。或いはビルの中ならば大丈夫だと思ったのだろうか?

 

 

「………」

 

 

銃弾の雨を、デスクの中を通り抜けることで回避していくライアもまた、それは見ていた。

頭から血を流し、転がっている人達。

彼らはきっと自分が何故死んだのか、意味の分からぬまま人生を終えたのだろう。

理不尽な死。それはきっと誰しもに与えられる可能性がある物なのだと、つくづく思う。

だが、だからこそやはり、否定したいと思う様になる!

 

 

『スイングベント』

 

「!」

 

 

薄暗いオフィスだ。

だからほむらは、迫る鞭に気づくのが遅れた。

すぐに姿勢を低くするが、既にマシンガンは鞭によって切断されて使い物にならなくなっていた。

ほむらは舌打ちを漏らし銃を放棄すると、バックステップ。

そのまま後ろの壁を蹴って三角飛びでデスクの上に乗る。さらに両手には二丁拳銃を構えている。

 

その向こうで、同じくライアデスクの上に飛び乗った。

並んでいるデスクと通路を二つばかり挟み、二人は睨み合い、少しだけ停止する。

 

 

「「………」」

 

 

わずかな沈黙。

そして動き出す二人。

平行に並んでいるデスクの上を走りながら、ほむらは銃弾を発射し、ライアはエビルウィップを振るう。

 

銃弾はライアをすり抜けるか、盾によって防がれ。

しなる鞭は、ほむらの軽快なステップを捉える事ができない。

デスクの上にある障害物を蹴飛ばしながら移動する二人。その下には多くの死体が転がっていた。

それは目に見えると言うだけで、今までだって自分達は多くの死の上に生かされてきた。

何のために? そうだ、今この瞬間の為に!

 

 

「フッ!」

 

「ハァ!」

 

 

空中で回転するほむら、そんな彼女の頬に鞭がかする。

痺れと痛み、傷からは血が流れる。一方でライアの体を捉える銃弾、確かな痛みと衝撃が彼の心を刺激する。

 

望む世界の為。

死の上に新たな死を作ろうとする自分達。ああ、なんと愚かな事か。

この戦いに正義など無い。あるのは純粋な――

 

 

「……ッ!」

 

「!」

 

 

カチカチッ! と音がして、ほむらは引き金を連続して引いていた。

弾切れ。反動は殺せても弾の制約はある。

チャンスか。そもそももう並んでいるデスクの先が無い。

ライアは地面を蹴ってほむらの方へ飛び掛った。次の武器を出すまでタイムラグがある筈、そこを突ければ。

 

 

「甘いわ」

 

「!」

 

 

だがほむらは服をはためかせ、何かを地面に落とした。

閃光弾だ。隠し持っていたか! ライアは目を覆うがもう遅い。光が巻き起こり、視界がゼロになる。

それはほむらにとって、十分すぎる隙となった。

 

 

「ぐあぁああッ!!」

 

 

次に景色が鮮明になった時、ほむらの姿は前に無く。代わりに真横に感じる絶大な衝撃。

視線を移せば、ほむらが思い切り地面を踏み込み、斧をライアの体にブチ込んでいる所だった。

凄まじい衝撃と痛み。ライアの鎧が粉砕され吹き出す血。

そしてその衝撃で吹き飛び、ライアは窓を破って空中に放り出される。

同じくほむらは窓の外から飛び出した。ショットガンを引き抜くと、ライアの胴体に銃口を突き付け、ゼロ距離で発射しながら地面に落下する。

 

 

「ぐぅウウウッッ!!」

 

「あっ! ズッッ! かはぁっ!」

 

 

しかしライアもその中でエビルウィップをほむらの体に巻きつけて、最大出力の電撃を浴びせた。

だがほむらは怯まず引き金を引き続け、ライアもまた電力を弱める事は無かった。

そのままライアを下にして地面へ直撃する二人。

 

ほむらは全て銃弾を撃ち終えていた。

着地の衝撃で鞭が緩まるのを感じ、ほむらはライアの頭に掌底を繰り出す。そして胴を蹴ってライアから離れていった。

打ち込んだ掌底はただの掌底ではない、ある物を押し付ける役割。

それが起動音を鳴らし――

 

 

「………」

 

 

爆音がしてほむらは後ろを確認する。

掌底でライアの頭に爆弾を取り付けたのだ。

これで終わる――?

 

 

「!」

 

 

爆発の中から飛び出してきたのはエビルダイバー。

どうやらアドベントを一度発動すると、一定時間変形を繰り返せる様だ。

ほむらがエビルダイバーを確認したときにはもう突進を受けている所だった。

舞い散る血。それは両者が流したものだ。

 

 

「……ぐッ、きゃあ!」

 

 

立ち上がるほむらへ、再び直撃するエビルダイバー。

血を流しながらぶつかるエビルダイバーと、血を流しながら倒れるほむら。

傷を負いながらパートナーを殺す事だけを考える二人だが、何故だろう? 心には少し、心地よさがあったのは。

 

 

「ハァアアアアア!!」

 

「ぐぅううううう!!」

 

 

エビルダイバーは尻尾でほむらを縛るとそのまま猛スピードで空を駆ける。

地面に転がったままのほむらは、当然引きずられる事となり、背中には摩擦から生じる痛みと熱が。

思い出す。ライアに助けてもらったときも同じだったか。

ほむらは苦痛に声を漏らしながらも、心にある炎はむしろ激しく燃え上がっていく。

拘束されてはいるが腕は自由だ。盾に手を突っ込み、すぐに武器を抜き取った。

それはダガーナイフ。魔力で刃を強化すると、エビルダイバーの尻尾を切り裂いて拘束から抜け出す。

 

変形を解除し地面へ着地するライア。

尾を切られたからか、鎧の隙間から血が流れ出ている。

そしてそれはほむらも同じだった。出血量は少ないようにも見えるが、エビルダイバーはほむらを引きずっている時にも電撃を浴びせており、気を抜けば意識を失ってしまいそうになる。

しかし死ぬ訳にはいかない。未来の――、望んだ世界の為に!

 

 

「アアァアアッ!!」『ユニオン』『アクセルベント』

 

「……!」『アクセルベント』

 

 

加速し、武器を打ち付けあう二人。

両手に構えたダガーナイフとエビルバイザーの刃が交差する。

紫の閃光と、赤紫の閃光がオレンジの光の中で何度も交わり、辺りを駆け巡る。

 

 

「アッ!」

 

 

均衡を保っていたかに見えた接近戦だが、やがてナイフが弾かれ、ほむらが地面を転がっていく。

やはり近距離ではパワーの強い騎士に分があったか。

そうしていると迫る腕。ライアはほむらを突き倒し、武器を振り上げる。

 

 

「……ッ」

 

 

ほんの一瞬だけ停止するライアだが、そのまま何も言わずにバイザーを振り下ろした。

首を捉える刃。ほむらの頭が体から分離する。

しかし――!

 

 

『ユニオン』『トリックベント』

 

「!?」

 

 

砕けるほむらの体と、残された一枚のジョーカー。

呆気に取られるライアの背後にほむらが出現し、二本のダガーを叫び声と共に振り下ろし、思い切りライアの鎧、肩に突き立てる。

 

 

「グッ!!」

 

 

ライアの体に食い込むダガー。

ほむらは武器から手を離すと盾に手を入れ、新たな武器を――

 

 

『トリックベント』

 

「!」

 

 

そうか、そうだな、そうなるか。

ほむらのダガーが、ジョーカーのカードと共に地面に落ちる。

ほむらの背後に現れるライア、バイザーをそのまま彼女の体へと。

 

 

『ユニオン』『トリックベント』

 

「しまった!」

 

 

ほむらはもう一つのトリックベントの効果を使用する。

チェンジザデスティニー。ほむらとライアの位置が入れ替わり、ほむらは武器を引き抜く時間を得たのに加え、背後を取る。

 

 

「便利なカードね」

 

「使い方は、それだけじゃないぞ」

 

「そう、知りたかったわ」

 

 

ほむら爆弾をライアの背中に押し当て設置。

そして両足でそれを蹴る事で起動させ、蹴りの反動でライアから飛んでいく。

一方で爆発。ほむらは着地しながら空に上がる爆炎を見詰めていた。

 

 

「――ッ」

 

 

ほむらの膝が折れ、呼吸を荒げる。

積み重なった苦痛が意識を奪おうとするが、まだだ、まだ終わっていない。

そうでしょう? 手塚。ほむらが見詰める先に、炎の中から歩いてくるライアが見えた。

既に装甲はボロボロになっており、至るところに亀裂が見える。

向こうも、コチラも、もう長くは持たないか。

 

 

「………」

 

 

ほむらは盾から一つの銃を抜き取る。

デザートイーグル。これはほむらにとって思い出深い武器であった。

永遠に戦い続けると誓ったあの日、まどかを殺した銃だ。

 

弾はまどかに使った一発が抜かれている為、あと六発。

ほむらはそこに大量の魔力注いでいく。決着をつける気だった。そしてライアもまたデッキからカードを抜き取り発動させていた。その立ち振る舞いには覚悟が見える。

ライアもまた、そろそろ決着の時が来ていると理解しているのだろう。

一枚? 二枚? 音声も何もかも、爆炎が揺らめかせてうまく見えない。

 

 

「「………」」

 

 

ライアはコピーベントでデザートイーグルを複製する。

魔力で強化した状態をコピーした為、威力は全く同じだ。

ライアは弾数を確認して一歩、また一歩とほむらに近づいていく。

 

 

「ッッ!」

 

「――ッ」

 

 

誰が合図をした訳でもない。

しかし二人は同時に走り出し、全ての殺意を解き放つ。

終わりへと続く階段を駆け上がる様に、終焉のカウントダウンを刻むのだ。

銃声。一発目が同時に放たれ、小さな弾丸同士がぶつかり合い、光を放つ。

 

 

(まどか……!)

 

(雄一ッ!)

 

 

心に映る友の顔。それは死に顔、終わりの時。

誰もが死を迎える。しかし、それが間違っている死ならば否定はできる筈だ。

声を大にしてそれは違うと言える筈だ。彼も、彼女も。

 

ほむらが放つ二発目と三発目。

運命を撃ち抜きたいと願い、放たれた最初の銃弾はライアの盾に命中した。

度重なる攻撃が蓄積し亀裂が刻まれていたバイザーは粉々に砕け、次の銃弾はライアの体にしっかりと命中する。

 

 

「グッッ!!」

 

 

苦痛が全身を襲う。

痛みは、心の中、その奥にも刻まれていた。

どこに行けば良かったのか。どこに還ればいいのか。

自分達が行き着く道の先には、何が待っているのか?

分からない。分からないからこそ、知りたかった。

 

 

「ッッ!」

 

 

倒れるわけにはいかなかった。

だからライアは撃ったのだ。二発目がほむらの右肩に直撃する。

ほむらは歯を食いしばりながらも前に進み、ライアと組み合った。

振りあう銃。グリップ部分がぶつかり合い、衝撃が双方の手にビリビリと響いていく。

 

そして銃声。

ライアの三発目がほむらの盾に当たり、粉々に砕いてみせる。

二人の盾の破片が地面に落ちる中、同時に放たれた互いの銃弾が、それぞれの脚をかする。

 

 

「ハァアアアア!!」

 

 

二発の銃声が聞こえた。

ほむらがライアの仮面に撃ち込んだ弾丸。

一発目はライアが頭を捻ったから空を切り、遅れて放つ二発目がライアの仮面に命中する。

だが流石は騎士か。弾は確かに仮面に当たったが、大きな亀裂を入れるだけに留まった。

 

 

「ぐっ!」

 

 

ライアはグリップでほむらの頬を打つ。

揺れる視界。ふらつくほむらの胴体に、銃弾が撃ち込まれる。

愛する人も守れずに、生きる意味はあるのか? 何のために願った力だ。夢を見る為に祈ったわけじゃない。

確かな現実を望んだから自分は今――ッ!

 

 

「「!」」

 

 

ほむらの腕と、ライアの腕が交差する。互いの眉間にゼロ距離で突きつけ合う銃口。

ほむらは殴るように押し当てたからか、銃身がライアの仮面にめり込んでいる。

これで撃てば、いくら防御力のある騎士でも鎧の内部に弾丸を通せる。

つまり、確実に殺せると言う事だ。

 

一方のライアも、いくら本体がソウルジェムだとは言え、ほむらの脳を破壊すれば動きは一定時間止まるだろう。

その隙にソウルジェムを砕く事はできる筈だ。

いや、むしろ、ほむらはもうそれで『負ける』のだ。

 

 

「「………」」

 

 

撃てば終わる。その状態の中で二人は動きを止めた。

名残惜しさを感じているのか。夕日が照らす二人は、黒の影となり一つに交わっていた。

形を崩さぬクロス。彼らは銃を突きつけあった状態で、互いの姿をもう一度目に焼き付ける。

二人の心の奥には、まどかの死と、雄一の死が映り込んでいた。

 

 

「最期だな」

 

「ええ」

 

 

ほむらは目を閉じる。

 

 

「引き金は……、必ず引いて」

 

「お前もだ、絶対に逃げるなよ」

 

「もちろん。貴方こそ」

 

 

分かっているさ。

ライアもほむらも分かっているんだ。

 

 

(まどか……)

 

 

ほむらは心の中で、彼女の名を呼んだ。

そして目を開ける。

二人は同時に引き金を壊れるくらい強く引いた。

 

 

(ごめんなさい)

 

 

鳴り響く銃声。決着がついた瞬間だった。

クロスの影は分離し、二人の体は確かに離れていった。

そして一つの影が、地面へと伏せていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思えば。

決着は既に銃を交差させる前についていた。

ほむらが放った銃弾は六発だ。つまりもう交差させた時点で弾は無かった。

そしてライアが放った弾は五発。

 

そう、どちらが勝ったのかは言うまでも無い。

しかし、ほむらは負ける気など無かった。

敗北が確定した状態でも、弾丸が出ることの無い銃であったとしても、引き金を強く引いた。

最後の瞬間まで、ほむらはまどかの為に戦う事を諦めはしなかったのだ。

 

己の信念は曲げたくなかった。

だが、ライアと武器を交わす度、オフィスで死体を見る度、自分のした事の罪が重く圧し掛かっていった。

大好きなまどかの前には、彼女に似合う『なるべく綺麗な自分』で立ちたかった。

でもそれは叶わない。まどかは罪に穢れたほむらを、きっと受け入れてくれるだろう。

だがそれを、ほむら自身が納得できたかと言われれば――、だ。

 

でも、まどかを救いたかったと言う想いに嘘はないし、その想いを否定したくも無い。

だからほむらは戦い、戦い抜いた先にしっかりと笑っている未来も視ていた。

ただ、銃弾を全て撃ち終わった時、つまり暁美ほむらの敗北が確定した時、安堵の表情を浮かべてしまった事も事実だろう。

 

複雑な感情だった。

手塚にはああ言ったが、ほむらもまたライアを盾にしてしまった。

まどかとの未来を諦めたくは無い、しかし多くの罪を抱えたまま、まどかと幸せになれるとは思っていなかった。

 

だから自分は死んでもいいと、心の中にその想いがあったんだ。

そしてあの世で、全てが解き放たれた世界で、再びまどかと巡り合える事を祈った。

此岸の地ではなく、彼岸の地で彼女と共に世界を築けると。

 

諦めない心の中にあった妥協。それがほむらの中にあった。

ただ表向きは、心の外では、最後までまどかの為に戦う自分でありたかったから銃を突きつけた。

でも、やっと、解放される。

 

 

(ごめんね。まどか……)

 

 

私のワガママに最後まで振り回して。貴女との約束を守れないで。

その想いがあったからこそ、ほむらはまどかに謝罪を行ったのだ。

そして死が、自らの罪を解き放つと信じて。

 

 

「―――」

 

 

しかし。

 

 

「――え?」

 

 

それなのに。

 

 

「なんで……」

 

 

立っていたのは、暁美ほむらだった。

 

 

『面白いカードだよな。トリックベント、チェンジザデスティニー』

 

「!!」

 

 

ずっと二人を見ていたジュゥべえがほむらの背後に現れ、答えを教えてくれた。

 

 

『あのカードってお前らの位置を入れ替えるだけだと思ってたけど……』

 

「……ッッ」

 

『持ち物だけ、入れ替える事もできるんだな』

 

「!!」

 

 

ほむらは銃口から煙を上げている自分の銃を地面へ落とす。

そして目の前で眉間に穴を開けて倒れているライアへ、言葉にならない叫びを上げて詰め寄った。

ライアが爆炎の中から現れた時、発動したカードは二枚だ。

相手の武器を複製するコピーベントと、ほむらと"入れ替える"効果を持つトリックベント。

後者をいつでも発動できる様にしておいたライアは、事前に弾数を確認し、ほむらが六発撃ち終わった事も理解していた。

 

そしてグリップで殴りつけた時、ほむらの視線が銃から外れた際に、自分の銃と彼女の銃を入れ替えた。その後二人は眉間に銃を突きつけ合い、ほむらは弾切れだと思っていた『ライアの銃』の引き金を引いて、ライアが残していた一発分でトドメを刺したと言うことだ。

 

 

「どうしてッ!? どうしてまた貴方は私を助けるのッッ!?」

 

 

涙を流し、ほむらはライアを揺する。

その涙は感動だとか、そういう類のものじゃない。もっと複雑な感情が混ざっていた。

ライアの体からは粒子が放たれている。それは手塚海之の命が失われる事を意味していた。

ほむらの、そして何よりもライアの銃弾が、ライア自身を殺すに至ったのだ。

 

 

「死なせてよ。終わりにさせてよぉオッ!!」

 

『……ククク、クハハハハ!!』

 

 

ジュゥべえは笑みを浮かべながら手塚にコンタクトを取る。

面白い物を見せてもらった。そのお礼にライアの意識を現世にしばらく留めると言う。

つまりニコと高見沢の最期と同じだ。ライアもそれを受け入れ、トークベントでほむらに語りかける。

 

 

『俺は、お前に負けた。ただそれだけだ』

 

『そう仕向けたのは貴方じゃない!! どうして? どうして自分の勝利を選ばないの? ねえどうしてッ!?』

 

『………』

 

 

しばし沈黙するライア。

しかしそうしている間にも粒子化は進んでいく。

時間はそれほど残されていない。ライア心の中で頷くと。答えを一言。

 

 

『なんでだろうな?』

 

『何よ……! 何なのよッッ!!』

 

 

ほむらはライアの鎧を叩いた。

だがこれが真実だ。ライア自身、どうして最後の最後でほむらを助ける思考に至ったのか、いま一つ理由が掴めない。

ただぼんやりと分かる事もある訳で。

 

 

『最初は本気だった。嘘は無い、本気でお前を殺すつもりだった』

 

『だったら――!』

 

『だが、戦う中で分かったんだよ』

 

『っ? 何が!?』

 

『簡単だよ』

 

 

そう答えるライアの声は優しい。

 

 

『俺が雄一に友情の念を抱いたのと同じだ』

 

『え……?』

 

『俺は、お前の事を友人だと思っていたのさ』

 

『ッッ!!』

 

『錯覚か? まあ、相互で抱かなければ意味の無い物だろうからな、友情ってヤツは』

 

 

ただそれでも、ほむらと過ごす内に、ほむらの想いを知る内に、ジュゥべえが仕掛けた通り同調の念を抱いた。

類は友を呼ぶと言う。共感や同情、そして尊敬。

ほむらの方が優れていると理解したら、憧れが浮かぶ。

自分にはできなかった事をやろうとしているほむらを、心から応援したかった。

 

だからライアはあの時、ほむらの身代わりとなって死んだのだ。

もしもほむらがまどかを助ける事を成功させたなら、手塚も雄一に許してもらえる気がした。

そして今、ほむらに教えられた。自分にもまだチャンスはあるのだと。

 

しかしその中で、もう一つの思いに気づいた。

まどかとサキも同じような事を言っていたじゃないか。

要するに手塚は雄一を助ける為とは言え、ほむらを殺したく無かったんだ。

簡単で単純な話なんだ。友達を殺したく無い。

 

尤もほむらはライアに友情など、欠片とて抱いていなかったろうが。

それを想像すれば思わず笑みが漏れてしまうと言う物だ。

だからこそ、もう一度言える。

 

 

『俺とお前は似ているが、やはり違うよ。全然違うのさ』

 

『手塚……!!』

 

 

ほむらはまどかを見続けて戦ってきた。

だが手塚は色々な物を見てきた。真司や、もちろんまどかだって。

そして当然ほむらもだ。たとえ一方通行な想いであったとしても、彼女に友情を抱いたのだから仕方ない。

 

 

『それでも、それでも私と斉藤雄一なら、優先するべき物くらい分かるでしょう!?』

 

『同じだよ、友人は友人だ。程度はあるが、順位は無い』

 

『!!』

 

 

それは、さやかに言われた事と同じだった。

ほむらは打ちのめされた気がして言葉を失う。

 

 

『もっと時間があれば、俺でも……、お前や東條、城戸と友人になれたのかもしれない』

 

 

そうすれば雄一には悪いが、自分の世界はそれで完成する。

彼を蘇らせたいと思う想いは死んではいないが、その為に他の友人を殺すなんておかしな話だ。

だから手塚は、ほむらを殺せない。となればもう答えは一つだったろう?

 

 

『だが俺は、別に雄一への思いが薄まった訳じゃない。お前だってそれは分かってくれる筈だ』

 

 

別の大きい想いを優先させただけだと。

それを言い終われば、いよいよライアの体が透けてくる。

もう時間は本当に残されていないようだ。

 

 

『暁美、世界に絶望するな』

 

『!』

 

『お前は俺に勝った。ゲームに生き残った。それを、誇りに思ってほしい』

 

 

多くの命を奪った事を美談にしてはいけないが、それでもココまで戦ってきた自分に絶望してはいけない。残された世界に、諦めを持っては欲しくない。

苦しいだろう、辛いだろう、しかしココまで戦ってきたのは事実なんだ。

ココまで来たんだ。だったら後は戦い続けて欲しい。

 

 

『俺にはできなかった事だが、お前なら出来る』

 

『手塚……ッ! 手塚!』

 

『占わなくても分かるよ、それくらい』

 

 

変えるんだ、最後まで下らない運命を。

 

 

『変えられるんだ、お前なら』

 

 

いや、変えてくれ……、か。

ライアは心の中でそう思う。

 

 

『戦い続けろ。自分が本当に望む世界を手に入れるまで』

 

『私の……、望む、世界?』

 

『ああ。あるだろ? あるからこそココまで戦ってきた』

 

 

ほむらは頷く。

頭を動かしたからか、涙が一粒ライアの仮面に落ちた。

どうして自分が泣いているのか、ほむらさえ理由は分からない。

ただそれでも目には涙が確かに溜まっていた。

 

 

『できると思う? 私に』

 

『ああ、約束するよ』

 

『何を根拠に?』

 

『俺の勘だ』

 

『何よ……それ』

 

 

ライアの下半身はもう完全に消滅している。

それを察し、最期の言葉を彼女に投げかける。

 

 

『ほむら、生きろ』

 

『!』

 

『お前も見ただろう? 運命は変えられる。変えられるんだ……!』

 

『ええ、そうね……!』

 

『変えたいと望めば、それを諦めなければ……、きっと――』

 

『!!』

 

 

ガクンっとほむらの腕が地面に落ちた。それを支えていた物が消えたからだ。

待って! 思わずそう叫ぶ。しかし返事は無い。空には無数の光の粒子が昇っている所だった。

ほむらはそれを見て、涙を強くぬぐう。

あの時と同じだ、彼はまた――

 

 

『見事だよ、暁美ほむら』

 

『ああ、手塚の死亡を確認したぜ』

 

 

背後に現れるキュゥべえとジュゥべえ。

今この瞬間、ゲームは完全に終了した。

そして願いを叶えるチャンスが一つ増え、長い戦いの終止符が打たれる。

 

 

『さあ、言ってごらん暁美ほむら。キミは二つのチャンスで何を叶えるんだい?』

 

「そんなの、決まっているわ……」

 

 

俯いたまま、静かに呟く。全てはこの時の為に。

 

 

「まどかを……、蘇らせて」

 

『鹿目まどかの蘇生だね。了解したよ』

 

 

一瞬だった。

光が放たれたかと思うと、一瞬でまどかがほむらの前に現れる。

先程までライアが倒れていた場所に、まどかは仰向けで眠っていた。

魔法少女の衣装を身に纏っており、規則正しい呼吸で落ち着いている。

体のどこにも傷は無く、その表情は何も知らぬ無垢な物だった。

 

 

「まどか……!!」

 

 

その時のほむらの表情は、文字では言い表せぬ物だったろう。

気が遠くなる程の時間があった、多くの苦しみと悲しみ、苦痛があった。

でも、確かな希望もあったんだ。

 

ほむらはまどかを優しく抱きしめると、しばらくの間、体を小刻みに震わせて色々な想いを振り返る。漏らすのは嗚咽だけ。ジュゥべえも流石に空気を読んだか、キュゥべえと共にほむらが次の言葉を放つのを、いつまでも黙って待っていた。

 

気がつけば空は暗く、星が輝いている。

その中でほむらは顔を上げて言葉を放つ。視線はまどかのほうを向いたままだ。

キュゥべえいわく、呼び掛ければ目を覚ますらしいが、ほむらはまだ彼女には声を掛けない。

 

 

「私達を、人間に戻して」

 

『ああ、分かったよ』

 

 

光が二人を包み、衣装が弾けて変身前の服装に戻る。

ソウルジェムを試しに具現しようと試みるが、それはできない。

当然だ、二人は人間なのだから。

これで、これでやっと自分達は人として生きられる。何よりも望んでいた事が形になったんだ。

 

 

『何か質問はあるかい? 無いのなら、ボク達は消えるよ』

 

「………」

 

 

ほむらは大きく息を吐く。

様々な感情がそこには込められていた。

 

 

「貴方達はこれからどうするの?」

 

『そうだなぁ、予定では一度地球を離れようと思うけど』

 

『十分エネルギーも集まったしな、テメェ等のおかげで』

 

「そう……。じゃあその代わりと言ってはなんだけど、一つお願いを聞いてくれないかしら?」

 

『お願い?』

 

『ほーん、珍しいな。まあ言ってみろよ』

 

 

ほむらはまどかの頬に優しく触れ、心の中で名前を呼ぶ。

 

 

(まどか……)

 

 

そして――

 

 

(ごめんね)

 

 

奇しくも、それは諦めたときと同じであった。

ほむらは立ち上がるとキュゥべえ達を真っ直ぐに見つめる。

そして『お願い』を強く、それは強く叫ぶように言い放つ。

 

 

「私を、魔法少女にして!」

 

『『!!』』

 

 

感情の無い二匹でさえ、想像を絶する程の衝撃が走ったとの自覚があった。

言葉を続けるほむら、それはつまりそう言う事である。

 

 

「私の願いを叶えて! インキュベーター!!」

 

『何を……、馬鹿な』

 

『はぁあああああああ!?』

 

 

無表情のキュゥべえ。

一方でジュゥべえは汗を浮かべながら慌てている。

そして拳を握り締めてどっしりと構えているほむら。

 

考えたんだ。

考えて考えて、それでも考え抜いた。

多くの事を振り返り、そしてほむらはその結末に至る。

 

 

『どッ! っておまっ! え!? な、何考えてんだテメェは!』

 

 

気でも狂ったのか?

ジュゥべえも所詮は理屈で語るタイプだ。

ほむらの言葉が、それこそ一ミリも理解できずに混乱している。

それはもちろんキュゥべえも同じだ。ほむらの選択は、それこそ愚か以外の何物でもないのだから。

 

 

『理解できないな。暁美ほむら』

 

「ええ。貴方たちには、一生理解できないでしょうね」

 

『だ、だったら教えろ! 何でテメェはそんな事を!』

 

 

鹿目まどかと共に、人間としてこれからの世界を共に歩む。

それがほむらの唯一の願いだった筈だ。それが叶うと言うのに、何を今さら他の願いを叶えようと言うのか?

 

 

「決まってるでしょ」

 

 

ほむらは長く美しい髪をかき上げ、当然の様に言い放つ。

 

 

「私はこの終わりに、満足していないもの」

 

『なんッ! だと……!?』

 

『分からないな。コレはキミが何度と無く時間を繰り返し、目指してきた物だろう?』

 

 

現に今だって、ほむらはそれを願ったじゃないか。

なのにまだ何かがあるのかと? すると頷くほむら。確かに自分は何を犠牲にしてもこの今にたどり着ければ良いと思っていた。

 

でも気づいた。手塚が戦いの中で己の心に気づいたように、ほむらも気づいたのだ。

 

 

「今が、私の望んだ世界では無い事を」

 

 

まどかの友人はそのほとんどが命を落とした。

そんな世界を、まどかが100%心から喜ぶだろうか? そう、喜ぶ筈が無い。

それにほむらだって、もしかしたらあったかもしれないんだ。

その可能性が。

 

 

「私にとって、友人はまどかだけだった」

 

 

でも築ける筈なんだ。

さやかが、ライアが可能性を見せてくれた。

まどかにとっても、ほむらにとっても。もっと明るい世界がある筈なんだ。

今よりももっと希望に満ち満ちた世界がある筈なんだと。

死と絶望に塗れた今ではなく、命と希望に満ち溢れた、光の未来がある筈なんだ。

 

 

「だから私には、それを叶えるための力がいるの」

 

 

ほむらが叶えたい願いは一つ。

 

 

「ゲームをやり直すわ。そして、この腐った運命を変える」

 

『馬鹿な! そんな馬鹿な!!』

 

 

考えろ、理解しろとジュゥべえは吼える。

ほむらは何か勘違いをしているのでは無いだろうか?

今の彼女は非常に運が良い。まどかと人間になれたと言う、当初の願いを叶えられたんだ。

だがもしもココで過去に戻ったとすれば、今よりももっと酷い未来にたどり着く可能性の方が何倍も高い。

まどかは死に、ほむらも死に、ましてや世界が滅びる可能性だってある。

 

 

『そしてあくまでもゲームはゲーム、ルールに縛られた状態になるんだぞ!』

 

 

時間を戻せるのは一度まで。ゲームバランスに介入する奇跡は起こせない。

そしてゲームの均衡を保つ為、ほむらの記憶は全て消える。

つまり何も知らない状態となるのだ、要するに記憶が消えると言う事は、ココに立っているほむらでは無くなる事。

 

 

『それは死と同じだぞ!』

 

『そう。せっかく手に入れた希望を、捨てるのかい?』

 

「捨てはしないわ。もっと大きな希望へたどり着くのよ」

 

 

ほむらが本当に望む世界へと。

 

 

『本物の馬鹿だなテメェは。出来るとでも思ってんのか? 実力過信してんじゃねーぞ!』

 

「できるわ。必ず」

 

『なんでそんな事が言える!?』

 

「決まっているでしょう?」

 

 

ほむらはそう言ってジュゥべえを睨む。

思わず後に下がるジュゥべえ。ほむらの目には一片の迷いも恐怖も無い。

本当にできると思っている目だ。ジュゥべえはゴクリと喉を鳴らした。

そして彼女は髪をかき上げ、理由を口にする。

 

 

「私のパートナーが。海之がそう言ってくれたからよ」

 

『んなっ!!』

 

『………』

 

 

自分の望む未来を得る為に戦い続けろと。

そしてそれをなし得るだけの力が自分にはある。

運命を変えられるんだと。

 

 

『馬鹿な……!!』

 

「ああ。あと一つあるとすれば――」

 

『な、なんだよ! なんなんだよ!』

 

「私の勘」

 

『ッッ!!??』

 

 

ジュゥべえは口を開けて唖然としていた。

しかしすぐにその口が三日月の様な形と変わる。

 

 

『――フハッ!』

 

「………」

 

『フハハハハハ! アハハハハハハハハハ!!』

 

 

本気だ、ジュゥべえは確信する。本気で言ってやがるのかこの女はと。

なんて馬鹿な奴だ、何てイカれた奴だ。とんでもねぇ愚かな奴が勝ち残った物だと唸り声を上げる。

だがこれが因果と考えれば――!

 

 

『おもしれぇ!』

 

「………」

 

『やっぱテメェが食い下がるか。暁美ほむら』

 

 

ジュゥべえのスイッチが切り替わる。

それは彼だけではない。隣にいたキュゥべえも長い沈黙から解放されたように声を放つ。

 

 

『いいよ。ボクは別に』

 

 

エネルギーをより収集できるチャンスだし。

キュゥべえはその言葉を胸にしまい込む。

 

 

『オイラもいいぜェ! 了解だぜ暁美ほむら』

 

 

二匹の赤い目がギョロリとほむらを捉える。

しかし彼女は怯まない、むしろ涼しげな表情で二匹を睨み返す。

 

 

『たが改めて、あくまでもゲームと言う世界の下にと言うことを忘れるな!』

 

「?」

 

『要するに、さっき言った様に願いの結果を都合の良い様にいじらせてもらうぜ』

 

 

ゲームをやり直すと言っても記憶を継承したままではなく、あくまでもリセットボタンを押す様に。

引き継げる物は無い、ほむらはゼロからのスタートを共用される。

記憶が無くなるという事は、今の暁美ほむらは実質死ぬと言う訳だ。

 

 

『ボクからももう一度確認するよ。それでもいいのかい? 暁美ほむら』

 

「ええ、構わないわ」

 

 

ほむらの心の中にある想いはただ一つ。

 

 

「運命を、必ず変えてやる……ッ!」

 

『了解したよ暁美ほむら』

 

 

ほむらの体が光で包まれる。

そして彼女の手には、ソウルジェムが確かに握られていた。

 

 

『キミの想いはエントロピーを凌駕する』

 

『変えれる物なら変えてみろ!』

 

 

世界が時計の音で包まれる。

 

 

『運命ってヤツをなぁアアアアア!!』

 

「………」

 

 

ジュゥべえの叫びと共に、はじけ飛ぶインキュベーター達。

同じくして世界が光に包まれていく。反対に大きくなっていく時計の音。

その中に雑音として歯車の音が混じっているのは気のせいだろうか?

 

いや、気にする事は無い。

これより新たなる戦いが待っているんだ。その覚悟を固めた方が余程いい。

ほむらはもう一度倒れているまどかに視線を移し、優しく微笑んだ。

 

 

「まどか……」

 

 

必ず変えて見せるから。

寂しい想いはさせたくないから。

 

 

「またね」

 

 

そこで時刻を知らせる鐘の音が響く。

ほむらは意識を失い、深い光の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また……駄目だったッッ!!」

 

 

目を覚ませば、病院の天井。

何度この景色をみたのだろう。もう何回繰り返したのだろう?

悔しさ、苛立ち、悲しみ。多くの感情に心が押しつぶされ、爆発しそうになる。

 

ベッドに拳を叩きつけるが、それでも心の燻りは消えない、

何をしても怒りと虚しさは膨れ上がるばかり。本当に駄目なの? 絶対に無理なの? また心に亀裂が走る。くじけそうになってしまう。

 

 

(いやッ)

 

 

駄目なら、何度でもやり直せばいい。自分にはその力があるんだから。

何度だって。何回だって繰り返せばいい。唇を強く噛んで、強引に納得してみせる。

 

 

(絶対……、絶対に助けてあげるからね)

 

 

親友の姿を強く想う。

失敗して駄目ならやり方を変えればいい。どれだけの犠牲を払おうが必ず、必ず『―――』だけは。

そんな決意を新たに、"少女"は病室を後にする。

 

 

「ッ!」

 

 

まずは何をしようか?

そんな事を考えていたからだろうか。誰かとぶつかってしまった。

年齢がやや上の男性。高校生くらいか? ともあれ、そんな事は少女にとってどうでもいい事だ。

軽く謝罪をして立ち上がると、そそくさと歩き出す。

 

 

「……ッ!?」

 

 

いや、ちょっと待て。

少女は立ち止まり、振り返った。

おかしい。こんな事は"初めて"だった。何回と繰り返した中で、こんな少年を見た事は無い。

それにどこか儚げな雰囲気に、強い既視感を覚えた。デジャブ、と言うヤツなのか?

なんだか初めて会った気がしない。もちろんそんな事を感じたのも初めての事だ。

 

 

「ちょっと、そこの貴方」

 

「?」

 

 

だから話しかける。

少年は振り返ると思わず息を呑んだ。目の前にはナイフの様な瞳で自分を睨みつけている少女がいるのだ。

その鬼気迫る表情は普通じゃない。どこか狂気すら感じられる。一目で分かる、この女は普通じゃないと。

そんな少女に声を掛けられる状況、何がどうなっているのやら。

 

 

「一応謝罪はしたが、聞こえなかったのなら謝る」

 

「そんな事はどうでもいいわ。それより、少し話を聞かせてくれないかしら?」

 

 

なんなんだこの女は――。少年は眉をひそめて後ずさる。

確実に初対面の相手。なのに、なんて大きな態度を取ってくるんだと。

関わってはいけない気がする。少年は適当に少女をあしらって逃げる事を決めた。

 

 

「悪いが」

 

 

だがそこで少年は言葉を止めた。

何か、この少女から感じるもの――。

そして、以前に告げられた『情報』が身体を駆け巡る。

 

 

「お前――ッ!」

 

 

そうか、そう言う事なんだな。

少年は静かに頷くと、目の前にいる少女へむかって手を差し出した。

尚も自分を睨みつけている少女へ、少年はたった一言投げかける。

 

 

「お前が俺の……、パートナーか」

 

「ッ?」

 

 

戸惑う少女。

そんな彼女を遠くから見つめる『目』が。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ま、こうなるんだよな結局は』

 

『ああ、再び歯車は回り始める。決まっていた事と言えばそうかもしれないね』

 

 

キュゥべえはほむらを見つめながら淡々と呟く。

彼女は運命を変えられるのかな? まあ無理だろうね、彼女はチャンスを棒に振った。

意味の分からない理由で。

 

 

『まあ無理なら終わる。それだけだぜ先輩』

 

『そうだね、その通りだ』

 

 

さて、そろそろ時間だ。

キュゥべえはそう言って見滝原を見回す。

 

 

『そろそろボク達の記憶にロックが掛かる』

 

 

広い様で狭い箱庭だ。

その言葉にジュゥべえはニヤリと笑う。

そして――

 

 

『やっとクソ長い戦いを終わらせられるんだよな先輩ぃ? オイラわくわくするぜぇ!』

 

『そうだね。彼女の力に制約がかかった。おそらくこれが彼女にとって、ボク達にとって最後の戦いになるだろう』

 

 

同時に、それは最初の戦いともなる。

全ては愚かな歯車が紡ぐ戯曲、忘却、そして絶望!

 

 

『さあ今度こそ全てを終わりにさせてもらうよ』

 

 

二つの影は何も表情を変える事なく、そのまま姿を消すのだった。

 

 

 

 

 

【END】

 

【繰り返す運命】

 

 

 

 

この結末が悲劇なのか、それともこれで良かったのか……。

物語はまだ序章にすぎない。答えは、もうひとつの結末が教えてくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 







次回エピローグです。
三つのエンディングの内、一つがエピローグに繋がる物になっています。残りの二つはノーマルエンドです。
どれがその一つなのかは、次回明らかになります。

今回選ばなかった他の二つのエンディングは、エピローグ更新後に確認していただくのが一番かなと思ってます。
まあそれは、自由なんですけどね。


ちなみに最後の『この結末が悲劇なのか~』は龍騎原作の台詞なので、特に深い意味はありません(´・ω・)b




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第67話 B『戦いを続ける』


※注意

66話、67話、68話は続き物ではありません。
それぞれ前回(65話)の終わりからの分岐ルートになっているので、目次から自分の選択した話へお進みください。




 

 

 

 

『戦いを続ける』

 

 

 

 

 

 

 

「わたしは、戦いを続ける」

 

 

それが、鹿目まどかの答えだった。

 

 

「まどか! お願いだから私を殺してくれ! 戦いを終わらせるんだ!!」

 

 

まどかは強い。しかし限界と言う物も同じくして存在している。

サキはその限界をココに見ていた。ワルプルギスの夜は想像を超えた化け物だった。

そもそも今、サキ達はワルプルギスと戦ったと言えるのだろうか?

ただ魔女の玩具になったと言う印象しか受けない。全てワルプルギスが描いたシナリオ通り。

唯一、抗うとすれば、それはゲームを強制的に終わらせる事だ。

つまりサキを殺して、まどかが――。

 

しかし、それでもまどかが首を縦に振ることは無かった。

サキを殺す事は、まどかにはできない。それがどんなに非効率だと思われても、絶対に殺せないんだ。もう遅いか? いや、だからこそ。

 

 

「わたし、夢でマミさん達に会ったんだ」

 

「夢?」

 

「うん。そこでね、希望の話をしたんだよ」

 

 

皆で幸せになれる道を探したいと願った。

だからサキを殺す選択肢をまどかは選ぶ事はできない。

どんなに可能性が低くても、少しでも生きると言う希望がある選択を取りたいから。

大きな迷惑をサキには掛ける、だがこれだけは折れない。

 

 

「それに、わたし……、サキお姉ちゃんが大好きだから」

 

「まどか……!!」

 

「いっぱい思い出があるの。サキお姉ちゃんと過ごした時の楽しかった記憶が」

 

 

まどかはそこでサキに自分の弱さを吐露していく。

サキも含めて、皆はまどかの事を強い強いと言ってくれる。

それは嬉しいけれど、まどか自身は自分が強いなんて欠片とて思っていなかった。

今だって気を抜けば泣きそうだ、現に声は震え、体も震えている。

 

 

「怖いよ、辛いよ、苦しいよ!」

 

 

でも泣き言を言っても何も変わらないって分かってる。

皆は帰ってこないし、ワルプルギスも消えない。

だから平然を装ってる。装っているだけなんだ。

 

 

「だったら私を殺せば良い! 殺せばいいんだ! そうすればもう苦しまなくて済む!!」

 

「言ったでしょ、わたしはサキお姉ちゃんを殺したくない」

 

 

もしもサキを殺すくらいなら、このまま恐怖に包まれたままで良いとまどかは言った。

まどかは笑みを浮かべているが、顔が見えないサキには、酷く怯えている様に思える。

強がっているのだろう。怖いに決まっている。

ワルプルギスとの力の差が分かってしまえば無理も無い。

 

だがそれでも、それでも――、まどかはサキを殺さないと言う。

まどかは一度決めたことをそう簡単には曲げない。

ソレを知っているからこそ、サキは気がつけば涙を流しながら叫んでいた。

 

 

「分かった! もう分かった! 私がキミを殺す! だから頼むから戦いを終わらせてくれ!!」

 

「………」

 

 

サキはまどかにソウルジェムをコチラに渡すように促した。

サキがまどかを殺し、勝利者となってまどかを蘇生させると。

沈黙するまどか。しかし彼女は答えではなく、思い出話を始めた。

 

 

「さっきの続き。わたしね――、強くなんて無い。強く振舞っていただけ」

 

 

昔だってそうだ。

タツヤが産まれてからは、お姉ちゃんなんだからと言う理由で色々と制限されてきたのを覚えている。

親に甘える事も、わがままを言う事も、何かをねだる事もできない。

それをしてしまえば、決まって飛んでくるのは『もうお姉ちゃんなんだから』と言う言葉。

 

となれば子供心にこう思うのは当然だ。お姉ちゃんになんかなりたくなかったと。

強くなんてなりたくない、弱いままで良かったと。

でもだからと言って、それでタツヤがいなくなる訳が無いし。タツヤの事だって嫌いじゃなかったからより一層複雑だった。

 

 

「そんなとき、サキお姉ちゃんに出会った」

 

「まどか……! キミは――ッ」

 

「お姉ちゃんは、あの時の事覚えてる?」

 

「あ、ああ……、私はキミに励まされたんだな」

 

「ふふ。でもその後、わたし転んじゃって」

 

 

そしたらサキが逆に心配してくれた。

 

 

「一緒にいたいのいたいのとんでけーってしたよね」

 

「……ああ。覚えてる。今でも、鮮明に」

 

「じゃあコレも覚えてるよね? サキお姉ちゃんが言ってくれた――」

 

『じゃあ、わたしがキミのお姉さんになってあげるよ!!』

 

 

サキが思っている以上にまどかは嬉しかった。

姉か兄が欲しくて欲しくて堪らなかったが、コレばかりはどうにもならないと両親に言われて、夜にはひっそりと枕を濡らした事もある。

それにまどかだって無理なのは分かっていた。

どうしようも無いと思っていたのに、サキがまどかの願いを叶えてくれたのだ。

 

サキは優しかった。

本当の姉の様に接してくれたし。

まどかが夢見ていた事を全て叶えてくれた。

わがままを聞いてくれる事。落ち込んでいたら励ましてくれた事。

もちろんそれはさやかも同じ事をしてくれたが、彼女との間にあるのは友情であり、サキとは姉妹愛だとハッキリ区別できた。

それはきっとサキが大人びていたし、事実まどかよりも年上だったからだろう。

 

 

「サキお姉ちゃんは、本当に優しくて、わたしをいつだって受け入れてくれた」

 

 

両親に怒られたときもサキは味方をしてくれた。

例え、まどかが悪いと思う時だって、サキはいつだって肩を持ってくれた。

だからまどかはサキに甘えられたんだ。弱さを見せる事ができたんだ。

 

 

「まだ……、サキお姉ちゃんはわたしの事を妹だと思ってくれる?」

 

「まどか……!」

 

「わたしの、わたしだけの味方をしてくれる?」

 

 

まどかの声が一層震えているのが分かった。

サキは拳を握り締める。こんな形で、まどかの味方をしたくは無かった。

もっと姉らしく、憧れの対象として助けてあげたかった。

サキも、まどかも、気がつけばボロボロと涙を零している。

そしてサキは、何度も頷いた。

 

 

「ああ……、ああ! 私の気持ちは何も変わっていないよ」

 

「じゃあ、わたしのワガママもいっぱい聞いてくれる?」

 

「ああ、ああ! 何でも言えばいい! 何だって聞いてあげるさ!」

 

「じゃあ……! 甘えてもいい?」

 

「当たり前だろ? だって私はキミの――」

 

 

お姉ちゃんなんだから。サキは涙を流しながら微笑んだ。

きっとまどかにも届いているはずだ。この気持ちが、この想いが。

同時にサキは、まどかが何を言いたいのかを悟った。

 

 

「嬉しいなぁ……!」

 

『ヒッ! ヒ………ヒヒッ!!』

 

 

ワルプルギスが、かすかだが再び笑い始める。どうやら麻痺が解除されてきたらしい。

もう時間は残っていないようだ。ワルプルギスが活動を再開すればもう逃げられないかもしれない。

けれど、それでも、まどかはどちらかが死んで終わる結末を望みたくは無かった。

だからワガママをサキに言う。

 

 

「一つ目のワガママはね――」

 

 

わたしはやっぱりサキお姉ちゃんを殺したく無い。

大好きなおねえちゃんを殺したいと思える筈が無い。

だからサキお姉ちゃんが殺して欲しいってワガママを言っても、わたしは聞かない。

逆にわたしのワガママをサキお姉ちゃんが聞いて欲しい。

 

 

「いいよね?」

 

「……もし、嫌だと言ったら君はどうする?」

 

「サキお姉ちゃんと縁を切ります」

 

「あはは。勝てないな……。キミには」

 

 

まどかは二つ目のワガママを口にする。

戦いを終わらせる最も良い方法を否定しておいて、何を馬鹿な事をと言われるかもしれないが、それでもそれがまどかのエゴなのだから仕方ない。

 

 

「わたしね、死にたくない」

 

「ッ!」

 

「今もね、脚が震えてるの……。ガクガクって」

 

 

でも、やっぱりサキお姉ちゃんは殺したくないし、わたしも死にたくない。

それがわたしの希望なんだから仕方ないよね。

殺すとか傷つけるとか、もう嫌。うんざりなんだよぅ。

 

 

「だから、わたし……、サキお姉ちゃんには殺されたくない」

 

「ああ、そうだね」

 

『ヒヒッ! ヒヒヒハハハ! クヒヒハハッ!』

 

 

ビクンと肩が震える。

ワルプルギスの動きが戻ってきた。

だがまどかは怯まない、飲み込まれない。希望はまだ死んでいないから。

沈黙するまどか。多くの想いが複雑に絡み合っているのだろう。

サキもそれを察して何も言わなかった。しかしその中でその情報が頭に流れていく。

 

 

【これにより両者復活の可能性は無し。よって、ライアチーム完全敗退】

 

【残り2人・2組】

 

 

だいぶ遅れて二人の脳内に入ってくる、ほむら達の死亡通告。

だがそれがまどかの背中を後押しする形になった。

ほむらを殺したのは、まどかだ。その上で鹿目まどかは殺めぬ道を歩きたいと言う。

だからこそ、これはワガママなんだ。

サキにだけ打ち明ける、自分の思いを優先させたエゴ。

 

 

「お姉ちゃん。わたし、もう殺したくないし殺されたくも無い」

 

 

それを可能にするには、もう一つしか道は無い。

 

 

「三つ目のワガママ。わたし、ワルプルギスと戦うね」

 

「……ッッ!!」

 

 

拳を握り締め、歯を食いしばるサキ。

止めてくれと言いたかった。まどかに勝ち目は無い、それは彼女だって分かるだろう。

このワガママを受け入れる事は、まどかを見殺しにする事と同じである。

そんなの、認めたくは無かった。

 

無かったが――、約束したじゃないか。

姉がどうのこうのと言う話をしていたが、本心はもっと別のところにある。

姉だけならば、妹を心配すると言うていで話を進めれば無理も通せる。

しかし、まどかが今本当に求めているのは、弱さを受け入れてくれる人ではないか。

 

彼女は常に『強い』と錯覚されてきた。

他者を思いやる心。時に自己犠牲となっても誰かを守ろうとする精神。

常に受身のまどかが弱さをぶちまけられる相手。それはもしも真司が生きていれば、彼になっていたのかもしれない。

 

だがもう真司はいない。死んだのだ。

だからこそ、誰かがまどかの弱さを分かってあげなければならないんじゃないか?

今まで沢山まどかに守られて来たからこそ、どうしても通したいワガママくらい、聞いてあげなければならないんじゃないか……?

 

 

「ごめんね、お姉ちゃん。でもわたしどうしてもこの想いだけは通したいの」

 

「珍しいな、キミがそこまで意地を張るなんて……」

 

「幻滅した?」

 

「馬鹿を言うな。何をしようとも、まどかはまどかだ。私の大切な人だよ」

 

 

珍しいということは、逆を言えばそこまで譲れない想いを抱いたと言う事だろう。

だからサキは、決意する。

 

 

「好きにすればいいさ」

 

「お姉ちゃ――」

 

「ただし! 一つだけ条件がある」

 

「え?」

 

 

その時だった。

耳をつんざく様な笑い声が響き渡ったのは。

見ればワルプルギスが再び活動を再開した様だ。

 

痺れていた事に苛立っているらしい。

魔女の周りには、まどかとサキを除く魔法少女の影が武器を持ってヘラヘラと笑い声をあげている。

いやそれだけじゃなく、参加者以外の影達も背後には無数に控えていた。

そして浮かび上がるビル群、多少本気を出してくるらしい。

 

まどかは思わず汗を浮かべて一歩後ろへ下がる。

時間停止を持っているのに加え、あの使い魔の量。そして巨大なビル。

無数の殺意につい、怯んでしまう。

 

 

「!」

 

 

コンコンと音がして、何かが転がてきた。

まどかが視線を移すと、それはサキのソウルジェムだった。

瓦礫の隙間から投げたのだろう。ポカンとするまどかに、サキはそれがワガママを許す条件だと。

 

 

「私も一緒に行く。連れて行ってくれ」

 

「!!」

 

「嫌とは言わせない。もしも断られたら私はキミを殺すぞ」

 

「……嘘ばっかり」

 

 

しかし、そう言われては仕方ない。

まどかは小さな笑みを浮かべて、サキのソウルジェムを服の中にしまう。

そして彼女の周りを旋回するドラグレッダー。そう、そうだ、彼もいるんだ。

それを思えば、不思議とまどかの心から恐怖が消えていく。

むしろ溢れんばかりの希望が湧いてきた。

 

 

「一人じゃない! わたしの周りにはドラグレッダーが、お姉ちゃんがいてくれる!」

 

 

だから、まどかは人の為に戦える!

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「ずっと一緒だ。まどか!」

 

「うん!!」

 

 

まどかは笑顔を浮かべてドラグレッダーに飛び乗った。

弓を構えて光の翼を広げる。その姿はまさに女神とも言える物だ。

多くの絶望が向こうにある。多くの苦しみが向こうにはある。

しかし、まどかはもう怯えたりはしない。だってその向こうには、きっと何よりも大きな希望があると信じているから!

 

 

「ハァアアアアア!!」

 

 

まどかの声と共に飛び立つドラグレッダー。

襲い掛かってくる使い魔に次々と光の矢を命中させていき、追撃にドラグレッダーが炎を発射してトドメをさしていく。

 

 

『ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』

 

 

ワルプルギスの笑い声と共に、次々と影魔法少女達がまどかへ突撃していく。

それはまるで黒い雲のようだ。しかしまどかが放つ桃色の光は、どんなに黒に囲まれようがその輝きを減らす事は無かった。

ワルプルギスの笑い声と、使い魔の笑い声が不協和音を奏でるが、その中でもまどかの声はよく響く。

 

 

「スターライトアロー!!」

 

 

また一筋の光が見えた。

ほら、そうしているとまた光が灯る。次々と輝く桃色の星。

だが一方で、四方八方から黒が集うのも事実であった。

重なる笑い声と飛来してくる影魔法少女達。

使い魔は眩し過ぎるまどかの光に吸い寄せられ、それを消そうと必死だった。

 

迫る恐怖、覆いかぶさる絶望。

しかしどれだけの大群が押し寄せようとも、まどかは怯まない。

彼女の中にある信念は折れてはいない。まどかは勝つ気なんだ、ワルプルギスの夜に!

 

 

『キャハハハッ! イヒャハハハハハハハ』

 

「―――」

 

 

その時、まどかの前に先ほどの倍はあろうかと言う影魔法少女とビルが見えた。

いや、ビルではなくそれは学校。避難所として使われていた物だった。

どういう事を意味しているのか。分からないわけじゃない。

 

 

「――ッ!!」

 

 

だが、まどかは諦めない。

必ず勝つんだ。勝つと誓ったんだ。

多くの命を弄ぶこんなゲームを絶対に許さないし、認めはしない。

その時、まどかがついに黒に覆い尽くされる。だが彼女の心は死なない。

絶対にワルプルギスを倒すと心が言っているから!

だから、必ず――ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【浅海サキ・死亡】

 

【これにより両者復活の可能性は無し。よって、ファムチーム完全敗退】

 

【最終二組の内、一組がワルプルギスの攻撃により脱落したため、勝利条件はワルプルギスの討伐のみとする】

 

【残り1人・1組】

 

 

必ず――ッッ!!

 

 

「う……っ! ひぐっ! うあぁ……ッッ!」

 

 

涙を流そうとも、まどかは折れなかった。

いや、折れそうになる心を叱咤して弦を引き絞り続ける。

約束したんだ、必ず勝つと。自分自身に!

 

 

「ウアァァァアアアアア!!」

 

 

その瞬間、激しい光が巻き起こり、黒の大群を飲み込んでいく。

怒りと悲しみが魔力を爆発させたのだろう。だが光が晴れた時、再びワルプルギスの笑い声が耳を貫く。

故にまた、まどかもありったけの声で叫ぶ。

その狂った笑い声を吹き飛ばすかの様に。

 

 

「ワルプルギスッッ!!」

 

『ウフフフ! ヒヒヒヒ! ヒヒハハハハハッッ!!』

 

 

無数の雑魚を蹴散らしたまどか。

暗黒の雲を抜けてワルプルギスと参加者の影魔法少女達の元へたどり着く。

しかしその姿は何とも痛々しい物だった。体の至るところに影魔法少女達の武器が突き刺さっており、そこからは大量の血が流れ出ている。

ピンクのかわいらしい服と比例して赤黒い染みが目立っており、凄惨さが引き立っている。

 

髪を結んでいたリボンも切り裂かれ、髪を下ろしたまどかは、頭から血を流しながらもワルプルギスの眼前へと迫る。

光の翼は折れ、弓はボロボロになり、それでも彼女が絶望に呑まれず勝利を目指すのは、ひたむきに目指したい世界があったからではないだろうか。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

残念だが、ドラグレッダーも限界を迎えていた。

体中に剣や槍が突き刺さっており、角は折れ、体の至るところからは血の代わりに火が吹き出ている。

片方の目は潰れており、牙も砕け、尾は切り落とされていた。

 

何よりも体は既に粒子化が始まっている。

今まさに死を迎えようと言う状態で突き進む事ができるとは、ドラグレッダーもまたその心に希望を宿しているからだ。

 

 

(真司さん、わたし……、これで良かったのかな?)

 

『ユニオン』『ファイナルベント』

 

 

まどかは両腕を前に突き出して思い切り叫ぶ。

涙を流しながら、傷だらけの体で、大きく両手を旋回させる。

それに合わせて彼女の周りを、ドラグレッダーが炎を撒き散らしながら移動する。

 

 

(ううん、良いよね)

 

 

貴方ならそう言ってくれる筈。

まどかは色々な思いを込めて飛び蹴りの姿勢を作る。

そこに合わせる炎。まどかの叫びと共に、紅蓮の弓矢が絶望に向けて放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジリリリリリリリリリリリリリリリリリ!

 

 

「う……」

 

 

リリリリリリリリリリリリリリリリリリ!

 

 

「う……、むぅ」

 

 

パチン!

 

 

「はぅ」

 

 

ぬいぐるみに囲まれたベッドからムクリと起き上がる桃色の髪の少女。

彼女は時計を見つめてしばらく呆けていたが、ハッと体を揺らして我に返る。

随分とまた懐かしい夢を見ていた。

あの時の事を思い出して少し表情を強張らせるが、自分を呼ぶ母や父の声に気づいて、ニッコリと笑みを浮かべて部屋を出て行く。

 

 

「行ってきまーす!」

 

 

朝の支度を完了させ家から出発する少女。

彼女が向かうのは近くにある幼馴染の家だ。

するともう既に家の前では彼女が鞄を持って遠くの方を見つめていた。

鹿目まどかは、浅海サキに抱きつくようにして飛び掛る!

 

 

「うわぁ!」

 

「えへへ! おはよう、おねーちゃん!」

 

 

驚くサキと悪戯っぽく笑うまどか。

サキもすぐに声を出して笑い、二人は通学路へと足を進める。

その途中で、彼女たちの元へ駆け寄る少女達が見えた。

 

 

「おっはよー! サキさん、まどかぁ!」

 

「二人ともおはようございます」

 

「うん! おはようさやかちゃん仁美ちゃん!」

 

 

まどかの周りに集まるさやかと仁美。

じゃれあう三人を見ながらサキはちょっとだけ寂しげに、けれども優しい微笑をまどかに向ける。

そんなサキを呼ぶ声。振り向くとそこには制服姿で鞄を持ったマミとかずみがやってくる。

そしてマミの後ろでは、少しムスッとした表情の杏子が制服姿で鞄を担いでいた。

 

 

「おはようマミさん、かずみちゃん」

 

「おはよう鹿目さん。今日もいい朝ね」

 

「おはよー!」

 

 

まどかは視線を杏子に移して、ニッコリと笑う。

 

 

「おはよう、杏子ちゃん」

 

「あ……、ああ、おはよう」

 

 

頬をかいて目を逸らす杏子。

そんな様子を見て、さやかがブッと吹き出した。

 

 

「何? あんたもしかして照れてる?」

 

「う、うるせーな! んな訳無いだろ!」

 

「あら、みんなで一緒に登校できるのが嬉しいって朝言ってたじゃない」

 

「マ――ッ! ななな何言ってんだマミ!!」

 

「んー、素直じゃないな杏子ちゃまは」

 

「うるせぇな! ぶっとばす!」

 

「おーコワ! あははっ!」

 

 

走り出す杏子とさやか。

まどか達はその様子を見て皆で笑っていた。

そして、その光景を同じくキュゥべえとジュゥべえも確認していた。

 

 

『まさか、最強の魔女であるワルプルギスを、あの状態から倒すとは』

 

『規格外だぜ鹿目まどか!』

 

 

赤い瞳が、笑顔の鹿目まどかをしっかりと捉えていた。

まどかはワルプルギスに勝ったのだ。

あの圧倒的不利な状態から勝利を収める事になるとは、流石のインキュベーター達も予想外の結末だったと言えよう。

 

 

『旧最強は、新最強には勝てなかったか。世代交代ってヤツだな』

 

『それだけ彼女が背負った因果が膨大だったと言う事だろうね。魔力の質も量も次元が違っていたと言う事かな』

 

 

あるいはドラグレッダー。

城戸真司の残骸が予想以上に力を持っており、まどかに呼応する事で未知数の力を発揮したとすれば――?

とにかく、まどかは勝利した。それは事実だ。

なんにせよ普通に考えればあの状況から勝つと言うビジョンは想像できなかった。

それでも彼女が勝ったのは、チープではあるが、『人の心の力』とでも言えばいいのか。

 

 

「ほーむーらちゃん!」

 

 

インターホンの音がして、しばらく経った後にアパートからほむらが出てきた。

毎日毎日迎えにきてくれるまどか達に朝の挨拶をするが、少し表情は戸惑いがちである。

少し前まで友達が一人もいなかったと思っていたほむらにとって、ここまで大人数が迫るように家の前に来るのだから。

 

 

「行こう? ほむらちゃん」

 

「ええ」

 

 

それでもほむらは笑みを浮かべて。まどかと共に学校を目指す。

その途中、まどか達の方へと歩いてくる二人組みが。

まどかは彼女たちに気づくと、手を振って笑顔をまた一段と輝かせる。

 

 

「織莉子さん! キリカさん!」

 

「おはようございます、まどかさん。皆さんも」

 

「ああ、桃色ピンクに恩人達じゃないか」

 

 

皆とは制服が違う織莉子。どうやら反対側の駅を目指しているらしい。

それについて行くと笑うキリカ。マミとサキに遅刻すると伝えて欲しいと。

 

 

「週に一回は絶対に織莉子と一緒に登校しないと死んでしまうんだよ私は」

 

「もう、困った人ね。もうすぐテストなのに」

 

 

それを聞いた杏子は、フンと鼻を鳴らしてさやかの頭をムンズと掴む。

 

 

「おい聞いたか馬鹿、もうすぐテストだってさ。お前の悲惨な点数が今からでも目に浮かぶよ」

 

「はぁ? アンタ人の事言えんの? って言うか文字書けんの?」

 

「なんだとぉお……?」

 

「もう、駄目よ二人とも喧嘩しちゃ」

 

 

相変わらずだなと笑うサキ。

すると、集団で登校している小学生の姿が見えた。

まどかはその中に知り合いを見つけて手を振る。すると向こうも笑顔で手を振りかえしてくれた。

 

 

「今日学校終わったらアトリに行くの! ゆまちゃんも行く?」

 

「うん! いくいくー!」

 

 

千歳ゆまはランドセルを背負って元気に手を振っていた。

結局、ゆまはマミが預かる事になって、現在は杏子と共に三人で暮らしているとか。

そうしていると背後から声が。

 

 

「わたしも行きたいな、行っていい?」

 

「わわ!」

 

 

まどかに抱きついてきたのは双樹あやせ。

織莉子と同じ制服を着たあやせは、駅に来ない織莉子を不思議に思ってココまで迎えに来たらしい。

後ろには同じく違う制服姿のニコとユウリが。

 

 

「ああ、ごめんなさいあやせさん。キリカが中々分かってくれなくて」

 

「私は織莉子と一緒に登校したいんだーッ!」

 

「あはは、またなのぉ?」

 

 

面白がって笑っているあやせ。

まどかは彼女たちにも等しい笑みを向けて挨拶を行う。

 

 

「あやせさんも一緒に行きましょう! うん、皆で一緒に」

 

「本当! やったぁ☆ 二人も良いよね?」

 

「ああ、あそこのケーキうまいからな」

 

「んあ、プリンもマジうまいし」

 

 

携帯でネットサーフィン中のニコと、ストローを齧ってタンブラーをブラブラと弄っているユウリ。

そこでハッとユウリと杏子の視線がぶつかりあう。

バチバチと火花を散らす二人。

 

 

「おい佐倉杏子ォ、今度のテストが終わったら何があるか分かってるよなぁ?」

 

「見滝原主催の合同体育祭だろ? 逃げんなよユウリ」

 

「は? おいおいおい、前回負けたヤツが何言ってんだ?」

 

「グッ! あれは総合での話だろ? 個人競技では全てアタシが勝ったのを忘れたのかよ」

 

「ッ、まあ確かにパン食い競争じゃアンタには勝てなかったが……、ほら、アタシってば別に食い意地とか張ってないからさ、さもしい杏子ちゃんには勝てないっていうのか?」

 

「んだよ負け惜しみかユウリさん。情けないねぇ」

 

 

ビキビキと青筋を立てて睨み合う二人に、サキは大きなため息を。

こんな事では学校に遅刻してしまう。

しかしまどかの楽しそうな表情を見てしまえば、それもいいかなと思ってしまうのだから、困った物だ。

 

 

「ほら、皆そろそろ行きましょう」

 

「うん、そうだね!」

 

 

織莉子たちと別れて再び学校を目指す。

学校が終わったらアトリに皆で行こうと約束を交わして。

再びはしゃぎながら学校を目指すまどか達。

キュゥべえとジュゥべえは相変わらず、まどかをジッと見ていた。

 

 

『みんなで喫茶店か。ゲーム中は考えられない事だったね』

 

『まあ、それがアイツの希望だったからな。叶って良かったんじゃねーの?』

 

『そうか希望か。それが彼女の魔力に直結したとも考えられる』

 

『この景色を作る為にヤツは限界を超えた。成る程、希望ってヤツは燃料みたいなモンだな』

 

 

どうしても叶えたい願いがあったから、まどかは勝った。

無欲そうに見える彼女が、初めて喉から手が出る程に追い求めたものが『他者との幸福』とは、まどからしいじゃないかとジュゥべえは笑う。

いずれにせよ、それが結果としても今のまどかの笑顔に繋がったのならば、それもアリなのかもしれない。

 

時に自分を犠牲にしても他者を尊重するまどかの生き方には、つくづく疑問を感じていたジュゥべえではあったが、今見える笑顔はまぎれも無い本物の笑顔だ。

作り笑いではなく、たくさん傷つけられた杏子やユウリにも等しく笑みを向けている。

話を聞くに、学校が終わればアトリに皆で向かうとか何とか。

きっとそこには真司や手塚、蓮たち騎士の姿もある事だろう。

 

 

『彼女にとって、これ程に素晴らしい世界は無いだろうね』

 

『まさに思い描いた希望の具現だ。勝者に与えられるには相応しい世界って所か』

 

 

鹿目まどかはこれからも友人たちに囲まれて幸せに暮らす。

何とも素晴らしいハッピーエンドではないか。

この凄惨なゲームが招いた結末とは、とてもじゃないが思えない。

 

 

『なあ、お前もそう思うだろ?』

 

 

ジュゥべえは、口が裂ける程の笑みを浮かべて『彼女』を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はっ!」

 

 

ジュゥべえの予想とは違い、『彼女』が最初に浮かべた表情は、ジュゥべえと同じく笑みだった。

もちろんそれは、この幸せな景色が面白いから浮かんだ物ではないとすぐに分かったのだが。

 

 

「これがハッピーエンドなら、このゲーム――」

 

 

携帯の画面を見ながら、体を震わせて笑う。

貼り付けたような笑みだ。笑わなければやっていられない。

全く面白くないのに笑っていた。

 

 

「とんだクソゲームだぜ……! 茶番も茶番だ!」

 

 

神那ニコは携帯から視線を外すと空を見上げる。

ワルプルギスが降らせた雨で生まれた水溜りや、川の水を空に引き寄せ。

その水の粒が集まり作り上がる(もや)

それはモニターとなり、ニコの携帯にあった映像と全く同じ物を映し出す。

そう、鹿目まどかが友達と楽しく笑っている、希望に満ちた映像が。

 

 

「全部……ッ! 全部幻想じゃねーか!!」

 

 

その映像を映し出しているのは、他ならぬ鹿目まどかであった。

尤も、その姿は既に『鹿目まどか』と言う小さすぎる器からは、はみ出していたが。

 

 

『まあ、当然だよな』

 

 

ジュゥべえは何の疑問も持たずにそう呟く。

現在ラジオやテレビ、携帯など、映像や音声を放つ物は、全てニコ達が見ている『幸せな映像』になっている事だろう。

ジュゥべえが見上げるのは、黒い山――、に見間違えるほどの魔女であった。

 

無数の黒い繊維が交わる事で生まれるその頂上部分は、天を仰ぐ人型のシルエットが辛うじて確認できると言った所だろうか。

彼女は世界の絶望を取り払うために祈りを掲げている筈だ。

幾千の祈り、幾億の願い、それは全て彼女が希望へと人を導くためのマホウ。

 

 

『ついに生まれたね。究極の魔女が』

 

『鹿目のヤツも、意外と黒い部分があるんだな』

 

 

それは意図してやった事ではないが、結果としては十分酷い話だと、ジュゥべえはケラケラ笑っていた。だってそうだろう? 鹿目まどかは希望を示す為にワルプルギスと戦い、その勝利を諦める事は無かった。

そしてまどかは見事ワルプルギスに勝利するのだが――

その代償に世界の全てを、希望と言う名の絶望に沈める事となるのだから。

 

 

「あれが……、鹿目まどか!?」

 

 

ニコも知っていたとは言え、腰を抜かして魔女を見上げている。

離れた場所にいるとは言え、巨大なその体の全てを視界に捉える事ができない。

そして感じるプレッシャーもまた、ワルプルギスの比では無かった。

 

 

『クリームヒルト・グレートヒェン。キミ達人間にとってはゲームオーバーと言った所かな』

 

 

キュゥべえの言葉に、ニコはゴクリと喉を鳴らして青ざめる。

一応笑みは浮かべているものの、内心では今すぐにでも狂ってしまいそうな程に恐怖を感じていた。

鹿目まどかは諦めなかった。極限状態になるまで、限界がその身に迫っても、希望を諦めなかった。

 

それが魔力を増幅させ、一撃の威力を規格外まで跳ね上げたのはプラスであったろう。

しかし魔力を増幅させたと言うのは、同時に消費される魔力もそれだけ多くなったと言う事だ。

まどかはそれに気づかず、己の持てる力全てをワルプルギスにぶつけた。

そしてその結果、まどかの魔力は底をつき、絶望の扉が開かれたのだ。

 

 

『ワルプルギスと相打ちになっただけでも奇跡みたいなモンだがな』

 

『キミ達には起こらない方が良かった奇跡だろうけどね』

 

「……ッッ」

 

 

鹿目まどかはワルプルギスを倒したが、同時に魔女になった。

と言うよりも魔女になったから倒せたと言えばいいのか。

それが疑う余地の無いただ一つの真実である。

 

ワルプルギスと言う、多くの文明を破壊した人類の脅威は消え去ったが、今ココに新たなる脅威が誕生した。

いや、それは脅威とは少し違う。

今これより齎されるのは究極なる救済。紛れも無い救いの儀式。

 

 

『ワルプルギスは多くの文明を終わらせた』

 

『そして今、鹿目まどかは、世界その物を終わらせるだろう』

 

「アイツが、世界を……! 地球を終わらせる――!?」

 

 

内心、そんなまさかと言う想いがあったのは事実だ。

いくらまどかが強いとは言え、所詮は『強い』と言うカテゴリからは出ない。

杏子達に圧される事はあったし、無敵ではなかったはずだ。

しかし今ならばハッキリと分かる。間違いない、ヤツは、鹿目まどかは、クリームヒルト・グレートヒェンは――ッッ!!

 

 

「世界を、殺す――ッ!!」

 

『殺すとは違う。救済だよ、彼女にとってはあくまでもね』

 

 

見えるだろう?

あの笑顔に満ちた世界が。キュゥべえはニコの携帯を示して言った。

全ての映像は魔女が見せる希望である。

今現在まどかは友達に囲まれて学校を目指しているところだ。

その中には『ニコ』もいると言うのが何よりも違和感を覚える。

だから分かってしまうのだ、あの映像がニセモノであると言う事が。

 

 

「私は今ココにいる!」

 

 

だからあの映像に映っているニコが、皆が、偽りだと理解してしまう。

 

 

『本物さ、彼女にとってはね』

 

『アイツの中には、あの姿が具現してるんだよ』

 

 

今は幻かもしれないが、まもなくそれは現実となる。

この下らない絶望に満ちた世界を、まどかは見限り、優しさと希望で包まれた一切の苦痛が無い世界を自らの手で連想する。

それがリアルかファンタジーかは関係ない。

まどかにとって、希望がある方こそが真実なのだから。

 

 

『まあ、ざっと十日と言った所かな』

 

「な、なにが……?」

 

『お前らの世界。この地球に存在する全ての生きとし生ける生命が滅びるまでの時間だよ』

 

「ッ!」

 

 

徐々に弱り、10の日を数えた時には全ての生命がまどかの中に導かれるだろう。

そして彼女が構成する究極の安らぎの中にて、新たなる役割を与えられるんだ。

もちろんそこには自我は無い。そして命が消えた世界に未来も無い。

だが人にとって世界とは、救済の魔女が生み出した物のみと変わる。

まどかはそこでいつまでも、いつまででも、安らぎに満ちた時を過ごすのだろう。

 

 

『君達の生命エネルギーを依り代としてね』

 

「……は、はは! 難しい言葉を使ってはぐらかすなよ」

 

 

ニコはそう言ってヨロヨロと立ち上がる。

何が救済だ、何が安らぎだ、何が希望だよ。

自我を失えばその後にどんな物が待ち受けていたって関係あるもんか。

だってもうそれは死と同じなのだから。

 

 

「つまりこう言う事だろう?」

 

 

世界中の命はお菓子や紅茶。

救済の魔女はそれを片手に、優しい優しい世界を思い浮かべて妄想に浸り続ける。

 

 

「クソみたいなただの一人遊びだ!」

 

『ははは! 成る程、言いえて妙だな』

 

 

まあだが一つ訂正するとすれば、救済の魔女はそれを意図してはいない。

魔女が見る景色は、彼女自身どう言う物なのかは知らぬ物。

しかし一つだけ分かるとすれば、それは悲しい物語などではなく、喜びと希望に満ち溢れた世界だ。

 

 

『お前だって見れば分かるだろ? アレだけ争っていた参加者共が今じゃ皆で笑い合っている』

 

『キミ達の価値観の一つでは、死が全てのしがらみを解放してくれると信じる所もあるんだろう?』

 

 

自殺をする人がいい例だ。

彼らは己を殺す事で、世の中に数多存在する辛い事から撤退できると考えている。

では何故その思考にたどり着くのか。それは死ねば一切の苦痛を覚えなくて済むと言う想いがあるからに違いない。

 

 

『だとすれば、今からこの世界に齎される死は、決して忌むべき物では無いと思うのだけれど』

 

「……!」

 

 

その言葉が。

キュゥべえが何気なく言った言葉が、ニコの心を大きく抉る。

 

 

『救済の魔女が齎す死に痛みは伴わないよ。尤も、自分がこれから死に向かうだろうと言う恐怖は抱くかもしれないけど』

 

『救済の魔女の死は誰しもに等しく与えられる。生まれたばかりの赤ん坊も、死に掛けのジジイなんかも同じ時間にて弱り、死に至る』

 

 

とは言え、恐らくはそう綺麗には済まないだろうが。

 

 

『あれだけの大きさだ。ましてや魔女結界を必要としない救済の魔女は、多くの人間に確認されていくだろうね』

 

『もうテレビも携帯も使えねぇし、流石に事の異常さはどんな馬鹿にだって分かる筈だ』

 

 

そして半分の五日目ともなれば、体の異変は確実に現れるだろうから、誰しもが死へのカウントダウンが刻まれているのだと把握する。

動物たちはそれを何の事は無く受け入れるだろうが、知恵を持った人間ともなれば話は変わってくるだろう。

 

 

『これはあくまでもボクの予想だけど、きっとパニックが起こる』

 

 

皆がそうとは言わないが、一部の人間の心の中には、きっとこんな事を思い浮かべる者がいる筈だ。

どうせもうすぐ死ぬのだから、何をしても構わないと。

 

 

『人は社会と言う囲いの中に住んでいるからこそ、ルールを守る』

 

『その囲いも、ましてや理性もぶっ壊れたら、浅倉みてぇになるだけだわな』

 

『それは五日目を待たずして、かもね』

 

 

人間の常識で考えれば、あんな魔女を見れば世界の終わりを信じざるを得ないんじゃないかな。

ううん、でもきっと抵抗はするだろう。キミたちはそう言って進化を遂げてきた生き物だからね。

 

 

『もしかしたら核を使うかも』

 

『オイラの見立てじゃ100発くらいぶち込めば意外と死ぬんじゃねーかとは思うぜ』

 

「そんな事をしたら、魔女を倒してもその後の問題が多すぎる」

 

『そう言うことだね。まあそもそもの話、人間ではあの魔女に勝つ事は不可能だろうけど』

 

 

とにかく残り10日は、人類にとって歴史的な毎日になる事だろう。

多くの罪が生まれ、もしかしたら多くの名言や名シーンが生まれるかもしれない。

とは言え、それを後世に語り継ぐ物がいないのは残念だが。

 

 

『でも、手紙なら残せるかも』

 

「そんな事して……、いまさら何になる」

 

『お前らはしぶてー生き物だ、きっと一度や二度滅びようが、また長い時を掛けて生命は誕生するよ。たぶんだけど』

 

 

ジュゥべえは無責任に、投げやりに言葉を放っていた。

なんだかニコに対する態度が冷めて来た様な?

ああ、きっと彼はこう思っているに違いない。

どうせ十日後に死ぬ奴に何を話しているんだろうかと。

 

 

「………」

 

 

ニコは歯軋りを行い、救済の魔女を見上げる。

鹿目まどか、彼女と話した時の記憶が蘇る。

何故ニコが彼女とコンタクトを取ったのか。

それはまどかのひたむきに希望を求める心が、眩しかったからではないのか。

それが目障りであり、同時に羨ましかったんじゃないのか?

 

 

『わたし……、自分に自身がなくて、でもある時に変われた気がしたの』

 

『自分に自身が持てた、自分を好きになれた』

 

 

人を守る為に戦う魔法少女。

誰かを助けたい、それが願いだと言っていたか。

 

 

『わたしは、そんなわたしであり続けたいから』

 

 

守ると決めた皆の為に。そう笑顔を向けていた。

 

 

『そして自分のために』

 

「……その結果が、それを願って戦ってきた結末がコレかよ。笑っちまうね、いやいやマジで笑えるわ」

 

 

ニコはギリギリと拳を握り締め、血が出る程に唇を強く噛んで救済の魔女を睨んでいた。

 

 

「馬鹿野郎……!」

 

 

ニコは手すりを殴りつける。

ソレは誰に向けた怒りなのか、ニコ自身も分からなくなっていた。

色々な感情が交じり合って、おかしくなりそうだ。

下手に知りすぎたからこうなってしまったのか。

 

 

『珍しい反応だね、神那ニコ』

 

『ハッ! でもそもそも考えてみれば、鹿目ちゃんがああなったのはテメェら参戦派のせいでもあるんだからな?』

 

「……ッ」

 

『お前らがもっと鹿目の言う事に耳を貸して、ちゃんと手を取り合っていればこんな事にはならなかったかもしれない! そうだとも、はじめから全員でワルプルギスを倒していれば!』

 

「うるさいヤツ……」

 

『ヒヒヒ、正論だろうがよ!』

 

『まあでも、このゲームを進める中で、キミの中に大きな心の変動が何度か見られたよ』

 

 

その中には鹿目まどかが与えた影響もあったとキュゥべえは言う。

 

 

『だから神那ニコ、キミはあそこに向かったんだろう?』

 

「ッ!」

 

『ん? あそこ?』

 

『ああ、杏子やユウリから逃げたキミは――』

 

「………」

 

 

何が何でもと、逃げ延びたニコが向かったのは、とある場所。

そこは鹿目まどか――、と言うよりは城戸真司に大きく関係する場所であった。

その名もBOKUジャーナル。真司の働いている会社だ。

そこでニコは『ある事』をして、その後に展望台に向かったのである。

 

 

『まさかテメェ! 全部ゲロったのか!』

 

『不可解な行動だったね。あんな事をして何になるって言うんだ』

 

「別に……。ただ、なんとなくさ」

 

 

もともと信じてくれるとも思ってなかったし。ただなんとなく、気まぐれだった。

ニコはそう言いながらクールダウンを行っていた。

手に持った携帯には、皆で仲良く授業を受けているまどかの姿がある。

 

寝ている杏子。

外を見ているさやか。

まじめに授業を受けているかずみやまどか、ほむら。

当たり前の日常があり、それがまどかが望んだ希望なんだと。

 

 

「本当、いい子ちゃんだねコイツは」

 

 

ニコは携帯を額に当てて目を閉じる。

まどかが望む幸せな世界の音を、脳に直接刻み込むかのように。

そしてニコは大きく息を吐き、直後吹き出す様に笑った。

ココロの変化、確かにまどかの影響はあったか。

 

 

「知ってるかインキュベーター共」

 

『『?』』

 

「人間にはどうしようも無い屑がいる」

 

 

例えば子供の時に拳銃で友達殺して、その罪から逃れたくて、でも目を背ければ辛くなるから生き方を他人まかせにして。

そして他者を傷つけても、ソイツが私に頼んだからと割り切ることで罪の意識を殺す。

そして二転三転する意見の中で、まだ自分の答えを出せず。

常に言い訳を用意して誰かのせいにする準備をしているヤツとか――。

 

 

「あとはまあ、普通に屑ってる奴らとか」

 

『だいぶ省略したな、おい……』

 

「そこらへんは流石に分かるだろ?」

 

『確かに、同じ人間にも酷く低俗な者を時折見かけるね』

 

「そうそう。でもな――」

 

 

屑がいれば、それはもう、むせ返る程の聖人も必ずどこかにはいらっしゃる。

その数は屑と比例はしていないかもしれない。

100人の屑が生まれても、1人くらいしか聖人は生まれないのかもしれない。

でも、確かに存在しているんだ。ニコは参加者を観察するうちに、それを見つけた。

 

 

「鹿目まどかは聖人だよ。本当の本当」

 

 

人は良い面も悪い面も必ず持ち合わせている。

それはまどかも例外では無いかもしれない。

しかし少なくとも、その『悪い面』で誰かを傷つける事は無いのかもしれない。

 

そう思えるだけの姿がまどかにはあった。

それに城戸真司、彼はまどかほど自己犠牲の念も抱えていないし、完全なる聖人と言うにはやや抜けすぎている。

しかし彼もまた、このゲーム下において傷つけぬ選択を選び続けた男だ。

その選択は素晴らしい物ではないか? ニコは今更そう思うのだ。

 

 

『何が、言いたいんだい?』

 

「いや別に。本当気にすんな」

 

 

ただなんとなく。

その点を踏まえて、ワルプルギスと戦うまどかを見ていたらば思ってしまったのだ。

 

 

「かわいそう、だなって」

 

『ハハハ、同情かよ。何を今更!』

 

「今更さ。でも覚えてしまったのは仕方ないだろ」

 

 

なんかこう思うのさ。

ニコは頭をかいて気だるそうに口を開いた。

なんだかいつもの調子が戻ってきたような気がする。

 

 

『思う? 何を』

 

「なんだかさ、鹿目の描く世界も悪くないのかもって」

 

 

最初は気持ち悪いとかしか思っていなかったけど、まどかの描く夢の中にいた自分(ニコ)は楽しそうに笑っていた

満面の笑みを浮かべていたじゃないか。

 

 

「鹿目まどかは本気であの世界を描いていたんだな」

 

『誰もが幸せになる。とんだ夢物語だ』

 

「ああ。でもそれが一番良い」

 

 

ニコは携帯の画面を食い入る様に――、悔いるように見つめる。

お昼ごはんをみんなと一緒に食べているまどか。

楽しそうだ、幸せそうだ。あの杏子ともじゃれ合い、笑みを浮かべている。

嬉しいんだろう。彼女と分かり合えたことが。

それは幻なのだが、まどかは本気で希望の世界を成しえたと思っている。

それを見ていたら、何とも気の毒だと思った。

 

 

「正直、ちっと前までなら、こんな世界滅んでもいいかもって、思ったかもな」

 

 

けれどなんだか引っかかってしまう。

屑な自分はともかく、まどかは滅びるべき存在なのだろうか?

鹿目まどかは、絶望の魔女として認識されるべき事をしたのだろうか?

ああいや、これからするんだろうが、なんだかソレが引っかかってしまう。

 

 

「安直か? 安っぽいか? いくらなんでもいきなり過ぎるか?」

 

 

いやいや、でもこの想いを抱いたのは嘘じゃない。

鹿目まどかがこのまま終わるなんて、いくらなんでも可哀想すぎやしないだろうかと。

 

 

「最初は思ったよ。何をアホな事をぬかしとるんだこのイカれピンクはと」

 

 

協力だのなんだのと、甘っちょろい考えを掲げるのは戦うのが怖いからだろう。

勝つ自信がないからだろう。願いを複数叶えられる権利を捨てなきゃいけない意味も分からんし、本気でムカついていたと。

 

 

「でも、でもな? 今考えるともしかしたらちょろっと嫉妬もあったのかもしれない」

 

『?』

 

「私はきっと、このゲームで裁かれる事をどこかで望んでいた」

 

 

本当はこのゲームで死ぬ事を望んでいたのかもしれない。

もちろんそれは心のどこかで、と言う話ではあるが……。

 

 

「誰かに裁いてもらえる事を望んだ。穢れをもった私は聖人になりきる事はできない。だから最初は少しほっとしたんだ」

 

 

ゲームに対応できる生き方ができると。

でも同時にガッカリもした。それはきっと自分もどこかで聖人になれたらと言う想いがあったからこそではないだろうか。

 

 

「誰だってヒロイックに生きたいよ。だから私も保安官ごっこしてた訳だし」

 

 

ヒーローに憧れていたから、ヒーローごっこで遊んでいたんだ。

敵側が良いなら、初めから悪役に回っているさ。

そしてこのゲームの中で教えられた言葉。関わってきた者たち。

 

 

『生きろ』

 

「………」

 

『私の――』

 

「そう、そうなんだよ」

 

 

新しい欲望が今、神那ニコ様の中で目覚めつつあるんだと、アンニュイな笑みを浮かべた。

それは紛れも無い。ニコらしさを持った物。

 

 

「そうだ、私は神那ニコ」

 

 

願いの存在で生まれた私なんだよ。

聖カンナに戻ったつもりは無い。

 

 

『新しい欲望ねぇ。これから滅びいく世界で何ができるってんだよ』

 

「それは、まあな。べえやん達はコレからどうすんのよ?」

 

『オイラ達はとりあえずこの星を離れるぜ』

 

『後はキミ達人類の問題だ。ボクらのエネルギー回収ノルマは、おおむね達成できたしね』

 

 

ふーんと鼻を鳴らすニコ。

どうやらインキュベーター達にとっては人類滅亡も他人事の域を出ないらしい。

あくまでも人と共に歩いてきたと言うだけで、彼らにとっては最も優先させるべきものはエネルギーの収集。

 

 

『宇宙は広い。きっとボクらも把握していない所に新たなるエネルギー源がある筈だ』

 

「じゃあ、お別れだな」

 

『そうだな。まあ達者で暮らせよ』

 

「………」

 

 

その時だった。

ニコがその手で、ジュゥべえを頭をムンズと掴んだのは。

 

 

『………』

 

「まあ待てや」

 

 

これまでインキュベーターと人間はよろしくやってきたんだ。

滅びますね。じゃあさようならと言うのは少し寂し過ぎはしないだろうか?

なんだ、大人の社会ではこう言う時。礼儀が云々と面倒な流れを汲まなければならない。

ニコ自身それくらいの知恵はある。

 

 

『つまり、どう言う事だよ』

 

「今までインキュベーターさん達にはお世話になったんだ。土産の一つくらいこさえてやんないと」

 

『は? 土産? お前がオイラ達に何かくれるのか?』

 

「ああ。餞別があるんだ。つまらない物だけど、どうか受け取って欲しい」

 

 

ニヤリと笑うジュゥべえ。

面白いじゃないかと。

 

 

『いいぜ、受け取ってやるよ』

 

「言ったな?」

 

『まあ、な。お菓子か何かか?』

 

「んな大層な物じゃないさ――」

 

 

ニコの目に、ようやく光が走る。

その目は以前の彼女の物ではない。それはジュゥべえやキュゥべえにさえ分かる物だった。

ギラついた目だ、何かを狙っている。求めている。

それは、確固たる欲望を乗せた瞳。

 

 

「エネルギーだよ」

 

『……は?』

 

『なるほどね』

 

 

間抜けな声をあげるジュゥべえと、意味を理解したキュゥべえ。

全く、かずみと蓮の件と良い、背負う因果とはつくづく面白い物だ。

あっちが諦めればコチラに火がつくと言う事か。

 

 

「宇宙存続の為のエネルギー。くれてやるよ」

 

『それはありがてぇ話だが、そりゃどういう意味……』

 

 

ハッとするジュゥべえ。

ようやっと意味が分かったようだ。

汗を浮かべ、唖然とした表情でニコを見る。

 

 

『まさかテメェ……』

 

「ああ、今の私は人間だ――!」

 

 

だからこそ、この言葉が言える。

 

 

「キュゥべえ、ジュゥべえ。私を魔法少女にしてくれ」

 

『『!』』

 

 

やはりか!

二匹は顔を見合わせて脳内コンタクトを行う。

確かにエネルギーが多いに越したことは無い。が、面倒な願い事をされるケースも想像できた。

まあ尤もこの状態で願うとすれば救済の魔女の消滅か? ならばまだ認めても構わないかと。

 

 

「おいおい、言ったよな貰ってくれるって」

 

『ハッ! テメェも良い根性してるぜ。願い事は何にするんだよ』

 

「決まってるだろ?」

 

 

ニコはジュゥべえを放り投げて両手を広げた。

ニコが望む答えはただ一つ、救済の魔女を見上げながら宣言する。

 

 

「ゲームをやり直す」

 

『……!』

 

 

そう来るか。そう来るんだな。

ジュゥべえとキュゥべえは再びコンタクトを行う。

この願いは色々と面倒だ。ジュゥべえはそう思っていたのだが、キュゥべえが下した答えは少し意外な物だった。

 

 

『いいよ。別に』

 

『マジでか先輩!?』

 

『うん、でもあくまでもゲームはゲームだ。キミの勝手はできないよ』

 

 

やり直すと言っても記憶の継続はできないし、結末だって今よりも酷い物になる可能性がある。

そもそもだ。次のゲームでニコが生き残れる可能性も100%ではない。

 

 

『記憶の消滅は死と同じだろう? それでもキミは過去に戻ると?』

 

「同じとは限らない。私がもっと賢く生きる可能性だってある。そうだろ?」

 

『そうだね。全く同じ行動を繰り返す訳ではない』

 

 

過去に戻るというのは少し語弊がある。

正しくは再構成だ。チェスで言うなれば勝敗のついたゲームのリプレイを見るのではなく、再び駒を並びなおしてゲームを始める仕切りなおしだ。

 

まあそれはいいとして、気になるのはニコがこの選択を取る理由だ。

確かに高見沢も魔法も失った今、この世界はニコにとって生き辛い物になるだろう。

とは言え、救済の魔女を消滅させれば、人として生きていく事はできる。

ゲームを仕切りなおすと言う事は、再び殺し合いの世界に足を踏み入れると言う事だ。

生に執着を持つ様になったニコならば、前者を選ぶものと思っていたのだが……。

 

 

『それを選ばなければならない理由でも、あるのかな?』

 

「………」

 

 

ニコは薄ら笑いでキュゥべえを見ている。

どうやら双方は双方の意思を理解している様だ。

とは言え、ニコがそれを口にする事は無い。彼女にはまだその『勇気』が無かったからだ。

 

それでも生きていれば、考えが変わる事はある。

それをニコはこの世界に教えてもらった。

だからこそ、諦める訳には行かないんだ。

 

 

『悪あがき、かな? そこまで足掻くなら剣を持てばいいのに』

 

「かもな。まあ正直、私もまだ実感はイマイチ湧いてない」

 

 

だからこその選択なのかもしれない。

ジュゥべえは首を傾げて唸っていた。

ニコとキュゥべえは何の話をしているのだろうか。いまひとつ分からなかった。

 

 

「でも、これだけは教えてくれよ」

 

 

ニコの体が光で包まれていく。

キュゥべえは願いを聞き入れた、そしてニコの想いはエントロピーを凌駕する。

長きに渡り行われてきた儀式だ。今も例外は無い。

ソウルジェムがニコの手に握られ、再び魔法少女の衣装に包まれる。

その中で、彼女は最後の質問を投げかけた。

 

 

「この会話、何回目だ?」

 

『……ああ、そう言う事か』

 

 

ジュゥべえも理解する。思い出した。

成る程、やはりニコは全てを知っていた様だ。

そしてその事実から戦う事を諦めた。けれど、生きる事は諦めない様だ。

どんな事をしてでも生き延びてやると言う意思。

もしかしたらその長い時の中で、何かが変わるかもしれない。

答えはでない。しかし考える時間ならば稼げると。

 

 

『想像に任せるよ』

 

「……フッ。ああそう」

 

 

うやむやに答えるキュゥべえと、呆れたように笑うニコ。

一方でジュゥべえはしきりに頷いていた。

ニコの魔法は再生成だ。願うのはゲームの再構築。これは決して偶然では無い筈だ。

やはり因果とは、つくづく興味深い結果を見せてくれる。

 

 

『神那ニコ。次のゲームで、キミの答えは出るのかな?』

 

「さあな。ゲームが始まる時、私はウジウジと悩んでる状態だろうから」

 

 

でも、答えがでなければ、また考える時間を作るだけ。

そう笑ってバールを振るう。砕けていく世界。

世界がニコによって、再び作りかえられる。

 

 

「ああ、やっぱあと一つだけ」

 

『?』

 

 

ニコの体が消えていく。

繰り返される輪廻。それは歯車の上に乗せられた愚かな役者達を再び戦いへと誘っていく。

その中で、ニコはこう思うのだ。

 

 

「全ては、決まっていた道だったのか?」

 

『………』

 

 

沈黙のキュゥべえ。

まあそうなるか。ニコは答えを期待していなかった為、食い下がるつもりもなかった。

キュゥべえが沈黙すると言う事もまた、答えの一つとして考えられるだろうから。

もうまもなく消滅が完了される。ニコは来るべき再生。

そして今の自分の『死』を、目を閉じて受け入れ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだよ神那ニコ」

 

「!!」

 

『『!』』

 

 

その時だった、ニコの背後から声が聞こえたのは。

聞き覚えない声に反応して、ニコは汗を浮かべながら振り返る。

そしてそこに立っていた人物を見て、思考は一旦停止した。

 

 

「―――」

 

 

そこにあったのは、ある意味当たり前とも思える景色で、なんの疑いようも無く受け入れられる光景だった。だからこそ怯む、しかし考えれば考えるほどに浮かび上がる異質性。

なによりも『彼』はニコの問いかけに答えた。

それだけで十分だったではないか。

 

 

「ああ、そういう事か」

 

「………」

 

 

ニコの前には、二人の男女が立っていた。

同年代の人間がいる。当たり前の光景だ。しかしニコには異質と思える物だった。

救済の魔女が見える状況で、ここまで冷静さを保ち、あんな言葉を言える一般人がいてたまるか。

少女は少し怯んだようにニコから目を逸らし、対して少年は達観したような表情でメガネを整える。

ぶつかり合う少年とニコの視線。ああ、昔の自分となんとなく似ている目だぞアレは。

 

 

「だが勘違いをしてはいけない」

 

「……ッ」

 

「世界を変えられる権利なら、君たちはいつも持っている」

 

 

変えないのは、いつだって君たち自身の方だ。

ニコはそれを聞くと、しばらくは真顔だったが、消滅の直前に笑みを浮かべた。

 

 

「君の言葉もココロに来たよ」

 

「………」

 

「私は生きる。生き抜いてみせる」

 

「………」

 

「そうパートナーにも言われたからな」

 

 

それが最後の言葉となった。

消えていくニコ。まもなく世界の再構築が始まる。

ジュゥべえとキュゥべえは歩いてきた少年少女のもとへ駆け寄った。

 

 

『いいのかい? 鮫一、小巻(こまき)、あんなに大々的に姿を見せて』

 

『でしゃばるねぇお前ら。お仕置き受けちゃうぞぉ?』

 

「わ、私は止めたわよ! コイツが勝手に……ッ! 私は悪くないから!!」

 

「別に構わないさ。どうせ記憶は消える」

 

 

展望台の手すりに持たれかかった下宮鮫一は、消えいく世界を見つめてため息を漏らす。

 

 

「ルールの擬人化である我々が姿を見せるのも、一つの礼儀だと思ってね」

 

 

中沢と共に上条の友人であった下宮は、芝浦が仕掛けた学校侵食の際に死亡したと思われていた。

しかし彼はあくまでも行方不明。オーディンによって直接殺された中沢はともかく、下宮が死ぬ瞬間を見たものは誰もいない。

気がつけばいなくなっていたと言うだけの話。

そして彼は一つ、重大なミスを犯していた。それは魔女空間となった学校で放った第一声だ。

 

 

『くっ! 寄るな魔女め!!』

 

 

迫る魔女や使い魔を威嚇する言葉ではあるが、それはおかしい。

言葉自体は何も間違っていないが、あの時点では芝浦は魔女の事を『化け物』としか言っていないし、魔女も『女』と分かるフォルムをしている物はいなかった。

ならば何故、下宮は迫る化け物を『魔女』と発言したのだろう?

その答えがコレである。下宮は、魔女と言う存在を既に認識していた。

 

 

「それに少し変化があった方が面白いだろ? これは概念でもあるが、ゲームでもある」

 

『ふーん。そう言うもんかねぇ?』

 

「………」

 

 

下宮は怯まず答えているが、小巻と言う少女は、下宮とジュゥべえを交互に見合わせて汗を浮かべ、複雑に表情を歪ませていた。

藍色の長い髪、つり上がった目が少しキツメの印象を与えるだろう。

上臈(じょうろう)小巻(こまき)、下宮と共に現れたわけだが、そもそも二人は何者なのだろうか?

 

それは、知る必要の無い情報である。

いや尤も答えなど特別な物ではないのだ。ゲームと言う『概念』が世界に生まれれば、同じくしてそれを取り締まる機構が自然にして生まれる。

 

ルールの擬人化。それが二人の正体と言っても良い。

この世界その物が生み出した人の形をしたルールの一つだ。それ以上でも以下でもない。

光があれば、同じくして闇が存在する様に、ゲームがあれば必然的に生まれる存在。

それは世界の意思、疑いようの無い真実なのである。

ある意味、神とでも言えばいいのか。

 

 

「廻るぞ、次の歯車が」

 

 

メガネを整える下宮。

彼の体もまた、同じくして消え始める。

そして小巻もジュゥべえもキュゥべえも同じだ。体が徐々に薄くなって消え去っていく。

 

 

『ったく、休む暇もありゃしねーな』

 

『仕方ないよ。ソレがボクらの役割さ』

 

 

舌打ちを放つジュゥべえ。

 

 

『全く、人間ってヤツはつくづく愚かだ。それに諦めってヤツがどうにも悪い』

 

 

暁美ほむら、そして神那ニコ。

何度歯車に食い下がるつもりなのか。

 

 

『……ハッ!』

 

 

ジュゥべえは尊敬と軽蔑を含めた『笑い』と言うヤツを浮かべてみた。

そして彼らの意識もまた、深い光の中へと誘われていく。

崩壊していく世界。靄でできたモニターの中では、今も変わらず鹿目まどか達が優しい世界で楽しそうに笑っていた。

それをニコは壊したのだ。全ては、生きて生きて生き抜く為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また……駄目だったッッ!!」

 

 

目を覚ませば、病院の天井。

何度この景色をみたのだろう。もう何回繰り返したのだろう?

悔しさ、苛立ち、悲しみ。多くの感情に心が押しつぶされ、爆発しそうになる。

 

ベッドに拳を叩きつけるが、それでも心の燻りは消えない、

何をしても怒りと虚しさは膨れ上がるばかり。本当に駄目なの? 絶対に無理なの? また心に亀裂が走る。くじけそうになってしまう。

 

 

(いやッ)

 

 

駄目なら、何度でもやり直せばいい。自分にはその力があるんだから。

何度だって。何回だって繰り返せばいい。唇を強く噛んで、強引に納得してみせる。

 

 

(絶対……、絶対に助けてあげるからね)

 

 

親友の姿を強く想う。

失敗して駄目ならやり方を変えればいい。どれだけの犠牲を払おうが必ず、必ず『―――』だけは。

そんな決意を新たに、"少女"は病室を後にする。

 

 

「ッ!」

 

 

まずは何をしようか?

そんな事を考えていたからだろうか。誰かとぶつかってしまった。

年齢がやや上の男性。高校生くらいか? ともあれ、そんな事は少女にとってどうでもいい事だ。

軽く謝罪をして立ち上がると、そそくさと歩き出す。

 

 

「……ッ!?」

 

 

いや、ちょっと待て。

少女は立ち止まり、振り返った。

おかしい。こんな事は"初めて"だった。何回と繰り返した中で、こんな少年を見た事は無い。

それにどこか儚げな雰囲気に、強い既視感を覚えた。デジャブ、と言うヤツなのか?

なんだか初めて会った気がしない。もちろんそんな事を感じたのも初めての事だ。

 

 

「ちょっと、そこの貴方」

 

「?」

 

 

だから話しかける。

少年は振り返ると思わず息を呑んだ。目の前にはナイフの様な瞳で自分を睨みつけている少女がいるのだ。

その鬼気迫る表情は普通じゃない。どこか狂気すら感じられる。一目で分かる、この女は普通じゃないと。

そんな少女に声を掛けられる状況、何がどうなっているのやら。

 

 

「一応謝罪はしたが、聞こえなかったのなら謝る」

 

「そんな事はどうでもいいわ。それより、少し話を聞かせてくれないかしら?」

 

 

なんなんだこの女は――。少年は眉をひそめて後ずさる。

確実に初対面の相手。なのに、なんて大きな態度を取ってくるんだと。

関わってはいけない気がする。少年は適当に少女をあしらって逃げる事を決めた。

 

 

「悪いが」

 

 

だがそこで少年は言葉を止めた。

何か、この少女から感じるもの――。

そして、以前に告げられた『情報』が身体を駆け巡る。

 

 

「お前――ッ!」

 

 

そうか、そう言う事なんだな。

少年は静かに頷くと、目の前にいる少女へむかって手を差し出した。

尚も自分を睨みつけている少女へ、少年はたった一言投げかける。

 

 

「お前が俺の……、パートナーか」

 

「ッ?」

 

 

戸惑う少女。

そんな彼女を遠くから見つめる『目』が。

 

 

『ま、こうなるんだよな結局は』

 

『ああ、再び歯車は回り始める』

 

 

決まっていた事と言えばそうかもしれないね。キュゥべえはほむらを見つめながら淡々と呟く。

 

 

『神那ニコは運命を変えられるのかな? まあ無理だろうね、彼女はチャンスを棒に振った』

 

 

意味の分からない理由で?

ああいや、賭けたのか。僅かな可能性に。

答えが出なかったのだろう、ニコもそれは理解していた事だ。

だから彼女は過去へと逃げた。ゲームを再び行う事で、新たなる『答え』が生まれる可能性に希望を託した。

 

 

『まあ無理なら終わる。それだけだぜ先輩』

 

『そうだね、その通りだ』

 

 

さて、そろそろ時間だ。キュゥべえはそう言って見滝原を見回す。

 

 

『そろそろボク達の記憶にロックが掛かる』

 

 

広い様で狭い箱庭だ。

その言葉にジュゥべえはニヤリと笑う。

 

 

『やれやれ、なんなら賭けでもするか? 次はまた神那か、今度は暁美か。それともはたまた……』

 

『記憶にロックが掛かるんだから、今行う会話に意味は無くなるよ』

 

『ああそうか、そうだよな。チッ!』

 

 

そして――

 

 

『やっとクソ長い戦いを終わらせられるんだよな先輩ぃ? オイラわくわくするぜぇ!』

 

『そうだね。彼女の力に制約がかかった。おそらくこれが彼女にとって、ボク達にとって最後の戦いになるだろう』

 

 

同時に、それは最初の戦いともなる。

全ては愚かな歯車が紡ぐ戯曲、忘却、そして絶望!

 

 

『さあ今度こそ全てを終わりにさせてもらうよ』

 

 

二つの影は何も表情を変える事なく、そのまま姿を消すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【END】

 

【永遠の戦い】

 

 

 

 

この結末が悲劇なのか、それともこれで良かったのか……。

物語はまだ序章にすぎない。答えは、もうひとつの結末が教えてくれるだろう。

 

 

 

 

 

 







次回エピローグです。
三つのエンディングの内、一つがエピローグに繋がる物になっています。残りの二つはノーマルエンドです。
どれがその一つなのかは、次回明らかになります。

今回選ばなかった他の二つのエンディングは、エピローグ更新後に確認していただくのが一番かなと思ってます。
まあそれは、自由なんですけどね。


ちなみに最後の『この結末が悲劇なのか~』は龍騎原作の台詞なので、特に深い意味はありません(´・ω・)b



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第68話 C『戦いを止める』


※注意

66話、67話、68話は続き物ではありません。
それぞれ前回(65話)の終わりからの分岐ルートになっているので、目次から自分の選択した話へお進みください。



 

 

『戦いを止める』

 

 

 

 

 

「わたしは、戦いを止める――」

 

 

それが、鹿目まどかの答えだった。

 

 

「まどか……! そうだ。それで良いんだよ!」

 

 

だが、まどかは納得できないと言うように歯を食いしばった。

戦いを止めると言う事は、まどかがずっと胸に抱えていた想いである。

真司と誓い合った志。争いあうこんなゲームを止めようと。

でも、今、その言葉は一番望まぬ物へと繋がった。戦いを止める為に、終わらせる為に、サキを殺すなんて、そんなバカな……。

 

 

「――ッ!」

 

 

拳を握り締めるまどか。夢でのマミの言葉を思い出す。

自分は何のために魔法少女になったのか? 何のために力を手に入れたのか。

色々な想いがあったろう。色々な答えがあったろう。

とは言え、その答えは今の真実――、今の結果が決めることだ。

つまり鹿目まどかは、サキを殺すために魔法少女になったのだと。

 

 

(違う……! 違う!!)

 

 

違うんだ。

人を傷つけるために、こんな終わりを迎えるために、魔法を手に入れたわけじゃない。

まどかは『誰か』を守るために強くなった。

それを否定できない。絶対に否定してはいけない。否定したくなかったのだ。

 

 

「ごめん……ッ! ごめんねサキさん!」

 

「ッ? ま、まどか!?」

 

「わたしはやっぱり――ッッ、できない!!」

 

「ッ! まどか、お願いだから私を殺してくれ! 戦いを終わらせるんだ!!」

 

「でも――!」

 

「もうそれしか道は無い! 君も分かるだろ? 理解できるだろう!?」

 

 

まどかは強い。しかし限界と言う物も同じくして存在している。

サキはその限界をココに見ていた。ワルプルギスの夜は想像を超えた化け物だった。

そもそも今、サキ達はワルプルギスと戦ったと言えるのだろうか?

ただ魔女の玩具になったと言う印象しか受けない。全てワルプルギスが描いたシナリオ通り。

唯一、抗うとすれば、それはゲームを強制的に終わらせる事だ。

つまりサキを殺して、まどかが勝利者となる以外はない。

 

しかしそれでも、まどかはサキを殺す決断には至らなかった。

サキの言っている事は分かるし、自分の力だけではワルプルギスに勝てない事も分かってしまう。

でも駄目なんだ! まどかの希望は人を守ることと見出し、その向こうに、誰しもが笑いあえる世界を望んだ。

だから何が何でも、サキを殺す事はできない。

 

 

「まどか!!」

 

「………」

 

 

どうすればいいんだ。まどかは目に涙を溜めて歯を食いしばる。

ココに来て、自分が何をすればいいのか分からなくなってしまった。

みんなが道を示してくれた筈なのに、立ち止まってしまう。

戦いを止めたいと言う想いに嘘は無い。それでも、こんな方法はあんまりだ。

 

 

「あんまりだよ……ッ!」

 

「まどか……」

 

 

サキは、まどかの震える声を聞いて何も言えなくなってしまう。

それだけの事をまどかに強要している。自分を殺してくれと言う最大のエゴを擦り付けている。

その苦しみ、分からぬ訳が無い。

 

 

「サキお姉ちゃん……ッッ」

 

「!」

 

 

ただ名前を呼ぶだけ。

ただ名前を呼ぶだけなのだが、そこにはありったけの悲しみと弱さが見えた。

震える声、迷いや焦りを乗せて、まどかはサキの名前を呼ぶ。

 

 

「わたし、お姉ちゃんを殺したくない」

 

「ッッ!」

 

 

まどかは夢の内容をサキに話す。

マミ達と共に示したのは、誰もが笑って暮らせる未来だ。

どれだけ甘いと言われても、どれだけ無理だと笑われても、人を殺す事を正当化したくは無い。

だから駄目なんだ。希望を諦めたくは無い。希望を消してしまっては。

 

 

「殺したくないよぉ……!」

 

「まどかッ」

 

 

当然だ。当然のことだ。

だったらサキがまどかを殺せば? しかしサキのソウルジェムもまた限界が見えている。

まどかを殺す苦しみを背負うだけの容量はきっと存在しない。

ココで賭けには出れない。最後に生き残った者が魔女だったらどうなる?

ソレが分からない以上、安易な行動は取れないんだ。

とは言え、まどかにそれを背負わせるのも――

 

 

(ぐっ! 私はどうすれば……!)

 

 

瓦礫の向こうでは、まどかのすすり泣く声が聞こえてくる。

大切な人を殺さなければならにあ。その事に苦しみを感じない訳が無い。

どんなに殺した方が良いとは言えど、それを正しい事にはしたくなかった。

サキも、まどかも。だからサキは言い出せない。自分を殺せと言えなくなる。

 

 

「「………」」

 

 

無言が二人を包む。

聞こえる物と言えば、まどかが涙と共に零す嗚咽だけ。

こうしている時間は無い筈なのに。サキもまどかも答えが見出せずに、沈黙するしか出来なかった。

 

 

『ヒッ! ヒ………ヒヒッ!!』

 

「「!」」

 

 

ワルプルギスが微かだが再び笑い始める。どうやらもう迷っている時間は無いらしい。

サキは唇を噛んで思考を巡らせる。考えろ、考えるんだ。自分は何故今まで戦ってきた?

ふざけたゲームを終わらせる為ではないのか? 多くの命が失われ、多くの関係ない人達が巻き込まれた。

 

そんなゲームの結末を、より酷い物にしてはいけない。

ここでゴネていれば、全てが失われる可能性のほうが高いはずだ。

サキは拳を握り締めて、想いを固めていく。

ワルプルギスを放置すれば見滝原には多くの被害が生まれるだろう。

守りたかった者も、多くが失われてしまう。

 

駄目だ。駄目なんだ。

ワルプルギスに抗える可能性を持っているのは自分達だけ。

だから逃げる訳にはいかない。魔女を何とかすると言う責任を放棄する訳にはいかない。

 

 

「まどか――、私を殺してくれ」

 

「!」

 

「頼むッ! もうそれしか手は無いんだ!!」

 

 

できる事ならば、サキがまどかを殺したかった。

しかしそれを背負えないとは、何とも情けない話だ。

無理にでも耐えるか? 駄目だ。万が一と言う可能性もある。

しかしそれはまどかにも言える事。サキを殺した事で絶望すれば、より悲惨な結末が待っている。

ならばやはりサキがまどかを殺すか? まどかを殺してイルフラースを最大出力にし、魔女になる時間を遅らせれば――!

 

 

(駄目だ! 殺してすぐ願いを叶えられるかどうかの保証が無い! 情に揺らぐのは危険すぎる賭けだ……!)

 

 

そしてその時だった。

 

 

【これにより両者復活の可能性は無し。よって、ライアチーム完全敗退】

 

【残り2人・2組】

 

 

遅れて二人の脳内に入ってくるほむら達の死亡通告。

だがそれがサキの決断を後押しする形になる。

ほむらが何度と無く繰り返してきたのは、まどかの為だ。

彼女のためにも、やはりまどかは殺せない。

ハイリスクにはなるが、サキはこの短時間で自分の命と、まどかの命。

どちらが重いのかを見出す。

 

 

「まどか、分かるだろう? もう時間は無い」

 

「そんな……!」

 

「辛い役目を押し付けるが、どうか分かってほしい、もう答えは一つだ!」

 

「そんなのっ、そんなのズルいよお姉ちゃん!」

 

「わがままを言うなッッ!!」

 

「!」

 

 

サキはまどかを怒鳴る。怒鳴ったのだ。

 

 

「お前がやらなければ全てが終わるんだぞ! まどか! 迷うな!!」

 

「わ、わたし……! わたし今までワガママ言わなかったよ? だったら、一つくらい聞いてくれたっていいでしょ!?」

 

「駄目だ! 頼むまどかッ、私を殺してくれ!!」

 

「できないよ!!」

 

「ふざけるなッ! 見滝原が滅ぶとしてもか!? 自分の命まで失うとしてもか!?」

 

「だって、だって!! だってッッ!!」

 

 

カッと目を見開くサキ。辛いだろう、苦しいだろう。

すまない。だが選ばなければならない時がある。

茨の道と知りながら、進まなければならない時がある。

まどかには少し辛すぎるだろうか? だったら、少し背負ってはくれないか?

サキは全ての可能性と希望を、『彼』に託す事に。

 

 

「ドラグレッダァアアアッッ!!」

 

「!!」

 

 

傷を癒すため、まどかの背後で伏せていた龍の耳に、サキの言葉が響く。

ピクリと反応を示したドラグレッダー。

サキの声に多くの感情が篭っているのを理解できるだろうか?

 

 

「私を殺せェエエエエエエエッッ!!」

 

「ッ!!」

 

 

起き上がるドラグレッダー。まどかはすぐに叫ぶ。

 

 

「駄目、殺さないで!!」

 

 

ミラーモンスターの指導権は、全てパートナーの魔法少女が握っており、その命令は絶対とされている。

しかしドラグレッダーはしばしの沈黙の内、咆哮を上げた。

 

 

「それが、最後の希望なんだッッ!!」

 

「ッ!? 止めてドラグレッダー!!」

 

 

目を光らせるドラグレッダー。同時に口の中を光らせる。

なんと彼は、まどかでは無くサキに従うと言う異例の行動を起こした。

ミラーモンスターは人の心を感じる事ができる生物だ。

サキの覚悟と愛が、ドラグレッダーに伝わったと言うべきなのだろう。

 

ましてや他にも理由がある。まず一つ、命令権の弱さ。

殺さないでとは口にすれど、まどかは今、迷っている。その曖昧な心がドラグレッダーの拘束力を弱めた。

 

さらにサキを殺す事は、主人であるまどかを助ける事に繋がる。

それもまたドラグレッダーを突き動かす事に繋がったのだろう。

サキの覚悟。そしてゲームを終わらせたいと言う他ならぬドラグレッダー自身の意思。

彼の心に映るのは主人である城戸真司の姿だった。

 

 

「やだっ! 止めて! お願いドラグレッダー!!」

 

 

まどかは、真司は自分を責めるだろうか?

しかしドラグレッダーは確かに自分の意思で、サキの言葉に乗ったのだ。

 

 

「嫌ァアアアアッッ!!」

 

 

ドラグレッダーは空に舞い上がり、ありったけの力を込めた火球を放つ。

それは他ならぬサキが埋もれているだろう瓦礫の山に向けてだ。

叫ぶまどか。反射的に手をかざして瓦礫に結界を張った。

塞き止められる炎。しかし自分の行動が正しいのか迷いに迷いきっているまどかの結界は脆い。

すぐにヒビが入り、そこから熱と光が瓦礫越しにサキへ伝わって行く。

 

 

「………」

 

 

サキは謝罪する。

すまない、ドラグレッダー。すまない真司さん、すまないまどか。

私の弱さが招いた結果だ。サキは目を閉じて大きく瓦礫に持たれかかり、ゆっくりと息を吐く。

暖かな光と熱が、彼女を包み込むかの様だ。

死がそこまで迫っていると言うのに、何故か気分は穏やかだった。

だからだろうか? 昔の事を深く思い出してしまうのは。

 

 

 

 

 

 

………。

 

 

 

 

 

「ねえねえ、どうして泣いてるの?」

 

「え?」

 

「悲しいことがあるならね、笑うといいんだよ! こちょこちょ~!」

 

「わ! や、やめっ! あははは!!」

 

 

それが初めての出会いだったか。

離れ離れになった妹に会いたい寂しさから、公園で泣いていたサキをまどかが励ましてくれた。

あの時の事は、一生忘れる事は無いだろう。

 

 

「じゃあ、わたしが君のお姉さんになってあげるよ!!」

 

「ほ、ほんとう!?」

 

「ああ、本当だとも! 今日から君は私の妹だ!」

 

 

転んで泣いているキミに言った言葉だ。

君は喜んでくれたね、私にとっても新しい妹ができたみたいで嬉しかった。

たがすまない。あの時は単純に君を美幸の代わりにしていたんだ。

妹がいない寂しさを、完全に君で埋め合わせしようとしていた。

 

私にとっては頼られる自分にヒロイックな物を感じていたから、君に頼られたかったのかもしれない。でも一緒に過ごしてみて分かった。君は美幸とは全く違う存在なのだと。

 

 

「何ッ! 泥を掛けられた? 任せろ、私がボコボコにしてきてやる!」

 

「い、いいよお姉ちゃん! 別にちょっと汚れたけだし!」

 

「いーッや! それじゃあ私の気が済まない!」

 

「本当の本当に大丈夫だからぁ!」

 

 

どんなに。誰に。どれだけ傷つけられても、君は他者を恨まなかった。

何をしても怒らない、そんな情報が他者のサディズムを刺激するのか、よくちょっかいを掛けられていたか。

 

私はそれに腹が立って仕方なかったが、君は何時だって笑顔を浮かべていた。

私に冷静さを与える為に、心配をさせない為に。

忍耐。時にそれを他者は弱さと卑下し、無力と説き伏せる。

しかし他者を傷つけない事が『本当の強さ』だと、君を見ていてよく分かったよ。

まどか。君は強い。誰よりも、何よりも。

私も君の様な強さが欲しかった。

 

まあ……、その、なんだ。

なかなか難しいもので、結局さやかと一緒にソイツらを裏でボコボコにしてたのは内緒だが。

 

難しい物だな。傷つけない解決と言うのは。

いやいや本当に難しい、それはこのゲームを通してでも十分に思い知らされたよ。

ああ、でも、時には喧嘩をした事もあったか。

 

 

「サキお姉ちゃんは何にも分かってないよ!」

 

「いや、まどかが間違ってる!」

 

「間違ってないもん!」

 

 

小さい手を振り回して頬を膨らませる君は、怒っていても可愛かった。

それに内容も内容だったしね。

 

 

「絶対にあんぱんはっ、こしあんだよ!」

 

「いーや、つ・ぶ・あ・んだ!」

 

「こしあん!」

 

「つぶあん!」

 

「こし!」

 

「つぶ!」

 

「こしあんんッ!」

 

「……こしあん!」

 

「つぶあん! ――ってあれ?」

 

「ハハハハハハハ!」

 

「もう! サキお姉ちゃんのいじわる!!」

 

 

あの時、君は本気で怒っていただろうが、私は楽しくて仕方なかった。

美幸は私と好みが似ていたから、こうやって言い合うのが新鮮だったのかもしれない。

あれはどうやって決着がついたんだっけ? ああそうか、あの後どっちが良いのか実物を食べて決めると言う事になって――

 

 

「つぶあんもおいしいね!」

 

「ああ、私もこしあんに嵌りそうだよ」

 

 

我ながら単純な物だと思うが、そう言うのも悪くは無いよな?

そう言えばまだ、たけのこ対きのこの決着がついていないな。

いつか分からせてやろうと思っていたが、今日まで結局答えは出なかった。

 

でもわたしの知らない君もたくさんいたんだろう。

君が両親に怒られている所は全く想像できなかったが、一度だけ家出をした時があったね。

あの時は家の近くの公園でずっと座っていたのを覚えているぞ。

私も付き合って、二人で夜まで公園のベンチに座っていたね。

 

それは深夜まで続いたと思っていたけど、結局親に連れ戻された時は7時半くらいだったっけ? 

その後二人とも、こっぴどく親に怒られたものだな。

お互い翌日にはもう二度と家出はしないと誓ったものだ。

 

そうだ、色々な思い出がある。

次から次に些細な事かもしれないが、刻まれた記憶がある。

君が家に泊まりに来た時、一緒にごはんを食べたね。

君はすごく魚を食べるのが丁寧で、私は思わず品のよさに劣等感を覚えてしまったよ。

私の魚はサメに食い散らかされた様だったからね。

あの日から私も品性を磨く様になったんだぞ!

 

お風呂では初恋についても話し合ったっけ。

私は誰だったか? 確か幼稚園の先生だったかな?

君は少し照れながら答えをはぐらかした。

でも私が詰め寄ると折れたのか、小さな声でこう言った。

 

 

「……さやかちゃん」

 

 

正直ちょっと私にって期待してた面も……。

ああいや、半ば確信していた所もあったんだ。

だって美幸は――、将来、私と結婚してくれって言ってた。

だからそれが。私がまだ美幸を君に重ねていた証拠だった。

私はそれに気づかされた気分になったよ。

 

そう言えば一緒に寝た時の事を君は覚えているかな?

あれは年齢が年齢だったとは言え、完全な黒歴史ってヤツだ。

まずは君がおねしょをしてしまう訳で、まああれは夜遅くのテンションに加えて。子供特有の謎遊び。『水をどれだけ飲めるか』勝負ってのをしていたせいなんだけどね。

 

布団を汚してしまった君は罪悪感からか泣きそうになってたっけ?

私はと言うと、とにかく慰めてあげなければと言う思いに駆られ、結局取った行動は思い切り力んで私もその場で漏らすって行為だった。

 

ああ、なんであんな事をしてしまったんだろうね。

まあ結果として君は多少なりともダメージを減らしてはくれたみたいだったけど……。

若干引いてた目をしていたのを私は一生忘れないよ。

 

そうそう、君が初めて見た映画も、私と一緒だったのを覚えているかい?

君は大きな音が怖くて一度外に出たんだっけ? 私は怖いなら帰ろうと言って、さやかは自分がついているから一緒に見ようと言った。

 

思えばあれが私達の関係をよく現していたのかもな。

結局、君はさやかの手を握って映画を見ていた。

そして後半に入るくらいには、もう完全にのめり込んでいたっけ。

 

覚えているものだな。

私は正直ちょっとだけさやかに嫉妬したけど、同時に彼女が君にとって良い親友になれると喜びを感じた時でもあった。

 

私はその時思ったんだ。

さやかが君に『成長』と言う影響を与えるなら、私は君の『居場所』になれたらいいと。

 

君の弱さを受け入れ、否定しない。

さやかが君を強くしてくれるなら、私は君を弱くする役割を受け持とうと。

それはいけない事なのかもしれないが、人はきっと生きている中で、弱くなりたいと思う日もたまには来るだろう。

 

自分が間違っていると自分自身が分かっていようが、それが正しいと言って欲しい日も来るだろう。その時、私がその役目を受け持ちたいと思った。

弱さの言い訳になってあげたい思った。

 

簡単に言えば幼い時に抱きしめ、一緒に寝るぬいぐるみの様な物か。

弱さを注ぐ器。大人になるにつれてそれは思い出をしまう過去の物となり、人によっては要らなくなる。

 

 

「サキさん」

 

 

いつからか、そう呼ばれるようになった時、私は役割を終えたのだと勝手にしんみりしていたんだよ。

別にそれからもちょくちょくお姉ちゃんと呼んではくれていたけれどね。

 

でも私の前を歩いて、さやかと仁美と楽しそうに話す君を見て、私はやはり嬉しさと切なさを感じていたんだ。

その時ふと気づいた。もしかしたら私は、同じ事を君に求めていたのではないかと。

 

それが浮き彫りになったのが、美幸が死んだ時だ。

葬儀の時、君は何も言わずに私を抱きしめてくれた。

私が涙を流せば、君も一緒に泣いてくれた。何も言わず、ただ私の弱さを受け入れてくれた。

もしかしたらずっと君の方が大人だったのかもしれない。

私は君に甘えてもらう事で、頼ってもらう事で、救われてきたんだ。

だからかな。私はとにかく君からの信頼が欲しかったのかも。

 

覚えているかい?

私が君を傷つけてしまった時の事を。

 

小学校の図工の時間で、君が作った紙粘土のオブジェ。

君はそこそこの自信作で、親に見せる前に私にそれを見せてくれた。

私はと言うとその頃は少し男勝りな面があったから、ついオブジェを持つ手に力が入ってしまい、結果至る部分が取れてボロボロにしてしまった。

 

あの時は焦ったよ。

世界が終わったと思った。君はお気に入りのオブジェを私に壊され、口では平気だの気にするなと言いつつも目にはいっぱいの涙を溜めていた。

それに焦った私は、キミに一つの提案をしたんだっけ?

 

 

「どんなお願いでも聞いてやるから許してほしい」

 

 

そうだ、結局それで許してもらった。

君は優しかったから、無理なお願いはしないだろうし。そもそも今でもそのお願いは使っていない。

でもそう言う事がポンと出たのは……。

 

やはり私は、口や心では色々言っていても、本心ではいつまでも君の姉代わりでいたかったんだ。

 

 

お願い……、か。

 

 

結局、君が本当に願っている事を、私は今、何も叶えてあげる事はできなかったよ。

こんな私を見て、君は幻滅するかい? 嘘つきだと軽蔑するかい?

でも分かってほしい。

 

 

「ようしまどか! 今日はあっちを探検してみよう!」

 

「うん!」

 

 

手を繋いで色々な場所に行ったね。

 

 

「まどか、じゃがいもの皮むきを頼む!」

 

「うん! にんじんは任せたよお姉ちゃん!」

 

 

一緒に料理もしたね。

 

 

「お誕生日おめでとうまどか」

 

「わぁ! ありがとうサキさん」

 

 

私があげたぬいぐるみ、まだ部屋に飾ってくれてるんだね。

 

 

「サキお姉ちゃん大好き!」

 

「ああ、私もだよ!」

 

 

そうだ、そうだよ、まどか。

分かってくれ、どうか分かってほしい。

私は君が大切だったんだ。一人の家族として、姉として。

 

姉妹ごっこだったかもしれない。

でも私は本当に君の事を妹だと思っていたんだ。

その気持ちに嘘は欠片とて無い。血は繋がっていないが、私達は家族になれたんだと本気で思っていた。

 

その気持ちは、時間と共に忘れていった方が良かったのかもしれない。

当然か、それが普通の事なのだから。

でも、このゲームを通して、今を通して、私は改めて思うよ。

 

 

君は――

 

 

「私の事を……、姉だと思ってくれていたかい?」

 

 

どちらにせよ気持ちはただ一つさ。

私を君を、いつでも、いつまででも愛している。

味方でありたかった。でも、背負わせる事になってしまった。

すまない、本当にすまない。私は最後までかっこいいお姉ちゃんでいる事ができなかったよ。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

悲痛な叫びのような、ドラグレッダーの声が聞こえた。

そして聞こえるまどかの悲鳴。サキの世界がスローモーションになる。

分かる。見えないが、何が起こったのかを理解した。

ドラグレッダーが二発目の炎を発射したんだろう。

 

 

(まもなく、か)

 

 

サキは強くなる光と熱の方へと、手を伸ばす。

視界は涙でボヤけていたけど、伸ばした手についているスズランのブレスレットは鮮明に見えた。

 

 

(美幸、今……、君のところへ行くよ)

 

 

行けるかな?

もし、会えたなら……、たくさん話したい事があるんだ。

私に妹が一人できたんだよ。君は嫉妬してくれるかい? それとも喜んでくれるかい?

でも大丈夫。彼女はとても良い子だ。きっと君ともすぐに仲良くなれる。

君もきっと彼女を好きになってくれる。彼女も君を好きになってくる。

でも、その時が来るのはもっと後だけど。

 

 

「まどか……! 生きてくれ」

 

 

世界に絶望しないでくれ。それが私の最後の望みだ。

 

 

「愛してるよ……」

 

 

光が、熱が溢れていく。

サキはその手を強く伸ばして、微笑んだ。

 

 

「大切な、妹よ」

 

 

そして轟音がサキの耳を貫き、彼女の視界はブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……! あぁ――ッ!」

 

 

へたり込むまどか。

瓦礫が爆炎で吹き飛び、目の前には轟々と燃える炎しか見えなかった。

そして、脳に響き渡る唯一の真実。

 

 

【浅海サキ・死亡】

 

【これにより両者復活の可能性は無し。よって、ファムチーム完全敗退】

 

【残り1人・1組】

 

 

つまり。

 

 

【ゲーム終了】【勝者・龍騎ペア】【生存者2名・鹿目まどか、神那ニコ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』

 

「……ッ!!」

 

 

その瞬間、ワルプルギスの活動が再開する。

まどかはハッとして立ち上がり、魔女の方へ振り向いた。

サキが命を懸けたんだ。彼女の想いは絶対に無駄に出来ない。

泣いている時間はもう残されていないんだ。

だから、だから――ッ!!

 

 

「退いて! ワルプルギスッッ!!」

 

『ヒィイイイイイアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

 

まどかを前にして、影魔法少女達と共に文字通り消し飛ぶワルプルギスの夜。

あれだけの猛威を振るっていた魔女は、もう影も形も無く消え去った。

笑い声も聞こえず、辺りは静寂に包まれる。

風も止み、曇天の空からは次々と光の線が。

 

 

『キミの口から出た言葉と、脳に浮かんだ言葉から、一つ目の願いはワルプルギスの永久消滅として処理させてもらったよ』

 

「……永久、消滅」

 

『うん。間違いないよね?』

 

「………」

 

 

まどかの前に現れるのは、魔法少女担当妖精であるキュゥべえだ。

ゲームが終わった今も、彼の調子は変わらない。

久しぶりだねと軽い調子で語りかけ、なんの緊張感も持っていないようだった。

 

 

『気分はどうだい? キミは多くの文明を終わらせてきた魔女を倒した。英雄として語り継がれ、神話として認識される程の事だ』

 

「わたしは別にそんな事……、望んでないよ」

 

『表情が暗いね。まあいいや』

 

 

とにかくまずは優勝おめでとうと、耳をたたき合わせて拍手を送る。

これは歴史的な快挙だとキュゥべえは語り、まどかに賞賛の声を。

 

 

「ワルプルギスは……、死んだの?」

 

『死んだとは少し違う。彼女の概念が消え去ったと言うべきかな』

 

 

ワルプルギスの夜は複数の魔女の集合体。もっと言えば、魔女の怨念が集合した亡霊だ。

そのシステムその物を消滅させたのだとキュゥべえは語る。

これでもうこの先、魔女がどれだけ死のうとも、第二のワルプルギスが生まれる事は無い。

 

 

『とにかく、キミは勝利したんだよ。このF・Gにね』

 

 

多くの犠牲を出したゲームは終わり、勝者は龍騎ペアとなった。

勝ち残ったまどかは一つ願いを叶える事ができ、騎士は二つの願いを叶える事ができる。

現在。城戸真司は死亡している為、彼の願いを叶える権利はまどかに譲渡される。

つまりまどかはあと二つの願いを叶える事ができると言う訳だ。

 

 

『どうするんだい? 重要な事だ。24時間くらいなら考える時間をあげるよ』

 

「ちょっと、待って……」

 

 

呼吸を荒げて胸を押さえるまどか。

サキを死なせたショックは大きく、心を落ち着けないとソウルジェムが一気に穢れきってしまう。いつまでも悲しみに沈んでいられない。ここまで来たなら何が何でも平常心を保たなければサキの死が無駄になる。

なんとか平静を保とうと、まどかは心を落ち着けようと言うのだ。

しかし、その時だった。

 

 

「鹿目まどか様。優勝おめでとうございます」

 

「ッ!?」

 

 

女の、声が。

 

 

「お疲れのところ申し訳ありませんが、少し見て頂きたいものが」

 

「え……?」

 

 

モニターが現れた。

それはキュゥべえの目を模した物で、まどか視界いっぱいに広がる。

だから、まどかは嫌でもモニターを見ざるを得ない。

そして彼女はそこに映っている光景を見て、言葉を失った。

 

 

「―――」

 

 

何が映っているのか。

それが分かっているのに、まどかは理解する事ができない。

いや正確には、理解したくないと言った方がいいのか。

そんな事がある訳ないと言う想い、そうであってほしいと願う想い。

だがそれは、粉々に砕けることになる。

 

 

「これは、真実です」

 

 

考えても見てほしい。

参加者は死ねばその存在は消え去る。

元々他の魔女と融合していたユウリの力は、死して尚、消え去る事は無かったが。それはあくまでも特殊な例だ。

 

例えばさやかが死んだ事でローレライの旋律が消え去り、まどかが目覚める事になったと言えば分かりやすいか。要するに『事前に掛けてあった魔法』は、その魔法少女が死ぬことで解除されるケースがほとんどだと言う事だ。

それを踏まえた上で、かずみに死に注目していただきたい。

 

そう、かずみが死んだ事で、彼女が掛けていた魔法は消える。

洗脳魔法ファンタズマビスビーリオもまた同じくして消え去ったと言う事だ。

かずみはソレを誰に掛けていた? とある少女の家族に、かずみは洗脳魔法を掛けていた。

 

 

そうだ、"鹿目まどかの家族"に。

 

 

「―――ぁ、ぁあぁあ……ッ」

 

 

まどかの表情が鬼気迫る物に変わり、青ざめ、震える。

鹿目詢子。鹿目知久。鹿目タツヤは、洗脳魔法により、まどかを置いて風見野への避難を行う事にした。

まどかが、かずみに頼んだ事であり、家族を守る為の行動だった。

 

だが、かずみが死んだ事で魔法は解除され、詢子達は何故まどかを置いてココにいるのかを疑問に思った事だろう。

鹿目家は家族愛に満ちた幸せな家庭だ。そんな中で、まどかを危険な見滝原に置いて行くと言う判断を取った自分達を、さぞ責めた事だろう。

そしてすぐに考え付くはずだ。あの気の強い母が言い出したに違いない。

まどかを、迎えに行こうと。

 

 

「美しい家族愛だ。素晴らしい!」

 

 

レンタカーを借りて、三人は危険だと知りながらも娘を迎えに風見野から見滝原を目指して出発した。かずみが死んでから風見野を出発した訳だが、隣町の見滝原まではそれほど離れていないためか、ちょうどその時と時間が重なった。

 

 

「そう。ワルプルギスの夜襲来の時間とね」

 

 

ワルプルギスは魔女結界を必要としない。

強力な魔女だ、故にその攻撃は普通に見滝原の街を襲う。

現にワルプルギスは範囲攻撃で多くの建物を破壊し、パフォーマンスの様に人を殺して見せた。

 

 

「運が悪いとしか……、言えない。本当に何と声をかけたらいいのか」

 

「ぁぁあああぁあ――ッッ!!」

 

 

気のせいだろうか? 声のトーンが上がっている。

まあとにかくだ、ワルプルギスの攻撃は運悪く、たまたま道路を走っていた一台のレンタカーに直撃してしまった訳だ。

ああ、何と悲劇的な話であろうか。

娘を助けに行きたいと言う純粋で愛に満ち溢れた想いが、ワルプルギスの夜と言う絶望の化身によって黒く染められてしまうとは。

しかし事実は事実。起きてしまった事は仕方ないとは思わないだろうか?

そう、モニターに移っている光景とは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鹿目まどかの家族全員が、血まみれで死んでいる物であった。

 

 

「ァアァアアァアアアアァアアアアアアアアアアアアッッッ!!」

 

 

まどかは頭を押さえ、涙を流しながら叫ぶ。

『声』は、言葉を続ける。願いの内容はよく考えた方が良いと。

そうだろう? まどかは既にの一つ願いを消費している。

だとすれば叶えられる願いはあと二つ。

死者の蘇生には、一つの願いにつき、一人しか蘇らせる事ができない。

 

 

「一人、足りませんから」

 

「ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

ビキッ! と、音がして、まどかのソウルジェムに亀裂が走る。

見ればその色はもう輝きなど微塵も放っていない程の『黒』であった。

サキを死なせた事に対する追い討ち。

 

さらに言ってしまえば、まどかはサキの死体を見ずに済んだ。

しかし今、目の前にある三つの死体は、まどかが最も愛する者と言っても良い存在。

ソレに加えて、死体は綺麗な物ではなかった。

臓物を撒き散らし、脳みそを垂れ流し、手足の一部はねじ切れ、首はひん曲がる。

そんな家族の姿を見て、正常な思考を保てる者がいるだろうか?

 

 

(ごめんなさい――ッッ)

 

 

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 

 

まどかは、大切な物を何ひとつとして守れなかった事に謝罪を重ねる。

こんなつもりじゃなかった。参加者の皆にしたって、家族にしたって。

望んでいたのは皆が幸せに笑っている世界だ。

なのに結末は参加者も、友達も、仲間も、家族も。誰一人、何一つ守れなかった。

 

ごめんなさい、許してください。まどかの自己犠牲の念が膨れ上がっていく。

しかしもうそれは、彼女の心に入りきれる罪悪感の量ではない。

パンパンに膨れ上がった風船、それは尚も膨らみ続け、そしてその最期へと至る。

まどかは自らのソウルジェムに幾つもの亀裂が走るのを確認した。

 

嫌、嫌だ。

同時に思う拒絶の心。終わりたくない、死にたくない。

ココで死ねば全てが終わってしまう。なのに心はもう汚れきっている。

絶望に沈んでしまっている。

 

 

「あう――ァ……ッ!」

 

 

まどかは手を伸ばし、何かを掴もうとする。

しかし彼女は何もつかめない、希望なんてもうどこにも残っていない。

誰もいない世界だ。愛する者がほとんど死んだ世界。

助けて、死にたくない、その心とは裏腹に突き進む絶望の道。

 

 

「たす……けて――」

 

 

答えてくれる者は誰もいない。

仲間は皆死んだ。姉として慕っていた者も先ほど殺した。

霞んでいく視界、ぼやける聴力。

 

 

「だず……げ――で」

 

 

震える声、呂律も廻らず上ずる音。

それを『醜い』と笑う声が聞こえた気もするが、もうまどかの脳には何も入ってはこなかった。

あるのはただ深き深き、底も見えぬ様な絶望だけ。

誰もいない、何も見えない、何も聞こえない。深い悲しみに鹿目まどかは堕ちていく。

 

 

「―――」

 

 

助けを求める声も、自分の口から出ているのかが分からない。

しかし一瞬、ほんの一瞬だが龍の姿がフラッシュバックする。

自分の耳に龍の咆哮が聞えた気がする。

 

そして浮かぶ笑顔。

守ってくれると約束した男の姿が目の前にあった。

生きていいんだと教えてくれた男の姿が前にはあった。

共に戦いを止めようと誓い合った大切なパートナーの姿がそこにはあった。

 

彼が、手を伸ばしてくれた気がする。

だからまどかも手を伸ばす。ごめんなさい、貴方に心配を掛けないと決めていたのに。

一人でも頑張れると思っていたのに。

ごめんなさい、ごめんなさい、でもどうか共に伝え合った想いを覚えているのなら――

 

 

(たすけて――……真司…さん――ッ!)

 

 

しかし、答えてくれる声は無い。掴んでくれる手は無い。抱きしめてくれる体は無い。

彼は、嘘つき――? ううん、彼は悪くない。

悪いのは全部、絶望に勝てなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わ た し

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよ……あれ」

 

『………』

 

 

展望台、そこにいたニコは、顔を真っ青に変えて後ろへ倒れ込む。

その光景に腰を抜かしたのか。唇を震わせてジュゥべえを睨んだ。

 

 

「ゲームは終わったんだろ!? なのに……、なのになんでッ!?」

 

 

ジュゥべえはニコの問いかけには答えない。

キュゥべえと視覚を共有し、キュゥべえの見ている景色を確認させてもらう。

死体となって転がっているまどかの家族。

ワルプルギスの攻撃を、車中にいる時に受けたと説明が入ったが――

 

 

『………』

 

 

確かに乗っていた車は爆散しており、その衝撃も重なって死体は凄惨な状態となっている。

しかしよく見れば、死体のあちこちに赤黒い血のシミが転々としているじゃないか。

タツヤに至っては脳天に小さな穴が開いており、そこから脳みそが垂れ流されて死んでいた。

 

 

『小さな穴……?』

 

 

爆発した際にガラスや車の部品が頭に刺さったのか?

いや違う、あれは間違いなく矢傷。

つまり弓矢が刺さって生まれた傷では無いだろうか。

と言う事は――

 

 

『やり方がこっすいんだよな』

 

「ッ?」

 

『ほとほと呆れるぜ』

 

「な、何言ってんだよ!」

 

 

ニコはとにかくと、ジュゥべえに事態の説明を求めた。

 

 

『諦めろ神那ニコ。人類終了のお知らせだ』

 

「は……!?」

 

 

ニコの目に映るのは黒い山の様な化け物だった。

無数の黒い繊維が交わる事で生まれるその頂上部分は天を仰ぐ人型のシルエットが辛うじて確認できると言った所だろうか。

彼女は、世界の絶望を取り払うために祈りを掲げている筈だ。

幾千の祈り、幾億の願い、それは全て彼女が希望へと人を導くためのマホウ。

 

 

「あれが……、鹿目まどか!?」

 

 

ニコも知っていたとは言え、腰を抜かして魔女を見上げている。

離れた場所にいるとは言え、巨大なその体の全てを視界に捉える事ができない。

そして感じるプレッシャーもまた、ワルプルギスの比では無かった。

 

 

『クリームヒルト・グレートヒェン。人間にとってはゲームオーバーと言った所だな』

 

 

救済の魔女Kriemhild・Gretchenが誕生した瞬間であった。

 

その性質は慈悲。

この星の全ての生命を強制的に吸い上げ、彼女の作った新しい天国へと導いていく。

この魔女を倒したくば世界中の不幸を取り除く以外に方法は無い。もし世界中から悲しみがなくなれば魔女はここが天国であると錯覚するだろう。

 

 

『願いを叶える前に絶望したって事だな。終わりだよ、もう何もかもな』

 

 

自我を失ったまどかは、願いを叶える事はできない。

これより、全ての生命を救済する儀式が10日間に渡って行われる事だろう。

もちろんそれは救済と言う名の死。

希望と言う名の絶望だ。

 

 

「じゃあ、なんだ? あと十日でこの世界は滅びるってか!?」

 

『まあ、普通に考えればな』

 

 

人は徐々に弱り、10の日を数えた時には、全ての生命が魔女の中に導かれるだろう。

そして彼女が構成する究極の安らぎの中にて、新たなる役割を与えられるんだ。

もちろんそこには自我は無い、そして命が消えた世界に未来も無い。

人にとって世界とは救済の魔女が生み出した物のみと変わる。

まどかはそこでいつまでも、いつまででも、安らぎに満ちた時を過ごすのだろう。

 

 

『お前らの生命エネルギーを依り代としてな』

 

 

見てみろ。幸せな世界がまもなく始まる。

その言葉と共に、ニコの携帯に映し出される映像。

それは鹿目まどかが自分のベッドで気持ちよさそうに眠っている所だった。

魔女(まどか)が望んだ幸せな世界。そしてそれは、まもなく真実となる。

 

 

『虚構に埋め尽くされた、世界としてな』

 

「……つまり、なんだよ」

 

 

ニコはそう言ってヨロヨロと立ち上がる。

 

 

「何が救済だ、何が安らぎだ……! 何が希望だよ!」

 

 

自我を失えばmその後にどんな物が待ち受けていたって関係あるもんか。

だってもうそれは死と同じなのだから。

 

 

「つまりこう言う事だろう?」

 

 

世界中の命はお菓子や紅茶。

救済の魔女はそれを片手に、優しい優しい世界を思い浮かべて妄想に浸り続ける。

 

 

「クソみたいなただの一人遊びだ!」

 

『成る程、言いえて妙だな』

 

 

まあだが一つ訂正するとすれば、救済の魔女はそれを意図してはいない。

彼女が見る景色は、彼女自身どう言う物なのかは知らぬ物。

しかし一つだけ分かるとすれば、それは悲しい物語などではなく、喜びと希望に満ち溢れた世界だ。

 

 

『見ていれば分かるぜ。アレだけ争っていた参加者共が、きっと友達として出て来る』

 

 

もちろん、お前も。

ニコはその言葉に舌打ちを行い、手すりを殴りつけた。

 

 

「違うッ、違うだろ鹿目まどか! そうじゃないだろうが!!」

 

『まあでも、そう悲しむべき事でもねぇとオイラは思うぜ?』

 

 

死ねば一切の苦痛を覚えなくて済む。

 

 

『その逃げは、誰しもに欠片として存在はしているだろう?』

 

 

死ねば何も感じない。苦痛も、悲しみ、絶望さえも。

 

 

『だとすりゃあ、今からこの世界に齎される死は、忌むべき物では無いと思うがよぉ?』

 

「……ッ」

 

 

その言葉が。ジュゥべえが何気なく言った言葉が、ニコの心を大きく抉る。

ニコもまた、同じ事を考えていた時期が確かにあったからだ。

死ねば終わる、死ねば救われる。そう、それはまさに救済ではないか。

 

 

『救済の魔女が齎す死に痛みは伴わない。尤も、自分がこれから死に向かうだろうと言う恐怖は抱くかもしれないけどな』

 

 

救済の魔女の死は誰しもに等しく与えられる。

生まれたばかりの赤ん坊も、死に掛けの人間も、同じ時間にて弱り、死に至る。

 

 

『だが、あれだけの大きさ、そして魔女結界を必要としない救済の魔女は、多くの人間に確認されているだろうな』

 

 

救済の魔女の力によって、もうテレビも携帯も意味を成さないガラクタとなる。

映像を映す物や、音声を放つ物は、全て魔女が思い描いた『幸せな世界の景色』しか映さないのだから。

やがて人は導かれていくのみ。

 

 

『それを人は簡単に受け入れると思うか?』

 

 

そりゃ無理な話だ。人間の長い歴史が既にそれを物語っている。

極限状態に置かれた人は、理性と言う箍が外れて壊れてしまう。

死が近づけば逆に何をしてもいいと思う者が現れ、または救済の魔女を利用しようと言う者も現れるだろう。

 

 

『暴動、詐欺、窃盗、強姦、暴行、殺人がどれだけ起こるのかねぇ? もしかしたら戦争とかもありか』

 

「………」

 

『いつまで経ってもテメェらの中にはサルの血が流れてる。ハッ、滑稽なモンだぜ』

 

「……おい」

 

『あぁ? なんだよ』

 

「どうして鹿目まどかは魔女になった?」

 

 

一瞬、言葉を詰まらせるジュゥべえ。

 

 

(さてコイツは一体どうした物か)

 

 

素直に教えるのはいいが、何せ神那ニコは少し特殊だ。

変な考えを持たねばいいが。

 

 

「こうなる事は……、決まってたんじゃないのか?」

 

『………』

 

 

ジュゥべえは答える代わりに、笑い声を上げる。

勘がいいヤツは嫌いじゃない。

尤も、ニコの場合、それが恐怖の対象となる訳だが。

 

 

「―――」

 

 

膝を付いて俯くニコ。

もう、こうなってしまっては……、か。

 

 

『あん?』

 

 

その時だった。

ジュゥべえの元へ、一枚の紙が飛んできたのは。

救済の魔女が巻き起こす風が『上』の方向を向いているからだろう。

無数の水の粒に混じってその紙が、号外が巻き上がってくる。

 

 

『コイツは……?』

 

 

足で紙を押さえつけて、内容に目を通す。

するとしばしの沈黙の後、再び声を出して笑い始めた。

 

 

『こりゃあいいや。よく信じたな、アイツ等』

 

 

ニコも同じく、舞い上がってきた紙に目を通してアンニュイな笑みを浮かべた。

杏子達から逃げたニコは、展望台に行く前に、ある場所を目指した。

それは城戸真司の職場であるBOKUジャーナルだ。

そこでニコは、ある情報を編集長達に伝えた。

 

 

『お前も洒落た事をする』

 

「別に。ただ何となく、証ってヤツを残したかったのかも」

 

 

ニコはゴロンと寝転がる。

開き直ったかのように、恐怖の感情を表情からは消していた。

そして全てを諦めた様な目で空を見る。

 

 

「悪いな鹿目まどか、美国織莉子。私には何も変えられないよ」

 

 

変える勇気も、それを抱く希望も――……。

 

 

『生きろ』

 

「………」

 

 

あったのかも、しれない。けれど私には力が無い。

それをなし得たいと言う、揺ぎ無い一つの答え。『意思』をまだ持てない。

だから私は、もう――

 

 

「なあジュゥべえ。本当に"終わり"は来るのか?」

 

『……さあな』

 

 

それはもう答えだろう。

ニコは小さく笑って、大きく息を吐く。

勝てない。このゲームには。この世界には。

降参だよ、ちくしょう、くそったれ!

 

 

「でも唯一私が抗えるとすれば、それは記憶だ」

 

『だから、駆け込んだのか?』

 

「かもな。忘れてはいけなかったんだよ。生きた証を」

 

 

そして私自身が忘れたくは無かったんだ。

丁度その役目にはピッタリな立ち回りをしていたし。

 

 

『………』

 

 

ジュゥべえが見つめる紙は、新聞の様な構成をした情報誌であった。

途中で印刷した後はパソコンが救済の魔女の力によって使えなくなった為、後は手書きで情報が羅列してあった。

この短時間でビッチリと文字を埋めたその根性は評価したい所だが、肝心の内容が内容だ。

 

 

『こんな物を誰が信じる? それにこの状況だ、誰がこれを手にとって、ゆっくり目に通すんだよ』

 

「いるさ。絶対に、物好きは」

 

『だとしても、これから世界は滅びるんだぜ? 意味の無い情報だ』

 

「命が消えるだけだ。地球が滅びるわけじゃない」

 

 

何千、何億と時間が掛かろうが、新たなる生命は必ずこの地球に芽吹く。

そして進化を遂げ、いつかこの紙を見る日が来るかもしれない。

もしくは――、"繰り返される"としても。この時間軸にいる人間に知ってもらえるかもしれない。

 

 

『意味なんてあるのか? 文字通り、知るだけだ』

 

「あるさ。少なくとも私の気は済む」

 

 

人間と言うのは、時に理解できない行動にも意味を求める物だ。

自分が納得できるのなら、それは大いに意味のある行動だと割り切れる。

 

 

『そういう物かね?』

 

「そういう物だ」

 

『ふぅん』

 

 

再び誌面を見つめるジュゥべえ。

そこには、ニコが今日に至るまでに見た物と、何故世界が滅びるに至ったのかを示す情報があった。

つまり、FOOLS,GAMEに関する情報が全て記載されていたのだ。

 

ニコが知った全ての参加者。

今は存在すらしない事になっている彼らが、どうやって死に至ったのか。

そしてこれからニコは再びBOKUジャーナルに向かい、鹿目まどかの事を伝える予定であった。

高見沢には申し訳ないが、生きると言う事は諦めた。

でもその中で浮かび上がる新しい欲望を覚えたのだから、それは許して欲しい。

 

 

「どうしても伝えたいんだ。私達の愚かさ、そして弱さを」

 

 

そして、このゲームの事を。

 

 

『伝えてどうなるんだよ』

 

「どうにもならないさ。ただ、たとえ終わると分かっていても、それでも伝えたい」

 

 

いや、終わるからこそ知ってほしい。

命の価値を、今一度皆に問いたい。命を道具として扱ってきた自分達の末路。

諦めなかった少女の末路。そしてそれが齎す滅びの未来。

 

人は何故滅びる事になったのか。

それを引き起こした13人の騎士と、13人の魔法少女と言う存在を把握してもらいたい。

 

 

『だがもし、お前の言う通り人がそれを理解してくれれば、お前はどうなる?』

 

 

世界を滅ぼすに至った原因。

非難されると言うレベルじゃすまない。

それこそ魔女裁判に掛けられて火あぶりだ。

 

 

「それもいいかもな」

 

『裁かれたいってか?』

 

「まあ、それも一つの結末だろう」

 

 

罪は、確かにこの血に流れているのだから。

ニコは胸を掴み、そしてゆっくりと体を起こして辺りを見回す。

展望台から見渡す見滝原。ここだけではなく、あと十日で全ての命は潰える。

滅び。だがそれもまた受け入れてしまえば美しい。

 

 

「破壊の先には創造が常に待っていた。滅びもまた、次世代の生命を作る礎にしか過ぎない」

 

 

そしてもしも彼らがまた、愚かな歯車に巻き込まれるのなら、自分達の存在をどうにかして知ってもらいたい。

そうすれば、少しはまともな結末にもなろう。

 

 

『諦めたのか。お前は生きる事を』

 

「ああ、私は弱い。その弱さを超えられなかった」

 

 

だが、それ故に、この世界を最期まで愛したい。

償いと希望。自分の欲望の為に。

 

 

「それに、知って欲しいのはお前らにもだ」

 

『?』

 

「私達の愚かさ、そして醜さ。だがその中にもあった確かな希望と光を、どうか忘れないでほしい」

 

 

それを、その偽りの感情に刻み込めとニコは笑った。

 

 

『……ま、それがお前の望みなら。考えておくぜ』

 

「ああ、悪いな」

 

『そろそろ、お別れだ神那ニコ。オイラは消えるぜ』

 

「んあ。達者でな」

 

『お前はどうする?』

 

「しばらくはココにいる」

 

 

滅びいく世界と言うのも、それはそれで美しく、楽しい物もある。

ニコは携帯に映る幸せな世界を見てそう口にした。

希望の世界に導かれる前に、人々に彼女の背負った絶望を知ってもらうのも悪く無い筈だ。

 

 

『「チャオ」』

 

 

ニコとジュゥべえの声が重なり合い、二人は別れる。

十日もあるんだ、伝えたい事はいっぱいある。

ニコは滅びいく世界を見つめながら、アンニュイな表情で笑みを浮かべた。

 

 

人は愚かだ。

 

 

だからこそ、この結末を迎えるに至ったのか。

人が皆、鹿目まどかの様な想いを思っていたのならば、違った未来をあっただろうに。

 

だから最期くらいは彼女のように生きてみたい物だ。

神那ニコは、今日眉間に穴を開けて死んだであろう二人の友人を想いながら、いつまでも携帯の画面に映る幸せな世界を見ていた。

 

 

 

 

 

希望に満ちた、その絶望を。

 

 

 

 

 

 

【END】

 

【絶望連鎖、愚かな輪廻】

 

 

 

 

 

 

 

 

この結末が悲劇なのか、それともこれで良かったのか……。

物語はまだ序章にすぎない。答えは、もうひとつの結末が教えてくれるだろう。

 

 

 

 

 

 






次回エピローグです。
三つのエンディングの内、一つがエピローグに繋がる物になっています。残りの二つはノーマルエンドです。
どれがその一つなのかは、次回明らかになります。

今回選ばなかった他の二つのエンディングは、エピローグ更新後に確認していただくのが一番かなと思ってます。
まあそれは、自由なんですけどね。


ちなみに最後の『この結末が悲劇なのか~』は龍騎原作の台詞なので、特に深い意味はありません(´・ω・)b


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第69話 エピローグ グーロピエ 話96第

ここまで読んでいただき、ありがとうございました



※注意

お手数ですが前話の三つのエンディングを全て読んだ後にエピローグをご覧ください。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※C『戦いを止める』の続きとなっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神名(かんな)あすみ。

思えば、彼女が全ての始まりだったのかもしれない。

 

見滝原の小学校に通う6年生。

12歳の彼女は、幼い頃に親が離婚してしまい、それからは母子家庭で育つ事になる。

苦しいながらも、日々の生活を母と共に乗り越えて来た少女は、常に小さな希望を胸に抱えていたことだろう。

 

母親も言っていたんだ。

今、辛い思いをすれば、大人になった時に待っているのは幸運な事ばかりだと。

 

だが世界は彼女に優しく無かった。過労が祟り、彼女の母親は急死してしまう。

その後は母方の親戚に引き取られる事になったが、引き取り先からは邪魔者としか見られておらず、想像を絶する惨い虐待を受ける日々を過ごす事になった。

肉体的にも精神的にもボロボロになった彼女ではあったが、まだ彼女の心の中にある小さな希望は消えていなかった。

 

 

やがて心身共に傷ついたあすみは、その最後の希望である実の父親に助けを求めて、彼の元へ赴く。

だが既に実父は新たな家庭を築き上げ、幸せな生活を送っていた。

ガラス越しに見る笑っている父の姿。どこの誰とも知らぬ女。そして二人の子供である兄妹の馬鹿みたいな笑い声。

そんな姿を見たあすみは、自身との落差に絶望してしまった。

自分が殴られている間、自分が人間としての尊厳を踏みにじられている間、あいつ等は幸せに笑っていたのだろうと。

 

そして深い絶望と悲しみの向こうにあるのは、凄まじい程の怒りだった。

自身の苦しみも理解できず、幸福な日々を悠々と過ごしている父や周囲の人間達。

ましてやこうしている間にも色々な人間が幸福を覚えている。

かつて無い憎悪が彼女を包み、そしてそこへ――、キュゥべえがやってくる。

 

 

『キミの願いを言ってごらん』

 

 

だから彼女はこう願う。

 

 

「私が知ってる人間と、その周囲の奴らを不幸にしてッッ!!」

 

 

自分の知る周囲の人間の不幸。それがあすみが祈った希望であった。

そして彼女は魔法少女として誕生し、武器のモーニングスターと固有魔法の『精神汚染』を駆使して、魔女と気に入らない者を潰していった。

あすみはその標的に暁美ほむらを選び、彼女を否定する役割を与えられ、戦いを挑む事になる。

 

 

『暁美ほむらを追い詰めたあすみだけど、彼女には無いものをほむらは持っていた』

 

 

それこそが仲間と言うものだ。

鹿目まどかを初めとした魔法少女達は、ほむらを助け、あすみを倒す。

最後まで自らに無いものを突きつけられたあすみは絶望。花嫁の魔女、エントベーァリヒェ・ブラウトとして覚醒を果たした。

不要な花嫁と言う意味の名前だ。その性質は鬱屈。こうして彼女の存在は死を迎え、魔女の命もまた、ほむら達に倒される事で消え失せる筈であった。

 

 

『通常なら、の、話だけどね』

 

 

その時、奇跡が起こった。

天文学的な確立ではあったが、魔女に成る前にあすみの前に灰色のオーロラが現れたのだ。

そしてあすみは、あすみと言う存在は、真実を示す世界へと導かれる事になった。

そして彼女は文字通り、『真実』を知る事になった。

自分の存在が、何者だったのかを。

 

 

『世界は一つではなく、無数の平行世界と言うものが存在しあっている』

 

 

パラレルワールドと言う言葉を聞いた事は無いだろうか。

多くの人間はその存在を信じないだろうが、それは確かに存在している物であると言うのを、この場において約束しよう。

あすみはその世界と世界の壁を超え、自分が観測されている世界へとたどり着き、己の存在の本当の意味を知る事になった。

 

 

『彼女は、フェイクによって塗り固められた虚構の存在だ』

 

 

存在に真実など欠片とて存在しない、ただの創作物。

今まで説明した事も全てはただの嘘なんだ。名も知らぬ誰かを騙すために作られた冗談だったのさ。

要するに神名あすみとは、嘘の為に生まれた偽りのキャラクター。

彼女の本当の役割は、他者を騙すための道具だったと言うわけだ。

 

もちろんあすみの経歴や、願い、暁美ほむらと出会ったと言うのもただの嘘。

誰かが誰かを騙すために生まれた『設定』の一つでしかない。

ただ唯一、彼女自身にとっては本当だったのだけど。

 

 

『自らが偽りの存在であると知った彼女は、絶望を超える絶望を覚えた』

 

 

自らが感じた苦しみ、悲しみ、喜び、苦痛、殺意、全てが偽りだった。

嘘の為に生まれ、嘘が終われば存在価値の無くなる儚い使い捨て。

あすみは深く悲しみ、傷つき、そして絶望を超える負の感情を覚えた。

 

どうせそれも嘘?

いや、彼女にとっては真実さ。

そしてあすみは文字通り全てを知った上で、今度こそ嘘ではない、この鹿目まどか達がちゃんと存在している世界に降り立った。

尤も、既にあすみは魔女を超える存在になっていたのだけれどね。

 

 

『それは概念。彼女は自らに絶望して魔女になったけれど、それは普通の魔女じゃない』

 

 

あすみが魔女になると、花嫁の魔女になると設定されていた、そう言う"嘘"になっていた。

しかし彼女は、その魔女が嘘だと知っている。偽りだと知っていた。

全てを知っているあすみは、その凄まじい絶望の力と共鳴し合い、文字通り『神』の力を手に入れることになる。

 

 

『こうして生まれたのが、この世界のあり方すら変えてしまう事ができる史上最強にして最大の魔女だった』

 

 

忘却の魔女『Itzli(イツトリ)』。

その性質は復讐。元は銀河の先よりやって来た魔法少女だったと言われる魔女。

この宇宙から全ての魔法少女たちを忘れ去るために今、姿を現す。

 

それが彼女が背負った力であり、新たに覚醒したあすみだけの姿だった。

全てを知ったが故、モチーフとする姿は『脳』だ。透明な膜に包まれた髪飾りをつけた脳みそ、そしてそこから複数の触手が生えている姿こそが、あすみの全て。

 

 

『自らが嘘で作られた存在と知った彼女は、忘却の力を手に入れ、その概念を振るう』

 

 

それは文字通り忘却。

全てを『忘れる』事ができ、同じくしてそのルールを世界に適応させる事を許された。

要するに、イツトリは世界のルールを決める事が許される、神その物へと昇華した訳だ。

 

 

『そしてまずはその一環として使い魔であるワルプルギスを生み出した』

 

 

ワルプルギスの夜。

その正体はイツトリの使い魔である。

 

 

『凄いの一言だね。まさか魔女を使い魔として存在させるなんて』

 

 

イツトリは魔法少女を忘れるため、全ての魔法少女を魔女として認識する為のルールを作った。

魔法少女が死ねば、その力はワルプルギスの夜に吸収される。

魔女の集合体として認識されるワルプルギス。つまり魔法少女が死ねば、魔女の一部として永遠に残り続ける。

 

魔法少女と言う存在での終わりは無い。

死ねば全て魔女(ワルプルギス)として存在し続けるシステム。

それこそがワルプルギスの夜の役目。

 

ワルプルギスは生まれた時は、巨大な歯車でしかなかった。

ソレが多くの魔法少女を吸収し、あの魔女としての姿を手に入れた。

いわば女の部分はハリボテのようなものであり、本体は下半身にある歯車と言うこと。

 

 

『尤も、それでイツトリが魔法少女を忘れる事ができたのかと言われれば、微妙だけれど』

 

 

そしてイツトリもまた、自らの力を操りきれていなかったんだろうね。

彼女は自らの存在さえも忘れてしまい、巨大な魔女結界の中に閉じこもったまま、思考が止まってしまい、活動を停止した。

こうしてイツトリが自分を忘れ、ワルプルギスと言うルールを生み出したまま、世界では多くの時間が流れた。

そしてその中で魔法少女の歴史も進み、一人の魔法少女が生まれた。

 

 

『それが、暁美ほむらだ』

 

 

彼女は何度となく時間を繰り返し、鹿目まどかを救う為にその身を犠牲にしてきた。

そしてその果てに、鹿目まどかは暁美ほむらの苦しみを知り、一つの願いをボクに申し出た。

 

 

「全ての魔女を生まれる前に消し去りたい。全ての宇宙、過去と未来の全ての魔女を……この手で」

 

 

あれにはボクも怯んだよ。

なにせその願いは、因果律その物に対する反逆だ。

彼女もまた、文字通り神になろうと言うのだから。

 

 

「神様でも何でもいい!」

 

 

尤も、多くの因果を束ねた鹿目まどからしいと言えばそうだけどね。

 

 

「今日まで魔女と戦ってきた皆を、希望を信じた魔法少女を、わたしは泣かせたくない!」

 

 

ゲーム内でも多くの魔法少女が鹿目まどかを『強い』と称したけれど、ボクも彼女は見た目や印象より、内に秘めている想いは大きかったと思うね。

それを強さと呼ぶのも、納得のいく話なのかもしれない。

 

 

「最後まで笑顔でいてほしい」

 

 

自己犠牲を恐れぬ心は、無知とは違う。

 

 

「それを邪魔するルールなんて壊してみせる、変えてみせる!」

 

 

確固たる覚悟が、彼女にはあった。

 

 

「これがわたしの祈り、わたしの願い!」

 

 

だからボクもまた、その想いに呼応したのかもしれない。

 

 

「さあ! 叶えてよ。インキュベーター!!」

 

『こうして、ボクは鹿目まどかを神へと変えた訳さ』

 

 

まどかが齎した新しい法則に基づいて、宇宙は再編される。

その代償に、鹿目まどかの人生は、存在は始まりも終わりも無くなった。

世界には生きた証も、その記憶も、もう何処にも残されはしない。

鹿目まどかという存在は一つ上の領域にシフトし、『概念』に成り果てる。

誰もまどかを認識できないし、まどかもまた、誰にも干渉できはしない。

鹿目まどかはその瞬間、宇宙の一員ではなくなったのさ。

 

 

『その場にいた暁美ほむらを除いてね』

 

 

まあ、ほむらも時空に関する力を手に入れていたし。まどかと深く関わった因果がある。

それもあっての事だろうね。いやしかし、ボクでさえ鹿目まどかの存在は頭から抜け落ちていたよ。

それだけ彼女の概念が強力だったと言う事かな。

 

 

『まあ後は、彼女との関わりが深かった者達の記憶には微妙に残り続けていたのかな』

 

 

例えば彼女の弟である鹿目タツヤが書いた絵は、まどかの姿そのものだったよ。

母親である鹿目詢子もリボンと言うアイテムにまどかを重ねていた部分もあった。

それもあってだろうね。気づけば魔法少女達の間では『(まどか)』をモチーフにしたのか、円環(えんかん)(ことわり)と言う新ルールが浸透していた。

魔法少女が魔女になる前に救済されるシステム。鹿目まどかが作り上げた希望に満ちたルールさ。

 

 

『こんな言い伝えが、新たなる世界では語られていた』

 

 

昔々、未来の向こう。

女の子達は、星から来た動物と取引しました。

何でも一つだけ願い事を叶えてもらう代わりに、魔法の力を与えられ、恐ろしい怪物達と戦うのです。

 

あらゆる世界の女の子が願い事を叶えてもらい、数え切れない女の子が怪物達と戦い、やがて誰もが力尽きていきました。

 

魔法を持った女の子達には、秘密の噂話が流れております。

この世から消えてしまうその時には、魔法の神様がお越しになられて、全ての魔法の女の子達が素敵なお国へ導かれるのです。

悲しむ事も、憎しむ事も無い、素敵なお国へ導かれるのです。

 

 

『――と、ね』

 

 

そして暁美ほむらもこんな事を語っていた。

 

希望を願い、呪いを受け止め、戦い続ける者達がいる。

それが魔法少女。奇跡を掴んだ代償として戦いの運命を課せられた魂。

その末路は消滅による救済。この世界から消え去ることで、絶望の因果から解脱する。

いつか訪れる終末の日。円環の理の導きを待ちながら私たちは戦い続ける。

悲しみと憎しみばかりを繰り返すこの救いようのない世界で、あの懐かしい笑顔と再び巡り会うときを夢見て。

 

 

『まあ、彼女の願いは歪な形で叶えられたのだけど、そこは今は置いておこうか』

 

 

君も気づいただろう?

そうさ、彼女達は戦いの運命からまだ抜け出せてなかったんだ。

鹿目まどかは、おそらく魔女を否定すると共に、戦いの輪廻も消滅する事を望んだ筈だ。

だがその願いは叶わなかった。

 

 

『気の毒だと思うよ。本当に』

 

 

魔女が生まれなくなった世界でも、人の世の呪いが消え失せる事は無かった。

世界の歪みは形を変えて。それが例え新たなる世界であったとしても、闇の底から人々を狙っていたのさ。

 

 

『それが魔獣(まじゅう)。魔女に代わる新たなる存在だよ』

 

 

鹿目まどかも、流石にそこまでは予想していなかっただろうね。

皆を救済するために選んだ選択が、新たなる化け物を生み出す事になったなんてさ。

魔獣は人間の負の感情から生まれ、彼ら曰く、世界のバランスを戻すためグリーフシードを集めているらしい。

 

"マホウ"の元となる感情を吸い上げ、体内でグリーフシード化させる。

吸われた人間は廃人になるとか何とか。いずれにせよろくな事にならないようだ。

 

 

『では何故、魔獣が生まれたのか、君には分かるかい?』

 

 

鹿目まどかの概念は確かに強力な物だった。

全ての魔女を消し去る力を。願いを行使した彼女は凄まじいよ。

でもね、一体だけ。消せなかった魔女がいたんだ。

 

 

『なにせ、彼女は自分が魔女であった事を忘れていたんだからね』

 

 

そうだよ、分かっただろう?

 

 

『忘却の魔女イツトリ。鹿目まどかと同じ概念さ』

 

 

イツトリはまどかの力に共鳴して目を覚ました。

思い出したんだよ、忘れていた自身の目的をね。

世界に二つ概念は存在できない。世界のルールはただ一つさ。

だからイツトリはまどかが作ったルールを矯正しなければならない。

バランスを保つ魔獣とは、イツトリによって生み出された使者なのさ。

 

 

『本来、魔女に殺される筈だった人を狙う殺人機構』

 

 

そしてそれに対抗するべく、ボクは新世界で魔法少女を生み出した。

 

 

『結局、似たような状態になってしまった訳さ』

 

 

そして戦いが続く中で、魔獣はより強力に進化していった。

まあそれだけ人が放つ負のエネルギーが強かったんだろうね。

人間は感情を持つが故に、毎日誰かが誰かを恨む不のサイクルが生まれてしまう。

君たちだって誰かを恨んだ事くらいあるだろう? それだけじゃない、嫉妬や劣等感、傲慢なども魔獣にはいいエネルギーになるからね。

 

 

『そして魔獣はついに、人間と同じく"知恵"を手に入れた』

 

 

知識の獲得。

言葉を持ち、知恵を持った彼らは、人間と同じく上下関係を決めて、より大きな力を付けていく。

そしてその中で、丁度また重なってしまったのさ。

 

 

『神名あすみは灰色のオーロラによって世界を越えたと説明しただろう?』

 

 

じゃあその灰色のオーロラとは一体なんなのか? 答えがココに繋がる訳だよ。

 

 

『ディケイド』

 

 

世界の破壊者と呼ばれるその存在は、同じ属性を持った世界を引き寄せて破壊していった。

そしてその過程の中で、一つの世界が例外なく破壊される。

 

 

『それが、城戸真司達がいた世界なんだよ』

 

 

龍騎の世界。とでも言えばいいか。

もちろんこれはあくまでも彼を例に出したからであって、ナイトの世界でも良いし、シザースの世界と呼んでもいい。

あくまでも例として認識してくれ。

分かりやすく言えば、騎士の世界だ。

 

とにかく――。

ディケイドと呼ばれる存在が世界を破壊していく中で、世界の破片が飛び散り、それがオーロラとなって各世界にランダムで発生した。

それは世界を繋ぐワープトンネルとなり、神名あすみの前に現れた訳さ。

 

 

『こう言う例は稀だけど、前例が無い訳じゃない』

 

 

バミューダトライアングルに消えた船や、飛行機の噂を聞いた事は無いかな?

それらをはじめとして、各世界で確認される行方不明事件の中には、ほんの一握りではあるけど無意識に他世界を移動したと言うのが真相のケースもあるんだ。

世界の間では流れる時間はそれぞれ大きく異なっていると言うのも、今回の事態を引き起こした原因の一つなのかもしれないね。

 

 

『こうして粉々になった龍騎の世界だけど、面白い事が起こった』

 

 

人間は怪我をした時、軽い物なら自分で治す機能があるよね?

血小板で止血をしたり、体内に入ったウイルスを殺す免疫機能があったり。

粉々になった龍騎の世界も、自らの意思で自己修復を始めた。

世界の意思。でもそれは、決して賢いものとは言えなかったんだ。

 

 

『龍騎の世界が赤色としようか』

 

 

もしくは水だ。

ぶちまけられたそれは修復の際、似た物に触れてしまった。

油に触れればそれは起きなかったかもしれない。黒色に当たれば――、違うと分かったのかも。

でもね、似たような液体。そして似たような色。

オレンジかな? ピンクかな? 朱色かな? まあとにかく――

 

 

『龍騎の世界は修復する際に、近くにあったボク達の世界に触れて、融合したんだよ』

 

 

二つの世界には似ている点があった。メタ的な話をしようか?

魔法少女と言うのは一般的に言えば幼い少女が憧れる対象さ。

しかしその現実は非情に厳しい物であると言うギャップ。

まあボクが言うのもなんだけどね。

 

そして龍騎もまた同じだ。

彼らが変身する騎士は、男の子の憧れであったらしい。

でもね、彼らもまた現実は非情に厳しい物だったんだよ。

落差が生み出すエネルギーは同質の物だった。故に、二つの世界は拒絶が少なく、交じり合った。

 

 

『そう。騎士とは、本来ボク達も全く把握していなかった究極のイレギュラーだったのさ』

 

 

神崎(かんざき)士郎(しろう)

ミラーワールドと言う空間にて、13のデッキを持った騎士を殺し合わせて、そして最後の勝者を決めるバトルロワイアルを開催した男だ。

彼は真っ先に世界の異変に気づいた。自らの世界に異物が混入している事にね。

正確には彼らがボクらの世界に混じったから、向こうが異物だったんだけど。

同じくして魔獣のリーダーもまた、彼らの存在に気づいた。

 

 

『"ギア"。それが今現在、魔獣の頂点に立つ者の名前さ』

 

 

ちなみに、ボクらインキュベーターも神崎の存在には気づいたからね。

その結果、ボク達は会合を果たす事になった。

神崎、ギア、ボク。話し合いは順調に行われたよ。

互いの情報交換にて、神崎が他世界の人間である事も分かった。

そして同時に、龍騎の世界がまもなくボクらの世界と分離しようとしている事も。

拒絶反応が世界間で起きたんだろうね。あくまでも似ていると言うだけで別々の世界、一つにはなれない。

そしてそれを聞いたギアが、こんな事を言い出したんだ。

 

 

『取引をしないか、とね』

 

 

それはボクと神崎。二つの存在に向けられた言葉だった。

 

 

『神崎の目的は妹を救うことだ』

 

 

詳しい説明は省略させてもらうけど、彼は妹である神崎(かんざき)優衣(ゆい)に命を与えるためにバトルロワイアルを開催した。

勝ち残った者にはどんな願いをも叶えると言う嘘を振りまき、ミラーモンスターを使って命を一つに纏めようとする。

 

そして最後にオーディンと言う、神崎が用意した桁外れのスペックを持った騎士をぶつけ、オーディンが最後の一人を殺す事で、その集めた命を奪って優衣に与えようとしていた。

つまり初めから決まっていたこと。君たちがよく使う言葉でいうなら『やらせ』や『出来レース』だね。

 

だが中々それはうまく事が運ばず、彼はほむらと同じく、何度も時間を巻き戻すことで野望を達成しようとしていた。

ギアはまず、その点に目をつけたんだ。

 

 

『ギアは神崎の妹を救う事を条件に、龍騎の世界に存在している力を自分達に渡す様に言った』

 

 

魔獣が目をつけたのは騎士の力の源であるミラーモンスターだ。

あの力があれば、もはや自分達に怖いものは無くなると考えたんだろうね。

でもその時点では魔獣は優衣を救う手段を持ち合わせていなかった。

だからボク達にも取引を持ちかけたんだ。

 

 

『宇宙延命に必要なエネルギーを効率よく、しかも良質な物を定期的に提供すると』

 

 

そしてボク達は一つの結論を見出した。

 

 

『ギアの話に乗ってみようとね』

 

 

彼の行おうとしているプランを聞いて少し興味が湧いたし、優衣に命を与える事はボクらには容易にできる事だったからね。

まあ対価なしに願いを叶えるのはタブーなんだけど、神崎はボクらの世界の存在ではないし、彼の強い想いを寄り代にすれば簡単だったよ。

もともと魔法少女の中にも、誰々を生き返らせて欲しいとか、消して欲しいとかの願いは多かったからね。

 

 

『そんな訳で、神崎優衣に命を与えると言う目的は達成された訳さ』

 

 

神崎もまもなく離れる世界なんてどうなっても良かったんだろうね。

ギアを疑う事なく、望む力を惜しげもなく与えていったよ。

それに騎士が自分に歯向かう存在だという事も理解していたんだろうね。

神崎は邪魔者を消す意味でも、了解する価値は大いにあったと判断したんだろう。

 

 

『こうしてミラーモンスターのデータ。およびデッキ所持者と、その関係者をまるままコッチの世界へ移したんだ』

 

 

カット&ペーストと言えば分かりやすいかな? パソコンの作業と一緒さ。

フォルダの中のデータを、別のフォルダに移す。

そしてギアは神崎から授かったミラーモンスターの力を、他の幹部に分け与え、魔獣の力を拡大させた。

 

そして別れる世界。

龍騎の世界と分離されたボク達の世界。

こうなればギアに恐れるものは無い。彼はその後、幹部たちと共に、イツトリの力を携えて本格的に活動を開始した。

 

 

『概念は一つでいいと、ね』

 

 

魔獣は鹿目まどかの排除を決行した。

そもそもイツトリとまどかでは、最初からまどかの方が劣勢だった。

同じ概念(かみ)と言う存在の両者だけど、まどかの概念はイツトリを越える事はできなかった。

先程の通り、それはつまりイツトリの概念を消滅させる事ができなかったと言う訳さ。

 

 

『イツトリは、円環の理と言う壁がある事を忘れた』

 

 

忘れた物は、無いのと同じさ。

こうして魔獣達は円環の理に簡単に侵入して、まどかと、彼女によって導かれた魔法少女との戦いを開始した。

 

 

『まどかの概念下であれば、対魔女において魔法少女達は負ける事はなかったろう』

 

 

しかし魔獣は、当然魔女ではない。

イツトリもまた自身が魔女である事を忘れ、『神』として自身を認識している。

一方でイツトリの概念はまどかとは対になる。つまり魔法少女キラーと言ってもいい。

その恩恵を受けた魔獣たちも、当然それだけ力が上がる。

 

 

『そしてもう一つ、決定的な要因がある』

 

 

先程も言ったとおり、魔獣はミラーモンスターの力を手に入れていた。

それが彼らが元々持っていたエネルギーと交じり合い、スペックを何倍にも跳ね上げた。

なおかつ未知数の力でまどか達を翻弄していく。

もしもミラーモンスターの力が無ければ、まどか達にも希望はあったのだろうけど……。

いや、やはり無理か。イツトリが魔法少女の力を忘れてしまうからね。

どうにも相性が悪い。

 

 

『こうして鹿目まどかは敗北し。円環の理や、彼女が作り上げた概念その物も、粉々に破壊された訳さ』

 

 

そしてそもそも、こうなってしまったのには別の理由がある。

 

 

『暁美ほむら』

 

 

彼女がマズかった。

何故なら円環の理は、そもそも魔獣が攻め込む前に崩壊していたのだから。

 

 

『悪魔に魂を売り渡していた彼女は、事前に鹿目まどかの力を分断させていた』

 

 

愛がどうのこうのと。

ボクには理解できない話だったけど。ほむらは強い想いを経て、悪魔と言う存在へ進化を遂げた。

どんな想いがあったのかは知らないけれど。力の半分を失った概念が、イツトリを封じれると思うかい?

 

 

『無理だよね、普通に考えて』

 

 

まあ、ほむらもまさか魔獣がそんな力を付けているとは知らなかったから。

仕方ないと言えばそうなんだけど。ギア達だって自分達の存在を魔法少女の前には見せなかったし、確実にまどかを殺すまでは力を蓄え続けていたからね。

 

 

『そして鹿目まどかを倒した彼らは、暁美ほむらをも屈服させた』

 

 

彼女はまどかよりも意外と食い下がったけど。

日々増えていく人間が放つ負の感情と絶望が、魔獣をより強力にさせていく。

ましてや戦力の数も大きく違っていたからね。

結局、彼女を中心にするように、この世界に存在する魔法少女達は例外なく魔獣に敗北したよ。

 

こうして鹿目まどかと、暁美ほむらが作り出した概念は消え去った。

だったら残るのはイツトリの概念のみ。

ただイツトリは肝心な所で忘却の力が働き、自らも全てを忘れてしまう。

 

でもその問題は、使徒である魔獣たちがカバーしたのさ。

彼らはイツトリに『あるべき』世界を教えてあげた。

そしてギアを中心とした魔獣達は、神崎から与えられた『材料』と、自身たちが手に入れた材料を使って一つの世界を構築する。

 

 

『それこそが、フールズゲームと言う訳なんだよ』

 

 

そう、このゲームの真の黒幕にして主催者は、魔獣ギアを中心とした進化を遂げた魔獣達なんだ。

その集団。名はバッドエンドギア。彼らはボク達に約束したエネルギー収集機構と、自分達の娯楽を混ぜ合わせた概念形態。FOOLS,GAMEを完成させたのさ。

 

 

『イツトリの力は凄まじかったよ。ボクらの予想を遥かに超えていた』

 

 

あれはまさに神と呼ぶに相応しいね。

魔法少女さえ絡んでいれば、どんな事だってできるんだから。

それに『忘却』と言う力も面白い、忘れるためには知らなければならないと、イツトリは全ての魔法少女のデータを収集しはじめたんだ。

 

それを解析し、魔獣達はまどかを中心として12人の魔法少女をランダムに選んだ。

そしてそこへ騎士を放り込んで、魔法少女達を中心とした世界を構築しなおした。

文字通り、一からね。

 

 

『凄いと言わざるを得ないよ。魔獣達は世界を自分達のゲーム盤にしたんだから』

 

 

そして見滝原と言う箱庭を作り、そこでFOOLS,GAMEと言う遊びを開始したのさ。

神崎が行ったサバイバルゲームを参考にし、参加者同士で殺し合いをさせる。

ボクもそれは盲点だったよ。彼女達は友人同士で殺しあう事に深い絶望を示し、参戦派達も大きな闇を抱える事でより良質な絶望を生み出す。

 

ギアが示してくれた通り。ゲームの中では大量のエネルギーが次々に生まれていった。

ワルプルギスを使う事で、必ず一定期間にゲームは終わるしね。

 

 

『そしてゲームが終わればイツトリの力で結果を、参加者の死を忘れるんだ』

 

 

それはリセット。

神崎のやり方と、暁美ほむらの行動を参考にしたものだ。

駒を並べなおして再びゲームを開始する。

こうする事で、まどか達で無限に遊ぶことができるのだと。

 

 

『そうさ、参加者達は何度と無くゲームを繰り返してきた』

 

 

暁美ほむらがやってきた事と同じなんだよ、何もかも。

ゲームがどんな終わり方をしても、イツトリの力で箱庭の中はまっさらな状態になる。

そしてまた、殺し合いのゲームを行うわけだ。

尤も、それを参加者が自覚する事は無いだろうけどね。

 

 

『何度繰り返したんだろうね? もう数えるのは止めたから、ボクらも把握できていないよ』

 

 

何千? 何億? いやもしかしたら、何百もいっていないのかも。50回くらいかもしれないね。

だがとにかく、ゲームは何度と無く繰り返されてきた。

今回もまた、それは例外では無いだろう。

絶望の魔女なんて関係ない。どうせまた戻し、繰り返される運命さ。

 

 

『でも時間は繰り返されるけど、箱庭の外にいるボク達は忘れてはいないからね』

 

 

エネルギーも当然それだけ蓄積、回収されるし。ボク達にとってはありがたいシステムだよ。

そして魔獣も面白いね。彼らは人間でいう三大欲求の作りがまるで違っている。

人は食欲、性欲、睡眠欲が主とされているけど、魔獣はそうじゃない。

彼らにとって快楽や娯楽は全て人の負を感じる事であり、FOOLS,GAMEはまさに持って来いの遊びなんだよ。

 

彼らはこのゲームに飽きる気配をまるで見せない。

まあ当然かな。人間で言うなら性行為で得られる快楽の100倍を想像してもらうと分かりやすいかもしれない。

多少語弊はあるし、性行為の快楽と同質にはできないかもしれないけど、近いものはある筈だ。

とにかく魔獣にとっても、このゲームシステムは非常に理に叶っている訳で。

それだけの中毒性もあるんだろう。

魔獣達は毎回毎回誰が優勝するのかをベットしたり。集めた負のエネルギーを餌に賭け事を行っているくらいだからね。

 

 

『もはや彼らはイツトリの命令を無視して、毎回毎回殺し合いのゲームに夢中さ』

 

 

ああそうだ。

面白いといえば、繰り返されるゲームの中で途中参戦した『かずみ』だろうね。

彼女は元々ミチルと言う――、まあとにかく、秋山蓮とは何の関係も無い少女だった。

けれどイツトリの再構成によって、まさか娘になっていたとは驚きだよ。

 

元は神那ニコや浅海サキ達と同じ時間を生きていた筈なのに。

まさか未来を生きる存在になってしまうとは。そして魔獣が趣向を変えて参加者を変更したというルートの未来からタイムスリップしてここまでやって来たんだから。

 

分かりやすく言えば、本来かずみは存在を許されない状態にあった。

だってゲームが終われば、何らかの形であれ、絶対に時間が巻き戻されてしまうのだから。

でもその中で、一つの可能性があった。

 

それは魔獣達が真司たちが死んだ後の世界を観察し、そして未来において、新たにゲームを行うというものだ。

そしてそれは『一度』だけ行われる事になり、その可能性から、かずみは来た。

 

 

『プレイアデス聖団と言う、ゲームに対抗するチームまで作ってね』

 

 

そして送り込まれたかずみと、聖団のリーダーである『鈴音』と言う魔法少女。

でも結局、イツトリの存在に気づいていない時点で終わりだよね。

抵抗むなしく、イツトリの概念の前に敗れ去ったよ。

でも面白がった魔獣は、蓮の娘であるかずみを新たにゲーム盤に加えて、リュウガのデッキを追加する事で、13の騎士と13の魔法少女と言う形態を完成させたんだ。

 

 

『かずみも忘却の魔法で、鈴音と来た事は忘れたしね』

 

 

それに加え、箱庭の中の未来を続けるという試みは結局一度しか行われなかった。

鈴音達も結局は『訪れない未来』と言う箱庭の中に放り込まれた哀れな存在さ。

でも思えば、感情の無いボクですら哀れみを抱くというのは本当に興味深い話だ。

それに再構成があったからこそ――

 

 

『ジュゥべえにも再び会えたしね』

 

『オイラも先輩にお会いできて本当に光栄だぜぇ』

 

 

まあ初代のオイラとはシステムそのものが違うがな。

オイラは本来、ニコと海香っつうヤツに生み出された、先輩を否定する装置だったからな。

とは言え、今はその奇異性が認められて擬似的感情を持ったインキュベーターとして生まれ変わった訳よ。

 

 

『オイラもさぁ、参加者の奴らは本当に可哀想とは思ってる訳よ』

 

 

何度も何度も殺し合い殺し合い。

永遠の拷問を繰り返すのは辛いよな?

でもほら、やっぱインキュベーターとしてエネルギー収集は大事だろう?

だから心を鬼にして運営のサポートしてるって訳よ。

 

 

『あと、なんつーかアイツ等……、なぁ?』

 

『………』

 

『お、噂をすればお呼び出しだ』

 

 

丁度いい。

視聴覚を共有させてやるよ。

これでお前にも、オイラ達と同じ景色が見えて、同じ音が聞こえるからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご苦労だったね。キュゥべえ、ジュゥべえ」

 

『………』

 

『おう』

 

 

鈍い光が照らす大ホールに姿を見せる、キュゥべえとジュゥべえ。

そこには幾重にも重なり合う拍手が鳴り響いていた。

キュゥべえ達は、壁側の地味な位置に、いかにも適当に置いてある二つの台座の上に降り立つ。

 

 

その隣では、壁にもたれかかっている少年少女が一人ずつ。

紫髪の少年は気ダルそうにメガネを整えながら二匹に労いの言葉を掛ける。

一方隣の藍色の髪の少女は、俯いて目を閉じている為、全くの無反応だった。

 

 

『おい、鹿目の家族殺したのって――』

 

「別に、今更どうでもいい事だろう。そんなの」

 

『………』

 

 

そう静かに呟くのは下宮(しもみや)鮫一(こういち)であった。

中沢と共に、上条の友人であった下宮は、芝浦が仕掛けた学校侵食の際に死亡したと思われていた。

しかし彼はあくまでも行方不明。オーディンによって直接殺された中沢はともかく、下宮が死ぬ瞬間を見たものは誰もいない。

気がつけばいなくなっていたと言うだけの話だ。

そして彼は一つ、重大なミスを事前に犯していた。それは魔女空間となった学校で放った第一声。

 

 

『くッ! 寄るな魔女め!!』

 

 

迫る魔女や使い魔を威嚇する言葉ではあるが、それはおかしい。

言葉自体は何も間違っていないが、あの時点では芝浦は魔女の事を化け物としか言っていないし、魔女達も『女』と分かるフォルムをしている物はいなかった。

ならば何故、下宮は迫る化け物を魔女と発言したのだろう? その答えがコレである。

下宮は、魔女と言う存在を既に認識していたのだ。

 

それはつまり、彼が魔獣の一員だからだ。

隣にいる上臈(じょうろう)小巻(こまき)と言う少女もまた、見た目は普通の人間に見えるが、その正体はこのゲームにおける黒幕が一員であった。

 

 

『しかしまあ――』

 

 

ジュゥべえは辺りを見回してつくづく思う。

ホールは大きな段差がいくつかあり、それぞれ階層の位置で魔獣の位を示している。

ホールの前方には、いくつもの巨大なモニターが存在しており、それぞれ見滝原の街を映すゲームの中継カメラとなっていた。

 

最下層でその殺し合いを見て楽しんでいたのは、見るからに化け物と言う容姿の魔獣達だ。

白いマネキンの様な人型の者達で、一見すれば神聖さが感じられるものの、その正体は知恵を身につけ殺人ゲームに快楽を見出す魔獣達そのものである。

ゲームにて発生した負のエネルギーを賭け事のコインとして使い、誰が勝ち残るのかを選んで遊んでいるのだ。

煌びやかなドレスに身を包み、瘴気のワインを片手にワイワイ盛り上がっていた。

 

 

そして中層。

見るからに豪華な椅子に座っているのは、下宮達同じく、一見すれば人間に見える容姿の連中だった。

中にはどちらかと言うと化け物寄りの姿を持った物もいるが、下層の連中よりは人に近い姿を保っている。

 

彼らこそ、ゲーム運営に深く関わっている魔獣幹部・バッドエンドギアの一員である。

まどか達を倒し、時にゲームの運行をスムーズに行う為、箱庭に赴く事もある。

彼らの中にも上下関係はある程度存在しているらしく、最も下の位置にいる下宮と小巻はこうして座る事も許されずに、壁際に立たされている訳だ。

 

そして最上層。

モニターを見下さんとばかりに、椅子にどっかりと座っている者こそ、魔獣の頂点に立つギアである。

文字通り歯車をイメージした装飾が体に施されており、頭にも巨大な歯車の王冠が見えた。

少なくとも中層の幹部の様な人間寄りの体ではなく、完全に機械の様にも思える。

黒いマントで体を覆い、手すりに肘を置いて手の甲に頬を置いている辺り、圧倒的な余裕が伺えた。

 

 

『なんとも趣味の悪い連中だぜ』

 

 

それがジュゥべえの率直な感想。

自分達は安全な場所で殺し合いを堪能した後、集まった負のエネルギーを分かち合い、快楽に身を震わせる。

そして再び殺し合いを観戦する。

そのループに退屈を感じず、一繋ぎにしてみれば、一体どれだけの時間を費やしたのか。

尤も、その輪廻はこれからも続いていくのだろう。

そしてモニターには、今回のゲーム結果が画面いっぱいに表示される。

 

 

そう、脱落者達の名が。

 

 

 

 

 

 

 

 

【リザルト・脱落者】

 

 

 

【秋山かずみ・死亡】

 

【秋山蓮・死亡】

 

【暁美ほむら・死亡】

 

【浅倉威・死亡】

 

【浅海サキ・死亡】

 

【鹿目まどか・リタイア(魔女)】

 

【上条恭介・死亡】

 

【神那ニコ・リタイア(ルール)】

 

【北岡秀一・死亡】

 

【城戸真司・死亡】

 

【霧島美穂・死亡】

 

【呉キリカ・死亡】

 

【佐倉杏子・死亡】

 

【佐野満・死亡】

 

【芝浦淳・死亡】

 

【須藤雅史・死亡】

 

【双樹あやせ(ルカ)・死亡】

 

【高見沢逸郎・死亡】

 

【千歳ゆま・死亡】

 

【手塚海之・死亡】

 

【東條悟・死亡】

 

【巴マミ・死亡】

 

【美樹さやか・死亡】

 

【美国織莉子・死亡】

 

【ユウリ・死亡】

 

 

 

 

「以上が、今回のゲームの結末でございます!!」

 

 

騎士は13人全員死亡。そして魔法少女は2名を残し、あとは死亡。

その2名もまた、リタイアと言う形に終わった。

これより世界は滅びの道を迎える事となるのが、箱庭のストーリー。

 

 

「ああ……、なんとも悲劇的な結末ではありませんか!」

 

 

人の愚かさ故の結末。人の弱さ故の結末。

誰もが争いあう事を止めぬ。誰もが傷つけ合う事を正当化してしまう。

人間がつくづく御しがたい生き物であると言う事を知らされる一幕ではありませんか。

 

 

「惨めで醜い人の結末を具現しているようです!」

 

 

ウェーブが掛かった金髪と、桃髪が交じり合ったツーサイドアップの少女が、マイクを持ってモニターの前に立ってゲームの終了を宣言する。

巻き起こる拍手。そして嘲笑。結果に応じて、ベットした負のエネルギーを処理していく。

 

誰が生き残るのか、それとも全滅か。

様々な予想が交差し、今回の結果に、それぞれはそれぞれの表情を浮かべていた。

予想が当たり、大笑いする者。生き残ると賭けていた参加者が死んで罵倒を浴びせる者。

勝ち得たエネルギーを吸収して恍惚の表情を浮かべる者。

 

賭け事が生み出したそれぞれの感情は、参加者の死と苦しみの上に成り立っているのだ。

そこに魔獣は喜びと快楽を見出す。そう、人間の犠牲の上に、魔獣の娯楽は成り立つのである。

 

 

「では皆様、ココでゲームの進行をスムーズにする為に活躍して頂いた名優と、監視者達に拍手をお願いします」

 

 

司会の少女、"バズビー"の指示により、魔獣達の視線が中層に集まる。

鳴り響く拍手の中で立ちあがった一人の女性。白い髪を揺らしながら手を上げるのは、気品に満ち溢れた一人の淑女、『シルヴィス・ジェリー』その人である。

目に映る物だけが真実ではない。たとえ刺し貫く感触があったとしても、たとえその目で死の瞬間を確認したとしても、意外と真実は別の所にあったりするものである。

 

そして答えや、人が取る行動とは、案外誰かに見えない所で操作されている物だ。

何故人は傷つける道を選ぶのか。それは『そうなってしまった』からでは? その道に行かざるを得なかったからだ。

しかして、もしも、その道を決める事を誰かに操作されているのならば……。

 

たとえば、佐倉杏子とは乱暴な性格ではあるが、その本質は善に溢れた少女であった。

しかしゲーム運行において、やはり必要となってくるのは好戦的な参戦派(マーダー)だ。

杏子は浅倉との相性が非常に良い。ならば杏子も同じ性質に堕としてしまった方が盛り上がるのではないかとシルヴィスは考えた。

だから、そうなるように、導いたまで。

 

 

「………」「………」

 

 

同じく拍手を送られる下宮と小巻だが、二人は目を閉じて無言である。

そんな二人の耳に、大きなため息が聞えてきた。

 

 

「やれやれ、ファンサービスが悪い奴らだ」

 

 

椅子にふんぞり返り、髪をかき上げて笑っていたのは、蝉堂(せんどう)と言う少年である。

彼もまたココにいると言う事は、そう言う事だ。蝉堂は常に人を見下した様に笑っているが、文字通り下宮達を見下しているのだから仕方ない。

 

 

「そんな事だから、いつまで経っても人の器に縛られているんだよお前らは」

 

「アンタには……、関係ないでしょ……っ!」

 

「僕はこう言う雰囲気が苦手なんだ。放っておいてくれ」

 

 

小巻と下宮は言葉を返すが、すぐに嘲笑が飛んでくる。

 

 

「フン、君達も格下を卒業したいなら、もっと利口になりたまえ」

 

 

それとも、魔獣の体は不満かな?

蝉堂は口元を押さえながら三日月の様な笑みを浮かべている。

しかしそれを無視する下宮と小巻。蝉堂は面白くないと、すぐに表情を歪めて舌打ち交じりに顔を背ける。

 

 

「つまらんヤツらだ……!」

 

「「………」」

 

『あらあら』

 

 

ギスってるねぇ。ジュゥべえはやれやれと首を振る。

魔獣同士と言えど、仲良しグループと言う訳ではないのが何ともまあ。

彼らも負のエネルギーから生まれたとは言え、感情を持っている。

そして魔獣とはどいつもこいつもプライドが高いときた。

常に自分以外の連中を下に見ている点はあるのだろう。などと思っている内に、バズビーが再び口を開いた。

 

 

「今回のゲームはこれにて終わりを迎えましたが、愚かな輪廻がコレで終わる事はありません。今回予想を外してしまった方も、予想が見事に的中した方も、まだまだチャンスはいくらでもあります」

 

 

そう、チャンスはまだまだ存在している。

何故か、それはこのゲームには終わりなど存在しないからだ。

再び繰り返される殺し合い。哀れな参加者たちが紡ぐ絶望への戯曲。

次は誰が参戦派になる? 次は誰が生き残る?

そしてそれが終わればまた時を忘れ、全てはゼロへと回帰する。

 

 

「魔法少女には絶望がよく似合う」

 

 

故に。

 

 

「永遠に繰り返される戦い。無限に紡がれる絶望」

 

 

それこそが――

 

 

「FOOLS,GAMEの理念なのです!!」

 

 

終わりはしない。終わらせなどしない。人が永遠に愚かであり続ける限り。

バズビーの言葉に、今までで最大の拍手と歓声が巻き起こる。

中層の幹部たちも拍手を行い、自慢げな笑みを浮かべていた。

 

そして上層にいるギアもまた、椅子に深く座りなおして身に染みる絶望のエネルギーを堪能していた。

 

素晴らしい。

鹿目まどかの溢れんばかりの希望が絶望に変わる瞬間。

発生する負のエネルギーは筆舌に尽くし難い。

 

理解しろ鹿目まどか。

お前の判断は間違っていたのだ。

皆が幸せになれる世界など下らない。人は人であるからこそ、裏切りや傷つけあう事を止めないのだから。

 

お前の愛した人間は、そんな綺麗なものじゃない。

人を傷つける事で快楽を覚える低俗な生き物だ。

そんな者を愛するから、お前も絶望へと堕ちていく。

当然の事だ。人間な愚かな生き物だと、もっと早くに理解していれば……、違った世界もあったろうに。

だからこそ我々は屑か弱者しかいない人間を、有効に活用してやっているのだ。

 

 

「皆様、ではこれにて一旦! ゲームを終了とさせていただきます!」

 

 

再び始まるその時まで、しばしの休憩を。

 

 

「そして一つだけ、私の感想を述べさせていただきます」

 

 

人は愚かです。

しかしだからこそ、その些細な人生に喜びや悲しみを抱くことができる。

希望を覚え、ソレを絶望に変えるのだと。

もしも人間がもっと利口に生きられたのなら、他者を尊重しあえたのなら。

鹿目まどかの希望を叶ったかもしれませんね。

 

 

「それでは皆様、お疲れ様でした」

 

 

次回のゲームにご期待ください。

バズビーの深いお辞儀と共に、再び巻き起こる拍手。

そしてたっぷりと絶望を楽しんだ魔獣達は、徐々に椅子から立ち上がりホールを退出していく。

中層にいる幹部たちも余韻を楽しむ者や、退出する者に別れていく。

 

 

「では次も、雑用を頑張りたまえ」

 

「………」

 

「ッ」

 

 

退出際、蝉堂の言葉に表情を歪ませる小巻。

下宮も薄目を開けて蝉堂を睨む。

 

 

「下宮くん、小巻さん」

 

 

シルヴィスも、二人に下卑た笑みを向けて話しかける。

 

 

「監視者は舞台に駒として上がるが、勘違いをしないように」

 

 

釘を刺す。

人の生活で、人と錯覚しては意味の無い話だ。

 

 

「アレらは餌であり、駒。愚かな奴らに情を移さぬように」

 

「………」

 

 

そう言い残して退出していくシルヴィス。

下宮は呆れた様に首を振りながらホールを後にしていく。

同じく彼を追いかける小巻。ジュゥべえとキュゥべえも顔を見合わせて頷くと、姿を消した。

 

 

『見ただろう? あれが真実さ』

 

『これは新たなる概念。世界の理だ』

 

 

円環の理に代わるのは、バッドエンドギア。

永遠に廻り続ける愚かな歯車さ。でもね、勘違いをしてはいけない。

こうなってしまった根本は全て、人の感情が巻き起こした事だ。

願い、欲望、そして魔獣が生まれた要因は人の負の心じゃないか。

 

 

『これは、あくまでも人の業が生み出した罪の具現だ』

 

 

負のサイクルが実体化した状態が今なんだよ。

人が争い続け、憎みあう事を止めずに生きてきた結果だ。

思い合う心を持った者達をも巻き込み、絶望のサイクルを生み出している。

善よりも悪が勝ってしまったから、こうなった。

 

 

『そしてこれは、"キミの世界"にも起こりうる事だ』

 

 

人の負は、日々形を変えて世に散布している。

憎しみが憎しみを生み出し、戦いが戦いを生み出す。

高見沢は人間は皆、騎士と本質が変わらないのだと言ったけれど、まさにその通りだと思うよ。

人が発生させる負は、いつか必ず具現してその世界に降りかかる。

 

 

『キミは彼女たちの末路を見て、現状を見て何を思うんだい?』

 

 

かわいそう? 助けてあげたい? 酷すぎる?

 

 

『でもね、それはこの世界に人の負が溢れたからだ』

 

『テメェはそれを安全な場所で見ている』

 

 

もしもお前が鹿目達の今に同情するなら、せめてこれからの人生、全うに生きる事だな。

あいつ等が直接救われる事は無いかもしれないけど、少なくともお前の世界を延命させる事はできるだろう。

それが結果として、鹿目が願った世界を作る事になる。

 

 

『それができるのは、残された者だけだ』

 

 

そこでふと、ジュゥべえの動きが止まる。

 

 

『何? ハッピーエンド?』

 

 

過去に、ジュゥべえは言ったはずだ。

お前がもし、この物語のハッピーエンドを望むなら戦い続けろと。

バッドエンドを、もしくはハッピーエンドを望む気持ちを貫けば、答えはきっとソレを示してくれるだろうよ、と。

 

 

『そうだな。お前はハッピーエンドが良かったのか?』

 

 

でも、結果はコレだ。

お前はどう映る? この終わりを、お前はバッドエンドと取るか?

だったら、それが答えじゃねーのか?

 

 

『それだけ人の負の感情が、強いって事だよ』

 

 

今現在、地球に存在する人間の数は72億人前後。

その中の何人が今、誰かを恨んでいる? 誰かを傷つけている? 心に闇を抱えてるんだ?

人は長い時間を経て大きな進化を遂げてきた。

その探究心、その信念、立派な物だよ。でもその中で人はまだ当たり前の事ができていない。

 

膨大な時間を掛け、当然の様に身に着けるべき道徳がなっちゃいねぇ。

殺人、いじめ、虐待、その他の犯罪。何度それをしてはいけないと人間は人間に言ってきたよ。

そして今現在、それは無くなったか? お前なら分かるだろう?

 

正直に生きろだのと垂れ流すのに、どうして『正直者は馬鹿を見る』なんて言葉が生まれたんだ?

争いの歴史を否定しておいて、何をさも当然の様に争っているんだよお前らは。

 

 

『言ってる事と現実が全く違うじゃねーか』

 

 

理解しろよ。人間はまだ猿のままなんだよ。

進化したつもりでも、それは猿が便利な道具を使っているだけにしか過ぎない。

猿が服を着て、人と言う架空の生き物を演じているだけだ。

 

人と言う尊厳に満ち溢れた高貴なる存在へシフトしたいなら、己が負の感情を、自らの手で抑えてみせろ。

それができぬのならば、このゲームに負の感情をありったけに注ぎ込め。

そして鹿目と言う希望を殺してみろ。

あいつは、それを背負う事も受け入れて見せるだろう。

 

 

『オイラはよく分からないが、アイツこそが人間の求める姿じゃないのか?』

 

 

城戸真司もまた同じだ。

争いを否定する心を持った奴らこそ、負の感情を殺す切り札となりえたんだろう。

アイツ等はもう色々と手遅れだった。だがお前らはまだ……、間に合うかもしれない。

 

このままお前らが負の感情を育て続ければ、そっちの世界にもいずれ魔獣が生まれる。

そしてやがては、FOOLS,GAMEと同じ物が行われるんだ。

いや、もしかしたらもう?

 

 

『とにかく、それを防げるかどうかは、お前の心に掛かってる』

 

 

そうだろ?

そう言ってジュゥべえは『あなた』を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『神崎優衣』

 

「……ッッ」

 

 

ジュゥべえの赤い目に映ったの優衣は複雑に表情を歪ませ、目を逸らす。

そう、この『インキュベーターの間』にて、ゲームを確認していたのは神崎士郎の妹である神崎優衣だった。

彼女は自らのせいでこの世界に真司たちが送られ、さらに殺人ゲームが開催される事に気づいたのである。

 

そしてせめてもの抵抗にと、データに細工を施したが、それは結局反映される事は無かったのか。F・Gの輪廻が終わる事は無かった。

優衣は自らにも非があると、真司たちと共にキュゥべえ達の世界に留まっていた。

そして彼女に気づいたキュゥべえ達が、ゲストとして魔獣には内緒で自分達の部屋に優衣を留めておいたのである。

 

しかし文字通り留めておいただけだ。

彼女がゲームに干渉する事はできなかったし、真司達を助ける事もできなかった。

 

 

「私は……、どうすればよかったの?」

 

 

戦いを見守ってきた彼女だが、今まさに折れてしまう。

自分のせいでと言う罪悪感。それを見て、ジュゥべえは鼻を鳴らして笑いはじめた。

そうだ、そういう心を忘れなければ良いだけの話。

 

 

『テメェの兄貴は、テメェを救うためならどんな事をしてもいいと思っていた』

 

 

その心こそが負の感情を肥大化させていく。

だからこそ、優衣はそれを否定し続けなければならない。その役割が彼女にはまだ残っている。

もう終わった事は仕方ない。命を与えられた事を軽視してはいけないと。

 

 

『元の世界へ還れ。そして参加者共に貰った命で、負の感情を減らせ』

 

 

それが彼女の役割だろう。

この悲劇を見て、何を感じたのか。それが一番大切な事ではないか。

永遠に起こり続ける悲劇を、自分の世界に起こしてはいけない。

そして、真司達参加者と言う存在を忘れてはいけない。

 

 

『それくらいだろ』

 

「私は……、生きる事を素晴らしいと思いたかった」

 

 

でも参加者は……、彼らは一体何の為に。

優衣の体が薄くなっていく。元いた世界へと帰されるのだ。

 

 

『………』

 

 

無言のキュゥべえ。

 

 

『思えるさ。お前だけじゃない、全ての人間が』

 

 

あいつらを見ればきっと分かる。その犠牲は無駄なんかじゃないだと。

故に、忘れていけない。

 

 

『じゃあな。チャオ』

 

「――ッ」

 

 

消える優衣。

ジュゥべえはやれやれとため息を一つ。

またゲームが始まれば、自分達も再び参加者と顔を合わせる事になるだろう。

 

 

『今度は誰が死ぬ? 今度は誰が絶望していくんだろうな』

 

 

永遠に続く愚かな輪廻。

彼らは愚かだ、最後まで争い会う事を止めれない。止められない。

魔獣がソレを拒むからな。

愚かだよ、本当に。

 

 

『………』

 

 

ジュゥべえは最後に、ニコがBOKUジャーナルに作らせた情報誌を思い出す。

途中から手書きで殴るように書いてあった文。そこにはニコが知る限りの参加者の情報が記載されていた。

 

もちろんFOOLS,GAMEの事もだ。

滅びいく世界の中で、何人の人間がそれを信じるだろう?

そしてこれより忘れ去られる世界で、知る事に意味などあるのだろうか?

ただそれでも、彼らが生きた証は本物だった。

 

この物語もまもなく終わりを迎える。

 

最後に、BOKUジャーナル編集長である大久保大介の言葉と、真実を織り交ぜて参加者を振り返るとしよう。

ではまず、彼の言葉を聞いて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

我々BOKUジャーナルの記者一同が、今回この様な内容の記事を発行した事について、多くの批判が起こるかもしれない。

真実を伝える位置に立つ者の言葉としては、あまりにも具体性が無く。

事実コチラとしても、裏づけは取れていない状況である。

 

何より見ていただければ分かるとは思うが、内容は突飛なもので、ファンタジーと思われるかもしれない。

しかし今、空には得体の知れない化け物が見えている。

あれはきっと現実の筈だと、私達は信じたい。

 

だとすれば我々がこの言葉を文とし、記事として無料でバラ撒いている理由が、少しは分かってもらえるのかと思う。

あの化け物は何なのか、その正体を知る少女が、我々の会社に足を運んでくれたのだ。

 

私は、彼女の言葉を信じた。

中学生である彼女の言葉を、何の疑いも無く信じたのは、化け物と言う存在。

そして何よりも私自身が、彼女の言葉を真実としたかったのかもしれない。

だから今から記載している言葉は真実なのだ。どうか、それを信じて頂きたい。

 

 

 

 

そこには、この世界にすら存在しない人間達の事が書かれていた。

ニコもリュウガ等の全貌を知る事は無かったので、ココは真実を織り交ぜつつ言葉を脚色したい。

 

 

 

 

巴マミ。

早々に魔法少女になった為か、彼女は多くの魔法少女に尊敬され、彼女も尊敬される自分でありたいと願った。

だがその強さの裏には、誰よりも脆い心があったのではないかと思う。

寂しさも、弱さも、魔法少女であれば抱いてはいけない物と抱えすぎてしまっていたのかもしれない。

だが彼女が最後に抱いた想いは、紛れも無い強さだったのではないかと思う。

 

 

須藤雅史。

彼は正義を信じていた。しかし世界は彼が思っているよりも悪意に満ちていた。

そしてその悪意が正義だと思っていたものを深く侵食した時、彼は壊れてしまったのだろう。

正義とは人によって形の違うものではあるだろうが、見るからに歪なソレを歪と認識できていたのなら、彼にはまた違った結末が待っていたのかもしれない。

歪んでしまったとは言え、正義を求める心は曲がってなどいないのだから。

 

 

美樹さやか。

自身が信じる物こそが絶対的な正しさを持っていると言う自信。

それは柔軟性を奪い、時にその人の身を滅ぼす。

彼女はその落とし穴に嵌ってしまった尤もな例であった。自身の信じていた物が否定され粉々にされたとき、彼女は大きな悲しみに包まれただろう。

だが彼女はその落とし穴から這い上がる事ができた、少し遅かったのかもしれないが。そして彼女は自らの命を使って落とし穴に蓋をした。自分と同じ思いを他人がしないように。

ただ、その落とし穴は一つではなく、無数に存在していた。その中の一つを塞いだだけ。

それでも彼女の行動には確かに意味があったと信じたい。

 

 

北岡秀一。

人は皆等しく死が与えられる物であり、だからこそ人はそのゴールに向かうまでを人生と称し幸福を求める。

だが、ある意味では彼には人生が存在していなかった。ならば何の為に彼は生きれば良かったのか。

その答えは、彼自身が見つけなければならなかった。

限りある時間。逆を言えば、それが分かっているのだからこそ、見える景色もあったろうに。

それに気づくことが、彼の最大の試練だったのかもしれない。

 

 

暁美ほむら。

時間を繰り返し続けた彼女が望んだのは、友達を救いたいと言う純粋な願いだった。

しかしその願いが取り返しのつかない悲劇と連鎖を生み出したのだ。

それは罪なのか、それとも彼女もまた巻き込まれた被害者なのか。

ただ一つだけ、分かる事があるのなら――

どれだけの時間を巻き戻そうと、その中で起こった事は全て真実だった。

苦しみも悲しみも絶望も、そして喜びも希望もだ。

時間を巻き戻して無かった事になったとしても、それは確かに形を持ったものなのだ。

 

 

手塚海之。

運命を変えたいと願った男は、誰よりも運命に縛られていた。

一人一人に定められた道、それを変えたいと願う事は彼にだけ与えられた物では無い。

人は皆、運命を変えられる権利を持っている。

それがあると、それが可能なのだと彼は証明してくれた。

どんな運命だって、変えたいと願うのなら、否定したいと決意したならば変えられるんだ。

それは今からでも遅くは無いと信じたい。

 

 

佐倉杏子。

どんな悪人も、生まれた時から悪に染まっている訳ではない。何故か? 決まっている。

人は生きていく中で知識を得る。自我を確立する。その中で彼女は大きな悪意に触れる事になった。故に狂い、故に染まる。

些細な事だったのかもしれない。彼女の傍に希望を示せる者がいれば、彼女は再び優しくなれたのかもしれない。

ただ唯一の救いは、彼女の隣には、より強い殺意を持った男がいたから、彼女は崩壊には至らなかった。代わりに良心を失う事になったのだが。

 

 

浅倉威。

彼は獣だった。己の本能に従い、力のみを正義として気に入らない物を排除する。

だがそれだけ獣であろうと、正真正銘の獣になろうとも基盤は人間の器と心だ。

最終的に彼は獣としても、人としても満足に生きる事はできなかった。

尤も、はじめから彼に終わりなど無かった。

報われる事の無い生を受けた彼は、最も愚かで哀れな存在だったのかもしれない。

しかし彼は唯一、佐倉杏子の希望となった男だ。

それは歪な物だったかもしれないが、好きに生きているだけで、彼女を助けられたとは。

それもまた面白い話ではないか。

マイナスとマイナスはプラスに変わる事ができる。

とは言え、より大きなマイナスにもなるのだが。

 

 

千歳ゆま。

子供を愛していない親などいない。そう声を大にして言える時代は終わりを告げた。

いや、初めからそうではなかった。血を分けたものであろうとも憎悪の対象になる事は珍しい話ではないのだ。

両親に愛されたいと言う当たり前の思いは踏みにじられ、彼女は成す術も無く魔法少女になった。

そしてその後、殺し合いに巻き込まれ命を落とした。何の為に彼女は生まれたのか。

こうなるのなら、彼女に突きつけられた選択肢は虐待の向こうにある死か、ゲームの先にある死でしかなかったのか。

だとすれば、悲しすぎる。

 

 

佐野満。

人間ならば誰もが幸せになりたいと思うはずだ。愛する人と家庭を持って幸せに暮らす。

お手本の様な幸福ではあるが、彼は焦りすぎてしまったのかもしれない。

この世の辛い所は、何かを掴み取るためならば相応の働きはしないといけない。

手にした力は諸刃の剣。うまい話には落とし穴がつきものだ。

社会ではよくある話、そしてそのリターンが命をかけたものなら、落とし穴もまた命を賭けた物。

彼はある意味普通すぎる人間だったのかもしれない。普通すぎたから、異常な空間には適応できなかった。良心があり悪意がある。

彼もまた蝙蝠、鳥にもなれず動物にもなれず、壁に挟まれて潰されてしまった。

 

 

呉キリカ。

変わりたいと願う気持ちは誰もが持っており、彼女は文字通り全く違う自分になった。

しかし彼女は変わることで、変わる前の自分にあった長所を捨ててしまった。

かなり屈折してはいたが、他人が何を考えているのかを考える事ができた。

だが変化を遂げた彼女は織莉子と自分だけの世界のみで構わないと割り切った考えを持つようになる。

そんな彼女に突然現れたパートナーに、彼女が掲げていたアンデンティティが崩壊し、無意識の混乱が訪れる。結果、彼女は自分が思う以上にパートナーのことを気にかけ、パートナーが掲げていた目標に飲み込まれた。

 

 

東條悟。

他人に評価されたいと言う思いは、誰しもが持っている筈だ。

評価されると言う事は、愛されると言う事。愛される者は友人も多い。

彼の中ではスムーズにその方程式が成り立っていった。友人とは色々な想いを共有する存在だ、共通の趣味や、抱えたストレスを話すことで発散したりと。

彼は人間の友人が一人もいなかった。親とも会話をしない彼は、抱える思いを全て一人で背負い込むことになる。

パンクしそうになった彼の前に現れた英雄と言う単語。彼はその言葉に希望を見出して夢を見た。

英雄になりたかったのは友人が、理解者が欲しかったからだ。

英雄になれた所で、理解者が増えなければ意味の無い物だった事に彼は気づけなかった。

ただ英雄と言う言葉に救いを乗せ、狂ったように結果だけを求める。

過程が最も大切だったのに。

 

 

浅海サキ。

迷い続けた人生だった。愛する妹の死、彼女を蘇らせるかどうか。

妹の死に関係している巴マミに復讐するのかどうか。そしてゲームを受け入れるのかどうか。

だがいつだって彼女は理性を留め、自身にとって最良の選択を取り続けてきた。

そしてそれに後悔はしていなかった。

そしてその選択を取れたのは彼女一人の意思ではない。

自分の良心を思い出させてくれるもう一人の妹、そして仲間がいたからだ。

彼女一人を見れば弱い人間だったのかもしれない。しかし他者が関わる事で、彼女は強くなれた。

 

 

霧島美穂。

叶えたい願いが無い人間はいない。しかし己の願いが他者を殺してまで叶える願いなのかと言われれば混乱してしまうだろう。

極限状態の中で彼女は悩み、混乱した。

けれどもあと一歩と言う所で理性を保てたのは、パートナー同じく他者との関わりだった。

彼女もサキも良心の欠片を共に、仲間に振りまいていたのかもしれない。

悲しいのは、その希望がこのゲームでは弱さになってしまった事だろうか。

人を疑い続けた彼女は、理性を取り戻すことで人を妄信的に信じるようになった。

それを突かれ、彼女は死んだ。けれども彼女は後悔はしていなかっただろう。

人を信じて死ねるのなら、それはそれで構わないと。

 

 

双樹あやせ。

悲しい話だが、人は皆が優しく、強くはいれない。彼女は純粋無垢な優しい少女だった。

だが負の感情は、彼女を容赦なく包み込み、彼女の純白な心をドロドロに濁していく。

そしてそんな彼女の前に転がっていたのは強すぎる凶器、力であった。

正当防衛も、向けられた力が大きければそれだけ抵抗も膨れ上がる。

目には目を~と言う言葉も同じだ。向けられた力が大きければ、それよりも大きな力をぶつけて身を守る。

簡単に言えば、銃を持った自分の前に猛獣が襲い掛かってきたらどうする? 

を守るために銃を発射し、動きが止まるまで撃ち続けるはずだ。

彼女は銃を撃ち続けた。全ては自分を守るために。

そして銃の力に心酔し、彼女はいつしか獣を撃ち殺す快楽に魅了され堕ちていった。

 

 

芝浦淳。

多感な時期になれば背伸びしがちな言動や、自己愛に満ちた妄想や空想を覚えるときは来るだろう。

多くの者はやがてそれが若さゆえの物と理解し、笑い話や恥ずかしい話として思い出に変える事ができる。

ただ彼の場合は別だ、なぜならば彼には本当に現実を超えた力があるのだから。

自分以外の者は馬鹿だと見下し、世界はゲームと同じだと考える。彼を止められるものは何も無い。

社会と言うルールですら自分を縛る事はできない、彼自身がルールなのだから。

しかし同じ力を持つ者の中には、彼の想像を超える者が存在していた。

彼はそれに気づくのが遅すぎた。

 

 

神那ニコ。

罪を犯してしまった少女は、その罪悪感に取り付かれてしまった。

仮にも無意識の行動だからこそ、責められたくは無い。

自分は悪くないと言う逃げの心はあった。けれども忘れなさいと言われれば言われたで、自分の行った事の重さを感じ、罪の意識に苛まれる。

ジレンマは彼女の心を壊し、からっぽの人形に変えてしまった。

そんな彼女が再び抱いた想いがあったからこそ、ココにこうして他の参加者の名を羅列させている。

人間には綺麗な面も汚い面もある。どうかそれを、全ての人に知ってもらいたい。

今更、かもしれないが。

 

 

高見沢逸郎。

人は欲望と言う物を誰もが持っているが、彼は特別それに拘った。

そして何よりも彼は欲深い生き物であった。

それは無欲だからこそ愚かな末路を辿った者たちを見てきたからかもしれない。そしてその中で現れた無欲な少女。

彼にはどうしても我慢できなかったのだろう。最も気に入らない存在とペアを組まされることが。だからこそ彼は何が何でも少女に心を授ける必要がった。

結果として人助けになろうが、それで命を失おうが彼は構わなかった。

全ては自身が抱いた欲だ。生きる意味だったのだから。

 

 

ユウリ

期待が多きければ、裏切られた時のショックも大きくなる。

不幸続きだった少女は、いつか報われると信じてギリギリのラインを保つ事ができた。

そしてそんな彼女の前に、全ての不幸を忘れる事が出来るのではないかと思わせる程の、希望が訪れる。

その希望に彼女は夢を見て、可能性を見出し、幸福になれると半ば確信していた面もあったのだろう。

だがその希望は全くのまやかしで、しかも新たなる絶望への序章だと気づいたとき、流石に彼女は耐える事ができなかった。

そしてその絶望は激しい憎悪へと変わる。

この戦いに巻き込まれなければ、魔法少女と魔女を知らなければ、それだけの落差を生み出す希望と絶望を覚える事はなかったのに。

 

 

リュウガ

鏡合わせの存在として、誰かの影として生まれた彼はどんな思いを抱いていたのだろうか?

いや、彼自身分からなかったのかもしれない。だからまずは何が何でも本物にならなければならなかった。

彼が抱く希望は主の絶望、彼が抱く絶望は主の希望。何もしなければ誰かの鏡像で終わる一生、それを否定するために彼は自分自身を屈服させなければならない。

人では無かった、彼はただのシステムだったのだ。リュウガは、城戸真司本人だったのだから。

 

 

美国織莉子

正義と言う名の仮面で隠した本心に、彼女は自分自身でも気づく事はできなかった。

だが逆に言えばどちらも叶えたい想いであったのだ。

世界を守り、そして友人と共に平和な世界で過ごしたいと願う想い。少女が抱く当たり前の願いではないだろうか?

だが強いて言うなれば、彼女は血に塗れすぎた。世界を救う方法に現実性を求めすぎた。何かを犠牲にしなければ相応の物は与えられない、その考えに固執しすぎたのかもしれない。

何も犠牲にせず、世界を救ってみせる。そんな綺麗事を抱けていれば、まだ未来はもう少し違ったものになったのかもしれない。

しかし彼女には失敗できない理由があった。それだけの想いがあった。

そして彼女は自分が歩いてきた道は崩壊しており、後ろには戻れないと分かっていたのに、後ろへ戻りたいと思ってしまった。

結果、彼女は深い闇の中へと落ちていったのかもしれない。

 

 

上条恭介。

自分の想いに気づいた時、彼は最も愛する人を失っていた時だった。

今まで意識はできなかったが、一度愛を覚えてしまえば彼は深みへと落ちていく。

気づくのが少し遅すぎた。それが彼の最大の失敗である。

愛は人に希望を与え、成長を促し、大きな希望へと変わってくれる。

しかし同時に、愛は憎悪に変わり、愛は人を歪ませ、愛は凄まじい絶望にも変わる。これは何も彼だけに言える事ではない。

参加者の多くが愛のために戦い、そして愛のために歪んでいった。彼もまたそんな中の一人なのだ。

そして二人は両思いだった筈なのに、その想いが交わる事は無かった。

それが愛を依存に変え、永久の物に変えてしまったのだ。

命と共に。

 

 

秋山かずみ。

それがたとえ仕組まれた物だったとしても、元々はそうならなかった運命にあったとしても、今ココにある物が真実ではないのだろうか。

彼女は確かに秋山蓮の娘へと再構築されたのだ。そしてその記憶もまぎれも無い真実だった。

彼女は父を、母を助ける為に、多くの物を犠牲にしてきた。

だがその結末は彼女が望む物にはならなかった。何が足りなかったのか。それとも理由はどうであれ、人の命を奪ってしまった彼女に対する罰だったのか。

全てを知っている者から見れば、彼女たちの親子関係は酷く滑稽な物かもしれない。

しかし彼女にとっても蓮にとっても、二人は確かに血が繋がった家族なんだ。

 

 

秋山蓮。

彼の心には常に大きな無力感が取り巻いていた事だろう。

愛する者を守れず、そして日々過ぎていく時間の中で解決策すら浮かばない。

そして可能性を前にしても、彼は天秤にかけた物の重さが故、決意が鈍ってしまう。

恵里を愛していた気持ちは本物だった。しかし友に対する想いもまた本当だったのだ。

その中で現れた娘、自覚は中々浮かばない。

しかし分かる事があるのなら、自分は実の娘に殺し合いを望ませなければならなかったと言う事だ。愛する者一人すら守れないと思っていた彼に、さらなる追い討ちが掛けられた。

守りたかったんだ、愛したかったんだ、だから彼はたとえそれが死に繋がるとしても、その気持ちを証明するために彼女を強く抱きしめた。

後悔はしていなかっただろう。馬鹿で愚かな行動だと人は一蹴するかもしれないが、彼女の父としてどうしても愛を示さなければならなかったんだ。

そう、父親である為に。

 

 

 

 

ここからは全て、大久保大介の言葉で締めくくらせていただこう。

これが彼の残した最期の想い。最期のメッセージなのだから。

 

 

 

 

城戸真司と言う男がゲームに参加していたのだと、私は彼女(ニコ)に教えてもらった。

私が、彼女の話をまぎれも無い真実だと信じたのは、その男の話を聞いた時だ。

もちろん明確な確証や理由は無く。本来はジャーナリストにあるまじき事ではあるが、どうかここまで読んでいただいた読者の方々には。目を瞑っていただきたい。

 

と言うのも、私は自分でも信じられなかったが、城戸真司と言う男に懐かしさを感じていた。

心の隅に、彼を知っているのではないかと言う想いがあったのだ。

そして彼はなんとこのBOKUジャーナルのジャーナリストだったと言う。

それが神那氏が情報提供の場に、大手新聞社や雑誌社ではなく、ココを選んでくれた理由だと言う。

 

もちろん我々の記憶に城戸真司と言う男の記憶はまるでなく、彼のデスクも存在はしない。

けれども胸にかすかに残るノスタルジーな想いは、その名を聞くたびに揺れ動いているのが分かった。

参加者は死ねば存在が消えるとは前述した通りだ。

故に私は彼女の話を信じて、城戸真司と言う男の話を聞いた。

 

彼は神那氏曰く、相当の馬鹿だったらしい。

それは学力や知能と言う話ではなく(多少はそういう意味もあるのかもしれないが)、彼とそのパートナーは、この殺し合いの中でずっと協力を説き続けたのだとか。

そして人を殺す事を良しとせず、戦いを止めるために戦っていたと言う。

 

これだけ聞けば、中には当たり前だと思う者はいるかもしれないが、いざ法もルールも関係ないところに放り出されれば、私達は己の身を守るために武器を取るだろうと思う。

つまり何が言いたいのかと言うと、彼の掲げた目標は並大抵の事ではない難しさがあったのだろうと言うことだ。

 

私達はこの時代に生まれ、法と言う秩序に守れた社会で生活をしている。

だが彼は言うなれば戦国時代の戦が真っ只中にタイムリップして刀を持っていたような物だ。

そして彼が行ったのは、その戦っている双方の大将に、武器を捨てて和解しようと言っている様な物である。

 

人を殺す事が当然であり、罪にも問われないその場で、その言葉を口にする事が、どれだけ勇気のある事か。和解させて手を取り合わさせるのがどれだけ難しい事なのか。

いくら馬鹿と言われた彼でも、分からない訳がないだろう。

 

想像してみてほしい。

目の前に知り合いを殺した者が悪びれる事なくふんぞりかえっている。

そして自分の手には銃が握られてる。

 

その状況ならば、きっと私達は目の前にいる者を殺してやりたいと思うかもしれない。

しかし彼は。彼のパートナーの少女は、それを絶対に認めようとはしなかったと言う。

 

参加者の多くは、彼らの行動を馬鹿にした。

甘い、偽善者、弱いからそう言うだけだと。

現に彼らにも迷うときはあった、自分達の想いは間違っているのか? 馬鹿で愚かな選択なんだろうかと。

 

しかし彼らは何度壁にぶつかろうとも、答えが出せずとも、戦いを否定する道に踏みとどまったのだ。殺し合いを否定し、手を取り合えると傷だらけで言い続けたらしい。

しかし理由は不明だが、彼は命を落とした。

願いを叶える事はできなかったのだ。私はその言葉を聞いた時、言いようもない寂しさを覚えた。

 

しかし同時に確信もした。

きっと彼は命を落とす最期の瞬間まで、自分の選択を曲げなかっただろうと。

 

そして彼のパートナーである『鹿目まどか』と言う少女こそ。

今、私達の目に映る巨大な化け物の正体だと言う。

彼女は魔女になってしまえば世界を滅ぼす素質を持っていたらしく、その事に悩んでいたようだ。

しかし彼女もまた、戦いを止める事を諦めず。同時に生きる事を諦めなかった。

 

彼女は自己犠牲の精神をもった優しい娘だったと、神那氏は言う。

ならば思っただろう、いっそ自分が死ねば世界が脅威に晒される事はないのだろうと。

しかし彼女は生きる事を諦めなかった。それは簡単な話だ、彼女はこの世界でまだ生きていたかったんだ。

 

この話は真実である。

故にこの事実を知れば、多くの人間が彼女を非難するだろう。

何故死ななかったのか、何故肝心な時に世界の為に犠牲にならなかったのかと。

それは尤もな意見であり、私も否定する事はできない。

事実、言ってしまえば今の現状。私の中にも多少なりとも鹿目まどかに対する憎悪の念はあるのかもしれない。

 

 

しかし、私は今、ココに自分の意見を書いておく。

私は、彼女を責めるつもりはないと言う事をだ。

 

 

中学生の少女が背負うにはあまりにも大きな悲しみだ。

望んで背負った訳じゃない。悪いのは、全てこうなるに至る絶望を作ったシステムだ。

だから彼女に全ての責任はないと声を大にして言いたい。

生きる事は罪ではない、希望を抱く事は罪ではない。それをどうか、皆さんの心に抱いてもらいたい。

私は神那氏の話を聞いて強くそう思った。

 

 

以上が、この見滝原で起こった数々の事件の真相である。

そしてそのFOOLS,GAMEに参加した者達の詳細を、ココに私的な想いを込めて記載した。

 

 

まもなく滅びいく世界で、こんな事を記事にしても仕方ないのかもしれない。

多くの人間がこの記事を迷信だと鼻で笑うのかもしれない。

事実、世界が滅びずに済めば、我々は皆様に合わせる顔がない。

しかし、それでも我々はこの話を真実と受け止めた。

そしてこの愚かなゲームに巻き込まれた者達の事を、少しでも知ってほしかった。

 

どんな感情を抱いてもいい。

怒りでも、同情でも、なんだって良い。

ただどうか、彼らがいたと言う事を忘れないでほしい。

 

 

 

この戦いに正義はない。

 

そこにあるのは、純粋な願いだけである。

 

その是非を問える者は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

『いやー! 終わったな先輩!!』

 

『……? 何がだい?』

 

『ゲームだよゲーム! いやもうそれにしても長かったぜー! オイラもっと早く終わると思ってたし』

 

『確かに、予想以上に長い時間を要したね』

 

『見てたヤツも中々進まなくてイライラしてたんじゃねーかな? まあでもこうして終わったんだから目を瞑って欲しいところだな』

 

『………』

 

『まあそれにしてもだ先輩。やっぱこのゲームで重要なポイントに焦点を当てるとすれば、パートナーシステムになるよな?』

 

『まあ、そうだね』

 

『オイラ思ったんだけどよ、色々繰り返してきた中で適正を持ったパートナーが今回の組み合わせになったんだよな』

 

『そうだね、初期の頃は色々な組み合わせを試していたけど、何時からか今回のパートナーが定着して言った様に感じるよ』

 

『なんでそうなったんだろうな? ちょっと考察してみないか?』

 

『別に構わないよ』

 

『おっけ! じゃあこっからはおまけだ! ゲームに参加したペアが何でその組み合わせになったのかを説明していくぜ!!』

 

『誰に話しかけてるんだい?』

 

『ノリだよノリ! 常に誰かに見られていると思った方が美意識が上がるんだぜ?』

 

『美意識……? まあいいや。じゃあまずはシザースペアから考えていこうか』

 

『共通点とすれば――、やっぱ最初に退場したって事か』

 

『そう言う事だろうね。騎士達は融合時の世界で考え、魔法少女は円環の理が発生したルートで考えるけど、その二つのルートにおいて二人は重要な役割を持ったからね』

 

『まどかと龍騎には強いエネルギーがあるからな、そんな二人に、それぞれ魔法少女と騎士の裏側を見せた事になる』

 

『そう。己の力がヒーローやヒロインのソレではなく、命を掛けた戦いに使う武器だと気づかせた』

 

『須藤は面白いな。時間軸によって性格が大きく変わってやがる』

 

『そうだね、死体を隠蔽する様な事もすれば、正義感の為にデッキに手を出した時もある。いずれにせよ、最後は力に飲まれて崩壊していったけどね』

 

『巴マミも時間軸によっては魔女になる恐怖で錯乱して仲間を殺してるな。まあ魔女になる前に仲間を救うと言う解釈もできるが、いずれにせよ褒められた事じゃねぇや』

 

『力を手にした事で何かがおかしくなる。その概念を具現した様な存在だね。同じ役割を持つ二人、だからこそこのゲームでもパートナーになったのかも』

 

『色も何となく似てるしな』

 

『まあそれは関係な――』

 

『さ、じゃあ次いこうぜ次』

 

『………』

 

『美樹さやかと北岡秀一のゾルダペアだ。こいつら似てねーと思うんだけどな』

 

『そうだね、似た物同士がペアになると言う訳ではない例だよね彼らは。簡単に言えば大きな影響を与え合うと言ったところかな』

 

『影響ねぇ』

 

『美樹さやかはゲームによって大きく精神を揺さ振られるからね。時間軸によって参戦派にも協力派にもなる尤もな例なんだ』

 

『円環ルートでも男女のアレで魔女になったしな』

 

『うん、そしてその中に北岡が入る。彼もまたルートによって大きく行動のソレが変わるからね』

 

『面白いよな、アイツいいヤツでも悪いヤツでもない中間の位置にいやがる』

 

『そう、本人は参戦思考だけど、周りによって影響される場合が多いよね。けど彼の考え方を変えるにはそれだけの時間が必要だ。事実、城戸真司が北岡に影響を与えたのは、約一年の時間を要したからね』

 

『なるほど、まあある意味プラス思考時のさやかは真司に似てるわな』

 

『うん、しかも性別が女である事。そして子供である事が彼に短時間にて大きな影響を与えるに至ったと言う事さ』

 

『今回のゲームの様なトリッキーな動きが見られるって事か』

 

『そういう事だね。あるゲームでは普通に参戦派として殺し合いに乗り気だった場合もあったし』

 

『そういう意味では王蛇ペアは分かりやすかったな』

 

『まあシルヴィスが介入すると杏子は完全な殺し役、マーダーになるよね』

 

『介入しなかった場合も場合で、馬が合うのは面白いぜ』

 

『彼らこそ似た物同士だからね。ただシルヴィスが介入しないと杏子は非情になりきれない。そう言った意味でも、彼女の本質が善人であると言う証拠だろう』

 

『円環ルートでもさやかを赦し、共に散ったからな』

 

『浅倉タイプである事は間違いないのだけど、理性と優しさを持っているのが杏子だと言う事かな』

 

『浅倉と佐倉か。クラクラコンビだな!』

 

『………』

 

『次は手塚と暁美か。まあこいつらは色々あるからな、特に暁美の方が』

 

『それでもやはりこの二人も本質は同じだよね。友人の為に運命と戦う事さ』

 

『大きな違いと言えば、手塚のほうは既に友人が死んでるって事か』

 

『そうだね。ただボクは、彼もループの記憶が強く残っていたんじゃないかと思うよ』

 

『?』

 

『彼の占いが龍騎の世界においてほぼ未来予知と同じ役割を持っていたのは、無意識のうちに占いと言う儀式下において前時間軸に起きた事を思い出していたからじゃないんだろうか?』

 

『なるほど、確かに真司のヤツもタイムベントで戻された時、記憶はしばらく残ってたからな』

 

『まああくまでも推測だけどね。共に時間を何度も繰り返し友人の死を経験した手塚とほむら、これが二人を強く結びつけたのかもしれない』

 

『武器も同じ盾だしな』

 

『面白いところだよね』

 

『んで、肝心の鹿目まどかと城戸真司か』

 

『戦いの輪廻を否定したいと言う典型的な"良い人"だよね。まあただ、それを貫けるのがあの二人のただならぬ所だけど』

 

『綺麗事だの甘い妄言だのとは言われるが、事実それが一番難しい道だからな』

 

『そうだね、人間にはどうしても叶えたい願いや、叶えなければならない願いがあるからね』

 

『事実ソレは、明確な結果には繋がらなかったわけだしな』

 

『そうだね。ただ、その想いを示し続ける役割もまた、戦いの輪廻の中では必要なのかもしれない』

 

『今回のゲームはよく生き残ったほうだよな。他ではだいたいソッコーで殺されるのに』

 

『鹿目まどかは覚醒も果たしたしね。ナイトのサバイブといい、今回のゲームは特別異質だよ』

 

『天使召喚も本人が女神なんだからあり得るわな』

 

『人によっては彼らを弱いと言い、人によっては彼らを誰よりも強いと言う』

 

『弱いが強い、強いが弱い。成る程、確かにコイツは特別だぜ』

 

『あと一歩なんだろうけどね、いつも』

 

『そう言えば色も似てるしな』

 

『好きだねそれ。でもそれなら龍騎と佐倉杏子の方が近いと思うけど』

 

『まあまあいいじゃねぇか先輩。次は織莉子か?』

 

『織莉子と上条だね。あの二人は――』

 

『色が似てるな』

 

『………』

 

『ああ、つうかよ先輩』

 

『なんだい?』

 

『なんかさ、ちょいちょい気になってたんだけどよ』

 

『うん』

 

『うるさくねぇか?』

 

『何がだい?』

 

『外』

 

『確かに、少し騒がしいね』

 

『ドタドタとなんだってんだ……?』

 

『気づいたんだろうね』

 

『ッ? 何に?』

 

『ああ。キミも気づいてなかったんだね。通りでおかしいと思ったよ』

 

『???』

 

『だってキミ、ゲームが終わったって言うんだもの。いつもの様な冗談かと思って聞き流したけど』

 

『え? な、なんて?』

 

『だからさ、キミは勘違いしてるよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲ ー ム は ま だ 終 わ っ て い な い の に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……なん、だって?』

 

『行こうか。ボクはホールへ、キミは舞台へ』

 

『……へ?』

 

『だって――』

 

 

キュゥべえは口を開けているジュゥべえに、その表情をピクリとも変えず、さも当然の様に言い放つ。

 

 

『騎士担当は、キミだろ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにがどうなっているッッ!?」

 

 

強い音と共に、ホールの扉が打ち破られんばかりに開かれる。

姿を見せたのはゲームの司会者であり、進行を任されていたバズビー。

彼女の後ろからは、同じく退出していたシルヴィスをはじめとした魔獣が、続々と息を切らせホールに入ってくる。

彼等は皆、ジュゥべえ同じく唯一無二の真実を伝えられた。

そう、ゲームは終わっていないのだと。

 

 

『気づかなかったのかい君たち。既にリザルトからその兆候は見えていたのに』

 

 

ホールに入ってきた者達の前には、見滝原の様子を映したモニターが広がる訳だが、そこには先ほど表示されていたリザルトがあった。

これを作ったのはキュゥべえだ。彼がカウントした脱落者を記載し、全員死亡をゲスト達に知らしめた。

だが、よく見ると……。

 

 

【秋山かずみ・死亡】

 

【秋山蓮・死亡】

 

【暁美ほむら・死亡】

 

【浅倉威・死亡】

 

【浅海サキ・死亡】

 

【鹿目まどか・リタイア(魔女)】

 

【上条恭介・死亡】

 

【神那ニコ・リタイア(ルール)】

 

【北岡秀一・死亡】

 

【城戸真司・死亡】

 

【霧島美穂・死亡】

 

【呉キリカ・死亡】

 

【佐倉杏子・死亡】

 

【佐野満・死亡】

 

【芝浦淳・死亡】

 

【須藤雅史・死亡】

 

【双樹あやせ(ルカ)・死亡】

 

【高見沢逸郎・死亡】

 

【千歳ゆま・死亡】

 

【手塚海之・死亡】

 

【東條悟・死亡】

 

【巴マミ・死亡】

 

【美樹さやか・死亡】

 

【美国織莉子・死亡】

 

【ユウリ・死亡】

 

 

「……ッ!!」

 

 

同じく部屋にやって来た下宮と小巻。

彼らは目に映るリザルトを見て、一つの違和感に気づく。

そう。そしてそれこそが――、真実なのだと。

 

 

「数が合わない……!」

 

「何ッ!?」

 

 

画面に表示されている名前は25人だ。

参加者は騎士13人と、魔法少女13人。ならば、合計すれば26人が道理。

にも関わらずこの画面には、全ての参加者が記載されている筈の画面には、25の名前しかない。

一人、足りない!

 

 

「馬鹿なッ! あり得ない! 参加者は全員死んだ筈だ!!」

 

 

もしくはリタイア!

それなのに何故、参加者の名前が全員記載されていないのか?

バズビーは運営のリーダーとして大きな焦りを感じた。

そして目で追う名前。だがキュゥべえは首を振る。

もったいぶる気は無い。答えを見てもらった方が早いだろう。

と言うわけで、彼はリザルト画面を消す。するとそこには――

 

 

「何故だ……?」

 

「「「ッッ!?」」」

 

 

大きくザワつくホール。

当然だ。そこに映っていたものは、通常では考えられないものだったのだから。

だからバズビーは訳が分からず、つい口をついて言葉が出ていた。

 

 

「何故貴様が生きているッッ!?」

 

 

声を震わせ、彼女は画面の向こうにいる人間を睨んだ――!

 

 

「城戸真司ッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ、シャア!!」

 

 

頭に纏わりつく重い物を振り払うように気合を入れた男。

気のせいだろうか? ジュゥべえの目には、龍の影を纏う男の姿が映っていた。

 

 

『Here we goーッ!』

 

 

ジュゥべえが煽る

前にいる『彼』も感じている筈だ。その身体を焦がし、熱く燃え滾る紅い血が。

 

 

『驚いたぜぇ……! まさかテメェがまだ食い下がってくるとはなぁ!』

 

 

ジュゥべえは展望台にあったオブジェの上に立ち、汗を浮かべながら目の前に立つ男を見下げる。

 

 

『なあそうだろォ! 城戸真司ぃッッ!!』

 

「――ッ! ジュゥべえ……!」

 

 

そこに立っていたのは紛れもない。城戸真司の姿であった。

だがおかしい、彼は先程リザルトに名前が記載されていた筈では!?

そう。事実ジュゥべえや魔獣達もそれを見て、違和感を覚えることは無かった。

しかしそこがそもそもの落とし穴。このゲーム、真司は『二人』いるのだ。

そう、あのリザルトに載っていたのはリュウガなのである。

 

 

『リュウガには鏡像とつけるべきだったね。ボクのミスだ、すまない』

 

「ぐぐッ!!」

 

 

モニター越しに真司を見ていたバズビー。

だが待て、だとしても一体いつ彼は蘇生されたのか。

鹿目まどかは家族の死体を見て絶望した。絶望させた。

その時に願いを口にはしていない。

だとすれば、何故――!?

 

 

『お前、何で戻ってきた?』

 

 

ジュゥべえも同じ事が気になったらしい。

真司が放つ言いようの無い雰囲気を感じながら、その問いかけを放つ。

すると拳を握り締める真司。ギュッと目を瞑って下を向く。

 

 

「声の無い叫びが、聞えたんだ……ッ!」

 

『!』

 

 

そして真司は目をカッと開いて、ジュゥべえを睨みつける。

 

 

「それが、俺の宿命(みち)を決めたんだ――ッ!」

 

 

幾千の祈りがこの心臓(むね)に届いたのだと。

その瞳の奥に炎が、龍騎の紋章が見えた気がして、ジュゥべえは思わずゾッとして体を後ろに下げる。

この覇気、間違いない。真司は今かつてないほど、大きな感情を抱いているのか。

そしてジュゥべえは言葉の意味を同時に理解する。

そうか、声にならぬ叫びか。

 

 

『本来、魔法少女とボクらは口で会話するのではなく、テレパシーで会話をしていたからね』

 

 

このゲームが始まってそれがルールの下に封じられたけど、ゲームが終われば再びボク達はテレパシーで会話できるんだよ。

鹿目まどかは強く願っていたよ?

 

 

(たすけて――……真司…さん――ッ!)

 

『――とね』

 

「まさかお前!」

 

『ああ。ボクはそれを"願い"と解釈した。城戸真司に助けて欲しいと。でも彼は死んでいる。だからボクは城戸真司の蘇生と言う解釈を行った』

 

 

故に、城戸真司はあそこに立っている!

 

 

「余計な事をッ!」

 

『余計な事? 願いを叶えるチャンスは終わっていなかった』

 

 

おかしな事を言わないでくれ。

キュゥべえは涼しげな声でバズビーに言葉を向ける。

赤い目には、汗を浮かべて歯を食いしばっている彼女の顔が映っていた。

 

 

『キミが早くゲームを終わらせる為にまどかの家族を殺し、それを見せる事で半ば強制的に絶望させたんだろう?』

 

「どうせ願いを叶え様がッ! イツトリによって無に還る。あの流れは無駄だろう!」

 

『そうかな? ボクは少しくらい彼女たちに付き合っても良かったと思うけどね。いやだからこそ、願いを聞き入れた』

 

「グッ!」

 

 

その会話をジュゥべえが拾う。

 

 

『なるほどォ。まあいいや、とにかくゲームはテメェらの勝利だ。龍騎ペア』

 

 

鹿目まどかはワルプルギスの消滅を願い、そして城戸真司の蘇生を願った。

叶えた願いは二つ。あと一つだけ真司は願いを叶える事ができる。

だとすれば、彼は何を叶えようと言うのか。ジュゥべえは城戸真司に問いかけた。

 

 

「俺の願いは、俺の答えは――!」

 

 

心臓を握り締める様に力を込める真司。

ずっと考えていた。だが何度も迷い、悩み、分からなくなった。

でも、思ったんだ。

 

 

「やっぱり、こんなゲームを否定して、戦いを止めたいって」

 

『………』

 

「きっとすげぇ辛い思いして、させたりもすると思うけど――!」

 

 

真司の目にまどかの姿が浮かぶ。

彼女は、泣いていた。

そうだ、涙を流して泣いていたんだ!

 

 

「それでも、止めたい!」

 

『お前……』

 

「それが正しいかどうかじゃなくて。俺の……、ゲームに参加した騎士の一人として、叶えたい願いがそれなんだ」

 

 

首を振るジュゥべえ。

ココに来てもそれか。その考え方は立派だが、少し遅すぎた。

 

 

『今更すぎるぜ』

 

「かもしれない。だから、だからこそ――!」

 

 

真司は後ろに何がいるのか、分かっている。

守ると約束した、一緒に戦おうと約束した、生きていいんだと言った。

その大切なパートナーが今、後ろで巨大な絶望として成り立っている。

 

 

「俺がッ!」

 

 

他の誰でもない、鹿目まどかのパートナーに選ばれた城戸真司(じぶん)が。

 

 

「――悪夢(いま)を変えるんだッッ!!」

 

『!』

 

 

ジュゥべえの瞳を真っ直ぐに捕らえる城戸真司の目には、一点の迷いも存在していなかった。

長い時を要したものだ。自分自身そう思っている事だろう。

しかし彼は今、本当の答えを、唯一の想いを見出した。

蓮に伝えたかった『自分だけの答え』を。

 

 

『ならどうする? 鹿目を元に戻すか?』

 

「違う」

 

『あ?』

 

 

思わずジュゥべえは間抜けな声をあげて固まってしまった。

てっきりそれが願いだと。と言うより今の状況を考えて、それしか無いと思っていたのだが。

いやいや、と言うより、もうそれしかないのだ。

 

 

『世界を滅ぼす魔女を放置してまで叶える願いがあるってか?』

 

「……ああ!」

 

『ッ! まさかアイツを殺すのか?』

 

「違う」

 

『だったら……! そうか、わかったぞ! 霧島の蘇生だな!』

 

「違う!」

 

『ッッ??? あ、秋山の蘇生か!?』

 

「違うッ!!」

 

 

吼える真司。

その気迫に押し出される様な覇気を感じたジュゥべえ。

馬鹿な! 感情の無いインキュベーターがたった一人の男に気圧されている!?

 

 

『お、面白れぇ! だったらなんだってんだ!!』

 

「俺の答えはただ一つ!!」

 

 

真司は手を思い切り振り上げ、そして人差し指でジュゥべえを強く指し示す!!

 

 

「13人の騎士と13人の魔法少女ッ! 26人全員の生存だ!!」

 

『!?』

 

「「「「「「!?!?!?」」」」」」

 

 

ジュゥべえだけでなく、ホールにいる全員が脳をハンマーで思い切り殴られた様な衝撃を覚えた。

13人の騎士と13人の魔法少女全員の生存? この殺し合いに参加した参加者全員が生き残る道こそが、城戸真司の願いだと!?

 

 

「――……くはっ!」

 

 

衝撃の後には嘲笑。

ホールには城戸真司の願いを馬鹿だと、愚かだと、あざ笑う声が響いていた。

集まった魔獣のほぼ全員が声を出して笑い、上層の椅子に座っていたギアでさえ真司の本物の馬鹿だと認識して笑みを浮かべていた。

そしてそれはジュゥべえもまた同じ。

 

 

『ハハハハハ! 気でも狂ったかよ真司! それともテメェ、ルールってヤツをまだ把握できてねぇなこりゃ』

 

 

どうすればそんな事が叶うと言うのか。

一つの願いにつき蘇生させる事のできる人間はただ一人だ。

ましてや蘇生させた所で、鹿目まどかの問題はどうすると言うのか。

そうだ。どちらにせよ真司は、出した答えを叶える事はできな――

 

 

『――………』

 

 

ちょっと待て。ジュゥべえは笑い声を急に止めた。

 

 

(とんでもねぇ馬鹿な願い事だと一瞬思ったが……)

 

 

よく考えてみれば、それは言い方の問題なのでは無いだろうか。

要するにそれを叶える事ができるかもしれないチャンスならば作れるのだと真司は知っている?

と言うより、既にそれを叶えた事があるじゃないか。

 

 

(ッざけんな! コイツもかよ……ッッ!)

 

 

チラつく暁美ほむらと神那ニコの姿。同じか、あいつ等と!

 

 

「やり直す。全て!」

 

『や、やっぱりか! お前、繰り返す気かよ!』

 

 

全ての駒を並べなおして、もう一度――ッ!

 

 

「ああ! だけど駒じゃない! 命だ! ゲームをもう一度同じ参加者で繰り返す!!」

 

 

同じ参加者でゲームを繰り返す。

それが願いだと? そしてその中で誰一人として犠牲を出す事無くゲームを終わらせるとでも言うのか!?

馬鹿な、できる訳が無い。どう考えてもできる訳が無いだろ!

 

 

『テメェ理解してんのか? それがどれだけ馬鹿で、愚かで、無謀な願いだって事を!』

 

 

次にまた戦えば、同じシチュエーションになれるとは限らない。

だとすれば、ココでまどかを元に戻すか殺したほうが妥協はできるだろう。

もしも次、再び同じ状況になれば世界は終わる。

 

 

『だいたい分かるだろうが! 見てきただろうお前も!』

 

 

参加者同士の殺し合いを、そして何よりも参戦派達の行動を。

何度戦いを止めろと真司やまどかは言ったんだ? そして何度馬鹿にされた? 何度貶された? 

 

 

『そして守れたか? 戦いを止められるとこの結末を見て欠片でも思えたのか!?』

 

「ッ」

 

『くッだらねぇ! できる訳ねぇんだよそんな事!』

 

「できる!」

 

『な……ッ! で、できてねぇからこうなってんだろうが!!』

 

「だからもう一度チャンスを作るんだ!!」

 

『うグッ!』

 

 

全く怯まない真司。当然だ、彼にもう迷いはないのだから。

ムカツク、ムカツクぜぇ! ジュゥべえの心に募る苛立ち。

なぜだ? 擬似的な感情だから理解できないとでも言うのか!?

いや、間違ってない筈だ。何故無駄だと分かる道を歩む? 何故できない事にチャンスを見出す?

今までそうしてきた奴らだってそうだ。何故、何故ッ、何故ッッ、繰り返す事を恐れない?

 

 

『お前がココに至るまでに味わった苦しみと痛みを、もう一度繰り返すかもしれねぇんだぞ! 何故それでも戦いを選ぶ?』

 

 

愛する者を守れず、目の前で失うその瞬間をもう一度味わうかもしれないのに。

体を抉る刃や拳の感触を、もう一度覚えなければならないのに。

それでも尚、戦いを目指す意味が全く分からない!

 

 

「俺は、この戦いを恐れない!!」

 

『ッ!』

 

「終わりが見えなくても、終わりが無かったとしても! 俺は諦めないッ!」

 

 

必ずどこまでも食いついて食いついて! 絶対に喰らいついて離しはしない。

何度倒されても、何度傷つけられても、何度絶望を見せられても――!

 

 

「俺は必ず立ち上がる!」

 

 

たとえ悲しみの炎に身を焼かれようが!

 

 

逆境(いつ)でも――」

 

 

たとえ絶望の剣に心を刺し貫かれても!

 

 

「何度だって!!」

 

 

変えたい世界があるのならば、命の炎を燃やし続けろと!

そうだろ? 手塚。真司の目に宿る炎。そして何よりも鹿目まどか。彼女を守れなかった悲しみが炎を激しく燃え上がらせる。

 

皮肉な話ではあるが、それが起爆剤となったのだ。

パートナーとして守ると約束した少女一人守れないんじゃ、美穂の所には行けない。

蓮に顔向けができない!

 

そしてまどかと共に視た世界が、未来がある。

それが真司の心に、揺るぎの無い気高さを。つまりプライドを生み出した。

彼も男だ。約束一つ守れないんじゃ、死んでも死に切れない。

そしてそのプライドを、気高さを心に抱く限りは――

 

 

「俺の希望(いのち)が、果てる事は無いッ!!」

 

『!!』

 

 

ジュゥべえは言葉を失い、打ちのめされた表情で真司と視線を交差させる。

そしてそんなジュゥべえに、更なる追い討ちがかけられる事になった。

真司は何も、ただ普通にゲームを繰り返そうと言う訳ではない。

 

 

「見てるんだろ! 今も、ずっと!!」

 

『何……?』

 

「ジュゥべえ! 俺の願いはルールを変更した上でゲームを繰り返す事だ!」

 

『ルールを、だと!?』

 

「ああ、そうだ!」

 

 

真司は手を振り払い、辺りを睨みつける。

 

 

「次のゲームに――」

 

 

そして、再びジュゥべえを睨んだ。

 

 

「黒幕をッ、ゲームを運営してる奴を引きずり出す!!」

 

『!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「ば、馬鹿なッッ!!」

 

 

その時ホールに木霊していた笑い声がピタリと止み、焦りを含んだザワつきに変わる。

幹部達の表情が一気に変わる。運営者を引きずり出す? つまりなにか? 自分達をゲームの舞台に上がらせると!?

 

その言葉に、思わずギアもピタリと動きを止めた。

相変わらず頬に手をついているし、顔は人間のソレではなく、モンスターのそれなので表情を読み取る事はできない。

しかしそれでも彼の中に、初めて人間に対して抱く『何か』を感じた事だろう。

そして同時に疑問。真司はどこで魔獣の事を――?

 

 

「!」

 

 

そしてその時だ。真司の隣に人影が現れたのは。

思えば、まどかがソレを願った時から今に至るまで、若干のタイムラグがあった様に感じる。

現にジュゥべえやキュゥべえも一度部屋に戻る時間はあった。

しかし実際は、その時点で、真司はもう蘇っていた。

彼が死んだのは展望台だ。そこには誰がいた? それこそが、答えである。

 

 

『神那ニコ……!』

 

「私が城戸に教えた。黒幕がいるって事を」

 

 

城戸真司の隣には神那ニコ。

彼女がココに来たのはたまたまだが、それが結果として今に繋がっている。

ニコ自身、その事に運命的なものを感じ、その結果――

 

 

「なんかさ、諦めるの止めよかなって」

 

『はぁ!?』

 

「いるんだろ? 黒幕」

 

 

ニコが抱いた想い。

インキュベーター以外の第三者がゲームに深く関わっていると言う可能性。

それを織莉子に話したニコは、一旦織莉子と別れた後に、実はまだ織莉子に興味を失っていなかったのだ。

 

それを知った織莉子がもしかしたら第三者に殺されるかもしれない。

あるいははニコに第三者が接触してくるかもしれない。

その可能性を抱いた。そして偶然とは言え、織莉子は見滝原外へ一気に飛ばされた。

ニコはそれをしっかりと確認していた。それがオーディンにやられた物とは知らず。

 

だがいずれにせよ、結果としてニコは織莉子がいる場所に一番近い境界線へ向かうことが出来た。

足をジェットに再生成して、力の限り全速力を出した。

その結果――

 

 

「受け取った、アイツの残した最期の一撃」

 

『それは……!』

 

 

フラッシュバックする記憶。

そうだ、織莉子はオラクルに自分の言葉を記憶させて、オーディンに向けて放った。

つまり、裏切ったオーディンに縋ってでも伝えたかった言葉があると言う訳だ。

 

そしてそれはオーディンではなく、オラクルを感知したニコがキャッチしていたのだ。

そこに記録されていた言葉は、織莉子が見た『ありのまま』の景色だった。

 

 

「化け物が自分に矢を向けていた。ソイツの周りには同じく人の姿をした化け物が並んでたってな!!」

 

『ッ!』

 

「しかもソイツは織莉子が死んだと思って化け物の姿から人間の姿になった!」

 

 

ニコは先ほどの真司と同じく、辺りを激しく睨みつける。

カメラの様な物は見えないが、どうせ辺りには何かがあるんだろう。

ゲーム。自分達は駒。だったらその駒が散る所を確認する高性能のカメラがあるんだろうから。

 

 

「お前だよ! 桃毛交じりの金髪女!!」

 

「!!」

 

 

バズビーから笑顔が完全に消え、引きつった表情に変わる。

それは紛れも無く彼女の事だ。当然だ、ルール違反をした織莉子は、バズビーがご自慢の矢で射抜いて殺したのだから。

だがまさか、あの状態でオラクルを飛ばせていたとは気づかなかった。

絶対に隠さなければならない自分達の存在を参加者に知られる。

果てしなく続く戦いの中でも始めての事。

そしてそれだけ、大きすぎるミス。

 

 

「ク……ッ!」

 

 

バズビーは一同の視線が自分に集中しているのに気づいた。

この司会を任される程の地位に立つ自分がミスを犯した? 下等な人間程度に隙を見せた!?

彼女は大きく歯軋りを行い、直後踵を返して怒声を上げる。

 

 

「監視役ゥウッッ!!」

 

「なっ!」

 

「………」

 

 

バズビーは鬼の様な形相で下宮と小巻の前に立つと、二人の襟を掴み、睨みつける。

至った結論は、コレは自分のミスではなく、下宮達のミスだと言うものだった。

監視役は文字通りゲームの運営を妨げる物が無いかを監視する雑用係。

当然オラクルを発射したのを気づけなかったのは、下宮達のミスではないかと。

 

 

「役立たず共が! 全て貴様らの責任だぞ!!」

 

「も、申し訳ありません!」

 

「申し訳ありません。しかし――」

 

 

言葉を続ける下宮。

 

 

「バズビー様ならば、抵抗させることなく終わらせるかと思っていたので」

 

「グッ! だ、黙れ!!」

 

 

バズビーの裏拳が下宮の頬を打つ。

彼は冷めた表情でズレたメガネを整えた。

 

 

「これだから人間あがりは使えないッ!!」

 

 

ヒステリーを起こすバズビーだが、そうしている間にも、モニターの向こうの『箱庭』では会話が行われている訳で。

とにかくだ、つまりはこう言う事である。

真司はゲームをやり直そうとしている。ココにいる、魔獣を巻き込んで。

いや、それだけじゃない――!

 

 

「皆が希望を失わないように、俺がルールを変える」

 

『はぁ!?』

 

「ジュゥべえ、俺にルールを決めさせろ!」

 

『馬鹿か!? そんなモンできる訳ねぇだろ!!』

 

「―――ッ」

 

 

見えた(チャンス)はあまりにも小さい物。

だが立ち止まれば、それは彼方に消えてしまうだろう。

消させはしない。絶対に。

 

 

「なんでも願いを叶えてくれるんじゃないのかよ!!」

 

『グッ! げ、限度がある! お前のやろうとしている事は、ゲームを直接否定するのと同じだ』

 

 

叶えられる願いはあ、くまでも箱庭である見滝原のみに干渉できる事。

つまりゲーム盤の外にまで干渉を及ぼす願いは叶えられない。

それを端的に教えると、真司は口を閉じる。

だが、すぐにまたその口を開いた。

 

 

「だったらせめて、俺が望む世界を作れるようなルールにお前らが変えてくれよ!」

 

『ッ?』

 

 

コチラの勝手でルールを変える事はできないと、真司は最初から分かっていた。

彼が思い出したのは、昔取材した詐欺に関わる事件で、編集長達に教えられた小さな知識だ。

まず明らかに無理な要求を出し、その後に狙いを要求を出す。

つまりこれが真司の本当の狙い!

 

 

(コイツ……! 馬鹿のくせに――ッッ!!)

 

 

ジュゥべえはすぐにその狙いに気づいた。

しかしどうだこれは、ジュゥべえは今、確かに真司の気迫に圧されている。

こんな事を思いつける程の余裕があると言うのか。

叶えられると信じている。成功を疑っていない。

何て傲慢な奴。どんな事をしても、この願いだけは叶えてやると言う、絶対の意地!

 

 

「殺し合いを望むこのルールの概念! 絶望と全滅を望む意思ッ! 俺がブッ壊してやる!!」

 

『つまりゲームの概念を変えろと――?』

 

「ああ、俺の概念(きぼう)に!!」

 

 

どうせ殺し合うだろう。どうせ皆死ぬんだろう。どうせ絶望が勝つんだろう。

そんな馬鹿げた概念を間逆に変える。それが城戸真司の望む世界への提示。

彼の絶対なる答えだった。

 

 

『その一つが、黒幕の登場って訳か……』

 

 

沈黙するジュゥべえ。

そのまま少し固まり、その後、再び口開く。

 

 

『黒幕ねぇ? 仮にいたとしてよ、引きずり出してどうするんだよ』

 

「決まってるだろ」

 

 

真司は拳を握り締め、それをジュゥべえに向ける。

 

 

「絶対にぶっとばすッ!!」

 

『………』

 

 

そして。

 

 

『………』

 

 

ジュゥべえは。

 

 

『……成る程』

 

 

確かに口を吊り上げ、ニヤリと笑った。

 

 

『面白れぇ! やっぱ馬鹿はコッチの予想外を突いてくるから面白れぇ!』

 

 

ジュゥべえ声を出して笑い出す。

これが城戸真司の示す答えか。ならばコチラも『答え』で返すのが礼儀と言う物だろう。

ジュゥべえは赤い瞳に城戸真司を映した。それはまるで炎の中に立っているようにも見える。

 

 

『いいぜぇ! やってみろよ!』

 

「!」

 

 

驚く真司。

 

 

『おいおいお前が言い出したんだろ?』

 

 

ジュゥべえは相変わらずニヤリと口を歪めたまま耳で拍手を行った。

それはニコに向けたもの。

 

 

『ご明察! このゲームの運営してるのはインキュベーターじゃねぇ。魔獣様さ!』

 

「魔獣ッ! それが黒幕なんだな!」

 

『まあな。お前らに殺し合いをさせてる団体様よ!』

 

 

頷くジュゥべえ。しきりに面白いと連呼し、真司を見ていた。

数えるのを止めるくらいの輪廻の中。まさか魔獣に喧嘩を売る馬鹿が現れるとは思っていなかった。

そこにジュゥべえは興味を抱き、結果、真司の希望に乗ったのだ。

 

 

『魔獣をぶっ倒し、かつ参加者が全員生き残れるルールをオイラと先輩が作ってやるよ!』

 

「……!!」

 

『だが勘違いするなよ人間が。テメェ等は今回のルールでも十分手を取り合えた筈だ』

 

 

だができなかった。

何故か? 愚かだからだろうと。

 

 

『その本質は変えねぇぞ。あくまでも基本的なルールは一緒だ』

 

 

殺し合うか、助け合うか。基本ルールは全く同じ。

最後に勝ち残った者が多くの願いを叶えられ、ワルプルギスを倒した場合は、一つの願いしか叶えられない。

 

だがそこに至る理不尽な点は少し減らしてやると言う。

希望は見させてやると。だが、その中には魔獣を入れる。

参加者全員が生き残れる確立は、むしろ低くなるかもしれない。

 

 

『それでも、やるのか? あぁん?』

 

「ああ! 俺の概念の下、俺は絶対に諦めない!」

 

『ならオイラ達を信用できるか? ゲームを考えたのも、運営してきたのも全ては魔獣だが、オイラ達インキュベーターも関わっていた事は事実だぜ?』

 

 

アシスタントと、ゲームが始まる元々の原因を作っている。

そのインキュベーターにゲームを任せると言う事。

 

 

「お前がもし俺達の生存を望んでいないのなら、この場で殺せばいい!」

 

『!』

 

「それをしないなら、俺はお前を信じる」

 

 

そして、全てが終わり、その時にまた人間に牙を剥くのなら――

 

 

「俺は、お前達を倒す!」

 

『くはははは! なるほど、ソイツは怖ぇな!』

 

 

成る程。これが城戸真司か。

ジュゥべえの中で、人間に対するイメージが変わっていく。

魔獣に食われるだけの家畜かと思っていたが、とんでもない牙を隠し持っていたじゃないか。

 

 

『乗ったよ城戸真司。テメェの作る未来、見せてみろ!』

 

「俺の、未来――ッ!」

 

 

必ずまどかが描いた未来を作ってみせる。

必ず参加者が全員揃って終わる結末に至ってみせる。

そして何よりも――

 

 

魔獣(ぜつぼう)を、倒す!!」

 

『面白い! 絶望の連鎖、断ち切る可能性をくれてやるぜ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿なッ!! 何をやっているキュゥべえ! 今すぐジュゥべえをココに戻せ!」

 

 

ホール内ではザワつく声が大きくなっていく。

誰もが皆混乱し、床にはチップ状に変えていた負のエネルギーが無数に散らばっていた。

その中でバズビーはキュゥべえに詰め寄り、怒鳴り声を上げる。

何を考えているのか。今すぐに城戸真司の願いを放棄させろと、そんな願いは叶えられないと告げろと吼える。

だが、キュゥべえは冷静だった。

 

 

『何故、断る必要があるんだい?』

 

 

確かに城戸真司はインキュベーターを敵に回す発言を行った。それはキュゥべえにとってよろしくない事ではある。

だがだ、彼が牙を向ける条件は、魔獣がいなくなった後に妖精がFOOLS,GAMEを続ける事だ。

もう既にエネルギーは十分集まった。故にキュゥべえは別にF・Gを継続させる気は無い。

そもそもインキュベーター達は直接人間に手を下すやり方はしない主義だ。

 

その考え方は変えるつもりはないし。

集まったエネルギーの量から、自分達は一旦地球を離れる事も視野に入れている。

つまり、少なくとも真司達が生きている間は、真司の言う『ちょっかい』をかけるつもりは無い。

 

 

『つまりインキュベーター側には何も問題無いと言う訳さ』

 

「はぁああッ!? 何を馬鹿なことを言っている!!」

 

 

このまま真司の願いを許せば、魔獣である自分達がゲームに巻き込まれる。

 

 

「それのどこが問題ないと言うのか。気でも狂ったか!?」

 

 

バズビーは顔を歪ませ、キュゥべえを睨みつけた。

だが凄まじい殺気の中でも、キュゥべえの表情が変わる事は無い。

 

 

『ボクは正常さ。訳がわからないよ』

 

 

その態度が頭にきたのか。バズビーはキュゥべえを掴みあげる。

同じくして背後にいたシルヴィスが声をあげる。

彼女もまた、その表情からは余裕が消えていた。

 

 

「私達を裏切るのですか……?」

 

『裏切る? 何を言っているんだい、キミ達は』

 

 

さも当然の様にキュゥべえはそう言った。

そう、おかしいのは魔獣の方だ。彼等は大きな勘違いを一つしていると。キュゥべえは言った。

裏切ると言うのは、そもそも一般的に味方に叛いて敵側につく事や、人の信頼に背く行為をする事であるが――

 

 

『ボク達は初めから利害関係が一致したからこそ行動を共にしていただけで、仲間ではないよね?』

 

「なっ!」

 

『ボク達を信頼してくれていたと言うのなら申し訳ないけど、そもそもボク達はキミ達を信頼してはいなかったし、気持ちを押し付けられても困るよ』

 

 

そして今、インキュベーターの目的は何も変わっていない。

その過程の中で、魔獣がゲームに巻き込まれるというだけ。

インキュベーターには何の関係も無い話ではないか。

人間がどうなろうと、魔獣がどうなろうと、キュゥべえ達の目的はエネルギーの収集だ。

 

 

『気になっていたんだよね』

 

「なに――ッ?」

 

『ボク達とは違い、キミ達魔獣には、人間と同じ感情がある』

 

 

考え方は大きく違うけれど、歪ながらも心はある。と言う事はだ。

 

 

『キミたちが絶望したとき、どんな質のエネルギーが得られるんだろうってね』

 

「き、貴様ぁあアアアアアアッッ!!」

 

 

バズビーはキュゥべえの首を絞め、ねじ切った。

地面に落ちるキュゥべえの死体。

 

 

「魔獣に逆らうとは、宇宙の意思も随分と愚かな物ですね」

 

 

首を振るシルヴィス。

しかし――

 

 

『君達は少し、調子に乗っていないかい?』

 

「!!」

 

 

バズビー達の背後に光る目が。

そこにいたのはキュゥべえだ。更新されたキュゥべえは、自分の死体を踏み越えて台座の上に戻る。

魔獣は最近、どうにもインキュベーターを私物化している様にしか思えない。

 

 

『勘違いも甚だしいね』

 

 

そして同時にジュゥべえの顔がモニターに映る。

彼は笑みを浮かべて魔獣のほうに視線を移していた。

 

 

『先輩の言う通りだ。インキュベーターをナメるなよ』

 

「ぐッ!」

 

『今からこのゲームの運営は、オイラ達インキュベーターのみで行う』

 

 

お前らは少し黙ってろ。

その言葉を捨て台詞として、再びジュゥべえは真司の方に視線を合わせた。

とにかくジュゥべえは真司の言い分を理解し、それを叶えても良いと示す。

しかしだ。だからと言って、疑問が消えた訳じゃない。

真司の示す道に興味が湧いたからこそ、ジュゥべえは歪な笑みを向ける。

 

 

『いいか? 魔獣の奴らは口はでかいが、相応の実力を持ってる』

 

 

それに打ち勝ち、かつ全滅状態となったこの今と、間逆の結果を目指さなければならない。

跳ね上がる難易度。そしてもしも敗北する様な事があれば、魔獣によってより深い絶望が与えられた後、永遠なる死に至るのだろう。

 

いや、もしかしたら死よりも深い絶望を味わう事になるのかもしれない。

要するにチャンスは今回限りだと言う事だ。

 

 

「ああ、分かってる」

 

『策はあるのか?』

 

「………」

 

 

手を見つめる真司。

まどかに、美穂に、蓮に、仲間、友に触れた時に感じたぬくもりを思い出す。

そしてそれを心に刻む様に、拳を強く握りしめて再びジュゥべえを見た。

簡単な事なんだ。難しい事なんかじゃない。

 

 

「俺達は信じあえる……! その気持ちさえ、あればいいんだ……」

 

『それが無いからこうなった』

 

「なら思い出させるさ、絶対に」

 

 

頷くニコ。

魔獣の力の片鱗を感じて心折られた彼女だが、真司を見ていれば可能なのではないかと思えた。

迷い無き絶対の意思。そして何よりも強大な絶望を前に立ち向かう勇気。

そうだ、それが彼の性質だったじゃないか!

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

空間が割れ、そこからドラグレッダーが咆哮を上げて出現する。

激しく真司の周りを旋回する赤い龍。

そうだ、彼の勇気が悪夢を壊すのだ!

 

 

『了解したぜ城戸真司。お前の願い、確かに聞き入れた』

 

 

ゲームを同じ参加者で再び行う。

そして、真司の意思を元に、ルールの再構成を行う。

 

 

『問題は?』

 

「無い!」

 

『ならいい!』

 

 

その情熱で守れるなら、守って見せろと。

ジュゥべえは真司の中に強い生命エネルギーを感じる。

何が何でも生き抜いて見せると言う、貪欲なる覚悟。

引き裂かれる程の悲しみがあったからこそ、生まれる息吹きと言うのもあるのか……。

 

 

「見てるか、魔獣!」

 

「!!」

 

 

そして真司は先程ジュゥべえが魔獣に話しかけた時に見ていた方向を睨みつけた。

モニター越しにぶつかり合う視線。魔獣達は真司の目の奥にに宿る炎を視て、思わず声を失い、立ち尽くす。

 

 

「俺はお前らを絶対に許さない!」

 

「ッ!」

 

「皆ッ、どんな奴だって命があったんだぞ!!」

 

 

叶えたい願いがあった筈だ。どうしても成し遂げたい想いがあった筈なんだ。

 

 

「それをお前らが踏みにじり、笑いものにした!」

 

 

真司は腰を落として拳を構える。

ふざけるなよ、俺達の命は玩具なんかじゃないんだ!!

同時に周りを激しく旋回するドラグレッダー。口の中を光らせて炎を溢れさせる!

 

 

「誰一人死なせない! 必ずお前らを倒して、ゲームを終わりにしてやる!」

 

 

再び仲間たちと寄り添って歩くため、真司は思い切り虚空を殴りつけた。

その拳に、果てなき希望を乗せて。

 

 

「ダアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

その意思に反応して、ドラグレッダーが巨大な炎弾を発射する。

生身で放つ昇竜突破。モニター一面に赤い炎が広がり、真司達の姿を完全に被い隠した。

それはまさに恐怖を吹き飛ばす烈火。魔獣達にまでその熱と衝撃が伝わってくる勢いであった。

悲鳴が聞こえる。炎に埋め尽くされた画面に怯んで下層にいた魔獣たちが仰け反り、次々に地面に倒れたり、しりもちをついていく。

 

 

「おのれ……ッ! 人間風情がぁぁあッ!」

 

 

バズビーはかつて無い程の怒りの形相を浮かべ、ホールを飛び出していく。

他の魔獣達も、今までに感じた事の無い怒りと屈辱に、そして覚えてしまった確かな『焦り』に表情を歪ませていた。

ゴミ同質と考えていた究極の弱者が。、自分達を倒そうと言うのだから。

 

しかしその中で、唯一全く違う表情を浮かべていた者が一人。

それに気づいたのか、彼を肘で小突く少女が。

 

 

『あ、あなた……! 馬鹿、今どんな表情してるか分かってるの!?』

 

 

小声で語りかける少女に反応した少年。

しかしこみ上げる想いが原因で、表情は中々戻せない。

 

 

『困ったな……!』

 

『……ッ』

 

 

下宮鮫一は、まるでずっと欲しかった玩具を買ってもらった子供の様な、純粋で希望に満ちた笑みを浮かべていた。小巻はそれを見て複雑に表情を歪ませる。

 

そして上層では、炎に包まれた画面を見ていたギアが。

相変わらず頬に手の甲を当てて首を傾げる様に画面を見ていた。

その姿勢は変わっていないが、彼もまたその心の中には、かつて無い屈辱と怒りが燃え上がる。

その証拠にもう一方の手をギリギリと強く握り締めているではないか。

 

城戸真司。炎越しに視線がぶつかり合う。

彼の思い通りには事は進めない。魔獣に逆らった罪、その命と希望を以ってして償ってもらう。

ギアは無言で、不動で、確かな憎悪を瞳に映して、炎を見つめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「体が……、消えてく」

 

 

展望台。そこには確かな異変が訪れていた。

ニコの体が粒子化し始めたのだ。一瞬死んでしまったのかと焦ったが、周りを見れば見滝原の町もまた粒子化を始めている。

これはジュゥべえ達が行った舞台の再構成だ。

箱庭であるこの舞台が、イツトリの概念ではなく、城戸真司の概念によって新たなる幕開けを待つ。

 

 

「どうして俺の体は消えないんだ?」

 

『お前は概念のコア。消えるのは一番最後だ』

 

「そんなもんか……」

 

 

真司は展望台の手すりに持たれて街を見下ろす。

そして聳え立つ救済の魔女を悲しい目で見つめていた。

そんな真司に、ニコが声をかける。

 

 

「城戸真司。私の話を信じてくれてありがとう」

 

「ああいや、いいんだよ」

 

 

こっちがお礼を言わないといけないと、真司は笑う。

ニコのおかげで状況を把握できたし、魔獣がいる事も分かった。

それを聞くとニコは少し複雑に表情を歪める。

 

 

「私はそれを知っておきながら……、諦めようとしていた」

 

 

 

魔獣の組織力や実力に勝てないと決め付け、自分で考えるのを放棄していた。

しかし真司は確かな反逆を魔獣達に見せた。

 

 

「私にはできなかった事だ。それになによりも――」

 

 

少し言い辛い。ニコは言葉を詰まらせるが、やがて決意したように話す。

 

 

「すまん、私は参戦派だ。次のゲームでもそうなると思う」

 

「ニコちゃん……」

 

「だから頼む、私をどうか説得してくれ!」

 

「………」

 

 

少し泣きそうになっているニコの顔を見て、真司は強く頷いた。

どんな相手でも必ず分かり合える筈だ。彼はもうそれを諦めない。

だって自分達はどんな力を手に入れたところで――

 

 

「同じ人間だから」

 

「ああ……!」

 

 

だがその時だった。

割り入る様にしてジュゥべえの声が聞こえたのは。

 

 

『もしかしたら、その必要は無いかもしれないぜ』

 

「え?」

 

 

振り返る真司。

するとそこには、耳を伸張させて笑みを浮かべているジュゥべえの姿があった。

彼は耳で真司の頭を押さえると、その瞳を赤く光らせる。

ニヤリと。口をより吊り上げた。

 

 

「―――」

 

 

耳鳴りが真司の脳に響く。

そして――

 

 

「うぁぁああぁああぁあああああッッ!!」

 

「!?」

 

『ヘヘヘ!』

 

 

真司は頭を押さえて発狂したように叫ぶ。地面に崩れ落ち、体を丸めて防御体勢を取っていた。

苦しげに呼吸を荒げ、その後もしばらく叫び続ける真司。

ニコはゾッとしてジュゥべえの詳細を問うた。

 

 

「おまっ! 城戸に何をした!?」

 

『分かってた筈だろうが、コレってヌルゲーじゃねぇんだよ』

 

 

望む物がでかければ、ソレ相応の苦痛は伴う。それが今まさにコレと言う事だ。

何をしたのか? それは簡単な話だ、真司は次のゲームで完全なる勝利を望んでいる。

だとすれば、今まで負け続けた点を考慮しなければならない。

 

 

『次のゲームで、仮にも魔獣に勝利宣言を行った本人が、その事を覚えていないんじゃ話しにならないだろう?』

 

「まさかッ!」

 

『ああそうさ。今オイラは、コイツに輪廻の記憶を叩きつけた』

 

 

文字通り、城戸真司が歩んだ全ての時間を思い出させてやった訳さ。

ジュゥべえは自慢げにそう言って笑った。龍騎の世界の記憶、そしてこのFOOLS,GAMEに飲み込まれた後の記憶。

全てが真司の脳を駆け巡っている事だろう。

もちろん余計な情報を覚えられても困るし、何より人間の脳みそに入る情報量は遥かに超越している。

すぐに忘れる情報もあるだろう。ましてや、龍騎の世界で記憶したことはほぼ忘れてもらう。

 

 

『だが、今のコイツには、全て必要な事だ。必要な苦痛だ』

 

 

少年漫画みたいなノリを押し付けられても困る。

相応の苦痛を乗り越えてからこそ、その言葉には重みが伴うはずだ。

 

 

『さあ最初の戦いだぜ城戸真司。テメェは自分の記憶に押し潰されずに自我を保てるのかなぁ?』

 

「アァアァアァアアアアアアッッ!!」

 

「くっ! 人間に耐えられる訳ないだろ!!」

 

 

ニコは真司を助けようとするが、既に足が消滅していた。

そしてそのまま体は粒子となって――

 

 

『じゃあな神那ニコ。次のゲームがあるんなら、また会おうぜ』

 

「チッ!」

 

『チャオ』

 

 

消滅するニコ。

ジュゥべえは地面を転がって頭を強く抑える真司を見て、相変わらずニヤリと笑っていた。

これくらいで脱落する様ならば所詮はその程度。口だけのどこにでもいる様な人間って訳だ。

魔獣に勝つには、ソレ相応の『心』を持っていないといけない。

 

 

『うーん……』

 

 

苦しむ真司を見ながら思い出す。

そう言えば真司は以前にも発狂して廃人になったルートがあったか。

あれはたしか……、そう、世界の心臓を破壊し、戦いを終わらせたつもりになった時だ。

結局戦いは繰り返され、真司はその事に耐えられずに狂ってしまった。

当然記憶されるかどうかはともかく、フラッシュバックするのだから――

 

 

『あ、無理かコレ』

 

 

さらにその時だ。

なんと救済の魔女の体が光り、真司の体も同じ光を放ち始めた。

流石はパートナーと言うことなのか、救済の魔女は10日を待たずして真司に狙いを定めたのだ。

弱っている真司の心を感じたのだろう。

そこに割り入る事で、一気に生命のエネルギーを吸い取ろうと。

 

この錯乱状態に救済の魔女の悪意。

コイツはマジで終わったか?

ジュゥべえはやれやれと首を振って、期待ハズレだと真司を一瞥した。

 

 

「―――」

 

 

そして真司の脳内。

様々な景色がフラッシュバックする中で、多くの苦痛と絶望が心を蝕んでいく。

守れない弱さを思う存分に教えられ、失う恐怖と味わった苦痛をこれでもかと容赦なく突きつけられる。

心と体が引き裂かれそうになる空間の中で、脳にまどかの声が聞こえてきた。

救済の魔女の言葉が鳴り響いたのだ。

 

 

『もう諦めようよ真司さん』

 

「まどか……ちゃん――ッ!!」

 

 

空に手を伸ばす真司。虚ろな彼の瞳には、何も映らない。

 

 

『頑張ったって何にもならなかったじゃない! 誰も守れなかったじゃない!』

 

「う……アァッ!」

 

 

そうか、そうなんだよな。

 

 

『誰もわたし達の話を聞いてくれない。誰もその道を理解してくれない』

 

「ぐっ! ぐぐぅうッ!」

 

 

そうだよな。皆、戦ってばっかりだった。

 

 

『もう止めよう? 無駄だったんだよわたしの頑張りは、努力は』

 

 

繰り返しても苦しいだけだ。

きっと結果は伴わない。また新しい苦痛が増えるだけ。

 

 

『そんなの意味無いよ!』

 

 

まどかの影が、真司を優しく抱きしめる。

 

 

『わたしの世界に行こうよ真司さん。そこなら、いつまでも皆優しくしてくれる』

 

 

皆笑って、楽しい世界が待ってる。美穂さんもいるよ? まどかは微笑んだ。

 

 

『もう頑張らなくてもいいんだよ? 行こうよ、真司さん!』

 

「――――」

 

『みんなが待ってるよ、真司さん!』

 

「……そう、そうだ、皆が待っているんだな」

 

 

真司は笑みを浮かべた。

 

 

(堕ちたな)

 

 

ジュゥべえは確信する。

真司は天に向けて伸ばしていた手をダランと地面に落とすと、動きを停止した。

終わったか。ジュゥべえは真司が狂い、壊れたのを確認した。

まあ無理もないと言えばそうだが――

 

 

『残念だぜ、城戸真司。所詮人間が語る妄想を超える事はできなかったか』

 

 

ジュゥべえは踵を返す。

とんだ期待ハズレの人間だ――

 

 

「どこに……! 行くんだよ……ジュゥべえ――ッ!」

 

『な、何ッ!?』

 

 

振り返るジュゥべえ。そこにいたのは這い蹲りながらも、確かに立ち上がろうとしている城戸真司の姿であった。

 

 

『なんだと!? お、お前ッ! どうして――!』

 

「みんな、待ってるんだよな……、まどかちゃん――ッ!」

 

 

そうやってヨロヨロと真司は立ち上がる。

 

 

『馬鹿な!』

 

 

ジュゥべえは再び間抜けな声を上げて腰を抜かした。

 

 

『何故あの状態で狂わない、何故あそこから踏みとどまれた! 絶望を眼前にまで控えて、巻き戻したというのか!』

 

 

あり得ない!

ジュゥべえは汗を浮かべ、かつてない焦りを感じていた。

仮もただの人間である城戸真司が、あの絶望を抑え込んだとでも言うのか。

 

 

『どうして? どうして立ち上がるの真司さん!』

 

 

そしてそれは救済の魔女も同じだった。ジュゥべえにも彼女の声が聞こえている。

どうしてまだ立ち上がるのか。どうして安息の世界が待っているのにそれを拒むというのか。

全く理解できない話であった。

 

 

『どうして? ねえどうして!?』

 

「……まどかちゃん、君を見てて思った」

 

 

ボロボロになってまで戦いを止めようとする事が、どれだけ厳しい事なのか。難しい事なのか。

それを理解できず、それを甘く見ていたから、過去の自分は狂ってしまった。

 

 

「俺は馬鹿だから、自分じゃ一生気づけなかったよ……!」

 

 

でも、まどかがいた。

自分と鏡合わせの様なほど、同じ考え方の少女がいた。

いやもっと立派だったかもしれない。その身に大きな絶望を抱えながらも、他者との争いを否定する事がどれだけ辛い事だったのか。

 

生きる道を選ぶことがどれだけ厳しい物だったのか。

それでもまどかはそうしたいと願い、戦った。

そんな彼女が絶望に呑まれる。それが、どれだけ理不尽だと思ったか。

俺は信じてたんだよ、君の夢が、何よりも熱い未来に変わるって事を。

 

 

「さっきも言ったよな……、ジュゥべえ!」

 

『!』

 

「こんな俺にも……ッ! プライドがあるんだよ!!」

 

 

自分よりも小さな女の子が苦しんで苦しんで苦しみぬいて死ぬ世界なんて、絶対に認められるかよ! おかしいだろ普通に考えて! 彼女たちも、俺たちも普通に生きて幸せになる権利って奴がある筈だ!

 

なのに魔獣なんて訳の分からない存在に玩具として扱われる世界を認められるかよ!

それに俺にだって願いがある。ずっと叶えられずに終わってきたけど、確かに抱いた願いがあるんだ。

 

 

「それを叶えられずに終わるなんて……、できるかよ!!」

 

『お前……ッ!』

 

「狂ってる場合じゃないんだ、俺は! 絶対にッッ!!」

 

 

ジュゥべえは分析を開始する。

鹿目まどかの存在がココまで彼を律したとでも言うのか?

たった一人の人間が、幾千の絶望をかき消したとでも言うのか?

待てよ……、龍騎の世界における強いエネルギーを放つ時間軸において、真司は命を落とした。

そして理由は確か、女の子をモンスターから守る為に。

 

 

『ッ! そういう事かよ……!』

 

 

城戸真司の起爆剤は、どこまで行っても、どんな時間軸においても、他者を守ろうとする事か!

ましてや救済の魔女の声が真司にその意欲を駆り立たせたとしたら?

まどかをこのまま絶望の魔女にしたくはない、その想いを新たにチラつかせる事で、真司は文字通り何度だって立ち上がってくると言うのか。

普通ならば絶望に向かう事を助長する言葉が、真司には反旗の意を刺激させたと言うのか!

 

 

「そう、そうだ、皆がいる!」

 

 

真司は呼吸を荒げながらも、確かにその二本の足で地面を踏みしめ立っていた。

みんなが。13人の騎士と13人の魔法少女。そしてその関係者が、確かにこの世界には存在しているんだ。

どんな人間であれ、どんな想いを抱えていたとて、彼等は確かな願いを抱えて生きていた。

 

幾千のゲームが行われてきた。

そしてそれが次に始まるゲームの為に真っ白にされる。

 

駄目だ。駄目なんだ。それを無かった事にしてはいけない。無かった事にはできない。

無限ともいえる程に繰り返されてきた戦いの中に抱いた悲しみを、喜びを、絶望と希望を、作り話には変えられない。変えさせはしない。

彼らが生きた証を無くしては駄目なんだ。

今までは何だったんだと思わせてはいけないんだ。

 

 

「俺達は皆ッ、命を持つ人間だ!」

 

 

その事実を否定させはしない。

人の命を玩具にするゲームを許しておく訳にはいかない。

そして自分達は自分達の命を。たった一つの人生を、自分で決められる様にしなければならない。

 

 

「だからごめんっ、まどかちゃん。まだ俺は折れる訳にはいかないんだ!」

 

 

君が笑って友達と暮らせる明日を探さなければならない。

俺には今、燃やし続けなければならない(きぼう)があるんだ。

この胸には、戦うための愛があるんだ。絶望の中でも信じていたい人がいるんだ。

だからこの命の、この希望の炎はまだ消せない。

果てしない炎の中で燃やし続けるんだ――!

 

命の、ままにッッ!!

 

 

『………』

 

 

真司に張り付いていたまどかの影が動きを止め、言葉を止める。

たった今、城戸真司は救済の魔女が齎す救いを拒んだのだ。

そしてそれを、魔女自身が受け入れる。

 

ジュゥべえはその異質ともいえる状況に思わず言葉を失う。

 

 

『馬鹿な……! 救済の魔女の救済を、ただの人間が跳ね除けるのか!!』

 

「だからまずは何としても――!」

 

 

真司は再び目に強い光を宿して叫んだ。

 

 

「俺は、FOOLS,GAMEを否定するッッ!!」

 

『……ッ!』

 

 

これが人間か。これが城戸真司か! これが絶望に牙を剥く戦士の姿なのか!!

ジュゥべえは、かつてない程の輝きを放つ真司のデッキを見て、言葉を失った。

爆発する様に光を放つ龍騎の紋章。彼は全ての真実を知り、唯一無二の到達点へ足を踏み入れた。

揺ぎ無い力。揺ぎ無い絶対の意思に至ったのだ。

これはまさしく、答えにたどり着いた者が放つ光。

 

 

『!!』

 

「ッ!?」

 

 

そしてそれは一瞬だった。

次々に展望台の周りに、人の形をした化け物が出現していったのは。

巨大な男のシルエットで、色は白、髪は無い。服には長い布を纏い、顔には四角い板の様な物がモザイクの様にかけられている。

 

 

「ジュゥべえ、なんだよコイツら!?」

 

『やべぇ! 魔獣だ!』

 

「ッ! これが――!」

 

『ああ、人の負の感情から生まれたモンスター! マイナスエネルギーの塊だ』

 

 

ざっと見ても三十体はいるだろうか。

そして前方からは明らかに雰囲気の違う者が歩いてきた。

人間の姿をしているが、真司はそれがレベルの高い魔獣であると見抜くことができた。

その理由は、ニコが言った特徴と一致したからだ。桃色の髪が混じった金髪の少女。

 

 

「よくも……! よくもやってくれたなァ! 人間の分際でぇえッ!」

 

「ッ! お前が魔獣!?」

 

『――ッ! 幹部だ、人間の姿を模した言葉を放つ上級の魔獣』

 

 

バズビーに睨まれたジュゥべえ。これは少し予想外だった。

一応簡単なプロテクトは施してあったが、それを破って見滝原に侵食してくるとは。

向こうは確実に真司を殺す気だろう。ココで彼が死ねば、ゲームの基盤となる概念が消滅したことになり、ゲームが再構成されなくなる。

 

だがこの三百六十度、雑魚とは言え魔獣に囲まれた状況。

逃げる事もかなわないか。とは言え今の真司で勝てるか? ココは多少無茶をする事になるが、肩入れを――

 

 

『ギャン!』

 

「ッ! ジュゥべえ!!」

 

「目障りな奴らだ、つくづくな!」

 

 

バズビーは弓矢を出現させ、ジュゥべえの眉間を素早く射抜く。

矢にはエネルギーが纏わり付いており、刺さった部分を中心にジュゥべえの体が粉々に消し飛んだ。

死ねば新しい体がやってくる更新型のキュゥべえとは違い、ジュゥべえは体が再生する形式のシステムとなる。

当然受けた傷が。つまり損傷した部分が大きければ大きいほど、再起動にも時間が掛かる。

余計な事をされても困る。バズビーはそれを理解した上で、まずはジュゥべえの機能を封じた。

そして再構成の時間までに真司は死ぬ。それだけだ。

 

 

「分かるか、ゴミが……!」

 

「ッ!」

 

「醜い猿に見下された事で芽生えた殺意が、苛立ちが!」

 

 

バズビーの目がドロドロとした殺意の光を見せる。

 

 

「魔獣の玩具として存在を許されている人間の分際で、まさか主人に歯向かおう等と考えるとは愚かしい」

 

「なんだとッ」

 

「ソレばかりではなく、事もあろうに全員の生存だと? 幼児でも無理だと分かるだろう夢物語に付き合わされる事になるとは……!」

 

「夢なんかじゃない、俺は叶えてみせる!」

 

 

そして今の言葉を聞いて、改めて思った。

 

 

「俺はお前らを、絶対に許さない!」

 

「許さない? 調子に乗るなよ下等種族が……! お前はな、今ココで死ぬんだよ!!」

 

 

バズビーが手を上げると、魔獣達のモザイクが光り始める。

力のチャージ。殺意の光が全て真司に向けられた。

全ては彼を殺すため、彼の命を消し去るために。

 

 

「焼き尽くしてやる。下らない願いと共に!」

 

「下らないだと? 下らないだとッ!?」

 

「ああそうだ。皆で生き残るゥ? ハッ! 馬鹿共にできる訳無いだろ!」

 

 

睨み合う二人。

ああ気に入らないとバズビー。

なぜ睨み返す程の気力があるのか。

 

 

「恐怖しろ! お前は何も成し遂げられずにココで死ぬ!」

 

 

全員で生き残る? フールズゲームを否定する? 命を持つ人間? 下らない、ああ下らない!

お前らは道具なんだよ。私達を楽しませる為だけに存在する玩具。それが何を語るというのか。

偉そうに人権を主張する愚かな行為! 非常に腹が立つとバズビーは早口に吼える。

 

 

「お前らは永遠に絶望し続ける。それが覆る事は無い!」

 

「!」

 

「そして私達を楽しませるために死んでいくのだ!」

 

 

弦を振り絞り、狙いを定めるバズビー。

彼女の目が、真司の心臓に照準を合わせた。

己が分際を弁えない玩具に、存在する価値など微塵も無い。代わりはいくらでもいるのだから。

もはや目に映すのも腹立たしい。

 

 

「理想と共に、絶望へ消えろ――ッ!」

 

 

そして、手を離す。そして魔獣達も一勢にレーザーを放った!

 

 

「死ね! 人間がぁアアッッ!!」

 

 

放たれる矢。

そして光の奔流は真司をあっと言う間に飲み込んだ。

人が耐えられる攻撃ではない。城戸真司に防げる攻撃ではない。

終わり、彼は死ぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まどかが、いなければ!

 

 

「俺は死なない!!」

 

「なッ!! 馬鹿なッ!?」

 

 

激しい衝撃が巻き起こり、真司を貫くはずの矢が、レーザーが塞き止められる。

いやそれだけじゃない! 防がれた攻撃達は、真司を守るその光によって弾かれて消滅した。

目を見開くバズビー。そこにあったのは龍騎の紋章であった。

バズビーは忘れている。彼には、パートナーがいたからこそ生まれたカードがある事を。

 

 

「絶対に生き残る!」『スキルベント』

 

 

リュウガ戦同じく、真司を守ったのは鹿目まどかとパートナーになったからこそ生まれたカードの力であった。

ドラゴンハート、結界の中で尚もバズビーを睨む真司。このカードは鹿目まどかがいなければ生まれなかった力だ。

だからこそ、彼女には返さなければならない恩がある。

対してバズビーは大きな歯軋りを行っていた。

 

 

「コケにしやがって! 黙って殺されればいい物を……ッ!」

 

 

粉々に割れ、弾ける結界。

そこから現れたのは真司ではなく、既に変身を完了していた龍騎であった。

だがバズビーには何の焦りも無い。むしろ呆れと怒りが膨れ上がっただけだ。

スキルベントは一度だけ。だが魔獣側は、もう一度同じ攻撃を放つ事ができる。

いや、むしろ威力を上げる事だってできるのだ。囲まれている状況では、ドラグシールドでは防ぎきれない。

龍騎がやった事と言えば、死の時間を少しだけ遅らせただけの愚かしい行為でしかないのだ。

 

 

「さっさと絶望して死ねよ――ッ!」

 

 

再び弓を振り絞るバズビーと、モザイクを光らせる魔獣たち。

だが龍騎もまた、デッキに手をかけている所だった。

それを笑うバズビー。今更何をした所で無駄なんだと。

 

 

「足掻くな! 吼えるな! いきがるな!」

 

 

お前みたいな奴が一番ムカツクんだ。簡単に分かる事も分からない。

 

 

「脳に刻め! お前らの絶望は、死は覆らない!」

 

 

その言葉を聞いて、龍騎の脳には真実の記憶がフラッシュバックしていく。

そうだ、参加者の死と言う絶望が。

誰しもが、何かを想っていた。誰もがどんな鎧を纏おうと、どんな魔法を覚えようが人間だった。浅倉や杏子だって、獣になる理由があったからこそ、ああなった。

参戦派も協力派も、どんな願いであれ、ちゃんと心があったんだ。

その心を、このゲームが踏みにじった!

 

 

「いや――ッ!」

 

「あン?」

 

「違う! お前らが絶対の死を提示しても、俺はそれには従わない!」

 

 

龍騎は一枚のカードを引き抜き、それを翻して絵柄を見せる。

描かれていたのは龍騎の紋章が半分描かれ、そこから金色の翼が生えているもの。

そして背景は赤く燃え滾る様な炎が。

これが、絶対の絶望に刃を突き立てる反逆の一枚。

 

 

城戸真司が生み出す、『Revolution(かくめい)』のカード!

 

 

「ッッ!!」

 

 

カードの中にある炎が文字通り激しく動きめき、燃え上がる。

すると龍騎の周りに炎が発生し、回りにいた魔獣に燃え移っていった。

悲鳴を上げながら後退していく魔獣たち、当然攻撃のチャージは中断される。

そして炎はバズビーにも届いていた。激しい熱を感じて、同じく後退していく。

見開いた目の先には、陽炎の中に佇む龍騎が。

そして龍騎の背後にいたまどかの影は、その陽炎の中でゆっくりと消えていった。

 

 

「………」「………」

 

 

無言で睨み合う両者。

だがバズビーの心には確かな焦りと戸惑いが存在していた。

 

 

(馬鹿な、あり得ない! なんだ、なんなんだこの力は!!)

 

 

瞳が震える。汗が頬を伝う。

陽炎の中から確かに感じる、このエネルギーは一体なんだ!?

 

 

「!」

 

 

龍騎は左手を前に突き出した。

すると、ドラグバイザーが炎に包まれて消滅する。

とも思えば、今の龍騎には握られている『銃』が。

 

 

「俺の答えは、俺の希望は! お前らには消させない!」

 

「グッ!」

 

 

龍騎はドラゴンの顔を模したその銃。『ドラグバイザーツバイ』の口を開き、その中へ手にしたカードを装填する。

そして口を閉じる事で、そのカードが発動された。

 

 

「俺が皆をッ、救ってみせる!!」【サバイブ】

 

「!!」

 

 

守る事と共に、救う事。それを真司は答えと見出した。

激しい炎が龍騎を包み。直後、鏡が割れる音と共に炎が割れる。

そこから姿を現したのは、強化形態・龍騎サバイブ!

 

城戸真司の生きる力。生き残る力である。

 

 

「お、おのれ……ッッ!!」

 

「この命はまどかちゃんがくれた、たった一度のチャンスなんだ。無駄にはできない……ッ!」

 

 

再び動き出そうとする魔獣を怯ませる程の咆哮が聞えた。

上空から飛来してきたのは炎に包まれているドラグレッダー。

そして彼の炎が、新たなる進化を促した。

金と赤の鎧が装着され、より壮大な姿になったのは"烈火龍ドラグランザー"。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

龍が、吼えた。

するとどうだ。空間が震えるではないか。

その咆哮が周囲の炎を拡散させ、魔獣達は炎に包まれて叫びを上げはじめた。

 

 

「ぐあぁあ……ッ!」

 

 

同じく爆風に呑まれ、吹き飛ぶバズビー。

龍騎はそこで少しだけ顔を動かして、後ろにいるだろう救済の魔女を確認する。

 

 

「………」

 

 

たった一人守れないで――ッ! 何が騎士だ!!

 

 

「見ていてくれ、まどかちゃん」

 

 

今、変えて見せるから。

変えられるんだと証明して見せるから。

龍騎はデッキからカードを抜き取ると、ツバイに装填する。

 

 

【シュートベント】

 

 

銃を構える。

周りで、もがき苦しむ魔獣の一体に光線を命中させた。

すると龍騎の背後に構えたドラグランザーが口から巨大な火炎弾を発射。

光線が当たった部分に、間を入れず命中させて追撃を行う。

 

メテオバレット。

断末魔を上げる暇も無く爆散する魔獣。

さらに龍騎は光線を連射、周りにいる魔獣めがけて光のレーザーを撃ちまくる!

そしてそれに合わせて同じくドラグランザーは火炎弾を連射していった。

わずか10秒も無い内に、龍騎を焼き尽くそうとしていた魔獣が、全て逆に焼き尽くされる。

 

 

「あ、ありえない! ありえないぃいッ!!」

 

 

立ち上がり、驚愕の表情を浮かべるバズビー。

 

 

(聞いていないぞ、ここまでの力を奴が持っているなんて!)

 

 

バズビーが驚くのも無理はない。

サバイブとは未知数の力。今までのゲームでも、登場したことは一度あったか無いか。

なによりも魔法少女の力ではなく、これは騎士の力だ。魔獣達とて全てを把握している訳ではない。

そんな物を使ってゲームをしていた彼女たちのミスだろう。

自分達に絶対被害はこないと言う慢心があったのか。

 

 

「………」

 

 

龍騎は胸に手を当てる。

今まさに芽生え、蘇る力。サバイブとは生き残るという意味だ。

生きるための力、生きる事を望む力。何よりも誰かの為にと言う、『愛の力』が、龍騎を極限にまで強くする。

 

そうだ。龍騎は救済の魔女を背負いながら、ツバイの銃口をバズビーに向けた。

この胸に生まれついた生きる威力を武器にして。

まどかの前で、ありのまま、何度だって! 熱く、強くなって見せようじゃないか!

 

 

「ハァアアアッッ!!」

 

「う、うあぁあああああッッ!!」

 

 

ツバイから先ほどとは比べ物にならない大きさのレーザーが放たれる。

ドラグランザーはそこに炎を発射して、レーザーを真っ赤に染め上げる。

シュートベントでの必殺技。『ストリームボルケーノ』がバズビーを狙う。

素早くシールドを張ってみせるが、炎の奔流はバズビーを容赦なく巻き込み、近くの木々にぶつけていった。

 

 

「ウガァアアアアアアアアア!!」

 

 

プライドの高い魔獣が受けた屈辱、それは計り知れぬ物だろう。

木々を吹き飛ばして立ち上がるバズビーの表情は醜く歪んでいた。

構える龍騎。アレを受けてもまだ立っていられるとは。

ジュゥべえの言ったとおり、魔獣の力がそれだけ高いという事だ。

 

 

「殺す殺す殺す殺すゥウウウウッッ!!」

 

「!」

 

 

どうやら相当キテいる様だ。

 

 

「絶対に殺す! 確実に殺す! 死んでも殺すッッ!!」

 

 

そこで粒子化し始める龍騎の体。どうやら時間は間に合ったようだ。

それをバズビーも理解している。あんな下等な生き物にしてやれた。

 

 

「よく聞けよクソ人間ンンッッ!!」

 

 

その憎悪が今、バズビーの中では爆発して、より歪になっていく。

 

 

「お前らにはほんの一欠けらの希望も無い事を教えてやる! 分からせてやるッ!」

 

 

そして後悔させてやる!

生まれてきた事を泣いて後悔し、魔獣に逆らった事を涙と鼻水で顔をグシャグシャにし理解する。

そしてその先に待つ究極の絶望に落とし、二度と這い上がれない様にして殺す!

 

 

「言いたい事はそれだけかよ!」

 

「はぁあああッ!?」

 

「勝つのは俺達だ! お前らを絶対に倒してッ、ゲームを終わらせる!」

 

「おのれおのれおのれぇえええッ! 城戸ッ真司イィィィイイッッ!!」

 

 

再びぶつかり合う互いの視線。

バズビーの目の中にある絶望と、龍騎の瞳の奥で輝く希望が、激しく競り合った。

 

 

「勝つのは私たち魔獣なんだよ! お前ら人間に希望はないッ!!」

 

「勝つのは俺たち人間だ! 心の中にある光が、必ずお前らの絶望を砕くッ!!」

 

 

ドラグバイザーツバイを向ける龍騎と、弓を向けるバズビー。

双方、強く叫ぶ。雄たけびを上げる。

希望と絶望の意思がぶつかり合い、そこで二人の体は完全に箱庭から消え去った。

新たなる概念が生まれ、箱庭もまた光に包まれ、砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この戦いに正義はない。

 

そこにあるのは、純粋な願いだけである。

 

その是非を問える者は……。

 

 

 

 

 

 

 

だが、それでも私は、この凄惨なる戦いにおいて綺麗事を通そうとした城戸真司と鹿目まどかこそが、一番の正義なのだと信じたい。

そしてその城戸真司が、このBOKUジャーナルの一員であった事を誇りに思う。

 

 

 

 

著・大久保大介

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いやいや、お前もやるねぇ。向こうさん超怒ってたぜ』

 

 

そう言いながら笑みを浮かべるのは、ジュゥべえだ。

 

 

「まあ、ちょっとやりすぎた……、かな?」

 

 

頭をかく真司。

彼等は再構成される世界の途中にて、会話を行っている。

まもなく新たなるゲームが行われる訳だが、その中でいくつか知ってもらいたい情報があるからとジュゥべえは真司を具現させた。

 

 

『いいか、もうお前らはイツトリの概念下から外れた』

 

 

イツトリが作り出した絶望の輪廻は、良くも悪くも参加者のリサイクルを可能にする機構を生み出していた。

しかしもうそれは無い、真司の人間の生命を尊重する部分を読み解き、インキュベーター達はそれに準ずるルールを作った。

 

 

『良く聞けよ、新ルールだ』

 

 

真司に与えられたボーナスは、ゲーム開始時に今までの知識がある事に加えて、『これ』だ。

ルールを少し知らせてくれるというもの。

これが真司の望む世界の創造を、少しは助けてくれるだろう。

 

 

『復活ルールの廃止だ』

 

「……!」

 

『死んだら何をしてもゲーム中は蘇らねぇぞ』

 

 

50人を殺せばいいと言う判断の下での立ち回り方があっただろう。

だが次のゲーム、ソレはない。死んだら殺して復活すればいいと言う甘えを排除する。

 

 

『あとはミラーモンスターに人を食わせれば強化されるルールを無くした』

 

「分かった。これで関係ない人が巻き込まれるのは防げるな」

 

『確実とは言えねぇがな』

 

 

それに騎士の実力が上がらないと言う事は、対魔獣におけるデメリットとなる。

 

 

「それでいいさ。人を殺して強くなるなんて間違ってるからな」

 

『まあ、ならいいがよ』

 

 

魔獣もゲームのルールの下に置かれる。

それ故、激しく攻めてくると言う事は無いだろうが、それでも魔獣の力は凄まじい。

その点を忘れるなとジュゥべえは説いた。

 

 

『お前も見たとおりだが、魔獣は人の姿をしている奴らも多い。だがその中身は負のエネルギーの集合体だ』

 

 

感情や心があるにはあるが、その全ては人間と根本からして違う。完全なるモンスターだと。

 

 

『だから見た目に怯む事なく、思い切り倒せ』

 

 

ジュゥべえの言葉に少し沈黙したが、真司はしっかりと頷いた。

 

 

『もう分かってるとは思うが、泣いても笑っても、これがお前らにとって最後のゲームになる』

 

「ああ、分かってる」

 

『せいぜい気をつけろよ』

 

 

次に『継承者』の説明を行うと。

 

 

「継承者?」

 

『まあ簡単に言うと、お前と同じ立場にある奴らだよ』

 

 

ゲーム開始時に全ての記憶を引き継いでいる者の事を言う。

さらに引き継ぎだけではなく、真司が魔獣に喧嘩を売ったあの一連の流れの記憶もぶち込んでおいたと。

 

 

『お前を含めて継承者は五人だ。正直あんま期待すんな』

 

 

そう言うメンバーを選んでおいたからと。

だがココからがネックになるとジュゥべえは言う。

継承者は、そうでない者の記憶を呼び覚ます事ができると。

 

 

『デッキの中にメモリーベントと言うカードがある』

 

 

それを騎士に読み込ませるか、魔法として相手にかける事で、記憶を呼び覚ます事ができる。

 

 

『お前にしたヤツよりはマイルドな苦痛ではあるが、使い方によっちゃあ錯乱を引き起こしてマイナスになるぞ』

 

「わ、わかった」

 

『まあ使わなくてもいいっちゃいいが、お前の望む勝利には必要だろ』

 

 

ただ生き残ればいいだけじゃない。

何を思い、生き残るのか。それが大切なのだから。

そしてもう一つ重要な事を教えておくと。

 

 

『お前13人の騎士と13人の魔法少女が~って言ってたけどよ』

 

 

ちょっと待ってくれとジュゥべえ。

あの時はノリと気迫に負けていたが、よく考えてみればおかしくないかと。

 

 

『騎士の中にお前は二人いたんだぞ』

 

「あ……」

 

『くあーっ! やっぱ馬鹿かよ真司ちゃん!』

 

「う、うるさいな! 俺も必死だったんだよ!!」

 

 

そう、リュウガは特殊な存在だ。彼は真司に倒され、真司の中に戻った。

ステータスを引き継いでゲームに戻るため、同じメンバーで開催すると言うのは難しい。

 

 

『そこでオイラは、新たな参加者をぶち込んだ』

 

「ッ!」

 

『理解しろよ城戸真司。お前のせいで一人が巻き込まれた』

 

「そ、そんな……!」

 

 

だが同時に、その男が希望になるかもしれないと。

ジュゥべえは語る事は無いが、その男は優衣がデーターをバグらせたがゆえに追加された男だ。

魔獣はそれに気づいていない。

 

 

『そいつも継承者だ。それに加え、お前らよりも記憶を取り戻した時期が早い』

 

 

真司の記憶は、彼がデッキを手に入れた時から再会される。

それよりもはるか前に早く動けるその参加者が、どう立ち回ってくれるかが重要になるかもしれない。ジュゥべえも鬼ではない。真司の努力を考慮し、新たなる参加者は『真司に近い性格』の者を用意したと。

つまり協力派よりの思考と言うわけだ。

 

 

『ソイツが新しいリュウガだ。多少なりとも、ユウリに良い影響を与えてくれる様、祈るんだな』

 

「名前は?」

 

『言えねぇ。ゲームで確かめろ』

 

 

そして心の中で言葉を続けるジュゥべえ。

 

 

(ま、増えるのは騎士一人とは限らねぇがな……)

 

 

それは真司自身が確かめる事だ。ジュゥべえが言う事じゃない。

ある意味mそれに気づくかどうかでゲームの進め方は変わってくるだろうし。

 

 

『さて、そろそろ時間だ』

 

「………!」

 

 

粒子化する体。真司も意味を理解して頷く。

不安が全く無いわけじゃない。しかし魔獣に語った想いは本物だ。

これからも、もしかしたら迷う時は来るのかもしれない。

だが必ず、希望の炎は消させない!

 

 

『チャオ、城戸真司』

 

「―――」

 

 

そこで真司の意識がブラックアウトする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、すぐに彼は目を覚ました。

 

 

「――……」

 

 

目を開けると、すぐにベッドから飛び起き、辺りを確認する。

それは間違いなく、失った筈の自室であった。

アパートは存在し、真司は近く似合ったカレンダーを見る。

間違いない、デッキを拾った少し前の日付であった。

だが一つ違う点があるとすれば――

 

 

「!」

 

 

既にテーブルの上には龍騎の紋章が刻まれたデッキが置いてあったと言う事だ。

その瞬間に真司は理解した。今ココに新たなる舞台が設定されたのだと。

そしてこれが最後のゲーム。

と言う事は――ッ!

 

 

「ぐっ!!」

 

 

デッキを掴んで家を飛び出した。目に光を宿し、少し焦りながらスクーターに飛び乗る。

目指す場所はただひとつ、風を切り裂いて道を突き進んでいくと、住宅街に到着した。

近くにあった公園横にスクーターを止め、そこからは走ってその場所を目指すつもりだった。

 

息が苦しい。

故に心臓の鼓動が強くなる。だがそれが、生きていると言う事を実感させてくれた。

そしてどれだけ走っただろうか、その声が真司の耳に届いたのは。

 

 

「ッ!」

 

 

辺りを確認する真司。しかしその姿は見えない。

幻聴か? いやそんな筈は無い。最後に上を見上げた、すると――

 

 

「真司さん!!」

 

 

そこには光の翼を広げてコチラに向かってくる鹿目まどかの姿が見えた。

どうやら彼女も真司のアパートを目指していたらしい。

丁度その途中で、真司を見つけたと。

 

 

「まどかちゃん……!!」

 

「真司さん!!」

 

 

間違いない、まどかの声だ。まどかの姿だ。

真司は思わず涙を目に浮かべて両手を広げた。

そこに飛び込んでくるまどか。二人は抱きしめあうと、ピョンピョンと地面を跳ねて回転する。

 

 

「本当に……! 本当のホントに真司さんなんだね! 嬉しいなぁ!」

 

 

まどかはボロボロ涙を零しながら微笑んだ。

 

 

「わたし、もう駄目だって思って――!」

 

「ああ! ごめんまどかちゃん……! 俺――ッ!」

 

 

真司は勝手に死んでしまった事を謝罪する。

リュウガとの戦いが終わり、真司は自分の死を理解した。

しかしそれでも彼は蓮に会わなければならなかったんだ。

だから結果的に、まどかの助けになってあげられなかった。

 

 

「ううん! わたしこそ、本当にごめんなさい……!」

 

 

どうやらまどかが継承者の一人だったらしい。

まどかは全てを理解した。自分が絶望の魔女になった事も、それを真司が否定してくれた事も、全てを知っている。

再会を喜び合う二人はm涙を流しながらも笑顔を浮かべ、向き合った。

 

 

「絶対に勝とうぜ! 必ず皆ッ生きて、このゲームを終わらせるんだ!」

 

「うん……! 約束!」

 

 

まどかの服に龍騎の紋章が刻まれる。どうやら触れるだけで良くなったらしい。

二人は小指を絡ませ、約束の誓いを立てる。

皆で生き残り、そしてワルプルギスの夜と魔獣達を倒してゲームを終わらせる。

 

だがそれはもちろん簡単な事じゃない。

それは前の結果で明らかになっている事だろう。

多くの試練が待っている筈だ、かつて無い程の苦痛がそこにはあるかもしれない。

だがそれでも、自分達は必ず勝てるんだ。そう誓い合い、二人は笑みを浮かべた。

 

 

「………」

 

 

ふと真司。

まどかは魔法少女の衣装であるが、自分をよく見てみると――

 

 

「あの……、まどかちゃん」

 

「?」

 

「着替えに帰っても……、いいかな?」

 

 

全身パジャマの真司は、白目で空を見上げる。

 

 

(俺って馬鹿なんだな……)

 

 

彼は一番自覚したくない事を自覚してしまい、早々の絶望を覚えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方。

真司が目覚める少し前に、彼女もまた目を開けた。病院の天上、頭痛を覚えて、苦痛に呻く。

狂ったような笑い声がまだ耳に付きまとっている様だ。

不快感に顔を歪ませて目をギュッと瞑る。

 

 

「また……駄目だったッッ!!」

 

 

目を覚ませば、病院の天井。

何度この景色をみたのだろう。もう何回繰り返したのだろう?

悔しさ、苛立ち、悲しみ。多くの感情に心が押しつぶされ、爆発しそうになる。

 

ベッドに拳を叩きつけるが、それでも心の燻りは消えない、

何をしても怒りと虚しさは膨れ上がるばかり。本当に駄目なの? 絶対に無理なの? また心に亀裂が走る。くじけそうになってしまう。

 

 

(いやッ)

 

 

駄目なら、何度でもやり直せばいい。自分にはその力があるんだから。

何度だって。何回だって繰り返せばいい。唇を強く噛んで、強引に納得してみせる。

 

 

(絶対……、絶対に助けてあげるからね)

 

 

親友の姿を強く想う。

何回やっても駄目ならやり方を変えればいい。ど

れだけの犠牲を払おうが必ず、必ず彼女だけはッッ!!

暁美ほむらは目を開けると、体を起こし――

 

 

「え?」

 

「起きたか」

 

 

呆気に取られる。

そこには、さも当然の様に椅子に座っている赤紫のジャケットを着た少年が一人。

彼はほむらが起きた為、視線を彼女に移したが、またすぐに持っていた占いの雑誌に目を通していた。

 

 

「りんごを買ってきたんだが、食べるか?」

 

「……誰?」

 

 

メガネを取り、ほむらは少年を激しく睨む。

何度と無く繰り返してきたがこんなパターンは初めてだった。

しかも始めて見る顔だ、一体どう言うことなのか。混乱するほむらと、大きくため息をつく少年。

 

 

「やはりそう都合よくはいかないか」

 

「っ?」

 

 

少年は雑誌を閉じると立ち上がる。

 

 

「久しぶりだな暁美。俺は手塚海之だ」

 

「どうして私の名を――」

 

 

デッキを構える手塚。

数秒後、そこにはライアが立っていた。

 

 

「な……!」

 

 

絶句するほむら。

ライアは何故自分がココにいるのか。それを端的に話はじめた。

そして数分後、ほむらは顎を押さえて俯いていた。

ライアの言う話は納得できると言えばそうだが――

 

 

「メモリーベントを使えばお前は記憶を取り戻す」

 

「それを信用しろと?」

 

 

そのメモリーベントで見せられる景色は偽りの物で、ライアはほむらを洗脳する為にココに来たのかもしれない。

確かにライアは、ほむらの事を知っていた、

しかしだからと言ってイコール味方とは限らないじゃないか。

 

 

「まあ、そうなるよな……」

 

 

ライアは継承者として選ばれたから、スムーズに事を理解する事ができた。

だが、ほむらからしてみれば得体の知れない男がいきなり思い出せなんて詰め寄って来たのだから、警戒するのが当然であろう。

 

とは言え、魔獣が目覚めていないほむらを狙ってくる可能性もあった。

だからココに来ない訳にもいかなかったのだ。

それになによりも、城戸真司の想いを無駄にするわけにはいかない。

彼は確かに運命を変えた筈だ。その奇跡を突き通すためにライアはココに来ている。

 

 

「暁美、俺とお前には一つ大きな共通点がある」

 

「っ?」

 

 

それは双方、友人の為に運命と戦っていると言う事だ。

 

 

「お前は何度も時間を繰り返し、俺もまたゲームの輪廻に巻き込まれて時間を何度と無く繰り返した」

 

「ッ! その事も知ってるの?」

 

「お前から聞いたんだ」

 

「!」

 

 

言葉を続ける手塚。そして今、最後のチャンスが訪れた。

ここでもしも自分達が殺し合えば、確実に魔獣に数で負けてしまう。

もちろん最後の一人になって願いの力で魔獣を消せるかもしれないが、向こうも全力でそれを阻止してくる筈だ。

いずれにせよ次のチャンスは無い。次の輪廻は無いんだ。

 

 

「お前はまだ、鹿目を守る事ができる」

 

 

拳を握り締めるライア。

 

 

「だが俺が自我を取り戻した時、雄一はもう死んだ後だった」

 

「!」

 

「頼む暁美。俺を信じてくれ……!」

 

「……ッ」

 

「思い出すんだ。全てを!」

 

 

ほむらは、ライアの言葉に怯んでしまう。唇を噛んでしばらくの間、沈黙していた。

しばらくそのまま押し黙っていたが、徐々に表情を変えていく。

そして――

 

 

「わかった……、わ」

 

「本当か!?」

 

「ええ。全て貴方の言う通りだったし――」

 

 

ライアはループの事を知っていた。

いどこかの時間軸で話したとしても今は巻き戻した後なのだ。

それなのにライアが知っていると言う事は、本当に全ての記憶を持っているからではないのか。

何よりも、もし彼に敵意があったなら、寝ている間に攻撃すれば良かっただけだ。

 

 

「いえ、違うわね」

 

「……?」

 

 

それは全部、一理あると言うだけの話。

例えばあえて攻撃しない事で信頼させようとしているだとか、いろいろ考えれば考えるほど、疑心は浮かび上がるだろう。

それでも尚、ライアを信じた理由があるとすれば――

 

 

「貴方を見た時、誰だか分からずに焦りを心に覚えた」

 

 

胸を押さえるほむら。焦り、不安、警戒心。

しかし、確かにあったんだ。

 

 

「安心感が」

 

「………」

 

「私は自分だけを信頼している。私がそう感じたのだから……、仕方ないわね」

 

 

輪廻を中に、僅かに残っていた物か。

ライアは礼を言ってカードをほむらに見せる。

いずれにせよ、ほむらとしてはライアの言う事が本当ならば、何が何でも魔獣を倒さなければならないのだから。

 

 

「記憶に呑まれるなよ」

 

「……ッ」

 

 

カードをセットするライア。

そして、ほむらの脳に手をかざした。

 

 

『メモリーベント』

 

「―――」

 

 

ほむらの脳内を真実が駆け巡る。

抜け落ちていた記憶が痛みとなって、彼女の心と体を蝕んでいった。

自らの選択が何を招いたのか? そして魔獣によってほむらが戦ってきたと思っていたループの倍を超える時間、殺し合いをさせられていたと言う事実。

 

杏子の槍が体を貫く瞬間。

かつては仲間だと思っていたマミを撃ち殺す瞬間。

そればかりか、まどかを殺すビジョンまで思い浮かぶ。

脳が引き裂かれそうになる。ほむらは叫びをあげて両手で頭を押さえた。

こみ上げる吐き気。さやかが自分をかばってビルに潰される光景が視える。

そして自らが魔女になるその光景。交差させ、眉間に突きつけあう銃。

ああ、なんと深き――、絶望か。

 

 

「ぐッッ! ぅううぅぅぁ! あぁあああ――ッッ!!」

 

 

ほむらのソウルジェムが一気に真っ黒に濁っていく。

するとライアは変身を解除し、手塚はほむらへ駆け寄った。

 

 

「おい! 俺を見ろ!!」

 

「ッッッ」

 

 

手塚はグリーフシードをほむらのソウルジェムに押し当てると、肩を持って瞳を見る。

淀んでいた瞳も、グリーフシードの浄化効果で落ち着きを取り戻したのか。次第に光が宿っていった。

ほむらは汗を浮かべながら呼吸を荒げ――

 

 

「俺が分かるか?」

 

「……ッ!」

 

 

直後、気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「記憶を取り戻せば、当然思い出したくも無い物を思い出す」

 

「だから、グリーフシードを?」

 

「ああ。どうやら魔女も普通に存在しているみたいだ。キュゥべえが配置したのか、それとも……」

 

「……そう」

 

 

カラスの鳴き声が聞える。

時間は掛かったが、ほむらは何とか意識を取り戻して落ち着く事ができた。

手塚が事前にグリーフシードをいくつかストックしておいたのが功を奏したのだろう。

しかし買ってきてもらった暖かい紅茶も、二口ほど飲んだ所で、もう今は冷め切っている。

ほむらは病院のベッドの上で体育すわりをしており、深く俯いて顔を隠していた。

 

 

「できる訳……、無い」

 

「っ?」

 

 

夕日は強く輝き、白い病室は燃える様なオレンジに染まっている。

その中でほむらは小さな声で弱音を吐いた。

全てを思い出したのだが、故に分かってしまうと言うものだ。

駆け抜けていった記憶の中で、自分達は何度殺しあったのか。

そして数え切れない程の輪廻の中で、ワルプルギスを26人で挑めた例が無い。

真司の考えは立派だが、結局今回も同じだ。前例の無い事が、この輪廻の中で都合よく起こる訳は無いんだと。

 

 

「都合よく、か」

 

「無理なのよ。そんなの今さら……」

 

 

手塚は弄っていたコインを弾くと、キャッチせずに見送った。

当然それは床に落ち、表の面を向ける。

確かにほむらの言う事は尤もだ。手塚だって目覚めたばかりの時はそう思ってた。

なにせ手塚自身、東條を殺して退場したのだから。

 

 

「だが、俺はそう思わない」

 

「え?」

 

 

ほむらは顔を上げる。

手塚はベッドに腰掛けると、ほむらにコインを見せた。

 

 

「と言うよりも、そう思わなければならないんだろう」

 

 

コイン占いは最近注目しているものだ。

まあそれは置いておいて、重要なのはこの形だ。

薄いコイン。何かを決めるときにコイントスを行う場合、結果は表か裏かで考えられる。

 

 

「どうして側面が無いか考えたことはあるか?」

 

 

どうして表と裏なんだ? 『面』か『側面』でもいいじゃないか。

表と裏が一つの選択肢で、もう一つの選択を側面にしてもいいじゃないかと。

だがほぼすべての人間は、そんな事を考えはしないだろう。

 

 

「だって、横なんて確立が低すぎるわ」

 

「そうだな、コインの形からして分かる」

 

 

コインを投げて最終的に床に立った状態になる確率は、面がでる確立よりもずっと低い。

しかしだ。手塚はコインを手で持ったまま立ててみせる。

 

 

「こうすればコインは簡単に立つ」

 

 

手塚が手で持っているのだから当たり前だが、確かに今、コインは表と裏の面が地面についていない状態になっている。

それは何故か? 当たり前だが、それを自分たちが忘れていたんじゃないかと。

 

 

「コインを立てようと思い、手で持つ事」

 

「ッ」

 

「持たなければコインは立たない。コインに任せているだけじゃ、駄目なんだよ」

 

「……!」

 

 

遠まわしな言い方だが、ごく簡単な事である。

 

 

「俺達が諦めたら、それは絶対に叶わないぞ」

 

 

望む結果は、自分達の手で作らなければならない。自分達の手で保持しなければならない。

 

 

「運命は、自分達の手で掴み取らなければならないんだ」

 

「……!」

 

「覚えてるか? いつだったか、願いを増やすために戦った時の事を」

 

 

その時の事も、手塚は全てを知った。

消え去った後の事もだ。どうやらジュゥべえがサービスしてくれたらしい。

 

 

「お前は自分の意思でゲームを巻き戻した。その時、お前は確かに終わる世界の運命を変えたんだ」

 

「でも――」

 

「お前は言っただろ。あれは望む世界じゃないと」

 

「ッッ!」

 

 

それに、純粋に思わないかと、手塚は言った。

 

 

「俺は魔獣に、かつて無い怒りを覚えている」

 

「!」

 

「人の命を弄び、こんな下らないゲームを興じる奴らを、俺は許せない」

 

 

城戸と同じなんだよ。

その上で参加者が団結できたなら、これほど素晴らしい未来は無い。

それを掴むために、自分たちは諦めてはいけないんだ。

真司の炎が手塚にも燃え移ったと、手塚自身それを感じていた。

 

 

「それは、そう……、だけど」

 

「無理だと思うか? できないと思うか?」

 

 

運命はもう決まっている。

自分たちは結局魔獣に負けるか、もしくは参加者同士で潰しあって惨めな終わりを迎える。

それが運命だと言うのなら――

 

 

「面白いじゃないか」

 

「え?」

 

「燃えてきた……!」

 

 

手塚はコインを強く握り、その目に大きな光を宿す。

 

 

「決まっている運命ほど変えたくなる――ッ!」

 

「!!」

 

 

ほむらの心に大きな光が灯ったのはその時だった。

そう、そうだ、そんなふざけた運命なんて変えてやる!

まだ自分にはチャンスがあるんだ。今度こそまどかを救い出してみせる!

真司だって、それができるようにルールを変えてくれたじゃないか。

不可能ではない。前回よりも可能性はある!

 

 

「手塚……」

 

「?」

 

 

ほむらは変身して、手を差し出す。

随分と長い時間が掛かってしまった。今ようやく、答えが見つかった気がする。

幾度と無く繰り返した時間の中で、最後の生きる時間軸をココだと、暁美ほむらは見出した。

 

 

「共に変えましょう、ふざけた運命を」

 

「ああ……!」

 

 

その手を握り締める手塚。

ほむらの魔法少女の衣装に、ライアの紋章が光り輝いた。

赤い夕日に照らされた二人は影となり、手と手を通して一つになっていた。

銃を突きつけあったクロスじゃない。一本の線で繋がっている。

それは絆が作り出した形だと、今なら分かる。

 

 

そして、そんな二人を見つめる目が。

 

 

『やっとクソ長い戦いを終わらせられるんだよな先輩ぃ? オイラわくわくするぜぇ!』

 

 

ッて言うかコレ言うの何回目だよ! ジュゥべえは呆れた様に顔を歪めた。

毎回毎回終わると思っても、誰かしらが食い下がってきたし、魔獣の奴らも飽きずに何度も何度も繰り返して、どっちにしてもだ。

 

 

『そうだね。でも今回はお互い決着をつける気だ』

 

 

愚かな歯車が紡ぐ戯曲は、終わりを迎えようとしている。

忘却、そして絶望、そこに人間は剣を突き立てる事ができるのかな?

 

 

『特に、そう。城戸真司』

 

『ゲームそのものに喧嘩をふっかけるとは、やっぱ馬鹿はやる事がラインを超えてやがる』

 

 

しかし結果として、それが世界さえも巻き込んだ戦いとなった。

イツトリを封じ込められたのは、元は異物であった『騎士』が故の功績と言った所か。

そして同時に真司が絶望に染まりきらなかったのも、鹿目まどか達『魔法少女』と言う存在があってこそだろう。

 

自分よりも幼い少女達が絶望によって苦しめられる。

それを可哀想だと思う、当たり前の感想が、真司をここまで強くするとは。

いやそれだけじゃない。秋山蓮や手塚海之とした友人に対する想い。霧島美穂に対する男女のソレ。

そして鹿目まどかに対するパートナーとしての絆。

その根本を辿れば、やはり行き着くのはあの感情なのか。

 

 

『また愛か。つくづく人間とは不思議な生き物だ』

 

 

友愛、恋愛、家族愛。一口に愛と言っても様々だ。

そして時としてそれは、人を狂わせる毒にもなるが、今は確実に城戸真司を強くする希望となっていた。

そう希望。問題はそれが、イツトリの望む絶望を破壊できるのかだ。

 

 

『まさに希望VS絶望と言った所だね。彼の様子はどうだい?』

 

『問題はねぇよ。リュウガを早々に使いこなしてやがる』

 

 

彼とは?

それは鏡像の城戸真司がいなくなった事で、リュウガは新たなる参加者の手に渡った。

その男、そしてその名は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いってぇええ!!」

 

 

ゴチンとユウリの頭に、その男の拳が。

思わず涙目になるユウリ。虐待で訴えてやるとかどうとか、彼女は手足をバタつかせながら吼えていた。

 

 

「そんなに強くはしてないだろう。大げさだなユウリは」

 

 

やれやれと男はため息を一つ。

 

 

「それより何だ、さっきの態度は、相手を説得するのに煽ってどうする」

 

「うるさいうるさい! アタシは魔法少女も騎士も全員ぶっ殺すんだ!」

 

「それじゃあ魔獣の思う壺だ」

 

「そんなのいる訳ないだろ! いい歳して妄想か? いけないハーブティーでも飲んだのか、おっさん!!」

 

「いいや、いる! メモリーのカードを使えば分かる」

 

「絶対アタシは使わんぞ! 洗脳する気だろアタシ様を!」

 

 

男はため息をついて首を振る。

メモリーベントは、対象が記憶復元を受け入れなければ効果が発動されないと来た。

だが男の脳には、確実に叩き込まれた情報が、記憶が、真実が存在している。

 

城戸真司。まだ若いのに大した物だと思う。

彼のためにも、何よりも巻き込まれた子供たちの為にも、絶対に参加者同士の戦いを止めなければ。

 

 

「クソッ! ふざけるな! アタシはアタシの勝手にする!!」

 

 

ユウリはそう言って変身し、地面を蹴って空に舞い上がった。

なんだってあんな奴がパートナーなんだ。ブツブツと愚痴を漏らしながら、少しでも彼から離れようと必死だった。

尤も、数十秒後にはドラグブラッカーに咥えられて男のもとに連れ戻されるのだが。

 

 

「俺達はパートナーだ。一緒に行動するぞ」

 

「………」

 

 

ユウリはムスッとした表情で男を睨む。対して男は、涼しげな顔でユウリを諭す。

 

 

「いつ魔獣や魔女に狙われるとも限らないからな。子供を一人にさせておくことは出来ない」

 

「子供扱いするな! アタシはお前よりも強いぞ!」

 

「分かった分かった。じゃあ行くぞ。お利口にしてたら後で飴ちゃんを買ってやるからな」

 

「ギギギギぐぁあぁ!!」

 

 

ムカツクぅぅう!!

ユウリはそう叫びながら、ドラグブラッカーに咥えられたまま運ばれていく。

二人が気づく事ではないが、今のドラグブラッカーは前回と大きく違う点が一つあった。

それはその瞳の色が、赤色から黄色に変わっていた事だ。

それは性質の変化。前回のドラグブラッカーは『絶望』を司る存在であったが、今の性質は『希望』である。

そしてその性質を生み出した男の名は――

 

 

榊原(さかきばら)耕一(こういち)! 下宮のヤローと同じ名前だな』

 

『彼は元々、神崎優衣が齎したイレギュラーだったからね。今回の活躍に期待したいよ』

 

 

さあ、はじめようか。

ジュゥべえは沈みいく夕日を見ながら言い放つ。

新たなる参加者を加え、13人の騎士と13人の魔法少女。

全26人の生存を望んだ男が作り出した、最後のゲームを。

そこにあるのはかつて無い絶望と、かつてない希望。

 

そして彼等は答えを見つける事ができるのか?

城戸真司の様に。

 

 

『うん、タイトルは彼の意を汲んで"答え"と名づけようか』

 

 

ジュゥべえはニヤリと笑い頷いた。人間が勝つか、それとも魔獣が勝つのか。

 

 

『FOOLS,GAME The・ANSWERを以って、この戦いに終わりを告げよう』

 

 

ジ・アンサー。

その名を冠する通り、答えを求める戦いが今、始まりを告げようとしていた。

勝つのは希望か絶望か? ただ一つ分かる事があるのならば――

 

 

 

戦わなければ、生き残れない

 

 

 

 

 

 

 

 




終わる雰囲気出しておいて全然終わりません。
と言うかこんだけダラダラやってて、まだ半分くらいしか終わってません。
このエピローグでやっと半分、前半の第一部が終わりです。

次から普通に第二部って事で70話が始まります。
ワイこういうの擦っていくのが好きやねん(´・ω・)


ちなみに前回の三つのルートですが、普通にABCと言う時系列で繋がってます。
78話まではCのルートでしたが、AとBも何らかのシチュエーションでああなったと思ってください。


次から新章The・ANSWER編のスタートです。
そろそろストックがなくなってきたので、更新もノロノロになるかもしれません。
そこはどうかご了承くださいませ……!


また長々とダラダラやっていく事にはなりますが、暇つぶしのお供にでもしていただければ幸いです。
これからもよろしくお願いします(´・ω・)b



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FOOLS,GAME The・ANSWER
登場人物紹介 The・ANSWER偏 超全集


全ての要素を編ごとに記載していきたいと思ってます。
最新話までの全てのネタバレを含んでいますので注意してください。

一定の期間で更新、追記、改定をしていきますが、少し誤字があるかもしれません。
ご了承ください。

※現在は97話までのネタバレが記載されてます。 


 

【ゲーム参加者】

 

世界の融合の果て、魔獣の玩具に成り果てた愚か者共。

無限に繰り返される殺人ゲームを経て、遂に最後の輪廻にたどり着いた。

ゲームを終わらせる方法は二つ。

最後の一組になるまで戦い続けるか、それともいずれ現れるワルプルギスの夜を倒すのか。

真の勝利とは何か? 参加者は最後の選択と、答えを求められる事になる。

 

 

 

『龍騎ペア』

 

城戸(きど)真司(しんじ)

 

変身後:龍騎(りゅうき)

ミラーモンスター:無双龍ドラグレッダー(通常) 烈火龍ドラグランザー(サバイブ)

モチーフ:龍

性質:勇気

 

愚かな輪廻を否定し、破壊した男。

戦いを止めたいと言う信念を突き通していたが、己が本当に納得するハッキリとした答えを出せずに燻っていた愚か者。

だが遂に自分だけの答え、『全ての参加者の生存』を見出した。

皆が笑って暮らせる未来を掴む為に、ゲーム運営である魔獣に、そしてFOOLS,GAMEに戦いを挑む。

 

 

※龍騎の武器・技

 

『通常』

 

・ドラグバイザー

 

ドラグレッダーの頭部を模した手甲。

直接的な効果は薄いが、攻撃を受け止める際の盾にはなる。

 

 

・ソードベント

 

尾をモチーフにしたドラグセイバーを出現させる。

斬撃を炎に乗せて発射する龍舞斬(りゅうぶざん)を発動可能。

必殺技は炎の力を受けて猛スピードで突撃する『ドラゴン爆炎突き』。

 

 

・ストライクベント

 

ドラグレッダーの頭部を模したドラグクローを出現させる。

直接殴るだけでなく、火炎を発射する事もできる。

必殺技はドラグレッダーを召喚して巨大な炎弾を発射する『昇竜突破(しょうりゅうとっぱ)』。

 

 

・シュートベント

 

まどかとパートナーになった事で生まれたカード(パートナースキル)

ドラグレッダー模した弓、ドラグアローを召喚する。この矢はポインターであり起爆剤。

矢は炎の攻撃を引き寄せて、同時に威力を跳ね上げる役割を持つ。

 

 

・ガードベント(ドラグシールド)

 

ドラグレッダーの腹部を模した盾を構える。

二つまで召喚可能であり、肩に装備しておく事もできる。

さらにドラグレッダーが炎を纏い自身の周りを高速旋回する『竜巻防御(たつまきぼうぎょ)』が使用可能。

 

 

・ガードベント(ドラグケープ)

 

パートナースキル。龍騎の紋章が刻まれた赤いマントを出現させる。

これをなびかせる事で、相手の攻撃対象を自分にする事ができる。

一種の洗脳であり、相手の能力が高い場合は効果の意味を成さない。

 

 

・スキルベント

 

パートナースキル。

カードバイザーに通さずとも、持っているだけで効果を発揮するカード。

変身していない状態で危険な攻撃が来ると、龍騎の紋章がシールドとして現れて防御を行う『ドラゴンハート』が発動。

さらに自動で変身を行ってくれる。

 

 

・コールベント

 

パートナースキル。

まどかが召喚する天使を自身も召喚できる『エンゼルオーダー』を使用。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

龍騎の周りをドラグレッダーが激しく旋回。

その後、飛び上がり、炎を纏ったとび蹴りを浴びせる『ドラゴンライダーキック』を発動。

 

【複合】

まどかと協力して発動。

まどかの力で、ドラグレッダーから炎の矢を発射。

それが龍騎と合体し、パワーを上げた飛び蹴り『マギア・ドラグーン』が発動。

非常に強力な技だが、まどかが矢を引く時に若干の隙が生まれる。

 

 

【サバイブ】

 

・ドラグバイザーツバイ

 

ドラグランザーの頭部を模した銃。

炎弾を発射し、相手を焼き尽くす。

 

 

・アドベント

 

ドラグランザーを召喚。

鎧や鉄仮面が装備として追加され、全体的なスペックが上昇している。

 

 

・シュートベント

 

発射する弾丸が炎弾から光線になり、貫通力と威力が上がった状態。

さらにレーザーが当たった相手にドラグランザーが追撃の炎弾を発射する『メテオバレット』が発動可能。

必殺技は、巨大な光線にドラグランザーが炎の力を分け与える『ストリームボルケーノ』。

 

 

・ストライクベント

 

ドラグランザーの頭部を模した『ランザークロウ』を装備。

パンチ力が上がり、火炎放射等の武器も搭載されている。

必殺技は圧縮した炎を巨大化させ爆発させる『スカーレットノヴァ』。

 

 

・ホイールベント

 

ドラグランザーをバイクモードへと変身させる。

この状態でファイナルベントを使用すると、ウィリー走行で走りつつ、ドラグランザーが炎弾を乱射。

最後に上げた前輪で相手を押し潰す、『ドラゴンファイアーストーム』が発動される。

さらにホイールベントを使用する事で、ファイナルベントのカードを一枚生成できる。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

ドラゴンライダーキックを両足蹴りで行う、『サバイブライダーキック』を発動。

貫通力はやや落ちているが、着弾時に爆発が起きるため、範囲の敵を一気に殲滅できる。

 

 

 

鹿目(かなめ)まどか

 

願い:誰かを守れる様に強くなりたい

魔法形態:守護魔法

武器:変形弓マジカルスタッフ(通常) 神弓アドナキエル(アライブ)

 

過去、全ての魔女を消し去りたいと言う願いを叶え、概念(かみ)となった少女。

しかし、それが原因となり忘却の魔女イツトリを目覚めさせてしまい、神同士の戦いに敗北。以後は概念の座を奪われゲームに組み込まれた愚か者。

 

だが力の一部が逃げのび、マミの部屋を模した小規模な円環の理、『ティーパーティ』を形成。参加者の魂を救済するのと同時に、魔獣に打ち勝つチャンスを伺っていた。

女神の領域に至った事と、救済の魔女になる素質を備えている為、他の魔法少女よりもスペックが高く、魔法も天使を召喚できる程に強力となっている。

 

アライブ体のデザインは女神状態(アルティメット)と同じ。

より強力になった天使を使役し、様々な効果を持った天使達を状況に合わせて召喚する。

武器はスターライトアローの際に呼び出す射手座の天使を常備する。非常に強力な光の矢を射出可能。

 

 

※まどかの技・魔法

 

 

『通常』

 

『天使偏』

 

・ディフェンデレハホヤー

 

天使を召喚して自身を中心にしたドーム状のバリアを張る。

誰かを庇う時に使うと、駆けつけるスピードと防御力が上がる。さらに天使を自身に融合させて結界を光の翼にして空を飛ぶ事も可能。

アライブ時は常に発動されており、翼はそれ自体も相手を切り裂く武器となる。

 

 

・アイギスアカヤー

 

前方に巨大な盾を持った天使を召喚する。

防御力は高いが、天使を出現させた一方向、一点だけしか守れない。

 

 

・リバースレイエル

 

目を閉じた天使を召喚。

結界で相手の攻撃を受け止めた場合、天使が目を開く。

すると受け止めた攻撃が相手に向かって反射される。

 

 

・ベルスーズシェーヤー

 

シャボンを持った天使を召喚。

そのバブルの中に入った対象を眠らせる。

 

 

・ローシェルヒール

 

天使が出現して光を放つ。

それに当たっている対象を回復させる。しかし致命傷程の傷は回復できない。

 

 

・ニターヤーボックス

 

天使が結界で作った箱の中に、指定した対象を閉じ込める。

相手を拘束する以外に、自分に発動することで全面防御としても使える。

 

 

・ゼロラジエル

 

自分が張った結界を透明化させる天使を召喚。

相手から見えないだけで、まどか自身から見れば色つきで確認できる。

 

 

・レガーメアナウエル

 

龍騎ペアの武器や魔法を使える天使を召喚する。

命令を出して動きを指定する事も可能。

 

 

・エンブレスヴェヴリヤー

 

天使が相手のミラーモンスターや魔女や使い魔などを抱きしめて動きを封じてくれる。

まどかが動けば効果は消えてしまう。

 

 

・ラファエルコントラッタッカーレ

 

まどかの真上に上半身だけの巨大な天使を召喚させる。

天使は盾と剣を持っており、まどかに来る攻撃を防御すれば、その攻撃を放った相手に剣を振るうカウンター技。

 

 

・ファーターレハーヤー

 

偵察用の天使を召喚する。

天使がどこにいるのかは、まどかや真司の脳に直接知らされる。

 

 

・イェゼレルミラー

 

鏡を持つ天使を召喚する。

相手をミラーワールドに引きずりこむ事ができるが、攻撃扱いのため、防御や相殺されると無効化される。

 

 

・アクターメバーエル

 

天使メバーエルがまどか達の『代わり』をしてくれる。

魔力を持つ者、もしくは把握している者以外はお粗末な変装であるものの、気づく事は無い。

 

 

・ポイエルプロバティオ

 

まどかが指定した物の強度を上げる。

 

 

『その他』

 

・トゥインクルアロー

 

威力を高めた光の矢を発射する。

 

 

・マジカルスコール

 

空中に魔法陣を出現させ、そこに矢を放つ事で光の雨を降らせる。

体の大きい敵や、範囲にいる敵を殲滅させる時に使用する。

 

 

・プルウィア☆マギカ

 

桃色のレーザーを発射する技。

 

 

・スターライトアロー

 

まどかがメインとしている必殺技。

12の使徒の中で状況に合わせた天使を召喚し、発射する。

効果は以下の通り。

 

 

射手座(アドナキエル)

 

強化し、巨大になった光の矢を放つ。

直線にしか飛ばず、特殊能力も無いが、威力、貫通力、スピード、大きさ、消費魔力のバランスが非常にいい。

アライブ時は基本装備になっており、威力は多少抑えられているが、マジカルスタッフとは比べ物にならない威力の矢を放つ。

 

 

牡牛座(アスモデル)

 

巨大な角を持った牛を発射。

普段の威力は射手座よりも下だが、相手の攻撃を打ち破る時には威力が跳ね上がる。

 

 

牡羊座(マルキダエル)

 

強力な防御力を持った羊の綿を撒き散らす。

誰に、どれだけ装備させるかは、まどかが決める。

 

 

乙女座(ハマリエル)

 

命中させた者に掛かっている異変を回復させる。

攻撃ではなく補助。

 

 

山羊座(ハナエル)

 

一度だけ放った矢を幻に変え、指定した場所からもう一発放つ事ができる。

奇襲や、不意打ちとして優秀。

 

 

蟹座(マヌエル)

 

補助技。

弓がステッキモード時に巨大なハサミに変わる。

接近戦を仕掛けたいときに使用する。

 

 

蠍座(バルビエル)

 

しばらく自動で戦ってくれる蠍を召喚する。

 

 

魚座(バルキエル)

 

自在に軌道を変えられる魚を発射する。

地面の中を泳ぐ事もでき、まどかが望めばどこまでも相手を追尾する。

 

 

水瓶座(カンビエル)

 

水瓶から強力な水流を発射。

近くにある水がある場合、それを使用して様々な効果を齎す。

 

 

双子座(アムビエル)

 

左右に片翼の天使を召喚。

まどか自身の矢も強化され、三発の矢を発射する。どの方向に撃つかはまどかが指定できる。

 

 

獅子座(ベルキエル)

 

巨大な獅子を召喚。

その咆哮は衝撃波となり、周囲を破壊する。

 

 

天秤座(ズリエル)

 

天秤を召喚。

まどかが受けたダメージ+精神的苦痛の大きさによって威力が増幅する。

 

 

【アライブ】

 

・シューティングスター

 

アライブ時のまどかの必殺技。

12使徒全員を対象に向けて発射する。まどかの魔法の中で最強の攻撃力を誇る。

 

 

 

『ライアペア』

 

手塚(てづか)海之(みゆき)

 

変身後:ライア

契約獣:抗いの閃光エビルダイバー(通常) 運命の閃光エクソダイバー(サバイブ)

    飛翔する雷撃エビルサンダー(通常)

モチーフ:エイ

性質:運命

 

過去に親友である斉藤雄一を救えなかった悲しみから、運命に固執するようになった愚か者。

生きる目的を失い、同じような境遇であったほむらを守る事に逃げ道を示してきたが、自分の為に戦えない者に未来など無い。

 

 

※ライアの武器・技

 

・エビルバイザー

 

エイの形をした盾。

ヒレの部分がブレードになっており、相手を切り裂く事ができる。

 

 

・スイングベント

 

エビルダイバーの尾を模したエビルウィップを召喚する。

 

 

・ストライクベント

 

盾であるエビルバイザーを強化。

ヒレは斬撃力が上がり、三日月状のビームを発射する事もできる。

 

 

・ガードベント

 

パートナースキル。

バイザーが攻撃を受け止めた時に雷で反撃する様になるフラッシュシールドが発動。

相手が攻撃した時点でライア以外の時間が少しの間停止する為、軌道を読みやすくなり受け止める確立も上がる。

 

 

・シュートベント

 

エビルダイバーを模した拳銃、エビルガンを出現させる。

銃弾は相手にダメージを与えるのではなく、相手を麻痺させる効果を持つ。

 

 

・アクセルベント

 

パートナースキル。

ライアのスピードが一定時間上昇するクロックアップが発動される。

 

 

・トークベント

 

パートナーとテレパシーで会話できる。

このカードは手塚が変身していない状態で発動可能。

 

 

・トリックベント

 

相手の攻撃を無かった事にする『スケイプジョーカー』を発動。

トランプのジョーカーを媒体にした囮を作り出すのが基本だが、一度攻撃を受けた時に使用すればその攻撃を受けなかった事にできる強力なカード。

さらに相手のカードの発動さえ無効化できる。

しかしガイのコンファインベントと違い、無効化できるのは『バイザーにカードを入れた』行為であり、カードそのものを消せるわけではない。

 

 

・タイムベント

 

パートナースキル。

ほむらが時間を止めている間、自分は動くことができる。バイザーで発動しなくとも、持っているだけで効果を発揮する。

 

 

・トリックベント

 

パートナーと位置を入れ替える『チェンジザデスティニー』を発動。

持ち物だけを入れ替える事もできる。

 

 

・コピーベント

 

相手の武器を使用できる。三枚あるため、続けて使うことが可能。

 

 

・フォーチュンベント

 

騎士に発動できる。

相手が次に使うカードが三枚まで分かるフューチャービジョンが発動される。

 

 

・ソードベント

 

エビルブレードを召喚。

同時に、これを操る形態・ブレイドフォームへ変身する。

ブレイドフォームは攻撃力や防御力、スピードが上昇する代わりに一部のカードの効果が弱体化する。

さらに斬撃能力が上昇するブラストベントや、リーチ上昇が付与した居合い斬りが使えるスラッシュベント。

手裏剣やクナイを発射するシュートベントなど、この形態のみで使えるカードも生まれる。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

電流を纏うエビルダイバーの上に乗り、同時に現れる水に波乗りを行いながら相手に突撃する『ハイドベノン』を発動。

 

【単体】

エビルサンダーと融合。

自らが巨大な雷鳥となって相手を攻撃する『ライトニングスラッシュ』を発動。

 

【複合】

ほむらと協力して発動。

エビルダイバーに同時に乗り、ほむらが銃弾や時間停止で相手を翻弄させ、ライアが確実に必殺技を当てるサポートを行う。

命中して吹き飛んだ相手に止めの一撃を爆弾や銃弾を入れる『パーフェクトライアー』を発動。

 

 

【サバイブ】

 

・エビルバイザーツバイ

 

洋弓。光の弦が張られており、そこを引くことによってエネルギーの矢を発射する。

弓の部分で直接攻撃も可能。

 

 

・アドベント

 

エクソダイバーを召喚。

最高速度が上がっており、"エアスライド"によりどんな体勢であろうとも三百六十度、好きなところへ移動できる。

さらに乗っている者が逆さまになっても落ちることがない『エネルギーホールド』搭載済み。

 

 

・シュートベント

 

弓から、縦横無尽に拡散する電撃を発射する『ボルテッカー』を発動。

 

 

・スイングベント

 

空間から無数の鞭を出現させて、相手を拘束する『アンラッキー』を発動。

 

 

・フォーチュンベント

 

未来を予知し、干渉を行う『デスティニーブレイク』を発動。

誰かが死ぬ運命も変えられるが、それがライアによって変えられる範囲のものでなければならない。

観測できる未来は大きな変化が起きるときなので、自分で指定はできない。

 

 

・タロンベント

 

タロンベント発動後、攻撃を相手に命中させることで『エックスプレリュード』が発動。

ライアが攻撃を当てた場所に、他の誰かが攻撃を当てていた場合、時間が巻き戻りライアの攻撃が強化される。

 

 

・ホイールベント

 

エクソダイバーをバイクモードに変形させ、ファイナルベントのカードを一枚リロードする。

さらにこの状態でファイナルベントを使用すると雷光となり、一瞬で相手を貫く、『ボルテック・スティング』が発動。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

エクソダイバーを矢として放つ、『カイザーストリューム』を発動。

矢は相手がいかなる場所にいようとも、追尾して必ず命中する。

ただし当たるというだけで、防御や弾かれれば無効化されてしまう。

 

【複合】

パートナーと協力して発動。

二人で強化された矢を放ち、それが回避or防御された場合、それが必然なのか偶然なのかを判定。

12個の時間軸のうち、一つでも命中した結果があれば、それが現実に反映される『ファイナルアンサー』を発動。

 

 

 

暁美(あけみ)ほむら

 

願い:鹿目まどかとの出会いをやり直したい。

彼女に守られる自分ではなく、彼女を守る自分になりたい。

魔法形態:時間魔法 記憶操作

武器:盾

 

契約によって手に入れた魔法により、時間を巻き戻し続け、死の運命にあった鹿目まどかを救おうとした少女。

しかしそれが結果的にまどかを概念に変えてしまい、イツトリや魔獣を生み出してしまったとも言える。つまり全ての元凶とも言える愚か者。

少しは割り切ったようだが……、果たして?

 

 

※ほむらの技・魔法

 

・ウルズコロナリア

 

赤いフレームのメガネを出現させる。

これを身に着ければ『ホムラ』に、外せば『ほむら』に変わる。

ほむらとホムラは二重人格ではなく、考え方が変わっただけで心は共通している。

パートナーの手塚も使用が可能。

 

 

・キャンセラー

 

使用する銃の重さや反動を消す事ができる。

 

 

・クロックアップ

 

砂を消費し一定時間自分のスピードを上げる。

 

 

・クロックダウン

 

砂を消費し、一定時間対象のスピードを下げる。

ホムラの方がより遅くさせることができる。

 

 

・カレント インタラプト

 

自分以外の時間を停止する。

触れている物は動かす事ができ、生物はほむらに何らかの形で触れていれば動くことができる。

発動には魔力以外に盾にある砂を使う事になり、砂は一定時間でインキュベーターから供給される。

ホムラで発動した場合、味方に一度触れれば以後はホムラに触れていなくとも、動く事ができる。

 

 

【アライブ】※ホムラ

 

一時停止(ストップ)

 

対象の動きを一時的に停止させる。

 

 

巻き戻し(リバース)

 

指定したものの動きを巻き戻す。

飛び道具だった場合、それはホムラの攻撃と判定され、放った者にはカウンターを仕掛ける事ができる。

 

 

早送り(クイック)

 

対象の動きを加速させる。

 

 

減速(スロー)

 

対象の動きを減速させる。

 

 

複製(ダビング)

 

対象の分身を作ることが出来る。

生命体ならば幻となり、攻撃ならば物理的に増加する。

 

 

・フォムホームホムフォーム

 

異なる時間軸を進んだ『if』のほむら達を11人召喚する。

 

1・ホムラ     アライブ体であり本体。

2・ほむら     ホムラの対になる存在。

3・博士      メカニックに特化したほむら。

4・ほむ姉     大人なほむら

5・剛拳ほむら   肉弾戦に特化したほむら

6・剣豪ほむら   刀を扱うほむら

7・クワガタほむら クワガタとして生きる事を選んだほむら

8・ドスコイほむら 関取として生きる事を選んだほむら。ちゃんこが好き。

9・やさぐれほむら 言葉遣いが荒いほむら。

10・ぽむら     三頭身のほむら。喋れない。

11・むら姉     大人なほむら、その2。でかい。

12・アイドルほむら アイドルなほむら。忙しいので他のほむらが来る事も。

 

 

【アライブ】※ほむら

 

魔法で作った悪魔を召喚する。

アライブ状態だと悪魔を呼び出しまま戦う事ができ、上級悪魔も呼び出す事ができる。

 

※『名前/モチーフ/与えられる物』

 

ガープ/ナイトメア/弓

 

アモン/トリケラトプス/盾

 

ハルパス/カラス/鎖鎌

 

ボティス/コブラ/炎

 

ファラス/カボチャ/爆弾

 

デカラビア/ヒトデ/電撃

 

バティン/馬/剣

 

 

『大罪の翼』

 

上級悪魔を呼び出せる。

強力な矢を発射する必殺技・デビルバーストに、それぞれの能力を追加することも可能。

 

・ベルフェゴール

 

怠惰の翼。さやかに似ている。

動くのが面倒なので、ワープ機能が与えられる。

簡単なものならば、バリアや結界を越える事も可能。

デビルバーストでは、矢を広範囲に拡散させ、標的を追尾させる。

 

 

・ゼルゼブブ

 

暴食の翼。なぎさに似ている。

食欲旺盛なのでビームやレーザー、弾丸や武器、呪いでさえ食べる。

エネルギーは吸収でき、ほむらを蝕むものにはカウンターを与える事もできる。

 

 

 

 

『シザースペア』

 

須藤(すどう)雅史(まさし)

 

変身後:シザース

契約獣:甲殻騎兵ボルキャンサー(通常) 正義甲兵ボルランページ(サバイブ)

モチーフ:(かに)

性質:正義

 

 

元々は正義のために刑事になったが、様々な人の悪意や、現実に触れて身勝手な正義論をかざすようになった。

それが原因で前回のゲームでは仲間を裏切る形となり死亡した愚か者。

 

しかし今回、真司に説得され、あるべき正義の姿を確立。まずはマミを守る事を背負う事と見出す。

そして自分の正体を理解した事で、本当の正義を目指すべく、サバイブのカードを覚醒させた。

 

 

※シザースの武器・技

 

・シザースバイザー

 

カニのハサミを模したガントレット。

見た目どおり刃で相手を挟む事ができ、攻撃に使う事もできる。

 

 

・ストライクベント

 

ボルキャンサーの腕を模したシザースピンチを召喚。

右腕がまるまま大きなハサミとなり、装甲も強化されるため、相手の攻撃を防ぐ事もできる。

右腕が使えなくなるように思えるが、任意でエネルギー体に変える事ができ、他のカードを使用する際は一時的に装備を解除できる。

 

 

・ガードベント

 

バイザーに巨大な盾、シェルディフェンスを装着させる。防御力は高い。

 

 

・ソードベント

 

ハサミの一部を模したボルナイフを召喚する。リーチは短いが軽量で使いやすい。

 

 

・シュートベント

 

パートナースキル。

ボルキャンサーを模したマスケット銃から水流弾を放つ事ができる。

 

 

・フリーズベント

 

パートナースキル。

ボルキャンサーがバブルを発射、それに相手を閉じ込める。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

ボルキャンサーがシザースを打ち上げ、彼が体を丸めて高速回転攻撃を行なう『シザースアタック』を発動。

 

【複合】

マミと協力して発動。

巨大な大砲を出現させボルキャンサーがシザースをトス、砲口の中に入れる。

そのままマミが大砲を発射、高速回転するシザースが発射される『アルティマシュート』が発動。

 

 

【サバイブ】

 

・シザースバイザーツバイ

 

ボルランページのハサミを模した二対の双剣。

連結させる事でバイザー自体もハサミモードに変える事ができ、強固な鎧を持つ相手でも切断してみせる。

さらにシザース固有の能力で、四肢が切断されてもすぐに回復できる。

 

 

・アドベント

 

ボルランページを召喚。

装甲が強化され、より防御力が上がっただけではなく、シオマネキの様に右腕が巨大化しており、ランチャー砲も装備されている。

 

 

・ガードベント

 

ボルランページが自らを高速で脱皮させ、その殻を仲間にかぶせる。『シェルアーマー』を発動。

 

 

・シュートベント

 

ボルランページが爆発するシャボン玉で相手を怯ませ、その隙にシザースがバイザーから強力な水流波を放つ、『アクアストリーム』を発動。

 

 

・ホイールベント

 

ボルランページをバイクモードに変形させる。

ハサミの位置が変化し、相手を四つの爪でガッチリとホールドできる。

この状態でファイナルベントを使用すると、掴んだ相手をエネルギーを纏わせた爪で切断する『インサイザーシザース』を発動。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

シザースアタックで防御を崩す。

その後、ボルランページが跳ね返ってきたシザースを"アタック"で飛ばして蹴りを直撃させる、『シザースキック』を発動。

 

【複合】

マミアライブと協力して発動。

敵の周りに大砲を出現させていき、シザースが次々に猛スピードで砲台を移動しつつ相手に突進を仕掛ける『ミーティアーフィナーレ』を発動。

敵は三百六十度、次々に襲い掛かるシザースと言う弾丸を受け続ける事になる。

 

 

(ともえ)マミ

 

願い:生きたい

魔法形態:拘束魔法

武器:マスケット銃(通常) マスケット銃・アテナ(アライブ)

 

 

ベテラン魔法少女であり、皆のまとめ役として慕われていたが、その裏にある闇を理解しきれず死んでいった愚か者。

今回の時間軸でも望んで魔法少女になったわけではなく、様々な問題から疑心暗鬼をはじめ、精神が不安定になってしまう。

 

しかし仲間からの励ましを受け、魔法少女が正義のヒロインであると言う滑稽な理想を現実にするべく、戦う事を決意した。

 

アライブ体のデザインは、マミが魔女になった場合に生まれるキャンデロロを模している。

マスケット銃を同時に出現させる数が大幅に強化されており、遠隔操作に関してもスムーズに行う事が可能。

全体的なスペックも上昇しており、拘束のためのリボンの強度も上昇している。それだけではなく、おろした髪を媒介にリボンを生成する事が可能。

ゆえにマミの特徴的なドリルヘアを、実際のドリルとして使用する事ができる。

 

 

※マミの魔法・技。

 

 

無限の魔弾(パロットラマギカエドゥンインフィニータ)

 

無数のマスケット銃を出現させて猛連射を行う。

銃弾の雨はたとえそこが暗闇だろうとも光で満たす事になるだろう。

 

 

・ティロリチェルカーレ

 

強化されたマスケット銃を自身の周りに設置して別方向を射撃する。

 

 

・ティロボレー

 

銃口を円形状に並べ、一勢に発射する技。

 

 

・レガーレ

 

リボンを強化する。鞭として攻撃や、拘束力を上げる際に使用する。

 

 

・レガーレ ヴァスタアリア

 

リボンを一勢に出現させる技。

さらに連結させる事で一本の太いリボンに変える事もでき、錠前で施錠も可能。

 

 

黄金の美脚(オーロ・カルチョ)

 

リボンを脚に巻きつけ強化。

その状態で相手を蹴り飛ばす技。

 

 

・ティロフィナーレ

 

マミの必殺技。

巨大な大砲から弾丸を発射する。

 

 

【アライブ】

 

・テ ポメリアーノ

 

魔法で作った紅茶を飲む。

この紅茶を飲むと、体力が僅かに回復し、傷も治る。

さらに精神を安定させる効果も。

 

 

・プリンピング

 

マミが名札になり、仲間に装備。

すると仲間がマミの力を使えるようになる。マミと融合する事を対象が容認しないといけないため、敵には使えない。

 

 

・アイギスの鏡

 

敵の飛び道具を反射させる結界を張る。

 

 

・ボンバルダメント

 

巨大な大砲に乗って相手を射撃する最強魔法。

 

 

 

『ナイトペア』

 

秋山(あきやま)(れん)

 

 

変身後:ナイト

契約獣:闇の翼ダークウイング(通常) 疾風の翼ダークレイダー(サバイブ)

モチーフ:蝙蝠

性質:決意

 

 

真司の親友。しかし恋人である小川恵里の為にゲームに乗る事を決意した。

だが仲間達やかずみと触れ合う中で迷いが生じてしまう愚か者。

それでもゲームの中でかずみの正体を知り、彼だけの決意を固めたようだ。

しかし、もう全てが遅かった。

 

 

※ナイトの武器・技

 

・ダークバイザー

 

剣型のバイザー。

軽く、扱いやすい。威力もあるため、バイザーの中ではかなりの高スペック。

 

 

・ソードベント

 

ダークウイングの尾を模した槍、ウイングランサーを装備する。

バイザーと二刀流も可能

 

 

・ガードベント

 

ダークウイングがマントに変わり、装備される。

ウイングウォール装備時はそれが翼になり、空を飛ぶことができる。

 

 

・ナスティベント

 

ダークウイングが強力な超音波で攻撃する『ソニックブレイカー』が発動。

 

 

・トリックベント

 

一定時間分身を四人召喚して戦う『シャドーイリュージョン』を発動。。

分身はそれぞれ実体を持つが、攻撃を一度か二度受ければ消滅する。

 

 

・シュートベント

 

バイザーに風を纏わせて、斬撃を発射する『ウインドカッター』を発動。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

ウイングランサーを中心にマントをドリル状に変形させて突撃する『飛翔斬(ひしょうざん)』を発動。

 

【複合】

かずみと協力して発動。

ダークウイングがソニックブレイカーで相手を封じつつ羽ばたきで風の力を二人に与える。

そのまま二人が縦と横に斬撃を発射して十字架状の鎌鼬を作る。『疾風十字星《しっぷうじゅうじせい》』を発動。

 

 

【サバイブ】

 

・ダークバイザーツバイ

 

盾型のバイザー。

変形や展開する事で弓や剣となる。

 

 

・アドベント

 

ダークレイダーを召喚。

防御力が上昇しており、さらに翼に埋め込んだタイヤを回転させる事で攻撃が可能。

鎌鼬を発射して攻撃する事もできる。

 

 

・ソードベント

 

ダークバイザーツバイに内蔵されている剣、ダークブレードを強化させる。

 

 

・ブラストベント

 

ダークレイダーがタイヤを回転させ強力な突風を巻き起こす『ダークトルネード』を発動。

 

 

・ホイールベント

 

ダークレイダーがバイクモードに変形。最高速が高く、空を疾走する事も可能。

この状態でファイナルベントを発動すると、ビームで相手を拘束した後、マントをバイクに纏わせ、巨大な槍となって相手を貫く『疾風断(ウイングバスター)』を発動。

 

 

 

立花(たちばな)かずみ

 

願い:今を壊したい

魔法形態:破戒魔法

武器:十字架(変形する事で大剣やボウガン、双剣など、ありとあらゆる武器になる)

 

 

無邪気で人懐っこい性格の明るい女の子。

しかしその正体は未来の魔法少女であり、本来は存在しないはずのイレギュラー、プレイアデス星団の一人。

本名は秋山かずみ、つまり父親の蓮を救うために過去のゲームにやってきた。

しかし現在はゲームに取り込まれ、参加者の一人として無限の地獄に引き込まれてしまった愚か者。

ソウルジェムの形状が他とは違い、二つのピアスを破壊された上で本体が活動不能に陥らない限り、死ぬ事はない。

 

 

※かずみの魔法・技

 

・カピターノ ポテンザ

 

体の一部を鋼に変える魔法。

防御としても攻撃としても役に立つ。

 

 

・ラ ベスティア

 

魔女の使い魔や、相手のミラーモンスターを一時的に洗脳して意のままに操る魔法。

しかしミラーモンスターの場合、ある程度相手にダメージを与えていないと無効化される。

 

 

・ファンタズマ ビスビーリオ

 

人間や騎士、魔法少女を洗脳して操る魔法。

こちらも相手のダメージが高くなければかからない。

 

 

・リーミティ エステールニ

 

杖の先から巨大な光のレーザーを放つ必殺技。

 

 

・マレフィカファルス

 

一定時間マレフィカファルスと呼ばれる状態へ変わる。

自らに眠る魔女の力を極限まで引き出す一種の暴走状態、しばらくは凄まじい力で活動できるものの使いすぎると理性を失う可能性を秘めている。

 

 

・イクス フィーレ

 

巨大な本を召喚する魔法。

本に相手からのダメージが命中すると、ダメージ量に応じた相手の情報が記載される。

さらに一度見た魔法をコピーする事ができ、かずみの破戒の力と合わさる事で対象の魔法や武器を無限に吸収できる。

ゆえに、かずみはマミのティロフィナーレや、サキのイルフラースを使用できる。

 

 

『ファムペア』

 

霧島(きりしま)美穂(みほ)

 

変身後:ファム

契約獣:光輝鳥ブランウイング

モチーフ:白鳥

性質:慈愛

 

 

真司と蓮とは昔からの知り合い。

真司には恋心を抱いており、想いが通じた際には際には既に瀕死だった愚か者。

 

 

※ファムの武器・技

 

・ブランバイザー

 

レイピア型のバイザー。

ダークバイザーとは違い、突きの威力が高く、斬りの威力はやや弱い。

 

 

・ソードベント

 

金色の長刀、ウイングスラッシャーを装備する。

 

 

・ガードベント

 

ウイングシールドを装備。

普通の盾としても機能するが、大量の羽を撒き散らし幻影を見せることもできる。

 

 

・シュートベント

 

羽を発射するボウガン。ウイングシューターを装備。

 

 

・スキルベント

 

成長の力を使う事ができるが、詳しくは不明。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

ブランウイングが羽ばたきで強風を発生させ、相手を封じてから自らが止めを刺す『ミスティースラッシュ』を発動。

 

【複合】

サキと協力して発動。

サキが雷の柱を何本も発生させ、ブランウイングが風で相手を封じつつ柱を収束させる。

柱は一本となり、そこへ閉じ込めた相手に二人が雷を纏った飛び蹴りを仕掛ける『ミスティックセイヴァー』を発動

 

 

 

浅海(あさみ)サキ

 

願い:妹の残したスズランを枯らせない

魔法形態:成長魔法

武器:短鞭

 

まどかの幼馴染で『姉』と慕われていた。

本当の妹はマミの家族が起こした事故で亡くなっており、まどかに妹の影を重ねていた愚か者。

 

※サキの魔法・技

 

・タービュランス

 

脚力を成長させて、強化する魔法

 

 

・ランチア インテ ジ オーネ

 

鞭の先端に雷の力を集中させて貫通力を跳ね上げる技。

 

 

・トゥオーノ アルマトゥーラ

 

落雷を自分に命中させて雷のバリアを形成させる技。

 

 

・インバーシオ トゥオーノ

 

相手に電撃を流し込みつつ投げ飛ばす技。

完全に決まると、投げ飛ばされた相手はしばらく麻痺が残り動けない。

 

 

・ピエトラディ・トゥオーノ

 

雷のヨーヨーを形成する魔法。

それだけではなく、自分の拳に雷を纏わせる事もできる。

 

 

・イル フラース

 

サキの切り札。

成長魔法で自分のステータスを爆発的に跳ね上げ、限界以上の力を得る。

雷が翼状となり付与されるため、電磁浮遊で空を飛ぶことも可能。さらに強力な電磁砲を発射できる。肉体や魔力を『成長』で跳ね上げているため、長時間の使用はできない。

 

 

 

『ゾルダペア』

 

北岡(きたおか)秀一(しゅういち)

 

変身後:ゾルダ

契約獣:鋼の巨人マグナギガ

モチーフ:牛

性質:均衡

 

重い病に犯されており、願いの力を使わなければ死ぬ事から、戦いの道を選んだ。

しかし皮肉にも、死が近づくほどに生への願望は薄れていった愚か者

 

※ゾルダの武器・技

 

・マグナバイザー

 

銃型のバイザー。

弾丸は無限に発射され、属性としては実弾を発射するタイプとなる。

 

 

・シュートベント(ギガランチャー)

 

マグナギガの腕部分をとったギガランチャーを装備する。

そこから放たれる弾丸は、反動が起こる程に強力である。

 

 

・シュートベント(ギガキャノン)

 

肩に背負う二対のキャノン砲を構える。

威力、スピード共にギガランチャーの方が上だが、コチラは反動が少なくある程度自由に動き回る事ができる。

さらに両手が使える事もでき、この状態でギガランチャーを装備する事も可能。

 

 

・シュートベント(ブルーシューター)

 

ギガランチャーかギガキャノン使用時に発動可能。

さやかをエネルギー体へ変換。砲口の中に吸い込み、発射する。

 

 

・ストライクベント

 

マグナギガの頭部を模したハンドバズーカーであるギガホーンを装備。

二対の角で攻撃するだけでなく、捕らえた相手にゼロ距離で砲撃を浴びせる。

 

 

・バーストベント

 

しばらくの間、撃った弾丸がその場で弾ける。

これにより接近戦が可能。任意で発動を中止する事もできる。

 

 

・ガードベント

 

巨大な盾であるギガアーマーを召喚。

地面において、ギガランチャーを乗せることで射撃を安定化させる。

さらに展開し、ミサイルを発射する事も可能。

 

 

・ガードベント

 

肩に強化パーツ、ギガテクターを装備する。

防御できる範囲は限りなく狭いが、そこに当たった飛び道具を反射させる効果を持つ。

 

 

・ミラージュベント

 

銃弾が当たった際に反射して軌道を変えるギガミラーを設置する。

ミラーを自分の前に設置すれば盾としても役割を持つ。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

マグナギガの背中に銃をセットする事で体中の武器を展開させ、圧倒的な超火力で辺りを焼き尽くす『エンドオブワールド』を発動。

 

【複合】

さやかと協力して発動。

エンドオブワールドの弾丸をさやかが全て剣に変え、刃の乱舞を発射する『エンドレスワールド』を発動。

 

 

 

美樹(みき)さやか

 

願い:想い人の腕を治してほしい

魔法形態:回復魔法

武器:剣

 

前回のゲームで迷いに迷い、命を落としたが、北岡によって蘇生された後は完全にまどか達の仲間となった。

残る心残りは上条だけだが、コチラは全く進展していない愚か者。

 

※さやかの魔法・技

 

・スパークエッジ

 

一定時間剣の攻撃力を上げる魔法。

 

 

・シューティングスティンガー

 

無数の剣を遠隔操作し、弾丸に変える魔法。

 

 

・スプラッシュ スティンガー

 

大量の剣を召喚して遠隔操作を行う魔法。

相手の周囲に剣を出現させ、串刺しにする事もできる。

 

 

・タイフーン

 

剣を振るい、嵐を巻き起こす魔法。

 

 

・ローレライの旋律

 

相手を眠らせる魔法陣を出現させる。

 

 

・プレスティッシモ・アジタート

 

強化した剣で超高速の連撃を叩き込む、さやかの必殺技。

 

 

・テンペストーゾ

 

さやかの必殺技。

激しい剣技で切り上げていき最後の一撃で下にたたき落とす。さらに剣圧で嵐が発生する。

 

 

・円環権限

 

水をオクタヴィアに変えて操る事ができる。

液体ならば何でもいいので、自らの血液も使用できる。

 

 

 

『王蛇ペア』

 

浅倉(あさくら)(たけし)

 

変身後:王蛇(おうじゃ)

契約獣:破壊王ベノスネーカー。複製剣獣ベノゲラス。複製閃光ベノダイバー。

獣帝ジェノサイダー(上記三体融合)

モチーフ:コブラ(蛇)

性質:力

 

 

生まれつき苛立ちを覚えれば力を振るう乱暴な性格。

戦う事が生きる意味と言う、まさに獣のような男であった。

過去の一件で北岡を恨んでいるが、それも所詮戦う理由を無理やり作っているだけにしか過ぎない。なんて愚か者。

 

※王蛇の武器・技。(ライアとガイのカードも一部使用可能)

 

・ベノバイザー

 

杖型のバイザー。

鈍器として使用するほか、先端からは針を出して毒を注入する事もできる。

しかし浅倉の性格上、そう言った機能はなかなか使われない。

 

 

・ソードベント

 

ベノスネーカーの尾を模したベノサーベルを装備。切るのではなく粉砕する。

 

 

・リリースベント

 

自分に降りかかっている状態異常を無効化する。

 

 

・スチールベント

 

相手の武器を奪う事ができる。

 

 

・ベノムベント

 

『ベノムオーラ』が形成する円形の結界のなかに入った者にたいして有効となる。

騎士ならばカードを、魔法少女ならば固有魔法を一定時間封じる。

しかし王蛇がカードを使った場合、効果が無効化される。

 

 

・ユナイトベント

 

特定の存在を融合させる事ができる。

武器やモンスターと、応用は広く利くカード。主にジェノサイダーを生成するのに使用。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

ベノスネーカーの毒液を受け、勢いと威力を跳ね上げた連続蹴りを繰り出す『ベノクラッシュ』を発動。さらにガイとライアのファイナルベントも使用可能。

 

【複合】

杏子と協力して発動。

杏子が巨大な槍を出現させ、王蛇がベノスネーカーとソレを融合させる。

王蛇が相手を蹴り飛ばし、杏子が融合してできた巨大な棍棒で飛んできた相手を打ち砕く『ルージュ・オブ・キング』を発動。

 

【単体】

ジェノサイダーがブラックホールを発生させ、王蛇がドロップキックで相手をソコへ強制的に送り込み破壊する『ドゥームズデイ』を発動。

原作とは違い、ジェノサイダーの腹部ではなく、前方に巨大なブラックホールを発生させるため範囲が広く、より複数を巻き込める。

 

【複合】

杏子と協力して発動。

ジェノサイダーと杏子が融合し詠唱を始める。詠唱中は王蛇の身体能力が上がり、攻撃に衝撃波が発生する等リーチも上がる。

詠唱と共に現れる地獄の門が、詠唱の終わりを合図に開き、中から相手を死に誘う闇を召喚させる『ドゥームズ・オブ・ワン』を発動。ちなみに詠唱中に杏子が一撃でも攻撃を受けると技が中断されてしまう。

 

 

 

佐倉(さくら)杏子(きょうこ)

 

願い:父親の話を聞いて欲しい

魔法形態:無し

武器:槍(多節棍)

 

元々は心優しい少女であったが、前回のゲームではもうその面影もない。

唯一の良心が目覚める鍵は、きっと先輩と過ごした楽しい記憶。

それがなくなった瞬間、彼女はきっと愚か者。

 

※杏子の魔法・技

 

・異端審問

 

地面から槍を出現させて相手を串刺しにする。

発動前に地面が光るので、相手はそれを見て回避するしかない。

 

 

・最後の審判

 

巨大な槍を出現させて相手を貫く必殺技。

槍は杏子が乗れる程に大きくする事もできる。

 

 

 

『ベルデペア』

 

高見沢(たかみざわ)逸郎(いつろう)

 

変身後:ベルデ

契約獣:暗躍迷彩バイオグリーザ

モチーフ:カメレオン

性質:欲望

 

欲望深き愚か者。

自分が見たい物のためなら、命すら投げ捨てると言う理解しがたい男。

 

※ベルデの武器・技

 

・バイオバイザー

 

ワイヤー状のバイザー。

ベルデの意思によって自由自在に伸ばす事ができる。

 

 

・クリアーベント

 

自らの姿を消す事ができる。

 

 

・ホールドベント

 

バイオグリーザの目を模したヨーヨーを装備する。

 

 

・コピーベント

 

声以外、相手の体系や姿、武器をコピーできる。

 

 

・スキルベント

 

 

『ワンショットキル』を発動。

ベルデの拳に光が宿り、その状態で相手のデッキを殴ると一撃で破壊できる様になる。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

透明になった後、バイオグリーザーの舌で自らを振り子の様に勢い付かせて相手を掴む。

 そのまま相手の頭を下にして地面へ打ち付ける投げ技、『デスバニッシュ』を発動。

 

【複合】

ニコと協力して発動。

同じくニコが相手をえび反り(痛い方)か、両腿を手で掴み開脚させて(恥ずかしい方)持ち上げる。

そのままベルデの肩にニコが着地する事でお互いの投げの威力を倍増させる『バニッシュ・ドッキング』を発動。

 

 

 

神那(かんな)ニコ

 

 

願い:殺した二人を蘇生し、自分がいない世界を構築して欲しい

魔法形態:再生成魔法

武器:バール状の杖

 

 

事故ではあるが、過去に友人二人を銃で撃ち殺した事が原因で味覚や感情のコントロールが麻痺してしまった。現在は徐々に回復しつつあるが、未だ彼女達と命の価値観について一歩ズレている部分もある愚か者。

しかしそれ故の冷静さや、元参戦派の考え方は武器ともなる。自分の欲望を優先させると言う信念の元に、まどか達に協力。ゲーム攻略を目指す。

 

※ニコの魔法・技

 

・レジーナ アイ

 

魔法で作り上げたタッチ式携帯のアプリ。

登録した人物が範囲内に現れた場合地図に表示する、今現在の他参加者の情報を表示する等反則級の能力を幾つも秘めている。

さらに登録魔法少女のソウルジェムの穢れ具合すらも知る事ができる。

 

 

・プロドット セコンダーリオ

 

再生成で自分の分身を作り出す魔法。

分身は一つ一つに意思を持たせる事ができ、ニコの忠実な僕となる。

 

 

・フォレス ビアンコ

 

作った物を爆発させて煙幕を張る魔法。

 

 

・プロルン ガーレ

 

自分の指をミサイルに変える魔法。

 

 

・レンデレ オ ロンペルロ

 

自分の魔力を衝撃エネルギーに再生成して放つ必殺技。

消費する魔力は非常に少ないが、威力はやや低め。

 

 

・トッコ デル マーレ

 

ニコの最強技にして切り札。

相手のソウルジェムを抜き取る魔法。触れなければならないが、決まった瞬間ニコの勝利はほぼ確定する。

 

 

・魔聖合体キュゥべえロボ

 

高見沢の所有物を勝手に改造してロボットにする技(?)

自爆した為に粉々になったが、高見沢の金がある限り、なんとかなるはず。

 

 

・マギアレコード

 

スマホの魔法アプリ。

ニコの攻撃に様々な能力を付与する『ディスク』

味方の能力を付与させる『コネクト』

様々な魔法少女の記憶を呼び出し、自身を強化する『メモリア』

など、様々なシステムを使用することができる。

 

 

 

『ガイペア』

 

芝浦(しばうら)(じゅん)

 

変身後:ガイ

契約獣:突貫剣獣メタルゲラス

モチーフ:サイ

性質:真実

 

 

自分が常に正しいと思っている愚か者。

好きな事をし、嫌いなヤツは容赦なく攻撃する。世の中をゲーム感覚で楽しんでいるため、前回のゲームでは命を落とす事になった。

 

※ガイの武器・技。

 

・メタルバイザー

 

肩に装備されている角型のバイザー。

カードを入れる時は投げ入れる形となるが、範囲内にカードがあれば自動的に吸い込んでキャッチしてくれるため、入れ辛い言うことは無い。

余談だが、あやせとルカの特徴を模しているのか、ガイのカードは全て二枚存在しており、デッキももう一つある。

 

 

・ストライクベント

 

メタルゲラスの頭部を模したメタルホーンを装備、大きな角で相手を攻撃する。

地面に突き刺す事で相手の真下から角状のエネルギーを伸ばす事ができる。

さらにメタルゲラスの角から螺旋の炎が発射される『スパイラルフレア』を発動可能。

 

 

・ソードベント

 

パートナースキル。

鋼の大剣、メタルセイバーを召喚する。

 

 

・ガードベント

 

自身を鋼へと変えるメタルボディを発動。

防御こそ高いが、発動中は動きが極端に鈍くなる。

 

 

・スタンベント

 

メタルゲラスが足踏みを行い衝撃波で相手を怯ませる『スタンクラック』を発動。

 

 

・フリーズベント

 

パートナースキル。

拳を打ち付けることで衝撃を冷気に変えるクラックフリーズを発動。

 

 

・コンファインベント

 

相手の直前の攻撃や技の発動を無効化できるガイの切り札。

 

 

・シュートベント

 

パートナースキル。

手から炎のエネルギーで形成された剣『フレイムソード』か、氷のエネルギーで形成された剣『アイスソード』を発射する。

 

 

・チャージベント(ブラストベント)

 

メタルゲラスが出現。雷属性エネルギーを、自らの角に吸収していく。

あやせとルカがパートナーになった事で、炎属性と氷属性のエネルギーも吸収できる様になった。

吸収したエネルギーは最大まで溜まると、カードがブラストベントに変更され、放出攻撃として使用できる。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

メタルゲラスの肩に乗りメタルホーンを突き出して突進する『ヘビープレッシャー』を発動。

 

【複合】

アルカと協力して発動。

アルカが、斬撃を発射し、炎と氷の壁で相手の退路を封じる。ガイはメタルゲラスにアルカを乗せてヘビープレッシャーの体勢へ。

その後、アルカが二対のサーベルをガイが突き出したメタルホーンに合わせ、炎と氷のエネルギーを一つに強化したまま突撃する『トリプルビークス』を発動。

 

 

 

○双樹あやせ(双樹ルカ)

 

願い:姉妹が欲しい

魔法形態:火炎魔法(氷結魔法)

武器:炎のサーベル・フランベルジェ(あやせ) 氷のサーベル・アルマス(ルカ)

パートナー:芝浦淳

 

心優しい少女だったが、闇に堕ちた愚か者。

自己愛に満ちており、さらには芝浦を盲目的に愛している。二重人格であり、ずっと妄想していたルカを願いの力で体内に具現させた。

ルカは礼儀正しいサムライガール。しかし何よりもあやせと芝浦を大切に思っているため、似たもの同士であるには変わらない。

 

※双樹姉妹の魔法・技

 

『あやせ』

 

・アヴィーソ デルスティオーネ

 

炎の弾丸を無数に放つ攻撃呪文。

 

 

・セコンダ スタジオーネ

 

アヴィーソデルスティオーネで作った炎を分散させる魔法。

威力は落ちるが、追尾力が上がり、弾丸の数も増える。

 

 

・ルチョラ フォーコ

 

オレンジ色の光を放つ球体を空間に設置する技。

相手が触れる事で爆発する。あやせが任意で爆発させる事も可能。

 

 

・カローレ アルマトゥーラ

 

 

対象に熱のベールを纏わせる事ができる防御魔法。

アルカ状態では常に自身に纏わせており、熱量も上がっているため最強の盾となる。

 

 

・ジュディツィオ コメット

 

自身の周りに炎を纏わせて巨大な球体となる魔法。

移動も可能であり、まさに炎の隕石となりて相手を攻撃する必殺技。

 

 

・カチュレールパウザ

 

あやせとルカ、二人が使用可能の魔法。

あやせが使えばルカのソウルジェムを修復し、ルカが使えばあやせのジェムを修復する。

つまり魔力さえあれば、二人が死なない限り、ソウルジェムを砕かれても蘇生できる。

 

『ルカ』

 

・カーゾフレッド

 

氷の力を増幅させる魔法。

主に氷柱を発射するのに使用する。

 

 

・スポウザージ フィナーレ

 

無数の氷の剣を出現さえ、相手を貫く大技。

 

 

・アルマ ファンタズマ

 

氷のエネルギーを開放し、高速の居合い切りにて相手を氷の棺に閉じ込める。

その後、刃を鞘に収めた際に氷を爆発させ、衝撃とダメージを相手に与えるルカの必殺技。

 

 

『アルカ』

 

・ピッチ ジェネラーティ

 

あやせとルカが人格を一つにした際の形態、アルカの必殺技。

炎と氷のエネルギーが完全にシンクロし、超エネルギーにて相手を消し炭にする。

 

 

 

『オーディンペア』

 

上条(かみじょう)恭介(きょうすけ)

 

変身後:オーディン

契約獣:無限神ゴルトフェニックス、ガルドサンダー、ガルドミラージュ、ガルドストーム

性質:無限

 

自分のなすべき事に依存する愚か者。

さやかの為ではあったが、本当にさやかの為だったのか、それは彼自身にも分からない。

 

※オーディンの武器・技。

 

・ゴルトバイザー

 

錫杖型のバイザー。

武器として使用できるほか、念じるだけで自由に動かす事ができる。

 

 

・シュートベント

 

空から強力な光の一閃を放つ『ソーラーレイ』を発動。

 

 

・ソードベント

 

ゴルトセイバーを召喚。

一本だけでなく二本まで召喚する事ができ、基本は二刀流で攻める。

 

 

・スキルベント

 

一定時間織莉子の固有魔法である未来予知の力を得る。

オーディンの力であるワープと組み合わせる事で相手の攻撃をほぼ回避することが可能。

 

 

・ブラストベント

 

ゴルトフェニックスが大量の羽を撒き散らす『ゴールドアウト』を発動。

羽は触れると爆発する爆弾の役割を持つ。

 

 

・ディメンションベント

 

ワープの力を対象に与える事ができる。

さらにパートナーとゴルトフェニックスの位置を入れ替える事ができる。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

ゴルトフェニックスと融合し光の翼で広範囲を滅する『エターナルカオス』を発動。

 

【複合】

織莉子と協力して発動。

ゴルトフェニックスが織莉子と融合し光の翼を与える。

一方オーディンが光となり織莉子のオラクルと融合。力を与えたオラクルから火の鳥が孵り、標的に向かって一斉に飛翔し消滅させる『インフィニティ・フェザー』を発動。

 

 

 

美国(みくに)織莉子(おりこ)

 

願い:生まれた意味が知りたい

魔法形態:予知魔法

武器:球体状の宝石『オラクル』

 

生きる意味も分からない愚か者。

まどかを殺す事が世界の為なのか、自分の為なのか、理解できていれば間違えなかったのに。

 

※織莉子の魔法・技。

 

 

・グローリーコメット

 

オラクル達を円形状に並べ高速回転させる。

さらに魔法を纏わせる事で強力なノコギリとして操作する。

 

 

・オラクルレイ

 

オラクルに光の剣を生やす魔法。

縦横無尽に駆け巡るオラクルで相手を切り刻む事ができる。

 

 

・ブレイジングマルス

 

オラクルが発火し、火球になる魔法。

オラクルをあわせる事で、より大きな火炎の塊となる。

 

 

・ブラストウラヌス

 

オラクルを爆発させ、爆風と衝撃で攻撃する魔法。

 

 

・ブレイドサトゥルヌス

 

オラクルの周りに円形状のカッターを出現させる魔法。

 

 

・イージスユピテル

 

オラクルを円形にし、自分の周りにいくつも重ねて高速回転させる防御魔法。

 

 

・スチールウェヌス

 

オラクルのスピードを下げる代わりに強度を上げる魔法。

 

 

・ネプトゥヌスタービュランス

 

オラクルの攻撃力と強度を下げる代わりにスピードを上げる魔法。

オラクルは自分に纏わせる事もできるので、機動力を上げる際に使用する。

 

 

・ケイオスプルート

 

展開しているオラクルを全て合体させ、巨大な宝石を作り上げる織莉子の最強魔法。

 

 

 

『タイガペア』

 

東條(とうじょう)(さとる)

 

変身後:タイガ

契約獣:氷王白虎デストワイルダー

モチーフ:虎

性質:英雄

 

英雄になりたかった愚か者。

英雄とは一体なんなのか、彼はそれを知らないのに。なのに口にするなんて。

 

※タイガの武器・技

 

・デストバイザー

 

斧型のバイザー。

強力な一撃を放つ事ができ、バイザーの中でもトップクラスの攻撃力を誇る。

 

 

・リターンベント

 

失ったカードを再び呼び寄せる『エメラルドコール』を発動。

 

 

・フリーズベント

 

ミラーモンスターや魔女を凍結させる。『フリーズアクアマリン』を発動。

 

 

・ストライクベント

 

鋭利な爪が装備されたガントレット、デストクローを装備する。

接近戦をこなす武器になる他、盾としても機能する。

 

 

・ブラストベント

 

デストワイルダーが巨大な氷を持って降ってくる『クラッシュサファイア』を発動。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

デストクローを突き刺し、一気に冷気を送り込むことで結晶爆発を起こす『クリスタルブレイク』を発動。

 

【複合】

キリカと協力して発動。

キリカが減速魔法陣を展開。デストワイルダーが遅くなった相手に連続で攻撃を仕掛けて、最後はキリカにパスをする。

その後、キリカが相手を引きずりまわし、最終的にクリスタルブレイクを決める『ライトニングチェック』を発動。

 

 

 

(くれ)キリカ

 

願い:違う自分になりたい

魔法形態:減速魔法

武器:魔法で構成した爪

 

変わりたいと願い、いいところまで捨ててしまった愚か者。

愛が分からないくせに愛を求め、暴走ともいえる道を辿った。

 

※キリカの魔法・技。

 

・ステッピングファング

 

爪を飛ばして攻撃する。

 

 

・ヴァンパイアファング

 

爪を連結させて攻撃する。

連結させた爪を切り離して遠隔操作する事も可能。相手に当たった場合、魔力を吸収する効果も持ち合わせる。

 

 

・カーネイジファング

 

大量の爪を発射し、相手を串刺しにする。

 

 

・クロックアイ

 

キリカの切り札。

眼帯を外し、目が合った者を12秒停止させる魔法。

 

 

 

『インペラーペア』

 

佐野(さの)(みつる)

 

変身後:インペラー

契約獣:殲滅部隊メガゼール、ギガゼール

モチーフ:ガゼル

性質:絆

 

何がしたかったのか分からない愚か者。

闇にも染まれず、光にもなれず、答え分からぬままに死んでいった。

 

 

※インペラーの武器・技

 

・ガゼルバイザー

 

アンクレット型のバイザー。

脚力を上昇させる効果を持っている。

 

 

・スピンベント

 

ガゼルの角を燃した武器を召喚する。

角部分はドリルとなっており、回転させて貫通力を上げる事が可能。

 

 

・ロードベント

 

首輪を出現させる。

それを相手のミラーモンスターにつければ、一定時間自分の配下に置ける。

 

 

・ストライクベント

 

ガゼルの脚を燃したガゼルクローを自らの脚に装備する。

インペラーの蹴りの威力、跳躍力を上げる。

 

 

・トリックベント

 

ガゼル軍団の一体をインペラーの姿に変え、自身をメガゼールの姿に変える『スケープガゼル』を発動。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

ガゼルの群れを相手にぶつけてから止めに自らの蹴りを当てるドライブディバイダーを発動。

 

 

 

千歳(ちとせ)ゆま

 

願い:???

魔法形態:???

武器:???

 

殺人ゲームに適応できなかった愚か者。

The・ANSWER時間軸においてはまだ契約しておらず、まだ、ただの弱い人間。

 

 

 

『リュウガペア』

 

榊原(さかきばら)耕一(こういち)

 

変身後:リュウガ

契約獣:ドラグブラッカー

モチーフ:龍

性質:希望

 

The・ANSWERの時間軸において新たなにリュウガとなった男。

元役者で、真司が大好きだったヒーロー、ドラゴンレンジャーのドラゴンレッド役だった。

スタントやスーツアクターを全て自分で引き受けると言う肉体派。

現在は俳優を引退し、中華料理屋を営んでいるが、真司の戦いを止めたいと言う思いに共感し、再び『ヒーロー』の道を選んだ愚か者。

 

ミラーモンスターはドラグブラッカー。その性質は希望。

血のような赤い目は、黄色の目に変わっている。

その力はまだ未知数。

 

 

 

○ユウリ

 

願い:自分をユウリにしてほしい

魔法形態:変身魔法

武器:二丁拳銃『リベンジャー』

 

自分を失った愚か者。

復讐に生きた人生だったが、得たものなど何も無い。

 

 

※ユウリの魔法・技

 

・イル トリアンゴロ

 

三角形の巨大な魔法陣を出現させ、一定時間が経った後に爆発させる範囲攻撃。

 

 

・ビンコットラッシュ

 

マシンガンを空中に出現させ、援護射撃を行わせる魔法。

 

 

・コルノフォルテ

 

牛の使い魔を出現させる魔法。

 

 

・ミックスミキサー

 

リベンジャーの銃弾を変更する魔法。

ちなみに弾は自動で装填され、かつ無制限である為に弾切れになる事は無い。

 

(ノーマル)

無色の弾丸、何も特徴は無いがバランスのいい威力とスピード。

 

 

(スタンガン)

黄色の弾丸、ダメージは無いに等しいが当てた部分を麻痺させる。

麻痺はダメージの応じて時間が決定する。

 

 

(レッドホット)

赤色の弾丸、炎の弾丸を発射し、相手を焼き尽くす。

 

 

【アドベント】(魔女)

 

ユウリとリュウガが共通して行える召喚。

技のデッキは魔女を使役でき、The・ANSWERではダークオーブから解放された魔女が追加されていく。

 

『※』つきは名前がオリジナル

 

 

『ゲルトルート』       薔薇の蔦や巨体で攻撃する

『クリフォニア※』      無数の触手で攻撃する。

『コールサインプロローグ』  動きが素早く、触手を鞭として攻撃する

『アルベルティーネ』     落書きが実体化する

『ズライカ』         闇を操る

 

 

 

『アビスペア』

 

中沢(なかざわ)(すばる)

 

変身後:アビス

契約獣:アビソドン(下宮鮫一)

モチーフ:サメ

性質:友情

 

 

The・ANSWERにおける新たなる参加者であり、14人目の騎士。

普通の人間らしく、ゲームの事を知り動揺していたが、友情のため、自分のため、想い人の為に力を手にした。

その人間らしさは愚か者の証。ゲームを変える力があるのかどうかは、彼自身が決める事である。

仁美のことが好きだが、なかなか進展は無い。

 

ミラーモンスターはアビソドン。その性質は友情。

バランスの良いホオジロモード、飛び道具特化のシュモクモード、接近戦特化のノコギリモードにチェンジできる。

ファイナルベント発動時は全ての能力が解放されるオールモードに変わる。

 

 

※アビスの武器・技。

 

・アビスバイザー

 

コバンザメを模したガントレット状のバイザー。

顎の部分が開閉するため、カードを食べる形で使用する。

 

 

・ソードベント

 

ノコギリ状の剣、アビスセイバーを召喚。

二つまで呼び出す事ができ、二刀流が可能。

 

 

・ストライクベント

 

アビスラッシャーの頭部、アビスクローを装備。

打撃武器として扱うほか、強力な水流を発射する。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

アビソドンが銃撃で相手を怯ませ、その隙に敵にアビスがエネルギーを纏った蹴りを繰り出す。

その軌跡をなぞる様にアビソドンが追撃を行う『アビスダイブ』を発動。

 

【複合】

仁美と協力して発動。

アビソドンが液状化し、仁美が溢れるエネルギーをコントロール、水を球体状に変化させる。

そしてアビスがエネルギーを纏わせた足で、水球を蹴り飛ばして敵にぶつける『ディープブルー』が発動される。

 

 

 

志筑(しづき)仁美(ひとみ)

 

願い:力がほしい

魔法形態:接続魔法

武器:クラリス(バトン・フルート)

 

 

友の為に苦しみ、そして友の為に魔法少女になった愚か者。

14人目の魔法少女であり、未来に時間を繋げる魔法を手に入れた。

まどかとさやかの友人である事を誇りに想っており、ゆえに二人を苦しめるゲームを潰すために参戦を果たした。

ちなみに中沢からの好意にはほぼ全く気づいていない。

 

 

※仁美の魔法・技。

 

・カラフル

 

虹色の羽衣を装備する魔法。

羽衣は盾になったり、伸縮自在の武器となる。

 

 

・ルミナス

 

仁美の必殺技。

光の光球をクラリスから発射する。

 

 

・コネクト

 

仁美の最大の特徴。

未来と接続し、魔法少女を呼び出す。

召喚された魔法少女は実際に未来から来ているわけではなく、魔力で形成されており、超過ダメージを受けると消滅する。

同時に呼び出せるのは、現在二人まで。

 

 

『御崎海香』

メガネをかけた少女。かずみの親友であり、相手を分析したりサポートを得意とする。

 

『牧カオル』

元気で活発な少女。かずみの親友であり、肉弾戦を得意とする。

 

『エリザ』

円環の理にてまどか直属の護衛兵だったが、魔獣に敗北した為に未来の時間軸で行き着いた。銃の使い手で、アビスペアの指導役。

 

『成見亜里紗』

桃毛の少女。好戦的な性格で、鎌を振り回して活発に動き回る。

 

 

 

 

 

『オルタナティブペア』

 

香川(かがわ)英行(ひでゆき)

 

変身後:オルタナティブ・ゼロ

契約獣:サイコローグ

モチーフ:コオロギ

性質:探求

 

ユイデータが齎した15人目の騎士。

清明院大学で教授をしており、一度見たものは忘れない瞬間記憶能力の持ち主。

世界の仕組みをある程度理解しており、戦いを終わらせるため、真司に協力している愚か者。

 

ミラーモンスターはサイコローグ。性質は探求。

香川は病で苦しむ息子、裕太を救うため、サイコローグの死体を埋め込み双方を蘇生させる形を取った。

そのため、基本は裕太の姿をしており、戦闘になればサイコローグとして活躍する事となる。

そうまでして、香川は息子を救いたかったのだ。

 

※オルタナティブゼロの武器・技。

 

・スラッシュバイザー

 

ガントレット型のバイザー。

カードを差し込むのではなく、スラッシュして読み込むのが特徴。

 

 

・ソードベント

 

両手剣、スラッシュダガーを召喚。

剣の横に棘が生えており、ムカデの体の様にも見える。青と黒の炎を纏わせる事で攻撃力を上げる事も可能。

 

 

・アクセルベント

 

質量を持った残像を残しつつ高速移動する『シャドウモーメント』を発動。

 

 

・ガードベント

 

サイコローグの顔面を模した盾、サイコシールドを召喚。

シールドを失う代わりに、範囲内の仲間を10秒間無敵にする『シュレディンガーの猫箱』を発動可能。

 

 

・ホイールベント

 

サイコローグをバイクモードに変形させる。

サバイブのものとは違い、ファイナルベントのカードは生成されない。

しかしオルタナティブはファイナルベントのカードを二枚所持しており、バイクモードの状態でファイナルベントを使うと高速で回転しながら相手に突進する『デッドエンド』が発動。

 

 

・ファイナルベント

 

【単体】

変形したサイコローグを右足に装着して行う飛び蹴り、『デッドオアアライブ』を発動。

 

 

 

百江(ももえ)なぎさ

 

願い:???

魔法形態:擬態(弱体化)

武器:ラッパ

 

15人目の魔法少女にして、最後の愚か者。

円環の理にいた記憶が強く、ユイデータを見分けられると言うが、あくまでも本人談なので信用はできない。

ちなみに、チーズがあれば生きていけるらしい。

 

※なぎさの魔法・技

 

・ヌーシャテル

 

対象の状態異常、呪いを弱体化させる魔法。

病も進行や症状を抑える事ができる。

 

 

・カマンベール

 

魔法のベールを出現。

範囲内にいる者の精神状態を安定させる。

 

 

・円環権限

 

お菓子の魔女・シャルロッテに変身する事ができる。

 

 

 

【その他の人物】

 

ゲーム参加者の関係者。その他、関わりのある人物。

精神的な支えになっている者達が多く、そう言う意味では助けになっている。

 

 

●立花宗一郎

 

喫茶店アトリのマスター、蓮の遠い親戚。

蓮の事情を知り、彼を雇って住まわせている。料理の腕前はかなりのもの。

かずみの事情は知らないが、なんとなくは察しているため、住まいを提供するなど協力してくれている。

 

 

●石島美佐子

 

女刑事。須藤とチームを組んで様々な事件に関わってきた。

織莉子の父である久臣議員の死が不可解だと疑念を持っている。

 

 

●河野

 

魔獣や魔女が起こす不可解事件を捜査する『合同捜査班』のリーダー。須藤も所属している。

 

 

●サヌキ

 

合同捜査班のメンバー。

サヌキと言うのは本名ではなく、河野がつけたあだ名。(須藤のあだ名は、かにみそ)

年上の幼馴染が二人いるらしい。

 

 

●大久保編集長

 

真司が働いているOREジャーナルの編集長。

真司とは幼馴染の関係であり、高校やOREジャーナルに誘ったのも彼である。

適当な性格だが、やる時はやる男。

 

 

●桃井令子

 

真司の先輩であるジャーナリスト。

しっかりした意見を持ち、優秀な人物。よく取材を抜ける真司のために代わりを務めてくれる。

 

 

●島田奈々子

 

同じく真司の先輩、タイピングが鬼の様に早い。

ネットの知識が高く、プログラマーとしては優秀。

 

 

●義彦

 

編集長がよく行くバーのマスター。

 

 

●佐倉桃子

 

杏子の妹、モモと呼ばれていた。

狂気に堕ちた父親によって殺されかけたが、マミと杏子によって救出されている。

しかしその後、リーベエリスを設立し、凶行に及ぶ。

 

 

●美国久臣

 

織莉子の父親、彼女が幼い時に不可解な死を遂げている。

 

 

●ムロちゃん

 

真司が通っている牛丼屋の店長。いろいろ真司におまけしてくれる。

 

 

●バイトリーダー! マナティー先輩!!

 

バイトリーダーの少女。

どんなバイトをやらせても、なぜか抜群に仕事ができるのですぐにリーダーになれる。

 

 

●仲村創

 

清明院で香川の助手をしている青年。

 

 

●由良吾郎

 

北岡の事務所にて秘書を務める男性。

見た目とは裏腹にかなり料理が上手い。

 

 

●浅野めぐみ

 

北岡の事務所で働いている女性。

惚れっぽい性格で、北岡と付き合っていた過去があるらしい(自称)

現在は吾郎を狙っている。

 

 

●タルト

 

魔獣襲撃の際、まどかを逃がした唯一の生き残り。

仲間のデータを持ちながら、まどかと共に反撃の機会を伺っていた。

現在は未来の時間にて存在している。

 

 

●天乃鈴音

 

プレイアデス星団のリーダー。

かずみと共に過去に飛んだが作戦は失敗、現在は未来の時間軸にて存在している。

 

 

●ショウさん

 

元ホスト。

料理が上手いので、独立して自分の店を持った。顔つきが昔と違うような気がしている。

 

 

●皿洗いのイチ

 

ショウさんの後輩。独立の際に一緒についてきた。皿洗いは速いが、面倒くさがりな男。

 

 

●沢井(レンアイダー恋騎)

 

恋愛を助けてくれる専門家。彼もまた騎士だが、正直覚えなくてもいい。

 

 

●北村(レンアイダー愛斗)

 

沢井のライバル。彼等に依頼すると夫婦関係がよくなると評判。

 

 

●神崎士郎

 

龍騎の世界にてライダーバトルを仕組んだ男。

妹を救うためと言う純粋な想いは暴走を起こし、ギアとの取引に乗ってしまう。

 

 

●神崎優衣

 

必ず死ぬ運命にある女性。

兄がやった事を知り、真司やまどかを救うために士郎が提供したデータにバグを混入させた。

それが『ユイデータ』であり、それを象徴するサバイブは魔獣にとって最大の脅威となっている。

他にもユイデータは存在しているらしく、その詳細は誰にも分からない。

 

 

 

【魔獣】

 

ゲーム運営を行っていた黒幕。

かつてまどかが変えた世界にて魔女の代わりとして生まれ、多くの負を取り込んだ結果、進化を繰り返していった。

その結果、人間と同等の知識をつけ、魔女を遥かに超越する脅威として確立。

 

さらに神崎士郎との契約で手に入れたミラーモンスターの力を取り込み、さらなる進化を遂げた。

イツトリを手に入れ、円環の理を襲撃、魔法少女達を皆殺しにし、回収。

そして永遠の絶望を作る事ができるゲーム盤を生み出し、フールズゲームを作り上げる。

 

 

●ギア(???)

 

魔獣のリーダーであり、絶望の頂点に立つ存在。

頭部には巨大な歯車の王冠があり、永遠の輪廻を象徴している。

絶望の力を他の魔獣に与え、幹部集団『バッドエンドギア』を作り上げた。

インキュベーターや神崎士郎を『使える』と判断。契約を結び、フールズゲームを完成させる。

 

 

●イツトリ

 

巨大な脳みその形をしている忘却の魔女。その性質は復讐。

まどかが概念になる前から概念(かみ)として存在していた。

自分の事を忘れていたため、活動停止状態になっていたが、まどかの覚醒に促され復活。全ての魔法少女を忘れ去るため、魔獣に協力する形を取る。

人間の時の名は『神名あすみ』、存在してはならない存在であり、存在しない存在であったが、存在してしまった異質の少女。

 

 

●ワルプルギスの夜

 

最強の魔女でありフールズゲームにおけるラストボスの役割を持つ。

しかしその正体はイツトリの使い魔である魔法少女のデータの集合体。

ゲーム上では、一度死んだ魔法少女の力を使う事になっており、もしも全員が存在している場合は全ての魔法少女の力を使う事ができる。

多くの死を吸収しているため、ほむらが記憶している固体よりも遥かに強力だった。

これでもまだ本気は出していないらしく、『正位置』になった瞬間が覚醒体らしい。

 

 

『バッドエンドギア』

 

 

●バズビー(バズスティンガー・ブルーム)

 

ゲームの司会者であった魔獣。

人間体は桃毛交じりの金髪をツーサイドアップにした少女。

可愛らしい見た目とは裏腹に残忍な性格で、見滝原の外に出た参加者を弓で処刑していた。

魔獣は負の集合体、可愛らしい少女の姿は『見た目』だけである。

 

 

●ハサビー(バズスティンガー・ワスプ)

 

バズビーの妹の一人。

人間態は黒髪のサイドテールの少女で、暁美ほむらがお気に入りだった。

無様に時間を繰り返すほむらを見て、彼女がゲームで死ぬ事に瘴気のチップを賭けていたようだ。

固有能力として、魔法少女達の固有魔法を封じる力を持っている。

 

 

●シルヴィス・ジェリー(???)

 

杏子やモモがしばらく世話になっていたリーベと呼ばれる孤児院の創立者。

恵まれない子供を救う事を生きがいとし、多くの支援を行ってきた聖母と呼ばれる存在。

しかしその正体はバッドエンドギアの一員。強力な洗脳によってゲームの開始をスムーズに進めてきた。

特に佐倉杏子が壊れていく様を見るのは快感らしく、杏子の性格が変わる際は、ほぼ全てシルヴィスが関わっている。

 

 

●イグゼシブ・ハバリー(???)

 

紺のレザーコートに身を包み、赤いワンレンズのサングラスをした恰幅のいい大男。

 

 

鎖羅曼銅鑼(サラマンドラ)(ゲルニュート)

 

赤い忍者装束に身を包んだ男。古風な喋り方で、慎重な性格。

 

 

●アルケニー(ディスパイダー)

 

パンクファッションに身を包んだ女。

口はでかいが、意外に慎重な性格であり、多くの魔女や、他の魔獣に協力を依頼して立ち回る。

巴マミと須藤雅史を抹殺するべく、見滝原に降り立った。

ある時期に、しばらくの間負を吸収できなかったらしいが、詳細は謎である。

 

 

●ミス・シュピンネ(ミスパイダー)

 

貴族の様な格好をした女。

恐怖と苦痛が絶望を放出させる要素である事を理解しており、狙った獲物は簡単には殺さない。

香川を抹殺するべく、見滝原に降り立った。

 

 

●テラ(テラバイター)

 

ゴスロリファッションに身を包んだ幼い女の子。

舌足らずな口調で喋るが、全て計算しており、猫をかぶっているだけ。

暁美ほむらと手塚海之を狙う。

 

 

●ゼノ(ゼノバイター)

 

テラが抱きしめているぬいぐるみ。その正体は残忍な性格の魔獣。

なにやら、奥の手があるらしいが……?

 

 

蝉堂(せんどう)(ソノラブーマ)

 

元人間。魔獣が人を理解するために拉致してきた一人。

魔獣の力に魅了され、自ら望んだ魔獣になったらしい。傲慢な性格で、自分以外を見下している。

バイオリンが得意であり、上条には激しい嫌悪感を抱いている。

 

 

●アシナガ(ソロスパイダー)

 

元人間。緑色の髪に、赤い目が特徴。

達観しており、魔獣の味方をしていると言うよりは人間の敵になるべく立ち回っている。

人に絶望しており、全ての人間を滅ぼす事で次なる生命の誕生を望んでいる。

 

 

下足之宮(げそのみやの)黒彦(くろひこ)(ウィスクラーケン)

 

烏帽子を被り、白塗りに丸い眉毛という和風の魔獣。

語尾におじゃるをつけたり、変わった口調ではあるが、残忍な性格。

 

 

●アグゼル(ワイルドボーダー)

 

閃光を二つ名に持ち、桃色の髪にピアスをつけている。

人間を殺すよりも、強い相手を叩きのめすことに快楽を見出している。

肉弾戦をメインとしており、女を殴る趣味はないらしいが、もう一つの能力である光線では容赦なく撃ち殺そうとする。

 

 

上臈(じょうろう)小巻(こまき)(レスパイダー)

 

元人間。魔獣になりきれていないハーフ。

魔獣に恐怖で支配されており、既に心が折れている

しかし生きる事には固執しており、そのためには戦う覚悟はできている。

 

 

下宮(しもみや)鮫一(こういち)(アビスハンマー・アビスラッシャー)

 

元人間。ハーフだったが現在はミラーモンスター。

死にたくないと言う願いのため魔獣に協力していたが、そのやり方には賛同できないため、ハーフを貫いた。

真司の想いに共感し、魔獣を裏切ってアビスの力となった。

 

 

『魔獣の協力者』

 

 

●クララドールズ

 

元は"ある魔女"の使い魔だったが、現在は魔獣の力に魅了され、忠実な僕となっている。

もともと魔法少女が嫌いのため、本人達は楽しんでいる。

 

『オクビョウ』  マミと須藤が大嫌い。魔女の力を強化したり、魔獣に分け与える事ができる。

『ワルクチ』   ほむらと手塚が大嫌い。対象の精神と同化。自虐を加速させる。

 

 

 

●色つき

 

タロットカードのアルカナを模した上級魔獣。

バッドエンドギアの命令に従い、参加者の命を狙う。

 

『死神』 大鎌を操り、対象を両断する。

『女帝』 薔薇の鞭や、爆弾など、トリッキーな戦法を使用する。

『恋人』 雄型と雌型の二体で、強力な攻撃を放つ。

     分断されると弱体化するが、二体同時に倒さないと復活する。

『運命』 死亡した斉藤雄一を魔獣に改造した姿。ピアノの音色を発生させる輪が武器。

 

 

●愚者・フール

 

特殊な色つき。

まどかの力の一部をクララドールズの『アイ』に与えたもの。

まどかと同じ姿をしており、同じ力で戦う。

さらにラピヌ、コルボー、ミヌゥ、華々莉、カンナ。五人の魔法少女を配下としている。

 

 

 

【妖精】

 

 

ゲーム運営を行い、宇宙を延命させるために働く者達。

魔獣が死んだ際に発生するエネルギーが、莫大な量になる事が分かり、どちらに転ぼうが勝利は揺るぎない。

一応ゲームと言う事で、魔獣や参加者達にはなるべく均等に情報を与えている。

 

 

●キュゥべえ

 

ゲームの運営を行なう妖精、魔法少女を勧誘していったのも彼である。

愛らしいウサギの様な姿をしているが、基本無表情。口さえ開けずにテレパシーで会話する。

 

 

●ジュゥべえ

 

キュゥべえを先輩と慕う妖精。基本的に騎士側を勧誘する。

黒猫の様な姿で、キュゥべえと違い表情豊かである。

 

 

 

【龍騎たち】

 

 

本来は城戸真司の力である筈の『龍騎』を獲得している者たち。

はたして彼らは敵か味方か――?

 

 

辰巳(たつみ)シンジ

 

真司とは違う会社で記者(カメラマン)をやっている青年。

真司のことは先輩として慕っているが、なにやら秘密も多い。

 

 

●キット・テイラー

 

アメリカからやってきた青年。

バイクが好きで、見滝原に訪れたのはたまたま。

 

 

駈斗(かど)竜生(たつお)

 

小学生でありながらも、龍騎の力を手に入れた。

金と権力が大好き。ちなみに彼の龍騎は他のものとはデザインが違っており、ドラグレッダーも喋る。

 

 

加納(かのう)達也(たつや)

 

正体不明の青年。龍騎に恨みを持っているらしいが、彼もまた龍騎のはず……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【???】

 

 

本来、龍騎とまどかの世界は別の世界だった。

それが一つになったとき、新たな世界形態が生まれただけにしか過ぎない。

世界は決して一つだけではないのだ。だがそんな事、絶対に忘れなければならない。

これは我々が知って良い領域ではないのだから。

 

 

門矢(かどや)(つかさ)

 

正体不明の青年。

全てを知っているが、世界に拒絶されているため、The・ANSWERは彼を受け入れてはくれない。

けれど真司は知っている。士とは鳥篭の中で、映画館の中で、時の列車の中で、数多くの鏡面世界で共に戦った。

いや、これも幻想なのだろうか。考えるのは無駄なのか?

これもまた壊れ行く世界が齎した結果でしかないのに。

 

忘れなさい。彼はもう見滝原にはいない。

 

 

葛葉(かずらば)紘汰(こうた)

 

未来の騎士。

イレギュラーはイレギュラー。存在は消え去り、今は世界と分離しているためThe・ANSWERには触れ合えない。

しかし記憶には微かに残っている。それは存在の証明ではないのだろうか。

 

忘れなさい。彼はもう見滝原にはいない。

 

 

海東(かいとう)大樹(だいき)

 

士を追ってやってきた男。

お宝を狙っているらしいが、そんなものはThe・ANSWEには存在しない。

 

忘れなさい。彼はもう見滝原にはいない。

 

 

常磐(ときわ)ソウゴ

 

王を目指す少年。

ディケイドと共に世界を巡っているため、The・ANSWERを発見する。

しかし所詮、部外者。世界は彼を受け入れてはくれない。

 

忘れなさい。彼はもう見滝原にはいない。

 

 



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第70話 絶対に生き残る


※注意


下に今回から始まるThe・ANSWER偏のあらすじを書いていますが、70話までの完全なネタバレを含んでいるので注意してください。
それに加え、『Tea Party』の『EPISODE・FINAL』はストーリーの本筋に関係していますので、まだ見ていない人は其方を先にどうぞ。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME The・ANSWER

 

 

 

 

 

『VS,運営――ッ!』

 

 

13人の騎士と13人の魔法少女は己の望む答えを見出せないまま命を散らした。

世界は絶望に染まり、愚かなゲームに選ばれた参加者達は舞台を盛り上げる為に永遠の地獄と絶望を繰り返す。

しかし、その愚かな輪廻に待ったを掛けた男が一人。

 

その名は城戸真司。

 

彼は13人の魔法少女と13人の騎士全員の生存を賭けて運営、魔獣に戦いを挑む。

世界を絶望に染め上げ、世界支配を画策する魔獣を絶対に許してはいけない。

再び命を与えられた参加者は協力してエンディングを迎える事はできるのだろうか?

それとも再び殺し合いの絶望に身を沈めるのか?

 

勇気、無限、真実、力、絆、運命、欲望、均衡、英雄、決意、慈愛、正義、そして希望。

 

なにより世界の、そして大切な者の命運を賭けて希望VS絶望の最後の戦いが始まる。

答えを彼らは見出せるのか、そして手と手を取り合う事は可能なのか?

ただ一つ、分かる事があるのならコレが最後のゲームだと言う事。

 

そして、戦わなければ生き残れない!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある所に、一人の女の子がいました。

彼女は悲しい運命の連鎖を終わらせる為に、自分の存在を犠牲にして全ての魔女を消し去る選択を取りました。

女の子は神様になり、魔法少女が絶望して魔女になるルールを壊しました。

 

でもそのルールにもう一人の神様は賛成しませんでした。

それどころか酷く怒り、新しく生まれた神様を消し去ろうと手下達を生み出しました。

最初は言う事を聞いていた手下たちは、徐々に賢くなっていき、主人の命令を無視して自分達が得をする様に動く事にしました。

 

そうして新しい神様を捕らえた手下たちは、神様の友達や救われた女の子を引きずり出して、狭い箱の中に閉じ込めました。

箱の中は真っ暗です。

みんな外に出たくて、でもその方法が分からなくて、箱の中で暴れまわります。

そして手下たちはその様子を見て笑っていました。いつまでも、いつまでも……。

 

 

でも。

 

 

「――お前らを絶対に倒してゲームを終わらせる!」

 

「おのれおのれおのれぇえええッ! 城戸ッ真司イィィィイイッッ!!」

 

 

箱を開けた一人の騎士がいました。

彼は箱を壊して、今まで皆をいじめていた手下達に戦いを挑みました。

女の子が応援してくれたから、騎士は怯える事なく強大な悪意に立ち向かいました。

 

 

「勝つのは私達魔獣なんだよ! お前ら人間に希望はないッ!!」

 

「勝つのは俺たち人間だ! 心の中にある光が、必ずお前らの絶望を砕く!!」

 

 

彼は手下達をやっつけて、世界を平和にできるのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぅゅ?」

 

 

ムクリとベッドから起き上がる桃色の髪の少女。

ぼやけた思考と、ぼやけた景色。しばらく無言で近くにあった大きなぬいぐるみを抱きしめ続けた。

はて、あの景色は一体……?

 

 

「また夢オチぃ?」

 

 

眠い。

彼女はぬいぐるみと共に再びベッドの中へともぐり込んで――

 

 

「じゃない!!」

 

 

バチィィイイっと目を開けるのは、鹿目まどか。

そう、そうだ、夢オチなんかじゃない! ベッドから跳ね起きると、まず鏡の前に移動して自分の姿を穴が開くのではないかと思うほど睨みつける。

ムムムと表情を歪めるまどか。しかし直後――

 

 

「うぇひー!」

 

 

にんまりと笑みを浮かべると、スキップ交じりに自室を出て行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふふふーん♪ ふふふーふふー♪」

 

「どうしたぁ、ご機嫌じゃん」

 

「うん! ご機嫌だよ、ふふふ!」

 

 

まどかは洗面所で母と並んで外出の支度をする。

表情は綻び、思わず体を動かして鼻歌を歌うほどに気分は良いらしい。

鏡の前でクルッと回ったり、まるで一人でミュージカルでもやっているかの様だった。

 

 

「なんか良い事でもあった? 彼氏でもできたか?」

 

「ううん、そうじゃな・く・て!」

 

 

普段はちょっとからかうと耳まで赤くして慌てていたが、今日のまどかは怯む事なく笑みを浮かべていた。

 

 

「ママとまたこうやって一緒に支度できる事がうれしいの!」

 

「お、おお」

 

 

10分後。

 

 

「フフフフーフフー♪ フンフー♪」

 

「……まろかぁ?」

 

「だ、駄目だよ食事中に鼻歌は」

 

「てへへ、ごめんなさーい♪」

 

 

とは言いつつも満面の笑みはまだ消えない。

まどかはニコニコしながら次々に食材を口の中へ運んでいく。

 

 

「トマトっておいしいねパパ! あぁ、目玉焼きも本当に最高だよぉ!」

 

「う、うん。ありがとう……」

 

「おいしいおいしい! おいしいよぉ! てぃひひ!」

 

「「………」」

 

 

今日は土曜。

最初は休日だからかと思っていたが、どうにもおかしい。

怯む知久、詢子は汗を浮かべながら耳打ちを。

 

「ありゃ何か変な物でも拾い食いしたんじゃないだろうか?」

 

「そんなまさか……」

 

「ほら、食べたら笑いが止まらなくなるキノコとか」

 

「い、いくらなんでも……。そう言えば最近友達が増えたみたいなんだ。今日もその人たちと遊びに行くってさ」

 

「ああ、昨日男二人は挨拶しにきたね」

 

 

城戸真司、暁美ほむら、手塚海之。

ほむらは兎も角として、男の友達ができるとは意外だった。しかも年上の。

一瞬変な連中に絡まれているんじゃないかと思ったが、少し話をして大丈夫かと判断したのだ。

と言うのも、まどかのなつき方が尋常ではなかったし。少し話して特にヤバそうな連中ではないと詢子の勘が告げたのだ。

 

 

「城戸って子は馬鹿そうだったしね」

 

「し、失礼だよ」

 

「ははは、褒め言葉褒め言葉」

 

 

ここでインターホン。

まどかは待ってましたと言わんばかりに立ち上がると、ウキウキとした表情で家族に行ってきますと告げる。

妙に力が入っているその言葉。詢子も知久も怯んだように挨拶を返すしか無かった

 

 

「「い、行ってらっしゃい」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほっむらちゃーん!!」

 

「おはよう、まどか」

 

 

家を出たまどかを待っていたのは、暁美ほむらだ。

ほむらは長い髪をかき上げ、クールに振舞ってはいるが、その表情はまどかと近い物があった。

無理もない。二人はコレが『初対面』と言う事になるのだから。

いや、昨日も電話で散々話はしたのだが。

 

 

「がばー!」

 

「わわっ!」

 

 

まどかは勢い良くほむらに抱きつく。

その表情は何とも言えず嬉しそうで、同時に目にうっすらと涙を浮かべていた。

今日はこれから、ほむらの家で今後についての作戦会議をしようと言う事だった。

もちろん話自体は真面目な物であり、そう言った意味ではまどかのテンションや雰囲気はおかしいのかもしれない。

 

いやいや、しかしだ。

なんと言っても今の世界でこうしてほむらと肩を並べて歩ける事がどれだけ素晴らしい事なのか。

それを想像してしまえばニヤけるなと言う方が無理だろう。

本当ならばこの光景はありえなかった筈だ。二人は絶望に呑み込まれたまま、永遠の別れを果たす事となる筈だった。

 

 

「でも本当にごめんね。あの時の事……」

 

「ふふっ、その言葉は今のでもう15回目よ」

 

「か、数えてたの!?」

 

 

昨日電話で話をした二人。

まどかはホムリリーを実質的に殺してしまった事をしきりに謝罪してくるが、ほむらからしてみれば責める気など全く無い。

あれは仕方ない事だった。むしろ謝るのは勝手なことをした自分(ほむら)の方であり、それは終わりのない会話へとループしていく。

 

ただ少し身勝手な話かもしれないが、こうして互いに謝る事さえも楽しいと思えてしまう。

自分たちは今、生きている。生きて呼吸をして、生きて足を進めて、生きて目の前にいる親友と会話をする。

それがどれほど幸福なのか。時間が経てば経つ程、実感が湧いてくると言う物だ。

 

二人はついつい頬をほころばせ、笑みを漏らす。

大地を踏みしめる感覚。髪を揺らす風。体感する全ての物が、自分達が生きているのだと教えてくれるようだ。

 

 

「でもちょっと涼しいね」

 

「ええ。手塚の話では――」

 

 

実は前回のゲームと全く同じ時間軸かと思ったが、確かに変わっていた部分もあった。

それは真司も始めは気づかなかったことだが、日付で"月"の部分が少し進んだ状態だった。

これは手塚が事前にインキュベーターを探して確かめたらしいが、何でも纏わりついた因果律を均衡に戻すための目的があるらしく――……。

 

とは言え、さほど直接的な意味があるかと聞かれれば、あまり関係は無い。

月が微妙に違うだけで後は全く同じだ。人間関係も、周りの事も、大幅な事件や事実も。

二人はそんな話をしながら黄色に染まっていく木々の下を歩いていく。

 

 

「ニヤけてるわ、まどか」

 

「ほむらちゃんだって」

 

 

ほむらもまどか程では無いが、先ほどからずっと唇は吊り上げている。

まどかと共にこうして話ができるだけでも嬉しくて堪らない。

もちろんこれから始まる戦いを思えば心は重くなるが、今はこの瞬間を噛み締めようではないか。

 

 

「仕方ないよね。わたしすっごく嬉しいんだもん、またほむらちゃんとお話できるって事が」

 

「ええ。私もよ」

 

 

彼女だけじゃない。

他の人達とだって再会を果たせた。

まどかは昨日の事を思い出して、ついつい涙ぐんでしまう。

 

 

「あはは、もう本当に大変だったよぉ」

 

 

まどかはその時の事を思い出して少し気恥ずかしそうに頬をかく。

他の参加者と再会した時はもう涙が止まらなかったと。

マミやサキには心配され、さやかには笑われてしまった。

 

 

「あとは、仁美ちゃん……!」

 

 

彼女の最期は本当に悲しい物だった。

だからまた会えた時は、堪えようと思っても涙が溢れていった。

 

 

「ど、どうしたんですのまどかさん!?」

 

 

思わずしがみ付いて大泣きしてしまったと、恥ずかしそうに語る。

ほむらも、その場面を想像してしまい再び唇を吊り上げる。

 

 

「仕方ないとは言え、さぞ変に思われてしまったでしょうね」

 

 

しかし、やがてその時が来たなら、彼女達にも思い出して欲しい。

ほむらは口にする事は無かったが、心の中でその言葉を強く思う。

もちろん記憶とは、全てが素晴らしい思い出に満ちている訳ではない。

それはほむらが一番良く分かっている。

 

もちろんそれはまどかも口にしないだけで、心のどこかには同じ思いを抱えている筈だ。

けれど、それでも、思い出して欲しい。自分をありのまま受け止め、そして自分自身をもっと深く知る事ができたなら、きっと何かが変わる筈だ。

 

 

『暁美ほむらの世界には――』

 

 

さやかに言われた言葉を思い出す。

そう、そうなんだ。もっと己の事を自分自身が受け入れ、変えられたなら、きっと新しい世界がそこには待っている。

ほむらは少しだけ寂しげな表情をして空を見上げる。期待しているんだろう自分は。

 

 

「でもね、みんな酷いんだよ!」

 

「え?」

 

 

そこでほむらハッとして、まどかの方を向く。

そこには先ほどの笑みとは違い、プリプリと頬を膨らませて怒っているまどかが見えた。

本人は真面目な物だろうが、その姿は何とも可愛らしい物である。

ほむらは再び笑みを浮かべる。どうやらまどかは、学校で皆に魔獣の話を聞かせたらしい。

しかし返って来る反応と言えば――

 

 

「ぶはははは! そりゃ傑作だわ! 映画化決定間違いなしだ!」

 

 

と、さやか。

 

 

「はぁ、またマミの奴の長話に付き合ったのか。嫌なら嫌と言ってもいいんだぞ?」

 

 

と、サキ。

 

 

「いいわね! 実は私も魔女とは別にショッカーって言う知性を持った敵がいると日頃睨んでいたのよ!!」

 

 

と、マミ。

 

 

「もう! 真面目に話してたのに!!」

 

「し、仕方ないわ」(相変わらずね巴マミは……)

 

 

つまり、まどかの話を皆これっぽっちも信じてはくれなかった訳だ。

頭を抑えるほむら。まあ彼女も手塚と会った時は疑いの気持ちが強かった訳だし。

そもそも何も知らない立場でいきなり魔獣だのなんだのと言われても困るだけである。

まどかもまどかでアライブ体を見せて強引に話を信じさせようとはしたが、そこでふと思い浮かぶ今日の話し合い。

自分の判断で勝手に事を進めていいのかと思い、結局曖昧な笑みを浮かべてごまかすしかなかった。

 

 

「賢い判断だと思うわ。下手に情報を与えても混乱するだけだし」

 

「そうだよね? ああ良かった」

 

「………」

 

 

アライブ体。

お茶会の時の記憶は残っていないが、キュゥべえ達のアシストなのか、アライブに関しての情報は残っていた。あれはまさしく女神、円環の理に至った際の姿ではないか。

あの姿、色々と思い出す事もある。良い意味でも悪い意味でも。

 

いずれにせよ、あまり思い出したくはない事でもあった。

ほむらは表情を複雑に歪める。まどかも、そんな様子に気づいたのか。

ゆっくりと優しい口調で言葉を放った。

 

 

「今日まで……、本当にいろいろな事があったよね」

 

「それは……、ええ、そうね」

 

 

ごめんなさい。

ほむらはその言葉を放とうとして、止めた。

 

 

「でもね。わたしは今、とっても嬉しいよ」

 

「え?」

 

「皆がいて。真司さん達と出会えて。そしてまた皆で生きていけるかもしれない」

 

 

皆で友達になれれば、それは何て素晴らしい事なんだろうか。

だからまどかは感謝したいと言う。今まで戦ってくれたほむらに、そしてこの舞台を用意してくれた真司に。

何よりも今日まで自分を支えてくれた仲間達に。

 

 

「だから、ごめんなさいより、ありがとうをいっぱい言いたいよね」

 

「ッ! まどか……!」

 

「だから、ね? ほむらちゃんも気にしないで」

 

 

そして何よりも。

まどかはほむらに手を差し出して笑顔を浮かべた。

それは何とも強いエネルギーを持った笑顔だった。

だから、ほむらも釣られて笑みを浮かべる。

 

 

「絶対、絶対絶対! 勝とうね!」

 

「……うん!」

 

 

手を取るほむら。

二人は手を繋いだまま笑みを浮かべて道を歩く。

その内まどかが手をブンブンと振って歩くスピードを速めていった。

引っ張られる感覚に、ほむらは目を丸くするが、すぐに笑顔へ表情が変わった。

 

 

「ようし! じゃあほむらちゃんのお家まで一気に行っちゃおう!」

 

「ええ、そうね!」

 

 

走り出したまどかとほむら。

太陽が二人を照らし、輝く空はなんとも言えない程に美しかった。

まるで二人の出発を祝ってくれている様だ。

いや、待っていてくれていたかの様にとでも言えばいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

一方、見滝原にあるファミレス。

ここら辺ではポピュラーなチェーン店であり、同じ名前の物が他にもいくつかある。

そんな中、二人の男女が向かい合って座っていた。

 

朝もそれなりと言う事で客はそれなりにいる。

周りを見ればモーニングコーヒーを啜る老夫婦であったり、これからどこかに遊びいくんだろうと思われる家族連れが多い。

その中で、中学生と思われる二人はやや浮いているだろうか?

だからと言って、誰も二人の事なんて気にしちゃいないが。

 

 

「……足りるのかい? そんな量で」

 

 

少年は、目の前でシーザーサラダをやる気なさそうにフォークで突いている少女を見て、笑う。

しばらく無言だったのに、後の第一声がそれか。

少女は少しイラついた様子でオクラを強く刺した。

 

 

「喧嘩、売ってる?」

 

 

ギロリと一睨み。

 

 

「まさか。こう言う会話がしたいんだ」

 

 

下宮鮫一と上臈小巻は、お互いアンニュイな雰囲気を出しながら向かい合っていた。

小巻はオクラを口に含みながら下宮が注文したメニューを見る。

ポテトだけだ。しかも彼は全く手を付けていない。

 

 

「中途半端な優しさが一番ムカつく」

 

「……それは、申し訳ない」

 

 

下宮はポテトを一つ摘んで口の中に入れる。

無表情で租借する彼を見て、小巻はますます表情を歪ませた。

今度はミニトマトをドスッと音がする程の勢いで突き刺していた。

 

 

「もっと美味しそうにしなさいよ」

 

「おいおい。君が言うなよ」

 

「仕方ないでしょ」

 

 

小巻はトマトを口に含むと苦い顔を一つ。

 

 

「何食べても一緒なんだから」

 

「………」

 

 

メガネを触る下宮。

もうポテトがどんな味をしていたのかすら思い出せない。

それは目の前にいる小巻も同じだろう。だが割り切ってしまえば、ラインを踏み越えてしまう。

それだけは嫌だった。下宮も小巻もだ。

 

だから彼らは毎日、こうして少しでもいいから三食しっかりと口にする。

もう味覚を無くしてからどれだけの無駄な食事を重ねただろうか?

そう、二人は魔獣だ。しかし普通の魔獣とは決定的に違う点が一つだけあった。

それが二人を繋ぎとめる何よりも脆く儚い絆であり、下宮が凶行に及んだ理由でもあった。

 

 

「それにしても、どういうつもりなの……?」

 

「何が」

 

「決まってるでしょ」

 

 

円環の理に来る筈のない真司がやって来たのは、下宮の仕業であった。

再構築の為に舞台へ向う真司をサルベージし、円環の理に送り込んだ事で結果的に今が構築されたといっても良い。

それだけじゃない、真司はギアを殴り、そのせいでバッドエンドギアは相当ご立腹だ。

全ての元を辿れば、その原因の一部に下宮いるのだから、バレればタダでは済まない。

まあ幸い、向こうはインキュベーターが真司を呼んだと思っている為、今のところ問題は無いと思うのだが。それでも完全にバレない保証など無い。

 

 

「壊れたのかと思った」

 

「おいおい、酷いな」

 

 

再び流れる沈黙。

どれだけ経ったろう? 下宮は時計を確認すると口を開く。

 

 

「小巻」

 

「やめて」

 

「え?」

 

 

冷たい視線が下宮を捉えた。

気が付けば彼女の皿には一つの食材も残っていなかった。

対して下宮の更にはまだ何も減っていないポテトが残っている。

小巻は下宮が何を言いたいのか、理解している。

理解した上で、その話を聞く必要はないと判断したのだ。

 

 

「小巻……!」

 

「私は、貴方みたいに諦めていないの」

 

「僕だって諦めてなんか無いさ! だから城戸に賭けたんだ!」

 

「城戸が私達を受け入れてくれるとは限らないじゃない……ッ」

 

「なら魔獣は僕達を受け入れているとでも思っているのか? それこそ無理やり割り切っているだけにしか思えない!」

 

「うるさい……! アンタに何が分かるのよ」

 

「なぜだ!」

 

「諦めてるクセに」

 

 

小巻の言葉に、下宮は言葉を詰まらせる。

 

 

「知っているのよ」

 

 

小巻は下宮の皿を指差して言葉を続ける。

小巻は毎日三食欠かさず食事を取っていた、取り続けた。

それなのに下宮はそれをサボる日がある。一日だけじゃない、何日も続けて。

 

 

「諦めてる。受け入れてる。だからあんな事ができた」

 

「それは――」

 

「口では私よりも人間に戻りたいって言うくせに。行動は全然――ッッ!」

 

「違う。適応すれば楽な部分もあっただけだ」

 

 

下宮は首を振って彼女の手を取った。

 

 

「小巻! 城戸に付こう! でなければ僕たちは永遠に抜け出せないぞ!」

 

「私は……ッ、勝てないと分かっている賭けはしないッ!」

 

 

小巻は金をテーブルに叩きつけると、立ち上がった。

どうやら店を出て行く様だ。小巻にしてみれば、下宮は自殺志願者でしかない。

 

 

「じゃあね。もう二度と話す事も無いと思うけど」

 

「………」

 

 

小巻はそこで立ち止まり、小さな声で呟た。

もちろん下宮の誘いに乗りたいと思う気持ちは、少しはある。

下宮はきっと小巻の事を馬鹿だと思っている筈だ。

でも、それはあくまでも、それは小巻も同じなのだ。

 

 

「私はね……、生きたいの。どんな屈辱的な事をしてでも」

 

「何の為に生きる? チャンスを待つ為じゃないのか?」

 

「そう。でも私は……、コレはただ刹那的な希望にしか見えない」

 

 

どうせすぐに消えるだけの淡い炎。例えるならば線香花火だ。

綺麗な時を楽しめるのは少しだけ。すぐに光は地に落ちて消え失せる。

同じなんだよ、今の状況は。だから小巻の心は動かない。

 

 

「アンタは諦めているからこそ投げやりになれる。どうせ終わっても良いって言う破滅的な思考の上で城戸真司の肩を持ったんでしょ。違う?」

 

「違うさ! 僕は――ッ!」

 

「嫌なのよ! 変に期待して裏切られるのは!」

 

「今を逃がしたらもう二度とチャンスは無いぞ……!」

 

「これはチャンスじゃない。彼らは確かに抗った。でも攻略法は見つけてない」

 

 

イツトリの壁。

魔獣だってまだ隠しているカードはある筈だ。

それこそ下宮が知らない力だって……。

 

 

「心配しなくても、魔獣達には黙っててあげるわ」

 

「小巻――ッ!」

 

 

下宮は彼女の名を呼ぶが、小巻が振り返る事は無かった。

一瞬追いかけようとはしたが、すぐに頭を抑えて首を振る。

そんな事をしている時間は無い。

 

 

(小巻、どうして君は……! いやッ、諦めているのは僕の方なのか?)

 

 

目の前にある冷え切ったポテトを見ながら自問する。

小巻はまだ『人間』に縋る貪欲さがあった。だからこそ意味の無い食事も続けられる。

だが下宮は、いつからかもう食事をしなくて良い体に適応してしまった。

それは魔獣としての自分を受け入れていると? それは小巻が言う通り諦めなのか?

 

いや、違う。

確かに諦めかけてはいた。しかしまだ完全に諦めきってはいなかったんだ。

自分はまだ間違っていない筈だ。下宮はそう信じたかったからこそ、真司に可能性を見出した。

たとえ小巻よりは諦めていたとて。自分はまだ彼女側のラインに立っている筈なのだ。

間違っては、いない筈なんだ――!

 

 

「お、おい下宮!」

 

「!」

 

 

そこで名前を呼ぶ声が。

下宮はハッと表情を変えて『彼』の方を振り向く。

するとそこにはいつも一緒に行動していた友人の一人、中沢昴が立っていた。

彼は慌てた様に下宮の向かい、先ほどまで小巻が座っていた場所に座る。

 

 

「……中沢くん」

 

「い、いいのか? 追わなくて」

 

「ああ、うん……」

 

「そ、そっか。まあ一旦間を置くのも大切かもな。俺そう言うのに疎いからさ」

 

「どうしてココに?」

 

「ああ、えっと、うん。いやぁそれにしても驚いたよ」

 

 

コンビニの帰り、中沢はたまたま店の前を通りかかった。

そしたら下宮が知らない女子と向かい合っているんだもの。

下宮達が座っていたのは道ぞいの席だった為に、通行人からはよく見えるのだ。

特に向こうから横断歩道で歩いて来た者の目には、嫌でもチラついてしまう程。

だからこの席はあまり落ち着けないと人気が無いのだが、今回はそこに下宮と小巻が座っていたと。

 

 

「悪いと思ったけどちょっと気になってさ。えへへ」

 

「全く、仕方ないなぁ中沢くんは」

 

「そう言うなって、友達に彼女がいたとあれば気になるのは当然だろ?」

 

 

いやしかし意外だったと中沢。

 

 

「まさか真面目な下宮が……、意外とちゃっかりしてるんだな」

 

 

あとはそう。

意外とキツメな性格に見えたとか何とか。

下宮の真面目なイメージとは少し釣り合わない印象は受けた。

 

 

「あ! いやッ! ご、ごめん。別に悪口言ってる訳じゃないんだ! 綺麗な人だったし!」

 

 

中沢の必死なフォローがツボに入ったのか。

そこで下宮は声を上げて笑い始めた。

 

 

「分かってるよ。あと勘違いしているよ中沢くん。彼女はそんなんじゃないさ」

 

「え? そうなのか?」

 

 

もしかして今の一連の流れで彼女じゃなくなったとか?

中沢はムムムと腕を組んで考察を。なにやら小巻は怒っている様だったし、やっぱり追いかけた方がいいのでは?

 

とは言えど、下宮は首を横に振るしかなかった。

何故か? 決まっている。何の為にこの席に座ったと思っているのか。

下宮は全てを計算してきた。暁美ほむらと同じく、彼もまた記憶を継続して繰り返す者だ。

今回は前回のゲームを基盤にしていると見て間違いない。

"そのパターン"が一番多かったからとも言えるが――

 

 

と、なれば。

 

 

「コレ食べて良いよ」

 

「え? いいのか?」

 

「ああ。もうおなか減ってないんだ」

 

「え? まだ全然減ってな……」

 

 

ま、まさか! 中沢は言葉を止めてポテトを受け取ると笑顔でお礼を告げる。

そうだ、中沢は心の中で答えにたどり着く。下宮はきっとフラれて食欲が湧かないんだ。

 

 

(そうだよなぁ、そんな気分でおいしくなんていただけないよなぁ)

 

 

中沢は冷え切ったポテトを口に入れると美味しいと微笑んだ。

 

 

「お、俺にできる事があるなら言えよ! なんでも協力するからな!」

 

「……どうして?」

 

「え!? いや、だってそれは――」

 

 

目がマジだ。

中沢は少し下宮の迫力に怯みながら笑みを浮かべる。

これは相当重症に違いない。いつもは淡々としている下宮がココまで雰囲気を変えてくるんだもの。これが失恋の重みと言うヤツなのか。中沢はそう思いながら口を開いた。

 

 

「友達じゃないか、俺達」

 

「………」

 

 

友達。

互いに心を許し合い、対等に接してくれる人。

一緒に遊び、日頃の事を喋り、多くの時間を共有する親しい人物。

それが友達。ともだち、トモダチ。友人と言う物なのだ。

 

 

「………」

 

 

いつからだろうか?

それが、ああなったのは。もうそれすらも思い出せない。

鈍っていく感覚は、自分が何者なのかすら忘れさせてしまう。

自分は下宮鮫一と言う人間のはずだ。だがそれは結局の所、与えられた配役でしか無いのか?

それすらも分からなくなっていく。

 

 

(小巻、君はどうだった……?)

 

 

こんな事なら、もっと彼女と話しておくべきだった。

今になってつくづくそう思うのは人間らしい感情だろうか?

 

 

「中沢くん。僕達って結構一緒に行動しているよね?」

 

「え? ああ、上条と三人って事?」

 

「うん。いつからだったっけ?」

 

「うーん、ハッキリとココからってのは覚えてないけど……、小学校からじゃない?」

 

 

一緒に遠足、宿泊学習、修学旅行だって回ったじゃないか。

中沢は過去を懐かしむ様な表情を浮かべて上を見る。

釣られて視線を移す下宮。中沢にはそこに過去の記憶が見せる映像がしっかりと存在しているのだろう。

 

 

(僕は――、どうだ?)

 

 

沈黙。

 

 

「………」

 

 

首を振る下宮。

彼はメガネを整えると水を一気に飲み干す。

そうか、そうだよな、友達なんだよな僕たちは。

 

 

「中沢くん。相変わらず志筑さんには手紙を書いてるのかな?」

 

「えっ! あ、ああ、まあ……! あはは」

 

 

中沢は顔を赤くして頭をかく。

ただ一度も返事をもらった事は無いし、向こうも向こうで普通に接してくるものだから、手紙の事は一度も聞けないと来た。

 

 

「やっぱ無かったことにされてるのかなぁ? あと手紙ってのがマズかったか」

 

 

やっぱこう言うのは直接なのか?

いやいや、だが自分で言うのは何だが度胸が無いと言うか優柔不断と言うか。

迷いに迷って行き着いた先がラブレターと言う古風な物なのだから、中沢も変わり者なのかもしれない。

 

 

「まあメールよりはマシだと思うよ」

 

「そ、そうかな?」

 

「あと名前はちゃんと書いてるの?」

 

「へ?」

 

 

固まる中沢。

そう言えば書いていなかった様な――

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あッッ!! しまったぁぁああ!」

 

 

中沢は頭を抱えて悶え始める。

 

 

「いくらなんでも馬鹿過ぎるだろ、ラブレターに名前書いてなかったんて! そりゃ返事もこない筈だわ!」

 

 

中沢は頭を抑えて若干涙目になっていた。

 

 

「内容書くので精一杯だったんだよぉ」

 

「まあ、緊張する事だろうしねぇ」

 

 

下宮は空になったグラスを回して中に入っている氷をぶつけ合っている。

冷めた様子の彼とは違って、中沢はアワアワとパニックになっていた。

さて、こうなってしまった以上、これからどうした物か。

今までの名無しは僕だったんだよ! なんて言っても最早今更だ。

かと言って知らんぷりで直接告白と言うのも、中沢にはハードルが高すぎる。

 

 

「別に今更じゃない? もうラブレターは出しているんだし」

 

 

その勇気があれば直接告白する事だってそう変わらないと思うが?

下宮の言葉に喉を詰まらせる中沢。確かにそう言われれば、そうなのかもしれないが……。

 

 

「もしかしたら、どっかでもう諦めてるのかも」

 

「?」

 

「いや、さ。なんて言うか……、手紙には一応そっちも手紙で返事くださいって書いたんだ」

 

「ああ、そういうこと」

 

 

つまり中沢は、もう初めから自分が断られる事が分かっていると。

その返事を直接言われるのと、手紙を通して伝えられるのではダメージの量も違うだろう。

情けない話かもしれない。女々しいのかもしれない。けれどそう言った感情が中沢には取り巻いている。傷つきたくは無いんだ、それは誰だって同じだろう?

 

 

「分かってるよ、俺……、自分でも中途半端だってさ」

 

「別にそれは人それぞれさ」

 

「いいよフォローなんて。ああ、"中"沢って苗字だからなのかな?」

 

 

昔からどうにも優柔不断だと言うかなんと言うか。

物事はすぐに決められないし、女々しいと言うかなんと言うか。

そもそも昴って名前もどっちでもアリな奴じゃないかと。

 

 

「名前のせいにするのは良くないよ」

 

「う゛ッ! わ、分かってるよ」

 

 

そこでふと思いつく中沢。名前の話をしていたからだろう。

人は苗字はともかく、名前と言う物は両親が決めて付けられる物である。

言うなれば父親と母親から一番最初に与えられる物と言うべきなのか。

それは愛情であり、期待であり、希望だ。

 

 

「お前はなんで鮫一って名前なんだ? 同じ読みにしてもさ、漢字が少し特殊じゃんか」

 

「さぁ」

 

「え? 両親に聞いてないの?」

 

「コレ本当の名前じゃないし」

 

「???」

 

 

目を丸くする中沢に、下宮は笑みを向ける。

 

 

「冗談だよ。そんな事より一つ聞いても良い?」

 

「うん?」

 

「話は戻るけど、君は志筑さんが好きなんだよね?」

 

「う、うん。まあ……」

 

 

赤くなる中沢とは対照的に、そこで下宮の目の色が変わった。

そこにある感情は複雑な物だ。だから表情を歪める。

 

 

「だったら、君は志筑さんの為に死ねる?」

 

「え?」

 

「彼女が崖から落ちそうになっていたら、自分の身を挺してでも助けるか?」

 

 

目の前に腹を空かせた熊がいて、ソイツに仁美が襲われそうになっていたら?

この身を真っ先に差し出す事で熊の胃袋を満たし、そして彼女を救おうと思うのだろうか?

 

 

「む、難しい質問だなぁ」

 

「暇つぶしだ。教えてくれよ」

 

「うーん……」

 

 

こめかみを押さえる中沢。

しばらく考えた後、おずおずと口を開いた。

どうやら自分の答えに煮え切らない思いを抱いている様だ。

とは言え、とりあえず出た答えはと言うと。

 

 

「助けたいよ。それはもちろん好きになった人だから」

 

「……たい?」

 

「うん、でも俺ってヘタレじゃん」

 

 

絶対志筑さんに言わないでくれよ。そんな前置き一つ、そしてその後に言葉を続けた。

もちろん言葉では簡単に助けたいと、助けるとはいえる。

けどそんなシチュエーションになった事なんて無いし、所謂『なってみなければ分からない』話である。

そしていざそう言う時になった場合、自分自身を分析するとどうにも確実に守れるとは言い切れないのであると。

 

 

「俺、結構ビビりだからさ」

 

「……駄目だよ、そこは嘘でも守るって言わないと」

 

「もちろん志筑さんがいればそう言うさ」

 

 

でも、だからこそ。

 

 

「そんな風に死ねたらカッコいいかもな」

 

「カッコいい?」

 

「うん。好きな子を守って死ねるんだ。カッコいいじゃないか」

 

 

できれば腕の中がいいよな。

彼女は自分を守ってくれた俺に好意を抱いちゃったりなんかして。

 

 

「そして俺は壮大に散るのさ」

 

 

その言葉を聞いて、下宮は一瞬視線を落とす。

しかしすぐに中沢の口からでた言葉が、脳を揺らした。

 

 

「もちろん、生きれればより一層いいけどね」

 

「………」

 

「つり橋効果って知ってる? あれで志筑さんは俺にメロメロさ」

 

「あれは後が大変らしいよ」

 

「あ、あくまでもだよ。例えばの話だって」

 

 

好きな人をカッコよく守れる自分でありたい。

それって誰しもの憧れじゃないか? 中沢はそう言った。

 

 

「ヒーローと言う言葉があるのは、この世にいる大多数の人間がヒーローチックに生きてみたいからさ。ヒロイックライフって言うの? 知らないけど」

 

 

ダークヒーローだのヒロインだの、言い方を変えればもっともっと種類はあるけれど。

やっぱり一番の憧れってヤツは分かりやすく、そしてカッコよく生きることだ。

要するに今の話で言うのなら、崖から落ちそうになる仁美を抱きかかえてパッと救い、熊に襲われそうになっているなら熊を倒して彼女を守る。

それが一番だと中沢は確かに言った。

 

 

「……中沢」

 

「ん?」

 

 

だから、下宮は顔を上げて真っ直ぐに中沢を見る。

珍しく『くん付け』ではなかった事に、中沢自身も違和感を覚えた。

 

 

「もうすぐ向こうの横断歩道から志筑さんがやってくる」

 

「え?」

 

「昨日のピアノ教室で忘れた携帯を取り行った帰り、彼女はココを通るんだ」

 

「な、何言って……?」

 

「僕は知っているから」

 

 

だからこそ、この席を選んだ。

仁美は下宮達を見つけて会釈で挨拶を交わすんだろう。

下宮は早口にまくし立てる様に言葉を羅列する。中沢は完全に怯んで口を開けているだけだった。

何かの冗談だろうか? そう思うが、ふと横を見れば横断歩道の向こうで信号待ちをしている緑色の髪の少女が見えた。

 

 

「え……? マジ!?」

 

「中沢くん」

 

 

下宮はドンと音がする勢いで、テーブルに腕を乗せた。

そのまま身を乗り出すと、中沢の目をしっかりと見つめる。

そこにある、かつて無いほどの強い光と意思。中沢は思わず喉を鳴らして後ろへ下がった。

目の前にいる下宮がいつもの彼ではないような気がして怖くなってしまう。

 

 

「な、なんだよ……?」

 

「少し、話がある」

 

「え?」

 

「大切な――」

 

 

そう、大切な話が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だぁーかぁーら! 頼むよ手塚ぁあ!」

 

「む、無茶を言うな。占いは超能力者じゃない」

 

 

ほむらの家には、既に真司と手塚の姿があった。

ほむらがまどかを迎えに行っている間、二人は軽い追いかけっこを続けている。

 

 

「手塚の占いで金色のザリガニの居場所をパパッと見つけてくれよ!」

 

「だから俺じゃそんな事はできない!」

 

「またまたぁ、本当はできるんでしょ? 占いに探し人とかあるじゃんか! だったら探しザリガニもできるでしょ!」

 

 

真司は取材の途中でココにやって来ていた。

学生のまどか達とは違って真司は土曜も仕事だ。

今の彼は目撃情報が増えてきた金色のザリガニの取材に追われている。

とは言え探せども探せどもソレは見つからず、結局真司は手塚に頼ることに。

 

 

「頼むよ手塚ぁぁ」

 

「……仕方ないな。南だ、南の方角にソレはいる」

 

「南! 本当に!?」

 

「ああ、だがザリガニもまた自らの手で運命を変える事ができるもんさ」

 

「は?」

 

 

だからザリガニ君が運命を変えていれば、東の方角にいるかもしれない。

そして東に進む運命を変えたいと願ったならば北の方へと――。

 

 

「あれ? 俺今すっげぇ言いくるめられてる気がする」

 

「気のせいだ」

 

 

それよりと手塚。

先ほどから気になっていたんだが真司の両頬が赤い気がする。

心なしか腫れているような気も。

 

 

「風邪か?」

 

「……いや、良くぞ聞いてくれました」

 

 

ザリガニの事はスッ飛んだみたいだ。

身を乗り出す真司、思い出すだけで恥ずかしくなると。

 

 

「実は昨日、美穂と蓮に会ったんだ」

 

 

かなりの頻度でアトリに集まっていた三人。

だからと真司は昨日も店に行ったら、案の定そこには蓮と美穂がいた。

真司の脳に浮かぶ二人の最期、それを思い出せば泣くなと言う方が無理だろう。

真司は顔を涙でグシャグシャにして二人に飛びついたのだが――

 

 

『なんだ鬱陶しい! 離れろ、馬鹿が移る!』

 

 

これが蓮。

 

 

『ば、馬鹿ッ! どこ触ってんだ! どすけべ!!』

 

 

これが美穂。

 

 

「ひッどいよな! アイツ等!!」

 

「ま、まあ……、辛いなソレは」

 

 

結果、美穂は反射からか真司の頬に平手打ちである。

しかも一発じゃなく往復だ。それが原因で真司の頬には赤い痕が。

よく見れば確かに手形が頬に見える。

手塚はそれを聞いて同情と呆れが混じった表情で真司を見た。

 

 

「仕方ない。向こうからしてみれば俺達が記憶を継続している事は分からない訳だ」

 

「そ、それはそうだけど」

 

「そんな状態でお前が鼻水と涙を垂らしながら迫ってこよう物なら、正当防衛を働かざるを得ない」

 

 

そんな状態で魔獣だの何だのと言っても頭がおかしい奴と思われるのは当然だろう。

かと言ってメモリーベントを考え無しに使うのも危険だ。

美穂はともかく、蓮がゲームを思い出せばその場で戦いと言う事にもなりかねない。

継承者を増やす事はプラスにも、ある意味でマイナスにもなるのだから。

 

 

「デッキはどうだった?」

 

「ああ、蓮も美穂も覚醒済みのヤツを持ってた」

 

 

なるほどと手塚は唸る。

どうやら今回は全ての騎士が既に覚醒した状態になっているらしい。

とは言え変身するためにはデッキを持ってVバックルを装着するイメージを頭の中で描かなければならない。

その事を知らなければ騎士にはなれないだろう。

だが逆を言えば、変身方法さえ分かればいつでも戦いとなる訳だから、その点は頭が痛い部分でもある。

と、ここでインターホン。どうやらまどか達が到着した様だ。

 

 

「丁度良い、とにかくまずは一度いろいろ話し合いたい」

 

「確かに、これからどうするかとかね!」

 

「ああ、それ以外にも色々伝えたい事もある」

 

「?」

 

 

首を傾げる真司。

何でも真司がまだ記憶を取り戻す前から、手塚は継承者として記憶を取り戻していた。

故に色々と立ち回れた部分もあるらしい。それを踏まえた上で皆で話し合いたい。

手塚はそう言い残して玄関のほうへと向って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、じゃあ始めよっか!」

 

「はい!」

 

「ああ」

 

「ええ」

 

 

集まった四人は、ほむら家の近未来なリビングで早速作戦会議をする事に。

掲げる思いは何よりも犠牲者を出さない事。参加者全員が生き残り、ワルプルギスの夜を倒してゲームを終わらせる事だ。

その途中で魔獣は全滅させておきたい。でなければゲームが終わったとしても何の意味も無いからだ。この悪夢を仕組んだ元凶を倒し、戦いに本当の終わりを齎すんだ。

 

 

「もう絶対に負けない、死なせない!」

 

 

頷き合う四人。

取り合えず彼らは昨日あった事をそれぞれ報告する事に。

そこで一番気になたのはやはりまどかや真司が受けたとされる『扱い』と言う物だ。

そうなると自ずと今後の課題も見えてくるもの。

 

 

「とにかく、まずは継承者を増やす方針で行こう」

 

 

魔獣の存在を把握し、かつ辿ってきた色々な思いを受け継ぐ。

真司は今回の戦いで全ての参加者に記憶を取り戻して欲しかった。

辛い想いも、思い出したくない物も山ほどあるだろう。だがその全ては自分達にとっては本当の時間だったんだ。無限とも言える間続けられてきた戦い、そこで抱いた希望を決してなかった事にしてはいけない。

 

たとえ脳に入ってすぐに出て行ってしまうとしても。今までの輪廻をなかった事にはしたくなかった。そしてまだ脳裏に強く残っている前回のゲーム。

あそこで抱いた思いを無駄にせず、魔獣を倒す。

 

 

「俺達は主に前回の戦いの記憶を主としてる。だが、中にはそれ以外の記憶もあるだろう?」

 

 

どうやら思い出すと言っても個人個人で記憶に些細な違いがある様だ。

故に継承者がそれぞれ情報交換できる意味を考えても。増やすという行為は無駄にはならない。

 

 

「記憶の中に魔獣を倒すヒントがあるかもしれないからな」

 

「そうだね、うん……!」

 

 

そこでハッとするまどか。

ついついこのメンバーで顔を合わせていたから勘違いしていたが、純粋な継承者の中にほむらは入っていない。彼女は手塚のメモリーベントで思い出した立場なのだから。

純粋なる継承者は五人と言う情報は頭の中に入っていた。と言う事は――、だ。

 

 

「あと二人の継承者って誰なのかな?」

 

 

まどかが記憶を取り戻したのは、真司とほぼ同時であった。

思えばジュゥべえは初めの継承者については、あまり期待するなと言っていた。

その尤もたる例がまどかなのであろう。正直パートナーの両方が継承者、プラス目覚めるタイミングが同時と言うのは全く意味のない事だ。

ジュゥべえがサービスで、『感動の再会』を演出する為にまどかも継承者にしたと言う事なのだろう。

 

 

「手塚は知らないの?」

 

 

ほむらが問うと、手塚は頷く。

彼は早速ほむらの記憶を蘇らせて継承者に昇華させた訳だが、その前にも既にアクションは取っていた。

 

 

「一人は知らないが、一人には会えた」

 

「え!? 本当か!」

 

「ああ、リュウガだ」

 

「「「!!」」」

 

 

リュウガ。

その言葉を聞いて真司の目の色が変わった。

そうだ、そんな事をジュゥべえは言っていた気がする。

己のミラーモンスターとして用意された鏡像。手塚達も詳細は分からない、なのでまずはその話をする事に。

 

 

「リュウガは……、俺の影だった」

 

 

説明を行う真司。

技のデッキの恩恵。対象者の鏡像にして、前回のゲームで真司が死ぬ原因を作った者である。

反転の存在。だからこそリュウガは美穂を殺して真司にも致命傷を与えた。

言わばルールに縛られた存在であり、真司を殺すことで完全体への昇華を狙う。

 

しかし最終的には反転の存在と言う事が敗因となり、ファイナルベントの打ち合いで負けて真司の中に戻る形で死亡した。

 

 

「だからこそ今回のゲームでは、リュウガのデッキは新しい参加者の物になったみたいだ。ジュゥべえが選んだ別の参加者がこの見滝原にいる」

 

「成程。通りで随分イメージが違った訳だ」

 

 

手塚はリュウガの変身者と出会った時の事を一同に話す。

そもそも手塚が目覚めて少しした後に、リュウガ側から接触してきたようだ。

彼は手塚からゲームの話を聞くと、すんなりと協力の意を示してきた。

 

 

「協力?」

 

「ああ。ユウリはかなり反発していたが……」

 

 

しきりに殺すだの、ブチのめすだの吼えていたが、それはパートナーであるリュウガに止められる形になっていた。

それはプラスの印象ではあるが、手塚も継承者だと言う事だけでは手放しに信用はできない。

取り合えず連絡先を交換するだけでその日は別れた。

と言う訳だった。

 

 

「それから連絡は?」

 

「二回ほど。彼は他の参加者に注意を促しているらしい」

 

 

手塚も色々調べていたが、確かにリュウガは他の参加者に接触して色々と動いてくれているらしい。

もちろん、それは真司の都合の良いように。

その尤もたる効果がセフティベントだ。

 

 

「セフティベント?」

 

「ああ、俺はこれがあるからこそ、リュウガを信用していいと思った」

 

 

その効果は真司にとってはまさに希望と言える効果である。

リュウガに追加された新カード、セフティベント・ギルティセーブ。

それは参加者以外の人物を殺害する事を抑制する物である。

 

 

「ッ! じゃあ!」

 

「ああ。彼はソレを浅倉と杏子にかけた」

 

 

それだけじゃなく、次は芝浦達の方へ向うと言っていた為、ソレも期待できる。

与えられた情報でしかない為に、確実に信用はでき無いが、現に今日この日に至るまで見滝原での前回の様な猟奇的な殺人事件は報告されていない。

ミラーモンスターに人を食わせても強化できないルールも関係しているのかもしれないが、不可解な殺人事件が起きていないのはリュウガの力もあったからではないのだろうか?

もちろん殺せないだけであって、暴行は可能であるため複雑な部分ではあるが。

だがとにかく、リュウガのおかげで何の罪も無い人間が死ぬのは大きく防げた筈だ。

 

 

「それに、なんとなくだが、アンタに似ている気がした」

 

「俺に?」

 

 

真司と似ている人物。

いや、だからこそ『龍』の姿をイメージできたのだろう。

リュウガは誰でも良いというわけではない。ドラグブラッカーをイメージできる人間で無ければならないのだ。

ミラーモンスターの姿はその人物の心に強く印象づいている動物が元になる。

そう言う意味でも真司は彼と似ているのかもしれないと。

 

 

「名前は!?」

 

「榊原耕一と言っていた」

 

「―――」

 

 

固まる真司。

なんだろうか。真司の様子がおかしい。

その名前を聞いたとき、心が大きく揺れ動いたと。

 

 

「知っているのか?」

 

 

手塚がそんな事を思うと、続いてまどかの声が。

 

 

「年齢はどれくらいですか?」

 

「え? ああ、たぶん30代後半くらいだろう」

 

「なるほど。参戦派じゃないだけマシね」

 

「まだ演技をしている可能性もあるがな。なにせ長いループの中でも初登場の参加者だからな」

 

 

そうだったと手塚。

榊原から真司に伝言を預かっていると言う。

 

 

「で、伝言……?」

 

「ああ」

 

 

共に魔獣を倒し、このふざけた戦いを終わらせよう。

 

 

「俺は君の味方だ。そう言伝を預かった」

 

「……ッ」

 

「どうした? 震えてるぞ?」

 

 

文字通り見ただけで分かる変化。

プルプルと真司は震えて、拳を握り締めていた。

どうしたのだろう? 三人の視線が一勢に真司に集中する。

気のせいか? 頬を高潮させてニヤニヤしている様に見えるのは。

 

 

「……っしゃぁ」

 

「「「?」」」

 

「シャアアアアアアアアアアア!!」

 

「わわわ!」

 

 

真司は両手を広げて、思い切り伸びを行いながら吼えた。

驚いて椅子から転げ落ちるまどかと、眼を見開いて背筋を伸ばすほむら。

手塚もいきなりの咆哮にビクっと肩を震わせて目を丸くさせた。

 

 

「ど、どうしたの真司さん!?」

 

「ごっ! ごめんまどかちゃん!!」

 

 

倒れたまどかを引き起こす真司。

しかし彼はニマニマと笑みを浮かべて目を輝かせていた。

そして瞬時手塚に詰め寄り、携帯のネットを起動させて画面を彼に見せる。

 

 

「さ、榊原耕一さんってこの人だよな!?」

 

「え? あ、ああ」

 

 

そこに映っていたのは確かに手塚が出会ったとされる榊原耕一、本人であった。

しかし若干複雑そうな手塚。と言うのも、真司が見せた写真に写っていた榊原は非常に若い。

ちょっと待て、若い?

 

 

「知り合いだったんですか! 真司さん?」

 

「知り合いって言うかさ! 知り合いじゃないんだけど俺は知ってるって言うか!」

 

「す、すごい上がりようね」

 

 

思わずほむらの方まで熱が伝わってきそうだ。

基本的に明るい真司ではあるが、今の彼はいつにも増してテンションが高い様な気がする。

ウズウズと体を動かして興奮する心を落ち着けている様だ。

 

ココで画面を凝視してみる手塚。

よく見るとそれは真司が撮影した物ではなく、ネットにアップされている写真のようだった。

何故、榊原の写真がネットに? それは何とも簡単な理由である。

 

 

「榊原耕一……、へぇ、元俳優か」

 

「そそそ! しっかも見てよ手塚! ほら! ほらッ!!」

 

「近い近い! ちょっと待て! 何々……?」

 

 

手塚は今一度よく画面を確認してみる。

榊原耕一、現在は引退している様だが、幼い頃から芸能界に足を置いていたとか。

さらに他の子役と違っていたのはアクションができると言う事だ。

主に中国武術やジークンドーをメインとし、彼は動ける俳優と言うのが売り文句だった。

それが注目されたのか、彼は19歳の時に特撮ドラマの主役に抜擢された。

 

 

「それが俺の大好きだった気力戦隊ドラゴンレンジャーなんだよ!!」

 

「そ、そうなのか」

 

「まさか知らないとか言わないよな、ドラゴンレンジャー!」

 

「い、いや……、俺の世代じゃないから」

 

「あぁー駄目だなぁ手塚は! まどかちゃんは知ってるよな!」

 

「うん、名前だけだけど」

 

 

嘘だろ!? 手塚もほむらもギョッとまどかを見る。

しかしパートナーを気遣っての嘘ではなかったらしい。

何でも彼女の弟、つまりタツヤがそう言うのに少し興味が出てきた頃らしく、本を買っている内に多少なりともまどかも詳しくなったとか。

歴代の戦隊の中にドラゴンレンジャーがいた事はそれとなく覚えている。

 

 

「まあでもタツヤはまだ三歳だからそんなに詳しくは無いけど」

 

「いやいや十分だよ、流石はまどかちゃん!」

 

「えへへ!」

 

「ほむらちゃ――」

 

「興味ないわ」

 

(早い……)

 

 

若干ショボンと真司。

とは言え、またすぐに思い出したのかウオォオオと叫んで燃え上がる。

ドラゴンレンジャーとは城戸真司を作り上げたと言っても過言では無いヒーローだとか何とか。

特にそのリーダーであるドラゴンレッドには、とてつもない憧れを抱いていたのは今でもしっかりと覚えている。

 

変身アイテムや人形、果てはパジャマまで買ってもらったとか。

つまりドラゴンレンジャーのリーダー、ドラゴンレッドこそが榊原耕一だったと言う訳だ。

彼が真司に与えた影響は凄まじく、何故龍騎が赤色なのか、何故龍のミラーモンスターが生まれたのかの答えがそこへ集まっていく。

 

 

「ドラゴンレンジャーの相棒の龍星神ってのが本当にカッコよくてさ!」

 

 

画像を見せる真司。

ドラゴンレッドの専用メカなのだろうが、なるほど確かにドラグレッダーに似ているのなんの。

だからこそ真司の脳には強く龍のイメージが植えつけられ、鏡像となるミラーモンスターがそのイメージを組み取ったのだろう。

 

 

「へぇ! そうだったんだぁ!」

 

「ああ、しっかもさぁ! 俺、一回だけ榊原さんに昔会った事があるんだ」

 

 

まあ向こうはもう覚えていないだろうが。

何でも真司が当時住んでいた街の近くでドラゴンレンジャーのイベントが開催され、そこに一日だけ榊原がやって来ると言う物だった。

真司は両親に無理を言って連れて行ってもらい、そこで握手をしてもらったとか。

 

まあ何人も自分の様な子供はいたし。

榊原も同じイベントを各地で行っていただろうから真司の事なんて覚えていないだろうが。

しかし真司は今もその時の事を覚えている。憧れのヒーローだった人とこれから戦える。

彼が自分を応援してくれている。

 

 

「思い出すよ……」

 

 

幼い真司が榊原と握手をした時、一つの質問を投げかけた。

どうすればそんなに強くなれるのかと言う物だ。

もちろんその時の真司は榊原の事を完全にドラゴンレッドだと思っていたのだが。

とは言え実際榊原本人も強かった事だろう。それを知ってか知らずか、彼はこう答えた。

 

 

『誰かを守る為に戦っているからさ』

 

 

だから君も、強くなりたいと願うのならば守れる人間であれと。

誰かを傷つける為に拳を振るうのではなく、守り抜くために戦うのだ。

それが己の強さとなる。傷つける人間にはなるな、守れる人間になれ。

 

 

「だから、榊原さんが騎士ってスゲェ嬉しいよ! あ、喜んじゃ駄目だった! 俺のせいで榊原さんが巻き込まれたんだ……」

 

 

真司は頭をかいて申し訳なさそうに眉を下げる。

とは言え、今の話を聞いたなら、榊原が信用できる人物であると言う想いが増すと言う物だ。

 

 

「俺が餃子勉強したのも榊原さんの影響なんだぜ!」

 

 

榊原は現在芸能界を引退して、病に倒れた父に代わって実家の中華料理屋を継いだのだとか。

父親は復帰したが、それで榊原が芸能界に戻ってくる事は無かった。

それでだ。榊原の得意料理が餃子だったのである。

だから真司も憧れからか餃子の研究を重ねて自己流の物を生み出したと。

 

 

「そうなんだ! 真司さんの餃子おいしいもんねぇ!」

 

「す、凄まじい探究心ね」

 

「それだけ榊原さんの影響が俺にあったって事だな!」

 

 

成長してから分かる事もある。

真司は俳優としてもファンであった。

彼の仕事に対する真摯な態度は、見習わなければならないと思っている。

 

 

「へぇ! わたしも早く会いたいなぁ!」

 

「今は他の参加者に警告を促している筈。近いうちに会えるさ」

 

 

成程と手塚は思う。

真司にとってはコレ以上ない参加者だったと言う訳か。

それに彼の経験からもリュウガを受け継ぐには最適だ。

あの力を受け取るには龍のモンスターを生み出せるイメージを持った人物でなければならない。

ドラゴンレンジャーと、ドラグレッダーの元になる龍星神が深く関わっているのならば納得だった。

 

 

「ゲームが開始されれば是非連携を取っていきたい所だな」

 

「そっか、まだゲームは開始されてないんですよね!」

 

 

まどかの言葉に頷く手塚。

自分達は継承者として存在するが故に、麻痺している部分もある。

ゲームが行われる事は確定事項ではあるが、それはあくまでも後々の出来事であって、今は何も行われていない状態だ。

 

 

「前回はシザースペアの退場時にゲームのアナウンスが流れた」

 

「ええ、参加者の死がトリガーになっていたみたいね」

 

 

今回、そのトリガーは絶対に引かせない。

では、一体どのタイミングでゲームのアナウンスが流れるのか?

殺し合いのデスゲームが行われると言う事で、アナウンス直後には大きな混乱と恐怖が参加者を取り巻く。

そこから巻き起こされる不和や仲間割れに注意したい所である。

事実前回のゲームでもそれを利用されて、さやかが魔女になった。

おそらく今回もそれを狙う参加者が出てくる筈だから。

 

 

「ゲーム開始前に立ち回れる所は立ち回っておきたいわね」

 

「ッて言うと……、やっぱあと一人の継承者を見つける事とか!」

 

「見滝原の外に何か無いかを見つけるとかも!」

 

「いやッ、実はその事なんだが――」

 

 

複雑な表情を浮かべる手塚。

何かマズイ事でもあるのだろうか? 真司が口を開こうとした――

まさに、その時だった。

 

 

「その点については私から説明するぞい」

 

「「「「―――」」」」

 

 

は?

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

バッと飛び上がる四人。

ほむらに至っては変身までして盾に手をかけている。

と言うのも今聞こえた声は、ココにいる四人の声では無かったからだ。

誰だ!? 息を呑む四人の耳に、再び棒読みに近い笑い声が聞こえてきた。

 

 

「悪い悪い、ちょっとしたサプライズだって」

 

 

誰も座っていなかったソファの上が、ぐにゃりと歪む。

そこから姿を見せたのは、手を頭について横向きに寝転んでいた神那ニコであった。

魔法少女の衣装にはベルデの紋章が。どうやら既に契約を結んでクリアーベントでココに忍び込んだらしい。

うおぉと、思わずソファから転げ落ちるまどかと真司。一瞬思考が停止するライアペア。

 

ほむらの記憶がフラッシュバックする。

ニコとは確か一度だけ会った事があったか、まどかと一緒に話をしていたのを覚えている。

そして手塚、彼女の記憶は無い。無いはずだが、あるとも言える。

あれは円環の――

 

 

「に、ニコちゃん? どどどどうしてココに?」

 

 

って、あれ?

首を傾げる真司。ニコは指を鳴らして正解と。

 

 

「私が五人目の継承者だぞ、ばっちこん☆」

 

「ッ! そ、そうだったのか!」

 

 

ニコは立ち上がってウインク。そのままペコリとお辞儀を行った。

ここでほむら達のために自己紹介を一つ。

 

 

「前回の魔法少女集会では7番。そしてゲームには積極的に関わらないステルスプレイを貫いておりました!」

 

 

しかし一度まどかとは話をしたいと思い接触した。

その時にほむらとも出会い、少しだけ言葉を交わしたと。

 

 

「覚えているわ。あなた、私と似ているって」

 

「んあ。あの時はなんとなくそう思ったけど、今ならその理由が分かるよ」

 

 

共に多くの時間軸で最後まで生き残り、時には繰り返す選択を取った者同士だから。

尤もそんな事をしなくてもイツトリは繰り返すつもりであったと言えばそうなのだが。

 

 

「俺も……、どこかで出会ったか?」

 

「そう、その点に関しても記憶が曖昧になってる」

 

 

円環の理。

その文字と、そこで何があったのかは大まかにしか覚えてない。

誰がいたのか、それが今一つ思い出せないのはおそらくインキュベーターの仕業だろうと。

 

 

「そもそも、継承者だって、現在所持している記憶に些細な差がある」

 

「それは俺も思っていた。だからこそ継承者とは一度話し合い、情報の交換、共有がしたかった」

 

 

だが――。手塚とほむらは相変わらずニコを睨んでいる。

ニコが最後の継承者である事は分かった。しかしそれにしても前回のゲームでの情報が少なすぎる以上、手放しにに信用はできない。

ただでさえ他の時間軸でも彼女が敵であったケースは多いと記憶している。

それを言うと、ニコは少し困ったようにしながらも唇は吊り上げていた。

 

 

「まあそうなるわな」

 

 

それに正直、ニコとしても未だ心の中には冷めた部分もある事は自覚していた。

真司に託したのはニコだ。けれども今こうして冷静になると、やはり真司が目指す勝利は不可能なのではないかと思うようになってくる。

そもそもニコ自身、多くの時間軸で参戦派であった。

それが今になって協力などと。

 

 

「いや、信じよう!」

 

「!」

 

 

真司は立ち上がり、拳をグッと握り締めて即答していた。

ニコは魔獣の存在を教えてくれた。彼女がいたからこそ真司はこのチャンスを作り出す事ができたんだ。

言わばニコは恩人。そして自分に言ってくれたじゃないか、参戦派だったら説得してくれと。

 

 

「俺はその言葉を信じたい」

 

「城戸……」

 

「これは、そういう戦いだからさ」

 

「………」

 

 

ほむらは変身を解除して再び席につく。

手塚も警戒を解いたのか、雰囲気が少し柔らかなものに。

ニコも意味が分かったのか、変身を解除してソファに座りなおした。

 

 

「悪いな……。城戸」

 

「いいんだ。ニコちゃんと一緒に戦えて嬉しいよ」

 

「フッ、あんまり信じすぎるのも毒だぞい」

 

 

でもありがとう。ニコは真司に向かって頭を下げた。

取り合えず高見沢(パートナー)の事もある為、ガッツリとはいかないが、ニコも協力してくれると言う。

ニコとしては高見沢を説得したいところではあるのだが、なにぶん想像するだけで頭が痛くなる話だ。とにかくココはまず一度継承者同士で情報を交換しておくのが先か。

五人は早速、覚えている情報を詳しく説明しあう事に。

 

 

「でもその前になぁ、客に茶くらい出してくれよホムホムぅ」

 

「………」

 

 

イラッとした表情に変わるほむら。

お前さっきまで隠れてたんだろうがと。あとホムホム言うな。そんな目でニコを睨みつつ、一理あるかもしれないとも思う。

と言うのもほむらは皆には口にしていないが、自分だけの心に抱えるちょっとした想いがあった。

それは変わりたいと思う心、思いやりを持ち、まどかの様な人間になりたいと。

 

 

「ジュースあるんだけど、まどかはそれでいい?」

 

「あ、うん。なんでも良いよ」

 

「私もなんでもいいぞ~」

 

 

一分後。

皆の前にはドリンクが。

まどかはお礼を言って早速ジュースに口を付けるのだが――

 

 

「おい酷すぎだろ、何で私だけ水道水なんだよ」

 

「なんでもいいって……」

 

(この女、根に持つタイプだな――)

 

 

ニコは目の前にある水を見て汗を浮かべる。

結局その後まどかの口利きもあってかニコにもジュースが出される訳だが。

そんなこんなで話し合いが本格的に行われる事に。

取り合えずまずは覚えている記憶の共有だ。その結果、分かる事もいろいろと多かった。

 

 

「記憶、環境共に前回のゲームが元になってるな」

 

「ああ。と言うかココ最近は割と同じ流れが続いている」

 

「つまり大まかな流れは前回のゲームと変わってはいないと」

 

 

何もせず放置していたのなら、同じような流れになるだろう。

前回参戦派だった者は例外なく参戦派となり、説得すると言う手を取るしかない。

だが榊原の様な明確なイレギュラーもいる訳で、そこに期待したいところではある。

 

 

「ニコちゃんは榊原さんとは会ったの?」

 

「ああ。ユウリのヤツは相変わらずだったけどね」

 

 

レジーナアイにも登録はしたし、近くに来れば分かるだろう。

とは言え、榊原はともかくユウリはまだ信用できない。

あれは地味に気をつけた方がいいとニコは警告を。

 

 

「アイツの固有魔法は変身だ。気をつけろよ。親しい者に化けて近づいてくる」

 

「ええ、分かったわ」

 

 

それにと、ニコは表情を重くして最大の警告を。

今回真司が目指す勝利は参加者全員の生存。

それをニコは否定する気は無い。しかしだ、それを目指すと言う事がどう言う事なのか。

その問題から目を逸らす事はできない。

 

 

「ワルプルギスの夜」

 

 

その名を聞いて、まどかとほむらゾッとして表情を青ざめた。

忘れた訳では無い、忘れる訳が無い。この身に刻まれた圧倒的な恐怖が今にもこみ上げてくる。

今でも耳に張り付いているアイツの笑い声。

 

おそらくとニコ。

全ての魔法少女が長き輪廻の中で一度くらいは殺された事があるのではないか。

もちろんそれは騎士にも言えた事だ。前回のゲームでは真司は挑むことはなかったが、どこぞのゲーム盤では真正面から挑み、そしてボロ雑巾のようにされて死亡している。

 

 

「ヤツに戦いを挑んだ者は、例外なく遊びに遊ばれた挙句殺される」

 

 

死んだ参加者の魔法をメインとして立ち振る舞い、おまけに常に『逆位置』で本気ではないと来た。

 

 

「私の記憶の中、一回だけヤツが正位置を示した時がある」

 

 

気が遠くなるほどの長い輪廻、一度くらいはと言う事なのだろう。

 

 

「あ……、たぶん、わたしもいたと思う」

 

 

手を上げるまどか、しかしその表情はやはり険しいものだった。

と言うのもその時の記憶が正しければ、まどかとの戦いでワルプルギスは正位置を見せた筈だ。

その結果、忘れた訳が無い。

 

 

「覚えてないよな、まどか」

 

「うん……」

 

「なんでか分かるか?」

 

「………」

 

 

ま、言えんわな。

ニコはそう思えど彼女の代わりに皆に真実を告げる。

まどかがワルプルギスの本気を覚えていないのは当然だ。

なぜならば――

 

 

「ワルプルギスが本気になった一瞬、それでまどかは殺された」

 

「!」

 

 

ほぼ即死だった事だろう。

そしてそれを少し離れた所で見ていたニコもまもなくと殺された。

ワルプルギスの本気の姿をろくに確認することも無くだ。

それが本気、そして本気を出す前であっても自分達は勝てない。

 

 

「まどかが勝てたのは、魔女の力があってこそだ」

 

 

しかもあの時は不意打ちに近い即死だった。

あの時と同じ様にできる確立は非常に限りなく少ない筈。

まどかが極限状態にあり、かつワルプルギスが油断している限定的なシチュエーションなどと。

 

 

「さらに言えば隠しルール、ワルプルギスの強化について」

 

「……!」

 

 

ニコは前回インキュベーターからかなり重要なルールを聞いている。

向こうもまさか記憶を継続するとは思っていなかったからか、ゲームでは伏せられるべき情報を事前に入手する事ができたと。

それはワルプルギスの夜とは死んだ参加者の力を使うこと。

 

 

「そしてヤツは全ての参加者が生き残っている場合、全魔法少女の力を使う事ができる」

 

「なっ! 全員!?」

 

「そう。全員と言うのは、多分私達"参加者"って事だろうな」

 

 

ワルプルギスは死んだ魔法少女の集合体。

それならば現在死んでいないニコ達は大丈夫と思われるだろうが、ワルプルギスはイツトリ同様見滝原の外、ゲーム外からの装置だ。

全ての時間軸においてワルプルギスは一直線に時が進んでいる。

ニコ達の死はしっかりと記憶している訳だ。だからこそ彼女はほむらが知っているよりも何倍も強かった。

そして今回、順調に行けばヤツはフルパワーで自分達を殺しに来る。

そしてその時に本気を出されたら――

 

 

「プラス、あと二つ」

 

 

ワルプルギスは言ってしまえば、あくまでもゲームのラストボス。

それに加えて今回越えなければならない壁が二つ増えた。

一つはイツトリ、ワルプルギスをも越える神クラスの彼女にどう対抗するべきか。

そして何よりも魔獣、ギアはおそらくワルプルギスに匹敵する力を持っている筈だ。

 

 

「かなりギリギリの戦いになる」

 

「だろうな」

 

 

沈黙するまどかとほむら。

言葉にすればする程、勝率が低い気がしてくる。

そもそもまどかは神の位置にいたにも関わらずイツトリに負けた。

加えて、あの圧倒的な力を持ったワルプルギスが完全体となって自分達に向かってくる。

さらにそこに魔獣の頂点であるギアもまたやってくるのだ。

街にも被害は出したくない。そもそもそれまでに全員が揃っていなければならない。

なんて、なんて――……。

 

 

「だが勝つ――ッ!」

 

「!」

 

 

まどかの思いをねじ伏せる様にして、ニコは虚空を激しく睨みつけた。

直後、力を抜く様にニヤリと笑って見せる。

 

 

「魔獣のクソ野郎共にな」

 

「ああ。ふざけた運命は確実に変える!」

 

 

手塚もまた頷いた。

さらにニコと手塚は、「そうだろ?」と声を揃えて、一人の男を見た。

 

 

「ああ、俺達は皆で勝つんだ!」

 

 

城戸真司と言う男を。

 

 

「絶対に生き残る!」

 

「……!!」

 

 

まどかとほむらは顔を見合わせ。複雑な、けれども安堵と希望を混ぜた表情を浮かべる。

ネガティブな想いを抱いたまどか達。だが真司、手塚、ニコの三人は、もうその向こう側に世界を見ているようだ。

 

 

「確かに言葉にしてみれば圧倒的不利な状況ではあるが、希望はある」

 

 

手塚は言う。

榊原、継承者、優衣が齎した物をはじめとした圧倒的なイレギュラー。

 

 

「面白いよ、心がザワザワしてくる。ゾクゾクするぞ~」

 

 

ニコは言う。

無くした『人らしさ』が、時間と共に戻ってくるのを感じるんだと。

ルールの変更により、自分達に有利な風が吹いている筈だ。

確かに今言った通り不利な面は大きく、多いかもしれない。

しかし同じくして自分達に対する希望もまた失われた訳ではない。

それに加え、なんと言ってもだ。三人は視線を交差させる。

 

 

「「「サバイブ」」」

 

 

言葉が重なった。

純粋な継承者には真司が魔獣に喧嘩を売ったあのシーンの光景が埋め込まれている。

それを見るに、サバイブ覚醒の時のリアクション、そして対峙した際のシーンを見ると一つの答えが浮かぶ。

 

 

「奴らにとっても、サバイブは未知数の力の様だな」

 

「ああ。焦り具合がハンパじゃなかった」

 

「凄いんだぜあれ、力が溢れてきたんだ」

 

 

そしてサバイブと同質の力を持つアライブ。

それが魔獣を倒す、ワルプルギスを倒す力になるかもしれない。

加えてもう一つ気になる事があるとニコは告げた。

魔獣にとって最も脅威となるイレギュラーの一つがサバイブだった事は間違いない。

では何故サバイブを削除しなかったのか? それは彼らがサバイブシステムを面白がっていた事もあるが、何よりも削除できなかったと考えればどうか?

 

 

「ま、あくまでも私の予想だけどもさ」

 

「いや、一理ある。俺も同じ予想をしていた」

 

 

ある程度ルールまわりはインキュベーターが管理していた様だし。

頷くニコ、その点を踏まえ――

 

 

「奴らは自分達に都合の悪い物を自覚していた筈だ」

 

 

故に。

 

 

「プラス、奴らはゲームを速やかに運行するべく暗躍してきた」

 

 

その痕跡が確かに残っていたのだとニコは説いた。

 

 

「痕跡?」

 

 

首を傾げる真司とまどか。

既に他のメンバーはその痕跡に気づいていたらしく、真司たちが目覚める前に行動を開始していた。

 

 

「矢だ」

 

「矢?」

 

「ああ、バズビーとか言うヤツが使用していた武器さ」

 

 

つまりそれは魔獣の残した痕跡だ。おそらくは自分の力に心酔していたのだろう。

ヤツは人間の姿を得て舞台に溶け込む姿勢とは逆に、その殺害方法に関しては現代とはかけ離れた原始的な武器を使っていた。

それ故にゲームに介入してきた際の痕跡は、強く残るものである。

 

 

「頭の中に残ってた」

 

 

ネットやテレビでふと目にしたニュースが一つ。

しかし内容が内容だった為に、思い出せたのだと手塚達は言う。

このゲーム内においてイレギュラーだった出来事が確かに存在していた。

そこにニコや手塚達は目をつけたのだ。

 

 

「このゲーム盤で、弓矢で殺されたヤツがチラホラいたんだよ」

 

「……あッ! そう言えば!!」

 

 

真司も情報に深く関わる仕事をしていた身。そう言えばそんなニュースがあったようなと。

そこでアっと声を上げるまどか、弓矢と言う異質な武器は魔獣のソレである。

それは紛れも無く、魔獣がこの世界に干渉を示した何よりの証拠ではないか。

 

では何故その人を殺す必要があったのか?

理由は分からないにせよ、殺す必要があったから殺したのではないかと。

 

 

「魔獣にとって重要なファクターは、私達にとっても重要じゃないのか?」

 

 

それに加え、今回は奴らも好き勝手には動けない。

ニコとライアペアは。その被害者を調べてしばらく様子を見ていたらしい。

つまり確かに変わった部分がしっかりと存在していると言う事だ。

 

 

「私の調べと記憶が正しければ、弓矢で殺されたのは二人だ」

 

「ああ、俺達も最終的に二人に行き着いた」

 

 

頷き合う手塚、ニコ、ほむら。

まずは一人目。その名は――

 

 

由良(ゆら)吾郎(ごろう)。北岡秀一の元秘書だな」

 

「ッ! 北岡先生の!」

 

「おそらくはバズビーでしょうね。これで北岡秀一を参戦寄りにさせた」

 

 

北岡はただでさえ病と言う願いを叶えなければならない理由を一つ抱えている。

そこに親しかった吾郎の死を加えれば、意地でも参戦派に移るしかなくなるだろう。

 

 

「い、今は!?」

 

「ああ、どうやら一度魔獣は彼を狙った様だが、その前に俺が榊原に連絡して妨害してもらった」

 

 

向こうもインキュベーターがかけた枷があるらしく、一度狙った相手はもう狙えないのか。

それともプライドの問題なのか。とにかくと以後は吾郎が狙われた報告は無い。

とにかく由良吾郎は今現在生存中であり、それもあってか前回はビルのワンフロアでしかなかった北岡の事務所も、今は自宅を兼用した大きな物になっている。

 

 

「まあ……、だからと言って北岡の性格は変わっていないみたいだが」

 

「あぁ」

 

 

落胆の声を漏らす真司、まどかもまた汗を浮かべている。

なんとなく光景が容易に想像できると言うものだ。

 

 

「問題はあと一人」

 

「そう、私もそこがかなり重要な役割をしてくれるんじゃないかと睨んでる」

 

「あ……! 俺も記憶あるな! えーっと!」

 

 

確かどこかの大学の教授が殺されたとか何とか。ニコは指を鳴らして大きく頷く。

彼女が独自に調べた結果、その教授は魔女研究を行っていたとか。

まあ長い歴史がある以上、一般人が魔女の存在に気づく事は決して少ない物では無いのかも知れない。

 

しかしだからと言ってそれだけの理由で魔獣は彼を排除するのだろうか?

大学があるのは見滝原外、そこに出向いてまで一般人を殺す意味があったのでは無いだろうか?

つまり、それだけ彼が魔獣にとって都合の悪い、もしくは彼らが把握していなかったイレギュラーだったと言う事ではないのだろうか?

 

 

「その人の名前は――?」

 

「ああ」

 

 

清明院大学教授。

 

 

香川(かがわ)秀行(ひでゆき)

 

「!」

 

 

どことなく覚えがある様な――?

真司の心に淡い記憶が。とにかく、香川と言う人物が魔獣にとって何らかの脅威に、もしくはゲームに関係してくるからこそ殺された訳だ。

 

 

「継承者を増やす前にそこを抑えたいんだが……」

 

 

大きな問題が一つあると。

 

 

「問題?」

 

「ああ。清明院があるのは見滝原ではなく風見野なんだ」

 

 

つまり隣町。

それだけならば問題ないようにも思えてしまう。

ゲーム開始前には隣町に足を運ぶ事もできるのだ。しかし今回は少し違うらしい、インキュベーターがそれを知ってか知らずかルールを変更しているとか。

 

 

「どうやら一度見滝原に入ると、参加者は出れないらしい」

 

「えっ!?」

 

 

手塚とほむらはいち早くその事態に気づいた。

前回同じくエビルダイバー、つまりミラーモンスターならば制約無しに出られるのだが、自分達はそうもいかないと。

言うなれば見えない壁があるようで、そこを越えると逆方向に進む様に設定されている。

歩けばいつのまにか見滝原に戻っており、電車やタクシーなどはいつの間にか違う物に乗っている事になっていた。

 

前回はゲームが始まるまでは色々と自由度があったが、今回はそう言う訳ではない様だ。

その点に関してはニコも調査済みだった。

どうやら見滝原の周りに結界が張っているらしく、そこに触れると無意識に行き先を見滝原に戻されると言う事だった。

 

 

「継承者だけに与えられる制約かと思ったんだけども、そう言う訳では無いらしい」

 

 

ニコは高見沢にその事を伝え、彼にも見滝原の外に出てもらった。

しかし結果は同じ、彼もまた見滝原の外に出る事は許されなかったと。

つまりそれは継承者でなくとも、と言う事だ。

どの参加者も今現在見滝原にいる状態にあると。そして自分達は既に箱庭から出る事はできない。

 

 

「す、すごいなぁ」

 

「あ、ああ」

 

 

早く目覚めた手塚達はそれぞれ来るべきゲームに向けて色々と準備を整えてくれていたようだ。

それに比べて自分達はと言う想いがまどかと真司には浮かんでしまう。

一番無理なお願いを押し付ける形となった自分達が。今の今まで寝ていたと言う形になるのは……。

 

 

「何を言っているんだ、お前達がいなかったらこの"今"は無いんだぞ」

 

「そそそ、よくも考えてみなさいな」

 

 

ニコは語る。そもそもだ、まどかが勝ち残らなければ終わりだった。

真司を蘇生させてくれる様に思わなければ終わりだった。

そして真司もまたそう、彼が魔獣に勝負を持ちかけなければ終わりだった。

 

ニコもそうだ。

だが彼女だけでは魔獣に牙を向ける事はできなかった。

それは真司だったからこそできた事。そしてまどかとの絆で生まれたサバイブが無ければ終わりだったんだ。

今は、この現実は、この世界は真司とまどか。

龍騎ペアが中心となり他の参加者がいたからこそ生まれたんだ。

 

 

「だから、胸を張って。二人とも」

 

 

彼らがいなければこうはならなかった。

ほむらは珍しく、笑みとも言える表情を浮かべて髪をかき上げていた。

顔を見合わせる真司とまどか。そう言われてしまえば少し鼻は高い。

 

 

「う、うん!」

 

「ああ! ありがとうほむらちゃん!」

 

 

笑い合う二人。

賛同の声に自信も湧いてきたと言う事なのだろう。

だがその賛同の声の中。一つ異質な物が聞こえてきたとすれば――?

しかしそれもまた賛同の声であるには変わりないのだが。

 

 

「その通りだ。城戸真司」

 

「!!」

 

 

『彼』自身、その存在を表す為に過剰に足音を立てたのか。

すぐに四人の視線はその声の主へと収束していった。

目に付いたのは紫。そして光を反射するメガネのレンズだった。

 

 

「鍵は掛けた方がいい」

 

 

それが『彼』が新たなるゲーム盤にて参加者達に放つ第一声であった。

テンションが上がっていたのだろう、まどかは鍵をかけ忘れ。だから彼は簡単にほむらの家に入る事ができた。

とは言え、もしも鍵が掛かっていたのならば壊してでも入ったろうが。

 

 

「え? どうして下宮くんがココに――?」

 

「……ッ」

 

 

まどかがポカンとした顔で下宮鮫一の名を呼んだ。

ほむらにも見覚えがある。隣の席にいる中沢昴の友人、美樹さやかの想い人である上条恭介とも友人。前回の時間軸や、ココ最近でもいつも三人で行動していると記憶している。

待て、ちょっと待て。

そう言えばゲームが始まる前の時間軸では、彼はさほど上条や中沢とは――……。

 

 

「待て!」

 

 

下宮に駆け寄ろうとしたまどかの肩を、ニコは強く掴んだ。

思考が停止している中、一つの時間軸での出来事が強くフラッシュバックしていく。

あれは、そうだ、ゲームをはじめから行おうとした時――。アイツ、アイツが、下宮鮫一がッ!!

 

 

「離れろ! ソイツは魔獣だ!!」

 

「!?」

 

 

ニコの言葉に過剰反射したか、まどか達魔法少女は全員変身して武器を構える。

さらにデッキを手に持って構える真司と手塚。下宮が魔獣? 真司はフラッシュバックする記憶に頭を抑え、手塚は下宮を睨みつける。

もしもそれが本当ならば、下宮はずっと自分達の近くにいた事になる。

だとすればその意味は?

 

 

「待ってくれ」

 

 

手を上げる下宮。

彼は理解している。自分が異質な存在だと言う事を。

とは言え、それでもココにやって来たのは、そう言った事を全て理解した上でだ。

それが下宮の意思。それが下宮の目的なのだから。

 

 

「僕は……、そう。神那ニコの言う通り、確かに魔獣だ」

 

「し、下宮くん――ッ?」

 

「それは間違いない。魔獣サイドに今まで立っていた」

 

 

参加者を監視し、ゲームの進行に乱れが無いかをチェックする『監視者』として今の今までゲーム盤の上に紛れ込んでいたのだと早口に告げていく。

下宮の言葉を、目を見開いて聞いている参加者達。

今まさに目の前に、このゲームを仕組んだ敵が一人が存在してる。

 

 

「僕は魔獣だ」

 

「……ッ」

 

 

改めて告げる事実。

現状を下宮自身が強く肯定していく。

 

 

「魔獣とは、全てを支配する存在として成り立ち、魔法少女と騎士を永遠の拷問に掛けて楽しむ者」

 

 

最終的には、全ての世界を。

この地球を支配する存在となる事を目的としている。

 

 

「それを知ってもらった上で一つ、キミ達にどうしても頼みたい事がある」

 

 

下宮は唐突に膝を地面に付ける。

かとも思えば、両手を床に置いて頭を下げていた。

絶対的な悪だと認識していた魔獣が、今こうして頭を下げている。

その異様な光景に、誰もが息を呑むしかできなかった。

 

 

「お願いします。僕に、あなた達の目指す勝利の手助けをさせて欲しい」

 

「え……?」

 

 

つまりそれは、こう言う意味である。

 

 

「僕は魔獣ではなく、君達に協力したい」

 

 

 

 

 

 

 








下宮はオリジナルキャラクターですが、容姿は原作のモブキャラをイメージしてます。
『友達と話す中沢くん』で画像検索してもらえれば、たぶんまどマギオンラインのカードの画像が出てくると思うんですが、そこに中沢くんと写ってる男がそうです。


そしてまあ今回から新章でございます。
アニメとかならOP変わるタイミングですね。
何となくOPはドラゴンナイトの『DIVE INTO THE MIRROR』で、EDは未来日記の『Dead END』辺りをイメージしてます。
まあもちろん適当と言えばそれまでなんで、あんまり深くは考えないでくれよ!
よかったら聞いてみてくれよな!(´・ω・)b



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第71話 人類は試されているのさ



なるべく早くしたいとは想いますが、次から多分一話ずつ更新になると思います。
私の体力は限界です。最近すぐに眠くなります(爺)


 

 

 

 

下宮鮫一は魔獣を裏切り、真司達に付きたいと言い出したのだ。

絶句する五人。素早く顔を見合わせてみるが、良い言葉が何も見つからなかった。

だが、その言葉を無視する事もできまい。

もしもそれが本当ならば、この上ない味方にもなり得るかもしれないのだ。

そう、"本当ならば"。

 

 

「お前を信用できるだけの理由が無い。その証拠があるのか?」

 

 

ニコは眉を顰め、バールの先端を下宮に向けていた。

いつでも必殺技が撃てる様にと言う事なのだろう。

ほむらも警戒しつつ、盾に手を掛けている。下宮が何か変な行動を取ればすぐに時間を止められる様にしているのだ。

下宮もそれは分かっているようだ。体を起こした時には、両手を広げて降伏の意を示していた。

 

 

「理由――……か」

 

 

簡単だ。そう言って一同を見る。

その目には確かな光と、どこかに冷めた様な感情が見え隠れしているようにも思える。

そして頭を抑え、目を閉じる真司。何か記憶の奥底に下宮の姿があるのだが、思い出せない。

 

 

「一番の理由は一つ。僕が――」

 

 

下宮は一度メガネを整えて、静かに言い放つ。

 

 

「僕が、人間だからだ」

 

「は……?」

 

「人間だと?」

 

 

混乱が辺りを包む。

つい今さっき、自分の事を魔獣だと言った男が、今度は自分を人間だと言う。

信じられない。ほむらの言葉に誰もが頷いた。

そこでふと頭をよぎる思い、まさか魔獣は魔女の様に人間が元なのか?

一瞬ゾッとする真司達ではあったが、下宮はその前に否定を行う。

 

 

「魔獣は魔獣だ。奴らは負のエネルギーの集合体であり、生き物に見せかけているだけの存在」

 

「おいおい、矛盾しか無いぞ。じゃあ今の言葉は何なんだ」

 

「僕は違う」

 

「?」

 

「僕は魔獣であり、魔獣ではない」

 

 

正確には下宮を含めて一部の魔獣は他とは違う。

下宮は何故ココに来たのか、何故協力したいと言う考えに至ったのか、それを詳しく話す必要があると理解した。

故に自分の事を。正確には魔獣の中にいる『イレギュラー』を説明する。

 

 

「下宮は僕の本当の苗字だ。しかし、鮫一と言うのは魔獣によって与えられた仮の名でしかない」

 

「それは、どういう?」

 

「魔獣は、人を理解する必要があった」

 

「理解……」

 

「そうだ、ゲーム運営をスムーズに行うため、人の姿や仕草、そして言葉を覚える必要があったんだ」

 

 

ギアはその為にゲームが始まる前から『教育』や『準備』を行ってきた。

その為の準備こそが、人間の拉致である。

純粋な人間を男女共に三人ずつ拉致して解析を行う。

選ばれたのは一般的に魔法少女に一番多い、中学生から同年代の人間達だった。

 

 

「僕たちは魔獣によって解析され、改造された」

 

 

そしてその後は言語や行動、世の中の仕組みや道具を教える役割を担わされ。

最後には一つの選択を強いられる。それは魔獣として生きるのか、それともそれを拒むのかだ。

 

 

「僕はそれを拒み、言わば人間と魔獣のハーフを続けてきた」

 

「じゃ、じゃあ下宮くんは魔獣に無理やり――?」

 

「まあ、そういう事になるけど」

 

 

被害者面はしたくは無いが、そう言う事になる。

しかし彼は、まどかが続けて言った言葉には首を確かに横に振る。

それは彼と同じ境遇にいる人間があと五人いるのかと言う話だった。

それは違う。大きく違うのだと言う。

 

 

「ハーフはあと一人だけだ。女の子が一人」

 

「……残りは?」

 

「もう手遅れだ」

 

 

被害者は確かに六人だった。

しかし一人の女は魔獣に歯向かい処刑され。

もう一人の女はゲームの運営と言う罪悪感に耐え切れずに自ら命を断った。

 

そして一人の男は魔獣の力に魅了されて堕ち。

もう一人の男は人類に絶望して、魔獣こそが正しき支配者であると言っていた。

 

その結果として、下宮以外の男性は人間を捨て、魔獣となり果てた。

脱皮と言えばいいのか。良心を内包した肉体を捨てて、魔獣としての肉体を一つの『新人格』として形成する。

そして既に独立した存在に成り果てたのだと。

 

堕ちきれなかった下宮と、あとは一人『小巻』と言う少女。

魔獣は役に立たない二人を処分する事も考えたが、ゲームの中に混入する監視者も必要と考えたか、二人をその役割に任命して、毎回毎回と箱庭と言うゲーム盤に混入させていたのだ。

 

 

「要するに、面倒な仕事を押し付けられたってだけさ」

 

 

こうして二人は、何とか今の今まで生きながらえていたのだと。

 

 

「なるほど見えてきた。つまりお前さんは魔獣の中でも最低の位置にいた訳だ」

 

「そうなるね」

 

「そして今、そのムカツク上司をブッ倒そうって言う城戸が出てきて、丁度いいと思った」

 

 

このままこき使われ続けるならば、いっそ魔獣を裏切ってしまおうと言う訳か。

それならば納得がいくかもしれないとニコは頷いた。

けれどもまあそれはそれで少しイラつくと言う物だ。

被害者である事はそうかもしれないが、結果として下宮もまた魔獣側であった事は変わりない。

果てしない輪廻の中で、それだけ自分達を騙して監視していた事になるのだ。

それなのに今更コチラの味方がしたいなど都合が良すぎる気もする。

 

 

「もちろん分かっている。僕も今までやってきた事の重さを理解していない訳じゃない」

 

 

今まで協力してこなかった事も事実なのだ。

仮に事情を話してしまえば魔獣は下宮と、それを伝えた参加者を殺すだろう。

もしくはイツトリの力で強制的にねじ伏せるかだ。

だからこそ下宮は自分の立場が汚い所と知りながらも、居座る事を決めたんだ。

もしももっと早く協力していれば、今よりも早くこのThe・ANSWERが始まっていたかもしれないのに。

 

 

「最低だと思ってくれて良い。でも、やっぱり僕も死にたくは無かった……」

 

 

どんな事をしてでも生きたいと思う心があった。

それにこんな言い方をすれば気を悪くするとは思うが、真司たちは死んでもまた記憶を消されて復活する。

言わば完全な死は訪れないと分かっていたのだ。

だからこそ下手な動きはできなかったのだと下宮は言う。

 

 

「しかし今、僕は城戸真司の選択に心を動かされた――ッ!」

 

 

叫ぶように説いた。

そしてこれは最後のチャンス。ここで真司たちがしくじれば、『次』は訪れない。

それだけは避けなくてはいけない。何よりも、もう終わりにしなくてはならないんだ。こんなバカな輪廻、繰り返す憎悪は断ち切らなければならない。

だからこそ下宮は魔獣を裏切った。真司の助けになりたいと心から思ったからだ。

 

 

「もしも君達が僕を信用できないと殺してくれても。僕はそれで構わないと割り切れる」

 

「そこまでなの……?」

 

「ああ。僕もそれだけは割り切っているつもりだから」

 

 

ここで信用されなければ死ぬも同じだ。

いっその事、終わらせるのも悪くは無いだろう。

下宮もこの提案は混乱を招くだろうと自分で理解している。

だがコチラもみすみす殺されては、魔獣を裏切った意味もなくなる。

 

 

「だからせめて、情報だけは渡したい」

 

「………」

 

 

非常に微妙なラインだった。

手塚とほむらはトークベントを発動して下宮についての考察を話し合う。

彼の現状や立ち位置は分かった。だとすれば魔獣を裏切る理由も分からなくはない。

 

しかしニコがはじめに言った通り、確実に信用できる証拠がいまひとつ足りない気もする。

答えの出ない話なのかもしれないが、彼が魔獣のスパイであり、今の話が全てでっち上げられた物である可能性も否定できないのだ。

ここで下手に仲間にいれては、内側から破壊されるリスクもある。

 

 

「わたしは信じるよ」

 

「!」

 

 

しかし、そんな時だ。

まどかの声が聞こえたのは。

 

 

「わたしは、下宮くんを信じる」

 

「ッ、まどか……」

 

 

そして、彼女に続くように真司も口を開いた。

言い放つ言葉は、もう想像がつくのではないだろうか。

 

 

「俺も信じるよ。下宮くんは俺に魔獣の居場所を教えてくれたから」

 

「城戸……?」

 

「ッ、あの時の事を覚えているのか!?」

 

「なんとなぁく、だけどね」

 

 

円環の理でギアと龍騎が対峙した時、あの場所に真司は行けない筈だった。

しかしそれでも彼が場所を特定できたのは、下宮に教えてもらったからに他ならない。

真司の頭にずっと濁っていた記憶で、微かだが下宮と話した記憶が蘇って来た。

特定はできないと言えばそうだ。しかし真司は自分にギアの居場所を教えてくれたのが下宮だと思えて仕方ない。

濁る記憶の中で、強く放つ光があると言えばいいか。

 

 

「だから俺は、君を信じたい」

 

「城戸真司……」

 

「君も、俺を信じてくれたんだろ?」

 

「………」

 

「だから俺に協力してくれた。今も、ココに来てくれたんだ」

 

 

頷く下宮。

そうだ、下宮は人間に勝って欲しいからココに来た。

真司の目指す勝利を形にしたいと心から思ったからこそ、円環の理の場所を真司に教えたのだ。

その想いを真司は本当だと信じたかった。だからこそ、彼は下宮を信頼するに至ったのだ。

 

それにまだ理由はある。それはニコが思い浮かぶものだ。

下宮は監視役。それが一体どの程度の存在なのかは知らないが、織莉子が飛ばしたオラクルを見逃したのではないかと。

 

 

「そうだな、美国織莉子がオーディンに向けて飛ばしたオラクルは人間側にとって大きなヒントになると思った」

 

「だから見逃したの?」

 

「僕は、人間にも可能性が必要だと思ったんだ」

 

 

勝って欲しいと思ったんだ。

渇望した想いを無駄にはしたくなかった。

それは人間サイドにとっても、そして自分自身にとってもだ。

それを言えば、真司はもう一度強く頷く。もちろんそれはまどかも。

 

 

「信じる想いを、俺は無駄にしたくない」

 

「わたしも、下宮くんは友達だから」

 

「……!」

 

 

信じられないと言う表情をしたのは、他でもない下宮自身だった。

友達。その言葉を聞いて、しばらく戸惑いの表情を浮かべたまま真司達を見つめ、やがて呆れた様に笑った。

 

 

「僕が言うのもなんだが、君達はもっと疑う事を覚えた方がいいかもしれないね」

 

「だったら、下宮君は信じられないよ」

 

「そうそう、俺も俺も」

 

 

意地悪に笑うまどかと真司を見て、下宮は安心したように笑った。

面白い二人だ。だからこそ今に繋がったという事か。次に手塚達を見てアイコンタクトを。

僕を信じられるのか? そんな想いを一同は汲み取る。

もちろん手塚達はまどか達ほど、"お人よし"とはいかない。

 

しかしだ。

皆の心にあるのは龍騎ペアの助けになりたいと言う想い。

だったら手塚達はできる限り彼らの思い描く道を辿りたいと言うもの。

手塚達の役割と言えば、真司達の想いを邪魔するより、彼らが選んだ道に障害があればそれを取り除く事だ。

 

 

「まあ、後々お前さんが裏切っても軌道修正できる様にするのが私らの役割だろうからね」

 

「まどかを裏切ったら絶対に許さないわ」

 

「あははは……こ、怖いな」

 

 

ニコやほむらも変身を解除した。

まどか達の決定に手塚達も従うようだ。

最後に手塚がコインを弾き、下宮を見つめる。

 

 

「お前からも運命の分岐点を感じる。なるほど、なかなか面白そうだ」

 

「そ、それはどうも」

 

 

やや不安は残るものの、一同は下宮を信じると言う結論に出たらしい。

まあ幸いと言うべきか。下宮は確かにココに至るまでにも真司に協力はしている。

それもあってか、信頼できるべき存在だと言う所にまで話を持っていく事ができたようだ。

 

 

「よろしく! 下宮くん!!」

 

「一緒にがんばろうね!」

 

「あ、ああ」

 

 

手を差し伸べるまどかと真司。

案外と言うべきか、一番驚いているのは下宮自身だったのかもしれない。

信じて欲しいからココに来たのだが、まさかこうもすんなり信じてもらえるとは思っていなかった。

戸惑いの表情を浮かべながらも両手を差し出して二人と握手を。

 

 

「でも協力してくれるのはいいけど、お前さんの居場所で私達の居場所が割れるって事は無いのか?」

 

「それは大丈夫だよ。魔獣はもうゲーム運営ではなく、君達と同じ参加者だ」

 

 

下宮は早速自分達の事を話し始める。

魔獣はもう、ゲーム中は参加者の居場所を知ると言う事はできない。

何故ならばゲーム運営はあくまでもインキュベーター。魔獣達は真司達と同じく、『参加者』のカテゴリに属すると言う。

とは言え、魔獣には魔獣のルールがあるのだが。

 

 

「魔獣のルール?」

 

「そう。魔獣は君たちと同じく、全てのメンバーがゲーム盤にいる訳じゃない」

 

 

そこで手を上げる手塚。

いまひとつその『ゲーム盤』だのと言う専門用語がややこしいと。

それを聞くと下宮は頷く。まずはその構成から説明することに。

やはり注目するべきは魔獣が今いる場所と、自分達が今いる場所の違いである。

 

 

「ゲーム盤とはこの世界、僕達が今いる次元のことさ」

 

 

簡単に言えば地球だと。

そしてさらに細かくする。このゲームが行われる『見滝原』を『箱庭』と呼んでいた。

様々な因子が重なり、さらにイツトリや魔獣によって構成されたゲームを行うフィールド。

テレビゲームで言うなれば画面の中、競馬で言うならコースとでも言えばいいのか。

とにかくとまどか達が立っている場所、地球の総称をゲーム盤。

フールズゲームが行われるステージである見滝原、そこを箱庭と名づけていたと言うのだ。

 

 

「キミ達、円環の理での記憶は?」

 

「正直ほとんど無い。ッて言うかキュゥべえの言ってた言葉を覚えているし」

 

 

円環の理――、つまり『お茶会』と呼ばれた時の記憶はほぼ全て消すと言っていた。

それだけだけではなく、過去のゲームもあやふやな記憶はある。やはり人間の脳は覚えられる容量がある。急激なフラッシュバックでは、その全てを記憶する事は難しい。

過去のゲームほど思い出すのに時間はかかる。

 

 

「ただお茶会に関しては、少しだけ記憶はある。特にギアと対峙した時の事はなんとなく覚えている」

 

「僕もお茶会と呼ばれている出来事は詳しく知らないけど……」

 

 

世界と言う漠然とした存在。魔獣だからこそ知りえる情報がある。

皮肉な物だ、下宮は言葉を並べながら頭では嘲笑を浮かべていた。

真司達に情報を開示するという事は、魔獣に対する裏切りでもある。

信頼の証拠に裏切りの証を強めていく。何とも滑稽で醜い位置に自分はいる物だと。

 

だが後悔はしない。

何故ならば裏切りと言うのはキュゥべえも言っていたが、文字通り仲間の間に行われる事である。

しかし下宮はつくづく思う。自分は魔獣を仲間だと思ったことなど一度も無い。

今こそ滅びの時はやってきたのだ。人の革命が、絶対であった悪意を砕く時が来たのだと。

だから下宮に迷いはなかった、言葉は並べる為に用意した。

 

 

「騎士と魔法少女は、元々は別世界の存在だった」

 

 

下宮は事の発端。

なぜフールズゲームが行われる事になったのかを、話し始めた。

彼も全てを知っている訳では無いが、魔獣側に属しているが故に色々と調べる事もできた。

魔法少女と騎士は異なる世界の存在だった。それが何らかの要因にて融合を果たし、さらに離別、今の世界形態に至っていったと。

 

 

「なるほど。だから俺の記憶には魔法少女の存在が一切無い時期があったのか」

 

「私も目が覚めた時点では手塚の……、つまり騎士の存在はイレギュラーだと認識したわ」

 

「そう。それはそう言う事なんだよ」

 

 

ははあと唸る真司達。そう言われてみればフラッシュバックする記憶もある。

どうやら様々な要因で記憶が蘇る事がある様だ。

手塚に関しては、年齢が『記憶』と『現在』で違っている事にも気づく。

 

 

「世界に適応する際に。年齢設定にバグが発生したんだろう」

 

「バグか、マジでゲームみたいなのな」

 

「世界と世界は異物だ。拒絶反応を起こすことは珍しい話ではない」

 

 

もしくは運営側が操作したとも考えられる。

騎士はその全てが魔法少女よりも年上だった。

しかして年齢が近い場合、或いは下の場合から生まれる絆のケースを用意したかったのかもしれない。

それに手塚や芝浦が飲み込まれた。

同時に美穂に関しては年齢がやや上になっていた事に関しても同じことが言える。

 

 

「……ごめん、まどかちゃん」

 

「え?」

 

「今の話を聞くに、俺達の世界が君の世界に混ざったからこんな事に……!」

 

「ううん! 真司さんは悪くないよ! むしろ、わたし達のせいで巻き込んで……」

 

 

首を振る真司。

違う。こういう考え方はよくない。

確かに昔は別々の世界だったかもしれない。

だがもう今は今だ。巻き込まれたとかそう言うのじゃなく、自分は当事者なんだ。

関係無いなんて事は無い、他人事なんて事はない。

 

それを聞くとまどかも強く頷いた。

いや彼女だけじゃない、ココにいる全員が同じ思いであったことだろう。

今は確かに存在してる。魔法少女と騎士の記憶は確かに刻まれているんだ。

騎士と魔法少女は同じ世界の産物だ、だからこそ今は手を取り合う事が必要になる。

 

 

「じゃあ、お互いに恨みっこなしだ!」

 

「うん! それでいいよ!」

 

 

笑みを浮かべ、握り締めた拳と拳を軽く合わせる真司とまどか。

頷く下宮、二人の言う通りだ。もはやコレはどちらかの世界一つで済む問題ではない。

龍騎の世界に潜む脅威である『ミラーモンスター』の力を得た、まどかの世界の脅威である『魔獣』。

この事態を解決するには魔法少女と騎士が手を取り合い、100%以上の力を出しあう必要がある。

 

 

「分かるだろう?」

 

 

レンズ越しに、下宮の視線が真司とまどかを貫く。

 

 

「覚悟は、できてる」

 

「わたしも」

 

 

やはり二人の目には強い光が見えた。

安心感。やはり真司達を見ていると、久しく忘れていた感情を刺激される。

さて、続きだ。交じり合った世界ではあるが、所詮はイレギュラー同士の衝突、そこにもまた同じくして『歪』が発生するのだ。

 

 

「僅かだが、二つの世界が衝突した際に狭間が生まれた」

 

「狭間?」

 

「ああ。騎士の世界をA、魔法少女の世界をBとしよう」

 

 

交じり合った際に生まれた歪な空間。

世界と世界の境界線。ぶつかり合った際に生まれた虚構なる空間。

つまりAとBが交じり合った際のエネルギーが原因で新たにCと言う空間が生まれたのだ。

程なくして交じり合った世界は分離、騎士の世界であるAは、再びAと言う存在を確立してBから離れていった。

そして残ったのが真司たちが混じったまどか達魔法少女の世界であるB。

ゲーム盤とはBの世界を指すのだが――

 

 

「Cが消えていなかったと言う事か」

 

「そう。その狭間こそが、魔獣達が拠点としていた場所。星の(むくろ)だ」

 

「星の、骸」

 

 

Bの世界に内包されていながらも、別次元の場所に存在しているCの世界。

その星の骸と言う場所に、今の今まで魔獣達は身を潜めて殺し合いのゲームを堪能していた。

イツトリの力によって次元の壁を忘れる事ができる魔獣は、星の骸を拠点として今まで活動を行ってきたのだ。

 

 

「それは今も変わってはいない筈だ。イツトリが弱まった今もね」

 

「つまり奴等は私たちが手を出せない場所にいると?」

 

「そう。おそらく君たちでは星の骸に侵入する事はできないだろう」

 

 

そもそも向こうは魔獣が発生させている瘴気に満ち満ちている。常人がいていい場所ではない。

浅倉でさえも短時間で撤退を余儀なくされた程だ。

ましてやあの時はジュゥべえの力があったからこそ。今はもうそれは無い。

簡単に言えば毒ガスが充満している空間に足を踏み入れるようなものだ。

 

 

「じゃあ私達が向こうに殴りこみをしてってのは無理って訳だ」

 

「そうなる」

 

「向こうが私達を根絶やしにってのは?」

 

「単刀直入に言えば可能だろう」

 

「おいおい、マジかよ……!」

 

 

簡単だ、自分たちは皆ゲーム盤にいるのだから。

箱庭の中にいる自分達を順に殺していけば良い。それだけの話、それで魔獣の勝利が確定する。

だがそうは単純にはいかないだろうと下宮は睨んでいる。

 

 

「と言うと?」

 

「そんな簡単には魔獣は君達を殺しはしない」

 

 

死は苦痛でもあり、同時に安息でもある。

安息などと言う物を魔獣は決して与えはしない。

彼らは相当参加者に対して怒りを覚えている。圧倒的なプライドを持つ彼らが、人間を許すわけもなし。

 

 

「死と言う安息を与えるからには、奴等は徹底的に参加者を追い詰めて殺す筈だ」

 

 

特に同じ世界の存在である魔法少女にはよりいっそう敵対心を持っているはず。

要するに時間をかけてじっくりと殺しにかかるのではないか。

それだけではなく、魔獣にも参加者として課せられたルールと言う物がある。

 

 

「まず、骸から必ずインキュベーターが指定した人数はゲーム盤に降りなければならない」

 

 

つまり戦いの舞台に必ず上がる者がいると言う事だ。

同時に数が指定されているため、大人数で散らばって参加者を殺すと言う事もできない。

今もどこか、この見滝原に魔獣は潜伏している事だろう。

 

 

「僕ともう一人、上臈小巻と言う少女はハーフの為に、その人数指定を潜り抜けられる」

 

 

故に魔獣は、相変わらず監視役として下宮と小巻を見滝原に送り、そこで見た景色、参加者の居場所を、骸にいる魔獣や、見滝原に潜伏している魔獣に知らせる役割を与えた。

以前は監視役の居場所は魔獣に筒抜けではあったが、現在はそれは叶わない。

 

 

「だからこそ僕の居場所は奴らには割れない」

 

「だといいけど」

 

 

もうこうなれば下宮の言う事を信じるしかない。

もしくは後でキュゥべえかジュゥべえに問い詰めるしか他ないか。

ニコはため息をついて両手を挙げた。

下宮も少し困ったように唇を吊り上げるが、すぐに説明を続けることに。

 

 

「さらに魔獣には活動に制限時間がある」

 

 

舞台に上がる魔獣の数は、一日単位で変わり、それとは別に行動にも『制限時間』が設けられている。活動の時間は魔獣によって変わり、そしてその制限時間が適応されるのは、参加者と交戦が始まった時である。

 

 

「交戦とはインキュベーターが認識することで発生するイベントのようなものだ」

 

「アイツ等のさじ加減って訳だ」

 

「そう。コレは双方にとってメリットにもデメリットにもなるルールだ」

 

 

例えば魔獣が参加者を追い詰めたときに制限時間が来れば、魔獣は骸へと強制送還させられる。

これは襲われていた参加者が不利の場合には当然メリットになるだろうが、逆もまたしかり。

 

 

「追い詰めていた場合には、魔獣に逃げられる事になる訳か」

 

「そうなる。だがコレは別のルールによって多少強引に解決できるかもしれない」

 

「どういう事だ?」

 

「後で説明する」

 

 

加えて、大半の魔獣は一度狙った獲物に固執するクセがあると下宮は説いた。

これはあくまでもクセなので、ルールで定められたものではない。

しかし下宮には確かな確信があった。

 

ほとんどの魔獣は一度決めた相手を執拗に狙うはずだ。

何故ならば奴等は尋常ではないプライドの高さを持っている。

狙いを定めた獲物に逃げられる、これほど屈辱な事はない。

 

 

「それに奴等の根本的考え。ゲームを楽しむと言う性格がある。だからそう簡単には短期決着を狙わないはずだ」

 

「向こうも向こうでゲームを楽しむって訳か」

 

「そう言えば――」

 

 

ギアの言葉がフラッシュバックしてきた。

希望は積み木、高く高く積み上げられれば、それだけ崩された時のショックも大きい。

そう簡単には積み木は崩さない。それが向こうの方針である。

 

 

「ギアが最初から来る可能性は?」

 

「無い。これもルールだ」

 

 

魔獣のトップであるギアは当然ゲーム終盤でしか活動を許されない。

そのルールとは二つに分けられている。一つはギアを除いた全てのバッドエンドギアが死亡している場合。

もう一つは最終日、つまりワルプルギスが襲来する日である。

 

 

「次に説明するルールは僕もいま一つ分からない部分が多い」

 

「ど、どういう事?」

 

「なんと言えば良いのか……。とにかく、そう。アバウトなんだ色々と」

 

「アバウト?」

 

 

頷く下宮。メガネを整えながら口を開く。額には若干汗が浮かんでいた。

アバウト故、間違った情報を与えてしまわないかの不安があった。

加えてかなりデリケートな話題である。

 

 

「魔獣が行う"殺害"と言う行為についてだ」

 

「……ッ」

 

 

空気がピリつく。

思い出したくも無い光景が山程と脳には刻まれているのだ。

特にまどか。一瞬バズビーに殺された家族の姿を思い浮かべてしまい、唇を強く噛む。

 

時間軸が移動したとは言え、この今がある限り、あれも本当なんだ。

守れなかった、救えなかった。そして家族が受けた苦痛を思えば心が砕けそうになる。

下宮としてもそれが分かっている以上、できれば避けたい会話ではあったが、逃げることもできないことだ。

立ち向かわなければならない問題なのだ。それは今も。いや今だからこそと言えばいいか。

 

 

「まず、結論から言えば、魔獣はゲーム盤にいる人間を自由に殺害する事ができる」

 

「!」

 

「つまり、前回のゲームの様に参加者の家族を狙ってくる可能性も十分に考えられる」

 

 

事実それが手っ取り早く絶望を与えられる方法だ。

本人を狙うより、その大切な物を壊していくと言う卑劣なやり方。

そしてその卑劣さ故に、与えられる精神的なダメージも大きい。それは当然魔獣も良く知っている。

だからこそバズビーはまどかを絶望させる方法に、彼女の家族を殺害すると言う方法を選んだ。

 

 

「魔獣は知っているんだ。それが最も早く、かつ効率的に絶望させる方法だと言う事を」

 

「そんな……!」

 

 

あの惨劇が繰り返されるかもしれないのか。一同の背中に冷たい物が走る。

けれども下宮の言い方には引っかかる物があった。

まるでそれはまだ続きがあるかの様な言い回しだったから。

それをすぐに問いかける手塚、すると下宮は二度三度と強く頷いてみせる。

 

 

「そう、そうなんだ。ココが非常にアバウトな部分なんだ」

 

 

まず、死と言う概念の話。

何も哲学的な話をしようと言う訳じゃない。

それが今回のゲームのルールとして確立されるワードとシステムなのだから。

そう、システムでありルール。それはゲームの中にある確立された存在だと言う事だ。

 

 

「人の死は、肉体的な物と精神的な物に分けられる」

 

 

それは誰かが決める事ではないのかもしれないが、大きく分けるならばそうなる筈だ。

この点に関して今は深く掘り下げるつもりも語り合うつもりも無い。

しかして魔獣に与えられたルールを知れば、それを考えてしまうのは必然といえる物なのかもしれない。

 

 

「魔獣はゲーム盤で人を殺す際、肉体の死のみ与える事ができる」

 

「……どういう事だ?」

 

「死は複雑な物だ。肉体が損壊すれば、精神を証明する事もできず、それは決定的な死とも言えるのかもしれない」

 

 

けれども確実な死では無い。下宮は少し言葉を強めて言葉を放つ。

魔獣は確かに人を殺すことができるが、それは確定的な死ではない。

少しチープな言い方かもしれないが、肉体を粉々に粉砕されたとしても、魂はゲーム盤からは消滅しないと言う。

 

 

「どういう事ぞ?」

 

「そうだな……」

 

 

メガネを上げる下宮。

少し申し訳ないが、中沢で説明しよう。

 

 

「な、中沢くんで?」

 

「うん。まあ、彼なら許してくれるよ」

 

 

複雑そうな表情のまどかや真司を放って、説明を始める下宮。

前回のゲームや本来の世界では、中沢が殺されれば肉体的な死と精神的な死が同時に訪れていた。

精神と言うのは要するに魂だ。人を動かす根本なるコア。中心や動力源と言う意味であり、『心臓』に置き換える事もできる。

 

肉体のコアである心臓や脳。しかし精神の要と言えるのは魂だ。

それが壊れれば人は死に至る。どちらが先に訪れるのかはよく分からない。

 

たとえば中沢が何者かに銃で撃たれて殺されたとしよう。

するとやはり中沢の体が損壊した後に、魂が消えると言う事で死がやってくる。

もしくは逆かもしれないが。

 

 

「まあそこは置いておいて。とにかく、人は肉体と精神に別れていると人は考えているだろう?」

 

 

それがもたらす物こそが、二分割された死だ。

しかし今回の世界。この今と言うリアル。箱庭とゲーム盤では、死の定義が少し変わってくる。

それはインキュベーターが齎した歪な概念だ。真司が願った『皆が生き残る事ができる』ルールであり、逆を言えば前回の蘇生ルール同じく、命を軽視する事になるシステムである。

 

 

「簡単に言えば、参加者以外は殺されても蘇生できる可能性がある」

 

「蘇生……ッ」

 

「ああ。例えば、中沢くんが魔獣に殺されたとしよう」

 

 

前回のゲームや、巻き込まれる前の世界では、殺されれば当然死ぬ。

それは肉体的な意味でも精神的な意味でもだ。この二つはあくまでも分かれているとは言え、繋がっている部分もあるのだから。死が訪れれば二つの死が重なり合い、完全な死が齎される。

 

 

「しかし今回、齎されるのは肉体の死のみと言う事なんだ」

 

「肉体の死……」

 

「残った魂は見えないところで管理される。インキュベーターによってね」

 

「???」

 

「何も難しい話ではないよ」

 

 

要するに、形が違うだけで『復活ルール』は消えていないのだ。

前回は50人殺し。そして今回は――

 

 

「魔獣の全滅」

 

「!」

 

「あ、ハーフ以外! 僕らは別! 頼むよそこの所は!」

 

 

下宮は慌ててその言葉を付け足す。

つまり下宮と小巻以外の魔獣を倒す事で、失われた命が戻ってくると言う事だった。

そしてそれに基づいた派生ルールもまた存在している。

 

 

「一つは魔獣が殺害を行える最大数」

 

「と言うと?」

 

「今回、魔獣が行う殺人は食事と考えてもらえれば分かりやすいかもしれない」

 

 

殺す事は食う事だ。

つまり無限に殺せる訳では無い、満腹がくれば終わりだ。

魔獣によって個体差はあるが、一日に殺せる数には限りがあり、それを越えると星の骸へ強制送還され、更なる特殊ルールが発動する。

そしてその特殊ルールは、別の条件下に置いても同じく発動される物であった。

 

 

「その発動条件は過剰殺人だ」

 

「殺しすぎって事か?」

 

「ああ。限界が来ているのにも関わらず殺人を続ける。もしくは――」

 

 

例えばビルを連続で破壊して中にいる人や、破片で下にいる人たちを殺す。

例えば見滝原上空を飛んでいる飛行機を攻撃して落として殺す。

つまり、あまりにも『無意味』な殺害数が多い場合、インキュベーターが任意でそのルールを発動する。

 

 

「内容は、復活ルール」

 

 

先ほど魔獣を全て倒せば死んだ者が蘇生されると言ったが、それとは別の復活ルールがある。

もしも魔獣があまりにも常軌を逸した数や周期で殺戮を行う場合、もしくは建造物や地形を大幅に変える程の破壊を行い、参加者をおびき出す等と『雑』なプレイイングを行った場合、その行動を取った魔獣を殺せば、その時点で魔獣が殺害した参加者以外の人間、もしくは壊した建造物が復活する。

他にもふざけた行動を取った魔獣にはペナルティが与えられる。

 

これが新たな蘇生システムである。

魔獣がどれだけの人を巻き込もうとも、魔獣が滅べば世界は死者を引き戻して世界を構築しなおす。

ジュゥべえが真司の想いを汲み取ったが故に生まれた、やや歪な希望といった所だろうか。

 

当の真司も複雑そうな表情を浮かべていた。

何を言えばいいのか分からないのだろう。死者を蘇生できるシステムは悪いとは言わないし、現に希望ではあるのだが、どうしても命の軽視が訪れてしまう。

 

 

「ましてやインキュベーターが過剰殺人と見なす単位が分からない。これはかなりアバウトなルールだ」

 

「確かに。まああくまでも一つ抑止力って事か。イエローカードみたいなもんだな」

 

「そして、気づいたかな?」

 

 

その蘇生システムには、一つの特徴がある。

ジュゥべえと話した真司ならば分かっているだろう。

そうだ、ジュゥべえは言っていた、今回復活ルールを廃止すると。

 

 

「そう、コレはあくまでも参加者以外が使える物」

 

 

今回のゲームに存在する蘇生システムは、参加者ではなく関係の無い人たちに与えられた物なのだ。

参加者達の死を覆すルールは、今回一つも存在していない。

もしもこの時間軸で参加者が死ねば、最後の願いの力以外では蘇生させる事はできない。

50人殺せば等と言う甘えた立ち回りはできないのだ。

これはジュゥべえも言っていた事。真司は強く頷いてみせる。

 

 

「歪ではあるものの、インキュベーターは君の概念を汲み取ってくれたみたいだ」

 

 

感情無き故に、復活ルールその物の否定とはならなかったが、逆にこれはプラスに働くものだと下宮は言う。

関係の無い人たちが巻き込まれる事は非常に辛い事だ。

けれどもこのルールがあれば、魔獣を倒しさえすれば、その間違った死は否定できる。

 

 

「もちろん被害を出さないのが一番だ。なにせ過剰殺人が禁止されているだけで、殺害そのものは許されている」

 

「分かってる。魔獣を一刻も早く倒す。それが一番だろ」

 

「そういう事になる。何か質問は?」

 

「魔獣の数はどれくらいだ?」

 

 

フムと唸る下宮。

彼自身全てを把握している訳ではなく、雑魚の『従者型』を含めるとその数は膨大としか言えない。

しかし幹部であるバッドエンドギアや、クララドールズを種類別に分けるならば何となく数は出せるかもしれない。

 

 

「まずバッドエンドギアはだいたい22体前後と考えてもらえばいい」

 

 

よく見る者や、部屋でゲームを監視している者もいるだろうとの考えだった。

これだけで考えるなら、参加者よりはやや少ないと言える。

とは言え下宮もどんな魔獣がいるのか、詳しく知っている訳では無い。

それに一体一体の実力は本物だ。決して油断はできない。

 

 

「さらにココにクララドールズが入る」

 

「人形みたいなヤツだよな?」

 

「ああ。僕も詳しくは知らないが、負の具現と呼ばれていた」

 

 

下宮はそれを14体見たと言う。

おそらくそれが全てだとは思うのだが、これもまた確証はない。

 

 

「そして従者とは別に、少し力が高い魔獣がいる」

 

 

バッドエンドギアやゲストタイプの様に言語を覚えているかは微妙なラインの者達。

要するに雑魚タイプの従者と、幹部のバッドエンドギアの中間に位置付いている者達と言えば良いか。

従者は人を模した部分と、衣服が全て白色――……と言うより、無色で構成されている。

しかしその中間地点にいる者には、『色』が与えられていると。

 

 

「通称"色つき"、それが21体いると記憶している」

 

「うげ、結構いるのな」

 

「ああ。愚者(フール)を除くアルカナを模したヤツらだ」

 

「アルカナ?」

 

 

首を傾げるまどか。真司も頷いていたが全く分かっていない。なのですぐに手塚が説明を。

アルカナとはタロットカードの絵柄のモチーフに使われる物であり、ナンバー0は愚者を意味する。

 

 

「つまり、そこにイツトリとワルプルギスの二体を合わせるのなら、雑魚を除いて約59体の敵がいるのね」

 

「それマジ? 参加者全員合わせても26人、コッチがバリバリ不利じゃね?」

 

「そもそも参加者が全員すんなり協力してくれるとも限らない訳だからな」

 

 

頷く下宮。

一同から視線を外して少し沈黙。そしてメガネを整えると、真司を激しく睨みつけた。

息を呑む一同。先程までの下宮の雰囲気ではない。

 

それはまさに人間ではなく、魔獣としての顔と言えばいいのか。

下宮は今、確かな殺意を瞳に宿して真司を見ていた。

今の言葉の通りだ。敵の数は多く、それらを全て倒そうと言うのは、簡単な事ではない。

 

 

「口にするだけなら何とでも言える。しかし、この戦いは結果を出さなければならない」

 

 

真司はソレをちゃんと理解しているのだろうか?

下宮にはそれが疑問だった。

だからこそ、確かめなければならない。

 

 

「先程言ったルールの一つを今、説明する」

 

 

先ほど下宮は、魔獣に与えられた『時間制限』を無理やりに何とかできるかもしれないと言った。

そのルールを今説明する。尤もそれは口で話して教えると言う物ではない。

実際に、体験してもらうのが一番だ。

だから下宮は真司を睨んだ。その意味、その意図、分からない訳では無いだろう?

 

 

「城戸真司、僕と戦って欲しい」

 

「!」

 

「気を悪くしないでくれ。だが僕自身、確かめたかった」

 

 

魔獣に喧嘩を売った。魔獣を倒すと宣言した。そして参加者全員を救うと誓った男の強さを。

コレから先の戦いは半端な覚悟や強さでは乗り切れない。

時に傷つける事、時に乗り越えること。それを可能にするのは、何よりも『強さ』と言う捉えがたい存在ではないのか。

それを証明するためには、やはり拳を交える他ない。

下宮は確かめたい、見てみたい、そして信じたかった。真司らの強さと言う物を。

 

 

「戦いたくないは、もう許されない。お互いに」

 

「下宮君……」

 

「僕はハーフ。所詮は魔獣と人間の出来損ない。弱いが制限時間は与えられていない利点がある」

 

 

だが逆を言えば50%は魔獣である。

先程肉体と精神の話を持ち出したが、その点で言えば既に肉体を改造されている時点で下宮は魔獣のラインに足を置いている。

 

監視役は参加者と見なされる為、魔女に襲われる事もあった。

しかしそれでも死ななかったのは何故か?

簡単だ、身を守るだけの力があったからに他ならない。

ワルプルギス襲来の日も現場に居合わせたのは、それを可能にするだけの防衛力があったからだ。

 

 

「皮肉なものだ。忌むべき力が自身を守る力としても機能していた」

 

 

下宮はメガネを外し、真司を強く睨みつける。

 

 

「僕を! 魔を超えてみろッ。城戸真司!」

 

「!?」

 

 

空間が震える。

そして下宮の体から、濁った闇が溢れた。

それが彼の姿を覆い隠す。闇が晴れた時、そこにいたのは下宮鮫一であり、下宮鮫一ではなかった。

思わず声を上げるまどか。下宮が座っていた場所に今現在座っているのは、人に近いシルエットをしているだけで、人とは似つかぬ異形であった。

それはまさに鮫を模した化け物だ。

 

 

「し、下宮くん……」

 

「驚いたかい鹿目さん。コレが僕だ」

 

 

そして、今まで君達を騙し、ゲームを監視していた男の真の姿だと。

下宮は鮫の歯を模したブレードを構えると、その刃先を真司に向ける。

 

 

「戦え城戸真司。僕は貴方を殺す気で行きますよ!」

 

「ッ!」

 

「もう伝える事は伝えた。だから遠慮する必要なんて無い。そうだ、なんならば殺してくれても構わない!」

 

 

だが逆に、本気で殺す気だった。

そうだ、下宮は真司を殺す。もしも真司が負けるようならば、それは愚か以外の何者でもない。

そんなヤツは、もういらない。

 

 

「これが僕の覚悟だ」

 

 

いや、違うか。

 

 

「答えなんだ。コレが、僕自身のな」

 

「答え……!」

 

「そうだ。だから貴方も、答えを振りかざせ」

 

「………」

 

 

真司はデッキを一度まじまじと目に焼き付ける。

そう、そうだな、下宮もまた同じと言う訳か。

だとすればその想いには、想いを以ってして応えなければならないのかもしれない。

それもまた、自分が望んだ概念に賛同してくれた下宮への礼になるかもしれないと。

 

 

「分かった」

 

「真司さん――!」

 

「いいんだ、まどかちゃん。俺も戦う事からは逃げられないんだから」

 

 

ましてや、傷つけると言う事からも逃げられないのかもしれない。

真司は一度目を閉じてデッキを強く握り締める。

そして目を開いた時、立ち上がってデッキを前に突き出した。

現れるVバックル、真司は手を斜めに突き上げる。

 

 

「変身!」

 

 

現れる二対の鏡像。

それは回転しながら真司に合わさると龍騎の姿を与える。

 

 

「場所を移そう、下宮くん。ここじゃほむらちゃんに迷惑が掛かる」

 

 

ココは室内、こんなところで戦えば、ほむらの家が滅茶苦茶になると。

 

 

「そう、それだ」

 

「え?」

 

「新ルールの一つに次元に関係した物がある」

 

「次元?」

 

「ああ。星の骸と同じく、今僕達がいる場所とは違う次元の存在」

 

 

今まで戦うとなった場合、魔法少女が構築した結界が無ければ周りに存在がバレる。もしくは被害が出るケースがあった。

しかしそれを多少なりとも改善できる場合がある。

 

 

「アレを使う」

 

「アレって……」

 

 

下宮が指し示す場所には一枚の姿鏡があった。

何の事は無いただの鏡だ。だがそれが重要なアイテムになってくると言う。

下宮は龍騎に合図を出して、まずは鏡の前に移動させた。

 

 

「僕を押してみろ」

 

「え?」

 

「鏡の中に入れる様に」

 

 

大切なのは、鏡の中に入れる事を強く思う事だ。

 

 

「や、やだなぁ、鏡の中に入れるって。そんなの無理だ――……」

 

 

しかし沈黙する龍騎。

疑う事は無意味か。龍騎は頷くと言われた通り、下宮を鏡の中に入れる様に想像しながら背中を思い切り強く押した。

すると、一同の前に目を疑う様な光景が広がる。

 

 

「んなッ!!」

 

「鏡の中に――!?」

 

 

突き飛ばされた下宮は、姿鏡の中に吸い込まれる様にして消えていった。

かとも思えば文字通り、鏡の中に送り込まれて床の上を転がっていた。

すぐに立ち上がる下宮。周りを見回してみれば、そこには全てが反転した世界が広がっていた。

 

 

「つまりは、こう言う事なんだ」

 

「えッ?」

 

 

鏡の中から話しかける下宮。

手塚達は辺りを見回すが、現実世界に下宮の姿はどこにも無い。

当然だ。彼は今、現在文字通り『鏡の中の世界』にいるのだから。

 

 

「今立っているこの世界もまた、箱庭とは別の次元に存在している世界だ」

 

 

ゲーム盤。そして星の骸とは異なる、『第三の世界』とでも言えばいいのか。

 

 

「それがこの"ミラーワールド"だ」

 

「ミラーワールド……!」

 

 

頭に突き刺さる様な言葉だった。

それは騎士にとっては非常に関わりが深い世界だったと下宮は語る。

今はゲームの記憶が優先されているおかげで、真司達には初めて聞く単語と言っても良いだろう。

その経緯や歴史については下宮もココで語る気は無い。大切なのは今このゲームにおいて、このミラーワールドがどんな役割を果たすのかと言った所だ。

 

 

「来い、城戸真司」

 

「お、俺も? でもどうやって?」

 

「入りたいと願えば入れる」

 

「えっ? えっと……」

 

 

龍騎は鏡に手を当てた。

すると文字通り吸い込まれる感覚がしたと思えば、気がつけば一瞬で鏡の中に入っていた。

目の前には怪人体となっている下宮。そして周りを見回してみればどうだ。

一見すればほむらの家のリビングではあるが、よく見れば文字が反転している世界。

 

 

「俺もッ、ミラーワールドに入っちゃったって事……?」

 

「ああ。姿鏡の中を見てみると良い」

 

「え? って、あ……」

 

 

鏡の中にはコチラを不思議そうに見ているまどか達が。

下宮の言う通り、ここは鏡の中だ。その名はミラーワールド。

文字通り鏡の中の世界。それは騎士の力によって行き来できる世界なのだ。

 

 

「魔法少女は騎士と契約済みなら、同じように行き来ができる」

 

 

この世界は、現実世界と比べてみると、文字が反転した程度で、作りは同じだ。

鏡など、姿が映る物を出入り口として行き来が許される。

最大の特徴は先程の通り、魔獣や一般人は自分の意思で入る事が出来ないという事だ。

 

 

「意味が分かるか?」

 

 

そしてもう一つの特徴。

下宮はサーベルを近くのソファに向って振り下ろす。

当然切り裂かれるソファ、しかし表の世界、つまりまどか達が立っている現実の世界ではソファには何の変化も起きていない。

つまりミラーワールドは、あくまでも現実世界を模った虚構の存在であると言う事だ。

 

 

「ミラーワールドで活動できる時間にも限りはある」

 

 

しかしその間、魔獣は骸へ帰還する事ができず。

また、ミラーワールドから抜け出す事もできない。

どれだけ派手に戦っても周囲には被害はでず、時間が過ぎれば入り口に使った鏡から強制排出される。

 

これからの戦い、この立ち回りは覚えておいて欲しいと下宮は言った。

そして同時にサーベルを握り締める下宮。

お喋りの時間が長い、このミラーワールドにて活動できる時間も限られる。

 

 

「行くぞ! 城戸真司ッ!!」

 

「!」

 

 

テーブルを蹴り飛ばす下宮。同時に横へ飛んで、龍騎との距離を空ける。

一方龍騎はテーブルが脛に命中したせいで、少し動きが鈍る。

とは言えすぐにテーブルを持ち上げると、下宮のほうへと投げ飛ばした。

 

 

「フンッ!」

 

 

下宮は飛来してきたテーブルを切り裂いてみせる。

さらにソファの上に飛び乗ると跳躍。一回転しながらサーベルを龍騎に向って振り下ろした。

 

 

「う、うわっ!」

 

 

サーベルを交わしたものの後ろに倒れる龍騎。

ソファの上を転がりながら、次々と振り下ろされるサーベルを紙一重で交わしていく。

鼻を鳴らす下宮。逃げているだけでは勝てない、そう強めに言い放ちながらも、攻撃の手は全く緩めない。

 

 

「やはり抵抗があるか?」

 

「そ、それは――ッ!」

 

「魔獣は人の形を模している。場合によっては、人の見た目のまま殺す必要も出てくるだろう」

 

 

ましてや女性の姿をしているものもいる。

クララドールズ達は見た目で言えば子供でもある。

それを攻撃する事、それを殴るという事、蹴ると言う事。他でも無い、『殺す』と言う事に龍騎はまだ若干の抵抗を持っている。

 

 

「だが忘れるな! 奴等は悪意の集合体、人では無いッ!」

 

 

どれだけ人に近かろうが人では無く、人に擬態したモンスターだ。

放置すればより多くの人が死ぬ。下宮は確かにハーフ、ましてや協力を申し出た身。

龍騎も攻撃する事に遠慮はするだろう。

だが今は本気で戦って欲しいと下宮は叫んだ。

いずれにせよ下宮自身は本気だ、龍騎を殺すつもりで戦っている。

 

 

「傷つけぬ優しさと、倒すべき物の区別をつける頭の良さは、全く違うベクトルにあるぞ龍騎!」

 

「ぐっ! ぅうううう!!」

 

「そこを見間違わないでもらいたい!」

 

 

下宮は水流を発射して、転がる龍騎を凄まじい水圧で押さえ込んだ。

そしてソファの一角を持ち上げると、それを龍騎のほうへと倒した。

サンドイッチ状態となり、龍騎の動きが止まる。

その隙に下宮はバク宙で距離を取った。

 

二人の戦いを見ていたまどか達は下宮に起きた異変に目を見開いた。

と言うのも、下宮の姿がさらに変質したのだ。

手に持っていたサーベルは消え、代わりに二連射式の大型砲台を前に背負っている。

フォームチェンジ、彼はそのキャノン砲を構えてチャージを開始した。

 

 

「ッ!」

 

 

龍騎はそれに気づき何とか身動きを取ろうとするが、上下ソファに挟まれ、水流を受けた事による怯みも直っていない為にうまくいかない。

まずいか? 下宮は手加減をしないと今言ったじゃないか。

 

 

「龍騎、僕に勝てないなら、貴方は他の誰にも勝てない!」

 

 

ましてや、他の参加者を説得する事も絶対に不可能。

弱いと言う事は、甘いと言う事は、何もしない事ではない。

それを履き違える様であれば、いっその事ココで消え去る方が傷つかずに済む。

 

 

「消えろ、龍騎!」

 

「ッ!」

 

 

下宮は踏み込み、砲口を光らせた。

 

 

「シュウウウウアッッ!!」

 

 

砲台から凄まじいエネルギーを纏った水流弾が放たれた。

それは龍騎を抑えていたソファに触れると大爆発。辺りの家具や地形を吹き飛ばしていった。

凄まじい震動が起こるミラーワールド。けれども表の世界は何も無い。

まどか達は息を呑んでその様子を見ているだけだった。

ニコの再生成で鏡はモニターとなって中の様子を鮮明に映している。

しかし今は爆煙、二人はどうなった?

 

 

「………」

 

 

爆煙が晴れていく。

始めに姿を見せたのは当然と言うべきか、下宮であった。

砲口からは煙が放たれ、爆煙の向こうにいる龍騎を見ている。

手加減はしていない。下宮は龍騎に希望を視たのは事実であるが、この程度で死ぬのならばその程度だ。

 

 

「……なるほど」

 

 

下宮はゆっくりと呟く。

 

 

「中々頭が回る。安心したよ」

 

「ああ、それはどうも!」

 

 

爆煙が晴れ、そこにいたのは無傷の『真司』だった。

と言うのも彼の周りには龍騎の紋章の結界。スキルベント・ドラゴンハート。龍騎は大きな攻撃が来ると見て、あえて変身を解除したのだ。

そして自動で発動される結界の力で下宮の攻撃を防いだ。

 

 

「俺は……」

 

「?」

 

 

真司は大きな深呼吸を一つ。

そう、そうだよな、そうなんだよな。かみ締める様に記憶を探る

負けられない、負けられないんだ、だから死ねないし死なせないって決めたんだ。

下宮も期待をしてくれた。希望を持ってくれた。裏切れないよな、その大切な想いってのは。

 

 

「俺は、負けない!」

 

「………」

 

 

真司は叫ぶ。いつもの気合を入れる方法で。

そしてもう一度手を斜めに突き出してその文字を強く、唸る様に叫んだ。

 

 

「変身ッ!!」『ソードベント』

 

「それだ、それでいい!!」

 

 

結界をぶち破り、ドラグセイバーを持った龍騎が走ってくる。

下宮はフォームチェンジ、再び近接特化の形態に戻ると、サーベルを構えて走り出す。

爆発の影響で大きく散らかったほむら家のリビングで、二人は剣をぶつけ合い、火花を散らす。

 

 

「「オオオオオオオオオ!!」」

 

 

斬り合い、もみ合い、二人はキッチンの方へと移動していく。

並ぶ食器棚を次々と倒し、グラスや食器を割りながら二人は尚も切り付け合い、ほむらの家の中を移動していく。

 

 

「龍騎! 僕は貴方たちに対する罪悪感を常に感じてきたッ!」

 

「ッ!?」

 

「僕もまた人間でありたいと願い! 故に齎される殺戮の連鎖を傍観している事に、違和感と罪悪感を覚えていたんだ!」

 

 

剣と剣が交差し、激しい火花が二人を照らす。

 

 

「だが僕は弱かった! 貴方達が巻き込まれている間、何もしなかったんだ!」

 

 

踏み込めなかった。

何故か? もちろんそれは自己の弱さが原因だ。

だがもう一つ、信じられるだけの希望が無かった。

 

 

「君達を長い間見てきた。そして僕も思ってしまったのさ!」

 

 

人間は協力し合えない、人間は分かり合えない。

そしてどこかで思ってしまったのだろう、人間に生きる意味はあるのかと。

人の醜さが浮き彫りになるゲームだった。だからこそ、それを見てしまえば覚えてしまう。

人が魔獣を退いてまで生きる意味があるのか? 生きる価値があるのか?

 

 

「無理だと思ったよ、心から!」

 

 

魔獣を退ける力、価値が人には無いと思ってしまった。

だからこそ下宮はずっとその想いを心の中で抱いて、燻り続けるだけ。

行動には移さない、移す価値が無いと決め付けてしまっていた。

本当はずっと変えたかったのかもしれない、自分自身。

それを真司を見ていた思った。理解した、思い出したんだ。

 

 

「フンッ!」

 

「ハァア!」

 

 

舞い散る火花。

戦う中で気づく下宮。コチラは二刀流、向こうは一刀流。

手数は下宮の方が多いのだが、故に気づく異変。

剣を打ち付ける度に手が痺れてくる。龍騎の想いがビリビリと伝わってくる。

気のせい? いや、これは――!

 

 

(明らかに力が上がっている!)

 

 

元々の龍騎の実力はよく見ていたが故に理解しているつもりだった。

しかしこれはあまりにも規格外。少なくとも下宮がゲームで見ていた龍騎の力では無いと確信できる。

 

 

(やはりサバイブに覚醒した事が原因か……!)

 

「ハァアッ!!」

 

「ムッ! グゥウッッ!」

 

 

龍騎が振り下ろすドラグセイバーを、下宮はサーベルを交差させ受け止める。

ギリギリと競り合う二人。しかし先に圧され始めたのは下宮だった。

膝を付き、龍騎の剣を間近に見る。

 

間違いない、龍騎のスペックが明らかに上がっている。

サバイブに覚醒した事で齎された強化と言うべきか。

これもまた龍騎の希望となり得る訳だ。魔法少女と騎士が生んだ絆の力だとでも?

 

 

「だが――ッ!」

 

「!!」

 

 

純粋な力だけでは魔獣は超えられない。

下宮の体から爆発する様に放たれた水。それは龍騎を弾き飛ばすと、同時に大きな隙を生ませる。

がら空きになった胴体に刻む斬撃。よろける龍騎に、下宮は再び水流を発射していった。

 

 

「ぐッ! ブッ! アァア!」

 

「フッ! シュアア!!」

 

 

水流によって距離が開いた。

下宮はフォームチェンジを行い、遠距離特化に変わる。

龍騎も水流の影響でフラついて身動きが自由に取れない。

そこへ撃ち込まれる圧縮水流弾。並みの人間ならば受けただけで骨が粉砕されるだろう。

 

だが龍騎もただやられる訳では無い。

水流に飲み込まれながらも、手はデッキに伸ばしていたのだ。

信頼と絆がカードを生み出す、龍騎が調べた結果、サバイブ覚醒と共に新たなるカードが追加されていた。

龍騎はそれを抜き取り、水流に揉まれながらも確かに発動していたのだ。

 

 

『コールベント』

 

「ッ、させない!!」

 

 

何か面倒な事をやられる前にやってやる。下宮は高威力の弾丸を放った。

だが、それは龍騎には届かない。彼と弾丸の間には、確かな『力』が存在していた。

魔法と言う希望を介した力が。

 

 

「!!」

 

 

龍騎の前に現れる巨大な盾を構えた天使。

これは間違いなくまどかのアイギスアカヤー。

コールベントとはつまり、まどかが呼び出す天使を一体龍騎も選んで呼び出せると言う物だ。

エンゼルオーダー。龍騎は巨大な盾を出現させ、下宮の水流を防いでみせる。

 

 

「クッ!」

 

「トォオッ!」『アドベント』『ガードベント』

 

「な、何!?」

 

 

盾の向こうから飛び出してくる龍騎。

下宮は盾に目が行っていた為に、突如上に現れる龍騎に対応する事ができなかった。

だが跳んだとしても上にはすぐ天上がある筈。

そう思ったときには、既に龍騎の背後からドラグレッダーが飛び出していた。

ドラグレッダーは龍騎の軌道を阻む天上を破壊するとそのまま上昇。咆哮を挙げながら空へ昇る。

 

 

(それがッ、どうした!)

 

 

龍騎が斬りかかってくる前に、下宮の弾丸が先に届くはずだ。

 

 

(待て……、ガードベント!?)

 

 

下宮は自分の狙いが確かにズレている事を体感する。

ドラグレッダーが咥えていたのはドラグケープ。

なびく紅いマントが、下宮の集中力を嫌でも其方に注がせる。

 

 

「どッりゃぁあああああああ!!」

 

「ウグッ! アァ!!」

 

 

龍騎はそこへ炎を纏わせた剣を振り下ろす。

下宮は回避を選択するが、後ろには壁があった。それが原因で逃げられない。

龍騎の龍舞斬が、下宮の大砲に大きな傷をつける。

確かな熱を感じる。下宮は呻きながら龍騎から後退していく。そんな中、大砲は小規模の爆発を幾つも起こし、亀裂からは勢い良く水が噴射されていく。

 

 

「なるほど……! 良い攻撃だッ」

 

「ああ。俺の時間が作った重さが乗ってるんだ!」

 

「そうだな……。納得だ――ッ!」

 

 

大砲をパージする。

下宮は再びフォームチェンジを行い、サーベルを両手に構えた。

龍騎はドラグセイバーを消滅させてドラグシールドを二対構える。

そこで一旦沈黙し、睨み合う二人。

 

 

「龍騎。参加者は皆、生きるべきだと思うのか?」

 

「俺にソレを決める資格は無いのかもしれない。でも、少なくとも俺はそう思ったから願ったんだ」

 

「……ッ」

 

「君も、そう思ったから俺の所に来てくれたんだろ?」

 

「ああ、そうかもな」

 

 

ふと横を見る。そこには『表の世界』が見えた。

手を合わせて、まどかが祈りのポーズを取っている。

あの祈りが、この世界を巻き起こしたのなら。彼女の願いもまた、それだけの重さがあると言うものだ。

 

下宮は改めて前を向き、サーベルを擦り合わせる。刃物が擦れる音と共に火花が散った。

それを合図に走り出した両者。龍騎はシールドを前に突き出し、下宮は口から高圧の水流を放つ。

 

 

「ウオオオオオオオオ!!」

 

「グゥウウ!!」

 

 

龍騎はシールドで水流を防ぎながら前進してくる。

下宮は一度地面を転がり、立ち位置を逆にしてもう一度水流を発射した。

しかし龍騎は同じように盾で再び水を防いで進む。そして遂には突進が下宮に命中して、大きく吹き飛ばしてみせた。

 

 

「ぐあぁ! あぁぁう゛ッッ!!」

 

 

手足をバタつかせながら後方へと跳んでいく下宮。

ガードの意味で交差させたサーベルの刃も、また同じくして粉々に砕け散る。

 

 

「ガハッ! グッ!」

 

 

下宮は壁に激突し、立てかけていた絵と共に床へ伏せる。

すぐに立ち上がったものの、目の前には龍騎の両足が広がっていた。

つまりそれはドロップキック。龍騎の雄たけびが聞こえ、下宮の脳が振動する。

そこから先はいまいち覚えていない。

とにかく二転三転と床を転がり、気がついたときには青い空が見えていた。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

サバイブを使わずにココまでの力の片鱗を見せるとは。

下宮は手に残るサーベルの破片を掴み、それを見つめてつくづくそう思う。

鮫一とは、自分が得た力を示す物として適当に与えられた名前でしかない。

 

いつからだろうか? 本当の名を忘れたのは。

人間サイドに立っていると言い続けていたのに、結局いつからか諦めていたのかもしれない。

全て小巻の言うとおりだった。今となってはもっと彼女の傍にいてあげれば、孤独や恐怖を和らげてあげる事もできたのか。

だから、もしも真司が概念に至るのがもう少し遅かったのならば……。

 

 

「見事です。城戸真司」

 

「下宮くん……」

 

「貴方ならば、やはり……ッ、変えられるかもしれない」

 

 

ああいや、違う。

下宮は立ち上がりながらすぐに否定を行った。

変えられるかもしれないではない、変えて欲しいんだ。

それを下宮が口にする事は無かった。しかし誰かが変えてくれるのをずっと待っていた。

 

 

「………」

 

 

粒子化し始める体。下宮は変身を解除すると――。

いや、違う。人間の姿に変身すると、手を差し出した。

 

 

「連れて行ってくれ」

 

 

僕じゃ、"ココ"からは出られない。

その言葉に龍騎は深く、深く、頷いた。

そして下宮の手を取ると、ミラーワールドから抜け出していく。

そこに至る道は、下宮にはとても輝いている様に見えた。

 

 

「………」

 

 

しかし――。

 

 

「すまない」

 

「え?」

 

 

だからこそ、差す影もある。

 

 

「僕は、貴方たち騙した」

 

「騙した?」

 

 

そう、嘘をついた。

下宮がミラーワールドから戻ってきた際、一番初めに言った言葉は謝罪であった。

これから信頼関係が大切になってくる中で、彼は最大に愚かな行為を働いたと。

 

ただし、嘘――、と言うのは多少語弊かもしれない。

しいて言うのならばそれはとても大きな『賭け』を既にしてしまったというのだ。

それも、真司達には無断で。

 

 

「賭け?」

 

「おいおい、どういう事だよ?」

 

 

ほむらとニコの言葉に、下宮は答えを返した。

 

 

「君達は僕に気を取られすぎていた」

 

「えっ?」

 

 

下宮はメガネをかけ直すと真司ではなく、まどかではなく、ほむらではなく、手塚ではなく、ニコではない。

つまり五人の奥を見る。下宮の視線を追う一同、背後を振り返ると、そこには確かな足音が。

 

 

「―――」

 

 

まどかは言葉を失い、目を見開く。

他の四人も何を言って良いか分からず絶句していた。

固まる五人、その後ろで下宮は複雑そうにしながらメガネを整える。

申し訳なさはある。だが反対されると分かりきっていた。

だからこそ多少強引な手を使うしか無かったんだ。少し言葉を重く、早口にそう言った。

 

 

「僕は、勝つからには絶対の勝利の目指したかった」

 

 

その定義は誰かが決める事じゃないのかもしれない。

けれども、どうしても成し遂げたい想いがあったんだ。

真司がソレを望んだように、下宮にも望んだ想いがあった。

 

 

「すまない、本当に……、申し訳ないと思う」

 

 

そしてその上でどうか願いたい。

どうか、頼みたい。

 

 

「仁美……、ちゃん?」

 

「まどかさん――ッ!」

 

 

まどかの視線の先には、信じられないと言う表情でコチラを見ている中沢と仁美が確かに立っていた。下宮は一人でココに来たのではない。彼は既に自身の事を、このフールズゲームの事を志筑仁美と中沢昴に伝えていたのだ。

 

そして三人でココに来た。

中沢と仁美は隠れており、全ての真実を確かめていた。

そうだ。仁美は、中沢は、龍騎や変身した魔法少女たち。

何よりも異形と変わっていた下宮をしっかりと見ていたのだ。

だから下宮はまどか達の背後で、確かにその言葉を告げる。

 

 

「頼む。香川英行との接触を、僕達三人で行かせてほしい」

 

「ッ!!」

 

 

誰もが言葉を失い、信じられないと言う表情のままだった。

そしてそれは仁美と中沢でさえも。

だがその中で、確かに下宮鮫一ただ一人だけが、しっかりと未来を視ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、それは多くの人間が外で入り混じりる時間であろう。

人は今日も今日とて、決められた役割を果たしに交通手段が集う場所へと向っていく。

もしくは学校と言う子供が集まる場所に向っていくのだ。

そうやって次々と人が出入りする駅の上には二つの小さな影が。

 

 

『命のアルゴリズムはよく分からないね』

 

『ハッ、虫けら共が。今日も今日とてご苦労様だぜ』

 

 

なんちって。

ジュゥべえはニヤリと口を吊り上げて笑い声を上げる。

隣には無表情のキュゥべえ、二匹の対比は相変わらずである。

 

 

『魔獣の真似事かい?』

 

『似てたろ、へへへ』

 

 

だがまあそう思う所も中にはあると。

高い場所で見てみれば、行きかう人々はまさに虫だ。

毎日毎日決められた場所で仕事を行う、それはまさしく働きアリでは無いか。

彼らはきっと、自分達もまた繰り返してきたのだとは知らないだろう。

ゲームで言うのならばNPC、フィクションで言うなればモブキャラだ。

そして彼らと真司達の違いなど、ほとんど存在していない。

 

 

『そんな連中が26人死のうが、何も変わらない』

 

『確かに。それはボクも思っていた事だ』

 

 

しかし現に城戸真司は、その26人を守ると言う想いの下に覚醒を果たした。

それはつまりそれだけの価値があると見出したからだろう?

インキュベーターには一生理解できそうにも無い。

 

しかし、それ故に、今の状況が齎された。

理解できない力は脅威以外の何物でもない。

それは自分達にとっても、魔獣にとっても。

 

 

『見届けようじゃないか。城戸真司や鹿目まどかが示した答えがどうなるのかを』

 

 

刹那的に燃え上がっただけなのか。それとも激しく燃える烈火なのかを。

もしも真司が言ったように参加者全員が生き残り、かつ魔獣を全て倒す事ができたのならば、人の評価を改める必要がある。

そしてそれはきっと、世界その物にも言える事だろう。

 

 

『人類は試されているのさ。生き残る価値があるのかどうか』

 

『そう、まさに世界の審判って所か』

 

『最後のゲームがその答えをボク達に、他ならぬ人間達に示してくれるだろう』

 

 

これはゲームと言う名の試練だ。

人が平和を手にする為には絶対にクリアしなければならない。

そして上辺だけの協力では攻略は不可能。それはもうインキュベーターにも分かりかねる次元の話。

 

昇華する世界。

しかし昇華したのは世界だけなのか。

それとも意思や人間もまた次なるステージへ上ったのか――?

それは、視ていれば分かる話だ。

 

 

『人は、歴史の上にしか歴史を作る事ができない』

 

『開拓する者が必要だな』

 

『そう。誰かが先駆者にならなければ、新たなる道は切り開かれない』

 

『だったらその先駆者が城戸真司と鹿目まどかになるのか』

 

 

そこで足音。

 

 

「不可能だよ」

 

『!』

 

 

振り返る二人の前には、ポケットに手を入れている一人の少年が立っていた。

その表情は憂い。紅い目と緑の髪の毛はクセがあり、そこそこ長い。

特に前髪。目が隠れたり見えたりと、風が彼の表情を大きく変えていく。

 

 

『お前……、誰だっけ?』

 

 

ジュゥべえがそう言うのも無理は無い。

彼はホールにはいなかった。ずっと自室に閉じこもってゲームを観察していたのだから。

そう、彼もまたバッドエンドギアの一員である。

 

 

『久しぶり、だね。アシナガ』

 

「そう、久しぶりだ」

 

 

風の感触。

呼吸をする度に冷たい空気が肺を支配する。

人が雑談する声、目を閉じれば自分だけが世界に取り残された様な孤独感が自分を包み込む。

彼らには忘れられない思い出や、大切にしたい人や物があるのだろう。

しかしその裏に存在していたフールズゲーム。

矛盾とも言える世界形態、想像するだけで心が震えてくる。

 

 

「苛立ちなのか、哀れみなのか」

 

 

アシナガは語る。

魔獣に頼みこみ、今日までの制限人数を自分に割いてもらった。

そして改めて人と言う存在をつくづくと感じてきた。

どれだけの時間が経ったのか。にも関わらず、何も変わってはいないように見える。

 

 

『当然だろ、時間が繋がってんのはお前ら一部のヤツだけなんだから』

 

「それもまた、哀れみに変わる」

 

 

人類は既に時間と言う概念に取り残され、哀れで愚かな存在へとなってしまった。

風化してしまった思い出は思い出のままに終わらせるのが一番では無いだろうか。

 

 

「城戸真司は勘違いをしてしまった」

 

 

先駆者になり、歴史を作るには歴史を残せるだけの世界と言う土台が必要では無いか。

確固たる未来とその環境がなければ後世と言う存在は確率できない。

終わった世界で歴史は紡げないんだから。

歴史と言う文字を刻むノートは既に最終ページに到達している。次のページは無い、次の文字は刻めはしない。

 

 

「あぁ……目を閉じるだけで魂が、体が震える――ッ!」

 

 

今も尚、この地球ではこの一秒一秒で生まれた命と終わる命があるのだろう。

そのサイクルが今となっては無駄な物に思えて仕方ない。

そしてその無駄を尊ぶ概念が可哀想で仕方ない。

 

 

「怒りさえ覚える。歪なサイクルは不要物しか生み出さないのに」

 

『………』

 

 

また変なのが来たなぁ。

ジュゥべえはそう思いながら呆れた様に目を閉じていた。

何言ってんだよコイツ、全然意味分からないわ。ため息一つ。

すると口を開くキュゥべえ。

 

 

『つまりキミは何が言いたいんだい?』

 

『お、先輩流石だね』

 

『随分たいそうな言い回しだけど、中身が伝わってこないよ』

 

 

その言葉にアシナガは鼻を鳴らした。

 

 

「簡単だよ。城戸真司の選択は間違っている」

 

 

分かるだろ、この騒音に耳を傾ければ。アシナガは両手を広げて世界を示す。

 

 

「人に、人間に生きる価値は無い」

 

『あらあら』

 

「城戸真司は人に生きる価値があると言う大前提の下に希望を示した」

 

 

そこがそもそもの間違いなんだ、アシナガはかみ締める様に何度も呟く。

ヤレヤレと首を振るジュゥべえ。そもそも彼は"アレ"だったな、だからこそ抱く考え方と言う物なのだろうか。

 

 

『お前、誰に賭けてた?』

 

「東條くんだ」

 

 

彼ならば至れると思っていた。それは今も変わらない。彼は英雄になりたいと渇望していた。

喉から手が出る程にその称号を求めていた。

彼は気づくべきだ、英雄とはそれに見合う行為を行ったものに与えられる物だと言う事を。

 

 

「人が不要な物だと気づけば。人を削除する事が必要な事だと、求められている事だと理解できれば、彼はきっと――」

 

『………』

 

 

人の価値か。

それは誰もが一度くらい考えた事がある話なのでは無いだろうか。

かと言ってその答え、一体何人の人間が見つけられたというのか?

答えは一握り程ではないのだろうか?

そしてその答えもまた、唯一にして絶対とは言えない。

誰がその価値を決めると言うのか、是非聞いてみたいものだ。

 

 

『まさに、神のみぞ知ると言う事かな』

 

「宗教や歴史の話をしているつもりは無い」

 

 

しかし、強いて言うのであれば。

神と言う物が本当にいたのならば、ソレはいつだって世界を観測してきたはずだ。

干渉を直接したのかは定かではないし、知る由も無い所。

しかし神が世の中に与え続けたものくらいは、この今を見れば分かるというもの。

 

 

「それは進化だよ」

 

 

生命は常にネクストステージへの移動を強いられてきた。

服を着ていない、言語を理解していない猿が、何故人へとなり得たのか。

その意味が分かるかい? アシナガの目はインキュベーターと言う生命を捉えた。

 

 

『決まってるだろ、オイラ達インキュベーターが人間と言う生き物を確立させてやったから――』

 

「違うよ」

 

『?』

 

 

猿人が長き時を経て服を手に入れ、言葉を手に入れ、文化を手に入れた。その理由は簡単だ。

神の力だのと妄言ではなく、戦争が齎した等と戦いの肯定を容認する事でもない。

ましてやインキュベーター等と言う存在は何の関係も無いと言える。裏を見ればの話。

全ての答えは一つ。

 

 

「それは、人だったからさ」

 

『なに?』

 

「正確には猿、とでも言えば良いかな?」

 

 

アシナガは駅に集う人間を目に映す。

彼らの遠い始祖は猿、だからこそ彼らには進化が齎された。

 

 

「全て、もう始めに決まっているんだよ。猿と言う種族は進化を与えられる生き物だった」

 

 

それが全ての答えでは無いか。

何故この現代に恐竜がいない? それは彼らが滅びに行き着く種族だったからである。

全てははじめから決まっている運命、猿は猿、恐竜は恐竜。種の運命は未来の結末へ導かれる決定的な要素。

インキュベーターが始めに声をかけた者も、それは種として彼らに目をつけられる条件を兼ね揃えていたからじゃないか。

 

 

「そう、人の歴史はまもなく終わろうとしている。彼らは十分に歴史を紡いだよ。そろそろステージから降りるべきだ」

 

 

彼らの進化はココまでだ。

一つの種が紡ぐ歴史にはやがて終わりがやってくる。

恐竜と言う種が滅んだように、時代の中心となっていた生命には皆等しく滅びがやってきた。

それが今、人の番になっただけの話。次の時代が始まれば、次の生命が中心を担い、世界から進化を与えられる。

 

 

「それが、魔獣と言う訳だよ」

 

 

滅ぶのは人になり、魔獣がこれからの時代を頂く。

人が進化したのは、人が支配者として適任だったからだ。

その座にもう人は相応しくない。ならば譲らなければならない、次の適任者に。

 

 

「まもなく魔獣は動き出す。参加者を消し、この世界を完全に支配する為に」

 

『どこを狙う?』

 

「まずはゲームに不必要なバグを取り除くだろうね」

 

 

始めの亀裂を入れるにはそこが相応しい。

アシナガは人を睨み、舌打ちを一つ行うとジュゥべえ達から離れていった。

ゲームはまだ始まってはいない、しかし全てを知っている者達からしてみれば、戦いはもう始まっているのだから。

キュゥべえ達も彼を見送ると、一瞬だけ下に群がる人々を目に映して、姿を消していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 






スマブラにしずえさんか……。
なつかしい名前だ。私をケモナーの道に引きずり込もうとしたとんでもないキャラクターの名前だ。

そう言えば私の友人はキュゥべえの中の人が大好きだったから、キュゥべえによからぬ感情を抱きつつあった。

分かるかい魔獣。


( ^ω^ ) こ れ が 人 間 や ! (闇)


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第72話 他人を愛するには

 

 

 

「もしもし? 香川英行教授はいらっしゃいますか?」

 

『先生はただ今大切な実験の最中です。申し訳ありませんが外部との接触は一切断っております。どうかご了承ください』

 

「いや、それが凄く大事な事で。魔女と騎士って言えば意味が分かると思うんですが――!」

 

『騎士? とにかく、以前にもネットや週刊誌を見て同じ事を言っていた記者の方がいました』

 

「いやいやマジでマジで! 私達がその魔女と騎士に関わってる存在なんだよ!」

 

『いずれにせよ申し訳ありませんが、話がしたいのならば直接清明院までお越しください』

 

「いや、それが事情があって行けなくて」

 

『お越しください』

 

「証拠の映像送るんで――」

 

『お越しください』

 

「いや、だから――!」

 

『お越しください』

 

「ちょ、おま――!」

 

『お越しください』

 

「……好きな食べ物は?」

 

『お菓子――……』

 

『「………」』

 

 

プツっ! ツー、ツー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どちくしょうがぁあゥッッ!! 切りやがったなあんちきしょー!」

 

(最後のが原因じゃ……)(最後のが原因ね……)

 

 

ニコは怒りに吼えながら携帯をソファの上に投げ飛ばす。

あれから清明院に電話をかけて香川教授との接触を図ってみたが、案の定と言うか、噂どおりと言うべきなのか、無駄に終わってしまった。

香川英行は現在、第一助手の仲村(なかむら)(はじめ)と極秘の実験を行っているらしく、外部との接触はほぼ断っている状況だった。

魔女や騎士の話題を出せば話を聞いてくれるのかとも思ったが、どうやら無駄だった様だ。

 

 

「俺も以前電話した事があるが、全く同じ様な感じだった」

 

「どうやら直接大学のほうに足を運ばないといけないみたいね」

 

「面倒な。コッチは見滝原から出られんのに」

 

 

それにしてもと、ニコは訝しげな表情で肩を竦める。

 

 

(空気、重――ッ)

 

 

ニコの前には、先程から無言で見詰め合っている仁美とまどかが。

中沢や真司は汗を浮かべてオロオロと落ち着きなさそうにしているだけで声を掛ける事はできない。一方でこの状況を作り上げた下宮も、清清しい表情とはいかなかった。

こうなる事は予想済みだった。まどかは渋るように口を閉じているが、このまま時間が無駄に過ぎるのも良くない状況だ。

 

 

「まどかさん……!」

 

「う、うん」

 

「何があったのか――。いいえ、何が起こっているのかを教えてくださいませ!」

 

「そ、それは――ッ!」

 

 

この問いかけはもう五回目だ。

仁美と中沢はしっかりと見た。まどか達が魔法少女に変身する様を。真司が騎士となって下宮と戦う様を。

はじめは脳が追い付かず、映画の撮影やCGかと思った程だ。

しかしココは現実、彼らが鏡の中に入った事は紛れも無い事実なのだ。

 

 

「鹿目さん。半ば強引で申し訳ないとは思っている。けれど、どうか彼女達に事情を教えてやってくれないか?」

 

「で、でも……」

 

 

下宮は身を乗り出し、メガネのレンズを光らせた。

とは言え、渋るまどか。やはり彼女の記憶の中にあるのはゲームに巻き込まれた仁美達の死だ。

その事実がまどかの心をネガティブにしてしまう。ゲームの事実を伝える事で、また仁美達が危険に巻き込まれるのではないかと。

しかしココで渋っていても仁美達はは現にその光景を見ている。

今更なんの言い訳をしようと言うのか? それにそれは下宮自身が望まぬ事だ。

 

 

「申し訳ないけど、キミが話さないなら僕が全てを話す」

 

「そ、そんな……!」

 

「分かってくれ鹿目さん。気持ちは分かるけど、巻き込まないだけが全てじゃない」

 

 

守ると言う事は確かに大切だ。

何も知らなければ、関わらなければ、危険もまだ少なかったかもしれない。

しかし、しかしだ。それでも踏み込まなければならないラインがある。そもそも何も知らなかった仁美達は前回のゲームでは死んだ。

 

 

「迷う時間が無いんだ。だから強引な手を使わざるを得なかった」

 

「……ッ」

 

 

まどかは、心配そうに自分を見つめる仁美から目を逸らす事しかできなかった。

責任が重く圧し掛かる。前回のゲーム、仁美はまどかを守って死んだ。

守る事を望んだまどかが味わった虚無感。仁美を守れなかった棘が、今でも心にしっかりと突き刺さっている。

それはトラウマのようなものだ。

 

下宮の言い分はこうだ。

今現在、参加者は見滝原に集まっており、それでいて見滝原から出る事はできない。

一方で香川は清明院に引きこもっており、接触するためには参加者以外の者に協力を頼むしかない。

それを下宮は、自分と中沢、仁美の三人で受け持つと言うのだ。

 

 

「確かに同じゲーム盤にいる者達。危険なのは同じかもしれないが……」

 

 

手塚はコインを手で弄びながら仁美達を見る。

 

 

「しかし今回は二人を連れてゲームに深く関わる場所に行く。当然、敵もそこへ集まっていくのでは?」

 

 

魔獣は見滝原の外に出られる。

と言う事はおそらく、彼らも始めに取る行動は香川の排除ではないか。

 

 

「それは……、そうだと思う」

 

「自覚してたのか」

 

 

前回はケーキを作っていた辺りでに香川が死んでいたニュースが流れていた。

正確にはそれは死体が発見されたのが、と言う話で、実際はもっと早くに始末されていた。

香川がゲームにとって重要なファクターだというのは狙い通りで、下宮は少しその点についての補足も行った。

 

 

「今現在、僕らの頭には神崎優衣の記憶はほぼ消滅している」

 

 

魔獣とて参加者、キュゥべえがロックをかけたのだ。

しかし分かる事はある訳で、それは香川が魔獣にとってイレギュラーな存在であると言う点だ。

 

 

「ゲーム盤には、はじめから魔獣も把握していないバグがあった」

 

 

例えばそれは榊原であったり、例えばそれはサバイブであったり。

イツトリの力を以ってしても存在そのものを根本から排除する事はできず、魔獣は一部割り切る形でゲームを進めていたが、そのイレギュラーの尤もたる存在が香川だと言う。

危険な存在は排除しなければならない。

その考えはおそらく、このゲームでも変わっていない筈だ。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ皆!」

 

「中沢くん……」

 

 

立ち上がったのは中沢だ。頭を掻き毟って疲労した表情を浮かべている。

未だに脳が混乱しているんだろう。当然か、自分が今まで生きてきた世界が幻想だったなんて、普通の人間がそう簡単に受け入れられる筈もない。

 

 

「さっきから魔獣だとかゲームだとか、もっと俺達にも分かる様に説明してくれよ!!」

 

「まどかさん! お願いします!」

 

「う、うぅ」

 

 

二人に攻められ、まどかは困ったように真司を見る。

とりあえずコクコクと頷いてはみるものの、真司もコレと言う答えを言える訳じゃない。

試しに手塚やほむらに助けを求めてみるが――

 

 

「もう遅いでしょうね」

 

「ああ。もう見られた。ここまで来たなら説明したほうが良い」

 

 

腕を組んで、目を閉じている手塚とほむら。

隣ではニコが少し肩を竦めて携帯を弄っている。

ニコとしてももガッツリと見られた手前言い訳は虚しいと悟った様だ。

 

 

「と言うより、僕はもう始めに概要だけは伝えてしまったんだ」

 

 

下宮がトドメを刺す。

手塚は先ほどから中沢達をジッと見ていた。

下宮、中沢、仁美。運命を大きく左右させる力を三人は持っている。

尤もそれは良い方に転がるのか、悪いほうに転がるのかは見えない。

まさに賭け、ゲームはまだ始まっていないと言うのに、のっけから大きな分岐点が待っていたものだ。

 

 

「まどかさん……! 私じゃ、お役に立てませんか?」

 

「そんな事――ッ。わたし、仁美ちゃんが大切だから……! だから言えなくて」

 

「!」

 

 

その言葉を聞いて、仁美は嬉しそうな笑みを浮かべた。

しかしすぐに焦る様に身を乗り出すると、訴える様に口を開く。

まどかは自分を大切だと言ってくれた。それは素直に嬉しい事だ。

 

 

「ですが! 私もまどかさんが大切ですわ!」

 

「ッ! 仁美ちゃん……」

 

「下宮くんから聞きましたの。まどかさんが今ッ、とても大変な状況だって……!」

 

 

まどか達は今とてつもない分岐点に立っている。

大きな闇と戦う為に身を削るつもりであり、大変な状況にいると。

そして、その状況を自分達ならば少しは手助けできるかもしれない。

なんて事を下宮は事前に仁美達に伝えておいた。

あとは見てもらったほうが早いと説明し、今に至る訳である。

 

 

「私っ、まどかさんの力になりたいですわ!」

 

「で、でも危ないんだよ!?」

 

「覚悟の上です! どうか、どうか私に手伝わせてくださいまし!」

 

「う、うぅぅ!」

 

 

まどかの前にフラッシュバックする光景。

仁美が血まみれで自分に微笑みかけているあの時の光景だ。

どうしてもあの時の苦痛が思い出され、まどかは渋るしかできなかった。

またあの時と同じになったら自分は耐えられない。

しかしその時、仁美の言葉が聞こえて、まどかの心は強く揺れ動く事に。

 

 

「私……! 夢を見たんです」

 

「夢?」

 

 

頷く仁美。

それは、まどかとさやかに置いていかれる夢だ。

 

 

「……!」

 

「ただの夢と言われればそうなんですの。でも――ッ!」

 

 

二人の背中がどんどん離れて、仁美は置いていかれる。

周りは暗くて冷たい闇。仁美の心は不安で押しつぶされそうだった。

先ほども言ったがそれだけの夢だ。ただの夢だと言われればそれでおしまいだ。

けれど、その意味が今なら分かる気がする。

 

 

「まどかさん。お願いですわ……」

 

 

仁美は俯く。

その表情は誰しもが分かる。『寂しさ』と言う感情が秘められていた。

まどかが感じる苦痛もあれば、同じくして仁美が感じる苦痛もあろう。

友が苦しんでいるのに何も知らされず、その心残りを常に抱き続けて毎日を過ごさなければならないなんて。

 

 

「まどかさん! 私を、置いて行かないで――ッ!」

 

「!!」

 

 

涙が浮かぶ。

そこで、まどかの表情が変わった。

置いて行かないで。その言葉を聞いて、仁美が事切れる姿が鮮明に思い出される。

 

 

『ねえ……まどか――……さ――』

 

『仁美ちゃん? ねえ、どうしたの仁美ちゃん!!』

 

『私……貴女の事が――……大…好き……――――』

 

 

嬉しかった。嬉しかったんだ。

仁美は家庭の事情で一人で帰る事や、遊べる時間もさやかに比べて少なかった。

だからと言って、まどかは仁美の事を変わらずに慕い続けていたが、同時に仁美が後ろめたく感じていないだろうかと、いらぬ心配をしたこともある。

 

付き合いが悪いなんて思っていないから気にしないで。

そうずっと思っていたが、それを口にすると言うのもおかしな話だ。

だから口にはしなかった。だけどあの時、仁美は確かにその後ろめたさを感じていたと吐露してくれた。

 

口にしていれば良かった。

もっと早くその事を伝えてあげれば、仁美がいらぬ重石を背負う事も無かったのに。

仁美も、まどかも、口にしないから背負い込んだまま過ごしていたから。

だから、そう。死ぬときにしか本当の意味で分かり合えなかったのかもしれない。

 

 

「………」

 

 

これから始まるのは信じる戦いだ。

本当の意味で守る戦いだ。その意味、それは物理的な意味で守れば良いだけじゃない。

体が平気でも、心が傷つけば、それは本当に望む結末とはならない。

 

 

「真司さん……」

 

「!」

 

 

まどかは小さな笑みを浮かべて真司を見る。

抱える想いは一つ。それを彼は分かってくれるだろうか?

 

 

「………」

 

 

真司は少しだけポカンとしていたが、すぐに笑みを浮かべて首を縦に振った。

それを見て、まどかは笑顔を深くする。彼がパートナーで本当に良かった。切にそう思う。

まどかが今望んだのは背中を押して欲しいと言う想い。真司はそれをしっかりと分かってくれたようだ。

 

ああ、いや。

本当に理解していたのかは別として。

それでも結果的に真司の笑顔が、まどかに確固たる決断を促した。

 

 

「仁美ちゃん、中沢くん」

 

「!」「!」

 

 

まどかの体が光に包まれたかと思えば、服装が全く違う物になる。

それは魔法少女の衣装、そして彼女は光の翼を片方だけ出現させて、その存在が人のソレとは一線を超えていると言う事を強くアピールする。

 

 

「う、嘘だろ? 鹿目さん――ッ!」

 

 

中沢は引きつった表情で腰を抜かす。

大人しくて優しいと言うくらいのイメージだった鹿目まどかが、今目の前で、説明しようの無い状態になっている。

口を押さえて目を見開く仁美。先ほども見ていたが、改めて目の前で見るとまた驚きもそれだけ大きくなる。

 

 

「嘘じゃない。もう一度その目で見ろ、人間」

 

「!?」

 

 

中沢が目を移すと、そこには下宮が立ってた。

よく知っている、昔からの友人だった。

その友の体が弾け、中からは見たことも無い鮫の化け物が姿を見せる。

人間と共通しているのはシルエットくらい。そんな異形が、よく知っている下宮の声で話し、自分を見ている。

 

 

「これが現実なのさ」

 

「お前……ッ、マジか!?」

 

 

そうだ。

だから話す必要がある。

 

 

「騎士と魔法少女。そして、フールズゲームの事を」

 

 

駆け足にはなるが、中沢達には分かってもらうしかないのだ。

今まで何があったのか、どんな苦しみと絶望があったのか。

そして今に至る希望があったと言う事を。

 

下宮は異形の姿のままでフールズゲームの歴史を語りだす。

無限とも言える時間の中に行われた、拷問と言う名の遊戯の歴史をだ。

語りつくせぬ永遠ではあるが、それでも少しだけでも分かってもらえればと思って。

 

 

「あのね、魔法少女って言うのは――」

 

 

そしてまどかもまた、自らを取り巻く魔法と呪いの話を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――」

 

 

時計の長い針が丁度一周しようかと言う所で、まどかと下宮の話は終わりを迎えた。

仁美は今も尚、口を覆い隠し、目にありったけの涙を溜めている。

話を聞き終わるまでは無言を貫こうと思ったようだが、すすり泣く様な声と共に少しずつその目からは雫が零れる。

 

隣にいた中沢も言葉を失い、この世の終わりの様な表情をしていた。

知らなかった、そんな事があったなんて。

知らなかった、今自分が何故呼吸をしていられるのかを。

 

騎士、魔法少女、魔女、インキュベーター、概念。

そしてフールズゲーム、ワルプルギスの夜、魔獣。

その全てを端的にではあるが仁美達も知る事となった。

 

 

「じゃあ……、まどかさん達は何度も何度も戦って――?」

 

「うん。えへへ! って言っても、記憶が共有してるのは今回だけだけど」

 

「でも――ッ!」

 

 

仁美は抑えきれない感情を発散させる為、身を乗り出してまどかを強く抱きしめた。

少し驚きつつも、まどかはすぐに笑みを浮かべて仁美の背中に手を回す。

仁美の温もりが、生きていると言う事を実感させてくれる。

最後に触れた時の仁美の体は、驚く程に冷たかったから。

 

 

「なんて声を掛けたら良いのか分かりませんわ……」

 

「うん。大丈夫。ありがとう」

 

「さぞ、お辛かったでしょう……ッ?」

 

「それは」

 

 

一瞬、言葉を失う。

だがすぐに表情を真剣な物に変えて、しっかりと頷く。

 

 

「うん、辛かったよ……。信じられないほど辛かった」

 

 

でも辛いだけじゃない。辛いまま終わるのを真司が防いでくれた。

それに戦いの歴史の中で、それだけ喜びや希望もあったじゃないか。

今は思い出せないのもあるし、記憶の隅にしまわれた物もある。

でも思い出そうと思えば、いつかきっとその記憶も蘇る。

だってどれだけ時間を繰り返そうとも、その全てが歩んできた道に変わりは無い。

巻き戻されようとも、今ならば全ての道を一繋ぎにできるのだから。

 

 

「だからね、辛いけど……、それを終わらせる為に戦える」

 

「終わらせるって、まさか……」

 

「うん。魔獣を絶対に倒す事」

 

「で、できるの?」

 

 

不安げな中沢の言葉に、参加者は全員頷いた。

できるかできないかじゃなく、やらなければならない事なのだ。

魔獣らを倒す事は、ゲーム関係者だけの問題ではなく、世界さえも絡んでくる事態だ。

 

魔獣は世界を玩具にしようとしている。

そんな勝手は許す事はできない。異形に対抗できるのは、同じく異形の力を手にした参加者達しかいないのだ。

 

 

「同じ呪われた力だったとしても、わたし達は必ずそれを希望を掴み取る為に使える」

 

「その為に中沢くんと志筑さんには協力してもらいたいんだよ」

 

 

もちろん下宮一人で行く事も出来る。

むしろ魔獣も清明院を狙いに行くと考えれば、一般人のを連れて行くのは危険なのかもしれない。

しかし下宮には狙いがあった。例えばそれは今言った通り、中沢達の心であったり。

例えばそれは(にお)いとか。

 

 

「におい?」

 

「ああ。魔獣の体からは多少ではあるが瘴気の香りがするんだ」

 

 

それはハーフの下宮も例外ではない。

人間には分からないだろうが、魔獣にとっては理解できる物となる。

つまり下宮が一人でうろついていると、他の魔獣に察知されやすくなると言う事だ。

しかし周りに――、特に近くに人がいればいるほど、瘴気の臭いは人の臭いに紛れ込んで分からなくなる。

さらに下宮が見つかった場合、一人で行動していると違和感を覚えられる。

 

 

「僕はまだ魔獣の情報調達員として認識されているんだろう」

 

 

裏切りがバレる前になんとか行動に移したい。

そして周りに中沢達がいればそれはカモフラージュとしては上出来な物になると。

下宮一人が風見野に出向くよりも、友人と共に風見野に行くと言う形の方が違和感は消せる筈だ。

 

 

「………」

 

 

あとはもう一つ理由があるのだが、下宮は説明しなかった。

悪戯な情報は場を混乱させるだけ。それにその狙いは、まどかにとって最大の裏切りになり得る。

しかしそれでも下宮はその選択を候補の一つとして掲げたい。そして選ばせたいと。

他でもない、"人"にその選択を。

 

 

「まどかさん!」

 

 

そして何より、巻き込まれたのはまどか達参加者だけではない。

この世界に、この地球に生きている全ての者が魔獣の遊びに巻き込まれた。

永遠の地獄を味わったのは参加者だけではないのだ。

そして答えを出さなければならないのもまた同じ。

それは全ての人間に言えることではないが、せめて下宮が情を覚えた者達には、己の納得する道を歩んで欲しかった。

 

 

「どうか、どうか私も協力させてください!!」

 

 

仁美は今もなお零れる涙を拭いながら必死に訴える。

まどかが死ぬ、さやかが苦しむ。そんな未来など受け入れられる訳も無い。

自分はまどか達の友人だ、ココまで知った以上、指を咥えて見ているだけなんて絶対にできないのだと訴える。

 

 

「でも――ッ! やっぱりわたしは……!」

 

「危険なのは分かっています。大人しくしていた方がまどかさんにとっては安心なのは分かっていますわ!」

 

 

叫ぶ仁美。

でも、それじゃあ自分が納得できない。

黙っていたほうがいいのが親友の為だと思っても、それでも意地を通したい時がある。

とにかく仁美は食い下がった。まどかが引き下がって欲しいと思うなら、仁美は今、まどかに意地悪をしている。

けれどそれでも、それでも仁美は協力したいと頭を下げていた。

 

 

「私、ロボットではありませんわ。心を持った人間ですのよ!」

 

「っ」

 

「まどかさんと一緒に戦いたい! まどかさんのお役に立ちたい!」

 

 

ワガママなのは分かっている。

 

 

「でもッ、意地悪な言い方ですけれど……!」

 

 

仁美の目には、まどかが今までに感じた事の無いほどのエネルギーが見えた気がする。

 

 

「もし、まどかさんが私の事を本当に大切に思ってくださっているのなら、どうか私にも協力させてください!」

 

「仁美ちゃん……」

 

「私のワガママを、どうか聞いてください! まどかさんッ!」

 

 

仁美の心にも、秘めた想いと言う物がある。

それを聞いてまどかが思い出すのは、ワルプルギスの夜との戦いだ。

あの時、まどかはサキに仁美と同じような事を言ったじゃないか。

本当にサキの事を思うのなら~と言う想いとは裏腹に、自分のエゴを意地でも突き通したかった。

 

だから仁美の言葉は、よく理解できる。

まどか自身がそうだった、だから分かるんだ。分かってしまうんだ。

あの時、まどかはサキが何と言おうとも、自分の思いを突き通すつもりだった。

それは今の仁美もきっと同じ筈。

 

だったら、何を言っても無駄か。

まどかはため息交じりに少し寂しげな、けれども嬉しそうに笑みを浮かべる。

嬉しいか、そうだ、不謹慎かもしれないが嬉しいんだ。

まどかは自分の胸に手を当てて仁美と向き合う事を決める。

 

 

「ありがとう、仁美ちゃん」

 

 

まどかは仁美の事をかけがえの無い親友だと思っている。

そして仁美もまた、まどかの事を親友と思ってくれていたのなら、これほど嬉しい事はない。

この戦いの連鎖、友人と言う物がどれだけの光となった事か。

同時に、それはある種の依存心として心に残ってしまう。

 

仁美を救えなかった記憶が枷となって、異常な愛憎となって混乱を齎した。

けれども、そう言うモヤモヤを全て取っ払う事もやはり必要なんだろう。

仁美は友人として、まどかを助けてくれると言ってくれた。

これほど嬉しい事は無い。これほど優しい事は無い。

これほどの希望は、そうそう訪れないぞ。まどかはソレを理解した。

 

 

「じゃあ、お願いしても、いいかな?」

 

「ッ! はい……! はいっ!! 約束ですわ!」

 

 

仁美の表情がパッと明るくなって輝く。

コクコクと何度も何度も深く頷いて、まどかと小指を絡ませた。

人を超えた力を持ったまどかが自分を頼ってくれる。コレほど友人として嬉しい事は無い。

それは仁美の秘めた想いを刺激し、希望と言う感情を巻き起こしていた。

 

 

「君はどうする? 中沢」

 

「えっ!?」

 

 

下宮は中沢を見る。

いや、サメの化け物は中沢を睨んでいた。

その眼差しに怯んだのか。中沢は汗を浮かべて、落ち着かない様に目を泳がせる。

 

 

「嫌なら嫌と言っても良いよ、遠慮はしなくていい」

 

 

当たり前の事だ。

真司に協力すると言う事は、命を賭けると言う事。

仁美にも、もう一度注意を促す意味で下宮は告げる。

参加者に協力する事イコール魔獣にとっては大きな邪魔になる存在だ。

彼らはその存在に気づけば容赦なく殺そうとするだろう。そして参加者の中にも、『参戦派』と呼ばれる存在は無視できない。

そんな数々の危険に身を置く覚悟があるのかと。

 

 

「い、命って……」

 

「私はあります」

 

「えっ!? し、志筑さん!?」

 

 

戸惑う中沢とは対照的に、仁美は即答だった。

 

 

「私は、まどかさんを助けるとお約束しました」

 

 

友人との大切な約束は守る。それだけだ。

 

 

「命を賭ける価値があると?」

 

「ええ。私はまどかさんの為なら、命を賭けられます」

 

「……マジ?」

 

 

思わずニコが口にする。

ニコが協力派に移り、今こうしてココにいるのは、極論で言えば自分のためだ。

生き残りたいから、そして今までの記憶を通して魔獣が気に入らないから。

あとは、そう、まどかに近づきたいから。

 

そう言った積み重ねがあったからこそ、『協力』と言う考えに至れた。

もしも継承者でなければ、ニコはきっと参戦派のままだったろう。

にも関わらず、仁美は真偽不明の情報だけでまどかの為に命を賭けられると言う。

 

さらに言ってしまえば、ニコは自分の力は弱いとは思うが、それでも普通の人間よりは強いし、戦闘以外ならば他の魔法少女よりも優れていると言う自信と根拠があった。

事実と言う名の現実(リアル)がある。仁美は無能力者だ。魔法少女でもなければ特別な力も武器も無い。

 

言い方は悪いが。

そんな雑魚が、未曾有の危険に立ち向かうだけの勇気と意思が『まどかを守る』と言う為に奮起できたと?

自らの命を投げ打ってでもまどかを絶対に助けようと言う意思。

それを持てるだけの価値が『鹿目まどか』にはあると?

 

理解できなかった。

まどかが優しくて慕われているのは十分に理解できる。

とは言え、いくら話が話しだからと言って、流石に命を賭けられるとこの短時間で言うのは胡散臭いと言うか、軽く感じられてしまうと言うか。

 

 

「ごめんな、せっかく協力してくれるって言うのにさ」

 

 

ソファの上にあぐらをかいて、ニコは口を吊り上げる。

なんと言うのか、仁美は命を軽く見ている様にしか思えない。

もしくは事態をまだよく理解していないかのどちらかだ。

魔獣は本当に仁美達を容赦なく殺しに来るだろう。その事を本当に分かっているのかと思ってしまう。

 

 

「まだそっちの中分け小僧のリアクションの方がリアルだわ」

 

「中分けって……! お、俺は中沢です!」

 

「すまん、ごめーぬ。とにかく中沢は迷ってるんだろ?」

 

「そ、それは……! その――ッ。そうだけど」

 

「無理も無いさ。いきなりこんな話をされては」

 

「い、いや、あのッ! それは――ッ!」

 

 

中沢は複雑に視線を泳がせる。

確かに迷っていると言われればそうかもしれない。

まだなんだか頭が混乱していると言うかなんと言うか。

そして仁美はニコの言葉に深く頷いた。

 

 

「神那さんの言う事は分かりますわ」

 

 

仁美も自分の選択が周りから見れば異端だとは分かる。

だが、だからこそと言う思いもあった。それは志筑仁美にしか分からない理由。

他の人はおかしいと思うかもしれない。けれど仁美にとっては十分納得できる理由であり、その裏にあるバックボーンも備えてある。

 

 

「私はまどかさん達がいたからこそ生きる意味を見出せた」

 

「?」

 

 

過去に交わした言葉が、仁美には希望となりえた。

故に、仁美にとっての親友とは文字通り本当にかけがえの無い存在なんだ。

だから、まどかが困っているなら、何としても助けたいと思うのが当然だろう?

 

 

「ましてや自分達が住んでいる世界が関わってくるとなれば、尚更ですわ」

 

 

家族を守る為に、大切な物を守る為に戦う覚悟はできている。

 

 

「それに……、あまりこういう考え方はよくないんでしょうけれど、魔獣に殺されてもまどかさん達が魔獣を倒せば蘇る事ができるのでしょう?」

 

「だが参加者に殺された場合は無理だ。最後の願いを使えば蘇るけれど……」

 

「あくまでも信頼の話ですわ」

 

「………」

 

 

なるほどとニコ。中々肝の据わったお嬢さんだ。

それにしてもと、ニコは顎を触りながら少し訝しげな表情を浮かべた。

親友か。ニコは友人を撃ち殺してしまった手前、人との関わりを避けてきた。

もう自分に友人を作る資格は無いと思ってきたが、彼女達を見ていると羨ましさも覚えてしまう。

先ほどからずっと同じようなやりとりを繰り返しているのも、それだけまどかの想いと仁美の想いが大きいからだ。

そんな想いを他人に抱いたことなどない。

 

 

「………」

 

 

とは言え、流石に仁美は少し過剰と言うか何と言うか。

 

 

「もしかしてさ」

 

「はい?」

 

 

ニコはニヤリと下卑た笑みを。

 

 

「仁美とまどかってデキてんのか? ん? んん?」

 

「「なっ!」」

 

 

仁美とまどかはポンと赤くなって汗を浮かべる。他のメンバーはギョッとした目で二人を見た。

特に焦る中沢。通りで仁美には浮いた話が無かったと言うか、多くの男子に言い寄られていた割には誰にもなびかなかったと言うか。

 

 

「い、いやですわ! そんなッ! 不純ですわ、やらしいですわ、いけないんですわーッ!!」

 

「お、落ち着いて仁美ちゃん! ニコちゃんも変な事言わないでよぉ!」

 

 

アワアワと手を振って「違う違う」と連呼する仁美。

ニコはニンマリと笑って「本当かなぁ」とからかっていた。

意外と面白い顔をするじゃないか。ニコの中で仁美の印象が変わっていく。

 

 

「―――」

 

 

ふと、ニコの視線が慌てているまどかと仁美の奥に移る。

そこにいたのはスナイパーライフルを構えてニコに銃口を向けているほむらだった。

 

 

(……え? え? え、何? 私、今、滅茶苦茶狙われてる感じ?)

 

 

しかもスコープの中の瞳が滅茶苦茶コチラを睨んでいる。

ちょっと待て、お前引き金に指まで掛けてるじゃねーか!

なんだ? いきなり参戦派に寝返ったのかアイツ。あ、目が語ってる。

 

 

(今すぐ黙らないと撃つぞ)

 

「―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(こええええええええ!! なんだよあの女! 物理的に私を黙らせるつもりかよ!)

 

 

ッて言うか隣!

お前だよ手塚! 目を逸らすな! 隣にいるパートナーが凶器構えてんぞ!

止めろ! 汗を浮かべて目を逸らしてないで止めろぉおおッ!!

 

 

「――ごめん、冗談」

 

「も、もうっ! ニコちゃんってば!」

 

「び、びっくりしましたわ!」

 

 

まどかと仁美が体を向きを戻したと同時に、ほむらは銃をしまう。

真司以外の男性陣はその様子をバッチリ見ていたのか、汗を浮かべて目を逸らしている。

唯一、「そうだったのかー」とか。「冗談だったのかー」等と言う真司の間抜けな声が、緊張感を和らげていた。

 

 

「ま、まあ話を戻そう」

 

 

仕切りなおす手塚。

親友と一口に言っても、まどかと仁美の間にあるのはそこ等辺の女子中学生同士のソレではない。

なぜならば命がかかっており、裏にあるエピソードも酷く重いからだ。

そういう事もあり、抱える想いもそれだけ大きいと言う事なのか。

まあとにかくと仁美が協力するのは分かった。だがあとは中沢だ。

 

 

「お、俺は……」

 

 

チラっと横目に仁美を見る中沢。

それに気づいたか、下宮が口を開く。

 

 

「無理にとは言わないよ。志筑さんだけでも僕の気配は十分に消せるだろう」

 

 

命を賭ける話。迷うのは当たり前だ。

 

 

「最悪、志筑さんと僕だけでも大丈夫だと思うよ」

 

「……ッ! い、いや! 俺も行くよ!」

 

「!」

 

 

ほむらや、手塚、ニコは瞬時理解する。

下宮は中沢を誘導した。意中の仁美を話題に出す事で、半ば強引に説得してみせたのだ。

つまり意図的に中沢を引き込んだ事になる。それは下宮には中沢を巻き込むだけの理由があったと言う意味にも取れる。

何故参加者でもない中沢をゲームに引き込もうとするのか、そこが少し気になるところ。

 

 

「………」

 

 

どうするか。

悪い意味で狙いがあるのならば止めたいところではある。

しかしニコは思う、もしも仁美と中沢が殺されたところで最後に魔獣を倒せば彼らは蘇生できる。

だとすれば信頼の意味を含めて下宮に一任するのも有りかもしれない。

そしてライアペアはトークベントで会話を。

 

 

『手塚、どうする?』

 

『……任せよう』

 

 

ゲームを攻略する鍵となるのか、それとも大きなマイナスになるのかは分からないが、何か大きく流れを変える要素は欲しいと思っていたところだ。

利用するとは違う。手塚としても雄一の件がある以上、仁美の気持ちは分かってしまう。

 

榊原でも同じ事は言えるが、ゲームもまた強大な悪意を持っている物。

希望の要因は多いほうが良い。今後は勝負をしなければならない事は増えてくる。

その際、やはり龍騎ペアが願った『信頼』が運命を左右する。

 

 

『下宮を信頼する根拠は、まだ少ないのかもしれない』

 

 

しかし、龍騎と戦ってでも信念を確かめようとした想いは信じたい。

それを聞くとほむらは何も言わずに頷き、トークベントを解除した。

中沢はまだ少し戸惑いがちではあったが、仁美が行くと言う事、それに仁美が言った様に一同の話が本当ならば部外者と言う事でもないだろう。

 

 

「俺が生きている世界が関わるんだから、俺も何かはしたいよ」

 

 

強大な悪意が世界を飲み込もうとしている。

それを知ってしまえば、何も知らずに笑っていた日には戻れない。

いつ迎えるかも分からぬ絶望と恐怖に震えているくらいなら、中途半端でも足を突っ込んだ方がまだマシだ。

 

 

「じゃあ決まりだ」

 

 

その時、下宮が嬉しそうな顔に変わる。

それを見てほむらは完全に彼を信頼する事を決めた。

何故ならば、その時の表情は、まどかが仁美やさやかと一緒にいる時に浮かべているソレと同じ様な物だったからだ。

 

 

「じゃあ、いきなりだけど、出発しようか」

 

「えっ! もう?」

 

「ああ、早いほうが良いんだ。志筑さんもそれでいいかな?」

 

「ええ。構いませんわ」

 

 

立ち上がる下宮と仁美、中沢も慌てて後を追う様に立ち上がる。

 

 

「待っていてくれ城戸真司。僕たちが必ず活路を切り開く」

 

「下宮くん……」

 

 

同じく立ち上がった参加者たち。見送る事しかできないのが歯がゆい所だ。

とは言え今は下宮の言葉を信じたい。真司は強く頷き、まどかは一つお願いを。

 

 

「仁美ちゃんと中沢くんを守ってあげてね……」

 

 

下宮はそれを聞くとしっかりと頷いた。

 

 

「ああ。約束するよ」

 

「ありがとう、下宮くん」

 

 

その後、一応と言う事で、真司が変身する動画を下宮の携帯で撮影し、香川に見せる証拠映像も用意した。

そして三人は清明院に出発し、まどか達には落ち着きが取り戻されていく。

その中でニコは真剣な表情で押し黙っていた。

アンニュイないつものやる気の無い表情ではなく、かなり深刻そうな様子だ。

手塚が気づいたのか、それとなく小声で話を聞くことに。

 

 

「下宮《アイツ》と話してたからかな? 何かちょっと思い出した事があって。ただ暁美や城戸達には黙っててくれ。要らない心配はさせたくない、たいした情報でもないし」

 

「分かった。それで、何が気になったんだ?」

 

 

ニコが思い出したのは円環の理での出来事だ。

キュゥべえ達が記憶を消していたが、下宮との再会で思い出した部分もある。

 

 

「ちょっと記憶があやふやなんだけど、イツトリはクララドールズって奴らが引っ張って来たじゃんかよ」

 

「すまない。俺は覚えてない」

 

「あぁ、そう。だったらいいんだけど、とにかく――」

 

 

何かがまだ、奥にいた様な気がする。ニコは小さな声でそう告げる。

 

 

「何か?」

 

「そう、何かがコッチを見ていた気がしたんだ」

 

 

視線を感じたという。

イツトリが現れたその空間の奥底で、何かがコチラをジッと見ていたような気がするんだと。

 

 

「ただそれが何なのか全く分からん。ッて言うか思い出した記憶が正しいかも分からん」

 

「なるほど、まあ注意だけはしておくか」

 

 

いずれにせよイツトリ側に潜んでいるのなら。

ワルプルギス、ギア、イツトリ、あともう一体"デカい"のがいるかもしれないと言うことだ。

 

 

「頭が痛くなる話だ」

 

 

とにかく警戒はしておいた方がいいだろう。

手塚の言葉にニコは無言で頷く。今はとにかく余計な事を考えず、下宮達に期待するしかない。

見滝原から出られない参加者は無力だ。

とは言え実際魔獣と戦闘になった場合、ハーフの下宮では少し実力に差が出てしまうかもしれない。

なんとしても魔獣より早く香川と接触し、守る事ができればいいのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人は生まれた時点で人生が決まってるとは、誰かがテレビで言っていた言葉だ。

それを聞いた感想と言えば、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないと思った。

そりゃあ確かに親が有名人だとか、社長だとか、珍しい職業だった場合はそうなのかもしれないが、自分の両親は至って普通の会社員と、片やスーパーのパートである。

 

自分の人生、今まで客観的に振り返ってみれば『普通』と言う言葉しか浮かんでこなかった。

一人っ子として生まれ、家は広くも狭くも無いマンションで、欲しい物はそこそこ手に入ってきた。もちろんそれはさほど大きな欲が無かったから、かもしれないが。

頭は良い訳では無いが、特別悪くも無く、体力はある訳でも全く無い訳でもない。

 

まだ中学生ではあるが、人生を振り返ってみても劇的なシーンは思い浮かばなかった。

体育祭は毎回玉入れと言う感じで、何をするでもその他大勢が一人と言う位置にいたものだ。

学校行事で特別な事に選ばれた事もないし、まして何かの戦犯になった事も無い。マラソン大会はだいたい半分くらいの順位だったし、後は……、何かあったかな?

 

あぁ、特に思いつかない。

長所と言う所があればきっとそれは風邪を引かない事くらいで、短所といえばやはり決められない所だろうか?

そうだよなぁ、思えば色々と先生に当てられては言葉を詰まらせた景色がフラッシュバックする。

でもあれは先生の方が悪いよな? あんなの急に振られて答えられる訳無いっての。

 

ただそれとは別に優柔不断な点は今までにも幾つもあった事は事実だと自覚はしてる。

たまに親からも「決められない男だな」とか、「男らしくない」とか言われたっけ?

いやいや、だってまず名前がややこしいじゃないか。(すばる)なんて女の子でもいける名前は止めてくれよ。

 

 

「はぁ」

 

 

そんな男、中沢昴は深いため息をついて窓の外に広がる景色を見ていた。

まだたかが中学二年生の分際、自分の人生について深く考えなくて良いやと楽観視していた彼ではあるが、まさかこんな事態に巻き込まれるとは考えもしなかった。

魔獣だのフールズゲームだのと、あまりにも現実離れした事態に脳がようやっと追いついてきてくれた様だ。しかし考えれば考える程に分からなくなってしまう。

 

本当にそんな事があったのだろうか?

いやいやいや、この目で見た事は紛れも無い事実ではないか。

あれを今更疑うなどと、それこそ馬鹿らしい。

 

 

「どうかなさいましたか?」

 

「え!?」

 

 

ハッとする中沢。

そこには自分を見ている仁美と下宮が。

三人は今見滝原から風見野へ、正確には清明院へ行く為の電車の中。

 

 

「気分が優れない様ですわ」

 

「ああ、いやッ! えっと! だ、大丈夫ですッ!」

 

 

思わず敬語になってしまった。

中沢は自分を心配そうに見てくれる仁美から目を逸らすと少し頬を染めて笑みを浮かべる。

そう、そうなんだよ、この凡まっしぐらの人生で唯一はじめて衝撃的な出来事が起こったんだ。

 

 

「そうですか。ならいいんですの」

 

「あ――! う、うん。ありがとう」

 

 

にっこりと笑う仁美を見て、中沢の心音がみるみる上がっていく。

生まれてはじめての恋だった。と言うのも初めて彼女と出会ったのが小学校の頃。

忘れもしない、クラス替えで初めて教室に入ってきた仁美を見て電流が走った。

 

なんと説明すればいいのか。

その頃から上条とは友達だったから、深くは話した事は無くとも、さやかの存在は知っていた。

話しやすくノリが良いと言えば聞こえはいいが、どちらかと言うと上条の前以外は男勝りな性格の彼女をよく見ていたので、余計に仁美の雰囲気には衝撃を受けたというか……、何と言うか。

そう言った意味ではまどかもそうなのだろうが、中沢にとってまどかと仁美は似ているようで違う。

まどかが大人しいと言うイメージならば、仁美は静かだと言うイメージだった。

 

同じ様なものじゃないかと思うかもしれないが、中沢にとっては違う。

雰囲気の問題といえばいいか。凛とした中にも静寂な落ち着きがあると言うか。

あとはまあ、こう言っては何だが純粋に容姿が整っていると言うか。

とにかくそんなこんなで、中沢はずっと仁美へと思いを引きずっているのだ。

 

 

「………」

 

 

ただ逆を言えば。

それだけの間、行動には移せなかった訳である。

仁美は、もちろんと言うべきか。他の男子生徒からも人気がある。

今までにも中沢を差し置いて何人もの男達が彼女に想いを伝えていった。

そしてその数だけ星となった訳だ。それを見てしまえば、臆するのは仕方ないと分かって欲しいものだ。

 

 

「私の顔に何かついてますか?」

 

「えっ! あッッ!」

 

 

どうやら無意識にガン見していたらしい。

中沢は慌てて謝罪を行い目を逸らす。とは言えすぐにその視線は仁美の方へと戻る訳なのだが。

 

 

「ならいいんですの。ごめんなさい、変な事を言ってしまって」

 

「い、いやぁ! えっと、俺の方こそごめん!」

 

「いえ、お気になさらないでください。気分が悪かったらいつでも言ってくださいね?」

 

 

そう言ってニコリと微笑む仁美。

中沢は思わず口を開けて呆けてしまう。

彼女が自分に笑いかけてくれる。それだけで心がホワホワしてくる。

 

いやいや、逆にあれで何人かの男が勘違いしてしまった訳だが。

そりゃあ勘違いもすると言うものではないか。

今なら、後で見返せば死にたくなる様な歯の浮くポエムもポンポン浮かんできそうだ。

 

 

「――フフ」

 

「!」

 

 

アッと顔を元に戻して、中沢は隣を見る。

そこには足を組んでニヤリと笑っている下宮が見えた。

 

 

「な、なんだよぉ!」

 

「別に。気にしないでおくれよ、な・か・ざ・わ・くん!」

 

「ぐぐぐっ!」

 

 

赤面して悔しそうに歯を食い縛る中沢と、涼しい顔で笑みを浮かべている下宮。

中沢は言葉を使って詰め寄るが、下宮はそれをサラリと言葉を使って受け流していた。

仁美はそれを見てフフフと笑みを漏らす。

目を丸くして仁美を見る下宮と中沢、何かおかしかったろうか?

 

 

「ごめんなさい。でも、お二人も仲がよろしいんだなと思いまして」

 

「そ、そうかな? 下宮とは小学校から――」

 

 

そこでハッとする中沢。

思い出すのは異形となった下宮の姿。あれは自分が知っている姿ではなかった。

小学校から一緒にいると思っていたのに、気がつけば随分と長い時間、下宮は自分の前を歩いていた事になる。

 

 

「でも……、うん。安心したよ」

 

「え?」

 

「変わってないよな、あんまり」

 

「………」

 

 

下宮が魔獣とのハーフだと聞いた時はビックリしたが、今こうやって話してみると中沢の知っている下宮と相違は無かった。

それは中沢にとっては安心できる話ではある。

あまりそう言う事を考えた事や、まして口にした事は無いが。中沢にとって親友と呼べる者がいるのならば、それは下宮と上条の二人だけだ。

仁美ほどの情熱があるのかと言われれば少し悩んでしまうが、それでもやはり下宮が困っているなら友人としては助けたいとは思える。

 

 

「いつからなんだよ。魔獣ってのになったのは」

 

「それは――」

 

 

渋る下宮を見て、中沢はやってしまったと眉を下げる。

 

 

「あぁ、ごめん。嫌なら言わなくてもいいんだけど……」

 

「いや、話すよ」

 

 

面白い話ではない。

ただ単に、ゲームが始まる前の時間軸で拉致されただけだ。

いつもの様に学校から家に帰る途中だった。何も特別な日じゃない。

普通に授業を受けて、普通に時が流れて――。

そんな中で魔獣に捕まり、気がつけば魔獣の体を与えられていたのだと。

 

 

「そ、そっか……」

 

「後は暁美さんの家で話した通りだよ」

 

 

下宮は生きる為に魔獣に付いた。

その事を後悔しているのかと聞かれれば微妙だ。ただ間違ってはいなかったと思いたい。

あそこで仲間に入る事を拒めば殺されるしか選択肢は無かった。

本当に人類のことを思えば自殺を選ぶべきだったのか? それもまた一つの答えなのだろう。

 

 

「でも、僕は生きたかった」

 

「下宮くん……」

 

「死にたく無かったんだ」

 

「それは――、そうだろうよ」

 

「?」

 

「俺だって……、多分、同じ状況なら魔獣の仲間になってたし。ほら俺って結構ビビリじゃん?」

 

 

中沢の必死なフォローに、下宮は始めこそ戸惑っていたが、すぐに笑みを浮かべて礼を告げる。

下宮はまだ心にモヤモヤを残している。それは何となく中沢にも分かった事だ。

当たり前では有るが、中沢では理解できない苦しみがいくつもあったのだろうと。

下宮は最小限と言うべきか、最低限の事しか伝えなかった。

それもあってか、中沢はそう思うのだ。

 

 

「……まあ、その」

 

「ん?」

 

「気にすんなよ。あの姿も結構カッコいいじゃないか」

 

 

サメのモンスター。

見た目はちょっと違うかもしれないが、中身は下宮本人だ。

それに人を超えた力を持ったことに、むしろプラスの感情を持てば良いと。

どんなヤツに襲われても対処できるんだ、逆に良い事なのかもしれないとまで。

 

 

「現に今、俺と志筑さんはお前に守られてるんだから」

 

「ええ、そうですわ」

 

「はは……、悪いね。二人とも」

 

 

雰囲気は軽く、穏やかな物へと変わる。

けれども中沢視点、まだ何か下宮には『引っかかっている物』がある様に感じた。

そう言えばと思う。参加者達は皆決められた時間を何度も繰り返しているといった。

 

 

(あれ? でもそれって――)

 

 

自分達も、同じなんじゃ。

いや、いやいや。まあそれは当たり前だ。

中沢は少しゾッとした物を感じたが、それを振り払うように首を振る。

でも、それならば、前の時間に生きていた自分たちはなんだったのか。

そしてどうなったのか。その可能性を思い浮かべてしまい、少しモヤモヤしたものを心に感じる。

 

 

「あ、あの、下宮――ッ?」

 

「うん?」

 

「……ッ」

 

「なに?」

 

「いや、なんでも……、ない」

 

 

言葉が詰まる。中沢はその言葉を口にする事ができなかった。

口にしようとした言葉が思い浮かばず、寸での所で喉に詰まるのだ。

それにどこかで心が警告していたのだろう、その事を聞くなと。

前回の時間軸で、自分たちはどうなったのかを。

 

 

「あ、次の駅ですわよ」

 

 

カバンを持って微笑む仁美。

頷く下宮。中沢は複雑な表情で返事を行い、電車に乗る前に買った小さなペットボトルに入ったお茶を一気に口の中に流し入れた。

いつも飲んでいる筈なのに、今日はやけに苦く感じる。

 

 

「清明院はバスがあるから、それに乗ろう」

 

「多分あと五分ですわ! 急ぎましょう」

 

「う、うん……!」

 

 

駅の階段を駆け足に降りていく三人。

そのまま流れる様にバスに飛び込み、清明院に確実に足を進めていく。

電車の時間とバスの時間が微妙な物だった為、タイムラグがあるかと思ったが意外とうまく行った。

下宮の気遣いなのか。前の席に中沢と仁美を座らせ、下宮は後ろの席につく。

 

しばらく待機となり、その後プシューっと言ういつもの音が聞こえてバスは発進した。

下宮は素早く周りを確認する。魔獣の気配はまだない。

それを前にいる二人に告げると、中沢達は安堵の息を漏らした。

やはり目的地が近づくにつれて緊張感も上がると言う物だ。

特にその脅威に対抗できない二人には更に。

 

 

「しばらくは気を抜いていても大丈夫みたいだね」

 

「だといいけど……」

 

「一応注意はしておいた方がいいかもしれませんわね」

 

 

下宮は頷き、窓の外を見る。

なんの事は無く風見野へと侵入を果たせた訳だが、油断はできない。

必死に考える。下宮は今朝はまだ星の骸にいた。

そこで今日、見滝原に降り立つ魔獣の数と、その張本人を確認した。

 

 

(魔獣の数は1)

 

 

新世界も序盤と言う事に加え、一応仮にもまだゲームは始まっていない為、ゲーム盤に上がれる数は少ない。ハーフは例外の為に、下宮と小巻はいつでも見滝原に来れるが、純粋な魔獣は1体だけ。そしてそれはアシナガだ。

 

下宮はアシナガと言う男をあまり知らないが、それでも彼が積極的に動くタイプではなく、むしろ独自の感性を持っている者と認識している。

何を考えているか分からない怖さはあるが、少なくとも香川を殺しに行く選択をする男ではないと思われた。

 

ましてや魔獣とて記憶を取り戻したのは二日前程度だ。

まだ向こうも焦りは無い筈。今の今まで香川に気づく者はいなかったのだから。

故に今日は良い。今日、は。

 

 

(問題は明日だ)

 

 

ゲーム盤にいる魔獣が星の骸へ帰るには日付が変わる一時間前、つまり23時に指定された場所へ集合して~と言う具合である。

今回、下宮は指定地点には戻らない。つまり言うなれば集合命令を無視するわけだ。

魔獣も何か異変に気づくだろう。目を欺く意味でも戻る選択肢は十分にあったが、しかしそうすると中沢と仁美を守る者がおらず、それはそれで避けたい。

 

 

(焦りすぎたか――?)

 

 

いや、どちらにせよ魔獣は香川を排除する選択は取るだろう。

結局魔獣サイドに紛れ込んでいたとしても出遅れる事になるだけだ。

その前に香川に接触できる可能性があった今日を捨てるわけには行かない。

それに下宮がいなければ香川も中沢達の話を信じるまでに時間がかかる筈。

 

 

(小巻が僕を庇ってくれるとは……、思えない)

 

 

単独行動をしていると魔獣が気づけば、流石に裏切りがバレるか?

 

 

(どう転ぶか……、だな)

 

 

明日に『誰』が来るのか。

香川を直接殺すと言う役割を受け持つ魔獣と言う事になる。

おそらく一体だけだろうが、それでもコチラが不利なのは変わらないかもしれない。

 

 

(シルヴィスは考えにくいし……)

 

 

バズビーでも厄介だ。

下宮が勝てる可能性がある魔獣となれば相当数は絞られる。

その中で、どう香川や中沢達を守るのか――?

普通に考えればかなり厳しいが、下宮には一つの狙いがあった。

まどかを裏切る事になるかもしれないが、それでも突き通したい意地がある。

 

 

「………」

 

 

下宮は目を閉じて一旦心を落ち着ける。

すると前からは中沢と仁美の声が。

 

 

「あ、あの……」

 

「はい?」

 

「志筑さんはバスとか電車によく乗るの?」

 

「あら、意外でしょうか?」

 

「いやッ、そんな事は無いんだけど――」

 

 

確かにちょっと意外だったかもしれない。

どんな場所でも送り迎えのイメージはあった。

 

 

「懐かしい思い出がありますの」

 

「思い出?」

 

「はい! 始めてバスや電車に乗ったのはまどかさんと、さやかさんと一緒でした」

 

「へぇー!」

 

 

そこで切符の買い方や時刻表の見方を教えてもらったのだとか。

今までは乗ったとしても全て親がやってくれていた為に、仁美には全てが新鮮に見えたとかなんとか。今はもう携帯電話一つで簡単に改札を通り抜けられるが、昔は違った。

 

 

「大げさかもしれませんけど、世界が広がった気がしたんですの」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

 

まどかとさやかの事を話している時の仁美は、本当に楽しそうだった。

それだけ友人の存在が仁美に良い影響を与えたと言う事なのだろう。

中沢としても、楽しそうに話す仁美は見ていて暖かな気持ちになれるから好きだった。

友達思いな彼女の一面も、中沢にとっては好感度の上がる大きな要因となっていた事であろう。

 

 

「?」

 

 

ただ、それが。

 

 

「どうしました?」

 

「え?」

 

 

無意識に中沢の心に陰りを落としたのかもしれない。

自分自身でも分からぬままに、曇りのある表情を浮かべていた。

不満とも言えぬ、何か引っかかる物がある様なそんな表情を。

 

 

「あ……、えと、ちょっと乗り物に酔っちゃたのかも」

 

「まあ、それは大変ですわ!」

 

 

仁美はすぐに中沢の背中に手を添える。

中沢は反射的にビクっと肩を震わせ、頬を赤く染めた。

 

 

「え!? な、なにっ!?」

 

「こうすると楽になるって母から聞きました。私もよくやってもらったんですのよ」

 

「そ、そう……! あり、ありがとう――ッ!」

 

 

仁美は微笑み、中沢の背中を撫で続ける。

肩をすくめる中沢。心臓が爆発しそうになる。とは言えすぐに表情は曇っていった。

嬉しい筈なのに。仁美と関わる事ができる時間が貴重だと知っているのに。

どこかで上の空だ。

 

理由は――、分かっている。

先ほどの仁美の話だ。まどかとさやかと一緒にバスや電車に乗った事。

それは仁美の中で当然こう記憶されているはずだ。

 

 

『友人との思い出』

 

 

と、言う風に。

中沢はその点がどうにも引っかかってしまった。

いや、もちろん彼女の交友関係についてどうとか言うのではない。

それは自分の事についてだ。

 

 

「……あの、ありがとう志筑さん。もう大丈夫」

 

「そうですか? ならいいんですけれど」

 

 

ニコリと微笑む仁美に、中沢は曖昧な笑みを返すだけだった。

仁美を見ると心臓がドキドキと鼓動を早める。

気が付けばずっと目に映したいと思ってしまう。

彼女の声をずっと聞いていたいと思ってしまう。

 

けれども仁美はそうじゃない。

仁美は中沢の事をただのクラスメイトとしか思っていないのだろう。それが片思いと言うものだ。

ただ、ふと気になってしまうのだ。もしかしたらは自分は、前の時間軸でも仁美の事を好いていたんだろうか?

 

いや、いや――、違うな。そうじゃない。そうじゃないんだ。

もっと根本的な問題だとは分かっている筈なのに。

なんだか考えたくなかった。だから中沢は暗い顔をする。

 

 

「不安ですか?」

 

「え?」

 

 

仁美は中沢を覗き込むようにして見つめた。

どうにも先ほどから様子がおかしい様に感じる。

なんだかずっと眉をひそめて深刻そうな、鬼気迫る表情になっていると言うか。

 

 

「魔獣がいるかもしれませんものね。魔女と言う存在も知ってしまいましたし」

 

「う、うん……」

 

 

まあ、事実それもあった。

これから行く所は異形がいるかもしれない場所。

命を懸けて頑張るなんて事は未知の領域だ。

漠然とした恐怖、巨悪に直面しなければならないかもと。

 

ただ、やはり、そうじゃない。そうじゃないんだと中沢は言いたかった。

でも言えなかった。仁美に自分が抱えるモヤモヤを知って欲しかったけれど、彼女の前では格好をつけたいと思う心もあり――。

何よりも、今は背後にいるだろう『友人』が気になってしまう。

 

 

「怖いけど――、皆の為だから……」

 

「はい! 一緒に皆さんを助けましょう!」

 

 

違う、違うんだ。

ごめん、今の言葉は本当に上辺だけだ。

中沢は仁美を騙してしまったような気がして言葉を詰まらせる。

 

 

「中沢くんはお強いですわね」

 

「えッ!?」

 

「私、実はちょっと怖いって思いもあったんですの」

 

 

魔獣や魔女と聞いて怯えない方が無理と言うものだ。

まどか達の為にと言う想いに嘘は無いが、異形の物に対する言い様の無い恐怖もまた本物だった。

とは言え、こうして三人で進めば恐怖も薄れると。

 

 

「………」

 

 

仁美に嘘をついてしまった。

中沢は曖昧に笑みを向けるだけで精一杯だった。

仁美は純粋だ、だけど自分は今、変な事で思い悩んでいる。

いや、変? 変って何だろう。中沢は一人で深みにはまっていく気がして無性に怖かった。

だけどそれを彼女に打ち明けることもできない、まさに泥沼だ。

 

 

「キミ達、もうすぐつくよ」

 

「!」

 

 

ビクっとしてしまう。

誰の声に? 決まっている、友人の声にだ。

今、中沢は確かに友人である下宮鮫一の声に、言いようの無い不安と負の感情を覚えた。

それは何故か? 理由は中沢にしか分からない。中沢だけがそれを知っている。

返事を行う仁美と、曖昧に唸る中沢。

 

いつの間にか結構な距離を移動していた様だ。

感覚が鈍っているのか、いま一つ実感が湧かない。

体は嫌なほどに冷たく、心臓の鼓動は不快なリズムを刻んでいた。

 

 

「ここから少しだけ歩くけど、清明院はもうすぐだよ」

 

「ええ、急ぎましょう」

 

「ああ……」

 

「?」

 

 

下宮は不思議そうな顔をしながらメガネを整える。

なにやら中沢の様子がおかしい様な気がする。

考え事をしていたから耳を澄ませるのを忘れたが、もしかしたら並んで座っていた時に何か撃沈してしまったのだろうか。

 

そりゃあ確かに仁美が中沢に気を抱いている素振りは無かったし――。

と言うより完全に中沢の一方通行だろうし。だが、ゲームを見てきたからこそ分かるが、仁美に彼氏がいると言う事はないだろう。

想い人には少し心当たりが無い事もないが、あれはもう因果律の変更により無い事同然になっている。

 

 

「………」

 

 

それが良い事なのか悪い事なのか、下宮には分かりかねる。

複雑な思いを抱いてしまい首を振る。ココでモヤモヤしている時間は無い。

中沢には悪いが、今はやるべき事を優先させてもらおう。

 

 

(神崎優衣が齎したバグデータ……、サバイブを見る限り、かなり使えるものに違いない)

 

 

魔獣もサバイブの力には焦っていたし、事実バズビーは城戸真司の抹殺に失敗している。

こうした優衣のバグ要素、榊原や由良吾郎がどの様な影響を与えるのかは分からない。

しかし香川に関してはバズビー達が以前それとなく話しているのを聞いた事があった。

もちろん盗み聞きではあるが、あの内容は絶対に忘れないように脳に焼き付けている。

"アレ"が本当ならば、そして自身の『読み』が正しければ、博打を行う価値は十分にあると。

 

 

「………」

 

 

問題はその博打が、まどかを裏切る行為に繋がるかもしれない事だ。

そして尤もその『被害を被る』のが誰かと言う事。

しかし下宮は首を振る。虎穴に~と言う言葉がある様に。ハイリターンの裏には常にハイリスクがあった筈だ。

ましてや前回のゲームを基準にしているのなら、何か大きなアクションを起こさなければ未来は変わらない。

 

 

「行こうか、中沢くん」

 

「う、うん……」

 

 

下宮は中沢を無視する様にして動き出す。

それだけ切羽詰まっていたと言えばいいか。中沢も、下宮も。

唯一仁美だけは、純粋に最初から最後までまどかの助けになりたいと思っていただろうが。

 

 

『………』

 

 

そして赤い『丸』の中に、清明院に向う三人があった。

 

 

『あぁ、なるほど』

 

『ん?』

 

『やっと分かったよ。彼の狙いが』

 

 

ハーフの近くに人がいたら、匂いが紛れるのは確かだ。

だからと言って二人を連れ出す意味がよく分からなかった。

本当に紛れ込むのならもっと、そう。下宮ならばやり方があった筈だ。

 

 

『確かに。らしくない動き方だ。でもそれは考えあっての事だった訳だな。なあ先輩』

 

『そう。おそらく彼は……』

 

 

キュゥべえとジュゥべえは適当に見つけたビルの屋上から清明院を見ながら言葉を交わす。

下宮が中沢と仁美を連れ出した点については、インキュベーターは若干の疑問を持っていた。

何故守るべき存在を危険に晒すのか? 下宮ならばもっとうまくやれた筈だ。わざわざあの二人に拘る理由が無い。

 

友達のため、希望のため。

ああ、もしも城戸真司の様な人間が同じ事をしたのならば、人間特有の理解不能な感情論だとでも理由付ける事はできただろう。

しかし下宮は長い時の中で考え方がインキュベーター寄りになっているのを何度も確認した。

 

口では何とでも言えるが、今更人らしさ溢れる選択を選ぶとも思えない。

いや、人に依存する下宮がその選択を選びたいのは分かる。

しかしやはり身に染み込んだ結果を優先させるクセはそう簡単には直せない。

 

ならば何故、わざわざ中沢と仁美を連れてきた?

下宮が言ったとおりならば一応筋は通っている。しかしインキュベーターには予想範囲ではあるが、一つの確かな考えがあった。

言い方は悪いかもしれないが、それは下宮が中沢たちを何らかの形で『利用』しようとしているのではないかと言う事だ。

志筑仁美と中沢昴、この両固体でなければならない理由と言う物が確かにあるのだと。

そして今、インキュベーターはその答えを見出した。

 

 

『どうするよ先輩?』

 

『そうだね、まさに賭けと言った所かな』

 

 

だがそれはあくまでも参加者にとっての話。

どちらに転ぼうが、インキュベーターに損は無い。

――とも、言いきれないか。

 

 

『でも、答えは一つだよ』

 

『?』

 

『ボク達は、宇宙延命の使命を与えられた世界のシステムだ。それが崩れる事は無い』

 

『なるほどねぇ、へへへ! 了解だぜ』

 

 

コイツは面白くなりそうだ。

二体の妖精は一瞬で消滅し、気配を消した。

下宮はまだ利己的な面が見えるが、彼は気づいているのだろうか?

自分自身、確かな焦りが出ている事に。

 

 

『人の悪い面が出てるぜぇ、下宮くんよぉ』

 

 

ジュゥべえのその言葉、当然ながら届くわけも無し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

間接照明が照らす部屋は、どこか闇や影が強調される様にも思える。

そんな独特の黒が、男の落ち着きを取り戻してくれる。

深く深く、闇や影を見つめていると集中できるのだ。

 

男は丸い独特の形を持ったソファの上にどっかりと座り込み、足を組んで、手を組み合わせている。

そしてゆっくりと目の前にある機械のメーターグラフをジッと見つめていた。

メガネのレンズ、その奥にある瞳がギラリと光る。グラフ管理や、培養液とでも言えばいいのか? 謎の液体の中にある『四角形の物体』が、鈍い光を放っている様に見える。

 

白衣を身に纏ったその男は目を細め真剣にメーターを確認していた。

近くにあるノートパソコンには謎の方程式や暗号とも言える量の数式が打ち込まれており、様々なケーブルやチューブが床には見えた。

そして何よりも白い医務用のベッドの上、そこには誰しもが目を疑う異物が存在していた。

そしてそこにもまた幾つものチューブだの管があり、それらが繋がる場所には大きな円形の水槽と、同じく誰もが目を疑う物が繋がっている。

 

 

「もうすぐです。祐太」

 

 

その男、香川(かがわ)英行(ひでゆき)は難しい顔をしながら呟いた。

極秘の実験、外部から隔離した状態になっているのは明らかにそれが非合法な物だから。

ましてやコレを見えれば大規模なパニックが起こるという危惧。そして道徳の問題、彼はだからこそこの場から離れる訳にはいかなかった。

 

だが時間は無かった。

そして何かが起ころうとしている。それは確かな事なのだと彼は分かっている。

だから、だから――

 

 

「先生、前に電話をしてきた人達が会いたいと大学に」

 

「追い返してください。どうせ下らない話だ」

 

 

扉が開く音がして、彼の唯一の助手である『仲村創』が姿を見せた。

魔女研究と言う題材を下手に外に漏らしてしまったせいか、中途半端に面白がってくるマスコミやオカルト信者に付き纏われた時もあった。

 

それもあってか香川は多少過剰気味に外部との関わりに難色を示す。

現に彼の元に来るのは、何の利益も齎さない連中ばかりだった。

今回もまた同じなのだろうと思っていたのだが――……。

 

 

「それが、証拠映像があると携帯を」

 

「証拠映像、ですか」

 

 

はじめのパターンかもしれない。香川の動きがピタリと止まる。

 

 

「ちょっと……、見せてください」

 

 

椅子から立ち上がった香川は、仲村から携帯を受け取ると指定されたと言われるビデオをタッチして再生する。

証拠とはなんの証拠なのか、彼自身映像を見るまでは分からなかったが、そこに映っていた物を見るやいなやで表情が一気に変わる。

 

 

「仲村くん、彼らをココに通してください」

 

「ッ、よろしいんですか?」

 

「ええ、どうやら我々は大きな分岐点に立つ事になりそうです」

 

 

白衣を翻して扉の方へと向う。

香川が重い腰を上げたのは、その手にある下宮の携帯にあった映像故である。

ではそこには何が記録されていたのか――?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「騎士が変身している所、鹿目さんが変身している所、あとは僕が変身したシーンを撮ったんだよ」

 

 

清明院についた三人は、広いフロアにあった椅子に並んで座っていた。

下宮が差し出した映像は下手をすればかなりのパニックを巻き起こすだけの代物だ。

合成と疑われればそれまでだが、その手に関してのプロフェッショナルならばアレが本物だと理解できる筈だ。

となれば自分たちが異形の存在であると言うのを晒す事になる。

 

 

「大丈夫なのかな……?」

 

「おそらく。まあ、賭けの範囲は出ないけれども」

 

 

下宮視点での確定情報は、香川が龍騎側の住人だったと言うこと。

バズビーが以前そんな事を言っていた。盗み聞きの範囲だったので、情報に一部誤りがあるかもしれないが。

 

 

「でも、特に危険はありませんでしたね」

 

「そう、魔獣の気配も無い」

 

 

しかし問題は明日だと下宮は二人に警告を行っておく。

今日はおそらく何も無い。しかし明日にはおそらく魔獣は香川を排除しようと、もしくは真司達の方に何らかのアプローチを行ってくるだろう。

 

 

「僕たちの目的も漠然としているからさ」

 

「接触するだけだもんな。何か考えはあるのか?」

 

「それが……、僕も香川さんと会うのは初めてだからね」

 

 

そう、最大の問題は香川と接触した後の事である。

彼が魔獣にとってイレギュラーであり、都合の悪いものだと言う事は分かっている。

しかし、それがイコールで真司たちの味方になってくれるかは別だ。

 

 

「香川さんは研究が忙しいから外出を控えてるんですわよね?」

 

「じゃあ、その研究が終わるまでは協力してくれないのか!?」

 

「それは、どうかな……?」

 

 

確か研究の内容が――。

下宮が口を開こうとした時、前から白衣の男が歩いてきた。

空気が変わる、三人はそれが香川英行だと言う事を察知して立ち上がりお辞儀を尾k鳴った。

向こうも歩きながら軽く頭を下げると、三人の前にて立ち止まる。

 

 

「香川先生、ですか?」

 

「ええ、香川英行です。君達は?」

 

「見滝原第一中学校の生徒です。僕は下宮鮫一」

 

「中沢昴です」

 

「志筑仁美です」

 

 

頷く香川、面倒な言葉のやり取りは無しにしようと。

なぜ彼らがココに来て、なぜ自分に会いに来たのか。

そしてあの映像は何なのか、アレを見せて自分にどうしようと言うのか。

 

 

「単刀直入にお聞きします。キミ達は、何を私に?」

 

「協力をお願いしたい。世界は今、未曾有の混沌に落とされようとしています」

 

「………」

 

 

メガネを整える下宮。

香川も釣られた様に同じ様なことを。

 

 

「分かりました。研究室へ案内します」

 

「……!」

 

 

目を合わせて安心したように笑う中沢と仁美。

下宮だけは未だに警戒した様な表情で香川の背中を追いかけた。

その後、案内されるままに香川の研究室へと足を運ぶ三人。

独特の緊張感が抜けぬまま、三人はソファの上に腰掛ける。

間接照明が作り出す独特な雰囲気の空間は、緊張感をより引き立たせるようだ。

そうしていると第一助手である仲村がお茶を運んできた。

 

 

「どうぞ、遠慮しないでくれ。緊張しているのが見ていて分かる」

 

「あ、あはは。ど、どうも――ッ!」

 

「ありがとうございます。頂きますわ」

 

「すみません、ありがとうございます」

 

「仲村くん。申し訳ありませんが――」

 

「はい、席を外させて頂きます」

 

 

お茶を運び終わった仲村は頭を下げると研究室の外へ。

香川はそれを確認すると、まずは下宮の携帯を差し出した。

お礼を言ってそれを受け取る下宮。香川が自分達をココに通してくれたと言う事は。、撮影した映像を見た事になるのだろうが……。

意外と言うべきなのか、特に驚いている様子は無い。

 

 

「突然で申し訳ないのですが、あの映像で最後に映っていたのは下宮くんで間違い無いんですよね?」

 

「はい、そして真実です」

 

 

下宮の肉体が弾け、異形の姿が晒される。

 

 

「これはスラッシャーと呼ばれる形態です」

 

 

下宮と仁美は息を呑む。やはりマジマジと見ると怯んでしまうものだ。

さらに下宮は部屋の隅にあった観葉植物目掛けて手を振った。

すると水を圧縮させたウォーターカッターが発射されて、植物を刻んで見せた。

仕方ないとは言え、中沢たちからしてみれば下宮は随分とのっけから飛ばしているように見える。

それだけ彼も短期で協力を結びたいと言う事なのだろう。

まあ、とは言え、それが最も効果的な方法である事も事実だが。

 

香川は一連の行動を見て、少し目を見開いていた。

しかしやはり驚きはやや少ない。目の前に明らかに人間ではない下宮がいるのにも関わらず。

これは仁美たちにとっては予想外だった。とは言え下宮からしてみれば計算内の事であったが。

 

 

「詳しい話を、どうか聞いてくれませんか」

 

「――わかりました」

 

 

下宮は全てを説明すると言う。

魔女、騎士、魔獣、概念と言う名の神。

この世界に存在していた人ならざる力を持った異形の事。

そしてフールズゲームと言う負の概念が作り出した絶望のサイクルを教えると。

 

 

「そして――」

 

 

信じてもらえた際には。

 

 

「其方も、持っている情報を開示していただきたい」

 

「………」

 

 

香川は一瞬、ほんの一瞬眉を顰める。しかしゆっくりと頷いた。

どうやら香川自身、隠している『カード』があった様だ。

だからこそのリアクションが薄かったと言う事なのか?

とにかくと、下宮はそれに気づいていた。と言うよりも、それがあったからココに来たとも言える。

 

 

「貴方が僕達を信用するに至った理由は、何よりもデッキを使用した騎士の変身」

 

 

騎士、そしてカードデッキと香川は深い関わりがある。

下宮の結論はそれを指し示す。

 

 

「………」

 

「違いますか?」

 

「いえ。どうやら、お見通しの様ですね」

 

 

協力を申し出た身でおこがましい話だが、コレは同時に警告であると下宮は言った。

 

 

「敵もまた、そこまでの情報を持っています」

 

「なるほど、時間はありませんか……」

 

「ええ。明日にも敵が貴方をゲーム運行に邪魔な異物として排除を行うかもしれません」

 

 

ゴクリと喉を鳴らす中沢。

仁美もまた汗を浮かべて下宮の話しを聞いていた。

そうしていると立ち上がる香川。どうやら割り切る判断をしたらしい。

香川にとって、下宮の来訪は悪い話ではなかった。

 

 

「ですかまだ、協力できるかどうかは決めかねます」

 

 

まずはともかく話しを聞いてからだと。

それは下宮とて納得できる話。ならばまず自分たちが状況を説明し、それを聞いた上で協力の判断を取ってほしいと。

尤も、この場面。なんとしても香川の協力を得なければならない所だが。

 

 

「魔法少女と言う存在をご存知ですか?」

 

 

宇宙からの来訪者であるインキュベーターが人の進化を促した結果、魔女と魔法少女のサイクルが生まれた。

そのサイクルを終わらせようとした一人の魔法少女が、結果として眠っていた『神』を呼び覚ませ、神同士の戦いの末に世界は再構築された。

 

一体の神が生み出したのは、人の負の集合体である魔獣。

その支配者によって、終わりの来ない殺人ゲームが開催される事になったと。

そしてそのゲームに参加者の一人が牙を剥き、狂ったサイクルを終わらせる為の戦いが今行われる事になった。

そして魔獣が認識していなかった、ゲームを狂わせる要因の一人が香川だったと。

 

 

「成る程……」

 

 

思い当たる節があるのだろうか。

香川は、若干の沈黙だけで答えを出すに至った様だ。

 

 

「分かりました。あなた方を信頼し、協力しましょう」

 

「……ありがとうございます」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「どうもありがとうございます!」

 

 

同時に頭を下げる三人。しかしと――、香川は言葉を続ける。

たとえその情報が本当だとして、今の自分にはどうしてもなし得なければならない研究がある。

その答えをどうやら下宮の協力があれば出せるかもしれない。

 

 

「まずは、私に協力して頂きたいのです」

 

「そのつもりです」

 

「助かります。では、ついて来てください」

 

「あ、はい!」

 

 

バッと立ち上がる中沢、他の二人も香川の後に続く。

研究室の奥、観葉植物で隠された奥の扉の鍵を解く。

重い扉だと言う事を証明するかの様に、ギギギと硬い音を立てて扉が開かれる。

 

 

「うわッ!」

 

「!!」

 

「……ッ」

 

 

思わず声を出す中沢。絶句する仁美。息を呑む下宮。

そこに広がっていた光景は、三人の予想を超えている物だったからだろう。

同時に、なぜ香川が自分達の話をすんなりと受け入れられたのかを理解できた。

 

 

「コレは――……、一体?」

 

 

まず見えたのは水槽だ。

大きな大きな円形の物、そして驚くべきはその中身である。

何も熱帯魚や亀を飼っている訳ではない、その中身には彼らが今まで見た事の無い化け物が眠っていた。

 

そう、香川英行。

彼もまた異形と身近に関わっていた存在であったのだ。

謎の液体に浸かっているコオロギの様な化け物がそれを証明していた。

生々しいリアルな肉体の質感、だが所々が欠損し、肉が大きく削がれている部分も存在していた。

体の至る所にチューブが張り巡らされており、それは辿りに辿るとノートパソコンへと収束する。

 

そこに映し出されるレントゲン写真や様々なグラフ、メーター、数値。

さらに隣接したパソコンからは謎の数式がいくつも並んでいた。

そして一同の視線はすぐに別の場所へと収束していく。それは部屋の中心に置かれたベッド、その上にはまたも異形が。

それは液体の中にいるコオロギとは違い、非常に機械を印象付ける容姿だった。

 

 

「サイコローグです」

 

「サイコローグ?」

 

 

頷く香川。

まず液体の中にいるコオロギを見た。

 

 

「覚えてしまうんですよ」

 

「え?」

 

 

香川は自分の頭を、正確には脳の位置を指でトントンと軽く叩く様にして強調した。

言葉の意味を今一つ掴みきれぬままに視線を移動していく三人。

すると中沢がアッと声を上げる。

 

 

「あれ、あれ――ッ!」

 

「!」

 

 

下宮の表情が一気に変わる。

水槽はまだ存在しており、それは少しサイズの小さいものもあった。

そしてその中に入っていたのは、紛れも無く城戸真司をはじめとした騎士達が使う物と同じカードデッキだった。

紋章は刻まれておらず、数々の線が繋がれており、やはりそれはパソコンへと繋がっていく。

一同が驚いたのはそれだけじゃない、デッキの隣にはまたも小型の水槽。

そしてそこにはカードデッキを模したとしか思えない『箱』の様な物が。

 

 

「――ッ」

 

 

そして異形とデッキが交差する中に、一際異彩を放っていた物も存在していた。

それは同じく水槽に入った『脳』である。そう、文字通り人の『脳みそ』だ。

間接照明が照らす数々の異様な存在たち。この研究室にあるものは、リアルなコオロギの化け物。

そしてサイコロの目に用いられる丸い点が顔に書かれている人型の機械。

そしてカードデッキ、それを模したデッキの様な物。

あとは人の脳と無数の線とパソコン、モニタである。

 

言いようの無い違和感。

三人は汗を浮かべて言葉を詰まらせる。

言い方は悪いが、香川に対する恐怖の様な感情がグッとこみ上げてくる。

まさにココはマッドサイエンティストの実験場と言う言葉が相応しい。

少なくともこの現代における存在ではないとすぐに彼らは理解する。

 

 

「やはり、情報どおりだ」

 

 

下宮は部屋に散らばる異形を一通り確認しなおして呟く。

バズビー達の話は本当だった、水槽に入ったデッキを見て確信する。

そう、デッキ。通常のデッキが11。そして技と力のデッキがそれぞれ一つずつ。

計13のデッキがゲーム盤に存在する全てだと思っていた。

 

しかし実際は違う。

神崎優衣が齎したイレギュラーがデッキの数を増やすと言う結果を齎した。

元々デッキの数は13、はじめは12人の騎士と12人の魔法少女だった為一つ余りができていた。

それがかずみ介入により余りは一つも無くなったと。

 

だが、確かにもう一つココにデッキは存在していた。

ならば、"使える"んじゃないか? 下宮はずっとそれを思い、故にココに来た部分もある。

ただ、いま一つ分からない部分もある。それが故にバズビー達は今の今まで香川を殺しこのイレギュラーのデッキを回収するだけにしか至らなかった。

 

何故か? 簡単だ。使えなかったからだ。

そもそも真司たちが使っているデッキを魔獣(うんえい)側が完全に把握していたかと言われれば微妙なのである。

それは全てインキュベーターに一任してきた事もあり、ましてや設定関係は全てイツトリの力でアバウトな物に仕上がった。

 

まあなんとも呆れる話である。

要するにゲームの運営様は、自分達も理解していない力を参加者に持たせて殺し合いを強要させていたのだから。

だからこそサバイブに怯んだと言う前例があるのだが、今回もまた似たようなシチュエーションと言う事か。

 

使えないとはつまり、騎士候補に持たせてもまったく覚醒が促されないと言う事である。

たとえば前回のゲーム、真司は敵に襲われていると言う極限状態の中でそれが起爆剤となり、心や感情が刺激されて覚醒した。

デッキに絵柄が刻まれ、見事龍騎となりピンチを切り抜ける事ができた。

 

しかしそれは魔獣側がゲームの為に用意したデッキだったからと言う事だ。

もしも真司に、このイレギュラーのデッキケースが支給されていたら、前回の時間軸で城戸真司はゲームが始まる前に円環の理行きだったろう。

要は誰が持っても紋章が浮かび上がらず、騎士にはなれないデッキと言うのが、今下宮たちの前にあるものなのだ。

 

では一体、何が原因なのか?

壊れていると言うのが一番初めに浮かび上がるが、それでは困る。

なんとかしてプラス思考で考え、他の原因があると言う事に決め付ける。

それに壊れているのならば時間軸が変更されれば消滅する筈だ。

しかしこのデッキは魔獣がいくら回収してもゲームが再構築されればしっかりとデッキは香川の所へと舞い戻る。

 

魔獣はその仕組みを最後まで理解できなかったが、それは優衣が齎したイレギュラーがイレギュラーとしてしっかり機能し続けているからではないのか。

つまりバグだ。だとすればこのデッキにはまだ何か秘密があるはず。

 

 

「デッキの中身は?」

 

「今は解析中ですので、撮影した物でよければ」

 

 

香川はパッド式の携帯端末を三人に見せる。

デッキの外は真司たちのソレと何も変わっていないように見える。

となると秘密があるのは中身ではないのかと睨む下宮。すると――

 

 

「ん?」

 

 

中に入っていたカードはソードベントが一枚、ストライクベントが一枚だった。

ブランク状態と言う事で見た目も地味なソレ。

参加者達も覚醒前は同じ様な物が入っている為に、それだけならば何の事は無い筈であった。

 

しかし、だ。

ビンゴと言うべきか、中には一枚だけ下宮が見た事の無いカードがあった。

カードにはその名前がしっかりと記載されており、これもまた例外では無かった。

 

 

「コン……ト…ラクト?」

 

「契約、と言う意味でしょうか」

 

 

強烈な違和感を覚える。

通常、騎士に与えられるカードはソードベントやアドベント、ストライクベントと言う風に特定の名称の後に『ベント』と記載されているのがほとんどだった。

にも関わらずこのコントラクト。見た目どおりそのベントの部分が無い。

絵柄もまたシンプルな物で、光が放たれている様な絵柄。白と黒の二色だけ。

 

 

「………」

 

 

他に該当するカードが一つだけある。サバイブだ。

アレもまた文字の後にベントとは付いていない。

特殊な条件下で生まれ、他のカードとは一線を超えた能力を与える異質なカード。

となれば、このコントラクトもまた同じくして――?

 

 

「ッ?」

 

 

ふと表情を変える下宮。

そういえばと、もう一度画面を凝視してみる。

 

 

「無い――?」

 

「え? な、何が?」

 

「アドベントが無い」

 

 

騎士のデッキには覚醒の有無と問わず、初期装備としてソードベントとストライクベント。ガードベント、アドベント、ファイナルベントが支給されている。

アドベントとファイナルベントは未覚醒の場合には無地となり、騎士に覚醒した際にミラーモンスターが生まれ絵柄が記載される。

そして各ソードベント等がミラーモンスターに合わせたデザインや能力となり、後は騎士特有のカードやパートナーと関わったが際に生まれるカードが追加されていくと言う流れだ。

だがこのデッキにはアドベントとファイナルベントが無い。どういう事なのか――?

 

 

「ありましたよ。だからこそ私は彼の名を知る事ができたのだから」

 

「え?」

 

 

香川の視線は液体の中に入るコオロギを捉えていた。

 

 

「まさか――」

 

「ええ。彼がアドベントと言うカードの絵柄でした。名前も記載されていましてね」

 

「どう言う事ですか?」

 

 

説明を行う香川。

デッキには始め紋章が確かに刻まれており、アドベントには『サイコローグ』と言うコオロギのモンスターが存在していた。

 

しかしそれは一瞬。

アドベントカードからまるで排出される様にして彼の死体が転がってきた。

それだけではなく空間が割れる様にして謎の機械がいくつも降って来たと。

それを解析し、コオロギの死体と組み合わせたのがベッドで寝ている人型のサイボーグだ。

そしてコオロギのモンスターが死んだと同時に、アドベントのカードがコントラクトに変わり、紋章も消え去ったと。

 

 

「そんな馬鹿な……ッ」

 

 

少なくともそんな仕様は真司達のデッキには無かった。

そもそも一度紋章が刻まれていると言うデッキを香川が持ち運べるのもおかしい。

所持者を中心として一定範囲外からデッキが出れば手元に戻る仕組みの筈。

近くに持ち主がいたとも考えにくい。事実、香川もそんな者に記憶はないと。

 

いやいやそもそも契約モンスターが死んでも24時間が経てば蘇生されるのがルール。

にも関わらずサイコローグはその時間を超えた今も尚、死体として存在してる。

死ねば粒子化して消え去るルールも無視して、だ。

 

 

「―――ッ」

 

 

下宮は頭を抑えて表情を険しい表情を浮かべる。

考えろ考えろ考えろ――。何故こうなっている?

何故このデッキだけ、他のデッキと仕様その物が違うのか。

 

コントラクトと言うカードが確かに存在している以上、バグによってデータが破損していると言う事ではない様だ。

つまりコレは正常なる事態。にも関わらず、デッキの仕様が違うのには確かな理由があるに違いない。

 

 

「!」

 

 

このデッキが他のデッキと何が違うのか。

それはこのデッキがバグによって齎されたイレギュラー。

つまり魔獣の手がまったく掛かっていない状態だと言う事ではないのか。

いや、インキュベーターによって何らかの干渉が施されているとしても、おそらくはゲームとは違う仕様にあったデッキ。

つまりそれは、龍騎の世界にて行われていたバトルロワイアル仕様の物だと言う事では?

 

 

(コントラクト……、契約――ッ!?)

 

 

香川はアドベントから絵柄が消えた際に、それがコントラクトのカードに変わったと。

つまり、契約が破棄されたから無地になったと言う事では無いのか?

では契約とは何だ? 何と契約した?

 

 

(決まっている……!)

 

 

その絵柄にある物とではないのか?

そう、サイコローグが死亡したからこそカードは無地になった。

いや、おかしいのでは? ミラーモンスターは騎士の分身だ。

契約と言う言い方には、少し違和感がある。

これじゃあまるで騎士とミラーモンスターが――。

 

 

「ど、どうした? 凄く気分悪そうだけど」

 

「――……ッッ」

 

 

下宮は汗を浮かべ、頭を掴むようにして必死に考える。

彼の中で歪に絡み合っていた物がガッチリと音と経ててハマっていくのを感じた。

そうだ、ミラーモンスター。騎士達の半身とされるソレではあるが、じゃあこの今の自分は――?

 

 

(そうだ、そうなんだよ!)

 

 

何故今までそんな当たり前の事に気がつかなかったのか。

僕は何だ? 僕は何の力を与えられた!? 魔獣とは今現在何をベースにッッ!!

 

 

「そう言うッ、事か!」

 

 

ミラーモンスターが騎士の鏡像なのは、あくまでもこのゲーム盤の、再構成された概念の産物だったとすれば――ッ!!

 

 

「何か、分かりましたか?」

 

「はい……! はいッ!」

 

 

そして今ならば間違いなくとハッキリ言える。

 

 

「僕は、貴方にッ、何が何でも協力を取り付けたい」

 

「……なら、先に私の研究に付き合っていただきます」

 

 

そして香川もまた、答えを出したいと。再び自分の脳を示す様に指で頭をトントンと叩く。

 

 

「覚えてしまうんですよ、私は全てをね」

 

「え?」

 

「生まれた時からそうでした。見た物を全て(ココ)が記憶してしまう」

 

「まあ! 瞬間記憶能力ですか!?」

 

「ええ、簡単に言えば」

 

 

香川には『忘れる』と言う概念が存在していなかった。

幼少時より目にした物は、全て脳に刻まれる一種の特殊能力である。

良い事ばかりではなく、忘れたい物を忘れられないと言う辛い部分もあり、なかなか難しい物であった。

 

 

「ですが、そんな私にも思い出せない空白の記憶があります」

 

「え?」

 

「同時に、私が覚えていない景色を、私自身が覚えている」

 

 

ずっと引っかかっていたと。

サイコローグを見ても恐怖を感じなかったのは、文字通り香川がサイコローグを覚えていたからだ。

しかし当然ながら、香川はそんな化け物を見たことは無い。

 

発生する矛盾。

そればかりではなく、気がつけば自分の前にはカードデッキが存在しており、それもまた記憶にはある代物だった。

しかしそれが何なのかは分からない。

 

 

「おかしな話だと、自分でも思っていましたが……」

 

 

幼少時より、頭の中に別人の記憶が混入しているかのようだった。

何かを教えられる度に『学習』するのではなく、『知っていた』と思い出す。

今にして思えば、それは文字通り頭の中に張り付いていたからだろう。

文字や景色。それは今の妻と息子に出会ったときも。

そう言えばと中沢。香川の指にはしっかりと指輪が確認できた。

 

 

「私は妻を始めて見た瞬間、この人と結婚するのだと理解できました」

 

 

現にそうなった。

それは運命の赤い糸云々ではなく、その記憶があったからだ。

実際に結婚できたのは確立の問題だったのか、因果故の関係だったのかは分からない。

しかし下宮の話しを聞いた今ならば分かる物。妻と息子もまた、神崎優衣の齎したイレギュラーデータとしてコチラの世界に来ていたのだと。

 

 

「成る程……」

 

 

下宮もまた理解する。

香川は榊原と同様、イレギュラーとして家族や周囲の関係者を含めこの世界に送り込まれた。

その際にインキュベーターが操作したか。バグの影響か何かで、龍騎の世界での記憶は完全に消滅していた。

しかし香川の圧倒的な記憶能力は、記憶を曖昧ながらもしっかりと存在したままに残していた。

 

簡単に言えば、ゲーム盤に置かれる駒として、頭をまっさらにされるのではなく、歪な形ながらも『全ての記憶』が残ったまま、ゲームは進められていたのだ。

要するに香川もまた色は違うが、継承者とも言えよう。

尤も、彼はその景色(きおく)がどういう意味なのかは分からなかったが。

 

当然とも言えるか。

まさか自分がこの世界とは違う世界で生きており~等と思う者がいる筈が無い。

故に香川はずっと違和感を覚えながら今日までを過ごしてきた。

 

しかしそれも全てはゲームをかき乱す役割と分かれば、嫌でも納得せざるを得ない。

香川は突如として現れた化け物に既視感を覚え、戸惑いながらも極秘に調査を開始した。

世間に知らせればパニックになったり、調査をさせてくれ等と言われて面倒な事になるケースを考慮し、第一助手の仲村だけに打ち明け、今日の今日までずっと異形についての調査を行ってきた。

 

仲村を選んだ理由は、彼を"見た事があった"からと言えば分かるだろうか?

要は仲村また、この世界に送り込まれた龍騎の世界の住人なのだ。

そして彼らは研究を突き詰める中で魔女の存在を知り、表向きには魔女研究と言う名目で色々自由にやってきた。

 

 

「この世界には確実に人とは違う存在がいる。それを理解した私は、その脅威に対抗できる物を作ろうと思いました」

 

 

材料はあった。

サイコローグの死体。そして彼の周りに落ちていた謎の機械パーツ。

それはもはや落ちていたと言うべきよりは、与えられたと言う風に捉えた方が正しいのではないか。香川はそう思ったのだ。

そして今に至る訳だ。色々と情報は多いが、彼はつまり――

 

 

「デッキを元に、デッキを作る気だったと」

 

「………」

 

 

香川はベッドで寝ているサイボーグを撫でる。

これが新サイコローグ、未知なる機械に、モンスターのデータと一部の肉体を組み込んだ人工ミラーモンスター。

何度か起動実験を行ったが、成功した試しは一度も無かった。

それが香川が行き詰る原因、清明院に閉じこもっている原因だった。

 

 

「ミラーモンスターが死んだとき、デッキの紋章は消えました」

 

 

ならば、逆もまたしかり。

ミラーモンスターが目覚めなければデッキには命は宿らない。

香川は何としてもこのサイコローグに再び命を吹き込まなければならなかった。

それは世界の問題であり、何よりも彼自身の問題だったからだ。

 

 

「それは、どういう事ですか」

 

「アレは、サイコローグの脳です」

 

 

水槽に入っている脳。

それはサイコローグのメモリーであり、ゲームで言うなればアカウントの様な物だ。

そしてそれはただの脳の形をした物ではない。アレは紛れも無く本物の『人』の脳なのだ。

 

 

「「「!」」」

 

 

息を呑む三人。

彼らはココがマッドサイエンティストの実験場だと言う風に印象を持ったが、香川自身それは間違っていないと思えてしまう。

と言うのも、その脳の持ち主とは――

 

 

「私の息子である、香川裕太の物です」

 

「んなっ!」

 

 

思わず大きく仰け反ってしまう中沢。

つまりサイコローグが起動すれば、それはミラーモンスターであり、同時に香川英行の息子でもあると?

 

 

「裕太は、重い病を患っていました」

 

 

香川は裕太に、命が長くないと隠す事無く教え、裕太もまたそれを受け入れた。

そして先に持ち出したのは父の方であった。サイコローグはサイボーグ、ゆえに完全な機械ではない。

ちゃんとしたコアが、脳が必要だとは分かっていたのだ。

何より……。

 

 

「自分の息子が死ぬと分かれば、助けたいと思うのが親でしょう?」

 

「でも、それって……」

 

「分かっています。歪な方法だと言う事は。結果的に裕太を利用する事にもなる」

 

 

息子をミラーモンスターに変えよう等とは、普通じゃない。

しかしそれを香川は提案し、裕太もまた受け入れた。自分が父の助けになればと。

それだけだ、それ以外の事は何も無い。これは少し歪であろうともただの父と息子の会話、約束なのだ。

 

そこに何が、どんな想いがあるのかは、二人だけが知る所。それでいい。

とにかく、香川は約束した。だからそれを何としても守らなければならない。

訳も分からぬままにリアルから引き剥がされた男が、唯一信じられる物こそが家族だ。

たとえそれが決まっていた物だったとしても、この世界で自分は結婚して子を授かった。息子との約束を守る、それが父としての責務であろう。

 

 

「私は、起動の鍵は血液だと思っています」

 

「血液、ですか」

 

「はい。ミラーモンスターに流れている独自のね」

 

 

先ほどの通り、下宮がココに来た事は香川にとって非常にプラスになる事だった。

サイコローグの起動は目前まで迫っているが、決定的な動力エネルギーが未だに欠落していた。

電力や燃料では動かせるには動かせるのであろうが、肝心の起動がうまくいかない。

 

香川は考えた上、人と同じように心臓を作る事を決め、そこから循環させる血液と言えるエネルギーサイクルを作り出そうと。

とはいえミラーモンスターの血液とは何か? 調べようにもまったくうまくいかない。

結果、香川は他の方法を探す事にしていたのだが、そこでやってきたのが下宮と言う訳だ。

魔獣はミラーモンスターの力を得て同質の物と変わった、彼に協力してもらえればサイコローグを起動できる様になるかもしれないと。

 

 

「成る程、分かりました。最悪僕の生命エネルギーを少し分け与えてやれば確実に動くでしょう」

 

「そ、そんな事もできるのか!?」

 

「ああ、魔獣もまた結局は電力を与えられて動く人形とそう変わりないからね」

 

「……ッ」

 

 

下宮の言葉に中沢は複雑そうに眉を顰める。

とは言え香川にしてみれば下宮の申し出は本当にありがたい物だ。

時間も惜しい、早速血液採取や何やらを始めようと。

 

 

「「………」」

 

 

なんだかすんなりと協力体制と言う物なのか。そう言うのが出来上がってしまった様に感じる。

もっと協力します! はい、よろしくお願いします! と言うカッチリとした分かりやすい流れになるものかとも思えば。

まあ何にせよ、取り合えずと敵対関係にならなかっただけ良かったのか。

 

その後はと言うと、下宮から採取した血液の解析、そして起動に必要となる『心臓』を作る作業に取り掛かった。

香川は魔女の血液も採取しているらしく、それを下宮の血と合わせることで機動に必要な燃料を作り上げた。

プラス、一度起動さえしてしまえば、後は普通の燃料オイルで動く様にはできる筈だと。

 

とにかくサイコローグをミラーモンスターとして世界に認識できる様に、とにもかくにも起動させなければならない。

それが良く分からない分、厄介な話しではあるが、このままいけば何とか形にはなってくれるかもしれないと。

 

 

「今日中には終わりそうに無いですね」

 

「ええ。どうでしょうか、大学の隣にある宿泊施設に連絡を入れておきますから、今日は其方の方に泊まっては」

 

「いいんですか?」

 

 

香川の提案で、研究が終わるまでは三人に部屋を用意すると。

 

 

「ええ。協力して頂く手前、当たり前の事ですよ」

 

 

香川はすばやくメールで仲村にその事を伝えていた。

研究室の前にいる彼に話しかければ、そこまで連れて行ってくれるだろうと。

 

 

「ではお言葉に甘えて。二人は先に戻っていてもいいよ」

 

「「え?」」

 

 

同時に声を上げる中沢と仁美。

考えてみれば自分たちがココにいて何ができるというのか。

香川の研究は人のラインを超越している。同じくそのラインに立てる下宮でなければついて行く事ができない。

何か手伝おうにも、訳も分からぬ機械やらメーターやらが多く、何かミスをしてしまわないかと言う不安の方が大きい。

 

 

「じゃあ行こうか、志筑さん」

 

「え? で、でも!」

 

「邪魔しちゃ悪いよ」

 

「そ、そうですわね」

 

 

少し戸惑いがちではあったが、仁美と中沢は香川に頭を下げると、用意してくれた宿泊施設へと先に向かう事に。

香川が言うとおり、研究室の前では仲村が既に待機していたが、二人は自分たちだけで歩いて行くと断って大学の外に出る。

 

宿泊施設は大学の隣に隣接してあるし、地図も書いてもらった。

少し歩けばいいだけの話、迷うことは無いだろう。

それに仲村には聞かれたくない話しもある。

結果、中沢と仁美は肩を並べて大学の敷地をトボトボと歩く事に。

 

普段の中沢ならば憧れの女の子と二人きりのシチュエーションに胸をときめかせていよう物だが、どうにもそう言う気分にはなれなかった。

もちろん仁美の近くにいられると言うのは嬉しい。

嬉しいが――、どうにも今はモヤモヤとした物が心に纏わりついているというか。

 

 

「なんかさ」

 

「はい?」

 

「ちょっと、なんて言うか……」

 

 

頭をかく中沢。

何もおかしな事は無い、自分たちは特にやる事が無いから退場。

それはまあ分かると言えば分かるのだが――。

 

 

「ショック、だったよね」

 

「――ッ、はい」

 

 

中沢が苦笑交じりに仁美を見ると、彼女も同じような表情で返してくれた。

なんと言えばいいのやら、拍子抜けと言うべきなのか。

そりゃあ確かに色々と訳の分からない事が続いて混乱の連続だった。

 

ただ――、と中沢は思う。

自分はともかく、仁美はまどかを、つまり友達の助けになろうと思い意気揚々とココに来る覚悟を決めた。

にも関わらず今日はただ驚くだけで、結局たいした事もせずに追い出される様にして歩いている訳だ。

 

まあ自分達は何も知らない人間。

関係者である向こう側からしてみれば何の力も無い存在なのは間違いない。

コチラもコチラで何を手伝っていいのかも分からず、雰囲気に怯んでしまうと言う物。

 

 

「とは言え、ちょっと酷いよな下宮の奴も」

 

 

自分達を誘ったのは下宮なんだから、ちょっとは気に掛けてくれてもいいのに。

 

 

「仕方ありませんわ、下宮くんは世界の為にいっぱいいっぱいなんですのよ」

 

「そうなのかなぁ……」

 

 

中沢は空を見上げる。

なんだか気がつけば下宮がずっと上にいる様な気がしてしまった。

改造されながらも世界の為に戦う下宮と、巻き起こる事態について行けずにもがいている中沢。

落差が、ある種の劣等感となって降り注ぐ。

 

 

「でも、きっと下宮くんも何かお考えがあるんですのよ」

 

「そ、そうかなぁ?」

 

「はい、でなければ私達を誘ってくれたりはしませんわ」

 

 

それに、まどかの助けになりたいと思う心は何も変わっていない。

すぐに結果が出るとも思っていない。まだ事実を知ってからそれほど時間は経っていないじゃないか。

まだまだこれからだ、仁美はそう言って微笑んだ。

 

 

「一緒にがんばりましょう、中沢くん」

 

 

それに、世界の命運が関わっているんだ。

その事実を知った自分達も十分に足を踏み入れた関係者。

参加者らと同じ場所に立っているじゃないかと。

直接的な力は無くても、そんな彼らを何らかの形で助ける事はできるだろう。

 

 

「……っ」

 

 

足を一瞬止める中沢。

 

 

(ごめん、それでも俺は――、目に見えた力が欲しい)

 

 

その言葉を口にしようとして、喉で止める。

きっと証拠が欲しかったんだろう。自分が役に立っている。

そんな簡単に、かつハッキリと分かる形になった物が欲しかった。

 

 

「志筑さんは……、強いね」

 

「え?」

 

「俺っ、なんかずっとモヤモヤしてるよ」

 

「中沢君……」

 

「俺自身分からないくらい」

 

 

好きな人の前では格好をつけたい物だが、中沢はそれをも忘れて仁美に弱さを吐露した。

と言うより、もう誰かにこのモヤモヤを分かって欲しくてパンクしそうだったのだろう。

劣等感であったり、混乱であったり、そして何よりも友達だと思っていた者が異形だったことの喪失感。

 

本来だったら、例えば自分達に内緒で彼女を作っていたり。

なんて青い物なのかもしれない。それだけなら多少の混乱はあれど素直に祝福できた筈なんだ。

なのに、いざ実際に起こってみれば、それはそんな甘い物じゃなかった。

仕方ないとは言え、下宮は自分たちとは違う種族になり、そして世界を巻き込んだ殺人ゲームの運営者が一人だった。

 

監視者。文字通り色々なものを見て来たんだろう。

下宮ではなく魔獣・スラッシャーとして多くの死や絶望を見てきたんだろう。

話しを聞いていれば分かる。

 

 

「志筑さん、コレは下宮(アイツ)には黙っていて欲しいんだけど……」

 

「は、はい」

 

「俺さ……」

 

 

中沢は苦しそうに目を閉じて歯を食いしばる。

こんな事は言いたくない。言いたくなんか無いんだ。

でも実際心の中にはそれを思ってしまった自分がいるとハッキリ分かるから。

 

 

「俺さ、下宮の事、怖いって思っちゃったんだ」

 

「……っ」

 

「アイツは俺の友達だよ? でも、でもさ――ッ!」

 

 

スラッシャーをはじめて見た時、それは中沢の知っている下宮では無かった。

小学校から知り合い、だいたいの行事は一緒に経験してきた。

別に毎日毎日一緒にいたわけじゃない、でも友達なんだ。

他の人間よりも彼の事を理解していると言う事実はあった筈なんだ。

 

でも、分からなかった。

下宮は輪廻の中で記憶を失う事無く舞台を巡り続けてきた。

だったら見た目は変わっていなくとも、精神は自分よりも遥かに先を――。

 

 

「俺の知らない所でアイツは人を超えた存在になっててさ。そして俺たちよりも遥かに違う場所に行っていた」

 

 

それは中沢にとってとても大きな喪失感を齎した。

おいて行かれた様な。そして彼が彼で無くなっていた様な気がして。

 

 

「……怖かったんだ」

 

「中沢くん――ッ!」

 

「ッ、ごめん志筑さん、こんな話」

 

 

でも、仁美はまだ、自分と同じ立場にいる筈。

だから好感度を無視してでも聞きたかった事がある。

それは仁美に対する想いがその程度だから言えたんだろうか?

その思いもまた中沢の負の感情を掻き立てる。

彼は今、泥沼にはまっている。もがいてももがいても這い上がれないような嫌な感覚。

 

 

「志筑さんはさ、どう思った?」

 

 

まどかは魔法少女だ。

それは人と言う器を超えて。神にも等しき力を得た者達。

仁美はきっと、まどかの事を今までと同じだと。何も変わっていないと言うだろう。

事実、そう思っている筈だ。友の為に命を賭けようとすぐに決意したのだから、それくらいなんて事は無いんだろう。

でも、中沢は少し――。いやかなり違っていたのかもしれない。

 

 

「俺は……、いや俺だってさ! 友達の為に何かしたいってのは思ってたよ……!」

 

 

でも、よりにもよって異形に変わった下宮を見て、恐怖を覚えてしまった。

だって彼は人じゃないんだ。その力を見るに、人を遥かに超えている。

人よりも上の階層に立っている。

だとすれば――

 

 

「アイツは俺たちをどう見ているんだろうって……!」

 

「それは――」

 

 

下宮やまどかは人を超えた存在になったのに、まだ人を同一の存在として見てくれているんだろうかと思ってしまった。

特に下宮は、人とは『形』くらいしか共通点の無い姿になった。

だとすれば周りの人間は自分とは違う存在と錯覚していないだろうか?

中沢達で言うなれば、それこそ猿程度にしか見てくれていないのかと。

 

 

「まどかさんは――!」

 

「そんな奴らじゃないってのは分かってる。分かってるんだ……!」

 

「中沢くん……」

 

「でも思っちゃったんだ。あいつらにとって俺達人間ってなんなんだろうって!」

 

 

自分達よりも遥かに弱い存在。

それを守りたいと思うのは、要は人間がペットを守ろうとする思いくらいに同じなんじゃないかと考えてしまう。

自分達は友人だった筈だ。それは『対等』な関係であるから。

でも今、中沢は自分と下宮が対等な存在であるとは思えなかった。

 

もちろん対等でなくとも。

対等と思っていなくとも、友情と言うのは十分成り立つ物なのかもしれない。

誰だってとは言わないが、小さな落差や劣等感を友人に感じている者は少なくは無い筈だ。

 

けれど中沢が今感じた落差は恐らく並大抵の物ではなく。

他人には、そうそう理解できる物でもないだろう。

下宮は人間ではなかった。ずっと、長い間を人を超えた存在として生きてきた。

きっと自覚もしていた筈だ。中沢はそれを知らなかったし、下宮がどうして魔獣を裏切る事になったのか、そんな細かい事も分からない。

苦しみは理解できない。ましてや今、下宮が見ているものが欠片も予想できない。

 

 

「今、俺と下宮って……」

 

 

中沢の声は暗い。

彼は友人と言う物は、対等な存在だと、気を使わないで良い相手の事だと認識している。

しかし今、中沢は下宮と対等とは思えなかった。

何もかもが違うように感じてしまう。長く一緒にいた筈なのに、初めて会った様な感覚になる。

 

そして思ってしまうんだ。

今後、下宮を怒らせるような事があれば。

下宮が中沢を邪魔だと思ったのならば、あの『刃』を持ち出すんじゃないだろうかと。

それは――

 

 

「友達、なのかな?」

 

「ええ。友達ですわ」

 

「えッ?」

 

「少し、混乱しているんですのよ。中沢くんは……」

 

 

そう思いたい。

でも時間が経つにつれて不信が募り、不安が胸に宿る。

今のリアクションを見るに、仁美はまどかや下宮に対して中沢と同じような感情を抱いてはいないらしい。やはりと言うのか、彼女は強いんだ。

でも中沢はそうは思えなかった。そんな自分自身にも腹が立ってくる。

信じられないのは、自分自身が弱いから?

 

 

「……ごめん、変な話して。誰かに話したかったんだ」

 

「いえ――ッ、そう言う時もありますわ」

 

「最低だよね、俺……」

 

「そんな事っ!」

 

 

仁美はそう言ってくれるが、中沢の表情は優れない。

と言うのも、今こうして仁美に向かってモヤモヤを打ち明けた訳だが、それは全てではない。

結局、中途半端に弱さを晒しただけで、まだ一つ大きな物があるのだ。

でもそれは中沢の決めきれない性格故なのか、仁美にも言えない部分がある。

弱さを吐露する情けなさと、仁美を気遣う部分が交じり合って、結局より深みにズルズルと落ちて行くだけ。

 

 

「………」

 

 

肩を落としながら前を歩く中沢を、仁美は複雑な表情で見つめている。

心臓を掴む様に胸に手を置いて、彼女は唇を噛んだ。

どんな声を掛けていいのか分からないと言うのが本音である。

 

状況が状況、内容が内容だ。

悩むなと言うのが無理な話なのかもしれない。

事実仁美だって、きっと少し道が違えば彼と同じ事になっていただろうから。

 

仁美は気になったのかもしれない。

中沢の言葉が。中沢自身が。なぜならば仁美は今の話を聞いて、一つの感情を抱いた。

それはきっと同調や共感と言う名前の感情だ。

 

 

「中沢くん」

 

「え?」

 

 

仁美は少し寂しげな表情で声を掛ける。

この事を言うべきか、一瞬迷ったが、中沢は醜さを自分に打ち明けてくれた。

だとすればそこにあったのは信頼ではないか? 彼女はそう捉え、ならばと自分も少し胸の内を明かす事に。

 

中沢は仲間だ。

それに自分と似通った部分を見つけて、仁美は懐かしささえ覚えただろう。

だから彼女は言葉を放つ。

 

 

「似てる部分がありますわ。中沢くんは、私と」

 

「似てる? 俺と志筑さんが!? まさか!」

 

 

大きく首を振る中沢。

煌びやかな仁美と、凡以下の自分が似ている訳が無い。中沢は焦ったように手を振る。

だが同じく仁美も首を振った。似ているとも。それは話しを聞けば分かってくれるだろう。

 

 

「だから、荷物を置いたらどこかでお食事をしましょう」

 

「え? あ――ッ」

 

 

ニコリと微笑む仁美。

中沢は戸惑うだけで、目を点にするしかできなかった。

意外と強引なんだな。彼はその後、仁美に言われるままに大学近くの喫茶店に連れて行かれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからの流れはスムーズな物だった。

仁美は早歩きに仲村に教えてもらった宿泊所に足を運んで受付を済ませる。

部屋はちゃんと三つ取ってくれていたらしく、中を確認して見ればベッドやテレビなど最低限必要な物は揃っていると言う印象だ。

 

どうやら外来の講師や泊り込みの教授が使う場所らしいのだが、そんな事はなんのそのと言った様子で、仁美は中沢を連れてすぐに外へ。

先ほどの通り、話したい事があるのだろう。近くの喫茶店で夕食を取りながら。

と言う事で、仁美はズンズンと中沢の前を歩いて行く。

中沢も中沢で彼女を一人にする事もできず、かと言って誘いを断るほど大人にもなれなかった。

 

 

「「………」」

 

 

そんなこんな。

ふと気がつけば、中沢は名前も知らない喫茶店の一席で仁美と向かい合って座っていた。

テーブルの上には紅茶とパスタ、テーブルの奥には微笑んでいる仁美が。

おお、なんて事だ。あれだけ夢見ていた景色が、何ともアッサリ叶ってしまったものだ。

ただし今一つ気分が乗らないのが、まあなんとも皮肉な物と言うべきか。

嬉しさ半分、複雑な気分がまだ心に取り巻いていたまま。

 

 

「中沢くん。さっきの言葉覚えていらっしゃいますか?」

 

「え!? あぁ……、えと。志筑さんが俺と似ている部分があるって言う?」

 

 

仁美の笑みが一瞬で消える。

それは今まで浮かべてくれていたのが、作り笑いだと言う事を強調している様だった。

彼女もまた、過去を思い出して複雑な思いを胸に抱えていたのだろう。

 

ほむらの家でニコに言われた言葉を思い出して欲しいと仁美は切り出した。

いくら友達の為とは言え、即決はおかしいのでは? と。

それを踏まえた上で、彼女は中沢に一つの事を聞いて欲しいと。

 

 

「私も、同じでしたわ」

 

「え?」

 

「昔、まどかさんとさやかさんが本当の友達かどうか分からなくなってしまいましたの」

 

 

それも中沢とだいたい同じような思いを抱えてだという。

 

 

「!」

 

 

意外、だったかもしれない。

遠目に見ている仁美は、だいたいまどかやさやかと一緒に笑っている姿だった様な。

そんな彼女が自分と同じ悩みを抱えていたなんて思いもしなかったことだ。

まあ友情とは、そもそもあまり前に押し出していく物ではない。

一人一人が心内に秘めている物だ。何があってもおかしくはないのか……。

 

 

「でももちろん今は、そんな事は無くて」

 

 

だからあの言葉は本当だという。

今はまどか達の事はかけがえの無い友達だと思っているし、彼女の為に命を賭けても構わないと本気で思っている。

でも正直に言ってしまえば、つい最近までそのモヤモヤは消えなかった。

 

 

「でも、だからなのか……、何となく中沢くんが言っている事は分かりますわ」

 

「――ッ、だったら教えて欲しいんだ」

 

 

いつそのモヤモヤが晴れたのかを。

仁美はそれを聞くと寂しげな表情で紅茶を口に含む。

 

 

「昨日ですわ」

 

「えッ!?」

 

 

目を丸くする中沢。

昨日? 意外だったと、またも息を呑む。

仁美はまどかの為に命を賭けると即決だった。

それは昨日の出来事が主な原因だと静かに語りだした。

 

昔、よくからかわれていた自分を守ってくれた美樹さやかと、「気にしないで」と優しい声を掛けてくれた鹿目まどか。

仁美はそれから彼女達とよく遊ぶ様になり、親友になった。

でも成長につれて、ふと思ってしまう。自分は彼女達を友達だと思っているし、その気持ちに嘘は無い。

 

 

「でも、二人はどうなんだろうって」

 

「え?」

 

「言いましたよね? 彼女達とよく遊ぶ様になったって」

 

 

でも、まどかとさやかはその何倍も一緒にいたと思う。

仁美は習い事や門限が早いと言う事もあって、途中で別れを告げる事が多かったし、二人からの誘いを断る事も珍しくは無かった。

映画、ショッピング、勉強、まどか達は色々な事に誘ってくれて、でも自分はそれを断って。

 

 

「私、昔からお友達が少なかったんです」

 

 

誘われても断るし。小さい時は目の前でよく言われた物だ。

どうせ仁美ちゃんを誘っても来ないから、もう誘わないでいいと。

習い事が嫌いになる事は多かった。でも、両親から期待されていると言う事は嬉しいし、辞めたいと言えば悲しむだろうから、言えなかった。

 

 

「怖かったですわ。はっきり言って」

 

 

まどかとさやかにもいずれ同じ事を言われるんじゃないか?

 

 

「それとも、もう影では言われているのかもって」

 

 

でも二人はそれからも色々な事に誘ってくれたし。断ったときも気にしないでと言ってくれた。

それは紛れも無い優しさだ。

仁美は嬉しかった、嬉しかったのだが――

 

 

「苦しくも、ありました」

 

「苦しい?」

 

「はい、最低ですわね、私」

 

 

優しさが辛かった。

断るたびに、断らなければならない事に対しての罪悪感で胸が締め付けられる。

かと言って誘ってくれないならくれないで、どうして誘ってくれなかったのかと思い悩む。

 

 

「うふふっ、面倒ですわね。私」

 

 

いつ嫌われるかも分からない事を思えば、中沢の様に思ってしまう。

コレって友人って言えるのかと。

 

 

「心に落ちた影は、水に落ちた黒いインクの様に広がりますわ」

 

 

ネガティブな考えは、新しいネガティブを持ってくる。

もしかして自分に声を掛けてくれたのは可哀想だと思ったから?

それを自分は引きずって、まどか達は惰性で付き合ってくれているんじゃないかと。

 

 

「もちろんそれは気持ちが落ち込んだ時の、一時的な考え方だと思いますわ」

 

 

だからこそ気分が軽くなればプラスの方向に考える元気が出てくる。

そうだ、二人はそんな人じゃない。みたいな。

それからはなるべくそう言う事を考えない様にしていたし。二人との関係も問題なく続いていった。

でも、一度そう言う事を思ってしまったことは事実だ。

それは消えない痣となって心の隅に残っているもの。

 

 

「そんな事は無いと思いますけど、例えば――」

 

 

もしも仁美とさやかが同時に崖から落ちそうになったとき、まどかは迷わずさやかを先に助ける筈ではないか。

逆も同じ、まどかが落ちそうになっていれば、さやかは自分よりも先にまどかを助けるだろう。

それはずっと確信を持っていたことだ。

でもそれは仕方ない。関わりが少ないのは自分の非でもあるから。

所詮は親友二人に自分が混ぜてもらっただけの関係だ。勘違いをしてはいけない。

 

 

「だけどどこかそれが不満で……、悔しかったですわ」

 

 

でも――、と、仁美は顔を上げて微笑む。

それは偽りではない、本物の笑顔だった。

 

 

「昨日、うふふ! 面白いことがあったんですの」

 

「面白い?」

 

「ええ。まどかさんが――」

 

 

昨日、まどかが仁美を見て涙を流したのだと言う。

その理由を問い詰めた所、まどかは我に返ったように沈黙し、恥ずかしそうに視線を落としながら答えたのだと言う。

 

 

『仁美ちゃんが……、死んじゃう夢、見ちゃって』

 

「うふふ! なんだか、それが……! まどかさんには申し訳無いんですけどおかしくって」

 

 

普通そんな事じゃ泣かない。

よく言えば純粋、悪く言えば幼いと言うか何と言うのか。

でも、あの涙は本物だった。しがみ付いてきた力は本当に強かった。

今にして思えばゲームの事が関係していたのだろうが。どちらにせよ、まどかは自分の為に泣いてくれたんだ。それが嬉しくて、嬉しくて、思わず可笑しくなってしまった。

 

 

「だから、わたし……、打ち明けたんです。まどかさんに」

 

 

胸の中にあるモヤモヤを全部吐露した。

すると彼女は驚いた表情を浮かべ、直後もう一度ウルウルと瞳を潤ませたとか。

色々と思うところがあるのだろう。過去を全て経験してきた身だ。

自分達には分からない想いがある筈。

 

 

「そしたらまどかさん、謝ってくれて」

 

 

今まで気づけなくてごめんと。

そしてどうか気にしないでくれと言ってくれた。

 

 

『何があっても仁美ちゃんはわたしのお友達だよ。さやかちゃんだってそう思ってるから』

 

 

習い事があるのは仕方ない、それを理由に誘いを断るのは当然だ。

だからどうか気にしないでと、気負わないでくれと言ってくれた。

嬉しかった。仁美が言って欲しい事を、全部まどかは言ってくれたんだ。

 

 

「でも、私そんな時にまたネガティブになってしまって」

 

 

目の前にいるんだから否定的な事を言う訳は無い。

涙も自分を信じ込ませる為に、安定させるために流した物だとふと思ってしまったんだ。

今目の前で自分に言ってくれる事は、自分を安心させるためについた嘘なのかも。

なんて事を。

 

 

「馬鹿ですわ。私、嫌われたくないばかりに、少しでも自分が傷つかない保険を掛けて……」

 

 

結果、それがまどかの人間性を落としている。

その点に関しても自分に嫌悪感が募り、そして信頼したいのにできない点にも腹が立ってくる。

まどかは気にしないでと笑ってくれた。でも仁美はその言葉にも何か裏があるのではないかと思ってしまった。

今までその考え方をしないと防ぎこんでいた為に、余計爆発してしまったと言えばいいか。

 

 

「お恥ずかしい話しですけど、私も涙が出てしまって……」

 

 

それも嫌悪感からの。

ますます、まどかとの差が開いてしまう気がした。彼女の優しさを受け止められない。

客観的に見て、自分がとても醜く見えてしまった。だから悲しくて、涙が出てくる。

もう止まらなかった。自分は耐えられなくなって、その思いを全て打ち明けてみた。

その先にあるのは、つまりの所。

 

 

「私は、自分が嫌いだと……、まどかさんに打ち明けたんですの」

 

「……!!」

 

 

自分が嫌い。それは自己嫌悪。

中沢は胸が突き刺された様な気がして、思わず仁美から視線を逸らす。

人を疑えば疑うほど、不信感を募らせれば募らせるほど自分が嫌いになってくる。

このモヤモヤが自分の醜い部分だと分かってくるから。

 

もちろんそれは今までの積み重ねでもある。

習い事の関係で付き合いが悪いと言われ、彼女の恵まれた容姿から受ける嫉妬が原因で起きた軽いいじめ。

それは仁美が悪いのではなく、彼女を取り巻く環境が作り出した事だ。

それを彼女は否定したくてもできない。ならば受け入れるしかなかった。

そんな中で味方をしてくれた者もいたが、それは自分の家柄とステータスを求めた者だと理解ができたんだ。

 

 

「私と言う存在に、どれだけの価値があるのか、分からなくなって……」

 

「え?」

 

 

例えば告白。

今まで自分を好きだと言ってくれた同年代の男の子がいた。

でも話しを聞けば聞くほど、その目を見れば見るほどに分かってしまう。

その人は自分ではなく、自分と言うブランドと付き合いたいのだと言う事を突きつけられる。

自分はおまけだ、相手が欲しいのは志筑仁美と付き合っているという事実だけ。

 

 

「ッッ!!」

 

 

中沢は息が詰まる思いだった。

そう言われると、自分はどうなんだろう?

 

 

「人の価値が……、いいえ、自分の価値が分からなくなって」

 

 

それは、まどか達に対してもも言える事。

自分に何の魅力があるのか分からなくなったんだ。

どうして、まどか達が自分と仲良くしてくれるのか分からなくなる時があった。

 

 

「ごめんなさい、暗い話しばかりで」

 

「いや……!」

 

「誰も自分を見てくれない、誰も本当の自分を理解してくれない」

 

 

そんな不満を抱きながら毎日を送ってきた。

 

 

「でも、私は信じたかった」

 

 

まどかとさやかだけは、本当の自分を見てくれる。自分を理解してくれると。

なぜならば二人の前ならば本当の自分でいられる気がしたからだ。

不安になる時はあれど、まどか達が自分を受け入れてくれるのがたまらなく嬉しかった。

 

 

「でも、やっぱり不安は消えなくて」

 

 

ふとした時に押しつぶされそうになる。

まどか達を疑ってしまう自分がどんどん嫌いになってくる。

でもそれは何事もそつなくこなしてきた仁美に、初めて嫌われたくない相手。

もっと知りたい相手が出来たのだと言う事だ。

 

 

「どうすればいいのか……、分からなくなりましたの」

 

 

だからもう嫌われてもいいと言う覚悟で、仁美は昨日まどかに全てを晒した。

この弱さも、醜さも、全部全部晒して楽になりたかった。

たとえ彼女に嫌われるとしても、どうしてもまどかに自分の苦しみを知って欲しかった。

そしたら――……。

 

 

「まどかさん、言ってくれたんですのよ!」

 

 

仁美は嬉しそうに語る。

まどかは仁美の話を全て聞いて、その上で微笑みかけてくれた。

それは自己嫌悪で苦しむ仁美にとって、何よりも安心できる言葉であった。

 

 

『わたしも、同じだったよ?』

 

『え?』

 

『昔は、あんまり自分が好きじゃなかった』

 

 

まどかは自分に自信もなくて、皆は優しいと言ってくれるけど、本人からしてみれば弱いだけだった。

でも魔法少女になって、ゲームを経た今、少しは自信もついたと。

もちろん魔法少女の部分は仁美には、ぼやかして伝えたが。

 

そしてその根本にあったのは、チープに聞こえるかもしれないが『信じる』事だった。

何度も裏切られたかもしれない、けれどその想いを汲み取ってくれる人も沢山いたから。

その人たちの為に戦う気力を、希望を与えられたから。

 

 

『だから仁美ちゃんも、わたしを信じて欲しい』

 

 

それができないから苦しんでいるのは分かる。

けれど、それでもどうか信じて欲しいと。

 

 

『わたしは仁美ちゃんの友達だと思ってる、さやかちゃんとの順位なんて無いよ』

 

 

崖から二人が落ちそうになったら絶対二人とも助ける。

もしくは体力のあるさやかに踏ん張ってもらって、仁美を先に助けた後、さやかを助けると。

とにかく。まどかは仁美に自分を、さやかを信じて欲しいと言った。

証拠は無い、言葉しか。けれどそれでも信じて欲しいと。

まどかは仁美の目を見てそう言ったのだ。

 

 

「あんな力強いまどかさんの目、はじめて見ましたわ」

 

 

何を馬鹿な事をと言われるかもしれないが、それだけで仁美は十分だった。

全て吐き出したからと言うのもあったが、当たり前の事を目と目を合わせて言われた時、気持ちが晴れるのが分かった。

そこにあったのは交流。一人で思い悩むのではなく、他者との確かな触れ合いだった。

今までだってそうしてきたからネガティブな心を抑える事ができた。そしてそれは今も同じ。

当たり前の事を、期待している言葉を言ってほしかった。

それに加えて――

 

 

『これはママの受け売りだけどね?』

 

 

学校の屋上。まどかと仁美は肩を並べている。

周りには誰もいなかった。まどかは仁美だけを見て、仁美はまどかだけを見ている。

二人が交わす会話は、二人だけの物だ。

 

 

『他人を信じるにはね、まずは自分を信じないと駄目』

 

 

逆もまた同じ。

それを聞いてまどかはこう思う。

 

 

『他人を愛するには、まずは何よりも自分を愛さなければならないって!』

 

 

それからまどかは自分を卑下するのは止めようと心がけた。

今で言うなれば、さやかと仁美を親友と信じて疑わない。

それは彼女達が素晴らしい人間であるからそうなったんだろう?

さやか達が親友として付き合って行けると思ったからそうなったんだろう?

親友は対等な存在だとまどかは思っている。だから自分だって素晴らしい人間であると思いたい。

 

 

「まどかさんは言っていました。自信がなくなる事はある、ネガティブになる時もある」

 

 

だけど、己だけは自分自身の味方でありたいと。

そうなると、自分を卑下する事は、自分が信じた人を卑下する事になるかもしれないと考える様になった。

 

 

『わたしが仁美ちゃんの事を親友と思っている証拠は、今ココに形として出すのは少し難しいかも』

 

 

でも皆そんな物の筈。

あえて証明するとしたら、時間か。

 

 

『わたしはこれからもどんな事があっても、仁美ちゃんの友達だよ』

 

 

どれだけ時間が経とうとも。嫌いな人だったり、惰性なら長くは続かない。

でもまどかは、どれだけの時間が流れても仁美と友達でいられる自信があると、自慢げ鼻を鳴らした。

 

 

『なんて……、ちょっと重いかな?』

 

『いえッ! そんな事ありませんわ!』

 

 

むしろそこまで言い切ってくれる事に、仁美は安心を覚えた。

人によっては軽く聞こえる言葉だったかもしれないが、逆を言えば言葉にしなければ相手には絶対に伝わらない物だ。

どんなに軽くても、それを積み重ねればそれだけ重量も増えよう。

仁美はずっと不安を一人で抱え込んでいた。まどかはそれを一緒に背負うつもりで声をかけたのだ。

 

 

『だから仁美ちゃんも、自分の事を嫌いだなんて言わないで』

 

 

類は友を呼ぶと言う言葉もある。

仁美が自分を卑下すると言う事は、自分達も卑下されるも同じだから。

それは悲しい事だろう? それになにより――。

 

 

『もったいないよ。わたし、仁美ちゃんの良い所いっぱい知っているのに』

 

『……っ!』

 

『それにね』

 

 

ちょっと格好つけ過ぎかもしれないけど。

まどかは最初にそんな前フリを。

 

 

『弱さも、醜さも、強さに変わるんだよ』

 

 

なんて言ってみたり。まどかは恥ずかしそうに頬をかく。

だが気がつけば仁美はボロボロと涙を流していた。

そして同時に、取り巻いていたモヤモヤが消えた瞬間でもあった。

信頼と自愛、まどかの言葉が彼女の闇を取り払っていく。

そして同時にまどかに対する大きな想いを仁美は抱いた。

 

今までの事は事実。

だからこそ、まどかには何か恩返しと言うべきか、お詫びがしたいと。

そんな時に今回の出来事が起こった訳だ。それは仁美にとってはまたと無いチャンスでもあった。

 

 

「何もかもを形にしないといけない、そんな訳ではありませんけど……」

 

 

オーバーかもしれないが、まどかは自分の闇を取り払い、生きる意味を教えてくれた人だ。

彼女に自らの闇を打ち明けなければ、きっと仁美は押しつぶされていただろう。

まどかの言葉を聴いて、仁美も自分を愛して見ようと思える事ができた。

そして何より、まどかはまだ抱えていた物があったのだと仁美は知った。

だから背負いたい、まどかが自分の闇を背負ってくれたように。

 

 

「たとえ足手まといになったとしても……、まどかさんを助ける自分になりたい」

 

 

それが仁美の願いなのかもしれない。

複雑なことではない。長々と話したが、要するに仁美はまどかと面と向かって話し合う事で楽になり、そのお礼がしたかったのだ。

 

 

「男の子同士の事はよく分かりませんけど……」

 

 

きっと根本はそう変わらない筈だ。

中沢もきっと仁美と同じような闇にはまっているのだろう。

なんとかして助けてあげたいとは思うが、それにはどうしてもモヤモヤの源をどうにかする以外には無い筈。

つまり今、研究室にいる下宮が……。

 

 

「中沢君も、もし抱えている物があるのなら、いっそ下宮君に打ち明けてみればどうでしょうか?」

 

「………」

 

 

やはり、そうするしかないのか。

中沢は複雑な表情で紅茶を一気に喉に流し込む。

分かっていたんだ、このもやもやを解決するには直接彼と話しをするしか無いのだと。

だが、思うところもある訳で。

 

 

「ねえ、一つ聞いてもいいかな?」

 

「はい?」

 

「今、志筑さんは自分の事が好き?」

 

「ええ! もちろんですわ!」

 

 

そう屈託の無い笑顔で答える仁美が、中沢にはとても眩しく感じた。

曖昧な笑みは返しつつも、未だに複雑な表情のまま。

ふいに窓の外を見れば、景色は夜へと変わっており、遠くに見える車のライトは強い光を放っている。

 

光が強調されれば、闇もまた強くその存在を強調される事になる。

仁美の希望の光は、中沢の闇をより強く、心に叩きつける事となる。

目を背けていた物に対して、もうどこに目を背けてもそれが目につくまでに膨れ上がっている。

だがそれはイコール悪い事ではない。仁美はまどかにソレを打ち明ける事で心の闇を払拭する事ができた。

だとすれば、自分もまた――。

 

 

(……自分が嫌い、か)

 

 

未だに迷い、中途半端な場所にいる中沢は確かに醜いだろう。

"中"と言う文字があらわすように、いつもどちら側にもつけずに燻っていた。

しかし今、最も大切な選択をしなければならないのかもと思う。

 

 

「ありがとう志筑さん。俺、ちょっと……、楽になったよ」

 

「そうですか。よかったですわ」

 

 

中沢は冷え切ったパスタを口に運び虚空を睨む。

頼む、どうか杞憂であってくれ。彼はそう強く心の中で願うが、きっと彼自身その予想が答えに直結している事が分かっていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

清明院、屋上。

 

 

『死に掛けた息子をミラーモンスターとして蘇生させる、か』

 

『クヒヒヒ! 何ともまあぶっ飛んだ野郎だな、香川英行!』

 

『神崎優衣が齎したバグは、ボクらもその全てを完璧に把握している訳じゃない』

 

 

その多くは騎士の力。

優衣が兄の送るデーターに細工を施したが故に発生させたバグ。

それはインキュベーターにとっても、また同じくして異質な物になっている。

つまり現状、自分達も理解していない力を使って舞台の運営を行っていると。

 

 

『少し危惧するところもあるけれど、興味深くもあるからね』

 

『騎士か……。それを辿れば、魔法少女と同じ人に行き着く』

 

『そう。人間の中に眠る可能性、それは神を殺す刃に変わる』

 

 

侮れない存在だ。

低俗な猿の集まりかとも思えば、中には神に匹敵する物を身に宿した者もいると。

それはまさに可能性、個人差のある異質な生き物と言えばいいのか。

二匹のインキュベーターは清明院の屋上で世界を観測していた。

前回のゲームと同じ様な流れを汲んではいるが、中には大きく違う者も存在している。

それがどう言った影響を及ぼすのか――。

 

 

「キュゥべえ、ジュゥべえ」

 

『『!』』

 

 

二匹が振り返ると、そこには下宮が。

 

 

『おやおや、見つかっちまったか』

 

「近くにいれば気配は感じられるさ。キミ達とは長かったからね」

 

『別に、ゲームはまだ始まっていないんだ。呼んでくれれば行けるんだけどね』

 

 

それもそうか、下宮は盲点だったと。

どうにも記憶が続いていると勘違いする点も出てきてしまう。

今はまだゲーム開始前、キュゥべえ達は魔法少女の呼びかけには応えるし、かと言って出会ってもゲームの情報を教えてくれる訳じゃない。

 

 

「まあ、それはいいけどね。お願い……、と言うより一つ提案があるんだ」

 

『?』

 

『お願いだぁ?』

 

「そう、キミ達にとって悪い話じゃないと思うけれど……、どうだろうか」

 

 

下宮は一言、二匹に提案を。

それを聞いたキュゥべえ達は、相変わらずの無表情とノーリアクションだった。

キュゥべえはともかくジュゥべえくらいは何か反応を見せてもいい様に感じるが、それは下宮が何を言おうとしていたのかを既に分かっていたからに他ならない。

 

 

『だろうと思ったぜ』

 

『お願いか。よく言うね』

 

 

そんな物は、嘘で取り繕った言葉だ。

お願いとは相手の了承があってこそ認められる契約。当然相手が断れば話しは無しになる。

その危険性、リスクは内包している訳で。

 

 

『でもキミは、ボク達が了解すると確信している』

 

「………」

 

 

メガネを整える下宮。

否定はしない、それが彼の答えであろう。

 

 

『断っちゃおうかなー!』

 

 

ジュゥべえがニヤリと小馬鹿にした様に笑う。

人間の言いなりになるのは面白くは無い。

まあ、面白くは無いが――。

 

 

『冗談だよ、ハハハ』

 

「やれやれ、相変わらずだな」

 

『確かに。オイラもお前とは長いからな。こう見えて情には弱いのよ』

 

 

と言うのは冗談で。

インキュベーター側もゲームに何かアクセントは欲しいと思っていたところだ。

The・ANSWERのベースは前回のゲーム、故に魔獣も継承者達もそれを踏まえた上での立ち回りを取ってくるかもしれない。

 

それもいいのだが何か物足りない。

前回は前回、今回は今回、それはしっかりと区別はしたいものだ。

フールズゲームと一言にしても、詳しく見ればゲームのルールは大きく違っていたりする輪廻がある。

例えば一人を狙うルールだったり、大きなチーム戦だったり。突き詰めれば殺し合いではあるが、今回もまた前回とは少し違った所を見せたいものだ。

大きなものではなく、小さな物でいいのだが――。

 

 

『でも、一つだけ言っておくよ』

 

「?」

 

 

二匹の目は、夜の闇の中で強い輝きを放っていた。それが何とも不気味な物である。

 

 

『ボク達はインキュベーター』

 

『その目的は、宇宙の延命にある』

 

『それが、崩れる事は無いよ』

 

『そう、オイラ達の本能がそれを望んでいるんだから』

 

「………」

 

 

それが、宇宙の意思だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ! 中沢くん」

 

「遅かったな」

 

「え? あ、ああ」

 

 

最低限の明かりしかついていない宿泊所のロビー。

大学から戻ってきた下宮は、そこにあるソファに中沢が座っているのに気がついた。

時計の短い針は2の数字を少し越えている。研究は順調らしく、下宮の血液を分析してそれを元に限りなく近い人工血液を作り出すと。

それを燃料オイルとして、同じく人工の心臓と組み合わせてサイコローグを起動しようと言うのだ。

下宮にできる事はほとんど終わったため、香川は彼に休んでくれと言ってくれたらしい。

 

 

「先生は徹夜だろうね。申し訳ないけど、時間も無い。頑張って欲しい所だ」

 

「………」

 

 

中沢は目を閉じ、苦悶の表情を浮かべる。

 

 

「なあ、下宮」

 

「うん?」

 

「こんな事……、今、話す事じゃないのかもしれない」

 

 

大変な時だ。

しかし、それでも聞いて欲しいことがある。

中沢の言葉。そして真剣な表情を見て、下宮は何となくだが『重さ』に気づいた。

 

 

「いいよ。何? 話して」

 

「……実は」

 

 

中沢は先ほど仁美に打ち明けた事を、全て下宮に話す事にした。

友人とは対等な物、しかし自分は下宮の変化に確かな戸惑いを抱いている。

我侭な話だとは思う、これを打ち明けてもどうしていいか分からないだろうとは思う。

でも、それでもこの抱えているモヤモヤを分かって欲しかったんだ。

 

 

「………」

 

 

下宮は一通り中沢の話しを聞くと、変に表情を変える訳でもなく。

メガネを整えて後ろにあった自販機にもたれかかる様に立った。

何となくではあるが、そういった事を中沢は思っているのではないかと思っていたのは事実だ。

 

 

「仕方ない。突如、信じていた常識や日常が壊れたんだ……」

 

 

ユウリもそれが原因で狂ってしまった部分があった様に感じる。

ならば中沢がその点について闇を抱くのは、ある種当然の事なのかもしれない。

そしてそれは、自分も同じでは?

 

 

「……もちろん、申し訳ないと思ってる」

 

 

半ば、と言うよりほぼ強引に巻き込んだのだから。

 

 

「ただ、どうか分かって欲しい」

 

「下宮……」

 

「僕は、キミ達を友人だと思っているからココに連れて来たんだ」

 

 

そしてゲームの事を、この世界の事を教えたんだ。

友情を示せる絶対的な証拠など、そう簡単にはありはしない。

けれど、下宮はあえてそれを言うのならば、二人をココに連れてきた事。フールズゲームの事を話した点を強調した。

 

しかし問題は、どういう意図があってそれを話したのか? ではないだろうか。

まどかが危惧していた通り、全てを伝えて協力を申し出ると言う事は、それだけ危険な道に足を踏み入れる事にもなる。

そうまでして巻き込んだ理由とは? 中沢はそれが知りたい。

 

 

「いや……!」

 

「ッ?」

 

「いやッ!!」

 

 

違う。

中沢は大きく頭を振った。

違う、違うんだ、ずっと胸に抱えていたモヤモヤの根本は、こんな話しでは解決できない。

中沢は悩んでいた。それを言えば、その答えを聞けば自分はきっと理性を保てなくなる。

 

なぜか? 言いようの無い気持ち悪さと不安。

そして怒りが自身を包むと分かりきっていたからだ。

どれだけ冷静さを保とうと思っても、それを考えるだけで気分が悪くなる。

でも伝えなければならない、それが結果的にお互いのためにもなると思って。

 

 

「教えてくれ下宮ッ!!」

 

「!」

 

 

仁美にも言えなかった事だ。

中沢は友人と言う物を対等な存在だと思っている。

何よりも困っている時には助け合うのが親友だと考えている。

そんな彼がふと思い、抱いた可能性がコレだ。

 

 

「下宮……ッ、俺は――!」

 

「ッ」

 

「俺はッ! 志筑さんは! 前回のゲームでどうなったんだよ!?」

 

「!!」

 

 

鬼気迫る中沢の表情。

そう、彼が気になったのは、この『今』が始まる前の世界で自分がどうなったのか、だ。

それが怖かった、それを想像するだけで吐きそうになる。

それを思ったのはニコの言うワルプルギスの実力を聞いた時だ。

 

見滝原を滅ぼす程の力を持つ魔女がいずれは見滝原にやってくる。

そればかりではなく、この世には自分が知らなかっただけで魔女や使い魔など多くの異形が潜んでいた。

ましてやその中で行われるフールズゲーム。

復活ルールを使うには50人の人を殺すと言う物もあったと言うじゃないか。

 

 

「50人だ、50人だぞ!?」

 

 

さも当然の様に言ってみたが、自分のクラスよりも多い人数がルールの為に殺される。

それを行使した奴は殺した者の名前をどれくらい分かっていたのだろう。

そしてその狂気のルーレットは、少なくない頻度で見滝原を襲っていたはずだ。

 

 

「………」

 

 

沈黙する下宮。

中沢が何を言いたいのか、ここまでくればだいたい分かると言う物。

一瞬言い訳が浮かんだ彼だが、ココまで巻き込んで今更かと。

そして下宮はメガネを一度整えた後にゆっくりと頷いた。

 

 

「本当の事を知りたいのか?」

 

「……ああ」

 

「分かった」

 

 

そして、きっと中沢は答えを知っている。

確証は無い筈だが、彼の様子を見ていれば分かる。

そしてその答えが最悪の物でもあると言う事を。

 

 

「お前は、死んだ」

 

「―――」

 

 

心臓が止まる様な感覚。

中沢は目を見開き、無言で下宮を見ていた。

その言葉が来るのではないかと心のどこかで考えていた。

しかし、いざその言葉を突きつけられるとやはり思考が停止してしまう。

 

 

「いや、君だけじゃない、志筑さんもだ」

 

「ッッ!!」

 

 

中沢が最も危惧していた事が今の言葉だ。

輪廻の中で参加者達は命を賭けて戦い、その中で命を落とした者がほとんどである。

全ての輪廻を通して見れば、むしろ『死んでいない者がいない』と言う最悪の結果ともなっている。

 

それは参加者以外もまた例外ではない。

この戦いには、確かに中沢の様な物も含まれている訳で。

中沢は自分達もまた輪廻の中で何度も何度も死んでいるのでは無いかと。

事実今、下宮の口からそうだと言われた訳だが、それに加えて――

 

 

「お前――ッ!」

 

 

下宮は監視者だ。

文字通り、ゲームを見てきた人間。と言う事はつまり――

 

 

「ずっと、見てたのか……!? 俺が、志筑さんが死ぬ所を!」

 

「ッ、それは……!」

 

 

耳が痛い言葉だ。

下宮は沈黙して目を逸らす。

 

 

「……ああ、そうだ。言う通り、僕は見てきた」

 

「!!」

 

 

これは質問。何かは答えなければならない。

今更隠す事も、はぐらかす事も無意味か。下宮は割り切ることに。

すぐに思い出せる物だ、前回のゲーム、学校が魔女結界に侵食された時に中沢は死んだ。

仁美はリーベエリス内で死んだ。

 

それだけでなく今までのゲームで何度も中沢は、仁美は死んだ。

時に参加者に殺され、時に魔女に食われ。

下宮は、それをしっかりと確認してきた。

 

 

「なんで……! なんで見てるだけなんだよ! どうして助けてくれなかったんだ!!」

 

 

冷静になろうとしていても、中沢は下宮に掴みかかってしまう。

言い方は悪いが下宮は自分達の間近にいながら。人を超えた力を持っていながら。

自分達を見殺しにしてきたと。

 

 

「助けてくれても良かっただろ!?」

 

「………」

 

 

声を震わせる中沢。

参加者に肩入れしてはいけない下宮の立場上分かっているつもりだ。

 

 

「でも、でもせめて俺は、関係ない志筑さんは守ってくれても――ッ!」

 

「………」

 

「ぐっ!」

 

 

ダメだ。自己嫌悪が湧き出てくる。

今の言葉は、参加者は死んでも仕方ないと言う意味だったかもしれない。

いや、いや、中沢は首を振る。そうだ、その通りじゃないか。参加者達は巻き込まれてしまった以上、仕方無いではないか! でも自分達は、自分達くらいは……!

 

まどか達には申し訳ないと思いつつ。

それでも中沢は言い寄るしか無かった。それは中沢が下宮を友人として認めていたが故だ。

友達だったから。友達だと思っていたから。それだけ下宮が自分を見捨てて来た事実が気に入らなかった。頭では分かっているつもりだったが、心が納得できなかった。

 

 

「誰かに加勢する事は僕の力を露呈させる事になり、それが原因で魔獣の存在がバレる可能性がある」

 

 

それは避けなければならない事だった。

だからこそ魔獣にも禁止されていた。バレれば当然処罰は免れない。

だから仕方無かった、いくらハーフと言えども、その最もたる役割は人間の学習。

 

 

「つまり僕達は、お茶の出がらしの程度の価値しかない。魔獣の力を与えられても、奴らに仲間意識と言う思いは欠片とて存在していない」

 

 

邪魔と見なされれば容赦なく死刑だ。

 

 

「それは……ッッ!」

 

 

手を離す中沢。それを言われるとどうにもならない。

弱弱しく下宮から離れる彼は、尚も自分の弱さを改めて感じている。

 

 

(俺は一体何に怒って、何に燻っているんだ?)

 

 

まただ、また迷って『中』途半端。

中沢はソファにへたり込んで大きく息を吐く。

駄目だ、ココで折れたら中途半端なままじゃないか。

混乱したままの心を押し通して、言葉を続ける。

 

 

「上条は? アイツも死んだのか?」

 

「………」

 

 

下宮に迷いは無かった。いずれこうなる事は分かっていた。

むしろ少し遅すぎたと言ってもいいか。

 

 

「上条くんか……」

 

「ッ?」

 

 

下宮は、メガネを整える。

レンズの奥にある瞳は、中沢を睨んでいるようにも見えた。

 

 

「前回のゲームは、彼が君を殺したんだ」

 

「―――」

 

 

え?

中沢は声をあげて文字通り固まった。

上条が、自分を殺した?

 

 

「う、嘘だろ……?」

 

「本当だよ、確認したから」

 

「確認ってッ!」

 

「彼は参加者だ。色々あって、君の首を跳ね飛ばした」

 

「……ぇ」

 

 

心が打ちのめされた。

所詮は人の人生、異形が歩んできた茨の道は少し棘が鋭すぎる。

 

 

「じゃ、じゃあ……、なんだよ……! なんだよそれはッッ!!」

 

 

部外者は自分だけだった?

いやいや、それより上条が自分を殺した?

なんだよソレ、なんなんだよ! 中沢は大きく叫ぶと、髪を掻き毟る。

混乱が酷すぎて脳の処理速度がまったく追いつかない。

 

 

「上条も!? それになんだって俺を殺す必要があるんだよ!」

 

「彼曰く、友情の為らしいよ」

 

「ふざけんなよ!! そんなの……、そんなのッッ!!」

 

 

正直に言えば、悔しさが一番だったのかもしれない。

親友とは対等。しかし上条は才能ある人間だと思っていたし、負けも認めていた。

そこにあったのは尊敬だ。しかしだからと言って、見下されるのとは違う。

殺し殺される関係のどこが友情だ。そしてそれを見ていた、何もせずに傍観していた下宮もまた同じだ。

 

 

「俺達っ、友達だったよなッ!?」

 

 

泣きそうな声で、中沢は再び下宮の襟を掴む。

今は、まったくそう思えなかったんだ。そればかりか上条までもがそうだと言われてしまい、もう中沢にとっては信じる物は無くなってしまう。

親友は下宮と上条だけだと思っていた。けれどもその二は、中沢を完全に見下せる位置に立っている。

 

それが悲しく、悔しく、それが自分の惨めさを引き立たせている様で、ただただ苛立った。

それは誰に対してなのか? 今の中沢にはもう理解できない。

でも抱える感情は自覚できる訳で、それを発散しなければ破裂しそうで……。

 

 

「今の俺にはッ! お前も、上条もッ! そう思えないんだ!!」

 

 

仁美はまどかと言う、かけがえの無い友人の為だから、危険な道に足を踏み込む覚悟を固める事ができた。

しかし今の中沢は仁美と同じ方法では覚悟を固める事が出来そうにも無かった。

 

下宮の為に茨の道を歩む覚悟は固められない。

むしろ今の話で、予想もしていなかった上条と言う最後の砦まで崩される事になろうとは。

不信感は募る一方。自分は今、何のためにココにいるのか。

そうだ、逆を言えば下宮は何のために――ッ!

 

 

「教えろよ! お前はまだ何か狙ってるんだろ?」

 

 

でなければ無力の中沢と仁美をココに連れてくるわけが無い。

香川の話しを聞くにも、必要なのは下宮の力だけで良かった。

だとすれば何故自分達はココにいる?

 

 

「僕は……」

 

 

下宮もなるべく彼らに負担は掛けたくは無かった。

しかし時間はなく、余裕は無い。それに中沢は全てを打ち明けた。

ならば下宮も全てを打ち明けるしかない。

 

 

「―――」

 

 

全てを、話す。

 

 

「……なんだ、ソレ」

 

 

それを聞いて中沢は青ざめ、目を見開く。

 

 

「なんだよそれぇエッッ!!」

 

 

拳を強く握り締め、下宮の前でそれを振り上げる。

つまり、下宮が言う所はこういう事だ。

 

 

「死んでくれないか? そういう、事さ」

 

「ッッ!!」

 

「と言うより、僕は彼女を"殺す"つもりだ」

 

「お前……ッ!」

 

 

中沢は振り上げた拳を、そのまま力無く下ろした。

怒りのままに振り下ろす事も出来たが、友人を――、と言うより人を殴ることに対する恐怖感に苛まれて行動に移す事はできなかった。

それに根本。やはり下宮を殴った所で効果は無いのではないのか。

むしろ怒りを買えば、簡単に返り討ちにされる。そんな馬鹿な事が頭に過ぎってしまったのかもしれない。

 

 

「………」

 

 

力なく再び崩れ落ちる中沢を見て、下宮は複雑な表情でメガネを整える。

 

 

「分かって欲しい。僕は本当に中沢くん……、キミを親友だと思っている」

 

「どの口でそんな事が言えるんだよ!!」

 

 

中沢は頭を抑えてそう叫んだ。

下宮を友人と思いたい、思いたいが、事実がそれを否定する。

真実が、今が、リアルがそれを拒絶する。下宮は人を超えた存在へと昇華し、それを自覚している。

 

麻痺している筈だろう? 中沢は強く思う。

殺し合いの中にて生き残る為に黙認を続けてきた事。

監視者の立場を守ってきた事は、責める事はできない。

けれども、その立場にいながら、『友人』だと口にするのはもう色々と遅すぎる気がするのだ。

歯車は狂ってしまった。元通りには噛み合わない。

 

 

「………」

 

 

その想いを聞いた下宮は、表情を変える訳でもなく、ただいつもの様にメガネを整えるだけだった。

先ほどからズレている訳でもないのにメガネを触る。

ふと気がつけばメガネをつけていた事を忘れそうになるからだ。目が悪かった人間、下宮はもういないのだから。

 

 

(彼の言うとおりか……?)

 

 

ハーフとは言いながらも、魔獣となりゲームを監視してきた。

その事実が、自分たちの間に壁を作った。

見下す者と見下される者。その図式の間に友情は生まれはしない。

そしてそれは上条にも言える事だ。中沢の親友はもういなくなった。

だから彼は苛立ち、叫んでいる。追いつけなかった者と、先に行ってしまった者達への嫌悪を込めて。

 

 

「でもやっぱり違う。中沢くんは、勘違いをしている」

 

「え?」

 

「魔獣になった瞬間、視力が回復した」

 

 

確かに、人を超えた力を手にした事は事実かもしれない。

しかしそれがイコールで人よりも上の存在なのかと聞かれれば、下宮は首を傾げるだろう。

人を超えたのは所詮、『力』のみだ。

 

 

「でも、僕はメガネを取れなかった」

 

「何を、言って……」

 

「まあ、聞いてよ」

 

 

メガネを取った自分は、自分じゃないような気がした。

ずっと鏡で見てきた顔じゃなくなる。

それに自分の視力が戻った理由を考えれば……、それを否定したかった。

考えてもみて欲しい。それは自分が人でなくなった証拠を突きつけられている様な物ではないか。

 

 

「変わったのは視力だけじゃない、感覚にも変化があった」

 

「かん……かく?」

 

「ああ、聴覚はそれほど変わらないけど……」

 

 

一つ、味覚が大きく変わったと言う。

 

 

「何を食べても、味がしなくなった」

 

「え……!」

 

「今でも、忘れそうになる。甘いとは何か、苦いとは何か」

 

 

蓄えられた知識を思い出しながら食べる食事に何の意味があろうか?

人は食べなければ死ぬ。ではもしも食料が枯渇したのなら、その行動も大きく制限されるはずだ。

さらに人間の構造では食料を口から摂取する際の時間、及び排泄を行う不具合が存在する。

ハッキリ言えば面倒だ。故に魔獣はその機能を一切排除したのだ。食に対する意味を無くす。

 

 

「食欲は一切湧かないし、食べても排泄を行う事もなくなった」

 

「でも、お前――ッ! ファミレスで……!」

 

「ああ、まあ僕達はあくまでもハーフ。一番中途半端な時期なのさ」

 

 

食えば一応栄養は吸収できると。それに食べたほうが人らしいから。

だが味覚は同じくして消滅した。そしてもう一方で睡眠を取らなくても良い体になった。

眠くなると言う感覚が訪れず。人によっては羨ましい体にはなったのかもしれないが、少なくとも人から逸脱していく感覚が嫌でも刻まれている。

 

 

「キミは僕が人を超越した存在だと思ってるが。それは違う」

 

 

その一番の原因といえばハーフ故の栄養問題、つまりは延命の処置だった。

先ほど味覚を失ったと言ったが、魔獣には『食事』を楽しむ感覚も備えられている。

ただし、その食材とは人間が口にする物ではないのだが。

 

 

「人の負の感情さ」

 

「……ッ」

 

 

魔獣にとって人の負を吸収する事は、人が覚える全ての快楽に通ずる物がある。

食事もまた同じだ。誰かが発生させる負を取り込む事で、魔獣は悦に浸る事ができる。

それはハーフもまた例外ではない。中途半端に人の体を持っているが故の苦悩とでも言えばいいか。

 

 

「気を抜けば、我を少しでも忘れれば、僕もアイツ等と同じになりそうだ」

 

 

負を取り込んでしまいそうになる。

誰かが悲しむ事を、素晴らしい事だと考えそうになる。

それが魔獣としての本能。人間が悲しみ苦しみ、絶望する事を祈る様にもなってしまいそうだと。

 

 

「僕は人よりも遥かに劣っている。劣悪品さ」

 

「それは……!」

 

「勝っている点があるとすれば、それは人を殺す、傷つける技能についてだけだ」

 

 

違うんだよそんなの。

下宮は大きなため息をついて首を振る。

多くの死を見て来た、多くの者達を欺き全てを見て来たつもりだった。

その苦しみ、その悲しみ、決して喜んでいいものではない。

それを下宮は『人の心』で、ずっと思ってきたんだ。

 

 

「だから城戸真司につく事を決めた」

 

「………」

 

「僕が、最期まで(ヒト)である為に……!」

 

 

中沢はどうしていいか分からないと言った表情で下宮を見ている。

怒りはある、不和の思いはある。しかし自分は彼の苦しみを全く理解する事ができない。

それを思えば、何も言えなくなる。

 

下宮は中沢よりも遥かに大きな闇を抱えてきた筈だ。

それこそ偉そうな事を言えない程の。とは言え、自分が抱える思いも無視できない。

中沢はまたも『中間』と言う狭間で燻っていた。

 

 

「中沢くん、信じてくれ――ッ!」

 

「ッ! な、なにを?」

 

「僕はキミの事を、上条くんの事を、本当に友人だとッ、心から思っている!」

 

 

だが結果として、裏切り続けるしか生きる道が無かったんだ。

それを許してくれとは言えないのは分かっている。それでもどうか分かって欲しいんだと。

そして繰り返してきた身だからこそ、見て来た景色もある。

 

 

「参加者も、キミ達も! みんな成し遂げたい物を叶えられず死んでいったッ!」

 

 

誰もが己の満足する答えを出せず、願いを叶えられずに絶望して行く。

たとえ願いが叶ったとしても、そんな物は刹那的な幻想にしか過ぎない。

彼らの想いは本物だったとしても、歪んだ歯車の上に成り立つ舞台に入れば、全てが偽りになってしまう。

無念だったろう。いや、それすらも忘れ去られる。

 

 

「僕はキミ達と何度も何度も過ごしッ、そして終わりを見てきた!!」

 

 

助けたかったに決まっている。

しかし、それは叶わずに死んで行く皆を見る事しかできない。

その内に何も感じなくなってしまうのではないかと恐怖した時だってある。

だがそうならなかったのは、それだけ強い想いがあったからだ。

 

 

「僕はキミ達の最期を何度も見て、同時に最期の言葉を何度も聞いた!」

 

 

成し遂げられなかった未練を腐るほど見て来た。

そしてそこに差は無い。参加者が語る強い思いと、中沢たちが語った想いに差はあるのだろうか?

たまたま力を得た者と、得なかった者。しかしその根本は同じヒトにあると何度も言われてきた。

繰り返すのだから、仁美はまどかを一度も助ける事は出来なかった。中沢は何かを守れる男にはなれなかった。

 

 

「全員が生き残るという事は、皆が幸せになる事ではないのかもしれない」

 

 

けれど、それでも、死んで終わるより、絶望したままで終わるよりは素晴らしい未来が訪れると信じたいじゃないか。

そしてそのチャンスに挑む事ができるのは。その未来を掴む為に戦うのは。

 

 

「参加者だけでいいのか?」

 

 

参加者と中沢達の違いは、ただ人を傷つける力があるかどうかなのに。

 

 

「僕はキミ達を特別な存在だと思っている!」

 

 

だからこそ、この数多存在するモブキャラクターの中で彼らに目をつけた。

それは下宮がこのまま終わって欲しくなかったからだ。

もちろんそれは『今の』二人と言うよりは、『今まで』の二人と言う意味で。

 

 

「戦わなければ生き残れない」

 

「え……? 何を突然?」

 

 

下宮は戸惑う中沢を真剣な表情で、睨む様に見つめる。

戦わなければ生き残れない。それは繰り返される戦いの中で誰かが言った言葉だ。

もう誰が始まりなのかは分からないが、不思議な事に多くの参加者がゲームの中で口にしてきた。

もしくは心の中に抱いた言葉であろう。それは参加者だけに言える言葉なのか?

下宮はずっとそれを考えてきた。

 

 

「分かったよ。それは僕達にも言える事なのだと――ッ!」

 

 

もしかしたらずっと前から目を逸らしていたのかも知れない。

だからこそ、それを目の前にした今を無駄にはできない。

無駄にはしたく無いんだと。たとえ罪を覚えても、たとえ悲しみを背負う事になったとしても分かってもらいたい。

 

 

「中沢……。お前は自分が嫌いなんじゃないのか?」

 

「ッッ」

 

 

ピタリと自分の想いが打ち当てられた様で、中沢は息を呑む。

それは今までを見てきた下宮だからこそ言える言葉である。

彼は中途半端な自分が嫌だと何度も言った、それを自分は何度も聞いたんだ!

 

 

「だが君は、ヒーローになる資格がある!」

 

「な……ッ!」

 

 

殺されるだけの脇役じゃなく、物語にいてもいなくても差し支えないモブでもない。

物語を動かせるだけの力と存在があるのだと信じるべきだ。

下宮は中沢の肩を掴んで強く目を見る。

 

 

「自分の人生だ。誰かを引き立たせる役目ではなく、自分の人生を力強く生きるべきなんだ」

 

 

それが、人に等しく与えられた権利ではないのか!?

 

 

「キミが今までの輪廻の中で叶えられなかった想いを、燻っていた迷いの決着を今ッ、この世界でつけるんだ!」

 

「俺は……、俺は!!」

 

 

中沢は下宮の手を振り払い、頭を掻き毟る。

分からない、分かれない、割り切れない。

苦しそうに唸り、今も尚、自己を取り巻くモヤモヤと苛立ちを払拭できずに苦痛を覚える。

 

 

「決断してくれ中沢くん! それが僕の望みなんだ!」

 

「俺は……! そんなに簡単に決められないよ!」

 

 

そんなに強くはないんだ。そんなに強くはなれないんだ。

中沢はそう言って下宮に背を向ける。確かに数え切れない輪廻はあったのかもしれない。

けれど今の自分にとって、現実は今ここにある一つだけだ。

そしてそれまで積み重ねられてきた自分の亡骸を思えば、思考を停止して全ての物事から逃げ出したい。

 

考えれば考えるほどに苦しくなる。

下宮の事、上条の事、魔法少女や騎士の事、そして魔獣の事。

知れば知るほどに嫌になりそうな事ばかりだ。これ以上下宮の話を聞けば、もっと苦しくなりそうで辛かった。

 

 

「ごめん……! 部屋に、戻る」

 

「中沢くん――ッ!」

 

「いろいろ、考えたいしさ……」

 

「ッ、ああ」

 

 

トボトボと力なく部屋に戻っていく中沢を見て、下宮は切なげに首を振った。

小巻の事といい、中々うまくはいかない物だ。想像しているよりもずっと現実は厳しかったと言う訳なのか。

そんな事を、最も現実離れした下宮が言うのだから皮肉な物だ。

彼は大きくため息をつきながらそんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そっちはどう? 仁美ちゃん』

 

「ええ、まあ……、順調ですわ」

 

 

中沢が下宮と話す少し前、仁美はまどかと携帯電話で会話を行っていた。

仁美は両親に、今日はまどかと一緒にサキの家に泊まると伝えており、サキにも口裏を合わせてもらうようにお願いしておいた。

サキは訳ありだと告げると特に詮索をしないでくれたが、何かあったらサキに申し訳ないと罪悪感は覚えてしまう。

 

 

「なんだか、眠れなくて」

 

『うん、わたしもなんだ』

 

 

まどかは語る。

このまま寝てしまい、次に起きたら、実はこの今が夢なのでは無いか――、そんな風に思ってしまう。

今までが今までだ。不安になるなと言う方が難しいのだろう。

 

それを聞いて表情を歪ませる仁美。

まどかの苦しみを理解してあげたいとは思うのだが、なにぶんメモリーベントは参加者にしか効果が無い。

まどかの負担を一緒に背負ってあげられないのは、仁美としても辛いところだった。

 

仁美は中沢に話した事をまどかにも全て話した。

ずっと行動を一緒にしてきたが、心はどこか一定の距離で留まったままだったのかもしれない。

けれど今、二人はそのラインを超えてより一層絆を深めた。

とは言えそれはそれ、これはこれと言う問題もある訳で……。

 

 

「中沢くんも苦しんでるみたいでしたわ……」

 

『そっか……、悪い事しちゃったかな』

 

「いえ、私がそうだった様に、彼もきっと知ったからこそ辿りつける答えがある筈ですの」

 

 

それを中沢が見つけられるかどうかは、中沢にしか分からない事だ。

 

 

「とにかくっ! 必ずまどかさんの助けになる様に頑張りますわ!」

 

『うんっ! ありがとう仁美ちゃん!』

 

 

迷っていても、悩んでいても仕方無い。

とにかく下宮が自分達を呼んだのには、何か必ず理由がある筈。仁美もそれは分かっている。

ならば自分らしく、まどかの助けが出来る様にがんばるだけだ。

仁美はそう心に誓い、まどかに別れを切り出す。

 

 

『うん、おやすみ仁美ちゃん』

 

 

またね、二人はそれを言い合って電話を終わらせた。

そこにあったのは迷いや不安、けれどもそれよりも遥かに大きな希望と絆の光と言う物であった。

そう、光。眩い輝きを放つ最高の希望。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その対になる絶望もまた、鼓動を放っていた。

真っ暗な世界の中で、濁った明かりが点々とその空間を照らしている。

負の空気とでも言えばいいのか、瘴気と呼ばれるマイナスエネルギーが満ち満ちた大ホール。

 

星の骸。

歪に狂った(セカイ)の狭間で、大きな闇が確かに蠢いていた。

少し前に無礼な男が荒らした下層も今は元通り。

とは言え、そこで煩く賭け事に熱中していた『ゲスト』達はもういない。

代わりにそこにいるのは『クララドールズ』達と、『色つき』と呼ばれる中級の魔獣たちだ。

そしてホール中層から上には、より大きな悪意と絶望の気配が存在していた。

 

 

「下宮はどうした?」

 

「それが、単独行動がしたいと……」

 

「はッ、随分と調子に乗っているなあの雑魚は」

 

 

星の骸では魔獣達が集まりゲーム盤の世界を観察していた。

とは言え、彼らもまた参加者である事には変わりない。

以前のように参加者の様子を詳しく見る事もできないし、文字通り漠然とした夜景を見るだけである。

 

偵察要因は魔獣として数えられない小巻と下宮のみ。

二人からの情報と過去の流れが、魔獣にとって主な情報源と言う訳だった。

その一人である下宮が姿を消す。これは魔獣にとっては面白くない事だ。

特に二人を見下している面が強い蝉堂は、髪をかきあげながら小巻を強く睨みつける。

 

 

「彼は以前から少し……、魔獣(わたしたち)に対する忠誠心が薄い様に感じていました」

 

 

場合によってはもう処分する方向でいいでしょう。

そう言ってニッコリと微笑むシルヴィス。

当たり前の様に、それも笑顔でそれを言い放つ彼女に、小巻は底知れぬ恐怖を感じて唇を震わせる。

 

 

「くはは、それは良い! だったら奴の処分は僕がやろう」

 

 

椅子にふんぞり返り笑う蝉堂。

この場に人間の物差しで計れる思考などは存在していない。

邪魔なら、いならないのなら殺す。何故か? それが自分よりも劣っている下等な存在だと思っているからだ。

使えなくなった道具は捨てる、それが道理と言う物だろう?

 

 

「だがまずは香川英行の殺害が先だ」

 

 

腕を後ろに組み、仁王立ちのイグゼシブ。

彼の言葉と共にホールに存在する巨大なモニターには清明院の写真と、香川英行の写真が映し出される。

 

 

「左様。我々にとってアレは危険因子ともなる存在やもしれぬ」

 

 

腕を組み壁にもたれかかっているのは明らかに忍者と言う風貌の男だった。

過去の日本を題材にしたファンタジーによく登場する現代に不釣合いな存在、それもまた魔獣が一人『()()(マン)銅鑼(ドラ)』である。

ギアが士郎から受け取ったデータには無かった。イレギュラーの存在の一つである、香川英行。

魔獣にとってそれは不必要な物、余計な事をされる前に始末しなければ。

 

今までは彼の動きに興味があり、しばらくは泳がせていたが、今回はもう十分だ。

アシナガの見滝原観察も終わった事だし。

魔獣は自由に動くことができる。

 

 

「ハッ! 何ビビッてんだよ。あんなオッサン一人殺すのなんざ余裕だろうが!」

 

 

壁に掛かる装飾品の上に座り込み、タバコを吹かしているバンダナの女が笑う。

オレンジと黄色の中間のロングヘアで、パンクファッションに身を包んでいる。

"アルケニー"と言う魔獣だ。彼女の言葉に頷く魔獣達。そんな彼らの前に、ゲーム運営を引きついだキュゥべえが舞い降りる。

 

 

『おやおや、随分と酷い顔だね』

 

 

キュゥべえが星の骸へと姿を見せた瞬間、魔獣たちの表情が鬼気迫る物へと変わる。

バズビーに至っては弓を構えてキュゥべえの眉間を撃ち抜きそうになった程。

とは言え、彼を殺しても意味は無い。それが分かっていたためにバズビーはキュゥべえに聞こえる程の舌打ちを行うだけだった。

当然そんな嫌味も、キュゥべえにまともに伝わる訳も無く。彼は淡々と自分の仕事を行うだけ。

 

 

『さあ、じゃあ次の参加人数を発表するよ』

 

 

要するにゲーム盤に降り立つ事を許される――、と言うより降りなければならない人数である。

魔獣にとっては重要なポイントではあるが、キュゥべえは淡々と発表を行った。

 

 

『一人、だね』

 

 

まだゲームは始まっていないし、こんな物だろうと。

 

 

『参加開始時間は午前8時から午後11時までだよ。その間に過剰殺人を犯すと制限時間のシステムが起動するから考えて人を傷つけてね』

 

 

じゃあ、頑張って。

それだけを言い残すとキュゥべえは一瞬で魔獣たちの前から姿を消した。

相変わらず腹が立つ。魔獣にとっては、もはや参加者と同じレベルの殺意をインキュベーター達にも抱いている訳だ。

 

今回のゲームで魔獣たちの勝利条件は、参加者の全滅。

そして何よりも城戸真司の目的を妨害する事にあった。

魔獣がゲームに勝利すれば、インキュベーターは彼らにも報酬を与えると約束している。

それが本当かどうかはともかくとして、ゲームのルールから解放されたのならば次のターゲットはインキュベーターである。

 

 

「奴らを始末し、そして完全に宇宙を絶望で染め上げる」

 

 

地球だけではない。

もはや宇宙を含めた『全て』が、絶望に染まり、魔獣の玩具となる。

想像しただけで気分が高揚してくる話しではないか。

 

それはさておきだ。魔獣の空気が再び変わる。

今日この日、香川を始末する役目を誰が請け負うか。

魔獣もまた個々の自我が存在し、人で言う所の性格がある。

だが全ての共通している点があるとするのならば、それは非常にプライドが高いと言う点だ。

 

そう言った彼らがゲームのルールに縛られ、他の魔獣が安全な場所にいる中でゲーム盤に降り立つと言う事は、見下されている様に感じてしまう訳で気が進まない。

人間で言うなれば使い走りにさせられている感覚とでも言えばいいのか。

 

 

「はい、ワタクシが行きますわ」

 

「「「!」」」

 

 

その中で、一人の女が手を上げた。

カツンカツンとヒールの音を鳴らして、魔獣の中から姿を見せる。

白と茶色が目立つ西洋貴族のドレスに身を包み、頭には花の飾りがついた大きな帽子を被っている。

最もたる特徴と言えば、顔が異常な程に白く、代わりに茶色の口紅が怪しさを引き立てていた。

そして顔の上半分を布で覆い隠しており、その中心には蜘蛛の巣を模した紋章が刻まれていた。

同じく蜘蛛の巣をイメージした大きな傘を構えて、その女、『ミス・シュピンネ』は、モニターを見つめる。

 

 

「よろしいのですか? シュピンネ様」

 

 

バズビーが訝しげに問いかける。

するとシュピンネは手で口を隠しながら、クスクスと笑みを漏らす。

確かに最初に使われる様な感覚は屈辱かもしれない。しかしそれにも勝る行為を行えるのだから構わないと。

 

 

「久しぶりに、人を殺したくなりましたのよ。ホホホ」

 

 

見ているのも良かったが、やはり体感してみたくなる。

人を傷つける感覚、命を奪う感覚、想像しただけで涎が出てくると。

早く血がみたい、早く臓物を引きずり出して啜りたい物だ。

 

 

「オホホっ!」

 

 

そして恐怖に引きつった表情を拝みたい。

 

 

「ホホほホほほホほホホホほホホほほほほホホ!!」

 

 

歪な笑い声が星の骸に木霊していた。

その中でビキビキビキと彼女のシルエットが歪に変形していく。

モニターに映る影は、やはり人とはかけ離れている姿であった。それを見て下層のクララドールズ達がケラケラと笑う。

 

不協和音のシンフォニーは常人が聞けばそれだけで精神に異常をきたす物。

とは言え魔獣にとっては心地の良い音だった。

その中でいつまでも小巻は苦しそうに表情を歪めながら、下を向いていた。

 

 

 

 

 







中沢くんの下の名前はオリジナルです。

この時はまだ、『昴』と言う単語があんな風に出てくるなんて知る由も無かった……
(´・ω・)


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第73話 ど真ん中ストレート

 

 

 

 

「がーッ! 殺してぇ! めちゃくちゃムカツクぅぅ!」

 

「言葉遣いが汚いぞ。女の子だろお前は」

 

「はい性差別ーッ! ああクソっ! 思い出しただけでも殺意マックスだ! 本当ッ、全員ッッ、死ねッッッ!!」

 

 

ユウリは頭を掻き毟り、血走った目でギロリとパートナーを睨みつける。

つい先ほど榊原と共に参加者の一組の居場所を調べ、訪ねた所だった。

榊原は戦いを止める為の忠告。ユウリとしては殺害対象のリサーチのつもりだったが……。

 

 

『協力? そんなモンしなくてもおれ強いからさ。何があってもソロプレイで十分だっての』

 

『うふ♪ それに魔獣とか意味分かんなーい。淳くぅん、この人達もしかして頭の中にお花畑でもあるのかなぁ?』

 

 

これである。

この前も高見沢とか言うおっさんに馬鹿にされ、浅倉だの杏子だのにはコケにされ。

榊原は涼しい顔だが、魔法少女と騎士の皆殺しを企むユウリには、かなり屈辱的な事だったろう。

たまらず銃を抜こうとしたが、その前にドラグブラッカーに咥えられて引っ込まさせられた。

 

 

「アァ、クソ! だいたいお前も分かっただろう!? 協力なんて出来る訳がない! あんな連中!」

 

「できるさ。今は無理でも、必ず言葉を交わし続ければ」

 

「無理だな! 無理無理! まずこのユウリ様が無理だからッ!」

 

「成し遂げてみせるさ。今もきっとどこかで頑張っている参加者が居る筈だ」

 

「……理解できないね」

 

 

訳分かんねぇ。

ユウリは首を振ってお手上げと言う風に両手を挙げた。

参加者同士の協力の道は、まだまだ遠そうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

その、どこかで頑張っている人達の様子を見てみよう。

宿泊所のロビーで中沢たち三人は朝食を取っていた。

メニューは下宮が近くのコンビニで適当に買ってきたパンだ。

中沢の隣には仁美。中沢の前には下宮。当の中沢自身は沈んだ表情でうつむいていた。

どうやら昨日はほとんど眠れなかった。内容が内容なだけにと言えばいいのか。

 

 

「「「………」」」

 

 

顔を合わせてからほとんど無言の三人。

気まずい空気だ。仁美は少し作った様な笑顔を浮かべて口を開く。

 

 

「今日は、いい天気ですわね」

 

「そうだね」

 

「「………」」

 

 

会話が途切れる。またしばらく無言である。

 

 

「研究はどうですか?」

 

「うん、今日には終わりそうだよ」

 

「「………」」

 

 

またも無言である。

仁美はしきりに会話を探すが、中沢と下宮の雰囲気が明らかに昨日と変わっている。

特に中沢だ。昨日はしきりに話し掛けてきてくれたのに、今日は全然である。

下宮も下宮で、気を遣って話しかけてくれればいいのに、それもせず。

返事も単調で終わってしまう。

 

 

「じゃあ僕、先に行くから。二人はゆっくり食べてて」

 

「――ッ、はい」

 

「………」

 

 

下宮は立ち上がりメガネを整える。

仁美はちゃんと見送るが、中沢は少しだけ視線を移しただけだった。

胸に引っかかる物を感じながらも、特に何かができる事は思い浮かばず。

仁美は下宮が出て行くのを見ているだけだった。

 

 

「………」

 

 

宿泊所を出た下宮は、持っていた食べかけのパンを自販機横のゴミ箱へ捨てるために足を進めた。

しかし寸での所で立ち止まる。食べることは無意味ではあるが、食べなければ栄養は摂取されない。

ハーフである下宮が生き延びるためにはしっかりと栄養を摂取しなければならないのだ。

通常の食事を拒むなら、人が発生させる負のエネルギーを得るしかない。

それは人を放棄するも同然だ。それに何より小巻との会話が思い出される。

 

 

(僕は既に諦めている? そんな馬鹿な……)

 

 

下宮は味のしないパンを無理やりに口に含み、香川の元へと走るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「下宮君と、何かありましたか?」

 

「う、うん」

 

 

弱弱しく呟く中沢。

迷ったが、仁美には全てを話す事にした。

そう、文字通り『全て』だ。仁美が過去の時間軸で死んでいた事。そして自分もまた死んだ事。

あとは上条が関わっていた事。そしてそれらを自分は未だに受け入れられていない事。

 

 

「そうですか……。本当に難しい、ですわね」

 

「もう分からないんだ! 俺が何者なのかも、全部知った上で何をすればいいのかも全部ッ!」

 

 

自分は死んでいた。だったら今ココにいる自分は何なんだ。

それに上条に殺された事。下宮に黙って殺される所を見られていた事。

仕方ないとは思えど、それらを知った上で、いつもどおりに過ごすなんてできる訳が無い。

 

 

「志筑さんはまだ良いよ。鹿目さん達が志筑さんを襲うなんて事は無かっただろうし! で、でも俺は――ッ!」

 

「………」

 

「あッ! ご、ごめん志筑さん……! 当たってる訳じゃないんだ」

 

「ええ、分かってますわ。気にしていませんから」

 

 

でも少し複雑だと、仁美は少し寂しそうに笑ってみせる。

 

 

「え……?」

 

「これは、中沢くんだけに教える私の秘密ですわ」

 

 

仁美は人差し指を唇に当てると、少し悪戯に笑ってみせる。

その表情にドキリとする中沢ではあったが、やはり前の様な胸の高鳴りを覚えることはできなかった。

そしてその内容も、彼にとっては重いものとなる。

 

 

「私、上条くんが初恋のお相手でしたのよ?」

 

「ッ!!」

 

 

グッと心臓を力強く掴まれたような感覚だった。

心臓の鼓動は嫌なリズムを刻みながらドクドクと強く波打っている。

まただ、また真実を知れば心が傷ついていく。

 

中沢は上辺だけの笑みを浮かべながら、今にも心を突き破って暴れだしそうな不快感を抑え込んだ。とは言え、やはりそうなのかと言う感想もあった。

上条には自分よりも……、と言うより、そこ等辺にいる同年代の男よりも品が、才能がある。

 

恵まれた容姿も、豊かな環境も。

中沢だって時に憧れ、時に嫉妬し、けれども最終的には勝てないと確信を持ったじゃないか。

だから納得せざるを得ない。けれどもやはり今それを目の前にすると、激しい負の感情が湧き上がるのが分かった。

 

それは上条への嫉妬心。

自分の命を奪った男が、想い人の心まで奪おうだなんて。

だがその最もたる理由と言えば、それを言われたならば『仕方ない』と考えをシフトしている自分への嫌悪だ。

 

 

(何がしたいんだ。何に踊らされているんだ俺は……)

 

 

違う、違うんだ、俺は本当に彼女の事が――……。

 

 

「そ、それは……ッ、今も?」

 

 

初めてだった。

上条だから仕方ないと折れなかったのは。

そうすると仁美はニコリと、その微笑を中沢だけに向ける。

 

 

「いいえ。昔の話ですわ。もう今は……、全然そういう気持ちはありませんの」

 

「え? ど、どうして?」

 

「ええっと、どうしてでしょうか?」

 

「???」

 

「私もハッキリと覚えているわけじゃありませんの」

 

 

だって――、仁美は視線を上に向ける。

それは何かを思い出す時に、人がよく行う仕草であった。

 

 

「それは、遠い遠い過去のお話ですもの」

 

「それって――」

 

 

頷く仁美。

時々、夢を見ていた。

それは上条に好意を抱く夢だったり。それはまどかを庇って斧を身に受ける夢だったり。

所詮は夜が見せる幻想だとずっと思っていた。けれども、全てを知った今ならば何となくではあるが理解できると言う物。

あれは幻想なのではなく、『過去』を無意識の内に思い出していたのだと。

しかして、それはあくまでも過去だ。違う時間軸なのだ。

所詮は過ぎ去った時の話でしかない。

 

 

「かつては上条くんを見れば、この胸も高鳴ったのでしょうけど……」

 

 

今はもう違う。

その一番の理由と言えば、やはり友情だろう。

 

 

「上条くんの隣にいるのは、やっぱりさやかさんじゃないと」

 

 

彼女が泣いていた夢を見た事もある。

だから、今はむしろ都合がいいのだと仁美は笑っていた。

しかし中沢にはそれは引っかかる話しだ。

親友の為に自分の想いを抑える事ができるのか?

 

 

「それで、志筑さんは納得できるの……?」

 

「ええ、もちろん」

 

 

だって過去は過去だもの。

確かに歪な輪廻の中で狂った記憶なのかもしれない。

けれども現実は現実。繰り返された輪廻はそれだけの時間ともなる。

 

 

「確かに過去の時間軸、私は死んだのかもしれませんわ。でも今は生きている。それが全てじゃないのでしょうか……」

 

 

ゲームは歪だが、その全ての輪廻は真実であり、今もまた同じ。

 

 

「私は志筑仁美。どれだけ時間が繰り返されようとも、それが狂うことはありませんもの」

 

 

死は終わりではなかった、それだけだと。

 

 

「それに、上条くんには申し訳ないですけど……」

 

 

絶対に内緒にしてくださいねと、仁美は念を押す。

 

 

「私、彼に夢を見すぎていたのかも」

 

「え?」

 

 

上条の家は裕福だ、それに彼には余裕がある様に見えた。

だから彼は自分を称号ではなく、一人の人間として見てくれると。

だけれどよくよく考えてみれば別に裕福な家庭に生まれた人間でも見栄をはる事はあるし、そうでない人間でも自分を自分として見てくれる人はきっといる筈だから。

 

 

「もちろん上条くんは素敵な人ですわ」

 

 

才能もあるし、優しいし、気品もある。

けれど一つ、大きなマイナス部分があったのだと、仁美はまた悪戯な笑みを中沢へ向ける。

その表情がなんとも言えない程に美しくて、中沢は思わず喉を鳴らしてしまった。

 

 

「私はフェアな勝負だと思っていました」

 

 

中沢には何の事かは分からないだろう。

仁美だってあくまでも夢の話をしているだけなのだから。けれど鮮明に覚えている事がある。

『彼女』にはチャンスを、対等な条件を与えた筈だった。けれどもそれは対等でも何でも無かった。魔法少女の話を聞けば、それは分かる事だ。

 

 

「私、まどかさんとさやかさんとは、ずっとお友達でいたいんです」

 

 

でも、どうしても上条に想いを伝えると、その関係はこじれてしまう様な気がする。

そんな景色を何度も夢に視た。だから思うのだ、友情を破棄してまで上条と結ばれたいのかと言われれば――?

 

 

「フフ。私、そこまで悪女にはなれませんわ」

 

 

確かに上条への想いは本物だったのかもしれないが、ソレを勝るのは、まどか達との友情だ。

それを壊す選択は取れなかった。それは過去の出来事、今の仁美は上条を見ても何も感じない。

きっとそれは積み重なった時間が変えた心なのだろう。

過去、彼に憧れていた自分には申し訳ないし、上条にも申し訳ないがそういう事だと。

これもまた何かの運命。この時間軸に至った自分の心変わり。

 

 

「だから、もう……、フフ」

 

「そ、そうなんだ」

 

 

安堵のため息を漏らす中沢。

とりあえずはまだ、自分にもチャンスはあると言う事が分かっただけマシだ。

ただそれを聞いて、今この場で告白とはいけないのが中沢の弱いところだが。

 

そもそも今、そんな気分にはなれないというのもある。

打ちひしがれたように、大きな喪失感は変わらない。

それを抱きながら中沢は自分に話しかけてくれる仁美の話をぼんやりと聞いていた。

頭の中にリピートしているのは仁美の声ではなく、夜に下宮に言われた言葉だ。

それが原因で、相変わらず心が引き裂かれそうになる。

 

それはきっと、また自分は『中』間地点で燻っているからだろう。

仁美には全てを打ち明けたと言った。しかしそれは嘘だ、一番大切な、下宮が何を狙っているのかは彼女に打ち明けてはいない。

煮え切らないんだ、なにもかも。

 

 

「………」

 

 

いっそ全てを話して、彼女を連れてココから逃げ出してしまえば――。

 

 

「あの、志筑さん――」

 

「はい?」

 

「え、ええっと……」

 

 

拳を握りしめる中沢。

言葉が、呼吸が詰まる。覚えるのは躊躇、自分が迷っているのは下宮への想いからか。

彼の言った言葉が次々と脳裏に過ぎる。

 

下宮は自分を友人だと言った。

それを受け入れたいと思う心と、その先に待っている現実から逸脱した世界への戸惑いが、中沢を引き裂こうとするんだ。

 

 

「ごめん」

 

「……いえ、構いませんわ」

 

 

結局、中沢は下宮の狙いを仁美には伝えられなかった。

仁美が自分の淡い恋心よりも友情を選んだのと同じ理由だろうか?

それさえも分からず、けれども漠然とした思いはあって。

とにかくと中沢は俯くしか出来なかった。

仁美も仁美で、そんな中沢の心情が理解できたのか、特に追及すると言う事は無かった。

 

 

「いい、天気ですわね」

 

「うん。晴れて……、良かった」

 

 

上辺だけの会話かもしれないが、何かを話せるだけまだ中沢にはありがたかった。

そして、ちょうどそんな事を思った時だ。

 

 

「ッッ!!」「!!」

 

 

何か悲鳴の様な物が聞こえた気がする。

二人が同時に顔を見合わせたのだから、それは幻聴などではない筈。

そして同じく清明院の研究室、そこにいる下宮が汗を浮かべながら香川とアイコンタクトを。

 

 

「来た……!」

 

「分かりました。急ぎます」

 

 

頷く下宮。彼は香川に別れを告げると、大きく息を吸って走り出した。

久しぶりだ、いつ以来だろう? これほどまでに恐怖したのは。

人は怯えた時にどう言う表情を浮かべるんだっけ? 下宮は取り合えず引きつった笑みを浮かべながら悲鳴が聞こえた方向へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悲鳴が聞こえる僅か前、大学の前にいた警備員が不振な女性を発見する。

と言うのも、見るからにおかしな格好をした女が前から歩いてきたからだ。

それは警備員でなくとも、誰もが振り返り。たまたま大学に来ていた者達は、離れた所から携帯で写真を撮っている始末。

今日は日曜、大学にいる人間は少ない。

故に全ての注目を、女は一身に集めている。

 

そのおかしさ。異質さの最もたる所と言えば、やはり『見た目』であろう。

この現代に不釣合いな西洋のドレス、大きな帽子や変わったデザインの日傘も目を引くものだ。

大学に奇抜なファッションでやってくる者は珍しくは無い。

しかしいくらなんでもレベルが違うと言うか。戸惑った警備員は迷わず彼女に声を掛ける事に。

 

 

「う……っ」

 

 

近づいて見て分かる。明らかにおかしい。

顔の上半分を布で覆っていたりと、サイケデリックな印象を受ける。

確実に学生ではない。コスプレか何かかと思いもしたが、一応は声をかける事に。

 

 

「ワタクシ、香川教授にお会いしたいの。通してくださるかしら?」

 

「え、ええっと……、失礼ですが貴女は?」

 

「シュピンネと、今は名乗っておりますのよ」

 

 

ははあと唸る警備員。

魔女研究だのと言う事をメディアに打ち明けていたから、たまにこう言ったオカルトちっくな人が香川を訪ねてくる。今回もそういったケースのようだ。

とは言え、香川は今朝、わざわざ警備員に来客の類は全て断ってくれと頼んである。

よって警備員は彼女を追い返すことに。

 

 

「申し訳ありませんが、香川さんは今大変忙しい研究で――」

 

「構いません、もう自分で探します」

 

「あ! ちょ、ちょっと貴女!!」

 

 

警備員は無理やりに敷地に入ろうとしたミス・シュピンネを止める為に肩を掴んだ。

すると彼女はビタッと立ち止まって、ゆっくりと顔を警備員の方へと向けた。

まるで白粉でも塗ったかのような肌の色と、表情が分からない故に感じる不気味さ。

 

 

「何を?」

 

「何をって、通せませんよ!」

 

「何故? ワタクシが通りたいと言っているのに――」

 

「はぁ? 何言ってんだアンタは。ほら、さっさと帰った帰った!」

 

 

少し口調を強める警備員。

しかしその時だった。シュピンネの空気が一瞬にして変わったのは。

シュピンネは一瞬で警備員の腕を掴み上げた、それは予想しているよりも何倍も強い力で。

 

 

「ワタクシに命令するな! 下等な猿がッ!!」

 

「いッ! いぎぎぎいぃい!!」

 

 

思わず苦痛の声を漏らす警備員。

そんな彼の前には、歯をむき出しにして表情を歪ませるシュピンネが見える。

冷静を保とうと思っていた彼女であったが、やはり人間に下に見られるのは耐えられなかった様だ。

シュピンネはまさに赤子の手を捻る様に警備員を投げ飛ばすと、傘の先端を彼の足に向ける。

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

悲鳴。傘の先から何かが飛び出したかと思うと警備員の足を貫き、激痛を与える。

警備員は足から血を撒き散らし倒れる事に。すぐに撃たれた足を押さえながら悶え苦しむ。

どうやらシュピンネの傘は仕込み銃となっている様で、圧縮させて硬化させた『蜘蛛の糸』を弾丸として発射できる様だ。

突然の出来事にザワつく人々。その中で、シュピンネは甲高い笑い声を上げながら警備員を見ていた。

 

 

「ホホホホホホ! 貴方、素晴らしい表情ですこと」

 

 

痛みにもがき、恐怖に表情を引きつらせる。

人間から発生する絶望のエネルギーが、シュピンネの身に染み渡る。

やはりこれはたまらない。シュピンネは頬を紅潮させて快楽に身を震わせた。

もう駄目だ、久しぶりに人を貫く感覚。我慢ができる訳も無い。

 

 

「作戦変更ですわ」

 

 

舌なめずりを行うシュピンネ。

はじめは香川を見つけるまで殺人を控え様とは思っていたが、止めたと。

やはり殺して殺して殺して殺して殺して殺すに限る。

大学にいる連中等、一時間もあれば全て食い尽くせる筈。過剰殺人? 結構ではないか。制限時間が明確になれば、それだけ燃えるというものだ。

 

 

「あぁ、堪らない……!」

 

「ッッ!?」

 

 

警備員は目を見開いて震え始めた。

思わず脚の痛みが消える程の衝撃が走る。

と言うのも、ビキビキと音を立てて変形していくシュピンネの体。

あっと言う間に彼女は異形の姿へと変身する。

白と茶色のカラーリングを基盤としたジグモ型のモンスター、『ミスパイダー』へと。

 

 

「ホホホホホホホホホ!!」

 

 

周囲の叫びを塗りつぶすようなミスパイダーの笑い声。

下等な人間が自分を見て恐怖におののく様は、言いようの無い快楽へと変わる。

そして歩き出したミスパイダー。今の彼女には、鋭く大きな牙が装備されている。

これで目の前にいる警備員の体をグチャグチャにして(すす)るのだ。

 

 

「ヒィイイイ!!」

 

「ホホホ! さあ、絶望しなさい!!」

 

 

通常は負のエネルギーを吸うだけでいいのだが、文字通り直接的な食事をする事もできる。

それはそれで肉や臓器に絶望がしみ込んで美味くなるのだ。

もちろんそれだけ腹も膨れる訳だから、香川の分は腹を空かせておかなければ。

とは言え、まずは味見と行こうじゃないか。ミスパイダーは警備員の体に触れ――

 

 

「グッ!!」

 

 

風を切り裂く音がしてミスパイダーの体が大きく吹き飛んだ。

地面を転がりながらも、すぐに立ち上がり、状況を確認する。

その目に飛び込んできたのは、空を駆ける赤紫の巨大なエイだった。

 

 

「ホホ! 愚かな事を――ッ!」

 

 

エビルダイバー。

手塚の命令で清明院の遥か上空で監視を行っていたミラーモンスターは悲鳴と、異質な雰囲気を感じて急降下を行った。

そこにいたのがミスパイダーと言う訳だ。明らかに人間とは違う彼女を、エビルダイバーは敵と認識して攻撃を仕掛けたと言う訳だった。

 

しかしミスパイダーは余裕である。

エビルダイバーの突進を体を捻って回避すると、傘の銃口を通り抜けたばかりのエビルダイバーへ向ける。

そして旋回時。一瞬だけエビルダイバーが止まるタイミングを見計らって、引き金を引いた。

 

 

「!?」

 

 

エビルダイバーに撃ち込まれたのは先ほどとは違い、トリモチ性の糸。

それなりに重量もあり、張り付いた糸たちは意思を持ったかのように地面に張り付つくと、エビルダイバーを地面へ磔にする。

さらに指を鳴らすと、ミスパイダーの頭部にある巨大な『楕円状の器官』と同デザインの球体が、二つ、両肩の上に出現する。

それは糸を発射する支援ビットだ。そこから糸が発射され、エビルダイバーの動きをさらに封じていく。

 

 

「所詮は騎士に付き従う劣悪種! この世に存在する価値はありませんわッ!」

 

 

ミスパイダーはエビルダイバーの前に立ち、持っていた傘を開く。

傘を構成する骨組みは全て強固な素材で作られた刃だ。彼女はそれを思い切り振り下ろしていった。

 

 

「ホホッ! オホホホホ!!」

 

 

斧の様にしてエビルダイバーの体に突き立てられる刃達。

エビルダイバーも抵抗に雷撃を放とうとするが、傘がそれを防ぎ、ミスパイダーには攻撃が通らない。

ましてや糸が動きを封じており、攻撃を受けている中での抵抗では限界がある。

遂にはエビルダイバーの限界が来たのか、爆散し、辺りには再び悲鳴が木霊する。

 

 

「ホホホホホ! 狩りの時間、ですわネ」

 

 

全員殺す。

はっきりと言い放つ言葉に、周りに人間達はパニックを起こし始める。

なんだ、なんなんだアレは。叫び、青ざめ、恐怖に表情を歪ませて逃げ始める人々。

そうだ。これだ、これこそが求めていたものだ。

両手を広げ、今を楽しむミスパイダー。

しかしまずは――

 

 

「醜いですわ。ああ、なんと醜悪なのでしょう!」

 

 

先ほど脚を打ち抜いた警備員が、這うようにして離れているのが見えた。

背を向け、呼吸を荒げ、必死に生にしがみ付こうとしている。

なんて愚かな事か、なんて醜い事か。

 

 

「あの程度の攻撃でもう満足に動けない人間の脆さ。哀しくすらなってくる」

 

 

ミスパイダーは傘を向け、警備員の頭を吹き飛ばすために弾丸を発射した。

が、しかし何故か手がブレて、照準がターゲットから大きく外れてしまったではないか。

おかげで弾丸はおかしな方向へ飛んでいき、空へ消えていく。

警備員を仕留め損なってしまった。ミスパイダーは不思議に思い辺りを見回すが、そこには何も存在していない。

 

 

「屑が」

 

 

そう言いながら手を旋回させる。

するとその動きに連動するようにして、浮遊する球体ビットが銃口の向きを変えた。

放たれるのは、強靭なワイヤーとも言える糸だ。

それは虚空を狙ったものの様に思えたが、ミスパイダーが手を振ると、ビットは彼女の周囲を高速で飛び回る。

 

 

「!!」

 

「捉えましたわ。オホホ!」

 

 

すると何かに当たる感触。

そこには何も無い筈だが、ミスパイダーはしっかりとターゲットを捉えていた。

ビットは糸を流しながら高速旋回、すると何も無いはずの空間がしっかりと『縛られていく』。

ギリギリと締め付ける糸、その苦痛からか、遂にバイオグリーザーが姿を現した。

ニコもまた不安になって今朝バイオグリーザーを向かわせたと言う事だ。

そしてその不安は的中し、と言う事なのだろう。

 

舌でミスパイダーを妨害したはいいが、それが原因で見つかってしまった。

バイオグリーザーはすぐに逃げ出そうとはするが、ビットは彼の周りを旋回し続け、より糸を強く結び付けていく。

既にバイグリーザーの腕力では、その糸を引きちぎる事はできない。

 

 

「裂かれろ!!」

 

 

二つのビットが、反する方向へと加速する。

それは当然繋がっている糸を引っ張る訳で、ギリギリとバイオグリーザーの胴体が締め上げられた。

いや、締め付けられるなんてものじゃない。糸が肉体を侵食し、バイオグリーザーの胴体は真っ二つに。そしてそれがスイッチとなったのか、バイオグリーザーは爆発して消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ! バイオグリーザーが殺られた」

 

「俺もビジョンベントが使えない。エビルダイバーが殺された証拠だ」

 

「そんな――ッ!」

 

 

念の為にと、再びほむらの家に集まっていた一同。

そんな中で手塚とニコの報告が一同の背筋を凍りつかせる。

見滝原外で二体が死んだと言う事は……。

それも清明院に向かわせた二体が死んだと言う事は、だ。

 

 

「間違いない、魔獣だ」

 

「魔女程度だったら、バイグリちゃんなら逃げられるからな。ちくしょう、後で復活するって分かっても後味悪いな……!」

 

 

いよいよ始まったと言う事か。

焦りを覚える一同。まどかは祈りの構えを取って、仁美たちの無事を強く願った。

真司は真司でドラグレッダーを応援に回そうと叫ぶが、魔獣が真司側に来る可能性もある。

ライアが24時間ブランク体で過ごさなければならない今、そうなると今ドラグレッダーを失うのは非常にまずい。

 

 

「でもやっぱり三人が危ない目に合うって分かってるのに!!」

 

 

そこで手塚が首を振った。

 

 

「下宮を信じてやれ。そういう戦いをお前は望んだんだろう?」

 

 

向こうの戦略が分からない以上、まずは下宮が二人を守ってくれる事を信じるしかない。

 

 

「ぐぐッ!」

 

 

歯を食いしばる真司。

彼に今出来る事があるのなら、それは皆が無事でいてくれと強く祈る事。

そして下宮を信じる事だけだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよ……アレ」

 

「あれが、まさか――ッ!」

 

 

清明院の敷地、入り口付近。

そこで中沢と仁美が見たのは、コチラに歩いてくる化け物の姿だった。

ミスパイダー、どうやらバイオグリーザーに構っている間に、食うと決めていた警備員を逃がしてしまったらしい。

とは言え彼女に悲しみなど欠片とて無かった。だってそうだろう? 前からは警備員よりも若い獲物が、二人も見えているのだから。

 

 

「ど、どうすれば……!」

 

 

脚が震える。

仁美は青ざめて周りを確認する。

どうやら周囲は一応避難が完了して、人間は自分達のみ。

 

下宮の魔獣体を見ていた為に、迫る異形に少しは冷静さを持つ事はできる。

とは言え、まどか達から聞いた話しが本当ならば、向こうは自分達の事を家畜以下の存在としか認識していない筈。

話し合いの余地は無い、殺すか殺されるかのリアル。

 

 

「と、と……! とにかく逃げよう! 下宮に任せるしかない!」

 

 

頷く二人。

魔獣に背を向けて同時に走り出す。

 

 

「ホホ……」

 

 

手を口に当てて、ミスパイダーは含み笑いを行う。

逃げる二人とは違い。立ち止まって、余裕の素振りを見せている。

獲物を追いかけるのが狩りと言うものではあるが、何も自分が汗水を垂らしながら追いかける必要は無い。

ミスパイダーの役割といえば捕らえた獲物を美味しく頂くだけ。

必死に頑張るのは美しくないのだ。

 

 

「焼き加減は――」

 

「!!」「!!」

 

 

中沢と仁美の前に現れるのは、ミスパイダーに蓄積されている負のエネルギーから生まれた従者達。

このように、従者型は魔獣の力を削って生み出されるため、魔獣制限数の効果を受けない。

もちろん生み出せる数そのものは制限されているようだ。

現に以前は数十体生み出せる量の負を注いでも、今は三体ほどしか生み出せない。

 

だが、人間相手ならば三体で十分だ。

従者型の武器は、指から放たれる糸状のレーザーと、顔に張り付いているモザイクから放たれる高出力のレーザーだ。

従者達はモザイクを光らせ、青ざめる二人に狙いを定めた。

 

 

「レアでお願いしますわ。ホホホホ!」

 

 

ギリギリで死なない程度に焼き焦がし、死に逝く様をジットリと見つめながら自らがトドメを刺す。

ああ、なんて素晴らしいプラン。想像するだけで快楽が脳に溢れ出てきそうだとミスパイダーは笑い続ける。

 

 

「な、何ッ!?」

 

 

しかしすぐに驚愕。

と言うのも、従者が今まさにレーザーを放とうと言う所で、その首が吹き飛んだ。

中断される攻撃と、地に落ちる従者達の三つの頭。どうやら切断された様だ。

絶命した従者達は、すぐに粒子化して消滅していく。

何が起こったのか。戸惑うミスパイダー。

従者の首を切り落としたのは見間違いでなければ『水』だった。三日月状のウォーターカッター。

 

 

「ミス・シュピンネ、少し派手に動きすぎです」

 

「貴様、下宮鮫一……ッ!」

 

 

下宮は中沢と仁美の間から現れ、二人の肩を掴んで後ろに下げる。

されるがままの二人、呆気に取られている中沢たちを見て、下宮はニコリと微笑む。

 

 

「昨日は骸へ行けず申し訳ありません」

 

 

これが理由ですと下宮は清明院を示した。

香川殺害を自己の判断で行ったと告げれば、少しは時間も稼げるだろう。

死体は既に処分したと言えばミスパイダーにそれを探る術は無い。

その間に中沢達は逃げ、時間を稼いでいる間に香川は研究を終わらせれば良い。

下宮の力では上級魔獣に勝つ事はできないかもしれないが、時間を稼ぐくらいはできる。

そして香川の頭脳と才能があれば、その間に全てを終わらせる事は可能の筈だ。

 

 

「理由?」

 

「ええ」

 

 

可能の筈だが――。

 

 

「さあ、博打の時間だ」

 

「は?」

 

 

一世一代の大勝負。

下宮は汗を浮かべ、ニヤリと笑って腕に水流を纏わせる。

 

 

「ハァアアッッ!!」

 

「!?」

 

 

決意を乗せた眼でミスパイダーを睨み付けると、思い切り腕を振るう。

放たれる三日月状のウォーターカッターは一直線に彼女の首を刈り取ろうと空を切り裂いた。

目を見開く中沢と仁美。次に聞こえた音と言えば、水が弾ける音。

そしてミスパイダーを覆い隠す傘が開く音。

 

 

「下宮、貴方……」

 

 

ミスパイダーは傘を広げて前にかざす事でカッターを防いだ。

そしてその傘を畳んだ時、すさまじい程の殺意が溢れる。

 

 

「やはり裏切るか――!」

 

「……ッ!!」

 

 

殺意には瘴気が重なっており、普通の人間である中沢達にもしっかりとその威圧感や恐怖が伝わってくる程だった。

それは気を抜けば気絶してしまいそうになる程。二人はフラつく足で建物の影に隠れる。

 

一方で対峙し合う下宮とミスパイダー。

こうなっては仕方ない、下宮はスラッシャーへと変身してサーベルを両手に構えると、一切の言い訳を排除してミスパイダーに攻撃を仕掛けた。

つまりそれは、魔獣から離反すると言う事を一番分かりやすく証明する手段である。

 

 

「だったらどうする! 僕を殺すか?」

 

「当然の事ですわ! 楽に死ねると思うなよッッ!!」

 

「なら殺してみろ! それがお前等の唯一の取り得だろう!?」

 

「貴様ッ! 魔獣を裏切るだけでなく、愚弄までするか!!」

 

 

走り出す両者。

ミスパイダーはビットから糸を発射して、下宮の動きを封じようと試みる。

しかし下宮も水流を噴射。その水圧は凄まじく、糸の勢いを殺して粘着性も封じていく。

ならばとミスパイダーは傘の引き金を引いた。圧縮された糸が発射されていき、水を突き破りながら前に飛んでいく。

 

 

「グッ!!」

 

 

着弾。赤い血がスラッシャーの肩から噴射される。

しかし彼は怯まずに足を進め、刃をミスパイダーに向けて力強く振るう。

そして音。それは下宮が振るった刃と、ミスパイダーが振るった傘がぶつかり合う事で生まれる。

傘の強度は凄まじく、鋭利な刃をしっかりと受け止めていた。

だが向こうは一本だ。下宮は残った方の刃を振るうが――

 

 

「調子に乗るのは、いけない事ですわね。ホホホハハ」

 

 

ミスパイダーは傘を持っていない方の腕を盾にして、振るわれた刃を受け止めた。

ガントレットもまた硬く、下宮の刃を通さない程の強度を持っている。

もちろん下宮だって全力でミスパイダーの腕を切断するつもりだった。

しかしギリギリと刃は震えるだけで、切り裂く感触は無い。

 

 

「チィイッ!」

 

「ホホホホ! 劣悪な人間の血が混じっているだけの事はある」

 

 

所詮はハーフ。完全な魔獣であるミスパイダーと比べればスペックの差は歴然だった。

下宮は激しい乱舞を仕掛けていくが、次第にカウンターを受けたり、回避の数が多くなっていく。

さらに特殊能力面での攻防もまた劣勢を極めていた。

激しい水流を発射できるのは大きな強みだが、ミスパイダーの意思で空中を飛び回る球体ビット。それは下宮の背後に回ると、強靭な糸を発射して手や足を縛る事で動きを鈍らせていく。

動きが鈍れば攻撃を避けられない。次第に下宮の体に打ち込まれていく拳や蹴り。

 

 

「ホホホホホ! 実力の無いお前が魔獣を裏切った所で、出来る事など何も有りはしないのに!」

 

「グふっ! ズゥッッ!」

 

 

ミスパイダーは傘の先端、石突で下宮の頭部を弾き飛ばす。

地面を無様に転がる下宮を見て、高笑いを一つ。

魔獣でいたままなら生きながらえた物を。全くもって愚かな選択としか言い様が無い。

 

 

「馬鹿な人間の部分が疼いたか!」

 

 

ミスパイダーは倒れた下宮の頭部を掴むと強制的に立ち上がらせる。

そしてその鋭い牙で、肩に噛み付いた。

 

 

「グアァアアアッッ!!」

 

「し、下宮くん!!」

 

「―――ッ!」

 

 

耳を引き裂かれん程の悲鳴に、中沢は思わず下を向いて口を押さえた。

 

 

「――ッ! オぇッ!!」

 

 

下宮の声は今まで何度も何度も聞いてきたが、この悲鳴は初めて聞く。

それが齎す今に心がザワつく。今すぐ目を背けたい。しかし下宮が今、確かに死に向かっていると言う状況は無視できない。

 

 

(でもッ、どうすればいいんだよッ!)

 

 

中沢は堪らず再び顔を上げた。

するとミスパイダーが下宮の肩の一部を噛み千切っているのが見えた。

苦しめて殺す、それが魔獣の特徴でもある。そうする事で、より質の良い絶望を集める事ができるからだ。

 

だがそれは逆にチャンスとも言える。

下宮は肩を押さえながらも水流をありったけ発射。

ミスパイダーを押し出してフォームチェンジを行った。

砲台が出現して、容姿もまた変更される。『ハンマー』と呼ばれる形態だ。

下宮はキャノン砲を前に担ぐと、狙いを定める。

 

 

「グッ! ウゥゥウウ!!」

 

 

肉の一部が無くなったものの、まだ腕は動く。

両手で砲台をしっかりと支えて、下宮は一発、二発と、弾丸を発射した。

それらは瞬時にミスパイダーのビットに命中。破壊とまではいかなかったが、大きく後方へと吹き飛ばし、一時的にだが機能を停止するまでには至った。

 

 

「ハァァアアア!!」

 

 

その間にチャージを開始する。

この距離なら、ミスパイダーが走ってきたとしても僅かな猶予はもてる。

 

 

(その間に弾丸の威力を高めて吹き飛ばしてやる!)

 

 

下宮はそう意気込むが、やはりと言うべきか、眼前のミスパイダーには欠片の焦りもない。

 

 

「ホホ……」

 

 

どこからともなく、ミスパイダーは自身を表した紋章が刻まれた二つの『宝石』を取り出す。

そしておもむろにソレを地面に投げた。すると宝石が砕け、眩い光が迸ったかと思えば、下宮はすぐに異変をその身に感じる事に。

 

 

「ッ!」

 

 

彼の立っていた地面、そこからバラの蔓が突き出てきて足を縛りつける。

なんだコレは? そう思った時には、大きな地響きと共に地面が抉れ、そこから耳を塞ぎたくなる様な叫び声が聞こえてくる。

見れば二体の魔女が、地中から突き出て来たではないか。

 

 

「こ、これは――ッ!!」

 

「ホホホ! お忘れですか? 魔女の支配権が我々にあると言う事を」

 

 

円環の理を支配した際に、ギアは魔法少女達を回収。

それを強制的に絶望させる事で、ゲーム盤に魔女を組み込んでいた。

その際、ほぼ全ての魔女の『元』。つまり本体を宝石に封印して管理していた。

コレを『ダークオーブ』と言い、今も尚、星の骸にその多くが管理されている。

 

今回はそのダークオーブもまた等しくしてゲームの管理。

つまりインキュベーターの管理下にある事にはあるが、その使用権は魔獣達にある。

簡単に言えば、魔獣は魔女を使役している。前回のゲームで言うユウリと同じなのだ。

 

今ミスパイダーが呼び出したのは、カラフルな綿の体に薔薇の目を持つ頭蓋骨がついているクリフォニア。

そしてヘドロの様な頭部にバラがついており、体は蝶の様なゲルトルートの二体。

これがそれぞれ『オリジナル』と言う事なのだろう。二体の魔女は触手を使って、下宮の動きを封じていく。

 

 

「ホホホ、なんて弱いんでございましょうか」

 

「グハッ! ガッッ!」

 

 

ミスパイダーの弾丸が下宮の体中を激しく抉っていった。

倒れようにも触手がガッチリと体を固定しており不可能となる。

そうしている内にミスパイダーが下宮の前にやってきて、キャノン砲を傘で突き刺した。

 

 

「何を勘違いしたのかは知りませン。けれど、お前がワタクシに勝てる可能性なんて初めからゼロですのよ!」

 

 

ミスパイダーの傘が、下宮の顔を殴打する。

ダウンする事を許されずに殴られ続ける下宮を、仁美たちは震えながら見ているだけしかできなかった。

 

 

「一体ッ、どうすれば――ッ!!」

 

「どうするったって俺達じゃあんなヤツに勝てっこないよ……!」

 

「でもこのままじゃ下宮君が!!」

 

「ッッ!!」

 

 

そうだ、間違いなく死ぬ。

中沢は無性に怖くなって後ろに下がった。

友達が……、そう思っていた者が今、目の前で死ぬ。

いや正確には殺されるんだ。それを思えば、また吐き気がこみ上げてきた。

 

しかしどうすればいい?

下宮が勝てないのなら、中沢達にミスパイダーをなんとかする術は無い。

ましてや他にも二体化け物が増えたのは、二人にとってまさに絶望的な状況と言えるだろう。

 

 

「ホホ! ホホホホ!」

 

 

そして、ミスパイダーもそれに気づく。

先ほどの会話で思い出した。下宮は二人を押しのけるようにして出てきたし、今だって他の人間は逃げたのに、彼らは物陰に隠れているだけ。

 

 

(成程……)

 

 

中沢達の顔には見覚えがあった。

アレは確か下宮が通っていた学校で――。

 

 

「ホホッ、人間特有のくだらない情に感化された訳ですわね? 本当に愚かな子」

 

「黙れッ! お前に人の感情を見下す資格は無――」

 

 

ガントレットを存分に使った裏拳が下宮の脳を揺らす。

ミスパイダーには下宮が裏切った理由が何となく分かった。

良心の呵責、罪悪感、偽りの友情! くだらない、ああ下らない! ゲラゲラと笑いながら下宮を殴りつける。

 

 

「あんなゴミ共の為に命を捨てるとは!」

 

「ゴミじゃない!」

 

 

胸に含んだ想いはある。

だが、その言葉には迷いも嘘もなかった。

それは下宮にとっての真実、紛れも無い本心の言葉なんだと。

 

 

「彼らは――ッ、僕の友人だ!!」

 

「!!」

 

 

中沢は下宮を見る。

姿こそ、自分の良く知っている下宮とはかけ離れているが、その声は何度も聞いていたのと同じだ。

随分とまあ、力強い言葉だった。

 

 

「ホホホホホ! でしたらお前の処刑を行う前にッ、あの二人を目の前で殺して差し上げますわ!」

 

「「!」」

 

 

嘘だろ?

中沢と仁美は全身が一気に冷えるのを感じた。

自分達を殺す? いや、もちろん本気なんだろう。

今の戦いを見ていれば嫌でも分かってしまう。

下宮が助けてくれると思っていたが、正直予想していたよりも力の差を見せ付けられてしまった様だ。

 

 

(こ、こんな事なら――)

 

 

そこで中沢は大きく首を振る。

一瞬、こんな事なら下宮を置いて逃げれば良かったと思いそうになった自分を叱咤する。

駄目だ、下宮は自分達を守る為にあんなに傷ついているんだから。

とは言え、胸に残るモヤモヤは未だに消えず、さらにそれを上回る恐怖が中沢と仁美を包んでいく。

ミスパイダーがコチラを見ている、二人は思った事だろう。

このままじゃ――、死ぬ。

 

 

(そんな……!)

 

 

仁美はギュッと目を閉じる。

その暗闇の中、思い浮かぶのはやはり、まどかとさやかの笑顔だった。

自分の知らない所で魔法少女となり、自分の知らない所でいっぱい傷ついて、自分の知らない希望と絶望を抱いた彼女達。

二人に少しでも近づきたくて。でも今、その道が途絶えようとしている。

 

結局駄目なの? 無意識の景色、それは踏み切りだった。

過去の記憶の景色だ。赤いランプが点滅している世界は何故か無音で、自分が立っている場所に二人はいない。

まどかとさやかが立っているのはレールを挟んだ向こう側だ。

いつかの時間、いつかの日、同じような光景があったのだと仁美は記憶を蘇らせる。

 

前を行っていた二人は早足で向こう側に行き、自分は立ち止まって電車が通り過ぎるのを待つ。

分断された世界。そして仁美が覚えたのは疎外感だった。

この景色が、この状態が、自分達の関係を表している様で怖かった。

 

 

(私は……)

 

 

幻影の世界。

電車が通り過ぎた時、二人の姿はどこにも無かった。

現実では二人はわざわざ自分の所へ戻ってきてくれたが、『真実』は違う。

幻影とリアルが重なる。また電車が通った。今、電車が通り抜けたら向こうにいたのは化け物だ。

一歩、また一歩、ミスパイダーが軽快な足取りで向かってくる。

 

 

(私は、何も出来ずに――ッッ!)

 

 

唇を噛む。

祈ったのは友の為だ。

なのに何も出来ずに終わるのか。

 

 

「下宮、よく見るがいいわ。お前が魔獣を裏切ったせいでこの二人は死ぬんでございますのよ?」

 

 

ホホホと笑い声。

下宮はクリフォニアとゲルトルートに縛り上げられながら目線を二人に向ける。

そして小さな声で――。それはそれは小さな声で呟いた。

 

 

「頼む――ッ!」

 

 

頼む、頼む頼む頼む!

ここからなんだ。ここからが――ッッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『死と言う言葉を一口にしても、その意味はまさに多種多様と言える』

 

「「!」」

 

 

そのとき、フワリと仁美達の前に『白』が舞い降りた。

 

 

『死刑と言う、罪を償わせる為の死。尊厳死と言う、人のプライドを守る為の死』

 

 

死に方もまた、この世界では無数の種類が存在している。

人には人生と言う物がある訳で、それは一人一人異なる道を生きて歩む事。

生まれてから全く同じ行動やイベントをこなす人間は存在しないだろう。

 

 

『だが、その終着点は皆、何れも死と言うシステムを介する』

 

 

それは皆、同じの筈だよね?

白は饒舌に言葉を仁美たちへ――……。

いや、訂正しよう。中沢ではなく『仁美だけ』に言葉を向けている。

志筑仁美と中沢昴が並び立つ中、白は仁美にだけ声を掛けている。

世界はスローモーションになり、仁美は思考が追いつかぬままに"彼"を見ているだけだった。

 

 

『ボクは預言者でもなければ死神でも無い。故に、君達に与えられる死がどんな物になるかは約束できないし、ましてや想像もつかない』

 

 

しかしそれは普通の人生を歩むならば。と言う話しだ。

普通と言う定義はあやふやな物だが、今ならばハッキリ言える事が一つだけある。

それは、このままならば仁美達は確実に死ぬということだ。

 

 

『それはボクでも分かる。キミ達は魔獣に殺されるんだ』

 

 

先程、死には色々な形があると言ったね?

 

 

『コレも分かる。魔獣が与える死は、苦痛と絶望に塗れた物さ』

 

 

ミス・シュピンネ。彼女は蜘蛛の特性を持っている。

恐らく彼女はキミ達の体の中をまず溶かしていく筈だ。仁美、キミには理解できるかい?

体の中が少しずつ融解していく際に発生する激痛と凄まじい恐怖が。

痛みを伴いながら死へ向かうキミは、泣き叫ぶかもしれない。

それともその前に発狂するのかな? そうやってキミはドロドロになり、シュピンネはキミの中身を啜るのさ。

 

 

『結局、キミはまどかやさやかの助けにもならず。ただ彼女達を悲しませ、魔獣を喜ばせる道具になるだけ』

 

「そんな――ッ!」

 

『悲しいかい? 悔しいかい?』

 

 

仁美は大きく頷いた。

 

 

『ボクには理解できない感情だ』

 

 

だが、ならばと。

白い影は赤い目で、仁美を舐める様に見つめる。

 

 

『一つ提案があるんだ』

 

 

考えても見てほしい。このままなら確実に死ぬ。

それならいっそ、苦痛の無い方法で死んでみないか?

 

 

「え……?」

 

『それにその"死"は、終わり等では無いよ? 仁美』

 

 

なぜならばそれは肉体の死だけ。

魂は別の器に入り、再び肉体を稼動させる事も可能となる。

そして齎された奇跡は力となり、キミの願いを叶える手助けをしてくれるだろう。

苦痛と絶望に溢れた死と、希望と可能性に満ち溢れた死。

どちらを選ぶべきなのか。それはもう簡単だよね?

 

 

『そしてキミには、それを選ぶ才が。資格がある』

 

 

以前はそうでもなかったけれど。

輪廻はそれだけの因果を収束させ、キミもまた、その資格があるとボクは判断したよ。

だからボクはココに来た。キミにこの言葉を送るためにね。

 

 

『志筑仁美』

 

「!」

 

 

その時、仁美とキュゥべえの視線がピッタリと重なった。

 

 

『ボクと契約して、魔法少女になってよ』

 

「―――」

 

 

ずっと考えていたんだ。

踏み切りの向こうに行くにはどうすればいいのだろうと。

考えている間に電車は来てしまった。だとすれば踏切を乗り越えるしかもう方法は無い。

そうしている間に、二人に置いていかれてしまうから。

 

 

「まどかさんを助けたい!」

 

 

初めから分かっていたんじゃないのか。

電車が通り過ぎた時にはもう遅い。

なら向こう側に行くには、道を塞ぐ物を飛び越える力。魔法が必要だったんだと。

 

 

「さやかさんを、私の大切な友達を守りたいッ!」

 

 

彼女達の痛みを本当の意味で知るには。

彼女達に本当の意味で近づくには。答えはソレしか無いと。

でもそれは無理だと分かっていた。だから口にする事も、それをする事が正しい事なのかも判断しきれずに黙っているだけ。

 

 

「だから……ッ! だから!!」

 

 

でも、今その枷は外れた。

だとすれば、彼女に迷うと言う選択肢は無かった。

 

 

「だから私は、もう二人に傷ついて欲しく無い! 苦しんでほしくないんですの!」

 

 

何よりもまどかの友として、彼女が願った世界を作る手助けがしたいんだ。

参加者の死を否定し、狂ったゲームを終わらせたいんだ。

だから叫んだ、生まれて初めて上げる、声を枯らすほどの大声で。

 

 

『キミの願いは理解したよ志筑仁美』

 

 

ただ残念だけどゲームを終わらせると言う部分や、まどか達を死なせたく無いと言う、直接ゲームのシステムを変更する願いを聞き入れる事はできない。

あくまでもゲームと言う舞台は完成された物であり、それをゲーム盤の中にいる駒が変えるのは許されないのだ。

 

 

『ただ、その願いを力に変える事はできるよ』

 

 

つまり――、キュゥべえの説明に仁美は迷わず頷いた。

そのときだ、幻想の世界で仁美に翼が生えた。

彼女は地面を蹴って空へ飛び立つ事で電車を飛び越える。

そして、まどか達の元へ手を伸ばした。

 

 

「キュゥべえさんっっ!!」

 

 

仁美は、自分だけの。

志筑仁美だけの希望を願いへ乗せる。

 

 

「私の願いは、この戦いを最高のハッピーエンドにしたいんです!」

 

 

悲しみの無い、苦痛の無い、笑顔が溢れる世界に。

皆が生き残り、まどか達とまた笑って暮らせる様な世界が欲しい!

だから、だから!!

 

 

「それを叶えられる力を下さい!!」

 

 

仁美は泣いていた。そして叫んだ。

 

 

「私を、魔法少女にしてください!!」

 

『分かったよ、志筑仁美』

 

 

おめでとう、君の願いはエントロピーを凌駕した。

 

 

『キミが、14人目だ』

 

「………」

 

 

キュゥべえは仁美とテレパシーを使って話せば良かった筈だ。

にも関わらず、わざわざ声を出して仁美と会話を行った。

わざとなのか、それともキュゥべえがミスをしたのか。

それは分からないが、二人の会話を中沢は確かに聞いていた。

 

彼はスローの世界で立ち尽くしていた。

そして拳を強く、強く、震える程に強く握り締めて仁美の背中を見ているだけ。

はじめて見る背中だった。だってそれは彼女の衣装が変わっているから。

 

 

(志筑さん――ッ!)

 

 

知っていた、知っていたんだ。

中沢は歯を食いしばりながら、未だに遅い世界の中で立っていた。

彼は昨日の夜に聞かされていた。下宮が何故自分達を呼んだのかを。

それは今、目の前で走っている仁美が証明している。

 

少しずつ離れていく背中。

仁美は地面を蹴って跳んでいた。その中で中沢は、彼女を睨む様に見つめながら、複雑に暴れる心を感じる事しかできなかった。

 

 

「………」

 

 

背中は離れていく。二人の距離は離れていく。

初めて見る仁美が自分の前にいて、彼女が自分から離れていく感覚が中沢にとっては堪らなく辛かった。

 

体のラインがしっかりと分かるノースリーブの黒い上着。

襟はフリルの様になっており、腰部分には彼女のイメージカラーである緑色のビスチェが。

さらにビスチェ周りには同じく長い緑の布が巻かれており、ローブの様に足元までカバーしていた。

 

布は前面部が裂けており、下半身にはショートパンツと、その上には端が緑色の黒いスカート。

そして同じく黒いニーソックス、緑のブーツを履いていた。

腕には長い緑色の手袋が装備されており、右腕には『ピンク』の腕輪、左腕には『水色』の腕輪が装備されている。

頭には緑色の模様が施された黒いミニベレーを付けており、首元には黄緑色のリボンに包まれた緑色の美しい宝石が見えた。

そう、それこそが彼女のソウルジェム。志筑仁美が魔法少女になったと言う何よりの証であった。

 

 

「……ッ」

 

 

中沢は大きな喪失感を覚えながら、仁美を見ていた。

これが下宮の本当の狙いだったんだ。仁美を、魔法少女にする事が。

 

 

(俺は……、俺は――ッッ!!)

 

 

この事を彼女に言うべきだったんだろうか?

下宮への想いと、仁美への想いに優劣を付ける事ができずに、時間は結果だけを導き出した。

これで、志筑仁美は『人』では無くなった。しかし彼女はむしろそれを望んでいた様にも思える。

それだけの覚悟と決意があった。何よりも力を手に入れる事の希望が、悲しみと恐怖を超えたのだと中沢は理解する。

友人を助ける事ができるかもしれない事実。

そして死への運命を変えられるかもしれない可能性が、仁美を魔法少女へと変えたんだ。

 

 

(それに比べて、俺は――ッ!)

 

 

燻る思いに決着を付けたいのに、付けられない。その事実が中沢の心をより大きく蝕んでいた。

ただそれにしても、中沢の目には仁美が強く輝いている様に思えたんだ。

それは気のせいでは無いと、彼自身が一番信じたかった。

 

 

「ハァアアア!!」

 

「んマッ! そ、その姿は!!」

 

 

ローブを靡かせて地面に着地した仁美。

その手には武器であるバトンが握られていた。

煌びやかな装飾が施された銀色のバトン、『クラリス』。

ラテン語で輝かしいと言う意味を持つそれを、仁美は器用に回転させる。

 

 

『ッッ』

 

『グプォオ!!』

 

 

そして、思い切り振るうッ!

 

 

「ハッ!!」

 

 

クラリスからは連動する様に光弾が連射され、二体の魔女に直撃。その動きを大きく怯ませる。

さらに仁美はバトンを回転させながら地面を駆け、ミスパイダーの眼前へ迫った。

 

 

「こ、この様なイレギュラーが!!」

 

 

驚くのも無理はない。

13人の魔法少女と、13の騎士が全てだった。

しかし今、ミスパイダーの目の前にいるのは全く予想もしていなかった14人目。

いや、とは言え、所詮人間は人間。さらに言ってしまえば魔法少女とは言えど、契約したての未熟な状態だ。相手ではないとミスパイダーは思った事だろう。

だが――

 

 

「フッ!」

 

「まあ!?」

 

 

仁美の体を刺し貫くつもりで繰り出した傘の突き。

しかし仁美は軽く体を捻る事で簡単に回避して見せた。

ありえないとミスパイダー。魔法少女になった事で確かに身体能力は上昇したかもしれない。しかしそれ以外は変身前となんら変わりない筈。急に繰り出される突きに対応できるなんて……。

さらに驚く所はココだけではない。仁美は大地を踏みしめ思い切りバトンを振るう。

 

 

「ゴホッ!!」

 

 

間抜けな声がミスパイダーから漏れた。

速い? それに痛い!? 混乱する側が、つい先ほどとは間逆になる。

 

 

(馬鹿な、魔獣の鎧がこんな、なり立ての魔法少女等に――!?)

 

「ハッ!!」

 

「ガフッ!」

 

 

バトンで殴られた事により、左に向いた首。

かとも思えば次の回し蹴りで体が左を向いた。

それだけの衝撃、それだけの痛みがミスパイダーに襲いかかる。

さらに仁美はバレエの要領で回転を続け、蹴りをもう一発ミスパイダーの背中に打ち当てた。

大きくよろけ、前へフラついていくミスパイダー。後ろをチラリと見れば、そこにはレース状のローブを掴みながらクルクルと回転している仁美が。

バトン捌きも申し分ない。バトントワリングを基盤とした体術は完璧だった。

 

しかし、それもその筈だ。

仁美は他の魔法少女とは違い、明確な一つの願いを結果には変えなかった。

同じケースとして鹿目まどかが挙げられるが、要は魔法少女になる事を願いとしたケースである。

通常、魔法少女とは願いを叶えた代償として、副産物的な意味を含めた物。

しかし仁美はその願いを、希望を、直接魔法少女の力に変換させている。

 

要するに、戦う事を願ったのだ。

当然それだけ他の魔法少女よりもスペックが高くなる。

さらに願いの恩恵で、戦い方や魔法の使い方が頭に入ってくる特典までついていた。

つまり、仁美は契約したての魔法少女の中では、確実に最強クラスと言う事なのである。

 

 

「ラァア!!」

 

 

魔女が怯んだ事により、下宮が拘束を抜け出した。

すぐにスラッシャーに変わると、水を纏わせた刃で回転切りを行い、魔女たちに追撃を行う。

さらに後退していく際に、ハンマーへとフォームチェンジ。

チャージを行い、クリフォニアに照準を合わせた。

 

 

「シュアアアアア!!」

 

『クプォオオオオオオオオオオ!!』

 

 

巨大な弾丸が放たれ、クリフォニアを貫き爆散させる。

すぐにゲルトルートに照準を移す下宮だが、受けたダメージは大きく、先ほどの反動もあってかすぐに地面に膝をついてしまった。

 

まずいか?

彼の前には頭を振り上げているゲルトルートが。

そのまま頭突きをするつもりなのだろう。

だがコチラは避けられない、下宮は防御の姿勢を取って構えた。

 

 

「失礼!」

 

「えっ? って、うわッ!」

 

 

肩に軽い衝撃。見れば緑色のローブが空に大きく開いて靡いていた。

下宮の肩を蹴った仁美は、その勢いで大きく跳躍。

ゲルトルートを飛び越えるとバトンから光弾を放って、背を攻撃する。

それによりゲルトルートは痛みからターゲットを目の前の下宮ではなく、背後の仁美に変更する事に。それでいい。これで下宮は守れる。

 

 

「集え!」

 

 

仁美の言葉がスイッチになり、バトンの先端に緑色の光が灯る。

素早く交代していく中、ゲルトルートの攻撃を回避しながらバトンを回し続ける。

魔法の恩恵もあってか高速で回転し続けるバトン。どうやら一回転するごとに、先端に灯った光が大きくなっていくらしい。

ある程度下がったところで、仁美は光の球体が漏らす粒子を伴いながらブレーキをかけた。

 

 

「ハァァア!」

 

 

振り下ろされたゲルトルートの頭部に向かって、仁美はバトンを下から上に振るう。

どうやら光が大きくなれば、それだけバトンの攻撃力も上がるらしい。

現に、ゲルトルートの巨体がバトンの一撃で浮き上がり、そのまま空中に舞い上がる。

そして仁美は、収束した光をゲルトルートに向けた。

 

 

「ルミナス!!」

 

 

バトン先端の巨大な球体が分離し、発射される。

それは猛スピードでゲルトルートに直撃すると、一撃で爆散させる威力を見せた。

仁美は再びダッシュで下宮の方へと駆け寄ると、彼の肩に回復魔法をかける。

ただ固有魔法は『回復』ではないので、気休め程度と言われればそれまでだが。

まあ掛けないよりはマシだろう。

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

「ああ……、すまないね、仁美さん」

 

 

色々と。

下宮の言葉に、仁美は気にするなと言う表情を浮かべて首を振った。

コレは仁美自身が望んでいた事なのだから。明確に口にはしなかったが、初めて魔法少女の話を聞いた時から思うところはただ一つだった。

まどかと同じ存在になりたい。やはりそうしなければ、見えない景色がある。

尤も、それを分かっていたから下宮は仁美を魔法少女へ変えるべく動いたと言う訳なのだが。

 

 

「……ッ、ミスパイダーは!?」

 

「気絶している様なので下宮くんを先に」

 

 

仁美の視線の先には、うつ伏せで倒れているミスパイダーが。

先ほどからずっと動かないので、攻撃が効いたものだと仁美は思っていた。

しかしすぐに大きく首を振る下宮。いくらなんでもただの打撃で魔獣が気絶する訳がない。

 

 

「「!」」

 

 

盛り上がる地面。

それを確認したと同時に、地中から大縄とも呼べる程の白い糸が突き破ってきた。

下宮は咄嗟に狙われた仁美を突き飛ばす。するとどうだ、下宮の装甲に糸が槍の様に突き刺さり、大きく吹き飛ばす。

 

 

「ガハッ!!」

 

「下宮くんッ!!」

 

 

貫通こそしなかったが、糸を束ねた槍は下宮の腹部を突き破っていた。

口から大きく血を放つ下宮。すぐに仁美は彼の元へ向かおうとするが、その耳に聞こえたのは濁った高笑いであった。

 

 

「ホホホホホ!! 所詮は人間、情が足枷となるのですね」

 

 

口から伸びた糸を引き上げ、それを手に持ち変えるミスパイダー。

彼女は気絶などしておらず、そのフリをして糸を地面から仁美達の方へと伸ばしていたと言う事だった。

 

 

「シュッ!!」

 

「クッ!」

 

 

ミスパイダーは糸を下宮の体から引き抜き、鞭の様に振るって仁美を狙う。

もちろん素早く体を回転させて回避を行うが、何か忘れてはいないだろうか?

ミスパイダーの武器は傘、糸、そして――

 

 

「キャアァアッ!!」

 

「ホホホホ、少し力があるだけで所詮は契約したての雑魚。ワタクシには赤子の手を捻るも同じ!」

 

 

糸を発射できる球体ビットが二つ。いつのまにか仁美の背後、それも頭上に移動していた。

ビットからは強靭な糸が放たれ、仁美の両手を縛り上げて大きく開かせる。

さらにそこへ襲い掛かるミスパイダーの鞭。無数の糸を一本に束ねていた為、逆にそれを展開させる事で、無数の糸を仁美の体中に向かわせる。

四肢を、胴をガッチリと縛り上げられて、彼女は完全に移動を封じられた。

 

 

「志筑さん! 固有魔法を使うんだ!」

 

 

下宮が叫ぶ。

仁美の固有魔法を把握している訳ではないが、少なくとも今までの動きの中で使った形跡は無い。

魔法少女のその実力の最もたる所と言えば、やはり固有魔法を除いて他は無い筈だ。

しかし首を振る仁美、彼女が固有魔法を使わないのには、どうやら理由があった様だ。

 

 

「それが……ッ、分かりませんの!」

 

「えッ!?」

 

 

契約したてならば仕方無い?

いや、しかし仁美には戦いの情報が入ってきた筈だ。

それがなぜ一番大事な固有魔法の情報を与えないのか?

下宮はすぐにキュゥべえの名を叫ぶ。すると木の上で、ずっとこの戦いを見ていたキュゥべえが口を開いた。

そう、テレパシーではなく口を開いて直接喋った。

もちろんそれは、ミスパイダーにも聞こえる声で。

 

 

『うん、ボクも驚いているんだけどね。志筑仁美の魔法はかなり強力だ』

 

 

そして何よりも特殊。それ故に、下準備が掛かると。

パソコンで言うなればインストールとでも言えばいいか?

必要な情報、魔法構築を行う為に時間をかけなければならない。

その準備が終われば、やっと魔法の情報が仁美の頭に入って来るという流れだった。

 

 

『まあそう言う事だから――』

 

 

今やるべきことは一つ。

仁美はそれまで時間を稼ぐしかないと言う事だ。

おそらく5分から15分辺りを目安にすればいいと。

そしてミスパイダーとしては、それまでに仁美を殺してしまったほうが賢い選択と言えよう。

 

 

『頑張ってね』

 

「ホホホ、コレは良い事を聞きましたわね」

 

「……ッ」

 

 

それだけあれば十分だ。

そう、十分に楽しめると。

 

 

「ッ!」

 

 

コレは予想外だった。

下宮は血を吐きながら立ち上がり、剣を構えて走り出す。

しかし手負いの彼にまとな動きを期待はできない。

現にすぐにミスパイダーは別の糸を鞭に変えて、彼を弾き飛ばした。

 

 

「ぐあぁあ……ッッ!!」

 

 

地面を転がる下宮。

奇しくも、行き着く先は――

 

 

「下……、宮」

 

「中沢くん――ッ!!」

 

 

脱帽して立ち尽くしている中沢へ、下宮は手を伸ばす。

 

 

「思い出せ――ッ!」

 

「な、何を……?」

 

 

中沢が弱弱しく返すと、下宮は力強く言葉を放った。

 

 

「もう一度聞くッ!」

 

「……!」

 

「キミは――ッ!」

 

 

恋した人の為に。

自分が住む世界の為に。

そして、ある筈だ、誰にだって守るべき物くらい。その為に。

 

 

「命を賭けられるか!?」

 

「!!」

 

 

下宮の狙いは完成されていない。中沢はそれを知っている。

だがその時、下宮の悲鳴が聞こえた。中沢は大きく肩を震わせてうめき声をもらす。

吐き気が酷く、口を押さえて青ざめる。その前で崩れ落ちる下宮。見ればミスパイダーが人間体に戻り、傘の銃口を中沢達に向けていた。

そして下宮の背中にはいくつもの赤い点々が。

 

 

「死に損ないが、お前は後でじっくりと殺してあげますわ」

 

 

だがその前に、まずは仁美だ。

シュピンネは、まず仁美の頬を思い切り平手で打った。

その光景に中沢の心音は最悪のリズムを刻む。そして対照的にシュピンネは上機嫌である。

 

 

「怖いですか? ホホホ」

 

「……いいえ」

 

 

殴られた仁美は頬を赤く腫れさせながらも、凛とした表情でシュピンネを睨む。

しかしその行動がマズかったのかもしれない。

シュピンネは大きな身震いを行い、茶色い口紅かついた唇で、大きな笑みを作り上げた。

 

 

「ホ……ホホ! ほほホほホホホほホホほホホホほほッッ!!」

 

「っ」

 

「オホホホホホホホホッッ! なんて素晴らしいんでしょうか!!」

 

 

二発目の拳が仁美を捉える。

仰け反る彼女の髪を掴んで、シュピンネは自分の顔を、仁美の顔に思い切り近づける。

鼻が触れ合う程の距離。シュピンネは声を震わせながら絶望の言葉を並べていく。

 

 

「気に入りましたわ、貴女! とっても!!」

 

 

何がなんでも絶望させたくなった。

その凛とした表情を涙で覆いつくし、血と鼻水で交じり合った醜い表情で命乞いをさせたくなる。

全身の皮を剥ぎ、体中に穴を開け、臓物を零しながら苦しむ様を見つめて楽しむ。

そして頭蓋骨を半分切り取って脳をむき出しにさせるんだ。

 

 

「怖イ、いタい、苦しイィイィイって泣きサケぶのデスよ?」

 

「――っ」

 

 

興奮しているのか呂律の回り方がおかしくなる。

その中でシュピンネの顔を覆っていた布が剥がれた。

思わず声を上げる仁美。シュピンネの顔、その上半分が晒される。

 

 

「ホホホホほほホホほほほほホほホほホホほほほほホホホホホ!!」

 

 

びっちりと人間の目がそこにはあった。

蜘蛛を模しているからか、8個ある眼球の黒目には。蜘蛛の巣が張り巡らされている様な模様が確認できる。

目は全て仁美を見ていた。その異様な光景、そして今から自分の身に起きる拷問を想像すれば、心は折れそうになる。

 

 

「あ……ッ! ぐっっ!!」

 

 

仁美の美しい脚に赤い線が刻まれる。

鞭で打ち、シュピンネは再び声を上げて笑い出す。

苦痛の声を漏らす仁美。シュピンネの目的はなるべく仁美を痛めつけて殺す事だ。

そのほうが死体も凄惨な物となり、ソレを撮影すれば、まどか達にも後で見せる事ができる。

その時の参加者達の表情を想像すれば、魂が震えてくると言う物だ。

 

 

「う……、うぁ!」

 

 

中沢は殴られ、鞭で打たれている仁美を見る。

見ているだけだった。身体が動かない。

いや正確には動くし、腰を抜かした訳でも無く、立っていたのだが、仁美を助けると言う事ができなかった。

いろいろな意味もあるが、何よりも恐怖が中沢は包んで離さない。

 

 

「―――」

 

 

痛覚遮断を行おうとする仁美だが、八個の目に睨まれ、そのプレッシャーからか上手く行えない。

そしてシュピンネから湧き上がる瘴気が、仁美の心を不安定に変えていく。

凛とした態度でいようとしても、気がつけば目から雫が。

 

 

「「――ッ」」

 

 

その時、ふいに中沢と仁美の視線がぶつかり合った。

痛みと恐怖で涙を浮かべている仁美の目が、中沢の目に重なる。

仁美の表情が中沢に語りかけていた。もちろん口にしていないそれは、中沢が感じた言葉と言うだけの話。けれども彼にはどうしても、どうあっても、その言葉にしか感じられなかったのだ。

 

 

『たすけて』

 

「――ァ」

 

 

そしてシュピンネの笑い声。

仁美の希望をあざ笑う絶望の音声。

シュピンネはそのままゆっくりと振り返り、中沢を睨んだ。

 

 

「メ障りダ! さッサとキエロッッ!!」

 

「――アァァ!!」

 

 

中沢は青ざめて走り出す。

 

 

「ウワアァァアアァアアアアァァアアアア!!」

 

「ッ! 中沢くん!!」

 

 

中沢を止めようと伸ばす手。しかしそれは虚しく空を切るだけ。

あっと言う間に中沢の姿は見えなくなり、下宮はもう一度吐血を繰り返して地面に倒れる。

どうやら想像以上のダメージを受けていたらしい。さらにダメ押しにと体に打ち込まれる弾丸。

下宮はは倒れ、再び大きな血の塊を吐き出す。

不思議なものだ、少しだけ嬉しかった。人だ、血を流すのは人の証。

とは言え、中沢の姿が消えた今――

 

 

(ここまでか……!)

 

 

下宮の目には終わりしか視えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、最低だ……、俺!」

 

 

木々に囲まれた並木道を走りながら中沢は泣いていた。

好きだったのに、本当に好きだったのに、仁美を見捨てて逃げている。

涙と絶望で顔をぐしゃぐしゃにして尚も走り続ける中沢。

こんな筈じゃなかったのに。それを何度も心の中で繰り返していた。

 

 

「ちくしょう……!」

 

 

もっと力があれば良かったのか? もっと勇気があれば良かったのか?

もっと自分に――、『覚悟』があればよかったのか?

ああ、しかし彼は人間。あくまでも弱い人間なのだ。

逃げたい訳がない。だが中沢は走っている。清明院から離れていく。

 

 

「志筑さん――ッ! 下宮!」

 

 

今頃はもう?

守れなかったと言う悔しさと、二人を見捨てて逃げている自分への劣等感で中沢は狂いそうだった。

 

 

『つまんねぇよなぁ!? ああつまんねーわッ!』

 

「う、うわぁあっ!」

 

 

急に前に現れた黒。

中沢は急にブレーキをかけ、思わず躓いて地面に倒れてしまう。

その姿をダサいとケラケラ笑うのはジュゥべえだ。

中沢は話しに聞いていた為、思わず息を呑む。

だが余計な事はしないとジュゥべえ。彼はただ、中沢と話をしに来ただけだ。

 

 

『人生つまんねぇ事ばっかりだよな中沢昴。ええおい?』

 

「なんだよ……、何が言いたいんだよ――ッ」

 

『別に? いやしかしアレだね』

 

 

上条に、中沢に、下宮か。まあ見事に上下中と分かれている物だ。珍しい事もある。

だが類は友を呼ぶと言うが、そういう事なのだろうか?

人間と言うのはよく分からない、友情と言う物もまた同じだ。

 

 

「友達じゃ……」

 

『あぁ?』

 

「いや――ッ、別に……」

 

 

友達じゃ無いとは、言えなかった。

言えないというのは、言いたくないと思ったからだ。

何故か? 今一つ自分でも理解するのは難しいが、きっと友を失う事が怖いのだろう。

なのにその友に見捨てられ、殺され、もう何を信じていいのか分からなくなってしまった。

 

 

『それは今までだってそうだろう?』

 

「ッ!」

 

『お前の人生、いつも迷ってばかり。何か答えを出す事もできない。クソだよ。お前は。はいクソ。くそくそくそ!』

 

「ひ、ひでぇ……」

 

『あ? そういう事を、お前自身が言っていたんだぞ?』

 

「!」

 

 

ジュゥべえは参加者だけを見ていた訳じゃない。その周りにいる人間も観察対象であった。

その中で中沢はよく迷っていたのを覚えている。彼はそれを自己嫌悪の対象とし、変えたいといつもいつも愚痴っていた。

けれど結局変える事はできず、今に至ると言う訳だ。それは中沢にとっても不本意な事ではある。

 

 

『中ごろの立場で満足できる人生なら良いが……、お前自身がソレを拒んでいた』

 

 

常に不満だった筈だ。何かを残せる人間になりたいと思っていた筈なんだ。

だがその才能は無く、それを叶えようと意気込むだけの夢も決意も持てない。

なんと言えばいいのか? ジュゥべえじゃ人間の心なんて理解できないが、それでも思っていそうな事くらいは分かる。

 

 

『つまんねぇって気持ちだよ』

 

「……ぅッ」

 

『それでも変わりたいと思っていたんだろう?』

 

 

ジュゥべえは赤い瞳で彼を捉える。

 

 

『それを下宮の野郎は、何とかしてやろうと思っていた様だけどな』

 

「ど、どういう……」

 

 

下宮の言葉がそこでフラッシュバックする。

彼は中沢に。そしてそこには居なかったが、仁美に向けても言っていた。

死んでくれないか、と。

 

 

『その意味。もうお前は分かってるんだろう? そこまで馬鹿じゃない筈だぜ?』

 

「志筑さんは……、魔法少女になるって意味だろ?」

 

 

それは言い方を変えれば、死ぬと言う事にもなる。

一方で中沢に向けられた意味は――、なんだ?

 

 

『下宮は、お前の弱い心を殺そうとした』

 

 

『間』で、いつも燻っているお前を精神的な意味で死ねと言ったんだ。

勘違いされる言い方かもしれないが、あえて隠しておきたかった意味もあるのだろう。

お前自身に気づいてほしかったのか、照れくさかったのかは知らないが。

 

 

「どうして俺に、ゲーム関係に無い俺にそこまでアイツは――!」

 

『おいおいマジかよ。そんなもん、オイラにだって分かる』

 

 

それは――。

 

 

『アイツはお前の事を、友達だと思ってたからだろう?』

 

「!」

 

 

倒れたままの中沢は、拳をグッと握り締めて、思い切り両手で地面を殴る様に叩く。

 

 

「分からないんだ、友達ってなんなんだよ! 下宮も上条も……!」

 

 

中沢の事を下にしか見ていないのか?

もう何もかもが分からない、理解できない!!

 

 

「教えてくれよジュゥべえ……! 俺は分からないんだ――ッ!」

 

『馬鹿が。心がないオイラに、友情なんて物が分かる訳ねーだろ』

 

 

ただ、それは別に人間だって同じではないのか。

他人の心が理解できるなんて生き物は、もはや人間を超えているとしか思えない。

それでも尚、友情と言う不確かな物がこの世に腐るほど存在しているのは何故か。

その理由は見ていれば分かると言うもの。

 

 

『向こうがお前を友人と言い、お前がヤツを友人と言えば、それで終わりだ』

 

 

裏に何があるのかなんて一々考えるのか?

そりゃあ怪しい事をしていたり。裏で『アイツは友人じゃない』って言っているシーンを押さえれば完璧だろうさ。

 

 

『けれどアイツはお前を変える為にココに連れてきた』

 

 

お前はそれを理解し、そして逃げ、今ココで倒れて止まっている。

 

 

『もう分かってるはずだぜ。結局の所、ココから立ってどうするのかは、お前にしか決められない事だ』

 

 

立ち上がって、今すぐ清明院からもっと離れる為に逃げるのか。それとも……。

ただ、いずれにせよ、ココで這い蹲って時間が過ぎるのを待つのが一番醜いとジュゥべえは中沢に説いた。

 

 

『それにつまんねーだろ、そんなの』

 

 

お前自身が思っていた事だ。そうだろ? 昴。

 

 

『どうせなら画面端でひっそりと死んでるモブより、"中"央で盛大に血反吐撒き散らして死ぬ方がまだカッコいいってモンだ』

 

「――ッ」

 

 

目をギュッと瞑る中沢。そこには、小学生の時の自分が立っていた。

その隣に居たのは、やはり下宮と上条だった。

別になんで仲良くなったのか、だとか。

今まで何をしてきたのか、だとかは、覚えている訳じゃない。

 

ただ中沢にとって関わる時間が長く。

たまたまクラス替えや、なにやらで一緒になる事が多く。

だからこそ親友だと思うまでになった人間だと言う事だ。

そして次に思い出したのは、ミスパイダーにやられる下宮と仁美の姿だった。

 

 

「――のか?」

 

『ん?』

 

「変われるのか? 俺は……」

 

『お前が一番ソレを望んでる。オイラよりも、下宮よりもずっと』

 

 

一番を自分を殺したいと思っている。

かっこよくなりたいと、ヒロイックに生きてみたいと思っている。

だが、もちろんそれは中沢以外にも山ほどと思っている人間がいる筈だ。

その中で、中沢は少し特別な位置に立っている。

 

 

『これほど幸運な事はねぇ』

 

「………」

 

『さあどうする中沢昴、選択の時は来たぜ』

 

「俺は――ッ!」

 

 

中沢は拳から血が出るほどに強く握り締めていた。

はじめてだ、こんな苦しいのははじめてなんだ。

でもその中で思い出す言葉があった。

 

 

『中沢くん、信じてくれ――ッ!』

 

 

下宮の言葉。

そして――

 

 

『他人を愛するには、まずは何よりも自分を愛さなければならないって!』

 

 

それはまどかの言葉。

そしてそれを話す仁美を笑顔を。

中沢は聞いたじゃないか。仁美は今、自分を愛しているのかと。

そして、笑顔を返された。

 

 

『簡単な事だろ?』

 

 

ジュゥべえはニヤリと笑みを浮かべて中沢を見る。

 

 

『描けばいい、お前の思う最高の自分の姿を』

 

「俺の描く、俺の姿……!」

 

『そう、生き残りたいのか? それとも魔獣に挑んで死ぬのかを』

 

 

何を選んだって他人はお前を責めない。

責めるのは自分自身だ。だからこそ、自分が本当に取りたい選択をすればいい。

迷いは疑問だ。いずれ答えは出る。

 

 

『どうせなら今、出してくれ。お前の答えをオイラに見せてくれ』

 

 

ただ一つ。

 

 

『ココで寝てるだけなんてクソみてーな事だけは、勘弁な!』

 

「………」

 

 

自分がなりたい自分?

そんなもの、とっくの昔に分かってる!

寝てるだけ? 迷い続ける? 馬鹿にするなよ!!

中沢はもう一度地面を強く叩いて立ち上がった。

 

 

「俺は分からないんだよ!」

 

『………』

 

「死ぬのが怖いんだ。人間はそんなに――!」

 

 

中沢は走り出す。清明院から逆の方向に向かって。

つまり下宮と仁美から離れる様に。二人に背を向けて、魔獣から逃げる様に走り出した。

 

 

「人はそんなに、簡単には変われないんだよ!!」

 

『―――』

 

 

なるほど。

ジュゥべえは笑みを浮かべたまま、中沢を見ていた。

 

 

『それが、お前の答えかよ。中沢昴』

 

 

随分とまあ。

 

 

『愚かなヤローだぜ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワタクシ、脳のいじり方を多少知っていますのよ?」

 

「……っ」

 

 

清明院、そこでは先ほどの光景に戻る。

ミス・シュピンネ(ミスパイダー)の糸によって、がんじがらめにされた仁美。

シュピンネは、仁美が固有魔法に目覚める前に苦しめて殺すつもりだ。

脳をむき出しにして、そこで糸で"みそ"をグチャグチャにいじる。

 

魔法少女はどんな事をされてもソウルジェムを砕かぬ限りは死なない。

そこで脳をいじり、思考を強制的に支配させる事で、痛覚を遮断しようとする考えを殺す。

そうなればどうなる? 仁美は痛みを感じたまま死ぬことも許されず、苦痛を覚え続ける。

全身の皮を剥げば、痛みから抵抗する気力も失われるだろう。

仁美を縛る糸はシュピンネの自慢の武器だ。そう簡単には切断されない。

 

 

「ホホホホホホ!! さあ、素晴らしい表情をワタクシ見せて下さるゥウウ???」

 

「ぅ……ッ!」

 

 

目を閉じる仁美。

せっかくまどかと同じ存在になれたのに!

まどかの助けができるかもしれないと思ったのに!

ここで、こんな所で終わるなんて……。

仁美はついに涙を隠す事ができず、大粒のソレを目から流す。

 

 

「志筑さん……ッ!」

 

 

助けなければ。

下宮はウォーターカッターでシュピンネを狙おうとするが、無駄な話である。

 

 

「ぐあぁああぁッッ!!」

 

「ホホホホホホホホ!!」

 

 

下宮の手、肩、目、そこへ次々に着弾する弾丸。

手に纏わせた水が弾け、下宮は再び地面に伏せる。

そして傘を構えたシュピンネは銃口から上がる硝煙を吹き消し、再び笑い声を狂ったように上げる。

 

 

「思い知るといいですわ。コレが、ワタクシ達、魔獣の力!!」

 

 

お前らじゃあどうにもならない!

シュピンネは笑みを浮かべたまま仁美の首、その皮を掴む。

 

 

「まずは何より顔以外の皮を剥いでやる!!」

 

 

シュピンネは恍惚の表情を浮かべたまま、仁美の皮膚を剥がそうと力を込めた。

 

 

「「「―――」」」

 

 

その瞬間、世界が静止した。仁美の悲鳴は聞こえない。

なぜならばシュピンネの手が完全に止まったからだ。

ただもちろん本当に時間が止まった訳ではない。それを証明する様に、シュピンネの足元にはボロボロになった屑を散らした『レンガ』が落ちている。

 

 

「は?」

 

 

ガコンッと、レンガが地面にぶつかる音も聞こえた。

分かっている事と言えば、今まさに仁美の皮を剥ごうと言う所で、シュピンネの足元にレンガが落ちてきた事。

いや、違う。レンガがシュピンネめがけて投げられたと言う事だ。

 

 

「「!!」」

 

 

投げた、投擲。

つまり投げた者がいると言う事。

仁美の、下宮の、そしてシュピンネの視線が、その人物をしっかりと捉える。

 

 

「………」

 

 

無表情のシュピンネ。

だが仁美と下宮の表情には何故か『笑み』が見えた。

別に状況が良くなる訳じゃないのに、何故か笑みが浮かんできたのだ。

希望にもならない男だ。死の未来は覆らない。

けれども、やはり中沢昴がそこに立っていた事は、仁美と下宮にとっては喜ばしい事だったのだ。

 

 

「「中沢くん!!」

 

「う、うぉおおお!!」

 

 

二人に名前を呼ばれ、中沢はもう一つの手に持っていたレンガを思い切り投げる。

彼は先ほど清明院から離れる様に走り出した。だがそれは仁美と下宮に背を向けて逃げたのではない、僅か先に見えたレンガを二つ拾い上げる為に移動したのだ。

そしてそれを持った中沢は再、踵を返してココにやって来た。

 

こうして手に入れた中沢くんの武器、レンガ。

一発目は外したが、二発目は火事場の馬鹿力でシュピンネの頭部に直撃した。

やった! 中沢は一瞬笑みを浮かべるが、シュピンネの頭部に当たったレンガは粉々に砕けて、地に落ちていった。

 

 

「は? あ? 誰?」

 

「ぐっ!」

 

「誰お前? 誰? ハ?」

 

 

シュピンネの声のトーンは低い。本当にどうでもいいと言う素振りだった。

そもそも中沢の印象が薄すぎて顔すらもう忘れていた程だ。

だが思い出してみれば、ついさっき仲間を見捨てて逃げた人間ではないか。

それがレンガを二つ抱えて戻ってきたかと思えば――……、なんだこれ。

 

 

「貴方……、え? 貴方まさか……!」

 

「ッ!」

 

「もしかして、今、ワタクシに攻撃したのですか?」

 

 

弱い人間の分際で、ワタクシに勝てると思ったのですか?

うん、だからココに来たのですよね? レンガなんて下らない物でワタクシが死ぬとでも思ったから戻ってきたんですわよね?

え? 嘘、マジデ?

 

 

「………」

 

 

シュピンネは歯を上下かみ合わせたまま、口を開く。

かつてない程、震えていた。それは屈辱の振動。

魔法少女や騎士ならまだしも、ただの弱い弱い『餌』が、自分を超えよう等と――ッッ!!

 

 

「今すぐッ! 死ねェエェエッ!!」

 

「う、うわぁあ!!」

 

 

シュピンネは中沢を殺す――、それも即死させる為、傘の銃口を頭のほうへ向けた。

 

 

「ヘッドショット、脳みそブチまけて死ネ」

 

 

シュピンネは娯楽を捨てて、ただ中沢を殺したい一心で引き金に手を掛けた。

しかし、火事場の馬鹿力を出したのは中沢だけではなかった様だ。

 

 

「ウオォオオオオオオオオッッ!!」

 

「グンッッ!?」

 

 

衝撃を感じてシュピンネは真横を見る。

するとそこには自分に掴み掛かってくる下宮が。

血まみれで必死にシュピンネに掴みかかり、血液を撒き散らしながら羽交い絞めにする。

 

 

「お前ッ! なぜこの傷で動ける!!」

 

 

足元もまた大量の出血が見える。

通常では立てない筈の傷なのに何故!?

 

 

「心だよ!!」

 

「はぁ!?」

 

「お前らには一生理解できないだろう!!」

 

 

下宮は叫ぶ。

確かに、体は限界を迎えようとしていた。

しかし今、自分よりも戦う力のない中沢がココに戻って来て、戦う意思を示した。

それを見れば、下宮は何が何でも動かなければならなかったのだ。

 

 

「僕の友人が頑張ってくれている。僕が動かない理由はないッ!!」

 

「意味が分かりません! 理解できません!!」

 

 

気でも狂ったか!

シュピンネは下宮を振り払う為に再び魔獣体・『ミスパイダー』へと変身する。

だがそれでも下宮は力を弱めない、ミスパイダーを離さない。

全身から水流を噴射して、少しでも抵抗してみせる。

 

 

「雑魚の抵抗ですわ! 何の意味もない、ああ何の意味もないッ!!」

 

 

確かにミスパイダーの言うとおり、下宮は抵抗を示している訳だが、それは所詮ミスパイダーを押さえ込んでいるだけ。

だが、それが何も変えられないと思っているのなら、それは大きな間違いだ。

 

 

「そうだろッ? 中沢くん!!」

 

「下宮、俺は人間だ! 人間の中でも弱っちい人間なんだよ!」

 

 

中沢は歯を食いしばり、涙を滲ませながら力強く叫ぶ。

声が枯れる程、喉が潰れそうに成る程に強く、強く、強く。

自分は人間だ、死ぬのが怖くて怖くて仕方ない。物事に挟まれた時も戸惑うだけで何も決められない。

 

 

「そんなの急に変わらないよ! 俺は、弱いままだ!!」

 

「何をゴチャゴチャとォォオオ!!」

 

「でも、俺は、変わりたいんだッッ!!」

 

「「!」」

 

 

仁美と下宮は中沢を一心に見つめる。

分からない、分かれない、決められない。そんな自分を少しでも変えたい。

迷う自分そのものを変えたい、その想いは本当だったんだ。

 

 

「変わりたいんだ俺! もっと、もっとこう!!」

 

 

うまく口にはできない。

けれど今までの自分が微妙だって事は分かっている。

簡単には変えられないとも分かってる。変えるにはそれ相応の努力が必要だとも分かっている。

けれど変えたい、変えたいんだ。その想いを抱くくらいいいじゃないか。

そうだ、そうだよ、俺は変身したいんだ。中沢はひたすらに叫んだ。

 

 

「うじうじ悩んでる自分より、中で挟まって燻ってる自分よりッ!」

 

「中沢くん……!」

 

 

中沢は下宮を見る。

 

 

「お前を信じられる人間に、信じてくれる人間になりたいんだ!」

 

 

中沢は仁美を見る。

 

 

「志筑さんを守れる自分になってみたいんだよぉッ!」

 

 

随分と情けなく叫んだ。

怖い。怖いけど……、このまま何もできずに終わるのもまた怖かった。

だとすれば自分はまさに死んでいるのと同じじゃないか。

 

生きていれば意味も見つかるかもしれない。

けれど失った意味を抱えて生きていけるほど、きっと自分は強くない。

自分のことは、自分が一番分かってるから。

 

 

「だから思うんだ!!」

 

 

モブキャラクターとしてヒッソリと死んで終わるより、せめて名を刻めるキャラクターになりたい。

いや、もっと強く。どうせ抱える夢ならもっと高く!

 

 

「ヒーローになってみたいんだよッ! 俺はぁあッッ!」

 

 

信じたい。苦しんでいるなら、助けたい。

そうだとも。卑屈に閉じこもる自分ではなく、信じられる人間になりたい。

助けられる人間になりたい。

 

 

「下宮! お前は俺の友達だ!」

 

 

お前だけじゃない。

上条だって、志筑さんだって、鹿目さんだって守れる男に俺はなりたいんだ。

なって……、みたいんだ。

 

 

「頼むッ! 下宮!!」

 

 

ミスパイダーが罵倒してきた気がする。

だから中沢は、その声を掻き消す為に、より音量を上げる。

中沢は下宮から『狙い』を聞いた時、仁美を魔法少女にするだけが目的ではない事を伝えられていた。

その詳しい内容は知らないが、とにかく下宮はこう言ったんだ。

一緒に、戦ってほしいと。

 

 

「俺に――ッ!」

 

 

意味は分からず。

弱い自分が戦わなければならないと言う恐怖に怯えるしかできなかったが、今はもう違う。

なによりも親友が言ったんだ。僕を信じてくれと!

 

 

「俺に力を貸してくれぇええッッ!!」

 

 

だから信じる。それだけだ。

 

 

「ホホッ!! ホホホ!!」

 

 

しかし嘲笑。ミスパイダーは中沢の言葉を下らないと一蹴する。

アホか? 馬鹿なのか? 人間が今更何をしようが、魔獣である自分を退けるなんてできはしないのだ。

なのに何を必死に叫んでいるのか? なぜココで絶望ではない涙を流すのか?

不愉快だ、ああ不愉快だ!!

 

 

「お前もさっさと離せェエッ!」

 

 

暴れるミスパイダー。

しかし! 下宮は確かに聞いてしまった。中沢の魂の叫びを。

 

 

「―――ぜ」

 

「!?」

 

 

文字通り、下宮はミスパイダーから手を離す。

ミスパイダーは勢い余って、前のめりになりながら離れていく。

そして下宮。ではなくスラッシャーは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その正式名『アビスラッシャー』は、人間体・下宮鮫一に戻って、勝利を確信した様に笑った!

希望に満ちた笑みを中沢昴に向けたのだ。そして彼らしくない荒々しい言葉で、賛辞を!

 

 

「その言葉待ってたぜ中沢ァッッ!!」

 

「「「!」」」

 

 

血まみれのアビスラッシャーが懐から取り出したのは、紛れもない騎士が使うカードデッキだった。

それは香川が研究に使っていた物、それを拝借してきたのだ。

とは言え、このカードデッキは壊れているのか、まったく反応しない代物だった筈。

なんの役にも立たないガラクタの筈だ。

 

 

いや、本当にそうか? 本当にコレは壊れて使い物にならないのか?

 

 

アビスラッシャーはそうは思わなかった。それは香川の話が原因だった。

目をつけたのはコントラクトのカード。香川はコレを元々はアドベントだと説明してくれた。

しかし絵柄のサイコローグが死亡した際にカードが変質したのだと。

 

そこに下宮は答えを見出した。

彼は思ったのだ、ひょっとするとミラーモンスターとは元々騎士の鏡像、分身、己が生み出した性質などでは無いのかもしれないと。

それはイツトリかインキュベーターが、FOOLS,GAME用に定めたオリジナルの設定。言ってしまえば後付のルールではないか。

元々はミラーモンスターとは、このコントラクトのカードで契約を結び、そして騎士に力を与える存在だったのではないかと。

 

それならばこのデッキが使えないのが説明できる。

このデッキに紋章が刻まれていない理由が分かる。

城戸真司達は、元々いたミラーモンスターのモチーフになった動物と関連がある人生を送る様に設定されただけで、元々は何の関係も無かった筈。

 

要は彼らは都合の良い様に設定されていた訳だ。

ミラーモンスターは、元々騎士とは別の独立した生命体だった。

それがFOOLS,GAMEでは統合されていただけ。

 

だがこのデッキは違う。

コレは神崎優衣がもたらしたイレギュラー。

つまりイツトリやインキュベーターの干渉を受けていない、彼女の世界から来たそのままのカードデッキとカードだ。

だからこそ使えなかった。この世界のルールが先入観を齎して!

 

 

「なっ!」

 

 

驚愕の声を上げて肩を大きく震わせたのは、ミスパイダーの方だ。

それもその筈。下宮がデッキから一枚のカードを抜き取ったかと思うと、彼がそこへ吸い込まれていったからだ。

それは下宮の考えが正解だと答えを示す物。

 

つまり元々カードデッキとは、ミラーモンスターとコントラクトのカードで契約を果たした上で、やっと使い物になると言う意味だった。

おそらくブランク体くらいには変身できたのかもしれないが、この世界にルールとして定められている騎士の上限『13人』に反してしまう為、変身もできなかったのだろう。

 

だが今、その上限は壊れた筈だ。

そうだろ? 下宮はカードの中に入る感覚を覚えながらソイツを――!

ジュゥべえを睨む。

 

 

『ハッ! 中沢昴。テメェの選択は実に愚かな物だぜ』

 

 

ただの人間のクセに、魔獣に牙を向けるとは。

 

 

『だがまあ……、そうだな。悪くは無いな。オイラは嫌いじゃないぜぇ?』

 

 

キュゥべえと隣に並ぶジュゥべえ、その表情は笑みである。

それが答え、今はそれだけで十分だ。

 

 

「うおぉッ!?」

 

 

下宮は魔獣だ。

だがその魔獣とは、神崎のデータを取り込んで再構築された物。

だから下宮は思った。自分は今、ミラーモンスターとして認識されるのではないだろうかと。

そして賭けを行った。それが今、ココにある光景である。

 

 

「下宮、お前――ッ!」

 

 

中沢の左手にはカードデッキがあった。

青色の、下宮(サメ)をイメージした紋章をしっかりと刻み込んだカードデッキが!

 

 

『中沢くん! デッキを前に!』

 

「……ああ!」

 

 

中沢は左手でデッキを持って、思い切り前に突き出す。すると出現するVバックル。

そう、下宮鮫一は、自らをコントラクトに契約させる事で、デッキに命を吹き込んだのだ。

そしてそのマスターに選んだのが、この男である。

 

 

「下宮ッ! 俺はこれからもたぶん……! いっぱいつまらない事で迷ったり悩むのかも!」

 

 

中途半端な性格だから。

 

 

「でも俺は、必ず自分の納得する答えを見つけてみせる!!」

 

 

左手を引き戻し、左斜めの上に。

右手は指を曲げつつ、右斜め下に持っていく。

 

 

「弱い自分を、今、殺すんだ!!」

 

 

そして左手を右斜め下に。

右手を左斜め上に素早く移動させる。

その際に僅かにぶつかる手と手。

ぶつかって擦り合わさる『チッ』と言う音が聞こえて、構えは完成する。

 

 

「こ、こんな馬鹿な事が!!」

 

「覚えとけ魔獣!!」

 

 

状況を飲み込めずに、手を振るうだけのミスパイダー。

中沢は、そんな魔獣を睨み付けながら魂の叫びをぶつける。

 

 

「"中"ってのはな、迷う為の文字じゃないッ!」

 

「!!」

 

「ど真ん中ストレートぶち抜く為の文字だ!」

 

 

決めたんだ! 下宮を、仁美を助けると!

だからもう迷うな。決めた道を真っ直ぐ。中央を走り続けろ!

 

 

「俺は中沢昴! 14人目の騎士だ! 変身ッ!!」

 

 

デッキを装填する中沢。

そこで始めて異常事態と言う危機感を持ったか。ミスパイダーは傘から銃弾を発射する。

しかしもう遅い。中沢の周りに二対の鏡像が現れて、襲い掛かる弾丸を全て弾き飛ばして肉体を守る。

そして鏡像が重なり、弾けた時、そこには14人目の騎士が立っていた。

 

 

「ッ!?」

 

 

美しく輝く、メタリックなセルリアンブルー。

それはまさに契約モンスターである下宮の魔獣体のモチーフである"サメ"と呼ぶにふさわしい姿だった。

深淵の青。全てを噛み砕く牙を持った、海の野獣。

 

 

(……チョロイもんだぜ)

 

 

ジュゥべえはつくづくそう思う。

ちょっと背中を押しただけで人間は力に魅了されて堕ちていく。

中沢も、仁美も、宇宙延命の為のエネルギーを簡単に提供してくれた。

その先には地獄が待っているのにも関わらず。考えが足りない馬鹿なのか?

それとも……?

 

 

『おもしれぇ。雑魚(モブ)の分際で足掻きやがるか中沢昴、志筑仁美! その根性、見せてもらおうじゃないの』

 

 

この二人は、地獄が待っていると分かって力に手を伸ばした。

このまま堕ちていくだけなのか。それとも抗う事で這い上がるのか。

しっかりと見せてもらおうじゃないの。ジュゥべえはニヤリと口を歪ませた。

 

 

 

 

 

 

 








魔法少女の衣装は踊り子さんっぽいヤツ(語彙力)
騎士の変身ポーズは、お、オーズっぽいヤツ(語彙力)




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第74話 覚えてしまうんですよ

 

 

 

口笛を鳴らすジュゥべえ。

清明院の屋上で下宮がキュゥべえ達に持ちかけたのは、仁美と中沢を魔法少女と騎士に。

つまり参加者にするべき提案だった。14人目の枠を作ると言う事。

インキュベーターとしてもゲームをかき乱す因子はほしかった。

そしてなによりも仁美と契約すれば宇宙延命のエネルギーも得られる。

 

魔法少女の存在を良しとしないイツトリがいた状況下では、契約は難しかったかもしれないが、未来の騎士が都合よく機能を停止させてくれたおかげで、可能になった

故に、キュゥべえらはそのお願いを呑んだのだ。

 

下宮は自分を契約モンスターとする事で、旧デッキに命を吹き込んだ。

その際にジュゥべえは干渉し、この世界のデッキの仕様に変えたのだ。

つまりこの瞬間、下宮鮫一と言う男は魔獣と人間のハーフではなく、完全なミラーモンスターと変わった訳だ。

ルールの下に再構成が行われたのである。

 

 

『いやしかし、レアな騎士が生まれたな』

 

 

データ検索。

下宮は『アビスラッシャー』と、『アビスハンマー』と言うモンスターのデーターを取り込んでいた。

そうなってくると――?

 

 

『聞こえるか中沢ぁ。テメェは今日から、騎士・アビスだ』

 

 

深淵を意味する騎士、アビス。

彼は自分の新しい姿を確かめる様に掌を見つめる。

左手にはガントレット状のバイザー、『アビスバイザー』が存在していた。

コバンザメを意識した、小型のサメその物と言ってもいい形状。

顎の部分が可動し、ある程度の物なら持つこともできる。

さらに意思一つで出現、解除ができると来た。

 

 

『中沢君! 聞こえるか?』

 

「ッ、下宮!」

 

 

バイザーの目が光ると、下宮の声が聞こえてきた。

どうやらジュゥべえが会話機能を与えてくれたようだ。

テレパシー。二人は素早く状況の確認を。

 

 

『今、ミスパイダーは相当怯んでいる筈だ』

 

 

アビスの存在を理解できずに焦っている。

その隙をつければ、拘束されている仁美を助ける事ができるかもしれない。

 

 

『大丈夫かい? 騎士の力があったとしても、まだ互角……、いやヤツの方が強いよ』

 

「平気だよ。それでも勝つさ。ここまで来たんだ、じゃないとダサすぎる!」

 

 

その言葉に下宮は小さく笑う。

だとすればアドベントを引けと中沢に告げた。

騎士のデッキは望むカードを思い浮かべながら引けば、それが手元に来る。

中沢は言われた通りデッキに手を掛け、指定されたカードを抜き取った。

 

 

「グッ!!」

 

 

ミスパイダーは焦ったように傘をアビスに向けて、引き金を引いた。

一方反射的にバイザーを前にかざすアビス。

すると弾丸はバイザーに命中して弾かれ無効化。

続いて放たれた二発目は地面を転がる事で回避に成功した。

 

 

『おお、やるじゃないか』

 

「へへ、結構いろんな映画とか漫画とか見てるんだぜ? 俺」

 

 

アクション映画の真似事かもしれないが、騎士のスペックがあればフィクションを現実にする事ができる。事実、重々しい装甲を身に纏っていても、体は変身前よりも軽く感じるではないか。

いけるかもしれない。その余裕が、アビスの恐怖心を少し和らげ、冷静さを取り戻す。

 

 

「これを……、こうすればいいんだな!」

 

 

アビスバイザーの口にカードをセット。握りつぶすように口を閉じる。

すると鏡が砕ける様な音と共に、カードがバラバラに噛み砕かれる。

しかしそれが発動の合図。アドベントの音声と共に、破片が収束して巨大なシルエットを作り出した。

そう、それこそが下宮鮫一にも与えられた新たな姿である。

 

 

「な、なんですの!?」

 

 

大きく怯むミスパイダー。

何故ならばそこにいたのは、彼女が知っている下宮の姿ではないからだ。

それはアビスラッシャーでもなく、アビスハンマーでもない、第三の姿。

 

 

『アビソドン、アイツが本来魔獣になった時に与えられる姿だった訳だ』

 

 

つまり人としての存在を捨てた時に昇華するべき存在だった。

それをジュゥべえはミラーモンスターとしての姿として認証し、登録した。

その結果、ミラーモンスターの中でも上位の存在に変わり、それだけアビスのスペックも高い物になった訳だ。

アビソドンは、まさに巨大なサメと言う風貌。

その迫力に思わずミスパイダーは言葉を失う。

 

 

(こんなのは予定になかった、データにだって!!)

 

 

それが、優衣が混入させたデータなのである。

 

 

「よし! アイツは任せろ! キミは志筑さんを!」

 

「ああ! 頼む!」

 

 

アビソドンは空中を泳ぐように飛翔。一直線にミスパイダーに向かっていく。

アビソドンのスピードはそれなりに速く、ミスパイダーが反応した時にはすでにその巨体に弾き飛ばされている所だった。

 

 

「ぐあぁあッ! お、おのれ下宮ぁあッ!!」

 

「どうした! さっきまでの笑みが消えているぞ!!」

 

 

空中を旋回したアビソドン。

彼の一番の特徴はやはりフォームチェンジである。

ハンマーチェンジ、スラッシュチェンジ、メガロチェンジの三つを、自身の意思で発動できる。

 

基本形態は、メガロチェンジによって成る『ホオジロモード』。

スピード、攻撃力が共に優秀で、口からは水流を発射する事も可能である。

そして今、アビソドンはハンマーチェンジを使用、ホオジロモードから変形を行う。

 

 

「!」

 

 

アビソドンの両目がそれぞれ横に大きく展開し、その姿がシュモクザメ(ハンマーヘッドシャーク)のソレに変わる。

その名の通り『シュモクモード』、この形態の特徴は遠距離特化だ。

突進や牙の攻撃力が失われる代わりに、目が砲台に変わっており、そこからガトリングの様にエネルギー弾を連射していく。

さらに口からは水流や、圧縮した水球を放つこともでき、アビソドンはミスパイダーを蜂の巣に変えるつもりで攻撃を仕掛けた。

 

 

「チィイイッ!」

 

 

ミスパイダーは傘を開く事でそれを盾にして、何とか攻撃を防ぐ。

しかしその弾幕に、完全に動きが止まった。

その隙にアビスが仁美の下へと走る。デッキからソードベントを抜き取ると、バイザー入れて噛み砕いた。

 

 

「志筑さん!」『ソードベント』

 

 

アビスの手には下宮が使っていたサメの歯を模したノコギリ状の剣、アビスセイバーが。

両手にそれを構えて、アビスは一気に跳躍。

仁美を縛る糸を出していたビットに向かって刃を振るう。

 

 

「中沢くん!」

 

「だ、大丈夫ッ? 志筑さん!」

 

 

ビットはバラバラになって地に落ち消滅した。

拘束力が緩み、仁美は手で絡み付いていた糸を千切り取ると、大きな安堵の息を漏らす。

 

 

「ありがとうございます……、中沢くん」

 

 

仁美の声のトーンは様々な意味を含んでいる様にも思えた。

たとえばその表情も、中沢が騎士になった事に対しての喜びはもちろんあるが、ある種の罪悪感が見え。なんとも切なげな物に思える。

そして彼女に話しかけたアビスもまた同じだ。仁美が魔法少女になったと言うことは、やがては魔女に至る道へ足を踏み入れた事になる。

そして騎士だって同じだ。少なくとも輝かしい未来とはいえない。

 

 

「志筑さん。俺……、正直まだよく分からない部分も多いんだ」

 

 

ただそれでもと、言葉を続けた。

 

 

「俺も、志筑さんみたいに、自分が好きだと思える様になりたかった」

 

「……!」

 

「だからココに戻ってきたんだ」

 

 

変わりたいと思って、そして変わるチャンスがそこにはあった。

恵まれていると思う。確かに色々と怖くて、ショックな事も多かったけど、根本に抱える思いは仁美と同じの筈だ。

置いていかれたくは無いんだ、友達に。そして自分の思い描く自分自身に。

 

 

「きっと、なれますわ」

 

 

仁美は穏やかな表情に変わると優しい微笑を彼に向ける。

 

 

「中沢くんなら……、いいえ。私達なら」

 

「うん。ありがとう」

 

 

一方でミスパイダーと対峙していたアビソドン。

ココが大きなチャンスと見ていた。ミスパイダーは今、イレギュラーの事態に大きく混乱している。この隙を突かない手は無い!

 

 

「お前はココで終わりだ! シュピンネッッ!!」

 

 

スラッシュチェンジを行い、姿を変えるアビソドン。

開いた目が元に戻り、代わりにアーミーナイフの様に体が展開し、巨大なノコギリが前方に伸びる。

ノコギリモード。文字通り、ノコギリザメの様な姿になり、一気に空を突き進む。

この形態の特徴は近距離特化だ。遠距離の攻撃は一切持たないが、強力なノコギリで相手を打ちのめす訳だ。

そしてミスパイダーは今、傘で自分を覆い隠している状態。アビソドンの姿は見えていない。

 

 

「ッ!?」

 

 

突然攻撃止まった事に違和感を覚えたミスパイダー。

傘をどかすと、そこには既に眼前に迫る巨大な刃が見えた。

悲鳴。直後、ミスパイダーの体にノコギリがめり込んだ。

しかし寸での所でガントレットを盾にしたからなのか、それとも元々のスペックが故なのか、切断するつもりだったアビソドンの予想は大きく裏切られる。。

 

とはいえ、大きくノコギリを横に振り払った事で、ミスパイダーは手足をバタつかせながら吹き飛んで行く事に。

そしてそれはただ吹き飛ばした訳ではない。下宮は清明院の建物にある『一つの部分』に向けて、ミスパイダーを飛ばした。

それは窓ガラスだ。今日はよく景色を反射している。

まさに、鏡のように。

 

 

「これは――ッ!」

 

 

ミスパイダーは窓ガラスに激突するのではなく、その中に吸い込まれる様にして消えていった。もうアビソドンはミラーモンスターであり、騎士の分身として認識される。

それは『参加者』と言う意味であり、その意思でミラーワールドへ引きずり込む事ができる。

それを確認するとアビソドンは人間体に戻った。つまり下宮鮫一の体にだ。

 

 

「戻れるのか! 下宮!」

 

「ああ、ジュゥべえがサービスしてくれたみたいだね」

 

 

すぐに集まる三人。

参加者が魔獣をミラーワールドに引きずり込んだ場合、引きずり込んだ参加者本人か、そのペアメンバーがミラーワールドに行かなければ魔獣は約30秒でミラーワールドから解放される。

ココは分岐点だ。このまま逃げるか、それとも――?

まあ、答えはもう決まっているようだが。

 

 

「奴を倒そう。ココで終わらせる」

 

 

向こうがパニックになっている今ならば可能かもしれない。

それに何より、ミスパイダーを放置する事は危険だ。

少しでも魔獣の数は減らした方がいい。

返り討ちの可能性もあるが、それを恐れている様じゃ、コレからの戦いを生き残れる訳が無い。

頷き合う三人。すると仁美が手を差し出した。

 

 

「気合いでも、いれませんか?」

 

「?」

 

 

時間はあまりない。だから簡潔に、簡単に。

アビスは少し戸惑った素振りを見せたが、肩の力を抜いた様に笑うと、仁美の手に、自分の手を重ねた。

要は円陣でも組まないかと言う訳だ。

 

 

「「!!」」

 

 

するとその時だった。

仁美の手の甲が光ったかと思うと、手袋の上にアビスの紋章が追加された。

驚く二人。つまりパートナーであると言うことだ。

 

 

「さあ、勝つよ!」

 

 

アビスの手に置かれる下宮の手。

三人は笑みを浮かべ、強く頷いた。

 

 

「ああ!」「はい!」

 

 

三人は手を上げると地面を蹴って跳躍。

ガラスへダイブし、向こうの世界へ移動する事に。

景色が一瞬ブラックアウト。そしてすぐに元いた場所に着地する。

だがよく周りを見てみると、文字やらなにやらが逆になっている。

そうか、これがミラーワールドなのかとアビス達は理解した。

そしてその中で、呻き声をあげながらヨロヨロと立ち上がるミスパイダーが見えた。

 

 

「クッ! まさか……ココまでとはッ!」

 

 

頭を抑え首を振るミスパイダー。

イレギュラーだ、異常事態だ、彼女は混乱に再び身を震わせる。

まさか果てしなく続く輪廻の中で、見たことの無い騎士に出会うとは予想もしていなかった。

負の感情から生まれた魔獣だからこそ分かる。

人は、全く理解できない物に出会った時に恐怖を覚える。

まさかそれと同じだとでも言うのか?

まさか自分は今、たかが人間に恐怖しているとでも言うのか?

 

 

「そんな馬鹿な事はありえませんワッ! ワタクシは魔獣、選ばれし存在なのです!」

 

 

人間程度に恐怖を覚えるなど、絶対にありえない!

ミスパイダーは体を大きく震わせ、そして走り出す。

糸を出す訳でもなく、新たに武器を出す訳でもなく、ただその腕で対象を引き裂こうという直接的な手段に出た。

 

しかしこれこそミスパイダーが焦っている証拠ではないか。

だからこそ示す必要があると、アビスと仁美はアイコンタクトを。

 

 

「だったら食らえよ! 人間の力を!!」『ファイナルベント』

 

「私達は、"程度"と言う言葉でくくられる程ッ、弱くはありませんわ!!」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

 

下宮の体が弾けてアビソドンへと変わる。

さらにその大きな体が液状化、水の固まりとなり地面に着地して弾ける。

辺りに広がる大量の水。そして仁美がクラリスに息を吹きかけて、軽く埃を払った。

彼女の武器であるクラリスは、ただのバトンではない。もう一つの形態があるのだ。

 

 

「―――♪」

 

 

それはフルート。

仁美はクラリスを横に構えると息を吹き込み、美しい音色を奏でる。

すると四散していた水が意思を持った様に空に昇っていき、巨大な水球を構成していく。

 

 

「フッ!」

 

 

その中で地面を蹴って飛び上がるアビス。

右足が青白く発光しており、そのまま空中に留まっている水球の後ろに位置を合わせた。

仁美によって精錬された水は、驚くべき程にクリアで、アビスは水越しにミスパイダーを睨む。

コレが、仁美と下宮。そして自分を傷つけた――

 

 

「お返しだぁアアアアアアッッ!!」

 

「!!」

 

 

アビスは輝く右足で、思い切り水球を蹴り飛ばす。

すると水球は真っ青な光弾となり、向かってきたミスパイダーに飛来して行く。

 

 

「こ、こんな馬鹿な! こんな事が!?」

 

 

ミスパイダーは驚愕に叫びながら青の光の中へ消えて行く。

アビソドンが大量の水を用意し、それを仁美が球体へと形を整える。

そしてアビスが己の力を球体に与えて、蹴り飛ばす。

これがアビスペアの複合ファイナルベント、ディープブルー。

 

 

「あぁあああぁあああッッ!!」

 

 

光が弾け、そこからミスパイダーが転がり吹き飛んで行く。

着地しながら構えるアビスと仁美。カードに戻った下宮も、アビスバイザーを通して状況を確認していた。

事前のダメージ量が足りなかったからか。複合ファイナルベントを直撃させてもミスパイダーを倒し切る事はできなかった。

 

 

「グッ! くぅうッ!!」

 

「あ! ま、待て!!」

 

 

コレは何かの間違いだ。

ミスパイダーはそう連呼し、肩を抑えながらアビス達に背を向けて走り出した。

逃げるつもりらしい。一度体勢を整える事で、混乱を解こうと言うのか。

コレはアビス達からすると、良い展開とは言えない。

 

ミラーワールドでの活動限界時間を越えられると仕切りなおしだ。

敵が弱っている今、コチラに流れが来ている今、逃がしたくは無かった。

アビスと仁美は頷き合い、ミスパイダーをを追いかけようと走り出す。

 

 

「「!」」

 

 

だが二人は急ブレーキ。

一瞬、見間違いかと思う光景がそこにあったからだ。

ミスパイダーの向こう側。コチラに向かって歩いてくる一人の男性の姿があった。

 

 

「どきなさいぃイッッ!!」

 

 

走るミスパイダー。

進行方向に立っている人間をどかすために、口から糸を発射する。

しかし焦っているからか気づいていない様だ。ココはミラーワールド、普通の人間はココに訪れることはできない事を。

 

 

「!?」

 

 

ミスパイダーが発射した糸の塊が、次々に弾ける様にして消滅していく。

それだけではなく、それを放ったミスパイダーの体中から火花が散った。

苦痛の声をあげて膝をつく。どうやら放った糸を貫いた、別の弾丸が存在していたようだ。

アビスと仁美は、その弾丸が飛んできた方向を見る。

それは建物の屋上。そこに立っているのは――

 

 

「あれは……!」

 

 

その弾丸を放った者は、屋上から飛び降りると何のことは無く地面に着地する。

サイコロの様な顔面、そしてそこから体へと伸びる数々のパイプ。

二本足で歩く大きな人型のサイボーグの様なモンスター。

歩くたびにガシャガシャと言う音は、その存在を大きく知らしめている様だ。

先ほどの弾丸は、どうやらその顔から放たれた物らしい。

 

 

「ウォオオ!!」

 

 

ミスパイダーは怒りに吼えながら、その『モンスター』に手を振り下ろす。

しかしモンスターもまたしっかりと反応し、その姿からは想像もできないスピードで腕を盾にしてミスパイダーの攻撃を受け止めた。

手を振り払うと、もう一方の手で、思い切りミスパイダーの腹部に掌底を打ち込んだ。

 

 

「うぅずァアア!!」

 

 

ミスパイダーは叫び声を上げながら後ろへ滑る。

勢い余って仰向けに倒れたミスパイダーを、掌底を打ち込んだモンスター、『サイコローグ』がジッと見ていた。

そして、その隣にやってくる白衣の男。

 

 

「調子はどうですか?」

 

『うん。大丈夫だよ、父さん。しっかり動く』

 

 

エコーの聞いた音声がサイコローグから放たれる。

 

 

「分かりました」

 

 

その男、香川英行は隣にいる息子――。

正確に言えば、裕太の脳を移植したミラーモンスター、サイコローグと共にココにやってきた。

それが意味する物。長い時間をかけたが、下宮の提供された血液が起動の鍵として機能してくれた様だ。

 

だとすれば、そもそも香川はサイコローグを何の為に起動させたのか?

なんの為にデッキを研究してきたのか――?

答えは、彼が白衣のポケットから取り出した四角い箱が物語っている。

 

 

「ムンッ!」

 

 

香川はその箱を、紋章が刻まれているソレを、思い切り真上に放り投げる。

そして一歩前に出ると、立ち上がろうとするミスパイダーを睨みつけた。

一方で空に放り投げられた箱は、回転しながらも重力に逆らうことは無く。最高点に達するとそのまま真下へ落ちて行く。

香川はソレを簡単にキャッチしてみせると、既に装備している『Vバックル』へと装填した。

自らの紋章が刻まれたカードデッキをだ。

 

 

「変身」

 

 

騎士の数は14人では無かったとしたら?

新たなる世界にて、新たに誕生した騎士はアビスだけでは無かったとしたら?

香川がイレギュラーだと言う理由が、ココにあるとしたら?

 

 

「……どうやら、実験は成功の様ですね」

 

 

その全ての答えは、今ココに立っている人工騎士、『オルナティブ・ゼロ』が証明しているだろう。

紺のスーツの上にメタリックブラックの装甲。

体には幾つも金色のラインが刻まれており、メカニカルな印象を強く受ける。

とはいえ頭部にある触覚やクラッシャーは、モチーフであるコオロギ。つまり生き物を強く象徴している様にも思える。

 

騎士のデッキを研究し、擬似的な騎士を生み出す。

これこそが香川英行の真なる目的だった。

これはある意味で必然だったのかもしれない。

オルタナティブはデッキからカードを引き抜くと、それを右腕に装備されているスラッシュバイザーへと持っていく。

注目する点は、他の騎士達はカードをセットするタイプがメインであるが、彼はカードをスラッシュする事により発動させた。

そしてカード名を伝える電子音も、他の騎士とは違い女性をベースにした声であった。

 

 

『ソードベント』

 

 

オルタナティブの手にはサイコローグの手を模した両手剣、『スラッシュダガー』が装備される。剣の横に棘が生えており、ムカデの体の様にも見えるソレ。

オルタナティブは大剣を片手で持ち上げると、もう一方の手でミスパイダーを示す。

言葉にすることは無いが、ジェスチャーが語る。

どこからでも来いと。

 

 

「ホ……ホホッ! オホホホッ! こコマでコケにさレたノは初メてデスわッ!」

 

 

怒りからか、言葉の抑揚や呂律が歪になるミスパイダー。

すぐに口から糸を伸ばし、それを引きちぎると、地面を思い切り蹴って走り出した。

この屈辱を払拭するには、目の前にいる男を何がなんでも――

 

 

「コろスッッ!!」

 

「………」

 

 

糸の鞭を激しく振るうミスパイダー。

オルタナティブは剣を盾にして回避と防御にしばらく徹した。

助けた方がいいのでは? アビスと仁美は動こうとするが、それを下宮が静止する。

助けてほしいのなら声をかけるだろう。

ソレに何よりも、先ほどは香川を守ったサイコローグが棒立ちと言うのがその証拠では?

 

 

「でも避けてばかりじゃマズいよ!」

 

 

アビスが半ば無意識に叫ぶ。

すると――

 

 

「確かに、その通りですね」

 

「「え?」」

 

「反撃を開始します」

 

 

アビスとミスパイダーの声が重なる。

次に聞こえた苦痛の声は、紛れもない、ミスパイダーのみが放つ音だった。

ずっと攻撃を避けるか、防いでいたオルタナティブの動きが、急に変わったのだ。

鞭を手で簡単に掴むと、手繰り寄せて剣の柄でミスパイダーを殴りつける。

 

とは言え、すぐに体勢を整えて再び鞭を振るうミスパイダー。

しかしまるで未来を読んでいるかの様に、オルタナティブは回避を行い、的確に隙を突いていく。

 

 

「馬鹿な……! 何故ッ!」

 

 

攻撃が全く当たらなくなった?

戸惑うミスパイダーを前にして、オルタナティブは自らの脳を指で示す。

 

 

「私は一度見ると全て覚えてしまうんですよ」

 

 

瞬間記憶能力。

それは戦闘においても効果を発揮する物だった。

 

 

「攻撃パターンもね」

 

「ッッ!」

 

 

ありえないとミスパイダーは攻撃をしかけるが、オルタナティブにとってはそれは一度見たパターンでしかない。

感情がある者には、何に関しても癖ができてしまう物だ。

そして癖と言うからには、自分では無意識。分かっていない物が多い。

それを記憶したオルタナティブ。ミスパイダーの動きは簡単に読めてしまうのだ。

 

そもそも、ミスパイダーは自分の力に大きな自信を持っていた。

それが故に、攻撃自体は力任せな単調な物。パターンを読めば脅威とはならない。

対抗する力を手に入れたのならば、優位に立てるのだ。

 

 

「そんな! ワタクシが! 魔獣であるこのワタクシがぁああ!!」

 

「それが原因ですよ」

 

 

オルタナティブは殴りかかってきたミスパイダーを逆に裏拳で怯ませると、スラッシュダガーを持つ手にグッと力を込める。

連動する様にして大剣に灯る青と黒の炎。そのまま大きく剣を振り上げた。

 

 

「ズッッあぁあああ!!」

 

「いつの時代も、先に滅んだのは奢り高ぶる存在です」『ホイールベント』

 

 

渾身の切り上げを受けたミスパイダーは、炎を身に纏いながら放物線を描き、吹き飛んで行く。

その距離はすさまじく、前にいたアビス達の頭上を通り抜けて、さらに距離を離した。

 

 

「わわ!」「きゃ!」

 

 

思わず左右に捌けるアビスと仁美。

その間をサイコローグが両手を広げながら前傾姿勢で走り抜ける。

 

 

「「!」」

 

 

目を見開くアビス達。思わずその光景に息を呑んでいた。

と言うのも、サイコローグが走って行く最中に、ガシャガシャと変形を始めたのだ。

まさにロボット、サイボーグたる行動と言えばいいのか。

最後にはホイールが二つ出現して、サイコローグはあっと言う間に『サイコローダー』と言うバイクに変形を完了させた。

 

 

「フッ!」

 

 

オルタナティブは跳躍。

一回転した後にサイコローダーのシートへ着地する。

アクセルグリップを思い切り捻ると、爆音を上げながら世界は加速する。

ファンタジーを象徴する魔法少女がいる前で、エンジン音が轟き、サイコローダーは倒れていたミスパイダーを容赦なく轢き抜いた。

 

 

「ゴォォオ!!」

 

 

濁った悲鳴が聞こえた気がしたが、それはエンジン音にかき消されて行く。

そのままオルタナティブは止まらずに直進。

一方でヨロヨロと立ち上がるミスパイダー。その胴には鈍く発光するタイアの痕が。

 

 

「ガァアァ……!」

 

 

さらにそこから濁った闇が漏れているのが分かった。

素早く説明を行う下宮。アレは瘴気、魔獣の(エネルギー)の様な物だと。

それが漏れていると言う事は――、だ。

 

 

「殺ス……! 人間風情がワタクシを――ッ! こんな馬鹿なァア!」

 

 

こうなったらと、ミスパイダーは一つの決意を固めた。

一方、オルタナティブはドリフトで急旋回を行う。そして決着をつける為に、一枚のカードをスラッシュする。

 

 

『ファイナルベント』

 

 

オルタナティブは足に地面につけると、車体を思いきり回転させる。

まるで独楽(コマ)の様に激しく回転する車体。

それは黒いエネルギーを纏い、小規模の竜巻となる。

竜巻はそのまま直進。腹部を押さえているミスパイダーへと突き進んだ。

 

 

「―――」

 

 

黒い竜巻はミスパイダーに直撃すると、その肉体を爆発させて粉々に粉砕する。

バイクを高速回転させて相手に直撃させるデッドエンドが炸裂。

やったと声を上げるアビス達。ついに魔獣を倒し――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●――――【【【絶 望 連 鎖】】】――――●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

その時だった。

何か頭の中にイメージが入ってきたような。

絶望連鎖? だが確かにその文字が虚空に見えた気がした。

するとガラスが割れる音と共に、ミラーワールドへ入ってくる物が。

アッと声を上げる仁美。あれは確か――

 

 

『ダークオーブ!』

 

 

下宮が答えを叫んだ。

ミスパイダーが持っていた魔女のコアと呼ばれていたアイテム。

ゲルトルートとクリフォニアの二つ。それが輝きを放ちながら一同の前に現れたのだ。

それを合図にして、爆発して散っていたミスパイダーの瘴気が凄まじい勢いで収束していき、二つのダークオーブを包み込むようにして圧縮していく。

 

 

●●●●●【【【狂・気・融・合】】】●●●●●

 

 

言葉が一同の脳に刻まれた。そして、あの笑い声が。

 

 

「ホホホホホホ!!」

 

「な、なんだとッ!!」

 

 

瘴気が爆発して景色を鮮明に変える。そこにあったのは六つの球体ビット。

そこから伸びるのは、所々にバラが咲いた茨の蔓。それらは点と点を結ぶ様に連結すると六角形の形を構成する。

さらに張り巡らされて行く蔓、それはまさに蜘蛛の巣の形ではないか。

そして最終的にはその六角形の中央に巨大なバラが咲き、さらにその中央には先ほど死んだ筈のミスパイダーの上半身があった。

 

 

「ワタクシにこの姿を、リボーンを使わせるなんて、本当に屈辱ですわ……ッッ!!」

 

「下宮! あれは一体何なんだよ!?」

 

『……ッ』

 

 

バイザーを通して確認したが、アレは下宮にも予想外な状態であった。

しかし思い出してみると、このThe・ANSWERが始まる前に星の骸で魔獣たちがあの宝石を持って何か行っていた様な……?

そしてダークオーブにはミスパイダーの紋章があった。

加えて先ほどの光景、あれを見るに考えられる可能性は限られてくる。

 

 

『バックアップか……!?』

 

「バックアップ?」

 

 

つまりそれは保険。魔獣が自分の死をごまかす手段なのではないか。

特定のダークオーブに自分のエネルギーである瘴気を充満させ、万が一の時は自分の体内にある瘴気と共鳴させて再び一固体を作り上げる。

まさに再生や復活を意味するリボーン。しかし当然それにはデメリットもある様で。

 

 

「拒絶反応が起きていますね」

 

 

オルタナティブはサイコローグを消滅させると、アビス達に合流する。

彼の言う通り、ミスパイダーの体中から瘴気が漏れ出ていた。

どうやら相反する魔女の力を無理やり取り込んだことによる代償と言う訳か。

おそらくの話ではあるが、あの状態を解除すれば相当のエネルギーを消費する筈だ。

 

とはいえ今、アビス達を倒す分には構わないと言う訳か。

感じられる瘴気の量を見る分に元の彼女よりパワーアップしている筈だ。

まさに暴走形態。『ミスパイダー・リボーン』、は、呪詛の咆哮を上げながらアビス達を睨む。

 

 

「死になさい! 絶望に苛まれながら!!」

 

 

ミスパイダーが手をかざすと、そこからバラの花びらが弾丸の様に射出されていく。

オルタナティブは剣を盾にし、アビスはバイザーを盾にして仁美の前に立つ。

たかが花びらと思っていたが、それは対象に触れると爆発する爆弾だった。

まるでオーディンの黄金の羽だ。すぐに一同は、火花の中に消えて行く。

 

 

『アクセルベント』

 

 

シャドウモーメント。

残像のエフェクトをしっかりと残しながらスピードを上げるオルタナティブのカードだ。

彼は爆炎の中から一気にミスパイダーの眼前まで移動。その体へスラッシュダガーを振り下ろす。

しかしガキンッと言う音と共にソレはガントレットに阻まれる事に。

そしてカウンターの爪が振るわれた。

 

 

「あら?」

 

 

しかしミスパイダーが捉えたのは残像だ。

オルタナティブは既に移動を開始し、蜘蛛の巣になっているバラの蔓を切り裂こうと試みる。

だが再び硬い音が響いた。

ただの植物の蔓かと思っていたソレだが、なんと振り下ろされたスラッシュダガーをしっかりと受け止めているではないか。

これには流石のオルタナティブも驚いているようだ。下宮の言うとおり、向こうのスペックが上がっている証拠だろう。

 

 

「ホホホ! お得意の記憶能力で対処してみますか?」

 

「くッ!」

 

 

棘がたっぷりと付いた蔓が、縦横無尽に暴れまわり、オルタナティブへと襲い掛かった。

激しい乱舞。アビスもなんとかしなければとソードベントを発動して加勢に走る。

 

 

「下宮! 何かいい手はないか!?」

 

『蔓を放っている点を壊せばあるいは――ッ!』

 

「蔓だな! 了解だ!!」

 

 

アビスは両手に持った刃物を振り回しながらミスパイダーへと距離を詰める。

先ほどは仁美を拘束していた同タイプのビットを切り裂いて破壊できた。

だからと深く考えていなかったのだが――

 

 

「何ッ!!」

 

『馬鹿な!』

 

 

球体ビットに剣を振るったアビスだが、先ほどとは違い、一振りではビットを破壊する事ができなかった。

それだけじゃない、僅かな傷しか付かない程度。

まさかと、もう一振り刃を振るうが結果は同じ。

そして敵もそんな抵抗を許してくれるわけも無く。

 

 

「ゴミが! ワタクシに触れるな!!」

 

「グァァアッッ!!」

 

 

花びらがアビスの体を捉えた。そのまま墜落して、爆発に揉まれながら地面を転がっていく。仁美は慌てた様にアビスに駆け寄り、肩を抱いた。

 

 

「大丈夫ですか! 中沢くん!?」

 

「あぁ、うん! 大丈夫……ッ!!」

 

「――ッ」

 

 

仁美は歯を食いしばり、ミスパイダーを見る。

今はオルタナティブが食い下がっているが、攻めの活路が見出せない以上、コチラが不利と言う点は変わらない。

 

それにまもなくミラーワールドの活動限界がやってくるのかもしれないと言う、下宮の見立てもあった。

ここまで来ればミスパイダーを取り逃がす事は仁美達にとっても悪くは無い話なのかもしれない。拒絶反応が起きている以上、逃げに徹すれば自滅を誘えるかもしれない。

しかし仁美達には人の心がある、その意地が告げるのだ。

目の前で勝ちを確信して笑っているアイツに! 絶望に勝ちたいと!!

 

 

「――!!」

 

 

だからか、その想いが奇跡(マホウ)を生み出した!

 

 

『どうやら、インストールが完了した様だね』

 

『繋がった訳だな? 先輩』

 

『そうだね。本当の意味で彼女はたった今、魔法少女になったと言う訳さ』

 

 

ミラーワールドにもインキュベーターは入れるらしい。

清明院の屋上で戦いを観察していた二匹は、仁美がクラリスを真横に構えたのを確認した。

つまりフルートとしてソレを使用する訳だ。

まさかここで一曲演奏しようと言う訳でもあるまい。ならば彼女には明確な意思があってフルートモードを使用すると言う訳だ。

 

キュゥべえは知っている。

クラリスのフルートモードは、戦闘中において『固有魔法』を発動する際に用いる事を。

つまり、仁美の脳内に固有魔法の情報が与えられたと言う訳だ。

 

 

『さあ発動するよ』

 

 

これはキュゥべえ達にとっても非常に興味深い魔法であった。

なんの素質も無い仁美が、FOOLS,GAMEにって素晴らしい因果を溜め込んで、さらに願いの力も加わり、良質な魔法少女へと昇華した。

そして、そんな彼女が遂に手に入れた固有魔法形態は――

 

 

『接続魔法、"コネクト"がね』

 

 

クラリスが美しい音を奏でる。

溢れる光。コネクトとは、文字通り『接続』や『連結』を意味する言葉。

仁美が繋ぐのは『今』と、失われた筈の『未来』。

それを証明する様に、仁美の隣には二つの魔法陣が出現する。

トンネルだ。魔法陣を潜り抜けて姿を見せたのは、二人の少女だった。

 

 

「また随分ととんでもない時に繋がったものね」

 

「面倒ってか?」

 

「あら、そこまで薄情じゃ無くってよ」

 

「だったらいいじゃん? あたしは逆に燃えてくるけどな」

 

「「???」」

 

 

アビスはもちろん。

少女達をココに呼び出した筈の仁美まで目を丸くして、ポカンとしている。

誰? 正直それがアビス達の素直な感想だった。

とは言え、仁美の脳には、コネクトの齎す効果の情報がしっかり与えられている。

だからこそ理解する事ができた。魔法陣から現れた二人が何者なのかを。

 

コネクトの効果は、今と未来を連結させ、向こうにいる者をコチラに招く事ができる力だ。

魔法陣から出た少女の一人は、濃い青の髪を持った少女。そしてもう一人はオレンジ色の髪を持った少女。

二人には一つの共通点があった。それは耳にある鈴型のピアスである。

 

 

『新型か……!』

 

「え? し、新型? 何が? どれが?」

 

 

そう、仁美が繋いだのはただの未来ではない。

違う時間軸の未来だ。それは魔獣が違ったアクセントを一度だけ求めた時の未来。

仁美は、そこにいる魔法少女達へ助けを求めたのだ。

 

 

「一応はじめまして、なのかな? マスターって呼んだ方がいい?」

 

「話はだいたいキュゥべえから聞いているわ。もちろん、未来のね」

 

 

二人の少女。

正確には二人の魔法少女の体が光に包まれる。

そして光が晴れた時、彼女達の衣装は全く違う物へと変化していた。

青い髪の少女は、シスターの様な風貌になりメガネが追加され。

オレンジ髪の少女は、体にフィットした服にスパイクシューズが目立っている。

 

 

「私は御崎(みさき)海香(うみか)

 

「あたしは(まき)カオル」

 

 

カオルはニヤリと笑って、サムズアップを仁美とアビスに。

 

 

「未来の魔法少女、助っ人に参上ってね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

 

シャドウモーメントの時間が切れ、オルタナティブは茨の鞭を防御した影響で地面を擦りながら後ろへと下がる。

持ち前の記憶力でパターンを読んでいたからかダメージはそれほど受けていないが、逆を言えばオルタナティブもミスパイダーにそれほどダメージを与える事が出来なかった。

どうするべきか。そう思っていると、真横にオレンジが駆ける。

 

 

「お、お前達は! どうしてココに!? 死んだ筈では――ッッ!?」

 

「さあ、なんでだろうね!!」

 

 

カオルを確認したミスパイダーは、つい先ほど感じた焦りを再び覚える事に。

そもそもカオルと海香はココにいる筈の無い存在だ。

それが何故今と言う時間に存在しているのか。ミスパイダーには理解できない。

 

 

「カピターノポテンザ!」

 

 

カオルは持ち前の素早い動きで一気に距離を詰め、思い切り拳を握り締めて渾身のストレートをビット部分にに直撃させる。

さらに驚くべきは彼女の魔法だ。自らの肉体を『鋼』に変える事で、攻撃力を何倍にもアップさせている。

だがそれでもビットを破壊することはできなかった様だ。

カオルはすぐにバク転でミスパイダーから距離を取る。

 

 

「へぇ、硬いじゃん」

 

「クッ!」

 

 

何がどうなっているのかは分からないが、いずれにせよカオル達もまた自らの存在を脅かすイレギュラーである事は間違いない。

ミスパイダーはカオルを排除する為に花びらを撒き散らす。

しかしそれを待ってましたと飛び出てくるのは、海香だった。

持っていた本を盾にする様に前へとかざす。すると花びらが凄まじい勢いで文字通り本に吸い込まれていき、白紙だったページに文字をビッシリと刻ませる。

情報収集魔法イクスフィーレ、海香は素早くその文字列に目を通し、直後叫ぶ。

 

 

「奴の本体や蔓を狙ってもあまり効果は無いわ! 弱点は――」

 

 

海香は一つの場所を指し示し、叫ぶ。

 

 

「蔓の間に咲いているバラ!!」

 

「んなッッ!!」

 

 

その瞬間、確実にミスパイダーの様子が変わった。

上機嫌だった声のトーンではなく、真剣で焦りをたっぷりと含んだソレに。

そして直後、蜘蛛の巣状に張り巡らされた蔓に咲いているバラが、一つ消し飛んだ。

スラッシュダガーが飛んできて、見事に花に突き刺さったからだ。

 

 

「ぐがぁああぁアァッッ!!」

 

 

絶叫するミスパイダー。

花があった場所からは噴水の様にどす黒い瘴気のエネルギーが噴射し始めた。

大きく仰け反るミスパイダーを見て、成る程と頷くオルタナティブ。

彼はすぐにアビス達に視線を移した。

 

 

「見たとおりです。決着をつけましょう」

 

「ッ! はい!」

 

 

声を上げる一同。

まだよく分かっていないと言えばそうだが、とにかく海香とカオルは自分達の味方で、ミスパイダーを倒せるかもしれないチャンスを作ってくれた。

それを絶対に無駄にはできない。アビスはシュートベントを発動、アビスハンマーが使っていたキャノン砲を担いで狙いを定める。

 

 

「くッらえぇえ!!」

 

「ギガァアァアッッ!!」

 

 

アビスの放ったエネルギー弾が、再びバラを二輪三輪と散らして行く。

そして吹き出る瘴気。ミスパイダーは抵抗の為に茨の鞭や大量の花びらを使って攻撃を仕掛けるが――

 

 

『ガードベント』

 

 

オルタナティブが構えるのはサイコローグの顔面を模した盾、『サイコシールド』。

龍騎のドラグシールドが竜巻防御と言う技を繰り出せる様に、彼もまた特殊な技を繰り出す事ができる。

オルタナティブが盾を振るうと、その手から盾が消滅。

その代わりに、オルタナティブを中心として巨大な『黒い箱』がアビス達を含めて、覆い隠す。

 

 

「10秒です。思い切り暴れてください」

 

 

シュレディンガーの猫箱と呼ばれるこの技。

それを見たキュゥべえは、隣にいるジュゥべえをチラリと。

 

 

『キミ、香川に手を貸したね?』

 

『ん、ま、ちょこっとな』

 

 

当初オルタナティブのカードに個々の必殺技はついていなかった。

要するにスラッシュダガーは炎なんて出せないし、サイコシールドに必殺技と称する特殊能力はついていなかった。

しかしオルタナティブを見ていたジュゥべえが、サイコローグ起動と同時に接触して、手を加えたと言う訳だ。

 

 

『イレギュラーではあるが、奴は15人目。それを受け入れてやるべきだろうと思ってな』

 

 

ミラーワールドに入れる能力と、個々の必殺技。

さらにデッキをかざせばVバックルが現れる様にと、色々手を加えて、『ゼロ』の名を付け足した。

こうして香川が完成されたオルタナティブは、ジュゥべえの手を受けてオルタナティブ・ゼロに変わって、今に至っている。

 

 

『デザインもちょろっと変えたんだぜ? ゼロは額の所に銀色のVの文字があるんだ』

 

『やれやれ、まあいいけどね』

 

 

これもまた変化か。

キュゥべえは特に何も言う事は無く、彼らの様子を観察していた。

シュレディンガーの猫箱。なかなか面白い能力かもしれない。

黒い箱から解放されたアビス達は、一気に走り出してミスパイダーのバラを狙う。

当然彼女も抵抗しようと攻撃するのだが、ミスパイダー視点でアビス達はいまだに黒い箱に覆われたままである。

真っ黒い箱達が動き回り、自分に攻撃をしかけてくる。

抵抗するため箱に攻撃を当てても、ダメージは明らかに通っていない。

 

そう、これこそが能力。

シールドを失う代わりに、10秒間『無敵』に変わるのだ。

アビス達はその間に次々とミスパイダーのバラを破壊し、確実にダメージを与えていく。

 

 

「カオル!」

 

「了解ッ!」

 

 

海香はメガネを整えると、本から光の球体を出現させて空中へ放り投げる。

目が据わっている海香。どうやら彼女も魔獣には大きな恨みがあるらしい。

一方で地面を蹴って飛び上がるカオルも。また同じである。

 

 

「魔獣、お前の狂ったゲームはもう終わりだ!」

 

 

カオルはその足で思い切り光の球体を蹴り飛ばした。

 

 

「「パラ・ディ・キャノーネ!!」」

 

 

蹴り飛ばした光弾はその衝撃で分裂。ショットガンの様に広範囲に着弾していく。

次々と破壊されるバラと、絶叫を上げるミスパイダー。

オルタナティブは今が好機と視たか、二枚目のファイナルベントのカードを構える。

 

 

「トウッ!」『ファイナルベント』

 

 

地面を蹴って、オルタナティブが空高く舞い上がる。

同時に出現したサイコローグも、ジェット噴射で空に舞い上がった。

そしてココで機械音。見ればサイコローグがなんと分裂、バラバラになってオルタナティブの周りに。

 

一方でオルタナティブは空中でグルリと一回転を行い、右足を突き出してとび蹴りのポーズを行う。するとバラバラになっていたサイコローグのパーツがガシャンガシャンと音を立てて右足に装着されていくではないか。

そして巨大な足の形になると変形を完了させた。

 

 

「ハァァアア!!」

 

「ギガアアアアアアアアアアア!!」

 

 

変形したサイコローグを右足に装着して行う飛び蹴り、『デッドオアアライブ』がミスパイダーの上半身を完全に捉えた。

蜘蛛の巣やバラから引きが剥がされ、地面を転がるミスパイダー。

オルタナティブは着地すると、踵を返してアビスの肩に手を置いた。

 

 

「中沢くん。後はお願いします」

 

「は、はい! わかりました先生!」

 

 

前に出るアビス。

デッキからファイナルベントのカードを抜き取ると、一瞬だけ動きを止める。

 

 

「――下宮、行くぜ!」

 

『……ああ!』

 

 

バイザーに噛ませるファイナルベントのカード。

音声がその名を告げると同時に、アビスは気合の雄たけび上げながら全速力で走り出す。

一方でミスパイダーは体から瘴気を撒き散らしながら呻き声を上げる。

一度目の敗北だけでなく。今、死を前にしているだと!?

人間を狩りに来た自分が狩られて死ぬ。なんの冗談なのか? そんな事があって良い筈がない。

 

 

「ガガガガガガガ!!」

 

 

停止する思考。

何故ならばアビスの背後に現れたアビソドンが、エネルギー弾を連射してミスパイダーの体に命中させたからだ。

ファイナルベント時のみ、アビソドンは全てのモードの能力を同時に使用できる。

ホオジロモードの鋭い歯、シュモクモードの砲台の目、そしてノコギリモードの鋭利な刃。

全てを兼ね揃えたアビソドンを前にして、アビスはひたすらに走る。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオ!!」

 

「ク――ッ! うぁァ……ッッ!!」

 

 

アビスはミスパイダーの前で飛び上がる。

青く発光している右足を振るい、思い切り飛び回し蹴りを行った。

すると青いエネルギーが足の通った軌跡をなぞり、リーチと威力を爆発的に増加させる。

さらにエネルギーの軌跡は空間に固定され、ミスパイダーを拘束する。

 

 

「がかぁあぁあぅ……ッッ!!」

 

「下宮ッ!!」

 

 

吼えるアビス。

すると彼の背後頭上にいたアビソドンが、キックの動きにシンクロする様にして、青い軌跡通りに刃を振るった。

アビソドンが動きを止め、アビスが必殺のキックを決めた後、アビソドンが追撃の一撃を加える。それがアビスのファイナルベント、『アビスダイブ』だ。

 

 

「ウゲェエアアァッッ!!」

 

 

一方で切断とはいかなかったが、ミスパイダーは断末魔を上げて傷から瘴気を噴射しながら吹き飛んで行く。

アビスは地面に着地すると、ゆっくりと倒れた敵を見た。

 

 

「ほ……ほほホ――ッ! ホホ!」

 

 

限界が来たのか。

強制的に姿が変わるシュピンネ。弱い人間体へと戻る。

あれだけ美しかったドレスも今はもうボロボロとなり、体からは瘴気を噴出してフラついていた。

 

 

「分かるかな? シュピンネ」

 

 

アビスの頭上にいたアビソドンが、彼女に告げる。

 

 

「これが、お前達が与え続けた死と言う物さ」

 

「ホ……ホホッ! み、ミトめ……ませンわ! ホホッ! ほッ!」

 

 

シュピンネは傷口を押さえ、首をいろいろな方向にカクカクと曲げながら呻き声を漏らしていた。体からは次々と瘴気が漏れ出し、彼女はその度に狂った様に笑っていく。

魔獣である自分に死が訪れる訳が無い。これは何かの間違い。死を与えられるのは人間だけに決まっているんだ……!

 

 

「だったら、そう思いながら消えていけよ!」

 

 

アビスの言葉に、一瞬ピタリと動きが止まるシュピンネ。

そして次の瞬間、その表情が鬼のような物へと歪んでいく。

 

 

「おのれェエェエェエエ……ッッ!!」

 

 

あり得ない、あり得ない! 狂った様に連呼する魔獣。

 

 

「アァァアァアァァァァ!!」

 

 

それは怒りと悔しさをありったけに含んだ上ずった声であった。

そしてシュピンネはその全ての感情を含め、狂った様に最期の笑いながら、ゆっくりと背後へと倒れていった。

 

 

「こんな……! こんなの――ッ! ホホッ! ホ、ホホホァハァハハハッ! アァグアアァッ!!」

 

 

そして。

 

 

「ウゥゥアァァァアッァアアァアアァァァアアアァアッッッ!!!」

 

 

絶叫を上げながら大爆発。

今度こそ与えられる完全な死。

上級魔獣、バッドエンドギアが一席であるミス・シュピンネが敗北した決定的瞬間であった。

 

 

「終わった――ッ!」

 

「良かったですわ……! 私達、勝てたんですのよね!?」

 

「うん! そうだよ、俺達が倒したんだ!」

 

 

大きく安堵の息を漏らし、見つめあって笑い合う仁美とアビス。

同時にして彼らの体が粒子化を始める。どうやら制限時間がやってきたらしい。

ココで仁美は後ろに立っていた海香達を見る。

 

 

「ありがとうございました! なんとお礼を言って良いか……!」

 

「ま、気にしない気にしない。ぶっちゃけ、あたしはあんま役に立ってなかったし」

 

「どうやら私達はココまでみたいね」

 

 

光に包まれるカオルと海香。しかし彼女達は一体――?

 

 

「詳しい事はまた話しましょう」

 

「え?」

 

「コネクト使ってくれればいつでも飛んで行くからさ」

 

 

これからは未来と過去。

手を取り合っていくべきだろうと、カオルはニンマリと笑った。

 

 

「じゃあな、チャオ!」

 

 

そう言って消え去る二人。

呆気に取られていた仁美達ではあったが、そうしていると制限時間も訪れ、景色が粉々に割れるのが見えた。

そして気づいたときには現実世界だ。

アビス達はすぐに変身を解除して辺りを見回す。

すると彼のバイザーが分離して下宮の姿に変わった。

 

 

「警備員の人、大丈夫かな?」

 

「魔獣も参加者、死ねば存在その物が消えて無かった事になる」

 

 

きっと何か別の記憶に摩り替わっている事だろう。

とはいえ怪我が無くなった訳ではないのが辛い所だが。

まあそれでも死ぬよりはマシだ。ネガティブには考えないでおこうと。

 

 

「どうやら、成功の様ですね」

 

「ええ。ジュゥべえくんにも手を貸してもらいましたからね」

 

 

香川も変身を解除して、デッキを見つめる。

オルタナティブゼロ。擬似的な存在と言えばそうだが、騎士の一人として覚醒を果たした。

そして香川の隣にはサイコローグが。ココに居ては誰かに見られてしまう可能性がある。

するとその体が再びけたたましい音を上げて変形していく。

収束する様に小型化していき、そして肌色の人工皮膚を出現させ、服を纏う。

思わず声を上げる中沢達。あっという間にサイコローグが人間の男の子に擬態したではないか。

 

 

「どうですか? 気分は」

 

「うん、大丈夫だよ。お父さん」

 

「マジ……!?」

 

 

サイコローグ。

彼もまた下宮と同じく、カードに戻る必要は無かった。

何故ならば脳の持ち主である香川裕太の姿を模した人間状態への変身が可能だからだ。

中沢は自分よりも背が低い裕太を見て絶句する。

どこからどう見ても人間、けれど彼の中身は先ほどのミラーモンスターなのだ。

 

 

「皆さん、ぼくもこれから一緒に戦います」

 

「え!? あ、ああ! うん、よろしく」

 

「よろしくお願いします」

 

 

経緯が経緯だからか、随分と大人びて見える物だ。

香川は一旦研究室に戻り、裕太(サイコローグ)の調子を見たいと。

 

 

「君達も疲れたでしょう、今日はゆっくり休んでください」

 

「そうだね、今日は色々な事があったから」

 

 

下宮も大きなため息をついて、先ほど噛み千切られた肩を抑える。

ミラーモンスターに覚醒した際に戻ってくれたが、中沢たちの体には色々と抱えている疲労があるだろう。

 

 

「僕も一旦カードに戻るよ」

 

 

その前にと、下宮は先ほどゲルトルートとクリフォニアから出たグリーフシードを仁美へと投げる。何でも今回の舞台、魔法少女のシステムにもキュゥべえ達は細工を行ったらしい。

今までは魔法少女は魔力が0になると魔女になっていたが、今回それは無い。その状態で絶望すればアウトなのだ。

とはいえソウルジェムが汚れる程にネガティブな考えへシフトする様になるから、結局は同じようなものかもしれないが。

 

 

「しっかり休める時には休んでおかないとね」

 

「でも後でもう一度コネクトを使いたいですわ」

 

 

海香とカオルに話は聞きたい。自分の魔法にも慣れておかないとと。

 

 

「でしたら、今日の夜に私の研究室に来てください」

 

「分かりましたわ」

 

 

そこで海香達を呼び出し、詳しい話を聞いて今後の方針を決めようと言う事なのだろう。

それまでは自由時間だ。香川と裕太は一同に別れを告げると、研究室の方へと戻っていく。

三人に流れる一瞬の沈黙。それはつい先程の景色を思い出している物だった。

 

 

「本当に……、勝ったんだよな? 俺達?」

 

「ああ。キミは騎士になり、志筑さんは魔法少女になった」

 

 

そのまま、一同は木の上でコチラを見ているキュゥべえ達に視線を移す。

ジュゥべえはニヤリと大きく口を吊り上げ笑う。

中沢と仁美はパートナー契約を結んでアビスペアとなった。

その意味、分からない訳は無いだろう?

 

 

『ゲームの開始を、楽しみに待ってな』

 

 

そう言って二匹は完全に一同の前から姿を消した。

複雑な表情を浮かべる下宮。二人は力を手に入れたが、同時に殺し合いのゲームに巻き込まれる事になった。

そうしたのは自分だ。二人には申し訳ないと言う気持ちが浮かぶ。

けれど後悔もしていない、それが必要だと思ったから。

 

 

「気にするなよ、下宮」

 

「え?」

 

 

ドンと背中を戦く中沢。

仁美も笑みを浮かべてコクリと頷いた。

 

 

「友達だろ? 俺達」

 

「……はは、調子がいいね」

 

「悪かったな。いろいろ」

 

「いや、僕の方こそ」

 

 

じゃあもう引っ張るのは無しだ。

そりゃあ少しは怖いが、やはり本当の意味で変わるには、この力は必要だった。

 

 

「だから、下宮には感謝しているよ」

 

「ええ、私もですわ」

 

 

それを聞くと、下宮はもう一度謝罪とお礼を口にした。

 

 

「必ず魔獣を倒して、世界を希望に染めよう」

 

「ああ」

 

「はい!」

 

 

そう言うと、下宮は粒子化してアビスのデッキに消えていく。

残された二人はまだ余韻が続いているのか、見詰め合って笑みを浮かべた。

 

 

(って、今ッ、見詰め合っている!?)

 

 

中沢はその意味を理解して、すぐに赤面しながら顔をそらした。

 

 

「あぁ、えと! も、戻ろっか志筑さん……!!」

 

「あ、はい!」

 

 

早歩きになる中沢の肩に並ぶ様に、仁美が付いてくる。

 

 

「中沢くん。これからは仁美って呼んでください」

 

「―――」

 

 

は? 目を丸くする中沢。

デッキの中にいた下宮も聞こえていたのか、同じく目を丸くしていた。

対してニコニコとお構い無しの仁美。

 

 

「だって私達パートナーですのよね? だったら、他人行儀は嫌ですわ」

 

「え? ええ? えええ!?」

 

「私も、昴くんって呼んだ方がよろしいですか?」

 

「ええええええッッ!?」

 

 

中沢は真っ赤になって大きく首を振る。

だめだ。そんな事になったら色々と耐えられないかもしれない。

いやうれしいけど、嬉しいけども!!

 

 

「な、中沢で大丈夫だよ! その方がな、慣れてるし!!」

 

「そうですか……。あ、でも私は仁美って呼んでくださいね?」

 

「ウッ!」

 

 

一瞬の停止、そして彼は意を決して――

 

 

「わ、わかった……よ! 仁美――ッしゃん」

 

 

噛んだ。

デッキから下宮の大爆笑が聞こえてきたので、思わず中沢は思い切りソレを地面に叩き付けそうになったが、恥ずかしさが勝ってどうにもならなかった。

 

 

「ひ、仁美さん! お昼とかどうしよっか!?」

 

 

先ほどの事を無かった事にした中沢。

とは言え、昼までは、それなりに時間があるのに昼食の話など馬鹿丸出しである。

それに気づいた中沢は再び頭を抱えるが、仁美は真面目に考えてくれているのか、顎に手を当ててフムと唸る。

 

 

「中沢君はコンビニのお弁当って食べた事ありますか?」

 

「え? もちろんあるけど……?」

 

「実は私、まだ無いんですの」

 

「うぇ! 本当に!?」

 

 

流石はお嬢様と言った所か。

とはいえ、仁美はずっと前から興味はあった様だ。

とは言え、なかなかそんな機会も無く。ずっと気になりっぱさしで過ごして来たと。

 

 

「じゃあお昼はコンビニにしようか。最近のは美味しいんだよ」

 

「本当ですか!? 初体験です、楽しみですわ!」

 

「あはは、まあ所詮はコンビニだからあんまり期待しない方がいいと思うけどね」

 

 

笑いながら清明院を離れる二人を、屋上からジュゥべえは確認していた。

一同の前からは消えたが、清明院から離れたと言う訳では無かった様だ。

 

 

『オイラってば何て良い奴、まさにキューピッド』

 

 

ジュゥべえは、やれやれと首を振っていた。

 

 

『でもよ先輩、そうなるとアイツが可哀想だよなぁ?』

 

 

騎士ってのは、魔法少女ってのは、それぞれペアのパートナーがいるってのがこのゲームの掟ではないか。

しかし現状はどうだ? 騎士が15人、魔法少女が14人と、なんとも中途半端な物ではないか。

 

 

『まさかアイツ、擬似的な物だからって逃れられるとでも思ってんのかね?』

 

『いずれにせよデッキにキミの手が掛けられた以上、彼はもう参加者だ』

 

『確かに』

 

『キミもそれを狙っての事だろう?』

 

『……確かに!』

 

『だからこそ、近いうちに用意はするべきだとボクも思うよ』

 

 

15人目の魔法少女をね。

キュゥべえは屋上から街を見据える。

遠くに見える見滝原、はてさて適任は誰がいいのか?

 

 

『ボクは"彼女"が良いと思うんだけど』

 

 

キュゥべえがデータをジュゥべえの頭の中に送信する

 

 

『あー、はいはい、コイツね。まあいいんじゃねぇの。でもどうするんだ先輩? アイツは今……』

 

『うん、だから流れによるけどね』

 

 

ゲームがその答えを出してくれるだろう。

中沢と香川、仁美が覚醒した今、ゲームは開始前にして前回のソレとは大きく形態を変えている。

その先に待つものは、インキュベーターも分かりかねる領域だ。

 

しかしそれでも一つ分かる事があるのなら、バッドエンドギアの一人が死んだ。

コレは向こうとて無視できる内容ではない。しかし仮にも参加者である魔獣が死んだわけだが、ゲーム開始のアナウンスを入れるつもりはキュゥべえ達には"まだ"無かった。

 

 

『とはいえ、カウントダウンは始まったけど』

 

 

 

 









鎌田すまん( ^ω^ )


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第75話 人を傷つける才能



言い忘れてましたが、The・ANSWER編からは

・全てのマギカシリーズ

・龍騎以外の仮面ライダー


この二つもチラホラと入ってきます。
まだ見てない人は、よければ各シリーズを覗いてみてね。

とくにかずみマギカは、マギカシリーズに大きな広がりを持たせた作品だと思うのでおすすめですぞ(´・ω・)b




 

 

「うーん」

 

 

真司は手に持ったトランプを睨みながら唸っていた。

少し時間を戻そう。それはつい先ほどの事だった。

 

 

「ほ、本当に!?」

 

『はい! 私もまどかさんと同じですわ!』

 

 

テレビ電話。

ニコの携帯の画面いっぱいに広がっていたのは、仁美の眩しい笑顔である。

自らもキュゥべえと契約して魔法少女になった事、中沢がアビスになった事、香川と共に魔獣を倒した事。要するに一連の流れをまどか達に伝える。

 

これからの事を考えると少し複雑な話ではあったが、仲間が増えたと言う事、何よりそれが仁美だと言う事に、まどかは笑みを浮かべずにはいられなかった。

不謹慎――、とは少し違うかもしれないが、抱える運命は置いておいて、仲間が親友である事は嬉しいに決まっている。

 

それに魔獣を倒したと言うのは一番大きな情報だ。

コチラの力が十分通用する事を証明してくれた。

なんとも希望のある話ではないか。

 

 

『紹介しますわ、コチラが香川先生ですの』

 

 

カメラから引く仁美。

するとそこには椅子に座っている香川が見えた。

さらに香川を中心に、中沢と下宮の姿も研究室に来ていた様だ。

 

 

『どうも。はじめまして――。に、なりますかね』

 

「あ! ど、どもぉ! はじめまして城戸真司です!」

 

「……成る程」

 

「え? なにが?」

 

 

やや含みのある挨拶であった香川。

真司は何の違和感もなく頭を大きく下げていたが、手塚は言葉の裏に隠れた意味を理解したようだ。

香川もまた『世界』と『記憶』で考えれば騎士側の人間。

おそらく以前の時間軸、もしくは世界軸(リュウキのセカイ)で真司と会っているのだろう。

猛烈なデジャブが真司と香川の脳を駆け巡っているに違いない。

 

尤も、今の自分達にとっては関係ない話といえばそうなのだが。

大切なのは今この瞬間、この時、この時間軸だ。

久遠の時の中、全ての決着をつけるのは『今』なのだ。

過去は過去でしかない。手塚は、真司は、それを理解しているからこそココにいる。

 

 

「は、はじめまして! きゃなめまどかです!」

 

「……暁美ほむら」

 

「手塚海之だ」

 

「神那ニコ、よろしくだぞー」

 

 

とりあえずと、まずはお互い挨拶を交わす事に。

緊張しているのか。まどかが噛んだ気がするが、今は気にしないでおこう。

横目に見てみれば、まどかは顔を真っ赤にして俯いている。触れるのも気の毒だ。

 

まあ色々と話したい事はあるとは思うが、まず前に出たのは仁美だ。

彼女が手をかざすと、そこに美しい緑色のソウルジェムが出現。

一瞬にして仁美の姿が魔法少女のソレへと変わった。

 

 

「ッ! わぁ! 綺麗だね仁美ちゃん」

 

『そ、そうですか? 嬉しいですわ。照れてしまいます!』

 

 

仁美は笑みを浮かべつつも、赤面してもじもじと、はにかんでいた。

 

 

「おお、なかなかエロいな」

 

「「………」」

 

「ごめんなさい。どうぞ続けて、ほら、はよ」

 

 

手塚とほむらから『黙ってろ』と言わんばかりの視線が放たれる。

挟まれたニコは一歩後ろに下がると、指でバッテンを作って、それを口に当てていた。

『話を続けてください』、そんなジェスチャーに、一同は脱線しかかった本題に戻る事へ。

 

 

『コネクト!』

 

 

仁美は自己紹介代わりに自らの魔法を披露する。

バトン型の武器、クラリスを出現させ、仁美はそれをフルートモードとして使用する。

美しい音が聞こえたかと思うと、仁美の前方に魔法陣が二つ出現。

接続魔法コネクト。ミスパイダー戦同じく、そこから二人の少女が姿を見せる。

 

 

『お? どう言う状況だコレ』

 

『お久しぶり。と言っても、ほんの少しぶりだけれど』

 

 

御崎海香、牧カオル。

コネクトには呼び出した者には、現在がどういう状況であるのかを簡易的に伝える機能はあるが、追加で魔力を消費する為、今は口頭で事情を伝える。

コネクトで繋がったのは未来の時間だ。そして海香達がやって来た。

 

まずはその事について少し話をする事に。

しばらく海香達の話が続き、さらに真司たちの知っている情報を組み合わせると、大まかな流れが見えてきた。

と言う訳で、今一度おさらいをしてみよう。

 

 

『えー、おほん。では私が軽く説明してあげましてよ』

 

 

現在の海香は、魔法の影響もあって全てを理解しているらしい。

咳払いをし、一同に説明を始めた。

 

 

『まず、一番初めの魔獣襲撃の際、魔獣は円環の理を完全に支配していたと考えていたのだれど、実際は神である鹿目まどかの欠片と、もう一人『タルト』と言う魔法少女を逃がしていたの』

 

 

まどかとタルトは、イツトリ達に対抗する為に一計を案じる。

それは、まどかが小規模の円環の理を作り、脱落した参加者の魂をサルベージさせる事だった。

一方でタルトは活路を見出す為に、自らの存在と引き換えに一つの概念を作り上げた。

その概念が魔獣に伝わり、魔獣達は一つの『興味』と言う可能性を生み出す。

 

 

『それはループしつづける箱庭を広げてみようと言う事よ』

 

 

本来、イツトリや魔獣によって作られた見滝原(セカイ)は、ゲームが終わればどの様な結末であったとしても再び時間が巻き戻されるように設定されていた。

しかしタルトが作った概念、『興味』に支配された魔獣は、一度だけ箱庭の時間を延長させる事を決めたのだ。

 

 

『つまり違うメンバー、違う趣向をもったゲームを楽しもうと。繰り返されるループを中止し、未来を作り上げた』

 

 

その未来に繋がった際のゲーム、勝者は秋山蓮。

彼は恵里との間にかずみを設けた。かずみは元々円環の理に存在していた魔法少女だ。

魔獣は未来に生きる人たちの配役を適当に行い、その後、魔法少女になった者からゲーム参加者として選出するつもりだった。

 

言うなれば、舞台の配役はランダムだった訳だ。

かずみの魂がたまたま恵里に宿り、二人の子として生を受けたわけである。

 

そしてその後、未来においても例外なくゲームが行われた。

未来の魔法少女と、未来の騎士で殺し合うゲームが。

その中でキュゥべえ達は、その時点で一般人だったかずみに目を付けた。

かずみの中にあるエネルギーは凄まじいもの。キュゥべえに鹿目まどかの再来と言わしめたほどである。

 

キュゥべえらの最有力事項は宇宙延命。

かずみの絶大な素質に惹かれ、自分達の都合でかずみに契約を持ちかけた。

その結果、かずみは未来で起こった戦いを否定したいと願いを示す。

 

そしてかずみは過去に送り込まれ、魔獣に目をつけられてからは、13人目の参加者として以後のループに加わった。

だが、かずみが存在する事で未来があると言う『事実』が残り続け、再び『現代のみ』のループになったとしても、未来と言う『存在』は確立されたのだ。

 

つまりスタートがAで、ゴールがB。それをループするのが過去のフールズゲーム。

しかし、かずみがいる事でゴールはBの先のCになる。

フールズゲームの形態は、ゴール前のBまでをループするようになった。

いずれにせよCと言う未来がある事は確定されている。

 

もちろんCと言うのは来ない筈の未来であるが故、海香たちの存在はかぎりないゼロであった。

しかしその存在を確立させたのが、仁美のコネクトだ。

未来に接続する事で、海香たちの存在が確固たるモノに昇華された。

 

 

『コネクトのゲートが私達の前に現れたとき、私達もまた全ての情報と記憶が蘇ったわ』

 

 

そして従うかどうかを選択された。仁美の力の一端になるかどうかを。

海香もカオルも理解した。コレがかずみを助ける方法なのだと。

未来を救う、今を変える為の方法だからと。

だからこそ二人は協力を惜しまなかったわけだ。

 

 

『アタシらはプレイアデス星団って言ってさ――』

 

 

過去のゲームの情報はそれとなくではあるが知っていた彼女達は、何とかゲームに対抗しようとチームを組んでいた。

まあ結局何もできずに負けてしまったわけだが、今がまさにリベンジの時だと。

 

 

「今、未来はどうなっている?」

 

 

手塚は腕を組んで目を閉じる。

海香やカオルが"魔法少女として存在する"と言う事は、現在海香達の世界が何も変わっていないと言う事では?

それはつまり魔獣には勝てないと言う事を証明するものなのではないだろうか?

そんな不安がある。

 

 

『普通よ。至って普通。私達が魔法少女だと言う事以外』

 

 

元々未来のゲームが始まるよりも前だと言うから、海香自身どうなっているのかは分からない。

 

 

『心配はいらないでしょう。海香さんたちの世界は一種のパラレルワールドとみて間違いありません』

 

 

香川は海香達がいる未来はある意味パラレルワールドのようなものだと言う。

真司が生きている現在と直接繋がるかどうかは分からない。

つまり海香達が魔法少女になっている=真司達が魔獣に勝てないと言う方程式は成り立たないと。

 

 

『未来は些細な事で変わる可能性がありますからね』

 

 

だから真司達が自分たちの時間軸で魔獣を全滅させれば、未来にいる海香たちも自動的に魔法少女の運命から解放される場合がある。

 

 

『っていうかさ、難しい事は考えなくていいよ』

 

 

カオルは語る。

つまりのところ、プレイアデス星団はまどか達の味方だと言う事だ。

魔獣を倒した事で彼女達が生きる未来が変わり、より良いものになればそれでいい。

たとえ今築いている関係や記憶が壊れてしまうとしても。

 

 

『それにさ――』

 

 

カオルはやや挑発的な笑みを浮かべた。

 

 

『もしも仮に未来が魔獣の勝利を示してるとしても、アンタらは諦めるの?』

 

 

そりゃ負けるに決まってるんだから諦めるだろ。

ニコはそれを言おうと口を開こうとした。

しかし一瞬だ、カオルの問いかけに間髪いれず、真司が口を挟む。

 

 

「諦めるわけないだろ! 魔獣の奴等は絶対倒すから、安心しててよ!」

 

『お! 良い返事だね真司さん!』

 

(まじか)

 

 

味方が増えた事で心強くなったのか。真司は身を乗り出して胸を叩く。

ニコは少し不服そうだったが、カオルもそれでいいと笑っていた。

 

 

『アタシらは呼んでくれればいつでもいけるからさ』

 

 

コネクトで呼ばれた海香達は仁美の『使い魔』と言う事になり、安全装置が付与される。

それは致死量のダメージを受ければ消滅するだけで死にはしないと言うもの。つまり魔力で肉体が構成される人形のようなものなのだ。本体は未来にあるため、現代で殺されても死にはしない。

つまり遠慮する事無く、どんどん呼べばいいと。

 

 

『ただ、まあ、まだかずみには黙っていてよ』

 

「え? でも――」

 

『あの子、混乱するわ』

 

 

色々と複雑な面がある。

まだその時では無いだろうと海香は念を押した。

海香達がそうしてくれと言った以上、余計な事はできない。真司たちは了解する事に。

 

さて、ココからは少し話が変わる。

未来の事情は分かった。仁美の願いが未来とのトンネルを繋ぎ、新世代の魔法少女達と繋がった。

 

では海香達のためにも、なおさら真司たちは勝たなければならない。

これからの一番の課題はどう動くか。まずは"何をすればいいのか"だ。

その問題に意見したのは香川だった。

 

 

『分岐点を守護するのはどうでしょうか?』

 

「分岐点、ですか」

 

『ええ。前回のゲームの事は下宮くんからだいたい聞きました』

 

 

ルールがルール故な所もあるが、真司達協力派は、常に劣勢を強いられてきた。

常に後手後手となり、結果的に多くの犠牲者を出してしまったのは言うまでもない。

 

 

『今回が前回の時間軸をベースにしているならば、下手をすれば同じ流れになってしまう可能性が高い』

 

「でも、じゃあ、どうすれば!」

 

『だからこそ、まずは根本を変えなければならないでしょうね』

 

「根本、ですか?」

 

 

思い出して欲しい、ゲームの始まりを。

ゲームは一体何がどうなって始まってしまったのか。

そして何が足りなかったのかを。

 

 

『巴マミを守る事を、私はお勧めします』

 

 

マミは前回のゲームにおいて一番最初の犠牲者だ。

彼女と須藤が死んだ事でゲームが始まってしまった。

ならばマミをゲーム開始まで生存させれば、大きな分岐点になってくれるのではないだろうか。

 

少なくとも大きな変化は与えられる筈だ。これには下宮も賛成だった。

彼も改変前の世界を全て知っている訳ではないが、巴マミが一番参加者と接点があると言うのをどこかで聞いた記憶がある。

であるならば、やはりマミの生存は他の参加者にも何らかの影響を与えるくれるだろうと。

 

 

『一応、参考にしてみてください』

 

「はい! 参考にします!」

 

 

とりあえず香川達は。ゲームが始まるまでは見滝原外で色々と調査を進めると言う。

 

 

『閉鎖空間となった見滝原以外にどれだけ世界は構築されているのかが気になります』

 

 

既に香川たちも変身――、つまり参加者となった以上、一度でも見滝原に入ってしまえばルールが発動して、外に出られなくなってしまう。

 

 

「分かりました。こっちは俺達に任せておいてくださいッッ!」

 

『ええ、お願いします』

 

 

そこで前に出るのは仁美だ。

まだ照れを見せながらも、まどかに向ってもう一度微笑みかけた。

 

 

『まどかさん、一緒に、戦いを終わらせましょうね』

 

「うん、一緒に! 絶対に一緒に終わらせようね!」

 

 

一緒に。

その言葉を聞いて仁美はとても嬉しそうだった。

こうして話をつけた一同。香川達はとりあえず色々と情報が無いかを調べてくれるらしい。

特にワルプルギスは色々と文献も多いと聞く。

この作られた箱庭の世界にどれだけヒントが残っているのか。

 

一方で真司達もここは一つ、今後についてもう一度考えてみる事に。

ただ、いざ話そうとした時だった。

ニコがもぞもぞと服を漁ったかと思えば――

 

 

「トランプでもしながらにしねぇ?」

 

 

特に深い意味は無かった。

ほむらの部屋、何も無いし、そのまま話し合いだけなんてつまらんし。

最近は少し『楽しみ』と言うものが分かってきたニコ、そんな考えで出したトランプ。

当然ライアペアからは『何言ってんだコイツ』的な視線が送られるが――

 

 

「わぁ、トランプか! 久しぶりにするなぁ」

 

「いいね、やろうやろう!」

 

「そうね、私も気分転換は必要だと思っていたわ」

 

((コイツ……))

 

 

真司とまどかが賛成すると、ほむらは驚くべき速さで手のひらを返した。

手塚とニコは汗を浮かべながら、涼しげに髪をかき上げているほむらを見ている。

まあだが別に悪い事ではないか。ココで変に空気を悪くする意味はない。

一同はババ抜きをしながら話し合いを始め、今に至る訳である。

 

 

「それで? やっぱりマミってのを守るって事でいいんだな?」

 

 

ニコは片目を閉じながらほむらの手札から一枚カードを抜き取る。

 

 

「………」

 

 

見えたのは、死神(ジョーカー)のカード。

 

 

「ん? どうしたニコちゃん」

 

「……ファ●ク」

 

「え?」

 

「いや、別に」

 

 

光るソウルジェム。

ニコは魔法少女に変身して、手札を真司の方へ向ける。

 

 

「まずはその方向でいいだろうな。まあ尤も、巴マミと須藤が必ずしもゲームに良い流れを齎してくれるとは限らないが」

 

 

手塚の記憶にあるシザースペアは、時に仲間であったが、時には敵対関係にあった。

しかしいずれにせよ前回のゲームの件を考えると、そもそもコチラが有利とは思えない。

であるならば賭けも必要だろう。

 

それに改変の世界。

つまりまどかが神になった時間軸においても、マミは一番初めに脱落している。

因果には流れと言う物もあり、マミに結びついたのは『初めに舞台から消え去る』と言う物だとすれば、今回の時間軸も或いは、か。

 

 

「いや! そもそもさ、俺達が目指すのは全員生存じゃないか。ぜってー誰も死なせないからな!」

 

 

真司は意気込みながらニコの手札から一枚カードを掴んだ。

それはジョーカーの隣にあったスペードの3。

目を光らせるニコ。すると再生成の魔法が発動。

トランプの絵柄を作り変えて、スペードの3がジョーカーに、ジョーカーがスペードの3に。

結果、当然ながら真司の手にジョーカーが。

理不尽である。

 

 

「ん゛ぉッッ!?」

 

「ど、どうしたの真司さん。凄い声出して」

 

「いやッ! ななななんでも無いよ」

 

 

口笛を吹きながら真司は手塚にカードを差し出す。

目を細める手塚、真司は汗だくだ、目が泳いでる。

引いたな、コレは。いやそれよりも――

 

 

「神那、一つ聞いて良いか?」

 

「ん?」

 

「何故変身した」

 

「……まあ、ほら、私この姿好きだし。パイロットみたいでカッコいいじゃん?」

 

「「………」」

 

 

目を合わせる手塚とほむら。瞬間、トークベントで意見を交差させることに。

 

 

『(魔法)使ったな、コイツ』

 

『(魔法)使ったわね。まったく、大切な魔力をこんな下らない事に使うなんて愚かもいいところだわ』

 

『お前も使っただろ』

 

『……は?』

 

『デッキのカードは前回の物から引継ぎになっている』

 

 

手塚の持っているタイムベントは、トークベントと同じく持っているだけで効果を発揮する物である。

そしてタイムベントの効果は、ほむらが時間を止めた場合でもカードの保持者は自由に動く事が許されると言うもの。

 

手塚は基本クールで無口だ。動きも少ない。

だからほむらは気づいていなかったのだろうが、ニコがほむらのカードに手を掛けた時点で、ほむらは変身。

ほぼ同時に時間を止めて、掴んだカードとジョーカーのカードをすり替えた。

そして変身を解除することで時間停止は解除。ニコはすりかえられたジョーカーを引いたと言う訳である。

 

 

『………』

 

 

ほむら、沈黙。

 

 

『お前、大切な魔力をこんな下らない事に――』

 

『次は貴方の番よ、手塚。さっさと引きなさい。皆待っているわ』

 

(嘘だろ、コイツ……)

 

 

とんでもないヤツだ。

手塚はパートナーに一抹の恐ろしさを感じる。

だがまあ確かにいつまでも止まっている訳にもいくまい。

試しに五枚あるカードの中で一番右のをつかんで見る。

 

 

「ッッッ」

 

 

真司、苦悶の表情。手塚は次のカードに指をかける。

 

 

「!」

 

 

真司、にんまりと笑顔。手塚は次のカードに指をかける。

 

 

「ッッッ」

 

 

真司、苦悶の表情。以後はずっとその表情が続いた。

分かった事は右から二番目のカードに触れると真司が必ず笑顔に変わる事だ。

手塚はとりあえずその二番目のカードをつまんで少し上に引っ張ってみる。

 

 

「――んふふ」

 

「………」

 

 

笑った、ニッコリである。

手塚はそのカードをから指を離すと、一番左のカードを付かんで引いた。

見えたのはクローバーの7、手塚は揃ったカードを捨て場へと。

 

 

「あッ!!」

 

「ッ、どうしたの真司さん?」

 

「い、いや! なんでもないよまどかちゃん。ハハハ……!」

 

 

そう言いながらも頭を抑え、この世の終わりでも迎えた様な表情でため息をつく。

やりにくいわ! 流石の手塚も叫びそうになる。

こんなにもババ抜きが向いていない人間がいただろうか?

逆にコチラが気を使うという物ではないか。とにかく空気を(真司一人の)変える為に、手塚は会話を振ることに。

 

 

「それで、どうなんだ? 現状、俺は巴マミの事をあまり知らないんだが」

 

 

全ての記憶を継承しているとは言え、容量や密度の問題はある。

現状、メインで覚えているのは前回のゲームのみ。手塚はほとんどマミの事を知らぬままになってしまった。

他の記憶でもチラホラとは断片的に覚えてはいるが、銃を使う拘束魔法の使い手としか認識はできていない。

後は先ほどの通り、敵にもなるし味方にもなると言った所か。

 

 

「マミさんはとっても強い人なんですよ。ね? ほむらちゃん」

 

「ええ。彼女は魔法少女の中でもベテラン、それ故に実力はトップクラスと言って良いわ」

 

 

銃による遠距離はもちろん、近距離には体術とリボンで応戦。

さらに相手の動きを制限する魔法に加え、本人が織り成す魔法のアレンジも多彩だ。

 

 

「隙が無いとはこの事よ。彼女が味方になってくれれば、戦いは遥かに有利に進んでくれるでしょうね」

 

 

それは、普通に考えればの話だが。

ほむらはもう一度、巴マミは強いと語る。

 

 

「でもね、彼女は弱くもある」

 

「?」

 

「繊細よ。彼女は、とても」

 

 

そう口にしたほむらの表情は、何ともいえない程に切なげだった。

様々な感情がそこには見て取れる。悲しみ、苦しみ、自責、そして懐かしむ様な笑み。

ほむらはきっと、ほむらだけが知っている巴マミを知っているのだろう。

 

どんな事があったのか、それは時に希望を、時に絶望を齎したことだろう。

ほむらはマミの事を『貝』の様な人だと語る。

硬い殻で覆われている様に見えても、意外と脆く、敗れれば弱い中身が現れる。

そして気の毒な事に、貝と言うのは多くの魚に食われるものだ。

 

 

「豆腐メンタルって事か?」

 

「豆腐? どういう意味?」

 

「精神面が豆腐みたいに脆いって事な」

 

「まあ……、そう言う事かしらね」

 

 

マミはベテランではあったが、色々と知識不足な面もあった。

 

 

「それに巴マミは魔法少女と言う存在に、いろいろ依存がある」

 

 

だから魔法少女が正義と希望の結晶ではなく、死と絶望の集合体だと分かった時には、落差に絶望する事が多かったと。

 

 

「ガラス細工の様な人。美しいけれど、脆い。だから注意しないと」

 

 

メモリーベントで記憶を戻すのは最後の最後がいいとほむらは語る。

もしもマミが中途半端なタイミングで記憶を取り戻せば――

 

 

「必ず、私達の敵になるでしょうね」

 

「……そうなのかな?」

 

「え?」

 

 

その時、ふと真司が呟いた。

まるでほむらの言葉を否定するように。

 

 

「ほむらちゃんは時間を繰り返してきたんだろ?」

 

 

そこ等辺の事情は改めて全て話してある。

まどかを守る為にループを繰り返してきた、と。

だからこそ、ほむらは多くの人間と触れあい、性格や行動を知っている筈だ。

それは真司にも分かる。だが同じくして、真司は思うのだ。人間には可能性と言うものがあると。

 

 

「だから、ほむらちゃんの知らないマミちゃんもいるんじゃないの?」

 

「それは――」

 

 

言葉を止めるほむら、まどかはニコリと微笑んで手塚の手札からカードを引く。

 

 

「そうだね、そうだよほむらちゃん」

 

 

今まではそうだったかもしれない。けれど、今は皆がいる。

一人じゃ解決できなかった問題も皆で挑めばきっと活路を見出せる筈だ。

真司はそう説いたし、まどかも真司に賛同を示した。

何の為に全員生存を目指すのか、それを大切にしたい。

 

 

「……ええ、そうね。そうかもしれないわ」

 

 

ほむらもまた小さくではあったが、笑みを浮かべてまどかのカードを引いた。

確証は無いができる気がする。事情を知っている者がいてくれる。

仲間がいてくれると言う事実がほむらにとっては何よりもありがたかった。

そしてババ抜きは続いていき――

 

 

(クソ! 何でこうなった……ッ!)

 

 

お互い無表情ながらもにらみ合うニコとほむら。

終盤の終盤までジョーカーは真司の手札にあったのだが、ジョーカーが残るたびに真司が小声で

 

 

「もうお終いだ……!」

 

 

だとか

 

 

「助けて……!」

 

 

だのと聞こえてくるので、流石に不憫に思ったか、手塚はあえて真司からジョーカーを受け取った訳だ。

そこからまどかが手塚のジョーカーを引いてしまい、表情を変えた所を悟られたか、ほむらが時間を止めてまどかの手札を確認。

そしてその後は、ほむらがまどかのジョーカーを受け取り、今に至る訳である。

 

凄い事だ。

運が絡むゲームなのに『やらせ』しか蔓延っていないとは。

ほむらの手札は2枚。ニコは1枚。つまりこのターンで決着は付くはず。

 

 

「やったね真司さん!」

 

「ああ、俺達ババ抜きの才能あるのかもな!」

 

「………」

 

 

何も知らない二人は楽しそうに喜び合っているが、手塚としては何とも複雑な話である。

 

 

「さて、決着をつけてもいいのだけれど」

 

「なに? もったいぶって。はよ、はよ」

 

「変身を解除しなさい神那ニコ」

 

「ぐっ! な、なんでさよ」

 

「どう考えても怪しいわ。貴女の魔法があればイカサマもできるだろうし」

 

「イカサマ? おいおい、出た出た。あーあ、ヤダね、ヤダね」

 

「は?」

 

「仲間は信頼し合うべきじゃん? そんな事しませんがな」

 

「じゃあ仲間として変身を解除してもらう事をお願いするわ。イカサマなんて、小さい人間のする事だから」

 

「………」

 

 

変身を解除するニコ。

完全に計算が狂った。魔法まで使ったのに負けるなんて、真司みたいなヤツに負けるなんて(失礼)、ニコのプライドが許さない。

だがこうなっては仕方ない、確かに変身したままなんてのは明らかに怪しい。

ニコは覚悟を決めてカードを引こうと。

 

 

「まて、一応お前の体に触れさせろ」

 

「やめてよ気持ち悪い。まどかだけよ、私に触っていいのは」

 

「その発言の方が気持ち悪いよ。あのさ、時間を止められちゃあ負けちゃうからね」

 

「……そんな事するわけないでしょ。貴女じゃないんだから」

 

「一応だよ一応。断るなら怪しくなるだけだぞい」

 

「――、分かったわよ」

 

 

計算が狂った。ほむらは心の中で舌打ちを。

流石に向こうもそれくらいは警戒してくるか。

正直時間を止めて勝つつもりだったほむらにとって、これは痛い提案だった。

しかし断るのは不自然。仕方なくほむらはポーカーフェイスだけを武器に、ニコと対峙する事に。

 

 

「それにしてもアレだな。一番の問題もあるから、なッ!」

 

「!」

 

 

そう言いながらもほむらの手札を抜き取るニコ。

直感勝負と悟ったのだろう。ほむらとしてもノーモーションの動きで一瞬焦ったものだが、結局ニコが引いたのは死神の絵柄が書かれたソレだった。

 

 

「ぐッ! チィ、私か……!」

 

 

二枚のカードをシャッフルするニコ。そしてほむらの方へと向ける。

 

 

「………」

 

 

ジットリとした目でほむらはニコを見る。

 

 

「なんだよ視線で刺し殺す気か」

 

「そんな、まさか」

 

 

ほむらは視線を移動させ、ニコの背後で水を飲んでいる手塚を見つめる。

トークベントは無くならない。

ほむらは、そのトークベントを使用して、手塚へコンタクトをとる。

 

 

『手塚。ババの位置を教えて頂戴』

 

『……お前、マジか』

 

 

汗を浮かべる手塚。

イカサマをするのは何とやら、先ほどの発言が思い切りブーメランになっているのが何とも言えぬ話。

そもそも一番初めに魔法を使ったのはほむらな訳であって、何のこっちゃである。

 

 

『マジよ。私はどんな手を使っても勝ちたいの。あなたの位置ならニコの手札が見えるでしょ』

 

『ま、まあ見えるが、たかがババ抜きくらいで――』

 

『されどよ、されど』

 

『……お前から見て右がジョーカーだ』

 

 

一瞬だった。

スパーンと音がする程のスピードで、ほむらはニコのカードを引き抜く。

当然それはほむらが『あがる』為のカード。

ほむら涼しげな表情で髪をかき上げながら、二枚のカードを捨て場へ投げた。

 

 

「ぐへぇぇえ! 負けたぁ!」

 

「すまん、神那」

 

「ッ? どうして手塚さんが謝るの?」

 

 

言うて手塚もパートナーに甘いのか、ほむらの肩を持つ事に。

当人としてはまどかに勝たせてやりたかっただけなんだろうが、本人としても負けたくないと言う思いが湧いたのは事実だ。

手塚としてはその変化を喜ぶべきなのだろう。結局ニコを犠牲にする事に。

 

 

「あぁあぁぁ」

 

 

ぐったりと倒れるニコ。

だがニコもニコで、勝利への執着を多少身につけたいと思っていたのだろう。

 

 

「それで、話の続きだけど一番の問題って?」

 

「いや、決まってるだろ」

 

 

ぐったりとした様子で、ニコは体を起こした。

 

 

「一つしか無いだろ、王蛇ペアだよ」

 

「………」

 

 

あぁ――、と言った様子で視線を下に落とす一同。

皆が皆、あのコンビには苦い思い出があると言うものだ。

特に改変前の杏子を知っているまどかとほむらからしてみれば、より一層その存在は重く、大きく感じる。

 

 

「私のペアのおっさんを殺したのはあいつ等だからな。全く、化けモンだよ本当」

 

 

腕を組むニコ。

あそこまでの戦闘マシーンが協力をすると思うのか?

答えはノーだ。絶対に戦いになるに決まっているじゃないか。

 

 

「杏子ちゃん、本当にどうして……」

 

「あの佐倉杏子は異常よ。彼女の変化は他の参加者とは次元が違う」

 

 

ほむらは、かずみ、サキ、ユウリ、あやせ、ニコの事は長いループの中でも顔を合わせた事はほぼ無かった。

あったとしても記憶に残っていない程、かかわりは薄い。

だから彼女達がどういう性格なのかは分からない。

 

しかし他の魔法少女は知っている。

その中でも、佐倉杏子だけが全くイメージと変わっていた。

確かに長いループの中で多くの魔法少女と対立した事はある。それこそ、戦ったことの無い魔法少女はいないと言っても良い。

 

しかしいずれも対立理由やその時の感情の変化は、ほむらにとって想像の範囲内に収まる事は多かった。だが今回の佐倉杏子は全くの別物、まさに別人と言うのが相応しい。

人を殺す事に喜びを覚え、戦う事だけに執着を見せている。

何故あそこまで変化してしまったのか、それはほむらには分からないが、大方想像はつく。

 

 

「魔獣か」

 

「ええ。それしかありえないでしょうね」

 

「だとしたら、許せない……!」

 

 

まどかは珍しく拳を握り締め、表情にありったけの怒りを見せた。

まどかは杏子が優しい性格の魔法少女だと言う事を知っている。

現に何度も助けてくれた記憶もあった。

そんな杏子が魔獣によって『ああなって』しまったのならば、それは絶対に許せない。

 

 

「だが一概には言えない。環境が変われば、人の考え方もまた変化する」

 

「パートナーの影響も少なからずあるのかもなー。浅倉はやべぇぞ、ありゃ人間じゃねぇわ」

 

 

人は死に対して、もしくは痛みに対して恐怖するプログラムがインプットされている。

何故か? それが人としての防御行動だからだ。痛いから止める、痛みを恐怖する心がセーフティ機能となる。

 

ニコ視点、浅倉にはそれが無い。

すぐにそこに死が控えていようが、大きな痛みがあろうとも、浅倉にとって『楽しさ』を感じる事があれば、容赦なく足を突っ込んでいく。

そんな浅倉の影響なのか、杏子にもその気は見られた。

 

 

「いずれにせよ、この戦いで勝利するには王蛇ペアが一番の障害になるってわけか」

 

「本能で動くヤツらに話し合いなんて無理だろ。どうするか、問題だな」

 

「今は確か――、セフティベントで制限されているんだっけ!?」

 

 

安全性を意味するセーフティを由来にしているリュウガのカード。

ギルティセーブ、この力で参加者以外を殺害する事は禁じられている。

しかし逆を言えば参加者は殺せる。いずれにせよ、何とかしなければならない話だ。

 

 

 

 

 

 

 

「オラァアッ!!」

 

「ゴフッ!」

 

 

その杏子は、丁度今、右ストレートで名前も知らない男の鼻を砕いた所だった。

大きく肩を揺らして歩いていたら、当然人とぶつかる事はある訳で、その中で生意気な事を言って来た人間を適当に殴り散らしている訳である。

 

隣にはそれを、唇を釣り上げながら見ている浅倉が。

どうやら今の浅倉はイライラしている訳ではなく、別の事を考えている様だった。

 

 

「おい! 持ってる金、全部置いてさっさと失せろ!」

 

「ひぃ、ひぃぃ!」

 

「さっさとしろよ、ぶち殺すぞクソがァア!!」

 

「は、はいぃい!」

 

 

男は血に濡れた手で金を地面へ放ると、悲鳴を上げながらフラフラと一心不乱に杏子達から逃げていく。

人のいない高架下、時間も夜と言う事で場は静寂が支配していた。

杏子は金を拾い上げると、一度自分の手を開いたり握り締めたりを繰り返す。

 

 

「ガァー! やっぱ駄目だ。顔面粉砕するつもりで殴ったのに力が出やしない」

 

 

今、杏子は変身していた。

試しに壁を殴ってみればコンクリートは簡単に粉砕できる。

しかしもっと強い力で殴った筈の男がアレだ。

鼻くらいは骨折しただろうが、命に別状は無いと言った所か。

 

 

「やっぱり、アイツ等のせいだろうな。結構時間経ってるのに、やっぱ永続的な力なのか」

 

「アァ、誰だか知らんが面倒な事をしてくれたな」

 

 

ギルティセーブ。

前に試しにとベノスネーカーに人を襲わせたが、結果は今の通り。

ベノスネーカーは人を喰わず、ましてや租借すらせずに吐き出した。

それもこれも全ては榊原達の仕業と言った所だろう。

 

 

『お前達に制約をかけた。俺たちを殺さない限り、お前は人を殺める事はできない』

 

 

舌打ちを放つ杏子。

 

 

「思い出しただけでもムカムカしてくる!」

 

 

誰だか知らないが、いきなりやってきて『邪魔』をしてくれて、そして制約である。

杏子としては榊原をまず初めに殺したいところだ。

フンと、鼻を鳴らす。今も気に入らない。と言うのも、自分だけがイライラしている様に感じたからだ。パートナー様は笑みをうかべているじゃないか。

 

 

「なんだよ浅倉、最近随分大人しいじゃんかさ」

 

「気になってる事がある」

 

「……シルヴィスのヤツか」

 

「そうだ。あのババアは必ず殺す。ただ、あの時――」

 

 

杏子と浅倉が始めて榊原と顔を合わせたのは、杏子がシルヴィスに利用されている事が分かったときだった。

両親を失い、行き場を失った杏子とモモが頼ったのは孤児施設『リーベ』、そこで杏子と浅倉は知り合い、そしてシルヴィスは杏子を利用していたのだ。

元々リーベの裏の顔であった人身売買を、杏子に手伝わせていた。

それを知った杏子は絶望。魔女になる一歩手前で王蛇に変身した浅倉に助けられたと言う訳だ。

そしてシルヴィスに復讐しようとしたとき、榊原が、リュウガが現れた。

 

榊原はシルヴィス達に危害を加えようとした杏子と王蛇を止め、セフティベントを使用、ギルティセーブの力で王蛇達に制限をかけた。

それは分かった、ムカツク話だが杏子も浅倉も十分理解している。

問題は、リュウガはシルヴィスをも攻撃したと言う事だ。

これはおかしい、リュウガの目的は王蛇達に人を殺させないようにする事だ。

しかしそのリュウガがあろう事か、一般人であったシルヴィスに炎を向けた。

 

そして浅倉と杏子は見た。黒き炎の中、確かに立っていたシルヴィスの姿を。

それだけではない、シルヴィスのシルエットが一瞬大きく揺らいだのだ。

人の形をしたものから、電球の様に丸みを帯びた物に。

 

 

「少なくとも、あれは人間の形ではなかった」

 

 

シルヴィスはその後、逃走。それから先は姿を見ていない。

ほとぼりが冷めた頃、一度リーベに戻ってみたが、そこには建物があるだけで残っていた孤児や、モモの姿も、ましてシルヴィスの姿もなかった。

 

それから今に至るまでシルヴィスと榊原を探す日が始まったが、一向に見つからない。

杏子はその事に対して苛立ちを募らせる様だが、浅倉は少し違う。

彼は理解している。リュウガの存在、シルヴィスが一瞬見せた異形の姿。

それは決して逃げられない道にあると言う事を。

 

それはお互いにとって――、と言う意味で。

つまりいずれまた必ず会い見える時がやって来る。

だから浅倉はそれを待つだけ。やがて祭りは必ず始まる。

だからこそ、その時まで力を温存させておくのだ。

 

 

「ふぅん、まあいいけど」

 

 

杏子としても色々と気になる事はある。

ここは浅倉の言う事を信じてみるかと。

 

 

「ところでさっきのヤツ、財布に三万も入ってたぜ。焼肉でも食いに行こーよ」

 

「……そうするか」

 

「食いまくろうよ、足りなかったら逃げればいいんだし」

 

 

ニヤリと笑い合う杏子と浅倉。

今回のゲームでも、お互いの危険な思想は変わってはいないが、やはり仲は良好らしい。

二人はネオンに彩られた夜の町に消えていくのだった。

 

 

 

 

 

星の骸。

 

一日の終わり、そこに集まるのは絶望の結晶体。

魔獣らはミスシュピンネと言う一席を失ったにも関わらず、特に焦る事は無かった。

それもその筈だ。彼らに仲間意識という物は存在しない。

 

あるのは己の存在を示す大きなプライド。

故にむしろシュピンネの退場は魔獣達にとっては喜ばしいものでもあったのかもしれない。

もちろん魔獣が参加者に負けたと言う事実は何よりも腹立たしいものではあるが。

 

 

「ミス・シュピンネ。その名は、我らの同胞の中にはいなかった。それでいいな?」

 

 

ギアのその一言に皆は笑みを浮かべて頷く。

ただ一人、その異常性に小巻だけが息を呑んでいる。

先日まで丁重に接していた筈のバズビーでさえ、シュピンネの敗北を喜び、彼女を見下している様なのだから。

 

 

「シュピンネ様は魔獣の面汚しでございました。さあ、お次は誰が?」

 

 

すると椅子に座っている者達の中から伸びる手。

立ち上がったのはバンダナに黄色掛かったオレンジ色のロングヘア、パンクファッションに身を包んだ女性だった。

名は『アルケニー』、正真正銘の魔獣である。

初めは動くのは面倒だと思っていたアルケニーだが、シュピンネが死んだと聞いてやる気が上がったようだ。

アルケニーはタバコを咥えながらテーブルの上にあったダーツの矢を二本手に取る。

そしてそれを一気に壁に向って投げた。

 

 

「こういうのは形式が大事なんだよ」

 

 

壁には参加者の写真が貼ってあり、その中から二人の眉間にダーツが刺さる。

それは巴マミと須藤雅史。前回のゲームにおける一番初めの脱落者だ。

それにアルケニーは知っている。『お互い』の改変前の世界をだ。

その舞台においても、一番初めに消えたのは――?

 

 

「まずはこいつ等を潰す。インキュベーター、さっさと人数制限を教えな」

 

 

ギロリとアルケニーが睨んだ先には、目を光らせているキュゥべえが。

相変わらず負の正気や殺気には全く怯まず、キュゥべえは淡々と与えられたシステムの遂行を行う。

モニターに表示されるのは次の日に舞台、見滝原に降り立つ事ができる魔獣の数。

 

 

『まず、バッドエンドギアのメンバーは一人だ』

 

 

そして次にサブの人数を発表すると。

 

 

「サブ?」

 

『ああ。クララドールズや、色つきも指定させてもらうよ』

 

「成る程。で? 数は」

 

『コチラは2体までだね。今の参加者の状態なら楽勝だろう?』

 

「いいねぇ。上等だ」

 

 

ニヤリと、唇を釣り上げる。

アルケニーはタバコを手で握りつぶして火を消すと、獲物を狙う獣の目でマミ達の写真を睨んだ。

希望なんて存在しない、全ては儚い夢なのだ。

 

 

「所詮人間。進化した魔獣には勝てないって事を、このアタシが教えてやるよ」

 

 

星の骸に笑い声が木霊する。

小巻だけはバツが悪そうな表情で目を逸らしていたが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

月曜日。学校が始まる日だ。

まどかは食事を終えると制服に着替え、カバンを持って家を出る事に。

その際に家族へ挨拶を行うわけだが、慣れたと思っていても泣きそうになってしまう。

ただ事情の知らない家族にとっては何のこっちゃであろう。

いちいち朝に泣いていたら本当に病院に連れて行かれる。

まどかもソレが分かっているのか、グッと涙を堪え、サキの家へ向かう事に。

 

 

「おはよう、お姉ちゃん」

 

「あ、ああ。おはよう」

 

 

玄関の前に立っていたサキは、読んでいた本をカバンにしまうと、まどかと共に歩き出した。

サキは少し頬を赤く染めてメガネを整えている。

 

 

「どうしたの? お姉ちゃん」

 

「あ、いや。お、お姉ちゃんと呼ばれるのは嬉しいやら気恥ずかしいやら」

 

「あはは、ごめんね。でも呼びたくて」

 

 

まどかは、サキの事をずっと『姉』として呼びたいとお願いをしていた。

今もサキと過ごした最期の時が目に焼きついている。

サキは姉だった、それはまどかにとって紛れも無い事実なのである。

サキとしても恥ずかしさはあったが、姉と呼ばれる事には嬉しさがある。

だから特に止める事は無かったようだ。

 

 

「ところで、まどか。最近何か良い事でもあったのか?」

 

「え? どうして」

 

「なんだか、とても良い表情をしている。うまくは言えないが、大きくなった様な――」

 

「え!? そ、そうかな? パパのご飯が美味しいから……!」

 

「いやいや! 大きくなったって言うのは体型の話じゃなくて。うーん、何と言えば良いかな?」

 

 

人間的に成長しているような。

とても良い表情をしているとサキは笑う。

 

 

「最近友人が何人か出来たと聞くが、彼らが影響しているのかな?

 

「うん。とっても良い人達だよ。今度おねえちゃんにも紹介するね」

 

「そうか、なら楽しみにしておくよ」

 

 

何気ない会話を続けながら歩く二人。

すると遅れて、さやかが眠たそうな目を擦りながら合流する。

その隣には、そう、マミだ。まどかは思わず身構えてしまう。

魔獣はまずマミを狙ってくるかもしれない、その言葉が引っかかっているのだ。

 

 

「ふぁー、おはよサキさん、まどか」

 

「おはよう二人とも、いい朝ね」

 

「ああ、おはよう」

 

「お、おはようございます」

 

 

サキはふと、周りを確認する。

 

 

「今日は仁美の姿が無い様だが……?」

 

「ええ、志筑さん少し学校を休むんですって」

 

「なんか大学でお偉い先生と一緒に研究するんだって。すっごいよね」

 

「本当か!? さ、流石だな」

 

 

仁美の両親や学校に説明するのは骨が折れたが、この世界で香川がそれなりに名の知れた教授である事が幸いした。

さらに少し魔法の力も借りて、なんとか中沢と仁美を見滝原外に留める事はできたのだ。

 

 

「あーあ、仁美ってばその先生と協力して、勉強しなくても頭がよくなる薬とか開発してくれないかなー!」

 

「み、美樹さん。ちゃんとお勉強はしないと駄目よ?」

 

「頭が良くなったら勉強するのになぁ、くぁー!」

 

「……最大の矛盾にも聞こえるな」

 

 

忘れていた日常と言う物がまどかの心を温かくしていく。

まどかは皆と笑い合いながら学校への道を目指した。

とは言え、抱えている不安が消えたわけじゃない。

いつどこで魔獣が自分達を襲ってくるか分からないのだ。

向こうにも色々と制約があるらしいが、果たしてそれがどういう物なのかはいまひとつ分からないものである。

ついついキョロキョロと周囲を確認する。だからだろうか、足が進むにつれてサキが声を掛ける。

 

 

「どうした、まどか。何か気になる事があるのか?」

 

「え? う、ううん。なんでもないよ。えへへ」

 

「んー、あやしいなぁ、確かに今日のまどかはキョロキョロしてる」

 

 

さやかは顎に手を当てて目を細める。

いつものまどかを知っている者達からしてみれば、今日の様子は明らかにおかしい。

とは言え、単に視線をいつもより多くの場所に移しているだけ。

具合が悪そうと言う訳でもない為、そこまで心配される事でもなかった。

 

 

「ははーん、さては気になる男でもできたのかなぁ?」

 

「そ、そんなんじゃないよ、さやかちゃん!」

 

 

真っ赤になってアタフタとするまどかを見てケラケラ笑うさやか。

マミも微笑ましくその様子を見守っているが、一人だけは鬼気迫る表情を浮かべてまどかを抱き寄せた。

 

 

「当然だ、まどかを狙う男がいれば、まず私を倒してからにしてもらわなければ」

 

 

サキは今にも変身しそうな殺気を浮かべて口にしている。

 

 

(あ、この人マジだ)

 

 

さやかとマミは汗を浮かべて乾いた笑みを浮かべる事に。

そもそも『倒して』とはどういう意味なのか。

これは当分まどかに彼氏ができる事はないだろう。

 

 

「お!」

 

 

ココでさやかの目の色が変わる。

発言がブーメランする時がやって来た様だ。

学校が近くなるにつれて同じ道を目指す同じ制服も増えてくる。

その中で見知った背中を見たのか、さやかはピョンと飛び跳ねる勢いで地面を蹴った。

 

 

「おっす恭介! なによ、ぼっち登校ぉ?」

 

「ウッ! さ、さやか?」

 

 

猫背気味に歩いていた上条恭介にさやかは跳びかかると、ニヤニヤと笑って上条の顔を覗きこんだ。

仁美のアシスタントとして中沢と下宮が選ばれたとは聞いている。

つまり、いつも一緒に行動していた二人がいないため、上条は一人で登校している訳である。

 

 

「背中が寂しいねぇ恭介。フフフ」

 

「ああ、本当だよ! どうして僕だけ声を掛けられなかったのか……!」

 

「さやかちゃんに言ってくれれば一緒に登校してあげるのにぃ」

 

 

ピョンと上条の背中に飛び乗るさやか。

上条も反射的にさやかが落ちないように後ろへ手を回して足を支える事に。

しばらく二人はおんぶの形で進んでいく。

 

 

「やれやれ、大勢の前で何をやってるんださやかは。上条も恥ずかしがっているじゃないか」

 

「フフフ、分かってないわねサキ。恋する乙女は行動力に溢れているのよ」

 

「な、なるほど。大胆なボディタッチからの好感度アップを狙っていると言う訳か! め、メモメモだ!」

 

 

サキは鼻息を荒くして、おそらく全く使う事のない情報をメモ帳に記載していく。

その様子を見てハッとするまどか。この時間軸でもさやかは上条に想いを寄せている様だが、記憶を辿ってみれば悲しいかな、さやかの想いが報われた時はあまりにも少ない。

 

 

(よ、ようし!)

 

 

そうだ、全てを救うんだ。

まどかはグッと拳を握り締めて一つの決意を固める。

自分の力は天使を模した物。なれば文字通りさやかの上条のキューピッドになるのも悪くはない。

 

 

「………」

 

 

とは思ってみたものの、恋なんてした事の無いまどかはすぐに黙り込んだ。

まあ、そんな意思表明はほどほどに。

その後は特に何かが起こる訳でもなく、一同は無事学校につく事ができた。

玄関でマミとサキ、まどかとさやかに別れて、それぞれは自分達の教室に向う。

 

そんな中、上条は廊下の隅でハァとため息をつく。

先ほど背中を丸めて歩いていたのは、何も友人二人が大学にて教授の研究の手伝いをしている、その事だけで落ち込んでいたわけではないのだ。

本題は、上条の胸ポケットに入っていた『箱』である。

 

 

「これ、本当に何なんだろ……?」

 

 

捨てても自分の手元にいつの間にか戻ってくる。

完全にホラーではあるが、物自体は玩具の様だ。

そんな風に見るのは当然オーディンのデッキである。

ジュゥべえは既に全てのデッキを覚醒させてある。

後は簡単な話で、変身できる事に気づくかどうかだ。

 

何も知らない人間からしてみれば何のこっちゃと言う話。

上条とて誰かに相談する事も抵抗があるので、自分自身の問題としている次第であった。

オーディンの記憶についてはジュゥべえが意図的にジャミングをかけてある。

故に、記憶を継承しているまどか達ですらその正体にはまだ気づけていない。

果たしてコレがどう転んでいくのかは、まだ誰にも分からない話なのだ。

 

さて、視点をまどか達に戻そう。

ザワザワと騒がしいクラスも、教師が入れば静まりかえるのはどこの学校も同じものである。

とは言え、今日は少し様子が違っていた。

担任である早乙女が入ってきたのに、クラスの喧騒が止む事は無かった。

 

 

「み、皆さん。世界はメシアの登場を待ち望んでいるのです。か、かつてアダムとイヴが知恵の実を齧った事で創生の――!!」

 

 

どうやら早乙女は相当独身をこじらせているらしい。

ついこの間も彼氏の浮気が発覚してからと言うもの、彼女は創生だの混沌だの悠久だのと悟りの境地に達している様に思える。

 

ああ可哀想に。

クラスの誰もが早乙女を路傍にて震えている子犬を見るような目で見る様になっていた。

いや、そんな事はどうでもいい。ザワつきが止まらないのはきっと早乙女の後ろにいる黒髪美少女が原因だろう。

 

 

「め、めっちゃ綺麗やがな……!」

 

 

さやかも喋り方がついおかしくなる程だった。

白い肌に憂いを持った儚げな表情を浮かべた少女。

早乙女の紹介と同時に、彼女は自分の名前を黒板へと書いていった。

 

 

「暁美ほむらです。よろしく」

 

 

ニコリと、少し不器用ながらも、ほむらは笑みを浮かべて見せた。

ほむらの視線はまどかへ。そのまどかはニッコリと満面の笑みを浮かべて、小さく手を振っていた。

こうして何度と無く行われてきた会合は、今再び新たなる形で行われたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

さて、まどか達が学校に行っている時間、真司は喫茶店アトリに足を運んでいた。

今日は休みの蓮と、同じく学校を休んだ美穂と共に、真司はテラス席に腰掛けている。

一応真司は自由取材の時間なのだが、ココに来たのは何より、美穂に呼び出されたからである。

 

 

「で、話って何だよ」

 

「どうせ下らない話だろ。さっさとしろ、時間が無駄だ」

 

「――ッ」

 

 

美穂は腕を組んでギュッと目を閉じている。なにやら穏やかな表情ではない。

一方でコーヒーを啜っている蓮、全く興味がなさそうと言った素振りである。

対して真司は少し身を乗り出して美穂をジッと見ていた。

なんだろうか? もう一度真司が話を振ると、美穂は何度か頷いた後に、ゆっくりと目を開いた。

 

 

「真司の赤ちゃん、できちゃった」

 

「ブゥゥゥウ!!」

 

「あぢぢぢぢぢぢ!」

 

 

蓮の口から黒い霧が噴射されて真司の顔に降りかかっていく。

おいしいコーヒーが何の為に毒霧にならなければならないのか。

てんやわんやになる場だが、美穂は何度か頷くと、再び小さく呟く。

 

 

「――と、言うのは嘘」

 

「お前ッ、ふざけんな! あぁ、びっくりした!」

 

「グッ、霧島、さっさと話せ。ふざけてるなら俺は戻るぞ」

 

 

おしぼりで顔を拭いている真司と、イライラしてますと表情に乗せている蓮。

美穂は適当に謝罪すると、職場を休んでまで二人を呼んだ理由を話す事に。

表情は相変わらず深刻な物で、どうやら完全なおふざけでは無いようだ。

 

 

「実は、私、頭がおかしくなっちゃったかも」

 

「なんだそんな事か。知ってたぞ」

 

「おい蓮! いくら本当の事だからって言って良い事と悪い事が――」

 

 

美穂は笑顔でテーブルを叩く。

押し黙る真司と蓮。美穂から目を逸らして、何も言う事は無かった。

そのまま少し話を聞いてみれば、美穂は本気で自分の頭がおかしくなってしまったと思っている様で、これから精神病を受診しにいくとか何とか。

 

 

「病院って……。どうしたんだよ、一体」

 

「コレ、コレなんだよぅ」

 

 

美穂は涙目になりながら懐から『ある物』を取り出すとテーブルの上においた。

はて? 一体なんだコレは。真司と蓮が視線をそれに向けると、思わずアッと声が出る。

 

 

「これ……!」

 

「知ってるの!?」

 

 

そりゃそうだ、何故ならば美穂が置いたのはファムのデッキなのだから。

 

 

「はじめは玩具かと思ってたんだけど、これ捨てられないんだよ!」

 

「ああ、俺も持ってる」

 

「ま、マジ!?」

 

「確かに捨てられないな」

 

 

そう言うと蓮はナイトのデッキを取り出してヒラヒラと振って見せた。

蓮も捨てられないデッキに一時は怯えたものだが、だからと言って騒いだ所で捨てられないのだから仕方ない。

警察に話そうにも面倒事になるといけないので、蓮はもう割り切ったとか。

 

 

「アンタおかしいんじゃないの? どう考えても異常でしょコレ!」

 

「だからってどうなる? 現状何も害が無いんだ。放っておけばなんとかなるだろ」

 

「無い無い無い無い。楽観的すぎだろ! 真司はどう思う? かわいい美穂ちゃんが困ってるんだよ? 助けてよ!」

 

「いや、って言うか、俺も持ってるから」

 

「マジかよ!」「なんだと!?」

 

 

 

散らかるなぁ。

わいのわいのと言い合う三人。だが取り合えず真司は一言。

 

 

「持ってた方がいいと思う。このデッキは」

 

「デッキ? 何で名前知ってるんだよ」

 

「あ。いや……」

 

 

困った。まさか殺し合いの道具になるとは言えない。

かと言って騎士の事を今言えばパニックになる可能性がある。

仮に緊急事態が起きればミラーモンスターが自動で助けに来てくれそうなものだから、事情を話す時はその時で良いのかもしれない。

 

真司は此処はあえて説明しない方針を選んだ。

とは言え嘘が下手な真司だ。蓮は腕を組んでジットリと真司を睨む。

 

 

「確かにおかしいな。普段のコイツなら、この状況にパニックになってもおかしくないのに」

 

「そうそう、きっと怖くて漏らしまくるに決まってんだよ」

 

「お前ら俺を何だと思ってるんだ! 俺だってジャーナリストの端くれなんだから、こういう状況には……そう! 慣れてるんだよ」

 

「ほうほう」

 

「とにかく! こう言う未知の事態に陥ったときは冷静に、それがジャーナリストとして心得なんだよ」

 

 

真司は適当な理由を並べてごまかす事に。

蓮は達観しているし、美穂も美穂でこんな前例の無い出来事、病院に行ったとしてどうにかなる訳でもない事が分かっているのか、取り合えずは納得したようだ。

 

意外と適当なのがこの三人である。

何とかなるだろ、そんな思いで今日まで生きてきたのだから。

 

 

「とは言え、なーんか怪しいのよねぇ。本当に何も知らないのかよ真司」

 

「し、知らないよ」

 

「嘘! 教えてくれないなら別れるぞ!」

 

「付き合ってないだろ俺達!」

 

「……フン」

 

 

蓮も美穂も、訝しげな視線で真司を見ている。

 

 

(ま、まいった。こいつ等、変に鋭いんだもんな)

 

 

真司は汗を浮かべて頭をかく。

これは居心地が悪い。そう思ったとき、突如視界から黄緑色の影がフェードイン。

 

 

「や」

 

「あ、ニコちゃん」

 

「ん?」

 

 

神那ニコが手を上げて真司の前にやって来た。

 

 

「誰だ?」

 

「真司の知り合い?」

 

 

蓮と美穂は目を丸くしてニコを見る。

するとニコは無表情で真司の肩を持って、蓮達に頭を下げた。

 

 

「どうも、パパがお世話になっています」

 

「「は?」」

 

「城戸ニコです。パパの隠し子です」

 

「―――」

 

 

空気が凍った。

刹那、美穂は白目を剥いて泡を吹いて倒れた。

 

 

「美穂? 美穂ッ? み、美穂ぉおおおおおおおおお!!」

 

「真司! お前ッ! 何時の間に!」

 

「違うから! ニコちゃん! 誤解を呼ぶ様な事は止めてくれよ!」

 

「すまんす」

 

 

ワーワーと再び散らかるテラス。

真司は大きなため息をついてうな垂れるのだった。

 

結局誤解を解くのに一時間以上は掛かっただろうか?

取り合えずはニコは大久保編集長の知り合いと言う事にしておいて。真司はニコを連れてアトリを出る事に。

 

平日の昼間過ぎだ。

人の少ない並木道を、真司は息を切らして歩く。

その隣には今日も今日とてアンニュイな表情のニコさんが。

 

 

「中々エキサイティングだったな。城戸くん」

 

「勘弁してくれよニコちゃん、冗談が過ぎるって」

 

「ニコさんは助けてやったんだぞ。困ってそうだったから」

 

 

ニコは学校に行っていない為に自由人だ。

今日は適当に散歩していたらば、他の参加者が何をしているのか気になってレジーナアイで真司をサーチして様子を見に来たと。

 

そしたら彼が蓮と美穂に怪しげな視線を送られているではないか。

状況は知らないが、取り合えず乱入して場を混乱させた。

結局とそのおかげで真司は二人の質問攻めから逃げられたわけだから、むしろ感謝してもらいたい物だと。

 

 

「はぁ、そういう物かな」

 

「そういうモンでしょ」

 

 

さて、ではココからどうするかだ。

真司は一応取材中と言う事になっている。

ならばそれを利用しようじゃないかと考えていた。

 

と言うのも少し様子を見ておきたい場所があるからだ。

それを聞くと、ニコも暇つぶしについて行くと申し出た。

まあ断る理由はないか。真司はニコを連れて、早速その場所に向った。

 

バスに乗って数分、真司達の前には随分と洒落たオフィスが。

レンガ造りをイメージした入り口には『北岡法律事務所』の文字が書かれている。

 

 

「はぁ、随分と立派になってんなぁ」

 

「ココ、アレか、北岡秀一の住処か」

 

 

以前、つまり前回のゲームではビルが一角の小さなオフィスだったが、今は建物一つがまるまま北岡の事務所になっている。

なんでもココにも大きな変化が生まれたとか何とか。真司は一度咳払いをするとドアをノックしてみる。

するとものの数秒で、ガチャリと音がして大柄の男がヌッと姿を見せた。

 

 

「はい?」

 

 

前回のゲームでは一度も顔を見ていない男。

ああ、なるほど、彼が由良(ゆら)吾郎(ごろう)なのか。

真司の心の奥にはどこか懐かしい感覚もある。

おそらくはもっと過去に深く関わっていたのだろうか。

 

 

「あ、どうも。OREジャーナルの見習い記者、城戸真司です」

 

「助手のニコちゃんです」

 

「はぁ。秘書の由良っす。今日の用件は?」

 

「えーっと――」

 

 

真司は既に言葉を用意はしてあった。

OREジャーナルで今度北岡の特集を組みたいと説明し、インタビューの約束を取り付け様と言うのだ。

 

 

「ちょっと――、待っててください」

 

 

吾郎は事務所の中へ。

するとものの数分で北岡がスーツを整えながら顔を見せた。

 

 

「これはどうも、スーパー弁護士の北岡です」

 

「あ、ど、どうも。城戸真司です」

 

「いやはや、俺に目をつけるとは、OREジャーナルもセンスがいい」

 

「はぁ。ど、どうも」

 

 

相変わらず自信満々と言った様子の北岡。

しかし辺りを見回すと、訝しげな視線を真司に送る。

 

 

「ところで、女性はどこに?」

 

「え? 女性?」

 

 

ココにいる女性はニコだけだ。

それを知ると、北岡は苦虫を噛み潰したような表情で吾郎を呼ぶ。

 

 

「ちょっと吾郎ちゃん。確かに俺は女性がいるなら応じるって言ったけど、これは女じゃないよ」

 

「は?」

 

「まだガキじゃない。俺が子供嫌いなの知ってるでしょ? ないない、ありえないって」

 

 

北岡はニコの頭をポンポンと叩きながら熱弁を。

 

 

「今度来る時は美人の記者さん連れてきてよ。じゃ、また」

 

 

ガチャン。北岡はさっさと扉を閉めて事務所の奥へと消えていく。

 

 

「………」「………」

 

 

取り残された真司たちの背中は寂しげである。

 

 

「北岡――、アイツ、相変わらず嫌なヤツだったな」

 

「ぶっ殺してぇ……!」

 

 

真司はニコをなだめつつ帰ることに。

まあ、見た限り顔色も良さそうだったし、現状はなんとも無いようだ。

だがループの中で北岡の病は絶対だ。それはもちろん今回も例外ではない。他の参加者とは違い、北岡には勝たなければ自らの命がなくなると言う『爆弾』がある。

それを踏まえ、北岡を仲間にする方法は、今の真司とニコには分からない。

 

 

 

 

 

 

電車。

 

多くの人間が利用する交通機関であり、平日の昼間であったとしても車内には多くの人間が座っている。

まもなく駅だ。降りようとする人間は皆準備を整える。

その中でアルケニーはタバコに火をつけ、吸い込んだ煙を吐き出す。

煙はすぐに狭い車内に充満し、多くの人が顔を顰めた。

 

アルケニーはその中でニヤリと笑う。

タバコは良い。趣向品であるソレその物には全く興味が無いが、タバコの煙を人間は嫌う。

その際に発生する負が魔獣にとっては良い快楽を与えてくれる。

 

 

「人が持つ才能はバラバラだ。だが、なんの才能も持たない人間なんていない。誰もが一つだけ共通して持っている才能がある。なにか分かるか?」

 

 

つり革の上に座っていたキュゥべえは首をかしげた。

アルケニーはキュゥべえが見えるが、周りの人間はそうじゃない。

突然電車の中でタバコを吸いはじめ、独り言を言う女に誰もが恐怖を示す。

 

 

『さあ?』

 

 

その恐怖のエネルギーもアルケニーにとっては趣向品なのだ。

そしてキュゥべえには答えを告げる。

 

 

「人を傷つける才能だよ」

 

 

すると同時に、電車に乗っていた男性の一人がアルケニーの肩を叩く。

 

 

「ちょっと貴女、ココは禁煙ですよ! みんなの迷惑になるから、火を消しなさい」

 

 

アルケニーは、ニヤリと笑った。

 

 

電車が駅について、扉が開く。

するとまずは悲鳴が聞こえた。そしてザワつく声。

 

 

『何をしているんだい?』

 

 

一番初めに電車を降りたのはアルケニーだった。そしてより大きなザワめきが起こる。

なぜならアルケニーは先ほど注意を行った男性の髪を掴んで引きずっており、鼻を鳴らすと駅のホームにその男性を放り投げた。

悲鳴が聞こえる。男性は既に顔が変形するほど殴られており、呼吸も弱弱しかった。

 

 

「キュゥべえ、コイツはどうなる」

 

『うーん、応急処置の次第で生死が分かれるといった所だろうね』

 

「ふーん、なるほどねぇ」

 

 

アルケニーは血のついた拳を開いたり握り締めたり。

これはテストだ。魔獣はこの箱庭、見滝原において大量殺人や過剰な殺意を抱くと、活動制限が設けられる。その具合を知りたかったという事なのだろう。

 

 

「コレはどうだ。アタシは星の骸に戻されるのか?」

 

『この程度では大丈夫だよ。まあでも、一人が死んだ時点でカウントダウンが始まる。そしてもう一人ずつ殺すたびに制限時間は短くなる』

 

 

魔獣が箱庭で大暴れされればゲームどころではなくなる。それを危惧しての事だった。

 

 

『いずれにせよ、キミ達の目的は参加者の排除だろう? ボクとしてもゲームにおける存在価値のない連中に構われても困る』

 

「確かに。オーケー、だいたい分かった」

 

『動くのかい?』

 

「いや、アタシはシュピンネとは違って慎重なんでな。少しテストさせてもらう」

 

 

アルケニーはニヤリと笑って歩き出した。

駅のホームにはすぐに警備員が駆けつけるが、その時には既にアルケニーの姿はなかった。

その後も警察が加わり捜索が続いたが、アルケニーが見つかることはなかった。

 

当たり前か。

人間を超越した彼女が人間に捕まるなど、おかしな話だ。

既に駅の隣にあったビルの屋上にてアルケニーは外界を見下ろしている。

 

 

「来い、色つき」

 

 

アルケニーが指を鳴らすと、上空から『黒』が降ってくる。

頭部の形状は量産型の魔獣と変わりないが、服装は黒いローブであり、細い腕と足にはチェーンが巻きついている。

 

顔に張り付いているモザイク状のエネルギーも黒色であり、なによりその手には他の魔獣とは違う巨大な鎌が。

色つき魔獣。『死神』は、アルケニーの前に跪くと、指示を待つ。

さらにアルケニーの手にはダークオーブが握られている。

魔女の口付けの紋章は暗闇の魔女ズライカであった。

 

 

「さあ、はじめるか」

 

 

メキメキと音を立てて変身していくアルケニー。

オレンジ色を貴重としたメタリックなボディ。そしてモチーフは蜘蛛。

アルケニーはその正体、『ディスパイダー』となり、再び眼下に広がる世界を見るのだった。

 

 

 

 

 



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第76話 俺達は誰もがその黒を抱えている

 

 

「ん?」

 

 

榊原はデッキが発光したのを感じた。

異変を感じて中を見てみると、そこには二枚のカードが追加されている。

アドベント、絵柄にはゲルトルートとクリフォニアの文字が。

 

 

「何だこれは?」

 

 

すると目の前にキュゥべえが現れた。

まだゲームは始まっていない。なので、最低限の情報は教えてくれる様だ。

キュゥべえははじめ、あくまでも魔法少女のサポーターだった。

裏がありすぎたせいで、今までが今までだった為につい忘れがちになってしまう。

 

 

『魔女のカードが追加されたね。それは、技のデッキの特徴だよ』

 

「そう言えばそんな効果があったな」

 

 

全13の(今は15だが)デッキの中で特殊な物は二つ。

その一つが技のデッキ。純粋にスペックが高い『(オーディン)』とは違い、特殊能力に秀でた物だ。その一つが前回のゲームでも猛威を振るった魔女の使役である。

 

 

『今回は魔女のコア、ダークオーブから魔女が解放された時、そのデッキに魔女が追加されると言うわけさ』

 

 

カードにある魔女は契約モンスターと同じ扱いとなる。

つまり騎士本体さえ死ななければ破壊されても時間が経てば蘇生されると言う訳だ。

フムフムと唸る榊原と、遠くの方で耳を澄ませているユウリ。

魔女を自由に使える。これは戦いにおいてかなりのアドバンテージになるだろう。

 

 

(つまりなんだ、ダークオーブが解放されればそれが誰が解放したかに関係なく、アタシの力になるわけか)

 

 

ユウリは爪を噛む。

少し動き方を考えなければならないのかもしれない。

 

 

「ところでキュゥべえ、ゲームはいつ始まるんだ?」

 

『まだだよ。今、最後の一人を決めかねていてね』

 

「?」

 

 

どうせゲームが始まれば分かる事。

キュゥべえは特に隠す事もなく榊原に情報を与える。

騎士の数は15人、しかし魔法少女は14人、コレではゲームが始められない。

なのでキュゥべえは新たに一人の魔法少女を用意しなければならない。

それが出来た時こそがゲームの開始だ。

 

 

「キュゥべえ、新たに一人の少女と契約する気か?」

 

 

目を細める榊原。

何も知らない少女を罠にはめる様な契約の仕方は、榊原にとっては不快な物だった。

できるならば止めたいと言うのが本音だ。

しかれどもそれが無理だと分かっているのも辛い所である。

 

 

『その点については深く言えないけれど、既に候補は固まっているよ。そう遠くない内に顔見せができるだろうね』

 

 

もちろん、『うまく行けば』の話だが。

キュゥべえは最後にそう付け加えた。

意味深な言葉に聞こえるが、果たして――?

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後。

まどか達はマミに誘われ、マミの自宅でお茶会を開くことに。

普段はパトロールの後にお茶会を開く事が多いが、今日は違う。

というのも、『顔合わせ』をするためだ。

 

 

「真司さんに手塚さんね」

 

「ああ、よろしくマミちゃん」

 

 

まどかとほむらは、自分たちのパートナーが見つかった事をマミたちに報告する。

まどかが真司をベタ褒めするものだから、マミ達は特に警戒する事はない。

幸い、真司と学校関係者の美穂が知り合いだというもの助かった。

手塚については、マミ達もやはり女の子なのか。占いが得意と聞くと、すぐに手塚の周りに群がり始める。

 

 

『巴マミ。お前は自分が信じたものを信じろ。それが正しければ、必ず幸福は訪れる』

 

『美樹さやか。お前の恋は簡単だが難しいな。タイミングを間違えなければ失敗しないだろう』

 

『浅海サキ。寛大になる事がお前の課題になりそうだ。カルシウムは取った方が良い』

 

 

それらしい事を言うと、それぞれは笑顔で盛り上がっていた。

が、しかし、曖昧な笑顔を浮かべている者が確かにいる。

例えば当の真司や手塚であったり。その理由は簡単、現在彼らの視線の先には、マミ達を見て微笑んでいる『男』がいた。

 

 

「凄いですね手塚くんは。若いのに将来の夢をはっきりと決めてて」

 

「いえ、まだ趣味のレベルですよ」

 

 

須藤雅史。

一見すれば優しそうな好青年ではあるが、真司も手塚も警戒しているのは『記憶』があるからに他ならない。

ループ下における善悪の比率はもちろん人によって異なる話だが、須藤は黒寄りであると記憶している。

 

前回のゲームおいて須藤は歪んだ正義感に狂わされて暴走を起した。

では果たして今回はどうなのか――?

今現在では判断がつかない。まあ流石にすぐに攻撃を仕掛けてくると言うのはありえないとは思うが、いずれにせよ手放しにはできない存在でもあるのだから。

 

 

「と、とにかく! これからは一緒に戦う仲間として、よろしくお願いします!」

 

「ええ、共に魔女を倒しましょう」

 

 

真司が差し出した手を、須藤は笑顔で取るが、果たしてこの関係がいつまで続くのやら。

さて、いつまでも楽しいお話とはいかない。マミたちの使命は魔女を倒す事。パトロールを欠かしてはならない・

 

 

「それにしてもマジカルガールズに暁美さんが来てくれて本当に嬉しいわ。丁度ブラック担当の人がほしいと思ってたの」

 

(そう言えばあったな、そんなの……)

 

 

はしゃぐマミだが、真司たちとしては緊張の時間である。

おそらく、バッドエンドギアの一員は既に見滝原に降り立っている。

外に出ればエンカウントの確率も当然上がるわけだ。

 

 

「人数も多いし、分かれましょうか」

 

 

マミはまだ真司と手塚がルーキーだと思っているため、話し合いの結果、龍騎ペアとマミ。

須藤とライアペア。さやかとサキの三手に分かれる事になった。

空を見上げれば夕焼けと夜の境界線が見える。真司とまどかはアイコンタクトを取ると、小さく頷きあった。

 

 

「よ、ようし、真司さん。マミさんはわたし達が守ろうね」

 

「お、おっけ。俺に任せろ!」

 

 

真司とまどかは、カサカサとマミの周りを忙しなく動き回る。

本人達は気づいていないだろうが、流石におかしい動きに、マミは思わず笑みを零した。

 

 

「ウフフ、どうしたの二人とも、落ち着きがないわよ」

 

「き、決めたんです。わたし達、マミさんを守り隊を結成しようって」

 

「えぇ? 私を? いきなりどうしたの?」

 

「え、えぇっと……」

 

 

曖昧に笑う。

そこまでは言葉を用意していなかったのだろう。

しかし、すぐに新しい言葉は浮かんできた。

 

 

「そのままの、意味ですよ」

 

「え?」

 

「マミさんを、守りたいから……」

 

「まあ!」

 

 

真剣に見つめてくるまどかの視線に、思わずマミは赤面してしまう。

はじめは冗談かと思ったら、まどかからは本気さが伝わってくるじゃないか。

そう、本心なのだ。本心。その想いを汲み取ったのか、真司は笑みを浮べてマミとまどかの肩に軽く手を置いた。

 

 

「まどかちゃんは、マミちゃんを心配してるんだよ」

 

「そ、そうなの? 鹿目さん」

 

「はい。マミさん、とっても――、その、頑張ってるから!」

 

 

マミがおかしくなるのは、いつも背負い過ぎてしまうからではないか。まどかは今、そう思った。

ほむらが言った事は、まどかにも理解できる話だ。マミは強いが弱い。

それはあまりにも一人で背負うものが大きいからだ。

だから、どこか、疲れてしまう。

 

 

「あの――ッ、わたし、うまく言えないけど!」

 

 

まどかはマミの夢を見た。

ワルプルギスと戦う前に見た夢。そこで心に響く言葉をマミから貰った。

深層心理なのか、それとももっと大きな奇跡だったのか。

それは分からないが、その時の人間がマミだったのは、きっと意味のある事なんだと思いたい。

 

 

「マミさんは、わたしの憧れだから」

 

「!」

 

「だから、その、もっと頼ってくださいね」

 

 

それを聞くとマミは嬉しそうに笑い、まどかを抱きしめる。

いきなりの行動に今度はまどかが赤面する番だ。

対照的に、マミは落ち着いた笑みを浮かべていた。

 

 

「ありがとう鹿目さん。とっても嬉しいわ。でも不思議、なんだか急に成長したみたい」

 

「え、えへへ」

 

「じゃあ、ちょっと甘えようかしら」

 

「う、うん! 任せてください! 行こう真司さん!」

 

「よっしゃ! 任せてよまどかちゃん、マミちゃん! どんなヤツが来ても俺がバシィイっとやっつけてやるからさ!」

 

 

等と、意気揚々と歩き出したはいいものの。

二分後、そこには青ざめて震えている真司たちの姿があった。

 

 

「こ、こっちくんな!」

 

「ワンワン!」

 

「ひぃい、どうしよう真司さん! こっちに来るよぉお」

 

「やれやれ……」

 

 

真司もまさか『The・ANSWER』の初敗北が『野良犬』とは思っていなかっただろう。

仕方ない。苦手なものは苦手なのだ。まさかリードに繋がれていないだけでココまでの威圧感が放たれるとは!

野良犬が一歩前にでると真司も一歩後ろに下がり、道端に落ちていたバナナの皮で足を滑らせ転倒。

しばらくうめき声をあげながら地面を転がっていたが、その内に真司は動かなくなった。

 

 

「ごめん……、まどかちゃん。俺もうダメ」

 

「真司さぁああああん!!」

 

 

まどかは涙目で真司の肩を残像が出るほどの高速で揺すっている。

その動きに興味を持ったのか、野良犬が真司に近寄って頬をペロペロと舐めていた。

なんだこのカオス絵図。マミは頭を抑えて、大きくため息を。

どうやら二人に守られるのは、まだまだ先の事になりそうだ。

 

 

 

 

 

一方コチラは手塚達。

人通りのない場所を優先的に歩き、魔女がいないかを確認している。

とはいえ早々エンカウントするものでもなく、半ば散歩と言う状況になっている次第だ。

手塚を中心に、左にはほむら、右には須藤が。

 

 

「須藤さんはなぜ刑事に?」

 

「恥ずかしい話ですが、子供の頃に刑事もののヒーローに憧れて、他に特に夢もなかったので、そのまま――」

 

「凄いじゃないですか。滅多になれない職業だ」

 

『よく言うわ。ゲームの引き金になるくせに』

 

「………」

 

 

チラリと隣を見る手塚。

ほむらは先ほどから押し黙っている様に思うが、実際はトークベントで手塚のみと会話をしている。

ほむらとしても少なからず前回のゲームで思う所があるのか、須藤には警戒を抱いているようだ。

 

 

『まあ落ち着け。まだ須藤は善良な人間だ。俺には分かる』

 

『なに、お得意の占い? 私もラッキーアイテムくらい教えてほしいわ』

 

『そうだ。って、ちょっと待て。お前ちょっと小馬鹿にしてないか』

 

『ジョークよ、ジョーク』

 

『………』

 

『ごめんなさい。考えてもみれば私だって前回のゲームで浅海サキを裏切ったものね。そういう意味では須藤と何も変わらな――』

 

『いちいち重いなお前は! 別に気にするな。今は今だ、それを考えろ』

 

 

変わろうとしているのは分かるが、なんだかやりにくい話である。

まあ無理もないか。人間そう簡単には割り切ったり変われない生き物だ。

それを手塚も理解している。もちろんそれは須藤にも言えることだ。

 

 

「占い師も素敵だと思いますよ。なぜ目指しているんですか?」

 

「ああ、えっと、俺は――、そう。運命を視たかった」

 

 

親友である斉藤雄一の事を端的にではあるが、須藤に話した。

この世界でも雄一を守る事はできなかった。

しかし、逆を言えばだからこそ手塚の手にはライアのデッキがある。

その運命を、手塚はなによりも大切にしたい。

 

 

「俺達人間は神にはなれない。未来が見える訳ではないし、世界を望む物には変えられない。けれどせめて、何か一つ、縋る物があってもいいと思って」

 

「そうですか。それは――、なんと言っていいか……」

 

「いや、いいんだ。俺もまだ『答え』は分からない」

 

 

しかし事実は事実だ。

手にした力と、今自分がココに来るまでに体験した感情。

 

 

「だが俺みたいな人間は珍しくないはずだ」

 

 

誰もが鍵を握り締め、今日もどこかで扉を探している。

そんな人間にせめて光を見せてやりたい。それは手塚の本心だ。

 

 

「俺は運命に縛られていた。だがそれは間違いではないと思いたい」

 

 

それを理解して、尚、運命の傍にいる。それこそが手塚の目指す未来だ。

 

 

「私も運命に振り回される人間はよく見てきた。なるほど、確かに縋る物が必要なのかもしれない」

 

「人間、皆なにかしらは背負ってるものさ」

 

「………」

 

 

手塚の言葉に、ほむらは少し眉毛を動かした。

するとココで須藤の携帯に着信が入る。同僚の刑事かららしい。

 

 

「すいません。少し外します」

 

 

須藤は携帯を持って手塚達から離れていくと、曲がり角の向こうにあったコンビニの傍で話し始めた。一方で近くにあった建物の壁にもたれかかった手塚達。魔女の気配はない、今日は何事もなく終わってくれるだろう。

 

 

「須藤はまだ狂ってはないようね」

 

「だが監視は続けた方がいい。なるべくなら、誰も犠牲にはしたくない」

 

「………」

 

 

首を振るほむら。

 

 

「それは無理よ」

 

「だろうな。だが、せめて参加者だけは闇に落ちないでほしい。榊原もその意味を理解して、王蛇ペアにセーフティをかけているんだ」

 

「でも――。いえ、そうね、あなたの言うとおりだわ」

 

 

ほむらも変わりたがっている。

だから考え方を変えようとしているのだろう。

 

 

「それにしても、鹿目と一緒が良かったんじゃないか?」

 

「なに、突然」

 

「想い人と少し離れる相が出てた」

 

「……便利な占いね」

 

 

まあ、だが本心である。

ほむらとしては常にまどかと一緒にいたいといっても過言ではない。

 

 

「次からは城戸と交代してもらえるように、俺が言っておくよ」

 

「いえ、別にいいわ」

 

「だが――」

 

「苦手なの」

 

「え?」

 

 

 

無表情ではあったが、どこか複雑そうな空気が漂っていた。

それはあくまでも、パートナーである手塚にのみ分かりそうな変化ではあるが。

 

 

「私、巴マミが苦手なの」

 

「……なるほど」

 

「だからコッチでいいわ」

 

 

沈黙。

手塚は小さくため息をつくと、ポケットからマッチを取り出して火をつける。

そしてその火をふと、ほむらにかざした。

 

 

「なに、突然。また占い」

 

「まあな。割と自信がある」

 

 

そして手塚はニヤリと笑う。

 

 

「お前のラッキーアイテムは蜂蜜だ」

 

「は?」

 

「教えて欲しいって言っただろ? 俺の占いは当たる」

 

「……下らない」

 

 

そこで電話を終えて、歩いてくる須藤が見えた。

手塚はニヤリと笑ってそちらへ歩いていく。

ほむらは呆れた様にため息をつくと、手塚の背中を追いかけた。

しかし須藤と合流すると、ほむらは二人をスルーして歩いていく。

 

 

「ごめんなさい。個人的な買い物があるから、少しそこのコンビニに寄るわ」

 

「え? ああ、じゃあ前で待ってるよ」

 

 

コンビニ入っていくほむら。

今度は手塚と須藤が残されることに。

 

 

「たしか電話は、同僚の刑事の方でしたか?」

 

「ええ。知ってますか? 今日、駅で起きた事件」

 

 

事件の内容は、タバコを吸っていた女を注意した男性が暴行されたと言うもの。

しかしその犯人の女が全く見つからないのだと言う。

防犯カメラにも映っておらず、病院に運ばれた男性は危険な状況なのだとか。

 

 

「明らかにおかしい。殴られた男性の傷から察するに、人間が――、しかも女性が素手でできる傷ではないと」

 

「……いいんですか? 俺にそこまで話しても」

 

「ええ。手塚君は騎士ですからね」

 

「成程、つまり魔女の仕業だと」

 

 

手塚は知っている。

それは"魔女の仕業ではない"と言う事を。

 

 

『ほむら、魔獣の情報が入った』

 

『場所は?』

 

『駅だ。ここからは――、そう遠くないな』

 

『おそらくテストでしょうね。見滝原でどれだけ動けるかの。もしくはただ単に人を襲った馬鹿か』

 

 

 

ココでコンビニから出てくるほむら。

須藤と合流し、三人は再びパトロールを続けることに。

 

 

「それにしても大荷物だな」

 

「何を買ったんですか、暁美さん」

 

 

袋の中には大量の箱が見えた。

 

 

「キャロリーメート。好きなの」

 

 

栄養食だ。

だがココで焦ったような声が。

 

 

「お客様! ちょっとお待ちください!」

 

「え?」

 

 

ほむらが振り返ると、コンビニの店員が慌てた様に駆け寄ってくる。

どうやらバイトらしく、一つ大きなミスを犯してしまったらしい。

 

 

「別にしてた袋を渡すのを忘れてしまって、コレ!」

 

 

話を聞くに、バイトの店員さんが、ほむらが買った商品を一つレジに置き忘れてしまったらしい。

人間誰にでもミスはある。

特に何も思わなかったのだが……。

 

 

「すいません。これ、ハチミツです!」

 

「あ……」

 

 

ほむらは額に汗を浮かべ、頬を赤くしながらハチミツを受け取っていた。

それは、手塚が初めて見る表情であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行け」

 

 

ああ、なんと言うのか……。

平和には終わってくれないのが世界の意地悪な所であろうか。

それは突然だった。マミの視界から飛び出してきたのは、『暗闇の魔女』の使い魔達であった。

ローブに身を包んだゴフェルと、線画で猫をかいたようなウラ。

その群れがマミ達の前に現れ、直後斜め上に飛んでいく。

 

 

「なにアレ!」

 

「使い魔!」

 

 

いつもの使い魔としては少しおかしな点がある。

まずは集団である事。そしてもう一つはすぐ近くにいるマミ達には全く関心がない事だ。

一体どうなっているのか。混乱する三人の前に、さらなる混乱が現れる。

 

 

「ッ、アイツは!!」

 

 

真司がマミとまどかを庇うように立つ。

見上げる先、マンションの屋上にいたのは、黒いローブをなびかせている『死神』の姿であった。

そしてその左右には従者型の魔獣が控えている。既にモザイクを光らせており、中央の死神もまた同時にモザイクからレーザーを発射した。

 

 

「変身!」

 

 

だがそのレーザーは通用しない。真司を中心にして広がる龍騎の紋章。

スキルベント・ドラゴンハートが例外なく発動され、真司はその中で腕を斜めに突き上げる。

すると体が赤く発光。龍騎の紋章が砕け散っていく中で、変身は完了される。

 

 

「カカカカ……!」

 

「アイツ!」

 

 

死神は笑みを浮かべると、踵を返して跳躍。マンションの向こう側に消えていった。

一方で右の方へ浮遊していく従者たち。さらにズライカの使い魔達は、左の方へと飛翔している所だ。

 

 

「分かれましょう!」

 

「ッ、でも!」

 

 

マミは変身し、リボンを伸ばして従者を拘束。

 

 

「鹿目さん。城戸さん。逃げた方をお願いできるかしら!」

 

「え? あ……ッ」

 

 

焦ったように顔を見合わせる龍騎とまどか。マミからは離れたくない。

しかし確かにこの状況。三方向に分かれなければ、敵が一般人を襲う可能性もあった。

幸いにマミが相手にするのは量産型。マミ一人でも十分相手にできるレベルだ。

 

 

「危なくなったらキュゥべえのテレパシーで呼ぶから! ね?」

 

「そうか、テレパシー、まだ使えるのか……!」

 

 

だとすれば龍騎達は行動に出ざるを得ない。

彼らにとってマミは大切だが、一般人も同じくして大切なのだ。

いや、むしろ。

 

 

「鹿目さん。私達が魔法少女になった理由、思い出して」

 

「は、はい!」

 

 

そう、すべては正義の為に。人を守るためにだ。

まどかは魔法少女に変身すると、光の翼を広げて地面を蹴った。

 

 

「え! 鹿目さん、いつの間にそんな技を!?」

 

「あ、えっと、覚えましたぁ! えへへ」

 

 

そんな会話も混ぜつつ、まどかはゴフェル達使い魔を追いかける。

 

 

「本当に危なくなったらすぐ呼んでくれよ!」

 

 

龍騎も少し迷ったようだったが、死神を追いかけるために走り出した。

騎士のスペックならば普通に走ってもそれなりの速度は出せるが、マンションを挟んでいるため、油断はできない。

そもそも向こうも異形の者だ。このまま走っても追いつくかどうかは微妙ではないか。

さらにいくら人気がない時間と言っても、騎士のままで、それも死神もいるこの状況は現実世界にとってはあまり好ましくない。

 

 

「ッ、そうだ!」

 

 

手を叩く龍騎。何かを閃いたようだ。

すると彼はそのまま一気にスピードを上げ、マンションの入り口のガラスに思い切り突っ込む。

当然ガラスは粉砕される筈なのだが、龍騎に備わった能力が発揮される。

 

体がガラスの中に沈んでいく感触。

水の中に入ったような抵抗感を感じると、龍騎は別世界への侵入を果たす。

そう、ガラスは龍騎の姿を反射していた。つまり鏡なのだ。

ミラーワールドに入った龍騎、これならばいくら全力で走っても人には見られまい。

 

さらにココで思わぬ事態が起こる。

と言うのも、キィインと言うやや高いエンジン音が聞こえたかと思うと、見知らぬマシンが高速で登場、龍騎の真横に停止した。

 

 

「わ、わ、わ! なんだコレ!」

 

 

驚き仰け反る龍騎。

一見すると屋根がついているバイクの様だが?

するとスチームと共に屋根が展開。シートにはジュゥべえの姿があった。

 

 

『チャオ』

 

「じゅ、ジュゥべえ! お前が運転してきたのか!」

 

『んな訳ねーだろ。オイラのプリチーなお手手じゃハンドルに届かねぇから。自動操縦だよ、まあ今回だけだが』

 

「どういう事だよ。だいだい、なんなんだよコレ」

 

 

今の真司には記憶がないため、ジュゥべえは説明しなかったが、神崎優衣がバグらせたデータの中に入っていたものを運営が『新要素』として登場させた物だ。

それがこのマシン、『ライドシューター』である。

ジュゥべえは一枚のカードをどこからともなく取り出すと、それを龍騎に投げ渡した。

 

 

『騎士全員に与えられる新カード。アドベントサイクルだ。それがあればミラーワールドにてライドシューターをいつでも呼び出せる』

 

「じゃあコレ、使っていいのか!」

 

『もちろん。運転方法は頭の中にぶち込んでおいたから、どんなとんま野郎でもコイツだけはスーパーなドライビングテクが披露できるぜ』

 

「よし! じゃあ! あ、ちょっと失礼」

 

 

龍騎はジュゥべえの体を両手で掴むと、シートから退けて地面に立たせる。

そして入れ替わりでライドシューターに乗り込むと一気にアクセルを吹かした。

 

 

「おわああああああああああ!!」

 

 

ギュン! と、風を切る音。

一瞬で線へ変わる景色。龍騎が想像していたよりも遥かな超スピードで、ライドシューターは発進する。

前にあったフェンスやコンクリートをぶち抜きながら、龍騎はそのままジュゥべえから離れていくのだった。

 

 

『あらあら派手に壊しちゃって……。ま、いいか。どうせミラーワールドで何しようが現実世界には影響ねーんだし』

 

 

ジュゥべえは特に興味もなく、そのままトコトコと帰っていく。

一方、龍騎が追っている死神もまたそれなりのスピードで移動しているところだった。

建物と建物を跳躍で移っていき、龍騎から離れていく。

 

そしてふと目にするのは、小学校の前を通ろうとしていた女性だった。

携帯電話で話し込んでおり、上空から飛来してくる死神には気づいていない。

雑魚タイプの従者は人には見えにくく、それを活かしてストーカーの様に張り付き、瘴気を撒き散らして人間の感情を食す。

 

しかし上級魔獣『色付き』は、その一歩上を行くのだ。

人の魂を、刈り取る。

 

 

「カカカカカカカ!!」

 

 

死神は笑い、思い切り鎌を振り上げた。

が、しかし。その体が一瞬でフェードアウトする。

 

 

「?」

 

 

風を感じ、電話中の女性は頭上に視線を移す。

しかし何もない。だから女性は気にせず、談笑しながらそのまま道を歩いていった。

 

 

「ガハァ!!」

 

 

痛みと衝撃に声を漏らす死神。

一回、二回、三回バウンドした後に、学校玄関横にあった校長の銅像にぶつかり、破片と共に地面に落ちた。

一方、正面玄関前に停車したライドシューター。そこから龍騎が飛び降り、握りこぶしを構えた。

ライドシューターで移動した龍騎は、女性を襲おうとした死神を見つけミラーワールドから飛び出ると突進。

そのまま前方にあったカーブミラーを介して、ミラーワールドに再び侵入したというわけだ。

 

 

「ホロロロロロロ!!」

 

 

怒っているのか、死神は全身を震わせながら立ち上がる。

どうやら声は出せるが、まだ言葉は理解していないらしい。

しかし唯一、殺意だけは人間を遥かに超越している。死神は巨大な鎌を持ち上げると、奇声をあげながら龍騎のもとへ走りだした!

 

 

「来い! 魔獣!!」

 

 

上級魔獣とは言うが、龍騎は怯まない。それだけの自信と実力があったからだ。

だてに前回までの記憶を覚えているだけはある。数々の戦いの記憶を持った今の龍騎の実力は、今までとは比べ物にならない。

 

見よ。

上から下に大きく振るわれた鎌は、体を反らしなんなく回避。

今度は真横に振るわれた鎌だが、龍騎は姿勢を低く、地面を転がることで回避して見せた。

 

位置が入れ替わる。

しかし死神も龍騎の動きを視線で捉えており、振り向き様に再び鎌を振るっていた。

龍騎は立ち上がりながら、それをしっかりとキャッチ。

それぞれは切断する側と、受け止める側に力を込めあい、競り合いを始める。

 

 

「クカカカカ!」

 

「うるさいな! ちょっと黙ってろよ!」

 

 

弾きあう両者。

距離を詰められると、リーチの長い鎌は逆に不利となる。

死神は刃ではなく柄頭、つまり何もない方の先端部分で龍騎を突こうと試みる。

しかしそれを"読んでいた"。龍騎は攻撃を払うように受け流すと、ラリアットで逆に死神の首を刈り取る様に地面へ倒していく。

 

 

「ギャギッ!!」

 

「オッラァ!」

 

 

さらに龍騎はそのまま肘で打つように地面へ倒れる。

完全にプロレス技だが威力は抜群だ。死神は苦痛の声を上げ、ダメージを受けているのがリアクションで理解できる。

 

が、しかし仮にも死神は上級魔獣だ。このまま終わるわけもない。

黒いエネルギーが見えたかと思うと、死神を中心に爆発。

龍騎はその衝撃で体が大きく吹き飛んでいく。

 

 

「うわぁああ!」

 

 

地面に叩きつけられる龍騎と、立ち上がる死神。

先に動いたのは死神の方だった。手に巻きついているチェーンを投げ伸ばすと、今まさに立ち上がったばかりの龍騎の首へ巻きつける。

 

 

「グッ! く、首がしま――ッ!」

 

「カカカカカカ! キガカカカカ!!」

 

 

力を込めるが巻きついた鎖が外れる気配はない。

そのまま死神がチェーンを持って振るうと、龍騎は操り人形のように辺りを移動する。

さらにその間は隙だらけだ。死神の顔からレーザーを発射されて、命中。

龍騎の体から大きな火花が散り、苦痛の声が漏れた。

 

 

「イェァアア!!」

 

「う、うわぁあああ!!」

 

 

死神が思い切りチェーンを振るうと、龍騎の体が簡単に投げ飛ばされる。

空中を二回ほど回転しながら、龍騎は校舎の壁に叩きつけられた。

死神は地に刺さっていた鎌を引き抜くと、瘴気を纏わせて思い切り振るう。すると三日月状のエネルギーが発射され、壁に張付けられていた龍騎に直撃した。

また苦痛の声。瓦礫と共に地面に落下した龍騎は、玄関前の階段上に落下し、そのまま地面に滑り落ちた。

 

 

「カッ! カッ! カッ!」

 

 

無様な姿だと死神は笑いながら、龍騎にトドメを刺すべく走り出す。

龍騎はまだ衝撃が体に残っているのか、呻き声を上げながら気だるそうに座り込んでいた。

このままだと確実に鎌の一撃を受けることになるが、ふと、龍騎は左腕を前に出した。

 

すると炎が迸り、ドラグバイザーが変形。

その時に発生された熱波が死神を怯ませ、後退させていく。

立ち上がった龍騎。その手には『ドラグバイザーツバイ』が握られていた。

そしてその手がデッキに伸びる。

 

 

「……ッ」

 

 

一瞬、沈黙。

 

 

「いや、いや! 決めた!」

 

 

龍騎は首を振ると、直後デッキから手を離し、地面を蹴った。

ドラグバイザーツバイを解除し、ドライバイザーに戻すと、その際に迸った炎を拳に纏わせ――

 

 

「ォオオオオオオオオオオ!!」

 

 

咆哮を上げ、怯んでいる死神の顔面に全力のストレートを叩き込む!

 

 

「ゴ――ッ! ギャアアアアアアアア!!」

 

 

頬にめり込んだ拳。

死神は叫び声をあげてきりもみ状に回転し、後方へ吹き飛んでいった。

 

 

「ッシャア!!」

 

 

龍騎は大地を踏みしめ、気合を入れる。

そしてそのまま、地面を転がっている死神を強く指差した。

 

 

「やっぱりお前らは、一発殴らないと気が済まない!!」

 

「グッ! ガァア!」

 

 

果てなき希望を背に、走り出した龍騎。

対して死神は怒りに地面を殴りつけながら立ち上がった。

再びジャラジャラとチェーンを鳴らし、それを投擲する。

 

龍騎は今度は当然よけてやろうと意気込むが、どうやらチェーンには魔力が宿っているらしく、死神の思ったとおりに動いていく。

不規則な動きに気をとられていると、死神が放ったレーザーに気づかずに直撃を許してしまった。

龍騎はダメージに動きを止め、その隙に再び首にチェーンが巻きついていく。

 

 

「ンぐグッ! んのヤロ――ッ!」

 

 

しかし龍騎は冷静だった。

呼吸ができず耳鳴りが酷い。意識も朦朧とするが、その前にデッキかカードを抜き取ると、それを素早くバイザーの中にセットする。

 

 

『ソードベント』

 

 

鏡の破片が収束し、一瞬で龍騎の右手にドラグセイバーが握られる。

それを思い切り振るい、左手で掴んでいたチェーンを叩き切る。

切断されるチェーン。龍騎は思い切り息を吸い込んで肺に空気を充満させた。

 

 

「オロロ!」

 

 

バランスを崩してヨロける死神。

使い物にならなくなったチェーンを投げ捨てると、再び怒りに体を震わせ、鎌を持って走り出した。

龍騎もドラグセイバーを構えたままダッシュ。死神を眼前にすると飛び切りで、鎌の刃を受け流しつつ再び後方に回り込む。

 

そして乱舞。

死神も龍騎も互いの刃を弾きあい、少しでも隙を見つけようと武器を振り回す。

激しい火花が散っていき、斬撃音が辺りを包む。

均衡――、だがチャンスが生まれたのは一瞬だった。そのチャンスがどちらの物なのか。

それは言うまでもないだろう。

 

死神には理解できるだろうか。

龍騎の心に溢れ生まれる激しい怒りの炎が。

多くを救えず、命を取りこぼしてきた。なのにまた魔獣は奪おうとするのか。

そんな事を許すわけにはいかない。武器を撃ちつける度に上がっていく怒りと力。

自分たちに殺し合いをさせた者達が目の前にいる。

 

龍騎が負ける理由など、どこにもなかった。

 

 

「おッりャァア!」

 

「ガガガガガァアッ!?」

 

 

ドラグセイバーに炎が宿る。

同時だった。死神の鎌に大きな亀裂が走ったかと思うと、直後粉々に砕け散ったのは。

破片の中で、死神は信じられないと言った表情を浮かべる。

尤も、その表情は龍騎の拳が塗りつぶす。

 

龍騎のフックが再び死神の顔面に抉りこむ。

さらにもう一発。さらにドラグセイバーを振り回し、次々に斬撃を死神の胴体に刻み付けていった。

 

 

「ゴロロロロロ!!」

 

 

死神が怯む中で龍騎はデッキに手を伸ばし、一枚のカードを引き抜いた。

そしてドラグバイザーにセット。丁度、回復したのか、死神が吼えながら拳を伸ばした。

自らも龍騎を殴りつけようと思ったのだろうが――、甘い。

 

 

「ドラグレッダー!」『ファイナルベント』

 

「グオオオオオオオオオオオ!!」

 

「ゴギャァアア!!」

 

 

空中から飛来してきたドラグレッダーが龍騎の周りを回転。

尾で走ってきた死神を弾くと、大きく吹き飛ばしていく。

それを見て龍騎は腕を旋回させ、構えを取る。

ゆっくりと息を吐き、直後、思い切り地面を蹴った。

 

 

「ハァアアアアア――ッ!」

 

 

そして空中で回転。

死神はなんとか立ち上がるが、その目に飛び込んできたのは、今まさに右足を突き出す龍騎の姿であった。

 

 

「ゴゴゴゴゴォオ!!」

 

 

色つきにも大きなプライドがあるらしい。

人間に負ける。それが何よりも屈辱的なのか、両腕に激しい闇のエネルギーを纏わせて走り出した。

どうやら全てを注ぎ込んだ最大攻撃で迎え撃つらしい。

一方で龍騎の背後に移動したドラグレッダーが火炎を発射。

その爆発力で龍騎はロケットの様に加速していく。

 

 

「ダアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「ゼリャ――ッ、ゴ!? ゴガァアアアアアアアアッッ!」

 

 

一瞬だった。

死神は巨大なドクロ型のエネルギーを発射したが、放たれたドラゴンライダーキックは何もなかったかのようにそのエネルギーを破壊して貫くと、そのまま後ろにいた死神に直撃する。

炎に塗れながら後方に吹き飛んだ死神は、地面に付く事なく全身がバラバラに砕け散り、直後そのまま爆散した。

 

 

「俺は、お前らには絶対に負けないッ!」

 

 

龍騎は炎の中で拳を握り締めると、マミの元へ戻るべく再びライドシューターに搭乗した。

 

 

一方で使い魔達を追っていたまどかも決着を迎えようとしていた。

群れを視界に捉えたまどかは、使い魔達の前方に結界を発生させる。

すると次々に結界に激突していく使い魔達。そこへまどかは光の翼を広げて一気に突進を仕掛けた。

自ら結界を破壊し、使い魔達は翼でラリアットを受けることになる。

次々に地面へ墜落する使い魔達と、高度を上げるまどか。

弓を構え、魔力を集中させていく。

 

 

「輝け、天上の星々ベルキエル! 煌け、気高きレオ!」

 

 

眼下に使い魔を置き、まどかは光を爆発させる。

 

 

「その瞳に映せしは破壊、我が誇りが選ぶのは勝利! 万物を滅する力の矢となり我を照らしたまえ!」

 

 

まどかは思い切り弓を振り絞り、手を離す。

 

 

「吼えろ、獅子! スターライトアロー!!」

 

 

弓から放たれた光は地面にて、その形を巨大な獅子(ライオン)に変化させる。

 

 

『グオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 

獅子は咆哮を放つ。

するとその音が衝撃波になり、周囲にいた使い魔達を一瞬で粉々に粉砕してみせた。

 

 

「ありがとう、ベルキエル」

 

 

まどかがお礼を言うと獅子は軽く唸って消滅。まどかも踵を返し、マミの所へと戻る。

そのマミもまた、決着をつけている所だった。従者の攻撃であるレーザーを華麗に回避すると、リボンを収束させ二体の従者をがんじがらめに縛り上げる。

直後、巨大な大砲を出現させると、ニコリと笑って魔力を込めた。

 

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 

巨大な弾丸が魔獣を貫き爆散させる。

従者レベルであれば現在のマミでも十分通用するらしい。

マミは爆風の中でスカートを押さえ、魔法で紅茶を出現させると口をつける。

そして片方の手にはおぼんの上に乗った二つのティーカップ。

マミはそれを、丁度戻って来た龍騎とまどかに差し出した。

 

 

「ありがとう、マミちゃん」

 

「わぁ、頂きます!」

 

 

変身を解除した三人は即席のティーパーティを。

すると既にまどかがテレパシーで連絡を取っていたのか、さやか達が合流してくる。

 

 

「大丈夫、マミさん! 敵が出たって話だけど!」

 

「ええ、もう片付けたわ」

 

「ひゅう! 流石だねぇ!」

 

 

だが合流してきた者の中で、当然手塚とほむらだけは表情が違う。

 

 

「城戸。敵って言うのは――」

 

「ああ、魔獣だった」

 

 

小声で語り合う二人。

その視線は周囲を見回すが、特に怪しい点はない。

 

 

「今は怪しい点はないな」

 

「やっぱり向こうも警戒してるの……、かも」

 

「だろうな。ただでさえ変身したての中沢達に負けたんだ。向こうも警戒はしてるはずだ」

 

「なんとかその間にコッチから攻められればいいんだけど――ッ」

 

 

そんな二人を、アルケニーは確かに見ていた。

 

 

「クククク! なるほどな。随分お行儀が良い戦い方じゃないか」

 

 

そして唇を吊り上げ、夜の闇に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

翌日。それは、まどか達が昼食を終えた後の事だった。

まどかはマミに呼び出された。他の生徒も昼食を食べるためによく使う庭園のテラス。

そこでマミは、まどかに缶の紅茶を差し出す。

 

 

「ありがとうございます。それで、お話って言うのは?」

 

「うん。あのね、鹿目さん。魔獣って、知ってる?」

 

「え゛ッ?」

 

 

嘘が下手なまどか事だ。

明らかに知っていますと言うリアクションを晒してしまった。

 

 

「知ってるのね!」

 

「いやッ、あの、マミさんこそどうしてそれを……」

 

「え? あ、いや」

 

 

マミは焦ったように目を反らして頬をかく。

あまり褒められた話ではないが、真司と手塚が小声で話しているのを見て、ついつい魔法を使ってしまった。

マミの固有魔法は『拘束』だが、身体強化に魔力を振ることもできる。

聴覚を強化させたマミは、そこで魔獣と言う単語を盗み聞きしてしまったわけだ。

 

 

「思い返してみれば、たしかに昨日の敵って魔女とは少し違った様な――」

 

「あ、あ、そ、そうなんです!」

 

「え?」

 

「真司さんと手塚さん、女性っぽくない敵のことを魔獣って言うようにしてて」

 

「うーん、たしかに魔『女』って言うには女性要素がゼロだったものね」

 

「はい! そ、そうなんです!」

 

「そう、そうね、うん。ありがとう」

 

 

まどかはお辞儀をするとマミから離れていく。

マミは頬に手をつき、虚空を見つめる。確かに言う事は納得できる。

しかし気になるのはやはりまどかの様子だ。

マミは次にほむらを呼び出し、今までの事を端的に告げる。

 

 

「なにか手塚さんから聞いていない?」

 

「いえ、特には」

 

「そう……」

 

「あまり気にするものではないわ。巴マミ」

 

 

ほむらはマミから受け取った缶コーヒーに口をつけると、淡々と言葉を返していく。

 

 

「単に呼び方が違うだけ。敵は魔女である事に変わりない」

 

「それは、そうよね」

 

「ええ、だから私達は協力して戦えばいいだけなのよ」

 

 

言い訳は完璧だった。

魔獣の事を知らないマミ達にはコレ以上疑いようのない言葉だ。

裏切る様な行為はしていないし、マミもそれで納得するだろうと。

 

 

「本当……?」

 

「え?」

 

「暁美さん、嘘、ついてない?」

 

 

だが、ほんの少しだけ予想とは違う事態が起こった。

マミは完全にはその言葉を信じなかったのだ。ほむらもある意味、信じられなかった。なぜ疑う余地があるのか?

ゲームが開始してるならまだしも、少なくとも今は完全に味方のはずなのに。

 

 

「……どうして、そう思うの?」

 

「だって――」

 

 

マミは少し申し訳なさそうな表情でほむらを見る。

 

 

「暁美さん、私と一度も目を合わせてくれないから」

 

「!!」

 

 

盲点だった。まさか、そんな理由で……。

いやそれよりも、無意識だった。言われてみて初めて分かる事。

なるほど確かに一度も目を合わせていない。

 

 

「あ――、ごめんなさい。気を悪くしてしまったなら謝るわ。でも私のクセなの。人付き合いが苦手で……」

 

「そ、そうなの。ごめんなさい私も変な事を言って」

 

「いえッ、貴女の事は信頼してるわ。紅茶も美味しいし」

 

「そ、そう! だったら嬉しいわ。ごめんね本当」

 

「いえ、いえ。分かってくれたならそれで良いわ」

 

 

マミは安心したように笑うと、話を終わりにして帰っていく。

その時に手を振られたので、少し困惑しながらも、ほむらも同じように手を振った。

 

 

「………」

 

 

マミが席を立った後もほむらは動かない。もうすぐ授業が始まる。

周りには誰もいなかった。その中で考える、目を逸らしていた事を。

すると前方の景色が歪んだ。一瞬めまいかと思ったが、本当に景色が歪んでいた。

 

すると一瞬で目の前に現れたのは神那ニコ。

再生成の魔法で見滝原中学校の制服を作っており、潜入してもバレにくくしてあるようだ。

そして先ほどまでは透明化しており、ずっとマミの傍にいたらしい。

 

 

「趣味はストーカー?」

 

「アホぅ。護衛と趣味だ」

 

 

ニコはアンニュイな表情でため息をつく。

頬に手をあて、肘をついて気だるそうにため息を。

 

 

「何やってんだよホムホム」

 

「ッ、何がよ。あと、その名で呼ばないで」

 

「何がって……、巴マミは豆腐メンタルだから怪しまれないようにしましょうって話だったろ? ソッコーで怪しまれてどうするのんよ」

 

「怪しまれたって……」

 

「少なくとも嘘をついている事はバレてた。お優しい鹿目さまは仕方ないとして、お前はもっとしっかりやれよ」

 

 

些細な不信感が大きな悲劇に繋がる事は、ニコもほむらも良く理解している事だ。

もちろん分かっていた。分かっていたが、目を合わせる事ができなかった。

 

 

「その、苦手なのよ。私、あの人が」

 

「マジ? 意外だな、巴マミが嫌いなのか」

 

「嫌いじゃない。苦手なの」

 

「ッ? 違いが良く分からん」

 

 

だが何かを閃いた様にニコは指を鳴らす。

 

 

「ははーん、分かったぞう? 名探偵ニコちゃんがズバリ当ててやろうぞい」

 

「ッ、なによ」

 

「お前、嫉妬してるな、巴マミに」

 

「は?」

 

「いやだってさ、前も見たけど、マミさんマミさんって、まどかは目をキラキラさせてるじゃないの」

 

 

憧れの先輩しか目に入らない少女。

でも貴女のことをクラスメイトの少女が見てるのに。

 

 

「くぁー、萌えますな。でもそりゃ嫉妬もするか、お前サイコレズだもんな」

 

「殺すわよ、神那ニコ」

 

「やめろ、お前が言うと冗談に聞こえん」

 

「……だいたい、そんなのじゃないわ」

 

「なにが、どれがよ?」

 

「全部よ全部。まどかは大切な親友。それに巴マミに嫉妬もしていない」

 

「だったら、なんで、そんなにぎこちない」

 

「それは――」

 

 

ほむらもまた気だるそうに前髪をいじる。

複雑なんだ。いろいろと。

 

 

「分からないのかもしれない」

 

「?」

 

「私は今まで、巴マミの事を沢山傷つけた」

 

「え? なに、重い話なの?」

 

「茶化すなら話さない」

 

「わ、悪かったよ。はよ、続きはよ。ニコちゃんに続きを頂戴」

 

「……だから、散々利用してきて、今更助けるなんて、都合が良すぎるんじゃないかって」

 

 

つまり罪悪感だ。

ループの中でマミを裏切った事は数知れず。

マミの気持ちを利用した事はあるし、なんだったらマミを殺した事もある。

今まで散々都合の良いようにしてきて、いざ守りますなんて、ほむらとしては胸が抉れる想いなのだ。

 

 

「私にとって、巴マミの顔は泣いてるか怒っているか、そのどちらかなの」

 

「ほーん」

 

「興味が無いなら話さない」

 

「ごめんて!」(コイツ結構めんどくさいな!)

 

 

とにかく、マミとの衝突の記憶が今も頭に張り付いている。

戦いか拒絶、拒まれるのは割り切っていても気分のいいものじゃない。

だからこそ、ほむらはマミが苦手だった。

どうせ最後は傷つけてしまう。そんな想いがどうもチラついてしまう。

 

 

「今更だろ。私ら、今まで何人ぶっ殺してきたと思ってるんだよ」

 

「それは、でも――」

 

「だからこそ今じゃないのか。それに、なんだ、嫌な事ほど良く覚えてる」

 

「?」

 

「人間そういうモンだろ。やな記憶ほど頭に残る。巴マミと決裂した記憶が強く残ってるなら、それはつまりお前がそれだけ傷ついたって事じゃないのか。ココロにキタって事だろ? なあ」

 

「……分からないわ」

 

「なんだよ。まあいいや、なんか飽きちゃったな。私、帰るわ」

 

 

ニコは大きく伸びを行うと手を振ってほむらの前から消えた。

ほむらも額を押さえ、天を仰ぐ。そしてゆっくりとため息をついた。

 

 

「私も、帰ろう」

 

 

気分が悪い。

ほむらは再びため息をつくと、早退の手続きを取りに歩くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ごめんな手塚! 編集長が金色のザリガニ探して来いってうるさくて!』

 

『アホ真司! お前そういう電話は俺がいない時にするのが普通だろうが! 本人の目の前で文句を言うなッ!』

 

『あっ、すいません編集長! と、とにかく手塚、そっちは任せたぞ!』

 

「あ、ああ。今日は西南に運勢が向いている。もし良かったらそっちを探すと良いだろう」

 

『おっけ! サンキュー手塚。っしゃ、ココでザリガニばっちし見つけて、編集長をギャフンと言わせてやるぜー! なんだったら俺が編集長になってやるからな!』

 

『いやッ、だから俺ココにいるから! お前もしかして俺見えてないの!? 俺ゴーストなの!?』

 

『あーい! ばっちりみなーってか! はははは!』

 

『おいみんな! 真司が壊れたぞ!!』

 

 

そこで電話は切れた。

手塚は呆れた様に汗を浮かべると、直後、背後に気配を感じて振り返る。

するとそこにはコンビニの袋を持っていた、ほむらが。

 

 

「どうした、学校はいいのか」

 

「ええ、早退したの。差し入れを持ってきたわ」

 

 

現在、手塚もまた学校を休んで行動に出ている。

それは須藤の監視だ。手塚の視線の先には、先ほどまで捜査中の須藤がいた。

正確には須藤とその相棒である石島美佐子。二人は駅で起きた事件を追っているのか、目撃者に情報を聞いて回っているようだ。

今は雑貨屋の店員に話を聞いているようで、手塚はその外で監視を行っているわけだ。

 

 

「やはりまだ須藤に異変は起きていないようだな」

 

「なにか、きっかけがあっての事なのかしら」

 

「おそらくはそうだろう。差し入れはありがく受けと――」

 

 

停止する手塚。

受け取った袋を覗き込むと、大量のキャロリーメートが見えた。

 

 

「あ……、うん」

 

「なに、その嫌そうな顔」

 

「いや、ほら、嬉しいんだが、もう少しなんていうか、張り込み向けなヤツが、ほら」

 

「どういう意味」

 

「キャロリーメートって口の水分が奪われるやつだろ。モタモタのパサパサになるヤツだろ」

 

 

袋の中に水は入っていない。

ベタではあるがあんぱんにだって牛乳がついてくる。

おにぎりとかお茶とか、そういうのが差し入れであると。

それを聞くとほむらは少し不機嫌そうに手塚から袋を奪い取る。

 

 

「ジュースくらい自分で買って」

 

「そ、そうだな。だが今はちょっと財布を家に忘れてて」

 

「は? チッ!」

 

(露骨に不機嫌だな……)

 

 

ほむらは舌打ちを行いつつ服のポケットに手を伸ばす。

ジュースくらいおごってやろうと思っていたのだろうが、ココでハッと表情を変える。

どうやらほむらも家に財布を忘れてきてしまったらしい。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

二分後。

 

 

「「………」」

 

 

そこには口の中にキャロリーメイトを詰め込んでいる二人が須藤を観察していた。

手塚も持ってきてくれたと言う好意を無視はできなかったか。

それにほむらも後には引けず、二人はひたすらモグモグと口を動かしながら雑貨屋を睨んでいる。

水分が無いためいつまでも口の中から消えない。

傍から見れば男女が物陰に隠れてひたすらモグモグしている光景。まあホラーである。

 

 

『手塚、コレいつ飲み込めばいいのよ。喉に張り付きそうなんだけど』

 

『口の中に入れすぎなんだ。落ち着いて食べればよかったのに』

 

『貴方だって』

 

『……ムキになりすぎたな、俺達は』

 

 

トークベントで会話するしかない。

それにしても、いつまで経っても須藤が店から出てこないじゃないか。

このままじゃ口の中が砂漠で終わりだ。すると声が。

 

 

「どうですか」

 

「?」

 

 

振り返ると、今二人が一番欲しかったジュースが二つ。

それを持っていたのは紛れもない、須藤雅史だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「裏口があったなんてな。本職にはかなわない」

 

「フフ、ありがとうございます」

 

 

どうやら尾行は既にバレていたようだ。

須藤に見つかった手塚とほむらは、近くの喫茶店で話をすることに。

美佐子は既に本部に戻っており、喫茶店には三人だけだ。

 

 

「気を悪くしたならすまない。アンタをつけていたのは、俺の個人的な理由さ」

 

「もしよろしければ教えてもらっても?」

 

「ああ。まあ、占いだよ」

 

「?」

 

「アンタ、最近疲れてないか?」

 

 

違うな。手塚は須藤をまっすぐに見て言った。

 

 

「人を殺したいと思った事はないか」

 

「!」

 

 

随分と攻める。

ほむらは目を細めて須藤のリアクションを待った。

手塚は占いと言う口実で須藤の心の闇に迫る。

 

 

「人は価値のある存在だと思うか、須藤さん」

 

「驚いた、最近の占いはココまで切り込むものなんですね」

 

 

しかしそのリアクションは関心を示すものであった。

どうやら今の須藤には心当たりがあるらしい。手塚の言葉を完全にノーとは否定できなかった。

つまり既に、『黒』の種は持っていると言う事だ。

 

 

「職業がら、なかなか人の汚い所は見ます」

 

 

聞けば、中には出所後に刑事に復讐しようと考えている者もいるのだとか。

須藤の先輩が以前狙われたとか言う話を端的に聞いた。

もちろんそれだけじゃない。同じ人間とは思えない人間をたくさん見てきた。

心ない人間を見ているうちに、そう言った者に対する過剰な怒りを覚えた時はもちろんあると。

 

 

「手塚くんは人を傷つけたことはありますか」

 

「……もちろん」

 

「でしょうね。ない人間などいない筈です。私だってあります」

 

 

だが傷つけない方が良いという事はわかる筈だ。

なのに平気で人を傷つける者達が増えてきた。そんな気がしてならないと須藤は語る。

 

 

「人を傷つける事は楽だからな」

 

「ええ、これが人間の難しいところです。喜ばせるよりも余程簡単にできてしまう」

 

 

しかも皮肉な事に笑いの中には、人を傷つける事で他者を喜ばせる物もある。

結局のところ、人間は個の確立や自己満足のために人を傷つける生き物だ。

しかしだからと言ってあまりにも――、そんな人間が目につくと。

 

 

「ですが貴方は刑事だ」

 

「ええ、もちろん。分かっていますよ」

 

「なら、いいが……」

 

「失礼。もう行かないと」

 

「こちらこそすみません。下らない事で呼び止めてしまった」

 

「いえ、占い――、忠告は受け取っておきます」

 

 

店を出て行く須藤。

それを目で追う手塚とほむら。

 

 

「危険ね」

 

「さあ、どうだろうな」

 

「っ? でも」

 

「殺意や負を抱かない人間なんていない」

 

「それは――、そうね」

 

 

誰かを殺したい、誰かを傷つけたい。

残念だが人間の社会では『当たり前』になってしまった。

SNSの発達で、それはさらに浮き彫りになっているだろう。人は誰かに勝ちたい、その欲求を叶えられない人間は言葉の刃を振るうしかなくなる。

それができなければ、本当の暴力に頼るしかなくなる。

 

 

「俺達は誰もがその黒を抱えている」

 

「間違いではないわ」

 

「だが、行動に移すかどうか、それが人間としての資格だろう」

 

 

立ち上がる手塚。ほむらも後を追う様に立ち上がった。

 

 

「私はもう、黒を具現化しないわ」

 

「ああ、俺が止めてやる。だから俺が黒に染まりそうになったら――」

 

「殺してでも止めるから」

 

「………」

 

 

殴ってでも止めてやる。で、良かったんじゃないだろうか。

手塚は汗を流しながら、取りえず頷いておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高見沢邸。

 

外が暗くなってきた頃、家に戻っていた高見沢はひたすらパソコンの前で作業をしていた。

ふと前を見ると、そこにはソファに寝転びアイスクリームを食べながら携帯を弄っているニコが見える。

 

 

「おい、邪魔だっつてんだろ、部屋に戻れ」

 

「動くのダルい。ダルダルダルビッシュ」

 

 

既にパートナー云々の話は済ませてあるニコ。

高見沢はニコに自分の会社を大きくする協力と引き換えに住まいを提供している。

ニコの携帯はハッキング機能もあり、それを高見沢はライバル会社の状況を確認するのに使用しているわけだ。

 

 

「意味が分からん。さっさと消えろ」

 

「かてーこと言うなよジジイ。ニコちゃん静かにしてるだろ」

 

「チッ!」

 

 

ふと押し黙る高見沢。キーボードから手を離し、ため息をつく。

 

 

「最近どうにも、おかしい」

 

「歳だからだろ、ジジイだもんな」

 

「そうじゃねぇよ。なんかこう、アレだ。記憶に靄が掛かってる様な」

 

「痴呆か。ジジイだもんな」

 

「ニコ、俺とお前ってこの前はじめて会ったんだよな。なんかよ、どうにも俺はお前を知ってる気がするんだよな」

 

「やめとけって、昔のナンパかよ。あ、でもまあお前ジジイだもんな」

 

「こう言う感じの会話もなんつーか、記憶にあると言うか。おーん……」

 

「幻想とかやべーな、ジジイだからかな?」

 

「魔法もあるしよぉ、気のせいなのか……」

 

「魔法とかジジイの口から出す単語じゃないって。メルヘンジジイとか救えねーな。ファイナルファンタジーかよ」

 

「いい加減にしろよお前ッ、ブッ殺すぞ!!」

 

 

テーブルを蹴りながら怒号を上げる高見沢。

近くにあったペンを、ニコの傍にある花瓶に向かって投げつける。

 

 

「キレんなよ! 更年期か! ジジイだな!」

 

「さっさと消えろ! あんまり調子乗ってると追い出すぞクソガキが!」

 

「それは困るので、ニコちゃんは退出します。お仕事頑張ってね」

 

「死ね! 俺はまだ38だからな! 聞いてんのか! おい!!」

 

 

高見沢の怒号を背にしながら舌を出したニコは、そそくさと自室に戻っていく。

しかしその途中、ためしにキュゥべえを呼んでみる。

すると流石は魔法少女担当なのか、一瞬でニコの前にあった窓の外に姿を現した。

 

 

「ま、入れよ」

 

『何か用かい? 神那ニコ』

 

「おん。あのさ、たかみーのヤツなんかちょっと覚えてるっぽいんだけど」

 

『中にはそういう参加者もいるだろうね。ボクらもそのあたりは厳しく制限する事はなかったから』

 

「???」

 

『以前――、と言うのは改変時なんだけどね、鹿目まどかが概念になった後も、彼の弟であるタツヤはまどかの姿を記憶していた』

 

「概念つうと、なんだっけ? えーっと、女神みたいな感じのヤツか」

 

『そうだね。まどかの存在は一度は消えたんだけど、なぜか弟は覚えていた』

 

「なんで?」

 

『ボクにも分からない。人の可能性か、もしくは鹿目タツヤに才能があったのか。とにかく人間の可能性と言うのはあなどれなくてね』

 

 

タツヤはまどかの姿を知らないのにまどかの絵を描いていた。

なにもそれはタツヤや高見沢だけではないだろう。

ループと言う概念を超越し、僅かではあるが記憶を保持しているものは珍しくない。

 

 

『特にキミ達の場合はループの数が多いからね。それだけ因果も積み重なっている。ゲームによってはペアが変わることはあったけど、だいたいは前回、つまり今回と同じペアになる確率が高いんだ』

 

「なんだよ、もっと若いヤツと組ませてくれよ」

 

『キミは浅倉と組んだ事もあったね』

 

「いやー、高見沢は本当に良いパートナーだわ。これ以上ない!」

 

『酷いや、浅倉が可哀想だよ』

 

「アイツだけは無理。佐倉杏子は尊敬するぜ」

 

 

あまり覚えていないが、考えただけでもゾッとする。

思ってみれば高見沢と組むのは悪くない。有能であればそれ相応の待遇を受けるのだから。

 

 

『それだけ共鳴するモノがあるんだろうね。キミ達もそうだ。無欲なキミと強欲な高見沢、だからこそペアになった』

 

「複雑だねぇ」

 

『ボクもだよ。つくづく人間とは理解しがたい生き物だ。組む人間で大きく性格が変わるんだから』

 

 

そういう点で、キュゥべえは一つ疑問があると言う。

 

 

『今頃まどか達はパトロール中だろうね。キミは行かないのかい?』

 

「ニコちゃん、面倒、きらい」

 

『やれやれ、だから不思議なんだ。仮にも君は前回のゲームで参戦派だったし、キリカとか複数の参加者を殺したよね』

 

「そりゃ、殺れたからね、あん時は」

 

『そんなキミがすぐにまどかに付くとは、ボクとしては意外だよ』

 

「まあ、そりゃな」

 

『それとも、もしかして裏切る気なのかな』

 

「………」

 

 

ニコはニヤリと笑う。

 

 

「そりゃあな、当然っしょ」

 

『ほう』

 

「裏切るに決まってんだろ普通。まさかお前、本当に私があいつ等の仲間になったとでも思ってるのかもん?」

 

『メリットは薄いよね』

 

「薄いなんてもんじゃねーぞな。全員生存ルートなんて無理に決まってんだろ。マジで脳内にキノコでも生えてんじゃねーのアイツ等? お花畑すぎるって」

 

『可能性はあまりにも低いね』

 

「そう。なら普通にゲームに勝って、願いで魔獣どもを消した方がいいから」

 

『たしかに、前回までは不可能だったろうけど、ゲームマスターがインキュベーターに映った今なら可能だ』

 

 

しかし、ココでまたニコは笑う。

 

 

「なんつって。びっくりした? 嘘だよウソウソ」

 

『……キミの考えている事がよく分からないな』

 

「正直私もよく分からん」

 

 

確かに可能性は低い。

裏切った方が良い。

脳内メルヘン連中に付き合う意味もない。

 

 

「でも、なんか、そっちの方が私は好みだ」

 

『つまり?』

 

「私はまどかの味方だよ。あいつ等にとりあえずは協力してやるつもりさ」

 

『ふぅん、なるほどねぇ』

 

「まあでも、全部が冗談って訳でもない。場合によっちゃ私はまどかを切る」

 

『その場合と言うのは?』

 

「そりゃ一つだ」

 

 

相変わらずアンニュイな表情のニコ。感情がよく読めない。

 

 

「まどか達に味方する価値がないと分かったらだよ」

 

『価値?』

 

「アイツ等が全員生存を諦めれば、私はあいつらを殺す」

 

『それはないだろうね、城戸真司や鹿目まどかの理解しがたい行動や言動の元は、キミの言う"全員生存を目指す"ことだからね』

 

「なら大丈夫だ。少なくとも私はアイツ等の馬鹿に付き合って心中するつもりだよ」

 

『よく分からないなぁ、やはりココロと言うのは』

 

「私もさね。でもどうせ生きるなら、良いヤツになれた方がマシなのかもって、思っただけだよ」

 

 

ニコはひらひらと手を振って自室に戻っていった。

キュゥべえは相変わらず無表情でしばらくその場に佇んでいた。

ニコの変化が進化か退化なのか、それはキュゥべえには分からない。

それは結果が教えてくれるだろう。いずれにせよ、本人が満足しているならそれでいいものなのか。

 

 

『面白い生き物だね、人間は』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人は変わるものだ。だが変わらない人間もいる。

良く言えばブレない芯のある人間なのだろうが、悪く言えばわがままというべきなのか。

さて、ここはとあるマンションが一室。そこに変わらない人間がいた。

 

リビングにてテレビを見ているのは芝浦淳。

番組はよくあるドキュメンタリーで、今日は大家族特集だった。

兄妹の絆や両親の苦労がコメディ仕立てで編集されている。

芝浦はあくびをしながらテレビを消すと、大きく伸びを行った。

 

 

「あーあ、全員事故で死なねーかなー」

 

 

人間として欠落している発言を一発。

そして目の前にあるパソコンを適当に触る。

芝浦さんの最近の趣味はネットサーフィンである。

とりあえず著名人のSNSを荒らし、適当に見つけた掲示板を荒らし、最後は個人のブログにやってきた。

 

 

「なになに? 最近辛くて死にたいです、誰か助けてくださいか。じゃあ『死ねクズ』っと……」

 

「淳くん性格わるーい☆」

 

 

キッチンでひき肉をこねているあやせが嬉しそうに言う。

 

 

「これくらいで死ぬ様なヤツなら死んだ方が幸せだって。だいたい言葉は1データでしかない。こんなもんまともに受けるやつなんていないっての」

 

 

もっと大きい干渉力が無いとつまらないと芝浦は唸った。

なんだか最近満たされない。なにをしてもつまらない事ばかりだ。

 

 

「あれはもうやめたの? ほら、なんだっけ? お蕎麦屋さんで、きつねそば頼んでおあげだけ残して帰る遊び」

 

「あー、あれなぁ。あれもう飽きたから……」

 

 

クソみたいな会話が聞こえてきたが、ここはスルーしよう。

 

 

「世界が滅ぶとか、学校に殺人鬼でも乱入してこないかなー」

 

「えー、怖いよそんなの。それに淳君を殺せる人なんていないじゃん♪」

 

「そうなんだよなー、俺強いからなー」

 

 

するとあやせは含みのある笑みを浮かべる。

 

 

「ねえ、少しおもしろいお話してあげよっか」

 

「なんだよ、つまらなかったらお仕置きだからな」

 

「たぶん淳君なら興味がわくと思うよ。でも――」

 

「でも?」

 

「好きって、言ってくれたら、教えてあげる……♪」

 

「………」(ウゼぇ)

 

 

無言で携帯ゲームを始める芝浦。

 

 

「淳くん? 淳君! ねえ無視しないでよ淳くんッッ!!」

 

「ルカ! おれは面倒なヤツが嫌いだ!!」

 

「はい、淳。私達が掴んだ情報とは、他の魔法少女達の事です」

 

『ちょっとルカーッ!!』

 

 

人格交代は自由にできる様に設定してある為、あやせの中にいたルカが出てきたようだ。

目つきが変わり、ハンバーグをフライパンに置くと、一旦手を洗って芝浦の前に跪く。

 

 

「淳と同じ騎士も増えてきたかと」

 

「ああ、それで?」

 

「一つ大きな魔力を感じました。今までとは明らかに違う魔力の質に、私も反応したわけです」

 

 

魔力に反応できる魔法少女も少なくは無い。

ルカもその一人である。僅かではあるが。

 

 

「大きな魔力ねぇ」

 

「昨日少し偵察に向かったのですが、その時にはもう姿は無く、光の魔力が残されてるだけでした」

 

「光属性の魔法少女か。そういえば、おれの学校にもいるんだったよな」

 

「巴マミの一派にいましたね。確か名は……、鹿目まどか」

 

「ソイツが力をつけたって事か」

 

「おそらく。しかし強くなったにしてはあまりにも急激な変化です」

 

「なるほど。そういえば魔獣がどうとか言ってたおっさんもいたし、何かが起ころうとしてるのかもね」

 

「いかがなさいますか、淳」

 

「ま、暇つぶしにはなるかな」

 

 

ゲームを置くと、芝浦はニヤリと笑う。

 

 

「ちょっと、ちょっかいでもかけてみるか」

 

 

そう、そうだ、芝浦は興味を持った。

なぜ? まどかが本気を出したからだ。

ループを経て強化されたまどかの魔力、それは確かに凄まじい。

 

――が、しかし、ここは閉鎖空間。

派手に暴れればルカのようなサーチ能力を持つ魔法少女が気づくのは当然の事だった。

 

なぜ、まどかは本気を出したのか。

それは焦りがあったからだ。使い魔を早く倒さないとマミが危ないと思ったから。

 

ではその使い魔を出したのは誰か。

油断、安心、死神を倒せたから真司達は自分の力が高いと油断している。

油断はそれだけ余裕を生み、当然、隙も生ませる。

 

なにより、そう。

真司達を縛るのは皮肉にも、確固たる正義感。

だからこそ、それを利用すれば簡単だった。

 

何が簡単なのか?

では、答えを先に見てみよう。

これは少し先の未来。

 

 

「よぉ、はじめまして巴マミ」

 

「え?」

 

 

振り返ったマミの前には、タバコを吹かしている女性が立っていた。

 

 

「アタシはアルケニー。ヨロシク」

 

 

アルケニーはニヤリと笑ってタバコを地面へ投げ捨てた。

 

 

「お前を殺しに来た」

 

 

 

 





CG技術の事は素人なので、全く詳しくはありませんが、ドラグレッダーの動きは10年以上前にしては凄く良いと思うんですよね。
特にファイナルベント前の旋回動作というのか、うねりというのか。

一番好きなのは、北岡のギャグ回で水辺で放ったキックなんですが。あのときのドラグレッダーが動いて、水がバシャバシャ鳴るのがお気に入りです(´・ω・)b


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第77話 状況と環境

三話分まとめて更新でございます。
前も書いたんですが、これは純粋に前サイトに掲載していたものを上げなおしているだけなので、ストックが切れたら僕はウラタロスになります。

そしてだんだんとストック切れが近づいてきました。
つまりメチャクチャ更新が遅くなります。
その点だけはどうか、どうか分かってくだせぇ……(´・ω・)b


 

 

「ね、お昼ごはん一緒に食べよーよ」

 

「今日はテラス席があいてるよ」

 

「あら。行方さん、長月さんも」

 

 

美国織莉子は、話しかけてきたクラスメイトに柔らかい笑みを返した。

行方(なめかた)(あきら)は髪を二つに結んだ少女。

長月(ながつき)美幸(みゆき)はヘアバンドにメガネをかけた少女だった。

学校を休みがちな織莉子であるが、この二人だけは頻繁に話しかけてくれる。

しかし織莉子としては複雑な話でもあった。

 

 

「いいの? 私とで」

 

「良いに決まってるじゃーん。ね? 美幸」

 

「うん。私達は美国さんと食べたいの」

 

 

この会話も、もう何度目になるか分からない。

織莉子が何度断っても、何度拒む空気を出しても、二人は話しかけてくれる。

ありがたい話だ、織莉子達はテラス席に向かう。

長月の言うとおり、テラス席は空いていた。いや、正確に"空いた"。

まわりの生徒達は織莉子を奇異の眼で見つめ、ヒソヒソと声を小さくしていた。

そんな周りを無視して、三人は弁当を広げる。

 

 

「ごめんなさい、気分が悪いでしょ」

 

「あんまり気にしない方がいいよ。美国さん」

 

「そーそ、それにあたし等も慣れっこだからさ」

 

 

織莉子の学校ではカースト制度があり、『良家』と『成金』に分かれている。

長月と晶は後者のほうであり、成金組みは色々と馬鹿にされがちなのだ。

 

 

「だから気にしな――」

 

 

ふと、長月が視線を移動させた、まさにその時だった。

 

 

「ヒッ!」

 

 

長月は恐れに声をあげ、手に持っていたサンドイッチを落とした。

なんだ? 晶と織莉子が視線を追うと、そこには何も無い。

 

 

「美幸?」

 

「長月さん、何か見えたんですか?」

 

「今――ッ、誰かがそこに!」

 

「「え?」」

 

 

織莉子は一瞬魔女かと、ソウルジェムをポケットの中に構えた。

だが『誰か』がと言う長月の言葉が意味するとおり、それは人のシルエットをしていたようだ。

黒い喪服のような格好の少女が、コチラを見ていたと言うが――。

 

 

「髪は? 長かった? 短かった?」

 

「長かったと――、思うけど」

 

 

織莉子は唸る。キリカでは無いようだ。

 

 

「なに、お化け?」

 

「ちょ、ちょっと止めてよ晶ちゃん!」

 

「変質者の可能性もあるし、一度先生に言いましょうか」

 

「う、うーん。でもいないし――」

 

 

気のせいだったのだろうか? 首をかしげる長月。

確かにこのテラス席は所謂『中庭』のため、校舎からでないと入る事はできない。

変質者であれば確実にその前に騒ぎになっている筈だ。

それは逃げる時も同じで、出て行くには生徒が沢山歩いている構内を抜けなければならない。

しかし今現在、特に誰かの悲鳴は聞こえないので、やはり気のせいだったのかもしれないと。

 

 

「………」

 

 

織莉子は目を細める。魔女の気配は無い。

他の魔法少女の可能性もあるが、それにしても気配は無い。

気のせいか、もしくは逃げたのか。ひそかに構えていたソウルジェムから手を離すと、長月を落ち着けるために笑顔で話しかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方清明院。

コチラもお昼時であり、仲村が運んで来た食事に一同は手をつけている所だった。

 

 

「おいしいかい?」

 

「うん、おいしいよ」

 

 

香川裕太はハンバーガーをほお張りながら下宮に笑みを返す。

見た目は完全に小学生の男の子だが、その中にはサイコローグへの変形機能があり、実際に彼はミラーモンスターなのだ。

サイコローグが既に使い物にならない事を知っていた香川は、病気で死ぬはずだった裕太と融合させるという狂行とも言える手に出た。

しかし結果としては実験は成功し、裕太は現在人間とそう変わりない感覚を持っている。

 

やはり香川も親として裕太を失いたくは無かったのだろうか。

死の運命を否定した事に下宮は深い物を感じる。

やはり、人は、生きたい筈だ。生きていてほしい筈だ。

下宮は自分も手に持っていたハンバーガーを齧る。

魔獣ではなくミラーモンスターになった事で味覚も戻って来た。

とはいえ、その『味』はより下宮の心に複雑な物を落とす。

一方で少し離れた所では中沢達がなにやら話し合っていた。

 

 

「一つ、危惧している事があります」

 

「え?」

 

 

いざカレーを口の中に入れようとした所で香川が口を開くものだから、中沢はどうしていいか分からずに停止する。

それを察してくれたのか、サンドイッチを持っていた仁美が代わりを務めてくれることに。

 

 

「と言うのは?」

 

「ルールと言うものは、絶対なのでしょうか?」

 

 

今日の午前中、中沢はアビスに変身し、下宮(アビソドン)で海を経由しながら二つ先の県まで移動した。

結果、特に変わった点は見られない。そもそネットやSNSが機能しているのを見ると、やはり世界は全て構築されているようだ。

つまり、『地球』と言う舞台がまるまま存在している事になる。

あくまでも舞台が見滝原と言うだけで、ループの度に星が巡っているとも言える。

 

 

「そこまでの世界形態を確立してきた魔獣が、ルールに縛られ続けるとは思えません」

 

「つまり、インキュベーターの作り上げたルールは檻として機能するかは微妙。そういう事ですわね?」

 

「ま、まじっすか? で、でも今のところ大丈夫なんだから大丈夫なんじゃ……」

 

「確かに中沢くんの言うことは尤もです。しかし、インキュベーターも神ではない」

 

 

すると声が。

一同が視線を移すと、そこにはキュゥべえの姿があった。

 

 

『実はボクもその点は少し引っかかっている』

 

 

現在、魔獣側の切り札であるイツトリが機能を停止している状況ではあるが、時間が経てば当然それだけイツトリの力が上がる事にもなる。

さらにシュピンネ達バッドエンドギアが死んだ際に発生したエネルギーを、もしもギアが吸収していれば、当然それだけ力が上がっていくことになる。

 

 

「おいおい、運営側はせめてちゃんとしてくれよ!」

 

『もちろんボクらもその点に関しては全力で魔獣側を抑えるつもりさ』

 

 

しかし気になる点はもう一つ。

それは龍騎たちの存在である。

 

 

『香川、キミの言う通り、ボク達は全能の神ではない』

 

 

異なる宇宙の技術を使用している龍騎たち側は、インキュベーターにとってもイレギュラーに他ならない。度重なるループの中でほとんどは理解したつもりだが、魔獣側が隠している技術が無いとも限らないのだ。

 

 

『まあその点はキミ達で頑張ってよ』

 

「な、なんて無責任な奴らなんだ……」

 

「仕方ありませんわ。香川先生、何か活路はあるのでしょうか?」

 

「ええ、バグを何とか理解できれば活路があるとは思うのですが……」

 

 

優衣が残したものを理解したいのだが、なかなかコレが言葉で言うよりは難しい。

パソコンで言うならデータを見れば分かるのだろうが、当然そのデータを見る術がないのだ。

せめて何か……、少し詳しい者がいればいいのだが、あいにくと香川ですらその領域にはまだ至れていない。

 

 

『ボクは理解しているよ。だからもし、まどか達がうまくやれば、最後の参加者である魔法少女はキミの望む存在であるだろうね』

 

「………」

 

 

いずれにせよ、全員生存だのと言う前に魔獣を倒さなければ世界は終わりだ。

そしてインキュベーター側としても魔獣は邪魔でしかない。

 

 

『ぜひ、世界のために頑張ってくれ』

 

 

キュゥべえはそれを言い残し、中沢達の前から姿を消した。

どうやら今はまどか達に頑張ってもらうしかないのだろう。

仁美は手を組み、言葉にならない祈りをささげた。

 

すると同じくして仁美と中沢の表情が変わる。

ピィン、ピィンと、何かのコール音が聞こえてきたのだ。

電話の着信? いや、こんな音にした覚えは無い。ウロウロと辺りを見回すが、そこで一つ気づく。

どうやらこの音、中沢と仁美以外には聞こえていないらしい。

 

 

「ペアだけが聞こえる音となると――」

 

 

そして音が仁美から発生している事で、察する二人。

急いで取り出したのはソウルジェムだ。すると鈍く光が点滅しているではないか。

仁美はソウルジェムを持って電話を取る様に念じる。

するとソウルジェムから海香の声が聞こえて来た。

 

 

『ごきげんよう。今よろしくて?』

 

 

どうやら一度コネクトで呼んだ魔法少女は、自分の方から仁美にコンタクトを取る事もできるらしい。海香の話を聞くと、なにやら仁美に会いたい魔法少女がいるらしい。

断る理由は無い。一応人に見られるかもしれないと言う理由で、中沢はアビスに変身。

仁美と共にミラーワールドに入る。

 

そして仁美は変身するとコネクトを発動し、接続ゲートを開いた。

すると魔法陣の中から出てきたのは海香やカオルではなく、赤いドレスに身を包んだ魔法少女だった。

真紅の瞳に、金色の髪を一つ結びにした少女は、辺りを見回すとフンと鼻を鳴らす。

そして笑み。

 

 

「にょわほほほほほ! ココがゲームの舞台ですのね!」

 

「わ、わ、なんだ?」

 

「まあ」

 

 

驚くアビス、目を細める仁美。

どうやら、なんとなくを察したようだ。

一方で高笑いを止めた少女は、斧と銃剣を組み合わせた武器を取り出し、クルンと一回転。

 

 

「わたくしは神聖ローマ皇帝ジギスムントの偉大なる妃、バルバラ・ツェリスカが娘、エリザ・ツェリスカですわーッ!!」

 

「は、はぁ」

 

「現在は女神(デエス)の使いとして、プレイアデス星団の指導係になっていますの!」

 

「デエス……?」

 

「そう、女神。鹿目まどかの」

 

 

エリザは未来の魔法少女ではなく、『円環の理』組み、つまり『過去』の魔法少女だ。

現在、円環の理は魔獣に破壊されてしまい、存在しない。

選出された未来の魔法少女以外は、魔獣の手によって再び魔女にされ、ダークオーブに封印されている。

 

だが中にはその封印を免れた者がいた。

まどかと共に逃れたタルトと言う魔法少女がサルベージしていた魂。

その一人がこのエリザだ。

 

 

「イツトリの力でわたくし達は残念ながら、しばらくの間は実体化できませんでしたわ」

 

 

しかし円環(おちゃかい)まどかと、参加者(ゲーム)まどかが一つとなり、完全体になったおかげでタルトが復活した。

まだ本調子ではないが、その影響でエリザたちも実体化できたと。

そして現在は未来にその拠点を置いている。そういう話だった。

 

 

「コネクトで消費した魔力は、召喚した魔法少女も背負う事ができます。だから気にせずじゃんじゃん呼び出してもいいんですのよ! にょわほほほほ!!」

 

「ど、どうもですわ……」

 

 

しかし、気づいている。分かっている。

エリザと仁美は同時に目を光らせた。

 

 

「さて、海香から事情は聞きましたわ。そして今、貴女と会って確信しまわしたわ。志筑仁美」

 

「ええ、私も貴女が言わんとしている事は理解できますわ」

 

 

ならば話は早いとエリザは仁美を強く指差す。

 

 

「貴女! わたくしとキャラがモロ被りですわーッ!」

 

「へ?」

 

 

アビスとしてはいきなり現れてなんのこっちゃであるが、仁美はゴクリと喉を鳴らしてエリザを睨む。

 

 

「いいですこと? わたくしが活躍した時代は、この現代よりも遥か過去。つまりわたくしの方が先輩! と言うわけで今すぐその口調をお止めなさい志筑仁美!」

 

「お断りですわ。私はキャラとか関係なく、ずっとこの口調ですもの。身についた『私』と言う喋り方を今更やめる気はありませんの!」

 

「まあ生意気! このままじゃキャラが被り被って双方が対消滅してしまいますわ! ここは一つ、先輩の威厳を教えてあげるしかなさそうですわね!!」

 

 

地面を蹴り、エリザは銃剣を構えて走り出した。

 

 

「構えなさい志筑仁美! ぶちのめしてやります事よ!」

 

「仕方ありませんわね、受けて立ちますわ!」

 

「ちょ、ちょっとちょっと!!」

 

 

クラリスを振り回し、エリザと真正面からぶつかり合う仁美。

なんなんだコレ。アビスはどうしていいか分からずウロウロと。

すると銃声が聞こえ、アビスの全身に銃弾が撃ち込まれた。

 

 

「いッッてぇええ!!」

 

「そこの貴方、ボケっとしない!!」

 

 

もちろん、今までの言葉は冗談である。

要するに、まさか本当にキャラが被っているから後輩を叩きのめしに来たわけではない。

まあ多少はそういう意味もあるにはある(と言うかエリザは本気である)。

しかしあくまでも、エリザがココにきた本当の目的は今の通り、仁美達と戦うことだ。

 

 

「良いですこと!? このままでは貴女達は完全に足手まといですのよ!」

 

「!」

 

 

それは仁美とアビスにも理解できる話だった。どうにも耳が痛い。

ループしている記憶を取り戻せば、他の参加者はそれだけ戦いの記憶を引き継ぐことになる。

テレビゲームでもよくあるように、経験値はそれだけアドバンテージとなり力に直結していく。

しかし仁美達は戦いの経験がほとんどない。つまりそれだけ周囲との差がついてしまう事だ。

 

シュピンネに勝ったのは少なくとも、ビギナーズラックもあっただろう。

なにより香川や海香達がいたのも大きい。もちろん味方と連携し、協力する事は大切だ。

しかしもしも戦いが続けば、敵の方が多いと言うシチュエーションも出てくるかもしれない。

その時に弱さが出れば、待っているのは『死』だ。

 

 

「と言うわけで、わたくし達がコレからビシッバシと鍛えてあげます事よ! にょわほほほ!!」

 

「ま、マジですか」

 

 

すると銃声、アビスの足元に火花が散り、情け無い声をあげて尻餅をついた。

 

 

「大マジですわよ中沢昴! 少なくともゲーム開始時には中堅レベルに食い込める様にはして差し上げますわ!」

 

「きゃ!!」

 

 

エリザが銃剣を降りまわすと、背後にいた仁美が弾かれて転がっていく。

 

 

「甘いですわ仁美。さて、もう一度コネクトを使用しなさい!」

 

 

少し不満げではあったが、言われたとおりコネクトを使用する仁美。

クラリスの音が響き、魔法陣が出現する。するとそこから新たな魔法少女が姿を見せた。

ピンクと赤を貴重としたドレスに、桃色の髪をツーサイドアップにまとめている。少女は辺りを見回すと、状況を理解したのか、嬉しそうに笑ってウインクを一つ。

 

 

「どもー、未来の魔法少女、成見(なるみ)亜里紗(ありさ)ただ今参上ってね!」

 

「うわッ、また女の子だ!」

 

『当たり前だろ、魔法少女なんだから』

 

 

亜里紗は大きな鎌を持っており、どうやら既に戦闘態勢のようだ。

ピアスになっている鈴型のソウルジェムを鳴らしながら、彼女は大きく鎌を振るう。

その前にいたのはアビス。間抜けな声を上げると、なんとか姿勢を低くして鎌を回避する。

 

 

「紹介しますわ。そちらのゴリラもまた未来の魔法少女、プレイアデス星団が一人!」

 

「誰かがゴリラだ!! いくら師匠でもブッ飛ばすわよ!」

 

「あーもー、うるさーい。そういうところですわよ! まあとにかく――ッ! 中沢、貴方はまず亜里紗を倒す事からはじめなさい」

 

 

あくまでもコネクトがメインとなる仁美とは違い、アビスはあくまでも接近戦を主とする騎士だ。まずはその点を鍛えたいと言う。

 

 

「で、でも女の子を相手にするってのは――ッ」

 

「ちょっとちょっと、女だからってナメてると痛い目みるわよ!!」

 

 

その言葉通り、再びアビスに迫る鎌。

今度は回避が遅れ、アビスの装甲がガリガリと削られ、火花が散る。

 

 

「いででででで!!」

 

「中沢。気持ちは分かりますが、それでは戦いには勝てませんわ。そうですわよね? 下宮」

 

『たしかに。魔獣の中には女性型も多い。ましてや参加者ともなれば……』

 

 

シュピンネは基本的にミスパイダー姿だったし、人間体も異形感が強かった。

しかしもし完全な人間体を持っている敵と戦い、肝心なところで敵が人間体に戻られては困る場合が出てくる。

 

 

「魔獣の本質は負の集合体。見た目に惑わされる様では命を落としますわよ」

 

「ぐッ、それは――ッ!」

 

「ですので、わたくしは亜里紗を選出しましたの。彼女は脳筋ゴリラ。女の見た目をしているだけで実際はゴリラ、ゴリサです「だからゴリラじゃないっての!! ぶん殴るよ!」まあ怖い、やはりエレガントなわたくしとは違い、未来の魔法少女は教養がなってないですわね」

 

 

アビスと仁美そっちのけでワーワー言い合うエリザと亜里紗。

しかしそれはアビスにとっては心を落ち着かせてくれる時間となった。

 

 

『やろう、中沢くん』

 

 

下宮が説く。

ゲームが始まれば当然魔獣以外と戦うケースも出てくるかもしれない。

そうした場合、相手が女の子だからと言う理由で動けなくなっては守れる物も守れない。

 

 

『戦う覚悟を持つ事はそれだけで意味がある。守るにせよ傷つけるにせよ、剣は持たなきゃ意味がない』

 

「ッ、そうか、そうだよな。仁美さんを守れるレベルにはならないと。騎士になった意味もねぇ!」

 

 

なるほど、なるほど、確かにそうだ。

アビスも拳を握り締めると、雄たけびをあげてエリザと亜里紗の方に向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、昨日でだいたい作戦は決まった」

 

 

アルケニーの作戦は非常に簡単かつ、単純なものだった。

まずはじめにテストを行った。それは龍騎達が優先する物である。

『軽い』多数か、『重い』少数か。そして『思惑』に気づいているかどうかである。

 

アルケニーは初めから分かっていた。

他の魔獣には自分の考えを告げてはなかったが、真司達はマミを守ってくるのではないかと。

それはそうだ。ループする舞台の中で一番初めの変化を望むならば、それはマミと須藤の守護にポイントがあると考えるのは当然だ。

 

鹿目まどかが神になった概念変化の時間軸。

魔獣達は『運命の日』と呼んでいるが、その件に関しても初めに死んだのはマミだ。

つまりそれだけの因果が巴マミにはある。そして須藤も同様の事が言える。

 

 

「因果は絶対の要素じゃあ無いが、重要なファクターである事には変わり無い」

 

 

潰れた名も無い店の中で、アルケニーはタバコを吹かしながら口にした。

窓の外は既に薄暗くなっており、人がココに来ることは無いだろう。

 

 

「けれども、マミが先に死んだ事でまどかが女神になったとも言えるよなァ?」

 

 

アルケニーはそれを重要視していた。

何を崩すのか、どこを崩すのか。崩すべき価値、やはり最初の狙いは決まっていた。

 

 

「アイツ等はお行儀が良い。教科書どおりに動いてくれた」

 

 

真司たちもそれを理解しているのか、マミを監視していた様だが、結果的には使い魔や色付きを追いかけるためにマミから離れた。

 

 

「当然だ、アイツ等を放置すれば一般人が死ぬかもしれないんだから」

 

 

ダークオーブで呼び出した魔女は範囲内であれば自由に命令ができる。

そして色付きは言わずもがなアルケニーの配下。思い通りに動いてくれる。

 

 

「なにより、マミ本人がそういう思考であるから、次も同じやり方で良いだろう」

 

 

アルケニーが吐き出したタバコの煙がドクロに変わる。

 

 

「それに鹿目まどか。アイツの力は強大だ。だが……、だからこそ落とし穴にもなる」

 

 

記憶を保持している。

つまり全てが一本道になっている。

当然それだけ魔法少女としてのレベルも上がっている事になっている。

他のメンバーもそうだが、気づくか気づかないかの違いはあまりにも大きい。

まどかは現在、参加者の中で間違いなく最強だ。

しかしだからこそ、その魔力を感じることのできる魔法少女も増えてくる。

 

 

「興味を示すならユウリか、ガイペアか、王蛇ペア辺りか」

 

 

ユウリは榊原がいる以上、現状は使い物にならないため、期待はできないが。

とは言え、いずれにせよパフォーマンスはできた筈だ。

あとはアドリブと言う事になる。

 

 

「だからさぁ、頼むよー? 小巻ちゃん」

 

「――ッ」

 

 

アルケニーはニヤリと笑い、立っていた小巻の肩を叩く。

小巻はビクっと肩を震わせて、複雑そうに頷く。

見ればその顔は青ざめており、恐怖に染まっている事が分かった。

 

 

「そんなビビンな。アタシは他のヤツと違って優しいからな」

 

 

アルケニーがそっと触れたところは、小巻の右目だ。

そこは大きく晴れ上がっており、青アザになっている。少女としては辛いところだろう。

そう、小巻の顔には殴られた痕が痛々しく残っていた。

誰に殴られたのかは言うまでも無く分かる。他の魔獣たちだ。

 

 

「下宮のヤローが裏切るからこんな事になった。お前もさっさと魔獣になればいいのに」

 

「そ、それは――。ですがッ」

 

「ハッ、まあいいや。お前も裏切りたかったら裏切ればいい。アタシは許してやるよ」

 

「い、いえ、そんな、まさか……」

 

「フッ、ならいいけどさ」

 

 

アルケニーはポケットから乱雑に札束を取り出すと、それを小巻の前にばら撒く。

 

 

「これで薬でも買っておけ。人間の体は傷が残って面倒だな」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「気にすんなよ。アタシは優しいからな? クハハハ!!」

 

 

踵を返すアルケニー。

小巻は地面に落ちた札束を拾い上げるために膝をついた。

そこで、ポタリと、雫が零れる。

 

 

「どうして、その優しさを人間に向けてあげられないんだろうね」

 

「!」

 

 

まるで心を読まれた様な感覚。小巻は涙を拭って前を見る。

すると同じく話を聞いていた少年、アシナガの姿があった。

今回見滝原に降り立って良い魔獣は二体。アルケニーはアシナガと小巻に協力を頼んでいたのだ。

アシナガは緑色の髪を弄りながら紅い目で震える小巻を見ていた。哀れみの表情で見つめていた。

 

 

「偽りの優しさだからね、アルケニーがキミに与えたものは」

 

「え……?」

 

「個性が欲しいんだろうね、彼女は。面白いな、実に興味をそそられる」

 

 

絶望の集合体である魔獣が自我を確立していった先がバッドエンドギアだ。

そんな彼らが新たに望んだ進化が個性であるとアシナガは説く。

 

 

「確固たるアンデンティティの確立にアルケニーは優しさを選んだようだが、それを人間に向ける事だけはプライドが許さなかったんだろう」

 

 

アシナガはヘラヘラと笑いながら窓の淵をなぞる。

 

 

「魔獣にとって人間はゴキブリやムカデの様なものだからね。優しさを向ける意味がない。とはいえ、仲間はいていない様なものだし、だったらランクの低い君くらいしか構うものがいない」

 

「い、言っている意味が……」

 

「アルケニーはキミの事を欠片とて心配していないと言う事さ。可哀想に、下宮についていけば良かったものを。偽りの籠は、偽りの愛しか生み出さない」

 

「それは――、でもッ!」

 

「だったら魔獣になりたまえ、上臈小巻。お前はもう浅古小巻ではないんだ」

 

 

小巻の表情が絶望に染まる。

それを見てアシナガは呆れた様に笑った。

 

 

「ごめん。ココまでショックを受けるとは思わなかったな。まだ蛹の殻が大切なのかキミは」

 

「なんで――ッ、アンタ達は……!」

 

「ボクはもう魔獣だ。元の名前は忘れたよ」

 

 

下宮、小巻、アシナガ、蝉堂、この四人は元を辿れば人間だ。

しかしアシナガと蝉堂は魔獣となり、下宮は離反。小巻は今も魔獣のアシスタントである。

小巻としては理解のできない話だった。誰しもの選択が狂っているとしか思えない。

 

 

「星の骸で蝉堂に腹を殴られていたね。可哀想だが、キミのその姿は当然だ。さっさと蝉堂の様に適応してしまえば良かったものを」

 

「ど、ど、どうして人間を捨てないといけないの? 私は――ッ、アタシはッッ!!」

 

「固いなぁ。君の考え方は何もかも古いんだ。変われば見えてくる景色もある。それともキミの目は、まだ濁っているのか?」

 

 

アシナガは既に人間を捨て完全な魔獣となった。

そうすれば見えてきた景色もあると言う。どれだけ人がちっぽけなのか、そして芽生えた欲求。

 

 

「小巻。ボクはね、人間は滅ぶべきだと思う。けれどそれは魔獣の勝利を心から望んでいる訳じゃない」

 

「え……?」

 

「負の集合体である魔獣は生命として欠落している。だから魔獣の勝利なんてどうでもいいのさ。しかしこの戦いには確かな意味があるとボクは確信している」

 

 

それは人の終わりだ。それはアシナガの望む未来。

 

 

「新時代が始まろうとしている。分かるんだ、創生の時は近い」

 

「い、意味が……」

 

「恐竜が死に滅び、氷河が世界を包む時、確かな新時代が始まりを告げた。これも同じだ。ボクは人の次が見たくて堪らない」

 

 

だから人を殺す。人を終わらせる。

そうすれば人の次に地球を支配する生命が姿を見せるはずだ。

それは魔獣を超えるのか。それとも魔獣に支配されるか弱き生命なのか。

 

 

「新しい時代の幕開けに立ち会える事を、ボクは心から望んでいる」

 

「どうして、そんな――」

 

「魔獣は利口だ。人が無価値と気づいている。君も燻ってないで、さっさと次のステージに上るべきだね。ボク等はその鍵を掴んでいる」

 

「……ッ」

 

「小巻。人と言うのは、そうまでしてしがみ付くものか?」

 

 

微笑み、アシナガは自分に与えられた役割を遂行するべく消えていく。

一人残された中で、小巻はグッと拳を握り締めた。

 

 

「私は――、生き残ってみせるッ!」

 

 

虚空を睨み、小巻も自分の目的のために歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、その日のパトロールも昨日と同じメンバーであった。

そして異変が起きる。さやかとサキの前に現れたのは魔女、コールサイン『プロローグ』。

子供の泣き顔に手足のように四本の触手が生えた魔女である。

らくがきの様な容姿をしており、四本の触手で軽自動車に寄生して、さやか達の前を通り過ぎた。

 

 

「んなッ!」

 

「魔女だ! 追うぞ、さやか!」

 

 

プロローグは逃げる。

軽自動車のスピードを全開にしてサキ達から『逃げた』。

こうなるとサキ達はプロローグを追うしかない。魔女を放置する事は犠牲者を生んでしまうからだ。

そして手塚達の前にも異変が起こる。姿は見えないが、手塚とほむらの耳にキュゥべえの声が響いたのだ。

 

 

『キミ達二人だけに話がある』

 

『なに? 殺すわよ』

 

『おいおい……。しかしキュゥべえ、なぜ俺達だけなんだ?』

 

『仕様変更についてだからね』

 

 

つまり、『事情』を知っている手塚達に対しての情報と言う訳だ。

正確には『手塚達』のみへの話となる。

 

 

『ほむら、キミの魔法が少し変更された』

 

『なに? 殺すわよ』

 

『あ、暁美、気持ちは分かるが少し落ち着け。凄い顔だぞ』

 

 

本来ほむらが時間を停止できるのは、ワルプルギスの夜が来るまでの間の時間だ。

それが砂時計に入っており、それを消費する形で時間を停止していた。

そして砂を使い切るとループを開始する。そういう流れであった。

 

 

『しかし知っての通り、既にそれはイツトリによって書き換えられた。ほむら、キミは今回もまたキミの意志で時間を巻き戻すことはできない』

 

『ええ、分かってるわ。殺すわよ』

 

『イライラするのは良くないよ、ほむら。とにかくボクが言いたいのは、キミの時間停止に関する変更だ』

 

 

The・ANSWERにおける時間軸では、ほむらは一日の初めに砂を与えられ、それを24時間で使っていく事となる。

メリットとしては、前回ほむらはキリカの魔法トラップにかかって砂を大幅に消費してしまったが、今回はどれだけ砂を消費しても翌日には砂が全回復するため、必ず毎日時間を停止できる。

 

しかし当然デメリットも存在する。

それは一日単位で砂の処理が行われるため、そもそも砂時計に入る砂が減少しているのだ。

時間を停止する時間が長ければすぐに砂が切れ、一日終わりまで時間を止められない。

 

『余計な事をしないで。殺すわよ』

 

『やれやれ、ボクは嫌われてるなぁ』

 

『それは……、まあ、当然だろう。しかし確かに何故そんな事をする? 暁美が混乱するだけだ』

 

『ボクとしては優しさのつもりなんだけどね』

 

 

戦いが激しくなっていけばそれだけ砂を使う機会も増えてくるだろう。

しかしもしも有限であった場合、仮になんらかのケースで砂を使い切れば、ほむらはもう戦闘には付いていけない筈だ。

インキュベーターはあくまでも『ゲーム』の成立を目指している。

パワーバランスは等しくあった方がいい。

 

 

『あとはそうだな、何よりも暁美ほむら自身の影響があるんじゃないのかな』

 

『どういう事よ。分かりやすく言いなさい。殺すわよ』

 

『……そもそも、キミが使っていた時間停止は本来システムの上に成り立つものだった。しかしそのシステムがイツトリに破壊された時点で、願いは破綻し、力は使えなくなる筈だった』

 

 

言わばバグだ。

これと似た現象が織莉子にも起こっていたと言う。

織莉子の未来予知はゲーム内ではずいぶんと不安定なものだった。

それは織莉子自身の未熟さもあるにはあるが、なによりも『未来』と言う存在が足かせになっている。箱庭と言う閉鎖空間での未来予知、最も不具合が出たのがかずみだ。

 

 

『織莉子は予知時にかずみの姿を不完全でしか捉えることはできなかった。決まってるよね、かずみはもっと未来から来たんだから、本来織莉子が予知できる範囲内の未来にはいないんだよ』

 

 

しかし不完全であるが、ノイズ混じりでも確認はできていた。

それはあくまでも織莉子の魔法が魔法として機能するためにキュゥべえ達がチューニングしたからだ。

 

 

『ボクとしても結構苦労したんだよね』

 

 

ゲームで言うなればアップデートされたデータに魔法が適応できていなかった。

それをキュゥべえ達が修正した結果が今だ。さらに優衣が混入させたデータもあるため、より慎重な調整を要した。

それを踏まえ、キュゥべえはほむらの力を調整したのである。

 

 

『鹿目まどかは今でこそ天使を召喚してるよね。だけど、過去の鹿目まどかにはそんな力は無かった。それはキミも知っている筈だ、ほむら』

 

『それは……、たしかに。それにしても不愉快な見た目ね、殺すわよ』

 

『あの力は円環の理の中で得たものだ。しかしまどかは前回のゲームで、はじめからその力を使っていたのではなく、覚醒と言う形で手に入れた。まどかはループにおける願いが共通ではない、しかし覚醒すればいずれも天使の力が手に入る』

 

『なにがいいたいの、殺すわよ』

 

『やれやれ……。つまり、鹿目まどかの変化はしっかりと歪ながらも適応されていると言う事さ。ゲームの舞台が確立する前と、全く同じ魔法形態にするのは不具合が出て仕方ない。違う言い方をすれば、適応せざるをえない。キミ達は確かに変化していっているんだからね』

 

『……待て、お前、その言い方だと』

 

『いずれ分かるよ。とにかく今は、ほむら、君の魔法を少し弄らせてもらった』

 

 

はっきりといえば、適応させるために『近づけさせてもらった』。

時間を止められるが、総合的に見れば止められる時間が短くなる。これがほむらの変化だ。

尤も、それをキュゥべえが口にする事は無かったが。代わりに放つ言葉はヒントだ。

 

 

『暁美ほむら。キミは本当に時間を操る魔法少女なのかな?』

 

 

だから時間停止の仕様を変更させてもらったと。

 

 

『回りくどい言い方ね。殺すわよ』

 

『最早コントみたいになってるぞ。しかしそういう話なら、もっと落ち着いた時にしてほしいな、キュゥべえ』

 

 

今は須藤もいるのだ。

手塚は適当な世間話を振っているため、いまひとつ話しに集中できない。

 

 

『申し訳ない。でも急いだ方がいいと思ってね』

 

『ッ、それはどういう――?』

 

『ほら、来るよ』

 

「手塚海之、暁美ほむら、須藤雅史」

 

「!」

 

 

目の前から歩いてきた少女は、心臓を掴む様なアクションを取る。

すると闇が迸り、黒い稲妻が視界を駆ける。

すると黒の中から姿を現したのはヨーロッパの騎士を思わせる格好をした少女だった。

盾がついた柄の長い斧を引きずっているのは上臈小巻。彼女は濁った目で手塚達を睨みつける。

そこで気づく。キュゥべえの姿が消えていた。

 

 

『やれやれ。魔獣か?』

 

『だけど、それにしては――』

 

 

しかし迷っている暇は無い。

既に眼前からは歩いてくる小巻が見えるからだ。

 

 

「お前達を止める」

 

 

そして敵対の意。

 

 

「手塚くん、彼女は――ッ?」

 

「魔女ではないが、俺達の敵であるには変わりないようだ」

 

 

確かに斧を引きずって歩いてくる者が正常な訳は無いか。

須藤も頷くと、手塚と並び立ってデッキを構えた。そして同時に構えを取り、変身。

ほむらもまた魔法少女になると、小巻をジッと見つめる。

 

 

「……?」

 

 

記憶に靄が掛かっているような。

既視感。小巻の事を知っているような、知らないような。

なんだか気持ちが悪い。だがいずれにせよ戦わなければ。

ほむらは盾を構え、いつでも時間を止められる準備を整えた。

 

 

「暁美ほむら、お前さえいなければ――ッ!」

 

「ッ?」

 

 

小巻の柄を握り締める力が強くなった。

まずいか? ほむらは時間を停止し、静寂の世界に足を踏み入れる。

タイムベントのカードを持っているため、ライアも行動が許される。

 

 

「コイツ、魔獣にしては少し変だな」

 

「だけど敵である事には変わりないわ。始末するわよ」

 

 

ほむらは盾から爆弾を引き抜き、小巻の足元に設置しようと歩き出す。

一方、ライアは腕を組んで考え込む。

すると一つの情報が脳にフラッシュバックしてきた。

 

 

「待て、少しソイツと話をさせてほしい」

 

「ッ、どうして?」

 

「おそらくソイツは魔獣じゃない」

 

「え?」

 

 

少し迷ったが、このまま燻っていても砂を無駄に消費するだけだ。

それにほむら自身も小巻からは魔獣以外の何かを感じる。

だから盾を構えたままで時間停止を解除した。

すると小巻の斧についていた盾が消えたかと思うと、手塚達を中心にドーム状の結界が展開された。

 

 

「ッ、これは!」

 

「シールドね」

 

 

しかしドーム状のそれはライア達を囲んでいる。

まどかも使っていたが、どうやら攻撃を防ぐものではなく、ライア達を閉じ込めるためのものだろう。

しかし今、それはどうでもいい。ライアは小巻の名を呼んだ。

そう、名を呼んだのだ。

 

 

「アンタ、上臈小巻だろう!」

 

「!!」

 

 

小巻の表情が変わったのは一目瞭然だった。

 

 

「知り合いですか、手塚くん」

 

「知り合いの知り合いです。小巻、聞こえるか! 下宮が心配していたぞ!」

 

 

以前、下宮から話を聞いたが、そこで小巻の名前が挙がった。

魔獣側にいながらも唯一下宮と同じハーフの状態を保っていた少女がいたと。

下宮はまだ彼女には人間の心が残っていると説いた。

であるならば、話し合いで解決するのではないかと期待してしまう。

しかしライアの予想とは裏腹に、下宮の名前が出た途端、小巻の表情はさらに鬼気迫るものへ変化した。

 

 

「黙れェエエエ!!」

 

「!」

 

 

小巻が斧をその場で振るうと、ライアたちの視界がブラックアウトする。

一瞬ヒヤリとしたものだが、どうやらほむらが時間を止めたらしい。

そこで冷静になると、なんとなくだが状況がつかめた。

 

どうやら半透明のシールドが壁のように変化したようだ。

いわば巨大な岩で囲まれているようなもの。ほむらは時間を元に戻すと、盾の中からランタンを引っ張り出して明かりを灯す。

 

 

「便利だな」

 

「いろいろ入ってるわ。何かに使えるかと思って」

 

 

シザースもまた、自分がシールドの中に閉じ込められたと察したのだろう。

軽く手でシールドを触り、その触感や感覚を確かめてみる。

 

 

「彼女は怒っていましたね。しかし、何者ですか」

 

「俺にもまだハッキリとは。しかし味方と言う訳ではなさそうだ」

 

 

さて、困ったのはココからどうやって出ればいいかだ。

一番簡単なのはやはりこのシールドと言う檻を打ち破る事だろう。

ほむらは盾からハンドガンを取り出し、ためしにシールドを撃ってみる。

すると銃弾は強固なシールドに弾かれ、跳弾。ガンガンガンと円形のドームを弾きまわり、最終的にシザースの後頭部に直撃した。

 

 

「………」「………」「………」

 

 

え?

 

 

「い――ッ、つぅ!」

 

「あの、本当、あの、とにかく、あの、ごめんなさい」

 

「あ、いえ、はは、大丈夫大丈夫。ははは……!」

 

 

煙をあげている頭をさするシザースと、ペコペコと頭を下げるほむら。

自分に当たらなくて良かったと思いつつ、ライアはシールドの触感を確かめていた。

あの反射の仕方を見るに、どうやらそもそもリフレクト機能が存在しているような気がする。

すると銃声。ガンガンガンと音が響くと、今度はライアの後頭部に弾丸が直撃する。

 

 

「う゛ッ!」

 

「「あ」」

 

「………」「………」「………」

 

 

え?

 

 

「なんで撃った? 須藤の経験を踏まえた上で何故撃った? なんでさっき謝罪しておきながらまた撃ったんだ!!」

 

「いえ、あの、本当にごめんなさい。同じ場所に撃てば壊れるかと思って……」

 

 

肩を掴んで大きく揺らしてくるライアを見て、流石に自分に非があると思ったのか。ほむらは目を逸らしながら謝罪を行う。

しかし確かに言われてみれば――、である。

ほむらは強化した弾丸を二発同じ場所に撃ち込んだ。しかしその部分には銃弾が打ち込まれたと思われる痕すら残っていない。どうやらそれだけの強度があると言う事だ。

ライアもまたエビルバイザーで軽くシールドを殴ってみるが、傷一つつく様子はない。

 

 

「まいったな、問題は小巻がシールドの向こうで何をしてるか……?」

 

「なにか力でも溜められていては困りますね。それにこの空間、いずれ酸素もなくなるのでは?」

 

 

確かに密閉された空間だ。

ココに水でも流し込まれればそれだけで終わりの様な気もする。

 

 

「一応酸素ボンベもあるけれど……」

 

「そんな物まで入れてるのか……」

 

 

そこでハッとするシザース。

どうやら彼もまた騎士の『新仕様』は知っているらしい。

 

 

「暁美さん、その盾の中に鏡はありますか?」

 

「え? ええ、一応あるけれど」

 

 

盾をゴソゴソと漁るほむら。

どこにしまってあるのか分からないのか、お菓子やコロコロローラー、CDや枕などがこぼれていく。

 

 

「ドラえもんかお前は」

 

「王ドラ派よ私は。はい鏡」

 

 

手鏡をシザースに手を渡すほむら。そこで二人も意味を察したようだ。

 

 

「なるほどな」

 

「考えたわね、須藤」

 

「ええ、では、行きましょうか」

 

 

小巻の背中にシザースの蹴りが入ったのはそのすぐ後の事だった。

よろけ、振り返るとシザース達がいたものだから、小巻は驚きに染まった表情を浮かべていた。

 

 

「なッ! どうやって!」

 

 

正解は鏡である。

シールドの中で三人はミラーワールドに入ったのだ。

現実とミラーワールドはリンクするため、当然ミラーワールドでもはじめは小巻のシールドに閉じ込められている状態だった。

しかし現実と違ってそこに小巻はいない。

つまり魔力を供給するコアがいない状態なので、シールドは容易に破壊する事ができた。

 

設置タイプの場合だと危険だったが、どうやら小巻がシールドの強弱を設定できるらしい。

おそらく小巻の戦闘スタイルはシールドで相手を拘束した後、あの大きな斧でシールドごと相手を切り裂くものなのだろうと睨んだわけだ。

さて、そうやって脱出した後は適当な鏡を見つけて現実世界に戻ればいい。

そして小巻に不意打ちを仕掛けたわけである。

 

 

「小巻、お前も本当はコチラがいいんじゃないのか?」

 

 

気づけば、小巻の周りにライア達が控えている。

だが非常に厄介なシチュエーションではあった。

ライアとしては小巻は助けたいところだが、どうにも小巻側にその意思が感じられない。

 

囲まれている事で焦りを感じているのか、汗を浮べながらジットリと周りを睨んでいる。

そこからは警戒心と敵意がヒシヒシと感じられてきた。

とは言えほむらもシザースも、攻撃をしかける訳にはいかない。

すると再び斧を振るう小巻。自身の周りにシールドが発生し、さらにライアたちの背後地面から巨大な長方形の盾が伸びてくる。

 

 

「グッ! 小巻!」

 

「黙りなさい! 私は、私は――ッ!!」

 

 

再び息を呑む三人。

ココまで分かりやすいものか。ほむらは強烈な既視感を覚える。

ああ、何度も見てきた表情だ。苦しみ、悲しみ、それらを押し殺している表情がそこにはあった。

 

 

「私は生き残る!」

 

 

さらに光が迸ると、盾と盾の間に強力なエネルギーが発生。

青白い電流のようなそれは触れただけでダメージが入ると理解できる。

構成されたのはエネルギーに囲まれたプロレスのリング。

小巻はその中で、ただひたすらにほむら達を睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

そして、真司。

 

 

「お前は……」

 

 

少し焦ったような表情をまどかと真司は浮べていた。

そしてその背後にはマミ。それを見て、三人の前方にいるアシナガはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 

「はじめまして。ボクはアシナガ」

 

 

ポケットに手を突っ込み、アシナガは笑みを保ったままで真司達を見ている。

一見すれば普通の少年に見えるが、すぐにその考えは捨てられる。

 

 

「二人に話があるんだ。城戸真司、鹿目まどか」

 

 

指を鳴らすアシナガ。

するとマミの後方に従者が二体出現する。

すぐに反応するマミ、そちらの方に銃を向けてすかさず発砲。

しかしいざ弾丸が着弾すると言う所で、従者の前に赤い蜘蛛の巣が広がった。

 

 

「え!?」

 

 

正確には蜘蛛の巣型のシールド。

アシナガはマミの弾丸を弾くと、薄ら笑いを浮べたまま真司を指差す。

 

 

「どうする? 巴マミを巻き込んでもいいけれど」

 

「お前ッ!」

 

「ボクとしては無駄な犠牲は出したくない。幻想の命とて、重さを決めるのは天上の神々だ」

 

 

それは二つの意味を持つ言葉だった。真司に対して、そしてマミに対して。

アシナガが再び指を鳴らすと、シールドの向こうにいた従者達が背を向けて移動を開始する。

マズイ。あのままだと一般人の方へ向かう可能性がある。

それを察したマミは地面を蹴って従者達を追いかけた。

 

 

「良く分からないけど、コッチは任せて!」

 

「マミさん! でも――ッ!」

 

「私は大丈夫! 前にあのタイプには勝ったから!」

 

 

確かにその通りだ。そして何よりも目の前に魔獣がいる。

それが真司とまどかに焦りを齎した。結果、既に真司達の目にはアシナガしか映っていなかった。

なによりシュピンネの例がある。魔獣は一体ずつ正面から攻めてくると言う先入観。

 

 

「フッ、場所を移そうか」

 

 

だから、真司達はアシナガに誘導されてしまう。

そしてタイムラグもあった。マミが従者を倒す間までは何も無かったからだ。

 

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 

巨大な弾丸は、従者が放つレーザーをかき消しながら着弾し、爆散させる。

そこまでは昨日と同じだった。しかし今回はそれだけでは終わらない。

そういう物だ。そう仕組んだのだから。

 

 

「よぉ、はじめまして巴マミ」

 

「え?」

 

 

振り返ったマミの前には、タバコを吹かしている女性が立っていた。

その足元には暗闇の魔女ズライカが。

どうやら暗闇の力は気配を消す事にも使えるらしい。

 

 

「アタシはアルケニー。ヨロシク」

 

 

アルケニーはニヤリと笑ってタバコを地面へ投げ捨てた。

 

 

「お前を殺しに来た」

 

「え? え……?」

 

「間抜けだよなぁ、クハハ! アイツ等こんなんで大丈夫かよ? ええオイ? 簡単すぎる」

 

「あ、あなた何を言って――。魔法少女なの?」

 

「おいおい、お前らみたいな屑と一緒とするなよ」

 

「!?」

 

 

アルケニーの体が光ったかと思うと、その姿が『ディスパイダー』へと変身する。

二本の足でマミの方を目指すディスパイダー。マミは喉を鳴らして、後ろへ後退していく。

言葉を話す魔女は珍しいものではないが、ココまでハッキリと自己主張をするタイプは珍しい。

そう、まさに魔法少女と何も変わらないじゃないか。

 

とは言え、ディスパイダーは分かりやすく殺意を持って近づいてきている。

マミとしても抵抗しないわけにはいかない。『脅し』の意味を含めて、銃口をディスパイダーへ向ける。

 

 

「止まりなさい!」

 

「来いよ、アタシを殺して見せろ、巴マミ」

 

「う、撃つわよ!」

 

「どうぞ、ご自由に。アタシもアンタを殺しに来たんだ。抵抗の一つでも無いとツマラネェ」

 

 

焦りと不安がマミの心に宿る。明らかに出会った事の無い敵だ。

しかし向こうは『殺る気』、マミは仕方なく、まずは威嚇射撃にと足に向かって一発銃弾を放った。

しかし残像。それはあまりにも一瞬の出来事だった。マミが撃った弾丸が文字通り『消えた』のだ。

消失の理由が分からず、汗を浮べながら後退していくマミ。

一方でディスパイダーの笑い声が辺りには響く。

 

注目してほしいのはその手だ。

ガントレットの下に人間と同じ五本の指があるが、指に摘んでいたのは先ほどマミが撃った弾丸であった。

ディスパイダーはそれをマミに見せ付けると、気だるそうに首を回しながら、その弾丸を投げ捨てる。

つまりなんだ、ディスパイダーは飛んできた弾丸を掴み取ったという事だ。

 

 

「流石は女神の元師匠なだけはあるが――、アタシには通用しない!」

 

「な、何を言って――」

 

「コッチの話だ。どうせ死ぬお前には関係ない話さ!」

 

 

ディスパイダーは地面を蹴り、移動方法を歩きから走りに切り替えた。

威圧感。殺気。恐怖。いずれもマミの背中に張り付く負の感情だ。

それを振り払う様にマミは大量のマスケット銃を召喚すると、地面に刺した順から発砲していく。

今度は無数の弾丸。ディスパイダーは手を前に突き出すと、蜘蛛の巣のシールドを展開、それらは銃弾を止め、無効化していく。

 

 

「あなたは何者なの!? どうしてこんな事ッ、どうして私を狙って――!」

 

「決まってんだろぉ?」

 

 

気づけばディスパイダーはマミの眼前に迫っていた。

反射的に蹴りを繰り出す事で抵抗を示すマミ。咄嗟の事とは言え、リボンを足に巻きつかせて蹴りの力を上げる魔法、『オーロ・カルチョ』を発動していた辺りは、流石ベテラン魔法少女というべきだろうか。

だがその黄金の美脚はディスパイダーの左手によって掴まれていた。

先程の銃撃同様、ディスパイダーはしっかりと反応していたのだ。

 

そして右手がマミの首に伸びる。

気づけば背後には既に建物の壁があった。

どうやらそれだけマミが後退していたようだ。

首を掴まれ、マミは壁に強く押し付けられる。

 

 

「か――ッ」

 

 

首が絞まる。

通常の人間ならばとっくに喉を潰され、首の骨を折られている力である。

 

 

「お前らが気に入らないんだよ。下等なサルが、支配者気取りか? 反吐が出る!」

 

 

ディスパイダーは顎を開き、牙を光らせる。

魔獣にも性格があるわけだが、ディスパイダーはシュピンネの様に対象をなぶり殺しにする気は無い。

攻めるときは慎重だが、対象はさっさと殺した方が良いと思っている。

現に無駄に時間をかけたせいでシュピンネはチャンスを逃したとも思っていた。

 

 

「死ね、巴マミ」

 

 

まだソウルジェムの仕組みを知らないマミならば、喉元を食い破ればおそらく死んだと錯覚するだろう。

そうすれば実際に死んでいるとソウルジェムが認識し、体の機能も停止する。

後はソウルジェムを砕けば終わりだ。

 

しかしココで銃声。

腹部に激しい衝撃を感じて、ディスパイダーは強制的に後退していく。

見えたのは煙を上げる腹部と、小型の銃を構えているマミだった。

 

 

「なるほど、そう言えば銃の大きさは自由に変えられたな」

 

「フフッ、油断――ッ、したわね。げほっ! かはっ!」

 

 

かろうじてマミは笑みを浮かべる事ができた。

なぜディスパイダーが自分たちの事を知っているのかが分からない恐怖。

それを振り払うにはとにかく勝つしかない。マミは地面に手を押し当て、ソウルジェムを光らせた。

 

 

「レガーレ・ヴァスタアリア!」

 

 

地面を突き破ってディスパイダーの周囲に無数の黄色いリボンが出現していく。

一つ一つがマミの意思に反応し、まるで龍の様に動きをしならせて次々にディスパイダーの体に巻きついていく。

抵抗を試みるが、マミは素早く銃を発砲してディスパイダーを怯ませると、一瞬の内にがんじがらめにしてみせた。

そして最後にとびきり太いリボンがディスパイダーの腰に絡みつき、中心に鍵を生成する。

いつだったか、暁美ほむらを拘束した魔法であった。

 

 

「チッ! 動けネェ!!」

 

 

抵抗は試みるが、マミの拘束魔法は本物だ。

ディスパイダーの力をもってしても簡単には抜け出せない。

 

 

「終わりね……!」

 

 

銃口をはさんで眼光がぶつかり合う。

正体不明の敵を前にするのはマミとしても気分が悪いものだった。

一刻も早く決着をつけたいが、その前に色々とやる事がある。

 

まず一つ目は仲間を呼ぶことだ。

マミの本能がディスパイダーの危険性を知らせている。

今は一人でなんとかなっているが、油断はできない。

だからテレパシーを使い、まどか達に危険を知らせようとするが――

 

 

『■■■■■■』

 

 

一瞬、間。

 

 

「!?」

 

 

マミの表情がまた余裕の無いものへと変わった。

喉を押さえてパクパクと口を開く。声は出る。

が、しかし、なんとテレパシーが使えなくなっていた。

そんな馬鹿な、マミは再びまどか達へ声をかける。

 

 

『■■■■■』

 

 

しかしダメだ。

まるで言葉が闇に染まったように、黒に塗りつぶされてしまう。

 

 

「クハハハ! ズライカ、お前の力は便利だなぁ」

 

「え? まさか――ッ」

 

 

ディスパイダーの隣にある闇の塊。

暗闇の魔女ズライカの力が発揮されていると言う事なのだろう。

闇の力は言葉を塗りつぶし、情報の伝達を拒んでみせる。

ましてや、仮に助けを呼んだところで誰もこない。ディスパイダーはそのためにアシナガと小巻を使ったのだから。

 

 

「貴女、魔女を使役できるの!?」

 

 

それにしたとて、おかしな点が多い。

ズライカの力は本来魔法少女の仕様にまで組みこんでくる妨害機構。

確かに暗闇の魔女と言う称号ならば、文字を塗りつぶす事はおかしくないとも言えるが、それにしたってこんな魔法少女をピンポイントで狙うような力があるものなのだろうか。

 

 

「ッ!?」

 

 

するとマミは見た。

ズライカが立っている部分が黒く淀んでおり、その中から青白い顔の子供がチラリと姿を見せた。

 

 

「ヒッ!」

 

 

思わず声が出る。

人間の容姿をしているが、やはりその姿は人間ではない程に不気味であった。

赤い目はギョロリとマミを睨んでおり、むき出した歯は鋭利に尖っている。

 

クララドールズ、『オクビョウ』。

黒のブレザーにネクタイ、スカート、そして鳥の巣の様なフンワリとウェーブ掛かった髪が特徴的だった。

 

かつては一人の魔女の使い魔だったが、その負が魔獣と共鳴し、現在はギアの忠実なる(しもべ)である。

それだけではなく魔獣の力も与えられ、一体一体が『色つき』を上回る力を秘めているのだ。

つまり魔獣の仲間。魔法少女達の敵である。

 

 

「ギハハハハッ! ハハッハ!!」

 

 

ケタケタと笑い声を上げるオクビョウ。どうやらマミの怯えた顔がツボに入ったらしい。

 

 

「と、トモエマミ! トモエマミ! モウスグ、シヌ! し、シヌ!」

 

「な、なんなのよ!」

 

 

銃を握る力を強めるマミ。

一方で縛られ、不利になっている筈のディスパイダーもまたケタケタと笑っていた。

 

 

「おソラへツれてイかれては、う、う、ウ、ウサギのクビもハねられない!」

 

 

この人形どもは、魔法という力で完全な回帰を実現する。

オクビョウの力は魔女の強化である。ズライカがテレパシーの妨害と言う能力を発揮できたのも、オクビョウが寄生と言う形で力を与えているからだ。

 

 

「魔女つっても、流石は元魔法少女なだけはある。力さえ与えれば、参加者並の活躍はしてくれるってね。まあ現に、ユウリのヤツもシズルを強化して杏子のやつをブッ殺してたしな」

 

 

そこで、空気が凍った。

マミは動きを止め、目を見開く。

 

 

「え?」

 

「あ?」

 

「今、なんて――」

 

「………」

 

 

瞬間、ディスパイダーは全てを察した。

笑う。笑う。声を上げて大笑い。その楽しそうな様子にオクビョウも釣られて声をあげ、ズライカも楽しそうに笑った。

濁り濁った狂笑のハーモニー。その中でただ一人、マミだけが引きつった表情で青ざめていた。

 

 

「ギャハハ! 知らないか巴マミぃ! まあそうか、そりゃそうだよな!」

 

「な、何を言ってッ! それにさっきのは何!?」

 

「そりゃそうだ、そりゃそうだ。クソメンタルの巴ちゃんには耐えられないよな! 現にお前が狂った時には魔女化の話が多く絡んでたもんな! ギャハハ!」

 

 

覚えている。ディスパイダーは覚えてる。

あれだけ慕っていた杏子を殺し、発狂したあげくに優しいまどかちゃまにスナイパー。

それだけじゃない、ループの中じゃ決戦前に自分のジェムを砕いた事もあったっけ?

 

 

「救えなかった子供に縛られて魔女化した事もあったっけ? クカカカカ!!」

 

「だからッ! なんの話をしてるのよ!!」

 

 

怒号が上がる。マミの表情からは完全に余裕が消えていた。

食い入るような視線を感じ、より一層ディスパイダーは笑みを深くする。

付け入る隙が分かりやすい。マミは確かに強い、メンタルだって一見すれば強い。

しかしあくまでも強がっているだけにしか過ぎない。硬い殻さえ一度破れれば、崩壊の時はすぐそこだ。

 

 

「だからよォオ! お前ら魔法少女が魔女になるって話だよ! 知らないの? 知らないよねぇ! ギャハハ!」

 

「う、嘘――ッ! 嘘よ!!」

 

「さあ? どうだか!」

 

 

混乱するマミ。

やはりディスパイダーは異常だ。

魔女らしくない事に加え、魔女を支配下に置いている。

こんな馬鹿なことはありえない、マミの表情がどんどんと険しくなる。

そしてオクビョウと言う謎の存在、それに聞かされた歪な情報。

ああ、気持ちが悪い。

 

 

「どうした? 笑みが消えてるよ、巴マミッ!」

 

 

そして、ディスパイダーはアクションを起こす。

口を開いたかと思うと、そこから強靭な糸を発射する。

らせん状に絡ませた糸はまさにロープ。鞭の様なそれに、マミは反射的に回避を選択する。

 

マミの反射神経、そしてスピードは迫る糸を簡単に回避してみせた。

しかし今の精神状態。マミの心臓は爆発しそうに音を立てていた。

何よりも不安。一刻も早く決着をつけなければならないと言う強迫観念。

気づけば、マミは巨大な大砲を出現させていた。

 

 

「ティロ――」

 

 

そこで、気づく。

 

 

「え?」

 

 

違和感。抵抗感。熱、熱、熱。

大きな音がした。ティロフィナーレに使うための大砲が地面に落ちたのだ。

なぜ? 決まっている。それを支える物が消えたからだ。

 

 

「え?」

 

 

再び放つ疑問の声。

それは先ほどとは違い、震え、焦り、そしてその表情はより青ざめている。

 

 

「―――」

 

 

歪む、歪む、マミの美しい顔が恐怖で醜く歪んでいく。

見開いた目からは涙がこぼれた。歯がカチカチと音を立てる。

マミの視線の先、そこには切断されたマミの右腕が転がっていた。

 

 

「な、なん――」

 

 

フラフラと後ろに下がるマミ。すると眩しい太ももから血が吹き出した。

胴体から血が滲み出る。そして激しい熱。思わず笑い声が出た。

それだけ意味が分からなかったからだ。なぜならば次は左腕が切断され、地面に落ちたから。

 

その時、自分(マミ)ですら聞いた事の無い絶叫が口から放たれた。

掠れ、濁った叫びは恐怖から搾り出されたものに間違いない。

マミは自分の両腕が簡単に無くなった事の恐怖と、断面から流れ出る血、そして痛みに心がズタズタにされていく感覚を覚えた。

 

 

「ハハハハ! 痛みは分かりやすい。さあ恐怖しろ、絶望に沈めッ、巴マミ!!」

 

 

ディスパイダーが力を込めるとリボンの拘束は簡単に引きちぎられる。

それだけじゃない、メキメキと音を立てて変質していくディスパイダーの鎧。

ガントレットがクロウに変質し、下半身が人の形を失っていく。

上半身は相変わらず人型ではあるが、下半身は八本の足が並ぶ巨大な蜘蛛の物になっていた。

 

 

沈黙の切り裂き魔(サイレント・リッパー)。どうだい、気に入ってもらえたか?」

 

 

ディスパイダーは既にフィールドへ自身の糸を張り巡らせていたのだ。

細い糸は周囲に同化し、マミの目には映らなかった。

張り巡らされていた糸は強靭なワイヤーと何も代わり無い。

いや、むしろ一本一本が鋭利な刃として機能するに十分だった。そしてマミは自ら移動する事でそのカッターに触れてしまったのだ。

 

魔法少女は騎士よりも脆い。結果として、マミの全身からは出血が。そして両腕は地面に落ちる。

へたり込むマミ。涙と鼻水でグシャグシャになった顔で見上げたのは、巨大なシルエットとなったディスパイダーであった。

 

 

「可哀想だなぁ、巴マミ。腕がなければ大好きなケーキも紅茶も食べられない。戦士としても欠落しちまったな。クハハハ!!」

 

「ァ! うァ! ひっく――ッッ! 手が、私の腕がッ、無くなっちゃ――ッ!」

 

 

濁る、歪む、マミのソウルジェムが汚く淀んでいくのが分かった。

マミはまだソウルジェムの仕組みが分からない。

切断された腕はもう戻らないと理解してしまう。それが混乱、恐怖、悲しみを増大させていくのだ。

 

 

「フフフ! 安心しろよ。言っただろ? アタシはスマートなんだ」

 

 

他の魔獣ならばもっとマミを痛めつけるだろう。

もしくは魔女にする為により絶望を高めようとする筈だ。

 

だがディスパイダーは慎重だった。

シュピンネの敗北は決して奇跡の産物ではないと思っているからだ。

ディスパイダーもまた騎士や魔法少女を見下しているものの、その実力が全く通用しない物とも思ってはいない。

 

油断すれば、それだけチャンスを向こうに与えることとなる。

今はただ、分岐点の破壊を重視するべきだ。

マミさえ崩れれば後は一気に崩壊が進む。

 

 

「死の向こう側で絶望し、闇へ消えれば、お前の価値は証明される」

 

「あ――」

 

「もう決めてあるんだ。この脚でお前の頭を潰し、そしてソウルジェムを破壊する!」

 

 

マミはガタガタと震えながら、なんとかして『生きる』ため、悪あがきを行う。

空中にマスケット銃を留まらせ発砲。リボンを脳波で操作し攻撃を仕掛ける。

しかしその二つはいずれもディスパイダーが振るった腕に弾かれ、簡単に無効化された。

仕方ない。その攻撃には欠片とて魔力が篭っていなかったからだ。

ソウルジェムから供給される心のエネルギーは感情や意思に左右されるもの。

今の不安定さでは、結局なんの意味もなさない。

 

 

「お前はいつもそうだ。震え、怯え、オクビョウなままで死んでいく!」

 

「だ、誰か――ッ、助け――!」

 

「無駄だ、誰も来ない。そうしてある」

 

 

今頃まどか達はディスパイダーの仲間たちに足止めされているのだから。

 

 

「人間は常に一人!」

 

 

これこそがあるべき姿だとディスパイダーは説いた。

どれだけ群れようとも孤独のままに死んでいく。哀れな生き物だ。

ディスパイダーはマミの眼前に立つと、鋭利な脚を振り上げて断末魔を上げるマミの頭を踏み潰した。

 

一瞬だった。

脚を引き抜くディスパイダー。

いつもは可愛らしい笑みを浮かべていたマミの顔は、今はザクロの様にはじけている。

 

 

「フッ、余裕だったな」

 

 

だが、刹那、マミの体がファンシーな音をあげて弾ける。

 

 

「ッ!?」

 

 

ポン☆ と言う音がもたらしたのは変化だった。

先ほどまでマミがへたり込んでいた場所にあったのは、マミの形をした『ぬいぐるみ』だった。

そのぬいぐるみも頭が潰れており、逆に言えば、まるで先ほど頭を潰されたマミがぬいぐるみだったとも言える光景だった。

 

 

「なん――ッ!?」

 

 

理解、判断。一瞬だった。

ディスパイダーは体から大量の糸を発射。周囲三百六十度に拡散させる。すると手ごたえ、捕らえたのは『虚空』だった。

 

 

「そういう事かよ、神那ニコ!!」

 

「グッ!!」

 

 

ディスパイダーが糸を引くと、簡単にニコの体は宙に浮き上がり、そのままディスパイダーの頭上を超えて転がっていく。

地面に叩きつけられた際の衝撃とダメージで虚空が歪み、ニコのシルエットを形成していく。

 

 

「いッてぇ……」

 

「やられたよ、まさかアンタが隠れてたとはな。とんだストーカー女だ」

 

「あぁあぁ、趣味と監視ぃい……!」

 

 

背中を押さえて咳き込むニコ。

レジーナアイでマミが一人になった事を確認したニコは嫌な予感を感じてココまで来た。

そうしたらばコレだ。ニコはベルデの力で透明化し、さらにマミを引き寄せて透明化させた後、ぬいぐるみをマミに再構成させて摩り替えた。

一瞬でそこまでを行ったはいいが、一番大事な『逃げる』前にディスパイダーに見つかってしまったのだから厄介この上ない。

 

引き剥がされた向こうでは、相変わらず腕を失ったマミが恐怖に震えている。

どうやら腕を切られる前には助けにいけなかったようだ。

いや、正確にはニコはその前にはたどり着いていたのだが、助けるタイミングが無かった。正直、今もそれは思っている。

 

 

(やッべえ、逃げてー……!)

 

 

一つ、大きな問題がある。

それは何より、ニコが助けに行ったところで何ができるのか、だ。

自分でも理解できるほど、ニコは弱い。対魔法少女ならばソウルジェムを一撃で抜き取るトッコデルマーレがあるものの、対魔獣においてはもちろん何の意味もなさない。

 

 

「レンデレ・オ・ロンペルロ!」

 

 

バール型のステッキから発射されるのは、魔力を再生成して攻撃エネルギーに変えるニコの最強魔法。

しかしディスパイダーは脚を振るうだけでかき消した。

 

 

「……マジかよ」

 

「引っ込んでろ! お前も後で八つ裂きにしてやる!」

 

 

そして衝撃、ディスパイダーの胸部から無数の針が発射され、ニコの全身に突き刺さっていく。

 

 

「んが――ッ!」

 

 

血が吹き出る。

脚や肩に刺さった針はニコの体を貫通しており、その衝撃で地面に倒れた。

一方悲鳴を上げるマミ、そこへディスパイダーが近づいていく。

 

あ、終わった。

ニコは思う。そもそもこのままであればマミが死んだ後に、自分も死ぬはず。

どうする? どうすればいい? バイオグリーザを呼ぶ? いや、呼んだ所でどうする?

 

バイオグリーザも力に特化したミラーモンスターではない。

ディスパイダーから正面に挑んで勝てるわけが無い。

マミだけを連れて逃げるならまだしも。

じゃあニコ自身はどうすればいいのか、である。

 

 

(ああもう、マジかよ。つうか、アレだろ、自分一番だろ。だったらもうマミとかどうでもよくね?)

 

 

考えても見ればマミを助ける義理も無い。

そりゃ全員生存が一番だが、最優先するべきは自分の命だ。

まどかや真司やならばともかく、ニコはまだそこまで馬鹿にはなれない。

 

 

(そう、そう。考えてもみれば前回のゲームじゃ一番最初に死んだヤツだろ。ぶっちゃけいてもいなくても変わらんだろ!)

 

 

だいたいなんだって人のために頑張らないといけないんだ。

そもそもマミの怯え方を見るにソウルジェムが相当濁っていると見て間違いない。

あいにく持ち合わせのグリーフシードは無い。つまり仮にディスパイダーをなんとかしても、マミはいずれにせよ終わりと言う訳だ。

 

 

(やっぱり参戦派の方が楽なんじゃねーの? ああ、もう、やっぱここはマミを見捨てるのが一番だわ。決めた、ニコちゃんは逃げよう)

 

 

ディスパイダーは今、マミに集中している。今透明化して逃げれば確実にイケる。

決めた、そうしよう。マミを見捨てよう。ニコは立ち上がり、ディパイダーから距離をとろうと試みる。

 

 

「……いやッ」

 

 

しかし、足を止めた。

 

 

「や、いや、や、やややや」

 

 

ダメだ。ニコは切に思う。

 

 

「ダメだ、ダメだろそりゃ、普通。駄目に決まってる。なにやってんだ私は」

 

 

そんなの『前』と何も変わらないじゃないか。

何のために時間を巻き戻した、何のためにまどかの味方になるといった。

 

 

「なんのために――、生きてる。生きようとしてる? なあ、そうだろ、私」

 

 

肩に突き刺さった針を抜き取るニコ。

 

 

「ナメてんじゃねぇ、クソが」

 

 

再生成。

針を閃光弾に変えたニコは思い切りそれを上空へシュート。

弾けて光が溢れると、ディスパイダーの動きが鈍った。

 

 

「Bダッシュ!!」

 

 

その隙に走るニコ。

ゴーグルをかければ光の中でもクリアな視界で移動できる。

そして光が晴れると、ディスパイダーの前にはマミを庇うニコが映った。

 

 

「おい、落ち着け巴マミ、怯えてても何にもならんだろ」

 

「あ、あ――ッ」

 

 

そうは言うが、パニック状態になっているマミはただ呻き声をあげ、涙を流して震えるしかできない。

笑い声が聞こえる。ディスパイダーはニコもよく見ていた。

だから知っている。庇う事の意味の無さを。

 

 

「ナメるんじゃない。クソガキが」

 

「発言ブーメランいただきました。困るね、コリャ」

 

「理解できないな。お前が来た所で何にもできないだろうに」

 

「試してみるか? ニコちゃんの切り札、食らいたいなら食らわせてやるよ」

 

「クハハハ! やってみろよ、前回までのゲームでお前の手の内は大体分かってる」

 

 

再生成は巨大なものになればそれだけ時間も掛かる。そして周りには今、何も無い。

 

 

「それは――、まいったね」

 

「馬鹿なヤツだ。今は逃げれば良かったものを」

 

「確かにそうだが……、それじゃあ私のココロが納得できない」

 

「理解できないねぇ。まあいい、どうせお前らを全員殺す事がアタシらの狙いんだからさァア!!」

 

 

脚を振り上げたディスパイダー。

流石にヤバイ。ニコはあえて笑みを浮かべ、マミに覆いかぶさる様にして目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「――ッ?」

 

 

まどかが異変に気づいたのはすぐだった。

アシナガに誘導される中、まどかは始めアシナガだけに集中していた。

しかしこのシチュエーションには覚えがあった。デジャブ、ではなく、実際に同じような事が先日もあったからだ。

 

マミだけが一人になる。

偶然か? いや、何か違和感がある。

しかしアシナガも魔獣と分かっている以上、無視はできない。

だからまどかは他の仲間に助けを求めるべく、テレパシーを使用する。

が、しかし――

 

 

『ごめん、まどか! ちょっとコッチ、都合悪くてさ!』

 

 

さやか達は魔女と交戦中。

 

 

『上臈小巻がいたわ。手塚が仲間にしようと頑張ってるけれど、おそらく無理ね』

 

 

ほむら達も魔獣一派と交戦中であると。

仕方ない、マミに無事を確かめようとした時だ。

 

 

『マミさん、大丈夫ですか――?』

 

 

しかし、反応が無い。

瞬間、まどかの表情が変わった。

 

 

「し、真司さん――ッ! これっ、たぶん罠かも!」

 

「え?」

 

「………」

 

 

アシナガの笑みが崩れることは無い。

まどかは不安げに表情を歪めると、アシナガを睨んだ。

すると腕時計を確認するアシナガ。

 

 

「アルケニーの力なら、今から向かっても間に合わないだろうね」

 

「ッッ!!」

 

 

まどかは光の翼を広げると目を見開き、飛翔する。

 

 

「真司さん!」

 

「ああ! 行ってくれ! まどかちゃん!!」

 

「うんッ、ごめん!!」

 

 

まどかは猛スピードでマミの下へ飛んでいく。

一方で拳を握り締めアシナガを睨みつける真司。

 

 

「お前ッ、騙したのか!!」

 

「ハハッ! まあでも、ボクを放置はできないよね。それを利用させてもらっただけにしか過ぎない。騙したといえばそうだけど、いつも真実は雲の中さ」

 

 

アシナガは嘘を言った覚えは無い。

無駄な犠牲は出したくないと言うのは本心だ。

悪戯に他人の命を奪うつもりはなかった。

 

 

「巴マミの命さえ頂ければ、ボクらはそれでいいんだよ。創生は欠片の命を贄として新たなる息吹を齎す」

 

「お前――ッ!」

 

「馬鹿だなキミは。でも信じるとはそう言う事だ」

 

 

アシナガの体が赤く発光すると、溶ける様に人間の姿が崩壊していき、中からその正体、『ソロスパイダー』が姿を現す。

ディスパイダーとほぼ同じ姿だが、腕の爪は長く、体は緑色である。

 

 

「その気持ちは簡単に裏切られ、利用される。人の価値は人自身が黒く塗りつぶす」

 

 

ソロスパイダーはどこからとも無く携帯電話を取り出す。

アシナガ時に使っているものだろう。右腕が怪人体から人間体に戻ると、器用にスワイプ動作を行い、一つのページを表示させた。

 

 

「残念なお知らせだよ、龍騎」

 

「ッ!」

 

「アルケニーが傷つけた男性が、先ほど病院で亡くなったらしい」

 

「なッ!」

 

 

顔面の骨が粉々になっていただけではなく、部分部分も開放骨折しており、臓器を傷つけていたようだ。手術むなしく、男性は先ほど亡くなったとネットニュースで報道されている。

 

 

「悪魔のルーレットに選ばれてしまった様だ、気の毒にね」

 

「――ッ、ふざけんなよッ!! 何がルーレットだ、お前らがやったんだろ!」

 

「おやおや。怖い怖い。それにしても、フフ、人とは簡単に死ぬね。モブキャラなんだから仕方ないのかな。フフフ」

 

「お前ッ! 変身!!」

 

 

真司は龍騎に変身すると有無を言わさずソロスパイダーへ殴りかかる。

しかし敵は器用に体を反らして龍騎の拳を回避すると、そのクローを振るい、龍騎の胴に斬撃を刻みつけた。

 

 

「グッ!」

 

「ボクはキミと戦うつもりはない。ただ対話がしたいのさ」

 

 

人の世には罪が溢れている。

 

 

「窃盗や放火、強盗や不倫、略奪や暴行、そして殺人!」

 

「ぐッ! がッ! ずぁあ!」

 

 

罪が一つ口にされるたび、ソロスパイダーのクローが龍騎に刻まれていった。

 

 

「まだあるね、誘拐、詐欺、強姦、恐喝、飲酒運転や横領、まだある。まだまだあるだろう?」

 

「ぐぅううッ!」

 

「人は罪を抱けば裁きが待っている。人間が定めた法の果て、死刑があるように、相応の罪には相応の罰が待っている」

 

 

罪を生むのは人だ。

ならば『人』としてみれば、人間はあまりにも多くの罪を抱きすぎた。

であれば、人は皆、裁かれる資格を持っている。なおかつ、その罪の大きさは『死』で裁かれるだけの存在であると。

 

 

「人は皆、死刑になるべき資格を持っている。アルケニーによって殺された男も、きっと誰かを傷つけ、世界を黒に染めていく要因の一つだ。彼だけじゃない、寿命、病、事故、災害、故意、いずれにせよ死んだ人間は、神に裁かれたのだとボクは考えている」

 

 

つまりソロスパイダーの言い分はこうだ。

いついかなる場合であったとしても、死んだ人間は罪を犯したから神に裁かれたと。

 

 

「何言ってんだよッ! 殺す理由を正当化する気かよ!!」

 

「正当化ではなく、正当なのさ。ボクはキミとは違い、人を個ではなく種として、一つの存在と見ている」

 

 

だからこそ個を尊重しようとしている真司が理解できない。

 

 

「キミは人を殺したアルケニーに怒りを覚えた。しかし、コレを見てほしい」

 

 

デッキからカードを抜き取ろうとした龍騎へ、ソロスパイダーは赤い蜘蛛の巣を発射した。

粘着性のある糸に龍騎の手が拘束され、デッキに張り付けられる。

一方で目を光らせたソロスパイダー。プロジェクターの様に空へ映像が映しだされる。

そのメインはマミと須藤だった。映像の内容は簡単に言えば、二人が他者を傷つけようとしているものだ。

その中には龍騎の記憶に無いものもあった。シザースに攻撃されている光景だ。

 

 

「彼らもまた、度重なる時間軸の中で人の命を奪った。アルケニーと何が違う?」

 

「ッ、それは――」

 

「裁かれる意味のある存在なんだ。奴らも罪人、そんな存在をキミは助けると言うのか、世界に残すと言うのか。ボクには理解ができない」

 

 

さらに映像が切り替わる。

須藤のものだ。思わずソロスパイダーは笑みを零す。

あまりにもその内容は滑稽で、愚かに思えたからだ。

 

 

「見ろ、須藤は死体を壁の中に隠そうとしている。ははは、死体隠蔽。なんてヤツだ」

 

「………」

 

「それにボルキャンサーに人を襲わせ、強化を施している。罪深いぞ、何人死んだ?」

 

 

つまり、マミも須藤も魔獣と同じ『黒』を心に抱えている事は変わりない。

そんな存在を世界に残せば、いずれ世界は黒に侵食されていく。

それは想像に難しくない話だった。

 

 

「お前もそう言った意味では同じだ。力があるからこそ、世界には争いが生まれる。お前は世界融合の前、確かに戦いを終わらせた。しかし今、お前達はココに立っている。結局世界は巡り、廻る。そして争いを生み出す」

 

 

ソロスパイダーは、世界のリセットボタンを押すべきだと強く説く。

全ての存在を無に還すには、魔獣のあり方は悪くない。少なくとも人間がこのまま世界を支配するよりは遥かに良いと。

 

 

「巴マミも須藤雅史も、助けた所で殺人者。助ける価値はない」

 

「まだこの世界じゃ二人は誰も殺してない! それに、お前らがそう仕向けたからだろ!」

 

「確かにキミの言う事は分かる。あの二人はまだこの時間軸では誰も殺して無いし、そもそも二人の殺意が解放されるのはボク等魔獣が演出したからでもある」

 

 

しかし殺した事は事実だ。

殺すまでに『人が変わる』事も事実だ。

なによりも中には、魔獣が関わらない殺意も存在している。

 

 

「なぜ法がある? 何故警察がある? 人は黒を抱く生き物であり、人を傷つける生き物だからだ」

 

 

そして力があるマミ達はそれだけ多くの命を奪える。

 

 

「魔獣を倒したいと言うだけならば理解できるが、参加者全員を生存させることは世界におけるリスクを作る事に他ならない。鹿目まどかの様な人間ならばまだしも、巴や須藤の様な性格変化リスクのある者を生き残らせるなど、ボクには馬鹿のやることにしか思えないんだよなぁ」

 

「――ぅ」

 

「正義の味方気取りは結構だが、世界のためにはならない」

 

「……いや、違う」

 

「え?」

 

「マミちゃんは優しい子だ。須藤さんだって、刑事として、ちゃんと世の中を良くしてくれてる」

 

「馬鹿な事を……。すぐに狂い、傷つけ合うのに!!」

 

 

ソロスパイダーは映像を切り、走り出す。

爪を構え、立ち上がろうとしている龍騎を狙った。

 

 

「黒を抱える人間がいるから、世界は腐敗していくんだ!」

 

「違うッ!!」

 

 

その時だった。

立ち上がった龍騎は蜘蛛の巣を引きちぎり、拳を構えると、向かってきたソロスパイダーの胴体に渾身のストレートを打ち込んでみせる。

うめき声を上げて後退していくソロスパイダー。腹部を押さえ、激しく咳き込んでいた。

 

 

「ば、馬鹿な! ボクの糸が!」

 

「今、改めて思った。俺達は必ず生き残る!」

 

「何……ッ!?」

 

「確かに、俺達は不完全だ」

 

 

 

真司だって些細な事で怒りを覚えるし、嫌いな人間だっている。

正直に言えば浅倉や芝浦は嫌いだ。だが、それでも、死んでも良いとは思っていない。

それに須藤の映像を見て思った。真司の知っている須藤の中には、優しい須藤もいたことを。

 

 

「ほむらちゃんだって、杏子ちゃんは優しかったって言ってた」

 

「ッ、何の話かな?」

 

「きっとある筈なんだ。みんなが友達――、とまではいかなくても、皆で助け合えたり、笑い合えたりする世界が!」

 

 

それが願いだ。正義とか悪とかじゃない、純粋な欲望。

確かに黒を背負う時はある。だがしかし、優しさだって抱く事ができるのが人間だ。

生きていれば闇に染まる時はあるだろう。それは仕方ない、自分達は弱い人間だ。

 

 

「でも、お前らはそれを肯定させようとする。だけど俺は、それを否定するために戦う!」

 

「ッ!」

 

「全てが黒な人間なんていない。欠片の優しさがあれば、人間は優しい人間にもなるはずだろ!!」

 

「ははッ、はははは! ループの数と死体の山が不可能を証明している! あいにくッ、人の心は白に染まるより、黒に染まる方が簡単なのさ!!」

 

「でも、可能性はゼロじゃない!」

 

「……!」

 

「ループしてみて分かった。アシナガ、人間を作るのは――」

 

 

龍騎の言葉に唸るソロスパイダー。

そういう意見もあるには、あるか。

 

 

「成る程。だがいずれにせよ、巴マミはもう死んでる」

 

「ッ!」

 

「それに死体はまだ増えるぞ。キミが思っているほど、世界や魔獣は甘くない」

 

 

しかし、たしかに、可能性が無いわけではないとも言う。

 

 

「今日のところはボクは消える。今度は、口だけじゃない事を祈っているさ」

 

 

目を光らせるソロスパイダー。

赤いフラッシュに龍騎は目を覆い、次に目を開いたときにはソロスパイダーの姿は無かった。

 

 

「ッ、マミちゃん、まどかちゃん!」

 

 

龍騎はすぐに地面を蹴って走り出した。

だが残念ながら、走ってももう遅いのだ。

アシナガの言うとおり、ディスパイダーはもうマミを殺せるに十分な時間を与えられていたからだ。

ニコが多少時間を稼いでくれたが、それでもディスパイダーはマミを殺せた。

そう、殺せたのだ。

 

 

「ッ?」

 

 

なのに、死んでいない。

マミとニコはまだ息をしていた。

 

 

「あ?」

 

 

飛んだ土片、感じる抵抗感。

コンクリートの破片がディスパイダーの額を打つ。

 

 

「おい、なんだよ、コイツ」

 

 

マミとニコの前にいたのは。

ディスパイダーの脚をその角で受け止めていたのは。

ミラーモンスター。突貫剣獣メタルゲラス。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「は? お? ん!?」

 

 

メタルゲラスは咆哮を上げながら角を大きく振るう。

弾かれる脚、よろけるディスパイダーにメタルゲラスは突進。直撃。

疑問の声がディスパイダーから上がる。

 

そして再び突進、直撃。

僅かに後ろに下がるディスパイダー。

三度突進、直撃。そのときの威力が高いから、ディスパイダーの体が宙に浮いて後ろに下がる。

 

 

「おぉお!?」

 

 

そして四度目の直撃。

メタルゲラスは咆哮をあげたまま、そのまま前進していく。

バランスを崩し後退していくディスパイダー。

マミ達から大きく離れた所で踏みとどまるが、刹那、青い光が迸る。

 

 

「!?」

 

 

一瞬だった。一瞬で冷気がディスパイダーを包み、巨大な体が凍結する。

氷の檻はディスパイダーの動きを拘束し、冷気によるダメージも追加する。

 

 

「ぐぅウウッッ、これは――ッ!」

 

 

気配を感じ、ディスパイダーが上を見上げると、マンションの屋上に少年が立っているのが見えた。

ポケットに手を突っ込んだ少年は、ニヤニヤと笑いながらそのまま屋上から落ちるように落下していく。

足を滑らせた――、訳ではなく、少年は落下中にデッキを構えると、既に装備されているVバックルへデッキを装填する。

 

 

「変身」

 

 

そして地面に激突。

コンクリートにヒビを入れたのは重厚な鎧に包まれた騎士だった。

寝転んだ状態で、その騎士は気だるそうに顔を上げて状況を改めて確認する。

 

 

「うわー、腕切られてんじゃん。グロ。ハハハ」

 

「お、お前は!」

 

 

降って来たのはガイ。芝浦淳だった。

同じく降って来たのは双樹ルカ。スカートを押さえ、赤いドレスをなびかせる。

ルカも同じく状況を確認すると、マミ達をゴミを見るような目で見た後に、哀れみの笑顔を浮かべた。

 

 

「無様な。まあいいでしょう、コレを使いなさい。巴マミ」

 

 

ルカが投げたのはグリーフシードだ。

ニコは反射的に地面に転がっているそれを掴むと、マミのソウルジェムへ押し当てる。

汚れが浄化されていき、なんとかゲームオーバーは回避したようだ。

 

 

「あっぶねー、もう少しでアウトだったわ……」

 

「ね、ねえ! 貴女誰? これは一体どうなってるの!?」

 

「え、えーっと。私は神那ニコなんだけど……」

 

 

一体どうなっているのかがニコにも分からない。

それはもちろんディスパイダーも同じだ。意味が分からない。

何故芝浦がマミ達を助けるようなマネをするのか。

 

ディスパイダーが芝浦達にまどかの存在をアピールしたのは、集まった芝浦たちにまどか達の妨害をしてもらう為だ。

参戦派が集まれば勝手に潰し合ってくれるだろうと思っていたのだが……。

 

 

(なんで助けるみたいになってんだよ!!)

 

 

全く意味が分からない。

なので、一番初めに口を開いたのはニコだった。

 

 

「た、助けてくれるのか? それにッ、グリーフシードまで」

 

「ええ。私の姉が最近ソウルジェムをコレクションしたいと言っていまして」

 

「へ?」

 

「穢れたジェムはいりません」

 

「いや、あの、アンタ、ソウルジェムの秘密知ってる?」

 

「ええ、知ってますよ。命の輝き、そそられますね。後で頂きます」

 

「……いや、駄目に決まってるだろ」(なんだよ、結局ヤバイ奴なのは一緒かよ!)

 

「まあ、いいでしょう」

 

 

しかし現在は、違う事に興味が湧いているらしい。

ガイは立ち上がると、ディスパイダーを観察していた。

 

 

「すっげー、あんなの初めて見る」

 

「人語を理解していますね。魔女とも違う。なるほど、面白い存在だ」

 

「まあ、なんでもいいや。とにかく殺っちまおうぜ。ルカ」

 

「ええ、淳が楽しめる相手だと良いのですが」

 

「チッ、おいおい……!」

 

 

完全に計算が狂った。

ディスパイダーは舌打ちを放ち、氷を破壊する。

そして目の前から歩いてくるガイとルカを見て、もう一度舌打ちを放つ。

 

 

「ウゼェぇえ……!」

 

「その言葉、まんま返すよ。なんかお前を見てると気分悪いんだよね。だからさぁ、さっさと死んでよ」

 

 

色々と理由はあるが、ガイが今ココに来た一番の理由を告げるなら、ディスパイダーと言う存在が『何か』気に入らないからだろう。

デザイン、声? 良く分からないが、気に入らないのだから仕方ない。

 

 

「………」

 

 

一方、違うビルの屋上から、アシナガはその様子を見ていた。

 

 

「ふぅん」

 

 

思い出すのは真司の言葉だ。

 

 

『ループしてみて分かった。アシナガ、人間を作るのは――』

 

「まあいいか。頑張ってくれ、アルケニー」

 

 

アシナガは踵を返すとその場から立ち去っていく。

あくまでも今回はサポート、自分の役目は終わったとの事なんだろう。

 

 

『アシナガ、人間を作るのは、状況と環境の筈なんだ!』

 

 

丁度その時、ガイのメタルホーンとディスパイダーの脚がぶつかり合った。

 

 

 

 



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第78話 どうして信じてくれないの?

 

 

 

火花が散る。

メタルホーンと蜘蛛の脚は互いに相殺し、弾き合う。

地面を擦るガイとディスパイダー。後者は手を伸ばし、声を張り上げた。

 

 

「待て、お前と戦う気は無い! 攻撃を止めろ」

 

「え? なに? そうなの?」

 

 

動きを止めるガイ。

面倒なのは嫌いだ。ディスパイダーとしては本当にガイと戦う理由はなかった。

 

 

「それで良い。アタシの狙いは巴マ――」

 

 

ガイの横を通り抜けようとした時だった。ガイは腕を伸ばし、ディスパイダーの足を掴んだ。

大きな脚だ。大きな体だ。けれどもディスパイダーの体が浮き上がり、宙を舞った。

投げ飛ばされたのだ。街灯を壊して壁に当たった、痛かった、殺意が湧いた。

殺すぞクソガキ、そんな目でガイを見る。ガイはケラケラ笑っていた。

そんな流れ。

 

 

「おれはさ、お前嫌いだから、戦う理由あるんだよね」

 

「………」

 

「芝浦天秤で計ると、どうにも巴達よりお前の方が嫌いだから、ブッ飛ばそうかなって」

 

「………」

 

 

殺すぞ、クソガキ。

そこまで出た言葉を、ディスパイダーは飲み込んだ。

ディスパイダーは冷静だった。いや、だからと言って穏やかな状況では無い。

 

意味が分からないのは確かだ。

目の前にはメタルホーンを振るうガイが見える。脚と角がぶつかり合い、衝撃と火花が散っていく。

そもそも何故ガイがマミ達を助けるような事をしたのか?

ディスパイダーには理解不能な話である。

 

 

(いや――)

 

 

違う。そう、違っていた。

間違っていたのはコチラだ。ディスパイダーは脳内の情報を整理、更新していく。

そもそも参戦派であるニコがまどか達の味方をしている状況を考えるべきだった。

ずっと考えていたのは参戦派が参加者と接触すれば戦いになると言う固定概念。

 

まだゲームは始まっていないのだ。その点を甘く見ていた。

記憶が継承されていないガイ達が、正体不明の敵を前にして、マミ達と敵対するメリットは限りなく薄い。

 

そう。知識あるゆえの失敗とでも言えばいいのか。

そもそも浅倉達ならばまだしも、ゲームの中で芝浦は結果的にほむらを助けた例もあったような。

環境が違う。状況を違う。人を作るのは歴史であり、生まれた時は皆、誰もが知識の無い赤ん坊なのだ。

 

 

(どう育っていくか――、か)

 

 

だとすれば、思い出してもらうのも良いのかもしれない。

少し面倒なやり方だが、魔獣とは絶望を振りまく存在、悪くないプランが浮かんできた。

撤退してもいいが――、そこでディスパイダーは鼻を鳴らす。

 

 

(だがその前に……)

 

 

まずは、なにより。

 

 

「お前を前にして撤退する事が気に入らないッ!」

 

 

ディスパイダーの記憶の奥底にガイを見下す心があった。

おそらく『ディスパイダー』と言う概念に埋め込まれたものだろうが。

なるほど、そういう事か。ループすればそれだけ記憶も積み重なる。

いや、むしろコレは本能。餌に背を向ける事ほど不愉快なものはなかった。

 

優先するのはプランよりも殺意だ。

長い脚を存分に振るい、ガイのメタルホーンを弾き返す。

がら空きになった胴体。ディスパイダーは胸部から無数の針を発射し、ガイを蜂の巣にしようと試みる。

 

 

「あででででッ!」

 

 

ガイの厚い装甲を以ってすれば針を弾いていく事は可能だが、痛みと衝撃は確かに伝わっているようだ。

衝撃に後退していく中で、ガイはカードを引き抜き、メタルバイザーへセットする。

 

 

『ガードベント』

 

 

メタルボディ。

ガイの体が鋼の様に硬質化し、速度が低下するかわりに防御力が跳ね上がる。

迫りくる針を次々に撃ちはじきながら口笛を吹かすガイ。相手を完全に煽ってるバトルスタイルは相変わらずか。

 

 

「よわッ、ぜんっぜん痛くねーし」

 

「クソうぜぇ! だったら――!」

 

 

ディスパイダーの脚には小さな穴が開いており、そこから強靭な糸が発射される仕組みになっている。硬質化させる事も可能だが、粘着性を高める事も可能で、ディスパイダーは後者を選択しガイへ糸を伸ばす。

 

 

「う――ッ!」

 

 

なんだこれは。ガイは思わず息が詰まるのを感じた。

これは――、焦り? だろうか。なにかとても言いようの無い、嫌な予感がしてきたような。

蜘蛛、蜘蛛……、糸。ああ、まずいぞコレは。なんだか本当に気持ちが悪くなってきた。

糸が体中に絡みつく中、蘇るデジャブの様な感覚。

 

しかしその時だった。

風が吹いたかと思うと、無数の氷柱が飛来。

ガイを縛る糸に命中すると次々に切断していく。

 

 

「なにッ!」

 

「我が主の笑顔を奪う。コレほど腹の立つ事はない!」

 

 

一瞬で凍りつくディスパイダーの巨体。

ガイの前に着地し、右手を前に突き出しているのは双樹ルカだ。

掌からは吹雪が発生しており、雪や霜がディスパイダーの体を覆っていく。

 

しかし怒号。

ディスパイダーはナメるなと言わんばかりにいとも簡単に氷を破壊すると、右手を握り締めて前に突き出す。

ガントレットに覆われている拳は、これまたあまりにも簡単にルカの腹部を貫き、貫通してみせる。

 

しかし、違和感。

普通に腹を貫かれたなら臓物の一つや二つぶちまける物では無いだろうか。血を撒き散らすものではないのだろうか?

だが今のルカにはそれが無い。

いや、それは無くて当然か、なぜならばディスパイダーが貫いたルカは――。

 

 

「それはフェイクだ」

 

 

砕け散るルカの体。

これは本物ではない、氷でできた偽者じゃないか。

 

 

「なッ!」

 

「どこを見ている! アルマ・ファンタズマ!」

 

 

気づけばルカは、鞘から氷のサーベル、アルマスを抜き取っており、今の一瞬でソレを振るっていた。

ディスパイダーの体を切り抜けると、青い一閃が残像として空間に浮かび上がる。瞬間、ディスパイダーの体が巨大な氷に覆われた。

 

 

「が――ッ!」

 

「フッ! どうやら今日は。氷の女神の機嫌が悪い」

 

 

剣をまわし、刃を鞘に収める。

カチリと音がすると衝撃と冷気が爆発。

氷が砕け散り、ダメージがディスパイダーに叩き込まれる。

 

 

「グガ――ッ!!」

 

「クハハ! 氷夢に抱かれて死ね!」

 

「ぁあああぁッ! うぜぇなッ!!」

 

「ほう……!」

 

 

仮にも魔女ならば倒せるだけの技をルカは撃ったつもりだ。

しかし僅かに怯むだけでディスパイダーはまだまだ、と言った印象だった。

そしてダメージを受けた事で上がっていく怒りのボルテージ、遠くを見ればまたニコがこの隙にマミを連れて逃げようとしている。

 

 

「させるかよッ!!」

 

 

ディスパイダーが叫ぶと、再び周囲に糸が拡散。

さらに闇に溶け込んでいたズライカとオクビョウが移動。

その糸を手繰り寄せて張り巡らせる事で一瞬でサイレントリッパーが完成する。

 

 

「ヒヒヒヒ!」

 

「テメェ……!」

 

 

ニコたちの前で笑うオクビョウ。

ニコがバールを振るうと、バックステップで回避してみせる。

その名の通り回避能力は高いらしい。一瞬、追撃を考えたニコだが、踏みとどまりゴーグルをつける。

このゴーグルもまた魔法が宿っており、いわばセンサーやサーチ能力を発揮する事ができるのだ。

 

すると思ったとおり、ニコの全貌にしっかりと網目状の糸が張られていたではないか。

なんてスピードだ。踏み込んでいたらニコの体はサイコロになっていただろう。

しかしその糸が、一瞬――、まさに一瞬でニコの眼前から消失した。

 

 

「んお?」

 

 

なんじゃらほい。

ニコが首を傾げると、直後音声。

 

 

『コンファインベント』

 

 

鏡が砕け散る音が聞こえると、張り巡らされた糸が消滅した。

技の無効化。ガイの笑い声が聞こえ、ディスパイダーは表情を顰めた。

そう言えばそんな面倒な技があったか。騎士の力は魔獣にもしっかりと適応されているようだ。

 

そしてガイとは対照的に目を見開くルカ。

顔の横、耳の辺りを抑えて美しい顔を歪めている。

どうやらあの僅かな時間の中で、体を動かしてしまったらしい。

指の隙間からボタボタと血が零れ落ち、手には切り取られた『体のパーツ』の感触があった。

 

 

「――す」

 

「あ?」

 

「殺す!!」

 

 

正直ルカにとって肉体が傷つく事などどうでもいいが、彼女の中の『あやせ』が殺意を放っている。

大切な体を、可愛い体を、ああ、憎い。そしてあやせを悲しませる事は、ルカにとって最高に腹の立つ事だ。

 

 

「覚悟しろ、蜘蛛女。お前の終わりが来るぞ!」

 

 

持っていた『耳』を落とすと、ルカは赤いドレスを翻す。

その両手にはソウルジェム。それをクロスさせると、激しい熱波と冷気が発生し、ルカの姿が変化した。

 

赤いドレスに白が混じ、右しか露出していなかった肩が、左も露出する事に。

髪型もポニーテールからツインテールへ変わり、右だけではなく左の手にも炎のサーベル、フランベルジェが握られる。

 

 

「本気モードだ! 地獄で後悔するが良いッ!」

 

 

赤と白のエネルギーが周囲を駆け、切り取られた耳も再生する。

あやせとルカのパワーを合わせた、通称『アルカ』形態だ。

面倒な。ディスパイダーは糸を発射し、それらをアルカに向かわせる。

が、しかし、蒸発。アルカの体には炎のベールが存在しており、体に巻きつこうとした糸を全て燃やし、消滅させていく。

 

 

「どこ見てんだよッ、雑魚!!」

 

 

そして気づけば前にガイ。

右手にはメタルホーン。左手にはソードベントで呼び出した大剣、メタルセイバーがあった。

重々しい剣を軽々と振るい、まずは脚を弾き飛ばす。そして一気に踏み込むと、メタルホーンを突き出して、角をディスパイダーの身に突き当てた。

 

 

「チィイイ!!」

 

 

後退していくディスパイダー。一方でガイの隣にやって来るメタルゲラス。

ガイは腰を落とし、構えを取ると、直後思い切りメタルホーンを前に突き出した。

すると対応するようにメタルゲラスが角を前に突き出す。その角には熱エネルギーが集中しており、巨大な炎がドリルの様に放たれていった。

 

スパイラルフレア。

螺旋の炎は一瞬でディスパイダーの前に迫るが、向こうも魔獣、支配者の名は譲る気はない。

しっかりと手を前に出し、蜘蛛の巣状のシールドを形成。スパイラルフレアはしっかりと防がれ、弾かれてしまった。

 

 

「あっ、なんだよぉ! 今当たってただろ絶対!」

 

 

だがまだ終わっていない。

ガイの背後から踏み出したのはアルカだ。剣を交差させ、直後振り払う。

 

 

「ピッチ・ジェネラーティ!!」

 

 

らせん状に交差する氷のエネルギーと炎のエネルギー。

それはガイを通り抜けると、蜘蛛の巣のシールドに直撃。

競り合いが始まると、直後シールドを破壊してディスパイダーの体に直撃する。

 

 

「ガハァアッ!!」

 

 

やられた。

苛立ちに全身を掻き毟る妄想をしながら、ディスパイダーは後退していく。

さすがは二つのソウルジェムを合わせただけはある。

女神補正さえなければ、まどかを抜いて頂点に立つだけの力がアルカにはあるだろう。

 

 

『スタンベント』

 

 

激しく足踏みを行うメタルゲラス。

その衝撃が地震を発生させ、ディスパイダーの動きを封じる。

この地震、もちろん騎士の力で発生させたもののため、ガイとアルカには効果が無い。

同時に地面を蹴ったガイとアルカ。それを見てディスパイダーは本気の舌打ちを行った。

 

 

「チッ、仕方ねぇ」

 

 

少し、本気でいくか。

そう思った時、凄まじい瘴気がディスパイダーから溢れてきた。

なんだ? 本能的に危険を察知するガイ達。だがしかし既に攻撃の範囲内には捉えている。

なにかされる前にコチラからと判断したのだろう。ガイはメタルホーンを、アルカは二つのサーベルを突き出した。

 

衝撃。角が、剣が、ディスパイダーの胴体を捉えた。

炎の剣、フランベルジェの効果でディスパイダーの体が燃え上がる。

もらった、二人はニヤリと笑みを浮かべるが――。

 

 

「んなッ!」

 

「なにッ!」

 

 

同時にあげる驚愕の声。

無理もない。炎に包まれたディスパイダーの体から飛び出すようにして、『ディスパイダー』が姿を見せたからだ。

 

 

「さっきの言葉をそのまま返してやるよ!」

 

 

炎に包まれたディスパイダーが崩れ落ちる。

残るのは八本の、長く太い鋭利な脚の先端部。

空中にいたディスパイダーは両手から糸を出すと、地に落ちた二本のソレを引き寄せ、そして思い切り投擲する。

まさにそれは、蜘蛛の脚のバリスタ弾。

 

 

「アレはフェイクだよッ!!」

 

「うわぁッ!」

 

「きゃぁあああ!!」

 

 

衝撃にあげる声。ガイとアルカの足元に投擲されたディスパイダーの脚。

アルカの炎のベールでも熱し滅する事はできなかったか、地形を粉々に破壊しながら地面に突き刺さる脚。

その際の衝撃で地面に倒れたガイとアルカ。

二人の間に、二本足の形態に戻ったディスパイダーが着地する。

 

 

「人を殺す感情を知ってるか!」

 

 

ディスパイダーはガイとアルカの首を掴むと、軽々と持ち上げる。

その背中にはお菓子の魔女、シャルロッテが糸で結ばれていた。

ピンクの小さな体、それは今、オクビョウの力で強化され、ディスパイダーに与えられている。

 

油断させ、奇襲を行うシャルロッテのスタイルを継承したのだ。

ディスパイダーはガイとアルカ同時をぶつけ、怯ませる。

さらに炎のベールによってアルカを掴んでいる右腕が燃え始めたので、ディスパイダーはそのままアルカを投げ飛ばした。

 

 

「それは恐怖、そして絶望だ! 人間共!」

 

「グッ!」

 

 

ガイを降ろし、怯んでいる所を殴りつけていく。

一発、二発、フックでさらによろけた所をアッパーで吹き飛ばす。

ガイが地面を転がっている間に、ディスパイダーはダークオーブを取り出した。

するとズライカが闇のトンネルを形成させ、コールサインプロローグを呼び出す。

 

 

「ピギャアアアアアアア!!」

 

 

プロローグは泣き声をあげながらも触手を振るう。

すると悲鳴、逃げようとしていたマミとニコが打たれ、地面に倒れていた。

ニコはすぐにバールを取り出すが、プロローグはすぐに触手をニコとマミの脚に伸ばして縛り上げた後、猛スピードでディスパイダーの下へ向かう。

プロローグの顔の上にはオクビョウが座っており、ケラケラと笑ってニコ達を見ていた。

 

 

「トモエ、マミ、シヌ、シヌ。ヒハハッ!」

 

 

それを確認するディスパイダー。

 

 

「そう、だからさっさと死ねよ、巴マミィイ!」

 

 

糸を伸ばす。

地面に転がっていた脚のパーツに糸をつけると、それをそのまま振るってマミの方へ落とそうと試みた。

まさにそれは槍だ。鋭利な足先が、マミを貫こうと襲い掛かる。

 

 

「ひぃ!」

 

 

マミは引きつった表情で涙を浮かべる。どうやら完全に心が折れているらしい。

両腕は相変わらず熱と痛みを放っている。心が恐怖に侵食されている。

そう、それこそがディスパイダーのプラン。

マミはもう戦えない。終わりだ。いらない。終了。

脚はまさにギロチン。そのままマミの頭部を押しつぶしてソウルジェムごと――。

 

 

「無視すんなよ、イラつくなぁ」『コンファインベント』

 

 

粉々に砕け散る脚。直後、沈黙。

 

 

「カードは二枚あるんだよね」

 

「芝浦ァア!!」

 

「うはっ、ちょーキレてんじゃん。ウケる!」

 

「何故アイツ等を助ける!」

 

 

ディスパイダーは怒りを拳に乗せてガイを殴りつける。

ガイも応戦するが、ループの数が違う。ガイはすぐに防御を崩され、体の至る所に拳や蹴りを打ち込まれた。しかし笑み、ガイは確かに呻いていたが、笑ってもいた。

 

 

「アイツを助けたんじゃ無くて、お前の邪魔し・た・の」

 

「だから何でだよクソ!」

 

「嫌いだからだよクソ」

 

 

ガイは反抗的だ。地面に倒れながらも、メタルホーンを地面に突き刺す。

するとディスパイダーの真下、角型のエネルギーが地面を突き破り伸びてきた。

しかしディスパイダーはしっかりとそれを見ており、当たり前の様に回避。

角を裏拳で吹き飛ばすと、倒れているガイを掴んで再び殴りつける。

 

 

「ああ、そう! やっぱりウザイなお前はッ!!」

 

「うがッ!」

 

「止めだ、殺してやる! 芝浦淳ッ!!」

 

 

ガイは再び地面に倒れる。

追撃にとディスパイダーは走り出すが――。その時、光が迸った。

 

 

「もぎゃがぎゃがぁぁ!!」

 

 

悲鳴。プロローグが吹き飛んだ。

ディスパイダーが視線を移すと、空から天使が舞い降りてきた。

いや、舞い降りたとは語弊がある。それは飛翔だ。飛来とも言える。

白き羽を舞い散らし、その少女は地面に足をつけた。

 

 

「ッ、アレは!」

 

 

立ち上がったアルカ、そしてガイ。

プロローグの攻撃を受けていたマミとニコも確認する。

その魔法少女、鹿目まどかの姿を。

 

 

「鹿目、まどかッ!」

 

「………」

 

 

判断は一瞬だった。まどかは思い切り息を吸い込む。

すると、なんとまどかの魔法少女の衣装、その胸部がボンッ! と音を立てて一気に巨大化した。

まるで風船に一気に空気を送り込んだように膨らむ衣装。

そのあまりに衝撃的な姿に、誰もが目を丸くして動きを止める。

 

 

「パニエロケットッ!!」

 

「ゴッガ――ァァアッッ!!」

 

 

まどかが地面を蹴った瞬間、空気が爆発。

ブロロロロロとけたたましい音を立てて、まどかは一気に加速。

その頭部を先頭にディスパイダーへ突っ込んだ。

 

服の中に空気をためて魔法の力で爆発させて加速。

硬い結界でコーティングした頭部で相手を打ち抜くロケット頭突き。

さらに光の翼でも加速しており、二重の加速はそれだけ威力と衝撃をあげる。

魔法技、『パニエロケット』は、ディスパイダーの腹部にめり込むと、衝撃とともに遥か後方へぶっ飛ばした。

 

 

「ガガグゥゥァッ!!」

 

 

地面を転がるディスパイダーと、着地して頭を抑えたまどか。すぐに弓を構え、走り出す。

一方でディスパイダーは地面を殴りつけながら立ち上がった。眼前に迫っていた矢を、わざと地面に倒れる事で回避すると、その腕から糸を発射して、まどかの腕に絡みつかせる。

 

 

「魔獣!」

 

「あぁッ、クソ! やっぱお前が一番ムカつくよなァ!」

 

 

糸を引き寄せるディスパイダー。

まどかの軽い体は簡単に浮き上がり、強制的にディスパイダーの眼前に迫る。

次いで、ガキンッ、と、音が響き渡る。

まどかの顔面、僅か手前で結界にせき止められたディスパイダーの拳。

 

舌打ちを漏らしたかと思えば、次は悲鳴だった。

ディスパイダーの拳を防いだまどかは、翼を思い切り広げ、その場で高速回転。

光の翼は飛行の為だけではなく、物理的な武器としても機能する。

桃色の残像を残しながら高速で迫る翼は鈍器だ。連続でヒットしていく翼に、ディスパイダーは強制的に回転しながら、苦痛の声を漏らす。

 

そしてまどかは回転しながら少しずつ後方へ移動。

そして急ブレーキ。弓はしっかりと振り絞り、構えていた。

 

 

「トゥインクルアロー!」

 

「ぐあぁあぁあ!!」

 

 

ディスパイダーが怯んだ所に。強化されたまどかの矢が命中する。

煙を上げながら地面を転がるディスパイダー。踏み留まるまどか。

 

 

「ぐッ!」

 

 

ディスパイダーはすぐに立ち上がり、まどかと睨み合う。

 

 

「……ッ」「――ッ!」

 

 

まどかは黙ったまま、ジッとディスパイダーを睨みつける。

そこで聞こえる呻き声。まどかが振り返ると、震えているマミの姿があった。

 

 

「か、鹿目さん! 来てくれたのね……!」

 

「マミさん」

 

 

そして一瞬、間。そして理解。

マミの両腕が無い。直後、まどかはディスパイダーの方を見る。

その瞳、その視線、感じる感情はただ一つ。

 

 

「許さない」【アライブ】

 

 

それは、激しい怒りだ。

 

 

「!!」

 

 

光が迸り、思わずディスパイダーは目を覆う。

するとまどかの姿が変化。服は白のドレスになり、髪が伸び、ツインテールからツーサイドアップへ。そして目の色が金色に染まった。

 

 

「なんだッ、アレ……!」

 

「嘘でしょ、この魔力――ッ」

 

 

ガイとアルカが目を見開く中、アライブ体となったまどかがディスパイダーの前に立つ。

 

 

(アルティメットまどか……! サバイブと対になる魔法少女の強化形態か)

 

 

さて、どうするか。ディスパイダーは冷静だった。

本気でいっても良いが、逆を言えば本気を見せるのはまだ早いのではないだろうか。

そもそも本気でいけば勝てるものだろうか?

ああ、もう、面倒だ。試してみようではないか。

 

 

「鹿目まどか。久しぶり――って言っても、覚えてないよな?」

 

 

ディスパイダーの記憶にはある。

円環の理に攻め入った時の事は今もはっきりと覚えている。

 

 

「面白かったよ。逃げ惑う魔法少女を殺して回るのはッ!」

 

 

糸を伸ばすディスパイダー。

地面にあった脚を全て掴むと、一気にまどかに向けて投げつける。

風を切り裂き一瞬で到達する脚は巨大な槍だ。が、しかし、それらはまどかに直撃する前に、全てまどかの眼前で停止する。

 

 

「なにっ!」

 

 

アライブ時のまどかは常に自身の周りに結界を張っている状態となっている。

それが脚を塞き止め、競り合いの後に全て破壊して見せた。

弾け飛ぶ脚の欠片を見ながら、絶句するディスパイダー。

 

 

(馬鹿な、まさかこんな――ッ!)

 

「ローシェルヒール!」

 

 

まどかが呟くと、マミとニコの頭上に天使が出現。

ゆっくりと翼を広げると光が散布、それに触れたニコとマミの傷が瞬く間に治っていく。

それだけではない、天使ローシェルはマミのソウルジェムに指令を出し、腕を再生させていった。

 

 

「え? え?」

 

 

戸惑うマミ。そこへさらに別の天使が。

ベルスーズシェーヤー、シャボン玉にマミを入れると、マミはすぐに目を閉じて眠り始めた。

 

 

「成程ッ、眠らせる事でソウルジェムの穢れを防ぐのか……」

 

「ごめんね、ニコちゃん。芝浦くんたちもありがとう、マミさんを助けてくれて」

 

「は? いや、おれ達は……」

 

 

言葉を詰まらせるガイとアルカ。

まどかは何故自分たちの事を知っているのか。そもそもディスパイダーも知っていたような。

いや、それよりも今のまどかの姿はなんなのか。色々と疑問が多すぎて混乱が言葉を止めていた。

 

一方で、まだ睨み合うまどかとディスパイダー。

先に動いたのは後者だった。ズライカの名を叫ぶと、魔女は一気に闇の力を放出。『ブラックアウト』、まどか達の視界が一瞬で黒に染まる。

しかし焦りはない。アルカ達は混乱にまた声をあげたが、まどかは腕を天に掲げ、強く言葉を放つ。

 

 

「輝け! 天上の星々!」

 

 

一瞬だった。

一瞬で暗闇の中にまどかの姿が浮かび上がると、彼女を中心にして暗闇が消し飛ばされる。

まどかの背後に浮かび上がった『セフィロトの樹』を思わせる魔法陣が。ズライカの闇を消し飛ばしたのだ。

 

 

「ッ!」

 

 

しかしそこにディスパイダーとオクビョウの姿はない。どうやら逃げた様だ。

ズライカとコールサインプロローグは叫び声をあげて時間稼ぎの意味を込めてまどかに向かっていく。

 

 

「だからおれを無視すんなよ。ああもう、いらつくなぁ!」

 

 

しかし裏拳。

ガイを通り過ぎようとした事が相当頭に来たらしい。

ガイはプロローグを弾き飛ばすと、顎でアルカに合図を送る。

 

 

「アイツぶっ殺すぞ」『ファイナルベント』

 

「うん、了解です。淳くん」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

 

アルカは剣を交差させた後、思い切り上から下に振り下ろす。

すると斬撃が地面を伝い一気にプロローグの左右を通り抜ける。

斬撃は軌跡を残しながら前に突き進む、まさにそれは壁だ。

 

 

「お? ぷぁ!?」

 

 

右を見れば炎の壁。左を見れば氷の壁。

左右から感じる熱と冷気は触れればただでは済まないと言う証明だろう。プロローグは当然躊躇し、どちらにも進む事ができない。

であれば逃げ道は前か、後ろなのだが、当然前にはガイが立っているわけで。

 

 

「砕け散れよッ!」

 

 

メタルゲラスの肩に足の裏を置き、地面と平行になる様にして腕を突き出したガイ。

さらにメタルゲラスの肩にはアルカが乗っており、サーベルの刃先を突き出されたメタルホーンの角先に合わせた。

 

 

「わ、わ、わ!」

 

 

目が飛び出し、直後プロローグはファンシーな音を立てながら後ろへ後退していく。

しかし炎の力を与えられたメタルゲラスはスラスターの勢いで加速、プロローグとの距離が徐々に近づいていき――

 

 

「「トリプル・ビークス!!」」

 

「もぎゃああああああああああああああああ!!」

 

 

炎と氷のエネルギーを受けたメタルホーンがプロローグの頭部を刺し貫き、直後爆散させる。

一方で射手座の弓を構えたまどか、弦を思い切り振り絞り、狙いを定める。

 

 

「煌け! 極光の円環!!」

 

 

ズライカが殺意の雄たけびを上げて飛び上がった。

まどかを闇に引きずり込もうと言うのだろうが、辺りは既にまどかが放つ光に照らされている。暗闇の魔女にココまで酷な状況があろうか。

だが光があれば闇もある。ズライカは諦めず、まどかへ向かう。

 

 

「我が示すのは理! 絶望を砕き、悪を滅する光とならん!!」

 

 

翼を広げ浮かび上がるまどか。

その背後、出現していく牡羊、牡牛、双子、蟹、獅子、乙女、天秤、蠍、山羊、水瓶、魚。

11体の天使達はまどかを中心として円形に広がり、尚輝きを放っていく。

 

 

「祈りを絶望で終わらせはしない! この一撃で貫いて!」

 

 

ズライカの目に、星が見えた。

 

 

「シューティングスターッッ!!」

 

 

射手座から放たれた矢を先頭に、他の天使達が一勢にズライカに飛んでいく。

 

 

『ギッ! ガァ! ギョ! ゲッ! ゴッ! ビッ! ヴェ! ビャ! グゲ! オビャ! ビビッ! アギァアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

12体の天使が通り過ぎたとき、そこにはもはや何もなかった。

闇は消え去り、元々そこにあったのかすら分からない。

弓を放り、消滅させるまどか。一方で彼女から離れたところにあるマンションの屋上から身を潜めながら、アルケニーとオクビョウは今の様子を確認していた。

 

 

「チッ! 化け物め!」

 

「バ、バ、バ、バケモノ……!」

 

 

やはり概念と女神の名を関しているだけはあるか。

アライブの存在は魔獣側にとっても規格外。油断すれば確実に殺られるだろう。

 

 

(アライブを発動されれば……、本気で対抗しなければ死ぬ)

 

 

とは言え、今はその時ではない。

アルケニーはオクビョウを見る。するとオクビョウは察したように笑みを浮かべた。

その手には待ち針状の黒い杖があった。しかし今、その先端には『黒い球体』が消えている。

もちろんそれは偶然ではなく、落とした等と言う訳ではない。オクビョウが振るう杖、それは『吹き矢』の役割も果たせるのだ。

 

 

「さて、プランBといくか」

 

 

スピード勝負といきたかったが、まあアルケニーとしてもそう簡単に終わるとは思っていない。

今日の一件で、アルケニー側がマミを狙っている事はまどか達にも伝わった。

つまり今後、不意打ちは限りなく難しくなる訳だ。

尤も、ならば今度は須藤を狙ってもいいが、レジーナアイがある以上、なかなか難しいだろう。

なら、どうせ変更するなら作戦そのものを変えたほうがいい。

 

 

「何が何でもお前を絶望させてやる。覚悟しとけよ、巴マミ」

 

 

アルケニーとオクビョウは身を翻し、そのまま夜の闇に溶けていった。

 

 

「あなた、鹿目まどか……、なの?」

 

 

一方あやせは、訝しげな目でまどかを見ている。

双樹姉妹は既に芝浦が通っている見滝原中学校に魔法少女がいる事は知っていた。

巴マミを中心としたグループが放課後パトロールを行っていると言う話はある意味、魔法少女達にとっては有名な話だ。

なにせ、マミ、まどか、さやか、サキと魔法少女達が集まればそれだけ魔力や魔女の気配も多くなる。

 

しかし少なくとも、『このまどか』はあやせが知っているまどかではない。

内蔵する魔力が大きすぎるため、体は発光し、金色の瞳は全てを見透かされそうな気がした。

 

 

「そうだよ。わたし、鹿目まどか。よろしくね」

 

「よ、よろしくって……」

 

「ニコちゃん。遅くなってごめんね」

 

「ああいや。コッチこそ助かったでんがな」

 

 

みんなを呼ばなければ。まどかは携帯を取り出す。

 

 

「あ、うさぎいも」

 

「え?」

 

 

ふと、まどかは携帯を見る。

待ち受け画面は、まどかが好きな女の子に人気のキャラクター。

 

 

「あやせ以外にもいたのか、あんなキモイの好きなヤツ……」

 

「き、気持ち悪くないよ! 淳くん、あれはとっても――」

 

「可愛いですよね、わたし好きなんです。双樹さんも好きなんですか?」

 

「え? あ……、うん」

 

「えへへ、良かった」

 

 

あやせは少し複雑そうな表情で肩を竦める。

 

 

「まどか、場所を移そうか」

 

「うん。そうだね」

 

 

まどかは魔法、ニターヤーボックスを発動。

アライブ体になる事で今までの魔法もパワーアップしているのか、通常時では一つしか出せなかった結界の箱が、今は二つ出せる様になっている。

一つにニコを、一つにマミを入れると、まどかは箱とともに上空へ移動。

ポカンとしているガイ達を置いて、まどか達は暗闇の空に飛び去っていった。

 

 

「すっげぇ、なんだよあれ」

 

「淳くん、あの子、なんか変」

 

「ああ、あのキモいキャラクターが好きとか言ってたもんな。頭おかしいんだろ。女ってなんでもかんでも可愛い可愛いってアホみたいに――」

 

「ちっがうよぅ! そうじゃなくて!」

 

「分かってるって。あの天使みたいなヤツだろ」

 

 

他の魔法少女とは次元を超える力と、なにより、あのディスパイダー。

 

 

「ふぅん、おもしろそうじゃん」

 

 

とはいえ、芝浦の額には汗。

 

 

「あついの? 淳くん。ルカ呼ぼうか?」

 

「……いや、べつにいいよ」

 

「それとも、むぷぷ、ちょっと怖い? 淳くん蜘蛛苦手だもんね」

 

「はぁ? ちげーし!」

 

「うふ♪ 怯える淳くんもかわいー☆」

 

「うるっさいな、早く帰るぞ。あーあ、なんか萎えちゃったな」

 

 

とはいえ、やはり今回の件は無視できない。

何かが起ころうとしている。いや、もしくはもう始まっているのか。

少しモヤモヤを感じながら芝浦は気だるそうに帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、いったい何があったんだ?」

 

「それは――」

 

 

マミの家。

家主は今、自分のベッドで落ち着いたように寝息を立てていた。

サキとさやかとしては、追っていたプロローグが突然姿を消したかと思えば、マミが倒れたなどと、なんのこっちゃである。

 

一方シザースも小巻の存在に首を傾げていた。

結局アルケニーが撤退したことを知ったのか、小巻もまた盾を出現させて撤退していった。

追う事も考えたが、マミに危険があったと言うことなので、手塚達も含めて一同は撤退したのだ。

 

今、ニコはいない。

まどか、真司、ほむら、手塚、さやか、サキ、須藤はベッドで眠っているマミを見ている。

今は安らかな寝顔ではあるが、先ほどまでその表情は恐怖と絶望に染まっていたのだ。

 

 

「すいません、私は少し――」

 

「あ、はい、行ってください」

 

 

須藤は警察からのお呼びが掛かったのか、部屋を出て行く事に。

 

 

「すいません、私は一応パートナーなのに」

 

「いや、無理もないですよ。あたしもまさかマミさんが負けるなんて――」

 

 

須藤は頭を下げて部屋を出て行った。

ふと、まどかはゴクリと喉を鳴らす。

須藤がいなくなった今、もしかするととてもチャンスなのではないだろうか。

 

 

『ね、ねえみんな』

 

 

まどかはテレパシーでサキとさやかを除くメンバーに声をかける。

内容は簡単、サキとさやかの記憶を、メモリーベントで呼び戻さないか――、と言う提案だった。

まどかは正直、魔獣陣営を甘く見すぎていたのかもと、今回の件で思った。

 

仁美達の話によれば魔獣は真正面から、魔女を伴えど、基本は一体で来る物だと錯覚していた。

しかし今回、アルケニーはアシナガと小巻を使いマミを孤立させ、攻めて来た。

 

魔獣にも性格があり、攻めの形は異なる。

マミを守るには、少しでもさやか達に協力してもらった方がいいのではないか。

 

 

『そうだよな、まどかちゃん。さやかちゃんも、サキちゃんも前のゲームじゃ――』

 

『ちょっと待って』

 

 

しかしそれに待ったをかけたのは、ほむらだ。

確かに、まどかの言う事は分かる。魔獣に対抗するためには少なくともループを含めた戦闘経験が必要になるのかもしれない。

が、しかし、やはり避けて通れないのは記憶の復元に伴う絶望のループだ。

確かに前回のゲームで言えばサキとさやかは協力派。

つまり『白』だ。しかし、数あるループの中で、ほむらは確かに『黒』の二人も見ている。

 

サキはマミに対する憎悪がある。

マミが魔法少女になるきっかけとなった交通事故。

あの相手がサキの大切な妹が乗っていた車だったから。

 

それにさやかも疑心暗鬼から敵対する事は多く、なによりも注目するべきは魔女(オクタヴィア)になった回数である。

この二つがほむらの心に引っかかる不安要素であると。

 

 

『一応グリーフシードはあるけど……』

 

 

実は死神を倒した時にその残骸からグリーフシードが三つも出てきた。

真司はそれをしっかりと回収しており、手塚達も予備のストックはある。

さらにまどかが持っているのはズライカのコアグリーフシード。ダークオーブ産の魔女を倒した事で手に入るそれは、通常のものよりも穢れを吸収できる。

さらにココで、キュゥべえの声が。

 

 

『ボク達は今回のゲームで、その点については理解を示したつもりだ』

 

『わ! びっくりした!』

 

『すまない。少し会話を聞いてしまってね』

 

 

キュゥべえは今回、グリーフシードをよりよく摂取できる環境を作ったつもりだ。

色つきを倒せば手に入り、従者を倒す事でも汚れは回復し、さらに言えば魔法を使い続けてもソウルジェムは濁りはするものの、それをトリガーに魔女化する事は無い。

 

 

【魔女化の条件はただ一つ、確固たる絶望を覚えたときである】

 

【記憶を取り戻したものは、継承者同じくメモリーベントを使用できる】

 

【メモリーベントを使用する際は、記憶をよみがえらせる事を対象側が了承しなければならない】

 

【記憶は圧縮されるものの、あくまでも人間の脳のキャパシティーを考えなければならない。つまり全ての記憶を取り戻したとしても、細部を思い出そうとすれば時間がかかり、それは個人差である】

 

【ただし、全ての参加者は前回のゲームは全て記憶している】

 

【城戸真司、手塚海之、鹿目まどか、神那ニコ、榊原耕一以外は、死ぬまでの記憶しか持てない。上記五人に関しては真司が魔獣に宣戦布告した際の記憶がある】

 

【記憶を継承しても、オーディンの変身者に対する情報はブロックされる】

 

『今はこのルールを覚えておいてくれ』

 

『………』

 

 

一見、大丈夫なようにも思えるが、それが一番の問題だ。

 

 

『記憶を取り戻す事は、絶望の瞬間をも思い出すことになるわ』

 

 

さやかは何度も魔女になった。

ほむらが覚えている範囲なので、数あるループではもっと魔女化しているだろう。

もしもそれを、さやかが思い出してしまえば、今あるグリーフシードで足りるのだろうか?

 

ほむらも同じ経験をしたが、数あるループの経験は『慣れている』面もあった。

だから幸い途中で精神を安定させる事ができたが、それをさやかとサキが行えるとは思えない。

 

 

『それに、黒と白……』

 

 

本当にサキは味方になってくれるのであろうか?

本当にさやかは味方になってくれるのだろうか。ほむらには分からない。

確かに前回のゲームでは二人は白だ。しかしもしも10回ループがあったとして、7回が黒に染まっていたとしたら、果たして記憶を取り戻した彼女はどちらに染まるのか。

きっとそれは黒なのではないだろうか。

 

人を変えるのは環境と状況。そして積み重ねではないのか?

ループを繋ぐ事は、全ての記憶を踏まえ、一人の人間になると言う事だ。

悪意を、殺意を、善意を、人生を束ねた結果、生まれるのは――。

 

 

『だが、いずれにせよ、やがては全ての参加者の記憶は戻したい。そうだろ?』

 

 

手塚の言葉に頷く真司とまどか。

今回の重要なテーマは信じることだ。

もちろん何の考えも無しにとは言わないが、それでもまどか達はサキ達を信頼できる要素があると。

 

 

『だから、話そうと思うの』

 

『それは――』

 

 

ほむらは何も言わない。

それを了解と取ったのか、まどかは口を開いた。

さやかとサキに事情を説明するためだ。

 

 

「待って!!」

 

「!」

 

 

だが、その時だった。

ほむらが焦ったように表情を歪め、声を荒げた。ほむらにしては珍しい。

なによりもテレパシーではなく本当に声に出してしまったため、さやかとサキも目を丸くしてほむらを見ている。

 

 

「わ、びっくりしたなぁ。どうしたのさ転校生」

 

「あ、いや、それは――ッ」

 

 

すると、ほむらの叫びに反応したのか。

マミがピクリと眉を動かし、直後ゆっくりと目を開けた。

 

 

「―――」

 

 

マミは目を覚ますと、直後すぐに汗を浮かべて跳ね起きた。

呼吸を荒げて確認するのは自分の腕だ。右腕、左腕、しっかりとある。

指も動く。マミは安堵の表情を浮かべ、ため息を漏らした。

が、しかし、すぐに引き戻される現実。少なくともアレが夢で無いことくらい、マミにも分かる。

 

 

「ね、ねえ鹿目さん! アレは一体なんなの!? 魔獣って――ッ」

 

「お、落ちついてくださいマミさん!」

 

 

まどかにしがみ付くマミ。無理もない、それだけの恐怖を体験したのだ。

気づけばソウルジェムに淀みが発生している。なんとか落ち着けようと、まどかはマミをなだめるものの、やはりアルケニーの言葉が耳に張り付いている。

 

 

『だからよォオ! お前ら魔法少女が魔女になるって話だよ! 知らないの? 知らないよねぇ! ギャハハ!』

 

 

なにより、神那ニコ。マミは知らない。

なにより、鹿目まどか。マミは知らない。

 

 

「ねえ、鹿目さんッ!」

 

「……ッ」

 

 

瞬間、マミの肩を、ほむらが叩いた。

 

 

「ごめんなさい。私達は何も知らないの」

 

「でもッ!」

 

「信じて」

 

 

やや機械的に放たれた言葉。

しかしそう言われてはマミとしては追求できない。

いや、食い下がっても良かったが、ほむらから話す意思が無いことはヒシヒシと伝わってきた。

もちろんそんな事を考えたくは無い。今のマミは不安定だ。何を信じて良いのか今はまったく分からない。

そしてまどか達も、まさかほむらがそこまで拒絶を示すとは思わなかった。

 

 

『うん。わかったよ。ごめんね、ほむらちゃん。今は話すの、止めておこうね』

 

『まどか……。ご、ごめんなさい』

 

『ううん。ほむらちゃんの言うとおり、ミスはできないもんね』

 

 

真司と手塚は沈黙である。

真司は何を言っていいのか迷っているようで、手塚は複雑そうに表情を顰めている。

手塚としてはまどかに賛成だったが、ほむらの言わんとしている事も分からないではない。

確かにさやかにはオクタヴィアの記憶が張り付いている――、と言うのは分かる。

 

ほむらは仮にもループ経験者であるため、『慣れ』があったが、他のメンバーはそうとも言えない。

いや、いや、違うのか。それらは結局全て憶測でしかない。

ほむらはきっと……。

 

 

(難しい年頃だな)

 

 

結局、手塚と真司は今日のところはほむらに従う事にした。

さやかサキにも納得してもらい、今日は帰ってもらう事に。

しかし油断はできないため、ドラグレッダーとエビルダイバーをそれぞれにつけておいた。

 

 

『魔獣の気配があるけど無い』

 

 

警戒を解けないのは、ニコがそんな事をメールで告げてきたからだ。

魔法アプリ、レジーナアイをアップデートさせたニコ。それは、今現在見滝原に魔獣が降り立っているかどうかを判断できるものだ。

それによると、アルケニーがいた頃よりも微弱であるが、確かに現在も魔獣がいると、アプリは答えを示している。

 

ニコ側のミスの可能性? それは、ある。

ニコは神ではない、アプリの構築時にミスがあれば当然できあがる物にもミスが出てくるのは当然の事だ。

しかし逆を言えば、正しいと言う考え方も当然できる。魔獣がいるが、魔獣がいない。

 

どういう事なのか?

従者達がまだ潜んでいるのか?

それともまだ何か、向こう側に隠し玉のような力があるのか。

いずれにせよ、警戒はしておかなければならない。

しかし、そうであったとしても全てを守る事は厳しい。それを痛感させられた。

 

 

「クソッ!」

 

 

思わず真司は苛立ちから自分の掌を殴る。

アルケニーによって罪も無い人が殺された。ああ、なんて――。

そんな風に思っていると、奇しくも真司のその件で連絡が入った。

 

 

『おい真司、今からちょっと会社来い。あの被害者の男性が亡くなったらしい。朝一で情報出すぞ』

 

「あ……、えっと」

 

 

まどか達を見る真司。

一応今日はもう大丈夫だと思うからと、まどかは真司に行くように促した。

 

 

「ごめん皆。ちょっと行ってくる!」

 

「うん。お仕事頑張ってね真司さん!」

 

 

真司はもう一度頭を下げるとOREジャーナルの方へ向かっていった。

 

 

「手塚、あなたも帰って良いわよ。ここからは少し距離があるでしょう」

 

「それは、まあ。だが――」

 

「ここは大丈夫」

 

 

マミは少し不安そうな目でまどか達を見る。

 

 

「あ、マミさん。今日は泊まっていって良いですか?」

 

「そ、そうしてくれるの!」

 

「はい。わたしとほむらちゃんで、マミさんはしっかり守りますから!」

 

「あ、ありがとう!」

 

 

ほむらは手塚を見る。

なるほど。確かに女子同士のお泊り会に男が混じる事ほど気まずいものは無い。

結局、手塚も今日のところは帰る事に。

 

残されたマミ。

やはりまだディスパイダーの恐怖が脳に張り付いているのか。

笑みを浮かべる元気も無いようで、ずっとベッドで俯いている。

このままではいけないと思ったのか、まどかは笑顔でマミに話しかけた。

 

 

「ごはんにしましょうか、マミさん」

 

「え、ええ」

 

 

もちろん作る気力などなく。

ほむらが近くのコンビニに買いに走ったお弁当を三つ、テーブルの上に並べる。

 

 

「ごめんなさい、二人とも、私が作れればいいんだけど」

 

「そんなッ、あんな事があったんですから、今日は休んでください」

 

「う、うん。そうね。そうよね。久しぶりだわ、コンビニのお弁当」

 

「最近のは美味しいわよ」

 

「暁美さんは自炊しないの?」

 

「ええ。どうやらその才能は無かったみたい」

 

「ダメよ、たまにはいいけど毎日じゃ健康に悪いわ」

 

 

言葉だけ聞けば和気藹々とした雰囲気に見えるが、実際は重い空気が張り付いていた。

無理もない。流石のマミだって、ほむら達の様子がおかしい事には気づいていた。

なにより少し見えたまどかの姿、そしてその力、明らかに普通ではない。

あとは自分がボロボロにされたディスパイダーを、まどかが撃退したと言う事実。

 

マミには一応プライドと言うものがあった。

ベテラン魔法少女として、最強であると言う自信があった。

なのに、後輩である筈のまどかに実質負ける。それは少なからずマミとしては心に来る想いがあった筈だ。先輩としての価値はあるのだろうか? なんて、思ってしまう。

そしてそのタイミングで、まどかが地雷を踏んでしまう事に。

 

 

「でもなつかしいですよね。昔はよく三人で一緒にご飯食べたじゃないで――、す、か……」

 

 

汗を浮かべるまどか。マミは目を丸くしている。

 

 

「え?」

 

「あ、いやっ、あの、えっと」

 

「鹿目さん、何のお話なの? だって暁美さんはまだ知り合ったばかり――」

 

「あ、いやっ、あの、えと――」

 

 

咄嗟に嘘をつければ良かったのだが、鹿目まどかと言う少女は嘘が大の苦手である。

どうしても苦しげな表情になってしまい、ほむらとしてもフォローを行う前に、マミに感づかれてしまった。

 

 

「ね、ねえ。教えてくれない? 二人は何を知ってるの!?」

 

「そ、それは――」

 

「魔獣」

 

「えっ?」

 

「魔獣。魔女とは異なる敵が近頃姿を見せているの」

 

 

しかしとにかく情報が少ないため、迂闊には言えなかったと説明しておく。

 

 

「魔法少女が魔女になると言う情報を言いふらしているのもアイツ等よ。全く、どうとでも言えるわね」

 

「………」

 

 

まどかは複雑そうな表情で喉を鳴らした。

息をする様に嘘をつくほむらは、尊敬できる様で尊敬できない。

しかし良くない事とは思いつつ、マミは納得しているようだ。

 

ほむらと共に早速魔獣の対策案を二、三と口にしている。

が、しかし、これらは結局のところただの先延ばしでしかない。

それはこの部屋にいる三人、誰もが心の隅に思っていることだった。

 

 

「……?」

 

 

ふと、ほむらはマミの首筋に小さなほくろを見つける。

 

 

「………」

 

 

少し、何かが引っかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、なんかおかしかったね」

 

 

ギャーギャーと子供が騒ぐ音が聞こえる。

芝浦は後ろの方を確認すると、真横に流れていた『ご注文品』からマグロの寿司を奪い取ると、持っていたわさびを大量にネタとシャリの間に投入。

素早くそのマグロをご注文品台に戻すと、ニヤニヤとしながら茶碗蒸しを食べていた。

 

 

「いらね」

 

 

銀杏がスプーンの上に鎮座なさっている。

不快な表情を浮かべると、目の前にいたあやせの皿の上に放り投げた。

チョコケーキの隣に転がる銀杏を見て、あやせは呆れたような表情を浮かべる。

 

 

「んもう。淳くんってば、好き嫌いしたらダメなんだよう?」

 

「うるっさいな、そんなショボイ物、おれには似合わないんだよ」

 

「で、でもコレって、か、か、間接き、キキキス?」

 

「はぁ?」

 

 

あやせは顔を赤く染めて、素早く銀杏を口の中に入れた。

丁度後ろから悲鳴。すぐに店員が飛び出してきて事情を聞いている。

わさび入れすぎ、ふざけんな、キレる客と謝る店員。

それをあやせは携帯で撮影していた。

 

 

「理不尽な理由で客がキレてるってSNSにあげとけ」

 

 

ステ垢で言われた通りにするあやせ。

彼女もニヤニヤと笑いながら、わざと大きな声を出して店内に聞こえる様に声を張り上げた。

 

 

「あーあ、店員さん可哀想。このお店、お寿司にわさび入ってないのに♪」

 

 

店の中が静かになった。

これで話に集中できる。芝浦はあやせに、ルカを呼ぶように命令を。

 

 

「えー、もう、まだケーキ食べてるのに」

 

「味覚は共有できるじゃん」

 

「リアルと感覚は違うんだけどな。ま、いっか☆」

 

 

目を閉じるあやせ。

すると次に目を開けた時、その雰囲気がガラリと変わっていた。

 

 

「お前はどう思う」

 

「あの鹿目まどかの力、やはり、異常かと」

 

 

通常時ならばまだしも、アライブ体と呼ばれる状態は明らかに魔力の数値が爆発的に跳ね上がっていた。

アルカに匹敵する、いや、超える程の力ではないか。

気になるのは電子音が流れたと言う事だ。アライブ、であるとそれは少なからず騎士の力が関係しているのではないだろうか。

 

 

「ちょっと探りを入れましょうか」

 

「そうだな。おれ抜きで話が進むのってイヤなんだよね」

 

 

芝浦はニヤリと笑って、流れてくる適当な皿を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔法少女は絶望に染まると、ソウルジェムが穢れ、そしてグリーフシードが生まれ、魔女になる」

 

「え?」

 

 

マミが振り返ると、そこには魔法少女になったまどかが立っていた。

薄ら笑いを浮かべ、まどかはジットリとマミを見つめる。

 

 

「常識ですよ、マミさん」

 

「で、でもそれは魔獣の嘘だって――」

 

「嘘じゃない。知らないのはお前だけだ」

 

 

一瞬だった。

まどかが弓を構えたと思えば、光の矢がマミの左目を捉える。

 

 

「――ァ」

 

 

声にならない叫び。

痛み、熱、マミは左目を抑えて地面に膝をついた。

一方、まどかの笑い声が響く。

 

 

「なにを……!」

 

「決まってるじゃないですか。やがて始まるフールズゲームのために、参加者を減らしておくんですよ」

 

「ふ、フールズゲーム?」

 

「騎士と魔法少女が手を組み、最後の一組になるまで殺しあう」

 

 

ほむらがいた。

ほむらは銃を引き抜くと、マミの膝を打つ。

膝蓋骨が砕ける音がして、マミは恐怖と痛みに叫びを上げた。

 

 

「な、何を言って――ッッ!!」

 

「何も知らないのね。やっぱり貴女は」

 

「仕方ないさ、ほむら」

 

 

背後から声が聞こえる。

マミが振り返ると、そこには槍を構えた佐倉杏子が立っていた。

 

 

「さ、佐倉さん!!」

 

 

手を伸ばしたが、杏子はその手を取るのではなく、槍の先にあった刃で切断して見せた。

再び地面に落ちる腕が、マミの脳裏にディスパイダーとの戦いを蘇らせる。

 

 

「お前は前回のゲームじゃ、最初に死んだからなぁ? おい!」

 

 

瞬間、杏子の姿が音を立てて変化していく。

そこに立っていたのは、ディスパイダーであった。

 

 

「ヒッ!」

 

 

マミの表情が恐怖で歪む。

 

 

「皮肉だな巴マミ。まどかが形成した小規模の円環の理、お茶会の舞台はお前の家だったのに! そのお前が、何も知らないか!」

 

 

ディスパイダーはマミの首を掴みあげると、そのまま強く締め上げながら口を耳に近づけた。

 

 

「お前は何も分かってない。何も理解していないし、理解すらさせてくれない」

 

「が――ッ」

 

「鹿目まどかも、暁美ほむらも、佐倉杏子だって知る。なのにお前は一人ぼっち、誰も、何も、お前を理解しようとしない、できない」

 

 

マミの視界がぼやけていく。

向こうに龍騎、ライア、シザースが立っていたが、誰も動かなかった。誰も助けてくれない。

 

 

「壁がある。お前は向こう側にはいけない!」

 

 

皆がお前を避ける。皆がお前を遠ざける。

なぜか? 決まっている。無知だから、狂うから、滑稽だからだ。

何も知らないで踊るピエロ。全てを知っている者からすれば、巴マミと言う人間は滑稽の極みなのだ。

 

 

「サキもそうだ。お前は知らない。浅海サキはお前を恨んでいる!」

 

「ガハッ!」

 

 

地面に叩き落されたマミ。それを見下すディスパイダーの目が怖かった。

 

 

「お前は、また、何もできずに終わる。恐怖しろ、巴マミ」

 

 

ディスパイダーは笑った。声を出して、ただひたすらに笑った。

その声がマミの耳を貫き、脳を恐怖で染めてくれるように、声を荒げ、笑った。

 

 

「ギャハハハ! お前は所詮! 誰とも分かり合えず、死んでいくんだよォオオ!!」

 

 

腕を伸ばすディスパイダー。

マミはマスケット銃を出現させようとするが、出ない、出せない。

だから、恐怖に叫んだ。

 

 

 

 

 

「――ッ!?」

 

 

夜。深夜。誰もが寝静まる。それはマミ達も例外ではない。

今日は疲れたと言う事もあり、マミはマミのベッド、ほむらはソファの上、まどかはマミ両親の部屋にあるベッドの上でそれぞれ寝息を立てていた。

 

ああ、いや、ほむらだけは薄目を開けて、ジッと天井を見ている。

なんだかどうにも居心地が悪い。胸の辺りがザワザワする。

まさにその時だった。マミの悲鳴が聞こえたのは。

ほむらは跳ね起きると、すぐに様子を確認しに走った。

 

するとベッドの上で苦しそうに呻き声をあげているマミをすぐ見つけた。

声をかけてみるが起きる気配は無い。しかし本当に辛そうだ。

顔は青ざめ、額には大量の汗が滲んでいた。

 

 

「巴さん! どうしたの巴さん!」

 

 

体を揺するが、マミは悲鳴に近い声を上げるだけで反応は無い。

すると状況を察知したのか、まどかが小走りでマミのベッドにやって来た。

 

 

「マミさん! 聞こえますかマミさん!」

 

「呼んでも反応が無いの!」

 

「なんで――って、あ!」

 

 

まどかがマミの様子を伺うと、首筋にうっすらと発光する黒い点があった。

 

 

「輝け天上の星々ハマリエル! 煌け、純白のヴァルゴ!」

 

 

魔法少女に変身したまどかは翼を広げて眠っているマミの上に位置を取る。

 

 

「呪いを砕く穢れ祓いし慈愛の光よ。万物を癒す救済の矢と変わり、我を照らしたまえ!」

 

 

そして弓を振り絞り、光を集中させた。

灯りをつけていないのにハッキリとマミの部屋が確認できる。

その中、まどかは振り絞った弦を離した。

 

 

「救え、乙女! スターライトアロー!」

 

 

弓から乙女の天使が発射され、マミを包み込むように抱きしめる。

するとマミの首にあった『ほくろ』が分離、エネルギーをバチバチともらしながら、その内、天使の加護により粉々に破壊された。

 

 

「ギャハハハ、オマエは、ショセン、ダレともワカリあえず、シンデいくんだよ!」

 

 

直後。

 

 

「ギャビィィイ!!」

 

 

呪いが破壊された。星の骸にいたオクビョウは悲鳴をあげて後ろに倒れた。

杖の先についている黒い球体をマミにつけておいたが、あれを破壊されると全ての呪いは遮断される

 

星の骸。

アルケニーに与えられた部屋では、オクビョウの声が先程から木霊していた。

そう、マミが見ていた光景は夢、悪夢だ。

 

しかしてそれは偶然の産物ではない。

この魔獣、このクララドールズが仕組んだ事なのだ。

オクビョウの能力、それは夢の干渉。対象にマーカーを打ち込むことで、夢に進入し、悪夢を見せることができる。悪夢はアルケニーが台本を用意しており、その通りにオクビョウが再現していく。

見滝原に降り立っていなくても干渉できる悪意、それは大きなアドバンテージだった。

アルケニーは椅子にどっかりと座り込み、先程から笑い声を上げている。

 

 

「状況と環境が人間を変化させる。だったよなぁ?」

 

「ああ、城戸真司はそう言っていたね」

 

 

部屋の中には四人。

マミに精神攻撃を仕掛けていたオクビョウ、椅子に座っているアルケニー。

そして部屋の隅で壁にもたれかかっている小巻と、シャンデリアから垂れる蜘蛛の巣を触っているアシナガだった。

 

 

「なるほど、確かに間違ってはないねぇ」

 

 

その点に関してはアルケニーのミスであると、自分でも理解できる。

現に芝浦は結果的にまどかの味方をする形になった。あの状況では戦う理由が薄いからだ。

ゲーム中ならばまだしも――。それは芝浦だけにいえた話ではない。

ずっと目を逸らしている小巻もまた、最初の頃とは大きく性格が違っている。

 

 

「小巻。いい加減、人間に希望を持つのは止めた方がいいと思うけどね、ボクは」

 

「ッ」

 

「アシナガの言うとおりだ。あんなクソみたいな害獣がうろついていると思うだけで吐き気がする!」

 

「けど、呪いが見つかるのが意外と速かったね」

 

「問題ない。オクビョウは恐怖心を媒介に夢に干渉できる。つまり――、どういう事か分かるか? 小巻ちゃん」

 

「……巴マミは怯えている」

 

「その通りだ。クハハハ!」

 

 

アルケニーは夢を通してマミを狙うと恐怖心を煽った。そう、元々あった恐怖心を増幅させたのだ。目的は達成されたと言っても良い。

ココからは勝手に自滅してくれるだろう。それがプランB。もちろんそれだけで終わるとも思っていない。そうすれば最終的にプランCに移行する。

 

 

「アタシは慎重なんだ。お前らにも協力してもらうぞ」

 

「ボクは別に構わないよ」

 

「………」

 

 

静かに頷く小巻。それしか選択肢が無いとはいえ。

ソレをジッと見ているアシナガ。嘲笑を浮かべ、呆れた様に首を振る。

 

 

「理解が加速していない」

 

「え?」

 

「魂が震えていないなぁ」

 

 

面倒な言い回しを好むアシナガ。

小巻としては何がなにやらである。

 

 

「優しく生きていて、正しく生きていて、何か良い事があったかい?」

 

「ッ」

 

「愛は手に入ったかな」

 

 

淀んだ赤い目で、アシナガはジットリと小巻を睨む。

 

 

「ボクは人間を学んだ。それで理解したよ」

 

 

優しくても、正しくても、それは世界では何の役にも立たない。

人を傷つける事こそが高みを目指す世界。そんな世界形態を確立させたのが人間であると。

小巻は怯えている。震えている。躊躇している。人の鎧を捨て、人を殺す事に。

しかし何を躊躇う必要がある。

 

 

「奴ら欠落品を排除する事こそが、なによりも人の為になるのに」

 

 

なにより――。

アシナガは壁に貼ってあった参加者の写真を殴る。

 

 

「キミにも憎悪があるだろう?」

 

 

小巻はふと、まどかとほむらの写真を見る。

 

 

「クッ!」

 

 

そして歯を食いしばり、確かに憎悪の表情を浮かべた。

 

 

「人は人を美化しすぎている。巴も、須藤も、すぐに狂うよ」

 

 

環境、状況、変えてもらおうじゃないか。巴マミを。須藤雅史を。

 

 

 

 

 

 

 

 

マミの家。

 

 

「それで――、何かを、魔獣に、埋め込まれて……」

 

 

嘘では無いが、嘘だった。

呪いを破壊された後、マミは疲労しきったように目を覚ます。

そこでまどか達は今のが夢であると告げたのだが、それでマミが納得するわけが無い。

あの痛みと恐怖はあまりにもリアルだった。故に、まどか達は教えるしかなかった。

アレは魔獣の仕業で、もうその呪いを解除したから大丈夫だと。

 

 

「ねえ、私はそんなに信用できないの?」

 

「えっ?」

 

「私には、何も教えてくれないのね……」

 

 

心に刺さった。

マミは悲しげに二人を見る。そして直後、縋るようにまどかの肩を掴んだ。

 

 

「私達、お友達――っ、よね?」

 

「……ッ」

 

「もう耐えられないの。お願い、知ってること全部話して!」

 

 

目を逸らすほむら。まどかは、少し戸惑っていた様だが、やがて意を決した様に頷いた。

酷な話だったのだ。ゲームで言うならば始めたばかりのマミが後半のボスであるディスパイダーに狙われる。それは怖くもあるだろう。

大丈夫。大丈夫の筈だ。それにもう、マミが悲しんでいる所を、怖がっている所を見たくはない。

 

 

「ほむらちゃん、いいよね?」

 

「……ええ」

 

 

だから二人は、グリーフシードを用意して、それをマミに使った。

 

 

『ユニオン』『メモリーベント』

 

 

友達、仲間、正義、魔法少女。マミの中に詰まっている希望。

愚者を呼ぶ声。はじまるフールズゲーム。さよなら、円環の理。

思い出しますか? はい。ではどうぞ。

 

 

「あ」

 

 

反転。

 

 

『友達? 馬鹿かお前は!』

 

 

殴られた。杏子。あなた、大切な。

 

 

『仲間なんて誰も助けてくれないの』

 

 

ほむら、そこに、いる。銃が頭を、貫いて。さようなら。

 

 

『だから、私は自分自身の正義を貫く事を決めたんです!』

 

 

嘘、そんなの嘘。人は人なのに。殺した、殺すって?

嘘なのに、嘘じゃないの? それは、きっと正義じゃないわ。

わかって? どうして? 殺すノ?

ひドイ、知ッテタクセニ

ゼンブ、ワカッテタ、アナタハ、正義。正ギ、セイギ……ウソ

チガウ。ソウジャナイ、アナタハチガウ。アナタ……ウソ

ウソ ゼンブ スベテ―――……

 

 

『みんな死ぬしかないじゃない!』

 

 

自分で言った言葉だろう。

分かっている。分かっているよ。

あの後は、誰に殺されたの? 誰を殺したの?

 

 

『ンンンンンンンッッッマッッ!!』

 

 

生き残って、そして、アイツに。

ワルプルギスに、食べられました。

ティロフィナーレは。

 

 

『フヒュ!』

 

 

一息で、吹き飛ばされた。

 

 

「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

頭を押さえ、絶叫するマミ。

ソウルジェムが一瞬で濁り、まどかはグリーフシードを押さえつける事で浄化を開始する。

しかし一つを使い切った所で、穢れは尚加速していく。

二つ目のグリーフシードはコアグリーフシード。ダークオーブ産の魔女が生み出したそれは、通常のものよりも穢れをはらう力が強い。

しかしマミにはそれを丸まま一個消費せざるをえなかった。

既に使い終わったグリーフシードを回収するために、姿を現すキュゥべえ。

 

 

『マミは不思議な娘なんだ』

 

 

グリーフシードを食べながらキュゥべえは淡々と口にする。

 

 

『ループを通してみて、一貫性が無い。きゅっぷい』

 

 

ある時は正義の味方を自称するが、ある時はゲームに乗って参加者を殺して回る。

しかし、さやかの様に半端ではなく、杏子の様に割り切る事もできない。

それに杏子やさやかもそれはある意味一貫性のあるスタイルだ。

 

杏子はシルヴィスによって狂わされるかどうかで、ほぼ毎回行動方針が三パターン程に分けられていた。しかしマミは読めない。参加者の中で一番些細なことで傷つき、些細な事で行動を変える。

 

 

『弱いのか――、と言われれば、ボクは首を傾げる。彼女はゲームによっては相当強い精神力を見せていた。しかしゲームによってはまさにガラスの様に繊細で、すぐに壊れちゃった』

 

 

分からないよね、不思議だね。キュゥべえは地面に転がっていたコアグリーフシードを食す。

 

 

『しかし考え見ると、一つの答えが出たんだ』

 

 

キュゥべえは今この言葉を、まどかとほむらにしか聞かせていない。

マミは、ジッとしていた。ソウルジェムを操作し、思考を鈍らせた。

考える事が危険だと理解したからだ。

 

そう、マミは考えるのを止めた。

しかし、瞬間、理解はしていた。

それを今、ゆっくりと噛み砕いている。

 

 

『彼女の心理には、いつも恐怖と孤独が取り巻いていた』

 

 

面白い感情だ。人を歪に弱くさせる。人を歪に強くさせる。

怖い、恐ろしい、だから消す、だから縋る。

ルーレットだ。赤に入るか、黒へ入るか、同じゲームでも分からない。

ゲーム? そう、乱数と言う言葉がある。それと似ている。

結局、その時、その瞬間にならなければ、マミの心の行く先は分からない。

 

 

『恐怖を振り払えたら、いいよね』

 

 

マミは思考を戻した。

もう狂わない。理解が終わった。それだけの思考と、強さがマミにはあるからだ。

マミは絶望し魔女になった事もある。その経験、その記憶をも今は振り払った。振り払えた。

しかし、だからと言って、冷静なのかと言われれば――。

 

 

「アアアアアアアアアア!!」

 

 

再び叫び、マミは銃を引き抜く。

刹那、変身。まどかとほむらが左右に飛ぶと、つい先程まで二人が居たところには銃弾が通過していた。

 

 

「レガーレ!!」

 

 

ほむらが時間を停止しようとした瞬間、足にマミのリボンが巻きついた。

 

 

「――ッ!」

 

 

強い既視感。これは、確か――?

 

 

「あ」

 

 

気づけば、前に膝。

反射的に盾を顔の前に持っていく。

すると衝撃、マミの膝が盾に直撃し、衝撃がビリビリと腕に伝わってきた。

 

さらに衝撃。回し蹴りだ。

さらに『蹴り上げる』アクションだった為、ほむらの盾が打ち上げられる事に。

がら空き、ふと見えたのは銃口。

 

ダメだ、殺られる。

ほむらは反射的に回し蹴りを行った。

すると感触、マミの腕に当たった。

そしてそのままの勢いで盾に手を入れ、ハンドガンを引き抜いた。

交差する腕、銃口越しの瞳、そこへ二人は宿命を見た。

 

 

「落ち着いて、巴さん!!」

 

 

戸惑い。

 

 

「そう言って、また殺すのよね!!」

 

 

狂気。

 

 

「ちが――ッ!!」

 

 

矛盾。

詰まる。『ちがう』。あと少しだった。

あと少しでその言葉がハッキリと言えたのに、ほむらは言葉を切った。

 

何が違う?

確かに覚えている。マミを油断させて、撃ち殺した事がある。

まどかを守るために? ゲームに勝つために?

分からない。あの時の私は、一体何を思って……。

 

 

『落ち着いて巴さん!』

 

『暁美さん、来てくれたのね』

 

『ええ』

 

 

銃声。倒れるマミ。

吐き気がほむらを襲う。思わず口を押さえた。

殺す、殺される、ブッ殺してやる。妄想? 幻想? 分からない。

マミの泣き顔、怒りの顔、重なる。重なりすぎて、目眩がする。

 

 

「違う!!」

 

 

それを否定するために、ほむらは大声を上げていた。

しかしその声がマミを怯えさえ、反射的に引き金を引いてしまった。

だが今は時間停止中、放たれた銃弾は僅かに進むが、ほむらの眼前にて停止する。

 

 

「巴さん、私は――、確かに貴女を裏切った事がある! でもお願い! 今は信じて! もう私は絶対にあなたを裏切らない――ッ!」

 

「信じられると思う!? あなたは覚えてないでしょうけど、その言葉も聞いた覚えがあるわ!!」

 

「ッ!!」

 

「暁美さん、貴女って、本当に意地悪なのね!!」

 

 

銃身がほむらの頬を掠めた。

マミのマスケット銃は基本的に一発しか銃弾を放つ事はできないが、次々に現れる銃は種類も豊富なものに設定でき、かつ、それぞれが鈍器として機能する。

 

いくらマミが少女だからと言って、上につくのは魔法少女。

素手でコンクリートとくらいならば簡単に破壊できる。

その力から振られる銃は鈍器として十分すぎる威力を持っているのだ。

ほむらのスペックは低い、打たれればダメージで怯み、連続で攻撃を受ける危険性がある。

 

 

「くッ!」

 

 

身を低くし、わずかな望みを賭けて足に巻きついているリボンを撃った。

しかし、リボンは銃弾が当たる前に消滅。そして再び出現する。

だろうな、分かっていた、ほむらには記憶がある。

霞掛かっている、が。

 

 

「私は貴女の事を、信じていたのに!!」

 

「ッ!」

 

 

マミから目を逸らした。

しかし今は戦闘中だ。ほむらの足に衝撃が走る。

マミの足払いが入り、ほむらは仰向けに倒れてしまった。

部屋の明かりが後光となり、ほむらを見下すマミを照らした。

 

 

「もう、今更、信じられる訳ないじゃない!」

 

 

マミは歯を食いしばる。

ほむらの心に剣が刺さった。呼吸が止まった。血が流れた。

また、この顔、またあの顔、また、その顔をするのね。

 

 

「……私の負けね」

 

 

賭け。ほむらは持っていたハンドガンを自分のこめかみに押し当てた。

賭け、お願い引っかかって。ほむらは引き金に指をかける。

しかし、ほむらが見たのは、呆れた様に目が据わっているマミだった。

 

 

「またその手なの?」

 

「え?」

 

 

思い出せない。

 

 

「私が油断すると思った?」

 

「――ッ」

 

「もう私。何も知らないピエロじゃないのよ」

 

 

マミは自分の指でソウルジェムをなぞる。

 

 

「コレが破壊されなきゃ、私達は不死身でしょ?」

 

「ッッ!」

 

「いつも一人ぼっちだった! 皆に取り残されて! 私だけ教えられない! 教えられても最後はいつも一人!!」

 

 

鹿目さんは貴女と仲良くなっちゃうし!

佐倉さんは美樹さんと親しくなる!

世界が変わっても、みんな、それぞれ新しい友達ができる。

 

 

「サキだって……! サキだって!!」

 

 

浅海サキを親友と信じて疑わなかった。

しかし二つに一つ。ゲームが始まれば妹の件で狂うか、それともサキは面影を求めてまどかに走るか。

 

 

「頑張って、頑張って頑張って頑張ってもッ! ワルプルギスには簡単に負けて、殺される! 私の惨めさが分かるのッ!」

 

 

マミの指が震えている。

そして、引き金に掛かった。

 

 

「ウアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

そして咆哮。

ほむらは地面を転がりあがり、窓を突き破って外に出た。

マミは反射的にほむらを追いかけて外に出る。

 

 

「!」

 

 

マミの体に迫る鎖。

見ればほむらの盾からチェーンが飛び出し、マミの腕に絡みついた。

 

 

「騎士と契約している魔法少女なら――ッ!」『ユニオン』『アドベント』

 

 

ほむらの真下に現れたエビルダイバー。そこへ着地すると既に最高スピードに到達。

マミを縛り上げたまま、ほむらは近くのビルへ一直線。

そのビルの一階はマジックミラーになっており、ほむらはそれを経由してミラーワールドに入った。

騎士と契約済みの魔法少女も、同じように入ることができる。

マミもそれは受け入れたようだ。しかしいつまでも縛られているのは納得しないらしい。

 

 

「私と戦うつもりなの?」『ユニオン』『ストライクベント』

 

 

マミの右腕にシザースピンチが装備される。

巨大な鋏はチェーンを簡単に切断すると、マミは地面を転がり、体勢を整えた。

一方でエビルダイバーは旋回し、停止、マミとほむらの視線がぶつかり合う。

 

 

「戦いたい訳がない! 巴さん、お願いだから落ち着いて!」

 

「落ち着いて? 馬鹿ね、落ち着けるわけないじゃない!!」

 

「魔獣! ゲームを運営している魔獣がこの今、ゲームに参加してるの! そいつらを倒さなきゃ――ッ!」

 

「あの蜘蛛でしょ? 分かるわ、分かってるわ。もちろんアイツらは倒すわよ。でもそれはイコールで、貴女を信頼できる理由にはならない!!」

 

 

マミは飛んだ。

迷う、考える。止まっている? マミを信じる? ダメだ、目が本気だ。

抵抗しなければ、本気で殺される。

だから、ほむらも跳んだ。

 

 

「ねえ暁美さん! 魔獣を倒したらどうするの? それはゲームの勝利条件なの!?」

 

「それは――ッ!」

 

「この世界は楽しい絵本の世界じゃないの。悪を倒してハイお終いにはならない。ハッピーエンドにはならないの、無限に続くの!!」

 

「ッ」

 

 

時間を元に戻す。

ほむらはマシンガンを両手に。

マミは両手を叩き、周囲に無数のマスケット銃が出現させて飛来する。

互いの銃弾はなんとお互いにぴったりと重なる様に着弾していき、次々に相殺し合っていく。

 

 

「同じ条件で私に勝てる?」

 

「根競べなら負けないわ」

 

 

デジャブ。よく思い出せない。

それに。

 

 

「同じ条件では無いものね!」『フリーズベント』

 

 

マミの背後上空に出現するボルキャンサー。その口から巨大なバブルが発射された。

同時にエビルダイバーの背を蹴るほむら。バブルの中にはエビルダイバーが入り、フリーとなったほむらは、盾からチェーンソーを取り出してエンジンを入れた。

ドゥルルルルと轟音が響く中、回転する刃とハサミがぶつかり合う。

激しい火花が散っていく中で、二人は尚、睨み合う。

 

 

「あなたは鹿目さんを守るためにッ、また私を裏切るんでしょう!」

 

「もう、私は――ッ!」

 

「無理よ! 過去が、ループが否定しちゃうもの!」

 

「それでも私は信じてる!!」

 

「私の事は!? 私だって裏切る可能性があるのよ!!」

 

「あなたはどうして――ッ、嫌な記憶だけを振りかざすの!」

 

「人間はね、傷ついた事ほど覚えているものなの!」

 

 

弾かれあう武器と武器。

マミはリボンを伸ばして近くのビルの屋上の手すりに絡ませる。

そして一気に手繰り寄せる形で移動していく。ターザンの様に糸を利用して空を移動するマミ。

一方でほむらは手榴弾を強化させると、蹴りでバブルへ着弾させて破壊。

エビルダイバーを救出すると再び背に乗り、マシンガンを乱射する。

 

軌跡が交差していく。

マミの銃弾に危険を感じれば時間を止めて対応。

それを繰り返していくが、そこでほむらの額に汗が浮かぶ。

 

 

(砂がもう――ッ)

 

 

そういえば仕様が変更されたのだ。

さらにどうやら、止めている時間が長ければ長いほど落ちていく砂のスピードが増えていくようだ。さらにほむらは小巻戦でそれなりに時間を止めていた。

故に、終わる。

 

 

「クロックアップ!」

 

 

ほむらは残る砂を全て使い、自身のスピードを上げる。

エビルダイバーから飛び降り、高速で地面を駆けるが――

 

 

「ティロ!」

 

 

マミが構えると、その周囲三百六十度に巨大な大砲が次々と出現していく。

大砲の形はバラバラで、威力には多少強弱があるように思えるが、マミの周囲を完全にカバーしている。

 

 

「リチェル――」

 

 

ダメだ。ほむらは盾を構える。

エビルダイバーもほむらの前に移動すると、体を広げて盾となった。

 

 

「カーレ!」

 

 

踏み込むほむら。

しかしその予想とは裏腹に、放たれたのは銃弾ではなく花火だった。

 

 

「え?」

 

 

攻撃じゃない?

ほむらが砲台の中央に目を移すと、そこにはカラフルな光が照らすマミが。

彼女は小型の銃を出現させると、自分のソウルジェムに銃口を向ける。

 

 

「ダメッ!!」『ユニオン』『アクセルベント』

 

 

クロックアップとアクセルベントの重ね技。

ほむらは一瞬でマミの前に立つと、銃を奪おうと手を伸ばす。

すると、その瞬間だった。マミは銃口をほむらに向ける。

 

 

「え?」

 

「人を裏切るのって」

 

 

再び足払い。

デジャブか。同じようにほむらは倒れる。

 

 

「人を騙すのって、簡単なのね」

 

「……ッ」

 

 

ほむらは眉を顰め、直後、その拳で強く地面を殴った。

 

 

「どうして? どうしてなの巴マミ」

 

「え?」

 

「どうして信じてくれないの? どうして、どうしてどうして! どうしてッッ!」

 

「――ッ」

 

 

泣きそうな程引きつったほむらの表情を見て、マミは目を逸らした。

そしてバックステップ。ほむらから距離を空けると、直後怒りの形相を浮かべてティロフィナーレに使うための巨大な砲台を出現させる。

 

 

「信じたかった! 私は貴女達を信じたかったのよ!!」

 

「だったら信じれば良いじゃないか!!」

 

「「!」」

 

 

第三の声。

特徴的なエンジン音が聞こえ、マミとほむらの間にライドシューターが割り入った。

そこから飛び出してきたのは龍騎だ。

手塚からタイムベントが発動された事を知らされた真司は、何かあったのだと察知。マミの家に向かっている途中で二人を見つけた。

 

 

「でも、仕事に行ったんじゃ……」

 

「ああ、編集長に全部押し付けてきた!」

 

 

今頃OREジャーナルでは編集長が叫びながら怒りのタイピングである。

 

 

『真司ィィ! あの野郎覚えとけよーッ! クビだクビィイイ!!』

 

 

まあそんな事は今はどうでもいい。

とにかく移動する中で声が聞こえたからつい反論してみたが、まあ当然龍騎が流れを知っている訳はなく、半ば強引に割り入ってしまった。

しかし分かってる事もある。それは確かに今、二人が戦っていたと言うことだ。

 

 

「どうしたんだよ二人とも! 二人が戦う理由なんてないだろ!」

 

「城戸真司。ごめんなさい、巴マミの記憶を戻したわ」

 

「ッ、マミちゃん! だったら、なおさら戦う理由なんて無いじゃないか!」

 

「城戸さん……!」

 

「またあんな馬鹿な事を繰り返すのかよ! そんなの、やっぱ絶対おかしいって!」

 

 

マミは確かな戸惑いを見せた。

記憶の中で、真司が参戦派にまわった回数は限りなく少ない。

そういう記憶がまるで無い。所謂『事故』や、『間違った』事はあれど、最後には必ず共存を説いていた。

そんな龍騎――、真司に睨まれれば、自分がいかに曖昧な存在かが浮かび上がってくる。

気づけば、マミは大砲を落としていた。そして膝をついて、掌を地面につけて、崩れ落ちる。

 

 

「こんな事……、したいわけじゃないの」

 

「っ、マミちゃん……」

 

「でもしないと、怖いから――ッ!」

 

 

気づけば、ポタポタと雫が落ちていた。

 

 

「私は――、何の為に魔法少女になって――ッッ!」

 

 

ほぼ全てのループでマミは『生きる』ため、つまり仕方なく契約を結んだ。

そうしなければ死んでいたから、仕方なく。

なのにそれが理由で魔女と戦う運命を背負って、それだけじゃなくこんな馬鹿なゲームに。

 

 

「ごめんなさい、暁美さん。本当にごめんなさい」

 

「巴さん……!」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃ……!」

 

 

どうしようもなく悲しくなった。

何の為に魔法少女でい続けるのか、もうマミには分からない。

強いところもあるが、マミは繊細だ。一度崩れてしまった関係を知っている。

 

ほむらに殺された、まどかにすら殺された。

サキに恨まれた、さやかに拒絶された。杏子との関係は壊れた。

ソレを知っているのに、また『皆の先輩』ではいられない。

魔法少女としてはもう、マミは死んでしまったのだ。

 

 

「私が信じてたものは、ぜんぶ虚構だったのね……」

 

「巴さん……」

 

 

ほむらはマミに触れようと手を伸ばすが――

 

 

「………」

 

 

腕を、止めた。

 

 

「お願いだから、一人にして」

 

「ダメだよマミちゃん! 危ないって!」

 

「お願いですから!!」

 

「!」

 

 

怯む龍騎。隣にいたほむらはグッと拳を握り締めた。なにも、言えない。

背中を向けて歩いていくマミ。龍騎はゆっくりとカードを抜き取ると、後ろに下がり、マミに聞こえなくなる程度に距離が開くと、バイザーに装填する。

 

 

『アドベント』

 

 

ドラグレッダーが上空に現れる。

自己主張の咆哮を上げようとするが、龍騎は必死に黙るようにジェスチャーを。

 

 

「シーッ! しぃい! 黙っててくれよ!」

 

「グルル……!」

 

「ちょっとマミちゃんを護衛しててくれ。なるべく見つからない様に」

 

「グガッ」

 

 

またかよ。

そんなリアクションを取りつつも、ドラグレッダーはしぶしぶマミの後ろを追跡していく。

龍騎は変身を解除すると、携帯を取り出す。ニコからの連絡で、魔獣の気配が完全に消えたらしい。ほむらに聞くと、ほくろを破壊したからだろうと。

 

そしてそこにまどかがやって来る。

まさかミラーワールドにいるとは思っていなかったのだろう。探すのに手間取ったと。

 

 

「マミさんは!?」

 

 

事情を説明すると、まどかは複雑そうに頷いた。

 

 

「仕方ないよね……」

 

 

まどかは構えを取ると、魔法陣を展開させる。

 

 

「ファーターレハーヤー!」

 

 

まどかもこの現状を見て少し前から特訓をしていたらしい。

新技、生まれるのは忠誠の天使、レハーヤー。

手に乗るほど小さな天使であるが、スピードは速く、さらにその能力は偵察である。

ドラグレッダーの気配を探れるらしく、至急レハーヤーもマミの後を追う。さらにこの天使は魔力で形成し、切り離しているため、まどかが変身を解除した後も存在し続ける。

 

 

「レハーヤーがどこにいるかは、わたしと真司さんが知りたいって思えば分かるから」

 

「あ、ほんとだ! 頭の中に地図が広がる! すごいなコレ!」

 

「わたしは一応マミさんを追うね。魔獣がいなくても魔女はいると思うから。真司さんはお仕事に戻って」

 

「え? あ、でも」

 

「わたしは大丈夫。それに、編集長さんに怒られちゃうよ」

 

「あぁ、まあ、確かに」

 

「ほむらちゃんはどうす――」

 

 

まどかが振り返ると、ほむらは深刻な表情を浮かべて立ちすくんでいた。

 

 

「ほむらちゃん? どうしたの? 大丈夫?」

 

「……に」

 

「え?」

 

「傷つけたく、なかったのに」

 

 

崩れ落ちた。ほむらは地面に膝をつき、へたり込む。

 

 

「守れると思ってた。もう傷つけないと思ってた」

 

「ほむらちゃん……」

 

「どうして……、私はどうして人の気持ちを考えられないんだろう」

 

 

銃を抜けばマミが警戒するに決まってる。

あそこはどうあっても無抵抗を貫くべきだった。

たとえマミが攻撃してきてもソウルジェムさえ無事なら大丈夫の筈じゃないか。

痛みなら耐える事に慣れてると――、思ってたのに。

 

 

「どうして私は、こんなに無力なんだろう……」

 

 

マミにつけられた、ほくろも気づける筈だった。

数多のループでマミの姿はよく見ていたはずなのに確信がもてなかった。

つまり、それだけ、マミを見てなかったのだ。

 

 

「そんな事ないよ、ほむらちゃんは頑張ってるよ!」

 

「そ、そうそう! マミちゃんも武器出してたし、そりゃ抵抗するのは……、まあ、仕方ないって言うか!」

 

「それだけじゃない、私はまだ――ッ!」

 

 

サキとさやかの記憶を戻すと言った時、ほむらはそれを拒んだ。

それらしい理由を並べたが、それらは結局言い訳でしかないと今、完全に理解した。

 

 

「怖かった、こうなるのが」

 

 

本音なのだろう。

あまりにも感情が高ぶりすぎて、ほむらの声が震える。

 

 

「浅海サキの記憶が戻ったら、美樹さやかの記憶が戻ったら、彼女達は私に武器を振るうんじゃないかって……」

 

 

特に前回の時間軸。ほむらはサキを撃った。不意打ちと言う形でだ。

それをサキが許してくれるのだろうか? そもそも、どんな顔をしてサキの前に立てばいいのか、それが理解できなかった。

マミの言うことはよく分かる。一度変わってしまった関係を無視する事はできない。

 

 

「……俺達はさ、騎士になる時、みんな変身って言うんだよ」

 

 

別に言わなくても良い。良いのだが――、なぜか口にしてしまう。

本能? デッキの持つ力? 分からないが、そうした方がキッチリと脳を割り切れる。

自分は今、真司ではなく龍騎なのだとスイッチを入れる事ができる。そんな音声認識。

 

 

「でも、まあ、俺、人間って良く分からないけど――」

 

 

馬鹿馬鹿言われ続けてご立腹。真司も勉強しました。考えてみました

数あるループ、言い続けた言葉は戦いを止めよう、鼻で笑われ、背中から襲われ、それでも真司は考えた。

 

 

「なんか、やっぱりさ、人間ってそんな簡単に変われないんだなって」

 

「………」

 

「でもさ、それって悪い意味でも、良い意味でもあるんじゃない?」

 

「え?」

 

「一回友達になれたらさ、なかなか、変わらないと思うけど」

 

「でも――ッ!」

 

「まあ、変わるだけの時間がある事は確かだけど、せめて信じようよ。ほむらちゃんが友達になったマミちゃんは、そんな簡単に変わっちまう奴だったのかな」

 

 

簡単に変われない、良い意味でも悪い意味でも。

ほむらはそれをかみ締め、複雑そうな表情ながらも頷いた。

すると手。目の前にまどかの手があった。

 

 

「大丈夫。ほむらちゃんは一人じゃないよ。一緒に、マミさんと仲良くなろう!」

 

「―――」

 

 

一人じゃない。

簡単な言葉だが、なぜか一筋、涙が目から零れた。

 

 

「ええ。信じたいわね」

 

 

まどかの手を取ってほむらは立ち上がる。

きっと何とかなる筈だ。そう信じたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

マミが住んでいるマンション。その屋上でニコは腕を組んで柵にもたれ掛かっていた。

 

 

「べぇやん、HSPって知っとる?」

 

『あ? なんだよ、ソレ』

 

「べえちゃんは?」

 

『感受性の高い人間。過敏な人間と、ボクは記憶してるよ』

 

「ま、だいたい五人に一人はいるって話だけど」

 

 

簡単に言えばシャイ。

 

 

「たとえば、うーん。衝撃とか音に弱い。扉を強く閉められただけでその人間が自分に敵意を持っているんじゃないかと疑ってしまう」

 

 

たとえば痛みに敏感だったり、多くの物を頼まれるのがイヤだったり、頭じゃ分かってるのに本番じゃ自分でも信じられないミスをしたり。

動揺する状況を避けることを常に意識していたり――。常に失敗のリスクを考えてしまったり。

 

 

「人の言葉で、簡単に傷ついたり」

 

『一つの精神病――、と言うべきなのか。もしくは人間のタイプだからね、なかなか他人には理解されないと聞くよ』

 

「辛い事があると、自分の空間に逃げたくなる。仕事が続かなかったり、引きこもりになる人間には多いって聞く」

 

『なんだよ、逃げてばっかしの甘えた屑野郎なんじゃねーか』

 

「クズはお前だよ屑。お前みたいなのがいるから世の中が良くならねーんだろうがい」

 

『人間は常にマジョリティを求めるからね。それに、理解されたとして必要されるかどうかは別だ。競争社会と言われる現代には、不釣合いな種だろう』

 

「あぁ、巴マミ。あれがそうだろ」

 

『妄想しやすい人間でもあるし、間違っては無いかもね』

 

「向いてねぇよ、アイツ魔法少女に。マミリンとか言うペンネームで漫画とか小説書いてた方が余程良い」

 

『HSPの人間は芸術性に富んでいると聞くからね』

 

「そう、長所もある」

 

『つまり何が言いてぇんだよお前』

 

「同属嫌悪は知ってるか?」

 

 

レジーナアイに表示されている点を叩くニコ。

 

 

「暁美ほむら、アイツもそうだろ、ぶっちゃけ」

 

『マミと衝突する事は必須であったと?』

 

「現にそうなってる」

 

『なるほど。磁石ならば分かりやすいか。同じ極ではくっ付かない』

 

「だけどマイナスとマイナスならプラスになる。水と油は交わらないが、水と水なら混じり合い、より大きくなる」

 

『つまり?』

 

「考え方次第。コインに裏と表がある様に、どんなヤツにも長所と短所ありってね」

 

 

傷つきやすいのは、逆にそれだけ人の気持ちを考えられると言う事でもある。

 

 

「間違えなきゃ、いける筈だ」

 

『間違えたら?』

 

「……まあ、そりゃあなあ」

 

『なんだよソレ。なんとでも言えるじゃねーか』

 

 

指を鳴らすニコ。

 

 

「なんとでもなるって事だよ。生きてればな」

 

 

 

 










マミほむはええもんやな(´・ω・)


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第79話 どうか私を許してください


前サイト様でやらしてもらってた時には、ここら辺で長めの番外編と、The・ANSWERバージョンのキャラ紹介を更新してたんですが、それらはもう少し後にします(´・ω・)


 

 

翌日。マミは自分の部屋に戻り、眠った。

まどか達はいない。まどか、ほむら、真司の三交代でマミのマンションの屋上に待機し、休憩する者はほむらの家に寄らせてもらった。

そうしてやってきた朝。まどかとほむらはカバンがマミの家にあるため、いずれにせよ顔を出さなければならなかった。

 

 

「おはようございます、マミさん」

 

「おはようございます」

 

「……おはよう」

 

 

ほむらとマミは目を合わせない。

マミは二人のカバンを持ってくると、外で待っててもらうように言う。

そして自分は家に入ると、出発の準備を整えようと。

 

 

「………」

 

 

こんなのじゃダメだ。

マミは歯を食いしばり、首を振る。

そうだ、真司の言うとおりだ。こんな、馬鹿な事を――

 

 

「っ」

 

 

一瞬だった。

気配を感じたマミは魔法少女になり、リボンを伸ばす。

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「マミさん!?」

 

 

まどかは叫び、マミの家に入った。

明らかに遅い。いつまでもマミが出てこない事を疑問に思っての行動だった。

二人は家の中を探すが、そこで見つける。見つけてしまった。

ビンの中に入れられ、申し訳なさそうにうな垂れているレハーヤーの姿を。

 

 

「あっ!」

 

 

ファーターレハーヤーの欠点は、レハーヤーの位置しか分からないと言う事だ。

レハーヤーは非常に脆いため、何か一撃でも攻撃を受ければ消滅してしまう。

そうすれば術者であるまどかには当然その情報が伝わり、何かあったのだろうと察する事ができる。

 

だからこそレハーヤーに気づいたマミは、ビンの中に入れてそこに放置しておいた。

レハーヤーには攻撃をする手段もなく、ビンを破ることはできなかったようだ。

窓が開いている。どうやらマミは、窓の外からまどか達を『撒いた』様だった。

 

 

「ど、どうしよう! わたしのせいで!」

 

「落ち着いてまどか」

 

 

監視されていた事がマミの心に黒を落としてしまったのか。

いや、いずれにせよ見つけなければ危険だ。一日が経ったことで魔獣は再びこの見滝原に降り立つ事が許されている。

アルケニーはほぼ間違いなくマミを狙ってくるだろう。なんとかして見つけなければ。

 

 

「神那ニコに力を借りましょう」

 

「そっか! レジーナアイがあれば!」

 

 

それからは電話の応酬だった。

鳴り響くニコの携帯。最近やっと少しは眠れる様になってきたのに。

舌打ち交じりにニコは通話ボタンをタップする。

 

 

「もしもし? 母さん? 俺だよ、おれおれ」

 

『ふざけてないで良く聞いて』

 

「なんだよう。あのさ、だいたいさ、ニコちゃんはニートだからな? 朝7時代とか私にとっては夜も同じだからな」

 

 

とは言いつつ、ほむらから事情を聞くニコ。

 

 

「……なるほど、鹿目の力に気づくまでにはレベルが上がってるわけか」

 

 

それがまたマミの厄介な所だとニコは思う。

純粋にマミは強いのだ。天使はもちろん気配を消していたが、それに気づくとはさすがはベテランなだけある。

 

しかしソウルジェムが存在する以上、魔力を探知するニコからは逃げられない。

ニコは唸りながらベッドから体を起こすと、頭をかきながらレジーナアイを起動。

マミの魔力を探してスワイプ動作を繰り返す。

 

 

「ん?」

 

 

発見。

しかしこの場所は――?

 

 

「今から、まどかとほむらの携帯に地図を転送する」

 

『助かるわ』

 

「ただ急いだ方がよろしいなコレ」

 

『え?』

 

「結構、面倒な場所にいるぞ」

 

 

また、電話。

 

 

「学校を休む? え? 大丈夫!?」

 

『うんっ、ごめんね! もし楽になったら後から行くから!』

 

 

顔を見合わせるサキとさやか。

なんだか最近まどか達の様子がおかしいような。

 

 

「ま、まさか! あの転校生と●●で●●な関係に!?」

 

「な、なんだとぉおッ!」

 

 

ギャーギャーと騒ぎあう二人。

違和感はあれど、まだそこまで深くは考えていない様だった。

そしてまた電話。

 

 

「………」

 

「真司くん、なにそれ、コスプレ?」

 

 

カタカタとキーボードを叩きながら、島田はジットリとした目で真司を見る。

OREジャーナルのデスクは三つあり、入り口から見て中央が島田、右が真司、左が令子のものになっている。

 

呆れた様に汗を浮かべながら目の前を見る令子。

そこにはサルのタイツを身に纏った真司が真面目な表情でキーボードを叩いている。

その背中には『反省』の張り紙が。そして真司を睨みながらバナナを食べている編集長。カオスである。

 

 

「城戸君、かわいそうに。編集長、これパワハラですよ」

 

「いやっ、いいんすよ令子さん。コレは俺が背負わなければならない十字架なんで」

 

 

まあ自分の仕事を上司に押し付ける部下など前代未聞だろう。

令子もうなずいて自分の席に戻った。

 

 

「そもそも、よくそんなタイツありましたね」

 

「去年忘年会で編集長が着てたヤツでしょ?」

 

「真司ー、昨日の件はそれでチャラにしてやるから、ビシビシ働けよ!」

 

「了解です編集長! 俺、もう今日は仕事に生きたいって気分で!」

 

「いいねぇ、いいぞ真司! ソレでこそジャーナリストだ!」

 

「っしゃ! ははははは!」

 

 

着信音。

 

 

「あ。もしもし? うん。うん。え!? 分かった! すぐ行く!」

 

「………」

 

「編集長! 俺ちょっと出て来るんで、後コレ、お願いします!!」

 

 

勢い良く扉を開けて出て行く真司。

島田と令子はポカンとした表情でそれを見ている。そしてプルプルと震えているのは――。

 

 

「真ッ司ィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」

 

 

編集長の怒号を背に、真司はロッカーへダッシュ。

サルのタイツを適当に脱ぎ捨てて、編集長のロッカーに放り込むと、そのまま下へと降りていく。

 

走った。

そう、真司は走った。一方でマミも同じく走っていた。

少し前に時間は巻き戻るが、マミはボロボロと涙を零しながら走っていた。

 

 

「もう――ッ、嫌! もうたくさん!」

 

 

きっとまどかは自分を心配して天使をつけてくれたんだ。

そうに違いない、そうに違いなかったが、マミはそれを信じる事ができなかった。

いや、できる。受け入れる事はできるが、恐怖を覚えてしまうのも事実だった。今のマミには分からない。

 

真実とは何か?

そして仲間とは、正義とは、魔法少女とはなんなのか。

そんな燻っている自分が嫌いで、まどか達の前に現れることができないでいた。

 

憧れの先輩の位置にある事を誇りに思い、喜びも感じていた。

しかし今、もうマミは昔の様にキラキラした目でまどか達の前には立てない。

それが辛くて、なによりも疑ってしまう自分が嫌いで、まどか達から逃げたのだ。

 

まどかは悪くない。ほむらだって、仕方なかったのかと思える。

思えるのに――、いざ二人を前にしてみればマミの心には黒いものが湧き上がる。

分かる。理解している。葛藤しているのだ。参戦派に回った時と、協力派に回った時の自分がせめぎ合っているのだ。

 

そして良心。

疑心暗鬼になりながらも、まどか達を傷つけたくないと言う想いでマミはココに、須藤の家にやって来た。

 

 

「いますか! 須藤さん! 開けてください!」

 

「ど、どうしましたか、巴さん」

 

 

既にメールで緊急事態である事を伺っていた須藤は、マミをマンションの部屋に招き入れる。

インテリアや雑貨が置かれたオシャレな部屋で、コルクボードには長くコンビを組んでいる女性刑事、石島美佐子との写真もあった。

 

 

「どうしたんですか? 何か飲みます? コーヒーくらいしかありませんが……」

 

「いいんですッ! それより、相談があって」

 

 

マミが壊れぬ為に行うべき行動はただ一つ。

それは、味方を作ることだ。

 

 

「記憶を、戻して!」

 

「え?」

 

 

確かに前回のゲームでは結果的に須藤はマミを裏切ってしまった。

しかしそうじゃない記憶もあると思っているし、前回のゲームではあくまでも須藤は正義の下に狂ったはずだ。

 

なによりゲームの中にある一つのルール。

パートナーはパートナーを殺害する事はできない。

あくまでも傷つける事は可能であり、たとえば睡眠薬か何かで眠らせた後、タクシーに乗せて見滝原の外に出せばルールによって死ぬため、絶対のルールでは無い。

 

しかし少なくとも他の参加者よりは信頼できるはずだ。

しっかりと話し合えば須藤だって分かってくれるはずだ。

マミは混乱の中、全てを須藤に打ち明けた。フールズゲーム、魔獣、前回のゲーム、そして今の状況。

 

 

「お願いします! 助けてください須藤さん!」

 

「巴さん……」

 

 

記憶を思い出せばメモリーベントの使い方は頭に入ってくる。

条件は了承と言う点、須藤はそこに戸惑いを見せてはいけない。

だが、須藤は即答だった。

 

 

「いいですよ。私自身、ずっと確かめたかった」

 

 

その言葉の意味をマミは考えなかった。とにかく、味方が欲しかった。

もちろん前回の件も分かっている。だから説得するつもりだった。説得できると思っていた。

いや、違う、信じたかったのだ。マミ自身が須藤を説得できれば、きっと自分もまたまどかとほむらの前に笑顔で向かえる筈。

マミ自身葛藤している。このままではいけない事は分かっているのだから。

だから、使う。

 

 

『ユニオン』『メモリーベント』

 

 

もう一度まどかとほむらの先輩になる為。一緒に戦えるようにだ。

マミは発光する手を須藤へかざした。目を閉じる須藤。

受け入れよう。その了承を心に浮かべる。

 

 

「―――」

 

 

なんて浅はか、な。

 

 

「グッ! ガァァァアアッッ!!」

 

 

頭が割れそうになり、須藤は思わず両手で頭部を覆い、床に膝をついた。

土石流の様に情報が流れていく。次々にフラッシュバックしていく光景。

自分が今、どこにいるのか、一瞬分からなくなる。

 

目の前にある世界が真実なのか、自分が今立っている世界は偽りなのか。

それすらも分からなくなるほどの重層世界。

人間が触れていい範囲の知識を超えている。須藤は僅かの間、人を超越した『何か』になっていただろう。

 

そして次第に思考が加速し、理解が追いついていく。

一秒にも満たない時間で次々と処理される情報連鎖。

分かる、理解できる、なるほど、そういう事か。

過ぎ去っていく景色を理解しながら、須藤は世界の中心に立っていた。

 

間違った事、正しい事、全てが記憶だ。そこにあるのは須藤と言う人間が歩んだ全て。

なるほど、なるほど、そういう事か。知識に溺れていく中でつくづく思う。

正しい事とは何だ。正義とは何だ。今とは何だ、世界とは何だ?

知識に溺れていく中、須藤は手を伸ばした。

 

 

「須藤さん!」

 

 

声が聞こえた。

セーラー服の少女が立っていた。

名前は――、覚えているが、思い出さなくていい。思い出す必要は無い。コレは数ある中の一つでしかないからだ。

 

尊敬する上司の娘だった。

彼女は自分を慕ってくれた。いつもニコニコしている彼女は、将来の夢を幼稚園の先生だと言っていたのを覚えている。

しかし、誰にでも優しいと言うのは長所であり弱点にもなる。

 

SNSを経由しておかしな男性に付きまとわれていると相談された時、理由を調べたが、彼女の断れない性格が理由だとすぐに理解できた。

須藤は努力した。しかし警察と言うのは万能ではない。注意や個人的な警告を行ったが、結局、それだけだった。

 

 

「………」

 

 

目の前にいるのは泣き崩れていた上司。

喪服姿の須藤の前には棺おけがあり、その中にはいつも笑顔だった少女が入っていた。

母親とのショッピング帰りに襲われ、母親共々全身を滅多刺しにされて死んだらしい。

彼女は『良い子』であった。教科書に書いたような良い子であった。ボランティア活動に励み、将来の夢に向かって努力していた。何も悪い事はしない、真面目な子だった。

 

しかしその最期はストーカーに刺されて死ぬ。そんな一文で終わるようなものだった。

これがいつの記憶だったのかは分からない。

だが、いつだって良い。それが真実である事にはかわりない。

 

そして妻と娘を失った上司は堕落していき、酒とギャンブルに溺れる日々を歩み始め、最終的には暴力団がらみの闇金に手を染め始めた。

孤独と憎悪を紛らわせるために金を使い、求め、そして堕ちていく。

上司は警官の立場を利用し、資産家にコンタクトを取ると、殺害。

その死体を風呂場でバラバラにしている所を須藤に見つかった。

 

 

「見逃してくれ、須藤!」

 

 

そこにいたのは最早、人間ではなかった。

だがそれは――、須藤にとって何かとても大きな物を教えてくれた様な気がして。

須藤は上司を見逃した。

 

結局、この世に正義など存在していなかった。

警察は罪人を捕まえると言う一つのシステムだ。それ以上でもそれ以下でもない。

警官が犯罪を犯さない道理はないし、そうなれば他の刑事に捕まる。

それが一つのサイクルでしかない。

 

司法も絶対ではない。

あの少女を殺した犯人は精神に異常アリと診断され、通常ではありえない減刑を受けた。

 

同時期に小学生の子供を誘拐し、暴行を働いた後、生きたまま地面の中に埋めたヤツがいた。

しかしその犯人は無罪となった。なにやらスーパー弁護士とやらのおかげらしいが、何、不思議なことではない。

それもまたそういうルールの下にあるからだ。

 

いつの記憶だったか――? 定かではない。

しかし何重もの記憶がある。努力はした。努力はしていた。

真面目に、全うに生きる事をだ。誰も傷つけず、誰も悲しませない。

そんな生き方を目指し、刑事になった。

しかしそんな自分を無視する様に『犯人』と言う概念が生まれていく。

 

 

「見れば、見ればさ、見ちゃいなよ須藤ォウ!」

 

 

腕を組んだユウリが箱の魔女、エリーを蹴る。

すると映し出されていく罪の数々。嫉妬、憎悪、劣等感、快楽。殺害の連鎖、犯罪の共鳴。

家族を殺されて家を燃やされた被害者を自分は知ってる。

結婚を決めた人を殺された被害者を知っている。

子供を誘拐されて殺された親を自分は知っている。

いや、教えられたのか。だがそれでもいい。

 

結局人間は人間だ。誰もが黒になる。

それだけの事だ。自分は少々、人を神格化していたのかもしれない。

人生を神格化していたのかもしれない。

正義を、信じすぎていたのかもしれない。

 

記憶が交じり合う。

犯人がいた。何をしたのかは覚えていないが、許せない筈の犯人だった。

しかしその犯人は楽しそうに笑っていた。

 

 

「刑事さん、ナイフでね人を刺すとね、柔らかいんだよ? それで、赤い血が綺麗でさぁ」

 

 

犯人を殴ったのは目障りであり、声が耳障りであり、そして何よりも、羨ましかった。

犯人(かれ)らは、自由だ。正義と言う脆いながらも重い鎖に縛られた自分とは違う。

好きに生きて、モラルに縛られず、自由を愛している。

 

自分はどうだ?

令状や苦情、様々な物に縛られ、努力しても守れない、努力しても周りが堕ちていく。

馬鹿な、こんな――ッ! イカレた。ちくしょうが。

 

記憶が濁る。

これはいつ? どこ? 分からない。似たような事が繰り返される。

たとえそれが――、仕組まれたものであったとしてもだ。

 

最初は努力したが、上手くいかない。

犯人(アイツ)らはどんどん増えていくだけだ。

それに刑事のなかにも屑や、それこそいじめだってある。

 

こんなものだったのか。

それを思ったとき、刑事と言う立場を利用する事を決めた。

馬鹿を仲間にして荒稼ぎ。しかし取り分でもめたら、アイツは私を脅迫し――。

壁のなかに、埋めてやった――。

 

 

「あ?」

 

 

誰だ? 私は誰だ?

私の正体はなんだ? 夢が無い、背負う物が無い。何かになれるのか。

分からない。しかし取り巻く喜びが理解できる。

 

以前、万引きにハマってしまったと言うクラス委員長を補導した事がある。

彼女は抑制されていた環境から解き放たれる喜びを知ってしまった。

自分はまさにそれ、悪に染まる喜びを――。

ああ、分かっている。それはいけない事だ。しかしスリルが取り巻く。それを否定したいと思う自分もいる。信じていたんだ、最初は、本当に、正義を。

今は、なんだ。分かる。間を取ればいい。スリル、正義、両立できる手段がある。

 

 

「思い出してくれた? 須藤さん!」

 

「ええ。全て、思い出しました」

 

「だったら――ッ!」

 

「やはり、間違って等いなかったと、私は思う」

 

「え? なにを……」

 

 

それはつまり、全てだ。

丁度その時、部屋の扉が開かれる。

ニコからの情報を受け取ったまどか達が、須藤の家に到着したらしい。

少々強引かとも思うが、ほむらは銃で鍵を破壊すると、強引に中へ入っていく。

銃声でだいたいの流れを理解したのか、須藤は呆れたような笑みを、まず二人に見せた。

 

 

「やれやれ、暁美さんは少々強引過ぎます」

 

「須藤……、雅史」

 

「コーヒーでも飲みますか?」

 

 

須藤は笑みを浮かべていた。

浮かべていたが、つい先程までの柔らかいものではない。

明らかな含みのある黒い笑みであった。

 

 

「皆さんは、きっと根本を理解している筈です」

 

 

フールズゲームや魔女、インキュベーター、宇宙の意思、様々な意思がある。

しかしその中でも、異質であり、悪意の集合体がある。

 

 

「人ですよ。人間ほどタチの悪い生き物は無い」

 

 

あればいい、システム。新たな裁きを構築すればいい。

 

 

「悪を殺す。私の正義はそれで完成する」

 

「ッ! 須藤さん、貴方は……!」

 

 

丁度その時、遅れてやって来た真司が姿を見せる。

扉が破壊されているものだから何事かと慌てているようだ。

それを見て、須藤はまた呆れた様に笑った。

 

 

「おや、これは城戸さん」

 

「須藤さん――ッ!」

 

 

須藤が懐から見せたのはデッキ。

事態を理解したか、真司も急いで龍騎のデッキを取り出した。

 

 

「いえ、戦うつもりはありません。今は」

 

「何を……」

 

「見て分かる通り、戦いとは非常に都合の良い証明と解決です」

 

 

システムの簡略化にしか過ぎない。

悪を犯した人間が反抗すれば、警官が多数により制圧する。

 

 

「あなた達も知っているとは思いますが、犯人によっては、射殺やむなしとなる場合もあります」

 

 

それは刑事VS犯人の構図の果て。戦い、決着をつけると言うシステムの一つだ。

それは言い換える事も可能であり、フールズゲーム、そして騎士の力、それらに挿げ替えられる。

諭す、無理なら殺す。それはフールズゲームと同じだ。

 

 

「ゲームなら頂点を目指したいと思う。それは男としては思うものでしょう?」

 

「須藤さん、アンタもしかして、戦う気なのかよ!」

 

「同じなのでしょう? 今回も、参加者同士で殺しあう」

 

「ちょっと待ってくれよ!」

 

 

状況を説明する真司。フールズゲームを仕組んでいる魔獣がいる。

それらを放置はできない。ましてやワルプルギスの夜が関われば、世界が危ない事は分かりきっているのに。

 

 

「しかし願いの力を使えば問題は無い。魔獣もワルプルギスも排除できる」

 

「ぐッ!」

 

 

真司としては魔獣の話を持ち出せば、きっと皆協力してくれるとばかり思っていたのだが、どうやらそういう訳でもないらしい。

 

 

「どうぞ、コーヒーです」

 

 

テーブルに並べられる湯気立つコーヒー。

とはいえ誰も飲む気にはならない。須藤はその中で、椅子に座り、淡々と口にする。

前にあったのは姿見だ。鏡に映る自分を見て、須藤は自嘲気味に笑った。

 

 

「シザースの力も、正しく使おうと思っていました」

 

 

しかし正しいとは何か、もう須藤には分からない。

 

 

「私には今、正義と悪の心が確かにある。せめぎ合っているのも感じます」

 

 

しかしこの身にあるのは本当に正義なのだろうか? 本当に悪なのだろうか?

そもそも、そんな『物』などはじめからあったのだろうか。

もしかして世界は『空』で、そんな事を考えるだけ無駄だったのかもしれない。

現実は夢見たものよりも余程リアルなものだ。イヤにリアルなのだ。

初めから正義や悪の概念に縛られている事こそ馬鹿なものだったのかもしれない。

 

 

「落ち着いてください須藤さんッ!!」

 

 

テーブルを叩くマミ。

唇を噛み、眉をひそめ、肩を震わせている。

顔は青ざめており、震える声から出る言葉に重みは無い。

 

 

「私は落ち着いていますよ。自分でも驚くほど冷静だ」

 

 

再び自嘲の笑み。

須藤は理解している。

 

 

「私には背負う物がなかった」

 

「え?」

 

「はじめは本当に刑事として、刑事の道を目指していました。しかしいつからか、スリルに酔い、もしくは現実に打ちのめされて道を失う」

 

 

自分自身の正体が分からない。自分が今誰かなんて、記憶の中に消えていく。

道が途絶えてからは犯罪に手を染めた、人を殺した事だって何度もある。

きっかけは――、目を覆いたくなる犯罪であったり、ユウリに仕組まれたり、いや別にそれはどうでもいいんだ。

 

しかし今は不思議だ。

まだ糸は切れていないが、割り切ろうとしている自分もいる。

ラインが見える。踏み越えるか、留まるか、まだ分からない。だがきっと。

 

 

「きっと、こう考える事も無意味なのです」

 

「なにが――ッ!」

 

「巴さんは何を怯えているんですか?」

 

「ッ!」

 

「分かりますよ。私と同じだ。あなたも結局は魔法少女である事を失えば、自分を見失う」

 

 

マミは死んだ。そして正義の魔法少女として蘇った。

それはある意味ナルシズム。正義のヒロインである事がマミをつなぐ最後の砦、希望だったのだ。

しかし思い出してしまった記憶。

正義のヒロインが自分の為に人を殺す。それを受け入れれば、巴マミは壊れる。

だから踏みとどまろうと必死になっている。それが須藤には滑稽に思えて仕方がない。

 

 

「城戸くん。巴さん、暁美さん、鹿目さん。私は人を殺しますよ」

 

「なッッ!」

 

「ループをしてみて分かった事があります。結果は結果です。やはり屑共は処理しなければならない。コレは私の本心でもあります」

 

 

虚無と思う物もあれば、本当の怒りを抱いたのも本当なのだ。

上司の娘一人救えない刑事である自分。その惨めさに拳を握り締めたのも事実だ。

背負う物がないのなら、それは好都合でしかない。

 

 

「お願いだから止めてください! ねえ、なんで!? 私が記憶を戻したのは――」

 

 

なんでなんだろう? マミは言葉を止めた。

ただ、理解者がほしく、ただ説得できると思いたく。

 

 

「巴さん。ロクな物じゃないですよ、協力なんてしたって、無理だったでしょう?」

 

 

だからループが続いて今ココにいるんだ。

今回もまた、記憶の残骸が齎す一つでしかない。終わればそれまで、それで良い、それでおしまいだ。

ふと、須藤は携帯を見る。

 

 

「おや、石島さんから連絡だ。では私はコレで」

 

 

須藤は呆然とする一同を通り抜けて玄関へ向かおうとする。

しかしハッと表情を変えた真司が壁に手を伸ばし、須藤の前に立ちはだかる。

 

 

「いかせる訳にはいかない!」

 

「安心してください。城戸くん。まだ殺しませんよ」

 

「ッ」

 

「まだ、ね」

 

 

須藤自身まだラインの手前にいる事を自覚しているし、無理やりにでも踏み越えようとする気は無い。しかしやがては確実にラインの向こう側に足を踏み入れるだろう。

それは前回のゲームでもそうだったからだ。

須藤はそれを後悔していないし、そもそも後悔するほどの物を背負ってもいない。

すべては流れだ。

 

 

「ゲーム開始がスイッチです。前回の様には行きませんよ」

 

「須藤さん! どうして分からないんだよアンタ!!」

 

「分かった上でですよ。邪魔をするなら、今ココで戦いますか?」

 

「――くッ!」

 

 

拳を握り締めたまま停止する真司。

須藤はニヤリと笑ってそのまま家を出て行った。

しかしやはり見逃す訳にはいかない。真司は地面を蹴ると、急いで須藤の後を――。

 

 

「俺に任せろ」

 

「あッ、手塚!」

 

 

玄関を出ると、そこの壁に手塚がもたれかかっていた。

どうやら彼も到着していたらしい。

須藤の監視は手塚が請け負う、そういう事であった。

 

 

「あ、でも」

 

「本音を言えば、俺も須藤が言わんとしている事は分かる」

 

 

しかし、やはり真司は違うと言う。

ならば今はそれを、他の場所に向けるべきだ。

 

 

「人間は個人の考え方をもっている。お前には、お前だけができる戦いがきっとあるんだろう。それを今は、やった方がいい」

 

 

真司はふと背後を見る。すすり泣く声が聞こえて来た。

 

 

「じゃあ、俺は行く」

 

 

ふと、足を止める手塚。

 

 

『暁美』

 

『ッ、なに?』

 

『自分の欲望を思い出せ。それは罪じゃない、悪い事じゃないんだ』

 

『………』

 

「後は任せたぞ、城戸」

 

「ああ、任せてよ」

 

 

真司は頷くと、手塚に背を向けて部屋の中に入っていった。

そこにはやはり、涙を流すマミが。

 

 

「須藤さんを、狂わせてしまった……」

 

「マミさんのせいじゃ――」

 

「私のせいなのよ……。だって、分かってたんですもの」

 

 

自分のやる事が裏目に出る事にマミは心が折れたようだ。

須藤を説得できると思っていたが、いざ彼を前にすれば何も言えなかった。

誰かが助けてくれるとも思っていなかったが、だからと言ってあまりにも……。

 

 

「役割を与えられる事が、生きる意味にはならないって、分かってたのに……」

 

 

もう頼りになる先輩では無い。マミにはそれが心苦しい。

だからせめて須藤を説得する事ができれば、意味があったと、自分で分かれるのに。

それができなければ、もう終わりだった。

 

 

「マミさん。大丈夫、大丈夫です」

 

 

まどかはへたり込むマミを優しく抱きしめる。

マミはうな垂れ、消え入りそうな声で呟いていた。

 

 

「もう、戦えない……」

 

 

なにと? だれと?

 

 

「はい、いいんですよ。戦わなくても」

 

 

マミは自分の胸を、心臓を強く掴んで掠れた声を漏らす。

 

 

「こんなに苦しいなら、私はいっそ、死んだ方が――」

 

「待って、マミちゃん」

 

 

肩に手を置く真司。

自分にしかできない戦いか。

真司は何回か頷くと、時間を確認、そしてマミの目を真っ直ぐに見て言った。

 

 

「ちょっと、来て欲しいところがあるんだ」

 

「え……?」

 

 

真司は強く頷く。

マミも釣られて、静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「城戸くん、遅い」

 

「あ、すいません。ちょっと喪服どこにしまったか忘れてて!」

 

「あら? その子は?」

 

「あ、中学生って制服が喪服なんですよね?」

 

「え? ああ……、見滝原中学校は少し制服の色が明るいけれど、大丈夫よ」

 

 

今日はアルケニーに襲われた男性、その葬儀が行われる日だった。

あまり良い仕事ではないが、OREジャーナルとして、取材はしなければならない。

女性に男性が殴り殺された。その奇異性は他の新聞社や雑誌社も注目しているらしい。

しかし場所や、状況が状況だ。カメラを持った報道陣は規制され、活字のみでと言う条件で、OREジャーナルは取材を許可された。

令子と真司、そしてその隣にいるマミ。

 

 

「この子は?」

 

「ちょっとした知り合いで、亡くなった人とも少しだけ」

 

「と、巴マミです」

 

 

頭を下げるマミ。

 

 

「え? 城戸くん、被害者の方と知り合いだったの!?」

 

「いやッ、知り合って程じゃ。マミちゃんもほんの少しだけ関わりがあるくらいで」

 

 

もちろん知り合いではない。

しかし分かるはずだ。『関わりは確かにある』と言う事が。

 

 

「………」

 

 

葬儀が行われる会場の屋上ではニコが寝転んで携帯を弄っていた。

暇だから真司の後をつけてきたが、まさかこんな場所にやってくるとは。

とは言えなんとなく、聴覚を強化して真司達の声は拾っておく。

 

 

「そうね、じゃあ取材は私がやっておくわ」

 

「いいんですか?」

 

「取材の時間は短いし、時期が時期でしょ? あまりデリケートな事も聞けなくて。それに編集長が新しいICレコーダーくれたしね」

 

 

真司達は純粋に死者を弔ってくると良いと。

 

 

「ありがとうございます令子さん」

 

 

真司はマミを連れて会場の中へ入った。

そこには当然、喪服に身を包んだ人間達が目立つ。

親戚、会社の同僚、友人、関係者、いろいろいるが、なにより――。

 

 

「!」

 

 

マミは見つける。

亡くなった男性の写真の前で、一人の女の子が泣いていた。

まだ小さな、女の子だった。声をあげ、泣きじゃくっている。

 

 

「あの子、どうしてあんなに……」

 

 

真司は近くの老夫婦を呼び止め、その理由を聞いた。

すると簡単な理由が帰ってきた。どうやら亡くなった男性の娘らしい。

 

 

「まだ小さいのにねぇ。ついこの間、奥さんが病気で亡くなったばかりで」

 

 

これから二人で生きていこうと言っていた時に、男性はアルケニーに殺されたのだ。

兄弟はおらず、親戚もいるにはいるが疎遠だったため、今更である。

 

 

「じゃあ、あの子は……、一人ぼっち」

 

 

周りを見る。

その少女があまりにも気の毒で、他の人たちも泣いていた。

どうやら職場でも慕われる人だったのか、部下と思わしき人も涙ぐんでいる。

正義感が強い男性は、正しい事をしてアルケニーに殺された。

 

しかしそれは気の毒だが仕方ない事でもある。

いくら正しい事をしようが、ソレで報われるわけじゃない。

百人殺した殺人鬼と、一度も犯罪を犯さなかった人間、前者の方が幸せな一生を送る事はある。後者が理不尽に死ぬ事だってある。

これが世界だ。これが現実だ。でも、それでも、それが黒に染まっていい理由にはならない。

 

 

「マミちゃん、俺もほら、良く分からないけど……、分からないけどさ」

 

 

真司は周りを見る。

もう一度、マミも周りを見た。

 

 

「人が死ぬって、こういう事なんじゃないかな」

 

 

会場には多くの人間がいる。

喪服を用意して、遺族は葬儀の準備だったり、そういう事に日程を費やす。

人が一人死ねば、それだけの時間、お金、場所、そしてこれだけの人が喪にふす。

 

 

「マミちゃん、あの子を見て、どう思う?」

 

 

真司は拳を握り締めた。

 

 

「こんな事、言っちゃいけないのかもしれないし、もしかしたら偉そうとか、勘違い野郎とか言われるのかもしれないけど……」

 

 

それでも、思う。

 

 

「俺はあの子が、可哀想で仕方ない……!」

 

 

親とは喧嘩をするものだ。

もしかしたら本当に嫌いになって、中には殺してしまうヤツがいる。

しかしそれでも、その時になるまでは、好きだったはずだ。

そんな事ももう、あの子は。

 

 

「男の人だって、おかしいだろ……! あんな、なんで、こんな――ッ!」

 

 

確かに、生きている意味は分からない。生きている価値が自分にあるのか聞かれれば首をかしげる。

だがそれでも、死ねと言われれば『イヤだ』と声を張り上げるくらいには世界に生きているつもりだ。

生きていても良い筈だ。その権利くらいは持っている筈だ。

誰もがみんな、そうであると。

 

 

「なのに、あいつ等は……」

 

 

周りに迷惑が掛からない様に小声ながらも、真司はしっかりと(おこ)っていた。(いか)っていた。

魔女もそうだ。魔獣もそうだ。人もそうだろう。しかしそれでも、歪な死だけは否定したい。

 

 

「アイツ等に対抗できるのは、俺達だけだ」

 

「真司さん……」

 

「覚えてるんだ。他にも、俺は」

 

「え?」

 

 

一つだけ、まだ、真司にだけ与えられた記憶がある。

ジュゥべえのサービスなのだろうが、その記憶は真司の心をより激しく燃え上がらせた。

 

 

「俺は、魔獣(アイツ)ら絶対に許さない!」

 

 

正義とかそういう立派な理由じゃあない。

 

 

「悔しくないのかよマミちゃんは、あいつ等は、俺らの命でゲームをしてたんだぞ」

 

「それは――、でも」

 

「何がフールズゲームだよ、ふざけんなって話だよ。俺は魔獣が嫌いで嫌いで仕方ないんだ」

 

 

だから戦う。

 

 

「魔獣を倒すためなら、俺は、永遠に戦ってやる」

 

「……!」

 

「今の俺は、それが理由で戦ってるよ」

 

 

今のマミにとっては酷な話だが、人が魔獣に、魔女に殺されると言う事は、こういう事なんだと。

もしもこのまま魔獣を放置すれば、もっと犠牲者は増える。

きっとこの先だって、守れない命はあるかもしれない。

だがそれでも諦めてしまえば、もっと犠牲者は増える。増え続ける。

そして魔獣は最後に世界を支配する。

 

 

「耐えられないね、俺はそんなの」

 

 

そんな中で戦い合うなんて。

 

 

「それこそ、本当の愚か者じゃないか」

 

 

真司達は途中で会場を抜けだし、OREジャーナルに戻った。

途中マミは少しだけ令子と話せた。

 

 

「なんだかね、残念だけど、人の死って言うのに慣れはじめてきて」

 

 

報道関係の仕事をしているとほぼ毎日殺人事件の話題を取り上げる事になる。

その内に感覚が麻痺してきて、おかしくなる。しかし今回の件をみると、人の命は尊い物だとつくづく思う。

 

 

「だから、こう言う事を、いろんな人に知ってもらわないと」

 

 

言葉はデジタルデータだ。言葉は社会に溢れ、簡単に人を傷つける。

それは重い。言葉で人は死ぬ。ならば言葉で人は希望を抱く事ができる筈だ。

 

 

「そして真実を暴く。それで人は、納得できるし、生きられるのよ」

 

「………」

 

 

マミは立ち止まる。

 

 

「あっ、ごめんマミちゃん。俺今日は会社に戻らないと。流石にサボリすぎて編集長にマジで怒られちゃう」

 

「あ、はい。私の事は、お気にせ――」

 

「私に任せろ」

 

 

マミが驚いた様に振り返ると、そこにはウインクを決めるニコが。

 

 

「神那――、さん?」

 

「そう。神那ニコだぞ。ばちこん☆ 少し話そうか、巴マミ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方見滝原中学校。

コチラでも話し合いは行われていた。

少し時間を戻そう。

 

 

「何か悩みでもあるのか? まどか」

 

「お姉ちゃん……」

 

 

お昼も終わり、サキは中庭のテラスでまどかを見かけた。

いつもならばそのまま通り過ぎている所だが、なんだか見えた表情が寂しげだったので、声をかけてみた。人の少ない所を選び、二人は会話をする事に。

 

 

「さやかは?」

 

「うん、図書室でお昼寝してる」

 

「まったく、アイツは……。まあいい、話を戻そう」

 

 

何かあったのかと言う事だ。

今日のまどかは遅刻している。彼女はでは考えられ無い事だ。

 

 

「魔女がらみならば相談に乗るが?」

 

「あのね、実は――」

 

 

記憶を戻す事も考えたが、自分ひとりでは何かあってはマズイ。

ほむらは今現在、念のためにさやかに付いている。

いや、いや、まどかは今のサキの意見が聞きたかった。

 

 

「マミさんとお姉ちゃんの事、知っちゃって」

 

「え?」

 

「美幸ちゃんの事……」

 

 

サキの表情が変わる。両親の離婚が原因で、大好きな妹と離れ離れになってしまった。

そしてやっと再会できると言うときに、マミが乗っていた車と事故に合い、美幸はそのまま亡くなってしまった。

マミは自分の生存を願い魔法少女へ。

サキは妹が残したスズランの花の永遠を願い、魔法少女になった訳だ。

 

 

「お姉ちゃんは、マミさんのこと、どう思ってるの?」

 

「どうしてそんな事を?」

 

「うん、ちょっと……」

 

 

サキは少しため息をついてまどかに微笑みかけた。

 

 

「まあ、恨んでいないと言えば嘘だった。私がマミに近づいたのは、最初は復讐だったからね」

 

「今は?」

 

「今は――」

 

 

まどかは首を振る。

そうじゃない、そんな事じゃない。

 

 

「マミさんは死なないといけない人なの?」

 

「………」

 

 

サキは、笑った。

 

 

「そんな事は無いさ」

 

「うん。あたりまえだよね」

 

「ああ、ああ。死んで良い人間など……、いて良いものか」

 

 

まどかは虚空を睨んでいた。強い目で遠くの方を見ていた。

 

 

「ありがとう、まどか」

 

「え?」

 

「なんだか今の一言で吹っ切れたよ」

 

「でも、わたしは何も――」

 

「いや、いや。私はきっと背中を押して欲しかったんだ」

 

 

それは人間でも良い。環境でも良い。

心の中、僅かに残っている迷いを誰かに取り払って欲しかった。

 

 

「だがいけないな、こう言うのは自分で決めないといけない事なのに」

 

「お姉ちゃん。わたしずっと考えてたんだ。生きる事とか、死ぬ事とか、どこに、どんな意味があるんだろうって」

 

 

マミはその目的を見失い、苦悩していた。

しかし突き詰めてみると、そもそも考える事に意味はあるんだろうか?

悩む先に答えはあるのだろうか?

 

 

「よし。よし、よし!」

 

 

そうか、いや、ちがう? いやいや、やっぱりそうだ。まどかの中で巻き起こる苦悩と葛藤。

しかし忘れたわけではない、前回のゲーム、まどかが抱いた確かな欲望。須藤も色々あるだろう。

マミとて色々あるだろう。当然だ、人間だ、当たり前なのだ。しかし、ならば受け入れよう。

受け入れた上で自分の欲望を優先させよう。もう良い子でいるのは止めよう。

 

 

「サキさん。絶対にマミさんを嫌いにならないでね」

 

「ああ、ならないさ。どうしたんだい? 今日はいろいろ様子が変だよ」

 

「迷ってたの。でもね、ううん、もう大丈夫」

 

「本当?」

 

「うん。だってね、わたし、やっぱり一つだから」

 

「え? 一つ?」

 

「うん。夢とか希望とか、そういうの」

 

 

まどかは笑顔でサキを見た。

 

 

「みんなとお友達になるの。みんなが仲良くしてくれれば、わたしは本当に幸せ」

 

「そうか、そうだな、皆が友達の方が良いに決まってる」

 

 

まどかは頷くと、サキと別れた。

そして学校が終わり、一度家に戻るまどか。

マミの所に行こうか、須藤を止めようかを考えていると、予期せぬ客人と出会う。

 

 

「え?」

 

 

部屋の扉を開くと、そこにはポニーテールの少女が棚にあったぬいぐるみを興味深そうに観察していた。

少女はまどかに気づくと、ニコリと笑みを浮かべる。

 

 

「はじめまして、だよね? フフッ♪」

 

「そ、双樹さん!?」

 

「あっれぇ? 前も気になってたけど、どうしてわたしの名前知ってるの?」

 

 

双樹あやせはピョコンと小さくジャンプを行い、クッションの上に座り込んだ。

 

 

「ど、どうしてわたしの家が?」

 

「さっきまでね、わたし、後ろにいたんだよ☆」

 

「えっ!?」

 

 

正確にはルカがまどかを追跡し、家の中に入ったのを確認して二階から進入したと。

 

 

「鍵はかけておいた方がいいよ♪ 泥棒さんが入っちゃうから☆」

 

「は、はぁ。なにか飲みますか?」

 

「え? いいの? じゃあ甘いのがいいな♪」

 

 

と言うわけで二人の前にはリンゴジュースが。

ストローを軽く噛みながら、あやせは冷たいジュースを口に含む。

 

 

「んー、おいしい☆ あ、そうだ、ちょっとソウルジェム見せてくれない?」

 

「え? でも……」

 

「ちょっとだけで良いから。ね?」

 

 

まどかは頷くと変身。

魔法少女状態でソウルジェムを取り出し、あやせの前にかかげる。

 

 

「へぇー、綺麗だね♪ ピンク色してる」

 

「なんで気になるんですか?」

 

「だって綺麗だもん。わたしね、いつかソウルジェムをコレクションしたくって☆」

 

「でもこれは――」

 

「分かってるよ。命の宝石でしょ? でも、だからこそ綺麗。美しいんだよぅ」

 

「ダメです」

 

「え?」

 

「そんな事しちゃ、ダメなんです」

 

「………」

 

 

あやせはジットリとまどかを睨んだ。

 

 

「生意気。わたしの勝手だもん」

 

「でもダメです。命を奪う事になる」

 

「他の人たちがどうなったって知らないもん。わたしが幸せならそれで良い、そうでしょう?」

 

「わたしはそうは思いません。絶対にダメです。もしも双樹さんがそんな事をしようとしたら、わたしは絶対に止めます」

 

「はぁ? そういう意見、すきくない!」

 

 

あやせはテーブルを蹴ろうとしたが、その前にまどかは言葉を挟んだ。

 

 

「わたし、双樹さんと、お友達になりたいから」

 

「――ッ?」

 

 

足を止めるあやせ。まどかは立ち上がり、棚を漁る。

すると一つの人形を取り出した。うさぎいものキーホルダーだった。

 

 

「これ、好きなんですよね? わたしも好きなんです。かわいいですよね、うさぎいも」

 

「う、うん。好きだけど……」

 

「じゃあコレ知ってますか? ほら、地方限定なんですけど」

 

 

まどかは自分の手にあるうさぎいもを見せる。

 

 

「え!? し、知らない。こんなのあるんだ……!」

 

「そうなんです。ご当地限定で、ふふふ。ママが買ってきてくれて」

 

「へぇ! え? もしかしてその棚に」

 

「はい。ママの友達とか、パパの知り合いとか、わたしがコレが好きだって言ったらよくお土産で買ってきてくれて」

 

「へぇへぇ! いいなぁ!」

 

 

先程まで険しかったあやせの表情も、すぐに笑顔に変わった。

 

 

「もし良かったら、コレ、あげます」

 

「え? い、いいの?」

 

「はい、お友達のしるしに」

 

「え?」

 

「わたし、ぬいぐるみ大好きなんですけど、話せる人いなくって」

 

「う、うん。わたしも」

 

「えへへ、わたし達、良いお友達になれると思うんですけど。あ、これ知ってますか? ポマイヌくんって言って」

 

「知ってる! あ、凄い、大きいね! でもわたしのお家にあるやつはもっと大きいんだよ!」

 

「へぇ、本当ですか? 見てみたいなぁ」

 

 

しばらくぬいぐるみ談義で盛り上がる二人。

あやせはドールも収集しているらしく、まどかにとっても興味深い話であった。

そして、ふと、まどかが呟く。

 

 

「マミさんを助けてくれて、ありがとうございます」

 

「え? いや、わたしは……」

 

「ぬいぐるみが好きな人に、悪い人はいない。えへへ、わたしの自論なんですけど」

 

「………」

 

 

少し複雑そうに笑みを浮かべるあやせ。

 

 

「じゃ、じゃあ、まどかちゃんのソウルジェムは、まだ取らないであげる」

 

「えへへ、ありがとうございます」

 

 

なんだか不思議な気分だった。

ゲームが始まれば参戦派に変わるあやせも、こうして話してみれば笑い合えるのだから。

しかし表情を変えるあやせ。雰囲気が一変した、ギラリと鋭い瞳でまどかを睨む。

 

 

「まったく、あやせに任せると話が進まないのが困り物ですね」

 

 

まどかは理解する人格交代。目の前にいるのは――。

 

 

「はじめまして、私の名は双樹ルカ」

 

「……鹿目まどかです」

 

「見ての通り、我々は二重人格であり、それぞれがソウルジェムを所持しています」

 

 

ループの中、まどかの知っている情報が羅列されていく。

 

 

「何故、我々が情報を開示するのか、理解できますか?」

 

「え?」

 

「二重人格のそれぞれがソウルジェムを持つ事はキュゥべえいわく異例らしく。わたし達はそれぞれのジェムが破壊されない限り死ぬ事はありません」

 

 

ここまでの情報をまどかに教える理由は何か?

決まっている。情報交換である。なにもぬいぐるみの話をしに来たわけじゃない。

あのアライブ体、そしてディスパイダーとはなんなのか。

 

 

「ココまで情報を出したのです。其方も情報を我々に与えてください」

 

 

でなければ、この場で戦う事もやむなし。

ルカはソウルジェムを構え、半ば脅しとも取れる提案をまどかに投げかける。

 

 

「一つだけ約束してくれたら良いですよ」

 

「ッ?」

 

「無闇に人を傷つけるのだけは、止めてください」

 

「……それは我々が決める事だ。お前に指図される覚えは無い」

 

「それでも、お願いします」

 

「――フン。まあいいでしょう」

 

 

まどかは端的にではあるが、魔獣とアライブの力を説明した。

前者は、魔女以外の勢力が存在していると言う点をかいつまんで説明し、後者に関してはまどか自身もまだよく分からないと。

 

 

「わたしは魔獣を許せなかった。その想いが、きっと私のソウルジェムと呼応してくれたんだと思う」

 

「それだけであんな力を?」

 

「うん。あとは、なによりも騎士の人との絆が大事だって言ってた」

 

 

理解する事、理解しあう事。それは簡単にできる事ではない。

 

 

「アライブとやらを見せてもらう事は?」

 

「ごめんね、あの力は、わたしにとっても大切な力だから、簡単には――」

 

 

そこで鳴り響く携帯。

 

 

「どうぞ」

 

「あ、うん」

 

 

まどかがディスプレイを除くと、そこにはニコの名前が。

つまり何かあったと言う事だ。慌てて通話ボタンを押すと、すぐにニコの声が聞こえてくる。

冷静なトーンだが、その内容はあまりに穏やかではない。

 

 

『やばいぞ、魔獣が動き出した』

 

 

 

 

 

 

 

 

三日月の様に釣りあがる笑みが、そこにはあった。

空がオレンジ色に変わろうと言う時、三人の男女が並んで道を歩く。

 

 

「気張れよ、アシナガ、小巻」

 

 

アルケニーは気だるそうに首を回しながら左右を見た。

ポケットに手を突っ込み同じくアンニュイな表情のアシナガ。

戸惑いがちながらも前を見ている小巻は、それぞれしっかりと頷いた。

 

 

「今日で決着をつけるぞ。巴と須藤だけじゃねぇ、城戸の奴らも全員殺す」

 

 

体が発光すると、人の肉体が崩壊し、ディスパイダーが姿を現す。

さらに両隣も発光。アシナガはソロスパイダーへ。

さらに小巻もまた自らの肉体に埋め込まれた魔獣の力を解放。ジョロウグモ型のモンスター、『レスパイダー』へ変身を完了させた。

三体の蜘蛛は同時に糸を発射、それは前方を歩いていた親子連れ、その母親の背中に命中させる。

 

 

「フンッ!」

 

「きゃあ!」

 

 

突如背中に違和感を感じたと思えば、女性の体に走る衝撃。

レスパイダーは糸を操り、女性を近くにあった家の塀に押し当てると、さらに糸を発射。

手足や体に糸を付着させ、完全に動きを封じる。

 

そしてソロスパイダーも糸を発射。

赤い蜘蛛の糸は倒れた子供の口を塞ぎ、さらに壁に張り付いていた母親の口も拘束する。

 

 

「小巻、呼吸は?」

 

「してます」

 

「ならいい。鼻でも詰まってたら大変だからなぁ? ハハハ!」

 

 

泣き叫んでいるのだろうが、なにせ口が塞がっているのだからたいした音はでない。

ソロスパイダーは長い爪を触りながら母親と子供を交互に見る。

 

 

「まだ殺すなよアシナガ。殺せばカウントダウンが始まるからな」

 

「……分かっているよ。大丈夫」

 

 

ディスパイダーは母親の手から腕時計を奪い取ると、時間を確認する。

 

 

「10、9、8……」

 

 

謎のカウントダウン。

そして。

 

 

「ゼロ」

 

 

沈黙。

 

 

「誤差はおそらく20秒前後」

 

 

再びカウントダウン。

 

 

「18、17、16」

 

 

その時だった。声。

 

 

「ちょっと待てッッ!! 何やってんだアンタ等!!」

 

「はい、到着ー」

 

 

三体の蜘蛛が振り返ると、そこには魔法少女の姿のさやかが。

ディスパイダー達がアクションを起こしたのは、さやかの帰路。

つまりはじめからこの行動は、『さやかに見つかるため』に行ったのだ。

 

有無を言わさず投擲する剣。

しかし前に出たソロスパイダーが爪で剣を弾き飛ばすと、糸を発射。

それに合わせて残りの蜘蛛も糸を発射した。

糸はまるで意思を持ったように移動すると、さやかの足を縛り上げ、動きを鈍らせる。

 

 

「うッ! 何コレ! 動けな――ッ、きゃああ!」

 

 

通り抜ける様にソロスパイダーは爪でさやかを攻撃、怯んだ背中に蹴りが入り、さやかは地面に倒れる。ソロスパイダーは長い爪でさやかの足を縛っている糸を切り裂いたが、代わりに、背中を踏みつけて動きを停止させる。

 

 

「よく聞け美樹さやか」

 

「ッ! どうしてあたしの名前を――ッ!」

 

 

腕を組むディスパイダー。

隣にいるレスパイダーは縛り上げた子供を抱えていた。

 

 

「お前が知る必要は無い。大切なのは巴マミに伝える事だ」

 

「えッ?」

 

「今から、見滝原病院に形成されている魔女結界の中に来い。そこでアタシと戦え、一人でな」

 

「なんでマミさんが!」

 

「でなければこのガキを殺す。じゃあな、ハハハ!」

 

 

手をヒラヒラと振ると、あっと言う間にディスパイダーは糸を伸ばして跳躍。さやかの視界から消える。

ソロスパイダーもさやかを蹴り飛ばすと、鼻を鳴らしてディスパイダーの後を追った。

そしてレスパイダーも淡々と背を向け、糸を上空に伸ばすと、さやかの前から姿を消した。

 

 

「大丈夫、美樹さやか」

 

「あ、転校生!」

 

 

さやかを追尾していたエビルダイバーが危険を察知。

トークベントを介してほむらに危険シグナルを送る。

こうして駆けつけたほむらは、さやかの体を起こすと、怪我が無いかを確かめた。

 

 

「大丈夫そうね」

 

「うん、ありがとうね」

 

「いえ。それより――」

 

 

何があったのかを聞くと、さやかは壁に磔にされている女性を指差した。

既に意識を失っているのだろう。気絶し、力なく腕を下げている。

ほむらはナイフを取り出すと糸を切断、女性を地面に寝かせて、ため息を一つ。

 

 

「まいったわね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まいったよな、魔法少女になるのは」

 

 

河原、そこにあるベンチにニコとマミは腰掛けていた。

キラキラと光る水面を見つめながら、ニコは手に持っていた石を投げた。

放物線を描いたそれは、ボチャンと音を立てて水面を揺らす。

 

マミはただジッとしていた。

記憶のなかにあるニコは、ほとんどが参戦派だが、別にそれでも良い。

つまりココでニコに裏切られても仕方ない、それでいい。そんな思いすらマミには宿り始めていた。

 

 

「魔女とかはまあ良いけど、問題は力があるって事だね」

 

 

銃と同じだ。

いつも懐に忍ばせている銃。しかもそれで人を撃っても良いのだ。

警察は魔法を理解できないし、ましてや仮に追われても人間程度ならば皆殺しにできる。

魔法少女の力とは、そう言うものだ。

 

 

「全うに生きようとした事があるんだ」

 

 

ニコは今、存在しない人間である。身分証明書等は全て魔法で偽造している。

だがそれを利用してニコは一時期バイト生活に勤しんだ事もあると。生きていく為にはどうにもお金がいる。

それまでは偽札を生成していたが、やはりそれではダメだと言う良心があったからだ。履歴書は魔法で作り、なんとか働ける所まではこぎ付けたのだが。

 

 

「まずは何か変な工場だったんだけど、ニコちゃん二時間で止めちゃった」

 

「えぇ?」

 

「だってなんか面倒なんだもんな。教えるヤツなんかちょっとウザかったし」

 

 

魔法少女の悪い所だ。ニコは適当に見つけた木の棒をマミに見せる。

そしてその棒先を、適当な場所に向けた。

 

 

「レンデレ・オ・ロンペルロ。ちょっと魔力を込めりゃ、コレで相手はお陀仏よ」

 

 

いくら攻撃力の低いニコだとしても生身の人間くらいは簡単に殺せる。

 

 

「ムカつく奴全員にぶち込んでやったぜ。ハハハ――、ハ。や、すまん、笑い事じゃないわな。悪い悪い。でも殺して無いから、半殺し程度だから」

 

「程度って……」

 

「いや、流石に反省したね、あの後は。だから次は絶対やめんぞな、って」

 

 

ニコ、渾身のバイト第二段はおすし屋さん。

厳しいながらも愛のある大将のもとで、ニコちゃんは頑張ります。

 

 

「二日で辞めたね。厳しいながらも愛があるとか周りはとんちんかんな事言うけど、いや、厳しいのがウザイんですけど」

 

「な、なんて言ったらいいのか――」

 

「だって、ムカつく奴すぐ殺せるんだぜ? もう少しで大将を三枚おろしにしてたよ私は」

 

 

次、本屋さん。静かなところでニコちゃんは働きます。

 

 

「先輩がウザすぎて三日で辞めたね。なんか気持ち悪い奴でよ。はは、言ってる事他とちげーし、ニコちゃん怒られたし、アイツ嫌いや」

 

 

焼肉屋、スーパー、服屋、お惣菜屋、結婚式場、最大でも一ヶ月未満でニコは辞めている。

 

 

「もちろんどの職場もムカつく奴には魔法の一撃をお見舞いしてやったぜ。嫌な奴だとケツにロケットぶち込んでやったし。フッ、アイツもうウンコできねーぜ?」

 

 

ドン引きのマミを見てニコは頭をかく。

 

 

「ありゃ? 失言だったかね」

 

「ダメよ、神那さん、そんな事……」

 

「だって言っただろ。魔法が使えるんだ、それくらいはするさ。あ、でも勘違いするなよ、今はしてないから」

 

 

とは言え、するにはしていた。

それは事実だ。ループの中、一度や二度じゃない。

嫌いな人間がいれば殺しまではしないが傷つける。力を持つ者の特権だ。

 

 

「でも、キミはそれをしなかった」

 

「え……?」

 

「参戦派に回った事はあるけど、それはゲームが始まってからだ。それ以前には、私の記憶にある限りでは、巴マミはかなり良い子だったぞ?」

 

 

人を守るために魔女を倒す。魔法で人は傷つけない。

 

 

「それは、何も知らなかっただけ」

 

「私だって何も知らなかった。でも傷つけてた。それで気分が晴れてたから」

 

「私は魔法少女は、正義のヒロインだと思ってたから。でも全てを知った今では、それは酷く滑稽だったわ」

 

「何を言ってんのさ」

 

「?」

 

 

ニコは木の棒をへし折ると、適当な場所に投げ捨てる。

 

 

「全てを知った今、私はキミのあの行動が正しいと思ってるけどね」

 

「どうして? 裏切られるのに、苦しむのに」

 

「殺人鬼よりは、ヒロインの方が余程良い」

 

「それは――」

 

「だいたい、ダラダラ生きててたって、しょうがないだろ。生きている間に何を成すかが大切だ」

 

「仕方ないと割り切れれば、いいけれど……。私は怖かった。死ぬのが」

 

「じゃあ殺人鬼になるのは怖くないのか?」

 

「!」

 

「私は友人二人を撃ち殺して魔法少女になった。おかげで食い物の味はしなくなるし、夜は寝れねーわで。あとはそう、本のページをめくるとか、ゲームを進める事すらできなくなった」

 

 

未来が怖い。娯楽が怖い。散々だったと。

 

 

「それを忘れる為に戦ったけど、まあやっぱりアレだな、鹿目や城戸の姿を見て、あっちの方が良いって思ったよ」

 

 

たとえ裏切られて死んだとしても、そっちの方が良いのかもしれないと思った。

 

 

「生きる事が正義だと思ってたが、まあどうにも……、そう言う事でも無いらしい」

 

 

何の為に生きて、なにをするのか、それだけだ。

 

 

「誇れる事だと思うけどね、私は、キミの行動」

 

「………」

 

 

その時、ニコの携帯が震えた。

 

 

「はい、もしもし。うん、おん、ほん。にょーん。へぇ、はあ、なるほど、おけ、わかった」

 

 

電話を切ると、ため息一つ。

 

 

「魔獣の奴がアンタを呼んでるね」

 

「え!?」

 

「あの蜘蛛女だ。なんか、チビガキを人質取ったみたい」

 

「大丈夫なの!?」

 

「さあ? アンタが来れば返してくれるらしい。まあ嘘だろうけど」

 

 

ニコは大きく伸びを行って立ち上がる。

 

 

「魔獣はキミと一対一をご所望らしい。どうするの?」

 

「どうすればいいの……?」

 

「自分で決めた方がいい。人に決められちゃ、それだけで逃げ道になる。だから私は自分で選んだよ」

 

 

ニコは自分を模した小さなぬいぐるみを地面に置く。

魔法で作った偵察人形だ。これでマミに何かあってもすぐに分かる。

ユニオン、クリアーベント。ニコは透明化すると、病院にある魔女結界を目指すと言う。

最後に、一つだけマミにアドバイス。

 

 

「知らないことは罪か? 口に出してみろよ」

 

 

正義の魔法少女、巴マミちゃん。

全てを知って割り切った殺人鬼クソ女、巴マミちゃん。

 

 

「く、クソ女って……!」

 

「今なら私は言えるけどね。参戦派はクソだって」

 

 

クソのまま生きるなら、いっそ死んだ方が良い。

 

 

「それに、さやかやサキが待っているのは、前者の方だろ」

 

「………」

 

「チャオ」

 

 

ニコは河原を歩いていく。無表情だが、内心は決意に満ちていた。

マミに偉そうな事を言ったんだ。少しは自分も力を見せなければ示しがつかない。

やはり気になったのは力の差だ。ムカつく話だが、魔獣と自分では実力に大きな違いがあるらしい。いくらサポート型と言っても、それは言い訳でしかない。

だからこそニコは考えていた。所謂、新たなパワーアップが必要なのではないかと。

 

 

「べぇやん、いるか?」

 

『いるぜー、なんか大変な事になってるっぽいな』

 

「あー、その事じゃないんだわ」

 

『?』

 

「ちょっと聞きたいんだけど、お前キュゥべえどう思う?」

 

『そりゃあ先輩ってばマジリスペクトだよな。あの契約の腕前と良い、オイラなんかじゃとても追いつけねーよ』

 

「んー、やっぱそうかー。いや実はな、私も最近べぇちゃんってスゲーなーオイって思いはじめてきてさ」

 

『おーおー! そりゃ当然だぜ!』

 

「もはや、べぇ様って感じ? あの殺しても殺してもゴキブ――、まるで宇宙に光る星の様に新たなキュゥべえが生まれる様とかマジかっけぇって言うか」

 

『分かってんじゃねーか神那ニコ』

 

「それでさ、ちょいとこさお願いがあるんだけども」

 

『?』

 

「いやーね? ぜひもっとキュゥべえ様のことが知りたくてさぁ」

 

 

貼り付けた様な笑顔も、ジュゥべえにとっては本当の笑顔に見えるのだろう。

すまんの。ニコは心でそう謝りながら、病院を目指す。

その途中、まどかに連絡を入れたという訳だ。

まどかはサキや真司にも事情を説明、アルケニーへの警告を告げる。

そして、真司との会話中、まどかは口にした。

 

 

「お願いがあるの。真司さん」

 

『ああ。分かってるよ、まどかちゃん』

 

 

これはただの戦いではない。

しかしそのためには別行動をしなければならない。

真司としてはそれが少し引っかかる話であった。

 

前回のゲームで真司はまどかから離れ、結果的にお互いの命を散らす事になった。

もちろんそれが原因ではないとは言え、真司としても思う所がある。

もちろんそれはまどかも同じだ。だが、それでも、今は……。

 

 

「これは、わたしの始まりだから」

 

『――ッ』

 

 

記憶にはある。元々は、別の世界。

 

 

「真司さん、わたしを信じて」

 

『ああ、俺も、絶対に連れて行くよ』

 

 

二人は電話切って立ち上がる。

それぞれ、やらなければならない事をするためにだ。

そして奇しくも、病院に行くためにはニコ達が座っているベンチ。それがある道を通るのが一番速かった。だから結果として、まずはサキがマミを見つける。

 

 

「やあ、マミ」

 

「サキ……」

 

「色々聞いたよ。尤も、きっとキミ達はもっと知っているんだろうけどね」

 

 

まどかはサキにもう告げていた。

魔獣の存在、そしてもっと大きな情報がある。

それらはいずれ、必ず話すから――、ただそれだけだった。

 

 

「それだけ? それだけで信じたの?」

 

「ああ、それだけで十分だろう」

 

 

サキはマミの隣に腰掛ける。

 

 

「行くのか?」

 

「迷ってるって言ったら、私は酷い人かしら」

 

「いや、無理もない。まさか魔獣なんて物が……」

 

 

サキはマミの表情を見る。

不安げにうつむくマミの表情は、サキも察する事ができる。

 

 

「なるほど。キミはもう深い所まで知っていると言うことなのかな」

 

「サキ……」

 

「まどかから聞いたよ。私の事を、知っているんじゃないか?」

 

「あの、なんて言ったら良いのか……」

 

 

マミの記憶には確かにあった。

サキが妹の件で、マミに復讐する記憶がだ。

しかしその記憶とは裏腹に、サキが浮かべていた表情はなんとも穏やかな物だった。

 

 

「なんて言えばいいのか、考えを言葉にするのは難しい」

 

「え?」

 

「マミ、私はキミの事を大切な友人だと思っている。それは本当だよ」

 

「……そ」

 

「?」

 

「嘘よ!!」

 

「!」

 

 

つい大声を出してしまった。

何も知らないからサキはそう言えるのだ。

きっとサキが記憶を取り戻せば今の発言は無かった事になるだろう。

それがイヤなんだ、たまらなく嫌なんだ。

するとサキはもう一度微笑んだ。

 

 

「確かに世界が違えば……、ほんの少し歯車が狂えば、私はキミの事を恨んでいたかもしれない」

 

「じゃあ――」

 

「でも、まどかがいる。キミと深く関わっている。だから私はキミを恨まないよ」

 

「……ッ」

 

 

サキは言う。人は、一人では生きられない。

一人では怒りを内包する事でパンクしてしまう。

きっとそれがマミを恨む理由に変わるのだ。

 

 

「でも、私はキミと知り合い、時間を共にしてきた」

 

「……ッ」

 

 

確かにそう言われると、記憶にあった『敵』のサキは初めから敵だった。もしくは関係が薄かった。

しかし今、つまり前回のゲームをベースにした今は、サキと深く関わり、ほぼ毎日共通の時間を過ごしている。

休日には一緒にケーキを食べに行った事も、映画を見た事もある。

もちろん、魔女と戦った事も。

 

 

「キミの努力を、私は一番近くで見てきた自信があるのだけどね」

 

「それは――ッ」

 

「キミは本当に凄い魔法少女だよ」

 

 

マミは言葉を失った。

何を言っていいのか、何も分からずサキを見る。

向けられている眼差しは間違いなく尊敬のソレであった。

 

サキも言わんとしている事は先程のニコと同じだ。

マミの行動を馬鹿だと笑う人間は多いだろう。現にマミ自身がそう思っているから。

しかし逆に、その行動が凄いと言う者もいるのだ。ニコや、サキの様に。

マイナスが目に入っている。ほむらの言葉がマミの脳裏を過ぎった。

 

 

「じゃあ私は行くよ。こんな私にも、何かはできるだろうからな」

 

 

ソウルジェムを構えるサキ。

雷光が迸り、サキは地面を蹴って走り出した。

脚力を強化しているのだろう。サキは僅かに電流を残しながら消えていく。

呆気に取られているマミ。すると先程までサキが座っていた場所に人の気配を感じた。

 

 

「え? きゃ!」

 

「ごめんなさい、驚かせたわね」

 

 

暁美ほむらは、わざわざ時間を停止してまでマミの隣にやってきた。

少し、ばつが悪そうな表情を浮かべ、躊躇う様に言葉を並べていく。

マミの方は見ず、ずっと水面を見つめながら。

 

 

「夕日を見ると、いろいろ思い出すわ」

 

「暁美さん? ど、どういう事?」

 

「つまり、えぇっと」

 

 

咳払い。

 

 

「貴女に色々言われて、心に刺さった」

 

「……事実でしょう?」

 

「ええ、ええ。紛れもなく。私は貴女を裏切り、時には背後から撃ち殺した事もあったわ」

 

「そんな貴女が、どうして私の前に?」

 

 

自分でも嫌になるが、嫌味を交えなければならなかった。

マミなりの優しさと拒絶だ。触れ合えばそれだけ傷も深くなる。だから言葉で遠ざける。

――なんて、考え、ほむらには分かってしまう。

理由? 単純だとも。同じ事を考えていたからだ。

 

 

「まどかは私を救ってくれた。孤独だった私に優しくしてくれて、今まで友達なんていなかった私と、友達になってくれた」

 

 

たくさんの希望をくれたから、絶対にまどかを死なせたくなかった。

 

 

「まどかは楽しい事だけをくれる。嬉しい事だけをくれる、最高の友達だったから」

 

 

ずっと病室にいたほむらは鳥篭の中の鳥だ。

漫画、アニメ、ドラマ、小説、テレビ、娯楽の中で笑うキャラクターと同じ事をしたいと何度願っても、それは叶わない。

勉強もスポーツも苦手な自分は誰も友達になってくれない。そう思っていたのに、まどかは違った。さやかや仁美は少し怖かったけど、まどかは優しくて、好きになった。

 

 

「映画、ケーキ、楽しい思い出は……、いつも彼女がいて」

 

 

頬をかく。ほむら

 

 

「なんて言うのか、勘違いもしてしまったかも」

 

「まさか、初恋とか?」

 

「ええ、ええ、今は違うわよ? でもやっぱり昔はまどかの事が好きすぎて、少し変な気を持ってしまった事もあったでしょうね」

 

「気にする事無いわよ、鹿目さんも、美樹さんが初恋の人だって言ってたし」

 

「そう、まあいいわ」

 

「ちょっと不機嫌になってる?」

 

「いいから、続き」

 

 

だから戦った。

まどかがいてくれれば、その想いで戦い続けた。

世界を敵に回しても、まどか以外を何人殺そうともだ。

 

 

「でも、今になって思うわ。私は本当に愚かだったと」

 

 

依存であったのかもしれない。と、思う。

前回のゲームでさやかに言われた事が、今、一番心にある。

ビルに押しつぶされそうになったときに助けてくれたさやかが言った言葉だ。

 

 

『ねえ、教えてよ。暁美ほむらの世界にはアンタとまどかしかいないの?』

 

「まどかは私を傷つけない。そんな存在じゃないのに……」

 

『戦い続けろ。自分が本当に望む世界を手に入れるまで』

 

 

手塚に言われた。

結局、自分自身でも分からない事を二人は簡単に見抜いていたのだ。

 

 

「私は馬鹿よ。馬鹿でのろま、人の気持ちを考えられない」

 

 

だから考えた。ずっと考えてみた。分かってる。分かってるんだ、もう。

ほむらは大きく息を吸う。そしてゆっくりと吐き出す。

全く、人を殺すときよりも緊張するなんて……、どういう事なんだコレは。

 

 

「巴マミ」

 

「な、なに?」

 

「………」

 

 

沈黙。肩を竦めるマミ。

ほむらはずっと前の方を見て固まっている。

 

 

「巴さん」

 

「は、はい」

 

 

言い直し。

 

 

「………」

 

 

沈黙。それは躊躇。

ほむらはもう一度深呼吸をして、マミを見た。

 

 

「マミさん」

 

「え?」

 

「あなたが好き」

 

 

沈黙。沈黙。沈黙。

 

 

「え……? はい?」

 

 

目を丸くするマミと、そんなマミからゆっくりと視線を外しながら水面を見つめるほむら。

顔がほのかに赤いのは、夕日のせいだけではない筈だ。

一方でマミは言葉の意味を理解したのか、アワアワと忙しなくほむらを見る。

 

 

「あ、いえ、そう言う意味ではなくて……。えぇっと、なんて言ったらいいのか」

 

「ご、ごめんなさい。急な話でビックリしたから……」

 

 

しかし割り入る黒。

それはマミとほむら、お互いに思い浮かべる言葉だ。

嘘なのではないか。なぜならば、好きな人間を殺すなどと、そんな馬鹿な事が?

 

 

「私は馬鹿だったから、愚かだったから、気づかなかった」

 

 

分かっている。大丈夫、ほむらは盾に手を伸ばした。

 

 

「今更こんな事って思うでしょうけど、それでも聞いて欲しい」

 

 

マミを撃ち殺した時のことを考えると、心が張り裂けそうだった。

なに、それはマミだけではない。さやかだって、杏子だって、今まで知り合ってきた者達も、今となってはそれだけの記憶があるから。

ほむらにとって、自分以外の12人は、もう、それだけ大きな価値のある存在だと気づいた。

特に、まどか、杏子、さやか――。

 

 

「そして、なにより、あなた」

 

 

ほむらが取り出したのはメイン武器であるハンドガンだった。

一瞬身構えてしまうマミだが、ほむらは気にせず、適当に地面に転がっていた石を掴むと、それを放り投げる。

そして射撃。小気味の良いリズムで放たれた弾丸は、見事に宙を舞っていた石を撃ち砕いていく。

 

 

「良い命中率でしょ?」

 

「ええ、凄い精度ね。私よりも、凄いかもしれない」

 

 

ますます自信がなくなり、うな垂れるマミ。しかしほむらは確かに首を振った。

 

 

「違う」

 

「え?」

 

「忘れたの? 巴さん」

 

 

ほむらは、珍しく、ニコリと笑みをマミに向けた。

 

 

「貴女が、教えてくれたのよ?」

 

「え……?」

 

 

瞬間、フラッシュバック。

今日みたいに夕暮れの河原、人の居ない場所まで移動して、ドラム缶を撃つ練習。

 

 

『普通の銃は反動があるから、魔法でなんとかできない?』

 

『あ、はい、やってみます!』

 

 

マミはほむらの後ろに立ち、手を添えて銃を一緒に持つ。

そして銃口を移動させ、照準を合わせる練習を一緒に行った。

 

 

『大丈夫、焦らなくて良いのよ? 暁美さんはセンスがあるから、きっとすぐに上達するわ』

 

『頑張れー、ほむらちゃん!』

 

『は、はい! 頑張ります!!』

 

 

その後は一緒にケーキを食べたり――。

 

 

「変な言い方だけど、楽しかったし、嬉しかった」

 

 

だってそうだろ?

弱い自分が強くなっていく実感があった。

それに、なによりも、教えてくれる人がいたんだ。

 

 

「巴さん。私にとって初めての友人がまどかなら、はじめての先輩は貴女なの」

 

「暁美さん――ッ」

 

「一度しか言わないわ」

 

 

ほむらは立ち上がると盾に手をかける。

 

 

「優しくて、かっこよくて、大好きな先輩」

 

 

クロックアップの発動。あまり時間はかけていられない。

 

 

「だからお願い。どうか私を許してください」

 

「………」

 

「そして、もう一度、先輩に――、友達になってほしい」

 

 

こんな事を頼めた義理ではないが、それでもほむらは頭を下げた。

 

 

「返事は後で聞かせて欲しい。私は魔獣の所に行くから」

 

「待って、暁美さ――」

 

 

ほむらの姿が消えた。

それは暁美ほむらの中にも恥ずかしいと言う思いが確かにある事の証明であり、同時に怯える弱さがある証明でもあった。

 

この先に、もしもマミに拒絶されれば、ほむらはきっとより深い痛みを味わうと分かっているからだ。それに口にした言葉も嘘ではない。時間を止められる力は人質を助ける部分で役に立つかもしれない。

 

一方取り残されたマミは、どうしていいか分からずと言った表情で尚も水面を見ている。

そして、最後に、桃色の光。

 

 

「わたしの、わたし達の夢なんです」

 

「鹿目さん……」

 

 

まどかはニコリと優しく微笑んでマミを見つめた。

夢、それは13人の魔法少女、13人の騎士。ああいや、もはや今となっては15人の騎士と、いずれ現れるだろう一人をプラスした15人の魔法少女、みんなと友達になる事だ。

 

 

「旅行とか、できたら良いですよね? なんて、えへへ」

 

「無理よ……」

 

「わたしは諦めません。それに、わたしも同じなんです、ほむらちゃんと」

 

 

嫌な記憶はある。あるが――、同時に良い記憶だって確かにある。それを無視はしたくなかった。

確かに、自分達は不確かな存在だ。ループの前では全ての言葉は空となり、全ての行動は嘘になってしまうのかもしれない。

しかしだとすれば、自分達を証明する物はなんなのか。

今を構成するのは一体どういう物質なのか。まどかはずっとそれを考えた。

 

 

「やっぱり、願いなんじゃないかって」

 

「願い――、それが魔法少女だものね」

 

「はい。今のわたしは守護魔法。みんなを守りたい。そしてなにより、守った先にまだ願いがあるんです」

 

 

それが先程の皆と友達になる事だ。

願いはきっかけでしかない。今だ。今なんだ。

大切なのは全て今、自分が立っている今と言う時間。

 

 

「マミさんは、生きて、何がしたいですか?」

 

「それは――ッ」

 

 

傷つくけど、悲しいけど、既に痛みすら感じないほどの場所でマミは生に手を伸ばした。

何故か? 死が怖かったからだ。死にたくなかった。

何故か? 決まっている。幸せになりたかったからだ。

まだ死ねない、まだ死にたくない、だってまだ――。

 

幸せじゃない?

 

分からない。

大好きだった父と母を失ってまで生きる事が幸せなのだろうか?

分からない。生きて、生きて、生き抜いて、その先に何を見たんだろう?

 

 

「生きる意味が、分からない」

 

「ありますよ、マミさんが生きる意味」

 

「え?」

 

「少なくとも、わたしとほむらちゃんは救われました」

 

 

そも、概念になった世界軸で、まどかはマミに命を助けてもらった。

だから生きている。だからココにいる。

マミの力が、マミの存在が、まどかを存在させたのだ。

 

 

「ありがとうございました。マミさんがいてくれたから、わたし、ココにいるんです」

 

「!」

 

 

いてくれて、ありがとう。

それは存在への感謝。存在の証明。

自分と言うものを構成する確固たるアイデンティティの証明。

まどかは微笑み、感謝をマミに示した。

 

 

「分かります。不安とか、怒りとか、恐怖とか、わたしの中にもあるから」

 

 

しかしそれでも、本当に見たい景色がある。

だからあえて、あえてだが、まどかは言おうじゃないか。

少し照れくさいが、こんな事を自分が言うものではないのかもしれないが、それでも言おう。

軽く思われても、立場違いでも、伝えなければならないのだ。

 

 

「マミさん、生まれてきてくれてありがとうございます」

 

「!!」

 

「だから、生きてください。どうか生きて、どうか、また一緒に戦ってくれませんか?」

 

 

まどかは手を出した。

 

 

「わたし達には、マミさんが必要なんです」

 

「―――」

 

 

よく分からないが、涙が出た。

マミは呆然とまどかの手を見つめながら、ゆっくりと下を向く。

 

 

「でも、鹿目さんはもう私がいなくても……、大丈夫じゃない」

 

「なにが大丈夫なんですか?」

 

「え?」

 

「わたしは、マミさんがいないと寂しいです」

 

 

またマミの家で皆で集まりたい。

ただそれだけ、そんな簡単な理由だ。先輩とか魔法少女とかどうでも良い。

一人の友人として、マミと言う人間が必要なんだ。

 

 

「それにわたし、マミさんに憧れてるって事、変わってません」

 

「鹿目さん――ッ」

 

「マミさんはわたしの、ヒーロー……は違うのかな? ヒロインです。えへへ」

 

 

マミはうつむき、涙をボロボロと流し始めた。

 

 

「私もね、苦しかった。暁美さんの言うとおり」

 

 

殺す時、殺される時、胸が張り裂けそうだった。

ただ魔女に殺されるだけならば、あるのは純粋なる恐怖だけだろう。

しかし怒りや悔しさ、悲しみ、そんな感情がグチャグチャになるなんて、それは言い換えればそれだけの想いがあるからだろう。

そうか、そうだな、その通りだ。マミはグシグシと目を擦り、直後、まどかを見た。

 

 

「私でいいの? 鹿目さん!?」

 

「もちろんです」

 

「まだ恐怖は拭いきれない。まだ躊躇は消えないの!」

 

「……はい」

 

「疑心暗鬼が心を壊そうって闇を出してる!」

 

「それで良いんですか?」

 

「ッ!」

 

 

しかしそれでも、マミは思うのだ。

 

 

「嫌……! イヤッ! このままじゃ苦しい! 前に、進みたい――ッ!」

 

 

まどかは深く、強く、頷いた。

 

 

「マミさんじゃないとダメなんです」

 

 

まどかは一度、マミを抱きしめた。

柔らかい感触と優しい匂い、マミは思わずまどかの背に手を回す。

 

 

「でも本音を言えばちょっと安心したって言うか」

 

「え?」

 

「マミさんでも悩んだり苦しんだりするんだなって。えへへ、わたしだけじゃないんだって、自信つきます」

 

「も、もう!」

 

「だから、あはは、ごめんなさい。なんていうか、きっと、たぶん」

 

 

離れるまどか。

そしてもう一度、手を差し出した。

 

 

「マミさんは誰かを強くしてくれる。だから弱さも、強さなんですよ」

 

「……そこまで、言ってくれるのね」

 

「あたりまえです。わたし、マミさん大好きだもん」

 

 

まどかは満面の笑みをマミに向ける。

思わず、マミも唇を吊り上げた。

 

 

「もう一度、正義のヒロインになりましょう。一緒に!」

 

「まだ間に合うのかな? 私」

 

「絶対に間に合います。マミさんがそれを望むなら」

 

 

参戦派がいいのか、協力派がいいのか、現実とかもうどうでも良い。

自分がどうありたいのか、どんな道を歩みたいのか、それをまどかは知りたいと言う。

それが貴女の、本当の想いだから。

そしてもう一度、お願いだと、まどかは口調を強めた。

 

 

「一緒に、魔獣を倒しましょう!」

 

「………」

 

「こんなゲーム、早く終わらせて、みんなでまたご馳走とケーキを食べましょう!」

 

 

その言葉に、思わずマミは吹き出した。

いつだったか、まどかの願いがもう少しでご馳走とケーキになっていた事があったか。

そうか、そうだな、あの時は、楽しかった。

 

 

「ダメね、私、こんなんじゃ、また皆に笑われちゃう」

 

 

マミはいつもの様に、優しく微笑むと、ゆっくりと腕を上げる。

 

 

「わたしだってね、皆に言われて怒ってるのよ」

 

 

杏子やユウリの煽りが頭に浮かぶ。

 

 

「と、豆腐メンタルとか、で、でででデブさんとか!」

 

「ひ、酷いですね」

 

「本当よ! だから! だから――ッ!」

 

 

マミは笑った。

 

 

「もう、格好悪い姿は見せられないわ」

 

「!」

 

「取り戻さないと、カッコいい私を」

 

 

マミは、確かに、まどかの手を取った。

サキ、ほむら、まどか、そして真司に言われた言葉。

結局、どう生きるのか。マミは選ばなければならない。

一番怯えていた事を考える。それは傷つけあう事だ。

そうだ、マミは怖かったのだ。戦う事が。

 

それがもし、協力してくれると言う人が居るのなら、それはマミとしても喜ぶべきものではないか。

怖いが、怯えるが。それでも、まだ心にある理想を形にしたいと想う『青さ』くらいは持っている。

一度は憧れた道だ。一度は誇りに想った道だ。そう簡単に人間は変われないさ。

 

 

「どうか、裏切らないで」

 

「もちろんです」

 

「だったら、期待は裏切らないわ」

 

 

マミは儚げながらも、笑みを浮かべて前を見た。

正直、不安で仕方ない。吐き気もする。心臓が破れそうに苦しい。

この手を取ると言うことは、ディスパイダーに戦いを挑まなければならない事だ。

 

死ぬかもしれない。逃げたい。

だが、悲しくはなかった。期待の中で死ねるならば、それもまた一つの答えなのかもしれない。

マミは立ち上がり、まどかと共に夕焼けの道を走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「須藤」

 

「!」

 

 

捜査で訪れていた『見滝原郷土資料館』。

既に閉館時間になっているため、人の気配はほとんど無い。それが手塚には好都合だった。

いきなり現れた少年に、須藤の隣にいた美佐子は目を丸くする。

 

 

「誰? 知り合い?」

 

「ええ。少し。石島さんは先に戻っていてください」

 

「でも――」

 

 

ギョッとしたように美佐子は肩を竦める。

 

 

「凄い顔よ、須藤」

 

「……まさか。大丈夫ですから」

 

美佐子は少し訝しげな表情を浮かべていたが、須藤を信じて立ち去った。

信頼されているのは、それだけこの時間軸で須藤と言う人間が出来上がっているからだ。

信頼されるに値する人物であると言う事。それが少し皮肉な気がして、手塚は唇を吊り上げた。

 

 

「アンタ。今は、どんな気持ちなんだ」

 

「私でも分からない。ただ、体の中に大きな何かが蠢いているのが分かります」

 

 

万引きが中毒になる主婦を補導した事があるが、あの時は全く意味が分からなかった。

しかし今は違う。その気持ちがよく分かる。

スリルの果てに、ゴールを目指したくなる。

そして何よりも、人への怒り。

 

 

「騎士になってから、人との一線が引かれた」

 

「分かっているのか。超えてはならない線だぞ、それは」

 

「本当にそうでしょうか?」

 

 

携帯を取り出す須藤。

ニュースを見ればため息。今も人は人同士で争いあう。

誰かを殺したい、金のため、性のため、自分のため。下らないと嫌になる。

 

 

「この力があれば、世界を支配する事ができる。何が悪か、何が正義かを私が決める事ができる! 素晴らしいとは思いませんか」

 

「どうするつもりなんだ、お前は」

 

「ゲームに乗るのは悪くない、そういう話ですよ。願いを叶えることは魅力的だ」

 

「……巴マミ」

 

「?」

 

「ゲームを運営していた魔獣が、巴マミを狙っている」

 

 

既に情報を得ていた手塚。

アルケニーがマミを狙っている事を須藤に伝える。

すると若干の沈黙の果て、須藤は首を振る。

 

 

「私には関係ないことです」

 

「本当にそう思うのか?」

 

「あなたこそ。私達の絆など、まるで砂の城だ」

 

「………」

 

 

マミを助けに行くより、今も尚増え続けている屑を殺しに行った方が須藤としては有意義なのだ。

 

 

「私は世界を支配する。悪は根絶し、屑共は皆殺しにする。そして頂点を目指す、これが――」

 

 

耳鳴りが。

刹那、鏡から赤いシルエットが飛び出してきた。

そして鏡が割れる音。破片の様に砕け散った装甲の中から真司が姿を見せた。

 

 

「聞かせてもらったよ、須藤さん、アンタの話」

 

 

ライドシューターとは本当に便利な乗り物だ。

それなりの距離でもすぐに到着する事ができる。

真司は須藤を真っ直ぐに睨み、そして指を刺す。

 

 

「アンタ、間違ってるよ」

 

「はぁ?」

 

「ゲームに乗るとか、殺すとか、そういう事を俺達は絶対にしちゃいけないんだよ! どうして分からないんだ!」

 

「………」

 

「また繰り返すのかよ! まだ足りないのかよ! あんな馬鹿なゲームをまだ繰り返すっていうなら、アンタは相当の馬鹿だよ!!」

 

「――ッ」

 

 

いや、いや、違う、ダメだ。真司は首を振る。

こんな話をしに来たんじゃない。こんな話はきっと、騎士だけの話なんだ。

それを繰り返しに来たわけじゃない。だって今は――!

 

 

「ごめん須藤さん。でもお願いがあるんだ」

 

「お願い?」

 

「ああ、マミちゃんを一緒に助けに行こう! それで、こんな下らないゲームを一緒に終らせるんだ!」

 

「馬鹿な事を。終りませんよ。フールズゲームは人間が参加する以上ね」

 

「やってみなくちゃ分からないだろ! どうしてアンタ等は毎回おんなじ事を言って断るんだよ!」

 

「繰り返すからですよ。人は同じ事をね」

 

 

デッキを取り出す須藤。これ以上下らない話を続ける気は無い。

チャンスが生まれたなら、また繰り返すだけだ。

そして今度こそ理想を現実に変えてみせる。

 

 

「キミは戦えないでしょう? そういう男だ、よく覚えてる」

 

「……いや、俺は戦う」

 

「なに?」

 

「俺は約束したんだ。傷つけるかもしれない、傷つくかもしれない、でも絶対にゲームを止めてみせるって」

 

 

先にデッキを突き出したのは真司だった。

なんと珍しい。息を呑む手塚。一方で須藤も目の色を変えてデッキを前に突き出す。

同時に構える真司と須藤、そして二人は同時にデッキをVバックルへ装填した。

 

 

「変身ッ!」

 

「変身!」

 

 

走る龍騎とシザース。

そして二人は眼前にまで迫りあうと、それぞれ拳を構えた。

シザースの読みはただ一つ。本気で人を殴れない龍騎の力ならば、シザースの装甲の前では無力だろうと。

思って、いたのだが。

 

 

「ッ! 何!」

 

 

シザースが突き出した拳を、龍騎はしっかりと受け止めていた。

そして素早く腕を掴み、龍騎本人は拳が震えるほどに力を込めている。

 

 

「ンンンンンン!!」『ストライクベント』

 

「!」

 

 

龍騎は距離を詰める時点でカードをセットしていた。

つまり初めから戦うつもりだったのだ。だからこそシザースを見ながらカードを抜き取り、バイザーへ入れるまでの動きがスムーズに行えた。

 

 

「ま、待て――ッ!」

 

「こんのォオオオオオオオオ!!」

 

「グアアアアアア!!」

 

 

胴体、まさにシザースの装甲が一番厚いところに叩き込まれた龍騎の拳。

にも関わらずシザースの全身を包むほどの熱。激しく熱を伴いながら、さらにシザースの体が大きく浮き上がる。

宙を舞う感覚、空を下にしながらシザースは近くにあったモニュメントに直撃した。

 

すると体が沈む感覚、奇しくもそのモニュメント、表面が世界を『反射』していたのだ。

ミラーワールドに入ったシザースは地面に叩きつけられ、そのまま地面を転がっていく。

 

 

「ぐッ! こんな馬鹿な!」

 

 

肺から空気が溢れ咳き込むシザース。

いくらドラグクローを装備していたとは言え、この威力はおかしい。

すると龍の咆哮が聞こえる。見れば龍騎の周りを旋回するドラグレッダー、そして口の中が光るドラグクロー。

 

 

「クッ!」『ガードベント』

 

「ハァアアア!!」

 

 

シェルディフェンスを構えるシザース。そしてそこへ昇竜突破が放つ炎弾が迫る。

熱、光、シザースの盾に直撃した炎の塊。すると瞬間、激しい熱波が衝撃となり爆発した。

再び浮き上がるシザースの体。盾が吹き飛ばされ、そのまま空中をきりもみ状に回転し倒れる。

 

 

「なんだコレは!!」

 

 

ありえない。シザース一番の武器は防御力だ。

なのに今、龍騎の攻撃がことごとくその防御を貫いてきている。

何故? ありえない、シザースの記憶には龍騎の攻撃の数々を防いだ実績が――

 

 

「まさかッ!」

 

 

そう、そうか、そうなのか。

シザースの脳に浮かぶ唯一無二の答え。間違いない。

龍騎の力が上がっている。いや、そもそも、今までシザースは龍騎の本気を見た事が無い。

 

当たり前だ、龍騎が本気を出すのは魔女戦。それも事実を知らないときのみだ。

そして一つ、リュウガ戦。それ以外は真司は常に葛藤してきた。

だが今、龍騎は至ったのだ。自らが本当に導き出すべき答えに。

 

 

「もう俺達だけじゃない」

 

「!」

 

 

ドラグバイザーが消えていた。

そして龍騎の手には、ドラグバイザーツバイが握られていた。

刹那、巻きあがる炎。シザースの視界に広がる烈火。

 

 

「俺は馬鹿だけど、これ以上馬鹿な真似をし続けるわけにはいかないんだ!」

 

「……ッ!」

 

「須藤さん。アンタが言ったんじゃないか! 騎士は、魔法少女を守る存在なんだって!」【サバイブ】

 

 

須藤が拒むなら、意地でも思い出させてやる。

龍騎はその意思を勇気に変え、『サバイブ・勇気』を発動した。

激しい炎が龍騎の身を包み、直後鏡が砕け散るように炎が弾け、中から龍騎サバイブが姿を見せる。

 

 

「マミちゃんはアンタに憧れてたんだ! 思い出せよ! いつまでこんな馬鹿な事をやってるんだ俺達は!」

 

「クッ! なんだこの力は!!」

 

「命を無駄にするなよ! いつまでもダサい事してちゃ、まどかちゃん達に笑われる! 大人だろ、俺達はもう!!」

 

 

だが分かる。

須藤が間違っているとは口にできても、それが真実ではない。

なにも『正義=善』ではない。それは真司も分かっている事だ。

たった一度与えられた命はチャンスだ、だから須藤が生きたい様に生きるのは間違い――、ではないのかもしれない。

 

だが、思い出せ、この戦いに正義は無い。そこにあるのは純粋な願いのみ。

故に城戸真司はデッキを取ったのだ。ココに存在しているのだ。

 

 

「俺はもう迷わない。13人の騎士と13人の魔法少女――」

 

 

訂正。

 

 

「15人の騎士と15人の魔法少女、もう誰も死なせない。あんなクソみたいなゲーム、絶対に否定してやるんだって!」

 

 

大丈夫。できる筈だ。

須藤と言う人間が黒に染まったのは事実だが、白であった時も真司は知っている。

その可能性、諦められるものかよ。

 

 

「ウォオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

龍騎が力を込めるとドラグバイザーが変形。

ソードベントは、ライアのトークベントのようにバイザーにセットせずとも発動が可能となる。

鋭利な刃、ドラグブレード出現する。

 

 

「おのれぇえッ!」

 

 

シザースもまた拳を握り締めて走り出した。

皮肉なものだ。また戦いか。しかし分かっている。これが真理なのだ。

上等だ、戦ってやる。憎しみを映し出す鏡を割る事もまた、拳を叩きつけなければならないのだから。

だから真司は、龍騎は迷わない。

 

 

「戦わなければ――、生き残れない!」

 

 

龍の咆哮が聞こえる中、刃がシザースの胸に届いた。

 

 

 

 






次回は月曜夜か、火曜辺りに二話分更新予定です。


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第80話 いつまでも、謎の騎士ではいられない

 

 

「ォオオオオオ!!」

 

「ハァアアアア!!」

 

 

ドラグブレードとシザースピンチがぶつかり合い、競り合いを始める。

睨み合う龍騎とシザース。息を呑んだのは後者だ。龍騎の瞳の奥に、激しく燃える炎を見た。

見つめれば焼き殺される。そんな妄想が脳を駆けた。それは覇気、龍騎が放つエネルギーは熱波となりてシザースの心を焦がす。

 

そして現実も、また同じくしてだ。

ハサミでブレードを捕らえたが、龍騎が力を込めるとシザースピンチが強引にこじ開けられ、刃の隙間からドラグブレードがすり抜けて、そのままシザースの胴体を切り裂く。

 

 

「グゥウッ!」

 

 

火花を散らしながら後退していくシザース。

 

 

「お願いだ須藤さん! 俺にッ、力を貸してくれ!」

 

「黙りなさい! 鬱陶しい!」『フリーズベント』

 

「なんでだよ! とことん分からず屋だな!」【シュートベント】

 

 

シザースの前に現れたボルキャンサーと、龍騎の頭上から飛来してくるドラグランザー。

まず放たれたのは動きを封じるためのバブル。だがここで予想外の事が起こった。

空間が震えた。吼えたのだ、ドラグランザーが。

まるでそれは龍騎の中にある燻る心を表すように、強く、強く吼え叫んだ。

するとその龍の咆哮は、文字通り全てを振り切るように、全ての迷いをかき消すように、眼前にあったバブルをかき消した。

 

 

「そ、そんな馬鹿な!!」

 

 

仮にもシザースの技が、たった一つの咆哮にかき消された。

信じられないと立ち尽くすシザースの耳を貫くのは、エコー掛かった電子音。

前を見ると、ドラグバイザーを構えた龍騎が立っていた。

銃口に集中していく光、大技が来る。シザースが腕をクロスさせて身を丸めると、直後発射音が聞こえた。

 

 

「ハァアア!!」

 

 

ツバイから放たれたのは青白いレーザー。それがシザースの腕に当たると防御を崩す。

そして同時にドラグランザーが炎を発射しており、がら空きとなったシザースの体に直撃した。

炎を纏い吹き飛ぶシザース。ツバイから発射されるレーザーが相手の防御を崩し、そこへドラグランザーの炎が追撃を与える。

これが龍騎の新たなる力が一つ、シュートベント・『メテオバレット』だ。

 

 

「こッ、こんな馬鹿な! こんな力! 私は知らない!」

 

「手に入れたんだよ、俺は。もう迷わない。これは俺の、俺だけの力だ!!」

 

 

まどかの苦悩を知り、魔法少女の痛みを知り、ついに真司は至ったのだ。

城戸真司のあるべき姿。自分自身の正体を理解し、まどかに触れて変わった男の力であると。

 

 

「俺は――ッ、知ってる!」

 

 

ジュゥべえは城戸真司に教えてあげた。

それが城戸真司に与えられた恩恵だ。

前回のゲーム、皆がどんな最期を迎えたのか。その詳細だ。

 

 

「正しい訳が無い。納得できる訳が無い!」

 

 

ツバイを腰にセットし、龍騎は走り出す。

一方立ち上がったシザースも拳を構えて殴りかかった。

同時に胴体へ打ち込まれる拳。しかし龍騎の拳は炎を纏っており、着弾時に小規模の爆発が起こって、シザースはより後退していく。

龍騎は炎の中で、吼えた。

 

 

「マミちゃんは願いを失って悲しみの中で死んでいった!」

 

 

佐野は迷いと孤独の中で食い殺され、ゆまもまた迷いの中、光の炎に包まれて灰になった。

分かるか? 理解できるか? まだ小さい、人生の楽しさを知る前にゆまは死んだんだ。

それだけじゃない、それだけじゃないぞ。芝浦は大切な人を守るために命を落とし、あやせは泣きながら魔女になって闇に引きずり込まれた。

 

東條は英雄への答えを理解できずにルールに殺され。

手塚はほむらを守るためにルールに殺された。

守るために命を落とす、守るために他者を犠牲にする。

 

正しいのか? 馬鹿な、そんな訳は無い!

キリカは命を守ったのに疑問の中で死んだ。

北岡は病への恐怖や苦痛の中、自らの手で命を落とし。高見沢は欲望の為に死んだ。

 

なんだよ、なんなんだよ欲望の為に死ぬって。

おかしいだろ、ありえちゃいけないだろそんなの。

浅倉と杏子は本当に理解できない理由で死んだ。何故戦いの為に戦い、死ねるんだ?

もっとある筈だろ、生きる理由とか、生きたい理由とか。

そりゃ辛い事も多いけど、楽しい事だってあるのがこの世界なのに。

 

 

「俺は、俺は今ッ!」

 

「!」

 

「本当に怒ってるんだァアッッ!!」

 

「グアァアア!!」

 

 

龍騎の拳がシザースの脳を揺らす。

一瞬意識が飛んだ。だがその中で、確かに掠れる龍騎の声だけは聞こえて来た。

 

 

「俺のせいで、リュウガが生まれ、そして死んだ。ユウリちゃんだって死んだ! 美穂は! 美穂はッッ!!」

 

 

蓮も、かずみも、もっとあった筈なんだ。

こんな再会じゃない方法、そうしたらもっと単純な方法で笑いあえたはずなのに。

そして織莉子は魔獣に殺された。織莉子は世界を救う気だった。だったのに、それを魔獣はきっと馬鹿にしていたに違いない。

そしてサキ、ほむら、オーディン、さやか、そしてまどか!

ワルプルギス。何が最強の魔女だ。何が、何が――ッッ。

 

 

「分かるだろ、須藤さん! アンタも、結局何もできずに死んだじゃないか!」

 

「黙れッ! だからこそ、今回、私は私の道を歩んでみせる!」

 

「アレが!? あんなのが本当に正しいと思ってるのかよ! みんな悲しみながら死んでいった。満たされず死んでいった。それが正しい訳がないだろッ!」

 

「ッ!」

 

「言えるのかよ須藤さん! アンタはみんなの死が、みんなの人生が、本当に正しいものだって言えるのかよォオッ!」

 

「くッ! グゥウッ!」

 

「俺は絶対にそんな事は無いって言える! だからこそ、このサバイブを手に入れた。これは俺の最後の希望だ。腐ったループを革命()えるの力なんだ!」

 

 

その思いに偽りは欠片も無い。だからこそ至り、手に入れた。

自分でも自分の事が分からないのが人間の困った所だ。真司はそれを知っている。

 

 

「俺、考えてたんだ。須藤さん。ボルキャンサーが動かなかった理由を」

 

「何を……ッ! 言って」

 

 

前回のゲーム、須藤はさやかを殺す為にボルキャンサーに命令を行った。

しかしボルキャンサーは動きを停止し、それを遂行する事はなかった。主人である須藤に危険が迫っているにも関わらずだ。

 

なぜ? 須藤は理解できずに死んでいった。

そして真司もその理由が長く分からなかった。

ボルキャンサーに魔法が掛けられていたと言うことはなかった。

ダメージが蓄積されて動けない様にも見えなかった。

では何故? 今のシザースは分かっているのだろうか?

 

 

「それは――ッ!」

 

「俺には分かるよ、須藤さん」

 

「なにッ?」

 

「ミラーモンスターは、俺達の心の分身だ。性質を与えられ、存在する」

 

 

ミラーモンスターはその性質に従うかどうかで『なつき度』が上下する。

つまり自分に正直であればあるほど、アドベントを使わずとも助けに来てくれたり、スペックが上昇するわけだ。

サバイブの効果といえばそれまでだが、ドラグレッダーがドラグランザーに進化できたのは、きっと龍騎が魔獣に、フールズゲームに立ち向かう勇気を持てたからだ。

龍騎はそう、信じてる。

 

 

「ボルキャンサーの性質は、正義だろ!」

 

「!!」

 

「そうだよ須藤さん。ボルキャンサーは知ってたんだ! アンタは知ってたんだよ、自分のやってる事が正義とは違うって!」

 

「そんな馬鹿な!」

 

「そうだろ! だからボルキャンサーは動かなかった。何が正義だよ、マミちゃんを悲しませて、皆を苦しめて、そんなのが正義な訳ないだろ!!」

 

 

そうだ、須藤はまだ良心があった。

心の奥で自分の言う『正義』が理想とする『正義』ではない事を。

須藤が目指したのはもっと青く、馬鹿で、甘い。映画やドラマに出てくる様な、そういう正義だ。

 

 

「お願いだよ須藤さん、アンタ刑事だろ!!」

 

 

声が震える。感情が燃え上がる。

仮面の奥で真司は泣きそうになりながら訴えた。

 

 

「なんの為に刑事になったんだよ! 警察がそういうの捨てたら、終わりじゃないのかよ!!」

 

 

警察とは正義の象徴。皆が憧れるものだ。

それくらい馬鹿でも知ってる。

 

 

「マミちゃんを、皆を、自分を裏切るなよッ!!」

 

「――れ」

 

「本当は分かってるんだろ! いい加減に大人になれよ! 須藤ッッ!!」

 

「黙れェエエエエエッッ!!」『ファイナルベント』

 

 

ボルキャンサーの体が割れ、直後シザースの背後に現れる。

地面を蹴って飛び上がるシザース。そのままボルキャンサーがトスを行う。

 

 

「偉そうに! キミに何が分かるんです!!」

 

「分からないから言うんだろ! 偉そうな事でも言わないと、アンタ達は話を聞いてくれないじゃないか!!」【ガードベント】

 

 

シザースアタック。

体を丸めて高速回転で飛んでくるが、一方の龍騎の前にはドラグランザー。

全身から炎を吹き出しながら咆哮。その長い体を思い切り振るい、長い尻尾でシザースを弾き飛ばす。

 

 

「なにっ!」

 

 

ガードベント・『ファイヤーウォール』。

炎のカーテンを張る技だが、メインはドラグランザーの尾で攻撃を弾き飛ばす事だ。

シザースアタックは横からの攻撃に弱いと言う弱点がある。

それもあってか、攻撃が中断されたシザースは何度目か分からぬダウンを。

すぐに立ち上がろうと手に力を込めるが、その時、龍騎の言葉が頭に響く。

性質、正義、それは自分自身が――。

 

 

「……ッ!」

 

 

拳が震える。

一体、どこへ、流されるの?

 

 

「須藤さん! お願いだ! 俺に力を、貴方の力を貸してくれ!!」

 

「黙れ、黙れ黙れ黙れェエエッッ!!」

 

 

頭を下げる龍騎に、シザースは容赦なく殴りかかった。

だが異変。今はお願いの時間だ。龍騎は抵抗しない。だからこそ殴られ、蹴られ、地面に膝をつかされる。

それでも龍騎は頼んだ。なぜ? 決まっている。

須藤は、求めているはずだろう。

 

 

「須藤さんッ!」

 

「!」

 

 

一瞬、シザースの拳が止まった。

龍騎の眼前にて停止する殺意。龍騎は答えを出している。しかし自分は――。

交じり合う感情。羨ましいのか、眩しすぎるのか、分からない、理解できない。

だが龍騎は目障りだ。シザースは吼え、龍騎を殴り飛ばす。

 

 

「何が正しいのか、何が間違っているのか! それは、私が決める!」

 

「だったら分かれよ! こんな簡単な事も、分からないのかよッ!」

 

「うるさいッ! 黙れ!!」

 

 

蹴り飛ばす。龍騎は倒れ、苦しげに唸った。

 

 

「抵抗しないのか、馬鹿なヤツだ!」

 

「お願いに、攻撃はいらない――ッ!」

 

「死ぬぞ!」

 

 

シザースバイザーで龍騎の首を挟む。そのまま力を込め続けた。

切断する気だった。そうでなくとも、絞め殺すつもりだった。

が、しかし、力が入らないのも事実だった。そして龍騎はシザースの腕を掴む。

 

 

「死なない!」

 

「なに……ッ!」

 

「俺はもう、絶対に死なない! それに、絶対に殺さない!!」

 

 

龍騎は思い切り身を乗り出し、頭突きをシザースに打ち込んだ。

よろけ、後ろに下がるシザース。

龍騎を見ると、頭を抑えて呻いている。

 

 

「戦いは終わらない! 苦痛がある。苦しいだろ、痛いだろ!」

 

「きっと、まどかちゃん達の方が、痛かった!」

 

「!!」

 

魔法少女(まどか)ちゃん達の方が、辛かった筈だ!!」

 

 

マミの涙が見えた。まどかの涙が見えた。

その向こうに、自分がいた。哀れんでいる。悲しんでいる。

やめろ、そんな目で俺を見るな。私を見ないでくれ。

シザースは気づけば、龍騎からバイザーを離し、フラフラと後退していた。

咳き込みながら立ち上がる龍騎。まだだ、まだ気づいている。

 

 

「須藤さんも人間だ。家族がいるんでしょ?」

 

「!」

 

 

人間なんだ。生きてるんだ。子供の時があった。

母親にしかられたり、カレーライスが楽しみだった日もある筈だ。

父親と虫取りに行った日があるかもしれない、映画に行った事だって、きっと、ある。

友達がいたはずだ。好きな人もいたかもしれない。

生きてる、生きているんだ、当たり前だ。

だったら、夢もあった筈だ。

 

 

「須藤さん。アンタ――、昔の自分に胸ッ、張れるんですか?」

 

「―――」

 

「あぁいや、俺は別に正義とか、そういうのは良く分からないけど――ッ! 少なくともちょっとはマシに生きてるつもりだよ」

 

 

格好悪い姿を晒すのは辛いから、嫌だから、だからココにいる。

 

 

「どうなのさ、須藤さん。貴方は」

 

「………」

 

 

シザースは動きを止めた。そして自分の掌を見つめた。

 

 

「戻れない。もう、血に染まってる」

 

「勘違いだよ、ソレ」

 

「え?」

 

「コレは、最後のチャンスなんだよ。命は、たった一度きりなんだよ!」

 

 

まだ須藤は誰も殺してない。

たった一度、命はチャンスだから、だからどうする?

理想の自分を勝ち得るのか? それとも、憎しみを生み出す妥協案を作り出すのか。

 

 

「辛いけど、難しいけど、それが戦うって事なんじゃないの?」

 

「………」

 

「俺は、そう思ってるんだ」

 

 

もう一度、龍騎は頭を下げた。

 

 

「お願いだ須藤さん。殺すなんてダメだ、傷つけちゃいけなんだよ、俺達は!」

 

「……何が分かる。貴方に私の、何が分かるんですか」

 

「須藤さんが刑事だって事かな」

 

「!」

 

「馬鹿な俺でも分かるよ。警察は、正義の味方だろ?」

 

「―――」

 

「それに騎士って事。騎士はさ、魔法少女を守るんだよ」

 

 

シザースはフラフラと龍騎の前にやってくると、拳を握り締め、振り上げた。

肩を殴るのか。龍騎はそう思ったが、意外にも、拳はゆっくりと下ろされ、シザースは龍騎の肩を掴む形に。

 

 

「一つ、聞いても?」

 

「な、なんすか?」

 

「貴方の願いは、なんなんですか?」

 

「そりゃもう一つですよ。騎士と魔法少女、全員の生存! ハハハ!」

 

「フッ、貴方らしい。無理な話だ」

 

「いやッ! ちょ! だから!!」

 

「だが、なるほど、確かに、その方がいい」

 

「へ?」

 

 

シザースは崩れ落ちる様にへたり込む。

そして変身が解除された。

 

 

「分かっていました。半端にしかなれないことが」

 

 

浅倉の様にもなれず、真司の様にもなれない。

かと言って蓮や北岡の様に、絶対に叶えたい願いも無い。

 

 

「いややッ、浅倉みたいになっちゃダメだって! 須藤さん警察でしょ?」

 

「そう、そうです……。私は浅倉を捕まえるために変身した事もあるのに」

 

「その気持ちがあれば、大丈夫ですよ」

 

「え?」

 

 

龍騎は手を伸ばした。

 

 

「まだ俺達はなれますよ、何かに」

 

「何か?」

 

「そう、魔法少女を守る騎士とかね」

 

 

それと、あと一つ。

 

 

「魔獣をブッ飛ばす、ヒーローとか」

 

「ハハ、ハハハ……」

 

 

須藤は呆れた様に笑った。

しかし確かに、その手を取った。

 

 

「そう言うのも、悪くない」

 

 

 

 

 

 

 

 

少し、時間は巻き戻る。

病院前。

 

 

「ッ、キミが神那ニコか」

 

 

ニコは既にさやかには自己紹介を済ませていた様だ。

鹿目まどかの仲間、それを今は信じてもらうしかない。

ニコはサキにも同様の自己紹介を。

 

 

「魔獣絡みで仲間になった。ま、よろしくな」

 

「ああ。浅海サキだ。よろしく」

 

 

時間を停止して移動してきた為、既にほむらは病院の前に立っていた。

さやか、ニコ、サキ、ほむらは病院の真裏に回る。

すると駐輪場の端の端、そこに確かに魔法陣が見えた。

 

同じだ。

シャルロッテの力を媒介に病院に形成された結界。ほむらとしてはあまり良い思い出の無いものだ。

前回のゲームではこの中でマミが死に、さらに他の時間軸でもマミはよくシャルロッテに敗北していたのを覚えている。

 

 

「それにしてもどうする? まだマミさん来てないよね」

 

「一応こう言うの作ったんだけど」

 

 

指を鳴らすニコ。

すると空間が歪み、彼女の隣にバイオグリーザが。

 

 

「うわッ、びっくりした!」

 

「バイグリちゃんだ。長いか? グリちゃん。私の騎士の。はい、はいはい、はいどーも、ありがとね」

 

 

バイオグリーザは何かを持っていた様で、ニコは唸りながらそれを受け取る。

そしてバイオグリーザの頭を撫でると、再び透明化させて近くに待機させた。

 

 

「そういえばキミの騎士は?」

 

「アイツは性格悪いから来ないよ。それより、これ」

 

 

ニコが持っていたのは再生成で作ったマミの衣装だった。

魔法少女時の物をほぼ完璧にコピーしており、帽子と、マミの特徴的な髪型を再現したウィッグ。さらにはソウルジェムを模した飾りまで。

 

 

「これを着れば貴女もすぐにベテラン魔法少女。名づけて、即席マミさん・なりきりセットだ!」

 

「す、凄いな」

 

「あ! でもこれならッ、あの化け物を騙せるんじゃ……!」

 

「そう。これを、ほむらに着てもらう」

 

「私? なぜ?」

 

「決まってるだろ、お前の魔法だよ」

 

 

時間停止は人質救出のための切り札だ。

その為には何としてもマミが結界の中に進入しなければならない。

なによりもトリックベント、スケイプジョーカーがあれば致命傷を受けても回避できるし。云々。

 

 

「……仕方ないわね」

 

 

時間停止。着替えは一瞬だった。

一同の前には顔以外が完全にマミになったほむらが。

 

 

「おおー」「凄いな」「ほう」

 

 

よく見なければ、マミにしか見えない。

ましてや魔獣にとってはあくまでも他種族のため、本気でバレないのではないか?

もちろん声までは変えられない為、黙っていなければならないが、それ以外はどう見ても――。

 

 

「あっ」

 

「?」

 

 

ニコは声を上げる。

ふと、さやかとサキも意味を理解した。

 

 

「察し……、ちゃ――ッ、た……! たぶんッ私……」

 

「?」

 

 

ニコはジッとほむらの『ある部分』、その一点をジッと見つめている。

疑問に思って視線を追うと、ほむらは自分の胸を見つめる事に。

意味を理解したのか、さやかとサキも複雑そうな目でほむらを見ている。

ある意味、可哀想な物を見る目に思えて仕方ない。

 

 

「………」

 

「………」

 

「この作戦は失敗だな」

 

 

乾いた音が響く。

ほむらは盾の中から取り出したハリセンを握り締めて立ち尽くしていた。

地面にはニコが倒れ、沈黙している。一方で腕を掴んでいるサキ。気持ちは分かる。気持ちは分かるが、今はふざけている状況ではない。

汗を浮かべつつ、ほむらをなだめる事に。

 

 

「落ち着けほむら。こ、個人差、こういうのは個人差だからな」

 

「………」

 

「転校生、あたしコンビニで買って来たメロンパン二つあるんだけど、詰める?」

 

「………」

 

「待てほむら! 顔が凄いぞ! さやかもッ、ふざけてる場合じゃ――」

 

 

その時、倒れていたニコが寝返りをうって空を見上げる。

魔法少女に変身しており、頭にあったゴーグルをかけた。

 

 

「もう一つ、無理な理由はある」

 

「?」

 

「キミ達には見えないだろうけど、かなり細い糸が結界の入り口に張り巡らされてる。強度は弱いから触れたら体が切れるってほどじゃない」

 

 

ニコのゴーグルはセンサーになっているため、理解できる。

 

 

「え? どういう意味?」

 

 

さやかとサキは、ほむらの固有魔法が『時間』に関わるものだと言う事は知っている。

しかしその細部はまだ知らない。ニコはほむらを見る。

珍しくアイコンタクトが成立、ほむらは頷くと、自分で話し始めた。

 

 

「私の魔法、時間停止は、私が触れている物は動けるの」

 

「……つまり?」

 

「なるほど、まさかこの糸は」

 

「そう。暁美ほむらの魔法を攻略するためのものだろう」

 

 

マミのやり方と同じだ。

結界の入り口に糸を張り巡らせる事で、糸をどうあっても『ほむらの体』に付着させる。

その糸をアルケニーは自分の体にも付着させておく、こうする事でほむらが時間を止めてもアルケニーは動けると言うわけだ。

糸が触れていれば、それを介して触れた物も動く事ができるから。

 

 

「姑息なマネを……」

 

「そうしなければ、コチラが殺られる」

 

「!」

 

 

盲点。

魔女結界の中にいるのは魔女であって、必ず魔獣がいなければならない道理はない。

病院の屋上から先程からずっとニコ達を見ていたアシナガは、糸を垂らして地面に降り立つ。

立ち構えるほむらとニコ。さやかとサキも深刻な表情に変わり、魔法少女へ変身する。

 

 

「おかしな事は考えない方が良いな。コチラには人質がいる」

 

「お前ッ、卑怯だぞ!」

 

 

アシナガはさやかの怒号を鼻で笑う。

さらにその視線の先にはマミの格好をしているほむら。

嘲笑を感じたか、ほむらは時間を停止して先程の衣装を盾の中に詰め込んだ。

代わりにハンドガンでも抜こうかと思ったが、人質がいる以上うかつなマネはできない。

一方で辺りを確認するアシナガ。マミの姿が無い。

 

 

「フッ、所詮恐怖には勝てなかったか。巴マミ」

 

「ッ」

 

「可哀想な女だ。所詮はピエロ。あれだけ偉そうにしていた割には、道化師の役割一つ果たせない」

 

「な、なんだと!」

 

 

拳を握り締めるさやか。

しかしそれよりも早く、ほむらが口を開く。

 

 

「貴女に巴マミの何が分かるの?」

 

「……ククッ! キミには分かるのかな? 共鳴できない魂ほど無価値なものはないのに」

 

「意味分からない。それにね、簡単な話なの」

 

「?」

 

「確かに、分からない事も多いわ。でもね――」

 

 

ほむらは髪をかきあげる。

 

 

「すくなくとも貴方よりは、巴さんの事、分かってるわ」

 

「……道化には道化か。愚か者らしい答えだ」

 

 

薄ら笑いを消すアシナガ。

そして、光が迸る。

 

 

「ごめんなさい、身だしなみを整えるのに少し時間が掛かっちゃった」

 

「!」

 

「マミッ!」

 

「マミさん!」

 

 

アシナガの前に魔法少女姿のまどかとマミが姿を見せる。

途中まで走ってきたのだろう、マミは余裕を言葉で表しながらも、呼吸は荒い。

嬉しそうに声をあげるさやかとサキに、マミは微笑を返し。さらにチラリとほむらとニコを見た。

 

 

「よく来た。巴マミ」

 

「巴さん……」

 

「待たせたわね、二人とも」

 

 

一方でアシナガは鼻を鳴らす。

面白く無い展開だが、これはこれで良い。

 

 

「さあ、どうぞ。中に入りたまえ巴マミ。アルケニーが待ってる」

 

「ッ」

 

 

そしてアシナガはニコを指差す。

 

 

 

「神那ニコ、美樹さやか、浅海サキ。キミ達はボクがお相手しよう」

 

 

 

そして糸。

ほむらの腕に細い、細い、銀色に光る糸が付着する。

その方向を見ると、物陰から小巻が姿を見せた。

 

 

「暁美ほむら。お前は私が潰す」

 

「………」

 

 

そして鹿目まどか。彼女だけはマミとの同行を許された。

何故か? 決まっている。アシナガは嬉しそうに語り始めた。

 

 

「大好きな先輩がアルケニーに殺される瞬間を是非、目に焼き付けて欲しいね」

 

 

そうすればまどかは絶望し、魔女に変わってくれるだろう。ならば世界は終わり、人は滅びる。

しかしそれこそがアシナガの目指す理想郷。

人は人の器を捨てて、ネクストステージへの開花を始めるはずだ。

生命の輪廻は終る事なく、新たな進化体を星の元に生み出すだろう。

 

 

「残念だけど、そうはならないわ」

 

「なに?」

 

「私、負けないもの。ね? 鹿目さん」

 

「はい!」

 

 

アシナガは舌打ちを零すと結界の中に入っていく。

小巻も糸を引いてほむらを促した。

 

 

「おかしなマネをすれば、分かっているわね」

 

「……ええ」

 

 

そしてふと、一同が結界の中に入っていく前にまどかはニコを呼び止める。

 

 

「ねえ、ニコちゃん」

 

「ん?」

 

「少し、お願いがあるんだけど」

 

「よしきた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結界の中は、覚えている者にとっては懐かしいものだった。

お菓子と病院が入り混じった世界。今回はその中に無数の落書きが見える。

どうやら二体の魔女が同時に結界を展開しているらしい。

それだけ広大な面積を魔女のテリトリーにする事ができる。

 

まどか達が先に進むと、道が三つに分かれていた。

その向こうに扉。ニコ達は右へ、ほむらは左へ、マミ達は中央に分かれていく。

右の扉の向こうは手術室。台の上にはお菓子が乗っており、周りには玩具が散乱している異常な空間で、アシナガは近くにあったマカロン型の椅子に座り込む。

 

 

「さあ、殺し合いを始めようか」

 

「随分余裕だな」

 

 

ニコはバールを構えて鼻を鳴らす。

しかしアシナガはまだ人間態のままで薄ら笑いを浮かべていた。

怪人態になるまでも無いと言うことなのか。だとすれば後悔させてやった方がいいだろう。少し力を込め、ニコは容赦なく必殺技を放った。

 

 

「レンデレ・オ・ロンペルロ!」

 

 

一直線に放たれたエネルギー。アシナガは避ける事無くそれを身に受けた。

が、しかし、閃光。エネルギーはアシナガに命中した筈なのだが、光が迸るとエネルギーは消滅していった。

当然、アシナガは無傷のまま椅子に座っている。

 

 

「マジか……、傷つくわぁ」

 

 

やはり戦闘力は皆無の様だ。

後は任せたと言わんばかりに、ニコはサキとさやかの後ろに隠れる。

こうなると当然次はサキが電撃を、さやかが剣を投擲してアシナガを狙うのだが――。

 

 

「なにッ!?」

 

 

二つの攻撃はアシナガに触れれど、すぐに光の粒子となって消滅する。

防いだ? いや、違う。まるで攻撃が自分から消えたように見えた。

ニコはゴーグルをかけ、すぐに解析を始める。同じくして立ち上がったアシナガ、薄ら笑いはそのままに、人間の姿を捨ててソロスパイダーへと変身する。

 

 

「二人とも、少し時間を稼いでちょうだい」

 

「分かった。行くぞさやか!」

 

「おっけー!」

 

 

持ち前のスピードを活かして一気にソロスパイダーの左右に回り込む二人。

サキは電撃を纏わせた拳を、さやかは一気に踏み込んでサーベルをそれぞれ突き出した。

しかし――、違和感。そして止まる二人の攻撃。

 

 

「なにっ!?」

 

「グッ! マジ!?」

 

 

思わず立ち上がるニコ。

サキの拳は、さやかの剣は、確かにソロスパイダーの肉体を捉えた。

しかしまるで何もなかったかの様にソロスパイダーは立ち尽くし、現にダメージは一切入っていないようだ。

拳の雷撃は一瞬で消滅し、サーベルはまるで押し当てた様にしかならない。

 

一方で笑うソロスパイダー。

長い爪を振るいサキとさやかを切りつける。

魔法少女達には当然ダメージが入り、二人は呻き声を上げてソロスパイダーから引き剥がされる。

 

分析中のニコは息を呑む。

見ての通り、ソロスパイダーには一切のダメージが入らなかった。

わずかに仰け反っていたので、拳や剣は触れているようだが、痛み等は一切感じていないようだ。

つまり攻撃が攻撃としての意味を成さなかった。

 

 

「無駄だ! キミ達ではボクには勝てない!」

 

 

爪や赤い糸を使い、ソロスパイダーはサキやさやかを追い詰める。

さやかの足を糸で縛ると、そのまま投げ飛ばしてサキに命中させる。

動きが止まった所で再び糸を発射、二人の腰と腰を合わせて縛り上げる。

 

 

「わわわ!」

 

「クッ! 身動きが!」

 

 

お腹同士をくっつけて縛られるサキ達。

サキの方が身長が高いため、アンバランスな体勢となって立ち上がるのも難しい。

そこへソロスパイダーは爪をクロスさせてエネルギーを集中。そのまま振り払う様に爪を振るうと、X状の斬撃が発射されてサキ達に命中した。

 

 

「ぐあぁあ!」

 

「うがッ!」

 

 

糸は切れたものの再び地面を転がるサキとさやか。

反撃にと、それぞれ雷撃やサーベルを発射するが、ソロスパイダーはその全てを身で受け止めていた。

やはり、ダメージを受けている様には見えない。

 

 

「フフフ、申し訳ない。今回は少し強めに『設定』していてね」

 

「アイツ……」

 

 

解析中のニコ。

ソロスパイダーの周りに薄い光のベールの様なものが見える。

おそらくアレがサキ達の攻撃を防いでいるのだろうが、問題はその正体だ。

サキ達が戦っている間に解析を進めるニコ。レジーナアイに情報を送ると、分析を開始。

その結果、一つ該当するデータがあった。

 

 

「!?」

 

 

問題はそれが魔法でもなければ魔獣の力でも無いと言う事だ。

魔力を含まず、瘴気を含まない力、それはキュゥべえ側の力であった。

 

 

(あいつ等が魔獣に肩入れを――!?)

 

 

一瞬そう思ったが、あくまでもゲーム管理者であるインキュベーターが特定の魔獣に力を与えるものだろうか?

いや、違う。ニコはスワイプ動作で素早く情報を処理していく。

あった、一つだけ。該当する。バッチリと当てはまる力が。

照合中、照合中……、照合完了。結果――。

 

 

「お前ッ、願いを――ッ!」

 

「ククッ! そう、その通りだ神那ニコ!」

 

 

爪がさやかの肩を切り裂く。動きが止まった所に蹴り。

一方、振り返り様に爪を振るうと、サキを捉えた感触。

その中でソロスパイダーは笑い声を上げていた。

 

ニコの考えは間違ってはいない。

長いループがあれば、それだけの『状況』が存在すると言う事だ。

なにもおかしな話ではない。さやかと同じだ。

美樹さやかは、願いの力で『上条恭介の腕を治した』。願いが奇跡を生み出し、対象の病を治す事が可能ならば、加護の力に不可能は無い。

 

 

「ボクには願いの加護がある。キミ達魔法少女がくれた加護がね!!」

 

「グッ! 嘘だろ!」

 

 

するとニコの前にさやかとサキが転がってくる。

 

 

「いっつぅ……! ちょっとニコってば、どういう事? さやかちゃんにも分かるように説明してくれない?」

 

「つまり、だから――」

 

 

簡単な話である。

さやかが上条の怪我を治した様に、どこぞの誰かが願いで『アシナガの守護を祈った』。そういう話なのだ。

 

 

「な、なんだとッ!」

 

「じゃあ! アイツってば無敵って訳っ!?」

 

「普通に考えれば」

 

 

ありえない。

ニコは珍しく額に汗を浮かべて歯を食いしばった。

魔法少女の願いは純粋なものでなければならない筈だ。

でなければ大きなリスクがあると言うことくらいキュゥべえ達は分かっている筈じゃないのか?

 

つまり、魔法少女のシステムとはそもそもインキュベーターを介するわけで、だからこそある程度の均衡があるとニコは考えていた。

でなければ、どこぞの魔法少女がそこら辺にいる少女を拉致して脅迫すれば、どんな願いでも叶えられる事になってしまう。

あくまでもその辺りの良識、常識を、インキュベーターは持っていると思っていたのに。

 

 

(いや――、違う?)

 

 

魔獣に力を与えたのではなく、加護の力を与えられた者が魔獣になった。

下宮は自分の事を人間だと説明し、他にもそういう人間がいると言っていた。

その一人がアシナガ。つまりアシナガは人間の時に加護の力を受け、それを魔獣になった後も引き継いでいると言うことか。

ニコの頭で組み立てられていくパズル。なるほど、それならば納得できる話である。

しかしだからと言って、最悪の状況では無いか。

 

 

「やばい。マジでヤバイぞコレ!」

 

 

とんでもない事をしてくれる。

そんな願いをしたやつをニコは殴ってやりたかった。

とは思えど、考えてもみればニコとて他者を助ける願いではないか。

魔法少女にとって他者を助ける願いをする者は、決して珍しく無い。

それをアシナガは今、鎧に変えて武器としているのだ。

 

 

「フフフ! そうだ、ボクを殺せるのは、このボクのみ!!」

 

 

寿命、もしくは自殺でなければアシナガは死なない。それが願いだからだ。

 

 

(まてよ? だったら再生成でDNAをアシナガと一致させれば――)

 

 

訂正、無理。

アシナガを今レントゲンで撮影すれば、真っ黒の瘴気の塊である事が分かるだろう。

人間の細胞ならば時間が掛かれど、何とかなりそうだが、流石に未知の物質となるとどうしようもないし、体を瘴気にすればニコとしても耐えられないだろう。

 

 

(おいおい、詰んでないかコレ……)

 

 

対して、当然アシナガはニコ達を殺す事ができる。

まあなんとも理不尽なものだ。ニコは舌打ちを零し、頭をかいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「理不尽なものだとは思わない? 暁美ほむら」

 

「?」

 

 

待合室の様な広い空間で、小巻は人の姿を捨てた。

ほむらの前に現れたレスパイダーからは、言い様のない憎悪を感じる。

 

 

「死で良かった。なのにお前と鹿目まどかがいたせいで!!」

 

「!」

 

 

レスパイダーは爪を構えて走り出す。

ほむらは複雑な表情でマシンガンを取り出した。

仮にも魔獣の鎧がある以上、黙ってやられる訳にはいかない。

時間を停止して、銃を乱射しながら辺りを駆ける。

 

 

「どうして下宮と同じ選択を取れないの!」

 

「恐怖がある! なにより――ッ!」

 

 

時間停止を解除するほむら。

周囲にあった弾丸が一勢にレスパイダーに向かって発射される。

逃げられないか。レスパイダーが光に包まれると、姿が小巻に戻る。

もちろん普通の衣装ではない。騎士をイメージしたソレは紛れも無い、魔法少女のものだった。

 

 

「分かる? お前たちの罪! 私は怒ってるのよ!!」

 

 

アックスについている盾が消滅すると、小巻の周りに円形のシールドが発生。

ほむらが放つ銃弾を全てせき止めて弾き返す。これは紛れも無く魔法の力だ。が、しかし、魔法ではない。なぜならば今の小巻に魔法の力はない。

あるのはただ穢れ。濁った瘴気の力。

 

 

「お前達が、私から全てを奪ったのよ!!」

 

「ッ!」

 

 

小巻がアックスを振るうと、今度は円形状のシールドがほむらを閉じ込める。

逃げ場を封じる結界。ほむらはただジッと、小巻を見ているだけ。

一方で小巻は鼻を鳴らし、アックスを持つ手に力を込めた。

 

 

「打ち砕く!」

 

 

小巻はアックスの先を地面につけ、引きずりながらほむらを目指した。

 

 

 

 

 

 

 

「よォ、巴マミ、鹿目まどか」

 

 

長髪をなびかせ、アルケニーは立ち上がる。

 

 

「この場所、覚えてるよな? お前が頭食われた所だよ」

 

 

対シャルロッテ戦でマミは油断し、頭部にあるソウルジェムを魔女に噛み砕かれた。

お菓子の甘い匂いが鼻をくすぐるが、楽しい気持ちなど欠片も無い。

マミは額に汗を浮かべ、壊れそうになる心を抑えて何とか笑みを浮かべてみせる。

 

 

「人質はどこ?」

 

「あー、ほれ」

 

 

アルケニーが指を鳴らすとブロロロロとうるさい程のプロペラの音。

落書きで書いた様な飛行機が姿を見せる。そこに乗っているのは落書きの魔女、アルベルティーネ。

二つに結んだ爆発した様な髪が特徴的な魔女だった。

さらにその周りには彼女の使い魔アーニャが追従している。

 

 

『ブゥゥゥンッ! キャハハハ!!』

 

 

飛び回るアーニャたち。

さらにアルベルティーネの飛行機は二人乗り、後ろの席では同じくオクビョウが笑い声を上げている。

その目が光ると、魔女結界の壁にモニタが出現。

そこにはシャルロッテの使い魔、『ポリーナ』に囲まれた人質の子供が吊るされていた。

 

どうやら気絶しているようで、見たところ外傷は無い。

しかし看護婦の様な格好したポリーナの手には鉈が握られており、まどか達が少しでもおかしな行動を取れば、どうなるのかは容易に想像ついた。

 

 

「正義や理想なんてヤツぁ、クソ脆い幻想だ」

 

 

アルケニーの体が光ると、ディスパイダーが姿を現す。

 

 

「幻に酔って死ぬ。笑えるねぇ」

 

 

手を前に出すと地面からシャルロッテの使い魔、ピョートルも無数に姿を現した。

長い耳と尻尾を持つ使い魔は一勢に突進をマミにしかける。

それだけではなくアーニャー達も玩具の飛行機に乗って、一勢に特攻を仕掛けていった。

 

 

「あら、一対一って聞いたけど」

 

「クハハハ! んなモン知るか! 元々コレはお前を殺すためのパーティだ! なんでもアリなんだよッ!!」

 

「いじわるな人!」

 

「人じゃないんだよな!」

 

 

マミは冷静だった。

もちろんその貼り付けた笑顔(かめん)の裏では大きな焦りと恐怖はあった。

しかしそれでも、強く頷くまどかが見えたから、マミは冷静だった。

スカートを持ち上げると、隙間から大量のマスケット銃が出現。

地面に突き刺さった六つの銃。さらにマミは自分の胸に手を当てる。すると体から魔法で構成されたマスケット銃が引き抜かれた。

 

 

「ダンザデルマジックバレット!」

 

 

魔弾の舞踏。

マミはまず手に持っていたマスケット銃で眼前に迫っていたピョートルを射撃。

使い魔の肉体を崩壊させると、その反動で回転した銃、その銃身を掴んだ。

そして持ち手の先、銃床で背後から迫っていたアーニャを殴り飛ばす。

 

マスケット銃と共に悲鳴をあげて吹き飛ぶアーニャ。

同じく向かってきていた他のアーニャを巻き込みながらマミから離れていく。

さらにマミは同時に回し蹴りを行っており、前に刺さっていた2丁の銃を地面から引きはがし、両手に収める。

 

長いマスケット銃は近接武器としても機能を発揮する。

マミは二つの銃を持って回転。銃身や銃床で使い魔達を弾き返しながら、怯んだ所に発砲。

右手に持つ銃は前、左手に持つ銃は後ろに弾丸を発射し、撃ち終わった銃はそのまま投擲して武器に変える。

さらに再び回し蹴り。回転しながら銃を二つ掴むと、歪む視界の中でハッキリと照準を合わせて発砲。

アーニャとピョートルの顔面が吹き飛び、マミは残りの銃も同じように回転しながら射撃していった。

 

 

「ティロ・リチェールカーレ!!」

 

 

残る使い魔は周囲に大砲を張って一層。

爆炎がフィールドを包み、その中でディスパイダーの笑い声が響いた。

 

 

「孤独と恐怖に包まれて死ね! 巴マミッ!」

 

 

爆煙を切り裂いて、ディスパイダーはマミの元に走る。

近づけさせてはいけない。マミはマスケット銃の銃口を円形に並ぶように設置。

まるでガトリングガンの様に回転させながら一勢に銃弾を前方へ放っていく。

 

 

「ティロボレー!」

 

「きかねぇよ雑魚!!」

 

 

回避拒否。

ディスパイダーは全く気にする事なく足を前に踏み出していく。

全身に弾丸が撃ち込まれる事になるが構わない。

なぜならばディスパイダーの背にはシャルロッテが結ばれている。

オクビョウの力で魔女の力がディスパイダーに与えられ、シャルロッテの力でディスパイダーは擬態の鎧を脱ぎ捨てた。

 

 

「!」

 

「死の恐怖に溺れろ!」

 

 

絶望こそが魔獣の目指す理想。

ディスパイダーは糸を伸ばし、勢いをつけると怯んでいるマミに飛び蹴りをしかけた。

素早く腕を交差させ、そこにリボンを巻きつける事で防御を行うが、それでも衝撃を殺す事はできない。マミの体は浮きあがり、後方へと吹き飛んだ。

マミは抵抗にスカートからマスケット銃を二つ伸ばして発砲。

しかしディスパイダーは体を僅かに逸らす事で簡単に回避して見せる。

 

 

「どこ狙ってんだよ、バァアアカッ!」

 

 

ニヤリと笑うディスパイダー。

先程の使い魔の突進。あれはフェイクだ。

ディスパイダーとて馬鹿ではない。記憶を取り戻したマミを。使い魔程度で何とかできるとは欠片も思ってはいないのだ。

 

では使い魔を向かわせた理由は何か?

それはディスパイダーの得意技であるサイレントリッパーを発動する事だ。

あまりに細い為に目には見えにくいが、使い魔達の体にはディスパイダーの糸が巻かれており、使い魔達が消滅するまでに各ポイントに付着し、張り巡らされていく。

マミが使い魔を吹き飛ばせばそれだけ糸がフィールドに張られていき、ディスパイダーが魔力を込めると張り巡らされた糸は刃に変わる。

そして、マミが吹き飛んだ先。そこにも無数に張られた糸が待っていた。

 

 

(さあ! 細切れになれ巴マミ!)

 

 

勝った。

ディスパイダーはマミを見る。

するとマミは、ニヤリと笑った。

 

 

「お見通し!」

 

「は?」

 

 

マミが撃った銃弾、そこに、マミが極限にまで細めたリボンが巻かれていた。

それはリボンと言うよりも糸。黄色い糸達は銃弾に乗ってフィールドに張り巡らされ、ディスパイダーの糸に触れた瞬間、さらにその糸に巻きついていく。

つまりマミはディスパイダーがやる事を『読んで』いた。

 

そして攻撃の為に使われた糸、その全てを自分の糸でコーティングし、自分の(いと)に変えたのだ。

マミの背に当たる糸。しかし切れない。それはマミの糸だからだ。

マミは糸を操作し、魔力を込める事でパチンコの様に自分を跳ね返す。

 

 

「なッ!」

 

 

吹き飛んだはずのマミが、軌道を変えて戻ってくる。

それに怯んでいると、マミはそのまま右足を突き出し、気づいた時には足裏が目の前にあった。

 

 

「グゥウッ!」

 

 

ディスパイダーは腕を盾に足裏を受け止めたが、そこでマミは魔力を解放。

靴の裏から銃口を生やしてみせた。ハイヒールの様になった靴、もちろんヒールの部分は銃のため、発砲ができると言う事だ。

ゼロ距離射撃、ディスパイダーの防御が崩れる。

 

 

「フッ!」

 

「ぐがっ!」

 

 

左足も同じようにしてディスパイダーの胸に叩き込み、射撃を開始。

同時にリボンでディスパイダーを巻きつける事で、シャルロッテによる『脱皮』を封殺した。

 

 

「ウゼェ!」

 

 

ディスパイダーは痛みを無視。

マミの脚を掴むと後方へ投げ飛ばした。

だがマミはその中で巨大な大砲を出現させる。ココで決める。目の奥がギラリと光った。

 

 

「ティロ――」

 

「アルベルティーネ!」

 

『ムォオオオオオオオ!!』

 

 

魔女は怒りの声を上げながら飛行機を飛ばす。

飛行機についている機関銃が火を噴き、無数の銃弾がマミの体に降り注いだ。

 

 

「きゃああああ!!」

 

「マミさん!」

 

「ヒハハハ! マミはシヌ! アキラメロ、鹿目マドカ!! ギャハハハ!!」

 

 

杖をかざすオクビョウ。

するとディスパイダーの背にいたシャルロッテの口から、黒く長い体を持った魔女が飛び出す。

シャルロッテの本体だ。弱弱しく可愛らしい姿で油断させ、この本体で相手を食らう。それがシャルロッテのスタイル。

鋭利な刃をむき出しにし、シャルロッテはマミを食い殺そうとスピードを上げる。

 

 

「レガーレ・ヴァスタアリア!!」

 

 

全ての糸を自分の下へ移動させ、マミは網目状の結界を張った。

そこへ命中するシャルロッテ、糸とは言えど魔力で強化してあるため、シールドとして機能している。

シャルロッテは顔をぶつけた事で目を回しており、マミはその隙にシャルロッテを拘束しようと試みる。

 

だが笑い声。

飛行機に乗ったアルベルティーネが、ミサイルと銃弾を乱射してマミの結界に命中させていく。

振動と爆炎がマミにビリビリと伝わっていく。シャルロッテもすぐに我に返り、下卑た笑みを浮かべながら再びマミを食い殺そうと結界を齧り始めた。

 

 

「グッ!」

 

 

シャルロッテの笑い顔。

アルベルティーネの笑い顔。オクビョウの笑い顔。

皆、その目が、顔が語っている。マミを殺す。

ああ、これだけの殺意、久しぶりだ。怖い、脚が震える。

 

見えるのは変化を始めたディスパイダー。

下半身を巨大な蜘蛛に変え、胸の穴から無数の針を乱射していきた。

その全てがマミを殺すために飛んでいく。

 

 

「マミさん!」

 

「手を出すなよ鹿目まどか! 手を出した瞬間、あのガキは死ぬぞ! クハハハ!!」

 

 

飛び上がるディスパイダー。

巨大な蜘蛛の脚を一本分離させて糸で縛ると、チェーンアレイの如く武器として発揮させる。

脚が、マミの眼前に迫った。

 

 

「死ね」

 

 

悲鳴。衝撃。結界が破壊され、マミに大量の攻撃が降り注ぐ。

しかしマミは再びリボンで自分の体を縛り、簡易的な防御を行ってみせる。

もちろんそれは悪あがきでしかない。煙が晴れた時、地面に膝をついていたマミは、大量の血を流していた。

 

 

「マミさん――ッ!」

 

 

まどかは歯を食いしばり、涙を浮かべる。

肩や胸からはシャルロッテが噛んだと思われる傷が見え、至るところにディスパイダーが放った針が突き刺さっていた。

 

しかし息を呑むディスパイダー。

それはまどかも同じだ。異質な光景、思わず魔女達も表情を変えて動きを止めた。

なぜならば、マミは笑っていたからだ。

 

 

「コレで……、いいのよね、鹿目さん」

 

「え?」

 

「結局ね、これが一番気持ちいい」

 

「気持ちいい? おいおい巴ちゃんは頭がおかしくなったのか? ハハハ!」

 

 

ディスパイダーが笑うと、魔女達やオクビョウも笑い声を上げる。

しかし、まどかだけは真剣な表情で頷いた。

 

 

「そうですよね、マミさん」

 

 

つまり、あれだ。確かに怖くて怖くて堪らないが、やはりこの感覚は『たまらない』。

なんとも言えない充実感があった。怖いが、苦しいが、欠片も悲しくは無い。

たとえ醜く負けようとも、今のマミはきっとまどかに感動を与えられている筈だ。

 

なぜならばコレこそが、目指した魔法少女の姿。

選ばれたものにしかできない唯一無二の行動だからだ。

人を守るために戦う、人を守るために傷つく。それはマミにとって、人を傷つけるために戦う時よりも遥かなる快楽を与えた。

 

ほむらが好きと言ってくれた。

サキが、ニコが凄いといってくれた姿こそ、今の自分なんだ。

ああ、そういう事だ。マミは至った。理解した。

それは彼女の中にあるナルシズムを十分に満たしてくれる。

 

 

(体が軽い――ッ)

 

 

痛みは感じない。

それはソウルジェムを操作しているから?

それともそういう物質が出ているから?

それとももう麻痺しているから?

マミ自身、混乱している。

 

だが、それでも心地よかった。

全てを知った今、また『こういう物』の為に戦っている自分に酔っている。

褒めてあげたい。凄いね、凄いな、私。

 

 

(こんな幸せな気持ちで戦うなんて初めて)

 

 

マミはチラリと、まどか見る。

なにやら耳を押さえていた。何かを決意したような表情だった。

チラリとディスパイダーを見る。胸に瘴気が集中している。大技を放つつもりだ。

きっと、もうすぐ、死ぬ。死ぬけど、それでもいい。

 

まどかはきっと自分の事を軽蔑したりはしないはずだ。

死んでも、きっと悲しんでくれるだろうから。

だからマミはそれで良かった。

 

 

(もう何も、恐く――)

 

 

目の前、瘴気に包まれた針が見えた。

さよなら、鹿目さん。さようなら皆。マミは目を閉じる。

すると、ガキンッと、何か硬い音が聞こえた。

 

 

「え?」「は?」

 

 

目を開けたマミと、ディスパイダーの間抜けな声が重なる。

マミの前にある巨大な盾が、針をしっかりと受け止めていた。

 

 

【アライブ】

 

 

まどかは、手を前に出す。

 

 

「リバース・レイエル」

 

 

天使が出現。

閉じていた目を開くと、盾が止めていた針が反射。

一勢にディスパイダーの下へ飛来していく。

 

 

「グッッ!!」

 

 

蜘蛛の巣状の結界を出現させて攻撃を防ぐディスパイダー。

嫌な沈黙が流れた。その意味――、分からぬ訳は無いだろうて。

 

 

「鹿目さん!? ど、どうして!!」

 

「おいおいおいッ! やっちまったな鹿目まどか!」

 

 

再びディスパイダーたちの笑い声。

オクビョウは目を光らせ、モニタを出現させる。

映し出される人質の子供。青ざめるマミ。虚空を睨むまどか。笑うディスパイダーたち。

 

 

「殺せ! ポリーナ!」

 

 

鉈を振り上げる使い魔。

 

 

「ダメッ! やめて!」

 

 

マミは思わず手を伸ばす。

人質を守れなければ何の為にココまで傷ついて――ッ。

 

 

「もう遅い! クククッ! 可哀想になぁ! クハハハハ!」

 

 

ポリーナは躊躇しない。

その鉈を容赦なく振り下ろし、人質を叩き割ろうと――。

 

 

『コンファインベント』

 

 

鏡が割れる音。

ポリーナの持っていた鉈は魔力で構成されているため、武器ではなく魔法として扱われる。

だから、無かった事にされた。強化も、攻撃も、殺意も全て。

 

 

「………」

 

 

誰が?

 

 

「またかよ」

 

 

ディスパイダーの呆れた声と同時に、モニタの向こうではポリーナが『角』に串刺にされて絶命した。

慌てふためく残りの一体も、すぐに角に貫かれて部屋の端に投げ飛ばされる。衝撃ですぐに体が弾け、絶命した。

 

 

『はい。ちょー、ヨユー』

 

 

メタルホーンをブラブラと弄びながら、ガイは穏やかな気持ちでモニタの前に腰掛けた。

後ろではルカが人質の子供を解放し、横抱きにしているのが見える。

どうやら向こうからもマミ達がいる場所が見えるらしい。

拳を震わせているディスパイダーが目に入ったのか、ガイはしばらく上機嫌に笑い続けていた。

 

 

「芝浦ァア! あンのヤロォオオ!!」

 

 

しかし分からない。何故ガイはあの場所が分かったのか?

口にはしない。ディスパイダーは分からない。しかし単純な話である。

まどかだ。まどかはあやせと共にいた。だからあやせもまどかについて来た。それだけだった。

 

からくりはこうだ。まどかは結界に入る前、ニコに一つのお願いを行う。

それはレジーナアイの力で魔女結界の見取り図を作って欲しいと言うものだ。

魔法で構成されたものならばニコとしては余裕な話だった。

見事にニコは解析を完了させ、お菓子の魔女結界の全貌を明らかにした。

 

すると見つける。人間の気配。

魔法少女と騎士のデータは全て入っているため、そうなると自ずと答えは『捕えられた人質』と言うことになる。

 

あとはその図と情報をあやせに送信した。

それを元にあやせは芝浦を呼び、魔女結界に足を踏み入れたのだ。

 

そして情報どおりに移動し、部屋の前につくと、まどかにテレパシーを送った。

そう、まだゲームは始まっていない。

魔法少女間におけるテレパシーの伝達は許されている。

 

 

「グゥウウ!!」

 

 

拳を振るわせるディスパイダー。信じられなかった。

だいたいは察したものの、一番の問題は『あやせがまどかを助ける様な事をするのか?』そういう話である。

 

もちろんそれは、まどかとしても考えるべき点であった。

ガイ達はあくまでも参戦派、まだゲームが始まっていないとは言え、油断はできない。

 

しかしまどかには信じられる要素があった。

あやせとの会話で、彼女とも分かり合えるのだと思ったし、芝浦やルカとしても魔獣やアライブ体を見るための交換条件として考えてもらうつもりだった。

それに最悪、芝浦達が拒んでも賭けはできる。

 

魔獣は絶望を欲したがる。

だから人質を殺す際は必ずその瞬間を自分達に見せる筈だった。

まどかは目視できる場所になら結界を張れる。つまり姿さえ見えれば、人質の子供を結界で守る事ができるのだ。

 

結界はまどか自身の魔力で構成されているため、どこにあるのかを把握できる。

つまり結界を『マーカー』にでき、まどかはその場所に向かう事ができるのだ。

だが、あくまでもこれは賭け。あまり取りたくは無い選択だったが――、今はこうなっている。

 

 

「ありがとう芝浦くん、ルカさん」

 

『……アライブの力や魔獣とやらを見せていただく礼ですよ』

 

『そうそう。人質とか正直どーっでもいいけどさ』

 

 

ガイはディスパイダーを指差し、笑った。

 

 

『アイツが悔しがる顔を見たかったんだよねー、おれ』

 

「ガァアア! クソがァアッ!!」

 

 

思い切り地面を殴りつけるディスパイダー。

何が何でも殺す。その意思を固めた時だった。

バイクのエンジン音が、耳に入る。

 

 

「ッ? なんだ?」

 

 

徐々に大きくなる音。

そしてエンジン音に混じり、龍の咆哮が聞こえたのはまもなくだった。

 

 

「まさか――ッ!」

 

 

轟音が響いた。

壁が吹き飛び、炎と共にドラグランザーに乗った龍騎とシザースが姿を見せたのだ。

バイクモードのため、着地の際にタイヤが地面を擦り、火花が散った。

そのまま車体を横にしてドリフト交じりにブレーキをかける。

 

 

「す、須藤さん!?」

 

「遅くなりました。巴さん」

 

「そんな、まさか――ッ」

 

 

シザースはドラグランザーから降りると、へたり込むマミの前に。

一方で同じくドラグランザーから降りた龍騎は、まどかとアイコンタクト。

そして頷き合うと、同時に地面を蹴った。

 

轟音と振動は他の区間にも伝わる。

龍の咆哮が聞こえ、ソロスパイダーは動きを止めた。

一方で、ニヤリと笑うニコ。

 

 

「まさか……」

 

「城戸達が来たんだろ。形勢逆転だな」

 

「馬鹿か? ボクらには人質がいる。彼らが来たところで――」

 

 

いや、違うのか。

ニコの笑顔が全てを物語っている。

それもそうか、思えば何も対処せずに来るという事ほど愚かな事はない。

ニコの力があれば攻略も可能なのか――?

 

 

「ああ……、こんな事なら、はじめから殺しておくべきだったね。世界の終末も、はじめのきっかけは週末の些細なミスからかもしれない」

 

 

しかしそうすればカウントダウンが始まるため、うかつな事はできなかった。

だが考えてもみればコレは何もマイナスな話ではない。

真司達がディスパイダーの所へやって来た。

だからどうした? 今この場では関係ない話だ。

 

 

「いずれにせよ、キミらを殺せばお釣りが来る」

 

 

現に今、さやかとサキは呼吸を荒げ、血を流している。

当然だ。どれだけ攻撃をしてもソロスパイダーを殺す事はできない。

加護の力は絶対だ。慈愛の光がソロスパイダーを守る最強の鎧になっているのだから。

 

 

「希望は絶望にも変わる! ボクこそがその体現者!」

 

 

超えられるわけが無い。ソロスパイダーには自信があった。

爪を噛むニコ。確かにソロスパイダーは反則級の化け物だ。

しかし知っているのだろうか? ソロスパイダーは。

愛とか、希望とか絶望とか、そういう感情を遥かに超越するものがあるのだけれど……。

 

 

(それは欲望だよ、ボウヤ)

 

 

仕方ない、まさかこんな早く使う事になるとは。

ニコは自嘲気味な笑みを浮かべ、さやかとサキの前に出た。

 

 

「奥の手、いくか」

 

「え?」

 

「何か考えがあるのか、ニコ」

 

「ああ。準備は整ったしな」

 

「無駄だ! ボクの鎧は絶対。戦闘能力の無いお前に何ができる!」

 

「たとえば、そう、こう言うのかな」

 

 

ポチっとな。ニコは携帯にあるボタンをタップする。

同じくして鳴り響く電話。会社にいた高見沢はパソコンから目を離すと、一度咳払いをして電話を取る。

 

 

「もしもし? ああ、繋いでください」

 

 

電話の相手は屋敷の執事だった。古株で、仕事もできる。もちろん高見沢の性格も知っている。

仕事中はなるべく電話を控えるように言ってあるのだが――?

 

 

『大変です! 旦那様のコレクションがッ、ひ、ひ、独りでに!』

 

「は?」

 

『車庫にありましたクラシックカーが一勢に発進して! お、おぉぉお!』

 

「………」

 

 

電話を切る高見沢。こめかみをおさえ、直後、咆哮。

 

 

「ニコォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

 

 

 

「吼えろ! 機皇帝!! アルファロメオ! キュゥウビィィイ! ワンンンッ!!」

 

「!」

 

 

ニコの背後の壁が粉砕され、姿を見せたのは白と赤を貴重とした車だった。

クラシックカーなのだろう。ライトを灯し、ニコの前に着地する。運転席に飛び乗るニコ。

なんだ? さやかとサキはもちろん、ソロスパイダーも動きを止めて呆気にとられる。

 

 

「機龍よ吼えろ! スクーデリアフェラァァアッリ! キュービィーッ、ツーッ!!」

 

「なにっ! うわッ!」

 

 

アシナガの真横、その壁が崩壊し、エンジン音と共に新たなるクラシックカーが姿を見せる。

コチラも白と赤を貴重にしたカラーリング。

 

 

「機霧を切り裂け、ヴィラ・デステーッ! キュゥウウビィイイ! スリィイイ!」

 

 

ソロスパイダーの真後ろから、同じく赤と白のクラシックカーが。

はじめからスピード全開、ソロスパイダーを轢き弾くとニコの下へ一直線である。

うめき声をあげて地面に倒れたソロスパイダー。ダメージは無いが衝撃は感じているようだ。

 

 

「煌け、欲望の連鎖! 機帝の下にひれ伏すが良い!!」

 

 

三台の車はそれぞれ正面衝突。

 

 

「魔聖合体!!」

 

 

しかしこの時変化が起こった。

それぞれの車が変形し、時に分離、時に連結。次々にガチャガチャと音を立てて変形していく。

そしてフラッシュ。最後の変形が終ると、巨大なキュゥべえの頭部がそこにはいた。

 

 

「完成! キュゥべえエエエッ、ロボォオオオ!!」

 

「………」

 

 

何がどうなってそうなった!?

目を丸くするサキとさやか。なら仕方あるまい。説明しよう!

キュゥべえロボとは神那ニコが自らの力を上げるために生み出した超戦士である。

『元』高見沢のコレクション、キュービーワン、キュービーツー、キュービースリーが奇跡の力で合体して生まれたのだ。

 

デザインはキュゥべえの頭部そのままである。そこにロボットの腕と脚をつけたものだ。

あの三台をどう組み合わせても不可能なシルエットと形状だが、魔法だから問題はないのだ。

体積も増えているような気がするが、魔法だから問題は無い。

これこそがニコの切り札。新たなる再生成の可能性。

 

 

「ぶち殺す」

 

 

赤いボタンを押すニコ。

説明しよう。このボタン、スカーレットアイと言うのだが、これを押す事でエネルギー炉にいる『エネルギー源』が活性化される。

そのエネルギー源とは『キュゥべえ』である。

そう、今、キュゥべえロボの中には大量のキュゥべえが詰め込められている。

 

ニコがジュゥべえに言いより、コンタクトを取らせてもらったのだ。

キュゥべえを褒めちぎったあと、スペアを見せて欲しいと言ったらジュゥべえは簡単にスペアに会わせてくれた。

ニコはそれらを捕獲、エネルギー炉の中にぶち込んだのだ。

 

 

「炉は魔法の壷。再生成の力により、大量のキュゥべえはエネルギーへ変換される!」

 

「なんだと!?」

 

 

耳を澄ませば確かにきゅっぷいきゅっぷい聞こえる様な。

まあだが、そんな事はどうでもいい。あっと言う間にエネルギーマックス。

ニコは狭いコックピットの中で構えを取る。とにかくカッコいいポーズだが、特に意味は無い。

 

 

「悪よ、銀河の塵に還れ!」

 

 

適当に見つけたレバーを引く。

 

 

「キュゥウウベェエエッッッンッビィイイイイイイイイムゥウウウウ!!」

 

 

赤色の光線が発射され、光の奔流はソロスパイダーの身を一瞬で包み込んだ。

 

 

「ありがとう! スーパーロボット大戦!!」

 

『わけが分からないよ』

 

『あんの馬鹿。先輩の貴重なスペアをなんつー事に……!』

 

 

様子を見ていたキュゥべえと、まんまとハメられたジュゥべえは複雑な表情でニコの作ったロボットを見ていた。

 

 

『代わりはいくらでもいるけど、あんまり無駄遣いされるのは、ね』

 

『しかし先輩を武器にするとは、なんつーヤツだ……ッ』

 

 

しかしノリは良いが、肝心なのは現状だ。

 

 

「やったか!?」

 

 

コックピットで吼えるニコ。

しかし知っての通りソロスパイダーには加護がある。

それは自らの力で操作できるほどになっているのか、彼は加護の力を最大にまで上げ、放たれたレーザー砲を全て無効化してみせる。

赤い奔流を切り裂き、ソロスパイダーは余裕と言ったリアクションをニコに見せた。

 

 

「下らないな、神那ニコ。ナメてるのか?」

 

「やってねぇ! ガッデム! ファック!!」

 

「茶番だ。意味が無いんだよ、君の行動には」

 

「……そう思う?」

 

「何?」

 

 

ニコは見ていた。

加護の力は凄まじいが、一応攻撃が当たるには当たっている。ダメージが無いと言うだけ。

 

 

「それ攻撃じゃないよ」

 

「え?」

 

 

その時だった。

一歩踏み出した筈の足が動かない事にソロスパイダーが気づいたのは。

下を見ると、自らの脚が石化している所だった。

 

 

「正解はカチコチ石化ビーム」

 

「なにっ!?」

 

「人体に安全な石化だ。私がそう設定した」

 

「まさか――ッ! ボクの加護が!?」

 

「傷つける攻撃じゃないからな。石化はある意味、自分の防御力を上げるとも取れる」

 

 

既に腰まで石化していたソロスパイダー。

唸り、なんとか動こうとするがうまくいかない。

 

 

「こ、こんな事が!」

 

 

抵抗に糸を吐いてみるものの、キュゥべえロボはステータスを防御力に極限にまで振っている。

糸を弾き、ニコはそのまま豪腕でソロスパイダーを包み込む様に抱きしめた。

石化した所で攻撃が通らないのならば意味はない。

 

 

「ならば、やむをえん。自爆しかあるまい」

 

「な、に――ッ!」

 

 

脳天にあるハッチから飛び出したニコ。

そのまま携帯にあるデンジャーボタンをタップした。

すると警報が鳴り響き、キュゥべえロボはお尻の部分からジェット噴射で上昇、そのまま天井を突き破って上昇していく。

 

 

「ぐっ、は、離せ!!」

 

「ありがとう高見沢のコレクション。キミ達の犠牲は忘れない」

 

 

ソロスパイダーを掴んだまま、あっと言う間に見えなくなったロボ。

一応、勝利と言うことなのだろうか? サキとさやかは複雑な表情でニコに詰め寄る。

 

 

「アレ、どこまで行ったの?」

 

「設定どおりなら魔女結界突き破って宇宙まで行く。そこで爆発」

 

「す、凄いな……」

 

「でも、それでもアイツは倒せないだろね。爆発はマジで殺すつもりの威力だけど、加護があるし」

 

 

頭の痛くなる話だ。まさか魔法少女の願いを鎧に変えた敵が出てくるとは。

ニコはジットリとした目で、近くで様子を見ていたキュゥべえ達を睨む。

 

 

『なんだよアレ、あんなのズルだろう?』

 

 

テレパシーを使用するニコ。

まだこの会話をサキ達に聞かれるのはマズイと判断した為だ。

 

 

『特例さ。安心していいよ、あの加護を持っているのはアシナガだけだから』

 

 

魔法少女を騙し、自身を強化するように願わせる。

他の魔獣にも、そんな手段をとろうとした者がいるが、キュゥべえ達はそういう願いは叶えなかった。

 

 

『むしろじゃあ、なんでアシナガだけなんだよ』

 

『ボク達も、まさかこうなるとは思っていなかったのさ』

 

 

尤も、それを上回る興味があったからに他ならないが。

 

 

『実験の意味も込めてね。データ収集はインキュベーターにとって大切な行動さ』

 

『面倒な事してくれちゃって……』

 

 

厄介だ。

現状、今のように『なんとかできる』方法は二、三、と浮かんでも、倒す方法は全く思いつかない。

だがいずれ戦いを進めればアシナガと真正面からぶつかる事もある筈。

果たしてどうすればいいのら。

 

 

「まあいいか、とにかく、マミの所にいこう」

 

 

頷くサキとさやか。

一方、龍の咆哮はほむら達の耳にも入っていた。しかし小巻は動かない。

先程からシールドに閉じ込めたほむらをにらみつけたまま、躊躇するようにして動かない。

どれだけ時間が立ったろうか、優勢である筈の小巻の額には大粒の汗が見える。

 

 

「分かってるんでしょ?」

 

「!」

 

「どうしてそこまで分かっていて、まだそっちにいるの?」

 

 

ほむらは遂に口を開く。

小巻の躊躇は誰が見ても明らかだろう。

殺す事に迷っている。魔獣でいる事に迷っているのだろう。

 

そこまで怯えて、そこまで躊躇って、なのに何故、まだ魔獣サイドにいるのか?

ほむらには理解できない話だった。

しかしそれがスイッチになったのか、小巻の表情が変わった。

鬼気迫る表情は紛れも無い、憎悪が齎すもの。

 

 

「――よ」

 

「ッ?」

 

「私はアンタが、アンタ等が大嫌いなのよッッ!!」

 

 

勢いだった。小巻は感情に任せてアックスを振るう。

しかし寸でで躊躇。だがもう遅い。

アックスはシールドを破壊し、ほむらのわき腹に刃をめり込ませた。

 

 

「あっ」

 

 

怯えた表情になり、青ざめる小巻。

しかし――

 

 

『ユニオン』『トリックベント』

 

 

砕け散るほむらの体。斧の刃が捕えたのはジョーカーのカードだった。

 

 

『ユニオン』『シュートベント』

 

「がッ!」

 

 

首、うなじの部分に衝撃が走る。

小巻が振り返ると、エビルガンを構えたほむらが立っていた。

齎すのはスタン効果。激しい痺れが全身を包み、小巻は不快感を表情にのせてほむらを睨む。

さらにほむらはユニオンを発動。選択するのはトリックベント、チェンジザデスティニー。ほむらの体が発光すると、一瞬でそこにライアが出現する。

 

 

「んなッ!!」

 

 

忘れていた。小巻はすぐにその『危険性』を理解する。

と言うのも、ほむらがライアになった。つまり糸で繋いでいた相手がライアに代わったのだ。

要するに、もう、ほむらと小巻を繋ぐものがない。

 

 

「がはッ!!」

 

 

一瞬で衝撃。

時間を停止して一気に舞い戻ったほむらは、盾から抜いた棒状のスタンガンを小巻の背中に突き入れた。

そして最大電力。魔法で強化したスタンガンは凄まじい衝撃を与える。

 

 

「グッ! がッ!!」

 

 

地面に倒れる小巻。

ほむらは膝をつき、複雑な表情で口を開く。

 

 

「それでも、どうかお願い。協力して。でなければ取り返しのつかない事になるわ」

 

「ッ!!」

 

「あなたが一番、分かっているでしょう?」

 

 

小巻は答えなかった。

ただ悔しげに俯き。動きを止めた。

 

 

「行きましょう、手塚」

 

「ああ」

 

 

強制はしない。

何故ならばそれは絶対に自分で見つけなければならない答えと知っているからだ。

それまでに死ねば、それまでの意思だったと言うことだ。

 

分かっている筈なのに。踏み切れない。

ほむらは分かっている。しかしいつか、足を前に出せた時、小巻はきっと――。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、メインホール。

 

 

「ォオオオオオオオオ!!」

 

 

計画をメチャクチャにされた怒りは凄まじい。

ディスパイダーは全身から瘴気を吹き出して走り出す。一方で同時に向かっていく龍騎とまどか。

距離を詰めながら放つ矢は、蜘蛛の脚を交差させて受け止める。

僅かまで迫る距離、先に拳を突き出したのはディスパイダーだった。

 

 

「魔獣が齎す絶望を、お前らごときが拒むなんて許されねぇッ!!」

 

 

しかし拳は龍騎に届く事は無い。

まどかが張った結界がそれを弾き、怯んだ所にツバイの刃が伸びる。

 

 

「なら俺達は、その絶対を超えてやる!」

 

「吼えるねぇ! 弱いくせにご立派な!!」

 

 

ドラグブレードに炎が宿る。

そのまま龍騎は目の前でXを描くようにブレードを振るう。

すると炎の軌跡がその場に残り、もう一度龍騎がブレードを振るうとXの形をした炎の斬撃が発射された。

 

バーニングセイバー。

ソードベントによる必殺技であり、その威力はディスパイダーの巨体を押し出すほどであった。

斬撃に押され後退していき、直後爆発、ダメージで苦痛の声が漏れる。

 

そしてまだ終らない。

まどかが手を斜め上に伸ばすと、ディスパイダーの頭上に魔法陣が出現。

そして弓を引き絞ると、直後それをその魔法陣に向けて放った。

すると魔法陣から大量の矢が雨のように降り注いでいく。

 

 

「マジカルスコール!」

 

「グゥウウウッ!!」

 

 

蜘蛛の巣状の結界を張り、それを防いだディスパイダー。

怒号を上げ、魔女を呼び出す。

 

 

「アルベルティーネ! シャルロッテェエッッ!!」

 

 

飛行機のエンジン音をかき鳴らしながらアルベルティーネは機関銃を乱射していく。

地面を転がる龍騎。同じくしてバイクモードで待機していたドラグランザーが変形、モンスター状態に戻ると、空中を疾走して無数の炎弾を放っていく。

 

しかしアルベルティーネもオクビョウに強化されている手前、そう簡単には炎弾には当たらない。だがそれで良かった。これは龍騎の作戦だ。炎弾がある以上、アルベルティーネはそれを避けるように飛行しなければならない。つまりルートがある程度予測できるのだ。

 

 

「そこだ!!」

 

 

ツバイから炎弾が放たれ、そこへアルベルティーネが自分から当たりに行く形で命中する。

炎を纏いながら後ろに下がっていく魔女と、必殺のカードを抜き取った龍騎。

再び絶望から解放するため、今は耐えてもらおう。

光を見せるのだ。

 

 

「フッ! ハァァアアア!!」【ファイナルベント】

 

 

サバイブのファイナルベントは二種類に分けられる。

モンスター状態で放つ物と、バイクモードで放つ物。今は前者だ。

龍騎が両腕を前に突き出し、大きく旋回させる。それに合わせる様にドラグランザーが咆哮を上げながら龍騎の周りを回転していく。

左手は前に、右手は上に。

ドラゴンライダーキックの構えと同様の物をサバイブ体で行っていく。

 

そして跳躍。

空中を回転する龍騎と、それに合わせて上昇するドラグランザー。

一方でアルベルティーネは拳を震わせてエンジンを最大にまで吹かした。

 

 

『ムキィイイイイイイ!!』

 

 

怒りの表情と共にスピードを上げ、さらにミサイルや銃弾など、あるだけの武器を乱射して龍騎へ突進していく。

そして両足を突き出した龍騎。そこへドラグランザーが放つ炎が加わる。

 

 

「ダアアアアアアアアアアアアア!!」

 

『ウ!? アッッ!! グアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

炎を纏った両足蹴りは、銃弾やミサイルを物ともせず突き進むと、そのままアルベルティーネを飛行機ごと貫き、大爆発を巻き起こす。

サバイブライダーキック。着地した龍騎は炎越しにディスパイダーを睨みつけた。

 

一方、シャルロッテの牙を器用に回避してみせるまどか。

空中を飛び回り、シャルロッテを翻弄する。そして一直線に飛行、釣られて一直線にまどかを追うシャルロッテ。そこでまどかは急旋回。シャルロッテに向き合う形となる。

 

 

「煌け! 極光の円環! 我が示すのは理。絶望を砕き、悪を滅する光とならん!!」

 

 

まどかが掌を天にかざすと、斜め後ろに一列に並ぶ11体の天使達。

そして手にした天秤座を振り絞ると、まどかは狙いを定めた。

 

 

「祈りを絶望で終わらせはしない! この一撃で貫いて!」

 

 

構わずまどかを食い殺そうとするシャルロッテ。しかし――

 

 

「シューティングスターッ!!」

 

 

直撃、脱皮、直撃、脱皮、直撃、脱皮、直撃、脱皮、直撃、脱皮。

 

 

『ギッ! ガガッ!』

 

 

直撃、直撃、直撃、直撃、直撃、直撃。

 

 

『ギャアアアアアアア!!』

 

 

直撃、爆散。

シャルロッテの再生回数を上回る数で直撃していく天使達。

遂にはシャルロッテの再生回数を追い越し、最後の射手座の矢にてシャルロッテは粉々に砕け散った。

しかし異変、龍騎とまどかの体が震えると、二人はサバイブとアライブから元の姿に戻ってしまう。

 

 

「あれッ!?」

 

「なんで――ッ」

 

『瘴気だよ』

 

「「!」」

 

 

キュゥべえはココで新たなる要素の説明を。

サバイブとアライブには希望の力、魔法を消費する。

 

 

『それぞれの変身には個別の魔力を消費する』

 

 

つまり普通に技を出す際に使う魔力とは個別のポイントを消費する事になる。

要するにサバイブやアライブは常になれる訳ではないのだ。

サバイブは専用の力、アライブは専用の魔力がなければ変身できない。

 

 

『さらに――』

 

 

一方で魔獣の力の源は絶望の瘴気。

二つの力はぶつかり合えば当然よりその消費量を上げていく。

その状態でカードの力や、変身を継続させ続ければ、サバイブ・アライブ解除までの時間は早まる。

加えて、まだ慣れていない状態だ。

まどかは前日にアライブを発動しており、それだけ体内にある魔力を消費していた。

 

 

『変身可能状態かどうかはサバイブの場合カードを見ればいい』

 

 

カードの中にある翼が発光していれば良い。

ソウルジェムの場合はアライブ体になりたいと思えば発光するため、それを合図にすればいい。

 

 

『強大な力のため、当然制限はつけさせてもらったよ』

 

「キュゥべえ! お前なぁッ、そういう事はもっと速く――ッ!」

 

 

瞬間、龍騎の脚に蜘蛛の糸が巻きついた。

かとも思えば浮遊感。足裏が地面から離れたかと思えば、次の瞬間、龍騎の体はまどかの体にぶつかっていた。

 

 

「ぐあ!」

 

「きゃああ」

 

「クハハハ! 良い事聞いたなオイッ!」

 

 

ディスパイダーは糸を振るい、二人を壁に叩き付けた。

それでも糸は離れない。ディスパイダーは再び糸を振るい、龍騎とまどかを地面に叩き付ける。

さらに跳躍。龍騎は危険を感じてまどかに覆いかぶさる様に姿勢を丸めた。

すると案の定、ディスパイダーは蜘蛛の巣を龍騎達にはりつけて拘束すると、針を発射して龍騎の背を撃っていく。

 

 

「ぐあぁあ!」

 

 

衝撃に呻く龍騎。

一方でディスパイダーとオクビョウの笑い声が響いた。響いていた。

それを聞きながら、シザースはマミに手を伸ばす。

 

少し時間を巻き戻そう。

龍騎達が魔女と戦っている間に、二人は会話をしていた。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「ええ、でもちょっと、ね」

 

 

針を引き抜き、マミは青ざめた顔で作り笑いを浮かべる。

やはり痛みは――、慣れない。容赦なく心をへし折ろうとする。

それでも、それでもだ、ココにいる事を誇りたい。マミも、須藤も。

 

 

「そうでしょう?」

 

「ええ、そうかもしれません」

 

 

マミはフラフラと立ち上がろうと、しかしバランスを崩して再びへたり込んだ。

情け無い姿だ。しかし、まあ、これで良い。どうせ晒すなら『こう言う姿』でいいんだ。

そうだ。考えてみれば仲間に銃を向けている姿よりは余程良い。

滑稽であったとしても、愚かだったとしても……。

 

 

「鹿目さんや、暁美さんに言われて、気づいたんです。やっぱり私は何も知らないままでも良いって」

 

 

いや、もう知ってしまったからおかしな話か?

そういう事ではない。つまり、何も知らなかった時にやっていた行動こそが、今の自分に必要なものだと気づいたのだ。

 

 

「でもね、心持ちは違うんですよ」

 

 

今は全てを知っている。

全てを知った上で同じ行動をしている。

それはもしかしたら、とっても凄い事なのではないだろうか。

 

 

「力があってもね、怒られるんです。力があっても理不尽な事に耐えて、力があっても他の人に劣って、イヤミとか言われて、最悪いじめられるかも」

 

 

それでも耐えて、耐え忍ぶ。

そういうのって凄くないか? マミは思わず吹き出した。

 

 

「考えてみれば本当に意味が分からない。私、よく耐えてたなって……」

 

「聞かせてもらっても?」

 

「ええ。本当、最悪。ケガもするし、恋したり遊んだりする暇もなくなっちゃうし」

 

 

無理して格好つけちゃうし。

怖くても辛くても、誰にも相談できないし。

ひとりぼっちで泣いてばかりだったし。

 

 

「最悪。良いものじゃないですよ? 魔法少女なんて」

 

 

それでも選んでしまった。魔法少女になってしまった。

じゃあどうするの? 私。どうやって生きていくの? 辛いなら死ぬの?

せっかく生を望んだのに? でも生きていたって辛いゲームが待ってるし、最悪。

どうせ――、死ぬし。

 

 

「あぁ、もう、嫌になっちゃう」

 

「ですが貴女は、ココにいる」

 

「そういう自分に酔ってるだけです」

 

「いえ」

 

「え?」

 

「それが貴女の強さなんでしょう。私は、そう思います」

 

「……お上手ね、須藤さん」

 

 

首を振るシザース。

彼は、変身を解除した。

 

 

「コレは正義の代物なんかじゃない。ただの武器だ」

 

 

デッキを見せる須藤。それはマミとて同じだろう。

無秩序の世に解き放たれた自分達は皆それぞれの力を振るう。法は無い。罪は無い。

では何をしてもいいのか? それは獣と同じだ。人には理性が、常識が、良心がある。

だからこそ選ばなければならない。耐える事、忍ぶ事、抑える事を。

 

 

「私はそれができなかった。だが貴女は違う。あなたはまた、みんなの為に戦う道を選べた」

 

「……みんながいたからよ」

 

「では、その皆は、何故あなたに声をかけてくれたんですか?」

 

「え?」

 

「皆、貴女のことが好きだから。貴女を尊敬していたから励ましてくれたんでしょう?」

 

「あ……」

 

 

そうか、そうだな、マミは笑顔を浮かべ、変身を解除した。

弱い人間二人がそこにいた。

 

 

「須藤さんはどうしてココに?」

 

「正直、分かりません」

 

「え?」

 

「私は答えを出せなかった。今もどこかで迷ってる」

 

 

だが、それでも、あるのだ、心に一つ。

これは――、なんだろう? そう、そうだ、分かった、欲望だ。願いだ。

 

 

「答えは出ないが、探したい。今度こそ何かを背負いたいんです」

 

 

須藤はまどかを見る。

さやかを覚えている。サキを覚えている。ほむらを覚えている。

マミは一つ間違っていると、須藤は口にした。

 

 

「巴さん。貴女は一人ぼっちではない。分かるでしょう?」

 

「……そう、そうね。手を伸ばせば、すぐに触れられたのにね」

 

「だが怖かった」

 

「ええ、傷つくのは辛いから」

 

 

しかし――、マミは須藤を真っ直ぐに見つめる。

 

 

「信じたいって思えた。だから私はここに来たの」

 

「そうですか」

 

「きっと須藤さんも、信じれば皆に慕われるわ」

 

「だといいんですが」

 

「だからココに来てくれたんでしょう?」

 

「かもしれません。私はもう一度だけ、信じてみようと――。ああいえ、目指してみようと思ったんです。過去、抱いた、あの感情を」

 

 

龍騎とまどかの悲鳴が聞こえた。

須藤とマミは頷いた。

 

 

「それを信じれば、今度こそ、私は私の正体が分かるかもしれません」

 

 

だからまず、背負うものを見つけたい。

 

 

「巴さん。私は貴女を守る事を、まず背負いたい」

 

「え?」

 

「強くなるためには、誰でも倒します。そう思っていた時期があったのですが、結局それで得た強さは最後には否定されてしまった」

 

 

何の為に強くなるのか?

それを見出せなければ、どれだけ力をつけても空なる物にはかわりない。

芯がなければ、強くあり続ける事はできないからだ。

 

 

「いつまでも、謎の騎士ではいられない」

 

 

皆、何かの為に戦い、願いを叶えるために強くなる。

それが無い。それが分からない。

だが、しかし。

 

 

「騎士は、魔法少女を守る存在。昔の馬鹿な私はそう言っていたらしい」

 

「フフッ、今にして思えば変な話ね」

 

「ええ、ですが、そちらの方がよほど良い」

 

「そうね、そうだわ須藤さん」

 

 

思い出そう。胸にしよう。

大丈夫だ、一度は覚えた感情、一度は目指した物。そう簡単に消えるものではない。

二人は知っている。だから刑事を目指した。だから魔法少女でいられた。

 

 

「じゃあもう一度、一緒に信じてみましょうか。須藤さん」

 

「ええ。同じ筈ですからね。私の胸にある物と、貴女の胸にある物は」

 

 

頷きあう二人。

 

 

「戦いましょう」

 

「はい。戦いましょう」

 

 

マミは須藤の手を取った。

そして、立ち上がった。

声が、重なる。

 

 

「「正義のために」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

光を感じ、ディスパイダーは思わず其方を睨んだ。

するとそこには並び歩く二人の男女。

コートを翻しながら歩く須藤と、真っ直ぐにディスパイダーを睨んだマミだった。

 

 

「須藤さん――ッ!」「マミさん!」

 

 

鼻を鳴らすディスパイダー。

龍騎とまどかを蹴り飛ばすと、嘲笑をマミ達に向ける。

 

 

「お前らは震えてればいいんだよ、勝手に狂ってれば良いんだよ。今更カッコつけてんじゃねぇぞクソが!!」

 

「お断りするわ。それこそ、本当のピエロじゃない」

 

「それに、そう言うのはもう飽き飽きです」

 

「今更正義ゴッコかよ! 笑わせるぜ!!」

 

「ごっこじゃないわ」

 

「ッ、何――?」

 

 

多くの血に塗れても、まだ目指せる筈だ。

誰も傷つけない、誰も苦しめない。難しいが、目指す事はできる。

そして傷つけあうのではなく手を取り合う事を目指す事ができれば、それはきっと、光に変わる。希望へと変わるんだ。それを目指す事こそが――。

 

 

「理想。正しき姿であると」

 

「答えを出したんです。私達は、私達の正義を見つけた」

 

「ハハハハ! 笑わせるぜ雑魚共が! 何が正義だ!」

 

 

良い。それで良い。マミも須藤も分かっている。

そうやって笑われる正義こそ、目指した理想だ。

罪に塗れたのは過去だ。別の時間だ。今はまだ、目指せるチャンスがある。

それだけは捨てられない。今度こそ、なるんだ、正義の味方に。

 

 

「ありがとう鹿目さん」

 

「感謝します、城戸くん」

 

 

須藤は左手にデッキを持ち、前に突き出した。

マミは右手にソウルジェムを持ち、前に突き出した。

 

 

「警察は」「魔法少女は」「「正義の味方」」「ですからね」「ですものね」

 

 

交じり合う言葉のなかに、重なるワード。

須藤は左手を左腰の位置へ。そして右手を左胸の方に引き寄せる。

そして右腕を素早く前へ伸ばし、人さし指と親指を伸ばした。見ようによっては、カニの爪にも見えるか。

そしてマミも須藤と逆になる様にポーズを取り、二人は再び声を合わせた。

 

 

「変身!」「変身!」

 

 

デッキをセットする須藤。鏡像が重なり、騎士シザースが姿を見せる。

ソウルジェムが輝き、マミの体にリボンが巻きつくと、それが弾け、魔法少女の姿に変わった。

 

 

「人を苦しめ、人を傷つけ、人の命を踏みにじるゲームを行う」

 

 

シザースは強く、ディスパイダーを指差した。

 

 

「私の心が、お前を悪と決め付けた!」

 

「アァア! くッッだらネェエッ! ムカツクぜぇえ!」

 

 

地面を強く蹴るディスパイダー。

何が正義だ、何が悪だ。下らない。もういい、終わりにしよう。

こうなったら全てぶち壊すだけだ。

 

 

「善悪なんざ下らない! この世界は力だ! どれだけ吼えても、究極の絶望を前にお前達は無力なんだよ!!」

 

 

ディスパイダーの全身からドス黒い瘴気があふれ出す。

 

 

「いつも最初に死んでる様な雑魚共が! このアタシに勝てる訳がねェエんだよーッッ!」

 

 

ディスパイダーの体中から黒い糸が発射された。

絞め殺し、引きちぎる。大いなる殺意がシザース達に向けて放たれた。

しかし二人に焦りはない。恐怖はない。孤独はなかった。信じるべきものがある。

自分達が出した『答え』が、ココにあるからだ。

 

 

「言ってくれるわね、失礼しちゃうわ。ねえ? 須藤さん」

 

「なら見せればいい。私達の力をね」

 

 

デッキに手をかけるシザース。

一枚のカードを引き抜いた瞬間だった。シャキンッ! と、軽快な音が響く。それも連続で。

それはまるでハサミを勢いよく閉じた音。するとシザース達の前にあった黒い糸が、文字通りハサミで切られたようにバラバラになって地に落ちた。

 

 

「何ッ!?」

 

 

ディスパイダーと、その肩に乗っているオクビョウは目を丸くし、息を呑んだ。

なんだ? 何が起こった? 混乱の中、シザースは持っていたカードの絵柄がディスパイダーに見える様に翻す。

すると時間が止まった――、気がした。

絵柄は、シザースの紋章。そして、金色の翼。

 

 

「ま、まさか……!」

 

 

シザースバイザーが砕け、シザースの手には双剣が出現する。

メタリックオレンジの剣を重ねると、それはまるで巨大なハサミのようだ。

シザースはその武器、『シザースバイザー・ツバイ』を地面に刺すと、その中央部ホルダーに、持っていたカードを装填した。

 

 

「見せましょう。これが私の、正義です」【サバイブ】

 

 

サバイブ・正義。

閃光が迸ると、鏡が割れるように空間が弾け、シザースの鎧が別の物へと変化する。

オレンジに金色の装飾が混じり、胸部アーマーはより強固に、重厚な蟹をイメージしたものへと変わる。

 

そして隣にいたマミも、また同じく。

ソウルジェムが激しく輝き、彼女は満面の笑みを浮かべた。

ああ、なんて心地良いのか。これが求めていた答えか。恐怖が消える、希望が溢れる。

 

 

「もう何も、怖くない!」【アライブ】

 

 

リボンがマミを包み、弾ける。

光を蓄え、閃光の中から姿を見せたのは新たなる衣装に身を包んだマミだった。

赤いポケットのある白と水色のワンピースに、フリルのついた黄色いケープ。

白いソックスには黄色い縞模様が見える。特徴的なドリルヘアも今は下ろしており、さらに一番の特徴といえばその頭部にある黄色い巨大なボンネット帽だった。

 

それは紛れもなく、巴マミが魔女になった際の姿、『キャンデロロ』を模している事が分かる。

絶望の姿を悪しき者とは捉えない。それもまた歩いてきた道だろう。

そしてそれを知っているからこそ理解できる。

今、この輝きを。

 

 

(馬鹿な! なんだあの姿は! あんな物はデータには無かったぞッ!!)

 

 

思わず一歩後ろに下がるディスパイダー。

正体不明のシザースとマミの強化形態。

だが思い当たる節はある。確かに聞こえたサバイブとアライブの音声。それは龍騎とまどかと同じ物に違いない。

 

 

(ッ、サバイブは魔法少女と騎士が理解を示した時、現れる……!)

 

 

条件は二つ。絆の値と、理解だ。

前者は記憶を継続する事により、それだけの時間があったとみなされクリアされるだろう。

そして後者は今、二人が口にした『正義』と言う文字が示しているだろう。

正義を求める心が、須藤とマミの間に絆を生み出し、理解を生み出した。

だからこそ、サバイブが生まれた。

 

 

(だがッ、そもそもサバイブって何なんだよッ!)

 

 

そんな物はデータに無かったはずだ。

いや分かる。そう、そうだ、そうだったな。

 

 

(やってくれたぜ、神崎優衣ィイ!)

 

 

優衣が真司達の為に生み出したバグ。それがサバイブだ。

龍騎とナイトだけだと思っていたら、どうやらちゃんとしっかり人数分用意されていたと言うわけか。

そしてそれが魔法少女にも影響を齎し、アライブ体を形成させた。

 

 

「あぁあッ、気にいらねぇ。マジで不愉快だわッ!」

 

 

殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。

溢れる殺意。放出される瘴気。

 

 

「ぶっ殺してやるよォオオオオ!!」

 

 

巨大な脚をガシガシと動かして一気に加速するディスパイダー。

一方でマミは自分の胸に手を当てて、ぺこりとお辞儀を一つ。

 

 

「須藤さん、ここは私が」

 

「ええ。リベンジは果たさなければ」

 

「そう、それが――」

 

 

スカートの両端をつまみ、僅かに上げるマミ。そして優雅にお辞儀を一つ。

するとその瞬間、マミの背後に無数のマスケット銃が出現した。一瞬、まさに一瞬だ。

水色、白、黄色のカラーリングに変わったマスケット銃達は、その銃口をいずれもディスパイダーに向けている。

 

 

「それが、魔法少女(ヒロイン)ですもの」

 

 

光が場を包んだ。

マスケット銃から一勢に弾丸が放たれ、走ってきたディスパイダーに容赦なく直撃していく。

特筆するべきはその威力だ。前回は防がれていた弾丸が、今は面白いようにディスパイダーの鎧を貫き、ダメージを与えていく。

 

 

「ギャアアアアアアアア!!」

 

 

悲鳴と全身から火花を上げて後退していく。

クルリと回転するマミ、スカートをなびかせながら微笑んでみせる。

すると赤いポケットからティーセットと椅子、テーブルが出現。

マミは椅子に座ると、さっそく湯気を放つ紅茶に口をつける。

 

一方で再び悲鳴。

ディスパイダーの周りを囲むように大量のマスケット銃が次々に出現していき、あっという間に100程はあろうかと言う銃口が火を噴いた。

 

 

「グガァァアア!!」

 

 

爆炎を纏いながら地面を転がるディスパイダー。

あまりの威力に脚は粉砕され、二本足になったディスパイダーは何とか立ち上がったと言う所だ。

 

 

「ゲェエッ! クソッッ! こんな馬鹿な事が!!」

 

 

糸を伸ばし、鞭に変えるディスパイダー。しかしその時、マミの髪が伸びた。

毛先はリボンに変質し、マミは迫った糸を髪で次々に打ち払っていく。

 

 

「なにっ!? グアァア!」

 

 

糸を封殺するとそのまま伸びた髪は、通常時のマミと同じ、特徴的なドリルヘアを構成する。

しかしそれは文字通り髪のドリル。毛先がディスパイダーの胸を貫くと、そのままガリガリと削っていく。

 

 

「ゴォオオッッ!?」

 

 

ディスパイダーは血の様に吹き出す瘴気を手で抑えながら、さらに後退していく。

一方で髪の毛が元に戻ったマミは、ニコリと微笑み、余裕を見せ付けた。

 

 

「おいおいッ! なんだよコレ! 卑怯だぜ!?」

 

「人質を取った貴女にほど言われたくないものね」

 

「グッ!」

 

「そうですね、それに、これが卑怯ならばそれでもいいでしょう――」

 

 

これが自分達の正義の形だからだ。

それを否定される事は別に良い。胸を張れる事に変わりは無い。

だから、これが卑怯だと言うのならばそれでもいいだろう。シザースは呟いた。

 

 

「あえて言いましょう。卑怯もラッキョウも大好物だぜ!!」

 

「………」

 

「す、須藤さん、それはちょっと違うんじゃないかしら」

 

「え? そ、そうですか?」

 

「アァアァアァ! クッソウゼェエエ! アシナガ! 小巻!!」

 

 

しかし反応はなし。

 

 

「チッ! 使えねぇ! オクビョウ、少し手伝え!!」

 

 

しかしその名が示す通り、物陰に隠れていたオクビョウはギョッとした表情を浮かべると、ディスパイダーに背中を向けて一目散に逃げ出した。

どうやら『流れ』がどちらに来ているのかを、理解したようだ。

 

 

「お、おい! ふざけなんなよアイツッ!!」

 

「大丈夫ですよ」

 

「ッ!?」

 

「逃がしませんからね」【アドベント】

 

 

オクビョウの前に姿を見せたのはボルキャンサー。しかしその姿が光に包まれて変化する。

金色の装飾品が増え、より鎧は派手に変化。背中には翼のようにタイヤ状の装甲が付与されていた。

さらに一番の変化は右腕が巨大化し、ランチャー砲まで装備されるほどに。

まさにそれはシオマネキをイメージしており、新たなる名は、『ボルランページ』。

その巨大な右腕のハサミでオクビョウをがっちりと掴むと、地面を蹴ってシザースの下へ走った。

 

 

【ホイールベント】

 

 

ボルランページの体が割れる様に展開。

さらに背中にあったタイヤがむき出しになり、さらに変形。

両手のハサミも横に割れる様に展開し、あっと言う間にその姿がバイクモードに変わる。

 

特徴的なのはやはり車体前に存在する二つのハサミだろう。

変形前の巨大な右ハサミはそれぞれ左右、『上の刃』に。

通常サイズの左ハサミはそれぞれ左右、『下の刃』になっている。

変形前は左右非対称だったハサミが、現在はほぼ左右対称になっていた。

 

いや、ハサミと言うよりは『四本の角』と言った方がいいかもしれない。

クワガタの様に相手をホールドし、バイクで運ぶ事ができる様になるのだ。

現に今もハサミはエネルギーを纏い、オクビョウをガッチリと捕えて逃がさない。

 

 

「フッ!」

 

 

飛び上がるシザース。

ボルランページのシートの上に飛び乗ると、アクセルグリップを回転させて加速する。

ホイールベントには共通して効果が二つある。一つは契約モンスターをビークルマシンに変える事。

もう一つはファイナルベントのカードを『生成』する事だ。

作られたファイナルベントのカードを持つと、シザースはハンドル中央の挿入口にカードを装填する。

 

 

【ファイナルベント】

 

 

四つの爪が光を放つ。

ホールドする力も上がり、何より挟み込む力がオクビョウの顔を醜く歪めた。

真っ赤な目でシザースを睨みつけるオクビョウ、刃をむき出しにし、殺意と敵意を爆発させる。

 

 

『な、ナゼだ! 巴マミはッ、し、シヌ筈だったのニッッ!!』

 

「させませんよ。私がいる限り」

 

 

そのまま猛スピードでボルランページは壁に衝突する。

車体の前に磔にされていたオクビョウの背に伝わる絶大な衝撃。

 

 

『ゴォオ!』

 

 

目が飛び出すほどにむき出される。

一方でアクセルグリップを限界までまわすシザース。するとスピードが上がるのではなく、ハサミの閉じる力が強まっていく。

そして、次の瞬間。刃が突き進む光景。

ハサミはガッチリと閉じると、X状にオクビョウを切断した。

 

 

『ギョエエエエエエエエエエエエエエエッッ!!』

 

 

バラバラになったオクビョウは悲鳴をあげながら爆散。

ホールドした相手をハサミで切り裂く。これがバイクモードのファイナルベント、『インサイザーシザース』である。

シザースはそのままアクセルを吹かし、マミの隣にやって来る。

バイクから降りると、並び立ち。呆然と立ち尽くしているディスパイダーを睨んだ。

 

 

「ハハッ!」

 

「!」

 

「ハハハハハハ!」

 

 

上機嫌に笑ったかと思えば、ディスパイダーは怒りに吼える。

 

 

「とことんムカツクぜッ! あぁクソ! さっさと絶望すりゃあいいのに、それを力に変えるってか!? アァアアァア!!」

 

「世界は数学じゃないわ。真の答えなんて出ないのかもしれない。けれど、己の答えを出せるかで、人は大きく変わることができるわ」

 

「人は答えを探す生き物です。私達は、理想を、正義を答えに視た」

 

「黙れェエッ! 気に入らない! 気に入らねぇなぁ! ごちゃごちゃ言わず、さっさと死ねよォオオオ!!」

 

 

ディスパイダーは爪を叩き、走り出す。

しかしその前に黄色と水色のリボンが壁となった。

怯んだ所で、リボンは収束。手足を縛り、動きを拘束する。

さらにそこへ振るわれるシザースバイザーツバイ。

二つの双剣が乱舞し、ディスパイダーの体を切り抜け、背を突く。そこへ浴びせられる弾丸。

 

 

「ぐぉおおッッ!!」

 

 

地面を滑るディスパイダー。

マミはここを好機と見たのか、目を光らせて狙いを定めた。

 

 

「決めましょう、須藤さん!」

 

「ええ!」【ファイナルベント】

 

 

モンスター体に戻ったボルランページがシザースの背後につく。

飛び上がるシザース。するとボルランページが両手でシザースの足裏を押し上げ、トスを行った。

さらに上昇したシザースは体を丸め、そのまま高速回転しながらディスパイダーに向かう。

 

 

「クソガァア!!」

 

 

両腕をクロスさせてシザースを受け止めるディスパイダー。

瘴気を腕にまわし防御力を強化させたため、シザースの攻撃をなんとか弾く事ができたようだ。

衝撃から両手を広げた状態で後退していくディスパイダーと、同じく斜め後ろへ吹き飛ばされるシザース。

しかしココまでならば通常時のファイナルベント、シザースアタックと同じだ。

 

そう、まだシザースの攻撃は終っていない。

相変わらずボールの様に丸まり回転するシザース。

その背後に、高く飛び上がったボルランページが迫った。巨大な右腕が発光している。

 

 

「まさか! しま――ッ!!」

 

 

そう、ここからだ。ディスパイダーは気づいたようだがもう遅い。

回転を止め、右脚を突き出すシザース。ボルランページはエネルギーを纏う右手で、思い切りシザースの背を叩いた。

 

 

「正義よッ!」

 

 

ボルランページのエネルギーはシザースに伝わり、右脚がオレンジに発光する。

トスで上げたシザースが相手の防御を崩し、その後、跳ね返ったシザースをボルランページがアタックで再び敵の方へと向ける。

 

 

「ハアアアアアア!!」

 

「ゴガァアアアア!!」

 

 

猛スピードになったシザースの飛び蹴りがディスパイダーの腹部にめり込んだ。

これが、シザースサバイブのファイナルベント、『シザースキック』だ。

衝撃と威力は凄まじく、ディスパイダーの体は遥か後方にある壁まで移動し、直後壁にめり込む形で停止する。

 

 

「ば、馬鹿なッッ!! こんなッ! ガァアァア!!」

 

 

全身から瘴気が溢れていく。

終わりが、見えた。

 

 

「見せてあげるわ、アルケニー! ティロフィナーレを超える、私の最強魔法!!」

 

 

一方マミもまた魔力を解放する。

すると彼女の真下から地面を突き破り特大級の大砲が姿を見せる。

マミは砲身の先端で、片足を立てて彼方を眺める――、所謂『波止場のポーズ』を取り、砲口をディスパイダーにあわせる。

 

 

「おいおい、マジかよ」

 

「ボンバルダメント!!」

 

 

一瞬だった。

もはや断末魔を上げる暇なく、ディスパイダーは塵になった。

巨大な砲弾はディスパイダーを包み込むと、周囲の地形を巻き込み爆発を起こす。

残ったのは爆煙と抉れた地面と、崩壊した壁だった。

 

 

「見つけましょう、須藤さん、本当の正義を」

 

 

地面に着地したマミは手をシザースへ向ける。

 

 

「ええ」

 

 

穏やかな声で、シザースはマミと軽くハイタッチを行う。

この世は、悪意に満ちている。だから、正義を。愚直な正義が必要なのかもしれない。二人は踵を返し、龍騎たちの方へ歩いていく。

 

 

「須藤さん!」

 

「マミさん!」

 

 

小走りに龍騎達はシザース達に駆け寄っていく。

しかしふと、マミは足を止める。そう言えば――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●――――【【【絶 望 連 鎖】】】――――●

 

 

 

「!」

 

 

 

●●●●●【【【狂・気・融・合】】】●●●●●

 

 

 

見落としていた物は、アルベルティーネとシャルロッテのダークオーブ。

二つの闇は弾けると、凄まじい量の瘴気を放出。

さらに僅かに残っていた爆煙が黒に染まり、瘴気と融合していく。

巨大な闇の塊が形成される。そして瘴気が爆発して、景色を鮮明に変えた。

 

そこにいたのは巨大な蜘蛛だった。

それもただの蜘蛛ではない。絵の具の様に毒々しいカラフルなクリームに包まれ、脚はポッキーでできており、八つの目はドーナッツになっている。

間接部はマカロンになっており、お菓子とインクでできたような蜘蛛だった。

しかし鋭利な爪や牙は変わらず、ディスパイダーリボーンは開幕、怒りの咆哮を上げた。

 

 

「奥の手を引き出されるとはなァアア!!」

 

 

リボーンはまさに奥の手。

ダークオーブによるバックアップは正規の物ではないため、拒絶反応・リジェクションが起きてしまう。

つまりこのリボーンを使う際には、魔獣は確実に対象を始末しなければならない。でなければ存在する瘴気が全て消え、従者型にまで戻ってしまうからだ。

 

 

「魔獣は絶対だ! 絶望を抱いて、今ココで死ねッッ!!」

 

「やれやれ、もう少し頑張らないといけないみたいね。みんな、協力お願いします」

 

「はい! マミさん!」

 

「おっけー! 任せてよマミちゃん!」

 

「ッ、来ます!!」

 

 

マミ達は並び立ち、迫る絶望の化身に対峙していくのだった。

 

 

 

 

 

 






龍騎のテレビスペシャルはやはり単体で見るとちょっと詰め込んだ感があったりもするんですが、ループの一つと考えるとお話が広がりますね。
手塚と蓮の関係だったり、浅倉や芝浦が高見沢に協力したり、北岡が敵のままだったり。
キャラクターの相関図も時間軸や状況と環境の違いで大きく変わることが分かります。

中でも須藤は、設定によると元々は浅倉を捕まえるためにシザースになったらしく、現に王蛇を倒しています。
カットされた様ですが、その後、蓮に自分の中で何かが変わって来ている事を説明している場面もあったとか。

これは須藤と言うキャラクターにかなり広がりを持たせた様に思えますね。
あとは真司との喫茶店のシーンを見るに、完全な悪人でもないのかなと。律儀に伝票取りに戻ってますしね(´・ω・)


で、今回オリジナルフォームや技が多くの出ました。
いずれキャラ紹介を別に作って細かく記載するつもりですが、とりあえず今回出た物を下にまとめてみました。
説明の為に他の作品のキャラクターを出したりしていますが、ご了承ください。



・シザース サバイブ

小説とは想像なので、見た目はある程度みなさんで各々の姿を想像してもらえればなと(言い訳)
ただ一通りサバイブ見てみると、まあだいたい頭部がやや派手になり、全体的に金色の装飾品が混じる。
加えて胸部アーマーは契約モンスターを模した物になる(主に顔をイメージ)と言う感じになるのかなと。

シザースの場合、防御力をあげる為に装甲が厚くなるイメージを一応は記載してます。
フィギュアオリジナルの装備でボルキャンサーのパーツを肩につけられたので、そういう感じのゴツさを想像してもらえればなと。

シザースバイザーツバイは双剣。
カブトのガタックカリバーの様に連結させる事で大鋏としても使用できます。

契約モンスターはシオマネキ型のボルランページ。右手のハサミが巨大化してます。
名前の元ネタはシザースサバイブのコラ画像に、ビーストウォーズのランページが使われていたので。
バイクモードのシルエットは、クウガのビートゴウラムの角が四本になった様な物を想像しています。

バイクモードの必殺技はハサミで捕えた相手を切り裂くインサイザーシザース。
モンスター状態での必殺技は、シザースアタックで相手の防御を崩した後、再び飛び蹴りを仕掛ける、シザースキック。

この作品では、ファイナルベントをミラーモンスターがバイクモードで使用する場合と、基本状態で使用する場合で技が変わってきます。



・マミ アライブ

キャンデロロをイメージした服装を身に纏ったマミさん。
二次創作のジャンルで、魔女擬神化や、『ロロマミ』さんって言うのがあるので、其方を見てもらえればイメージはしやすいかなと。
と言うよりも頭自体は、マギレコのドッペルとほぼ同じです。
一応あちらとは違って、髪はおろしている設定です。

マスケット銃の遠隔操作能力が上昇し、さらに各スペックも上昇。
必殺技は、巨大な大砲で相手を打ち抜くボンバルダメント。



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第81話 魔法少女と騎士の物語

 

 

人に怒られた時、誰かに辛い事をされた時、思わずその可能性を考えた。

弱い人間は、少し締められただけで死ぬ。銃弾は魔法だから、警察には理解できない。

でも考えるだけで行動には移さなかった。それが人間という物だ。

そう思えるだけの常識がマミにはあった。

 

ただ思っていたよりも世界はリアルで厳しくて、魔法少女になっても他の魔法少女との確執や衝突は珍しいものではなかった。

しかし銃で人を撃てば死ぬ。当たり前だ。だから、マミは拒んだ。

戦う事はあっても、踏み越える事はできなかった。

弱いから? 臆病だから?

いや――。

 

 

「正しいからだと、私は信じてる!!」

 

 

リボンに掴まり、空中を動き回るマミ。

その軌跡を辿る様に無数のマスケット銃が並び、直後一勢に銃口から火を吐いた。

激しい着弾音と共にディスパイダーの体が火花で覆われる。

しかし表面にコーティングされているクリームだのチョコレートが剥がれていくが、本体にダメージは届いていないのか、僅かに怯むだけ。

だが、まだだ。まどか達も周囲を動き回り、持てる限りの弾丸をディスパイダーに撃っていく。

 

 

「無駄だね! 魔女が溜め込んだ絶望と我が体内に内蔵されている瘴気が、お前らの希望を塗りつぶすぞ!!」

 

 

ディスパイダーの丸みを帯びた尾の部分には、円錐のチョコレートが並んでいるが、それが分離してミサイルのように龍騎たちに向かって飛来していく。

もちろんただのチョコじゃない。当たれば爆発し、装甲を吹き飛ばす威力がある代物だ。

 

 

「クッ!」【ガードベント】

 

 

シザースの前方にボルランページが出現。

ボンボンボンと小気味の良い音と共に、ボルランページが分身して発射されていく。

注目するべきは足が無い点だ。下半身には穴が開いており、高速脱皮で鎧を量産していたのだ。

さらにボルランページは右手にあるハサミを抜け殻に向ける。

巨大なハサミにはランチャー砲がついており、銃口からエネルギーが発射。それは攻撃ではなく空中に浮遊している鎧を、守るべき対象者達に運んでいく。

 

自らを高速で脱皮させ、その殻を仲間に被せる。

ガードベント・『シェルアーマー』。ボルランページの殻はあっという間にまどか達に被さると、襲い掛かるチョコの弾丸を防いで見せた。

 

 

「甘いんだよッッ!!」

 

 

脚の関節から粘着性の糸が発射され、猛スピードでシザース、龍騎、そして動き回っていた筈のマミを捕える。

唯一、真正面から盾で防いだまどかだけは無事だったが、この糸が少し特殊である。。

龍騎達はすぐに引き剥がそうとするが、粘着性のソレは水飴。かなりの抵抗感を持っているだけでなく、徐々に固まっていき、強度を上げていく。

 

 

「いくら防御力があっても、それを砕くパワーがなければ意味がないよなぁ?」

 

「クッ!」

 

 

マミは大量のマスケット銃を展開するが、ディスパイダーはさらに水飴を体から噴出、自身を大量の液体でコーティングした。

弾丸は次々に水飴の中に入っていくが、その高い粘度を前に、ディスパイダーの肉体に届く前にせき止められていく。

 

呼吸を荒げるマミとシザース。

既に大技を使用している事に加え、ディスパイダーの膨れ上がる瘴気を前に魔力や精神力が削られていく。

 

笑い声を轟かせるディスパイダー。

跳躍すると、足を揃えて回転しながらまどかの盾に直撃する。

鋭利な足を揃えガリガリと盾を削るディスパイダーはまさにドリル。

盾の破片が散っていき、まどかは抵抗感に歯を食いしばった。

 

 

「無駄無駄ァ! ブッ壊してやるよお前の盾ェ!」

 

「くッ! うぅぅッ!!」

 

「まどかちゃん!!」

 

 

吼える龍騎。

焦りがまどかの心を支配する。

すると、落ち着いた声が耳に届いた。

 

 

「大丈夫、落ち着いて鹿目さん」

 

「え?」

 

 

そうそう、こんな声が聞きたかったんだ。

 

 

「あぁ!?」

 

 

ディスパイダーが視線を移す。

すると水飴の糸に縛られているマミが微笑んでいた。

そんな格好でよくこんな言葉が言えたものだ。一瞬、そう思ったのだが――。

 

 

「私の大切な後輩を、いじめないでくれるかしら?」

 

 

刹那、マミの体が光ると、その形状が一瞬にして変化する。

赤い名札に変身したように見えるが、マミはそのまま空中を飛翔。

なんとまどかの首に紐を通して、名札を首から下げる形になった。

 

言い換えればそれは、まどかがマミを身に着けたとでも言えばいいか。

すると再び発光、なんとまどかの格好が変化したのだ。

いつもの衣装ではなく、それはアライブ時の衣装でもない。まったく新しい姿だ。

ウエイトレス風のメイド服、スカートには矢印状のアップリケが。

 

 

『聞こえる? 鹿目さん』

 

「ま、マミさん! はい! でもっ、あの、これは?」

 

『新しい力みたい。頭に入ってきたの』

 

 

サバイブ同じく、アライブに変身すれば新たな力を獲得する事ができる。

これがその一つなのだ。キャンデロロは『おめかしの魔女』、それを象徴する様な魔法だった。

プリンピング。他の魔法少女に自身の力を与える魔法だ。

しかしココでちょっとした疑問、この合体状態を何と呼べばいいのだろうか?

アライブ体とは違うし――。

 

 

『決めた! "ももいろさん"にしましょう!』

 

「えっ? ま、マミさんにしては――」

 

『……しては、なに?』

 

「い、いえ。えへへ」

 

『もうっ! 私だってたまにはシンプルな名前にします! そっちの方があえて目立って覚えやすいでしょう!』

 

 

それに今は時間も無い。現に目の前にある盾は崩壊寸前だ。

しかしまどかにあせりは無い。だって大好きな先輩の声がこんなに近いのだから。マミの力が胸の中に溢れているのだから。

 

 

『いくわよ鹿目さん! 私の力を!』

 

「はい! 使わせてもらいます!」

 

 

弓を取り出し、引き絞るまどか。

すると龍騎とシザースから声が上がる。

と言うのも、まどかの弓の形状が変化しているのだ。

矢が放たれる部分が大砲になっている。重厚な弓はまさしく、まどかとマミの力が融合している証拠だった。

 

 

「チッ!!」

 

 

ディスパイダーは体から再び大量の水あめを。

しかしまどかは構わず、弦を離した。

 

 

「『ティロ・フィレッツィア!!」』

 

 

光を放つ巨大な矢が爆発音と共に砲口から放たれる。

矢は凄まじい勢いとスピードを見せると、水あめの中を抵抗物ともせず突き進んでいく。

そしてディスパイダー直撃すると、爆発を起こす。

 

 

「ガァアアッ!!」

 

 

吹き飛んでいくディスパイダーを見て、まどか達は融合を解除する。

まどかの服装が元のドレスに戻り、マミも名札から人型に戻る。

まどかはすぐに詠唱を開始し、スターライトアローを発動。

選択するのは乙女座。『呪い』を解除する力を持った美しい乙女が、龍騎とシザースを通過する。

すると二人を固めていた水あめが消滅。どうやら拘束も呪いと判断されるらしい。

 

 

「クソ! どこまでも邪魔な奴らだ! 苦痛が待っている道を正しいと言うのか! 自分の感情を押し殺しても、痛みを背負ってもッ、儚い常識と良心を優先させるのか!!」

 

 

ディスパイダーは八本の足を広げ、高速回転を行う。

すると体が浮き上がり、さらに足の先から筆が出現。

インクが円をなぞり、カラフルなフリスビーの如くディスパイダーは空中を疾走する。

 

インクは瘴気のエネルギー。触れたものにダメージを与える武器なのだ。

今のディスパイダーはまさに空中を移動するインクのノコギリ。

まどか達は高速で飛来するディスパイダーを回避するため、地面を転がり、空中を舞う。

 

 

「きゃあああッ!!」

 

「うぐッ!」

 

 

しかしディスパイダーの動きは素早い。風圧で吹き飛ばされるまどか達。

その中で踏みとどまるマミとシザース。そこでディスパイダーは吼えた。

本当にマミ達の行動は理解できない。全てを知っておきながらまだ不確定な『正義』を貫こうなどと、馬鹿にしか思えなかった。

 

ムカツク奴は殺せばいい。

疑うべきは罰せよ。不快な想いをさせる奴は消してしまえば良い。

そうして願いを掴み取る。それが競争社会に生まれた人間のとるべき選択だろう。

何を迷っている? 何を躊躇っている? 罪がない。力がある。だったら其方に適応すればいいのだ。

 

 

「結局お前らは弱いから言い訳をしているだけにしか過ぎない! 人を殺す事に恐怖しているチキン共が! 正義を盾に逃げてるだけだッッ!!」

 

 

ムカツク。

そんな連中にココまで圧されている事がディスパイダーとしては耐えられなかった。

何を妥協している、何を言い訳をしているんだ、なのにサバイブだと? アライブだと?

 

 

「理解できるかよクソゴミ共が!」

 

「それがあなた達の限界なのよ!」

 

「あぁ!?」

 

「分かりませんか! それが強さなのだと言う事を!」【シュートベント】

 

 

シザースはツバイを連結させてハサミモードに変える。

そして刃を閉じて、刃先をディスパイダーに向けた。すると刃を取り巻く水流。

同時にボルランページが隣に出現、右手のランチャーから巨大なシャボン玉を一つ発射する。

 

 

「!!」

 

 

シャボン玉はすぐに爆発。するとまるで風船が割れたように轟音と衝撃波が発生した。

ビリビリと体を包む衝撃に思わず動きが鈍るディスパイダー。

そこにめがけ、シザースはチャージしていた水流を解き放つ。

 

まるでそれは渦巻く水のレーザー。

ボルランページが相手を怯ませ、シザースが水流波で相手を攻撃する、アクアストリーム。

勢い強い水流は回転するディスパイダーに直撃すると、勢いを止めてみせた。

競り合う中で、マミとシザースは正義を瞳に映した。

 

 

「―――」

 

 

シザースの記憶がフラッシュバックする。

いつの時間軸か? いや、それはどうでも良い。

何故ならばそれは『いかなる』時間軸であろうとも関係の無いものだからだ。

合わせ鏡が無限の世界を形作るように、現実における運命もひとつではない。その中で変わらないものがある。欲望、心だ。

そして、言葉。

 

 

『雅史』

 

 

忘れていた。

自分もまた一人の人間であると言うことを。

生まれ、愛され、生き、望まれた命だったと言う事を。

 

霞掛かった女性の姿が見える。

本物なのか、ニセモノなのか、偽りなのか。

そんな事はどうでもいい。しかし須藤は確かに、その女性を『母』と視ていたのだ。

 

 

『あなたは良い子だから、清く、正しく、生きなさい』

 

 

気づけば、シザースは叫んでいた。

分からない。何故か分からないが涙が出てきた。

それは――、別に母を思い出したからとか、過去を思い出したからではない。

確固たる『人生』と言う物が見えてしまったからだ。

 

自分が確かに『生』きている事を知ってしまったからだ。

何回だ? 何度繰り返した? 思い出そうとすればする程、記憶が、苦痛が、闇が見える。

 

いや、それはなにもシザースだけじゃない。

誰もみんな心に計れない、闇がある。しかし生きている。

人は闇だけじゃない、黒だけじゃない、光と白が、今、胸に突き刺さる。

叫びたい。

 

 

「教えてくれ。俺は誰だ!」

 

 

そんな言葉を叫びたかった。

複数の自分、迷走する世界。ダメだ、こんな事じゃ、何の為に生きているかも分からない。

だから、貫く。貫かなければならない。今度こそ、生きるため、生き残るために。

須藤を確立するのだ。だから貫く、唯一共通する、『刑事』の役割を果たせ。

 

 

「教えてやるアルケニー。人の世では、人を傷つける事は許されない!!」

 

「そうよ! だから私達は、人の定めた良心を信じるの! 貫くの!!」

 

「黙れェエッ! 力を持っているくせに、馬鹿な事をォオ!」

 

「そんな馬鹿を、皆は――ッッ!!」

 

 

マミがリボンを伸ばす。すると背後から、『鞭』が伸びてきた。

 

 

「なにっ!」

 

「そんな馬鹿を、皆は凄いって言ってくれる! 慕ってくれるの!!」

 

 

青と黄色のリボンがディスパイダーを縛り上げる。

さらに伸びた鞭が加わる。それはホールに足を踏み入れたサキの武器だった。

 

 

「マミ! 状況が分からないが、コレでいいんだろう!?」

 

「ええ! 最高よサキ!!」

 

 

すると白。

巨大なマントがディスパイダーの顔を覆い、拘束を加える。

 

 

「マミさん! イメチェン? 可愛いですよ!」

 

「ありがとう美樹さん。ちょっと、おめかししてみたの!」

 

 

サキとさやかだけではない。

ほむらは時間を停止し、ディスパイダーの体にチェーンを巻きつける。

ライアはスイングベントを使用し、エビルウィップを伸張させ、ディスパイダーの体を縛る。

そして入り口の方では人質の子供を横抱きにしたニコと、興味深そうにディスパイダーを見るガイとあやせが立っていた。

 

 

「ねえ、って言うかさ、何このノリ。アイツ縛ってどうすんの?」

 

「私も分からん。新手のプレイでは?」

 

「そういう話、すきくなーい」

 

 

ニコは仕方なくバールを媒介に再生成。

今も聞こえるディスパイダーの唸り声に勝てる様に、メガホンを作り出すと、マミに向かって叫ぶ。

 

 

「あー、テステス。マイクテス。この後どうすんのー?」

 

「私に考えがあるわ! お願いだから協力して!!」

 

「えー? うぜーなー」

 

「報酬」

 

「あ?」

 

「ゲームでよくあるだろ。レイドボスを倒すには、他プレイヤーと組まなきゃならない」

 

「あー、はいはい。でもおれ、あんま好きじゃないんだよねー。弱いヤツと組むのってマジだるいし」

 

「でもそうじゃないと手に入らないアイテムがあるだろ」

 

 

ガイには心当りがあった。

と言うのも以前、コールサインプロローグを倒した時、その時のコアグリーフシードを貰っていたのだ。

 

あやせとルカは当然浄化に使うグリーフシードも他の魔法少女より多い。

故に、頻繁な確保は必要になってくる。しかしコアグリーフシードは穢れを吸収できる量が遥かに多い。ガイとしては手に入れておきたい所なのだ。

 

 

「一個やるよ」

 

「なるほどねぇ。ま、じゃあ協力してあげようかな」

 

 

再びメガホンのスイッチを入れるニコ。

何をすればいいのか。マミの返答は簡単だった。

大技を放ちたい。だからディスパイダーを――。

 

 

「了解」

 

「ズァアア!!」

 

 

衝撃、痛み、解放。

ディスパイダーが全ての拘束を振り払ったのは、地面に叩きつけられた時だった。

まるで『流れ』が目に見えるようだ。ディスパイダーは明確な危機感を覚えた。

 

しかしもう遅いのか。

一本の脚に衝撃。視線を移すと、そこに角が突き刺さっていた。

ファイナルベント、ヘビープレッシャーが脚を貫いたのだ。

ガイはヒットを確認するとメタルゲラスから降り、そのまま貫いた手に力を込める。

 

 

「テンンメェエ!!」

 

 

とことん邪魔をしてくれる。しかしこうなっては仕方ない。

だがディスパイダーは奥の手があった。それは情報だ。

今ココでガイペアにフールズゲームの事を教えるのだ。

 

 

「おい、いいか! よく聞けよ芝――」

 

 

そうすればこんな下らない協力など止めるだろうと思った。

しかし言葉が途切れる。口の中に違和感。

これは、きっと、時間停止。

 

 

「ごがはァアッ!!」

 

 

爆発。

ほむらはディスパイダーの口の中に爆弾を放り込んで黙らせる。

さらに時間停止。盾から『ある物』を取り出して直後、リリース音。

すると悲鳴が聞こえた。ディスパイダーが衝撃に叫んだのだ。

 

天から降ってきたのは巨大な槍――、とも見間違える『鉄柱』だった。

ほむらの盾から出てきた鉄の棒。魔法で強化したそれは、ディスパイダーの細い足を貫くと地面に突き刺さり、磔にする。これで二本目の脚が封じられた。

 

 

『コピーベント』

 

「グガァア!!」

 

 

再び衝撃。

ライアはほむらの鉄柱をコピーすると、違う脚に向かって投擲した。

もちろん強化もコピーしており、鉄骨は三本目の脚を貫く事に。

やばいか? ディスパイダーは水飴を放とうとするが――

 

 

「零になれ、蜘蛛よ」

 

 

体を覆う絶氷。

双樹アルカはサーベルを四本目の脚に突き刺し、体内に冷気を流し込むと、ディスパイダーの体を氷で覆う。

水飴の発射口が氷で覆われてしまい、放出ができなくなる。

 

 

「く、クソッ!!」

 

 

ありえない。

最初の目的ではもっと早くに決着がつく筈だった。

なのにこんなに苦戦しているのは何故?

 

決まっている。ワラワラとマミの仲間が湧いてきたからだ。

そうしていると五本目の脚に違和感。見ればサキが鞭を脚に巻きつけている所だった。

それだけではない、魔法の引継ぎは継承者以外にも適応されているようで、サキは既にイルフラースを物にしているようだ。

 

全身が発光し、雷の翼が生えている。

さらに覚醒の影響で髪が伸び始め、サキはその中でさらに力を増幅させていく。

 

 

「最大電力だッ!! お前は離さないッッ!!」

 

「クソがぁあ――ッッ」

 

 

引き剥がそうとするが、イルフラースはサキの最大の切り札。

記憶を取り戻していないとは言え、短時間の間ならばサキは無敵ともいえる身体能力を発揮する。

それはディスパイダーの力を超え、拘束時間を与えてみせる。

さらに六本目の脚に違和感。さやかが脚に無数の剣を突き刺し、マントを使って縛り上げていた。

 

 

「ナメんなよクソ雑魚がァアア!!」

 

「おわわわわッッ!!」

 

 

流石に新人のさやかでは厳しかったか、足を振るうと剣が抜け、マントが振り払われた。

足の先を硬質化すると、しりもちをついているさやかを貫こうと殺意を込める。

 

 

「やッば!」

 

 

さやかちゃんピーッンチ!

ごめん皆、この流れであたしだけ役に立てなくて!

そんな事を思いつつ。さやかは涙目になりながら頭を抑えた。

しかし脚を振り上げた事は多くの目に留まることになる。

その中、シザースが真っ先に動いたのだ。

 

 

「ボルランページ!」

 

 

ピクリと、契約モンスターの肩が動く。

 

 

「美樹さやかを守れ!」

 

 

頷く様に動いたボルランページ。今度は、動いた。

地面を蹴り、蟹ではあるが二本の足で全力疾走。

スライディングでさやかの前に割り入ると、襲い掛かる脚を巨大なハサミでガッチリと受け止めた。

 

 

「美樹さん、今です!」

 

「う、うん! 須藤さんマジでありがとう!!」

 

 

さやかは再び無数の剣で脚を串刺しに。

そしてボルランページと共に再びマントで脚を縛り上げた。

 

 

「動いたでしょ、須藤さん」『アドベント』

 

「ええ。ですね」

 

 

龍騎はシザースの肩を叩いてサムズアップ。

なるほど、たしかにそうか、シザースも苦笑して頷いた。

一方、咆哮を上げて七本目の足に巻きつくドラグレッダー。

ディスパイダーが抵抗を試みようとするが、火球を発射して怯ませる。

 

 

「エンブレス・ヴェヴリヤー!」

 

 

巨大な天使が八本目の脚を抱きしめた。

まどかが動きを止めている間、対象の動きを封じる魔法だ。

既に七本を拘束されており、ダメージも蓄積されているため、ディスパイダーはその魔法を通してしまう。

 

 

「ギッ! ガァッ!」

 

 

抵抗するが、体が全く動かない。

八本、全ての脚が拘束され、ディスパイダーは完全に動きを封じられた。

 

 

「がんばえー」

 

 

人質を庇いながら、ニコは気の抜けた応援を。

 

 

「みんなありがとう! 最高のアシストよ!」

 

 

マミはシザースとアイコンタクトを行う。二人はまだ一発だけ大技を使う事ができた。

ボンバルダメントに全てを込め、シザースはファイナルベントを二回も使用した。

しかしそれは『単体』。つまり一人ならの話。

パートナーシステム。それはお互いを助けるための物なのだ。

 

 

【ユニオン】【ファイナルベント】【ファイナルベント】

 

 

ファイナルベントにユニオンを使えば、三枚目のファイナルベントが具現する。

そして、発動されるのは合体技、複合ファイナルベント。

これもまたサバイブとアライブならば力が増幅するのだ。

 

 

「ハァアアアア!!」

 

 

マミが地面に手を付くと、青と黄のリボンがディスパイダーの周囲を取り囲む。

帯の様に太いリボンはさらに幅を広げ、そしてその上に次々と砲台を展開させていく。

そしてシザースの背後に回るボルランページ。飛び上がったシザースはトスで打ち上げると、体を丸めて高速回転。そのまま近くにあった砲口の中へ入っていく。

 

 

「みんなッ! 離れて!!」

 

 

マミの言葉を合図に脚から離れる龍騎たち。

 

 

「ウッ!」

 

 

ディスパイダーが我に返ると同時だった。砲口が火を噴き、爆発と共にシザースを撃ち出す。

高速回転しながら猛スピードでシザースはディスパイダーに命中、肉体をそぎ落とす様に崩壊させながら飛んでいく。

 

 

「グァアアッ!」

 

 

マミが巨大な大砲を出現させシザースが砲口の中に入る。

そのままマミが大砲を発射、高速回転するシザースが発射される。

さて、ここまでは通常時の複合ファイナルベント。アルティマシュートと同じだ。

 

もちろんこれで終わる筈が無い。

マミはそのまま叫びと共に、手に持っていたリボンを思い切り引っ張った。

するとまるで独楽の様に円形状に並んだ大砲が回転。さて、大砲はディスパイダーを囲むように円形に並んでいる。つまり、通り抜けたシザースはどこに行くのか?

 

 

「ハァア!」

 

「グァアアア!!」

 

 

シザースが行き着く先は、別の大砲の砲口だった。

すると中に入った瞬間、射撃。シザースは再び中央にいたディスパイダーに命中し、装甲を吹き飛ばして飛んでいく。

するとまたも別の砲口へ進入。瞬間発射され、またディスパイダーを撃ち抜いて別の砲口へ。

それを高速で次々と行っていく。

 

 

「フッ! ハッ! セイッ! ヤッ! ハァッ! ハッ! タァッ!!」

 

 

三百六十度、次々に襲い掛かるシザースと言う弾丸。

中央にいたディスパイダーは次々に弾丸を受け、肉体が吹き飛ばされ、悲鳴が響く。

 

 

「ありえんッ! こんな馬鹿な! チクショウッ! なんなんだよコレはァアア!!」

 

 

理解できぬのも無理はない。

エゴ、信念、心が生み出した答え。それを力にしているのだから。

また間違える時はあるのかもしれない。また疑う事はあるのかもしれない。

しかしそれでも、こうでありたいと思う姿は、今ココにある。それを信じる事こそが正義であると。

だから勝つのだ。絶望に足止めされる事ほど無駄な時間はない。

それにもう絶望は感じ飽きた。いつまでも闇の中ではいられない。

 

 

「もう絶望(あなた)は、必要ない」

 

 

疑心暗鬼に怯える自分は醜くて仕方ない。恐怖に歪む顔は、それはもう醜い筈だ。

 

 

「どうせなら女の子は『真』に『美』しくあれってね」

 

「そうです。飽き飽きなんですよ」

 

 

だから――、消えて!

 

 

「「ミーティアーフィナーレッ!!」」

 

「グアアアアアアアアアアア!!」

 

 

マミが大砲で相手を囲み、次々にシザースが大砲を移りながら攻撃を仕掛けていく。

複合ファイナルベント。『ミーティアーフィナーレ』。最後の一撃がディスパイダーの鎧を粉々に打ち砕き、お菓子と落書きの鎧はバラバラに四散する。

 

 

「ズァッ! ぐあぁああぁああッッ!」

 

 

崩落の時。瘴気が一気に流れ出ていく。

破片に揉まれながら地面を凄まじい勢いで転がっていくのは、アルケニー。

既に怪人態を構成するエネルギーも瘴気も残っていない。

 

 

「ウッ!」「ぐっ!」

 

 

だが一方でコチラも呻き声が漏れる。

流石に慣れない間に力を使いすぎた。マミとシザースは通常形態に戻り、膝をつく。

ダメだ、まだ決着はついていない。

だからマミは叫んだ。大丈夫。自分達はもう終わりだが、心配する必要は無い。

戦えなくなっても問題は無いのだ。

そうだろ? だって……。

 

 

仲間がいるのだから。

 

 

『ユニオン』『『ファイナルベント』』

 

 

判断は一瞬だった。

 

 

「ウゥゥウァ? ッッ!!??」

 

 

濁る視界の中、アルケニーは立ち上がる。

見えたのは翼を広げて浮かび上がるまどかと、彼女の周りを飛び回るドラグレッダー。

そして同じく地面を蹴って飛び上がっている龍騎だった。

龍騎は空中を一回転し、足を突き出す。そこでアルケニーの記憶が、本能がシグナルを放つ。

 

 

「ハハッ! ハハハッ! ハーッハハハハハハハハハハハッッッ!!」

 

 

気づけばアルケニーはフラフラと助走。

そして両手を広げ、一気に加速していた。

一方で弦を限界まで振り絞るまどか。それに合わせる様にドラグレッダーの口の中から光と熱が漏れる。

一瞬、まどかの脳裏に浮かび上がる死のイメージ。目の前に広がる絶望の光景。

マミの死が見える。涙が見える。

 

 

『イヤァアァアアァァァアアアァアッッ!!』

 

 

頭を抑えて、叫んだ事がある。

浮かぶワルプルギス。地面に四散する友達の体。

繰り返すのか――。いや、違う。

終わらせるんだ。

 

 

「もう、いらない」

 

 

消えろ。まどかは弦を離した。

炎の矢が、ドラグレッダーから発射される。

そして矢は、龍騎と交わり、飛んでいく。

 

龍騎は目の前に視た。

終わらない戦い、町の中で頭を抱え叫んだ過去がある。

 

 

『アアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

崩壊していく精神。壊れる心。ダメだ、違う、いらない。

あるのはただ、願いを叶えたいと求める心。

そう、もう負けるわけにはいかないんだ。

 

 

「消えろ、魔獣ッッ!!」

 

「ォオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

マギアドラグーン。

炎の矢となった龍騎の蹴りを、アルケニーは両腕をクロスさせて受け止めた。

 

 

「ヒハハハハァッ! やはり――ッ、アタシを殺すのはお前か! 城戸真司ッッ!!」

 

 

瘴気が吹き出していたのだが、それが今、炎に変わっている。

体にも徐々にヒビが入り、そこから次々に炎が噴出していく。

龍騎の足を受け止めている部分は赤く発光しており、アルケニーはその中でしっかりと笑みを浮かべた。

 

 

「魔獣が! 究極の絶望が死ぬ! ありえねぇ! ありえないがッ、ヒハハハハァア!」

 

「俺達は、必ず生き残るッッ!!」

 

「アァァッ、とことんムカツク連中だ! 意味が――ッ! 分からない!!」

 

 

しかしコレが現実。

人質と言う奥の手まで使って負けたのならば仕方ない。

腹が立つ話だが、認めるしかないだろう。

 

 

「ご褒美をやるよ城戸真司ッ!」

 

「ッ!?」

 

「サバイブ! アライブッ! この力――ッ、魔獣にとっても未知数だねぇ! ひゃははははは! 危険だ、魔獣を殺す因子だよコリャァア」

 

 

大きく開けた口から炎が漏れた。徐々に体が赤く、オレンジに染まっていく。

サバイブ、性質の力、まさかこれほどとは。

 

 

「だが認めねぇ! アタシは執念深いんだ! だから必ず蘇る! いいか? 必ずだ! ハハハハハ!!」

 

 

そして次こそは、必ず。

 

 

「何度蘇っても、俺が、俺達が――ッ、お前らを絶対にぶっ飛ばしてやる!」

 

「ムカツク! ムカツクぜぇ! 城戸真司ィイ! 人間ンンンンッッ!!」

 

「ダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

「ヒハッ! ヒハハハッ! ヒァアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

熱が体を駆け巡る。

アルケニーの体が真紅に染まり、炎が溢れると、龍騎の足が肉体を貫いた。

そして爆発。アルケニーの体が炎によって消滅する。

弾ける瘴気。そして同時に、魔女結界が音を立てて崩れ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう。芝浦くん、双樹さん」

 

「ま、退屈しのぎにはなったかな」

 

 

アルベルティーネのコアグリーフシードを手に、芝浦はさっさとまどか達に背を向けて歩き去った。

あやせはチラチラとまどかを見ながらも、同じく、そそくさと芝浦の後を追っていく。

 

 

「小巻は?」

 

「探してみたけどいなかったわ」

 

「まあ、いつまでも残ってるわけないか……」

 

 

ニコは子供を抱えている。どうやら送って行ってくれるようだ。

ディスパイダーが死んだ事で、別の記憶が刷り込まれているのだろう。

恐怖が残る事はないと思うが、とは言え早く母親のところに戻った方がいい。

 

 

「まあでも、とりあえずは何とかなったんじゃないか?」

 

「そうね。良かったわ」

 

 

ニコリと微笑むほむら。

それを見てニコは何度か頷いてみせる。

 

 

「キミも良い感じだ」

 

「え?」

 

「そろそろ、まどか離れもしていかないとな」

 

「どういう意味かしら」

 

「まんまだよ。分かるだろ?」

 

「……ええ」

 

 

髪をかき上げるほむら。

人は、孤独じゃ生きられない。世界はきっと自分が思っている以上に孤独じゃないと信じたい。

 

 

「優しくて、かっこよくて、大好きな先輩がいるもんな」

 

「………」

 

 

ジャラリと音。

 

 

「およ?」

 

 

ニコは額に汗を浮かべてほむらを見る。

気づけば体に鎖が巻きついておるがな。

ほむらさんが超怖い顔でコッチを見ておりますがな。

 

 

「どこで聞いたの?」

 

「……や、ほら、私の偵察機をマミにつけておいたし」

 

 

病院に行く前、流石にマミを一人で残すのはマズイと判断したニコは小型偵察機『ニコちゃん人形』を忍ばせておいた。

そうしたらもうサキだのほむらだのが来てペラペラと励ましのお言葉を投げかけるではないか。ニコちゃん人形には録音機能もあり――。

 

 

「かわいいな、ほむらちゃんも」

 

 

一瞬だった。

ハリセンを取り出したほむらと、再生成で鎖を折り紙に変えたニコ。

勝者は後者。ニコは透明になるとほむら達の前から姿を消す。

 

ほむらは肩を震わせ、ハリセンを盾の中にしまった。

こうなっては仕方ない、今日のところは許してやろうではないか。

そんな事を考えていると声が聞こえてくる。

 

 

「サキさーん。ちかれたよぅ、おんぶしてー」

 

「あ、こらッ、さやか!」

 

 

さやかはサキの背中に抱きつくと、それぞれ変身を解除。

 

 

「やれやれ……、だが確かに疲れたな。私達は帰るよ、マミ」

 

「え? あ……」

 

「いつか、私達にも教えてくれよ」

 

 

どうやら意味を理解してるらしい。

サキとさやかは、それぞれ含みのある笑みを浮かべている。

マミ達もまた、強く頷いた。

 

 

「グリーフシードがもう少し集まれば、必ず真実を教えるわ」

 

「了解ですマミさん。それまで、さやかちゃんも待ってますからね」

 

「だが、何かあればいつでも言ってくれ。必ず協力しよう」

 

「そうそう都合の良い女だもんね、あたし達」

 

「言い方が悪いぞさやか。さあ、帰ろう」

 

「お姉さまぁ、お腹すいたー、なんか奢ってぇ」

 

「キミはよく食べるからな。お断りだ」

 

「鬼ぃ、さやかちゃんのお腹と背中がくっついても知らないぞう!」

 

 

等と言い合いながらサキ達は笑いながら帰路につく。

 

 

「随分、アッサリだったわね」

 

「それだけ信頼されてるって事だよ。ね? マミさん!」

 

「ええ、そうね。ありがたいわ、本当」

 

 

ニコリと、マミは笑顔をまどか達に向ける。

いつも見ていた。いつも通りのマミの笑顔だった。

さて、これからどうしようか? 皆がそう思い始めたとき、クルルルルルルと何かの音が。

 

 

「?」

 

 

一同が視線を集中させるのは、お腹を押さえて真っ赤になっているまどかだった。

 

 

「あぁ、なるほど」

 

 

時間も時間だ。

頑張ればお腹もすくだろう。

まあ恥ずかしいだろうが仕方ない。恥じなくても良い、それは生きている証なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、俺ね、信じてたんすよ。騎士の中にもきっと話し合えば分かってくれる、まともな人がいるって』

 

『とにかくですね――、あぁ、今日はコレッ、全部俺が奢りますんで。みんなも食べたいものあったら何でも言ってね!』

 

『おすすめ? オススメはうーん、ネギダクとかいいかも!』

 

『紅しょうが? あぁ、もうそれは好みで入れちゃって。俺もね、最初は嫌いだったんだけど、大人になったのかな? あ、これはそういう食べ物なんだって思ったら美味しく感じてきてさ!』

 

『なんて言うのかな? そう! からあげにレモンみたいな? 俺さ、あれも最初は苦手だったんだけど、からあげじゃなくて、からあげレモンソースって言う別の食べ物と思ったら割り切れるようになってさ』

 

『あ! そうそう、ココね、アイスあるんだよアイス。まどかちゃん食べる? 甘いよ、冷たいよ。食べよう、よっしゃ食べよう! すいません、アイス――、えーっと取り合えず三つ!』

 

 

真司のマシンガントークを聞いていたら、あっと言う間に二つのテーブルの上には注文した牛丼だのサラダだのアイスだのが並べられていく。

お腹がすいたまどかの為、真司は残っているメンバーを誘って行きつけの牛丼屋にやって来ていた。

常連で他の客を連れてきてくれる真司に、店長の『ムロちゃん』もニッコリである。

味噌汁を全員におまけしてくれた。

 

 

「すいません、わざわざ」

 

「いいんですよ。真司さんにいつも来てもらってますから」

 

「どうもっす!」

 

 

そう言いながら早速モリモリ真司は牛丼を口の中へスロットインである。

ははあ、と、須藤は思う。

 

 

「こういう所も城戸くんの人間性を現しているんですかね」

 

「?」

 

 

まあ真司と言う男は特別『良い人間』と言うわけでもない。

サボる時はサボったり、ちょっとした事でカッとなったり、お馬鹿だったりと、聖人君子の超人と言うわけではないのだ。

 

しかし少なくとも人並みの良心はある。

それだけでココまでの信頼を勝ち得るとは、それは真司の才能なのかもしれない。

 

たとえばそう、最近は炎上と言う単語があるが、それを例に出せば分かり易いのかもしれない。

たとえば人種差別だとか、嫌な話だが『○○は死ねばいい』そんな事を載せる人間は共感を得られるかもしれないが、批難する人間も多く、きっと炎上してしまうだろう。

 

いわばそれが参戦派とでも言えばいいのか。

真司はそう言った発信をせず、むしろ『そんな事を言っちゃいけない』と書き込む人間だろうか。

偽善者だのと書き込む人間はいるだろうが、身近に接してみるならどちらがいいのかは明白だ。

 

この世界に完全に優しい人間などいない。

まどかも真司だって誰かがムカツクだとか、嫌いだとか、もしかしたら死んでしまえば良いと思う時があるのかもしれない。訪れるのかもしれない。

 

しかし、それを口にはしないだろうとも思う。

なぜならば二人にはそう言った強さがあるからだ。

軽い気持ちで書き込んでしまう者とは違う。確固たる強さがあるのだ。

口にするか、しないか。行動に移すか、移さないか。近いようで大きな壁がそこにはある。

 

 

「――なんて、思ったり」

 

 

須藤も牛丼をほお張り始める。

真司は照れくさそうにしているが、手塚はフッと、小声で笑う。

 

 

「そこまで考えていれば、いいんだけどな」

 

「馬鹿にするなよ手塚。俺はもう全部バッチリだからな!」

 

 

そう言ってカチャカチャ丼を鳴らしている真司。

一方で隣のテーブルではマミが牛丼を興味深そうに見つめている。

隣では無言でパクパク飯を口に運んでいるほむら。

 

 

「鹿目さんと、暁美さんは食べた事あるの?」

 

「ありますよ」

 

 

まどかは何度か母親に連れてきてもらった事があるため、大量の紅しょうがを乗せて牛丼を食べ始めた。

 

 

「ええ。巴さんは無いのね」

 

 

ほむらは適当に一味をかけて。

 

 

「こういう店は男の人が入るってイメージだったから」

 

「そうね。間違ってはいないわ。巴さんは少し入りづらいかも」

 

 

正直ほむらも最初はそうだったが、慣れれば普通に入れるようになってしまった。

ああいや、途中から食事は簡単に済ませる様になったため、今は確かに久しぶりだが。

マミは恐る恐る牛丼を口にする。するとキラリと目を輝かせた。

 

 

「うん、おいしい!」

 

 

思わず笑みがこぼれる。

自然に口角が上がり、マミはニヤニヤと嬉しそうに牛丼を食べていた。

なにもそれは滅多に食べない味を前にしたからではない。

隣のテーブルでは真司達がなにやら食事の会話で盛り上がっている。

 

 

「いやッ、確かにチーズトッピングは美味しいですけど毎回は飽きますって!」

 

「そんな事ないですよ! 三種のチーズが丁度いい感じに溶けるのが美味しいんですよ!」

 

「ネギが一番安定してると俺は思うんだが……」

 

「それもいいけど、やっぱ一番はノーマルだって! あ、卵はあってもいいけど」

 

 

そして目の前では無言でパクつくほむら。

美味しそうに味噌汁を飲んでいるまどかが見える。

 

 

「ふふっ!」

 

「っ? どうしたんですかマミさん」

 

「あのね、楽しくて。みんなとご飯食べるの」

 

 

久しぶりだ、こんな人数でご飯を食べるのは。

それがなんだか無性に楽しくて、マミは笑みを零す。

 

 

「これからはずっとですよ、マミさん」

 

「え?」

 

 

まどかはニコリと微笑み、ほむらも唇を吊り上げた。

そう。そうだな。マミも満面の笑みを浮かべると、静かに頷いた。

 

 

「ココだけじゃなくて、もっといろんな場所に行きましょうね、みんなで」

 

「そうね、だって、私達、仲間だものね」

 

「そうです。あとは――」

 

 

まどかも満面の笑みをマミに向けた。

それが唯一無二の証明だ。嫌いな相手に笑顔など見せない。

敵にこんな無邪気な顔は見せないだろう?

 

 

「友達、ですからね!」

 

 

笑みを浮かべるマミとほむら。

向こうのテーブルにも聞こえていたのか、手塚と須藤も笑みを浮かべた。

しかし唯一、真司だけは青ざめ、白目をむいている。

 

 

「真司さん?」

 

「……財布、忘れた」

 

 

え?

 

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「私が払いますよ」

 

 

苦笑交じりの須藤に、真司は心の中で土下座を行うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星の骸。

 

 

「今回は油断したと言う事だね。一本取られたよ」

 

 

宇宙空間での爆発は中々スリリングなものだった。

アシナガは自室の椅子に座り込み、眉を顰める。

しかし唇は吊り上げており、目の前にいる小巻を睨みつけた。

小巻は額に汗を浮かべつつ、鼻を鳴らして持っていたダークオーブを投げた。

 

 

「これだけしか回収できなかった」

 

 

ダークオーブの器。

そこに入れられたのは『アルケニー』が爆散した際に発生した瘴気だった。

要するにアルケニーを構成していた物質とでも言えばいいか。

それを回収したと言うことは……、どういう事なのか?

 

 

「なるほど、少量だ。だが時間をかければなんとか――、か」

 

 

アシナガが一体を何をしようとしているのか。それは小巻にもなんとなく理解できた事だ。

しかし可能なのか? それは分からない。そもそも一体何故そこまでするのか。

魔獣には仲間意識がない筈だ。

 

 

「なのに何故――?」

 

「恩義、かもしれないね」

 

「え?」

 

「ボクも元は人間だった。知ってるかい? アルケニーはね、バッドエンドギアの中では悲しいほどに弱い」

 

 

大きな口を叩いていたが、その実、協力者や魔女、人質を使わなければ参加者には勝てない事を自覚していた。

 

 

「どうしてか分かるかい?」

 

「いえ……」

 

「魔獣は通常、瘴気を力の源としている。そして瘴気は絶望から供給されるエネルギーであると」

 

 

だからこそゲームは魔獣にとって最高のシステムだった。

瘴気は体内に取り込む事で力に変える事ができる他、消費する事になるが、ある種のドラッグのように快楽を得る物質としても作用していた。

 

 

「しかしアルケニーはある時期、ほぼ全くと言っていいほど瘴気を吸収できなかった」

 

「………」

 

「だいたい16年ほどね」

 

 

そればかりか、アルケニーは自分の瘴気を分け与える行動を取っていたと説明を。

 

 

「関係があるの?」

 

「まあね。とにかく過去の良心をまだ、ボクは覚えているよ」

 

「………」

 

 

小巻は複雑な表情でアシナガの部屋を出た。

何故、そんな感情を思い出せるのに、彼は魔獣になったのだろう。それが不思議で仕方ない。

小巻はアシナガの事をよく知らない、何か過去が関係しているのだろうか?

 

いや、いずれにせよもうアシナガは魔獣になった。人間ではないのだ。

どれだけ過去の記憶があろうとも、人だったアシナガは完全に死んだ。

小巻は騒がしいホールの様子が気になり、様子を見てみる。

すると他のバッドエンドギアはアルケニーが死んだ事など最早誰も話題にしていない。

今はモニターにシザースサバイブが映し出されていた。

 

 

「性質におけるサバイブの生成。これは想定外のデータです」

 

 

バズビーはこれを危機と判断したようだ。

蓄積した瘴気を打ち消す事ができる『希望』が、サバイブには存在している。

今回、シザースの件で一つわかった事があるが、それは条件さえ満たせば全ての騎士にサバイブが、全ての魔法少女にアライブが与えられると言う事である。

 

 

「このサバイブ――」

 

 

バグ、これをキュゥべえ達は『ユイデータ』と呼称する事とした。

魔獣や騎士にもこの名称は伝わっている。

 

 

「ユイデータは危険です。皆様、くれぐれもお気をつけて」

 

「大丈夫でしゅ」

 

 

椅子から小さな女の子が姿を見せた。

ゴスロリファッションで、小学生――、いやもっと小さな女の子だ。

メガネをかけた少女。赤紫色のツインテール。そして長い触角を持った青い虫のぬいぐるみを抱きしめている。

彼女の名前は『テラ・ロングホーン』。

抱きしめているぬいぐるみの名前は『ゼノ・ボックケーファー』。

 

 

「あたちは、負けましぇん」

 

 

舌足らずな少女は可愛らしさも持っているが、当然それはフェイク。

テラもまた、上級魔獣、バッドエンドギアが一人なのである。

 

 

「かくじつに、殺せましゅ!」

 

 

そして震えるぬいぐるみ、ゼノ。

 

 

「そうだぜぇ、何をビビってんだッちゅー、ハ・ナ・シぃ!」

 

 

ファンシーな姿のぬいぐるみがメキメキと音を立てて変形していく。

そしてあっという間に、禍々しい化け物に変身を完了させた。

カミキリムシ型のミラーモンスターの力を取り込んだのだ。『ゼノバイター』は、首をカクカクと不気味に動かしながらモニタを睨む。

 

 

「確実に殺せる所からブッ殺していけばいいんだよぉ? なぁ?」

 

「もちろんでしゅ」

 

 

人間に負けたと言うのは軽蔑以外のなにものでも無いが、一つ、テラはアルケニーの作戦を評価していた。

それは個人を狙う事だ。正確には、一つのペアを狙う事で亀裂を生み出すのは、成る程と言ったところか。

とは言え、固執しすぎたせいで失敗しては意味はないが。

 

 

「殺るなら、確実に。でしょう?」

 

 

モニタに映し出されるのは。

 

 

「そう。プププ。穴は、確実にね」

 

「クククッ! 見てな、俺達がマジもんの絶望ってヤツを教えてや・る・か・ら・なぁ!」

 

 

暁美ほむら、手塚海之。

二人を見て、テラはもう一度メガネを整えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、ソウルジェム、思ったよりも全然濁ってないのね」

 

 

会計が終わり、店の外に出た一同。

そこでマミはふと呟く。ちなみに後ろでは真司が土下座せんとの勢いで須藤に頭を下げている。

すると、どこからともなくキュゥべえが出現。

 

 

『魔獣を倒せば、それだけでキミ達のソウルジェムは穢れから回復する』

 

 

正直、キュゥべえは興奮していた。

いや、語弊がある。インキュベーターに感情は無い。

しかし確実にキュゥべえとしては『おいしい』流れであったのだ。

 

予想外であった。

まさかココまで魔獣が死亡した際に発生するエネルギーが、宇宙延命のエネルギーになり得るとは。

それは膨大だ、これはどちらに転んでも――。

 

いや、むしろ魔獣を殺してくれた方がありがたい。

まあとは言えあくまでもゲーム。

キュゥべえはあくまでもフェアを意識はしているが。

 

 

『そうであったとしても、今回は少し話が違う』

 

「え?」

 

『ソウルジェムの穢れが回復する流れは今の通りだけど、知っての通り、今は暁美ほむらのジェムも回復している』

 

 

正確には、さやかとサキも回復しておいた。

それは今回に限り、明確なキュゥべえ達のミスがあったからだ。

いや、ミスと言うよりは、仕様とでも言えばいいか。

とにかくその影響の埋め合わせをするサービスとでも思ってもらえればとの事だった。

 

 

「どういう事?」

 

『ソウルジェムの穢れを回復するためには、グリーフシードを使うのが決まりになっている』

 

 

それは魔法少女の中では常識の話だ。

しかし今回、そのグリーフシードが問題となる。

 

 

「今回手に入れたコアグリーフシードの一つを、無効化させてもらった。だからこそ本来そのグリーフシードで行うべき浄化と言う作業を、全員に対して行ったわけさ」

 

 

マミはその言葉を聞いて、手にれいたコアグリーフシードを取り出した。

するとキュゥべえの言葉どおり、手に入れたソレが粒子化し、消え去った。

どういう事なんだ? まどかとほむらも気づき、首を傾げる。

その答えは、キュゥべえが答える事に。

 

 

『つまり、その魔女は存在しなかった。そういう事だよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「え?」」

 

 

清明院大学の横にある宿泊施設、そのロビーで中沢と仁美は同時に声を上げた。

異変を感じて実体化した下宮も目を丸くしていた。

それだけ珍しい事態が起こったのだ。

 

 

「ど、どちらさま?」

 

 

光が迸ったかと思うと、中沢の隣に女の子が文字通り『出現』したのだ。

女の子は目を閉じ、ぐったりとしている。

眠っているわけではない? 中沢は訳も分からぬまま、女の子の肩を揺すった。

 

 

「ねえ、大丈夫? しっかりして!」

 

「――ぅ」

 

「どこか痛い? 喋れる? 救急車呼ぼうか?」

 

「ズ」

 

「えっ? ず?」

 

 

ず、って、なんだ?

中沢は困ったように仁美と下宮を見る。

しかし二人とも首を振るだけで答えは返ってこない。

当たり前だ。意味不明である。するとギュルルルルルと音。

 

 

「んぉッ?」

 

「チーズ」

 

「へ?」

 

「チーズが、食べたいのですゥッ!」

 

 

女の子はカッと目を覚ました。

ほんのり紫色が入った白いウェーブの髪。

そしてこげ茶色の目に、オレンジと黄色のコントラストが特徴的な少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

一時間後、中沢は涙目になりながら財布を覗き込んでいる。

 

 

「あぁ、最近のピザって結構高いんだなぁ」

 

 

とは言え、目の前で大きなピザをほお張っている女の子を見れば許せてしまう物。

女の子は満面の笑みで、中沢のお小遣いで召喚されたマルゲリータと、チーズデラックスを口に運んでいく。

 

 

「おいしい?」

 

「最高なのです! 中沢ありがとうなのです!!」

 

「はは、なら良かった。あはは……」

 

 

うな垂れる中沢。

しかし彼の心中を察したのか、仁美は中沢の肩を優しく叩くと、ニコリと微笑んだ。

本当は仁美が払うと言ったのだが、流石に中沢にも格好をつけたいと言う根性くらいは持ち合わせている。

 

好意を寄せている相手にお金を払わせるなどと言うことはできなかった。

それを仁美も少しは察してくれたのか、中沢を褒める様な眼差しを向ける。

 

 

(ひ、仁美さん!!)

 

 

もはやどうでもいい。

お小遣いが減ったとか、目の前にいる女の子が何者なのかとか最早どうでもよかった。

いや、本当はどうでも良くはないのだが、好きな女の子が肩に触れて微笑んでくれている。

 

中沢はホンワリとした表情となって溶けていく。

さあお食べ、どんどんピザをお食べ、女の子! ありがとう! キミが来てくれたおかげだ!

そんな感謝を行いながら、中沢は溢れる笑みを隠すため、顔を覆いかくす。

 

 

(ありがとう神様! 生きてて良かった!!)

 

(やれやれ、単純だなぁ)

 

 

そんな中沢を呆れ顔で見つめる下宮。

しかしすぐに真面目な表情に変わる。下宮の手にはソウルジェムがあったのだ。

もちろんそれは仁美のソウルジェムではない。目の前にいる少女のものだった。

これは本来、ありえない事である。

 

 

「キミは確か――」

 

「あっ! ごめんなさい! 説明を忘れてたのです」

 

 

すばやく口を拭くと、女の子はペコリと頭を下げた。

丁度その時だ。ロビーに香川が入ってくる。

 

 

「すいません、遅くなりました」

 

 

香川と少女の目が合う。

 

 

「おや、この子が……」

 

「香川先生ですね! 丁度いいのです。自己紹介、自己紹介!」

 

 

女の子はソファの上に立つと大きく振りかぶるようにお辞儀を行った。

そして勢い良く顔を上げ、ニコリと微笑む。

 

 

「はじめまして! わたし、百江(ももえ)なぎさと申します!」

 

「百江? なぎ――ッ?」

 

「なるほど。そういう事ですか」

 

 

存在しない筈の魔法少女がココにいる。

香川は意味を理解し、手を差し出した。

 

 

「よろしくお願いします。この戦いを、共に止めましょう」

 

「ですですっ! なぎさにお任せなのです!」

 

 

なぎさは両手で香川の手を取ると、ブンブンと勢い良く振り回している。

さらにテンションが上がったのか、そのまま仁美、中沢、下宮にも同じように激しい握手を。

 

 

「安心してください、足は引っ張らないのです! なぎさには特技があるのですよ!」

 

「特技?」

 

 

目を輝かせるなぎさ。

キュゥべえは既におおまかなデータは頭に送っているらしい。

それを踏まえ、なぎさは自分のアピールポイントを説明する事に。

 

 

「はい! ユイデータを見分けるのは自信があるのです!!」

 

「ほう。それは心強い」

 

 

なにやら盛り上がっている香川となぎさ。

しかし中沢には何がなにやらサッパリである。

仁美と顔を見合わせてみるが、彼女もいまひとつ理解していないのか首をかしげていた。

仕方ない。ゲームを何も知らない二人だ。一方で下宮は全てを理解したのか、二人に一番分かりやすい形でなぎさの『正体』を告げる事に。

 

 

「彼女は香川のパートナーだ」

 

「えッ! マジで!?」

 

「まあ! でしたら――ッ!」

 

 

そう。それは、つまり。

 

 

「15人目だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだか不思議な気分」

 

「え?」

 

「あなたと一緒に、こうして帰るなんて」

 

 

もう魔獣はいない。

それぞれは、それぞれの帰路についた。

 

その途中、帰り道の都合でほむらとマミは肩を並べる事に。

あれだけの事があったと言うのに、夜道はびっくりするくらいに静かで、二人の関係も落ち着いている。

 

 

「暁美さん。ごめんね、いろいろ」

 

「無理もないわ。こんな状況じゃ、いろいろ、仕方ないもの」

 

「ふふっ。優しいのね」

 

「普通よ」

 

 

いくら魔獣がいなくなったとは言え、心配は心配なのか。

ほむらはマミの家の前まで付いていくことに。

そして星空の下、二人は別れる事になった。

 

 

「ありがとう、送ってもらって」

 

「ええ。それじゃあ」

 

「うん。また学校でね」

 

 

踵を返すマミ。

 

 

「待って」

 

「え?」

 

 

別れを切り出した筈のほむらが、マミを呼び止める。

ほむらは魔法少女に変身すると、盾の中から小さな小包を取り出した。

 

 

「あの……、これ」

 

「?」

 

「はちみつ」

 

「くれるの?」

 

「ええ。はちみつは、紅茶に入れると良いって、書いてあったから……」

 

「でも知ってる? 紅茶の成分が変わってしまうから、入れすぎはダメなのよ」

 

「えっ。それは、知らなかったわ」

 

 

しかしマミはほむらから小包を受け取った。

 

 

「ありがとう。嬉しい」

 

「……ならよかった」

 

「でも、どうしてプレゼントを? 今日は別に誕生日でもないし」

 

「え?」

 

 

それはそうか、ほむらは顎に手を置いて沈黙を。

なぜだろう? なぜだろうか。

はて、分からない。

 

 

「貴女が、無事だった、記念に――」

 

 

いや、おかしいか、言わなければ良かった。

そうは思えど、マミは達観したように笑うと、ほむらに手招きを。

 

 

「暁美さん。一人暮らしでしょう? 時間ある?」

 

「え、ええ。あるけれど」

 

「紅茶でも飲んでいかない?」

 

 

笑顔のマミ。

ほむらも、僅かながらではあるが笑みを浮かべた。

 

 

「頂くわ」

 

 

二人は笑みを浮かべたまま、マミの部屋に向かうのだった。

 

 

一方で真司もまた、まどかを送るために夜道を一緒に歩いていた。

近道に公園を抜けている間、真司はふと思い出す。

先程須藤と別れるとき、こんな事を言われた。

 

 

『私は完璧な人間ではありません。もしかしたらまた迷う時や狂う時が来るのかもしれない』

 

 

だからどうか、その時は。

 

 

『どうかまた、私を止めてくださいね』

 

 

真司はしっかりと頷いた。

それはなにも須藤だけじゃない。

これで終わりではないのだ。ココから始まったと言えばいいのか。

 

 

「でもマミさんと須藤さん。本当に無事で良かったね」

 

「そうそう。それに、ちゃんと分かってくれたし」

 

「うん。とっても嬉しい。でも流石だね真司さん。須藤さんをちゃんと説得してくれたなんて」

 

 

そこでふと、足を止める真司。

まどかも疑問に思い、足を止める。

二人は公園の広場で、向き合う形になった。そこで真司は少し悲しげに笑う。

 

 

「いやッ、俺はたいした事してないよ」

 

「え? でも――」

 

「思い出したんだ。一瞬だけど」

 

 

マギアドラグーンをアルケニーに当てる際、フラッシュバックした記憶にあった。

説得して、必死に戦いを止めようともがいて。でも、それでも何も変わらなかった。

全てを出し切ったつもりでも戦いは止まらない。たとえば須藤を説得できても。他の参加者は説得できずに死ぬ。

これは、そう、まどかと会う前の――、ずっと前の記憶だ。

世界は融合したらしい。であれば、これは、融合前の記憶だろうか。

 

 

「いやーッ、あれはキツかったね。流石に俺でももう無理だったよ」

 

 

たとえばそう、戦いが終わったと思えば、鏡の中には騎士達が目を光らせている。

真司は頭を抱え、叫んだ。狂い、壊れたのだ。終わらない戦いからは逃げられない。

永遠の恐怖に心が折れたときもある。だからきっと分かっていた筈なんだ。

心の隅の隅で、戦いが終わらないことを。

 

 

「でも今は違う。俺は本当に戦いを止めるつもりだ」

 

 

それができると言う自信があるからだ。

それは、考えなくても分かる。

 

 

「まどかちゃん達がいてくれたからだよ」

 

「え? わたし達?」

 

「ああ。やっぱりさ、おかしいって思えるから」

 

 

魔法少女の運命はあまりにも酷だ。

言い方は悪いが、可哀想だとか、気の毒だとか。

そんなのおかしいだろと叫ぶだけの良心や常識が、まだきっと騎士の心にはある。

そう、須藤のように。

 

 

「マミちゃんが慕ってくれてる事を、須藤さんだって心のどこかで、なんかこう、よっしゃー、みたいに思ってたんだよ」

 

 

だからその期待を裏切らない為に須藤は正義の道を見出し、真司に協力してくれる事になった。

現に真司としても、説得の際、まどか達魔法少女を持ち出したじゃないか。

つまりそれは、魔法少女がいてくれたからこそできた説得なのだ。

龍騎の世界だけじゃ中々そうはいかない。

 

 

「だから、本当にありがとう、まどかちゃんッ。すっげー助かったよ」

 

 

騎士は魔法少女を守る存在。

それは心の交流により、騎士だけじゃ生まれなかった想いがあるからだろう。

友情だったり、愛情だったり、信頼だったり。

 

 

「えへへ、でもね真司さん。それはわたし達も同じだよ」

 

「え?」

 

 

いかなる理由があったとしても、ギアは誕生し、イツトリは存在した。

対魔法少女に特化したイツトリとギアの前ではまどか達は無力だった。

まどかも思い出せる、たとえばそれはワルプルギスの夜に敗北した記憶だとか、なにより円環の理を破壊されていく瞬間だったり、だとか。

 

 

「わたしが手を伸ばしても、みんなは全然守れなかった」

 

 

悔しげに拳を握り締めるまどか。

祈っても、頑張っても、努力しても、戦っても、血は流れ、命は潰える。

その中で魔獣達は笑い、ギアは希望を絶望で塗りつぶしていく。

 

 

『記憶しろ魔法少女共。お前達は永遠にこのギアには勝てない』

 

 

真実だった。

悔しいが魔法少女の力ではギアには勝てない。イツトリには勝てない。

永遠の絶望を味合わされ、無限の地獄を与えられる事になる。

 

 

「でも、真司さん達がいてくれた」

 

 

絶望を壊す因子、それは他世界の可能性。

まどかの世界を侵食する龍騎の世界。二つは交わり、新たな『答え』を導きだすだろう。

 

 

「でも今までは――」

 

「うん。だから、時間が掛かっちゃったね」

 

 

所詮は人間だ。

傷つくほど近づかないでいれば、結局お互いの世界は交じり合う事なく自己完結を向かえ、今までと同じ道を辿る。

しかしもっと踏み込めば、分かり合えば、答えが生まれる。

それがサバイブであり、アライブであり、このThe・ANSWERの時間軸ではないか。

 

 

「だから、騎士さんがいてくれて本当に良かったって思えるよ」

 

「そっか、そうか、うん。ありがとう!」

 

「うんうん! 特にね、ドラグランザーでブォー! って来るのは本当にカッコいいんだよ!」

 

「ああ、バイク形態のヤツね! 俺大型の免許持ってないけど、何かアレは乗り方わかるって言うか。ガチな『   』じゃないのにね」

 

 

衝撃が走った。

脳が焼けるほどの衝撃が。

 

 

「ッ!!」

 

 

単語が目に飛び込む。

脳が揺れ、先程の単語が真司を叱咤する。

 

 

「あッッ!!」

 

「どうしたの真司さん!」

 

「そっか。そっか! うんッ、そうだよ! 思い出した!!」

 

 

真司は笑顔になると、まどかに向かってダッシュ。

犬を撫でるようにワシャワシャとまどかの髪を撫でまくる。

 

 

「サンキューまどかちゃん! よしよしよし!!」

 

「てぃひひ! くすぐったいよ真司さん。何を思い出したの?」

 

「いやッ、なんか良い事なのか悪い事なのかは分かんないけど、とにかく大切な事!」

 

「えぇ? なぁにそれ」

 

「魔法の言葉さ。心が折れそうになっても、勇気が湧いてくる言葉だ」

 

 

自信を後押ししてくれる。

 

 

「そうだ、俺はそうだったから、きっと戦えたんだ」

 

 

何故だか分からないが、そう思えてくる言葉を思い出した。

だから戦う、だから戦える。まどかを守る事を信念にできる。

 

 

「っしゃ!! 燃えてきた! 行こうぜまどかちゃん!!」

 

「え? うひゃあ!」

 

 

真司はまどかの手を取って猛ダッシュ。

鏡に飛び込むと、瞬間、真司は龍騎サバイブへと変わった。

 

 

「えっ! 嘘!? なんで?」

 

「思い出したんだ。何か、とても、きっと大切な事を!」

 

 

ドラグランザーが飛来するとバイクモードに変形。

龍騎とまどかはそこに飛び乗ると、直後爆音を上げて走り出した。

まどかは龍騎にしがみ付き、閃光になる景色を見た。

 

陽炎を纏いながら走るドラグランザー。

そこで龍騎は、まどかに教える。まどかの家まではあっという間だ。

だから伝えたい思いは単刀直入に。

 

 

「俺達はさ、騎士じゃん!」

 

「うん! そうだね!」

 

「でもね、読み方間違ってた! 『きし』じゃないんだ!」

 

「え?」

 

「そりゃ負け続ける訳だよ! 自分の事、まだ分かって無いんだもんな! ハハハ!」

 

「どういう事? 真司さん!」

 

「騎士って書いてさ、俺達は――」

 

 

アクセルグリップを力いっぱい回す。

ドラグランザーが空に飛翔し、二人は空を駆けた。

エンジン音が響く中で、龍騎は振り向き、まどかを見る。

 

 

「俺達は、ライダーだ!」

 

「……え?」

 

「騎士は、ライダーって読むんだよ!」

 

 

だからどうしたと言われればそうなのだが、真司としてはそれが何よりも大切な気がした。

いつか抱いた自信とか、いつか抱いた気合とか、いつか抱いた希望とか、色々と忘れていた物が湧き上がってくるようだ。

 

 

「あっ、でもなんかライダーの前に単語がもう一個あった様な……」

 

 

それは分からない。思い出せない。

惜しい。それを思い出せれば本当にもっと燃え上がれる気がするのに。

まあその内思い出すだろ、龍騎は楽観的だ。

 

 

「……すごいなぁ」

 

 

本当にあっと言う間だった。

気づけばまどかは自分の家の前に立っていた。

真司は前に立ち、手を服で拭っている。

 

 

「っしゃ、まどかちゃん。これからもよろしくな!」

 

 

真司は笑みを浮かべると、手を差し出した。

考えてもみれば不思議な話だ。違う世界が交わり、こうなっている。

 

しかし真司は、騎士(ライダー)は魔法少女がいなければ戦いを止める事はできないと言い。

まどかは、魔法少女は騎士がいなければ永遠に絶望を味合わされていたと言う。

どうやら不思議な事に、お互いはお互いがいなければゲームオーバーだったらしい。

 

 

「リベンジかましてやろうぜ!」

 

「うん!」

 

 

これから始まるのは悲しみのゲームでも絶望のループでもない。

それを打ち砕く答え、希望のお話。

 

 

「魔法少女と騎士(ライダー)の物語!」

 

「そうッ、それ! 魔獣をぶっ飛ばして、戦いなんて終わらせよう!」

 

「うんっ! 約束!」

 

 

まどかと真司はガッチリと握手を交わすと、希望に満ちた眼差しで笑い合った。

 

 

 

 







ファイズのキック考えた人って天才ですよね(´・ω・)

次回はちょっと遅れるかも。
番外編とキャラ紹介The・ANSWER編更新予定です。



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第82話 地獄だな



前サイトでやってたところまで、もうすぐなんで。
なるべく早く更新してしまいます。

一応今回から始まる『ほむら編』が終わったらストックが切れます。
めちゃくちゃ更新が遅くなります。
ゆるしてね(´・ω・)


 

 

 

勉学の魔女バロリア。

見た目は巨大なフクロウではあるが、その体は大学帽子を被った女性が逆立ちをしており。

つまりは女性の下半身がフクロウになっていると言うなんとも奇抜な魔女であった。

女性の手を足として、カサカサと動かし、気味の悪いモーションで近づいてくる魔女。

しかし立ち向かう魔法少女達は怯まない。先陣を切ったのは青い魔法少女である。

 

 

「ハハハハ! 覚悟しろ悪しき魔女め! このさやか様が駆けつけたからには――」

 

 

バロリアが巨大な翼を羽ばたかせると、突風が発生。

さやかはそのまま遥か後方へと流れ星のように飛んでいく。

 

 

「たすけてぇええええええええええええ!!」

 

「さ、さやかちゃあああああん!!」

 

 

涙を流しながら手足をバタつかせるさやか。

その勢いは凄まじく、一瞬の間に体は猛スピードで飛んでいく。

 

 

「サキ!」

 

 

しかし呆気に取られる一同の中、真っ先に口を開いたのは巴マミ。彼女に名を呼ばれ、サキの目にも光が灯る。

 

 

「任せろ! 脚力強化(タービュランス)!」

 

 

サキの固有魔法は成長、その応用たる本質は『強化』にある。

特訓によりサキは体の一部分だけに電撃を送り、急成長させる事ができる。

陸上選手達が早く走るため、足を成長させるトレーニングを行う。それをサキは一瞬で行えるわけだ。

 

さらに魔法によりその効果は何倍にも膨れ上がる。

サキは地面を蹴ると凄まじいスピードで加速。飛んでいったさやかを追いかける。

 

 

「暁美さん!」

 

 

一方でさらにマミはほむらの名を呼ぶ。

呼ぶ。そう、あくまでも名前を口にしただけだ。

しかしほむらはそれを合図にすると時間停止を発動。

すると気配。背後を振り返ると、ほむらは思わず目を見開く。

と言うのもそこには今にもくちばしを突き出そうとしているバロリアがいたからだ。

 

 

「気をつけて、なかなか素早いわ!」

 

「ッ、ええ!」

 

 

ほむらの手首に黄色い糸が巻きついている。それはマミの手首にも。

つまりマミは時間停止を行うだろうとの『読み』で、自分とほむらを繋げておいたのだ。

マミは跳躍でバロリアの背後に回りつつ、その周囲に大量のマスケット銃を展開、発砲させる。

 

一方でほむらも距離をとりつつ盾から手榴弾を取り出し、口で栓を抜くと、思い切り力を込めて放り投げた。

手榴弾はある程度進んだところで停止。同時にほむらは盾に手をかけ、時間停止を解除する。

 

 

「リリース!」

 

 

カチリとスイッチが入り、歯車が動いて砂時計が反転する。

直後爆発音が響き、バロリアの体が爆炎に包まれた。だがすぐに爆炎が、爆煙が吹き飛ぶ。

中に見えたのは六角形の結界に包まれている無傷のバロリアだった。

 

 

「シールドを張れるの!?」

 

「気をつけて巴マミ! 来るわ!」

 

 

バロリアは一瞬で上空へ移動。翼を振るうと、そこから無数の羽が発射される。

当然これは一つ一つが鋭利な刃となっており、風を味方につけて大量の弾丸は一瞬でマミとほむらに降り注いでいく。

――が、それ等は全てマミ達に掠る事すらない。なぜならばマミとほむらを守るのは桃色の結界。

 

 

「二人とも大丈夫!?」

 

「ええ、抜群のアシストよ鹿目さん!」

 

「助かるわ、まどか」

 

「うん。でもまだ終わらないから!」

 

 

まどかはリバースレイエルを発動。

目を閉じた天使がまどかの頭上に現われたかと思うと、天使はすぐに開眼。すると受け止めた羽が一勢に反射され、バロリアの方に向かっていく。

 

だが敵も反応。

バロリアは再び翼を振るうと、向かってきた羽を吹き飛ばす事で反射。

再びマミ達に向かって羽は降り注ぐ事に。

次々に結界に突き刺さっていく羽。二回目と言うこともあって、結界には亀裂が走り、まどかは表情を曇らせた。

 

 

「うぐ……ッ!」

 

「なかなか手ごわいわね。気をつけて!」

 

 

マミは回し蹴りで結界を蹴破ると地面を転がりつつマスケット銃を両手に構える。

すぐに放たれる二発の弾丸、しかしそれはバロリアの周囲に張ってある結界に阻まれ、体に届く事は無かった。

 

ほむらもまた銃のグリップで結界を叩き壊すと時間を停止させ、地面を蹴って跳躍する。

さらにチェーンを取り出し、空中にいるバロリアを引きずり落とそうと試みた。

 

 

「くっ!」

 

 

しかし断念。ほむらは時間を戻しつつ、着地した。

 

 

「ダメ。アイツ、常に結界を張っているわ!」

 

「だったら破壊しましょう!」

 

「まって! もう一回来ます!」

 

 

まどかの言葉どおり、バロリアは再び無数の羽を飛ばしてくる。

しかしココでニヤリと笑って腕を前に出すマミ。すると周囲から無数の糸が出現、次々に迫る羽を全て巻き取ってみせる。

 

 

「レガーレ・ヴァスタアリア!」

 

 

細長い糸は縦横無尽に駆け抜けるクモの糸。対象を絡めとり、掴んで離さない。

 

 

「すごい! マミさん!」

 

「……見事ね」

 

 

笑顔を浮かべるまどかと、思わず口にするほむら。

確かにあの高速で飛んでくる無数の羽を全て糸で絡め取るとはベテラン魔法少女の名は捨てたものではないか。

一方で攻撃を防がれた事に怒ったバロリアは、翼を広げ一直線にマミへ向かった。鋭利なクチバシで貫くつもりなのだろう。

 

しかしマミはそれをチャンスと捉えた。

レガーレヴァスタアリアは継続中、細長い糸は網目状にマミの前に広がっていく。

 

 

「私の糸で受け止めるわ!」

 

 

マミは目を細めた。しかし――!

 

 

「あッ!」

 

 

バロリアの翼はそれ自体が巨大な刃。

さらにバロリアは自身が高速回転する事により、自らをドリルに変えた。

そのスピードもまた威力を上げる事につながり、バロリアはマミの糸を次々に切裂きながら飛行していく。

マズイ! マミは腕をクロスさせて防御を行おうと――。

 

 

「ほむらちゃん!」

 

「ええ!」

 

 

時間停止。ほむらがまどかの手を握れば、まどかは動く事を許される。

ここで一つ豆知識。いくら華奢で可愛らしいまどかとは言え、魔法少女のスペックは人間のレベルを遥かに超越している。

 

つまり、まどかはそこらへんの大人よりも怪力と言うことだ。

まどかはほむらの体を軽々と抱えると、横抱きにして光の翼を広げる。

そのままほむらをお姫様だっこしながらまどかはマミの前に移動。そこでほむらは時間停止を解除した。

 

 

「アイギスアカヤー!」

 

 

マミの前に立つまどかの前に、巨大な盾を持った天使が召喚される。

当然バロリアは顔面から盾に直撃する。マミの糸は貫けたが、まどかの盾はそうはいかない。

そればかりかバロリアを囲んでいた結界も衝撃で砕かれ、バロリアは大きなカウンターダメージを受けた。

 

 

「ホロロロロロロロロロロロロロロ!!」

 

 

危険を感じたのか、バロリアは痛みを堪えて一気に飛翔、まどか達から距離をとる。

しかしそれが、まどか達に作戦を考える時間を与えるのだ。

 

バロリアは結界を身に纏って高速移動できるのが特徴だ。

中途半端な攻撃では結界を囮に逃げられ、かと言って高威力の攻撃は僅かな隙を突かれ逃げられる可能性もあった。

と言うことは一番確実に倒せる方法は、動きを封じつつ高威力の技をぶつければいい。

 

 

「鹿目さん! アレで行きましょう!」

 

 

少し嬉しそうにウキウキとした様子で目を光らせるマミ。

まどかもうずくように肩を震わせ、手をブンブンと上下に動かす。

 

 

「練習したアレですね! 了解ですマミさん!」

 

 

アレ? 練習? ほむらには分からぬ話だが、とりあえず時間を稼いでくれとの事。

ほむらは言われた通り時間を止めた。一方でマミはほむらとまどかに糸をつけているため、静止空間の中でも動く事ができる。

 

 

「いくわよ鹿目さん! パッションよパッション!」

 

「了解ですマミさん! ばっちり合わせますから!」

 

 

笑顔で腕を組み合う二人。

するとはじまったのは所謂、『社交ダンス』である。まどかが回り、マミがまどかを抱きかかえ。

何をしているんだ? ほむらは目を丸くしてポカンと二人のダンスを見つめていた。

 

しかし気づく。なにも本当にただダンスをしているわけじゃない。

マミのリボンをまどかが掴み、まどかが回ればリボンがまどかに纏わりつくよう回っていく。

つまりこのダンスは、二人の魔力を一つに合わせているのだ。

 

 

「合体魔法! エピソーディオ・インクローチョ!」

 

 

そしてフィニッシュ。

まどかとマミは、指を絡ませて手を繋ぎ、そのまま手を前に出す。

 

 

「「ティロ・デュエット!!」」

 

 

一本の矢が放たれた。

その矢はすぐに破裂し、無数の小さな矢となった。

そして無数に分かれた矢、その全て、一本一本にマミのリボンがくっついている。

 

そのリボンは通常よりもかなり太いもの。

頑丈で、相手を拘束する力にも長けているが、唯一の弱点は張り巡らせるのに時間が掛かる事だ。

それをカバーするのがまどかの光の矢である。矢はまどかの意思に反応して空中を自由自在に高速で飛び回る。そしてマミのリボンを運ぶのだ。

つまり矢は攻撃のためではなく、通常なら移動に時間がかかる太いリボンを高速で張り巡らせる『運搬役』を担っているのだ。

 

 

「ギュオオオオオオオオオオ!!」

 

 

その成果はすぐにでる。巨大なリボンはバロリアをガッチリと捉えた。

 

 

「今よ二人とも!」「はい!」「ええ!」

 

 

空中で縛られたバロリア。

詠唱を開始するまどか、巨大な大砲を構えるマミ、ロケットランチャーを取り出すほむら。

 

 

「撃ち抜け、射手よ! スターライトアロー!」

 

「ティロ・フィーナレ!」

 

 

ティロフィナーレがバリアに直撃すると粉々に破壊してみせる。

そこへ飛来する光の矢、バロリアの肉体を貫くと、大きな風穴を開ける。

そして最後はロケットランチャーの弾丸がバロリアに命中し、直後大爆発を起こす。肉体は粉々になり、魔女と魔女結界は吹き飛ばされていった。

落ちてきたグリーフシードは『コア』。まどかはそれをキャッチすると笑顔をで振り返る。

 

 

「やりましたよマミさん! コアグリーフシードです!」

 

「やったぁ! ナイスコンビネーションね!」

 

「わわっ! てぃひひ! そうですね!」

 

 

まどかに飛びついて強く抱きしめるマミ。

はじめは驚いていたまどかだが、すぐにトロンとした表情でマミにしがみつく。

 

 

「暁美さんも!」

 

 

笑顔で手を広げるマミ。

しかしほむらは少しためらうようにしたものの、やや引きつった表情で後ろに下がった。

 

 

「い、いえ、私は……」

 

「もぅ! スキンシップは大事なのに! 喜びを分かち合うのはチームとしては大事な事なのよ!」

 

 

とは言えやはりハグには抵抗が。

ほむらは焦ったように話題を変えることに。

 

 

「合体魔法、練習していたのね」

 

「ええ、鹿目さんにお願いして」

 

「ずっと前からしたいって言ってましたもんね、マミさん」

 

「憧れですもの、合体必殺技って。私前回すぐ死んじゃったし……」

 

 

涙目で自虐を織り交ぜてくるマミ、まどかも優しく背中をさすっている。

それを少し唇を吊り上げてみていたほむらだが、ふと真顔に戻った。

 

 

「?」

 

 

あれ?

なんだ?

 

 

「……ッ」

 

 

急に、なにか、ザワザワとした感情が胸を駆ける。

そして僅かに脳に走る光景。ティロデュエット、確か、あれはどこかで――?

 

 

「しかし強敵だったな。私がいなければどうなっていた事やら」

 

 

ポン、と、ほむらの肩に置かれる手。

 

 

「………」「………」「………」

 

 

は?

 

 

「いや、え? あれ、マジでなにこれ」

 

「それはコッチの台詞よ神那ニコ」

 

 

リボンでグルグル巻きにされて『みのむし』の様に公園の木に吊るされているニコ。

何をお前は、今まで一緒に戦っていたみたいな口ぶりをしているのか。

しかもどうやらニコはバロリアのコアグリーフシードが欲しいらしい。

 

 

「せめて何か手伝いなさい」

 

「まあ待てよ。ほむら。私も頑張ってるんだって」

 

 

リボンから解放されたニコは自分のソウルジェムを見せる。

するとそれは限界とは言わないものの、多くの穢れを纏っているように見えた。

 

 

「ッ! どうしたの神那さん! それ!」

 

「大丈夫ニコちゃん!」

 

「んあ。ちょいとレジーナアイをアップデートしてたら予想以上に魔力使ってしもうて」

 

「まったく、仕方ないわね、神那ニ―――」

 

 

ノイズ。

 

 

「ヒャハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 

喉が渇く。

 

 

「ヒハッ! ンマッ! ンマンマッッ!」

 

 

耳鳴りが酷い。

頭を抑え、落ちてきた何かを確認する。

それは真っ赤に染まっているドロドロとした何かの塊だった。

なんだろう? 分かっているくせに手を伸ばす。

それは誰かの顔だった。もう目を背ける気力も無い。ただ事実だけを呆然と確認し、彼女は――、暁美ほむらは立ち尽くしていた。

 

 

「逃げてぇええッッ!!」

 

 

声が聞こえる。

ほむらが顔を上げると、そこには大好きな貴女がいた。

けれども見たかった顔じゃない。笑顔じゃなくて、引きつった、焦りと恐怖。

 

 

「ほむらちゃん、もうアイツには――ッ!」

 

 

まどかは手を伸ばそうとした。

でもできなかった。なぜならまどかの両腕が無いから。

大切な人の手を握る腕は、少し前に消し飛んだ。

それでもまだ、まどかは誰かを守ろうと手を伸ばしている。

 

 

「ごふっ!」

 

 

そんなまどかの思いをあざ笑うかのように、まどかの肉体を剣が貫いた。

場所はみぞおち。鎖骨と鎖骨の間、まどかのソウルジェムがある場所だった。

 

 

『まどか――』

 

 

声を出そうとしたができなかった。

喉が潰れている。『アイツ』のサイコキネシスのせいだ。

 

 

「ギエェエエェエエエエ!!」

 

 

絶命の断末魔が聞こえた。

輪切りになったドラグレッダーが周囲に降ってくる中で、まどかの目のハイライトが消えていく。

魂を砕かれた人形は糸が切れたように地面に倒れ、そのまま動かなくなった。

 

ほむらは呆然としていた。

涙は出ない。それはきっと、こうなる事が分かっていたからだ。

だから悔しくも悲しくもない。『そうでしょうね』、そんな感情だけ。

 

 

「悪く思わないでね。もう分かったの、あいつには勝てないって!」

 

 

あやせはサーベルを引き抜くと、手に炎を宿してほむらを睨む。

 

 

「ゲームの勝利条件はまだ生きてる! 今から全員を殺す方向にシフトすれば――」

 

 

一瞬だった。轟音が響く。

まるでそれはあやせの言葉を止めるように彼女の頭上からビルが落ちてきた。

一つ、二つ、三つ。下敷きになったあやせがどうなったのか、それを知る術はない。

 

 

「………」

 

 

ほむらは倒れた。

気づけば足が無くなっていた。影魔法少女達がコチラを見てケラケラ笑っている。

死ね、そう言われているようだ。マミの影が大きな大砲をほむらに向ける。

そこで暁美ほむらの意識はブラックアウトした。

 

 

「!!」

 

 

ほむらは跳ね起きると口を押さえた。

吐き気が酷い。呻き声を上げながら、ほむらは足を引きずって洗面所を目指す。

鏡を見ると酷い顔だ。汗で前髪が額に張り付いているし、眠っていたはずなのに随分と疲れた顔をしている。あんなに酷い夢を見たからだろうか――?

 

 

「……ッ?」

 

 

いや、眠っていた――? 夢?

 

 

「―――」

 

 

眠っていたのか、自分は。分からない。

それにあれは夢だったのか。いや、きっと違う。あれは、過去だ。

ダメだ、混乱している。どこまでが夢で、どこまでが現実だったんだろうか。

 

吐き気もひいた。ほむらは冷静に事態を振り返ってみる。

今日は、魔女と戦って、マミとまどかの合体魔法……。

ニコがコアグリーフシードを貰って、それで――。

 

そう、それで、サキがさやかを連れて来て終わりだ。

それで皆、別れて終わり。そうだ、大丈夫だ、なにも問題はない。

 

 

「ハァ、最悪……」

 

 

ほむらは小声で呟くと、その場にへたり込んで大きなため息をついた。

 

 

 

 

 

 

放課後。

 

 

「あれ?」

 

「あ」

 

 

西日に照らされた校門前。

まどかは見慣れない制服を見つけて、ふと視線を移した。

柱に持たれかかっていたのは双樹あやせ。彼女もまどかを発見すると、少し怯んだ表情になる。

 

 

「こんにちは、双樹さん」

 

 

まどかはあやせの方に足を運ぶと、笑顔で話しかけた。

 

 

「あ、うん」

 

「どうしてココに?」

 

「淳くん……、待ってる」

 

「あ、そうか。芝浦くんって一年生でしたね」

 

 

一瞬間が空く。

会話のキャッチボールを行うなら、話し終わったまどかの次は普通あやせが口を開く番だ。

しかしあやせは沈黙している。それを察して、まどかが続けて口を開いた。

 

 

「一緒に帰るんですか?」

 

「う、うん。まどかちゃんは?」

 

「わたしも今帰る所です。双樹さ――」

 

「あやせ」

 

「え?」

 

「わたしは、あやせ。双樹だとルカもいるから……」

 

「そうですね。わかりました、あやせさん」

 

 

少しだけ、あやせの頬が桜色に染まる。

 

 

「もしよかったら、今度一緒に帰りませんか」

 

「え!?」

 

「ほら、芝浦くんって学校来ないことも多いし」

 

「それは――、うん。淳くんって不真面目だから」

 

「そう言うときに、わたしが迎えに行きますから」

 

「でも――、なんで?」

 

「ぬいぐるみっていっぱい新作が出てるんですけど、やっぱりちょっと一人で行くのは恥ずかしくて」

 

 

さやか達は興味がなさそうだし、誘ってもいいのだが、せっかくなら一緒の趣味がある人の方がいいと。

 

 

「ダメですか?」

 

「あ、別にダメじゃ――」

 

「まどか」

 

 

声が聞こえる。

振り向くと、そこにはカバンを持ったほむらが立っていた。

 

 

「待たせてごめんなさい」

 

「あ、ううん、全然待ってない……よ」

 

 

ほむらは、そのまま移動して、まどかの前に立つ。

そしてジロリとあやせを睨みつけた。

 

 

「まどかに何か用?」

 

「あなた……」

 

 

あやせもまた同じような目つきに変わる。

問題はほむらが敵意をむき出しにしていると言うことだ。

 

 

「その目、好きくない」

 

「ごめんなさい、元々こういう顔なの」

 

「ほ、ほむらちゃん! 大丈夫、わたしはただあやせさんと話してただけだから!」

 

「そう。ならもう私達は帰るから。さようなら、双樹さん」

 

「……フン」

 

 

ほむらはまどかの手を引いて半ば強引に校門から離れていく。

最後に、ふと、背後からあやせの声が聞こえて来た。

 

 

「まどかちゃん、友達は選んだほうが良いよ♪」

 

「チッ!」

 

 

舌打ち混じりにほむらは早足でその場を去る。

困ったように汗を浮かべているまどか。ほむらの様子が少しおかしいのは明らかだった。

 

 

「ど、どうしたのほむらちゃん? ダメだよ、あんなのって」

 

「それは――、ごめんなさい」

 

 

まあ、まどかとて、分からない話ではない。

あやせは前回のゲーム――、と言うよりもほぼ毎回のループにおいて参戦派であった。

ほむらが警戒するのは無理もないのだ。ましてやあの状況では誤解されてしまうのも当然か。

 

しかしあくまでも、まどかはあやせに好意で話しかけた。

まどかが目指すのは全員生存であり、他の魔法少女と友達になる事だ。

敵意をむき出しにすれば、心を開いてくれるわけも無い。ほむらも頭の中ではちゃんと分かっているのか、歩行スピードが遅くなり、眉毛を八の字に変える。

 

 

「心配してくれたんだよね、ありがとうほむらちゃん。でもわたしは大丈夫だから」

 

「それは……、そうね。だって――」

 

「?」

 

「だって、まどかはもう、わたしより強いから……」

 

「そんな事は――」

 

 

一瞬だった。

ほむらは魔法少女に変身すると、盾からハンドガンを引き抜いて後ろに突きつける。

 

 

「う、嘘だろ! 待て待て待て待て! 私だぞ私ッ! プリティニコちゃんだって!!」

 

 

両手を広げたニコ。鼻に銃口が引っ付いている。

ニコはすぐに後ろに下がると、ほむらを落ち着けるように声を出す。

 

 

「どうどうどう」

 

「それ止めて。じゃないと本気で撃つわよ」

 

 

どうやらニコは透明化してまどか達の後をつけていたようだ。

もちろん尾行ではなく、肩を叩いて驚かせるつもりだったと。

しかしいざ実体化したところで気配を出してしまったのか、ほむらが反応したわけだ。

 

 

「驚かせるつもりがコッチが心臓止まりそうになったわ。まあもう止まってるけどね。あ、これ魔法少女ジョークね。どう? ほむら、面白いか?」

 

「撃つわよ」

 

「おいなんでだよ酷すぎだろ。なんで今の問いかけから殺意が返って来るんだよ。まあいいや、まどかはどうだった?」

 

「あ、ごめん、聞いてなかった」

 

「お前もたまに黒くなるな。なぜだ、結構な音量で喋ってただろ私」

 

「ご、ごめんね。ちょっと考え事してて」

 

「あぁ、まあ、なら仕方ないか。もうそろそろ魔獣の奴らも来そうだもんのぅ」

 

「ううん違うの。ほら、月曜日って黄色のイメージでしょ? 火曜日は赤色、水曜日は青、木曜日は緑、土曜日は茶色で日曜日はオレンジなんだけど、じゃあ金曜って何色なんだろうって!」

 

「……え? ごめん、それ今考える話?」

 

 

特に中身があるわけでもない話をしつつ、一同は帰路につく。

 

 

「こないださぁ、たかみぃに怒られちった」

 

「あ。あの車の?」

 

「そう。まあでも弁償に同じ車種のミニカーあげたから」

 

「そっか、再生成の魔法で作れるもんね。高見沢さん許してくれた?」

 

「まさか。アイツ超性格悪いから」

 

「じゃあ本物の車を作ればいいじゃない。貴女ならできるでしょう? 神那ニコ」

 

「疲れるからヤダよ。まあ車壊したの私だけど」

 

「そもそもどうしてニコちゃんは高見沢さんの車を壊しちゃったんだっけ?」

 

「合体変形ロボにした」

 

「全く意味が分からないわ。何がどうなってそうなるの?」

 

「いろいろあるのよ私。でもたかみぃのヤツ、私のミニカー作る技術に目つけやがって。ミニカー事業に手を出しやがった。節操ねぇだろ?」

 

 

これが売れる売れる。

まあ当然か、魔法で作ったミニカーなのだから低コストで、そこらへんの物よりも余程緻密に作れる。

 

 

「それでニコちゃん許してもらちった。まあおかげでミニカー作ってるほかの中小企業いくつかぶっ潰しそうだけど。高見沢って本当屑だろ?」

 

 

ふと前を見れば分かれ道。

結局そのままニコとほむら、まどかの二組に別れる事に。

 

 

「じゃあまた後でね、ほむらちゃん」

 

「ええ」

 

 

パタパタと嬉しそうに帰って行くまどかを見て、ニコはため息をつく。

 

 

「なんだよ毎日律儀にパトロールかい? ご苦労な事だ。そんな面倒な事をしなくとも私ならば魔女をレジーナアイですぐに見つけられるのに」

 

「……なら、あなたも少しは協力しなさい」

 

「ヤダよ。お前らに協力してたら、いつテレビゲームするんだよ」

 

「ハァ」

 

「そんな顔すんな。レジーナアイは魔女が覚醒してからじゃないと見つからない。口付け食らった人間とか、覚醒間近の結界は見つけられないんだよん。そういう意味じゃお前らの行動は無駄じゃないぞな」

 

「………」

 

「しかしあれだな」

 

「?」

 

「殺すのは簡単でも、救うのは面倒だな」

 

「……ええ」

 

 

声のトーンを落とすニコ。

無表情でほむらを見る。

 

 

「気持ちは分かるが、あんま他の参加者ピリつかせんな」

 

「見てたの? とことん悪趣味ね」

 

「馬鹿おっしゃい。あやせが動いたらまどかを助ける準備はしてたから」

 

 

まどかはあやせとお友達になりたいらしいが、ニコとしては首をかしげる話だ。

もちろん警戒はしている。しかしだからと言って警戒していますなんて空気をあやせにぶつければ、上手くいく物も上手くはいかないに決まっている。

 

 

「お前、そこまで馬鹿じゃないだろ。さやかかよ」

 

「……本人が聞いたら怒るわ」

 

「『何も知らない』アイツならな。丁度一番さやかってる時期だからね」

 

「………」(さやかってる?)

 

「まさか――、嫉妬かい?」

 

「!」

 

 

つまりなんだ。

まどかが、あやせと仲良くなるのが、ほむらは面白くないと。

 

 

「……そんな馬鹿なこと」

 

「言っただろ、まどか離れはしろって」

 

 

立ち止まるほむら。その目は確かに、ニコを睨んでいた。

 

 

「違うわ。絶対に」

 

「なら、いいけど」

 

「帰るわ。貴女の家はコッチじゃないでしょう」

 

 

歩いていくほむら。

背中を見つめながら、ニコはため息をついて頭をかいた。

 

 

「やれやれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、ほむら達と別れたまどか。

住宅街の中に入っていくと、それだけ人の数も減っていく。

遠くでは子供達の声が聞こえているが、今はまどかの周りに人は無し。

カラスの声が聞こえた。まどかは気にせず足を進める。

 

 

「ッ?」

 

 

音が聞こえた。

耳鳴りの様に響く、キィイインと言う音。

そこに心臓の鼓動のような音が混じる。ドロドロとした不快感が耳に張り付く。

 

これは、まさか――。

 

 

「!」

 

 

ドゴォンと地面が割れる音が聞こえた。

アスファルトを突き破って一瞬でまどかの前に伸びたのは蔓。

棘があるそれは薔薇の茨だ。それが意味するとおり、真っ赤な薔薇が一瞬で咲きほこる。

そしてその花から飛び出してきたのは、色とりどりの薔薇が刺繍されたドレスに身を包んだ女性だった。

 

 

「なッ! きゃあ!」

 

 

薔薇から飛び出した女性は空中を一回転し、まどかに向かって飛びかかる。

反射的に後ろに跳んだまどか。するとつい先程まで立っていた場所、正確にはその地面に、ハイヒールが突き刺さっていた。

 

見ればそのハイヒール。

ヒールの部分が鋭く尖っており、靴先は全て刃物になっている。

蹴られても踏まれても普通の人間では致命傷だろう。

 

 

「シィィィイイィイ!!」

 

 

女性は青色に染まった唇から歯をむき出しにして走り出した。

その手には鞭。ドレスと同じく薔薇の装飾品が施されており、それを象徴するように鞭の部分には棘が無数に張り付き、茨を模している。

 

しかし女性はその鞭を気にする事なく束ね持ち、小さな『わっか』を作って走り出す。

こうする事で長い鞭を短鞭として使用するのだ。

当然、輪には無数の棘がついており、それを振るう事で刃として使用する。

 

 

「ッ!」

 

 

まどかは、さらに後ろに下がっていく。

鼻先を掠める棘、女性は鞭を振り下ろし、まどかはそれを回避してさらに移動。

おっと、鞭が飛び出し注意のボウヤ人形を真っ二つに引き裂いた。

そこでまどかは改めて襲いかかってきた女性を見る。

 

女性――、と言ってもシルエットがそうであるだけで、その見た目は人間とは言い難い。

肌は文字通り青白く、太ももには刺青のように瘴気が広がっている。

そして頭部には仮面舞踏会でつけるような派手なマスクがあり、むき出しになった歯は紫色だった。

 

そして全身にかかるモザイク状のエネルギー。

間違いない、まどかは右手にソウルジェムを構えて、左手を斜め前に突き出した。

 

 

「へんしん!」

 

 

一瞬で変身を完了させたまどか。

そこへ伸びる棘付きの鞭。しかし広がった光の翼がそれを弾き、まどかは大きく後ろに飛ぶ。

 

 

「魔獣!」

 

「シャア!」

 

 

色付き、『女帝』はまどかに向かって薔薇を三つ投げる。

ただの薔薇ではない。茎の先が尖っており、立派な武器になっている。

まどかはすぐにビンタをするように左手を右に送る。するとカーテンが張る様にして結界が発生、飛んできた薔薇達は光のカーテンに突き刺さり、動きを止めた。

しかし直後女帝が指を鳴らす。すると薔薇の花部分が点滅を開始した。

 

 

(まさか――)

 

 

そう思ったときには既に薔薇の花びらが爆発しているところだった。

三つの衝撃は結界を吹き飛ばし、まどかは結界の残骸と共に地面を転がる。

 

 

「ククク! ハハハハハ!」

 

 

女帝は鞭を束ね持ち、地面を蹴ってまどかの下へ走る。

いけない。まどかは寝転びながらも弓を振り絞り、光の矢を連射していく。

しかし一発目は上から下に振り下ろされた鞭が消し飛ばし。

二発目は真横に振るわれた鞭に消し飛ばされ。

三発目は回し蹴りによって振るわれたハイヒールの刃がかき消した。

 

そうしている内に女帝はまどかの目の前。

まどかがまだ膝をついているのに、女帝は天高く鞭を振り上げている。

 

 

「グッ!!」

 

 

まどかはマジカルスタッフを杖モードにし、真横に構えて盾にする。

そこへ振り下ろされる鞭。女帝はすぐに杖を掴み、顔をグッとまどかに向けて近づけた。

青い唇が三日月のように裂ける。まどかと女帝の視線がぶつかり合った。

 

 

「ウフフフッ、会いたかったわ、鹿目まどか……!」

 

「ッ! 言葉を!!」

 

「そう。魔獣の全は負の瘴気。お前達人間が出す絶望のエネルギーが私達に力を与え――」

 

 

女帝は一歩後ろに下がると、その場でバク転。

ドレスからは想像できないアクロバティックな動きに怯んだまどかは、その振り上げられた脚に対応できなかった。弾かれ、真上に放り出される弓。

 

 

「そして進化を促した!」

 

 

一方で体勢を整えた女帝は前に足を出し、踏みつけるような蹴りを繰り出す。

ヤクザキックとも呼ばれるソレ。足の裏――、正確には鋭利なヒールがまどかの顔面を狙う。

 

 

「させない!」

 

 

結界を張り、ヒールを受け止めるまどか。

しかしその貫通力は中々のもので、僅かにヒールの先が結界を貫いた。

これだけならばと思ったのは束の間、なんとそのヒールの先から真っ赤な薔薇が咲く。

直後、その薔薇から赤い花粉が吹き出した。

 

 

「ッ! げほっ! がはっ!!」

 

 

不快感が肺を満たす。

まどかは大きく咳き込み、うずくまる。

それが結界の強度を下げ、女帝はバリバリと結界を打ち破りながらまどかの髪を掴んだ。

ツインテールの一方を掴み、女帝はまどかの体を軽々と投げ飛ばす。

 

 

「うッ! ッぁ!!」

 

 

まどかは地面に叩きつけられ、そのまま道を転がっていく。

浮かぶ苦痛の表情、それを見て恍惚の笑みを女帝は浮かべる。

 

 

「良いぞ! フフフ、それこそが私が求めた表情だ、鹿目まどか!」

 

「くッ!」

 

「貴様らには懸賞が掛かっているのだ。参加者を倒せばそれだけ多くの負を頂くことができる」

 

 

そうすれば魔獣にとって更なる進化が訪れる。

そう、そしてその一番の首はまどかと龍騎。二人を倒せば女帝は一気に力をつける事ができるのだ。

それこそ、バッドエンドギアの抜けた穴に入る事ができるくらいには。

 

 

「ククク! 我が進化の礎となれ!」

 

 

指を鳴らす女帝。するとその周囲に無数の薔薇が出現する。

女帝も当然FOOLS,GAMEを観戦し、楽しんでいた身である。

その中でしっかりと見てきた。まどかの性質と言うものをだ。

 

 

「ッ、まさか!」

 

「そう! これがお前の弱さだ!!」

 

 

女帝は薔薇を一勢に周囲に向けて発射。

狙いなどつけてはいない。なぜならば薔薇がどこに刺さろうとも構わないからだ。

家であろうが屋根であろうが、刺されば爆発させるまでの事。そうするとまどかの住む街が壊されていく。

死人が出るかもしれない、けが人が出るかもしれない。まどかはそう思えば薔薇を防ぐために結界を張るしかなくなる。

 

 

「フハハハハ! なんと愚かな生き物か!」

 

「ゥウウッ!!」

 

 

結界に刺さる薔薇は次々に爆発を起こしていく。

当然まどかは爆風を抑えるためにさらに結界を展開していく。

両手を広げる事で結界の範囲は広がる。だが逆を言えば両手を介して魔力を結界へ供給しなければならないため、弓を構える事ができない。

そうしている間にも次々に発射されていく薔薇達。まどかは力を込め、少しでも街が傷つかない様に魔力を研ぎ澄ませる。

 

 

「ぐッ! っぁぁ!」

 

 

結界が壊れそうになると魔力を込めて結界を補修。

その反動でまどかの両腕からは血が吹き出てきた。だが魔力を弱める事はできない。そうすれば薔薇が町を破壊してしまうからだ。

だがいつまでもこのままではいられない、時間をかければ誰かにこの場を見られる可能性が高まってくる。

そうなればもっと面倒な状況になる。しかしどうすれば――。

 

 

「馬鹿な人間を守るために攻撃を捨てるぅ! だからお前は何もできずに毎回毎回毎回馬鹿みたいに負けるの!!」

 

 

そしてなにより、今のまどかは周囲を守る為に自分には結界を張っていない。

その状態で敵の前で膝をつくとは何と愚かな行為であろうか。

 

 

「殺してあげる、鹿目まどか! 憎き魔獣によって息絶える事に絶望するといいッ!」

 

 

鞭を構え、一歩足を踏み出した女帝。

すると女帝の背後にある曲がり角から、一瞬で一台の車が姿を見せた。

 

タイヤが地面を擦る音が響く。ドリフトだ、狭い曲がり角をドリフトで車が駆け抜けたのだ。

キュルキュルとタイヤが地面を擦り、煙が上がる。

そのまま車は一気に加速。

 

 

「は?」

 

 

音がする。

女帝が背後を振り返ると、そこにボンネットがあった。

 

 

「ゴバァアア!!」

 

 

一瞬で現われた車に反応できる訳がない。

女帝はパンパーに直撃するときりもみ状に吹き飛び、放物線を描いて飛んでいく。

その勢いは凄まじく、まどかの頭上を超えて地面に叩きつけられた。

 

 

「え? え? え?」

 

 

まどかは混乱する。

ふむ、では一旦状況を整理しよう。

つまりなんだ。簡単な話で、車が曲がって来ました。そして女帝を轢きました。それだけなのだ。

そしてまどかの前で停車する車。ドアが開き、運転手の男が地面に足をつけた。

絶望を謳うのが魔獣ならば、その男は果て無き希望を謳おうではないか。

 

 

「良かった。間に合ったようですね」

 

「須藤さん!」

 

 

須藤雅史はまどか同様、耳鳴りを感知してココにやって来た。

そしてコートからデッキを取り出すと、それを前に突き出し、Vバックルを装備する。

前に出した右腕を振るい戻し、直後もう一度前に突き出す。親指と人さし指は伸ばし、そのままデッキをバックルに装填する。

 

 

「変身!」

 

 

鏡像が重なり合う。

シザースは変身と同時にカードを抜いて装填。

 

 

『アドベント』

 

「なにっ! コイツは!!」

 

 

フラフラと立ち上がった女帝の背後からボルキャンサーが出現する。

すぐに肉弾戦を始める両者。一方でシザースはへたり込むまどかに駆け寄り、無事を確かめる。

 

 

「何があったんですか?」

 

「えへへ、ちょっと張り切っちゃって」

 

 

シザースも車内で僅かに確認した。

壊そうとする者と守ろうとする者。それが全てなのだろうとシザースは察する。

そしてしょんぼりとしたまどかの表情。どうやら少し、女帝の言葉が胸に刺さっているようだ。

それを知ってか知らずか、シザースは言葉をまどかに投げた。

 

 

「立派ですね、鹿目さんは。私ならできなかった」

 

「え?」

 

「自己を犠牲にして他者を守る。それが貴女の強さだと、今なら少し分かる気がします」

 

 

シザースは手を伸ばした。

 

 

「たとえ女帝(アイツ)が何を言おうとも、私は貴女の方が正しいと胸を張って言えます」

 

「!」

 

「だから、貴女はそのままでいてください」

 

「……はい!」

 

 

まどかは、にんまりと笑顔を浮かべてシザースの手を取り、立ち上がる。

そこで悲鳴。ボルキャンサーが両手のハサミでガッチリと女帝の腕を挟み、泡を連射して攻撃を仕掛けていた。

無数のバブルははじけると衝撃を発生させる弾丸。それを受けて女帝は大きくよろけ、後退。

となると、当然シザース達には近づいていくという事になるわけだ。

 

 

「お前はァ、須藤雅史……ィッ!」

 

「色つき、ココはお前の世界ではない。私が地獄に送り返してあげましょう」

 

 

ストライクベント、シザースピンチがしっかりと女帝の腰を捕らえた。

シザースはそのまま腕を振るい、思い切り女帝を投げ飛ばす。

一方で魔法を発動していたまどか。

 

 

「ニターヤーボックス!」

 

 

結界の箱が囲ったのは須藤の車だ。

ニターヤーが顔を真っ赤にして箱を持ち上げると、そのままグルリと半回転。前を向いていた車を後ろ向きにして消える。

 

すると吹き飛んできた女帝がサイドミラーの付近に倒れた。

するとそのままサイドミラーに吸い込まれるように消えていく。

どうやらミラーワールドの範囲として認識されたようだ。

シザースとまどかは頷きあい、自分達もサイドミラーに飛び込んだ。

 

 

「ぐあぁッ! あぁあぁ!!」

 

 

ミラーワールドの地面を転がり、女帝はすぐに立ち上がる。

 

 

「シィィイ!」

 

 

威嚇に吼え、女帝は鞭を伸ばす。

そしてミラーワールドにやって来たまどか達に向けて激しい乱舞を行う。

だがミラーワールドでは周囲を守る心配はない。まどかは自らとシザースを守るために結界を形成、鞭を防ぎながら前進していく。

 

 

「須藤さん! 左に行きます!」

 

「了解です!」

 

 

まどかは左に、シザースは右に地面を転がり、移動。

女帝は素早く左右を確認し、まずはまどかの方に手をかざす。

すると薔薇型のシールドが形成され、まどかが転がりざまに放った矢を無効化した。

 

さらに右へ脚を伸ばしシザースをけん制。

ヒールがシザースピンチにぶつかった瞬間、火花が散ってシザースの動きが鈍る。

その隙に女帝は前方へ転がる事で挟み撃ちの範囲から逃げ出した。

 

 

「えいッ!」

 

 

逃がすまいと、まどかは矢を連射。

しかし女帝は鞭でそれらをかき消しながらバックステップでさらに距離をとる。

ならばと弓を振り絞るまどか。光の矢に大量の魔力が収束していき、その輝きが増していく。

 

 

「トゥインクルアロー!」

 

 

強化された矢が空中を切裂き飛来する。

しかし一方で着地した女帝は、鞭を思い切り地面に向けて叩きつける。

 

するとそれを合図に、大量の薔薇が地面を突き破って女帝の前方に出現していく。

茨が長く直線になっており、薔薇の花畑はシールドとなってトゥインクルアローと衝突。相殺しあう結果となった。

無数の薔薇の花びらが散るなかで、女帝は無数の薔薇の弾丸を自身の周りに出現させ、一気にそれを飛ばしていく。

 

しかしココで動いたのはシザースだ。発動していたのはシュートベント。

カニの装飾品が施されたマスケット銃を無数に出現させると、マミの『無限の魔弾』のように水流弾を連射させ、飛来する薔薇を撃ち落としていく。

 

 

「ハァアアア!」

 

 

それだけじゃない。

薔薇と水流弾がぶつかり合う中でシザースはダッシュ。女帝との距離を詰めていく。

一方で女帝も怯む事なく、シザースへ向けて足を進める。

 

まずは女帝の蹴りが飛んできた。

シザースはそれをシザースピンチで防ぐと、そのままピンチをふるってカウンターを仕掛ける。

しかし女帝はそれをバック宙で回避。一定の距離をとると鞭を伸ばしてシザースピンチに絡みつかせる。

 

 

「シィイイイッッ!!」

 

「くッ! ぐぅうッ!」

 

 

力比べだ。

いくら女性型とは言え、女性ではないので女帝のパワーはそれなりである。

しかしココで冷静になるシザース。彼はもう一方の手にあったシザースバイザーのハサミで鞭をはさむと、そのまま力を込めて切断する。

 

 

「ムッ! チィッ!」

 

 

短くなった鞭を見て女帝は肩を震わせる。

そのまま鞭を投げ捨てると、両手に薔薇型のポンポンを装備して走り出した。

ポンポンとはチアリーディングに使う道具だが、女帝のソレは凶器である。

花びらは一つ一つが刃になっており、さらに腕力が上がる効果を持っている。

 

その状態で女帝はシザースに殴りかかった。

しかしシザースは首を僅かに横へ逸らす事で攻撃を回避。

回転しながら後ろに下がり、中腰になってシザースピンチを振るう。

狙うは女帝の腰、しかし女帝はもう一方の手にあるポンポンでそれを受け止めると、すぐさまアッパーでピンチをかち上げる。

 

そして回し蹴り。

シザースの胸部装甲から火花が散り、よろけて後ろに下がった。

女帝は追撃を繰り出そうと一歩前に。しかしシザースも反応はしている。シザースピンチを解除するとカードベントを発動。

シェルディフェンスで追撃の蹴りを受け止め弾くと、そのまま女帝に渾身の肘打ちを叩き込む。

 

 

「ぐごぉ!」

 

 

そして怯んだ所にダメ押しの蹴り。

女帝は大きく後ろに滑り、距離を離した。

一方でまどかは先程から詠唱を行っていた。

シザースが時間を稼いだ事で、まどかは落ち着いて魔力を練る事ができる。

 

 

「創生せよ粛清の翼、解放の翼! 万物を捉える双翼の矢となり我を照らしたまえ!!」

 

 

弓を引き絞る。

するとまどかの左右に現われる片翼の天使達。

 

 

「貫け、双子!」

 

 

双子の天使アムビエルは、翼を広げて飛行。

女帝を取り囲むように位置を取り、弓を構える。

 

まずは妹の方がが矢を発射。胴色に輝く矢を、女帝は薔薇型のシールドで受け止める。

衝撃が走る。シールドは粉々に破壊され、威力は大幅に弱まったものの矢は女帝に命中した。

 

続いて姉が矢を発射。

銀色の矢を察知して、女帝は地面から大量の薔薇を咲かせた。

しかしそれもまた破壊していき、矢が女帝に命中する。

 

 

「ヌッ! うぅぅ!」

 

 

フラつき、動きが止まる女帝。

ふと、目の前にまどかが見えた。

 

 

「スターライトアロー!!」

 

「グォオオオオオオオオ!!」

 

 

今度はゼロ距離にて直撃。

仰向けに倒れた女帝はそのまま地面を滑り、後方へ吹き飛んでいく。

近くにあった家を突き破り、その衝撃で家が崩壊していく。だがミラーワールドであるため問題はない。

 

 

「やりましたね、鹿目さん」

 

「はい! ありがとうございます須藤さん」

 

 

しかしそこで物音。

二人が視線を移すと、瓦礫の中から立ち上がる女帝が見えた。

 

 

「ククク……! やはり一筋縄ではいかぬか」

 

「!」

 

 

三つの矢はフルパワーでないとは言え、一応は直撃している。

にも関わらず女帝は立ち上がった。やはり取り込んだ瘴気の数がそれだけ多いのだろう。

女帝は地面を蹴るとまどか達から大きく距離をとる。このまま逃げる気なのだろう。

魔獣は自分からミラーワールドを出る事はできないが、そもそもミラーワールドには活動限界時間が設定されており、それを超えれば誰でも外に出る事ができるのだから。

 

 

「逃がさない!」

 

 

まどかは大きく息を吸い込むと、逃げていく女帝の背中を睨んだ。

 

 

「ッ? ッッ!」

 

 

しかしそこで違和感。

先程の薔薇の花粉がまだ鼻の近くに残っていたのだろうか。

 

 

「ふ、ふぁ、ふぁ!」

 

 

あ。

 

 

「へぷちゅ!」

 

 

可愛らしいくしゃみだが、それがとんでもない事の引き金になるとは誰も思っていなかっただろう。

 

 

「は?」

 

 

シザースは意味が分からず、その場に立ち尽くすしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「真司さん!」

 

「あぁ、さやかちゃん!」

 

 

マミのマンションの駐輪所でスクーターを停めた真司は、入り口でさやかと合流を果たす。

まどかに緊急事態が起こったとメールで知らされた二人は、すぐに駆けつけた次第である。

二人とも顔を青ざめさせてソワソワと忙しない。エレベーターを待つ間も惜しいのか、階段を駆け上がりマミの部屋を目指す。

 

 

「くっそー! やっぱりまどかちゃんの傍にいるべきだった! 仕事なんてしてる場合じゃなかったんだ! 編集長に全部押し付ければ良かったんだよ!」※ダメです

 

「あたしもまどかに付いてやるべきだった。宿題なんて放置しておくべきだったんだ!」※いけません

 

 

二人はそのままマミの部屋にたどり着くとインターホンを連打する。

ものの数秒でマミが扉を開いた。その表情はやはり険しい。

二人はすぐに部屋に入ると、まどかがいると言うリビングに飛び込んだ。

 

 

「まどか!」「まどかちゃん!」

 

「あ、二人とも。えへへ、どうしたの? そんなに慌てて」

 

 

はて? まどかはそこにいるじゃないか。

まどかだけではなく、サキやニコ、手塚達も集まり紅茶とクッキーを囲んでいる。

なんだなんだ? さやかと真司は目を丸くして、マミに促されるままクッションに座る。

 

 

「なーんだ、まどか大丈夫そうじゃん。焦って損したー!」

 

「えへへ、さやかちゃんってば慌てんぼさんなんだからー」

 

「いやぁ、安心したらお腹へっちった。真司さん食べよ食べよ」

 

「おお! じゃあ頂きます!」

 

「いやー、今日もクッキーがうまい!」

 

 

ちゃんちゃん!

 

 

「ってなるかぁああああああああああいッッ!!」

 

 

クッキーの破片を撒き散らしつつさやかが叫んだ。

なにやってんだコイツは、手塚やニコの視線は無視無視。

だってもっと注目するべき点があるからだ。と言うわけでさやかは早速その問題児を指差す。

 

 

「ん何がどうなったらこうなる訳!?」

 

 

マミの部屋にいたのは、マミ、ほむら、手塚、ニコ、サキ、さやか、真司――、そしてパンパンに膨らんだまどかであった。

そう、それはもうパンパンに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パニエロケットが元に戻らないぃ?」

 

「お、おはずかしながら……」

 

 

部屋の床に転がっているまどか。

一度バランスを崩すともう自分では立ち上がれない。

 

要するにまどかに起こった異常事態とは、パニエロケット発動直前のパニエに空気を入れた状態から元に戻らないことだ。

風船のように膨らんだまどか、なんだか体積そのものが増えているような……。

 

 

「それくらい流石にあたしでも分かるっての。ねえ真司さん?」

 

「え゛ッ! そっ、そうだよ! 俺だってそんくらい分かるっての!」(イメチェンかと思った……)

 

 

そこで疑問。

変身を解除するとどうなるかだが――。

 

 

「あ、戻った」

 

 

元のスリムなまどかが光臨。

 

 

「うん、でもね、もう一回変身すると――」

 

 

ポン☆とファンシーな音と共に変身を行うまどか。

すると現われたのはパンパンに膨らんだ魔法少女姿のまどかだった。

まるでバランスボール、気球……。

 

 

「困ったわね、このままゆるキャラみたいな体型じゃ戦いにも影響が出るし……」

 

「だが可愛いじゃないか。丸いフォルムが愛らしい」

 

 

サキは少し頬を染めてまどかの頭を撫でる。

それに頷くさやか。

 

 

「おーおー、まどかや、困ったらさやかちゃんが拾ってあげちゃうからね!」

 

 

そしてニコ。

 

 

「フッ、そんなパンパンになりおってからに。まるでマミみた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一分後、紅茶を囲むメンバーの中にニコはいなかった。

代わりに地面に転がっているのはニコ型の人形。本人の行方を知る者は一人もいない。

輪の中心ではマミが無言で虚空を見つめている。誰もが汗を浮かべている中、手塚が居心地悪そうに口を開いた。

 

 

「と、とにかくッ、鹿目が魔獣に襲われた事と、そのパニエロケットとやらが戻らない事は関係があるのか?」

 

「それは――」

 

 

その時、壁の中からスルリと白い影。

 

 

『やあ、お困りかい?』

 

「消えろ」

 

『ほむら……、君ってヤツは』

 

「あらキュゥべえ、さようなら」

 

『嫌だなマミ、ボクは今来たばかりだよ』

 

「ごめなさいね、このお茶会は7人用なの。私にサキに美樹さん、鹿目さんに城戸さん。暁美さんに手塚さん。ほらね?」

 

『カップが余ってるよ』

 

「まあ本当。それじゃあさようならキュゥべえ」

 

「ああ、あと一つ言い忘れていたわ。くたばりなさい」

 

「ちょ、ちょいとちょいと! マミさんも転校生もキュゥべえに対して酷すぎじゃない?」

 

 

手招きをするさやか、キュゥべえはさやかの下へ駆け寄ると、膝に座った。

気持ちは分かる、気持ちは分かるが、手塚としても情報は欲しいところ。

そうしていると、真司が話を切りだした。

 

 

「何か知ってるのかよ、キュゥべえ」

 

『もちろん、まどかが元に戻らないのは、純粋に魔法の設定ミスさ』

 

「設定ミス?」

 

『そう。魔法技について説明したほうが良いかもしれないね』

 

 

パニエロケットは魔法技。

魔法技とは魔法をアレンジし。

魔法とは魔力を練成する事で発動される。

 

 

『騎士はカードが追加される事で技が増える。つまり与えられる側だ』

 

 

しかし魔法少女は自分で魔法技を作っていく、追加する側なのだ。

 

 

『魔力とは木材をイメージしてもらった方がいいかもしれない』

 

 

あくまでもそれはまどかが、と言う事。

マミは金属、さやかはプラスチック、ほむらは炎と、人によって素材は異なる。

今回は、まどかの魔力が木材として考える。

 

 

「魔法技を形にしたいとき、魔法少女はその素材を目的に近いものへ作り変える」

 

 

たとえば相手を攻撃したいという魔法技を習得したいなら、木材を尖った槍に作り変えればいい。

それだけではなく、剣にしたり、棍棒にしたり、もしかしたら弓を作れるかもしれない。

これでバリエーションの違う魔法技が生まれる。

 

 

『攻撃技と言ってもトゥインクルアローやマジカルスコールと言った種類があるようにね』

 

 

さらに速く走りたいなら木でタイヤを作り、スケートボードだのを作ればいい。

ご飯を食べたいなら、木でボウルを作ったり箸を作ればいい。

木材と一口に言っても何をするかでその形は多種多様な物に変わってくる。それが魔法技なのだ。

 

 

『さらにその才能により、できる事は大きく変わってくる』

 

 

たとえば木材で家を壊せというのは中々厳しいかもしれないが、大量、もしくは巨大な木材があれば大きなハンマーを作ればいい。

材料が多ければ、巨大ならば、作れる物のバリエーションも広がる。

 

 

『もちろん魔法少女にはひとりひとり個性がある。木材で水を凍らせる事は難しいよね。ある程度の応用や変化は望めるが、たとえば守護の固有魔法を材料とするまどかが、相手を呪い殺す魔法を作り出すのは難しいだろう』

 

 

今回の例で説明するなら、パニエロケットとは彫刻だと考えてほしい。

まどかは木材を削って彫刻(パニエロケット)を完成させた。

しかし数あるループのなかならばまだしも、前回のゲームでまどかはパニエロケットを覚えていなかった。

 

 

『キミ達ははじめて作った彫刻と同じものをすぐに作れるかい?』

 

 

それは難しいはずだ。

なにごとも経験であるため、練習を重ねて彫刻の精度を高めていくのが普通である。

バスケットだって何度も何度もゴールにボールを入れられる訳じゃない。練習を重ねる事が大事なのだ。

 

 

『今回、まどかは外的な要因によって彫刻の邪魔をされたと考えてほしい』

 

 

たとえばパニエロケットがキリンの彫刻だったとしたら、一生懸命削っている間に後ろから驚かされて、その衝撃で首を折ってしまったと。

キリンは長い首が特徴的な生き物だ、それをバッキリ折られちゃ、キリンの彫刻としては意味を成さなくなる。

 

 

『心当たりはあるかい? まどか』

 

「そういえば魔獣に薔薇の花粉みたいな攻撃を受けたんだけど、アレで頭が真っ白になっちゃって。その後のくしゃみで」

 

『じゃあそこでパニエロケットを構築する魔法の方程式が狂ったんだろう。木材で箸を作ろうと思っていたら、いつのまにか先端を削り始めて二本の釘を作っていた様にね』

 

「なるほどな、話が見えてきた」

 

 

手塚は理解したようだ。

まどかが元に戻るには、一度パニエロケットを構築する魔法を全部バラした方がいい。

言わば一度ただの木材に戻すのだ。パニエロケットを忘れた上で、また新しく設定しなおせば何とかなるだろう。

 

 

「キュゥべえ、魔法を忘れるにはどうすればいいんだよ」

 

『ソウルジェムで設定すればいい。ただ色々思考が混じると時間が掛かるから、頭を真っ白――、つまり他の要因に注意を向けさせれば簡単だよ』

 

 

そこでピンと来たのか、マミは何かをほむらに耳打ちしていた。

 

 

「?」

 

 

マミとほむらがキッチンに消えて数分後、ボールの様に部屋を転がっているまどかの下へクッキーが運ばれてきた。

 

 

「特製クッキーお待たせ! 鹿目さん、これを食べればきっと大丈夫よ!」

 

「本当ですか? ありがとうございます!」

 

 

目の前に出されたクッキーをまどかは吸い込むように口にする。

まるでアザラシか何かのようだ。ためらう事無くモグモグと租借するまどかだが、ふと、顔が真っ赤に染まる。

 

 

「ひやあああああああああああああああ!!」

 

「!?」

 

 

まさに火を吹かんとの勢いで転げまわるまどか。

明らかに普通じゃない。真司やサキは慌ててまどかに駆け寄り、手塚はマミの肩を掴んだ。

 

 

「お、おい、なんだあれは!」

 

「クッキーよ。ブートジョロキアを混ぜてみました」

 

「ぶ、ブート……って確か」

 

「ハバネロの二倍は辛いって言われてる唐辛子よ。暁美さんに出してもらったの」

 

「………」(なんでそんなモン持ってるんだ)

 

 

その時だった。

手塚の疑問に合わせる様にして、まどかの体が元に戻ったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、おかしい。途中から記憶が全くない」

 

「………」

 

 

マミの家からの帰り道。

ほむら、手塚、ニコの三人は道を並んで歩いていた。

ニコは首をかしげて記憶を辿るが、思い出さないほうが幸せと言うこともあるだろう。

 

 

「それにしてもまどかには可哀想な事をしたわ……」

 

「仕方ない。辛みが鹿目の頭をまっさらにし、結果的には元の姿に戻る事ができたわけだ。それにしても魔法は奥が深いな、俺には理解できん境地だ」

 

「まあ、魔法も心の力に依存するからな。私もレジーナアイの調整にはかなりの時間と魔力を使ったよ」

 

 

まあでも――、と、ニコは手塚を見る。

 

 

「私からしてみれば、そっちの力も興味深いけど。ライダーさん?」

 

「ライダー、か」

 

 

真司から話を聞いて、手塚の頭にフラッシュバックしていく光景。

それは過去であり、次元を隔てた記憶だ。

 

 

「神崎が仕組んだバトルシステムが俺達騎士の正体だ。ある意味、魔法とそうは変わらない」

 

「確かに、手塚や城戸の中に少しだけ魔力感じるんだ」

 

 

尤も、それはニコが知る魔力ではない。

何かもっと違う、炎のようなエネルギーだと。

 

 

「ロクなものじゃないさ。結果として俺達も何度もくり返す事になったからな」

 

 

できれば思い出したくはないが、手塚は記憶能力が高い。

それこそ、本人は未来を視る占いの才能があると思ってしまうほどには。

だが今はもう独自に占いの勉強を重ね、未来ではなく運命を見る能力を養えた。

 

 

「じゃ、ま、占ってくれよ」

 

「ああ、構わないが」

 

 

コインを取り出し弾く。

回転する金貨を器用にキャッチすると、それをしばらくくり返す。

 

 

「神那、もうすぐ会いたくなかった人に出会うかもしれない」

 

「なんだよコイン弾くだけかよ。適当言ってる?」

 

「フッ、信じるかはお前次第さ」

 

「んん、まあ、いいけど、それ当たってるかどうか分からないかも」

 

 

会いたくない人間なんて山ほどいるとニコは自虐的に笑った。

 

 

「だがどうやらその人間は、お前にとってマイナスだけを与える存在ではなさそうだ。毒にも薬にもなる、と言ったところだな」

 

「ふぅん、ま、覚えておくよ。ほむらもやってもらえば?」

 

「私はいいわ」

 

「なに? 変な結果が出るのが怖い?」

 

「そんな、まさか」

 

「フッ、脚が震えておる」

 

「そんな事――」

 

 

少しムッとした表情でニコを睨むほむら。

しかしまさに一瞬だった。

まるでスイッチが切れたようにほむらは無表情に変わる。

 

 

「?」

 

 

なんの感情もない。なんの生気もない。そんな様子だった。

 

 

「そんな事ないわ」

 

 

あまりにも淡々と口にした言葉だった。

そのままほむらは機械的な動きで前に進んでいく。

手塚もニコも足を止めたのに、ほむらは気にする事なく進んでいく。

"まるではじめから一人で帰っていたかのように"。

 

 

「手塚」

 

「なんだ?」

 

「アレ、やばいな」

 

「……ああ」

 

 

実は既に兆候は見られていた。

先程マミの家でまどかを直そうと悪戦苦闘している中で、さやかはゲラゲラと笑い、まどかは怒ったり辛い事に苦しんだりと様々な表情を見せていた。

その中でほむらはふと真顔になるのだ。

もともと表情が豊かだったわけじゃないが、時折本当に心をなくした様に沈黙する。

 

 

「ニコちゃん占い。アイツたぶん」

 

 

ニコはアンニュイな表情でほむらの背を見る。

 

 

「死ぬぞ」

 

「………」

 

 

手塚は目を閉じ、ため息を一つ。

 

 

「アンタもアイツ占ってみれば?」

 

「占ったところで、ロクな結果が出るとは思えないな。それに占いは予言でもなければ診察じゃない。あいつに何が起こっているかまでは分からない」

 

「ん」

 

「いずれせよ注意はしておくさ。一応、俺はアイツのパートナーだからな」

 

「大変だな。私ならストレスマッハで三日で胃が死ぬね」

 

「今はまだマシだ。昔は話しかけても七割は無視された。しばらく胃痛でおかゆしか食えなかった」

 

「地獄だな」

 

「………」

 

 

手塚もまた、自嘲気味に笑った。

 

 

「慣れたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

家に帰ったほむらは服を脱いで浴室に足を踏み入れた。

湯船にお湯を貯めながら、シャワーを頭から被る。

 

 

「………」

 

 

すぐに湯気が浴室を満たす。

ほむらはしばらくお湯を浴び続け、その場に立ち尽くす。

 

 

(おかしい)

 

 

最近、自分の様子がおかしい事をほむらは誰よりも理解していた。

しかし原因が全く分からない。そもそも自分に何が起こっているのかすら理解できない。

ただなんとなく言いようのない嫌悪感や倦怠感が襲い掛かかってくる。先程まで思っていた言葉が消え、やる気が一気になくなる。

 

今も少し吐き気がする。

ほむらはジットリとした目で前の壁を見つめていた。

分からない、分からないが、気持ちが悪い。

 

かつてないほど順調に行っている。

マミも須藤も死なずに済み、ディスパイダーも倒せた。なのになんで、こんな――。

いけない、考えれば考えるほど分からなくなってくる。

お風呂にでも入れば忘れられるだろう。ほむらは浴槽に顔を向けた。

 

 

「ん?」

 

 

目を擦るほむら。

おかしい、なんだ? お湯が凹んで――?

 

 

「いい湯だバババン」

 

「………」

 

 

一瞬だった。

一瞬でお湯の中にニコが現われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殴るわよ」

 

「殴ってから言うなよ」

 

 

ほむらはハリセンをソファの隣に置くとため息を一つ。

結局お風呂から飛び出すように上がったほむら。

全裸のニコを引きずり、適当な服を着てソファに座り込む。

 

「その癖、本当に止めて」

 

「悪い悪い、当たり前になってしもうた」

 

 

タオルで体を拭いて服を着るニコ。

透明化して相手に近づくのは確かによろしくない事だ。

しかしそれでもニコはやめなかった。やめられなかった。

それは前回しみついた立ち回りであり、なによりも――。

 

 

「私も、生をどうでもいいと思う一方で、一抹の恐怖くらいは感じるさ」

 

 

保身。まだゲームは始まっていないとはいえ魔獣がいる。

いつどこで狙われているか、視られているか分からない状況で姿を晒すまどか達の方が凄いとニコは言う。

 

 

「当然、君も」

 

「……私は」

 

 

そこでインターホンが鳴る。

珍しい。誰だろうか? 二人は顔を見合わせて立ち上がった。

 

 

「こんばんは、暁美さん」

 

「巴さん……、どうしたの?」

 

 

現われたのは巴マミだった。

クッキーが入った小包を持っており、ほむらを見ると優しく微笑む。

 

 

「ごめんね、携帯に連絡したんだけれど……」

 

「あ、ごめんなさい。少しお風呂に入ってて。とにかく上がって。なにもないけれど」

 

「いいの? お邪魔します」

 

 

リビングに入るマミ。

そこにいたニコと挨拶を交わす。

 

 

「やあ、巴マミ」

 

「あら、神那さんも来てたの」

 

「まね」

 

「それで巴さん、用件は?」

 

「あ、うん。用って程の用じゃないんだけど」

 

 

まどかと少し相談していたと。

 

 

「相談?」

 

「ええ。最近暁美さんちょっと元気がないって言うか」

 

「!」

 

「だから少し気になってしまって。ごめんなさい、おせっかいだったかしら?」

 

「いえ……、心配させてしまったのね」

 

 

やはり、ほむらと少し関わりのあるものなら異変には気づいてしまうようだ。

逆を言えば、それだけほむらにはハッキリとした異変が起こっていると言うことだ。

尤も、分かるのはそこまで、だが。

 

さて、ニコだけならばさっさと叩き出していた所だが、わざわざ様子を見に来てくれたマミをすぐに追い返すわけにもいくまい。

とは言えマミ家のようにお茶を出せるわけもなく。

 

 

「まああれだな。時間も時間だし、何か食わせてちょうだい」

 

「なんで貴女(ニコ)が……、まあいいわ」

 

 

冷蔵庫を開けるほむら。

これがいけないもので、他人の家の冷蔵庫はついつい気にしてしまうもの。

ニコとマミもひょいと、ほむらの隣で顔を覗かせる。

そこには、無数のキャロリーメートが。

 

 

「いや嘘だろ」

 

「あ、暁美さん、これしか入ってないの!?」

 

「ええ、楽だし、早く食べれるし」

 

「もっと食に興味持て! や、ま、私が言えた義理じゃねーけども!」

 

 

一度は味覚を失ったが、最近は徐々に感覚が戻って来た。

だからこそニコは『普通』が良かった。

それはマミも同じだろう。いくら極論食べなくてもいい体とは言え、それはそれ、これはこれだ。

 

 

「さ、流石になんかあんだろよ~」

 

「ちょっと!」

 

 

冷蔵庫を漁るニコ。

キャロリーメートの山を掻き分けると、奥の方に何か違う食材を見つけた。

 

 

「あるじゃんか! えーっと?」

 

 

賞味期限はまだ大丈夫。

そのパッケージは――

 

 

 

『こんにゃく』

 

 

 

 

「………」←ニコ

 

 

くっちゃ! くっちゃ! くっちゃ! くっちゃ!

 

 

「………」←マミ

 

 

モキュモキュモキュモキュモキュ。

 

 

「………」←ほむら

 

 

ぐもぐもぐもぐもぐも。

 

 

「「「………」」」

 

 

―――地獄。

 

 

「がぁあああ! くっそ! なんでこんにゃくしか入ってねーんだ!」

 

「むしろどうしてこんにゃくだけが……」

 

「……なぜかしら。とりあえずごめんなさい」

 

 

味のないこんにゃくほど噛んでいて味気ないものはない。

我慢できなくなったか、マミは近くのスーパーで食材を買ってくるという。

と言う事で家に残されたほむらとニコ。

 

 

「なあ、ゲームしようぜ」

 

「ないわよ」

 

「だから持ってきたんよ」

 

 

携帯ゲーム機を二つ取り出すニコ。

 

 

「たかみぃもメイド達も相手してくれなくて寂しかったんだ。付き合ってくんなまし」

 

「……弱いわよ、私」

 

「おう、別に良いって。サンドバッグ役、よろしく」

 

 

小さく息を吐いてゲームを受け取るほむら。

しかしココで意外な事が起こった。

マミが帰ってくるまでの間、対戦ゲームをはじめたわけだが、これがなかなか。

 

 

「……なんだよ、強いな」

 

「そう?」

 

「意外だ。ゲーマなのか? お前」

 

「いえ、基礎だけは知ってるから。だから後はだいたいどんなゲームでも同じよ」

 

「?」

 

「昔はよく、やってたから……」

 

「へぇ、ますます意外だな」

 

「ゲームは楽しい。辛い事も、孤独も、全部忘れさせてくれる」

 

「――ッ」

 

 

そこでインターホン、マミが帰ってきたのだ。

 

 

「カレーを作るわ!」

 

「おぉ! やったぜちきしょう!」

 

「……手伝うわ、巴さん」

 

 

そこからは三人で材料を切ったり煮込んだり。

 

 

「ねえ二人とも。私がいない間なにしてたの?」

 

「チュー」

 

「えぇええッッ!!」

 

「適当言わないで。ゲームよ」

 

「あぁ、びっくりした! って、暁美さんもするの!?」

 

「やっぱり意外、かしら?」

 

「そんな事ないけど……! いいなぁ、私もやりたい!」

 

「いいね、じゃあ揉ませてくれたらいいよ」

 

「黙りなさい神那ニコ。刻むわよ」

 

「洒落になれんがな、お前が言うと……」

 

「あ、神那さん。じゃがいも取ってくれる?」

 

 

ふと、ほむらが野菜を切る手を止めた。

 

 

「あれ? これ、前にもどこかで……」

 

「ッ? どうしたの暁美さん」

 

「いえっ、その、少し、既視感が」

 

「そりゃ腐るほどループしてんだからカレーくらい作った事あんだろ」

 

「そう、そうね……」

 

 

こうして、一時間後、マミ特製カレーが完成する。

ホカホカの湯気を立てるそれに、待ちきれんとニコはスプーンを伸ばす。

 

 

「うっめ、マジやべぇ、たぶん」

 

「なにその感想」

 

 

ほむらもまたカレーをすくう。そして、口に入れた。

 

 

「……!」

 

 

おいしい。

温かくて、良い匂いで、少し辛くて、でも食欲が湧いて。

それにみんなで作った、カレー。

ほむらは思わず唇を吊り上げ――。

 

 

「―――」

 

 

ガチャンと音がした。

ニコとマミが視線を移すと、ほむらがカレーを床に落としていた。

 

 

「気持ち悪い」

 

「あ、暁美さん……?」

 

「ごちそうさま。ごめんなさい、食欲がなくなった」

 

 

あまりにも早口だった。

何の感情もこもっていない平坦でロボットのような口調。

 

 

「ご、ごめんなさい。お口に合わなかった?」

 

「そんな事ないわ。ただ少し気分が悪くて。今日はもう帰って」

 

 

まるで台本があるかのような口ぶりだった。

まただ、ニコ達が感じた違和感、それが目の前にある。

 

 

「なあ、やっぱ最近おかしいぞお前」

 

「帰って」

 

「ほむら……!」

 

「帰って」

 

「お前だって分かってるんだろ?」

 

「帰ってッ!」

 

 

怒号をあげて、ほむらは鬼のような形相でニコを睨んだ。

しかしすぐに自分のしている事がどういう事なのかを理解したのか。

割れた風船のようにしぼんでいく。

 

 

「……ご、ごめんなさい。違う、違うの」

 

「ほむら、お前……」

 

「ただ、ちょっと本当に気分が悪くて」

 

「ほ、本当なの? 私にできる事があればなんでも言ってね、暁美さん」

 

「ごめんなさい。巴さん、せっかく作ってくれたのに、こんな――」

 

「……気にしないで、ゆっくり休んでね、暁美さん」

 

 

ほむらの家を出たニコとマミは複雑そうな表情で帰路につく。

 

 

「本当に体調が悪いだけなのかしら?」

 

「いやぁ……。違うっしょ。私ら一応、死体なわけで」

 

「そ、そっか。じゃあ風邪なんて引かないのね」

 

「一応、人間として振舞えば或いは。でもあんなクソみたいな冷蔵庫の中身だろ? 人として振舞っている感じじゃなかったよね」

 

「だったら残ってるのは――」

 

「まあ、こればっかりはどうにも。今は様子見が安定かと」

 

「………」

 

 

複雑そうな表情でマミは頷いた。

経験者は語る。――と言うことなのだろうか。

 

 

 

 

 

「………」

 

 

ほむらはポツンとリビングに立ち尽くしていた。

マミが片付けてくれたカレー。ニコが置いていったゲーム。

先程までは少し騒がしいくらいだったのに、今は無音である。

 

ほむらはその中で何をするわけでもなくジッと立ち尽くしている。

唯一起こしたアクションは座る事だけ。

そうしている内に夜が来た。ほむらは歯を磨いてベッドにもぐりこむ。

時計の針は22時を指していた。

 

 

「………」

 

 

眠れない。

 

寝返りをうってみる。

眠れなかった。

 

 

時間が過ぎた。

眠れなかった。

 

 

目を閉じた。

眠れなかった。

 

 

時計の針が4時を過ぎた所で、ほむらは諦めた。

ソウルジェムを操作し、意識を失わせるように眠った。

 

 

「暁美さん。おはよう」

 

「え? あ」

 

 

目を開けると朝だった。目の前にマミの笑顔が見える。

 

 

「巴さん、どうして……」

 

「私のカレー。捨てたのね」

 

「え……あ」

 

 

体を起こすほむら、ゴミ箱に鍋が突っ込んである。

マミは泣いていた。そして銃をほむらの眉間に突きつける。

 

 

「酷い。一生懸命作ったのに……!」

 

「違う、あれは――ッ!」

 

「死ね」

 

 

銃声が聞こえた。

ほむらの眉間に銃弾が抉り込み。

脳が破裂した。

 

 

「―――ッ!」

 

 

跳ね起きたほむらは、反射的に傍にあったゴミ箱に手を伸ばした。

そして胃の中にあったものを全てそこへ吐き出していく。

 

なんだ今のは。

ほむらは足を引きずり、洗面所へ向かう。

吐き気はおさまったが、背中をさすってくれる人はいなかった。

 

 

「あれ?」

 

 

ほむらは引きつった表情で鏡を見る。

 

 

「誰――? これ」

 

 

ほむらはそこで意識を失った。

 

 

 

 

 

「ママ! 行ってきます!」

 

「うん、行ってらっしゃい。今日はオムライスだからね!」

 

「うん! 楽しみ!」

 

「じゃあお願いします先生」

 

「はい、じゃあ行ってきます」

 

 

手を振って別れる親子。

もうすぐ遠足だ。その前にお遊戯会の練習もある。幼稚園に向かうバスは安全運転で今日も行く。

先程の女の子はいつもの席に座り、窓の外を見る。いつもと変わらない景色だった。だがふと、後ろから声が。

 

 

「すごいかわいいねぇ、そのお洋服!」

 

「でもみんなと違うよー?」

 

 

後ろを振り向くと、一番後ろの席に見慣れない女の子が座っていた。

濃いピンク色の髪に、フリルのついたお洋服。

ぬいぐるみを抱いた可憐な少女は幼稚園児に囲まれて人気者だ。

しかし、先生だけは違った。

 

 

「え? キミ、お名前は?」

 

 

困惑したように汗を浮かべる先生。

当然か、知らない園児が乗っていたのだから。

 

 

「わたちは、テラ」

 

「え? テラ? ど、どうやってバスに乗ったの?」

 

「うんとね、うんとね、それよりね!」

 

 

その時だった、テラの額から触手が伸び、先生の胸を貫いた。

 

 

「え……?」

 

 

血を吐き出し、先生は自分の胸を見る。

心臓を貫いた触手は、確かにテラから伸びていた。

 

 

「嘘……」

 

「嘘じゃありましぇん。ぜつぼうして死ね、クソ人間が」

 

「あ――」

 

 

ドサリと、先生は倒れた。

他の園児は訳が分からないと固まっている。

 

 

「クフフフ! フヒヒヒヒッ!」

 

 

瘴気が溢れる。それだけでテラの左右に座っていた園児は骨になった。

崩れ落ちる白骨死体と、立ち上がったのは魔獣・テラバイター。

 

 

「さあ、ボウヤ達、お嬢ちゃん達、お姉さんがたぁっぷり遊んであげるからね」

 

 

人間体とは口調が大きく変わっている。

テラバイターはそのまま前方にいた園児の喉を爪で貫くと、もう一度高笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

一分もあっただろうか?

 

バスの中は血で染まっていた。

そして最後の一人、女の子が宙に浮かんでいた。

 

 

「――ァ、カ……!」

 

 

女の子の小さな首にはテラバイターの触手が巻きついており、そのまま無慈悲にギリギリと強く、強く、締め付けていく。

どうして――? 女の子は薄れゆく意識の中で思った。今日もいつもと変わらない日の筈だった。

むしろ、晩御飯は大好きなオムライスだったのに。

 

 

「たすけ――ッ、おかぁ……さ――」

 

「クヒヒハハハハハ!! いいわねぇ、そのまま絶望して頂戴!」

 

 

ガクン、と、手が落ちた。

白目をむいた女の子はもう動く事はなかった。

テラバイターは女の子を解放すると、死体の背を踏みつけて前に出る。

 

 

「た、助けてくれぇええッッッッ!」

 

 

バスの運転手は脱兎のようにかけ、バスを飛び出した。

犬の様に地面に手をつき、情けなく叫び声をあげて生き残るために、あがいていく。

バスから降りたテラバイターはニヤリと笑みを浮かべ、瘴気を武器に具現する。

 

 

「バラバラになりなさい! ウフフ!」

 

 

テラバイターの手に現われたのは巨大なブーメラン。

一歩踏み込み、それを投げると、直後ブーメランは分身。

無数の回転する刃となりて運転手の男性を狙った。

 

 

「ヒッ! ヒアァァア!!」

 

 

一番初めに到達したブーメランが男性の腕を切断する。

激しい熱と痛みに絶叫が漏れたかと思えば、次は脚、胴体、首、手、指がバラバラに分離して男性は死亡した。

 

 

「ウフフフフ! やはり狩りは楽しいわ。ゲームの観戦もよかったけれど」

 

 

ブーメランをキャッチするテラバイター。

人の悲鳴と苦痛、そして死が実感させてくれる。

自らが狩る側である――、と。

 

 

「あら?」

 

 

凄まじい勢いで粒子化していく手、それはもちろん体も。

 

 

『無意味に殺しすぎだよ』

 

 

キュゥべえがバスの上からテラバイターを覗き込んでいた。

 

 

『言っただろ? 快楽目的の殺人は星の骸への帰還時間を早めると』

 

「ええ覚えているわ。だから、それが狙いなの」

 

『?』

 

 

その時、バスの入り口からゼノバイターが姿を見せる。

 

 

「おーおー、派手にやったなぁ、テラァ」

 

「後はヨロシクね、みんな」

 

 

指を鳴らすと、地面からバラが生え、そこから女帝が姿を見せる。

舌なめずりをすると、女帝は地面に落ちた男性の死体を食い始めた。

一方でテラの影からヌッと姿を見せたクララドールズ。

特徴は茶髪のボブカット、『ワルクチ』。ワルクチは以前テラがつけていたメガネをかけていた。

 

 

「おい、このバスもらっていこうぜぃ!」

 

「いいけれど、死体は捨てて置くように」

 

「わーってるって。クハハ、アイツらの悔しがる顔が目に浮かぶぜ」

 

 

死体の中で、魔獣達はケラケラと楽しげに笑っていた。

 

 

「そろそろ魔獣の恐ろしさってモンをアイツ等に教えてやらねぇとなぁ?」

 

 

 

 

 



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第83話 胡蝶の夢

 

「あぁ、ひでぇなコラ」

 

「……ッ」

 

 

事件が起こった。その知らせを受けて須藤達は現場に向かう。

先に到着していたベテラン刑事、河野(かわの)から須藤は事情を聞くことに。

 

 

「殺されたのは見滝原第二幼稚園の子供達と職員が一人、運転手が一人だ。おそらくな」

 

「おそらく?」

 

「死体の損傷が激しいんだ。全く、奇妙な事件だよ」

 

 

遺体を確認する須藤。

死体の山はまるで河原に捨てるように放置されていた。

一部の死体はバラバラに、一部の死体は鋭利な刃物で抉られたように。

 

 

「先生なんてな、心臓を貫かれてるんだ。文字通り胸に穴が開いてんだよ」

 

「これは――!」

 

「可哀想になぁ、まだ若いってのに」

 

 

かとも思えば中には子供白骨死体まで転がっている始末。

 

 

「意味がわからんよ、俺にはサッパリだ」

 

「………」

 

 

魔女?

いや、魔女が人に齎す死の多くのは口付けによる自殺。

そうでなければ捕食、遺体は残らない筈だ。だとすれば一番可能性として考えられるのは。

 

 

(魔獣か……)

 

 

拳を握り締める須藤。

こんな幼い子たちまでも奴らは――。

 

 

「いやぁ、俺も刑事長い事やってるけど、こんなの初めてだ」

 

「そ、そうですね……」

 

「でも実は前々からちょっとした変な事件はあったんだよ」

 

「変な事件ですか?」

 

「ああ。白くてでっかい人を見たとか。モザイク塗れの変なヤツを見たとか。いやぁ、なんの事やら俺はさっぱりだけど、今回の件含めて流石におかしいってんで、上の方が専用の捜査係りを作るみたいだぜ?」

 

「ッ、それは誰が所属するんですか?」

 

「や。まだ決まってないみたいだが、話しによると申請すれば移動できるみたいだぞ。全く、前代未聞だよこんな事ぁ」

 

「河野さんはどうするんですか?」

 

「それがな、実を言うと俺がそこの責任者を任されちまって。どうだ、お前と美佐子もくるか? まあ給料は落ちるし、普段は雑用だし、ロクなもんじゃないけども」

 

「……いえ、考えておきます」

 

「本当か? あ、いや、そうか、そうだよな。あそこに入ればお前らが前々から追ってた事件も自由に操作しやすくなるしな」

 

「美国久臣の事件ですか……」

 

「ああ。まあアレは今回の件とは関係ないだろうけど」

 

「それは……、ええ」

 

「そういえば、作られる捜査チームには風見野の刑事も参加するらしい。署をまたいでの合同捜査チームになるなんて、なかなか凄い事だぞ? もしかしたら色々な情報が分かるかもしれんな」

 

 

頷く須藤。

どうやら彼はそこに移動する事を決めたようだ。

そしてふと、ブルーシートで覆われた死体を見る。

なんだか少し、皮肉と言うか、悲しいと言うか、怖いと言うか。

 

 

「罪のない子供達をあんな風に殺すなんて、化け物の仕業としか思えない」

 

「まあな」

 

「でも、人間の仕業なのかもと思ってしまう」

 

「……まあな!」

 

 

河野は須藤の肩を強く叩いた。

 

 

「あんまり気負うな。そう言うヤツらを捕まえるのが俺達の仕事だ。理解できんモンは理解できないままで良い。俺達は常識を持っていればいいんだよ」

 

「そう、ですね。はい」

 

 

須藤は頷くと、河野の背を追って歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

見滝原中学校。

今は授業中だ。早乙女先生が棒でボードを指しながら、自作のポエムを交えて熱く生徒に意見を述べている。

 

さて、ココで注目して欲しいのは生徒達の様子――、授業風景だ。

見滝原中学校は教育の最先端をいっている。生徒一人一人はノートパソコンないしは、タブレット端末を利用して授業を受けている。

その中、生徒の姿は無いが、タブレットのモニタが光っている部分があった。

 

そう、仁美と中沢と下宮だ。

中学生である三人が清明院にずっと滞在できるのは、中継を利用したネット授業があるからである。

特定の事情がある場合、こういった形で出席扱いになるのは、近未来都市、見滝原ならではだろう。

 

 

『なかざわー! なにしてるですー?』

 

『ブッ!』

 

 

中沢の画面からフェードインしてきたのは百江なぎさ。『チーズポテト』と書かれたスナック菓子を片手に、バリバリと音を立てながら手元を覗き込む。

 

 

『な、なぎさちゃん! ダメだよ部屋に入ってきちゃ!』

 

『んん、仁美と下宮にも同じ事を言われたのです。もうなぎさの相手をしてくれるのは中沢しかいないのですよ!』

 

『いや俺もだから! 香川先生の所に行っててよ!』

 

『香川さんと裕くんは調整がどうとかピコピコしてて相手にしてくれないのです。なぎさは寂しいんですぅ、なかざわぁー!』

 

『汚い汚い! 食いながら喋らないでよ! ポテトのカスが机に落ちてるから!!』

 

「中沢くん!!」

 

『あぁ! ごめんなさい先生! ほら、なぎさちゃん、俺もう怒られ――』

 

「いますね! スナックの食べかすがカーペットに落ちたくらいで烈火のように怒る男! あなたはそのタイプですね!」

 

『そっち!? ッて言うか先生また昔の男の人の話ですか!』

 

「がっでーむ!! アイツの話はもうするなーッ!」

 

『先生が振ってきたんでしょ! って言うかなぎさちゃん膝に乗るの止めて!!』

 

『おぉ、画面の向こうに人が見えるのです! ピース!』

 

「なにしてんの、アレ……」

 

 

さやかは汗を浮かべながら、ポツリと呟いた。

戸惑いの視線の中で、早乙女先生は涙を浮かべて叫んでいた。

 

 

「潔癖な男はみんな止めにしましょうね! 愛する人の穢れを受け入れてこその男ですよ!」

 

 

授業が終わり、時間は昼食になる。

屋上のテラスでお弁当を広げる一同。その中で、さやかの絶叫が響く。

 

 

「でえええええええええ! 仁美と中沢って――ッ! まじぃ!?」

 

 

まだ二人が魔法少女と騎士だと言う事を知らなかったさやか。

文字通り目が飛び出しそうになるほど大きく見開いている。

とは言え、仁美が戦いの運命に巻き込まれる事はさやかとしては複雑だ。まあだが、やはり同じ仲間が増えた事は嬉しいものがあるようで。

 

 

「それにしても中沢とパートナーか。いいなぁ、あたしも恭介が――」

 

「え? 上条くんがどうしたの?」

 

「あ、いや――ッ!」

 

 

顔を赤くして頭をかくさやか。

しかし画面の向こうでは引きつった表情で中沢が視線を逸らす。首を振る下宮。

こんな所で実は上条がオーディンなんです、なんて言える訳がない。もちろんそれはまどか達にとってもだ。

 

全てを思い出したまどかや真司も唯一オーディンの変身者に対する情報だけはブロッキングされている。つまり今この場で上条がオーディンであることを知っているのは中沢と下宮の二人だけなのだ。

 

まだだ、まだ言えない。

そうしていると、さやかが恥ずかしさから話題を変えた。

 

 

「ねえ、仁美、どうなの? 中沢は」

 

『ええ、中沢さんはとっても良い人ですわ』

 

『!!』

 

 

とろけた様にニンマリと笑う中沢。

 

 

『ニヤニヤしてるのです。どうしたんですか? 中沢』

 

『え? いや、ねえ? ハハハ、なぎさちゃん、からあげ食べる?』

 

『いいのですか!? もらうですよ。んん、うまうまですぅ!』

 

 

なごやかに過ぎていく昼食の時間。

しかしその中でたった一人、真顔になったものがいた。

暁美ほむらだ。ふと立ち上がると、平坦な声で呟く。

 

 

「気分が悪い。早退するわ」

 

「え? ほむらちゃん?」

 

「んお、大丈夫? 保健室送ろうか?」

 

「いえ、大丈夫よ、心配しないで」

 

「あ……!」

 

 

そそくさと帰っていくほむら。

その様子を電子パッドで確認していた下宮は首をかしげた。

ほむらは下宮が見ている限り、魔法少女の体に適応しているようだった。

 

つまり体の不調をソウルジェムの操作によって解決すると。

そんなほむらが体調が悪いから早退? 良く分からない。考え方を人間寄りに戻したのか?

それとも――。

 

 

『鹿目さん、ちょっと気をつけたほうがいいかもしれない』

 

「うん、うん……」

 

 

もちろんそれは、まどか自身分かっていた。

と言う事で、まどかは早速携帯電話を取り出し、頼れる仲間に連絡を入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 

早退届を出し、玄関を出たほむら。

誰もいない校門前に、パートナーの姿を見る。

 

 

「なに?」

 

「神那から連絡を貰ってな」

 

 

まどかは基本的に自由な立場にあるニコに連絡を入れた。

しかしニコはただいま読書(マンガ)中である。

よってニコは手塚の携帯に連絡を入れたのだ。

 

 

『オマエノ、アイボウ、ピンチ、バショ、オクルネ』

 

 

謎の片言を受けて手塚は、ほむら同じく学校を早退してココにやってきたわけだ。

 

 

「私の事は気にしないでいいわ。早く学校に戻って」

 

「別にいいさ。どうせ午後はどうでもいい授業ばかりだからな。それに――」

 

「?」

 

「……いや、なんでもない」

 

 

"授業を受ける必要"はあるのか。

そう思ってしまったが、それは間違いだろう。

手塚は自嘲の笑みを浮かべ、ほむらと肩を並べる。

 

 

「気分が悪いと聞いたが……」

 

「いえ、別にたいした事は無いわ。少し家で休めば大丈夫」

 

「じゃあ送るよ」

 

 

手塚は少し離れたところにあるカーブミラーを指差した。

丸い鏡の中にはエビルダイバーが見える。

手塚が高校から一瞬で見滝原中学校にこれたのはエビルダイバーのおかげだろう。

ほむらは目を閉じて少し沈黙。その後、ゆっくりと頷いた。

 

その後はまさに一瞬とも言える出来事だった。

ミラーワールドではエビルダイバーは回りに気を遣わず飛び回る事ができる。

そうしてすぐにほむらの家にやって来た二人は、ミラーワールドを脱して、部屋の中に入る。

 

 

「ハァ、ハァ!」

 

「おい、大丈夫か? 辛そうだが」

 

「ええ、大丈夫。少し胸が苦しいだけ」

 

 

ほむらはフラつく脚でベッドに向かい、そのまま倒れ込む。

 

 

「ごめんなさい、水を……、もらえる?」

 

「あ、ああ。待ってろ」

 

 

キッチンへ向かう手塚。

そのままグラスに水を入れて戻ってくる。

水をほむらに手渡すと、ほむらはゆっくりと水を口に含み、なんとか気分を落ち着けているようだ。

 

 

「大丈夫か? なんだったら、ソウルジェムを操作すれば――」

 

「なるべく使いたくないの。たとえそれが苦痛を与えるとしても、なるべく……、なるべくね」

 

「……そうか。それにしても、風邪や熱じゃなさそうだが」

 

「ええ、これは、きっと――」

 

 

ほむらは口を閉じた。

喋る事が疲れるのだろう。手塚もそれを察し、詳細を問うことは無かった。

しばらくして、ほむらは水を置いて仰向けに倒れる。

呼吸を整え、壁にもたれかかっていた手塚に声をかける。

 

 

「ごめんなさい。ありがとう」

 

「いや、いいんだ」

 

「ねえ、一つ聞いても良い?」

 

「?」

 

 

天井を見つめながら、ポツリとほむらは呟く。

 

 

「あなたは、友人が欲しいと思った事はある?」

 

「………」

 

 

腕を組み、手塚はしばらく沈黙を貫いた。

だが、少し笑みを浮かべると、ふっきれたように言葉を紡いでいく。

あのほむらがこんな事を聞いてくるんだ。今更取り繕ったり、変に嘘を言っても仕方ないだろうと。

 

 

「欲しいと思った事は、ないな」

 

「……そう。理由を聞いても良い?」

 

「怖いからさ」

 

 

それだけじゃない、辛いから、苦しいから、不安だから。

そんな事ばっかりだ。もちろんそんな事を考えていれば良い事はない。だから手塚は友達が欲しいとは思わなかった。

なにより、一つ。

 

 

「もう、あんな想いは沢山だ」

 

「………」

 

 

その時、ほむらは少しだけ唇を吊り上げた。

 

 

「やっぱり、貴方は私と似ているわ」

 

「だからパートナーになった」

 

「そう、そうね。ねえ、手塚、私ね――」

 

 

ほむらは冷蔵庫の中を見るようにお願いを。

言われた通り冷蔵庫を開けると、まず大量のキャロリーメートが目についた。

 

 

「前に買っていたのは知ってるが……、まさかここまでストックしてあるとは」

 

 

だが違う。大切なのはそこじゃない。

手塚が視線を下に向けると、そこには小さな鍋があった。

 

 

「カレーが入ってる。昨日、巴さんが来てくれて……」

 

「巴マミが?」

 

「そう、神那ニコも来てくれて」

 

 

来て『くれて』。その部分にほむらの想いが宿っている気がした。

 

 

「手塚、笑わないで聞いてくれる?」

 

「ああ、笑わないさ」

 

「私ね、巴さんが好き」

 

 

今まではまどかばかりに気を向けていたが、それを止めたら気づいた事も多かったと。

特に一番はマミだ。彼女は記憶を取り戻している。その上で今までどおりに接してくれているのだ。

それが、ほむらにとってどれだけありがたい事なのか。

殺そうとして、傷つけあって、でも昨日なんてわざわざ心配して来てくれた。

 

 

「とっても、嬉しかった」

 

 

枕を抱えて、頬を赤くするほむら。

あんなに嬉しそうな表情を見るのは初めてかもしれない。

手塚は思わず目を見開いた。

 

 

「私ね、もっと、巴さんと仲良くなりたい」

 

「じゃあ、そう本人に言ってみるのはどうだ? きっと巴は喜ぶぞ」

 

「いやよ、恥ずかしいもの」

 

「ゲームをくり返した俺達になら、その恥ずかしさは必要かもしれないぞ」

 

「?」

 

「仲間を裏切ったり、他者を傷つけるよりは、よほど恥ずかしくない」

 

「……そうね。神那ニコだって――」

 

 

その時だった。

不快な耳鳴りが頭の中に響いたのは。

 

 

「最悪のタイミングだな。どうする? お前はココにいても――」

 

「いえ、行くわ」

 

 

ベッドから体を起こし、立ち上がったほむら。

 

 

「戦わなければ生き残れない。そうでしょ?」

 

 

無理やりソウルジェムで苦痛を封じる。

そして、ほむらは髪をかき上げ、鏡の中をにらみつけた。

 

そのまま走る。走る。エビルダイバーは空を切裂き、進み続けた。

そしてミラーワールドを飛び出すと、目的地に到達する。エビルダイバーの背を蹴り、地面を転がるライアとほむら。

二人が見たのは、電柱の上に立つクララドールズ・ワルクチの姿であった。

 

 

「魔獣の気配を強く感知できるのハ、記憶を取り戻したモノ……」

 

「ッ、アイツ、言葉を!」

 

 

ワルクチは流し目で二人を確認する。

その表情には言いようの無い憂いが見えた。儚く、切ないものを見る目だ。

ワルクチはその手にダークオーブを持ち、電柱に押し当てるように設置する。すると瘴気が溢れ、一瞬で魔女結界を構築する。

塔のように変わる電柱、そこへワルクチは沈んでいった。

ご丁寧に入り口と思わしき亀裂もライア達の前に発生していく。

 

 

「行くわよ」

 

「待て、念のために神那に連絡しておく」

 

 

携帯を出現させると素早く内容をメールで打ち込んでおく。

そのまま携帯をしまうと、二人は一歩足を前に出した。

 

 

「気をつけろ、あのクララドールズ、言葉を話せる」

 

 

それだけ瘴気や負を取り込み、成長していると言うことだ。

ライア達は頷き合うと、亀裂に向かって飛び込んだ。

一瞬目の前が真っ暗になり、すぐに光が視界を覆う。鮮明になっていく景色はサイケデリックなものへ。

 

塔の中は巨大な螺旋階段。そして壁には無数の扉が貼り付けてある。

そしてその頂上にはペンギンのような魔女ペギーと、ワルクチの姿が見えた。

 

 

「あの魔女、見覚えがあるな」

 

 

扉の魔女ペギー、以前ケーキ作りの際に戦った魔女だ。

無数の扉をワープポイントとして瞬間移動をくり返しながら奇襲をしかける魔女。

現にペギーは自身の背後にある扉に入り、姿を消した。

 

 

「全ての扉を潰せば瞬間移動は封じられる」

 

 

ほむらが盾に手をかける。

その瞬間、ワルクチが口を開いた。

 

 

「デキソコナイ様ハ、大変な喜劇役者であらせられますワ」

 

「ッ?」

 

 

この人形どもは、絡まり極まる因果のママゴト。

ワルクチは唇を吊り上げ、ほむらを睨む。

 

 

「暁美ほむら様。ご自分が何者であるカ、考えた事はおアりかしラ」

 

「何を……」

 

「名前、存在、ああいやちがウ。人を作るのハ、確固たるアイデンティティと自尊心。そして何よりモ、積み上げてきた歴史と価値、環境」

 

「おい、あまり耳を傾けないほうがいい」

 

「ええ」

 

 

時間停止を発動すると、ほむらはクロックアップを。ライアはエビルダイバーに乗って無数の扉に爆弾を設置していく。

その中でほむらは一気に階段を駆け上がり、頂上にいるワルクチを目指した。

殺す。ほむらは盾からハンドガンを引き抜き、ワルクチの前に立つ。

そのまま敵の眉間に銃を向け、引き金を引こうと――。

 

 

「しかシ、人は自らが自らであると言う事ヲ、証明できませんワ」

 

「!?」

 

 

ニヤリと笑うワルクチ。

 

 

「まさか……!」

 

 

ほむらは目を見開き、銃を発砲すると同時に後ろに飛ぶ。

時間停止が効かない。何故だ? 考える。パッと浮かんでくるのはどこかを触られていたか、その辺りだろうが――?

 

 

「うグ!」

 

 

一方でほむらが放った銃弾はしっかりとワルクチに命中した。

眉間に抉り刺さる銃弾を受け、ワルクチは黒い涙を流す。

 

 

「私はカナシイ。ねエ? 主様」

 

 

ズレたメガネを整えながら、憂い、軽蔑、哀れみの目でほむらを見下す。

髪をなびかせ落下するほむらは、思わず喉を鳴らした。

しかしすぐに地面、ほむらは空中で一回転すると華麗に着地する。

 

 

「大丈夫か、暁美」

 

「ええ。それより魔女は――」

 

 

あたりを見回すライアたち。

おかしい、扉に入ったペギーが一向に姿を見せない。

 

 

「とりあえず爆発させるわ。あぶりだしてやる」

 

 

爆弾のスイッチを入れるほむら。

扉についた爆弾が一勢に爆発し――。

 

 

「な!」

 

 

しかし扉は無傷。

過去に戦ったときには破壊できたのに、今回は傷一つついていない。

ダークオーブ産の魔女であるが故なのだろうか? とにかくペギーを引きずり出す作戦は失敗に終わってしまった。

 

すると震える扉。

次の瞬間、壁に張り付いていた扉達がいっせいに分離し、まるで弾丸のようにライア達に向かって飛来する。

 

注目するべきは、扉は『開いている』と言うことだ。

扉の向こうには別空間が広がっているのが見える。その状態の扉が飛んでくるのだ、その目的は明らかである。

だがさせる訳にはいかない。ほむらは盾を構え、時間を停止しようと力を込める。

 

 

「……ッ?」

 

 

ガチリと、抵抗感。

 

 

「!?」

 

 

盾を見るほむら。

ガチッ、ガチッと盾のギミックが何かに拒まれており、砂時計を反転させる事ができない。

つまり、時間を止められない。

 

 

「暁美、どうした!」

 

「時間が止まらない!」

 

「何ッ?」

 

「どうして!!」

 

 

キュゥべえが魔法の仕様を変更したといっていたが、それは砂の消費に関するもの。

砂時計を確認すると砂はまだ残っている。つまり発動できない筈はないのだ。

なのにそもそもギミックすら動かない。

そうしていると飛来する扉。間に合わない。二人は地面を転がり、扉達を回避する。

 

武器で扉を弾こうとするほむら。盾に手を入れて銃を抜こうと試みる。

だがしかし気づいた。『盾に手を入れる事ができない』ことに。

 

 

「なッ、なぜ!」

 

「………」

 

 

それを見ていたワルクチはメガネを整え、レンズを輝かせた。

まるでそれが答えだと言わんばかりに。

 

 

「それはオマエの力では無いからダ」

 

「!?」

 

「まだ気づかないのカ? 出来損ないの主サマ」

 

「それはどういう!」

 

「決まっていますコトヨ」

 

 

ワルクチの口が三日月の様に裂けた。

何も知らないピエロほど滑稽なものはない。

 

 

「オマエは、暁美ほむらではなイ」

 

「――ッ!?」

 

 

意味が分からずにほむらは言葉を失う。

おかしな話だ。暁美ほむらを前にして、ワルクチはほむらをほむらではないと言う。

ああ、混乱してきた。何を言っているのか。

だからだろう。動きが鈍る。目の前には扉が見えた。

 

 

「しま――ッ!」

 

「暁美!」

 

 

扉がほむらを捉える。

ほむらは強制的に扉の向こうに送られ、そのまま扉は閉まり、鍵が掛かる。

それを合図にして他の扉達はいっせいに再び壁に張り付き、直後ライアの背後の扉からペギーが飛び出してきた。

 

 

「グッ!」

 

 

一瞬のことに反応が遅れ、ライアは背を切裂かれる。

火花を散らし地面に倒れるライア。ペギーは適当な扉に入ると、再び奇襲の準備を整える。

この一連の流れの目的が、ほむらを別空間に送るという事なのは想像に難しくはない。

ライアはすぐにトークベントを使用、ほむらの無事を確かめる。

 

 

『大丈夫か、何かあったら俺に代われ!』

 

「ええ、大丈夫……!」

 

 

体を起こすほむら。

周りを見ると、随分覚えのある光景が広がっていた。

椅子があり、受付機があり、ピアノまで置いてある。

 

そう、そうだ、ココは見滝原総合病院の受付広場に似ている。

もちろん魔女結界がそれを模していると言うわけで、本当に病院に送られたわけではないが。

そして吹き抜けになっている二階フロア、そこにワルクチの姿を見つける。

 

 

「私は憂いているのですワ、貴女が愚か過ぎる事ニ」

 

「クララドールズ……!」

 

 

眼光を光らせるほむらを見て、ワルクチは一筋の涙を流す。

ああ、ああ、やっぱり出来損ない。どれだけ馬鹿なの、どれだけ愚かなの。

もう可哀想なほどに屑。

 

 

「でも大丈夫。私は貴女を愛していますモノ」

 

「下らない。ごちゃごちゃ喋っていないで掛かってきなさい」

 

 

盾に手を入れるほむら。

しかし抵抗感を感じ、やはり武器が入っている部分にまでは手を伸ばせなかった。

きっとワルクチが何か妨害魔法の様なモノを使っているのだろう。

ほむらは舌打ちを行うと、地面を蹴って跳躍、唯一許される攻撃、『体術』を行使することに。

 

飛び蹴りがワルクチに迫る。

するとワルクチは地面を蹴ってほむらから距離をとる。

杖をシャンデリアに引っ掛けると、再び憂いの表情でほむらを見た。

 

 

「足掻けば足掻くほド、抗えば抗うほど滑稽さが増しますわヨ」

 

「クッ!」

 

「暁美ほむらごっこは楽しイ? お嬢ちゃン」

 

「チィイッ!」

 

 

怒りに拳を握り締めるほむら。

苛立ちが強くなる。なんだ、なんなんだ、先程からワルクチの言うことは意味不明で不快なだけだ。

 

 

「馬鹿な事を。私がほむらで無いと言うのなら、私はなんだと言うの?」

 

「決まっていますワ」

 

 

ワルクチの目が据わる。

 

 

「虚無。虚構。なにもない。何にもなれない。なんでもない無の塊」

 

 

つまり。

 

 

「お前ハ、からっポ」

 

「……!」

 

 

なんなんだ、ほむらは歯を食いしばる。

その時だった。

目の前が一瞬で別の景色になったのは。

 

 

「いや、違うな。暁美は暁美だ」『トリックベント』

 

 

どうやら独断でライアがチェンジザデスティニーを発動したようだ。

ほむらとライアの位置が入れ替わり、ワルクチの前にライアが現れる。

 

 

『くだらない精神の攻撃の一種だろう。耳を傾けるな、暁美』

 

『そうね、ごめんなさい。少し怯んでしまったわ』

 

『クララドールズは俺がやる。お前は魔女を頼む』

 

『ええ、任せて』

 

 

しかしココでライアは見る。

ワルクチが不適な笑みを浮かべたのを。

 

 

「お姫様を守る騎士の到着ですカ? 感動的」

 

「随分おしゃべりだなお前は」

 

「あらごめんあそばセ。でもね手塚。これは精神攻撃でもないシ、耳を傾けてはいけないお話じゃないノ」

 

「!」

 

 

足を止めるライア。

今のは、まるでトークベントの会話を聞いていたような口ぶりじゃないか。

ありえない、トークベントはライアペアのみが聞き取れる思念で会話を行う力だ。

なのになぜワルクチは――。

 

 

「だから貴方が出る幕ではないのですわヨ」『ユニオン』『トリックベント』

 

「は?」

 

 

思わず声が出た。

ライアの目の前に広がるのは扉。

焼けるような痛みが走ったかと思えば、足をペギーに切られていた。

火花が散り、ライアは膝をつく、扉に消えていくペギー。

いや、待て、何故ココにいる?

 

 

「馬鹿な!」

 

 

同じく、ほむらも声を上げた。

ほむらは今、魔法を使っていない。ユニオンなど使っていないのだ。

なのにチェンジザデスティニーが発動された。ほむらとライアが入れ替わり、再び元の状態に戻る。

 

 

『どうした、暁美!』

 

『違う、私じゃない!』

 

 

だとすれば、やはり――。

 

 

「フフフ」

 

 

ワルクチはメガネを整え、ほむらを睨む。

 

 

『間違いない、ユニオンを発動し、俺のカードを使ったのはクララドールズだ』

 

『……でも、魔獣であるワルクチにそんな事ができるの?』

 

 

あれ? ほむらの思考が停止する。

ワルクチ? なんで名前を知って――。

 

 

「まだ思い出さないのですカ? お前ハ」

 

「!」

 

「貴女は誰、お前は誰? キミは誰、私は、誰?」

 

 

地面に降り立ち、両手を広げるワルクチ。

 

 

「暁美ほむらは、だぁレ!?」『本当は知ってるくせに』

 

「!!」

 

 

言葉と言葉が重なり合う。

一つは耳に、一つは脳に。

 

 

「私の名はワルクチ」『貴女は知っている。自分が本当は――』

 

 

脳に響くのは、間違いなく、トークベントの力。

 

 

「『暁美ほむらではない事に』」

 

 

重なり合う声。ほむらは呆然と立ち尽くす。

一方で舌打ちを零すライア。まずい、おそらくは精神攻撃の一種。

ほむらは最近おかしな様子が続いていた。その状態で精神を揺さぶられるのは危険だ。

故に、最速の決着を狙う。

 

 

「………」

 

 

立ち止まるライア。

何もしない、何も警戒しない。全身の力を抜いて大きな隙を作る。

当然そこを狙ってくるペギー。勢いよく扉から飛び出してくると、爪のように剣を並べてライアの首を狙う。

無抵抗のライア、故にペギーの刃は簡単にライアに届き、ライアの首が勢いよく飛んだ。

 

 

『トリックベント』

 

『ピギッ!?』

 

 

トリックベント、スケイプジョーカー。

首が跳んだライアの死体が弾け、トランプのジョーカーが姿を見せる。

戸惑うペギー。するとその体に衝撃が。直後全身に電流が流れ、ペギーは叫びながら地面に倒れる。

 

 

「悪いな、これがお前の運命だ」

 

 

ライアが発動したカードは二枚。相手が素早く逃げ回るのなら、相手から来てもらえば良い。

まずは隙を作り、ペギーの攻撃をスケイプジョーカーで無効化する。

そこで隙が生まれたペギーにシュートベント、エビルガンの弾丸を撃ち込む。

 

弾丸は威力こそ低いが、強力なスタンガン。

激しい電流が敵を怯ませ、行動を制限する。

ライアは動かなくなったペギーを掴むと、思い切り真上に放り投げる。

 

 

『アドベント』

 

 

猛スピードで飛翔するエビルダイバーは、そのヒレで空中にいたペギーを一刀両断にする。

上下に別れたペギーはすぐに爆散。魔女が死んだ事で魔女結界が吹き飛び、ライアとほむらは電柱の外に放り出される。

同じく、ワルクチも。

 

 

「大丈夫か、暁美」

 

「ええ。大丈夫」

 

 

ライアが差し出した手を取り、ほむらはしっかりと立ち上がる。

ワルクチの言葉は確かにほむらに気持ちの悪い引っ掛かりを生んだが、ほむらとしてはやはりまだフワフワとした話しなのだ。

自分が暁美ほむらではないと言われても、そんな馬鹿なと否定せざるをえない。

一方で決着をつけるためにカードを抜いたライア。

 

 

「終わらせる」『ファイナルベント』

 

 

バック宙で飛ぶと、着地地点にエビルダイバーが割り入る。

一秒で最高速に到達するスピード。さらに水流と電流が生まれ、ライアはサーフィンの様にエビルダイバーを操り、ワルクチを狙う。

 

 

「………」

 

 

ワルクチは瘴気を杖に宿して走り出す。

ライアは知らない、ほむらは知らない。

クララドールズの力は多種多様。中には、死んで発動するものもあると言う事を。

 

 

「ギャアアアアアアア!!」

 

 

ハイドベノンが直撃し、ワルクチは断末魔を上げて爆散する。

しかしそれが、引き金になる事を誰が想像できようか。

 

 

「暁美、盾は戻ったか?」

 

 

ほむらは盾に手を入れる。

すると先程まで感じていた抵抗感が無くなり、ストックしていた武器に手が届いた。

 

 

「?」

 

 

いや、待て、なんだこれは?

おかしな感触を感じ、ほむらは『ソレ』を引き抜いた。

すると次の瞬間、フィルタが掛かったように視界がぼやける。

 

 

「あ、ぅ!」

 

 

視界が歪み、平衡感覚が狂う。

ほむらは尻餅をつき、口をパクパクとさせる。

戸惑い、それはまるで陸に打ち上げられた魚のように。

魚は呼吸をするために水に戻る。生きるために自分のテリトリーに戻る。

 

人間だってそうだ。水に落ちれば呼吸をするために酸素を求める。

それと同じく、暁美ほむらは視界を確保するため、持っていたものに手を伸ばした。

 

それは反射。

少し話は変わるが、一度自転車に乗れたものはずっと自転車に乗っていなくても、再び乗る時は容易だろう。

体に染み付いているからだ。ほむらもまた、心のどここかにあった習慣を発生させてしまう。

 

いや、いや、違うのか。

もしかしたらそれは彼女にとって当たり前の事だったのかもしれない。

面倒な事など一切ない。ただ純粋に、ただあたり前の様におこなう行動に理由など求めるわけもない。

視界が悪いのは当たり前だから、だから自分の『ソレ』を使う。

いつもどおり、それはまるで1+1のように当たり前で簡単な事。

 

 

「どうした、大丈夫か?」

 

 

変身を解除した手塚は、へたり込んでいるほむらの肩に触れた。

 

 

「きゃあ!」

 

 

ビクンと肩を震わせ、ほむらは反射的に肩を竦める。

 

 

「あ、ああ、悪い」

 

 

手を離す手塚。

それにしても、随分と可愛らしい悲鳴ではないか。

ほむらのイメージとは違う声に、手塚は思わず怯んでしまう。

 

 

「―――」

 

 

待て。

手塚は動きを止めた。

 

 

「お前――ッ」

 

「え?」

 

「誰だ?」

 

 

いつの間にか、ほむらの特徴である長い髪は三つ編みになっていた。

そしていつもキリっと睨むような目つきはそこに無く、何かに怯えたような目をしていた。そしてその目は、赤いフレームのメガネの向こうに。

 

 

「あ、あ、あ、あのッ、私、暁美――、ほむらです。ご、ごめんなさい」

 

「……!?」

 

 

おどおどとした表情のほむらが、そこにへたり込んでいた。

手塚とは、目を合わせない。

 

 

 

 

 

 

 

「これは……!」

 

「見えますカ?」

 

 

手塚『知っている方』のほむらは、夜の世界にいた。

星が光り、遠くの方ではビル――だろうか? 建造物が出す光がキラキラと輝いている。

足元を見れば青白い輝きを放つイチリンソウが遠くの方まで広がっているのが分かった。

花畑の中には二つ、椅子がある。ほむらはそこに座っていたのだ。

 

そしてもう一方の椅子に座り、イチリンソウの花びらを足で散らしているのは先程死んだ筈のワルクチであった。ちなみにメガネはかけていない。

 

見えますか? その言葉でほむらは前を見る。

イチリンソウの光が四角いモニタを作りだし、そこに映っていたのはへたり込む『自分』と、戸惑う手塚の姿であった。

 

 

「ココは貴女の心の中ですワ」

 

「心の、中?」

 

「そう。私は死ニ、怨念となって貴方の心にいル」

 

「ッ!」

 

「でも怖がらないデ、貴女を呪い殺そうなんて思っていませんワ。私はたダ、貴女に気づいて欲しいだケ。いるべき場所、存在するべき場所、なすべき事ヲ」

 

「何が言いたいの!」

 

 

ほむらは立ち上がり変身しようと力を込める。

しかしできなかった。それはそうだ、ココはほむらの心の中。

言ってしまえばソウルジェムの中なのだから。

 

 

「苛立てば苦しむのは貴女ですわヨ?」

 

「ッ」

 

「言いましたわよネ? 貴女は本当は気づいているのではないかト」

 

 

ワルクチはモニタを指す。

そこにいたのは、紛れもない、過去の弱いほむらだった。

いや、違う。

 

 

「あれガ、彼女こそガ、本当の暁美ほむらなんですノ」

 

「!!」

 

「貴女はただのニセモノ。心、感情と言うデータのバグですワ」

 

 

ほむらは打ちのめされたように椅子に崩れ落ちた。

その頬を、ワルクチは優しく撫でる。

 

 

「共に消えましょウ。異物ハ、存在するべきではありませんものネ」

 

 

慈しみの笑顔を浮かべ、ワルクチはほむらを抱きしめた。

ほむらは抵抗をしなかかった。彼女の中にある疑問のピースが音を立てて繋がっていくのが分かった。

あの違和感、あの嫌悪感、それらは全て――。

 

 

「貴女は存在してはいけなイ。罪人なのですかラ」

 

 

ほむらとワルクチの顔が並ぶ。ほむらからはワルクチの表情は確認できない。

慈しみの笑顔は消え、今は下卑た笑みを浮かべているのに気づくわけはないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」「………」「………」

 

「………」「………」「………」

 

「………」

 

「……ァ」

 

「!」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「耐えられるかァ! なんか喋ろォ!!」

 

「ひぃっ! ご、ご、ごめんなさいぃ!」

 

 

平日の喫茶店、テラス席でニコが叫んだ。

そうすると大きく肩を震わせてほむらが肩を竦める。

クララドールズと魔女は倒せたものの、ほむらの様子がおかしくなった。

容姿はもちろんの事、性格がまるで変わっている。オロオロ、キョロキョロ何かに怯えているようだ。

 

その調査を手塚はニコに依頼したのだった。

とはいえ検索結果を待っている間、誰も何も喋らない。

それに耐え切れずニコは叫んだということだった。

 

 

「だいたいなに? いきなりメガネっ子かよ、浅はかなキャラ付けの典型例だよ、ほむらさんな」

 

「ご、ごめんなさい。でも私、本当に目が悪くて。今までは魔力で視力を回復させていたんですけど……」

 

「けど?」

 

「うまくいかなくなって……」

 

「な、なんじゃいなそら」

 

 

その時、鑑定が終わる。

ニコは携帯を覗き込み、結果を確認した。

 

 

「おぉ? おーん……」

 

「どうした?」

 

「まず、結論から言えばこのお嬢ちゃんは暁美ほむらで間違いない」

 

 

指紋と声紋が一致している。さらに言えばDNAも同じ。

人間の世の中ではDNA鑑定は科学捜査の切り札となっている。

それが一致しているのだから、ほむらはほむらである、と。

 

 

「魔力の波長もほぼ一致してる」

 

「ほぼ?」

 

「そうなんだよなぁ。それが少し引っかかるというか」

 

 

ニコはレジーナアイにてまず魔法少女の魔力を登録する。

魔力は指紋と考えればいい。それは個を証明するなによりの存在である。

しかし現在のほむらは、以前ニコが登録したデータとは少し異なると言う。

 

 

「魔力の質が似てるけど違ってる。赤紫と赤は似てるが違うっしょ?」

 

「なるほど。以前キュゥべえは魔力を木材と例えた。目的により多種多様な物へ作り変えられると」

 

「うん。まあつまりそうなると――」

 

 

ほむらが視力を魔力で補えなくなったのは魔力の質の変化や、性格の変化が関係していると言う。

前のほむらは視力強化を容易に行えていたが、今のほむらはそれが不得意であると。

 

 

「似てるタイプに双樹姉妹がいるけど、アイツ等ほど違うわけじゃないんだよな」

 

「しかし分からない。それにしたって変わり過ぎだ」

 

「あ、うぁ……」

 

「なんだ? どうした、暁美」

 

「い、い、いえ」

 

 

手塚が気になるのはやはりワルクチの存在だ。

 

 

「魔獣の中でもクララドールズは少々厄介な能力を持っていると聞く」

 

「んー、でも特にほむらの中に魔獣の気配があるとは思えないんだけどね。一応レジーナアイをアップデートして、魔獣探知能力は上げたつもりなんだけど……」

 

 

惜しいのだ、正確には現在、ほむらの中にはワルクチが巣食っている。

しかし今の彼女は怨念体。もっと言えばほむらの精神の一旦でしかない。あくまでも心の一部なのだ。

そう、逆を言えばそれだけとも言える。なんの影響もないとも言えるのだ。

 

 

「しかしココ最近のアイツの様子がおかしかった事は無関係じゃない筈だ。少し様子を見た方が良いかもしれない」

 

「イエス。ま、後でもう少し詳しく調べてみるよ」

 

 

ニコはアイスコーヒーをジュコーッと音を立てて啜っている。

そして目の前にあったケーキをヒョイヒョイと口に入れていく。

 

 

「あー、ダメだ、今日調子悪い。全然味しないわ」

 

「神那は確か……」

 

「ああ、友達ブッ殺してから感覚がイカれた。でもまあ、精神病だよ、本質は」

 

 

最近は治り始めてきた。

難しいが、要は考え方だとニコは言う。

 

 

「ソウルジェムの操作で治せないのか?」

 

「ノン。一応治せるけど私イカレてるから脳みそが自動的に感覚を封じるように命令しちゃうのさ。お前もだいたい知ってるだろ?」

 

 

鬱とは心の病気にされがちだが、実際は脳の病気である様に、頭じゃ分かっているつもりでも実際には脳みそが違う信号を送ってしまうのだという。

 

 

「似たような例に、痛覚を遮断しても魔法少女が『あれ? これ痛いんじゃね?』って思ったら、無意識に痛覚を戻しちまうケースがある」

 

 

実際にソウルジェムの仕組みを知らない魔法少女は心臓でも貫かれようものなら、実際に死んでしまう。

それは脳がソウルジェムに『死ね』と無意識に命令しているからに他ならない。

 

 

「意外と不便なんだな」

 

「ゾンビ生活も楽じゃないのよ」

 

「あ、あの!」

 

「ん?」

 

 

そこで、ほむらの声が割り入る。

ニコと手塚が目を向けると、二人は同時にギョッとした表情に変わる。

無理もない。ほむらは肩を震わせ、瞳に大粒の涙をためていたのだ。

 

 

「お、お、お二人は、私が変わってしまった事が、そんなに気になるんですか?」

 

「え? え? なんの話?」

 

「やっぱり、前の私の方が、ずっと良いですもんね。割り切れるし、強しだろうし、それにくらべて私なんて、ダメダメで」

 

「あ、あのちょっと! ほむほむさん?」

 

「生きてて、ごめんなさい……!」

 

「「―――」」

 

 

 

ボロボロと涙を零し始めるほむらと、白目をむいて固まる手塚とニコ。

トーンは違えどほむらの声で、表情は違えどほむらの顔でボロボロ泣かれると凄まじいギャップ、違和感が。

ましてやしゃくりあげて泣き始めるほむら、ニコが動いたのは同時だった。

 

 

「なむさん」『ユニオン』『クリアーベント』

 

「おい神那! お前逃げッッ!!」

 

 

椅子から転げ落ちたニコはそのまま一瞬で透明化して気配を消す。

取り残された手塚は一瞬腰を椅子から浮かしたが、向かいに座っているほむらを放置するわけにもいくまい。

 

 

「ひっく、ぐすっ!」

 

「お、おい、どうした暁美!」

 

「ごめんなさい。私って、本当にみなさんに望まれてないんだなって……!」

 

「ちょ、いや! ちょっと待――ッ!」

 

 

周りからヒソヒソと声が聞こえてくる。

 

 

『あれ、なに? 修羅場?』

 

『うわー、彼女号泣じゃん。彼氏最低だね』

 

『ああ、恋愛マスターの私なら分かるわ。あれ浮気だわ』

 

 

待て待て待て待て待て! 流石に手塚と言えど焦りが心を支配する。

誤解しかないわけだが、確かに誤解されるのも無理ない状況だ。

とりあえずほむらを落ち着けない事にはどうにもいくまい。

 

 

「お、落ち着け暁美。そうだ、プリンがあったな! よし食べよう! 甘くて美味しいプリンを食べればきっと気分も落ち着くはずだ!」

 

 

手を上げる手塚。

するとウエイトレスが訝しげな表情で歩いてくる。

 

 

「はい、ご注文ですか?」

 

「あ、と、とりあえずプリンを二つ」

 

「ぐすっ! ひっく!」

 

「あの彼氏さん」

 

「はい?」

 

「まさかとは思いますけど、プリンでご機嫌取ろうと思ってませんか?」

 

「えッ、あ、いや、俺は彼氏じゃ――」

 

「そのパターン!? 彼女は彼氏だと思ったけど貴方は遊びだったパターンですか!」

 

「違う違う違う! 俺はその、彼女のパートナーみたいなもので」

 

「パートナー! まさか結婚詐欺!!」

 

「いやッ! 悪い、すまん! 俺の言い方が悪かった!」

 

「生きててごめんなさいぃぃ!!」

 

「暁美ーッ! 頼むからややこしい言い方は止めてくれ!」

 

「だいだいですね! 誤解だとしても男の人だったら少しは笑顔で慰めてあげるのが普通なんじゃないですか!!」

 

「それは、まあ……。し、しかし待ってくれ、そもそもキミは誰なんだ!」

 

「私ですか? 私はバイトリーダーです! みんなからはマナティー先輩って呼ばれてます。よろしくおねがいします! それで話の続きですけど――」

 

 

バイトリーダー・"マナティー先輩"のお説教は手塚にとっては果てしない時間のようだった。

結局ほむらが泣き止んで誤解は解けたが、10歳は老けた気がする。

 

二人はバスに乗り、特に何を話すわけでもなく窓の外を見つめている。

しかし手塚は気づいた、なんだかとてもほむらがソワソワしている。

 

 

「どうした?」

 

「あッ、あの!」

 

 

どうやらほむらはバスに乗ったときから手塚に話しかけようとしていたようだ。

しかし今のほむらは――、まあ元々高いわけではなかったが、特別にコミュニケーション能力が欠落しているらしい。

手塚から目を逸らしつつも、ほむらは先程の件を謝罪した。

 

 

「本当にごめんなさい。私、いつもドジばっかりで」

 

「いやぁ、いいんだ。俺もマナティー先輩にいろいろ言われて思う所があった。お互い様だ、気にしなくていいよ」

 

「す、すいません……! あの、手塚さん、本当にすいません」

 

「いやぁ、だから」

 

「違うんです……!」

 

「え?」

 

 

ほむらは手塚の服の裾をつまんでいた。

その表情は、真っ青である。

 

 

「気持ち悪い……です」

 

「―――」

 

 

手塚は凄まじいスピードで停車ボタンを叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほほほほほ本ッ当にごめんなさい!」

 

「気にするな、正直俺も酔いそうだったから逆に助かった」

 

「あ、あぅあぅ」

 

「それより平気か?」

 

「は、はい。おかッげ、さまで……」

 

 

バスにのって五分足らずで車酔いを発症したほむら。

手塚達は結局と近くのショッピングセンターで休憩することに。

椅子に座りしばらくしたらほむらも調子が良くなったようだ。

手塚はそこでマナティー先輩の言葉を思い出す。気遣い、気遣い、女性はお姫様のように扱いなさい云々。

半ば反射的に視線を移動させ、手塚は立ち上がる。

 

 

「ちょっと待ってろ」

 

「?」

 

 

手塚は席を外すと、ソフトクリームを持って戻ってくる。

 

 

「どうだ? 冷たいものでも食べれば楽になるだろ」

 

「え、でもお金……」

 

 

戸惑いがちにソフトクリームを受け取るほむら。

 

 

「いい、おごりだ。気にせず食べるといいよ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

パッと、笑顔を浮かべ、ほむらは頭を下げた。

だからだろう。持っていたソフトクリームのアイス部分がズリ落ち、床に落ちたのは。

 

 

「………」

 

 

真っ青になって震えるほむら、目の端には涙が見える。

 

 

「おぉぉっと、これはあれだな、固定が甘かったな。ああいや、店員のせいにしているわけじゃなく、運が悪かったんだ。ほら、俺はまだ口をつけてないから、コッチを食べると良い!」

 

「ご、ご、ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 

「気にするな気にするな! まあ、あれだ。あのー……、うん、あれだ!」

 

 

とりあえず適当に言いくるめて手塚はほむらにソフトクリームを渡す。

床を掃除してしばらく、手塚は何をするでもなくボウっと斜め上を見つめていたが、ふと前に視線を移す。

するとそこには満面の笑みでソフトクリームを一生懸命舐めているほむらが。

いや、まさかこんな簡単にほむらの無邪気な笑顔を見ることになろうとは。

 

 

「あ、あの……、どうしましたか?」

 

「え? あ、いや、悪い」

 

 

見られている事に気づいたのか、ほむらは頬を赤く染めて恥ずかしげにソフトクリームから口を離す。

 

 

「やっぱり、違和感、ありますよね……?」

 

「それなんだが、お前は別人格じゃないんだよな?」

 

「はい。正真正銘暁美ほむらですよ? 全部覚えてますし……」

 

 

ほむらはその言葉どおり、今までの戦いの歴史を振り返る。

なるほど、それは確かに手塚と戦ってきたほむらの記憶に間違いはなかった。

 

 

「手塚さんが美国さんの仲間になった時、とっても悲しかったです」

 

「それは……、そうだな。悪かった。鹿目にも謝らなければと思っているんだが……」

 

「いえッ、でも、わ、わ、私も人の事は言えません――ッ」

 

 

サキを裏切り、ましてや過去には多くの人を裏切った。

そんな自分を想像するだけでほむらは震えてしまうと言う。

 

 

「しかし、そうなるとお前も今の状況の異質さは分かるだろ?」

 

「は、は、はい。もちろんです!」

 

 

ほむらは、ほむら。

自分があの状態から今の状態になってしまった事の異質さは分かっているつもりだ。

とは言え、その理由は本人ですら分からぬこと。

 

 

「あの、えと、この姿と性格は私の過去の姿なんですぅ」

 

「そんな話を聞いたな」

 

「は、はい。それで、あの、なんていうか……、ぁぅ、見ての通り、私ってドジで、何にも出来なくて、ひ、ひ、人と話すのも苦手で……! ほ、他の人と比べれば本当に良いところがなくてどうしようもなくて」

 

「過ぎた謙遜や自虐は良くない。余計に自分の質を落とすぞ」

 

「ご、ご、ごごごめんなさい! すいません!」

 

「わ、悪い。気にしないでくれ」

 

「は、はい。ぅ、それで、そういう自分からループを経て手塚さんも良く知ってる私に変わった筈なんですけど、今はご覧の通り、昔の私と同じになってしまって、あの、その」

 

 

その時、ソフトクリームが溶けて液体が指を伝う。

ほむらは慌てて残りのソフトクリームを口にするが、コーンを慌てて噛んだ為にコーン部分に入っていたクリームが弾け、ほむらの手はベタベタに。

 

 

「………」

 

「………」

 

「ご、ごめんなさぃ……!」

 

 

か細い声で謝罪が飛んでくる。

 

 

「き、気にしないでくれ。手を洗ってくるといい」

 

 

なるほど、確かに以前のほむらならば考えられないミスをしているものだ。

戻って来たほむらと、手塚はまたその話を続ける。

 

 

「と、とにかく考え方とか――ッ、今まで見たいに出来なくてッ、む、むむむ昔の私に戻ったみたいで――ッ」

 

「きっかけはやはりクララドールズの影響だろうか?」

 

「そうかもしれません。あ、あのクララドールズ、私のメガネを持ってましたから」

 

 

過去の自分との決別のためにメガネはしまっておく、もしくは捨てるのだが、そういえばゲーム内ではいつの間にか無くなっていたと。

赤いフレームのメガネ、それが『このほむら』になった原因かもしれない。

魔獣を倒した事で盾のなかにメガネが戻っていた。

それは間違いなく、いつもほむらが使っていたメガネなのだ。

 

 

「クララドールズがユニオンの魔法を使えたのも、時間停止の中で動けたのも、きっと、たぶんですけど、このメガネが関係あるのかなって……」

 

「なるほどな。だが大丈夫なのか? 魔獣がつけていたメガネをつけてて」

 

「あ、そ、そうですね……」

 

「まあ、メガネに魔獣の気配があれば神那が気づいているだろうからな。とは言え念のために後でもう一度調べてもらおう」

 

「はい……! あ!」

 

「?」

 

「で、でも魔獣、クララドールズと戦う前から兆候はあったんです」

 

 

気分が悪くて手塚に送ってもらったとき、ほむらは胸が苦しかったという。

 

 

「私、心臓が弱くて……。魔法で補っていたんですけど」

 

「今は大丈夫なのか?」

 

「はい。視力はダメですけど、心臓は。とととと言っても体力は低いままですけど」

 

「そう――、か。いずれにせよいきなり過去の自分に戻るなんて事があるんだろうか? 何か裏があるとしか思えないな」

 

 

その時、ほむらは眉毛を八の字にして肩を竦めた。

やはりその表情は泣きそうになっており、手塚もまた身構える。

 

 

「ど、どうした?」

 

「解決……、した方がいいんですよね」

 

「え?」

 

「手塚さん達はやっぱり、『あの』私がいいんですよね?」

 

 

ほむらは、複雑だった。

 

 

「確かに、あの私を望んだのは他でもない、私です」

 

 

強くありたいと。まどかを守れるような自分でありたいと。

 

 

「だけど現実は上手くいかなくて。わ、わ、わ、私はやっぱり弱いまま……」

 

 

結果、いろんな人を裏切って。いろんな人を傷つけて。

望んだのはテレビで見ていたカッコいい魔法少女。

なれただろうか? ううん、決まっている。分かっている。

 

 

「私は――、この自分が好きじゃありません……! む、むしろっ、ききき、嫌いです!」

 

 

弱いから、醜いから、情けないから。

 

 

「で、で、でででもッ」

 

「!」

 

「あの私も――、好きじゃない!」

 

 

ほむらは、また涙をためて口にした。

 

 

「……まあ、いろいろあるだろうな、人間は」

 

 

手塚としてそれは良く分かる。

人間が全員、自分の事が好きなわけじゃない。

 

 

「だがお前がどんな人間であろうとも、俺がお前のパートナーである事にはかわりない」

 

「え?」

 

「俺はもう、お前だけは裏切りたくないんだ。だから困った事があったら何でも言ってくれ」

 

「は、はい……!」

 

 

恥ずかしくなったのか、ほむらはモジモジと困ったように視線を泳がせる。

逃げ道に選んだのはトイレだ。もう一度手を洗ってくると走り出した。

途中で躓いて転んでいたが、まあ見なかったことにしよう。

 

 

「………」

 

 

手塚はコインを取り出す。

もう、裏切らないか。それはきっとほむらが想像しているカッコ良い言葉ではない。

まだ手塚はエゴを引きずっている。それを自覚していた。

 

 

「悪いな暁美。俺はまだ、運命に引きずられているようだ」

 

 

コインを弾く手塚。

裏が出る。手塚は舌打ち交じりにほむらの帰りを待った。

一方で、イチリンソウの花畑には笑い声が。

 

 

「手塚! 気づいて! ソイツは私じゃない!!」

 

 

椅子に座りながらもほむらは叫ぶ。

しかしダメだ、声は届かない。それにトークベントも何度発動しようとしても無駄だった。

その様子をワルクチは笑っているのだ。

 

 

「無駄だと言っているじゃありませんカ。やはり出来損ないの頭はパーですカ」

 

「うるさい! 黙りなさい」

 

 

ほむらは拳を振るい、ワルクチの頭を殴りつける。

しかし虚しく空を切る拳。まるで幽霊のように拳はスルリとワルクチの頭部を通過する。

ああ、いや、今のワルクチは怨念体。そもそもココは精神世界、であるならばほむらもまた同じなのだ。

 

 

「ココでは誰も傷つけられなイ。どうぞ学習ヲ」

 

「くッ!」

 

「それにもう一つ学びなさイ。あそこにいる暁美ほむらを貴女はニセモノと言うけれド」

 

 

ニヤリと、ワルクチは口が裂けたように笑う。

 

 

「あれが本物だト、何度言えば分かりますノ?」

 

「そんな事!」

 

「ないと言えまス? いいエ、チガウチガウ。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能。クールな性格。そんな物は全てまやかしでしかなイ」

 

「なんですって……!」

 

「地味で愚鈍、運動オンチで挙動不審のコミュ障女、それが貴女の正体ですわよ暁美ほむらさン。お忘れですカ?」

 

「――ッ」

 

「貴女は今までフィルターをかけていただけにしか過ぎなイ。魔法の恩恵と言うフィルター。まさに仮面をネ」

 

 

ほむらは何も言えなかった。

ただ悔しげにワルクチを睨みつけるしかできない。

 

 

「鹿目さんとの出会いをやり直したイ。彼女に守られる私じゃなくテ、彼女を守るワタシになりたイ。まあなんてご立派なお願いなんでしょうカ」

 

 

しかし現実を御覧なさい。ワルクチは笑う。

 

 

「アンタが言ったんだゼ? 今とは違う自分になろうだなんて、絶対に思わないこト。さもなければ、全てを失うことになるってサァ」

 

 

考えて御覧なさい。直視して御覧なさい。

まどかを守る? 今の今まで守れてなかったじゃないか。

むしろ多くの人を巻き込んだ。そしてなにより、今のまどかはもうほむらの手を借りずとも強くなっている。

それは他でもない、ほむらが言った事じゃないか。

 

 

「佐倉杏子は自らの魔法を否定した結果、使えなくなりましたワ。ねエ、それって人事なのかしラ? 主サマ」

 

「……ッッ」

 

 

椅子に座り込むほむら。

ソレを見て、ワルクチは笑う。

 

 

「仮面を外す時が来たんですのヨ。そしてその仮面とハ……、もう言わなくても分かりますわよネ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、マミの家に一同は集まる。

とは言っても以前よりは人数が少ない。

 

 

「美樹は?」

 

「さやかちゃんは最近上条君と帰ってるんです。ほら、今は下宮くんも中沢くんもいないから、チャンスだって」

 

「そうか。城戸は?」

 

「真司さんはお仕事みたいです。須藤さんと会うみたい」

 

「須藤は? 警察か」

 

「はい。なんだか最近忙しいみたい」

 

「……浅海は?」

 

「委員会の仕事があって、後で来ます」

 

「まあ、それは好都合かもね」

 

 

部屋にいたマミ、ニコ、まどか、手塚の視線が集中する。

 

 

「あっ、あぅあぅあぅ!」

 

 

見られている事に全身が熱くなる。ほむらはアワアワとしながら縮こまった。

するとニコが咳払いをして立ち上がる。マミの部屋にあったコピー用紙を適当に何枚か掴むと、それを再生成でホワイトボードに変える。

そしてサラサラと情報を書き出していった。

 

 

「えー、まずこのメガネほむら、略してメガほむですが、ホムラとしましょう」

 

 

クールで強気のほむらと、メガネでオドオドのホムラ。

ほむらと、ホムラ。なんともまあややこしい話である。

 

 

「で、マミとまどかはホムラを知っていると」

 

「ええ。暁美さんの昔の姿よね」

 

「一緒に訓練したんだよ」

 

 

笑顔を浮かべ、手を振るまどか。

ほむらもニヤニヤとしながら手を振った。

 

 

「でも困ったね。本当にどうして……」

 

「神那、何か分かったか?」

 

「ノン。全く何も。知ってる情報は前に言ったとおり。魔獣の気配はなし、メガネにもね」

 

 

魔力の質は多少違えど、固有魔法が時間停止である事にはかわりない。

 

 

「あら、いいじゃない。私コッチの暁美さんも好きよ」

 

 

マミは意地悪な笑みを浮かべると、どぎまぎしているほむらをからかう意味で抱きしめる。

普段のほむらなら絶対にこんな事を許しはしないだろう。

ハグを求めても断られるし、ましてや無理やりしようとすれば時間を停止してまで逃げる始末だもの。

 

 

「と、とととと巴さん!?」

 

 

しかしホムラは違う。

困ったように方を強張らせていたが、これではいけないと思ったのか、逆にマミの背に手を回してギュッと抱き返す。

 

 

「まあ!」

 

 

思わず赤面してニヤけるマミ。

敵対する事が多かったほむらが抱きしめてくれるとは。

嬉しさと感動で感極まったのか、マミはホムラの頭を優しく撫でる。

 

 

「安心してね暁美さん。皆がいればどんな問題もバッチリ解決できちゃうんだから!」

 

「は、はい! 巴さん!」

 

 

笑うホムラ。

怒るほむら。

 

 

「違う! 巴さん! ソイツは私じゃない!!」

 

 

怒号が響く。煽り声もまた同じくして。

 

 

「あらあら、貴女よりも先にホムラが巴さんと仲良くなりそうですネ」

 

「ッ、お願いまどか、気づいて!!」

 

 

画面の向こうにいるまどかは、ホムラとマミの様子をみて微笑んでいる。

 

 

「手塚ッッ!!」

 

 

パートナーは無言。何も答えない。

 

 

「どうしてみんな気づいてくれないの!!」

 

 

ほむらは思わずモニタを殴りつけた。

しかしそれもまた虚しくすり抜けるだけ。

イチリンソウの花びらを散らしながら、ほむらは前のめりになって倒れる。

違う、ダメだ、あれは罠なんだ。だって本物の私はココに――ッ!

 

 

「ココはどこでス?」

 

「ココは――」

 

 

どこだろう?

言われた筈だ、ココは、暁美ほむらの心の中だと。

 

 

「貴女は自分が嫌いだっタ。だから変わろうと生き急グ。けれどそうやって手にした変化など結局は砂の城。脆く儚く崩れ去るのデス」

 

 

ワルクチは可哀想な物を見る目でほむらを見下している。

いや、文字通り、本当に可哀想だった。病弱で勉強も運動も出来ない自分など好きになれるわけないだろう。

けれど変わったところで、どれだけ強力な魔法を持っていても自分は自分。

ほむらだろうが、ホムラだろうが、『ほ』『む』『ら』である事にはかわりないのだ。

 

 

「貴女には常識があル。人並みの優しさがあル。いくら鹿目まどかのためと思ってモ、まどかの為と言ってモ、殺人や嘘が嫌なものだと思う脳みそがあるのですワ」

 

 

けれど重ねるしかなかった。

だからいつの間にか貴女は心にプロテクトをかけた。

仮面の自分を作りだし、そこへ全ての罪を収束させる。それは弱い心が産んだ防御機構。

でも、気づいた。もしかしたら今の『彼女』達ならどんな自分でも――。

ううん、本当の自分を愛してくれるのではないかと、本当の自分を認めてくれるのではないかと。

 

 

「ソレは貴女様ご自身が思った事でしょウ?」

 

「―――れ」

 

「そして恐れている! 弱い心だかラ。鬼の仮面を被り続ければ、誰もが泣いてしまウ。無垢な子供は手を差し伸べてくれない!」

 

「――まれ」

 

「仮面を脱がなくてハ、優しい笑顔も浮かべられない!!」

 

「だまれ!!」

 

「ホムラは知っている。いやお前も分かっている! 暁美ほむらはもういらない!!」

 

「黙れぇえッッ!!」

 

 

怒るほむらだが、怒るしか出来ない。

一方で饒舌になっていくワルクチ。

 

 

「冷静でクールな貴女が激情するのは珍しい。しかしそれが貴女と言う人間が冷静でクールではないと言う事の証明!」

 

 

ワルクチの目が赤く染まる。

 

 

「人は図星を突かれた時ほど怒るのですわ。そうでしょう? 頭の悪い人間が、頭の良い人間に馬鹿と言ったところで、頭の良い人間は怒らないものね」

 

「少し黙りなさい! うるさいのよ!」

 

「なら耳を塞げば良い! そうしないのは何故ですの? 決まっていますわ、あなた自身がこの声に耳を傾けたいと思っているからでしょうて!」

 

「違う……ッッ!」

 

「違いませんわ。ましてやココは心の中、あなた自身の意思が尊重されるべきなのに!」

 

「ッッ!!」

 

「分かっているんでしょう? ホムラはほむらを殺しますわよ! だって知っていますものね。出来損ないは、出来損ないを消すことでしか本物になれない!」

 

 

もう一度、いや何度でも言おう。

 

 

「ほむらとホムラは同じ人間なんですよ! そして貴女は確かにあそこにいる。そこに魔獣も魔法も関係ない。そして貴女はそれを全て知っている!!」

 

「………」

 

「私は確かに死をトリガーにしてあなたの心に入った。しかし今の私は貴女の心の一部。つまり、貴女が本当に望みさえすればいつでも消え去る弱き精神体。なのにあなたはそれをしない。何故! どうして!!」

 

「………」

 

「それはつまり貴女が――!」

 

 

ほむらは糸が切れたように椅子に戻り、座り込んだ。

ワルクチは大きく首を振ってため息を漏らす。

 

 

「落ち着いて。この場は無意味な口喧嘩をする場所ではないでしょう? ほら、御覧なさいまし」

 

 

モニタの向こうではホムラが楽しそうに紅茶を飲んでいる。

ふと、意識すればほむらの口の中に良い香りが広がってきた。

鼻を抜けるそれは、間違いなくマミの紅茶である。

 

 

「誰も気づきませんわ。誰も疑問に思いませんわ。だって貴女はみんなの傍にいるんですものね」

 

 

ワルクチはほむらを真っ直ぐに見つめた。

魂を吸い取られそうな瞳だった。

 

 

「胡蝶の夢」

 

「……ッ」

 

 

では一方、現実世界を見てみよう。

マミの、手塚の携帯が震えたのは丁度その時だった。

 

 

(サキかしら……?)

 

(誰だ?)

 

 

ふと視線を移動させる両者。

そこにあった名前は――。

 

 

『神那ニコ』

 

「?」「!」

 

 

届いたのはメール。

マミは訝しげな表情を浮かべ、手塚は無表情でメールを確認する。

その分は、とてもシンプルなものであった。

 

 

『多分ほむらヤバイわ。あ、ホムラじゃくてほむらの方がな』

 

「!」

 

「………」

 

 

マミは驚愕の表情を。ニコはあえての笑み。手塚は無表情のままホムラを見つめていた。

 

 

 

 

 

 






メガほむ、メガネかけてるほむらが『ホムラ』で表記していきます。
もしも混ざってたりしたら、ごめんやで(´・ω・)


まあここちょっと今後のテーマになってくるんですが

「俺、ほむら好きなんだよね」

って言ってる人がいたら、メガネなのか、クールの方なのかって結構もう全然意味変わってきますよね。
同じ暁美ほむらって事でふたつとも好きな人も多いでしょうが、中には『メガネだけ好き』だとか、『クールは好きだけど、メガネの方はあんまり好きじゃない』みたいな人もいると思うんですよ。

まあ事実、マギレコでもほむらはいるけど……、みたいな。


これって結構ライダー界隈にも言えるところがあって

「俺、デルタ好きなんだよね」

とか言われてもね(´・ω・)


ここら辺が面白いところかなって思いますけど。
まあその辺りに関しては、もっと後々、語っていきます。




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第84話 いっぱい笑ったほうが一等賞なんです

もう前サイトでやってた所まですぐなんで、一気に更新するぜ!(`・ω・´)

今回は後半がおまけみたいなもんです


 

 

 

夕日が照らす並木道をさやかと上条は並んで歩いていた。

二人の間に会話は少ない。いつもなら騒がしいほどのさやかも、うつむいてしまっているではないか。

それにしても夕日が赤い世界を作ってくれて助かった。さやかは真っ赤になっている顔を悟られずに済む。

しかし対照的に上条の表情は暗く、青白い。

 

 

「どうしたの恭介。なんか悩み事?」

 

「え? どうして」

 

「うぅん、なんかちょっと辛そうだよ?」

 

「ごめんね、心配かけて。別にたいした事じゃないんだ」

 

「ヴァイオリンの事?」

 

「――も、あるけど、少し違うんだ」

 

「?」

 

「ねえ、さやか、少し変な事聞いて良いかな?」

 

「いいよ、どしたの?」

 

「あの、さ。普通の人間じゃないって、やっぱり気持ち悪い――、よね?」

 

「えッ?」

 

 

ドキリと心臓が跳ね上がる。

なにを隠そう、普通の人間じゃない代表がさやかなのだから。

 

 

「ど、どしたのさ急に」

 

「うん、ごめん、やっぱり変な事だね。気にしないで」

 

「う、うん」

 

 

結局そのまま分かれ道まで二人は特に会話らしい会話をする事はなかった。

一人になったさやかはトボトボと肩を落としながら歩き、先程の言葉の意味を考える。

どういう事なのだろう? いや、いずれにせよ――。

 

 

『気持ち悪いよね』

 

「あはは、ささっちゃうなぁ……」

 

 

自虐的な笑みを浮かべてさやかは歩いていく。

だがもちろん上条はさやかの事を言ったわけではない。むしろ、自分の事を指していたのだ。

一人になった上条はふと背後に気配を感じ、視線を移した。するとそこにはどう見ても異形の存在が跪いているではないか。

 

 

「ッッ」

 

 

ガルドサンダー、ガルドミラージュ、ガルドストーム。

そして上条は聞いた。ゴルトフェニックスの鳴き声を。

 

 

(ぼ、僕はおかしくなってしまったのか……)

 

 

大きく首を振ると化け物達は存在していなかった。

ふと、上条は制服の内側にあるポケットからデッキを取り出す。

どう考えても幻視と関係があると思われるソレ。しかし捨てても捨てても戻ってくるし、かと言ってこんな不気味なものをどこに相談すればいいのか。

 

無いとは思うが、もしも本当に頭がおかしいと判断されれば強制入院だろう。

そうなれば両親にも迷惑が掛かるし、中沢たちになんと思われるか。ましてやバイオリンが弾けなくなったら退院した意味もない。

 

唯一頼れるのはさやかと一瞬思ったが、さやかに話したところで解決するわけがない。

それにこんな事に彼女を巻き込むのも気が引ける。

 

 

「はぁ、困ったな……」

 

 

かわいそうに。上条の苦悩は続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む、これは一体どういう状況だ?」

 

 

浅海サキは困惑していた。

マミの家にやって来たは良いが、そこにいたのはなんだか良く分からない少女。

ほむらに似ているが、どう見てもほむらには見えない。

 

 

「妹さんか?」

 

「いえ、その、説明が少し難しくて……」

 

 

マミは手塚をはじめとしたメンバーにアイコンタクト。

そしてペギーのコアグリーフシードを取り出した。

 

 

「サキ、とっても大切な話があるのだけれど……」

 

「?」

 

「ちょっと全部、思い出してみない?」

 

 

悩んだものの、マミはココでサキに全てを思い出す事を提案した。

サキはいつも随分と微妙なラインに立っていた。基本的には戦いを止める側にはいるものの、参戦派になる時は容赦なく殺意を振り切っている。

しかしマミ達はサキに全てを話す。言い方は悪いが信じるしかない。

F・G、魔獣、今の状況、かいつまんで話すと、サキは大きく頷いた。

 

 

「頼む。私の中にある燻りに、ココで決着をつけたい」

 

 

それがサキの答えである。

結果、マミはサキの記憶を戻す事に決めた。

 

 

「ちなみに手塚さん、占いは?」

 

「悪くない」

 

「ではゴー!」『ユニオン』『メモリーベント』

 

 

サキが記憶を戻すメモリーベントを『受け入れる』事で、魔法は発動される。

どんなものかと身構えたのは束の間、サキは頭を抑えて叫んでいた。

記憶のフラッシュバックが劇的なスピードで巻き起こり、サキは情報の海に無理やりに沈められる。

呼吸の一つさえ、過去と交じり合い、苦痛や悲しみ、喜びを思い出すツールになっていく。

 

見える。視える。そこは宇宙だった。

煌く星達の中に妹の死が、マミへの憎悪、友情、ゲームへの怒りが重なっていく。

 

サキはふと腹部に激しい熱を感じた。

自分の腹を押さえると、気づく、お腹に穴があいていた。

そこからデロデロと生暖かい内臓が零れていく。

これは記憶だ。前回のゲームでほむらに腹部を撃たれた時の記憶が景色を作っている。

もちろん思い出しているだけなのだが、追体験の果てにそれは限りないリアルへ近づいていく。

 

 

「鹿目さん!」

 

「はい!!」

 

 

サキは思い出した。

自分が魔女になる時、瞬間の記憶をも。

それはそれだけの絶望の情報を追体験させていく。一瞬で穢れ濁るサキのソウルジェム。まどかはコアグリーフシードを押し当て、すぐさま浄化を開始した。

 

 

「黙れ!!」

 

「!」

 

 

サキが叫んだ。

 

 

絶望(おまえ)は少し黙ってろ!!」

 

 

サキの頭部に激しいスパークが巻き起こる。

思わず目を細めるまどか、一方でサキは大きく目を見開き、もう一度強く叫んだ。

 

 

「私にはもう、お前は要らないッッ!!」

 

 

するとその時だった。穢れが止まった。

グリーフシードによる浄化のみが行われ、サキのソウルジェムはあっと言う間にピカピカになる。

 

 

「ッ、まさかサキの奴、無理やりに押し込んだのか!」

 

 

レジーナアイを通してニコはサキが魔法を使った事を知る。

成長魔法、サキはそれを自分の脳にぶち込んだ。

精神を成長させ、サキはなんと穢れのスピードを弱めたのだ。

その間に全ての情報を処理していく。

 

 

「私は――ッ、そこにいたんだ」

 

 

前回のゲーム。

サキはそこで多くの死を踏み越え、ボーダーラインに立った。覚えている。記憶がある。

三度と同じ事を繰り返した。考えてみれば随分間抜けじゃないか。

同じミスを三回犯すまで何も成長しないなど、成長魔法を使うサキにとっては何よりの皮肉だ。

 

 

「私はもう――ッ、愚かな過ちはくり返さない!!」

 

 

ソウルジェムが光る。

どうやら記憶継承は無事に終わったらしい。

サキは汗が浮かぶ額を拭うと、直後猛スピードでまどかに突っ込んだ。

まるでラグビー、まるでレスリング。まどかは思わず呻き声をあげて倒れたが、ギュッと強く抱きしめてくるサキを見れば、目には涙が浮かんでくる。

 

 

「あぁ、まどか。まどか! 無事だったんだね。本当に良かった……!」

 

 

サキはボロボロと泣いていた。

しかしそれでも、まどかを抱きしめる力は緩めない。

 

 

「私とキミは、本当なら出会う事はなかったね」

 

「……うん、そうだね」

 

「でも出会ったんだ……!」

 

 

サキは本当なら見滝原に住んではいなかった。

しかしゲームが始まった事で歴史や関係が歪み、結果としてまどかの幼馴染になった。

歪んだ絆だ。しかしそれでも、幼馴染だったんだ。昔から知っていて、よく遊んで。そして一緒に戦った。

 

 

「あぁ、まどか、愛しているよ」

 

「うん、わたしもだよ、お姉ちゃん」

 

 

まどかは優しい笑みを浮かべてサキの頭を撫でた。

サキが落ち着いたのは五分後。しかしそうするとマミとホムラの表情が曇る。

バツが悪いと言うか、無理もない、それだけの記憶がある。マミは妹の事故の件、ホムラは前回のゲームにおける最後の裏切り。

 

やはり強く覚えているだけに、なかなか目もあわせ辛い。

しかしサキはその視線に気づいたのか、自分からその話を振っていく。

 

 

「昔の事なら気にしなくていいさ。私だって二人に酷い事をした。こちらこそ許してもらえないだろうか」

 

「い、いえ! そんな事ッ、もちろんよ、ねえ暁美さん!」

 

「は、はい! 本当にご、ご、ごめんなさいでしたぁ!!」

 

 

微笑むサキ。

 

 

「随分大人だな、浅海のサキさんは」

 

「それが私たちに一番必要なものだろ。ニコ」

 

「……昔の事、覚えてる?」

 

「ああ。うっすらとだがな。お前には随分苦労させられた」

 

「フッ、怖いのが魅力のサキさんでんがな」

 

 

さて、とりあえずコレでサキについては何とかなかった。

 

 

「ところで、さやかは知ってるのか?」

 

「いや、まだ、アイツはもっとコアグリーフシードがないと」

 

 

サキは複雑な表情で頷いた。

確かにさやかは色々と複雑だ。もっと慎重に記憶を戻した方がいいだろう。

さて、使い終わったコアグリーフシードは僅かに残量がある程度。

それは以前、女帝と戦ったまどかが使用してキュゥべえに処理してもらった。

 

 

「待て! キュゥべえ、まだ帰るな!」

 

『?』

 

 

役目を終えたキュゥべえをサキが呼び止める。

事情はだいたい分かった。ほむらが過去の状態に戻ってしまったと。

しかしそれには必ず理由が存在しているはず、サキはそれをキュゥべえに教えてもらおうというのだ。

 

 

「なるほど」

 

 

納得するニコ。

もしもキュゥべえが答えられるのならば、それはほむら個人の問題である事だし、解決策もすぐに分かるだろう。

しかしもしも答えられないのならそれはゲームに関係する事、魔獣が絡んでいるとヒントがもらえる。

 

 

『どちらでもない』

 

「なに?」

 

 

それがキュゥべえの答えだった。

 

 

『キミ達の言葉で言うなら、ほむらがホムラになった理由は、当然ホムラ自身にある。それには多少魔獣も絡んでいるとは言え、一番の要素はホムラだ』

 

 

つまり魔獣がちょっかいをかけた事でホムラ化が進んだわけで、魔獣が何もせずとも遅かれ早かれホムラにはなっていたと。

 

 

「ホムラになった事で何か悪い事はあるのか?」

 

『悪い事とは?』

 

「たとえば、魔女化が早まったり、魔獣が有利になったり」

 

『キミ達が思っているような直接的影響は無いよ。ただし当然ほむらとホムラを比べれば分かるとは思うけれど――』

 

 

要するにホムラはほむらよりもより繊細で臆病な性格だ。

故にソウルジェムが穢れやすくなるのは仕方の無いことだ。

しかしだからと言って魔獣が何かを操作して直接魔女化させたりするという事はない。

 

 

「なるほどな。それで肝心の原因はなんだ?」

 

『それはキミ達が考えた方がいい。ボクはそれが重要なポイントだと思っているからね』

 

 

キュゥべえはそれを言うと一同の前から姿を消した。

 

 

「あんにゃろう、適当言いやがって」

 

「でも仕方ないわ。今日はもうお開きにしましょうか。鹿目さんは悪いけど、暁美さんを送って行ってくれる?」

 

「分かりましたマミさん!。いこ、ほむらちゃん!」

 

「う、うん!」

 

 

手を取り立ち上がるまどかとほむら。

二人は何も気づいていない。それは好都合だった。

マミの部屋を出て行く二人、残されたメンバーは一勢にニコを見る。

 

 

「それで、どういう事なのかしら神那さん」

 

「む、ニコは何か知っているのか」

 

「うん、まあ『おそらく』の域は出ないんだけども」

 

 

ホワイトボードになにやら数値を殴り書きしていくニコ。

上下に別れた数字はよく似ているが、一部の数字が違う。

 

 

「上がほむらの魔力、下がホムラの魔力を数値化したものだ。まあこの数字自体に意味は無いから似ていると言う点だけ覚えていてほしい」

 

 

さらにニコはホムラの数字の下にもう一つ数字を書いていく。

 

 

「これが今のホムラの数字だ」

 

「ッ、変わってるわね」

 

 

ほむらとホムラの数字が違っている。

それは普通ならばありえない話だとニコは言う。

 

 

「こんな短時間で魔力の質が変わるのはありえない」

 

「それが暁美さんが危険になる事とどういう関係があるの?」

 

「近い例が一つある。双樹だ。奴らの魔力は同一人物でありながら見事に正反対を言っている」

 

「……つまり、暁美さんが二重人格になろうとしていると?」

 

「イエス。そういう事になるな」

 

 

指を鳴らすニコ。

この時点ではほむらとホムラは記憶を共通している。

がしかし、問題は記憶の有無ではない。考え方、性格、人のあり方だ。

ほむらとホムラ、これが大きく違うと言うことは誰もが分かっている。そして今はホムラであり、ほむらはいない。

 

 

「簡単に言えば、ほむらが消えるぞ、このままじゃ」

 

「しかし分からないな。記憶があるならそれは別人格と言えるのか」

 

 

確かにホムラはほむらとは大きく違う。

しかし全ての記憶があるのだから、別人格と言うのはピンと来ないとサキが言う。

 

 

「考え方の違いがまるごと人格に反映されているのかもしれないな」

 

 

手塚が言うには、攻撃的な感情が全てほむらに向かい、防御的な感情が全てホムラに向かっていく。

それが二つに分かれ、一つが消えるなら極端な性格のホムラになるのも頷ける。

案外、兆候はずっと前から出ていたのかもしれない。

 

 

「だがそうなると戦力が減るな、おい」

 

「そういう話じゃないわ。もしもほむらさんの方が苦しんでいるなら、どうにかしないと」

 

「全てはアイツの問題だ。アイツ自身が決着をつけないと、どうしようもないだろ」

 

 

手塚はコインを弾く

。キャッチすると、それは裏を示した。

 

 

「どんな運勢よ」

 

「……最悪だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方でそのホムラはまどかと楽しそうに喋っていた。

記憶は継続しているし共有もしているのだから、過去の話で盛り上がることはおかしい話ではないのだ。

 

 

「覚えてる? 鹿目さん! 巴さんと一緒にココを走ったよね」

 

「あはは、そうだね、あの時陸上がテレビでやってたもんね」

 

 

走れば強くなるんだと話し合い、意味も無く走ってみたりした。

もちろん本当に意味の無い行動だったけど、そういう事が楽しかったのだ。

 

 

「あの時みたいに……、戻りたいな」

 

「大丈夫だよホムラちゃん」

 

「え?」

 

「みんな一緒だよ」

 

「あ、そっか。そ、そうだよね……! みんな一緒だもんね!」

 

 

ほむらはメガネを整え、まどかを見る。

 

 

「あ、あ、あの、鹿目さん」

 

「ん? どうしたの?」

 

「本当にあ、あ、ありがとう! 貴女がいたから、わわわわ私ッ!」

 

「えへへ、なんだか分からないけどいいよお礼なんて。それにもしもお礼を言うとしたら、それはわたしの方だよ」

 

「え? え、え?」

 

「約束、ずっと覚えててくれたんでしょ?」

 

 

ホムラの脳裏にフラッシュバックする景色。

あまり思い出したくない光景だ。ほむらは顔を青くして俯いた。

 

 

『キュゥべえに騙される前の馬鹿なわたしを、助けてあげてくれないかな?』

 

「わたしはもう契約しちゃったけど、そのおかげでみんなを守れるんだからね、フフフ」

 

「まどか……」

 

「あ、名前で呼んでくれた!」

 

「え? あ! ご、ごごごごごめんなさい!!」

 

「えへへ、別に気にしなくて良いのに。わたし、ホムラちゃんに名前で呼んでもらうの好きだよ」

 

「あ、あぅあぅ、ででででも、なんだかこの状態だとお、おちっ、落ち着かなくて」

 

「そっかぁ、じゃあホムラちゃんの好きによんでね」

 

「う、うん。ありがとう鹿目さん……!」

 

 

二人は笑い合うと再び道を歩き出す。

 

 

「そうだ、まだ時間あるし一緒に真司さん迎えに行こっか!」

 

「うん! きっと城戸さんも喜ぶね!」

 

 

すると、まどかが足を止める。

 

 

「ん? どうしたの鹿目さん」

 

「バイクの音、聞こえるね」

 

 

そう言われてみれば遠くの方にエンジン音が聞こえる。

改造してあるのだろうか、かなり激しい音だ。

離れているのにそれなりの音量に思える。

 

 

「あ、ああいうの苦手。乗ってる人、こ、怖そうだし……」

 

「うん……、周りの人が怖がっちゃうね……」

 

「どうしたの? なにか気になる?」

 

「うん……、ちょっと」

 

 

不快なエンジン音、まどかには聞き覚えがあった。

ふと周りを見回してみる。すると上空に気配が。

まどかが視線を向けると、そこには箱の魔女の使い魔、ダニエルが浮遊していた。

 

 

「使い魔! ホムラちゃん、変身して!」

 

「え? え? え……!?」

 

 

すぐに反応ができず、ホムラはオロオロとまどかを見る事しかできない。

すると気づく。エンジン音がどんどん大きくなって――。

 

 

「ッ! ディフェンデレハホヤー!」

 

 

まどかはホムラを抱きしめると姿勢を低くする。

そこに円形の結界が張った直後、爆音を上げたバイクが姿を見せた。

 

 

「グッ!」「きゃあ!」

 

 

どす黒い煙を上げたバイクはまどかの結界に直撃する。

前輪がガリガリと結界を削り、火花がまどかの視界をジャックした。

しかしその先に見る。バイクに――、いや小型化した銀の魔女、ギーゼラに乗っている化け物の姿を。

 

 

「ひぃい!」

 

 

ホムラは訳がわからず、とりあえず反射的に変身してみたものの頭を抑えて震えている。

一方でまどかは結界に守られながらも弓を取り出し、思い切り振り絞った。

光が集中していき、まどかはギーゼラに向けて矢を放つ。

光の矢は前輪に命中するとその衝撃で車体を浮き上がらせる。

 

 

「ハハッ!」

 

 

笑い声が聞こえた。吹

き飛んだバイクはそのまま、まどか達から距離をあけたところに綺麗に着地する。

するとバイクに乗っていた男は前宙で降りると、姿勢を低くしてゾンビのようにフラフラと前にやって来る。

一方で変形を解除し、魔女形態になるギーゼラ。

魔力を解放し、魔女結界の中にまどか達を引きずりこむ。

 

 

「ホムラちゃんは隠れてて!」

 

「で、でも! あ、あわぅわぅわぅ!」

 

 

ダメだ、腰が抜けてしまった。

ホムラは目の前から迫る異形を見て完全に心が折れてしまっているようだ。

まどかはホムラの為にニターヤーボックスを発動。結界の箱の中にホムラを入れると、魔女結界の隅へと避難させる。

一方でまどかは改めて前から迫る異形を見た。まるでそれは青いカミキリ虫。

 

 

「会いたかったぜぃ、鹿目まどかさんよぉ!」

 

「魔獣……!」

 

「俺様の名前はゼノ・ボックケーファー。おめぇらをブッ殺しに来たん――、だよ」

 

 

ゼノバイターは人さし指で脳を指す。

 

 

「インキュベーターの野郎が俺様たちに制約をかけた」

 

「?」

 

「家がわかんねーんだよお前らの。インキュベーターの奴らそこらへんのブロックをかけてやがる」

 

 

だからこそ魔獣は自分の足でまどか達を探さなければならない。

まあ家が分かれば魔獣は真っ先にそこを狙いに行くため、当然の処置ともいえるが。

ゼノは町中に使い魔を放ち、それを監視カメラにする事でまどか達を発見したと。

 

 

「町の人間ぶち殺しまくって炙り出すのもいいんだけどよ。ほれ、俺達ァ無駄な殺しをするとすぐに星の骸に戻されちまうだろ?」

 

「そ、そんな酷い事、させない!」

 

「はは、ハハハ! させないか。そりゃ無理だぜまどかちゃんよ」

 

「ッ?」

 

「もう俺様の仲間がほれ、何人かぶっ殺したからなぁ」

 

「え……」

 

 

まどかの動きが停止した。目を見開き、唇を震わせる。

一方それを見てゼノバイターはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 

「フフフッ! 明日くらいニュースになるんじゃねぇか。お子ちゃま達がバラバラにされたってよぉ?」

 

「子供を、殺したの……?」

 

「ああ。聞かせてやりたかったぜぇ、あいつらの悲鳴を」

 

 

ゼノバイターは随分と楽しそうに語る。

 

 

「助けてーパパーママー、痛いよー、怖いよー。クハハハ! 最後まで泣きながら叫――」

 

 

そこでゼノバイターの体が宙に浮いた。

激しい衝撃。見ればゼノバイターの腹部にまどかの頭部がめり込んでいた。

それはまさに一瞬の出来事。まどかが光の翼を広げたかと思えば、そのままゼノバイターに突っ込んだのだ。

 

 

「ホォッ! ホホッ! ハハハ!!」

 

 

ギーゼラの結界は街灯が並ぶ真っ直ぐな道路。

地面をバウンドしながらコンクリートの破片を撒き散らし、ゼノバイターは笑っていた。

ダメージを受けている様子はない。体の装甲が厚いのか、そのまま停止するまで転がったあと、ゼノバイターはなんの事無く跳ね起きた。

 

 

「なるほど頭を結界でコーティングする事で繰り出すロケット頭突きか。考えたなぁ」

 

「絶対に許さないッッ!!」

 

 

距離を取れれば、まどかが有利だ。思い切り弓を振り絞り、光の矢を連射していく。

 

 

「いいねぇ! 見せてくれよテメェの力を!!」

 

「えッ!」

 

予想外の出来事が起こる。なんとゼノバイターは両手を広げて前進してきたのだ。

当然光の矢はゼノバイターに命中していくわけだが、なんとゼノバイターは矢が命中しても構わず歩き続ける。

撃つ、進んでくる、撃つ、進む、撃つ、進む。以下ループ。

 

 

「ッ!」

 

 

まどかは回転しながらバックステップ。

その間に三発矢を放っていた。その矢は上中下に分かれており、一発目はゼノバイターの頭部に命中。

二発目は肩。三発目は右脚のスネ部分に直撃する。

が、しかし、ゼノバイターはそれでも動き一つ鈍らせない。

 

 

「ハハハハ、どうした? おいおい、まさかこの程度か?」

 

「降り注げ天上の矢! マジカルスコール!!」

 

 

ゼノバイターの頭上に広がる魔法陣。まどかがそこに矢を打ち込むと、直後光の雨がゼノバイターに降り注いでいく。

すぐに全身を包む光の雨、ゼノバイターの体が次々と爆発を起こした。

が、しかし、桃色の爆煙の中で笑い声が聞こえた。

 

 

「魔獣にとって絶望のエネルギー『瘴気』は、人間にとっての酒だ」

 

 

摂取すれば気持ち良くなるが消える。

しかし取り込み、貯蔵する事ができる。

そうなると魔獣にとっては力が上がり、パワーに変わる。

 

 

「シュピンネの野郎は獲得した瘴気をすぐに快楽変換して取り込みやがる。アルケニーの奴ぁ、そもそも獲得した瘴気が少ねぇ」

 

 

魔獣のランク、それを決めるのは瘴気をいかに取り込むか、そしてもう一つ。

どれだけF・Gを支配できるかだ。魔獣にとってF・Gはギャンブル、勝てばそれだけ正気を増やす事ができる嗜好の遊戯。

 

 

「分かるか、理解できるか参加者! 大勝ちした時の快感が!」

 

 

多くの瘴気を駆けて挑んだ大博打。

それに勝利した事でゼノバイターは多くの瘴気を獲得し、ソレを力に変えた。

 

 

「分かるか? なぁ」

 

「ッ! トゥインクルアロー!」

 

 

一瞬で到達する光の矢。

それを、ゼノバイターは虫を払いのけるように手の甲でかき消した。

 

 

「そんな!」

 

「取り込んだ負の量が違うんだよ」

 

 

ゼノバイターは無傷だった。

まどかの背筋に冷たいものが駆ける。

間違いなく、ゼノバイターは今まで戦った魔獣の中で最強であると理解できる。

だがその時、叫び声。

 

 

「か、かかかかか鹿目さん! 私が動きを止めるね!!」

 

 

モタモタと盾に手をかけるホムラ。

すると銃声が聞こえた。

 

 

「……へ?」

 

 

箱に穴が開いていた。

そしてガチャッ、ガチャッと音が。

ホムラが盾を見ると、時間を停止させるためのギミックに銃弾が詰まっていた。

それが邪魔をして砂時計を作動させる事ができない。

 

 

「あれっ! ど、どうして、なななな、なんでッって、あれ? えッ!?」

 

 

パニックになるホムラと冷静に情報を整理するまどか。

もちろんまどかも冷静ではいられないのが本音である。ニターヤーボックスに簡単に穴が空けられた。

穴を開けたのは当然ゼノバイター。いつの間にか左手には武器が握られていた。

 

トンファーだろうか。持ち手の下に湾曲した刃が備わっている。

さらに持ち手にはトリガーがあり、そこを引く事でトンファーから銃弾が発射されるようだ。

ゼノバイターはその銃弾でホムラの盾にあるギミックを正確に撃ち、弾丸をストッパーの役割としたのだ。

 

 

「お前だよ。クハハハ! そう、お前だよ暁美ほむらァ」

 

「ッ?」

 

 

怯えるホムラの表情を見て、ゼノバイターは再び恍惚の表情を浮かべた。

 

 

「俺様が大勝ちしたのはお前のおかげだって言ってんだよ」

 

 

ゼノバイターがゲームで賭けたのはライアペアの生存。

その中でも細かく賭けの設定はできる。

 

 

「俺様は、暁美ほむらが鹿目まどかを殺す事に賭けた」

 

「ッ!」

 

「分かるよなぁ、それが上手くいった時の俺様の体から湧き上がる快楽が! 喜びがよ!」

 

 

首を人形のようにカクカクと動かしながら、ゼノバイターは腹を抱えて笑う。

 

 

「あん時ァたんまり貰ったね、瘴気のコイン。あぁっと、理由はなんだっけ? ハハハ、大丈夫だぁ、覚えてるぜぇ! 俺・様・は」

 

 

ホムラの顔が青ざめる。

記憶は確かにあった。ゲームと言う状況下が作り出した、最悪の記憶が。

 

 

「お前はまどかを助ける事を使命だとか偉そうに言ってた割にゃあ、殺す時は簡単だったぜぇ?」

 

 

ふざけたようにケラケラと笑いながらゼノバイターは銃口をこめかみに突きつける。

 

 

「あーん、こんなの私が知ってるまどかじゃぁないってなあァッ!」

 

「―――」

 

 

何度となく、くり返されてきた歴史。それだけの負もあろうて。

そしてそれがこのThe・ANSWERの中では希望ともなり、絶望にも変わる。

愛も、友情も、絆も、全ては本物であり、偽りにも変わるのだから。

 

 

「ねえ」

 

「あん?」

 

「もう、喋らないで」【アライブ】

 

 

明確に、はっきりと、まどかは怒りと不快感を瞳に乗せてゼノバイターを睨みつけた。

ここまで怒りをむき出しにするのは珍しい。

しかしそれもまたゼノバイターにとっては笑いにしかならなかった。

 

 

「勘違いするなよ、俺様が大勝したのは一度だけじゃねぇ。テメェもだよ」

 

 

まどかは射手座を構え、弦を強く引き絞る。

 

 

「お優しい鹿目ちゃんも、時間が狂えば脳みそがイカレる」

 

「ハァアア!!」

 

 

スターライトアローが放たれる。

巨大な矢は空を切裂き、一直線にゼノバイターに向かっていった。

 

 

「理由はなんだったか? ああ、そうだ、みんなが苦しむ前に殺してあげましょうか!!」

 

 

ゼノバイターはなんと回避を選択しなかった。

迫る力に真正面から向かっていく。右手を突き出し、その掌に矢を受ける。

 

 

「結局、何も変わらなかったけどな。誰も救えない、何も守れない!」

 

「!」

 

「時間と絶望だけが垂れ流されていく!」

 

 

まどかの矢はゼノバイターの腕を貫通しようと突き進む。

が、しかし、矢は『動いてはいなかった』。

 

 

「あまりにも無力! あまりにも無意味!」

 

 

矢が、止まった。

ゼノバイターはアライブの矢を、右手一つで受け止めたのだ。

 

 

「絶望こそが唯一の正義。俺様はお前らを塗りつぶすぞ!」

 

「そ、そんなッ!!」

 

 

ゼノバイターは勢いが死んだ矢を掴むと、適当な場所に投げ捨てる。

そして右手にもブレードトンファーを出現させ、直後、地面を蹴って走り出す。

 

 

「どうした! アライブってのはその程度か!!」

 

「うッ! くぅッ!!」

 

 

もう一発、まどかは矢を発射した。

強化された矢はそれ一発が魔女を殺すだけの力を持つはず。

なのに見よ、ゼノバイターは迫った矢をブレードで真っ二つに切裂いた。

そしてもう一発、迫る矢をトンファーで叩き落した。

 

 

「無限に続く絶望! それがフールズゲームの目指す理念だ!」

 

「トゥインクルアローッ!」

 

 

強化の果てに強化された矢が放たれる。

それは矢と言うよりは光のレーザービーム。

しかしその時、ゼノバイターも二対のトンファーを連結させた。

変形する武器、それはまさに『弓』と呼ぶに相応しい。

 

 

「無限を超えられるか? 無理だなァ。お前達の希望は浅すぎるッちゅう話ッ!」

 

 

ゼノバイターは弓を引き絞り、放つ。

するとまさに闇のレーザーが放たれたではないか。

それはまどかの光とぶつかり合い、競り合いを始める。

 

 

「ギーゼラァア!」

 

 

上空からバイクモードになったギーゼラが降ってくる。着地するのはなんと闇のレーザーの上。

ゼノバイターはバイクに乗ると、そのままアクセルグリップを捻って爆発的な加速でレーザーの上を走っていく。

 

 

(だめッ!)

 

 

ギーゼラは猛スピードでレーザーの上を走り、まどかとの距離を詰める。

既にギーゼラは光のレーザー、つまりまどかの領域に入っている。

このままじゃもうすぐに距離が詰められる。

一方でゼノバイターは弓を持つ。いや、それは弓ではなく、ブーメラン。

 

 

「歴史に溺れろ。鹿目まどか!」

 

 

ゼノバイターは瘴気を爆発させ、ブーメランに注入させていく。

するとブーメランは巨大に、より禍々しいデザインに変化し、モザイク状のエネルギーが纏わりつく。

 

 

「積み上げた絶望こそが、絶対の力だ!!」

 

 

渾身の力で、ゼノバイターはブーメランを投げた。

 

 

「アイギスアカヤー!」

 

 

まどかの前に巨大な盾が出現し、ブーメランを受け止めた。

ガリガリと盾を抉り削ろうと回転を続けるブーメラン。まどかは気づいていない。

それはあくまでも『囮』だと言うことを。ゼノバイターは既に距離を詰めていた。盾越しにはまどかはその姿を確認できない。

そしてゼノバイターは手にありったけの瘴気を宿し、そのまま盾を思い切り殴りつけた。

 

 

「きゃあああああああああああ!!」

 

 

轟音が響く。

なんと、アライブ体であるまどかの最強の盾、それをゼノバイターは砕いたのだ。

まどかのみぞおちに青い拳が入る。まどかの体は面白いように後方へ吹き飛んでいった。

地面を削り滑り、まどかはそのまま後退。ハイウェイの曲がり角を曲がれず、壁を突き破って結界の下層へ落ちていく。

 

 

「足りねぇなぁ、オイ! それがお前の力かよ! んなもんで魔獣を倒すなんざよく言えたもんだよな、こりゃあ」

 

 

腰を曲げ、フラフラと前にでるゼノバイター。

まどかに追撃を加えようと歩き出したがふと停止。

そのまま首をカクンと折り曲げ、体をホムラの方へ向ける。

 

 

「ひぃい!」

 

「あぁー、テメェから殺しとくか」

 

 

ホムラは何も出来ずただ怯え、震えるだけ。

そしてその様子を、全てほむらは確認している。

 

 

「何をしてるのアイツは!!」

 

 

椅子の手すりを思い切り殴りつける。

まどかを守れないだけではなく、時間停止が封じられた途端なにもできないなんて。

武器を出せば戦えるのに。

そして今、敵を前にして震えるだけ。このままじゃ確実に死ぬ!

 

 

「この役立たず……ッ!」

 

「フフフ、役立たずですか。随分ですわね」

 

 

隣にいるワルクチは髪を弄りながらモニタの向こうにいるホムラを見ていた。

確かに敵を前にして震える事は愚行であろう。しかしある意味、それが普通の人間である事の証明なのに。

 

 

「殺する為の衝動や力を望む事は、本当に正しいのでしょうか?」

 

「……でなければ、守れるものも守れない」

 

「まあ、そうかもしれませんわね」

 

 

ワルクチはニヤリと、含みある笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

さて、ピンチの二人ではあるが、ここは一旦落ち着いて、少し時間を巻き戻してみよう。

まどか達がマミの家に行っている間、真司はスクーターを飛ばしていた。目的地は警察署の隣にある喫茶店だ。

しきりがしっかりしているため、隣接する席との区別がはっきりとついており、半個室のような席が多い。

その一つで、真司はテーブルを殴りつけた。その衝撃でカップがゆれ、なみなみと注がれたコーヒーがテーブルの上に零れた。

 

 

「す、すいません――ッ」

 

「いえ。城戸くんの気持ちは分かります」

 

 

須藤は真司に今朝の事件を報告する。

もちろん警察が一般人、よりにもよって記者に捜査内容を言うのはアウトだろうが、そこは真司を信頼して、だ。

もちろん真司もその情報をすぐに記事にはしない。これはあくまでも『城戸真司』への情報なのだ。

 

 

「クソッ、魔獣の奴ら……! 何にも関係ない子たちまで襲うのかよ!」

 

「奴らを放置すると、もっと犠牲者が出ます。一刻も早く奴らを止めなければ」

 

 

こうしている間にも魔獣はきっとどこかで虎視眈々とチャンスを伺っているに違いない。

 

 

「とにかく、情報が入り次第、お知らせます」

 

「あ、じゃあ俺もなんか分かったら須藤さんに連絡します!」

 

「助かります」

 

 

真司は須藤と別れると、スクーターを押しながら道を歩く。

携帯を確認するとまどかからの連絡があった。なにやらほむらがホムラでなんとやら。

 

 

「???」

 

 

今日はもう仕事もないし、とりあえずマミの家に向かうのもありか?

真司は頷くと携帯をしまって再びスクーターを押し始める。

だがすぐに立ち止まった。頭によぎるのは、先程須藤が言っていたことだ。

 

 

『子供達が殺された』

 

「……あ」

 

 

ポツリと、手の甲に雫が落ちた。

情けない、悔しくて泣くなんてまるで子供じゃないか。

真司がグシグシと乱暴に目を擦り、首を振る。

 

もちろん真司だって全ての人間を救えるとは思ってない。

彼の願いはあくまでも参加者全員の生存だから。

しかしそれでも無関係の人間が巻き込まれる事には胸が締めつけられる思いである。それも子供達がなんて――。

全てを救えるヒーローとはおこがましいが、できればそうありたいと思う中で、この状況は心がズタズタにされる思いだ。

 

 

「よ!」

 

「おわ!」

 

 

背中に衝撃を感じて真司は前のめりに。

振り返ると、ニヤニヤしている美穂が立っていた。

 

 

「こんなとこで会うなんて奇遇じゃん」

 

「あ、ああ」

 

「運命かもなー。どうする? 結婚するか?」

 

「す、するわけ――、な、ないだろ!」

 

「切れ悪いわね、どうした?」

 

 

目を逸らす真司。

 

 

『好きだ! 俺はお前が、ずっと前から――ッ!!』

 

 

どうにも記憶がある分、美穂とは顔を合わせづらい。

かと言って肝心の美穂は覚えていないんだから、どうにも調子が狂う。

 

 

「それより、どうしたんだよお前」

 

「DVD返しに行ってたんだよ、もうちょっとで延滞料取られるところだよ、あはは」

 

「がさつだもんなぁ、お前」

 

「キスは繊細だけどね。してみる?」

 

「ブッ!! な、何言ってんだよお前!」

 

「あれ? ちょっと待って、アンタ泣いてない?」

 

「えっ! あ、いやっ、泣いてないよ!」

 

「嘘! 絶対泣いてるって! うわー、男が泣くとか……。あちゃちゃちゃちゃ……」

 

「うるさいなお前は! 男女差別だぞ!」

 

「はいはい分かってるわよ。どうせあれでしょ? フランダースの犬とか見て泣いてたんだろ?」

 

「お前は俺の涙を何だと思ってるんだ!」

 

「高校ん時、ガチ泣きしてたじゃん!」

 

「それは仕方ない! フランダースの犬読んで泣かない奴とかいないだろ!」

 

「山ほどいるわ!」

 

 

結局と真司は美穂と一緒にアトリに行くことに。

テラス席につくと蓮がメニューを持ってやって来る。

美穂はコーヒー、真司は紅茶を頼むと、蓮はオーダーを届けてそのまま自分も席につく。

 

 

「仕事しろよ」

 

「休憩だ」

 

「んな事より聞いてよ蓮、さっき真司泣いてたんだよ」

 

「なッ! 言うなよお前!」

 

「フランダースの犬か」

 

「だからお前らにとって俺の涙って何なんだよ!」

 

「いいじゃん別に。感動物で泣くって普通だもんね。流石にAV見て泣いてたら美穂ちゃんドン引きだけどさ」

 

「え゛ッ! って、お、お前なぁ!」

 

「相変わらず下品だな霧島。女として終わってる」

 

「いいもーん。真司が貰ってくれるもんねぇ?」

 

「あ、あうあぅ」

 

「照れるな城戸(バカ)、霧島の冗談だ。いちいち真に受けるな」

 

「わ、分かってるよそんな事!」

 

「で、ほら、いい加減何で泣いてたのか教えてよ」

 

「ちょっと……、あれだよ、目にゴミが入ったんだよ」

 

「ハァ」

 

「おい蓮、なんでため息つくんだよ!」

 

「お手本みたいな言い訳だからでしょ。そんなもんね、あれよ、陸上で良いタイムが出ないから『あー、おれ今日足痛いからなぁー』って言ってるのと同じよ」

 

「たとえが分かりにくいんだよ!」

 

「お前は別に仕事で悩んでないだろ。実家の事でもないだろうし……、とするとアレか」

 

「なんだよ蓮」

 

「恋か」

 

「はぁ!?」

 

「あちゃー! スマン真司! 泣かせるつもりは無かったんだけど! これもアタシが可愛いから……!」

 

「だからお前じゃありませんよ美穂さんッ!」

 

「ハァ」「はぁ」

 

「なんだよ二人とも!」

 

「蓮、これは苦しいよなぁ?」

 

「そうだな。城戸が霧島に惚れてるのは周知の事実だからな」

 

「な、なんだよぅ!!」

 

「覚えてる? ニャーゴの部屋」

 

「フッ! あったな、そんな事も」

 

 

思わず蓮も吹き出す『ニャーゴの部屋』とは一体なんだろうか?

それは高校のとき、美穂が学校に内緒で始めたバイトだった。ネコ耳つけて耳掃除をするだけで月収16万はいくとされたソレ。

しかし男に付きまとわれるなどと言う噂もあり、なによりも、いかがわしい事は無しとは言え店の雰囲気が雰囲気であった。

すると真司は美穂を心配して、一週間の間ずっと美穂を指名して貸切状態にしたのだ。

 

 

「あれは傑作だったな。まさかストーカー第一号がコイツになるとは」

 

「変な言い方すんなよな蓮! いやっ、あれは美穂を心配してだな!」

 

「おかげで一週間で辞めたよ。まあでもその後あそこ潰れたから結果的に良かったのかな」

 

 

すると携帯が振動する。真司が目を移すと、その表情が一瞬で変わった。

 

 

「ちょっと悪い! 俺もう行かないと!」

 

「マジ? まあいいや、あんたの分も飲んどいてやるから」

 

「悪いな、美穂! じゃあな蓮!」

 

 

荷物を纏めて走り出す真司。

すると後ろから声が聞こえてきた。

 

 

「悩むなよー! あんたのガラじゃないぞー! もしも悲しかったら美穂さんがナデナデしてやるからなー!」

 

 

気の抜けた声ではあったが、真司は両頬をバシっと叩いて加速する。

そうだ、そうだな、悲しむだけじゃ誰も救えないんだ。

真司はデッキを取り出すと、スクーターのサイドミラーに飛び込んでいった。

 

ライドシューターが鏡の世界を高速でかける。

邪魔な障害物は破壊しながら加速するタイヤ。真司に届いたメールの差出人はホムラであった。

結界の箱の中、ホムラは震える手で真司に助けを求めていたのだ。

 

 

『てすけて』

 

 

誤字であり、場所さえ書いてないメールだが、真司には問題ない。

コールベント・エンゼルオーダー。まどかの天使召喚を真司も使えるようになるカードだが、それでファーターレハーヤーを発動する。

忠誠の天使レハーヤーはまどかの放つ魔力を察知して真司に『まどかが今どこにいるか』を知らせることができる。

アクセルグリップを限界まで回し、龍騎は終点を複眼に映した。

 

 

「ゴォオオ!?」

 

 

ホムラを八つ裂きにしようと思ったとき、ゼノバイターの体は宙に浮いていた。

手足をバタつかせながら真横に吹き飛び、近くにあった街灯を粉砕しながら地面に倒れる。

当然、ゼノバイターを弾き飛ばしたのはライドシューター。地面を擦りながらブレーキ、車体を横にして急停止すると屋根が展開、龍騎はシートの上で状況を確かめる。

 

 

「ホムラちゃん、とりあえずアイツぶっ飛ばしたけど、敵で良いんだよね?」

 

「は、は、はい! き、ききききき城戸さん! きっ、て、くれたんですね!!」

 

「?」

 

 

ホムラの様子がおかしい事に気づく。

しかし龍騎はすぐに、跳ね起きるゼノバイターへ視線を移した。

 

 

「来たな! 龍騎ぃ!」

 

「魔獣! まどかちゃんはどこだ!」

 

「さっきブッ飛ばしたぜぇ! 面白いくらいに飛んで行った!」

 

 

ゼノバイターは嬉々とした様子で弓を構える。

禍々しい黒が収束していき、瘴気のエネルギーが溢れていく。

 

 

「テメェもすぐに消し飛びなぁッ!!」

 

 

弦を引くと瘴気の矢が発射される。

猛スピードで飛来したそれは龍騎が反応する前に直撃したように見えた。

ライドシューターが爆発し、爆炎のなかに龍騎は消える。

 

 

「おいおいどうした? まさか一発でグロッキーかぁ?」

 

 

首をカクカクと動かしながらゼノバイターはケタケタと笑う。

その笑い声のなか、炎が消し飛んだ。四散する火の粉の中で、龍騎は腰を落とし、ドラグクローを構えている。その周囲を旋回するドラグレッダー。

 

 

「ハァアアアアアアアアアア!!」

 

 

昇竜突破。

ドラグクローを突き出すと巨大な炎弾が放たれてゼノバイターに向かっていく。

 

 

「おーおー、流石にこれくらいじゃなんともねーか」

 

 

まるで向かってきたボールを弾くように、あっさりとゼノバイターは火球を掌で叩き落した。

着弾すれば爆発。しかし青黒い旋風が巻き起こる。炎をかき消したのはゼノバイターだ。

ブーメランを分離させ、トンファーに変えるとそれをふるって風を起こしたのだ。

 

 

「行くぜ城戸真司ィ。テメェらをぶち殺せば、俺様はまた『大勝ち』だからよォオ!」

 

 

地面を蹴って走りだすゼノバイター。

 

 

「ッ、シャア!」

 

 

龍騎も気合を入れると、構えを取って地面を蹴った。

 

 

「ゲームスタートだ! 気張れよ真司ィ!」

 

 

触覚をなびかせてゼノバイターは笑う。

 

 

「うるさい! お前らのゲームなんて俺がブッ壊してやる!」

 

 

距離を詰めあう赤と青。同時に地面を蹴ると、まずは飛び蹴りが交差した。

踵が掠り、二人は同時に地面に着地した。背中合わせの状況、ゼノバイターは振り返りながらトンファーについた刃を振るう。

 

 

「ホッ! ホハァ!」

 

 

龍騎は体を一歩後ろ逸らして刃を回避する。

しかしゼノバイターはその勢いのまま地面を蹴ると体を捻らせて脚を振るってきた。

エクストリームマーシャルアーツ、ダンスの様な動きではあるが、その飛び蹴りはそれなりの威力を持ったもの。

 

 

「グッ!」

 

 

踵落しが龍騎の肩を打つ。

怯んだ龍騎と、そのまま姿勢を低くして回転するゼノバイター。

コマの様に激しく旋回しながら武器を振るい、刃が龍騎の装甲を削っていく。

さらに距離が開こうという所で気づく。龍騎の両手首にゼノバイターの触覚が巻きついていた。

 

 

「ウゥラァアアアィ!」

 

「グアアアァアッ!!」

 

 

瘴気のエネルギーが電流の様に龍騎に流れ込んでいく。

そして触覚を操り、引き寄せるようにゼノバイターはそのままドロップキックを龍騎の胸部に叩き込んだ。

 

 

「グッ! ごフッ!」

 

 

呼吸が止まる。

地面を滑り、火花を散らしながら龍騎は吹き飛んでいく。

だが龍騎はその中でデッキに手をかけていた。カードを引き抜くと、丁度動きが停止。素早くバイザーの中にカードを入れる。

 

 

「ホッ! ホホホ! ホララララ!!」

 

 

ホップ、ステップ、ジャンプ。ゼノバイターは飛び上がり、空中を回転しながら高度を上げる。そのまま足を突き出し、龍騎を踏み潰そうと殺意を解放する。

 

 

『ソードベント』

 

 

空中を旋回しながら龍騎の手に落ちるドラグセイバー。

剣を横に構え、刃を突き出して盾とする事で、龍騎はゼノバイターの足裏を受け止める。

 

 

「フハハ!」

 

「!」

 

 

一瞬だ。ゼノバイターはその場で前宙を行うと、足裏を上に、右掌を下にする。

つまり手でドラグセイバーを掴んだのだ。そして左手に持っていたトンファーの引き金を引き、真下にいる龍騎にたっぷりと銃弾を浴びせていく。

 

 

「グゥウッッ!!」

 

 

龍騎の力が緩んだ。

ゼノバイターはドラグブレードを奪い取ると、触覚を伸ばして近くの街灯に結びつけ、そのまま龍騎から離れていく。

地面に着地すると、ゼノバイターは笑いながら力を込めた。

 

もう気づいていると思うが、先程からゼノバイターは思い切り刃の部分に手が触れている。

しかし痛がる様子は全く無かった。と言うことは、だ。

 

 

「こんな玩具で俺様をどうにかしようなんざぁ、ナメられた話だよなぁ?」

 

 

ゼノバイターは刃を握りつぶし、破片を地面に落とす。

使い物にならなくなったドラグセイバーは、適当な所へ投げ捨てる。

 

 

「!」

 

 

すると業炎が巻きあがった。火柱があがり、陽炎に揺らめく魔女結界。

ゼノバイターは炎の中で立ち上がる龍騎を確認する。複眼が赤く光り、直後、エコーがかかった電子音が。

 

 

【サバイブ】

 

 

炎が弾け、龍騎はドラグバイザーツバイを突きつける。

引き金を引くと、銃口から炎弾が連射された。一方でゼノバイターもトリガーを引いて光弾を連射させる。

激しくぶつかり合う赤と青の弾丸、そのなかで龍騎とゼノバイターは再び走り、距離を詰めた。

 

 

「くッ!」

 

「ハハハ!」

 

 

流れ弾が龍騎の肩を抉る。

一方で炎弾もまたゼノバイターに命中するが、零れるのは苦痛の声ではなく笑い声だった。

 

 

【ソードベント】

 

 

ブーメランとドラグブレードがぶつかり合う。

そのまま赤の斬撃と青の斬撃が激しい乱舞を行う。

流石に強化されているだけはある、サバイブの剣は的確にテラバイターを狙い、笑みを消すほどの威力を見せた。

だがあくまでも状況は均衡を保っている。火花が散り、武器と武器がぶつかり合う音がしばらく続いた。

だが、終わりは唐突にやって来る。

 

 

「お!」

 

 

龍騎が払い上げたブレードがゼノバイターの武器を一つ弾き飛ばした。

上空に打ち上げられるトンファー。そして大きく怯むゼノバイター。

ココが好機だ、龍騎は渾身の力を込めてドラグブレードを突き出す。

 

 

「終わりが来たのは俺様が隙を作ったからじゃあねぇんだわ」

 

「!」

 

 

ゼノバイターは、確かにドラグブレードを手で掴んでいた。

流石に切れ味が増しているだけはある。掌から血のように瘴気が垂れていた。

しかし逆を言えば、それだけだった。ゼノバイターは語る。

隙が生まれたのはスタミナが切れたからではない。武器を弾かれたからではない。

すべて、『わざと』だ。

 

 

「見切ったぜ、龍騎」

 

「なん――ッ!」

 

「魔獣は、絶対だ!」

 

 

バキンッ! と、音がした。

ゼノバイターは、ドラグブレードをへし折ったのだ。

 

 

「テメェも所詮はこの程度かよ!」

 

「グハッ!!」

 

 

回し蹴りが龍騎の頭部を揺らす。動きが怯んだ所で、ゼノバイターは大技を決める。

腕をクロスさせると光が集中し、直後、エックス状のレーザーが腕から発射される。

 

 

魔皇(まおう)十死砲(じゅうじほう)!!」

 

「ウァアアアアアアアアアア!!」

 

 

青い閃光に飲み込まれ、龍騎はそのまま後方に吹き飛び、爆発の中に消えていく。

ホムラがただ目を開いて震える中で、龍騎は崩れ落ちるように地面へ倒れた。

 

 

「グッ! ッ、ァ!!」

 

 

立ち上がろうと力を込める龍騎だが、その腕から力が抜け、再び地面に伏せる。

一方で声を出して笑うゼノバイター。

 

 

「余裕過ぎるぜ。どうした? おい、このレベルじゃあ魔獣には勝てねーよなぁ!?」

 

 

止めを刺そうと歩き出したゼノバイター。

しかし光を感じた。隣を見ると、暗い魔女結界を照らす光が巻きあがる。

光の発生源はまどかだ。光の翼を広げ、まどかは再び舞い戻ってきた。

 

 

「まだ終わりじゃない」

 

「クハハハ! 流石に死なねぇわな」

 

 

まどかは傷や汚れは目立つが、まだその金色の目は死んでいない。再び弓を構え、光の矢を解き放つ。

 

 

「無駄だってつってんだろう――」

 

 

矢を左手で受け止めるゼノバイター。

矢が消え、直後、左腕が爆発を起こす。

火花が散り、腕からは血のように瘴気が吹き出した。

 

 

「が」

 

 

左手を見るゼノバイター。

煙を上げ、瘴気が漏れている。

 

 

「おん? んだぁこりゃ?」

 

 

ゼノバイターはポカンと、していた。

まどかを見ると、激しく睨まれる。

 

 

「痛いじゃないの」

 

「ごめんね。もっと痛いよ」

 

 

まどかの背後に魔法陣が出現する。

 

 

「惑え、山羊よ! スターライトアロー!!」

 

 

アライブ体では各天使も強化される。

放たれた山羊型の天使ハナエルもまたアライブの力でパワーアップを果たしていた。

金色の角はより巨大に、壮大になっており、大きく円を描くように湾曲している。

色とりどりの宝石も角に埋め込まれており、それが威圧感を上げる。

 

 

「消えろォ!」

 

 

引き金を引いて銃弾を打ち出すゼノバイター。しかし山羊(ハナエル)の眉間に弾丸が命中した瞬間、まるで煙のように山羊が消滅する。

 

 

「あん? って、うぉ!?」

 

 

気配。背後を振り返るとそこには山羊が。

一度だけ攻撃を幻影に変える事ができる。それが山羊座の力だ。

しかし反応していたゼノバイターは武器を振るい、その刃で山羊を一刀両断にする。

 

 

「!」

 

 

しかし、捉えたのは『空』。

すると、背に衝撃が。

 

 

「んがッ! なんだよコイツはぁ!」

 

 

そう進化。アライブ時はもう一度だけ山羊を幻影に変える事ができる。

最後の一発、つまり本物はゼノバイターの背後から出現。一気に加速すると、その巨大な角を振るい、ゼノバイターを担ぎ上げる。

そしてそのままゼノバイターを運びながら山羊は走る。だが、言ってしまえば『運ぶ』だけ。直撃したがダメージは限りなく少ない。

 

 

「おーおー、どこに連れてってくれるんだよまどかちゃんは」

 

 

ゼノバイターも煽りに入る。角の上で脚を組むと、口笛を吹き始める。

だが気づく。その先、立ち上がっていた龍騎の姿を。

 

 

「ハァァァァァァア――ッッ!」

 

 

龍騎の手にはストライクベント、ランザークロウが装備されていた。

一方その上空に現われるドラグランザー。迫ってくるゼノバイターを睨みつけると、激しい咆哮をぶつける。

 

 

「お、お、お!」

 

 

激しい振動がビリビリとゼノバイターの全身を包む。

一方でドラグランザーはなんと巨大な火球を一発、真下にいる龍騎に向かって発射した。

円形状の爆発が龍騎を包むが、すぐに炎はランザークロウに吸収されていく。どうやら攻撃ではなく力を与えたようだ。

ランザークロウの口内からオレンジ色の光が溢れ、龍騎は眼前に迫ったゼノバイターに渾身のストレートを打ち込む。

 

 

「おっと、残念だな。セーフだ」

 

 

消滅する山羊。

山羊がゼノバイターを龍騎の下へ運び、龍騎が一撃を打ち込む。

作戦は良かったが、その一撃が届いていない。ゼノバイターは片手でランザークロウを受け止めると、ニヤリと笑ってみせる。

 

 

「いや、アウトだ!」

 

「あん?」

 

 

ランザークロウの口からテニスボール程の火球が発射される。

それはゼノバイターの胴体に着弾する。

 

 

「お」

 

 

ゼノバイターの体が後退する。

 

 

「お?」

 

 

火球がバスケットボールほどの大きさに変わった。

ゼノバイターの体が凄まじく後退していく。

 

 

「おッ?」

 

 

火球がバランスボールほどの大きさに変わる。

ゼノバイターの体は吹き飛んでいく。まどかを追い抜き、地面を滑っていく。

 

 

「おぉッ!?」

 

 

火球が大玉ころがしに使うボールの大きさに変わる。

 

 

「ま、待て! 待て待て待て待て!!」

 

 

火球がアドバルーンほどの大きさに変わる。

抱えるようにしていたゼノバイターも声を上げる。直後、火球が大爆発を起こした。

圧縮した炎を巨大化させ爆発させるスカーレットノヴァ。

 

 

だが、その凄まじい爆炎の中、確かにゼノバイターは立っていた。

 

 

「ハハハハ! いいねぇ! ちったぁ楽しませてくれるじゃねぇかよ!」

 

 

炎がチラチラと体に燃え移っている。

それを払い消しながら、ゼノバイターは体から漏れる瘴気を確認している。

 

冷静に分析。違いはまどかの時から見られていた。

余裕で止められた筈の矢が、次の時にはダメージを負うくらいに進化していた。

それだけでなく、このスカーレットノヴァも確かなダメージを確認している。

今までは手加減? いや、違う。もっと根本的なところが変わっている。

 

 

(なるほどなぁ……! パートナーシステムか)

 

 

まどかの中にある『魔力』と、真司の中にある『(ちから)』が共鳴している様に感じる。

これは恐らくまどか達だけにいえた話ではないだろう。パートナー同士が一緒に戦う事でわずかながらもスペックが上がるのだ。

 

 

「………」

 

 

ゼノバイターの前には並び立つ龍騎とまどか。

サバイブとアライブの光を見て、ゼノバイターは鼻を鳴らす。

 

 

(あー、『アレ』と距離があるな……)

 

 

戦う事だけが目的ではない。

大切なのは、『彼女』に戦いを見せること。

 

 

「ま、今日はこれくらいにしておくか」

 

「!」

 

「あばよ参加者共! 次はグチャグチャにして腸で縄跳びしてやるからよ! ハハハ!」

 

 

バク宙でハイウェイの下に飛び降りるゼノバイター。

龍騎達はすぐに走って下を確認するが、そこにゼノバイターの姿は無い。

するとしばらくして魔女結界が消え去った。どうやら敵は完全に逃走したようだ。

 

 

「強かったね、真司さん」

 

「うん、注意しないとな……!」

 

 

変身を解除する龍騎。そこへ慌てたようにホムラが駆け寄ってくる。

 

 

「あ、あのッ! 私、本当ッ、ご、ご、ごめんなさい!」

 

「あはっ、良いんだよホムラちゃん気にしないで。それより怖かったね!」

 

「で、でも二人とも怪我を!」

 

 

まどかは至る所に擦り傷が見られ、中には相当深く抉れているものもあり、おでこからも血が流れているのが見える。

それは真司も同じで、彼の場合は火傷の痕も見えた。

 

 

「大丈夫大丈夫、こんなのすぐに治るよ」

 

 

ローシェルヒールを発動するまどか。

天使が光を放つと、真司達の傷がすぐに治っていく。

とは言えだ。ホムラは複雑な表情を浮かべていた。

怪我が治った事はなによりだが、怪我をしたという事実がそれで消えたわけじゃない。

 

動揺の理由は簡単だ。助けられた筈なのに――、体が動かなかった。

なぜか、決まっている。怖いから、苦しいから、戦う事は辛いから。

でも動けなかったせいで大切なまどか達が怪我をした。

 

 

「全部、私のせいだ!!」

 

 

それを口にしたのはワルクチだった。

椅子の上に立ち上がり、ケタケタと笑う。

ほむらは隣の椅子の上で、ひたすらにワルクチを睨みつけていた。

 

 

「そう、私のせいなの主サマ!!」

 

 

モニタを指し示すワルクチ。

時間が進む。一度マミの家に戻った一同が見たのは、テレビのニュースである。

そこには須藤が真司に教えたとおり、今朝の凄惨な事件が大々的に報道されていた。

カメラが映し出したのは小さな棺おけが並んでいるショッキングな映像だ。両親がすがり付いて泣いているのが見える。

 

 

「外道――ッ!」

 

 

マミは魔獣の行動をそう証した。

なんの罪も無い人間を襲うと言う点では魔女と共通するものがある。

しかし魔女は既に理性を失い、ある種殺人マシーンと化しているのに対して、魔獣は自らの意思で殺人を行い、しかもそれを娯楽と証している。

 

事実、現在同じニュースをエリーの力で確認していたゼノバイターは腹を押さえてゲラゲラと笑っていた。それは『女帝』も同じだ。絶望のエネルギーは彼らにとって極上のエネルギー。それを摂取するために彼らは殺戮や暴力を犯すことを欠片とて悪いと思っていない。

人間に対する情など欠片も存在しないのだ。

 

 

「………」

 

 

真司はニュースを見つめ、無言で拳を握り締める。

一方でホムラはと言うと、相変わらず忙しくなく視線を動かしながら、とにかく何かに怯えているようだった。

だからだろうか? 帰り道、まどかがこう言ったのは。

 

 

「なにか悩み事があったら何でも相談してね」

 

 

ホムラは戸惑いがちにまどかを見る。

まどかがそれに気づいて笑みを浮かべると、ホムラはバツが悪そうに顔を歪ませ、目を逸らした。

 

 

「あ、あ、あ、あの」

 

「え?」

 

「わ、私、わかっ、分からなくて」

 

「なにが?」

 

「どうして、いいのか……」

 

 

まどかは少し腕を組んで考えてみる。

 

 

「うーん、難しいよね。わたしも分からないよ」

 

「う、嘘。鹿目さんは凄いもん」

 

「ぜんぜん凄くないよ。わたしなんてまだまだだし」

 

「そんな事ないッ、まどかは凄いよ!」

 

「あはは、これ無限に続くパターンの奴だね」

 

「あ……、うん」

 

 

ホムラは三つ編みにしたお下げを引き寄せて顔を隠す。

無意識の自衛と言ったところか。常に何かに怯え、何かから防御体勢を取っているように思える。

 

 

「戦わなきゃいけないって思ってるんだけど……」

 

 

ホムラの声はか細かった。

 

 

「私は、戦う自分に誇りが持てない……」

 

 

胸を張ることができない。ホムラはそう口にする。

 

 

 

「でもホムラちゃんはたくさんわたしを守ってくれたよね?」

 

「でもその何倍も他人を傷つけた……」

 

「………」

 

 

まどかは立ち止まると、俯くホムラの肩を抑えた。

 

 

「ホムラちゃんがそれを悪いと思っているなら、いいんじゃないかな」

 

「え?」

 

「あんまり考えすぎるのは良くないよ。まあ、わたしもそう言うタイプだから偉そうには言えないんだけどね。てぃひひ……!」

 

「そ、そ、それは、でもッ」

 

「でもさ、それって考えてみればなりたくない自分だとかはイメージできるって事だよね。じゃあこれからは、そうならないように気をつければいいんじゃないかな!」

 

 

何をして良いのかなんて、なかなか分かる事じゃない。

だがどうしたくないのかは――、簡単に浮かんでくるものだ。

それは自分に自信がなければ無いほどに。

 

まあもちろんそんなにポンとすぐに変われる訳ではないし、結果はなかなかついてこないかもしれない。

それでも、意識しないとするのでは、未来は明らかな分岐を見せるだろうと。

 

 

「何でも相談してね、ホムラちゃん」

 

「う、うん……」

 

「話しづらいならわたしじゃなくてもいい。マミさんでも、真司さんでも、手塚さんでも、お姉ちゃんでも!」

 

 

まどかは穏やかな笑顔でホムラを見る。

 

 

「みんながついてるからね」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

『みんながついてるからね』

 

「とても良い、お言葉ですわ。ねえ主様」

 

「――ッッ」

 

 

イチリンソウの花畑の中でほむらは呼吸を荒げていた。

頭を抑え、額には汗が滲んでいる。

と言うのも、つい先程激しい頭痛が起こったところだ。頭が割れるように痛む、ほむらは唇を噛み、苦痛のうめき声を漏らす。

 

 

「おや主様、とっても苦しそうですけれど……?」

 

「黙りなさい……ッ、だいたい、主様って何よ」

 

「知っているくせに、いじらしい」

 

 

ワルクチは椅子の上で足を組み、モニタを見る。

そこには嬉しそうに微笑むホムラが見えた。

 

 

「まあ可愛い。嬉しそうに笑っていますのね」

 

「ぐッ!」

 

 

またズキリと痛みが走る。

その一瞬、ほむらは頭に触れている手の感覚が消失したことに気づく。

 

 

「!?」

 

 

触覚の消失。しかしそれは一瞬のもの。

ほむらはすぐに自分の手が、手である感覚を確かめる。

 

 

「どうしました?」

 

「……なんでも無いわ」

 

「痛みは、脳からでしょうか」

 

「消えて」

 

「……また明日、お会いしましょう」

 

 

そう言うと一瞬でワルクチは消え去った。

青白く光るイチリンソウの花畑には、ほむらだけが取り残される。

頭の痛みは徐々に引いてきたが、未だに気分は優れない。そして心のザワつきは増す一方だ。自分への怒り――、なんだろうか? 

正直、ほむらはホムラが嫌いだった。

 

 

「……?」

 

 

しかしなんだろうか、このイチリンソウの花畑、心のどこかに見覚えがある。

しかし見滝原にこんな場所があっただろうか? 記憶を辿ってみるが、前回のゲームではもちろん他の時間軸でも足を運んだ記憶が――。

 

 

「ッ」

 

 

一瞬何かが見えた。

それは――、『黒』。

 

 

「?」

 

 

しかしそれだけだった。

そして何か、文字通りポッカリと穴が開いた感覚。

なにかが、丸ごと心から抜け落ちて――。

 

 

「あ」

 

 

目が重くなる。

モニタの向こうではホムラがベッドに入っていた。そうか、もうそんなに時間が経っていたのか。

ホムラはすぐに眠れるのか、すやすやと寝息を立て始める。

同時にほむらの意識もブラックアウトした。

 

 

 

 

翌日。

テレビでは先日のバス事件が報道され、他の幼稚園に向かうバスも警備の為に職員の数を増やし、中に保護者が同乗するなどの処置が取られた。

 

 

「もちろん、そんなのあたちには関係ありましぇん!!」

 

 

テラは笑顔でマンションの屋上から飛び降りる。

真下にあったのは丁度その『他のバス』である。ドンッと天上から音がして、バスの中に戦慄が走る。

なんだろうか? ザワザワと幼児やその両親が騒ぎ始める。中には事件を思い出し、顔を引きつらせている者もいた。

 

 

「いっぱい、いーっぱい殺しまーしゅ!!」

 

 

瘴気が迸るとテラの体が変身、テラバイターはブーメランをバスの天上に叩きつける。

すると衝撃と音が。僅かに入った亀裂に手を伸ばし、そのままテラバイターはダンボールを破くようにバリバリとバスの天上を引き剥がしていく。

悲鳴が聞こえる。同時に急ブレーキ。テラバイターはその衝撃で前のめりに倒れ、フロントガラスの上部に顔を出す。

 

 

「はぁい、人間ちゃん」

 

「ひぃい!!」

 

「ちょっとお姉さんに殺されてみない?」

 

 

テラバイターの触角が意思を持ったように動き出しガラスを突き破ると、運転手の首に巻きつくとそのままギリギリと締め上げる。

 

 

「フフフ! 苦しんで死んでね!」

 

「あ――、カッッ」

 

 

青紫色に運転手の顔色が変化していく。

眼球が飛び出しそうになり、涙や涎がダラダラと零れ落ちる。

だが丁度その時だった。テラバイターの背中が『爆発』したのは。衝撃と熱、テラバイターは思わず触角の力を緩めてしまう。

同時にわき腹に衝撃が。また爆発だ。テラバイターの体が真横に吹き飛び、バスの下に落ちる。

 

 

「イェゼレルミラー!!」

 

 

結合の天使イェゼレル。

銀色の髪を持った可愛らしい天使は、その手に巨大な鏡を持っていた。

そしてそのまま鏡をスライドさせると、大きな鏡は地面を滑り、テラバイターの着地地点に位置を取る。

そう、それをゲートとしてテラバイターはミラーワールドに進入。空に放り出されると、反転する世界に墜落する。

 

まどかの新技。『イェゼレルミラー』は、ミラーワールドに侵入するための鏡を作り出す魔法であった。

弱点としては本物の鏡ではなく、あくまでも魔法による攻撃であると言うこと。

つまりイェゼレルが持つ鏡を『ミラーワールドに送りたい対象』に直接ぶつける必要があり、鏡を強く攻撃されると叩き割れ無効化される――、と言ったところだろう。

 

 

「いったぁい!」

 

 

気だるそうに立ち上がるテラバイター。一方で当然まどか達が前方に着地する。

前方にはまどか、龍騎、ホムラ。さらに後方にはライア、マミ、ニコが見えた。

ちなみにサキはさやかを抑えていてもらう役回りに回った。記憶を取り戻していないさやかでは魔獣戦では不利との判断だ。

一方で須藤も警察に篭っていたため、駆けつけることはできなかった。

テラバイターは参加者達を見ると、焦りではなく、嬉々とした笑顔を浮かべる。

 

 

「あらコレは参加者のみなさん、ごきげんよう。アタシはテラバイター」

 

 

ペコリとお辞儀を一つ。つい先程まで殺人を犯そうとしてた者の態度ではない。

まるで呼吸をする様に人を傷つける事が当たり前だと言わんばかりに。その異常さにマミやホムラは顔を引きつらせる。

 

 

「それにしてもどうしてこんなに早く駆けつけることができたのかしら? 不思議だわ」

 

「これから死ぬ奴が知る必要はないよ」

 

 

ニコの皮肉を受けてテラバイターはまた笑う。

ちなみに誰も説明する気がないようなので、説明しておこう。

作戦はこうだった。アルケニーのように電車の中で一人を殺したと言うのは、移動の際に何かトラブルになって~と言う事が想像できる。

一方で今回の事件は幼稚園に向かう送迎バスと言う限定的な場所で大量の殺人が行われている。

 

 

つまりアルケニーとは違い、意図的にバスを狙い、子供達を殺した事になる。

これは何かしらの狙いがあるのではないか、もしくは無かったとしても再び犯行が行われるのではないかと。

いずれにせよ魔獣は倒さなければならない。故に、コンビネーションで魔獣を補足する手段をとった。

 

それは半ば賭けであったが、まず注目したのは殺しの手段、内容だ。

子供を狙うという点は残虐性を感じさせるが、異質でもある。

つまりもう一度敵は同じ事をするのではないかと判断を行う。事件があった幼稚園はしばらく休みになるため、狙うのであれば他の保育施設だ。

その中でバスが走っているものをリストアップ。それぞれのバスにミラーモンスターを監視につけておいた。

 

そして丁度中央地点にニコが立ち、レジーナアイを起動させておく。

そしてテラバイターが出現と同時にレジーナアイとミラーモンスターが補足。

ニコがホムラに合図を送り、時間を停止させた上で一同を集めてテラバイターの所に来たというわけだ。

 

しかし当然そうなると、それだけの砂を使った事になる。

ホムラの新仕様により、既に盾の砂はもうほとんど残っていない状況になってしまった。

だが逆を言えばそのリスクを払ってテラバイターを囲む事ができた。

 

 

「棺おけにオネンネの時間だよ」

 

「あらあら、大変な状況になっちゃたわね」

 

 

腰に手を当てて首をかしげるテラバイター。

おかしい、明らかに余裕すぎる。何か秘策があるのか、それともまさかこの人数を相手にできる自信があるのか、いずれにせよ良い予感はしない。

ニコは小さく舌打ちを漏らしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、大変な状況ではあるが、ここで一つ、昔話でも見てみよう。

もちろんそんなに昔の話ではない。まどか達が見滝原にいるころ、清明院組は日本を探索していた。その時のちょっとした話だ。

 

箱庭と証された見滝原の外がどこまで広がっているのか。

そもそも世界として成立しているのかを一旦調査したい。

あとは例えばワルプルギスの書物を調査したりと、まあ色々目的のため、香川達は各地を回っていた。

 

そんなある日、百江なぎさは椅子に座って空を見上げていた。

おっと、ただの椅子ではないのです。それはビーチチェア。

真っ青にそまった空に浮かぶ雲を見ながら、大きなサングラスをかけたなぎさは、これまた青いトロピカルジュースに口をつける。

チューっとジュースが啜られ、なぎさはニヤリと笑った。

着ている服は、フリルがついたワンピースの水着。そう、なぎさは今ビーチにいた。

 

 

「あむあむあむ」

 

 

テーブルにおいてあったチーズピザを頂き、トロピカルジュースで流し込む。

まさに至福の時間である。なぎさは大きく伸びを行い、もう一度テーブルに手を伸ばす。

 

 

「?」

 

 

しかし皿の上にあったピザはゼロ。

 

 

「なくなっちゃった……」

 

 

なぎさはピョコンとビーチチェアを降りると、すぐ近くにある海の家に入る。

眉毛を八の字にして進む事すぐ、椅子に座って本を読んでいる香川が見えた。

 

 

「先生ぃ、なくなっちゃったのです」

 

「では、新しいものを注文しましょうか」

 

「流石はパートナーさんです! 話が早くて助かります!」

 

 

ピザを注文する香川。

出来上がるまで、なぎさは香川の向かいに座る。

 

 

「おぉ、カキ氷ですか」

 

「ええ、やはりココは熱いですね」

 

 

現在、香川達がやって来たのは沖縄である。

見滝原中学校の制服は長袖だと言うのに、ビーチには海水浴に来ている客がチラホラと見える。

 

 

「少々熱すぎる気もします。ココもまた作られた世界と言うことでしょうか」

 

「かもしれないですね」

 

 

凝視。

 

 

「インキュベーターが現在のゲーム管理者ですので、生真面目に気温設定はしそうな気もするのですが」

 

 

凝視。

 

 

「それでもやはりココは箱庭の外。インキュベーターの興味も薄いのかもしれませんね」

 

 

なぎさ選手、香川英行のカキ氷を凝視。

 

 

「……百江さんも食べますか? いろんな味がありますよ」

 

「いいのですか! 流石は先生なのです!」

 

「ですが夕食はホテルのビュッフェがありますから、ここで食べ過ぎると夜が美味しく頂けないかもしれませんよ」

 

「む、むむ! 確かにそうですね! しかしこのままカキ氷を前に撤退するのも、なぎさのプライドが……!」

 

「では私のでよければ少し食べますか?」

 

「いいのですか! じゃあちょこっとだけ頂きます!!」

 

 

どこからともなくスプーンを取り出すとなぎさは香川のカキ氷を次々と口の中へ運んでいく。

そしてカキ氷を半分以上平らげると、香川へバック。

 

 

(ちょこ――ッ、と……?)

 

「ところで先生は何を読んでるんですか?」

 

「……ええ。古本屋に寄った時、思わぬ掘り出しものがありまして」

 

「どれどれ――って、おぉ、アメリカ語なのです……!」

 

「英語ですね。かなり古い本です」

 

「へえ。ボブがジェシーとHAHAHAな本ですか?」

 

「ワルプルギスと思わしき記述があるんです」

 

「なんか……、ほんとごめんなさい」

 

 

今のところ書いてあること自体はそれほど珍しいものでもない。

そこにはかつて栄えた文明を滅ぼした魔女がいるだとか、多くの怨念が集合しているだとか。

とは言え、相当昔の本に書いてあったのだから、それだけの歴史は存在している事になるのか。

 

 

「チーズピザのお客様ー」

 

「はいはいー!」

 

 

なぎさはピザを抱えると再びビーチチェアに戻る。

そして後ろをむいて鏡を取り出すと、『向こうの世界』を確認した。

 

 

「ォオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

バウンド、バウンド、バウンド、そして多くの砂を巻き込みながらアビスは砂浜を転がっていく。

砂塗れで立ち上がると、煙上がる胸部を押さえながら再び走り出す。

アビスの前ではバトンを振り回している仁美が見えた。一方でそれを受け止めているのは仁美が召喚したエリザ。

今日も今日とて二人はミラーワールド内で特訓中である。

 

 

「あつ……」

 

 

砂浜の端の方ではビーチパラソルの下で仁美に召喚された海香がぐったりとしている。

魔法の本を広げており、そこには仁美と中沢の動きが、およびエリザが指摘するポイントが自動で記載されていく。

これを後で仁美たちの頭に直接送る事で短期間での進化を促すのだ。

 

 

「仁美! 反応は悪くはないですけれど!」

 

「うッ!」

 

 

エリザは銃剣を右に振るった。当然仁美は其方をガードしようとバトンを出すが――

 

 

「かはッ!」

 

 

衝撃、エリザの足裏が仁美の腹部にめり込む。

 

 

「仁美! ふいうち、フェイントに弱すぎますわ! 敵は皆が皆、ご丁寧に前から攻めては来ませんわよ」

 

 

よろけ、後退していく所にエリザは引き金を引く。

 

 

「あとは攻撃するとき左から攻めるクセがあります。もっと柔軟な攻めの手を繰り出す事が大切ですわ!」

 

 

エリザの銃はガトリングガンのように円形に銃口が並んでおり、無数の銃弾が同時に発射された。

 

 

「カラフル!」

 

 

仁美が叫ぶと、空からフワリと虹色の羽衣が出現し、装備される。

その羽衣を振り回して銃弾をかき消す仁美。舞うように羽衣を操る様は天女のようだ。

 

 

「………」(あぁ、仁美さんかわいいなぁ)

 

「中沢ァ! ぼけっとしない!」

 

「ゴハッ!!」

 

 

バキューンと大きな音がする。別の意味で胸を撃たれたアビスは再び砂の上に倒れた。

目の前には青空が。しかしまあアビスの心はかなり曇っている。と言うのもやはりモヤモヤが晴れないと言うかなんというか。

 

 

「こ、こんの!」

 

 

拳を握り締めて走り出したはいいが、アビスは先程から一撃もエリザにダメージを与えてはいなかった。

現在武器は使えない。体術こそが戦いの基本であるとエリザに教えられているからだ。

とは言ったものの、だ。

 

 

「はい、どうぞ!」

 

「うッ!」

 

 

両手を広げ大きな隙を作るエリザ。

しかしアビスはチャンスにも関わらず立ち止まり、突き出した拳を停止させてしまう。

 

 

「中沢! 言ったでしょう! 女を殴れるようになりなさいと!!」

 

「いでででででででッッ!!」

 

 

エリザは回し蹴りでアビスの首を捉えると、強制的に反転させて背中にたっぷりと銃弾を撃ちこんでいく。

確かに気持ちは分かる。しかし何度も言うように魔獣には女性型も多い。

魔獣は性別は無いとは言え、そもそも参加者は半数が女性だ。参戦派や、なにかのきっかけに衝突する事もあるかもしれない。そこで戦えなくなるのは非常に困る。

 

 

「あと上半身に力を入れすぎ! もっと腰を入れなさい!」

 

 

尻を蹴るとアビスは前のめりによろけて全身。

エリザも一歩踏み込んでから、姿勢をかがめての脚払いを行う。倒れるアビスの背を踏みつけ、エリザは大きく笑った。

 

 

「にょほほほほ! まだまだですわね中沢は!」

 

「うぐぐぐッ!」

 

 

ふと背後に気配。エリザはニヤリと笑い銃剣を向ける。

 

 

「バレバレですわよ仁美――」

 

 

そこにあったのは羽衣、カラフル。

そう、それだけ。羽衣だけが空中に浮遊していた。

 

 

「あ、あれ?」

 

 

するとエリザの頬に緑色に発光した拳がめり込む。

 

 

「ぎゃばああああああああああああ!!」

 

 

きりもみ状に吹き飛んでいくエリザと、立ち上がり背後を振り向くアビス。

するとそこには今まさに拳を振るったという姿勢の仁美が立っていた。

 

 

「ひ、仁美さん!」

 

「ふいうち――、してみまわしたわ」

 

 

大きな水しぶきが上がる。どうやらエリザが海に落ちたようだ。

ずぶ濡れになりながら顔を上げるエリザ。殴られた頬を押さえながらもニヤリと笑う。

 

 

「お嬢様育ちにしては良いパンチですわ……!」

 

「あら、ありがとうございます」

 

 

その後もエリザの特訓はしばらく続く。

しかしあくまでもエリザ達は仁美の魔法で召喚されているため、長時間の滞在にはそれだけ仁美に負担が掛かる。

と言うわけで、ほどほどにして特訓を切り上げる事に。

終わり際、エリザは中沢と仁美を並べ、手を前に出す。

 

 

「なかなか良いセンスがありますわ。この調子で特訓を続ければ確実に強くなりますわよ」

 

「あ、ありがとうございます――ってイデッッ!!」

 

「勉強になりまし――たぅ!」

 

 

衝撃、手を出そうとした仁美と中沢のおでこに走る衝撃。

握手ではなくデコピンを行ったエリザは、意地悪そうな笑みを浮かべて魔法陣の中に帰っていった。

 

 

「ニコニコしながら近づいてくる奴も、仮面の裏では何を考えているか分かりませんわ。せいぜいお気をつけて。にょほほほほ」

 

 

身にしみる言葉である。

裏切りなんてものはF・Gじゃなくても世の中には溢れているものだ。

ミラーワールドを出た二人は、なぎさの前に出現する。するとなぎさは嬉しそうに仁美に駆け寄った。

 

 

「仁美、おかえりなさいっ! これ、半分どうぞなのです!」

 

「まあ、ありがとうございます。いただきますね」

 

「中沢もどうぞどうぞなのです!」

 

「お、ありがとうね、なぎさちゃん」

 

 

ピザを受け取る二人と、仁美にしがみ付くなぎさ。

 

 

「仁美ぃ、一緒に遊んで欲しいのです」

 

「ええ、もちろん。約束ですものね」

 

 

特訓が終わったら一緒に遊ぶ約束をしていたようだ。

さらに丁度その時、下宮が海から顔を出す。

 

 

「ぷはっ!」

 

 

下宮は泳いで砂浜に戻ってくるが、なにも海水浴を楽しんでいたわけではない。

水面に顔を出す直前まで、下宮は『変身』していたのだから。

 

 

「中沢くん、志筑さん、お疲れ様。これお土産」

 

「うぉ! なんじゃこりゃ!」

 

「チョウチンアンコウ」

 

 

下宮はタオルとメガネを手にすると、軽く体をふいて海の家に。

 

 

「お疲れ様です下宮くん。どうでしたか」

 

「深海にもしっかり生物がいましたね。世界の完成度は完璧だと思います」

 

 

用意された世界は作られたものである筈なのにあまりにも精巧だ。

もしかすると作ったのは見滝原のみで、後は既存の世界をループの中に巻き込んだのか。

いずれにせよ簡単に世界をメチャクチャにできる向こうの力はもう少し調べる必要があるのかもしれない。

 

 

「これは私個人の意見ですが――」

 

 

メガネを整える香川。

 

 

「魔獣は確実に、インキュベーターの作るルールを破ってくると考えています」

 

「僕も同感です。尤も、それがいつになるか、どの程度になるかは見当も付きませんが」

 

「ええ。あとはもう一つ――」

 

「オーパーツですか」

 

「それも気になりますね」

 

 

おそらくユイデータが齎したであろう存在があった。

オーパーツとは、発見された場所や時代とはまったくそぐわない物である。その話をチラチラと香川は確認していた。

そして手にもしている。サイコローグに使った、『人間体に変形できる機能の設計図』だ。瞬間記憶能力を持っている香川はそれを記憶し、サイコローグに使った。

 

 

「それが乗っていたのは『グリモワール』と呼ばれる書物でした。西洋の書籍に機械の設計図が載っているなんて、違和感がありますね」

 

 

今はグリモワールは現在清明院で保管してあるが、グリモワール以外にもオーパーツと呼ばれるものは存在しているだろうとの見立てだった。

つまり世界には何か常識を超えるアイテムが散らばっている。これがゲームに直接関係あるのかは分からないが、いずれにせよただのアイテムで終わらないのは確実であろう。

 

 

「オーパーツがユイデータの影響で世界に現われたのかは分からない。けれどもいずれは戦いに絡んでくるというわけですか。ずいぶん面倒だ」

 

「そうならない様、祈っておきましょうか」

 

 

頷く下宮。

すると慌てたように中沢が海の家に飛び込んでくる。

 

 

「たっ、たたた大変だ!」

 

「ッ、どうした中沢くん」

 

「ひ、仁美さんがなぎさちゃんと遊ぶんだって!!」

 

「約束してたんだろう? キミも知ってたじゃないか」

 

「いやッ、そうじゃなくて!」

 

「?」

 

「一緒に泳ぐんだって!」

 

「そりゃ海だし」

 

「だからさぁ! つまりさぁ! っていう事はさぁ!」

 

「???」

 

 

話を聞いていたのか、本を閉じる香川。

メガネを光らせ、フムと唸る。

 

 

「思春期ですね、中沢くん」

 

「えッ! あ、いや、先生! 別にそういう意味じゃなくてですね!」

 

「ははぁ、なるほどね。つまりキミは志筑さんの水着姿が気になって仕方ないわけだ」

 

「ち、違うって! 俺は別にそういうやましい気持ちじゃなくてだね!」

 

「あはは、本当かい?」

 

「いや悪い嘘ついた! すっごい気になる! で、でもどうすればいい? やっぱり俺、気になってますオーラ出てる? 引かれるかな! いや引かれるとしたらだいたいどの程度で引かれるんだろう? って言うかどこ見たら良いんだ? 女性ってやっぱジロジロ見ると絶対引かれるよな! ただ全く見ないって言うのもそれはそれで失礼だってお昼の情報番組で――」

 

「お、落ち着いて落ち着いて! すっごく早口になってるよ!」

 

 

中沢は下宮の肩を揺すってブンブンと猛スピードで揺らしている。

思わず下宮の顔が残像になるくらいは。

 

 

「いいじゃないですか、異性に興味が出るというのは中学生としては当たり前の事です」

 

「い、いやでもですね先生」

 

 

そうしていると声が聞こえる。

どうやら仁美が着替えを終えて到着したようだ。半ば反射的に中沢と下宮は海の家から顔を出して仁美を確認する。

 

 

「一緒に泳ぐのです仁美!」

 

「ええ、あんまり深い所に言っちゃダメですわよ」

 

 

仁美はオレンジ色の水着を身につけており、頭には赤い花飾りが見える。

まあ一般的な水着と言ったところか。露出は低いわけではないが、過激と言うわけでもない。

 

 

「どうせならキミも一緒に泳いで――」

 

 

下宮が隣を見ると、中沢が鼻血を出しながら倒れていた。

 

 

「えぇええ!? だ、大丈夫か中沢くん! み、水着で鼻血ってそんなベタベタな……!」

 

「――と言うよりさっきのエリザさんとの戦いの傷が開いたんじゃないですか? 結構顔殴られてたみたいですし」

 

「でも気絶してますよ! あ、凄い心臓ドキドキしてる!」

 

「思春期ですからね」

 

「思春期すごいな!」

 

 

結局中沢は海の家の座敷のところへ運ばれる事となった。

 

 

「ハッ!」

 

 

中沢が目を覚ますと、空は赤く染まっていた。

体を起こすと、隣に仁美がいる事に気づく。

 

 

「もう大丈夫ですか?」

 

「え? あ、うん……! ありがとう」

 

 

仁美が差し出した水を受け取ると、中沢は曖昧に笑う。

 

 

「良かったですわ。倒れたって聞いて心配しました」

 

「あぁ、ご、ゴメンゴメン。ちょっと熱くて! あはは……」

 

 

興奮しすぎて太陽の熱にやられたなんて間抜けにも程がある。

絶対に悟られてはいけない、中沢は曖昧な笑顔を浮かべて、話題を変えることに。

 

 

「それよりさ、ごめん、俺特訓の時ほとんどやられっぱなしで……」

 

「いえ、お気になさらないで。あれは仕方ないですわ」

 

 

仁美は先程エリザを思い切り殴ったわけだが、やはりかなりの抵抗はあった。

普通の人間は誰かを殴ってはいけないと言われているからだ。

 

 

「だから、むしろ、その、ホッとしました」

 

「え?」

 

 

おかしな話かもしれないが、あそこで中沢がすぐに割り切ってエリザを殴りにいっていたらそれはそれで嫌だったと。

もちろん戦闘においては不利になるかもしれないが、パートナーとしてはそちらの方がずっと良い。

 

 

「優しいんですね、中沢くんは」

 

「!」

 

「素敵だと思いますわ。そういうところ」

 

「えッ! あ! そ、そうかな! あはは、いひひ、えへへ! べ、別に特に意識はしてないんだけれど!」

 

 

顔を真っ赤にしながらも満面の笑みを浮かべる中沢。

それを少し離れたテーブル席で、下宮となぎさはジッと見ていた。

 

 

「おぉ、中沢、ニヤニヤのニヒニヒです!」

 

「あはは、少し気持ち悪いくらいだね」

 

「ふふ、分かりやすいですね」

 

 

しかしそれが恋の魔力とでも言えばいいのか。

ただでさえ褒められる事は嬉しいのに、それが好きな相手からだとすれば感じる喜びは倍以上だろう。

 

 

「下宮にはいないのですか?」

 

「ふふ、なぎさちゃんもそう言うのが気になるお年頃、か」

 

「な、なぎさも一応、女の子ですから」

 

「そうだねぇ、僕はまあ微妙なところだよ。ちょっと今複雑な身だからさ」

 

 

一応、『人間』。だが半分以上はサメのミラーモンスターな訳で。

 

 

「昨日ホテルで中沢くんとB級のサメ映画見たんだけど、そのサメにちょっとドキドキしちゃった」

 

「へ、変態さんですね下宮……」

 

「ご、誤解だよ誤解。まあそういう所もあるって事で」

 

 

とは言え、全く気にかけない相手が居ないわけではない。

 

 

「それは恋と言うか、宿題みたいなものかな」

 

 

下宮はグッと拳を握り締める。

 

 

「決着をつけないといけない女性問題があるんだけど。僕も意外と臆病でね」

 

「ヘタレはいけないのですよ?」

 

「そうだねぇ。でもこの問題は彼女自身が答えを見つけないとどうしようも無いと――。いや、それも言い訳なのかもな……」

 

「な、なんだかいろいろ複雑みたい……です。なぎさに出来ることがあればなんでも言ってください。お金意外は協力しますので」

 

「あはは、ありがとう。それよりなぎさちゃんはいるの? 好きな男の子」

 

「な、なぎさはまだ誰の物でもないのですよ!」

 

 

恥ずかしくなったのか、なぎさは席を立つと遊んでくると口にした。

 

 

「本当ですよ!」

 

「はいはい。あんまり遠くに行っちゃダメだからね」

 

「わかったのです!」

 

 

パタパタと走り出したなぎさ。オレンジ色の夕日が、海を赤く染め上げていた。

その中でなぎさは誰かを探しているのか、キョロキョロとしきりに辺りを見回している。そうしているとなぎさは大きな岩の向こうにやってきた。

狭い砂浜部分のほかには雑草が生えている場所しかなく、人の気配はない。

とは言え、その狭い砂浜にたった一人だけ少年が座っているのが見えた。

 

 

「裕くん!」

 

「あ、なぎさちゃん」

 

 

香川の息子である裕太は誰もいないところで砂山を作っていた。

なぎさは裕太の隣座ると、海を見る。

 

 

「さっきまでどこにいたんですか?」

 

「ホテルで本を読んでたんだ。今のぼくなら、難しい本も簡単に理解できるんだよ」

 

 

サイコローグになって脳のスペックが随分上がった気がする。

現に裕太が取り込んだ情報は中沢達とそう違いないレベルだった。

 

 

「へー、でもせっかく海に来たんですから、なぎさは泳ぐべきだと思います」

 

「そ、そうかな。でも錆びちゃうかも」

 

 

そういうと裕太は自分の右腕を見る。

力を込めると、けたたましい音を上げて右腕が変形、サイコローグのものへと変わる。

 

 

「あ、相変わらず凄いですね……」

 

 

なぎさも裕太の事情は知っている。

裕太は不完全なサイコローグを完成品にするための礎でしかなかった。

とは言え香川としては病気の裕太を死なせる事は心苦しく、ミラーモンスターにしても息子を死なせたくはなかった。

まあそれが結果としてサイコローグと裕太を両立させる事になったのではあるが。

 

 

「お父さんは防水機能は完璧だって言ってるけど、本当かどうかは分からないでしょ? 万が一ぼくが使い物にならなくなると、お父さんが困るし……」

 

「そういう言い方、なぎさは嫌いです」

 

「え?」

 

「使い物だなんて。裕くんは物じゃないですよ」

 

「そ、それは……」

 

「決めたのです!」

 

「な、なにを?」

 

「一緒に泳ぎに行きましょう!」

 

 

なぎさはフンと鼻を鳴らすと立ち上がり、裕太の手を取る。

 

 

「ちょ、ちょっとなぎさちゃん!?」

 

「んもう、せっかく海に来たんですよ? 砂のお山なんて公園でも作れるじゃないですか! だいたいお山作りなんてクソつまらないのです!!」

 

「く、くそ……」

 

「せめて一緒にお城を作りましょうよ! ううん、でもやっぱりまずは泳ぐのです!」

 

「で、でもぼく、錆び――」

 

「錆びません! 先生はとっても頭がいいですから、その先生が大丈夫って言うなら絶対大丈夫です」

 

 

ぐいぐい引っ張っていくなぎさに戸惑いつつも、裕太は特に抵抗らしい抵抗はしなかった。

 

 

「いいですか裕くん。海水なんかにビビッてちゃ魔獣を相手にはできないのです。だいたい、海水を使う魔獣が来たら同じことじゃないですか!」

 

「そ、それは、確かに……」

 

「ぶしゃーぶしゃー!」

 

 

なぎさは海水をかけるジェスチャーをしながら裕太の周りをグルグル回る。

 

 

「仮に錆びちゃったとしても……、まあ大丈夫です。なぎさが何とかするのです!」

 

「で、でも」

 

「大丈夫なのです! なぎさだって先生のパートナーなんですから!」

 

 

なぎさは裕太と手を繋いだまま、海の家に入る。

 

 

「下宮ー! 保護者をお願いしたいのです!」

 

「え? あ、うん。泳ぐの?」

 

「はい! 裕くん水着は?」

 

「一応着てるけど」

 

「オッケーです! バッチリです!」

 

 

なぎさは裕太の上着を無理やり剥がすと、また手を引っ張って走り出す。

 

「きゃあ、なにするの!」

 

「いこっ!」

 

 

海の家から飛び出すと、なぎさ達は一気に海の中へ入っていく。

 

 

「気持ちいです! ね? 裕くん!」

 

「う、うぅん……」

 

 

戸惑いがちに裕太は肩を水につけ、ジッと立ち止まる。

 

 

「んもぅ! おじいちゃんじゃないんですから! ココはお風呂じゃなくて海ですよ! 泳ぎましょう!!」

 

「わ、分かったよ……」

 

 

なすがままと言った所だろうか。

とりあえずバシャバシャと足を動かしてみるが、なぎさは相変わらずジットリと裕太を睨んでいる。

 

 

「だ、だめなの?」

 

「ダメって言うか……、なんだか裕くん全然楽しそうじゃないのですよ」

 

「それは、だって――」

 

 

いくらサイコローグになって力を手に入れたとは言え、ゲームの事を考えると不安になる。

こうしている間にも魔獣は力をつけているし、そもそもまどか達は舞台の上で戦っているわけだし、遊ぶのは申し訳ないと言うか。

 

 

「かたいです! さすが先生の息子さんです! 裕くん固すぎです!」

 

「えぇえ!?」

 

「みんながついてるから絶対大丈夫ですよ! それになぎさ達は救世主なんですから、もっと堂々と胸を張ればいいんです!」

 

 

ユイデータが齎したイレギュラーなのだ。

それだけ魔獣にとっての刃ともなろうて。

 

 

「なぎさ達はヒーローですよ! ヒーローはいつもニコニコじゃないとダメなのです!」

 

「そう、なのかな」

 

「もちろん! それに……」

 

 

なぎさは覚えている。死の記憶、絶望の記憶をだ。

彼女もまた魔女になったもの。この世界の黒は十分に分かっている。

 

 

「楽しい事は――、大切です」

 

 

そう語るなぎさの表情には色々な感情が見て取れた。

 

 

「生きているうちに、楽しい事をいっぱいした方が、いっぱい笑ったほうが一等賞なんです! だから、ほら、泳ぎましょう!」

 

「なぎさちゃん……」

 

「競争ですよ裕くん! 負けたらバツゲーム! 中沢のお顔に落書きです!」

 

(なぎさちゃんと裕太くんのバツゲームで中沢くんが被害にあうのか……)

 

 

とても不思議な方程式である。

下宮は汗を浮かべながらも、裕太の肩に手をおいた。

 

 

「なぎさちゃんの言うとおりだよ裕太くん」

 

「下宮さん……」

 

「楽しい事は――、希望は尊い。味わっておいて損はない。いやむしろ生きているからこそ得られるなによりの特権だ。放棄する意味なんてない」

 

 

俯く裕太。

 

 

「大丈夫だよ。なぎさちゃんの言うとおり皆がいるんだから。正義は必ず勝つ、そうだろ?」

 

「うん、うん……!」

 

「泳ぐのは嫌い? 思い切り泳ぐのは楽しいよ」

 

「うん!」

 

「じゃあ、ほら、早くしないとなぎさちゃんに負けちゃうよ。」

 

 

なぎさを見ると、結構ガチなクロールである。

 

 

「フフフ、見滝原のマーメイドと呼ばれたなぎさに追いつけますか裕くん!」

 

「ようし! 負けないよなぎさちゃん!」

 

 

ミラーモンスターであれ、多くの知識を取り込んだとは言え、裕太はまだ子供だ。

なぎさとは年齢が同じこともあって、二人はすぐに打ち解け、はしゃぎ合う。

ビーチには楽しそうな笑い声だけが聞こえてくる。

その内に店を出た香川たちも、そんな裕太たちを目に映す。

 

 

「ふふ、楽しそうですわね二人とも」

 

「ええ。百江さんがパートナーで助かりました」

 

「ようし! ねえ二人とも! 俺も混ぜてよ!」

 

 

砂浜を走る中沢。なぎさ達も笑顔で中沢のほうへ駆け寄る。

 

 

「いいですよ! ね! 裕くん!」

 

「うん! 一緒に中沢さんも一緒にあそぼ!」

 

「いいね! 何する! なんでもいいぜ俺は!」

 

「裕くん、なにかありますか?」

 

「ぼく、スイカ割りがしてみたい!」

 

「スイカ割り――、あぁ、でもスイカが無いなぁ」

 

「じゃあ中沢をスイカにすればいいのです!」

 

「うそだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しかったな……」

 

 

海を見ながら、裕太はポツリと呟いた。

もうすぐ日が暮れる。一同はホテルに帰る事となった。

車の方をみると、中沢の巨大なたんこぶが引っかかって、なかなか車に入ることができないでいた。

 

裕太はばつが悪そうな表情ですぐに目を逸らす。

悪い事をした。アビスに変身した中沢を砂に埋めてスイカ代わりにするのは流石に酷い話ではないか。

 

父にも散々怒られたし。(まあ香川もやる前に怒れと言う話だが)。

とは言えアビスも本気で出ようと思えば砂からは簡単に出られたはずだし、それらは一重に裕太達を楽しませるための『優しさ』なのだろう。

 

 

「明日もずっと楽しいですよ」

 

「なぎさちゃん……!」

 

 

隣になぎさが立つ。

 

 

「楽しく生きようと思えば、毎日楽しいです」

 

「そうだね。うん、そうだよね」

 

「知ってますか? 次は北海道に行くらしいです! おいしいお魚ばっかりですよ!」

 

「うん! 楽しみだね! ソフトクリーム一緒に食べよ!」

 

「はい! 今からウキウキなのです!」

 

 

でも――、と、なぎさは言葉を止める。

 

 

「中沢はもっと楽しそうだったのです」

 

 

ニヤニヤ、ニヨニヨ、ヘラヘラ。

はじめは人間とはこんなお間抜けな顔ができるのかと思ったが、いやはや、結構な事ではないか。むしろとても楽しそうで羨ましい。

 

 

「それは中沢さんが――」

 

「ですよね。だからきっと、そうなるともっと楽しいんです」

 

 

なぎさは両手を後ろで組むと、体の正面を裕太の方に向ける。

風が吹き、なぎさの綺麗な白い髪をなびかせた。

 

 

「だからね、裕くん。なぎさの事、好きになってもいいですよ」

 

「―――」

 

「なーんて、冗談です。フフフー!」

 

 

丁度その時、中沢のたんこぶが縮み、車の中に入ることが出来た。

 

 

「なぎさちゃん、裕太くん、用意ができましたわ。さあ帰りましょう」

 

「了解なのです! 行こう、裕くん!」

 

 

なぎさは強引に裕太の手を取って走り出す。

裕太はジッと、なぎさを見ている事しかできなかった。裕太の脳は裕太のもの、つまり人間の証明だ。そのパーツが強い感情を発している。

裕太は今この瞬間、ミラーモンスターではなく、純粋な人間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜、ホテルのレストラン。

 

 

「おぉ! これ凄く美味しいです! 仁美も食べますか!」

 

「うふふ、じゃあお言葉に甘えようかしら」

 

「はいです! あーん!」

 

「あーん」

 

「美味しいですか?」

 

「はい、とっても美味しいですわ」

 

 

楽しそうにはしゃぐ二人を、向かいの席でボーっと中沢と裕太は見ていた。

 

 

「いいよね、雄太くん……」(物を食べてる仁美さんも素敵だ……)

 

「はい、すごく……」(なぎさちゃん……)

 

「………」

 

 

隣の二人用の席で向かい合っている香川と下宮は、メガネを光らせてその光景を観察していた。

 

 

「わ、患い人が二人に増えましたね……」

 

「いいんじゃないですか? 男は永遠の思春期ですから」

 

「と言うことは香川先生もですか?」

 

「ええ。もちろんです」

 

(絶対嘘だよ)

 

 

そもそも香川が妻と交際していただとか結婚生活だのがまるで想像できない。

だが目の前を見てみれば、香川のテーブルの周りにはシークワーサーゼリーのカップが山のように積まれている。

甘いものが好きなんだろうか。意外と子供っぽいところもあるのかもしれない。

 

いやはや。不思議な事は多いものだ。それが他人のことになるとなおさら。

下宮は引きつった笑みを浮かべながら、ゴーヤを口に運んでいくのだった。

 

 

 

 

 






個人的な解釈なんですが、ゆまちゃんが小学校低学年で、なぎさちゃんが高学年って感じで書いてます(`・ω・´)


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第85話 積み上げてきた事を誇りに思え

 

 

「おはようさやか」

 

「あれ? サキさん、みんなは」

 

「あ、ああ、それぞれちょっとした用事があるらしくてな。今日は私とキミだけだ」

 

 

サキの役目はさやかの足止めである。

いや、足止めとは聞こえが悪いか。要は保護である。

特に今回の場合ゼノバイターの強さは想像を絶していた。

記憶が無いさやかでは、戦いに巻き込まれれば危険だ。

ましてや悔しいが、守れる保障も無い。故にサキがさやかの傍にいる事になったのだが――。

 

 

「でさぁ、あそこのリアクション芸が――」

 

 

楽しそうに笑うさやかを、サキはジッと見ていた。

確かに、さやかを戻す事を想像すると頭が痛くなる。

因果、言い方を変えれば宿命とでも言おうか。

サキの記憶であってもさやかが魔女になった回数は多い。

 

いや多すぎる。

何が因果律を左右するのかは分からないが、それだけの絶望を思い出すのはさやかにとってかなり負担になる事だろう。

 

 

(なにか――、大きな希望でもあればいいのだが)

 

 

そして一つ、サキには引っかかるものがあった。

 

 

「………」

 

 

オーディンの変身者に対する記憶がまるごと頭から抜け落ちている。

だが、それは記憶を取り戻した際にキュゥべえからのメッセージとして脳内に叩き込まれた。

だからこそ疑問は無い。何かしらの理由があっての事だろう。

 

しかし『それと同じケース』が一つあった。

一つの記憶が限りなく薄い。わかっているのはただ一つ、その時のパートナーが美穂であると言うことだ。

あの時、一体どんなゲームがあったのか。これは自分だけなのだろうか?

気になる点は多い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら、大変な事になっちゃったわね」

 

 

参加者に囲まれているテラバイターは呆れた様に首を振る。

余裕があるのか、まどかの弓を持つ手にも力が入る。

正直な話、アライブの力があれば何とかなるだろうと思っていたのも事実だ。

しかし先のゼノバイター戦ではっきりと分かった。

 

 

『油断すれば死ぬ』

 

 

すると遂にテラバイターが動く。

と――、言っても攻撃ではない。テラバイターは人さし指で天を示したのだ。

上になにかあるのか? 参加者達はテラバイターに注意しつつ、一瞬だけ上を見る。

するとそこには浮遊するテレビ。ではなく、箱の魔女エリーの姿があった。

精神攻撃を特意とするエリー。すぐに目を逸らさなければならないのだが、問題はエリーの画面にゼノバイターが映っていたという事だ。

 

 

『よぅ! 参加者共ォ!』

 

 

ヘラヘラと笑いながら手を振るゼノバイター。

前日に戦ったと言うこともあり、まどかと龍騎に大きな緊張感が走る。

すると気づく。ゼノバイターの体が僅かに震動しているのだ。

これは一体? 疑問に思ったとき、すぐに答えが示される。

カメラが引き、ゼノバイターの全体が映し出される。彼は寝転んでいたのだ。どこに? 決まっている、それは電車の上にだ。

 

 

「まさかアイツ!」

 

 

そう、見滝原鉄道。

文字通り見滝原の中を走る私鉄、その一つにゼノバイターはいるのだ。

なぜか? 決まっている。彼らの作戦は初めから二重に行われていたのだ。

 

ゼノバイターとテラバイターの両者がポイントにつき、順番に殺人を行っていく。

そしてどちからが成功すれば、もう一方は参加者へのアプローチに作戦を転じるということだった。

 

 

『見えるか? おぉ、コレが俺様の餌場だよ!』

 

 

戦慄が走る。この状況、テラバイターは殺害を妨害された。

つまり殺害を行う者が変更され、ゼノバイターになったと言うことだ。

二重の殺戮構造。幼稚園バスとは違い、狙われたのは電車である。

今の時間は通学や通勤にしようしている人が多い。

三両編成の電車の中はまさに餌場と言うにふさわしい、逃げ場の無い空間でゼノバイターが暴れればどうなるのか、それはあまりにも簡単な答えであった。

 

 

『今からたっぷり死ぬぜぇ! ハハハ!』

 

「くッ!」

 

 

マミはホムラに視線を送る。

時間停止ができれば或いはと思ったが、ホムラは涙目で首を振っていた。

無理だ。もう砂が無い。わずかに止められても数秒が限界。とてもじゃないがゼノバイターがいる場所に向かう事はできなかった。

 

 

「分かっているのかしら。こんな事になったのは――」

 

 

そして、テラバイターは一人の少女を指差して笑った。

 

 

「あなたのせいなのよ? フフフ!」

 

 

赤い指が指し示したのは、怯え、震えるホムラであった。

 

 

「え……?」

 

「分かっているのでしょう、ねえ? "お母様"」

 

 

お母様、その言葉に一同が固まる。

 

 

「なんだと?」

 

「なぁに? おかしい事じゃないでしょう? ねえゼノ」

 

『ああ、その通りだぜ。暁美ホムラは俺様たちのママだからな! ギャハハハ!』

 

 

その時、ホムラの中に電流が走った。

目のハイライトが消え、虚ろな表情で崩れ落ちる。

一同がほむらに視線を移す中、テラバイターは言葉を続けた。

 

 

「死を認められないなんて人として尤もたるエゴじゃなぁい?」

 

 

知れ、巴マミは死んだのだ。

 

知れ、鹿目まどかは死んだのだ。

 

知れ、それを受け入れる事が正解だった。

 

なのにお前は愚か者。時間を繰り返し、死を無かった事にしようとした。

一度ならず二度までも。いいえ、何度くり返したのだろうか。

その果てに救いはあったか? その果てに希望はあったか?

否、くり返されたのは絶望だけだ。

 

まどかを救えたか?

いや、それだけじゃない。誰か一人でも救えたのか?

マミ、さやか、杏子。犠牲にするのも仕方ない? いや違う。お前は結局助ける事も利用する事もできなかった。

 

ただ呆然と死を見ているだけしかできなかった。

世界の歯車を止める事はできない、『運命』を変える事はできない。

観測者などと言う恵まれた立場ではない。ただ死の輪廻に飲み込まれた愚かなピエロだ。

 

言葉が交じり合う。

感情が交じり合う。ああ、これは一体誰の言葉なのだろうか。

ホムラの思考はグルグルぐるぐる、ぐるぐるグルグル。

 

 

「お前さえいなければ、鹿目まどかに因果が収束する事はなかった」

 

 

酷い。それはホムラにとって何よりもの『ワルクチ』だ。

 

 

「お前のわがままが鹿目まどかに罪を背負わせた。見よ、概念が変えた世界が齎した結果を!」

 

 

両手を広げ、自らの存在を指し示すテラバイター。

そこへゼノバイターの笑い声が重なる。魔獣、究極の絶望を具現したのは何よりも暁美ほむらの行動ではないか。

まどかを失いたくないという願いを諦めていれば、まどかがキュゥべえと契約して馬鹿な願いを叶える事もなかった。

魔獣は魔女の代わりだ。世界を殺すシステム。そして今はもう魔女をはるかに超越した危機なのだ。

 

 

「暁美ほむらのせいだ」『暁美ほむらのせいだよなぁ!』【暁美ほむらのせいですわ】

 

 

テラバイター、ゼノバイター、ワルクチの声が重なる。

いや、そもそもこれは彼らが口にした言葉なのだろうか。

コレを聞いているのはホムラだが、彼女は本当にその言葉を聞いたのだろうか。

分からない。分かれない。全ては脳内に広がっていく戯曲の舞台。

 

 

「お前は罪人だ、暁美ほむら」

 

 

最後に、ホムラの声が聞こえた。

 

 

「私は……、私は――ッ」

 

 

その時、ホムラの動きが止まった。まるで機械のように。

 

 

「違う!」

 

 

そして勢い良く立ち上がった、ほむら。

そう、『ホムラ』ではなく『ほむら』がそこにいた。

三つ編みはストレートになり、赤いメガネはいつのまにか消えている。

 

 

「ねえ、ここはどこなの!?」

 

 

ホムラはイチリンソウの中で泣いていた。

 

 

「ここから出して! 助けてまどか! 巴さん!!」

 

 

ワルクチは笑い転げている。

 

 

「出して! 助けて! お父さん! お母さん! 怖いよ! 怖いよぉ!」

 

 

イチリンソウの花束の中に浮かぶモニタ。そこから声が聞こえる。

 

 

「暁美さん!?」「ほむらちゃん!」

 

 

いったい何がどうなっているんだ。

まどか達が駆け寄って行く中、ニコはただ呆然とほむらを見ているだけだ。

ほむらがホムラになったと思えば、今、ホムラはほむらになったではないか。戻った――、のか? いや、それにしては何か違和感がある。

 

 

「大丈夫よ、落ち着いて暁美さん! あんなの下らない精神攻撃だわ!」

 

「そうだよ、ほむらちゃんが悪い訳じゃないから!」

 

 

その時、ほむらの体から紫色の光が漏れる。

気づけば、ほむらはホムラに変わっていた。

 

 

「そうかなぁ? そうなのかなぁ? 私、悪くなぃ……?」

 

「!?」

 

 

これは一体――?

誰もが戸惑う中、一人だけ、ライアだけはリアクションが違った。

 

 

「やはり、そういう事か」

 

 

そう、理解した。

ライアは全てを察したのだ。

思えば前回のゲームからその兆候は少しだけ見られていた。

あれはそう、タイガとキリカの攻撃を受けていた時、ほむらは無意識に心の声をライアに流し込んでいた。

 

時折、彼女はとても臆病になる。

いや、死が近づいているのだから臆病になるのは当たり前だろう。

しかしそれでも、まるで人が変わったように自分が崩れていく。

 

ライアはふと、分からなくなってしまう。

暁美ほむらとは一体どういう人間なのだろうかと。

もちろんこの世界にいる人間全てが真司やまどかのように真っ直ぐで分かり易いわけじゃない。

むしろ真司やまどかも仮面の裏には何かしらの闇を秘めているものである。もちろんそれは手塚や、他の参加者も同じだ。

 

けれどもほむらは事情が違う。

彼女は他の人間よりもはるかに闇を背負ってきた。

ではもしも闇が仮面にて隠しきれなくなった時、人はどうなるのだろうか。

そう、それこそがこの問題の全てではないのか。

 

つまり、ほむらはとっくの昔に壊れていたのだ。

 

 

『くるみ』

 

 

ほむらは随分とクールな印象を受けた。

硬い殻で自分を覆い、近づくものを一定の距離に入れない。しかしその中身は周りと変わらない。むしろ脆いくらいなのだ。

そうだ、彼女は弱い人間だったのだ。勉強もできない。運動も出来ない。惨めな自分を嫌悪し、心の中では変わりたいと思っていた。

そんなとき、ほむらは――、いや違う。『ホムラ』はまどか達と出会い、魔法少女になったのだ。

 

そして彼女は、『ほむら』になる。

弱い自分を封じ込め、全ての甘さと弱さを捨てるアバターを作った。

ほむらと言う殻でホムラを隠したのだ。

 

くるみと、胡桃。

 

 

『此岸』

 

 

――が、しかし、ほむらはまどかを救えなかった。

何度も何度もくり返したが、運命は強く、ほむらは抗い続ける。何度と無くくり返すループ。

時間が流れる、そしてほむらが味わう体験はよくも悪くも頭に残るものだ。命の危機、仲間への罪悪感、それを封じ込める使命感。

まして、まどかへの愛情。

 

するとどうだ?

くり返すうちにほむらの『我』がホムラを超えようとしていた。

殻であった筈のほむらが、仮面であった筈のほむらが、ホムラを超越しようとしていた。

 

なに、それは別におかしい話ではない。

人はなかなか変わることができないが、変わる事もできるのだ。ほむらはホムラであり、それで終わりのはずだった。

 

しかし鋼鉄の少女は、所詮夢見た希望でしかなかった。

つまりまだホムラは生きていたのだ。それは存在ではなく、あえて現すなら優しさを交えた弱さであろうか。

 

まどかの為、まどかだけ。

そうはいかない。マミへの罪悪感、さやかへの罪悪感、杏子への罪悪感。

三人に対する、確かな友情。ほむらは心の中で思った。

 

 

それを、捨てたくないと。

 

 

いや、違う、それは違う。訂正しよう。訂正しなければならない。

暁美ほむらに友人など、一人とていなかった。

あったのはただ友情への憧れだ。

 

 

『歯はこぼれ』

 

 

向こうが友情を抱いてくれたとしても、ほむらは時間をくり返す。

そしてその果てにある新たな世界にいた少女達は同一人物とは言いがたい。

たとえ声は同じでも、同じ言葉を放とうとも、時間軸が変わればハイ別人。

ほむらはそれを自覚していた。尤も、それは無意識かもしれないが。

 

 

『頭蓋はとろけ』

 

 

だがあったのだ。

考える事を止めても、止めたつもりであっても、ほむらは憧れていた。

手を伸ばしていたのだ。妥協点ではない、唯一無二の幸福だ。

 

マミがいて、さやかがいて、杏子がいて、そしてまどかがいる。

そこにキュゥべえはいない。ジュゥべえなどいるはずも無い。

魔女はいない。すべては現実の中で収まる。限られた円が奏でる美しい友情(レコード)の音。

それが暁美ほむらの幸せだった。

 

 

『目玉も落ちた』

 

 

しかし、現実はそう甘くは無かった。

ほむらが求めた幸福はいつになっても叶う事はなかった。

マミとは対立し、さやかには疑われ嫌悪される。情を見せてくれた杏子はいつも自分を置いて勝手にいなくなる。

そして――。

 

 

「ごめんね、ほむらちゃん……」

 

 

まどかは――、自分の苦しみを理解してくれない。自分の愛を理解してくれない。

友情も、愛情も、共に矢印を向ける事で真に成立するものだ。

そうでなければどちらも淡い片思いでしかない。

 

そして何より、ほむら自身がその目を逸らしている。

ならばどちらも成立するわけが無いだろう。

ほむらはわかっていた。故に、目玉を――、『視る』ものを落とした。直視を放棄したのだ。

 

 

『もう種を砕けない』

 

 

ほむらは胡桃を割りたかった。

けれども胡桃を割れないくるみ割り人形に価値はあるのだろうか。

観賞用として『存在することなら許されるが』、すくなくとも『目的を果たすための道具としては欠落している』。

ほむらはそれを他の誰よりも自覚していた。目を逸らしているつもりでもその思いは確実に彼女の中に『負』となって積み上げられていく。

 

足掻けど、約束だけが惨めにほむらを取り巻いている。

いつしかその責任、負をほむらは『ほむら』の責任として割り切った。

そう、ホムラではなく、ほむらにだ。

 

 

『自己完結』

 

 

そして今回、全ての事件の答えが収束していく。

ほむらはいつしか、自己完結の道を歩んでいた。

 

 

救えない。

 

 

悔しい。

 

 

でも壊れてはいけない。

 

 

だから立ち上がる。

 

 

そして次のループへ。

 

 

それをくり返すうちに彼女の中に出来上がった防御機構。

それは心折れぬために、くじけない為に作り上げた唯一無二のスケープゴート。

ホムラはほむらを犠牲にし、心の傷を抑える屈強な自分を作り上げた。

何度倒れても立ち上がり、大切な人を救うために戦い続ける魔法少女(スーパーヒロイン)を。

 

単刀直入に言おう。

ほむらはそのアイデンティティ、自己の確立、自我を――。

 

 

『ループをくり返す自分』

 

 

と、してしまった。

つまり暁美ほむらは慣れてしまったのだ。適応してしまったのだ。

もっと言えば、受け入れようとしてしまったのだ。

鹿目まどかを救えず、無限の時間をくり返す自分を。

 

 

 

ループ世界は常に不幸や悲しみがあったわけじゃない。

ほむらでもまた楽しいと思える時間があった。ずっとココにいたいと思わせられる時間軸まで存在していた。

そこに生きるなかで、彼女は少しでも自分が傷つかない様に心の中に『ほむら』を作っていく。

 

だがもちろん焦る時もある。

だからこそ余計に傷つき、傷つけ、そのサイクルもまた一つの負としてほむらが吸収していく。

だがほむらはそれでも変化を恐れるようになってしまった。完全に彼女は回り続けるループの住人になってしまっただ。

 

まどかを救いたい。

 

だが、ずっとこのままが良い。

 

矛盾せし相反する二つの意思。

それはきっとほむらの中に確かに存在している記憶が原因だろう。

一番初めに出会った、救いたかったまどかはもう死んでいる。そしてなによりも――。

 

 

『わたし、魔女になりたくない』

 

 

呪縛。ほむらの中にある、まどかを殺してしまった記憶が鎖となって彼女を縛っている。

ループを終わらせると言うことはそれを確かな真実にしてしまう事だ。

ほむらは、それが一番怖かった。だからループを続ける事に安心を抱いてしまった。

 

戦い続ければ、『まどか殺し』を本当にしてしまうからだ。

そして、その中で始まったF・G。ゲームの中でほむらはより一層の変化を受け、時に過去の弱い『ホムラ』のように慌て、怯えた。

 

そして今、さきほどの『終わり』の危機が訪れようとしていた。

マミに優しくされる。まどかと共に戦える。そしてこれから沢山の仲間ができるかもしれない。

それはほむらにとっても本当に嬉しいことだ。だが一人じゃないという事は、自己完結で終わらせることができないと言うこと。

優しさ、好意、そして希望はある意味、ほむらにとっては何よりもの恐怖だった。

 

できそこないの自分を鏡で見ているようだった。

怖い、嫌だ、そしてその嫌悪感がついに負を一切排除した自分の姿を作り出した。

それこそが過去の愚かで、間抜けで、しかし『白』だったホムラである。

 

みんなは優しいから、怖いほむらよりも間抜けなホムラを受け入れてくれる。

そして罪を抱えながらみんなと笑い合うことは苦しいから、責任をほむらに押し付ければそれでいい。

その逃避の心が彼女の中にほむらとホムラを作ることになった。

 

 

つまり彼女は意図的に二重人格になろうとしているのだ。

それはなによりもほむら自信が強く願っている事だ。

 

いくら強い疑問や文句を言ったところで、まどか達のとなりに並ぶべき『ほむら』が一体どういう姿なのかを、ほむらは、ホムラは分かっている。

ほむらを望んだのはホムラだが、ほむらを拒むのもまたホムラなのだ。

いや、ホムラはまだほむらであり、ホムラは確かにほむらである。

 

 

分かりにくいだろうか? では簡単に言おう。

 

今はまだ、ほむらは二重人格ではない。ほむらとホムラは確かに同一人物なのだ。

そしてワルクチの件も同じだ。確かにワルクチは死をトリガーにしてほむらに寄生した。

しかしワルクチ本人が言っているが、ワルクチはほむらの一部になっただけである。

その役割は心を刺した事をほんのちょっと強調するだけ。ただそれだけなのだ。

 

ワルクチ自身がほむらを追い詰めるなど一度もしていない。

そう見えている様に思えてもそんな事は無いのだ。

苦しみ、苦痛、疑問、恐怖。それらは全てほむら自身が生み出したことなのだ。

 

 

(ほむら)が苦しんでいるのは過去(ホムラ)の意思。罪を無くそうと回帰しようとする自我。

ホムラはほむらを殺す。同じような言葉がある。

トラウマの払拭。ああいや、もっと適切な言葉がある。

 

 

「トカゲの尻尾きり……、か」

 

 

ライアがポツリと呟いた。

はじめから一つだった。ワルクチが耳元で囁く。

 

 

「ほむら、お前はまどかを本気で救いたいとは思っていなかった。救う気なんて無かったんですわ」

 

 

折れる。

 

 

「生まれてきて……、ごめんなさい」

 

 

へたり込んだホムラが涙を流す。

 

 

「そんな事ないよほむらちゃん!」

 

「そうよ暁美さん! あなたは――」

 

 

そう、本気じゃあない。死を口にすれば楽になる。

そして慰めてもらえる。全ては一つ。傷つきつづければほむらが出現し、優しくされればホムラが出てくる。

全ては一つ、自己を守ろうとする事。

 

心を守ろうとすることだ。

 

でなければ無限をくり返した心はとっくの昔に壊れていただろう。

そういえばまどかがパニエロケットから戻れなくなった事、あれと限りなく近いことがほむらにも起こっていたのだろうて。

 

 

「さあ見るがいい、暁美ほむら」

 

 

指を鳴らすテラバイター。

するとテラバイターの体が光となり、エリーの中に吸い込まれた。

 

 

「逃がすか! プロルン・ガーレ!!」

 

 

ニコは指をミサイルに変えて発射。

しかしそれらミサイル群はエリーに直撃する前に次々と爆発を起こして無効化された。

 

 

(……キレそう)

 

 

ついに魔女にすら通用しなくなったとかと思えば、まどかはマミの弾丸もエリーには届かない。

そこで一同は気づく。少し分かりにくいが、エリーの周りに円形状の結界が張られていた。

あれは確か。ニコはゴーグルをかけて周囲を見回す。

すると少し離れたマンションの屋上に上臈小巻の姿を確認する。

 

 

「アイツか……!」

 

 

一方エリーの画面ではゼノバイターが映し出される。

ゲラゲラと笑い、彼は立ち上がった。突風に触角が揺れる。

 

 

『よく見とけよほむらぁ、んで他の参加者共』

 

「!」

 

『全員殺す。子供はそうだなぁ、電車から地面に顔面でも押し付けてやろうかね!』

 

 

画面がグチャグチャになると楽しそうにゼノバイターは笑っていた。

 

 

「待て!」

 

『んぁ?』

 

 

その時、龍騎が声を上げる。

 

 

「無関係な人は巻き込むなよ! 俺がムカツクんなら、直接俺の所に来ればいいじゃないか!」

 

『……ぁ』

 

「お前、卑怯だぞ!!」

 

 

静寂があたりを包む。

画面の中でも、電車が動く音しか聞こえなかった。

 

 

「………」

 

 

ガタンゴトン。

 

 

『………』

 

 

ガタンゴトン。

 

 

『おぉ、おぉ! そうかぁ、いやッそりゃそうだなぁ!』

 

 

ゼノバイターは手で、頭を軽く叩いた。

 

 

『おめぇの言うとおりだわ龍騎ィ、そうそう、そうにちがいねぇ。俺様は卑怯者だ。屑野郎だ! ああ、恥ずかしいなコンチキショウ!』

 

「ッ」

 

『いやこれ――ッ、申し訳ねぇなぁ。しかしあれだな、俺だけに恥をかかせるのはちと止めて欲しいぜ。だから、よ』

 

 

ゼノバイターは、ニヤリと笑う。

 

 

『ここはほれ、男と男の約束でもしようや』

 

「約束ッ?」

 

『ああ。頭でも下げてくれれば、電車のなかにいる奴を殺すのは止めておいてやるよ』

 

「………」

 

 

龍騎は、すぐに動いた。

 

 

「本当に俺が頭を下げれば、関係ない人を巻き込むのは止めてくれるんだな!」

 

「おい!」

 

 

龍騎の背を叩くニコ。

一同は一勢に龍騎を見る。『そんなわけ無いだろ』と言った視線。

まどかやホムラでさえ同じような表情だった。

 

 

『約束してやるよ。男と男のなあ?』

 

 

だが龍騎は一同を落ち着かせ、直後、文字通り頭を下げた。

 

 

「頼む、関係ない人を巻き込むのは止めてくれ!」

 

『……ちと足りねぇな。跪いて両手を地面につけてくれれば誓うよ俺様は』

 

「……分かった」

 

「城戸、そんな事をしても」

 

 

ライアは龍騎を静止させようとするが、龍騎自身がその手を止めた。

 

 

「いいんだ手塚。向こうもそれで止めてくれるって言ってるんだ」

 

「しかしだな!」

 

 

ニコも割って入る。

 

 

「おいマジでアホかよ! そんな事をしてもあいつらは絶対――ッ!」

 

「いいんだ、俺は信じる戦いを選んだから、魔獣を信じたい」

 

『ほ――、ホホッ! あ、いや、なんでもねぇ! そうだ、そうだな、立派だぜ龍騎!』

 

 

やっべぇええええええ!

コイツマジでやべぇわ! ギャハハハハハ! なに? マジで言ってんのかこのバカは!

ヒィィッハハハ! やっべ、マジで笑いが零れる! やべ、やべー、まだ笑うな、まだ笑うんじゃねぇぞ俺様!

ちゅーか、テラのやつぁもうエリーん中で大爆笑じゃねぇか。あああああ羨ましいぜオイ!

 

守るわけねーだろうがそんなクソみたいな約束。

何が魔獣を信じたいだよ。勝手に信じてろよカースッッ!

 

ぶっ殺すからな。

俺様マジでぶっ殺しまくるからな。決めた! 一人ずつ丁寧にカメラの前でぶち殺してやろうっと!

そうすりゃあのバカもっと絶望するぜ! 一人一人電車から引きずりまわしてミンチにしてそれでハンバーグ作ってあのバカにお届けしてやるぜ!

 

 

――等と、ゼノバイターが考えていると、龍騎が動いた。

しかしそれは土下座をするためではない。軽く下げていた頭を上げて、普通に立つ。

 

 

「そうだな手塚、ニコちゃん。俺、やっぱ止めるわ」

 

『は?』

 

「時間は十分稼いだし」

 

 

世界を反射するビルから、赤い龍が飛び出したのはその時だった。

ドラグレッダー。彼は咆哮と共に真っ直ぐにゼノバイターに向かう。

そしてそのまま呆気に取られていたゼノバイターに突進を仕掛けると、電車の上から突き落とした。

 

 

「んがぁあ!!」

 

 

線路の上に倒れるゼノバイター。

そこへ追撃の火球が着弾する。小規模の爆発が起き、ゼノバイターの悲鳴が聞こえる。

 

 

『なんだ!』

 

 

エリーの中に入っていたテラバイターが叫んだ。

そしてすぐに思い出す龍騎の言葉。時間は十分稼いだ――。

つまりなんだ、はじめから龍騎はゼノバイターが約束を守る気がないと知っていた?

 

 

「ひゅーっ! やったな真司。ニコちゃんなんちゃら賞もらってもいいんじゃねぇ?」

 

「ああ、ありがとうニコちゃん。手塚も助かったよ」

 

「ああ。占いは相手の様子を伺うことが大事だからな」

 

 

え? え? え?

まどか、マミ、ホムラはまだ分かっていないようだ。

正解は単純。まだゲームは始まっていない、つまりそれはキュゥべえ達が与えたテレパシーが使えるという事だ。

 

簡単に言えば手塚とほむらだけが使えるトークベントを、現在は事情を知っている魔法少女と騎士全員が使える事となる。

龍騎とライアとニコは素早く作戦を伝え合った。

とにかくゼノバイターの動きを止めて、ドラグレッダーが駆けつける時間を稼ぐ。

つまり、それすなわち。

 

 

「全部演技だよ。クズ」

 

 

ニコは、ゼノバイターを見て笑った。

 

 

「酷い! 私達にも教えてくれればよかったのに!」

 

「敵を欺くにはまず味方からだろ。キミらは騙されたほうが輝くから」

 

「ああそうですか!」

 

 

ぷんぷんと頬を膨らませるマミ。

一方でゼノバイターは怒りに吼える。

 

 

『龍騎テメェ! 約束を破るのかよ!!』

 

「知るかよ! ッて言うか、お前が言うな!!」

 

 

そもそも何故謝らなければならないのか、と言う話である。

 

 

「そ、そうですよ、頭も下げなきゃ良かったのに……!」

 

「いや、まあそりゃあ良いんだよホムラちゃん。じゃないと時間稼げそうに無かったし」

 

 

確かに魔獣に頭を下げるのは屈辱だが――

 

 

「魔獣から人を守れるなら、俺のプライドくらいどうって事ないよ」

 

「……!」

 

 

その時、僅かにホムラの目に光が宿った。

一方でさらにゼノバイターは激高する。

 

 

『ゆるさねぇぞ! 嘘をつきやがって、このクソ野郎!』

 

「クソはお前の方だろ! だいたい俺は嘘なんてついてない!」

 

 

龍騎の――、真司の『本当』はただ一つ。

 

 

「お前ら魔獣を全員ぶっ倒してやる! それだけだ!」

 

『テンメェエエエエエエエ!!』

 

 

その時、二発目の火炎が上空から飛来した。

だがドアをノックするように手を振り、ゼノバイターはその火球を消し飛ばす。

 

 

「ミラーモンスターごときがッ!」

 

 

ブーメランを取り出すゼノバイター。

龍騎の狙いは分かる。ドラグレッダーがゼノバイターをミラーワールドに送り込めばそれでいいのだろう。

だがしかし、逆を言えば今はミラーモンスターだけ。

 

 

「負けるわけねーだろうが俺様がァア!!」

 

 

踏み込み、ブーメランを投げる。

青い旋風は猛スピードでドラグレッダーに向かい、直後尾の刃とぶつかり合った。

 

 

「死ね」

 

 

手を前に出すゼノバイター。

瘴気のエネルギーがブーメランに送られ、禍々しく、巨大になっていく。

 

 

「グォオオォォォォ!」

 

 

見よ、強化されたブーメランがドラグレッダーの尾を砕き、そのまま体を一刀両断にした。

ドラグレッダーは咆哮を上げながら爆発。粉々になり直後、消滅する。

 

 

「ッ、ドラグレッダー!」(ごめん――ッ!)

 

 

ミラーモンスターは騎士と一心同体であり、魂をエネルギーとしている。

だからたとえ死んだように見えても24時間で再生されるのがルール。

しかし騎士のエネルギー源はミラーモンスターである。それを失えばどうなるのか、それは赤い色が消えていく龍騎を見れば明らかだろう。

 

 

「ッ!」

 

 

龍騎は力を失い、ブランク体へ。

 

 

「さて、邪魔者も消えたし、今度こそぶっ殺してやろうかねーッ!」

 

 

呼び出したギーゼラに跨り、ゼノバイターはアクセルを煽る。

そして加速。魔女のスピードは高く、みるみる電車に追いついていく。

飛び道具で直接粉砕しても良かったが、それじゃあゼノバイターの気がすまない。乗客一人一人を切り刻み、それを龍騎に見せない限り――。

そして電車が間近に迫ったとき、一つの変化が起きた。

 

少し考えてみて欲しい。

いくら龍騎といえど、サバイブと互角であったゼノバイターをドラグレッダー一体でどうにかできるとは思っていない。

 

ではなぜ、わざわざブランク体になる危険性をはらんでまでドラグレッダーを向かわせたのか。

それはあと一歩の時間稼ぎである。テレパシーで作戦を伝えたのは四人だ。

真司、ニコ、手塚。そして――。

 

 

「なにッ!?」

 

 

ゼノバイターは電車のガラスに自らの姿を見た。

するとその時、ガラスからハサミが伸びる。

 

 

「うごッ!」

 

 

ハサミはゼノバイターの顔を挟むと、そのまま電車の中に引きずりこむ。

 

 

「うォオっと!」

 

 

転がる。ゼノバイターはすぐに立ち上がり状況を確認。

 

 

「やられた! ちくしょう!!」

 

 

車内は空。当然だ、ココはミラーワールド。

運転手のいない電車が走り続けているだけの空間。

 

 

「城戸くんは私に大切な事を教えてくれた人です」

 

「!」

 

 

そしてゼノバイターの前には。

 

 

「そんな彼のプライドを傷つけたバツは、私が与えてあげましょう」

 

「須藤!!」

 

 

そう、須藤もまた警察署から現場に駆けつけていた。

そして全て聞いている。

 

 

「さっさと消えろよカスがァア!」

 

 

ゼノバイターはブーメランを弓に変えて瘴気の(レーザー)を発射した。

直線のそれは一瞬でシザースの前に到達し、着弾するはずだった。

 

しかし、シザースの体が発光するとレーザーが斬撃音と共にバラバラになっていく。

そう、シャキンシャキンシャキンと小気味の良いリズムで発生した音だ。

同時にシザースバイザーが消え、シザースの前に大きなハサミが現れる。

刃を繋ぐ部分にはカードを入れるところがあり、シザースはそこへ一枚のカードを装填する。

 

 

【サバイブ】

 

 

強化される装甲。シザースは、シザースバイザーツバイを手に取ると、分離させて二刀流モードへ。

そして走り出し刃を振るう。火花が散った先、そこには同じく二対の刃を手にするゼノバイターが見えた。

言葉も無くお互いは次の刃を相手に刻みつけようと存分に振るう。

しばしの間、乱舞。無人の電車のなかで斬撃音だけが響き渡った。

 

 

(あら? 意外と強いなコイツ……!)

 

 

ゼノバイターは呆気に取られていた。

因果律と言うやつなのか。須藤とマミは多くの時間軸で序盤、言うても中盤には退場するケースが多かった。

けれども今、刃を交えて思うのは、なかなかどうして須藤――、つまりはシザースの実力だ。

 

刃を向ければ必ずそれこに合わせて刃が飛んでくる。

しかし考えてみれば須藤は刑事。騎士の中では変身前がトップクラスの実力を持つものではないか。

なるほど。であればこの力は納得がいく。

 

 

「おろッ!?」

 

 

胸に激しい痛み。

おお見よ、シザースバイザーツバイの一刀がゼノバイターの胸を切裂いたのだ。

入った。まともに受けたダメージ。瘴気が火花の様に散る。

 

 

「あらあらあら」

 

 

まいったね、こりゃ。

――であれば。

 

 

「ちょいとギア上げていくぜぇ!!」

 

 

所詮、参加者。ゼノバイターの体から瘴気が溢れる。

持っていた刃が強化され、ゼノバイターはそれをブーメランモードに変形させる。

そしてつり革を掴むと、ターザンの様に勢いをつけてシザースに蹴りを打ち込んだ。

 

 

「うッ!!」

 

 

衝撃と車内ゆえの足場の悪さ。シザースは大きくよろけて後退していく。

一方で右シートの上に飛び乗り走るゼノバイター。シートの上に――、それは一見すると意味のない行動に思えるが、要するに端に寄るという事だ。

 

 

「!?」

 

 

シザースの視線が左(ゼノバイターから見て)に向けられる。

と言うのも、右シートに乗ったゼノバイターが触角を伸ばして左の窓を割ったのだ。

何も知らないシザースはゼノバイターのいる位置と反対の場所に物音がして、援軍がきたのかと予想する。

しかしその真意はシザースの注意を反対に向けさせる事。その際に生まれた僅かな隙を、ゼノバイターは突こうというのだ。

 

 

「人間なんざ俺様の相手じゃねぇんだよ!!」

 

「グッ!!」

 

 

シートを蹴って前宙。網棚に飛び乗ると高速の匍匐前進で一気にシザースの背後に回る。

一方でシザースはゼノバイターを攻撃しようと剣を振り上げた。しかしそこで気づく、激しい抵抗感。

 

と言うのも、シザースバイザーツバイの刀身の長さが、天上を捉えてしまったのだ。

振り上げた刃はゼノバイターに届く前に、つり革を垂らす鉄棒に届き、さらにそのまま天上に届いて刃を車体に食い込ませる。

 

 

「しまった!!」

 

 

シザースバイザーツバイをまだ扱いなれていないシザースだからこそ起きたミス。

狭い車内での戦闘、武器のリーチからくる距離感を把握しきれていなかった。

大きく鈍るシザースの動き、一方でゼノバイターは網棚から転げ落ちるようにして落下。その着地地点はなんとシザースの肩。

 

 

「グッ!」

 

「いくら強化されてもカスはカス!」

 

 

肩を踏みつけ、シザースを強制的に膝をつかせた。

そして今度こそ完全に着地したゼノバイターはブーメランを構えたまま前宙。

自らが回転ノコギリとなってシザースを狙った。正確には狙ったのはシザースの右側。

シザースは防御しようにも、右手に持っていた剣は現在、電車の天上に食い込ませてしまっている。

 

そして肩を踏まれた際、柄から手を離していた。

つまり現在、シザースは右手に何も持ってはいないのだ。

 

 

「ぐああああああああああああ!!」

 

『須藤さんッッ!!』

 

 

マミの悲痛な叫びが聞こえた。

声が上ずり、掠れるのも無理はない。なぜならばブーメランの一撃を受けたシザースの右腕が切断されたのだ。

地面に落ちるシザースの右腕。なんと言うことだ、シザースは防御力が高いのが特徴なのに。

 

 

「やっぱ俺様の敵じゃあねぇよなァアア!!」

 

「ぐっ! うぅぅあぁ!」

 

 

ああ、なんてことだ。大変な事になってしまった。一同の背にゾッとする冷たいものが駆けた。

魔法少女ならば肉体が損壊してもソウルジェムの力で時間とともに再生されるが、騎士はそうもいかない。

もともとの防御力は魔法少女よりもはるかに高いが、一度体を失えば修復はほぼ不可能である。

 

絶望と激痛に呑まれたのか、シザースは両膝を床につけて停止した。

左手に持っていたシザースバイザーツバイも床に落とし、左手で右の腕があった場所を抑えている。

 

 

「ハハハハハハハ! 馬鹿な奴だぜ須藤! 格好つけて出てきた割りにはそれかよ!!」

 

 

既に戦意が喪失している。後は殺すだけだ。ゼノバイターはブーメランを構えた。

すると腹部に衝撃が走る。見れば、シザースが動いていた。

まさに一瞬の出来事だった。シザースは『右手』の拳をゼノバイターの腹部に打ち込んでいたのだ。

 

 

「な、なんだとッッ!! なぜだこりゃぁ――」

 

「食らいなさい、魔獣ッ!!」

 

 

その時、シザースの右腕が体から分離された。

そして右腕は断面図から火を噴かせ、そのままゼノバイターに拳を抉り込んだまま飛んでいく。

 

 

「お、おぉぉぉ!?」

 

 

ガラスを、車体を突き破り、ゼノバイターは外に放り出された。

腹部には相変わらずシザースの右腕があり、ロケットの様に火を灯して飛んでいる。

 

 

「な、なにがどうなってやがるッッ! グッ! アァァアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

叫びながらどんどんとゼノバイターは空中を飛んでいく。

そして近くにあったビルのガラスを突き破り、ビルの中に入っていった。それを見ながらシザースはなんなく立ち上がり、電車を飛び出して線路の上に転がった。

右手と左手、今のシザースにはその両方が存在していた。

 

 

自切(じせつ)という言葉があります」

 

 

カニは敵に襲われた時、自らのハサミや足を切り離して囮にする事ができる。

そして脱皮をする事で、失った脚やハサミを再生させる事ができるのだ。シザースにはその能力が存在していた。

そしてサバイブの場合、それを攻撃に使用する事ができる。カードを使わずとも元々備わっている機能、簡単に言えばロケットパンチである。

 

ロボットアニメの様に切り離した部分を飛ばして攻撃する事ができる。

シザースは関節的につながっている部分ならば全て意図的に切断でき、一瞬で再生させる事ができるのだ。

 

 

【ブラストベント】

 

 

シザースバイザーツバイは中央にカードを読み込む部分がある。

そして分離させた時は、左右どちらかの柄の上部にあるカード読みこみ部分に『スラッシュ』させる事でアドベントカードを発動させる。

現在使用したのはブラストベント。シザースの隣にボルランページが出現し、右手のランチャー砲からオレンジ掛かった黄色、白、茶色のエネルギー弾を無数に発射。

光球は不規則な動きをしながら高速でゼノバイターが進入したビルへ飛来し、そのまま次々に着弾していった。

その威力は高く、ビルの窓ガラスが次々と割れ、煙を上げながら崩落していく。

 

 

「ヌァアア! ッざけんじャねェエエエ!!」

 

「!!」

 

 

崩落の瞬間、シザースはゼノバイターの姿を捉えた。

ギラリと、文字通り目が光る。すると刹那、青黒いレーザービームが目の部分から発射された。

所謂『ふいうち』の隠し武器と言ったところか。たっぷりと瘴気を纏い、濃密な殺意を宿した光線はシザースの腹部、デッキを的確に撃ちぬくと、爆発を起こす。

 

 

「な――ッ! ぐッッ!!」

 

 

確実に数百メートルは離れているのにゼノバイターは的確にレーザーでシザースのデッキを撃ったのだ。

煙を上げてひび割れるデッキ。シザースは驚愕の声を漏らす。サバイブになればデッキの強度も跳ね上がる。

しかしそれでもシザースのデッキには亀裂が入り、欠片が地面に落ちた。

 

 

「まずいか……!」

 

 

線路を飛び降りると高架下にあるカーブミラーに飛び込むシザース。

現実世界に戻ると、まもなくしてデッキが粉々に砕け、変身が解除された。

 

 

「なんて奴だ……!」

 

 

デッキの破壊によりシザースはこれより24時間の間、変身ができなくなる。

問題はゼノバイターを倒せていないという事だ。瓦礫の下に埋もれているだろうが、生きている事にはかわりない。

しかもミラーワールドは一定の時間が経てば解放される仕組みになっている。

その前に星の骸への帰還時間を迎えなければ、現代の世界に魔獣が解き放たれることになる。

 

 

「サバイブに甘えてはいけない、そういう事ですか」

 

 

踵を返す須藤。

するとその時、コートの中にいれていた携帯が震える。

 

 

「ッ、はい。もしもし」

 

 

向こうの声を聞いて、須藤は目を細めた。

 

 

「わかりました。ありがとうございます……!」

 

 

 

 

 

 

 

一方でテラはエリーの中から状況を確認する。

ゼノバイターの撃退に成功したのを映し出してしまい、大きな舌打ちを零していた。

 

 

「流石は須藤さん!」

 

「チッ、あの役立たず……!」

 

 

マミ達の笑顔が癪に障るところだ。

 

 

「さあ、これで人質はいないな。さっさと殺してやるから降りてこい」

 

 

手招きをするニコ。

ミラーモンスターを失い龍騎はほぼ戦闘不能となったが、それでも人数有利である事にはかわりない。

だが画面に映ったテラバイターは笑っていた。

 

 

「やめておくわ」

 

「!」

 

 

矛盾。やめておくと言った瞬間、エリーは黒い翼を広げてまどか達に突進していった。

速い。だが直線。狙われたまどかはアイギスアカヤーを発動。

盾を持った天使が前方に出現し、真正面からエリーを受け止めた。

巨大な盾にぶつかったエリーは悲鳴をあげながら吹き飛んでいく。

するとエリーの周囲に無数の魔法陣が出現し、そこから黄色いリボンが伸びていく。マミの拘束魔法によって雁字搦めに縛られたエリー。

 

 

「ハァア!」

 

 

マミはそのままエリーを地面に叩き付けた。

その時、ハッと周囲を見回す龍騎。ライアはへたり込むホムラの傍にいる。

ニコは戦闘は得意ではない。と言うことは、この状況で止めを刺すべきなのは――ッ!

 

 

「よ、ようし! 俺に任せろ!!」『ソードベント』

 

 

空中から旋回し、龍騎の前に突き刺さったのは随分とシンプルな剣、ライドセイバー。

龍騎はそれを引き抜くと、雄たけびを上げて走りだす。そして思い切りライドセイバーを振り下ろし――

 

 

バキンッ!

 

 

「やっぱりなーッ!」

 

 

エリーを攻撃した刃はいとも簡単に折れて宙を舞う。

なんとなく分かっていた。龍騎はアワアワと後退していくのみ。だがしかしそこで肩に衝撃が走る。

ニコだ、彼女が龍騎の肩を蹴って飛び上がったのだ。ニコの眼前にあるのは叩き折れられ、宙を舞うライドセイバーの刃。

 

 

「―――ッ」

 

 

ニコは刃を思いきり蹴り飛ばす。

さらにキックの瞬間、ニコは再生成の魔法を使用。

折れた刃を槍に変えると、そのままエリーの方へシュートする。空中を切裂いた鋼の槍はそのままエリーに突き刺さると、そのままその肉体を貫いた。

 

 

「おぉ! ニコちゃんナイス!」

 

「……や。おかしいな」

 

「え?」

 

 

意味を察したのか、マミ達も地面を蹴ってニコの方へ駆け寄る。

違和感。あまりにもエリーが弱すぎる。仮にもコアグリーフシード産の魔女のはず。

すると気づいた、ニコの前に転がっていたのは魔女ではない、ただの古い『テレビ』だった。

 

 

「やられた」

 

 

ニコは地面に転がっていた石を蹴り飛ばし、苛立ちを露にした。

 

 

「………」

 

 

その中でライアは淡々としている。

なにか炎が燃えていない。そんな様子である。

考えてみれば本気でテラバイターを追い詰めようと言う気がなかったようにも思える。

が、もちろんそれは客観的な感想でしかない。

本当の気持ちはライアにしか――、いやライアにも分からないものなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フン、困ったものね」

 

 

箱の魔女、エリーについては色々と訂正しておかなければならない。

まず一つ、エリーは翼など生えていない。確かに翼として使用しているものの、黒い翼に見えるのはツインテール――、つまり髪の毛だ。

 

その本体は人形のような体。

そして顔を覆い隠すほどの黒髪をツインテールにし、赤いリボンが特徴的な魔女だった。

とは言え、エリーは本体のまま外に出る事を極端に嫌う。故に今までは画面と言う寄生先と共に倒されてきた。

しかし現在、エリーの主導権はテラバイターが握っている。

 

テラバイターはエリーの力を使い、電脳世界を介して逃走したのだ。

エリーはまるでコンピューターウイルスのようにネットの世界を伝って移動する事ができる。

対象とする『画面』を持つものにネットがつながっていなくとも、見滝原にあふれる無線やwifiに寄生し、テラバイター達はアジトに戻った。

 

アジト――、とは、先日襲った幼稚園バスである。

今は見滝原の端にあるゴミ捨て場に停めてある。不法投棄も多いのか、緑のフェンスに囲まれたゴミの山には誰もやってこない。身を隠すには丁度良かった。

 

 

「さてと」

 

 

適当なシートの上に座り、足を組むテラバイター。

一方でエリーは体を隠しながら恥ずかしそうにしている。

バスの中にはテレビやパソコンのゴミが散乱しており、エリーは適当に一つを取ってそこに寄生。

すると画面からツインテールの翼が生え、エリーは再び箱の魔女として覚醒するのだ。

 

 

一方で倒壊したビルの下敷きになっているゼノバイター。

いくら強い力があろうとも、重さには勝てないのか、うつ伏せのまま沈黙している。

すると脳内に響くテラバイターの声。

 

 

『ゼノ。随分と惨めな姿ね』

 

『うるせぇ、すぐにリベンジかましてやるよ』

 

『いいえ。いずれにせよそこから戻れたなら一旦引きなさい』

 

『はぁ!? おい何でだよ! 俺にも殺させろよ!』

 

『馬鹿ね。我らの狙いは参加者の殺害ではない。"アレ"の回収よ』

 

『……!』

 

『万が一と言う事は十分考えられるわ。現に油断が原因でシュピンネもアルケニーも死んだの。ギャンブルにおいてもっとも愚かな事は――』

 

『わーってる! 目先の欲に負け、痛い目を見る事だろ』

 

『そう。引き際を弁えた者こそが勝利を手にするのよ』

 

『チッ! まあいいだろう。確かにあれが完成すりゃあ、俺様たちはより上を目指せる』

 

『そう、あれを利用しない手は無いわ。だから――』

 

『分かったよ。クソ、覚えてやがれよあいつ等!』

 

 

そこで会話は途切れた。

テラバイターは唸り声を上げると、シートからゆっくりと立ち上がる。

 

 

「そろそろ決めるわ。死の運命に食われろ、暁美ほむら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそのホムラは流れる川をボウっと見ていた。

ずいぶんと寂しげな背中である。まどかが声をかけようとすると、マミとニコに肩をつかまれた。

 

 

「今は一人にしてあげましょう」

 

「でもッ」

 

「マミの言うとおり。もしもあのレベルの言葉で折れるようじゃ、この先の戦いには絶対についていけないだろう。いらないよ、そんな奴」

 

「酷いよニコちゃん。声をかけるくらい――、してもいいでしょ?」

 

 

まどかはホムラに駆け寄ると、背中をさすって微笑みかける。

 

 

「大丈夫、ホムラちゃん」

 

「あ、うん。ありがとう鹿目さん」

 

「魔獣の言うことなんて気にしなくていいんだよ?」

 

「でも――」

 

「え?」

 

「ううん、なんでもない。ありがとう鹿目さん」

 

「……う、うん」

 

 

曖昧な笑みが飛び交う。

ホムラはふと、まどか達に相談をした。

 

 

「気分が悪いから、ちょっと遅れて学校に行くね」

 

「………」

 

 

そう言われては、まどかは戸惑うばかりである。

結局まどか達はホムラを手塚に任せて学校へ向かう事に。

真司もOREジャーナルに遅れそうだと、慌ててスクーターを走らせていった。

 

 

 

 

 

その中、校門前でまどかが呟く。

 

 

「どうしたらいいのかな、マミさん」

 

「え? なんの事」

 

「うん。わたしはホムラちゃんの力になりたいんだけど……」

 

 

まどかがホムラに笑いかけたとき、ホムラは確かに苦しそうな表情を浮かべた。

関われば関わるほど、ホムラにとっては負を刺激する事になるのだろうか。まどかはそれが少しショックである、と。

 

 

「私も同じよ。鹿目さん」

 

「え? マミさんもですか?」

 

「そう。暁美さんを気にかけようとしていても、たぶん、恐れているのかもしれないわね」

 

 

どう接してあげればいいのか、何をしてあげればいいのか、それがまるで分からない。

今のホムラは繊細だ。それはきっと傷つけようと向けられた言葉(やいば)の中に真実が混じっているからだろう。

ホムラはきっと罪悪感や自己嫌悪を抱いている。そんな状態の彼女に、『あなたは悪くない』なんて、まるで傷口に塩を塗りこむようなものではないのだろうか、と。

 

 

「あーあ、せっかく生き残ったのに、まるで役に立ってないわね私。駄目な先輩だわ」

 

「そんな事ないですよマミさん! もう、二度とそんな事言わないでくださいね!」

 

「……ふふっ、そうね、ごめんなさい鹿目さん」

 

 

そして。

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

自虐とは自分を落として上げる面倒な方法なのだ。

だが人は時に自分を傷つける事で自己を保持する。面倒な生き物である。

そのホムラは今、二つの缶ジュースを持って歩いていた。川沿いに並べられたベンチの一つに手塚が座っており、ホムラは隣に腰掛ける。

 

 

「これ、あの、えと、その、な、な、なんていうか、あの」

 

「………」

 

「――、ご、ごめんなさい」

 

「な、なんでそうなる。どうしてジュースを二つ買ってきたんだ?」

 

「あ、あ、あ、あの、これ、前のアイスのお、お礼です」

 

「くれるのか? ありがとう、頂くよ」

 

「は、はい……!」

 

 

ホムラは少し嬉しそうに微笑むと、ジュースの蓋を開け――

 

 

「ぴ、ぴゃう!!」

 

「!?」

 

 

ホムラが買ってきたのは炭酸ジュースであるが、それが噴水のようにホムラの顔に直撃する。

ベタベタになったホムラはメガネを光らせたまま停止。手塚も口を開けたまま停止する。

 

 

「ど、どうして……」

 

「自動販売機からココまで二回くらい転んじゃって……」

 

 

つまりそこでシェイクされてしまったのだろう。

 

 

「大丈夫か? 結構濡れているが……」

 

「あ、あ、あ、盾の中に予備の制服がいっぱいあって……」

 

「じゃあ大丈夫だな」

 

「は、はぃはぃ」

 

 

そこでまた、ホムラは表情を曇らせる。

 

 

「ハァ、本当に私って、何をやってもダメですね」

 

「………」

 

「こんな間抜けな事、中学生にもなっても、本当バカで、屑で」

 

 

その時だった。何かが弾ける音。驚いた表情を浮かべ、ホムラが隣を見ると、そこにはベタベタになっている手塚がいた。

 

 

「あ! あ、あ!」

 

「……素で間違えた。そうか、そうだな、そりゃあお前が運んできたんだから俺の分もこうなるよな」

 

「ご、ごごごごごごごめんなさい! わ、わ、私のせいで!」

 

「そんな訳ないだろ。お前の失敗を見ておいて学習しない俺のせいだ」

 

 

ホムラは猫がかかれたハンカチを手塚に差し出した。それで顔を拭きながら、手塚は淡々と口にする。

 

 

「自分を下げる事は簡単で、それは時に自分を楽にしてくれる。まあ遠慮は大事だな。偉そうにする奴は不快だ」

 

「え? あ、その、それは」

 

「だが言っただろ。下げすぎるのはよくない。自分にとっても、相手にとっても苦しくなるだけだ」

 

「……ッッ」

 

「お前は自分をバカだの屑だのと言うが、じゃあお前と一緒のミスをした俺もバカで屑か。いや、もっと言えばお前のミスを見ておいて学習しなかったんだから大馬鹿か」

 

「そ、そそそそんな! もとはと言えば私が転んだからいけないんです!」

 

「だれにだってミスはある。俺だって転びそうになったことくらいあるさ」

 

「で、でもっ、だけど……!」

 

「じゃあ聞くか? 俺が何も躓くものがないフラットな駅のホームで転びそうになったが、なんとか堪えて余裕である事をアピールするため口笛を吹いていたら女子高生が笑っているからなんだと下を向いたらチャックが開いていてパンツが丸見えだった話を……!」

 

「そッ、そんな過去が――ッッ!!」

 

「黒歴史だ。頼むから誰にも言うなよ。俺の長年掛けて積み上げてきたイメージが崩れるからな」

 

 

早口で消し去りたい過去を口にしていく手塚。

人間いろいろあるものだ。語らないだけで、前に出さないだけで、恥の過去くらい腐るほどある。

 

 

「別に、いいんじゃないか」

 

「え?」

 

「ほむらでも、ホムラでも、お前はお前だろ」

 

「………」

 

 

良いところ悪いところ全部含めて一人の人間だ。

だからもう、いいじゃないか。お前が少しでもそっちの方がいいと思う自分でいればいい」

ホムラでもほむらでも、ほむらでもホムラでも。

 

 

「自分に嘘をつく必要はない。お前がホムラのままでいたいなら、それでいいだろ」

 

「手塚さん……」

 

 

その瞬間、イチリンソウの花畑では大きな笑い声が響く。

 

 

「聞いたか! お前は最早パートナーにさえ拒まれたのだ!!」

 

「ッッ!!」

 

 

ワルクチを激しく睨み返すほむらだが、その実、内心にはチクリと胸を刺すものがある。

確かに――、手塚ならばとどこかで期待していたのか。それとも、それは図星を突かれたからなのか。

そうしている内に、画面の向こうの手塚が言葉をつむぐ。

 

 

「自分の全てを愛そうなんて別に思う必要はない。嫌いな部分は嫌いでもいい」

 

「……そう、ですか」

 

「だが、自分で自分を殺そうとする事だけは止めておけ」

 

「え?」

 

 

自傷行為もまた、自虐の一つか。

しかしそれが行き過ぎれば待っているのは死、自殺だ。そうだろう?

それは最も愚かな事だと手塚は説いた。そのとき一瞬だけ、脳裏に自分で命を断った親友が映った。

 

 

「お前には、一番の味方が誰か分かるか?」

 

「味方、ですか?」

 

「そうだ。親じゃない、ましてや親友でもない、それは自分自身だ」

 

「私、自身……?」

 

「自制は、努力は、自分を苛める事じゃない。自分をより良いものにするための過程だ。俺達は面倒な生き物で、自分でも自分の事が分からなくなる」

 

 

だが少なくとも、他人よりははるかに理解しているはずだろう。

 

 

「そんな他人の俺が見ても、お前は自分で自分を意味無く追い詰めているように見えるぞ」

 

「それは、でも、わ、わ、私は、えと」

 

「もっと楽に生きればいい。幸いな事に周りはそれを許してくれる奴らばかりだ。それを利用しない手はないだろう」

 

「で、ででででも、でもっ」

 

「反論できるならお前はその思いを形にするか、意識すれば良い。そこに自己を否定する言葉は欠片もいらないと思うぞ。俺は」

 

「………」

 

「ホムラには欠点もあるが、ほむらよりも勝る部分はある。逆も同じだ。それじゃダメか?」

 

「ダメ――? わ、分からないんです」

 

「なら今はそれでもいいじゃないか。生き急ぐ必要はない。保留することもまた、一つの答えだろ」

 

「で、で、でも、それは、苦しいです」

 

「?」

 

「ほ、本当は分かってて。いるんです、今、私の中に、それは少し曖昧だけど、それでも、ううん、私にはハッキリ分かるんです」

 

「どういう事だ?」

 

「ほむらが――、いるんです。心の中、かな? ううん、えぇと、とにかく胸の奥に」

 

 

そこにはもう一人、クララドールズみたいな自分がいて、今の自分を見て笑ったり、起こったり、馬鹿にしたり。

そんな説明。つまりホムラはほむら達の会話を全て知っていた。

当たり前だ。それは自分自身の事なのだから。

そう、もう一度言うが、ワルクチは欠片とて嘘をついていない。

 

クララドールズワルクチの能力を簡単に言うのであれば、死亡した際に相手にとりつき、『ワルクチに敏感』にさせるのだ。

つまり自虐的な人間ほど勝手に自滅していくという訳だ。

 

 

「苦しむな。自分は自分の最大の味方でいてやれ。嫌なら目を逸らせばいい、逃げても良い」

 

「は、はい……。で、でも、どどどどうすればいいんでしょう」

 

 

劣等感に潰れそうで、罪悪感に壊れそうで。

 

 

「そうだな、なら向き合えば良い」

 

「え?」

 

「魔獣が生まれたのはお前のせいだ」

 

「ッ」

 

「だが、だからどうした?」

 

「え?」

 

「自分の責任にしたから何かが変わるのか? 死んで詫びるか? それこそ死は最大の逃げでしかないだろう。お前が今やるべき事は、魔獣を潰す事だ」

 

「ッ」

 

「まどかになろうとするな」

 

「!!」

 

「過去を後悔するより、積み上げてきた事を誇りに思え」

 

 

 

悲しみだけじゃなかった。無意味さだけが残るわけじゃない。

 

 

「とりあえず今は、新しい目標を見つけたらどうだ?」

 

「?」

 

「お前は鹿目を守るために戦ってきた。逆を言えば、鹿目を守ると言う事を盾にしてきた」

 

 

今、ほむらが苦しんでいるのはその盾がなくなってしまったからだろう。

なぜならばほむらが戦ってきたのはまどかを守るため、しかし以前にも言われた通りまどかはもう守られるほど弱くは無い。

 

そもそもほむらは契約を止めるために戦っていたが、なにをどうやってもまどかは契約済みであり、概念として存在していた故のスペックがある。

つまり、ほむらの願いは消え去ったのだ。

 

 

「願いは欲望だ。生にしがみ付く強い想いがそこにはある」

 

「じゃあ、私はもう、ただの人形ですね」

 

 

まどかに必要とされなければ、ほむらである意味もない。

 

 

「違う。それをお前は思ってきたんだろう?」

 

「……ッ、それは」

 

「新しい願いをもう一度、頭の中に思い浮かべるといい」

 

「……!」

 

「なにより、お前が守ろうとした人は。お前に力を貸してくれた人は、格好悪いお前の姿を見て軽蔑するような奴なのか?」

 

 

ホムラは納得したように頷くと、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

「こ、こ、怖いけど」

 

「!」

 

「ま、まだッ、いろいろ分からないけど――ッ!」

 

「ああ」

 

「とりあえず――ッ、がッ、学校に行ってきます!」

 

「それがいい」

 

 

ホムラはペコリと頭を下げると、見滝原中学校を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれま転校生、今日は随分と印象が違うじゃん」

 

「は、は、はい!」

 

 

ホムラが学校についたのは一限目が終わったところだった。

髪型は雰囲気がまるまま変わっていたので、周りはザワザワとホムラを見ている。

その中でばつが悪そうにホムラは引きつった笑みを浮かべていた。

とは言え、思い出すのは手塚の言葉。まどかになろうとするな、そして新しい願いの事。

だからホムラはぎこちないながらも、引きつりながらも、しっかりと笑みをさやかに向けた。

 

 

「お、おはようございます。変、ですか?」

 

「あ、いやッ、ごめんごめん。変じゃないよ。そういうのも可愛くてありかもね!」

 

 

言葉を返せば言葉が返ってくる、それはあたりまえだが、なかなか難しいものなのだ。

そうしているとチャイムがなる。席につき、ノートパソコンを広げていく生徒達。

まどかも、ホムラも、さやかも、そして清明院からはネットを中継して仁美や中沢達も授業を受ける。

 

一方で時計を確認する者が。

テラだ。殺した職員から奪い取った腕時計を見つめ、唇をニヤリと吊り上げる。

 

 

「この時間、見滝原中学校は授業中でしゅ……!」

 

 

その隣にはエリー。

テラはダークオーブを構え、エリーの力を最大限に解放する。

エリーは電脳世界を解して『画面』の中を移動する事ができる。

さらにインターネットに通じていれば各パソコンやテレビにハッキングする事も可能である。

現在見滝原中学校では仁美と中沢のためにインターネット授業を行使しており、エリーが忍び込むのはあまりにも簡単だった。

 

エリーの画面が光り、そこに映し出されたのは分割された画面。

見滝原中学校の生徒達が使うパソコンが魔女の力にてジャックされる。

ノートパソコンには多くの場合、内臓カメラが存在しており、エリーのモニタには授業を受けている生徒達の顔が一勢に表示された。

 

間抜けな表情で聞いている者。

真剣な表情で聞いている者、居眠りをしている者。

多くの生徒達がいるなかで標的を見つけていく。

 

 

「ククク! 大変でしゅね、学生は律儀に学校にいかなきゃいけないなんて!」

 

 

決着をつけようではないか。

テラは下卑た笑みを浮かべながら指を鳴らした。

すると刹那、まどか達のクラスに異変が起こる。エリーの力で生徒達のパソコンに一勢にエリーの紋章が浮かび上がった。

 

 

「―――」

 

 

瞬間、生徒達の意識は一瞬でブラックアウトした。

それは画面も同じで、ネットを中継して授業を受けていた仁美達はポカンと呆気に取られた。

 

 

「あれ? 画面が真っ暗になった」

 

 

今日は同じ部屋で下宮も授業を受けていたが、彼の画面も真っ暗に。

 

 

「どっちかのネットが切れたのかな」

 

「コッチ……、じゃ、ないっぽいな」

 

 

すると部屋がノックされる。

返事をすると仁美が入ってきた。

どうやら彼女も同じような状況になっているらしい。

 

 

「良かった、故障じゃありませんのね」

 

 

結局三人は特に疑問には思わず、元に戻るのを待つことに。

一方まどか達は大変な事態に陥っていた。

エリーの力によって一勢にハッキングされた画面、浮かび上がった紋章を見ると魔女の力で意識が深層に引かれていく。

 

それは精神攻撃、生徒達の目の前の景色が一瞬で変わった。

見せられるのは所謂トラウマである。その『痛み』や、『重さ』はおいておいても、人はみな誰しもに思い出したくない過去がある。

傷つけた事、傷つけられた事、恥をかいたことや劣等感を覚えた事。中学生と言う繊細な時期であればより多くの『傷』が存在しているものだ。

 

それは白昼の明晰夢。生徒達はその記憶をリアルに追体験していく。

そしてまどかも同じくしてだ。記憶が闇をそれだけ巨大にしていく。

 

浮かび上がる楽園の記憶、円環の理の中でまどかは自分の姿を視る。

翼は折れ、血は流れ、白い羽が虚しく宙を舞っている。

どこを見ても血があった、死があった。救いを求めた少女達が再び絶望に落とされていく様を、見ているだけしか出来ない。

聞こえるのは耳を塞ぎたくなるほどの悲鳴。そして前方に死の軍団が見えた。下卑た笑い声を浮かべて軍勢は破壊をくり返す。

そして巨大な歯車の冠を被った男がまどかを指差す。

 

 

『感謝するぞ。鹿目まどか』

 

 

崩れ落ちる黄金。

崩落する楽園。

救いが、消える。それは闇ではない――、大いなる負。

究極の、瘴気。

 

 

『魔獣は、絶望は絶対だ』

 

 

その時、まどかの意識がホワイトアウトする。

頭が揺れる感覚と共にまどかは今自分が教室にいるのだと理解する。

少し呆気に取られていると、隣に気配。視線を移せば戸惑ったような表情を浮かべたさやかが見えた。

 

 

「ま、まどか! 分かる!?」

 

「さやかちゃん……!」

 

「ちょ、どうしたのこの状況! わけ分かんないんですけどッ!」

 

 

さやかは周りを指し示す。

誰もかれも、教師である早乙女でさえハイライトの無い目で虚ろな表情をしている。

まどかもしばらくは意味が分からず、そのまま固まっているだけだった。

けれどもさやかから事情を聞いて、全てを理解する。

さやかは、そう、『眠っていた』のだ。つまり画面を見ていなかった。

 

理由? 前日、マンガ、ドラマ、楽しい、夜更かし。

以上、それだけ。それだけではあるが、それが救世主の理由になると誰が予想していただろうか。

エリーの精神攻撃が始まる条件は画面に映った魔女の口づけを見る事だ。

それをしなかったさやかは、起きると同時に違和感を察知。まどかに声を掛けたという事だ。

 

 

「さやかちゃん、ありがとう! さすがだよ!」

 

「な、なんか良く分からないけど、流石あたしって感じ?」

 

「うん! でも授業中に居眠りしちゃだめなんだよ!!」

 

 

立ち上がり周囲を確認するまどか。

すると一つ、大きな異変を察知する。それはホムラの席だ。

そこには、誰も座っていなかった。

 

 

「ッ、ホムラちゃん!?」

 

 

嫌な予感がする。まどかは席を離れると一気にホムラの席へ。

すると目を見開き、声を上げる。ホムラはいた、なんとパソコンの画面の中に。

 

 

『鹿目さんッッ! 助けてぇえ!』

 

 

恐怖で歪んだ顔、ホムラと目が合ったまどかは反射的に手を伸ばした。

しかし感じるのは掌が画面に遮られる感触だけだ。平面の画面には体温一つ感じない。

 

 

「な、なにこれ! 転校生がパソコンの中に!」

 

 

さやかもまどかの後ろから状況を確認する。

同じように手を伸ばしてみるものの、やはり画面を超える事はできない。

一瞬映像か何かかと想ったが、それにしては嫌な生々しさを感じた。

間違いない、ホムラは確かに画面の中に引きずり込まれたのだ。

ホラー映画の一幕のようだが、まどか達にはそれをなしえる存在に心当たりがあるというもの。

 

 

「魔女!?」

 

「たぶん。少し離れててさやかちゃん!」

 

 

クラスメイト全員が精神世界に引きずり込まれているのは幸いだった。

 

 

「輝け天上の星々ハマリエル。煌け、純白のヴァルゴ!」

 

 

まどかは変身すると詠唱を開始。早口に天使を呼び出す呪文を唱えていく。

 

 

「呪いを砕く穢れ祓いし慈愛の光よ。万物を癒す救済の矢と変わり、我を照らしたまえ! 救え乙女、スターライトアロー!」

 

 

美しい女性型の天使、ハマリエルは翼を広げ、そのままモニタの中に吸い込まれていく。

魔女の力に塗れた電脳世界を突き進み、乙女はほむらの両手を掴んだ。

 

 

『違う!』

 

「え?」

 

 

しかし、その手を払ったのは紛れもない、ホムラ自身であった。

違う、ちがう、チガウ。何を? 何が? 誰が? なんで。どうして。なぜ。誰を。私は。私が。

私に。違う。それは。きっと。違う。でも。だけど。なぜ。なんで。違う。

何が。何を。何に。何で……。

 

 

『違うッ! 違うの!!』

 

 

恐怖。救いを誰よりも求めていたのに。救われたくないの。わがままか。

これは現実なのか。これは夢なのか。わかってくるくせに。わかれないのは。なんで。なぜ。どうして。

 

相反する想いが衝突する。

激しいエネルギーは身を引き裂こうと牙を剥く。

時間が怖い。時間がそうする。私はヒガン、シガン、どちらに立っているの?

いえ、違う。どちらに立ちたいの?

 

 

『たすけてぇえッ!』

 

 

心が壊れそうになるの。寂しいから、悲しいから。

喜びはいつか苦痛に変わる。ならいっそ、ずっと苦しいままでいればいい。

そんな、うそ、悲しすぎるから、助けて。

 

今のホムラはホムラでなければほむらでもない。二つの感情が交じり合う。

ストレートの黒髪に赤いメガネ。言うなれば『ほムら』とでも言えばいいのか。

彼女はまどかに手を伸ばし、助けを求めた。

 

 

「待ってて!!」

 

 

まどかは乙女に魔力を送り、再びほムらのサルベージを試みる。

同じくしてマミとサキが教室に飛び込んできた。

虚ろな目をしている生徒達を焦るように見つめながら、パソコンのモニタを見る。

そこには乙女が――。切り刻まれる映像があった。

 

 

「!」

 

『クフフフフッ!!』

 

 

笑い声が。

そしてほムらの髪を掴んだのはテラバイター。

 

 

「魔獣!!」

 

『ダメじゃない。望みは叶えてあげないと!!』

 

 

ほムらをより深層に引きずり込みながらテラバイターは前に出る。

 

 

『救われないのがこの子の魅力でしょ。そしてそれが刻み付けられた因果!』

 

「そんな事ない!」

 

『あるのよ! 暁美ほむらは永遠に幸せにはなれない!』

 

 

ましてや。

 

 

『私が幸せにはさせない! この子に与えるべきアクセサリーは、究極の絶望よ』

 

「違うって、言ってるでしょ!!」【アライブ】

 

 

怒号を上げてまどかは変身、アライブとなり乙女をもう一度発射する。

強化された乙女はほムらを救おうと高速で飛んでいくが――

 

 

『無駄なのよバァーカ!!』

 

 

瘴気をブーメランに宿し、テラバイターは獲物を振るった。

放たれたブーメランは分裂。何十もの刃が風を切裂き、乙女の身に抉りこんでいく。

 

 

「負けないッッ!!」

 

 

しかしまどかもまた親友を助けるためならば。

魔力を込め、乙女はブーメランに切裂かれながらも確実に前に進んでいく。

だがその時だった。電脳世界に赤い蜘蛛の巣が張り巡らされた。

そして影、緑色のシルエットはテラバイターの前に割り入る。

 

 

虚構の英雄(スレイヴ・クラウン)

 

 

猛獣が引っかいたように、赤い残痕が三つ、乙女の身に刻まれる。

すると乙女は悲鳴をあげて爆散。光の破片を撒き散らしながら消滅していく。

 

 

「!」

 

 

天使の羽が散っていく中に、まどかはソロスパイダーの姿を見る。

 

 

「アイツ、アシナガ……ッ!」

 

『暁美ほむらは良い絶望を放つ。ボクらの邪魔はしないでくれ』

 

 

人間体に戻ったアシナガは赤い目でまどか達を見た。

その手にはなにやらダークオーブと思わしきものが見えるが、何を狙っているのやら。

だが分かった事は一つ。まどかはほムらを救うことに失敗したと言うことだ。

 

 

『イヤァアァアアァアァアァ!! 助けてェエェェエェッッ!』

 

 

赤い蜘蛛の巣の向こう側で、悲鳴が聞こえた。

身を、心が引き裂かれるような気分だった。

いや、文字通りか。なぜならばそれを合図にして頭の中に流れ込んできたのだ。

ホムラ、ほムら、ほむらの思念。ほむらの恐怖や苦痛がエリーの力に共鳴し、ほむらの想いがそのまま拡散してまどか達の脳に流れ込んだ。

 

 

『え? あなたも魔法少女なの!?』

 

 

嬉しそうなマミが目の前にいた。

 

 

『そうなの。お友達と会う時間もなくて。結局、一人ぼっちになっちゃう』

 

『え? お友達になってくれるの?』

 

『嬉しい。ありがとう!』

 

 

ひまわりのような笑顔だった。

 

 

『これね、ケーキ、作ったの。食べてみて!』

 

『映画? 本当に? 嬉しい! 行くわ! 絶対に行く!』

 

『相談? でも私なんか――』

 

『え? 私に相談したい? 本当?』

 

 

次の瞬間、マミは泣いていた。

 

 

『どうして最近私を避けるの? 何か悪い事した?』

 

『お願い、治すから。お願いだから一人にしないで』

 

『なんで? どうして? あなただって泣いて――』

 

 

景色が変わる。手が見えた。『私』はマミの首を絞めていた。

 

 

『どう、して――ッ』

 

 

マミの目からとめどなく溢れていく涙。

激痛が走った。どこに? 胸に。『私』は目を逸らす。

 

 

『信じて――……たッ、のに』

 

 

暗闇しか見えなかった。

光が見えたとき、そこには佐倉杏子がいた。

 

 

『なんだよ、しけた面してんなアンタ。よっしゃ、ラーメンでも食いに行こうか』

 

『魔女に負けたくらいでクヨクヨすんなよ。ほら、食うかい?』

 

『ウジウジすんなよ。それだけできれば上出来さ。無理に張り切ろうとすんなよ』

 

 

杏子は笑顔で肩を組んでくる。

戸惑いながらも『私』は笑顔を浮かべた。

しかし一瞬で景色が変わる。目の前にいる杏子の目に宿っていたのは紛れもない殺意だった。『私』の肩に槍が刺さる。倒れる『私』に、杏子は馬乗りになった。

 

 

『アンタだけはッ、アンタだけは許せないッ!』

 

 

一度は握り締めた手が武器に変わる瞬間を私は見た。

頬に抉りこむ拳は痛みを齎してくれる。けれど不思議なのは痛みは頬ではない。顔にはない。あるのは――、胸の奥に。

けれど『私』は抵抗しなければならない。終わりはココではないと知っているからだ。

 

だから『私』は待った。だって、彼女は優しかったから。

彼女の手が止まる。戸惑い、躊躇、言葉は絶対じゃない。『私』視界は濁りきっているけど、それでも銃を引き抜けば、後は引き金をひくだけで良かった。

銃声が聞こえたところで、世界は姿を変えた。

 

 

『大丈夫? 辛いならあたしが保健室につれてってあげる』

 

 

笑顔。

 

 

『ねえ、一緒に食べる人いないならあたしと食べない?』

 

 

笑顔。

 

 

『へへ、あたしも勉強苦手なんだよね。一緒だね』

 

 

笑顔。

 

 

『疲れてない? 辛いならいつでも言いなよ?』

 

 

希望。

 

 

『無理、しなくてもいいからね』

 

 

絶望。

 

 

『ずっと嘘ついてたのかよ!!』

 

 

涙。

 

 

『アンタだけは、絶対に許さない!!』

 

 

無。

 

 

『必ず殺してやる。生まれ変わっても、何度だって殺してやるから』

 

 

………。

 

 

『ねえ』

 

 

景色が変わった。

一瞬だけ、桃色の髪が見えた。

 

 

『頑張って』

 

 

そこで全ては途切れた。気づいた。

違うことに。『私』は私じゃない。暁美ほむらは、私じゃない。

だって、目の前に泣いているホムラがいたから。

 

 

『本当はみんなと一緒にいたかった』

 

 

頭の中に弱さが流れ込んでくる。

それは願い。生きるための目標、目的。

いや、最終到達地点とでも言えばいいのか。

 

 

『みんなと友達になりたかった――ッ』

 

 

違う。違うな。いや、本当だ。みんなと一緒にいろんなところに行きたかった。

でも結局それはある種の言い訳でしかない。いろいろな言葉で取り繕って何になる。前回のゲームでだって沢山思ったじゃないか。

結局、幸せになりたかったんだ。美味しい物を美味しいと言って笑い、見たい映画があれば友達を誘っていく。

そういう当たり前を望んでいた。なのに随分遠回りをしてしまった。

 

 

『こんなつもりじゃなかった。こんな事になるなんて……』

 

 

だがもう何もかも遅すぎる。

歩んできた道は決して消えない。心を刺し続ける刃となるぞ。

怖い、辛い、悲しい。もう分からない。

 

 

『もう、生きているのが辛い』

 

 

だから。

 

 

『死んでしまいたい……』

 

 

涙が見えた。

黒い涙だった。

 

 

『たすけてぇ、まどかぁ、マミさぁん……ッッ!!』

 

 

懇願の表情が見えた。救いを求める涙があった。

だがそこでホムラは破裂して消え去った。

まるでそれは自らの黒が膨張して破裂したような光景だった。

 

 

「……本当に、何で生き残ったのか」

 

 

静寂の中で、一番最初に口を開いたのはマミだった。

ボロボロと涙を零しながら、虚空を見つめている。

 

 

「私も、間違ってた」

 

 

もっと、怖がらず、心をさらけ出すべきだった。

結局怖かったのは同じだ。傷つかないために、少しでも距離を離しておく。

けれどそうしている内に距離はむしろ離れて、結局分かり合えない。

 

すべき事はただ一つ。強引にでも踏み込むべきだった。

ボーダーラインなんて、踏み越えるべきだったんだ。もちろん今になってそんな事を後悔してもどうしようもない。

どれだけ後悔を口にしても、ああするべきだったと叫んでもそんな物に意味なんてないのだ。

 

ではどうすればいいのか。

答えは、一つ。今も魔獣の笑い声が耳に張り付いているから。

 

 

「はじめてよ、ココまで頭にきたのは」

 

「ッ、マミ……!」

 

「ど、どゆこと? あの景色は――? マミさんなんか知ってるんですか?」

 

 

慌てるさやか。マミはさやかを真っ直ぐに見つめる。

 

 

「ごめんね美樹さん。必ず話すから、今は何も言わず私に協力してくれる?」

 

「……ッ」

 

 

一瞬、迷ったように息を呑むが、さやかはすぐに真っ直ぐにマミを見つめて強く頷いた。

 

 

「はい。あたし、マミさんの弟子ですから。信じてますよ、師匠!」

 

「ふふっ、ありがとう。いい弟子を持ったわね。それで、サキにもお願いがあるの」

 

 

サキもまた腕を組んで頷く。

 

 

「ああ。分かってるよ」

 

「助かるわ。鹿目さん」

 

「はい。アクターメバーエル!!」

 

 

新技、『アクターメバーエル』。

自由の天使メバーエル『達』が召喚される。そう、メバーエルは沢山の姉妹であった。

彼女達はまどかのアイコンタクトを受けると、頷き、巨大なカバンからカツラを取り出す。それはまどかやマミの髪型を模したもの。

 

アクターメバーエルの効果は、周囲の人間にメバーエルを『まどか』として認識させるものだ。

もちろんそれは、まどかだけじゃない。マミのカツラを被ったメバーエルはマミとして周囲に認識される。

 

まどかは再び乙女座を発射。

乙女は光の粒子を振りまき、それらはエリーの力に引きずり込まれていたクラスメイト達をサルベージしていった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あれ?」

 

 

早乙女先生が気がついたとき、生徒達はぽかんとしてた。

 

 

「ど、どうしちゃったのかしら、ちょっとボーっとしてて……」

 

 

あたりを見回す早乙女や生徒達。

その中でまどか、さやか、ホムラのカツラを被ったメバーエル達が肩を竦めていた。

本人達もお粗末な変装であると自覚しているのか、額に汗を浮かべているが、魔力を伴った変装に気づく者はいない。

 

それはマミのクラスでも同じで、マミとサキのカツラを被ったメバーエルは何食わぬ顔でパソコンを見つめている。

三頭身でドラム缶のような体系のメバーエル達は、もはや誰がどう見てもおかしいと気づくはずだが、魔法のおかげで誰がどう見てもまどかにしか見えない状況なのだ。

 

 

「ま、いっか。授業を再開しましょう!」

 

 

と言う事で、早乙女も何事もなく授業を再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、まどか達は見滝原の町を疾走していた。

しかし問題はホムラがどこに連れて行かれたかが分からない点にある。

1秒を争う状況でこれは致命的だった。もちろん、それは止まる理由にはならない。そしてテレパシーで告げる。

 

 

『まどかちゃん! 俺も一緒に……!!』

 

『ありがとう真司さん。でも――』

 

 

真司は現在ドラグレッダーを失っている。

サバイブさえも互角に食い下がる相手を、ブランク体で相手にするのはほぼ不可能だろう。

とは言え、何も出来ない事が一番悔しいのはまどかが一番分かっている。故に真司に頼んだのはサキ達のサポートだ。

 

現在まどか達は二手に別れている。

一組はホムラの救出。もう一組は自由になっているだろうゼノバイターの捜索だ。

一度戦闘を行っているため、星の骸に回帰するのはまもなくだろうが、油断は出来ない。当然かなり重要な任務だ。

 

 

『分かった! まかせといてよ!!』

 

 

その時だった。真司の携帯が震えたのは。

 

 

 

 

一方で、川沿いのベンチに座っていた手塚はゆっくりとため息を漏らす。

また、ホムラは無意識にトークベントを使っていたのだ。彼女の弱さや痛みが、手塚には鮮明に伝わってくる。

 

 

「………」

 

 

手塚はコインを投げ捨てると、気だるそうに立ち上がった。

 

 

 

 






まどかのアライブはアルティメットまどかなんですが、なんでもあれって髪の毛の端っこが絶対に画面外へ隠れるようにしてるらしいですぜ。
こだわりが違うね(´・ω・)


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第86話 手始めに見せてやる。変わる運命をな


何度も言ってますが、明日水曜更新予定の二話でストック切れます。
そこからはもう今までのが嘘のように亀更新です。
メチャクチャ遅いです。ウラタロスがゆっくり迫ってくる感じになります。本当に申し訳在りませんが、一ヶ月に二話とかになります。

あと、まことに申しわけねぇ、あれだけ時間があったのにストックの方もあんま進んでません。
しかし皆さん、どうか言い訳をさせてください。

僕は今、お仕事で偉くなる可能性が出てきて、その点についていろいろ勉強とか何とかやってます。
うまくいくと、どうなるか。これ、もらえるお金が増えます。
そうすると、僕はとっても嬉しい(`・ω・´)




 

 

夢を見た。マミと肩を並べて紅茶を飲んでいた。

なにか、相談したい事があるとマミに話したかった。

優しくて、どんな事も笑顔で聞いてくれるから。

まるで、お姉ちゃんみたいな。

 

夢を見た。杏子が肩を組んできて、お菓子を差し出してきた。

うんまい棒はそれほど好きでもなかったけど、彼女がくれるお菓子はなんでも好きだった。

杏子は少し乱暴なところもあるけど、友達想いで実は優しいって、知っているから。

 

夢を見た。さやかが親しげに話しかけてきた。

距離感が近い彼女には最初は戸惑ったけど、まるで殻に篭っている自分に外の景色を見せてくれるようで。

希望、だったのかもしれない。

 

そう、そうだ、あったんだ。

殻から外に出られる機会なんてたくさん。いつでも。

でも目を逸らした。逸らし続けた。

それは、いけない事なの?

 

 

「!」

 

 

意識が戻り、ほむらは素早く周囲を見回す。

イチリンソウの花畑の中にほむらは一人座っていた。そして気づく。体が椅子に縛り付けられていた。

バラがあしらわれた茨の蔓。体に食い込む棘が痛みを放ち、ほむらは顔をしかめた。下手に動こうものならより一層棘が食い込むのだろう。

 

 

「幸せって何なのかしらね」

 

 

ドサッと何かが落ちる音。

ほむらの正面に落ちてきたのはテラバイターだった。

イチリンソウを散らしながら、テラバイターはゆっくりとほむらに近づいてくる。

いけない、戦わないと。そう思っていると右横から声が聞こえて来た。

 

 

「それは5月の麗らかな日差し」

 

 

ワルクチは目を赤く光らせてほむらに近づいてくる。

そうしていると左横から声が。

 

 

「温かな家族!」

 

 

鞭を束ねて迫ってくる、色つき・女帝。

 

 

「それは、朝ごはんの目玉焼きかぁ? ハハハ!」

 

 

ゾンビのような動きでフラフラと背後から迫るのはゼノバイター。

どうやらミラーワールドを脱した後はテラバイターに合流したらしい。

 

 

「けれど、そのどれもが天国にはない!」

 

 

囲まれたほむらは、目を細め、額に汗を浮かべる。

 

 

「ねえ暁美ほむら。幸せって、何かしら?」

 

「そんなの……、知らないわ!」

 

「嘘よ。貴方は幸せになるために戦っていたんだから。そうでしょう?」

 

 

鹿目まどかを助けて一緒に暮らせればほむらは幸せだった。

そのはずだった。

 

 

「どれだけの死を踏み越えるの? どれだけの罪を背負えば気が済むの?」

 

「ッ」

 

「誰かに名前を呼ばれること」

 

「なんですって……?」

 

「誰かの名前を呼ぶこと。誰かが自分を想ってくれるこ。それはなに一つとて神様にはないものだったわね」

 

「何を言って……!」

 

「ねえ、どうして? どうして鹿目まどかじゃないといけなかったの?」

 

 

決まっているわ。テラバイターは楽しそうにクルリと回った。

 

 

「愛よ、愛。ラぁブ!」

 

 

暁美ほむらはまどかを愛していた。

しかれども、その愛したまどかはもう死んでいる。

あとは愛の幻影を追いかけ続ける自己完結と自己満足の無限回廊。

本当はあった筈なのに。もっと他の愛を芽生えさせる方法が。

 

 

「結局貴女はいつも自分の事しか考えていなかったのよ。まどかを救うことさえ、まどかの為ではなく貴女の自己満足だわ。気持ちよかった? まどかの為に戦い続けるヒロインになるのは」

 

 

指を鳴らすテラバイター。

するとイチリンソウの花畑の中に巨大な天秤が出現する。

片方にはまどかが、もう片方にはマミ、さやか、杏子が座っている。

 

 

「ループを否定しようとしたお前が、ループを望んでいたとは滑稽だ!」

 

「違う!」

 

「なにが! 違わないでしょう?」

 

 

再び指を鳴らすテラバイター。するとマミ達三人の頭が破裂し、消し飛んだ。

血が飛び散り、イチリンソウの花を赤く染めていく。その時、ほむらは目を見開き、体を大きく動かした。

立ち上がろうとしたのだろう、尤も縛られているためにそれは叶わなかったが。

 

 

「クハハハ! 痛そうね、そう、心が痛いのよ」

 

「ッッ!!」

 

 

ほむらの目から、涙が零れてきた。

 

 

「結局お前はまどかだけを選ぶ事ができなかった。『多』を犠牲にして『個』を得ることができなかったのよ!」

 

 

呆然とマミ達の死体を見つめるほむら。

しかしおかしな話ではない。彼女はそれを望んでいたのだから。

そう、テラバイターは笑う。

 

 

「あなたは究極の愚か者よ。データアーカイブで少し貴女の立ち回りを見させてもらったけど、愚者の一言に尽きるわ」

 

 

わざわざ高圧的な態度で対立を煽り、ミステリアスな態度で不信を煽る。

あの時点でのワルプルギスの撃退には周囲の協力が絶対必要だったと言うのに。

 

 

「やる気あるの貴女? マジで馬鹿なんじゃない?」

 

「ッッ!!」

 

「わかってる。だって悔しいものね、他者がまどかと仲良くするのは!」

 

「違う!」

 

「何が違うの? まどかに愛されなければ消えてしまいそうになる貴女の我が、醜い嫉妬をかき立てたのでしょう?」

 

「違う違う違うッ! 適当な事を言わないでッッ!!」

 

「違わないわよッッ!! 貴女は結局、嫉妬や自己満足に支配された醜いモンスター!」

 

 

救う救うと口にして、やる事なす事、状況を悪化させる事ばかり。

本当は本人だって分かってたんだ。だけど止められないのは醜いエゴと、自己満足に塗れた世界。

 

 

「世界も命も愛も全て、あなたにとっては自己満足だったんでしょ?」

 

「ちッ、違います!!」

 

 

『ホムラ』は懇願する。

もう止めてくれ。もう酷い事は言わないでくれと。

しかしテラバイターは首を振る。

 

 

「箱庭に居座り続けたいんでしょうクズ!」

 

 

ホムラは最低のクズだと言葉を放ち続ける。

 

 

「世界が変わるのは怖いわよねぇ。だって貴女が作る理想は全てマイナスから成るものじゃない」

 

 

運動ができる事は呪うはずのキュゥべえから与えられた魔法の力。

勉強だってできるわけじゃない、どんな問題が出るのか『記憶できるまで』くり返したからだ。

失敗がプラスに変わっていく。当然それはほむらの心にも。

 

 

「まどかに尊敬してもらえるような自分に酔っていたんでしょ?」

 

「止めて……!」

 

「だってくり返せば無限だもの!」

 

「もう止めてッッ」

 

「そのくせにマミが、さやかが、杏子が死ねば苦しいのよね」

 

「言わないで!」

 

「でもでもでも救う気なんてないのよね。まどかを独占したいもの!」

 

「言わないでってぇッッ!!」

 

「一か所に留まって前に進めない貴女は、もはや罪人よ。時間を玩具にしてお人形遊び。本当は分かっているんでしょ? 本気になれない理由も全部」

 

 

だって本当に好きなのは最初のまどかだけだもの。

それ以外のまどかはニセモノだと心の隅でわかってた。

だから本気になれない。まどかの影と永遠にお人形ごっこ。

 

 

「お前は結局まどかもマミ達も愛せてなかったんだよ。魔法少女になった時点で、アンタは既に壊れた人形」

 

「イヤァアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

ほむらの中の良い思い出が黒に塗りつぶされていく。

そうか、そうだな、結局それは自己満足の幻影だったんだ。

 

 

「ククッ! クヒハハハ! フフフヒハハハ!!」

 

 

イチリンソウの花畑の外の世界では、異常な光景が広がっていた。

バスの中、椅子に縛られたほむらの頭にテラバイターが触角を突き刺していた。

 

 

「出来損ないが! 終わりに沈むが良いッ!」

 

 

もちろん本当に頭蓋骨を突き破って脳を弄っているわけではない。

とは言え、エネルギー化した触手が頭部をすり抜けて脳を弄っているのだから、それほど違いはないとも言える。

ほむらは虚ろな表情で涙を流しながら、脳を犯されていく。

 

 

「まどかはお前の事なんて愛してなかったよ。当然でしょう? 貴女と過ごした時間なんて幼馴染の美樹さやかと比べればちっぽけなものなのだから」

 

 

触手脳をグチャグチャにしていく。

それだけほむらの記憶が侵食されていき、負や絶望が引きずり出されていく。

そして、幸福の否定。

 

 

「あったぁ! ンフフッ! なにこれ凄く光ってる……!」

 

 

恍惚な表情を浮かべてテラバイターは触手を操作した。

ほむらの脳に飛び切り光る思い出がある。きっと素敵な思い出なんだろう。

ほむらにとっては宝物なんだろう。

それをグチャグチャにする事こそ、テラバイターにとっては極上のエクスタシー。

イチリンソウの中にその時の光景が広がっていく。夜の空が銀河に変わり、世界は全く別の姿に変貌していった。

光瞬く空間に、まずはキュゥべえの声が響いた。

 

 

『まどか――、これでキミの人生は始まりも、終わりも無くなった』

 

 

この世界に生きた証も、その記憶も、もうどこにも残されていない。

キミという存在は、一つ上の領域にシフトして、ただの概念になり果ててしまった。

もう誰もキミを認識できないし、キミもまた誰にも干渉できない。

 

 

「なによそれ! これが――ッ、まどかの望んだ結末だっていうの!?」

 

 

銀河の中、一人の少女が泣いていた。

暁美ほむらは、銀河の中で泣いていたのだ。

 

 

「これじゃ、死ぬよりも――、もっと酷い……!」

 

 

すると銀河の中に、もう一人の少女が現われた。

 

 

「ううん、違うよ。ほむらちゃん」

 

 

まどかはほむらを抱きしめて優しく微笑んだ。

過去、未来、全てを観測したまどかはほむらの歴史をも理解したようだ。

 

 

「ずっと――、気付けなくて、ごめん。ごめんね」

 

 

その時、ほむらの体に電流が走った。

 

 

「ほむらちゃん。ありがとう」

 

 

そう、その瞬間。

 

 

「貴女はわたしの、最高の友達だったんだね」

 

 

ほむらの中に想像を絶する高揚感が駆けた。

無理もない。その瞬間、ほむらの全てが報われた気がしたからだ。

ゆるぎないアイデンティティ、そして自己の確立。世界中でただ一人、ほむらのみが得られる快楽。

生きていた資格、証が手に入った気がした。とは言え幸福は刹那に消える。

このままではまどかとの別れが訪れると知っているからだ。

故にほむらは口を開いた。まどかを想う為にだ。

 

 

「はぁい、そこまでぇ」

 

 

しかしそこで第三の声が割り入る。

まどかとほむらの髪を掴み、引き剥がしたのはテラバイターだ。

 

 

「まどか!」

 

「ほむらちゃ――ゴビュッ!!」

 

 

一瞬だった。テラバイターの拳がまどかの顔面にめり込むと、はるか後方に吹き飛んでいった。

顔面に巨大なクレーターを作り、まどかは痙攣を起こしながら飛んでいく。

それを追いかけるのは赤いブーメラン。

それはまどかの体を切り刻むと、ただの肉の塊に変えた。

 

 

「まどかァッ!!」

 

 

目を見開き、青ざめるほむら。

もちろんこれは幻でしかない。テラバイターがほむらの思い出に進入し、思い出のまどかを殺したのだ。

しかしその映像を見せられたほむらは、リアルかと間違えるほどの恐怖を心に宿す。

 

 

「なに気持ちよくなってるのよ、あなた」

 

「ッ!」

 

 

そしてこれは、はじまりなのだ。

テラバイターは下卑た笑みを浮かべ、死体となったまどかを指差す。

 

 

「死ぬよりももっと酷い? ううん、まどかを『ああした』のはお前でしょう?」

 

「それは――ッ!」

 

「それに、フフ、あんな言葉で喜んじゃって」

 

 

テラバイターは手を伸ばし、ほむらの頭部を強く締め上げる。

 

 

「勘違いしてんじゃないわよクズ。あれがオンリーワンだとでも思ってるの?」

 

 

輝く思い出を、瘴気で塗りつぶそうではないか。

 

 

「最高の友達? 勘違いしてんじゃないよクソガキが。それはお前だけに言った言葉じゃないんだよ。美樹さやか、佐倉杏子、巴マミにも言ってるんだよ。そしてお前はその中で一番下ァ!」

 

「!」

 

「考えてみろ、考えてみろォ、考えてみろぉッッ!」

 

 

テラバイターは口調を荒げてほむらに詰め寄る。

 

 

「同情だよ哀れみだよアンタが可哀想だからまどかが声を掛けてくれたんだよ!」

 

「違う、ちがぃます!」

 

 

気づけばホムラが前にいた。殻がはがれていく。

 

 

「わかってるんだろう? 幼い時から一緒にいたさやかや仁美、憧れの先輩であるマミ! そしてお前に面倒なやり方じゃなくて真っ直ぐに助けてくれる杏子!」

 

 

姿は見えないがワルクチの能力は以前発動中である。

今のホムラにとってテラバイターの言葉はなによりも心を傷つける刃だ。

ましてや今現在テラバイターはホムラの脳を弄っている途中、心を傷つける術は分かりきっているのだ。

 

 

「最下層なんだよお前は。お前は最高の友達、ほかの皆は最高の親友!!」

 

「うるさいッ! 殺すわよ――ッ、酷いじゃないですかぁ、やめてくださぃ、お願いだから……ぁ!」

 

 

ほむらとホムラがグチャグチャに交じり合う。

 

 

「ヒハハハハ!! クハハハハ!!」

 

 

現実世界のテラバイターは高笑いを浮かべ、ほむらの脳を存分にいじる。そしてほむらの精神世界のテラバイターは追撃にと言葉を続けた。

 

 

「最高の友達だった、お友達(笑)の勘違いほむらちゃんは、いつまでもこの言葉を大切に思ってきたのね。滑稽だわ!」

 

「違う……! あぁぁあ! 止めろォオ!」

 

「あの言葉はお前の証明じゃない! むしろお前を蔑むものだ!」

 

「やめ――ッ! やめでぇえぇえええ!!」

 

「ハハハハハハ! まどかの寄生虫が! お前は誰からも愛されないんだよォオ!!」

 

 

最大級の痛みがほむらに走り、最大級の快楽がテラバイターに走る。

心が壊れる、確信するほむらと、心を壊すと踏み込むテラバイター。

触角の動きが速くなり、グチャグチャクチョクチョ脳を弄る音がバスに響き渡った。

 

もちろん本当に脳が損壊されいるわけじゃない。心に直接届いているわけだが、それで十分だろう。

ほむらの精神が侵食されていく。脳を支配されていく。ほむらの思考とは別に、ほむらの口からは言葉が出てきた。

 

 

「わだじ――は、まどかなんで、本当はどうでも――ッ、よかッ、よかったんです」

 

 

これはテラバイターが言わせているのだが、自分の言葉は一番心に響く。

 

 

「わたしは、生きていては――、いけない存在で――ッ、す」

 

 

壊れる、終わる、死ぬ、ほむらはボロボロと涙を流した。

来た、この瞬間を待っていた。確信する勝利。テラバイターは大声を出して笑う。

 

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハ! アーッハハハハハハハハハハハハ!!」

 

「おい」

 

「は?」

 

 

一瞬の出来事だった。

テラバイターの顔面、正確にはその頬に拳が抉りこんだのは。

頬に沈んでいく鉄拳。テラバイターの顎がズレ、拳は尚も顔面の中に沈んでいく。

その時――、衝撃にテラバイターの体が浮き上がった。

 

 

「ンビュァァアアァアァア!!」

 

 

テラバイターは悲鳴を上げながらバスの通路を飛びぬけて、最終的に運転席に倒れた。

ハンドルに叩きつけられた衝撃でエアバッグが起動し、テラバイターの体が浮き上がると、そのまま運転席シートの上に倒れこんだ。

 

 

「汚い手で、俺のパートナーに触れるな」『トリックベント』

 

 

同じくバスの中にいたゼノバイター、女帝の視線が一勢に集中する。騎士(ライダー)、ライアへと。

 

 

「お前は、手塚海之ッ!」

 

「……!」

 

 

表情を歪ませる女帝と、無言でライアから距離を離すゼノバイター。

そう、トリックベント・チェンジザデスティニーはライアとほむらの位置を入れ替えるカード。それを使えばほむらを助ける事はあまりにも容易だった。

テラバイターはほむらを絶望させる事に集中して、その存在を完全に忘れていたようだ。

とは言え存在が頭になかったわけではない。

使われないだろうと言う思いがあったのは事実だ。だってそうだろう? この状況で入れ替わって何になる。

 

 

「や、やってくれたな手塚ァ! まずは貴様から八つ裂きにしてやるッ!!」

 

 

立ち上がったテラバイターは、声を上ずらせて走り出す。

ブーメランを構えると、直後その姿が消失――、したかの様に錯覚するスピードでライアの眼前に迫った。

赤い閃光が迸った。ライアが反応する前にその首がブーメランによって切断される。ボトリと地面に落ちる首。テラバイターは一瞬笑みを浮かべたが――。

 

 

『トリックベント』

 

 

だろうな。もう油断はしない。

もう一枚のトリックベント、スケイプジョーカーは例外なく発動される。

一度受けた攻撃を無効化できる力によって、ライアの姿が消滅し、代わりにトランプのカードが一枚残される。

さて、どこから来る? 神経を研ぎ澄ませると刹那、背後に気配。振り返ればそこにはライアの拳があった。

 

 

「おっと!」

 

 

それなりに勢いがあるパンチではあったが、テラバイターはそれを人さし指ひとつで受け止める。

ゼノバイターほどではないが、彼女もまた多くの負を取り込んでおり、それだけの力があるというわけだ。

まあ尤も、だからこそ油断と言う隙も多いわけだが。

 

 

「ギャアアア!!」

 

 

再び悲鳴。

ライアが姿勢を低くしたと同時にサイドからエビルダイバーが突っ込んできた。

バスの窓ガラスを破壊してテラバイターに直撃。ヒレの部分でラリアットのように押し出しながら飛行を続け、テラバイターをバスの外に持っていく。

 

 

「ゴハァ!」

 

 

ゴミ捨て場の地面に叩きつけられたテラバイターと、エビルダイバーの尾を持って一緒に外に出たライア。

ミラーモンスターを消滅させると同時に、地面に着地する。

聞こえてきたのは笑い声。ライアが視線を移すと、バスからゼノバイターと女帝が降りてくるのが見えた。

 

 

「あらあらテラ。油断してるとそうなるんだぜぇ?」

 

 

同じような手を食らったゼノバイターには思う所があるようだ。

とは言え、もちろん不意打ちにて与えたのはダメージのみ。死を齎す事はできなかったわけだ。それはライアとしては絶望なのではないだろうか。

考えてみて欲しい。トリックベントはもう使い果たした。再び使うまでにはカードを再生成する時間が必要だ。それまでに果たしてライアは生きていられるだろうか?

 

 

「無理だな! お前一人なんざ俺様たちは一分もいらねぇぞ!」

 

「だろうな。俺も今日の占いで自分が殺される未来を視た」

 

「分かってんじゃねぇか。暁美の奴がこの場所を教えるまでの時間、お前は稼げるのか?」

 

「無理だろうな」

 

「ギャハハ。そうだよなぁ? あ、そうだろうな。じゃあさっさと――」

 

「だが、運命は絶対じゃない」

 

「あ?」

 

「一人じゃ無理だが……」

 

 

ライアはハッキリと言う。

 

 

「俺は、一人じゃない」

 

 

その時、気配。

あまりにも大きすぎる気配。

 

 

「輝け、天上の星々ズリエル! 煌け、判決のリブラ!」

 

「なにっ! テメェは!!」

 

 

ゼノバイターが目にしたのは、飛行し、空中に光の翼を広げたまどかであった。

 

 

「執行せし双天の楔、汝の罪と罰、清算の時は来た。万物を導く矢となり我を照らしたまえ!」

 

 

弓を引き絞ると花のギミックが展開し、桃色の光が爆発する。

まどかは曇りのない瞳でゼノバイターを睨みつけ、弦を離した。

 

 

「スターライトアロー!!」

 

 

放たれた光がまどかの背後に収束。すると巨大で荘厳なる『天秤』が出現する。

天使ズリエル。右の皿に光が集まり、それがモニタのようにある景色を映す。

 

それはゼノバイターがまどかに行った攻撃の数々、プラス口にした暴言の数々だ。

まどかが受けたダメージ、ストレス、つまりは苦痛が右の皿に収束していく。

それは重量となり、右の皿が大きく下に沈んだ。すると当然、対になる左の皿は上に上がる事となる。

 

だが天秤は均衡を示すもの。

左の皿に桃色の光が収束していき、ゼノバイターの罪と同じ重さとなる。

釣り合った天秤。すると直後、天秤そのものが消滅して、その光がまどかに吸収されていく。

再び弓を引き絞るまどか。すると光の線路が出現し、ゼノバイターとまどかを繋ぐ。

 

 

「おい、マジかよ」

 

 

ゼノバイターは見た。目の前から迫る、銀河鉄道を。

そう。天秤座の効果は、標的がまどかに与えた苦痛が大きければ大きいほど威力が上がると言うもの。

まどかが弦を話すと、巨大なSL機関車が発射され、汽笛と共に星屑を撒き散らしながら光の線路を疾走する。

もはやそれは反射。ゼノバイターが腕をクロスさせると、そこに光の機関車が衝突する。

 

 

「グォォオォオォォォォ!!」

 

 

機関車に押し出され地面を滑る。

そしてゴミの山に直撃すると爆発。ゼノバイターはゴミに揉まれて地面に倒れた。体の至る所から瘴気が吹き出し、足を広げたまま停止する。

 

 

「なんじゃぁ、これぁあ……ッ!」

 

 

まあ、逆を言えばあれだけの攻撃を受けて『ダメージを受けた』だけに留まるゼノバイターのスペックはさすがと言うべきなのか。

もちろんすぐに跳ね起きると、首をカクカクと動かしながらまどかを睨む。

 

 

「クソガキが……!」

 

 

しかしココで異変が起きる。ゼノバイターの体が粒子化していく。

どうやら殺意を伴う戦闘を開始してから、ココでタイムアップが訪れたようだ。

星の骸に強制送還されるわけだが、ゼノバイターはニヤリと笑う。

一つ、補足しよう。ゼノバイターはライアのトリックベント、チェンジザデスティニーの存在をしっかりと把握していた。『常』に。

 

 

(……ぁ、コッチのルートも、まあ有りだわな)

 

 

ゼノバイターは触角を伸ばし、テラバイターの背に触れた。

先程と同じく触角の先端がエネルギーとなりテラバイターの体内に侵入。彼女の体内から紫色に光る球体を抜き取り、それを引き寄せる。

 

 

「テラ、もらってくぜぇー」

 

「それはまだ不完全よ! 一番いいところで邪魔が入った!」

 

「ねぇーよりマシだろうが。じゃあなぁ!」(できれば死んでくれー!)

 

「ちッ!」

 

 

ヒラヒラと手を振りながらゼノバイターは後ろに下がっていく。

そして手に持っていた光を体内に埋め込むようにしていた。

何をしているのだろうか? まどか達は気になったが、既にゼノバイターの体は消滅間近であった。

ゼノバイターは鼻を鳴らすと、ギーゼラを召喚。魔女モードになったギーゼラはバスを抱えると、体内に融合させる。

巨大なバスとなったギーゼラはそのまま消滅。

 

 

「じゃあな参加者共ぉ、また会おうぜぇ? 生・き・て・た・ら・なーッ!」

 

 

そしてゼノバイター同じくして消滅した。

だが、それでも状況的にはどうだろうか? 並び立つ女帝とテラバイター。一方ライアとまどかも並び立つ。

 

 

「それにしても、どうしてこの場所が分かったのかしら?」

 

 

答えは簡単だ。

テラバイターがアジトとして使っているのは関係者を殺し、奪った幼稚園バスであった。

いくら目立たないところに停めようとも、それが見滝原のものである事にはかわりない。

 

 

「警察の皆さんは優秀なの」

 

 

銃声。テラバイターの足元に砂煙が散る。見ればゴミの山の上にマミが立っていた。

そう、バスがゴミ捨て場にあると結論付けたのは警察であった。正確には近いうちに作られると言う見滝原と風見野の合同捜査班のメンバーによるものだった。

現在、須藤はその青年の車に乗っている。

 

 

「さすがですね、風見野のエリートと言われているだけはある」

 

「やめてください。あんなの、ただの噂ですよ」

 

 

謙遜はしているものの、独自の捜査で行方不明になったバスをこんなにも早く見つけたのだから、有能であるといわざるを得ない。

もちろん掴んだのはまだ情報だけだ。とは言え情報は情報、須藤はそれを真司たちに教えたという訳だった。

 

だが困る事もある。

もしも本当にバスがゴミ捨て場に駐車していたなら、そこには魔獣がいる事になる。

そうなると現在変身できない須藤としては非常に困るのだ。ましてや刑事とは言えど一般人を連れて行く事にもなるし。

そうしていると、テレパシーが入った。内容は『ビンゴ』であるというもの。先行していたまどか達が魔獣と接触したようだ。

 

 

『我々がそちらに着く前に魔獣をミラーワールドにお願いします』

 

『はい! 任せてくださいっ!』

 

 

なんとかなると良いのだが。須藤は心の中で祈りを。

すると、須藤は風見野のエリート刑事に話しかけられる。

 

 

「そういえばお互い自己紹介がまだでしたね」

 

「あ――、そうでしたね。私は須藤雅史と言います。よろしくお願いします」

 

「これはご丁寧にどうも。僕は――」

 

「サヌキだよな」

 

 

後部座席には須藤の同僚である美佐子と、先輩の河野が座っている。

その中で河野が青年の名をサヌキ刑事だと教えてくれた。

 

 

「よろしくお願いしますサヌキさん」

 

「え、ええまあ。これはあだ名なんですけどね」

 

「いいじゃないの。あだ名で呼び合うのがデカのお約束だよな」

 

 

結局と須藤と美佐子も共同捜査班に入る事となった。

その班の責任者は河野だ。彼があだ名で呼び合おうと言うのだから、部下としてはそうせざるをえない――、のか?

 

 

「須藤はそうだなぁ、かにみそってのはどうだ?」

 

「なッ、なんでそうなるんですか」

 

「いやぁ、なんとなくビビッと来たんだよ。刑事の勘って奴だ」

 

「どんな勘ですか……。ねえ須藤さん?」

 

「え、ええ」(意外と鋭い)

 

「美佐子はそうだなぁ、ボンバーってのはどうだ?」

 

「やですよそんな爆弾魔みたいな名前」

 

「そうか? ビビッときたんだけどなぁ」

 

 

そう言いながらも車は確実にゴミ捨て場に向かっていく。

 

 

(無事でいてください、鹿目さん……!)

 

 

一方、そのゴミ捨て場では事態が動いていた。

地面を蹴ったまどか、さらにリボンを伸ばしたマミが勢いを付けて敵との距離を詰める。

 

 

「八つ裂きにしてやる! 鹿目まどか!!」

 

 

走り出した女帝と、テラバイター。

一方でライアはマミのアイコンタクトを受けた。

 

 

『お話してあげて』

 

 

プラス、テレパシー。

ライアはつい先程までマミ達と一緒にいた。と言うことはだ。

振り返ると、そこにはゴミの影に隠れているホムラが見えた。

背後で戦闘が開始されているのを理解しつつ、ライアは逆走する形でホムラに近づいていく。

 

 

「悪かったな」

 

「……え?」

 

「本当はもっと速く、トリックベントを使えたはずなんだ」

 

 

しかし放置とも言える行動を取った。

パートナーとしてはいけない選択だろう。しかしそれでも、手塚は深淵を覗いて欲しかったのかもしれない。

 

 

「闇を見なければ、光の価値は分からない」

 

 

分からないことなんて沢山ある。世界の事、みんなの事、ましてや自分の事。

占いだってそうだ。皆未来が分からないから、『自分の事』が分からないから占い師に自分を視てもらう。

だがそれらは全て、答えを、アンサーを求めるための行動だ。人によっては求める答えの果てが無限かもしれない。

 

だが人によっては、答えを知る事ができる。もしくは、出す事ができる。

そして占い師とは時に、そのために人を傷つけるような事を言う。

運勢が悪い、相性が悪い、手塚はいわばソレをホムラに行ったと。

 

 

「たとえばそうだな、魔法少女になった事で知った筈だ。普通の人間がどれだけ幸せなのかを」

 

「………」

 

 

コクリと頷くホムラ。

魔法少女は関係ないともいえるが、両親がいる事、頼れる人がいる事、友達がいる事、遊べる事、魔女なんて気にせずに生きられる事。

こんなゲームに巻き込まれない事。

 

 

「こんな世界に巻き込まれたことで、俺達は見たくもない物を見せられてきた。お前だってそうだろう?」

 

 

ホムラは再び頷いた。

ズレたメガネを整えながら、ホムラは弱弱しく口にする。

 

 

「本当、でした」

 

 

全てが、とは言わないが、真実があった事は事実だ。

 

 

「嫌われなきゃといけないって、思って」

 

 

敵対しないと焦りが生まれる。

幸せが近づくほど壊れたときの事を考えて突き放すようになる。

無限を、受け入れようとしていたのかもしれない。

 

 

「だがそれはいけない事じゃない」

 

「え?」

 

「罪悪感を感じる事、責任を感じる事は大切だ」

 

 

しかし人間は、世界は、コインと同じだ。

表があれば裏がある。闇があれば光がある。決して極端なものじゃない。

 

 

「お前はまだ焦っている。裁きをすぐに求めようとするな」

 

「それは、どういう……」

 

「見ろ」

 

 

ライアは変身を解除し、指をさす。

そこにいたのはまどかとマミの姿であった。

 

 

「はァアア!」

 

「シィィイイィッッ!!」

 

 

弓を連射しながら走るまどか。

それを弾きながら距離を詰める女帝。

振るわれた鞭をまどかは地面を転がる事で回避し、転がり様に光の矢を放つ。

しかし旋回しつつ鞭を振るい、それをかき消す女帝。光の飛沫を周囲に残しながら二人は同時に地面を蹴った。

 

女帝は鞭を束ねて短鞭に変え、まどかはマジカルスタッフを杖モードに変えて攻撃力を上げる。

上昇しつつ二人は互いの近距離武器を激しく打ち付けあう。桃色の残光と、瘴気の濁り光る残像がぶつかり合い、跳躍の最終到達地点で渾身の一振りを行う。

 

 

「ムガァ!」

 

「ディフェンデレハホヤー!」

 

 

弾かれ墜落する女帝と、光の翼を広げて空中に留まるまどか。

地面に膝をついた女帝に矢が直撃する。

 

 

「グッ! ガァ!」

 

 

肩を二発射抜かれ大きく仰け反る女帝。三発目は立ち上がり様の回し蹴りでかき消した。

一方空中を飛行しながら再び弦を引くまどか。だがそこで女帝が指を鳴らす。

すると空中からエリーがツインテールの翼を広げて飛来。

まどかを追従し、画面を視界にチラつかせる。

だからだろう、まどかは意図せずともエリーを直視してしまう。すると広がる光景、家族が、友人が死んでいく光景が脳に広がった。

 

 

「くっ! きゃあ!!」

 

 

精神攻撃に怯んでいる間に生まれた隙。

女帝は鞭を伸ばして空中にいるまどかをキャッチすると、そのまま真下に叩きつける。

ゴミの破片を撒き散らしながら、まどかは強く背を打ち、苦痛に声を漏らす。

 

するとその周辺に次々と美しいバラが咲いていく。

ゴミとバラの対なるコントラスト、しかれどもこれは女帝の力、バラの花は次々と点滅を開始し――。直後、次々に爆発を起こす。

女帝はニヤリと口を吊り上げたが、瞬間、爆炎が桃色の光によって吹き飛ばされる。

 

 

【アライブ】

 

「ッ、なに……!」

 

 

アライブ体になったまどかは淡々と女帝に向かって歩いていく。

女帝はすぐに鞭をメチャクチャに叩きつけるが、まどかは構わず足を進めた。

それはそうだ、振るわれた鞭はまどかの周囲に張られた結界によって全て防がれていく。

 

 

「お、おのれッ!!」

 

 

無数のバラがまどかに向かって発射される。

しかしこれも無視。まどかはノーモーションで足を進める。

現にまどかに向かって飛来するバラの弾丸は全て結界にせき止められ、ガキンガキンと音を鳴らして虚しく地面に落ちていくだけ。

 

 

「来て、マヌエル」

 

 

一方のまどかは右腕を天に掲げた。すると頭上に出現するカニの形をした天使マヌエル。

マヌエルが発光し消滅すると、その光がまどかに手に宿り、ハサミを出現させた。

美しい装飾品が見え、刃は金色だが、形状自体はコンビニでも売っているような一般的なハサミと同じだ。

まどかはそれを分離させると、両手に構え、二刀流の剣と変える。

 

 

「ヌァアア! ナメるなよッッ!」

 

 

女帝はバラの装飾がついたレイピアを構えて走り出す。

そして姿勢を低くし、一気に加速。一瞬でまどかの眼前に踏み込むと、レイピアを突き出しまどかの喉を狙った。

 

 

「もら――ッ」

 

 

バキンッ!

 

 

「は!?」

 

 

レイピアはまどかの喉に届くと、直後大きな音を立ててへし折れた。

そして斬撃。まどかが振るった刃が、光の軌跡を残しながら女帝に刻み込まれる。

血のように瘴気を吹き出し、後退していく女帝。さらにまどかは踏み込み、刃を上に振り上げた。

 

 

「チィイ! んがぁあ!!」

 

 

上から振り下ろされた刃を防ぐため、女帝は鞭を横に伸ばして盾とする。

しかしまどかの刃は鞭を両断すると、そのまま女帝の体に一閃を刻み込んだ。

 

 

「ぐっぅううっ!」

 

「ハアア!!」

 

「がぁああ!!」

 

 

そしてもう一方の刃で突き。

女帝の体は大きく後方へ吹き飛んでいく。

 

 

「アドナキエル!」

 

 

ハサミが消滅すると、入れ替わりで巨大な弓がまどかの手に。

まどかはそれを振り絞ると、光を集中させていく。金色の目が女帝を捉えた。

そして弦を離す。放たれる閃光。女帝の顔が死の恐怖で引きつった。

だがその時だ、赤い糸が見えたのは。

 

 

「!!」

 

 

光が炸裂する。

矢を受けたのは女帝ではない、薄ら笑いを浮かべたアシナガであった。

 

 

「ッ、アシナガ様……!」

 

「キミでは女神には勝てない。ココは引け」

 

「で、ですが!!」

 

「………」

 

 

アシナガの手にはダークオーブ。

それは女帝の傷から漏れ出る瘴気を吸収しているように見えた。

アシナガはしばらくの間、無言であったが、その内に大きなため息を漏らす。

 

 

「聞こえなかったかい?」

 

 

アシナガが指を鳴らすと魔法陣が出現する。

どうやら星の骸と繋がっているようだ。

 

 

「ッッ、も、申し訳ありません」

 

 

女帝は深く頭を下げると魔法陣の中に消えていった。

そして入れ替わったアシナガは目を細め、まどかを睨む。

 

 

「キミには感謝しなければならない」

 

「ッ?」

 

「感情がうずくのが分かる。魔獣の不完全な感情がボクを獣に変えるのさ」

 

「なにを言って……」

 

「理解不能と言う感情がボクを取り巻くのが分かる。それはまるで人の身を流るる血流のように」

 

 

心臓がある部分を押さえるアシナガ。

 

 

「虚無なる鼓動は――、怒りか? そう、僕は怒っているのかもしれない」

 

 

ソロスパイダーに変身。凄まじい瘴気が溢れた。

まどかはすぐに矢を発射。しかしソロスパイダーは回避も何もしない。

当然だ、する必要がない。加護があるからだ。ソロスパイダーを守護する願いの力、それを受けてソロスパイダーは構わずまどかに攻撃を仕掛ける。

 

 

「フッ!」

 

 

結界で攻撃を受け止めるまどか。

だが力が弱まるのを感じる。直後、アライブ体が解除されて、まどかは通常体に。

 

 

「くっ!!」

 

 

仕方ないか。前日に変身し、学校でも既に変身している。

連続使用はそれだけ当然力も使うわけで。つまり、ガス欠になってしまった。

すると見えたのは脚。まどかは結界を張り続けるが――。

 

 

「ッッ!!」

 

 

ソロスパイダーの足が結界を打ち破りまどかの頭部を捉える。脳が揺れ、よろけたところに赤い斬撃が直撃する。

 

 

崩落する赤い屋根(トワイライト・ファング)

 

 

爪を振るうと、赤い斬撃がジグザクの軌道で発射される。

地面を抉り削りながら、エネルギー波まどかに直撃、むき出しになった腕や脚の皮膚からは鮮血が散った。

 

目を見開くホムラ。

またまどかが傷ついている。それだけじゃない、丁度今、マミが地面を転がっていた。

マミもまた多くの傷が見える。そして前には笑い声をあげて走ってくるテラバイターが。

 

 

「巴マミ! 実力だけなら魔法少女の中でもトップクラス!」

 

 

銃声が鳴り響く。フラッシュが瞬く中でテラバイターはそのスピードを緩めない。

刃を食いしばるマミ、手、肘、足、膝、至る所からマスケット銃が飛び出し、マミは引き金を引いていく。

しかしテラバイターのスピードが緩まる事は、やはりなし。

 

 

「負けた事が少ないんでしょうね。でもね、私は貴女の100倍は強いわよ」

 

 

左手を翻す。指の間にはマスケット銃の弾丸が煙を上げていた。

撃った弾丸を指で挟み、地面に落とす。こうする事でテラバイターはマミの眼前にやってきた。

マミは距離をとるため、後ろにリボンを伸ばす。しかし赤色の閃光がそれを両断。

ブーメランだ。マミは歯を食いしばり肉弾戦へシフトする。

まずはと得意の蹴りを仕掛けるが、テラバイターはそれを簡単に弾くと、マミの腹部へ渾身のボディーブローを叩き込む。

 

 

「ガハッッ!!」

 

「雑魚雑魚雑魚ォ! 弱すぎて笑っちゃうわ!」

 

 

顎を蹴り上げるとマミは吐血しながら首を上げることに。視界に空が広がる。

そしてその間に背中に激痛が走った。マミは確認できないだろうが、ブーメランが背に突き刺さったのだ。

一方でテラバイターは新たなブーメランを出現させると、マミの胴体をV字に切裂く。

 

軽い悲鳴、白い服に赤が滲んでいく。

しかしそこでマミの喉から小さな銃が生えて発砲。カウンターを狙ったのだろう。

尤もテラバイターは顔を軽く逸らしてそれを回避すると、拳を握り締めてマミの顔面を殴りつけた。

 

 

「がっ! ぐッッ!!」

 

 

怯んだマミの顔面に拳がめり込む。

衝撃が凄まじい、マミの体はそのまま回転しながら後方へ吹き飛んでいった。

まだだ、テラバイターは右掌を前に突き出す。すると無数のエネルギー弾が発射され、マミの体に着弾していった。

次々に爆発が起こり、マミは血を撒き散らしながら地面を滑っていった。

 

 

「ククク! アハハハハ! 敗北は久しぶりかしら? 屈辱は極上の瘴気を出すわ」

 

「――ッ」

 

 

ヨロヨロと立ち上がるマミ。

その姿を見てテラバイターはさらに笑う。

 

 

「あぁら酷い顔」

 

 

指を鳴らすとテラバイターの頭上にエリーが出現、モニタにマミの顔が映る。

ああ、確かになんと酷いものであろうか。右目の部分は青アザになっており大きく晴れ上がっている。

唇や頬は切れ、鮮血が滴り、さらに髪も汚れ、全身血まみれだった。

 

そしてそれはマミだけではない。

まどかも同じである。ツインテールの一つは解け、至る所から血が流れている。

手塚とホムラはそれを見ているだけだった。だが意味は大きく違う。

一人は見ているだけ。一人は見ているだけしかできない。

 

 

「鹿目さんッ、巴さん――ッッ!」

 

 

ギュッと目を瞑り、ホムラはボロボロと涙を流す。

魔獣を生み出した原因が自分にあると分かっている手前、凄まじい罪悪感がホムラに圧し掛かる。

しかし不幸になっていく自分に安心感を抱いてしまっている事を自覚して自己嫌悪。

するとその時、手塚が声を出す。

 

 

「言っただろ。黒も白もあるのが人間だ」

 

「ッ?」

 

「お前は入れ替わったとき、何を言われた?」

 

「……!」

 

 

チェンジザデスティニーで入れ替わったとき、ホムラはまどかとマミに囲まれていた。

すぐに衝撃、ホムラは怯んだまま、まどかに抱きしめられた。

そしてたった一言。

 

 

『大丈夫だからね』

 

 

そう、言われた。

何が? それを聞く前にまどか達は戦いの場に向かってしまったため、その本意を聞きだすことはできなかった。

 

 

「ガハッ!」

 

 

マミが血を吐く。

ボロボロになった彼女をテラバイターはニヤつきながら見ている。

どうやらコレがチャンスだと思ったようだ。

 

 

「災難ね貴女も。暁美ほむらなんかがいたおかげでこんな目に合うんだもの」

 

「!」

 

 

嫌だ、聞きたくない。ホムラは耳を塞ごうとした。

だがその時、手塚が軽く背中を叩く。

 

 

「まあ待て」

 

「!?」

 

「拒むのは、直視してからでも遅くは無いだろ?」

 

 

すると、同じくしてマミがニヤリと笑った。その表情もしっかりとエリーは撮影している。

その光景に思わずテラバイターはもちろん、ホムラやソロスパイダーも動きを止める。

笑み――? 少なくとも笑っていられる余裕など欠片も無いはずだ。しかし確かにマミは笑みを浮かべている。

 

 

「勘違いしてもらっちゃ困るわ。ココに来たのは正真正銘、私の意志よ」

 

「はぁ?」

 

 

呼吸を荒げながらも、汗を浮かべながらも、血を流しながらも、それでマミは構わない。

痛みはある。苦痛はある。しかしそれでいい、それを受け入れる覚悟をしているからこそココにいるのだから。

 

 

「助けて――」

 

「?」

 

 

マミはボロボロだ。

それでも、確かに立っている。テラバイターを見ている。戦う意識があるのだ。

 

 

「彼女はそう言ったわ。理由はそれで十分よ」

 

 

彼女――、とは最早誰か言わなくとも分かるだろう。

ホムラは呆気に取られた表情でマミを見つめる。

 

 

「えッ、巴さん……?」

 

 

つまり? それは? どういう事?

あれ? 白? 黒? はっきりしたのは、まどかでした。

 

 

「友達を助けるのに、理由とか資格とか関係ない!」

 

 

ゴチャゴチャ言って何になる。

ベラベラ理由並べて何になるんだ。

 

 

「わたしの心だけが、あればいいッ!」

 

「!!」

 

 

打ちのめされた様にホムラはその場に立ち尽くした。

しかしそれは悲しみではないはずだ。その目には紛れもない光が宿っている。

尤も涙ならば一粒、たったいま流したところだが。

要するにだ。結論はこうだ。マミは、まどかは――

 

 

暁美ほむらを友人と言ったのだ。

 

 

だから、助けると。

 

 

「アハハハハハハ!!」

 

 

とは言えど聞こえてくるのは下卑た笑い声。

テラバイターは大きく肩を揺らしながら嘲笑をマミ達に授ける。

 

 

「あははぁ! おっかしい! 馬鹿じゃないのアンタたち!」

 

 

テラバイターには理解できない話だった。

暁美ほむらとの関係を客観的に見れば、どう考えてもほむらに加担するのはおかしい。

マミは怒り狂いほむらを撃ち殺すのなら分かるが、友達? 助ける? 自分がされた事も覚えていないのか。滑稽の極みであるとしか思えなかった。

 

 

「同感だね。そもそも友情なんて下らない。この世はエゴで回っている。人は自分の事で動いている生き物だ」

 

 

呆れた様にソロスパイダーは肩を上げた。

 

 

「他者のためだなんて反吐がでる」

 

「確かに、ほむらちゃんのした事は全てが正しいわけじゃないよ」

 

 

しかし。

 

 

「全てが間違ってるわけじゃ、絶対に無い!」

 

「………」

 

「ええ、それにコレは確かに私達のエゴでもあるのよ」

 

 

つまり、マミもまどかもホムラの為だなんて思ってはいない。

全部自分の為にホムラを助けるのだ。なぜ? 決まっている。ホムラに泣いていてほしくないから。ホムラに笑っていて欲しいからだ。

 

 

「辛い事もあったけど、楽しい事だって沢山あった。それはどれだけ時間をくり返しても、無かった事にはならないわ」

 

「ッ!」

 

「そして今、わたし達には記憶がある!」

 

「はぁ、類はなんとやら。愚か者の友人は愚か者と言うことかしら」

 

 

呆れた様にため息を漏らすテラバイター。

呆れ、呆れ、通り越し、実に腹立たしい。

 

 

「クズ同士ッ、さっさと消え去れェエエエ!!」

 

 

ブーメランを構え、一気に走り出すテラバイター。

狙うのはマミの首のみ。しかし同じくしてマミもその目をギラリと光らせた。

そして文字通り、ソウルジェムを光らせる。

 

 

「人の繋がりこそが希望よ! あなた達には分からないでしょうね!!」【アライブ】

 

「ッ! グッ! アァァアァァア!!」

 

 

アライブ体に変身したマミは一瞬で自らの周囲に数え切れぬ程のマスケット銃を召喚する。

それらが一勢に火を噴き、次々に銃弾をテラバイターの全身に浴びせていく。

強化された弾丸の雨はテラバイターの防御力を超えたのか、全身から火花を散らして何度も仰け反りながらテラバイターは後退していく。

プライドが高く相手を見下すクセがある魔獣は、止めを直接刺してくると睨んだマミ。故にひきつけにひきつけ、そこでカウンターのアライブを決めたのだ。

 

 

「グゥウ! ヌアアアァアァ!」

 

 

地面を転がる間も次々にマスケット銃が出現していき、弾丸の雨が追撃をしかけていく。

しかしテラバイターもただやられてばかりではない、全身から火花散る中、ブーメランをマミに向かって投げつける。

マミは指を鳴らし、黄色と水色のリボンを次々に出現させて壁とした。

それらはテラバイターのブーメランをしっかりと受けとめたように見えたが――

 

 

「負よ高まれェエ!」

 

 

テラバイターは瘴気をブーメランに集中させる。

するとブーメランが真紅のエネルギーを纏い、直後リボンを次々に切裂いてマミに近づいていく。

まずいか。マミは両足を揃えて跳躍。ブーメランを飛び越えて前方に着地する。

 

 

「もらった!!」

 

「えッ!」

 

 

指を鳴らすテラバイター。

するとブーメランが破裂。無数のナイフと変わり、それらは全てマミの背中に突き刺さった。

 

 

「ぐ――ッッ! がはっ!!」

 

 

油断していた、プラス、純粋なるパワー。

ナイフはアライブの力を貫き、マミの背に深く突き刺さる。

衝撃に呼吸を止め、直後大量の血を吐き出すマミ。

ホムラは青ざめ、口を押さえた。一方で笑うテラバイター。

 

 

「アハハハハ! どうかしら! 痛いでしょう!」

 

「あ――ッ、あ、あ……!」

 

 

よろけ、前のめりになるマミ。

倒れぬようにフラつきながらも前に出る。

 

 

「あ、あ、あ」

 

 

前進、前進、前進、まだ倒れない。

 

 

「あぁぁぁぁ」

 

「?」

 

 

前進、前進、前進。

直後、加速。

 

 

「ハアアアアアアアアアアア!」

 

 

マミは背中に大量のナイフを受け、血を吐き出しながらも全速力で走った。

アライブの衣装に似合わない疾走。何よりその鬼気迫る表情は常に怯えていた印象のマミとは全く違うものだった。

故に、テラバイターは固まってしまう。彼女はすぐにその愚考を後悔する事になるだろう。

おお見よ、マミの拳にリボンが纏わりつき、そのままマミはテラバイターの顔面を思い切り存分に殴り飛ばした。

 

 

「ブェエエエエエエエエエエ!!」

 

 

醜い叫び声を上げてきりもみ状に飛んでいくテラバイター。

マミは拳の先に銃を生やし、パンチと同時に銃弾を発射したのだろう。

凄まじいスピードでテラバイターは吹き飛び、ゴミの山に突っ込んでいく。

 

 

「どうかしら? やってやったわ!」

 

「!」

 

 

マミはホムラの方を見てサムズアップを一つ。

ホムラは戸惑いがちに頷いた。

 

 

「暁美さん。魔法少女はね、余裕の無い時ほど笑うものよ」

 

 

ホムラはその時、心に小さな炎が宿るのを感じた。

するとゴミ山を掻き分けながらテラバイターが立ち上がった。

表情を曇らせるマミ、あわよくば今の一撃でと思ったが、さほどダメージは受けていないようだ。

 

 

「調子に乗らないでもらえるかしらァア……? アルケニーみたいなカスと私はレベルが違うわよ――ッッ!」

 

「そう、残念だわ」

 

 

相変わらずマミの背中にはナイフが突き刺さったまま。

痛みが精神を削り、疲労を蓄積させていく。

 

 

「………」

 

 

ふと、一連の流れを見ていたソロスパイダーが動きを止め、沈黙する。

 

 

「萎えたな」

 

「ッ?」

 

「あとは頑張ってくれ、テラ」

 

 

魔法陣を出現させ、ソロスパイダーは何のことはなく消えていった。

これでフィールドに残る上級魔獣はテラバイターのみとなる。

 

 

「チッ! まあいい。あなた達ごとき、私一人で十分だわ」

 

 

そうだろうか?

刹那、稲妻が迸る。轟音と共にゴミ捨て場に着地したのは浅海サキだった。

 

 

「ッ! お前は!」

 

「ォオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

サキのが叫ぶと、その体が文字通り消える。

姿が見えなくなると錯覚するほどの加速。テラバイターがサキを目視できたのは、自らの腹部に肘うちを打ち込まれた時であった。

 

 

「ぐぉおッ……!」

 

 

既にイルフラースを発動していたようだ。

電撃を纏った肘うちでテラバイターの動きが停止、そこへ渾身の蹴りを打ち込んだ。

帯電しながら飛んでいくテラバイター。しかしその腰にはサキの鞭が巻きついていた。

サキは鞭を引き戻すと、再びテラバイターを眼前に捉え、電撃を纏うラリアットをお見舞いする。

 

 

「イェゼレルミラー!」

 

 

テラバイターが吹き飛んだ所を予測して天使イェゼレルが鏡を持って先回りする。

当然そこへ吹き飛んできたテラバイターは鏡に吸い込まれてミラーワールドに。

まどか、マミ、サキはアイコンタクトを行い頷きあう。

 

 

「大丈夫ですかマミさん。今治療します!」

 

「ありがとう鹿目さん。サキも、助かったわ」

 

「ああ、キミ達のテレパシーのおかげだ。魔獣がコチラにいる事が分かったからな」

 

 

つまり魔獣が一箇所に集中している事が分かったので、真司たちもマミ達に合流しようと言う事だった。

イルフラースを使用したサキが真っ先に到着したわけだ。

尤もまだサキはパートナーである美穂と契約していない。ミラーワールドに入れる参加者は契約済みの者だけだ。

故にココからはマミとまどかだけとなる。

 

 

「マミ、勝率は?」

 

「微妙ね。鹿目さんはもうアライブを使えないし、結構疲れてるでしょ?」

 

「はい。はっきり言っちゃえば。でも行きます。行かせてくださいマミさん」

 

 

頷くマミ。イェゼレルが向ける鏡の前にマミとまどかは並び立つ。

そしてまどかは後ろを振り返り、ホムラに笑みを向けた。

 

 

「じゃ、いってくるね」

 

「!」

 

 

それが過去と重なり、ホムラは思わず前に出る。

 

 

「あの――ッ、でも、鹿目さんアライブもう使っちゃっ……た……」

 

「だからだよ。悔しいけどアライブが無いとあの魔獣は倒せないと思うから、マミさんをサポートしないと」

 

「ええ。もう少し待っててね暁美さん。これが終わったらみんなでケーキでも食べましょう」

 

 

まどかもマミも笑っていた。

 

 

「――ッッ」

 

 

だから、純粋な疑問がそこにあった。

 

 

「怖く……、ないの?」

 

「怖いよ。それでもわたしは魔法少女だから。皆のこと、守らなきゃいけないから」

 

 

そもそもそれが『願い』だから。まどかは微笑んだ。

ましてや真司や須藤も頑張ってくれたのだ。自分も何かしなければ示しがつかない。

 

 

「………」

 

 

うつむき、表情を歪ませるホムラ。

恐怖、疑問、葛藤、かつて無いほどの感情が心の中でミキサーされる。

するとまどかは、ポツリと呟いた。

 

 

「世界をくり返す中で、いろんな嘘があったよね」

 

 

悲しい嘘。優しい嘘。偽りはたくさんあった。ある意味で、今もまた偽りなのかもしれない。

 

 

「でもね、本当に――、これだけは本当だから」

 

 

まどかも思い出したのだろう。

懐かしい、こんな事もあったな。

 

 

「ホムラちゃん。あなたと友達になれて嬉しかった。あなたが魔女に襲われた時に、間に合って。今でもそれが自慢なの」

 

 

同じ台詞だった。

だが意味は、もう大きく違っているか。

それでもまどかは『同じ台詞』を口にしたのだ。

ホムラはどこか助けを求めるような視線でマミを見る。

すると返ってきたのはやはり笑顔だった。ホムラが一番欲しくて、一番いらない。全てを包み込むような慈悲がそこにはあった。

 

 

「あなたには感謝しないとね」

 

 

心に剣が刺さる。

 

 

「本当なら私、あそこで死んでたんだものね」

 

 

あそこ、とはホムラが魔法少女になった時間軸であろう。

 

 

「ありがとう暁美さん」

 

「!!」

 

「あんな所で死ぬなんてごめんだわ。あなたのおかげね」

 

 

それは痛みだった。

しかし矛盾する事に、ホムラは確かな喜びを感じていた。

最後に、もう一度まどかが声を投げた。

 

 

「ホムラちゃん、お願いがあるの」

 

「え?」

 

「思い出にわたしを視ないで。わたしは、ココにいるよ」

 

「!」

 

「行きましょう、マミさん」

 

「ええ、待たせちゃ悪いものね!」

 

 

こうしてマミ達はミラーワールドに入る。

鏡の向こうでは銃弾と矢が飛び交う光景がすぐに繰り広げられる。

ホムラは崩れ落ち、へたり込む。

 

 

 

「どうして二人とも――……」

 

 

なぜ今更優しくしてくれるのか。ホムラはそれが気になった。

それを望んでいるはずなのに、優しさは苦痛に変わる。裁きを望んでいたのか、それとも……。

 

 

「答えを出したからだ。強くあれるのも、優しくあれるのも、あの二人がそれを望んだからだ」

 

「!」

 

 

ホムラの横に手塚は立った。

 

 

「答えは唯一無二じゃない。数学のように決められたものがあるわけじゃないんだ」

 

 

それは占いのように様々な形に分岐する。

まどかは、マミは、少なくとも見つけたんだろう。自分のだけの答えを。

それはなにも二人だけに言えた話じゃない。真司も、須藤も。だから得たんだ。

 

パートナーとの絆。そして自らの性質に答えを見出す事。

その答えは時として大きく揺らぐのかもしれない。もしかしたら消え去るのかもしれない。

しかし答えを出したことは偽りの無い真実だ。それは永遠に消えない答えになる。

 

 

「答え……」

 

「ああ、だが気負う必要は無い」

 

「?」

 

「答え通りに生きなくてもいい。答えを叶えられなくてもいい。なぜなら答えは、ただの希望でしかないからだ」

 

 

だが、それを出さないのと出すのとでは意味は大きく変わってくる。

ホムラはそれを聞くと、腕を組んで立っているサキを見上げた。

 

 

「浅海さんも、あるんですか?」

 

「ああ。もちろん。私の答えはただ一つ」

 

 

サキの目には、一点の曇りも無かった。

 

 

「ゲームを潰す。私達は生き残るんだ」

 

「……!」

 

 

ホムラは問うた。苦しくないのか。重くは――、ないのかと。

 

 

「確かに、背中に張り付く黒もある」

 

 

その目は、光り続けている。

 

 

「だが私は過去に縛られるよりは今を生きる。悩んでいる間に、私は前に進むぞ、ホムラ」

 

「………」

 

 

沈黙するホムラ。すると手塚は鼻を鳴らして軽く笑う。

まどかはもちろん、マミも、サキも随分と立派になったものだ。

だが忘れはいけない。彼女達もまた苦しんで苦しみぬいた果ての今だ。

ホムラはそれを勘違いしているのかもしれない。

なにもすぐに今になれたわけじゃない。仮面の裏では醜く泣いた日もあろうて。

だがその結果、あれほど胸を張れるのだ。図々しく、己のエゴを張れる。

 

 

「人のために言う事で自分にも言える。人間は他人になら偉そうに言えるものさ。平気で自分を棚に上げられる」

 

 

手塚は軽くホムラの頭を撫でた。

 

 

「いいじゃないか、逃げても」

 

「え?」

 

「苦しいなら、逃げてもいいんだ」

 

「手塚――、さん……」

 

「目を逸らしてもいい。だが生きろ。生きていれば、やがて答えも出るはずだ」

 

 

無理にホムラになろうとしなくていい、無理にほむらであろうとしなくていい。

全てに蓋をしたとしても、生きていればいい。答えを見つけようとすればいい。

そうすればいつか、必ず、終わりは来る。

終わりがこなくても、納得できるかもしれない。

 

 

「答えを出さないのも、一つの答えだと俺は思うが」

 

 

誰も、何も、優等生のヒーローになろうと言っているわけじゃない。それを目指したい奴は目指そうとする『エゴ』だ。

そう言うものだろう。ライダーも、魔法少女も。

 

 

「生きてみればいいじゃないか。希望だけを考えて、絶望なんて無視すればいい」

 

 

忘れるな、先程のマミとまどかの言葉を。

そうだ、確かに彼女達はホムラを助けたのだ。

 

 

「言ったぞ、あの二人はお前の事を友だと」

 

「!!」

 

 

ホムラは衝撃を感じ、けれども背を引かれる感覚を覚える。

やはりできない、やはりなれない、自分には。

 

 

「そんな器用な生き方――」

 

「できる筈だ。そもそも俺の知ってるお前はもっと性格が悪かった」

 

「えっ!」

 

「自分のエゴをさらけ出せるくらいにはな」

 

 

思わず手塚を見上げるホムラと、もう一度優しく肩を叩く手塚。

 

 

「思い出せホムラ。あの時の事を――」

 

 

あの時、ホムラにはそれがどの時間軸なのか、すぐに理解できた。

間違いない、あれは、そう、ゲームの終わりに殺しあったときの事だろう。

思い出してみれば、後にも先にもあれだけ手塚と分かり合えた時はないような気がする。

 

尤も、それは歪な形での話しだが。

戦いが終わった後、パートナー同士での殺し合いが許可された。

そして手塚とホムラ――、いや、ほむらは殺しあったのだ。

 

 

「暁美、俺はお前に言われた」

 

 

目を閉じれば、いや目を閉じずとも容易に思い出せる。

 

 

『貴方は……自分が嫌いなのね』

 

「そうだ、俺は自分が嫌いだった。何にもなれない。かと言って消える事の意味すら見出せない」

 

 

しかしほむらは言ってくれた。

 

 

『変えればいい、生きる意味を! 希望を!』

 

『貴方は結局逃げているだけだわ! 自分の罪から、そして自分の欲望からも!』

 

『後悔するかもしれない、悲しみが襲うかもしれない、それでもその想いを抱くのはまどかを蘇らせてからでいい』

 

「俺はあの時、向き合えたぞ、自分自身に」

 

「……ごめんなさい。偉そうですね、私」

 

「言っただろ、そういうものさ。結局俺達はあれだけ他者の心に踏み込んでおきながら、まだ本心を仮面で隠していたんだからな」

 

 

おかしいと思うかもしれない。

何を馬鹿なと思われるかもしれない。

頭がおかしいのだと思われても仕方ない。だが少なくとも手塚はあの時、ほむらと殺しあう中で確かな喜びを感じていた。

 

なぜか? 決まっている。終わりを見たからだ。

無限に続く終わりなきマラソンのゴールが見えたからだ。

 

 

「俺はあの時、喜んだぞ。幸せだった。なぜなら死ねるんだからな」

 

「はい、私も――、同じです」

 

 

偉そうな事を言って、友を想って死んでいく。これほどカッコいい終わりはない。これほど楽に終わる自己完結もない。

死を望んでいたんだ。終わりを信じてた。そこの互いのパートナーを言い訳にするなんて愚かな事だ。

だが手塚は死んだものの、その裏にあった想いはただの自殺願望じゃない。手塚は確かに、ほむらを生かす道を選んだのだ。

 

 

「俺は、お前に確かな友情を抱いていた。だから生きて欲しいと思った」

 

「だから自分を殺してまで私を? 酷いです……、あんなの」

 

「悪いな。俺も性格は曲がってるんだ。俺はあの時、最期の願いを思いついた」

 

 

それこそがほむらに生きて欲しいと言う願いだ。

もちろんそこには手塚のエゴもある。

 

 

「お前と銃を突きつけあった時、俺はすでに答えを出していた。運命は、必ず変える事ができるのだと」

 

 

それは願望や期待じゃない。確かな確信だ。

人は運命を変えられる。抗い続ければ、答えを出せば必ずだ。

 

 

「変わりたいと思うのは、自分が今のままじゃダメと分かっているからだ」

 

「ッ!」

 

「どうする? このまま終わるか? お前」

 

「それは――」

 

「俺はゴメンだぞ。俺はもう答えを出したんだ。お前はどうだ? 自虐に塗れて消えていくなんて馬鹿らしいと思わないのか?」

 

「………」

 

「生きろ。そうすれば、きっと誰かがお前の良い所を見つけてくれる。悪い所も含めて愛してくれる筈だ」

 

「……っ!」

 

「それまで逃げ続けるのも悪くないんじゃないか?」

 

 

すると、ポツリと、ホムラの手の甲に雫が落ちる。

メガネのレンズを光らせながら、ホムラは弱弱しい声で呟いた。

 

 

「みんなと、一緒にいたぃ……、です」

 

「そうか」

 

「みんなと、お友達になりたぃ……!」

 

 

ボロボロと涙を流しながらホムラは懇願する。

 

 

「大丈夫だ。罪を無くすことはできないが、罪を超える事はできる」

 

 

ホムラの背中を軽く叩きながら手塚は言った。

 

 

「お前の力は、必ず戦いを終わらせることの役に立つぞ」

 

「……!!」

 

 

一方でイチリンソウの花畑では、縛られたほむらが虚ろな表情でそれを見ていた。

隣にいたワルクチは下卑た笑い声を上げ、モニタの向こうに見えた手塚にザクロを投げつける。

 

 

「馬鹿な男ですわ。弱い主様は永遠に自らの殻に引き篭りたいのに。ねえ? 主様?」

 

 

しかしほむらは何も言わない。何も語らない。

 

 

「あれ? 主様?」

 

 

まるで人形のようにうつむいている。

 

 

「コワレチャッタ……?」

 

 

目を赤くし、ニヤリと笑ってほむらの頬をつつくワルクチ。

すると、イチリンソウの花畑に銃声が響く。

 

 

「ハ?」

 

 

ワルクチは自分の肩を見る。

そこにはポッカリと穴が開いており、瘴気が漏れ出ていた。

 

 

「―――」

 

 

歪む表情。つまり、今、ワルクチは撃たれたのだ。

誰に? そんな者は一人しかいない。ワルクチが周囲を確認すると、ほら見えた。

銃を構えて歩いてくる暁美ほむらの姿が。

 

 

「な、何故だ!!」

 

 

信じられないと表情に浮かべ、ワルクチは肩を押さえながら一歩後ろに下がる。

一方でほむらは、いつもの様に髪をかき上げて鼻を鳴らした。

 

 

「よくもやってくれたわね。でももういいわ。ありがとう、さようなら」

 

「ど、どういう事ですの!!」

 

「もういらないの。マイナスイメージは。もう十分……。そう、もう十分なのよ」

 

「ッ!!」

 

 

杖を出現させるワルクチ。

ほむらを睨みつけ、鋭利な歯をむき出しにして怒りを露にする。

 

 

「お前は震えていれば良い! 中途半端に強がるな!」

 

「ええ。だからもう、終わらせるわ」

 

「うるさい! うるさいうるさい! 弱いくせにィイイッ!」

 

 

花を散らしながらワルクチはほむらに飛び掛る。

一方でほむらは盾に手をいれ、日本刀を引き抜いた。

刹那、銀の閃光が迸る。ほむらを通り抜けるワルクチ、その首筋に銀の線が見えた。

 

 

「ァ」

 

 

ポロッと、首が落ちる。

花畑のクッションに落ちた首は、そのままポカンとほむらを見ている。

一方で頭を失った体はそのままフラフラと前に進み、うつ伏せに倒れていた。

 

 

「な、なんでッ!!」

 

「黒を見なければ白は分からない。そうよ、手塚の言うとおり」

 

「ッ!?!??」

 

「そのために『弱さ』を知る必要があった。でももう大丈夫」

 

「………」

 

 

口を閉じるワルクチ。

 

 

「余計な心配をさせたわね。ありがとう、さようなら」

 

 

ほむらはワルクチの眉間に銃弾を打ち込んだ。

ワルクチは意味を理解したようだ。そしてその上で断末魔の悲鳴ではなく、下卑た笑いを浮かべた。

 

 

「目を瞑った所で何になります? この先にあるのは地獄ですわよ」

 

 

ほむらは無表情でワルクチの頭部を見下す。

そして淡々と鼻を鳴らした。

 

 

「退屈しないですむわ」

 

「――ッ!」

 

 

返って来たリアクションが望んでいたものと違いすぎてワルクチの表情が完全に歪んだ。

悔しげに叫び、そのまま霧の様にワルクチは消滅した。

 

ほむらは銃をしまうと、入れ替わりでナイフを取り出し、茨のロープを切裂いて『ほむら』を解放する。

そう、椅子に縛られていたのはメガネのホムラではなく、ほむらであった筈。

 

にも関わらず花畑に現われたのも『ほむら』、これは一体どういう事なのだろう。

すると椅子に座り、俯いていたほむらが小さく呟く。

 

 

「ほむらは弱い自分を守る殻――、そんな風に思ってたけど……」

 

「ええ、違うわ」

 

 

本当は、逆だった。

 

 

「あなたが、殻なのよ」

 

「………」

 

 

顔を上げたのは『ホムラ』だった。赤いフレームのメガネをかけ、三つ編みの黒髪。

そう、そうだ、初めから何度も何度も言っていた。ホムラはほむら、ほむらはホムラ。

 

とは言え話はややこしい。

 

イチリンソウで縛られていたのは――、つまり先程テラバイターに脳を弄られていたのはホムラであった。

そしてモニタの向こう、現実世界にいるのもホムラ。これは一体何がどうなっているのだろうか。

そう、結論を言えば初めから外の世界も、内の世界も、いたのは『ホムラ』だった。

明確に切り替わったのは悪夢に苦しめられ、洗面所に向かったときだ。

 

 

『あれ?』

 

 

ほむらは引きつった表情で鏡を見る。

 

 

『誰――? これ』

 

 

ほむらはそこで意識を失った。その時、鏡の中にいたのがホムラであった。

その時点でホムラが前に出たのだ。そしてほむらはホムラの中、深層に引っ込んだ。

ニコはまだほむらとホムラは同一人格だと分析した。

それは間違ってない、しかしもう既に擬似的な二重人格にはなっていたのだ。

 

よく人間が葛藤する際、善の自分と悪の自分を自演するときがあるが、要はアレと同じだ。

メガネをかけたホムラと、ほむらと同じ姿をしたホムラが生まれ、それがお互いを傷つける事となった。

 

つまり、ほむらは二つではなく三つの存在に分かれたのだ。

今まで戦ってきた"クールなほむら"、『メガネを掛けて気が弱いホムラ』、そして【イチリンソウの花畑に送られたほむらの姿をしたホムラ】。

 

 

「分かったいたの、いずれこうなる事が」

 

 

ほむらは言う。

自身の存在が複雑な感情によって大きく揺らめいている事が。

だから『ほむら』は従った。下手に抗わなかった。ただ手塚には事前に伝えておいたが。

 

 

「え? 手塚さんに」

 

「ええ」

 

 

そう、手塚は本当は知っていたのだ。

トークベントを介し、ホムラの中にいるほむらがホムラであると言うことに。

そう、もう一度言おう。イチリンソウの花畑でワルクチと会っていたのは『ほむら』の形をしたホムラだ。気が弱いホムラが生み出した強い自分の姿。

とは言え、手塚も詳しくを知っていたわけではない。突然の頭の中にほむらの声が入ってきたかと思うと、こうだ。

 

 

『手塚、もうすぐ私におかしな事が起きると思う』

 

『いきなり何だ。説明してくれ』

 

『私にも――。いえ、分かっているけど、話すのが難しいし、怖い』

 

『ッ? 分からない』

 

『それでいいわ。できれば、見守っててほしいの』

 

『大丈夫なのか?』

 

『大丈夫じゃないかもしれないけど、たぶん、それは、私にとって大切な痛みだと思うから』

 

 

しかし、もしも本当に苦しい時は――。

 

 

『助けて』

 

 

手塚は了承した。

ホムラが苦しんでいる事を理解しつつも放置ぎみに接するのは心苦しかったが、途中で手塚は理解した。

ほむらが、ホムラと向き合おうとしている事に。

 

劣等感、罪悪感、恐怖、複雑な感情こそがホムラの正体であり、齎そうとしているのは思考の変化と人格の解離。

このままでいいのか、こうあるべきじゃないのか、そんなアイデンティティや自我、言わば己が有り方を決めようとする思考に負が乱入する。

 

もっと簡単に言おうか。

これら一連の流れは全て、ほむらがマイナス思考にとらわれないために頑張っていた。

それだけの話である。

 

ついさきほど、ホムラは自分の事を『殻』と称した。

本来はホムラが弱い自分を拒絶するために作り上げた理想の姿がほむら――、つまり殻はほむらの筈なのに。

そうだ、間違いじゃない。確かにほむらは殻だった。

しかしそれはある時期を境に逆転する事になる。

 

それはほむらがメモリーベントにより記憶を取り戻したときだ。

もっと言えば『手塚とゲーム終了後に殺しあった記憶』を思い出してからだ。

あの時、ほむらは確かに『己』を手に入れた。

 

 

『私はこの終わりに、満足していないもの』

 

『ゲームをやり直す。そして、この腐った運命を変える』

 

『運命を、必ず変えてやる……ッ!』

 

「私は既に答えを出したわ」

 

 

ほむらは髪をかき上げた。

けれども同時に分かっていた。一つだけ無視できない存在がある。

それこそがホムラ、つまりは過去の自分、そしてなによりも目を逸らした弱さと言うものだ。

いずれ解離症状が起こる事を予見したほむらは、過去の自分が前に出る事を容認し、心の奥でずっと様子を伺っていた。

 

あとはご存知の通りだ。

優しくされれば崩壊が怖くなり、苦しくなれば安心してしまうと言う矛盾。

ループに縛られた自分は、確かに愚か者なのかもしれない。

ほむらは自らが観測者になる事で自分の存在を確立した。一切の感情を封印する形で自分を客観的に見つめる。

そうする事で意図的にホムラとの分離を果たしたのだ。

弱さを、醜さを視る。受け入れるだとか否定するのではなく、まずは視る。

そして知る事をほむらは選んだ。

 

そして遂にほむらは動いたのだ。

深層から這い上がり、まずは弱さの具現であるワルクチを排除し、己の心の本質と向き合っている。

 

 

「だからもう、終わらせないといけないの」

 

 

自己観察の終了。凝った自演の終幕。

我の本質――、ホムラは両手を広げて笑った。

 

 

「そう、ですよね。あははは……」

 

 

ホムラもまた理解する。なぜならば完全な二重人格ではない。

そうだ、ホムラとほむらは同一。

 

 

「私を殺してください」

 

 

弱い自分を殺してください。そう、ホムラは頼んだ。

 

 

「殻を破り、前に進んでください」

 

 

永遠に引きこもろうとするその意思こそがホムラの心臓であり脳だ。

 

 

「別れた私達が、同じになるんです」

 

 

それを破壊すれば、きっとほむらは自分を受け入れる事ができるだろう。

まどか達と笑い合えるときが来るのだろう。

 

 

「私はもう、要らない。そうでしょ?」

 

「………」

 

 

ホムラの言葉にほむらは頷いた。

もう時間を掛けてはいられない。今すぐにまどか達のところへ行かなければならないのだ。

だから、終わらせる。

 

 

「え?」

 

 

銃が落ちる音が聞こえた。

ほむらは、ホムラを抱きしめていた。

 

 

「なん……で?」

 

「――殻は、言い方を変えれば盾とも言う」

 

「っ?」

 

「マンガやアニメじゃ、亀は危なくなると手足を引っ込めて相手の攻撃を受け止める。現実世界だと、ヤドカリは身を守る殻を背負って生きていく」

 

「なにを言って――」

 

「弱い自分を殺せば、私は強くあれるのかもしれない。過去を否定すれば割り切れるのかもしれない」

 

 

けれど、強く有り続ける自信はなかった。

 

 

「自己分析してみて分かった。私は、自分が思ってるより脆いのよ」

 

 

ほむらはギュッと、ホムラを抱きしめる力を強めた。

 

 

「それに、何より」

 

「何より……?」

 

「私は、貴女(かこ)(ひてい)したくない」

 

「!!」

 

「辛い事があった、悲しい事ばかりだった、今だってそれが原因でこんなに苦しんでいる。でもそれでも、全ての苦痛を貴女のせいにはしたくない」

 

 

全て弱い自分が齎した結果だと憎悪したくないんだ。

手塚も言ってくれた。どんな人間も、せめて全うに生きれば、誰か一人は愛してくれるはずだ。その一番最初の人間に、自分がなれなくてどうする。

もちろんそれは簡単じゃない。少なくとも過去を嫌悪した事実は本当だから。しかしそれでも、それでも……。

 

 

「暁美ホムラ」

 

 

積み上げた時間が、今と言う希望になりえたのなら。

 

 

「……ッ」

 

「生まれてきてくれて、ありがとう」

 

「――ッッ」

 

 

ボロボロとホムラの目から涙が溢れてきた。

自分のすすり泣く声を聞きながら、ほむらはホムラの背中を優しく撫でる。

 

 

「答えを出しましょう。今はまだ答えにたどり着けなくても、今はそれが答えになるわ」

 

 

いつか自分を赦せるかもしれない。いつか自分を愛せるかもしれない。

暁美ほむらと言う人間がどういった姿で終わりに向かって歩くのかを、見つけられるかもしれない。

愛す、受け入れる、否定する、分からない。だが、生きていればきっと。

 

 

「さあ、答えを出して、ホムラ」

 

 

ほむらは、ホムラに向かって手を差し出した。

刹那、フラッシュバックする笑顔。

 

 

『えぇ? そんなことないよ。なんかさ、燃え上がれーッて感じでカッコいいと思うなぁ』

 

「アイツも、お前もまた、心に大きな炎を宿している」

 

「!」

 

「過去に縛られるな。未来は、そこにある」

 

 

手塚の声が聞こえる。外の世界では、手塚がへたり込むホムラに手を伸ばした。

 

 

「手塚さん……!」

 

「怖いなら、俺が――、俺達が連れて行ってやる」

 

 

イチリンソウの花畑の中で、ほむらも頷いた。

 

 

「手を取れ。一緒に行こう」

 

「………」

 

 

ホムラの目つきが変わる。ズレたメガネを整えると、両手で挟み込むように手塚の手を取った。

そしてイチリンソウの花畑にいるホムラも、同じようにしてほむらの手を取った。

 

 

「か、かかか、かっこよくなりたい! 胸を張れる自分になりたぃ!」

 

 

涙を零しながらも、ホムラは叫ぶ。

 

 

「だっ、だから! 手伝ってくださぃ! わ、私! それに、手塚さん!」

 

「ああ」

 

「ええ」

 

 

ホムラは立ち上がる。

そしてまばゆい光が世界を包み込んだ。

 

 

「………」

 

 

風が吹いた。美しい黒色の髪がなびく。

暁美ほむらは、小さく息を吐き、いつものように髪をかき上げる。

 

 

「ッ、ほむら……」

 

 

立ち上がったほむらは、サキに向けて頭を下げた。

 

 

「?」

 

「ごめんなさい。浅海サキ。ワルプルギス戦で裏切った事、本当に……」

 

「――いや、気にするな。私はその事を責めるつもりはないよ」

 

「フッ、本当にありがとう。それにしても恵まれているわね、私は」

 

 

ほむらは小さく笑って、手塚を見た。

 

 

「ねえ?」

 

「ああ、そうだな。いい友人を持ってるよ、お前は」

 

「貴方も――」

 

「?」

 

「貴方もその一人よ。"海之"」

 

 

ポカンと目を丸める手塚。

しかしすぐに呆れた様に。嬉しそうに笑った。

 

 

「光栄だな」

 

「適当な返事」

 

「いいじゃないか。さあ、行こうか、"ほむら"」

 

「ええ」

 

 

二人は捨ててあった姿見の前に並んで立つと、同時にアクションを起こした。

手塚が突き出したのはデッキ。Vバックルが装備される。

一方でほむらが突き出したのはソウルジェム。そして二人は同時にポーズを取った。

 

手塚は右手の親指、人差し指、中指を立てて右腕を正面に突き出した。

ほむらも左手で遂に成るポーズを取って前に突き出す。

 

 

「変身ッ!」

 

「変身!」

 

 

デッキをセットすると騎士ライアが、魔法少女ほむらが姿を見せる。

ほむらは髪をかき上げた後、右手を前に出し、掌を上にした。するとそこへ光が集中していく。これは、新たなる魔法。

 

 

「ウルズコロナリア」

 

 

ほむらは自分自身を見つめなおした。

多くの人間を巻き込み、自分さえも傷つけても、得る物があったと確信している。

過去の価値、過去の意味、歩んできた道は決して無駄なものではない。筈。

どうする? 過去よ。

答えはある。ほむらが選んだのは否定でもなく、容認でもなく――。

 

 

ゆるぎない共存。

 

 

「頑張って、私」

 

 

新魔法ウルズコロナリアによってほむらの手に赤いフレームのメガネが出現する。

ほむらはそのメガネを掛けた。すると紫色の光が迸り、ほむらの髪が三つ編みに。まさに一瞬だった、ライアの隣にいたのはホムラであった。

 

 

「が、がががんばります! あ、手塚さん、危なかったら守ってくれると嬉しいです!」

 

「任せろ。行くぞ、暁美!」

 

「はい!」

 

 

そう、ほむらはホムラを消さなかった。

そしてホムラもほむらを否定も容認もしなかった。あるのはただ理解すると言うこと。

こうしてほむら達は完全に一つになった。多くの自分を内包しながらもそれら全てを理解すると言うこと。

思考の変化させる魔法、過去を認めた故の産物であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐあぁああああああ!!」

 

「「!?」」

 

 

悲鳴が聞こえた。突如テラバイターの体が爆発を起こし、爆煙の中を転がっていく。

なんだ? 目を見張るまどかとマミ。すると再び爆音。テラバイターは空中を回転しながら墜落する。

 

 

「ッぅぁぁ! なにィッ!?」

 

 

立ち上がろうとして気づいた。赤いライト。そしてピーッと言う起動音。

テラバイターは気づいた。自分の周りに無数の爆弾が設置されている事に。尤も、それに気づいた時には爆炎に揉まれて空中に放り出されたところだが。

そこへまどかの弓が、マミの銃弾が飛んでくる。テラバイターは苦痛の声を上げながら地面に落ちる。

 

 

「グゥウウッ!!」

 

 

地面を殴りつけ、テラバイターは前方を睨む。

あの爆弾を使う魔法少女はただ一人。まどかとマミもニヤリと笑って彼らを見た。

そう、歩いてくるホムラとライアを。

 

 

「――ッ」

 

 

ホムラは少し怯えた表情をしながらも真っ直ぐにテラバイターを睨み、盾を見せ付ける。

起動するギミック。砂時計が反転し、直後何かをドリルで削る音。

テラバイターがゆっくりと下を見ると、フェイスガードを構えながらホムラが必死にテラバイターのヘソの部分をドリルで削っているのが見えた。

 

 

「おい」

 

 

チュィイイイイイイイイイン。

 

 

「ちょっと!」

 

 

ヂュィイイイイイイイイイイン!

 

 

「クソガキィイ!」

 

「ひぃい!」

 

 

拳を振り上げるテラバイター。ホムラはビックリしたのか、肩を大きく震わせて頭を覆った。

そのまま砕いてやる――、その勢いで拳を振り下ろすテラバイター。しかしホムラの姿が消失し、変わりに地雷が一つ。

 

 

「あ」

 

 

拳が地雷を叩いた瞬間、再びテラバイターは爆発に揉まれ地面を転がる事に。

爆煙の中でテラバイターは確かな屈辱を覚える。同時に違和感。

おかしい、ホムラが時間を停止できるとは思えない。既に朝の時点で砂が無かったはずだ。

いや、待て。そうか。あった。一つだけ。例外。ナイトもそうだった。ミラーモンスターが死んだとしても蘇る。

そう、覚醒の瞬間。

 

 

(目覚めたかァア……!)

 

 

そのホムラはマミとまどかに駆け寄っている。

既に相当の激闘があったのか、まどか達の傷はより酷くなっており、呼吸は荒く、汗も酷い。

かなり疲労しているのがすぐに分かった。それでもまどか達はホムラが来るととても嬉しそうに笑う。

それが何よりの希望であった。

 

 

「ごめんなさい二人とも。でもっ、もう私は大丈夫だから!」

 

「ふふっ! 良かったねホムラちゃん!」

 

「うんっ! ありがとう鹿目さん!」

 

 

手を繋いで笑う二人。

マミとライアも軽く状況を説明しあい頷きあう。

 

 

「さぁて暁美さん。悪いけどさっそく働いてもらうわよ!」

 

「は、はい! 任せてください巴さん! 私っ、頑張ります!」

 

「ふふっ、久しぶりね。この感覚」

 

 

マミを中心として右にまどか、左にホムラ、背後にライアが立つ。

一方でたっぷりの瘴気を纏わせながらテラバイターは立ち上がった。

どうやら相当頭にはキテいるようだ。

 

 

「参加者達よ! ゲームにおいて絶対に必要なものが何か分かるかしら!」

 

 

ブーメランを構えて走り出すテラバイター。

時間を停止して距離を詰めたのか。目の前に一瞬でホムラが出現する。

手には魔力で強化したゴルフクラブが。二人はすぐに武器を打ち付けあうが、そもそもホムラはほむらより圧倒的に気が弱い。

イコールで戦闘には――、ましてや接近戦には不利も不利。すぐにホムラは武器を弾き飛ばされ、胴体を切裂かれた。

 

 

「うあ゛ッ!」

 

「それはただ一つ!」

 

 

そのまま前に走るテラバイター。

向かってきたまどかの杖をブーメランで弾くと肩を切裂き、裏拳で地面へ倒す。

 

 

「そう、勝者と敗者よ!」

 

 

そのまま旋回しつつブーメランを振るい、向かってきたマミと対峙した。

 

 

「我々は常に勝者だった。そしてお前達は絶対なる敗者!」

 

 

マスケット銃とブーメランがしばらくぶつかり合うが、一瞬の隙をついてテラバイターがマミの肩を蹴って跳躍、前宙しながら背中を切裂いて前に走る。

 

 

「何があったのかは知らないが、自己満足な割り切りを見せたところで私には勝てないわ!」

 

 

最後はライアだ。

エビルウィップを束ねて短鞭にするとバイザーと合わせて戦闘を行う。

 

 

「なぜなら私こそが勝者だから! その積み上げられてた因果はゆるぎはしないの!」

 

 

ココでテラバイターの触角が自在に動き、ライアの首を締め付けた。

その力は凄まじく、テラバイターが首を振るうと、そのままライアは投げ飛ばされる。

 

 

「一朝一夕。たかが一回の時間軸で手に入れた力なんて私には通用しない!」

 

 

ブーメランを投げるテラバイター。

旋回し空中を疾走する刃は立ち上がったライア、マミ、まどか、ホムラの体を切裂き、再び地面へ倒す。

 

 

「死になさい! 死と恐怖こそが一なる真実。あなた達がたどり着く最終なる答えェエ!」

 

 

ブーメランは投げれば戻ってくる。一同を切裂いた刃は、再び空を旋回しながら戻ってくる。

だがここでホムラが手を伸ばし、盾に手を掛けた。

 

 

「クロックダウン!!」

 

「ッ、なに!」

 

 

時計の魔法陣がブーメランに張り付いたかと思うと、その動きがスローとなる。

 

 

「これはッ、時間操作! ココまで精度を上げていたか!」

 

「ま、魔獣ッ!!」

 

「あぁ?」

 

「ひっ! ご、ごめんな――……ンンッ!!」

 

 

大きく咳払い。ホムラは怯えながらも、テラバイターを確かに睨みつけていた。

 

 

「あなたは、ひ、ひ、一つ間違ってる!」

 

「何が! この私に間違いなどないッ!」

 

 

テラバイターはブーメランを諦め、自らの瘴気で巨大なブーメランを作り出した。

禍々しい赤の光を纏ったソレを、思い切り投げつける。

 

 

「クライシス・ルーッジュ!」

 

 

地面を抉りながら突っ込んでくる三日月。しかしホムラは怯まない。

汗を浮かべつつも、目だけは逸らさない。

 

 

「貴女は確かに勝ってきた。でも、次は私達が勝つ!」

 

「何をォ!」

 

「積み上げてきた絶望が何ですか!? 私達だって記憶がある! 輪廻がある!」

 

「そう! あるわね! 騙しあい、殺しあってきたクソみたいな記憶が!」

 

「違う! コインです!」

 

「はぁあ?」

 

「絶望だけじゃなかった!!」

 

 

時間を停止するホムラ。

次の瞬間時間が戻り、ホムラの前にマミが立っていた。

 

 

「アイギスの鏡!」

 

 

リボンが円の形を作ったかと思うと、それが美しい装飾を持った鏡に変わる。

そこに瘴気のブーメランが命中すると、直後なんの事はなく反射され、テラバイターの下に飛来していく。

 

アイギスの鏡。

マミのアライブ時の防御魔法である。相手の飛び道具に対して防御力が上がり、防御に成功すると任意で攻撃を反射できるのだ。

これには驚くテラバイター。しかし驚いている暇は無い。そうだろ? 時間停止によって動いていたのはマミだけではない。ライアもほら、テラバイターの背後に。

 

 

「借りるぞ。お前の絶望」『コピーベント』

 

「んなッ!」

 

「俺の活路にしてやる」

 

 

ライアの手に宿るのは巨大なブーメラン、クライシスルージュ。それを投げると、ブーメランはテラバイターの体を捕らえて飛んでいく。

 

 

「ぐ、ぐあぁあああ!!」

 

 

そして前方からは反射されたブーメランが。

二つは重なり合い、テラバイターを中央とし、激しい爆発を巻き起こした。

 

 

「ぎゃああああああああああ!!」

 

 

テラバイターはミスを犯した。

参加者を本気で殺す技は、逆に利用されれば自らを脅威に落とす技になるのに。

こうして自分の技で悲鳴を上げていると、ホムラは解を口にした。

 

 

「恐怖を振り払う勇気――ッ。誰かを信じる友情! そして絶望に負けない希望! それも確かにループで手に入れたものなんです!」

 

 

覚えているぞ。

これだけのゲームをくり返したのは、くり返せる理由があったからだ。

叶えたい願い。手に入れたい願い。成し遂げたい願い。それらは絶望で構成されているわけが無い。

そうだ、欲望があったから戦えたんだ。戦うために必要なのは正義でも悪でもない。願い。そしてそれを叶えるのは――。

 

 

「希望! 繰り返しで積み上げてきたものです!!」

 

 

ホムラは盾に手を掛ける。

 

 

「私の希望は、絶望を超えましたよ!!」

 

 

願い、叶えてよ。

 

 

「みんなに平穏を。明るい未来を!!」

 

 

時間停止。

そしてココがホムラの真価であった。ホムラは確かに戦闘には向いていない。

しかし先程の対象物のスピードを下げるクロックダウンと言い、魔法の力はほむらを凌駕している。

時間を止めたホムラはマミの肩を叩いた。するとマミに時間が流れ、動く事が許される。

 

そう、ほむらが時間を止めた場合、味方はほむらに常に触れていないと動く事ができなかった。

しかしホムラの場合、ホムラが一度触れ、動く事を許可すれば触れていなくとも動けるようになるのだ。

 

さらに『動く』ことに対しても詳細に設定を行う事ができる。

テラバイターの周りを飛び回りながら銃弾を撃ちまくるマミ。

銃弾は見る見る天に昇っていき、止まる様子を見せない。

そう、今現在ホムラはマミの全ての時間を元に戻している。つまり力である銃弾もその恩恵を受け、弾丸が途中で止まることは無い。

 

そしてある程度銃弾が空に飛んでいくと、ホムラは弾丸の時間を完全停止。

するとほむらはテラバイターの周囲に留まる弾丸を乗り移りながらどんどん天へ昇っていく。

 

そしてテラバイターのはるか頭上まで弾丸を階段にして登ると、ホムラは『ある物』を盾から射出する。

後は地面に戻ればいいのだが、ふと真下を見てしまう。

地面が遠い。目がくらむ様な感覚。ましてや今足場に使っているのはマミの弾丸、とても小さな小さな足場。

 

 

「うわぁん! こわいよぉ!」

 

 

思わずへたり込んで泣いてしまう。

だがすぐに水色と黄色のリボンが伸びてきて、ホムラをキャッチ。シュルシュルと地面に引き寄せる。

 

 

「よっと」

 

 

マミはホムラを横抱きにしてキャッチ。

 

 

「わぁ! ありがとうございます巴さんっ!」

 

「ふふっ、どういたしまして」

 

 

頬を桜色に染めて笑うホムラ。

マミも笑顔でホムラの頭を撫でた。

 

 

「ようし、見せてあげましょう。暁美さんの力を」

 

「はい! 頑張ります!」

 

 

そのためにもうワンアクセントを加え、時間を元に戻した。

 

 

「うっぁ?」

 

 

テラバイターは気づく。体がリボンでグルグル巻きにされているのを。

 

 

(巴マミの拘束魔法か――ッ!)

 

 

だが見えない。そう、見えないのだ。

 

 

「あ?」

 

 

気づく。体が浮いている。

 

 

「あぁあ!?」

 

 

どんどん地面が離れていく感覚。そして凄まじい熱。

なんだ? まるで炎の中に放り込まれたような。だが確認できない。

視界が悪い。何がどうなっている。テラバイターは身を焼く炎の中で目に瘴気を宿す。

そして視た、その姿。

 

 

「ほへ?」

 

 

間抜けな声が出た。

無理もない。上にあったもの、つまりテラバイターをぶら下げていた物はスペースシャトルだったのだから。

上昇、上昇、上昇。テラバイターをぶら下げて、スペースシャトルは飛んでいく。

 

 

「お前、なんであんな物持ってたんだ?」

 

「お、乙女の秘密ですっ! えへへぇ」

 

 

人さし指で唇を押さえ、はにかむホムラ。

女性は秘密が多くて困る。ライアはやれやれと首を振って上昇するシャトルを見上げていた。

対してテラバイター。どうやらこの行為が完全に怒りを爆発させたようだ。

瘴気を惜しげもなく解放し、怒りに叫びながら抵抗の一手を繰り出した。

現在、テラバイターはリボンにより体を縛られているが、動ける部分がある。そう、首から上だ。

 

 

「ナメるなァアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

口を開けると巨大な光球を連射。弾丸は次々にシャトルへ命中し、次々に破壊していく。

だがテラバイターは知らなかった。ホムラがスペースシャトルの中にたんまりと爆弾を詰め込んでいたのを。

起動、発火、衝撃、引火、各燃料。それすなわち――。

 

 

「ギェャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

大爆発。空が光に包まれる。

爆風が周囲を消し飛ばし、ホムラ達も、まどかが張った結界の中にいたとしても強く爆風を感じるほどだった。

 

空が爆煙に覆われる。

それを突き破り、紅蓮に燃える塊が一つ落ちてきた。

墜落地点はホムラ達の前。炎の中から聞こえるのは苦痛に呻く声と――、相手を殺してやるという確かな殺意の咆哮。

 

 

「やってくれたわねぇええ……ッ!!」

 

 

爆炎が瘴気に塗りつぶされる。

テラバイターは確かに立っていた。

が、しかし、体を見れば所々が焼け爛れ、そこからは大量の瘴気が漏れ出ているように見える。

どうやらかなりダメージを負ったらしい。当然それだけの怒りが宿るわけだが。

 

 

「ガタガタ震えてれば良かった物を――ッ! もう許してあぁぁげぇなぁい」

 

 

ホムラは青ざめ、ライアの背後に隠れた。

 

 

「そうね――、フフ、まずは全身の皮を剥いで」

 

 

一歩、一歩、確かにテラバイターは近づいてくる。

 

 

「爪と歯を一つ一つはがして、眼球に詰めてやろうかしら……!」

 

 

煙と瘴気を上げて、テラバイターは歩く。

 

 

「腹を割いて腸を出して、それを喉の奥に入れて」

 

 

チュィイイイイイイイイイイイイイイイイン。

 

 

「それから脳をグチャチャにして――」

 

 

ヂュィイイイイイイイイイイイイイイイイン。

 

 

「クソがァアアアアアアアアアアア!!」

 

「ひぃい!」

 

 

いつの間にか時間を停止して、ホムラはまたドリルでテラバイターの腹部を削る。

さらに今度はマミも髪をドリルにして同じ部分を削っていた。

テラバイターは完全にキレた。ホムラの首を掴むと、眼前に引き寄せる。

 

 

「お前はァ、苦痛の中でしか輝けない! 永遠こそがお前のアクセサリーだろうがぁ!」

 

「違うッ!」

 

 

ホムラはメガネを外す。すると髪がストレートになり、ほむらがそこにいた。

 

 

「苦痛を超えることこそが私の希望(カギ)!」

 

「あぁあ!?」

 

「戦いを終わらせ、お前達を倒す! それが私の答えになる!」

 

「できるわけないッッ! 弱さに縛られたお前は、永遠に闇の中だ!」

 

「できるわ! 私は弱い自分を連れていく!」『ユニオン』『トリックベント』

 

 

ほむらの体が消える。そしてテラバイターの前に現れたのはライア。

――と、その拳。

 

 

「あべぇべべべぁあぁあ!!」

 

 

テラバイターの顔面にめり込む拳。再びライアのストレートが魔獣を捉えた。

テラバイターは手足をバタつかせながら後ろへ吹き飛んでいく。

その中でライアは虚空を見つめ、鼻を鳴らす。

それは自虐的な意味を含んだもの。ホムラは随分と成長したが、ライアはどうやら過去と同じ思いを引きずっていた。

 

結局のところ、誰かを守ることで過去の罪を清算しようとする。

しかしそれでも、自分の力が誰かの役に立つのなら――、今は間違っていないと思いたい。

それに、抱える思いは偽りではないから。

 

 

「俺は中途半端な男だ。なかなか割り切れない。そういう意味じゃ、似たような事を考えていても城戸はずっと凄いな」

 

 

やはり、なんだ、『答え』を手にしても、改めて思う。

 

 

「俺はたぶん、城戸の劣化だ」

 

 

だが――、と、ライアは否定の言葉を続ける。

 

 

「そんな俺でも、城戸に絶対に負けない物が一つあると自負している。お前に分かるか?」

 

「知るかァアアアアアアアア!!」

 

 

テラバイターは立ち上がるとブーメランを構えてライアに突進していく。

 

 

「どうでもいいんだよッ! お前達の未来、宿命、運命、全ては絶望と死だ! それが揺らぐ事は無い! お前らは過去と共に消えろォオ!!」

 

 

ライアは小さくため息を漏らすと、デッキに手を掛けた。

 

 

「教えてやるよ、絶望」

 

「!!」

 

 

ライアが一枚のカードを抜いた瞬間、大量のタロットカード。トランプ。コインが出現した。

その衝撃に怯み、動きを止めるテラバイター。そしてライアは、カードとコインの中、持っていたカードを翻した。

するとエビルバイザーが弾け飛び、マンタを模した洋弓に変わる。

 

ライアはカードをそこへ装填しながら答えを告げる。

手塚にはこれだけは誰にも負けないと自負するものがあった。

それは――

 

 

魔獣(おまえ)らに対する、怒りだ!」

 

「!」

 

 

死や不幸を否定するつもりはない。

悲しいが世界を構成するシステムの一つだ。抗う事はあれど、否定するつもりはなかった。

だがそれを快楽の為に与える連中がいる。神様気分で支配者気取り、それで人間を使ってゲームをしましょうなんて――。

 

 

ふざけるな。

 

 

「お前らの齎す死、絶望、全て否定してやる!」

 

 

ライアの体が光り輝く。

 

 

「それが運命だと言うなら、宿命だと言うなら、俺が潰す!」

 

 

そしてライアの姿が弾け飛び、新たなライアが姿を見せる。

 

 

「手始めに見せてやる。変わる運命をな」【サバイブ】

 

 

仮面や弁髪は金色に染まり、頭部にはマンタの口ヒレ(頭鰭)を模した銀色の角が二対見える。

さらに腕や膝には金色のエイの装飾品が見え、装甲にも金のラインが目立つ。

ライア・サバイブ。運命のサバイブで変身した強化形態であった。

 

 

「アアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

計画どおりに進まぬ苛立ちにテラバイターは叫ぶ。

そしてブーメランを思い切り振るってきた。しかしライアも弓でブーメランを受け止めると、反っている部分でテラバイターを殴打していく。

弦のついていないエビルバイザーツバイは近接武器としてもロッドとして役に立つ。見よ、弓体がテラバイターの腰を打ち、敵は地面に倒れた。

その隙にライアはカードを引き抜くとバイザーにセットする。

 

 

【フォーチュンベント】

 

 

ライアの見る世界が変貌する。

セピア色の世界で、テラバイターは立ち上がると予期せぬアクションを起こした。

どうやら隠し武器を持っていたらしい。手の甲からブレードが伸びると、瞬く間にライアの喉を貫いた。

その光景を、他でもない、ライアが確認していた。

そう、ココに『ライアが二人居る』。

 

 

「成る程。そんな未来は要らないな」

 

 

弓を構え弦を引くアクションを取る。すると光が集中し、手を離すと光の矢が発射された。

矢は猛スピードで風を切裂き、テラバイターのブレードに命中して破壊に成功する。

そこでライアは弓を回して指を鳴らした。セピア色の世界が消え、世界の色素は元に戻る。

 

そのなかで立ち上がるテラバイター。

どうやら隠し武器を持っていたらしい、手の甲からブレードを伸ばすと――。

直後、そのブレードがライアの喉の前で独りでに破壊された。

 

 

「な、何故だ!!」

 

「視た。そして変えた。それだけさ」

 

 

フォーチュンベント、"デスティニーブレイク"はライアが未来を知るカード。

そして未来に干渉ができるカードだった。気に入らない未来は自分の手で変えるのが手っ取り早い。

まあもちろん、変えられるレベルの未来に限るが。

 

 

「行動は運命を決める重要なるファクターだ」

 

 

訳も分からず怯んでいるテラバイターに、ライアは弓矢を発射した。

矢は一直線にテラバイターの腹部に届き、光を炸裂させる。

 

 

「ぐあぁあ!」

 

 

衝撃から地面に倒れたテラバイター。そこでライアは新しいカードを装填する。

 

 

【タロンベント】

 

 

また世界が変わる。そこにはホムラがドリルでテラバイターの腹部を削っている過去が映し出された。

そう、ライアが矢を打ち込んだ場所は、そのドリルで削っていた場所である。

タロンベント、"エックスプレリュード"は攻撃を打ち込んだ場所に他の誰かが攻撃を行っていた場合、攻撃の威力が上がるというものだ。

ホムラが熱心にドリルを突き入れていた分、先程の矢の攻撃力が増幅する。

 

 

「ガアアアアアアア!」

 

 

時間が巻き戻り、矢が打ち込まれたシーンに巻き戻る。

矢はテラバイターの腹部装甲を破壊すると、大量の瘴気を撒き散らせた。

 

 

「こ、この様な事が……!」

 

 

おびただしく流れ出る瘴気を見て、テラバイターは焦りに震えた。

負けがある。敗北が視える。流れがライア達に来ている。このままでは絶対が揺らぐ。

 

 

(ここで死ぬのはマズイわ……ッ! まだアレを完全に回収できてない!)

 

 

結果、逃避。

テラバイターは地面を蹴ってライアから距離をとる。

 

 

「いけない! 逃げる気だわ!」

 

 

マミ達も前に出る。しかしそれを落ち着けたのはライアだ。

 

 

「俺に任せろ」【ホイールベント】

 

 

空中から飛来するのはエビルダイバーの進化形体、『エクソダイバー』。

ライアの前に着地すると音を立てて変形。最後に腹の部分にあるタイヤが展開し、エクソダイバーはバイクモードに変わる。

生成されるファイナルベントのカード、ライアはそれを手に取ると、エクソダイバーにセット。

 

 

【ファイナルベント】

 

 

エクソダイバー・バイクモードの特徴は何と言っても加速力にある。

一秒も掛からず最高速度に達するスペック。それを極限にまで強化するのがファイナルベントだ。ライアが体を屈めると紫電がバイクに纏わりつく。

次の瞬間。まさにそれはあまりにも一瞬。ライアがアクセルグリップを思い切り捻ると同時に、ライアはテラバイターの前にいた。

 

 

「――ぁ、カ!」

 

 

雷光エネルギーとなり相手を一瞬で貫く。

それがファイナルベント、『ボルテック・スティング』の力だった。

貫かれた腹部が紫色に発光している。

帯電し、動きを止めたテラバイター。そこへまどか達が追撃を仕掛けようと言うのはある意味当然の事だった。

 

まどか、マミ、ほむらはそれぞれ阿吽の呼吸で位置を取り、トライアングルの形を作る。

飛び上がり弓を振り絞るまどか。巨大な大砲を出現させるマミ。バズーカーを構えるほむら。

 

 

「ティロフィナーレ」「トゥインクルアロー!」「ハァアア!」

 

 

三つの弾丸は同時に着弾。

爆発が起こり、悲鳴が中から聞こえて来た。

 

 

「うガァあぁあぁぁあぁあぁぁぁぁあぁあ!!」

 

 

爆発が晴れると、そこには何も残ってはいなかった。

 

 

『ヒッ! ヒァッ!』

 

 

それを上空で確認していたエリーは勝てないと判断。

モニタを捨てて電脳世界に逃げる。しかしそこで反応したのはライア。

 

 

【ファイナルベント】

 

 

構え、振り絞る弓。

同時にモンスター体に変形したエクソダイバーが弓の前方に位置を取り、帯電しながらジワリジワリと光を貯めていく。

そして弦を最大まで引くと、エクソダイバーからエネルギーが解放。

弦を離すと同時にエクソダイバーは一瞬で加速してモニターのなかに吸い込まれていった。

 

 

『エッ!?』

 

 

背後を振り返るエリー。

一瞬だった。エクソダイバーがエリーを貫いていたのは。

 

 

「ギギャアアアアアアアア!!」

 

 

電脳世界でエリーは爆発。

魔女の力が消え、エクソダイバーは放電と共にライアの隣に一瞬で姿を現す。

たとえ相手がどんな場所にいようとも、どこまでも追尾して『必ず命中』するエクソダイバーと言う矢。

それがサバイブのファイナルベント、『カイザーストリューム』であった。

 

 

「やったぁ!」

 

 

駆け寄り、一番最初に跳んだのはマミ。

まどかに抱きつくと、ピョンピョンと飛び跳ねる。

 

 

「暁美さんも!」

 

 

笑顔で手を広げるマミ。

しかしほむらは少しためらうようにしたものの、やや引きつった表情で後ろに下がった。

 

 

「い、いえ、私は……」

 

「もぅ! 前にも同じ事言った! スキンシップは大事なのに! 喜びを分かち合うのはチームとしては大事な事なのよ!」

 

「………」

 

 

ほむらはメガネを取り出し、かける。

するとダッシュ。ホムラは地面を蹴ると、マミとまどかに飛びついた。

 

 

「が、が、がんばりましたぁ!」

 

「うんうん! 偉かったわ暁美さん!」

 

「うん! 凄かったよホムラちゃん!」

 

 

なるほど、そういう使い方をするのか。ライアは頷きながら三人を見ていた。

するとホムラはチラリとライアを見つめ、手を広げた。

 

 

「手塚さんも、どう、ですか?」

 

「い、いや、俺は遠慮しておこう」

 

 

まさしく別人の様だが、考え方が変わっているだけでホムラはほむらだ。

面白い魔法を手に入れたものだと思う。

さて、喜び合うマミ達はミラーワールド。現実世界ではサキが手鏡を使ってミラーワールドの中を確認していた。

 

ゴミ捨て場では須藤達が到着しており、サキはそこから離れた所に立っている。

テラバイターが逃げ、それを追うためにライア達もゴミ捨て場から離れてくれたおかげで助かった。サキもまどか達の勝利をバッチリと確認する。

 

 

「ぁ待たせたなぁ!」

 

「!」

 

 

声が。サキが振り返ると、そこには三つの影が並んでいる。

 

「ひとーつ! 青い閃光、悪を切裂きー!」

 

「ふたぁつ! プリティニコちゃん大活躍!」

 

「みーっつ! えーっと、なんだっけな……」

 

「ちょ、ちょい真司さん! そこは――ってまあいいか! お待たせサキさん! 戦力外スリー到着!」

 

 

ここでさやか、ニコ、真司が合流。

自虐たっぷりの名前だが情熱は人一倍だ。マミ達をいますぐ助けようと身を乗り出している。

 

 

「任せてあたしがバッタバッタとぶった切ってやるから!」

 

「俺も俺も! ブランク体だって何かできる筈だろ!」

 

「いやっ、もう終わったぞ……」

 

「「どえええええええええええええええええ!?」」

 

 

鏡を覗き込む二人。確かにもう戦いは終わっていた。

 

 

「あッ、本当だ! え? てか鏡の中に入って――」

 

「あ、ああ、そこからか。それは――」

 

「ちょっと待て」

 

 

手を出すニコ。

なんだろうか、一同が視線を移すと、ニコは額に汗を浮かべている。

 

 

「まだ終わってない」

 

 

警告音を放つレジーナアイ。

異変が起こったのは、そう、先程テラバイターが爆散したところであった。

そこへエリーのダークオーブが吸い込まれていく。すると巻きあがる瘴気の奔流。

 

 

●――――【【【絶 望 連 鎖】】】――――●

 

 

「……なるほど。どうやら、これってお約束みたいね」

 

 

●●●●●【【【狂・気・融・合】】】●●●●●

 

 

瘴気が爆発すると、中からテラバイターリボーンが姿を現す。

フリルが沢山あしらわれたゴスロリの衣装を纏い、触角がツインテールのようになっている。

シルエットが人型のままで巨大化はしていないが、あふれ出る瘴気は相当なものだった。

 

それは当然か、リボーン体にもはや勝利は無い。

この姿は一時的なもの、たとえこのまま、まどか達を倒したとしても待っているのは従者型に戻るだけ。

 

故に、リボーンとは何がなんでも相手を殺すと言う殺意の象徴。

空中に浮き上がったテラバイターの周囲に出現する無数のブーメラン。

それらは独りでに発射され、まどか達に向かっていく。

 

 

「道連れだ! 参加者ァア!!」

 

「くっ! きゃあ!」

 

 

シールドを張るが無数の刃が次々にシールドに襲い掛かり、直後粉々に破壊する。

マミも銃やリボンで応戦していたが、どうやらココでタイムリミットが来たのか、アライブ体が解除されて通常体に戻る。

ライアは弓をふるって赤紫の旋風を発生させた。風がブーメランを吹き飛ばし、そこへ矢を放ち、破壊しようと。

しかしブーメランはテラバイターの意思一つで自由自在に動かせる。器用に矢を交わしながら移動する。

 

 

「チッ! 弓か――」

 

 

ツバイはバイザーとは大きく違う形態に変化する。

ガントレットが銃に、ハサミつきのガントレットが双剣に。そして盾が弓に。

サバイブ覚醒時に武器の使い方、カードの効果はある程度頭の中に入ってくるが、それでも今まで扱ったことのない武器にはなかなか慣れない。

 

 

「やはり、俺一人じゃまだ不完全だな。そう思うだろ、暁美」

 

「ひゃぁぁぁ! え? あ!」

 

 

そうか、止めればいいのか。

ホムラは時間停止を使用してとりあえずライアの動きを元に戻す。

 

 

「分かるだろ、暁美」

 

「は、はい」

 

「どっちで行く?」

 

「………」

 

 

メガネに手を掛けるホムラ

。一瞬、外そうとしたが、大きく首を振って手を離す。

選んだのは、メガネをつけた自分だ。

 

 

「コッチで、行きます!!」

 

「そうか、分かった」

 

 

時間を戻す。

聞こえてきたのはテラバイターの笑い声だった。

 

 

「クフフフ! フヒハハハハハハ!!」

 

「――ッ」

 

「お前らはココで終わりよ! 我が絶望が絶対であると言う事を、お前達の死で証明してやる!」

 

「ち、ちがッ、えと、違いますッッ!!」

 

 

前に出るホムラ。眉を八の字にしながらも、やはりテラバイターを真っ直ぐに睨みつける。

 

 

「黙れェエ! 抗い続け、何も成せなかったお前に、私が負ける筈が無い!!」

 

「だから――ッ、今、成して見せますッ!!」【アライブ】

 

 

レコードとレコードプレーヤーを模した大きな三角帽子が、ホムラに被せられる。

すると三つ編みが伸び、みぞおちの部分で交差して結ばれた。胸に赤いバッテンがついた漆黒のローブを纏い、変身は完了する。

三角帽子、黒のローブ。『The・魔女』と言う風貌こそがほむらの――。ああ、いや、『ホムラ』のアライブであった。

 

 

一時停止(ストップ)!」

 

 

ホムラの手にあったのは大きな杖である。

先端の部分にホムラが今まで使っていた盾が少し大きくなってくっついており、これまた魔女の武器らしい。

そしてホムラが杖をかざすと、向かってきた無数のブーメランが全て動きを停止した。空中に静止する無数の刃。ホムラはさらに杖を振るう。

 

 

巻き戻し(リバース)!」

 

 

するとブーメランが文字通り巻き戻っていく。

さらに巻き戻ったブーメラン全てのホムラの魔力が張り付いているため、テラバイターに戻ったブーメランはホムラの武器としてテラバイターを傷つけていく。

 

 

「ぐあぁあぁ!」

 

 

地面に墜落するテラバイター。

ホムラは意を決した様に頷くと、一歩前に出た。そしてマミを、まどかを見る。

 

 

「見守っててください! アイツは、私が倒すからっ!」

 

 

笑みを浮かべ、ハッキリと頷くまどかとマミ。

一方でホムラはライアの横に立つ。

 

 

「決めましょう、手塚さん!」

 

「ああ。まずは任せていいか」

 

「はい! いきますとっておき!」

 

 

一回転し、杖を地面に突き刺すホムラ。

盾が光り輝くと、ホムラの周囲に魔法陣が円形に並んでいく。

その数は11、それぞれの魔法陣にはローマ数字が『2』から刻まれていた。

そして中央に立つホムラの真下にも魔法陣が一つ。そこには『1』の数字が刻まれていた。

 

 

「ま、魔獣ッ! あッな、たが! 何度、時間(しょうり)をくり返してきたのかは知りません!」

 

「グッ!」

 

 

立ち上がるテラバイター。同時にホムラの魔法陣が激しく光を放つ。

 

 

「けれどッ、私だって! 貴方達が生まれる前から何度も繰り返し――て、きた!!」

 

 

なんの為に? 決まっている、守る為に。救うためにだ。

途中で多くの感情が交じり合った。しかしその目的だけは最後までゆるぎなかった。

もちろん、諦めそうになった事もある。諦めた自分も遠い時間のどこかにいる筈だ。

けれど今、その全てを認めよう。受け入れるのではない、否定するのではない、認めよう、理解しようじゃないか。そして共に行こう。

今、私は――、終わりを見ているから。

 

 

「私が救う! 私が終わらせる!!」

 

「うるせぇんだよお前ェエエエエエ!!」

 

 

 

ブーメランを両手に持って飛んでくるテラバイター。

一方で杖が最大級の光を放った。ホムラは杖を引き抜くと、天にかざして魔法を叫ぶ。

 

 

「フォムホームホムフォーム!!」

 

「な、なんて?」

 

 

戦いを見ていたニコが思わず口にする。ほ、ほむ、ふぉ、ほ……?

すると地面に張り付いていた魔法陣が真上に移動する。するとその魔法陣が通りぬけた部分から――

 

 

「ごぶぉぅあぁあうぁあ!!」

 

 

鉄拳がテラバイターの顔面を捉えた。

四度目だろうか。テラバイターは凄まじい勢いで後ろに吹き飛んでいく。

今回テラバイターを殴ったのは――、ほむらだ。

 

 

「な、なんじゃこりゃ!」

 

 

戦いを見ていたさやかが叫ぶ。

11個の魔法陣から姿を見せたのは、全てほむらだったのだ。

あっと言う間だった、ホムラの周囲に11人のほむらが並び立つ。

そう、このフィールドには12人のほむらがいるのだ。

異なる時間軸のデータを解析し、生み出した自らの分身。それを呼び出すのがフォムホームホムフォームであった。

 

 

「おいちょっと待って! 一人すっげーデブいるぞ! 何だアレ!!」

 

 

ニコさまのご指摘の通り、並び立つほむらの中に凄いデ――、とてもふくよかな方がいらっしゃる。

しかしこれもある意味は当然か、時間軸が違えばほむらの形も全く違ってくる。そういう物だろう? ほむらとホムラを知っている皆様ならご存知の筈だ。

同じほむらはいない。想いは同じでも、人を成すのは状況と環境だ。異なる時間軸で得られた物は皆多種多様なのである。

 

ソレは当然、容姿もまた。

仕方ない、ココは戦いの前に一つニコとさやかの言葉を交えながら解説といこう。

ニコ達はまず2番のほむらから眼をつける。

 

2番のほむらはストレートの髪をいつものようにかき上げていた。

 

 

『みんな、気をつけていくわよ!』

 

「あれは普通の転校生だよね?」

 

「ああ、見たところいつものほむらだ……」

 

 

そう、いつもの"ほむら"である。通称『ほむら』、ホムラの対である。

 

 

『わたしは後ろから頑張るの! みんなは前で戦ってほしいの!』

 

「おいなんだよJSいるぞ! 後でペロペロしとくか」

 

「は?」

 

 

3番のほむらは確かに小学生にしか見えなかった。白衣を着て、喋り方も少し独特である。

通称『博士』、魔女が怖くて一度も戦えなかったほむらの姿であった。

 

 

「ちょっと4番の転校生素敵なんだけど!」

 

『みんなぁ、怪我しないようにねぇ?』

 

「なんだよアイツ、成長してもマミ以下じゃね?」

 

 

4番のほむらは明らかに成人しているように見えた。メガネを掛けており、髪を結んでいる。

通称『ほむ姉』、まどかを救うことを諦めてしまったほむらであった。

 

 

『まあまあ気楽にやれば良いんじゃないッスか?』

 

「5番ずいぶんとフランクだね……!」

 

(絡みやすそう)

 

 

5番のほむらは、ウェーブ掛かった髪の毛先を結んでいた。

赤いグローブをつけており、先程テラバイターを殴り飛ばしたのは彼女だ。

通称『剛拳ほむら』。肉弾戦で魔女を倒す事を目指したほむらであった。

 

 

「隣の転校生もイケメンじゃね?」

 

『精神を集中させよ。敵の殺気もなかなかだ』

 

(絡みにくそう)

 

 

6番のほむらは長髪をポニーテールにし、長い刀を持っていた。

通称『剣豪ほむら』。魔法ではなく刀で魔女を倒す事を目指したほむらであった。

 

 

「ちょ、ちょっと待って! 7番アイツ何吸ってんの!?」

 

『樹液うめー!』

 

「何があったんだよ7番目の時間軸で!」

 

 

7番のほむらはクワガタの被り物をしていた。

それだけじゃなく、背中にはクワガタの羽のギミックを背負っている。そして手には木を切ったブロックにストローを刺して吸っていた。

通称『クワガタほむら』。まどかを救うことを諦め、クワガタとして生きていく事を決めたほむらである。なんと言うか、世界は広いものだ。

 

 

「んで、だから8番のデブは誰なんだよ!!」

 

『ごっつぁんです!!』

 

「なにがどうなってああなるんだよ! どこを目指してんだよアイツぁ!」

 

 

8番は、まん丸のシルエットのほむら。

通称『ドスコイほむら』。ちゃんこが大好きな普通の女の子である。

 

 

『おーおー、さっさとあんな雑魚やっちまおうぜ!』

 

「9番やさぐれてんなぁ」

 

「映画だと最初に死にそうだね」

 

 

9番のほむらはオラオラな女の子。

通称『やさぐれほむら』。余談だが、一番弱い。

 

 

「おい見ろ! 一人なんかユルキャラみたいなのもいるぞ!」

 

「ちっちゃ! 三頭身しかないじゃん! 後半イロモノしかいない!」

 

『………』

 

 

10番のほむらは成る程確かに三頭身で他のほむらよりかなり小さい。

と言うか頭が大きくて体が小さい。明らかに人間のシルエットではないが、そこはそれ、ファンタジーである。

通称『ぽむら』。余談だが、彼女は喋らない。

 

 

『みんなー、コンビネーションでねー!』

 

「待てなんだよ! あっちのほむらは――ッ! マジか! くっそ、何がきっかけに――ッ! マミ並じゃねーか!」

 

「たしかに、デカい……」

 

 

ほむ姉同じく成人済みのほむらが見えた。

セミロングで、常に笑っているため、糸目になっている。

11番。通称『むら姉』。余談だが、デカい。

 

 

『みんなーッ! 頑張って魔獣をたおそーねー★』

 

「全然キャラ違うの一人いるね……」

 

「まともな奴の方がすくねーじゃねーか! どうなってんだ!」

 

 

12番、前髪を左分けにしているのは『アイドルほむら』。

まどかを救う中でアイドルになってしまったほむらだ。

意味不明かもしれないが、実際なってしまったのだから仕方ない。

 

尤も、彼女達は虚構でしかない。本当のほむらは一人だけなのだから。

彼女達はいわばイフの姿。まどかを諦め、戦いから目を逸らし続けたそれぞれの最終到達者の亡霊。

過去のほむらであれば、その全てに嫌悪していただろう。だが、今なら――。

 

共に、歩めると。

そして彼女達は負ではない。失敗があるからこそ学び、前に進める。

そうだ、彼女達もまた――、希望! 無限にくり返したほむらが持つ、確かな可能性なのだ。

 

 

「行きます! みなさん、構えてください!」

 

 

杖を振り回し、構えるホムラ。

そうすると前方でテラバイターが立ち上がった。

 

 

「ガアアアアアアアアアア!! ぶち殺すわ! 全員ひき肉になりなさいッ!」

 

 

無数のブーメランが再び発射される。

 

 

減速(スロー)!」

 

 

ホムラが杖を振るうとブーメランの動きが減速。

その間に11人のほむらは前に出て一斉にマシンガンを発射する。

無数の銃弾によって次々に破壊されていくブーメラン。その中で、ほむらと剣豪ほむらと剛拳ほむらの三人がマシンガンを落として地面を蹴った。

 

 

「補助します! 早送り(クイック)!」

 

 

紫色の光がほむら、剣豪、剛拳に纏わりつく。

瞬間、三人の動きが加速。それぞれブーメランを弾きながらテラバイターの眼前に迫った。

 

 

「数が増えたところで雑魚は雑魚! 私が負ける理由は無いィイ!!」

 

「まーだそんな事いってんスか!」

 

「笑止、自らの弱さを認めぬなど愚考の極みだ!」

 

 

乱舞。刹那、決着。剣豪ほむらの刀がブーメランを弾き、剛拳ほむらの拳がテラバイターの胴体を打つ。

動きが怯んだところで、ほむらが剣豪剛拳の肩を蹴って跳躍、二丁拳銃を乱射しながらテラバイターの背後に回る。

 

 

「過去の弱さが強さに変わる。貴女には永遠に理解できないでしょうね!」

 

「しなくてもいい! 私は最強なのよ!!」

 

 

テラバイターが旋回するとツインテールの触角が鞭となり三人を打つ。

地面に倒れたところで追撃を繰り出そうとしたが、テラバイターの視線が上空に向けられた。

そこには巨大なドローンの上に乗ったアイドルほむらがスポットライトを浴びていた。

 

 

「ま、そもそも可愛さじゃあたしの方が上かなぁー? あなたってラブリーポイント低い気がするのよねっ、虫だしっ!」

 

 

アイドルほむらはハンドガンを発砲。銃弾がテラバイターの怒りを刺激する。

 

 

「あぁ、ゴミが! 目ざわり極まりないわ! 叩き落してやる!」

 

 

ブーメランを構えるが、そこで声が聞こえた。

 

 

「余所見はいけないッスよー」

 

「ゴッ!! グバァアア!!」

 

 

剛拳のフック、ボディーブローがテラバイターに打ち込まれた。

後ろに下がっていくテラバイター。そこで衝撃、気づけば剣豪ほむらが背後にいた。つい先程まで前方にいた筈なのに。

 

 

「――斬ッ!!」

 

「グガガアガアガガガアァア!!」

 

 

刀を鞘に納め、カチリと音がした瞬間、激しい斬撃がテラバイターの体に刻まれる。

なんだこれは、思考が理解に追いつかない。その隙にほむらは時間を停止。

12人のほむらは全て同一の存在。故に誰が時間を止めても全員動く事ができる。

 

 

「貼ります!」「はい!」「えいっ!」「よいしょ!」「ッス!」「フン」

 

「くわくわ」「ごっつぁんです!」「おらよ!」「………」「そりゃぁ!」「これでよし★」

 

 

全員で何かをした後、それぞれはそれぞれの位置に。

 

 

「時間を戻します! ドスコイほむらさん、お願いします!」

 

 

ホムラが杖を振るうと時間停止が解除。

顔を上げるテラバイター。そこには巨体のほむらが。

 

 

「おぉおぉお!?」

 

「ドスコォオオオオイ!!」

 

「ぐあぁぁあああああ!!」

 

 

渾身のツッパリが炸裂し、テラバイターの体は面白いように飛んでいく。

そして地面に激突した時、テラバイターは気づいた。

自分の体に、12個の爆弾が張り付いている事に。

 

 

「ヒィアアアアアアアア!!」

 

 

爆発に揉まれて空に打ち上げられるテラバイター。あるのか、(それ)が!

絶対にありえないと思っていた負けがまた眼前に迫っているのか。ありえない、ありえてはいけない。魔獣のプライドが怒りと殺意を増幅させる。

 

 

「認めないわ! 魔獣は絶対! 神をも超える絶望は完全なのよ!!」

 

 

テラバイターは黒い翼を広げてほむら達から距離を離す。

同時に自身の周りに数えるのも面倒なほどのブーメランを出現させる。これは攻撃であり盾であろう。

三百六十度を囲むブーメラン、時間を止めてもあれを引き剥がさないとどうにもならない。

そしてテラバイターは撤退を選ぶのか? よもや外の人間を巻き込むつもりか。

いずれにせよ、向こうの手段は全て潰す。前に出たのはライアだった。

 

 

「俺も何かしないとな」【アドベント】

 

 

エクソダイバーが飛来。ライアとホムラは頷き合うと、エクソダイバーの背に飛び乗った。

さらにぽむらがライアの頭の上に飛び乗る。そのままエクソダイバーは飛翔、トップスピードでテラバイターを追いかけていった。

 

 

「クソォ!」

 

 

テラバイターは背後を確認し、ブーメランを向かわせる。

しかしエクソダイバーは不規則な軌道でそれらを次々に交わしていった。

一方でホムラはマシンガン、ぽむらは二丁拳銃、ライアは弓でそれぞれの弾丸を放ち、的確にブーメランを破壊していく。

 

そして後ろから音。見ればそれぞれのほむらもテラバイターを追って空を駆けていた。

ほむ姉が運転するヘリコプターにはクワガタほむらが。むら姉が運転するヘリコプターにははしごが掛かっており、そこに、ほむら、剛拳ほむらが。

巨大ドローンステージにはアイドルほむら。一方で軍から盗んだ戦闘機を運転していたのはやさぐれほむら。

 

 

「ヒャッハー! ぶっ殺してやるぜクソ魔獣!!」

 

 

ミサイルや銃弾で次々にブーメランを破壊していく。

だがそれでもまだブーメランは大量である。もちろんほむら達は誰一人不安な表情を浮かべていなかったが。

 

 

「そこだ!」

 

 

その中でライアが光の矢を撃った。同時にホムラが杖を振るう。

 

 

複製(ダビング)!」

 

 

ライアの矢が分裂し、ブーメランを次々に破壊していく。

 

 

「今です! やさぐれさん!」

 

「しゃオラァ! 任せとけバカヤロー!!」

 

 

ブーメランが破壊され、僅かにあいた隙間。

そこへ、やさぐれほむらは戦闘機で飛び込んでいく。

そしてこの戦闘機の上にいたのは剣豪ほむら。

 

 

「ウォオオオオオオオオオオ!!」

 

 

刀を振り回し迫るブーメランを切り弾き、そしてそのままテラバイターの翼を切りぬいた。

 

 

「ウェアアアアアアアアア!!」

 

 

翼を失い地面に墜落していくテラバイター。

墜落し、素早く立ち上がると既に周りにはほむらだらけ。

 

 

「ハァアアアアアアア!!」

 

「ガガガガアガアガアガガガガガガ!!」

 

 

ホムラ、ほむら、剣豪、剛拳、ほむ姉、むら姉、やさぐれ、クワガタ、ぽむらがマシンガンを発射し銃弾の雨をテラバイターに浴びせる。

そしてフィニッシュはライアの矢。それを受けてテラバイターは全身から瘴気を撒き散らしながら吹き飛んだ。

だがまだ終わらない。ガチャガチャとけたたましい轟音。

なんだ? テラバイターが顔を上げると、巨大なロボットがそこにいた。

 

 

「はぁあ!?」

 

『対大型魔女用人型決戦兵器・アケミカイザー』

 

 

博士の声が聞こえた。どうやら中に乗っているようだ。

ビルくらいの大きさのスーパーロボット。以上、説明終わり。

 

 

『消し飛ぶのー!』

 

 

ガコンッと音がして直後、雨のようにミサイルがテラバイターに迫った。

 

 

「……マジ?」

 

 

ポツリとテラバイターが呟いた。

爆発が見えた。爆発が続いた。テラバイターの悲鳴が聞こえた。

 

 

『フィニッシュなのー!』

 

 

ボタンを押すほむら。

するとアケミカイザーの胸部分についていたバズーカ砲からドスコイほむらが発射され、高速回転しながらテラバイターに直撃された。

 

 

「どすこーい!!」

 

「ぐあぁぁあぁああぁぁ!!」

 

 

肉の塊に弾かれ地面を何度かバウンドしてテラバイターは地面に倒れた。

 

 

「何故だぁぁ! この私が、あんなに弱かったお前らにッ!」

 

 

立ち上がりフラフラと前に進むテラバイター。

一方でほむらは鼻を鳴らし、前に出る。

 

 

「理解したからよ。弱さは、強さに変わると!」

 

「黙りなさい! 自己満足の次はおままごと? 調子に乗るんじゃないわよッッ!!」

 

 

確かに、弱かったせいでたくさんのほむらが生まれた。

たくさんのほむらは諦めた結果や救えなかった結果の産物。つまり弱さの具現。

しかしそれでも、その想いを繋ぎとめることで力に変わる。たとえ失敗しても、たとえ間違えたとしても軌道は修正できるという確信。

たとえ諦めても前に進み続けた努力。信念。希望。

マイナスだけじゃない。マイナスだけじゃないんだ。ほむらはホムラの肩に手を置いた。

 

 

「私達は、間違っていたのかもしれない」

 

「………」

 

「けれど今は後悔して闇に篭るより、エゴを通して光に向かっていきたい」

 

「………」

 

「その欲望が力になる。希望になる」

 

「はい!」

 

 

ホムラは頷くと、ほむらの肩を優しく叩いた。

そしてライアと共に、ホムラが前に出る。

 

 

「一緒に終わらせましょう、手塚さん!」【ユニオン】【ファイナルベント】

 

「ああ、運命を変えてやる!」【ファイナルベント】

 

 

ホムラの左手に弓が出現し、右手で弦を引き始める。

しかしエネルギーが強く、抵抗力もあるのか、左手も右手も震え始めて狙いが定まらない。

すると重なる手。ライアはホムラの背後に回ると、左手をホムラの左手に重ね、補助を。

そして右手で弦を掴むと、思い切り引っ張る。

 

一方、弓の前に体を横にして構えるエクソダイバー。

ホムラ達が弦をひくのに比例してエクソダイバーの先端に赤紫の光が集中していく。

 

 

「「ハァアアアアアアアアアア!!」」

 

 

声を重ねて、二人は弦から手を離す。

するとエクソダイバーから赤紫色の大きな矢が発射された。

 

 

「ッ!! アァアアッ! クソッ!!」

 

 

だが流石は幹部クラスの魔獣。ダメージが溜まった体を叱咤させると真横に跳躍。

ライア達が放った矢は太く、速いが、なにせ一直線だ。追尾もしないし、引き寄せるわけでもない。回避は決して難しいものではなかった。

現にテラバイターは回避したのだから。

 

 

「ハハァ! どうかしら! あなたの必殺技なんて当たらないのよ!!」

 

「………」

 

「全てのファイナルベントを使ったわね! ここから形勢逆転よ!!」

 

「そうでしょうか!」

 

「えッ! なんですって!」

 

「今から判定に入ります!」

 

「何ッ!?」

 

 

ホムラはローブを翻しテラバイターに背を向けると、歩いていく。

ライアも同じように後ろに下がっていく。

敵に背を向けるなど馬鹿なのか。テラバイターはそう思うが、その時、テラバイターの周りに12個の魔法陣が出現した。

 

 

「これは!」

 

 

ローマ数字が書かれた魔法陣の中には、先程矢を放つライアとほむらが映っていた。

しかしそのほむらが、各魔法陣の中で違っている。

1番ならホムラ、2番ならほむら、3番なら博士と言う風にそれぞれ対応したほむらが矢を撃った事になっていた。

 

 

「審査です。12個の時間軸の中で貴女が矢を避けられた事が偶然なのか必然なのかを査察させていただきます」

 

「何を言って――!」

 

 

すると11番の魔法陣が光り輝いた。

 

 

「流石むら姉さん、流石私です」

 

 

どうやら11番の時間軸では矢が命中したと答えが出たらしい。

 

 

「それが現実になります」

 

「!!」

 

 

テラバイターは己の腹部を見る。

すると矢がしっかりと刺さっているではないか。腹部を貫き、背を破って矢が突き刺さっているではないか。

 

 

「な、ナッ、ナナナナナッッ!!」

 

「諦めろ。それがお前の運命だ」

 

 

ライアが淡々と呟く。

テラバイターは全身を掻き毟るようにしながら咆哮を上げる。

 

 

「あぁああぁあぁ! な、何故だぁあぁああぁ!!」

 

「12個の時間軸のうち、一つでも矢が貴女に当たる運命があれば、それが現実に反映される――」

 

「私がァァ! そんなぁッ、ありえないわッッ!!」

 

「それが私達の、ファイナルアンサーの効果です」

 

「あぁああぁッ! うぐアァァアア!! ウギュィぁああああ!!」

 

 

バチバチと過剰エネルギーが全身を駆け巡る。さらに全身から吹き出す瘴気。

テラバイターは仰向きに倒れると、そのまま大爆発を起こした。

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

ホムラとライアはそれを背にし、同時に各ほむら達は消滅していった。

ホムラはメガネを外し、変身を解除する。ライアも変身を解除すると手塚に戻った。

 

 

「ねえ海之」

 

「なんだ?」

 

「………」

 

「?」

 

「あの――」

 

「っ?」

 

「えっと……」

 

 

頭をかいてため息を漏らすほむら。

再びメガネを取り出すと、装着。

やはり、こちらの方が伝えやすい。

 

 

「あ、あのあのあのぉ!」

 

「あ、ああ」

 

「ありがとうございましたぁあ!!」

 

「……ああ!」

 

 

手塚は小さく笑うと、ホムラと軽いハイタッチを交わす。

その時だった。ホムラがつまずいて顔面から地面に直撃したのは。

 

 

「だ、大丈夫か!!」

 

「ふわぁぁん! 痛いですぅ!!」

 

 

便利なのか不便なのか。難しい魔法を手に入れたものである。

 

 

 

 

ホムラは立ち上がろうとして力をこめる。

そこで気づいた。足が無くなっていた事に。影魔法少女達がコチラを見てケラケラ笑っている。

死ね、そう言われているようだ。マミの影が大きな大砲をほむらに向ける。

 

そこで暁美ほむらの意識はブラックアウトした。

 

 

「!!」

 

 

ほむらは跳ね起きると口を押さえた。

吐き気が酷い。なんだ? 夢? そう、そうか、眠っていたのか。

 

 

「……ッ?」

 

 

いや、眠っていた――? 夢?

 

 

「―――」

 

 

眠っていたのか、自分は。分からない。

それにあれは夢だったのか。

 

ダメだ、混乱している。どこまでが夢で、どこまでが現実だったんだ?

吐き気もひいた。ほむらは冷静に考える。

そうだ、そうか、テラバイターを倒して皆で帰ったんだ。

それで、えっと、どこに帰ったんだっけ? そう、家じゃなくて。

 

暗い、静か、怖い――。

 

 

「大丈夫?」

 

「え?」

 

 

背中を摩ってくれる手があった。

ほむらが寝返りをうつと、そこにはマミの笑顔があった。

 

 

「と、巴さん」

 

「うなされてたけれど……」

 

「い、いえ。大丈夫。ありがとう、楽になったわ」

 

 

改めて状況整理。

テラバイターを倒した後、それぞれは別れた。サキはさやかと共に家に。

ニコは一人で帰宅。それから、龍騎ペアと、ライアペアと、シザースペアが合流してマミの家に寄ったのだ。

騎士達がこれからの事を軽く話し合っていると、疲れた出たのかまぶたが重くなって――。どうやらそのまま眠ってしまったらしい。

 

 

「………」

 

 

それにしても、やはりそう簡単には割り切れないか。

プラスに進めば心はマイナスを望む。けれど、それを振り切ってみせる。

なぜならばもう弱さを認めているからだ。

 

 

「ねえ暁美さん」

 

「?」

 

 

外はもう真っ暗のようで、部屋の中も暗かった。かろうじてマミの顔が見えるくらいか。

だからだろう、マミはベッドの前にあるスタンドライトのスイッチを入れた。

淡いオレンジ色の光が部屋を照らし、ほむらとマミはベッドに寝転びながら向き合う事に。

 

 

「少し、お話聞いてくれる?」

 

「え? ええ。私でよければ」

 

 

マミは己の中にあるモヤモヤを打ち明けていった。

ほむらが今回の件で苦しんでいるのは知っていたが、なかなか力になれなかった事にマミも思う所があったのだろう。

まどかに言った事とほぼ同じ内容をほむらにも打ち明けていく。

 

 

「暁美さんを気にかけようとしていても、うまくいかなくて。それってやっぱりまだ心のどこかで暁美さんに警戒してたのかな。ううん、怖かったのかなって」

 

 

どう接してあげればいいのか、何をしてあげればいいのか、それがまるで分からない。

傷つけてしまうかもしれない。傷つけられてしまうかもしれない。だから近づけない。

 

 

「ほら、私達って結構ぶつかりあったじゃない?」

 

「そ、それは――。ええ、ごめんなさい」

 

「ううん、暁美さんは謝らなくていいわ。私だって頭が固かったし。だから――」

 

「?」

 

「だから、もっと自分の考えている事とか口にした方がいいのかもって」

 

 

親しき仲にも礼儀ありとは良く言ったもので、本当にそうだとマミは思っていた。

けれども自分達は少し例外なのかもしれない。記憶を取り戻した以上、魔法少女同士、参加者同士と言うものはある意味家族よりも付き合いが長いのだから。

それに存在自体が常識から外れている。だからそういう人と人との間に本来強いられる常識の壁に縛られるのはナンセンスなのかもしれないと――、思った。

 

 

「だからその、なんていうのかな……。うーん」

 

「どうぞ。気にせず、ゆっくり考えて」

 

「うん――。ううん、本当は分かってるの。でもなんていうか、少し恥ずかしいというか抵抗があると言うか」

 

「?」

 

「ほら、なんていうのかな。須藤さんたち風に言うならね、やっぱりこういう状況。疲れるじゃない? 気を張るって言うのか。常に仮面を被って、鎧をつけて」

 

 

元々そうだったが、特にF・Gが始まってからはよりいっそう。

無理もない、F・Gとはデスゲーム。魔獣がいる今ならばより一層気を張っていないといけない。

でもそれじゃあ、疲れてしまう。

 

 

「それに不安だし。私豆腐メンタルとかいろんな人に言われてるのよ……。酷いと思わない? まあ、否定できないからアレなんだけど」

 

 

しょぼくれるマミを見て、思わずほむらは笑ってしまった。

少し言い方は悪いが、なんだかとても可哀想に見えて、ほむらはついマミの頭を優しく撫でる。

 

 

「巴さんはよくやっていると思うわ」

 

「え……?」

 

「あ」

 

 

なんて事をしているんだ。

半ば反射的に取った行動とはいえ、恥ずかしくなってほむらは固まってしまう。

一方でマミも頬を少し桜色に染めてほむらを見ていた。けれど直後、マミは笑みを浮かべてほむらを見つめる。

 

 

「ありがとう」

 

「……い、いえ」

 

「やっぱり、今、思ったわ」

 

「え?」

 

「仮面を、鎧を目の前で安心して外せる人がほしいと思わない?」

 

 

それは家族であったり。仲間であったり。パートナーであったり。

 

 

「もっとみんなと仲良くなりたいなぁって」

 

「ええ。私も、本当にそう思うわ」

 

「そう。そうなの……」

 

「?」

 

 

マミの様子が少しおかしかった。何かをためらっているような、そんな素振りだ。

だが意を決したのか、マミはまっすぐにほむらを見つめて言った。

 

 

「あの、ね、暁美さん。暁美さんは今一人暮らしなのよね?」

 

「ええ。そうだけど――」

 

「もし、ね、もし良かったら」

 

 

マミは恥ずかしそうに目をそらした。

 

 

「一緒に暮らさない?」

 

「……え?」

 

 

一瞬頭が真っ白になる。

なにを言われたのか理解するのにしばらく時間が掛かった。

 

 

「ご、ごめんなさい! やっぱり重い? 私そういう所があって――」

 

「い、いえッ! そうじゃなくて!」

 

「?」

 

「ど、どうして私なの?」

 

「暁美さんとはほら、いっぱい衝突もしたと思うけど、仲良くもなれると思うし。それに一人じゃやっぱり寂しいし……」

 

 

違う違う。面倒な言葉で取り繕うなら今までと一緒じゃないか。

マミはたった一言。ほむらと暮らしたいともう一度口にする。

 

 

「私じゃダメ? 一人が良い?」

 

「そんな事……! でも私なんか誘っても……」

 

「もうっ、何を言ってるの?」

 

「え?」

 

「暁美さんじゃないと、ダメなんだから!」

 

「―――」

 

 

その時、ほむらの体に稲妻が走った。

貴女じゃないとダメ。その肯定の言葉こそ、ほむらにとって必要だったものだ。

いや、人間にとって。そう、全てはこの言葉。

価値の、証明。

 

 

「……少し、マズイかもしれないわ」

 

「え?」

 

 

そこでマミは気づく。

ほむらの表情が歪み始めた。目を上に向けており、言葉が震え始める。

 

 

「なんで――? どうしてなの、巴さん」

 

「ん、何が?」

 

 

理解するマミ。声色は優しかった。

一方でほむらの目から涙がボロボロ零れてきた。ダメだ、堪え様とすればする程溢れてきてしまう。

ソウルジェムで止めようと思ったが、それよりも早く心が感情で溢れそうになってどうしようもない。

 

 

「わ、私――、いっぱいあなたに酷い事したのに……!」

 

 

忘れたわけじゃないだろう。

後ろから撃った事もあるし、何度も裏切ったし、殺意を持って殺し合った事だってある。

マミも何度も苦しんだはずだ、そしてその理由は全てじゃないとはいえ、多くにほむらが絡んでいる。

 

アルケニーに襲われたのだって、極論ほむらのせいなのに。

それなのにマミはほむらと一緒にいたいというのだ。ほむらじゃないとダメだと、ほむらを肯定したのだ。

ほむらを受け入れようというのだ。まどか意外の全てを拒絶しようとしていたほむらにとって、これほど心に来るものがあろうか。

するとマミはまた優しい笑顔を浮かべて、ほむらの頭を撫でた。

 

 

「お互い様よ。私だってもっと強ければ、貴女達を助けられたはずなのに。もっと早く戦いを終わらせる事だってできた筈なのに」

 

 

だからもう嫌なんだ。傷つけあうのは。手を取り、戦いを終わらせたい。

それがマミの本心だった。それに全てを知った今、ほむらを責めることなんてできるわけもない。

誰もみんな心に抱えているものがあった。正しいとか、悪いとかじゃなくて、それこそ理解を示したいから。

 

 

「なにより、ね、私――」

 

 

満面の笑みが、そこにあった。

 

 

「暁美さんの事、好きだもん」

 

「……!」

 

 

ほむらの視界が濁る。

言葉を出す事も難しい。難しいが、言わないといけない言葉があるから、ほむらは口を開いた。

 

 

「――も」

 

「え?」

 

「私も、寂しい、です。寂しかった」

 

 

でも背負わなければならないから。

でも甘えられないから。

でも戦わなければならないから蓋をした。それでも、今、つくづく思う。

 

 

「巴さんと一緒にいて、良いですか? 私が、私なんかが……」

 

 

あの日、運命の日、助けてくれたのはまどかだけじゃなかった。

確かにマミもいたのに。それでも自分は。なのにマミは赦してくれるのか。ああ、ああ。ほむらの中に感情が溢れていく。

気づけば、ボロボロと泣きながら、ほむらはマミにしがみ付いていた。

 

 

「言ったでしょ、暁美さんじゃないとダメだって」

 

「はい……! ありがとうございます――ッ、マミさん……!!」

 

「うふふっ、マミさんかぁ」

 

「うぅぅ、マミさぁん――!」

 

 

スイッチが入った――、正確には壁が壊れたのか、しがみついて泣きじゃくるほむら。

するとさすがに泣き声が聞こえたのか、まどかが様子を見にやって来た。

 

 

「マミさんほむらちゃん大丈夫ですか――? って、どッ、どういう状況ですか!?」

 

「暁美さん、緊張が解けたみたい。ようし、鹿目さんも一緒に暁美さんを安心させてあげましょう!」

 

「はいっ! なんだか分からないけど、了解しましたぁ!」

 

 

まどかはニンマリと笑ってほむらの隣に飛び込んだ。

右にマミ、左にまどかが位置取り、真ん中にいるほむらを抱きしめる。

ほむらは天上を向く形となり、左右それぞれで笑顔を浮かべている友人を見る。そしてまた泣いてしまう。

 

 

「あぁぅ、まどかぁ」

 

「あぁ、泣かないでほむらちゃん。どうしたの?」

 

 

この際だ、もうほむらは半ばやけくそで心の中にあるものを吐き出していく。

まずはマミと仲良くなれて嬉しい。そしてもう一つはやはり魔獣に言われた事が刺さっていた。

特に一番はテラバイターに脳を弄られたときだ。あの時ほむらは傍観者を決め込んでいたとは言え、やはり考えれば考えるほど傷つくというもの。

 

 

「んもう、魔獣のいう事なんて気にしちゃダメだよほむらちゃん!」

 

「でも、ええ、でも!」

 

「確かに、わたしにとって最高の友達はほむらちゃんもだけど、さやかちゃんも仁美達ちゃんもだよ」

 

「酷いわ鹿目さん! 私は!?」

 

「あはは、マミさんは最高の先輩ですよ!」

 

 

話を続けるまどか。

そういう意味ではほむらはナンバーワンではない。だがそういうものだろう。友人と言うのは。

もちろん『達』の中には杏子たちも含まれているのだ。

 

 

「まあ他の人は知らないけど、少なくともわたしはそう。友達に順位なんてないよ」

 

 

皆それぞれがオンリーワンの大切でかけがえの無い存在なのだ。

 

 

「ほむらちゃんも分かるよ。だからこそマミさんと仲良くなれて嬉しいんだもんね」

 

「うん、うん……!」

 

 

嬉しいし、怖かった、まどかと同等の存在が簡単に現われてしまうことが。

だがそれは、なんらおかしな話ではない。

確かに状況によっては優先順位と言うものはある。けれどやはり本質は皆が平等と言うのが友情だ。

 

 

「まどか、私ね――」

 

 

ほむらが新しく抱いた夢、目標。

まどかと同じ。戦いを終わらせて他の参加者と友達になる事だ。

それは魔法少女になる前に抱いた夢と同質のもの。みんなが居れば、きっと世界は楽しいから。幸せだから。

それが、希望。

 

 

「うん! 一緒にみんなと仲良くなろうね! ほむらちゃん!」

 

 

まどかはほむらの手を握る。それは常に夢見た光景。それが今ココにある。

そしてそれだけじゃない。もう一方の手をマミが握ってくれた。

これは、いけない。あれだけ涙を流したのにまだ堰を切ったように泣けてくる。まどかとマミに挟まれ、ボロボロと涙を流し続ける。

 

 

「わ、わ、わ、どうしたのほむらちゃん!」

 

「――て」

 

「え?」

 

「し、幸せで。幸せすぎて――、私は幸せになっちゃいけないのに……!」

 

 

その時、まどかとマミは即答であった。声が重なるほどに。

 

 

「幸せになって良いに決まってるよ!」

 

「幸せになって良いに決まってるわ!」

 

「ま、まどかぁ……! マミさぁん!」

 

 

もちろん罪はある。

それでも、全てをゼロにできるチャンスが今なんだ。

その可能性に縋ってもいいじゃないか。だからまどかとマミは強く、強く、本当に強く口にする。

 

 

「ほむらちゃんは幸せになっていいんだよ!」

 

「ええ。一緒に、なりましょう? それが人の特権だもの!」

 

「うぅうぅぅあぁあ!」

 

「マミさん! ほむらちゃんを安心させてあげましょう!」

 

「任せて! いくわよ鹿目さん。サンドイッチ作戦!」

 

 

まどかとマミは強く強く、けれども包み込むようにほむらを抱きしめる。

 

 

「ほむらちゃん、ギュー!」

 

「も、もうやめてぇ! まだないぢゃう……!」

 

 

幸福が溢れていく。ほむらはまどかとマミに挟まれながら尚、涙を流す。

幸せだ。ああ、こんな幸せがあったなんて。怖いけど、嬉しい。嬉しすぎる。

 

 

「いいのよ。大丈夫だからね暁美さん」

 

「うぁあああぁあぁああああッッ」

 

 

今日は、今日からは――、幸福が恐怖に勝るまで一緒だ。

マミとまどかは、ほむらが落ち着くまで、ただギュッと強く抱きしめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

どれだけ時間が経ったろうか。

須藤が様子を見に来たとき、三人はしがみ付いたままで眠っていた。

 

 

「フッ」

 

 

思わず笑みを漏らす須藤。

まどかとマミは温かな笑みを浮かべ、中央にいたほむらは涙の痕さえあれど、本当に幸せそうに笑っていた。

にんまりとしている表情は、須藤が何度くり返したループの中でも見たことがなかった。

 

少し間抜けで、隙だらけにみえる。

逆を言えばやっとこんな表情を浮かべる日がやって来たと言うことなのか。

真司と手塚もそれを確認して、笑みを浮かべる。

まどかも家には連絡を入れているようで、今日はお泊り確定だろう。

真司達はリビングに戻ると、ソファに座る。

 

 

「いやぁ、良かったなほむらちゃん! 本当に嬉しそうだった!」

 

「ええ、あんな暁美さんは始めてです。ですが、あれが本来の彼女の表情なのかもしれませんね。F・Gや、魔法少女のシステムさえなければ」

 

「だが、ココに至ったのはある意味それらがあったからだ。運命って奴はそういう風に出来てる」

 

 

だからこそ勝てば良い。魔獣は自分達が勝利者だといったが――。

 

 

「だとすれば俺達は魔獣を勝利者の座から引きずりおろす」

 

「ええ、そして私達が勝利者になればいい」

 

「っしゃ、燃えてきた! どうする? 俺達もハグしとくか!?」

 

「遠慮しておく」「遠慮しておきます」

 

「な、なんだよ二人とも! ノリ悪いなぁ! 手塚も須藤さんも、スキンシップだよスキンシップ!」

 

「考えてもみろ。逆に俺達が抱きしめあってどうなる?」

 

「え? どうって……」

 

 

ちょいと真司は想像してみる。

自分と須藤が手塚をサンドイッチして抱きしめあっている光景を。

 

 

「おぇ……、気持ちわるっ」

 

「城戸さん……」

 

「や、なんて言うか、本当にごめんッ。俺が悪かったです……!」

 

 

手を合わせて適当に振る真司。魔法少女には魔法少女の、騎士には騎士の距離感と言うものがある。

それでいいじゃないか。うん。よし。真司は自己完結を行い、ソファに座りなおした。

 

 

「ですが一つ、気になる点がありますね」

 

「えッ? なんの事ですか須藤さん」

 

「ああ、俺も一つ」

 

「???」

 

 

真司は分かっていないが、手塚と須藤が危惧する事はただ一つ。

 

 

「青いほうを逃がした」

 

「ッ、アイツか……!」

 

「その中でも俺が気になる点が一つある」

 

 

テラバイターとゼノバイターの狙いがあくまでもほむらであった事は分かる。

しかしその割りには何度か殺せるタイミングを逃した気がする。少し言い方を変えれば、本気でほむらを殺しに来ていたのかは疑問があると。

 

 

「何か他の目的があった、そういう事でしょうか」

 

「かもしれないな。まあ、あくまでも俺の推測だが」

 

「でもさ、どっちしてもアイツが諦めてなかったらまた来るって事だろ」

 

 

シャドーボクシングを始める真司。

胸に宿る悔しさが炎となって心を焦がす。

サバイブ体ですら互角か、それ以下か。だがだからと言って負ける気なんて欠片もなかった。

 

 

「今回、俺なんにもできなかったからさ、次は任せておいてよ!」

 

「いえ、城戸さんは今回頑張ってくれたじゃないですか」

 

「ああ、お前がいなければ電車の中にいた人間は全員魔獣に殺されていた」

 

「え? そ、そうかな。はは、はは」

 

 

照れくさそうに頭をかく真司。単純だが分かりやすくて良い。

手塚は笑みを浮かべつつ、ふと窓の外を見た。

 

 

「………」

 

 

一つ、心には燻る炎があった。

 

 

(まさか――、いや……、そうなのか)

 

 

あくまでもそれは予想。

いや、自分自身、そして世界に対する占いか。

 

 

(どうやら決着をつける時が来たのか――)

 

 

焔。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ククク……! クカカカカカカカカ!!」

 

 

星の骸、テラバイターは椅子に座り、脚を組んで笑っていた。

そこはイチリンソウの花畑。知るのは情報、テラバイターの死。

 

 

「来てる、来てるぜぇコリャァ!」

 

 

テラバイターが死んでくれたおかげで、勝利した時の報酬を全て自分の物にできる。

あふれ出る喜びを抑えきれず、ゼノバイターは高笑いを浮かべる。

 

 

「ツキが回ってきたなぁ、おい。それにおもしれーモンも手に入ったしよォ?」

 

 

チラリと『ソレ』を見るゼノバイター。

 

 

「フフハハハ! フハハハハハハハ!!」

 

 

黒い羽が舞い落ちる空間で、ゼノバイターは笑い続けた。

 

 

「来たか、俺様の時代ィ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ァ」

 

 

携帯のアラーム音で目覚めたほむらは、一瞬ギョッとする。

見覚えのない天井。拉致でもされたかと思ったが、すぐに思考が加速する。

そうか、そうだ、そうだった。ほむらは少し居心地が悪そうにベッドを整えると、部屋を出て行った。

 

 

「あ」

 

 

良い匂いがする。パンが焼ける良い匂いが。

そうやって歩くと、ほむらはリビングにやってくる。

 

 

「ほっ!」

 

 

後姿が見えた。彼女は目玉焼きを作っていた。

 

 

「お、おはよう、ございます」

 

「あ、おはよう暁美さん」

 

 

ほむらはソファの端に座って固まった。

 

 

「まどかは……?」

 

「カバンとか取りにいかないとダメだからもう出て行っちゃった」

 

「そう――、ですか」

 

「ふふっ、別に敬語じゃなくていいのよ? よしっ、できた!」

 

「でも、なんだか申し訳なくて」

 

「前からそうだったじゃない」

 

 

マミは目玉焼きとハムを皿に移すと、ほむらの前に皿を置く。

 

 

「暁美さんが楽にしてくれないと、誘った意味がないじゃない」

 

「……!」

 

「ココをもう一つのお家にしてほしいんだから。ね?」

 

 

「……じゃあ、遠慮なく」

 

 

ほむらはマミに笑みを向けると、少し頬を染めて座りなおした。

楽な体勢で。楽な姿勢でだ。

 

 

「飲み物は任せて。紅茶が良い? コーヒー?」

 

「じゃあ紅茶でお願いしようかな」

 

「分かった。砂糖とミルクは?」

 

「うーんどうしようかなぁ?」

 

 

いつも静かだった朝に笑い声がする。

それはマミにとっても、ほむらにとっても新鮮なものだった。

 

 

「……おいしい」

 

「え? 別に普通じゃない? ただのスーパーで売ってるパンよ」

 

「久しぶりなの。いつも朝はろくに食べなかったから」

 

「あー、ダメよちゃんと栄養は取らないと。特に朝ごはんは一日のはじまりなんだから」

 

「ふふっ、そうね。これからは取る様にするわ」

 

「それがいいわ。フフフ!」

 

 

ほむらはコーヒーを一口飲む。

それは今まで飲んだコーヒーの中で一番美味しかった。ただのインスタントなのに。

 

 

「そうだ、私もカバンを取ってこないと」

 

「それがさっきエビルダイバーが持って来てくれたわよ」

 

「え? 本当?」

 

「ええ。凄いのね暁美さんのところのミラーモンスター」

 

「そう言えば海之が言っていたわ」

 

 

ここで手塚海之さんの華麗なる同居生活を見てみよう。

ミラーモンスターは『なつき度』が高ければ高いほどいいと聞いた手塚。

しかしどうすればなついてくれるのか。考えた結果、とにかくなるべく一緒にいる事だった。

 

 

『エビルダイバー、ポテトとってくれ』

 

『エビルダイバー、遅刻しそうなんだ、学校に連れてってくれ』

 

『エビルダイバー、DVD返しておいてくれ』

 

『エビルダイバー、お腹すいた』

 

『エビルダイバー、背中かいてくれ』

 

『エビルダイバー、シャンプーとってくれ』

 

『エビルダイバー、神経衰弱でもするか』

 

『エビルダイバー、7時に起こしてくれ』

 

『エビルダイバー、エビルダイバー? エビルダイバー! あ、悪い、なんでもなかった。許してくれ。爪きりを取ってもらおうと思ったんだが、目の前にあった』

 

『エビルダイバー、いや、なんとなく呼んでみただけだ』

 

『母さ――……エビルダイバー、今のは、まあ、忘れてくれ』

 

 

それを聞くとマミはケラケラと笑っていた。

 

 

「凄いわね手塚さん。あんまり想像できないけど」

 

「エビルダイバーもよくキレないわね。でも助かったわ、今度お礼しないと」

 

「ミラーモンスターもご飯が食べれるんだっけ?」

 

「ええ。エビルダイバーは海老とか好きなのよ」

 

「へぇ! 面白い」

 

 

二人は食事を終えると身支度を整え、玄関に立つ。

 

 

「忘れ物はない?」

 

「ええ。巴さんは?」

 

「うん、大丈夫。じゃあマンションの下にいこっか」

 

 

皆が迎えに来てくれる。

二人はエレベーターに乗ると、一階のボタンを押した。

そしてマミはふと、無邪気な笑顔を浮かべる。

 

 

「そうだ、せっかくだからチーム名とかどう?」

 

「え?」

 

「同居人であれば戦闘においてもコンビネーションを磨くべきだと思うの」

 

「ふふっ、巴さんらしいわね」

 

「むぅ、馬鹿にしてなぁい?」

 

「いえいえ。それで、考えているものはあるの?」

 

「ええ。ちょっと思いついたのがあってね」

 

 

イタリア語が羅列しているものだろうか?

ほむらは候補を適当に考えて見る。その時、エレベーターが一階について扉が開いた。

二人は外に出て、まどか達が来るのを待つ。そこでマミは振り返りながら、満面の笑みで答えた。

 

 

「見滝原☆アンチマテリアルズって言うのはどう?」

 

「……悪くないわね」

 

「でしょ! じゃあ」

 

「でもチームは却下」

 

「あう! ど、どうして! お姉さんは諦めませんからね!!」

 

「ふふっ、それじゃあまあ、考えておくわ」

 

ほむらもまた、本当の笑顔を浮かべてマミを見たのだった。

 

 

 

 

 

 






ライアサバイブはオリジナルではなく、雑誌に載ってたヤツと同じです。
フィギュアもあるんで、興味がある人は調べておくれやし。

ホムラアライブは魔女っ娘です。
今だと丁度ほむらのドッペルが近い感じでございます。
魔法で出てくる分身達は公式スピンオフの『魔法少女ほむら★たむら』と、同じく公式スピンオフの『ぽむ☆マギ』から頂いてます。


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第87話 恋愛だぁ

 

 

 

「俺はやがて、全ての世界を破壊する!!」『ファイナルアタックライド』

 

「!」

 

「破壊者である俺が、こんなところで負けるか!!」『カカカカブト!!』

 

 

巨大なエネルギーの本流がターゲットに直撃する。

悲鳴を上げながら宇宙を吹き飛んでいく中、空間が弾け、銀河の海が広がった。

しかし『敵』にも意地がある。全エネルギーを放出し、巨大なオーロラを出現させた。

 

 

「逃がすか!!」『デンオウ!』『カメンライド』『ライナー』

 

 

ディケイドは剣を構え、幻影と共に突進していく。

だが、しかし、そこで感じる凄まじい抵抗感。コールタールの海にでも飛び込んだかのような不快感があった。

 

 

(なんだ――? これは)

 

 

そこで気づく。この世界の色。そして領域。

 

 

「ッ、ここまでゲームの領域が広がっているのか!!」

 

 

銀河の中に見えたF・Gの色。

一方で敵はその領域を超えて深く深く沈んでいく。

 

 

「野郎――ッッ!!」

 

 

目を細めるディケイド。

一方で同じく、ジュゥべえも目を細めていた。

 

 

『ッたく。チョロチョロチョロチョロ目障りな野郎だぜ。ディケイド……! なあ先輩?』

 

 

不快感を露にするジュゥべえとは違い、キュゥべえは無言で目を光らせていた。

眼下に広がる夜景を見ているワケではない。赤くて丸い瞳では宇宙の果てを観測している。

 

 

『仕方ないさ。破壊者のテリトリーに入ったのはボクたちだ』

 

 

とは言え、向こうは手出しはできない。

あくまでも主導権はインキュベーター側が握っているのだから。ゲームマスターは絶対ではないが、簡単に座を譲るものでもない。

 

 

『だが今回は――……、なるほど』

 

『?』

 

『異物が迫っているね。対処しないと、ちょっと面倒かな』

 

『どうする先輩。キトリーでなんとかできるか?』

 

『いや、無理だろう。まあ少し様子を見ようか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今でも、誰かを殺す夢は見る。

飛び散った脳や臓器、砕けた骨の欠片は死の証拠。言い訳のように目を逸らしたところで、そこらじゅうにあるのだから始末が悪い。

ふと前を見ると、不運にも自分の顔を映すものがある。何か反射するもの、水でもガラスでも車でもミラーでも何でもいい。そんなものばかり目についてしまう。

 

赤黒い血で顔が覆われている。

髪も血とか、飛び散ったゼリー状の何かでベトベトだ。それは体も同じ。血にまみれ、その中で肩を大きく上下させて息をしている。

血走った目だけが、かろうじて赤色の中で見つけられた。

もはやそれは化け物。そしてこれは決して夢の話じゃない。

 

 

「………」

 

 

暁美ほむらは、ゆっくりと目を開ける。

朝は苦手だ。と言うよりも自分の意思で眠るのは大嫌いだった。

イヤな夢ばかり見るからソウルジェムを使って、気絶するように眠る、そして目覚める。それだけだ。

しかし最近は自分の意思で眠るようになった。もちろん悪夢は見るけれど。

それに朝だって普段ならば低血圧からか中々ベッドから出られなかった。

だから魔力を使っていたが、今は違う。軽く寝返りをうって、大きく息を吸い込む。枕とかシーツから放たれる『匂い』をかぐと、とても落ち着く。

優しく包み込まれるような温かい香り。

 

布団を抱きしめる。より匂いに包まれて、ほむらはゆっくりと息を吐いた。

悪夢が強引に叩いた心臓も、今は一定のリズムに戻っている。

とは言え、静かな場所で一人でいるのはいろいろ考えてしまって気持ちが悪い。ほむらはさっさとベッドから出ると、姿見で軽く身なりを整える。

ベッドから早く出られたのも、寝癖がないかを確認したのも、今までの自分では考えられなかったことだ。

その奥にある感情は、焦り。

 

尤もそれはマイナスなものではない。むしろプラスだ。

ベッドから出なければではなく、早くベッドから出たい。

そしてリビングに行きたい。その無意識がほむらの体を突き動かす。

 

 

「……ッ」

 

 

わざとらしく扉を開けて、音をたててみる。

すると、何かを焼く音が聞こえた。匂いでハムだと分かった。

いつもはしっかり結んでいる髪も、今は当然下ろしている。

フライパンを持った少女はドアを開いた音に気がついたのか。振り返ると、太陽のような笑顔を浮かべた。

 

 

「おはよう。暁美さん」

 

「お、おはよう……、巴さん」

 

 

 

 

 

 

8時間あまり経った後、ほむらは手塚のアパートにいた。

パートナーと過ごす時間が長ければカードが生み出されるかもしれないし、少しずつ魔力も成長していく。

それに報告は必要だ。手塚は『いつもどおり』で済ませたが、ほむらは先ほどから口数も多く、日々の暮らしぶりを手塚に逐一報告していく。

 

 

「だいぶ二人暮らしも慣れたみたいだな」

 

「え、ええ。はじめはどうなる事かと思ったけれど」

 

 

ほむらは差し出されたインスタントコーヒーに口をつける。

一方で手塚は、テーブルの上にカードを広げて、それを睨みつけていた。

占いの勉強をしているようだ。ほむらには一目もくれず、ギラリとカードの裏を見ている。

 

 

「まあ、相手が巴と言うのがポイントだったな。これが神那や城戸だったらお前、今頃魔女になってたぞ」

 

「……否定できないから、しないわ」

 

 

ほむらは少し複雑そうに目線を落として、ミルクに手を伸ばしていた。

 

 

「やっぱり巴さんは訓練時代に過ごした時間も長いし、どこか似通ってる部分もあるから。過ごしやすいのかも」

 

 

変な話、まどかだと『格好つけすぎてしまいそうになる』ところはあった。

それに何かうっすらと記憶がある。ほとんど覚えていないが、どこか既視感と言えばいいのか。

もしかしたら前にも一緒に暮らしていたのかもしれない。

 

 

「なるほどな」

 

「でもね、そこはやっぱり先輩だから包容力があるの。一緒に住んでみてそれを感じる……。私のことをよく気遣ってくれるって分かるし。ああ……! けれどそれは嫌なことではなくて、ギリギリのラインを踏み込まない優しさを感じるって言えばいいのかしら?」

 

 

最近のほむらは口数が多い。

いつもは疲れたように言葉を切るが、今日はそんな事はなかった。手塚は頷くとカードを捲りながら喋る。

 

 

「巴は魔法少女歴が長いんだろ。全ての知識を手に入れた以上、心の触れ合い方には気をつけているんだろう」

 

「でも――、フフ。巴さんは意外と頑固だから、テレビのチャンネルとかなかなか譲らなくて」

 

「魔法少女って、どんな番組を見てるんだ?」

 

「普通よ? バラエティとか、ドラマとか。あ、最近ね。コーヒーの本を買ったの。朝は紅茶が多いけれど私の影響で巴さんもたまにコーヒーを飲むの。淹れるのは私の担当。フフフ」

 

「………」

 

「この前も、笑ってくれた。美味しいって」

 

「お前――」

 

 

驚いたような手塚の顔。

しかしほむらは気づいていないのか、コーヒーをジッと見ていた。

 

 

「もっと巴さんに美味しいって言ってもらいたい。巴さんに笑って欲し――……」

 

 

そこでほむらもハッとしたように顔を上げる。

自分の発言をそこで客観視したらしい。目の前には眉をひそめている手塚も見えるではないか。

だからこそほむらはバツが悪そうにうな垂れ、顔を赤くする。

額に汗を浮かべ、居心地が悪そうだった。

 

 

「いけない……!」

 

 

ジットリと虚空を睨む。

なにか嫌な記憶を必死に思い出しているようだ。

マミに殺される場面とか。マミを殺す場面とか。マミを裏切る場面とか。裏切られる場面とか……。

 

 

「なにをしてる」

 

「だってッ、私はまどかの為に――」

 

「そう言う所だ。お前の悪い部分は」

 

「え?」

 

「俺が驚いていたのはプラスの意味でだぞ」

 

「それは、どういう――」

 

「優劣を作るな。散々と鹿目が言っていた事だろ」

 

 

ふと、さやかの顔を思い出す。

彼女もそんな事を言っていた。それはマミも。

 

 

「今は巴と一緒にいる時間が長いからそう思っているだけで、お前の中で鹿目の印象が下がるわけじゃないだろ」

 

「そ、それは……、そうかもしれないけれど」

 

「まだ怖がってる。前回もそうだ。世界がお前を不幸にしてるんじゃない。お前が自分から不幸になってるんだ」

 

「……っっ」

 

 

後ろに小さく仰け反るほむらと、カードを弾く手塚。

反転し、ハリセンボンの絵柄がテーブルにスライドしていく。

 

 

「なに、これ」

 

「お魚占いと言うのを始めようと思って――」

 

「やめておいたほうがいいと思うわ」

 

「………」

 

 

手塚は無言でカードを回収すると、自分用に入れておいたコーヒーに手をつける。

 

 

「とにかく、ハリセンボンになるな。トゲが見えたら、お前には深く近づけない」

 

 

いつかの双樹あやせを思い出し、ほむらは肩を竦める。

過去があるから仕方ないとは思うが、まどかに近づくあやせに、思い切り敵意をむき出しで近づいてしまった。

その結果、良くない雰囲気になるのは当然か。

 

 

「お前はずっと鹿目のために戦ってきた。それがお前の望みである以上、仕方ない事とは言え――、それでもやはり俺の想像を絶する恐怖と苦痛と戦ってきたんだろう。それは誇っていい」

 

「そ、それは、どうも……」

 

「だがもう止めろ。鹿目はお前と対等の存在になった。もうお前の保護は不要なんだ。だからお前はもっと別のために戦え」

 

「別のため?」

 

「ああ。鹿目のためじゃない、お前自身のためだ」

 

 

それは願いの否定ではない。まどかの前を行くのではなく、隣に並んで戦う。

或いは、背中を合わせて戦う。それが大切だと手塚は説いた。

ほむらはハッとしたように沈黙する。前回のテラバイター戦では多くの仲間に助けられた。それは恥ずかしいことだと思っていたが、実際はそうじゃない。

仲間とはそもそも、そういうものだ。もちろんほむらが他者を助けた事も忘れてはいけない。

そういう対等なフィールドでこれからは他者に、自分に目を向けるべきではないのか。そういう話である。

 

 

「お前を除いて14人。これがなんの数字か分かるか?」

 

「ッ? ゲームに参加している魔法少女かしら?」

 

「そうだ。だが少し違う」

 

「???」

 

「ゲームが終わるまでに作るべき、お前の友人の数だ」

 

「………」

 

 

真っ白になり、固まるほむら。

 

 

「は?」

 

「いや。コイツ大丈夫か? みたいな目は止めろ。お前の視線はお前が思っている以上にソリッドなんだ」

 

 

手塚は、眉間にシワを寄せて首を傾げたパートナーを見て汗を浮かべる。

 

 

「お前は気づいてないかもしれないが、巴のことを話してる時、かなり楽しそうだった。とてもリラックスしているように見えたが?」

 

「ッ、それは……!」

 

「俺は本当のお前を欠片も知らない」

 

 

手塚が出会ったほむらは、魔法少女としての、つまり命を懸けて殺しあう戦士である。

本当の中学生としての姿は、あの笑顔を浮かべていたものだと信じたいものだ。

 

 

「鹿目への依存は脱するべきだ」

 

「……神那ニコにも同じことを言われたわ」

 

「別に鹿目と距離をおけと言ってるワケじゃない。ただ、もっと視野を広げるのもいいかもしれない。ただそれだけさ」

 

 

ほむらは困ったようにコーヒーを見つめている。

マミの事で笑顔を浮かべている自分を自覚した時、マミに裏切られた事や、マミを憎悪した事を必死に思い出した。

そうする事で心にブレーキをかける。それに自己嫌悪。

そして思い出すのは、不幸に向かって進む自分だ。

 

 

「確かに、嫌なものね。他者を嫌悪するのも、自分に嫌気がさすのも」

 

「ああ。当たり前の話だが鹿目とお前は恋人じゃない」

 

「……!」

 

 

少し照れたように目を逸らすほむら。

なんだそのリアクションは。手塚は汗を浮かべて目を細める。

まあ、要するに、単純な話である。

 

 

「恋人は一人じゃないといけないが、友達はたくさんいていい」

 

「ちょっと海之、やめてほしいわね。私はそんな気持ちじゃないわ」

 

「そうだろうな。だが感情は不思議なものだ」

 

 

あまりに一方に固執しすぎると、擬似的な恋愛感情を誘発する。

そもそも『愛』と言うのは不確かなものである。『恋』だけが前につく言葉じゃない。

友愛だとかをはじめ、愛の矛先はありとあらゆるものに向けられるものなのだ。男女の間にしか愛は生まれないわけじゃない。

それこそ友人、家族、大切にしている道具などなど……。

 

 

「そういう感情が混ざって、あまりにも大きすぎる愛が鹿目に生まれてしまった。それはお前の力にもなったことは確かだが、破滅を生み出すことも確かだ」

 

「ええ……、それはまあ、えぇっと、でも」

 

「――ちょっと目を閉じろ」

 

「え?」

 

「いいから」

 

 

言われたとおりに目を閉じるほむら。

流石に信頼感はある。これがさやかやニコだったら絶対に閉じない(失礼)が、手塚ならばおかしな事はしないだろうと分かっているのだ。

とは言え、その時、鼻に違和感。何かが当たったような。

ほむらが目を開けると、視界の端に赤いフレームがチラリと見えた。

 

 

「ウルズコロナリア。お前の魔法だが、パートナーシステムだろうな、俺も使えるんだ」

 

「え……、ちょ――」

 

 

その時、紫色の光が迸った。

気づけば、手塚の前には三つ編みのホムラが。

 

 

「ふぇぇ」

 

「悪いな。本音を話せるのは、そっちの方が楽だろ」

 

「も、もぅ、びっくりしたじゃないですかぁ」

 

「メガネなしのお前じゃ、つけろって言ってもつけてくれないだろ」

 

「そうですか。ごめんない『ほむら』の方の私はツンツンで絡みづらくて……」

 

「いや、まあ、警戒心が強いのは戦闘じゃ役に立つ」

 

「ほ、本当ですか。ありがとうございます……!」

 

 

パッと明るくなるホムラだが、まさに一瞬。ほんの一瞬でトーンダウン。

 

 

「いけない……、また手塚さんに気を遣わせるなんて私は本当にダメダメで――」

 

「出てる出てる! そのネガティブをしまえ!」

 

 

ホムラはメガネを整えると、ミルクと砂糖を割りと多めにコーヒーへぶち込んでいく。

 

 

「確認だが、本当に二重人格じゃないんだよな」

 

「はい。私は私ですよ。メガネも一応、自由に外せますし。ほら」

 

 

そう言ってホムラはメガネを外す。

すると一瞬で結ばれていた髪が解け、ストレートのほむらに。

ジットリした視線が手塚に向けられる。

 

 

『なに勝手にメガネかけさせてくれてんだ? お?』

 

 

そんな無言の圧力を感じる。

 

 

「わ、悪かったよ」

 

「まあ、別にいいけど」

 

 

別にいいけど感は欠片も感じないが、まあ本人がそう言っているので良しとしよう。

ウルズコロナリアはまさしく小型のタイムマシンとでも言えばいいか。

考え方がまるで違った過去の自分を前面に出すのだから、そりゃあ別人に見間違えもするだろうて。

 

尤も、ホムラはほむらの記憶も有しているので、純粋な時間の問題ではない。

過去の自分の考え方を尊重したゆえに生まれた魔法なので、文字通り性格を変える魔法とでもいえばいいか。

 

 

「まだ……、心をさらけ出すことを恐れている私には、いい魔法かもね」

 

 

そう言い、ほむらは自分からメガネを身に着けた。

ホムラはほっと一息、コーヒーをすする。

 

 

「甘いの美味しいですぅ」

 

 

とは言え、そこで不安げに髪を弄る。

 

 

「手塚さんの言う事はもちろんだと思います。実際、今、とっても楽しいし……、幸せ」

 

 

ある日、朝起きたら味噌汁の匂いがして。

ある日、朝起きたらパンの焼けるいい香り。

ある日、帰ってきたら明かりがついていて、おかえりって言ってもらえる。

 

 

「巴さんは優しいし、ずっとあそこにいたい」

 

「そうか」

 

「とても、心が満たされる気がしてます……」

 

「ならそれを、もっと味わえ」

 

 

怖がってる。裏切られることが。

だから初めから印象を落としているだけだ。そんなのバカらしいじゃないか。

 

 

「暁美ほむら。お前は、幸せになるべきだ」

 

「で、でも――」

 

「いい。不安は無視しろ。これは城戸が与えてくれたチャンスだ。記憶を共有しているとは言え、ここはもう別時間の、別の世界だ」

 

 

罪の意識があるのなら、二度と同じ過ちを犯さないようにすればいいだけのこと。

 

 

「幸せになれ。友人は、多いほうがいいよな?」

 

「……はい! いっぱい、ほしいです!」

 

 

笑顔で、ホムラは頷いた。

つまり、友達を作りたい。まどか以外にも、それこそまどかと同じだけの愛情を注げる相手を作りたい。

それを胸に、ホムラはゲームの攻略を誓った。

 

 

「でもですねぇ。手塚さん。あ、あ、あ……」

 

「どうした? まだ何か不安があるのか?」

 

「あの――。本当に仲良くできるんでしょうか?」

 

「それは……」

 

 

フラッシュバック。

たとえば、あやせ。

 

 

『えー? 友達ぃ? いらなーい。うざーい、しんでー♪』

 

 

ルカ。

 

 

『消え失せろ暁美ほむら。八つ裂きにするぞ』

 

 

杏子。

 

 

『あぁあ? 友達? うぜーんだよ! 今のアタシにはさぁ! 戦いだけがあればいいんだよォオオ!』

 

 

ユウリ。

 

 

『ユウリ様と友達になりたいご様子で? ノンノンンン! 無理だよクソ女ァ! 殺しちゃおっかなぁーッ!!』

 

 

発砲音の幻聴が聴こえた。

いかんいかん。手塚は眉根を揉んで俯く。

やっぱ無理かもとは――、いまさら言えない。

 

 

「ま、まあ、なんだ。俺も手伝ってやるから」

 

「本当ですか! あ、ありがとうございます!!」

 

 

ホムラはニコニコとコーヒーをすする。

 

 

「……あ、あの」

 

「ん?」

 

「手塚さんはっ、お友達っ、何人くらいいるんですか……?」

 

「………」

 

 

あれ?

果てしない沈黙が続いた。

ホムラはカップに口をつけたままビッシリと汗を浮かべている。

 

 

「あのっ、ごめんなさい……」

 

「おかわりは?」

 

「い、頂きますぅ」

 

 

エビルダイバーは友達に入りますか?

手塚はひたすら目でそれをパートナーに訴え続けていた。

 

 

「まあ、騎士は年齢がバラバラだ。だが今ゲーム参加してる魔法少女は中学生か小学生だけだろ。分かり合えるさ」

 

 

それを言うと、ホムラは微笑み、頷いていた。

 

 

 

 

一方でそのバラバラの騎士。

高見沢が電話の向こうで怒号をあげる。

 

 

『ふざけんなクソガキ! お前はなんでもかんでもすぐにポチりやがって!』

 

「金あんだからいいだろよー」

 

『化石発見器なんて何に使うんだよ!!』

 

「ロマンだよロマン! いやだね、少年の心が枯渇したジジイは」

 

『じゃあマヨネーズ製造機は!』

 

「素材から拘るのが"通"だろよー。やだね、本物を知らないジジイは」

 

『馬糞は何に使うんだ! 答えられるなら答えてみやがれ!!』

 

「嫌いなやつに投げるんだよぉ」

 

『さすがに鳥居はいらねーだろ! だいたいなんでネットで鳥居なんて売ってんだ!』

 

「信仰をなくしたジジイに安定はないぞ!」

 

『つうかせめて屋敷のほうに送れよカス! なんで会社の方に代引きなんだよ! テメェいい加減にしねぇとマジで殺――』

 

 

切った。

ニコは携帯電話をベッドの上に投げると、リクライニングチェアに深く座って天井を見つめる。

 

 

「はー、うるせぇジジイだよ本当」

 

 

ニコは読んでいた漫画をベッドに投げ。テーブルの上を雑に整理する。

睨み付けるのはノートパソコン。そこには複雑なプログラムが羅列されており、魔女の文字も見える。

どうやら『新魔法』を開発しているようだが、なかなか上手くいかないらしい。

 

 

「やっぱ私ひとりじゃ無理か……」

 

 

ため息を一つ。そしてお菓子をほおばる。

 

 

「んッ!? お、おいジュゥべえ大変だ! いるか! 今すぐ来てくれ!!」

 

 

唐突に叫ぶ。すると壁をすり抜け、黒い影が姿を見せる。

 

 

『あん? なんだよ、オイラは騎士担当だぞ。なにか用があるなら先輩に頼めよ』

 

「や、そうもいかんのよ。ほら、お前じゃないとダメなんさ」

 

『???』

 

 

手招きを行うニコ。仕方なくジュゥべえも傍に寄る。

 

 

『なんだよ、なにがあるんだよ』

 

「いや、ほら、これ」

 

 

手を見せるニコ。

 

 

『あ? 手がなんだよ』

 

「だからほれ、ポテチ食って手がベトベト。拭かせろ」

 

『……ぇ?』

 

 

グニュッ、グニュッ、ニコはうつぶせにさせたジュゥべえの背中で手をふき取る。

 

 

「キタネ――ッ。あ、もう消えていいよ」

 

『………』ビキッ

 

 

三分後。

 

 

「キュゥべえ! ゲームの事でちょっと聞きたいことがある!!」

 

『なにかな神那ニコ』

 

「あ、やっぱいいわ。自己解決! まあでもせっかく来たんだ。ジュース零したし、モップになってよ」

 

『………』

 

 

ゴシゴシゴシゴシ。

棒にくくり付けられたキュゥべえがひたすら床にこすり付けられている。

三分後。

 

 

「ジュゥべえ、魔獣の事でちょっと聞きたいことがある」

 

『……なんだよ』

 

「悪い、喋る内容忘れたぞ。まあでもせっかく来たんだしな。今ちょっと鼻かみたくてさ。ティッシュ切らしてるのよ。だから、かませろよ」

 

『うん、おォ……、びっくりだな。ビックリだなおい。オーケーすると思ってるならビックリだなオイ。オイ、オイマジで止めろ。無理やり掴むな。おいッ、なんだこれオイ! マジデッ、だか――ッ、ふざけんなよお前離せよ! 離せって! おいッ、ちょ! マジ――ッッ!!』

 

 

ズビビビビビビビビィィイ!!

 

 

「あ゛ー、すっきり! はい、もう消えていいよ」

 

『………』ビキキッッ!!!

 

 

三分後。

 

 

「キュゥべえ、よく来てくれた。そこの消しゴムとって」

 

 

三分後。

 

 

「よ、ジュゥべえ。あ、ごめん。やっぱなんでもないわ」

 

 

三分後。

 

 

「キュゥべえ、300メートル先に何かある。異物かもしれない」

 

 

三分後。

 

 

「ジュゥべえ、さっきキュゥべえに言ったの気のせいだったわ。伝えてきてくれ」

 

 

三分後。

 

 

「キュゥべえ、ジュゥべえ、おはようございます。いや、ちょっと挨拶したくなって。他に用はないからさ。へへへ、じゃあね」

 

 

ビキビキビキビキッッッッ!!!

 

 

『あの女ァ……! ゲームが始まるまではサポーターなのをいいことにィイ!!』

 

『だけど、まだゲームが始まっていない今はサポーターとしての役割がある。予想外だったよ神那ニコ。まさかインキュベーターをストレス発散の道具に使うとは……』

 

 

ジュゥべえ! ジュゥべえ!! 大変だ! 来てくれ!!

 

 

『呼んでるよジュゥべえ』

 

『あぁ!? いやッ、もう流石に行かなくていいだろ先輩! ぜってーロクな用件じゃねぇって!!』

 

 

ジュゥべえ! どうした! まだゲームは始まってないぞ! お前サポーターだろ! 用事があるんだぞ! 用件があるんだぞ!! ニコたんが呼んでるぞ!!

 

 

『いやほら聞いただろ先輩! アイツ絶対確信犯だから! つうか自分のことを『たん』付けで呼ぶ女にまともなヤツがいるわけ――』

 

 

ジュゥべえ! ジュゥべえ! ジュゥべえべえ! ジュゥべえええええええええええええええ!!

 

 

『うるせぇええな! テレパシーを使うな!!』

 

 

ベジュベジュベジュベジュベジュベジュベ――

 

 

『あああああああああああ! 分かった! 行くよ! 行けばいいだろ! ちくしょうがい!!』

 

 

ジュゥべえ、入室。

 

 

『どうした神那ニコ!』

 

「よく来てくれたジュゥべえ!」

 

 

ニコの手招きでジュゥべえは傍に。

ベチャァ――……。

 

 

『………』

 

 

「ガム。捨てる紙が無かったから。な?」

 

『―――』

 

 

10分後、見滝原神社。

そこにジュゥべえがやって来ていた。

自販機の下で拾った5円を賽銭箱にいれると、小さな手を叩き合わせ、眼を閉じる。

 

 

(神様、お願いですから神那(クソカス)が一番初めに死にますように……!)

 

 

一方のニコ。ジュースを飲みながらパソコンを睨んでいる。

 

 

「ケッ、クソ運営共。魔法少女の痛みを食らえ」

 

 

とまあ、呟いてはみるが――。

実際と、ニコの狙いは別のところにあった。

インキュベーターたちをコキ使うのは確かに日ごろの『恨み』からはある。

ある、が。本命はその存在である。

ひそかに、肉体のデータを採取しておいた。呼び出し、どうでもいい会話を行っている裏でレジーナアイをフル稼働。

 

 

「なんとかデータを取れればいいけど」

 

 

パソコンには新魔法の名前(仮ではあるが)が記載されている。

その名も、『MAGIA・RECORD』と。

どうやら良いも悪いも、様々な思惑が蠢いているらしい。

 

さて、ここで城戸真司を見てみよう。

OREジャーナルで記事を作っている真司。とは言え、心は別の方向を向いているらしい。

なんとかホムラとほむらの件は解決した。とは言え、まだスタートラインにも立っていない状況だ。

ましてやほむらの一件でつくづく長い戦いが生み出した苦悩を知った。

 

 

「うーん」

 

 

今後も様々な壁に直面するだろう。

記憶を取り戻しているとは言え、この世界で始めてぶつかる壁もあるはずだ。

 

 

「うーんッ!」

 

 

頭をかく。

魔獣を倒す以外にも、やはり魔法少女や騎士での協力関係をどうすれば――。

 

 

「うぅぅううん!!」

 

 

やはり一番は魔法少女達が仲良く。悲しむことなく。

魔法少女。魔法少女――ッ! うぐぅぅうおぉぉっ。

 

 

「どうしたの城戸くん? 様子が変よ」

 

 

先ほどから頻繁に頭を抱える真司が気になったのか、令子が声をかけてきた。

F・Gの事で悩んでます! などとは言えず、とりあえずオブラートに包むことに。

要するにいろいろな主張がある事件で、どれを尊重するべきか。どんな思いを通せばいいのか分からない。そういう具合に纏めておく。

 

 

「結局、どうすればみんな仲良くなれるのか。納得できるのか分かんなくて」

 

 

すると令子は何度か頷き、アドバイスを返してくれた。

 

 

「やっぱり人間いろいろあるものね。分かるわ、私もそういう時あったし」

 

「令子さんでも?」

 

「もちろんよ。だからね、悩んだときは相手の立場になってみるって結構大事」

 

「相手の、立場」

 

「そうよ。自分が違うかもなって思った意見でも、相手の目線になってみると結構変わってくるものなの」

 

「へえ。そういうもん……、ですか」

 

「ええ。だから城戸くんも何か迷っているなら、少し視点を変えてみるのもいいかもね。相手の立場になれば、相手が何を考えているのか、少しは近づけるかも」

 

 

そうすれば皆が一つになれるかもしれない、と。

 

 

「おお! ありがとうございます! 俺ッ、がんばります!」

 

「ええ、その意気よ。がんばってね。じゃあ私取材に行って来るから」

 

 

OREジャーナルを出て行く令子。

相手の立場。相手の立場。真司が連呼していると、入れ替わりで編集長が戻ってくる。

 

 

「ういーっす」

 

「あ、お帰りなさい編集長!」

 

「おお。あれ? 令子は」

 

「取材です」

 

「お、そうか。えーっと、島田はどうした?」

 

「トイレです」

 

「おお、了解」

 

「あッ、そうだ編集長」

 

「ん? どうした? いや、待てッ。ははあ分かったぞ。今日お前なんかブツブツ悩んでたもんな。だが今はこう――、スッキリしてる。答えが出たな真司!」

 

「分かりますか!!」

 

「ったりめーだバカ。で? どんな答えが出たんだ?」

 

「聞いてくださいよ編集長!」

 

「おお!」

 

「やっぱりみんな色々あるんです!」

 

「おおッ!」

 

「自分だけの意見じゃダメなんです」

 

「おおッッ!!」

 

「だから俺ッ、女子中学生になろうと思います!!」

 

「お――」

 

 

お?

 

 

「編集長! 今日から俺のことは女子中学生だと思ってくださいッ! シャア!!」

 

「―――」

 

 

その夜。

モダンなバーのカウンターで、編集長は氷の入ったグラスを回していた。

 

 

「なにか……、あったんですか?」

 

 

マスター・義彦がグラスを拭きながら、静かに尋ねる。

ジャズの音と、編集長のため息が重なった。

 

 

「ストレス……、かねぇ? パワハラとか無意識にやっちまってんのかも、俺」

 

「まさか。大久保さんに限って」

 

「そう信じたかった。けれども前に取材で女装や幼児化を取り上げたことがあって、どっちもストレスが原因の人がいたんだ……」

 

「そういう世界にいる人達が、全てそうとは限りませんよ。純粋な興味で門をたたく人もいます」

 

「ああ、かもな」

 

 

タバコの火をつけ、編集長は天井を見つめる。

 

 

「休ませてやろうかな……」

 

 

翌日から真司の休暇が増えたのは言うまでもない。

どうやら少し――、いやかなり大きな誤解が生まれたようだが、まあ仕方ない。一種のホウレンソウだ。

やはり上司と部下であってもしっかり話し合うことは大切なのだ。

だからまあ、今回は仕方ないのだ。

 

様々な意見が交差する。意思が交差する。

それは、こんな所にも。

 

 

『言い訳とかさせちゃダメっしょ。稼いできた分は全額きっちり貢がせないと。女って馬鹿だからさ。ちょっと金持たせとくとすぐ、くっだらねぇことに使っちまうからねぇ』

 

『いやー! ほんと女は人間扱いしちゃダメッスねぇ。犬かなんかだと思って躾けないとね。アイツもそれで喜んでる訳だし、顔殴るぞって言えば、まず大抵は黙りますもんね』

 

『けっ、ちょっと油断するとすぐ付け上がって籍入れたいとか言いだすからさぁ。甘やかすの禁物よ。ったくテメーみてーなキャバ嬢が10年後も同じ額稼げるかってーの。身の程わきまえろってーんだ。なぁ?』

 

『捨てる時もさぁホントウザいっすよね。その辺ショウさん巧いから羨ましいっすよ。俺も見習わないと……』

 

 

イケメンホスト、ショウさんはゆっくりと目を覚ました。

夢を見た。電車で後輩の『イチ』と話している夢だ。随分とリアルな夢だった。

まるでいつかの未来を見ているようだ。

 

まあとは言え、あまりいい夢ではない。

なんとなく本能がそれを感じた。斜め向かいに座っていた青い髪の少女の目が尋常じゃないほど淀んでいたような……。

顔を洗うために鏡の前に立つ。ふむ、心なしか脳がクリアだ。

考える。考える。考える。

 

ためしに顔を洗ってみる。

なんだか、顔つきが違うような気がする。

 

 

「……ホストやめよ」

 

 

店とは少し揉めたが、他にやりたい事ができたと熱弁すると、その情熱を理解してくれた。

ましてや後輩のイチは、その情熱に感化されたのか――

 

 

「俺、ショウさんにどこまでもついて行きます。マジリスペクト!」

 

「よし! 一緒に行くか! イチ!」

 

「はい! ショウさん! 俺、たぶん止まらないです!」

 

「よし! 止まらないかイチ!」

 

「っしゃおらーぃ!」

 

 

頭の悪い会話だったが、そこからはなかなかどうして順調だった。

ショウさんは人が変わったように真面目なプランを立てた。料理が得意だったので、ホスト時代で稼いだ金を使い、店を開いた。

イチは料理の腕はてんでダメだったが、皿を洗うスピードだけは速かったので助かった。

さらにスタッフを募集したところ、料理の腕は確かだったが、今までは愛想が悪いということで不採用になってきた『カナさん』を雇う。

他にも何人かバイトを雇い、準備が整ったショウさんは、すぐにタイ料理屋をオープンさせたのだ。

これが瞬く間に繁盛。リピーターもついて、ショウさんもニッコリである。

 

 

「お、霧島さん。いらっしゃい」

 

「ういー、ショウさんー! 今日も毛先遊ばせてるねぇ!」

 

 

今日も常連の美穂がやって来た。とは言え、美穂が笑顔を浮かべたのはそこまでだった。

深刻な表情で座っている美穂。向かいにいた蓮はボケーっと窓の外を見ている。

 

 

「相談ってなんだ? 時間の無駄だろうから、さっさと済ませろ」

 

「真司の――、事なんだ」

 

「ああ」

 

「アイツ最近、取材とか何とか行って見滝原中学校に行ってるよな」

 

「らしいな」

 

 

美穂はそこで保険の先生の研修中なので見かけるのだろう。

 

 

「そこまではいいんだよ。そこまでは」

 

「おお」

 

「アイツどうもそこで中学生と仲良くなってるらしいんだよ!」

 

「同じレベルだからな」

 

 

失礼。

 

 

「それは同意なんだけど――」

 

 

失礼。

 

 

「どうにも特定の女の子と特別仲良くなってるっぽいんだよな!!」

 

「そうかもしれないな」

 

 

適当。

 

 

「おかしいと思ってたのよ」

 

「そうだろうな」

 

 

適当。

 

 

「この私の魅力に堕ちないのは、アイツがバカだからだと思ってたわ」

 

「これ美味いな」

 

 

適当。もはや聞いてない。

 

 

「でも違ったんだ……! アイツ、ロリコ――」

 

 

口を押さえる美穂。ダメだ、とてもじゃないが口にはできない。

 

 

「ロコモコはハワイだろ」

 

 

適当。蓮は全く聞いてない。

そしてそれは美穂も同じである。蓮の返しなど欠片も聞いてない。

 

 

「まあ、アイツのことだ。そういう時もあるだろ」

 

 

適当である。

蓮は飯だけさっさと平らげると、手を振って出て行った。

もちろん伝票は残したまま。予断だが、この男なかなか金の面でみると『せこい』ところがある。

 

 

「………」

 

 

そこで美穂ははじめて気づいた。

 

 

(相談する相手を間違えた。飯だけ食って帰りやがった……!)

 

「はい霧島さん。これサービス」

 

 

入れ替わりでショウさんがホットコーヒーを持ってくる。

 

 

「お、ショウさーん。ありがとー!」

 

「どうしたの? 落ち込んでるみたいですけど?」

 

「それが聞いてよー」

 

 

蓮とは違い真剣に話を聞いてくれるショウさん。流石は元ホストと言うところだろうか。

話を聞き終えたショウさんは、美穂に一つのアドバイスを。

 

 

「相手に気持ちになって考えてみるのも、ありかもしれませんよ」

 

「ホスト時代の経験ー?」

 

「まさか。人としてですよ」

 

「………」

 

 

ショウさんが厨房に戻ったのを確認すると、美穂は携帯を取り出す。

 

 

「………」

 

 

フリマアプリを開き熟考。そして美穂の指が見滝原中学校の制服に伸びるまでに時間はそう掛からなかった。

 

 

(何やってんだ私は……)

 

 

既にポチった後だったが、途中で気づいた分、向こうよりは『マシ』かもしれない。

 

 

「お! 売れてるがな! よっし小遣いゲット!」

 

 

一方でニコは通知に胸を躍らせる。出品していた制服がご購入である。

 

 

「悪いな変態紳士ども、その制服は私の魔法で作ったフェイクだよ」

 

 

意外と世界は狭いものである。

 

 

 

 

 

 

そんななか、休日がやって来た。

 

 

「zzzzzz」

 

 

ベッドにめり込んでいるほむら。

ああ、なんと言うことだ。休日の寝坊がこれほど有意義で心地いいものだったとは。

今まではソウルジェムを操作して起きていたから忘れていた。

そう、忘れていたのだ! もったいない。もうなんだったら、永遠に眠っていたいくらいである。

 

 

「暁美さん、まだ寝てるの!」

 

 

ノック、気だるい返事を返すとマミが入ってくる。

 

 

「起きて暁美さん。今日はみんなでお出かけするんでしょ?」

 

「うぅぅ」

 

「パン焼いてあげるから」

 

「うぅぅ」

 

「美味しい紅茶もあるわよ」

 

 

 

ほむらの肩を揺するマミ。

ともあれ、ご飯よりも大事なものがある。

 

 

「お願い巴さん。もうちょっとだけ眠らせて……!」

 

「!!」

 

 

マミは衝撃に口をあけ、思わず額に汗を浮かべた。

まさか、あの、ほむらからお願いをされるとは。頼りにされるとは!

今までの記憶からは想像もつかないことだ。マミは嬉しそうに頬を蒸気させ、ほむらの体に布団をかぶせた。

 

 

「し、仕方ないのね暁美さん! も、も、もうちょっとだけなんだからッッ!!」

 

 

マミもお願いされる事が嬉しくて許してしまう。

これが三回続いたとき、マミは汗を浮かべて扉を蹴り破るように開いた。

 

 

「あ、暁美さん! 流石にマズイわ! あと五分で待ち合わせの時間が来ちゃう!!」

 

「……ぅ」

 

 

そこでようやくと、ほむらが体を起こした。

目をこすり、あくびをしながら伸びを行う。

そして、変身。

 

 

「え?」

 

 

一瞬だった。一瞬でほむらは着替え終わり、キリっとした目つきでマミの前に立つ。

 

 

「おはよう、巴さん」

 

「は、はやッ!!」

 

 

そこでマミは全てを察する。ほむらは魔法を使って全ての身支度を整えたのだ。

 

 

「むぅ」

 

「?」

 

 

ほむらは首を傾げる。

用意ができたのだから、てっきり笑顔が返ってくるかと思ったら、マミが浮かべたのは不満が見えるふくれっ面。

 

 

「いけないわ暁美さん。横着よ」

 

「え?」

 

「私も髪のセットとかに魔法使っちゃうけど……、な、なるべくは使わないようにしてる」

 

「……?」

 

「あの、だからね、やっぱりこの力は便利だけど、なるべく使わない方がいいと思うの」

 

 

まだグリーフシードの予備はあるものの、なるべく温存はしておきたいし。

ほむらの場合は砂も使う。もしもの時に時間停止が使えないとなると、危ないではないか。

まだゲームは始まっていないから、殺しに掛かる参加者はいないかもしれないが、魔獣の存在もある。

 

 

「それは……、まあ」

 

「ね! じゃあこうしましょう! 普段はなるべく魔法禁止!」

 

「でも――」

 

「私たちはチームなんだから、なるべく助け合いましょうよ」

 

 

助け合い。素晴らしい響きだ。

ほむらは思わず頷いてしまった。

 

 

「って、あ」

 

 

その瞬間、ほむらの服のボタンが床に落ちた。

 

 

「取れた」

 

「やだ、糸が切れちゃったのね」

 

「平気よ。こんなの魔法で……」

 

 

そこでマミのジットリとした視線を感じる。

誓いを立ててから破るまで三分も経っていないと言うのは笑えない話だ。

 

 

「はい、これ」

 

 

そう言ってマミは裁縫セットを持ってくる。

ほむらは渋々そこから針と糸を取り出した。家庭科の授業も周回している。こんなもの魔法がなくとも――

 

 

「………」

 

 

なくとも――

 

 

「……!」

 

 

なくとも――!

 

 

「……!!」

 

 

通らない!

針に糸を通そうとするがなかなかうまくいかない。

イライラする。今すぐドリルでこの針の穴を拡張してやりたい。なんなら針も糸も全て爆弾でブッ飛ばしたい。

いや、いかんいかん。何を考えているんだ。こんな凶悪な思考が魔獣に良いようにされていた原因ではないか。

ほむらは、一度深呼吸し、目を細める。

 

 

「あ、糸をちょっと舐めると通りやすいわよ」

 

 

そう言ってマミはお手本を見せることに。

糸を舐めて少し濡らせば、すんなり糸は針へ。

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

マミは針から糸を抜いて、ほむらに手渡す。

 

 

「………」

 

 

だが、入らない。

眉間にしわを寄せて目を細めるほむら。

入らない。入らない。イライラしてきた。

乾いたのか? ほむらの糸を先を咥え、その後チャレンジして――。

 

 

「あ」

 

「ん? どうしたの暁美さん」

 

「あの、ごめんなさい。私も同じところ……、舐めちゃった」

 

「え? ああ! あはは! だ、大丈夫大丈夫。私べつにそういうの気にしないから」

 

 

少し照れくさそうに笑うマミ。

ほむらも少し赤くなって頷く。

 

 

「キマシタワーッッ!!」

 

「………」

 

 

空間が歪み、ニコが二人の間に座っていた。

この子、『暁美さん、まだ寝てるの!』の辺りからずっと見ておりました。

 

 

「あぁ、これきましたわってヤツな。うーん、これキマシタワぁ、んッ、これどうしようか、これキマシ――」

 

 

数分後、鎖でグルグル巻きにされているニコがリビングの隅っこに転がっていた。

白目をむいており、すぐ傍ではほむらが肩で呼吸をしている。

 

 

「お、おちついて暁美さん。相当怖い顔よ」

 

「ご、ごめんなさい。ちょっと興奮して」

 

 

いけない、冷静さ、落ち着く心だ。

そういう時は、やはりこれか。ほむらはウルズコロナリアを使用。メガネをかけて、ホムラに変わる。

 

 

「巴さん! 私っ、がんばります!」

 

「はい! がんばりましょうね!」(まあかわいい!)

 

 

お菓子をあげたくなる。

ともあれ、見守るマミ。しかし忘れてはいないだろうか。ホムラはほむらよりずっと不器用である。

待てども待てども、アドバイスすれどアドバイスすれど、糸はグニグニグニグニ。一向に針に通る気がしない。

 

 

「こ、こうなったら!!」

 

「ど、どうするの暁美さん」

 

 

ホムラは携帯を取り出し、タップを行う。

 

 

「助っ人を呼びます! 私は一人じゃありません!!」

 

 

数分後、手塚入室。

 

 

「………」「………」「………」

 

 

テーブルの上に向かい合って座るライアペア。そしてそれを見守るマミ。

手塚はしばらく目を瞑っていたが、カッと勢いよく見開くと、コインを投げる。

 

 

「!」

 

 

落ちたコインはしばらく回転し、表を示した。

 

 

「視えた! 通る! 針に糸が通る未来が見えるぞ!」

 

「本当ですか! やったぁ!」

 

「ああ、俺の占いは当たる。じゃあな」

 

 

手塚、帰宅。

 

 

「何をしに来たの!!」

 

 

マミの叫びは虚空に吸い込まれていく。

一方でお墨付きをもらったホムラは嬉々として針に向き合う。

だが一分後、涙目になったホムラがいた。占いでは通ると出たが、なかなか上手くいかない。

するとホムラは再び携帯に手を伸ばした。

 

 

「どうするの暁美さん! また手塚さん!?」

 

「いえっ! 別の助っ人を呼びます! 私は一人じゃありませんっ!!」

 

 

数分後、真司入室。

 

 

「どうした! ホムラちゃん!?」

 

「城戸さん! お仕事は大丈夫なんですか!?」

 

「ああッ大丈夫大丈夫! なんか編集長が捨てられた子犬を見つめる目で有給くれるって言うから!」

 

 

つまりオフ。

ホムラは真司に事の顛末をすばやく説明する。

針に、糸が、通らない。以上。

 

 

「なんだそんな事か! うっし! 俺に任せろホムラちゃん!!」

 

 

それが最後の言葉だった。

数分後、敗北者が帰ったあとには、何も変わっていない状況が広がっていた。

完全に無駄な時間である。涙目のホムラと、汗を浮かべているマミ。

 

 

「ま、まあ今日は私がやるわ。貸して暁美さん」

 

「ご、ごべんなざい……!」

 

「ううん、気にしないで、ほら、助け合いでしょ私たち」

 

 

そう言ってマミは簡単に針に糸を通す。

感心するホムラ。メガネを外し、ほむらになる。

 

 

「上手いものね」

 

「別に、普通よ。暁美さんもちょっとコツを掴んだらすぐに上手くなるわ」

 

 

あっと言う間に外れたボタンは元通り。

 

 

「はいどうぞ」

 

「ええ。どうも」

 

 

一瞬、沈黙。

 

 

「あ、あの、あの、巴さん」

 

「ん?」

 

「あ、あの、えっと、だから――」

 

「???」

 

「あ、ありがとう」

 

「ふふっ! はい! どういたしまして!!」

 

 

そこでハッとする二人。

おかしい、時計は既に待ち合わせの時間をとうに過ぎている。にも関わらずまだ誰も着ていない。

そのときだ。インターホンの連打が。

ピンポンピンポンピンポン! ピポポポポポポポポポ!!

 

 

「うるさい……!」

 

 

こんな押し方をするのはさやかくらいだろうが、モニタを見て驚くふたり。

そこに映っていたのは涙目のまどかだった。

 

 

「鹿目さん! どうしたの!?」

 

「だずげでぐだざいマミしゃあああああああん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「サキ!」

 

 

鹿目家の前ではサキが様子を伺っていた。

そこへ合流するマミたち。

 

 

「マミ、ほむら、来てくれたか」

 

「どうしたのサキ? 何か大変みたいだけど」

 

 

隣にいるまどかは涙目でまともに話ができない状況のようだ。

さらに同じく話を聞きつけたのか、スクーターをすっ飛ばして真司が姿を見せる。

 

 

「うわッ、どうしたのまどかちゃん! 大丈夫!?」

 

「うぅうぅう、じんじざぁああん!!」

 

 

マミにしがみつき、涙を流すまどか。

やはり話はできない状況のようだ。すると、事情を把握していたサキが口を開く。

 

 

「じ、実は――」

 

 

単刀直入に言うと夫婦の危機である。

はじまりは金曜日の夜だった。ご飯の時間になっても、まどかの母親、鹿目詢子が帰ってこなかったのだ。

携帯に連絡しても繋がらない。

そうしていると、詢子がベロベロに酔っ払って帰ってきた。

 

 

「ははあ、なるほど、良くあるタイプのヤツね」

 

「そういう事だな」

 

 

どういうこと? ほむらは肩を竦める。

どうやら、『あるある』らしい。ご飯がいらないなら先に連絡してほしい、そういうタイプの話だった。

それは鹿目家とて例外ではなく。

 

 

『もう、困るよ。ご飯いらないならいらないって連絡してくれればいいのに』

 

『携帯の充電切れてたんだって!』

 

『でもまどか達も心配するし、せめて誰かに電話を借りて連絡くらい』

 

『気にしすぎなんだよ!』

 

 

それが長引いて、最終的に――

 

 

『離婚だ離婚ンンンン!!』

 

 

そして、今日に至ると。

 

 

「パパとママりごんぢじゃうのぉおぉおおお!?!?!?」

 

「お、おちついて鹿目さん。大丈夫よ!」

 

 

とは言ったものの、である。

はて、いくらなんでも一つの家庭の問題に首を突っ込んでいいものなのか。

 

 

「うーん……!」

 

 

腕を組んで考えるマミ。ほむらもどうしていいか全く分からなかった。

ふと、泣いているまどかが見える。なんだかとてつもない虚無感に襲われた。

魔法があっても、この問題にはなんの干渉もできない。

 

 

「!」

 

 

するとまどかを抱きしめているマミが、ウインクを行う。

 

 

「……ッ」

 

 

頷くほむら。

歩き、まどかの肩に触れる。

 

 

「大丈夫よ、まどか」

 

「ふぇ!?」

 

「みんながついているもの。絶対大丈夫」

 

「ほ、ほむらぢゃああああああああ!!」

 

 

まどかはほむらにしがみ付き唸っている。

その頭を撫でるほむら。マミもそれでいいとウインクを返した。

 

 

「しかし本当にどうしたものか」

 

「あッ、そう言えば――!」

 

 

真司は以前、編集長から『夫婦仲を改善する特殊な職業を取材した』とかなんとか。とにかくそう言う話を聞いていた気がする。

 

 

「ちょっと電話で聞いてみるよ」

 

「お願いします」

 

 

そこで気づくサキ。

 

 

「さやかは? アイツも待ち合わせしていただろう?」

 

「連絡がないわね。暁美さん、何か知らない?」

 

「いえ……、なにも」

 

「仕方ないわね。私が見に行ってくるわ。後はお願いね、サキ」

 

「ああ。気をつけてな」

 

 

まどか一家の件はとりあえず真司待ちだ。

マミはそれを信じて、さやかの家に向かった。

一方で電話をかける真司。

 

 

「あ、もしもし編集長? お疲れ様です」

 

『お、おう。ど、どうした真司……、ちゃん』

 

「前に編集長が取材したって言ってた――」(ちゃん?)

 

 

事情を説明する真司。知り合いの夫婦仲が悪いので、なんとか修復の手伝いがしたいと。

 

 

『ああ、それか。えーっと、URL送るから確認しろ』

 

 

電話が切れ、代わりに『とあるサイト』のURLが送られてくる。

真司がそこにアクセスすると、『主婦の遊び場』と言うサイトが表示される。

 

 

(だ、大丈夫なサイトなのかな……)

 

 

そうは思えど、隅々まで見てみると、なるほどと思う。

編集長も『腕は信用できる』と補足説明があった。

真司は編集長を信頼し、記載されている電話番号に連絡してみる。

 

 

『もしもし』

 

 

渋い声が聞こえてきた。

 

 

「あ、もしもしッ、あのOREジャーナルの城戸真司です」

 

『ああ、大久保のところの。で? どうした?』

 

「ああ、実は――」

 

 

事情を説明する真司。

知人の家庭環境があまりよろしくなくなったと。

 

 

『なるほど、分かった。20分だ』

 

「え?」

 

『今から20分で向かう』

 

 

そこで電話が切れた。

 

 

「あッ、ちょっと!!」

 

 

大丈夫なのだろうか?

真司は訝しげな表情で携帯を見つめている。

 

 

「今日、まどかちゃんのお母さんは?」

 

「お休みなの。でも朝がらパパと一言も会話じでなぐでぇええ!!」

 

「お、落ち着けまどか」

 

 

サキが必死に背中や頭をさすっているが、どうやら無駄のようだ。

するとそこでニコの声が頭の中に響く。ゲーム開始前であるため、テレパシーが使えるのだ。

 

 

『こちら神那ニコ』

 

「浅海サキだ。どうした?」

 

『良いニュースと悪いニュースがある』

 

「良いニュースは?」

 

『今日の占い、ニコちゃんが一位だった』

 

「……悪いニュースは」

 

「レジーナアイが異物を捉えた。魔獣だ」

 

「……落差、凄くないか?」

 

『細かい事は気にしなさんな。で? どうする?』

 

 

グッと、拳を握り締める男が一人。

 

 

「魔獣……ッ!」

 

 

真司は辺りを確認する。

まどかは――、とてもじゃないが戦える状況ではない。

すると真っ先に手をあげた者がいた。ほむらだ。呆気に取られているサキや真司を通り抜け、彼女は足を進める。

 

 

「私が行くわ」

 

「いいのか?」

 

「何が?」

 

「いや、だから――」

 

 

サキは言葉はなくとも、まどかをジッと見つめる。

まどかが弱っている時は離れたくない筈だ。それが今までのほむらである。

そして本人もそれを自覚しているのか、少しわざとらしく、大きく首を横に振った。

 

 

「まどかは任せるわ」

 

「だが――」

 

「信頼、しています」

 

「!」

 

 

ほむらは少しばつが悪そうに表情を歪めながらも、ちゃんと想いを口にした。

それを聞いて、サキも真司も頷く。

 

 

「分かった。まどかは任せろ」

 

「ほむらちゃん、魔獣を頼むよ」

 

「任せて。すぐに始末するわ」

 

 

今度は強く、しっかりと首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、これからどこいこっか?」

 

「んー、そうだなぁ」

 

 

公園の並木道を歩く男女。

カップルのようで、デートの行く先について話し合っている。

二人は手を繋いでおり、微笑みあっていた。

 

その背後に現れる異形。

二人組みで、一体は短い髪、一体は長い髪。そして頭部の形が『♂』と『♀』な事から、『男女』をイメージしている化け物であった。

さらに背中には片翼があり、二体が身を寄せ合う事で、ハートマークの形になるようだ。

雄型の魔獣と、雌型の魔獣は、前を歩くカップルを見つめており、自分達もまた真似をするように手を繋ぎ合わせる。

 

そして、そのまま繋ぎ合わせた手を前へ伸ばした。

絡ませた指を解き、僅かに隙間を作る。そこに生まれる光の球体。

魔獣は、それを――、発射する。光弾は一直線に飛んでいき、前を歩くカップルの手に命中すると一瞬で吹き飛ばしてみせた。

 

 

「ァアアアアアアア!!」

 

 

悲鳴が聞こえる。

少年と少女の腕が吹き飛び、血が飛び散った。

何が起こったかも分からず、少年少女は地面に膝をついて肉の断面図を睨みつけている。

顔が青ざめ、涙が溢れ、むき出しになった肉と骨、涙が、恐怖が、絶叫が。

 

 

「「クフフフフッホハハハハハハ!」」

 

 

魔獣達はそれを見て、楽しそうに笑っている。

 

 

「なるほど」

 

「!」「!」

 

「そんな未来は――、いらないな」

 

 

これは、未来の光景。

だから、男は、矢を放つ。

 

 

【フォーチュンベント】

 

 

一瞬だった。景色が巻き戻る。

いや、それは違う。視ていたのは未来だ。だからこそライアは矢を放ち、カップルに命中するはずの光弾を貫いた。

 

 

「色つきだ」

 

「青色と赤色、男の人と女の人……、恋人(ラバーズ)ですね!」

 

 

ライアサバイブと、ホムラアライブは並び歩き、敵に近づいていく。

今まさに後ろで戦闘が行われようなどカップルが想像できるものか。楽しい未来だけを信じて少年少女は消えていく。

それでいい。ライア達はスピードを速め、魔獣に足を進めていく。

 

言葉は要らなかった。『雄』と『雌』は翼を発光させ、身を寄せ合う。

重なる手を前に出せば、そこからハートマークのエネルギーが発射される。

驚異的たるはそのスピードだ。一瞬で届くエネルギー。カードや魔法を使う暇はない。

ライアたちはかろうじて武器を盾にするが、凄まじい衝撃が走る。

 

 

「ぐッ!」

 

 

ライアは立ち止まり、踏ん張る。

 

 

「きゃああ!!」

 

 

一方で吹き飛び、地面を転がるホムラ。

 

 

「大丈夫か?」

 

「は、はい! 平気です!」

 

 

ホムラは立ち上がると、敵を真っ直ぐに睨む。

雄と雌はもう一度先ほどの攻撃を放つようだ。

 

 

「さ、させません!」

 

 

ホムラは叫び、杖を振るった。

 

 

「スロー!」

 

 

放たれた衝撃波は先ほどよりも遅く、ライアとホムラは後ろへ下がり、反撃に転じる。

 

 

【ガードベント】

 

 

エクソダイバーが出現し、ライアたちの前に身を広げる。

大きな体からは更にエネルギーバリアが発生し、エクソダイバー自身がバリアに変わった。

そこでホムラはスローを解除する。魔獣の攻撃はエクソダイバーがしっかりと受け止めて、ライアたちには衝撃一つ伝わってこない。

 

 

「ハアアアアア!!」

 

 

一方でホムラはエクソダイバーの前に出ると、杖を振るった。

先端には盾がついているため、そこからは異次元空間に保管しておいたミサイルが発射される。

しかし再び身を寄せ合う雄と雌。するとハート型のバリアが発生し、ミサイルを受け止めて無効化する。

 

 

「なるほど、お互いの力を高め合っているのか」

 

 

なら引き剥がす。

ライアがそう言うと、ホムラも頷いた。

 

 

「いけるか? 一人で」

 

 

ホムラは一瞬不安げな表情を浮かべたが、首をブンブン振って、迷いを振り払った。

そして覚悟を決めた表情で、一度メガネを整える。

 

 

「だ、だだだ大丈夫です! むしろッ! てッ、手塚さんが危なくなったら、助けに行きますぅ!」

 

「なるほど。心強いな」

 

 

そこで動くのはエクソダイバー。

一瞬でラバーズに直撃すると、雄だけを捉えて、引き剥がしていく。

 

 

「神那、ここから一番近い鏡はどこだ?」

 

『そのまま真っ直ぐ、300メートル先に停車中の車があるから。そのミラー使え』

 

「了解」

 

 

テレパシーでニコから情報を受け取ると、指示通り歩いていくライア。

当然それを妨害しようと走り出した雌だが、高速移動してきたホムラの杖がライアを守った。

 

 

「あなたの相手はッ、わ、私ですっ!!」

 

「オォォ……!」

 

 

ライアは、杖と腕がぶつかり合う中を通り抜けて早足で歩いていく。

すると戻ってくるエクソダイバー。ライアはすぐにその背中に飛び乗ると、車のミラーへ飛び込んでいった。

世界が移り変わる。ミラーワールドに降り立つライア。

すぐに駐車場にて転がっている雄を発見した。

 

 

「ムッ! ムゥウン!!」

 

 

立ち上がった雄は、青色の光弾を手から発射していく。

それは棒立ちのライアに直撃すると、すぐに爆散させた。

だが粉々になったライアは何かおかしい。肉体の破片は全てトランプやタロットカードではないか。

それらはまるで意思を持ったように空中を疾走し、次々に雄に命中していく。

 

まるで手裏剣だ。

火花を散らして倒れる雄と、いつの間にか背後に出現するライア。どうやら固有能力らしい。

デッキからカードを引き抜き、エビルバイザーツバイに装填する。

 

 

【シュートベント】

 

 

弓の中央に電撃が集中していく。

ライアは弦を振り絞る動作を行い、手を離して力を解き放つ。

シュートベント『ボルテッカー』、電撃が縦横無尽に拡散し、不規則な軌道でオスに命中していく。

 

 

「ヌゥウウウ!!」

 

 

怒りに震える魔獣。

雄は両手に青い光を宿し、ライアを殴り殺そうと走りだした。

だが一発目のフックはバックステップでかわされ、二発目の拳は弓の端で弾かれる。

 

 

「フッ!」

 

「ウォウッ!」

 

 

ライアは踏み込み、さらに弓の端をオスの肉体へ撃ち当てていく。

怯んだところを光の矢で追撃。オスは地面を転がり、うめき声を上げていた。

一方でデッキに手を伸ばすライア。抜いたカードは、黄金の紋章を刻んでいる。

 

 

【ファイナルベント】

 

 

エコー掛かった音声が告げるのは必殺技。

ライアが弓を構えると、前方にエクソダイバーが飛来する。

弓の弦を振り絞る動作に比例して、エクソダイバーに電撃の力が蓄積されていく。そして最大限に振り絞ったところで、手を離した。

するとスパークするエクソダイバーが高速回転を行いながら飛んでいく。

 

 

「アッ!」

 

 

危険を察したのか、雄は地面を蹴り、凄まじいスピードで空中へ逃げていく。

だがそれを上回るスピードでエクソダイバーが雄に到達し、その身を貫いてみせた。

 

 

「ア゛アアアアアアアアアア!!」

 

 

オスは爆発を起こし、炎の中に消えていった。

一方でホムラ。メスが放つ手刀を、姿勢を低くして回避。さらに杖の先端にある盾でメスの背を打つ。

 

 

「シュウウウアアア!!」

 

 

飛び上がったメスは翼から無数の光弾を発射。

 

 

「ひぃぃぃいいい!!」

 

 

ホムラは甲高い悲鳴をあげながら涙目になって後退していく。

しかし蹲りながらも杖を掲げ、しっかりと魔法を発動していく。

 

 

「た、助けてくださぃ! フォムホームホムフォーム!!」

 

 

魔法陣が出現、そこから姿を見せたのは剣豪ほむら。

凄まじいスピードの居合い斬りを連打し、迫る光弾をバッタバッタと切り裂いていく。

 

 

「遅すぎる!」

 

 

さらに最後のフィニッシュに、刀からの斬撃を発射。それは雌に命中するとダメージで墜落させる。

さらに魔法陣がいくつも出現し、何人ものほむらが飛び出していく。ハンドガンやマシンガンを連射しながら敵を囲んでいく。

 

 

「うっしゃあ! いくッスよーッッ!!」

 

 

剛拳ほむらが踏み込み、拳を思い切りすくい上げる。

アッパーカット。それは雌を空に打ち上げる一手だ。

 

 

「時間を停止します!」

 

 

杖を振るうと、全ての『時』が静止する。

しかしホムラ達12人は動ける。それがルール。

剛拳ほむらは大きく息を吸い込み、渾身のストレートをメスの腹部に叩き込んだ。

 

 

「ここッス!」

 

 

了解――! その声がシンクロした。

 

 

「えい!」

 

 

ホムラが。

 

 

「フッ!」

 

 

ほむらが。

 

 

「やっつけるのー!」

 

 

博士が。

 

 

「暴発しないようにね!」

 

 

ほむ姉が。

 

 

「視えた!」

 

 

剣豪ほむらが。

 

 

「クワクワ!」

 

 

クワガタほむらが。

 

 

「ごっつぁんです!!」

 

 

ドスコイほむらが。

 

 

「っしゃら! いくぜオラーッ!!」

 

 

やさぐれほむらが。

 

 

「………」

 

 

ぽむらが。

 

 

「よーし! お姉さん頑張るぞー!」

 

 

むら姉さんが。

 

 

「きゃは★」

 

 

アイドルほむらが。

 

 

「ウォオオオオオオオオオオ!!」

 

 

そして改めて剛拳ほむらが全力で繰り出すストレートパンチ。

拳が雌に叩き込まれたとき、同じくして時間停止が解除された。

 

 

「フワァアアアア!!」

 

 

メスは手足をばたつかせ、吹き飛んでいく。

地面に叩きつけられたところで魔獣も気づいただろう。全身に貼り付けられた爆弾の数々を。

 

 

「アッ」

 

「起爆します!」

 

「グギャアアアアアアアア!!」

 

 

超爆発。

雌型もまた粉々になり、爆炎が全てを包み込んだ。

 

 

「やったぁ! ありがとうございます私ぃ!」

 

 

自分と抱き合ったり、ハイタッチを交わしたり。

そんな事をしていると、激しい光を感じた。思わず腕で目を覆うホムラ。

なんとか目を細めて状況を確認すると、光の中から雌型の魔獣が再び現れるのが見えた。

 

 

「え!?」

 

 

そしてそれはライアも同じだった。

復活した雄型の魔獣は翼を広げると、空高く飛行していく。

 

 

「ッ!」

 

 

速い。

さらに呆気にとられていた事もあって、完全にターゲットを見失ってしまった。

ホムラも同じである。魔獣は空に飛び去り、撤退していった。

 

 

「こちら手塚。すまない、魔獣を逃がした」

 

『こ、こちらホムラ! ごめんなさい、私もです!』

 

「一度は倒したと思ったが、復活した」

 

 

テレパシーにより状況を把握する一同。

その中でニコがテレパシーに割り入る。バイオグリーザを向かわせており、その最中でホムラの戦闘を確認した。

当然、雌型魔獣の復活もバイオグリーザの眼を通して確認している。

 

 

「一回は木っ端微塵に爆散してたからな。回復能力じゃないと思われ。考えられるのは、まあおそらく……」

 

 

色つきはタロットカードのアルカナを模している。

そして今回は『恋人』。それらの要素から考えられるに――

 

 

「おそらくあいつ等は、二体同時に、つまり同じタイミングで倒さないと復活していくとか何かそんなんでしょ。よくあるヤツよ、最近は」

 

『引き剥がしたのがマズかったか。すまない、俺のミスだ』

 

『いえいえ! そんなのッ、いきなり分かるワケないですよ。手塚さんのせいじゃありません』

 

 

まあ逃がしてしまったのは逃がしてしまったものだ。

ニコもレジーナアイを確認してみるが、気配はない。どうやら相当遠くへ逃げたらしい。

 

 

「ところで、鹿目の方はどうなったんだよ?」

 

『こちら浅海サキ。まどかは気絶した』

 

「……は?」

 

 

実は先ほど、まどかパパが家を出て行ったらしい。

あ、いや、いつもタツヤをつれて買出しに行く時間なので、別になんの事はない筈だ。

しかし今は状況が状況。まどかは勘違いして、文字通り家出をしたと思ったらしい。

 

一方、そんなこともあってか心配になった真司。

彼は現在、先ほど電話したトラブルを解決してくれるという団体のもとに向かっていた。

スクーターを走らせること約15分ほどで目的地につく。

 

 

「こんなとこ……、あったかなぁ」

 

 

トラブルを解決する以外に、喫茶店もやっているらしい。

しかし前回までのゲームでこんな場所があった記憶はない。それなりに見滝原は知り尽くしているつもりだが――。

まあいい、真司は訝しげな表情で、喫茶店『かめん』のドアを開ける。

 

 

「すいませーん」

 

「いらっしゃい」

 

 

渋めのマスター、『谷口』が真司をチラリと見る。

 

 

「今から向かわせようと思ってたんだが……、急用か?」

 

「え?」

 

 

どうやら今の挨拶の声だけで、谷口は真司が依頼人だと見抜いたらしい。

 

 

「あ、いやッ、ちょっとどういう風に解決するのかなって……、心配になったっていうか」

 

「フッ、ナメられたもんだな、俺たちも」

 

「!」

 

 

カウンターの向こうでタバコを咥えていた男が立ち上がる。

赤いレザーパンツに、黒いジャケットは胸元がかなり開いている。

さらに奥の方にも、別の男がコーヒーを飲んでいた。髪をアッシュゴールドに染めたクールな青年だ。

 

 

沢井(さわい)北村(きたむら)だ。うちのスタッフさ」

 

 

マスターの谷口が補足する。

さらに時計を見ると、もう時間らしい。

谷口は覗いていたノートパソコンを閉じると、沢井たちを睨む。

 

 

「沢井、北村、出動だ!」

 

 

二人は頷くと、それぞれ行動を開始する。

北村はコーヒーを置くと、立ち上がり、移動。

沢井は真司の肩を叩くと、踵を返した。そのまま二人は店の奥にある大きな姿見へ移動する。

 

そこで真司は脳をハンマーで殴られたようなショックを覚える。

無理もない。沢井と北村が取り出したのは、どこからどう見ても騎士のデッキではないか。

事実、沢井たちはデッキを突き出し、腰にベルトを装着させる。

 

 

「ちょッ! は!? えッッ!!」

 

 

驚き、うろたえている真司をよそに、沢井達はそれぞれ構えを取る。

奇しくも沢井は真司、北村は蓮と同じポーズをとってデッキをVバックルへ装填する。

 

 

「変身ッ!」「変身!」

 

 

デッキをセットすると鏡像が現れ、重なる。それもまた同じだった。

こうして沢井と北村は騎士に――

 

 

「って、顔出てる!?」

 

 

いや、ちょっと待って!

仮面がない! 隠れてない!

沢井と北村は確かに『変身』した。沢井の体は赤い鎧に包まれ、北村の体は青い鎧に包まれ、その風貌は龍騎たちとなんら変わりはない。

 

しかし肝心の頭部が思い切りオープンである。

素顔を思い切り晒しているではないか。確かに顔周りは装甲で覆われているが、仮面と言うよりは兜である。

 

 

「な、何がどうなって……、あなた達は一体――ッ!」

 

「レンアイダー」

 

「へ?」

 

「俺はレンアイダー恋騎」

 

「オレは、レンアイダー愛斗」

 

「れ、恋愛だぁ……?」

 

 

呆けている真司を通り抜けて、沢井が変身したレンアイダー・恋騎(れんき)。そして北村が変身したレンアイダー・愛斗(あいと)は谷口の前にやってくる。

すると谷口が銀色のケースからカードを取り出す。それは間違いなく騎士が使用する『アドベントカード』ではないか。

恋騎は一枚、それを抜き取り中身を確認。

 

 

「……理解ある後輩」

 

「え? な、なんだよソレ!」

 

 

さらに愛斗もカードを確認。

 

 

「理解なき夫――ッ!」

 

「だからなんだよソレ!!」

 

 

通常アドベントカードは発動される効果の内容を端的に表したものが多い。

ソードベントだとか、ストライクベントだとか。しかし谷口が持ってきたカードは完全に単語である。

普通に考えれば『理解ある後輩ベント』、もはや意味が分からない。

 

しかし真司の叫びなど恋騎たちには届いていない。

二人はさっそく受け取ったカードを左腕にある『ラブバイザー』に装填した。

同時に真司は驚愕の表情を浮かべる。恋騎のバイザーは剣ではあるものの、シルエットはドラグバイザーそっくりではないか。

 

 

『『ファーストオプション!』』

 

 

電子音が発生する。

同じくして景色が一変した。喫茶店ではなく、美しい満月が光り輝く海辺の丘。

さらに恋騎の周りに巨大なコウモリ型のモンスターが出現する。

 

 

「おわわわッッ!!」

 

 

コウモリが羽ばたいた際に発生する風圧で、真司はしりもちをついた。

そんな中でコウモリは光り輝き、一着のスーツに変わる。

 

 

「!?」

 

 

驚くのはまだ早い。さらに変わる景色。

愛斗の周りを駆ける黒い(ひょう)、加速していく中、豹は光りに包まれて小型化。

そのまま愛斗の鼻の下に装備(?)される。

 

 

「ちょ、ちょび髭になった……!」

 

 

真司の声を合図に、景色は元の喫茶店に戻る。

恋騎と愛斗は一瞬、目を合わせると、小さく頷きあう。

 

 

「レンアイダー!」

 

「出動!!」

 

 

へたり込む真司をよそに、二人のレンアイダーは喫茶店の入り口に走る。

 

 

「恋騎!」

 

 

そこで谷口が恋騎を呼び止めた。

一枚のカードをテーブルの上に滑らせ、恋騎のもとへ送る。

 

 

「もっていけ!」

 

 

恋騎はそれを受け取ると、ウインクを一つ。そして店を出て行った。

 

 

「……グッドラック」

 

 

ニヒルに決める谷口。真面目にやってるのか、ふざけているのかサッパリである。

 

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 

とにかくこうしてはいられない。真司は慌てて立ち上がると、店を飛び出していく。

すると二人の騎士――、いやレンアイダーは既にタクシーに乗り込み、まどかの家を目指していた。

 

 

「タクシー!? ライドシューターじゃなくてタクシーッ!?」

 

 

ますますワケが分からない。

真司はすぐにスクーターに飛び乗ると、すぐに後を追いかける。

 

 

「ワケ分かんねぇ! ジュゥべえ!!」

 

 

真司はすぐにテレパシーでジュゥべえにコンタクトを取った。

リアガラスには赤と青の頭部が見える。なぜ普通にタクシーに馴染んでるんだ。

運転手は何とも思わないのか。突然赤と青の変なヤツらが入ってきてもいいのか!?

そんな事を思っていると、ジュゥべえの声が聴こえてきた。

 

 

『ンだよ城戸真司』

 

(聞きたいのはこっちだよ! どうなってんだよコレ!)

 

『オイラが聞きてーよ。ったく……!』

 

 

ユイデータなのか、どこぞの通りすがりが連れてきたのか、それは知らないがイレギュラーの極である。

ともあれ、既にインキュベーターは調査を完了させていたらしい。

 

まず結論から言うとレンアイダーは騎士には変わりない。

もちろんゲームの参加者ではないし、戦闘能力があるかどうかは微妙なラインだが、それでもやっぱり騎士には変わりないのだ。

しかれどもレンアイダーはその不思議な力をもっぱら今のように『トラブル解決』に使用している。まさに今、まどかの家に向かうように。

 

 

『とにかくアイツらはゲームに無関係な騎士だ』

 

(だッ、大丈夫なのかよ)

 

『知るか。最悪、お前も変身して何とかしろよ』

 

「お、おい!」

 

『じゃーな! チャオ!』

 

 

そこでテレパシーが切れた。無責任なヤツである。

ふと前を見ると、タクシーがスピードを上げているのが分かった。

車体がみるみる小さくなっていく。おまけに信号で完全に分断されてしまったではないか。

 

 

「……ッ」

 

 

何がなにやらだが、まどかの為だ。

真司は一旦スクーターを近くのホームセンターに走らせると、駐輪所に停車させる。

周りに誰もいないことを確認すると、真司はデッキを前に突き出し、Vバックルを装備する。

 

 

「変身ッ!」

 

 

龍騎はスクーターにある鏡からミラーワールドに入ると、すぐにライドシューターに飛び乗り、まどかの家を目指した。

ちなみに、さやかの家に向かったマミ。

 

 

「………」

 

 

汗を浮かべるマミ。

その前ではさやかがお腹を出しながら大いびきをかいている。

 

 

「zzzzzzzzzzzzz」

 

「………」

 

 

やはり杞憂だったようだ。

マミは大きく肩を落としながらため息をついた。

 

 

 

 

 

 

………。

 

鹿目詢子はリビングの扉を開く。

スーツを着た彼女は、ソファに座っている愛斗と目を合わせない。

 

 

「遅かったな」

 

「……ええ、ごめんなさい」

 

 

愛斗はテレビに目を向けたまま、スコッチのグラスを回している。

せめてお帰りの一言でもあれば、詢子は笑顔になったかもしれないのに……。

 

 

「仕事で遅くなりました」

 

 

事務的な言い方が、この夫婦の関係を表しているようだった。

心なしか、部屋も薄暗く感じる。

 

 

「またか。お前の要領が悪いからじゃないのか」

 

「仕事量が多いだけよ。今日は後輩くんも呼んでるから」

 

「お、おじゃまします」

 

 

ドアの奥から、おずおずと恋騎が姿を見せた。

一瞬だけ、恋騎と愛斗の目が合う。それが最初で最後だった。

愛斗はわざとらしく鼻を鳴らし、スコッチのグラスを叩きつけるようにテーブルに置いた。

 

 

「先に部屋に行ってて。何か飲み物でも持っていくわ」

 

「は、はい」

 

 

ばつが悪そうに恋騎は廊下を歩き、詢子の部屋に向かう。

 

 

「じゃあ、打ち合わせするから」

 

「……待て、お前」

 

 

名前を忘れたのではないかと思うくらいの態度だ。

 

 

「お前、妻としての役割は――、いやそもそも女としての役割はなんだと思う?」

 

「っ?」

 

「それはな、有能な男に嫁ぎ、夫を支えることだ」

 

「………」

 

 

威圧の意をこめて、愛斗は立ち上がる。

 

 

「家の事をやるからと言うから仕事をすることを許したんだ。しかしなんだこのザマは」

 

 

もはや嫌味などと言うレベルではない。

ふと、棚の上にあるフォトフレームに目がいく。光が反射してよく見えない。

あそこにはたしか新婚の写真があったはずだ。楽しそうに笑う詢子と愛斗が写っている――、そのはず。

はず……、自信はない。

 

 

「女のくせに気取りやがって。だいたいお前は――」

 

「もういい? 人を待たせてるから」

 

 

さっさと話を切り上げ、詢子は部屋を出て行く。

愛斗は唇を噛み、苛立ちからか壁を軽く殴った。

 

 

「おまたせ。ごめんね、変なとこ見せちゃって」

 

「いえっ、僕は全然大丈夫です……!」

 

 

詢子は恋騎に紅茶を出しだし、早速仕事の打ち合わせを開始する。

そのまま15分くらい経ったろうか。ふと、恋騎はおどおどと口を開く。

何か質問だろうか? その程度に考えていたのだが――

 

 

「あのッ、僕……、知ってますから」

 

「え?」

 

「鹿目先輩がとても凄い人だってこと。知ってますから……」

 

 

ぽかんとした詢子を尻目に、恋騎はポツリポツリと語り始める。

 

 

「先輩がみんなの事を見てくれる事とか、先輩の気遣いとか、先輩が凄いって事は、全部分かってますから……」

 

「後輩くん……」

 

「先輩が取ってきた大手の契約とか、僕取れる気がしないですもん。先輩は凄いです。と言うよりも社内の誰よりも、仕事ができる人だと思います」

 

「はは、生意気言っちゃって――」

 

 

柔らかい笑みがこぼれる。

それが高ぶりのスイッチになってしまった事を、彼女は知らない。

 

 

「先輩」

 

「ん?」

 

「僕じゃ――、ダメですか?」

 

「え?」

 

 

後輩の言葉に、頬が桜色に染まる。

しかし答えよりも速く、理解よりも速く、部屋の扉が開いた。

そこにいたのは紛れもなく、愛斗の姿である。

 

 

「あなたっ!」

 

「そうかそうか、そういうことか……! ニャアニャアにゃあにゃあ煩いと思っていたんだ。ウチでは猫を飼ってないのに、これはどういうことか……。そうかそうか、子猫が一匹迷い込んでいたのか。薄汚い泥棒猫が――ッ!」

 

 

張り詰めた空気が場を支配する。

しかし怯える詢子を見て、恋騎の炎も燃え上がってしまった。

 

 

「あなたがいるから、先輩は笑顔になれない!」

 

「なんだと……ッ!」

 

「どうして旦那さんなのに、奥さんの事を分かってあげられないんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そもそもお前は旦那さんじゃないだろッッッッ!!!!」

 

「!」「!」「!」

 

 

怒号が割り入り、現れたのは龍騎――……、え? 龍騎?

 

 

「サキちゃん! なに解説してるんだよ!」

 

 

あ、すまない。つい……。

――なんて事をサキは言ってみる。

いかんいかん、ついつい良いところだったから集中して見てしまった。

 

サキは現在気絶しているまどかをおんぶしており、家の中にも思い切り入っている。

状況を整理しよう。まどか家に飛び込んできたのは龍騎だ。部屋にある鏡から飛び出してきたようだ。

 

 

「何やってんだよ! ってかこれなんだよ!!」

 

 

龍騎は吼える。なにか始まっていたが、何が始まっているのか欠片も理解できない。

なぜか装甲の上からスーツを着ている恋騎や、ちゃっかり旦那さんになっている愛斗。

何かドラマのような展開が始まっているし、もう何がやにやら。

 

 

「出たなストーカー!!」

 

「は!?」

 

 

恋騎はとっさに詢子を庇うように立つと、龍騎と睨みあう。

 

 

「お前かッ、最近先輩に付きまとっているヤツは!」

 

「そんなワケないだろ! むしろお前だろ! その人から離れろ!!」

 

 

同じくして、ちょび髭をつけた愛斗も拳を振るわせる。

 

 

「今日は野良猫がよく迷いこむ日だ。他人の家に入ってはいけないと教える、おしおきが必要だな」

 

「なに言ってんだよアンタ!!」

 

 

だが張り詰めた空気が意味するところは一つだった。

そうだ、忘れていた、レンアイダーもまた騎士である事には変わりない。騎士のルールはとても簡単だ。

そう、戦わなければ、生き残れない!

 

 

「デェイヤ!!」

 

 

恋騎は大きく声をあげると、ラブバイザー切りかかってくる。

 

 

「うぉ! あっぶね!」

 

 

龍騎はその攻撃を手で弾く。

それが合図だった。愛斗もまた『爪』のようなラブバイザーを振るって龍騎と恋騎を狙う。

 

 

「クソ! やっぱりこうなるのかよ!!」

 

 

とにかくまどかの家では暴れられない。

龍騎はとりあえずまどかママの部屋を出ることに。

 

 

「待て先輩は僕が守る!」

 

「逃がすか! 妻にちょっかいをかける泥棒猫どもめ!!」

 

 

恋騎と愛斗も後を追いかけていく。

 

 

「待って! 私のために争わないでッッ!!」

 

 

叫ぶ詢子!

一瞬、笑ったような。

 

 

(お、おお! 一度は言いたい台詞だ!!)

 

 

そして、なぜか興奮しているサキ。状況は混乱を極めていた。

そんな中でリビングに到着した龍騎たち。迫る拳を受け流し、振るわれた脚を回避し、ソファを飛び越え、椅子を盾にして切りあい、殴りあう。

ともあれ、どこか物を破壊しないように気を遣っているような動きに見えるのは気のせいだろうか?

そうしていると、デッキに手をかけるレンアイダーたち。カードを引き抜くと、そのままバイザーに装填する。

 

 

『『セカンドオプション』』

 

 

愛斗の手に宿る指輪。高そうな宝石がギラリと光る。

 

 

「女なんてな、こういう高そうなものを与えておけばいいんだ!」

 

 

一方で恋騎は手作りのネックレスを出現させる。

 

 

「大切な想いを込めたプレゼントが、先輩を笑顔にするんだ!!」

 

「え? プレゼント? ッ、えーっと……!」

 

 

一方で体をあさる龍騎。すると鎧の隙間に紙が挟まっているのが見えた。

取り出してみたらば、『牛丼100円引き!』と書いてある。

 

 

「おォ……、まあ、これでいいか」

 

 

サキのドロップキックが飛んできたのは、ほぼ同時だった。

 

 

「良いわけないだろォオ! なぜいけると思った! なぜそれを女性に贈ろうと思える! 答えてくださいィイイイイイ!!」

 

「お、おちついてサキちゃん! 顔ッ、顔! めちゃくちゃ怖いよ!!」

 

 

そんな事をしている間にレンアイダー達は再び贈り物をするべく、詢子のもとへ走る。

 

 

「これやっぱダメかな!? 美穂にあげた時は喜んでたんだけど……!」

 

「それは彼女だけですッッ!!」

 

「いやッ、ってかそれよりアイツ等なんなんだよ!」

 

 

そこでハッとするサキ。

どうやら彼女も分かっていなかったようだ。

 

 

「絶対ヤバイ奴らに決まってるって。くっそォ、こうなったら」

 

 

龍騎は立ち上がると自らのデッキに手を伸ばす。

 

 

「こらしめてやる!」『ソードベント』

 

 

廊下を走ると、早速詢子にプレゼントを渡そうとするレンアイダーたちが見えた。

 

 

「おい待て! いい加減にしろよお前ら!!」

 

「ッッ! 凶器! あのストーカーついにナイフを!!」

 

「へ!? あッ、いやこれは違――ッ!」

 

「逃げてください先輩!!」

 

 

詢子を庇うように立つ恋騎。

しかし、そのときだった。それよりも早く愛斗が詢子を守るように立つ。

 

 

「う゛ッッ!!」

 

 

誰もが――、言葉を失った。

驚愕の表情を浮かべる詢子の前で、一瞬、ほんの一瞬だけ愛斗は笑みを浮かべた。

そして震える手で、背中を押さえる。

 

 

「なんでだよ! なんで刺されたみたいなリアクションしてるんだよ! 俺まだ何もしてないだろ! まだ距離かなりあるだろッッ!!」

 

 

叫ぶ龍騎だが、当然のようにスルーされる。

 

 

「ど、どうして!」

 

 

詢子は愛斗の肩を掴んで叫んでいる。

 

 

「大変だッ、止血しないと!」

 

「血ッ、出てないけどね!!」

 

 

恋騎と龍騎も叫ぶ。

そんな中、恋騎はまた一枚のカードを抜き取り、バイザーへ装填した。

それは喫茶店を出る際にマスター谷口が渡したカードだった。

 

 

『ファイナルオプション!』

 

 

虹色の光が迸ると、それが愛斗の手に収束していく。

そうやって出現したのは、かわいらしい柄のハンカチだった。

 

 

「!」

 

 

それを見て、一瞬、ほんの一瞬詢子の表情が変わった。

 

 

「大丈夫だ、ハンカチを持ってる……」

 

 

そう言って愛斗はハンカチを背中に押し当てる。

 

 

『そこで詢子の表情が変わった。なぜならば愛斗が取り出したのは、まだ二人が仲良く付き合っていた頃に、詢子が一番初めにプレゼントしたものだったからだ』

 

「なんだよこのナレーションは!!」

 

 

龍騎の叫びは総スルーである。

一方で詢子は震える手で、愛斗の肩をさすった。

 

 

「ど、どうしてそれを……」

 

「決まっているだろ……、キミが、くれたからだよ」

 

 

ポツリポツリと、愛斗は自らの弱さを吐露していく。

 

 

「俺が、悪かったんだ……。キャリアウーマンとして成功していくキミの姿に、どこか嫉妬してしまった」

 

「――ッ」

 

「俺の手を離れていくキミへの寂しさと――、そんな自分に嫌気が差して、結局キミに当たってしまった……!」

 

「うぅうぅ゛、そうだったのか、なんていじらしい……!!」

 

「サキちゃん!?」

 

 

サキさんガン泣き中である。

結局のところ、離れていく愛する人を信じることができなかったのだ。

知らないところで充実感を感じ、知らないところで、知らない人と笑いあう。苦楽を共にする。

そんな姿を見ているうちに、孤独を覚えてしまった。

愛している人が離れていく感覚。これほど辛い事はない。

 

 

「また――、戻れるだろうか……、キミと純粋に笑い合えていた――、あの日のように」

 

「ええ、ええ……、必ず――ッ!!」

 

 

寄り添う愛斗たちの姿を見て、敗北を確信したように恋騎は頷い――

 

 

「ん!」

 

 

そこで携帯のコール音が響く。

ふと気づいた。恋騎の腕にホルダーがあり、そこへ携帯が収納されている。

恋騎はすぐに携帯を取り出すと、通話を開始した。

 

 

「はい! あッ、はい! 今終わりました」

 

「!?」

 

「ええ、はい、あの――……、はい、タクシーで帰りまぁーす」

 

 

なにやら異常に腰が低くなった恋騎。

電話を切った瞬間、愛斗も勢いよく立ち上がったではないか。

やはり――、と言うか分かりきっていた事だが刺されてなどいないのである。

一方で他ならぬ詢子も笑っているではないか。

 

 

「いやー、悪くなかったよ。若い子にチヤホヤされるのはお世辞でも嬉しいね」

 

「いやいやお世辞だなんて。でも鹿目さんもノリノリで助かりました」

 

「あははッ、だってこんな機会なかなか無いだろうしね。あ、はい、これチップ」

 

「ありがとうございまぁす!」「すいませんわざわざ!」

 

「いいのいいの。それに、大事な事も思い出させてくれたしね」

 

「それはなによりです。あ、じゃあ僕らはこれで」

 

「おお、気をつけて帰れよー!」

 

 

恋騎と愛斗は並び立ち、深く頭を下げる。

 

 

「「失礼しまーす」」

 

 

こうしてなんの事はなく、家を出て行くレンアイダーたち。

龍騎も急いで後を追いかけ、タクシーに滑り込む。

 

 

「ちょ、ちょっと! なんなんだよアンタ等!!」

 

 

同じくサキは詢子に同じような事を聞いていた。

一体レンアイダーとは何者なのか? なぜあんな茶番のような事をしていたのか。それは結局、一言に尽きる。

 

 

「ご、ごっこ遊びですか……!」

 

「そうみたい。なんかさっき携帯に連絡来てさ」

 

 

マスターの谷口は事前に詢子に連絡を行っていたのだ。

レンアイダーはその名の通り、少し違ったシチュエーションの恋愛模様をお届けする劇団みたいなものである。

彼氏がいない人や、旦那をそういう目で見れなくなったマダムたちがよく利用するらしい。

 

 

「キミの乱入もよかったよ。緊張感が追加されたし」

 

 

タクシー内で恋騎は、何のことはなくそう言ってみせた。

龍騎は複雑そうに目線を右往左往である。

どうやらまんまとアクセントの一つにされたようだ。まあ、適応する詢子も詢子だが……。

 

 

「でも、恋愛ごっこがどうして家庭改善につながるんだよ」

 

「俺達は事前に相手のことはくまなく調べるんだ」

 

 

相手の好みのシチュエーションを再現するために、くまなく調査を行う。

そしてそれは何も性癖だので終わる話ではない。調べるということは当然配偶者のことも調査する。

旦那とどこで知り合ったのか、なぜ結婚に至ったのか。

 

 

「あのハンカチ、覚えてるか?」

 

「え? ああ、最後に使ってた」

 

「あれは旦那さんが――、あえっと本物のね。とにかく知久さんが昔使ってたヤツなんだ。もちろん本物じゃなくて同じものを買っただけなんだけど」

 

 

どうやらあのハンカチが鹿目夫婦にとって思い出のある品らしい。

 

 

「へぇ、どんな?」

 

「それは知らない。知らなくていい情報だ」

 

 

恋騎の言葉に愛斗も頷いている。

レンアイダーは事前の調査で知っているが、それを龍騎には教えられない。

個人情報は保護するものである。

 

とにかく、ああいう芝居の中で、夫婦の仲にある『本当』を思い出させる。引き出していく。

そうすることで、昔の気持ちを思い出してもらおうというのだ。

 

 

「この世の夫婦はな、だいたいが好き同士で結婚するんだ。その後で嫌いになったり、他に好きな人ができてしまうけど、それでも一回は幸せにしたいって思った人と結婚するんだ」

 

 

一度生まれた愛は簡単に消えない。

限りなくゼロになってしまう事はあるかもしれないが、それでもよほどの裏切りがないと情は残っている。

 

 

「何かに恋するなんて誰でもできる。でも結婚はそうじゃない。何万といる人間の中で一人と一人が出会って、永遠を誓う。それはとても特別なことだ」

 

「それは、まあ」

 

「そういうモンだと、俺たちは信じたいけどね」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

詢子はジッと恋騎が生み出したハンカチを見つめていた。

フラッシュバックする景色。疲労しきったようにへたり込んでいる詢子がそこにはいた。制服を着ており、いろいろな『傷』があった。

頬を流れる血に気づいた。しかし、同じくして前に立つ少年にも気がついた。

知久だ。彼があのハンカチを差し出している。

 

 

「フッ!」

 

 

笑う。

丁度そこで知久とタツヤが帰ってきた。

 

 

「ただいま」

 

 

知久が察したように笑う。

すると同じように詢子も笑った。

 

 

「おかえり」

 

「?????」

 

 

汗を浮かべて首をかしげるサキ。なんだか雰囲気は穏やかなようだが?

すると目覚めるまどか。ハッとして両親を見る。

 

 

「ま、まだ喧嘩してるの?」

 

「喧嘩? なんの事だい?」

 

「え? え!? えッ?」

 

 

うろたえるまどかを見て、詢子は声を出して笑っていた。

 

 

「なんだよまどか、悪い夢でも視てたのかぁ? あ、サキちゃん。もしよかったら今日、夜、ごはん一緒にどう?」

 

「え? あ! い、いいんですか? では是非っ!」

 

 

なんだかよく分からないが、元の鞘に収まってくれたようだ。

一方で龍騎もタクシーを降りた。騎士の姿のままと言うのはかなりヤバいので、速めに撤退したいところではあるが――。

 

 

「アンタとはまた会えそうな気がする」

 

 

そう言って恋騎はウインクを一つ。

 

 

「いや、俺はもう……、できれば会いたくないけど……」

 

 

去り際に差し出された紙。

 

 

「なにこれ」

 

「請求書だ。今回は時間が短かったので、二名出動で、3万円丁度です」

 

「―――」

 

 

静寂。

 

 

「後でいいですか?」

 

「じゃあ、後で喫茶店に来てもらえれば」

 

 

走り去るタクシー。

龍騎は物陰に隠れると変身を解除。財布を確認すると、現在の所持金は1500円ちょっと。

 

 

「………」

 

 

真司はそのまま携帯を手に取った。

 

 

「あ、もしもし蓮――? 金、貸してくれない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜。

食事を終えたマミとほむらは紅茶を飲みながらテレビを見ていた。

 

 

「今日は大変だったわね」

 

「本当ね。予定していた事とは大違いな日だったわ」

 

「でも鹿目さんのご両親。何事もなくて良かった良かった!」

 

 

嬉しそうなマミの姿を見て、ほむらも小さく笑う。

 

 

「でも、話を聞く限り、相当なイレギュラーだったみたいね」

 

「そうね。ゲームの参加者じゃないらしいけれど……」

 

 

不思議な力を戦いではなく、もっと別のことに使っている。

 

 

「でも、そういう事って、別に能力とか魔法とかがなくても、できるものでしょう……?」

 

 

ほむらは小さく呟いた。

 

 

「え?」

 

「魔法があってもできない事はあるし、逆に魔法が無くても、他人を助ける事はできる」

 

「フフ! そうね、そういう人ってとっても素敵!」

 

 

マミはそこで、ほむらのカップが空になっていたのを見つける。

 

 

「暁美さん。おかわりは?」

 

「あ、いただきます」

 

「うん。ちょっと待っててね」

 

 

ティーポットの中も空だ。

マミは立ち上がり、電動ポットがある所まで移動する。

そして、おかわりを持って来てくれたのだが――

 

 

「あッ」

 

 

どこかに引っ掛けたのだろうか。マミのパジャマのボタンがひとつ取れてしまった。

いけない。後で付け直さないと。そう思ったとき、ほむらの声が聞こえてきた。

 

 

「巴さん。私にやらせてくれるかしら」

 

 

もちろん魔法もなし。インチキもなし。正真正銘、人間・暁美ほむらのお裁縫で。

 

 

「え? でも――」

 

「大丈夫。ちゃんとできるわ。だって――」

 

 

ほむらは唇を吊り上げ、ウインクを一つ。

 

 

「うちのパートナーの占いは当たるの」

 

「……うん! じゃあ暁美さんにお願いしよっかな!」

 

 

マミは嬉しそうに微笑んだ。

こうして夜は過ぎていくのだった。

 

 

 

 





レンアイダーは某バラエティのワンコーナーで生まれたものです。
誰もが知ってるあの人たちが、龍騎のパロディをしてました(´・ω・)b

あと今後、若干マミほむ成分が高くなっていくかもしれやせんが、苦手な人がいたらごめんやで。
ワイは公式スピンオフでアンチマテリアルズが一番好きやったんや。
とても素晴らしい作品だから皆も買ってくりゃあな。

しかしあれやな。
ワイはきららマギカを購入しておったんじゃが、アンチマテリアルズは途中から休載が続いてしまい、結局きららマギカが終わるその時まで再開する事はなかったんや。
かなしいもんやで(´;ω;`)


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第88話 この曲が好きなんだ

次回の更新はグッと遅くなります。
なのでまずは先行最終回をあげると思います。
ただ明日か明後日あたり。速ければ今日の夜辺りにキャラ紹介を更新しておきます


 

 

クラシックが流れている。

これは『エリーゼのために』だろうか? 愛する人に捧げた曲だと何かで聞いた事がある。

本当かどうかは知らないが。

 

なんだか薄暗い部屋だった。

しかし、中央にある祭壇はハッキリと視覚できる。

赤い布の上には黒い羽がクッションのように敷かれている。

それだけではなく、部屋の中にも雪のように羽が舞っていた。

 

その中で男は、祭壇の上にあるものを見た。

首だ。少女の首が置いてある。当然首だけなので死んでいるようだ。

肌は青白く、目の下には隈もある。

 

しかしどこか美しさや、神々しさを感じるのは気のせいだろうか?

すると、少女はゆっくりと目を開けた。

そして唇を吊り上げる。

 

 

「ねえ」

 

 

首だけの少女が語る。

嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「私は――」

 

 

そこで男は目を覚ました。

 

 

星の骸。

魔獣達の拠点であり、バッドエンドギアにはそれぞれ専用の部屋が用意されている。アシナガは椅子に深く座り、足を組みながらモニタを睨んでいた。

手には一つ、ダークオーブが握られている。

彼には漠然とした狙いがあるが、まだ形にする方法が分からない。だから何かヒントになればと、こうして過去のゲームや、ゲームが始まる前の世界を観察しているのだ。

 

 

「………」

 

 

眉が動く。目を細める。

 

 

「……キュゥべえ」

 

『どうしたんだい?』

 

 

部屋の隅にキュゥべえの姿が見える。一瞬で現れたようだ。

 

 

「一つ聞きたい事がある」

 

『ゲームの事かな?』

 

「いや――……」

 

 

アシナガが注目したのは、円環の理が生まれた時間軸。そして前ゲームであった。

いずれも見滝原にはワルプルギスが現れたが、そこで一つ気になる事があると。

 

 

「なぜ3が無い?」

 

『?』

 

「カウントダウンだ。ワルプルギスが現れる際、カウントが5から始まっているが……」

 

 

アシナガが指を鳴らすと、映像が巻き戻る。

ほむらの前からワルプルギスの使い魔たちが群れをなしてパレードを行っている。

そんな中、魔女の登場を知らせるカウントが5から始まった。

5は4へ。しかし次のカウントはなぜか『2』であった。

 

 

「これは前回のF・Gでも見られる」

 

『さあ。何故だろう』

 

 

目を細めるアシナガ。

ジュゥべえならばともかく、キュゥべえのこのリアクション。嘘をついているようには見えなかった。

 

 

『魔女もいろいろな種類がいるからね。中には理解しがたい行動を取る者もいる』

 

「だがカウントダウンは10か、5、3辺りから始めるのが普通だろう。特に3は重要にも思えるが……」

 

 

キュゥべえは改めて映像を見る。

 

 

『はて』

 

「?」

 

『この記録映像の故障じゃないのかい?』

 

「理由は?」

 

『ボクの記憶が正しければ、3はあったように思えるけど』

 

「なに……?」

 

 

キュゥべえは記録を呼び出しているのか、しばしフリーズ。

すると目が光り、そこから映像が投影される。空間に広がるモニタに映っているのはワルプルギスと対峙する暁美ほむらの映像だった。

そこで始まるカウントダウン。

そこには確かに、数字の『3』が存在していた。

 

 

「どういう事だ……?」

 

『考えすぎだよ。いずれにせよ、カウントダウンにそこまで深い意味があるとは思えないな』

 

「……この映像を貰っても?」

 

『別に構わないよ』

 

 

キュゥべえは映像データをアシナガの脳へ叩き込むと、そこで消えていった。

アシナガも椅子に座り込み、しきりに唇を触っている。

 

 

「………」

 

 

違和感。より深みへと進む疑問。

 

 

「やはりおかしい。何故、3がない……? そうだ、確かに3が無いんだ」

 

 

その答えは、まだ誰にも分からぬこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぎさちゃん。はい、あーん」

 

「あーん!」

 

 

朝食バイキングにラクレットチーズがあったのは幸いだった。

なぎさはチーズがたっぷりかかったソーセージをほお張ると、口から伸びたチーズをチュムチュムと吸い取っていく。

租借のたびに恍惚の表情を浮かべており、しまいには眉間を抑えて首を振っていた。

 

 

美味(びみ)すぎなのです……。まったく、ここはエデンですか? さささ、裕くんも食べるといいのです」

 

「う、うん」

 

「ほらほら、中沢も箸が止まってるのです。このチーズの美味さに気づかないなんて人生の半分、いや99.999%くらいの損をしているのです」

 

 

そこで気づく。なんだか中沢くんの元気がない。

いや、ま、別に中沢が落ち込むのは取り立てて珍しい事ではなかった。

今日は曇天だ、窓から見えるロケーションも優れない。そういう些細な事が原因なのかもしれないと、なぎさは気にする事はなかった。

 

 

「どうしたんですの? 中沢くん」

 

 

しかしパートナーとしては気になるのか、仁美が心配そうに尋ねる。

 

 

「え? ああ、いやッ、ちょっと変な夢見てさ」

 

 

よく分からない暗い場所で『何か』を見つけた夢。

それを説明すると、なぎさはブルブルと震え始めた。

 

 

「まあ、中沢くんも同じ夢を?」

 

「え? どういう事?」

 

 

実は仁美となぎさも同じ夢を見ていたらしい。

さらに中沢は、『何か』と言うように置いてあったものの正体を把握はできなかったが、仁美達は違う。

 

 

「首でした」

 

「首? 首って……、あの首?」

 

「はい。でも、誰の首なのかは覚えてませんの。ねえ?」

 

「ですですっ! なぎさは怖くてッ、もうすぐに跳ね起きちゃったのです」

 

 

あとは仁美のベッドにもぐりこんで、しがみついていたと言う。

一方、中沢は同じことを香川にも言ったが、香川は見ていないと言う。

さらに裕太や下宮はカードで待機していたし夢を見ることはなかったと。

要するに中沢、仁美、なぎさの三人が同じ夢を見ていたと言うワケだ。

少し気になるが、頼りになりそうな香川は現在、通路を挟んだ席で下宮と話しこんでいる。邪魔するのも悪い。

 

 

「ま、夢は夢だし、何にもないでしょ」

 

「その通りです! 嫌な夢を見たら美味しいものを食べて忘れちゃえばいいんです! ね? 仁美!」

 

「ふふっ、そうですわね。じゃあ中沢くんも、はい」

 

「!!!」

 

 

仁美は置いてあった中沢のフォークを手にすると、ソーセージを刺して、中沢に勧める。

 

 

(悪夢最高ッッッ!!!)

 

 

中沢が真っ赤になりながら口を開けようとすると、そこで携帯が震えた。

近くにいれば震動音が聞こえる。ブルブルブルブル、この長さはメールではない。

 

 

「中沢ぁ、携帯ブルブルですよ?」

 

「あ、どうぞ。出てくださいませ」

 

「………」

 

 

下 ら な い 用 件 だ っ た ら ブ ッ ● し て や る ! !

怒りの中沢。涙をかみ締めて席を立つと、携帯の画面を確認する。

しかしすぐに怒りは引っ込んだ。ディスプレイには『手塚』の名前が表示されているではないか。

先輩騎士からのコール、中沢は緊張から指を震わせて通話の部分に触れる。

 

 

「も、もしもし!」

 

『手塚だ。朝早く悪いんだが、少しいいか?』

 

「あっ、はい! 全然大丈夫――ッ、ですけど……」

 

『悪いな。実は――』

 

 

手塚はまず中沢たちがいる場所を聞いた。

素直に応えると、少し沈黙が訪れる。

 

 

「もしもし? 手塚さん?」

 

『――すまない。実は少し頼みたい事があるんだ』

 

「いいですよ、何でも言ってください! あ、でもッ、できれば俺にできそうなヤツだと嬉しいんですけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

二時間後。

とある霊園に中沢たちはやって来ていた。

香川達は車で待っているとのこと。中沢、仁美、下宮は花を持って霊園を進んでいく。

そして一つの墓の前に立った。この中には『斉藤雄一』が眠っている。

 

 

「手塚さんの友達……、なんだよな?」

 

「ああ。彼もまた龍騎の世界に住む人間だった」

 

 

下宮はよく見ていたから、よく知っている。

雄一はOREジャーナルの面々と同様の存在だが、大きく違う点があるとすれば役割がブースターである事だろうか。

要するに手塚が騎士になった理由が『雄一の死』である以上、その因果は収束されていく。

 

 

「ゲームが繰り返される中で、同じような展開が続くことはあった」

 

 

一つ例を出せば、一番はじめに脱落するのは『シザースペア』が圧倒的に多かった。

ほむらが何度時間を繰り返そうともまどかを救えなかったように、決められた運命の修正はそう簡単にはいかないものなのだ。

 

 

「斉藤雄一も同じだった。どうやら世界が彼に与えた配役は、手塚海之を成長させるために死ぬことらしい」

 

「そんな……」

 

「もちろん例外もある。そういう時は、箱庭にいた魔獣が死ぬように仕向けたんだ」

 

 

前回のゲームがまさにそうである。

斉藤雄一は『夢』が原因で自殺した。その夢を奪ったのは、ノックアウトゲームが原因である。

 

 

「ノックアウトゲーム?」

 

「すごく簡単に言えば――、暴行の様子を撮影し、それをネットにあげる行為さ」

 

 

雄一は不運にも巻き込まれた?

いや違う。意図的なものだ。いくら実際にある凶悪的な犯行とは言え、斉藤雄一をピンポイントに狙ったのは必然である。

 

 

「おそらくはシルヴィス辺りが、何かしらの力を使って差し向けたんだろう」

 

「!」

 

「斉藤雄一を死に追い込むことで、手塚を契約させる。全てはゲームを始めるための準備でしかない」

 

「クソッ! どこまでもふざけやがって……!!」

 

 

今ゲームは前回のゲームをベースにしていると言っていた。

故に、雄一は同じように巻き込まれ、飛び降り、命を絶ったのだろう。

手塚の『お願い』とは、雄一の墓参りである。

 

雄一は見滝原に住んでいたが、墓は父方の故郷にあった。

まだゲームは始まっていないが手塚たちは見滝原からは出られない。

故にこうやって外にいる中沢たちにお願いしたと言うことだ。

 

下宮は複雑そうに眉を顰める。

我が身可愛さに、死に続ける雄一へ何の手も差し伸べなかった。

見殺しにした上で手を合わせる資格はあるのかとも思ったが、それでもせめて今だけは喪に服したい。

 

もちろんそれは中沢たちも同じだ。

もはや今、この世界に起こりうる全ての事は無関係な事ではない。

中沢たちは持って来た花を供えると、一歩後ろに下がる。

 

 

「でも仁美さんがいてくれて助かったよ。俺たちだけじゃ、どんな花を選んでいいのか分からなかったから」

 

「誠心誠意選んだつもりですわ。少しでも、想いが届くように」

 

 

中沢と仁美は頷くと、持って来ていた数珠を取り出した。

するとそこで人の気配を感じる。他にも誰かが墓参りに来たのだろうか?

中沢たちが何気なく視線を移すと、そこには一人の青年の姿が見えた。

その時、下宮の表情が変わる。

 

 

「ば、馬鹿な――ッ!」

 

「え? どうした?」

 

 

その時、世界が歪んだ。

同じくして駐車場にいた、なぎさが目を見開く。

こう見ても、なぎさは円環の理で重要な役目を担っていた魔法少女だ。

さらには追加戦士と言うこともあり、スペックは高い。

 

 

「先生。大変なのです」

 

「!」

 

「魔獣です」

 

 

二人はすぐに変身し、中沢たちのもとへ。

そこでオルタナティブは見る。空間に出現した巨大な『闇』を。

一瞬危険かと思ったが、なぎさはその闇の向こうに中沢たちの気配を視た。

いや、いずれにせよ『どうするのか?』を考えるまでもなく、闇は一瞬で霊園を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、見滝原。

喫茶店でニコとサキが顔を合わせている。

 

 

「すまない、割としっかり思い出したつもりだが……」

 

「ああ、まあ、私も似たようなもんだし」

 

 

前に同じチームを組んでいたときの記憶を本格的に思い出してみたのだが、所々がどうしても思い出せない。何かゲームの役に立てる情報でもあればと思っていたが。

 

 

「思うに、インキュベーター側が何かしらのロックをかけてる可能性もある」

 

「そういえば、海香と何かを作っていたな」

 

「おそらくあれがジュゥべえ達にとって良くないものだったんだな。あいつら、せこい連中だよ本当に。この神那ニコ様の偉大なる発明を後世に――」

 

 

ブツブツ言いながらニコは砂糖の塊を齧る。

しかし表情は優れない、どうやら味覚の調子が今日はすこぶる悪いらしい。

 

 

「砂食ってるみたい。コーヒーも……、何か異常に酸っぱいような」

 

「大丈夫か?」

 

「バグってんのよ。もう慣れた」

 

 

サキと組んでいた次代はもう過去も過去、はるか彼方の記憶だ。

身に染み付いているのは、やはりFOOLS,GAMEの記憶である。

 

 

「私はもう、見滝原の魔法少女だよ」

 

「確かに。まどかの……、幼馴染だったか」

 

「ああ。本当の妹と変わりない」

 

「ま、そこいらの家族よりは一緒にいるわな。私達は」

 

 

自虐的な笑みを浮かべ、ニコは天井を見る。

 

 

「サキさんよ。テセウスの船って知ってるか?」

 

「いや、すまない……」

 

「英雄の船を補修していくうちに、気づけば全てのパーツが新しいものに換わってた。そりゃ果たして同じ船と言えますのんかいな? ってハ・ナ・シ」

 

 

家で例えてみようか?

住んでるところが古くなってきた。けれども思い出が詰まっている家なので、引っ越したくないし、壊すのもいやだ。

 

じゃあまずは増築しよう。

しばらく住んだ。けれどもとうとう壁が限界に近い。じゃあ全ての壁を取り替えよう。

しばらく住んだ。けれども屋根がもうダメだ。じゃあ屋根を取り替えよう。

しばらく住んだ。けれども床が、土が。交換交換。

しばらく住んだ。中身を替えたい。リフォームしよう。

 

 

「――そんな話」

 

「なるほどな。言いたい事は分かるよ」

 

 

サキはコーヒーカップを置くと窓の外を見る。

 

 

「だが――、私は私だ。もしも『家』ならば誰と住むかが問題だ。或いは、確かな家具(なかみ)があればいい」

 

「へぇ、言いおる」

 

「過去を否定するつもりはない。だが今を否定するつもりもない。私は私の意志でまどかを守り、ゲームを止める」

 

 

確かに環境は過去とは大きく違い、世界の設定すら変わっている。さらに言えば一度は円環の理に導かれた身だ。

けれども浅海サキが浅海サキである事は紛れもない真実だ。

そしてその浅海サキは確かにこの改変された箱庭の中にいる。

 

 

「数多くの魔法少女達がいるなかで、私が15人の1人に選ばれたことは、決して無意味ではないと思っているよ。まさに、運命と言えばいいのか」

 

 

ニコは特に言葉は返さなかったが、代わりに何度か頷いていた。

船と人の違いは心の有無だ。たとえ肉体やベースが過去の浅海サキとはまるで違っていても、中身こそが大切なのだと。

 

 

『なるほど。とても素晴らしい意見だと思うよ』

 

「「!」」

 

 

店の端においてある観葉植物の上に、キュゥべえの姿が見えた。

 

 

『死ね』

 

『おやおや、穏やかじゃないね神那ニコ』

 

『なんの用だキュゥべえ』

 

『キミたちに報告したい事があるんだ』

 

 

キュゥべえは淡々と、何の感情もないように内容を告げる。

 

 

『龍騎ペアをはじめとして、他何組かの参加者消失を確認したよ』

 

『……は?』

 

 

一瞬、ゾッと冷たいものがサキたちの背筋を通り抜ける。

 

 

『ま、まさかッ、死んだと?』

 

『いや、そうじゃない。引き寄せられたと言うべきかな』

 

 

ニコは急いでレジーナアイを起動する。すると確かにまどか達の居場所が見当たらない。

さらに詳細検索してもエラーと出てしまう。ましてやテレパシーも同じくして。

それはそうだ、キュゥべえが今説明したではないか。まどか達が消えたのだと。

問題はどこに行ったのか、送られたのかだが――、それは『見滝原』である。

 

 

『もうひとつの、見滝原(はこにわ)とでも言おうか』

 

『どういう事なんだ。分かるように言ってくれ!!』

 

『魔獣だよ。おそらく、ゼノバイターだろうね』

 

 

よからぬ事を企んでいるとは思っていたが、遂に行動に移したと言うワケだ。

 

 

『ふざけんなよ運営。ちゃんと対処はしてくれるんだろう?』

 

『その事なんだけど、まだゲームは始まっていないよね?』

 

『は?』

 

 

赤い目を光らせながらキュゥべえは言葉を並べていく。

 

 

『ボクらインキュベーターはゲームの運営ではあるけれど、まだゲームは始まってはいない。つまりこれはゲームの下ではないということだ。魔獣と言う侵略者が純粋に現れ、行動を起こしただけに過ぎない。ルールと言う平等が現れるのはまだ先であり――』

 

 

●してぇ。言葉なくともシンクロする想い。

だが分かっている。キュゥべえとはこういうヤツだ。ならば割り切るしかないだろう。

 

 

『せめて私たちをまどかの所に送ってくれ。こっちで何とかする』

 

『申し訳ない。インキュベーター間ならばともかく、キミたちを向こうに送るのは難しい』

 

『おいー、マジで何しに来たんだよ』

 

『言っただろ? これは報告だよ』

 

 

だがもちろんキュゥべえとしても魔獣側がフェアではない事をしているのは分かっている。

ただあくまでもゲームが始まる前に行動を取ってきた。この点は重要視しなければならない。

 

 

『ボクらは魔獣のやる事を止めるつもりはない。ただ、あくまでも向こう側がアンフェアを提示した事は認める。だからこそ、向こうに行ったまどか達には少しばかりのナビゲートを行うつもりだ』

 

 

そこで言葉を止めるキュゥべえ。おっと、どうやらもう一組。

その詳細を確かめるべく、時間を戻そう。場所は手塚のアパートに移る。

蝋燭に灯った炎をぼんやりと見つめていると、インターホンが鳴った。けれども手塚は動かない。そうしていると、扉が開く音が聞こえる。

 

 

「ちょっと、どうして出ないの?」

 

 

ほむらは靴を脱いで手塚の前に立った。

 

 

「ちょっと占いの事で集中していた。と言うより、むしろなぜお前はすんなり入って来れる」

 

「鍵が掛かってなかったわ。物騒だから、気をつけて……」

 

 

そう言ってほむらはそそくさと盾の中にピッキング道具を隠した。

手塚は小さくため息をつくと、蝋燭を消して電気をつける。

 

 

「何か飲むか?」

 

「いらないわ。それより電話もしたのに、どうして出ないの?」

 

 

それも一日中。ほむらは目を細めて手塚を睨みつける。

 

 

「悪かった。充電が切れてるみたいだ。今つける」

 

 

手塚はベッドの上にあった携帯に手を伸ばそうと試みる。

しかしそれよりも早く、ほむらが取り出したマジックハンドが携帯を掴んだ。

 

 

「なんて物を盾に入れてる」

 

「魔法で強化すればそこそこ便利なの」

 

 

携帯を奪い取ったほむらは画面を確認。

ディスプレイにはしっかりと電源が入っているじゃないか。

着信履歴だって沢山残っている。

 

 

「うそつきなのね」

 

 

そう言って、ほむらは携帯をベッドの上に投げた。

手塚は気だるげに俯くと、ため息を漏らす。

 

 

「なんなんだ」

 

「こちらの台詞よ。今日はどうしたの?」

 

「別に……。ただちょっと体調が良くないだけだ」

 

「………」

 

 

ほむらは腕を組んで壁にもたれかかると、手塚をチラリと見る。

 

 

「ずっと、何かが足りない気がしていたの」

 

「?」

 

「何かが抜け落ちたような。零れたような感覚」

 

 

ほむらは自分の胸を押さえ、心を確かめる。

大切な事をずっと忘れている。そんな感覚だった。

思い出そうとしても、思い出せない。ずっと引っかかっていたが、別にそれはおかしな話ではない。数多のループを生きれば記憶が消える時もある。

だが、今日……。

 

 

「海之。貴方なら知っているんじゃないかと思って」

 

「?」

 

「夢を見たの」

 

 

少し唐突な切り出しだったが、手塚の雰囲気が変わる。

どうやら何か心当たりがあるようだ。二人は夢の内容を羅列していく。

するとやはり二人は同じ夢を見ていた事が分かった。暗い部屋、祭壇、黒い羽、そして女の頭部。吊り上げる唇。伝えようとした言葉。

 

 

「あの首は――」

 

 

ほむらは、自分の首を指でなぞる。

 

 

「あれは、私のよ」

 

「………」

 

 

そうだ。祭壇の上にあった頭部は間違いなく暁美ほむらの物だった。

それを手塚とほむらは覚えている。

そしてそれは手塚の脳内でバラバラになっていたパズルのピースを組み立てるのに十分な衝撃だった。

 

 

「そうか、そういう事か」

 

「心当たりが?」

 

「ああ。なんとなくだが」

 

 

手塚はトランプを手にすると、二枚のカードを弾いてテーブルの上に乗せる。

一枚は『A』。一枚は裏側。

 

 

「テラバイター戦で、俺はずっとお前が『二人』になったと思っていた」

 

 

手塚はまずエースのカードを指す。

 

 

(ほむら)と」

 

 

次に裏側のカードを。

 

 

(ホムラ)

 

 

だがそれは違った。

一つ、勘違いをしていたと手塚は言う。

 

 

「正しくは、『三人』だ」

 

「……? 精神世界にいた方を含めてって事」

 

「いや、違う。そうじゃない。あれを含めてもホムラとほむらだろ。それは二人だ」

 

 

手塚はもう一枚、ジョーカーのカードを弾き、エースと裏側の間に乗せる。

はじき出されたトランプのカードはエース、裏側のもの、そしてジョーカー。『三枚』ある。

するとその時、手塚の背後に闇の球体が現れた。

なんだこれは? ほむらそう思ったとき、球体は一瞬で拡大し、次の瞬間、手塚の部屋からライアペアの姿が完全に消失していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この曲が好きなんだ」

 

 

手塚と雄一は放課後の音楽室にいた。

ピアノの音がエリーゼのためにを奏でる。

 

 

「よく、ホラーとかで使われるだろ? でも俺はそう思わない」

 

 

雄一は音楽の事となるとそれは楽しそうに話すのだ。

本当かどうかは知らないが、エリーゼのためには、ベートーヴェンが愛していた女性に贈る曲だったとか何とか。

 

 

「そういうの好きなんだよ、俺、ロマンチストだからさ」

 

「……はは、そうか。そうだな」

 

「笑うなよ。でも本気でそう思ってる。やっぱり、愛は凄いよ」

 

 

どの時代であっても、どんな場所であっても、それは世界を豊かにも破滅にも導く唯一無二の元素だ。

人はそこに無限のエネルギーを見出し、感じ、受け取り、注ぎ込む。

そうやって生まれた作品にはかつてないほどのパワーが宿っているではないか。

 

 

「手塚。お前、恋人とかいないのか?」

 

「ああ、まだ興味なくて。お前こそどうなんだ」

 

「俺はピアノが恋人さ。実際、練習で精一杯だから他人に構ってる余裕なんてないよ。あ、でも興味がないワケじゃないぞ。そりゃ、俺も男だし」

 

 

確かに。手塚は笑った。

雄一も笑っていた。やっぱりこういう時間は楽しかった。

特に何かが生まれるワケじゃないけれど、悪くない時間だったのだ。

こういう時間はもっとあったような気がする。

それで満足していた手塚と、少しくすぶっていた雄一。

 

 

「でも、ほら、俺は思うんだよ」

 

「ッ?」

 

「愛って言うのはやっぱり芸術とか、アーティストからは切っても切り離せないものだろ」

 

 

数多くの詩人が愛を説いた。多くの作曲家が愛を表した。

それは日本も同じだ。愛を語る書物、愛を表現する美術など腐るほど出てくる。

けれどもこの現代まで語り継がれている筈の愛を、未だかつて誰も証明したことはない。

 

全て曖昧で。煙に巻いて。

誰もが『信じる』なんて都合のいい言葉を口にしている。

雄一はまだその完成系を見たことがない。

 

 

「俺だってそうだ。今も言ったけど、ピアノで忙しいから愛は知らない。まだ掴めない。だからピアノの腕も飛躍しなかったし、馬鹿らしい連中に巻き込まれる」

 

「雄一?」

 

 

なにやら齟齬をきたす内容。

はて? こんな記憶はあっただろうか? 正しかったのだろうか?

手塚が頭を押さえて沈黙する一方で、雄一は頭を掻き毟る。

 

果てしない苛立ちがこみ上げてきた。

なんだ、そうだ、分かりやすい愛の形、『恋人』など歪なシステムにしか過ぎない。

他者との関わりの中でしか愛を見出せないならば、それは人が欠落している証ではないか。

他者に依存する事を、美しい言葉のオブラートで包んでいるだけだ。

 

 

「愛に頼るのは……、ナンセンスだ。なあ手塚」

 

「どうしたんだ? 何かちょっと様子がおかしいぞ」

 

「やッ、別に普通さ。ただ俺は気づいただけなんだ」

 

 

愛なんてのは、そこまで特別じゃないし、神聖ではない。

むしろ考えれば考えるほど欠落したものだという事が分かってきた。

 

 

「欠落したものに縋り、インスピレーションを受けても、出来上がるのはやはり不完全な代物だ」

 

 

歪な芸術は『逃げ』でしかない。

 

「俺が欲しいのは、本物なんだ……!」

 

 

愛なんていつ裏切られるかも分からないものに魂を注ぐのは間違っている。

裏切りのない、確かな想いを胸に抱えることが正義。

確かなアーティストの証。

 

 

「それは殺意だ。手塚」

 

「……ッ!?」

 

「俺はやっと気づいたんだ。気に食わないものを排除したいと言う気持ちは、常に本当だ」

 

 

雄一は何を言っているのか。

手塚が戸惑っていると、幻聴が聴こえてきた。

 

 

『――ィ』

 

「………」

 

『――き!』

 

「………」

 

『海之!!』

 

 

脳内に響く声、それが手塚の目を覚ました。刹那、記憶が、真理が、答えが脳を駆ける。

そうか、そうだな、忘れていた。手塚は当たり前で、最も大切な事を忘れていた。

こんな思い出はない。斉藤雄一は――、既に死んでいる。

だから目を見開き、ただただ拳を握り締めていた。

一方で雄一は笑顔を浮かべて両手を広げていた。

 

 

「俺の人生を台無しにしたのは世界だ。世界に生きる人間を殺して殺して殺しつくす。そうすれば俺の奏でる音は完成するんだ」

 

 

手塚は無言で雄一からゆっくりと離れていく。

ふと、雄一は残念そうに首を振った。きっと理解してくれると。

しかし手塚はそうじゃないらしい。雄一はそれが悲しく、腹立たしい。

 

 

「手塚。テセウスの船って知ってるか?」

 

「英雄テセウスか」

 

「ああ。そうだ。彼の船は多くの補修か改修を受けて生まれ変わった。人はそれを同じ船とも言うし、違う船とも言う」

 

 

手塚はふと、懐からカードデッキを取り出す。

 

 

「手塚。お前が記憶を取り戻したのは既にデッキを手にした後だ。The・ANSWERは確かに前回のゲームをベースにしているが……、同じじゃない」

 

 

手塚の腰にはVバックルがあった。

分かっているのか、いないのか、雄一はまだ熱弁を続ける。

 

 

「たとえ灰になったとしても! 偉大なる技術力は俺の体を復元することができた! そして俺はギア様の偉大なる理想に感銘を受けたんだ!!」

 

「………」

 

「手塚! 理解してくれ! 俺は本当の斉藤雄一だ。たとえ多くの改修を受けても、俺は俺だ」

 

 

たとえ、脳を弄られたとしても。

体の構造データを丸ごと作り変えられたとしても。

考え方が変わったとしても。

 

 

「俺は気づいたんだ。世界の支配者に相応しいのは――」

 

「……変身」

 

 

手塚は静かにデッキをバックルへセットした。

同時に、斉藤雄一の体にモザイク型のエネルギーが迸る。

 

 

「手塚! 世界の支配者は魔獣なんだ!!」

 

 

斉藤雄一。

今の名前は色つき、『運命』。

その背中に現れたのは巨大な『輪』だ。

チャクラムや圏をイメージさせるもので、ピアノの鍵盤がついているのが特徴的な武器だった。

 

 

「………」

 

 

ライアは一度俯く。思い出そうとしなくても、雄一との思い出はたくさんあった。

下らない事で笑ったことや、どうしてもいい会話。

本気の悩み。苦悩。

そして、尊敬。

 

 

「ァアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

かつてない怒りが爆発した。

ライアは天井に向かって叫び、そのまま思い切り地面を蹴って走り出す。

すぐに伸びる拳。しかし雄一はそれを的確に弾き、小さな笑みを浮かべていた。

 

 

「手塚。お前は俺のために戦ってくれたみたいだが、それはもういい」

 

 

雄一は一旦バックステップ。

そして背丈ほどある輪を片手で掴むと、思い切り投げる。

風を切り裂く輪。速いが直線だ。ライアは床を転がると、それを回避してみせた。

 

 

「俺は蘇り、こうして目的を持っている!」

 

 

だが雄一が指を鳴らすと、輪が分裂。

小型のチャクラムが自在に空中を飛びまわり、ライアに纏わりつく。

追尾する刃はライアを逃がさない。すぐに火花に包まれ、地面に倒れた。

 

 

「グゥウウ!!」

 

 

さらに無数のチャクラムが集合すると、再び大きな輪に変わり、そのままライアの首に落ちる。

本来ならば首を切り落とす筈だったが、なぜか首だけではなくライアそのものが砕け散る。

輪が捉えていたのはジョーカーのカード。

トリックベント・スケイプジョーカー。

 

 

「違う! 俺に為に、お前を消す!!」

 

 

ライアは拳を握り締め、それを前へ伸ばす。

 

 

「やめてくれ手塚。俺は俺だぞ? 魔獣になったら。少し考え方が変わったら、気に入らないから殺すのか」

 

 

が、しかし雄一はその拳をしっかりと受け止めた。

 

 

「手塚。俺は少し誤解していただけなんだ」

 

 

腕を組み合い、両者は音楽室を駆ける。

 

 

「家族や友人なんて俺を縛るものでしか無かった」

 

 

魔獣の力を得た雄一は、人間態でありながらもライアと互角のスペックを見せていた。

輪を振るい、エビルバイザーを弾くと、がら空きになった胴体へ足裏を叩き込む。

吹き飛び、壁を粉砕するライア。どうやら言葉ではどうとでも言えるかもしれないが、本心はやはり戸惑っているらしい。

 

つまり魔獣は、手塚が記憶を取り戻すまえに雄一の死体を回収し、魔獣として改造したのだ。

全てはかつての友人と殺しあうシチュエーションを完成させるため。

斉藤雄一を殺人マシーンへと変えるために。

 

 

「フッ!」

 

 

雄一が輪をなぞると、鍵盤が独りでに動き、『エリーゼのために』を演奏しはじめる。

もちろんただの音楽ではない。魔獣の負、瘴気が込められており、それは脳を揺らす怪音波だ。

 

 

「クッ! グゥウウァ! ッ、ヅ!!」

 

 

ライアは頭を押さえてうめき声をあげる。

その間に雄一は両腕を回して円をつくり、その残像をチャクラムに変える。

すかさずそれを投擲。ライアは一発目の回避に成功するが、二発目は直撃してしまう。

火花を散らして後退していく中、ふと気づく。周りの景色が変わっていた。

学校から、薄暗い室内へ。

 

 

「ッ!」「……?」

 

 

怯んだのは雄一も同じだった。どうやらこの変化は意図していないものらしい。

そこでライアは理解する。これはあの夢で見た場所。

振り返ればそこには祭壇があり、そこには女の――、暁美ほむらの頭部が存在していた。

 

 

「!」

 

 

目が、合う。

彼女は何だか嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「手塚」

 

 

声色が弾んでいる。時間が止まったようだ。

 

 

「やはり――、お前なのか……!」

 

 

(ほむら)

そこでライアの姿が消え去った。気づけば祭壇もなくなっている。

雄一は星が見える平原に立ち、周囲を確認。

手塚の気配は完全にロストしているではないか。

 

 

「何が起こっている……!」

 

 

するとそれに答える声が。

上から降ってきたのは、ゼノバイターだ。

 

 

「気にする事ァねぇよ! ハハハ、力が上がってきた証拠だろう」

 

「ゼノバイター様」

 

「ファーストパンチとしちゃ上出来だぜィ。ま、こっからだな」

 

「この世界は一体?」

 

虚心星原(きょしんせいげん)。世界から隔離された宝箱よ。カカカカ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「虚心星原?」

 

『って、魔獣の連中は名づけたみたいだけどな』

 

 

目覚めた中沢たちは一箇所に集まっていた。

とは言え、霊園ではなく立っていたのはどこぞの裏路地。

幸いだったのはすぐにジュゥべえがコンタクトを取ってきたことだ。

丁度近くにカラオケがあったので、一同はそこでジュゥべえから情報をもらうことに。

なぎさがタッチパネルのリモコンを睨んでいるなか、香川がジュゥべえに問いかける。

 

 

「何がどうなっているんですか?」

 

『あぁ、まあ魔獣がちょっとな』

 

「ここは?」

 

『見滝原だ。つっても、The・ANSWERの箱庭じゃない。別のゲーム盤だ』

 

 

ループされていく中、その一つの見滝原を抜き取ったとでも言えばいいか。

いわばセーブデーターを一つ抜き取り、再現したと。

 

 

『本来ならばこれはあり得ないんだが……、あんちきしょう共が裏でコソコソやってたらしくてな』

 

 

特別支給としてこの虚心星原に訪れた参加者にはグリーフシードを一つずつプレゼントした。

 

 

「詫び石みたいなもんか……」

 

 

中沢はソーシャルゲームに例えてみる。ジュゥべえもそれくらいは知っているし、否定はしなかった。つまり運営側としても『ミス』と言う自覚があるらしい。

 

 

『あとはまあ、お前らには関係ねーけど、サバイブとアライブの再変身時間の短縮も追加してやったぜ』

 

 

とにかく、今回はイレギュラーだ。

魔獣が良くない事を考えているのは事実だった。

 

 

「しかし、なぜ斉藤雄一が生きている」

 

 

ここで下宮が割り入る。

霊園で彼らが見たのは、斉藤雄一の姿だった。

中沢たちは知らないが、下宮はよく知っている。

 

 

「彼が生きてるのはありえない」

 

『死体……、つうか灰を回収して魔獣にしたんだよ。ありゃ色つきだ』

 

「ば、馬鹿な……! なんて事を――ッッ!!」

 

 

中沢たちも事情を察する。

つまり魔獣は。手塚の親友を魔獣に改造したのだ。

火葬された際の灰や骨の欠片を使ったのだろう。地球でもクローン技術と言うものがあるが、あれに近いものがある。DNAから情報を採取し、再現して見せたといえばいいか。

 

 

「酷い……、そんな事を」

 

 

仁美たちが俯く中、ジュゥべえはどうでもいいと言った様子で笑ってた。

 

 

『ま、そんだけライアペアを牽制しておきたいんだろうな』

 

「……? つまり手塚くんと暁美さんは、虚心星原において重要な役割を渡すということですか」

 

『流石は先生。話が早い』

 

 

ただ正直、ジュゥべえとしてもまだ分かっていない事は多い。

その答えを導くために、まずは中沢たちにコンタクトを取ったのだ。

 

 

『志筑仁美、コネクトを使え。今から言う魔法少女を呼び出すんだ』

 

 

断る理由はなかった。それは、未来(むこう)も同じ。

仁美は変身してコネクトを発動。魔法陣が現れると、そこから灰色かかった銀髪の少女が姿を見せる。

セーラー服を模したコートを着ており、少女はキュゥべえを睨む。

 

 

『久しッぶりだなァ? ええ、おい』

 

「………」

 

『いや、つうかアレか。まだ会ってねぇのか正確には。ハハッ!』

 

 

天乃(あまの)鈴音(すずね)は、腕を組み、不服そうに壁にもたれかかった。

 

 

「言ったでしょ、人間をナメないほうがいいって」

 

『まあ確かに。こんな状況になるとはオイラも考えてなかった』

 

 

だが、鈴音の意地がこの状況を生み出してしまったとも言える。

説明を始めるジュゥべえ。そもそも何故、鈴音なのか。

それはこの虚心星原の元になったゲームが関係している。

 

インキュベーターは何度も繰り返されるゲームの一つ一つをしっかりと記録し、管理していた。

その中でもいくつかは、大きな『変化』があったものとして記録されている。

今、中沢達がいる場所もそういう中の一つであると。

 

 

「ここはLIAR・HEARTSと呼ばれたゲームの中だ。かずみが箱庭に囚われて一番最初のゲームだったからな。よく覚えてる」

 

 

F・Gはもともと12人で行われていたゲームだ。

しかし一度魔獣の中でメンバーを変えてやってみようと言う意見が出て、ゲームのその後の世界が創られた。これが現在、海香や鈴音がいる未来である。

 

未来のフールズゲーム、その名も『Troia trial』が行われたゲーム盤は、いろいろな事があったため、『Perfect Dark』と言う名前で記録されていた。

そこで鈴音とかずみは戦いを止めるべく、過去に飛んだのだ。

 

 

『だがお前らはイツトリに気づかなかった。調子に乗った鈴音ちゃんと、かずみちゃまはソッコーで敗北。お前は何とか逃げ出したが、かずみはそのままゲームの駒にされた』

 

 

鈴音は不快感を露にしながらも否定は行わなかった。

 

 

『そもそもテメェらは魔獣の存在にも気づかなかった。加えて、あの時のフールズゲームはルールが少し違う』

 

 

暁美ほむらが死ぬか、死なないか。

鈴音をそれを勘違いしてしまった。ほむらが死なない事(ほむらの勝利)が、自分たちの未来に繋がると考え、暁美ほむらを殺した。

 

 

『だが無理なんだよ。魔獣やイツトリをなんとかしねぇとな』

 

 

結局、鈴音たちの行動は『かずみ』をゲームに埋め込む言うだけに終わった。

まあそれが今に繋がるのだから、決して無駄ではなかったが。

 

 

『あと、お前は一つ勘違いをしてた』

 

「ッ?」

 

『今と未来じゃ、ソウルジェムの構造が違う』

 

 

確かに、かずみや鈴音たちには特徴がある。

それが鈴型のソウルジェムだ。ピアスのように両耳についているそれは、新型である証。

両方、もしくは一つをダミーとする事で破壊の可能性を低くし、さらにその状態で心臓、もしくは脳を破壊されなければ死なない。

 

 

『鈴音、お前は暁美ほむらの首を取ったが、肝心のソウルジェムを壊してなかった』

 

「!」

 

『お前、暁美の両耳にピアスが無かったから勘違いしてたな。だからテメェは暁美の力を……、ってまあこれはいいか』

 

 

尤も、あの状態のほむらに生き残る気があったのかは定かではない。

とは言え、あの一撃がスイッチになったのではないかとジュゥべえたちは見ていた。

 

 

「だ、だからその……、つまりどういう事なんだよ」

 

 

ジュゥべえは鼻を鳴らして中沢を見る。

 

 

『なんつうかなァ』

 

 

いろいろ説明が面倒だ。

とはいえ、まずは例の一つに『まどか』を挙げる。

かつて円環の理になった女神は、ほむらによって分断されてしまい、結果的にそれが弱体化となってイツトリや魔獣に敗北した。

 

まあその後、同じように分かれた『お茶会まどか』がタルトを連れて逃げたからこそ、何とかなったわけだが。

つまりThe・ANSWER以前のゲームではまどかは『二人』いた事になる。

 

同じような事が、ほむらにも起こったのは記憶に新しい。

テラバイターの暗躍によって生まれたのは、おなじみのメガネ少女・ホムラである。

ほむらとホムラ。それは『二人』とも言える。

 

 

『だが違う。ほむらは3だ。あと一人いる』

 

「は?」

 

 

ほむら、ホムラ、そして『焔』。

 

 

『その第三の暁美ほむらこそが、この世界を生み出し、かつ存在させている(コア)だ』

 

 

唸るジュゥべえ。

そうなると、なんとなく敵の目的が見えてきた。

ずっと疑問だったのだ。と言うのも、テラバイターとゼノバイターはほむらを殺すことよりも、ほむらから何かを抜き取るような立ち回りを見せていた。

事実、テラバイターは敗北する直前、確かにほむらから紫色の光を抜き取っている。

あれは一体なんだったのか、考えていたが、なるほどなるほど。

 

 

『この世界の鍵、パスみたいなもんだな』

 

 

ジュゥべえは何度か頷いている。なにか納得したようだった。

 

 

『とにかく、今はゲームのリプレイ中だ』

 

「リプレイ……?」

 

『まあ簡単に言えばLIAR・HEARTSの時間が戻った。暁美を殺すか殺さないかの最中ってワケさ』

 

「どうすれば元の世界に帰れる?」

 

『そりゃお前……、コアを何とかして、魔獣を倒せば確実だろうよ』

 

 

ジュゥべえは一瞬で下宮の頭の上に立つ。

 

 

『今はお前が頼りだぜ。裏切り者くん! なはは!』

 

「ッ!」

 

 

そこでジュゥべえは消え去った。

すぐに下宮は顎を押さえて考える。LIAR・HEARTSの記憶が蘇る。

すぐに時間と日付を確認し、青ざめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 

ライアは我に返る。

また変わっている景色。祭壇は消えており、ライアは屋外に立っていた。

混乱の中、先ほどの笑顔だけが脳に張り付いている。

 

 

(焔……)

 

 

そこで、ライアもまた理解した。

これはゲームのリプレイ。繰り返されるF・G。

LIAR・HEARTSの時間。その記憶がフラッシュバックしていく。

 

強い既視感がライアを包む。

気づく。ライアはいつの間にか変身が解除されていた。

そして目の前に倒れている杏子を見つける。片腕は無く、片目は潰れ、そして全身からは一人の人間が流すには多すぎる血が見えた。

 

そうか、そうだ。手塚は思い出す。

ゲームの終盤、蓮とかずみを倒した後の景色だ。

このまま放っておけば杏子が死ぬ。

それが分かっていながら放置はできなかった。手塚はすぐに走り出し、杏子の傍に来る。

 

 

「あんま触るな……。血で…、汚れちまう……!」

 

 

同じ台詞だ。気づけば手塚も同じ台詞が出ていた。

 

 

「おい、どうすればいい! 魔法で回復は――」

 

「無理……、だよ」

 

 

そうだ。そうだった。手塚は完全に思い出した。

魔法少女はソウルジェムさえ無事なら、どんなに酷い傷を負っても問題はない。

しかしそのソウルジェムがダメなのだ。杏子はスペアを持っていない。

 

一瞬考える。どういうカラクリなのか。

たとえば純粋にLIAR・HEARTSを繰り返し、この状況でメモリーベントを使ったように記憶を共有したのか。もしくはLIAR・HEARTSが繰り返される中で、The・ANSWERの時間軸から来た自分が融合したのか。

 

だがそれは今考えるべき事じゃない。

手塚もまたジュゥべえからある程度のアナウンスは受けていた。

魔獣の仕掛けたこのトリッキーな状況、言わばゲームの不具合に対する侘びの品。その一つがグリーフシードだ。

手塚はポケットからそれを取り出すと、杏子のソウルジェムへかざす。

 

 

「なんだよ……、持ってたのかよ…、さっさと、出せ――、よな」

 

「すまない! だがこれでいいだろ。大人しくしてろ」

 

「良いって」

 

 

杏子はそう言って手塚の手を遮る。

 

 

「何をする!」

 

「それ、アイツの為に使えよ……」

 

 

アイツとはほむらだろう。

全てが同じなら、ほむらは現在、手塚アパートで気絶しているはずだ。

LIAR・HEARTSは殺し合いではなく、暁美ほむら一人が死ねば終わりである。

だからこそ杏子はココで自分が助かることを望んではいない。

ましてや、杏子には一つの思いがあった。

 

 

「もう、いいんだ。アタシはもう――、いい」

 

 

つまり、死にたいと言う意味だった。

 

 

「アタシ、本当は……、もっと、この世界で生きたかった」

 

 

覚えている。この弱さの吐露も。

 

 

「本当はマミ達とまた仲良くなって、そこにはきっとゆま達もいて……」

 

 

少しだけ浄化したソウルジェムが、また濁っていく。

 

 

「さやかと……、馬鹿やって………、ゆま…、と――」

 

「おい!」

 

「いいんだって……! だって、アイツらは、もう」

 

 

杏子は目を閉じる。

 

 

「死なせてくれ。手塚……」

 

 

一瞬、ソウルジェムが光る。

すると咳き込む杏子、大量の血が口から溢れた。

どうやら魔法少女である事を捨てるらしい。と言うのも、杏子とてソウルジェムの仕組みはよく理解している。痛覚の遮断や、魔法による肉体回復、そう言った超能力を全て解除したのだ。

 

人として、罪を、痛みを背負う。

ソウルジェムの仕組みを知らない魔法少女は致命傷を受けた時に、自分が死んだと決め付け、そしてソウルジェムがそれを了承して本当に死に至る。

 

杏子も同じだ。大量出血に寄る死を受け入れようとしている。

手塚は――、止められない。そもそも止める資格があるのか?

この世界の仕組みを解き明かせば、この世界は終わる。そうすればココに生きる杏子はいずれにせよ……。

ならばこのまま本人の望む通りにしてあげるのは、きっと間違いじゃない。

手塚の動きが止まった。はっきり言って、どうしていいか分からなかった。

 

 

「ダメだよ! 杏子ちゃん!!」

 

 

しかしその時、声が聞こえた。

手塚が振り返ると、光の翼を広げたまどかが見えた。

既にアライブ状態であり、ニターヤーボックス(箱型の結界)にマミを入れてやって来た。

 

 

「ローシェルヒール!!」

 

 

アライブの力によって強化された天使が、癒しの光を杏子へむける。

ただ強化された治癒魔法で傷は治っても、やはりそこは専門ではない魔法だ。

欠損した肉体や完全に破壊された目は戻らず、さらに今の問題は『肉体の傷』ではない。

 

 

「佐倉さん!!」

 

 

箱が開き、マミが杏子の傍にすべり寄る。

手にあったグリーフシードをソウルジェムへ押し当てると、浄化を開始した。

 

 

「鹿目ッ、巴……!」

 

「手塚さんもこの世界に!?」

 

「あ、ああ」

 

「とにかくっ、今は! 杏子ちゃんを――ッ!!」

 

 

しかし様子がおかしい。傷は治った。

ソウルジェムも浄化しきったように見えるが、杏子は目を覚まさない。

今も傷を負った状態と同じように細い呼吸で、目は虚ろだった。

 

 

「ど、どうして!」

 

「死を受け入れてるから、ソウルジェムが佐倉さんを死に近づけてるのね……!」

 

 

マミはすぐにアライブを発動。

魔法の紅茶を生み出し、カップを杏子の口へ近づける。

紅茶には体力を回復させるだけでなく、精神を安定させる効果もある。

自傷に寄りすぎている杏子に、少しでも生きる希望を与えられたらと思うが――

 

 

「ゲホッ! ガハッッ!!」

 

 

杏子はすぐに口に入った紅茶を吐き出してしまう。

どうやら肉体的な機能も失われているらしい。嚥下がうまくいかないようだ。

 

 

「ど、どうしようマミさん」

 

 

こうなったら口移しで。

まどかはマミの紅茶を口に含もうと考えたが、そこでマミが唇を杏子の耳へ近づける。

 

 

「佐倉さん。とーっても美味しい紅茶よ……!」

 

「……ッ」

 

 

再び紅茶を杏子の口へ近づける。

すると先ほどは吐き出していたのに、今はしっかりと飲んでいるじゃないか。

 

 

「――ゥ、かはッ」

 

 

ゆっくりと目を開く杏子。

信じられないと言った様子で顔を歪める。

 

 

「マミ――? ウソだろ、なんで……」

 

「起きて佐倉さん。お願い!」

 

「――ッ、ハハ、幻覚か? それともココはあの世か?」

 

 

そこで、ふと杏子は頬が濡れた感覚を覚える。

目を凝らすと、まどかがボロボロ泣いているのが見えるじゃないか。

 

 

「か、鹿目――?」

 

「死なないで杏子ちゃん……!」

 

 

本来。この世界のまどかは魔法少女ではない。

と言うのも、ずっとゲームを12組で行っていたため、かずみを含めて13組にするのか魔獣が試行錯誤していた時のものだからだ。

 

どうやらLIAR・HEARTSの杏子はまどかの事を知っているらしい。

どの程度の仲だったかは分からないが、少なくとも険悪な雰囲気ではない。

まどかの表情を見て、怯む。するとまたマミの声が。

 

 

「いいの佐倉さん? あなたのケーキ、美樹さんが全部食べようとしてるわよ」

 

「なん――、だと?」

 

 

ケーキ。

甘くて美味しいケーキ……、じゅるり。

 

 

「――ろ」

 

「え?」

 

「やめろッ! さやかァアア!!」

 

 

血相を変えて跳ね起きた杏子。

周りには呆気に取られている手塚やまどかが見える。

 

 

「……あ」

 

 

してやられた。

杏子は真っ赤になって、しばらく何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

目を閉じて思い出す。

四肢を使っていた時の記憶、両方の目で景色を見ていた時の記憶。

それをもっとより深く、より強く。

集中。集中。集中……。

 

 

「しかしまさか、死にたいと言う欲望よりも食欲が勝るとはね」

 

「う、うっさいな!!」

 

 

つい目を開けてしまう。

とはいえ、まどかやマミの治癒もあってか、両目の視力は完全に回復していた。

腕も切断されたものが地面にあったので断面同士をくっつけてソウルジェムによる肉体回復を行えば、とりあえず結合だけはできた。

 

まだ感覚は戻っていないが、この調子ならばすぐだろう。

特に杏子は固有魔法が使えない代わりに、全ての魔力を肉体強化や治癒に注ぎ込むことができる。

杏子はマミを睨みながら、ふと周りを見てみる。

 

ここは手塚のアパートだ。

下宮の指示によりアビスペアはすぐに手塚のアパートに向かい、気絶しているほむらを助けに来た。

一方でテレパシーで事情を把握したマミとまどかは杏子のほうに向かったわけだ。

 

 

「まどかさん! やっと会えましたわ!!」

 

「仁美ちゃん! 大丈夫だった!? 怪我とかない?」

 

「はい! もちろんですわ! まどかさんの方こそ大丈夫でしたか?」

 

「うんっ! わたしね、これでも結構強いんだよ! 仁美ちゃんが危なかったらすぐにバリアで守ってあげるからね!!」

 

 

久しぶりの再会だ。

まどかと仁美は手を繋ぎ合って笑っている。

その光景を、ほむらは少し寂しげに見ていたが、手塚に肩を叩かれると、納得したように頷いていた。そして杏子が全く知らない中沢や下宮も、コーヒーを飲んでいるじゃないか。

 

 

「そろそろ教えてくれよマミ。どうしてアンタが生きてるのかをさ……」

 

 

LIAR・HEARTSにおいてマミを殺したのは杏子だ。

今もまだソウルジェムを砕く時の光景は鮮明に思い出せる。

そうだ、マミは確かに死んだ。けれどもThe・ANSWERからのマミが訪れたことで矛盾が生じ、結果的に手塚のような『リンク』は行われず、The・ANSWERのマミがそのものとして世界に召喚されたのだ。

意識だけこの世界に来るか。それとも肉体ごと来るか。

 

 

「そうね。そうよね。内緒になんてできないものね」

 

 

どのような結果になるのかは分からなかったが、マミは全てを打ち明けることにした。

もちろんそれはまどか達の意思でもある。ゲームを仕組んでいた魔獣の存在や、マミたちは未来から来たという事。それを説明すると、杏子は驚いたような表情をしていたが、やがて何度も頷いていく。

 

 

「そうか、そうかよ。なるほどな」

 

「信じてくれる?」

 

「信じるよ。ッて言うか、信じさせてくれ。じゃないとアタシはもう――、何もない」

 

 

少し重たげな空気が場を包んだ。

困っているようなまどかやほむらを見て、手塚が口を開く。

尤もそれは助け舟などではなく、もっと場を混乱させるような内容だったが。

 

 

「佐倉、その事で一つ、お前に伝えておかないといけない事がある」

 

「なにさ。もう何が来ても驚かないよ。実は宇宙人ってか?」

 

「いや。この世界においてお前の仲間。つまり千歳ゆま達を殺したのは、ほむらだ」

 

「――は?」

 

 

冷たい沈黙が続く。

一方でほむらは汗を浮かべて肩を竦めていた。

うっすらと、うっすらとだけそんな気はしていたが、記憶はない。

だから杏子が立ち上がり、胸倉を掴んでも、どうしていいか分からなかった。

 

 

「佐倉さん!」

 

「うるせぇ!!」

 

 

止めようとしたマミの腕を振り払い、杏子は拳を握り締める。

 

 

「なんで……ッ、なんで!!」

 

 

鬼気迫る杏子の表情も、想いも、ほむらには届かない。

いや、何となくは張り付くように覚えているが、それでもその詳細は霞かかって分からない。

 

 

「暁美にはその記憶がない。俺やお前が守ってきた暁美ほむらこそが、この世界のコアである――、暁美『焔』だ」

 

「ッッ!!」

 

 

黙っている事もできたが、このまま杏子と行動するのはフェアじゃないと思った。

ほむらは参加者を殺した。なぜ? 決まっている。ゲームに勝つためだ。

それは分かる。それは分かっている。むしろそうなるように協力していた。

しかし、杏子はそう簡単には割り切れない。すると、ほむらが立ち上がった。

 

 

「……ごめんなさいッ」

 

「!」

 

 

深く、深く頭を下げる。

 

 

「謝って、許されるとは思っていないけれど……、でもッ」

 

 

杏子はふと、拳を下ろした。

震える声は本当だと思った。もちろん演技の可能性もあるのだろうが、それでも杏子には本当に見えた。

 

ふと、ボロボロと泣いていたまどかがフラッシュバックする。

死なないでと泣いた。泣いてくれた。マミだって、助けてくれた。

未来の彼女達がその行動を取ったのだ。別に過去の杏子を助ける意味はないはずなのに。

それは杏子自身が分かっている。

 

 

「あぁ……、ダメだなこう言うの」

 

「え?」

 

「悪い。分かってるんだ。アンタとしては勝ちいくのは普通だもんな」

 

「けれどッ」

 

「ああ、分かってる。悪いと思ってんだろ? だったら、もういいよ」

 

 

これでほむらが何も知らないように振舞ったり、そういう態度を見せれば杏子は拳を突き出していたかもしれない。けれども、ほむらの泣きそうな顔を見ていれば、その行動を取ったことを後悔しているのは分かった。

 

 

「悪いのは――、魔獣ってヤツなんだろ」

 

 

普通、死んだ人間は戻ってこない。

まあマミは現在、こうしてココにいるが、それは奇跡なんだろう。

魔法少女ならば馴染みあるものだ。とはいえ、やはり奇跡は奇跡だ。簡単に起こるものじゃない。

ゆま達は戻らないのだろうし、未来で生きているのならばそれでいい。

過去でウジウジするのは杏子としてもゴメンだった。

 

 

「はい、もう終わり終わり! で? アタシはこっから何をすればいいんだ?」

 

「ッ、協力してくれるの……?」

 

 

申し訳なさそうに顔を上げるほむら。

きっと未来でいろいろ苦労したんだろう。杏子だっていろいろ褒められない行動はしている。

お互い様といえばお互い様だった。

何より――

 

 

「当たり前だろ。今、アタシの目的はアンタを守ることなんだ。それは変わっちゃいないって」

 

 

杏子はそう言って、ふところからポッキーの箱を取り出した。

 

 

「くうかい?」

 

「……え、ええ!」

 

 

ほむらは笑みを浮かべてそれを受け取る。

 

 

「どうせ一度は死んだ身さ。それに――」

 

 

手塚に言った事はウソじゃない。マミたちと本当は和解したかった。

視線に気づいたのか、マミは微笑み、杏子に手を出す。

彼女もLIAR・HEARTSの記憶が戻ったようだ。

 

 

「仲直り、してくれる?」

 

 

マミもまた泣きそうな顔で言ってくる。

こういうのは苦手だ。杏子は目をそらし、苦笑する。

 

 

「へッ、いいのかい? また裏切るかもしれないよ?」

 

「そしたらお仕置きね」

 

 

今度は素直に笑う杏子。

なんだかんだとマミとまた戦えることは嬉しいようだ。

確かにゆま達が既に犠牲になったことは悲しいが、未来を良くする為に戦うことは、結果的にゆまを救う事にもなる。

 

さて、これで杏子と協力関係を結べた。

ではここからどうするかだ。ライアペアと下宮は情報を共有。これから起こるだろう展開を話し合い、記憶が正しいかを確認している。ま

だメモリーベントを使っていない中沢と仁美も、手塚たちの話を真剣に聞いていた。

ましてや退場したマミも同じく。

 

難しい話は嫌いだ。

杏子は部屋の隅に座ると、ぼんやりと天井を見つめながらポッキーを齧り、プラプラと口で弄んでいる。

すると気配を感じた。隣を見ると、まどかがちょこんと座っている。

 

 

「えへへ。杏子ちゃん!」

 

「な、なんだよ」

 

「ううん、呼んでみただけ!」

 

「なんだそりゃ」

 

「ごめんね。でも杏子ちゃんとお喋りできるの、とっても嬉しくて」

 

 

LIAR・HEARTSのまどかは、ちょっとした病気で入院しており、実質ゲームから除外状態であった。とはいえ杏子とは知り合いである。ピリピリしていたマミチームと、杏子チームを繋ぐ架け橋であり、杏子とも何度となく会話していた。

だから杏子としてはイマイチまどかの言う事が理解できない。

 

 

「おいちょっと待て。もしかして未来のアタシってもう死んでるとかじゃねーよな……?」

 

「ううんッ、そうじゃないんだけど……」

 

 

まどかは声のトーンを落とす。

何もおかしな事じゃない。杏子が見滝原にやってきて、それで知り合って、たくさん喋って、そういう記憶はある。

 

けれどもラインを一つ隔てた後は、ずっと対立関係だった。

前回のゲームが一番記憶にある以上、正直こうして目の前にしてみれば警戒や緊張の方が強くなってしまう。

 

 

「わたし、未来の杏子ちゃんに嫌われてて」

 

「はァ?」

 

 

悲しげにするまどかを見て、杏子は気まずそうに視線を泳がせる。

 

 

「ま、まあアンタは普段は気が弱かったり、優しすぎるところがあるからね。アタシとはあんまり合わないのかも」

 

「そうなのかな。ごめんね……」

 

「い、いやッ、謝らなくても……」

 

 

まどかは、しょんぼりと眉を八の字にしており、杏子としてはどうにも居心地が悪い。

全身がなんだかむず痒くなってきた。頭をかきむしると、ポッキーを一本差し出してみる。

 

 

「くうかい?」

 

「え?」

 

「ってか、食え食え!」

 

 

杏子はポッキーを無理やりにまどかの口へねじ込むと、背中を軽く叩く。

 

 

「未来のアタシが何考えてるかは知らないけどさ。別に今のアタシは、アンタのこと、嫌いじゃないよ」

 

「う、うん。ありがとう……!」

 

「むしろ、さっきとか……、助けてくれて感謝してる」

 

 

自分の為に泣いてくれる人がいたというのは、杏子にとって、とても嬉しいことだった。

ましてやもしも未来で酷い事をしている上でなら、より感じるものは大きい。

杏子だって、まどかと深くは関わっちゃいないが、それでもまどかが優しい少女だというのは理解している。

 

 

「ったく、調子狂うぜ……」

 

 

自業自得な杏子(じぶん)が苦しむならばまだしも、こういう純粋なまどかが苦しむのは見ていて気持ちのいいものではなかった。

 

 

「うし! 決めた!」

 

「え?」

 

 

杏子は強く頷くと、まどかと肩を組む形に。

 

 

「戦いが終わったらラーメン食いにいこうぜ。おススメの店があるんだ」

 

「い、いいの?」

 

「良いに決まってんだろ。それとも何だよ? アンタ、アタシとラーメン食いに行くのが嫌なのかい?」

 

「そ、そんなことないよ! むしろッ、とっても嬉しい!」

 

「んじゃ決まりだ決まり!」

 

 

杏子は体を揺らして、まどかと一緒にブラブラと。

その少し間抜けな姿に、まどかも自然と笑みが零れてくる。

 

 

「なあ、まどか」

 

「え?」

 

「正直、今のアタシだってさ、アンタと合わないと思ってたよ」

 

「えぇ?」

 

 

まどかの眉毛が八の字になる。しかし杏子は強引にまどかの頭を撫でた。

 

 

「まあ聞けって。でもなんかさ、いろいろ会って話してる内に、印象変わったていうか、なんて言うか……」

 

 

杏子は少し恥ずかしげに頬をかく。

 

 

「だから、つまり」

 

「?」

 

「未来の、馬鹿なアタシは、まだアンタを誤解してるんだろ。だから今みたいにもっと話しちゃくれないか?」

 

「う、うん……!」

 

「そしたらきっと、アタシがよほどの大馬鹿じゃない限り、アンタの想いは受け止めるはずさ」

 

 

まどかは何度も何度も頷いた。

 

 

「頼んだよ。できればアタシの事は許してくれ。どうしようもないヤツなんだ」

 

「そんなことないよ! 絶対、絶対ッ、いっぱいお喋りするからね!!」

 

「ハハハ、変なヤツだなぁ」

 

 

笑いあう二人。

だがその時、ふと、耳鳴りが。

キィイン、キィイン、そこに混じる濁った心臓の鼓動。

波打つ闇の気配。脳に纏わりつく不快感。それは一瞬だった。

まどかは立ち上がると同時に、魔法少女に変身。

 

呼び出した天使はニターヤー。

まどかは結界の箱で手塚のアパートをまるごと包み込む。

直後、両手に伝わる衝撃。骨が軋み、まどかは不快感に表情を歪ませた。

 

 

「うぐッ!!」

 

「ど、どうしたんだよ、まどか!」

 

 

杏子だけが心配そうに駆け寄る。

一方で他のメンバーは全てアパートを飛び出し、外の様子を確認した。

そうしたら、ほら、やはりいるじゃないか。モザイク状のエネルギーを顔に纏わせた従者型の魔獣が並び立っているじゃないか。

そしてそれを引き連れているリーダー格もほら、ほら、ほら。

 

 

「ィよう。久しぶりだなァ、参加者ども。オメェらもココに来てるたァ、ちと予想外だったぜィ」

 

「ゼノバイター……!!」

 

 

マミはすぐに中沢と仁美を守るように立つ。

 

 

「気をつけて二人とも。アイツ、かなり強いわ」

 

「は、はい……!」

 

 

結界越しに睨み合う両者。

すぐにまどかと杏子も、ゼノバイターを確認する。

 

 

「あ、あれが魔獣ってヤツか……!」

 

「うん。ゲームを仕組んだ存在だよ」

 

 

明らかに魔女とは違う異質さ。

ましてや人間の言葉を流暢に話す異形は珍しい。

杏子は思わず二歩ほど後ろに下がった。かつてない緊張感が走る。

しかしその中でゼノバイターは笑っていた。

 

 

「まあいい。なにも今ココでおッ始めようってワケじゃねェんだ」

 

 

そう言ってゼノバイターは手塚の傍にいるほむらを指差す。

 

 

「暁美のほむらちゃんさえ渡してくれりゃア、後で、楽に殺してやるぜェ」

 

「従うと思うのか?」

 

「ハハハ、まあそうだろうな。わーってるよンな事」

 

 

腰を曲げ、触覚を揺らす。分かりやすい戦闘の準備。

 

 

「丁度いい。お前らに面白いモンを見せてやるよ」

 

「何……ッ?」

 

「そもそもオメェらもインキュベーターから聞いてんだろ。この虚心星原が生まれた理由や、その裏にあるものをな」

 

 

それは、『焔』。

 

 

「ずっと気になってた。ギアが円環の理に攻め入った時から、ずっとな」

 

「ッ?」

 

「円環のカスザコ共を殺すのは何の問題もなかった」

 

 

魔獣として進化し、さらにミラーモンスターの力を得たばかりではなく、魔法少女キラーであるイツトリもいたのだから全滅させるのは、あまりにも簡単だった。

もちろんリーダーであるまどかも、ギアには、なによりイツトリに勝てなかった。

 

だが、しかし――、逆にそれが気になった。

いくらなんでも弱すぎる。確かにイツトリは魔法少女キラーだ。

その力を全て忘れれば、魔法は魔法ではなくなる。

 

だがしかし、まどかだって魔女キラーとも言えるではないか。

いや、戦いはその上をいっている。イツトリは自分が魔女である事を忘れているし、そもそも『概念』であるが故に、神と言うのが正しい。

しかし、まどかとて神だ。概念と概念、五分五分のはずだが?

 

 

「ギアは知ってたんだ。暁美ほむら、テメェがまどかから円環の理の一部の奪っていた事に!」

 

「!」

 

「その後、テメェはワケの分からない『愛』とか言うクソみたいな理由でさらに進化を果たした。おぞましい悪魔の姿にな!」

 

 

弱体化したまどかは、ギアには勝てず。力を奪っただけのほむらもギアには勝てず。

とは言え、所詮はただの弱い人間だったほむらを、円環の理に匹敵するかもしれない悪魔へと昇華させたエネルギーは非常に興味深いものだった。

円環の一部、そして未曾有の感情である――……。

 

 

「俺様達はそれを解析し、独自に擬似的なものを作り上げた」

 

 

幸いにも、ほむらの力を端的に持つクララドールズが魔獣側についたことで、分析は楽にできた。

魔女のコアを封印するダークオーブなどを開発したのは、その恩恵のひとつだ。

だがその全てはいまだに解き明かされてはいない。ともあれ、今まで魔獣がそこまで全容に拘ることが無かったのは、『アレンジ』が既にオリジナルに匹敵していたからだ。

 

魔獣産のダークオーブや、クララドールズ達は、既に戦闘を行うアイテムとしては十分だったし、なによりも魔獣の役割は力の解析でもなければ、ゲームを荒らす事でもない。

ゲームを楽しむ事だ。

 

サバイバルゲームのサイクルは既に完成され、娯楽としては完璧だった。

無理に兵器を作る必要はないと考えていた魔獣は多かっただろう。時間を潰してしまえば、その分ゲームにも参加できないし、快楽を得ることが出来なくなる。

 

 

「だがクソッタレな城戸真司や鹿目まどかのおかげで、こうなッちまった。アァア、思い出してもムカつくぜェエ!」

 

 

石ころを思いきり蹴り飛ばす。

とにかく魔獣は戦わなければならなくなってしまった。

そこでゼノバイターは思いついたのだ。あの強大なエネルギーを使わない手はないと。

 

ゼノバイター達はすぐに暁美ほむらの中に眠っているはずのエネルギーを探した。

しかし――、見つからなかったのだ。

いや、確かに微弱なエネルギーあった。しかしその根本。最も力を放つべきエネルギーが存在していなかった。

 

 

「これは……、どういう事か?」

 

 

フールズゲームの檻から逃げられるワケがない。

と言うことはただ一つ、かつて鹿目まどかがタルトと共に逃げ出したように、力が分離したのだ。

意図的か無意識かはともかくとして。

 

いずれにせよ、お茶会の会場がバレた事でゼノバイターとテラバイターはそのシステムに、可能性に気づいた。

暁美ほむらも同じかもしれないと思った。力の一端が分離し、その一端の中に目的のエネルギーがあったのなら……!

 

 

「問題はそれがどこにあるかだ……」

 

 

一体どこに隠れているのか。お茶会世界のようならば、探すのは少々面倒だ。

そもそもどういう形で存在しているのかも分からない。

だからゼノバイター達は『共鳴』と言う手に出た。

 

 

「分離されたからと言って、それが暁美ほむらの一部である事にはかわりない」

 

 

だからこそテラバイターと共にほむらを襲った。

全ては力の集合体である『暁美焔』を探すために。

 

 

「これはテラのヤツがテメェから抜き取った魔力の欠片よ」

 

 

そう言ってゼノバイターは紫色に発光する光球を取り出す。

そう言えばテラバイターはほむらから何かを抜き取り――

 

 

『テラ、もらってくぜぇー」

 

『それはまだ不完全よ! 一番いいところで邪魔が入った!』

 

『ねぇーよりマシだろうが。じゃあなぁ!』

 

 

このようにゼノバイターはちゃんと回収していた。

この光球こそがほむらの魔力の欠片。

正確に言えば、かつて暁美ほむらがまどかから奪った円環の理の欠片である。

 

かつて神になったまどかが100だとしよう。

そこでほむらが力を奪い、ほむらは50の力を手に入れた。

そしてどこかでほむらはさらに力を分離させ、30をどこかに隠した。その30が欲しいのだ。

 

だからこそ、まずは20を奪おうとしたが、失敗。奪えたのは10ほどか。

その10こそが今ゼノバイターの手にあるものだ。

 

 

「暁美ほむらが手にいれた神の力全てを、俺様が手にする。そうすりゃあ、テメェらはすぐに終わりだ」

 

 

手に入れた力を解析する事で、このLIAR・HEARTSに残りの力。

つまり焔がいることが分かった。

 

 

「暁美焔を抹殺し、中にある力は手に入れる」

 

 

ましてや、一つ訂正を。

ゼノバイターの手にある円環の理の力は10ではない。

10だってものを精錬し、魔獣なりのアレンジを加えた。

たっぷりの絶望のエネルギーである瘴気を注ぎ込み、100にしてみせたのだ。

もはや独自性を突っ走った結果、より歪なエネルギーが出来上がってしまった。

 

 

「コイツを、こうするのさ!」

 

 

ゼノバイターが指を鳴らすと、クララドールズが一体、現れる。

 

 

「ッ、なんだアイツは……!」

 

 

前のめりになる下宮。

長い間、魔獣側にいた彼でさえ、見た事のないタイプだった。

 

 

「クララドールズは14体じゃないのか!!」

 

 

ゼノバイターは笑う。

 

 

「コイツはな、15体目よ」

 

 

15番目。最後に来るのが、アイ。

その悪魔をまだ誰も見ぬ。もう夜は終わらせない。

我等は泣き屋――、此岸の劇団。

 

 

『………』

 

 

不気味な姿は相変わらずだが、他のクララドールズと比べて一つだけ大きく違う点がある。

それは髪がないと言う点だ。つまりスキンヘッドである。

そして、ゼノバイターは思い切り光球を握りつぶした。

溢れる光の粒子。それはアイの頭上に収束すると、ウィッグ(カツラ)に変わる。

 

 

「一つだけ危惧するところがあった。いくら大量の瘴気でコーティングしたところで、円環の理の力を性質は希望だ。俺達魔獣には猛毒になる可能性がある」

 

 

拒絶反応(リジェクション)は避けたい。

ましてやゼノバイターはもう十分と強化されている。

下手なミスでせっかく取り込んだ力を失うのはゴメンだった。

だからこそ、それに耐えうる器を作った。それこそがクララドールズ・『アイ』。

 

 

「ククク! 生まれるぜェ? 究極の色つきだ!!」

 

 

桃色のツインテールのウイッグがアイに装着される。

すると凄まじい光が迸った。いや、光と言うよりは闇だ。黒く煌く、絶望の闇。

それはもはやクララドールズを超越するもの。欠番とされていた最後の『色つき』。

 

 

「まさか――ッ」

 

 

ほむらは目を疑う。

アイの肌の色が、青から『肌色』になった。

そして黒いドレス。真っ黒なドレス。しかしそれは見覚えがあるデザインだった。

 

それは愛。

それはアイ。

それは、I(アイ)

 

 

「……わたし?」

 

 

まどかが呟く。

ゼノバイターの隣に立っていたアイは、完全に変身を完了させた。

それは間違いなく、『鹿目まどか』の姿ではないか。

 

 

「気分はどうだァ? 色つき、愚者(フール)!!」

 

 

フールはゆっくりと目を開け、そして。

 

 

「――ヒヒ」

 

「!」

 

「ティヒヒッ! ウェヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」

 

 

見た目も、声も、完全にまどかと同じだった。

違いは真っ黒な魔法少女の服装だけ。

後は目つきか。ジットリとした、殺意に満ちた目つきだ。

穏やかなまどかの目つきとは違い、据わっている。

 

 

「イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!」

 

 

フールは存分に笑うと、ゆっくりと首を回す。

 

 

「あーッ、とってもいい気分……!」

 

「何が、どうなってッ」

 

 

驚いているほむらを、フールは呆れたように見ていた。

 

 

「何がって……、全部ほむらちゃんのせいでしょ?」

 

「ッ!」

 

「貴女が泥棒した(ワタシ)の力が、魔獣のエネルギーを受けて具現した。ただそれだけじゃない」

 

 

まどかの姿をしている理由は二つ。

ひとつは、円環の理の力が、元々まどかの物であったため。

もうひとつは、ほむらのまどかに対する想いが強すぎたため。

 

ほむらの中に精錬された力は、まさに『まどか』と『ほむら』の子供のようなものだ。

それがさらに魔獣のエネルギーを受けて完成された。

ベースになったクララドールズだって、元々はほむらのもの。

何から何まで『まどか』と『ほむら』。

 

 

「でも足りない。まだ足りない」

 

 

フールは目を細める。

 

 

「満たされないんだよねぇ。こんなクソみたいな希望の力なんて、反吐が出ちゃうよ」

 

 

まどかの声で放たれる汚い言葉に、誰もが怯む。

 

 

「わたしは完成したいの。全てを完成させた上で、円環の力を絶望で染めたい。だから焔ちゃんを殺すね。ほむらちゃんも殺すね。まどかも殺すね」

 

 

所詮、魔獣の(しもべ)と言うことなのか。

出来上がったのは円環の理の一部を持つ魔獣だ。

全ての力を集め、100になろうとする異形のモンスター。

まるでそれは龍騎とリュウガのように。光と影を連想させた。

 

 

「クカカカ! コイツはありとあらゆるブースターよ」

 

 

ゼノバイターは笑い、説く。

つまりフールは、まどかでもあり、ほむらでもある。

それゆえに――、指を鳴らす。

 

 

「ナーイトメアー……!」

 

 

フールから闇が溢れると、それが一つのシルエットを形付ける。

 

 

『ゲビビバババ!!!』

 

 

フェルトのぬいぐるみのようなモンスターが生み出された。

頭には大きな口のついた被り物をかぶっており、どうやら下にある顔ではなく、頭の口から声が出ているらしい。

 

 

『我が主であるフール! 何かご命令デ!?』

 

「うぅーん、アレどっちぃ?」

 

 

フールが指差したのは、ほむらだ。

ナイトメアは無駄に震え、奇声をあげる。

 

 

『クソカスほむらでございマス!! 焔はまだ、気配なきカナ!!』

 

「そっかぁ。じゃあ――」

 

 

フールは頬を押さえて下卑た笑みを浮かべる。そして地面を蹴り、黒い翼を広げた。

同じくしてフールの真下に五つの魔法陣が広がった。

そこから感じる魔力は間違いなく、魔法少女のものではないか。

 

そのまま魔法陣から頭が伸び、体が見え、足が出てきた。

こうしてフールの下には、あっと言う間に五人の魔法少女が召喚される。

 

 

「ニコちゃん!?」

 

 

まどか達は、すぐに声を荒げた。

と言うのもフールが召喚した魔法少女の中に、よく知る神那ニコの姿があったからだ。

彼女もこの世界に呼ばれたのだろうか?

 

 

「ニコ、か」

 

 

声は同じだった。

が、しかし、魔法少女時の服装が違う。

パイロットスーツのようなニコとは違い、ベレー帽に円形の装飾が目立つ黒い服。

 

 

「とんだフェイクの名前を出されたな」

 

「――?」

 

「ふふ、円環の理の記憶はまだ曖昧なんだね。ダメだよまどか、カンナちゃんを忘れるなんてかわいそう」

 

 

戸惑うまどか達。

ニコに似た魔法少女は『カンナ』と言うらしい。

他には、髪を蝶結びにして、同じく蝶を模した魔法少女服の、『日向(ひなた)華々莉(かがり)』。

 

さらにカラスの仮面を被った『コルボー』。

ウサギの仮面を被った『ラピヌ』。猫の仮面を被った『ミヌゥ』の三姉妹。

 

この突如現れた魔法少女達は何を意味しているのか。まどかはすぐに答えにたどり着く。

記憶に無いのは、文字通り、その部分を奪われたから。

 

 

「まさか……」

 

「そうだよ、ワタシは貴女の力、円環の理なんだから。ましてや魔法少女のデータは全て魔獣が管理してる。この二つがあれば簡単だったよ」

 

 

円環の理の主であるまどかは、まさに神。

たとえ埋め込まれた力が『破片』であったとしても、まどかと同じ力を持つフールが神なのは変わりない。

女神の権限。魔法少女達の花園にアクセスができるのだ。

 

 

「引き抜いたの……!?」

 

「そう。この子達は使えそうだったもんね」

 

 

簡単に言えば洗脳である。

円環の理に導かれた魔法少女を、下僕として使う。

 

 

「そんな……ッ、酷いこと!」

 

 

ただでさえゲームに巻き込まれただけでも酷いのに、魔獣側の兵士として扱うようなものだ。

魔法少女の救済を願ったまどかにとっては、心が締め付けられるほどの痛みが心に走る。

とは言え、肝心のフールに悪びれる様子はなかった。

人差し指を頬にあて、わざとらしく首を傾げて見せる。

 

 

「どうして貴女がこの子たちの幸せを決められるの?」

 

 

フールもバカじゃない。

洗脳は抵抗される可能性もある。その可能性も考慮し、魔法少女を選んだのだ。

 

 

「この子達って元々黒いものを抱えてたから、瘴気漬けにしてあげたらむしろ元気になったよ」

 

「そんなッ!」

 

「そもそもさぁ、酷いと思わない?」

 

 

フールは唇を触る。

そして同じ顔した。同じ声した鹿目まどかを見下したように笑ってみせる。

 

 

「勝手に救済って、寒いんだよ」

 

「!」

 

 

それを証明するようにコルボー達は動き出す。

 

 

「グダグダとどうでもいい。奴らを消せば我々の望みは叶うのだな?」

 

「もちろんだよ」

 

 

フールはコルボー、ラピヌ、ミヌゥを見る。

 

 

「魔獣の勝利に貢献できれば――」

 

 

そして華々莉を見る。

 

 

「大切な人に会わせてあげる」

 

 

そして最後にカンナを。

 

 

「本物にもなれるよ」

 

「………」

 

 

カンナは無言で薄ら笑いを浮かべていた。

 

 

「じゃあ、みんな」

 

 

フールの一声で空気が変わった。

ナイトメアは慌ててフールの中に消えていく。

従者型の魔獣は一勢にモザイクを光らせ、ゼノバイターは笑いながらブレードのついたトンファーを構える。同じくして構える魔法少女たち。

それは、まどか達も同じだ。

 

 

「――殺しちゃえ」

 

 

フールが腕を前に出すのが合図だった。

従者型が一勢射撃。瘴気のレーザーは一勢にボックス状の結界に命中すると、蒸発するように消滅させる。

 

だが同じく変身して飛び出したまどか達。

光が飛び交う中、コルボー、ラピヌ、ミヌゥ、華々莉、カンナ、フール、ゼノバイター。

まどか、ほむら、ライア、仁美、アビス、マミ、杏子。

無数の戦士達が走り、武器が交差する。

 

 

 

 






LIAR HEARTS The・ANSWER編、開幕。

ライアーハーツを中心に進めていくんで、そちらの方を見ておいてもらえるとかなり分かりやすいと思います。
が、しかし、ライアーハーツ自体、手塚×ほむらを含んでいるので、カプ厨の方はごめんなさい(´・ω・)



あとヤク――、井上さんを学ぶ為に『海の底のピアノ』を買いました。
とても素晴らしい作品でした。



(´・ω・)………。











(´・ω・)(まぁたウンコとセックスばっかりだよ)


でも、今回のおしっこの使い方はマジで切なかったです。
少なくとも僕が読んだ本の中では一番切ないおしっこでした。
いや、マジで何言ってんのか分からないと思いますが、本当に美しい作品でした。

まあとにかく、食事、排泄、性行為。生きていく中での行動。人としての行為。
そういうものが、まともにできない人間は、人間なのか。
ヘンペルのカラスみたいなもんですか。カラスは黒い。だったら黒くないものはカラスじゃない。
人としての行為が満足に出来ないヤツは、人じゃない。
異形はどこに行けばいいのか。異形を誰が愛してくれるというのか。


的な、やつ……(適当)


僕はライダーオタクなので、読み終えた後に、作者紹介に龍騎やファイズが並んでいる事にある種の宿命を感じました。
ライダーは全く関係ない作品でしたが、どこか根っこに同じものが流れているのではないか。
そういう想いを駆り立てる宿命の一冊だったと思います。

次はちょっと語ろうシリーズにも手を出してみましょうかね。




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第89話 私の世界には要らないわ

登場人物のネタバレ版を更新しました。
それだけじゃアレなので、予定を変更して、もう一話だけ本編も更新しておきます。



 

 

「クハハハ! いいぞ! 久しぶりだこの感覚は!!」

 

 

一番初めに群れを脱したのはコルボーだった。

走る。そして速い。翔ける中で地面を蹴って跳躍。

飛び回し蹴りで近くにいたアビスの背中を打つと、勢い止まらぬままに足を振るい上げて、盾を構えていたライアを弾き飛ばす。

 

ほむらも止めようと走るが、すぐに急ブレーキ。どうやら一瞬で力の差を感じ取ったらしい。

だがもう遅い、首を刈り取るような回し蹴りが飛んで来たかと思うと、足元に衝撃を感じて地面に倒れていた。

どうやら回し蹴りを途中でキャンセルして足払いに切り替えたらしい。

 

追撃はなかった。コルボーはほむらを通り過ぎて、さらに加速。

カラスを模した姿に相応しく、マントが翼になり空へ舞い上がる。

既に黒い羽が舞い散っているなかで、その中には風を切り裂く『弾丸』が混じっていた。

羽根型の『刃』は雨のように降り注いで標的を狙う。

 

しかし地面を走る桃色のシルエット。靴裏が地面をこすり、摩擦で煙を上げる。

まどかだ。羽を生やす魔法、ディフェンデレハホヤーには、仲間を守るときにスピードが上がる効果がある。加速する中、肩を思い切り振るうと、背にあった翼が巨大化して広がって壁になる。

大きな結界の翼は、次々に黒い羽を受け止めて無効化していった。

もちろん、それだけでは終わらない。

 

 

「リバースレイエル!!」

 

 

まどかを後ろから抱きしめるのは、目を閉じた天使・レイエル。

レイエルはすぐに開眼。すると結界で受け止めた刃がコルボーに向けて反射される。

 

 

「ムッ!!」

 

 

いきなりの反射に怯んだか、コルポーのスピードが緩んだ。

その戦闘の中、まどかはテレパシーでキュゥべえと会話を行っていた。

どうすればコルボーたちを助けられるのかだ。

 

 

『彼女達は現在、仁美のコネクトで呼び出される魔法少女たちと限りなく近い位置にいる』

 

 

ゲームの参加者ではなく、あくまでも召喚されたもの。

 

 

『ソウルジェムももちろん存在しているし、それが砕かれれば死ぬ。ただしそれは殺害と言うよりは破壊と捉えていい。死の苦痛は伴うだろうが、そうする事でデータがフールから分離し、本来の持ち主であるキミへ戻るだろう』

 

 

つまり助けたければコルボー達そのものを倒すことだ。

だからこそ、まどかも心を鬼にしてコルボーへ攻撃を仕掛ける。

 

 

「!?」

 

 

だがそこで気づいた。まどかが反射した羽は、コルポーには届いていない。

羽を受け止めていたのは大きな『盾』を持った天使だ。いや、堕天使か。

 

 

「アイギスアカヤー」

 

「!」

 

「ヒヒヒ」

 

 

まさか――、と、まどかはフールを見る。

下卑た笑みが返ってきた。目を閉じた堕天使がフールの傍にいた。

 

 

「リバースレイエル」

 

 

同じ魔法。

弾丸は再反射されて、呆気に取られたまどかへ降り注ぐ。

 

 

「ぐっ!」

 

 

なんとかバリアを張って防ぐことはできたが、ショックは大きい。

だがおかしな話ではない。流れる力が同じなのだから、同じ魔法を再現することは難しくない。

 

 

「塗り絵はね、自分が好きな色を塗るから楽しいんでしょ?」

 

 

フールは弓を構え、まどかの前に立つ。

 

 

「あなたの色は気に入らない。わたしが――、私がもっと汚い色で染めてあげる!」

 

「させない……! 魔法少女の苦しみは、わたしが解放する!」

 

「それがさ――」

 

 

二人は同時に地面を蹴った。

 

 

「ウザイって言ってんの!!」

 

「!」

 

 

フールが腕を突き出すと、細長い棒状の結界が地面を突き破って伸びていく。

それらはまさに槍だ。杏子の異端審問同じく地中から飛び出る凶器である。

しかしまどかはステップでそれを回避しながら前に出る。時に光の翼で槍を破壊し、時に空中を舞い、攻撃を無効化していく。

 

それだけじゃない。

まどかも円形のバリアを作ると、それを薄くして投げた。

飛来するのは巨大なフリスビーだ。フールがそれを射撃で破壊すると、バラバラになった結界の破片がさらに降り注いでいく。

 

 

「ウザ……」

 

 

フールは翼で風を起こして破片を吹き飛ばす。

エンジンが掛かった。双方は弓を連射しながら、盾で攻撃を無効化しながら、確実に距離をつめていく。

気づけば互いが眼前に迫っていた。フールはロッドに変えた弓を横に振るい、まどかは杖を下から上へすくい上げた。

 

同時に打ち付けあう弓。

力はまどかの方が上なのか、フールは衝撃で空中に打ち上げられる。

だが問題はない。フールはそのまま翼を広げてバク宙。空に舞い上がりながら弓矢を連射して、黒い雨をまどかへ向かわせる。

 

 

「アイギスアカヤー!!」

 

 

天使アカヤーが大きな盾を持ってまどかを守る。

降り注ぐ黒い弓矢は、次々に盾に受け止められるが、既に双方はその『次』を睨んでいた。

お互いは早口で魔法詠唱を行っている。

 

 

「輝け天上の星々アドナキエル! 煌け、瞬光のサジタリウス!!」

 

「穢せ墜落の星々グラシャラボラス! 濁せ、瞬光のサジタリウス!!」

 

「聖澄なる軌跡を与えられし徒となる光よ!」

 

「呪いの疾走! 殺意の軌跡! 憎速に乗せられし漆黒!」

 

「「万物を貫く矢と変わり、我を照らしたまえ!!」」

 

 

盾が消え、まどかとフールの視線が再びぶつかり合う。

まどかの手には神々しい弓型の天使・アドナキエルが。

フールの手には禍々しい弓型の悪魔・グラシャラボラスが宿る。

弦を振り絞る程に、空気が震えるのを感じた。力が、魔力が、弓矢に収束していくなかで、両者の視線がまたもぶつかり合う。

 

 

「「撃ちぬけ、射手よ!」」

 

 

シンクロする言葉。

同じくして弦を放す動作もまた同じタイミングで。

 

 

「スターライトアロー!!」

 

「スター! ライトアローッ!!」

 

 

まどかから光の矢が。

フールから闇の矢が発射され、それぞれはすぐに風を切り裂いて衝突する。

激しい光が巻き起こり、両者は目を細めた。

しかしそれは一瞬だ。爆発が巻き起こる中、まどかは光の翼を広げて空を疾走する。

 

 

「ハアアアアアアアアア!!」

 

 

光の奔流。相殺しあう光と闇の間を翔け抜け、まどかは一気にフールへ距離をつめる。

そして互いに天使を召喚。呼び出すのは上級天使のラファエルだ。

まどかの頭上に、フールの頭上に、上半身だけの巨大な天使が姿を見せた。

ラファエルの能力は相手の攻撃を自動的に盾で受け止め、反撃の剣を振ってくれる。

 

 

「パニエッ!」

 

 

まどかが息を吸い込むと服がボンッ! と一気に膨れ上がる。

 

 

「ロケット!!」

 

 

空気が一気に抜けて、文字通り一瞬で加速するまどか。

脳天を中心に結界を張っており、頭突きはまさにミサイルそのものだ。

しかしその一撃をフールのラファエルが盾で受け止める。となればすぐに黒い剣がまどかを叩き終ろうと振るわれるのだが、それはまどかのラファエルが受け止める。

すぐに光の剣がフールの胴体を切断しようと迫る。しかしそれを闇の盾が受け止めた。

 

その応酬が続いていく。

まどかは体を捻って地面を蹴ると、側宙で飛び上がった。

広げるのは光の翼。フールも闇の翼を広げて飛び上がる。

撃ち合う光の弓矢と、交差する闇の弓矢。次々と攻撃が交差する中で二人は上昇し、お互いの天使も白と黒の斬撃を乱舞させる。

 

刃を打ち付けあう音に混じって炸裂音が響き渡った。

強化した攻撃、トゥインクルアローがぶつかり合ったのだ。

速度のある矢は天使が盾を構えるよりも速く飛来し、ぶつかり合う。

 

光と闇の破片が飛び散る中で、お互いはお互いを真っ直ぐに視界へ捉えた。

いける。まどかには余裕があった。

初めはフールの姿や勢いに怯んだが同じ力であるだけあって攻撃の詳細が分かっているのは大きなアドバンテージだった。

 

 

「………」

 

「!」

 

 

しかしその時、フールの口元が緩む。

まどかの心に宿る不安。あれは決して意味のない笑みではない。

そう感じた時にはもう遅かった。

 

 

「余裕だな女神」

 

「ァ」

 

「余所見はいけない」

 

 

気配を感じて斜め下を見る。するとそこにコルボーの姿があった。

伸びた拳。それは盾が受け止めるが、なにぶん今まで多くの攻撃を受けてきた盾だ。

既にボロボロになっており、コルボーにとっては随分と薄い壁だった。

 

 

「周りはよく見ないと」

 

 

フールが歪んだ唇を人差し指でなぞる。

コルボーはまどかの盾を粉砕して距離を詰めると、ツインテールの一方を掴み、そのまま真下へ投げつける。

とは言え地面まではまだ距離がある。

まどかは光の翼を広げてバランスを取ろうとするが、伸ばした翼へ命中する闇の弓矢。

 

 

「うあぁッ!」

 

 

翼を破壊されたまどかは何も出来ずに地面へ激突する。

一度バウンドした後、すぐに翼を再生成して体勢を整えようとするが、そこには既にコルボーが迫っていた。

 

 

「もらったぞ女神ッ!」

 

「!!」

 

 

拳が伸びる。まどかは結界を張ろうとするが、既に拳は目の前だ。

バリアを張るには遅すぎる。まどかは思わず目を閉じ、痛みを耐えようとする。

しかしコルボーの表情が先に歪む。突如地面から赤い槍が伸びてきたかと思うと、刃が手首にヒットしてパンチの勢いが死んだ。

 

 

「させるかよッッ!!」

 

「ムッ!」

 

 

全速力で走ってきたのはもちろん佐倉杏子だ。

タックルでコルボーを吹き飛ばし、槍を高速で振り回して威嚇を行う。

 

 

「大丈夫かまどか!」

 

「うんっ! ありがとう杏子ちゃん!」

 

「あのカラス女はアタシに任せろ! お前は、ニセモノに集中しな!!」

 

 

そう言って杏子は走っていった。

まどかは強く頷くと、再びフールを睨みつける。しかし向こうからの視線は随分と冷めたもの。

 

 

「大丈夫ゥ?」

 

「えッ?」

 

「あの子、行かせちゃマズイと思うけど」

 

 

まどかが横を見ると、丁度コルボーが杏子のポニーテールを掴んで地面へ叩きつけているのが見えた。

 

 

「杏子ちゃん!」

 

 

すぐに助けに走ろうとしたまどかだが、そこで衝撃。

背中を撃たれた。痛みに表情を歪ませて振り返ると、クスクス笑っているフールが見える。

 

 

「あははっ、バーカ!」

 

「ッッ」

 

 

唸り声をあげて立ち上がる杏子。

心配ないとすぐに叫ぶが、鼻を中心にして血の痕が広がっている。

どうやらストレートを顔面に頂いたらしい。

 

とは言え魔法少女ならなんのその。

すぐに自己修復機能を働かせて、槍を片手に突っ込んでいった。

しかし杏子が与えられた攻撃は先ほどのタックルが最後であった。

どれだけ槍を突き出そうが、コルボーはそれをヒラリとかわしてみせる。

そればかりか槍の柄を掴むと、引き寄せて杏子が前のめりになった所で背中を裏拳で打ち、地面に叩きつけた。

 

 

「うぶっ!」

 

 

さらに倒れた杏子を蹴り飛ばし、追撃を与える。

転がっていく杏子は、すぐに立ち上がるが、結果は同じだった。

数秒後には再び地面を擦っている。

 

 

「つ、つぇえ!」

 

 

杏子のために言っておくが、これは彼女が弱いわけではない。コルボーが強すぎるのだ。

杏子はむしろ魔法少女でも場数を踏んだ分、強い方だが、コルボーはそれを全て上回っていく。

 

 

「当然だ」

 

 

コルボーは自慢げに笑っている。

 

 

「戦う為に生まれた我らと、温い世界で生きてきた貴様ら」

 

「ッ」

 

「時代が違う」

 

 

まどかは唇を噛み、すぐに杖を振るった。

蕾のギミックが展開し、大量の花びらが舞い散る。

攻撃かと目を細めたフールだが、それはただの目くらまし。

まどかは早口で詠唱を済ませると、弦を引き絞る。

 

 

「スターライトアローッ!!」

 

 

山羊がフールに向かって飛んでいく。

もちろんフールがそれを許すはずも無い。掌を前にかざして結界を構築する事で簡単に山羊を消し飛ばす。

 

 

「あ」

 

 

そこで気づいた。

 

 

「そっか、これって――」

 

 

そこでフールの体が浮き上がった。

山羊の角がガッチリとフールを捉え、空を疾走していた。

山羊座は一度撃った弓矢を幻に変えることができる。正面からの攻撃はフェイク。本命は背後から飛び出した方だ。

山羊はフールをコルボーのもとへ運んだところで消滅。さらにそこで、杏子を覆う結界の箱(ニターヤーボックス)が現れる。

 

 

「あら」

 

 

フールが真上を見ると、天空へ広がる魔法陣。

 

 

「これはいけないよね」

 

 

光の雨は浴びたくない。

フールはバリアを張って自身とコルボーを守るが、そこで地面から大量の槍が突き出て結界をブチ破る。

 

 

「お返しだよ、クソ女」

 

 

箱の中にいる杏子がニヤリと笑った。

フールとコルボー、二人の舌打ちが重なったところで、まどかのマジカルスコールが二人を包み込む。フールは素早く結界を再構築して自身を守ったが、コルボーは違う。

次々と光の矢が肉体へ直撃していき、凄まじい雨量に思わず膝をつく。

 

 

「さすがは女神ッ、悪くない……!」

 

 

が、しかし。コルボーは笑っていた。

 

 

「温いな。甘えか?」

 

「!」

 

 

雨が止んだ瞬間、コルボーの傷が癒えていった。

凄まじい回復速度だ。それだけ魔力を注いでいるのだろうが、不思議なことにコルボーの胸元に見えるソウルジェムはキラキラと輝いたまま。

一方でなぜか結界に守られているはずの杏子が苦しみ出した。

まどかはすぐにニターヤーに箱を運ばせて杏子の傍に駆け寄る。

 

 

「大丈夫ッ、杏子ちゃん」

 

「ああ。なんか急にッ」

 

 

気づく。杏子のソウルジェムが先ほどよりは濁っている。

そこで聞こえる笑い声。コルボーは一つお辞儀をすると、自らの固有魔法である『強要』の説明を始めた。

 

 

「我が魔法、回復、攻撃、なんでもいい。それに使用する魔力は全て貴様らが消費してくれる」

 

 

魔法を使用するのに魔力を消費する。それは絶対のルールだ。

しかし、そのルールをコルボーは歪めることが出来る。

キリカ同じく見えない魔法陣を広げる事ができて、そこの入ったものの魔力を消費してコルボーが魔法を使う。

つまりどれだけ魔法を使用しても、コルボーのソウルジェムは全く濁らないのだ。

 

 

「もぉぉ……、なんでバラしちゃうかなぁ。黙ってれば良かったのに」

 

 

呆れたようにうな垂れるフール。しかしコルボーは相変わらず笑っていた。

どうやら戦闘に楽しみを見出すタイプのようだ。

一方で離れたところでも戦いは始まっている。拳を握り締めて前に出るアビス。しかし不幸にも、前にいるのはミヌゥただ一人。

 

 

「うッ!」

 

「ふふ、さあどうぞ?」

 

 

両手を広げるミヌゥだが、問題はそこではない。

アビスはまだ『少女』を殴るという課題をクリアできていなかった。

だが分かる。ちゃんとしないとヤバいのは分かってる。だから仕方なく拳を突き出してはみる。

 

 

「のわわわわっっ!!」

 

 

一応は力を込めた。

しかしミヌゥが体を反らした事で、拳の届く先が『胸』になる。

わき腹だとか、肩だったらまだ何とかなったかもしれないが、アビスは全力で拳を止めると、後ろに下がっていく。

 

 

「あっぶない……! セーフ!」

 

 

いや、アウトである。

 

 

「あら、お優しいのですね」

 

 

とは言いつつも、ミヌゥは隙だらけのアビスへ鞭を叩き込んでいった。

風を切る音が聞こえたかと思うと凄まじい衝撃が鎧を超えて伝わってくる。

 

 

「がはっ!」

 

 

さらに脚を捉えられ、地面に倒された。

ともあれ、そこで銃声。弾丸がミヌゥの腕に直撃し、後退させていく。

ミヌゥが舌打ち交じりに鞭を振るい、次々と弾丸を叩き弾いていく中で、赤いマントを翻して走る少女が見えた。

 

 

「中沢ァアア!!」

 

「イデデデデデ!!」

 

 

なぜか助けた筈のアビスにまで命中する弾。

走ってくるのはアビスペアに戦闘のイロハを教えているエリザである。

銃を乱射しながら疾走。そのまま倒れているアビスを思い切り踏んづけて前に出ていった。

 

 

「乳くらいで怯むとは何事ですのッッ!!」

 

「ち、乳って……!!」

 

「とにかく! 胸でも何でもッ!」

 

 

エリザはミヌゥの眼前に迫ると飛び上がる。

もちろんただのジャンプではない。爪先に魔力を込めた蹴り上げだ。

 

 

「ビシバシ叩いてダメージを与える!」

 

 

しかし言葉通りにはいかず。

ミヌゥは掌で爪先を受け止めると、そのままエリザの足首を掴んでを投げ飛ばす。

華奢な腕から見せる豪快な投げ。これが魔法少女の戦いと言うものだ。

エリザが地面に倒れたところを、ミヌゥは鞭でビシバシと殴った。

だがエリザはたったの数発受けただけで、鞭の不規則な軌道を見切ったようだ。

今度はエリザが片手で鞭を掴み、絡み取っていく。

 

 

「そしてッ、ぶちのめす! 戦いの鉄則と教えたでしょう!!」

 

 

突き出した銃剣。撃てばいいのかもしれないが、エリザはなぜか停止する。

一方でミヌゥも逃げる気配はない。両者、睨み合ったまま固まっていた。

 

 

「まさか、また、現世でお会いするとは」

 

「……こちらの台詞ですわ。もう、わたくし達の戦いは終わったと言うのに。まだ繰り返すつもりですの?」

 

 

ミヌゥとエリザはちょっとした知り合いらしい。

これでも、円環の理では、それなりに上手くやれていた筈だ。

もちろん友人とまではいかなかったが、女神(まどか)のおかげで険悪とまでもいかなかった。

 

なのに。またこれだ。

悪いのは魔獣の力で殺意を活性化させたフールとも言える。

しかしまだミヌゥ達に戦う意思があった事は紛れもない事実。

それだけミヌゥ達の憎悪は深く、それだけ願いや意思は強い。

 

 

「女神にも勝る愛が、我々にはあるだけの事」

 

「ならばまた送り返してあげますわ」

 

 

そこでエリザの銃が進化する。より巨大に、より荘厳に。

 

 

「そうすれば、せめてまた、美味しい紅茶を交わせるくらいには……」

 

 

エリザは引き金に指を――

 

 

「!」

 

 

銃を撃ったつもりだった。しかしそれは無理だ。

なぜならば、エリザの指が消えていたからだ。

 

 

「!?」

 

 

体が消え、魂が未来へ移動する。

しかし何故? エリザはまだ戦えるのに。しかしそうすると考えられる理由は一つだ。仁美の魔法が切れたのである。

 

 

「あ、あれ!? ど、どうして!」

 

 

困惑している仁美。頬を触り、体を確かめている。

間違いない、人間としての志筑仁美がそこにいた。つまり変身が解除されたのだ。

これでは魔法は使えないし、継続もできない。

 

しかしこの戦いの場で何故そんな危険なマネを?

そうだ、もちろん仁美は変身を解除する気などなかった。

これは魔法なのである。

 

 

「んふふ、気をつけないと――」

 

 

ウサギの仮面を被ったラピヌが、ウサギ型のビッドを浮遊させている。

ビットは『目』となり、視界に捉えた魔法少女や騎士の変身を解除させる。

これがラピヌの固有魔法。『魔眼』である。

 

 

「死んじゃうよ?」

 

「!!」

 

 

ビットからレーザーが次々と発射され、生身の仁美へ向かう。

ソウルジェムを操作すれば防御力は左右可能だが、やはりそれは魔法少女時よりも遥かに劣っている。仁美はどうする事もできず、腕をクロスさせて盾代わりにするしかなかった。

 

 

「仁美さんッッ!!」

 

 

グッと引き寄せられる感覚。

アビスが仁美の肩を掴むと、後ろへ回して、レーザーを背中で受け止めていく。

 

 

「ぐがッ!」

 

「中沢くん!!」

 

 

衝撃。そして光が迸り、仁美の前に中沢が現れる。

 

 

「えッ、あ! ごめん!!」

 

 

中沢はすぐ目の前に仁美の顔があったため、怯んで肩から手を離した。

仁美も目を見開き、険しい表情に変わる。

中沢は一瞬肩を掴んで引き寄せてしまった事に対しての不快感ではないかと思ったが、それは違う。

問題は中沢がそこにいる事だ。つまり彼も魔眼の力を受けたのである。

中沢は気づいていない。まだレーザーは飛んできている。

あれを受ければ生身の中沢では致命傷になる。

 

 

「危ないですわっ!」

 

「うわわッ!」

 

 

仁美は中沢の背中に手を回すと、そのまま引き倒すように地面へ伏せた。

中沢としては嬉しいやら悲しいやら。とは言え、地面に倒れた二人のすぐ上をレーザーが通過していく。

危ないところだった。仁美はホッと胸を撫で下ろすが、そこでまた青ざめた。

空、真上、そこにラピヌのビットが浮遊しているではないか。

その『目』は、まっすぐに中沢達を見つめている。

 

 

「!!」

 

 

避けきれない。そう思った時だった。

レーザーが放たれるよりも速くエビルダイバーがビットに直撃して攻撃を中断させる。

 

 

「あれ!? ちょっともうッ! なんなのよ!!」

 

 

ラピヌが頬を膨らませていると、ライアが距離を詰めてきた。

手にはエビルウィップがあり、それを伸ばすことでラピヌの腕を絡め取る。

そのまま腕を引いてラピヌを引き寄せる。

 

宙に浮き上がるラピヌの体。

ライアは足を振るい上げ、上段蹴りで飛んできたラピヌを狙う。

しかしラピヌも肘を振るい、ライアの足裏にぶつけていった。

 

 

「ちょっと! しっかり見ててよ! 私邪魔されるの嫌いなんだからぁ!!」

 

「わりぃ! 雑魚ってのは動きだけは素早くて――、よ!」

 

 

ライアペアと交戦していたのはゼノバイターだった。

ライアを逃がしてしまったのは、目の前にいるほむらのせいだ。

魔力で強化した警棒を振り回してゼノバイターを妨害してくる。

 

 

「あぁクソ! メンドくせぇな!」

 

 

ゼノバイターは回し蹴りを繰り出すが、ほむらは身を屈めて足の下を通り抜ける。

ならばと振るったのはゼノバイターが使っているソードトンファー。

カッターによる斬撃だけではなく、持ち手についている引き金を引くことで光弾を発射する中距離タイプの武器である。

 

裏拳を振るうようにトンファーがほむらの顔面を狙う。

しかし捉えたのは髪だけだった。美しい黒髪がハラハラと宙を舞うなか、ほむらの視界に光り輝く銃口が見える。

 

 

「じゃーな」

 

 

ゼノバイターの狙いは適格だった。

ほむらの回避ルートに合わせて放たれる光弾。しかしその時、ほむらの体が一瞬で消滅する。

空を通り抜ける弾丸。ゼノバイターが間抜けな声をあげると、思い切り頭部に衝撃が走った。

首が折れ曲がり、ゼノバイターは空を見上げる形になる。

 

 

「アァ、クソ! 時間停止かよ!」

 

 

ほむらは再びゼノバイターの前に移動すると、思い切り掌底を叩き込んだ。

もちろんただの打撃じゃない。爆弾を押し付けたのだ。

 

 

「消し飛べ」

 

 

ほむらの目が据わっている。

起爆スイッチを押す指に欠片の躊躇も無かった。

ゼノバイターの腹部ど真ん中に爆発の華が咲き、ゼノバイターは体をくの字に曲げながら後ろへ下がっていく。

 

 

「ッ」

 

 

とは言え、ほむらは眉を顰めた。

やはり硬い。装甲からは爆煙こそあがってはいるが、傷が付いている様子ではない。

ならばとナイフを両手に構えて走り出すが、そこでゼノバイターの触覚が伸びて鞭のように激しく乱舞する。

 

風を切る音、地面を叩く音、そしてほむらの体に衝撃が走る。

腕を盾にしたはいいが、骨までビリビリと響く衝撃だ。

持っていたナイフはあっという間に手から離れてしまい、気づけば足首に触角が巻きついていた。

下手に動かれる前に、もっとダメージを与えておきたい。

ほむらはトリックベントを使用、チェンジザデスティニーでライアと位置を入れ替える。

 

 

「え!?」

 

 

いきなりほむらが現れ、驚いているラピヌに食らわせたのは熱々のパイである。

バラエティーでよく見る光景だ。しかしほむらは真面目である。

熱したパイのクリームにはカイエンペッパーの粉末や、ブートジョロキアの粉末が大量に混ぜ込んである。古典的な方法ではあるが、意外と効くものである。

すぐに目を押さえて悲鳴をあげるラピヌ。ほむらは踵を返しながら時間を停止。

盾からロケットランチャーを取り出すと、ゼノバイターに向けて発射した。

 

仮にライアが引き寄せられたとしても、パートナー同士は傷つけあえないルールが働き、ロケットランチャーのダメージは限りなくゼロになる。

時間停止解除。弾丸が発射される音、着弾する音。

そして聞こえてくるアビスの悲鳴。

 

 

「は!?」

 

 

ほむらは思わず目を見開き、大きな声をあげる。

と言うのも、ほむらが銃口を向けていたのはゼノバイターではなく、丁度変身し直したアビスだったからだ。凄まじい威力で装甲が砕け、アビスは再び中沢へ変わり、地面に倒れていた。

 

 

「なんで!」

 

 

そこで触覚に引き寄せられたライアが殴り飛ばされ、ほむらの傍へ転がってきた。

 

 

「ぐぁッ! お、おい暁美! なんで時間を止めなかったんだ……!」

 

「何を言ってるの、私は確かに……!」

 

 

辺りを見回す。するとラピヌが顔に付いたクリームを全てふき取ってきた。

いや、違うのか。ほむらは理解する。時間を止めたつもりが止めていなかった。

ゼノバイターを撃ったつもりがアビスを撃っていた。

 

 

「クスクスクス……!」

 

「!」

 

 

そこで笑い声。

ほむらが視線を移すと、街灯の上に座っていた華々莉と目が合う。

 

 

「いけないんだぁ、暁美ちゃんってば。大切なお友達を撃っちゃぁ」

 

 

華々莉が何かをしたらしい。

ほむらは首を振って意識を覚醒させると、後ろへ下がって再び盾を操作しようとした。

しかしガチッと音がする。見ればいつの間にか紺色の鎖が盾に絡みついているではないか。

 

 

「無駄だ暁美ほむら。お前がバカな事をしている間に私の毒を打ち込ませてもらったぞ」

 

「!」

 

 

黒髪、サイドテールの少女が歩いてくる。

微かに記憶がある。しかしイマイチ思い出せない。

ほむらは訝しげな表情を浮かべていると、少女がニヤリと笑った。

 

 

「あの時は円環の理だったからな。改めまして、私はハサビー。魔獣だ」

 

 

ほむらの表情が不快感で歪む。しかし一方でハサビーの笑みは深くなった。

 

 

「いい、いいぞ! その顔だ暁美ほむら! 私はお前を気に入っていてね。いつも大量のチップを賭けていたぞ!」

 

「そう。それはどうも。お礼に地獄へ送ってあげるわ」

 

「ハッ! できるかな? いつも滑稽に踊って、最後は無様に失敗するお前が。私に勝てると言うのかな?」

 

 

ハサビーの手首に鎖が巻き付いていた。

それは途中まで辿ると、透けて消えてしまっている。

一方でほむらの盾にはその鎖が。なるほど、空間を越えて繋がっているのか。

 

どうやらあれが特殊能力のようだ。

正体は『固有魔法の無効化』。ハサビーの針を打ち込まれた魔法少女は毒に侵されてしまい、個性を失ってしまう。

ほむらはもうただのスペックの低い魔法少女だ。一定時間が経過するか、範囲外へ逃げるのか。

もしくはハサビーを倒さなければ解除はされない。

 

 

「華々莉。もう一度幻影を見せろ。その間に私が始末する」

 

 

ハサビーの命令口調に華々莉はムッとしたような表情を浮かべる。

どうやら洗脳されているとは言え、魔獣への忠誠心は低めに設定してあるようだ。

あくまでも本人の思考を侵さず、しかし凶悪性は高めてあると。

一方で殺気を感じる事に長けている魔獣は、ニヤリと笑ってみせた。

 

 

「そう敵意をむき出しにするな。約束を忘れたか?」

 

「ッ」

 

「お前がしっかりと我々の勝利に貢献できれば、椿のデータはくれてやる」

 

 

ほむらにはよく分からない会話であったが、華々莉の表情が変わったのを見ると、相当重要な内容らしい。

無言ながらも、ほむらを睨みつけて、再び掌を発光させる。

幻術とやらが来るのか。それとももう掛かってしまっているのか。

ほむらは意識を集中させて抵抗を試みた。

 

 

「させないわ!」

 

 

とは言え、それよりも速く割り入ってくる者がいた。

マミだ。まるでターザンのようにリボンに掴まり、マスケット銃を乱射していく。

無機質な弾丸はすぐに華々莉へ振りそそいでいき、魔法を中断させる。

 

 

「ありがとう巴さん!」

 

「え、ええ……!」

 

 

ほむらからお礼を言われる事に慣れていないのか、マミは少し嬉しそうに頷いてみせる。

しかし一瞬だった。マミが掴まっていたリボンが千切れ、墜落する彼女の胴体に脚がめり込んだのは。

 

 

「カハッ!!」

 

「ヒョーッウ!」

 

 

青い脚。ゼノバイターはマミを蹴り飛ばすと、地面を滑る彼女へ弾丸のおまけを一発。

 

 

「戦闘中に余所見とは間抜けだな巴マミィ。ンな事だからテメェは真っ先にトチって死ぬんだよバーカッ! ハハハハハハ!!」

 

「ッッ!!」

 

 

マミはすぐに立ち上がると、前方にマスケット銃を円形に並べて同時に射撃するティロボレーを発動。しかしゼノバイターは何のことは無くそれらを装甲で受け止めると、スピードを緩めずに距離を詰めてきた。

 

ゼノバイターは飛び上がり、体を回転させながらソードトンファーを振るう。

しかしマミも姿勢を低くして後方へ移動。刃を回避すると、マスケット銃を回転させて銃身を掴むと、銃床で殴りかかった。

抵抗感。ゼノバイターは刃で銃床を受け止めると、武器ではなく目からレーザーを発射する。

武器に気を取られていたマミ、ましてやレーザーのスピードが速い。

結果として呆気にとられている間にみぞおちが爆発を起こす。

 

 

「あゥッ!」

 

 

さらに怯んだマミへ、ゼノバイターはソードトンファーから光弾を二発ほど発射。

それぞれマミの両足の膝蓋骨に直撃すると、動きを停止させる。

すぐに触覚が伸びた。マミの足首に絡みつくと、ゼノバイターは思い切り頭を振るってマミを投げ飛ばす。10秒も無い時間、マミは地面を転がりながらも歯を食いしばり、狙いを定める。

 

 

「ティロ!!」

 

 

掌を地面につけると、ゼノバイターの背後に大砲が出現する。

これもまた一瞬。ゼノバイターが顔を後ろに向けた時には、砲口から巨大な弾丸が発射されていた。

 

 

「フィナーレ!!」

 

 

直撃、爆発がゼノバイターを包み込むが――

 

 

「ハハハハハハハ!!」

 

「!」

 

「浅ェ、浅いな巴マミィ! なんだぁ、こりゃあ? 蚊くらいしか殺せねーぞこんなショボイ弾丸じゃあ!!」

 

 

直撃したと言うのに、ゼノバイターは何のことはなく笑っていた。

聞いていた通り強い。マミが悔しげに表情を歪めると、一方でゼノバイターは両腕を光らせる。

デカイのが来る。マミが銃を構えると、その異変に気づいたのか、ほむらも走り出した。

 

 

「行かせないってば!!」

 

 

華々莉が吼えると、視界がグニャリと歪む。するとほむらの視点からマミ達が消えた。

これが幻術、すぐに意識を集中させるが、その時にはもう遅い。

すぐに全身に衝撃が走り、ほむらは地面を転がった。

 

 

「つれないな。キミには私だけを見てほしいのに」

 

 

気づけばハサビーが前にいた。

ほむらの髪を乱暴に掴んで引き起こすと、そこでビキビキと音を立てて変身。

その真の姿、『バズスティンガー・ワスプ』へと変わると、回し蹴りをほむらの肩に撃ち当てた。

変身の恩恵か。ほむらの体は軽々と浮き上がり、そのままアビスたちを巻き込んで地面に倒れる。

 

 

「ま、またぁぁあゥっ!!」

 

「ご、ごめんなさい……!」

 

 

そこでまた景色が歪む。

華々莉の魔法によって現実が虚構に包まれる。

が、しかし、ほむらはそこで盾に腕を突っ込んだ。あまり気は進まないが、気合でなんとかできる魔法でもない。なのでウルズコロナリアを使う。

 

そう、ほむらが取り出したのはメガネだ。

それを装着するとホムラに変わり、視界はクリアになる。

そうだ、これは魔法のメガネ。強度はもちろん、一枚のフィルターを通すことで幻影が消え去った。そういう効果もあるのだ。

ホムラが立ち上がり盾を構えると、そこへワスプのレイピアが直撃する。

 

 

「ほう! 成程!」

 

「もッ、もももも! もう幻は効きません!!」

 

 

とは言え、ワスプはチラリと、ほむらの足もとを見る。

するとどうだ、ガクガクと震えているじゃないか。

 

 

「その姿は好きじゃない。折り甲斐がないな」

 

「え、え……ッ!?」

 

 

ワスプが指を鳴らすと、黒い風が巻き起こった。

見ればワスプを小型にしたようなハチが大量に群れを形成して飛んでいるのだ。

ブブブブとうるさい羽音が、すぐにほむらを包み込む。

 

 

「ブラックウィドー」

 

「きゃああああ!!」

 

 

纏わり付いたハチは尾の針や、口を使ってホムラを傷つけようとしている。

必死に振り払っているようだが、そうしている間にワスプ本体は弓を出現させて、弦を引き絞っていた。すると収束していく瘴気のエネルギー。アビスと仁美はそれに気づいたが、ホムラに声をかけようにもハチの羽音がうるさすぎて声が届かない。

ましてや二人にもハチが纏わりついている始末だ。

 

 

「ブラスティック・ワスピード!!」

 

 

ワスプが弦を放すと、黒いエネルギー波が発射されてハチごとホムラたちを吹き飛ばす。

悲鳴が聞こえ、さらに悲鳴が重なる。丁度まどかと杏子がフールたちの爆撃を受けて同じく吹き飛んできた。

マミもまたゼノバイターの一撃を防御しきれなかったか。一度は地面を滑り、そして敵達は笑い声を重ねていく。

 

 

「おやおや、皆様。精が出ます事」

 

 

そう言って笑うミヌゥだが、体に傷がついている様子はない。

ミヌゥ、ラピヌ、コルボーの三姉妹は、まどか達が生きてきた時代よりも、もっと過去の魔法少女だ。

魔法が戦争の道具に使われていた時代。

だからなのだろう、戦闘センス、そして覚悟の量が違う。

そう言った要素が優劣をつけたのかもしれない。

 

とは言え、そんな事を言っている場合ではない。はっきり言ってかなりマズイ状態だった。

仕方ない。あまり手の内を見せるのは避けたいが、早々にアライブとサバイブを切るしかないようだ。マミとホムラはアイコンタクトを行い、変身を行おうとする。

 

だがその時だった。

ふと、ホムラの目にライアの姿が映った。

奇しくもその時、ラピヌの魔眼がライアを見つめる。

そうすると変身が解除されて、手塚の姿が晒された。

 

 

「あ」

 

 

誰が言ったのかは分からない。

けれどホムラは確かに聞いた。自分の声を。

 

 

「駄目」

 

「え?」

 

「彼は駄目」

 

「あン?」

 

 

ゼノバイターが間抜けな声をあげる。

一瞬だった。目の前からホムラ達が消えたのは。

 

 

「……ありゃ?」

 

 

辺りを見回してみるが、不思議な事に、まどか達だけ消えていた。

透明になったとかそういう話ではなく、本当に消えてしまったようだ。

気配は感じないし、試しにミヌゥが鞭を振るってみるが感触はない。

 

 

「どう言う事ー?」

 

 

気だるそうにフールがゼノバイターを睨みつける。

 

 

「どうって……」

 

 

しばし顎を押さえて唸る。

聞き間違いでなければ、確かにあの声は……。

 

 

「共鳴が起こったのかもな」

 

「え?」

 

「元は同じなんだ。無意識に、突発的に、一つになるのは不思議な話しじゃない」

 

「ほむらちゃんが何かしたって事?」

 

「ああ。まあ正確にはホムラじゃなくて、ほむらでもなくて……」

 

 

焔。

 

 

「え?」

 

 

焔。ほむら。

 

 

「なに……?」

 

 

暁美ほむらは光る花畑の中に立っていた。夜空には星が煌いている。

この場所には見覚えがある。イチリンソウの花畑。ワルクチと会話をしていた精神世界ではないか。

そこで気づく。目の前に自分が立っていた。

いや、違う。アレは自分じゃない。ほむらはすぐに気づいた。

見えたのはいつのまにか無くしていた赤いリボン。

 

 

まどかに貰った大切な赤いリボン。

 

 

それを身に着けた自分が立っていた。

少し隈がある。疲れているのだろうか?

彼女は――、『暁美焔』は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ここで映像は切れた。後の事は彼女にしか分からない』

 

「……ッッ」

 

 

神那ニコは、携帯の画面に映る自分の顔を見て真っ青になっていた。

 

 

『Do you understand? フフフ……!』

 

 

聖カンナは、今の映像を高所から記録していたようだ。

そしてその映像を、別世界にいるニコへ送信したのである。

ニコは始め、レジーナアイを通してメールが来るとは思っていなかった。

そして開いてみれば、そこにいたのは自分と同じ顔。

ニコはカンナの事を知っているが、知らない。それはカンナが一番分かっている。

 

 

「はじめまして? いや違う。きっとキミも理解してるはずだ。Counterpart」

 

 

聖カンナと言う概念を取り払わなければ答えは見えない。

しかしニコは継承者だ。遥か彼方、ゲームが開始される前、円環の理に導かれる以前の記憶も持っている。思い出そうとすれば必ず思い出す。

 

 

『忘れてほしくないね、私達のHope』

 

 

カンナはもっていた携帯を自分に向け、自撮りを行っている。

その映像がニコの携帯に送られている。

カンナはニコリと笑い、ピースサインを浮かべてみせた。

 

 

『また会える。必ず。そしてその時にお互いのANSWERをぶつけよう』

 

「……ッ」

 

『それでは、チャオ』

 

 

そこで映像が切れた。

ニコは崩れるように背にもたれかかると、真っ青になったまま天井を見つめていた。

サキが心配してくれて声をかけてくれたが、今のニコには返事をする余裕など無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あそこに行きましょう」

 

 

誘われて、言われるがままに足を進めた。

二人が入ったのは『酒処・あけみ屋』。イチリンソウの花畑の中、ひっそりと存在するレトロな居酒屋だ。ガラガラと引き戸を開けて、二人はカウンター席に並んで座る。

 

 

「ここ、なつかしいでしょう?」

 

「……ええ」

 

「ウーロン茶でいい? いつもそうだったから」

 

「ええ」

 

 

記憶を手繰り寄せて、ほむらは頷いた。

焔は慣れた手つきでグラスにお茶を注ぐと、それをほむらの前に置いて微笑む。

 

 

「このリボン。誰がくれたか覚えてる?」

 

「もちろんよ。忘れるわけが無い」

 

「嘘。忘れてた。イツトリの力で」

 

「……でも思い出してる」

 

「確かに。でもそれって何だかとっても卑怯だわ」

 

 

焔は自分にもウーロン茶を淹れると、グラスの中にあった氷を指で回し始めた。

 

 

「テセウスの船って知ってる?」

 

「……いえ」

 

「じゃあ教えてあげる」

 

 

焔はニコリと微笑む。

目つきが明らかにほむらとは違っていた。狂気的な、でもどこか妖艶さも感じさせる。

 

 

「我は一、我々にして、我らなり」

 

 

少女の表情じゃない。では何故、こんな顔ができるのか?

それはとても大きな感情が焔の中にあったからだ。

少女を女に変える、それは神をも狂わせる甘美な果実。

 

 

「このリボンはね、手塚に貰ったの」

 

「……は?」

 

「彼は、とても素敵だわ。クールで、でも熱い所もあって。それでいて……」

 

 

焔は右手で髪をかき上げて、左手で唇に触れる。

 

 

「私を肯定してくれた」

 

「………」

 

「貴女は手塚を愛してる」

 

「……いえ、残念だけど、そういう感情は無いわ。もちろん海之にはとても感謝しているけれど」

 

「駄目よ。違う。海之だなんて。下の名前で呼ばないで」

 

「え?」

 

「私もまだ呼んでないのに」

 

「………」

 

 

ほむらは無言で視線を外すと、一度ウーロン茶に口をつけた。

味がする。思い出しているのか。冷たさも。味も。感情をも。

 

 

「……違うわ」

 

「なにが?」

 

「そのリボンは手塚から貰ったものでは無いと言う事よ」

 

「そうよ、だって貴女は手塚を愛していない。それでいいのよ」

 

「ええ、そうね」

 

「ええ、そうよ。だって私が愛してる!」

 

 

ほむらが指を鳴らすと、二人の前にカレーが現れた。

 

 

「おなか空いてる? これね、私と彼で作ったカレーなの。かぼちゃが入ってるでしょ? とっても美味しいの」

 

「……そう」

 

 

ほむらがスプーンに手を伸ばそうとすると、焔の手が伸びてきた。

バチンと音がして、ほむらの手が弾かれる。

 

 

「ごめんなさい。やっぱり食べないで。これは私と彼だけが口にしていいものだから」

 

「なら、出さなければいいのに」

 

「本当ね。フフフ、ごめんなさい」

 

 

焔はカレーを消すと、そのままほむらの目を覗き込む。

 

 

「何故、巴マミを愛したの?」

 

「ッ、巴さんを?」

 

「もちろん。愛おしいでしょう?」

 

「まさか。変な事を言わないで」

 

「もちろん。男女のソレとは違うかもしれないけど、貴女、巴さんが好きでしょ? 好きになってきているでしょ? 違うとは言わせないわ。だって貴女、朝起きたらまず巴さんに会える事が嬉しいって思ってるでしょ。いつもピリピリしてたあの人が笑ってくれるのが嬉くなってるでしょ。あの人と一緒にご飯を食べるのを幸福と感じ始めているでしょ?」

 

 

焔はウーロン茶から氷を取り出した。

するとどうだ、その氷が削れていき、マミの人形になったではないか。

焔はそれを一気に握り潰してバラバラにした。

 

 

「でもね、忘れたの? アイツは敵よ」

 

「………」

 

「アイツがいるからまどかが魔法少女になろうとしてしまう。現に美樹さやかだってそうだったじゃない。あのバカ女さえいなければ、もっと私達の戦いは上手くいったのに」

 

「………」

 

「ほら、嫌な顔してる。いいじゃない、巴マミなんて最低よ。アイツがいたからゲームが生まれたと言ってもいいかもしれない。現にこのゲームだって、マミがいたからまどかが魔法少女になったんじゃない。あいつ、両親と一緒に死んでおけばよかっ――」

 

 

バシャリと、ウーロン茶が焔に掛かった。

グラスを掴んでいるほむらは、ハッとして、ばつが悪そうに目を逸らす。

 

 

「ごめんなさい」

 

「……いいのよ。癇癪を起こすのは私らしいわ」

 

 

一瞬だった。黒い炎が焔を包み、ウーロン茶が蒸発する。濡れた髪が一瞬で乾く。

 

 

「まだ自分を傷つけるクセは直ってないのね。まあ大丈夫よ、ニンゲンはそう簡単に変われないものだから」

 

 

弱いのよ。そう、弱いの。

だからこんな場所まで私の中に作ってしまう。

時間の中に時間を作ってしまう。

 

 

「そうでしょ? 私」

 

 

焔がカウンターの向こうを覗き込むと、壁にもたれかかっている女が一人見えた。

ほむらは知っている。焔も知っている。ホムラの魔法によって呼び出された、『ほむ姉』と呼ばれていた固体である。

 

彼女はこの『あけみ屋』を作った。

正確には店があった場所はこのイチリンソウの花畑ではないし、増築してもっと巨大な施設になっていたが、そんな違いは些細なものでしかない。

いずれにせよ重要なのは、この建物が今、このイチリンソウの花畑。

つまりほむらの精神を象徴する場所にあると言うことだ。

 

 

「ほむ姉は、まどかを救う事を諦めてしまった」

 

 

そしたら、時間から出られなくなってしまった。

だから他のほむら達が頑張れるように店を作った。他のほむらが頑張れるように、応援する側に回ったのだ。

つまりそれはループにおけるほむらが、同一ではないと言う証明。

所謂『かもしれない』世界が続き、無数のほむら達が生まれた可能性だ。

 

 

「クワガタほむらだっけ? どんな時間軸だったのか、気にならない? 何をどうしたらクワガタとして生きる人生を歩むのかしら?」

 

「いろいろあるわ。私はそれを否定したくない」

 

「……フフ」

 

 

気づけば、ほむ姉が消えていた。

 

 

「ここには沢山のほむらが遊びに来ていた。まどかを救う事に疲れた私達は、ここで慰めあい、美味しいものを食べて、またループを戦っていく」

 

「そんな時もあったわね」

 

「皆、性格はバラバラ。暁美たむらって娘が一番オリジナルの貴女に近かったかも。ああ、でもね、一つだけ共通点があったわ」

 

 

部屋が、暗くなっていく。

 

 

「それは皆、まどかが大好きだってこと」

 

 

明かりが消えた。

 

 

「笑っちゃう」

 

「……なぜ?」

 

「それは間違いだからよ。貴女はそんなに立派じゃないし、強くない」

 

 

ほむらは変わりたいと言う欲望や、数多くのループで精神が壊れないように、擬似的な多重人格者になった。

弱い自分を作り、それを傷つける事で安心したり、少しでも壊れないように自分で調整する。

虐待された子供にイマジナリーフレンドが生まれたり、別人格が生まれたりするように、少しでも自分の心が壊れないように心が『ほむら』を生み出していく。

 

 

「私達は私であり、私は私達である」

 

 

ループされた時間軸も、一つと数えることができる。

一回目のほむらと、二回目のほむらは同じであり、別人である。

それもまた因果が齎した歪な軌跡と奇跡。

 

 

「でも違う。それは間違ってる」

 

「ッ?」

 

「私は神ではないわ。貴女は神に近づこうとしたけど、結局それは失敗したのよ」

 

 

焔の前にあるグラスにはウーロン茶が消えている。

代わりに、なみなみと注がれた闇があった。

 

 

「人間が絶対を語るなんて不可能よ」

 

「何を言っているの……? そもそも貴女は一体――ッ」

 

 

部屋は暗い。闇がそこにはあった。

気づけば床にはイチリンソウがいくつも咲いていた。

 

 

「本当は分かっているんでしょう? 貴女はまだ、自分自身に決着をつけてない」

 

「……ッッ」

 

「全ての暁美ほむらは、鹿目まどかを愛する。結構なルールね」

 

 

でもそんな絶対はありえない。機械でもない限り。

心を持った人間は、そんなに完璧に生きることが出来ない。

 

 

「でも……、暁美ほむらは完璧になりたかった。完全になりたかった。いっそ魔法で心さえも変えてしまえば良かったのに」

 

 

だからこそ作る必要があった。

全ての負を一点に集める存在。まどかへの不満、負の感情を具現する存在。

つまり。『まどかを好きにならない暁美ほむら』を自分の中に誕生させる必要があった。

それがどんな『裏』があるのかはどうでもいい。

大切なのは、まどかを切り捨てるための自分だ。そんなスケープゴート。

 

 

「まどかを諦める人生も、また一つの幸福」

 

「……やめて」

 

「どうして? 初めてじゃないでしょう? あなたは一度盾を落としてしまった。それが原因でまどかを忘れたじゃない!」

 

「そうかもしれない。けれど今は思い出している!」

 

「ええそうね。でもだったら思い出しなさい! 貴女が巴マミを憎悪したように、美樹さやかを手にかけたように、佐倉杏子を殺したいと渇望したように! 鹿目まどかを恨んだ日があった事を思い出しなさい!!」

 

「そんな時はないわ! 私がどれだけまどかに救われたと思っているの!」

 

「でも同じくらい苦しんだじゃない!!」

 

「!!」

 

 

焔は拳を強くカウンターに打ち付けた。

 

 

「ライアーハーツ! 貴女はユウリの言葉を信じてしまった! まどかの姿になったユウリを疑えなかった! それだけじゃない! ユウリにキスまでしてバカみたい!!」

 

「………」

 

 

頭を抑えるほむら。

ユウリがまどか? キス? よく分からない。よく思い出せない。

 

 

「はッ! いいわ! いい! 思い出さないで! だってそれは私だけの記憶!!」

 

 

焔は闇が入ったグラスを振るい、闇を壁にぶちまける。

そこからイチリンソウの花が咲いていく。

 

 

「私はこの世界で手塚を愛した! 貴女には理解できないだろうけど! まどかよりも、彼を選んだの!!」

 

 

勢いよく立ち上がる焔。椅子が後ろへ滑っていく。

その中で、ほむらは目を細めた。

 

 

「本当にそうなの?」

 

「なんですって?」

 

「また彼を、逃げのために使ったのではないの?」

 

「そう言うと思ったわ! でもね、私は貴女とは違う!!」

 

 

焔は胸を抑え、苦しげに唸る。

 

 

「何が愛よ。何がまどかよ! 何が、何がッッ!!」

 

 

目を見開いた。

鬼気迫る表情の中に、どす黒い闇が視えた。

 

 

「何が悪魔よッ! 結局、貴女は失敗したのよ!!」

 

「やっぱり、貴女に円環の力が……」

 

 

ライアーハーツ終了時、天乃鈴音は剣でほむらの首を刈り取った。

だが魔法少女はソウルジェムを砕かれぬ限り死ぬことはない。

いずれにせよイツトリがいる以上、全てが忘れ去られ、ゲームは繰り返される。

 

しかし唯一、そのルールに対抗できる者がいる。

鹿目まどかのように概念の力を持つ、神の領域に足を踏み入れたものだ。

 

 

「人の記憶ッ! それは不完全な生命の象徴!」

 

 

不完全ではあるが、暁美ほむらはそれを所持していた。

そして鈴音の刃、『未来へ継続する』事実を纏った一撃が、暁美ほむらの一部を分断させた。

 

 

「あの時、私はゲームの外へ放り出された」

 

 

首だけのほむらはゲームの外へ。

体だけのほむらはイツトリによって傷を忘れ去られ、また暁美ほむらとなってゲームに戻った。

概念のほむらは、焔になる。同じくしてそこには、かねてよりほむらの奥底にあった別人格が混じっていた。

 

 

バカな嘘が、その人格を覚醒させたのかもしれない。

 

 

完璧な人間などいない。

絶対など存在しない。絶対に守ると誓った約束も、破ってしまうのが人間だ。

だから、ほむらの中にも存在していた。『鹿目まどか』を否定する『暁美ほむら』が。

 

それが暁美焔になる。

焔はもう、うんざりだった。まどかの為に戦うのも。まどかの為に振り回されるのも。

だって鹿目まどかさえいなければ、手塚の愛を受け入れる事ができたのに。

手塚を愛する事ができたのに。

 

 

「まどかは私を愛してくれない。だったら私を愛してくれる手塚で良かったじゃない! 彼だって友人を守れなかった事を、私を守ることで許されたつもりになっていた! その共依存は悪い事ではないでしょう!?」

 

「本当にそれでいいの……? 貴女だって、今、私の記憶を共有しているんでしょう?」

 

「ええ、でも私は手塚がいればそれで――……」

 

 

そこでほむらは首を振った。

こんなに苦しんだのは。こんなに傷ついたのは。こんなに迷ったのは、こんなに泣いたのは、こんなに戸惑ったのはこんなに躓いたのはこんなに消えたくなったのは――。

こんなに、死にたく、なったのは。

 

 

「全部ッ、鹿目まどかがいたからじゃない!!」

 

「だから貴女は――!」

 

「そうよ! 私は鹿目まどかを許さないし、否定してみせる!!」

 

 

全ての暁美ほむらが鹿目まどかを愛するのなら、逆に言えば鹿目まどかを愛さない暁美ほむらは、暁美ほむらではない。

 

 

「全暁美ほむらの中で唯一ッ! この私こそがッ、鹿目まどかを否定する存在となる!!」

 

 

素晴らしいじゃないか。ならば焔はその時、焔になれる。

 

 

「鹿目まどかを憎むほむらになる!!」

 

 

それがほむらでないと言うのなら、それで結構。

そうしたならば、その時、暁美ほむらの派生ではない。独立した存在へと昇華する筈だ。

だがそれは簡単な道じゃない。だからこそ抗う。だからこそ戦う。

 

 

「まずは主人格! お前を消し去ってやる! その体を! その存在をッ、私によこしなさいッッ!!」

 

 

焔が両手を広げると、世界が闇で染まる。

反射的に立ち上がるほむら。暗いのではない、闇なのだ。

自分の体はハッキリと見えるけど、周りは何も見えない。イチリンソウの輝きも消えうせ、全てが闇で覆いつくされる。

 

 

「人が神になろうだなんて。おこがましいとは思わないの?」

 

 

まどかも失敗した。

ほむらも失敗した。

 

 

「何が悪魔よ。愚かにも程があるわ」

 

 

焔の目だけが見えた。

そして何かが広がる音。そう、これは翼だ。

 

 

「生まれ変わったら賢く生きなさい。取捨選択こそが貴女に足りない物よ」

 

 

焔が魔法少女になった。

赤いリボンが揺らめき、その手には黒い『弓』が出現する。

弦を振り絞るが――、その姿は闇で覆われているので、ほむらには見えない。

それでいい、焔は矢をほむらに頭に向けて発射するつもりだった。

ザクロみたいに弾けてくれれば。そうしたら許せるかも。

 

 

「やめてください!!」

 

 

が、しかし。それよりも速く、銃弾が焔の弓を弾く。

 

 

「!!」

 

 

闇を照らすのはライト。安易な発想かもしれないが、暁美ホムラがランタンを抱えて現れた。

その手には銃が握られている。それでほむらを助けたのだろう。

焔は大きなため息をついて指を鳴らした。すると闇が消え去り、三人の暁美は、あけみ屋に戻ってくる。

 

 

「ッ、ありがとう」

 

「は、はい! どういたしまして!!」

 

 

ホムラは銃を焔に向けたまま、ほむらを守るように立つ。

 

 

「焔さん! 貴女は一つ、勘違いをしています!」

 

「ッ? なに?」

 

「私達は多重人格ではありません! あくまでも暁美ほむら。ただ一つの存在です!!」

 

「そう思いこんでいるだけでしょう? だったらこの三人は何なの!?」

 

「分かりませんか? 脳内会議と同じです!」

 

「違う!」

 

 

焔は走り、腕を伸ばす。

ホムラは気づいたが、自分は撃ちたくなかった。

だから首を掴まれ、壁に叩きつけられる。

 

 

「やめて!」

 

 

ほむらは叫ぶが、焔は首を振った。

 

 

「これはあくまでも共鳴よ! 私は確かに存在している!!」

 

「かもしません……ッ、でもそれは間違いです。私達は一つなので、一つになるべ――」

 

「黙れ屑! どんくさいお前がッッ何を語る!!」

 

 

焔のフックが、ホムラの頬に入った。

衝撃でホムラは大きくよろけ、座敷席の方へと倒れていく。

そこで入れ替わるようにほむらが、焔へ掴みかかっていった。

 

 

「また自分を傷つけるの!? それが嫌でッ、私は私を受け入れたじゃない!」

 

「違う! だからそれは暁美ほむらの意思でしょう!? 私は暁美焔! ほむらじゃないのよ!!」

 

 

腕を組み合った二人はもつれあい、そのまま戸をブチ破って外へ出て行く。

イチリンソウの中を二人は駆け抜け、花を散らしていった。

 

 

「私は貴女を消し去り、完全体になる! そして手塚と、私が愛した人達と一緒に暮らすの!」

 

「彼がそれを受け入れると思うの!?」

 

 

交差する脚と脚。

回し蹴りが互いを弾きあい、二人は地面を転がっていく。

 

 

「思うわ! だって彼は私を――……、受け入れてくれる!!」

 

「そろそろ気づきなさい! そろそろ前を見なさい!!」

 

 

共鳴。思い出していくライアーハーツ。

 

 

「ハッ! どうせまたまどかでしょ!? 貴女こそ気づけばいい!」

 

 

体を起こした焔は、弦を振り絞る。

闇が収束し、黒い弓矢が発射された。

 

 

「鹿目まどかは、私達を不幸にするわ!!」

 

「違う! まどかは希望よ!」

 

 

ほむらのマシンガンが矢をかき消した。

とは言え、弾丸はほむらが張った闇のシールドにかき消されていく。

 

 

「でしょうね! だって全てッ、私に押し付けた!!」

 

 

まどかだけを見るなら、まだ耐えられたけれども。

 

 

「この私にとっては絶望と同じよ!!」

 

 

他に手を出しちゃおしまいだ。

全てを手に入れて幸せになるなんて許されない。それはほむら自身が許さなかった事。

いや、だから抗った。ホムラを受け入れて、ちゃんちゃん。

 

 

「でも、私は許さない」

 

 

焔は頭のリボンを外すと、それを強く掴む。

 

 

「貴女だって、私を受け入れたくはないでしょう? まどかに対する不満を凝縮した私を」

 

 

だってそれは『暁美ほむら』の崩壊に繋がる。

 

 

「自我を否定してまで生きる意味があると言うのかしら?」

 

 

焔は改めて赤いリボンを見つめた。

これは愛の証だ。だからこそ、その愛を上書きする。

全ての愛は暁美焔の物となる。それが幸福へ導く鍵になる。

 

分かっている。分かってるさ。

自分の事だ。どう生きたいのか。それは焔だってそうだ。呪い続ける人生はもう嫌なんだ。

でも鹿目まどかは大きすぎる。心を不安定にする存在は排除した方が楽に生きられる。

ほむらはそれを受け入れたみたいだけど、受け入れられない『ほむら』も存在していい。

 

 

「だから私はやり直すわ。私の最後のループ。それを今この世界で」

 

「!!」

 

「貴女のやり方は間違っていた。それを私が証明してあげる」

 

 

焔の背中から黒い翼が伸びていく。

空間に張り巡らされる黒。それは次々に広がっていき、世界を侵食していく。

この技。『侵食する黒き翼』。ほむらと焔が溶けていく。

 

 

「何をするつもりですか!!」

 

 

ホムラもそれを確認した。

イチリンソウの花畑が闇に飲み込まれていく。

いやそれだけじゃない。翼の中に手塚達の姿を見た。

 

 

「ココは私の世界。貴女は失敗したけれど、私は違う」

 

「ッッ」

 

「完璧なループを……」

 

 

やめて。

そう叫びたかったが、翼が世界を破壊していく。

崩れ落ちるイチリンソウ。ほむらは走り、ホムラへ駆け寄る。

 

 

「貴女は本気で――ッッ!!」

 

 

ホムラが手を伸ばす。その腕が闇に溶けていく。

精神が現実へ溶けていく。バラバラになる意識と世界。

ほむらは見た。ホムラは見た。暁美焔が嬉しそうに微笑んでいるのを。

 

 

「私の世界を作る」

 

 

そこで焔は気づいた。

なんだか翼が重い。嫌な感触がする。

 

 

「これは嫌なの」

 

 

焔は翼からまどかを排出した。

 

 

「彼女は彼女の好きな人と仲良くすればいいじゃない」

 

 

だから焔は、仁美も排出した。

 

 

「私の世界には要らないわ」

 

 

ほむらの闇が広がっていく。

 

 

「出会った事が間違いなのよ」

 

 

全てが闇に溶けていき、まどかと仁美は押し出されるように外の方へと消えていく。

一方で焔は闇の奥深く、さらにその深淵を目指した。

 

 

 

 






テセウスの船。

まどマギもライダーも脚本家が複数いるってところが面白いと思います。

たとえばファイズで言うと続編として評価が高い4号ですが、人によってはパラレルとして。人によっては完結編として評価している人がいます。
僕はそんなに気にしない方なんですが、アマゾンズだって完結編は別の人が担当するって分かった時には、それなりに賛否両論、いろんな意見を見かけました。

要するに井上さんじゃない巧は、そもそも巧なのか。
ジオウも今はいっぱいオリキャスの人が出てますが、脚本家の人は違います。
役者が同じなら本人なのか。それとも脚本家が同じならば本人なのか。
現に、役者さんは同じでも、ディケイド版の剣崎の評価は賛否両論です。

これはまどマギにも通ずるところがあって。
今はマギレコが盛り上がってますが、マギレコに虚淵さんはいません。
それは果たしてまどマギと言えるのか。


そこら辺の曖昧さが、どこか魅力的に思えてしまいますな(´・ω・)



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第90話 設定完了


ちょっと前半でLGBTを使った悪意ある表現があります。
これを含めて、全ての表現において差別を助長するつもりはありませんが、もしも不快に感じた方がいたらごめんなさい。

あと今回、なぎさちゃんの固有魔法が出てきますが、オリジナルです(´・ω・)


 

 

透検事は気分が良かった。

今日は体調がいい。普段は小食の彼も、今日は昼食にラーメンと半チャーハンをペロリと美味しく頂いた。

 

馬鹿な男だと――、つくづく思う。

驕り、慢心、北岡秀一は法外な金額を請求してくる代わりに黒を白にしてみせる――。というのは有名な噂ではあるが、わざわざ痴漢裁判に手を出すとは。

あんなものは悪魔の証明だ。やっていない事を証明するのはほぼ不可能なのである。

ましてや唯一の目撃者で、犯人取り押さえた男性は、高校の教頭で評判もいい。

 

勝った。

透はニヤニヤしそうになるのを必死に堪えながら廊下を歩く。

すると前から見知った顔が歩いてきた。

 

 

「おや、これはこれは。今日はよろしくお願いします」

 

「よろしく。今日こそ勝てるといいわね」

 

 

それだけを言って女性はスタスタと歩き去る。

透は内心ムッとしていた。女性、最年少で裁判長へ。それは凄いとは思うが、どうにも鼻につく。今だってそうだ。今日こそは? 考えただけでムカムカしてくる。

 

別に今まで負け――、は、してきたが、それは自分が悪いのではなく全てあの悪徳弁護士の仕業であると思っている。

ヤツはどうにもおかしい。明らかな違法行為だが、なかなか証拠がつかめない。

だが今回ばかりはどうしようもない筈だ。

今回は勝てる。今回は確実だ。今回は。今回は……。

 

 

「―――」

 

 

数時間後。透は真っ白になって固まっていた。

証拠映像として提出されたものがモニタに映っているが、そこには男性同士が絡みあう濃厚でディープでズッポシな映像が映っていた♂

 

込み上げる吐き気。

透はハンカチで口を覆いながら考えていた。

一体、何を見せられているんだ――、と。

 

 

「北岡弁護士。これは?」

 

 

裁判長は涼しげな顔でモニタを凝視していた。

北岡はニヤリと笑うと、手を挙げる。

 

 

「ご覧の通り。セッ●スです。男性同士の。やり方をご説明しましょうか?」

 

「結構よ」「おや、それは残――」「知ってるから」「え?」

 

 

ま、まあいい。

北岡は咳払いを一つ。しかし口を開くよりも早く、透が手をあげた。

 

 

「い、意義あり! 本件とは何の関係も無い映像です!」

 

「は? そんなワケないでしょう。だってこれは立野さんのパソコンの中に入っていたんですから」

 

「な、なんですって……ッ?」

 

「ですから。こういう映像がたくさん。中には本人が行為に及んでいる映像もあります。撮るのが好きみたいで」

 

 

北岡は立ち上がると、指をパチンと鳴らした。

 

 

「つまり! 立野さんはご覧の通り、ゲイなんですよ! そんな彼がどうして女性のお尻を触るんですか?」

 

「そ、そんな筈は――」

 

 

資料をめくる。警察もパソコンは調べた筈だが――、そんな映像はどこにも……。

 

 

「隠しファイルですよ。ねえ立野さん」

 

「ひ、ひぃぃい!」

 

 

被告は北岡に触られると、ビクッと肩を震わせていた。目にはうっすらと涙が見える。

 

 

「……嫌がってませんか?」

 

「まさか。これは思い出し涙です。彼は自分の事を言い出せずに悩んでいた。日本は文化が遅れてる。周りに知られればきっと奇異の目で見られるだろうと。現に今、透さん。貴方は気持ち悪そうに口を押さえていた。あぁ、嘆かわしい。こういう時代遅れの人がいたり、面白がったりする人がいるから立野さんも苦しんでいる。ねえ? そうでしょう? ほら、頷いてる」

 

「い、いえ私は気持ち悪がってなど……!」

 

「またまた! ねえ裁判長。明らかに嫌悪してましたよねぇ?」

 

「そうね。露骨だったわ。謝罪しなさい」

 

「いや、裁判長! なんで私が――」

 

「謝りなさい」

 

「ですから裁判とは何の関係も――!」

 

「子供じゃないんだから謝りなさい」

 

「……大変、申し訳ありませんでした」

 

 

ビキビキと青筋を浮かべながらも、透は被告人に頭を下げた。

北岡は満足そうに頷くと、補足説明をペラペラと始める。

映像の日付は事件よりも前のもの。ゲイの人が恋人を探すサイトにも被告人の登録情報がある。

これらの事から、被告が犯人である可能性は低く――

 

 

「意義あり! 男性が好きでありながら、女性に性的魅力を見出す方もいます!」

 

「確かに。だが立野さんはそうじゃない」

 

「それを証明できますか? 北岡弁護士」

 

「パソコンに保管されている性的な画像は全て男性のものです。自宅にあるDVD等もでした。被告人に過去の痴漢履歴はありません」

 

「ですがッ、保存していないだけという可能性も!」

 

「悪魔の証明だ。ここを掘り下げても無駄なんだよなぁ」

 

 

イラつかせてくれる。

そもそも痴漢なんざまともに戦わず認めて示談に持っていけばいいだけなのに。

だが、まあいい。透は一旦クールダウン。今はなんとか回避しているようだが、そもそも透側には決定的な証拠がある。それは目撃者だ。

 

 

「証人喚問をお願いします」

 

 

法廷にやってきたのは、見滝原高校の教頭先生・三沢だった。

正義感が強く、生徒達からも慕われている。

そんな三沢が痴漢の現場を目撃し、さらに携帯のカメラで犯行を撮影していた事も後で分かった。

 

 

「ですよね、三沢さん」

 

「あのぉ、その事なんですけどぉ。私ぃ、実はちょっと勘違いしててぇ」

 

 

なんでギャルみたいな喋り方なんだ……。

透が不思議に思っていると、三沢は謝罪をはじめた。

 

 

「私ぃ、あの人がやったって言ったんですけどぉ、勘違いでぇ。犯人じゃないと思いますぅ。はぃ、まじでぇ。他の人が触ってるの見ましたぁ。なんかもっと若い人でしたぁ」

 

 

そう言って三沢は帰っていった。

透は頭を掻き毟る。だが、まだだ。まだ被害者本人の意見がある。

振り返ったら、立野がニヤニヤしながらお尻を触っていたらしい。

その意見に賭けるしか――

 

 

「岩瀬さん。分かっていますか。あなたの意見で何の罪もない人が痴漢の容疑をかけられようとしているんです。確かに立野さんには妻や子供はいませんが、両親はいます。友人がいます。その人達がどう思われるか。その人達からどう思われるか。もっとよく考えてください。もう一度聞きます。本当に立野さんが痴漢をしていたんですか? 貴方は彼のずっと隠していた性癖を暴露させました。その責任を背負えるんですか? もう一度聞きます。もう一度だけ聞きますよ? 貴女のお尻を触っていたのは、本当に――」

 

 

北岡は鋭い眼光で被害者を睨んだ。

被害者は涙目になって首を振っていた。

こうして、裁判が終わった。被告人の立野は無罪になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残念だったわね。検事が悪いのよ。あんなに有利な状況で負けるなんて」

 

 

裁判後。

トボトボと歩いている被害者に、裁判長は声をかけた。

 

 

「相手が悪かったわ。北岡秀一は有名な男よ。過去には殺人鬼も強姦魔も無罪にしてる。痴漢なんて訳なかったようね」

 

 

どうやら裁判長は察していたようだ。

だったらと被害者は涙ぐむが、それよりも早く、裁判長は人差し指で唇を押さえた。

 

 

「強くなりなさい。そういう世界よ」

 

 

司法も割り切りである。

慈善事業ではないし、ましてや神に変わって真実を明らかにする存在でもないのだ。

ただ証拠を集め、それを提示する。それだけの仕事だ。

各々の心持は知らないが、基本的にはそれ以上でも以下でもない。

 

 

「でも、そうね……」

 

 

裁判長は空を指差す。

 

 

「神様は見ているかもしれないわ」

 

 

するとザワザワと声が聞こえる。なんでも被告人が通りすがりの女性に襲われたらしい。

よく分からないが、ボコボコにされたようで、担架で運ばれていた。

ポカンとしている女性を見て、裁判長は少しだけ唇を吊り上げる。

 

 

「ほらね。さあ、もう行きなさい。過ぎた事をクヨクヨとしていても仕方ないわ。こんな胸糞悪い日には焼肉にでも行って、高い肉をバカバカ食べて、お酒をガブガブ飲みなさい。度数が高ければ、まあだいたいの事は忘れていくものよ」

 

 

それだけを言い残し、裁判長は歩き去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です先生」「お疲れ、秀一」

 

 

北岡の法律事務所では、シャンパングラスを打ち付けあう音が聞こえてきた。

 

 

「お疲れ様じゃないよ、めぐみ。あのさ、お前せっかく無罪勝ち取った人をボコボコにするか?」

 

「だって、女の敵は成敗しないと。大丈夫よ、私が秀一の関係者だなんて向こうは知らないだろうし」

 

 

工作員――、ではなく。

お手伝いの浅野(あさの)めぐみは、捏造された証拠を作るのが上手い。パソコンを少し弄れば、日付を変えることは簡単だ。

由良吾郎にも手伝ってもらって、今回も報酬金ゲットである。

 

 

「でも秀一も酷いわよね。LGBTを利用、捏造するなんて」

 

 

北岡にはもともとジュゥべえが、『ハンデ』としてミラーワールドの事を教えていた。

これを今回は利用したのである。ミラーワールドに入れる北岡は、被告を留置所から脱獄させる事なんて簡単である。もともと留置所にも何人か協力者はいるので、尚更容易であった。

 

後はいろいろ証拠を捏造すればいい。

適当にそっちの趣味の人を募集して映像を記録させた。

本人は嫌だだとか、そんな事をするくらいなら痴漢を認めるとほざいていたが、言葉巧みにねじ伏せてご覧の通りである。

 

 

「いけないのよ秀一。こんな事をして。本当のLGBTの人達が知ったら怒るわ」

 

「どうでもいいよ。いちゃもんつけてきたら全員死刑にしてやる」

 

「うわー、最悪。いつか地獄に落ちるわよ」

 

「ほっとけほっとけ。それより、吾郎ちゃんもありがとね」

 

「いえ。少し脅したら簡単に協力してくれました」

 

 

目撃者である三沢が意見を変えたのは、息子が傷害事件を起こし、妻が万引きの常習犯だった事が原因だった。

高校教師の、それも教頭の息子や妻が犯罪行為に手を染めている。

それを必死に隠していたようなので、その点を突いてみると、すんなりと協力してくれた。

 

 

「もうっ、秀一ったら! また吾郎くんを利用して! ダメよ! 彼は純粋で良い子なんだから! 貴方の悪さに巻き込まないで! 吾郎くんも断らないとダメよ!」

 

「いや……、自分は先生のお役に立つのが仕事なので」

 

「だってよめぐみ! はぁー、吾郎ちゃんは良いヤツだなぁ。ってかおい、やめろ! 吾郎ちゃんに抱きつくな!」

 

「あら嫉妬? でも残念ね。もう私は貴方の女には戻れないの。吾郎くんのたくましさが私を目覚めさせてくれたのよ」

 

「お前が俺の女だった時なんて、そもそも無いだろ! だいたい吾郎ちゃんから離れろって言うのは、お前がくっつくことによって汚れるからで――!」

 

「別に汚くないわよ私は!」

 

 

ギャーギャー言い合っていると、北岡の視界がブラックアウトした。

いけない。興奮しすぎたか。反射的に頭を抑える。

だがしかし視界はすぐにクリアになった。北岡は事務所ではない、夜の世界に立っていた。

目の前には大量の蟲が飛んでいる。

なんだこれは。口を開けると、そこから大量の蟲が飛び立った。

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 

美樹さやかは目を覚ました。

はて、これはどうした事か。自室にいた筈なのに、気づけば上条家の中にいるじゃないか。

混乱は続く。辺りを見回してみると、なんだか廊下が荒れているような気が……。

 

 

「え、え? へ?」

 

 

とりあえず、目の前にある上条の部屋をノックする。が、しかし、反応はない。

ドアノブを回してみると、抵抗感。鍵が掛かっているようだ。

魔法少女の腕力なら簡単に破壊できるが、それはそれ、乙女のハート。状況分からぬ今、変な行動で上条に嫌われては困る。

 

とりあえずさやかは一度状況を把握するため、他の場所に向かった。

上条の両親に話を聞ければ、何か分かるかもしれない。

だが、さやかはすぐに悪臭に気づく。なんだろうか? 嫌な予感はしつつ、その臭いのもとを探ってみると、見つけてしまう。

上条の母が首を吊っていたのを。

 

 

「―――」

 

 

声が出なかった。

おまけに、その死体には激しい違和感があった。

全身に『薔薇』が突き刺さっており、両目も抉られて薔薇の花が埋め込まれている。

少なくともただの自殺死体ではない。まるで人の体で生け花をしたような猟奇的な光景に、さやかは思わず口を押さえる。

 

 

「美しいとは思わないか?」

 

 

気づく。部屋の隅にもたれ掛っていた異形に。

仮面舞踏会のゲストとも言える派手な格好。

薔薇が沢山あしらわれた帽子に、顔を覆うペルソナ。

色つき・『女帝』は、薔薇を一輪、指の間に挟み、その匂いを堪能している。

 

 

「お前の恐怖が伝わるぞ、美樹さやか。悪くない恐怖だ」

 

「な、な……!」

 

 

魔女?

さやかは一瞬そう思うが、こんなタイプは見たことが無い。

 

 

(あれ? 魔女じゃないのって、どこかで……)

 

 

そうしていると悲鳴が聞こえてきた。

ハッとして、振り返ると、廊下から上条が走ってくるのが見えた。

 

 

「恭介!?」

 

 

随分とやつれている。

何故、どうして? さやかはその時、脳に激しい熱を感じて思わずうずくまる。

思い出しそうで、思い出せない。なんだろうかこの記憶の奔流は。

そもそもココはどこ? いや、違う。この場所は知っている。

なぜここにいて――……、ああいや、ソレも知っているような。いや違う。そもそも……。

などと混乱している間にも上条は苦しんでいた。彼の前にやって来るのは、蝉堂と言う名の少年である。

 

 

「どうした上条くん。僕らは同じ志を持った仲間じゃないか」

 

「来るな! 来るなよッッ!! うぁぁああぁあぁあ!」

 

「ハハハハ! そんなに悔しいか。僕がコンクールでキミを打ち負かした事が!!」

 

 

そう、そうだ。さやかは知っている筈だ。

上条は大切なコンクールで実力を出せず、塞ぎ込んでしまった。

いや、駄目だ、何も思い出せない。

 

 

「だが安心してくれ」

 

 

その時、蝉堂の体が歪む。変形していく。

 

 

「お前はココで終わりだ」

 

 

蝉堂は取り込んだミラーモンスターへと変身する。

その名は『ソノラブーマ』。セミ型のモンスターである。

反射的にさやかは変身するが、既にソノラブーマは右手に剣を握っていた。

そして左手にはセミを模したヴァイオリンが。

ということは、やるべき事はただ一つ。演奏だ。

 

 

「タイトル、死に至る狂騒」

 

 

美しい演奏だ。

が、しかし、その音を聞いた瞬間、上条とさやかの鼓膜が破れる。

 

 

「あぐぁぁぁぁあ!!」

 

 

上条は両耳を押さえて廊下を転がった。

さやかも痛みと混乱から頭が真っ白になってしまった。

 

 

「フフハハハハハハ!! 恐怖しろ!」

 

 

ソノラブーマの口が伸び、倒れる上条の背に突き刺さった。

注入される毒液。上条の絶叫が響く。

 

 

「あうがぁぁぁッ! ひぃいぃいい!!」

 

 

ジュゥゥゥウっと音がして、上条の肉体が融解していく。

さやかは回復魔法で鼓膜を再生させ、ようやっと意識を取り戻したが、そこで聞こえるのは愛する人の断末魔だ。

 

 

「恭――……、介」

 

 

真っ青になり、震えるだけしかできない。

それはもう一瞬の出来事だった。皮膚はくずれ、肉がグズグズになり、むき出しの眼球がさやかを見つめている。

それもすぐに地に落ち、溶けて無くなった。

 

 

「フフフハハ! フハハハハハハハハハ!!」

 

 

訳が分からない。

 

 

「ぁ」

 

 

さやかは立ち尽くすだけ。上条は既に消え去った。

一方で楽しそうに笑うソノラブーマと女帝。こんなの知らない。こんなの見た事ない。

ましてや上条の死を、受け入れる事ができなかった。

目の前でドロドロになったのに。助けを求めた手がまだかろうじて残っていたのに。

血の痕が広がっているのに。

理解できない。

 

 

「なんで? え? 恭介は……?」

 

「ハハハハハハハハ!! 死んだ! 分からないのかクズッッ!!」

 

「うそ……、うそ!」

 

 

ガチガチと歯がぶつかる。思わず腰が抜け、さやかはブルブルと震え始めた。

だって、あまりにも一瞬だ。想い人が溶けて死んでしまった。あまりにもあっけない。

それだけではない。肉が溶けた音、骨が溶けた音、臓器が溶けた音。

その臭い。ましてや上条の母の死体が放つ悪臭に耐えられなかった。

 

うずくまり、胃液を吐き出す。

全身が寒い。この感情は間違いなく恐怖。

それはさやかにとってはマイナスの感情かもしれないが、魔獣たちにとっては最高のエネルギーとなる。さやかから発生する負が、明確な形となって浮き上がり、それが魔獣たちに吸収されていく。

 

 

「素晴らしい。良い絶望だ!!」

 

 

ましてや上条の放った絶望もある。

それを食らい、ソノラブーマは身震いするほどの喜びを覚えた。

 

 

「たまらん……!! やはりこの感覚! 魔獣は最高だな!」

 

「ええ、その通り。人の発生させる負の感情こそが、我らを高めるのだ」

 

 

女帝もまたワイングラスを取り出すと、絶望のエネルギーを集めてどす黒い液体を作る。

それを一気に飲み干すと、恍惚の表情を浮かべた。

やはり一般人よりも、参加者の放つエネルギーが美味いらしい。

だからもっと欲しくなる。ならばもっと搾り取ればいい。

まだ美樹さやかは生きているのだから。

 

 

「さあ、次はお前だ!!」

 

「!」

 

 

しかし、そこで耳鳴り。

一瞬だった。上条母の部屋にあった姿見から、ライドシューターが飛び出してきたのは。

 

 

「魔獣!!」

 

「!」

 

 

ライドシューターが開き、中からシザースが飛び出してくる。

どうやらミラーワールドを走行している中で、気配を感じ取ったらしい。

ライドシューターが家の壁を破壊していく中、シザースはまず女帝に掴みかかり、さやかから引き剥がした。

 

 

「須藤雅史! お前もこの世界に招かれたか」

 

 

組み合った女帝は体から花粉を噴射し、その風圧でシザースを吹き飛ばす。

煌く粒子は、仮面をすり抜けて呼吸器官を侵食する。

不快感が襲い、シザースはもちろん、さやかも咳き込み始めた。

 

とは言え、ただの人間よりはフィルターを通して耐えられているらしい。

シザースは咳き込みながらも立ち上がり、女帝にタックルを仕掛ける。

狙いはもちろん、近くにある姿見へ押し込め、ミラーワールドで戦うためだ。

しかし女帝はバラを一輪、鏡に向けて投げた。薔薇が刺さると、そのまま茨が伸びて鏡を覆う。

 

 

「何ッ!」

 

「小ざかしいマネだ! 私には通用しない!!」

 

 

女帝は蹴りでシザースに襲いかかる。

さらに注意をひきつけている間に、ソノラブーマが再びヴァイオリンをかき鳴らした。

轟音と凄まじい程の衝撃は、なんと上条家をバラバラに崩壊させて、シザースとさやかを瓦礫の中へ飲み込んでいく。

平衡感覚が狂う。とも思えば激しい圧迫感。そして引き上げられる感覚。

 

 

「貴様をココで殺してやる!!」

 

「ぐゥウウッ!!」

 

 

先に瓦礫から出てきたのは女帝だった。

そのまま瓦礫の中に腕を突っ込み、シザースを引き上げと、道路の方へと投げ飛ばして見せる。

ひ弱そうに見える女帝の腕だが、その力は凄まじく、シザースの体は簡単に浮き上がると一気に敷地外まで飛ばされてしまった。

 

アスファルトの上を二度ほど転がると、シザースはうめき声をあげて停止する。

しかし以前の女帝にはこの様な腕力は無かった筈だ。

先程さやかが発生させた絶望を力に変換させる事で、パワーアップしているようだ。

本当は完全に吸収して快楽へ変換したかったが、仕方ない。

これを繰り返し、魔獣はより高みを目指していく。

 

 

「シィイイイイ!!」

 

 

女帝は威嚇する様に唸り声をあげて走り出した。

その手には、束ねた鞭が見える。鞭は茨を模しており、無数の棘がついていた。

束ねた状態はまさに短鞭だ。それを振るうことで接近戦も可能になる。

 

 

「シャアア!!」

 

 

まずはハイキック。

立ち上がっていたシザースはバイザーを盾にする事で威力を殺したが、すぐに振るわれる鞭。

シザースの胴体から火花が散り、後ろへ下がっていく。

だがシザースも後退際にバイザーを真横に振るっていた。女帝の胴から火花が散り、両者は互いを睨みあい、腕を組み合う。

 

 

「この世界は一体何なんだ! お前達は何を企んでいる!?」

 

「人間風情に教える訳が無いだろう! 訳も分からぬままに死んでいけ!!」

 

 

女帝の唇が歪む。

しまったと思った時には、その口から花粉が発射されていた。

まるで火炎放射だ。毒々しい色の粒子を吸い込み、シザースは激しく咳き込んだ。

そうするとやはり、どうしても動きが鈍ってしまうのが人間だ。

女帝はシザースの肩にハイキックを打ち込むと、さらに薔薇を三本投擲し、茨をシザースの装甲へ突き刺していく。

刺さった薔薇は点滅を開始。すぐに爆発を起こし、シザースは道路を転がっていった。

 

 

「うぅッ!!」

 

 

シザースは爆煙を纏いながら地面を転がっていく。

このままではマズイ。デッキに手を伸ばすと、カードを抜き取った。

幸い爆煙がシザースの姿を隠してくれている。そこに紛れ、シザースはバイザーを開いた。

 

しかしそこで衝撃。

シザースの背中から火花が上がった。

振り返ると、そこには羽を広げて飛翔してきたソノラブーマが。

どうやら飛行して爪で奇襲してきたらしい。よろけたために、カードセットが中断されてしまう。

 

 

「色つきィ! 注意を怠るな! 騎士はカードを入れてこそだろうが!!」

 

「は、ハッ! 申し訳ありません蝉堂様……!」

 

「まあいい! 囲むぞ! コイツはココで殺す!!」

 

「ハッ! お任せを!!」

 

 

浮遊していたソノラブーマが再びシザースへ向かって突進していく。

どうにもシザースは飛行している相手が苦手だ。

マミのマスケット銃が使えればいいのだが、カードをセットしている時間を敵は与えてくれない。飛ぶハエを落とす勢いで腕を振るうが、ソノラブーマはそれを回避し、足裏で肩を叩く。

 

 

「クッ!」

 

 

そうしていると女帝が走ってくるではないか。

回し蹴りで牽制するものの、そこでソノラブーマの爪が背を抉った。

 

 

「下に見るなよ人間ッ! お前の死が確実に迫っている事を理解したほうがいい!」

 

 

シザースのバイザーをいなすと、ソノラブーマはV字状に爪を振るい、シザースの装甲を傷つける。

よろけた所に女帝の飛び蹴りが入る。体勢を崩したところへ、さらに女帝のヤクザキックが決まった。ハイヒールの鋭利な踵がシザースの胸を突く。

シザースは衝撃から大きく後退していき、仰向けに倒れた。

 

 

「終わりだ! 須藤ッ!」

 

 

女帝は鞭を取り出すと、それを伸ばし、シザースのデッキを打つために振るう。

 

 

「!?!!?」

 

 

しかしシャキン! と音がしたと思えば、女帝の鞭がバラバラに切断された。

 

 

「なにッ!?」

 

 

見えたのは倒れたシザースが一枚カードを抜いたと言うことだ。

唸りながら立ち上がると、バイザーが消滅し、二対の双剣が地面前方に突き刺さる。

 

 

「あれは、まさか……!」

 

 

女帝の隣に着地したソノラブーマ。間違いない。サバイブだ。

魔獣を殺すだけの能力。ソノラブーマもバカではない。

既にミスパイダー、ディスパイダー、テラバイターが死んだ。油断すれば、次は自分――?

 

 

「クククッ、ありえない! この蝉堂ッ、人を超越し、魔獣をも凌駕するぞ!!」

 

 

ソノラブーマの目が光った。

力の解放。するとセミの鳴き声が聞こえる。

ミンミン、シウシウ、ツクツクボーシ、カナカナカナ。

様々な『蝉』の声が重なりあい、不協和音を作り出す。

 

 

「シケーダ・ブザーズ!!」

 

 

激しい音波がシザースに襲いかかる。

衝撃、轟音、不協和音が精神を蝕み、カードをツバイに入れる前に妨害する。

 

 

「グゥッ!! これは――ッッ!!」

 

 

脳が音で埋め尽くされる。シザースは溜まらず耳を塞いだ。

騎士はカードを入れるワンアクションがタイムラグを生んでしまう。

どうやら蝉堂はそれを妨害することに特化した能力のようだ。

いくら硬い装甲に覆われていようとも、音はそれを越えて浸食していく。

 

さらにこの音は味方には文字通り『聞かない』らしい。

この複雑に重なり合う蝉の鳴き声の中を、女帝は駆け抜ける。

薔薇のポンポンを手に装備して、シザースのデッキを砕こうとターゲットを決めた。

 

しかし音が攻撃に変わらないだけで、音自体は聞こえているようだ。

だからこそエンジン音には、気づかなかった。

そうだ。だからこそ飛び出してきたサイコローダーに対処できなかったのだ。

 

 

「ぼげぇ」

 

「!!」

 

 

女帝から間抜けな声が絞り出された。

タイヤが思い切り脳天を擦っているので、そのせいだろう。

オルタナティブ・ゼロはそのまま地面に着地すると、シザースの前で急旋回。車体を停止させる。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、貴方は……!」

 

「オルタナティブゼロ。香川です」

 

「ッ、貴方が!」

 

 

須藤も話は聞いている。立ち上がると、礼を一つ。

 

 

「香川英行……!」

 

 

ユイデータが齎したイレギュラー。思わずソノラブーマも息を呑む。

 

 

「なぎさもいるのですよ! 忘れないでほしいのですよ!!」

 

 

オルタナティブの後ろにしがみついていたなぎさは、ピョコンと顔を出す。

そのままサイコローダーから飛び降りると、タタタタとシザースへ駆け寄った。

 

 

「あなたが15人目の」

 

「はい! わたしは百江なぎさ! よろしくお願いします!」

 

 

なぎさが回復魔法をかける中、アビソドンが空を翔け、ソノラブーマに向かっていく。

 

 

「?」

 

 

オルタナティブの動きが一瞬止まる。

アビソドン? なぜ彼がココに?

 

 

「???」

 

 

いや、いいのか。

おかしくないのか? オルタナティブは割り切ることに。

一方、回避のため、ソノラブーマは羽を広げて空に舞い上がるが、アビソドンもフォームチェンジ。シュモクモードに変わると無数の弾丸を発射してソノラブーマを射撃していく。

 

 

「瓦礫の中に美樹さんが!!」

 

「!」

 

 

シザースは走ってくるアビスと仁美に向かって叫んだ。

血相を変えて瓦礫に向かっていく仁美と、それを追いかけるアビス。

一方で激しい憎悪が空に散布される。

 

 

「下宮ァアア! 魔獣を裏切るとはなァ! 楽に死ねるとは思わない事だ!!」

 

「もはや魔獣気取りか蝉堂! 忘れた訳じゃないだろ、お前は人間だ!!」

 

「元な! お前らバカがいたおかげで! 今は魔獣のトップクラスだ!!」

 

 

ソノラブーマは迷わずに前進を選んだ。

銃弾を身に受けながらも、憎悪に笑い、スピードを上げる。

アビソドンもまたノコギリモードに変形すると、大きな刃を前にして標的へ突っ込んでいく。

ぶつかり合うモンスター達。閃光が迸り、先に地面に墜落したのはアビソドンの方だった。

 

 

「ぐあぁッ!!」

 

「ハーッハハハハ! 所詮はその程度か。まさしく雑『魚』だなッッ!!」

 

 

ソノラブーマは知っている。

さやかを助けようとしている仁美達。なぎさがシザースに回復魔法をかけている事。

オルタナティブが女帝と戦っている事。

それは良くない事だ。だから邪魔をすればいい。広がる音がそれを可能にしてくれる。

 

 

「不協和音に苦しめ! シケーダッ! ブザーズ!」

 

 

重なる蝉の鳴き声が参加者達を妨害していく。悲鳴が聞こえ、ソノラブーマは愉快だと笑う。

しかし、歯を食いしばって跳んだ者がいた。

なぎさだ。真ん中に穴が開いているラムネを口に咥えると、それを思い切り吹いてみる。

 

ラムネからピーッと音がなった。

フエラムネと言うお菓子である。するとどうだ。その音色がソノラブーマの不協和音をかき消したではないか。

 

 

「な、なに!?」

 

 

ただのお菓子が魔獣の攻撃を止めた?

 

 

「なぎさのお友達を傷つける事は許しません」

 

 

いや、もちろんそんな訳はない。

これが、百江なぎさの固有魔法なのである。

 

 

「なぎさが全て止めます」

 

 

"弱体化"。それがなぎさの固有魔法である。

それなりに魔力を込めたので、音が音を弱め、わずかな不快感を覚えるだけに留めた。

そうしている間に、アビスがさやかを引き上げる。

 

 

「さやかさん!」「ッ、仁美……?」

 

 

さやかの目は虚ろだ。

当然か、好きな人が目の前で殺され、猟奇的な現場も見た。

今、さやかは不安定な状況だ。The・ANSWERから招かれているものの、事情を知らない彼女では混乱が激しい。ライアーハーツと記憶が混じりあい、混乱は加速していくばかり。

 

少なくともライアーハーツにおいて、さやかは上条のために戦った。

その上条が一瞬で死んだのだから、心が折れるのは無理もない。

現にソウルジェムが酷く淀んでいた。これはいけない、仁美はジュゥべえから貰ったグリーフシードを使用し、さやかの穢れを払う。

 

 

「でもこのままじゃ……!」

 

 

アビスの言うとおりである。

不安定な状態を何とかしなければ、さやかのソウルジェムは再び濁ってしまう。

なので仁美はコネクトを使用。とりあえず困った時は――、まず海香だ。

 

 

「ごきげんよう。あら……、また嫌な状況ね」

 

「実は――ッ!」

 

 

素早く事情を説明すると、海香は頷いた。

ピッタリの魔法少女がいるので、道を繋いでもらう。

すると魔法陣からクセ毛の女の子が飛び出してきた。

 

 

「う、海香ちゃん、これは一体――」

 

「二秒で説明するので、二秒で理解して」

 

 

未来の魔法少女、宇佐木(うさぎ)里美(さとみ)は、状況を把握すると、ぼんやりとしているさやかに魔法をかける。

ファンタズマ・ビスビーリオ。強力な洗脳魔法が、さやかを包み、強制的に冷静にさせる。

さやかは、ゆっくりと瞼を閉じてそのまま沈黙した。眠っている状態だと言う。

 

 

「仁美さんっ、ここお願いね!」

 

「中沢くんッ? どこへ!?」

 

「アイツを助けにいかないと!」

 

 

アビスは全速力で走り、アビソドンと戦っているソノラブーマのもとへ走る。

 

 

「おいお前っ! 俺と戦え!!」『ソードベント』

 

「ん?」

 

 

ソノラブーマはアビスセイバーの一振りを、羽を広げて飛翔することで回避する。

ならばとアビスはストライクベントのカードを引き抜いた。

しかしそれをバイザーへ噛ませようと言うところで、急降下からの蹴りを受け、地面に倒れてしまう。

 

 

「お前は……、そうか、アビス。中本くんだったか?」

 

「な・か・ざ・わ・だ!!」

 

「クハハハ! 失礼ッ! あまりにも印象が薄すぎて忘れてたよ!」

 

 

爪を向けられ、アビスは思わず一歩後ろへ下がる。

 

 

「下宮の引き立て役か? あー、噛ませ犬にはぴったりだ」

 

「な、なんだと!」

 

「魔獣の中でキミの名前を覚えてるヤツはいないんじゃないかなぁ? 弱すぎて覚えてない。そうだ、どのゲームでも惨めな役だった。僕なら情けなくて自殺してるね。クハハハハッ!!」

 

「……そうかよ。ああ、そうですか」

 

 

ガックリとうな垂れるアビス。

が、しかし、アビスはすぐに顔を上げた。

 

 

「でも俺は覚えてる。ミスシュピンネ、ミスパイダーだったよな?」

 

「!」

 

「アイツは俺が倒した」

 

 

もちろん一人では無いが……。

そこはあえて言わせないでほしい。今は。

 

 

「多分、アンタ達は嫌でも俺の名前を覚えると思うぜ」

 

「へぇ、なんでだろう?」

 

「決まってんだろ。魔獣を全滅させた男の名前になるからさ!」

 

「……ァー、弱い犬ほど、よく吼える」

 

 

双方、青筋が浮かんでいる。

そこで気づいた。いつのまにか辺りに無数のシャボン玉が浮遊しているではないか。

見れば、なぎさがお菓子の魔女であるシャルロッテを思わせる『ラッパ』を吹いており、そこか泡が発生しているようだ。

無数の泡は虹色の光を放っている。そして直後、泡が凄まじい音と共に弾けた。

 

 

「!!」

 

 

まるで爆弾でも爆発したような轟音だ。

しかも泡が割れた際、凄まじい衝撃波が発生してソノラブーマや女帝は思わず怯んでしまう。

バチンバチンと破裂音。衝撃で体が震え、視界がグラグラ揺れていく。

 

 

「チッ!!」

 

 

やっと爆発が止んだかと思えば、周囲にオルタナティブ達の姿はない。

どうやら撤退を選んだようだ。そもそもシャボン玉の爆発は衝撃と音が凄いだけで、ダメージは一切ない。

ソノラブーマは蝉堂に戻ると、近くの瓦礫に座り込んだ。

獲物を逃がした事は不快ではあるが、さやかの表情を思い出せば自然と笑みがこぼれてしまう。

ましてや上条のあの情けない死に顔。

 

 

「クハハハ、ウヒヒヒハハハ!!」

 

「傑作でしたわね。あの滑稽な人間の姿」

 

「その通りだ。見ろ、色つき。まだ恐怖のエネルギーが満ち満ちている」

 

 

大きく息を吸い込めば、絶望の香りが偽りの肺を満たしてくれる。

それが瘴気のエネルギーに変わっていくのだ。取り込んだ負を『快楽』に変換させる蝉堂。

一方で女帝は違っていた。味わう事はできないが、グッと我慢して、負のエネルギーを『力』に変換させる。

しかし良質なエネルギーだ。想い人を殺された美樹さやかの絶望は、魔獣にはよく染み渡る。

 

 

「オ」

 

 

すると、どうだ。

 

 

「ォォォオオオッォオオオ!!」

 

 

どうやら取り込んだ絶望のエネルギーが一定を超えたらしい。

メキメキと体が歪み、その姿が全く別のものへと変わっていく。

煌びやかで毒々しいドレスが弾け飛び、たくさんの棘があしらわれたボンテージへと変わる。

 

さらに頭部も変化し、顔の上半分はバラのブーケのように大量の花で覆われ、下半分はトラバサミのような無機質な『口』のみとなる。

魔獣の進化だ。より異形に近づき、悪趣味な姿に変わるが、それこそが魔獣にとっての『美』なのである。

 

 

「今は使えないバカ共が死んだおかげで、バッドエンドギアの席が空いている。しっかりと働けよ」

 

「ハッ! 必ずや参加者を始末してみせます!」

 

「結構。まずは逃げた者共を追え」

 

 

女帝は大きく頷くと、腕を前足代わりにして四足歩行で走り出した。

そのスピード。明らかに以前よりも速い。

蝉堂は歪んだ笑みを浮かべると、自らは星の骸へと帰還していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うまく逃げ切れましたね」

 

 

オルタナティブは背後を確認するが、魔獣達が追ってくる気配はない。

サイコローダーに乗っているオルタナティブペア。ライドシューターに乗っているシザース。アビソドンに乗っているアビスペアと、眠っているさやか。

はてさて、これからどうしたものか。それを考えていると、さやかが目を覚ました。

 

 

「あ、あれ? 仁美っ? え――ッ、あたし……! な、なんで……」

 

 

混乱が酷い。

仁美がもう安全だという事を説明しても、さやかは目を泳がせていた。

 

 

「あれ? 仁美、変身してる? え? 魔法少女? あ、あれ? そっか。仁美も契約して……? ううん違う。違うよ。だってこれは転校生を殺すゲーム――? ち、ち、ちちち違う。だって転校生はッ、ほむらは仲間で……!」

 

「落ち着いてさやかさん。可哀想に……、記憶がまだ」

 

 

さやかもThe・ANSWERから連れて来られた事を察する。

必死になだめると、なんとか冷静さは取り戻したようだが、そうなると別の恐怖が湧き上がってくるというもの。

 

 

「そ、そうだ! ねえ仁美!! 恭介がッ、恭介がぁッ!」

 

 

事情を聞く。現れた魔獣、殺された上条。

 

 

「クソッッ!!」

 

 

アビスは苛立ちを隠しきれずに、掌を殴りつける。

しかしそれ以上にさやかの悲しみは深かった。

真っ青になり、唇を震わせ、目には大量の涙が見える。

見ちゃいられない。仁美はさやかを抱きしめると、頭を撫でて必死に落ち着かせる。

 

 

「落ち着いてさやかさん。大丈夫。上条くんは大丈夫なんです」

 

「え? え……? どッ、どういう事? 恭介ッ、生きてるの?」

 

「そ、それは……。ですが少なくとも完全に亡くなってはいませんわ」

 

「????」

 

 

仁美はさやかの震えを感じて、心が引き裂かれそうになるくらいの『痛み』を感じた。

駄目だ。耐えられない。これ以上さやかが苦しむのは嫌だった。だからこそ、提案する。

それはつまり美樹さやかの記憶を戻さないかというものだ。

幸いこの場にはシザースがいる。つまりメモリーベントを使えるということ。

それを直接的には伝えなかったが、ニュアンスをぶつけてみる。

だが賛同者はいなかった。シザースにしても、オルタナティブにしてもだ。

 

 

「オススメできません」

 

 

シザースがきっぱりと言った。

 

 

「え? な、なに? どうしたの仁美……」

 

 

不安そうなさやか。これではいけない。

仁美はとりあえずさやかに詳しい事は説明せずに、とにかく信じて欲しいと伝える。

 

 

「大丈夫。大丈夫ですから。私がついていますから。だからさやかさん……」

 

「う、うん。分かった」

 

 

さやかとしても仁美の存在は大きかったらしい。

全てを託して、『ローレライの旋律』を自分に使う。

魔法陣がさやかを包むと、すぐに意識を失い、寝息を立て始めた。

 

さて、話の続きだ。

シザースが躊躇した理由は簡単である。

何度も言われているように、さやかの魔女化に関する点だ。

 

因果律というものなのか。

ゲームを通してシザースの早期退場数が多かったように、『さやかが魔女になる』回数は、おそらく参加者の中でトップだろう。

 

 

「騎士はまだしも、全てを思い出すという事は、魔女になる際の記憶も思い出す事になります」

 

 

たとえそれが通り過ぎる記憶であったとしても、危険な事には変わりない。

確かに継承者にできればそれは心強いが、今彼らが持っているグリーフシードではとてもじゃないが足りないと思われる。

 

 

「もっとストックを作らなければ。足りませんでしたでは洒落になりません」

 

「それは……、そうですわね」

 

「そう言えば、百江さんはどういう状態なんでしょうか」

 

「あ、はい。なぎさはですね。一応は継承者になってます」

 

 

つまり覚えている側の人間だ。

しかしあくまでも途中参加としての恩恵なので、他とは扱いが少し異なる。

記憶を取り戻すためのメモリーベントは、香川が継承者にならなければ使えない。

 

 

「なぎさは少し特殊でして」

 

「特殊?」

 

「はいっ、というのもですねっ! 運命の日は知っていますか?」

 

 

ゲーム用語になっている言葉だ。

運命の日。つまりまどかが女神になった時間軸を指す単語である。

なぎさはその延長線にいる。まどかの側近としての記憶が強いのだ。

 

 

「実はそれはさやかもなのです!」

 

 

そこでなぎさはハッと表情を変えた。

そうか、それならばいけるかもしれない。

さやかが、なぎさと同じ位置に記憶を持っていくことが出来れば、一気に『割り切る』事ができる筈だ。

 

確かに絶望の記憶はあるだろうが、女神(まどか)の願いの下にある記憶まで着地できれば、魔女を封じ込める事ができるのではないか? なぎさは、そう思った。

他のメンバーにはいまいちピンと来ない話ではあるが、とにかく一定レベルまで耐えることができれば、あとはさやかが自力でなんとかできるのではないかという話。

しかしもちろん、その前に魔女化すればアウトだ。

 

 

「そしておそらく、さやかは耐えられません」

 

「ただそういう点では、僕に一つ良い考えがあります」

 

 

アビソドンが説明を行う。

成程、確かにそれならば可能性はあるかもしれない。

だがいずれにせよ、それは『今』ではないのだ。

 

 

「そ、そうですか」

 

 

仁美も記憶を取り戻す際の苦痛は知らない。偉そうな事は言えなかった。

 

 

「しかし、騎士は了解さえ取れれば記憶を戻せると」

 

「ええ。一応。といっても最悪の気分になるのでオススメしませんが」

 

「そ、そんなに……」

 

 

アビスは思わず喉を鳴らして肩を竦める。

しかし一方でオルタナティブが小さく手を挙げた。

 

 

「須藤さん。一つお願いがあるのですが」

 

「はい? なんでしょう」

 

「私の記憶を戻してもらいたいのですが」

 

 

思わず声が上がる。同時にブレーキをかけるシザースやアビソドン。

 

 

「聞けば騎士は魔法少女よりも負担が少ないようだ」

 

「いや、それはそうなんですが……」

 

「なぎさは賛成なのです。先生はそもそも記憶能力によって、擬似的な継承者とも言えます。もちろん他の人達に比べれば遥かに劣りますが、それでも耐えることはできると思います」

 

 

それに幸いにも仁美が傍にいる。

魔法少女の力があれば、心に迫る負担を少しは軽くする事が出来る。

 

 

「いずれにせよ魔獣戦において経験地が溜まるのは大きなアドバンテージになります。なぎさはやっぱり賛成なのですっ!」

 

「そ、そうですか? それでは――」

 

 

バイクを空き地に止める一同。

仁美はコネクトで、里美と海香を召喚。

なぎさも弱体化の魔法を使い、香川の恐怖心を鈍らせる。

 

 

「それでは雅史。お願いするのです!」

 

「え、ええ。では」

 

 

メモリーベントを使用。

香川の脳に、全てが叩き込まれた。

 

 

「………」

 

 

無表情。

 

 

「………」

 

 

無表情。

 

 

「………」

 

 

無言。無表情。

 

 

「………」

 

 

サイレント。無言でメガネをクイっと。

 

 

「終わりました。大丈夫です」

 

「えッ、凄い!」

 

 

中沢は思わず声に出す。

香川はピクリとも表情を変えず、乗り切ったではないか。

魔法少女のアシストがあれば意外となんとかなるものなのだろうか。

 

 

(これなら俺も、もしかしたら……!)

 

 

そこでなぎさが感想を尋ねた。

 

 

「どうでしたか先生」

 

「ええ、最悪の気分でした。生まれて初めて泣きそうになりましたよ」

 

「分かりにくいな!」

 

 

やはりアシストがあったとしても凄まじい不快感が襲ってきたようだ。

なによりも情報の塊を脳に叩き込まれるのだ。常人なら壊れている。

流石にジュゥべえもその当たりのケアはしてくれているようだが、キツイものはキツイ。

香川は大きなため息をつくと、頭を抑えて唸り始める。

 

 

「まず今までの人生が客観的に視えます」

 

 

須藤も頷いた。

はじめは、まるで他人のホームビデオを見るように自分の人生を振り返る。

おそらく自我が確立していないのが原因だろう。

なので小学生くらいから同調していき、印象に残っているイベントがサブリミナルのように高速で描写されていく。

 

 

「そろそろ死にませんか?」

 

「ええ。そうですね。まずは一度、軽く死にます」

 

 

意味不明な会話である。中沢は頭を抱えるしかない。

今までのループ、終わりは死だ。それを超えればまた新しい時間軸の記憶が生まれる。

そしてまた死。それを高速で繰り返す。

 

 

「脳が痺れます。体が重くなって、眠気に近い吐き気が襲ってきます」

 

「は、はぁ」

 

「嫌な記憶ばかりが過ぎる。暗闇に引きずりこまれる感覚です。そして――」

 

 

そこで香川はメガネをクイっと整えた。

 

 

「ココから先は、知らない方が幸せだと思います」

 

「えッ、いやッあの! 気になるんですが!!」

 

 

ゲームの設定として前回の時間軸がベースになるが、香川は序盤で魔獣に消されている。

とはいえ、記憶能力が働いているのかもっと前の時間軸の記憶も思い出せるようだ。

特にそれは、世界融合前の記憶であったとしても。

 

 

「ところで一つ気になる事があるのですが」

 

 

香川の疑問は、どうやら全く違うところにあるものらしい。

 

 

「なぜ中沢くん達はココへ?」

 

「え? 何故って? どういう事ですか?」

 

「いえ。私の記憶が確かなら、あなた達は鹿目さんの所へ向かったはずでは?」

 

「え? あれ?」

 

 

顔を見合わせる中沢と仁美。そう言われてみれば――……。

 

 

「あれ?」

 

 

まどかは――、どこへ?

 

 

『設定完了』

 

「!?」

 

 

声が聞こえた。歪み、嬉しそうな声が。

 

 

『歪んだ力はまだ残ってる。それはあまり好きじゃないの』

 

 

中沢が持っていたカードデッキから、まるで排出されるようにアビソドンのカードが飛び出してくる。それはすぐに下宮の姿に変わった。

それも、強制的に。

 

 

「なにッ!?」

 

『ようこそ、私の世界へ!』

 

 

ウキウキとした、嬉しそうな声だった。一瞬だった。中沢と下宮の姿が消えたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虚心星原に送られた特定の参加者達。

彼――、城戸真司もまた選ばれた者の一人だった。

意識を取り戻した彼はすぐに異変に気づいた。パートナーであるまどかではなく、敵である筈のユウリが何の事なく隣を歩いているじゃないか。

 

 

『喋るな城戸真司。オイラの声は今、お前にしか聞こえていない』

 

 

戸惑っている間に話しかけてくれたのが助かった。

真司は小さく頷くと、ジュゥべえの声に耳を――、脳を傾ける。

伝えられたことは、中沢たちに教えた事とほぼ同じだ。The・ANSWERの軸とは違う。

もう一つの見滝原。

 

 

『暁美ほむらから分離した存在、焔が作り出した歪んだ世界』

 

 

思い出せ。思い出している筈だ。

意識をもっと深く――、そう、そうだ。ほら、思い出しただろう?

お前のパートナーは鹿目まどかではない。ユウリなんだ。

真司は全てを思い出し、小さく頷いた。

 

 

「ちょっと聞いてんの? 想い人がステーキでショック受けてるわけ?」

 

 

ジュゥべえの気配が消えた。そこでユウリが振り返る。

真司は異変を悟られないように曖昧な笑みを浮かべる。

それに心にズシリと来るショックは本物だった。

もうこの時間軸では美穂はいない。それは蓮もだ。二人とも死んだ。

本来、残っているのはもうライアペアと龍騎ペアのみなのだ。

 

 

「エリーが暁美ほむらを見失った。それだけじゃない、あの白いモザイク野郎共は何なのか? なんか知らないの? 城戸真司」

 

「いや……、俺は魔獣の事は何にも知らないよ。それよりこれからどうするんだっけ?」

 

「――グリーフシードのストックはもう十分。百回おかわりしてもまた沢山食べられる」

 

 

七日間のデスゲーム。ユウリは初めから後半戦に向けて力を蓄えてきた。

魔女を操れる技のデッキを使用して、使い魔を魔女に変えて殺害。

グリーフシードを確保するという行為を繰り返した。

おかげでストックは山のようにある。イーブルナッツで強制的に孵化させて襲わせるもよし。大技を連発して魔力回復に割り振るもよし。

 

ユウリとて状況はよく理解しているつもりだ。

LIAR・HEARTSの開催中、多くの参加者がほむらを襲ったが、皆返り討ちにあった。

もちろん協力者がいての事だろうが、ユウリとて慎重にいかなければ敗北する事は分かっている。

だからもっと注意して、感覚を研ぎ澄ませる。だからこそ感じていく違和感。

 

 

「何かがおかしい。アタシが理解していない何かが起きようとしている」

 

 

ゲームの演出じゃない。それこそ異物が紛れ込んだような感覚。

 

 

「………」

 

 

ふと、ユウリが立ち止まった。真司は思わず背中にぶつかってしまう。

 

 

「わ。どうしたのユウリちゃん」

 

「見て。ゾンビのお出まし」

 

「え?」

 

 

真司はユウリの人差し指の果てを見た。

ハッとして、息をのむ。そこにいたのは知り合いの姿だ。

北岡秀一。しかし真司がうろたえて停止していた理由は二つほど。

 

 

「おかしいな。ユウリ様、変なキノコでも食べたっけ?」

 

 

ユウリは目を細める。

北岡秀一が死んだ事を、彼女はエリーを通して知っていた。

もちろんそれは真司の記憶にもある。どうやって死んだかまでは分からないが、マミのパートナーとしては有名だったため、ユウリがマークしていたのだ。

少なくとも他人の空似ではない。確かに北岡は死んで、そして今、前を歩いているじゃないか。

 

あとはもう一つ。その様子である。

真司の印象にある姿とはまるで違う。親指をしゃぶり、大量のよだれを垂らしながら虚ろな目でフラフラと歩いている。

 

 

「マナーのなってないゾンビ。アタシなら出禁にしちゃう!」

 

 

ユウリは魔法少女へ変身すると、リベンジャーの銃口を北岡に向けた。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよユウリちゃん! 物騒だな!」

 

 

真司は慌ててユウリの前に立つが、もう遅かった。

北岡は変身したユウリと、リベンジャーをしっかりと見ていた。

北岡は銃を知っている。出禁という単語の意味をまだ覚えている。

 

 

(銃を持っているヤツは出入り禁止になるんだ。銃は――、銃は……)

 

 

はて、銃とはなんだったか。

テレビのリモコンが無くなった事は覚えているのだが、エアコンの温度までは覚えていない。

今日は朝にパンを食べたから――、朝は何を食べたっけ?

そう言えば今日は何月何日なんだろうか。いけない。アメを舐めなくては垂れてきてしまう。

 

思い出した。銃は危ないものだ。

俺は命を狙われているんだ。蟲が今も頭を蠢いている。

痛い、気持ち悪い。もう嫌だ。出て行ってくれ。くそ、くそ。

あ、そういう事か。そうだ。蟲が銃なんだ。俺を殺すんだ。

アメが。待ってくれ。アメを舐めないと――

 

 

「アルツハイマーか。他にもいろいろちょっと混じってるな」

 

 

ユウリがエリーを使って調べさせた。一方で北岡はゾルダに変身していた。

今の彼にあるのは生を求めること。体を蝕む病は蟲と錯覚している。

大量のソレを体外へ放出するため、ゾルダはまず自分の体を撃った。

装甲に穴が開けば、そこから蟲が飛んでいってくれると思ったのだ。

 

 

「やめろ北岡さん! アンタ何やってんだ!」

 

 

しかし数発撃ったところで、龍騎が止めに入る。

北岡の病気は、この時間軸ではアルツハイマーを主としたものだった。

それは何となく理解したが――

 

 

「なんだお前は! お前も蟲か! 俺を殺すのか!」

 

「は? な、何を言って――、ぐあぁあ!」

 

 

銃声。マグナバイザーが龍騎の胴を射撃する。

衝撃を感じてよろけたところで、ゾルダの蹴りが飛んできた。

 

 

「よ、よせ! 北岡さん! 俺はアンタと戦うつもりはない!」

 

 

ゾルダは思う。北岡とは誰だ? 俺はゾルダ。

やはりコイツは蟲だ。蟲は――、脚が生えている。赤い虫だ。

恐ろしい害虫は駆除しなければならない。

 

皮肉なことに、騎士のことは脳に埋め込まれていた。

ジュゥべえがそう設定したのだろう。たとえどんなに病が進行していても、戦うための力は忘れない。

 

 

『シュートベント』

 

 

ギガランチャーが向けられ、迷いの無い弾丸が発射される。

戸惑うままの龍騎は、その攻撃をまともに受けてしまった。

 

 

「うが――ッ!」

 

 

息が止まる。全身の骨が軋む。

弾丸一発で低レベルの魔女ならば消し飛ばせる威力だ。

それを受けて龍騎の装甲はバラバラに。真司は地面を転がっていく。

 

 

「!」

 

 

すぐに立ち上がったが、二発目が既に迫っていた。

死んだ。一瞬そう思ったが、そこで真司を包む龍騎の紋章。

ついつい忘れてしまうものだ。スキルベント・ドラゴンハートにより、真司は弾丸を防御、さらに自動変身機能によって再び龍騎の装甲を獲得する。

 

 

「やるしかないのかよ! クソ!」

 

 

やむを得ない。龍騎は拳を握り締めてゾルダに向かって走る。

幸いギガランチャーには反動が存在し、次の弾丸が飛んでくるまではいくらかの余裕が出来る。

龍騎はその間に全力疾走。デッキからカードを引き抜き、ゾルダへ飛び込んでいく。

 

 

「ウラァア!」

 

 

飛び膝蹴り。タイミングは完璧だった。

事実、ゾルダもギガランチャーを構えるのが間に合わず、胴体でそれを受けてしまう。

だが――、その時だった。龍騎から悲鳴があがる。

ゾルダの体が光ったと思えば、足の裏が地面から離れ、後方に吹き飛んでいった。

 

墜落して地面を滑る龍騎。ここは隔離された時間軸。

獲得したカードも、本来とは微妙な違いがある。今のゾルダには特殊なガードベントがあった。

リフレクトアーマーは、所持しているだけで効果を発動できる。

打撃攻撃を受けた時に、相手を一度だけだが吹き飛ばせる。こうする事で再び有利な距離を作ることができるのだ。

事実、ゾルダはギガランチャーを構えなおし、砲口を龍騎に向けた。

 

 

「クソ!」

 

 

だが龍騎も手に持っていたカードをバイザーへ装填するだけの余裕はある。

コールベント。エンゼルオーダーによって、龍騎の前に巨大な盾を持った天使アカヤーが翼を広げる。

 

 

「!」

 

 

盾と弾丸がぶつかり合い、硬い音が耳を貫く。

しかし流石は鹿目まどかの防御力と言えばいいのか。

盾はゾルダの弾丸をしっかりと受け止め、無効化してみせる。

だが、ゾルダもまた目を光らせていた。グチャグチャになっていく脳内であったとしても、相手を殺すためのセンスは尚、研ぎ澄まされていくばかりだ。

ゾルダは龍騎の盾の弱点をすぐに見抜き、カードをバイザーへ装填する。

 

 

『アドベント』

 

 

龍騎の背後、少し離れたところにマグナギガが出現する。

巨大な盾は前方しか守れない。マグナギガはすぐにミサイルを発射して、龍騎の背を狙う。

 

 

「って、うわぁあ!」

 

 

龍騎が気配を感じた時には既にミサイルは放たれていた。

しかし上空から飛来する炎。ドラグレッダーの鳴き声が聞こえた。なつき度の関係により、主人の危機を察知したようだ。

炎弾はミサイルに直撃すると連鎖爆発を発生させて全滅させる。

 

 

「――ッ」

 

 

マグナギガは自らが積極的に動くモンスターではない。

それは世界が融合する前の世界でも同じだ。

では、どうやって獲物を仕留め、捕食していたのか。

それは簡単。獲物をウェルダンにした後、ゆっくりと歩いてステーキを召し上がるのだ。

 

だからこそマグナギガは重火器を使用して空中にいるドラグレッダーを撃ち落とそうと試みる。

ガトリング、レーザー。ドラグレッダーは硬い防御力を持つ腹部で抵抗するが、マグナギガはエンドオブワールドの爆風を耐える熱耐性を持っている。

このままの長期戦ではドラグレッダーがやや不利といったところか。

ならば早々に決着をつけなければならない。

 

龍騎は再び走り出し、ゾルダに駆け寄っていく。

不思議なことにゾルダは頭を抑えたまま停止していた。

好都合だ。つかみかかり、説得を行う。けれども返ってくるのは意味不明な返事ばかりだった。支離滅裂な内容の中に、唯一『蟲』という単語だけが聞き取れる。

 

 

「ぐッ、北岡さん……!」

 

 

そこで龍騎の腹部に衝撃。

ゾルダの膝が入った。後退していく龍騎に、次々と火花があがる。

 

 

「ウガァァ!」

 

 

ゾルダが撃った弾丸が原因だ。

騎士――、ライダーとしての本能が、人の部分を侵食していく。

まさに今のゾルダはキラーマシーンだ。止めるには――、どうすればいいのか。

 

 

「――ッ」

 

 

ずいぶんと皮肉なものだった。

とりあえず戦い、打ちのめし、気絶させる。

それが真っ先に浮かんでしまった。しかし北岡は病気だ。

一つの打撃が死に直結するかもしれない。

それが――、怖い。

 

龍騎の腕が震える。

しかしこのまま何もしないならば、殺されるのは龍騎のほうだ。

天使を呼ぶには――、まだ再生成まで時間がかかる。

つまり何もできない。龍騎の力に北岡を救うすべはない。

 

 

「………」

 

 

それでも――、それでもまどかならばきっと。

龍騎はデッキに手をかけ、サバイブのカードを抜き取ろうと意思を固める。

 

 

「!!」

 

 

しかしそこで背中から火花が散った。

よろけた所を、ゾルダに殴り飛ばされる。

フラつく龍騎。そこでさらに火花が散った。それだけじゃない。地面に何か模様が見える。

これは――、そう。魔法陣だ。

 

 

「パートナー同士は攻撃ができないだっけ? あれあれ? だったらコレはなんなのか」

 

 

龍騎は見た。三日月のように裂けた、ユウリの口を。

 

 

「城戸真司ィ! アタシの事はアソビだったってワ・ケ!」

 

 

箱の魔女エリーによる脳内ハッキングにより、ユウリは真実にたどり着いた。

そもそも始めから違和感はあったのだ。

 

 

『エリーが暁美ほむらを見失った。それだけじゃない、あの白いモザイク野郎共は何なのか? なんか知らないの? 城戸真司』

 

『いや……、俺は魔獣の事は何にも知らないよ。それよりこれからどうするんだっけ?』

 

 

初歩的なミスだった。

真司はしっかりと魔獣と口にしているが、ユウリにとってはそんな単語ははじめましてだ。

知ってますと言っているようなもの。気になってエリーで調べてみればコレだ。

繰り返されるループは既に知っていたが、まさにその先があったとは。

 

 

「イル・トリアンゴロ!」

 

 

魔法陣が爆発を起こす。吹き飛ぶ龍騎とゾルダ。

背中に衝撃が走り、視界がグラつく。そして華奢な腕が龍騎の体を引き起こした。

 

 

「うぐッ! ゆ、ユウリちゃん! やめてくれ――ッ!」

 

「こっちの台詞ッ! アタシはこの世界で満足してるんだ! 困るんだよこれ以上の勝手は!」

 

 

ハイキックが龍騎の頭部を打つ。

激しい眩暈。そこでユウリが跳躍で龍騎の背後に回りこむ。

そこで再び龍騎の全身から火花があがった。マグナギガが主人を攻撃したユウリを狙ったのだ。

しかしユウリは龍騎を盾にして、さらに臀部を蹴る。

 

 

「完璧に組み立てたコース料理の合間に、お菓子を食べられるのはゴメンなわけよ」

 

 

銃弾変更。炎の弾丸、レッドホットへ。

ユウリは銃口を倒れているゾルダへ向ける。

まずは余計なイレギュラーを排除する。そして暁美ほむらの抹殺。それでユウリの目的は達成される。

 

しかしその時、猛スピードでゾルダの前に龍騎が割り入った。

どうやらカードの再生成が完了したらしい。エンゼルオーダーにて、ハホヤーを呼び出す。

その効果は、庇う意思があればスピードが上昇するというもの。

だから龍騎はその身で炎の塊を受ける。

 

 

「ぐあぁッ!」

 

「ハハハハ! お行儀がいいこと。さっきまで戦ってたのに、なんでよ?」

 

 

龍騎は煙あがる中、ユウリをまっすぐに睨んだ。

 

 

「それが俺の、選んだ道なんだ……!」

 

「あ、そう。それは結構。でもアタシだって同じなわけで」

 

 

リベンジャーの銃口に魔法陣が浮かび上がる。

徐々に文字が追加され、巨大化していくソレ。イルトリアンゴロの力を圧縮しているのだ。

しかし龍騎は逃げない。たとえ起き上がったゾルダが、龍騎の背を撃とうが、それでも龍騎は退かなかった。

 

デッキから抜き取るガードベント。

それで弾丸を受け止めようというのだろう。

その様子を見てユウリは呆れたように笑う。

 

 

「お客様。アホなのは――、損ですよ」

 

 

向ける銃口。

 

 

「消えろ。イル・トリアンゴロッ!!」

 

 

引き金を引くと、磁力弾が発射されて龍騎へ向かう。

その時だった。巨大な『マカロン』が龍騎の前に出現したのは。

 

 

「は!?」

 

 

美味そう――、じゃない!

ユウリは目を見開いて停止する。

マカロンは弾丸をしっかりと受け止めたではないか。もちろんただのお菓子にそんな事は不可能である。

 

 

「真司! 生きてますか!」

 

「ッ、なぎさちゃん!」

 

 

白い魔法少女がヒラリと舞い降りる。

さらにエンジン音。サイコローダーに乗ったオルタナティブがゾルダの前に入った。

 

 

「ッ、誰?」

 

 

怪訝そうに眉を顰めるユウリ。知らない魔法少女と騎士だ。

一方で地面を蹴るなぎさ。勢いとは裏腹に、バックステップである。

 

 

「先生!」

 

「了解しました」

 

 

急ターン。

タイヤが地面をこする音が聞こえ、オルタナティブはユウリに突進していく。

 

 

「だから誰!?」

 

 

ユウリは反射的にマシンガンを両肩の上に出現させて連射するが、オルタナティブは身を屈めて構わず突っ込んでいく。

車体が跳ねた。タイヤがユウリの前髪を掠る。

 

 

「あっぶな! いや事故! これもう事故!!」

 

 

バイクが突っ込んでくる。

人間としての常識を刺激されたか、ユウリは慌てたように後退していく。

その隙になぎさはヨロヨロと立ち上がるゾルダを見つめた。

 

 

「なぎさにお任せあれです」

 

「え?」

 

「15人目としてお仕事はキッチリやるつもりなのです。えっへん」

 

 

なぎさは自慢げに笑うと、ゾルダをしっかりと指差した。

 

 

「まずは北岡秀一をお助けなのです。大丈夫、なぎさがしっかりやるので、サポートをお願いします」

 

「あ、ああ! わかった! 俺は何をすればいいッ?」

 

「なぎさは北岡という人をよく知らないのです。あの人を説得するのは――、お任せします」

 

 

なぎさの小さな体が動きだす。

タタタタと軽快に走り、ゾルダへ距離をつめていった。

しかし当然、銃弾が飛んでくる。するとなぎさは顔を手で覆い、擦り始めた。

ギョッとする龍騎、一瞬なぎさの顔が白塗りになったと思ったが、そうじゃない。

顔だけがなぎさが魔女になった際のシャルロッテを彷彿とさせるデザインに変わったのだ。

 

 

「蟲だ」

 

 

ゾルダがポツリと。

 

 

「魔女です」

 

「殺さないと」

 

「イメチェンしただけなのに、あんまりなのです」

 

 

スピードが上がる。

腕を振るい、なぎさは飛んできた弾丸を指で受け止める。

そして、ボリボリと。

 

 

「は?」

 

「ピーナッツかと思いました。そりゃもうペロリです」

 

 

加速するなぎさ。気づけば完全に魔女(シャルロッテ)に変身していた。

恵方巻きのような細長い姿。空を飛行し、ゾルダもカードを抜き取る。

 

 

『シュートベント』

 

 

ギガキャノンの弾丸が二つ、同時にシャルロッテに直撃する。

狙いはいいが――、命中させた安心感で、ゾルダは爆炎から小さなシルエットが飛び出してきたのに気づくのが遅れてしまった。

それはなぎさの別形態。『ベベ』と呼ばれたものだった。

魔女になっても同じだが、なぎさの固有魔法は弱体化である。

 

魔法少女は固有魔法を中心に能力や武器をアレンジすることができる。

たとえばマミが拘束魔法から、相手をしばるリボンを獲得し、さらに凶悪な犯人を抑止させる『銃』と派生したように、なぎさも一口に弱体化と言っても様々な用途に使い分けている。

 

その中のひとつが『擬態』である。

生き物は自分よりも弱いものを餌とし、食物連鎖で現したピラミッドの下には油断してしまうものだ。

ナナフシなどやタコなどは、それを利用して『回避』に使っているが、チョウチンアンコウやハナカマキリは、自らを弱いものとする事で油断を誘い、逆に相手を捕食する。

 

なぎさも同じだ。

かつてシャルロッテはマミを油断させて食い殺した事があるが、はじめから強そうな姿ではなく、かわいらしい姿で油断させていた。

それはさておき。現在、ベベとなったなぎさは、ゾルダの背後に着地して魔法少女の姿に戻る。

 

 

「フッ!」

 

 

掌底がゾルダの胴に命中する。

これは攻撃ではない。なぎさの目がギラリと光り、魔法が使用される。

 

 

「見えました」

 

 

ゾルダが回し蹴りを繰り出したときには、既になぎさは空中だった。

ヒラリと舞う小さな体。髪の毛がなびき、そこから見えたなぎさの表情は、どこか大人びているように思えた。

円環の果て、彼女が掴んだ役割。

 

 

「ヌーシャテル!」

 

 

魔法名を叫ぶと、ゾルダの体が発光する。

すると異変はすぐに起こった。ゾルダが呻き声をあげて苦しみ始めたではないか。

 

 

「ぐあぁあッ! な、なんだコレ……! あぐゥァッ!」

 

 

龍騎は息を呑むが、そこで気づく。

苦しんでいるには苦しんでいるが、やけに饒舌になっていくような……。

 

 

「今です真司! 北岡秀一の病気を弱体化させました!」

 

 

北岡も真司と同じ、The・ANSWERから虚心星原に招かれたものだ。

しかし虚心星原――、つまりLIAR・HEARTSにおいての北岡の病の進行が強すぎるため、リンクした時点で乗っ取られてしまった。

 

だが今、なぎさが病を弱体化させたおかげで、進行が止まり、かつ症状が和らいだ。

これによりThe・ANSWER軸の北岡が優先されていくのである。

そもそも、『北岡秀一が病に犯されている』という事実は変わりないが、病状は違う。

だからこそThe・ANSWER軸が優先権を得れば、現在の病が上書きされていくのだ。

 

 

「ですがコレは応急処置です!」

 

 

今、北岡は不安定だ。

The・ANSWER軸と、LIAR・HEARTS軸の北岡がぶつかりあっている。

 

 

「ひとつに纏めるには、メモリーベントによる記憶継承を行う必要があるのですっ!」

 

 

そこで龍騎もピンときた。

だから先程なぎさは、龍騎に説得を頼んだのだ。

メモリーベントは相手が思い出すことを受け入れなければ発動ができない。

 

 

「よ、ようし! 任せろ!」

 

 

龍騎はすぐに頭を抑えているゾルダへ駆け寄っていく。

 

 

「北岡さん聞こえるか!」

 

「アァ!? だ、誰だお前! っていうか、俺はなんでこんな――、ぅうぅう!」

 

「アンタとにかくこのままじゃヤバイんだよ! どれくらいヤバイかっていうと……、とにかくすっごいヤバイんだ!」

 

「クソ! なんなんだ! おいやめろ、俺に触るな!」

 

「いや、や! そうはいかない! とにかく北岡さん! 今は俺を信じてくれ。すっげぇ苦しくなるかもしれないけど、楽になれるから! ほら、これ、これメモリーベントって言うんだけど、これ使えば思い出してなんとかなるから!」

 

 

龍騎も焦っているのだろう。意味不明な説得である。

そしてゾルダも今はそれどころではない。先程まで裁判が終わって秘書たちと酒を飲んでいた筈なのに、気づけば今は騎士に変身して見知らぬ場所にいる。

 

いやそれだけじゃない。この頭の中に小さな蟲がたくさん詰まって、動き回っているような不快感。そればかりか、知らない記憶が頭の中に流れ込んでくる。目の前にいる騎士は誰なのか。パートナーがマミ? いや、そんな魔法少女は知らない。

 

そもそも魔法少女とはなんだったか?

だめだ。蟲がいる。いや違う。蟲はいない。

これは幻聴だ。なぜ幻聴を見る? アルツハイマーは薬? いや、聞かなかった。

おかしい。何かがおかしい。五郎ちゃんはなぜ糸で唇を縫っているのか?

記憶が違う。誰だ? 俺は誰なんだ?

 

 

「北岡さん!」

 

 

その時、頭の中にいる蟲が散った気がした。うるさく響く男の声。

誰だコレは? そういえば楽になると言っていたか。

ゾルダは一瞬そう考え――、そして今までの言葉を思い出し、意味を理解していく。

 

よく分からないが、とにかく楽になるのならどうでもよかった。

思い出すとか、苦しくなるとか言われた気がしたが、どうでも良かった。

ゾルダは一刻も早くこの最低な状況から抜け出さなければならない。

優雅で気品に満ち溢れた男が、指を千歳飴と勘違いして一心不乱にしゃぶっていた記憶を、今すぐ抹消しなければならない。

 

だから半ば適当に頷いた。

どうでもいいから、早くしてくれ。

それを聞くと、龍騎は頷いてカードを発動させる。

 

 

『メモリーベント』

 

 

ゾルダの頭の中に、いつか聞いたことのある妖精の声が響いた。

 

 

『全て思い出すか? 北岡秀一』

 

 

契約書をよく見ないのは詐欺に引っかかるヤツの特徴だ。

しかし今のゾルダにそこまで考える余裕はなかった。

だから、頷く。

 

 

「―――」

 

 

宇宙が頭の中に広がった。

まばゆい銀河。果てしなく続く星の先に広がるアンドロメダ。

ゾルダの脳に、全てが流れ込んでくる。

 

 

「う――ッ! ガァアアアアアアア!!」

 

 

それは今のゾルダには耐えられるものではない。

が、しかし、すぐになぎさが滑り込んでくる。

 

 

「カマンベール!」

 

 

光のカーテンがゾルダを包むと、悲鳴が止まる。

恐怖心や不安を弱体化させ、精神を安定させる魔法だ。

それもまた、なぎさが15人目として選ばれた理由であろう。

 

 

「なぎさや、まどかの魔法があれば、多くの人の拒絶反応を抑えることができます」

 

 

円環の理の使者として在る記憶。

なぎさには、シャルロッテとして多くの人を殺した記憶があった。

知らぬ罰としても、消えぬ罪だ。その贖罪がゲームの参加者として選ばれたことならば、喜んで前に進もう。

 

 

「本当のなぎさは、たくさんの人をお助けできるのです……!」

 

 

少しだけ声が震えた。

ふと、緑色の腕が伸びる。ゾルダの拳が龍騎の頬を打った。

 

 

「うげぇ!」

 

 

倒れる龍騎と、反対に立ち上がるゾルダ。

なぎさは不安げに肩を竦める。記憶継承が終わったのだろうか?

その上でゾルダは攻撃を――?

 

 

「アホかお前はぁあ!」

 

「ッ!?!?」

 

 

ゾルダは頭を抑えながら、嗚咽を漏らしていた。

 

 

「さいっあくの気分だ! こんなのになるならもっと先に言っとけよ! だいたいなんだあの説得は! あんなもんで心が揺れるわけないだろ!」

 

 

ゾルダは龍騎を睨む。

 

 

「城戸。お前なぁ、そういう所だぞ! お前はそういうところが詰めが甘いんだ!」

 

「ッ、先生! 思い出したんだな!」

 

「そうしたんだろうが! だいたい何寝てんだ。俺がこんなに苦しんでるのに、いい気なもんだな!」

 

「アンタに殴られたからだろ!」

 

 

龍騎は立ち上がってゾルダに掴みかかろうとするが、ヒラリとかわされ尻を蹴られる。

再び前のめりになって転がる龍騎を放置して、ゾルダはなぎさに近づいていく。

 

 

「俺の病気はどうなってるッ?」

 

「既にキュゥべえから聞いてます。今の貴方は――」

 

 

因果律により、北岡は高確率で病に蝕まれるとあるが、現在の北岡は前回のゲームで患ったものと同質である。さらにその病は融合前の世界、龍騎の世界と呼ばれたところで起きたライダーバトルでも患っている。

要するに放置しておけば、やがて死ぬ事にはかわりない。

 

 

「ですが、なぎさがいれば大丈夫です」

 

 

なぎさの魔法により、北岡の病状が悪化するスピードは限りなく抑えられている。

 

 

「もちろん……、有限ではないのですが、少なくともゲーム中くらいは問題ないかと」

 

「なるほどな」

 

「あと、なぎさがやられてしまうと魔法が消えてしまうので、できれば守ってくれると嬉しいのです」

 

「………」

 

 

ゾルダは少し気だるげに何度か頷くと、なぎさの頭をポンポンと叩いた。

子供に救われるのは癪に障るが、まあそれはそれだ。

 

 

「おい、さっさと立て城戸」

 

「いやッ、だからアンタなぁ!」

 

「さっさと協力して、ココを抜け出すぞ」

 

「ッ! 協力してくれるのか!」

 

「あのなぁ。お前、俺をなんだと思ってんのよ。全部思い出した上で、まだ戦いを続けるバカがどこに――」

 

 

い、いかん。たくさん頭に浮かんできた。

ゾルダは小さく首を振って言葉を切る。

 

 

「と、とにかくだな。俺は他の野蛮な連中とは違うんだよ。馴れ合うのは好きじゃないが、何を優先するべきかくらいは分かる。スーパー弁護士は間違えないんだ」

 

 

それに――、ゾルダには思うところがあった。

思い出すのは主に前回のゲームだが、全てを思い出した人間にはそれぞれ印象に残っている出来事がある。

中でも北岡は、融合前の世界――、龍騎の世界での出来事を強く記憶に残していた。

 

 

「グダグダ醜く生きてたって、仕方ないしな。少なくともお前らに協力してれば病気は抑えててくれるんだろ?」

 

「別にそういう脅しのつもりじゃ――」

 

「いいって。そっちのほうが色々、俺も割り切れる」

 

 

そこで悲鳴が聞こえた。ユウリが地面にへばりついている。

 

 

「クソ! なんでッ!」

 

 

はじめはオルタナティブを圧倒していたが、徐々に押され始め、今は攻撃を当てることすら難しくなっていた。

するとオルタナティブは指で頭を指し示す。

 

 

「覚えてしまうんですよ。私は全てをね」

 

「はぁ? 意味不明だわッ!」

 

 

しかし穏やかな状況ではない事くらいは分かる。

改めて周りを見てみれば、なにやら龍騎とゾルダが並び立っているではないか。

協力するのならば、つまりユウリVS龍騎、ゾルダ、なぎさ、オルタナティブというあまにも不利な状況。さしものユウリ様も、これには冷や汗が垂れる。

 

 

「なーんて。うっそー」

 

 

魔女狩りのユウリはニヤリと笑う。

ヒラヒラと舞い落ちてくるのは大量のカード。

絵柄にはそれぞれ一枚一枚魔女が記載されている。

 

 

「ストックは既にてんこ盛り」

 

 

気づけば、周囲の景色がまったく違うものに変わっている。

広大な魔女空間。ユウリはまだ余裕だった。

 

 

(最悪――……、奥の手もある。アタシはこの世界を守るんだ)

 

 

一方で、龍騎達にも引けない理由はある。はじめに前に出たのは、なぎさだった。

 

 

「行きましょう。先生、真司、秀一」

 

 

なぎさを中心にして並び立つ騎士たち。

 

 

「まずは、ユウリを攻略します」

 

 

なぎさはチラリと、遠くの方で隠れているさやかを見た。

さやかも汗を浮かべながら、確かに頷いた。

 

 

 






なぎさちゃんのために石を貯めておいたんだがよぉ、ちぃとも当たらねぇんだよあのゲームはよぉ(´;ω;`)


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第91話 アタシとアンタだけの秘密だよ

今後の展開は、漫画版の『魔獣編』の要素を含んでいます。
ネタバレもあると思うので、まだ見てない人は注意して下さい(´・ω・)

あとあとがきに、平ジェネの感想書いてます。
ネタバレありなんで、まだ見てない人は見ないでね





「ゲルトルート! エルザマリア! ギーゼラァアッ!」

 

 

ユウリのお馴染みのスタイルは、この世界でも変わっていないようだ。

エルザマリアがマントになって背中に装備され、小型化されたギーゼラのシートに飛び乗る。

それとは別に、地面が割れて、そこから大きな体のゲルトルートが飛び出してきた。

いくら騎士や魔法少女の力が強いとはいえ、体格差は有利不利を決める重要な要素となる。

 

 

「ブチ潰さ・れ・ろッ!」

 

 

ユウリは妨害するためにマントを展開。

黒い線が伸びていき、その先端には動物の顔がくっついている。

エルザマリアの使い魔である『セバスチャンズ』である。鋭利な牙を光らせて、対象を食い尽くそうと飛んでいった。

 

 

「お任せあれです!」

 

 

まず動いたのは、なぎさだ。

どこからともなく可愛らしいバケツが現れ、それを振るうと大量のゼリービーンズが放られる。

これには龍騎のドラグケープと同質の力が纏わりついているようだ。

使い魔たちは標的を龍騎達からゼリービーンズに変更。それらをバクバクと口の中に入れていく。

 

ゼリービーンズの中には弱体化の魔法がたっぷりと詰まっている。

次々と勢いを失い地面に倒れていく使い魔たち。

さらになぎさはラッパの銃を抜いていた。銃口に収束していく霧のような物体。

気づけば銃口の前に大きな『綿菓子』が張り付いている。

 

 

「シュート!」

 

 

綿菓子の塊を発射すると、ゲルトルートの体に引っ付いた。

その状態で受ける突進。ゲルトルートの巨体から繰り出されたのだから、相当な衝撃だろうが、それを全て『綿』が吸収して龍騎達に伝わるダメージは限りなく抑えられる。

さらに発射されるシャボン玉。それがバチンとはじけると、すさまじい衝撃がゲルトルートを襲い、動きが鈍った。

 

 

「今です!」

 

 

すぐに三人が動いた。

オルタナティブはスラッシュダガーに炎を纏わせ、龍騎はドラグクローを。ゾルダはギガランチャーをブッ放し、ゲルトルートを吹き飛ばす。

どうやら炎が弱点らしい。すぐに全身に火が回り、魔女の悲鳴が聞こえる。

 

巻き起こる爆発。

なんだこんなものかと龍騎はホッとしたが、すぐにそれが間違いだと気づく。

ユウリはあえてまだ弱いゲルトルートを呼び出した。

それも全ては囮に使うためだ。

 

 

「ゴミ共! ユウリ様の肥やしとなれ!」

 

「ッ!」

 

 

爆炎を切り裂いてギーゼラが飛んでくる。

オルタナティブも、初めて見る攻撃パターンには対処できなかったのだろう。

突進を受けて吹き飛び、さらにユウリは龍騎の首を掴んで思い切り飛び上がった。

エルザマリアは今、翼に変形しており、ユウリは魔女結界の天井限界まで上昇していた。

 

 

「ドラゴンはさっき呼んでたよなァ! まだ出せない筈だ!」

 

 

首から手を離せば、龍騎は落ちていくしかない。

しかしユウリは飛べる。落下していく龍騎を蹴り、撃ち、また掴んで上に昇る。

 

 

「こんの!」

 

 

抵抗しなければと龍騎は思った。

殴る事はできずとも、掌底か何かで突き飛ばすことはしなければと。

 

 

「真司……ッ!」「うッッ!」

 

 

だがユウリは変身魔法を発動。美穂になり、『女優・ユウリ様』を発動させる。

 

 

「どうして助けに来てくれなかったの?」

 

 

LIAR・HEARTSの記憶を刺激する。

この世界――、時間では真司と美穂はわかり合う事ができなかった。

その想いが胸に刺さる。たとえそれがユウリだと分かっていても、腕に入る力が弱くなってしまった。だからユウリはニヤリと笑うのだ。

両足を揃えて龍騎の胴に叩き込み、そのまま一気に地面まで落としてみせる。

 

 

「がは――ッ!」

 

 

小さなクレーターができた。

ユウリはバク宙で龍騎から離れ、追撃の弾丸を発射していく。

しかし弾丸にぶつかる弾丸。ゾルダが銃口を向け、さらにユウリの眉間を狙っていた。

 

 

「俺はその女でも撃てるぞ」

 

「あ、そう。じゃあこれは?」

 

 

変身魔法。ユウリは北岡秀一に変身した。

 

 

「ンなッ!」

 

 

ゾルダの手が止まる。

 

 

「ど、どうしたんですか秀一!」

 

「やられた! 撃てない! 他のヤツならともかくッ、俺の美しい顔を撃つなんて、俺にはとてもできない!」

 

「言ってろよ! 俺がボコボコにしてやる!」

 

 

龍騎は立ち上がるが、すぐにゾルダが龍騎の尻を撃った。

 

 

「いったぁああ! 何するんだよ!」

 

「こっちの台詞だ! やめろバカ! 訴えるぞ!」

 

「ふ、ふたりとも落ち着くのですっ! 今はぷんすかしてる場合じゃ!」

 

 

そこで足元に広がる魔法陣。

 

 

「あ」「あ」「あ」

 

 

北岡秀一(ユウリ)が中指を立てて舌を出した。

 

 

「イル・トリアンゴロ!」

 

「「ぎゃあああああああああ!」」

 

 

爆発が巻き起こり、龍騎とゾルダが吹き飛んでいく。

だがユウリはすぐに目を細めた。なぎさがいない。

どこに? 決まってる。オルタナティブが助けたのだ。

後ろを見ると、アクセルベント・シャドウモーメントにより加速しているオルタナティブを見た。その脇にはなぎさが抱えられている。

 

 

「クソ!」

 

 

回し蹴り。捉えた筈だが、それは残像。

オルタナティブはユウリの真横に回っていた。

 

 

「なぎさ」

 

 

それは一瞬の出来事。しかしなぎさには世界がスローになった気がした。

北岡秀一が溶けたと思えば、そこに『母』が立っていた。

ゲルトルートと戦っている時に、ユウリは既にエリーでなぎさの『中』を視ていたのだ。

 

 

「良い子になれって言ったでしょう?」

 

「お母さん!」

 

 

なぎさはラッパを持つ右手ではなく、左手を伸ばした。

しかしユウリは確かにリベンジャーの銃口をなぎさに向けていた。

 

 

「うぶッ!」

 

 

だがそれよりも早く、オルタナティブの肘がユウリの腹部に入った。

蹴り飛ばす。オルタナティブは足を振ったが、ユウリは既に後ろに飛んでいた。

着地地点にはギーゼラが先回りしており、ユウリはシートに着地する。

 

 

「落ち着いてください、なぎささん。アレはユウリです。貴女の母親ではない」

 

「そう――、ですね。そうでした。ごめんなさい。分かってた筈なのに……」

 

 

なぎさはシュンとして俯く。

その悲しげな表情を見て、オルタナティブは小さくため息をついた。

 

 

「ユウリさん。どうやら貴女にはおしおきが必要のようだ」

 

「ハハハハ! 甘やかしてばかりは駄目。時にはピリリとした刺激もないと!」

 

 

ユウリは地面に落ちていた一枚のカードを撃った。アドベントで魔女を呼び出す。

それはまるで着ぐるみ。緑のワンピースの胴体が現れ、ユウリはそこへ入った。

さらに腕が、脚が被さり、最後には大きなピンクのウサギの頭部が顔を覆う。

 

 

「ツバメはどこにいる? どの塔から飛び降りる? 泡になって消えた少女は美味しいかい? 王様の灰はどこに埋もれてる? 腐ったリンゴはどこに落ちる?」

 

 

立ち耳の魔女・キャンディ。

首に巻いたリボンがエルザマリアになっていた。

 

 

「ある時は愛されず、ある時は過剰に愛される」

 

 

魔法少女の願いは、時間軸によって変わる時がある。

因果律により、だいたいは同じ願いだが、たとえば鹿目まどかは、ある時は猫を助けるために魔法少女になり、ある時はケーキを生み出すために魔法少女になった。

なぎさもそうだ。ある時は――。またある時は……。

 

 

「お前は、どれを本物にしたい――?」

 

 

ユウリは暁美ほむらが嫌いだった。

彼女のやって来た事はエリーを通して知っている。

時間を戻すという事は、そこで得た全てをウソにするということだ。

ユウリにはそれが許せなかった。

 

 

「苦いピーマンも、大人になればそれが美味しくなるって言うじゃん?」

 

「………」

 

「死んで見る甘い夢も。それはそれで」

 

 

なぎさは指を鳴らした。

するとお菓子の魔女の使い魔である『ピョートル』が大量に召喚されてユウリへ向かっていく。

それを見て、ユウリはギーゼラのアクセルグリップを捻った。

大きなウサギがバイクに乗って突っ込んでくる光景はシュールではあるが、その勢いは本物だ。

 

さらにそこでウサギがピンクから青色に染まり、長い耳が『口』になる。

それを使ってピョートルを食い、轢き殺し、ユウリは近づいてくる。

さらにエルザマリアが動く。無数の黒い枝が伸び、なぎさ達を刺し殺そうと試みる。

 

 

「先生――……、裕くんを呼んでください」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

「分かりました」『ファイナルベント』

 

 

既にバイク形態になったサイコローグが走ってくる。

飛び乗るオルタナティブ。同時になぎさも、シャルロッテへ変身して大口をあける。

 

 

「裕くん! 少し我慢するのです。かぷーッ!」

 

 

シャルロッテはサイコローグの足先、つまりサイコローダーの車体後ろに噛み付いた。

そのままオルタナティブはデッドエンドを発動。高速回転するバイクだが、シャルロッテが追加されたことによって、長い体がまるで鞭のように武器となる。

デッドエンドのリーチを拡大させる技。これが二人の複合ファイナルベント・『ブラックエンド』だ。

黒い旋風は、向かってきたエルザマリアを弾き飛ばし、オルタナティブは一気に加速する。

 

 

「―――」

 

 

ギーゼラとサイコローダーがぶつかり合い、爆発が起きる。

激突の間際、一度シャルロッテの体当たりが入ったため、勝ったのはオルタナティブだった。

 

 

「――ゥッ!」

 

 

キャンディのきぐるみが燃えている。

しかし外側の魔女が死のうが、それが鎧になってくれて中のユウリは無傷であった。

脱ぎ捨てる魔女。一方でシャルロッテはなぎさに戻り、地面に着地する。

 

 

「なぎさは、全てを本物にします」

 

 

にらみ合う二人。ユウリは呆れたようにため息をつく。

 

 

「それは、逃げだ。アタシは逃げない」

 

「なぎさはそうは思いません。それに――」

 

 

なぎさは人差し指を真上に向ける。

 

 

「見つけました」

 

 

目を見開くユウリ。

そもそも、いくら爆発を受けたとはいえ、さすがに龍騎とゾルダは立ち上がっている。

この今は、ゲームであってゲームではない。キュゥべえ達が与えた恩恵のひとつ。テレパシーを使って、既に作戦は遂行されていた。

 

といっても簡単だ。

始めにそれを口にしたのは下宮だった。彼はゲームを見ていたし、記憶していた。

だからこそユウリが暁美ほむらを殺すために、大量のグリーフシードをストックしていた事に気づいていた。

それを――、利用する。

 

 

「北岡さん!」「分かってる! ごちゃごちゃ言うな!」

 

 

ギガキャノンからプラズマ弾が発射され、天井に突き刺さっているドラグアローの矢に触れた。

すさまじい爆発が起こり、魔女結界が震動する。

天井に――、それはそれは大きな穴が開いた。それこそが下宮の狙いだったのである。

ユウリは大量のグリーフシードを魔女結界の中に保管している。それを使い――

 

 

「今です! さやか!」

 

 

飛び出した青。美樹さやかは穴に向かって跳躍した。

 

 

「くッ!」

 

 

何を狙っているかは知らないが、余計な事をされては困る。

ユウリはリベンジャーを向けて発砲を行った。見事なエイム能力。弾丸はさやかの肩を撃つと、勢いを殺して墜落させる。

 

 

「任せろ」

 

 

だが、前に出た男がいた。

その男、ゾルダ。美樹さやかを抱きとめると、そこで光が迸る。

 

 

「あ」

 

 

パートナー契約の完了。さやかのマントに牛の紋章が刻まれる。

ゾルダは記憶を取り戻している。だからか、すぐに新カードが生まれた。

 

 

「なるほど」

 

 

頭の中に入ってくる能力。

ゾルダはさやかを『捨てる』と――

 

 

「ぶへぇ!」

 

 

すぐにそのカードを使用した。

 

 

『シュートベント』

 

 

シュートベント・ブルーシューター。

ギガランチャーか、ギガキャノンに、『ある能力』を付与するものだ。

現在ゾルダはギガキャノンを装備中なので、そちらに機能が追加される。

 

 

「うへ?」

 

 

倒れたさやかが、粒子となって、ギガキャノンの砲口のひとつに吸い込まれていった。

 

 

「うにょぉぉおおぉぉぉ!?」

 

 

そして完全に吸い込まれると、砲口が青く光る。

それは発射準備完了の合図。ゾルダがギガキャノンを発射すると、粒子が勢いよく飛び出してそれがさやかを形成した。

 

 

「いやッ、あたしの扱い雑すぎッ!」

 

 

さやかを発射する能力。分かりやすく言えば、人間大砲だ。

しかし風を纏ったさやかの勢いはバカにはできない。

猛スピードであり、周りの突風がユウリの妨害を全て弾き飛ばしていく。

 

 

「クソ! アタシのグリーフシードに触るな!!」

 

 

ユウリはエルザマリアを翼に変えようとしたが、そこで悲鳴が聞こえる。

サイコローグがユウリを掴み、投げ飛ばしたのだ。

 

 

『大人しくしてて』

 

「うガッ! テメェ……ッ!」

 

 

そうしていると、さやかが穴の中に入った。

そこには無の空間が広がっており、ユウリが用意していた大量のグリーフシードが山積みされている。

 

 

「作戦成功なのですっ!」

 

 

すぐにそこへシャルロッテも到着。なぎさに戻ると、さやかに駆け寄る。

 

 

「いいですか、気をしっかり持ってください。なぎさがサポートしますが、それでも限界はあります!」

 

「お、オッケー。どんと来いってんだ!」

 

「では行きます!」『ユニオン』『メモリーベント』

 

 

なぎさがさやかの頭に触れると、全ての記憶が駆け巡っていく。

 

 

「――ヵ!!」

 

 

さやかの顔が青白く染まり、直後ソウルジェムが急激な勢いで濁っていく。

そうだ。だからこそココを選んだ。ほぼ全てのゲームにおいてユウリが終盤まで生き残った場合、彼女は大量のグリーフシードを用意する。

それを使えば、さやかの浄化が間に合うのではないかと。

 

 

「ウァアアァアアァアアアアァア!!」

 

 

さやかは頭を抑えてうずくまる。

なぎさも弱体化で恐怖を抑えるが、それでも『さやかが魔女になる』という因果律は強力であった。

周囲にあったグリーフシードがすぐにガタガタと震え始める。

黒い霧のようなものがソウルジェムから噴射され、まるで吸引機のように吸い取っていく。

が、しかし、さやかはブルブルと震えて目を見開いている。

なぎさが恐怖を必死に押さえ込んでも、それを超える負が彼女を蝕んでいくのだ。

 

 

「がんばるのです……ッ、さやか!」

 

 

感覚としては夢に近い。

確かに思い出すという事は激しい恐怖を発生させるが、あくまでも今は今だ。

悪夢を見て廃人になったというケースは少ない。

 

痛みも――、思い出すことはできるが、再現されるわけではない。

昔、大きな怪我をした人も、その時の痛みを鮮明に思い出すのは不可能のはずだ。

それに事前情報だってテレパシーで伝えておいた。

今から酷い目に合いますよと言われておけば、ある程度の心構えもできているはず。

 

 

「でも、やっぱり……!」

 

 

なぎさは幻を見た。さやかを奈落の底へ引きずり込もうとするオクタヴィアの数々を。

それだけのループに魔女が絡みついている。それを振りほどく事は当然、簡単なことではない。

弱体化魔法による精神抑制くらいで防げる悲しみならば、さやかは魔女になっていない。

たとえ、ほむらに時間を戻されて無かった事になったとしても。たとえイツトリが忘れたとしても。

さやかにとっては全てが本物の痛みだった。本物の苦しみだった。

なぎさは必死に魔法を強めるが、それでもソウルジェムから排出される黒い霧の勢いが止まることはない。

 

 

「――ッ、さやかには分かる筈です!」

 

 

絶望したまま終わる? いや、違う。そんな存在なら、あの時、肩を並べることは無かった筈だ。

それに――、なぎさは歯を食いしばる。ふと頭によぎるサイコローグ――、ではなく香川『裕』太のこと。なぎさが彼によく話しかけているのは、歳が近いからだけではない。

名前に潜む深層心理。超えたいものがあった。

 

 

「なぎさは人を助ける事ができる魔法少女です! さやか、貴女はどうですか!?」

 

 

さやかの掠れる悲鳴が聞こえる。

周囲のグリーフシードは浄化に使われ、限界を迎えると弾かれるように離れていく。

既に半分くらいは消費されただろうか? しかしまださやかの闇が晴れる気配はない。

 

 

「―――」

 

 

美樹さやかは困惑していた。

それはまるで宇宙。真っ暗な脳内に無数の星が瞬いている。

それをよく見てみると、とても嫌な気持ちになった。憎悪、殺意、憤怒、胸にあるハートがドス黒い何かに染められる気がして、さやかはすぐに逃げ出した。

 

でも逃げた先にまた星がある。

星の中を見ると、やっぱり悲しくなって。さやかは震える事しかできなかった。

嫌だ。怖い。憎い。辛い。寂しい。星が消えれば、また新しい星。

 

 

「さやか……!」

 

 

グリーフシードは次々に浄化を終えて転がっていく。

しかしさやかはまだ震えていた。そこでなぎさは息を呑む。気づけば、全てのグリーフシードが浄化を終えていた。

にも――、かかわらず。さやかのソウルジェムは濁っていく。

 

 

「そんなッ、あんなにあったのに……!」

 

 

駄目なのか。なぎさの表情が焦りと恐怖に歪む。

どうやらなぎさの見立て通りとはいかないようだ。

さやかは一人で死のループを乗り越える事ができないらしい。

だが、ふと、二つの腕が伸びた。

 

 

「!」

 

 

美樹さやかは一人では乗り越えられない。

だがそもそもの話。なぎさは勘違いしている。美樹さやかは、一人ではない。

 

 

「さやかちゃん!」「さやかさん!」

 

 

まどかと仁美が、確かにそこにいた。まどかはさやかの右手を。仁美はさやかの左手をギュッと握り締める。それだけじゃない、仁美はグリーフシードを持っていた。

それを使って、濁ったさやかのソウルジェムを浄化している。

 

 

「がんばって! 負けないでッ、さやかちゃん!」

 

 

人は、100の賛辞や賞賛よりも、1の罵声や誹謗中傷の方が心に残ってしまう困った生き物だ。

マイナスは心を強く蝕み、破壊していく。

だがどうか覚えておいてほしい。

この世には――、それらのマイナスを吹き飛ばす『希望』たる存在があるのだという事を。

 

 

「悪いね――、まどか。何度も助けてもらっちゃって」

 

「!」

 

「仁美も、さんきゅ」

 

 

もちろん、まどかが精神を安定する魔法を追加でかけた事は確かだ。

だがそれよりも、もっと大きな『何か』が美樹さやかの心に灯ったのは事実なのである。

例えばそれは美樹さやかのプライド。

 

自分はどうありたい?

泣いてるまどかや、苦しんでいる仁美を救う自分。

そんなところにナルシズムを覚えることができた。

自分を愛することは必要な事だ。だから友人二人を前にして、ピーピー泣いてる姿は見せたくない。

 

 

「いい加減にしようよ――ッ、あたし! 何回魔女になってんのさ!!」

 

 

さやかは唇を噛んだ。血が出るほどに強く。皮肉にも、痛みが『今』を鮮明にしてくれる。

 

 

「過ぎた事をグヂグヂ引きずってても仕方ないっしょ!」

 

 

情けなくて笑えるぜ。黙れと言わんばかりにオクタヴィアの幻想がさやかの足を掴む。

魔女はさやかの太ももを掴み、腹を掴み、深淵へ引きずり込もうとしていた。

 

 

「ざけんなってッ! そこはなぁ! まだ恭介にも――ッ、触らせた事ないんだぞ!!」

 

 

やっぱり、どうしてもまどかや仁美の前じゃ、おちゃらけてしまう。

だが良いではないか。それが恐怖を軽くしてくれた。

 

 

「ひっこめ! 魔女ッッ!!」

 

 

するとどうだ。さやかの前に、一際輝く星が見えた。

そこを覗き込めば、女神が微笑んでくれていた。

 

 

「――ッ」

 

 

なぎさは困ったように笑う。少し不満そうな表情でもあった。

 

 

「羨ましいのです。なぎさにはできない事でした」

 

「そんなことないよ。ありがとう、なぎさちゃん」

 

「真実です。理由は――、なぎさにも分かるのですよ。お友達がいれば嬉しいのです」

 

 

なぎさは目の前で汗だくになりながらも、しっかりと笑っている美樹さやかを見た。

 

 

「怖い時も、傍にいれば強がれる人。なぎさにも、そんなお友達ができるですか?」

 

「うん必ず。わたしが一人目に立候補しちゃおっかな?」

 

「……ふふ、女神はひとたらしです」

 

「???」

 

 

そこで駆け寄ってくるジュゥべえ。

浄化が終わって転がっている大量のグリーフシードを手当たり次第に貪っていく。

頭には『アイムアフードファイター』と書かれたハチマキが巻かれていた。

 

 

『ガブガブッ! こいつぁ厳しい戦いになりそうだぜ!』

 

 

下宮と中沢が消滅した後、仁美は全てを思い出した。

排出された仁美達とまどか。中沢たちは再び引きずり込まれたが、まどかはどこに行ったのか?

それをシザースと共に探しに行ったのだ。

一方でオルタナティブとなぎさは別行動で、龍騎を探しに行った。そういう背景である。

 

 

「まどかはどこにいたのですか?」

 

「隣町の病院のベッドに飛ばされてた。わたし、この時間軸じゃ入院してたみたいだから」

 

「相変わらず――」

 

 

視線が移動する。そこにはあぐらをかいて笑っているさやかが見えた。

 

 

「変な事に巻き込まれるね、まどかって。やっぱあたしが守ってやらないと」

 

「だ、大丈夫なの? さやかちゃん」

 

「おー、そりゃもうばっちりよ!」

 

「とてもそうは見えないのです」

 

「ほっとけ! こんのぉッ!」

 

 

さやかは立ち上がると、なぎさに飛びかかり強引に撫でくりまわす。

どうやらラインを超えたようだ。さやかは円環の理の記憶を鮮明に持っている。

魔女を否定してくれた女神(まどか)の使者としての記憶が、『魔女になる』というルールを粉砕してくれたらしい。

 

 

「でもまさかあの状態からこんな事になるとはね。誰が予想したよ」

 

「ですですっ! なぎさはただ美味しいチーズが食べたかっただけなのに!」

 

「まッ! とにかくさやかちゃんもこうして無事復活したことですし……」

 

 

さやかはなぎさの肩を、まどかの肩を、仁美の肩を順番に叩くとニヤリと笑う。

 

 

「さっさとこんな薄暗い場所、抜け出しちゃいましょうや!」

 

 

四人は再び穴から魔女結界内へ飛び降りていく。

地面のほうに見えるのは、龍騎、ゾルダ、オルタナティブ。

そして仁美について着てもらっていたシザースが合流していた。

着地するまどか達。そこでユウリも初めて表情を大きく歪ませる。

魔女がいるとはいえ、基本的には8対1。さすがに勝てるものではない。

 

 

「もうやめてくれユウリちゃん! これ以上は無駄だろ!」

 

 

説得のつもりで龍騎が叫ぶ。だがしかし、それが逆に火をつけてしまったらしい。

ユウリの表情が確かな怒りに染まった。

 

 

「無駄? 無駄だと? ふざけんな! お前らはいいよな! 乗り越えて美談ッ! でもな! 違うんだよアタシは! このアタシ様はな! なあおい! 聞いてんのか! このユウリ様はな! このッ、世界が――! 良いんだ!!」

 

 

地団太を踏むユウリに何と声をかけていいのか、龍騎はさっぱり分からなかった。

するとこの魔女結界の中で、なにやらコチラに駆け寄ってくる人影を見つける。

 

 

「あいり! もうやめて!」

 

 

ユウリがそこにいた。

いや、正確には『飛鳥ユウリ』は、心配そうな表情で魔法少女のユウリを見つめていた。

 

 

「ユウリッ! 駄目でしょ! こんな所に来ちゃ!」

 

 

『飛鳥』を見つめるユウリの表情を、龍騎やまどかは一生忘れる事はないだろう。

それだけの必死を感じた。今までのユウリには無い、心が篭った表情だった。

あれだけ下卑た笑みを浮かべ、凶悪な言葉を口にしていたユウリも、今は気弱そうな表情で走り出している。

 

 

「ユウリ! いいの! 全部私に任せておけば上手くやるから!」

 

「でも私は……ッ!」

 

 

ユウリはなにやら、飛鳥の方に話しかけている。

龍騎はLIAR・HEARTSの記憶を思い出していた。

詳しくは知らないが、ユウリがポツリと言っていたのを覚えている。

 

 

『アタシは、この世界で絶対に守りたいものがある』

 

 

龍騎もそこまで鈍感ではない。

ユウリにとって、あの同じ顔をした少女『飛鳥』が、とても大きな存在だという事くらいは察することができた。

 

まどかはふと思った。

もしもユウリと、ちゃんと話をして、なんとかして飛鳥ユウリをThe・ANSWERの軸に引っ張ることができたなら、上手く協力できないだろうか?

正直、かなり安心していた。ユウリの人らしい表情を見て、気遣う心を見て、まどかは心に温かいものが宿るのを――

 

 

「だって、もう我慢できないの!!」

 

 

飛鳥は叫んだ。

そして見事な正拳突きにて、魔法少女ユウリの腹を突き破る。

 

 

「――え?」

 

 

ユウリはついつい笑ってしまった。そこから血が垂れる。

龍騎も、まどかも、オルタナティブでさえ沈黙していた。

いったい、何が起こったのか。誰にも意味が分からなかった。

 

 

「あれ? ユウリ、なんで……? うぷっ」

 

 

血が溢れる。腹に風穴が開いた。

ユウリは尚も咳き込みながら、戸惑いがちに飛鳥を見る。

その飛鳥ユウリは、嬉しそうに下卑た笑みを浮かべていた。

 

 

「自分だけが変身魔法を使えると思っていたか。愚かの一言にござる」

 

「え? え?」

 

「拙者。阿呆を見続けるのは、もう辛抱ならんゆえ」

 

 

ドロンと、音がした。

そして飛鳥ユウリは消え去り、そこに立っていたのは赤い装束に身を包んだ『忍者』であった。

 

 

「お初にお目にかかる参加者共。拙者は魔獣、名を鎖羅曼銅鑼(サラマンドラ)と申す」

 

 

腕を引き抜き、そのまま組んで、仁王立ち。

一方でユウリは血を流しながらヘラヘラ笑っていた。

 

 

「あれ? ウソ。ユウリは? あれ?」

 

「阿呆め。まだ分からぬか」

 

 

鎖羅曼銅鑼は口布をしているため、顔は目しかまともに見えないが、それでも目や声色から、鎖羅曼銅鑼は笑っている気がした。

 

 

「そもそもこの時間軸。始めから飛鳥ユウリなど生存しておらぬ。全ては拙者が化けていた偽者」

 

「え? へ? はは、何言ってんの――?」

 

「因果律。いや、そもそもゲーム運営のために飛鳥ユウリは邪魔でしかない。貴様が参戦派に。ましてや魔法少女になるために、どうあっても死んで貰わねば困るのだ」

 

 

ユウリはこのLIAR・HEARTSにおいて、飛鳥ユウリを守るために戦っていた。

しかしそんなものは、魔獣が作り上げた舞台設定でしかない。全ては暁美ほむらを抹殺するためにゲームに乗る戦士に仕立て上げるためだ。

 

 

「この時間軸の飛鳥ユウリは拙者が殺害した。フフフフ」

 

「………」

 

 

ユウリはゆっくりと、地面に倒れた。その途中、見下した目を見た。

 

 

「大切と口では言いつつも、幻想と気づかぬか。ほとほと阿呆なガキよ。まさに――、愚か」

 

「――ァ」

 

 

つまり全て、無駄だったと。

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 

ユウリのソウルジェムが崩壊していく。それはそれは――、深き、絶望。

 

 

「ちっぐっしょぉォォオオがぁぁあああアアア゛ア゛ッッ!!」

 

 

ニーブリューエンヘルツェン。

心臓の魔女は、生まれたばかりの体で地面を強く叩いた。

すると亀裂が走り、地面が割れる。穴の底には大量のグリーフシードとイーブルナッツが。

 

 

「まだこんな量を!」

 

 

オルタナティブが怯んだ様に口にする。それほどの覚悟がユウリにはあったという事だ。

けれどもそんなものはただの幻想でしかなかった。結局、魔法少女になる前と同じ。

利用され、悲しんで、苦しんで、世界に笑われる。

ああ、全部、クソ食らえ。

 

 

「アァアアアアアアァアア!!」

 

 

穴に落ちていった魔女。

すると、どす黒い光が発生して、怒り、焦燥、悲しみの声が聞こえてきた。

穴がもっと大きな穴に変わる。そこから出てきたのは、巨大な巨大な魔女だった。

怒りの咆哮は魔女結界をバラバラにして、一同を現実世界へ引きずり出す。

丁度そこでグリーフシードを取り込み終えたジュゥべえが降ってきた。

 

 

『くぁー! ユウリのヤツ。やっぱこの世界でも用意してやがったか』

 

 

真っ黒なシルエットはまさに巨大な『魔女』だ。

大きな魔女帽子は先端が渦巻いており、背中には巨大な魔法陣が展開している。

裾からは、棘の生えた触手が指のように五本ずつ垂れていた。

大量の魔女を強制的に自分の肉体へと変える。それは、ユウリシェフ自慢の一品。

ワルプルギス風。絶望を添えて。

 

 

『気をつけろ参加者共! "ヒュアデスの暁"だ! 前回のゲームじゃ王蛇ペアと、ナイトペアをあの世に送った大物よ!』

 

 

確かにそれは重大な情報ではあるが、参加者達は今、皆一点に――、鎖羅曼銅鑼を睨んでいた。

 

 

「ユウリちゃんは……、ずっと戦ってたんだぞ」

 

「そのようだな。実に薄っぺらい理由ではあったが」

 

「ずっと――、騙してたのか」

 

「気づけない者が愚かなのだ。己が抱えた信念ならば、裏に潜むものを見極めなければならぬ。おっと失礼した。貴様らもそれができなかったから何度も繰り返したのだな。阿呆のように」

 

 

グッと、強く、それは強く、龍騎は拳を握り締める。

 

 

「なんで裏切ったんだ。なんでバラすような事を……! どうして気持ちを踏みにじる様な事をッッ!!」

 

「拙者の好きな言葉は正々堂々。あの時点ではユウリが不利に見えるが、魔女を召喚すれば多勢に無勢。ならばと一つに纏めてやったのよ」

 

 

それはユウリ側にも言える。

龍騎達は力をつけている。シザースやまどか達も加わった状態では、いくら魔女を召喚しても勝ち目はないかもしれない。

だから強くしてやった。ヒュアデスの暁ならば、龍騎達に勝てるかもしれない。

 

 

「そういう事だ。城戸真司。フフフフ」

 

「お前ェエエエ……!」

 

 

怒りに震える拳ではあるが、対照的に鎖羅曼銅鑼は笑っていた。

 

 

「何度も見た光景だな城戸真司。守れず、怒り、そしてまた失う」

 

「ッ」

 

「まだ貴様らはそのサイクルから抜け出せていないのだ」

 

 

龍騎は反論できなかった。確かに――、そういう面はある。

今も何だかんだとユウリを見殺しにしてしまった。

戦いを止めたいと思っているのに、目の前で絶望させて、魔女にしてしまった。

悔しげに俯く龍騎、しかしその時、尻を蹴られる。

 

 

「な、なにすんだよ!」

 

 

ゾルダは龍騎の肩を掴み、引き寄せる。

 

 

「城戸。お前の悪い所だ。迷い過ぎてる」

 

「え?」

 

「あのな。なんのために生きてんだよ、お前」

 

 

その時、ヒュアデスが咆哮をあげて動き出した。

鎖羅曼銅鑼は笑いながら後ろへ下がっていく。

同時にアドベントを使用せずともマグナギガが現れ、ミサイルで射撃を行った。

構えるオルタナティブたち。その中で、ゾルダは龍騎を睨んでいた。

 

 

「なんで死んで諦める道じゃなくて、生きて戦う道を選んだかって聞いてるんだよ」

 

 

ゾルダそう言いながらバイザーでヒュアデスを撃った。

効いているのか効いちゃいないのかはサッパリだが、それでもゾルダはヒュアデスを――、ユウリを攻撃したのだ。

尤も、それはゲームに乗った参戦派としての一撃ではない。少なくとも今、ゾルダは龍騎の協力者だ。

 

つまり『協力派』として撃ったのだ。

痛みを与える覚悟、ココで『殺そう』とする覚悟。決して軽いものではない。

 

 

「どんな人間も間違える。だから弁護士や警察なんて職業が生まれる」

 

 

その言葉が聞こえたのか、シザースは少し顎を引く。

ゾルダは数々のループの中で、何度城戸真司を『頭が悪い軽いヤツ』と思っただろうか。このLIAR・HEARTSで抱えた病が、また過去とリンクする。

 

 

「お前はいつだって協力しようなんて綺麗事を言うが、いつも裏にあるものを考えようとはしなかった」

 

 

北岡は快楽目的で参加者を殺そうとしているのではない。

そうしなければ、北岡はどうしようもなかったのだ。だから戦う覚悟を決めた。

昔も、あの時も、今だって。

 

 

「でも、少なくとも俺は"あの日"、お前が正しいのかもしれないって思ったぞ」

 

 

改めて問う。

 

 

「ただ生きてればそれで良いのか? 違うだろうが。お前な、生きてるって事はただボーッとしてればいいわけじゃないのよ。もっと激しくないと駄目なんだよ」

 

 

全力で、時には醜く、それが分かっているからこそ龍騎はあの時、魔獣に宣戦布告をしたんじゃないのか?

みんなを助けたいという類の願いは、それは立派で綺麗なものかもしれない。

けれどもその道は、決して簡単じゃないと分かっていた。

だからこそ、傷つけたり苦しめるかもしれないと言っていたじゃないか。

 

 

「でもそれがお前のどうしても叶えたい願いだったからこそ、お前はその道を選んだんだろ!」

 

 

それこそ他者を犠牲にしてもと願った望みじゃないのか。

ゾルダはギガランチャーを呼び出し、それを迷わず撃った。

巨大な弾丸はヒュアデスに直撃し、後退させていく。

 

 

「いい加減にお前も、俺達と同じフィールドに立ってるって事を理解しろ! お前の叶えたい願いのために、どんな手を使っても、どんな汚い方法を使っても叶えてみろよ!」

 

「北岡さん……ッ」

 

「なんだ一度や二度の魔女化くらい。そうしてしまった事をウジウジ悩むより、ユウリが魔女になるだけの大きな存在がいた事を学習し、次に活かせばいい!」

 

 

それが城戸真司の選んだ道だ。

この時間軸のユウリは死なせる事になるかもしれないが、The・ANSWERに戻れば記憶継承で擬似的な蘇生ができる。

 

 

「それにお前ッ、そんなできた人間じゃないだろ。もっとサルみたいにキーキーうるさいヤツだったろ!」

 

「な、なんだよアンタ! 俺はただ――……」

 

 

ユウリを助けたかった。ユウリを救いたかった。

でもできなかった。なんで? 絶望してしまったからだ。

どうして絶望した。それは――。

 

 

「あぁ、そうだよな。先生」

 

 

龍騎は軽く礼をいうと、ゾルダの肩をポンポンと叩く。

 

 

「俺はもっと短気なヤツなんだ。慈しむとか、悲しむとか、そういうのはガラじゃない」

 

 

龍騎はまどかが目についた。

まどかは深刻な表情を浮かべていたが――、同時に『一人だけ』涙も流していた。

その雫はユウリの為のもの。そういう真司的に『綺麗』なものは、まどかが抱いてくれれば、それでいい。

事実、今、龍騎の胸にあるのは優しい感情よりも、もっと醜い――、それこそ自分勝手な『怒り』だった。

けれどもあえて言おう。

まどかがユウリのために泣くのなら、龍騎はユウリのために怒りを吼えようと。

 

 

「待てよ」

 

「!」

 

「ブチのめしてやる。覚悟しろよ魔獣」

 

 

後退していた鎖羅曼銅鑼は、背後に壁を感じた。

それはドラグレッダーの体だ。すぐに前転で距離をとる。

 

 

「良かろう。来い、城戸真司。拙者の魔獣忍法が貴様の息の根を止めてみせよう。フフフ!」

 

 

サイドに抜けていく龍騎と鎖羅曼銅鑼。

ドラグレッダーも龍騎のもとへ駆けつけ、二人は睨み合ったまま走っていく。

 

 

「瘴気手裏剣! シュラシュシュシュ!!」

 

 

どす黒い手裏剣が鎖羅曼銅鑼から無数に放たれた。

龍騎はそれをジャンプや、ドラグレッダーに弾いてもらう事で回避していく。

さらにそれだけではなく、デッキからカードを抜き取り、狙いを定める。

 

 

「グオオオオオオオオオオ!」

 

 

ドラグレッダーが吼え、炎弾が放たれる。

しかし鎖羅曼銅鑼は跳躍し、空中を回転することで炎を回避してみせる。

 

 

「ムッ!」

 

 

だが気づけば空中に天使。エンゼルオーダーにより、鏡を持った天使、イェゼレルが突進してきた。

猛スピード。だからこそ鎖羅曼銅鑼はあっという間にミラーワールドへ送られる。

 

 

「ほう、これが噂に聞く"みらぁわぁるど"か。なんと面妖な」

 

「ここなら被害も出さない。思う存分暴れて、お前をブッ倒せる!」

 

 

龍騎もすぐに、鎖羅曼銅鑼の前方に出現する。

 

 

「倒す? 阿呆め。噂には聞いているぞ。ゼノバイターに苦戦したようだな。だが拙者はヤツよりも強いぞ。忍法、瘴気隠れ!」

 

 

鎖羅曼銅鑼の体から黒い霧が吹き出てくる。

それは彼の姿を覆い隠し、文字通り『消して』みせた。

 

 

(ククク! 貴様の背後から、我が小刀で首を刎ね飛ばしてくれる)

 

 

鎖羅曼銅鑼はオロオロとする龍騎の後ろに迫る。気配を殺し、刀を思い切り横へ振るった。

一方の龍騎。鎖羅曼銅鑼を探していると、ふと地面を見る。

 

 

(お金だ!)

 

 

100円が落ちていた。

龍騎はすぐに身を屈めると、それを拾おうと腕を伸ばす。

 

 

(何ッ! 回避しただと!?)

 

 

龍騎の上を通り抜ける刃。

鎖羅曼銅鑼は龍騎の身を屈めるスピードに息を呑んだ。

 

 

(な、なぜだ! なぜ拙者の気配が分かった! 馬鹿なッ、完全に消していた筈なのに!)

 

(って、何やってんだよ俺は! 今はお金とかどうでもいいだろ! しかも落ちてる100円なんて……!)

 

 

龍騎は自分が恥ずかしくなって立ち上がった。

そこでザザザと音がした。そちらを見ると、鎖羅曼銅鑼が後退していくのが見える。

 

 

「お前ッ!」

 

 

龍騎は拳を握り締めて走り出す。

鎖羅曼銅鑼は目を見開いて再び霧を発生させる。

 

 

(クソ、また消えるのか。とりあえず殴ってみるか!)

 

 

加速する龍騎。

鎖羅曼銅鑼は焦る。後ろに現れたらバレていた。

いや、確かに分かりやすいルートではあったか? ならば裏を突けばいい。

 

 

(裏!)

 

 

鎖羅曼銅鑼は龍騎の背後に現れる。

しかし分かっている。ここまでは龍騎とて把握しているのだろう。

ここからが鎖羅曼銅鑼の本領発揮だ。まだワープはできるのである。

 

 

(――と、思わせての前方)

 

 

鎖羅曼銅鑼は再び龍騎の前に現れる。その顔面に、龍騎の拳が叩き込まれた。

 

 

「おぐァあぁあああアアアア!」「お、まだ消えてなかったのか!」

 

 

鎖羅曼銅鑼は地面をバウンドしながら飛んでいく。

 

 

(おのれ城戸真司ッ! 裏の裏を読んでいたのか!!)

 

 

ならばと体勢を整える。次に発動するのは、魔獣忍法・分身の術。

鎖羅曼銅鑼の周囲に、無数の鎖羅曼銅鑼が出現していく。

分身体は本物と一切の違いはなく、全てが実体を持っているため、攻撃が可能なのである。

さらに鎖羅曼銅鑼は高速移動を開始、無数の分身体と共に龍騎の周りを囲んでいく。

 

 

「ハァアア!」「ぐぅッ!」

 

 

分身の一体が逆手に持った刀で龍騎を切り裂く。

胸の鎧から火花が上がり、龍騎はヨロヨロと後ろへ下がっていく。

しかしすぐに別の分身体の攻撃を受けて前のめりにフラついていく。

次々と分身が攻撃を仕掛けていく。地面を転がる龍騎。

これではいけないと、ストライクベントを発動させてドラグクローを装備した。

 

 

(くそ! どれが本物なんだ? ぜんぜん分からない!)

 

 

ならば考えるだけ無駄か。

龍騎は腰を落とし、次に迫る鎖羅曼銅鑼を見つけ出し、拳を伸ばした。

 

 

「オラアア!」「ガァアァアアア!」

 

 

本物の鎖羅曼銅鑼に叩き込まれたドラグクロー。本物は吹き飛び、地面を滑る。

 

 

(な、なぜだ! なぜ拙者が本物である事が分かった!)

 

(今のは偽者だったのか? 本物なのか? クソッ、分からない!)

 

(まさか――ッ、城戸真司は本物が拙者だと分かっているのか?)

 

(やっぱり適当に殴っても駄目か。もっと見極めないと……!)

 

(いや、ありえる。ヤツは阿呆だが戦闘においては類稀なる才能を見せる時があった。少し探ってみる必要があるな――ッ!)

 

 

鎖羅曼銅鑼が再び動き出した。

一方の龍騎は、殴り飛ばした鎖羅曼銅鑼がどれかも分かっていない。

そうこうしている内に、また攻撃が始まった。一撃目は受ける。しかし二撃目は受けない。それよりも早く、蹴りが届いたからだ。

 

 

「うがッッ!」

 

 

それは、本物の鎖羅曼銅鑼だった。

 

 

(これが本物なのか? 駄目だ。さっぱりだ!)

 

(ま、間違いない! 城戸真司は拙者のことを分かっている!)

 

 

鎖羅曼銅鑼は分身を消し去り、後退していく。双方は再び汗を浮かべながら睨み合う。

 

 

(な、なんだ突然。どうしてアイツ、分身を消したんだ?)

 

(ヤツに分身は通用しない。おのれ……ッ、まさかこんな実力を隠しもっていたとはッ!)

 

 

なにやらおかしな勘違いが生まれているが、龍騎にとってはチャンスである。

腰を落とし、構えるとドラグレッダーが周囲を旋回。口の中を赤く発光させる。

だがしかし、この動きはゲームを見ていた鎖羅曼銅鑼には分かる。

昇竜突破は、龍騎がよく使う炎を飛ばす技だ。炎弾は速いが動きは単純、避けられる筈だった。

 

 

(だが待て。今までの流れを見るに、油断は禁物)

 

 

サバイブに覚醒した事で、ある程度他の能力値も上がっている。

たとえば昇竜突破にホーミング機能がついていてもおかしくはない。

鎖羅曼銅鑼は始め右に転がって避けるつもりだった。

 

 

(しかし城戸真司はそれを読んでいる筈。ならば右ではなく――、左ッ! いや待て、先程は裏の裏をかいて失敗した。ならばあえて不動はどうか。避けると思わせておいて避けないという選択肢ならば、ヤツを確実に翻弄できる。待て、避けないなら、もし仮にヤツが愚直にまっすぐに炎弾を飛ばしてきたら直撃だ。それはまずい。ならばやはり安定の左。待て、待て。ヤツはドラグクローを右手に装備している。可動域を考えると右腕は当然右に動かしやすい。ヤツから見て右ということは、つまり拙者から見て左。左に転がるよりは右に転がればヤツの狙いをそらす事が――)

 

 

そこでハッとした。炎が目の前にあった。

 

 

「いかんッ、考えすぎ――ッ、グアアァァアア!」

 

 

鎖羅曼銅鑼は炎を真っ向から受け、地面を転がっていく。

 

 

「っしゃあ! 命中!」

 

「お、おのれぇえええッ! 拙者の慎重なる考察時間を考えていたか――ッ!」

 

 

痛みと熱が身に染み渡る。鎖羅曼銅鑼の中に駆ける確かな焦り。

このままでは――、死もありえる。どうやら手加減はココまでにしておいた方がいいのだろう。

殺意を、負を、瘴気を研ぎ澄ませると、どす黒いエネルギーが肉体を変質させていく。

 

 

「覚悟せよ龍騎! 貴様を抹殺する!」

 

 

ゲルニュート。

イモリ型のモンスターは、掌から粘着性の糸を飛ばして、龍騎の鎧に付着させる。

 

 

「うわッ、なんだこれ!」

 

 

そう思った時には龍騎は既に空中へ浮き上がっていた。

強制的に引き寄せられ、回し蹴りで吹き飛ばされる。

ゲルニュートは高速で走り出す。龍騎が拳を振るっても、ドロンと煙になって、空振りになってしまう。さらに本体は後ろへ回り、龍騎の背を蹴った。

 

龍騎は何とか反撃を行おうとするが、先程とは違ってスピードや、変わり身の術により、まったく触れられない。さらに斬撃が胴体に刻み付けられた。

赤黒い閃光が次々と龍騎の鎧に傷をつけていく。

気づけば足があった。龍騎はゲルニュートの蹴りを受けて地面を転がされてしまう。

 

 

「ぐあぁあッ!」「覚悟!」

 

 

ゲルニュートは、大きな十字型の手裏剣を取り出すと、それを思い切り投げつけた。

 

 

「魔獣忍法! 惨殺(ざんさつ)豪爆嵐(ごうばくらん)!」

 

 

手裏剣が光ると、小型化し、無数に分裂。

それぞれの刃は意思を持ったように動き回ると、龍騎を切り刻もうと飛来していく。

 

 

「むッ!?」

 

 

しかし、ドーム状のバリアが龍騎を包むと、次々と手裏剣を受け止めていく。

龍騎が何かをしたのか? ゲルニュートは身を乗り出して状況を確認する。

するとバリアの上に浮遊する天使と目が合った。

リバースレイエル。バリアに突き刺さった手裏剣が反射され、ゲルニュートに向かって飛んでいった。

 

 

「ヌッ! ォオオオオオオオオオオ!」

 

 

ゲルニュートはワープを行いながら手裏剣を回避していく。

その中で、まどかが翼を広げて龍騎のもとへ舞い降りた。

 

 

「大丈夫ッ? 真司さん!」

 

「ああ、サンキューまどかちゃん! 助かったよ」

 

「ユウリちゃんは、さやかちゃん達にお願いしてきたの」

 

 

まどかは確かに、ゲルニュートを睨んだ。

 

 

「怒ってるのは、真司さんだけじゃないよ」

 

「……ああ。そうだよな」

 

 

龍騎は確かに頷き、まどかの肩を叩いた。

 

 

「俺達はパートナーだ。アイツを一緒にブッ飛ばそう!」

 

「うんッ!」

 

 

並び立つ龍騎とまどか。

 

 

「覚悟しろよ、クソ野郎!」

 

 

集中するエネルギー。

激しい光が、炎が迸り、ゲルニュートも唸りながら二人を睨む。

 

 

【サバイブ】【アライブ】

 

 

龍騎サバイブは銃を構え、まどかアライブは神々しい弓を持って魔獣を睨んだ。

しかしゲルニュートは鼻を鳴らす。悪くないシチュエーションではある。

龍騎ペアを始末したともあれば、一気に地位を上げることができる。

 

 

「面白い」

 

 

ゲルニュートはニヤリと笑い、再び高速で走り出した。

そもそも、始めこそはペースを乱されて取り乱したが、上級魔獣の中でも選ばれしバッドエンドギアの一員。

 

 

「負ける気などせぬわ! 死に腐れ鹿目まどか!」

 

 

飛び上がると体を捻り、勢いをつけて瘴気がタップリと纏わりついた刃を振り下ろした。

まどかは動かない。動けない。あまりにも圧倒的なスピードだった。

刃はまどかの肩に命中すると、バキンと音を立てて砕け散る。

 

 

「おぇ?」

 

 

まどかは涼しげな顔でゲルニュートを見つめている。

まさか。そんな。ゲルニュートはすぐに煙と共に後ろへ移動し、手裏剣を連続でまどかにぶつけていく。

 

 

「シュシュシュシュ!!」

 

「………」

 

 

直撃していくが、まどかはなんの事はなく歩いていくし、手裏剣はむなしく地面に落ちていく。

ボワンと煙。ゲルニュートは一瞬でまどかの後ろへ回ると、胴体へ思い切り蹴りを打ち込んだ。

 

 

「おっちッ」

 

 

まるで鉄の塊を蹴ったようだった。痛いので、ゲルニュートは足を抱える。

 

 

「あぃ」

 

 

ゲルニュートの胴体にまどかの掌底が叩き込まれた。

すると円形の結界がゲルニュートを閉じ込め、さらに高速回転を開始。

平衡感覚を狂わせて、そのままボールは標的を閉じ込めたまま発射される。

 

 

「うあぁあぁあ!」

 

 

回転しながら吹き飛んでいくゲルニュート。

地面に叩きつけられ、初めて自分が倒れていることに気づいた。

立ち上がると、その口から火炎を発射してまどかを焼き尽くそうと試みる。

 

 

「………」

 

 

まどかは左腕を右へ払うことで、光のカーテンを引いて炎を遮断する。

一方でフリーになったまどかは弓を引いて光を収束させた。

激しい奔流の果て、発射された光の矢。それは炎を切り裂くと、ゲルニュートに直撃して桃色の炎を発生させた。

 

 

「ぇぁ」

 

 

これは――、まずい。

ゲルニュートは地面を転がって炎をかき消すと、ドロンと煙の中に隠れていく。

煙が晴れれば、ゲルニュートの姿はどこにもなかった。

それは彼が周囲の背景と同じ柄の布で体を覆い隠しているからだ。魔獣忍法、隠れ身の術。

 

だがここで動いたのは龍騎だった。

カードを抜いてツバイへセット。発動したのはアドベントだ。

ドラグランザーが出現して、地面に炎を吐き出していく。

地を伝い、あっという間に周囲は火の海に変わる。これは龍騎の炎なので、パートナーのまどかには何のダメージもない。一方で隠れていたゲルニュートが苦しむ声が聞こえた。

龍騎がそこへ銃を撃つと、背景に擬態していたゲルニュートに直撃して地面を転がっていく。

 

 

「あぁうぁぇ」

 

 

情けない声がゲルニュートから漏れた。

立ち上がった彼が見たのは、飛んでくる龍騎である。

 

 

「ウォオオ!」

 

 

既にソードベントは発動済みだ。

銃が展開して刃が出現、龍騎はそれを思い切り突き出した。

ゲルニュートは何とか腕をクロスさせてその一撃をガードしたが、龍騎の攻撃はまだ終わっていない。切り下ろし、切り払い、それでゲルニュートの防御が崩れた。

龍騎は体を前に出し、ショルダータックルを命中させる。

 

 

「お、おのれッッ!!」

 

 

ゲルニュートは後退しながらも無数のクナイを周囲の空間に出現させると、いっせいに龍騎へ飛ばして見せた。

だがそこで駆け寄るまどか。龍騎は彼女を掴むと、思い切り上に放り投げる。

 

まるでペアスケートのツイストリフトだ。

まどかは回転しながら空中に舞い上がり、同時に矢を連射した。

追尾する光の矢は、次々にクナイを蒸発させ、龍騎はその隙にインファイトに持ち込んでいく。

先程は圧倒できたはずなのに、今度はいくらゲルニュートが拳や蹴りを繰り出そうとも、全て龍騎に弾かれ、カウンターを受けていく。

 

 

「ば、馬鹿なァ。なぜぇぇ」

 

「こっちはな、怒ってるんだよ! お前にッッ!」

 

 

龍騎の炎纏う刃がゲルニュートを切り裂いた。

 

 

「あっつぅッ」

 

 

後退していくゲルニュート。

 

 

「ま、待て。ちょっと待て」

 

 

まどかが着地して、全速力で走りだす。

それを察知した龍騎が、お辞儀のようなポーズをとった。

体を折ることで、背中という『台』を作り出す。

するとまどかは龍騎の背の上を転がり、その勢いで思い切り脚を振るう。放たれたダブルキックは見事にゲルニュートに命中。

 

 

「ちょ、ちょっと待てって!」

 

 

ゲルニュートが怯んでいる間に、まどかは足裏を地面につけて立ち上がった。

そこで矢を発射。ゲルニュートに直撃したのを確認すると、思い切り身を低くしてしゃがみこんだ。

その後ろには龍騎が立っており、炎を纏わせた刃を思い切り振るう。

バーニングセイバー。まどかの頭上を通っていく炎の斬撃。

それもゲルニュートに直撃して強制的に後退させていく。

 

 

「まどかちゃん!」「うん! まかせて!」

 

 

スピードはまどかの方が速いので、追撃はお任せすることに。

龍騎が銃を投げると、まどかは龍騎狙いを把握して、それを受け取った。

そのまま翼を広げて飛行。あっという間にゲルニュートに追いつき、突進。

 

 

「ぐがッ! ま、待てって言ってるだろうが!」

 

 

さらに空中で旋回して突進。それでゲルニュートが膝をついた。

その隙にまどかは眼前に着地すると、思い切り銃を振るって刃を刻み込んでいく。

 

 

「真司さん!」

 

 

何度か攻撃したところで、まどかが銃を上に投げる。

すると前宙で飛び上がっていた龍騎がそれをキャッチ。

まどかはサイドに移動し、龍騎は落下と同時に刃を振り下ろした。

 

 

「待てってぇええええええ!」

 

「うるさいな! お前もう黙ってろ!」

 

「ぐぎゃあああああ!!」

 

 

ゲルニュートの肉体中央に刻まれる一本の残痕。大量の火花が噴出していく。

おっと、まだ終わらない。まどかがゲルニュートを蹴った。

足裏が直撃した瞬間、ゲルニュートは棺桶型の結界に閉じ込められる。

まどかは翼を広げ、飛翔する。龍騎は彼女の細い足首を掴んで、共に後ろへ下がっていく。

 

 

「輝け、天上の星々! 煌け、極光の円環ッ!」

 

 

手を離し、地面に着地する龍騎。

しかしまどかは空中に留まり、詠唱を開始する。

 

 

「我が示すのは理! 絶望を砕き、悪を滅する光とならん!」

 

 

まどかの背後に出現する11体の天使。

ゲルニュートは悲鳴に近い声をあげて棺桶を叩き始める。

魔獣のパワーがあればすぐにヒビは入った。いける。ゲルニュートは力をこめるが、同時に龍騎もカードを抜いていた。

 

 

【シュートベント】

 

 

銃からレーザーが発射され、まどかの棺桶を破壊する。

ゲルニュートにとってはプラス? 一瞬そう思ったが、そこへドラグランザーの炎が直撃した。

怯み、動きを止めていると、まどかの背後に巨大な魔法陣が浮かび上がるのが見えた。

 

 

「祈りを絶望で終わらせたりしない、この一撃で貫いて! シューティングスターッッ!」

 

 

一勢に発射されていく天使たち。

ヤギが、魚が、ライオンが、次々にゲルニュートに直撃して通り過ぎていく。

 

 

「おぶっ! あべぇッ! あびっ! おへぇ! だからッ! ぐぎっ! 待ってて! 言って! おびゃぁ! あぁぁあ! おのれぇええ!」

 

 

そして最後はまどかが持っている射手座から、特大の光の矢が発射された。

 

 

「ぐあぁあぁああぁあぁあ!」

 

 

まともに食らい、ゲルニュートは手足をバタつかせながら吹き飛んだ。

全身から瘴気が噴き出ている。しかし流石はバッドエンドギア。

まともに食らったが、爆散はせず、鎖羅曼銅鑼に戻るだけに終わった。

しかしボロボロだ。瘴気が漏れ出ているという事は力を失っている証拠。倒せるかもしれない。龍騎達は頷き、前に出た。

 

 

「ま、魔獣忍法! 瘴気爆発」

 

 

魔獣とて意地があるらしい。全身から有害な瘴気を噴出し、さらに周囲に無数の従者を出現させる。

従者型はすぐにレーザーを発射。まどかや龍騎が防御を行う隙に、鎖羅曼銅鑼は煙に隠れて消滅した。

 

 

「待て!」

 

 

龍騎とまどかはすぐに従者型を撃破。

しかし辺りを見ても鎖羅曼銅鑼の姿は見えないし、気配もない。

 

 

「くそ! 逃げられた!」

 

 

追っても良いが、今はそれよりもヒュアデスと戦うさやか達が心配だ。

龍騎達は頷くと、そちらの方に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ァアアアアアアアアアア!!」

 

 

少し時間は戻って、そのさやか達。

ヒュアデスは怒りの咆哮をあげて血管の鞭を振るう。

 

 

『避けろ! アレ食らったら終わりだぞ!』

 

 

今回はあくまでもサポーター。ジュゥべえはなぎさの頭の上で説明を行う。

前回のゲームにおいてもそうだが、ヒュアデスの脅威は腕から伸びる血管だ。

あれを食らうと、ムカデの足のようにくっついている針が肉体へ進入していく。

そして時間経過と共に針は巨大化し、最終的には肉体を突き破って串刺しになるのだ。

 

針は鎧があってもおかまいなしに突き刺さり、進入してくる。

おまけに一度肉体の中に入ると、取り除くのはほぼ不可能である。

 

 

「なぎさの魔法で弱体化はできますか?」

 

『できるが、取り除いたわけじゃねぇからな。針がデカくなるのを遅らせるだけで、そりゃどうなのよって話』

 

 

肉体の中でだんだん大きくなる針。痛みもそれだけ継続してしまう。

 

 

『美樹のヤツも回復だけじゃどうしようもない。腹付近に針を打ち込まれたら、ソウルジェムを貫かれるぞ!』

 

「こ、怖いこと言わないでよ!」

 

 

さやかは鞭を回避しつつ、近くにあった自動販売機の前に降り立つ。

 

 

「すまぬ!」

 

 

蹴りを一発。自販機は壊れ、ボトボトとジュースが落ちてくる。

さやかはその中でミネラルウォーターを見つけると、すばやくキャップを開いて中の水をぶちまけた。

もちろん考えなしの行動ではない。ペットボトルの水を全て出し切ると、変化は起こった。水が変化し、一つのシルエットを形作る。

 

魔女だ。

これが円環の使者の能力でもある。

なぎさもそうだったが、魔女の力を使用することができるのだ。

なぎさが魔女に変身するのに対して、さやかは召喚である。

オクタヴィアが大剣を構え、そのままヒュアデスに向かって飛んでいった。

 

 

「よし! やったれ! あたし!」

 

 

巨大な魔女同士がぶつかり合い、戦闘が始まる。

しかしヒュアデスは大量の魔女の力を内包している。

血管だけではなく、衝撃派やエネルギー弾でオクタヴィアを怯ませると、一気に鞭で縛り上げる。

 

 

「うげ」

 

 

何とかしてオクタヴィアを操作するさやかだが、鞭で縛り上げられている以上、抜け出す事はできない。一応ゾルダが遠距離で攻撃を行ってくれるが、特に怯む様子もなし。

そうしていると、オクタヴィアがハリセンボンに。

 

 

「ひぃぃぃい!」

 

 

肩を出して青ざめるさやか。

だが、彼女達がわざわざまどかを龍騎のもとへ行かせたのには理由がある。

現在、シザースとオルタナティブは仁美を守るように立っていた。

その理由は、仁美ならば、あの触手を『何とかできる』からだ。

 

海香に連絡を入れ、状況を説明すると、対処できる魔法少女を紹介してもらった。

しかしその二人を召喚するのには大きな魔力を消費する。

さらに必要なのは集中力だ。仁美はまだまだ新米、魔法陣を練成するのに少し時間がかかっているらしい。

 

だからこそ、さやか達が足止めを行う。

オクタヴィアは水さえあれば、それを媒介にいくらでも呼び出せる。

さらにゾルダの射撃、なぎさのシャボン玉を用いて、仁美の演奏を邪魔しないようにする。

 

 

「――ッ」

 

 

仁美はフルートを演奏しながら目を細める。

さすがに怖い。あの絶望を固めて作ったヒュアデスを前にすれば自然と足が震える。

が、しかし、退く気はさらさらなかった。やっとさやか達と同じ舞台に立てたのだ。

こんなチャンス、絶対に無駄にはしたくない。

その想いが魔法陣を作り上げていく。フルートの演奏が終わると、二人の魔法少女が姿を見せた。

 

 

「………」

 

 

一人は天乃鈴音。

緋色にきらめく刃を手にしており、既に戦闘態勢である。

そしてもう一人は――、大きな魔力を使用して召喚しただけの大物。

 

 

「お初にお目にかかります。女神(デエス)の友人たちよ」

 

 

ペコリと頭を下げたのは、鎧に身を包んだ乙女だった。

 

 

「私はジャンヌ・ダルク。タルトと呼んで下さい」

 

「じゃ――ッ!?」

 

 

インキュベーターが、はるか過去から人類との繋がりがあった事はそれとなくは聞いていたが、まさかその本人がやってくるとは思わなかった。

言葉を失う仁美やシザース。ゾルダも唸り、すぐにテレパシーを発動する。

 

 

『おい聞いたかさやか! ジャンヌダルクだとよ!』

 

『……えぇ!? あのジャンヌが!?』

 

『ああ。そうだぞ。あのジャンヌだ!』

 

『そりゃびっくり! いやッ、まさかあのジャンヌがねぇ……!』

 

『……お前、ジャンヌダルク知らないだろ』

 

『バカにすんな! あのねセンセー! あたしもそこまでバカじゃないって! あれでしょ? ゲームのキャラクターでしょ!』

 

『……え?』『え』

 

 

あたし何か間違ってること言いました?

さやかがゾルダたちの方に視線を移すと、隙が生まれてしまう。

一瞬だった。ビュオンと音がして鞭が疾走していたさやかを捉えた。

すさまじい衝撃だ。さやかは吹き飛び、仁美達の前に墜落する。

 

 

「ぎゃあああああ! し、死んだぁああああああ!」

 

 

転がるさやか。

一瞬ギョッとする一同だが、鈴音が無表情で歩いていく。

 

 

椿焔(つばきほむら)

 

 

ボウッと、掌に火の玉が現れる。

手をかざすと、それがさやかの肉体へ進入していった。

熱は感じない。むしろ体がポカポカと心地いい。

鈴音は炎の力を操る魔法少女だ。火の玉は攻撃ではなく、支援能力を持った魔法の塊。

さやかの肉体に宿った鈴音の炎は、まだ小さい針を焼き尽くし、消滅させてみせる。

 

 

「これで大丈夫」

 

「ど、どうも……!」

 

 

鈴音は火の玉を無数に飛ばして自分や、他の騎士と魔法少女の体内へ埋め込む。

そして淡々とした様子で浮遊するヒュアデスを睨んだ。

激しい魔力がビリビリと肌をさすが、鈴音は特に表情を変えずに跳ぶ。

 

 

「お先に」

 

「え? あッ、ちょっと!」

 

 

さやかは手を伸ばすが、鈴音は既に猛スピードでヒュアデスの前に迫っていた。

どうやら椿焔と呼ばれる火の玉を体内へ入れると、身体能力が増加するらしい。

一度地面を蹴れば、足裏から火を噴きながら空中へ舞い上がる。

 

 

「アアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

ヒュアデスも迫る鈴音を確認したらしい。すぐさま後ろへ下がろうとする。

その時、鈴音の手に持っているカッターのような剣。その中央プレート内に変化が起きた。

プレートの中には紋章が表示されており、その周りに5つの小さな円が表示されている。

その中のひとつ、中央の円が光った。

 

 

炎舞(えんぶ)――ッ!」

 

 

鈴音は炎を操る魔法少女であり、5つの魔法技を使うことができる。

その一つ、炎舞。空中に次々と炎で形成された『剣』が出現していく。

出現場所は一見すればランダムに見えるが、ヒュアデスの後退位置に剣先が待ち構えており、次々に肉体へ刃が突き刺さっていく。

 

 

「ガアアアア!!」

 

 

刺さった剣は爆発。

ヒュアデスは、そこで改めて鈴音を敵と認識したようだ。

腕を伸ばして触手を縦横無尽に伸ばす。ワラワラとうごめく針、まさに巨大なムカデだ。

しかし鈴音は目を細めるだけで、真っ向から飛び込んでいった。

 

 

「ハァアアアア!!」

 

 

剣を振るい、迫る触手を焼き切ってみせる。

さらに鈴音は躊躇なく、触手の上に降り立った。

靴裏から容赦なく侵入していく数多の針。いくら体内にある炎で無効化できるとはいえ、不快感はあるだろうに。

だが鈴音は叫び、走る。

 

 

(ほたる)!」

 

 

魔法技の発動。剣から炎弾が発射される。

ヒュアデスはすぐに触手を振るって鈴音を吹き飛ばそうとするが、既に触手を伝って炎が迫っていた。

 

 

「アアアアアアアアア!」

 

 

ヒュアデスの全身に回る炎。

鈴音は止まらない。空中に浮遊している剣を掴むと、二刀流で触手を切り抜いていく。

ある程度進行が進むと、炎の剣を投げてヒュアデスに当てる。

さらに空中を舞い、別のところに浮遊している剣を掴んで再び二刀流となる。

 

そうやって空中を舞いながらヒュアデスを切り裂いていく。

ヒュアデスも鈴音を墜落させようとするが、スピードが速くて体の小さな鈴音をなかなか捉えることができない。

 

 

「す、すご……」

 

 

さやかはゴクリと喉を鳴らした。

円環の使者として、彼女は他の魔法少女よりも能力値は高くなっている。

しかしそれであったとしても、鈴音の『相手を倒す』という気迫には圧倒される。

学ぶものがあるかもしれない。さやかは鈴音の戦いに釘付けであった。

 

 

「おい!」「あで!」

 

 

しかし手刀が脳天を叩く。振り返ると、ゾルダが見えた。

 

 

「さいてー! センセー! 何すんの!」

 

「俺達も行くぞ。さっさとあのデカブツを撃ち落す」

 

 

ゾルダはそう言ってギガランチャーを撃つ。

さやかも頷くと、地面を駆けてヒュアデスへ向かっていく。

 

 

「我々も向かいましょうか」「ええ、分かりました」

 

 

オルタナティブもシザースも、椿焔の影響で身体能力が上がっている。

地面を蹴れば一気に空へと舞い上がっていく。

油断は禁物だが、それであっても針が無効化されるのは大きい。

人数もいるので、何とか優勢状態で進めていける筈だ。

 

 

「――ッ!」

 

 

鈴音は地面に着地。

剣を構えると、プレート中央にある紋章が別のものへと変わる。

すると緋色の刃が、マゼンタに変わった。

 

 

爪刃(そうじん)乱舞(らんぶ)!」

 

 

右から二番目の円が光る。

するとカッターの刃が折れるように、次々と刃が分離。

小型の刃の群れは意思をもったように飛行していき、ヒュアデスを切り裂いていく。

 

 

「ォオオオオオオオオ!!」

 

 

ヒュアデスは回転して刃を吹き飛ばすと、地面にいる鈴音を睨みつける。

頭部の前に魔法陣が広がり、そこから強力な魔力を纏った光弾が発射された。

弾速はまあまあ速い。鈴音は回避をやめて、また剣を構えた。

するとプレートの魔法陣が変わり、刃が黄色かかったオレンジになる。

 

 

鋼華(こうか)!」

 

 

小さな円が光ると、鈴音の体が鋼鉄に変わる。

もちろん防御力が上がり、光弾を真っ向から受け止めてみせた。

どうやら剣中央にあるプレートに表示されている紋章は、鈴音の意思で切り替えることができるらしい。

その紋章によって、鈴音の魔法形態が変わるようだ。

 

鈴音ははじめに使用していた紋章――、つまりに炎の力に戻すと、炎の剣を無数に発射してヒュアデスを攻撃していく。

それだけじゃない。無数の剣が次々とヒュアデスに突き刺さっていった。

見れば、ゾルダペアが複合ファイナルベントを使用している。

それだけではなく、オルタナティブの炎や、シザースの水流も追加され、ヒュアデスは悲鳴をあげていった。

 

 

「………」

 

 

しかし不思議なことに、仁美はそれを複雑な表情で見ていた。

それに気づいたのか、なぎさとタルトが仁美を見つめる。

 

 

「迷っているのですか? 仁美」

 

「というよりも……。いえ、もちろん迷っているところは迷ってますわ。もう一度確認なのですが、あれはユウリさん――、私は存じ上げませんが、参加者の方なんですわよね」

 

「はい。その通りです」

 

 

仁美としては本来、協力するべき相手だ。まだ仁美は記憶を取り戻していない。

そんな彼女にとって今まで出会ってきた魔法少女はほぼ全てが味方である。

もちろん敵の魔法少女がいる事は聞かされていたし、現にコルボー達とは戦った。

だがそれでも、ヒュアデスはユウリであり、それを倒すということの『重さ』がようやっと分かってきたようだ。

手が、足が、震えていく。

 

 

「殺す――、ですわよね?」

 

「……そうですね。そうなります。ですが仁美、勘違いしないでください。魔法少女は魔女になった時点で――、いえ、なる前から死んでいます」

 

 

ならば、生とは何か? それは北岡も先程、龍騎に向かって口にしていたことだ。

ただ立って息をしている事が、『生きている』のではないと、皆は既に分かっている。

 

 

「これからユウリは望む望まないに関係なく、ただ人を殺し、町を破壊するだけの存在になります。何かに復讐を望んでいたとしても、もはやそれが達成されたかどうかを知ることもなく、ただ生まれいくものを破壊し続けるだけの存在になるのです」

 

 

改めて、生きるとは?

もちろん答えには、まだたどり着いてはいないが――、それでに選択はした筈だ。

 

 

「そうですよね? 仁美?」

 

「そう、ですわね。ええ、ええ。その通りですわ。なぎさちゃん」

 

 

仁美は強く頷くと、隣で待機していたタルトを見つめる。

強い眼差しだった。どうやら改めて覚悟というものを決めたらしい。

そうだ。あくまでもタルトと鈴音は、仁美の魔法で呼び出された存在。

仁美も既にこの戦いには参加している。今から行うのは魔獣を消す作業ではない。

 

正真正銘。生きている。

生きていた魔法少女――、ユウリの殺害。同属殺しの罪を背負うということだ。

タルトも、気持ちを汲んで無言で頷き返す。

 

 

「もちろん。悲しみだけで終わらせるつもりはありませんわ。長いフールズゲームですもの、私は必ずユウリさんを救いますわ」

 

 

全ての人のために。ユウリのために。自分のために。

 

 

「そして、まどかさんのために」

 

 

そこでタルトは小さく笑った。

 

 

「感謝、畏敬、友情、親愛。損得を超えた絆があると――、私は大切な友人に教えてもらいました。女神にもそういった存在がいると分かり、安心しています」

 

「そんな、私はただ……」

 

「フフフ。そのしゃべり方、私の友人にそっくりです」

 

 

タルトは微笑む。

とはいえ、おしゃべりをしている余裕はない。

 

 

「オーケーです仁美。今はそれで――、十分です」

 

 

なぎさはそっと、仁美の手に触れた。

 

 

「ありがとうなぎさちゃん。今日は一緒に寝てくれますか?」

 

「もちろんです。仁美が望むならずっと傍にいます。あ、でも、中沢が嫉妬するかも」

 

「え? なんと?」

 

「い、いえ。中沢も探さないといけないのです」

 

「ええ、そうですわね。中沢くんと下宮くんを助けるためにも――、タルトさん。力を貸してください」

 

「了解しました。女神の友の頼みとあれば、必ず」

 

 

タルトは前に出ると、深く息を吸い込む。

するとどうだ。彼女の体からまばゆい光が漏れ始めた。

その輝きに、他の騎士や、ほかならぬヒュアデスが目を奪われる。

 

 

「これは……!」

 

 

目を見張る。タルトの手に、一本の大きな槍が出現した。

いや、違う。これは旗だ。するとタルトがなにやら呪文のようなものを口にする。

 

 

「A vaillans Drapeau riens impossible――!」

 

 

それは遠くにいるゾルダたちの耳にも届いた。どうやらテレパシーの類らしい。

 

 

「なにこれ!」

 

「フランス語だ! さやか! お前の悪口言ってるぞ!」

 

「んなワケねぇでしょ! アンタの悪口の可能性のほうがまだ高いわ! ってか何? センセーってばフランス語分かるの? すごいねっ」

 

「ちょっとだけな。フランス美女とお近づきになりたいから勉強した」

 

「ぁぁ、最低だこの人……」

 

 

ゾルダペアはおいておいて。タルトの詠唱が完了した。

彼女が口にしたのは、つまりこういう意味の言葉だ。

 

 

"勇敢なる旗にとって――、不可能なものはなし"。

 

 

タルトは大きく振りかぶると、手に持った旗を思い切り投げとばした。

 

 

光よ(ラ・リュミエール)!」

 

 

投げた旗は光を振りまきながら猛スピードでヒュアデスに向かっていく。

皆、感じる。そこに込められた規格外の魔力。なぎさの頭の上にいたジュゥべえは思わず、言葉を失い、目を細めた。

 

 

(マジかコイツ。はぁーん、流石は教科書に載るだけはあるな)

 

 

ヒュアデスも向かってくる高エネルギーに反応。バリアを三重に張って待ち構える。

だがどうだ。旗はなんの事はなく三枚に重なったバリアを打ち破り、そのままヒュアデスの心臓――、ユウリがいる場所を貫いた。

 

 

(まどかと同じ、因果が纏わりついてやがる。なるほど……)

 

 

ヒュアデスは悲鳴を上げて墜落していく。どうやら急所を的確に捉えたらしい。

 

 

(必殺技だろうが。たった一撃でヒュアデスをノックアウトか。まあ前回のゲームでもナイトサバイブのファイナルベントでくたばってたしな。いくら魔女を寄せ集めても、結局は肉の鎧にしかできない。本体やられりゃアウトってワケだな)

 

 

しかしそれにしても凄まじい力だ。

ジュゥべえはゴクリと喉を鳴らしてタルトを見つめた。

 

 

(コイツ確かまどかと一緒に逃げたんだよな。なるほど……、たった一人の護衛で魔獣に食い下がってたのが不思議だったが、こりゃ納得だぜ。ん? しかしコイツは今、未来にいるんだよな――?)

 

 

イツトリには勝てないのは分かるが……。

どうやって未来に存在を定着させたのかもあやふやな点がある。

 

 

(今回の事についてもそうだが、The・ANSWERのゲーム盤でもなんかチョロチョロしてるヤツがいるっぽいし。関係あんのかねぇ。今度また未来のゲーム版のログ精査してみっか……)

 

 

とにかくもう今はココにいる意味はない。

ジュゥべえが消えようとしたとき、とびきり大きな悲鳴が聞こえた。

 

 

「ァアアアアアアアアアアア!!」

 

『ッ、ヒュアデス! まだ生きてやがったか!』

 

 

全身をどす黒い炎に包まれながらも、ヒュアデスはまだ動いていた。

タルトはしっかりと左胸を貫いた。だからこそユウリは消えたが、どうやらまだ他の魔女の意識が残っているらしい。

自爆特攻を選んだようだ。せめて他の参加者を道連れにということなのだろう。

それだけの憎悪がある。当然か、絶望によって生み出された魔女を圧縮しているのだから。

 

 

「仁美!」

 

 

そこで跳んだのは鈴音だった。仁美の右隣に立つ。

 

 

「決めましょう。あんな哀れな存在を、これ以上存在させては駄目」

 

「ええ。そうですわね」

 

 

随分と悲しい咆哮だった。

 

 

「終わらせられるのは、私達だけよ」

 

 

頷く仁美。フルート・クラリスにありったけの魔力を込める。

 

 

「終わらせますわ」

 

 

魔法発動、『magia』。

効果は現在召喚している魔法少女から力を受け取り、大技を放つ必殺技である。

 

正面から見て、左に鈴音、右にタルト、中央に仁美。

動いたのは当時だった。鈴音が構えた剣に大量の炎が纏わりつき、まるで炎の柱のように伸びていく。それはタルトも同じだった。取り出したのは、『クロヴィスの剣』。

その柄頭を叩くと、剣に光が纏わりつき、リーチが拡大。光の剣は天を貫くのではないかというくらいに伸びていく。

 

そして仁美も、クラリスを両手でもち、剣のように天へ掲げた。すると虹色の光が空へ伸びていく。

まるでそれは三本の柱だ。リーチが格段に上がった炎の剣、虹の剣、光の剣。

三人は魔力を上げて、雄たけびをあげる。

 

一方でヒュアデスは正面から突っ込んでいく。

もはや思考などない。ただ目の前にいるものを殺すという歪な本能にとらわれたモンスターだ。

 

 

「ヤアアアアアアアアアアアアアア!」

「タアアアアアアアアアアアアアア!」

「ハアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 

三者三様の刃。鈴音は右斜め上から、左斜め下に。

タルトは左斜め上から、右斜め下に。

そして仁美は上から下へ。斬痕はまさにアスタリスク。

三つの線が、しっかりとヒュアデスには刻まれていた。

 

 

「グガァアァアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

ヒュアデスの暁は爆散して、蒸発していく。

 

 

「……さよなら。できればもう二度と」

 

「またいつでも呼んでください。遍くものを照らす、希望の光となります」

 

 

消えていく鈴音とタルト。

すると仁美は汗を浮かべてうずくまった。

 

 

「大丈夫ですか仁美ッ?」

 

「え、ええ。でも――、なぜでしょう。かなり疲れました」

 

 

ジュゥべえが説明を行う。原因はタルトと鈴音だ。

この二人はどうやら他の魔法少女の中でもとびきり強力らしい。

仁美のコネクトは何も未来から実際に魔法少女を呼んでいるわけじゃない。

ただゲートを通して情報を収集、そして仁美が魔法でアバターを作っているだけだ。

一応精神は完全にリンクしているため、本人といえばそうだが、あくまでもラジコンのようなものである。

 

 

『3Dプリンタみたいなもんだな。当然、再現するには材料がいる。材料はテメェの魔力だ仁美』

 

 

もちろん向こうが肩代わりもしてくれるが、それを差し引いてもタルトたちの力が凄まじいという事だった。今の仁美では長時間の召喚はできそうにもない。

 

 

『釣り合ってねーんだよ。もっと修行しな』

 

「……がんばりますわ」

 

 

そこで、まどか達も戻ってきた。一同は合流し、無事を確かめ合う。

 

 

「ユウリちゃんは?」

 

「倒しました」

 

「……そう」

 

 

まどかは一瞬シュンとしたが、すぐにさやかが肩を組んできたので、そちらに気を取られる。

 

 

「あわわ!」

 

「ほら、シュンとすんな! グジってても仕方ないぞ」

 

「う、うん。そうだねさやかちゃん。ありがと」

 

「分かればよろしい! んでさ、さっそくで悪いけど、改めて何がどうなってるのか教えてよ。ぶっちゃけなんか今混乱しててさ」

 

「いつもだろ」

 

「黙れ悪徳弁護士。いや、だからそもそもセンセーってのがどこの誰なのって話にもなるじゃん?」

 

 

円環の使者としての記憶がいろいろノイズになっているようだ。

ほむらがどうとか、悪魔がどうとか、そんなことが重要だったはずなのに。

気づけばフールズゲームだとか、いろいろ混じってきている。

 

 

「うん。実はね――」

 

 

まどかは事情を説明する。F・G、魔獣、虚心星原。ゾルダも一緒に内容を聞いていた。

 

 

「――って、事なんだ」

 

「なるほど。把握」

 

「うそだろ」

 

「うん正解。センセーの言うとおり、まだたぶん6%くらいしか理解してない。適当に頷いた。ごめんなさい」

 

 

こればかりは言い返せねぇ。さやかは無言で腕を組んでいた。

 

 

「まあでも、魔獣だのの事は分かったよ。そのふざけたヤツらをぶちのめしゃいいんでしょ?」

 

「それもありますが――」

 

 

なぎさはそこで、先程さやかが口にした単語を一つ抜き出す。

 

 

「この虚心星原。"悪魔"が大きく絡んでいると、なぎさは思っています」

 

「悪魔? 悪魔って……」

 

 

さやかが唸る。記憶をたどると――

 

 

「あー、はいはい。転校生。ほむらね」

 

「はい。改めて聞きたいのですが――」

 

 

またしばし情報交換。

内容は主に、仁美達がはじめにいた場所。つまり手塚のアパートでのことだ。

一緒にいた筈のマミたちはいったいどこに行ったのか?

逆になぜ、まどかや仁美は除外されたのかを考える。

 

 

『やれやれ』

 

 

そこでジュゥべえが前に出た。

 

 

「げ。まだいたの」

 

『おい美樹さやか。なんだよその言い草は。せっかく情報をくれてやろうと思ってたのによ』

 

「うそ、アンタ何か知ってんの?」

 

『んま。今回は確実に魔獣のちきしょう共がフェアじゃねぇからな。ルールを破った罰だ。オイラはお前ら寄りになってやるぜ』

 

 

その上で、ジュゥべえは情報を提示する。

 

 

『悪魔が生まれた時間軸がある』

 

「?」

 

『インキュベーターはそれを「叛逆の物語」と名づけた。そこで暁美ほむらは、鹿目まどかを忘れたくないと、もう一つのソウルジェムを生み出したのよ』

 

 

あまりにも美しく、濁りきった奇跡の誕生。

 

 

『暁美ほむらの能力は時間操作じゃない。記憶操作だ』

 

「は? 何言ってんの?」

 

『思い出せ美樹さやか。記憶を取り戻したなら思い出せるはずだ。アイツの武器はなんだった? 盾か? ちげぇよ。弓だ。黒いゆーみ!』

 

「……そう言われてみれば」

 

『ログみせたろか? あー、こりゃテラバイターっつうか、ワルクチのヤツもそれとなく触れてんな。まあ要するに、なんつうか……、暁美ほむらってのはかなり特殊なのよ』

 

 

ただ一つ言えることは、暁美ほむらの固有魔法は『時間停止』などではない。『記憶操作』にある。

だが前回のゲームの記憶が鮮明にある一同がそれはおかしいと思うのは無理もない。

どう考えても、暁美ほむらは盾を使って時間を止めていた。

 

 

『この矛盾ともいえる部分こそ、今回のポイントなのかもな。魔獣が狙ってるのはそんな矛盾を生み出した歪な奇跡よ。そしておそらく(ほむら)のヤツもそれを分かってる。というか、自覚してるな。アイツは今、二人になろうとしてる。たぶんだけどオイラの予想じゃ……、記憶操作をバリバリ使ってる筈だ。ここがLIAR・HEARTSって事は……、はいはい、なんとなく予想できたわ。どういう状況なのかは知らんけど』

 

「ちょっとジュゥべえ、一人で何納得してるんだよ」

 

『そういうなよ真司。オイラだって全部分かってるわけじゃねぇんだ』

 

 

別に状況自体は単純だ。

暁美焔がこの世界の主で、そこにある力を魔獣が狙ってますよというだけの話。

では焔の狙いはなんなのか?

 

 

『まあおそらく主人格というか――、コアである暁美ほむらの抹殺……』

 

 

そこで、話を聞いていたなぎさがピンときたらしい。

 

 

「あの、ぬいぐるみ……」

 

『お、それそれ。それだよ百江なぎさ。あとたぶんこれ情報的に、なぎさ、まどか、カスの三人しか分からんから、騎士達は黙っとけ』

 

「ん? カスって誰?」

 

『テメェだよ、さやか』

 

 

さやかがジュゥべえを追い掛け回している間に、なぎさとまどかは必死に考える。

大切なのは記憶だ。ジュゥべえがいう、叛逆の物語がポイントになっているなら、必死にその時のことを思い出す。

悪魔というのはなんとなく記憶にあった。だから、それを、もっと、もっと深く……。

 

 

「あの――、ぬいぐるみ」

 

「あっ、うん。分かる。アレは、えっと」

 

「あッ! 分かった! ナイトメア!」

 

 

ジュゥべえの耳を掴んでいたさやかが、ポンと声をあげる。

 

 

「そうです! ナイスですさやか!」

 

「流石さやかちゃん!」

 

「くぅー、やっぱあたし、大事なところでキメちゃいますか!」

 

 

しかし、目が丸くなる。

 

 

「で? そのナイトメアがなんなの?」

 

「で、ですから。えっと、あれがココにいると言うことはですね」

 

 

ナイトメアとは何か。それは――、暁美ほむらの深層心理の願望が作り上げた『敵』。

 

 

「フールの傍にいた固体は、魔獣に改造されていたのでしょうが、とにかくこの世界がなんであれ、ナイトメアが存在してる以上……。うぅぅう」

 

 

しかしそこでなぎさは真っ赤になって目を回し始める。

駄目だ。記憶がパンクしそうでフラフラしてきた。

なのでバトンタッチ。要点をまとめてオルタナティブへ話す。

すると少しの説明なのに、もう理解したようだ。いやむしろ、まだ混乱しているなぎさよりも早く答えにたどり着いたらしい。

オルタナティブは変身を解除すると、香川に戻り、メガネを整える。

 

 

「纏めます。かつて『叛逆の物語』という時間軸で、暁美さんは仮想世界のようなものを作り上げました。ナイトメアというのは、そこに存在する敵です。そのナイトメアが今この世界にいるという事は、この虚心星原がその仮想世界と同質のもの。あるいは、ナイトメアが仮想世界から抜け出して、魔獣に味方をしている事になります。ですが、あくまでもここはLIAR・HEARTSと呼ばれたフールズゲームの中の世界であり、前回のLIAR・HEARTSではナイトメアが登場していないことから、後者の可能性が非常に高いものと思われます。では逆に考え、なぜ魔獣がナイトメアを味方にする必要があったのか? これはあくまでも私の考えですが、魔獣はナイトメアを通じて仮想世界への鍵を作りたかったのではないでしょうか?」

 

 

つまりナイトメアは移動装置だ。

次に仮想世界を作った時に、魔獣側も進入できるようにするため。

という事はつまり、ほむらは――、焔は、再び仮想世界を作る気だった。

ソレが分かっていたからこそ、魔獣側も進入するためのチケットを用意したかった。

 

 

『まあザックリ、そんな感じだろうな』

 

 

ジュゥべえは大きく頷き、追加する。

 

 

『今現在、記憶操作の魔法は全て焔が持ってると見てる。あの女の狙いはおそらく――』

 

 

ジュゥべえはニヤリと笑い、後ろへ下がっていく。

 

 

『本気のごっこ遊びをするつもりだぜ。それこそ真実を塗り替えるほどのな』

 

「なんらかの影響で存在が別れ、主を決めようとしている……」

 

『だろうな。つまりこれは暁美ほむら同士の決闘。ま、後はお前らで何とかしてくれや。それじゃあ。チャオ』

 

 

消えるジュゥべえ。変身を解除する一同。

 

 

「しかしどうするのよ? 俺達側にはナイトメアだっけか? あれいないんだろ?」

 

 

香川が頷いた。

 

 

「北岡さんの言うとおりだ。もしも焔さんが、また仮想世界を作って引き篭もっているのなら、どうアプローチをかければいいのか……」

 

 

皆が話し合う中、まどかはギュッと胸を掴んで空を見上げた。

 

 

「ほむらちゃん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーいっ! それじゃあ、自己紹介いってみよ?」

 

 

気を遣ってくれているのだろうが、逆にそれが苦しかった。

なんとか期待に応えなければならない。だから、ついつい緊張してしまう。

 

 

「あ、あのッ、あの、えっと、あの、その、暁美――、ほむらです。どッ、どどどどどうか、よろしくお願いします」

 

 

深く、深く頭を下げる。なるべく目を逸らしたかった。他の人が一勢に見てくるのが苦しかった。

早乙女先生が説明してくれている。心臓の病気。久しぶりの学校。

戸惑う事も多いからみんな助けてあげてね。

――以上。

 

 

「暁美さんってさ、前はどこの学校だったの?」

 

「前の学校は何部だったの? あ、待って。あてるね。えーっと、漫研? 科学?」

 

「長い髪だねぇ。でもなんで三つ編み? もっと良い髪型あるのに」

 

「あ、あのさ! 暁美さんって彼氏いるの?」

 

「こら、失礼だよ中沢くん。ねえ暁美さん」

 

 

どうしよう。何も喋れない。

ほむらが肩を竦めていると、大きな声が聞こえてきた。

 

 

「はいはいはい! 終わり終わり。良いだろどんな髪型だろうが、何部だろうが! 個人の自由だってのッ!」

 

 

生徒達を掻き分けたのは、一人のクラスメイトだった。

 

 

「そんな事よか。アンタ休み時間に薬のまねーと駄目なんだろ? 行こうぜ、ほむら」

 

 

佐倉杏子はニヤリと笑い、手を差し出してきた。

ほむらはどうしていいか分からず、固まっていると、強引に腕を掴まれて引きずられていった。

 

 

「悪いね。皆、悪いヤツじゃないんだけど、転校生って珍しくて」

 

「は、はぁ。いえっ、その、ごめんなさい。ありがとうございました」

 

「んー? なにさ。謝ったりお礼言ったり。忙しいヤツだなぁ」

 

「え? え? えぇ?」

 

「まあいいか。アタシ佐倉杏子。こう見えても保健委員なんだ。楽そうだから手あげたんだけど、まさかアンタみたいなのが来るとはね」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「だぁ、もうッ、冗談だっての。真に受けんなよ。あと緊張しすぎ。クラスメイトなんだから、もっと気楽にいこうぜ」

 

「え? でも、その……」

 

「いいからいいから、はい、ほら、杏子って呼んでみ?」

 

「き、ききききッ、ききききききき!!」

 

「おいおい、大丈夫かぁ? バグってんぞ? 仕方ねぇな。また今度いいよ」

 

 

杏子はニヤリと笑って、保健室の扉を開いた。

ほむらが薬を飲んでいる間、杏子は戸棚を開いて肝油をバクバク盗み食いしていた。

それが面白くて、ほむらは小さく笑った。

 

 

「じゃあ、この問題やってみようか」

 

 

意味が分からなかった。二つの意味で。

酷いと思う。二つの意味で。

まずは黒板に並んだ数字が何なのか、サッパリ分からなかった。手が震える。

 

酷いと思う。改めて。

数学の先生も事情を知ってる筈なのに、なんでこんな皆の前に出すような事を……。

 

 

「あぁ……、キミは休学してたんだっけな。誰かにノートを借りておくように」

 

 

案の定、席に返された。泣きそうだ。

ほむらが震えていると、何かが視界にフェードイン。

なんだこれは? ほむらが不思議に思っていると、ささやく声が聞こえてきた。

 

 

「くうかい?」

 

 

それはキャラメルである。杏子は、ほむらの左の席だった。

 

 

「気にすんな。アタシもさっぱりわからねぇ」

 

 

杏子はそう言ってバクバク弁当を食っていた。

その姿が面白くて、心がかなり楽になった。

ほむらは杏子からキャラメルをいただくと、小さくお礼を口にする。

すると、今度は右から何かがスッと差し出された。見ればそれはノート。

随分と綺麗な字だ。

 

 

「俺のでよければ」

 

「あっ、え? えッ?」

 

 

ほむらの右隣にいたのは、落ち着いた雰囲気の少年だった。

とはいえ、男の人とまともに会話をした事がないほむらとしては、どうしていいか分からなかった。とりあえずお礼を言って受け取ったが、どうにも苦手な雰囲気の人だった。

 

 

 

 

 

 

体育の時間は一番嫌いだった。

嫌な予感はしていたが、やっぱり倒れた。

やっぱりクスクス笑う声が聞こえてきた。

 

 

「準備体操だけで貧血ってヤバくない?」

「どんだけ脆いのよって話でしょ」

「バレーじゃ同じチームには来てほしくないよね」

 

 

木陰でほむらは大きなため息をついた。

こうしてパッとしないまま学校は終わり、ほむらは一人で寂しく帰路につく。

 

 

「はぁ」

 

 

これからどうすればいいんだろう?

弱い自分は何にもできない。勉強も、運動も、学校生活も不安でいっぱいだった。

コミュニケーション能力が酷いことは分かってる。直さないととは思うのだが――、どうにもいつも空回り。上手くいかないことだらけ。

 

 

(これからも皆に迷惑ばっかりかけて。いっぱい恥ずかしい想いするのかな? いじめられる? 嫌だ……。でも、もう、もしかしたら……)

 

 

そんなの嫌だ。

でもきっと、これからもずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずーっっと同じ毎日。

まるで、『悪夢』のような日々。

 

 

「え?」

 

 

ふと気づく。

なにやら街中なのに、クラシックが流れていた。

街灯が消えていく。陰でできたバレエダンサーが踊り始める。

ファンシーな音がした。空間にファスナーが出現し、そこからピョコンと顔を見せた化け物。

 

 

「ヒッ!」

 

 

化け物が落ちてきた。赤ちゃんをあやすガラガラのような音がした。

ほむらの前に現れたのは、『ナイトメア』だ。その目が、ジロリとほむらを睨む。

 

 

「い、いやぁあああ!」

 

 

ほむらは反射的に逃げ出すが、ナイトメアは飛行し、追いかけてくる。

そうしていると腕からぬいぐるみが飛んできた。パンダ、熊、狼、狐。

ぬいぐるみたちは縦横無尽にかけまわり、街灯を破壊する。ベンチを吹き飛ばす。

ほむらの後ろに落ちるなどなど。

 

爆風を感じてほむらは悲鳴を上げる。

なに? なんなの? どうして私がこんな目に? ほむらは泣き喚き、諦めたように崩れ落ちた。

まあ、どうせ、死にたいと思っていたし。これでいいのかもしれない。

ほむらはうずくまり、迫るミサイルを避けようともしない。

 

 

「!」

 

 

だが、銃声が聞こえた。

次々と弾丸がぬいぐるみのミサイルを撃ち落す。

それだけじゃない。抱き起こされる感覚があった。次の瞬間、また爆風を感じる。

ほむらは自分がどうなっているのかを理解した。黄色い髪の少女に、横抱きにされているのだ。

 

 

「間一髪ってところね」

 

 

その人が――、巴マミが笑いかけてくれた。

 

 

「かっこいい……」

 

 

自然に声が漏れた。マミはお姫様だっこでほむらを抱えたまま、着地。するとまた別の声が。

 

 

「おーい! 生きてるかほむらーッ!」

 

「え? え? えッ!?」

 

 

ワシャワシャと髪をなでられる。見れば、そこには佐倉杏子が立っていた。

 

 

「ははッ、いきなり秘密がバレちまったね」

 

 

杏子は拳を構え、それをほむらの前に出す。

 

 

「アタシとアンタだけの秘密だよ」

 

「え? え? え?」

 

「あー、もう! 拳を合わせるんだよ」

 

「言ってる場合? 来るわよ佐倉さん!」

 

 

マミはほむらを降ろすと、銃を構えた。

 

 

「ちッ、仕方ないか。ほむら、そこでちょっと待ってなよ」

 

 

そこで杏子とマミは跳び、ナイトメアに向かっていく。

 

 

「活躍、期待してるわね」

 

「おいおい、誰に言ってんのさ。マミも気合入れなよ!」

 

「ふふっ、了解!」

 

 

随分とあざやかな立ち回りだった。

接近戦の杏子、サポートのマミ。二人の活躍であっという間にナイトメアは指定ポイントだ。

 

 

「決めろよ!」「今よ!」

 

 

合図を受け、電子音。

 

 

『ファイナルベント』

 

 

飛び出してきた騎士・ライアがナイトメアを捉え、爆散させた。

戦い終えて戻ってくる三人。一番初めに前に出たのはライアだった。

 

 

「大丈夫か? 暁美」

 

「え? え? あ、あのっ、えっと、その」

 

「おいライア。変身解除しろよ。ほむらがビビッてんだろ」

 

「ああ、そうか。すまない」

 

 

ライアの鎧が砕ける。ほむらはハッとしたように目を見開いた。

というのも、現れた少年には見覚えがあったからだ。間違いない、隣の席である。

 

 

「改めて、手塚海之だ。よろしく」

 

 

差し出されたので、反射的に手をとった。

男の人の手をはじめて握ったかもしれない。ほむらはついつい赤面してしまう。

それに手塚は笑っていた。この人はこんな顔をするのか。

 

ほむらはなぜか目を逸らす事ができず、手塚をジッと見つめ続けていた。

 

 

 




平ジェネの感想書いてます。
ネタバレありなんで、見てない人はこのままバックしてください。
あと軽く悪いところも書いてるので、そういうのが嫌な人もバックしてくれよな(´・ω・)
























まずざっくり良いところ。

やはり今まではそれほど本格的には触れられてこなかったメタメタしい部分を取り上げたことでしょうか。

後はやはり、一番のポイントだと思うんですが、電王の復活でしょうな。
僕は電王と龍騎が平成ライダーの中で、トップに好きなので良太郎と、真司の新録はそれだけで満点の映画でしたね。
あとアギト、ゴースト、ディケイドっていう並びも、まさに俺得って感じでしたね(´・ω・)
他のライダーもライブラリとかで、本人ボイスだったのは大きなお友達としては嬉しい部分でした。

まあ特に電王なんですけど、僕が行った映画館では歓声があがってました。
事前にかなり匂わせる感じのことはあったんで、おそらく出るんだろうなとは思ってましたが、やはり実際にってなると感動しますよね。
あとまあ、U良太郎のままだったのは、いろいろ理由がありそうですが、僕はすごいそれが良かったと思ってます。

ぶっちゃけ最後のモモタロスの言葉で良太郎に言ったワケじゃなくて、大きなお友達と、役者さんに向けて言ってますよね。
そこで『ウソ』を司どるウラタロスだったって言うのは、何か大きなメッセージ性を感じるというか。


んで次は悪いところなんですけど。
ぶっちゃけダブル周りは、まあいろいろ言われても仕方ないかなって思います。
まあ今後っていう可能性もあるんですけど、まあまあまあ(´・ω・)

それと若干CGが今回微妙だったかなって思います。
あれわざとなんですかね? 最後のオールライダーキックはまあ良かったと思うんですが、アナザークウガの動きが微妙に感じました。

あとは、まあ悪いところって言うか若干予告詐欺だったかなって気もします。
キャッチコピーである仮面ライダーが好きだった人たちへ。っていうのは割とラスト周りだけで、他は普通にジオウとビルドの映画って感じでしたね。
まあワンポイントのエッセンスがあれば、それはそれでいいんでしょうが。


まとめとしては、平成ラストを飾るにふさわしかったんじゃないでしょうか。
メタ的なところなんですが、同じ事をやったウルトラマン、スーパー戦隊とは微妙に差別化できていたと思います。
まさにそれぞれの個性というのか。ウルトラマンが、実はウルトラマンはいるっていうのを強めたのに比べてライダーはどっちかっていうと、虚構かもしれないけど~的な感じにしたのは良い差別化だったと思います。
どちらかが良いとかではなくて、それぞれの答えみたいなものが象徴されている気がしました。

ライダーを構成するのは記憶。
まさにそうなんじゃないかなって思います。
コレ前にも書きましたが、やっぱり僕がライダーを見続けてる理由も当時感じたワクワクや感動を忘れたくないからって言うところもあると思うんですよ。
まあ、これそれこそ最近終わったグリッドマンとか、ウルトラマンもそうなんですけど、まだ僕が生まれてない時からやってたものがあって、それと一緒に成長していくのは親近感がわきますからね。

あんまりパッとしない一年であっても、そのライダーと一年育ったっていうのは立派なトロフィーみたいになると思います(´・ω・)


あとライダー達の新技も良かったですね。キバの鎖エフェクトはめちゃくちゃかっこよかったです。
龍騎のドラゴンライダーキックも見れましたし、圧倒的な安定感のある電王も見れましたから。


あと一番面白かったのはこれから敵にぶつかっていくぞっていう雰囲気の中、突如ドリフトで敵を轢き殺していくトライドロンと、「よっしゃ、いっちょやったるか!」って感じで敵を焼き殺していくドラグレッダーでした。
っていうか、ドラグレッダーっていまいち大きさ安定しないんですけど、龍騎を背中に乗せるっていうありそうでなかった光景をやってくれたのも良かったですね。


まあとりあえず、今はそんな感じですかね(´・ω・)b



あ、あとごめんなさい。
まだ映画見てない人もいると思うので、感想とかに映画のこと書くのはやめてください。まあこれはあくまでもボクの独り言ってことで。

よろしゅうたのんます(´・ω・)b




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第92話 ふざけんなよ

コミックス版の魔獣編のネタバレがガッツリあります。
見てない人は、ごめんやで(´・ω・)


 

 

「お分かりですかな若人たちよ! 巴マミ、佐倉杏子、手塚海之。美しき愛のトライアングルを感じておられますかな!」

 

 

 

執事服に身を包んだナイトメアは何かがおかしい。

今までのタイプはファンシーな二頭身ほどであったが、そこにいるのは長身の男性だ。

シルエットでみれば人間と何も変わらないが、唯一顔だけが異形だった。

ナイトメアの上部にある大口をあけた部分が頭部になっている。

モチーフの動物は――、角の生えた蝙蝠に見えるが……?

 

 

(おお)お嬢様の苦悩のイメージ、分かりやすい事は素晴らしいことです! 大きな誤解がありそうですが、もしも私の姿に恐怖を抱いたのならば申し訳ない。安心してくだされ、これはまやかし。真の存在にはあらず。おっと失礼、あなた方ならば既にご存知か!」

 

 

それはそれは煌びやかな食堂だった。

ホムラはノーベル賞の晩餐会で、頭のいい人たちが座っている席を思い出した。

まあ、尤も、ここはハリボテなのだが。イチリンソウの中にあるニセモノなのだが。

 

 

「人は完璧ではないから神に愛されたのです! 子は、青いからこそ美しいのです。完璧な存在こそ歪であると、この『ガープ』は思いますが、如何でしょう! お嬢様方!」

 

 

用意されたのは12席。不在者あり。

ホムラは、博士は、アイドルほむらは、汗を浮かべていた。

どうした事か。体一つ動かせない。瞬きもできず、息をしているのかも分からない。

ただ存在しているだけ。座って、揺らめく蝋燭の火を見つめている。

それに、そもそも声が出せなかった。

 

 

「お嬢様方、困惑することはない! 体が動かせないのは錯覚だ。なぜ体を動かそうとしない人間が、自由に動くことができるでしょうか。ほら、不思議ではないでしょう?」

 

 

ガープの背後にはスクリーンがあった。そこにはホムラと同じ姿の少女が映っている。

 

 

「皆様のアイデンティティ。結構でございます。白衣、メガネ、クワガタ、アイドル! 素晴らしいキャラクター性に、私も感服いたしました!」

 

 

ガープは大きな咳払いをひとつ。

 

 

「よろしいではないですか! ならば、鹿目まどかが嫌いな暁美ほむらがいたとしても! そろそろ少女は大人になるべきだ! 大お嬢様もそれを望んでおられる!」

 

 

ここでガープはわざとらしく手を振った。

 

 

「故に、独立をお認めいただければ! 精神が完全に分離すれば、この世界にて肉体が構成されますゆえ! たとえ破瓜が起きたとしてもお嬢様方には血の一滴流れますまい。おや、失礼。これは随分と不躾な!」

 

 

ガープは自分の頬をペチンと叩いた。

 

 

「しかれども! これ! 何も性欲を乱雑に発散すればの話でもなく! ありふれた愛の形にございます。お嬢様方は、性別に拘らぬ面を見せたりはしますが、何、不思議なことではなく、ただ純粋に分かりやすい愛情の形を思い浮かべたりもします!」

 

 

ガープは手帳を取り出すと、ペラペラとめくり始めた。

 

 

「アラサー……、ふむ、アラウンド――、おひとりさまマミ。おっと、これだこれだ。たとえば時間軸が一つにおいて、お嬢様は既に既婚者でおありだ。相手の男性は鹿目タツヤ! おお、これは何か裏がありそうではありますが! このガープ、下世話な話、思い浮かべれど口にはせず。ともあれ、あるいは子を作ろうとしたのかもしれませぬ! 少なくとも接吻くらいはお許しを!」

 

 

ホムラはガープが何を言っているのか、サッパリ分からなかった。

しかし何か言葉を変えそうにも、喋れないのだから仕方ない。

 

 

「交尾と言えば聞こえは悪い! しかしお嬢様たちとて、殿方と結ばれ、子をなし、ペットを飼って一軒家で暮らすことを病室のベッドで夢見た事はおありでしょう! なに、今の世、それが絶対的な幸せな形ではありません! それを押し付けるのはナンセンス! 時代に取り残された化石者のやることだ! が、しかし! お嬢様はお嫌いではない! このガープには分かります。望んでいないだけで、あれば、それはそれで。お嬢様は意外といやしいところがある! なに! お気になさらず! それはそれで魅力的ですよ!」

 

 

ガープは一つ、咳払いを行う。

 

 

「まあ、なんであれ、大お嬢様はそれを望んでおられるようなので、私はそれに従うだけでして! しかしお嬢様方も意地悪だ。人を抜け出そうとする焦りを、大お嬢様に押し付けた。鹿目まどかを憎む心を一身に受けた大お嬢様は、それはさぞ歪んでしまいました。たとえこれからの世で皆様が不快感を抱こうとも、どうかそれは自らの罪と割り切ってほしいものですな!」

 

 

ガープは手を叩いた。パンと音がすると、ろうそくの火が全て消える。

暗闇の中でホムラは気づいた。肉体など始めから無かったのだ。

だから口を開くことができなかった。今ここにあるのは、ただの闇だ。

 

 

「いや、何。大お嬢様も今は模索しておられる時だ。いずれにせよ鹿目まどか抹殺は成功させねばなるまいが、愛の形をどこに落とすかは彼女の自由。ましてやそれをお嬢様方には押し付けないと言っておられるのは随分と寛大であるとガープは思います。ではこれ、何を批判するべきところがありましょうか! お嬢様たちは、お嬢様の世を。大お嬢様は、大お嬢様の世を過ごせばよろしいだけ! 我々は少しだけ人を頂こうと言うだけなのです! 時間は絶対ではない。お嬢様達さえ知らぬ幾億の世界にて、人の関わりなど九牛の一毛! 拘りを持つことはよろしいが、縛られるのは不自由極まりない!」

 

 

そこでガープの声がドッと冷たくなった。

 

 

「人間の価値観など、我々にしてみれば脆いものでしかない」

 

 

いずれ分かる。しかし、たいした価値の無いものを、価値の有るものとして見れるのは人の良いところだ。ガープはそう思う。

 

 

「それでいい。だから人は人であれるのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「手塚さん――、いつもあんなのと戦ってるんですか?」

 

 

なみなみと注がれた紅茶を二口ほど飲んだ後、ほむらはカップを置いて問いかけた。

 

 

「まあ、そうだな。と言っても俺は先週契約したばかりなんだ」

 

「でも手塚くん。さっきの戦いは凄く良かったわよ。ファイナルベントのタイミングとか。ねえ佐倉さん」

 

「ふがっ? ああ、んがんご、んげげげげ」

 

 

杏子はマミが用意したケーキを手づかみで口の中に詰め込んでいた。

口の周りはもうクリームだらけである。それを見て、ほむらは思わず小さく吹き出してしまった。

 

 

「テメェ。なに笑ってんだ」

 

「ひっ! あ、あのっ、ご、ごごごめんなさい!」

 

「よし。じゃあ罰だ。アンタも同じように食え」

 

「え? え? え!?」

 

「佐倉。パワハラだぞ」

 

「うっせ!」

 

「ところで暁美さんと佐倉さんはどういう関係? 知り合いなのよね」

 

「ああ。コイツ、アタシらのクラスに転校してきたんだ。えーっと、なんでだっけ?」

 

「え? あの、入院してて……」

 

「まあそうだったの。大変だったわね。困ったことがあったら何でも聞いて。佐倉さんも、手塚くんも、お願いね」

 

「言われなくても分かってるっての。つか、もうダチだし」

 

「え?」

 

「なんだよ。違うのかよ」

 

「え? いやっ、あの……!」

 

「もう佐倉さんったら。ダチって言葉が乱暴なのよ。暁美さん、ダチっていうのはね、友達って意味よ」

 

「なんだよ、それくらい知ってるだろ」

 

 

そう、知っている。入院中に呼んだ漫画で見た。友達。トモダチ。その響きが信じられない。

しかし確かに杏子は友達だと言ってくれた。ほむらの体の中が熱くなる。

とにかく動いて熱を発散させたい。でもどうやって動こうか。

貧乏ゆすり? 足りない。だからほむらはケーキを手で掴んで食べ始めた。

 

 

「ははは! そうだよ。美味いだろ?」

 

「う、うん!」

 

「暁美さん優しいのね。いいのよ、佐倉さんのマネなんかしなくても」

 

「いえっ、あのッ、真似したかったので! と、友達ですから!」

 

 

ほむらはバクバクとケーキをむさぼり、笑みを浮かべた。

 

 

「このケーキ凄く美味しいですっ!」

 

「そう? ありがとう。あぁ、でも暁美さんってば、お口の周りがクリームだらけよ。ほら、こっちに顔をよせて。そう、そうよ。うん、ありがとう」

 

 

マミがティッシュで優しく拭いてくれた。

ほむらは思わず固まってしまう。マミの優しい笑顔に、なんだか言いようの無い安心感を覚えた。なんだか、ほむらはこの部屋にずっといたいと思ってしまった。

ちょっと乱暴だけど守ってくれる杏子がいて、優しくて甘やかしてくれるマミがいて、そして――

 

 

「なんだ?」「い、いえ……」

 

 

手塚――……。

 

 

「あの、それよりどうしてあんな不思議な力を?」

 

「ああ。ガープと契約したんだ」

 

「が、がぁぷ?」

 

「それは私のことですよ! お嬢さん! 私がガープです!」

 

 

ビクッと震える肩。

ほむらが声のした上を見る。すると天井に化け物が張り付いているのが見えた。

それはまるでコウモリ。天井を床のようにして、そこに肘枕をしている。

 

 

「このガープ。人に力を与えます! 男性は騎士へ! 女性は魔法少女へ! そして人の存在を無に還そうとする鬼畜、ナイトメアを破壊します! おっとお嬢様、震えを止めていただければ! 確かにこのガープ。見た目はナイトメアとほぼ同じ! が、しかし! 存在こそナイトメアと同質なれどッ、中身は別物! 奴らが人の夢を襲おうとするのを食い止めるため、参上した次第で! ええ! つまりは、悪くない存在なのですよ! ふむ!0」

 

「相変わらずうっさいヤツ……!」

 

 

杏子達はうんざりしたように紅茶を啜っている。

なんとなく事情は分かった。とすると、ほむらの中に激しい『願い』が浮かび上がる。

しかしそれを察知したかのように、ガープはほむらの前に着地。

人差し指を、ほむらの唇の前に持っていく。

 

 

「我が欲するは強き戦士! ご安心くだされ、お嬢様! この見滝原には既にマミ、杏子、ライアの三人がおります! お嬢様は安心して朝の紅茶を啜って、ご学友と共に美しい青い春をお過ごしくだされば、このガープ、幸いでございます!」

 

「え、あ……、はい」

 

「ならば――、結構!」

 

 

そこでガープは消えた。ほむらがポカンと固まっていると、衝撃を感じる。

杏子が肩を組んできたのだ。

 

 

「ま、そういう事だから。安心しな。なあマミ」

 

「ええ、そうよ。私たちがバッチリ見滝原の平和を守りますからね!。ね、手塚くん」

 

「ああ」

 

 

ほむらは肩を竦め、少し困ったように笑った。

お茶会が終わった後、今日は解散という事になった。

杏子は町外れの教会に両親と、妹とお婆ちゃんと一緒に暮らしているらしい。遅くなると家族が心配するとの事だったので、手塚がほむらを送っていくことになった。

 

 

「襲うなよ」

 

 

ニヤつく杏子を無視して手塚は歩き出す。ほむらも後をついていった。

ある程度進んだところで、手塚は苦虫を噛み潰したような顔で後ろを見た。

そこにはロボットのように動くほむらが見える。進むスピードが遅い。カチコチして、距離は結構離れている。

 

 

「ど、どうした?」

 

「い、いえ、あのっ、その、お、おおお男の人と二人になるの初めてで」

 

「あぁ、まあ……、そうだな」

 

 

手塚はほむらが追いつくのを待った。

無言の時間、無音、だから周りの音がよく聞こえる。

 

 

「ピアノの音がするな」

 

 

追いついたほむらへ、手塚はそう言った。

 

 

「え……? あ、本当。きっと近くの家で弾いてる人がいるんですね」

 

「エリーゼのためにだな。なかなか上手い」

 

「知ってます。病院で、演奏してくれる人がいて……」

 

「そうなのか」

 

「はい、とっても上手で。思わず名前、覚えちゃいました。斉藤雄一さんって人なんですけど、凄いんですよ。私と同じくらいの歳だったのに――」

 

 

その名前を聞いたとき、手塚の表情が確かに変わった。

 

 

「え? あ、あの、私っ、何か気に障るようなこと言いましたか……?」

 

「いやっ、そうじゃないんだ。斉藤雄一は俺の友人だ」

 

「あっ、そうだったんですか!」

 

「でも、亡くなった……」

 

「あ」

 

 

ほむらはフリーズしてしまう。

 

 

「ご、ごめんなさい」

 

「いや、謝ることじゃないさ。どんな人間も――、いつかは死ぬ」

 

 

しかし手塚は悔しげな表情を浮かべた。

その当たり前――、人の人生、或いは運命がどうしても納得いかなかったらしい。

 

 

「雄一は、ナイトメアが見せる悪夢が原因で自ら命を絶った」

 

「!」

 

「だから俺は、雄一のような人間を出さない為に、ライアになったんだ」

 

 

そこで手塚は怯んだように固まった。

はて、何故だろう? どうして知り合ったばかりのほむらにこんな大切な話を?

分からない。なぜだかほむらは初めて会ったような気がしない。どこか果てしない親近感を覚えてしまう。

 

 

「暁美は、魔法少女になりたいのか……?」

 

「えッ、ど、どうして分かったんですか?」

 

「なんとなく顔を見てれば分かるさ」

 

 

それに占い師志望として、他人を観察する目は養われているようだ。

ほむらは唇を噛んで頷いた。理由は――、なんとなく分かる。杏子達だろう。

 

 

「はい、そうです。手塚さんの言うとおり」

 

 

マミや杏子と、もっと『近く』にいたい。二人が危ない目にあうなら助けてあげたい。

 

 

「で、でも無理ですよね。私、体育の準備運動で倒れるんだから」

 

「そうでもないさ。魔法少女になれば身体能力も上がる」

 

 

手塚にも友を失いたくないという気持ちはよく分かる。

 

 

「分かった。俺がガープに頼んでみるよ」

 

「えッ、いいんですか?」

 

「ああ。だがもちろん覚悟は必要だ」

 

 

無責任な勧誘と言えばそうだが、手塚としても一つ大きな理由があっての事だ。

占い師として、ほむらにはとても大きな『才能』が見えた。運命を切り開く強さを彼女からは感じる。もちろん、そんなものはただ勘といえばそうなのだが……。

とはいえ、手塚はほむらの想いを酌んだ。ほむらはお礼を言って手塚の隣に並ぶ。

 

 

「ありがとうございます。手塚さんってもっと怖い人かと思ってました」

 

「………」

 

「あ、ごめんなさいっ。私、変なこと……」

 

「いや、いいさ。本音をさらけ出す事は悪くない。その調子で、ガープに頼め」

 

 

二人は並んで歩いて帰った。

その後、ほむらはガープに自分も魔法少女にして欲しいと頼んだ。

マミ達は反対したが、ほむらは手塚のアドバイスを思い出して本音をさらけ出した。

いつもひとりぼっちだった。そんな自分にできた友達、先輩。大切な人たちの力になりたい。失いたくない。その思いを説くと、ガープは涙を流して頷いた。

 

 

『おお、なんと殊勝な気持ちを持つ若人か! 友のため、口にするのも恥かしいことをベラベラと! いえ、勘違いなさらぬよう! このガープ、感動しているのです! 人は時間と共に美しい青さを失っていく! 他者のために歩む道を毛嫌いすること。それすなわち世界の黒に飲み込まれていく証拠。にも関わらず、暁美ほむら! よろしい、貴女の青に免じてここは一つ、魔法を授けてみようか!』

 

 

こうしてほむらは魔法少女になった。時間を止める力は、戦力としては十分すぎる。もちろん前に出て戦う力はほとんどないが、それでもマミ達を助けるだけの力ではあった。

こうしてマミ、ほむら、杏子、手塚によるクアドラブルファンタジスタ(マミとほむらが命名)が誕生し、見滝原の平和は守られていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「うへーッ、疲れたぁ」「うぅーッ、私もぉ!」

 

 

ある日の放課後、ナイトメアを倒した帰り。杏子はマミの部屋にやって来るなりソファに倒れこんだ。ほむらもメガネがズレており、ヘロヘロと歩いて杏子の上に覆いかぶさる。

 

 

「ちょっと二人とも。お行儀が悪いわ」

 

「固いこと言うなよマミぃ。アンタも疲れたろ」

 

「そうですよ巴さぁん。一緒にゴロゴロしましょー!」

 

「えぇ……」

 

 

マミが困ったようにしていると、手塚が冷蔵庫を開ける。

 

 

「いいじゃないか。お茶の用意は俺がするから」

 

「そ、そう? じゃあお願いね手塚くん」

 

 

そういうとマミは嬉しそうに杏子とほむらの間に飛び込んだ。

 

 

「えいっ!」

 

 

結構ノリノリだ。三人の笑い声が聞こえてくる。

 

 

「にしても今日は大活躍だったじゃん、ほむら」

 

「えぇ? そうかな?」

 

「ええ、私たち何度も助けられちゃった。ありがとう暁美さん」

 

「ふ、ふふっ! どういたしまして!」

 

 

嬉しそうに微笑むほむら。するとマミが何かに気づいたようだ。

 

 

「そう言えば、ずっとメガネなのね。暁美さんって」

 

「え? だって目、悪いですもん」

 

「でも魔法で視力は回復できるわ。ちょっといい?」

 

 

そういってマミは、ほむらのメガネを取った。

 

 

「ほら、とっても綺麗で可愛いわ。もっと出していきましょ」

 

「そ、そうですか?」

 

「ええ。それにほら、髪だって。ほどいてみて。ほら、そう、そう、まあ! 凄いわ暁美さん。とってもサラサラで。綺麗!」

 

 

褒められるのは悪い気はしない。ほむらはマミに促され、姿見で自分の姿を確認した。

視力を強化する魔法を教えてもらって、クリアになった世界を確かめる。

黒くて長い髪。メガネをかけていない自分。なるほど、確かに悪くなかった。

なんだか脱皮したような。変われたような気がした。

 

 

「杏子はどう思う? 似合ってる――、かな?」

 

「ん? んん、まあ悪くないね」

 

「じゃあ、手塚くんは?」

 

 

紅茶を並べていた手塚は、ほむらをジッと見つめて頷いた。

 

 

「ああ、良いと思うぞ」

 

「そ、そっか……! うん、ありがと」

 

 

ほむらはニヤニヤとしながら髪をかきあげた。

 

 

「じゃあ、そうする!」

 

 

ほむらはニカっと笑った。

 

 

それは、とても充実した日々だった。

雰囲気を変えてからクラスメイトの受けはよく、身体能力が上がったことで心にゆとりもできた。

まさに変身したみたい。朝、杏子とマミと一緒に学校に行って、クラスメイト達に挨拶して、手塚におはようと言う。

 

ある日の球技大会。

生徒達が楽しそうに決勝戦を観戦している。話題はやはり、大活躍のコンビであった。

 

 

「杏子!」「まかせろ!」

 

 

そのドリブルはまさに芸術だった。

誰が手を伸ばそうとも、彼女はヒラリと風のようにすり抜けてしまう。

そして名前を呼んで放たれたロングパス。ほむらの想いを、杏子はガッチリと受け止めた。

 

 

「最高ッ! ナイスほむら!」

 

 

ブザービートと共にぶち込まれたダンクシュート。

そこでほむらのクラスが逆転勝利だ。会場は最高に湧きあがり、チームメイト達は一気にほむら達に飛びついていく。

 

 

「あぁ! もう最高ッ! 二人共とってもかっこよかった!!」

 

 

なぜか見学に来ていたマミが一番乗り。ほむらはマミを抱きしめながら、杏子にウインクを送る。

 

 

「上出来ね、杏子!」

 

「はッ、誰に言ってんだってハナシ。当然だから」

 

 

杏子は腕を伸ばし、ほむらと肩を組む。

 

 

「アンタとアタシが組めば、無敵だっての!」

 

「うん! かもね!」

 

 

ニヤリと笑いあう二人。

その帰り道、いつものようにマミの家に寄ろうかという時、手塚に会った。

 

 

「見ててくれた?」

 

「ああ。約束したからな」

 

「かっこよかったでしょ? なにかご褒美ちょうだい!」

 

「ああ。スポーツドリンク。買ってきたぞ」

 

「もう! それだけ? 私頑張ったんだけどなー! 最後の凄かったでしょ?」

 

「俺はお前が勝つと分かってた。俺の占いは当たる」

 

「そればっかり! でもまあ確かに、アドバイスどおり右足から玄関出たから、それが良かったのかも」

 

 

気づけばマミと杏子は先を行っていた。

ニヤついているような気がするが、気のせいだろう。

ほむらは手塚から目を逸らし、少し頬を赤く染めて髪を弄り始める。

 

 

「じゃあ……、今、私が思ってる事も分かる?」

 

「占いはエスパーじゃない。そこまでは分からないさ」

 

「ふ、ふぅん。そっか。まあいいや」

 

 

ほむらは手塚の背中を叩くと、マミ達の方へ向かって走り出した。

そこそこ力が強い。手塚は怯んだように前のめりになり、ぽかんとした表情でほむらを見た。

 

 

「ほら! 早くしないと、手塚くんのケーキも食べちゃうぞ!」

 

「???」

 

 

四人でいる時は本当に楽しかった。戦士には、戦士たちにしか分からない想いがある。

彼女達だけにしか育めない絆がある。戦士たちにしか埋められない孤独もある。

マミはその日、酷く憂鬱だった。たまにフラッシュバックで両親が死んだときの事を思い出す。

あの日、父は酷く疲れていた。その道は信号もなくて、なだらかで、だからほんの少しだけ眠ってしまったのかもしれない。

 

そこを、ナイトメアに狙われた。

悪夢を見たマミの父は、アクセルペダルを踏み込み、そしてガードレールを突き破った。

マミが助かったのは――、運が良かっただけだ。前の席にいた父も、母も、即死だった。

マミは一人ぼっちになってしまった。広い部屋は辛いだけだ。

でも毎日杏子が来てくれて、ほむらがいて、手塚がいて。明るいおしゃべりが部屋の中を満たす。

けれども皆、帰ってしまうんだ。それは当然のことだ。仕方ないことだ。

帰らないでとは言えない。重いとは思われたくなかった。

 

ただ、皆が帰った後は酷く静かで。寂しさも倍増してしまう。

その日は両親が死ぬ夢を見てしまったから、寂しさが消えなかった。

マミは泣いていた。するとインターホンがなる。

扉を開けると、ばつが悪そうに頭をかいていたほむらが立っていた。

 

 

「ごめん巴さんッ。私、携帯忘れちゃったみたいで」

 

「まあ、本当? ちょっと待っててね、探すから」

 

「うん。部屋、入っていい?」

 

「ええ。どうぞ」

 

 

携帯はすぐに見つかった。しかしマミは気づいた。

ほむらは、そもそも携帯を忘れてなんかなかった。あれは嘘だったのだ。

どうして? 問いかけると、ほむらは舌を出して笑った。

 

 

「なんでだろ。今日、なんか巴さん暗かったから。だからかな?」

 

 

その笑顔を見て、マミは弱さを吐露した。

 

 

「ねえ、もしよかったら今日、泊まっていかない?」

 

「いいんですか? ふふ、喜んで」

 

 

ほむらはマミの痛みが分かっていたし、マミはほむらの痛みを分かりたかった。

そもそも、ほむらだって同じ気持ちだった。それを吐露していく。ほむらだって両親のいない部屋は辛かった。

マミと一緒にご飯を食べながら。お風呂に入りながら。ベッドに入りながら弱さを分かち合う。

それはとても恥かしい事だったが、とても気持ちのいい事だった。

 

 

「うわー、なんかすっごい恥かしい。凄い、何かッ、いかがわしい事してるみたぃ!」

 

「ご、誤解よ! それにやろうって言ったのは暁美さんからじゃない!」

 

「ですよねぇ。あはは、ごめんなさい」

 

 

一緒に寝よう。寂しいからギュッとしよう。

抱き合ったはいいが、マミの胸がモニュモニュ当たってくる。

ほむらは少し赤くなりながら、困ったように笑った。

結局恥かしいので、手を繋ぐだけにする。真っ暗な部屋の中で二人は一緒に天井を見つめた。

 

 

「でも今日は良かったな。マミさんともっと仲良くなれました」

 

「う、うん。それは私も。暁美さんとの距離がグッと近づいたわ」

 

「やった! ふふふ!」

 

「でも、ありがとうね。私――、結構余裕なかったみたい。暁美さんが来てくれなかったら私――」

 

「いいんですよ。私だって巴さんに会いたかったし」

 

「え?」

 

「なーんか。たまに無性に甘えたくなるんです。マミさんの笑顔が見たいっていうか。撫でてほしいっていうか。あ、ごめんなさい。キモイ?」

 

「そんな事。でも私も、たまに凄く暁美さんに褒めてほしくなるの。だから一緒ね」

 

「本当ですか? やったぁ! じゃあもうマミさんは私がいないと駄目ですねっ!」

 

「そうかも。これからも一緒にいてね。暁美さん」

 

「オーケーです。マミさんが嫌だって言っても傍にいますので。そのおつもりで」

 

 

二人は笑いあう。

 

 

「ねえ、マミさん。ギュッてしてもいいですか?」

 

「ええ、いいわよ」

 

「よっしゃ! ふあ、落ち着くぅ。また泊まってもいいですか?」

 

「もちろん。いつでも来てね。私は本当に、本当の本当にいつ来てもらっても大丈夫だから」

 

「お! じゃ、これからはもっと泊まっちゃおうかなぁ。なんなら毎日! なんて!」

 

「え、いいの!?」

 

「へ?」「え?」「ん?」

 

 

そんなこんなで一緒に住むことになったり。

ただ、まあ、もちろん順調な事ばかりではない。

あの日は、雨だった。きっかけは杏子がテストで赤点を取った事をからかったのが始まりだった。

 

 

「杏子ってば。もっと私を見習いなさいよね! ほほほ!」

 

「けッ、なんだよ。アンタは魔法使ってカンニングしてんだろーが」

 

「な、なによそれ! 酷い!」

 

 

確かにはじめの方は。

でも必死に勉強は頑張って、そのテストはちゃんとお自分の実力で受けたのに。

そこからだんだんとヒートアップしてしまい――……。

 

 

「だいたいナイトメアと戦う時だって杏子は猪突猛進で! もっと頭使えばいいのに!」

 

「アンタには分かんない作戦があんだよ!」

 

「なによそれ! そんなの嘘ばっかり! 杏子ッ、マミさんの一番弟子でしょ! なのになんでそんなに乱暴なのよ!」

 

「けッ! またマミかよ! へいへい、そんなにマミが大事ならずっとマミと一緒にいればいいだろーッ!」

 

「はぁ!? なにそれ! 私は心配してあげてるのに! 杏子がッ、ナイトメアにやられちゃわないか! 不安なのに!」

 

「な、泣くことかよ! 卑怯だぞ!」

 

「最低! 最低最低! もうッ、絶交!!」

 

 

十分後、ほむらはテラスで大きなため息をついていた。

完全に言い過ぎた。自己嫌悪だ。そうすると手塚がやって来た。

 

 

「ねえ手塚くん。どぉしよぉ……」

 

「占ってやろうか? 佐倉と仲直りする方法」

 

「いいの!?」

 

「いいのか?」

 

「へ? なにそれ」

 

「そのままの意味だ。俺が仲直りの方法を教える。それでいいのか?」

 

「……だね」

 

「俺達は常に命を賭けてきた。秘めた思いは明日には伝えられない可能性がある。だから恥かしい言葉だって、お前はいつも全力で口にしてた」

 

 

ほむらは思い出す。心臓の手術をする前、思った。

一分、一秒、ここに生きていることの幸運を。死にたくないと思ったあの日のことを。

そして杏子に話しかけてもらって、彼女と一緒に食べたお昼ご飯。

気づけば、ほむらは走っていた。

 

 

 

その時、佐倉杏子は酷くイライラしていた。

その理由は本人も分からない。だからただひたすらに体を動かした。

ダンスゲームにもう一枚、100円を入れる。

 

 

「!」

 

 

気づけば、横にほむらがいた。杏子は舌打ちを零し、立ち去ろうとする。

 

 

「逃げるの?」「はぁ?」

 

「勝負。私が勝ったら、なんでも言うこと聞いて」

 

「くだらねぇ……」

 

「怖いんだ。ふーん。あっそ。逃げるんだ。へー。知らなかったぁ。杏子って臆病――」

 

「だぁああ! もう分かった分かった! ぶっ潰してやる!」

 

 

突如始まったダンスバトル。

何をやってるんだ。杏子は呆れながらも、的確なステップでスコアを稼いでいく。

が、しかし目を見開く。隣を見ればピッタリとついてくる暁美ほむらがいたからだ。

 

 

「ねえ杏子ッ! 聞いて! 私、このゲーム必死に練習したの! なんでか分かる?」

 

「ッ、知るかよ!」

 

「じゃあ教えてあげる! 杏子と一緒に遊びたかったから!」

 

「!」

 

 

ほむらは激しく踊りながら杏子を睨む。

 

 

「杏子に馬鹿にされないように。杏子が楽しいように! 一緒のレベルになりたかった! だからそれはつまり! 杏子と一緒に踊りたかったからよ!」

 

「な、なに言って……!」

 

「そもそも魔法少女になったのだって杏子がいたからよ! あのさ、私に話しかけてきてくれたの、どれだけ嬉しかったのか分かってんの!?」

 

「うぐッ」

 

「このキラキラした日々は、全部杏子がくれたから! 私はねッ、杏子が大好きなの!」

 

「はぁあ!」

 

 

杏子は思わず叫び、ステップを踏み間違える。

 

 

「こんな恥かしいこと言わせないでよ! あのね、マミさんはすっごく素敵な憧れの人。手塚くんは、凄く頼れる人。でッ、杏子は大親友! 代わりなんてないし、だから貴女が言ったことで凄く傷ついたりするし! 危ない目にあってほしくないの!」

 

「……だって」

 

「え!? なに?」

 

「アタシだってッ、アンタしか親友いないんだよ!」

 

「私も! でもそれでよくない? 親友って、それくらいで十分よ!」

 

「かもな!」

 

「うん! だからゴメン! 杏子!!」

 

 

フィニッシュ。得点は――、ほむらの勝ちだった。

汗だくで息を荒げる二人。俯いている杏子は、差し出された手に気づいた。

 

 

「ほむら……!」

 

「ほら、私の勝ち。だからお願い聞いて」

 

 

ほむらは意地悪な笑みを浮かべる。

 

 

「仲直りして。マイフレンド」

 

「はっ、約束しちまったし。聞かないとね」

 

 

そこで杏子はお菓子の箱を取り出し、ポッキーを一本。

 

 

「くうかい?」

 

「うん。頂くわ」

 

 

ほむらはポッキーを受け取ると、アイスを食べるみたいにチョコを舐め取る。

 

 

「変な食い方。きたな」

 

「ひどッ!」

 

 

二人は声を出して笑いあった。

長期休暇の際には旅行にもいった。中学生なので、キャンプだったが、それでも楽しかった。

 

 

「ねえ、知ってる? さっき聞いたんだけど、この紙にお願いごと書いて、紙飛行機にして川に飛ばすと、願いが叶うんだって。やろうやろう! 紙は水に溶ける環境に優しいヤツだから。ほら、杏子! いいから! うん、そうだよマミさん。記念にね」

 

 

三人はお願いを書いてみる。

 

 

「ねえ杏子。なんて書いたの? 私ともっと一緒にいたいとか?」

 

「わけないだろ。ばか」

 

「照れちゃって。可愛いんだから。ん? なになに? これからも四人一緒に入れますように?」

 

「あ、凄い。佐倉さんと私、一緒!」

 

「ふふん。マミさん、杏子、実は私も一緒です」

 

 

ずっと、杏子と、マミと、手塚と一緒にいたい。

いつまでも、永遠にこの楽しい時間が続いて欲しい。

そんな想いを胸に、ほむらは飛んでいく紙飛行機を見つめていた。

帰る時、手塚にお土産を買っていこうという話になった。そこでほむらはふと、思う。

杏子と喧嘩したとき、手塚は頼れる人といったが、それが何か引っかかっていた。なにかこう、嘘をついたような罪悪感が胸に残っていた。

 

ある日、ほむらはクラスメイトの獅子神と海老名と一緒に委員会の仕事を行っていた。

そこで二人が付き合っていることを知る。

 

 

「え、す、すごい!」

 

「えっへっへ。別にすごかねーよ。なあ」

 

「うん。暁美さんだって手塚くんと仲いいじゃん」

 

「えッ、でも私達は別に……」

 

「またまたぁ。えっひっひ。そんなこと言って、裏じゃブチューだろ」

 

 

ほむらは考えた。すごく、すごく考えた。

その放課後。ほむらはクラスメイトの中沢と下宮に呼び出された。

 

 

「暁美さん! 俺、ずっと前から暁美さんの事が気になってて! お願いですっ、俺と付き――」

 

「ごめんなさい!」

 

「早い! もう食い気味の――ッ、早い!」

 

 

撃沈する中沢を押しのけ、下宮が前に出る。

 

 

「分かっていたよ。暁美さんは中沢くんではなく、この僕を選んでくれ――」

 

「それもごめんなさい!」

 

「うぐッッ! う、嘘だ! ど、どうして!!」

 

「私――ッ、好きな人がいるんです!!」

 

 

ほむらは走った。夕焼けの中を全力疾走。

 

 

「手塚!」

 

「ん?」

 

 

川辺を歩く彼を見つけた。

ほむらは大きく深呼吸。胸が張り裂けそうだ。ドキドキして。バクバクする。

しかしこの勝負だけは逃げるわけにはいかなかった。そもそも、きっかけを与えてくれたのは手塚だ。彼が魔法少女へ推薦してくれなければ、今頃ほむらは何も変われなかったかもしれない。

杏子との仲直りだって、良いアドバイスをくれた。

 

 

「だから、占ってよ!」

 

「な、何を?」

 

「恋愛運! 当たるんでしょ? それともできない?」

 

「……できるさ」

 

「じゃあ見えてるでしょ! 私と貴方の間にある! 運命の糸!」

 

「――ッ、よく言えるな。そんな事」

 

「凄いでしょ! えっへん!」

 

「……怖いんだ」

 

「私だって怖いよ! でも大丈夫! だって私、魔法少女だもん!」

 

「………」

 

「ずっと傍にいてあげるわよ! 危ない事があっても大丈夫。魔法があるから! それに貴方が守ってよ! それじゃ不満?」

 

「いや――、そう、そうか。そうだな」

 

 

手塚は大きく深呼吸。

 

 

「暁美。ずっと言えなかった」

 

「なに?」

 

「好きだ。付き合ってくれ」

 

「もちろん! 言うのが遅いよッ! 罰として幸せにしてね!」

 

 

ほむらは走り、手塚に飛び掛る。

手塚としては受け止めたはいいものの、どうしていいかサッパリ分からない。

そうしていると、ほむらはニヤニヤしながら見つめてくる。手塚はなんだか恥かしくなって目を逸らした。

 

 

「ねえ手塚くん。ハグくらい友達でもするんだけど」

 

「ッ?」

 

「いやだからね。分かってる? 私たち今もう付き合ってるんです。だからね、恋人にしかできないことしよーよぉ」

 

 

ほむらはグイっと身を乗り出した。

手塚も覚悟を決めて、ほむらの瞳を見つめる。

ほむらは幸福だった。あとはほんの少し動いて、唇をくっつければいい。

だが――、しかし、その時だった。二人のすぐ傍に、ガープが現れたのは。

 

 

「申し訳ない若人達よ! このガープ、今が最悪のタイミングである事は重々承知! ですがそれでも、青い春を全力で燃やそうとする二人を邪魔せざるを得ない理由がありまして!」

 

「ど、どうしたの?」

 

「ご報告が! 今すぐに戦闘準備を! まもなく、この見滝原にナイトメアを束ねる親玉が襲来します!」

 

 

 

 

 

 

 

 

夜だった。

マミ、杏子、ほむら、ライアは遠くに現れた化け物を見て、思わず薄ら寒いものを感じた。

それはサイズ、今までのナイトメアとは比べ物にならないくらい大きい。

なによりも、フォルムが全く違っている。

 

 

「あれは、なに?」

 

「魔女でございます! お嬢様! 糸車の魔女! いや、もはやアレはもっと恐ろしいものだ! 例えるならばそれはまさしく――」

 

 

邪神・デカログス。

それはまるで塔のような化け物だった。

糸車や裁縫道具があしらわれた塔の頂上には、なにやらほむらに似た服装の化け物が浮遊している。

恐ろしい姿であった。顔の上半分がなくなっており、イチリンソウの花畑が広がっている。全身を糸で縛り付けられているその化け物は、囚われているようにも見えた。

 

 

「邪神だかなんだか知らないけどさ。ラスボスなんだ。歯ごたえがなきゃつまらない!」

 

 

杏子がそう言って笑ったので、他のメンバーも笑う。

 

 

「ねえ、絶対に勝とうね」

 

 

ほむらが拳を出した。他の三人は、自分の拳をほむらの拳に重ねる。

 

 

「終わったらマミさんの家で鍋パ」

 

「任せて。すっごい美味しいの作るから」

 

「やったね! 手塚くん、さっきの続きも忘れないでね」

 

「あ、ああ」

 

「ん? なんだよ、ほむら。続きって」

 

「ふふ、秘密! じゃあ行くわよ! 杏子!」

 

「あ、おい待てよ!」

 

 

ほむらが飛んだ。続いて杏子達も後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・デカログス『十戒』胡桃交じり。

 

1.『○○○』が、唯一の神であること

2.偶像を作ってはならないこと。『○○○』以外の崇拝の禁止

3.愛をみだりに唱えてはならないこと。『○○○』のため

4.『○○○』との約束を守ること

5.『○○○』の父母を敬うこと

6.汝、殺す無かれ

7.男性との姦淫をしてはいけないこと。純潔こそ『○○○』のため

8.『○○○』に関わる道を選ぶことの拒否。人生を盗んではいけないこと

9.『○○○』について偽証してはいけないこと

10.『○○○』の財産をむさぼってはいけないこと

 

 

『醜い』

 

 

冷たい声だ。しかしガープは本気でそう思ってしまったのだから、仕方ない。

なぜならば肌が汚い。泥と血がべっとり。髪の毛もボサボサで汚れていて、欠片も美しくない。靴はもうなくなっており、足のつめは割れ剥がれていた。

呆然としたように、暁美ほむらは歩いていた。

 

立ち止まった先にはマミが寝転んでいる。

しかし頭がない。首から上がどこかに消えており、肋骨が胸を突き破っている。

ふと、ほむらは斜め上を見た。手塚はマミと『逆』だった。体がどこかに消えている。

首だけの手塚。耳もなく、脊髄から零れ落ちる血が転々と落ち、水溜りを作っている。

 

 

「うぎゃぁぁああぁあぁあああぁ! がひぃぃいいあぁぁあぁ!!」

 

 

それは獣の叫びのようであった。

ほむらは真っ青になって、頭を掻き毟る。足裏を何度も地面に打ち付けた。

それは軽い自傷行為。言ってしまえば、子供が駄々をこねるのと同じだ。

認められなかった。認めたくなかったのだろう。マミと手塚が死んだことを。

 

 

「あぁぁあぁああッ、あぐぁぁあひぃぃいぁッ」

 

 

ほむらは崩れ落ち、ガチガチと歯がぶつかる。

もう嫌だ。帰りたい。こんなのは嘘だ。マミの家に帰れば、またマミに会えるし、そこには手塚もいる。

 

 

「ほむら!」

 

 

ハッとした。傷だらけの杏子が肩を掴んだのだ。

 

 

「落ち着け! 辛いのは分かる! でもな、もう死んじまったんだよ! マミもッ、手塚も!」

 

「嘘よ! 嘘ッ! アァアア!」

 

「嘘じゃない! 嘘じゃ――ッ!」

 

 

そこで杏子は言葉を止めた。崩れ落ち、叫ぶほむらが哀れに見えたのだろうか。

杏子が浮かべた表情といえば、慈悲に満ち満ちたものだった。

彼女は髪を結んでいた赤いリボンをほどくと、それをほむらの前に置く。

 

 

「やるよ」

 

「……え?」

 

「ほむら、お前は逃げろ」

 

 

ほむらが顔を上げると、杏子は槍を構えて、邪神を睨みつけていた。

 

 

「無理よ! 一人だけで、あんなのに勝てっこない!」

 

 

杏子まで死んじゃう。その言葉は言えなかった。だってまだマミと手塚は死んでない。

その想いに苦しんでいると、杏子は呆れたように笑った。

 

 

「アタシ、魔法少女なんだ」

 

「ぇ」

 

「守らないと。家族もいるし。アンタもいるしな」

 

「――逃げようよ! 誰も杏子を恨んだりしないよ! ね? い、いいでしょ?」

 

 

杏子は答えなかった。代わりに、別の思い出を口にする。

 

 

「なあ、ほむら。笑うなよ? アタシ、アンタとダチになれたの本当に嬉しかったんだよね。なんつーかさ、ナイトメアから助けるの間に合ったじゃん? あれ、誇りなんだよね」

 

 

巨大な槍が杏子の前に現れる。

 

 

「こんなアタシでも何かを守れるって。だから、魔法少女になれてよかった」

 

 

フルパワーだ。己の魔力を、魂を、全て攻撃に注ぎ込む。

 

 

「あばよ、ほむら。元気でな」

 

「待ってッ! 待って杏子! 行かないでぇッ!」

 

 

杏子の乗った燃え滾る槍は、迷いなく邪神に向かって飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様。大丈夫ですかな」

 

 

ガープは杏子の髪の一部をほむらへ差し出した。

しかしほむらは見ていない。ただ泣きじゃくるしかできなかった。

 

 

「杏子……! どぉじで。生きででほじがっだのに……!」

 

「生きてて――、ふむ。その言葉は本当ですか? お嬢様」

 

「え?」

 

「一つ、ご提案が」

 

 

暁美ほむら。時間停止。否。それだけではなく、時間を戻すことによる禁忌。

 

 

「戻せるのッ? みんなが生きてる時間に!!」

 

「ええ、まあ。しかし時期は指定できませぬ。戻るとすればお嬢様が学園に転校なさる時期かと! そうすれば佐倉杏子らの記憶にお嬢様はおりませぬ。ましてやこのガープ、ナニモノにも邪魔される事なく過ぎ去る時にこそ真の美しさを見ておりますゆえ、桜は舞い散るからこそ美しいのであります。どうかご理解を」

 

「嫌だ! 私は皆を助けたい! このままなんて絶対に嫌!」

 

「意思は固いと。なればこのガープ、文句は言えますまい! どうぞ盾をお使いください。やり方は――、ええ、今頭の中に」

 

 

ガチャンと音がした。砂時計のギミックが作動する音だ。

 

 

「それではお嬢様。さようなら」

 

 

ガープは遠くにそびえ立つ塔を。邪神を見つめながら手を振った。

 

 

「青いな。見苦しいが――、醜くはない」

 

 

ガープの声が聞こえた。次の瞬間、ほむらは病室で目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様。お逃げください」

 

「……負けちゃった」

 

「お嬢様。それは屍です。抱いていても元には戻りません」

 

「やだ。杏子とずっと一緒にいる」

 

「お嬢様。邪神がすぐそこに」

 

「大丈夫。戻すから」

 

 

 

 

「お嬢様。お逃げください」

 

「杏子に勝ったの。何でも聞いてくれるって。だからペアルックしたいって言ったら、あの子すごく嫌がって」

 

「お嬢様」

 

「でも強引に押し切ってやったわ! ふん!」

 

「なるほど。ですから同じ服を着ていたのですね。しかしお嬢様。お気持ちは分かりますが、お嬢様。邪神が」

 

「ドジでゴメンね。杏子、マミさん、手塚。次は――、絶対に助けるから」

 

 

 

 

「お嬢様。お逃げください」

 

「どうして! どうして勝てないの!!」

 

「お嬢様。お気持ちは分かりますが――」

 

「アァアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 

 

「お嬢様。お逃げください」

 

「マミさんってね、すごく可愛いの。ほっぺにチューするとね、真っ赤になって。うふふ」

 

「お嬢様。言いにくい事ですが、マミは死んでおります」

 

「そうよ! マミさんいつも死んじゃうの! だから一緒に逃げようって言ったのに。みんなを説得しようって言ったのに。うそつきだよね」

 

「それが魔法少女の中にある正義感なのです。邪神を放置すれば、見滝原は崩壊しますゆえ」

 

「置手紙にも書いてあった。でも暁美さん大好きってあったよ。だったらどうして私を選んでくれなかったの!!」

 

 

 

 

「お嬢様。お逃げください」

 

「手塚くんってね、冷たいように見えて、結構やさしいんだよ」

 

「お嬢様。邪神がおりますゆえ、避難の後にお話を聞きましょう」

 

「手を繋いだでしょ? ハグしたでしょ? デートもたくさんしたし。あ、でもキスってまだしてないかも。あの人結構、奥手で」

 

「お嬢様。ご理解ください。手塚海之はもう死んでおります」

 

「いつ終わるの? これ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

 

暁美ほむらは一瞬、何が起こったのか分からなかった。

はたして自分は何者なのか、しばし考える。確か――、魔獣たちと戦って、それから声がして、それから、なんだか晩餐会のような場所。

そしてここは、イチリンソウの花畑。

 

 

「このリボン」

 

 

ほむらの隣に、『暁美焔』は立っていた。頭につけていた赤いリボンを解き、見つめる。

 

 

「これね、杏子がくれたの」

 

「そう――……、え?」

 

 

一瞬、そうだと思った。杏子が邪神に突撃する前に渡してくれた形見。

それをずっと焔は大切に持っていたのだと。だが違う。そうじゃない。ほむらは首を振る。だって焔は以前、それは手塚に貰ったと嬉しそうに教えてくれた。でもそれも違うのだ。

 

 

「それは、まどかに貰ったのよ」

 

「だとしても変えるわ。私の記憶操作で。世界を創り変える」

 

 

ほむらが目覚めたのは、焔にとっては悪くない話であった。

それだけ『分断』が進んでいるのだ。再ループの自分こそが暁美焔の全てになる。

 

 

「歪に絡みついた感情ッ、因果! 私にはまだ、ほどけない!」

 

 

悲痛な焔の叫びが、ほむらの心を刺激する。

その時、暁美ほむらは全てを思い出した。全てを理解した。

再構成。リ・イマジネーションが今、行われようとしていたのだ。

暁美焔の目的は、暁美ほむらの抹殺。それは何も死を以ってして行われるわけではない。たとえばアイデンティティを全て別のところに塗り替える事ができたなら、その時、全く新しい焔が生まれる。

 

それはリュウガと龍騎のようなものだ。『あなた』は私だが、私は『あなた』ではない。

リュウガは龍騎と融合することで、一体の存在になろうとした。そして焔は、ほむらと分離する事で二体になろうとした。やり方や内包するものは大きく違えど、どちらにせよ自分の存在を確固たるものにしようとしている。

 

焔の本質は、暁美ほむらに存在する『鹿目まどかを恨む心』だ。

どんな人間も完璧ではない、ほむらとて、まどかに対する不満はあった。

尤も、それを表に出すことはなく、そんな感情を抱いてはいけないとも考えるようになった。だから心の片隅にしまっておくが、それを一心に受けていたのが『焔』である。

ほむらには既に『多重人格』の気があった。いくつものループが生み出した存在は、時間を戻したとしても『if』として残り続ける。博士や、ほむ姉さん、剣豪ほむら等がそれだ。

 

言ってしまえば焔もその一人。そうしたほむらの特性が一つの奇跡を起こした。

あれは、まどかが女神になった日だ。そもそも一定の例外があるとはいえ、概念が書き換えられた後の世界では全ての人間が鹿目まどかの記憶を失う筈だった。

にも関わらず、暁美ほむらが鹿目まどかを覚えていたのは、『奇跡』を起こしたからに他ならない。

 

 

『だからって貴女はこのまま、帰る場所もなくなって、大好きな人達とも離れ離れになって、こんな場所に一人ぼっちで永遠に取り残されるって言うの!?』

 

『ううん。諦めるのはまだ早いよ。ほむらちゃんはこんな場所まで付いて来てくれたんだもん。だから元の世界に戻っても、もしかしたら私のこと、忘れずにいてくれるかも』

 

『だって魔法少女はさ、夢と希望を叶えるんだから。きっとほんの少しなら本当の奇跡があるかもしれない。そうでしょ?』

 

 

その通り。あの銀河空間。まどかとほむらが別れたあの時、あの瞬間。奇跡は確かに起こったのだ。

願いは、まどかを忘れないこと。そして生まれたのである。ソウルジェムが。

 

 

「暁美ほむらには、二つの(ソウルジェム)がある。ループを望んで生まれた時間停止の魔法(たて)。そしてもう一つが、まどかを忘れまいと生み出した記憶操作の魔法(ゆみ)

 

 

LIAR・HEARTSの最後において、天乃鈴音がほむらの首を切った。

文字通り、二つになったほむら。ほむらと、焔。弓は焔の方に。盾はほむらの方へ。

 

 

「LIAR・HEARTSでユウリがまどかに化けて貴女を拒絶した時、貴女は心に大きな傷を負った。だから逃げたかった。そして前に出たのが私なのよ! そして私は勝利者になった! そして、手塚と……!」

 

 

焔は嬉しそうに唇を押さえる。記憶は、ほむらにもあった。

 

 

「でもあれは、結局ッ、彼を逃げの道具に使っただけじゃない!」

 

「違う! だとしても私は確かにあの時――ッ!」

 

 

確かに、人格は完全に分かれていないため、ほむらにとってはそうだろう。

しかしなぜ、焔なんてものが自我を持ち始めたのか。

 

 

「私が確かにあの時、手塚海之を愛したからだろうがァア!」

 

 

焔は魔法少女へ変身。闇の衝撃波が発生して、ほむらはイチリンソウの上を転がる。

焔は現在、魂の一つを所持している。人格を別にするには最適のアイテムであった。

が、しかし、それが足かせにもなっている。なぜならば焔が所持してるソウルジェムは、『鹿目まどかを忘れたくない』という理由で生み出された代物だからだ。

鹿目まどかを嫌悪している焔にとっては、まさに毒のようなもの。

 

しかし捨ててしまえば、焔の存在は非常に弱くなってしまう。

魂なき人格など、ちょっとした考え方の違いにしかならない。主人格様にすぐに食われてしまう。

なので、焔はこの魂の中にある鹿目まどかを別の人間にしようと思った。

それが手塚、杏子、マミだ。

そしてほむらの方も、よりストイックになれば、人格の剥離は上手くいく。

 

 

「十戒は貴女の考え方よ! 私の魂の中にある、おぞましい考え方!」

 

 

1.『まどか』が、唯一の神であること

2.偶像を作ってはならないこと。『まどか』以外の崇拝の禁止

3.愛をみだりに唱えてはならないこと。『まどか』のため

4.『まどか』との約束を守ること

5.『まどか』の父母を敬うこと

6.汝、殺す無かれ

7.男性との姦淫をしてはいけないこと。純潔こそ『まどか』のため

8.『まどか』に関わる道を選ぶことの拒否。人生を盗んではいけないこと

9.『まどか』について偽証してはいけないこと

10.『まどか』の財産をむさぼってはいけないこと

 

 

「まどかまどかまどか! 馬鹿みたい!」

 

 

焔が襲い掛かってきた。

このままではマズイ。ほむらも変身すると、盾から警棒を抜き取って、それを前に振るった。

弓と警棒が交差し、ほむらと焔は組み合い、にらみ合う。

先に口を開いたのは、焔だった。

 

 

「まあでも? 気持ちは分かるわ。貴女の記憶を追体験してみて! 張り裂けそうだった! もともとあった手塚への愛はもちろん。杏子と、マミさん!」

 

 

焔は一旦後ろへ下がり、足を前に出した。

ほむらも盾を合わせ、蹴りをガードする。しかしすぐに飛んで来た闇の矢が盾を撃ち、衝撃でほむらは大きく後ろへ吹き飛んでいく。

 

 

「だから、ほら、いいでしょ? ほむら。だって貴女はまどか達を残してあげた。私すごく優しいことしてるよね? だってまどかだけの貴女に、さやかと仁美もあげるって言うのよ。あとはほら、他の参加者だって」

 

「……だから、巴さんたちを渡せって?」

 

「そうよ。それくらい良いでしょ? 貴女に私の気持ちが分かる?」

 

 

次々に黒い矢が飛んでくる。ほむらは盾でそれをガードしながら、歯を食いしばった。

 

 

心の中(あけみ屋)にやってくるほむらはたくさん。でも皆がまどかを愛していた。私の気持ちを分かってくれる人なんて誰もいない! でもギリギリ耐えられたのは、貴女がまどか以外の人間に向ける醜い悪意があったから! それが何? いきなり巴さん達にも愛を向けやがって! 勝手なヤツ!!」

 

「城戸真司の目的は全員の生存よ。巴さん達がいなかったら、それは達成できない。なによりも――ッ!」

 

 

ほむらはハンドガンを抜いて、それをすかさず撃った。

早撃ち。弾丸は焔の頬を掠める。

 

 

「聞いて、焔。私は巴さんたちを憎むことを止めたいの」

 

「……じゃあ、鹿目まどかを恨む気持ちを受け入れる事ができるというの」

 

「ええ、そうね。それが私が目指した世界だもの」

 

「だから、ね。違うのよ、ほむら」

 

「ッ?」

 

「受け入れるとか、取り込むとか。それは貴女の都合でしょ? 私は嫌なの。私は貴女とは違う存在になりたいの。一つの独立した自分になりたいの! 手塚を好きな気持ち、杏子とマミさんと一緒に歩む人生を私だけのものにしたいの! もう人格は別なのよ! ただまだ別れきれないってだけ!」

 

 

その為に新しいループを重ねた。その時の想いが今、焔へ注がれていく。

あれは紛れもない暁美焔の人生なんだ。

 

 

「暁美ほむら。貴女に選べる選択肢は二つだけ」

 

 

一つは焔の要求を聞き入れ、まどか達を連れて消え去るのか。

もう一つは、全てを得るために、暁美焔を殺すかだ。

 

 

「どうして、貴女は……、そこまで」

 

「馬鹿でしょ。でも、貴女なら分かってくれる筈よ。ほむら」

 

 

交じり合うほむらと焔。暁美という概念。複雑だ。思わず焔は笑ってしまう。

 

 

「私の幻影であったとしても、手塚とのキスは許せない。嫉妬しちゃもん」

 

 

だからガープに割りこませた。なんて話。

すると、その時――、聞こえるはずのない声が聞こえてきた。

 

 

「笑っちゃうよねぇ。ほんと、理想の自分気取ってた? きんも」

 

 

それは紛れもない、鹿目まどかの声だった。

 

 

「きゃあぁああ!」

 

 

なんて眩い闇なのか。黒い光を伴った矢が着弾し、爆発する。

吹き飛ぶほむらと焔。墜落する彼女達を見て、鹿目まどか――、ではなく色つき・フールはケラケラと笑った。

 

 

『ゲビビババ! クソカスほむらでございマス! フール様』

 

「うん、分かってるぅ……!」

 

 

フールの隣にはナイトメアが浮遊していた。そう、魔獣が仲間にしたナイトメアが、この世界の扉を開いたのだ。

だから魔獣たちが進入していたのである。フールはあの幻想のループをしっかりと確認していた。

 

 

「笑っちゃうよね焔ちゃん。皆に好かれるように自分を設定してたんだ。流石ボッチのスペシャリスト。球技大会で活躍とか、アビスたちに告白されるところとか、本当に都合がいいよねぇ。ティヒヒヒハハハ!」

 

 

焔が憎悪に塗れた表情を浮かべる。そこで、ゼノバイターが降ってきた。

地面に着地すると中腰になり、首をカクカクと動かして笑う。

 

 

「クカカカカ! 見つけたぜぇ。暁美焔ァ」

 

 

インキュベーターを介さずに生み出されたソウルジェムを持つ女。

そしてその中には確かに円環の力が内包されている。

それを獲得すれば、ゼノバイターはさらなる強化を遂げる事ができる。

 

 

「暁美ほむらよりも先にテメェをブチ殺して、力を奪ってやるぜィ! カカカカ!!」

 

 

ブレードトンファーを構えると、ゼノバイターは全力で走り出す。

どうすればいいのか。ほむらは咄嗟に焔を庇うように立つと、アサルトライフルを連射してゼノバイターを狙う。

 

 

「ハハハハハ! なんだこの豆っころはよォオ!」

 

 

だがゼノバイターは全身で弾丸を受け止めながらも減速する事はなかった。

 

 

「死んどけカス」

 

 

一瞬だった。ゼノバイターは跳躍で距離をつめると、体を捻って足を振るう。

踵が、ほむらの目の前にあった。ゼノバイターはほむらの顔面を粉砕する気であった。

しかしなぜか、そこで突風が発生する。体が浮き上がる感覚。そこでゼノバイターは地面に墜落する衝撃と痛みを感じる。

 

 

「なんだッ?」

 

 

カードが舞っていた。トランプ。タロット。

その中央にいたのは暁美ほむらではなく、騎士ライアであった。

 

 

『トリックベント』

 

 

ほむらが意識を取り戻した際、彼女はトークベントを使用していた。

手塚へコンタクトを取ったとき、彼もまた全てを思い出した。

故に、チェンジザデスティニー。位置を入れ替えるカードによって、イチリンソウの中にいたほむらと、手塚の位置が入れ替わった。

ライアの抜いたカードはサバイブ。バイザーも盾から洋弓へと変わり、ライアはカードをそこへセットしようと試みる。

 

 

「来てくれたんだ! 手塚くん!」

 

 

焔の嬉しそうな声が聞こえた。その時、世界が粉々に砕け散った。

 

 

「なにッ?」

 

 

イチリンソウが消し飛んだ。

鏡が割れるように、空間が砕ける。気づけばゼノバイターとフールは街の中に立っていた。

 

 

「なんだ? どうなってやがる! アイツはどこ行きやがった!」

 

 

走り、周囲を確認するが、ほむらはもちろん、焔もライアもいない。

フールも目を光らせた。鹿目まどかではなく、元の姿、つまりクララドールズの眼光を光らせて周囲を探る。しかしどこにも気配、魔力はない。

 

 

「はぁー、めんどくさ。どういう事? ナイトメア」

 

『はッ! 我が主フール! これはつまり、この虚心星原自体が暁美焔の仮想世界である事カラ! つまり――』

 

 

逃げられた。それだけだ。

 

 

「なんだそりゃ。くだらねぇなァ」

 

「いずれにせよ焔ちゃんが逃げたいって思って逃げられるなら、わたし達にはどうする事もできないじゃない。ウザすぎでしょ」

 

 

フールは虚空を睨みつけながら考える。まあ、方法がない訳でもない。

世界を粉々にしてしまえば、もうどこにも逃げられない筈だ。しかしもちろん、それを世界の主である焔が許す筈もないだろう。

壊れた世界を修復できるほどの力は持っている筈だ。

 

 

「でも、大きな力なら、焔ちゃんもどうにもできない」

 

「……はーん。なるほど」

 

「いずれにせよ、あの女はまどかの事が嫌いなんでしょ。好都合じゃない。わたし達は力を手に入れて、ついでにまどかも殺しちゃいましょう」

 

「だが早くしねぇと暁美のほむらちゃんにお目当ての力がパクられる可能性もある。俺様、そんなの耐えられないね」

 

「もちろん、このまま黙ってるって事もしないよ。ねえそうでしょ、その為に貴方がいるんだよね」

 

 

フールの視線の先にいた『色つき』は、ニヤリと笑ってみせた。

 

 

 

 

 

「……ッ」

 

 

ファンシーでチープな音、手塚が目覚めると、彼は馬に乗っていた。

もちろん本物じゃない。メリーゴーランド。クスクスと笑い声が聞こえて、手塚は左を見た。

そこには、同じように馬に乗った焔が、優しい笑みを浮かべている。

 

 

「寝てたの?」

 

「ああ。少し――、疲れていて」

 

「寝顔、面白かった」

 

「良い意味だと思っておくよ」

 

 

静かだった。周りには他のお客さんはいない。ただ二人だけ。世界には二人だけだった。

 

 

「楽しいね! 手塚くん!」

 

「……ああ、そうだな」

 

 

何を言えばいいのか分からず、手塚はしばらく無言で馬に乗っていた。

焔は楽しそうだった。しかし手塚は途中で気づいた。気づいたというより――、思ったのか。

なんだか凄い皮肉ではないか。メリーゴーランド。ぐるぐるぐる、同じところを回る。

 

 

「暁美」

 

「焔って呼んでよ。恋人でしょ? 私達」

 

「恋人……」

 

「え? 違うの? 酷くない? だって告白してくれたじゃない。キスだってしたじゃない。覚えてないの?」

 

 

LIAR・HEARTS。そしてナイトメアとの戦い。

手塚は頭を押さえた。激しい感情が湧き上がっていく。だが、もはや何が本当で何が嘘だったのかも分からない。運命とは果たしてなんだったのか? 手塚は改めてループの恐ろしさを知る。

 

因果律の固定。

全ての出来事には、それが起こりうるための原因がある。

ゲームの参加者は同じ人間だ。考え方の違いはあれど、染み付いた因果には逆らえない。

たとえば、シザースペアが早めに脱落することや、美樹さやかが上条恭介を好きになること。浅倉威が凶悪な男になること。

 

どれだけ時間を繰り返そうが、染み付いた宿命というものがある。

それは恋愛関係にも言えることだ。運命の赤い糸といえば聞こえはいいか。秋山蓮が小川恵里と出会うこと。霧島美穂が城戸真司に好意を抱くこと。

それは絶対ではないが、愛した人の名前はすぐに口にできる筈だ。

 

だが手塚には、それがなかった。

仕方ない。それどころじゃない人生だ。若くして命を失う戦いの身では、まとも愛さえ育めない。事実、蓮も真司もすぐに死ぬ。

しかれども……。

 

 

「覚えてる? 一緒に食べたよね。ソフトクリーム!」

 

 

気づけば手塚は遊園地の中にある休憩所に座っていた。

向かいに座っている焔は、カップのソフトクリームを食べている。

しかし手塚が注目したのはそこではない。焔の容姿だ。彼女は中学生。

そして仮想世界でのループでも手塚は中学生だった。

しかし今、手塚は高校生だ。だから焔も、成長する。

 

 

「元の世界ではいくつだったの?」

 

「確か……、24だ」

 

「じゃあ私も成長するね! これなら罪悪感もないでしょ。うふふ!」

 

 

焔が大人になった。そしてすぐに16歳前後に戻る。

 

 

「昔――、遠い昔だ」

 

「うん」

 

「小川恵里を愛した事がある」

 

「あのね手塚くん。そういうの、普通彼女の前で言う?」

 

 

確かにそうだ。ただし、罪悪感があったのだろうか。

誰に? 分からない。全ての記憶を取り戻して思う。手塚の因果律。愛についての不明瞭。

もしかしたらゲームを円滑に進めるための舞台装置だったのかもしれない。

それは、あの時――、LIAR・HEARTSだって。

 

 

「でも貴方は私を愛してた? 違う?」

 

「俺は――」

 

「私は貴方のことが好きだった。あの時、ほむらはどうかは知らないけど! 私は、暁美焔は愛してたの!」

 

 

それはそうだろう。手塚は口にはしないが、そう思った。

ほむらから別れた存在。『if』であれば、それは当たり前のことだ。

あの時、ああしていればよかった。そういう存在だ。

 

暁美ほむらが人生という道を進み、右か左か、二つに別れた道、どちらを進むべきかを迷った時、右を選択したとしよう。それがほむらになり、左を選んだ仮の自分が『焔』なのだ。

だから、そうか、焔にとっては本当なのか。

手塚はどうだ? 確かに、あの時、でもそれは今にして思えば――……。

 

 

「焔」「なぁに?」

 

 

気づけば二人は観覧車の中にいた。

焔は手塚の唇に触れようとしたが、手塚はそれを拒んだ。

 

 

「やだ」

 

 

焔は手塚の腕を掴んだ。

あぁ、駄目だ。考えただけで頭がおかしくなる。焔の目つきは鋭く、けれども体は震えていた。

 

 

「すまない、焔」

 

「やめてよ。え? なに? 私、フラれてるの?」

 

「そうじゃない。ただ、俺も戦いを繰り返してきて、思ったんだ」

 

 

城戸真司の目指す世界が見てみたい。

そして何より、魔獣は許せない。その為にもココで永住するわけにはいかなかった。

 

 

「私に――、死ねってこと?」

 

「そうじゃない。何か、方法はないのか? 俺も一緒に探す」

 

「無理よ。私が死ぬか、暁美ほむらが消えるか。それだけ。手塚くんや杏子には、残って欲しい」

 

「どうして? ほむらとホムラ、他の暁美達だって、共存できている」

 

「だから、アイツらは……、ほむらなのよ。どこまで行っても。どんなに行っても! でも私は私だけになりたいの……!」

 

 

焔は手塚から目を逸らし、夕焼けを睨みつけた。

 

 

「私は、鹿目まどかを否定する心。自分を曲げてまで、生きられない。生きたくない。それくらいのワガママも聞いてくれないの?」

 

「それがもう縛られてる証拠だ。フラットな気持ちで鹿目と接すれば、きっと焔だって……」

 

「鹿目まどかを否定する心は、即ち戦いからの逃避でもあるわ。全てを忘れて、全て捨てて、貴方や杏子と平和に過ごす。それが私の夢であり、生きる糧なのよ」

 

 

所詮ひとつの存在だ。The・ANSWERに行けば、統合される。

 

 

 

「それだけは、嫌。私がアイツを殺したほうがマシ」

 

「そこまで――、意思は固いのか」

 

「いけない?」

 

「いや……」

 

「私はあの子の――、ほむらのツケなのよ。ずっと逃げてきた代償。今更仲良くなんてなれない。なりたくない! それより一ついい? どうして私の目を見てくれないの。さっきから、ねえ、なんで? 外に何があるって言うの!?」

 

 

手塚はずっと窓の外を見ていた。

焔の事が好き――? 手塚は口を開こうとして、止めた。

好きだった。あの時は。でもだからこそ分からなくなる。

それでも一つ、確かなことがある。手塚のループにおいての因果律。絶対の掟。それは斉藤雄一と友になる事だ。

 

いることは、分かっていた。

向こうが伝えにきているのだろう。瘴気、嫌な気配が肌を刺す。

耳をすませば、エリーゼの為にが聞こえてきた。

 

 

「そろそろいいか? 手塚」

 

 

観覧車という――、『輪』。

その中央に、運命の輪。斉藤雄一の顔をした魔獣が、そこにいた。

 

 

「色つき……」

 

 

手塚はデッキを取り出す。

 

 

「逃げろ。焔。きっとお前を狙ってる」

 

「一緒に逃げよう? 二人一緒なら、どこだって行けるよ!」

 

「いや――、俺は残る」

 

「………」

 

 

嫌だ。そうだ。焔だってなんとなく分かっている。

LIAR・HEARTS。確かに手塚は焔に優しくしてくれたし、愛してくれたかもしれない。しかしそれは数あるループの中のたった一つでしかない。

一方で、手塚と雄一はずっと親友だった。

手塚と、ほむらもずっと一緒に――

 

 

「そっか」

 

 

焔は察した。

 

 

「貴方はもう、私を見てくれないのね」

 

 

気配が消えた。

手塚が焔のいた場所を見ると、そこには黒い羽があるだけだった。

 

 

「!」

 

 

一方、チェンジザデスティニーで入れ替わったほむらは、仮想世界にいた。

どうやら今は下校の最中らしい。三年のマミも教室にやって来ており、杏子と放課後をどうするかを話し合っていた。

そこでふと、杏子が周りを見る。

 

 

「あれ? 手塚のヤツ、どこ行っちまったのさ?」

 

「――ッ!」

 

 

ほむらはそこで全てを理解した。

今まさに教室を出て行こうとする中沢と下宮を呼び止める。

 

 

「ど、どうしたの暁美さん! 俺になにか用!?」

 

「なんでも言ってくれよ暁美さん。力になるともさ!」

 

 

ほむらは大きく首を振った。みんなが自分を好きになってくれる世界。

欲しかったが、これはまやかしだ。今、ほむらの頭には仮想世界でのループの情報が流れ込んできている。なぜか? 所詮、ほむらと焔はまだ一つ。極論、同じ人間なのだ。

 

焔がこの仮想世界で時間停止を使えたように。

ならばほむらもまた、焔の魔法である『記憶操作』を使える筈だ。

ほむらは流れ込んでくる魔法を理解すると、指に力を込める。

 

 

「みんな、思い出して。ここは幻、虚心星原――ッ!」

 

 

指を鳴らすと、凄まじい衝撃がマミ達を襲った。

まるで脳を殴られたような感覚だった。呻き、崩れ落ちるマミたち。

焔が行った記憶操作をかき消し、全ての情報が鮮明になってくる。

 

 

「うがぁッ、な、なんだよコレ……!」

 

 

杏子は頭を抑えながらよろけ、窓に手をついた。

するとそこに、今までのほむらが歩んできた道が映し出される。

目で見るというよりは、脳で見るという感覚だった。杏子は停止し、動かなくなる。

一方でほむらはうずくまっているマミの肩をゆすった。

 

 

「巴さん大丈夫? 分かる?」

 

「え、ええ。私達あのアパートでの戦いの後……」

 

「そう。焔に、この仮想世界に拉致されたの。それで別の記憶を植え付けられた。中沢昴。下宮鮫一、貴方達も平気?」

 

 

中沢は頷きながら手を上げる。

 

 

「た、たぶん。大丈夫。ただ――、え? いやッ、ちょっと混乱してるけど」

 

 

下宮もため息をつきながら、近くの机の上に座る。

 

 

「驚いたな。まさか、ここまで魔法が強力とは。人間じゃない僕にも通用するか……!」

 

「その為に少しチューニングしてたみたい。ごめんなさい。変な役割を与えてしまったわね」

 

 

気づけば、教室には五人だけだった。

周りを見ても、いや、もう学校には誰もいない。全ての幻が消え去った。

 

 

「でもね暁美さん。ど、どうしてこんな事」

 

 

マミの問いかけに、ほむらは小さく頷いた。

 

 

「きっと焔がまどかを忘れるためよ。あの子の役割を、あなた達に押し付けた。この世界――、虚心星原は私の心の中みたいなもの。ホムラの時と同じく、まだ私は弱い部分を持ってるみたい」

 

「その弱さが、この世界ことかしら?」

 

「そうも言えるわね。私の心の一部が、離れたがってる。私もきっとどこかでそれを望んでしまっている。まどかを恨む気持ちを捨てたいって想いが」

 

 

でもそれは間違っていることだ。少なくとも今、ほむらはそう思っている。

その心の奔流がマミたちにも伝わった。あまりにも複雑だ。

もはや今、暁美ほむらは一つの概念になろうとしている。

複数といる彼女達、何が本当で、何が幻なのか。

 

 

「私本人にも分からない。けれどきっと答えを見つけたい。だから、このままじゃ駄目だって思ってる」

 

 

ほむらは窓を見た。

そこには、まどかを助ける為にループを繰り返す自分が映っていた。

 

 

「でも暁美さん。どうするつもり?」

 

 

中沢の問いかけに、ほむらは頷いた。

 

 

「焔は、自分と私は違うと言ったけれど、それはそうありたいという願望。所詮、私達は一つなの。だから私は、彼女を迎え入れたい」

 

 

黒い雲が空を覆い始めた。曇天とも違う、夜とも違う。世界は闇に染まっていく。

 

 

「だからお願いみんな、私に力を貸して」

 

「あ、ああ。それはもちろん。なあ下宮」

 

「もちろん。とにかくこの世界は抜け出さなければならない」

 

「私も協力するわ暁美さん。一緒にがんばりましょう」

 

 

頷くほむら。

そこで彼女は、外を見ている杏子を見た。

 

 

「杏子、どうかお願い。あなたの力も――」

 

 

そこで杏子は振り返り、裏拳でほむらの頬を思い切り殴りつけた。

 

 

「!」

 

 

机と椅子が壊れる音が響く。

ほむらは地面に倒れ、呆気に取られた表情を浮かべていた。

 

 

「え? え!? な、なにッ! なんで!?」

 

「ちょっと佐倉さん! 何を――ッ!」

 

「うるせぇ! どけよマミ!」

 

 

戸惑う中沢とマミを押しのけ、杏子は倒れているほむらの襟首を掴んだ。

 

 

「――ざッけんなよテメェ!!」

 

 

杏子は、泣いていた。

窓に映った暁美ほむらの記憶を視たのだ。

 

 

「なんで魔法少女になんかなったんだッ! ふざけんなよ!」

 

「え? え……?」

 

「いいか? よく聞けよ馬鹿野郎! いくら時間を巻き戻そうがなぁ! 人は同じじゃねーんだよ!」

 

「!」

 

 

裏返る杏子の声。ほむらは、杏子が魔法少女になった理由を知っている。

そして杏子もまた、ほむらが魔法少女になった理由を見た。

 

 

「お前が好きになったまどかは、アイツじゃねぇ!」

 

 

窓には、まどかアライブ――、アルティメットまどかが映っていた。

遠くの窓には、燃える杏子の家が映っていた。

 

 

「たとえ全ての記憶を共有しようが! たとえ神様が同じだって言おうがッ、本当の気持ちと本当の想いはそこにしかねーんだよッッ!」

 

 

杏子には、まどかの気持ちがよく分かる。

たとえ代わりだったとしても、あの時の想いは本当だったんだ。

暁美ほむらに――、生きてて欲しかった。

 

 

「あの時、あの瞬間ッ! 鹿目のヤツは何を想って飛んだんだ!? 何の為にあんな勝ち目のない戦いに挑んだんだよ! なんで怖くて震えてまでワルプルギスに立ち向かったんだよ! なあ、おいほむら! 聞いてんのか!? なんで飛んだと思ってんだよ!!」

 

「そ、それは――……、その」

 

「そんなの一つしかねーッッ! あの世界で! あの時間で! お前に幸せになってほしかったからだろうが!!」

 

 

窓には全てが映っていた。全てが頭の中に流れ込んできた。

継承者ではないが、杏子もそこまで馬鹿じゃない。

 

 

「優しい言葉をかけてくれたのが鹿目だっただけで、お前は誰でも良かったんだ!」

 

「そんなこ――」

 

「それでいいんだよ! それが人間だろうが! 味方になってくれるヤツは、きっとまだたくさんいたんだよッッ! アンタが魔法少女になった時間軸にッッ!」

 

 

杏子はもう一発ほむらを叩いた。

 

 

「いい加減ダセェ事してんじゃねーよ! お前ッ、何人殺した!? 何人裏切った!? その結果に愛だ? 悪魔だ? ナメんなよ!」

 

 

杏子は知っている。ほむらも知っている。

今の言葉は、ほむらに投げたものではあるが、その奥にいる全ての『暁美』に届けていた。

 

 

「お前は人間だ! 目を逸らさず、今を生きろよ!!」

 

 

杏子はボロボロ泣いていた。

だからこそ、ほむらもボロボロと泣いていた。

 

 

「それでも――、ひっぐ、それでも私は――ッ、ぐっす! まどかに生きていて欲しかった……!」

 

「ぐッッ」

 

 

そこでマミが杏子を引きはがす。

 

 

「佐倉さんッ、落ち着いて。気持ちは分かるけど暁美さんだって理由は一つじゃないでしょう」

 

 

いずれにせよ、契約していなければワルプルギスに殺されていただろうし。

ましてや、自分勝手は、みんな同じだ。それでも傲慢に生きようと、前に進もうと、己の答えを見つけようとしている。その自分勝手な欲望を振り回すのが、参加者の全てだ。

 

 

「過ぎた事を言っていても仕方ないわ。今は、未来を視ましょう。正義のヒロインじゃないのよ私達。そうあろうとはしたいけれど……」

 

 

マミに背中を撫でられ、杏子はため息をつく。

 

 

「……すまん、ほむら」

 

「いえ、いいのよ。ごめんなさい杏子。貴女の言う通りだった」

 

 

でも、だからこそ今は。ほむらは立ち上がり、涙をぬぐう。

 

 

「私は、きっと間違ってた。でも全てが間違いじゃない筈っ。だから次は本当の意味で、正しい正解を目指したい。今は、皆に生きていて欲しいの。あなたにも――……、杏子」

 

「そう、だな。悪い。ちょっと熱くなった。アタシだって偉そうに言える立場じゃねーのに」

 

 

杏子はどこからかキャラメルの箱を取り出すと、マミの胸に押し当てる。

 

 

「うッ、ちょっと!」

 

「ほむらに食わせてやってくれ。欲しけりゃアンタにもやるよ。中沢たちも食え食え」

 

(自分で渡せばいいのに)

 

 

杏子は背中を向けて歩き出した。

マミは困ったようにしながらも、言われたとおり、ほむらへ勧めてみる。

 

 

「食べる?」

 

「頂きます」

 

 

ほむらはキャラメルを一つ受け取って、口に入れた。

とても、甘くて、涙が出てきた。

 

 

 

 

 

 

世界には、徐々に異変が起こり始めた。すすり泣く声が先程から聞こえている。

空間も割れて崩れていった。全ての仮想が一つになろうとしている。

剥がれ落ちていく欠片の向こうに、まどか達は巨大な塔を見た。

なんだアレは? 真司たちが戸惑っているとジュゥべえが前に出る。

 

 

『先輩から連絡が入った。邪神らしいぜ』

 

「邪神?」

 

 

塔の上には、糸によって縛り付けられているホムリリーが存在していた。

違いは一つ。顔の上半分が彼岸花ではなく、イチリンソウの花畑になっている。

その中で焔がへたり込み、顔を覆って泣いていた。

 

 

「何が起こってるのよ。サッパリ分からん!」

 

 

さやかの言うとおりだ。真司達は戸惑うばかりである。

その中で、なぎさが小さく呟いた。

 

 

「結局ここも、ほむらの心の中です。葛藤の果てにどんな結果になるのかは、全てほむらが決めることであり、なぎさ達に出番はないのかもしれません」

 

「うん。でもね――」

 

 

まどかは、ホムリリーを縛る塔を睨みつけた。すすり泣く声は、あの塔から聞こえる。

 

 

「あの塔は、邪神は壊したい……! かも」

 

「冗談じゃない! あんなヤバそうなのと戦うなんて俺はゴメンだ! そうだ! さやかに爆弾をくくりつけて特攻させれば!」

 

「テメェ弁護士! この野郎!」

 

 

追いかけっこを始めるゾルダペアは無視して、真司はまどかに賛成する。

どの道、魔獣は残っている。彼らが悪さをする前に、決着はつけたい。

そこで香川はメガネを整えた。

 

 

「悪い状況ではないかもしれません。ナイトメアがいなければ通れなかった世界が壊れ、我々も干渉ができます」

 

 

そこで、なぎさは改めて邪神を見る。十戒が流れ込んできた。

理想たるまどか、絶対の崇拝。歪なる愛憎。

 

 

(鹿目まどかは、女神になりましたが、それでもやっぱり全能の神様ではないのです。天使でもなければ、絶対的な善意の塊でもない。良い人――、それ以上でも以下でもないのです)

 

 

一同は、走りだす。

 

 

 







まさか2019年で井上さんのライダー、しかも龍騎の新作が見れるとは思ってなかったです。
さらにマギレコのアニメとかもあるし、なんだったら2019年の初ガチャでかずみが二人と、カオルとこのは嬢が同時に来たり。

分かりますね皆さん。こんなガチャ自慢を擦るなんて自分でも思っていませんでした。
それほどいろいろ衝撃がありました。
これはつまり、2019年が私の年という事です(適当)


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第93話 あの子の為に


ビヨンドライバーのモノマネにはまってます(´・ω・)


 

 

「うッ、ぐッッ!」

 

 

ライアは勢い余ってレールの上に倒れこんだ。しかし雄一(まじゅう)に弁髪部分を掴まれ、強制的に引き起こされる。雄一は口では笑みを浮かべ、思い切りライアを殴りつける。もちろん人間ではなく魔獣としての一撃だ。

それだけ衝撃も強く、ライアはジェットコースターのレール上から落下し、遥か下の地面に激突する。

 

すぐに背中に衝撃が走った。

巨大な輪がライアの背中に直撃し、高速回転。ギロチンのように装甲を削っていく。

ライアはサバイブになろうという発想がなかった。なぜならばずっと耳に入ってくるエリーゼが、その思考を歪ませる。

洗脳攻撃とでも言えばいいのか。雄一との思い出が次々にフラッシュバックしていく。

脳内破壊音波とでも言えばいいのか。だがそれでもライアが理性を保っていたのは、果てない怒りがあったからだ。

 

 

「ォォオオ!」

 

 

ライアは叫び、拳を雄一の顔面に撃ちつける。

 

 

「手塚。弱いな。無意識に手加減をしている」

 

 

雄一は背中に張り付いていた輪をつかみ、思い切り振るった。

ライアの装甲から火花が上がり、彼はまたよろけて後退して行く。

雄一は指を鳴らした。すると瘴気があふれて、従者型の魔獣が構築されていく。

三体ほどの従者が一勢にレーザーを撃った。ライアはそれをバイザーで防いだが、それが隙を生み出してしまう。

雄一は思い切り輪を投げ飛ばした。それはたっぷりと瘴気を撒き散らしてライアへ直撃する。

 

 

「ぐあぁああ!」

 

 

ライアは大きく吹き飛び、遊園地のアトラクションの一つ。『鏡の館』の天井を打ち破って中に入っていく。

文字通り、そこは無数の鏡が張り巡らされた場所だった。ライアは大量に映る自分を見つめ、拳を握り締める。

あの斉藤雄一は魔獣であり、しかし雄一でもある。激しい不快感が身を包み、ライアは近くの自分(かがみ)を殴り砕いた。

頭が冷える。サバイブを抜き取ろうと思い、ライアは手を止めた。

 

 

「……!」

 

 

止まっていると、鏡が割れる音が聞こえる。

輪が飛んできた。鏡を破壊しながら飛んでくる凶器を、なんとか上に跳んで回避する。

ライアは天井を打ち破って外に出たが、そこで輪が分裂。無数のチャクラムとなって追尾してくる。

アドベントを使わなければ。しかし体が重い。手が動かない。ライアは次々と襲い掛かるチャクラムに切り刻まれ、落下していく。

一方で雄一は鏡の破片を踏み潰しながら、笑みを浮かべていた。

 

 

「安心してくれよ手塚。殺しはしないさ」

 

 

輪は一つに戻り、雄一の背中部分に浮遊する。

 

 

「お前を倒して、人質にする」

 

 

焔が手塚に執着していることは魔獣も知っていた。

だからこそ斉藤雄一を魔獣に作り変えたのだ。全ては手塚を捕らえ、焔を脅迫するために。

きっと焔は手塚を選ぶだろう。そして自らの中にある力を、ゼノバイターへと渡すのだ。

あとはそれを使ってフールをさらに強化すれば、魔獣の戦力は何倍にも膨れ上がるだろう。

 

 

「馬鹿な女だよな。愛だの言ってるけど、そんなものは存在しないのに。結局は自分が少しでも良い思いをしたいという自分勝手な妄想だ」

 

「――、雄一は、愛を否定したりはしない。あいつはその複雑な思いを演奏に乗せていた」

 

「ハハハ。昔の話だ。魔獣になって世界が広がった。お前もいつまでも過去に縛られるなよ。俺はここにいるんだ。それは疑いようのない事実だろ」

 

 

ライアは走った。

思い切り右腕を前に出し、雄一に殴りかかる。

しかし雄一は片手でそれを受け止めた。そしてライアの足を払うと、地面に倒し、そして蹴り飛ばす。

地面を転がっていくライアは、すぐに立ち上がり、再び飛び掛っていく。

だが雄一へ蹴りが届く前に、旋回する輪がライアを打ち弾いた。

墜落するライアと、戻ってきた輪をつかむ雄一。

 

 

「なんなら」

 

 

雄一は輪を投げる。ライアは盾でそれを防いだ。

跳ね返った輪を雄一は掴み、再び投擲する。ライアはまた盾で防いだ。

跳ね返ってきた輪を雄一は再び投擲する。衝撃でライアの防御が崩れた。

雄一は反動で戻ってきた輪を掴み、思い切り投げ返す。

 

 

「お前も魔獣になるか?」

 

 

ライアの体に輪が直撃した。

大きく吹き飛び、ライアは地面を滑る。

ふと、ライアが地面に沈んでいった。穴が開いていたようだ。中は祭壇だった。

煌びやかな空間、遥か遠くに暁美焔の首が鎮座している。

ここは一体? ライアが立ち上がると、心配そうに駆け寄るほむらが見えた。

 

 

「暁美――ッ、お前は?」

 

「ほむらよ。えっと……」

 

 

トークベントを使ったつもりなのだが、こうなったと言う。

この世界は焔の心の中でもある。だからこそ、演出が強化されたのかもしれない。

ほむらは戸惑いがちにライアを見た。何かを言おうとして――、口を閉じる。

 

 

「こっちの方が、今はいいわね」

 

 

ほむらはウルズコロナリアを使用した。

赤いメガネを身に着けると、ホムラに変わる。

 

 

「大丈夫ですか? 手塚さん」

 

「ああ。ダメージは受けたが――、まだ戦える」

 

「そうじゃ、ありません」

 

 

ライアは固まる。

なるほど確かに。考えてみれば『大丈夫』を言うためにわざわざホムラに変わったわけではあるまい。

その言葉は肉体的なダメージを心配しての言葉ではない。心の傷を聞いているのだ。

 

 

「わ、わたっ、私ッ! あの……、もちろん全部覚えいて」

 

 

焔が用意した仮想世界での出来事も記憶にはある。

それはとても素晴らしい日々だった。だからこそ、それが崩れたとき、思い出しても泣きたくなる。

いや、それだけじゃない。杏子に叱責されて、改めて鹿目まどかの大きさを理解した。

死んでほしくなかった。生きていてほしかった。だって彼女は――、はじめての『親友』だ。

家族ならともかく、他人が損得勘定を無しで一緒にいてくれる存在。

 

 

「鹿目さんが死んだ時も――ッ、佐倉さんが死んだ時だって! 私は、本当に辛かった……!」

 

 

ホムラはギュッと胸を掴んで俯く。確かに、ポロポロと涙が零れていた。

手塚が気遣って声をかけようと――。しかしそれよりも早く、ホムラは涙をぬぐって、メガネを拭いた。

 

 

「世界中の人間が皆、同じじゃないって、ゲームで分かりました。でもそれでもッ、同じところはきっとある筈でしょ?」

 

「ッ、それは、どういう……」

 

「私に鹿目さんや佐倉さんがいてくれたみたいに、手塚さんには斉藤さんがいた」

 

「!」

 

「あ、あ、あなたはいつも私に優しくしてくれます。パートナーだから? 私が女だから? 私が年下だから? えっと、罪悪感が消えるからだったっけ? ううん。ごめんなさい。理由なんてどうでもいいんです。大切なのは――、あの、だから……ッ!」

 

 

ホムラは、両手をライアの肩に置いた。

 

 

「たまには、私に心を見せてっ!」

 

「!!」

 

 

ライアは大きな衝撃を感じ、動けなかった。何も言えなかった。

 

 

「あ、あなッ、貴方だって人間でしょ!? だったら――、だったらどうして平気な様子で友達と戦えるんですか!?」

 

「それは……」

 

 

焔を通して、世界を通して、ホムラには今までの情報が頭に入ってきた。

斉藤雄一は魔獣になった。テセウスの船。雄一ではないが、雄一でもある。肩をつかむ手に力が入る。

ホムラは怒っていた。いい加減にしてほしかった。馬鹿にしないでほしかった。

そりゃ手塚は少しお兄さんかもしれないが、ホムラだってそこまで馬鹿じゃない。そこまでマヌケじゃない。

そもそも、同じ参加者だ。ナメないでほしかった。

 

 

「パートナーでしょ!? 私達は!」

 

 

張り裂けそうな程、痛いに決まってる。

頭掻き毟って逃げ出したくなるに決まっているじゃないか。

心が強い? 馬鹿にしないで欲しかった。手塚だって同じくせに。

 

 

「もっと頼ってよ! もっと弱さを晒してよ!!」

 

「……ッッ」

 

「私だけ醜い心を晒して、貴方だけカッコつけたままなんてズルいですよッ! あの時もそう! 私達、殺しあった時くらいしか分かり合えないなんてッ、ありえないでしょ!?」

 

 

ライアは変身を解除した。

女子中学生に説教されるのは少し情けないものがあるが、実に痛いところを突かれてしまった。

確かに、その通りだ。手塚は新しいループの世界を――、あの仮想世界を思い出していた。

ほむらは杏子と楽しそうにしていた。あれと同じような事をまどかともしていたのだろう。

 

間近に見てみて、まどかの執着心の理由が少しは理解できるというもの。

ましてやホムラの言う通りだ。ユウリの変身魔法も同じだが、『違う』と分かっているのに――……。

全く、人間は本当に愚かな生き物である。

 

 

「サバイブを――、使えなかったんだ」

 

 

妨害はされたが、制限されたわけではない。

自分の意思で、手塚はサバイブになれなかった。

初めてサバイブのカードが生まれたとき、手塚は魔獣への怒りをそこに乗せた。

魔獣を殺すためのカード。それを、使うことができなかった。

焔との会話でも言っていたじゃないか。どれだけループを重ねても、変わらない想いがある。

因果律、因果――、それは友情だ。雄一は友達だった。

 

 

「辛いな……。友達と戦うのは」

 

 

ホムラは目を見開いた。凄まじいショックだった。

手塚の目から、涙が零れていた。

 

 

「雄一を殴りたくないんだ。雄一を憎みたくないんだ」

 

「はい……。分かります」

 

「痛いんだ。雄一から攻撃されると」

 

「分かります――ッ!」

 

「だから」

 

 

手塚は俯き、弱弱しく、それは小さく呟いた。

 

 

「雄一とは――……、戦いたくないなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 

地面から、ホムラが飛び出してきた。

雄一は少し驚いたようにしていたが、すぐに笑みを浮かべる。

 

 

「なんだったか。えぇっと……、トリックベントか」

 

「はい。チェンジザデスティニーによって、私と手塚さんの位置が入れ替わりました」

 

「はぁ。女の子に丸投げして逃げるなんて。酷いヤツだ」

 

「違う」

 

「違わないさ。焔じゃないホムラなら、最悪殺しても構わないだろう。手塚はお前を裏切ったんだ。俺は強いぞ。お前じゃ勝てない」

 

「黙ってください。もう何も喋らなくていいです。貴方は、私が倒す」

 

「それは無理だ。少なくとも、お前には」

 

 

雄一が示したのはホムラの足だ。ブルブルと震えていた。

 

 

「逃げてもいいぞ。お前には興味が無い」

 

 

それを聞いた時、ホムラの目つきが変わった。

 

 

「それは……、それだけは、できません。」

 

「え?」

 

「私は! 貴方を倒すとッ! て、手塚さんに約束したんです!! 彼は……、こんなにも弱い私に生きていていいとッ、幸せになってもいいと言ってくれました!」

 

 

ホムラ・アライブは杖をギュッとを握り締め、ボロボロと涙をこぼす。そして悔しげに言葉を搾り出した。

 

 

「そんな素晴らしい人をッッ、どぉうして私が裏切る事ができましょうか!?」

 

 

友達の命を理不尽に奪われて、人格まで変えられて、どうして、どうしてどうして!

ホムラは納得がいかなかった。どうしても納得がいかなかった。そこにさらに理不尽を強いる魔獣が、どうしても許せなかった。

 

 

「私は絶対に貴方を倒す! 私は! 手塚さんのパートナーですッ! 彼を泣かせた貴方をッ、私は絶対に許しませんッッ!!」

 

 

ホムラは杖先にある盾を雄一に向けた。すると笑い声が返ってくる。

 

 

「ハハハ! 愚かなヤツ! 優しさ、同情、全部俺が捨てたモノだ」

 

「ならそれが間違いであったと、貴方は思い知るでしょう」

 

 

ホムラの前方に、11個の魔法陣が広がった。

同じくして雄一は背後に浮遊していた輪を掴むと、地面を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わわわ!」

 

 

突如前にいたほむらが手塚に変わって、杏子はしりもちをついていた。

 

 

「いってぇ。なんなんだよ!」

 

「………」

 

 

手塚は今あった事を杏子達に話した。雄一のことや、焔のことを。

 

 

「つまりなんだ。焔はあそこにいて」

 

 

杏子は、遠くに見えるデカログス、そこにいるホムリリーの頭部を睨んだ。

 

 

「ホムラは――、あそこか」

 

 

窓から身を乗り出す。遠くの方に観覧車が見えた。

 

 

「大丈夫なのかよ。その魔獣、強いんだろ」

 

「……ああ」

 

「ったく! 仕方ない。アタシはホムラの所に行くよ」

 

 

マミもそれに賛成した。とにかく今は暁美の事を考えると胸が痛む。

二手に別れ、学校を飛び出した手塚たち。するとなにやら空にシャボン玉が昇っているのが見えた。

ピンと来た手塚たち、すぐにそこへ向かうと須藤とボルキャンサーがいた。

 

 

「手塚くん! 良かった!」

 

「須藤さん!」

 

「壁が壊れたみたいで。合流できましたね」

 

 

二人は大まかに情報を交換する。

まどか達もデカログスのほうに向かったらしい。

 

 

「ですが――、手塚くんの話を聞くに、暁美さんの答えが重要みたいですね」

 

「それは、そうだな。暁美が焔をどうするのかは、いずれにせよ決着をつけるべき事だと思う」

 

「とにかく私達も行きま――」

 

 

そこでボルキャンサーが須藤を押しのけて前に出た。そこへ薔薇が飛んできて突き刺さっていく。

固い装甲で弾いたからダメージは無いが、どうやら『泡』を見つけたのは仲間だけでは無かったようだ。

 

 

「グガカカカガカカ! 見つけたぞ! 参加者共!!」

 

 

女帝はトラバサミのような歯をガチガチと鳴らしながら歩いてきた。

 

 

「随分、趣味の悪い姿になった」

 

「貴様らの負を吸収したのだ! また、すぐに変わる! 新たな絶望を私は求めているのだ!」

 

 

女帝は両腕を広げ、天を仰ぐ。

 

 

「この世界もまたッ、実に心地いい! 負が蠢き、深呼吸をするたびに絶望が肺を満たす! まだ死臭が染み付いているぞ手塚海之。それに、運命(いろつき)に会ったな。どうだ? 親友と殺しあった気分は!」

 

 

手塚は何も言わない。お喋りなのは悪くない。

手塚は須藤とアイコンタクト。頷きあい、デッキを取り出した。

今の内に変身すれば――

 

 

「………」「………」「………」

 

 

コン、と、音がした。

無音になる。女帝は下を見た。石ころがあった。

手塚と須藤の間を抜けて、石が飛んできたのだ。それが女帝に当たったのである。

そもそも合流した時点で、三人だった。

 

 

「なんッなんだよ! マジで!!」

 

 

中沢昴は本心で叫んだ。

そもそも、誰にも言えずにいたが中沢は大きなショックを受けていた。

仮想ループにおいて中沢はあっさりと焔の精神操作に脳をやられてしまった。

ひっそりと焔のファンクラブを作り、ラブレターを書き、そして撃沈した。

あれだけ好きだと思っていた仁美の事はあっさりと忘れた。何度もデカログスにあっさりと殺された。

 

 

「クソクソクソクソクソォオッ!」

 

 

完全なる舞台装置だ。

 

 

「全然ッ、上手くいかない! 何もかも!」

 

 

もう自分で自分が分からなくなった。

中沢とは誰だ? 何だ? もう何も分からない。何もかもか嘘に思える。

だから一つだけ、真実を作らなければならない。中沢はそれを、いつか魔獣に向かって投げた言葉にしようと思った。

今もきっと女帝は自分のことなんて見ていないんだろうから。

 

 

「かかってこいよクソ魔獣! 俺がお前らを全員倒してやる! 魔獣キラー中沢昴が! 今の俺だ!!」

 

 

中沢はアビスのデッキを取り出し、叫ぶ。

手塚と須藤は一瞬ポカンとしていたが、何か大きな感情を覚えた。

悪くないと、思う。中沢のように激しく燃える青いエネルギーは、自分達には無いものだ。

手塚は前のめりに進む。三人はバラバラに並んでいたが、同じ方向を睨んでいた。

 

 

「中沢。ヤツを倒そう」

 

「微力ながら、私も協力します」

 

「お、お願いします! 手塚さんッ、須藤さん!」

 

 

声が重なる。

 

 

「「「変身!」」」

 

 

鏡像が舞う。ライア、アビス、シザース。三人の騎士を見て、女帝は吼えた。

 

 

「殺してやる! 今ッ、ここで!」

 

 

アビスが前に出た。

 

 

「言ってろよ。死ぬのはテメェだ! 行きましょう。海洋物トリオの力を見せてやりましょう!」

 

 

悪くない。サメ、エイ、カニは走り出し、薔薇を目指した。

 

 

「ウォオオオオオオオオ!!」

 

 

吼える女帝。掌から大量の茨が伸び、無数の鞭が地面を叩く。

バチュンと音がした。次はそれを騎士に向けて伸ばす。アビスはそれを見て減速した。

ミスパイダー戦はよくも悪くも勢いがあった。初めて変身できた興奮で痛みも恐れも感じなかったが、今は違う。

殺意がたっぷりと乗った攻撃を見て、恐れる。死ぬかもしれない。殺されるかも。

だからつい、弱気な足がブレーキをかけた。

 

 

「!」

 

 

だがそれを追い抜いていくライアとシザースの背中を見て、なにくそと前に出た。

それぞれバイザーを振るう。ライアの盾にあるブレードで、シザースのガントレットにあるハサミで。アビスのガントレットの歯で、それぞれ鞭を切り裂き、前に出る。

一番乗りはシザースだった。バイザーを振るい、刃で女帝の胴に一撃を食らわせ、そのまま切り抜ける。

 

女帝はすぐにシザースを追うように後ろを向いたが、すぐに間違いだと気づいた。

その時には既にライアのバイザーの刃が肩を切り裂いていた。

唸り、女帝は踏みとどまる。今度こそとライアを睨む。が。

 

 

「だから俺もいるって言ってるだろ!」

 

 

背後、腰部分に衝撃。

振り向くとアビスの拳がそこにはあった。

女帝は目障りだと吼え、拳に薔薇型のポンポンを装備する。強化された拳での一撃、スピードも速いが――

 

 

「うッ!」

 

 

少し情けない声が漏れたが、アビスは後ろへ下がってそれを回避した。

女帝はまだ諦めない。前に出て次は拳を上から下へ振り下ろす。

薔薇のハンマーは一撃でアビスの仮面を叩き割り、頭蓋骨を粉砕するだろう

だが当たらなければ意味はない。アビスはしっかりと女帝の攻撃を回避していた。

 

 

「………」

 

 

亜里紗にボコボコにされた過去が過ぎる。なんだかカッと体が熱くなって、アビスは大きく首を振った。

とにかく回避だけじゃ駄目だ。攻撃をしないと。

 

 

「!」

 

 

本能とでも言えばいいのか。

女帝が叫び、拳を真上に掲げたところでアビスは回避するべきだと悟った。なので次は思い切り後ろへ飛ぶ。

同じくして女帝が地面を殴った。すると彼女の周りに大量の薔薇が咲きほこり、檻となる。

もしもアビスが後ろに飛ばなければ、大量の薔薇に打ち上げられていただろう。

ライアとシザースは既にストライクベントを発動していた。

アビスもすぐにソードベントを発動して、アビスセイバーを両手に構える。

 

 

「下宮ッ!」

 

 

アビスの背後、アビソドンが地面から飛び出してきた。フォルムチェンジを行い、ノコギリザメの形態になる。

アビスは右手に持った剣を左下から右上へ。左手に持った剣を右上から左下へ振るった。

二本の青い斬撃が発射され、さらにアビソドンは刃を左から右へ振るった。三本の斬撃が交わりあい、茨の檻を粉砕していく。

ライアもまたバイザーを思い切り振るって、三日月状の斬撃を発射した。

薔薇が切り裂かれていく。シザースも強引に腕を伸ばして、ハサミで中にいた女帝を挟み掴んだ。

 

 

「ウガァアアア!!」

 

 

投げ飛ばされた女帝は地面を転がり、悔しげに地面を殴りつける。

そこで煙のように体から負が湧き出てきた。どうやら本気を出してきたようだ。両腕を地面につけて四速歩行のようになる女帝。

思い切り地面を蹴ると、まさに獣のように地面を突き進み、一瞬でシザースの眼前に迫る。

三人は抵抗しようにも、瘴気を解放した際に生まれた従者型のレーザーに気を取られてしまっていた。

 

 

「がッッ!」

 

 

シザースの胴体にめり込む足。

凄まじい勢いで蹴り飛ばされ、女帝はすぐに移動を開始する。

ライアは危険を感じてスイングベントを発動するが、伸ばした鞭は簡単に掴まれてしまった。

それだけじゃない。女帝は鞭を引いてライアを引き寄せると、ラリアットで引き倒した。

 

 

「シね」

 

 

ヒールでライアの頭部を踏み潰す。

バリガリと音が聞こえ、ライアの頭部は粉々になった。が、しかし、それは文字通り砕け散ったからだ。

 

 

「くッ!」

 

 

トリックベント、スケイプジョーカーによってライアは離れたところに具現する。

ならば追えばいい。女帝はヒールに刺さったジョーカーのカードを引き抜き、投げ捨てると、再び腰を低くした。

しかしすぐに元に戻ると、裏拳で後ろを叩く。

そこにはアビスがいた。背後から攻撃を仕掛けようとしていたらしい。

 

 

「うがぁあ!」

 

 

顔面を押さえながらアビスは地面を擦った。すぐに立ち上がると、女帝が大口を開いてコチラを見ているのが分かる。

 

 

「マジか……!」

 

 

女帝の口から瘴気を圧縮したエネルギー弾が発射される。

逃げろ。ライアが叫んだが、アビスは足がすくんで動けない。

走馬灯が流れる。あぁ、思い出されるや。エリザに殴られた日。

エリザに撃たれた日。エリザに蹴られた日。エリザに殺されかけた日。エリザにナチュラルに人格を否定された日。エリザにしばかれた日。

 

 

「せ、先生の方が怖いッッ!」

 

 

足が動いた。アビスは体を捻って飛んできた弾丸を回避する。

それだけではない。地面を転がりながらも、デッキに手をかけてカードを抜いていた。スムーズな流れで、それをバイザーに噛ませて発動させる。

 

 

『ストライクベント』

 

 

アビスラッシャーの頭部を模した、アビスクローが腕に装備される。

すると再び地面からシュモクモードになったアビソドンが現れる。無数の弾丸で女帝の動きを鈍らせ、アビスはその隙に腰を落としてエネルギーをチャージする。

 

 

「ウラアアアアアアア!!」

 

 

思い切り腕を突き出すと、アビスクローから激しい水流が発射された。

激流突破。しかしそこでアビスは声をあげる。女帝はトラバサミのような口を開くと、ゴクゴクと水を飲み干しながら強引に前に出てくる。

 

 

「む、むちゃくちゃな!」

 

 

女帝は一気にスピードを上げた。怯んでいるアビスの首を掴むと、そのまま走り、近くにあった建物の壁に押し当てる。

衝撃が走る。骨がきしむ。アビスは両腕で女帝の右腕を引き剥がそうとするが、ビクともしない。

 

 

「ぁぁあぁああぃ! いぎぃぃ!」

 

 

情けない声が出てきた。というのも女帝が大口でアビスの左肩に噛み付いたのだ。

その力は凄まじく、鎧を貫いて歯が肩に入る。

痛い。血が出てきた。アビスは女帝の頭部を殴るが、勢いはますばかりだ。

まずい。こわい。その恐怖が形になって、女帝の口から肉体へ入っていく。

 

 

「美味い。ウマイ! 良い恐怖、良い負のエネルギーだ!」

 

 

しかしそこで女帝の体が吹き飛ぶ。ライアが呼んだエビルダイバーが突進で女帝を打ったのだ。

解放されたアビスは崩れ落ちると、ブルブルと震え始める。

女帝は既に立ち上がっており、追撃を加えようとするエビルダイバーを回避。

さらに腕を伸ばして尻尾を掴むと、逆に投げ飛ばしてみせる。

 

 

「ハハハハハ! いいぞ中沢! 貴様の負は、美樹さやかよりも美味い!!」

 

「み、美樹さんを襲ったのか……ッ?」

 

「そう。我々が上条恭介を殺し、それを見せ付けてやったのだ!!」

 

「ッッ、上条を!?」

 

「そう。蝉堂様がヤツを! そしてヤツの母親は私が殺した!!」

 

 

上条と中沢が友人関係であることは既に女帝も知っていた。だからこそ、それを使って煽るのだ。

 

 

「お前もヤツのように骨まで解け崩れ、絶望に叫びながら死んでいくのだ!!」

 

 

アビスを心配して駆けつけたライアとシザース。

それは女帝にとっては幸いな事だ。なぜならば三人の騎士が一箇所に集まってくれた。

だからこそ女帝は頭に咲いている大量の薔薇の花を光らせる。口を開くと、凄まじい勢いで花粉が発射された。

 

もちろんただの花粉ではない。

瘴気花粉は相手に触れれば爆発を起こし、肺に入れば強烈な不快感を発生させて動きを封じる。

後者は騎士の仮面がなるべく遮断してくれるものの、前者は別だ。

スパークする火花。激しい衝撃が全身を包み、ライア達は地面に膝をついた。

 

しかし花粉はどんどん勢いを増して女帝の口から出てくる。

もはや視界が毒々しいピンク色で埋め尽くされる。

どうするべきか。ライア達が耐える中で、一人走る騎士がいた。

 

 

(あぁ、もう、何なんだよ)

 

 

アビスは、辛くても苦しくてもひたすらに前に進んだ。

不快感が苛立ちを募らせる。上条は殺されたが、仮想ループに上条はいなかった。

ならば友人ではないのか。駄目だ。訳が分からなくなる。そして上条を殺したことで煽ろうとした魔獣に何よりも苛立ちを感じる。

 

もしかしたら今までのループはそんな感じの積み重ねだったのかもしれない。

共通するものがなくて、フワフワしていて。アビスはまっすぐに進んだ。

それくらいしか自分にできる戦いが見つからなかったからだ。ただがむしゃらに、ど真ん中まっすぐを走った。

そのタックルが女帝に一撃を食らわせたのは、何か意味があると思いたい。

 

 

「グォォ! この花粉の中を――ッ! まさか!!」

 

「ウザったいんだよお前はァ! ちくしょうッッ!!」

 

 

アビスは思い切り、それは思い切り女帝を殴った。

女帝が怯んだところで追撃の飛び回し蹴りをヒットさせる。

そこでアビスは思い切り腕を振った。バイザーから水があふれ、花粉を散らす。

アビスは水を上に放ち、身にかぶる。少し、頭を冷やしたかった。

 

 

(落ち着け、俺)

 

 

今は、今の自分を信じるべきだ。

普通に考えて、友達を、その母親を殺した魔獣がどうにもムカついて仕方ない。

それにあのループの事も女帝達は楽しげに見ていたのだろう。あんな酷い、あんな辛いものを面白いと思う魔獣がどうにも。

これは当たり前の感情だ。それを押し通せばいい。もしも過去の自分がノイズになるなら――!

 

 

「俺は、自分(セカイ)を変えてみせる!」

 

 

バイザーからウォーターカッターが発射され、待機していた従者型の首を跳ね飛ばす。

だが全速力で走る女帝、アビスは拳を握り締めて立ち向かっていく。

 

 

「ォオオオオオオオオオ!」

 

 

お互いの咆哮が交じり合う。

まずは一発ずつ胴体に入った。追撃を行うアビスだが、女帝は両手を払ってアビスのパンチを弾いた。

続けざまに、まずはわき腹に一発食らわせ、アビスの動きを鈍らせた。

 

次は胸。

胴体に連打。肩を掴んで膝蹴り、アッパーで顎を撃ち、キックで押し出した。

掌から茨の鞭を伸ばして連打。アビスの呻き声が聞こえ、女帝はニヤリと笑う。

しかしすぐに表情が歪んだ。ライアとシザースの刃で切られたからだ。

 

 

「オオオオオ!」

 

 

アビスは痛みを抑えるために叫び、すぐに走った。

これは八つ当たりだ。だが、だからこそ全力で行く。

女帝は一応女性型だが、だからこそ思い出す。本気で殴れ。鬼教官の教えどおり。

 

 

「ウゥウ゛ァ」

 

 

仰向けに倒れる女帝。すぐに大股を広げて立ち上がるが――

 

 

『ファイナルベント』

 

 

エビルダイバーに乗っているライアが見えた。

女帝は両腕をクロスさせてハイドベノンを受け止める。

 

 

「オゴゴゴゴぉォッ!」

 

 

凄まじい衝撃ではあったが、何とか耐え切っ――

 

 

「ハァアアア!!」『ファイナルベント』

 

「グゴアァアア!」

 

 

シザースアタック。丸まり、高速回転で飛んできたシザースが両腕のガードを崩した。

手をバタつかせ、女帝は後のめりで後退していく。そこで女帝は見た。空中に飛び上がるアビスの姿を。

 

 

「ォオオオオオオオ!!」

 

 

頭の薔薇を伸ばし、妨害しようとするが、アビスは既に空中で一回転。

体を思い切り伸ばし、両足が青白く発光する。それは迫る薔薇をかき消しながら飛んでいく。

 

 

「ウラアアアアアア!!」

 

「ウゴガァアアアア!!」

 

 

両足の裏が女帝の胸に入った。

女帝は二回転ほどしながら仰向けに倒れる。

静寂。しかし笑い声が聞こえてきた。ライア、シザース、アビス。

三人のファイナルベントを受けたことを自覚したのか、女帝は笑っていた。

 

 

「耐え切ったぞ! どうだ騎士共! これが負の力を得た魔獣の力なの――」

 

 

そこで、空から猛スピードで何かが降ってきた。

アビスが両足を当てた部分に、アビソドンは大きなノコギリの刃を差し込んだ。

 

 

「ギョエアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

断末魔と共に女帝は爆散する。

アビスダイブはアビスが蹴りを当てたところにアビソドンが追撃を行うファイナルベントだ。

どうやら追撃は耐えられなかったらしい。

 

 

「勝った……、んッ、ですよね?」

 

「ああ。助かった。中沢」

 

「ええ。よくあの花粉の中を抜けましたね」

 

 

変身を解除する三人。中沢恥ずかしそうに笑った。

 

 

「なんていうか、その、逃げたくなくて」

 

 

中沢は大きなため息をついてへたり込んだ。疲れたし、肩が痛い。

気分が重い。ふとポケットに入っている携帯を取り出してみる。起動させると、ホーム画面が映った。

写真だ。ループを抜け出したからか、仮想世界に入る前の写真になっている。

それはいつの日か、なぎさが撮ろうと言ったものだった。なぎさと、下宮、中沢、仁美が映っている。

 

 

「えッ!?」

 

「どうしました?」

 

「い、いえ!」

 

 

びっくりした。いや、あまりにも可愛すぎて、綺麗すぎてつい声が出た。

仮想世界じゃ、ほむらに恋をしていた気がしたが、それは夢だった。

中沢のハートに雷が落ちた。いや、もう、本当に、びっくり。志筑仁美が、可愛すぎて、もう、本当、最高。

 

 

「仁美さん……!」

 

 

本音を言えば、まだ若干ほむらを引きずっていたような気がしたが、浄化されていく。

完全に、仁美派です。中沢は携帯を見つめながらニマニマとしていた。

一方で手塚は遠くに見えるデカログスを見ていた。

 

 

「逃げたくないか。そうだな。それはあるな」

 

「え?」

 

 

中沢は何気なく口にしたつもりだったが、手塚には刺さったようだ。

 

 

「パートナーに厄介ごとを押し付けてきた。だから俺も……」

 

 

手塚はコインを落とす。

 

 

「これ以上は、パートナーから逃げる訳にはいかないな」

 

 

手塚が、消えた。

 

 

「あれ!? て、手塚さんっ!?」

 

 

中沢は立ち上がり周囲を探すが、気配がない。

近くにいた須藤も少し驚いたが、この世界での出来事と、先程の手塚の様子から異常事態ではないと察した。

 

 

「彼には彼のやる事ができたんでしょう」

 

 

パートナーから逃げない。

 

 

「なるほど。中沢くん。私も少しいいですか?」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

手塚はイチリンソウの花畑に立っていた。

 

 

「嬉しい。会いたいなんて。情熱的なんだから」

 

 

一つだけ、椅子があった。

そこに焔は座り、手塚に笑みを向ける。しかし目が据わっている。隈も酷い。

確かに――、会いたいとは願った。しかし残念ながら、それは焔が望む意味ではない。

 

 

「暁美に雄一を押し付けてきた。どうやら俺は、思っている以上に心が弱いらしい」

 

「うんうん、仕方ないわね。分かるわ。でも大丈夫、私なら分かってあげられる」

 

「かもしれない。だが俺は、お前を分かってやれない」

 

「え?」

 

 

風が吹いた。いくつかのイチリンソウが千切れ、舞う。

 

 

「……綺麗ごとは要らないのかもしれないな」

 

 

鏡像が現れた。変身と口にしたのだから、ライアが立っているのは当然の事だった。

 

 

「焔。お前の理想には、もう付き合ってられない」

 

 

パチンと、焔は手を叩いた。

そうか。手塚は怒っているのか。まあ、無理もない。

勝手に仮想世界に幽閉されて、記憶を弄られて、死と再生を繰り返したのならば頭にくるのは当然だ。

しかしそれは誤解なのである。苦痛はあったかもしれないが、手塚は大切なことに気づいてくれた筈だ。

 

 

「それだけ本気なのよ!」

 

 

分かるとも。親友にした女を、憧れたという女を、惚れた男を閉じ込めて何度も殺すくらいには本気だったのだろう。

しかしそこに対する不信感など、些細なものでしかない。

手塚が重要としていたのは、ホムラの叫びだ。救われたと思う。切に。だからこそ――……!

 

 

「俺は、暁美ほむらを選ぶ」

 

 

手塚は、その時の焔の表情を一生忘れないだろう。

彼女は打ちのめされたようにして、目線を下に落とす。

その内に瞳が潤んだ。赤黒い涙が一筋、頬を伝う。

 

 

「……見たの」

 

「?」

 

「小説でね! 女の人が好きになった男の人の手と足を切っちゃってね。飾るの! あ、なに? 手塚くん引いてる? うん、うん。分かるよ。酷いと思うでしょ。私も思ったもん」

 

 

焔は笑顔を消した。

 

 

「でも、その人の気持ち、今なら分かる」

 

 

だって、愛してるから。離したくないから。心が向いていない事を自覚したくないから。

今だって心は張り裂けそうに痛い。これだけの痛みを感じたんだ。少しは向こうも痛くなってもらわないとフェアじゃない。

 

 

「うん! 手塚くん! そうしよう!」

 

 

その笑顔は――、『悪魔』のようだった。妖艶で、悲しげで。

そしてその服装も変わっていく。黒を基調とした露出の高い、バレリーナのような格好だ。そしてその背中には、大きな翼があった。

 

 

「ゴメンね。でも、愛してるから!!」

 

 

悪魔ほむらは翼を広げ、両腕を広げ、手塚を包み込む準備を整えた。

 

 

 

 

 

一方、杏子とマミは、遊園地を目指していた。

 

 

「なあ、マミ」

 

「なに?」

 

「その――、悪かったな。腐っちまって、アンタを裏切った」

 

「え? なんの話?」

 

「あぁ、そうか。アンタもう、アタシの知っているマミじゃねーのか」

 

 

そこでピンと来た。LIAR・HEARTSの事を言っているのだろう。

よく思い出してみると、分かるような、分からないような。

いずれにせよ、どんな時間軸でも同じような理由で分かれた。

 

 

「結構、同じ事をね、繰り返してるのよ私達って」

 

「はッ、馬鹿だな。救えない」

 

 

そこで杏子はまどかが言っていた事を思い出す。嫌われている、と。

 

 

「なあマミ。未来のアタシって、どんな感じなんだ」

 

「最低って聞いてるわ。私は死んだからよく覚えてないけど」

 

「はぁー」

 

 

杏子は呆れたように大きなため息をつく。

 

 

「輪廻転生というか、永劫回帰っていうか」

 

「ん? 何の話だ?」

 

 

繰り返されるゲームをどう捉えるか。そういう話である。

違うルートはあれど、結局同じような事を繰り返す。いくら仕組まれた部分もあるとは言え、自らの愚かさが招いた結果でもある。

 

 

「アタシはまだここしかないからな。ピンとこない」

 

「まあ、それもいいわね。自分の愚かさを知ることはかなり恥ずかしい事だもの」

 

 

杏子は振り返り、デカログスを見る。あれもまた繰り返した結果か。

 

 

「暁美のヤツの中じゃ鹿目がそんなにデカいのか」

 

「そうね。私達じゃ結局代わりにはならなかったみたいね」

 

「………」

 

「妬いてるの?」

 

「うっせ」

 

 

嫉妬じゃない。分かるところがある。

杏子だって、結局いつも家族に縛られてる。

 

 

「面倒なもんさ。もっとスパッと割り切れたなら、アンタとも上手くいった」

 

「割り切れないから人間なんだと思いたいわ。それに貴女が今、そう考えてくれる事は嬉しいわ。いつかきっと、とても大きな光になる」

 

 

無言の杏子。

 

 

「だから、少なくとも今は気にしてないわ。安心して佐倉さん」

 

「本当かよ」

 

「………」

 

 

無言のマミ。そこで表情が変わる。

張り付く恐怖。心音、耳鳴り。それは杏子も感じたようで、周囲を警戒する。

すると何かが光った。銃口だ。マミと杏子はそれぞれ左右に飛んで、瘴気のレーザービームを回避した。

ショッピングモール屋上。ゼノバイターがブレードトンファーを構えて立っていた。

 

 

「はーッ、めんどくせッ!」

 

 

ゼノバイターは気だるげに首を回して唸り声を上げる。

焔のところ行きたいはいいが、この世界の神である焔を捕まえることは、このままではゼノバイターにはできない。

ならば、交渉材料を用意する。手塚とおまけがあれば完璧だ。

 

 

「だが本命は手塚である以上、一人はいらねぇ」

 

 

厄介なのはどちらか。

決まっている。今はマミだ。

 

 

「いい加減ムカついてんだ。一人減らすぜ」

 

「………」

 

 

マミは杏子にお願いを一つ。ここは任せて、先に行ってくれ。

 

 

「でもッ、いいのかよ」

 

「貴女は優しいから、ある時は美樹さんを選んだわ」

 

「は?」

 

「またある時は、私を選んでくれた」

 

 

マミは杏子の背中を押す。

 

 

「次は、暁美さんを選んでね」

 

 

思うところはあるが、それが今、一番マミが望んでいる事だと分かった。

杏子はマミのため、なによりもほむらの為に頷き、全力で前に進んだ。

一方でマミはリボンを伸ばし、屋上手すりに巻きつけ、一気に移動する。

 

 

「巴マミぃ。面白いよな、運命ってのは。因果ってのはァ!」

 

 

肩をまわし、ゼノバイターは一度しゃがみこむ。

 

 

「やっぱテメェが先に死ぬ」

 

「冗談言わないで。死ぬつもりはないわ」

 

「そりゃ、おめ。無理ってもんだ。俺様の実力は魔獣の中でもトップクラス。カスのお前じゃ百万回ループしても勝てねぇよ」

 

「それを聞いて安心したわ。なら貴方に勝てば、他の魔獣にも勝てるのね」

 

「はぁー!」

 

 

歩き出すゼノバイター。

マミは自身の周りに大量のマスケット銃を召喚して、一勢に発射する。

しかし無数の弾丸を身に受けながらも、ゼノバイターの勢いが止まる事はない。

ならばとマミは踏み込んだ。両手に大きな筒状の大砲を装備して、直接殴りにかかる。

 

 

「ティロッ!」

 

 

右腕の砲口を押し当て、ゼロ距離射撃。

 

 

「ドッピエッタ!!」

 

 

次は左腕のフック。砲口が爆発を起こし、ゼノバイターが後ろに下がる。

 

 

「ティロ! フィナーレ!」

 

 

巨大な銃を出現させ、弾丸を発射させる。しかしゼノバイターは呆れたように腕を十字に組んだ。

 

 

「魔皇十死砲!!」

 

 

青黒い閃光が発射され、マミの弾丸を簡単にかき消した。

悲鳴が聞こえる。レーザーはマミに直撃。手すりを破壊して、彼女を地面に叩きつける。

ゼノバイターは笑いながら屋上から飛び降りる。駐車場ではマミが地面に両膝と両手をつけており、血を流しながら呼吸を荒げていた。

 

 

「いつも一番最初に死んだから印象うっすいわ、お前。コメントもありゃしねぇ。さっさとくたばれ。俺様はな、急いでんだよ」

 

「……貴方に分かる? あの子、とっても可愛い顔で眠るのよ」

 

「あ?」

 

 

怒られるだろうから言っていないが、マミは眠っているほむらの顔をよく見ていた。

安心したように寝息を立てる彼女を見て、嬉しいと思う反面で、自己嫌悪もあった。

だって、眠っている事を確認しないと、眠れない。本当はまだほむらの心の中には黒いものがあるかもしれない。

 

もちろんそんな馬鹿な事はないと、ありえないとマミは思っている。

それでも、The・ANSWERにたどり着くまでに積み重ねた無限とも言える死が、べっとりと背中に張り付くのだ。

ご飯を作ってあげるのも、何かを混ぜられたくないから? 違う。違うとも。だからほむらが作ってくれたコーヒーを全部飲み干す。

美味しいねって笑顔でいう。紅茶のほうがいいなんていったら、撃たれるかも。馬鹿ね。そんな事ないわ。

コーヒーだって別に好き。どっちでもいいの。暁美さんだってたまには違うの、飲みたいかもしれないし。

 

 

「そう。でも――、たまに、フラッシュバックするみたいに、暁美さんが怖くなる」

 

「ハハハハ! そう、そうだ! それが人間だ! お前らクソ愚かな雑魚どもは! 割り切れない! いつまでも負を背負い続ける! 傑作だぜこりゃあよぉ。その馬鹿な心がゲームを続けッ、今の状況をも生み出したって事よ!!」

 

「でもあの子が笑ってくれると、本当に心が温かくなって、嬉しくなる」

 

「そう思わなければ壊れるからじゃねぇのかい? お前そりぁよォっ、本当の感情じゃあねぇッッ!!」

 

「本当よ! 間違いなくッッ! だって! じゃないと――ッッ!!」

 

 

マミは立ち上がり、ゼノバイターをまっすぐ睨んだ。

 

 

「じゃないと! 涙なんて流れない!」

 

 

マミは涙を流し、ゼノバイターを睨んだ。

仮想世界は悪いことばかりじゃなかった。あれが焔の、ほむらの望む世界ならば、彼女はマミの事を好きになろうとしている。

大切なものがマミでもいいと思っているからあんな夢を見せたんじゃないのか。

 

マミは今、戦っている。

今までの殺しあう自分を少しずつ消していく。

苦しいが――、それでも一緒に住むほむらが笑ってくれたとき、何よりも嬉しくなる。

でも今まではどうだ? ディスパイダーによって精神を揺さぶられ迷惑をかけた後は、テラバイターによって苦しめられるほむらを救えなかった。

そして今、焔に夢を見せられて、それだけなんて。

それも、嫌だ。

 

 

「私はあの子を、あの子達を助ける。だって私は先輩魔法少女であり、みんなの仲間なんだから! 友達なんだから!!」

 

「あぁーん? さっきから何言ってんだオメェはよゥ?」

 

「まだ分からないの? だったら分かりやすく言ってあげるわ!」

 

 

マミはマスケット銃を出現させると、銃口をゼノバイターにしっかりと合わせた。

 

 

「何の為に生き残ったと思ってるの? この私がッ、かつてのゲーム達を否定するためよ! だから暁美さんのために、まずッ! 私が貴方を倒す!」

 

「ハハハハ! だから! それはムゥリっつうハァ! ナァ! シィ!」

 

 

しかしそこでエンジン音が聞こえた。

立体駐車場の壁を打ち破り、ライドシューターが飛び出してくる。

 

 

「本当にそうでしょうか?」

 

「!」

 

 

粒子となって消滅するライドシューター。中から現れたのは、シザースだった。

 

 

「須藤さん! どうして!」

 

「ジュゥべえが場所を教えてくれました。ゼノバイターには電車での借りがあります。それに――」

 

 

パートナーから逃げない。

須藤もまた、戦うものの一人だ。ふとした時に黒い感情が湧きあがり、抑える。

それは当然のことだ。そう思っている。憎むのも、疑うのも、それは心ある人間の証拠だ。大切なのは、それを抑えること。

抑えようとする理由が存在している事だ。

 

 

「正義の姿を目指す。貴女と戦えば、少しは理想の自分になれる」

 

「……ええ、そう。そうね須藤さん。私達はパートナーですもの」

 

 

前方にはマミ。背後にはシザース。

しかしゼノバイターは相変わらず笑っていた。確かに、パートナーが近くにいれば性能が上がるシステムは存在している。

だがそれがどうしたというのか。

 

 

「犠牲者が二人になっただけだ。上等だぜ参加者ども。俺様が、今ココで、地獄に送ってやるよォ。クカカカカカ!!」

 

 

一応、会話の途中ではあったが、ゼノバイターが目を光らせると、赤いレーザーが発射されて一瞬でマミに届く。

掌に魔力を集中させ、簡易的な結界で対処したはいいが、痛みはある。

マミが表情を曇らせると、ゼノバイターは瞬時に後ろへ走っていた。

構えるシザース。ゼノバイターは銃弾を連射しながら接近。瞬時に地面を蹴り、大きく跳躍した。

 

 

「あらよぉっと!」

 

 

シザースの肩を蹴り、さらに大ジャンプ。

デパート入り口にある雨避けの上に着地すると、弾丸を乱射する。

死ねの連呼。マミとシザースは並んで駐車しているある車の奥へ飛び込み、身を隠した。次々と弾丸が命中して、爆発していく車の間を走る二人。

 

マミはそこでリボンを伸ばした。

レガーレヴァスタアリア。黄色いリボンが車を縛り上げ、五台ほどゼノバイターへ投げ飛ばしてみせる。

しかしゼノバイターは淡々と指を鳴らした。すると肉体から瘴気が噴射され五体の従者型が出現する。

 

モザイクから発射されるレーザーは、車を簡単に貫き、爆発させると、そのまま駐車していた無数の車にも届く。

次々と起きる爆発。しかしその時、ゼノバイターは舌打ちを零す。

目障りな音声が聞こえてきた。同時に銃声。並んでいた五体の従者型の頭部が同時に吹き飛ばされる。

爆炎がかき消された。姿を見せたのは、それぞれアライブとサバイブ状態になったシザースペアであった。

 

 

「ティロ」

 

 

右腕をまっすぐ伸ばすと、左右から何かが飛んできて合体。マミの腕が筒に覆われた形になる。

よく見るとそれは砲台だ。ゼノバイターは呆れたように地面を蹴ろうとして――、できなかった。

凄まじい抵抗感。足を見ると、青と黄色の糸が地面から伸びて、足を縛っているではないか。

 

 

「あぁ、クソったれ」

 

 

ティロフィナーレ。先程と同じ技だが、パワーのレベルが違っている。

飛んできた弾丸は一瞬でゼノバイターに直撃すると、後方に吹き飛ばしてデパートの中へブチ込んだ。

 

 

「ガァァ! クソ!」

 

 

インフォメーションを破壊して、メインホールまで滑る。

煙を手で払いながら立ち上がると、丁度シザースが双剣を構えて走ってくるのが見えた。

 

 

「ハァアア!」「ゥおおっと!」

 

 

払いをバックステップで交わすと、ゼノバイターは思い切り頭を振るった。

回転式のヘッドバンキング。頭についていた触角が伸び、鞭となってシザースの足を払った。

しかし直撃したはいいがシザースが倒れる気配はない。防御力も上がり、踏みとどまる力も当然強化される。

 

 

「ウゼェな!」

 

 

ならばとゼノバイターも足に力を込める。

シザースバイザーツバイ、右の一撃を肩で受け止めた。切断はされない。怯んでいるシザースの足を、ゼノバイターは自分の足で払う。

今度は成功だ。倒れたシザースの胴体を思い切り蹴り飛ばしてやった。青黒い衝撃波が発生し、シザースは周りのインショップを破壊しながら転がっていく。

 

だがゼノバイターが追撃を行おうと足を出した時、思わず踏みとどまる。

気づけば周囲、どこを見回しても無数のマスケット銃が浮遊しているではないか。

 

 

「くッ!」

 

 

どこもかしこも弾丸の雨。

デパートのメインホールは吹き抜けになっており、三階部分にマミが座って紅茶を飲んでいるのが見えた。

魔法の紅茶で精神と魔力を安定させつつ、ゼノバイターを蜂の巣にしようというのだ。

 

 

「ウォウッラアアア!!」

 

 

その時、ゼノバイターの雄たけびが聞こえた。

トンファーブレードを合体させてブーメランに変えたのだ。高速で回転するそれは銃弾を切り裂きながらマミを狙う。

ならばと青と黄色の糸が張り巡らされた。が、しかし、たとえアライブの魔力であったとしても瘴気をたっぷりと纏った刃は、それを切り裂いて突き進む。

 

やむをえまい。

やはり優雅のままには終わらないようだ。マミは椅子から立ち上がるとスカートの端を掴んで走り出した。

ブーメランはガラスを粉砕し、先程までマミが座っていた椅子を真っ二つにする。

もちろんそれで止まらない。マミの動きを感知して、ブーメランは執拗に空を飛び回る。

 

 

「ナメないで!」

 

 

リボンが円形に結ばれると、中央が鏡に変わる。

アイギスの鏡。相手の飛び道具を反射する技だが、マミが選んだのは別の方法だった。

ブーメランが鏡に触れた瞬間、意識を集中させる。するとブーメランが鏡の中に沈み、そのまま消え去った。

 

 

「なるほど! ミラーワールドの中に送られたか! こりゃ一本取られた!」

 

 

階下のホールではゼノバイターがエネルギーを棒状にした武器でシザースと切りあっていた。どうやら自分の武器が消えたことが分かったらしい。

しかし余裕は崩れない。当然だ。なぜなら武器は瘴気で作ったもの。無限にとはいかないが、材料があればまた作れる。

 

 

「こんな感じでよ!」

 

 

棒状の武器がトンファーブレードに変わった。

シザースの刃を受け止めると、まずは目から出すレーザーで怯ませ、二度ほど装甲を切る。

シザースが反撃に刃を出す前に胴を蹴り、少し後ろに下げると、トンファーにある引き金を引いて瘴気の弾丸を連射する。

 

だがシザースもここは意地で前に出た。

一発は受け、一発は切り裂き、距離を詰めていく。

マミもパートナーをサポートする為に、再びゼノバイターの周りに銃を出現させた。

だがゼノバイターは触覚を振り回して近くにあったマスケット中を弾き、銃口の位置をズラすと、自らは地面を蹴って高速回転を始めた。

 

 

「旋空瘴気斬!!」

 

 

青黒い嵐が巻き起こる。

凄まじい風が、シザースの足裏を地面から引き剥がした。

視界が二転三転する。気づけば地面に叩きつけられ、ゼノバイターは風に乗ってマミがいる階に着地した。

 

 

「ほむらちゃんの為に戦うゥ? いやいや感動感動。俺様、まいっちまったよ本当に」

 

 

マミは後ろへ、ゼノバイターは前に走る。

マミが指定した場所に出現するいくつものマスケット銃。しかしゼノバイターは一瞬で全ての場所を把握した。

まず持っていたダークオーブでギーゼラを呼び出した。魔女は既にバイク形態。

 

ゼノバイターはシートに飛び乗りながら、目からレーザーを発射して前方を塞ぐマスケットを全て破壊する。

次は左右。触覚を伸ばして右側のマスケットを全て掴み取ると、一気に引き戻してみせた。

そこで銃弾が発射される。ゼノバイターが掴んでいた方の銃から発射された弾丸が、左側から発射された弾丸にぶつかっていき、相殺していく。

 

ゼノバイターはさらに後方へ従者型を召喚してレーザーを発射されていた。

もちろん従者型の攻撃ではマスケット銃の弾丸には勝てないが、それでも勢いを殺して盾にするくらいにはなった。

そうしていると一気にトップスピード。マミは目を見開く。

ゼノバイターがもうすぐそこまで。

 

 

「ティロ! フィナーレ!」

 

 

技名を聞いて、ゼノバイターはギーゼラから飛び降りた。

それだけではなく、魔女を蹴る。

飛んでいくギーゼラは、弾丸に直撃。大爆発を起こす。しかしそれはフェイク。爆発を切り裂いて、ゼノバイターの腕が伸び、マミの頭を掴んだ。

 

 

「だがお前らに生まれたのは所詮、俺達魔獣への対抗意識、言い換えてみれば殺意だ」

 

 

ゼノバイターはマミの頭部を思い切り地面にたたきつけた。

そしてまずは一発顔面を殴り、次は腰につけていたトンファーを抜いて刃で一気に首を切断しようと試みる。

が、しかし抵抗感。刃は入ったが、血を流すだけで肉にせき止められる。

 

なるほど。

やはり肉体的にも強化されているようだ。

ゼノバイターは足裏でマミの腹部を押さえると、首の切断を諦め、銃口にエネルギーをチャージしていく。

 

 

「殺意を前にしていては、殺意から生まれたとも言える俺様たちには絶対に勝てない」

 

 

再びゼノバイターの周りに凄まじい数のマスケット中が生まれるが、ゼノバイターは構うことなく銃弾を全身に受けた。

ダメージはある。あるが、マミはここで終わりだ。

 

 

「なんつって」

 

 

ゼノバイターはマミを思い切り蹴り飛ばすと、銃口をマミのソウルジェムではなく、背後へ向けた。

そして発射。青黒いレーザーが空間を切り裂きながら飛んでいき、ランチャー砲を構えていたボルランページと、その隣にいたシザースを撃つ。

 

 

「バレてんだよ。カスが」

 

 

ゼノバイターはトンファーブレードを連結。再びブーメランモードに変える。

いや、ただのブーメランではない。構え、何かを引く動作を行うと、弦が現れた。

アローモード。腕を引くごとに瘴気が集中し、弓矢の形になる。

狙うのはマミだ。彼女も気づいたのか、再び青と黄色のリボンを張り巡らせるが――

 

 

「無駄だっつてんだろうが! おい頼むぜェ!?」

 

 

ゼノバイターが指を離すと、瘴気の矢が飛んでいく。それらはリボンを貫いていき、マミに届く。

 

 

「確かに! 根底にあるのは殺意かもしれない!」

 

「お?」

 

 

リボンでマミの姿が隠れていたため、魔法を発動した事に気づかなかった。

ユニオン、ガードベント。Rシールド。リボンで少し勢いが弱まっていたというのもあってか、矢は強固な盾にしっかりと止められた。

 

 

「でもッ、それでも! 私達はそれを貴方達の様には使わないのよ! だからこの力がッ、アライブが! サバイブがある!!」

 

 

盾が、矢を吸収した。

盾上部には穴が開いているが、それが銃口だとゼノバイターが気づいたのは、吸収した矢が発射された時だった。

ただの反射じゃない。スピードが上がっている。おそらく威力も。

 

 

「くだらねぇ。くだらなねぇなァ!」

 

 

ゼノバイターは飛んできた矢を、体を少し横にそらして回避した。

 

 

「どんなご立派な理由並べようが、ンなモン所詮な、よわっちぃテメェを守るための言い訳だろうが!」

 

 

まだ、心の奥でほむらに怯えているマミが愚かに見えて仕方ない。

だからこそ、そんな彼女には負ける気がしない。

 

 

「だがいつか!」

 

「なにッ!」

 

 

後ろから声がした。シザースが同じ盾で矢を受け止めていた。

 

 

「仮面も素顔に変わる!!」

 

 

矢が反射した。さらに上昇するスピード。

一瞬で、それは、ゼノバイターに直撃して爆発を巻き起こす。

 

 

「ごがぁああ!」

 

 

ゼノバイターはマミを通り抜けて吹き飛んでいく。

そこでマミとシザースは目を合わせ、大きく頷いた。

 

 

「ありがとう須藤さん! 上出来ッ!」

 

 

マミはリボンを伸ばし、シザースはそれを掴んだ。

マミはリボンを引き戻し、一気にシザースはマミのもとへ。

さらにシザースは走る。ゼノバイターが着地を決めたと同時に、二刀流の刃を振り下ろした。

 

 

「自分があやふやになるからこそ!」

 

「ぐっ!」

 

「今ッ、お前に一撃を与えるたびッッ!」

 

「ガァアア!」

 

「理想が見えてくる!!」

 

「グォオオ!!」

 

 

激しい乱舞がゼノバイターの防御を抜け、装甲を傷つける。

しかし見切られた。足を銃で撃たれ、動きが鈍ったところでフックが入る。

フラつくシザース。しかし状況とは裏腹にゼノバイターの悲鳴が響く。

マミが駆けつけ、まずはスライディング。避けたと思ったらリボンに縛られ、マミの髪がドリルになってゼノバイターの全身を抉る。

 

 

「ウォオオオオオオオ!!」

 

 

ゼノバイターは全力を込めて、体を縛るリボンを引きちぎった。

さらに体から瘴気が吹きでて、爆発を起こす。

マミは青黒い炎に包まれ、地面を転がったが、騎士の防御力と気力で耐え切ったシザースが強引に前に出る。

熱い。中が蒸し焼き状態になっており、須藤は喉が渇くのを感じた。

 

肺が焼ける。

しかし大きく息を吸い込んで前に出た。

この痛みはかつての罪の贖罪と考えよう。なればこそ、止まるわけにはいかなかった。

剣の柄頭でゼノバイターを殴る。しかし踏みとどまったゼノバイターに頭突きを打たれ、顔を殴られた。

痛みと衝撃で右手から剣が離れた。ならばとシザースは右の拳で思い切りゼノバイターを殴りつける。

 

 

「須藤さん!」

 

 

マミがリボンを伸ばし、落ちた剣を手に持たせてくれた。

シザースは一心不乱に両手の剣を突き出した。

連結する音。二つの刃が合体してハサミに変わる。力を込めて挟みこみ、ありったけの力を込める。

 

 

「ぐガァアアアア!!」

 

 

ゼノバイターの装甲がバキンと砕け、瘴気が漏れ出す。

抵抗に赤いレーザーが発射された。しかし幸いにもシザースは防御力が高い。

全身に受けながらも、シザースは前に出た。足を前に出して走る。

 

 

「苦しむ少女がいるのなら――ッッ!」

 

 

ガキンッ! と、音が聞こえた。

ゼノバイターを挟んだまま、刃が大きな柱に突き刺さったのだ。

どこかが焼け爛れているのか。叫ぶたびに痛みが走る。しかし反対に、シザースは声の音量を上げる。

痛み無ければ、大きくなければ、自分には聞こえない。

 

 

「助けるのが刑事の役割というものだ! 魔獣!!」『ファイナルベント』

 

 

カードを抜き、ハサミの中央部に差し込むと電子音。

シザースは左足の裏で思い切りゼノバイターの胴を蹴ると、その衝撃を利用して後方上に飛び上がる。

バク宙で一回転をすると、着地地点にはボルランページが出現していた。

 

トス。

ボルランページがシザースを打ち上げる。

シザースは体を丸めて高速回転。黄色と白色のエネルギーを纏いながら拘束されているゼノバイターに直撃した。

 

柱が粉々になる。

ゼノバイターは強制的に後ろに下がっていき、ボルランページは跳ね返ってきたシザースのところまでジャンプを行うと、大きなハサミで主人を叩き飛ばした。

トスからのアタック。シザースは殴られた勢いで加速し、発光する右足をゼノバイターの頭部に叩き込んだ。

シザースキック。ゼノバイターは悲鳴を上げながら床を転がっていく。どうやらまともに入ったらしい。唸り、口からは吐血するように瘴気を吐き出していた。

 

 

「キュゥべえ! 聞こえる!?」

 

『どうしたんだいマミ』

 

「ルールの事で確認があります!」

 

 

素早くやり取り。

 

 

「分かったわ! ありがとう!」

 

 

マミは銃を抜いて一発弾丸を放つ。

それがシザースを襲おうとしたトンファーブレードを打ち抜き、ゼノバイターの手から弾き飛ばす。

うざってぇ。ゼノバイターは武器を捨てて素手に切り替えた。

シザースも抵抗するが、ゼノバイターも本気に切り替えた。瘴気は決して少なくない量を失った。これ以上は減らせない。

 

 

「やってくれるよな。カス雑魚共の分際でよォ。せめて身の程を弁えてもらいたいもんだねぇい」

 

 

シザースの腕を掴み、投げ飛ばす。

マミの蹴りを受け止め、顔面に足裏を叩き込んだ。

マミが下がっていくと、倒れているシザースの肩を掴んで引き起こす。

飛んで来たシザースの拳を、ゼノバイターは顔を逸らして回避すると、そのままシザースの胴体に拳を何度も打ち込んでいく。

 

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラァアアア!!」

 

 

猛連打。

フィニッシュは回し蹴りだ。

シザースは地面を滑り、ゼノバイターはおまけにレーザーを打ち込んでおいた。

そこで後ろからマミが飛び掛ってきた。リボンを持って首を絞めてくるが、ゼノバイターは一旦そこで思い切り倒れた。

 

背中にいたマミが地面にたたきつけられる。

ゼノバイターは立ち上がり、マミを引き起こすと背負い投げで地面にたたきつける。

まだ終わらない。触覚で彼女の足をしばると、頭を回して壁に直撃させる。

 

 

「俺様は勝ち続ける! 賭け事は勝つからこそ楽しいんだよ!!」

 

 

呼吸が荒い。ゼノバイターとて、余裕は既に失っていた。

だからこそ、地面から生えた砲身に気づかなかったのだ。

 

 

「ウゴオォオォ!」

 

 

上半身が爆発する。

マミは腕を伸ばし、血を流し、据わっている目でゼノバイターを睨んでいた。

プッと折れた歯を吐き出す。それでもニヤリと笑った。

 

 

「じゃあ、ごめんなさい。今日は貴方にとって一番楽しくない日になりそう」

 

 

シザースが、走っていた。

手にはストライクベントで出現させたランページブレイカーが装備されている。

シオマネキ型のモンスターの右腕、大きなランチャー付きのハサミが装備されている。

シザースは動き鈍らせているゼノバイターを思い切り殴った。殴った瞬間にエネルギーを発射した。

ゼノバイターは悲鳴をあげて吹き飛んだ。

 

 

「あぁ、なんか、ええ、違うわ。違うわね」

 

 

マミは大きく首を振って、自分で自分の頬を叩いた。

 

 

「そうよ。ええ、うん、ありがとう須藤さん。貴方の言うとおりよ」

 

「ッ? 私、何か言いましたか?」

 

「ええ。須藤さんの戦う理由を聞いてみて、私も分かったわ」

 

 

魔獣を倒すのももちろん大切だし、生き残ったからこそ何か大きな変化を起こしたいというもの本当だ。

でも一つだけ、もっと根本的な理由を忘れていた。

 

 

「ゼノバイターさん? 貴方の狙ってる暁美さんって、意地悪なのよ。私を閉じ込めて変な記憶を埋め込んで!」

 

 

でも、あれも、『ウソ』ではなかった。今までのループと同じだった。

 

 

「おかげでもっと――、あぁ、もっと好きになっちゃったじゃない! 酷いわね! もう、最悪っ!」

 

 

マミは走る。青と黄色のリボンが右足に巻きついた。

 

 

「あの子の為に、私はアンタをブッ飛ばすわ!!」

 

「!!」

 

「テラバイターの時とは違う! 私は、仲間を守る為に戦う! それが私の望んだ魔法少女のあるべき姿!!」

 

 

強化された蹴りがゼノバイターに迫る。

胴体に打ち込んだ。しかしゼノバイターは踏みとどまる。

ゼノバイターはイライラしていた。こうなればせめてものダメージだ。爪で、目を抉ってやる。

が、しかし腕を伸ばす前に聞こえたユニオンの音声。マミの右手にランページブレイカーが装備されていた。

 

 

「あぁ、クソ」

 

 

マミのストレートがゼノバイターに叩き込まれた。

ランチャー発射。爆発が起き、ゼノバイターは吹き飛んでいく。

 

 

「須藤さん!」

 

 

作戦会議。そしてゼノバイターが立ち上がったとき――

 

 

『ユニオン』『ファイナルベント』

 

 

巨大な大砲がマミの隣にあった。

 

 

「好きだァ? くっだらねぇぜ。今日1で下らないしムカつくぜ」

 

 

トンファーブレードを両手に構え、ゼノバイターは全身から瘴気を噴き出しながら立つ。

 

 

「テメェは、テメェらは今も、この瞬間も感じている筈だ。戦う事で湧き出る憎しみ、恐怖、絶望ッ、殺意!! それが一時の好意で埋められるモンかよ! なァ? おイ」

 

 

人間は戦いに理由を求める。だからこそ未知なるカードが生まれ、魔獣がココまで手を煩わされた。

それがどうにも気に入らない。納得できない理由で死ぬなんざゴメンだった。

逆に、それがもしも理由ならば潰したくてたまらなくなる。

 

 

「マジでムカつくぜ。テメェらの顔を見ているだけでイライラしてくるし不快だ。サルみたいに見分けつかねーくせに言葉だけはイキがりやがって。あぁぁあ、クソクソ! 感謝して欲しいもんだな会話すらムカつくぜ。テメェらでいうならゴキブリと会話してるみてぇなもんだからな。おらどうした。さっさと来い巴のマミちゃん! テメェの希望とやらを俺様がぶっ潰してやるぜ!」

 

「――黙りなさい」

 

 

マミが腕を伸ばす。同時に、大砲からシザースが発射された。

ゼノバイターは、高速回転するシザースへ次々に弾丸を命中させる。

が、しかし勢いは衰えない。仕方ない。刃を向けて受け止めようと試みる。

 

 

「ぐ――ッ! ゴォオオ!」

 

 

腕に凄まじい衝撃を感じた。

が、踏みとどまる。前方には相変わらず回転しているシザースが。

止まれクズが。目からレーザーを発射してみるが無駄だった。光が散って、ゼノバイターはついに地面に倒れる。

 

 

「クソ!」

 

 

すぐに立ち上がる。通り過ぎたシザースの行き先は別の大砲だった。

砲口に入ると、また射撃音と共にシザースが飛び出してくる。次は思い切り足裏を前に出して蹴り止めようとしてみるが、無駄だった。

周りからマスケット銃が現れ、射撃で怯む。すると衝撃。ゼノバイターはシザースに吹き飛ばされ、地面を転がった。

 

またも、シザースは別の大砲の砲口に入った。そして発射。

だがゼノバイターは学習している。幸い立っているのは始めのホールだった。

受け止めるのはもう止めだ。地面を蹴って二階へ移動する。

 

その時、地面を突き破って大砲が出てきた。

タイミングがいい。砲口がシザースをキャッチして、大砲は砲口を動かしてゼノバイターを狙う。

そして発射。シザースが二階へ発射された。

 

 

「クソが!」

 

 

跳ぶ。向こう側へ移動。

しかし大砲が壁を突き破って出てきた。シザースを砲口へ入れると、すぐに発射してゼノバイターに向けて飛ばす。

 

 

「魔獣は、お前らの遥か先を行く! 魔皇十死砲!!」

 

 

青黒い十字状のレーザーが発射され、シザースに直撃する。

競り合い。シザースは雄たけびを上げるが――、直後、爆発が起きてシザースが一階のホールへ墜落する。

 

 

「ハハ! ハハハ! ハーッハハハ! どうよォ! これが俺様の実力ッつぅもんなんだわ!」

 

 

しかし、すぐに笑みを消した。マミがいない。

するとその時、ゼノバイターの体を走る危機感。本能が危険を察知した。周りを――、いや違う。上を見る。

ビンゴ。天井から大砲が生えていた。砲口が真下に、ゼノバイターに向いていた。

大砲が火を噴いた。弾丸はまだある。シザースが駄目なら――

 

 

「あっせェエなオイィイイイイイイイ! モロバレなんだよォ!」

 

 

ゼノバイターは二つの刃を思い切り突き出した。

マミの整った顔に、二つの刃が深く、深く突き刺さる。

 

 

「あーあ、残念だったな人間ンン! ンーン! 悔しいねェ、おっ死んでコレで、はい! 終わりだな! 巴マ――……」

 

 

やけに、軽い。

そもそもマミを目視して安心したはいいが。何かが、おかしい。

刃に刺さっていたマミの顔が、笑っている。

 

 

「かかったわね!」

 

 

あまりこういう事はしたくないが、顔面に刃が刺さって貫いていても、痛覚遮断があればなんのその。

そもそも顔は本体ではないわけで。

 

マミはキュゥべえに確認していた。

ルールのひとつにパートナー同士で傷つけてはいけないとあったが、『作戦』のために体を『使う』のはありなのか?

答えはオーケー。殺意が伴っていなければ、それは許される。

 

パートナーを傷つけるのではなく、敵を傷つけるための行動。

マミはシザースにお願いして、てっとりばやくチョキンと『首を切ってもらった』のだ。

弾丸に――、囮にする為に。

 

 

『死んでも離さない!!』

 

「うッ、うァ! な、なんだこりゃぁあああ」

 

 

マミの顔が割れ、消え、リボンが出てきた。

太いリボンはゼノバイターの全身に絡みつくと、そこで結ばれ、錠前が出現してロックされた。動けない。ゼノバイターは倒れ、芋虫のように這うしかできない。

一方で天井の大砲から『二発目』が発射された。それは右腕の無いマミの体だ。両足を揃えて、ゼノバイターの上に直撃する。

 

 

『たとえ100回迷っても! 1000回苦しんだとしてもッッ!!』

 

 

口がないので喋れないから、テレパシーで会話をする。

マミの叫びはゼノバイターにも聞こえていたようだ。違うと言ってみるが、マミはお前のほうこそ違うと叫んだ。

もちろん、痛覚を遮断する機能があるとはいえ、自分の頭を『使う』のは抵抗感があるし、怖い。

 

しかしマミはそれでもこの手に打って出た。

繰り返したループはマイナスだけを連れてきたわけじゃない。数々の時間の中で培ってきた経験。怯えながらも必死に魔女に立ち向かっていていた意思。

ベテラン魔法少女、巴マミの意地とプライドが背中にあるのだ。

 

 

『10000回自分を見失ったとしても、だったらって新しい自分を創る! それがこのThe・ANSWERなのよ!』

 

 

地面が割れた。

 

 

『私は戦いの中で巴マミを獲得し、証明するッ!』

 

 

ゼノバイターとマミの体が穴の中に落ちていく。

かつてない程の大きさを持つ大砲が伸びた。デパートを破壊しながら聳え立つ。

 

 

「なんだ! どこだよココァ! せめぇなクソが!!」

 

 

マミの体が割れ、リボンになってさらにゼノバイターを縛り上げる。

本体のソウルジェムと、右手は少し離れたところにいるボルランページが持っていた。シザースもそこに駆け寄っており、大砲を見上げる。

 

 

『覚悟しなさいゼノバイター!!』

 

「待て! クソなんだ! やめろ! おい、ここから出せ!」

 

 

暴れるが、拘束は解けない。当然だ。死ぬ気を込めた。

 

 

『ボンバルッッ!!』

 

「おい! おい待てよ! おいおいおいおいおいおいッッ!!」

 

『ダメントォオオオオ!!』

 

「オォオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアア!!」

 

 

弾丸が発射され、ゼノバイターはそこに張り付いて天に発射される。それは天空で大爆発を巻き起こした。

 

 

「ヒアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

熱が、色とりどりの業火がゼノバイターを焼き尽くし、灰に変える。

 

 

『……見えてる? 暁美さん。暁美――、焔さん』

 

 

破裂した炎は、花火であった。

それはかつて、仮想世界で一緒に見に行った花火大会。そこで一緒に感動した、一番大きな花火の再現だった。

 

マミはまだ、それを覚えている。

たぶんきっとそれは夢なのですぐに忘れるのだろう。おそらく虚心星原から去れば忘れるのだろう。

でも、忘れないとマミはこの場で誓った。

そういう意味なのだが――、伝わっているだろうか。

 

 

『……でも、あの、本当に元に戻るのよねキュゥべえ。私もう頭も体も無くなっちゃったんですけど』

 

『戻るよ。ソウルジェムさえ無事ならね。今回は特別だ。早く戻るようにしてあるから、ほら、自分をイメージして』

 

 

もちろん少し時間は必要だが、外見も元通りになるようだ。

ソウルジェムと右腕だけのマミは良かったと安心し――

 

 

●――――【【【絶 望 連 鎖】】】――――●

 

 

よく、ない。

 

 

●●●●●【【【狂・気・融・合】】】●●●●●

 

 

空に、ゼノバイターの頭部が浮かんでいた。頭部のみが浮かんでいた。

大きな大きな頭部だ。脳天には上半身だけのゼノバイターが見える。

 

 

「アァァアア゛ッ! ちくしょうがぁああ!」

 

 

瘴気が漏れ出ている。ゼノバイターは怒りを抑えきれないのか、適当に腕を振るったりと暴れている。

 

 

「勘違いすんなよ参加者ァア! 俺は負けた訳じゃないッ! 俺様は瘴気を無駄に使えないだけだ! もっと! 大きなッ、高みへ! アァア゛! クソクソ! 駄目だ! おいどこにいやがるシザースペア! テメェらは殺す!!」

 

 

これは非常にマズイ話であった。マミはもう腕だけだし、ソウルジェムは濁っている。

そしてシザースも慢心相違。サバイブも解除されて、通常状態になっている

しかしどうやらゼノバイターも不調らしい。下半身の大きな頭部が目を光らせたかと思えば、レーザーが発射されるのではなく、上部にあるゼノバイターの右腕が吹き飛んだ。

 

 

「アァ! クソ! クソ! 駄目だ! やはりッ、土台ッッ!」

 

 

ゼノバイターはシザースたちには目もくれず、空を飛行していった。

どうなっているのか? シザースが行く先を目で追うと、どうやらデカログスに向かっているようだ。

 

 

「アイツ、まだ何か狙っているのか……!」

 

『行きましょう須藤さん! 今度は鹿目さんたちを助けるの』

 

「分かりました。ただ、魔力と体を回復してからにしましょう。無理は禁物です」

 

『ええ、そうね。確かにそうだわ』

 

 

それにしても、首だけ。首だけか。マミは複雑そうに連呼していた。

嫌な思い出であるが、まあ仕方ない。

マミは必死に自分の体を取り戻すため、早速イメージを膨らませる。

 

 

 






マミさんのバレンタイン衣装、ずっと見てられる(´・ω・)


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第94話 ふぅん。なるほど。こうなるわけね

あとがきに龍騎スピンオフの事とか、マギレコのこと書いてます。
スオインオフは出ている情報だけを書いているのですが、マギレコはラストのネタバレもちょろっと書いてます。
まだ見てない人は、見ないでね(´・ω・)


イチリンソウの花畑。

隅の方にソファがひとつドッカリと置かれている。そこにガープがドッカリと寝転び、肘枕をして戦いを眺めていた。

 

 

「まさにヴァイオレンスですな。大お嬢様」

 

 

覚えておりますかなお嬢様。

かつて貴女は鹿目まどかをご自分の魔法でお忘れになられた。

しかし、ええ、分かっておりますともこのガープ。因果ありますゆえ、ましてやお嬢様の存在意義、アンデンティティがそう簡単に失われることはありますまい。

世界がそれを許しません。だからこそ彼奴ら、魔獣共が魔女を取り込んだのではないのでしょうか。このガープ、そう考えております。

ましてや、ええ。お嬢様はご自身でも正体不明のご自身と対話されました。

 

その名は『I』。

 

ヤツは自身のことを『欠けてしまったまどかへの想いの結晶』と説明しましたが、あれはもう完全に自我を持っておりましたな。

お嬢様の悪い癖だ。ご自身でご自身の管理ができてない。

だからこそ、あんな『あけみ屋』なんてものまで生まれてしまう。

貴女は覚えておられるだろうか? 魔法少女がバイクで爆走した時間軸もまた本物にございます。

 

 

「して、お分かりください、暁美(お嬢様)。焔(大お嬢様)は最早、貴女に見切りをつけました」

 

 

ご覧ください。あの禍々しくも美しい翼。

鹿目まどかへの愛で生まれたかつての貴女とは違う。もはや歪みきっていれど、それは新しい愛の翼なのです。

同じ時間で足踏みをしていた貴女とはまるで違う。新たなる世界へ羽ばたこうとする破滅の黒翼にございます。

 

 

「受け止めきれますかな。若人よ」

 

 

黒い羽が舞った。

ライアはきりもみ状に吹き飛び、地面に叩き付けれる。

 

 

「手塚! 優しいのね!」

 

 

浮遊していた焔は地面をスライドし、ライアの傍までやって来る。

掌を前にかざすと、闇が収束して、まるで首輪のようにライアに纏わりつく。ほむらが手を上にやると、シンクロするようにライアの体が浮き上がった。

 

 

「どうしてサバイブを使わないの?」

 

「それは――……」

 

「手加減してくれてる? でもそれは悲しい事なの」

 

 

掌を翳す。魔法発動。記憶操作。

ライアの仮想ループでの記憶を強制的に思い出される。デカログスに殺される記憶。おお、痛い、首が、引きちぎられる。

 

 

「―――」

 

 

ライアはたまらず首を押さえた。そこで焔の蹴りを受けて吹き飛ぶ。

イチリンソウがライアを受け止めた。花が潰され、焔は悲しげな表情を浮かべた。

 

 

「私はフェアがいいの。分かってる? 手塚くん。サバイブ使わないとすぐに負けちゃうよ。私はそれでも別にいいけど、フェアじゃないって何か嫌」

 

「使わないさ。あの時は――、そんなもの無かったからな」

 

「え?」

 

「思い出してる。今、必死に、LIAR・HEARTSを」

 

「そうなんだ。じゃあ言ってくれればいいのに」

 

 

焔が指を鳴らすと周囲の景色が変化していく。地面には相変わらずイチリンソウが咲き乱れているが、他は違う。

手塚には覚えがあった。焔と出会った場所だ。ここで彼女はキリカとシザースに襲われていた。

 

 

「それを貴方が助けに来てくれたの。もしも貴女がいなかったら私、バラバラになってたかも。ほら、こんな風に切り裂かれて」

 

 

焔が右の拳を握り締めると、彼女の後ろに一瞬、異形の化け物が現れる。

すると右腕を覆うように闇の爪が装備された。焔がそのまま腕を振るうと、三本の爪から斬撃が発射されてライアを狙う。

ライアは盾でそれを防ぐが、斬撃の大きさを考えると防ぎきれるものではない。

さらに焔はもうライアの前にいた。爪を振るい、次々に装甲を傷つけていく。

 

上から下へ。ライアは盾をそこへ合わせる。

ガキンッと音がして防ぐことはできた。しかしほむらが左腕を横に払うと、そこに爪が装備されてライアの胴体を傷つける。

よろけた所に蹴りが入った。ライアが後退していくのを見て、焔は掌を前にかざす。

すると後方から無数のカラス型の使い魔、リーゼが飛来、次々と嘴をライアへ撃ち当てていく。

 

 

「一緒にカレーも作ったよね」

 

 

景色がほむらの家に変わる。

ライアの背中に壁が当たって、彼は動きを止めた。

穏やかな状況ではない。焔の傍に魔女のような化け物が杖をついている。

その杖にある宝石が光ると、ライアの周りに無数の『かぼちゃ』が配置された。

 

 

「大切な思い出だよ!」

 

「――ッ!」

 

 

かぼちゃが爆発した。凄まじい爆炎がライアを包み込む。

大丈夫。たとえ全身の皮が剥がれ、肉が焼け焦げようとも僅かに呼吸をしていれば、焔はそれで良かった。

しかれども、トリックベントは既に再生成されていたようだ。スケイプジョーカーによって爆炎を逃れたライアは花の上に転がる。

 

 

「覚えてるよ。お前、あの時、チェーンソーでかぼちゃを切ろうとしてたな」

 

「もうっ、恥ずかしいからやめてよ!」

 

 

しかし焔は嬉しそうに笑った。ライアがあの時の事を思い出してくれている証拠だから。

 

 

「じゃあ、お前も覚えてるか? 俺が言ったことを」

 

「ふふん。馬鹿にしないでよ。記憶に関する魔法があるのよ? どんな事だって――」

 

「依存は脱するべきだ。鹿目であれ、俺であれ」

 

「え……?」

 

「全ての魔法少女と友人になるくらいの心持でいろ」

 

「いや、ちょっと待ってよ。それ……、ほむらの方にいった言葉でしょ」

 

「だがお前も覚えてるだろ。まだ完全に分離してない」

 

「心はもう別よ!」

 

「だが根っこでは繋がってる」

 

 

焔は悔しげに歯を食いしばった。

確かに、まだ完全には分離できていない。精神はもうほぼ別だが、『心』はまだ……。

 

 

「焔。一つだけハッキリさせたい」

 

「なに……?」

 

「俺はこの世界に――、虚心星原に留まるつもりはない」

 

 

魔獣を倒し、全員の生存を目指す。

 

 

「城戸に協力する。それが新しい願いなんだ」

 

「――ッッ」

 

 

焔は余裕の無い表情を浮かべながら、何度か頷いた。

 

 

「大お嬢様。お忘れなきよう」

 

 

ガープが口を開く。

 

 

「この虚心星原も無限には構築できません。現在、大お嬢様の悪魔たる力によってデカログスという神を構築しておりますゆえ、あれが破壊されればココは終わりですとも。ええ。さすればお嬢様も選択を迫られる。暁美ほむらに吸収されるか、あるいはまたも逃げて悪魔の力を貯めるのか。後者を選ばれますと、さすがに参加者を連れてはいけないとこのガープは考えて――」

 

「分かってるわよ! 黙ってて!」

 

「ふむ。これは失礼!」

 

 

焔は汗を浮かべながらライアを睨んだ。

 

 

「焔。暁美と一つになる気は無いのか」

 

「当たり前でしょ!」

 

「きっと、暁美は――」

 

「受け入れる? まどかを嫌いな気持ちを。貴方を愛した記憶を受け入れると言うの? はッ、ご立派ね。散々ワガママを言っておいて私の役割が要らなくなったらおしまいだなんて!」

 

 

別人格やイマジナリーフレンドは強い孤独感や心の傷が生み出すといわれている。

焔もそうだった。しかしそれを受け入れるのは『ほむら』にとっては成長だが、『焔』にとっては死刑宣告だ。

 

 

「価値観が違う! あんな――、おぞましい! 苦痛だわ!」

 

 

が、しかし。手塚の言い分も理解できる。

焔もライアが譲るつもりの無い決意を固めている事は分かっていた。

 

 

「何が……、何が間違ってたの?」

 

 

己の欲望の為に巴マミや佐倉杏子らを引きずり込んだ事か?

それなら謝るからと焔は懇願する。しかしライアはもう気づいていた。焔からは喜びが感じられる。彼女は薄ら笑いを浮かべていた。

きっと思っているのだろう。

 

 

『出会わないほうが幸せだった』

 

 

――そんな悲劇は恋愛映画にはつき物だ。

事実、焔は高揚感を覚えていた。このやり取りもまた、愛を高めると思っている。

悪魔の力を解放した時から、考えがより記号的になっていく。不安定な精神はより異形に支配されていく。

『憎愛』こそが焔の本質であり、それが高まり、他の感情を侵食していく。

 

そもそも始めからまともな思考ではなかった。

自分の世界を獲得する為に、手塚にさえ死と再生の記憶を植えつける時点で、その愛は歪んでいたのかもしれない。

どうやら焔はこの短い時間でそれを自覚したようだ。

果てしない自己嫌悪を覚え、表情を歪ませる。他の『まとも』な感情は、きっとほむらの中にあるのだから。

 

 

「でも――、手塚。これだけは分かって」

 

 

諦めた『ほむら』は沢山いる。焔も言ってしまえばその中の一人だ。

剣豪だとか、剛拳だとか、やさぐれだとか、クワガタだとか。焔はなんだ? 例えばヤンデレとか?

まあ、それは別にどうでもいい。問題は『if』が生まれた瞬間だ。

ユウリが変身するまどかに、自分のやってきた事を全て否定されたと思った瞬間、焔は確かに焔だった。

焔になったのだ。

 

 

「暁美ほむらは貴方をパートナーとしては信頼していたようだけど、愛さなかった。でもあの時、あの時間、LIAR・HEARTSで確かにこの暁美焔は貴方を好きになったの!」

 

「………」

 

「貴方はどうなの? それだけは――、もう嘘をつかず、教えて」

 

「確かに俺はあの時、あの時間、嘘をついた」

 

 

仮面で顔は見えないけれど、声色で察する。焔の中に生まれる期待、高揚。

 

 

「俺も――、お前が好きだった」

 

 

あの時間軸の手塚は16歳だった。

子供の分際で偉そうに語る事はできないが――

 

 

「愛してた。青い愛だったが、それは本物だ」

 

 

焔は一瞬パッと笑顔になった。

が――、しかし、すぐに目が据わる。

 

 

「好き、だった……?」

 

「ああ」

 

 

ただのワンループ。秋山蓮の恋人だった女を愛した時と同じだ。

あの時も嘘なんてなかった。

 

 

「俺は小川恵里を愛していた。それもまた真実だ」

 

「――めて」

 

「だがその時間は、もう終わったんだよ」

 

「やめて」

 

「お前も同じだ。申し訳ないが、引きずる程じゃない」

 

「ッッ、手塚ァアア!!」

 

 

焔は怒りに顔を歪ませると、また近くに形容しがたい化け物を生み出した。

するとその手に闇でできた鎖鎌が宿る。焔はそれを投げた。ライアは鎌をかわそうと走るが、鎖は意思を持ったように動き、鳥の形をした鎌は執拗にライアを狙う。

 

 

「なんでなんでなんでなんでぇえッ! どうしてェエエ!!」

 

 

納得がいかなかった。あれだけ大切な思い出なのに、ライアは違うというのか。

納得ができなかった。あれだけ守ってくれたのに。あれだけ助けてくれたのに。

 

だから壊すしかないと思った。殺すしかないと思った。

少なくともライアという外郭を粉々にすれば、きっと彼は本当の心をさらけ出してくれる。

だから焔はライアを切り刻んだ。装甲にはいくつもの傷が生まれ、焔はニヤリと笑う。

鋭利な刃が肩に刺さった。焔は腕を引き、ライアを引き寄せる。

 

 

「おもいだして」

 

 

澄んだ声だった。

ライアは記憶に触れられて焔の笑顔を思い出す。激しい恋慕を思い出した後、ライアは激しい痛みを思い出した。

腕がねじれ、何かが千切れる音が聞こえた。肉が裂け、神経が捻じ切れ、骨が砕ける。

あまりの痛みにライアは声を出すことができない。

 

そうしていると目の奥が痛み出す。まるで杭を打ち込まれたような激痛であった。

息ができない。肺が無い。体の真ん中に穴があいて、臓器がかき出される光景がそこにあった。

痛い。誰か。助けて。ああ、ああ、ああ……。

ライアは死を理解した。ライアは死んだのだ。

 

 

【手塚海之・死亡】【残り――】

 

 

 

 

 

 

 

いや、いや――、違う。

これはあくまでも『過去』だ。現在、焔は痛みに叫ぶライアを優しく抱きしめ、頭を撫でている。

 

 

「手塚くんが悪いんだよ。ちゃんと本音を打ち明けてくれないから……!」

 

 

そこでライアは現実に帰る。両手で焔を突き飛ばし、膝を突いた。

焔には少しの躊躇が見えたが、顔は笑っていた。

もはや戻れないところまできている。焔はマミ達を巻き込んだ仮想ループにおいて、より明確に『自分』を演出している。

 

手塚の呼び方にしたってそうだ。

LIAR・HEARTSの焔は、いわば限りなくオリジナルの暁美ほむらに近い。

しかし今は『くんづけ』であったり、より明確に差別化を図ろうとしている。

申し訳ないが、ライアにはそれが哀れな事に見えた。なぜならばLIAR・HEARTSの『ほむら』を好きになったのに、焔はそこからどんどん離れていこうとする。

 

ついて来て欲しいのか? 残念だが、そこまでの余裕はない。

むろんライアもその複雑な気持ちが分からぬわけではない。ライアは過去を思い出す。恵里を愛した際は、秋山蓮にどうしようもない嫉妬の感情を抱いたこともあったさ。

だがやはりそれは過去でしかなく、全てを思い出した手塚にとっては『過ぎ去った』ものなのだ。

 

だから何のカッコもつけずに言うなれば、手塚は前に進む為に焔をフラなければならない。

彼女の為に城戸真司が目指した理想を崩すわけにはいかなかった。

とはいえ、もちろん過去には愛した人だ。さようならの一言で全てを終わりにはできない。

だからこそライアはもう一度、焔に問いかける。

 

 

「一緒に来ないか?」

 

 

ライアとしてはフォムホームホムフォームを見る限り、ほむらは自分の中にいる別の自分とは上手くいっているようにも思える。

それにまどかを嫌う心だって、ほむらの中にあるまどかを好きな気持ちと交われば、焔としてもまどかを受け入れる事ができるのではないかと思っていた。

が、しかしそれを聞いたガープは呆れたように笑う。

 

 

「若人よ。理想は気持ちいいが、それが気持ち悪いと大お嬢様は感じているのだ。阿呆とも言えるが、やむなし!」

 

 

全てのほむらには根本的に一つ抱えていたものがある。

それが自己嫌悪だ。まどかと初めて会った時、或いは焔が用意した仮想ループにおいての杏子との初対面を見ても分かるとおりだ。

一方で焔は自分だけになろうとしている。個の獲得が進む中で、自己嫌悪は他者(ほむら)を嫌うようにシフト、昇華されていく。

 

 

「まどかも、ほむらも嫌いなのよ私ッ! 手塚くんには分かる? アイツと一緒になるなんて、最悪ッッ!」

 

 

同じになって、手塚や杏子と仲良くなる。

ああ、考えただけでも吐きそうになると、焔は青ざめた。

 

 

「これは酷い略奪にございます。今風に言うなれば――、フム! エヌッ、ティー、アールですかな! ガープは流行に疎いので、ゲームの中にある検索エンジンで調べましたぞ! 分かりやすく言えば若人よ! お前は害虫の体内にお邪魔して、害虫との間に愛を育めるかということよ! おっといけない。考えただけで――ッ! うっぷ! 失礼! 不愉快極まりない! しかしご理解頂きたい若人よ! 大お嬢様には同じような苦痛なのだ! 個である時だけ、貴様は不快な存在にはならぬ。暁美になってしまえば、大お嬢様は嫌悪の中で生きる事となる! それはあまりにも苦痛、拷問と同じかと思いますが……」

 

 

ガープは肩を竦めた。焔がライアを殴り飛ばしたのだ。

ライアはイチリンソウの中を転がっていくが、まだ終わらない。

焔が引き絞った弓からは大量の闇があふれ、まるで八岐大蛇のようにいくつもの闇の矢が縦横無尽にライアへ向かっていく。

 

 

「分かってよ手塚くん……、私はもう本当に駄目。置いてかないで。一人ぼっちになっちゃう。これがいけないの? ほむらに似てるから結局同じになるの?」

 

 

焔はそう言って自分の髪を掴み、引きちぎる。

ブチブチと抜けていく髪。ライアは思わず立ち上がり、やめろと叫んだ。

 

 

「よせ! 何をしてる?」

 

「心配してくれるの? 嬉しい!」

 

 

焔は笑顔を浮かべるが、反対に弓からは矢が発射されてライアに直撃した。

ただの矢じゃない。鎧に刺さったのは小さなカジキに見えた。

 

 

「だったら一緒にいてよ!!」

 

 

焔が叫ぶと、カジキが爆発して、ライアの肩が吹き飛んだ。

凄まじい痛みだ。装甲が粉々になり、手塚の肉体が晒される。さらに爆発の影響で肩の肉が弾け、骨が見えた。

ライアはうめき声をあげて肩を抑えた。

そこへ焔が歩いてくる。

 

 

「こんなにッ、こんなに! 好きなのに!」

 

 

殴り、蹴り、倒れたライアに蹴りを入れる。

 

 

「苦しいのに!!」

 

 

焔は笑い、かとも思えばボロボロと泣きながらライアを転がす。

弁髪部分を掴むと、それを引きちぎり、さらに赤い涙を流した。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

掌をかざすと、手塚の肩が修復される。回復魔法のようだ。

 

 

「LIAR・HEARTSでユウリに騙された時……、私は全てを失ったと思った」

 

 

焔はポツリポツリと改めてあの時を振り返る。

 

 

「あの瞬間、私が生まれて。そして思った。改めて、鹿目まどかなんて……、というよりも他者に依存することは愚かな事だと」

 

 

だって人間は絶対じゃない。

だからこそあの時のほむらは、まどかがユウリである事が分からなかった。

絶対にまどかはそんな事を言わない。その自信が持てなかったのだ。それは彼女がループを通して、いろいろな人間の側面を見てきたから言えることだ。

 

 

「あの時にこの私、焔の中でほむらが死んだ時だった。決別するべきだと思った時よ。鹿目まどかというものに頼ってきた私は、結局脆いままだった」

 

「それで次は、俺か」

 

「違う。依存じゃないよ。だってあの時の私達は魔獣のことなんて知らなかったじゃない。あの子――、あの馬鹿も杏子にも言われたみたいだけどループなんてするべきじゃなかった。だから私は少なくともあの時、LIAR・HEARTSで生きたいと思った」

 

 

全てを捨てて、手塚と一緒に生きてみたかった。

 

 

「確かにあの時、あの瞬間だけみれば、それもまた別の依存だったかもしれないけど……、でも貴方もそうだったでしょ? 覚えてるよ私」

 

「そうだな。雄一を死なせた事の罪を、お前を守ることで消したかった」

 

「それは歪な感情かもしれないけど。それでもお互いを救う事はできた筈でしょ?」

 

 

焔は治療をやめた。そしてまた現れる化け物――、悪魔。

焔の手に剣が現れる。彼女はそれを思い切りライアを足へ突き刺した。

 

 

「ぐアアァアぁッ!!」

 

「貴方は結果として自ら命を絶った。私を置いて、逃げたのよ」

 

 

残された焔は鈴音に切られ、終わり。

分離した力には悪魔の力が宿っており、長いゲームの中、端の端で力を蓄え続け、ついには世界を構築するデカログスを生み出した。

後はLIAR・HEARTSを意識したその世界、虚心星原に皆を引きずり込めばそれで計画は上手くいくはずだった。

なのに、なのに……。悔やまれる。

せめて城戸真司が魔獣に歯向かう前にこの世界を構築できていればと。

 

 

「貴方を愛しているかもしれないと思ったとき、どうしようもなくまどかが嫌いになった。もともと私に暁美達が鹿目まどかに対する不満を送り込んでいたんでしょうけど、もっと根本的に、どうして私がここまで苦しまなくちゃいけないのって……」

 

 

焔は剣を抉る。ライアは叫び、それでも意識を保った。

 

 

「お前――ッ、いつまで同じところを回ってるつもりだ!!」

 

 

確かに、後ろ向きな理由ではあったし、褒められたものじゃないと思う。

 

 

「それでも、俺がお前にウソをついたのは――ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遊園地の階段は苦痛じゃない。

次のアトラクションに続く道だったり、美味しいご飯に続く道だったり。降りるのも、昇るのも楽しいものだ。

しかし暁美ホムラは違っていた。深刻な表情を浮かべて階段を駆け下りる。すぐ後ろでは爆発音や、何かがぶつかり合う音が聞こえてくる。

 

 

「ウオォオオォオオ! てめぇこの野郎! さっさと死にやがれコラァ!」

 

 

やさぐれほむらがマシンガンを。

彼女の頭にちょこんと乗っているぽむらがサブマシンガンを連射している。

しかし笑みを浮かべたまま歩いてくる魔獣・斉藤雄一。運命の輪が前に出ており、輪の空洞部分には瘴気のエネルギーでできたシールドが張られている。

それが銃弾を遮断しているらしい。やさぐれほむらは汗を浮かべて後ろへ下がっていったが、そこで悲鳴。

輪がすぐさま彼女を追尾して、弾き飛ばしたのだ。

 

 

「ぶげぇ!」

 

 

猛スピードで迫る輪に対処できず、やさぐれほむらは胴体に輪を受けた。

頭から落ちたぽむらにも輪はしっかりと追撃を加えている。既にその周りには、ほむ姉や、むら姉、ドスコイほむらが倒れていた。

雄一はポケットに手を突っ込んだまま歩いていく。その周りを飛び回る『輪』。

ホムラは焦っていた。正直、少し油断があったといえばそうだ。

 

 

「え、えいッ!」

 

 

杖を振るうと、時間が停止する。ホムラはその間にハンドガンを抜いて銃弾を連射した。おまけのグレードも投げて、時間を戻せばそれでいいと思っていた。

しかし時間が元に戻ったとき、聞こえてきたのはホムラが苦痛に呻く声と、雄一の笑い声だった。

 

 

「学習しないなぁ、キミは」

 

 

ホムラから赤い血が吐きだされる。

胴体にはしっかりと輪が直撃していた。

 

 

「俺は運命! お前が時間を操作しようとも、俺がお前に攻撃を当てたという運命が残っている以上、現実はそちらの方に傾く」

 

「そ、そんな……!」

 

 

よく分からないが、それが雄一の能力らしい。

つまりホムラとライアの複合ファイナルベントであるファイナルアンサーと同じである。

あれは12本、別々のほむらが矢を撃ったとして、一つでも当たるという時間軸が存在すれば、現実がそこに合わさるというものである。

 

ホムラが時間を止めたとしても時間停止が終わった時――、つまり現実に還るときに雄一の能力がホムラの能力を上書きするというものだ。

もしも時間が止まらなかったらという前提で、ホムラの攻撃が当たるのか、雄一の攻撃が当たるのかが計算される。

そして時間停止を解除した瞬間に、その結果が現実となるのだ。だから輪を回避したと思っても当たっているし、銃弾を当てたと思っても当たっていない。

 

 

「いくら魔法で己をプロデュースしても、所詮それは偽りだ。努力やセンスには勝てない」

 

「ッッ」

 

「キミの事は調べているよ暁美ホムラ。いくら数を増やそうが――」

 

 

雄一はそこで裏拳を繰り出した。

丁度後ろから飛び掛っていた剛拳ほむらを吹き飛ばし。さらに回し蹴りで剣豪ほむらの刀を受け止める。

剣豪ほむらはさらなる斬撃を加えようとしたが、残念だ。そこで輪が飛んできて彼女を弾き飛ばす。

しかし剣豪ほむらはそれをガードしていた。一瞬ニヤリと笑ったが、すぐに笑顔は消える。

 

輪が分裂して、無数の小型チャクラムになったからだ。

大量の輪が剣豪ほむらに纏わりつき、動きが鈍る。そこへ雄一は掌からレーザーを発射。

それは従者型が放つものよりも強力なもの。剣豪ほむらはチャクラムに気を取られたせいでレーザーを回避する事ができなかった。

 

爆発が起こる。

さらにチャクラムが合体。元の輪に戻ると近づいてきたほむらや、クワガタほむらをなぎ払い、さらに飛行。

ドローンステージで浮いていたアイドルほむらを撃墜する。

 

 

「いくら数を増やそうが、弱さは変わらない」

 

「うぅッ!」

 

「だが俺は努力を重ねてきた。ピアノにしてもそうだ。センスに甘えることなく、鍛錬を重ねた」

 

 

ホムラは杖を振るい、ロケットランチャーの弾丸を発射させる。

しかし雄一は近くにきた輪を掴むと、思い切り振るい、弾丸を爆発させる。爆炎の中からは、無傷の雄一が出てきた。

 

 

「しかし人間時代に重ねた努力も、些細なことで壊れた」

 

「でも、それは! 魔獣に仕組まれていた事じゃないですか!」

 

「そうとも。俺だけじゃなく、参加者の多くは――、特にシルヴィス様の演出によって絶望していった」

 

「そこまで分かっているなら! どうして協力を!?」

 

「そこまで分かったからだよ。別に魔獣になったからだとか、そういう事じゃない。上位存在がいると分かっておいて。さらにそこに仲間に加われると分かっておいて、まだ人に縋ろうというのは本当に馬鹿なことだ」

 

 

輪が迫る。ホムラは杖を盾にして身構えた。

しかし輪は猛スピードで空中を飛行、一瞬でホムラが盾を構えていないほうに移動してがら空きになった所を狙う。

怖い。嫌だ。ホムラはギュッと目を瞑った。 

すると体が浮き上がる感覚。というよりも、押される感覚。

目を開くと、ほむらがホムラを突き飛ばして変わりに輪を受けていた。

 

 

「あ!」

 

「うぐッッ!!」

 

 

ほむらは輪を受けながらもグッと踏みとどまる。

さらに高速回転する輪、魔法少女の防御力が切断を防いでくれるが、それでも血が撒き散らされる。

しかしそれでもほむらは立っていた。

 

 

「耳を貸す必要は無いわ。私」

 

「え? え? あ――ッ」

 

「貴方もこれ以上、喋らなくていい。偽者がいくら語ろうとも、それは斉藤雄一の言葉にはならないもの」

 

 

そこで爆発が起こり、ほむらを傷つけていた輪が吹き飛ぶ。

博士が助けてくれたようだ。ヒヨコのボディにムキムキの腕とキャタピラをくっつけた自信作。

永久機関マウリッツエンジン搭載の魔女駆逐ロボット『ポルポ』。

 

口からは『産地直送』とかかれた垂れ幕が見える。

ふざけたデザインだが戦闘能力は高い。現に、ご自慢の上腕が輪を殴りとばした。

とはいえ破壊には至らない。雄一は舞い戻ってくる輪を見て少しだけ驚いたような顔をしたが、すぐにまた薄ら笑いを浮かべる。

 

 

「ニセモノ? それは違う。そもそも偽者も本物もない。今ココにいる自分こそが全てだ。キミなら分かると思うが?」

 

「理解できないわ。さっさとくたばりなさい」

 

「なるほど。話しても無駄というわけか」

 

 

そう、無駄なのだ。

だからほむらは盾からアサルトライフルを抜いて撃ちまくる。

しかしやはり輪が動き出し、雄一をバリアで防御した。

 

 

「しかし暁美ほむら。お前のその直視しない行為こそ、この虚心星原を生み出した原因とも言えるが?」

 

「――チッ!」

 

「人間は誰もが心に違う自分を飼っている。ピアニストや表現者なら尚更だ。善も悪も知ってこそ心を打つ演奏ができる」

 

 

雄一は輪を呼び寄せると、そこについている鍵盤を撫でた。するとひとりでに奏で始める、エリーゼのために。

その怪音波が機械を狂わせる。ポルポから煙があがり、博士は焦ったようにレバーをガチャガチャと動かし始めた。

 

 

「あれっ! お、おかしいの! 動かないの!」

 

 

そこで博士は見てしまう。モザイク状のエネルギーが迸る雄一の顔。

人を傷つける事で浮かぶ高揚感に満ち満ちた笑みを。

ゾッとする。改めて魔獣が負の集合体である事を思い知らされた。

 

 

「かつて多くの芸術家が愛を表現しようと模索を重ねた。ピアニストもその例外ではない。だが、存在しないものを表そう等とはおこがましい」

 

 

輪が空を翔る。博士はたまらずポルポから飛びおり、急いで逃げ出す。

しかしスピードが遅い。既に輪は彼女の近くに迫っていた。

駄目だ。怖い。嫌だ。博士は時間を停止するが――。

 

 

「愚かな。既に運命は決定されている」

 

 

雄一は目を細めた。

ほむらが助けようとしても、ホムラが助けようとしても無駄だった。どうあったとしても、博士は輪に当たる運命なのだ。

事実、博士を輪から引き剥がしても、時間停止を解除すれば小学生くらい体に大きすぎる凶器が刻まれていた。

 

 

「きゃぁあああぁあ!」

 

「しかし今日に至るまで、まだ多くの表現者達がその愚かさの道を歩んでいる。なぜか? それが存在すると信じたいからさ」

 

 

輪が跳ね返り、雄一の背後に戻ってきた。

 

 

「鹿目まどかに対する愛と、手塚に向けた愛は違うかもしれないが、そもそもそれはオブラートに包んだ言葉でしかない」

 

 

ドスコイほむらのつっぱりをいなし、雄一は握りこぶしを顔面に叩き込む。

 

 

「友愛の独占。或いは純粋な性的な欲求。はたまた孤独を埋めるための依存か」

 

 

剣豪ほむらが切りかかってくるが、雄一は刃をヒラリと交わすと、刀を掴んで剣豪ほむらを引き寄せた。

 

 

「まあそんな事はどうでもいい。些細な問題だよ。大切なのは、それら感情には先程言ったように別の役割がある。どこにも愛なんて文字を使わなくてもいい事だ」

 

 

雄一の膝が剣豪ほむらの腹部に入る。

よろける剣豪ほむらに、さらに雄一は回し蹴りを叩き込むと、その勢いで背後をむいた。

 

 

「それくらい曖昧なんだよ。だからこそ、その不安定なものを明確に形作りたいという先人達の気持ちも分かる。だが少なくとも、それは俺の目指していた芸術ではないと思ったんだ。そう、気づきだよ。それはどんな人間にも訪れかもしれない悟りのようなものだ」

 

 

そこには剛拳ほむらがいる。

雄一は飛んできた拳を掌で受け止めると、輪を呼んで剛拳ほむらを切り裂いた。

 

 

「夢中になったトレーディングカード。必死に集めた切手なんかも、ふとゴミに見えてしまう瞬間がある。それと同じだ。今まで応援してくれた人たちには申し訳ないが、自分の人生だ。取捨選択くらいは許されるだろ?」

 

「それが洗脳であったとしても!?」

 

 

ほむらの問いかけに、雄一は確かに頷いた。

 

 

「では今、俺が最も興味をそそられる表現課題とは何か? 分かるかなキミには」

 

 

輪は止まらない。アイドルほむらを弾き飛ばすと、むら姉を弾き飛ばす。

やさぐれほむらが連射する弾丸も効かない。むしろスピードが上がり、いろんなほむらを傷つけた。

 

 

「それは簡単。殺意だよ! 相手を殺したいという当たり前で分かりやすい感情はひどく愚直で美しい。ましてやその裏には、多種多様な理由がある!」

 

 

愛なんて不確かなものは気持ちが悪い。確かに男女が結ばれるというのは珍しい事ではないが、他の動物を見てみれば、それは主に繁殖のためだ。

しかし殺意だけは分かる。生きる為に殺す。食う為に殺す。それは当たり前の行動だ。

人間はそれをいけない事として設定したが、あくまでもそれは人間の間に定めたルールにしか過ぎない。

過去、そして世界の端では、今も人が人を殺すことはある主『正しい』こととして認識されている。

 

 

「理解できず、疑うものを糧とするよりも、誰もが理解できるものを掲げたほうが良い音が生まれるはずだ」

 

 

雄一は左の腕でアイドルほむらを掴み、右の腕でぽむらを掴み、打ちつける。

 

 

「俺は今、お前達を殺したい。それはたとえば邪魔だから。少しの嫉妬もあるかもしれない。手塚を奪われた気分になる。変な意味じゃないけれど」

 

 

暁美達は指示を出し合い、雄一を囲む。

そして一勢掃射。しかし輪が四つに分裂すると、雄一の周りを高速回転。エネルギーの竜巻を発生させ、銃弾を消し飛ばしていく。

 

 

「それに――、あぁ、簡単な理由が一つあるな」

 

 

雄一は四つの輪を攻撃に使う。縦横無尽に飛び回る輪が、次々にほむら達をなぎ倒していく。

相性が悪い。時間停止が通用しないとなると、たとえアライブ状態であったとしてもスペックの低さが出てきてしまう。

そんな中、雄一は唇を吊り上げた。相手に勝つというのは、それだけで気持ちがいい。

 

 

「俺もコンクールには出てる。もちろん演奏で人の心を打ちたいという気持ちもあったが、一位になりたいという思いもあった」

 

 

雄一は倒れているホムラの腹に足裏を叩き込む。

 

 

「うぐッッ!!」

 

「気持ちがいいな。見下すのは」

 

 

それは――、否定しなければと思った。だからホムラは両手で雄一の脚を掴む。

 

 

「斉藤雄一さんはッ、そんな事を言う人では! 無いとッ、思い……、うぐッ、思います!!」

 

「ハハ……。お前に俺の何が分かるんだよ」

 

「手塚さんが教えてくれた貴方は少しだけです。でもッ、それでもっっ、そんな事を言う人を、手塚さんがあんな嬉しそうな顔で、悲しそうな顔で言うはずが――ッッ!!」

 

 

雄一はホムラの顔面を思い切り蹴った。

右のレンズが割れ、その破片が眼球を傷つける。ホムラは目を押さえて叫び、転がりまわった。

すぐに他の暁美達が助けようとするが、輪が飛来し、次々に打ち弾かれていく。

 

かろうじて跳んできた弾丸も雄一はその身に受けるだけ。

ノーモーション。魔獣の肉体にはたいしたダメージじゃない。

そして雄一は見た。ホムラは今、雄一に背を向ける形で丸まり、泣いている。

恐怖と痛みからかガクガクと震え、すすり泣く声が聞こえていた。

 

 

「うぅぅう、ぐっす。いだいよぉ……! えぐっ、うぇえぇ」

 

「駄目! 気をしっかり持って!!」

 

 

ほむらの、むら姉の、博士の体が透ける。

あくまでもホムラの魔法で存続を許されているわけで、彼女が折れれば皆は消えてしまう。

 

 

「無様な姿だな。だがそれが、人間の限界というものだ」

 

 

雄一は輪を分裂させ、二つにする。

一つはホムラの首を刈り取る刃。もう一つは暁美たちの首を刈り取る刃。

 

 

「死ね。暁美ホムラ」

 

 

しかし、ふと、手を止める。

叫び声が聞こえてきた。暁美ホムラじゃない。他の暁美でもない。もっと乱暴で、乱雑で、力に溢れた叫び声だった。

 

 

「おいクソ男!」

 

 

雄一が空を見上げると、ジェットコースターのレールを猛スピードで走るシルエットがいた。

それは飛び上がると、槍を構えて降ってくる。

 

 

「アタシのダチに! 何してくれてんだァアアアアアアアア!!」

 

 

流星のように跳んできた佐倉杏子の一撃を、雄一は体を横にそらして回避する。

瞬時に繰り出した回し蹴りも、雄一は腕でしっかりと掴んで見せた。

 

 

「佐倉杏子……」

 

「気安く呼ぶんじゃねぇ!」

 

 

ブッと、杏子が何かを吐いた。

こういうものは唾かと思うが、実際は違う。小さくした槍だ。それが三本、的確な狙いで雄一の左の眼球に突き刺さる。

 

 

「うッ!」

 

 

魔獣になったとはいえ、急所は変わっていないのか。雄一は小さく呻いて後ろへ下がっていった。

しかしすぐに輪が飛んできて杏子を弾き飛ばす。きりもみ状に吹き飛んだ杏子は、そのままホムラの隣に墜落した。

 

 

「いってぇ……!」

 

「あ、あ、あ、さくっ、佐倉さん……! どどどど、どうして」

 

「どうして? ンな事決まってるだろ。助けに来たんだよ」

 

 

杏子はホムラの顔を覗き込み、傷を確認する。

 

 

「おい、おい暴れんな」

 

「だ、だだだだって痛くで……! ひっぐ!」

 

「馬鹿。落ち着けって。痛覚遮断しろ」

 

「あ……」

 

「こういう時は、魔法少女の特権を使えばいいのさ。な?」

 

 

一方で雄一は目に刺さった爪楊枝ほどの槍を引き抜く。

傷にはすぐにモザイク状のエネルギーがかかり、修復はわずか一秒ほどで終わった。

 

 

「佐倉。キミはまだ記憶を取り戻してないな? 洗脳されていた際の記憶だけで友情を語るか。愚かにも程がある」

 

「かもな。でも、考え方までは変わらなかった」

 

「なに?」

 

「馬鹿を繰り返したアタシだけど、それでもまだ馬鹿のままコイツと友達になったんだ。あの世界じゃ確かに馬鹿なアタシのまま、コイツを本気でダチだと思ったんだ!!」

 

 

ホムラは、ほむらは、暁美達はハッとしたように杏子を見る。

しかしその一方で、雄一は呆れたように笑っていた。

 

 

「お前が友人になったのは虚心星原の主である焔だ。そこで転がっているホムラじゃない」

 

「同じだろ。アイツとダチになれたなら、コイツともなれる」

 

 

全ては同じ。ホムラはグッと拳を握り締め、その言葉の意味を考える。

 

 

「っていうか、ゴチャゴチャお喋りなんざゴメンだね」

 

 

魔女がよく使う手だ。精神攻撃、杏子も隠したい過去があるため、揺さぶられる気持ちは分かる。

だからこそ、ここは一つの芯を見せなければならない。

 

 

「なあホムラ。あれって誰なんだよ」

 

「え? あ……、斉藤雄一さんです。手塚さんの、お、お、お友達で」

 

「ふぅん。まあ何でもいいや」

 

 

杏子は大きく伸びをして深呼吸。

ふと、跳んできた輪を思い切り槍で打ち返す。

 

 

「アタシもいろいろ、賢くなったつもりさ」

 

 

例えば意外と簡単に死ぬ事とか。だから伝えたい事はハッキリ伝えておかないと。

 

 

「いいかホムラ。よく聞いとけよ。今から恥ずかしいこと言うから、一回しか言わないからな」

 

「え……?」

 

 

杏子は覚悟を固めた。それは焔を守るため。

正しくは、それがマミであったとしても、或いは手塚であったとしても同じ行動を取っていただろう。

なぜか? 少なくとも杏子はあの世界で、彼女たちの事を親友だと思っていたからだ。

 

 

「血の繋がりが無くとも、損得なしで傍にいてくれる。苦しんでれば助けたいと思って! 一緒に怒ったり、泣いたり、心配したり、楽しかった笑ったりする! その絆こそが、人が生み出した魔法ってもんだろ!!」

 

「!」

 

「だからアタシはココに来たんだ! なんで焔はアタシを選んだ? きっとどっかの時間軸でアタシとアンタがダチになったからだろ!!」

 

 

杏子の肩に輪が入った。鎖骨が砕けるが、杏子は踏みとどまり、歯を食いしばった。

輪はさらに杏子の背を抉り、入る。血を吐き出しながらも、杏子は輪を掴んで思い切り投げ飛ばした。

そして激しく雄一を睨みつけ、人差し指と中指のふたつで雄一を指す。

 

 

「いいかホムラ。世界で一番ダセェ事はな! 自分(テメェ)の馬鹿で家族をッ、友達を傷つける事だ! 自分が欲しいって願ったくせに、くだらねぇプライドで奇跡を否定する事なんだよ!!」

 

 

そこで伸ばしていた腕が引き裂かれた。

断面から噴き出る血。呻き、傷を抑える杏子を、雄一は笑って見ている。

 

 

「絆? 冗談だろ。魔獣が最も嫌う言葉だ。世界で一番薄っぺらいワードだよ」

 

「言ってろ。アタシ等は、そんな薄いものの間に光を視てたんだ!」

 

「ならもっと薄くスライスしてやる」

 

 

雄一は杏子の腕を切り裂いた大輪を掴むと、思い切り体を捻って、もう一度輪を投げる。

どす黒い瘴気のエネルギーが輪に纏わりつき、杏子を狙う。

駄目。いけない。本心でそう思った。だからホムラは杖をかかげ、ストップを発動する。

 

 

「佐倉さん!」

 

「うぉ!」

 

 

杏子に触れると、その時間が動き出す。

 

 

「あ、あぁ、そっか。アンタ時間を――……」

 

「はい。でも雄一さんには効きません」

 

 

時間を止めたのは、杏子と話がしたかったからだ。

 

 

「私は佐倉さんが苦手でした」

 

「マジかよ。それ今、言うか? フツーさ」

 

「乱暴そうで。でも実際は……、貴女に魔法をかけられた」

 

「へ?」

 

「私も恥ずかしい事、言います。一回だけ」

 

 

ホムラは、暁美達は笑みを浮かべて杏子の前に立った。

 

 

「佐倉さん。私と友達になってくれて……、本当にありがとうございますっ!」

 

 

杏子は少しポカンとしていたが、やがて嬉しそうに、少しだけ悲しそうに笑う。

 

 

「気にすんな。アタシも……、そう思ってる。でもなんか別れの挨拶みたいだね」

 

「違います。逆ですよ。おかげで、固まりました」

 

「そっか。へぇ。っていうか何かすげーデカイのがいるな」

 

 

ドスコイほむらは前に出て頭を下げる。

 

 

「ごっつぁんです!」

 

「ハハハ! 気に入ったよ。めっちゃウマイ『ちゃんこ』の店、知ってるからさ。今度一緒に行こうな」

 

 

ホムラ達は頷き、時間停止を解除した。

 

 

「!」

 

 

雄一は表情を変える。輪が空を切っていた。

ホムラは杏子を連れて、別の場所に移動している。

 

 

「何ッ? どうして!」

 

「決まってます。私が貴方の攻撃を避けたから!」

 

 

雄一は沈黙する。僅かな焦り。

 

 

(運命の流れが変わったのか。佐倉杏子の些細な応援で? そんな馬鹿な……!)

 

 

一歩、後ずさる。

ホムラは、ほむら達は、皆集まって立っていた。

 

 

「奥の手を使います。皆さん。いいですね」

 

「了解よ」

 

 

ほむらが髪をかき上げる。

 

 

「こ、こわいけどっ、みんなの為にがんばるの!」

 

 

博士が白衣を翻す。

 

 

「さっきからやられてばっかりだものね。お姉さんもそろそろ怒っちゃうから!」

 

 

ほむ姉がグッと拳を握り締める。

 

 

「そうっす。一発デカイのぶちかましてやりましょ!」

 

 

剛拳ほむらがニヤリと笑った。

 

 

「安心せよ。彼奴の動きは既に見切った」

 

 

剣豪ほむらは刀を抜いて構えを取る。

 

 

「クワクワッ!」

 

 

クワガタほむらは蜜を啜った。

 

 

「杏子と約束しました。ちゃんこ、ごっつぁんです!」

 

 

四股を踏むドスコイほむら。

 

 

「御託はいいんだよ。さっさとあのいけすかねぇピアノマンをぶちのめそうぜ! ひゃははは!!」

 

 

中指を立てて、やさぐれほむらが舌を出しながら笑う。

 

 

「………」

 

 

ぽむらも無言で頷いた。

 

 

「ふふっ、みんなやる気いっぱいねー」

 

 

むら姉はニコニコしながら鼻血をぬぐう。

 

 

「あー、もう、さいあくっ! 血とか砂とか、きったなーい。これとれるかなー?」

 

 

アイドルほむらは自分の汚れを気にしているようだ。

 

 

「でも、いいのー?」

 

 

むら姉がホムラを見る。ホムラは少しだけ眉を動かしたが、しっかりと頷いた。

 

 

「はい。ここで終わりにします」

 

 

ホムラは杖を構えて腰を落とす。

発動するクイック。早送りによってホムラたち12人のスピードが上昇するのだ。

 

 

「倒す? それは無理だ。お前達が死ぬのは、運命なんだ」

 

 

雄一も腰を落とし、輪を構える。

輪には、たっぷりの瘴気を纏わせて攻撃力を上昇させる。どうやらお互い決着をつけるようだ。

杏子は思わず身を乗り出す。不安だ。心配だ。

しかしグッとこらえた。ホムラが杏子のほうを見て、微笑んだからだ。

 

 

『みてて』

 

 

口パク。

けれどもしっかりと伝わった。杏子は強く、それは強く頷いた。

 

 

「斉藤雄一さん! 貴方は繊細ですが優しく、とても素晴らしい音を奏でます。貴方の演奏が他者の心をうち、前に進もうと思わせる勇気を作り出した! 私は知っています。そんな人が、他人を傷つけようとする魔獣の仲間になる筈がないッ!!」

 

「運命から目を背けるな! 死も変化も、確かにそこにある!!」

 

「ならばその歪んだ運命! 私が正します! この私、手塚海之のパートナー! 暁美ホムラが貴方を証明する!!」

 

 

ホムラたち12人が、一勢に地面を蹴った。

 

 

「レミニセンスッ! ニコエンシス!」

 

 

それは、あまりにも単純な力技だった。

12人が固まって繰り出す突進。魔力を纏い、全速力で飛んでくるホムラ達を見て雄一は呆れながら輪を投げた。

 

一投目。

先頭にいた博士が受ける。なにやら盾を持っていたようだが、意味は無かった。

 

バウンド。二投目。

むら姉とほむ姉が受け、弾き飛ばされる。

 

三投目。

ここで輪が分離。多方向からの攻撃によってぽむら、クワガタほむらが離脱した。

 

四投目。

大量のチャクラムにしてみる。見切ったというのは本当だったらしい。剣豪ほむらは凄まじい太刀筋で輪を切り伏せるが、他は違う。

アイドルほむら、剛拳ほむら、ドスコイほむらが倒れた。

 

五投目。

力を込めてみる。大輪は剣豪ほむらの刀を粉砕して、彼女とやさぐれほむらを吹き飛ばす。

 

 

「終わりだ」

 

 

六投目。ほむらが輪を受けた。

 

 

「うぐうぅう!」

 

 

しかし彼女は踏みとどまり、血を吐き出しながら叫ぶ。

 

 

「行って!」「はい!!」

 

 

ほむらの肩を蹴り、ホムラが飛んだ。

 

 

「ハアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

杖を振り上げ、それを雄一へ振り下ろす。

雄一は考えた。輪を戻す? 駄目だ。ほむらが掴んでいる。

無理にでも引き戻すか? いや、そんな必要は無い。

 

ならば目を光らせた。

モザイク状に迸るエネルギー。眼球と掌からレーザーが発射され、ホムラに直撃する。

叫び声。杖が弾かれ、光がホムラを焼き焦がそうとする。

 

 

「ウォオオオオオオオオオ!!」

 

「!」

 

 

ホムラの背後から影。雄一は舌打ちをこぼした。

見てろって言われただろうが。クソ。

 

 

「やっぱアタシがいないと駄目だね! アンタ!」

 

「かも! です! ありがとう佐倉さん!!」

 

 

杏子がホムラを掴んで投げた。

無理だ。流石にこれ以上はどうしようもない。

雄一は回避を捨てて防御を選択。どうする? どう来る?

しかし早い。気づけばホムラの掌底を受けていた。

 

場所はわき腹。

とはいえ弱い。弱すぎる。

いくらアライブのステータスでも打撃力が無さ過ぎる。雄一はすぐにホムラの腕を掴み、思い切り投げ飛ばした。

 

 

「あう゛ッッ!!」

 

「捨て身の作戦か。悪くないが――」

 

 

そこでピーッと音がした。ハッとしてわき腹を見ると、爆弾が貼り付けてある。

 

 

「あぁ、まったく」

 

 

爆発音。雄一は炎に包まれ、そして笑う。

 

 

「少し焦った。だがそれだけだ。暁美ホムラ」

 

 

雄一は余裕だった。

それなりに爆弾には魔力が込められていたようで、左のわき腹は焦げついているが、耐え切った。。

駄目か。地面に倒れてた杏子は悔しげに歯を食いしばる。

一方で、ホムラは真剣な表情で雄一を睨んでいた。

 

 

「まだ、終わってません」

 

「そうだな。だが、気合を入れた割りには一撃しか与えてないぞ。そしてアライブも無限ではない。そろそろ切れるんじゃないか?」

 

「ええ、そう――、ですね」

 

「なら尚更、俺には勝てない。どうする? まだやるか? 俺としては別に逃げてくれてもいい。そうすれば手塚を追いかける時間が増える」

 

「いえ、逃げません。どうしてって? 決まってるじゃないですか。私は約束したんです。手塚さんに、貴方を倒すって」

 

「守れない約束はするものじゃな――」

 

 

爆発が起きた。雄一の左わき腹から。

 

 

「……ん?」

 

 

雄一はそこを確認する。痛みを感じる。熱を感じる。爆弾は無い。

 

 

「そうです。だから、守れる約束をしたんです」

 

 

ホムラの目が据わる。その目の周りには青いアザが出てきた。

それだけじゃない。ホムラの足が変形する。骨が折れているようで、嫌な音が聞こえてきた。

その時、雄一の左わき腹が爆発する。

 

 

「うがッ! え? え!?」

 

 

同じところにダメージが入る。痛い。傷が抉られる。

雄一がわき腹を抑える。そこには何もない。何もない筈なのに、また爆発が起こった。

 

 

「ご――ッッ!!」

 

「私達は、一人です。たとえどんな道を歩もうと、それが暁美ほむらである事には変わりない」

 

「ま、まさか!!」

 

「はい。レミニセンス・ニコエンシスは、全ての私を一つに纏める魔法です」

 

「そ、それじゃあ!!」

 

 

12人の暁美が受けた傷が、ホムラに収束される。

要するに博士が受けた傷や、ドスコイほむらが殴られた傷がホムラに与えられるのだ。

それは大きな苦痛であり。ホムラは怖くなって痛覚遮断を行う。

しかし、完全には遮断しなかった。向き合うべき痛みだからだ。これは自分であり、他者を傷つけた痛みだからだ。

 

そして一方で、纏めるという事は消滅させることではない。

12人の暁美達は確かに存在していた。その矛盾が武器になる。

ホムラが進み、雄一に一撃を食らわせたのは、12人が力を合わせたからだ。

それが実際は、1人が12人分がんばっていただけになる。

 

一方で、打ち込んだ一撃は12人分を打ち込んだものとして世界に認識されるのだ。

暁美は12人いるが、暁美は1人しかない。暁美達の痛みは暁美のもの。

暁美が与えた傷は、暁美達のもの。

 

 

「う、うがぁあ!!」

 

 

爆発が起きて雄一の肉が飛び散った。肋骨がむき出しになったところで、また爆発。

肉の鎧がないことで、ダメージがダイレクトに骨に響く。

 

 

「何が、何が起こってる!」

 

「私は博士です。博士は貴方と戦いました。私は貴方にダメージを与えました。だから博士が貴方にダメージを与えました」

 

 

ホムラが語り、博士が消える。

 

 

「は? は!?」

 

「私はクワガタほむらです。クワガタほむらは貴方と戦いました。私は貴方にダメージを与えました。だからクワガタほむらが貴方にダメージを与えました」

 

 

ホムラが語り、クワガタほむらが消える。そして爆発が置き、雄一が地面に倒れた。

ピンポイントのダメージ。しかも修復機能を発動しても回復しない。

なぜか? それは暁美ホムラの攻撃でわき腹が爆発したという概念が存在しているからだ。

まだ暁美ホムラの攻撃は終わっていない。確定された未来にたどり着いていないので、修復などできる筈も無い。

ホムラの頬骨が砕ける。腹が割かれ、血が噴き出る。

一方で雄一のわき腹が吹き飛ぶ。

 

 

「今ので、6回目の爆発。あと半分です」

 

「うごぁあああ! させるか!」

 

 

雄一は思った。何も爆発しているのを待っている必要は無い。その暁美ホムラを殺せばいいだけだ。

そう思い輪を向かわせる。すると輪がピタリと止まった。

 

 

「なにィ?」

 

「雄一さん。貴方は何か、勘違いしてますね」

 

 

今はある種、時間を巻き戻しているだけだ。

ホムラが掌底で爆弾を、雄一の左わき腹に押し付け、爆発させた。

その決定された事実の中を覗いているだけなんだから。

 

そこでまた爆発が起きた。

雄一は何か訳の分からない事を叫び、ホムラを殴ろうとするが、そこで体がピタリと止まる。

そしてまた爆発が起きた。

 

 

「う――ッ! ウゴォォォオオオオオオオ!!」

 

 

叫んだ。また爆発が起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで、終わりですね」

 

 

12回の爆発が終わったとき、雄一は仰向けに倒れていた。

わき腹にはぽっかりと開いた穴。その向こうには臓器など無く、詰まっている瘴気が漏れ出てくるだけだった。

雄一は虚ろな目で空を見ていた。途中から何も喋らず、輪も地面に落ちているだけ。

 

 

「ハァ、ハァ……!」

 

「やったな。ホムラ」

 

「はい、はい……!」

 

 

喋るたびに歯が落ちる。それでもホムラは笑っていた。

 

 

「今は休め。顔に魔力を集めて修復するんだ」

 

「はい……!」

 

 

そこでホムラは顔を上げた。杏子と目が合い、笑う。

だが、笑顔が消えた。杏子の背後に浮遊する大輪があったからだ。

逃げて。そう叫ぼうとしたが上手く喋れない。そうしていると輪が杏子の脳天に入り、高速回転して一気に引き裂く。

ソウルジェムごと切断されたため、杏子はそこで息絶えた。

 

とまあ、そんな運命もあったのかもしれない。

だが少なくともその未来にはたどり着かなかった。

立ち上がった斉藤雄一が、杏子を突き飛ばして輪を受け止めたからだ。

 

 

「え?」

 

「逃げろ! 早く!!」

 

 

杏子は事情を理解した。ぽかんとしているホムラを横抱きにすると、走る。

一方で輪は雄一の腕を切り裂き、そのまま胴体に入り、縦に真っ二つにしてみせた。右と左、二つに別れた雄一が地面に倒れる。

しかしまだ生きていた。大量の瘴気を撒き散らしながらも、叫ぶ。

 

 

「運命の本体は俺じゃない! あの輪だ!!」

 

「マジかよ……!」

 

 

杏子の腕は既にくっついているものの、ホムラはもう戦えないように思える。

そして輪は分裂し、大量のチャクラムになった。

杏子一人であれを全て撃墜できるとは思えない。

 

 

「クッソ! どうりゃいいんだ」

 

「私がやるわ」

 

「え?」

 

 

杏子とホムラの傍に、ほむらが立っていた。

 

 

「アンタ……! どうやって!」

 

 

そこでホムラが手をあげる。

 

 

「私が出しました。レミニセンス・ニコエンシスはあくまでも一つの魔法だから。終わればまた私を出せるの」

 

「そういう事よ」

 

 

ほむらは時間を停止させる。

同一体のホムラに触っている杏子は動く事を許されたようだ。

 

 

「でもッ、どうするのさ?」

 

「さっきと同じよ。私があれを全て撃墜できる運命を生み出せば良い」

 

「や、だからどうやって……!」

 

「どうもこうもないわ」

 

 

ホムラも、ほむらも、同じ事を思った。

斉藤雄一が自分達を守って傷つた瞬間に、大切なものがこぼれていく感覚があった。

そもそも、人に迷惑をかけるのが嫌で。自分が好きになれなかった訳だ。なのに、なのに……。

 

 

「一体、いつまで他の人を巻き込むつもりなの? いつまで私のワガママにつき合わせるつもりなの?」

 

 

聞こえていない?

 

 

「嘘つけよッッ!」

 

 

ほむらはジェスチャーを取る。それは間違いなく、弓の弦を引っ張る動作だった。

 

 

「ガァアアアアプ! 弓をよこしなさい! ボサボサしてるとブッ飛ばすわよ!」

 

「は、はい! ただいま! ええ、ですので折檻はどうか!!」

 

 

ほむらが手を離すと、無数の闇の弓矢が発射されて浮遊するチャクラムを次々に撃墜していった。

 

 

「ガァアアアアプ! 何でほむらに武器を渡したァア!」

 

「おわぁあああ! しまったぁあ! 同じ顔で同じ声だからついぃぃ!」

 

 

焔が掌から爆炎を発射させ、ガープは吹き飛ばされる。

だがおかげでホムラ達は無傷で、そして何よりも色つき・『運命の輪』を破壊する事ができた。

それじゃあと、ほむらは髪をかき上げながら消え去る。

ホムラは立ち上がると、フラフラと雄一のもとへとやって来た。

 

 

「雄一さん……」

 

「あぁ、無事だったんだね」

 

「どうして?」

 

「分からないけど……。たぶん、瘴気が沢山体から出たからだと思う。なんか考え方も、変わってきたっていうか。そもそも、え? 俺、ちゃんと、喋れてるかな?」

 

 

ホムラはコクコクと頷いた。左半分だけの雄一は優しげに笑った。

 

 

「い、いろいろ酷い事して、ごめん」

 

「今のが、本当の貴方なんですね?」

 

「いや、別にそうじゃない。今までも本当だった……! でもまあ、たぶん、今のほうが、理想とは近いと思うよ」

 

 

とはいえ、雄一は悲しそうに笑った。片腕しかない。その指もホムラ達の血で汚れてる。

 

 

「これじゃあ、ピアノはひけないな……」

 

 

ホムラはボロボロと泣き始めた。

なんだか、一人の男の夢を台無しにしてしまったような気がして。

とはいえ、彼女は何も気にしなくて良い。だから雄一はホムラの頭を撫でようと手を伸ばした。まあ上手くいかずに、地面に落ちたが。

 

 

「気にしないでいいんだ。そ、それより……、あの、あぁ、なんだっけ? 駄目だな。体を構成する瘴気がなくなっていく。でも駄目だ。やっぱりこれだけは言わないと」

 

 

雄一はホムラの手に触れ、まっすぐに瞳を見つめた。

 

 

「手塚を、頼むよ」

 

「え……?」

 

「変な意味じゃないよ。ただ、助けてやってほしいんだ。ほら、俺はいろいろ迷惑かけたから今さらかもしれないけど……」

 

 

斉藤雄一は、己が消えいく事を理解していた。

その上で、ホムラに笑顔を見せたのだ。

 

 

「友達なんだ――っ! 大切な、親友だ……!」

 

「!!」

 

 

そこでホムラは気づく。雄一が手に触れたとき、そこには一枚のカードがあった。

 

 

「これって……」

 

「俺も同じなんだよアイツと……! でも、俺はなんだかんだ逃げてばっかりで! だから、いらない苦労を背負わせた」

 

 

雄一の目から瘴気が流れてきた。ただの偶然だが、ホムラはそれが涙だと理解した。

 

 

「せめて少しでも何かの力になってくれればいいって思ってる。それくらいしか、もう、俺にできる事はない」

 

 

ホムラはコクコクと頷いた。過剰に頷く姿を見て、雄一は笑う。

 

 

「あと、そうだな。ついでに伝えてもらおうかな」

 

 

雄一の半身は既に消えていた。下半身も消えていた。

 

 

「手塚には色々言ってしまったけど、一つだけ言い訳がしたいんだ」

 

「はい、はい……!」

 

「たとえ何回繰り返しても、俺は、お前を友達だと思ってたよって」

 

「はい。必ずッ伝えます! 絶対。絶対に伝えます!」

 

「ありがとう」

 

「手塚さんは賢い人ですから分かってくれます! 貴方が私たちを庇ってくれた事も全部伝えるから! だから、だから――ッッ!!」

 

 

消えちゃ駄目。それを言う前に、雄一はホムラに言葉を投げる。

 

 

「生きてくれ。そして――、勝つんだ。俺の想いは確かに託したよ」

 

 

そこで斉藤雄一は消え去った。ホムラはギュッとカードを握り締める。

伝わった筈だ。だって、伝えた。これが良い事なのか悪い事なのかホムラには分からない。

友達が死ぬ瞬間は辛い。辛すぎる。けれども絶対に何か大切なものが心に宿る。

だから、トークベントを使った。ホムラが聞いた言葉は、ライアも聞いていた。

 

 

『感謝しろよ』

 

 

ジュゥべえがライアの肩から降りた。

ライアは頷く。最大の感謝を。押し付けてしまったホムラに。雄一に。

 

 

「すまない焔」

 

「!」

 

「負けられない理由が、また増えた」

 

 

ホムラが受け取ったカードを、ジュゥべえがシステムに組み込む。

ライアはデッキから雄一がくれたカードを抜き取り、バイザーへセットした。

焔が動きを止める。ライアの背後に巨大なルーレットが出現した。

 

ルーレットというよりはスロットマシーンとでも言えばいいか。

アドベントカードのような枠の中に、モンスターの絵が映し出される。

それはドラグレッダー。どういう事だ? 焔が警戒していると、ルーレットがスタートする。

ドラグレッダーの絵柄がボルキャンサーに変わり、すぐにマグナギガに変わる。

次々と変わっていく絵柄。これは世界を表している。

 

 

『俺も同じ』

 

 

雄一が言っていたことだが、そのままの意味だ。

彼もまた、何も変わらない。ただやはり同じなところもあるようで。手塚は『ライア』が一番多かった。

その絡みついた因果律。何度繰り返しても同じ理由で同じ事を繰り返す。

それが染み付いた人間というものだ。

だがたまに、宿命がその道を狂わせる。

 

 

「運命よ。俺に従え!」『アドベント』

 

 

ルーレットが止まった。

その時、絵柄になっていたモンスターが飛び出してくる。

空間の破片を纏い、地面に降り立ったのはオーディンの使役モンスターであるガルドサンダー。それが、地面に降り立ったと同時に変色していく。

赤紫を貴重としたのは、紛れもないライアの色。

 

 

『さしずめ、エビルサンダーってところか』

 

 

新たなモンスターと契約したのであれば、新たなカードが増えるのは必然だ。

ライアは二枚目のカード、ソードベントを発動する。目の前に現れた剣を掴むと、ライアの姿が変わっていく。

 

 

「一緒に行こう。雄一」

 

 

焔の表情が歪む。嫉妬でおかしくなりそうだ。

一方でライアは剣を背中に装備し、鞘から引き抜く。

頭部の形状は元になったエビルサンダー(ガルドサンダー)に近く、胸部装甲にはまるで陣羽織のような装飾が見える。

ジュゥべえはフムと唸る。剣がメインならばソード。いや、ブレイド。騎士ブレイド? いや、ライアなのだからライアブレイド。

 

 

『決めたライア・ブレイドフォームだ。じゃ、がんばれよ』

 

 

消え去るジュゥべえ。ライアは剣先を焔に向ける。

 

 

「全ての嘘を、終わりにしよう」

 

 

ライアはエビルブレードの刃を光らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

邪神を目指すまどか達。デカログスが近づくにつれて、使い魔がやって来るようになる。

面倒だが対処できないわけではない。バイクを走らせる騎士と、ソレに乗って遠距離射撃を行う魔法少女。

 

 

「待っててね。ほむらちゃん」

 

 

そこでライドシューターが並ぶ。車体の上に乗っていたさやかは、まどかの声が聞こえたらしい。

 

 

「今度こそ、分かり合えるのかな。あたし達」

 

「うん。絶対。ね、仁美ちゃんも」

 

 

後ろにいる仁美に笑いかけると、笑顔が返ってきた。

 

 

「ええ。必ず、分かり合えますわ」

 

 

すると、怒号。

 

 

「分かり合える? 不快な言葉はやめいッッ!!」

 

 

炸裂音が響き、ライドシューターが急停止する。

ドンチキ・ポン。プワァー。ジャキジャンジャンジャンジャカジャン! ポン!

和風な音楽が響き渡る。まどか達が警戒していると、近くの丘の上。摩訶不思議な光景が飛び込んできた。

 

馬だ。真っ白な馬が歩いてくる。

とはいえ、その顔にはモザイクがかかっていた。

従者型を馬の形に改造しているようだ。そしてその上に乗っているのは公家を彷彿とさせる男である。

和風の格好、烏帽子、白塗りに丸い眉毛。そして薄紫の長い髪の毛。

男はニヤリと笑った。真っ黒に塗った歯が特徴的だ。

 

 

「あ、貴方は……!」

 

「黙れ下種桃がァ!」

 

「!!」

 

 

下種桃、髪の色だろうか。まどかは怯んだような表情でこわばる。

 

 

「ホホホ! 怯えるな怯えるな! 麻呂も戯れが過ぎたわ。これは反省じゃての」

 

 

男の周りには和楽器を持った魔獣が大量に見える。

 

 

「麻呂は魔獣。その名は、下足之宮(げそのみやの)黒彦(くろひこ)。下種桃、鹿目まどか。うぬらはココで死ぬのでおじゃる」

 

 

黒彦が腕を上げると、まさに三百六十度。どこを見ても従者型の大群が現れる。

 

 

「んなッッ!!」

 

 

思わず龍騎から声が上がる。

従者型の大きさはバラバラだが、だからこそ無数の顔が見える。

なんて数だ。従者型は建物からも生えるように体を伸ばし、龍騎達を見つめている。

まどかはかつて教科書で見た魚の話を思い出した。一つ一つは小さくとも、集まれば大きな力になる。そういう話だ。

魔獣も変わらない。従者型のレーザーを一勢に発射されたら、流石に終わりだ。

 

 

「ぬほほほ! 良い表情じゃての!!」

 

「ちょ……、こんなのアリ!?」

 

 

さやかが青ざめる。

見渡す限りの白だった。何百のレベルじゃない。おそらく、何千。いや――

 

 

「一万の従者でおじゃる」

 

 

一万。その言葉でさやかは完全に沈黙した。

オルタナティブやなぎさも抜け道を探すが、そんなものは大群の前に存在する筈も無い。

むろん、こんな事は普通では許されない。

 

しかし今は普通ではない。

キュゥべえ達のルールによる強制力が弱まっている今、星の骸から大量の従者型を引っ張ってこれたのだ。

 

 

「は、反則だ! ゲームで決着をつけるんじゃなかったのかよ!」

 

「ホホホホ! 何を言うておるのじゃ龍騎よ! そんなものに納得している魔獣などほんの一握り。皆が思っているのはうぬらを八つ裂きにしたいという殺意のみよ!」

 

 

仁美はこっそりとクラリスを取り出した。

が、しかし、そこで黒彦の表情が変わる。

 

 

「何をしとるか畜生緑がッッ!!」

 

「きゃ!」

 

 

黒彦が口から何かを発射した。

墨だ。墨の塊。それが仁美の足元に着弾する。

 

 

「お前達にもできる事などもう無いわ! 今は麻呂が楽しむ時間! 邪魔をするな愚か者めがァアア!!」

 

 

黒彦は大きな矛を出現させると、それを天へ掲げる。

 

 

「ええィ! 不愉快極まりないわ! もうよろしい! 麻呂の前でせめて美しい炭になってみせよ!!」

 

 

皆――、焦る。

必死に突破口を探すが、見るところ見るところ従者の顔なのだからどうしようもない。

 

 

『キュゥべえ!』

 

 

まどかがテレパシーを使う。しかし脳内に響く怒号。

 

 

『無駄じゃ! 既にハッキング済よ! 運営に頼ろうとするのは浅はかでおじゃる!!』

 

 

駄目だ。もう守るしかない。

まどかはアライブを発動しようと――

 

 

「あ」

 

 

まどかの腕が消し飛んだ。

 

 

「無駄じゃ! その前に殺す! 発射!!」

 

 

光が――、溢れた。

もはや抵抗すら許さぬスピードであった。

魔法少女たちの結界は一瞬で蒸発し、騎士達がカードを引き抜く前に全てを終わらせた。

 

 

「ホホホホホホホ! ホーッホホホホ! オルタナティブゥ! 貴様には無敵になる技があったなぁ! だがしかし使えなければどうにもならぬのじゃ! ホーッッホホホハハハハ!!」

 

 

今はゲームではないため、実はアナウンスは流れない。

しかし、これは事実である。今の一撃で、ゾルダは死んだ。さやかは死んだ。再生すらも間に合わず、ソウルジェムが溶けたのである。

 

 

「愉快! 愉快でおじゃる!! 殺せ! さあ殺せや殺せ!!」

 

 

これは事実である。紛れもない事実である。

仁美は死んだし、なぎさも死んだ。オルタナティブはもちろん死んだ。

 

 

「命が溶けていく感覚はたまらんのぅ! ホホホ! オーッホホ!!」

 

 

そこでジュゥべえとキュゥべえも異常事態に気づいた。

 

 

『おい先輩。マジかよ』

 

『ああ。確認したよ。やられたね。龍騎ペアの死亡を確認した』

 

『くぁー! 魔獣共。マジでやりたい放題だな! これ――ッ、マジどうすんだ先輩』

 

『まあ残念だけど仕方ないよね。これがまどか達の限界だったという事さ。元の世界にいるニコ達に伝えて、彼女達だけでゲームを頑張ってもらおう』

 

『了解。ま、残ってる人数くらいだったら穴も開けられそうだし、マミや杏子を回収してトンズラすっか!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふぅん。なるほど。こうなるわけね。

 

 

「魔法少女達はみんな、分かり合えるよ」

 

「分かり合える? 不快な言葉はやめいッッ!!」

 

 

炸裂音が響く。

ドンチキ・ポン。プワァー。ジャキジャンジャンジャンジャカジャン! ポン!

和風な音楽が響き渡る。近くの丘の上。摩訶不思議な光景が飛び込んできた。

 

馬だ。

真っ白な馬が歩いてくる。とはいえ、その顔にはモザイクがかかっている。

従者型を馬の形に改造しているようだ。そしてその上に乗っているのは公家を彷彿とさせる男である。

和風の格好、烏帽子、白塗りに丸い眉毛。そして薄紫の長い髪の毛。

男はニヤリと笑った。真っ黒に塗った歯が特徴的だ。

 

 

「………」

 

「………」

 

「ええい! 誰でおじゃるか! 貴様ッッッ!!」

 

 

下足之宮黒彦は困惑していた。

つい先程、まどか達の動きを調べ、絶対に通るであろう道に先回りしていたと言うのに、通りかかったのはまどか達ではない騎士であった。

おかしい。なぜまどか達は急にルートを変更したのか? デカログスに向かうためには絶対にココが一番近いはず。

 

 

(ましてや鹿目まどか達は麻呂がここにいる事を知らなんだ。なのに、ええぃ何故じゃ!)

 

 

心当たりがあるとすれば、間違いなく今、そこにいる騎士である。

 

 

「お前が何かをしたのか! ええい! よくも麻呂の愉悦を!!」

 

 

黒彦は一万の従者を呼び出し、騎士を囲ませる。

やりすぎかとも思ったが、なにせ黒彦はフールズゲームヘビーユーザーでありながら目の前にいる騎士を知らない。

オルタナティブでもなければ、アビスでもない。

 

 

「何者じゃ! 騎士め、名を名乗れ! 麻呂の悦楽の時間を邪魔し、かつそのふざけた面! 事と次第によっては地獄の苦しみを与えて殺してやるわ!!」

 

「騎士? うーん、騎士かぁ。まあ悪くはないんだけどさ、ちょっと違うんだよね」

 

「はァ!?」

 

「おれはさ、騎士じゃないよ。王様だよ」

 

「だからッ、ハァ!?!? 何を言うとる? 気狂いか!?」

 

「だからさ。うーん、あ、そうか! ゴメンゴメン。間違えてた」

 

 

騎士ではなく、王は自らを指し示し、高らかに叫ぶ。

その時、仮面についている文字型の装飾が光った。

読み方に間違いがなければ、それは『ラ』『イ』『ダー』の三文字。

 

 

「俺は常磐ソウゴ。最善最高の魔王になる男さ」

 

 

その時、黒彦は言いようの無い不快感と恐怖を感じた。

放置してはいけない。いずれにせよイレギュラー。ここで消しておいて損は無い。

彼は矛を出現させると、騎士――、ではなく王・ジオウを指し示す。

 

 

「放てェエエエエエエエエ!!」

 

 

モザイクを光らせる従者。

そこに混じって、謎の電子音が聞こえてきた。

 

 

『オーガ!』『カメンライド』

 

「うぬ!?」

 

『パラダイスロストォ』

 

 

気づけば、黒彦は檻の中に入れられていた。

 

 

(なんじゃ――……、これ)

 

 

先程まで虚心星原――、つまり見滝原の町にいたはずなのに。なぜか今、黒彦や一万の軍勢はスタジアムのような場所に入っている。

従者型も困惑しているのか。皆、動きを止めている。さらに気になる点があるとすれば、スタジアムのホールにて巨大なサイのような化け物がいる事だ。

"エラスモテリウムオルフェノク"は、明らかに敵意をむき出しにして黒彦へ近づいていく。

 

 

(なんじゃこの面妖な獣は……!!)

 

 

そこで黒彦は気づく。

白ばかりの観客席だからこそ気づいた。一点だけ色が違う。

それは、シアン。

 

 

「魂の宝石グリーフシードか。士もちょっかいをかけていたみたいだし、興味をそそられるね」

 

 

騎士ディエンドは、強化形態となりて黒彦を観察していた。

特別なことなどしていない。各々の力を使っただけだ。コンプリートフォームは劇場再現の力。それで黒彦や従者型を隔離したまでのこと。

その前は? それはジオウが未来を知っただけにしか過ぎない。

だからこそジオウは龍騎が黒彦のところに行く前にコンタクトを取った。

 

 

『こっちは危ないからさ。あっちから行った方がいいよ』

 

 

今頃龍騎達は少し遠回りをしているが、確実にデカログスに近づいていた。

 

 

「おい城戸。本当にあんな変なヤツ、信用して良かったのかよ」

 

 

ゾルダが訝しげに言い寄ってくるが、龍騎はしっかりと頷いた。

 

 

「ああ。前にも会った事がある気がするんだ……」

 

 

ゾルダは唸る。龍騎の『気がする』は馬鹿にできない。

思い返してみればかつてオーディンのタイムベントによる歴史修正にて真司はかなり長い間記憶を保持していた。

北岡もあの時、真司の言うことをまともに聞かなかったせいで浅倉を逃した手前、今回も無碍にはできなかったのだ。

 

 

「でも本当か? 本当の本当に本当か? あんなかっこ悪い仮面つけてるヤツなら一生忘れないだろ?」

 

「うん。そうなんだけど……。それにほら、なんとなく似てたじゃないか俺達」

 

「おい冗談だろ? このゾルダのデザインとあんな訳の分からない――」

 

「ほらセンセーうっさい! どっちにしろいいじゃん。もうすぐ着くんだし!」

 

 

こうして龍騎達が確実に目的地に近づいているころ、黒彦は大変に困惑していた。

 

 

「なんじゃ! なんなのじゃコレは!!」

 

 

エラスモテリウムを攻撃しようとしたが、そこでいつの間にか別の騎士が現れている事に気づいた。

 

 

『Exceed Charge』

 

 

騎士・オーガの伸ばした光の刃に見惚れていると、空中に飛び上がる騎士・ファイズブラスターを見つける。

 

 

「誰じゃ。麻呂は誰を狙えばいいのでおじゃる!?」

 

 

もはや何が何だかサッパリだ。

そうしているとファイズの紅い光を纏った蹴りが、オーガの光の刃に叩き込まれた。

 

 

「そもそもアレは誰でおじゃるか!?」

 

 

エネルギーとエネルギーのぶつかり合いが、激しい衝撃を発生させる。

黒彦は思わず叫んだ。凄まじい衝撃波。それはまるで紅い円だ。

ファイズのエネルギーがスタジアムを破壊し、紅い円は従者型を次々に巻き込んで消滅させていく。

 

 

「フフフフ」『アタックライド・インビジブル!』

 

 

消え去るディエンド。

一方で従者型は次々に連鎖爆発を起こしていき、一体が死ねば次は数十体が死ぬというスパイラルを巻き起こす。

その爆風にてスタジアムは崩壊。瓦礫の山が降り注ぎ、ファイズやオーガ、エラスモテリウムや従者型、なによりも黒彦を押しつぶしていく。

 

 

「ギアアァアァアアアア!!」

 

 

赤と金は尚も炸裂し、スタジアムは完全に崩れ去った。

しばし、沈黙。やがて一つのシルエットが瓦礫を掻き分けて這い出てきた。

 

 

「おのれぇえ! 何故じゃ! 何が起こっているのでおじゃるか!!」

 

 

下足之宮黒彦。その正体はイカ型のミラーモンスター・ウィスクラーケン。

周囲を見ても、従者型の気配はない。一万もの軍勢があの訳の分からない紅い光に消滅させられたというのか。

 

 

「へぇ。イカなんだね。イカしてるじゃん。ハハハ」

 

「貴様ァアア……!」

 

 

瓦礫の上。ウィスクラーケンはジオウを見つけ、怒りに震える。

 

 

「麻呂が入念に立てた計画が全ておじゃんでおじゃる!」

 

「おじゃんでおじゃる? いいね。面白い気がする」

 

「黙れェエ! 刺身にしてくれようぞ!!」

 

 

矛を回し、ウィスクラーケンは駆ける。

ジオウも剣を構えると真っ向から受け止めようと狙いを定めた。

しかしウィスクラーケンは正々堂々なんてつもりはない。口から黒い煙幕を発射すると、まずはジオウの視界を奪う。

 

 

「!」

 

 

黒煙から伸びた矛をかろうじて確認し、ジオウは剣でいなしていく。

しかしすぐに違和感。足にイカの足が絡みついている。ウィスクラーケンの頭部が伸びて、鞭になっているのだ。

動けない。ジオウは迫る矛を身に受け、火花を散らす。

 

 

「死ぬでおじゃる!」

 

 

突きが入った。うめき声をあげて後退していくジオウ。

しかし素早く腕から時計型のアイテムを取り出すと、起動させてベルトへ装填する。

 

 

2016(エグゼイド)

 

 

次に伸びてきた矛をジオウは回避せずに受けた。

もちろんただ受けたのではない。ギリギリ体に当たらないところ、ベルトだけに触れさせたのだ。それによりベルトのギミックが回転。

ジオウの背後に鎧が出現し、次々と装着されていく。

 

 

『アーマァータァイム!』【レベルアーップ!】『エグゼィィィッド!』

 

「なんじゃ!?」

 

 

黒煙を切り裂くシルエット。

ジオウは空に舞い上がると、そのまま両腕のハンマーを下にして落下する。

地面に当たると同時に衝撃波。煙を吹き飛ばし、さらに瓦礫とウィスクラーケンを空中へ巻き上げる。

 

 

「ノワァアアアア!!」

 

 

マヌケな声が聞こえて、ジオウはニヤリと笑った。

まだ終わらない。再び地面を蹴ってジャンプすると、巻き上がる瓦礫を踏み台にしてさらに跳んでいく。

空中では身動きがとれないため、ウィスクラーケンは手足をバタつかせるくらいしかできない。

そこへ入るハンマー。蹴り。ハンマー。

 

ジオウは瓦礫を使って標的の周囲を飛び回り、次々に攻撃を命中させていく。

さらに攻撃が当たるたび、カタカナで【ヒット!】の文字が浮かび上がり、それがウィスクラーケンの苛立ちを募らせる事となった。

 

 

「こんの下郎がァアア!!」

 

「おわ!」

 

 

ウィスクラーケンは頭のゲソを伸ばして、高速回転。しなる鞭が近づいてきたジオウに命中し、ジオウ共々墜落していく。

しかしジオウは気づいていた。殴っても墜落しても、ウィスクラーケンにダメージが入っているような感覚がない。

イカだからなのか、ヌルヌルしていて、殴ってもあまり手ごたえがない。ならばとジオウはベルトについている時計を交換。

 

 

『アーマァータァイム!』

 

「!?」

 

(ベスト)(マッチ)!】『ビッルッドォオオオオ!』

 

 

立ち上がったウィスクラーケンは、ジオウの姿が変わっている事に気づく。

ピンクだったカラーリングが、赤と青に。警戒していると、ジオウはその隙に勝利の法則を調べ始める。

数式は――、よく分からない。フィーリングと勘。

すると見つけた。『たぶんここが弱点』の場所を。

 

 

『フィニッシュタァーイム!』『ビルド!』『ボルテック! タァイムブレーック!』

 

 

バックルを回転させて飛び上がると、グラフがウィスクラーケンを捕まえる。

敵もすぐに白い拘束具をはずそうと試みるが、上手くはいかない。

そうしていると大量の『たぶんあってる数式』と共にジオウがドリルを突き出してきた。

 

 

「グアァアアアアアアアアアア!!」

 

 

らせん状のエネルギーが肉を削り、穴を開ける。

ウィスクラーケンは瘴気を撒き散らしながら吹き飛び、地面に倒れた。

 

 

「お、おのれッ、覚えておくでおじゃる! 魔獣は執念深い事をな!!」

 

 

ウィスクラーケンは大量の黒煙を撒き散らすと、そのまま消えていった。

ジオウはすぐに後を追うが、既に気配はない。

 

 

「ま。こんな所か」

 

 

するとノイズと共にディエンドが現れる。

 

 

「やあ、気が済んだかな王様くんは」

 

「うん。ありがと。じゃあ今回は戻ろうか」

 

 

灰色のオーロラが生まれ、ディエンドはその中に消えていく。

 

 

(ふふ。楽しみだね。ソウルジェム。グリーフシード。野汁。そしてアダムとイブ。面白そうなものは全て僕が頂くよ)

 

 

ジオウも続こうとして、ふと足を止めて振り返った。

 

 

「頑張ってね城戸真司。王様が目にかけたんだから、簡単に死んじゃだめだよ」

 

 

まあでも、たぶん大丈夫か。

よく分からないけど、いける気がする。

ジオウは小さく笑い、オーロラの中に消えていった。

 

 

 





ライアのブレイドフォームはオリジナルじゃなくて、宇宙船っていう雑誌でもしもライアサバイブと、斉藤雄一がガルドサンダーと契約していたらっていうコンセプトで作られた公式二次創作みたいなキャラクターです。
ライアサバイブもそれを元にしてます。フィギュアもあるみたいですね。

で、ブレイドフォームは、本来だと仮面ライダーブレイドっていうキャラになるんですけど、この作品ではライアがブレイドにフォームチェンジするっていう形になってます。
それでブレイドだと分かりにくいんで(0w0)
ブレイドフォームにしてます。



龍騎スピンオフの予告見ました。
いや本当に感動しましたね。まさか2019年にあんな龍騎を見れるとは。
手塚と芝浦がオリキャスなのもいいですよね。特に芝浦がまた見れるとはね。思ってなかったので。
あと、シザースとかベルデが他の変身者っていうのも、龍騎という作品コンセプトからしてみれば全然違和感がないので、そこらへんも期待ですよね(´・ω・)b


あとマギレコもつい先日の深夜にクリアしました。
いやー、良かったね本当。特に最終決戦の皆が出てくるところは感慨深いですよ。
結構ストーリーはかずみに近いかなって感じはしましたけど、特に英単語使う人がヤバイみたいな所とかまさになんだけど(´・ω・)

まあでも、かずみとはちょっと違う形のテーマだったんで、そこは面白かったですよね。


あと個人的にはかりんがいない所が実は結構好きなポイントなんですよね。
好きッっていうのは違うけれども、なんかこうライダーと被るっていうか。
あれってたぶんフルボイスが故に声優さんの都合でいなかったんでしょうけど、まさにカブトや電王を彷彿とさせるものがありますよね。
ここで出れなくなっちまうのかよ! どうすんだよ! みたいな苦労がねあったんじゃないかみたいな(´・ω・)

その結果生まれたのがカブトの展開であり、電王のコハナであり、そして使い魔と戦っていたら終わっていたかりんであったり。
まあ後でフォロー入るのかもしれないけど。
僕はかりんが好きなキャラなんで、一つかなりキャラ付けとかネタが生まれたなみたいな。

もちろんファンの中にはアリナパイセンとの絡みが見たかった人が多いんでしょうね。
正直、僕はどっちかっていうとパイセンとの組み合わせより、なぎたんとの組み合わせが好きなんで、そこまでショックじゃないけど。
まあもう声優さんも復帰してますし、後で何とかできるしね。
とにかく、いないっていうのは、これは裏の苦労が見える気がして好きなポイントなんですよ(´・ω・)


あと申し訳ない。
完全な自分語りの自慢しますけど、本当に僕2019年来てて、今回のガチャでアルまどと灯花ちゃん当たったんですよ。
まあもう皆さんも散々後書きとか、前書きでガチャ自慢してるヤツみてうるせぇどうでもいいんだよと思ってるかもしれないけれども、それでも嬉しいから書きたくなるよね
(´・ω・)

それで今から、すげぇ気持ち悪いこと書くけど。
そのガチャを終えて改めて思ったのは、もしもこの世界に魔法があるとすれば、その一つは絶対に釘宮ボイスだと思うんですよね。
なんかその今、全部エピローグまでやって、なんだかんだと今、自分の一番上にある感想って『灯花ちゃんが可愛い』なんだよな(´・ω・)

いや分かりますよ。
僕が気持ち悪いのは分かりますけど、なんか凄いやっぱそれを感じてて。
キャラデザ、釘宮さんの声、性格的な。凄いかみ合ってるなって。

好きってなると、一番はマミさんで、まどかとか海香とか、かりんなんですけど。
とんでもないキャラクターを生み出したなっていうのがあるんですよね。

いや分かりますよ。気持ち悪いのは。
でもお前らだって分かるだろ? なあ、おん。灯花の完成度凄まじいよな。


いや分かりますよ。気持ち悪いのは(´・ω・)


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第95話 いーいーよ

令和もよろしくね(´・ω・)




 

 

聳え立つ塔、デカログス。そこからは大量の使い魔が放たれ、世界中に飛んでいく。

使い魔は『ほむら』の顔を模していた。あるのは右半分だけ。左半分はひし形を組み合わせ、鳥の翼と足を思わせるパーツがくっついている。

デカログスのモデルとなった糸車の魔女が生み出したものと違うのは、右半分の顔にメガネがあることだ。

この使い魔・『レイブン』は、足についている鋭利な爪で対象を引き裂くのだ。

はじめは数羽ほどが飛来する程度だったが、距離が近づくにつれて数も増えてくる。

辺り一面の黒。参加者は怯んだが、それでもスピードは緩めない。

 

 

「こんの――ッ!」

 

 

龍騎はハンドルを思い切り右へ切ってドリフト。

ライドシューターの車体が横をむいて、キャノピーが展開。龍騎が飛び出していく。

勢いに任せて地面を転がり、立ち上がった際にはソードベント。龍騎はドラグセイバーを振り回しながら前に出て行く。

龍舞斬、刃に炎が纏わりつき、剣を振るえば斬撃が発射されてレイブンを打ち落としていく。

 

しかし一度くらいの攻撃では消滅までいかない。

再び翼を広げて龍騎を狙うレイブンたち。

龍騎は一端回転切りで炎を撒き散らすと、眼前に迫った一体を回し蹴りで弾き飛ばし、デッキに手をかける。

 

 

「ハァア! ダァアアアアア!!」『ファイナルベント』

 

 

上空から火炎弾が落下して龍騎の背後に墜落する。

爆発が起こり、レイブンを吹き飛ばし、龍騎もまた爆風で空に舞い上がる。

そのまま空中で一回転。右足を突き出すと、既に背後にて大口を開けていたドラグレッダーが炎を発射した。

ドラゴンライダーキックがレイブンの群れを突き破り、次々に爆破させていく。

着地した龍騎は勢いに身を任せて地面を滑っていき、その頭上をまどかが翼を広げて飛行していた。

 

 

「はぁあああああああ!」

 

 

まどか体を捻り、高速回転。

光の翼で次々にレイブンを叩き落としていく。

さらにその間に二つのアクションが起こった。

 

一つは魔法。

まどかの周囲に迫るレイブンが球体状のバリアに閉じ込めれられていく。

加えて、まどかは弦を引き絞っていた。収束していく桃色の光。

指を離すと、無数の光の矢が発射されて丸いバリアに向かう。しかし矢はバリアを貫かない。矢先がバリアを押していき、無数の球体が一箇所に集まった。

それはまるでブドウのようだ。まどかは着地すると、ユニオンを使用して武器をドラグアローに持ち変える。

すぐに矢を発射し、結界ブドウの傍に突き刺す。

 

 

「真司さん!」

 

『ストライクベント』『ユニオン』『ストライクベント』

 

「オッケー! まどかちゃん!」

 

 

二人はドラグクローを構え、そして突き出した。

発射される炎はドラグアローの矢先にあるエネルギーに触れ、大爆発を巻き起こす。

それはブドウの中にいた全てのレイブンを消滅させ、二人はさらに走って戦闘を続ける。

それは他のメンバーも同じだ。なぎさは顔だけをシャルロッテに変えると、次々にレイブン達をクロッシュに閉じ込めて、お皿ごと口の中に入れる。

 

 

「もぐもぐ。うまうまです」

 

 

その脇を駆け抜けるさやか。

地面を蹴って跳躍。さらに魔法陣を足場にして、二段ジャンプ。上空高くに位置を取ると、マントを思い切り翻した。

するとマントから無数の剣が射出。刃が周囲に撒き散らされる。

しかもこの剣、回転しながら飛んでいき、次々にレイブンを切り裂いて消滅させた。

さやかは着地後、すぐに走り出した。無数の剣は全て地面に突き刺さっており、まるで剣の森だ。

 

さやかは走る中で適当に見つけた一本を抜き取ると、それを振るってレイブンの爪を弾いた。

さらに近くにあった一本を抜き取ると、二刀流にしてレイブンを切り裂いていく。

跳び、斬り、そしてターン。両手に持っていた剣を投げて二体のレイブンに突き刺した。

手ぶらになったさやかだが、体術もある程度はできる。迫る爪を交わし、蹴りをお見舞いすると、反動で後ろへ跳躍。

着地したのは刺さっていた剣の柄頭だ。さやかはそれを蹴ると、跳び回し蹴りでレイブンを散らしていく。着地したのも、剣の前。

さやかはそれを抜き取ると、迫るレイブンに立ち向かった。

しかし、限界がある。斬られても新しいレイブンがさやかの周りに迫っていく。

 

遂に、さやかの背中に爪が入った。

呻き、よろけた彼女は、そのまま地面に倒れてしまう。

こうなってはもう終わりだ。無数のレイブンが一気にさやかへ群がり、爪を突き立てていく。肉を裂く音が聞こえ、大量の血が飛び散った。

しかし違和感。飛び散った血から、『赤』が粒子化して消えた。

残ったのは透明な液体、するとそれが一点に収束して、巨大なシルエットを形作った。

 

 

「ォオオオオオオオオオ!」

 

 

血液を媒介にしてオクタヴィアが召喚される。

エネルギーの飛沫がレイブンを吹き飛ばし、その隙を狙ってオクタヴィアが大剣を振るった。

一瞬で両断された無数のレイブン。オクタヴィアの真下には、丁度立ち上がったさやかが血を拭っていた。

とはいえ、すぐに血は消える。彼女の固有魔法は自己回復。攻撃を受ければ血でオクタヴィアをつくり、自身はすぐに回復できる。

これが円環の使者になった美樹さやかの強みなのである。

オクタヴィアはさやかの意思に従い、忠実に動く。魔女はさやかを掴んで投げ飛ばし、ゾルダの傍に着地させた。

 

 

「先生!」

 

「ああ! 一掃するぞ!」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

 

マグナギガ、ゾルダ、さやかの並びになる。

さやかがゾルダの背中に両手を押し付けると、マグナギガの前方に青い魔法陣が広がった。

エンドレスワールド、弾丸が魔法陣を通過すると、剣に変わり、無数の刃がレイブンたちに突き刺さっていく。

さらにマグナギガはゆっくりと旋回。範囲はさらに増していく。

 

 

「わわわ! 裕くん! あぶないのですよ!」

 

 

なぎさは放心しているように立っていたサイコローグの手を引くと、シャルロッテに変身して飛んでいく。

背中に乗せられたサイコローグはそこでハッとしたように意識を取り戻した。

 

 

「え? あれ? ぼく、なんで……」

 

「どうしたんですか?」

 

「いやッ、今……!」

 

「???」

 

 

なぎさは詳細を求めようとしたが、それよりも早く悲鳴が出てきた。

突き刺さった剣が爆発を起こしたのだ。あれだけいたレイブンも、あっという間に塵になっていく。

 

さらに追撃。仁美がコネクトで呼び出したエリザが必殺技を使用したのだ。

デア・ドラッヘ・リンドヴルム。それは、竜の雷火と名乗るに相応しい威力であった。

巨大化した砲身から発射されたのは高威力のレーザー。それはレイブンを蒸発させるように消滅させ、デカログスにも直撃してみせる。

デカログスの悲鳴に混じる、エリザの笑い声。

 

 

「にょわほほほ。いいですの仁美。これが圧倒的な実力というものですわ!」

 

「お見事ですわ先生。勉強になります」

 

 

エリザは満足したのか、頷くと笑うのをやめる。

レイブンは相当な数がいたと思われたが、今はもう静けさすら感じさせるフィールド。

だが、だからこそ今は『音』がより鋭敏に感じられる。ふいにザッと足音がして、一同はすぐにその方向に注目した。

レイブンとは違うタイプの使い魔か、はたまた魔獣か?

 

 

「………」

 

 

立っていたのは両手に持った剣を掲げていたアビスであった。

急いで走ってきたのか、ゼェゼェと息が荒い。

 

 

「………」

 

 

聞こえるのはハァハァと荒げる呼吸音だけ。アビスはゆっくりと周りを見回し、やがて静かに剣を下ろした。

 

 

「まあ、あの……。ど、どうも」

 

「おバカ者!!」

 

「うげぇえ!」

 

 

バキューンと音がしてエリザの銃剣が火を噴いた。

肩から火花が上がり、アビスは思い切りしりもちをつく。

 

 

「う、撃つなんて酷いですよ先生ッ!」

 

「お黙りなさい! タイミングッ! どのタイミングで駆けつけてますの! もっと早く来い! 危ないところを助けろ! それが騎士というものでしょうに!」

 

「いやッ、だって! 先生が全部倒しちゃうから!」

 

「それは当然ですわ! 何故ならばわたくしは神聖ローマ皇帝ジギスムントの偉大なる妃、バルバラ・ツェリスカが娘! ドラゴン騎士団員がひとりッ、エリザ・ツェ――」

 

 

シュン! と音がして、エリザが消滅する。

 

 

『仁美ィイイイイイイイ! タイミング! わざとですわね! 師匠を弄るとは良い度胸で――』

 

 

ソウルジェムから怒号が聞こえてきたが、それもシャットアウト。

 

 

「タイミングが悪いのは私もですので。気になさらないで」

 

 

仁美は意地悪な笑みを浮かべると、アビスに手を差し伸べた。

 

 

「おかえりなさい中沢くん。よく、ご無事で」

 

「あッ、う、うん! た、ただいま……!」

 

 

アビスは変身を解除すると、恥ずかしそうにしながらも笑みを浮かべて手を取った。

 

 

「なかざわぁ! 心配しなのですよ!」

 

「なぎさちゃんも、ありがとう!」

 

「お腹すいてないですか? チーズを食べるのです」

 

 

なぎさは仁美におぶさると、どこからかベビーチーズを取り出し、銀紙を剥くと、中沢のお口に押し当てていく。

 

 

「いやッ、なぎさちゃ! 別に今はいら――ッ、あ、すごいっ、すごい押し付けてくる。う、うぅうむ」

 

「おいしいですか? もう一個食べるのです!」

 

「い、いやッ、一個でいいよ! あッ、一個で良いって言ったのに凄い入れてくる! うむッ、うぐ! な、なぎさちゃん!? もういいよ! もういら――、うぐっ! ちょ、ちょっと待って! もう口の中チーズだらけだから! いやッ、二個一気に入れないで! ひょ、ひょっと! もうおくひにはいはは――ッッ!!」

 

 

口の中がチーズでパンパンになった中沢は放っておいて、一同はデカログスを目指すことに。

レイブンは使い魔だ。今は落ち着いたが、またすぐに生み出される可能性が高い。

やはり本体を叩かなければ。一同は再びライドシューターを走らせるが、ここでなぎさが深刻な表情を浮かべる。

 

 

「忘れてました。あのデカログスが糸車の魔女のままなら、糸には絶対に気をつけてください! 絡み付いたら即死します!」

 

「何! それは大変だな!」

 

 

そういうとゾルダはハンドルを切って急旋回。

デカログスから離れようとする。しかし車体上部にいたさやかがキャノピーの中に入って操縦席にもぐりこむと、ハンドルを掴んでそれを阻止した。

 

 

「やめろクソガキ! 俺に触るな! 撃つぞ」

 

「撃てよ! ああ撃てばいいさ! あたしらはパートナー! 傷つけあえない!」

 

「聞こえるかジュゥべえ! 聞こえてるんだろ! 今すぐそのルールを廃止してくれ! 金ならいくらでもくれてやる!」

 

「諦めろ悪徳弁護士! ほら行くよ!」

 

 

ゾルダペアがギャーギャー言い合いながら蛇行運転を繰り返す。

龍騎は仮面の中で汗を浮かべるが、それは何もゾルダに呆れるだけじゃない。

確かにそれは恐ろしい情報であった。なぎさの情報では、騎士は鎧があるぶん、分からないが、少なくとも魔法少女に関してはほぼ一発でアウトだろうと。

だがしかし気になるのは、その糸が全てデカログス上部にいる『ホムリリー』を縛り上げるために使われている事だ。

 

 

『あの魔女を殺してるのかな?』

 

 

サイコローグがポツリと呟いた。

何気ない一言だったが、なぎさは真剣な表情で頷く。

 

 

「裕くんの言うとおりかもしれません。ココはほむらの心の中でもあります。あのデカログスは――」

 

 

まどかへの歪んだ愛の結晶が、ホムリリーを無限に縛り、殺していく。

 

 

「現代アートみたいなもん?」

 

 

ゾルダがそう言う。

間違いではない。焔からのメッセージのようなものだ。皮肉と、愛憎と、絶望と、僅かな希望が込められている。

だがその多くは苦しみ。デカログスは悲鳴のような声を上げると、上部にある『輪』から巨大なレーザーを発射する。

 

 

「わたしは難しいことは分からないけど――」

 

 

強力な一撃は――、強力な盾が受け止めた。

まどかはアライブに変身。リバースレイエルにてレーザーを反射すると、デカログスに直撃させる。

 

 

「ほむらちゃんを苦しめてるなら、壊すよ!」

 

 

神弓から、巨大な光の矢が発射された。

一直線に飛んでいったそれは、塔の部分に直撃すると、一撃で粉砕してみせる。

 

 

「「マジか!」」

 

 

ゾルダとさやかの声が重なった。

塔が折れ、デカログスが崩壊していく。それを見て参加者達は皆、声を失った。

それだけ鹿目まどかの力が強いのだ。だがしかし、なぎさは訝しげな表情を浮かべていた。

いくら何でも――、簡単すぎる。糸が散り、塔が崩れる中で、上部にいたホムリリーが着地した。

なぎさは唸る。デカログスが、まどかへの歪んだ愛情や崇拝心の表れであるとしたならば、それをまどか自身に否定させる事こそが、焔の狙いではないのか?

 

 

「フハハハハハハ!!」

 

「!」

 

 

笑い声がした。上を見ると、巨大な『頭』があった。

 

 

「ゼノバイター!」

 

 

ゼノバイター・リボーン。ゼノバイターの上半身、下半身は巨大化したゼノバイターの頭部になっている。

他のリボーン態もそうだが、力が強すぎる為に時間と共に自己崩壊は免れない。

ゼノバイターは内包している瘴気が他よりも多いのか。自己崩壊は既にかなり進んでいた。

腕が無くなり、巨大化した頭部も部分部分が剥がれ落ちている。

なによりも『顎』が既に無くなっていた。

欲張った結果と言えばそうだが、ゼノバイターも無策ではない。これはわざとなのだ。

 

 

「最高のタイミングだぜェエ! ハハハハ! ありがとよ鹿目まどかァ!!」

 

「えッ?」

 

 

ゼノバイターが着地したのは、ホムリリーの頭部であった。

それは――、凄く丁度いい。なぜならばホムリリーは顎から上がない。そこはイチリンソウの花畑。

一方でゼノバイターは顎から下がない。ならばその二つが組み合わされるのは、非常に合理的だ。

 

 

「これが虚心星原の核の核! 最後のピース!!」

 

 

焔も所詮、暁美である。暁美であるという事は、鹿目からは逃げられない。

しかし焔は暁美でなくなりたかった。その為に、鹿目まどかを全て抹消しなければならない。

まどかへの歪んだ感情を、まどか自身が否定すれば、その時、焔は個になれる――、と。

デカログスは、鹿目が焔を縛るものであり、同時に解き放つものだ。死の糸は千切れ、ホムリリーは地に降り立つ。

このホムリリーこそ、魔女であって魔女に非ず。

神の力なのだ。

 

 

「まあ壊すのはフールでも良かったんだけどよ。オメェがやってくれたなら、それはそれでオッケーよ!」

 

 

ゼノバイター下半身部分の巨大な顔。つまりホムリリーと合体したフェイスが変化していく。

ゼノバイターから女性を模したものへ。二本の触覚も、増殖し、それが髪の毛になる。

まるでそれはギリシャ彫刻のようなものだった。青い、女性の顔。神々しく、まさにそれは『神』のようだ。

むき出しになった肋骨にも肉が現れ、装甲が現れる。

服のデザインも変更され、青と黒を基調としたものへ。

 

 

「ワリィな焔ちゃんよ! パクらせてもらうわ! テメェの存在(チカラ)!」

 

 

ゼノバイターの上半身が、ホムリリーの顔に沈んでいく。

同時に崩れ落ちた塔の中から、上の部分が浮かび上がり、それがホムリリーの頭に被さった。

それは冠、それはヘッドベール。

 

 

「究極邪神・ディザスター! 俺様はもはやッ、魔獣を超越した!」

 

 

ディザスターの眉間内でゼノバイターがはしゃいでいた。

虚心星原においてのホムリリー。まどかから奪った円環の理の力。

神の概念をハッキングしたゼノバイターは、おしげも無くその力を使っていく。

ディザスターが腕をあげれば、龍騎達がいるだろう場所まわりが次々に爆発していく。

悲鳴が聞こえた。それだけじゃない。嵐が巻き起こり、落雷が落ち、参加者達は火花の中に消えていった。

 

 

「終わりにしようぜ! 鹿目ェ! テメェを消して、中にある神のエネルギーを全部俺様が奪ってやるッ!」

 

 

ディザスターが両手を挙げると、凄まじい闇が発生して、まどかの視界がブラックアウトした。

ハッと、意識を取り戻すと、そこはもはや銀河の中。

アライブも解除されており、虹色のオーロラが見える世界に、たった一人。

 

 

「ここは――ッ! きゃああ!」

 

 

衝撃を感じた。まどかは凄まじい力を感じて、次の瞬間には真下に浮いていた惑星に叩き落される。

何も無い空間。荒野のような場所で、まどかはすぐに体を起こした。

痛い。血が出ている。そしてこの場所は――、そうだ。ほむらと別れた、あの宇宙。

 

 

「この虚心星原は焔の中であり、暁美ほむらの中とも言える」

 

 

黒い翼を広げて、フールがゆっくりと降りてきた。

 

 

「この世界を構成するのは神の概念が持つ力――、悪魔の力だよね。それが分かりやすく、デカログスという邪神になってた」

 

 

着地したフールはジットリとまどかを睨む。

 

 

「悪魔の力っていうのは愛。愛っていうのは貴方への。でも焔はそれが嫌だから、クソ面倒なことばっかりして自分だけを確立しようとした。私、よく知らないけど、愛と憎さって近いんでしょ? アイツはだから縛られてた」

 

 

でもそれをまどか自身が壊したことで、焔の望みが解き放たれる。

望みどおりである個が生まれようとしたが、それをゼノバイターが奪ったのだ。

 

 

「いずれにせよ、円環の理の、神の力が詰まった肉体はコチラのもの。まだ慣れてないだろうけど、いずれは完全に支配できる」

 

 

フールは弓を出すと、弦を引いて次々に矢を発射する。

まどかはすぐに手を前に出して防御を行おうとするが、そこで異変に気づく。

盾が、出ない。そうしていると矢はまどかへ着弾していき、苦痛の声が聞こえてくる。

 

 

「あッ、うぐ!」

 

 

倒れ、転がるまどか。

また次の矢が来た。体を起こして結界を出そうとするが、かろうじて張られたバリアは脆いもの。

矢は簡単にそれを突き破ってまどかへ直撃する。

 

 

「きゃああ!」

 

「フフフ、不思議か? 鹿目まどか」

 

 

倒れたまどか。後方に現れたのはハサビーだ。腕を組みながら歩き、その途中でバズスティンガー・ワスプへと変身する。

 

 

「お前には既に私の毒針が打ち込んである。守護魔法が封じられれば、お前など脅威ではないんだ」

 

 

ワスプは蜂型の銃を取り出した。

スティングシューター。引き金を引くと、蜂の腹部分を模した銃口から針型のエネルギー弾が発射されていった。

まどかはすぐに腕を前に出す。守護魔法は封じられたが、魔力を壁にする基本的な動きはできるようだ。

とはいえ、そんなもので魔獣の攻撃が防げるわけが無い。ドーム型の結界だったが、まずは空中に浮遊していたナイトメアのミサイルが降り注ぎ、全壊。

針がまどかに刺さっていき、爆発。さらによろけた所にフールの矢が直撃した。

 

 

「うぁぁあ゛ッッ!!」

 

 

煙をあげ、血を流しながら倒れる。

それを見てナイトメアがゲラゲラと笑い始めた。

 

 

「ゲビビババ! オワリ! オワリ! クソカスまどかの死でございマス!!」

 

「ハハハハ! この隔離空間では他の誰も助けはこないぞ!」

 

「そーゆーことぉ。だからさぁ」

 

 

フールが弦を引くと、黒い光が収束していく。

 

 

「ばいばーい。鹿目まどかァア!!」

 

 

指を離すと、黒い矢がまどかに向けて放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

イチリンソウの花が空に舞い上がった。

大切な何かが離れていく気がして、焔は腕を伸ばした。

でもそれを掴んでも……、結局意味のないことだ。だから彼女は手を止めた。そしてゆっくりと歩いてくるライアを見つめた。

 

 

「……多くの人間を愛した。今は他人で、それほどの人間も」

 

 

全ての記憶を思い出したとて、それは歩んできた道を思い出しただけにしか過ぎない。

過去は過去。今は今。昔の強い想いが自分を縛り、行く手を阻むなら――。今、ライアがやらねばならない事はそれらを全て切り裂いて、前に進む事だ。

確かに、胸は痛む。確かに――、愛しさはすぐに思い出せる。

それでも、彼女は『過去』だ。過ぎ去った運命の人なのだ。

小指に結ばれていた赤い糸は、今や足首に絡みついた。

 

 

「私を殺すの?」

 

 

改めて、焔は自分の姿を手塚に見せ付ける。

彼の為に年齢を変えた。彼の為に髪を切った。彼の為に、彼の為に、彼の為に――ッ!

 

 

「ああ」

 

 

ライアは淡々と答え、デッキに手をかける。

 

 

「最低」

 

「……別に。普通のことさ」

 

 

ライアはカードを抜いて、指で挟んだまま上に投げた。

回転しながら空に舞い上がるカード。ライアは持っていたエビルブレードを振り上げる。

一瞬だった。刃がカードを切断し、発動されたのは。

 

 

『ブラストベント』

 

 

エビルブレードの刃に赤紫の電撃が纏わりつく。武器を強化する『サンダーブレード』だ。

ライアは――、走り出した。焔は歯を食いしばって後退していく。その中で、羽ばたく黒い翼。

炎のつぶてが大量に飛来し、ライアに向かっていく。

 

ライアは冷静だった。迫る炎を見て、呼吸を整える。

止まって見えるようだ。フォームチェンジによる感知能力の変化。ライアは剣を振るい、次々に迫る火炎を切り裂いた。

刃も特殊なものらしい。エビルブレードは炎や雷など、『斬る』という概念が通用しない存在も切断することができる。

 

 

「ふっざけんなァアア!!」

 

 

焔は右手に炎を纏わせ、ボディーブローを叩き込む。

それはライアのわき腹に入ると、そのまま貫通してみせた。

 

 

『トリックベント』

 

 

だがドロンと音。ほむらが貫いていたのは、ライアにみせかけた『丸太』だ。

本体は煙と共に焔の背後に現れた。基本形態との違いは、ダメージ自体は受けるというものだ。ライアは激しい痛みを感じながらも、刃を振るった。

悲鳴が聞こえる。赤い血が飛び散った。

 

ライアは踏み込む。

焔が止めてと叫んだが、それでも全ての力を込めて刃を突き出した。

一瞬、間。刃が焔を貫いたと思ったが、今度は焔が弾けとんだ。

無数の黒。大量のカラスとなって、彼女は空を飛んでいく。

 

 

『シュートベント』

 

 

刃の周りに無数のクナイが出現する。

剣先を焔の方へ向けると、それらが一勢に発射されて追尾。次々にカラスに直撃して、爆散させていく。

それでも発射したのが十五発程度。一方でカラスは千羽ほど。全てを破壊するのは不可能だ。

そうしている間にカラスが一点に集中。人型のシルエットになり、焔に戻る。

 

 

「なんでッ、なんでよ! なんであの時、ウソなんてついたの!」

 

 

弓から発射される闇の矢。

ライアのシュートベントはまだ継続中らしい。掌を翳すと、巨大な手裏剣が生まれる。

ライアはそれを投げた。矢と手裏剣は交差し、お互いに直撃する。

 

 

「あの時ッ、手塚くんが私を好きだって言ってくれれば! それで良かったのに! 私の中にいた馬鹿なほむらを完全に消し去る理由が生まれたのに! そしたら私、あの世界で貴方といつまでも一緒にいられたのよ!?」

 

 

焔は泣きながら矢を連射する。

ライアは剣を振るい、それを切り裂いていくが、今回は矢の勢いが強い。

次々と迫る弾丸を防ぎきれず、ライアは地面を転がり、煙をあげる。

 

 

「いつまでも? 無理さ。魔獣がいたから、俺達はきっと……!」

 

「でもッ、それでも! あの時は分からなかったでしょ! 私があの時、貴方とキスをした時ッ! 愛がないと言ったのは傷つきたくなかったからよ! あれ以上、傷を受け入れる事のできない私を貴方は絶対に分かっていたでしょう!? なのに貴方は引き金を引いた! 自分で自分を殺したの!」

 

 

ライアは立ち上がり、矢を受けながらカードを抜いた。

 

 

『スラッシュベント』

 

 

剣を一度、鞘に収める。

鞘は基本的に背中に固定されているものの、分離させる事はできる。

ライアは鞘を左手に持ち、剣の柄を右手に持った。そして腰を落とす。

矢を受ける。痛みはある。だが基本フォームよりは防御力が上昇しているのを感じる。

 

冷静に、静寂を求めた。

心の中に浮かぶのは波一つ存在しない水面。ライアは呼吸を整える。冷たさが痛みを忘れさせた。

防御力の上昇。ライアはさらに精神を集中させる。

しかし水面のすぐ下では、激しい感情が渦を巻いていた。

 

 

「そんなに私の事が嫌いだったの!?」

 

 

焔が、力を込めて矢を撃った。

ライアは感情を込めて刃を抜いた。

 

 

「違う」

 

 

焔は目を見開く。抜刀が見えなかった。

気づけばライアは剣を振り終えていたし、気づけば焔の胴に赤い線が入っていた。

 

 

「俺はお前を愛していたんだ」

 

 

焔の胴体から血が噴き出た。撃った矢は全て真っ二つになっていた。

焔はゆっくりと地面に落ちていく。ふと気づけば、ライアが上に跳んでいた。

剣技・サイレントムーン。刃の軌跡は三日月を描き、焔の黒い翼が傷つけられ、大量の羽が舞う。

切断とは行かなかったが、墜落した焔は悲鳴をあげて転がりまわった。

 

 

「………」

 

 

それを見て、ライアは強く柄を握り締める。

抑えていた感情が――、爆発しそうだった。やめてくれと叫びたかった。それは卑怯だと叫びたかった。

 

 

「焔――ッ! いいかッ? 俺があの時、嘘をついたのは! 笑っていてほしかったかからだ!」

 

「ウァアァアアアッ! あぐぁあぁ!」

 

「鹿目まどかを好きでいてほしかった! 鹿目が好きなお前が好きだった! だって……、だって、友達といる時が楽しいのは俺にも分かる。でもお前は少し歪んでいると思ったからッ、それで……ッ、他のやつらとも仲良くやれたら、それはきっとお前にとってもっと豊かな未来になった筈だろ!」

 

「違う違う違う!! 少なくともあの時の私は貴方が良かった! もうまどかなんていらなかった! 他のほむらは嫌がるだろうけど! 私は貴方が良かったの! どうしてよ! なんでよ! 馬鹿みたいにカッコつけんな! どうして、どうして私を抱きしめたままで――ッ! あぁぁああ! クソクソクソ! 痛い痛い痛い゛ィイ!」

 

 

おかしなジェスチャーだった。転がりまわる焔は、傷ついた背中や胴ではなく、ずっと胸を押さえていた。

ライアはそれを見て、つくづくと繰り返す自分の愚かさを思い知った。

手塚海之は多くの時間軸で生きる理由を『他者』にした。

雄一の正しさを証明するために戦いを止めようとしたり、恵里の為に戦おうとしたり、暁美ほむらを守ることを存在の理由にしたり。

それは結局、他者への依存だ。結局ライアもまた暁美ほむらと同じようなものである。

 

 

「それで良かったでしょ! なんで今更ッ自分なんて! 出すのよ!!」

 

 

焔は立ち上がり、両手に出現させたマシンガンをぶっ放した。

無数の弾丸がライアに直撃していき、彼も悲鳴を上げる。

そして弾丸が止んだ。後退していくライア。至る所に銃弾を受けたというのに、彼はずっと胸を押さえていた。

そこが一番、痛い。

 

 

「俺だって傷つきたくなかったんだ! だって……、怖いんだ。耐えられない!」

 

「だったら!」

 

「でも、もう逃げられない。逃げたくないんだ! 結局また雄一が死んだ! 俺のせいだ! なのに俺はそこから逃げて、暁美に押し付けた!」

 

 

雄一という人間は歪ながらも生きていた。本気で戦えば瘴気が流れ出て良心が戻ってくるかもしれなかった。

でもそういう事を全て投げて、パートナーに『親友の殺害』を依頼したのだ。

流石にもう逃げられない。ライアはをそれを理解している。

 

 

「お前なら分かるだろ! なんだよ! まだ幸せになる事が怖いのか! まだ向き合う事から逃げているのか?」

 

「違う!」

 

「ならいいだろ! なぜ暁美と融合しない! 今のアイツなら絶対にお前を尊重してくれる! 魔法で外にも出られる! 俺とも一緒にいられるんだぞ!!」

 

 

情けなく、声が上ずった。

だって仕方ない。悲しかったし、意味が分からなかった。

そもそも何で自分達が戦っているのかも理解できない。

 

 

「俺はお前を、殺したくないのに!!」

 

 

馬鹿みたいな声だった。焔は泣いていた。

 

 

「貴方ならッ、救ってくれると思ってたのに!」

 

 

焔は剣を生み出した。そして走る。

ライアも走らなければならなかった。互いに振るった刃。焔は上から下へ。ライアは下から上へ。

刃がぶつかり合い、硬直が生まれる。焔の方が早かった。肘でライアの仮面を打つ。

よろけるライア。焔は踏み込み、また斜め上から斜め下へ。それが終わればまた剣を振り上げて上から下へ。それを繰り返す。

火花が散る。後退していくライアを逃さず、焔は右から左へ真っ直ぐに一閃を刻み込んだ。勢いでライアは回転する。だがそこで踏み込み、回転斬りで焔を狙った。

 

 

「私は傲慢なの! ずっと見下されてて、だから逆にプライドが高くなっちゃったの! 一番じゃないと嫌なの!」

 

 

焔は一撃目は受け止めたが、ライアはそこですぐに剣を振るいあげるように追撃を打ち込む。

焔は勢いづいた剣に引っ張られるように腕を上げてしまい、隙を晒した。

まずはライアが掌底を打ち込み、電撃を流し込む。帯電しながらフラつく焔へ、ライアはさらに払いを仕掛ける。

 

 

「一つになったらキスをするときは結局アイツの唇じゃない! アイツの髪も嫌! 私本当はもっと明るい色がいい! アイツの声もやだ! 暁美ほむらの概念下なんてやだよ! 嫉妬しちゃう! 嫉妬が止まらない! でもそんな事にいちいち憤怒してる自分も嫌だ! やだやだ!」

 

 

斬り合い、斬られ、火花が、血が飛び散る。

斬り抜き、回し、踏み込み、潜り抜け、刃が交差する。そしてついに焔の持っていた剣が吹き飛ばされた。

何も持っていない。ライアは大きく飛び上がり、剣を振り上げて落下する。

 

 

「本当はね、あの後もう一度遊園地にいくつもりだったの! 知ってる? あそこのレストランはビッフェなの! 世界には私とあなただけ、誰にも邪魔されずッ、好きなものを好きなだけ食べようって思ってた!」

 

 

しかし焔の横に化け物が現れると、次の瞬間、焔の手には巨大な鎌が握られていた。

それを使って焔はライアの刃を受け止める。さらに別の化け物が現れると、焔が影に沈んでしまう。

 

 

「私ね、いっぱい食べるつもりだったの……」

 

 

下から声がする。ライアは首を動かすが、見えるのは淡く光るイチリンソウだけ。

 

 

「馬鹿みたいに食べて、呆れたように貴方は笑って……! でもきっと、私が暴食の限りをつくしてブクブクになっても、貴方はきっと私を見捨てないでくれたでしょう? 傍に――、いれてくれたんでしょう?」

 

「ああ……、きっと! そうだった!」

 

 

下から出るものばかりと思っていたが、正解は空であった。

化け物がブラックホールを生み出し、そこから焔が飛び出してくる。

 

 

「新しい世界ができたら、みんなが生き返るの」

 

 

焔はライアの首を掴む。

そして背後に化け物が生まれると、凄まじい電流が流し込まれた。

これは、この化け物は――。

 

 

悪魔。

 

 

「でも彼女達は私達を覚えていない。ふたりだけ。でもふたりだけでも良かった……。私はまどかを忘れ、貴方は雄一を忘れ、二人で静かなところで暮らせば良かった! 甘い、怠惰を過ごせばよかったじゃない……!」

 

 

焔が吹き飛ぶ。アドベントは使っていないが、エビルダイバーが助けに来てくれた。

それだけじゃない。空からはエビルサンダーが飛来、落雷を落とし、焔を攻撃する。

するとまた闇が迸り、焔を守るように悪魔が現れる。黒い翼を広げた異形は、闇の衝撃波を発生させてエビルダイバーを吹き飛ばす。

焔は悪魔を消して、フラつく足で痛みを放つ腕や胸を押さえる。

 

 

「い、色があってもいいわ。毎日おはようのキスをして、夜には二人抱き合うの……。最初は不慣れかもしれないけど、貴方のためなら勉強もするわ。甘美な色欲も、やがては全て愛になるもん……! きっと、きっと――ッ!」

 

 

焔は歩き、腕を伸ばした。再びライアの首を掴もうと。

しかしライアは回し蹴りで、その腕を弾くと、そのまま全力を込めてエビルブレードを突き出した。

 

 

「あ」

 

 

刃が、焔の腹を貫いた。

剣を引き抜くと、焔は涙を流して後ずさる。そしてイチリンソウの上に膝を置いて、ワアワアと泣き出した。

 

 

「うぇえええええん! ひぐっ! うあぁッ! あぁぁあぁああ!!」

 

 

強欲な女がボロボロと泣いていた。

でもそれくらい許して欲しかった。今まで沢山諦めて、沢山捨ててきたのだから、せめて最期くらいは本当に欲しいものを一つ取ってやりたかった。

でも焔もつくづく思い知らされる。話していたのは全て『かもしれない』事だ。そもそもはじめからか? 手塚と自分が語る愛は全て夢のような物語でしかなかった。

 

 

「ぅぅぅうぁあああぁあ!」

 

 

損得だとか、理論とか効率だとか、論理的だとか、合理主義だとか。

それを超越する愛が欲しかった。愛を与えたかった。

それが手塚だったら良いと――、この女は『とある時間軸』で思った。

それはたぶん何億分の一の確立だったのかもしれない。しかし確かに焔は、まどかよりも手塚を選んだのだ。

 

 

「――ッッ!!」

 

 

ライアは剣を落とした。

胸に激しい激痛を覚え、思わず剣を落とした。

何をしているのか。頭がおかしくなりそうだった。いや、既におかしいのか。何をどうしたら愛した人と殺しあえるのか。

 

本音を言えばライアは焔が分かってくれると思っていた。

それほどまで彼女にとって暁美と同じになる事が嫌悪するものとは思わなかった。むろん理由は複数ある。

例えば、サバイブを封印したのだって、LIAR・HEARTSの手塚になるためだ。あの時の彼はまだサバイブに覚醒していなかった。

あの時の自分に近づくことで、彼女と分かり合えると思っていた。

 

だが違った。それは間違いだった。

そうするべきでは無かった。所詮、歪んだ愛だった。

しかしそれでもお互いにとっては……。

それは――、いけない。ブレイドフォームになると言うことは、それらを一切拒み、拒絶し、今の自分として彼女を殺すという意思の表れだ。

 

だというのにライアは剣を落としてしまった。内なる自分が――、あの時の手塚が出てきてしまう。

愛する人を斬るというのは、どうにも具合が悪くなる。

ライアはへたり込む焔の前に膝をついた。

 

 

「もうやめよう。俺には……、やっぱり耐えられないみたいだ」

 

「終わりにしてくれるの?」

 

 

焔は期待の眼差しでライアを見つめ、そして悪魔を生み出した。

植物のような悪魔だった。花の王冠を被ったそれは、蔦をライアの装甲に突き刺す。中身を吸収しようとしているのだ。

 

 

「――、どうして?」

 

 

ライアが掠れた声で呟く。

焔は悲しげな表情で笑っていた。呼吸を荒げ、涙を浮かべ、彼女は震える唇で呟いた。

 

 

「お願いだから傍にいて。一緒に――、死んでほしいの」

 

 

それが嫌なら。

 

 

(殺してください)

 

 

ライアは首をガクリと落とした。最期の嘘をつかれた気がした。

だからガードベント。ショックウェーブ、バイザーを介していなくとも使えるものだ。赤紫の電撃波がライアを中心に発生し、焔を吹き飛ばした。

イチリンソウと黒い羽がヒラヒラ舞い落ちていく。

焔は吹き飛ばされ、すぐに立ち上がった。全ての力を込めて闇の剣を生み出す。

 

理由は一つではない。

焔はライアを諦めてはいない。

彼が好きだから、彼を愛しているから――……。

だから、殺されても。それは当然の事であると。

 

 

「………」

 

 

歪な後押し。

ライアは走った。走り、落ちている剣を拾い上げた。

イチリンソウを踏みしめる。振り返り、カードを引き抜いた。

 

 

「ァアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

焦燥に叫ぶ。ライアはカードを空に弾いた。

ヒラリヒラリと舞い落ちる黒い羽、イチリンソウの花びら。そして一枚のカード。

星が瞬く、その中で。エビルブレードの刃が、その全てを切り裂いた。

 

 

『ファイナルベント』

 

 

いや、違うのか。

そうか。大切な事を忘れていた。

嘘も、真実も、そこにはあったのか。

 

 

「ココで終わりだ! 焔ァアッ!!」

 

 

ライアが剣を天に掲げると、空が砕け散った。

そこから現れるのはエビルサンダー。飛翔する中で、雷鳥に変わる。

加速するサンダーバード。それはライアに直撃し、一つになる。

地面を蹴ったライア。そのスピードはまさに電光石火。それを見て焔は目を細めた。

泣き崩れたのは本当だった。本当に悲しいから、本気で泣いた。そしたらライアが来てくれた。

本当に嬉しかったから、どうしても嘘をつかなければならなかった。

彼を愛しているから、背中を押すべきだから――。

自分の願いに嘘をつくのだ。

 

 

「!」

 

 

焔は剣を振った。帯電する刃に撃ちつけ、そして弾かれる。

焔は腕を伸ばした。手刀でライアの喉を潰すためだ。しかしそれよりも早く、エビルブードがみぞおちに突き刺さった。

 

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

ライアは地面を蹴って、飛び上がる。

切り上げ。刺さった焔は共に空へ舞い上がる。

剣に纏わりついた電撃が溢れ、再び鳥の形になる。巨大なサンダーバードは嘴で焔を捕らえたまま、昇りきる。

ライアは叫んだ。叫び、電力(パワー)を上げた。そして一気に急降下。雷鳥は焔を地面に叩きつけた。

これが、ファイナルベント・ライトニングスラッシュ。

 

 

「………」

 

 

今は何を言っても薄っぺらくなるような気がしたので、二人は何も喋らなかった。

何を言ってもウソになると思ったから、焔は優しくライアの頬を撫でた。

仮面でよかった。本物だったら、耐えられない。

 

一方でライアは力を込め続けた。剣先は焔の体の中央、心臓をしっかりと捉えていた。

ライアは焔の手を取ってはならない。彼女を殺す為に、ひたすら剣を、深く、深く。

そうしていると、焔は全身の感覚が鈍くなっていく事に気づいた。

眠い。寒い。怖い。でも言葉は発しない。腕の力が無くなってきた。ライアの頬に触れていた手がダラリと落ちる。

落ちる。筈だった。

 

 

「……!」

 

 

その手を、『暁美ほむら』が確かに掴んでいた。

焔の存在が消えかけている事で、ほむら=焔がより明確になっているのだ。焔はそれが不快で、悔しくて、ほむらを吹き飛ばそうとした。

しかしそんな元気もない。だから諦めた。皮肉にもほむらが手を包み込むように握り締めてくれたので、温かかった。涙が出てきた。

 

 

「どうして?」

 

 

焔が問いかけると、ほむらは頷いた。

 

 

「貴女は私の事が大嫌いでしょうけど、私は違うからッ」

 

「……まどかを助けなくちゃいけないのか。そう思ってしまった瞬間があるでしょう?」

 

 

ほむらには心当たりが無かった。本当に? いや、分からない。

そもそも、きっとあったのだろう。それらの負は全て焔が請け負っただけで。

 

 

「まどかを過去にして、喪に服す自分も、それはそれで酔いしれるには丁度良いわ」

 

 

焔はそこで自虐的な笑みを浮かべた。

 

 

「でも――、それを貴女は本当に受け入れられる? それを自己嫌悪の理由にしないと誓えるの? なによりも暁美ほむらを構成していたものを崩すことによって、自分を保てるのかしら……」

 

 

暁美が度重なるループを経ても壊れなかった理由を、自分で壊すのか。

ほむらも、その言葉に少し怯んだように沈黙した。口ではいくらでも覚悟を固められるが、もしも焔の中にずっと封じ込めてきた『鹿目まどかへの憎悪』を全て吸収するとしたら、それは彼女にとって最も恐れるべき事だ。

焔もそれが分かっている。遠くを見つめながら、呟く。

 

 

「ねえ、一番怖いのは何もない事でしょう? だから私は嫌だったのよ」

 

 

暁美と統合してしまえば、手塚への愛と、まどかへの愛がぶつかり合い、歪な相殺を起こすかもしれない。

それは最も避けなければならない事だ。お互いのためにも。

 

 

「私……、まどかは嫌いだけど、別にあなたのことは嫌いじゃないわ。むしろ……、ええ。でもね、手塚を奪われるのは別。そんなのズルイじゃない。私は私よ。私でいたかった」

 

 

焔は神を見たという。彼か――、彼女が教えてくれた。

個は個でなければならない。個を構成するのが個性であり、それは人が生きてきた道でもあるが、それを超越する概念がある。

概念を無視した時、それはそれで無くなる。個を無視する事は創造であり、消失であると。

 

まどかを捨てて他の人を愛する。そんな選択肢を選ぶのは本当に『暁美ほむら』なのか。暁美ほむらではない暁美ほむらがゲームに参加してもいいのか。

違う道、違うルート。誰だってある。例えば須藤がそうだ。彼は多くのルートで悪意に身をゆだねたが、正義を貫いた時間もある。それを今は選んでいる。

しかしほむらは違う。違わなければならない。それが今までの希望だった。

 

 

「……子供が自分だけのヒーローを生み出すじゃない? 貴女にとってそれが私じゃないの? ありえないからこそ与えてくれたもの、たくさんあるでしょう?」

 

 

仮想ループはそれを具現したものだ。取捨選択。まどか達を捨てたのが焔であれば、ほむらは本来それを選ぶ。そうやって今まで生きてきた。だから前に進めたのだ。

 

 

「それを全部奪うなんて……、裏切りもいいところよ。馬鹿、クズ、死ね」

 

 

焔の声が小さくなっていく。ほむらはギュッと、強く、強く焔の手を握った。

 

 

「ごめんなさい。でもッ、でも……!」

 

 

それは残酷な言葉ではあるが、言わねばならなかった。

 

 

「貴女は、私なの!」

 

 

焔からボロボロと涙が零れる。シンクロするように、ほむらからも涙が流れていた。

 

 

「ずっと……、向き合えなくてごめんなさい! ずっと一人にして本当にごめんなさい! ずっと助けてくれたのに! 邪険にしてごめんなさい!!」

 

「いま――、さら、すぎる。ううん、違うか。今更なんてものもあっちゃ駄目で――」

 

「駄目なんかじゃない! だって、だって……!」

 

 

ほむらは、いつか手塚と殺しあった時の事を思い出した。

そして誓ったのだ。

 

 

「だって! 私は皆を好きになりたいからッ! みんなとお友達になりたいから!」

 

 

ほむらは、強く叫んだ。

 

 

「私はッ、まどかを嫌いになりたいから!!」

 

「ッ」

 

「だからきっと貴女も! 貴女だってッ!」

 

「………」

 

「貴女の事は絶対に忘れない。死なせないわ!」

 

 

焔は驚いたような顔をしていたが、すぐに微笑んだ。

目の光が消えていく。体の感覚は、もう。

 

 

「ねえ、手塚く……、海之」

 

「なんだ?」

 

「最期に一つだけ。同じ事だけど、嘘かもしれないけど、聞いてくれる?」

 

「ああ……」

 

「愛してたよ。ずっと、ずっと」

 

「嘘でも、信じるさ。それに俺も愛してる」

 

「……ふふっ、ありがとう。嘘でも――、うれしい……」

 

「嘘じゃない。今も……! 今もだ!」

 

「え?」

 

「今も、お前を愛してる――ッ! 暁美ほむらじゃなくて、暁美焔ッ、お前の事を!」

 

「……嬉しい。嬉しいな。でもそしたらこんな事」

 

 

焔は胸に刺さった刃を見る。

 

 

「すまない。それでも――、俺はッ」

 

「不器用な人」

 

「みんな、そうだ。お前だって……!」

 

「ええ、そうね」

 

 

焔の呼吸が小さく、細くなっていく。もうすぐ死ぬ事は誰もが分かっていた。

しかし焔はまた馬鹿らしくなって微笑んだ。割り切りをつけようと思ったのに、今のライアの言葉で死にたくないと思ってしまう。

 

生きたいと思ってしまう。

 

かつて神でさえ狂い、死に追いやられた感情だ。

絶対的な完璧を崩すことができる。それは唯一の存在。

 

 

「まるでこの感情は、悪魔の代物ね」

 

 

焔は最期の力を込めて、もう一方の手を持ち上げた。

そこへ集中していく黒く、美しい光。その光をほむらの手に押し当てる。

 

 

「これは?」

 

「未練も……、愛も、執着も。全てをココに込めたわ。あげるから。大切に使ってね……」

 

 

光にリボンが巻かれた。赤い、リボンだった。

 

 

「まあ、もともと……、貴女のものか。ううん違うわ。まどかのね……」

 

「――ッ、ありがとう。絶対に無駄にしないわ」

 

「そぅ……、そうね……、お願い――、ね。あともう一つだけ……。海之とは、あまり、仲良く、しない、で、ね」

 

 

焔は目を閉じた。

ねえ海之。聞こえる? 聞こえてる? 声は出せているかしら。

最期って言ったのに、どんどん言葉が出てくるの。許してね。でももう長くは話せないから、疲れたから、眠いから、だから少しだけ。

怖いだろうけど、貴方は自分の人生を生きて。

運命に――、負けないでね。

 

 

「焔」

 

 

ライアはそこで言葉を放った。

 

 

「いつか――、迎えに行くから」

 

「うん。待ってるね」

 

 

焔は嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「それじゃあ……、さようなら」

 

 

そこで焔は灰になった。砂のように、崩れ去っていった。

ライアも装甲も砕け散る。手塚はへたり込んだまま、焔が寝ていた場所を見つめていた。

 

 

「……他人の人生を変えるのが怖かった。ずっと前からだ」

 

「愚かね。私達は、つくづく」

 

 

簡単に終わる話だった。もっと話し合えれば。もっと自分を分かっていれば。

なのに結果としては愛し合う二人が殺しあって、こうなった。

 

 

「でも、それくらいの時間と覚悟が必要だったんだ。お前には」

 

 

手塚はエビルサンダーのカードを見つめる。

 

 

「俺にもな」

 

 

これを手にするのに随分時間がかかった。

ほむらは立ち上がると、長くて美しい黒髪をかきあげる。

 

 

「いつか、全てが終わった時、私は答えを出す。もしもその時に焔がいたのなら、貴方を食事に誘うわ」

 

「ああ」

 

「そこからは――、お願いね」

 

「ああ」

 

 

イチリンソウが枯れていく。衝撃を感じた。ゼノバイターの笑い声が聞こえる。

究極邪神ディザスターの誕生。それを知って、ほむらは小さくため息をつく。

 

 

「ああ、でも、本当に最悪」

 

 

胸を押さえる。あぁ、痛い。

 

 

「鹿目まどか。本当にあの子、ふざけてるわ」【アライブ】

 

 

黒い羽が舞う。漆黒の翼。露出の高いバレリーナのような格好。

そして受け取った赤いリボン。

悪魔ほむらと呼ばれた形態が、『暁美ほむら』のアライブなのである。

 

 

「文句言ってやらなきゃ」

 

 

以前と少し違うのは、翼のサイズが少し小さい。

そしてその数は、六つ。翼の一つが光を発した。

 

 

「でも動くのは嫌い。私は怠惰だから」

 

 

悪魔が生まれた。正確には、悪魔の名を借りた魔法の結晶だ。

ベルフェゴール。心なしか、さやかに似ており、ネグリジェ姿で枕を抱えている。

魔法の悪魔がほむらに力を授ける。強化された怠惰の翼を広げて、ほむらは手塚と共にイチリンソウの花畑を脱した。

 

 

「雄一を守れなかったから、お前が鹿目を助ける事ができれば、俺も救われる気がした」

 

「ええ」

 

「でも今回、俺は雄一を助けられたかもしれないのに、またお前に任せてしまったな」

 

「でもそれが――、あの時、私が怒ったことよ。貴方は自分の為に戦った。醜いエゴをさらけ出したのよ」

 

「だがそのせいで、雄一がまた死んだ」

 

「ならそれで終わりにしましょう。だから貴方は、焔を殺したんでしょう」

 

「ああ。協力してくれるか?」

 

「もちろんよ。だから貴方も私に力を貸して」

 

「当然だ。俺達は、パートナーだからな」

 

「ありがとう。じゃあ決まりね。もう死なせないわ。私達は勝つの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そういうワケだから」

 

「!!」

 

「私の親友に触るな」

 

 

ほむらは矢を掴み、握りつぶした。

そしてライアはブレイドフォームとなり、剣を思い切り横に振るってワスプに刃を刻み込んだ。

 

 

「ぐああぁッ! お、お前はッ、ライア!」

 

 

惑星の上、まどかを庇うように前にはほむらが。後ろにはライアが降り立つ。

 

 

「そんなッ! どうして! ココは私達しか――ッ!」

 

 

そこでフールはほむらの容姿に気づく。

紛れもない。悪魔の姿だ。そこで舌打ちが零れた。全てを察したらしい。焔とほむらが一つになったのだ。

ゼノバイターは確かに円環の力を手に入れたが、まだ完全に支配下には置いていない。ほむらとゼノバイター。今はどちらもその力を使うことができる状態だ。

 

 

「うっざッ!」

 

 

そうしているとライアがまどかを掴み、ドロンと煙と共に消え去った。

どうやら逃げたらしい。しかし同じくしてほむらは肩に痛みを感じた。

見れば針が刺さっている。すると手錠のようなエフェクトが手首に現れた。鎖の先には、ワスプが笑っているのが見える。

 

 

「姿は変わっても愚かなのは変わっていないな。暁美ほむら」

 

「……?」

 

「貴様には私の針を打ち込んだ。もう魔法は使えない。時間停止も、記憶操作も駄目だ。ククク」

 

 

しかし、そこでワスプは目を見開いた。

というのも、ほむらの隣に一体の悪魔が現れたからだ。

 

 

「何――ッ?」

 

 

両手にフォークとナイフを持った悪魔は、なぎさに似ているような気がする。

ベルゼブブ。黒い翼を広げると、そのまま空中を浮遊してほむらの肩――、つまり針が打ち込まれた場所にかぶりつく。

 

 

「魔法を無効化?」

 

 

ほむらが目を細めた。

租借するベルゼブブ。ゴクリと、飲み込んだ音が聞こえると、次の瞬間ワスプの全身から瘴気が噴出した。

 

 

「おこがましいにも程があるわ」

 

「グアァアア!」

 

 

ジットリと、ほむらはターゲットを睨みつける。

ワスプはうめき声をあげて地面に膝をついた。理解できない。いきなり全身が爆発を起こし、衝撃と痛みが襲い掛かってきた。

 

 

「な、何をした!!」

 

「無効化を無効化したの。後は術者へのカウンターも添えて」

 

 

フールは再び舌打ちを零す。アライブの恐ろしさは理解しているつもりだ。発動終了まで時間を稼ぐのもいいが、逆に消耗させておきたい。

 

 

「ナイトメア!」「ハッ! ただいマに!」

 

 

空中を浮遊するナイトメアは口から三つほどミサイルを発射して、下にいるほむらを狙う。

しかしほむらに焦る様子は無い。冷静に、淡々と、彼女は指を鳴らしてみせる。

 

 

「来なさい、アモン」

 

 

稲妻が迸った。ほむらの背後に魔法でできた悪魔が召喚される。

それは重厚な鎧に身を包んだトリケラトプス。二本足で、人間のように立っており、背中からは黒い翼が生えている。

アモンは頷くと、ほむらへ力を与える。それは盾。トリケラトプスの頭を模した巨大なシールドである。

ほむらはそれを右手で軽々と持ち上げ、上に向ける。ミサイルはトリケラトプスの顔面に直撃していき、全てが無効化された。

 

それを見てフールとワスプも各々の弾丸を向ける。

しかしほむらが左手を前に出すと、もう一つ盾が現れてワスプの針を受け止めた。

右手の盾もフールの矢に合わせ、彼女は攻撃を無効化していく。

 

 

「上が目障りね。私より高く飛ぶなんて愚かしいわ」

 

 

小さく舌打ち。そして指を鳴らす。

 

 

「ハルパス!」

 

 

トリケラトプスの盾が消え、次はカラスの姿をした悪魔が一瞬姿を見せて、消える。

するとほむらの手に鎖鎌が握られてた。鎖の先には、カラスの形をした刃が見える。

ほむらは軽く、まさにもっていた鳥を空に放すように鎌を投げた。するとまるで意思を持ったようにカラスが飛び立ち、ナイトメアへ噛み付いていく。

 

 

「ウゲェエエエエエ!!」

 

 

いや、実際にカラスがいるのだ。

ハルパスの幻影がエネルギーとなって刃に纏わりつき、ナイトメアに嘴をつき立てていく。

これが悪魔ほむら――、アライブの力だ。

悪魔の力を得た彼女は、悪魔から武器を授かり、さらにアライブ状態ならば悪魔を召喚したまま操る事ができる。

 

 

「ぎ、ギヤアアアアア!!」

 

 

ナイトメアの悲鳴が聞こえた。

ハルパスが嘴でナイトメアの眼球を抉り出している所だった。

一方でワスプは立ち上がり、細身の剣を出現させて走り出した。

 

 

「嬉しいぞ暁美ほむら! 少しは焦らせてくれる!」

 

 

ワスプは早い。すぐにほむらの傍にやってくると、剣を突き出した。

鋭利な刃。しかしほむらの背中にあった怠惰の羽が光ると、ほむらは無数の羽を残して消え去った。

 

 

「ワープか!」「正解」「!」

 

 

現れたのはワスプの背後。ほむらはその首を掴むと、前に突き出した。

そこへ直撃するフールの矢。ワスプがうめき声をあげ、フールが呆れたような表情を浮かべる。

 

 

「ごめーん。ほむらちゃん狙ったつもりだったけどぉ……」

 

 

ほむらはそのまま盾にしたワスプを蹴ると、再びワープで距離をとる。

出現場所は空中で悲鳴をあげているナイトメアの上部。そこでほむらは、新たな悪魔を呼び出した。

 

 

「ボティス――ッ!」

 

 

西部劇のガンマンのような格好をしたコブラが現れた。

その両手には大きなガトリングガンが装備されている。早速と回転する砲身。すると無数の炎弾が発射されて、ナイトメアに降り注いだ。

 

 

「ギッ! ギアァァエエアァアゥブァアアアア!!」

 

 

あまりにも一瞬であった。弾丸の一つ一つがナイトメアの肉体を剥ぎ取り、数秒もしない内に燃え尽きるように消滅した。

翼を広げ、ほむらは悪魔を従えてゆっくりと地面に降り立つ。

そこでフールはステッキを。ワスプは剣を構えて走り出した。

 

 

「デカラビア!」

 

 

悪魔が切り替わり、巨大なヒトデが現れる。

中央には一つ目があり、それが光ると黒い落雷がほむらを中心に発生した。

その勢いと衝撃は凄まじく、ワスプは帯電しながら後退していく。

しかしフールはシールドで雷撃を防ぎながら前進。ほむらへステッキを振るう。

ほむらはステップでそれを回避すると、続く一撃を首を逸らすことで回避して見せた。

さらにステッキを掴み、フールを引き寄せると掌底で腹を打ち、怯んだところで新たな悪魔を生み出した。

 

 

「アイニ!」

 

 

ほむらの肩に黒猫の悪魔が出現する。

するとほむらの腕に纏わりつく爪状のエネルギー。そのまま踏み込み、下から上に振るいあげた。

 

 

「ハァアア!」

 

「ウグゥゥウウッ!」

 

 

打ち上げられたフールは回転しながら墜落していく。

しかし黒い翼を広げると、体制を立て直して上昇。弓を構えて黒い光を集中させる。

同じくしてワスプも銃を構えてエネルギーを高めた。上から、横から、再び巨大な弾丸が迫る。

 

 

「ベルゼブブ!」

 

 

再びなぎさに似た悪魔が出現する。

彼女が大口を開けると、矢が、針状のエネルギーがひとりでに口の中に吸い込まれていった。

すると持っていたフォークとナイフが光る。どうやら攻撃を吸収して自分のエネルギーに変換できるらしい。

ベルゼブブは踏み込むと、まずはフォークを思い切り空へ投げた。

 

 

「チッ! アイギスアカヤー!」

 

 

巨大な盾がナイフを受け止める。

 

 

「ファラス!」

 

 

ほむらが叫ぶと、ハロウィンのカボチャがローブを着たような悪魔が現れる。

すると一瞬でフールの盾にびっしりとカボチャが張り付いた。

当然、爆発。カボチャ型の爆弾が盾を破壊してフォークがフールの胴体に突き刺さる。

 

 

「グッ! ガァアア!」

 

 

ほむらが腕を伸ばすと、フォークは空中で固定。フールを磔にする。

フールは魔法でどうにかしようと試みるが、魔力や瘴気をフォークが吸収して、フールは何も発動できない。

一方でベルゼブブはナイフを振り回してワスプと戦闘を行っていた。

つまり決めるなら今だ。

 

 

「ガープ!」

 

「ハッ! ただいまに!」

 

 

ガープは黒い弓を出現させ、それをほむらに差し出す。

ほむらはそれを受け取ると、弦を引いて闇を収束させていく。

 

 

「消えろッ!」

 

 

手を離すと、闇の矢がフールに向かって飛んでいく。

だがフールにもプライドはある。目がまどかのそれから、クララドールズのそれに変わると、赤く光り、前方に魔法陣が出現した。

そこから腕が伸びてきたのはすぐのことだった。掌が闇の矢を受け止め、かき消してみせる。

 

 

「どれだけの力を手に入れたところで、所詮は現代の魔法少女」

 

 

飛び出してきたのはコルボーだ。カラスの羽を撒き散らしながら、一気に急降下。ほむらに足を向ける。

 

 

「戦う為に生きてきた我等に、勝てるものかよ!!」

 

 

しかし、その勢い凄まじい飛び蹴りも、簡単に片手で止められる事になる。

 

 

「調子に乗るなよ人間風情」

 

 

ほむらの前に立っていたのはガープだ。顔はナイトメアの上部分のため、マヌケに見えるが、声は凄まじく冷たいものだった。

 

 

「確かに貴様等は争いの時代を生きてきたかもしれんが――、所詮人間」

 

 

シュンと音がして、ガープがコルボーの背後に回る。

そして掌底。よろけるコルボーの前にガープがワープし、蹴り上げで空中に打ち上げた。

 

 

「我等は悪魔」

 

 

ガープはワープでコルボーの上に現れる。踵落としでコルボーを地面に叩きつけると、掌から光弾を発射して直撃させた。

ただの光弾じゃない。球体のエネルギーはコルボーを閉じ込めたまま、空中に浮かび上がる。

同じくしてその周りに現れる無数の剣。全ての剣先がコルボーに向けられいた。

 

 

人間(キサマ)らとは、立っている領域(レベル)が違うのだ」

 

 

ガープが指を鳴らすと、無数の剣が放たれてエネルギー弾を串刺しにする。

当然、中にいたコルボーは悲鳴をあげ、全身から血液を撒き散らした。

フールは怒りに表情を歪ませ、コルボーを戻した。

 

フールもまた、魔獣であり、魔法少女である。

生まれたてでは魔法を連発できない。他の魔法少女を呼び出すことはできないのだ。

一方でほむらも走っていた。向かうのはワスプのもとだ。

 

 

「バティン!」

 

 

鎧を着た馬が現れると、ほむらの腕に闇の剣が握られる。

走り、跳躍。飛び込みながら剣を振り下ろし、ワスプを切りつけた。

火花が散る。よろけた所に、ベルゼブブがナイフを振ってさらに斬撃を刻む。

追撃のチャンスだ。ほむらは走り、剣を振った。

しかしワスプも吼えると、それを受け止めて弾き、向かってきたベルゼブブも切り抜けた。

 

 

「死ねッ、ほむらァア!」

 

 

剣を突き出す。

しかしほむらはワープ。ワスプの背後に現れると、剣を突き入れた。

 

 

「うぐゥ! ツァ!」

 

 

よろけたワスプ。そこへベルゼブブがナイフで突いて、ワスプを吹き飛ばした。

 

 

「降臨せよベルフェゴール!」

 

 

さやかに似た悪魔が空中に現れる。

持っていた枕を置いて、頭を乗せて寝転ぶと、まるでベットのように魔法陣が広がった。

 

 

「我が名は怠惰! 無限の刹那! 久遠をゼロに!」

 

 

ほむらは弓を構え、矢を魔法陣の中央に向けて放った。

 

 

「スロウスッ! スコール!!」

 

 

それを合図にして、魔法陣から矢の雨が降り注ぐ。

矢は追尾機能を搭載しており、ほむらが一歩も動かずともフールとワスプは悲鳴をあげるのだ。

 

 

「うッ! ぐああぁッ! つ、次に会う時が楽しみだな――ッ!」

 

 

ワスプは煙を上げながらも腕を思い切り振るう。

すると無数の蜂となって、空中に舞い上がっていった。

 

 

「やるねッ、ほむらちゃん……! 本当に悪魔みたいな女」

 

 

フールもまた背後に闇のトンネルを広げると、その中に消えていった。

残されたほむらは怠惰の翼――、ワープ機能で閉鎖世界を脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒャハハハハハハ! ヒーッハハハハ!!」

 

 

参加者達に降り注ぐ炎の雨は、まるで隕石だ。

巻き起こる爆発の数々。しかしディザスターは、そこで笑みを消した。

 

 

「ほーゥ!」

 

 

炎の中から参加者達が姿を見せる。

傷はあるが――、それは先程までの攻撃によるものだ。少なくとも今の炎の雨でできたものじゃない。

先頭にいたのは――、オルタナティブ。

彼のガードベント。サイコシールドによる『シュレディンガーの猫』は、範囲内にいる仲間を一定時間『無敵』にできる。

 

 

「とはいえよォ。そっからどうすんだっちゅー話だわなァ?」

 

 

確かに。所詮ひとつの攻撃を防いだだけだ。

オルタナティブのシールドも消えてしまい、参加者達は息を呑む。

ジュゥべえから貰ったグリーフシードも尽きてきた。みんな消耗しているところに、ディザスターはまだ余裕ときている。

 

 

「クソ!」

 

 

ゾルダはシュートベントを発動。ギガランチャーを装備して、弾丸を発射するが――

 

 

「無駄だァ! こんなものはよォ! 神にゃきかねーんだよ!」

 

 

ディザスターは人差し指で弾丸を弾き飛ばすと、大きく胸を張る。

するとどうだ。髪の毛が光ると、毛先がカールされてドリルのようになっていく。

それを見てなぎさの表情が変わった。あの毛束からは、糸車の魔女の力を感じる。

つまり――?

 

 

「あの髪でできた槍に触れれば、死にますッッ!!」

 

 

一同がその危機感を覚える前に、ディザスターは毛の槍を伸ばし、参加者に向かわせた。

注目するべきはその数だ。無数の槍が、迫ってくる。

スピードも速い。どうすればいいのか。そんな事を考える時間さえない。騎士にはデッキに指を伸ばす時間さえない。

死んだ。きっと多くがそう思った事だろう。

しかし同時に、何かが空から降ってきた。

 

 

「あ」

 

 

それは殻。抜け殻だ。カニの抜け殻。

ガードベント・シェルアーマー。発射された抜け殻が龍騎達に覆いかぶさり、飛んできた槍を遮断してみせる。

中には――、気づいた者もいるだろう。殻が槍を塞いだのは、その防御力だけが原因ではない。

地面から赤い槍が飛び出していき、槍先にぶつかったからこそ、勢いが弱まっていたのだ。

 

 

「知ってるかしら」

 

 

誰かが、龍騎達の前に着地した。同じくしてディザスターは激しい違和感を覚える。

脚が重い。下を見ると、巨大な青いリボンや糸が、絡みついているではないか。

 

 

「神も死ぬのよ!」

 

 

ボンバルダメント。

ディザスターの前方。地面から巨大な大砲が突き出てくると、業火が発射された。

凄まじい衝撃に、ディザスターの巨体が浮き上がった。そのまま後ろへ飛んでいき、ビルを大量に破壊しながら仰向けに倒れていく。

 

 

「完全復活よ! おまたせ皆!」

 

「マミさん!」

 

 

さやが笑みを浮かべる。

体が元通りになったマミがウインクを返した。

とはいえ少し疲れたようで、アライブを解除すると、ゆっくりと息を吐く。

 

 

「バテんなよ。チョコくうかい?」

 

 

その隣で、佐倉杏子がポッキーを差し出していた。

どうやらマミ達と合流しており、一緒に来たようだ。

 

 

(なるほど。こういう風に登場すれば良かったのか……!)

 

 

アビスが感心していると、その時ドロンと音を立ててライアとまどかが現れた。

 

 

「まどかも!」

 

「まどかさん! よかった! ご無事でしたのね!」

 

「う、うん。手塚さんとほむらちゃんが助けに来てくれたの……!」

 

 

すぐにマミやさやかが、まどかに回復魔法をかける。

一方でライアはサバイブのカードを抜いた。

 

 

「城戸ッ! 須藤さん!」

 

「ああ、分かってる!」【サバイブ】

 

「今ならまだヤツも怯んでいる。ココで決めたいですね」

 

 

ライア、龍騎、シザース。

三人のサバイブが一勢に走り出してディザースターのもとへ向かう。

 

 

「我々も行きましょうか」

 

「はぁ。行きたくないけどねぇ」

 

「お、俺はやりますよ! うぉおお!」

 

 

オルタナティブとゾルダ、アビスも走っていく。

一方で魔法少女達はまどかに集まっていた。

まどかの傷も癒えていき、彼女は顔をあげて心配そうにしているさやかや仁美に、『大丈夫だから』と声をかけていた。

 

しかし、言葉が止まる。

まどかは少し怯んだように目を丸くしていた。

すぐ目の前に、ほむらが現れたのだ。

黒い翼。黒い羽が舞い落ちる。ほむらはアライブを解除した。赤いリボンが消えていく。

 

 

「……まどか」

 

「あっ、ほむらちゃん。さっきはありが――」

 

「このッ、ばか! おおばか!」

 

「えっ?」

 

「あほ! まぬけ! かっこつけ! ばか! ば――、いやッ、あ、やっぱりばかばか!」

 

「ちょ、ちょっとほむら……! アンタ何を――ッ」

 

 

語彙力が無いのか。

ほむらは小学生が喧嘩の時に使うようなワードばかりをまどかにぶつけていく。

一体どうしたというのか。とりあえずさやかは立ち上がり、ほむらを止めようとするが、そこでマミに止められた

 

マミは少し呆れたように笑い、首を振る。

意味は分からなかったが、とりあえずさやかは黙った。

杏子もそれを見ていたようで、目を細め、腕を組んだまま沈黙する。

戸惑うなぎさと仁美、そしてまどか。その前で、ほむらは顔を真っ赤にして肩を震わせていた。

 

 

「どうして貴女はいつもいつも、あんな道を選ぶのよ! 怖かったくせにッ! 悲しかったくせに!!」

 

「え……?」

 

「え? じゃないわよ! わ、わかってんの!? まどかッ! 私はね、今とっても怒ってるの! アンタに怒ってるのよ! こ、このまぬけばか!」

 

 

ポロリと、一粒だけ涙が零れた。

 

 

「あなたっ! わ、わ、私をいつも助けてくれて! そ、それはどうもありがとう! でもねッ、ど、どうしてアンタはいつもいつも、自分を助けようとしないのよ!!」

 

「――ッ」

 

「じ、自分にしかできない事がある――ッ、みたいな感じで格好つけて! そんなのただの逃げじゃない! アンタも結局、私と同じよ! 自分と向き合うことから逃げてる! だからあの時も、あの時だって! いつかの時もそうッ!」

 

 

ほむらは、まどかに駆け寄り、両肩を掴んだ。

 

 

「正しい事を盾にっ、みんなを置いてった! 私達を信頼してくれなかったのよ!!」

 

「そ、それはッ、でも……!」

 

 

まどかは、そこまで言って沈黙した。

いろいろ、思い出しているのだろう。そして聞いた言葉に刺さる物もあった。

一方でほむらは声を震わせ、裏返らせ、遂には涙をボロボロこぼしながら怒っていた。

 

 

「どぉして? どうしてよ!? どうしてあの時ッ、私も連れて行ってくれなかったのよ!」

 

 

まどかが神になった時だろう。

 

 

「どうして私から逃げたのよ!!」

 

「逃げ、た」

 

「ええそうよ! 貴女はいいわよ! 神様になれて! やりたい事もできて! そしてドロップアウトもできる! でも私はそうじゃなかった! 結局、こんなアホみたいなゲームに巻き込まれて、結局いつもいつも貴女を追いかけて――ッ! うぅぅう!」

 

 

ほむらは腕で目を拭い、また叫ぶ。

 

 

「向き合えバカ! 置いてかないでよ! 普通置いてかないわよ! だって私達友達じゃなかったの!? アンタ間違ってる! 間違ってたわよ! ええ! だってアンタがやるべき事は格好つけて自己犠牲するより、最後の最期まで二人で何とかする道を探すべきだったんじゃないの!? ねえ! おい! 聞いてるのか! なーにが最高の友達だったんだねよ。だったんだね? ばか! 最高の友達はどっちかっていうと、さやかでしょ! クソ! そういうなんか気を遣ってくれてる感も嫌なのよ! たとえ本心でも言葉を選んでよ! っていうかもし本当に最高の友達だったら尚更あんな選択意味不明でしょ! アンタだって絶対逆の立場だったら納得してないわよ!」

 

 

だいたい基本怖がってブルブル震えてるくせに! いつも最期は達観したようにヘラヘラしやがって!

何が神よ! 何が円環よ! 全部ガタガタだったから、叛逆なんてものが生まれたんでしょうが!

貴女ねぇ! 家族が危なかったら、自分が死ぬより怖がってたでしょ! 友達が死んだら悲しくて堪らなくて泣いてたじゃない!

そこまで分かってて! なんでッ、私の気持ち! 理解できないのよ!

 

 

「アンタ本当にッ、クソバカ! だって、貴女がいなくなって、私が残ったら、それは最悪! 答えはこれしかないみたいな感じで、家族も友達も捨てて!」

 

 

むろん、ほむらも話の分からぬ女ではない。

この怒りが理不尽なものであるとは分かっていた。

だから膝をつき、泣きじゃくる。子供がダダをこねるのと同じだ。

 

 

「うあぁぁぁあ! ひっく! えぐっ! うえぇえええん!」

 

「ほ、ほむらちゃん……」

 

 

まどかは大粒の涙を流すほむらを見て、初めて自分の過ちに気づいた。

救ったモノもたくさんあったが、傷つけてしまったモノもたくさんあったのだ。

 

 

「ホムラが……、消えちまったんだ」

 

 

そこで杏子がポツリと呟いた。

 

 

「ちょっと悔しいけどさ。アタシにはどうする事もできないんだ。できるのは――、アンタだけなんだろ? なあ、まどか」

 

 

それはとても難解な問いかけのような物だったが、今のまどかにはすんなりと理解することができた。

杏子は最後に、頼むよと言う。

だから、まどかは頷いて、ほむらの傍に来た。

跪いて視線を合わせ、肩に手を触れる。

 

 

「ごめんね。ごめんねほむらちゃん……!」

 

 

まどかの目から、涙が零れた。

 

 

「置いていって……、ごめんね」

 

 

あの時、起こすべき奇跡は、神になる事ではなかった。

共に、神を目指すことだったのかもしれない。

 

 

「今が一番幸せなのよッ」

 

 

ほむらはうな垂れ、吐き出すように言った。

 

 

「みんな生きてるし……! 傍にいて、優しくしてくれるから――ッ!」

 

「うん」

 

「あんたもそうでしょ? 違うとは言わせないわよ……!」

 

「うん――ッ!」

 

 

まどかは泣いている。声で分かったので、ほむらは顔を上げた。

お互い、酷い泣き顔だった。

 

 

「だから――、だからっ、まどかぁ、わたしを助けて! あの日から、ずっと縛られてる私を! どうか――ッ! お願いだから!!」

 

 

あの日、まどかが神になった日。

いや、まどかと出会った時からか。

 

 

「すぅぅぅ」

 

 

まどかは立ち上がると、ディザスターを睨み、大きく息を吸った。

 

 

「ほーッ! むッ! らッ! ちゃーッッん!!」

 

 

そして思い切り叫ぶ。

人生で一番大きい声を出した。顔を真っ赤にして、思い切り叫んだ。

 

 

「あーそーぼ!」

 

 

ただ、誰もその意味は分からない。

さやか、マミ、杏子――、仁美はもちろん。なぎさでさえ。

いきなり何を言っているのか? サッパリの様子だった。

 

しかし変化は確実に起きていた。

遠くの方で戦っているディザスターが呻き声をあげて苦しみ始めたのだ。

そして、顎を押さえる。

 

 

「ゴガァァアア!」

 

 

口が開いた。

その中にあったのはイチリンソウの残骸。そこに、ホムラが立っていた。

疲れたように。嬉しそうに。涙を流し、彼女は手を口にそえて叫ぶ。

 

 

「いーいーよ!」

 

 

震えた声だった。

徐々に、音量が、小さくなる。

 

 

「あーそー……ぼぉ」

 

 

なぎさは何となく、理解した。

この世界そのものが暁美ほむらなのだ。破壊があれば――、創造がある。

古いゲームが終わり、新しいゲームが始まったように。

そして人間の始まりは『子供』だ。まどかはそれを選んだのかもしれない。そして、ほむらも、ホムラも、暁美は――、きっとそれを理解したのだ。

新しい人生を歩むためのメッセージ。そしてそれは、当たり前の、ごく平凡なる友情の形。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一緒に、遊ぼう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けるわよ! あの子を! 絶対に!」

 

 

マミが銃を構えて前に出た。

 

 

「あの子ともっと美味しい紅茶をッ、ケーキを食べるのよ!」

 

 

すると、杏子が一歩前に出る。

 

 

「アンタに言われるまでもないっての」

 

 

杏子は槍を地面に刺し、腕を頭の後ろに回してポッキーを咥えながら飄々とディザスターを睨む。

そしてまた、泣いているホムラを見つめて小さく呟いた。

 

 

「アイツは……、アタシの親友なんだ」

 

 

それを見て、次はさやかがニヤリと笑って前に出る。

 

 

「あたしは喧嘩ばっかりだったなー。でもさ、喧嘩するほど仲が良いっていうじゃん?」

 

 

剣を握り締めて決意の炎を胸に宿す。

 

 

「ま、それにまどかの友達はあたしの親友でもあるし。仕方ないってね」

 

 

まどかは頷き、ほむらへ手を差し出す。

 

 

「約束するよ、ほむらちゃん。もう絶対に一人にしないから。だから――ッ! ずっと一緒にいようよ!」

 

 

ほむらは頷き、その手を取った。

正面左から杏子、さやか、ほむら、まどか、マミの並びになる。

 

 

「むむむ! なぎさ達を忘れるなんて酷いです!」

 

「そうですわ。もう部外者じゃありませんのよ。暁美さん?」

 

 

左端になぎさが。右端に仁美がつく。

 

 

「ええ、そうね。ありがとう。二人とも」

 

 

ほむらを中央にして並び立つ7人。

 

 

「勝ちましょう! まずはあの、ふざけた邪神を殺すのよ!」

 

 

その視線を感じたのか、ディザスターはエネルギーを爆発させた。

近くにいた龍騎やドラグランザー、ライアやエクソダイバーを吹き飛ばし、ディザスターは吼える。

 

 

「あぁあクソ! マジでキメェなゴミ共が! くっだらねぇ、仲良しごっこをやってるテメェらなんかに、俺様が負けるワケねぇだろうがァア!」

 

「そうね。なかよしごっこは終わりよ。私達は、本当の友達になるの――ッ!」

 

 

百江なぎさ。志筑仁美。

 

 

「あの時の過ちも」

 

 

美樹さやか。佐倉杏子。

 

 

「いつかの苦しみも」

 

 

巴マミ。鹿目まどか。

 

 

「全部過去にして、前に進むのよ!」

 

 

そして、暁美ほむら。

確かに、この時、この瞬間、7人の気持ちは同じだった。

 

 

「いきましょう皆。今日で、全ての過去(まどか☆マギカ)を終わらせるわ」

 

「うんっ!」「ええ!」「おーッ!」「ああ!」「ですっ!」「はい!」

 

 

ほむらの言葉に、それぞれは応え、7人は一勢に前に進んでいった。

 

 

 

 






次回でたぶんLIAR・HEARTS The・ANSWER編おわり。


ほむらはアライブが二つあります。
ほむらでアライブを使うと、悪魔ほむらになって。
ホムラでアライブを使うと、魔女帽子とローブの今までの姿になります。
言うなればサーナイトとエルレイド。ポケモンみたいなもんです(´・ω・)

それと、ほむらがパワーアップしました。
天使を呼び出すまどかと同じく、悪魔を呼び出していろいろします。(主に武器変更)
オリジナルです。ゴリゴリオリジナルです。
イメージとしてはフォーゼのスイッチみたいな感じをイメージしてます。


あとジオウのキバ編めっちゃ好きですけど、脚本家が賛否両論なのも本当に理解できるような気がしました(´・ω・)
あのヤ●ザはクセまみれじゃぁ!(ノブ)



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第96話 かっこいいよ! ほむらちゃん!

新しいライダーもお披露目されましたな(´・ω・)
新しい時代でも頑張っていきますので、よろしくですぞ!



 

 

トークベントを使った。

 

 

『他人の人生を変えるのが怖かったと貴方は言ったわね。私もそうよ。望んでいたのだけれど……、怖かった』

 

 

それは今もだ。だが、怖いけど――……、皆がいるから進んでいける。

 

 

『今度こそ変えるわ。変えてみせるわ』

 

 

 

見滝原を模した街があった。

ビルの果て、聳え立つのは青いギリシャ彫刻のような女性だ。

神々しい衣で身を包み、頭には糸車の魔女を冠にしている。

憂いの表情を浮かべた女。その頭部の中にゼノバイターは埋め込まれていた。

 

瘴気が充満する空間は心地良い。

しかしそれでも、ゼノバイターは激しい苛立ちを覚えていた。

暁美ほむらの表情が、今まで見たどんな顔よりも希望に輝いていたからだ。

 

 

「レガーレヴァスタアリア!」

 

 

始まりはマミだった。彼女が腕を前に出すと、大量のリボンや糸が伸び、周囲に張り巡らされる。

それらはビルに巻きつき、それは街灯に巻きつき、『足場』の役割を果たすのだ。

 

 

「レールプラス!」

 

 

さらにマミはリボンや糸に『移動魔法』を付与する。これにより、リボンはレールとなる。

次々に着地していく魔法少女。すると糸に置いた足が自動で滑り、高速でディザスターへと近づいていく。

前方に障害物があるのならば、別の糸に飛び乗り、魔法少女達は――

 

 

「ぶべらびちょッッ!!」

 

 

美樹さやか。看板に激突し、墜落。

 

 

「ダッセぇ」

「浅はかね美樹さやか」

「修行ですわねさやかさん」

「さやか! かっこわるいのです!」

 

 

冷めた目で通り過ぎていく杏子とほむら。

さやかよりもずっと後輩なのに、涼しげな表情でレールの上をいく仁美。

呆れた表情のなぎさ。さやかはプルプルと震えながら顔を起こし、真っ赤になった顔面を素早く治療してみせた。

 

 

「言葉のマシンガン止めろ! まどか! マミさん! 励まして! あたし褒めて伸びるタイプだから!」

 

「がんばって! さやかちゃんなら絶対にできるよ!」

 

「ファイトよ美樹さん! 何よ少しぶつかったくらい! 看板くらいじゃあなたの才能は止まらないわ!」

 

「よっしゃぁあああああ!!」

 

 

さやかは奮い立つと、ドドドドドドと音がするほどの勢いで全力ダッシュ。

地面を走り、すぐに糸の上を滑るマミたちに追いついてみせる。

 

 

「す、すごいわ美樹さん! なんてスピードなの!」

 

「ほらね! 褒めてのびるタイプですから! なあ、おい! 聞こえてるか鬼畜弁護士! アンタに言ってるぞ!!」

 

『……はーーーーい』

 

「お、なんだそのふざけた返事は! なあ、なあって!」

 

『はーー? はーーーいって言ってんじゃーーん。はーーー? はーーー?』

 

「あ、ウザいな! 凄いウザいな! なあ、なあって!!」

 

 

テレパシーでギャーギャーやり取りしながら、さやかは尚も全力疾走。

レールを無視して先頭を突っ走る。

 

 

「美樹さん! 糸を張った意味がないわ!」

 

「いいんですマミさん! あたしコッチの方が性に合ってるんで!」

 

「っす――いや! いや! そうよ! それでいいのよ貴女は! ええ! そう! だから、ね! やっちゃって!」

 

 

糸を張ったのは空を飛べない者たちへの配慮。

さらに移動になるべく体力や魔力を消費しないためだ。

魔力はやはり攻撃や魔法に使いたい。まあ、だが、さやかは考えるより行動したほうがいいタイプだろう。

そうこうしている内に、危惧していた通り、大技が飛んでくる。

 

 

「下らねぇ! 終わるのはテメェら人間ッ! ただそれだけだ!」

 

 

ディザスターの目が光ると、大量の光弾が空間に浮かび上がり、すぐさま発射されていく。

青黒いエネルギー弾を見て、一同は怯んだように息を呑むが、誰も止まることはなかった。もちろん、それは暁美ほむらもだ。

 

 

(怖い――ッ! けどッ!)

 

 

前だけを見る。

すると桃色の光。まどかが生み出したバリアが、しっかりと光弾を受け止めてみせる。

すぐさま銃声。マミの弾丸が、杏子の槍が、さやかのサーベルが、なぎさのシャボン玉が、仁美の光弾がディザスターの弾丸に命中して相殺していく。

 

 

「バアアアアアカ! それは囮だっちゅうのッッ!」

 

 

ディザスターの髪が伸び、まどか達に触れようと迫る。

糸車の魔女の力が宿った髪は、触れるだけで生命エネルギーを容赦なく吸い取ってしまう。つまり触れただけで死に至る即死攻撃。

髪先は束ね、槍状になっている。次々と迫る槍は、光弾を打ち破ったことで安心しているまどか達へと容赦なく――

 

 

「借りるわよ! (ホムラ)ッ!」

 

 

ほむらが叫ぶと、腕に盾が生まれる。

ギミックが作動。するとディザスター視点で、一瞬でほむら達の姿が消え去った。

 

 

「何ッ!? ――って、うごォオッ!」

 

 

体の至る所が爆発を起こす。ゼノバイターはすぐにそれがほむらの仕業であると理解、頭部(コックピット)の壁を殴りつける。

ディザスターの肉体は硬い。ほむらの爆弾程度では何の問題もないが――連発されると話は別だ。

気づけば、マミの糸が増えている。

周囲、三百六十度。糸やリボン。そしてその上に立つ魔法少女。

 

 

「ハァアアアアア!!」

 

 

光の矢が連続でディザスターの胸辺りに直撃していく。

すぐに膝部分で爆発。マミの弾丸だ。

おっと、背中に剣が刺さる。さやかの剣が飛んできた。

ああ、杏子は目を狙っているのか。槍が刺さる。もちろんシャボンや光弾も。

 

 

「うざってぇ連中だぜ! でも悲しいよな? 俺様には通用しない!」

 

 

ディザスターはビルの屋上にてロケットランチャーを構えるほむらを睨みつけた。

口が光り、すぐに青黒いレーザーが発射される。

 

 

「クロックアップ!」

 

 

ほむらのスピードが上がり、一瞬でビルからいなくなる。

レーザーが直撃し、蒸発するように消滅するビル。一方でほむらは受身を取って地面を転がる。

 

 

「!」

 

 

気づけばすぐそこに、追撃の光弾。

 

 

「あぁ!?」

 

 

ディザスターは直撃を確信した。

しかしほむらが一瞬で消滅すると、光弾は地面にぶつかって爆発を起こす。

どうやら時間停止を使ったようだ。

 

 

(砂切れを待つか……? いや、つうかそもそもおかしいだろ)

 

 

ディザスターは、この世界では『ほむら』として認識されるはずだ。

ならば時間停止中も、ほむらなのだから動けるはず。

にも関わらず……、何故?

 

 

「ゴァアッ! ツォオ!?」

 

 

かぼちゃ型の爆弾がディザスターの全身に貼りつき、爆発する。

時間停止の件は、暁美ほむらの魔法形態が悪魔と記憶操作に変わったことにカラクリがあった。

その実、ほむらは記憶操作を使い、ディザスターの思考を侵食していた。時間が止まれば、自分がほむらである事を『忘れる』ように設定する。

ほむらを忘れることは、ほむらで無くなることだ。だからディザスターは動けない。

それはまさにイツトリの力と同じである。

 

 

(とはいえ……ッ!)

 

 

イツトリならば、たとえば『攻撃』や『防御』を忘れさせる事ができるかもしれないが、ほむらにそんな事はできない。

時間停止を通せるだけであって、砂の問題もある。運命(ゆういち)との戦いを経て、その量はあと僅かだ。

ほむらはそこで、ディザスターが拳を振り上げているのが見えた。狙いは足元にいた杏子だ。

 

 

(まずい――ッ!)

 

 

盾を作動させようとは思ったが、時間を止めても今ほむらが立っている位置から杏子を助けに行くことは不可能だ。

焦る。焦るが――唇を噛んだ。大丈夫だ。それは無責任で曖昧な『投げ』ではない。

 

 

(大丈夫よ! ねえ、そうでしょう!?)

 

 

それは確固たる信頼である。

 

 

(みんなッ!)

 

 

死ね、と、ディザスターが吼えた。

杏子に拳が迫り、彼女は避けられないと目を見開く。

しかしそこで魔法名を叫ぶ声。巨大な盾が杏子の前に現れ、拳を受け止めた。

 

 

「鹿目まどかァア! うぜぇな! ブチ割ってやる!」

 

 

確かに、その盾はすぐに砕かれた。

しかし拳が杏子を捉えることはなかった。マミが伸ばしたリボンが杏子を絡めとり、引き上げることで拳のルートから外れたのだ。

 

 

「助かったマミ!」

 

「ええ! みんな! コッチは大丈夫だから――ッ!」

 

 

テレパシーを使い、脳内で指示を飛ばす。

疾走する青が一番はじめに応えた。地面にめり込んだ拳に近づき、跳躍、腕を駆け上がっていく。

ディザスターは鼻を鳴らす。接近とは阿呆の極みであると笑うのだ。

髪を動かし、即死の束をさやかへ向かわせる。

 

 

「「ナメんじゃねぇ!!」」

 

 

さやかとディザスターの言葉が重なる。

近づいてやる。近づかせない。二つの意思がぶつかり合い、火花を散らすのだ。

さやかが跳んだ。魔法陣を足場にして空中ジャンプ。迫る毛の槍は、剣で切り裂き、時にはまどかのシールドが防ぎ――

だが限界もある。気づけば前方には大量の槍。

 

 

「ウォオオオオオ!!」

 

 

さやかが叫ぶ。魔法のアレンジ技。参考にしたのはナイトのファイナルベントだった。

白いマントで己を包み、ドリルの様な形状となって突き進む!

 

 

「ダル・セーニョ!!」

 

 

上昇していくさやか。さらになぎさも魔法を付与させる。

スフレ・ハイエンス。対象の重力影響を弱体化させる魔法である。これによりさやかのジャンプ力はより高まる。

目障りだ。止めなければ。ディザスターは巨大な腕を動かした。

しかしすぐに意識がさやかから外れる。空中に浮遊するまどかの体が光り輝いた。

おお見よ。背後に瞬く巨大な水瓶座。

 

 

「スターライトアロー!!」

 

 

翼が生えた水瓶が出現し、激しい水流を発射した。

ディザスターは掌でそれを受け止める。確かに流れは強いが、所詮は水、そこまでの脅威では――

 

 

「な、なに!」

 

 

掌で受け止めた水は勢いを失い、地面に落ちる。

その水が集まり、オクタヴィアに変わっていく。そして水が増えるたび、その姿が大きく、大きくなっていく。

それに気づいたのか。先行していたアビスやシザースも水を追加する。

気づけば、あっというまにオクタヴィアはディザスターと変わらないほどに巨大化していた。

 

 

「ブ チ 割 れ」

 

 

さやかの命令を受け、オクタヴィアは巨大な大剣を振り下ろした。

これは受けられない。ディザスターはすぐに両手を上に出し、掌で剣を挟み止めた。

白刃取り。オクタヴィアも力を込めて両断しようと試みる。もちろんディザスターも抵抗していく。

しかし、いずれにせよこれで時間は稼げた。

さやかは既に、ディザスターの顎下に位置を取っていた。

 

 

『ユニオン』『シュートベント』

 

 

魔法陣を足場にして、踏ん張る。

さやかは叫び、装備したギガランチャーを思い切り突き上げ、ディザスターの顎に突き刺した。そして発射。

爆発が巻き起こり、弾丸が顎に風穴を開ける。発射の反動は魔法陣が吸収してくれたようだ。

維持にも魔力を使うので、さやかはさっさとギガランチャーを投げ捨てて、顎の穴に飛び込む。

 

 

「アァ! くそったれェッ!」

 

 

ディザスターは異物感を感じ、不快感に吼えた。

瘴気が溢れる。力が上がり、両手で挟んでいた剣を握りつぶしてみせる。

すぐさま地面を踏みしめ、渾身のストレートを放った。

それはオクタヴィアの装甲を打ち破ると、肉体を貫通させて、一撃で消滅させてみせる。

一方で体内。イチリンソウの花畑だった場所には、現在同じサイズのヒガンバナが咲き乱れている。

それを踏み蹴散らしながら、さやかは走った。というのも前方に蹲るホムラを見つけたからだ。

向こうもさやかに気づいたのか、少し不安そうに、少し嬉しげに笑う。

 

 

「美樹さん……!」

 

「ほらっ、行こう!」

 

 

さやかが手を伸ばした。

 

 

「いいんですか?」

 

「当たり前でしょ! ほら、掴まって!」

 

「は、はい!」

 

 

ホムラもまた、腕を伸ばすが――

 

 

「ンマァー、チョロチョロと目障りなクソガキだなマジでテメェらはよォオ!」

 

 

天井が割れた。すると破片と共にゼノバイターが降ってきた。

さやかは一瞬立ち止まるが、すぐに走り出す。これは好都合だ。

コックピットを離れたということは、ディザスターの動きが止まっているということではないか。

 

まどか達が攻撃をしているのだろう。爆発の震動を感じる。

ここで時間を稼げれば。いや、倒してしまえばいいのだ。さやかは二刀流で向かっていく。

同じくゼノバイターもトンファーブレードを二刀流にして向かっていった。

仕掛けたのはゼノバイター。左のトンファーを、上から下へ振り下ろす。

さやかは右手に持った剣を盾にして、それを受け止めるが――

 

 

「――ぁ! ぐぁあッッ!!」

 

 

凄まじい衝撃だ。それもその筈、見た目は通常状態ではあるが、現在のゼノバイターはリボーン態。さらに通常ならば肉体が崩壊しているほどの瘴気を内包しているのだ。

当然それだけステータスは上昇している。攻撃を受け止めたさやかも気づいただろう。

ただ攻撃を防いだだけで、右腕から鎖骨に亀裂が走る。さらに腕が痺れ、感覚が消えた。

怯んだのは僅か一秒ほど。しかしそれだけあれば十分だった。気づけばさやかの腹部にゼノバイターの脚がめり込んでいる。

 

 

「カハ――ッ!」

 

 

一瞬だった。さやかは地面をえぐりながら吹き飛び、大量のヒガンバナを撒き散らしながら壁に激突する。

 

 

「美樹さんッッ!」

 

「ノックアウトだ、クソ女。オメェも聞いたようなホムラちゃんよ。アイツの骨が砕ける音、内臓が破裂する音」

 

 

ゼノバイターは、へたり込むホムラの前髪を乱暴に掴むと耳元に顔を持っていく。

 

 

「ましてやオメェ、ココに来たのが美樹さやかとはな。お笑いだぜェ」

 

「うあ゛ぁッ!」

 

「分かってんだろ! なぁ! オイ! あんだけ仲悪かった美樹だ! だからあんだけ簡単にくたばったんだよ! はじめからテメェを助けるモチベーションが低かったんだ!!」

 

 

ホムラは髪を掴まれている痛みと、耳元に響く大声に苦悶の表情を浮かべた。

そして表情を歪めた女がもう一人。それは外にいた暁美ほむらだ。

現在、全ての暁美は繋がっている。ホムラへの言葉は、ほむらへの言葉なのだ。

 

ほむらは胸を、心臓を、ハートがある胸を掴んだ。

歯を食いしばる。否定しきれない自分がいるのだ。

それをゼノバイターも分かっている。分かっているからこそ笑い、ホムラの頭を乱暴に揺さぶった。

 

 

「わーッッてんのかーッ! なあ! ナアナアナア!! 本当は分かってんだろ? クソみたいな、お友達ごっこなんざ、すぐに破綻すらぁな? そりゃオメーのアホループが証明してんだよ!」

 

 

ゼノバイターは目を光らせ、レーザーを発射。

さやかが倒れているだろう場所に直撃させ、爆発が巻き起こった。

 

 

「美樹さ――ッ」

 

「まどかマギカを終わらせる!? 終わるわけねェだろ! 終わらねぇーんだよ! 憎悪の! 連鎖! 負のスパイラルは!」

 

「ッッ」

 

「魔獣は不滅だクソガキが! テメェらゴミ共は、バカみたいに争いあって、永遠に俺様たちのエネルギーを生成し続けるんだよ!」

 

 

ゼノバイターはホムラの顎を蹴り上げる。

それは自傷行為。ほむらはより強い痛みを胸に感じ、ホムラは地面に倒れる。

 

 

「下らない希望ッ、テメェは抱く資格もねぇエ!」

 

 

ゼノバイターはブレードトンファーの銃口を光らせる。

だがそこで――、肩を掴まれた。

 

 

「あン?」

 

 

振り返ると、そこには拳。

 

 

「―――」

 

 

美樹さやかが立っていた。

彼女の拳が、ゼノバイターの頬に叩き込まれる。

 

 

「アァ、やっぱ、その程度なんだよなァ」

 

 

しかしゼノバイターは不動であった。

怯みもせず、代わりにさやかの右手はボロボロである。

指がおかしな方向にひしゃげ、砕かれており、骨が皮膚を突き破っている。

 

 

「イキるだけイキって、おしまい。テメェはいつもそうだ。これからも、ずっと、雑魚のまま」

 

「あっそ」

 

 

さやかは無表情だ。無表情のまま、左手をコツンと軽く、ゼノバイターの腹部へ当てた。

 

 

「じゃ、こっちは?」

 

 

ユニオン。ストライクベント。

 

 

「お?」

 

 

ゼノバイターは腰をガッチリとホールドする牛の角を見た。

 

 

「おー……」

 

 

目からレーザーを発射してさやかへ直撃させる。

そのあまりの威力に、さやかの頭が吹き飛んだ。

しかしそれは一瞬。魔法陣が現れると、さやかの頭部が一瞬で再生される。

 

 

「あー、そうだったなテメェは」

 

 

そこで爆発音。

ギガホーンの砲口から爆発が巻き起こり、ゼノバイターははるか後方に吹き飛んでいく。

威力設定の上限を振り切っているのか、ギガホーンが爆発に耐えられずに崩壊。当然それを装備していたさやかの左腕は見るも無残な状態になっていた。

しかしそこで光が迸り、左腕が傷一つない状態に変わる。

自己再生魔法、『ダ・カーポ』。

 

 

「確かにあたしとほむらはバチバチだったけど――、それが全部じゃないから」

 

 

それはゼノバイターとホムラに向けた言葉であった。

さやかは鼻を鳴らすと、左手の中指を立ててゼノバイターを睨みつける。

 

 

「しょーもないアンタの物差しで、このスーパーウルトラ美少女魔法戦士の美樹さやか様を見下してんじゃないっての!!」

 

 

そして魔法陣。それを踏み蹴って、跳躍。

 

 

「アンタなんかにッ!」

 

「アァ……、クソ!」

 

 

ゼノバイターは爆煙を振り払いながら立ち上がる。

しかしすぐそこに、さやかがいた。急いでブレードトンファーを振るうが間に合わない。それよりも速く、さやかの剣が肩に入った。

 

 

「負けるッ、もんかァアア!!」

 

 

超高速の連撃。魔法で剣を強化しているのか、一撃を刻むたびに青い光が雫のように飛び散った。

ゼノバイターも当然反撃を用意するが、さやかはそれを全て器用に回避して、尚も剣を振るう。

とはいえ、そこはリボーン態。さやかの動きを見切るのも早かった。

一瞬の隙をついて、ゼノバイターは足裏をさやかの腹部にめり込ませる。

 

ゲームセット。

さやかのソウルジェムは一撃で粉々だ。ゼノバイターはそう思った。

が、しかし、足の感覚はまるで空を切ったように『軽い』。それは足に纏わりついた白いマントが理由だろう。

 

 

「ハァアアアアアアアアア!!」

 

 

残像。囮。本体はすでにバックステップで大きく後ろに距離を取っていた。

そして腰を落とし、さやかは魔力を脚の肉体強化と、剣の強化に注ぎ込む。

 

 

「まだまだッ!」

 

 

そして地面を蹴った。

まさにそれは一瞬だった。ゼノバイターですら、さやかが消えたと思った。

気づけばさやかは後ろにいて、地面を滑っている。そしてゼノバイターの腰には青い斬撃が刻まれている。

 

 

「こんなもんじゃないわよッッ!」

 

「グアアアァア!!」

 

 

斬撃が青い光を放出して、エネルギーのスプラッシュが巻き起こる。

高速で相手を斬りつけて怯ませた後、目にも止まらぬ刹那の一撃を叩き込む。

さやかの新必殺技、『プレスティッシモ・アジタート』。

最後の一撃は、円環の使者としての力も込められているため、相当な威力である。

ゼノバイターもダメージに声を漏らし、よろけて地面に倒れた。

 

 

「見たか! 本気のあたしッ!」

 

「アァァッ! クソッタレ!!」

 

 

しかし見たところダメージは負ったものの致命傷ではなく、ましてやそこまで状況が変わるほどのものでもない。

現にゼノバイターはすぐに立ち上がると、怒りに震え、地面を殴りつけてみせる。

 

 

「調子乗ってんじゃねーぞ美樹さやかァ。テメェのゴミみたいな火力じゃ俺様を倒すなんて夢のまた夢な・の・よォ。回復だって確かにウザってぇがよォ、ソウルジェムを砕けば再生能力なんざ意味がなくなる」

 

 

それを聞いて、さやかは少し後ずさる。

まさにその通りだ。全く、インキュベーターに文句を言いたいところである。なぜ一番の弱点が目立つお腹にあるのかと……。

 

 

「!」「!」

 

 

だがその時、凄まじい衝撃がヒガンバナの花畑を包んだ。

かつてない震動に異常事態と感じたのか、ゼノバイターは悔しげに首を振るう。

 

 

「クソ! テメェの始末は後だ! 後ッ!」

 

 

ゼノバイターは跳躍。天井を打ち破ると、コックピットに戻っていく。

穴はすぐにふさがった。さやかは安心したように胸をなでおろすと、ホムラに駆け寄っていく。

 

 

「見てよコレ。アイツ酷くない?」

 

「あ……」

 

 

さやかが差し伸べた手は、右手。

そこはまだ治療をしておらず、指が歪に折れ曲がり、青く腫れあがっていた。

 

 

「あぁ、ごめんごめん。引くよねコレは」

 

 

そう言って、さやかは手を治療する。

 

 

「痛覚遮断もしてなかったし、超痛かった」

 

「え? え……? ど、どうして?」

 

「あー、いや、だからさぁ。ほら、ねぇ、察してよそこは」

 

「え? え? えぇ?」

 

「つまりさ、こんな痛い思いをしても、アンタの為に頑張ってるってことなのよ」

 

 

さやかは感謝しろよと、ウインクを一つ。

 

 

「あんたも全部思い出したんでしょ、ほむら」

 

 

ほむら。ホムラは、俯く。

 

 

「……ええ。そうよ。思い出してる」

 

「なら、あの時、あたしが言ったこと覚えてる?」

 

 

いつのことなのか。ほむらには一つしか思い浮かばなかった。

前回のゲーム。さやかがワルプルギスに殺される間際の言葉だ。

暁美ほむらの世界にはアンタとまどかしかいないの? 彼女はそう言った。

 

 

「忘れようとしても、忘れられなかったわ……」

 

「そっか。んじゃま、大丈夫だ!」

 

 

そこでホムラは、ホムラらしくなる。

 

 

「だからお願いですっ!」

 

「へ?」

 

「今、私はゼノバイターの支配下から逃げ出すことができませんっ!」

 

 

見ればホムラのへたり込む膝が、ヒガンバナ咲く大地に埋め込まれている。

どうやら、ここからホムラを連れ出せばディザスターから円環の力を抜き取ることができる――そんな簡単な話ではないようだ。

 

 

「だから――ッ、だから、助けて!」

 

 

さやかは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに頷いた。

 

 

「おっけ。任せて。どうすればいい?」

 

「この檻を――ッ、どうか壊して!」

 

 

ホムラが手を前にかざすと、壁に穴があいた。

さやかは頷くと走り出し、穴に飛び込んで外へと脱出したのだった。

 

 

 

 

時間は少し戻る。

ゼノバイターがさやかと戦っている頃、ディザスターは行動を停止した。

しかし代わりに、体中から大量の使い魔、レイブンが湧き出てきたではないか。

その数に一同はギョッとするが、まどかは目を光らせて前に出た。レイブンが周囲に飛び立つ前ならば、何とかできる自信があったのだ。

まずはシールド。巨大な棺桶のようなバリアにディザスターを閉じ込める。体から出てきたレイブンたちも、全てそこへ閉じ込められた。

 

 

「はぁああああああああ!」

 

 

まどかが吼える。

魔力が高まり、彼女の体が発光する。ソウルジェム内で様々な魔法の計算が行われているのだろう。

まどかの背後に無数の星が現れ、次々に並びを変えて、最終的には射手座の形を取る。

 

 

「みんな大丈夫ッ! 使い魔はわたしが絶対にやっつけるから!」

 

 

まどかが手を天に向けてかざすと、ディザスターの頭上に巨大な魔法陣が浮かび上がる。

 

 

「当たれッ!」

 

 

射手座の矢を発射。

魔法陣に命中させると、それがスイッチとなって光の雨が降りそそいでいく。

範囲攻撃・マジカルスコール。雨はシールドをすり抜けると、ディザスターの周りを飛び回っていたレイブン達を次々に撃墜させ、爆発させていく。

しかし今回は射手座の力を乗せた強化版だ。雨がひとしきり降り終わると、魔法陣が強い光を放つ。

 

 

「わたしの想いを乗せて――ッ、貫いて!」

 

 

すると魔法陣から巨大なレーザーが発射された。

桃色の光はディザスターを包み込むと、使い魔たちを蒸発させるように消滅させていく。

マジカルスコールの後に、強力な光線を発射する新技『プルウィア☆マギカ』である。

ディザスターの動きが止まる。しかし今までを見るに、またレイブンを生み出してしまうかもしれない。

ならばこの辺りで大きなダメージを与えておきたい。マミは抱えていた杏子に、ひとつ提案を。

 

 

「佐倉さん。合体必殺技って……、覚えてる?」

 

「覚え――いやでも……、あぁ、えっと」

 

 

覚えてはいる。杏子がまだマミの弟子だった時に、マミが提案したものだ。

杏子としては恥ずかしくてすぐに却下したが……。

 

 

「覚えてるよ。いつか、アンタのワガママに応えられるように、勉強もした……」

 

 

杏子は少しうんざりしたように言う。尤も、それを披露する前に喧嘩別れしてしまった訳だが。

 

 

「他の時間軸でもそうだったのかい?」

 

「ええ。貴女、なかなか素直になってくれないから。だから今は……」

 

「バカ。アタシはいつでも素直だよ」

 

 

二人は呆れたように笑い、そして頷いた。

 

 

「よし! じゃあ、一気に決めさせてもらうわよ!」

 

 

マミは無数のマスケット銃を召喚。

 

 

「当たりなさい!」

 

 

無限の魔弾がディザスターの肉体に命中していく。

そこで抱えられていた杏子も、祈るようなポーズをとる。すると赤い光がマミに纏わりついた。

 

 

「もう一発!」

 

 

マミは巨大な大砲を生み出すと、照準をディザスターの胸辺りに設定する。

 

 

「仕留めるわ! ティロ・ランツィア!」

 

 

大砲から発射されたのは弾丸ではなく、巨大な赤いアンカー。

鋭利な形状のソレは、ディザスターの胸に突き刺さると、柄頭(リング)が爆発。

大量の赤いリボンが放出され、自動的にディザスターに絡み付いていく。

 

それだけではい。

どうやら最初の無限の魔弾も、弾丸が変わっていたようだ。ディザスターに直撃していたのも、小型のアンカー。

それは命中後に周囲に飛び回り、設置される。

そこへ赤いリボンが連結。ディザスターはあっという間に拘束された。

 

 

「やったぁ! 成功よ佐倉さん!」

 

 

喜ぶマミを見て、杏子も少し悲しげに笑う。

 

 

「はは……、すげぇな。こんなことならもっと早く……」

 

 

杏子が何かを言おうとした時、テレパシーで連絡が入る。

ライア――手塚だ。その声色は穏やかなものではない。

 

 

『こちら手塚。落ち着いて聞いてくれ。このままだと全滅する』

 

 

どうやら今の衝撃を感じてゼノバイターがコックピットに戻ったようだ。

ライアはフォーチュンベントで未来を予知した。しかしそこで全滅の未来を視たらしい。それはライア一人では止めることができない威力の代物だった。

 

 

『やはりあの即死の髪が厄介だ。アイツはまだ本気じゃない。今からあの髪の精度が上がる』

 

 

話を聞いていく内に、一同は要点を理解する。

やはりあの頭の冠。糸車の魔女をなんとかしなければ。

 

 

『切り離しましょう』

 

 

オルタナティブの提案に一同は賛成する。

そこからテレパシーで素早く作戦を伝え合い、各々はそれぞれの行動に走る。

 

 

「そろそろよォ、遊びは終わりだぜ参加者共ォ!」

 

 

予知したとおりか。ディザスターは瘴気を高める。

拘束など意味はない。ディザスターの殺意に応えるようにして、空が瘴気の雲に覆われた。

光が消えていく。すると歪に輝く雲の中――。

 

 

「インフィニット・デスパーク!」

 

 

全身から、瘴気の雲から、青黒い雷が発生する。

激しいフラッシュで視界がおかしくなり、さらに雷のスピードには誰も対処できない。

まどかはシールドを全員に張るが、雷はそれをいとも簡単に破壊すると、対象を電撃で包み込んだ。

ダメージはもちろん。全ての参加者が異常に気づいただろう。

体が重い。瘴気が張り付き、不快感と痺れをもたらす。

 

 

「うぐッ!」

 

 

呪いの類だ。まどかはすぐにおとめ座を放とうとするが、上手く喋れない。

そうしていると、ディザスターの髪が伸びた。毛が束を作り、さらにディザスターは思い切り頭を振り回して毛束の鞭を参加者に向かわせる。

髪は器用に参加者の体に巻きついていき、一気に生命エネルギーを吸収する。

 

 

(勝った!)

 

 

が――!

しかし、これをライアは視ていた。だからこそ対策は考えていたのだ。

 

 

(なんだ!?)

 

 

ディザスターは異変に気づく。

髪の毛は確かに参加者に絡み付いている。

だが、どうしたことか。参加者は苦痛の表情は浮かべているものの、意識を失っているようには思えない。

少なくとも肉体に触れればアウトの代物なのに……?

 

 

「!!」

 

 

雲が割れる。

それは『天使のはしご』と呼ばれる現象。暗闇の世界に、一筋の光が差し込む。

神々しい光だ。そして、そのはしごを降りる者がいた。

 

仁美が呼び出した魔法少女・タルトである。

タルト一人だけなのは、魔力消費を抑える為に呼び出す魔法少女を絞ったというのがあるが、理由はそれだけじゃない。

 

現在、タルトの姿が以前のものとは違っている。鎧の一部が剥がれ、胸部装甲の形状が変化。

全体的に軽装化しており、左腕のガントレットは一部が巨大化して浮遊し、盾のようになっている。

さらに腰周りには剣のような装飾品が二つ装備されていた。

鎧こそ剥がれたが、しかし魔力は増加。

これはタルトの強化魔法、『セカンドフォートレス』により変身した姿、"フォートレスフォーム"である。

 

 

「ご安心を女神(デエス)、この私が貴女に降りかかる全ての苦痛を無へと変えましょう!」

 

 

パワーアップしたことにより、固有魔法である『光』に『救済』が追加される。

気づけば周囲には光の羽がヒラヒラと舞い落ちており、どうやらそれが生命エネルギーの吸収を無効化しているようだ。

 

 

「ハァア゛ア゛アアア!!」

 

 

ディザスターが大口を開けると、そこから青黒いレーザーが発射される。

しかし浮遊しているタルトは左肩を前に出し、浮遊している盾を構えた。

すると盾の前に魔法陣が生まれ、レーザーを受け止める。

 

 

「ブッ潰れろ!!」

 

 

吼えるディザスター。

すると上空から巨大な隕石が飛来し、タルトを狙う。

問題はその大きさだ。巨大なビルの何倍もあろうほどの巨岩が見える。

だがタルトは怯まない。旗を生み出すと、それを真上に投げた。すると一直線に飛んでいった旗が雲をかき消し、さらなる光をタルトにもたらす。

タルトは光の剣を生み出すと、それを両手で掴んで、剣先を空へかざす。

すると降り注ぐ光が剣に吸収されていき、剣が大きく、長く、リーチがどんどん伸張していく。

それは星を越えて、(そら)へたどりつくほど。

 

 

極光よ(ラ・リュミエール・エクストリーム)!」

 

 

巨大な光の刃をタルトは思い切り振り下ろす。

それは巨大な隕石を、簡単に両断すると、光で包み込み、粒子化させてみせる。

が、しかし。そんな威力の剣をディザスターは腕一つで受け止めてみせた。グッと力を込めると、光の剣はバキンと音を立てて破壊される。

 

 

「んな――ッ!」

 

「覚えておけタルト。テメェの主である鹿目まどかの力が、円環の力が俺様を流れている」

 

 

ディザスターが目を光らせると、タルトの体が爆発を起こす。

ダメージを受け、怯むと、そこへディザスターの巨大な拳が直撃した。

 

 

「うぐうぁあ!」

 

 

タルトは吹き飛び、後ろにあったビルへ激突。崩壊していくビルの破片と共に地面へ墜落していく。

 

 

「フハハハ! 神の力が流れているんだ! 俺様は無敵なんだよォオ!」

 

 

ディザスターを中心にして凄まじい爆発が巻き起こった。

周囲のビルを吹き飛ばし、爆風で地面を抉り取りながら、衝撃は拡散する。

すぐに無数の悲鳴が聞こえてきたが――、同時に眩い光も感じた。思わず舌打ちをこぼすディザスター。

龍騎サバイブやライアサバイブが踏ん張って立っていたように、まどか、マミ、ほむらもまたアライブを発動させて爆風を撥ね退ける。

 

 

「上等だ。俺様もだいぶ馴染んできたことだしよォ」

 

 

確かに、空気が変わった。

先程まではディザスターを『操作』しているといった様子だったが、今は違う。ディザスターはなめらかに動き、そのまま両腕を地面についた。

クラウチングスタートの構えだ。まさかと思えば、ディザスターは地面を蹴って、一気に加速する。

 

 

(速い!)

 

 

そして巨体に似合わない動きをしてくる。

ディザスターは跳ねるようにジャンプをすると、体を捻り、飛び回し蹴りをほむらに仕掛けた。

避けられるものではない。ほむらは諦め、攻撃を受けて、それをスケイプジョーカーで無効化する。

しかし出現後、ほむらは目を見開いた。

ディザスターの口が、しっかりとほむらの方を向いていた。

口の中は当然、光り輝いている。

 

 

(まずい――ッ!)

 

 

しかしすぐにディザスターの後頭部が爆発。顔の向きが変わってレーザーはほむらを外れる。

見れば空中を浮遊する龍騎が、ドラグランザーに乗って銃を構えていた。

 

 

「助かったわ! 城戸真司!」

 

「ああ! でも油断しちゃ駄目だ!」

 

 

今、タルトがビルの残骸を吹き飛ばして姿を見せた。

虚心星原にはまだ光の羽が舞い落ちている。その間は即死の髪は効かないが、仁美とてタルトをいつまでも召喚はしていられない。

消える前に、糸車の魔女は破壊しなければならない。

 

 

「こんのォオオオオオ!」

 

 

アビスの命令を受けて、アビソドンが水流を発射する。

全身が濡れたところで、ライアはシュートベントを発動。電撃を発射するボルテッカーにより、赤紫の電撃がディザスターを包む。

そこへまどかの矢が、ほむらの矢が、龍騎の炎が交差する。

その中を、シャルロッテが猛スピードで飛び回る。

どうやら吹き飛ばされた仲間たちを回収して、背中に乗せているらしい。今も倒れたままのゾルダのところへやって来た。

 

 

「大丈夫ですか秀一!」

 

「無理だ! 無理無理!」

 

「諦めないでください! ほら、なぎさの背中に乗るのです!」

 

 

ゾルダは呻きながら立ちあがり、なんとかシャルロッテに掴まった。

いくら魔法で病気を押さえ込んでいるとはいえ、体に響くものはある。

 

 

「本当に大丈夫なのかよ……」

 

「大丈夫にするために動くのです!」

 

 

飛び立つシャルロッテ。それを見ていたのはマミだ。

そろそろいいだろうと思う。やはり糸車の魔女を、ディザスターから切り離すには、まずディザスターの動きを完全に停止させなければならない。

簡単な方法はやはり、超火力の技を当てるべきだ。

そこに選ばれたのはマミである。彼女はプリンピングを発動。名札に変身すると、合体するべき魔法少女へと向かう。

 

 

「私の力を貸します! どうか使ってください!!」

 

 

その相手とは――タルトである。

魔法少女の中でも強力な彼女と合体すれば、火力を跳ね上げることができるのではないか。そういう狙いだった。

もちろんタルトもそれを理解して、了解する。

しかしひとつだけ、大きな問題があった。

 

 

「女神のお師匠様を私のお洋服にするだなんて! とてもとても! 私にはおこがましいことですっ!」

 

「へ?」

 

「どうか私をお使いください! 女神のお師匠様っ!」

 

 

通常、プリンピングはマミが対象者の衣装となる技だ。

しかし、タルトの強い意思により、そのルールは捻じ曲げられる。

タルトにマミが装備されると、二人は光となって交わる。できあがったシルエットは『マミ』のものだった。

 

 

「え、えーっと!」

 

 

服のデザインはマミが決める。

創造していたデザインが没になったことで、急いでイマジネーションを働かせるのだ。

 

 

「じゃあ……、これ!!」

 

 

光が弾ける。

現れたマミを見て、シャルロッテの上にいた杏子は目を丸くする。

 

 

「な、なんだありゃあ」

 

「………」

 

 

隣にいたさやかは訝しげな表情を浮かべた。はて、どこかで見たような……?

一方でシャルロッテは興奮したようにマミの姿を褒めている。

 

 

「お、おぉ! 神々しいですマミ! まさにアレは! まさにまさにアレはーっっ!」

 

 

純白の衣装。王冠。膝まであるヘッドベール。金色のフリンジ。

そして背中には金色の矢の装飾。それはまさしく、究極たる『聖女』だった。

 

 

「ホーリーマミですっっ!」

 

 

 

 

 

 

 

「スターライトアローッッ!」「来てッ! ベリアル!」

 

 

まどかが発射したのは、蠍座だ。

装甲に包まれた巨大なサソリ、バルビエルが二つのハサミと、鋭利な針がついた尾でディザスターを狙う。

一方でほむらも悪魔を召喚。巨大な角が特徴的な、炎に包まれたドラゴンが召喚され、ディザスターに襲い掛かる。

 

まずはバルビエルがディザスターの腕を挟みこんだ。しかし硬い、どれだけ力を込めようが切断には至らない。

次は尾を振るい、一瞬で針を胸に差し込んでみせる。

しかしこれも装甲を貫くにはいたらなかった。そうしていると翼を広げたベリアルが、手に持ったボウガンを構える。

矢先に炎が灯り、すぐに発射。しかしディザスターはバルビエルの腕をむしり取ると、それを盾にしてみせる。

燃え上がるサソリの腕を投げ捨てて、ディザスターはバルビエルの尾を掴むとベリアルの方へ投げ飛ばした。

ぶつかり、怯む二体。ディザスターはそこへレーザーを直撃させ、爆散させてみせる。

 

 

「どうだ見ろ! 悪魔も天使もくだらねぇ! 俺様は神だ! こんなモンッ、相手にもならねぇなァ、オイ! ハハハハハハ! ハーッハ――……」

 

 

そこでディザスターは笑みを消した。

天使と悪魔に気を取られている間に、いつの間にかまどかたちの姿が消えている。

はて? どこに消えたのか。ディザスターが周囲を確認すると――気づいた。なにやらチラチラと雪が舞い落ちてきているのが。

 

 

(雪――ッ?)

 

 

おかしい。そんな機能は設定されていないはずだ。

不思議に思い、掌に一粒の雪を乗せた。

すると掌が爆発を起こした。

 

 

「あ?」

 

 

別の雪が肩に触れた。肩が爆発した。雪が指に触れた。爆発が起こった。

雪はヒラリヒラリと、世界に降り注いでいく。

 

 

「か――ッッ!!」

 

 

ディザスターは理解する。コレは雪などではない。弾丸だ。

ティロフィナーレ・ホーリーナイト。現在、マミ達は上空高くに位置を取っていた。

マミの周囲を旋回しているのは金色のマスケット銃。そこから白いエネルギー弾が発射、一つの球体はすぐに三つに分裂して、雪のように舞い落ちていく。

特徴はその威力だ。一発が通常のティロフィナーレと同等である。それがざっと何百も。

凄まじい轟音が、衝撃が巻き起こる。もはやディザスターの悲鳴さえ聞こえない。

ビルは崩壊し、地形は抉れ、街が荒野に変わっていく。音、衝撃、白く染まる視界。ディザスターの、ゼノバイターの意識が一瞬だけ飛ぶ。

 

 

「クソったれ!」

 

 

すぐに首を振って意識を覚醒させる。

そこでディザスターは、巨大ななぎさの顔を見た。

 

 

「はぁー?」

 

 

違う。なぎさが巨大化しているんじゃない。ディザスターが小さくなっているのだ。

 

 

「捕らえましたよ。ゼノバイター……ッ!」

 

 

なぎさは汗を浮かべ、表情には疲労が見える。

どうやらそれなりに魔力を使ったらしい。だがディザスターが動きを止めている間に、しっかりと弱体化魔法を仕掛けておいた。

だからこそ、対象の姿が縮小し、透明なクロッシュの中に閉じ込められている。

 

 

「なんだこりゃぁ! 出せ! 出しやがれ!」

 

 

ガラスケースを殴りつける。衝撃が伝わっているのか、なぎさの表情が曇る。

しかし魔力を放出し、強度を上げる。一方でクロッシュは丸いテーブルの上。

ディザスターを囲むようにして、まどか、ほむら、マミ、さやか、杏子が座っていた。

マミは大量に魔力を消費したのか。合体が解除されて、アライブも解除されている。疲れているのか、呼吸も荒く、汗も浮かべている。

しかし、ディザスターの動きを止めるには合体魔法を撃つ必要がある。疲れを無視して、一同にアイコンタクトを送る。さらにテレパシー。

 

 

『佐倉さん。打ち合わせどおりお願いね』

 

『ああ、分かってる。自信はないけど任せろ』

 

『大丈夫フォローするわ。じゃあ皆、いくわよ……!』

 

 

頷きあう五人。

マミがつま先を地面に撃ちつけてリズムを取り、他の四人も真似をして呼吸を合わせる。

 

 

『せーっの……!』

 

 

そして、五人の声が重なった。

 

 

「ケーキ♪ ケーキ♪ まぁるいケーキ♪」

 

 

歌が始まった。時を同じくして、なぎさも円環権限にして魔女に変身。ベベからシャルロッテになって飛び立つ。

 

 

「まぁるいケーキはだぁれ?」

 

「ケーキはさやか?」

 

「ちぃーがぁう!」

 

 

さやかは顔を覆い隠すと――

 

 

「………」

 

 

間。

 

 

「………」

 

 

音楽のボリュームが小さく――……。

 

 

「………」『すいません。歌詞忘れました』

 

 

怒号。テレパシー内は大慌てである。

 

 

『どぉーしてさやかが忘れるんですッッ!!』

 

『そうよ! 美樹さん! 一番大事なところなのよ!』

 

『ありえないわ美樹さやか! 覚えていない杏子ならまだしも! あなたは記憶をッッ!』

 

 

さやかは自分に非があると思っているのか。顔を覆い隠したまま動かない。

しかしそうしている間にも、ディザスターは脱出を試みており、なぎさは苦しそうに呻く。

それを見ていたのか、仁美とまどかが慌ててフォローに入った。

 

 

『お、おちついてくださいまし! 人間ですものっ! ド忘れもしますわ! それよりも早くお歌の続きを!』

 

『そ、そうだよみんなっ! 仁美ちゃんの言うとおりだよ! あのね、さやかちゃん! さやかちゃんはラズベリーだよ!』

 

 

さやかはハッとすると、顔を上げて続きを歌う。

 

 

「あたしはラズベリー!」

 

 

すると、音楽が再び再生。さらにクロッシュの中にラズベリーが現れる。

 

 

「んだよコレ! うざってェ!」

 

 

ディザスターはラズベリーを踏み潰す。果汁や果肉が飛び散り、皿の中が赤く染まる。

なぎさの弱体化魔法のほかに、まどかとほむらの円環エネルギーを使用してディザスターを押さえ込んでいるため、まだ余裕はあった。

 

 

「まぁあるいケーキはあ・か・い! ケーキは杏子?」

 

 

するとパスを受けた杏子は、事前に聞いていた歌詞や、魔力操作を思い出し、言われたとおりに進行していく。

 

 

「ちーがーう! アーターシーは、りーんーご!」

 

 

次はりんごが皿の中に現れ、ディザスターに直撃する。

怯んでいる間に、杏子はパスを。

 

 

「まぁるいケーキはベベが好き。ケーキはマミ!」

 

 

マミは指でバツマークを作り、唇の前に持っていく。

 

 

「ちーがーう。私はチーズ」

 

 

チーズが皿の中に。ディザスターを押しつぶそうとするが、パンチで粉々に砕かれた。

 

 

「まぁるいケーキは、こーろがる。ケーキは暁美さん」

 

「違うわ。私はかぼちゃ。丸いケーキは甘いのよ」

 

 

テーブルを叩くほむら。かぼちゃがクロッシュの中にぶち込まれる。

 

 

『もっと楽しそうに歌えよ』

 

 

杏子の呼びかけを無視しようと思ったが、迷ったのか、やがてほむらは少しだけ唇を吊り上げてみる。

 

 

『キモイ笑顔だなぁ』

 

『う、うるさい』

 

 

首を振って、まどかを見た。

 

 

「ケーキはまどか?」

 

「ちぃがぁう。わたしはメロン」

 

 

メロンがクロッシュの中に。ディザスターは出現する果物を砕き、大量の果汁を浴びる。

しかしどうやらこの果汁も魔法の一部らしい。疲労感が募り、体が重くなって、動きが鈍くなる。

 

 

「メロンが割れたら甘い夢」

 

 

テレパシーで歌詞を伝えあい、一同は声を合わせる。

 

 

「今夜のお夢は苦いユメっ♪」

 

「お皿の上には猫の夢ッ♪」

 

「まるまる太って――」

 

 

ここで五人は立ち上がり、前に会った黒いテーブルクロスを掴む。

 

 

「召し上がれー!」

 

 

まどかたちは同時にテーブルクロスを引き抜いた。

合体魔法エピソードインクローチョ。ザ・ドリームエンド。なぎさの弱体化魔法を中心に、まどか達の力を合わせたものである。

クロッシュが壊れ、中から巨大なケーキの塔が出現する。それは中にディザスターを埋め込み、荒野に聳え立つ。

 

 

「クソがァアア!」

 

 

ディザスターはケーキから抜け出そうと力を込める。

不可能な話ではない。拘束魔法の構築に甘さは多く目立った。

さやかの歌詞忘れ、思い出していない杏子の付け焼刃。ホーリーナイト発動後のマミの疲労故、などなど。

 

だからこそスムーズに事を進めなければならない。ケーキは文字通り『塔』である。

ケーキの階層はそれぞれ坂で上ることが可能であり、一部はクリームが剥がれて『道』になっている。

もちろんこれは意図的に構築したものだ。道を用意したのは、全て騎士のためである。

 

 

【ファイナルベント】

 

 

地面から飛び出したボルランページは、瞬く間に変形を行い、バイクに変わる。

飛び乗ったシザース。アクセルグリップを捻り、すぐにトップスピードへ。そのままケーキのタワーを駆け上がる。

最上層では、埋め込まれたディザスターの頭部が露出していた。

そこにあるのは糸車の魔女でできた冠。

 

 

「ォオオオオオオオオオ!」『ファイナルベント』

 

 

空中を泳ぎ、最上層へやって来たアビソドン。

その上に乗っていたアビスは飛び上がると、体を捻り、飛び回し蹴りを繰り出した。

脚に纏わりついた青い光が、軌跡を作る。

そこをなぞるようにして、アビソドンが巨大なノコギリを振るっていく。

アビスダイブ。糸車の魔女の右に刃が進入していく。さらにノコギリが回転。チェーンソーとなり、火花を散らしていく。

しかし、刃は僅かに進入しただけで、それで終わりだった。どれだけ削ろうとも、これ以上は進行できない。

 

 

【ファイナルベント】

 

 

左のほうではライアがエクソダイバーを発射していた。

さらに上空から飛来したエビルサンダーも合体し、巨大な雷鳥の翼が糸車の魔女に侵入する。

サバイブの恩恵だろう。アビスよりも攻撃は糸車の魔女を傷つけたが、切断とはいかない。

しかしそれでいい。アビスとライアはすぐに、ミラーモンスターを戻すと、糸車の魔女から撤退していく。

一方で大きくなっていくエンジン音。シザースが到着したのだ。バイクが跳ね上がり、車体が宙に舞い上がる。

 

 

「ハァアアアアアアア!」【ファイナルベント】

 

 

車体前方にある四本の刃が光り輝くと、金色のエネルギーが刃に纏わりつき、リーチを伸張させる。

シザースは巨大化したハサミを、アビスとライアが作った傷に差し込んだ。

事前にオルタナティブが糸車の魔女を観察、力が伝わり、切断しやすい場所にマーカーを打っておいてくれたのだ。

 

 

「ォオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

シザースは叫び、アクセルグリップを捻る。

激しい抵抗感だが、捻れば捻るほどハサミは閉じていく。

 

 

「これもおまけだ!」

 

 

動いたのは二人。ゾルダはギガランチャーから弾丸を発射して、ハサミの左の刃に命中させる。

そしてシザースの後をついてきたオルタナティブもファイナルベントを発動。デッドエンドにて右の刃にぶつかっていく。

二つのエネルギーが加わり、刃が強引に進行。

 

結果――ジャキンと音がした。

 

切断の確定。糸車の魔女がディザスターから分離したのである。

しかし糸車の魔女にも自我があるのか。分離したと同時に浮遊。ケーキ上部に位置を取り、魔力と瘴気を解放する。

するとどうだ。瞬く間に糸が出現して、魔女のまわりに纏わりつく。

 

 

「今だよ真司さん!」【ユニオン】【ファイナルベント】

 

「ああ! 決めよう! まどかちゃん!」【ファイナルベント】

 

 

だが、ここで前に出たのは龍騎ペア。

まずはドラグランザーが炎と光に包まれると、その姿が龍騎の紋章に変わる。

紋章はまどかを通過すると、力を与えて消える。ドラグランザーの力を受け取ったまどかは目が緋色に輝き、結んだ髪が炎に変わっていた。

 

 

「フッ! ハァアアア……!!」

 

 

龍騎は両腕を前に出すと、激しく旋回させる。

いつもと違うのは周囲を飛び回るのがミラーモンスターではなく、まどかだということ。

火の粉を撒き散らしながらまどかは龍騎の周りを旋回、龍騎が地面を蹴って飛び上がると、自らも後をついていく。

 

さらに上昇中、まどかが通った場所に光の球体が生まれ、設置される。

これは『星』だ。球体の中央部には、それぞれ星座をかたどった紋章が見える。

ここでジャンプしていた龍騎が止まった。浮遊している彼の背後に構えるまどか。翼を広げると、背後にドラグランザーの幻影が現れる。

同じくして星の背後にも、それぞれ12体の天使の幻影が現れる。

 

 

「いっけぇええええ!」

 

 

まどかが両手を前に出すと、ドラグランザーが腕を前に出す。

すると浮遊していた12個の球体が発射される。まさに燃え滾る天使の流星、糸車の魔女は抵抗しようとすぐに糸を伸ばすが、はじめの星が糸に触れた瞬間、糸は一瞬で灰になり、そのまま本体へ直撃した。

 

爆発が起こる。

糸車の魔女が空中に打ち上げられ、そこへ二発目が直撃した。

次々と星が命中して、糸車の魔女が空に昇っていく。そして12発全てが撃ち終わると、まどかは弓を取り出して、弦を引き絞る。

指を離すと、弓から炎が拡散され、前にいる龍騎の周りを通過して、彼の前に集まっていく。

龍騎もそれを確認すると両足を前に出して、キックの体勢をとった。

そして、まどかが両手を龍騎の肩に添えた。すると背後にいるドラグランザーの幻影が目を光らせた。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

ドラグランザーが吼え、口から炎を発射する。

それがまどか達を押し出し、龍騎と、その背中を押すまどかは、炎の弾丸となって発射された。

 

 

「「ダアアアアアアアアアアアアア!」」

 

 

声が重なる。

糸車の魔女は全ての糸を束ね、ドリル状にして龍騎へ向かわせるが、もはやそんな抵抗は何の意味もない。

龍騎とまどかは、緋色の軌跡を残しつつ、糸車の魔女に直撃。

複合ファイナルベント、ラストドラグーン。空が紅蓮の爆発で覆われる。

 

 

「むちゃくちゃだな……」

 

 

空高くで起こった爆発ではあるが、遅れて熱がやって来た。

ゾルダはうんざりしたように呟く。あんなもの、もしも対人戦で当てれば相手はどうあっても消し炭だ。

 

 

『魔獣や魔女にしか使わねぇよ』

 

「うぉ!」

 

 

ゾルダの足元のひょっこりと現れるジュゥべえ。

 

 

『逆に、だからアイツ等にあんな力が与えられたんだろうよ』

 

 

ゾルダは再び呆れたように鼻を鳴らした。

 

 

「もったいないねぇ」

 

 

それにしても、あんな高火力なファイナルベントを持っているなら最初から使えばいいのにと思う。

しかし見た目どおり、高威力ではあるが、負担も大きいらしい。

着地した龍騎はサバイブが解除され、地面に膝を着く。

まどかもへたり込み、疲労の表情を見せている。

 

 

「まずいな……」

 

 

ゾルダも正直、限界はきている。

一方でケーキに封印されていたディザスターがここで、拘束を破壊して解放される。

即死攻撃を失ったことで怒っているようだが、逆を言えばそれだけだ。一つの武器を失っただけにしかすぎない。

ティロフィナーレホーリーナイトをはじめ、数々の必殺技を身に受けていることから、流石にディザスターにも傷が目立ってきているが、まだ致命傷ではない。

 

 

「アァアアアアアア! ちくしょうがよォ! マックスブチギレたぜェエ!」

 

 

一同は目を見張る。

ディザスターの頭部から何かが飛び降りてきた。ゼノバイターだ。体からは瘴気が漏れ出ているが、それがディザスターに吸収されていくのを見ると、崩壊には至らないらしい。

さらに瘴気を吸収したディザスターは、僅かに回復しているのが分かった。傷が徐々に修復されていくようにも見える。

 

ゼノバイターは気だるげに肩を回しなが歩いていく。

大分世界には適応できたらしい。しかれども、チョロチョロされるのは非常に厄介だ。

そろそろ決めたい。それはお互いが思うところであった。

すぐにゼノバイターを取り囲む参加者達。しかしゼノバイターはノーモーションで体の至る所から青いレーザーを発射。

それが参加者達に直撃し、動きが鈍る。

 

 

「テメェらはご立派な奇跡を掲げやがるが――」

 

 

ゼノバイターはゾルダが放つ弾丸を真っ向から受けながら前進。

スムーズに脚を払うと、倒れたゾルダを思い切り蹴り飛ばす。

ボールのように軽々と飛んでいくゾルダ。地面に激突した瞬間に変身が解除され、北岡は地面を転がっていく。

さらにゼノバイターはブーメランを投擲。向かってきたオルタナティブとアビスの装甲に傷をつけると、追撃のレーザーを命中させて吹き飛ばす。

こちらも変身が解除された。それだけ耐久値も低くなっているのだ。

 

 

「この世界には、奇跡をも真っ黒に塗りつぶす絶対的なものがある!」

 

 

ゼノバイターは倒れた変身者へと向かうが、そこで杏子がスライドしてきた。

だが記憶を取り戻していない杏子などゼノバイターの相手にはならない。突き出した槍は全て見切られ、受け流され、気づけば腹部に拳がめり込んでいた。

 

 

「カハァ!」

 

「死ね、雑魚が!」

 

 

脳天を叩き割ろうとトンファーを振るう。

しかし桃色の光が杏子を守り、その隙にライアがゼノバイターに殴りかかる。

拳が交差していく。しかし怯まない。ライアの拳はしっかりとゼノバイターに届いたが、ゼノバイターは全く怯まずに立っていた。

 

 

「絶対はこの俺様だ! 俺様は神なんだ! お前達とはレベルが違うんだよ!」

 

 

ゼノバイターは足裏でライアを突き飛ばすと、指を鳴らす。

すると背後に立っていたディザスターが起動。目を光らせると、レーザーが発射されてライアが立っていた場所を破壊する。

スケイプジョーカーを使用したが――無駄だった。既に何度も見た技だ。出現と同時にブーメランを投げ、ライアに直撃させる。

 

 

「ぐぅゥッ!」

 

 

ライアは地面を転がり、そこでサバイブが解除された。

龍騎達は、まどか達よりも早くサバイブを使っており、瘴気の濃度も濃くなってきた。それゆえにだろう。

だからこそ、戦わなければならない面子は限られる。

 

 

「ゼノバイタァァア!」

 

 

拳が伸びる。掌が拳を受け止める。

にらみ合う悪魔ほむらと、ゼノバイター。

 

 

「間違い続けたのは――ッ!」

 

 

妖艶で華麗な衣装とは似つかわしくない走り方だった。

前のめりで、何かを探るように、ほむらは必死に走り出し、ゼノバイターへ迫る。

 

 

「今日のこの日のため!」

 

 

回し蹴りでゼノバイターを打つ。怯んだところで、さらに体を捻ってもう一発。

 

 

「迷い続けても諦めなかった意思は――ッッ!」

 

 

ゼノバイターは一旦回転しながら後退。そこでほむらは翼を広げ、黒い羽を弾丸のように発射した。

 

 

「前に――ッ、進む力なのだと!」

 

 

一方でゼノバイターもトンファーから銃弾を連射して、羽を全て打ち落とす。

ここでディザスターが吼えた。すると落雷が発生して、ほむらの周りに直撃していく。

悲鳴が聞こえた。一方でゼノバイターは腕をクロスに組み、エネルギーを収束させる。

十字型のエネルギーレーザー、魔皇十死砲。ほむらはそれを見て悪魔を召喚。

トリケラトプス型の盾を構えると、真っ向から受け止めてみせる。

しかしリボーン態の攻撃だ。悪魔の盾も震え、すぐに亀裂が走る。

 

 

「弱い犬ほどよく吼えるよなァ、暁美ほむら。テメェはまだアレか。言い訳をしてんのか」

 

 

一方でゼノバイターはエネルギーを込め続ける。

すぐに盾が砕け散る音が聞こえた。ほむらは悲鳴と共に吹き飛び、地面を擦る。

まずい。立たなければ。そう思ったときには、ゼノバイターに髪をつかまれ、強制的に引き起こされていた。

すぐに拳が飛んでくる。フックで頬を打たれた。裏拳で頬を打たれた。

膝が腹部にめり込む。骨が砕ける音が聞こえた。

だが次に聞こえたのはゼノバイターの悲鳴だ。見ればまどかの光の矢が背中に直撃していた。

 

 

「アァ! クソ!」

 

 

ゼノバイターは回し蹴りでほむらを弾き飛ばすと、まどかの方へと向かっていく。

一方でほむらは倒れると、咳き込みながら体を起こす。

赤い血が口から吐き出た。それを見て、ほむらの目に涙が滲む。

 

 

「なによ。なんなのよ……」

 

 

言い訳とゼノバイターは口にした。

刺さる部分もある。ほむらは涙を拭うが、なぜか雫は溢れるばかり。

 

 

「痛い……。あぁもう、最悪っ」

 

 

頭を掻き毟り、大きくうな垂れた。

死にたく――というか、消えたくなる。なんだか心の中にいろんな感情が渦巻いて、思わずエゴの塊を口にした。

 

 

「たすけてぇ……ッ!」

 

 

彼女は気づいていない。まどかを退けたゼノバイターが既にそこまで迫っていたことに。

そしてトンファーブレードを振り上げていたこと。そして、それがほむらの脳天を叩き割る前に、さやかと杏子が全速力で駆けつけ、武器を突き出していたことに全く気づかなかった。

 

 

「ガァアア!」

 

「え?」

 

 

悲鳴が聞こえたので、ほむらは顔をあげてみる。

さやかがサーベルを。杏子が槍を突き出して、ゼノバイターの胸に突き刺していた。

吹き飛ぶゼノバイター。さやか達は鬼気迫る表情でほむらを見る。

 

 

「ぼさっとしないで! ちゃんと助けてあげるから! さっさと立って!」

 

「分かってんのか! 今はアンタが頼りなんだよ、ほむら! ウジウジしてる暇があるなら戦えっつーの!」

 

「あ……、ごめんなさい!」

 

 

吹き飛んだゼノバイターは倒れない。リボンが地面を貫き、四肢を絡め取ったからだ。

マミは呼吸を荒げながらもしっかりと立ち、ゼノバイターを睨んでいる。

 

 

「今よ! なぎさちゃん! 志筑さん!」

 

「了解なのです!」「はい!」

 

 

マミの声に応えて、なぎさと仁美が走ってくる。

さやか達も地面を蹴って、縛られているゼノバイターへ一撃を撃ち当てた。

 

 

「ハァー!」

 

 

しかし、ゼノバイターはため息ひとつ。

剣は、槍は、蹴りは、バトンは確かに届いたが、だからなんだというのか。

ゼノバイターが力を込めると、リボンは簡単に引きちぎれ、トンファーを振るえば瘴気のエネルギーが拡散して、さやか達は簡単に吹き飛んだ。

最早、今、ゼノバイターに通用するのは同じ力を持っているまどかとほむらだけだ。

まどかはダウン中であり、ほむらは心が折れかけている。

まあ尤も、今の一撃がほむらの魂に火を灯したようだが。

 

 

「――るな」

 

「は?」

 

「私の友達にッ! 触るなァアア!」

 

 

ほむらは悪魔を召喚。剣を持って走りだし、再びゼノバイターに斬りかかっていく。

 

 

「友達? アホが! 誰もテメェを好きになんてならねーよカスが!!」

 

 

剣をいなし、回し蹴りでほむらを吹き飛ばす。

しかしほむらはすぐに立ち上がった。また走り出そうとして――急ブレーキ。

悪魔を召喚すると、代わりにゼノバイターに向かわせて戦闘を任せる。そして本人は体をプルプルと震わせ、恥ずかしそうに叫んだ。

 

 

「そうよ! 分かってるわよ! バカ!!」

 

 

倒れているさやか達は思わず怯む。ほむららしくない表情に、ほむららしくない言い方だった。

 

 

「でも好きになってほしいでしょ! 友達になってほしいのよ! 言わせんな! アホ! 魔獣! バカ!!」

 

「ほむら……」

 

 

ほむらは涙をためながら、杏子を睨んだ。

 

 

「ねえ杏子! ごめんなさい! 今までごめんなさい! みんなも――ッ、本当にごめんなさい!」

 

 

どうしていいか分からないといった様子だった。

だがとにかく謝らなければならないと思って、ほむらは乱暴にブンブンと頭を下げる。

 

 

「なんか――ッ、いや! 本当に……! まどかが大事で! だって選ばないとワルプルギスがッ! あぁ、ごめんなさい。これも言い訳だわ。で、でも! だから!」

 

 

ほむらは真っ赤になって杏子を指差した。

 

 

「初めて見た時は絶対に無理だって思った! だって乱暴そうで、私をいじめそう! まどかにも乱暴しそうで、嫌い! 嫌いだった!」

 

「は!?」

 

「き、き、聞いて! でもなんだかそれって違ってて。ど、どう違うのかはイマイチ説明できないけれどッ! と、とととにかく! 今はたぶんっ、もしかしたら、一番信用してるのかも!」

 

「はぁ……」

 

「だからッ、好きなの!」

 

「はーッ!?」

 

「好き! す――ッ、好き!」

 

「も、もういいから!」

 

 

杏子は少し頬を赤くして、恥ずかしそうに目を逸らす。

 

 

「キモイ? 分かってるわよ! でも今日くらい聞いてよ! だから、あ――ッ、相棒とかがいたらいいなって思ったときに……、杏子の顔が出てきた時もあったわ。うん、絶対あった。でもそれは……、駄目で。だから――その、今だから、今だからこそ!」

 

 

そこでゼノバイターが悪魔を蹴散らし、向かってきた。

ほむらは怯えたように一歩、後ろへ下がった。しかし反対に、倒れている杏子が体を前に持っていく。

 

 

「ほむらァ! コレ使え!」

 

 

杏子は槍を投げて、再び地面に倒れた。

一方で宙を舞った槍は、ほむらの手にしっかりと収まる。

 

 

「あ、ありがとう! う、嬉しい!」

 

「は!? グアァア!」

 

 

反射的に、まず斜めに切りつける。

赤い斬撃がゼノバイターの青を侵食した。よろけた所を見て、ほむらは思い切り槍を前に突き出す。

 

 

「嬉しいから! 嬉しいよ! それは分かって!」

 

 

魔力が赤と黒の螺旋を描き、ゼノバイターは地面を滑って後方へ。

 

 

「ほむら、さっきから何言ってんだ?」

 

「だ、だって!」

 

「……まあ、でも、やるじゃんさ」

 

 

倒れた杏子はサムズアップを一つ。

ほむらも戸惑いがちにサムズアップを返した。

 

 

「追撃を忘れないで暁美さん!」

 

 

マミの声が聞こえ、ほむらはビクンと震える。

周りに設定されていくマスケット銃。マミを見ると、ウインクが返ってきた。

 

 

「アァ! クソ!」

 

 

ゼノバイターが腕を伸ばすとディザスターが起動する。

しかしその時、巨大な天使が現れ、ディザスターを抱きしめる。

まどかの拘束魔法だ。エンブレスヴェヴリヤー、問題はまどかが一歩でも動けば向こうかされること。

ゼノバイターは舌打ち交じりに、まどかの方へと向かう。

 

 

「と、巴さん! あのッ、わ、わわわわ私ッ、あれからいろいろ考えて――!」

 

 

ほむらはマスケット銃を一つ掴むと、銃口をまどかの方へ向かうゼノバイターに向けた。

 

 

「結論はッ、ぅや、やっぱり貴女が好きなんです!」

 

「あら!」

 

 

嬉しそうに微笑むマミ。

時を同じくして、ほむらの翼の一つが光った。

するとほむらの背後にマミに似た悪魔が召喚される。憤怒を司る『サタン』だ。

翼を広げると、倒れている杏子たちや、ほむら自身から『何か』を吸収し始める。

 

これはダメージ。

サタンの能力は、今まで仲間やほむらが受けた傷をダメージに変換できるというもの。

ほむらが引き金を引くと、巨大な黒い球体が発射される。

ゼノバイターが気配に気づいたときには、それが直撃している時だった。

ダウンこそしなかったが、あれだけの防御力を持つゼノバイターが確かに怯み、動きを完全に止める。

 

 

「好きなのにッ! 頭の中にいる巴さんはだいたい怒ってばかりで! ひ、酷いじゃないですか! いつもいつもいつも!」

 

 

ほむらは次々にマスケット銃を取って引き金をひいていく。

 

 

「わ、分かってます! 私、私ですよ! ええ、そりゃもう私っ!」

 

「グゥウ! テメェエ!」

 

「いつも怪しくて!」

 

「グアァア!」

 

「いつも無愛想で!」

 

「ダァア! クソ! おい止めろ!」

 

「でも少しは貴女も察してくれればいいのに!」

 

 

最後の銃を撃つ。

 

 

「師匠でしょ! なのになんで! どうしていつもッ!」

 

 

ゼノバイターは大きく吹き飛び、仰向けに倒れた。

一方でほむらは銃を投げ捨て、マミを睨む。

顔を真っ赤にさせている。何かを堪えているのだろう、プルプルと震えていた。

しかし涙は溢れ、ポロポロと垂れている。唇を噛むその姿を見て、マミは笑顔を消した。

そして、ゆっくりと呟く。

 

 

「じゃあ、笑顔で埋めましょう。貴女の中にいる私を、これから、時間はかかるかもしれないけど……」

 

 

それを聞いて、ほむらはコクコクと頷いた。

しかしその時、倒れているゼノバイターは指を鳴らす。

するとディザスターが天使を吸収し始めたではないか。

 

 

「なんで!」

 

「なんでだぁ? テメェの力だからだよ。鹿目まどか」

 

 

さらにココでまどかは気づいた。

ディザスターの修復がかなり進んでいた。もはや全ての傷が消えているようだ。

 

 

「終わりだ。世界ごとブチ壊してやる」

 

 

ゼノバイターは地面を蹴ると、一気にディザスターの頭部へ向かう。

焦ったまどかがシールドを張って妨害しようとするが、ゼノバイターはそれを簡単に粉砕して進んでいく。

ココで、ディザスターが動いた。

向かってくるゼノバイターを、叩き落とす。

 

 

「え゛!?」「ハァアア!?」

 

 

まどかから濁点交じりの声が漏れる。

それだけ驚いたから仕方ない。ディザスターがゼノバイターを受け入れるのではなく、拒絶した――?

もちろんそれはゼノバイターにとっても予想もしていなかったことだ。地面に叩きつけられた彼は気づく。ディザスターの顎に『穴』が開いていた。

 

 

「まさか!」

 

 

周りを確認する。

いつのまにか、美樹さやかの姿が消えているじゃないか。

 

 

「あンのクソ女がァアアア!!」

 

 

時間は少し巻き戻る。

ほむらがマスケット銃でゼノバイターを射撃している間に、さやかは再びディザスター内部に侵入していた。

ゼノバイターも、ある程度の遠隔操作はできたようだが、マスケット銃の威力が強すぎて全く気づかなかったようだ。

ヒガンバナの花畑にいたホムラは、さやかを見るなり、表情を変えた。

 

 

「美樹さん! どうして!」

 

「うん。ちょっちね」

 

「ココは瘴気が濃いですから! 逃げてください」

 

「大丈夫大丈夫。あたしは円環の使者だから、耐性は他の子よりも強いのよ。ソウルジェムもほら、センセーに持ってもらってて」

 

 

さやかはお腹を見せる。ソウルジェムは分離させて、外にいる北岡に持ってもらっていた。

 

 

「まあでも長居はできないから、さっさと本題ね」

 

 

ディザスターは既に回復しきっているようにも見える。

またこんな大きなものが動き出したら、流石に対処しきれない。

だからこそ外にいる香川が一計を案じる。

もしもディザスターの力の源が、円環の力であり、それをハッキングしているならば、同じ力を持つホムラが内部干渉で弱体化できないだろうかと。

 

 

「できる? できないなら無理しなくていいよ。あたしもココから出るわ」

 

「でき――……」

 

 

ホムラは沈黙する。

一度、何かを言いそうになって、やめる。

さやかは待った。ホムラは少し間をおいて、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「分からないんです。本当に、本当に……」

 

「そっか」

 

「それにコックピットに行くには、上に行かないと。私は今、動けなくて……」

 

 

確かに、ホムラの膝が地面に埋め込まれていた。

 

 

「………」

 

 

さやかも少し沈黙し、やがて口を開く。

 

 

「立ちたい?」

 

 

ホムラはハッとした様に停止する。

この質問の答えは、割とすぐに口にすることができた。

 

 

「はい。立ちたいです。でも立っていいのかって思ってます」

 

 

さやかは記憶を取り戻し、円環の使者であることを自覚した今を幸いだと思った。

この世界はあまりにも抽象的過ぎる。以前の自分ならば絶対にその意味が分からなかっただろう。

しかし今ならば、少しはホムラの気持ちを理解することができる。

そういう曖昧な世界で自分達は生きてきた。でも人間は意外と曖昧な生き物だ。

しかし、だからこそ、それを突破するには曖昧かもしれないけど、揺ぎ無いと思える答えを用意しなければと、つくづく思う。

 

 

「全てを水に流すことは……、難しいよね。アンタもあたしも、たとえバカって言われても、個人的にはそんな簡単な生き方なんてしてなかったでしょ」

 

 

全て本気だった。滑稽でも、愚かでも。

あの時の自分達には『それ』が全てだった。

 

 

「でも、あたし達は、どんな時間軸でも願いを持った。だから魔法少女になったんでしょ? たとえくだらない願いでも、バカみたいな願いでも、叶えたい願いがあったから魔法少女になったんだよ。違う?」

 

「いえ……、そうですね」

 

「でしょ。じゃ、ま、それってつまり、あたしたちは願いを持つことができる生き物ってわけ」

 

 

さやかは手を伸ばした。

 

 

「今のアンタの願いは、なに? ホムラ。キュゥべえじゃなくて、あたしに教えてよ」

 

 

ホムラのメガネの奥の瞳が光った。

 

 

「あたしは流せるよ。全てを水に」

 

「アタシも、流したいッ、です! だからお願いです美樹さん!」

 

 

ホムラも手を伸ばす。躊躇したように。

 

 

「私の手を取って! 私を赦して! 私をココから引き上げて!」

 

 

さやかはニヤリと笑う。

 

 

「よしきた! アンタの願いはエントロトロピカルをふにゃふにゃにゃ」

 

 

あんまり覚えてない。

さやかは、少し強引にホムラの手を取ると、一気に引き上げた。

するとホムラは意外と簡単に地面から剥がれ、さやかの前に立つ。その姿は魔女を思わせるアライブ状態であった。

ホムラのすぐ隣に魔法陣が現れると、そこから『博士』が出てくる。

 

 

「おぉ、何かちんまいが出てきた!」

 

「博士なの。よろしくなの、さやかちゃん」

 

 

博士は白衣の裾で隠れた手を上げる。よく見れば、手には何かコントローラーのようなものがあった。

 

 

「これをコックピットに突き刺せば、わたしが作ったハッキングプログラムが働いて、少しくらいならディザスターを操れるの」

 

「マジ? すごいじゃん! ッていうか、いつの間にそんなもん作ったの」

 

「……虚心星原(ここ)に囚われた時から、ずっと考えてたの」

 

 

さやかは両手を頭の後ろに回し、どうでもよさそうに笑う。

 

 

「難しい話は無し! 早く上にいくよ!」『ユニオン』『シュートベント』

 

 

さやかはギガキャノンを装備。最大出力で弾丸をぶっ放し、そのまま二人を担いでコックピットへと侵入していく。

そして今に戻る。博士の突き刺したコントローラーを操作して、ゼノバイターを叩き落としたのだ。

しかしすぐにゼノバイターは仕組みを理解。魔力と瘴気を解放して、博士のハッキングプログラムを破壊しようとする。

 

 

「ぐぅうう!」

 

「が、がんばれ!」

 

 

耐える博士。ホムラも辛そうに表情を歪める。

さやかは必死に二人の背中をさするが、そこでテレパシーが入った。

 

『美樹さやか。聞いて』

 

「え? ホムラ? あ、違う。ほむらか!」

 

『そうよ。貴女にも言わないといけない事があるの』

 

 

さやかはフッと笑う。杏子とマミの件は聞いていた。

さあ、ぶつけてごらんなさい。アンタの本音を――

 

 

『初めて会った時ね。私、陰キャだから、陽キャっぽい貴女がマジで無理だった。結構グイグイ来てくれて、それはまあ嬉しかったけど。嬉しかった? うーん、嬉しかったかな。やっぱり、無理。何かまどかと凄い仲いいし。それも無理だった。でもまどかと仲がいいってことは凄くいい人なのかと思ったけど、考えてみればそれはまどかが凄く良い子だからであって、貴女が仲良くしてるっていうか、まどかが仲良くしてあげてるのかもって思って無理になったの。でもそう考えてる私も嫌で自己嫌悪。でも考えてみれば私にそんなことを思わせる方も悪いって思ったから、結論をいうと美樹さやか、貴女がすごく苦手だった。一瞬、貴女と仲良くなれば私も明るくなれるかなって思ったけど、別に私は明るくなれなくてもいいし、明るい私とか想像もできなかったから、別にまどかと平和にやれていればいいなって思ったから、やっぱりどうあっても結論は無理だった。しかも話を聞いてみれば、まどかの初恋の人って聞いて、は? なんなのコイツみたいな。凄く失礼なことをいうから始めにごめんなさい。でもやっぱりどれだけ考えても、え? 何様? みたいな。いや、貴女は悪くはないわ。全部、わたしの嫉妬なんだけど、嘘でしょ、みたいな。ごめんなさい。でもなんか凄い下品そうだし。なのになんか無駄に可愛いところが凄い腹立つし。貴女さ、私を見た時にだいたい綺麗とか可愛いとか褒めてくれるじゃない? でも、は? いや貴女も可愛いですけど、え? なんですか? 隠れ自慢ですか? 綺麗な転校生褒めてる地味なあたし実は可愛いんですよアピールですか? みたいな感じが凄いあの時の私には鼻についたっていうか、なんていうか、だからなんか無理だったの。いや、ごめんなさい。これは絶対に私が悪いんだけど、その後も上条恭介? 幼馴染いてアオハルでーすみたいな空気感とかマジで寒いし。っていうか私、何回か貴女にいじめられたし、いやいじめっていうか、そっちはたぶん弄りくらいに思ってたんだろうけど、そっちにその気がなくても、私が傷ついたからアレは弄りじゃなくていじめだし。だからちょっと心の中で酷い目にあえって思ったときもあったし。でもふとした時に優しくしてくれてなんだよお前ジャイアンかよふざけんなよって思ったし。ちょっと好きになるし。でもなんか青いっていうのがスカしてる感じがして嫌だし。まどかに近いし。私的にあなたの声が好きなのがまたちょっとムカつくし。やたら距離感近いし、勘違いするし、そのくせいつも私を否定するし。でもそれは私が悪いし。死んで欲しくないって思ったときにはいつも死んでるし。バカだし。助六だし。色的にチョコミントっぽくて私あんまり好きじゃないし。だから総合的にいうと無――』

 

「おぉおおおおおおおおおおおおおおい!」

 

『え?』

 

「多い! 想像以上に多いな! え? 嘘、あたしに対する闇の部分多くない!? どうする? 一回ここでガチめに喧嘩しておく!?」

 

『ちょっと褒めてるでしょ!』

 

「少なすぎるわ! 本当にちょっとじゃろがい!」

 

 

そんな風に思ってたのか! さやかはホムラの肩を掴むとブンブンと振り回す。

 

 

「おおおお落ち着いて美樹さん! 私じゃ……、いや私ですけど!」

 

『待って! 聞いて美樹さやか!』

 

 

時間もない。ほむらは大きく深呼吸。

 

 

『本当にごめんなさい。それは全部、私が悪いの。でも、でもッ!』

 

「!」

 

『でも! 喧嘩できる友達も――ッ、ほしいの……!』

 

 

遠慮なく言い合って。心を全部さらけ出して。

入院している時に見たテレビで、喧嘩してこその親友、なんてことを見かけたりもした。

喧嘩。それは嫌いだから言い合うんじゃなくて、本当にその人を思っているから感情をむき出しにしてしまう。

 

 

『そんな友達が……、いればいいなって』

 

 

もちろん喧嘩をしない親友もいるだろう。けれど、いろんな友人の形が欲しいのだ。

それに、さやかとはそんな関係でありたいと思った。

 

 

『だから、なって、ほしい……』

 

「しゃーない。ま! 面倒なアンタに付き合ってやれるのは世界でただ一人、この美樹さや――」

 

『志筑仁美、百江なぎさ』

 

「おい! なんでだよ! 聞けよ最後まで! ちょ、おい! ほむ――ッ!」

 

 

ほむらは仁美と、なぎさを見つめる。

仁美は少し戸惑いがちに、なぎさは全てを悟ったように頷いた。そしてほむらも頷き、口を開く。

 

 

「正直、貴女たち二人はよく分からないわ」

 

「え?」「へ?」

 

「まどかの友達のお嬢様と、白いヤツ。だから、ええ、終わり」

 

「「………」」

 

 

立ち尽くす仁美と、ゆっくりと歩き出すなぎさ。

彼女はそのままへたり込んでいる中沢のもとへと。

 

 

「納得がいかないのです! なぎさはッ、なぎさはーッ! 中沢ァアア!」

 

「ちょ! やめてなぎさちゃん! おれの髪を弄くらないで! やめてなぎさちゃん! 変なクリームをおれの髪に塗りたくるのはやめて! やめてなぎさちゃん! クリーム塗れの髪を弄って二本の角を作るのはやめて! おれは鬼さんじゃないよ! やめてなぎ――」

 

「だから!!」

 

 

ほむらは叫ぶ。だから。

 

 

「だからッ、これからもっと傍にいてよ! そしたら――ッ、分かるから!」

 

 

仁美となぎさは、それを聞いて少しポカンとしたが、すぐに笑みを浮かべた。

 

 

「もちろんですわ。ね? なぎさちゃん」

 

「ですっ! チーズでも食べながら、お互いのこと話ましょっ!」

 

 

ほむらは頷き、笑みを浮かべてお礼を言った。

しかし、ほむらが笑顔を浮かべるほど、不愉快になる男がいた。ゼノバイターは思い切り地面を殴りつけ、怒りに吼える。

最大の苛立ち、最大の憎悪がそこにはあった。何なんだ一体。先程から一体全体、自分は何を見せられているんだと。

 

 

「やめろやめろ! やめろってんだよォオ! あぁ駄目だ! 耳が腐る! マジでキメぇなテメェらは!」

 

 

その憎悪が魔力と瘴気を跳ね上げる。

悲鳴が聞こえた。ディザスターの口が開き、さやかが吐き出される。ホムラたちもまた悲鳴をあげ、下層のヒガンバナ畑に強制的に送られる。

しかしホムラは諦めなかった。博士が消えないように魔力を放出。博士もまたコントローラーのコードを伸ばし、穴が塞ぎきるまえにコックピットへ接続する。

 

何よりも暁美の想い。

邪神もまた暁美の一部だ。恐怖や負を必死に押さえ込み、克服しようとする。

その想いがコントローラーの、つまりは支配力の値になる。

だからこそ、ゼノバイターがディザスターに乗り込もうとするのを防ぐ。

再びディザスターを操り、跳んできたゼノバイターを叩き落した。

 

 

「ゴガァア!」

 

 

墜落したゼノバイターはまた怒りに震え、地面を殴りながら立ち上がる。

 

 

「そうじゃねぇ! そうじゃねぇだろ! なにやってんだよテメェらァア!」

 

 

ゼノバイターは両手を前に出し、訴えるように叫ぶ。

 

 

「もっとホレ! 殺しあえよ! いつもみてぇに歪んだ憎悪をぶつけあえよ! それがお前等だろ! それが騎士だろ! それが魔法少女だろ!!」

 

 

ゼノバイターは見る。悪魔ガープの姿を。

悪魔はほむらに弓を与え、ほむらはそれを引き絞る。

 

 

「だからそれが嫌だから戦ってんだろ! バカかお前は!」

 

 

指を離して闇の矢を発射する。

しかしゼノバイターは呆れたように首を回し、飛んできた矢を裏拳で簡単に弾き飛ばした。

 

 

「皆と仲良くしたいだけなのに! どうして邪魔するのよ! クソ! あぁもう!」

 

「決まってんだろ! 楽しいからだよ! テメェらが苦しむのは魔獣にとって極上のエンターテイメントなんだよ!」

 

「最低! 死ね! やって、まどか!」

 

「あ?」

 

 

ゼノバイターの斜め上。吹き飛ばされたほむらの矢が、結界に突き刺さっていた。

その結界の隣に浮遊するレイエル。彼女が目を開くと矢が反射され、ゼノバイターの肩に命中した。

 

 

「お?」

 

 

肩から煙が上がる。

 

 

(ありゃ?)

 

 

何かが、おかしい。

しかしその違和感は消し去らなければならない。ほむらが前から翼を広げ、まどかが後ろから翼を広げて突進してきたからだ。

スピードは速いが、真っ直ぐな突進だ。ゼノバイターは右へ逃げようとした。

 

しかし壁がある。まどかの結界だ。

なんのこれしきと壁を殴った。

壊れなかった。おかしい。壊れるはずだ。アライブ態であったとしても――なんてことを考えている時間はない。

左を見た。壁があった。殴った。斬った。壊れなかった。

壁が消えた。逃げようと思ったが、逃げられなかった。突進が当たった。

 

 

「うが――ッ!」

 

 

まどかは頭にシールドを纏わせ、ほむらは闇のエネルギーを纏わせ、攻撃力を上げて反動を防いでいた。

一方でゼノバイターの呼吸が止まる。おかしい。おかしい。これは、あれだ。

 

 

(クソイテェ……!)

 

 

まどかが体を右に捻った。ほむらが体を左に捻った。

それぞれの翼が思い切り振るわれ、ゼノバイターに直撃、大きく吹き飛ばす。

まどかとほむらはゼノバイターには目もくれず、互いの手を取り合う。

指を絡ませて繋ぐ手を見て、二人は笑顔を浮かべる。

 

 

「ごめんね。まどか」

 

「ふふっ、どうしてほむらちゃんが謝るの?」

 

「だって、いろいろ酷いことしたし……、それにもうまどか第一主義はやめるの」

 

「うん。わかった」

 

「それだけ?」

 

「うーん。本音を言えば、ちょっと残念かな?」

 

 

まどかは悪戯っぽく舌を出して笑う。

 

 

「でも、まどかだってそうでしょ?」

 

「え? 何が?」

 

「最高の友達がたくさんいる。今なら……、分かる気がするわ。その言葉の意味と、価値が」

 

 

天使と悪魔が指を絡ませ、笑いあっていた。

 

 

「ねえ、まどか。凄い重いこと言っていい?」

 

「うん! いいよ! 何でも言ってね!」

 

「一生、友達でいてくれる?」

 

「てへへっ、いいよ。一生一緒にいようね!」

 

 

ほむらは思い切り頷いた。顔を真っ赤にして、涙を浮かべて、満面の笑みで頷いた。

 

 

「ありがとう! 嬉しい! とっても嬉しい!!」

 

 

真司や中沢は嬉しそうに微笑むほむらを見て、安心したように笑う。

一方でゼノバイターは立ち上がり、ディザスターを確認した。

 

 

(やっぱ、そういうことかよ!!)

 

 

ディザスターの一部、端の方が変色している。

間違いない。腐っているのだ。

 

 

(俺様の手に入れた円環が、弱まっている! アイツが、何にいるホムラが外に出ることを望んでいやがるんだ!)

 

 

頭を抱える。この虚心星原が、暁美の世界が希望で満たされようとしている。

光りたる感情が、世界に蔓延る瘴気を浄化していく。魔獣にとっての猛毒が広がっていく。

 

 

「あってはならない! そんなことは、許されねぇんだよォオオ!」

 

 

ゼノバイターはトンファーを光らせて走る。

しかし銃声。弾丸が、剣が、槍が、シャボンが、光弾が直撃してゼノバイターは再び地面を転がっていく。

 

 

「みんな!」

 

 

ほむらが嬉しそうに叫ぶ。

マミが、さやかが、杏子が、なぎさが、仁美がフラつきながらも近づいてきてくれたのだ。

かつてない高揚感があった。ほむらは恥を忘れ、思わず叫んでいた。

 

 

「私と! 友達になって!」

 

「もちろんよ。むしろ友達以上になってみせるわ」

「ふっ! りょーかい! 感謝してよ、この超絶美少女美樹さやか様の友達になれるなんて光栄なことなんだから」

「しつけぇな。もうなってるっつぅの」

「おっけーです!」

「はい。末永くよろしくお願いしますわ」

 

 

輝く笑顔。しかしそこでまどかが指を唇の前にもっていく。

 

 

「でも忘れちゃ駄目だよほむらちゃん。みんなが、こう言ってくれるのはね、ほむらちゃんが今までやってきたことが正しいと思ってくれたからなんだよっ!」

 

「う、うん!」

 

「みんなを傷つけちゃ駄目。親しき仲にも礼儀あり!」

 

 

でもそれを思ってるからこそ、ちゃんとした自分になれる。

傷つけないためにはどうすればいいのか? もっと好きになってもらうにはどうすればいいのか?

自分を、相手を大切にするためにはどうすればいいのか?

 

 

「まどか、私がんばるわ!」

 

「うん。あとね、えーっとなんて言うか。だからわたしが言いたいのは――」

 

 

ほむらは少し固く受け止めたようだが、まどかが一番伝えたかったのは『正しいと思ってくれたこと』だ。

 

 

「ほむらちゃんが歩んできた道を、誇りに思ってね」

 

「……!!」

 

「いこっ! ほむらちゃん!」

 

「うん!」

 

 

まどかと手を繋いでほむらは羽ばたいた。

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

ゼノバイターは強烈な光を感じて顔をあげる。

すると、前からサソリの天使とドラゴンの悪魔がやって来るのが見える。

先ほど見た光景だ。バルビエルとベリアル。なんのことない、ディザスターでバラバラにしてやった。その程度の実力、ゼノバイターのままでも問題ない。

そう思ったとき、光が迸った。フラッシュの向こう側、悪魔と天使が一つになる。

 

 

「あぁ!?」

 

 

彼岸天使・スコルプベリアル。

ベリアルがバルビエルを鎧にしており、右腕にはツメが、左腕には尻尾が装備されている。

それはまさに一瞬の残光。スコルプベリアルが腕を振るうと、幾重もの斬撃がゼノバイターを刻み、その胸の中心にサソリの尻尾が突き刺さる。

 

 

「グアァア!?」

 

 

速く、強い痛みだった。

一撃を受けるたびに、何かが剥離していくような感覚。

気づけば、尻尾の針が突き刺さったまま、ベリアルは腕を振るい、ゼノバイターを空に放り投げる。

そこで堕天使は消滅。手足バタつかせながら上昇するゼノバイターが見たのは、手をつないで向かってくるまどかとほむらだった。

 

 

「全力で行くよほむらちゃん!」

 

「任せて! まどか!」

 

 

右にいたまどかは右の翼が巨大化しており、左にいたほむらは左の翼が巨大化している。

桃色掛かった白い片翼と、紫掛かった黒い片翼が、合わさり、光と闇の両翼となる。

合体魔法エピソーディオ・インクローチョ『アルティメットウイング』光と闇の羽をまい散らせながら、二人はエネルギーを纏って突進。

ゼノバイターは抵抗に、目からレーザーを発射するが、二人はそれを強引に突破してゼノバイターに直撃した。

 

 

「ウグァアアアアァゥ! ズゥゥウ!」

 

 

光と闇のエネルギーを受けて、ゼノバイターは斜め下へと墜落していく。

すぐに受身を取って立ち上がると、上空から降ってくるまどかが見えた。

 

 

「貴方ももう感じてるでしょ!」

 

 

まどかが手に持っていたのは蟹座の力で生み出したブレード。

文房具のハサミを二つに分解して、一方の刃を左手に。一方の刃を右手にもって二刀流になっていた。

両方の刃を振り下ろし、ゼノバイターはトンファーブレードでそれを防御。

すぐにまどかの腹部に向かって足裏を叩き込むが、まどかのお腹にはしっかりとシールドが張られている。

 

 

「円環の力は、わたしの力は絶望を望んで手に入れたものじゃない!」

 

「グアァアア!」

 

 

不動のまどかは、右の刃を斜めに振り下ろし、ゼノバイターを切り裂く。

続いて左の刃を横へ振るい、ゼノバイターを怯ませた。それを見て、まどかは両方の刃を横にして、抜き胴。

ゼノバイターがふらついていると、ほむらが弓を構えているのが見えた。

 

 

「返してもらうから! わたしの――ッ、わたしたちの希望!」

 

 

ほむらが手を離す。闇の矢がゼノバイターに直撃、トンファーが弾き飛ばされ、ゼノバイターは大きく後ろへ後退する。

そこには既にまどかが先回りしていた。両手をゼノバイターの腰へ押し当てるとゼノバイターが球体のバリアの中に閉じ込められ、回転。そのまま射出され、地面を滑る。

 

 

「返す? ふざけるな! これはもう俺様のものだ! 俺様だけのものなんだよ!」

 

「駄目よ! そんなの許さない!」

 

「アァ!?」

 

 

ゼノバイターが立ち上がると、ほむらが近づいてくるのが見える。

テンガロンハットを被ったコブラが背後に現れたかと思うと、ほむらの四肢が炎に包まれる。

 

 

「だって! もっと強くならなくちゃいけないもの!」

 

 

拳と拳がクロスした。

ゼノバイターの胴体に燃える拳が直撃し、ほむらの胴体に瘴気塗れの拳がぶつかる。

両者はわずかに地面を擦っただけで、またすぐに殴りあった。

そこで誰もが気づく。ほむらの力が確実に上がり、ゼノバイターの力が確実に下がっていることに。

 

 

「なんで! なぜだ! どうしたってこんな……! この俺様が――ッ! ゼノバイター様が!!」

 

「まだ分からないの!? だって、この世界がもう私の勝利を望んでいる。私が私の勝利を心からッ、真にッ、渇望してるからなのよ!」

 

 

ほむらの翼の全てが発光する。

マモンとは――即ち、ほむら自身。強欲な女はゼノバイターに一撃を食らわせるたびに円環のパワーを奪い取っていく。

 

 

「ははっ! あはは! あはははは!!」

 

 

ほむらは思わず笑ってしまった。

どうしたことだ。先ほどから、なんだろうか、この全身から湧き上がる未知なるエネルギーは?

 

まどかは言っていた。

皆が味方をしてくれるのは、今までの行動を正しいと思ってくれたからだと。

それはつまり、同じ人間だからとか、同じ魔法少女だからとかではなく、『暁美ほむら』だったから。そういうことなんだろう。

 

だから奢ってはいけない。油断してはいけない。大罪に飲み込まれてはいけない。まどかはそういうことを伝えたいはずだ。

全ての行動は赦されない。悪魔であったとしても、善の道を行けばついて来てくれるものがおり、天使であっても悪に染まれば親しいものは離れていく。

そんなことは何も不思議なことではないのだ。要するにただ一言。好かれる人間になりなさいと。

じゃあ、どんな人間が好かれる?

どんな人間に人は惹かれると思う。

決まってる。暁美ほむらは自分の答えを持っていた。

 

 

「もっともっと強くなりたい!」

 

「グアァアア!」

 

 

ボディーブローが確かに入った。ゼノバイターは呻き声をあげながら、後退していく。

ほむらはチラリと周りを見た。いいぞ、その調子だと杏子だとか、真司が言っている。

 

 

「もっと可愛くなりたい!」

 

 

ほむらはにんまりと笑い回し蹴りを行った。

ハイキックはゼノバイターの頭部にクリティカルヒット。

 

 

「もっと賢くなりたい! もっと優しくなりたい!」

 

「グアァ!」「もっとッ!」

 

「ゲェエァ!」「もっとッッ!」

 

「クソ!」「もっとッッッ!」「オォオオオオオ!」

 

 

ほむらは大胆にも飛び上がり、ドロップキックでゼノバイターの胸を打つ!

 

 

「凄いわ! 希望の願いがッ、止まらない!」

 

 

轟々と燃える両足を受け、ゼノバイターは地面を激しく転がっていく。

 

 

「う、嘘だ! なんだよコレ! ァァアア! クソクソ! ムカツクぜェエ!」

 

「もっと皆に好きになってもらいたい! どうすればいいの?」

 

「ンンなモンンンンン! 知るかァアアアアアアアアアア!」

 

 

決まってる。

この馬鹿げたゲームを――ッ! 滅茶苦茶にしてやる。

ふざけた魔獣をブッ飛ばせばいい。そうしたらきっと――!

ああ、ああ、ああ。その時だった。まどかの笑顔が頭に浮かんだ。

 

 

「私はもっと格好よくッ! なりたいのよ!」

 

 

全てをゼノバイターに重ねてやろう。

 

 

「もォ――ッ!」

 

 

馬鹿な今まで。

 

 

「えェエエ!」

 

 

誰かを嫌いになろうとした気持ち。

 

 

「アアアアアアアアアッッ!」

 

 

嫌なこと。

 

 

「ガぁぁアア!!」

 

 

ワルプルギス。そして――

 

 

「れェエエエエエエエエッッッ!!」

 

 

フールズゲーム。

 

 

「おッリャアアアアアアアアアアアアア!」

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 

右の拳に収束する炎は紅蓮の塊。雄雄しく燃え滾る、焔。

それをゼノバイターの顔面にブチ込んでやった。

腰の入ったストレート。ゼノバイターは左頬から黒煙と瘴気をあげて、放物線を描く。

 

 

「オゴォオオ!」

 

 

地面に激突。バウンド。ほむらは鼻を鳴らすと、拳を天高く掲げて見せた。

 

 

「かっこいいよ! ほむらちゃん!」

 

 

まどかの笑顔に、ほむらはウインクで返す。

 

 

「ふざけんなァアアアアアアアアアアアア!」

 

「!」

 

 

ゼノバイターは全身から瘴気をあげて吼えた。

それは魔獣にとって味わったことのない屈辱であった。様々な構築、作戦があったのに、それがすべて友情に繋がるのだけは我慢ならなかった。

だからこそもはや自壊で良い。どうなってもいいから、ほむらたちだけは今ココで殺す。

 

ゼノバイターの憎悪に応えるように、ディザスターもまた起動。

コントローラーを瘴気で塵に変えると、大口を開ける。ゼノバイターはそれを確認して跳躍。

ディザスター内部にもぐりこむと、一気にコックピットまで這い上がる。

両手を肉の壁につけ、埋め込ませる。そして邪神を発進させた。

 

 

「フルパワーだクソ共! 世界ごと全部破壊してやる!!」

 

 

ディザスターの顔の前に巨大な十字型の魔法陣が現れる。

そこへ収束していく魔力と瘴気。なるほど、かつてないパワーを感じた。空間が震え始め、空の向こうに亀裂が走る。

死の説得力があった。あれだけ調子に乗れていたほむらも、一気に青ざめる。

ココまで積み上げてきたものが、一瞬でグチャグチャにされる。それだけの恐怖と力が、ディザスターには感じられたのだ。

 

 

「怖い……」

 

 

思わず、声が出た。

 

 

「大丈夫だよ」

 

 

すると優しい声が返ってきた。

 

 

「みんな、傍にいるから」

 

 

まどかはほむらの隣で微笑んだ。

ほむらは周りを見て、少しポカンとしたが、すぐに頷いた。

 

 

「守りたい……! 守りたいの。だからッ、協力してまどか」

 

「うん! アレを壊そう!」

 

 

ほむらとまどかは、弓を並べ、同時に弦を引き絞る。

収束していく光と闇。しかしお互いはもう限界だった。アライブ態もそろそろ切れるし、なによりも魔力を使いすぎた。

しかしふと、楽になる。見ればソウルジェムの穢れが晴れていくではないか。不思議に思うと、頭の中にジュゥべえの声が聞こえてきた。

 

 

『イカ野郎のメチャクチャを許しちまったからな。運営としての詫びだ。一発分だけオイラが肩代わりしてやんよ』

 

『ありがとうジュゥべえ!』

 

『………』

 

『ほら! ほむらちゃんもお礼! ちゃんとありがとうが言える人は素敵だよ!』

 

『え? あぁ、あ、ありがとぅ。ジュゥべえ……』

 

『げー。気持ちワリーな暁美ほむら。テメェそんなキャラじゃねーだろ。死ね』

 

『最低ね。死ね』

 

『ほむらちゃん!』

 

『え? あぁ、ご、ごめんなさいまどか。つい』

 

 

だが、コレはデカイ。

魔力の解放。収束していく光と闇は、凄まじい量となり、眩い輝きを放つ。

怖い。怖いが、震えない。まどかが傍にいてくれる。みんなが傍にいてくれる。ほむらは尚も溢れる想いを魔力に変えて、矢に乗せていくのだ。

 

 

「殺してやるゼェエエエエエエエエ! 参加者ァアアアアア!」

 

「殺すだの絶望だの。そればっかり。酷く幼稚に見えるわ」

 

 

ほむらはフッと笑みを漏らす。

 

 

「ねえ、まどか。聞いて」

 

「うん?」

 

「私、あんな馬鹿なこと言わないわ。だって今はたくさんの夢があるから」

 

「どんな夢?」

 

「些細なものよ。例えば――志筑さんをもっと知りたいとか」

 

 

仁美は驚いたように眉を動かし、直後、笑みを浮かべる。

すると闇が、眩しくなっていく。

 

 

「百江さんには……、そうね、憧れてもらいたい」

 

 

なぎさは、にんまりと笑った。すると闇が一段と光り輝く。

 

 

「美樹さやかには嫉妬されたいかしら」

 

 

さやかはヤレヤレと首を振った。ほむらはフッと笑い、闇が強くなる。

 

 

「杏子には、認められたい」

 

 

杏子は座り込み、ポッキーをかじっていた。

ほむらの言葉を聞くと、ニヤリと笑った。闇はさらに強くなっていく。

 

 

「巴さんには、もっと褒めてもらいたい。フニャフニャになるまで」

 

 

マミもニヤリと笑う。闇が強くなれば、それだけ光も強く輝く。

 

 

「まどかの力になりたい」

 

「うん。じゃあ、まずはそれを一番最初に叶えよっか!」

 

 

他にも騎士と助け合いたいとか、神那ニコたちと一緒に戦いたいとかいろいろあるけど。

まずはやっぱり、まどかたちと一緒がいい。

ほむらは頷くと、まどかと呼吸を合わせた。

二人の光が交わる。

 

 

「くたばれェエエエエエエエエエエエエ! 星戒神・十死激烈波ァアアアアアアア!!」

 

 

ディザスターから青黒い十字が発射される。

一方でまどかとほむらは頷き、同時に手を離した。ほむらは目を閉じて笑う。その表情には焦りも、ましてや不安は欠片もない。

かつてないほどの安心感と充実感。

 

 

未知なる幸福、希望があったのだ。

 

 

――スターバースト。

それは矢ではなく、レーザーだ。光と闇は螺旋を描き、一つに交じり合って十字型の瘴気砲にぶつかる。

競り合いが始まった。眩い光で世界は覆いつくされる。

手塚はそれを見て、つくづく思う。闇が光を際立たせる。光は闇があるから、闇は光があるから。

彼女の中に、こんな輝きがあったのか。

今まで見たどんな光より、心を打った。

 

 

「ア――ッ、ぁぁあありえない!」

 

 

ディザスターは迫る螺旋を見て叫んだ。

 

 

「馬鹿なアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

螺旋は十字を破壊しながら突き進み、邪神を貫いた。

 

 

「ウォオ゛オ゛オ゛オオオオオオ!!」

 

 

コックピット内部が火花を上げはじめる。

激しい揺れだった。ディザスターの至る所が爆発をはじめ、腕が地面に落ち、外装が剥がれ落ちていく。

 

 

「馬鹿なァアア! そんなッ! そんなことがァアアア!」

 

 

まどかとほむらは、ゆっくりと弓を下ろす。

崩れ落ちる邪神。暁美の全てが暁美を祝福している。暁美の全てが勝利を望んでいる。

 

 

「嘘だ! 嘘だ嘘だッ! 嘘だァアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

コックピットが火花で覆い尽くされた。

ホワイトアウト。直後、ディザスターが大爆発を起こし、粉々に消し飛ぶ。

 

 

「ギョェアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 

内部にいたゼノバイターもまたはじけ飛び、首だけになったあと、それもまた粉々に消し飛んだ。

巻きあがる爆炎。ほむらはその中にホムラの幻影を見た。

二人は、頷き合う。『受け取った』と、理解したのはすぐだった。

 

 

「まどか……」

 

「いいよ。まだほむらちゃんが持ってて。どの道、フールに少し盗られてるから」

 

「でもッ」

 

「ほらほら、駄目だよ。言ったでしょ胸を張ってって。ほむらちゃんがわたしから力を抜き取ったおかげで今があるんだから」

 

「それは――……、ええ、そうね」

 

 

観念したのか。ほむらは頷き、変身を解除した。

まだもう少し、悪魔でいさせてもらうじゃないか。

まどかも変身を解除すると、ニッコリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「素晴らしい力だったよ。いい物が見れた」

 

「!!」

 

 

爆炎が一気に収束する。

ハッとするまどかたち。そこに立っていたのは――

 

 

「アシナガ!」

 

 

魔獣、アシナガは手にダークオーブを持っており、ゼノバイターが死んだことで散布された瘴気を回収していた。

 

 

「魔獣は愛や友情をバカにしがちだが、神を殺していたのはいつだって心だった。口は嘘をつくが、心は嘘をつけない。たとえそれが歪なものであったとしても」

 

「ッッッ」

 

 

非常にマズイ展開であった。

もう誰も戦う力が残っていない。その状態で、攻撃が通用しないアシナガを倒すのは不可能だ。

しかしアシナガは瘴気を吸収し終えると、まどか達に背中を向ける。

 

 

「戦うのはやめておこう。ココはルールの外だ」

 

「え……?」

 

「ルールはコチラを守る檻でもある。ボクも破壊者や王様とは、まだ戦いたくない」

 

『………』

 

 

ジュゥべえはニヤリと笑う。賢い判断だと思った。

アシナガはそのまま消えていった。気づけば、空の向こうの亀裂は広がっていった。

暁美にとってこの世界は鳥かごだ。もっと広い世界を望んだのだから、もう必要ない。

ほら、空が割れて破片が落ちてきた。崩壊はもうすぐだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アァ、くそ! 本当に誰もいなかったんだな、この世界って」

 

 

杏子は不満げに厨房を蹴った。

せっかくお気に入りのラーメン屋にまで来て、なんで自分はやかんでお湯を沸かしているのやら。バカらしくなってしまう。

 

 

「まあでも、カップめんはまだ残ってて良かったよ。これで約束が守れる」

 

 

カウンターでは、まどかがニコニコと笑っていた。

空の向こうは完全に崩壊しており、まもなくココも崩れ落ちる。

 

 

『早くしろよ鹿目。ラーメンなんざ帰ってから食え』

 

『ごめんね。もうちょと待って』

 

 

ジュゥべえたちは外で待っている。

三分経った。杏子とまどかは並んで座り、カップ麺を啜り始める。

杏子のオススメの店があるから、一緒に行こう。そう約束したから、二人はココに座っているのだ。

 

 

「美味いな」「うん」

 

 

ズルズルズル。ズゾゾゾゾゾ。豪快に吸う音が聞こえてくる。

 

 

「なあ、アタシはどうなるんだ?」

 

「……杏子ちゃんは、この世界で、ほむらちゃんに再現された幻みたいなものらしくて」

 

「ふんふん」

 

「だから、一緒に消えちゃう」

 

「へぇ、そうなのかぁ」

 

 

ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾ。ズルズル。

 

 

「――ッ、こんなこと、アレなんだけどさ」

 

「……うん」

 

「結構、楽しかったよ」

 

「うん」

 

「充実してた。一緒に戦うのも、悪くないかもな」

 

「そうだね。一人じゃできないことも、みんな一緒なら大丈夫。大丈夫……」

 

「ああ、かもな。恥ずかしくてあんま得意じゃないけど」

 

 

ズルズルズル……。

 

 

「なあ、まどか」

 

「ん?」

 

 

………。

 

 

「消えたくないんだ。アタシ」

 

「うん。わたしも、杏子ちゃんとこのままお別れは嫌だと思った」

 

 

杏子は少し申し訳なさそうに笑いながら、まどかを見た。

 

 

「連れてっておくれよ」

 

「うんっ! 一緒に帰ろう!」

 

 

まどかはスープを一気に飲み干すと、杏子の手をとって外に出た。

そしてシャルロッテの背中に飛び乗ると、空へ昇っていく。

 

 

「いいのか?」

 

 

北岡の問いかけに、ジュゥべえは無表情で遠くを見た。

 

 

『ま、いいんじゃね。もう今回は全部がメチャクチャだ。一個くらいメチャクチャが増えても仕方ねー』

 

「アイツはどうなる?」

 

『まあ、だから、コッチに来た参加者と同じになるんだ。要するにそこにいる佐倉杏子が、The・ANSWER軸にいる佐倉杏子に融合される』

 

「大丈夫なの?」

 

 

ほむらは思わずThe・ANSWERの杏子を想像してゾッとしてしまう。

メモリーベントを使うと全てを思い出すが、それとは違って、互いの記憶が交わるだけ。

しかしコチラの杏子に、The・ANSWERの杏子の記憶が混じるということは、それだけの苦痛が伴うはずだ。

 

 

「分かってる筈だ。鹿目も、佐倉杏子もな」

 

 

手塚が小さく呟いた。

ラーメン屋でお互いは何となく、理解していたはずだ。連れて行くリスクを。

杏子だってこの僅かな時間でまどかを何となく理解しただろう。そのまどかを嫌っている自分の姿も、何となく理解できるというものだ。

佐倉杏子はそこまで頭の悪い女ではない。

 

 

「それを分かった上で、アイツは着いてきたんだ」

 

「………」

 

 

ほむらは複雑な表情で頷いた。

とはいえ、悪い話ばかりではない。杏子が交わるということは、それだけ良心が芽生えるということだ。

今回の記憶が、佐倉杏子を仲間にできる鍵になりうる可能性が高くなる。本来、杏子は今回のように一緒に戦える魔法少女なのだ。

殺人ゲームを進める爆発力に選ばれただけであって、今のような姿が杏子なのだ。

それを取り戻せるかもしれない。ほむらには希望があった。今も杏子を見ると、まどかと楽しそうに話している。

 

 

「大変なこともあるでしょうけど、今は希望を見ておきましょう」

 

 

周りにいた人間は頷いた。

ジュゥべえはうんざりしたように上を見る。

 

 

『おい、なぎさ。あの上にある大きな穴、そう、あの光ってるのが出口だ。あそこに入れ。そしたらThe・ANSWERに戻れる』

 

「了解なのです!」

 

「あッ、その前に少しいいかな!」

 

 

真司が右手をあげて立ち上がる。しかしシャルロッテの上はバランスが悪いのか、落ちそうになっていた。

 

 

「立ち上がり方もバカなら、立った後もバカだな」

 

「うるさいな! アンタは黙ってろよ!」

 

 

北岡を黙らせて、真司はまどかの方へ移動する。

 

 

「どうしたの真司さん」

 

「いや、まどかちゃんじゃなくて、杏子ちゃんに言いたいことがあるんだ」

 

「ん? なにさ」

 

「キミは降りてくれ」

 

「え?」

 

「死なないと駄目だろ」

 

 

そこで真司は思い切り足を振るい、杏子を蹴り飛ばした。

 

 

「は?」

 

 

杏子の体が浮き上がり、シャルロッテから離れる。

 

 

「杏子ちゃん!!」

 

 

まどかは魔法少女へ変身。翼を広げてすぐに杏子を掴もうとするが――

そこで凄まじい抵抗感。振り返ると、マミが変身しており、まどかをリボンで縛っている。

 

 

「駄目よ鹿目さん! 危ないわ! もうすぐこの世界は崩れるのよ!」

 

「でも杏子ちゃんが! 離してマミさん! わたしは飛べるから!」

 

「だからよ! 佐倉さんを助けちゃうでしょ!」

 

「ッ!?」

 

「アイツは死なないと! 忘れたの! どれだけ私達を苦しめたか!」

 

「何を言って――」

 

「まどか。巴マミの言うとおりよ!」

 

 

ほむらは盾からロケットランチャーを取り出すと、それを発射して杏子を狙う。

 

 

「!」

 

 

杏子も変身。槍を盾に弾丸を受け止めるが――

 

 

「ぐあぁああああああ!」

 

 

爆発が起き、杏子は地面に叩きつけられる。

 

 

「みんな! どうしてッ!? なんで!!」

 

「佐倉杏子が嫌いだからに決まってるでしょ!」

 

「確かに杏子ちゃんは死ぬべきだけど! でも――ッ!」

 

 

は? まどかはゾッとして手で口を塞ぐ。今、なんて?

 

 

(まさか――ッ!)

 

 

まどかは杏子を見る。

倒れた彼女のそばに、人影が見えた。

シルヴィスは、激しい憎悪を表情に乗せて、まどかを睨んでいた。

 

 

「貴様等ァア……、調子に乗るのもいい加減にしてもらおうか」

 

「まさか貴女が――ッ!」

 

 

そう言えば、杏子はこの世界で両親と妹と、『祖母』と暮らしていたとか。

祖母? そんなものは聞いたことがない。

全て、合点がいった。シルヴィスが既に世界に紛れ込んでいたのだ。

 

 

「魔獣をココまでコケにしておいて、タダで帰ろうとはおこがましい」

 

「!」

 

 

そう言えば下宮は、シルヴィスの能力は強力な洗脳だといっていた。

まどかは中沢を見る。中沢はさやかと仁美と、楽しそうにおしゃべりをしている。

今、この今の状況でだ。誰も杏子を見ていない。

 

 

(乙女座で洗脳を解除すれば――ッ!)

 

 

スターライトアローを使う。まどかはそう思い、変身を解除した。

 

 

(ちが――ッ、わたしも操られてるの!?)

 

 

気づけば声が出ない。

そんな、そんな! ボロボロ涙が零れてきた。

 

 

「アタシはいいから! 逃げろまどか!」

 

 

杏子は泣いて沈黙しているまどかを見て、全てを理解した。

 

 

「本当のアタシは向こうにいるんだろ!?」

 

『でも! でもッッ!』

 

 

テレパシーなら使えた。まどかはコンタクトを取る。

 

 

「でもじゃねぇ! どうなんだジュゥべえ!」

 

『……まあ、お前の言うとおりだ』

 

「だったらいい! そのまま皆を連れて行け!!」

 

『ほーい』

 

『やめてジュゥべえ!』

 

「やめなくていい! まどか、いいか! 別にいいんだ。もう十分だ!」

 

 

杏子は笑ってみる。泣きそうだったが、まあ作り笑いくらいはできた。

 

 

「アンタが連れてってくれるって言ってくれただけでいいんだ!」

 

『嫌だ! わたしはやだよ!!』

 

「じゃあ……、だからッ、また新しい約束! 今度はアンタの番だ!」

 

 

シルヴィスは杏子の髪を掴んで引き起こすと、腹部を殴り、頬を打った。

それでも杏子はまどかだけを見て、叫ぶ。

 

 

「アタシを助けてくれ! また友達にしてくれ!」

 

『ッ!』

 

「向こうのアタシを助けてくれ! 絶対だぞ! 破ったら承知しねぇからな!」

 

『やだ! やだよ杏子ちゃん! 待ってて! 今助けるから!』

 

 

しかしジュゥべえはなぎさに指示を出し、どんどん空の穴へ向かう。

 

 

『待って! 待ってよジュゥべえ! ねえ離してマミさん! ねえ! やだ! やだよぉおッッ!』

 

 

そのまま、まどか達は穴の中に消えていった。

杏子は少し涙を浮かべ、ニヤリと笑う。

直後、腹に風穴が開いた。触手が皮膚を突き破っていたのだ。

 

 

「ガッ!」

 

 

口から血が溢れる。

振り返ると、触手はシルヴィスの腕が伸びてできたものだと分かった。

 

 

「楽に死ねると思うなよ」

 

 

メキメキとシルヴィスの姿が歪なものへ変わっていく。

落雷が落ちた。帯電した状態で、変形は尚も続く。

 

 

「痛覚遮断を洗脳で封じる。お前には地獄の苦しみを味わってもらう」

 

 

電球のような形だった。

シルヴィスジェリー。その正体はミラーモンスター、『ブロバジェル』の力を取り込んだ魔獣であった。

帯電するアームを構え、ゆっくりと杏子へ向かっていく。

 

 

(クソ――ッ、ここまでか……)

 

 

せめてもっとまともに死にたかった。

穴だらけの世界で、彼女はゆっくりと目を閉じる。

せめてこちらの世界のゆまたちと、再会できるように祈った。

 

 

穴だらけの、世界で

 

 

「!」

 

 

ブロバジェルは腕を杏子の腹部から引き抜くと、停止する。

倒れる杏子。おかしな音が聞こえる。

ビィュォン、ビィュォン、ビィュォン――

 

 

(なんだ?)

 

 

ビィュォンビィュォンビィュォン……

そこで異変が二つ。一つは倒れている杏子の向こうから、誰かがやって来るのが見えた。

腰が光っている。アレは――ベルト?

そしてもう一つ。杏子が死んでいた。腹に穴が開いていたのだから仕方ない。ソウルジェムも無いのだから仕方ない。

そうだ。杏子は『人間』だった。

 

 

(なんだッ、なぜ佐倉杏子が死――ッ)

 

 

カチッ!

ヴゥオオオオオオオオオオオオン!

 

 

「!?」

 

 

人影が、光と共に、その姿を変える。

それは騎士ではない。それは魔法少女ではない。それは魔獣でもない。

まるでそれは――……、神様のように神々しく。

だからだろうか。杏子のもとに現れたのは。

 

 

「ッ!」

 

 

ブロバジェルは雷光と共に消え去った。

イレギュラーには深入りしないほうがいい。

ディケイドとは違う。報告にあったジオウとも違う。全く正体不明の存在がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブワァアア!」

 

 

ビクンと震え、体を跳ね起こす

顔を触る。次は体を見る。腕を触る。

 

 

「な――ッ!」

 

「気づいたかい? 彼岸も朝には逆らえない」

 

 

ゼノバイターはしばし沈黙し、椅子に座っているアシナガを見た。

 

 

「なんで生きてる……!」

 

「一つは実験。拡散した瘴気さえ集めれば復元ができると分かった。まあ、破壊されてすぐだったのが幸いだったか……」

 

「お、おお! そうか!」

 

「ただ漏れ出た分も多い。キミ、前よりずっと弱くなったみたい」

 

「どうだっていい! これでまたクソッタレな鹿目たちをブッ殺せるチャンスが増えた!」

 

「まあ、でも、余計なことはするな。キミには糸を埋め込んである。ボクに逆らったり、ボクの意思一つでお前は終わりだ」

 

「……ッ、なにが目的だ」

 

 

アシナガはダークオーブを取り出す。

 

 

「ここに瘴気を集めてる。それを手伝ってくれ」

 

「瘴気?」

 

「ああ。負を活性化させるんだ」

 

 

アシナガはテレビを見ていた。

映っているのは過去のデータだ。暁美ほむらがワルプルギスに挑んだときのものだ。

どうにもアシナガはそれが引っかかっていた。なぜ、カウントダウンに3の文字がなかったのか。

そして何故、インキュベーターは3があったと答えたのか。

 

 

「ゼノバイター、後で報告を受けておけ。魔王と呼ばれる存在が現れたらしい」

 

「ハァ?」

 

 

虚心星原。魔王。亀裂。龍騎。ディケイド。

オーロラ。亀裂。別の世界として見られる。龍騎の世界。鹿目まどかの世界。

破壊。融合。お茶会世界。世界、世界? 世界――……。

 

 

「!!」

 

 

その時、アシナガは思わず椅子から立ち上がった。

 

 

「そういうことか……ッ?」

 

「あ? 何が?」

 

「シルヴィスが言っていた。また謎の存在が現れたらしい。そして佐倉杏子が人間に戻ったと」

 

「は? おいおいおい! 何言ってんださっきから!」

 

「魔法少女が人間に戻るということはありえるのか?」

 

「知るかよ! インキュベーターが何かしたんじゃねーのかよォ?」

 

(ゼノバイターは知らない。つまりアレは、ゼノバイターにとってもイレギュラーだったわけだ)

 

 

未知は未知。無い訳じゃない。知らないだけだ。

アシナガはニヤリと笑う。そういうことなのかもしれない。

 

 

「なるほど。だから……、3が無かったのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは辛かったね。でも無事で本当に良かった」

 

「本当に、えらいことになっちもうたな……、本当、マジで……」

 

 

サキとニコに挟まれ、まどかは道を歩いていた。

無事に見滝原に戻れた彼女は、サキたちに事情を説明する。しかしその表情は暗かった。

 

 

「落ち込むなよ。仕方なかったことさ」

 

「でも……」

 

 

そこでまどかは目を見開く。

サキとニコも、彼女の視線を追って、すぐに立ち止まった。

佐倉杏子が前から歩いてきたのだ。

 

 

「杏――!」

 

 

走るまどか。しかしそこで立ち止まる。

これは虚心星原の佐倉杏子ではない。The・ANSWERにいる佐倉杏子だ。

今、話しかけていいのか。まどかが戸惑い、立ち尽くしていると、目の前に拳があった。

 

 

「!!」

 

 

まどかは殴られ、地面に倒れる。

ザワつきはじめる周りの人々。サキとニコもすぐにまどかへ駆け寄る。

 

 

「な、何を!」

 

「邪魔だって言ってんだろうが。だからだよ」

 

 

杏子はそれだけを言うと、さっさと歩き去った。

 

 

「だ、大丈夫かまどか!」

 

 

サキはすぐにハンカチでまどかの鼻を押さえる。

まどかは血を流しながら、しばらくは呆然としていたが、やがて大丈夫だと声をあげた。

 

 

「ねえキュゥべえ」

 

『どうしたんだい、まどか』

 

「杏子ちゃんにメモリーベントを使えば、虚心星原のことも思い出してくれるの」

 

『もちろんだよ。でも改めていうと、メモリーベントは対象の了解がなければ』

 

「わかってる。わかってるよ。ありがとね」

 

 

テレパシーを切るまどか。

 

 

「大丈夫。行こう、サキお姉ちゃん。ニコちゃん」

 

「だが……ッ、あぁ、いや。分かった」

 

 

サキはまどかの瞳の中に確かな決意を見た。

まどかは一度も振り返らず、まっすぐに前を向いて歩き出す。

 

 

(待っててね杏子ちゃん。わたし、諦めないから)

 

 

 

そして、それをビルの屋上で門矢士が観察していた。

 

 

「大変だねぇ」

 

 

拳を見る。何かを思い出すような。まあいい。士は腕時計を確認する。

 

 

「あと10秒ってところか。9……、8」

 

 

鹿目まどかを、ショーウインドーの中にいる白いドレスを着た少女が悲しげに見送っていた。

 

 

「さん、にぃ、いち」

 

 

士は、ニヤリと笑う。

 

 

「ボカン」

 

 

それはまさに一瞬。

刹那、空が、砕け散った。

そしてまた元通り。誰も、何も気づいていない。

 

 

 






エリザもいいけど、サキが沢城さんでも良かったよな? な? お前ら。
次回からは、特別編。プロローグは近いうちに更新予定。
結構、挑戦的な内容なので、温かい目で見ておくれやす(´・ω・)


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第97話 特別編プロローグ

今回から100話までは特別編です。
ここから徐々にライダータイム龍騎のネタバレが入ってきますので、まだ見てない人は注意してください。
今回はまだそこまでガッツリネタバレはしていませんが、ある程度の要素は入ってます。
9月にDVD発売なんで、気になる人は、チェックしておくれやす(´・ω・)





 

「姫ッ! 本当によろしいのですか!?」

 

「ええ。もはや、迷っている時間はありません」

 

「しかし――ッ!」

 

「こうしている間にも敵は力をつけている。一刻も早く手を打たなければ取り返しのつかないことになるわ。私には死んだ父に代わり、民を守るという役目があるのです。だから、どうか分かって。これは王としての命令です」

 

「わ、分かりました。では準備に取り掛かります!」

 

「お願いね」

 

 

姫は、空を見上げ、祈るようなポーズをとる。

 

 

「異世界の勇者たちよ……、どうか、この世界を――ッ! フレアルの未来をッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日は、清清しい青空だった。

 

 

「……いつも、とても面白い記事で、時間を忘れて見ています。真司さんの記事を見て、オレも記者になりたいと思いました。これからも頑張ってください」

 

 

ニヤニヤとしながら、真司はページをスクロールする。

 

 

「いつも、とても面白い記事で――」

 

「おい! うるせぇぞ真司! おまッ、何回同じメッセージ見てんだよ!!」

 

 

編集長が吼える。というのも、先ほどからブツブツブツブツ、真司は何度も同じ言葉を繰り返している。

 

 

「まあまあ、いいじゃないですか編集長。感想をもらえるのは私も嬉しいですし」

 

 

令子の言葉に、編集長は複雑な表情を浮かべて座る。

というのも、今日、OREジャーナルのホームページに読者からのメッセージが届いた。内容は、真司の書く記事が好きで、いつも楽しみにしているとか。

新米の真司は、お叱りのメッセージをいただくことはあれど、なかなか褒めてくれる人にはめぐり会えない。なのでもう今日はニッコリである。

大変気分がいい。真司はそのメッセージをPCで保存して、携帯でもスクショして保存しておく。

 

 

「しかもこのメッセージ送ってくれた子、高校生なんですけどね、真志っていうんですよ。俺と同じ名前なんて、親しみを感じるっていうか……」

 

「別に珍しい名前でもねぇだろ。サッカー選手とか、俳優にもいるじゃねーか。俺だってお前有名なお笑い芸人に――」

 

「いつも、とても面白い記事で――」

 

「聞けよ!」

 

「編集長。真司くんにあの件、伝えなくていいんですかぁ?」

 

「え? あ、おお、そうだったそうだった」

 

 

島田に促され、編集長は時計を見る。

 

 

「同じ名前と言えば! 真司、ちょっとお前に伝えなきゃいけないことがある」

 

「え? なんですか? ボーナスとか!?」

 

「ちげぇよバカ! あのな、実は令子の母親が――」

 

 

実は令子の母は、有名な週刊誌を発行しているところの編集長であり、今回OREジャーナルとのコラボ雑誌を出版してくれることが決定した。

その件もあって令子の母、桃井編集長のところから一人のジャーナリストが、期間限定でOREジャーナルにやってくるらしい。

 

 

「つまり真司、お前に後輩ができる」

 

「ま、まじっすか!」

 

「おお。マジマジ。大マジよ。それで、その子とお前がチームを組んで、一つ企画を進めてほしいんだよ」

 

 

編集長は時計を見る。話をしていると、もうすぐ時間だ。

すると誰かが入ってくる音が聞こえた。真司が振り向くと、そこには噂の新人くんが。

フード付きの青いパーカーに、同じくフード付きのオレンジ色のジャケットを着ている青年だった。

編集長が手招きをする。青年は頷くと、編集長のデスクの傍に立って、一同にお辞儀を。

 

 

「はじめまして。辰巳(たつみ)シンジです」

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁー、真司とシンジ。同じな名前だしっ、初めて見たときにビビっときたね! 俺達はいいチームになれるって!」

 

「本当ですか。ありがとうございます」

 

 

快晴の下を真司とシンジは歩いていた。

真司のテンションは高い。なにせ初めての後輩だ。

これからジャーナリストとはなんたるかを語り合い、時にジャーナリズムのあるべき姿でぶつかりあい、お互いを高めあい、さらなるジャーナリストへの道を――

 

 

「とにかく辰巳くん。俺が先輩ジャーナリストとしてビシバシ指導するから! 分からないことがあったら何でも聞いてくれよ!」

 

「はい、頼りにしてます!」

 

 

真司はそこで何かに気づく。

 

 

「ところでさ、辰巳くん。それなに?」

 

「え? あぁ、これですか」

 

 

シンジはなにやら大きなカバンを持ってきていた。そこに手を入れると、なにやら大きなカメラが出てくる。

一眼レフだ。カメラに詳しくない真司ですら、その代物を見て喉を鳴らした。

 

 

「す、すごいカメラだね」

 

「ええ、まあ。僕は編集部ではカメラ担当なんで」

 

「値段、とかって……」

 

「別に、たいした額じゃないですよ」

 

 

たいした額だった。真司はそこでピタリと停止する。

顔を上に。空が青い。綺麗だな。これは現実逃避じゃない。決して現実から目を逸らしているわけじゃ――

 

 

「真司さんはどんなカメラを使ってるんですか?」

 

 

普段はスマホのカメラを使っています。

少し大事な場面では、編集長が商店街の福引で当てた五千円のデジカメを借りてます。

そう口にしても良かったが、声が出なかった。

これは別に現実逃避ではない。空が青くて綺麗なことに感動するのは、ジャーナリストとして当然だ。

だからこれは現実から目を背けているわけじゃないのだ。

 

 

「いや――……、まあでもさ。確かにカメラも大事だよ。うん。でもやっぱりジャーナリストっていうのは担当した記事も大切だと思うんだよな」

 

「それ、凄く分かります。流石は城戸さん!」

 

「だ、だよな! ハハハ! なんだ辰巳くん。キミが話が分かる人間で助かったよ。それでキミはどんな記事を?」

 

「トクガワの産地偽装事件、あったじゃないですか」

 

「あぁ、あの凄いニュースになったヤツ? なんだっけ? アナログな人で、メモが見つかってバレたんだっけ?」

 

「徳川社長が残した手記に偽装の証拠や、分かっていて取引を行っていた会社のリストが掲載されていたんです」

 

「あぁ、それそれ。それが何?」

 

「あの俗に言うトクガワ手記を撮影したのは僕です」

 

「……へえ」

 

「ルードセクター誤射事件はご存知ですか?」

 

「え? あぁ、知ってるよ。確か、えっと、知ってるよ。本当だよ」

 

「最新鋭の護衛艦から迎撃ミサイルが誤射されたんですけど、その瞬間を撮影していたんです。それは他の誰もやってなくて、僕のカメラだけが――」

 

 

空が、青い。

 

 

「城戸さんはどんな事件を?」

 

 

金色のザリガニを……。

金色のカニを……。

金色の亀を……。

金色の……。

 

 

「大丈夫ですか城戸さん? 真っ青ですよ?」

 

「ちょっと……、気分が」

 

「そこで休んでいてください。取材は僕がやっておきますから」

 

 

そういうとシンジは本当にパパッと話題のタピオカミルクティー店の取材を終えてくる。

とてもいいカメラで撮った写真は、とても美味しそうに写っていた。

 

 

「辰巳くん……、飯でも食おうか」

 

「え? 少し早くないですか?」

 

「いや、あの……、何か胃に入れたくて」

 

「そうですか。そうですね。もう11時ですし。ランチでも」

 

 

やれやれと、真司は心の中で両手をあげるジェスチャーを取る。

少し怯んでしまったが、何、焦る必要はない。

別に事件の規模とか、カメラの値段とか、そういうのじゃないのだ。ジャーナリズムというものは。記者というものは。

 

街に寄り添い、些細な瞬間を見逃さず、事件を追いかける。

そういうものだ。何、見滝原には見滝原のルールがある。

牛丼でも食べながらそれを教えてやろう。そうしよう。

 

 

「オススメの店があるんだ。なんでも食べてよ。俺がおごるから」

 

「いやぁ、悪いですよ」

 

「気にしない気にしない。え? 普段はどんなランチを食べてんの?」

 

 

最近の若者はきっと菓子パンとか、ゼリーとかそういうものしか食べないんだろう。

ここは一つおいしい牛丼でも食べてほしい。そうすればパワーがどんどん湧いてくる。

ようし、今日はおしんこもつけよう。味噌汁も豪勢に豚汁に変更して――

 

 

「普段ですか? なんでも食べますよ。多いのはイタリアンとかお寿司とか蕎麦とか……、いつもだいたい1500円から2000円のランチが多いですね」

 

 

真司はいきつけの牛丼屋をスルーした。

店長のムロちゃんが笑顔で手を振ってきたが、真司は無視した。

ごめんムロちゃん。真司は心の中で涙を流し、美穂に教えてもらったタイ料理屋に連れていった。

 

 

「やあ、どうも真司さん」

 

 

店に入ると、ショウさんが出迎えてくれた。

シンジは席につくと、キョロキョロ辺りを見回しながら、ニコニコしている。

 

 

「いい雰囲気のお店ですね」

 

「そう。そうなんだよ」

 

「店長の方とも知り合いなんですか?」

 

「まあ、友達が常連で。ソレ繋がりで仲良くなってさ」

 

「へえ、凄いなぁ」

 

 

料理が運ばれてくると、シンジは美味しそうにパクパク食べていた。

良いことだ。真司も料理に手をつける。美味い。前に来たときよりも美味しくなっている気がした。

そんな中で、二人はいろいろ話した。

やはり、薄々そんな気はしていたが、シンジの収入は真司よりはるかに上だった。家賃も上だった。

真司は空が見たくなった。

しかしそれは叶わない。ショウさんに話しかけられたのだ。

 

 

「あ、そうだ城戸さん。この前、霧島さんが来たんですけどね。ビール代を真司さんにツケておいてくれって」

 

 

真司は喉を詰まらせ、真っ青になる。

前々からヤバイ女だとは思っていたが、いよいよをもってヤバイ。

 

 

「いずれは同じ通帳になるんだからって言ってましたよ。若いっていいですねぇ」

 

「嘘! 嘘だって! アイツ、ふ、ふざけやがってぇ……!」

 

 

真司は泣く泣く財布から美穂が飲んだビール代をショウさんに渡す。

 

 

「霧島さんというのは、城戸さんの彼女ですか?」

 

「いやッ、そんなんじゃないよ。そういう辰巳くんは彼女とかいるの?」

 

「は、はい。その、お恥ずかしながら……」

 

「へえ、どんな人?」

 

「写真ありますよ。見ます?」

 

 

シンジは携帯を取り出すと、写真を真司に見せた。

湖白(こはく)さんというらしいが、とてつもなく可愛い美少女だった。

セミロングの黒髪に、白いワンピースがよく似合っている。

 

なんでも身を犠牲にしてまで世界平和を願う心美しいどこかのお嬢様のようだ。

シンジが言うには、湖白さんは自分だけが幸せなのが我慢ならないらしい。

だからこそ頻繁にチャリティー活動や、慈善事業に参加しているのだとか。

確かに写真の中に、湖白さんが何かしらのボランティアをやっている写真が出てきた。

笑っている顔が上品だ。慈しみに溢れている。

 

 

「霧島さんの写真はあるんですか? 見せてくださいよ」

 

「………」

 

 

真司はこっそりと携帯を覗く。

写真のフォルダには、美穂が白目をむいて居眠りをしている写真があった。

思い切り中指をおっ立てている写真があった。エロ本を読みながらお菓子を食べている写真があった。

 

真司はこっそりと携帯をしまい、『写真は持っていない』と笑顔で答えた。

彼も23歳。すっかり大人の嘘をつけるような年齢になっていたのだ。

なって、いたのだ……。

 

 

 

 

 

しかれども。

収入やジャーナリストとしてのレベルは確かに負けている。それは認めよう。しかし人間関係の優劣には、そもそもとして勝ち負けなんてない。

真司は目の前でニコニコしている美穂を見ながらそう思った。

 

仕事終わり。

真司は今日の件で美穂に文句を言いに彼女の家を訪れた。

すると一緒に飲んでいこうと誘われたのだ。

 

 

「ごめんごめん。本当、持ち合わせがなかったのよ。あそこカード使えないし」

 

 

美穂はくしゃくしゃのお札を真司に渡し、ビールジョッキを手にする。

テーブルには餃子や漬物が並んでおり、美穂はそれをつまみながらゴクゴクと喉を鳴らしていた。

 

 

「うーん、これも美味しいけど、やっぱ餃子はアンタの作るヤツが一番ね」

 

「あ、ああ」

 

 

美穂の笑顔を見て、真司は複雑な想いを抱く。

シンジにはまだ付き合っていないと言ったが、本当は恋人になれるはずだった。

だが結果として美穂は死んだ。リュウガに殺されたのだ。前回も、いつかの日も。

 

 

(でも、まだ戻せない)

 

 

記憶を戻したいが、繊細な問題だ。真司は唇を噛む。酷く胸が痛い。

二人は他愛もない話をしながら、ビールジョッキが空になったところで店を出た。

夜道を歩き、帰ろうとする。

だがそこで真司は足を止めた。道の真ん中にひとりの少年が立っていたのだ。

周りは歩いているのに、彼だけ止まっている。そして間違いなく、その瞳は真司を見つめていた。

 

 

「城戸真司だな」

 

「え?」

 

 

随分と整った容姿の少年だった。俳優と言われてもすぐに信じられる。

タレ目で、ピアスをつけており、髪はピンク色で目立つ。

 

 

「わお、めっちゃイケメンじゃない。なに? 知り合い?」

 

「え、えーっと……」

 

 

少年はポケットに手を突っ込んだまま、美穂を見る。

そして鼻を鳴らすと、すぐに真司に視線を戻した。

 

 

「オレは以前、この男の取材を受けたんだ。その件で少し話がしたい。今から時間はあるか?」

 

 

真司は戸惑っていた。なにせ全く記憶にない。

すると、一瞬、まさに一瞬だった。少年の顔にモザイク状のエネルギーが掛かる。そこで真司は全ての意味を理解した。

汗を浮かべ、立ち尽くしていると、少年は親指で道の先を示すジェスチャーを取った。

 

 

「女を送ってからでいい。一時間後に、同じ場所で」

 

 

一時間後、真司は指定の場所にやって来ていた。

少年は先に到着しており、真司を見つけると、さらに移動するように促す。

こうして二人は、人がいない廃線までやって来る。

 

 

「素直なヤツだな。わざわざ乗ってくるとは」

 

「お前こそ――ッ、どうしてわざわざ……!」

 

「周りを巻き込むのはお前の望みではない筈だ。尤も、お前が拒否していれば街で暴れていたが……、だからお前は来たんだろ」

 

 

少年は腕を組んで真司を睨み付けた。

 

 

「オレはアグゼル。"閃光のアグゼル"だ」

 

「――ッ、俺は」

 

「分かってる。城戸真司。騎士・龍騎だろ。オレはゲームではお前の勝ちに賭けていた」

 

 

おかげでいつも損をする。アグゼルは不愉快そうに真司を睨む。

 

 

「だが、オレの目に狂いはなかったようだ。何体もの魔女や魔獣がお前に戦いを挑み、そして散っていった」

 

 

真司はデッキを取り出す。アグゼルも止めはしなかった。

 

 

「良い、変身しろ。いいか? オレの目的はお前たちの死ではない。もちろんそれもあるが、それは結果であり、過程が大切なんだ」

 

「?」

 

「分からないか。流石バカだな」

 

 

アグゼルは拳を握り締め、ファイティングポーズをとった。

 

 

「オレの目的は強いヤツと戦い、叩きのめして殺すことだ」

 

「クソ! ふざけやがって! 変身!」

 

 

デッキを前に突き出し、Vバックルを装着。そのまま腕を斜めに突き出し、真司は龍騎に変わる。

それを確認して、アグゼルは走り出した。

龍騎は向かえ打つために拳を振るうが、それよりも速くアグゼルの拳が届き、装甲へ直撃する。

 

 

「グアァア!」

 

 

体が浮き上がり、後方へ吹き飛ぶ。

アグゼルはボクサーのようにステップで龍騎を追跡。すぐさま、わき腹を狙うフックを繰り出していく。

立ち上がった龍騎は、すぐさま反応。拳をいなしながら後ろへ下がっていく。

 

だがそれは退避ではない。追い詰められているだけだ。

次々と迫る拳は、防御するのが精一杯なのだ。

そこで体を捻るアグゼル。龍騎が見落としていたのは、足の動きである。

ボクサータイプであるが故に腕ばかり見ていたが、どうやら足も使うらしい。

胴体を狙う蹴り。四肢には桃色の光が纏わりついており、明らかに攻撃力が上がっている。

 

 

「う゛ッ! あぁ!」

 

 

腰を打たれ、よろける龍騎。

するとアグゼルは拳を下から上に振るいあげ、龍騎の腹に拳を打ち込む。

龍騎が腰を曲げると、アグゼルは足を振るい、蹴り上げる。

顎を蹴られた龍騎は、回転しながら吹き飛んでいく。

 

 

「くそ……!」『ソードベント』

 

 

倒れた龍騎は、カードを抜いていた。

そしてバイザーにセットしつつ立ち上がる。装備されるドラグセイバー。それを見て、アグゼルは鼻を鳴らす。

 

 

「剣か」

 

「こんのォオオ!」

 

 

龍騎はがむしゃらに走りだすと、メチャクチャに剣を振るって切りかかる。

アグゼルは目を細め、太刀筋を凝視。体を反らして刃を回避する。

しかし龍騎は踏み込んで、剣を横へ振るった。アグゼルは捻りながらバックステップ。

跳躍力は凄まじく、アグゼルは完全に剣の範囲から外れたと思っただろう。

だがその時、刃に纏わりつく炎。龍騎が再び剣を振るうと、炎の斬撃が発射されてアグゼルに直撃する。

 

 

「チッ!」

 

 

アグゼルは不愉快そうに顔を歪め、纏わりついた炎を振り払う。

既に龍騎は目の前だ。飛び上がり、そのまま真っ直ぐ下に振るった剣を、アグゼルは白刃取りで受け止めた。

 

 

「雑だな」「うぉお!」

 

 

アグゼルは手で剣を挟んだまま、思い切り腕を振るう。

すると武器が手からすっぽ抜け、龍騎は投げ飛ばされてしまう。

一方でアグゼルはそれを確認すると、手で挟んでいたドラグセイバーを地面に落とし、思い切り踏み潰す。

 

 

「まあ当然か。お前はただの記者。侍じゃないもんな」

 

 

そこで電子音。

立ち上がった龍騎の周りを飛び回るドラグレッダー。

龍騎の手にはドラグクローが装備されており、昇竜突破の構えを取っていた。

 

 

「その技は知っているぜ。よく使っていたな」

 

 

アグゼルは拳を握り締め、目を細めた。

 

 

「ハァアアアアアアアア!」

 

 

ドラゴンが吼える。

突き出したドラグクローの炎と、ドラグレッダーが放つ炎が交じり合い、巨大な炎塊になった。

その炎はアグゼルのもとへ届き、そして拳で打ち返される。

 

 

「オラァア!」「なッ! ウワァアアアアアア!」

 

 

炎塊は龍騎の前で爆発。

龍騎は爆風できりもみ状に吹き飛び、線路に叩きつけられる。

 

 

「がはァ!」

 

「お前、弱いな」

 

「な、なんだとッ?」

 

 

アグゼルは手を振り払い、指の関節を鳴らす。なんだかつまらなさそうな表情だった。

 

 

「斬った時や、今の技で感じるぜ。お前、本気を出していないだろ?」

 

「え……」

 

「俺の姿が人間だからか? おいおい、がっかりさせんなよ、城戸真司」

 

 

アグゼルは腕を組み、フェンスに持たれかかる。

 

 

「意思が弱いな。この姿が仮のものってことは、もう分かっている筈だろ」

 

「う、うるさいな! 魔獣が俺に説教するなよ!」

 

「意志も弱い。少し煽られたくらいで熱くなってちゃあ底が知れるぜ」

 

「ッッ」

 

「そんなことだから、シルヴィスに簡単に操られる」

 

「え……?」

 

「なんだそのリアクションは。まさか覚えていないのか?」

 

 

アグゼルは適当な砂利を掴み上げると、石を粉々に握りつぶす。

 

 

「お前、虚心星原からどうやって帰って来た?」

 

「それは――ッ、なぎさちゃんに連れてこられて……!」

 

「そこに佐倉杏子はいたか?」

 

「杏子ちゃんは、虚心星原でしか生きられないから……、別れた……!」

 

「フッ、なるほどな。そういうことか」

 

「な、なんだよ!」

 

「暁美ほむらが固有魔法でお前の記憶を弄ったんだ。理由は分かるよな?」

 

 

アグゼルは人差し指で龍騎を示す。

 

 

「お前が佐倉杏子を突き落とし、それが結果的にヤツの死に繋がったからだ」

 

「なんだよ、それ。何言ってんだよ……」

 

「お前が佐倉杏子を殺したようなものだ」

 

「!!」

 

「まあ、ルールで洗脳を使って殺すことは不可能のため、お前じゃないといえばそうなんだが」

 

 

アグゼルは歩き出し、再び龍騎のもとへ迫る。

一方で龍騎は震え、後ろへ下がっていく。

 

 

「でもお前はそれで割り切れない。この戦いだけでも分かった」

 

 

ほら、今だって。分かりやすく龍騎の動きが鈍くなる。

アグゼルは激しい連打で龍騎を攻める。心が打ちのめされた龍騎は完全なサンドバッグだ。

装甲はボコボコになり、やがて足裏が胴体に入って蹴り飛ばされる。

 

 

「お前、いい加減にしろ」

 

 

アグゼルは倒れた龍騎に近づきながら、中指を立てる。

 

 

「今のままなら、ココで死ぬぞ」

 

 

死。

死、死……、死。それが龍騎の心に突き刺さった。

魔獣にそれを突きつけられ、ましてや説教される。

それが龍騎にとっては、何よりも屈辱であった。

 

 

「………」

 

 

間。

 

 

「チッ!!」

 

 

煙があがっていた。

燃える傷があった。

アグゼルの胸に刻まれたソレ、彼は汗を浮かべて後ろへ下がっていく。

 

 

「まあ、それでいい」

 

 

アグゼルは初めて膝を地面についた。

前には、龍騎が燃えるオーラを纏っている。

 

 

【サバイブ】

 

 

龍騎サバイブはソードベントを発動。走り、剣でアグゼルを斬りつける。

アグゼルは感じていた。まず剣のスピードが速い。そして攻撃力も桁違いだ。

刃を掴んではみるが、激しい熱と痛みを感じてすぐに手を離してしまった。

そこで斬撃が刻まれる。距離が少し離れれば、刃が戻り、銃に戻ったドラグバイザーを撃った。

炎弾がアグゼルに直撃し、苦痛の声が上がる。

 

 

「ォオオオオオ!」

 

 

龍騎は炎弾を連射。

それらは次々とアグゼルに命中していき、爆炎に包まれていく。

 

 

「!」

 

 

突如、爆炎が掻き消えた。

そして龍騎に襲い掛かる衝撃。気づけば地面を転がっていた。

一方で立っているシルエット。モチーフはイノシシ、機械的な姿に、肩には二本の角が繋がったものがそれぞれ両肩に。

つまり四本の角があった。

角の先は、現在空に向いており、角と角の間からは煙があがっている。

魔獣アグゼルは、『ワイルドボーダー』のデータを取り込んでいる。

 

 

「来い」

 

 

ワイルドボーダーは走り、龍騎もまた走った。

再び刃を展開させ、龍騎は赤い斬撃を生み出した。

しかし、だからそれが何だというのか。結論を言ってしまえば、それは実につまらない戦いであった。

確かに龍騎は攻めた。たくさん剣を振って攻撃を仕掛けた。しかし心ここにあらず。ふとした時に、杏子のことが張り付いてくる。

 

そんな状態でまともに戦えるわけがない。

サバイブはただの強化だ。自動で戦ってくれる装置ではない。

ワイルドボーダーは龍騎の攻撃を簡単に見切ると、拳を、蹴りを打ち込んでいく。

 

 

「ぐ――ッ」

 

 

ワイルドボーダーの握り締めた拳が、龍騎の胸に、心臓部分に直撃していた。

 

 

「がはッッ!」

 

 

龍騎の装甲が、サバイブの鎧が粉々に砕け散った。

倒れた真司を、ワイルドボーダーはつまらなさそうに見つめている。

 

 

「お前、弱いな」

 

 

ワイルドボーダーは、そこでピタリと止まる。

真司の姿が消えたのだ。かわりに足元にあったのは、警告音を放つ爆弾だった。

 

 

「なるほどな。まあ、そうなるか」

 

 

爆発が起こった。

ワイルドボーダーは蹴りで爆炎を吹き飛ばす。

すると離れたところに真司が倒れているのが見えた。その前には暁美ほむらと神那ニコが立っている。

 

 

「消えろ。俺に女を殴る趣味はない」

 

「おい聞いたか、ほむほむ。相手は無抵抗だぞ」

 

「ええ。ボコボコにしましょう」

 

 

構える二人を見て、ワイルドボーダーはため息をつく。

すると肩の角が動き、向きを変える。二つの角の隙間が、上を向いていたのから前に向けられる。

この隙間は、つまり砲口だ。隙間に光が生まれ、それが大きくなっていく。

そのシルエットはアビスハンマーに酷似していた。

 

 

「お、おいおい」

 

 

ニコは汗を浮かべる。

さらにワイルドボーダーの腕に出現する盾。それもまた銃口があり、光っている。

 

 

「殴らないだけかよ!」

 

 

その通りである。

ワイルドボーダーは肩のキャノンと、腕の盾から、それぞれエネルギー弾を発射。

それは猛スピードで飛んでいき、爆発。

 

 

「便利だな」

 

 

もちろんワイルドボーダーは今までのゲームを見ている。こんな攻撃が通用しないことは分かっていた。

 

 

「時間を止められるのは」

 

 

爆炎の向こうには何も無く、先ほどとは別の離れたところに真司が倒れている。

一方で背後ではニコとほむらがそれぞれバールと剣をワイルドボーダーに突き入れていた。

しかし装甲は硬く、ダメージは与えられていないようだ。

ワイルドボーダーは回し蹴りでほむら達を牽制すると、人間態に戻る。

 

 

「ッ? なにを?」

 

「見れば分かるだろ。お前たちにはこの姿で十分だ」

 

「馬鹿にしないで」

 

 

ほむらは悪魔を呼び出そうと力を込める。

その雰囲気を感じ取ったのか、アグゼルはニヤリと笑った。

だがそこで伸びた腕、ニコがほむらを抑えるように立っていた。

 

 

「なに?」「ここは私が」

 

 

本当に、馬鹿にしてもらっては困るのだ。

時間はあった。それにカンナの登場。ニコにも思うところはある。

ましてや今までの戦績。魔獣に通用しなかった攻撃の数々。いろいろと手は打ってきた。今回もそうだ。

 

 

「新しい力を手に入れたのは、お前さんだけじゃないってこと」

 

 

ニコはそう言って携帯を取り出す。ほむらには真司を守っていてほしいと。

 

 

「まだ未完成だけれども……。魔獣、お前で実験してやる」

 

「いいだろう。神那ニコ。"弱い"というお前の印象を、ぜひ更新させてくれ」

 

 

ニコは走り出し、まずは指をミサイルに再生成して連射する。

命中、だがアグゼルは不動。そしているとニコはバールを振るい、アグゼルに直撃させた。それもまた不動。ニコは魔力をバールの先端に込める。

 

 

「レンデレオロンペルロ!!」

 

 

ニコの必殺技が炸裂する。だがアグゼルは少し押されただけ、ただそれだけだった。

 

 

「ナメてるのか」

 

 

そして掌から光弾を発射すると、ニコに当たって吹き飛ばされる。

 

 

「ぐぎぃい!」

 

 

地面を滑るニコ。呆れた表情で空を見る。

 

 

「ん、ま、今まではこうだった。だけれども……」

 

 

ニコはそこで持っていた携帯を起動する。

魔法アプリ・レジーナアイの隣に、新しい魔法アプリがあった。

それをタップすると、起動。ニコがおふざけで作った企業名が表示され、さらにニコの顔が書いてあるロゴマークが表示される。

画面には『Loading...』の文字が表示され、キュゥべえのシルエットが走る映像が右下に表示される。

それが終わると、見滝原の夜景が映し出され、白い羽が落ちてくる。それが花びらに代わった。

すると青空が表示され、タイトル画面が映し出される。

 

 

「ででッ! でぇで! ででッ! でっでー! てれれれー、れれれー、てーれれれー」

 

 

音楽を口ずさみながら、ニコは立ち上がる。

丁度、ニコが収録したタイトルコールが携帯から流れた。

 

 

『マギア! レコード!』

 

 

携帯を弄り始めるニコ。

アグゼルも余裕なのか、それとも興味があるのか、腕を組んで沈黙していた。

 

 

「まずは私達参加者だけを異空間に隔離する」

 

 

ホーム画面左上にあるニコの顔をタップ。するとプレイヤー情報のページに切り替わる。

ニコの姿や情報が表示され、その中にある『ホーム背景変更』をタップ。

一覧が表示され、ニコはその中の一つ、『巣立ちは空を見上げて』をタップする。

すると周囲の空間が変化。廃線から、公園の中に変化する。

 

 

「凄いな。だが安心しろ、オレは一般人には興味はない」

 

「そりゃありがたいね。でもここなら周りがぶっ壊れてもいい」

 

 

ニコはバトルと書いてある項目をタップする。すると画面に五つのディスクが表示される。

ニコはその中から、青を二つ、黄色を一つタップする。

 

 

「ディスクには、それぞれ一定時間、私の攻撃に『ある機能』を付与できる」

 

 

アクセルディスク。

ニコの体に青い光が纏わりつき、スピードが上がる。

さらにアクセル効果適応中に攻撃を当てると、アクセルゲージがたまっていく。これは魔力に変換することができるのだ。

 

要するに、ソウルジェムがどれだけ穢れても、アクセルゲージが溜まっていれば強い魔法を使うことができるのである。

さらにアクセルゲージは他の魔法少女にも渡すことができるので、魔力をプールしておくとでも言えばいいのか。

ニコは再びアグゼルに駆け寄ると、蹴りやバールを振るう。それを防ぐアグゼルは、ニコの攻撃力が上がっていることに気づいた。

 

 

「気づいたか。ピュエラコンボ。ディスクは私が指定した仲間に与えることも可能だが、同じ魔法少女なら、ソイツのステータスが攻撃の間だけ上昇する」

 

 

するとニコに纏わりついていた青い光が、黄色に変わる。

ニコは攻撃を打ち込むが、アグゼルはまだまだ余裕だった。

 

 

「一つ聞いてもいいか?」

 

「あ?」

 

「これは反撃してもいいんだよな」

 

「いいよ! 馬鹿にしくさってからに!」

 

 

分かったとアグゼルは言う。

すると前宙でニコを飛び越えながら、掌から光弾を発射して命中させていった。

 

 

「うぎぎ!」

 

 

ニコは衝撃に顔を歪めながらも、携帯を取り出して再びディスクを選択する。次は、黄色、赤、青。

再びニコは指ミサイルでアグゼルを撃っていく。やがて体に纏わりつく光が、黄色から赤色に変わった。

 

 

「食らえ! レンデレオロンペルロ!!」

 

 

ニコは再び光線を発射する。ディスクの恩恵だろうか、レーザーが巨大化しており、範囲が上昇していた。

とはいえ、アグゼルは再びノーモーションで攻撃を受けてみた。

すると爆発が巻き起こり、アグゼルは地面を転がっていく。

 

 

「うッ! づゥ!」

 

「よし! イエス! イエス!」

 

 

ニコはガッツポーズ。

 

 

「黄色の『チャージディスク』を発動している間にお前に攻撃を打ち込めば、チャージポイントが蓄積されていく。その状態で攻撃範囲が上昇するブラストディスクでの攻撃を打ち込めば、チャージポイントが加算され、威力が格段に上昇するのだ!」

 

「よく分からないな」

 

 

アグゼルは立ち上がると、服についた砂を払っていく。

 

 

「そもそも、それをオレに話していいのかよ? コッチは敵なんだぞ」

 

「……あ」

 

 

ニコは唇を噛んで携帯をしまう。

 

 

「それに、攻撃力を上げるのは悪くないが、それだけじゃオレには勝てない」

 

「分かってるさ。ディスクはあくまでもマギアレコードの機能の一つでしかない」

 

 

ニコはほむらに向かって手を伸ばす。

そこでほむらは目を見開いた。頭の中にアナウンスが響く。

簡単に言えば、『渡しますか?』とある。

ニコが頷いたので、ほむらも頷く。

 

 

「コネクト!」

 

 

仁美の魔法と同じ名前だが、いろいろな意味を含めてある。

純粋に似ているというのもあるし、周りへのメッセージでもあるし。

 

とにかく『コネクト』とは、対象の魔法少女の力をニコが借りる魔法である。

ほむらが了承すると、彼女の力がディスクとなって浮き上がる。

さらにニコが手繰り寄せるジェスチャーを取ると、ディスクがニコに吸収された。

ほむらとの魔力接続、ニコは素早く画面を見て効果を確認した。

 

 

(攻撃力アップ!)

 

 

走り、バールを振るう。

バールには闇が纏わりつき、確かに攻撃力が上がっているようだ。アグゼルの表情から余裕が消える。

さらにニコが蹴りを命中させたときだった。突如空間に悪魔が出現。そのデザインは弾丸の魔女(ニコが魔女化したときの姿)を髣髴とさせる。

それが槍を持っており、それを容赦なくアグゼルに突き入れた。

 

 

「グゥウウ!」

 

 

突如現れた悪魔に対処できず、アグゼルは地面を滑る。

ニコは画面を確認。ほむらのコネクトの効果は、『攻撃力アップ』、そして『確立でクリティカル』のようだ。

 

 

「悪くないだろ。私自身は確かに弱いが、ほむほむの悪魔パワーを貰ったなら話は別だ」

 

「なるほどな。今の一撃はなかなか痛かったぞ」

 

「さらに行くぞ!」

 

 

マギアレコードを操作するニコ。『お気に入りに設定しました』と、出る。

すると携帯から光が射出され、シルエットを形作った。

マギアレコード作成には大量のキュゥべえの欠片が使われている。そこからデータを解析し、抜き取り、分析していった。

なので、完成した頃には大量のキュゥべえとジュゥべえのパーツがあった。ニコはそれを『一つ』にしたのだ。

 

 

(そもそも一番はじめに、ジュゥべえを作ったのは私だ。これくらい楽勝なんだよ)

 

 

光が晴れる。

そこにいたのは――

 

 

「キュゥべえ……?」

 

 

思わずほむらが呟く。

ニコが生み出したのは、紛れもないキュゥべえである。

しかしサイズが小さいし、なんだか姿も可愛らしい。

 

 

『モキュ(愛)!』

 

 

鳴いた。ニコはニヤリと笑う。

 

 

「どうだ? 私のアシストアニマル。小さいキュゥべえさ」

 

 

名前はミニべえでも良かったが、それではニコのイマジネーションは満足できない。

 

 

「名前は、喪九(もきゅう)

 

「………」

 

 

沈黙するほむら。それが良いか悪いかはさておき、ニコはさっそく喪九へ命令を出していた。

 

 

「喪九! いけ! 魔獣に纏わりつけ!」

 

『モキュ(了)!』

 

 

喪九はテテテと走り出し、アグゼルに向かっていく。

ニコはニヤリと笑ったままだ。

喪九は戦闘能力は低いが、ひっかいたり噛み付いたりはできる。さらに敵はあの愛らしい姿に惑わされ――

その時だった。ピョンと跳ねた喪九、その顔面にアグゼルの拳が叩き込まれる。

 

 

「モギュウェアアアアアアアアアア(死)!!」

 

 

喪九、消滅。

 

 

「モキュゥウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!」

 

 

天を仰ぐニコ。

何の時間なの? ほむらが汗を浮かべ、アグゼルはつまらなさそうに手を払っていた。

 

 

「その機能は削除しておけ。時間の無駄だぜ」

 

「ざけんな! よくも私のペットを! 修復するのに一時間掛かるんだぞ!」

 

「それで? もう終わりなのか? マギアレコードとやらは」

 

「まだあるに決まってるだろ」

 

 

メインメニュー右の欄、そこにあるメモリアという場所をタップする。

舞い落ちるカードが表示され、ニコはさらにメモリア一覧をタップした。

キュゥべえの欠片から採取した今までのゲームログを再生する。それが『メモリア』だ。

 

ズラリと並ぶ『記憶』たち。ニコはそこから一枚を選ぶ。

メモリア名、『頼れるマミ先輩!』。カードには、まどかとマミが腕を組んでいる写真が掲載されていた。

それをタップすると、携帯からカードが射出、それはゲートとなり、自動的にニコを通過する。

カードがニコの体を通り抜けたとき、その時の記憶が流れ込んでくる。

 

 

『信じられないような出来事があっても』

 

 

まどかの声が、頭に響いた。

 

 

『とっても怖い目にあっても』

 

『マミさんが前を歩いてくれるから、一歩を踏み出せる』

 

『マミさんがそばにいてくれるから、心を強く持てる』

 

『いつもありがとうございます。強くて優しい、大好きな先輩』

 

 

まどかの記憶だった。

マミへの信頼と好意が伝わってくる。頭に直接流れ込んでくるからか、マミのことをあまり知らないニコでさえ、マミを好きになりそうになる。

同時に怒りもこみ上げる。これはかつての記憶だ。その時間軸は、どうせ――……。

 

 

『スラッシュ・アデプト』

 

 

携帯から電子音が流れる。

感情が魔力を活性化させる。記憶が魔力を再生成していく。

ニコのバールに、まどかの結界が重なり、桃色に光る剣になった。

 

 

「ハァア!」

 

 

ニコは地面を蹴った。ほむらのコネクトはまだ継続中である。

背中から黒い翼が生え、ニコは空を飛んでアグゼルに接近する。

 

 

「悪くない闘志だ。魔獣には出せない殺気の種類だな」

 

 

アグゼルも真っ向から向かっていく。

ひとさし指と中指を伸ばして『銃』を作ると、レーザーを発射する。

ニコはそれを切り裂き、アグゼルを切り裂いた。

 

 

「………」「………」

 

 

着地するニコ。アグゼルはゆっくりと斬られたところを見る。

 

 

「更新するぜ神那ニコ。お前は、"普通"だ」

 

「効いたってことだな、私の一撃」

 

「ああ。痛いな」

 

「当たり前さ。鹿目の想いと、暁美の想いを背負ってる」

 

 

ニコは振り返り、確かな怒りを表情に乗せていた。

 

 

「熱い想いだ。それを今まで、お前らが踏みにじった」

 

「……なるほど。悪くない。これを食らい続ければオレは死ぬぜ」

 

 

だが、と。

アグゼルはニコに刻まれた傷を指差す。

腕にできた傷だった。ニコは首を狙ったのだが――、防御されたのだ。

 

 

「攻撃力が上がっても、お前の腕が悪い」

 

「ッ」

 

「鹿目まどかと暁美ほむらの想いか。それはご立派なモンかもしれないが、お前に理解できるのか?」

 

「ぐッッ」

 

「テメェもまだ、甘いな。心を真に理解できなきゃ魔獣と同じだぜ」

 

 

アグゼルは腰を落とし、両手を右の腰部分に持っていく。

 

 

「それに強いものが弱いものを食うのは当たり前のこと。自然の摂理だろうが」

 

 

掌と掌に光が生まれ、一瞬で力が増幅する。

 

 

「ハァアアアアア!」

 

 

アグゼルは踏み込み、腕を伸ばす。

掌の光から巨大なレーザーが発射され、ニコに直撃した。

 

 

「ぐあぁあああ!」

 

 

地面に倒れるニコ。

衝撃でマギアレコードが解除されたのか、景色が廃線に戻った。

 

 

「神那ニコ!」

 

 

ほむらは、すぐにニコに駆け寄っていく。

一方でアグゼルは背中を向けた。

 

 

「城戸真司にはガッカリさせられたが、悪くない。もっと強くなれ、参加者ども」

 

「……逃げるの?」

 

「帰るんだよ。星の骸に」

 

 

まだ殺しあってもいいが、それじゃあアグゼルは満たされない。

今の神那ニコを殺しても、今の城戸真司を殺して、なんにも楽しくない。欠片も気持ちよくなれない。

 

 

「城戸真司。今のお前じゃ魔獣には勝てない。中身も、外側も、まだまだなんだよ」

 

「はー? 今までをご存知でない!? しっかり! ばちこり! 勝ってますがな!」

 

 

ニコに煽られると、アグゼルはニヤリと笑って中指を立てた。

そして歩き去っていく。起き上がっていた真司は、悔しげにアグゼルの背中をずっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。城戸真司、佐倉杏子のこと、気にすると思って」

 

「それは――ッ、まあ、うん」

 

 

戦いが終わった後も、三人は廃線跡地に残っていた。

ほむらは真司に、虚心星原でのことを嘘偽りなく語った。

彼女たちはシルヴィスに操られ、杏子を見殺しにしたのだ。

 

 

「………」

 

「仕方ないことだとは言わないわ。けれど、貴方のせいではないわ。城戸真司」

 

「でも、俺が落とした……!」

 

「私は撃ったわ」

 

 

ほむらはへたり込んでいる真司に視線を合わせ、肩に手を置く。

 

 

「落ち込む気持ちは大事だけど、それで杏子は帰ってこない」

 

「ッ」

 

「今いる杏子に思い出してもらうために、私は前に進むわ。貴方はどう?」

 

「それは――……、ああ」

 

「元気を出して、貴方が落ち込んでいたら、まどかも悲しむわ」

 

 

ほむらはそう言って、歩いていく。

ニコも真司に駆け寄ると、優しくポンポンと肩を叩き、何かを差し出した。

 

 

「これをあげよう。さっきコンビニでプリン買ったときにもらったスプーンとおしぼりだ。これで手を拭いて、スプーンで甘いものでも食べなさい」

 

 

そういってニコは帰っていった。真司はスプーンを見つめながら、深いため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、どうだ? 世界が融合した感想は」

 

「味わったことのない感覚だよ。さっきまですっかり忘れてたわけだし」

 

 

喫茶店では辰巳シンジがコーヒーのカップを見つめている。

その向かい側では、門矢士がメニューを睨んでいた。

 

 

「イツトリの力が不完全ながらも働いているんだろう。そもそも世界には、ある程度の適応力が存在している。それらが合わさって異物のお前にも居場所ができてるって訳だ」

 

「よく分からないけど、どうすれば元の世界に帰れる?」

 

「ほっとけば、そのうちに妖精共が気づいて戻されるだろう」

 

「じゃあ、それを待てばいいのか……」

 

「本当にそうかな?」

 

「え?」

 

「帰ったところでどうなる?」

 

 

シンジは俯き、拳を握り締める。

 

 

「気づいてたのか」

 

「まあな。お前の不安定な心が世界の亀裂を生み出した原因かもしれない」

 

「え? ほ、本当か?」

 

「確証はないがな。何があった? 俺が相談に乗ってやろう」

 

 

シンジは一瞬断ろうとしたが、やがて諦めたように語り始める。

 

 

「ドラスたちとの戦いが終わって、元の世界に帰ったんだ」

 

 

その日は、雨が降っていた。

シンジはアスファルトの上に倒れていた。苦痛に呻いていると、湖白が傘を捨てて駆け寄ってきた。

 

 

「辰巳さん! 大丈夫ですか!」

 

「う――ッ! ぐッッ!!」

 

 

そんな二人の前に、蛇の鎧が立っていた。

それが割れると、ウェーブ掛かった髪を一つに結んだ青年が現れる。

名前は深水(ふかみ)タケシと言うらしい。

 

 

「俺の勝ちだな」

 

 

確かにそうだ。しかしシンジは納得できなかった。

湖白の腕から抜け出し、フラつく足で深水に詰め寄る。

 

 

「アンタ! 本気なのか――ッ!」

 

「ああ。あの女は有罪だ」

 

「違う! 彼女は無実だ! 証人もいる!」

 

「だがその証人が逃げた。無実なら胸を張っていればいい」

 

「それは――ッ、でも!」

 

「まあ、俺にとってそんなことはどうだっていいんだよ」

 

「ッ?」

 

 

そう言って、深水はサイコロを取り出す。

 

 

「奇数が出れば有罪、偶数が出れば無罪」

 

「!?」

 

 

その時、シンジはゾッとして腰を抜かした。

 

 

「ま、まさか! 今までも!?」

 

「ああ。三人死刑にしたが、本当に有罪だったのかは知らねぇ」

 

「な、なんて恐ろしいことを!!」

 

「だが司法は俺達に委ねられた。そういう裁判が俺達の役目だろ?」

 

 

警察の必死な捜査があって、容疑者は掴まった。

その後、いろいろな流れを経て、今日に至る。

 

 

「いずれにせよ、お前は俺に負けた。それだけ。それ以上も以下もない」

 

 

そう言って深水はヒラヒラと手を振って帰っていった。

雨が降っていたからか、視界が悪い。彼はすぐに消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

「いろいろ、分からなくなった」

 

 

喫茶店にいたシンジは顔をあげる。

向かいの席では、士が一生懸命にレーズントーストからレーズンをほじくり、除外していた。

 

 

「おい! 真面目に話してるんだが!」

 

「吼えるな。だいたい分かった」

 

 

そういうと士はテーブルの上に何かを置いた。

シンジは『それ』を見て、ハッとした表情を浮かべる。

 

 

「どうして……? 砕かれたのに」

 

「それが、お前なんだよ」

 

 

士は、そのアイテムを弾く。テーブルの上をスライドし、シンジのもとへ。

 

 

「ま、今は異世界観光でもしておけ。どうだ? 見滝原は」

 

「……まあ、悪くないよ」

 

「で? 今日はどんなことをしたんだ?」

 

「城戸真司って人に会った。彼とチームを組んでるんだ」

 

「なるほど。城戸とねぇ……」

 

「ッ? 知り合いなのか?」

 

「さてな」

 

 

士は穴だらけのトーストを掴むと、ガブリと豪快に口に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

翌日、土曜。ファミレスに、まどか、ほむら、マミの姿があった。

ほむらは500円のモーニングに100円を追加して、パンをフレンチトーストにしてもらった。

運ばれてきたそれを睨むと、ナイフで切って、フォークで突き刺す。

そして大きな口をあけると、一気にほお張ってみせる。

 

 

「おいひい」

 

「ぶふっ!」

 

 

思わず吹き出すマミ。ほむらは訝しげな表情でマミを睨んだ。

 

 

「なに?」

 

「い、いえ。ごめんなさい。そういうの珍しいなって思って」

 

 

見ればまどかも頷いて笑っている。ほむらは少し恥ずかしそうに頬を赤く染める。

 

 

「いいじゃない。もっと食を楽しもうって決めたの」

 

「いいと思うよ。ふふっ、美味しそうに食べるほむらちゃん、とっても可愛いし」

 

「恥ずかしいからやめて。ほら、まどかも食べて、とっても美味しいわよ」

 

 

さて、これからどうしようか。

実は前日、ほむらはまどかにある相談をしていた。

城戸真司が酷く落ち込んでいるから、なんとか元気付けてあげられないだろうかと。

 

 

「まあ、あれはね……」

 

 

マミはコーヒーを見つめて呟く。彼女も杏子に言ってしまった言葉や、行動は覚えている。

 

 

「でも悪いのは全て魔獣よ。落ち込むことと、引きずることは違うわ」

 

「そう、だよね」

 

 

まどかは窓の外を見る。

落ち込んでいて、また何かを失うよりは、前に進んだほうが良い。

 

 

「そう言えばネットで見たんだけど、見滝原に猫ちゃんがいるカフェができたみたい。真司さんワンちゃんは苦手みたいなんだけど、猫ちゃんなら大丈夫かも」

 

「いいわね。動物と触れ合えば気分がリフレッシュするかも。アニマルセラピーっていうのもあるらしいわよ」

 

 

マミの賛同。

ほむらも頷きながら、ナイフで目玉焼きの黄身を潰し、黄身とベーコンを絡ませて口に入れる。

 

 

「……おいしい」

 

「ふふっ、良かったねほむらちゃん」

 

 

そこで、まどかは携帯で時間を確認した。

 

 

「でも今日は真司さん、お仕事があるみたい」

 

「取材かしら?」

 

「うん。あのね――」

 

 

 

 

 

 

 

「ようし、じゃあ行こうか辰巳くん」

 

「はい。良い人が見つかるといいですね」

 

 

真司とシンジ。二人は現在、見滝原の駅にいた。

今日もコラボ雑誌のワンコーナーの取材である。編集長の提案なのだが……。

真司は少し呆れた表情で企画名を見る。

 

 

『YOUは何しにレッラーイww』

 

「なーんか、どっかで見たことあるんだよなぁ……」

 

 

見滝原にやってきた海外からの観光客に密着して、いろいろ話を聞こうというコーナーだった。

なんでも、シンジは軽い英語ならできるらしい。

また、真司は空が見たくなった……。

 

ま、まあいいだろう。

真司たちはさっそく駅で外国人がいないかをチェックする。

休日というのもあって、人は多い。見つけるまでに時間はそう掛からなかった。

一人、赤いラインが二本入った黒いジャケットを着て、リュックを背負った青年がいたので声をかけてみる。

 

 

「ア、アノ、ハジメマシテ、ワタシ、キドシンジ……」

 

「き、城戸さん。それ全部日本語です!」

 

 

真司は英語が苦手であった。そうしていると、青年は笑みを浮かべる。

 

 

「大丈夫。日本語できるよボク」

 

「ぉ、おお! ナイス! センキュー!」

 

「城戸さん! 今度は城戸さんが英語になってます!」

 

「お、おお。すいませんッ。いやッ、あの俺、日本の雑誌記者なんですが、少しインタビューいいですか?」

 

「ああ、いいよ。大丈夫。ボクは"キット・テイラー"。よろしく!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

公園。普通の公園だ。

少し遊具があって、ベンチがあって、自販機なんかもある。

そこに真司たち三人はやって来ていた。

 

 

「でも、いいのかな? 密着してくれるのはありがたいんだけど……、目的がないんだ」

 

 

キットは肩を竦める。

たまたま時間ができて、運良く宝くじが当たってお金ができたので日本に来たらしい。

自由気ままなノープラン旅、真司も何かキットに運命的なものを感じて、ノープランで取材してみることに。

 

 

「お気になさらず。ありのままでいいんですよ」

 

 

許可も取ってあるので、シンジはカメラでキットを撮影していく。

 

 

「でも、そうですね、せっかくなのでいくつか質問してもいいですか?」

 

「ああ、いいよ。何でもどうぞ」

 

「どうして日本に?」

 

「前から一度、来てみたかったんだ。ボクはバイクが好きでね。日本のバイクは出来がいいから。あと食べ物は美味しいらしいし、景色も綺麗だって聞いたから」

 

「はい、美味しいですよ。僕もいくつか店を知ってるので、この後どうですか?」

 

「いいね! お願いするよ!」

 

「ところで、日本語凄いお上手ですよね? どこかで勉強を?」

 

「本屋にはよく行くんだ。そこで日本語について書いてある本があって。それにッ、夢でもよく日本語を話す人たちが出てきてさ」

 

「へぇ、不思議ですね」

 

「だろ? それでいつの間にか」

 

 

キットはベンチに座って、さきほどコンビニで買ったお茶を飲む。

 

 

「ワオ、苦いね。でも美味い」

 

 

そこでふと、キットは公園の端でしゃがみ込んでいる子供を見つける。

 

 

「あの子は何をしてるの?」

 

 

男の子はずっとしゃがんで何かを弄っているようだった。

もしかして気分でも悪いのだろうか? 真司がすぐに駆け寄る。

 

 

「どうした? 何やってんの?」

 

「アリ、いじめてる」

 

 

嫌な子だなぁ……。真司は唇を噛む。

 

 

「キミ、名前は? 俺は城戸真司」

 

竜生(たつお)

 

「竜生くん。あのな、この地球ではみんな一生懸命に生きてるんだ。おけらだって、なんだっけ? こけし? 蚊? あれ? ま、まあとにかく皆友達なんだよ」

 

「大丈夫。殺してないよ。大切なのはこのアリンコどもに人間様の偉大さを教えることであり、殺したら――」

 

 

嫌な子だなぁ……。真司はまた唇を噛む。

するとその時だった。不快な耳鳴りが聞こえたのは。

 

 

(魔獣!!)

 

 

真司は立ち上がると、周囲を確認する。するとアパートの上にアグゼルが立っているのが見えた。

 

 

(アイツ!)

 

 

アグゼルは真司が気づいたのを知ると、ニヤリと笑い、ポケットからダークオーブを取り出す。

そしてそれを、投げた。

ダークオーブは猛スピードで真司たちがいる公園の上空にくると、そこで弾け、一瞬で魔女結界を構築してみせる。

 

 

「マズイッ! みんな! 集まって!」

 

 

真司は竜生の手を取ると、急いでシンジたちのもとへ。

丁度、四人が集まった時だ。上空から立ち耳の魔女、キャンディが降ってくる。

一見すればピンクのウサギちゃん。だが真司にはその姿に見覚えがあった。虚心星原でユウリが呼び出している。

シャルロッテもそうだ。可愛い見た目に騙されてはいけない。

 

 

「凄い! やっぱり日本のキャラクターはキュートだね!」

 

「や! いやいやッ! そんなんじゃないんだ!」

 

「え?」

 

「アレは、そのッ、化け物なんだよ!」

 

 

化け物。それを聞いてシンジの表情が変わった。

確かに、突如変わった景色や、キャンディから発生する言いようのない不快感は普通じゃない。

シンジはすぐに前に出ると、真司達を庇うように立つ。

 

 

「ここは僕に任せてください」

 

「やッ、ややややや! 駄目だって辰巳くん!」

 

 

真司は急いでシンジの前に出る。

 

 

「大丈夫。ふたりは下がってて、ボクが何とかするよ」

 

 

真司とシンジが掴まれ、グイっと後ろに下げられる。

反対にキットが大きく前に出た。しかし慌てたように真司がまた前に出る。

 

 

「いやいやいや! 本当に! 素人にどうにかできるヤツじゃないからアレ!!」

 

 

ならばとシンジが真司の前に立つ。

 

 

「大丈夫ですから! 僕を信じて!」

 

「だから!」

 

 

ここで真司が前に。

一方でドドドドドドと勢いよく走り出すキャンディ。

グッと腕に力を込めて、容赦ないストレートを真司に向ける。

可愛らしい手だが、コンクリートを砕く力も持っている。真司は真っ青になって目を見開いた。

 

 

「!!」

 

 

しかしここで激しい熱を感じた。

空から炎弾が降ってくると、キャンディの前に直撃して爆発する。

爆風でキャンディは地面に倒れ、転がっていく。真司が空をみると、そこにはドラグレッダーの姿が。

 

 

(よし! ナイスドラグレッダー!)

 

 

ふと、前を見る。またシンジが前に出ていた。

止めようとする真司だが、そこで停止する。シンジはある物を持って、それを前に突き出していた。

それを見た瞬間、真司の頭が真っ白になる。

シンジが持っていたのは、紛れもない、カードデッキだったのだ。

 

 

「!?」

 

 

シンジの腰に装着されるVバックル。彼は、右腕を左上に伸ばす。

そのポーズは間違いなく、城戸真司の構えと同じであった。

 

 

「変身!」

 

 

デッキをセットする。

すると出現する鏡像。辰巳シンジの姿が、騎士・龍騎へと変身する。

 

 

「えええええええええええええ!?」

 

 

仰け反る真司。腰を抜かして口をパクパクさせていると、キット・テイラーが前に出る。

 

 

「驚いたな。ボクと同じライダーがいるなんて」

 

「「え?」」

 

 

キットは前に出ると、カードデッキを前に突き出した。

デッキが光り輝き、赤い電撃が迸る。するとキットの腰にVバックルが装着された。

ただ、真司のものと比べると、少し上下の幅が広いように感じた。

 

 

「K・R――ッ!」

 

(桑麺雷同?)

 

 

真司は英語が苦手だった。キットはデッキをVバックルへセットする。

するとバックル上下がカチッと音を立てて閉じ、デッキを固定する。

するとデッキがバックルの奥へ進行、発光しながら回転を始める。

 

バックルが強い光を放った。

するとキットの体を中心として、二本の輪が生まれる。

輪はそれぞれ逆方向に回転し、エネルギーがそれに合わせて大きな球体をつくる。

球体の中にいるキットの姿が変わっていく。エネルギーがはじけると、そこに立っていたのは紛れもなく『龍騎』であった。

 

 

「「ええええええええええええええ!?」」

 

 

仰け反る真司と龍騎(シンジ)

するとキャンディが立ち上がるのが見えた。真司は震えながらも立ち上がり、カードデッキを取り出した。

もう訳が分からない。訳が分からないが、無視はできない。

 

 

「どうなってんだよ……!」

 

 

声が上ずる。真司がデッキを突き出すと、Vバックルが装備される。

 

 

「変身ッ!」

 

 

ポーズをとってデッキをセットすると、真司は龍騎に変身する。

 

 

「「ええええええええええええええ!?」」

 

「わ、分かってる! そうなるのは分かってるから!」

 

 

龍騎(真司)は、龍騎(シンジ)龍騎(キット)を抑えると、前に出た。

 

 

「でもッ! どうして二人が龍騎に?」

 

「え、えっと僕は――ッ!」「待って待って! 龍騎って何? ボクはドラゴンナイトだ!」「ど、どら? いやいや龍騎だろ!」「だから龍騎って何!? ドラゴンナイトはドラゴンナイトだ!」「いや、でも! だから――」「待ってください城戸さん! 龍騎をそのまま英語にするとドラゴンナイトだから――、つまり!」「え? あぁそっか。って! いやいや! 龍騎ってそんな海外展開もしてるのかよ!」

 

 

ギャーギャーやってると殴れた。

キャンディだ。フックで龍騎を吹き飛ばし、アッパーで龍騎を吹き飛ばし、ストレートで龍騎を吹き飛ばす。

そして残った竜生に向かって走り出す。

 

 

「ぎゃ、ぎゃあああああああ!」

 

 

目を見開き、青ざめる竜生。

しかし光が迸ると、竜生の前に巨大な盾を持った天使が出現、キャンディのパンチを真っ向から受け止める。

 

 

「逃げろ! 竜生くん!」

 

 

立ち上がった龍騎の手にはスキルベントのカード。

エンゼルオーダーで天使を呼び出したのだ。竜生は頷くと、急いで魔女から離れるように走る。

それに合わせて、天使も竜生に着いて行った。

 

一方で吼える龍騎たち。

一勢に走り出すと、龍騎と龍騎と、ドラゴンナイトがキャンディに掴みかかって竜生から引き剥がそうと押していく。

しかしキャンディは怪力だ。龍騎を掴むと簡単に投げ飛ばし、ポイポイとファンシーな音を鳴らしながら龍騎とドラゴンナイトも投げ飛ばす。

 

 

「うぐッ!」

 

 

地面に叩きつけられた龍騎達はすぐに立ち上がると、再びキャンディを目指す。

しかしそこでキャンディの色が変わり、顔がパックリと割れた。さらに耳が巨大化し、口のように変わる。

耳は鋭利な牙を光らせ縦横無尽に移動、近づこうとする龍騎たちを弾き飛ばし、接近を拒否する。

三人は別角度からの進行を試みるが、それも無理。高速でしなる耳に弾き飛ばされ、次々と倒れていった。

 

 

「こんのッッ!」

 

 

だったらと、三人はデッキからカードを抜いて立ち上がる。

面白いもので、同じ龍騎であったとしても選んだカードが違っていた。

真司が――『ガードベント』

シンジが――『ストライクベント』

キットが――『SWORD・VENT』

 

 

「ウォオオオオオオ!」

 

 

龍騎は両手に盾を構えて、強引に突進で突き抜けようと試みる。

キャンディはすぐに龍騎へ耳を向かわせるが、龍騎は必死に衝撃に耐えながら確実に前に進んでいく。

 

一方でドラゴンナイトはドラグセイバーを手にして、走り出した。

強引な真司や、慎重なシンジとは違った動きだ。大胆、かつ繊細に舞う。

まさにそれはアメリカのスタントを思わせるダイナミックな動きであった。

前宙や側宙を交えながら、蹴りを織り交ぜていく。それはまさにエクストリームマーシャルアーツ。跳ね、回り、ドラゴンナイトは剣で耳をはじいていく。

 

一方で逆に距離をとった龍騎。

近づけないなら、無理に距離を詰める必要はない。

飛び道具で攻めればいいとの判断だ。ドラグクローの口を光らせると、火炎放射を発動。

キャンディも紅蓮の炎をかき消そうとするが、強引に突き進んでくる龍騎とドラゴンナイトに焦っていたのか、耳をその二つに回してしまい、隙が生まれてしまった。

 

 

「ハァアア!」

 

 

炎を受けて怯んだところに、ドラゴンナイトの一撃が入った。

よろけるキャンディ。それを見て、龍騎は両手に持っていたドラグシールドを投げ捨てる。

そして全力疾走、両足を揃えて飛び上がると、そのままキャンディの背中にドロップキックをおみまいする。

キャンディは前のめりになると、そのまま顔面から地面に激突。

それを見て、龍騎は追加のカードを発動。ドラグアローを生み出して、弦を引き絞る。

 

 

「オラアア!」

 

 

矢がキャンディの後頭部に刺さった。すると鏃が矢柄から分離、ひし形の燃料が埋め込まれる。

 

 

「あそこに炎を当てれば、爆発を起こせる!」

 

「分かりました!」「了解!」

 

 

走るドラゴンナイト。飛び上がり、キャンディの頭を踏みつけると、さらに跳躍。

同じく地面を滑る龍騎。こうして、龍騎達はトライアングルの並びになって、キャンディを囲む。

 

 

『ストライクベント』

 

『STRIKE・VENT』

 

 

真司とキットもドラグクローを装備。

構え、腰を落とす三人。すると空間が割れて、三体のドラグレッダーが飛び出してきた。

 

 

「グルルルル!」「グォオオン!」「ゴアアアアアアアア!」

 

「おい! 気持ちは分かるけど今は喧嘩するなよ! 狙いはあっち!」

 

 

流石に自分と同じ顔がいることが気持ち悪いのか、ドラグレッダーたちは互いを威嚇しあっている。

しかし龍騎に促されると、それぞれの主人のもとへ飛来。

周りを飛び回り、口の中を光らせる。

 

 

「ハァアアアア!」

「デヤアアアアア!」

「タァアアアアア!」

 

 

昇竜突破。

三つの炎弾が同時に放たれ、倒れているキャンディに触れる。

ドラグアローのエネルギーに炎が触れて、大爆発が巻き起こる。

爆風に耐えながら龍騎は、ファイナルベントのカードを抜き取った。

シンジだ。彼がカードをバイザーに入れると、電子音が発生する。

 

 

『ファイナルベント』

 

 

走り、飛び上がり、前宙、そして一気に足を突き出した。

一方で爆煙から不愉快な鳴き声が聞こえる。真司とキットは思わずゾッとした。

中から出てきたのはキャンディだが、頭部の綿が燃えこげ、中身がむき出しになっている。

それは『骨盤』だ。人間の骨盤がキャンディの頭部なのだ。

キャンディは怒りに吼え、龍騎のもとへ走るが――

 

 

「ヅァアアアアアアアアアアアアア!」

 

「ギュゲェアアアアアアアアアアアア!」

 

 

龍騎のドラゴンライダーキックが炸裂。

キャンディに直撃すると、粉々に爆散させる。

 

 

「よっしゃあ!」

 

 

崩壊する魔女結界。

龍騎はガッツポーズを取り、龍騎たちに駆け寄ろうとする。

 

 

「それにしても、どうして龍騎が――」

 

 

その時だった。龍騎と龍騎とドラゴンナイトから火花が上がったのは。

 

 

「ぐあぁあ!」「うあぁあ!」「ッツ!」

 

 

倒れる三人。

なんだと視線を移動させると、そこには竜生の姿が見える。

いや、それだけじゃない。竜生の隣に、真司くらいの大きさのドラゴンが立っていた。

赤い体に金色の角。どことなくドラグレッダーを思わせるが、二本の足で立っているし、背中には大きな翼もある。

 

 

「おい竜生、あの三人に攻撃して良かったんだよな?」

 

「ああ、どっからどう見ても偽者だろうが」

 

「いや……、でもワシが寝てる間に一体何が……?」

 

 

ドラゴンがおもいっきり喋っている。

すると竜生が鼻を鳴らし、龍騎たちをギロリと睨みつけた。

 

 

「おいお前ら! どこの誰だかしらねーけども!」

 

「「「!」」」

 

 

炎が迸る。竜生の腰に、ベルトが現れた。

しかもこのベルト中央、赤いバックルの部分に描かれた紋章は間違いなく――

 

 

「オレのパクリとはッ、最高に気に入らねぇ! 変身!!」

 

 

竜生は右腕を斜め左に上げる。間違いない、龍騎の紋章に、龍騎の変身ポーズであった。

だからこそ竜生が炎に包まれ、炎が晴れたときに、その姿が龍騎になっているのは不思議な話ではない。

 

 

「「「ええええええええええええええええ!?」」」

 

 

驚き、仰け反る龍騎と龍騎とドラゴンナイト。

まさか小学生までもが龍騎に? しかも竜生が変身した龍騎は他とは少しデザインが違っている。

まず当たり前だが、小さい。そして肩や胸に赤い装甲が装備され、最も特徴的なのは足が、ドラゴンの足を思わせるような重厚な装甲で覆われている。

さらに腰にも注目してほしい。カードデッキがないのだ。

しかし、その他は紛れもなく龍騎と同じであった。

 

 

「殺るぞ、ドラグレッダー!」

 

「……なあ、本当にアイツら敵なんだよな。ワシ、本当に攻撃してもいいんだよな」

 

「そう言ってるだろ! 龍騎はオレ一人でいいんだよ! (ライド)変身(アップ)!」

 

 

隣にいたドラゴンはやはりドラグレッダーらしい。そして、龍騎が合図をすると、ドラグレッダーが粉々になる。

正確には分解されたのだ。そしてそのパーツが次々と龍騎に装着されていくではないか。

金色の角は龍騎の額に、肩の装甲は、そのまま肩に。

さらに海をも一越えできる翼が、龍騎の背中に装備される。

金色の尻尾であり、山をも切り裂く剣であるドラグセイバーは左腕に。

そして空をも焼き尽くす炎を発射できるドラグレッダーの頭部が、右腕に装着された。

 

 

「モンスターと合体した!」

 

 

驚く龍騎。さらにそこで一同は、混乱に包まれる。

竜生が派手に騒いでいたから、新たなる参加者に気づくのが遅れたのだ。

 

 

「見つけた……! 見つけたぞ!!」

 

「!」

 

 

一同の視線が集まる。

ウェーブ掛かった髪を右に流した青年だった。酷く疲れているようにも見える。

一方でその表情には悲しみや、怒りが見えた。

 

 

「龍騎、龍騎ィイイ! お前を倒せばァア!」

 

 

その男、加納(かのう)達也(たつや)は叫び、時計のようなアイテムを起動させた。

 

 

『リ゛ュ゛ウキ……!』

 

 

ノイズに包まれる。

そして達也の姿は、一瞬で『龍騎』へと変身を遂げた。

絶句する一同。その龍騎の禍々しい姿たるや。

中華風の鎧。大きく突き出た肩の装甲。首にはスカーフ。凶悪な表情。左腕には禍々しい龍の頭部。

そして右胸の装甲には『RYUKI』の文字。左側の装甲には『2002』と刻まれている。

それはもう一つの龍騎、アナザー龍騎とでも言えばいいか。

 

 

「なんだよ……! 一体何が起こってるんだよ!」

 

 

龍騎は思わず叫んだ。龍騎も同じ気持ちである。

ドラゴンナイトは怯み、龍騎とアナザー龍騎は殺気を放出している。

 

 

「え? え?? えぇぇええ!?!?!??」

 

 

それは、まどかたちも同じだった。

魔女の気配を感じて駆けつけてみれば、これである。

ほむらとマミは目を見開き、まどかは震える指で龍騎を指差している。

 

 

「し、真司さんが、いち、にぃ、さん……!?」

 

「りゅ、龍騎がいっぱいいるわ! ど、どどどうなってるの! 龍騎祭りにでも紛れ込んでしまったの!?」

 

「落ち着いてまどか、巴さん! ただ龍騎が増えてるだけよ!」

 

「それは大事件だよほむらちゃん!」

 

 

そうしているとエンジン音。公園に、マシンディケイダーが停車する。

 

 

「呆れるくらい龍騎だらけだな。胸焼けするぜ」

 

 

門矢士は、足を旋回させて車体から降りる。

 

 

「お前は……!」

 

 

息を呑む龍騎。士には覚えがある。

 

 

「どうなってるんだ士!」

 

 

一方で龍騎が士に駆け寄ろうとするが、そこで発砲音。

士はライドブッカーを銃に変えると、龍騎の足元を撃ったのだ。

 

 

「なにしやがる!」

 

「宣戦布告だ。こんなに龍騎がいるんだ。蠱毒でもはじめようぜ」

 

「はぁ!?」

 

 

士が取り出すのは、マゼンタに輝く『ネオディケイドライバー』。

それを装着すると、一枚のカードを抜いた。

 

 

「変身!」『カメンライド!』『リュウキ!!』

 

 

鏡像が二つ、重なる。

そこに立っていたのは、紛れもなく龍騎に変身した士であった。

 

 

「ま、また、りゅうきぃ……!」

 

「まどか! まど――ッ、まどかぁああ!」

 

「りゅうきぃ、うぇひひぃ、りゅうきがいっぱいらぁ……!」

 

 

相当混乱しているようだ。まどかは目を回すと、ほむらの方に倒れ掛かる。

一方でディケイドはドラグセイバーを取り出すと、剣先を全ての龍騎に向ける。

 

 

「前から多いと思ってたんだ。そろそろ本物の龍騎を決めるのも悪くないかもってな」

 

「ッ!」

 

「それに戦い合うのが龍騎だろ? さあ、行くぞッッ!」

 

 

走り出すディケイド。いや、龍騎。

龍騎たちは覚悟を決め、龍騎を睨んで走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

特別編『龍騎』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわー、すっごいこと始まっちゃったよ」

 

 

高台。

常磐ソウゴは右手に双眼鏡を持って龍騎と龍騎と龍騎とアナザー龍騎とドラゴンナイトとディケイド龍騎を眺め、左手でハンバーガーを持っている。

一口かじると、隣にいた家臣がナプキンを持ってソウゴのお口をフキフキしていた。

 

 

「どうするんだい、我が魔王」

 

「どうしよっかなー。ねえ、アンタならどうする?」

 

「さあ。どうしようか。それにしても、フフ、士ってばあんなにはしゃいでしまって」

 

 

海東、ソウゴ、ウォズは遠くの様子を眺め、ニヤニヤと笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「準備が完了しました」

 

 

城の中、少女は頷いた。

そして立ち上がり、魔法陣の中央へと立つ。

見た目は人間だが、頭には二本の角があった。そして髪は朱色で、目は緋色だ。

八重歯ではなく、牙だろうか? おっと、尻尾もある。

 

 

「この龍姫(りゅうき)・ドラーグ=R=カレンが、勇者たちの召喚を行います!」

 

 

少女は龍記(りゅうき)に従い、魔力を解き放つ。

空に、無数の魔法陣が広がった。

多い? いや、今更中止はできない。龍姫は魔力を――『龍氣(りゅうき)』を一気に流し込む。

 

 

「どうか――ッ! 邪悪な龍鬼(りゅうき)から、龍樹(りゅうき)をッ、私たちを守って!!」

 

 

祈る龍姫。

それを鏡の中で、白いドレスをきた少女・サラが悲しげに見つめていた。

 

 

『また、龍騎の戦いが始まるんですね。また。また……』

 

 

その時、魔法陣から十字に燃え滾る炎が溢れた。

 

 

 

 





ワイルドボーダーってよく見たらかっこいいんですよね(´・ω・)
っていうか、ミラーモンスター全体的にデザインいいですよね。
それで原作と違って、この作品はワイルドボーダーの肩にあるキャノン砲が基本的には上を向いてます。
シルエット的にはエヴァ初号機みたいな……。


それで龍騎編なんですが、一応、新龍騎たちの説明を軽く。


・辰巳シンジ

ディケイドに登場。ヤンデレとか言われてたりも。
基本的には礼儀正しいけれど、若干攻撃的な面もある男。
役者さんが引退してしまったのが残念ですな(´・ω・)
彼のまわりのキャラクターはオリジナルです。


・キットテイラー

ドラゴンナイトに登場。海外版龍騎。
いろんな人に振り回される。ドラゴンナイトは現在youtubeで、毎週火曜日に無料配信中。


・駈斗(かど)竜生(たつお)

コロコロコミックで掲載していた漫画の主人公。苗字はオリジナル。
コンセプトは歴代ライダーが龍騎のようにモンスターと契約、合体をするという企画。
ただカブトまでで企画は終了。この作品の要素は今後もチラホラ出てくるので、できればまだググらないでいただけると……(´・ω・)


・加納達也

ライダータイム龍騎に登場。
DVDが9月発売予定。


・門矢士

ディケイドの主人公。
使用しているネオディケイドライバーはジオウで登場。


こんな感じです。
それぞれのキャラクターの時間軸はオリジナル仕様。
ジオウと竜生のコミック以外手元に無いんで、若干キャラ描写が甘いところもあるかもしれやせんが、どうか温かい目でみておくれやす(´・ω・)

あと今回、龍騎に変身する奴らの変身後は全員『龍騎』って表記してたんですけど、次回からはもっと分かりやすくします(´・ω・)b



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特別編 龍騎-1


久しぶりの更新です。空いたのは特に理由がありません。
すいやせん、普通に自粛期間とかはゲームしてました。

特別編はきりをよくしたいんで、100話で終わらせたいんですが……
ちょっとどのくらいの長さで終わるかわからないんで
今これが前編なんですけど、とりあえず全部終わった時点で三話に纏めさせてください。

最初のややこしい感じはわざとです(´・ω・)



 

 

「おぉ、ダブル真司、戻ったか。で、どうだった取材は?」

 

『~~~~』

 

「おお、おお、おお。そうか」

 

 

アクターメバーエル。まどかが魔法で生み出した天使である。

その能力は文字通り、『役者』を作りだすことである。

三頭身でポッテリとしたドラム缶のような天使が、二人並んで編集長と会話をしている。

一体は真司を思わせるカツラや服装を、もう一体はシンジを思わせる格好である。一応変装しているとはいえバレバレのような気もするが、編集長や令子でさえ気づいちゃいない。

 

もちろん魔法の影響である。

戦いはいつ起こるかわからない。今までは学校や職場に迷惑をかけていたが、アクターメバーエルがいれば誤魔化しがきくということだ。

彼女らは普段の真司やまどかの行動を記憶し、こう言われればこう返すだろうという言葉を用意して投げかける。簡単に言えばAIのようなものなのだ。

 

面白い魔法を作るものだと――神那ニコは感心していた。

彼女もレジーナアイやマギアレコードなど、固有魔法の可能性をできる限り広げようと奮闘しているわけで。

そんな彼女にとってまどかが提示する可能性は良い刺激になる。

まどかはかつて魔法少女たる自身のイメージをノートに纏めたりしていた。

そういう創作性が魔法の応用力にも繋がるのだろう。固有魔法は素材のようなものだとかつてインキュベーターは説明していた。木材で腹は満たせないが、ボウルや箸を作ることで目標には近づけるように。

 

 

「ましてや鹿目には円環のうんたらかんたらの力があるんじゃろ? インスピレーションがビンビンくるね」

 

『それで作ったのがコイツかよ』

 

 

喫茶店。

テーブルの上に立つジュゥべえはニコの隣に座っていた『まどか』を見る。

 

 

『よしてよジュゥべえ。そんなに見られると照れちゃうねぇ』

 

 

まどかの筈だが、何かがおかしい。

まず等身が低い。声もなんだかダミ声だ。

それになんだか紙が動いているような、アニメから飛び出してきたかのような質感である。

 

 

「この前、鹿目と話し合って作った共作魔法なんだ。アクターメバーエルの中で"まどかを演じる天使"を私がカスタムした。名づけるならPersonal Another Picture Angelまどか……」

 

 

ニコも分身は使う。

彼女は分身に喋らせて、偽物を本物であるように偽装するが、まどかの場合は偽物だと分かりきっているものを魔法で『強引に本物だと思い込ませる』手段をとった。

その発想力に敬意を表し――

 

 

「このメバーエルちゃんは、まどか先輩って呼ぶことにしたよ」

 

『よろしくねジュゥべえ』

 

 

まどか先輩は目の前にあったコーラを両手で掴むと、口元へ引き寄せる。

 

 

『じゅぶるるるる! ずぞっ! ばじゅぐっ! ずびびびいぃぃ!』

 

『飲みかた汚ぇな』

 

『ごめんね、でも赤ちゃんみたいで可愛いでしょ?』

 

『おいちょっと待て、お前口に含んだの戻してねぇか? やだよこの子ばっちぃ』

 

 

そこでカランカランと音がする。姿を見せたのは美樹さやかだ。

 

 

「やっほ! ニコ!」

 

「おお、こっちこっち」

 

 

さやかは席につくと、まどか先輩に気づく。

 

 

「なーんだ。まどかも来てたの! 言ってよー!」

 

 

ジュゥべえはニコにだけ聞こえるようにテレパシーを調節。

 

 

『アクターメバーエルっつうのは魔法少女とかには効かねぇんじゃ……』

 

『アホには効果あるみたいだな』

 

『失礼だぞ』

 

 

一方でさやかは携帯を弄るまどか先輩を見る。

 

 

「あれ? まどか、今日なんか雰囲気違うねー。かわいいかわいい!」

 

『そうかな。えへへ、ありがとう』

 

「なにしてんの? ソシャゲ?」

 

『そうだよ。挨拶代わりの10連ガチャをね』

 

「言ってよー! 一緒にやろ! って、あれ? あたしの知らないゲームだ」

 

『マギアレコードっていうんだよ。ニコちゃんが作ったの』

 

「ふーん。あたしのスマホにも入れて!」

 

「申し訳ない。今はいろいろ調整中でね。そもそもこれはゲームじゃなくて私の魔法だから遊びじゃないんだよ」

 

 

ニコは薄ら笑いを浮かべつつ、近くにあったグラスをさやかに差し出す。

 

 

「さっき頼んでおいた。コーラでいいかな?」

 

「おおサンキュー! 気がききますなぁ!」

 

 

さやかはニコからグラスを受け取るとゴクゴクと一気に流し込み――

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、気絶した。

 

 

「コイツより私が先に死んだゲームがあったらこの場で死ぬ」

 

『……葬儀場はどこがいい?』

 

「マジかよクソ! ファック!」

 

 

ニコはカバンからキュゥべえを取り出すと、両手で顔を握りつぶす。

 

 

『死ぬの先輩かよ。お前マジでいい加減にしろよ』

 

「は? 真面目にやってるけども」

 

『代わりはいるけど、むやみに殺られるのは先輩も困るんだよ』

 

「別にイライラしてやったわけじゃないし」

 

『……にしても、何をコーラに混ぜたんだ?』

 

「ただの眠り薬。でもコイツ記憶戻ってるんだろ? ちょっと無防備過ぎない? 一応、元敵だぞ」

 

『それが美樹さやかの長所であり短所でもある……って感じか』

 

 

ニコはまどか先輩から携帯を返してもらい、画面を確認する。

 

 

「少女の境界、穏やかな日差し、寄り添い見守る心、ちょっと一口……。マジでクソみたいな記憶ばっか。もう全部持ってるし」

 

『何の話だよ? テメェ最近コソコソとしやがって。そもそも何で美樹さやかを眠らせた?』

 

「一つは余計な考えを持たないようにすること。雑念が入るとやりにくくて」

 

 

ニコは携帯にコードを付けると、先にある針をさやかの脳天に突き刺した。

 

 

「もう一つは、ちょっと脳に針入れさせてくれって言ってOKするヤツなんておらんじゃろ」

 

 

ニコは魔法を使ってさやかの『記憶』や『情報』を閲覧し始める。

 

 

「美樹さやかには円環の使者としての記憶がある。なぎさとコンタクトが取れない以上、コイツに頼るしかない。脳にもパソコンやメモリーカードみたいに容量がある。既に彼女が忘れている重要な情報もあるはずだ」

 

 

ニコはマギアレコード内にある『素材』という欄を睨む。

 

 

「リュットンのリボン? リュットンってなんだよ。オウル……? ダメだサッパリわからん」

 

 

ニコは笑みを消した。さやかの脳を探るが、ニコが欲していた情報が全くない。

 

 

(ッ? 全てわからずとも、ヒントすらないなんておかしいな……)

 

 

そこでニコはジュゥべえがいなくなっていることに気づく。

 

 

「ま、よろしい。いずれにせよ鹿目がいれば私のマギアレコードは完成するんだからな」

 

『え? どうしたのニコちゃん。なんでも言ってよ。なんでもしちゃうよ。え? 今なんでもって――』

 

「あぁ、いや。先輩じゃなくて」

 

『そっかぁ。じゃあさやかちゃんも寝ちゃったし何か食べよっか。わたしは家系にしようと思うんだけど』

 

「ねぇじゃろ。んなもん」

 

『ずぞぞぞぞぞーっ! ずるっ! ズボッ! ぴちゃ! ビッチャッッ!』

 

「あるんかーい!」

 

 

ニコはずっこけたように机に伏しつつ、さりげなくさやかに手を伸ばす。

そして魔法を発動すると、彼女の中にあるソウルジェムを抜き取ってみせる。

 

 

「でも、もっと美味いモンを食ったほうがいいよなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「龍騎ィイイィイッッ!」

 

 

龍騎はドラグクローから炎をまき散らしながら、もう一方の手に持った剣を振り回していた。

龍騎や龍騎が落ち着かせようとしているが、龍騎は理性を失っているのか、まったく聞く耳を持たず目に映るものに切りかかっていく。

 

 

「お前のせいでサラが! サラガァア!」

 

 

剣に炎が纏わりつく、龍騎が回転切りを行うと赤黒い炎が拡散して、龍騎たちのアーマーを焦がした。

止めなければ。少し離れたところにいた龍騎は龍騎たちの方へ向かおうとするが、そこで発砲音と衝撃。

見れば龍騎が気だるそうにしながらガンモードに変えたライドブッカーを弄んでいる。

 

 

「やめろ士! 何を考えてるんだ!」

 

 

龍騎は前に出て龍騎を諭すが、そんなものに意味はない。

 

 

「言っただろ。一番強い龍騎を決めようぜって話。それだけだ」

 

「い、意味がわからないッ!」

 

「お前も戦え! シンジ!」

 

 

龍騎が地面を蹴った。一気に加速すると剣で切りかかる。

龍騎は咄嗟に腕を盾にして攻撃を受け止めるが、衝撃とともに火花が散った。

仮面の裏で歯を食いしばる。さらに腹部に衝撃が走った。龍騎の足裏がヒットしたのだ。

龍騎は後ろに下がりながら唸り声をあげる。

 

 

「本気なのか――ッ!」

 

「……さぁな」『ストライクベント』

 

 

ネオディケイドライバーはカードを介さずとも直接ライダーの力にアクセスすることができる。

龍騎は右腕に装備されたドラグクローを構え、腰を落とす。

口が光った。龍騎が突き出したドラグクローから熱線が発射されて龍騎を狙う。

しかし既にそれは見切っていた。龍騎は右へのステップでそれを回避するが――

 

 

「うぎゃぁああああーッッ!」

 

「あッ!」

 

 

しまったと龍騎は思わず口を押える。

回避してしまったおかげで、熱線はその背後にいた龍騎に直撃してしまったではないか。

しかも声から察するに真司だ。彼は煙を上げながら地面をゴロゴロ転がっていく。

戸惑っていると当然、動きも鈍くなる。オロオロとしている龍騎へ龍騎の飛び膝が入った。

よろけていると肩をつかまれ、胸部に銃口を押し当てられる。

ライドブッカーが火を噴いた。龍騎は地面に倒れ、龍騎はその上を踏み越えて走る。

 

 

『ソードベント』『アタックライド』『スラッシュ!』

 

 

龍騎は二刀流で走り出す。

 

 

「お、おい! なんかよくわかんねぇけどコッチ来んな! おい! なあって!」

 

「騒がしいガキは好きじゃない」

 

 

龍騎は炎をまとわせた剣を小柄な龍騎へ刻み付ける。

 

 

「あぢぢぢぢぢ!」

 

 

怯んでいるところを蹴り飛ばすと、そのまま剣を思いきり振るい、炎の斬撃を周囲へ拡散させる。

炎が迸り、火の粉が飛び散る。龍騎は倒れた龍騎を蹴り飛ばすと異形の龍騎を目指す。

 

 

「どうした加納達也、お前の龍騎はそんなもんか?」

 

 

刃がぶつかり合い、剣が絡み合う。

龍騎が腕を振るうと龍騎の腕から剣が弾かれる。肘を入れ、もう一度剣を入れると龍騎は情けなく地面を転がっていく。

 

 

「弱いな。だからお前は全てを失ったんだ」

 

「――ッ! なんだと! なんだとォォオォ……ッッ!」

 

 

龍騎は頭を押さえ、苦しそうに呻き始める。

様々な景色が頭の中にフラッシュバックしていった。

その中には、『彼女』の笑顔も存在している。

 

 

「ライダーとして負けたヤツは全てを失う。覚えておくんだな」

 

 

龍騎はライドブッカーからファイナルアタックライドを抜いた。

しかし視線の先には確かに立ち上がる龍騎がいた。

全てを失う? それは違う。自分は既に失った。だから取り戻そうとしたのだ。

まだ何も得ていないのに失うなんておかしな話だ。そんな簡単なことを間違うなんてなんだか無性にイライラしてくる。

 

それだけじゃない。龍騎だ。

龍騎が全ていけないんだ。龍騎さえいなければ目的は達成できた。

達成できたのに龍騎がいたから。龍騎が、そもそも、いなければ、失うことすらなかったのに――ッッ!

 

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

怒りの咆哮が異形なる龍騎を更なる異形へと変質させる。

アナザードラグレッダー。彼は憎悪を使役する。

見境ないドラゴンは、悲鳴のような雄たけびをあげながら頭を振り回す。

龍騎が弾かれ、龍騎が吹き飛んだ。ドラグレッダーは口から炎を連射して龍騎たちに直撃させていく。

 

 

「うわぁあああん! 熱いよぉおお!」

 

 

小さな龍騎が蹲り声を震わせていた。

それに気づいた龍騎はすぐにその龍騎へ駆け寄っていく。

 

 

「キミ! 大丈夫ッ? 待ってて今すぐに――!」

 

 

龍騎の胸が爆発し、煙を上げて吹き飛んだ。

小柄な龍騎は気だるそうに立ち上がり、腕についているドラゴンは呆れたように、申し訳なさそうに視線を泳がせていた。

 

 

「残念だったなメリケン野郎。日本の子供はクソガキしかいねぇんだよ。覚えてろ」

 

「偏見! やめろ! 国際問題になるぞ!」

 

「黙ってろドラグレッダー!」

 

 

小さな龍騎はドラグレッダーを、そしてそのまま龍騎たちを睨みつける。

なんだかよくわからないが、このままコケにされて終わるのは非常に腹立たしい。

 

 

「ぶっ潰す!」

 

 

龍騎は拳を思いきり引き――

 

 

「燃え尽きろ! ドラグーンインパクトッッ!!」

 

 

そして思いきり突き出した。

ドラグレッダーの口から巨大な炎が発射されると、空中にいたドラグレッダーに直撃して大爆発を巻き起こす。

悲鳴をあげながら龍騎が墜落した。それを見て龍騎は楽しそうにゲラゲラと笑う。

 

 

「それでいい。それが龍騎だ」

 

 

龍騎が言った。

そこで倒れていた龍騎も地面を殴り、立ち上がる。

 

 

「もう怒ったぞ! 子供だからって容赦しないからな! おしおきだ!」

 

 

龍騎はそれを聞いて拳を握りしめた。

複雑ではあるが、この混乱を収めるには、どうやら暴力が手っ取り早いようだ。

 

 

「ちょ、ちょっと待てよ! 本気で戦うつもり? そんなの間違ってるだろ! なあ! おい!」

 

 

龍騎は龍騎たちを落ち着けさせるために輪の中に入っていくが、そこで思いきり蹴り飛ばされた。

 

 

「うるさい奴だ。少し黙れ!」

 

 

それが開戦の合図だった。

龍騎たちは雄たけびをあげて突っ走る。

拳が入り乱れ、蹴りが乱舞し、戦いを止めようという龍騎は再び地面を転がされる。

 

 

「助けなきゃ!」

 

 

まどかたちは頷き、変身すると龍騎たちを睨む。

しかしすぐに滲む汗。小柄な龍騎以外が全く同じに見える。

一人だけは目を凝らすと、禍々しい姿であると『認識』できたが、ふと気を抜くと彼もまた『龍騎』であると判断してしまう。

何かがおかしい。龍騎が龍騎であると脳が判断しているようだ。どれが真司なのか、いまいちわからない。

 

 

「私に任せて! 真司さんと戦ってきたんだもの! 見分ける自信はあるわ!」

 

 

マミがマスケット銃を構え、射撃する。

龍騎に攻撃が命中した。火花をあげて地面を転がっていく龍騎からは城戸真司の声。

 

 

「巴マミ!」

 

「ご、ごめんなさい! だって前のゲームじゃすぐ死んじゃったから真司さんの癖とかいまいちわからなくてぇぇ……!」

 

「言い訳は聞きたくないわ! 引っ込んでて! ガープ!」

 

『はいに、ただいま!』

 

 

ガープはほむらの頭上に現れると、黒い弓矢を授けて消え去る。

ほむらは弦を引き絞ると、闇のエネルギーを集中させていく。前方では既にまた龍騎たちが入り乱れているが問題ない。

 

 

「ハァアア!」

 

 

黒い閃光が放たれた。それは迷いない動きで龍騎に直撃する。

 

 

「ぎゃあああああああ!」

 

 

悲鳴をあげて吹き飛ぶのは龍騎。

その! 声は! 城戸真司!

 

 

「ほむらちゃん!」

 

「あぅわぁ! 城戸さんを射抜いてしまいましたぁ! ごめんなさいぃぃぃい!」

 

「駄目だよほむらちゃん! ホムラちゃんになってもごまかせないよ!」

 

 

ホムラは気まずそうに眼鏡を外してほむらに変わる。

そこでハッとした。城戸真司以外を狙うという発想が間違っていた。

まずは混乱を加速させているだろう『ディケイド』とやらを狙えばいいのでは?

彼だけベルトの形が違う。すぐに探すが――

 

 

「ッ?」

 

 

いない。おかしい。ネオディケイドライバーが見当たらない。

 

 

「悪いな魔法少女共。ベルトは隠せるんだ」

 

 

龍騎の群れから士の声が聞こえた。ほむらは舌打ちを零す。

しかしそこで桃色の光が迸る。見れば龍騎たちの拳を遮断する結界が。

それに守られているのはもちろん龍騎だ。おどおどとしている中身は間違いなく城戸真司らしい。

 

 

「大丈夫ですかっ、真司さん!」

 

「まどかちゃぁぁん!」

 

 

まどかは結界をそのまま拡大、桃色のバリアが他の龍騎を弾き飛ばして地面にダウンさせる。

その隙にまどかは龍騎たちの中央へと向かうと、複雑そうに訴える。

 

 

「じ、事情はわからないけど、落ち着いてください!」

 

「悪いが、そういうわけにもいかないんでな」

 

 

龍騎は両手に持っていた剣を投げ捨てると、いつの間にか指に挟んでいたカードを見せつける。

するとVバックル部分にノイズが走り、ネオディケイドライバーが姿を現す。

龍騎は左手でドライバーを掴み、展開、そのままカードを放り投げた。

 

 

「変・身」『カメンライド』

 

「っ?」

 

『カブト!』『Change Beetle』

 

 

六角形の光、そして起動する赤い角。

そこには龍騎ではない。まったく違う形の騎士が立っていた。

 

 

「え? えっ? あれ? 龍騎じゃなくなっちゃった……!」

 

 

戸惑うまどかを前にして、カブト――ディケイドはベルトにあるスイッチに触れた。

 

 

『Clock Up』

 

 

それはまさに一瞬だった。

まどかの体に衝撃が走ったかと思うと、視界が反転していた。

それは彼女だけじゃない。近くにいた龍騎たちも同じだ。痛み、衝撃、足裏が地面から離れると再び衝撃が走る。

 

 

『ファイナルアタックライド――』『カカカカブト!』

 

 

光る足が龍騎に打ち当たる。きりもみ状に吹き飛んだ龍騎は、そのまま他の龍騎たちを巻き込んで地面を擦っていく。

 

 

「なんだよそれ! この流れで龍騎じゃねぇの出すなよ!」

 

「うるせぇクソガキ、俺は破壊者だ。それにこれはギリギリ龍騎だろ。赤いし」

 

「だったらほとんど龍騎だろ……!」

 

 

いろいろな声が聞こえてくるが、小さな龍騎がクナイガンで撃たれた。

龍騎は白目をむいて気絶する。一方でディケイドはクナイガンを投げ捨てるとライドブッカーを手にしてまどかを睨む。

彼女は地面に倒れている。好都合だ、ディケイドは再びクロックアップを発動して彼女を切り裂くために走る――が、しかしすぐに急停止。

ふいに背中に張り付けられた爆弾を見て唸る。

 

 

「なるほど」

 

 

起爆。

まどかの前には黒い髪をなびかせている暁美ほむらが立っていた。

とはいえ彼女はすぐに舌打ちを零す。爆弾の威力も落としたし、所謂『威嚇』の一撃でディケイドが爆発四散した時はギョッとしたが、それが能力らしい。

バラバラになった液体は収束。そのまま人の形になると実体化した。

ほむらは目を細めた。いつの間にかディケイドの姿がまた変わっている。黒いローブをなびかせたのは、ウィザード。

 

 

「高速移動も時間を止められちゃおしまいだ。悪くないぞ、暁美ほむら」

 

「あなたは何者なの? 他の騎士とは明らかに違うみたいだけど……」

 

 

ディケイドはチラリと右を見る。マミが銃を向けているのが見えた。

 

 

「土星って知ってるか?」

 

 

ほむらはまた不機嫌そうに舌打ちを零す。

関係ない言葉が返ってきたが、こういうタイプは何人か知っている。おそらくまともな会話ができないだろう。

一方でディケイドは言葉を続けた。

いや、待て。その前に一応お約束というものを守っておこう。

 

 

「ここがまどか☆マギカの世界か……」

 

 

水滴は近づけば、一つになっていく。

一つになった水滴は大きな粒になる。

粒は丸く、土星の周囲には輪があるものだ。星を囲む輪、それはひとつの『円』。

 

ここもきっとそうだ。

歪な惑星の周りにはきっと大きな輪があるに違いない。

それはきっと檻のように。それはきっと錠前のように。

その輪の色は何色だろう。きっと眩しいはずだ。

眩く煌めく、黄金の輪。

 

 

「目が眩む」

 

 

ディケイドが地面を蹴った。おまけに手にはガンモードに変えたライドブッカーが。

当然、射撃。ほむらは反射的に盾を前にして銃弾を防ぐが、衝撃はそれなりだ。

 

しかし彼女は冷静だった。あえて後ろに倒れる。

その最中に盾に腕を入れてハンドガンを抜き取っていた。

ほむらの上を通り抜ける弾丸、一方でほむらが撃った弾はディケイドの装甲に直撃していく。

 

ディケイドは後退しながらもライドブッカーをソードモードへ変形させると、腰のボタンに手を伸ばす。

一方でほむらも魔法を発動。騎士のような鎧を纏った馬が現れると、ほむらに闇の剣を与える。

それを掴み取ると、彼女は盾を構える。

 

 

「クロックアップ!」

 

「面白い。速さ比べといくか」『Clock Up』

 

 

まどかとマミはすぐにほむらの援護を諦めた。

赤と黒の残像が土をえぐり、遊具を破壊し、木々の葉を切り裂き、各地で激突していく。

猛スピードで切りあう二人。激しい火花が散り、互いは地面を擦りながら一旦距離を取り合う。

 

 

「ッ、これは……」

 

 

再び動こうとしたディケイドだが、そこで違和感を感じた。

体を確認するとすぐに気づく。糸だ。細く長い、黄色い糸がいつの間にか全身に絡みついている。

 

 

「レガーレヴァスタアリア!」

 

 

マミの声。そこで糸がリボンに変わり、ディケイドの全身を縛り上げる。

どうやら二人が走り回っている中、マミがリボンの結界を張り巡らせていたようだ。

狙いを定められないなら、『設置』しておけばいい。あとはディケイドが自分から糸に絡みにいってくれると。

 

 

「カードを入れられなければ、変われないみたいね!」

 

「やるじゃないか。よく、見てる」

 

「ありがとう。もうおしまいにしましょう!」

 

 

マミはマスケット銃をディケイドに向ける。

さらにほむらが悪魔の名を叫んだ。ハットを被ったコブラが一瞬浮かび上がると、ほむらに炎の力が付与される。

彼女はそのままその炎をマミのマスケット銃の銃口に纏わせた。

 

 

「だがこんなのもあるぜ?」

 

「え!?」

 

 

マミが引き金を引こうとしたとき、ディケイドの前方に灰色のオーロラが現れる。

オーロラがディケイドを通過すると、がんじがらめになっていた彼は一瞬で消滅。

ターゲットがいなくなればリボンは力なく地面に落ちる。

 

 

「そ、そんな! どこに!」

 

 

驚くマミの背後に現れるオーロラ。

 

 

「巴さんッ! 危ない!」

 

 

ほむらはマミに飛びつくと、彼女の位置を大きくズラす。

するとどうだ。先ほどマミが立っていた場所に通過する赤いスーパーカー。

 

そう、車だ。

 

ドライブと呼ばれる騎士に変身したディケイドは、その愛車トライドロンでマミを轢こうとしたのだ。

トライドロンは大きくドリフト。公園の遊具をすべて薙ぎ払いながら旋回し、再びライトが二人を照らした。

ほむらはアサルトライフルを取り出すと、惜しげもなく弾丸を連射していく。

しかし炎の力を付与して攻撃力を上げているにも関わらず、トライドロンのスピードは緩まない。

砂を使おう、ほむらがそう判断するとほぼ同時に、前方にまどかが着地する。

 

 

「任せて! アイギスアカヤーッッ!!」

 

 

巨大な盾が現れた。

そこへ容赦なく突っ込んでいくトライドロン。

激しい衝撃が伝わる。まどかは表情を歪ませる――が、しかし、彼女も意地がある。

 

背後には大切な仲間がいる。魔力を込めると、盾はより強固になっていく。

激しく地面を擦るタイヤ。しかしどうだ。ギュルギュルと音を立てるそれは回転しているが前に進んでいない。

完全にトライドロンの動きが止まった。ディケイドは舌打ちまじりにドアを蹴り破ると、車外へ出る。

 

そこで前後に四角い半透明の壁。左右を見ても同じ壁。

地面から壁が浮き上がる。頭上にも壁が。

これは箱だ。まどかが発動したニターヤーボックスがディケイドを完全に閉じ込めた。

 

 

「貴方も騎士なんですよね? お願いだから話を聞いてください!」

 

 

まどかはそう訴えるがディケイドは聞こえているのかいないのか。

ライドブッカーからカードを抜き取ると、それをバックルへ放り投げる。

 

 

『ファイナルアタックライド』『ドドドドライブ!』

 

 

どこからともなくトレーラー砲という大砲が現れ、ディケイドは銃口にエネルギーを集中させていく。

まどかは悲しげに表情を歪ませたが、そこで彼女の背後からほむらが現れ、前に出た。

その手には弓が握られており、既に弦は限界まで引っ張られている。

 

砲撃は同時だった。

バリアを突き破るビームと、弓から発射された黒いレーザーがぶつかり合う。

競り合う攻撃だが、ほむらが目を見開いた。

するとどうだ。見よ、矢が光を突き破りディケイドまで届いたではないか。

装甲が爆発する。ディケイドはゴロゴロと地面を転がり、変身が解除されて士に変わる。

やがて勢いが止まると、士は気だるそうに立ち上がり、服についている砂を払っていた。

 

 

「……やるな」

 

「当然よ。まどかと巴さんを守るためだもの」

 

「ふん、仲間か」

 

 

そこで退く。そして気づいた。

いつの間にか龍騎たちの真司たちの姿がない。

 

 

「あ、あれ?」

 

 

ディケイドに気を取られていたため、まどかも気づくのが遅れた。

本当に? ちょっと待ってほしい。

そもそも龍騎とは何か? そんなもの、『初めからいなかった』のではなかったか?

そこで三人は見る。空に浮かび上がる巨大な魔法陣を。

 

 

「なにあ――」

 

 

音が消えた。誰もいない。公園には士以外。

 

 

「番外編の始まりってところか。さあどう転ぶか……、しっかりと観測させてもらうぜ」

 

 

士もまた、すぐに消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宇宙があった。まどかは銀河の中で目を覚ます。

星は消え、惑星は遠のいていく。体を起こすと真っ暗な闇がただひたすら広がっている。

しかし何かを感じる。光だ。眩いはずなのになぜかそれを見ることができない。

すぐ近くにあるはずなのに見えない。

黄金の瞬きを。

 

 

「ソウルジェム。そしてグリーフシード」

 

「!!」

 

「噂には聞いていたけれど、やはり美しい。ぜひとも僕のものにしたいね」

 

「あ、あなたは……?」

 

 

闇の中でくっきりと浮かび上がる青年。

白いジャケットに茶色の髪。なによりもその腕にあるシアンの色をした銃。

 

 

「―――」

 

 

青年は何かを呟いたが――まるでノイズがかかっているような感覚。

まどかも、彼も、それを把握したのか。僅かな沈黙が生まれる。

 

 

『カメンライド』

 

 

まあ別に、それは今、それほど関係ないことだ。

その男、海東はネオディエンドライバーにカードをセットすると銃口を天に向けた。

 

 

「変身」『ディエンド!』

 

 

プレートが発射されていき、海東の姿がバトルスーツに変わる。

仮面に突き刺さっていくプレート群。発砲音と共に、全身に色彩が駆け巡る。

騎士ディエンドは戸惑うまどかに向けて、容赦なく弾丸を発射する。

 

 

「え? あっ、あの! えッ!?」

 

 

痛み。まどかは反射的に変身し、何とか防御を行うが、そこから先が問題である。

どうやらディエンドは敵意を持っているようだ。周囲を確認するが、ほむらたちの姿はない。まどかの表情はより曇っていく。

 

 

「やめてください! わたしに戦う意思はありません!」

 

「それは都合がいいね。話が早く済む」

 

 

鹿目まどかも話の分からぬ女ではない。というよりももはや予想通りであるという。

騎士とは戦うものだ。悲しいがもうその印象はできあがっている。

まどかにとって騎士は攻撃対象ではないとはいえ、目をそらすわけにもいくまい。

まどかはシールドを展開して銃弾をシャットアウト。さらにニターヤーボックスでディエンドを封じ込める。

 

 

「ごめんなさい。でも、大人しくしててもらいます」

 

 

ディエンドは壁を蹴ったり撃ったりしてみるがビクともしない。

そこでカードを二枚抜くと、それをディエンドライバーに装填していく。

 

 

「悪しき魔女を殺すのは彼らにお任せしよう」『カメンライド』『イクサ!』『ブレイブ!』

 

 

ディエンドが引き金をひくとホログラムデータが射出され、箱の外で具現化する。

西洋の騎士といった風貌のブレイブと十字架のような面を持ったイクサ。さらにイクサの面が割れると、衝撃波が発生してまどかを吹き飛ばす。

ディエンドが呼び出した騎士二人はすぐに剣を構えて走り出す。一方でまどかも倒れながらに弓を構えて迫るターゲットを睨んだ。

 

弦を引いて一発目。それはイクサに命中すると、大きくひるませる。

しかし次いで撃った二発目はブレイブが剣で切り裂き、三発目は腕にある盾でガードされた。

まどかは尚も矢を発射するが、ブレイブは剣を使って防御。確実に距離を詰めてくる。

 

ほら、もう眼前だ。

振り下ろされた剣をまどかは地面を転がることで回避し、その勢いで立ち上がる。

すぐそこにもう燃え滾る刃が迫っていた。まどかは跳躍でそれを回避すると、ブレイブの背後に着地する。

攻撃を仕掛けようとまどかは弓をステッキモードに変えた。

 

しかしその時、背中に焼けるような痛みが走る。

衝撃を感じて背後を確認すると、体を起こしたイクサの武器から煙が上がっている。

なるほど。剣が銃にも変わるタイプだ。まどかはすぐに背中に結界の翼を生み出して銃弾を防御した。

それだけではなく天使を召喚。銃弾を反射して再びイクサをひるませる。

 

まどかは加速し、そして足裏が地面から離れた。

翼を広げたままで高速回転。独楽のように回転しながらブレイブへ向かっていく。

向こうもすぐに剣を翼に合わせた。しかしまどかの回転力は速い。次々と迫る翼がついにブレイブの剣を弾いた。

そこでまどかは宙に舞い上がる。風圧も加わり、ブレイブに隙が生まれた。

まどかが大きく息を吸い込むと、服がボンと風船のように膨れあがる。

 

 

「パニエロケット!」

 

 

服がしぼみ、同時に猛スピードで斜め下のブレイブに向けて突っ込む。

頭にはシールドを纏わせており、そのまま強化された頭突きがブレイブの胸に直撃してブッ飛ばしていく。

しかしまだ安心はできない。まどかが振り返ると、イクサが走ってくるのが見えた。

 

まどかが片手を前に出すと、バリアが発生。

突如現れた壁に激突し、イクサは動きを止める。まどかはそのままバリアを前に押し出した。

イクサも壁に押されてまどかから離れていくので、その隙に詠唱を開始。早口で言葉を紡ぎ、まどかは矢を発射する。

 

スターライトアロー・キャンサー。

ステッキモードに変えた武器の周りに光が纏い、文字通り『カニの爪』に変わる。

ズワイガニが最も近いだろうか。長い脚の先にプックリとした楕円、そしてハサミがついている。

まるで槍だ。事実、まどかは武器を突き出してイクサの腰をガッチリとハサミで掴むと、そのまま武器を大きく振るった。

そしてハサミが開く。イクサは手足をバタつかせながら吹き飛び、地面に墜落した。

 

 

「えッ!」

 

 

だがそこで背中に感触が。確認すると、銃が押し付けられていた。

 

 

「う゛あ゛っっ!」

 

 

ゼロ距離射撃。よろけたまどかの前に、ディエンドが回り込んでくる。

そのスピードはまさに一瞬。今度はまどかの腹に銃口が突き付けられる。しかも高速移動で回り込む際にカードを装填していたらしい。

ディエンドライバーが電子音を告げる。アタックライド、ブラスト。

 

 

「きゃぁア!」

 

 

シアンの弾丸の群れに押し出され、まどかは地面に倒れる。

どうして? ディエンドはしっかりと封じていたはずなのに。

そこで思い出されるのはディケイドのオーロラだ。

なるほどそうか、アレをディエンドも使えるのだろう。まどかはすぐに立ち上がるが――

 

 

『クロスアタック!!』

 

 

太陽が見えた。その前に並び立つブレイブ、ディエンド、イクサ。

まずはイクサが剣をふるった。炎の斬撃がまどかに向かって飛んでくる。

明らかな大技、まどかも焦るというものだ。すぐに大盾(アイギスアカヤー)を生み出して前方に設置する。

斬撃はすぐに盾に直撃。かき消されるが、ディエンドは仮面の裏でニヤリと笑う。

 

隣にいたブレイブが剣を地面に突き立てた。

するとどうだ、まどかが立っていたところから火柱が上がり、彼女は悲鳴と共に空に打ち上げられる。

あとはディエンドがまどかをスナイプするだけでよかった。

銃口からは太陽の炎を付与された炎弾が発射されて、まどかに当たると爆発を巻き起こす。

 

 

「うっ! あぁ!」

 

 

まどかは地面を転がり、やがては止まるが、すぐには立てない。

その間にディエンドはまどかに照準を合わせると、再び炎弾を発射する。

あぶない。おしまいだ。まどかの表情が歪む。

 

 

「ハァアアア!」

 

 

だがその時、雄たけびと共に誰かが走ってくる。

これは――龍騎だ! 龍騎がドラグシールドを構えてまどかの前に立った。

 

 

「こんのっっ!」

 

 

ドラグシールドが炎弾を受け止め、かき消す。

龍騎はすぐに盾を投げ捨てると、ストライクベントを発動。ドラグクローを構えた。

ドラゴンの頭部が口を開くとディエンドの背後にあった太陽が小さくなっていく。龍が炎を吸い込んでいるのだ。

吸い込めば吐き出せる。龍騎が腕を突き出すとドラグクローから火炎放射が。

 

ディエンドは鼻を鳴らして後ろへステップ。

一方でブレイブとイクサは彼の盾になるべく前に出た。

悲鳴が聞こえる。イクサとブレイブが爆散し、データの塵となる。

だがおかげで火炎放射をガードできた。ディエンドと龍騎は睨み合う。

 

 

「なんなんだお前は! その子に手を出すな!」

 

「……ふむ。やれやれ」

 

 

ディエンドはカードを抜くと、それをディエンドライバーへセットする。

 

 

『アタックライド・インビジブル』

 

 

ディエンドが文字通り『消えた』。

影も形もない。気配もない。どうやら完全に撤退したようだ。

龍騎は振り返ると、へたり込んでいるまどかへ手を差し伸べた。

 

 

「大丈夫だった!?」

 

「ありがとう真司さん――っ」

 

「や、いいんだよまどかちゃん。魔法少女を守るのが騎士の役目なんだから」

 

 

まどかはもう一度お礼を言おうと口を――

 

 

「だから、キミは弱くていいんだ」

 

「え?」

 

 

顔を上げる。

 

 

「魔法少女は弱くていい。弱いのが当然なんだ。騎士が強ければいいんだ」

 

 

やや違和感。もちろん真司のことだ。悪意がないのはわかるが……、少し複雑だった。

とはいえ、まどかは何も言わない。なんだか急に眠くなってきた。

 

 

「俺たちが強くなるから、まどかちゃんは心配しないで」

 

 

お礼を言う気力もない。

体がダルい。まどかは思わずうつ伏せで倒れる。

意識がボヤける。景色も、世界も濁っていく。しかしそれでもまどかが光を感じたのは神々しく輝く『円』が近くにあったからに違いない。

 

 

龍騎はいない。けれども騎士はいた。

 

 

黄金の前で、彼は何かを呟く。

まどかはそれを聞かなかった。聞きたくなかったのかもしれないが、よくわからない。

しかし騎士の姿だけは見つめていた。

全てがおぼろげだったが、それでも心に残る程度には特徴がある。

赤い文字が面に刻まれている。禍々しくも神々しい騎士は何も言わず、ジッとまどかを見ていた。

 

 

「ら…ぃ」

 

 

まどかは面に刻まれた文字を呟こうとして、意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 

まどかは目を覚ます。

草の匂いがしたのは、芝生の上で眠っていたからだ。

はて? 先ほどのは? 夢を見ていたのだろうか? そしてさらに違和感が襲い掛かる。

というのも体を起こして周囲を確認した時だ。公園にいる。それはわかったが先ほどまでいた見滝原の公園じゃない。

芝生やベンチはなんだか強い色を放っているようにも見える。

見上げた空も、青がはっきりしているような錯覚を覚えた。

花が咲いているが、なんの花かよくわからない。とても綺麗な赤い花だが――

 

 

「ほむらちゃん!」

 

 

まどかは少し離れたところに、ほむらが倒れているのを見つけた。

彼女も気を失っているようだ。まどかはすぐに駆け寄り、無事を確かめる。

 

 

「だいじょうぶ? 起きてほむらちゃん!」

 

「う……!」

 

 

ほむらは目を覚ますと、すぐに立ち上がり、まどかを守るような仕草を取る。

しかし周囲に敵がいないのを察すると、訝しげに首をかしげる。

 

 

「ここは?」

 

「わたしにもわからないんだ……。確かわたしたち――」

 

 

公園の空に魔法陣が浮かび上がったのは覚えている。

頷くほむら、なんとなく理解してきた。というよりつい最近似たようなことがあったから察することができたともいえようか。

 

 

「転移魔法の類かもしれないわ。虚心星原のように見滝原とは違う場所に来たのかもしれない」

 

 

そこでほむらはまどかがキョロキョロと周囲を確認しているのに気付いた。ほむらもすぐに心臓を掴まれた感覚に陥る。

 

 

「と、巴さん!」

 

「う、うんっ、マミさんはどこ?」

 

 

少なくとも周りにはいない。

 

 

「……ッ?」

 

 

テレパシーが使えない。

まさかと思いキュゥべえたちを呼んでみたが反応はない。

 

 

「心配だけど、巴マミはベテラン魔法少女よ。アライブも手に入れているのだから、ちょっとやそっとじゃ死なないわ」

 

「う、うん。そうだね。でもなるべく早く見つけよう!」

 

 

頷くほむら。さて、いないのは龍騎たちもだ。

おそらく同じ場所に送られているとみて間違いないだろう。

そもそも龍騎があれだけいたのも今回の件が絡んでいる可能性は高い。

あまり思い出したくはないが、過去の記憶を探ってみても龍騎が複数いたゲームは存在していなかったはず。

リュウガはまだしも、龍騎が一人だけじゃなくて何人もいたなんてことを忘れるわけがない。

 

 

「それに、あの種類の違うカードを使っていた騎士……」

 

 

ディケイドの異質さはやはり引っかかる。

虚心星原とはまた少し違うベクトルで異質な事態が起こっているのは間違いないだろう。なんだか休まる時間もないものだ。

まどかとほむらは、さっそく公園を出てマミを探しに向かう。

 

レンガでできた道を少し歩くと町や人が見えてきた。

見滝原にも近い町並みはあるが、どこか西洋を思わせる造りだ。

ほむらはマズイと目を細めた。勉強ができるていでやってきたが、それはループの中で授業範囲を暗記していたからこその面がある。

この街並みを見るに日本語が通じない可能性がある。

 

 

「……?」

 

 

話し合う女性二人とすれ違ったとき、ほむらは首を傾げた。

女性は何か肩当――防具のようなものを身に着けていた。それだけではなく何か違和感を感じる。はて、気のせいでなければ耳が――

 

 

「あ!」

 

 

曲がり角に差し掛かった時、まどかが誰かとぶつかってしまう。

 

 

「おっとごめんよお嬢ちゃん」

 

「いえ! こちらこそすいません。人を捜し……」

 

 

熊が立っていた。熊だ。クマ。動物のアレ。毛むくじゃらのアレが二本足で服を着て立っていた。

 

 

「ドュッッ!」

 

 

まどかから今まで聞いたことのない声がして、ほむらも熊男に気づいた。

目を見開き、停止する。なんだ? 着ぐるみか? いやそれにしては随分とリアルというか、瞬きもしているし。

 

 

「とにかく怪我がなくてよかったよ。それじゃあ」

 

 

そういって熊は歩き去る。まどかとほむらは黙って彼の背中を見送った。

 

 

「ほむらちゃん……!」

 

「ええ、見たわ――ッ!」

 

 

見た。見た、けど。見たけれども。

突っ立っていると、他の人々も通り過ぎていく。そこでほむらは見た。

耳の長い人、顔が鳥の人、中にはほむらの腰くらいの大きさしかないおじさんがボテボテと歩いていく。

 

 

「?????!!??!?」

 

 

いかん。まどかが気絶しそうだ。ほむらは彼女の手を取ると、前に進み始める。

 

 

「落ち着いてまどか! あれはきっとエルフに獣人! ただのドワーフよ!」

 

「そ、それがおかしいんだよぉ、ほむらちゃぁん……!」

 

「何を言ってるの! なにもおかしくはないわ! だって――」

 

 

私たちだって魔女なんだから。ほむらはその言葉が適切かどうかわからずに口を閉じる。

かわりに入院生活中に見た映画を羅列していった。

ファンタジーな生き物はエンタメ映画には欠かせない。指輪をめぐる戦いを描いたものや、魔法学校で学びあい成長していく娯楽映画は興行収入がとんでもないことになっていたっけ。まあとにかくそれだけたくさんの人が見ているということだ。今だって金曜だか土曜の夜に地上波で映画がやっているが、実写やアニメ問わずそうした生き物はたまに見かける。

 

 

「で、でもまさか本当にいるなんて……!」

 

「そ、それはそうね。でも私たちも魔法が使えるのだから――」

 

 

橋にやってきた。

橋の端。ダジャレではない。橋の隅っこに誰かがうずくまっている。体育座りで膝の間に顔をうずめて震えている。

はじめは物乞いというか、お恵みを欲する人かと思ったが、どうにも気になる。

 

特徴的なドリルヘア。

ましてや服に見覚えが。ほむらは人差し指を唇の前にもっていき、まどかに『黙って』とジェスチャーを送る。

まどかも戸惑いがちに頷いた。

二人はジリジリとその人に近づき、なにやらブツブツ言っている声を拾ってみる。

 

 

「うぅ、ぐっす、ひっく! がなめざぁん。あげみざぁん。どこいっちゃったの゛ぉ?」

 

 

ほむらはその人の肩をポンポンと叩いてみる。

反射的にその人は顔を上げた。真っ赤になった顔。うるんだ瞳と目が合う。

 

 

「………」

 

 

その人はゆっくりと顔を下げて、また小さく丸まる。

わずかな沈黙。そしてバッと立ち上がると、すっきりとした顔で笑顔を浮かべていた。

 

 

「もう心配したのよ二人とも! 私は平気だったけど大丈夫?」

 

「もう遅いわ」

 

 

赤くなる巴マミと共に三人は町の散策を再開した。

 

 

「そ、それにしても」

 

 

マミは通り過ぎる毛むくじゃらの住民を目を丸くして見ていた。

 

 

「夢じゃないわよね?」

 

「ええ。私たちも驚いたけど、現実よ」

 

「よかった。寂しすぎて変なものが見えてるかと思ったわ……」

 

 

まどかとマミは強張ったようにして、ほむらに引っ付いて歩いていく。

 

 

「二人とも胸を張って。挙動不審は怪しく見えるわ」

 

「そっか。ごめんねほむらちゃん。えっへん」

 

 

胸を張るまどか。ほむらは唇を吊り上げ、そのままマミを睨む。

マミもハッとしたのか、まどかの真似をして胸を張った。

だがそこで今度はほむらがハッとしたように表情を変える。

胸を張ったまどかとマミ。ほむらはまどかを見る。次にマミを見る。もう一度まどかを見る。

二人は胸を張っている。胸を、胸を……、胸――。

最後に自分を見る。

 

 

「チッッ!」

 

「ど、どうしたの暁美さん」

 

「べつに。巨大であればいいってわけでもないの!」

 

「???」

 

「とにかくッ、今は城戸真司と合流しましょう! キュゥべえとも連絡が取れないし、嫌な予感がするわ」

 

「そうね。とりあえず街を見下ろせる場所にいかない? いくつか気になるところもあるし」

 

 

ほむらとまどかは頷いた。というのもこの街、中央部分に大きな城が見える。

さらに街を囲むように壁があるため、街の外の様子はわからない。

が、しかし唯一その壁を越えて見えるものがある。どうやらそれは木のようだ。

 

しかしただの木ではない。

壁を超えるほどの大きさ。樹齢を考えれば気が遠くなりそうなほど。

というよりも地球ではとうてい考えられないほどの大きさである。

虚心星原しかり、ただこの世界に転送されたわけではあるまい。

そのヒントになりそうなものがあの大樹にはあるような気がしていた。

 

 

「きゃッ!」

 

 

その時だった。まどかの肩に大きな衝撃が走る。

後ろから走ってきた誰かがぶつかったのだ。その人はローブを羽織って、フードも深く被っているため、人相が判別できない。

とはいえぶつかってきておいて謝罪もなく走り去るのはいかがなものか。まどかは気にしていないようだが、ほむらはムッとしながらその人の背中を睨んだ。

 

 

「!」「!?」「え!?」

 

 

ふと、三人の表情が変わる。

風を感じたのだ。真上、空か。しかし何もない。何も見えない。

だが確かに『気配』を感じた。それも重々しい雰囲気を纏ってだ。

これは――なんだ? 似ているものを知っている。

魔獣たちが放つ、重々しい悪意と殺意。

 

 

「来て! アンドロマリウス!」

 

 

体に蛇が巻き付いた女性がほむらの背後に出現する。

彼女が消えると同時に、ほむらも瞳に変化がおきた。それはまるで蛇のような鋭い眼光だ。

その目は、全てを視ることができる。だからたとえ『それ』が透明になっていても確認することができたのだ。

 

 

「追われているようね」

 

 

三人はすぐに地面を蹴ってローブの人を追いかける。

変身しているところを誰かに見られては困る。まずは魔法で脚力だけを強化して走った。

とはいえその最中に気づくが、ローブの人の足が速い。魔法で強化している三人の身体能力と同等と思われる。

 

そうしているとローブの人は河原になってくると、橋の下にやってきた。

周囲に人気はない。そうしていると透明になっていた追跡者が具現する。

先ほどは獣人やエルフなど、ファンタジーを強調していたが、次は逆だ。

重く冷たい機械がそこにあった。それは巨大な龍の頭部だ。どこかドラグレッダーに似ているのは気のせいだろうか。

いずれにせよこれが兵器の類であるというのは想像に難しくない。事情はわからないが助けなければ。

まどかたちは変身しようと前に出るが――

 

 

「!」

 

 

ローブを着ていたのは少女だった。

フードを下した彼女の瞳は緋色に輝き、その朱色の髪が炎のように揺らめいている。

なによりも彼女には角があった。そこに宿るのは大きな魔力だ。

少女は腕を前に出した。掌、そこに炎が集う。

 

 

「昇竜突破!」

 

 

少女が叫ぶと掌から紅蓮の塊が発射され、龍の頭部に直撃する。

爆発が起きて機械はバラバラに砕け散る。

爆炎の中からなにやら黒いタイツのようなものを着た男が転がってきた。

 

 

「イーッ!」

 

 

それは泡となって消え去る。

まどかたちは唖然とした様子で、炎の向こうにいる少女を見つめていた。

その目はより美しく、燃え盛るように光り輝き。朱色の髪もまた激しく燃え滾るように揺らめいている。

ほむらなどその美しさに目を奪われてしまい、しばらくは何も言わずただ突っ立っていることしかできない。

だから彼女と目が合っていることにも気づくのが遅れた。

 

 

「あ……」

 

 

角を持った少女は再びフードを被り、まどかたちの間を通り過ぎていく。

 

 

「今見たことは全て忘れなさい。命令よ」

 

 

ほむらは何と言っていいかわからず沈黙する。他の二人も同じようだった。

 

 

「あのっ、待ってください!」

 

 

しかしふと、まどかが叫ぶ。だから少女も立ち止まった。

 

 

「あの、えっと! わたしたち行くところがなくて!」

 

「……ッ?」

 

「迷惑じゃなければ……、ついて行ってもいいですか?」

 

 

少女は振り返り、ポカンとした様子でまどかを見ていた。

 

 

「……あなたたち、どこから?」

 

「えっと」

 

 

そこでマミがアシストに入る。

 

 

「す、すごく遠いところから来たんです。だからこの辺りに疎くて」

 

「……宿を紹介するわ」

 

 

するとまどかは大きく首を振った。

 

 

「お金ッ、持ってないんです」

 

「私が話をつける。タダで泊まれるわ」

 

 

なんだか凄いことを言う娘である。とはいえまどかは首を振る。

 

 

「泊っても、そこからどうすればいいか!」

 

「え?」

 

「わたしたち、お家もないですし、頼れる人もいなくて……、この知らない場所でこれからどうしたらいいか――ッ」

 

 

竜人の少女は顎を触りながらまどかたちを睨んだ。

なんだか怪しい。放浪の身であるというのに服は髪は綺麗だ。

まあとはいえ、少女はまどかの隣にいるほむらを見つめた。随分と目つきが悪い娘だこと。

なるほど、あの捻くれた瞳からは悲しみや苦労が透けて見える。

なにやら複雑な事情があることは確かのようだ。

 

 

「……ついてきなさい」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

三人はさっそく竜人の少女の後を歩いていく。途中でマミがヒソヒソと話しかけてきた。

 

 

「やるわね鹿目さん。何とか誤魔化せたわ。上手くいけば拠点が作れるかもしれない」

 

「わたしは別にそういうつもりじゃないんです。ただ……、なんていうかあの人狙われてたじゃないですか。助けてあげたいなって」

 

「そう、そうね。そのとおりよ鹿目さん。やだ私ったら恥ずかしい……!」

 

 

マミはしょぼんと項垂れる。それを見てほむらも腕を組んだ。

 

 

「でも、どうして彼女、狙われていたのかしらね」

 

「んー、たぶん教えてくれないと思うなぁ。あの感じだと」

 

「?」

 

「昔のほむらちゃんそっくり」

 

「え゛……」

 

 

ほむらはマミを見る。マミは高速で頭を上下に振っていた。

 

 

「あの目つきとか、瓜二つよ」

 

「冗談言わないで。あんなに冷たくないわ」

 

「冷たかったわよ。私なんて何度殺されそうになったか」

 

「あ、そういうことを言うのね巴マミ。だったらコッチも言わせてもらうけれど」

 

「もうふたりともっ、喧嘩はダメだよ!」

 

 

まどかは右手でマミの手を、左手でほむらの手を握る。

 

 

「ほむらちゃんに似てるから、余計に助けてあげたいんだよ……」

 

 

前を行く少女は決して振り返らないから。

そうしてしばらく歩いていると、あることに気づいた。

どんどんどんどん、大きなお城が近づいてくる。

 

 

「ここがアタシの城よ」

 

「へぇ、そうなんで……」

 

 

え? 三人の声が重なった。

一方で竜人の少女は改めてフードを脱いで自らの顔を晒す。

とても美しい少女だった。緋色の瞳がまどかを捉える。

 

 

「私はドラーグ=R=カレン。この国の王、ロムルスの一人娘です」

 

 

 

 

 

 

 

城戸真司は荒野で目覚めた。

そこはただひたすらに荒れ地が広がっていて他には何もない。

しかし真司はすぐに気づいた。背後にあるのだ。巨大な石像が19体。

いや、18体だ。真司には一つの石像の正体がわからない。

 

 

「クウガ――」

 

 

石の名前を教えてもらった。

中央にいたのは騎士の王だと言う。なるほど確かに煌びやかであり、禍々しくもある装飾の数々はその威厳と迫力を証明するには十分ではあるが……。

真司は少し拍子を抜かれた。仮面のデザインがいくらなんでも奇抜すぎる。

何も文字を刻まなくてもいいじゃないか。なんだか少し間抜けに見える。

 

 

「ビルド」

 

 

やがて騎士たちの名前を聞き終えたとき、真司は頭を押さえた。

どれも聞き覚えはあるが、一番大事な三番目の石像の名前が思い出せなかった。そんな馬鹿な話はあるかと真司とて思う。

だってあれは自分が変身してい――

 

 

「あれ?」

 

 

いや、違う。何を勘違いしているのだ。あれはシンジのものではないか。

そうか、そうだ。名前が同じだからといって彼のものを自分のものと勘違いするなんて一体どうしてしまったのか。

真司は少し不安になってしまった。疲れているのだろうか? それとも脳がおかしくなっているとか。

少し前のテレビで記憶障害だのと、脳の特集が組まれていたがもしかしたら自分の身にも何か起こった、とか?

 

 

「違う」

 

 

王が語る。

 

 

「アナザーライダーがお前の存在を幻にしようとしているのだ。其方は城戸真司でありながらも龍騎として生きてきた。逆を言えば龍騎ではない其方は、其方ではないとも言える」

 

 

ましてや、まどかたちの世界に身を置くならばなおさらだ。

真司が龍騎だったからまどかたちとの交流が生まれ、世界が交差したのではないか。

もしも真司がただの人間だったならば、もしも真司が龍騎にならなかったなら――

 

 

「価値は、あったと、思うか?」

 

 

区切る。淡々と、されども強調して。

そこで真司は目が覚めた。

 

 

「ッ?」

 

 

真司は体を起こす。何があったんだっけ? 何がどうなったんだっけ?

そうか。そうだ。龍騎だ。みんなで戦って、それから……。

そう、確か魔法陣が見えて、そこで気を失ったんだ。

 

 

「ここ、どこ?」

 

 

周囲を確認する。

平地が広がって、なんだか遠くに巨大な木が見える。すごい。あんなのは見たことがない。

樹齢はどれだけだろう? 八億とかあるんじゃないだろうか。いや、ほんとうに。

 

しばらく口を開けて呆けていると、はたと後ろを見る。

そこには巨大な壁があった。一瞬判断に迷ったが、門が見えた。

真司はバカといわれることが多いが(本人は納得していないが)、取材で得た知識はある。

門とくれば壁の向こうが街だろうと想像するのは簡単だ。

問題は何やらその門で、よろしくないことが起こっているということだ。

ちょうど悲鳴が聞こえたのは時を同じくしてだった。

 

 

「うわぁあああ!」

 

 

門番の一人が壁に叩きつけられる。

真司は異常事態を察知したすぐに走り出す。

そして見た。鬼だ。鬼が門の前にいる。それもただの鬼ではない。

見た目は赤いドラゴンだが、長い角が二本頭部にある。そして鎧に覆われた太い腕には、鬼の金棒が握られていた。

まさにそれは、龍鬼(りゅうき)

 

 

「オラァア!」

 

「グォォオオオ!」

 

 

龍鬼は片手でもう一人の門番を掴むと、軽々と持ち上げて投げ飛ばす。

 

 

「グガガガガガ! 弱い。弱すぎるぜ! ドラグニアを守る番人がこの程度か?」

 

 

龍鬼は呆れたように金棒を肩に乗せ、高い壁を睨んだ。

 

 

「オレが眠って危機感が下がったか? 呆れたもんだが、ちょうどいい。今度こそすべてを破壊しつくしてやる!!」

 

 

まずは門番だ。龍鬼は金棒を振り上げ、倒れている門番を叩き潰そうと力を込めた。

 

 

「変身!」

 

「んー?」

 

「やめろ! お前ッ、なにやってんだ!」

 

 

龍鬼が振り返ると、龍騎が腰に掴みかかってきた。

だがこれがビクともしない。どっしりと構えた龍鬼は尻尾を振って龍騎を吹き飛ばしてみせる。

 

 

「誰だテメェは」

 

「なんだっていいだろ! お前こそどういうつもりだよ」

 

「どういうってお前……、決まってるだろ。殺そうとしてたんだよ。それともまさかお前、オレのこと知らねぇのか?」

 

 

そうだ。そうに違いない。龍鬼はゲラゲラと笑い始めた。

 

 

「ここまで落ちたか。この龍鬼も。これも全てはロムルスの野郎のせいだ」

 

 

龍鬼は壁の向こうにある城を睨んだ。

 

 

「だがそれももう終わる。オレが龍王の力を手に入れれば、全てが変わる」

 

 

龍鬼が歩きだした時、激しい熱を感じた。

振り返ると、龍騎が腰を落として構えていた。

その周囲にはドラグレッダーが構えており、口からは炎が溢れていた。

 

 

「俺を無視すんなッッ!!」

 

 

腕を突き出すと同時に放たれる炎。

昇竜突破。龍鬼は気だるそうにしながらも金棒を振るった。

 

 

「!?」

 

 

随分と簡単な話だった。金棒が炎を打ち返す。

反射された炎弾はスピードを増し、一瞬で龍騎に返ってくると直撃して爆発を起こす。

 

 

「うぁああぁあ゛ッッ!」

 

 

地面を転がる龍騎。

さらに龍鬼は金棒を地面に叩きつけた。

すると龍騎が倒れていた地面が爆発を起こし、龍騎は衝撃で空に舞い上がると、そのまま墜落する。

 

 

「ゴミが」

 

 

龍鬼は鼻を鳴らして踵を返した。

だが龍騎はすぐに力を込めて立ち上がる。あんな危険なヤツを街に行かせるわけにはいかない。

雄たけびを上げるとカードを発動。ドラグセイバーを片手に走り出した。

 

 

「!?」

 

 

だがそれは一瞬だった。

龍騎が龍鬼の背中を切りつけようとしたとき、ドラグセイバーの刃が粉々に砕け散った。龍鬼が振り返りながら金棒を振るったのだ。

その剛腕で生み出されたスピード。まさに一瞬で、龍騎は何が起こったのか理解するのにしばしの時間を要した。

だからこそ隙が生まれてしまう。

そもそも衝撃で腕の感覚も鈍い。何もかもがマヒした時間の中で、龍鬼だけが鮮明だった。

 

 

「が――ハッッ!」

 

 

龍鬼の足裏が龍騎の胸に押し当てられた。

瞬間、龍騎は後方へ吹っ飛んでいく。

それだけではない。龍騎が背中で地面を擦る中、胸の装甲を中心にして炎が駆け巡る。こうしてあっという間に龍騎は炎の塊だ。

龍鬼はニヤリと笑う。普段ならば時間を無駄にしたと苛立つところではあるが、なにせ『目覚めて』間もない。ウォーミングアップとしては悪くない。

 

 

「……いや」

 

 

訂正。龍鬼はますます笑みを濃くする。

なにせ龍騎を包んでいた炎が割れて弾け飛んだ。

砕けた鏡のように。

 

 

【サバイブ】

 

 

龍騎は強化形態に変わると銃を連射しながら龍鬼へ近づいていく。

青い光線は命中のたびに確実に龍鬼をのけぞらせていた。

そうしていると既に龍騎と龍鬼の距離はすぐそこまで来ていた。

龍騎が拳を握りしめると炎が宿り、そのまま燃え滾るパンチを打ち込んでみせる。

 

 

「なにッ!」

 

 

ヒットしたが――どうしたことだ。龍鬼は不動である。

 

 

「クッッ!」

 

 

ソードベントはカードを使わずとも発動できる。ドラグバイザーツバイから刃が伸びてドラグブレードを装備する。

龍騎はそのまま剣を振るうが、龍鬼はそこに金棒を合わせた。

武器がぶつかり合うと結果はすぐに訪れる。

なんと龍騎のドラグブレードが砕け散り、破片が地面に落ちたのだ。

 

 

「そ、そんな!」

 

「グガガガガ! 嘘ではない! 現実を見ろ!」

 

 

龍鬼の口から赤黒い炎が発射され、龍騎を包み込む。

激しい熱を感じた。激しすぎる熱だ。防御ができていない。龍騎は苦しそうに呻き、もがき苦しむ。

地面を後退していると炎が晴れた。目の前には龍鬼が立っていた。

まずはボディーブロー。龍騎の肉体に衝撃が走る。

脇腹の装甲が砕けて地面に落ちた。呼吸が止まる。脂汗がにじむ。

 

龍騎は必死に拳や蹴りを繰り出すが、それら全ては龍鬼に見切られ、命中してもかけらもダメージを与えられない。

そうしていると金棒が振り下ろされた。龍騎はドラグバイザーを盾にしたが攻撃を押さえられない。

あっけなく地面に叩きつけられ、そのまま思い切り蹴り飛ばされた。

龍騎はまるでサッカーボールのように吹っ飛んでいく。龍鬼はそれを見て笑い、持っていた金棒を地面に落とす。

 

 

「お前、よっわいなー。雑魚ってのは見てるだけで悲しくなってくるぜ」

 

 

龍鬼は両腕を前に突き出した。

そして大きく旋回させると、腰を落として狙いを定める。

この構えは間違いない。龍騎もよく必殺技キックの前に取る構えの型だ。

だからこそ龍鬼も同じように地面を蹴って空に舞い上がる。

だが地面に激突した龍騎も呻きながらなんとか立ち上がり、カードを構える。

 

 

【ガードベント】

 

 

ドラグランザーが龍騎の前で激しく回転し、渦のバリアを作り出す。

ファイヤーウォール。そこで龍鬼も右足を突き出した。

 

 

「ダアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

ドラゴンオーガキック。燃え滾る右足が炎を貫き、その向こうにいた龍騎に直撃した。

足裏が龍騎の胴体に突き刺さり、龍騎の体は吹き飛びながら爆発を起こした。

悲鳴が聞こえる。地面に叩きつけられたと同時に変身が解除され、真司は苦しげに呻くだけしかできない。

 

 

「そんな――ッ! サバイブが! こんな簡単にッッ! がはっ!」

 

 

一方で龍鬼はゲラゲラと笑っていた。

 

 

「いや違うな。弱いんじゃない、弱すぎる! あまりにも無力だ!」

 

 

龍鬼は落とした金棒を拾いに行こうと歩き出した。

しかしそこで龍鬼は目を細めた。何かが走ってくる。

それはこの世界にはない乗り物、バイクだ。

 

 

「ハァアア!」

 

 

乗っていたのは二人の龍騎。

変身済みのキットと竜生である。キットの後ろに乗っていた竜生はシートを蹴るとドラグレッダーの頭部を思い切り突き出した。

 

 

「消し飛べ! ドラグーンインパクトッッ!!」

 

 

巨大な火竜の頭部が発射され、龍鬼にかぶりついた。

飲み込まれる龍鬼。だがしかし、すぐに炎が消し飛んだ。

火の粉の向こうには腕を真横に伸ばした龍鬼が立っている。たったこれだけの動作で竜生の最大攻撃を打ち破ったのである。

当然ダメージを負っている様子はない。ほんの少しだけ押し出しただけだ。

 

 

「………」

 

「ビビッて声も出ねぇか。いいぜ、すぐに殺してや――」

 

 

龍鬼が一歩、二歩と足を前に出した時、ズボッと音がして龍鬼が地面に沈む。

 

 

「わははははーッ! クソバカがーッ! ざまあみやがれってんだ!!」

 

「あぁ゛!? なんだコレは!」

 

「落とし穴に決まってんだろ。テメェがおれのドラグーンインパクトを食らってる間にドラグレッダーと二人で掘ったんだよ!」

 

 

それは圧倒的な早業である。

火竜の口内に龍騎が入った瞬間スコップ片手にカサカサと猛スピードで走り、分離したドラグレッダーと共に穴掘りである。

ライダーの力が人間離れの動きを可能にしたのだろう。

その隙にキットは倒れている真司へ駆け寄り、無事を確かめる。

 

 

「ねえ、大丈夫! 怪我は!?」

 

「あ、ああ……! なんとかッ!」

 

 

脇腹に酷い青痣がある。もしかしたら折れているのかもしれない。

真司はキットに肩を貸してもらい、後ろに下がっていった。

反対に竜生はゲラゲラと笑いながら前に出ていく。

 

 

「さぁーて、テメェはもう動けねぇ! どうやってなぶり殺してやろうかねぇ。へっへっへ! なあドラグレッダー?」

 

「……いや、まあ、あんま龍騎の姿でそういうこと言うなよ」

 

 

呆れ顔のドラグレッダーではあるが、すぐにその表情が変わる。

爆発が起こったのだ。土片や砂が飛ぶ。目を丸くする龍騎と、焦りの表情を浮かべるドラグレッダー。

 

 

「マズイな……。ワシも久しく忘れておわったわ」

 

「あ? 何がだよ」

 

「そりゃお前、見ればわかるだろ。死を前にした緊張感よ」

 

 

周囲が消し飛んだおかげで穴が広がった。龍鬼は跳躍で地面に降り立つと掌を広げた。

すると地面に落ちていた金棒がひとりでに浮遊し、あっという間に龍鬼の手に収まる。

 

 

「まずいぞ竜生ッ、今のお前ではヤツに勝てるかどうか……!」

 

「なんだと……ッ! じゃあ逃げるか? あそこにいる龍騎を囮にすれば時間稼ぎくらいにはなるだろ!」

 

「……いやわかってたけどお前最低だな」

 

 

ふと、一同の視線が上に向けられる。気配を感じたからだ。

そして一同はすぐに目を見開いた。随分と異様な光景が広がっていたのである。

ドラグレッダーだ。龍騎の契約モンスター、それが空に浮いている。一体、二体、三体、四体……。

 

ざっと百体くらいはいるだろうか?

赤い龍の群れ、その背にはシートが備え付けられており、そこには無数の兵隊が乗っている。

兵隊は人に見えるが何かおかしい。皆、角が生えている。

そして中にはドラゴンのような顔をしたものもいた。

彼らは竜人と呼ばれる種族のようだ。

 

そしてその中心にいるのは隊長だ。

ドラグレッダーも他のそれとはデザインが大きく違っている。

まるでそれはカメだ。ワニガメのような翼竜は背中だけではなく、腹にも大きな鎧が装着されている。

ドラグシールダー。その甲羅に乗っているのは恰幅のいい男だった。彼もシルエットは人間ではあるが、顔はドラゴンのそれである。

重厚な鎧に身を包んだ大男は鼻を鳴らして飛び降りた。

 

 

「龍鬼"ドラギュノス"。噂には聞いていたが、まさか本当に蘇ったとはな」

 

 

隊長が地面に着地すると、周囲に亀裂が走る。

 

 

「テメェはなんだ? オレの記憶にはない」

 

 

龍鬼の言葉に、隊長の表情が歪んだ。

その手には巨大な盾があるが、彼はそれをすぐに投げ捨てる。

 

 

「我の名は"イェーガー"。前回の戦いでは隊の中にいた」

 

「ああ、そうかい。だったら覚えてねぇのは無理もない。あんな雑魚集団、いてもいなくても一緒だったからな」

 

「何人も友が死んだ。その名も覚えてないか」

 

「もちろん。それに、これからもっと死ぬ」

 

「いや、それは違う」

 

 

隊長・イェーガーはあるものを取り出した。

デッキだ。カードデッキ。それはイェーガーだけではない。

上空にいる多くの兵士たちも同じようなデッキを取り出して前に突き出した。

次々と装着されていくのはVバックル。

まさかと――、竜生の隣にいたドラグレッダーが唸る。

 

 

「変身!」

 

 

そう、そのまさかだ。

叫んだのはイェーガーだけではない。上にいる兵士たちも皆同じように叫んだ。

そしてデッキをセットする。となると、当然現れるのは龍騎だ。

 

そう、龍騎なのだ。

兵士たちは真司たちと全く同じ龍騎に変身した。

そしてイェーガーは通常の龍騎よりももっと重厚な鎧に身を包んだ――けれどもそれはやはり『龍騎』に変身していた。

真司や兵士たちが変身した龍騎を『通常』とするなら、イェーガー龍騎は非常に恰幅がよく、体格が大きい。

さらに腕には巨大なガントレット。脚部にも通常より装甲が多めに装備されている。

 

 

「龍騎隊! 放てェエエエ!」

 

 

イェーガーの命令により、空中に待機していた龍騎たちが一斉に攻撃を開始する。

次々とドラグレッダーの口から火球が発射されて龍鬼周辺に落ちていく。

イェーガーは降り注ぐ炎の雨の中を歩き出した。

 

動きは鈍いが、やはりその防御力は通常の比ではない。

ガシャガシャと音を立てて、たとえ炎が自分に当たろうとも構わず前に進んでいく。

だがそれは龍鬼も同じだった。炎の中を走り、金棒を構える。

だからこそイェーガーもデッキからカードを抜いた。そしてそれを握りつぶすことで発動していく。どうやら右腕そのものがバイザーになっているらしい。

 

 

『ガードベント』

 

 

ドラグシールダーの甲羅を模した巨大な六角形の盾、ドラグシールドが装備される。

イェーガーはその巨大な盾を左手一つで持ち上げてみせる。

直後、盾にぶつかる金棒。だがこれがやはりというべきか。重厚な盾は重々しい金棒の一撃をしっかりと受け止めて見せる。

 

 

「ハァアアアア!!」

 

 

イェーガーはそのまま前に出ていく。

龍鬼視点、壁が迫ってくる。踏みとどまるが、そのすさまじい勢いは競り合いを許さない。

盾がすぐに直撃し、龍鬼は激しく後退。やがては勢い余って倒れてしまう。

すぐに地面を転がって立ち上がるが、そこで龍鬼は不快感に叫んだ。

不愉快だ。実に。空からは無数の飛び蹴りが迫る。

 

 

「チィイ! 目障りな!」

 

 

ドラゴンライダーキックの群れ。一発目は金棒で弾いたが、二発目は直撃。

後退したところに三発目が直撃。次々に龍騎が迫り、すぐに大爆発が巻き起こる。

 

 

「ムゥウン!」

 

 

力の籠った声。イェーガーは盾を思い切り地面に叩きつけると、何やら力をチャージし始める。

盾の中央にある赤い宝石がジワリジワリと光り輝いていく。

さらにそこで街の外から大勢の人たちが駆け付けた。

エルフ、ドワーフ、パン屋の親父。彼らの手には真司が使っていたのと同じドラグクローが装備されている。

 

 

「イェーガーさん! 手伝うぜ!」

 

「いかん! ヤツは危険だ! 下がっていてくれ!」

 

「何言ってんだ! 龍鬼が来たとありゃだまってられるかってんだ! なあみんな!」

 

 

皆、パン屋の親父の言葉にうなずいた。

ならばとイェーガーも頷く。彼は一同に炎の力を授けてくれるように頼んだ。

皆、それに応える。炎が生まれ、すぐに盾中央の宝石に集中していく。

どうやら住民たちによる協力のおかげでチャージ時間が早まったようだ。イェーガーが叫ぶと、龍騎たちはいっせいに龍鬼から離れていく。

 

 

「塵となれ! 龍鬼ッッ!!」

 

 

トルネードブレイズ。盾の中央から高エネルギーのレーザーが発射された。

螺旋の炎を纏うそれは一瞬で龍鬼へ届き、その肉体へ着弾する。

 

 

「ガァアアアアアアアアアア!」

 

 

はじめて龍鬼から苦痛の声が漏れた。

レーザーに押し出されることを数秒。すさまじい爆発が巻き起こる。

キットは真司を爆風から守るために前に出て、竜生に関しては尻もちをついて叫んでいた。

 

一方の龍鬼は激しく地面を滑り、やがては勢いも失って停止する。

しばし沈黙。だがすぐに地面を殴るのが見えた。どうやらダメージは与えられたが、まだまだ余裕のようだ。

彼は立ち上がると、金棒をイェーガーに向ける。

 

 

「面白ぇ。テメェを殺すのを楽しみにしておくぜ」

 

 

龍鬼の体が消えた。文字通り、消えてなくなったのだ。

イェーガーは驚いたように前に出るが、既に気配はない。

彼は変身を解除するとすぐにキットたちのもとへ駆け寄っていく。

 

 

「キミたちはどこの者だ! 我の隊ではないな? なぜここにいるのか!」

 

「え? あ、いやッ、えーっと」

 

 

キットは困ったようにうろたえるしかできなかった。

なにせ彼も外で目覚めたばかりだ。近くに竜生がいたので、彼と共にバイクで壁をグルリと回っているときに真司を見つけたのだから。

 

 

「そう、そうだ! それより彼を助けてあげてよ。怪我してるんだ!」

 

「ム!」

 

 

イェーガーは真司を見る。

 

 

「そうか。では運ばせよう。一同、城へ戻るぞ!」

 

 

真司は言葉が出なかった。

なにせ自分が変身していた龍騎が空にたくさんいて。その中の一人につかまれ、ドラグレッダーに乗せてもらったのだから。

鏡を見ているような気分だった。しかし自分は彼ではない。ましてや龍騎とも姿は違う。

なんだか少し気持ちが悪かった。

 

 

 

 

メイド。

掃除や料理など、家事を行う女性の使用人を指す単語ではあるが、日本においては少々捉え方が変わってくる。

というのも海外ではただの仕事(ワーク)であることに対して、日本においてはアニメや漫画などサブカルチャーに出てくる架空の幻想的理想存在(フィクション)として捉えているケースが多いのだ。

 

彼らが想像するメイドというのはハウスキーパーとしての役割はもちろん、主人に絶対的忠誠を誓う健気で一途な存在であるとされている。

さらにメイドにはメイド服という専用の衣装があり、この衣服にはオタクという生き物、中でも陰キャ目とよばれる類の種を『殺す』魔力が秘められているという迷信がある。

 

日本という国に住んでいる専門家、穂詩慕志(2014~)によればフィクションにおいてのヒロイン性、この点においてかつては暴力的や反抗的な一面を持つものが主とされてきたが、少し前からは奴隷やメイドといった存在や地位が感情移入視点よりも下の存在に求める声が多くなっているといわれている。

 

これは現代社会において不足しているものが刺激や反骨よりも『癒しや肯定』の面が強くなってきたからではないかとされている。

中でもメイドはその衣装の白と黒のカラーを見たときに無意識に神聖さを強調させて救いや癒しを強く求めるからではないかと推測されている。。

 

所説あるのはもちろんだが、少し遡ってみれば日本のオタク文化の最たるものが『メイド喫茶』と呼ばれていることから、我々がその存在に何を求めているのかを察することは難しくないと思われる。

さらに専門家は我々にメイドと呼ばれる存在には無限の可能性があると言う。

それは言葉を付け足すことでその存在があまりにも大きな刺激を受け、変容していくということにあった。

 

例を挙げてみよう。

先ほどツンデレという言葉を用いた。

これは全盛期よりは数を減らしたものの、いまだ根強い人気を誇るヒロインポイントではあるが――

そこにメイドを付け足し、二つを比較してみよう。

 

A・メイド

B・ツンデレメイド

 

いかがだろうか。メイドなのにツンデレ。これはおかしな話である。

メイドとは仕えるものであるにも関わらず、ツンをしてしまうのだ。デレがあるとはいえツンをするのだ。突くのだ。ちょっとは痛いのだ。

忠誠と痛みは真逆の方向にあるものである。逆らうというツンはまるですべてを貫く矛だ。

一方でメイドとはご主人さんのためにすべてを投げ出し、全てを包み込み、受け止めて見せる――いうなればどんなものでも受け止める盾である。

 

これはおかしな話であると専門家は吠えた。

最強の矛と最強の盾、ぶつかりあえば答えはでるが、それでは話が違ってくる。

 

ではこれは矛盾か? 違うのだ。ツンデレなメイドさんなのだ。

ツンデレだがメイドさんなのだ。いや、あるいはツンデレがメイドになってもいい。

これはこれで新しい銀河が生まれる。

 

普通のツンデレか、ツンデレなメイドさんか。

どちらがいいかは聡明な人間ならば考えるまでもないと専門家は叫んだ。

他にもある。クールという単語をくっつけてみよう。クールなメイドさん。

これもまた新しい銀河が生まれてしまった。元気なメイドさん。おっちょこちょいなメイドさん。かわいいメイドさん。

このように、メイドというのその前につける言葉を輝かせる存在であるとイギリスの大学が研究を発表したとかしていないとか。

 

中でも世界メイド保護機構WMPではこの単語の組み合わせによるメイドの魅力向上システムを、クロスアナライズワンダフルフィーバーとして発表。

専門家集会による研究の結果、最も素晴らしいメイドはエッチなメイ――

 

 

「!?」

 

 

暁美ほむらはゾッとしてブルブルと肩を震わせた。

 

 

「どうしたの暁美さん。風邪?」

 

「い、いえ。ちょっと寒気がしただけよ。もしかしたら頭が悪くなる電波が飛んでいたのかも」

 

「???」

 

 

深層心理の奥にいたガープが笑う。

――いえいえお嬢様。全くその通りで。馬鹿な妄想電波を受信しただけにござます。

が、しかし、その下らなきが人生の栄養になりますゆえどうかご勘弁を!

 

 

「それにしてもとっても可愛いわ二人とも!」

 

「えへへ、そうですか? ありがとうございますっ! でもマミさんもとっても素敵ですよ。ねえほむらちゃん」

 

「そうね。悪くないわ」

 

 

ほむらは黒い髪をかき上げてニヤリと笑う。大きな鏡に映っていたのは三人のメイドさんだ。

まどか、ほむら、マミにとってはコスプレのようなものか。少しテンションが上がっているようである。

 

 

「でもびっくりだねぇ。まさかお姫様だったなんて」

 

「ええ。すごい偶然だわ」

 

 

まどかたちは部屋をノックするとさっそくカレンに顔を見せる

 

 

「……貴女たち」

 

「カレン様の紹介のおかげで、お城に住んで働けるようになりました。どうもありがとうございます」

 

「……そう。よかったわね。要件はそれだけ? 済んだなら出て行ってちょうだい」

 

「いえっ! あのっ、お礼をしたくて。紅茶を淹れてきました」

 

 

マミが淹れたものだ。自信がある。なにせとても素晴らしい茶葉だった。是非見滝原に持って帰りたいくらいの。

 

 

「ありがとう。でもごめんなさい。人が淹れたものは飲まない主義なの。貴女たちで飲んで」

 

 

そういうとカレンはプイッとそっぽをむいてしまった。

ああ、マミが困っている。なんだかムカつく女だとほむらは思った。

 

 

(せっかく巴さんが淹れてくれたのに。可哀そうな巴さん。私ならゴクゴク飲むのに……)

 

 

イライラする。文句でも言ってやろうか? そう思っているとまどかが前に出た。

 

 

「わかりました。わたしたちでいただきますね。お気遣いありがとうございます」

 

 

まどかは笑顔で紅茶を下げると、そのままカレンを見る。

 

 

「カレン様は、お好きな食べ物とかってあるんですか?」

 

「………」

 

(無視? 無視! なんなのこの女)

 

 

ほむら舌打ちである。せっかくまどかが――

なんてことを考えていると、マミに掴まれた。

彼女はそのまままどかたちを連れてカレンの部屋を出ていった。

 

 

「だ、駄目よ暁美さん。王女様と喧嘩しようなんて死刑になっちゃうわよ!」

 

「……ごめんなさい。でもちょっと、その、態度が」

 

「仕方ないのよきっと。鹿目さんも簡単に話しかけていい存在じゃないんだから、注意しないと駄目よ」

 

「そ、そっか。そうですよね。はぁい」

 

 

ついつい自分たちの世界の物差しで考えるが、お姫様とはそれはさぞ高貴な存在に違いない。

下々のものとは口を聞いてはいけないのだろう。マミはそれが文化や伝統であるならば重んじるのは当然だと言った。

 

 

「とにかく今は眠る場所が確保できたことだけでも幸いよね。何日この世界にいることになるかもわからないし」

 

「そうですね。あ、真司さんのこと言えなかったなぁ」

 

「まあそれは他の人に聞けばいいじゃない。それよりまずは一旦お茶にしない? ほら、この紅茶本当にいい香りで――」

 

 

ドタドタドタと慌ただしく、前から何人かの竜人がやってくる。

マミは驚いたように紅茶が入ったカートを端に寄せた。

竜人たちはそのまま三人には目もくれず、カレンの部屋に入っていく。

 

 

「どうしたんだろ?」

 

「随分、慌てていたわね」

 

 

ほむらは周りを見る。誰もいない。

こそこそと歩き、扉に耳を押し当てる。

 

 

「い、いいのかな?」

 

「いいのよ。ほら、まどかと巴さんも聞いてみる?」

 

 

なんだかんだと気になる。二人はすぐにほむらに身を寄せた。

中にいる人たちは相当興奮しているのか、声はそれなりに聞こえてきた。

 

――龍鬼復活は最果ての占い師のいうとおりでした!

まずは彼の意見を聞くというのは? 落着きたまえ。とにかくこれは我が国の存亡に関わる事態だ。キドリオン様の言うとおりです。爺や。やはりヤツは龍樹に存在す……

 

 

「キミたち! 何をしているのか!」

 

 

三人はビクっと肩を震わせる。振り返ると、イェーガーが立っていた。

 

 

「散れ! メイドがいていい場所ではない! 持ち場に戻るのだ!」

 

「は、はい! すみません! あわわ!」

 

 

まどかたちは急いでイェーガーから離れる。が。しかし。

ほむらは二人の手を引くと、近くの部屋に入った。幸い、他には誰もいない。

ほむらが一つ念じると、スーツを着たナイトメア、ガープが現れる。

 

 

「お嬢様! このガープ! 呼ばれて飛び出ました。が!」

 

「向こうの部屋に忍び込みなさい」

 

「……お嬢様。阿呆ほど知りたがる。プライバシーなるものの価値が……ってお嬢様? お嬢様! おやめくだされば! 貴女の固有魔法、記憶操作は私には通用しませぬ! おやめください! カップ焼きそばのお湯を捨てずに粉末ソースを入れてしまう記憶を植え付けようとするのはおやめくだされ! 不毛極まりない! これどういう嫌がらせ!?」

 

 

観念したのかガープは小さなコウモリに変わると窓の外に飛び出していき、カレンの部屋が見える場所に止まる。

ガープが耳を澄ませると部屋の中の会話が聞こえてきた。そしてそれがそのままテレパシーでほむらたちの脳に入ってくる。

 

 

『龍鬼がいては王位継承の儀を行うことができない』

 

(龍騎……? え? 真司さん?)

 

『わかっているなカレン。キミは龍の血涙には選ばれなかったのだ』

 

『それはもちろん……。わかっています。叔父上』

 

『まあまあ。それよりも姫様。龍機に遭遇したと聞きましたが!』

 

(龍騎! 真司さん!)

 

『ええ、襲われました』

 

(!?)

 

『ですが既に撃破しました』

 

(ええええええええええええええ!?)

 

『中に乗っていたものに見覚えは?』

 

『いえ。よくわからない黒い恰好でしたが、蒸発して消え去ったようです』

 

(え? あ、あれのことだったんだ……!)

 

『とにかく! よろしいですか! 龍鬼討伐のために我々はこれより――』

 

 

そこで何かが割れる音が聞こえた。窓だ。ガープは目を見張る。

 

 

「おや?」

 

 

ガープがぶら下がっていた木の枝。その上に『龍騎』は立っていた。

真司の変身しているタイプとはシルエットが違う。体は細く、仮面は細長く。長い尻尾がある。

まるでヤモリやトカゲだ。さらに右腕には巨大なドラグレッダーの頭部が装備されている。

ドラグクローではあるが、両髭の部分からエネルギーでできた弦が見えた。

これはボウガン。放たれたのは炎の矢だ。それが窓を貫き、カレンを貫こうとしたのである。

 

しかしイェーガーが反応すると、腕を伸ばして矢をつかみ取ったのだ。

細い龍騎は舌打ちを零すと、すぐに跳躍で木の枝から離れた。

よくわからないが、注目を集めるのは好まない。ここでガープも消え失せる。

 

 

「大丈夫ですか姫様!」

 

 

爺やと呼ばれた竜人がカレンに駆け寄る。

一方で『キドリオン』というカレンの叔父と、イェーガーは細長い龍騎を睨んだ。

 

 

「あの龍騎! バルガスか!」

 

「殺し屋の? それがなぜ姫を!?」

 

「わからんが目障りだ! イェーガー! なぜ侵入を許した! 親衛隊の失態だぞ!」

 

「は、ハッ! 失礼を! とにかくすぐに追いかけます!」

 

 

二人はカレンの部屋を飛び出していく。

爺やはカレンに駆け寄ると無事を確かめる。

 

 

「姫様! とにかく安全な場所にお隠れを! 私めもヤツを倒しに向かいます!」

 

「え、ええ……! 気を付けてね爺や――ッ!」

 

「もちろんです。おのれ殺し屋め! 絶対に許さん!!」

 

 

刀片手に飛び出す爺や。カレンは床を這い、部屋の隅でうずくまる。

そうしているとまどかたちが部屋に飛び込んできた。

 

 

「大丈夫ですかカレン様!」

 

「貴女たち! どうして!」

 

「えっと……、騒がしかったもので! とにかく大丈夫ですか!」

 

 

まどかがカレンに触れようとしたとき、その手は弾かれる。

 

 

「平気よ。それよりも早く隠れなさい! まだ殺し屋が近くにいるかもしれないのよ!」

 

「わたしは大丈夫です! それよりもカレン様が心配で!」

 

「ふざけないで! メイドに守られるほど弱くはないわ!」

 

 

ほむらはそれを聞いてムッと表情を歪める。

 

 

「確かに力はあるようだけど、気遣いを受け止める余裕はないようね」

 

「なんですって……!」

 

 

ほむらが呟いた言葉にカレンは反応する。

怒りの連鎖だ。マミは二人を落ちつけようとして――やめた。

廊下から誰かが歩いてくる。何から煌びやかなローブを着込んだ男性だった。

竜人とは思えない。普通の人間に見える。

 

 

「姫様。聞きましたぞ。危機一髪のようで」

 

 

男は腕をシッシと動かしてまどかたちに『退け』とジェスチャーを送る。

まどかたちが左右によけると、男はそこをズンズンと歩いてカレンの前に立った。

 

 

「最果ての占い師……、話は聞いているわ。龍鬼復活と侵入者を予言したようね」

 

「いかにも。私の千里眼が全てを見通したのです」

 

 

綺麗な宝石がいくつもついたネックレスがじゃらりと揺れる。

占い? 予言? うさんくさい。ほむらは眉を顰めたが、考えてみたら自分のパートナーも似たり寄ったりなのかもしれないので黙っておくことにした。

 

 

「うさんくさい」

 

 

ほむらはギョッとした。カレンはギラリと占い師を睨む。

 

 

「失礼な女王だ。おっと、まだ仮でしたか」

 

「わざわざ嫌味を言いに? そんな、まさかだわ」

 

「ふむ。確かに」

 

 

占い師は椅子に座ると、パイプをふかす。

 

 

「馬鹿な奴らだ。龍鬼や殺し屋だけが悪意のすべてだと思っている」

 

「ッ」

 

 

なにやら、空気が変わった。

占い師はパイプを投げ捨てる。

 

 

「まあ仕方ないか。馬鹿な男の系譜なのだし」

 

 

占い師の姿が変わった。人のそれから異形のそれへと。

肩や腕を覆う円形の装甲。そこに宝石が埋め込まれていき、最後に赤い角が二本頭で発光した。

 

 

「我が名はアマダム! 占い師ではなく魔法使いだ。貴様らの始祖たる存在である」

 

 

魔獣?

いや、けれども幹部級が変身した際に発生するモザイク状のエネルギーは確認できず、尚且つ自己顕示欲やプライドの高い彼らが魔獣ではなく魔法使いを自称したことが気になる。

いずれにせよ事態が理解できずに後ずさるまどかたち。

一方でアマダムは睨みつけてくるカレンを見て、小さく笑った。

 

 

「この国は養殖場、あるいは培養所か。いずれにせよ十分に力は育った。貴様らのクロスオブファイアをまとめて回収してやる」

 

「クロスオブ、ファイア……? 何をワケのわからないことを言っている!」

 

「どうせ間もなく消え去る命だ。ならばその前に私自らが奪ってやろう」

 

 

アマダムが手を前に出すと、火球が発射される。

アッと思うまどかたちだが、カレンはどこからともなく細身の剣・ドラグセイバーを生み出すとその炎を切り裂いて消滅させた。

 

 

「逃げなさい! 早く!」

 

 

怒鳴られた。一方でカレンはすぐに走り出すと、椅子に座っているアマダムへ切りかかる。

そのスピード、あっという間にアマダムの肩に刃が直撃するが――

 

「ッ!?」

 

「フッ! フハハハハ!」

 

 

アマダムは肩に剣を受けながらも、足を組んでくつろいでいるように見える。

それもそのはず、その攻撃は効いていないのだから。

 

 

「私は炎を理解している。ゆえに龍騎は私の力でもある。抗体を生み出すことなど造作もない!」

 

 

アマダムは立ち上がると足を振るう。

カレンは魔法陣のバリア・ドラグシールドを張ってそれを受け止めようとするが、アマダムの足は容赦なく魔法陣を粉々にするとカレンの首をへし折ろうと――

 

 

「!!」

 

 

固い感触。アマダムは首をかしげる。

カレンの頭とアマダムの脚の間に、桃色のバリアが張られているではないか。

ピー!

 

 

「は?」

 

 

腹から音がした。アマダムが確認すると、爆弾がくっついていた。

 

 

「ゴアアアア!」

 

 

爆発。アマダムは吹き飛び、扉を粉砕して廊下に倒れた。

今度はカレンが唖然とする番だった。つい先ほどメイド服を着ていた三人の少女が、きらびやかな衣装に身を包んで自分の前に立っているのだから。

 

 

「大丈夫ですか!」

 

「え、ええ……!」

 

 

変身したまどかたちは並び立ち、アマダムを睨む。

跳ね起きたアマダムは、まどかたちを見て大きく混乱しているところだった。

 

 

「なんだ……ッ! 何者だお前たち!」

 

「魔法少女よ!」

 

 

マミがマスケット銃を発砲する。アマダムは掌でそれを受け止めるが、痛みにのけぞり、大きく唸った。

 

 

(どういうことだ? 魔法少女? そもそもなぜ私にダメージが入る!)

 

 

そうしているとマミが走ってくる。

 

 

「チィッ! 目障りな」

 

 

アマダムもまた走り出し、まずは二人の脚が交差した。

唸るアマダム。マミの脚にはリボンが巻き付けられており、それが威力を上げているのだろう。

二人の蹴りは互角。弾きあい、今度はもう一方の脚がぶつかり合う。

弾きあう両者。マミは人間に見えるが、どうやらその身体能力は遥かに上昇しているようだ。アマダムはすぐに腕を振るい、手刀から斬撃を発射する。

 

 

「レガーレ」

 

 

マミは黄色いリボンを鞭のように振り回すと斬撃をかき消し、さらにリボンを伸ばしてアマダムの足首に巻き付ける。

そのまま腕を引いて一気に倒してやろうというのだ。しかしマミは目を見開いた。

アマダムは液状化すると、リボンをすり抜けてマミへ突進してくる。マミは後退しながら銃を連射するが、当然それらはむなしくアマダムをすり抜けていくだけだった。

 

 

「デカラビア!」

 

 

しかしその時、電撃がほとばしる。

ほむらがマミの後ろから顔を出すと、腕を前にかざした。

悪魔の雷は液状化しているアマダムの全身を駆け巡り、激しいスパークを巻き起こす。激しい痛みにアマダムの液状化は解除され、マミにたどり着く前に床に倒れた。

 

 

「イェゼレルミラー!」

 

 

立ち上がったアマダムは背後に気配を感じて振り返る。

するとそこには大きな鏡を持った天使が。よくわからないがアマダムはハイキックで鏡を粉砕しようと試みる。

が、しかし、鏡に足が当たった瞬間、ズブリと沈む。

なんだ? アマダムがそう思った時には既に『誰もいない』廊下にたどり着いていた。

 

 

「これはミラーワルド!? 馬鹿な! どういうことだッ!」

 

 

光が迸る。窓からほむらが飛び出してくると、アマダムに掴みかかった。

まだデカラビアの恩恵は続いているらしい。ほむらは放電しながらアマダムをひるませ、そのまま壁に叩きつける。

 

 

「ハァアアアア!」

 

 

ほむらは壁を思い切り蹴って、黒い翼を広げた。

窓を突き破って外に出る二人。アマダムはそこでほむらの腕を振り払うが、地面には墜落していく。

空にいるほむらは盾からアサルトライフルを取り出すと、すぐに連射していった。

 

しかしそこでアマダムは硬質化。ほむらの銃弾を完全に防ぎきる。

それだけではなく突然腕を前に出すと、伸長したではないか。

伸びた腕から繰り出されるパンチ。ほむらはなんとか盾でガードするものの、衝撃でバランスを崩して地面に落下してしまう。

 

落下時、なんとか体勢を整えて着地。翼を消滅させる。

アマダムも風の力で浮き上がると、すぐに体勢を整えて着地した。

上を見るとまどかが飛んでくるのが見える。彼女は次々と光の矢を発射するが、アマダムは高速移動でそれらを回避していく。

 

 

「ん?」

 

 

アマダムは見た。ほむらの矢、まどかの矢、そして廊下からはマミが銃を撃ったのが。

しつこい奴らだ。アマダムは指を鳴らす。するとどうだ、全ての時間が止まった。ピタリと。全てが沈黙する。

静止した時の中でアマダムだけが動くのを許される。彼はゆっくりと歩き、飛び道具のルートを外れると、空にいるまどかを撃墜しようと――

 

 

「グアァアア!」

 

 

闇の矢が飛んできてアマダムに命中、爆発が起こる。

地面を転がるなかで確かに見た。ほむらがしっかりと動いているのを。

 

 

「な、なぜだ!」

 

「……さあ」

 

 

タイムベントのカード。

本来はライアがほむらの時間停止中でも動けるようになるという効果だが、どうやら正確には所持者が止まった時間の中でも動けるようになる効果らしい。

持っているだけで発動できるカードのため、ユニオンを経由せずともほむらに効果が適応されたようだ。

さらにアマダムが怯んだことで魔法も解除されたのだろう。時間の流れがもとに戻り、まどかとマミも動き出す。

 

 

「あぁくそ! わけわかんねぇ小娘共が!」

 

 

アマダムは大きく地面を殴りつけた。全く、こんなはずではなかった。

さっさとカレンを殺して力を奪うだけ。それだけだったのに、なぜここまで手こずらなければならないのか。

腹が立つ。非常に苛立つ。怒りでいっぱいだ。

だからこそ多少エネルギーや力を消費しても彼女らを消そうと思う。

 

 

「今、これを使うことになるとはな!」

 

 

アマダムが腕を空へ伸ばすと、黒い光がほとばしり、そこに『穴』が生まれる。

目を見開くまどかたち。その穴は一気に大きくなっていき、すさまじい引力を発生させる。

マズイ。まどかがすぐにバリアを張って壁を作ったが、そのバリアは簡単に砕け、破片が穴に吸い込まれていく。

これはただのブラックホールではない、魔法で作り上げたブラックホールなのだ。

それはは全てを吸い込む。地面を、城を、存在をすべて消し去るまで消えない悪夢。

 

 

「いけない! 鹿目さん! 暁美さん!」

 

 

マミがリボンを伸ばして、まどかとほむらの腰に巻き付けて走る。

しかし凄まじい抵抗感にすぐに踏みとどまった。後ろから引っ張られている。

まどかやほむらは既に宙に浮いている状態だ。試しに矢でブラックールを攻撃してみるが、そんなのは無駄だ。矢が吸い込まれて消えるだけ。

 

 

「ふははははは! 飲み込まれろ! 星をも吸い尽くすエボルの力!」

 

 

これは――やむを得ない。

まさに、鹿目まどかがそう思った時だった。

 

 

「んあ」

 

 

気配。見える。拳。

 

 

「ぎょええええええええええ!!」

 

 

鉄拳がアマダムを吹き飛ばす。

剛腕。パンチ。吹っ飛ぶアマダム。その衝撃で一瞬気を失ったのか、ブラックホールはみるみる小さくなって、すぐに消え去った。

そしてアマダムが地面に墜落する。彼を吹き飛ばしたのは巨大な巨大な人魚姫。

 

 

「あ!」

 

 

まどかが笑顔になる。

あれは間違いない、魔女オクタヴィアだ。

ということは――

 

 

「まどか! 無事!? なんかアイツ吹っ飛ばしたけどいいよね!」

 

「さやかちゃん! わぁい! ありがとう!」

 

「なーんか気づいたら変な場所にいてさぁ。訳もわからず歩いてたらうちのまどかが襲われてるじゃないですか。コイツは許せないよねぇ」

 

 

木の上から声がした。まどかはその方向を見て――

 

 

「……あれ?」

 

 

固まった。

 

 

「あれ? どしたのまどか」

 

「……さやかちゃん?」

 

「え? そうだけど。あったりまえじゃん。何言ってんのさ」

 

「さ、さやかちゃんなんですか?」

 

「はぁー? だからそうだっ……」

 

 

さやかは思う。あれ? そういえばいつもよりも目線が『下』のような。

訳も分からずに歩いて、まどかの悲鳴が聞こえてきたら……って、とにかくそんな忙しく事態が動いていたから気づくのが遅れた。

そして今になって思う。なんか、手が変だ。

白い。真っ白だ。足を見る。真っ白だ。靴をはいてない。

ケツになにやら違和感がある。動かせた。尻尾だ。白い。

ってか、服を着てない。

 

 

「ぬぁんじゃこりゃぁあぁぁぁあああッッ!!??!?」

 

 

美樹さやかの声、美樹さやかの意志、けれどもその見た目はどう考えたってキュゥべえである。

いや正確に言うとキュゥべえとは違う。

ほむらはアッと声を出した。見覚えがある。あれは確か、小さなキュゥべえ、名前は確か喪九。

 

 

『やあ、無事みたいだね。よかった。安心したよ』

 

『キュゥべえ!』

 

 

頭に響く声。これはテレパシーだ。

まどかはすぐ横にキュゥべえが立っているのに気付いた。

 

 

『遅れて申し訳ない。まったく、最近はイレギュラーが多くて困るよ』

 

『見つけてくれたの!』

 

『ああ。キミたちがゲーム盤からロストした時はどうなることかと思ったけど、見つけることができてよかったよ。無事かい?』

 

『う、うん。わたしは平気だけど……、アレもキュゥべえたちの仕業?』

 

 

まどかが指さしたさやかを見て、キュゥべえは首を振る。

 

 

『いや、ボクらじゃないよ。あれはおそらく――』

 

 

そこで頭に別のテレパシーが。

 

 

『チャオ』

 

『ニコちゃん!』

 

『驚いてくれた? 私のサプライズ』

 

 

地球のファミレス。

ニコが持っているスマホの画面には、喪九となったさやかの視点が表示されている。

ちなみに今、人間の姿をしているさやかはニコの前で気絶していた。

 

 

『何をしやがったテメェ』

 

 

ニコの前にジュゥべえが現れる。

 

 

「べつに。ただこれが私の魔法、マギアレコードの一端だというだけでんがな」

 

 

喪九とは小さなキュゥべえだが、何もただの使い魔ではない。

前回はアグゼルに吹っ飛ばされて終わったが、アレは耐久度チェックだ。

 

 

「喪九ってのはあの小さなキュゥべえの名前じゃない。正確には何も入ってない状態のことを指すのさ」

 

『???』

 

 

ニコがキュゥべえのパーツを使って作ったのは、簡単に言えば『キュゥべえと同じ権限を持っている』ニコの使い魔である。

それがほしいと思ったのは前回の虚心星原の件だ。

なんらかの事態でゲーム盤の外に仲間が連れだされた場合、今まではニコたちは助けることはおろか、事情を知ることすらできなかった。

 

今も明らかに立っているステージが違っているため、助けに向かうことは難しい。

けれどもせめて遠隔から声をかけてあげるくらいはできる。あの小さなキュゥべえがいれば。

 

 

「インキュベーターがいける場所になら、同族の喪九もいける。あの子はあくまでもインキュベーター。キュゥべえたちの近くに飛ばせるのさ」

 

 

見滝原――というよりもゲーム盤の外にキュゥべえが飛んだ場合、ニコの携帯にその情報が入ってくる。

ならばそこへ喪九を飛ばせば、なんらかの情報を得ることが可能なわけだ。さらにそれだけではなくいくつかの機能を使ってある。

その一つが今のさやかだ。喪九にソウルジェムを食べさせれば、ソウルジェムの入れ物、つまりは魂の入れ物、肉体になる。

 

喪九の体を内包したソウルジェムの持ち主が自由に操れるということだ。

まあ問題があるとすれば、喪九が崩壊すればソウルジェムがむき出しになるので、かなり危ないわけだが。

 

 

「それにこのままじゃ体腐るな。安心しろ美樹。私らがしっかり守っとくから」

 

『いや何を勝手にしとんじゃー! まずは相談しろーッッ!!』

 

「や、だって実験体にするって言ったら嫌って言いそうだし」

 

『当たり前じゃああああああああああああ!』

 

 

うるさい。ニコは画面を切った。そしてニヤリと笑いジュゥべえを見る。

 

 

「ゲームのルールじゃ一度見滝原に入ったヤツはもう出れない。でもこの盤の外に行ったらどうなるかは言ってないよな? っていうか、作ってないだろそんなルール」

 

『う゛ッッ! せ、せんぱーい!』

 

『なるほど。考えたね神那ニコ』

 

 

まあいいだろう。

確かにこういう事態は運営としてもイレギュラー極まりない。

本来のゲームを円滑に進めることができなかったのはインキュベータ側に問題があると認めてくれたようだ。

それにルールの穴をつくというのも一つの趣ともいえる。

 

 

『見逃すよ。キミの作った喪九とやらも、ルールの裁定も改めてアナウンスしよう』

 

「ん、サンクス。あでも喪九ってのいうのは、何も入ってない状態なわけで」

 

 

小型キュゥべえ型支援使い魔、その名も――

 

 

「ノイン。これが私の新しい魔法さ」

 

 

ニコは画面をつけて再びテレパシーを送る。

ノインは食ったソウルジェムの持ち主と同じになる。つまり先ほどのとおり、同じ力が使えるわけだ。

さやかはまあいいと腕を組んで鼻を鳴らした。どうせここまで来たんだ。だったらまどかたちの力になってやろうじゃないかと。

一方でアマダムは立ち上がると強い爆発を発生させる。

まどかたちが駆け寄ると既にアマダムの気配は消えていた。

 

 

「……逃げられたわ」

 

「さやかちゃんかわいいね。えへへ」

 

「でしょでしょ、小動物系ってかんじ?」

 

 

まどかとさやか(ノイン)がわちゃわちゃやっている間に、ほむらとマミは情報を整理する。

 

 

「巴さん。聞き間違いかもしれないけれど、アイツ、ミラーワールドのことを知っていたみたい」

 

「なら自力で脱出できる可能性はあるわね。それにクロスオブファイアだっけ? お姫様も知らないことを知っているようだったし……。キュゥべえは何か知ってる?」

 

『いや。先ほどのターゲットも、クロスオブファイアも知らないよ』

 

 

そこで三人と一匹の前にジュゥべえがやってくる。

 

 

『今回はこっちの不手際もある。ソウルジェムはピカピカにしてやるよ』

 

 

とにかくキュゥべえたちはまどかを見つけた。これで安心だ。

 

 

『帰ろうか』

 

「……待って! キュゥべえ。まだ帰れない」

 

『どうしてだい?』

 

「やらなきゃいけないことがあるの」

 

 

キュゥべえとジュゥべえは顔を見合わせる。

まあ言わんとしていることはわかる。龍騎の件は一通り把握済みだ。

 

 

『それに、ボクらが気づいたということは――』

 

 

そこで場面はカレンの部屋に移る。

部屋の隅でへたり込んでいた彼女は、先ほどのまどかたちの姿を思い浮かべていた。

 

 

「まさか……、成功していたの? サモンライドが」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃあああああ!」

 

 

逃げたアマダムは全身をかきむしっていた。サモンライド、なんだかそんな言葉が聞こえたような気がする。

なぜだか知らないが、怖気が走る。なんだか寒くなってきた。気分が悪い。

イライラすることばかりだ。魔法少女、そういうことか。だいたい把握した。

 

 

「まさか龍騎の技術が、そんなことに使われていたとはな。魔法少女か。私も少々眠りすぎていた」

 

「何をワケわかんねぇことをゴチャゴチャ言ってる」

 

 

鬼が島。そこにアマダムはいた。ソファに座っているのは龍鬼だ。

 

 

「しかし魔法少女ねぇ。そんなネズミが紛れ込んでいたとはな。本当に任せていいのかい?」

 

 

その向かい側にどっかりと座っていたのは――

 

 

「いいぜィ? こちとらよぉ、アイツらをブチ殺したくてウズウズしてんだよォ。城戸真司だの鹿目まどかだの、口にするだけで吐き気がするぜぇ。カカカカ!」

 

 

ゼノバイターは前方にあったテーブルに足を乗せて唸る。

 

 

「せぇーっかくアシナガちゃんに復活の機会を与えてもらったんだ。有効に使わねぇとなぁ? おい。それにオメー、ここはなんだか面白そうな世界じゃないのぉ」

 

 

それぞれ手に入れたいものがある。野心がある。

そのためには少しの間、手を取り合うのもいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「仁美」

 

『はい。お任せくださいまし』

 

 

ニコの合図を受けて、画面の向こうにいる仁美はコネクトの魔法を発動させる。

しかし誰も呼びださない。ゲートを生み出すだけだ。

 

 

「どういうつもりなの?」

 

 

未来の世界。

拠点にいた鈴音は腕を組んで訝しげに魔法陣を睨みつけている。

隣にいるタルトは、事前に仁美を通じてニコの狙いを把握していたのでそれを鈴音に説明する。

これは一つの実験だ。上手くいくかは――微妙なところだろう。

ニコが目を付けたのはゲームに参加していない魔法少女のことだ。それは鈴音たちのことではなく、文字通りまどかが円環の理に導いたものである。

 

 

『そこが襲撃を受け、全ての魔法少女が現在、ダークオーブを通して魔獣の支配下にある。けれども本当にそれが全てなのか? 私はキュゥべえを通して情報を得るうちに気になったのさ』

 

 

ニコはそう言っていた。

 

 

「どういう意味?」

 

「実は私もかつて女神から聞いたことがあります。女神すらも知りえなかった領域があったと」

 

「?」

 

「私たちの存在を含め、このゲームには多くの抜け道がありました。神那様はそこに注目しておられるのではないでしょうか」

 

 

ニコはその時、白い塊をテーブルに置いて、そこにスマホをつなげた。

ナポリタンを食べていたまどか先輩はもぐもぐしながらその塊を見る。

 

 

『なぁにこれ』

 

「キュゥべえの塊」

 

『深くは聞かないことにするね。ずぞっ! ずぶぶぼぼぼ!!』

 

 

データ受信中。完了。仁美のアイコンをタップ。送信。

神那ニコの権限で志筑仁美のコネクトを使用。許可申請中……。

仁美からの許可を確認。受理しました。コネクト。

送信先はノイン周辺。位置情報を詳細に習得できませんが、よろしいですか? OK

肉体を構成中。しばらくお待ちください。1%、2%、5%、15%……。

構成を完了。Q-2133-2025-840Fからの情報を送信中。この作業は途中でエラーを起こす可能性があります。

情報を習得。名前を表示できませんが、よろしいですか? 名前を入力、サンプルA

OK。この作業は失敗する可能性がありますがよろしいですか。OK。

情報を転送します。しばらくお待ちください。

ノイン周辺にサンプルA個体を送信完了。作業を終了します。

 

 

「……残骸だけど、さて、どうなるか」

 

 

ニコはニヤリと笑い、手に持っていた注射をさやかにぶっ刺した。

 

 

『ニコちゃん。なにそれ』

 

「クサラナーイZ。まどか先輩、タピオカ一緒にしゃぶろうぜ」

 

『へー、ニコちゃんの地元じゃそういうんだね。タピオカはやっぱりちゅぽるものだよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

 

少女は目を覚ました。洞窟だった。

洞窟か。洞窟だ。穴の中にお花が咲いてる。きれいだな。

いや、待て。なんで洞窟なんだ? いやそりゃあ洞窟なんだから洞窟なんだろうけど、それはおかしい。

たしか、ついさっきまで部屋にいて、漫画を読んでいたはずなんだが。

あれ? 漫画? なんの漫画だっけ? っていうかそもそも。

わたしは、誰?

 

 

「お、思い出せないの! こわいの!」

 

 

少女は涙目でオロオロとしながら周囲を歩き回る。

 

 

「誰かが倒れてるの!」

 

 

女性が倒れていた。少女はすぐに駆け寄り、肩をゆする。

 

 

「大丈夫ですか! 起きてほしいの! 寂しいの! 不安なの!」

 

 

少女の必死な叫びが伝わったのか、女性はゆっくりと目を開ける。

 

 

「あれ、ここは……?」

 

「わ、わたしにもわからないの! お姉さん怪我はないの?」

 

「う、うん。大丈夫だけど……」

 

 

女性は体を起こすと、少女と顔を合わせる。

随分、儚げな雰囲気なの。少女はそう思った。

 

 

「ねえキミ、落ち着いて。私は大丈夫だから」

 

 

一方で女性は、目の前で怯える少女をなんとかしてあげたいと思った。

 

 

「お名前は?」

 

「わたしは……」

 

 

記憶はないが、何も覚えてないわけではなかった。

自分の名前はわかっている。

 

 

「わたしは御園(みその)かりん。なの!」

 

「そう、私は紗愛(さら)っていうの。よろしくね、かりんちゃん」

 

 

紗愛は不安だった。どうしてこんなところにいるのか覚えていない。

それに自分は確か――

でも今はとりあえず、怯えるかりんを安心させてあげようと思った。

 

 

 






次から各キャラクターの説明とかもいれてきます。
あと、今回もちょっとやったんですけど
今まで真司とかは変身したら龍騎っていうふうに書いてたんですが、まあこんな感じなんで、特別編は変身後も変身者の名前を使っていきます。

あともうライダータイム龍騎とかのネタバレとかもゴリゴリやっていくんで、そこらへんは注意して下さい(´・ω・)


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Tea Party
Episode 1


やあ、ボクはキュゥべぇ。
お茶会に行くには以下の条件を満たしていなければ厳しいみたいだね。


・ネタをネタとして割り切れる方
・作品の雰囲気が著しく壊される可能性が高いです。それでもいいと言う方。


どうやら『マミ達が死んだのがどうしても納得できない』『暗すぎるのはちょっと……』と言う場合もアリみたいだね。

とにかくこの下にはどうやら軽いおふざけがあるみたいだ。
それをよく考えてから進んでほしい。

キミが全てを受け入れられると言うのなら、進めばいいさ。




 

 

 

Episode 1 「お疲れ様の会」

 

 

 

「――ッ?」

 

 

ぼんやりと意識が戻ってくる。

男は、まだ鈍っている意識を叱咤しながら起き上がった。

眠い訳ではないが体がだるい、胸の辺りが特に重く感じた。

 

ここはどこだ?

男は辺りを見回してみる。

そして自分が寝ていた場所がソファだと言う事に気づいた。

 

腰が痛い。寝づらい。

一応毛布がある辺り、誰かに寝かされていたのだろうか?

 

 

「?」

 

 

そして、ふと気づく。

すぐそこに女の子がいた。

 

 

「!」

 

 

男は、ソファから飛び降りて後ろへと下がる。

落ち着け、一体何がどうなっている?

男は冷静に頭の中で起こっていた事を順々に整理していく事にした。

ぼんやりと鈍る思考の中、男は先ほどまでの事を全て思い出した。

 

 

「!!」

 

 

こみあげる吐き気。

しかし部屋を包む心地よい香りが心を落ち着かせてくれる。

だが冷静になればなるほど、今の状況がおかしい事に気づく。

 

 

「私は……」

 

「!」

 

 

男の声に気づいたのか、少女はゆっくりと振り向いた。

やはり、そうだ。知っている顔だった。

 

 

「一体、何が……、どうなっているんですか。鹿目さん」

 

「あ、気がついたんですね。須藤さん」

 

「ッ」

 

 

須藤雅史は目の前にいる鹿目まどかに、どんな表情をつくっていいか分からなかった。

混乱はまどかの一言によって、さらに加速していく。

 

 

「須藤さん、ここはね。退場者の休憩場所なんですよ。ウェヒヒ」

 

「……は?」

 

「退場者よ、須藤さん。私達は死んじゃったじゃない」

 

 

飛び上がる須藤。

背後からいきなり声をかけられたものだから、つい倒れこんでいまい、ソファに頭を静める事となる。

 

 

「うブッ!」

 

「ウェヒヒ、大丈夫須藤さん?」

 

 

何か、いや別に普段と変わりない筈なのだが、まどかの笑い方が少しおかしい気がする。

いや、まあ、そこはいいだろう。重要なのは須藤に声をかけた人物だ。

紅茶やケーキが乗ったティーセットを持ってこちらに微笑みかけている彼女は、間違いなく巴マミだった。

 

 

「と、巴さんなんですか?」

 

「当たり前じゃないですか。どうしたの? まるで幽霊でも見ている様な顔をして」

 

 

マミはそのまま三角のテーブルに紅茶を並べていく。須藤はそれをぼんやり見ていた。

まどかは目の前に置かれたケーキを見て嬉しそうに笑っていた。

 

何かおかしくないか?

須藤はもう一度辺りを見回してみる。マミのマンションと同じような部屋だが、周りの景色が違う気がする。

 

夜なのだろう。暗い世界、辺りにあるビルの窓からは明かりが見えた。

だが、須藤にとっては今が夜だと言う事が信じられなかった。

もちろん何も確証はないし、ただ自分がそう感じただけだが。

 

 

「……ッ」

 

 

それに、記憶が確かなら、今の今まで自分たちは殺し合いをしていた筈ではないか?

 

 

(私は正義を守る為に、鹿目さん達は巴さんを助けるために――)

 

 

そこで気づく。

魔女になったはずのマミが、元に戻っているじゃないか。

どうなっているんだ? ますます分からない。

しかし意外にもマミ自身は全てを理解している様だった。

 

 

「須藤さんもお茶にしましょう? 退場者同士、これからは仲良くしたいものだわ」

 

「退場者……?」

 

「ええ、ゲームに負けて。仲良く死んだ仲じゃない」

 

 

その時、須藤に走る衝撃。

そうだ、そうだ! 自分はさやかに胸を刺し貫かれて――!

 

 

「休憩場所、ですか」

 

 

須藤は、まどかの言葉を思い出す。

マミは死んだ。自分も死んだ。F・Gの幕開け。

ならば、つまりここは――

 

 

「あの世と言うわけですか」

 

 

まどかは少しだけ複雑そうな表情をしたが、すぐに頷く。

 

 

「しかし何故死んでいない筈の鹿目さんまで?」 

 

「そうなんだけど、何故か気づいたらココにいて」

 

「はぁ」

 

「でも、マミさんと一緒ならいいかなって! ティヒヒ」

 

「嬉しいわ。さあ、須藤さんもコッチに座って。お茶にしましょう」

 

「で、ですが……」

 

「もう――、私達が争う理由はないんだから」

 

 

マミは、この部屋で『誰か』に言われたらしい。

これからもっと厳しい戦いが繰り広げられるだろう。

その中で参加者達は傷つき、嘆くかもしれない。

 

それをただ見ているだけなのは心苦しいが、退場した時に心が和らぐ場所は必要だ。

亡くなった者達がせめて心安らげるように。楽しめる場所であるように。

マミ達が明るくしていなければ意味が無い。

 

 

「誰かって、誰なんです?」

 

「うーん、私も初めて見た人だから分からないわ。でも私はその人にあってる気がするの」

 

「?」

 

「ほら見て、ここは望むならどんなものでも現れるのよ。おいしいお料理も、楽しいゲームもね。だから、悲しみなんて忘れて遊びましょう!」

 

 

マミはそう言って指を鳴らす。

どうやら何かを出現させたようだ。皿と大きな蓋、何か料理だろうか?

 

 

「とにかくお疲れ様です須藤さん。ご馳走だからどんどん食べてね、鹿目さんも!」

 

「……ッ」

 

「本当に! わぁ! 楽しみだなぁ!」

 

 

須藤はどうしようもできず席についた。

ここが死後の世界なのか。それにしても、そうならそうで少々マズいものがある。

 

 

「と、巴……、さん」

 

「?」

 

「お、怒って……ます、よね?」

 

 

幼稚な質問。だが聴かずにはいられなかった。

須藤は今でも自分が間違っているとは思わないが、マミを魔女にしてしまった事実は受け止めている。

 

マミにとって、須藤の正義は少し刺激が強すぎたのかもしれない。

まどかにしてもそうだ。彼女達を殺そうとした自分の行いは許されるものなのだろうか? 須藤としてはそれが分からず、どうにも居心地が悪い。

 

 

「ウェヒヒ、気にしてないよ須藤さん。ティヒヒ」

 

「ええ、私達はパートナーじゃない!」

 

「……!!」

 

 

笑顔になるマミ達。

相変わらずまどかの笑い方が鼻につ――、気になるが、まあ可愛らしいものではないか。

須藤は自らも笑みを浮かべて紅茶を取った。

 

 

「さあ、おいしい物でも食べて辛いことは忘れましょう!」

 

「うん!」

 

「へぇ、一体何なんですこの料理は?」

 

 

マミは笑顔で蓋を開ける。出てきたのはホカホカの――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「焼 き 蟹 DEATH(デス)

 

「………」

 

「わぁ! おいしそう!!」

 

 

まどかは箸を使ってこんがりと焼かれた蟹をつつき始める。

紅茶を吹き出す須藤。あれ? なんだろうか、何か――、違和感を感じる。

チラリとマミを見てみる。笑顔だ、とても笑顔である。

 

 

「ねぇマミさん。この蟹って大きくておいしいね! 何て名前の種類なの?」

 

「………」

 

 

落ち着け須藤、冷静になれ須藤。

別に悪意はない、別に他意はない筈だ。

蟹を食べる時は、みんな無口になると言うくらいだからな。

やはりご馳走といえば――

 

 

「この蟹? ええ、スドウって言うのよ」

 

「―――」

 

「ウェヒヒ、おいしいねスドウー」

 

 

まどかはムシャムシャとスドウをむさぼり食っていく。

 

 

「あの……」

 

「あら どうしたの須藤さん?」

 

「……怒って、ますよね?」

 

「ええ? そんな事はないわよ。どうしたのかしら須藤さん」

 

 

マミはニッコリと笑って首をかしげた。

 

 

「いや、あのッ、だってスドウなんて蟹聞いた事ないんですが……」

 

「まあ、そうなんですか。だったらお勉強になりましたね」

 

 

そう言うのなら、まあいいか。

須藤は再び紅茶を――

 

 

「まだまだあるわよ、次は茹で蟹!」

 

 

ドンッ! と須藤の前におかれる茹で蟹。

須藤は再び紅茶を吹き出して、目を見開いた。

 

 

「怒ってますよね巴さん。あ、これ怒ってるヤツだな」

 

「え? どうして?」

 

「私の写真が貼ってあるな。茹でられた蟹に私の顔写真が貼ってあるな」

 

「あらぁ、本当。こんな偶然ってあるのねぇ」

 

「偶然ですか? 眉間の部分にフォークが刺さってるのも偶然ですか?」

 

「蟹パスタ、蟹チャーハン、蟹ラーメン、蟹雑炊、蟹ピザ、蟹プリン、蟹ケーキ、なんでもあるから言ってね?」

 

「うん! わかったよマミさん! ウェヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」

 

「……巴さん」

 

「どうしたの須藤さん」

 

「怒ってますよね?」

 

「いいえ全然」

 

 

マミは笑顔で蟹の足をむしりとって須藤に勧める。

嫌がる須藤だが、ブスリと無理やり口の中に突っ込まれてしまった。

租借する須藤。ああ、まあ結構おいしいけども!

 

 

「まだまだあるから遠慮しないでね。蟹野郎――、じゃなかった。須藤さん?」

 

「……巴さん」

 

「何かしら?」

 

「すいませんでした!!」

 

 

土下座する須藤を、マミは満足そうに見つめてるのだった。

こうして、お茶会は始まる。次は一体どんなお客さんがくるのだろうか?

 

 

(できれば、誰もこないでほしいのだけれどね――)

 

 

それは、可能か不可能か?

答えは、どっちなんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よぉ、調子はどうだ?』

 

 

チャオ! オイラはジュゥべえ。お前の名前は?

 

え?

ふぅん。どうして人間ってのはこう、同じような名前が多いのかね?

まあいいけどよ。

 

ま、せっかく知り合ったんだ。

お近づきのしるしに、今から始まるゲームがハッピーエンドで終わるのか、バッドエンドで終わるのか、教えてやろうか?

 

 

ネタバレってヤツだよ。

ゲームはそれなりに時間を使う。人間のお前には少し長く感じちまうかもだしな!

どうする、聞くか?

 

 

 

 

※ジュゥべえの話を聞くなら、下へスクロールしてください

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なるほど。知りたいってか。

じゃあ特別に教えてやるよ。アイツ等の末路が、幸福な物で終わるのか、それとも絶望に塗れて終わるのか?

 

答えは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なーんてな! 教えるわけねぇだろ!

つかオイラがそんな事知るわけねぇっつの!!

 

あ、おい冗談だよ怒んなよ。悪い悪い、悪かったって!

 

まあアレだ。

お前はこの世に奇跡や魔法があると思うか?

それも悲しみを生まない、幸福を生み出す素敵な魔法さ。

 

んなモンある訳ねぇってか?

それとも、無いと決め付ける事こそありえねぇってか?

 

そりゃ答えなんて無いわな。

何が正しくて、どれが正解なのかなんて誰も知らないもんさ。

あいつ等もそう、答えを探しながら必死に醜く足掻いてやがる。

 

なんで? そりゃアイツ等はその先にある希望をヤツを信じてるからさ。

 

結論だ、オイラは思うぜ。

答えってヤツは戦い続けた先にあるものだと。

だからこそこの物語の結末にも答えはねぇ。

 

お前がもし、この物語のハッピーエンドを望むなら、戦い続けろ。

 

何と? 知るかよそんなモン。

だけどお前がバッドエンドを、ハッピーエンドを望む気持ちを貫けば、答えはきっとソレを示してくれるだろうよ。

 

……多分な。

さっきも言ったがオイラは未来が見える訳でも、アイツ等の末路を知っている訳でもねぇ。どんなに抗おうが駄目なモンなのかもしれない。

 

この物語に答えは無い。

何が正しくて、何が間違っているなんて事は無いんだ。

それはもしかしたら、お前が一番知ってるんじゃねぇのか?

 

 

だから、答えはテメェが決めろ。

 

 

オイラはまだアイツ等の絶望する顔が見てぇんだ。

あ? お前はソレが嫌なのか? じゃあコレはオイラとお前の戦いだな。

せいぜい参加者の為に、ハッピーエンドってヤツを祈ってやる事だな。

 

もうそろそろだな、オイラは帰る。また会おうぜ。

 

最後にちょっとしたヒントをやるよ。

あの時どうしてボルキャンサーは、美樹さやかを攻撃せずに立ち止まったんだろうな?

ちなみによ、ミラーモンスターも魔女達みたく性質がある。

ボルキャンサーの性質、それは――

 

 

『正義』なんだぜ。

 

 

ああ、本当に答えはどこにあるんだろうなぁ? オイラはつくづくそう思うぜ。

じゃあな、あばよ人間。運がよければまた会えるかもな。

 

それまで、しっかり生きろよ。

 

 

 

 




須藤さんって非常に面白いキャラだと思うんですよね。

まず何気に強いんですよ。
ナイト戦では常に優勢でしたし、TVSPでは王蛇にも一度勝ってる、と。


この作品の須藤さんはTVSPを強くイメージしました。
本編では『悪』の面が強調されていましたが、TVSPではまず浅倉を倒すためにシザースになったみたいなんですよね。
そこから浅倉を倒したことで力に魅了されて闇落ちしたようです。

カットされたみたいですが、その事で蓮と話し合うシーンがあったみたいです。
なんかの本にその写真があった記憶があるのですが、ちょっと曖昧です。

そういう『善』の部分は、真司との食事シーンでも分かる気がします。
喫茶店で食事してたらミラーモンスターが来て、二人は急いで席を立つんですけど、須藤だけ伝票を取りに戻るんですよね。
真司が、俺が奢りますよとかほざいてたのに、絶対須藤さんお支払いしてますよね。


あと、役者さんのインタビューでもキャラ付けがされてるんですが、本編でも最初はちゃんと正義感から刑事になった設定で演じてたみたいです。


そういう部分を想像するのも、面白いですな(´・ω・)



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Episode 2



本編30話を読んだ後にご覧ください


 

 

 

 

Episode 2 「必殺技が欲しい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃああ!!」

 

 

イガグリ男爵のジェノサイドバーンを受けてオレンジガールは地面に叩きつけられる。

既にボロボロのオレンジガールにはあまりにも過酷な一撃。

思わず膝を着いて呼吸を荒げる。

 

 

「フハハハハ! そんな物かオレンジガール!! そんな事ではそら豆君を救う事などできはしないぞッ!!」

 

「クッ! 私は……、私は負けない!!」

 

 

しかしどれだけ力を込めてもオレンジガールには立ち上がる力すら残っていなかった。

だがココで諦めていいのか? いや、いい筈が無い!!

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

立ち上がり叫び声をあげるオレンジガール。果汁パワーが溢れて体が橙の光に包まれる。

 

 

「何だ、何なんだこの力は!」

 

 

イガグリ男爵は思わず焦りの声をあげて後退していく。

これが、これがオレンジガールの仲間を思う力だとでも言うのか!!

 

 

「オレンジ果汁100%!!」

 

「こ、これはぁあああああああ!!」

 

「オレンジスカッシュビィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイムッッ!!」

 

「ウゲェアエエアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

ちゅどーん☆

眩い光に包まれてイガグリ男爵は爆発する。

こうして勝利を収めたオレンジガール。果たして彼女は無事にそら豆くんを助け出せる事はできるのだろうか!?

 

待て、次回!!

 

 

 

つづく。

 

 

 

 

次回予告!

 

遂にそら豆君の所へたどり着いたオレンジガール!

しかし既にそら豆くんは死んでい……やべっ! 今のなし! ゴホンゴホン!!

と、とにかく果たして彼女は無事にそら豆君を助ける事ができるのだろうか!?

 

 

次回、果汁少女オレンジガールズ。第185話、『そら豆くん、死す!』

 

来週も私と一緒に、花道オンステージッッ!!

 

 

 

 

おしまい

 

 

 

 

 

 

 

「あー面白かった!」

 

 

プチン。

ゆまはリモコンでテレビの電源を消す。

可愛い女の子が派手な魔法で敵を倒す。かっこいい、羨ましい、憧れだ。

千歳ゆまも例外ではない。キラキラした目で番組を見終えていた。

 

 

「ねえねえ佐野ちゃん、そら豆くんはどうなるのかな?」

 

「………」

 

 

死ぬ――。とは、言えなかった。

どうなるもクソも、何か思いっきり爆弾級の鬱ネタバレがぶっこまれた様な……。

 

 

(クソ、何でこんな低年齢の番組でシリアス放り込んだんだよ。しかも次回予告で言い直したよな、普通NGだろあんなの! 撮り直せよ!)

 

「ねえねえ佐野ちゃん、聞いてる?」

 

「あ……、えっと、ほら! こういうのはオレより刑事さんの方が詳しいからさ!!」

 

「ブッ!!」

 

 

同じくゆまと一緒に番組を見ていた須藤。

まさかのキラーパスに飲んでいたお茶を吹き出してしまう。

すぐに口笛を吹いて視線を反らしている佐野へ睨みをきかせた。

 

 

「ここで私に振るんですか! ってか刑事関係ないです!」

 

「えー、だって世の中のちびっ子の疑問を解決するのもお巡りさんの仕事じゃないっすかぁ! いやぁ凄いなぁ、憧れるなぁ!」

 

 

小声で言い合う二人。

要するに佐野は適当な事を言って面倒を須藤に押し付けただけである。

須藤としてはもっと言いたい事があったのだが、その前にゆまに話しかけられてしまう。

キラキラと目を輝かせるゆま、須藤もどう言っていいのかサッパリだった。

 

 

「ねえ須藤さん、そら豆君は助かるのかな?」

 

「え、えっと……」

 

 

おもックソ死亡が確定された次回予告だった故に須藤もリアクションに困ってしまう。

あれだろうか? ココは死んではしまうけど、みんなの心の中で永遠に生き続けるんだよ的な事を言っておくべきなのだろうか?

言葉に詰まっていると、そこで最後の視聴者からの助け舟が。

 

 

「ウェヒヒヒ、大丈夫だよゆまちゃん。そら豆くんは助かるよ」

 

 

相変わらず変な笑い方のまどか。

とは言え、安心できる笑顔で優しくゆまを撫でている。

 

 

「本当!? まどかお姉ちゃん!」

 

「うん!」

 

 

まどかは満面の笑みでそう答える。

ホッとした様に納得するゆま。須藤としては救われたものだが、適当な事を言っていいのだろうか?

 

 

「大丈夫だよ須藤さん、アレはコミックが原作だから」

 

 

コミックでは当然アニメの内容が先に分かる。

あの後そら豆くんは一度殺されてしまうが天界でバナナくんにナイトオブスピアーがアッーってなって助かるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当だよ。

 

 

「はぁ、成程」

 

 

正直意味不明な内容だったが納得する須藤。

ココで紅茶を持ってきたマミが合流する。

ゆまもマミが持ってきたケーキを見て、そら豆くんの事など吹っ飛んだ様だ。

すぐにケーキにかぶりついて幸せそうに笑う。

 

 

「いやー! マミちゃんの紅茶は本当においしいなぁ!」

 

「ふふっ、褒めても何も出ませんよ」

 

 

のんびりとケーキや紅茶を楽しむ一同。すると会話は先ほどのテレビの魔法少女物に。

ゆまはどうやら主役のオレンジガールが好きみたいで、必殺技がカッコいいと興奮していた。

 

 

「あーあ、ゆまも必殺技が欲しいなぁ」

 

「そういえば、決めようって約束してたわね!」

 

 

丁度いいとマミは手を叩く。

ここで一つゆまの必殺技を考えようじゃないか。

 

 

「皆も一緒に! ねえ、面白そうでしょ?」

 

「ま、まあ……、他にやる事もないですし」

 

「いいんじゃないッスか? やりましょうよ、ねえまどかちゃん」

 

「ウェヒィ……」

 

 

思えばココにいるメンバーはゆま以外ちゃんと必殺技を持っている。

とりあえずココはまずどんな技にするのか、そして名前を決めようという流れになった。

 

 

「皆はどんな技だっけ?」

 

 

ゆまの言葉に反応するマミ。

とりあえず一旦みんなの必殺技を聞いて参考にする事に。

 

 

「私の必殺技はティロ・フィナーレよ。巨大な銃で相手を撃ち抜いちゃうんだから!」

 

 

お次はまどかが口を開く。

 

 

「わたしはスターライトアローって言うんだよ」

 

 

強力な光の矢で相手を攻撃するスターライトアロー。

まどかの性格上なかなか使う機会も無かったが、本気を出せば強力な技の一つである。

しかもこの技、夜に出すと凄まじくキラキラ光って綺麗である。

四人がいる空間も、外の景色は暗い。まどかは電気を消してスターライトアローを連射してみる。

 

 

「わー! すっっごーい!! キラキラだぁ!!」

 

「ウェヒヒ! すごいでしょ! プラネタリウムにもなるんだよ」

 

 

バシュンバションと必殺を連射するまどか。

アレ? 必殺技ってこんな軽い使い方していいんだろうか?

須藤は首を傾げるが本人が満足ならばそれでいいのかもしれない。

 

 

「さて、電気をつけましょうね」

 

 

マミが部屋のスイッチを入れると、そこには大量の矢が刺さった佐野が倒れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッッ!!」

 

「あ、おはよう佐野さん。全く部屋を暗くしただけで寝ちゃうなんて。意外と子供っぽいところもあるんですね」

 

「マミちゃん、オレ確か――」

 

「さあさあ、次は佐野さんの必殺技を見せる時間ですよ」

 

「マミちゃん? 違うよね。オレ確かまどかちゃんに――、アレ? まどかちゃん。どうして目を逸らすの? ねえ、まどかちゃ――、まど……ッ、まどかちゃんッッ!?!?!」

 

 

誰も何も答える事は無かった。

きっと、そう、悪い夢だったんだ。

 

「お、オレはドライブディバイダーって言うんだ、かっこいいだろー?」

 

「へー! どんな技なの?」

 

 

使役しているモンスターに連続で攻撃を行わせて、最後にインペラーが止めの蹴りを放つ。

相手がガードしていたとしてもmガゼル達の連続攻撃の前では大抵がガードを崩されて隙だらけになってしまう訳だ。

 

 

「酷い!」

 

「え?」

 

 

涙を浮かべてマミは佐野に訴えかける。

 

 

「部下に働かせるだけ働かせて一番いいところは自分が持っていくなんて、ブラック企業もいい所よ!!」

 

「いや、別に会社じゃな――」

 

「ガゼルちゃんを敵にぶつけるのも酷いよ! 佐野ちゃんの馬鹿!!」

 

「え? いや、ミラーモンスターはペットじゃな――」

 

「いっその事、佐野さんを武器にするってのはどうかな?」

 

「まどかちゃん!? え? ちょ、ちょっと待って! 何? マジでやんの? 嘘でしょ? 冗談でしょ!? ちょ、ちょっと! ねえちょ! 聞いてる? 皆? え!? 何コレ本気? 嘘、ちょおま――ッ」

 

 

一度試してみる事に。

メガゼールが佐野をバットの様にして敵を殴り、次のメガゼールに佐野をパス。

そして相手を次々に佐野でボコボコにする"佐野ドライバー"を開発した一同。

物は試しだ、一度佐野ドライバーをやってみたのだが――

 

 

「うーん、やっぱりドライブディバイダーの方がいいのかなぁ」

 

 

数分後、そこにはサンドバッグよりダメージを受けて地面を転がっている佐野が。

こうして佐野ドライバーは封印されて幻の技となったのだった。

満足そうに笑う女性陣。隣ではガタガタと震える須藤。

彼女達に逆らうのだけは止めておこう、彼はそう誓ってテーブルに戻るのだった。

 

 

「じゃあ最後は須藤さんだね」

 

「えっ?」

 

 

そう言えばそうだった。須藤は複雑な表情を浮かべて沈黙する。

 

 

「あら、どうしたの須藤さん?」

 

「え、えっと……、必殺技を紹介すればいいんですよね?」

 

 

ボルキャンサーに打ち上げてもらった後、高速回転して相手に突進をしかけるのがシザースの必殺技なのだが――

 

 

「お名前は?」

 

「え゛?」

 

 

キラキラしたゆまの表情を見て、須藤は引きつった笑みを浮かべる。

 

 

「し、シザース……、アタック」

 

「―――」

 

 

瞬間、ゆまの瞳が濁っていく。

マミの部屋にしばらくの間沈黙が流れた。

ゆっくりと後退していくゆま。いつの間にか復活した佐野も加わり、一同はヒソヒソと汗を浮かべて会話を。

 

 

「これアレでしょ? ダサスギワロタとか言うヤツでしょ」

 

「し、失礼だよ佐野さん!」

 

「いやでもシザースアタックって……。いくら何でも適当すぎるでしょ」

 

「じ、自分の名前を必殺技の中に入れるって相当勇気がいるわね……」

 

「っていうか日本語にしたら『雅史攻撃』でしょ? ちょっとそれは――……」

 

「み、みんな悪いよ。もしかしたら須藤さんだって徹夜して考えたのかもだし」

 

「ちょっとちょっとッ! 止めてくださいよ可哀想な目で見るのは!!」

 

 

っていうかさっきも佐野ドライバーとか言ってたじゃないですか!

須藤はビシビシと佐野を指差す。そもそも騎士側の技は全てジュゥべえが名前をつけている筈だ。

それを指摘すると佐野は何も言わなくなった。どうやらドライブディバイダーも彼が考えたのではなくジュゥべえが考えた様だ。

 

 

「ただまあ、他の方と比べると確かにネーミングは安直すぎる気が……」

 

 

ジュゥべえはキュゥべえよりもいい加減な性格だ。おそらく――

 

 

『だああ! 13人も技の名前思いつくかよ! もういいや、コイツ……! シザースか、じゃあコイツはシザースアタックっと!』

 

 

などと決めている姿が容易に想像できる。

こんな事にならない為にもゆまのはちゃんと決めてやらねば。

一同は再びゆまの必殺技についての会話を開始する。

とりあえずゆまはまだ戦闘に関して不慣れなので、下手なアレンジは混乱を招くだけだ。

 

ゆまの武器は巨大なハンマー、それで殴るだけでも結構な威力である。

とりあえず技自体はゆまが飛び上がって思い切りハンマーを振り下ろす形に落ち着いた。

問題はその技名だ。

 

 

「何かいい案はないかしら。ねえ、佐野さん」

 

「あー、そうだねー、デデデ大王とかでいいんじゃないかなー」

 

「それ技の名前じゃなくてハンマー振り回してるペンギンの名前よね」

 

 

ふざけているんですか? コッチは真面目なんですよ。

マスケット銃を佐野に向けるマミ、彼は引きつった笑みを浮かべて沈黙する。

これは興味が無いとは言えない空気だ。適当に考えるフリをすることに。

 

 

「みんなも何かない?」

 

 

マミは一同を促がすが、誰もが沈黙してしまう。

ポンと出てくる物でもない。マミは仕方ないと頷いて、自分の意見を言う事に。

どうやらいろいろな必殺技名を考えていたらしい。自分のノートをパラパラめくって一つを選出したようだ。

 

 

「たとえばコレ、須藤撲滅インパクトなんてどうかしら?」

 

「巴さん、それ必殺技じゃなくて私を確実に殺す技になってます」

 

 

やっぱり怒っているんですね……!

ガクガクと震える須藤に、マミは意味深な笑みを向ける。

一応冗談だと笑っているが果たして――?

 

 

「本当の話ね。三日くれれば、7000個程度の候補を用意できるけど……、どうかしら?」

 

「結構です」

 

 

了承しようとしたゆまの口を押さえて須藤が言い放つ。

チラリとノートを見れば、そこにはイタリア語からインスパイアを受けたマミリッシュな言葉が。

ファルスでパージでティロってて、救済が理の魂の旋律が響き渡るレクイエム。

マミがヤンマーミでフィナーレってる感じの――

 

 

「例えばこのティロ・イースティーアサーリーア イーソーリーアー アーマーリータイイウリーアー エイリーアーリーコースターマアリーッなんて――」

 

「は、はい!」「あ、分かった! はいはい!!」

 

 

とにかく一旦流れを元に戻さなければ。

再び手を上げる須藤。すると同時にまどかも手が上がった。

 

 

「お先にどうぞ鹿目さん」

 

「いやッ、わたしは後でいいですよ」

 

「えっと……、そうね、じゃあ須藤さんからお願いします」

 

 

マミに促され、須藤は強く頷いた。

 

 

「やはり必殺技と言えども、ゆまちゃんが使うことに考慮したんですよ」

 

「成程、それはありますね。やっぱりその人に合った名前じゃないといけないわ」

 

「でしょう? ですから、ココは少し可愛らしく」

 

「ええ!」

 

「そして少しアクティブに!」

 

「なるほど!」

 

「かつ、大胆にッ!!」

 

「まあ!」

 

「そしてどこか優しさを兼ね揃えたエレガントな仕上げに!」

 

「流石須藤さん! それでこそ私のパートナーです! それで、名前は?」

 

 

自信に満ちた表情で頷く須藤。

一同に自分が考えた技名を告げる。

 

 

「ゆまちゃんインパクトって言うんですけど、どうでしょうか!」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティロ・フィナーレ!

 

 

「ぐああああああああああああああ!!」

 

「須藤さぁああああああああああああああんっっ!!」

 

 

消し飛ぶ須藤と叫ぶ佐野。

 

 

「ふざけないでって言ったのに……、いけない人ね」

 

 

少なくとも須藤は本気だった。

結局ジュゥべえが決めようが須藤が決めようが、シザースの必殺技はシザースアタックになっていたのだろう。

 

 

「鹿目さん、さっきのは何でもないのよ、気にしないでね」

 

 

マミの言葉にまどかは真っ赤になって手を下げた。

どうやら須藤と同じ事を言おうとしていたらしい。

本当に先じゃなくてよかった。まどかは心の中で須藤に謝罪を行い、目を閉じる。

 

 

「はいはーい!」

 

「あら佐野さん」

 

 

 

振り出しに戻ったかと思われた名前決めだったが、ココで佐野が身を乗り出す程の勢いで手を上げる。

どうやら今回のは相当自信があるらしい、マミは彼を信じて発言を求めた。

 

 

「期待してるわ、佐野さん!」

 

「任せてよ! 実はさ、オレこの前スパロボやったんだよね! だからゴル――」

 

 

そこで佐野に巨大な弾丸が直撃し、視界からフェードアウトしていく。

 

 

「佐野さぁああああああああああああああんっっ!!」

 

 

吹き飛んでいく佐野を見てまどかは悲しみの叫びをあげる。

 

 

「そう言うの今いいから」

 

 

マミはそう言って汗を拭っていた。

さてさて、ここからは女性陣で真面目に考えてみようではないかと。

とりあえず『インパクト』と言う単語は使いやすいので、上の文字を考える事に。

 

 

「ゆまちゃんはどんな想いを技に託したい?」

 

「ゆまね、友達とか皆を守りたい!!」

 

 

いいことじゃないか、まどかは優しい笑顔でゆまを撫でている。それは繋がりを、絆を守る力。

マミは手を叩くとゆまに提案を持ちかける。どうやら今ので何かが浮かんだらしい。

 

 

「リンクス・インパクトなんてどうかしら?」

 

 

絆であるリンクと、ゆまの魔法少女モチーフである猫をかけた名前だ。

やまねこ座はリンクスと言う名前らしい。それを聞いてうんうんと頷く二人、どうやら気にいってくれたらしい。

ゆまはマミに抱きつくと頬ずりを行いながら笑顔に変わる。

 

 

「それにするー!」

 

「ふふっ、良かったわ。お役にたてて」

 

 

しかしと、マミはゆまに向き合い少し悲しげに笑ってみせる。

 

 

「必殺技はね、使わない方が一番いいのよ」

 

「……! うん、そうだね!」

 

「それにココにいれば、もう戦わなくていいんだから」

 

 

マミは泣きそうになりながらも、ゆまを力強く抱きしめる。

同じく悲しげに微笑んで駆け寄るまどか。彼女もゆまを優しく撫でた。

 

 

「うん、ココにいれば――……今は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「………」」

 

 

なにかいい話っぽい感じで終わろうとしてるけど、元を辿れば一番ノリノリだったのはマミじゃ――。

いや、いいか。言う必要は無いな!

笑顔ではしゃいでいる三人を見て、黒焦げのアフロとなった須藤と佐野は頷きあうのだった。

 

 

「ん?」

 

 

まどかはふと、床に落ちているマミのノートを見つけた。

拾い上げ、中を見る。なるほど確かに凄まじい量の必殺技名が並んでいた。

そのなかに、一つ、見つけてしまう。

 

 

・ゆまちゃんインパクト

 

 

「………」

 

 

同じ事を言った須藤は吹き飛ばしたのに。

吹き飛ばしたのに……。

 

 

「あら、鹿目さん。見つけてしまったのね」

 

 

まどかはマミを見る。

 

 

「あ、参戦派の目だ」

 

 

そこでまどかの意識はブラックアウトした。

 

 

 

 







当時――


(´・ω・)小さいゆまちゃんをデスゲームに巻き込むのは可哀想だな


とか何とか思って、早めに退場させたと言うよく分からない裏があります。


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Episode 3

本編34話を読んだ後にご覧ください


 

 

 

 

 

Episode 3 「サンタさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たんたんたーん、チャンチャカチャーン、たんたんちゃーんちゃちゃーん!」

 

 

楽しそうに歌うゆま。

他のメンバーは各々自由に過ごしていた。

 

 

「ふんふふーん、ふんふふーん、ふんふふふ、ふ!」

 

 

ゆまは楽しそうに靴下を持ってニコニコと笑っているじゃないか。

不思議そうに首をかしげる佐野。流石に気になってきた。

 

 

「何してんの?」

 

「佐野さん、もう少しでクリスマスじゃないですか!」

 

 

まどかに言われてピンと――、来ない。

 

 

「え?」

 

「クリスマスですよ!」

 

「いやでも今は――」

 

「クリスマス!」

 

「だから――」

 

「ク・リ・ス・マ・ス!!」

 

「いやいや!」

 

 

そこで銃声が聞こえて佐野の意識がブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

「佐野さん。もうすぐクリスマスですね」

 

「うん、そうだね!」

 

 

そういえばカレンダーを見ればそこには12月と書いてある。

そうだ、12月だ。12月なんだ……。

 

 

「12月と言えば、やっぱりクリスマスでしょう?」

 

「そ、そうだねマミちゃん。はは、ははは!」

 

 

ゆまは靴下を持ってはしゃいでいた。

 

 

「ってか……、そもそもこの世界に季節の概念ってあったんだね」

 

「それは突っ込まない約束よ佐野さん」

 

 

ゆまの鼻歌に集まってくるメンバー。

そう、やはりクリスマスのメインイベントと言えばサンタさんだろう。

大人になった佐野達にとっては、クリスマスはどちらかと言えば恋人と過ごすイベントだ。

しかし、ゆま程の年齢ならば、プレゼントのほうが楽しみだったりするものだ。

 

 

「ゆまちゃんは何を貰うんですか?」

 

「んーとね!」

 

 

須藤の言葉に、ゆまは待ってましたと言わんばかりに目を輝かせる。

いくつか候補があるらしく。お人形を貰おうか、猫のぬいぐるみをもらおうかで悩んでいるらしい。

 

 

「須藤さんは何をもらうの?」

 

「私はもう大人ですからね。貰えませんよ」

 

「へー! じゃあ佐野ちゃんも?」

 

 

うなずく佐野。

そう言えばいつから貰わなくなっていたっけ?

懐かしい思い出だ、きっと誰しもが通る道だろう。

 

 

「じゃあ、ゆまは、いつまでプレゼントもらえるのかな?」

 

「え? さあ?」

 

 

やや適当に答える佐野。

しかし、ゆまとしてはいつまでもプレゼントは貰い。

やはりこの問題は気になって仕方ないのだ。

 

 

「ねえねえ」

 

「んあ?」

 

 

ゆまは一同から少し離れた所で携帯ゲームをしている芝浦に話しかけた。

芝浦はゆまの話を聞いていなかったのか、そこで初めて状況を把握する。

 

 

「芝浦お兄ちゃんはどう思う? ゆま、いつまで貰えるのかな?」

 

「ぶふーっ! いつまでって!? あんなジジイいないんだから親の都合でしょ」

 

「―――」

 

「「「「………」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何言うとるんじゃああああああああああああああ!?

戦慄、沈黙。マミと佐野は目を見開いて芝浦を睨む。

いやそうだろうけど、それは黙っておくのが暗黙のルールってもんだろうが!

佐野は真っ白になって固まっているゆまを見て汗を浮かべた。

 

 

「え……?」

 

「いやッ! だぁかぁらぁ! 親なの! おーや! サンタなんて不法侵入ジジイは幻・想!」

 

(く、クソガキにありがちな否定方法しやがってぇええッッ!)

 

 

佐野はとりあえずフォローの言葉を探すが、もう何から何まで遅い気がする。

取りあえずマミは行動に移すことに。このままでは余計に芝浦の言葉を、ゆまの心に植え付けてしまうかもしれない。

 

 

「ティロフィナーレ」

 

「「えええええええええええ!?」」

 

 

爆発と共に吹き飛ぶ芝浦。

佐野はてっきりフォローの言葉を用意するのかと思ったが、どうやらまず芝浦を黙らせる事を優先したらしい。

しかし黙らせ方ってモンがあると思うのだが――……。

 

 

「ちょっとデブさんッッ! 淳君をいじめないでよ!!」

 

 

芝浦の危機に飛んできたのはあやせ。

しかし何をとんでもない事を言っているのか。

佐野は慌ててあやせの口を塞ぐ。

 

 

「ばッ! 駄目だって! デブちゃんの事をマミっていうのは――! ってぎゃああああああ! 間違えたッッ!!」

 

「ティロフィナーレ」

 

 

あやせと佐野を吹き飛ばすマミ。

おなじみの黒こげアフロの洗礼を彼らは受ける事になった。

 

 

「巴さん……、威力がおふざけでやるソレじゃないんですが」

 

「嫌だわ須藤さん。私は太ってないから全然怒ってないのよ」

 

 

微妙に話しが通じていない辺りに狂気を感じる。

須藤は青ざめたまま黙って後ろへ下がるのだった。

 

 

 

 

数分後

 

 

 

 

「さて、」

 

「む゛ーッ! ム゛ーッッ!!」

 

 

リボンで芝浦を縛りあげて動きを封じるマミ。

だが問題はここからだ。ゆまは真っ白に固まったまま動かなくなり、取りあえず寝室に置いておく。その間に緊急集会を始める事に。

 

 

「困ったことになったわ!」

 

 

芝浦を隅っこの方に放置する一同。

取りあえずこのありがちな問題をどう解決するかである。

だいたいこう言うのは保育園だか幼稚園で経験する様な問題だ。

 

 

『いや、俺サンタなんか信じてねーし? びびってねぇし?』

 

 

そんなものは大人ぶったクソガキが言うものとばかり考えていたが、まさかそのクソガキがこんなに近くにいるとは思わなかった。

 

 

「ただまあ、マジだからさぁ。何とも言えないっていうか。ねえ?」

 

 

頷くマミ。

正直なところを言えば、当日はマミがプレゼントを用意しようとしていた。

サンタがいる事を信じさせようにも、いかんせん真実が芝浦寄りの時点で何とも言えない。

 

 

「こうなったらもうサンタなんていないって事、ちゃんと教えて。そこからフォローしたら? 下手に嘘を重ねると余計に傷ついちゃうかもよ」

 

「そうねぇ、佐野さんの言うとおりかも。みんなはどう思う?」

 

「え?」

 

「へ?」

 

「ん?」

 

「お?」

 

「あれ? あれれ……?」

 

 

そこで疑問の声を上げる者が。

 

 

「か、鹿目さん? ど、どうしたの?」

 

「え? いやッ、い……、いないんですか? サンタさんって――……」

 

 

真っ白になっていく鹿目まどか。

 

 

「え? 貴女も!?」

 

 

マミはしまったと息を呑む。

まどかは信じられないと言う表情で一同を見ていた。

どうやら彼女もまた純粋な心の持ち主だったらしい。何とも言えない申し訳なさが。

 

 

「え? あ、あれ? わたし今年も貰って――? あれ!?」

 

 

プルプルと震え始めたまどか。

どうやら開いてはいけない扉を開いてしまったようだ。

 

 

「あ、あちゃー! こりゃ可哀想な事しちゃったねぇ。ねえ須藤さん?」

 

 

佐野は小声で須藤に助けを求め――

 

 

「いない……? う、嘘だ――ッ! だったら私が過去に信じた者はなんだったんだ……!!」

 

「アンタもかよッ! 嘘だろッッ!?」

 

 

崩れ落ちる須藤を、佐野は冷めきった目で見つめる。

案外分からない物だなとつくづく思う。

 

しかし今思うと佐野が小さい頃は、両親が頑張ってくれていたんだろうか?

 

 

(あんな家庭を顧みなかった親父でさえサンタを否定はしなかった)

 

 

母親も自分の為に――……

 

 

「今更かな」

 

 

とにかく今はゆまの機嫌を取るのが先だ。まどかと須藤には残念だが諦めてもらおう。

佐野とマミは、取りあえず否定した本人に謝罪してもらうのが一番手っ取り早い筈だと考える。

 

 

「という事で、発言を撤回してもらえるかしら?」

 

「じゅ、銃を構えながら言うなよ!!」

 

 

転がる芝浦に、マミはニッコリと黒い笑みを浮かべて銃を突きつける。

断れば再び黒こげアフロの刑だろう。しかしそれでも挑発的な笑みを浮かべる芝浦、いないものはいない。それを居ないといって何が悪いのか?

 

 

「いつまでもガキみたいな幻想に浸るより、真実を話して金を渡してさ、好きな物を買わせた方が良いのさ」

 

「……コイツ」

 

「どうせ大人になれば、いないって分かるんだろ? だったらその時にショックを受けたり、恥をかくよりは、はじめからいないと分かった上でイベントを楽しめばいい」

 

「ゆまちゃんは子供よ。子供の時には夢を見る経験を養うのも大切だと思うわ」

 

「………」

 

 

舌打ちを返す芝浦。すると、あやせが飛び掛る。

いつもは芝浦の言葉を何の迷いも無く受け入れ、ベタベタしてくる訳だが、今日は珍しく反抗的だった。

 

 

「そうだよ淳くん! わたしはデ……、マミちゃんの言う通りだと思うな?」

 

「………」

 

 

銃を突きつけられて言葉を訂正したたあやせ。

とにかく、今日は珍しく芝浦の考えを否定していた。

というのも双樹あやせは、ゆまやまどかと同じくサンタの存在を信じる側の人間だったからだ。

 

 

「淳くんはぁ、捻くれてるからサンタさんがこなくなっちゃったんだよ☆」

 

「ハッ! じゃあ証拠でもあんのかよ!!」

 

 

そこであやせは自慢げに胸を張る。

芝浦と暮らし始めてからクリスマスを過ごした日もある。

二人暮らしの空間には当然プレゼントを仕掛けておく仕込などできない筈。

にも関わらず、あやせの枕元にはプレゼントがおいてあったのだ。

 

 

「なッ! じゃあ何でおれに言わないんだよ!」

 

「プレゼントと一緒に、この事は内緒って書いてあったもーん!」

 

 

あやせは自信に満ちた表情で芝浦を見下す。

よく分からないが、コレはいい方向に進みそうだと佐野達は希望を見出す。

 

 

「ちょっと待て、それルカだろ?」

 

「え……?」

 

 

芝浦はすぐにニヤリと笑って、あやせに言葉をぶつけていく。

一瞬カラクリが分からなかったが、すぐにその正体に気づいて核心を持った。

あやせはプレゼントを貰ったと言うが、そもそも芝浦達は二人暮らしではない。

三人なのだ!

 

 

「つまり、ルカがお前が寝ている間にプレゼントを用意していた!!」

 

「「「な、なんだってー!!」」」

 

 

そ、そんな事があっていいのか!?

あやせはすぐにルカに確認を取る事に。

 

 

「そ、そんな事無いよねぇ! ルカちゃん?」

 

『………』

 

「ル、ルカちゃん?」

 

『………』

 

「ちょ、ねえ違うって言って――! ルカちゃん? ルカちゃん!? ちょ、ル……、ルカちゃああああああああああああああん!!」

 

 

何も答えないルカを見て悟ったのか。

あやせは糸の切れた人形の様に崩れ落ちる。

結局自分が今まで信じてきたものの正体は、自分の中にいた妹だったのか。

 

 

『いや、でも……、ほら、私色似てますし』

 

 

だから何だっていうんだ。

ケラケラと笑う芝浦を見ながらガックリとうなだれるマミ達。

やはりこのまま芝浦が調子に乗るイメージしか見えない。

これじゃゆまを説得するなんてとてもとても。

 

 

「やっぱ、いない物をいるって説得するのはどうにも複雑というか」

 

「おや、私はいないとは言ってませんが」

 

「へ?」

 

 

ルカに変わった双樹は、腕を組んでニヤリと笑う。

 

 

「確かに今まで、あやせがサンタだと信じていた物は私です」

 

「ほらみろ」

 

「いえ。だが、だからと言ってサンタがいないとは言っていません」

 

「はぁ? 何言ってんだよお前まで。いないに決まってるだろ!」

 

 

芝浦の言葉にルカは首を横に振る。

意外にもルカは、あやせ達同じくサンタの存在を信じる側であった。

これは芝浦も予想外だったようだ。あやせよりもクールで現実的な所がルカの特徴だと思っていただけに。

 

 

「なぜなら、いない事を証明できないでしょう?」

 

「!」

 

 

表情を変える芝浦。

ルカは笑みを浮かべたまま芝浦に一つの質問を投げかける。

それは芝浦はサンタがいないと言う事を証明できるのかと言う事だ。

 

 

「チッ、変な物持ち出しやがって」

 

「フフフ」

 

「???」

 

 

何の話をしているのか?

佐野が首をかしげると、ルカは説明を始めた。

 

 

「悪魔の証明ですよ。いない物を証明するのは難しい、まあ屁理屈の様な物ですが」

 

 

いない事は誰にも証明できない。

それは『いない』からと言う理由を逆に利用した様な物でもある。

 

サンタがいない事を証明するには、世界中を探し回ってサンタが居なかった事を示さなければならない。だがもちろんサンタは生きている為、移動する存在である。

 

そして世界中というのは文字通り秘境と呼ばれる場所にも向かわなければならない。

とは言え、逆にいる事の証明としても弱いのだが。

 

 

「まあコレを使って言いくるめば納得してくれるでしょう。所詮相手は子供、簡単です」

 

 

佐野とマミも、これでゆまが納得してくれるのならば良しとする事に。

尚も不服そうな芝浦は放置して――

 

 

翌日、異変は目に見えて分かった。

この世界には『朝』と言うものが無く、同時に『夜』と言うものも明確には存在していない。

マミが住んでいた部屋が彼らの全てであり、窓やベランダから見える外の景色は、夜ともいえぬ闇の空間だった。

 

しかしそれでもマミ達には『朝』と『夜』の時間概念は存在しており、死ぬ前と同じく24時間で日付を計算していた。

 

 

まあそれはさておき、マミと佐野、ルカは早速起きてくるゆまを待った。

あれから真っ白になったまどかと須藤は知らん。放置していた。

諦めてほしい、それが大人の階段なのだから。

そうこうしているとマミの寝室の扉が開く。

 

来た! ゆまが出てき――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛ー! ォライッ、ォライッ! ちょーだりぃ!」

 

「「………」」

 

「くそがっ! マヂ盗んだバイクで走り出してーな!!」

 

 

めっちゃやさぐれてるぅううううううう!?

 

 

「誰アレ!? やさぐれって言うか。キャラその物が違っているけど!」

 

「しかも目つきがすごくソリッドになってる! 滅茶苦茶尖ってる!!」

 

 

ゆまは昨日とは違い、ギラギラと何かを睨む様な目つきになって起床してきた。

肩を大きく揺らして、意味も無く舌打ちを連打しながら床に座る。

あぐらをかいて片足は立てている。なんてお行儀が悪いんだ、マミは戦慄さえ覚えていた。

今のゆまなら、校舎のガラスを割ってまわるくらい余裕に思える。

 

 

「ゆ、ゆまちゃん……? おはよう!」

 

「おあ゛ぁぁあッ?」

 

 

なんなんなんだその獣の様な、オッサンの様な挨拶は。

マミは汗を浮かべて、昨日の事を持ち出してみる。

 

 

「マミお姉ちゃん。あたいはもう……、真っ黒に染まっちまったんだ。大人の闇に汚されて、真っ黒にねぇ」

 

(な、何テイストなの? 何キャラなの!?)

 

 

マミはブルブルと震えながら会話を続けていく。

っていうか一人称変わってるよね? あたいなんて言った事なかったじゃない!!

 

 

「あのね、やっぱり私サンタさんはいると思うな」

 

「やめてよマミちゃん、あたいをこれ以上ダーティの道に堕とすのは」

 

「いや、でも――」

 

「翼をもがれた堕天使は、永遠を彷徨う事すら出来ないのさ」

 

 

あれ、何言ってるか分からないわ。

いや正確には分かるし、結構そういうタイプの会話は好物だけど、少なくともゆまが言う台詞ではない。

 

そもそも明らかにキャラが変わっていると言うより別人じゃねーか!

どこでそんな言葉覚えたんだ!!

 

 

「そ、双樹さん!」

 

「え、ええ」

 

 

ルカは膝をついて、ゆまに視線を合わせる。

ギロリとナイフの様な視線で睨まれつつも、ルカは悪魔の証明を用いた説得を試みる。

確かにゆまの前にはサンタはこなかった。

 

しかしサンタは多忙だ。

だからサンタは両親に自分の代行として、両親にプレゼントを用意してくれと頼む。

 

 

「サンタは一人です。流石に世界中を夜の間に巡るのは無理でしょう?」

 

 

成る程、うまい手だとマミは関心する。

サンタがいる事を肯定しつつ、親がプレゼントを渡す事も否定しない。

これだったらゆまもうまく納得してくれるのではないだろうか?

 

 

「嘘乙。あたいはもうアウトローに生きる汚れモンなのさ。夢も希望もないんだよ」

 

「………」

 

「大人の嘘はやめとくれ」

 

 

駄目でした。

ってか乙とか絶対知らない言葉だった筈なのに。

マミは大きなため息をついて肩を落とした。

しかし次の瞬間、ゆまが言った言葉に彼女達は大きな衝撃を受ける事になる。

 

 

「もういいよルカお姉ちゃん。ゆま、本当は知ってたもん。サンタさんがいないって事くらい」

 

「え?」

 

「!」

 

 

ゆまは元に戻ったが、すぐに悲しそうな表情を浮かべてシュンとしていた。

 

 

「サンタが居ない事を知っていた?」

 

「うん……」

 

 

そこでマミはハッとした。

すぐにゆまの言葉を止めようと動くが、ゆまは首を振って言葉を続ける・

 

 

「だってね。ゆま……、本当はサンタさんにプレゼント貰った事なんて無かったもん」

 

「それは、どういう……?」

 

 

考えてみれば分かる事だった。

ゆまは両親から日々暴力を受けて育ってきたのだ。

そんな両親がゆまの為にプレゼントを用意するとでも?

 

誰かが言っていた。

サンタの正体はプレゼントをあげようとする親の心だと。

 

サンタの正体は子供の為にサンタを信じさせようとする親の愛。

だったらゆまの元にサンタが訪れる筈が無い。

 

 

「パパはクリスマスの日も帰ってこない時があったよ。ママはパパが知らない女の人の所に行っているって言ってた」

 

 

クリスマスに一人で過ごした時もあった。

ケーキもチキンも、クリスマスには食べたことが無い。

ずっとテレビの中にあった普通のクリスマスの景色を夢見ていただけだ。

 

 

「わたし、お願いしたの。サンタさんは来るのかなって」

 

 

すると酒に酔っていた父親が笑いながら言った。

あんなもん居る訳ない。あれは偽者。

存在否定。だからゆまは知っていた。サンタは存在しないのだと言う事を。

 

 

「もういい、もういいのよ……、ゆまちゃん」

 

 

マミはゆまを抱きしめると、優しく頭を撫でる。

ルカ達はそこで始めて、ゆまの事情を知る事になる。

 

あやせとルカの記憶にフラッシュバックするのは自分達が受けてきた屈辱の記憶。

それがゆまの過去と重なり、心を揺らす。

 

 

「そう……、ですか」

 

 

そこでルカはあやせにチェンジ。

ウインクを決めるとテンションを跳ね上げて、ゆまに笑顔を向ける。

 

 

「過去にクリスマスを味わえなかったのなら、今味わえばいいんだよ♪」

 

 

どうせココは死後の世界。

ここまで来て嫌な思いをする必要は無い筈だ。

 

 

「ようし♪ じゃあ明日クリスマスパーティしようよ☆」

 

「え!?」

 

「そうね、そうしましょう!」

 

 

マミは手を叩いてウインクを返す。

しかし12月になったばかりでクリスマスにはまだ早いのでは?

佐野がそう言うとマミは指を鳴らす。

 

するとどうだろう。

なんと日めくりのカレンダーがものすごい勢いでめくられていき、あっと言う間に24日である。

 

 

「えええええええええええ!?」

 

「ほら、この世界は願いさえすればある程度の事はできるのよ」

 

 

マミはそう言うと、次々に飾り付けの道具やクリスマスツリーを出現させていく。

夜までに飾り付けを終わらせればそのままパーティができるだろう。

マミとあやせは頷いて、他のメンバーを呼ぶ事に。

 

 

「じゃあゆまちゃん、今日は飛び切り楽しいパーティにしましょ!」

 

「う、うん!!」

 

 

何だかんだと楽しみだったのか。

ゆまは強く頷くと、マミにひっついて飾りつけを手伝う事に。

初めて間近にみる豪華なツリーに大興奮だ。ルカはそれを見て、微笑んでいる。

 

 

「さあ鹿目さん達もお願いね」

 

「「――――」」

 

 

相変わらず白いまどかと須藤は機械的に頷くと、紙でできた華を部屋中に貼っていく。

一方で双樹姉妹は部屋の隅っこで黙ってゲームをしているパートナーのもとへ。

 

 

「ね、淳くんもやろ?」

 

「やだよ。面倒だし、興味ないし」

 

『そう言わないで。淳も楽しみましょう! 私からのお願いです』

 

「………」

 

 

芝浦も先ほどの会話は聞いていた。

そしてもちろんそれが双樹の過去と少し重なる事もだ。

 

芝浦は真実を言ったまで。

ゆまに対する申し訳なさなど欠片とて感じていないが、それでも今の話しを聞けば色々思う所はあると言う物だ。

暫くは無言だったが、その内大きなため息をつくと持っていたゲームをクッションに向かって放り投げる。

 

 

「飽きた、作業ゲーはやっぱ駄目だな」

 

「じゃあ――」

 

「少しだけ、付きやってやるよ。ずっと傍にいられるの超うざいし」

 

「わあ♪ さっすが淳くん!」

 

「うっざい、さっさと終わらせて次のゲームだ」

 

 

そう言って芝浦達も折り紙で輪を作って、鎖にする作業に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして夜。

一同の頑張りもあってか、マミの部屋はすっかりクリスマスムードに染まっていた。

マミが魔法で出現させたケーキを始めとして、豪華な料理が並んでいる。

ゆまだけでなく佐野達も目を輝かせていた。

 

 

「うわーお! これは凄いなぁ!!」

 

「とってもおいしそう!!」

 

「すごい! すごいーっ!!」

 

 

ゆまは朝のやさぐれが嘘の様にはしゃいでいる。

まだ真っ白で固まっているまどかと須藤が、気になるが、まあ放って置こう!

一同はさっそくとクラッカーやら帽子やら鼻髭めがねを装備する。

 

 

「お前もつけろよクソガキ~!」

 

「はぁ? んな糞ダッセーもん誰が!!」

 

「やれやれ……」

 

 

ギャーギャー騒ぐ佐野と芝浦を放っておいて、マミ達はシャンメリーを持つ。

さあ楽しいパーティの始まりだ。女性陣は笑顔でグラスを鳴らし合う。

まどかも真っ白の無表情だが、グラスを打ち付けていた。かわいそうに。

 

 

「もががががが!!」

 

「あ! このクソガキっ! いちごだけ全部食べるか普通!? 皆に分けろよ!」

 

「何キレてんの? おれはいちごが食いたかっただけなんだけど。それくらいで怒んなよ大人げねーな」

 

「お前本当に何言ってんだ!?」

 

 

やっぱクソガキだわ、佐野はつくづくそう思う。

 

 

「まあまあ。どうせ念じれば出てくるんだからもう一度出せばいいんですよ」

 

 

そう言ってマミは再びケーキを出現させる。

 

 

「でも芝浦くんにはおしおきね」

 

「は?」

 

 

ボカーン☆

ファンシーな音をあげて、芝浦が奪い取ったケーキが爆発。

大量のクリームが芝浦の顔に。

 

 

「ぶぶぶ! な、なんだよコレ!?」

 

「うはははは! ざまあ、クソガキ!!」

 

 

実は最初のサプライズとしてケーキが爆発するように仕掛けていたとマミは言う。

と言うよりも、芝浦がこういった行動にでるだろうと言う予測を立てていたのも事実だが。

 

 

「ちょっとババア! 淳くんに何してんの!!」

 

「……ちなみに、チキンも爆発したりして」

 

 

マミがニッコリと笑って指を鳴らすと、あやせの前にあったチキンが爆発。

体中に肉の破片が飛び散る事に。マミはリボンの結界であやせ以外を守っている辺り、確信犯だろう。

 

 

「うええええええん! ベトベトぉ!」

 

「いけないわ双樹さん、貴女と同じ歳の少女をババアだなんて」

 

 

黒い笑みを浮かべて静かに言い放つマミ。

ありったけの殺意がそこにはありました。とはいえそこで叫ぶゆま。

 

 

「食べ物を粗末にしたら駄目なんだよ!!」

 

 

ド直球の正論が飛んできた。

ゆまは頬を膨らませて怒っているようだ。

 

 

「そ、そうね。ごめんねゆまちゃん」

 

 

マミが指を鳴らすと、飛び散ったケーキだのチキンだのが集まりだして再び形を作る。

そして新しく出したケーキを加えて、一同はクリスマスパーティを再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時間は経ち、パーティも終わりに近づいてきた。

 

 

「うーん、お腹いっぱーい!!」

 

「あら駄目よゆまちゃん、食べてすぐに寝ると牛さんになっちゃうわ」

 

「まあまあマミちゃん。どうせオレ達死んでるんだから。今更健康に気を使ったってどうしようもないでしょ!」

 

 

まあそうだが、それでいいのか。

なんとも言えない気分になるものだ。

しかし時計を見れば既に12の針が近づいているじゃないか。

 

飾り付けに時間がかかっていたのか。

加えてダラダラと食べていた為に遅くなってしまった。

 

 

「ゆまちゃんはもう眠ったほうがいいのかも」

 

「そうだね、それがいいや」

 

 

結局サンタについてはどうにもならなかったが、ゆま本人がこのパーティに満足してくれている様なので良しとしようじゃないか。

一同はそのままパーティの終わりを確認す――

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

その時だった。どこからともなく鈴の音が聞こえてきたのは。

シャンシャンと音を立てる鈴は、明らかに外から聞こえてくる。

いや、それだけじゃない。音がコチラへと近づいてくるのが分かった。

 

何だコレ?

外は幻の景色の筈では?

佐野がマミに確認すると、マミは急いではカーテンを開いて外を見る。

 

 

「嘘――!」

 

「なになに、何が見え――、い゛ッッ!?」

 

 

マミと佐野が驚愕の表情を浮かべたのを見て、ゆまや芝浦も視線を其方へ向ける。

すると同じく悲鳴に似た声が上がった。

だってそうだろ? 外には空中を走るトナカイが!

 

 

「な、なんじゃありゃあああああああ!?」

 

 

見間違うはずも無い。

見間違う事があろうか。窓の外にいたのはトナカイと、ソリに乗った男の人だった。

白い髭を生やし、服は赤と白を基調としている。

そしてソリには大きな白い袋が見える。これは紛れも無く――

 

 

「さ、サンタぁあああああああああ!?」

 

「メリークリマス! ハハハハハ!!」

 

 

普通に笑って、普通にベランダに降りて来るサンタさん。

あれだけ存在しないだのするだのと吼えていた一同をあざ笑う様な登場だった。

 

 

「え? ええ? えええ!? ほ、本物!?」

 

「ま、まじ!?」

 

 

芝浦でさえサンタを凝視しえいた。

一方でゆまは、口をあけて目を見開いている。

そんな彼女に、サンタは綺麗に包装された箱を手渡した。

なすがままに受け取るゆまと、驚愕で動けない一同。

 

 

「大切にするんだよ」

 

「あ、ありがとう……!」

 

 

ポカーンとしたままお礼を言うゆま。

何が起こっているのかまだ分かっていない様だ。

それはマミ達も同じである。サンタの話しをしていたら、本当にサンタが来ました?

 

 

「ではメリークリスマス!!」

 

「あ! ちょ!!」

 

 

サンタは再びソリに飛び乗ると、何事も無かったかのように飛び去っていく。

遠ざかっていく鈴の音。瞬く間に静けさを取り戻したマミの部屋。

しかし時間が経つにつれて理解していく心。

 

 

「………!!」

 

 

ゆまは頬を蒸気させて拳を握り締める。

この腕に抱えたプレゼントの感覚は、夢でもなければ幻でもない。まごう事なき真実だろう。

つまりそれは先ほどの老人が現実だったと言う何よりの証拠だ。

 

 

「い、いいいいい!」

 

 

ゆまは、パッと笑顔を浮かべる!

 

 

「いたあああああああああああ!!」

 

「!」

 

 

そこで我に返るメンバー達。

 

 

「いた! サンタさんはいたんだねマミお姉ちゃん!!」

 

「え!? へ!? あ、ああえーっと……」

 

 

マミはすぐに佐野やルカとアイコンタクトを取る。

貴女も見た? そんな感じのやり取りを繰り返して、ある結論に至る。

それは自分達もまたあの存在をハッキリと見たと言うこと。

つまりあれは紛れも無い――

 

 

「さ、サンタクロースは本当にいたのね!!」

 

「そうだよマミお姉ちゃん! うわーい! やったーッ!!」

 

 

ゆまはプレゼントを抱え、笑顔ではしゃぎまわる。

それを見て佐野達のテンションも徐々に上がっていくと言う物だ。

短時間過ぎて今も夢のようだが、自分達は確かに本物を見て、声を聞いたのだから。

 

 

「すっげええええええ!!」

 

「ええ本当!」

 

「まさか本当にいたなんて――っ!」

 

「ウェッヒィイイイイイイイイ! やったね須藤さん、やっぱりサンタさんはいたんだよぉ!」

 

 

貴重な体験に心躍らせている様だ。

後ろではまどか達が復活して、手を取り合って回っているじゃないか。

なんともシュールな光景だが、彼女達が満足しているなら良しとしよう。

 

 

「………っ」

 

 

複雑な表情を浮かべている芝浦。

佐野はニヤニヤと彼に勝利宣言を行う。

 

 

「どうだクソガキ! 流石のお前も反論できないだろ~?」

 

「――ッ! ま、まあ」

 

 

不服そうに一同から離れる芝浦。

 

 

「………」

 

 

ルカはそれを見て彼の後をついていく。

途中あやせには出てこない様に頼んで、双樹の全てをルカが握る。

 

芝浦は男達が使っている寝室に向かうと、そこに置いてある椅子に深く座り込んでゲームを始めた。やや遅れてルカが入室、盛り上げるマミ達の声を遠くに聞きながら、柔らかい笑みを浮かべた。

 

 

「ふふ。たまには淳も他人のために動くのですね」

 

「あ? どゆこと?」

 

 

ルカは芝浦の向かい側に座ると、達観した様な笑みを浮かべる。

全てを理解している様な表情に、芝浦は舌打ちを漏らした。

それで確信を持ったのか、ルカは自分の予想を口にしていく。

 

 

「私は淳のことなら何だって分かります。あれは淳が驚く表情では無かった」

 

「???」

 

 

サンタを見た時の芝浦の表情は確かに驚いていたが、ルカにはあれが演技に見えて仕方なかったと言う。

 

 

「あの顔は驚いたと言うよりは――」

 

「おれはさ、確かめたかっただけだよ」

 

「え? 確かめたかった?」

 

 

芝浦はニヤリと笑ってゲームを続ける。

 

 

「そう。この世界は願ったらある程度の事ができるんだろう?」

 

 

マミはそれで料理を出した。それで飾り付けの材料を出した。

 

 

「だったら、あのジジイも出せるのかなってさ」

 

「成る程、フフフ」

 

「あの糞チビの為じゃなくて、おれの知的好奇心を満たす為さ。まあトナカイまで来るとは思わなかったけど、中々リアルだったろ?」

 

 

誰にも言うなよ。

芝浦はそう言って、ルカに背を向けてゲームを弄りだした。

 

ニッコリと笑って頷くルカ。

しかしそうなると気になるのはプレゼントの中身だ。

芝浦はゆまに何をあげたのだろうか?

 

 

「あー、そこは考えてなかったな。適当に考えたから」

 

 

気になるなら見てくればいい。何やら向こうは盛り上がっている様だし。

その言葉にルカは頷き、早速ゆま達の方へと戻ってみる。

そこには芝浦の言葉どおり、早速プレゼントの中身で遊んでいるゆま達が。

 

 

(どれどれ)

 

 

何をして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボールを相手のゴールにシュゥゥゥーッ!!」

 

「シューッ!!」

 

「シュゥウウウウッッ!!」

 

「シュゥゥゥーッ!!」

 

 

「「「「超! エキサイティン!!」」」」

 

「………」

 

 

な、なんだあれ?

ルカは危険でエキサイティンな空気を感じて、ソッと扉を閉めたのだった。

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

 

「ねえマミちゃん、悪いけど適当な雑誌出してくれないかな」

 

「ええ、いいですよ」

 

「?」

 

 

朝、佐野は朝食を食べながらマミにお願いをしていた。

それを見て首をかしげる芝浦。

 

 

「自分で出せよ」

 

「なんだよ、お前知らないのか? 願って出せるのはマミちゃんとまどかちゃんだけだっての」

 

「「は?」」

 

 

ルカも声を上げる。

そう言えば芝浦が使うゲームも全てマミに出してもらったような。

しかしあれはまだココのルールが分からなかったからだ。

芝浦は試しにゲームを念じてみるが、佐野の言うとおり現物が芝浦の前に現れる事は無かった。

 

 

「は? はぁ?」

 

「そ、そこまで驚く事か?」

 

 

そこで笑うマミ。

彼女がその力を貰ったのは、最初にココに来たかららしい。

 

 

「でも何でも出せるって訳でもないのよ。たとえば人を出したりはできないわ。道具は出せるけど」

 

「???」

 

「生き物は出せないの」

 

 

じゃあ何だ。

つまり芝浦は何も生み出せない?

それに生き物がダメって……。

 

 

「ねえねえ皆ぁ!」

 

 

そこで興奮したように走ってくるまどか。

何でも玄関に飾ってあったクリスマスツリーの下に、人数分宛のプレゼントが置いてあったらしい。

 

 

「まあ! 私たちにもプレゼントを!?」

 

「やるねぇ! サンタのお爺さんも!!」

 

 

はしゃぎながら入り口に向かう一同。

そこでルカと芝浦だけは取り残された様に座っていた。

 

 

「「……え?」」

 

 

顔を見合わせる二人。

すると、つまり昨日のアレは――

 

 

「「本物ぉオオオオオオオオオオッッ!?」」

 

 

 

 

 






芝浦ってクソでしたけど、メタルゲラスには愛されてたみたいな演出いいですよね。
なんかそこが面白みというか、もしかしたらペットには優しいタイプなのかなみたいな考えもできるのがいいですな(´・ω・)b


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Episode 4

本編57話を読んだ後にご覧ください


 

 

 

 

 

 

Episode 4「あだ名」

 

 

 

 

「お腹が空いたな」

 

「………」

 

 

キッチンにおいてある椅子に座りながら、キリカはぼんやりとそう呟いた。

マミ達は少し離れた所にあるソファに座って談笑しており、芝浦達はゲームで遊んでいるため、キリカの声を聞いたのは隣に座っている東條だけだった。

 

 

「死んだのに、お腹って空くのかな?」

 

「じゃあキミは今私が感じている空腹が嘘だって言うのか? そんな馬鹿な!」

 

 

だいたいココにきてから三食はきっちり食べているし。

キリカの言葉に東條は成る程と頷く。死んではみたものの、意外と生きている時と何も変わらないじゃないかと。

当然お腹も空くし、喉も渇く。マミやまどか曰く、ココは死後の世界なのだから時間の概念は無いらしいが、とりあえず分かりやすいという事で時計は置いてある。

今は午前9時だ。あ昼までにはもう少し時間があり、朝を食べていないキリカにとっては辛い時である。

 

 

「あぁ、もう……、お腹の皮と背中の皮がピッタンコだよ」

 

 

へなへなと萎んでいくキリカの声。

東條は読んでいた本から視線を外して彼女の方を見た。

 

 

「上の戸棚に、お菓子があるんじゃないかな?」

 

「え? ああ、そうかそうか」

 

 

マミからは部屋にある物は全て勝手に使って良いと言われている。

と言う事は、食べ物も勝手に食べていいのだろう。

キリカは椅子を棚の前に置いて、上に足を乗せた。

 

「えーっと……、お! あるじゃまいかあるじゃまいか!」

 

 

棚をゴソゴソと漁り始めるキリカ。

東條は再び読んでいた本に視線を戻す。

しかしそこで感じる人の気配。見れば、ゆまがコチラにやって来ている所だった。

どうやら彼女は東條がずっと読んでいた本が気になっていたらしい。

 

 

「どんなご本を読んでるの?」

 

 

柔らかい笑みを浮かべて東條の本を覗き込むゆま。

しかしすぐに彼女は複雑そうな表情でモゴモゴと。

 

 

「うぅ、文字ばっかり……!」

 

 

挿絵の一杯ある小説か、漫画かと思っていただけに、怯んでしまったようだ。

東條は怯むゆまを見て、ほんの少しだけ笑みを浮かべると、簡単に内容を説明してみせる。

何のことも無く、ただ普通に家族のために働いていた男が、ある朝目覚めると醜い虫に変身していたと言う話だ。

その虫を取り巻く人間模様を描いたお話らしく、東條はこの本を何度も読み返しているのだとか。

 

 

「酷いんだ、皆」

 

 

男は家族のために必死に働いていたのに、いざ男が醜い虫になれば冷たくなっていく。

意思疎通ができないのも原因だったろうが、周りの人は醜い虫を男ではなく醜い虫として扱う様になるとか、ならないとか。

 

 

「妹だってね。義務感だの使命感だので虫を守るけど、結局最後は自己満足だって気づくんだ」

 

 

そして結局、虫は虫として見られてしまう。東條は少し悲しげにそう言った。

小説と言うのは、人によって解釈の差や感想の違いが大きく出る。

この小説もまた例外ではないのだろうが、東條にとっては、なんともまあ救いの無い話に思えた。

 

 

「きっと周りの人は、男が変身したのが金の卵を産む鶏なら、人間の時よりも丁重に扱っていたと思うのに」

 

 

世の中だってそうだ。

個性を大切にしろと言う。人を差別するなと喚き散らす。

けれどもそれは、持っていない者が、自分の扱いを少しでも良くしようとする言い訳でしかないのかも。

当たり前の事だが、世界に好かれるのは、どれだけの時が流れても、能力のある者や、才能のある者。

持っている者だけだ。

 

でも、だからこそ希望はあった。

コレは醜い虫に変身したからこうなったのであって、もしも自分がプラスの者に変わる事ができたのならば、皆は掌を返して自分を認める筈なのだと。

 

 

(ああ、でももう意味なんて無いのか)

 

 

ココは死後の世界なのだから。

 

 

「キミには少し、難しい話かも」

 

「ふぅん」

 

 

少し虚ろな目で、東條はゆまに微笑みかけた。

そういえば本の作者は、この物語を喜劇と言っていたとか。

もしかしたら真面目に考える事そのものが間違っていたのかもしれない。

 

 

「チビ猫ちゃん、キミも何か食べるかい?」

 

 

そこで棚を漁っていたキリカがゆまに一言。

 

 

「あ、ゆまクッキーがいい!」

 

「オッケー、クッキーだね」

 

 

どうやら食べたいお菓子の選別も終わったようだ。

キリカは片手にお菓子の袋を三つほど抱えて椅子から降りようとする。

だがその時だ、ふいにキリカはバランスを崩して、よろけてしまった。

 

 

「うわわわわぁ!!」

 

「「!」」

 

 

手をバタつかせて必死にバランスを取ろうとするものの、よりにもよって後ろ向きに倒れてしまう。まずい! キリカは目をギュッと瞑って落下していった。

 

 

「!?」

 

 

しかし、彼女に襲い掛かるのは痛みや衝撃ではなく、ふんわりと何かに包まれる柔らかな感触だった。

目を開けると、キリカを守る様にして黄色いリボンがクッションの様に存在していた。

ポカンと固まるキリカ。辺りを見回すと、手を伸ばしている魔法少女姿のマミが。

 

 

「危なかったわね、呉さん」

 

「おぉ! 助かったよ黄色ちゃん」

 

 

飛び起きるキリカ。

マミがいなければ今頃頭を打って脳震盪で死んでいたとかいないとか。

いや、もう死んでいるのだからこれ以上酷くなる事は無いのだろうが、やはりそれは気分的な問題がどうたらこうたらと早口で語っていく。

 

 

「とにかくキミは恩人だ! 今日から恩人さんだ!!」

 

「そ、そう? うふふ」

 

 

そう言えばとマミ。

キリカはよく人にあだ名をつけて呼んでいる。

一人に色々なあだ名をつける場合もあるが、織莉子をあだ名で呼んでいるのは見たことが無い。

 

 

「当然だよ、織莉子は織莉子だもの」

 

「そ、そうなの……」

 

 

そもそも何故キリカがあだ名をつけるのか?

それは他人の名前を覚えていないからだ。

そもそも覚えようとも思わない。キリカは自分の脳みその容量はできるだけ織莉子の為に使いたいと思っている。

つまり織莉子に関係の無い事は覚えたくないのだ。

その最たる物が人の名前だと言う訳だ。

キリカがあだ名をつけるのは、名前を覚えるのが面倒だから、いっその事自分でつけてしまおうと言う訳である。

 

 

「え? じゃあもしかして俺の名前とか全然覚えてない訳?」

 

 

佐野が身を乗り出してアピールする。

最終的には裏切りだのなんだのと、グダグダになったものの、少しの間は一緒に戦った仲ではないかと。

すると顎に手をあててフムと唸るキリカ。

 

 

「いやだな、流石にキミは覚えているよ」

 

「なんだぁ、じゃあ――」

 

「山中茂男くんだろ?」

 

「いや誰だよ! 全然違うから! 一文字もあってねーな!!」

 

 

どうやら佐野の事もすっかり忘れているらしい。

いや、先ほども言うように、最初から覚えるつもりも無かったのだろう。

 

 

「あらあら」

 

 

笑うマミ。

しかし佐野はともかく、パートナーである東條は普通に呼んでいた様な。

 

 

「トージョーは相棒だからね」

 

「……キリカ」

 

 

嬉しそうに目を輝かせる東條だったが、その時だった、芝浦が口を開いたのは。

相変わらず人を小馬鹿にしたようにニヤついており、マミ達は直感的に察する。

コイツ、ろくな事を言わねーな。なんて事を。

 

 

「じゃあ呉。東條の下の名前なんだよ?」

 

「馬鹿にしないでくれ! 私と相棒の絆は織莉子の次に固いぞ!」

 

「キリカ……!」

 

「だろ? ヒデオ!」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり英雄でもない僕に生きる資格なんて無いんだ。誰も名前すら覚えてくれないんだものね。毒虫になる資格もなく、空虚な妄想にもなれず僕はやがて塵になるんだ。そもそもこの世に本当に価値のあるものなんて無いのかもしれない。そう考えればまだ生きやすいじゃないか。喜びも悲しみも何もなく、それは名前すらもなく、人は実は無であり、そうすれば僕の名前も無くて、なんと呼ばれてもそれは正解で、とにかく僕はそうした宇宙の――」

 

「ど、どうしたんだい? 相棒! 相棒!? あい……ッ! あいぼぉおおおおおお!!」

 

 

真っ白になって部屋の隅に蹲る東條。

それを見て芝浦はケラケラと笑っていた。どうやらキリカは織莉子以外の人間の苗字はギリギリ、下の名前は完全に脳みそからデリートしていたようだ。

体育座りでズッシリと落ち込む東條と、それを必死に慰めるキリカを見て、マミは頭を抑える。

 

 

「そうだ! どうかしら、一度みんなのあだ名を教えてくれない?」

 

 

流れを変える意味での言葉だったのだろう。

マミはキリカのあだ名を全員文知りたいと言った。

それくらいならとキリカ。彼女は東條にもう一度謝罪をすると、まずは順番にココにいるメンバーからあだ名を告げる。

 

 

「私は恩人……、でいいのかしら? 別にそれほど大したことはしていないのだけれど」

 

「もちろんそれでいいとも! 恩人は恩人さ!」

 

【巴マミ】【命名・恩人】

 

 

死後の世界で住まわせてもらっているのが彼女の家というのもポイントである。

と言う訳で巴マミのあだ名は恩人と言う事に決定したらしい。

キリカは次にマミの向かいにいた須藤を見る。

 

 

「で、君はデカ長ね」

 

「は、はぁ」【須藤雅史】【命名・デカ長】

 

次は隣にいる鹿目まどか。

なんで死んでいない彼女がココにいるのかは知らないが、まあそこは今はおいておこう。

既にまどかの事もキリカはあだ名で呼んでいるシーンがあったような。

 

 

「うん、そうだ。君は桃色ピンクだね!」

 

【鹿目まどか】【命名・桃色ピンク】

 

「も、桃色ピンク……」

 

 

汗を浮かべるまどか。そういえばなんだかデジャブの様な気も。

あれは確か一番初めにマミ達とやっていたマジカルガールズの決め台詞にあった様な。

まあ確かに自分の色は桃色なんだろうが、そんなに印象深い物なのだろうか?

なんだかちょっとエッチな意味の様な気がして――

 

いや、なんでもない。

 

 

「やめてくれよそんなにうれしそうな顔をするのは! 私が照れてしまう!」

 

「う、うん……! う、うれしーな! ウェヒヒヒ……」

 

 

まあキリカが満足しているならいいか。まどかはそれ以上何も言うことはなかった。

 

 

「織莉子さんはあだ名は無いのよね」

 

「当然だよ、織莉子は織莉子だもの。美国織莉子っていう最高の名前があるじゃないか!」

 

 

ハァハァと息を荒げるキリカ。

前々からなんとなくそんな気はしていたが、思った以上に結構ヤバイ人なのかもしれない。

あの騎士にしてこの魔法少女ありと言うべきなのかどうか。

 

 

「オーディンはちなみに?」

 

「カミジョーはカミジョーさ。織莉子のパートナーだから覚えられたんだよ!」

 

【上条恭介】【命名・カミジョー】

 

「ちなみに、下の名前は……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よしお」

 

 

次は佐野とゆまである。上条の問題はもう放置した。

そもそもキリカは本能であだ名をつけているので、あれこれ考えると言うことはあまりしない。あだ名と言うのは大方が名前からであったり、または行動からであったり。

キリカもだいたいそんな感じである。

 

 

「キミ達はバイトくんに、チビ猫ちゃん!」

 

「あ、ああ」【佐野満】【命名・バイト君】

 

「ゆま猫好きー!」【千歳ゆま】【命名・チビ猫ちゃん】

 

 

織莉子に雇われていたからバイトくん。

猫を模した魔法少女の衣装だからチビ猫ちゃん。

まあ随分とストレートな物である。

そう、ストレート、つまりは単純なのだ。

そうしていると、キリカの事を鼻で笑う奴が現れる。

 

 

「くっだらね。要は名前も覚えられない馬鹿って事じゃん」

 

「………」

 

 

キリカは真顔で一言。

 

 

「お前、クソウ●コな」

 

「はぁあああ!?」【芝浦淳】【命名・クソ●ンコ】

 

 

キリカの主観によってあだ名は決まる訳で。

非常に悪意のあるあだ名を受け取った芝浦は、当然憤慨物である。

尤もマミや佐野はサムズアップをキリカに送っている訳だが。

 

 

「ちょっとふざけないでよ! なんで淳くんがそんなばっちぃ名前なのよ! だいたい●の場所違うでしょ●の場所! これじゃあ淳君がクソウン●ってバレバレじゃない! ●ソウンコって!」

 

「やめろあやせ! これ以上掘り下げるな!!」

 

 

ドン引きしている芝浦と、真っ赤になってキリカに抗議を行うあやせ。

キリカは当然イライラした様に表情を変える訳で。

 

 

「うっさいなゴスロリナルシスト!」

 

「なに!? なにそれ! 好きくない!!」【双樹姉妹】【命名・ゴスロリナルシスト】

 

 

あだ名がどの様になるのかはキリカの気分次第と言う訳だ。

当然、気分を害する様な事があれば、それだけ悪意が詰まった物へとあだ名は姿を変えていく。

そう、なんだか適当になっていくのだ。

 

 

「じゃあコイツは?」

 

 

佐野がリモコンのボタンを押すと、テレビのチャンネルがゲーム本編へと切り替わる。

はじめに映ったのは王蛇ペアの映像。唸るキリカ、こいつ等は織莉子の敵として今も舞台に存在している。

となれば当然、扱いも悪くなると言うか雑になると言うか。

 

 

「ヘビキチとゲス美だよこんな奴等」

 

【浅倉威】【命名・ヘビキチ】

 

【佐倉杏子】【命名・ゲス美ちゃん】

 

「そ、そう。じゃあ彼女達は?」

 

 

次に映ったのはリュウガペア。

キリカは鼻を鳴らしてユウリ達を睨む。

ユウリ達は織莉子を裏切り、多くの被害を生み出した者。

当然織莉子を愛するキリカからしてみれば煙たい存在だ。

 

 

「黒い人。露出狂」

 

「………」

 

【リュウガ】【命名・黒い人】

 

【ユウリ】【命名・露出狂】

 

 

ぞんざいに言い放つキリカ。

どんな人間にもちゃんとあだ名をつけるあたりまだマシなのか。

いやそれにしても適当すぎやしないだろうか? ゲス美だの露出狂ってもうあだ名と言うよりはただの悪口なんじゃ……。

 

あといくら何でもリュウガが適当すぎじゃないだろうか?

もうそれは、あだ名じゃなくてただの感想だ。

と、マミは思ったのだが、あだ名くらい本人の好きにすればいい様な気もする。

いや、それにしても酷過ぎる物がある様な気がするのだが。

 

 

「ん?」

 

 

順にあだ名をつけると言う流れの中、キリカの表情が変わる。

と言うのも次に画面に映った二人をキリカは知らない。

 

 

「誰コレ?」

 

「ああ、えっとね――」

 

 

するとマミが補足を。

ベルデペア、高見沢とニコはずっと他の参加者を避けていた為キリカ達が知らないのも無理は無い。

 

マミ達もゲームの様子を見れるテレビがなければ、彼らの存在を死して尚知る事は無かったろう。ニコに関してはキリカをココに送った張本人であるが、キリカがその事を知る由も無い。

 

 

「芋プレイヤーって事でしょ。まあいるとは思ってたけど、まんまとやられたよ、おれ」

 

「芋? 彼らは人間じゃないのかい?」

 

 

そんな訳無いだろと芝浦。

芋と言うのはゲーム用語のひとつで、その場から動かなずに敵をスナイプする者の事である。

まあベルデ達は動く事には動くのだから芋とは少し違うのかもしれないが、常に透明になって不意打ちの機会をうかがっている困った連中だ。

 

 

「ふぅん、じゃあポテトガールと芋男(いもお)でいいや」

 

【神那ニコ】【命名・ポテトガール】【高見沢逸郎】【命名・芋男】

 

「………」

 

 

本当に適当なんだな。

って言うかそれ絶対キリカ自身も数分後に忘れるパターンだろ。

そうは思えど、自分につけられたあだ名を思い出して芝浦は言葉を喉の奥へと引っ込める。

意外とショックだとは言えない。ウ●コに傷ついているとは口が裂けても言えない。芝浦はプライドの為に無言を貫いた。

それにしてもいくらなんでもウン●は酷過ぎるんじゃないだろうか?

 

 

「んー、じゃあ次は――」

 

 

チャンネルを操作する佐野。

今現在ゲームに参加している者たちが順番に映し出される。

その中で既に脱落した者たちの姿がそこにはあった。手塚海之、キリカは彼を見てうーんと唸る。

彼がいたから自分がココにいるような気がしなくも無い。

 

 

「でもクソウンコよりはぜんぜんマシだよね、占い師くんは」

 

「なんだよソレ!! つか隠せよ! モロ出しじゃねーか!!」

 

【手塚海之】【命名・占い師くん】

 

 

日ごろの行いの差と言うべきなのか。

キリカ曰く、ガイに殺されるのとライアに殺されるのなら金を払ってでもライアがいいと。

うなずく一同、吼える芝浦。こんなんだから自分たちはココにいるような気がしてならない。

 

 

「大丈夫だよ淳くん、わたしは淳くんにしか殺されたくないから♪」

 

「………」

 

 

なんだか話がズレて来ている様な。

っていうかあやせのフォローはフォローなのだろうか?

まあいい、次に映ったのは北岡だ。キリカは迷わず彼を弁護士くんと。職業が明確な人たちは楽でいいとキリカは笑う。

 

 

【北岡秀一】【命名・弁護士くん】

 

 

次に映ったのはナイトペアだ。

キリカはフムと顎に手を当てて。あだ名を考える事に。

しかし先ほどの相棒と言い、カミジョーと言い、どうにもキリカは下の名前を覚えるのが苦手らしい。

 

いくら織莉子以外の者を覚えたくないとは言え、織莉子からはいつも常識と礼儀を養う様にと言われたものだ。

よし、ここは一つ他人の名前とやらを覚えてみるか。

キリカはその旨をマミに伝えると、彼らのフルネームを聞く事に。

そして吟味、考えて考えた結果――

 

 

「カズミールと、ロン」

 

【かずみ】【命名・カズミール】【秋山蓮】【命名・ロン】

 

「………」

 

 

覚える気ねぇだろコイツ。

誰もがそう思っただろうが、キリカ本人はしっくりと来たのか、笑みを浮かべて何度か復唱していた。

どうやらそこそこ気に入ったらしい。

だから誰も何も言わない。と言うか、言っても意味なんて無いんじゃないだろうかと。

 

そんな中で映ったのは暁美ほむらだ。

キリカとしても、なかなか因縁深い相手(本人談)である。

と言うのもまず色が被ってる。

カラフルな魔法少女が蔓延る中で、何故イメージカラーが黒の魔法少女が三人もいるのか。

 

いやほむらは紫と白入ってるし、かずみは露出がすごいし、キリカは眼帯とか多少白も混じってると言えばそうなんだが。

だがやはりパッと見のイメージで言えば、もうそりゃ間違いなくモロ被りである。

さらに言えばなんか立ち位置も似ていると言うか何と言うか。

互いに友に尽くすと言うやり方は同調ともあれ、目的の違う自分たちにとってはお互いが非常に邪魔な存在になったものだ。

 

と言う事もあってか。

キリカの脳には、ほむらが非常に印象深く映っていた。

だからそれだけ名前も浮かぶというものだ。

 

 

「暁美――」

 

「お?」

 

「ぼむら」

 

(惜しい!)

 

【暁美ほむら】【命名・暁美ぼむら】

 

 

まあ爆弾使うから当たってると言えばそうなのだが。

 

 

「くっそう! もう少しでボムボムがこっちに来る筈だったのにぃ!」

 

「あの、暁美ほむら――」

 

「あんな奴ボムボムでいいよ! ちくしょう!!」

 

 

やっぱり覚える気は無いらしい。

あと残っているのは真司、美穂、サキ、さやかと言った所であろうか。

その三人は決戦の場でも言っていたような気がする。

真司は龍騎からドラゴンくん、美穂はファムから白鳥ちゃん、サキは自身のメインとする属性からビリビリちゃん。

 

 

「じゃあ残るは美樹さんだけね」

 

「美樹?」

 

「ええっと――」

 

 

マミはリモコンでテレビのチャンネルをさやかに合わせる。

キリカは、「ああ」と手をたたいて納得を。

 

 

「そいつはアイツか、アレでいいよ」

 

【美樹さやか】【命名】【アイツorアレ】

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしの扱い適当すぎるだろぉおおおおおおッッ!!」

 

「「!?」」

 

 

ベッドから飛び起きるさやか。

叫びながら跳ね上がったため、ビックリしたのか隣で寝ていたサキとほむらは汗を浮かべて視線を移した。

 

 

「ど、どうしたさやか!」

 

「え!? あ、ごめんサキさん。何か変な夢見ちゃって――ッ」

 

「夢?」

 

「そう。あ、でもどんな内容だったか忘れちゃったな。うがー! 気持ち悪い!!」

 

 

とにかくろくな夢じゃなかった!

そう言って頭を掻き毟るさやかを見て、二人は大変だなと思うしかできなかったそうな。

まあとにかくなんだ。人にあだ名をつける時は悪意を含ませるのは止めようと言う事なんだろう。

 

 

 

 



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Episode 5

本編63話を読んだ後にご覧ください


 

 

 

Episode 5「人生ゲーム」

 

 

 

 

「うんしょ、うんしょ!」

 

「お、ゆまタソどうした~?」

 

 

リビングに入ってきたゆまは、大きな何かを抱えていた。

ニコは気になって何を運んでいるのかを聞いてみる。

すると、ゆまは嬉しそうに目を輝かせてそれをズイっと見せてきた。

 

 

「これ皆でやるんだー! ニコお姉ちゃんも一緒にしよーよ!」

 

「ニコたんって呼んでくれよ~。何々? ああ人生ゲームか」

 

 

なつかしいとニコ。

昔ちょろっとやった事はあるが、最新の物ともなると中々触れられないものだ。

っていうか何で死んでない筈の自分がココに来たのかはイマイチ分からないが、まあまどかと言う例もあるし、どうせ予定も無い。戯れに付き合うのもいいだろう。

メインカラー同じ緑色と言う事もあるし、ゆまには愛着が湧く物だ。

 

 

「おい、たかみぃもやろうぜ」

 

「あぁ? 俺ァは今忙しいんだよ」

 

 

カチャカチャカチャカチャと高見沢は、先ほどから知恵の輪を攻略するのに夢中だった。

ただし中々コレが難しいと言うか。玩具の分際で俺様を下に見やがってと、よく分からない対抗意識を燃やしていたわけだ。

 

 

「うっせーなガチャガチャカチャカチャ! 諦めろよジジイ!!」

 

 

そんなに解きてーならこうしてやるよ! ニコは変身してバールを振るう。

すると再生成の魔法が発動されて、高見沢が格闘していた知恵の輪の素材が一瞬にしてちくわに変わった。

 

 

「何してくれてんだテメーは!!」

 

「これで簡単になったろうが。さ、行こうぜゆまたん」

 

「うん! 行こー! ニコたん!」

 

 

手をつないでマミ達がいる所に向かう二人。

高見沢はフニャフニャになった知恵の輪を少し弄ってみる。

あ、ちぎれた。

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へー、人生ゲーム? 面白そうね」

 

「うん! やろうやろう!」

 

「おー、懐かしいなー」

 

 

ゆまが持ってきた人生ゲームに集まる一同。

やった事はあれど、一つのバージョンを買うと、他のバージョンを買うと言うのは無い。

そもそもそんな頻繁にやる物でも無いし。物珍しさから、みんな乗り気になっていく。

普段は下らないと鼻で笑いそうな芝浦達も、ゲームと言う言葉には弱いのか。

特に何も言う事はなかった。

 

その後もゆまの提案と言う事もあって、それぞれのペアで協力して戦う事に。

須藤は銀行役をやってくれると言うので、マミはまどかと組んではじめようと。

 

 

「お、そうだ。ただやるだけってのも悪くは無いけど……」

 

 

いい事を思いついた。

そう言って変身したニコは、バールを振るう。

すると人生ゲームが光り出し――

 

 

「「「!?」」」

 

 

ボンと煙を上げて爆発したかと思うと、一同のいる場所がマミの部屋から、見た事の無い景色へと変わったではないか。

いや待て。マミは気づく、自分とまどかが車に乗っているのを。

オープンカーで、本物ではない様だ。

これはもしや――

 

 

「私の魔法でリアルにしてみた」

 

「凄いわ! こんな事もできるのね!」

 

 

ニコは人生ゲームを固有結界の様に練成し、実際に体感できる様にゲームを作り変えた。

 

 

「マジかよ、他のゲームでもできんの!?」

 

 

芝浦は自分の乗っているグレーの車を見つめながらテンション高く周りを見回している。

 

 

「おう。ギャルゲでもアクションでもなんでもござれ」

 

「うっは! マジすっげ!!」

 

 

車を叩いてみる芝浦。質感はプラスチックか?

アクセルやブレーキは無い様だが、タイアはちゃんと別パーツとして付いているのを見ると回転する機能はありそうだ。

助手席では、あやせもハイテンション気味である。

 

 

「淳くん! これってランデブー!? ハネムーン!? とにかく愛の逃避行だよね!!」

 

「ウザい」

 

「ああん、突き放すのもうまいんだから☆」

 

 

ギャーギャーと騒ぐ二人を尻目に、シートに踏ん反りかえる高見沢。

黄緑色の車を見つめながら鼻を鳴らす。

 

 

「おいテメェ、そんな事できる力があるんなら、もっと本番の時に頑張れよ」

 

 

高見沢はしかめっ面で二本のちくわを再び一つにしようと格闘していた。

 

 

「戻る訳ねーだろ! 何やってんだ!!」

 

 

首を振るニコ。

ココまでの魔力はゲームでは出せなかったと。

どうやらこのマミの部屋は、どれだけ魔法を使ってもソウルジェムが汚れないらしい。

だからココまで大きな魔法を使うことが出来たのだ。

 

 

『みなさん、準備はいいですか?』

 

「わ! 空から須藤さんの声がする!」

 

 

銀行役の須藤は、結界の外からマミ達を観察している様だ。

須藤はまず、皆に最初に与えられる一万円を配った。

車の方へお金を当てると、振り込まれた事になり、車に現在の所持金額が刻まれる。

さらに白い車に乗っていたキリカと東條の上に、ルーレットが回転し始めた。

 

 

「おぉ! なんだコレ!?」

 

「止めれば、いいのかな?」

 

 

東條はハンドルの中央についているボタンを押してみる。

すると10の所で針が止まった。

同時に彼らの車が、文字がついている道路の上を走り出していく。

 

 

「すごいすごーい!」

 

 

はしゃぐゆまと、唸る一同。

本当によくできている物だ。高見沢もほほうと声を出してそれを見ていた。

確かによくできている、これを全部ニコがプログラミングしたのだろうか?

 

 

「まあそうだな。でも私がゲームマスターって訳じゃない」

 

 

このシステムと言う概念は構成したが、もちろんあくまでもシステムを作っただけだ。

シナリオはこの人生ゲームに依存すると。

早い話、止まったイベントを疑似体験できるシステムを作っただけで、中身までは把握していない。

東條たちが何のマスに止まるのかは知らないと。

 

 

「それにしても、いきなり10なんて凄いなぁ」

 

 

まどかの言葉で気分を良くしたのか、東條は少し嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「これで僕も英雄に近づけるのかな?」

 

「もっちろんさ相棒! さあ、どんな事が待っているのかなー!」

 

 

シートの上で飛び跳ねるキリカ。

二人は当然スタートから10マス進んだところで停止する。

人生ゲームは色々なイベントを経由して資産を増やすのが目的だ。

だいたいはお金が増えたり減ったりするイベントが多いのだが、果たしてどうなるのやら。

 

 

「んー、なになにー?」

 

 

車の大きさ故に、止まった所の文字は見えない。

故にカーナビの様に、車の中にモニターがついており、そこにイベントが表示された。

今回のイベントは――

 

 

『車が爆発。死ぬ☆ ゲームから除外される』

 

「へー! 爆発す……」

 

 

は?

二人の目が丸くなるのと同時に、車が光り輝き――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!

 

 

「「うわあああああああああああああああああ」」

 

 

粉々に爆発する車と、空に飛んでいく東條とキリカ。

二人はそのまま見えなくなって、最後はキラリと光って終わった。

え? 固まる一同。なに、今の。

 

 

「「「………」」」」

 

 

 

 

 

 

 

「どえええええええええええええええええええッッ!?」

 

「怖い怖い怖い! 何今の! 何で爆発したの!?」

 

 

混乱に叫ぶ一同。

一方で――

 

 

「ぐへぇ!!」

 

「ごっぷ!」

 

「!?」

 

 

目を見開く須藤。

ボードゲームから排出される様に東條とキリカが飛び出てきたかと思えば、東條は焦げ焦げだし、キリカに至っては元の毛量からは考えられない程のアフロになっている。

 

 

「な、何があったんですか二人とも!!」

 

 

須藤はユッサユッサと二人を揺らし、話を聞こうとする。

しかし怪我はしていない様だが、衝撃が凄かったのか。

東條は完全に目を回しており、話を聞ける状態ではなかった。

キリカは、かろうじて意識があったのか。プルプルと手を伸ばして人生ゲームを指差す。

 

 

「ば、爆発……ッ!」

 

「爆発!?」

 

「――ガクッ」

 

「呉さん!? く……ッ、呉さぁああああん!!」

 

 

須藤はふと、横に転がしてあった人生ゲームのパッケージを確認する。

そこには『鬼辛! 荒波もまれまもれてもみくちゃ2014』と書かれた箱が。

まどか達視点でも、須藤の叫びが空に響き渡る。

 

何? 最近の人生ゲームって参加者死ぬの?

ッて言うか途中で一人減るシステムって気まずくならないの!?

そんなザワつきが起こり、ゆまはガクガクと震え始める。

どうする? やめるか? そんな雰囲気が起こりつつある中で、ニコは声を上げた。

 

 

「すまん! 途中で抜けられんわ」

 

「な、なんでだよ!?」

 

「そういう設定にしちった」

 

「何考えてんだよ!!」

 

 

吼える芝浦をジットリとした目で見ながら、ニコは耳を塞ぐ。

どうせなら全員で最後までやれた方がいいじゃないかと。途中で飽きてやめるヤツがいたら白けるし。

 

 

「特にコイツとか」

 

 

ニコは高見沢を指差す。

 

 

「んだぁ? 俺のせいかよ。ったく」

 

 

丁度その時、ニコたちにルーレットが回ってきた。

高見沢は気ダルそうに起き上がると、二つのちくわを投げ捨てボタンを叩くように押した。

出たのは9。ギリギリじゃねーか! ニコはヒヤリとするのだが、高見沢は笑みを浮かべる。

 

 

「どんな人生だろうが、勝ちゃあいいんだよ、勝ちゃあ」

 

 

発進する車。

進んだ先のイベントが表示される。

なんだ? 死ぬ? 死ぬのか? ニコは薄目を開けて、表示された内容を確認する。

 

 

『かまぼこ事業の開発に成功! 一万円を手に入れる』

 

「おお!」

 

「また練り物かよ!」

 

 

頭上から降ってくる大量のかまぼこ。と、同時に増える資産額。

そうだ、勝てばいい。所詮はゲーム、何を怯える必要があるのか。

高見沢はニヤリと笑うと、親指で自分を指し示す。

 

 

「追ってこい、ガキ共!」

 

「ふーん、面白いじゃん」

 

 

芝浦もまたその挑発じみた言葉に笑みを浮かべる。

さっきはちょっと、いきなりの事で怯んだが、よく考えてみれば所詮はゲーム。

いや、されどゲーム。その名がついている限り自分は負けない。

 

 

「そうだ、おれはゲームなら負けた事が無いんだよ!」

 

「――ねえ、淳君ってば!!」

 

「あ?」

 

「酷いよぉ、さっきから呼んでるのにぃ!」

 

「え? ああ、悪い悪い。なんだよ」

 

「あのね、怒らない?」

 

「はぁ? なんだよまどろっこしーな!」

 

「あのね、実はね――」

 

 

あやせはモジモジと体をくねらせる。

なんなんだ。芝浦は怒らないから言ってみろと。

すると、あやせは笑顔になって大きく頷いた。

 

 

「さっきね、ルーレット止めるボタン押したの♪」

 

「………」

 

「そしたら10出しちゃった! えへっ☆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソ女ァアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「う゛え゛ぇえ゛ん゛! 怒らないって言ったのにぃぃぃいいぃぃいッッ!!」

 

 

爆煙と共に吹き飛んでいく芝浦とあやせ。

星になっていく二人を、まどか達はガクガクと震えながら見つめていた。

同時にまどかの頭上に回転しはじめるルーレット。

 

 

「うぇひぃぃ! ど、どうしようマミさん!」

 

「お、落ち着いて鹿目さん! 私は何が出ても覚悟を決めているから! 貴女を責めないから!」

 

 

まどかは頷き、震える指でボタンを押す。

すると出たのは6である。

やったやったと手を繋いで喜び合う二人、ピンクの車は6マス分進み――

 

 

『道路にバネが! スタートに戻る』

 

「「なんなのソレぇええええええええええ!!」」

 

 

バヨヨーン。

ファンシーな音を立てるが、そのマスからスタート地点に戻されると言う雑な扱いだ。

車が地面に激突し、マミとまどかは濁点交じりのうめき声を上げて、もだえ苦しむ。

 

 

「け、結構衝撃あるのね……」

 

「フラフラしゅるよマミしゃん……」

 

 

その様子を見て、再び高見沢はシートにふんぞり返って一同を鼻で笑った。

なんだなんだと。どいつもコイツも歯ごたえが無い。

と、思っていたが――!

 

 

「社長ォ! ナメてもらっちゃ困りますね」

 

「!」

 

 

高見沢が後ろを振り向くと、そこには一マス遅れで張り付いてきた佐野とゆまが。

ニヤリと笑う高見沢。面白いじゃないかと。

ゆまも鼻をフンと鳴らしてガッツポーズを。

 

 

「さーてイベントはなんだ~?」

 

 

モニターに表示されるイベントの内容は――

 

 

『宇宙人にお金を七億円、おまけで一万盗まれる』

 

「桁おかしいだろ! クソゲーかよ!! プラスの時と落差激しすぎるだろちくしょぉおがぁあッッ! だいたいなんだよおまけで一万って! 七億で十分だろうが、まだ毟り取るのかよ!」

 

「佐野ちゃん元気いっぱいだね!」

 

「いやいや笑ってる場合じゃないんだよ! ゆまちゃん! 俺ら借金七億円だからね? だいたい盗まれたのに何で借金しねーといけねーんだよクソッ!!」

 

「ありゃー、ゆまタソ終わったな」

 

 

次にルーレットが出てくるのはニコ達。そこでチラリと前の景色を見る。

どうやら職業が決められる所まで来たらしい。

定期的にある給料マスを通過すれば、職種ごとのお金がもらえるのだ。

 

 

「ハッ、一会社を統べる俺が今更転職か」

 

 

ルーレットボタンを押す高見沢。

すると10の文字が叩き出される。

 

 

「流石は俺」

 

 

笑う高見沢だが、唸るニコ。

 

 

「このゲームは職種が10個だから、ルーレットの10を出したら、その職業に決めなきゃいけない」

 

「じゃあそれにすりゃいい。ギリギリなんだ。一番いい政治家とかだろ」

 

 

マスに止まる車。

書いてあった職業は――

 

 

『ヒヨコのオスメス判別士』

 

「「………」」

 

 

二分後

 

 

「だあああ! クソッ! こいつらなんだってこんなに同じ顔なんだよ!!」

 

 

ピヨピヨピヨピヨピヨ!

 

 

「だりー、まじだりー! もう適当に分けちゃってるわー」

 

 

ピヨピヨピヨピヨピヨ!

 

 

「ふざけんなよ! ちゃんとしねぇとこのイベント終わらねぇんだぞ!!」

 

 

ピヨピヨピヨピヨピヨ!

 

 

「あのー、まだですかー?」

 

 

ピヨピヨピヨピヨピヨ!

 

 

「仕方ないだろ! って言うか何なんだよこの職業はッッ!」

 

 

イライラしたように叫ぶ高見沢。

結局それから五分以上経過した後に、やっと仕事が終了する。

なんだってゲームでこんな疲れないといけないのか。

ぐったりとしているニコの頭の上には、ナメくさった様にヒヨコ様が鎮座なさっている。

 

ここでルーレットが回転し始めるまどか達。

やっと出番がまわってきた。

二人は笑みを浮かべてボタンを押す。

 

 

『6』

 

「「………」」

 

 

バネの音が無音の空間には良く響いた。

誰もが無言だったのは、何と声をかけていいのか分からなかったからだろう。

マネキンの様に無言、無表情の二人を乗せながら、空から振ってくるピンクの車。

スタート地点に戻る際の衝撃から漏れる濁点交じりの唸りが、より一層哀愁を漂わせていた。

 

 

「さ、さあ俺たちの番だな」

 

「がんばって返せよー、七億」

 

「うるっさいなニコちゃん! 俺たちも職業決められそうだから、それで――」

 

 

ルーレットを押すゆま。

職業がどうのこうのと言う話を聞いていたようだ。

ゆまは嬉しそうに目を輝かせている。

 

 

「ゆま、お花屋さんになりたい。佐野ちゃんは何してる人なの?」

 

「う゛ッ!」(無職とは言えない!)

 

 

キラキラと目を輝かせるゆまから目を逸らす佐野。

そして考えた結果――

 

 

「ひ、ヒーローかな」

 

「すっごーい!」

 

「すごいなヒーロー(無職)」

 

「さっさと進めヒーロー(借金七億)」

 

「黙ってろ前の緑ペア!!」

 

 

職業マスにたどり着く佐野たち。

記載されていた職業は――

 

 

『自宅警備員』

 

「なんなんだよそれはぁああああッッ!!」

 

 

職業じゃねーだろソレ! もらえる金額もゼロだし!

佐野は飛来して来るカードを、蹴りで跳ね飛ばす。

 

 

「他に何かもっとマシなものは無いのかよ!」

 

 

佐野が空に叫ぶと、須藤の声が跳ね返ってきた。

 

 

『残りのマスは金魚のオスメス判別士、鮭のオスメス判別士がありますが――』

 

「なんで全部オスメス決める奴しかないんすか! もっと他に普通のポピュラーな奴ないの!?」

 

『な、ないみたいですね。変わった人生ゲームだ』

 

「ぐぐぐっ!」

 

 

どうする? いやどうするっておかしいな。

ここで決めても無職のまま職業マスを出る事になるんだから。

可能性は低くても、金を稼げる物に活路を見出さなければ。

たださえ借金七億あるのに。ッて言うか何でこんなクソゲーまじめにやってんだ俺は――……。

そうしていると、ニコ達の番になる。

 

 

「お! 高みぃ。脱落した奴を復活させられるらしいぞ」

 

「あん?」

 

 

次にニコ達が止まったマスは、他の参加者を復活させられると言うもの。

しかもそのお礼に五万円がもらえるとか。

それは良い事だが、誰を復活させるのかと言う話になる。

 

 

「まあ最初に吹き飛んだ奴でいいだろ」

 

 

ボタンを押すと、スタート地点にキリカと東條が舞い戻ってくる。

これでプラス五万、ちょろいモンだぜ。

高見沢は余裕の笑みを浮かべて、ターンを終了させた。

 

 

「うおおおおお! 相棒ぉお! 戻ってきたぞおぉお!!」

 

「うん、さっきは本当に酷かったよね、ここから頑張ろう!!」

 

 

何にも出来ずに終わった二人は、戻ってこれた事でテンションを取り戻したらしい。

次こそはと意気込みを語り、ルーレットのボタンを強く叩き押す。

出た目は10! なんとも好調な出だしだ!

 

 

「行くぜ相棒! 爆進だぁああッ!!」

 

「あれ? キリカ、10って確か……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドガアアアアアアアアアアアアアアアアン!!

 

 

「ボンバァアアアアアアアアアアアア!!」

 

「うわぁあああああああああああああ!!」

 

「「………」」

 

 

黒焦げで吹き飛んでいく二人を見つめながら、まどか達はつくづく思う。

あの二人、何しに戻ってきたんだろう……?

そんな事を思っていると、次はまどか達の番な訳で。

 

 

「あ、マミさんルーレット出てきたよ!」

 

「か、鹿目さん! これは本当に注意して押しましょう」

 

 

スタート地点で二人は大きく息を吐いてルーレットを凝視する。

目押しできる速さではないが、ここに至るまで何もしてない。

って言うかいる意味が無いって言うか。なんていうか。

とにかく6か10以外を出せば、まだ活路はある。二人は頷くと、同時にボタンをタッチした。

 

 

『6』

 

「嘘ぉ……ちょっと――ッ、えぇ……?」

 

 

バヨヨーン。間抜けなバネの音と共に、まどか達の車が空高く跳んでいった。

逆に恥ずかしい。まどかとマミは顔を覆ってスタート地点に舞い戻る。

見ないで! 彼女たちの叫びを聞いて、ニコ達は無言で目を逸らした。

 

 

「やっぱりそんな大人の優しさなんていらない!」

 

 

マミの悲痛な叫びがフィールドには悲しく木霊していた。

 

 

「くそ、こうなったら他の職業でもいいから、とにかく金を稼ぎたい!」

 

 

次の番。

佐野はルーレットを回すが――

 

 

「だぁぁあ! 職業マス抜けちゃった!」

 

「はい、ニート決定ぇえ、佐野ちゃん乙」

 

「ニートなのかよ! せめてフリーターとかで金もらえないの!?」

 

 

しかも止まったマスが。

 

 

『お酒で気分がよくなった。他の人にお金を配る! 六億円失う』

 

「ふざけんなよ!! なんで借金してんのに金他人に配るんだよ! しかも桁、桁おかしいだろ!!」

 

「佐野ちゃん……、人生って厳しいね――ッ」

 

「おい借金13億しっかりしろよー、ゆまたん涙目じゃねぇか~」

 

「こんなの人生でもなんでも無いって! 俺は絶対に認めないぞぉおおッ!!」

 

 

そうしていると既にルーレットを回していたニコ達は、家が買えるゾーンまでやってきた様だ。

収入や現在の所持金に応じた家が買えるらしい。

 

 

「おうおう、高級マンションだってよ」

 

「まあ当然だな」

 

 

金を扇子の様にしながら笑みを浮かべるベルデペア。

佐野達は歯軋り交じりにそれを見つめている。

そして次のプレイヤーは――

 

 

「鹿目さんもう駄目なのよ! 私達は何を出しても6になる呪いをかけられているのよ! そうよそうに違いないわ……!」

 

「そ、そんな事ないですよマミさん。今度こそ違う数字出ますって!」

 

「嘘よ、ウソウソ! 私達は結局孤独な魔法少女! 皆でボードゲームなんて夢のまた夢だったのよぉぉぉ!」

 

「………」

 

 

スレたなぁ。

ニコは汗を浮かべてマミ達を遠くに見つめる。まあ仕方ないちゃ仕方ない。

しかしまどかの必死な説得により、なんとか落ち着きを取り戻すマミ。

気まずさ的な意味でも、頼むから6以外が出てくれと祈りを。

 

 

「――ッ」

 

 

回るルーレット。

マミとまどかは不安げな表情でボタンに指を乗せる。

 

 

「6が出たら私もう駄目かも……」

 

「信じましょう! マミさん!!」

 

 

ボタンを押す二人。

ギュッと目を瞑る二人、もう戻りたくない!

どんな事でもいいからせめて人生を少しでも歩みたいと。

すると――

 

 

『3』

 

「「!!」」

 

 

マミとまどかは言葉を失い、少し涙を浮かべて手を取り合う。

 

 

「嘘じゃないのね、鹿目さん!」

 

「夢じゃないんですよマミさん!!」

 

「やった! やっと進む事が出来るのね!!」

 

 

動き出す車。すると――

 

 

『飛行機に乗って移動! 30マス進む!』

 

「「!!」」

 

 

パァァっと明るくなる二人の表情。

これには佐野達も、おおと息を呑んで飛行機に変わる車を見ていた。

飛び立つまどか達。二人は笑顔のままに一気に移動していく。

そして到着したマスには『長旅ご苦労様』と言う文字と――

 

 

『世の中そんなにうまくはいかない。財布を忘れた、スタートに戻る』

 

「「………」」

 

 

は?

 

 

「「「………」」」

 

「いいなぁ、飛行機、ゆまも乗りたいなぁ」

 

 

死人の様な表情の二人を乗せて、飛行機はスタートに舞い戻ってく。

要するにただ単にスタートに戻るイベントだったと言う訳だ。

と言うか最初のサイコロ鬼畜過ぎやしないだろうか。

 

 

「……鹿目さん」

 

「はい……」

 

「戻ってきたわね」

 

「はい……」

 

 

マミは顔を抑えてプルプルと震えている。

そして――

 

 

「進めないなら、他の人を倒すしかないじゃない!!」

 

「お、おちついてくださいマミさんッ!」

 

 

マスケット銃を構えてニコ達を狙うマミを、まどかは必死に抑える。

その後も格差と言うべきなのか、運命の悪戯と言うのは続々と続いていった。

佐野たちの番になり、家を買うという事になるが、当然借金を抱える状態で家など買える訳も無く――

 

 

「これ、何?」

 

「金が無い、お前らの家」

 

 

佐野の前には土管が一個置いてあるだけだった。

 

 

「これ家じゃねーだろ! かろうじて雨が避けれる程度の物じゃねーか!」

 

「うるせーな、これだから金の無い奴は困る」

 

「!?」

 

 

高見沢はシャンパン。

ニコはシャンメリーが入ったグラスを持って、やれやれと首を振っていた。

 

 

「どっから出したんだ!」

 

 

吼える佐野を尻目に二人は尚もグイグイと進んでいく。

 

 

「やっぱ人間、金ねーと駄目だな。心まで貧しくなる」

 

「そうだ。施しを与えられるだけの余裕があれば、心も豊かになる」

 

 

やはり人間には生まれもった何かがあるのか。それからも落差は大きく深くなっていく。

高見沢とニコはプラスイベントばかりに止まり、佐野とゆまはマイナスイベントばかりに止まっていく。

例えば前者は――

 

 

『金貨を掘り当てる。五億円プラス』

 

「おっほ! 見ろよたかみぃ視界全部金色だぜ」

 

『株でもうける5000万プラス』

 

「まあ当然だな」

 

『犬が地面を示して吼えた。掘ってみると埋蔵金が! 二億円プラス』

 

 

等々順調も順調に進む訳だが、後者は――

 

 

『金をバラまいてみる。二億失う』

 

「だから金ねーのに、なんでバラ撒けるんだよ!!」

 

『なんとなく6億円で島買ってみる』

 

「うぅぅ、ゆまお人形の方が欲しかったぁ!」

 

『競馬で敗北。5000万失う』

 

「働けよオレッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『6』

 

 

一方、なんだかんだと進む二組を見つめながら、バネの音だけが悲しく木霊していた。

そしてゴール前。実質二組での戦いとなった今、結果は明白な物である。

高見沢達の所持金は25億。そして佐野たちの借金は5京ちょいである。

 

 

「日本の国家予算でも返せないぞ~」

 

「宝くじ一等当てても絶望だな」

 

 

いつの間にか煌びやかなスーツとドレスを身に纏っていたベルデペア。

対して佐野とゆまはボロボロの補修だらけの布切れみたいな服を着ており、何故かゆまに至っては咳き込んで衰弱している様だった。

 

 

「佐野ちゃん……。もう、駄目」

 

「ゆま、諦めんなよ! 諦めたら終わりだぞ!!」

 

「でも、もうゴール目の前だし……」

 

「お、おい! しっかりしろ!!」

 

「結局、人生なんて生まれた時点で勝つ人と負ける人が決まってるんだよね……」

 

「小学生がそんなこと悟っちゃ駄目だって!!」

 

「がんばっても、駄目な人は駄目なんだよね……!」

 

 

涙目になって咳き込むゆま。

前を見るとゴール手前のマスに止まるベルデペアが。

すると彼らの上から金が降ってくる。

 

それを見てゆまは涙目に。

確かに向こうはゴールまであと一マス。

コチラは次のターンでこの状況を覆さないといけないのだ。

できる訳が無い! と言うか、そもそもスタートから一歩も動いて無いマミ達にすら負けるって何なんだコレ!

 

 

「いや、まあでも。確かにそうかもしれないけど。自分が折れたらそれこそ終わりだぞ!」

 

 

本人がその貧しさを自覚した時が本当の終わりだ!

最後まで自分は『望む自分』でなければならない。

それを聞くと、ゆまは複雑な表情で再び体を起こして前を見る。

諦めたくはないが、今更できる事も何も無いではないか。

 

 

「あ……」

 

 

ゆまの前に、横断歩道を杖をついてフラフラと歩いている老人の姿が見えた。

朦朧とする意識の中、ゆまは佐野の言った言葉を思い出して唇を噛む。

望む自分。彼女は頷くと、車から降りて老人を助けに向かった。

 

 

「な、なにしにいくんだ?」

 

「おじいちゃん、困ってる……。ゆま、困ってる人助けなさいって幼稚園で教わったもん」

 

「おー、偉いなゆまたん。でも人を助ける前に金返す努力をしたほうがいいと思うけど」

 

 

人助けは結構だが、自分が助かってないんじゃ仕方ないと。

 

 

「うるさいな! チッ!」

 

 

佐野も頭をかいて車を降りてゆまの方へ。

なんのギミックかは知らないし、所詮ゲームが生み出したNPCなんだろうが、ゆまがそうすると言うのならば仕方ない。

佐野も車を降りてゆまを手伝いに。

 

 

「大丈夫? おじいちゃん」

 

「ああ、ありがとう」

 

 

お礼を言い合い分かれる両者。

ゆまは車に乗ると、少し目に光を取り戻して強く頷く。

そして叩くルーレット、心が折れれば負けは決定してしまう。

しかし逆を言えば、心が折れなければ希望は死んでいないのでは?

 

人に優しく、そんな正しい自分でありたい。たとえそれがゲームの中であったとしてもだ。

マイナスイベントだらけで心が荒んでしまったとしても、たとえ生まれ変わっても返しきれない借金を背負ったとしても、最後まで自分は自分でありたいと願う心。

二人はゴール手前、ニコ達の後ろで停止する。

 

 

「老いぼれジジイなんざ助けて何になる。また借金が増えて終わりだ」

 

 

高見沢は勝利を確信して笑みを浮かべた。

一方でゆま達のマスに書いてあったのは――

 

 

『困っているお年寄りを助けた。するとその人は神様だった!』

 

「「!」」

 

 

二人の前に先ほど助けた老人が現れる。そして――

 

 

『現在一位のプレイヤーと資産を入れ替える』

 

「「はぁあ!?」」

 

 

光が放たれたかと思うと、ニコ達の所持資産を現していたメーターがとんでもない勢いで減っていき、あっと言う間にマイナスに。

一方で逆に佐野たちはあっという間にプラスへと。

 

 

「ざけんなよ! どんなクソゲーだよココまできて! 今までの何だったんだよ!」

 

「うおおおおおおおお! やった、やったぞゆまちゃん!!」

 

「うん! やったね佐野ちゃん!」

 

 

手を取り合う二人を見つめながらニコ達は絶句して汗を浮かべていた。

ニコ達はすぐ目の前がゴールなのだから、今更何をしようができる事は無い。

まして佐野たちが次に1を出したところでプラスイベントなのだから、向こうにマイナスは無い。

と言う事はだ、このゲームは――

 

 

「オレ達の勝ちだーッ!」

 

「わーい! やったぁ!」

 

「……ッ」

 

 

なんでだ。あんな訳の分からないマス一つで形成が逆転された。

金に塗れきった人生の自分たちが、金とは縁の無い奴らに負ける。

こんな事があるのか。ニコはゴクリと喉を鳴らしてゴールを通過する。

 

 

「ゆまちゃん、最後に良い事したからきっと神様が分かってくれたんだよ」

 

「そうね、最後まで何が起こるかわからないのが人生だもの」

 

 

どんな苦痛に塗れていると思っても、意外とその後にはすごく良い事が待っているかもしれない。

今のは極端かもしれないが、これは現実の世界にも言えることだ。

どんな人間であろうとも――

 

いや、様々な人間がいるからこそ、一人一人の人生がある。

何が起こるか分からない。だからこそ面白いのかもしれないと。

良い事をすれば神様が見ていてくれる。

そんなゆまの想いが、呼応したのかもしれない。

 

 

「最後まで何が起こるか分からないから、人生は面白いのよ!」

 

 

そう言って胸を張るマミ。

 

 

「―――」

 

 

ニコはその言葉を聞いて、再び喜び合っているゆま達に目を向けた。

 

 

「何が起こるか分からないのが人生か……」

 

 

成る程。

何か大切な事を教えてもらった気がする。

険しい状況であろうとも、人に優しくできる心があれば、いつかそれが報われるかもしれない。

それが、可能性の力。

 

 

「………」

 

 

笑顔のゆまを見るのも悪くは無いか。

とは言えど、ニコは高見沢にしか聞こえない音量で一言。

 

 

「いや、人生語ろうって言っても、私らもう死んでるじゃん」

 

「………」

 

「しかもマミ達に至ってはスタートから動いてないし。つかこれクソゲー掴まされただけじゃね?」

 

 

引きつった笑みを浮かべているニコの隣で、高見沢は汗を浮かべながらタバコに火をつけていた。

 

 

「お前それ絶対周りに言うなよ」

 

 

集団で生きるには、時に絶対に読まなければならない空気があるもんだ。

高見沢の言葉は、ゆま達の笑い声が響く世界では、ニコの心に良く響いた。

 

 

 

 

 



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Episode 6

本編63話を読んだ後にご覧ください


 

 

 

 

 

 

Episode 6「イメージアップ」

 

 

 

 

『餌を与えないでください。噛みます』

 

「「………」」

 

 

芝浦とあやせは、その文字を見て『現物』に視線を移した。

芝浦はりんごを取り出すと、それをあやせに渡して顎で合図を行う。

 

 

「えぇ? だ、大丈夫かな?」

 

「………」

 

 

無言で頷く芝浦。

あやせは恐る恐るりんごを『彼女』に差し出していく。

すると――

 

 

「ガブゥウウウーッ!!」

 

「きゃぁあああああ!!」

 

 

佐倉杏子は、あやせの手ごとりんごを口に含んで租借する。

すぐに手を引いて杏子から離れるあやせ。

涙目になって芝浦にしがみつく。

 

 

「えぇぇん! やっぱり噛んだよ淳くぅうん!!」

 

「あ、ああ。しかももう一人の方を見てみろ」

 

 

あやせはチラリと芝浦が示した方に視線を向ける。

するとそこには激しい殺気を向けている浅倉威が。

あやせは腰を抜かして、再び涙を浮かべる。

 

 

「怖いよぉぉお淳くぅん!」

 

「ああ、きっとりんごを貰えなかった事で苛立ってるんだろうな」

 

 

恐ろしい話だぜ。

芝浦はゴクリと喉を鳴らして、もう一つりんごを取り出してあやせに差し出す。

一方で首を振るあやせ、「絶対噛むもん」と、頑なに芝浦の無言の命令を拒否していた。

すると向こうからマミが慌てた様子で走ってくる。

 

 

「双樹さん大丈夫!? 駄目じゃない食べ物をあげちゃ」

 

「うぅう、ごめんねマミちゃん。ちょっと気になっちゃって……」

 

 

マミはすぐに芝浦達を王蛇ペアから引き剥がす。

そして腕を組むと、猛獣たちの方へと視線を向ける。

 

 

「二人とも、ちゃんと反省した?」

 

「ガルルルルルルルル!!」

 

「おい、りんごまだかァ?」

 

「………」

 

 

頭を押さえるマミ。

マミの拘束魔法によって、王蛇はペアはココ来てからずっと縛り上げられている。リボンに吊るされミノムシの様になっている杏子と浅倉。

案の定と言うかこの二人は、ココに来てからも戦う気が消えていなかったので、こうしてお仕置き中だったと言う訳だ。

 

この空間では参加者が傷つけあう事はできない。

そして場所のモデルが『マミの家』と言う事だからか、強制力が強く、王蛇ペアといえどマミには逆らえずにこうなった訳である。

 

 

「佐倉さん、すっかり目つきが悪くなって……」

 

「うるせー! さっさとコレを解けー!!」

 

「はぁ、仕方ない子……」

 

 

マミが指を鳴らすとリボンが解け、二人は床に落ちる。

起き上がった杏子は早速槍を出現させマミを狙うが――

 

 

「このっ! こんのっ!!」

 

「………」

 

 

ポカポカとマミに槍がぶつかるが、スポンジで叩かれている様な感覚しかない。

全く効いていないマミを前にして、杏子は複雑そうに汗を浮かべながら立ち尽くす

 

 

「……本当にココでは参加者同士が傷つけあえない様になっているみたいだね:

 

「と言うか、死後の世界で殺し合いっておかしくない?」

 

 

杏子はばつが悪そうに目を逸らす。

 

 

「チッ! そ、そんなの関係ねー! お前もさっさと銃抜けよ!」

 

「そんなの無意味だわ。皆で楽しくやりましょうよ」

 

「知るか知るか! こねぇんならコッチから行くぞ! デカ乳!!」

 

「ティロフィナーレ」

 

 

ドガアアアアアアアアアアアン! そんな轟音と共に辺りは煙で包まれる。

ヒィイと声を上げながら逃げていく芝浦とあやせ。

そんな中で、煙の中からは咳き込む声が。

 

 

「げほっ! がはっ! な、なんつー衝撃だ!」

 

「佐倉さん、私そろそろ怒るわよ」

 

「撃ってから言うなよ! って、なんだコレ!」

 

 

焦げ焦げのアフロになった杏子は、自分の姿を鏡で見ながら髪を直そうと必死だった。

 

 

「なんで毛量が明らかに増えてるんだよ!」

 

 

鼻を鳴らしながらマミは一蹴する。

そんな事はどうでもいいと!

 

 

「おい、俺は関係ないだろ。何してくれてる」

 

「関係あるわ浅倉さん。連帯責任よ連帯責任」

 

 

同じくアフロになった浅倉。

煙を上げながら二人はマミの前に正座させられ、現状を詳しく教えられる事に。

まあとにかくだ。杏子達も色々あるだろうが、ココはもう退場した『お疲れ様組み』が平和に過ごせる場所だ。

それは王蛇ペアも例外ではない。

 

 

「佐倉さんも、また昔みたいに紅茶を飲んでゆっくり過ごしましょう?」

 

「……チッ! くだらねぇ」

 

 

複雑そうに舌を鳴らす杏子。

戦い足りないって言うのが本音ではあるが、確かにこの空間では武器を振るっても意味がないと来た。確かに感じるイライラも少ない。と言うよりも苛立ちは感じない。

なにかこの空間が作り出す雰囲気なのか。

浅倉も気だるそうにはしているが、いつもの様なピリピリとした雰囲気は無かった。

 

 

「ただね。今見てて、やっぱり分かったわ」

 

「?」

 

「佐倉さん、やっぱりちょっと刺々しいのよね」

 

 

王蛇ペアはココにいる多くのペアと戦い、送り込んだ者たちまでいる。

そう言った面々がこれから仲良くやって行くには、今までのイメージを払拭させなければならないと。

触れたら切れるナイフ、そんなイメージが先行しすぎているのだ。

 

 

「そこで、今から緊急会議を開きます!」

 

「「……?」」

 

 

顔を見合わせる杏子と浅倉。

数分後、ここにいるすべてのペアに囲まれてクッションの上に座っていた。

悲しい話ではあるが、これよりも先にココに来るペアがいないとも限らない。

そのペア達が安心して暮らせるように、杏子達のイメージを変えなければならない。

 

 

「イメージアップよ佐倉さん、浅倉さん!」

 

「くっだらねぇ。んなモン必要ねぇよ。なぁ浅倉」

 

「ああ。馬鹿の考えそうな事だ。笑えるぜ」

 

「………」

 

 

ムカッとした表情のマミは、他の一同を見る。

すると王蛇ぺア以外は頷くと、席を立って杏子達から距離をとって行く。

 

 

「な、なんだなんだ?」

 

 

目を丸くしながら周りを見る杏子。

そんな二人の前には、いつの間にか変身したマミが。

 

 

「お、おい……」

 

「ティロ――」

 

「だぁあああ! 分かった分かった! 話だけは聞いてやる!」

 

 

と言う訳で、杏子は折れた。

浅倉も何も言う事は無かったが、とりあえず否定の言葉も口にはしなかったので、本題へ移る事へ。

とりあえず皆には、ペアごとにイメージを上げる作戦を考えてもらってきたから、それを実践してみようと。

 

 

「じゃあ須藤さん、まずは私達の意見をお願いします」

 

「はい、やっぱり佐倉さん達の印象がキツイのは言葉遣いが関係してるんじゃないでしょうか」

 

「言葉遣いだぁ? ナメんなよ蟹野郎。死ね」

 

「アァァ、ふざけた事を言うな。殺すぞ」

 

「そ、そう言う所ですよ!」

 

 

ホラもう怖い!

杏子達は口を開けば、やれ潰すだ、やれ殺すだのと威圧的な言葉を使ってくる。

それではやはり人に良い印象を与えるとは言えないだろう。

当たり前の話ではあるが、綺麗な言葉遣いは人に良い印象を与える筈だ。

と言う訳で杏子達もそれを実践すれば、との考えである。

 

 

「できるでしょ?」

 

「馬鹿にするな! それくらい余裕だっての。行くぜ浅倉」

 

「チッ、仕方ない……」

 

 

二人は頷くと一同が見ている前で大きく息を吸う。

喋り方を変えるくらいどうって事あるか。そう二人は思っていたのだが――

 

 

「「………」」

 

「………」

 

「「………ッ」」

 

「?」

 

「「……ッッッ!!」」

 

「ど、どうしたの二人とも――」

 

「「―――」」

 

 

パタリ。

 

 

「……佐倉さん? 浅倉さん?」

 

 

返事は無い。

 

 

「あの、巴さん……」

 

「っ?」

 

 

須藤は白目をむいて倒れてる二人を見て汗を浮かべていた。

敬語で話そうとした杏子達だったが、呼吸が止まったように沈黙し――、と言うか本当に呼吸が止まった。

 

 

「気絶してますよ」

 

「………」

 

 

なんでよ。

マミは静かに、それも一人でずっこけていた。

 

 

 

 

 

 

二分後。

 

 

「「はッ!」」

 

「気づいたのね二人とも!」

 

 

飛び起きる杏子達。

マミは良かったと安堵の息を漏らす。

それにしても敬語を話そうとするだけで気絶するなんて、そんな馬鹿な。

呆れた様に汗を浮かべているマミ達を見て、杏子は険しい表情を浮かべる。

 

 

「なんだお前らジロジロと! 仕方ないだろ! 今まで敬語なんてほとんど使ったこと無いんだから!」

 

「だからって言葉が詰まって、そのまま喉まで詰まるとは……」

 

「ちょ、ちょっと慣れない事をしようとしたからだよ。なあ浅倉!」

 

「アァア、そもそも敬語って何だ?」

 

「お前マジか!? それはアタシでも分かるぞ!!」

 

 

見てろ。

杏子は舌打ちを一つ。

 

 

(こうなったら意地でもこいつ等にアタシの実力を見せてやる)

 

 

杏子は深呼吸を一度行うと、俯いて、ゆっくりと顔を上げながら一言。

 

 

「ブチ殺しますよ……ッッ!」

 

「「「………」」」

 

 

こ、こえぇええええ!!

たしかに言えたは言えたけど、ちゃんとですます調ではあるけど!!

なんでその言葉選んだんだ! 一同は顔を青くして、杏子達から距離を取る。

 

 

「フン!」

 

「いっで!!」

 

 

マミはマスケット銃を鈍器として杏子の頭に振り下ろす

 

 

「そうじゃないでしょ、そう言う事じゃないでしょ!!」

 

 

マミは呆れ顔で杏子に趣旨を今一度教え込んだ。

皆の印象上げる為なのに、マイナスエネルギー放出してどうするのか?

 

 

「とにかく、殺すとか潰すとか乱暴な言葉は無し!」

 

「そ、そんな……!」

 

「おい、それじゃあ俺達は何を話せばいいんだ?」

 

「嘘おっしゃい! 貴方たちの語彙はそれだけしかないの? 違うでしょう!!」

 

「でも……」

 

「ちょっと! なんでこの世の終わりみたいな表情をするの!」

 

 

マミは怒ったように頬を膨らませて杏子たちを諭す。

しかしマミ達からしてみれば簡単に思われる事も、杏子達には難しい事の様で。

 

 

「綺麗な言葉とか、ジンマシンが出るんだよ!」

 

「アァァ、俺達は俺達のやり方でやらせてもらうぜェ」

 

「もー、仕方ないわねーっ!」

 

 

確かに、いきなり言葉遣いを直せと言われても、結局行動をするのは本人なのだから、強制しても仕方ない。マミとしてもなるべくなら、気兼ね無く伸び伸びと暮らして欲しい所でもあるし。

とは言え、やはりちゃんとして欲しい所はちゃんとして欲しい。

 

と言う事で、次の案を引っ張ってくることに。

前に出たのはニコ達だ。彼女は顎に手を当てながら、杏子と浅倉をジロジロと観察する。

 

 

「ふーむ。やっぱりな」

 

「な、なんだよ……」

 

「やっぱお前らアレだよ。目つきが悪いんだ」

 

 

見るからに人殺してますって目をしてやがる。

ニコの言葉にフムと高見沢も唸る。

 

 

「面接では見た目を重要とする会社も珍しくはねぇな」

 

「そうそう、人間見た目が9割だぞ」

 

 

特に第一印象ってのは何よりも大切だ。むしろそれが全てと言っても良い。

そんな中でこの王蛇ペアの刺し殺す様な目つきは、他人に良いイメージを与える訳が無い。

 

 

「そこで私はあるアイテムをお前たちに授けたいと思う」

 

「アイテムだぁ?」

 

「ああ、これならお前らの意思関係なく目つきの問題が解決される」

 

 

言葉遣いは本人が気張らないと出来なかったが、これならば意思関係なくできるのだと。

 

 

「まあ百聞は一見にだ。とにかく試せ」

 

「お、おい……!」

 

 

 

十秒後。

 

 

 

「「………」」

 

「ぶはははははははは! に、似合ってるよ杏子たん! ふひっ! ふひひひ!」

 

「だははははは! こりゃあいい、これで目つきは解決だな」

 

 

腹を押さえて笑うニコと高見沢の前には、コントで使う様な鼻眼鏡を装着した杏子と浅倉が。

牛乳瓶の底の様なレンズ、作り物の大きな鼻から生える髭。

確かに表情は隠れたが――、十秒後、たんこぶを作って転がっている高見沢とニコの姿が。

 

 

「もう、ふざけないでって言ったのに!」

 

 

鼻を鳴らすマミ。

一方で殺気を解放しつつある杏子達。

 

 

「お前ら……、アタシらで遊んでるだろ」

 

「アァァ、今すぐ全員消してもいいぜェ」

 

「は、鼻眼鏡つけながら言われても……」

 

 

取ればいいのに。

マミは少し引いた様にそう言った。

とは言え、杏子達が怒っているのがひしひしと伝わってくる。

ここらで一つまともな意見が欲しい所だが……?

 

 

「はいはーい♪」

 

「……ゆまちゃんは何か無いかしら?」

 

「ちょっとマミちゃん! どうして無視するの!!」

 

 

あやせから目を逸らすマミ。

だって、どう考えてもまともな意見が飛び出して来るとは思えないっていうか。

そもそも芝浦のイメージが良いとは言えな――、ごほんごほん。

 

 

「いや――ッ、うん、ごめんなさい。何かしら双樹さん」

 

 

まあもしかしたらと言う事もある。

それに確かに無視は良くない。マミは頷くと、あやせに答えを求める事に。

大丈夫かコイツ? そんな芝浦の視線を感じながらも、あやせはウキウキとした表情で自分の考えを口にする。

 

 

「見た目の話で思ったんだけどぉ」

 

 

パッと見た印象で一番最初に飛び込んでくるのは何なんだろう?

それは顔はもちろんだが、何よりも服装ではないかと。

身なりをちゃんとしている人は、当然それだけ良い印象を与えられる筈だ。

 

 

「なるほど、確かにそうだわ」

 

「でしょでしょ♪ だからね、わたしのお洋服をかしてあげる!」

 

 

いつもはルカと好みが一致する服装を選ぶのだが、あやせは自分個人の趣味を全開にした服も多数持っている。

色々なフリルがついた物だったり、リボンがついたものだったりと。

 

 

「とっても可愛いんだよ☆ それを着れば怖いイメージなんて無くなっちゃうから♪」

 

「まあ、それは良い考えね! グッドアイディアよ双樹さん!」

 

「お、おい! アタシは着ねぇからな!!」

 

「レガーレ!」

 

「うぉい!!」

 

 

拘束魔法を発動させて杏子を縛り上げるマミ。

マミとあやせはムフフと笑い合うと、ジリジリと杏子へ詰め寄っていく。

 

 

「みんなはちょっと後ろ向いててね」

 

「すぐに終わるから」

 

「おい! おいって! や、止めろ! やめっ! アアアアアアアアアアアア!」

 

 

杏子の悲痛な叫びがマミの部屋には良く響く。

そして、再び目を開けた一同の前には、フリフリのロリータファッションに身を包む杏子の姿が。

 

 

「かわいい! 素敵だよ杏子ちゃん!」

 

「へぇ、印象かわるもんだなー!」

 

「う、うるせぇ! こっち見んな!!」

 

 

まどかや佐野の声でより恥ずかしくなったのか、杏子は腕で体を隠しながら後ろを向く。

 

 

「照れた所もポイント高いぞ!」

 

 

ニコの声で杏子はどうしていいか分からずに、ただ赤面するだけだった。

 

 

「ん?」

 

 

ふと、杏子の隣に視線を移したニコ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには、同じくゴスロリファッションに身を包んだ浅倉が立っていた。

 

 

「ぶぅううう!!」

 

「何でだ! 何で着せた! 何でアイツまでフリフリなんだ!?」

 

 

青ざめ後ろへ下がっていくニコや佐野。なんだ、なんなんだこの異常な光景は!

 

 

「えー、だって杏子ちゃんだけじゃ可哀想じゃない」

 

「いやいやだからって何で同じ服なんだよ! 女物じゃねぇか! おかげでめっちゃパツンパツンだぞ!」

 

「だってわたし女の子だもん、それしか持ってないもん」

 

「だったら着せなくても――って、浅倉めっちゃコッチ見てる。滅茶苦茶睨まれてる!」

 

「こわッ! ゴスロリの大男とか何の冗談だよ! ってかお前も断れよ!!」

 

 

汗を浮かべて浅倉達から距離をあける一同。

そして杏子も自分が着ている服の可愛さが分かっているのか、汗を浮かべて頭をかきむしる。

どうやら限界が来てしまったらしい。

 

 

「だぁあああ! 無理ッ! もう無理だ無理! 体中がムズムズしやがる!!」

 

「きゃああ! だ、駄目よ佐倉さん皆の前で脱ぎ始めちゃ!」

 

「みんな目をふさいでー!」

 

 

てんやわんやでパニックになる一同。

なんとか落ちついた頃には、もう誰もが呼吸を荒げて疲労しきっている様子だった。

結局この案は失敗と言う事に終わってしまう。

と言うより本人達にその気が無いのが、うまくいかない一番の理由の気がする。

ココを何とかしたい所である。

 

 

「もっと何か簡単な方法があればいいんだけど」

 

「じゃあ恩人、こう言うのはどうかな?」

 

「あら、呉さん」

 

 

東條と相談して決めた事が一つあると。

要は無害ですよと言う印象を与えればいい訳だ。

となれば――

 

 

「語尾なんてどうかな」

 

「語尾?」

 

「そうそう、キャラ付けさぁ」

 

 

かわいい語尾をつけるようになれば皆も安心できると。

 

 

「語尾……、ってなんだ?」

 

「言葉の最後につける言葉みたいな物かしら? 面白そうね、やってみましょう」

 

 

ベタに『にゃん』にしてみるかとキリカ。

 

 

「いいわね、じゃあ言葉の最後に今の言葉をつけてみて」

 

「なんだよそれ……にゃん」

 

「うーん、ちょっと違うのよね」

 

「な、何がだよ……!」

 

「猫語を交えてって感じかしら」

 

 

たとえば――、マミは手を猫の手の様にしてウインクを一つ。

 

 

「こんにゃ感じかにゃん☆」

 

「あははは! 何やってんだよバーカ!」

 

「………」

 

 

爆発が起こった。

再びアフロとなった杏子はススだらけで汗を浮かべる。

 

 

「にゃにするんだよ……!」

 

「ティロフィニャーレよ」

 

「そう言う事じゃなくて……、いや、まあいいや。アタシが悪かった」

 

 

だがとにかくと、杏子は首を振る。

語尾も語尾だ。可愛らしい事をするとザワザワして気持ちが悪い。

とは言え、そこらへんに耐性を持ってもらわなければ困ると言う所でもある。

 

 

「浅倉さんも――」

 

 

ふと沈黙するマミ。

浅倉が猫語……

 

 

『アァァ、ブチ殺すにゃん』

 

「……いえ、やっぱりなんでも無いです」

 

「?」

 

 

駄目だ、考えただけで色々アウトだった。

マミは喉までこみ上げた言葉を飲み込んで次に行く事に。

佐野たちのアイディアもまた見た目に関わる事だ。

ゆまが大切にしているぬいぐるみを持たせてはどうかと。

二人の怖さを、ぬいぐるみのキュートさで中和しようと言うのだが――

 

 

「これ持つだけでいいのか?」

 

「何なんださっきから、まどろっこしいぜ」

 

 

ゆまが持っているクマさんを、それぞれ杏子と浅倉は持つのだが――

 

 

(持ち方……)

 

 

ゆまの様に抱く訳でもなく、浅倉は完全に顔面を鷲掴みにして乱雑に。

杏子は首元を掴んでこれまた雑に持っている。

どうみても獲物を狩り終わった後の光景にしか見えない。

心なしか指が食い込んでいるぬいぐるみの表情が切なげに見える。

 

 

「も、もっと可愛げに抱いてみない?」

 

「冗談、興味ないっての」

 

 

杏子は鼻を鳴らして、クマのぬいぐるみをゆまへと投げ返す。

一方でジッとクマのぬいぐるみを見つめている浅倉。

意外とこう言うのに興味あるのか? ギャップ萌えを狙えるかもしれない!

マミは一筋の希望を見出すが――

 

 

「中々うまそうだ」

 

「………」

 

 

え? 何? 何言ってんの? 怖い、怖い怖い怖い!

永遠に分かり合えない香りをほのかに感じて、マミは再び言葉を喉で飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、中々いい案がないのね……」

 

 

マミの前では、お菓子をバリボリと貪っている杏子と浅倉が。

最後はまどかになる訳だが――

 

 

「わたし、思ったんですけど……」

 

 

まどかは笑顔で口を開く。

 

 

「杏子ちゃん達は、そのままでいいんじゃないかなって!」

 

「え?」

 

 

確かに尖った面はあるが、それも含めて杏子達の魅力ではないかと、まどかは説く。

そりゃあ怖いと思うところも少しはあるが、杏子達は杏子たち。

それを受け入れるのも、まどか達の役割ではないか。

 

 

「皆がありのままで仲良く出来たら、とっても素敵な事じゃないですか!」

 

「そ、そうね……」

 

「お、アンタ良い事言うじゃんか」

 

 

まどかの肩を抱いて笑う杏子を見て、マミもフムと唸る。

確かに一見すれば近寄りがたいのが杏子達だが、ここにはいくらでも時間はある。

ゆっくり仲良くなっていけばいいのか。

 

 

「………」

 

 

まどかは一瞬悲しげな表情でマミを見るが、すぐに杏子に話しかけられて笑みをそちらに向けていた。永遠の時間? いや、それは――

 

 

「まどかの言う通りだよ。マミは固いんだよな」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「無駄にデカい胸くらい柔らかくなれよ」

 

「………」

 

 

杏子はガシっとマミの胸を掴むと二、三回強く揉んで大きくため息を一つ。

 

 

「ハッ、胸に知能が吸い込まれてんじゃねーの?」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どわああああああ!! マミちゃんがキレたぁあああ!」

 

「おい! 浅倉の野郎がぶっ飛んだぞ! 大丈夫かアレ!」

 

「流れ弾がコッチに――ッ! ぎゃあああああああ!!」

 

 

衝撃と轟音が響く中、焦げ焦げでアフロになったまどかは、涙をダバーっと流しながら思う。

杏子達と平和に過ごすのは、まだまだ先になりそうだ。

 

 

 

 

 



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Episode 7

 

 

 

 

Episode 7「ケンカ」

 

 

 

 

「マミさん! 大変大変!」

 

「あら、どうしたの?」

 

 

ベランダで須藤と紅茶を飲んでいたマミの元へ、まどかが血相を変えてやってくる。

なんでも新たにやって来たユウリと杏子がケンカをしているとか。

リュウガが真司の鏡像と言う事で一人の参加者とは認識されず、結果ユウリ一人でココにやってきたのだ。

そして今、そのユウリと杏子がケンカしているらしい。

元々ゲーム内では何度も衝突していた二人だ、それが抜けきれていないのだろうか?

 

 

「やれやれ、困ったわね」

 

 

マミが現場に向かうと、そこにはルカと東條に止められている二人が。

 

 

「ぐぎぎぎぎ! さっさとコレ解除しろぉお!」

 

「駄目だ」

 

「お前もだよ英雄野郎!」

 

「僕はまだ英雄じゃないよ」

 

 

ルカが杏子を凍らせ。タイガがユウリをフリーズベントによって停止させる。

どうやらカードや魔法もココ仕様になっているらしい。

本来、人は止められないフリーズベントでも、ユウリはピッタリと止まっているじゃないか。

 

 

「ああ、マミちゃん、須藤さん」

 

「佐野さん、どうしたの?」

 

「いや、実は――」

 

 

二人がケンカしている訳だが、その理由はと言うと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「巴ェエ! この畜生がアタシ様のプリンを食べたんだよぉお!」

 

「食べてねぇッつってんだろうが! しつこいなお前は!!」

 

「………」

 

 

くっだらねぇ。

マミだけでなく、他の誰もが思ったことだろう。

プリンって、少し前まで本気で殺し合ってた二人が今更プリンって……。

 

 

「新しく用意するから、それでいいじゃない」

 

「いいや良くないね! 問題はこのクソ女がアタシのプリンを食べた事にあるのだ!」

 

「だから食ってねぇって言ってるだろうが! 本当に分からない奴だな!」

 

「この前の芋羊羹の時も同じ事言ってただろうが!!」

 

「あれは嘘だったんだよ! あれは食った。でも今回は食ってねぇ!」

 

「うるさいうるさい! 今更信じられるか!」

 

「んだとぉおお!」

 

「「グルルルルル!!」」

 

 

マミは大きなため息をつく。

まったく、どちらかが大人になれば済む話しなのだが、この二人にとっては中々そうはいかない物だ。

杏子も杏子でユウリにちょっかいを出すし、ユウリもユウリで杏子にちょっかいを。

今回もどちらが悪いとは言えないが、むしろ両方の日ごろの行いが齎した結果と言えば良いのか。

 

 

「巴さんの言う通りだよ。プリンくらいでケンカなんて、英雄ならとてもしない事だし……」

 

「別にアタシ英雄目指してませんからぁ! 関係無い部外者は引っ込んでて下さるゥ?」

 

「むしろプリンくらいってプリンを馬鹿にしてんのか? アァ!? そんなんだからアンタは何時までたっても凡なんだよ! カスザコが!!」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅうぅぅうう!!」

 

「ああ! 泣かないでくれ相棒! 君が無くと私まで涙がナイアガラだよ!!」

 

 

東條は変身を解除して、バルコニーで声を押し殺して泣きじゃくる。

キリカが慰めているが受けた心の傷は大きい。

あの二人、一を言えば十が返ってくる程の凶悪さだ。特にピリついている今は。

 

 

「もう! 東條さんに後で謝りなさいよ二人とも!」

 

「コイツがアタシ様のプリンを食わなきゃ東條にも当たる事は無かったんだけどなーッッ!!」

 

「だぁぁからぁ! 食ってねぇって言ってるだろッ!」

 

「芋羊羹もマスクメロンもティラミスも全部お前だったろうがァァ!」

 

「いや、だからその時は嘘ついて食べたけど、今回はマジで違うっての!」

 

(前は嘘ついて食べたんだ……)

 

 

そこで咳払いが聞える。

見ればルカが二人の間に割り入っていた。

どうやら彼女もこの無限に続くと思われる応酬に呆れが来たらしい。

 

 

「お前ら、食べ物で争うのは浅ましいぞ」

 

「うるさいなド貧乳! プリンより固そうな胸しやがって!」

 

「お姉ちゃんにちょっとは栄養分けてもらうんだなー!」

 

「………」

 

 

ブチッ! そんな音が聞えた気がする。

そして一同の目の前に氷付けになった杏子とユウリが。

 

 

「……フン! これは魔法であえてサイズを変えているのだ。あえてだ。あえてだぞ」

 

「良くやってくれたわ双樹さん」

 

「気にしないでください。後は頼みましたよ巴マミ」

 

 

怒りのマークを浮かべて踵を返すルカ。

マミはカチコチに固まっている二人を見て、もう一度大きなため息を。

とりあえず溶けるまで待つしかないか。

 

 

「恩人、カキ氷つくってもいいかな?」

 

「お腹壊しそうだから止めておきなさい」

 

 

訝しげな表情を浮かべたキリカと東條に挟まれ、マミはどうしたものかと考える。

この氷が溶けた後の景色が容易に想像できた。

どうせまた喧嘩が始まるに決まっている。

 

 

「どうするんだい恩人。もう相棒のライフはゼロだよ。これ以上何か言われたらシクシクエンエンさ」

 

「そうだよ。僕もう、馬鹿にされたくないよぉ……」

 

「そうねぇ」

 

 

困ったように眉を曲げるマミ。

昔使った手が今でも使えるといいのだが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「!」」

 

 

ハッと気づいた杏子とユウリ。

なんだか記憶が抜け落ちているし。何故かビショ濡れだが、とにかく目の前には敵が!

再び燃え上がる闘志。ユウリと杏子は、それぞれを睨んで再び罵倒の言葉をぶつけようとするのだが――!

 

 

「はいはい、二人とも一旦休憩しておやつにしましょう」

 

「「!!」」

 

 

二人の前にはメイプルシロップがたっぷりかかったパンケーキが置いてある。

ゴクリと喉を鳴らす杏子とユウリ。

横目にギロリと双方を見つつも、視線はすぐにパンケーキへと移る。

 

 

「仲直りするんなら食べてもいいわよ」

 

「なっ!」

 

「……っ」

 

 

絶句して沈黙する二人。

しばらくはそのままどうしていいか分からず固まっていたが、やがて汗を浮かべて険しい表情をしていた杏子が大きな舌打ちを。

どうやら葛藤の末に屈辱の選択をやむなく選ぶようだ。

 

 

「ゆ、ユウリ……」

 

「な、なんだよ……」

 

「分かってるだろ……! 目の前にあんなに美味そうなパンケーキがあるんだぞ!」

 

「グッ!」

 

 

どうやらユウリも食には興味がある性格の様だ。

目の前のパンケーキを見てもう一度ゴクリと喉を鳴らす。

そして歯を食いしばり――

 

 

「な、仲直り……、するか」

 

「あ、ああ……!」

 

(子供……)

 

 

形だけの握手をしながらもニヘラと笑いあう二人。

マミは安堵と呆れを混ぜた様な笑みを浮かべて、二人に体を拭くのと、手を洗ってくる様にと促す。

乾いた笑みを浮かべながら洗面所へと移動していく杏子達を見ながら、キリカはほほうと賞賛の声を。

 

 

「ひゃるはないひゃ、ほんひん(やるじゃないか恩人)!」

 

「呉さん、詰め込みすぎ……」

 

 

口の周りを汚しつつ、ハムスターが如く頬をパンっパンに膨らませながらキリカはさらにパンケーキを口の中に入れていた。

あれだけ、いがみ合っていた二人が、ピタリと言い争いを止めて洗面所へと向かっていった。

こっそりと後をつけるマミ。そこにはタオルで体を凄まじい勢いでゴシゴシと拭いている杏子たちがいた。

 

 

「まあ、なんだ……、その、悪かったな」

 

「いや――ッ、いいんだよ。アタシこそゴメン、おとなげ無かったな」

 

 

ココは一つパンケーキもある事だし、水に流そうじゃないかと。

マミはその様子を見ながら微笑んでいた。

杏子は昔から食べ物が絡むと素直になっていたっけ? それが残っていて良かった。

ユウリも同じようなタイプの様だし、これからはこの手さえあれば安心だと。

 

 

「さ、さ! パンケーキちゃんがアタシを待っているぅ!」

 

「あ、おい! 待てよ! クッ!」

 

 

飛び出していくユウリと、ドライヤーで髪を乾かす杏子。

杏子もすぐに体勢を整えると、愛しのパンケーキの所へ一直線へダッシュしていく。

していく、のだが……。

 

 

「アアアアアアアアアアアっっ!!」

 

「!?」

 

 

杏子の悲鳴が聞こえて大急ぎでリビングへ戻るマミ。

何事か? 慌てて駆けつけると、そこには頭を押さえて驚愕の表情を浮かべている杏子が見えた。

 

 

「あ、あり得ない。ありえねぇ……!」

 

「どっ、どうしたの佐倉さん?」

 

 

すると涙目の杏子がマミの肩をガシッと掴んでブンブンと勢い良く動かす。

 

 

「ねぇんだよ! アタシのパンケーキがッ!!」

 

「???」

 

 

いざパンケーキを食さんとする杏子であったが、彼女の前に置かれた皿には既にパンくずしか残っていない状態であった。

 

 

「どこだよ! アタシのパンケーキどこ行ったんだよ!」

 

 

マミを揺する力と勢いを加速させ、杏子は辺りを確認する。

すると、向かいの席には、うまそうにパンケーキを口に運んでいるユウリの姿が!

 

 

「てんめェえええええええッッ!!」

 

「あ?」

 

 

ユウリの襟を掴んで立たせる杏子。

ま、まさかとマミは嫌な予感をビリビリと感じてしまう。

この流れはまずい! すぐに杏子を止めようとするが、時既に遅し、と言った所だろうか?

 

 

「アタシのパンケーキ食ったろ!」

 

「はぁ? 何言っちゃってんのお前」

 

「復讐か? 復讐だろ! せッこい真似しやがって!!」

 

「いやいやいや! ちょっとちょっと!」

 

 

マミは二人を止めに入るが、奇しくも杏子のパンケーキがなくなった理由を知っている者は誰一人いなかった。

近くにいた筈のキリカや東條もテレビの方に視線を移しており、他のメンバーは他の場所で食べていたため、いつの間にか杏子の皿からパンケーキが無くなっていた事になる。

要するに、誰もユウリのアリバイを証明できないのだ。

 

 

「駄目よ佐倉さん、すぐに人を疑っちゃ」

 

「誰かに食われる以外にパンケーキが消えるモンかよ!」

 

「そ、それは確かに……」

 

 

だからってユウリのせいにするのは――

 

 

「かっちーん! ユウリ様ちょっとムカついちゃったなぁ……!」

 

「ア゛ァ?」

 

「先に人のおやつ食べておいて、よくもまあ図々しいと言うかさぁ」

 

「だからプリンは……! いや、上等だ。ケリつけるか?」

 

「あわわわわ!」

 

 

ど、どうしてこうなるのよぉ!

マミは困ったように汗を浮かべて二人を見る。

既に臨戦態勢と言う二人、って言うかココでは戦えないのまだ分かってないんだろうか?

もしかしてバ――

 

 

「ほらぁ! ひゃめまいかふぱいほみょ!」

 

 

訳するなら。

こら! 止めないか二人とも! だろう。

キリカがマミの代わりに二人の間に入って喧嘩を仲裁しようと。

 

 

「おんひんのへひゃでは、ふぁふぁふぁへはいんはほ!」

 

「な、何言ってるか分かんねぇよ!!」

 

「つか汚ねッ! なんか色々飛んできてる!! ばっちぃ!!」

 

 

口に詰め込んだパンケーキをショットガンのように撒き散らしながら説得を試みるキリカ。

だが残念、彼女の声は文字通り届かず。

むしろ二人の苛立ちをヒートアップさせてしまう事に。

 

 

「さてはお前かァ! お前がアタシのパンケーキを食ったのかぁ!!」

 

「えぇえええ!!」

 

 

杏子はキリカの隣で座っていた東條に吼える。

まさかのである。

 

 

「ぼ、僕じゃないよ! どうして僕って思うのさ!」

 

「なんとなくだ馬鹿野郎!!」

 

「うぅぅうう!!」

 

 

理不尽である。

しかしユウリも振り上げた拳の行き先が分からないのか――

 

 

「英雄志望ならアタシのアリバイが証明できる様にコイツのパンケーキ見張っとけよ!」

 

「うええええん!!」

 

 

理不尽その2である。

キリカもすぐに東條を慰めようとするが、何言ってるか分からない上にパンくずがいっぱい飛んでくるから、逆に煽ってる風にしか見えない。

男泣きの東條。必死に慰めるキリカ。もうそんな二人を忘れて言い合ってる杏子達。

カオスすぎる……! マミは頭を押さえて唸り声を。

 

 

「ぜっこーだコノヤロー!」

 

「上等だよバカヤロー!」

 

「「フンッ!!」」

 

 

そうしている内に二人は顔を逸らして別れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人を仲直りさせたい?」

 

「そうなのよ、何かいい案は無いかしら?」

 

 

困ったマミが頼ったのはまどかだった。

彼女ならば何か言い案を出してくれるのではないかと。

まどかもそう言う事ならと目を閉じて唸る。

仲直り、仲直り、仲直り――

 

 

「そうだ! お手紙なんてどうですか?」

 

「手紙?」

 

 

自分の気持ちを口で伝えると言うのは難しい物だ。

しかし文字にしてみれば、意外と思っている事を素直に伝えられる筈であると。

それを聞くと笑顔のマミ、確かにそれならば!

 

 

「と言う訳で、ごめんなさいのお手紙を書きましょう!」

 

「ぜってーヤダ! だいたい何でアタシが謝るんだよ!」

 

 

『世界のうまうま屋台』と言う本を見ていた杏子は、マミに引っ張られて大まかな流れを伝えられる。だが、それでハイそうですねと綺麗に流れないのが、もどかしい所ではないか。

 

 

「貴女も事実、昔はユウリさんのお菓子食べてたんでしょ?」

 

「だからって謝る義理はないね。あーやだやだ、考えただけでも――」

 

 

その時だった。

スッとマミは懐から『ある物』を取り出して杏子の目の前に持っていく。

 

 

「な゛ッ! そ、それは!!」

 

「フフ、良かったわ。好みが変わっていなくて」

 

 

杏子の目の前にチラついているのは、彼女が好きなお菓子が一つ、『うんまい棒コーンポタージュ味』である。

 

 

「しかもプレミアムじゃねぇかッ!! 期間限定商品である筈のソレが何故!?」

 

「ふふふ、私ならこの空間で生み出せるの。逆に私しか生み出せないの」

 

 

意味が分かるかしら? 分かるわよね、あなたは賢いもの。

マミの言葉に、杏子はゴクリと喉を鳴らして汗を浮かべる。

絶句する杏子、マミの奴このアタシを買収するつもりなのか!

お菓子一つで!!

 

 

「な、ナメんなよ……! アタシがお菓子一つで動くと――」

 

「あーあ、プレミアムは普通のより、まろやかなんだけどなぁ」

 

「しょうなの!?」

 

 

思わず噛んでしまうが気にしない。

マミはふふんと悪戯な笑みを浮かべて杏子の前でうんまい棒を右へ、左へ。

つられて顔を左右に動かす杏子。完全に操り人形である。

 

 

「仲直りする?」

 

「ふ、ふざけ――ッ!」

 

「じゃあ、これ私が食べちゃおうかなー?」

 

「ま、待って! 待ってくれマミ!」

 

「なぁに?」

 

 

マミが顔をズイっと杏子に近づける。

すると彼女は苦悶に満ちた表情を浮かべながらも、やがて小声で――

 

 

「それ、食べたい……!」

 

「じゃあ、お手紙書いてくれる?」

 

「か――、かきゅ!」

 

(流石師弟……!)

 

 

まどかは、マミに撫でられながらうんまい棒を美味しそうに齧っている杏子を見ながら流石だと頷いていた。

そして数分後、紙を前にしてペンを持っている杏子が。

 

 

「つってもよぉ、何書けばいいんだ?」

 

「うーん、あの時はごめんとかでいいんじゃないかな?」

 

「チッ、何だってアタシが……」

 

 

ブツブツと言いながらもしっかりと紙にペンを滑らせる杏子。

それを見ながらマミとまどかは嬉しそうに頷いていた。

――と、そこへたまたま通りかかった芝浦淳。

彼は通りかかっただけ。だから杏子が何をしているのか一瞬確認しただけである。

だから、かける言葉はただ一言。

 

 

「ぶっはwwwwきったねぇ字wwwwんんwwww」

 

「「「………」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「巴さん、向こうで芝浦くんが亀甲縛りで吊るされていたんですがアレは……」

 

「気にしないで須藤さん、きっと彼の趣味なのよ」

 

「……でも、あのリボンって巴さんの」

 

「趣味なのよ」

 

「……分かりました」

 

 

汗を浮かべながら逃げる様に離れていく須藤。

一方でまどかは、ふてくされている杏子を必死に説得をしている。

 

 

「はいはい、どうせアタシの字は読めませんよっと」

 

「そんな事ないよぉ! わたし杏子ちゃんの字好きだな! う、ウェヒヒ!」

 

「まどか、大人の嘘は止めてくれよ。アタシはどうせ教養のねぇ女さ」

 

 

床には書きかけの手紙がクシャクシャになって転がっている。

その後も苦戦は強いられたが、まどかとマミの必死な説得によって、何とか杏子のやる気を起こさせる事ができた。

何を書いたのかは知らないが、そこはもう杏子の熱い思いに賭けるしかない。

 

 

「ユウリさん!」

 

「うおぉ!」

 

 

佐野達と一緒に釣りができる玩具で遊んでいたユウリ。

そんな彼女へ、マミは半ば強引に手紙を押し付ける。

 

 

「な、なにコレ?」

 

「佐倉さんがどうしても伝えたいって」

 

「はぁ? そんなモン読む価値ないね」

 

「そんな事言わないで見てあげて。あの娘、ああ見えて素直なところもあるのよ」

 

「………」

 

「どうか、お願い。このままなんて寂しいもの」

 

「仕方ない。そこまで言うなら」

 

 

ユウリは渋々ではあったが、マミから手紙を受け取ると封を切って中身を確認する。

確認――

 

 

「あんんのクソ女ァァア!!」

 

「え゛ッ!?」

 

 

マミは怒りに震えるユウリを見て首を傾げる。

そしてユウリから手紙を奪い取ると、急いで内容に目を通す。

どうしてユウリは謝罪の手紙で怒っているんだ? マミは書いてある文字に素早く目を通した。内容はたった一文、一言。

それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『死ね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラァアア!!」

 

「ぐぽぉおッッ!!」

 

「きゃああ! 杏子ちゃぁああん!!」

 

 

ズシャアアアっとマミの黄金の美脚を受けた杏子は、きりもみ状に床を転がっていく。

 

 

「ぎゃあああああ! 腰がぁああ!!」

 

「そんなに強く蹴ってないわよ」

 

 

それよりとマミは、杏子の口の中に銃を突っ込んで鼻と鼻が触れ合うくらいの距離まで顔を近づける。

 

 

「なんであんなこと書いたの?」

 

「ま、マミさん目がマジだよ」

 

「私はいつだって大マジよ」

 

「モガッ! モガガッ!」

 

「佐倉さん、また私をからかって――」

 

「モガガガガガッッ!!」

 

「マミさんそれじゃあ杏子ちゃん喋れないよ!?」

 

 

フンと鼻を鳴らして、マミは銃を杏子の口から引っこ抜く。

杏子は呼吸を荒げながらヨロヨロと立ち上がり、マミはすぐに詰め寄っていく。

謝罪の手紙だって言うのにどうして殺意100%の文なのか。

それを問うと、杏子はばつが悪そうに頭をかいた。

 

 

「いや、なんて言うか……、謝罪の言葉書いてたらむず痒くなって」

 

「だからってあんなの状況が悪化するだけじゃない!!」

 

 

こうなったらもう直接謝りに行くわよ!

マミのリボンに縛り上げられて、杏子はズルズルと引きづられていく。

 

 

「離せーッ!」

 

「離しません!!」

 

(流石師弟……!)

 

 

そうやってユウリの所までやってきた二人。

再びぶつかり合う視線。ピリピリとした雰囲気が部屋を包み込む。

マミはすぐに肘で杏子をつついた。流石に先ほどの行動は自分に非があると思ったか、杏子は思い切り歯を食いしばった後、頭を下げる。

 

 

「すまんユウリ! アタシがいろいろ悪かった!」

 

「………」

 

 

ユウリは無言で杏子の肩に手を置くと――

 

 

「はぁぁあ? なんてぇええ?」

 

「ぐぐぐぎいぃいッ!!」(こ、ころしゅぅうう)

 

「た、耐えて佐倉さん!!」

 

 

マミの言葉を聞いて、ゆっくりと頷く杏子。

彼女はもう一度ユウリに向かって謝罪の言葉を述べた。

 

 

「悪かったユウリ、その――、いろいろ水に流そうぜ」

 

「杏子――ッ」

 

 

ユウリは一瞬呆気に取られた様な表情をし、そして一度ニッコリと微笑んだ。

 

 

「YA☆DA」

 

「「―――」」

 

 

ズボッ! ユウリは二つの指を杏子の鼻の穴に打ち込んで、完全にナメ腐った表情を浮かべている。

 

 

「許してあげなぁぁああいッ!」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

「フンッ!!」

 

「ぎゃあああああああああああああ! 頭が割れたぁぁあ!!」

 

「ま、マミちゃん……今の技は――ッ!?」

 

「マジカルヘッドバットよ」

 

「え? いやそれってただの頭突――」

 

「マジカルヘッドバット!」

 

「……はい」

 

 

マミは、頭を抑えて転がるユウリを見ながら、大きく鼻を鳴らす。

 

 

「いい加減どちらか大人になりなさいッ!!」

 

「「だってコイツが!!」」

 

「だってじゃありません!!」

 

「「は、はい!!」」

 

 

リボンを強く床に打ち付ける。

杏子とユウリはビクンと跳ね上がって、思わず声を合わせる事に。

マミはそんな二人の手を取ると強制的に握り合わせて『握手』の形を作る。

 

 

「もう仲直り! 佐倉さんは絶対人のお菓子を食べない! ユウリさんは誰かを疑う前に、私か鹿目さんに言って。新しいの出してあげるから」

 

「「でも!」」

 

「………」

 

 

無言のマミだが、同時にユウリと杏子の前に巨大な大砲が出現する。

気づけば魔法少女の衣装に変わっているマミ。

彼女はゆっくりと呟く。

 

 

「もう、仲直りしたわよね?」

 

「え? あ、いや――」

 

「……したわよね?」

 

「「―――」」

 

 

大砲が追加される。

白目に変わる杏子とユウリ。

そんな事は無いとは思うのだが、逆らったら塵に変わりそうな迫力である。

 

 

「「………」」

 

 

結果――

 

 

「いやー! やだなぁマミ! アタシと杏子はいつも仲良しだっての! ねぇ?」

 

「お、おお! そうそう! 喧嘩するほど仲が良いって言うだろ! ははは!」

 

「本当かしら……?」

 

「ほ、本当本当さ! なぁ佐倉杏子!」

 

「そうそう! ははは! なあユウリ」

 

「じゃ、いいわ!」

 

「「………」」

 

 

笑顔に戻るマミと、ホッと安堵の息を漏らす二人。

マミは仲直りの記念にもう一度パンケーキを出してくれると。

 

 

「本当かマミ!」

 

「ゆまも食べたい!」

 

「ええ、もちろん」

 

 

笑顔に変わる杏子。

ユウリも食べれるというのなら拒みはしない。

じゃあと一同はリビングへ向かう。すると同時にロフトから降りてきた浅倉がダルそうに頭を掻いていた。

 

 

「お前ら、少しうるさいぞ。眠れやしない」

 

「ああ、悪かったな。実はよ」

 

 

一連の流れを説明する杏子。

浅倉は欠伸をかみ殺しながら興味なさ気に話を聞いていた。

 

 

「なんだ、そんな事か」

 

「え?」

 

「お前のパンは俺が食ったからな」

 

「……は?」

 

「うまそうな匂いがしてたんでなァ」

 

「「………」」

 

 

顔を見合わせるユウリと杏子。

 

 

「なあ、アタシのプリンももしかして――」

 

「俺が食った」

 

「「………」」

 

 

再び顔を見合わせるユウリと杏子。

 

 

「「ウラアアアアアアアアアアアアア!!」」

 

 

二人のラリアットが同時に浅倉に炸裂したのはその後だった。

息を呑むマミ、合図もせずにアイコンタクトだけで同じ攻撃を同時に当てるなんて――!

 

 

「やっぱりあの二人仲がいいのよ!」

 

 

良かった!

マミはニッコリと笑って二人にパンケーキを差し出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、その前に浅倉の奴、回転しながら飛んでったけどいいの?」

 

 

 

 

 



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Episode 8

 

 

 

 

 

Episode 8「クッキング」

 

 

 

 

マミの家のキッチン。

 

 

「皆さん、おはようございます呉キリカです。さ、相棒」

 

「と、東條悟です」

 

「かずみでーす!」

 

 

いぇーい、黒コンビはピースしながら笑顔である。

対して、訝しげな表情の東條、カメラも無いのにどこか緊張ぎみである。

そして三人に混じって同じくムスーっとしているのは――

 

 

「………」

 

「ほらー、蓮さんも自己紹介、自己紹介!」

 

「なんで俺がこんな事を……。だいたい誰も見てないだろうが」

 

 

明らかに嫌そうな顔をする蓮。

対して、かずみは頬を膨らませていた。

 

 

「どうせやる事ないんだし! ちょっとくらい付き合ってくれてもいいじゃーん!」

 

「いいじゃーん」

 

「チッ!」

 

 

蓮も子供相手には強く言えないのか。

それにかずみのお願いとくれば聞かざるを得ない。

蓮は速攻で折れたのか。何も言う事はなく、次に進める様にジェスチャーを。

 

なんでも東條が英雄になるにはどうしたらいいのかを考えた結果。

キリカ曰く、料理の出来る男は英雄に近づけるとの結論に至った。

故に喫茶店で料理の腕を磨いていた二人がヘルプとしてついた訳だ。

 

 

「はい、では早速メールを見てみましょう」

 

 

キリカはポチポチと人差し指でパソコンを操作する。

メール? 蓮が問うとかずみが説明を行う。

なんでもこのパソコンには、今日作って欲しいレシピをリクエストしてくる人のメールがたくさん来るのだと。

 

 

『P・N 赤いポニーテールの魔法少女さん』

 

 

「……これ、ペンネームの意味なくないか」

 

「はい、読むよー」

 

「………」

 

 

蓮の言葉に、キリカが食い気味で入ってくる。

前述の通り、メールには今日の料理のリクエストが書いてあるのだ。

 

 

『アタシは美味しい物が大好きです。毎日美味しい物が食べたいです。そこで美味しい物をさらにおいしく食べられる美味しい料理があったら美味しいです!』

 

「アホ丸出しの文章だな。最後の方とか自分でも何言ってるのか分かってないだろコイツ」

 

「酷いよ蓮さん! 杏――ッ、じゃなくて! この人だって美味しい物が食べたいんだから!」

 

 

名前が一瞬零れそうになったのは気のせいだろうか?

とにもかくにも、コレで何を作るのかは決まった。

マミの権限で食材なら何でも出せる状態にあるキリカ達は、早速作業に移る事に。

 

 

「よし、じゃあ今日は美味しいものをいっぱい使った美味しい料理を作っていきまッしょう!」

 

「おー!」

 

「これで……! 僕も英雄に近づける!」

 

「………」

 

 

大丈夫か?

蓮は少し心配になってきた。

 

 

「トントントントントン! 今日作りたくなる簡単レシピ! キリズキッチーン!」

 

「な、何だソレ?」

 

「知らないのかい? 最近の流行だよ」

 

 

そう言ってキリカは初めの材料を取り出してまな板に置いた。

 

 

「――ってちょっと待て! 何だソレは!!」

 

「何って、きのこに決まってるだろう?」

 

「す、すっごくカラフルだね!」

 

 

キリカが持ち出したのは七色の光るキノコである。

それはもう見るからにポイズン的な物を感じさせるのだが、そこはそれこの空間だ。毒の入ってる物は存在しないとかなんとか東條が言う。

 

 

「いや――、じゃあこれ何て名前のキノコなんだ?」

 

「……マジカル☆きのこ」

 

「今すぐ入れるの止めろ!」

 

「やだやだ! 入れるぅ!」

 

 

キノコを奪おうとする蓮だが、キリカは激しく抵抗を示す。

すぐに魔法少女へ変身すると、減速魔法を発動して蓮とかずみの動きをスローに変えた。

 

 

「おい! なんの為に俺達を呼んだんだ! アドバイス云々の流れはどうした?」

 

「私は私の道を行く事にしたよ!」

 

「何言ってんのキリカちゃん!?」

 

 

東條も東條で困った様な表情だったが、キリカがそっちの方が英雄っぽいと説くと、速攻でキリカ側に移った。

結果蓮達はただちょっかいを入れるだけの置物と化してしまったのだ。

 

 

「相棒キノコ切って」

 

「うん」

 

 

そう言って東條はデストバイザーを構える。

 

 

「何、してる」

 

「キノコ……、切る」

 

「包丁を使え包丁を! まな板ごと真っ二つにするつもりか!!」

 

「包丁……?」

 

「嘘だろお前!」

 

 

首を傾げる東條。

かずみもコレには驚いている様だ。

 

 

「東條くんお料理しないの?」

 

「うん、ぜんぜんした事ないよ。包丁ってなんだっけ?」

 

 

ああ思い出した。

料理に使うイメージが無いから頭から飛んでいたのだと。

 

 

「人を刺す時に使うヤツだね」

 

「………」

 

 

あれ? こいつヤバくね? かずみと蓮はアイコンタクトを取って汗を浮かべる。

笑みを浮かべてキノコを切り始める東條、深くは追求しないでおこう。

もしかしたら自分たちが料理される可能性が――

 

 

「はい次! マジカル☆お肉!」

 

「おい待て! 何の肉だソレ! 肉なのに青いぞ!!」

 

「たぶん魔……、牛だよ牛」

 

「今魔女って言いかけたよね!? それ本当に使うのキリカちゃん!!」

 

「大丈夫、きっとおいしいぞ!」

 

「その根拠の無い自信はどこから!? って、あぁ!!」

 

 

キリカは青いお肉を、適当に黒い爪で細切れにすると、鍋の中に投入していく。

東條が切り終わったキノコも加わり、キリカは顎に手を当ててフムと唸った。

次は……、そう。野菜だ!

 

 

「マジカル☆ベジタブルぅうう!」

 

「キリカちゃんとりあえずマジカル付ければ何でも良いと思ってない!?」

 

 

そしてキリカが手にしたのは――

 

 

『ピギィイイイイイ!!』

 

「「………」」

 

 

あれ……? れ、蓮さん。お野菜って鳴くっけ?

おい、なんで野菜に顔があるんだ?

二人の視線を受けながらも、キリカはそのお野菜を鍋の中に投入していく。

 

 

「さ、次はマジカル☆スープだ!」

 

「わぁ、綺麗だなぁ」

 

「「!?」」

 

 

キリカが取り出したのは緑色の液体。

キリカはふと動きを止めて、ビンの中に入ったスープの匂いを確認してみる。

 

 

「くッッせぇッッ! い、いや良い匂いだなぁ!」

 

「今臭いって言ったよね、隠す事もできずに言ったよね、矛盾しているよね!!」

 

「もう、カズミールってば、細かい事は気にしない気にしない」

 

「細かくないんだよな! 大きすぎるんだよな!!」

 

 

かずみを無視して鍋にマジカル☆スープを入れるキリカ。

火をかけてグツグツと煮立てる事に。

 

 

「じゃあ次は塩と胡椒を入れます」

 

「申し訳程度に普通の調味料使うのは止めろ」

 

 

当然、蓮の言葉は無視である。何のためのヘルプだったのか。

なべの中から先ほどの野菜の悲鳴が聞こえる気がするのだが、気のせいであってほしい。

 

 

「英雄は何が好きだい?」

 

「僕? うーん、特に何も……」

 

「私は甘いのが好きなんだ。コレ入れようコレ」

 

 

キリカはメイプルシロップを取り出すと、キャップをあけて容器が空になるまで鍋の中に注いでいく。

 

 

「ちょっと待ってくれ、そもそもコレ何作ってるんだ?」

 

 

蓮が問うと、キリカは目を逸らして『おいしい物』としか答えない。

 

 

「結構煮立ったね。じゃあ鯖とバナナを入れよう」

 

「どういう発想でその二つが入る事になったんだ! 喧嘩するってレベルじゃないぞ!!」

 

「わかったよキリカ」

 

「お前も分かるなッ! って言うかせめて内蔵くらい処理しろ――! っておい聞け! なんの為に俺達を呼んだんだお前らは!!」

 

 

鯖とバナナが鍋に投入された所で、どうやら仕上げに入るらしい。

 

 

「フンッ! ぐぐぐっ! ぎがぁああぁッッ!!」

 

「「!?」」

 

 

なんだなんだ! どうしたどうした!?

いきなり汗を浮かべて踏ん張るキリカに、蓮たちは恐怖を覚える。

何で料理作るだけなのに、そんな深刻な表情で苦しそうに踏ん張っているのか。

東條も、がんばれキリカ! などとコールを行いながら拍手をしている。

キリカは変身したまま掌を上に向け、尚も歯を食い縛って力を込める。

すると――

 

 

「――ッしゃぁあ! 出たぁあッ! 出たぞぉお!!」

 

「「!?」」

 

 

キリカの手の上に光る謎の球体が現れた。

いや、本当に謎である。確実に料理する時に見られる光景じゃない。

ッて言うか今この時まで、果たして本当に『料理』という行動は存在していたのだろうか。

 

 

「な、何だそれ――……」

 

「ふしゅぅううッ! マジカル☆ボールッ!」

 

 

キリカは鍋の蓋を開けるとその魔法玉を――

 

 

「最後に隠し味を入れます」

 

 

ポチャン。

 

 

「「―――」」

 

 

何入れてんだコイツ――ッ!

白目の蓮達の前で、キリカ達はやりきった表情を浮かべていた。

すると鍋の蓋の隙間から光が漏れていく!

 

 

「なんか光ってるよ蓮さん!」

 

「ッて言うかあのボールはなんなんだ!」

 

 

混乱する二人の前で、キリカが作ったおいしい物が完成を向かえた。

 

 

「さ、盛り付けだ!」

 

 

火を止め、鍋の蓋を開けるキリカ。

手に持った皿にお玉で鍋の中にある料理をすくい入れる。

そう、そんな彼女の手にあったお玉には、無色透明でキラキラ光るゼリーが。

 

 

「えええええええええええええ!?」

 

 

絶叫するかずみ。

 

 

「なんで、なんであの工程を経てプルプルの綺麗なゼリーが出来上がるの!?」

 

 

お肉入れてたよね?

キノコ入れてたよね? 鯖とバナナ入れてたよね!?

あれどこ行ったの!? どこに消えたの!

大混乱のかずみと満足げなキリカ。蓮は頭を抑えて大きくうなだれる。

料理というのは自分が想像していたよりも世界が広かったようだ。

 

 

「完成シャイニングゼリー! 略してシャンゼリ!」

 

 

早速誰かに食べてもらおう!

二人は嬉しそうにシャンゼリを持って走り出した。

 

 

「おい待て! せめてコレ解除してからにしろ!」

 

「ッて言うかアレ食べて大丈夫なのかな!?」

 

 

減速魔法に抗いながら何とか動き出す蓮とかずみ。

とりあえずあの魔法兵器による被害者が出るのを防がなければ。

しかし既にキリカ達はターゲットを見つけたのか、出来上がったゼリーを一人の男に勧めている所だった。

 

 

「キミでいいや。食べてみてよ」

 

「アァ? 何だコレ?」

 

「シャンゼリさ!」

 

 

浅倉威。

彼はキリカが持ってきたゼリーに興味を示すと。疑いもなくスプーンと器を受け取る。

やめろ! 蓮は叫ぶが、食べ物と言う獲物を前にした浅倉には届いていなかった様だ。

既にスプーンでキラッキラに光るゼリーを一口。

 

 

「あああああああああ!!」

 

 

かずみはやってしまったと言う表情で浅倉を見る。

事実、彼が口にそれを入れた瞬間表情が大きく変わった。

 

 

「どうだいお味の方は。シャンゼリ」

 

「……ぉん?」

 

 

浅倉は訝しげな表情を浮かべると、もう一口ゼリーを口に含む。

そしてしばらく租借するともう一口、さらにもう一口。

あれ? 意外に悪くないのか? 蓮とかずみは呆気にとられた様に浅倉を見ているだけだった。

そうしていると浅倉はゼリーを全て食べ終わる。

 

 

「………」

 

「どうだい? おいしすぎてミラクルな世界に行ったみたいだろ?」

 

「どわわわわわ!!」

 

 

その時だった。

減速魔法の効果が切れて元のスピードに戻るかずみ達の動き。

蓮は立っているだけだったが、かずみは前のめりで動いていた途中だった為に、急に変わる早さについていけずバランスを大きく崩す。

 

 

「うわっぷ!!」

 

 

勢いあまって浅倉の方へと倒れるかずみ。彼の体に顔を埋めてしまう。

 

 

「あ、ごめんなさい!!」

 

 

浅倉の事はかずみも分かっている。

きっと睨まれるに違いない。

かずみはアワアワと体を離すが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アァ、大丈夫かい? お嬢ちゃん」

 

「……え?」

 

 

は?

 

 

「なら良かった。君が無事ならそれでいいんだ。ハハハ」

 

「「………」」

 

「アァァ、なんだか愛と平和を守りたくなってきたァッ!」

 

 

じゃあ、俺はコレで。

浅倉はかずみの肩を軽く叩くと、敬礼に似たポーズを手で軽く。

 

 

「あー、人助けしてェ……!」

 

「………」

 

「世界が平和になってほしィいぇぁッ!」

 

「「………」」

 

 

誰、アレ。

かずみと蓮は嫌な汗を全身に感じて、ゴクリと喉を鳴らした。

やっぱり、変なキノコが原因だったのだろうか……。

 

 

「料理って奥が深いね蓮さん……」

 

「アレが料理なら、俺は一生料理を理解できる気がしないがな」

 

 

あ、浅倉さんが募金箱作ってる。

かずみの言葉に蓮はもう一度大きなため息をついた。

 

 

 

 

 



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Episode 9

あとがきにビルドの事書いてます。
最終回まだ見てない人は気をつけてね


 

 

 

Episode 9「一人の時間」

 

 

 

 

 

俺、北岡秀一はスーパー弁護士である。

生まれた時からエリートだった俺は、当然幼少期から裕福な暮らしの中に身を置いていた。

当然だな。品のある人生は品のある環境にて形成されるもんさ。

自分が華麗なら華麗さが俺に寄ってくるって言えばいいのかね?

まあとにかくそんな俺の朝は当然優雅でエレガントな物な訳よ。

小鳥の声を聞きながらトーストとコーヒー片手にクラシックを――

 

 

「あぁ! おいニコ! アタシのウインナー食うなよ!」

 

「いっぱいあんだろよ~! 足りなきゃマミに言えマミに!」

 

「おーい! シリアル派か誰か牛乳持ってないー?」

 

「あ、わたし持ってるよさやかちゃん! かけてあげるね!」

 

「ルカちゃんさっきからずっと納豆混ぜてない?」

 

「50回混ぜるのが拘りなので」

 

「おい秋山醤油よこせ」

 

「断る」

 

「なんでだよ! 目の前にあるじゃねーか!」

 

「めんどくさい」

 

「うぜー!」

 

 

クラシックを――ッ。

 

 

「おひこ! ほれおいひい!」

 

「き、キリカ! そんなに詰め込まないの! 零れてるじゃない!」

 

「ふぎぎぎぎぎっ! ジャムの蓋がとれない゛ーッ!」

 

「大丈夫? ゆまちゃん、僕があけるよ」

 

「上条君ボクに開けさせてくれないかな? その方が英雄になれそうだし」

 

「巴さん! お湯が空になりました!」

 

「あ! はーい!」

 

 

クラシ――

 

 

「おい! ユウリ! お前ゆで卵食いすぎ! 私も寄越せ!」

 

「ハッ! 欲しけりゃ奪ってみなよ」

 

「世紀末かよお前の頭は! 譲り合え!」

 

「このパンおいひーっ!」

 

「……ッッ!!」

 

 

く、クラシ――ッ!!

 

 

「だあああもう!」

 

 

クラシックも糞もあるか!

 

 

「お前らうるさいよ! 朝くらい静かにさせろ!!」

 

「!」

 

 

北岡はコーヒーカップをダン! と置いて吼える。

この空間に来てから快適に過ごせるのは結構だが、なにぶん人が多すぎる!

同時期に来た上条達も加わり、より一層同じ空間にいる人間の密度が増えるという物。

すると、そんな北岡の肩に触れる手が。

 

 

「北岡くん。気持ちは分かるけど、狭いのはみんな一緒だ。大家族だと思って割り切ろう」

 

 

ニッコリ!

そんな爽やかな浅倉のスマイルとサムズアップが、北岡の視界に広がってくる。

 

 

「うん。でコイツは誰なんだよ!」

 

「ミラクル浅倉だよ。愛と平和の為に戦う戦士なんだ」

 

「全力で気持ち悪いわ! コイツのせいで大体引いてるからね俺!」

 

 

蓮の話では、変な物を食べてこうなったらしいが、北岡からしてみれば死んだと思ったらこの空間に飛ばされ、キレイな浅倉が出て来ると言うカオスな状況である。

他は受け入れられてもコイツだけは無理と、北岡は顔を青くしながら何度も連呼する。

 

 

「北岡くん……、人は変われるんだよ?」

 

「おい止めろその可哀想な者を見る目! だいたいお前の場合は意味が違うから!!」

 

「同じさ! さあ、一緒に募金しよう!」

 

「どこにだよ! おい誰か本当にコイツなんとかしてくれ!」

 

「仕方ないなぁ、じゃあ戻してやるよ」

 

「なにっ?」

 

 

北岡の言葉に頷いたのは杏子だ。

彼女はデザートのポッキーを齧りながら浅倉の背後に移動する。

同時に変身。槍を持って咳払いをひとつ。

 

 

「頭叩けば直るだろ」

 

「昔のテレビかよ! そんなんで直る訳――」

 

「えいっ!」

 

 

ポカ!

 

 

「アァァ……! 会いたかったぜぇ北岡ァ、今度こそ潰す――ッ!」

 

(嘘だろマジかよ。あ、って言うかコッチはコッチでめんどくさいな)

 

 

何か釈然としない物を覚えながらも、北岡は頭を抑えながらその時点では何も言い返せず、黙るしかなかった。

そんな北岡を見ながら顎に手を当てるマミ。

確かに彼の言う事は分からなくはない。

 

悲しい話だが、もうほとんどの参加者がここにいる状態だ。

マミの家では限界もあるか。家族三人で暮らす分にはまったく問題なかったが、さすがにこの大人数ともなると、どこかで必ず顔を合わせることになる。

何かいい手があればいいのだが、それがなかなか思い浮かばない。

申し訳ないが、暫くは我慢してもらうしかないだろう。

 

 

「やれやれ」

 

 

朝食が終わり、昼食まで自由時間となる。

それぞれに散っていく面々。北岡はすっかり冷めたコーヒーを一気に口に含むと、辺りを見回してみる。

既に理解したことではあるが、この家ではテレビは使えない。

と言うのも、ほぼ必ず先客が陣取っているからだ。

 

 

「シャリゼリオンは酢飯の世界の方が現実なのよ!」

 

「違うって! あれは寿司オチに見せた多層解釈型の――」

 

 

今日もニコとマミがディープな特オタ議論に華を咲かせている。

ッて言うか寿司オチって何なんだよ、聞いた事ないよ……。

まあなんだ。北岡も自分よりも幼い女の子を掻き分けてでもテレビを見ようとは思わないし。

 

 

(本でも読むか……)

 

 

とは思えど、問題はやはりどこで読むかだ。

どこに行っても誰かがギャーギャー騒いでいるし。

ったく、これだからガキは困るね。北岡は冷蔵庫から何か飲み物でもと手を伸ばす。

 

 

「アァァ、北岡ァ、決着をつけようぜェェ」

 

「………」

 

 

ガチャン!!

 

 

「………」

 

 

あれ? 疲れてんのかな? 冷蔵庫の中に浅倉がいたような……?

いやいや、そんな事ありえないでしょ。うん、ありえない。

北岡はもう一度飲み物を取ろうと冷蔵庫を開け――

 

 

「アァァ、北お――」

 

 

ガチャンッッ!!

 

いや、いるなコレ。

気のせいじゃないなコレ。あいつどうやって入ったんだ?

いや、それよりも――、ああ! もういいやめんどくさい!

北岡は飲み物を諦めると、マミ達を通り過ぎてソファの方へと向かう。

誰もいないソファ。マミ達の声は普通に聞こえるが、集中すれば気にならないか……。

 

 

「よし、ここにするかな」

 

 

やれやれと、ため息交じりに本を開く。

だが――

 

 

「でさー! そん時にさー!」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

「………」

 

 

横のほうでドカッと座り込むさやかとまどか。

まどかはまだしも、さやかは大声でゲラゲラと笑ったり、マシンガンの様に次から次へと言葉を並べていっている。

 

 

「それからそれから!」

 

「うんうん」

 

「――って事で!」

 

「へぇ!」

 

「なはははははは! マジうけるでしょ!?」

 

「うん、面白いね」

 

「でねー?」

 

「フンッ!」

 

「うごぉおッ!」

 

 

立ち上がり本を振り下ろす北岡。

それはさやかの頭にクリーンヒットすると大きく怯ませる事に。

目玉がちょっと飛び出したさやかは、すぐに涙目になって北岡へ詰め寄る。

 

 

「何すんのさセンセー!」

 

「うるっさいよお前は! 俺、本読んでるだろうが!」

 

「いいじゃん! あたし等に気にせず読んでればー!」

 

「集中できないんだよ!」

 

「だからって叩くなわがまんぼー!」

 

 

ワーワー言い合う二人を、まどかは困ったようにオロオロと見つめている。

 

 

「ごめんなさい北岡さん。うるさくしたなら他の所行きますから!」

 

「う……ッ!」

 

 

北岡も、まどかを前にすれば罪悪感がチクチクと刺激されると言う物。

まどかの様なタイプは得意じゃない。本来北岡は女性には甘い性格だ、まどかの様なものを見ると自分が情けなく見えてくる。

 

 

「あぁ、いや。まあ分かればいい。とりあえず今は俺が他の場所に行くから……」

 

 

北岡は本を持って踵を返――

 

 

「北岡ァ、勝負といこうぜェ」

 

「………」

 

 

あれ?

なんかさっきまで自分が座っていた場所に変な奴がいるんだけど。

なんか蛇柄の服着てる男がそこにいるんだけど。

ッて言うかさっきまで冷蔵庫の中に入っていたのに、よく間に合ったな。

 

 

「ほっ」

 

 

ダキューン!

 

 

北岡は間髪入れずマグナバイザーを取り出して、浅倉のヘッドをスナイプする。

思わず前のめりになるさやか。

 

 

「いいの!? 呼吸をする様にスムーズな流れで人の頭撃っけど!?」

 

「いいよ別に。俺達もう死んでるし、コレ以上死なないでしょ」

 

「そ、そう言う物なのかなぁ……?」

 

 

北岡は白目をむいて倒れている浅倉を通り過ぎると、次の場所を目指す事に。

やはり人が集中するリビングは無理か。

考えてみれば最も人が集まる場所で一人になりたいと思う自分もアホだったかもしれない。

となると、そう、ロフトだ。あそこならば――

 

 

「お、いいねぇ」

 

 

誰もいないじゃないの。

北岡は早速近くの壁にもたれかかって読書を――

 

 

「ぐおぉおぉおおおお」

 

「………」

 

「んごぉおぉおおおお! ふぎっ!」

 

「……ッ」

 

「ふがっ! んっ! ぬぅおおぉぉお」

 

「ッッッ!」

 

 

うるせぇ! 北岡はイライラした様な表情で音の出所を探る。

するとマミが寝ているベッドに原因があると分かった。

近くに寄ってみると、そこには気持ちよさそうにいびきをかいていらしゃる杏子さんが。

一方で北岡のイライラメーターがどんどん上がっていく。

うるせぇ奴だ、裁きの時は来たぞ。

 

 

「……よし」

 

 

北岡はマジックペンで杏子の顔に太眉と髭、あとはおでこに『肉』の文字を書くと、少し清々しい表情で踵を返した。

早く次の場所を探さなければ。一人になれる場所を求め――

 

 

「アァァ」

 

「………」

 

 

気のせいか。俺の耳がおかしくなったのか。

北岡は眉間を押さえると、ゆっくりと首を振る。

なんか、ベットから変な声がした様な――?

北岡が振り返ると、相変わらず気持ちよさそうにいびきをかいている杏子が見えた。

 

 

「………」

 

 

待て、待て、待て。何かおかしいぞ、北岡は杏子の足に注目する。

そう、足だ。ベッドの上の方に頭を置いている杏子の足が、ベッドからはみ出している。

言っておくがベッドは当然杏子よりも遥かに大きい。

なのに掛け布団から足が出ているとはこれいかに。

 

 

「………」

 

 

まさか、まさかな。

北岡は再び足を杏子の方へ戻すと、ゆっくりと彼女が被っていた布団をはがして見――

 

 

「アァァ、北岡ァ、ここで会ったが――」

 

 

パタム。

 

 

「………」

 

 

え? 何? あいつテレポート使えたっけ?

北岡は先ほどのソファを覗いてみるが、そこに浅倉の姿は無かった。

一方で押さえ込んだ布団の下からは、あの呻き声が。

いや幻想、これ夢だ。北岡は何度か頷くと別の部屋を目指す事に。

 

 

「廊下は……、流石になぁ」

 

 

マミの家は部屋があと二つある。あとは廊下にトイレと風呂か。

 

 

「トイレねぇ」

 

 

意外と良いかもしれない。

と言うのも、自分達は死んでる様なのでトイレに行きたいとは思わないのだ。

死んでない筈のまどかとニコも仕組みは同じらしく、要するにトイレは不要の体になった。

と言う事はだ。誰も使わない空間と言う事ではないか。

たまにゆまがかくれんぼに使用しているくらいで、一人の時間を作るには最適か?

 

 

「………」

 

 

ドアノブに手をかけたところで、いったん停止する。

まさかに中に既に浅倉が控えてるとかそんなオチは無いよな?

え、俺今フラグ立てた? いやいや、まさかそんな。

いくらなんでも俺より早くロフトからココまでこれる訳が無い。

 

 

「………」

 

 

ノックはしてみる。

返事は無い。北岡はゆっくりと扉を開け――

 

 

「えいゆうえいゆうえいゆうえいゆうえいゆうえいゆう」

 

「………」

 

 

北岡は、ソッと扉を閉じた。

なんか、浅倉よりヤバい奴がいたような。

ためしにもう一回ゆっくりと扉を開けてみる。

するとそこには壁一面に筆で『英雄』と書かれた半紙が張り巡らされており、蓋をした便器の上には東條が体育座りで何度も英雄と連呼している。

 

あ、ヤバイわコレ。疑うまでも無くヤバイわコレ。

北岡は速攻で記憶を消すと、二度とトイレには近づかない事を決めた。

 

 

「ん?」

 

 

ふと、隣にある場所が目に留まる。それはお風呂場だ。

もちろん今の自分達はお風呂に入らなくても問題ないのだが、そこはそれ女性陣は気にするのか、定期的に誰かしらは入浴に使っている。

しかしそれはほぼ夜中。今の時間帯は誰も使っていないはず。

一応声をかけてみるが反応は無い、つまり誰もいない!

 

 

(風呂場で読書って間抜けっぽいが、背に腹は代えられないか)

 

 

北岡は風呂場に入ると床の感触を確かめる。

濡れていないし、綺麗に掃除してある。

なんだ意外と快適じゃないか、北岡は適当に座ると本のページを開い――

 

 

「ブアァアァアアア!!」

 

「………」

 

 

蓋をしていた浴槽から水飛沫と共に姿を見せたのは――

 

 

「北岡ァァ! 待ってたぜェ!」

 

「ここで!? ここでお前が来るのかよ!! って言うかよく俺が来る事が分かったな!!」

 

 

そう言いながらも北岡は浅倉をおいて、ダッシュで退出していく。

後ろから『待て』だの『何だ』のと聞こえて来るが、北岡は無視して次に進む。

駄目だ駄目だ。こうなるともういよいよ場所が無くなってくる。

 

残る部屋は二つなのだが、静かに過ごせる気がしない。

一つはマミの部屋で、もう一つがマミの両親の部屋なのだが、現在マミの部屋が女部屋になっており、両親の部屋が男部屋になっていた。

さすがに女部屋に行くのは抵抗があるので、実質残っているのは男部屋だけなのだが――

 

 

「………」

 

 

ソッと部屋を覗いている北岡。

そこには――

 

 

「あはっ! 淳くんつよーい!」

 

「違う違うコイツが弱すぎるだけ」

 

「な、なにをぉお!」

 

 

ゲームで言い合っている佐野と芝浦が。そうだな、まあそうだよな。

毎回こんな感じだから、でしょうねと言う感想しか浮かんでこない。

同じ部屋にいる高見沢は気にする事なくタバコをふかして雑誌を読んでいるが、俺はあんなのとは違って繊細でデリケートな男だからと、北岡は失礼な事を思いながら割り切っていく。

あとなんか……、高見沢の近くに蛇柄の服をきた男がコチラを睨んでいた様な気もしたけど――

 

 

「ま、気のせいだな」

 

 

北岡は扉をしっかり閉めて踵を返す。

するとちょうど部屋に入ろうとしていた上条とぶつかる事に。

 

 

「あぁ、悪い悪い」

 

「いえ……、どうしたんですか?」

 

 

上条は部屋に入らない北岡を不思議に思ったのだろう。

北岡も別に隠す必要は無いので、一連の流れを説明する事に。

とにかく一人になりたい&集中したいのだが、中々うまくいかないと。

 

 

「じゃあ音楽を聞いてみるのはどうです?」

 

「あぁ! なるほど」

 

 

上条が言うのは、携帯音楽プレイヤーを使ってみてはどうかと言う事。

これならば雑音の中でも自分がかけた音楽しか聞こえない筈では?

北岡はなるほどと唸った。確かにそれならば静かではないが、集中はできるか。

早速マミに音楽プレイヤーを用意してもらうと、北岡はソファに座って音楽を聞きながら本を読むことに。

 

 

「あれ? センセー戻ってきたの」

 

「ああ。いいよ、君らは話してて」

 

 

北岡はクラシックの曲が入った物をマミに注文し、早速イヤホンを付けて読書を開始する。

それなりに高級な物で、周囲の雑音を消してくれる機能までついていると来た。

なるほどコレならば集中しやすい。一曲目のクラシックも中々優雅で、自分に合っているじゃないか。

 

 

(いいねぇ、これで落ち着ける)

 

 

さやか達が前で話しているが、声はほとんど聞こえない。

これはいいものだ。そうしている内に一曲目が終わり、二曲目がスタートする。

曲名はどうやらメッセージと言う物らしい、聞いた事は無いし、クラシックのタイトルにしては非常に珍し――

 

 

『アァァ、北岡ァ、俺と勝負しろォ……!』

 

「―――」

 

 

嘘だろ、冗談だろ。

北岡はイヤホンからダイレクトに伝わってくる浅倉の声に、ただただ固まるしかなかった。

そして背後を振り向くと、デッキを構えている浅倉の姿が。

 

 

「どうやったんだよ! ッて言うかココじゃ戦えないって言ってるだろ!」

 

「関係あるか。これが俺の全てだ」

 

「アホかお前は! いや、待て……!」

 

 

ハッとする。

 

 

「……仕方ない。ま、そこまで言うなら、俺も無視する訳にはいかないか」

 

「やっと殺る気になったか、待ちくたびれたぜェ」

 

「ちょっと待ってろ、今用意する」

 

「アァ?」

 

 

そして五分後。

 

 

「……なんだコレは」

 

「見りゃ分かるでしょ。ピコハンとヘルメットだよ」

 

 

北岡と浅倉の間には、二つのピコピコハンマーと二つのヘルメットが。

 

 

「おい、ナメてるのか?」

 

「まあ聞けよ。このハンマーで殴られると一日気絶するんだ」

 

 

ニコに作ってもらったらしい。

ここじゃ殺し合いはできない。となれば気絶が一番死んでる状態に近いだろう。

それにこれは立派な勝負だ。勝ち負けが決まるんだから、それでいいだろうとまくし立てる。

 

 

「ルールは――」

 

 

叩いて被ってジャンケンポンである。

ジャンケンで勝った方がハンマーを構え、負けたほうはヘルメットで一撃を防ぐ。

浅倉は理解すると、渋々納得したようだ。どんな事でも北岡を潰せるのは気分が良くなると。

 

 

「じゃあやるか」

 

「ぶッ潰してやるよ」

 

「あ、ちょっと待て浅倉。アレなんだ?」

 

「アァ?」

 

 

北岡は浅倉の横を指差す。

 

 

「ほら、アレだよアレ」

 

「なんだって――」

 

 

ポコッ!

 

 

「―――」

 

「浅倉君、世の中を勝ち残るのは賢い者だよ」

 

「うわぁぁ、最低だよこの人……!」

 

「賢いの間違いだろ?」

 

 

一部始終を見ていたさやかは、汗を浮かべて目を細める。

ゲーム開始前に何のことはなく不意打ちしやがったコイツ……!

北岡は気絶した浅倉を適当に床へ転がすと、ソファに寝転んで再び本を開いた。

結局音楽プレイヤーは浅倉のうめき声がリピートされるようになったので、もう使えない。

 

どうした物か?

北岡は大きなため息をついて目を閉じた。

今もマミ達が熱中している声が聞こえてくるし――

 

 

「ちょいちょい」

 

「ん?」

 

 

目を開けると、腰に手を当てているさやかが見えた。

北岡が立ち上がると、彼女は親指で、ある場所を指し示す。

 

 

「あそこ使っていいって」

 

「あそこ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、ぜんぜん音が聞こえないな」

 

「でしょ? そう言うつくりになってるんだって」

 

 

耳を澄ましても、今は北岡とさやかの声しか聞こえない。

ここはバルコニー、ベランダだ。椅子が二つ置いてあり、締め切った窓の向こう側、つまり室内の音声はまったく聞こえてこない。

 

 

「感謝してよねー、あたしが皆に頼んで独占させてもらったんだから」

 

「そうなのか? いつの間に……」

 

「いやぁ、センセーが浅倉さんとギャーギャー言い合ってる時に」

 

「……ああ、なるほど」

 

 

椅子に座る北岡。

これだよコレコレ、北岡がそう言うと、さやかはフフンと自慢げに笑っていた。

 

 

「どうよぉ! さやかちゃんってば、頼りになるでしょ?」

 

「ああ、たまには役に立つ」

 

「たまには!? いつもの間違いでは!? いつもの!!」

 

「はいはい、うるさいからアッチ行っててくれ」

 

「ひでー!」

 

「冗談だよ、ハハハ。感謝してるって」

 

「嘘だー! 絶対に都合の良い女だと思ってるー!」

 

「そんな事思うか!」

 

 

などと、二人の楽しそうな声が室内に少しだけ漏れてきた。

 

 

「………」

 

 

それを聞きながら上条は少しだけ唇を吊り上げると、踵を返して二人から離れようと。

あまり長くいると、立ち聞きしているのがバレてしまうから。

 

 

「上条くん、本当に良かったの?」

 

「鹿目さん……」

 

 

そんな彼に話しかけたのはまどかだ。その顔は寂しげである。

と言うのも上条は、この空間の支配者と言えるまどかとマミに、一つの願いを申し出た。

それは、美樹さやかから自分に抱いている好意を消してくれと言うもの。

そして上条がオーディンだと言う事を隠していた事『そのものの』流れを変更してくれと言う事であった。

上条がオーディンである事を誰も疑わないし、不思議に思わない。

 

 

「さやかちゃんは上条君の事――!」

 

「いいんだ、僕には……、資格が無い」

 

 

いや、きっと恐れているのかもしれない。

だから、知らないままで、終わったままでいい。

 

 

「さやかには、キミや巴先輩がいる」

 

 

そして北岡と言うパートナーが。

 

 

「いまさら僕一人の記憶が消えたところで、問題は無い」

 

「でも……!」

 

 

まどかとしては、さやかの恋心を無かったことにはしたくなかった。

しかし上条に懇願され、仕方なく――と言う事だ。

これでいいのだろうか? まどかとマミには引っかかる物があった。

 

 

「じゃあね。僕はあっちで雑誌でも読んでるよ」

 

「あ……」

 

 

ココは誰しもが幸福である空間であってほしい。

だからマミは上条の願いを無視できなかった。

今が上条にとって幸福だというのならば、まどか達はそれを否定できない。

たとえそれが本当の幸福ではないと分かっていても、上条の望みを否定できなかったのだ。

 

上条は今――、本当に幸せなのだろうか?

ふとした時に、いつも考えてしまう。

 

 

(いや――)

 

 

それはココにいる全員に言える事か。

まどかは複雑そうに表情を歪めながらも、上条に背を向けて歩き出した。

 

 

 

 

 














ビルド終わりましたね。
個人的にはかなり冒険した作品だと思います。

まあまずやっぱりエボルトをずっと引っ張っていくと言うのは新鮮でしたね。
幽遊白書の戸愚呂のような物と言えばいいんでしょうか。
強大な敵にどうやって立ち向かっていくのかを描いた構成は今までに無い刺激がありましたね。

あとは僕はネットの評価とかも見ているんですけど、今回はなかなか賛否両論だったというのか。
ガバガバという言葉が目立ちましたが、ここも思うところがあって。

まあ確かに同じような話が多かったり、説明が無い部分とかもあったと思うのですが、そこは見ている側に投げていたような気もしていて。

これはエグゼイドでも感じたんですけど、やっぱりSNSが今の時代ですから。
あえて説明せずに、「お前らが考えてくれ!」みたいな物があると思うんですよ。
考察や、妄想を公式に昇華させていく。エグゼイドやビルドのツイッターだと、ネットで盛り上がったワードを使ったりしているので、ある意味視聴者と一緒に作っていくみたいな新しいやり方も少しは感じましたね。
あえてブン投げる。それが良くも悪くも出ていたのでは無いでしょうか。


今ちょっと鎧武を見直しているんですけど、紘汰がインベスから人を守るシーンがあって、その後にインベスが逃げるんですけど、紘汰は追わずに戒斗と一緒にブラーボと戦うんですよね。
これ見てる人の中には、「いやいや、ドリアンはバロンに任せてお前はインベスを追えよ」って言う文句があるかもしれないんですけど、ちゃんとその後に紘汰が「インベス忘れてた!」みたいなシーンを挟むんですよ。
とりあえずこれで紘汰の性格みたいなものは分かるじゃないですか。

多分、今、ビルドやエグゼイドは、この「忘れてた!」をあえて書かないと思っているんですよね。
これで見る人によっては、そのまま受け取る人と、「忘れてた!」を妄想する人が出てきて、そういった考えをSNSで補完していく。
そういう形が来ているような気がしたんですよね。

例えば、ブリザードナックル使う回で、ライダー達がなぜか効果を知っている感じで連携したみたいな流れがあったんですけど、人によっては「説明してないのに何で知ってんだ?」だとか、「事前に打ち合わせしてた」とか、「ジーニアスの数式には、作戦を伝える能力がある」みたいな色んな意見があって、ちょっとしたシーンの一つにも捉え方の違いが出てくるのは非情に面白いと思います。


ただ個人的に気になったところは、ちょっとライダーの『遊び』が少なかったかなと。
ビルドは見た目かなりカッコいいですけど、まあ正直フォーゼとか、オーズの既視感みたいなものはありましたし。

クローズがドラゴンで、グリスがロボとカラスですか。あとはローグがワニ。
ってなっても、まあそこまで違いは無かったのかなと。
まあ特にクローズチャージとグリスは、ほぼほぼ能力的にそこまでギミックがあった訳じゃないですからね。ツインブレイカーも共通してますし。
ボトルの能力がなければ、かなり似てるって言うのが、ちょっと残念だったかなって思います。

ジーニアスも設定的にはコズミック系なんでしょうが、映画とかでちょっとやっただけで、そこまで能力を発揮してませんからね。
あと武器もそこまでギミックがあった訳ではないですし。
フルボトルバスターとかガンガンセイバーに似てるって言われてますけど、あっちはいろいろモードチェンジできるのに比べてフルボトルバスターはちょっと傾けて銃になるだけですから。

フルボトルも基本的にはフリフリシャカシャカするだけなので、玩具的な面白さがちょっと低かったかなと思います。
でもスチームガンはかなり面白かったですね。
剣と合体してライフルになったり、変身アイテムだったり。



とにかくいろろ書きましたけど、僕にとってビルドは、かなりの意欲作だなって思いました。
ガバガバだとか言われてるのは、まあ仕方ないかなとは思います。
僕も「あれこういう感じのヤツ前も見たな」みたいな感じはありました。

ただソレ込みでも、平成二期9作目にして、とんでもないものを放り込んできたなと言う感想でしたね。
まあやっぱりオーズからウィザードまでは守りに入ってたと思うので、鎧武だとか、エグゼイドみたいな「ぶち込んでやるぜ」感は好きですよ(´・ω・)b


キャラクターはげんとくんが一番好きでした。
ライダーはビルドのホークガトリングが一番かっこいいと思います。
あとタンクタンクも好きですね。


で、次はジオウですか。
歴代ライダー登場のお祭り作品なので、かなり楽しみにしておきます(´・ω・)

しかし白倉P……?
おかしいな、彼は韓国でゼビウスによって葬られたはず……。




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Episode 10

すいません、正直に言いますと、当時この話は適当に作りました。
本当に何も考えてません。

ただあえて、当時の罪を残したいと思います。


この時、ポケモンにハマッていたので。
ポケモン知らないと意味不明だと思います(´;ω;`)


 

 

 

Episode 10「鏡像」

 

 

 

 

 

ミラーモンスター、略してミラモン。

図鑑には載っていない不思議な生き物だ。

彼らはカードの力で呼び出され、同時にカードによってコントロールされる。

 

 

「よっしゃー! ミラモンゲットだぜー!」

 

 

彼女の名前は千歳ゆま。

ミラモンを扱う者の頂点、つまりミラモンマスターを目指して戦うミラモントレーナーの少女である。

これは、そんな彼女と仲間のミラモン達がミラモンチャンピオンに挑む為の物語である。

 

 

「おいお前! ミラモントレーナーだな!」

 

「!!」

 

 

ゆまは目の前から歩いてきたニコと言う少女と視線がぶつかってしまう。

ミラモントレーナーにとってはそれが戦いの合図。

二人は無言で頷くとカードを構えて一定の距離まで離れあう。

 

 

「フッ!」

 

 

ニコがバールを振るうと辺りが荒野に変わり、戦いの準備が完了する。

もはや言葉は不要、思いはミラモンバトルにてぶつけ合えばいい。

二人はカードを構えると、同時に口を開いて想いを解き放った。

 

 

「「デュエル!!」」

 

 

先に動いたのはニコ。

彼女はカードを構え真横に走り出す。

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

「!」

 

「出でよ! ブルーアイ――……じゃなかった」

 

 

これ違うやつだ。

ニコは持っていたカードをポケットにしまうと、別のカードを空に放り投げる。

 

 

「バイオグリーザ、君に決めた!!」

 

 

カードがはじけ光と共に現れたのはカメレオンの姿をしたミラモン、バイオグリーザである。

先に出してくるとはよほど自信があるのか。

ならば多少有利な奴をぶつけてやる! ゆまもカードを選んで空に放り投げた。

 

 

「行け! ボル!!」

 

 

カニのミラモン、ボルキャンサーが現れ両手を大きく広げて威嚇のポーズをとった。

ノーマルタイプのバイオグリーザは格闘タイプの技に弱いはず、インファイトを当てる事ができれば!

 

 

「×××!!」

 

「あぁ! ボル!!」

 

 

しかし何故か有利な筈のボルキャンサーが吹っ飛んできて目を回していた。

戸惑うゆまと、笑い声を上げるニコ。まだまだミラモンの修行が足りないと言い放った。

なぜニコが先にミラモンを出して余裕を見せたのか。

それは罠。トラップである。

 

 

「確かにインファイトの選択は悪くない。しかし何か忘れていないか? なあ、ゆまたん」

 

「っ! ま、まさか!」

 

「そう、バイオグリーザの特性は『変幻自在』!」

 

 

直前に出した技のタイプに変わるというトリッキーな特性だ。

これによってノーマルタイプのバイオグリーザでもいろいろなタイプに変わる事が可能なのである。

ニコは既にゴーストタイプの技である『影撃ち』を使用していた。これによりバイオグリーザのタイプはゴーストとなり、格闘攻撃を無効化していたと言う訳だ。

 

 

「ミラモンの特性、そして技を完璧に把握しておかなければチャンピオンにはなれないぞ!!」

 

「むむむっ! ギガゼール!」

 

 

ゆまはボルキャンサーをカードに戻すと、新たなモンスターを召還する。

フムと顎を押さえるニコ。ギガゼールは素早さに特化したミラモン。

バイオグリーザは耐久値は低い。確実に向こうの方が早いだろうし、ラッシュを受けきれないか。

であれば少しでもダメージを!

 

 

「やれ、不意打ちだ!」

 

 

透明になるバイオグリーザ。

槍を構えて突進してきたギガゼールを跳躍で飛び越えると、舌を伸ばして背中を叩く

よろけるギガゼールにもう一発舌が打ち込まれた。

いける! ニコはニヤリと笑みを浮かべるが――

 

 

「耐えて!」

 

「ッ!」

 

 

踏みとどまるギガゼール。

そしてダメージを受けたところに手を伸ばして、舌を掴み取って見せた。

ギガゼールはそれをすぐに手繰り寄せると、持っていた槍を思い切り突き入れる。

 

 

「メガホーン!」

 

「ッ! しまった!」

 

 

強力な一突きがバイオグリーザを吹き飛ばして気絶させる。

タイプが変わるという事はその度に弱点も変わるという事だ。不意打ちは悪タイプなので、虫タイプの攻撃はよく通る。そこをうまくついてくるとは……。

なるほど、なかなかミラモンマスターの素質がありそうだ。

それにしても先程のタイプ一致不意打ちを耐えるとは。

 

 

(まさか防御特化? 乱数か?)

 

 

ディープな考えである。常人には至れぬ境地である。

ニコは次のカードを投げて戦いを続行させた。

 

 

「後は任せたぞ、アーボッ……じゃなくて、ベノスネーカー!」

 

「ジャアアアアアアアアアアア!!」

 

 

大きな咆哮と共に出現するベノスネーカー。

その迫力にゆまとギガゼールは大きくひるんでしまう。

威嚇、ギガゼールの武器を持つ手が震えて攻撃力が下がってしまった。

けれどスピード特化ならば!

 

 

「おしきっちゃえ!」

 

「甘い甘い! とぐろを巻けベノスネーカー!」

 

「!」

 

 

突き出した槍がベノスネーカーの肉体に突き刺さった瞬間、粉砕される。

 

 

「そんな!」

 

「フッ、戦いは何も、ただ武器を振るって攻撃すればいいってもんじゃない」

 

 

とぐろを巻く事でステータスを上げ、相手の次のモンスターをも粉砕する事を見据えている。

防御が上がったベノスネーカーにとって、攻撃力の下がったギガゼールのの攻撃など恐れるに足らず。

 

 

「さらに――! 攻撃と命中も上がってるんだよなぁ」

 

 

ニコは手でギガゼールを示すと、余裕の命令を。

 

 

「ダストシュート!!」

 

「ジャアアアアアアアアアア!!」

 

 

溶解液の塊が発射されて、ギガゼールを直撃。吹き飛ばす。

気絶し戦闘不能になるギガゼール。

アワアワと慌てるゆまを見て、相変わらず余裕の笑みを浮かべているニコ。

 

 

「いいぞ~」

 

「うっ!」

 

 

次のカードを構えるゆま。

しかしあのベノスネーカーに勝てるのか? 不安が襲う。

するとニコはフフンと鼻を鳴らして一つのアドバイスを。

 

 

「ミラモンを信頼し、心を通わせる事が大切なんだぞ」

 

「ッ!」

 

 

そうか、そうだな。

自分が諦めていては勝負には勝てない。

ゆまは目に光を宿してカードを投げる!

 

 

「行け! デストワイルダー!」

 

「グオオオオオオオ!!」

 

 

白虎型モンスターデストワイルダーが咆哮と共にゆまの前に出現する。

 

 

「だが無駄だ!」

 

 

ニコは吼える。

攻撃力が上がったベノスネーカーの一撃を耐えられる奴など、いる訳が無い。

 

 

「吹き飛べ! ダストシュート!!」

 

「虎さん!!」

 

 

ゆまの声がかき消される程の衝撃が。

ベノスネーカーの攻撃が直撃したデストワイルダー。

はい、勝った、ニコはニヤリと己の勝利を確信するのだが――

 

 

「っ?」

 

 

煙の中から現れたのは、紛れも無くそこに立っているデストワイルダーであった。

 

 

「ば、馬鹿な!!」

 

 

表情を歪ませるニコ。

なぜ、なぜ耐えられる? 確かにデストワイルダーはそこそこ耐久があるが、だからか?

いや待て、ニコはデストワイルダーの体にある物が装備されているのを発見した。

 

 

「気合の襷か!!」

 

 

説明しよう。

気合の襷とは、どんなに強い攻撃でもHPが満タンならば耐えられると言う便利なアイテムなのである。

 

 

「そうだよ! そして!」

 

「ッ!」

 

 

気づくニコ。

さ、寒い! そして前を見ると、そこには完全に凍り付いているベノスネーカーの姿が。

 

 

「まさか! 絶対零度!?」

 

 

説明しよう!

絶対零度とはどんなに相手が強くても一撃で倒れてしまう強い技なのだ!

だが待てとニコ。絶対零度は命中率が低いはず、それをココで放つギャンブル精神。

それがあの小さな体の中に内包されていると言うのか

 

 

「この幼女ッ、只者じゃねぇ!」

 

 

ニコは敵ながらあっぱれだと言う笑みを浮かべて、ゆまを睨む。

 

 

「ただコッチも、このままやられて終わる訳にはいかない」

 

「!」

 

 

ゆまの前で立っていたデストワイルダーが倒れて目を回している。

なんで! ゆまが近寄って確かめると、毒状態になっていた。

なるほど、あの一撃にて毒を受けてしまったのか。

襷で耐えても、その後の毒ダメージでダウンしたと言う事なのだろう。

 

 

「「………」」

 

 

ニヤリと笑いあう両者。

たまらねぇぜ、これだからミラモンバトルは止められねぇ。

劣勢のゆまも、優勢のニコも、ビリビリと伝わる相手の思いを感じてカードを空へと放り投げる。

 

 

「さあ決めようか! マグナギガ!」

 

「ダークウイング!!」

 

 

出現する両者のモンスター。

しかし思わずニコは噴出してしまう。

 

 

「んんwwwボークウイングですかなwww」

 

「!?」

 

 

思わず口調が変わるヤコ。ではなくニコ。

勝った! ニコは勝利を確信する。

そもそもダークウイングはミラモンの中でトップクラスに素早いが、逆を言えば火力は控えめだ。

一方のコチラのミラモンであるマグナギガは素早は低いが、高い耐久力からの一撃がある。

ニコにはマグナギガとは別にもう一体ミラモンがいる。

あそこからゆまが勝つなど不可能!

 

 

「我が頂きましたぞこのバトルwww」

 

「――ッ!」

 

 

だが――!

 

 

「ダークウイング!」

 

 

ゆまの目は死んでいない!

 

 

「超音波!!」

 

「ッ!!」

 

 

見た目は完全に機械のマグナギガだが、彼も『モンスター』である事には変わりない。

ダークウイングが発生させる超音波によって思考が『混乱状態』となり、正常な思考が保てなくなる。ニコは必死にモンスターに命令を行うが、マグナギガは何がなんだか分からず――

 

 

「んんwwwありえないwww」

 

 

マグナギガはミサイルを放つのだが、そのミサイルのターゲットを自分に設定してしまった。

結果、訳も分からず自分を攻撃してしまう。凄まじい火力故に、一発で気絶してしまうマグナギガ。

ニコは頭を掻き毟って地団太を踏んでいた。

 

 

「運命力がぁァア!! くっそぉぉお!!」

 

 

素に戻ったニコ。

余裕が無くなったと言えばいいか。

最悪負けも見えてきた。どうやら戦いは五分五分と言う訳か。

だが仮にもゲーマーとして、こんな初心者の幼女に負けるわけにはいかない。

血走った目で相手を睨むと、カードを投げてモンスターを召喚する。

 

 

「粉砕しろメタルゲラス!」

 

「グォオオオオ!!」

 

 

ニコの最後のモンスターはメタルゲラス。

同じく高い耐久から高威力の一撃が繰り出されると言う訳だ。

一撃でも当てればニコの勝ち。ニコはメタルゲラスに『突進』を命令して、歯を食い縛る。

 

 

(超音波は状態異常を回復させる木の実を持たせているから大丈夫)

 

 

一方どう考えても、ダークウイングにメタルゲラスを一撃で倒せる手立ては無い。

 

 

「いけるか――ッ!」

 

「………」

 

 

ゆまは、腕をかざす。

 

 

「ッ! な、なんだあの構え――ッ!」

 

 

ハッと表情を変えるニコ。ま、まさか!!

 

 

「進化を超えろ!」

 

「メガ進化か!!」

 

 

光り輝くダークウイング。

光が弾けたかと思うと、そこにいたのはダークウイングの強化形態であるダークレイダーだった。

 

 

「まずい!」

 

 

ニコはすぐにメタルゲラスに停止する様命令を下すが、なにぶんスピードがかなり出ているので、急に止まるのも難しく――

 

 

「エアロブラスト!!」

 

「め、メタルゲラスー!!」

 

 

嵐にもみくちゃにされて倒れるメタルゲラス。

完全に目を回して気絶しており、戦闘不能と言うのが明らかだった。

つまりこの勝負――

 

 

「ゆまは! ミラモンマスターになるんだからねっ!!」

 

「ぐっ! ま、負けた……!!」

 

 

すべてのモンスターをカードに戻して近づく二人。

ニコは少し悔しげではあったが、ゆまとガッチリ握手を交わすと、再び笑顔に戻る。

ミラモン勝負は心と心のぶつかり合いだ。

それを通せば友情が芽生えるというのは不思議ではない。

 

 

「お前ならばミラモンチャンピオンを倒せるかもしれない」

 

「うん。ゆま、ミラモンマスターになるもん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「面白いですね」

 

「「!」」

 

 

声が聞こえてその方を振り返る二人。

するとそこには圧倒的な覇気を纏った女の人が立っていた。

 

 

「あ、あれは! ミラモンチャンピオンの美国織莉子!!」

 

「あ、あれが!!」

 

 

たった一匹のミラモンで頂点に君臨しているという女帝!

ゆまとニコはそのあまりのオーラに抱き合ってアワアワと震えていた。

一方で織莉子はサイドテールを揺らしながらゆまの前へとやってくる。

 

 

「ミラモン界の頂点に立とうとするその心意気や良し!」

 

 

ならばそれに応えてやるのが、頂点に君臨する者の勤めだろうと。

 

 

「あなたにミラモンバトルを申し込みます!」

 

「ッ!」

 

 

一瞬怯んだ様に表情を曇らせるゆまだが、すぐにキッと真剣な眼差しになると強く頷いた。

 

 

「勝算はあるのか?」

 

 

問い掛けるニコ。

ゆまは再び強く頷いた。先ほどは見せなかったが、もしかしたら『切り札』を使う時がくるのかもしれない。

 

 

「切り札?」

 

「うん、強いミラモンがいるの」

 

「………」

 

 

ゴクリと喉を鳴らすニコ。

一方で構える織莉子。

 

 

「さあ、行きますよ」

 

「うん、お願いします!」

 

 

カードを構える両者。

ニコが見守る中、ミラモントレーナーの頂点を決める戦いが始まった!

 

 

「行け! ボルちゃん!」

 

 

出現したボルキャンサーは間髪入れずダッシュで織莉子の所へ走る。

出現時に距離をつめる事で先制攻撃を行おうと言うのだ。

しかし――!

 

 

「あぁ! ボル!!」

 

 

飛んでくるボルキャンサー。見ればすっかり目を回して気絶している。

なんだ? ゆまが顔を上げると、そこには凄まじい光と覇気に満ち満ちたミラモンが空に浮遊していた。

 

 

「あれは! で、伝説のミラモン! ゴルトフェニックス!!」

 

 

金色の光に包まれているのは不死鳥のミラモン、ゴルトフェニックス。

ゆまは圧倒的な力の奔流に喉を鳴らす。あれがチャンピオンの風格、しかし怯んではいけない!

すぐにギガゼールを召喚すると、ゴルトフェニックスに向かわせる事に。

 

 

「無駄です! 聖なる炎!」

 

「あぁ! ギガゼール!!」

 

 

光と炎が入り混じった嵐がギガゼールを包み込んでいく。

ギガゼールはあっと言う間に排出され、気絶してしまった。

ゆまは圧倒的な実力を感じて唇を噛む。

幼いゆまでも分かる。このままデストワイルダーとダークウイングを差し向けてもゴルトフェニックスには勝てない。

 

メガ進化のエネルギーは使い終わってしまったし、そもそも僅かな時間で感じる力の差。

チャンピオンが一匹のミラモンで成り立つ訳。それが身にしみて感じられると言うものだ。

ならばやはり、こちらも使うしかないのか、切り札を。

 

 

「ッ!」(目が変わった)

 

 

織莉子もまた、明らかにゆまの表情が変わった事に気づいた。

何か仕掛けてくるのか? 一応注意しつつ、けれどもゴルトフェニックスを超えるモンスターなどと言う想いも抱えていた。

 

 

「お願い、ゆまに希望を齎して!」

 

「!!」

 

 

カードを投げるゆま。

何が来る? ニコと織莉子はそれを見――

 

 

「行けッ、浅倉威!!」

 

「アァァ! イラつくぜェ!!」

 

「「―――」」

 

 

走り出す浅倉。

ずっこける織莉子。

 

 

「え? ミラモン? あれミラモンなの!? ッて言うかミラモンって何でしたっけ? モンスター、モンスターですよね!? あれ人間じゃないの?」

 

「なんだコレはァ! 焼き鳥か? イライラするぜェ、食い物ごときが俺に逆らうなんてよォオッ!!」

 

 

あれ? 普通に圧してる……?

あれ? 何、何で人間がミラモンと戦えてるの?

あれ? あれミラモン? マジのミラモン?

 

 

「ギィイイイ!!」

 

「アァ、つまらん……!」

 

 

あれ? 勝ってる。ゴルトフェニックス逃げて行っちゃった……。

あれ? あれれ? 何コレ。

 

 

「チャンピオンのモンスターが逃げ出したぞ!」

 

「え? じゃあ!」

 

「ああ、お前の勝ちだゆまたん!!」

 

「ま、負けた……!」

 

 

こうして、新たなるミラモンチャンピオンが誕生した。

彼女の名は千歳ゆま。ミラモンの世界を担う新たなホープとして――

 

 

「ウラァアア!!」

 

「「「!!」」」

 

 

その時だ。

三人の中に飛び込んでくる浅倉。ガルルルと唸り、三人を睨みつける。

どうやらレベルが高すぎて、ゆまの言う事をまったく聞いていないらしい。

浅倉はまだまだ戦い足りない様子。

ならばその矛先が次に向うのは――

 

 

「どうした? 俺はまだまだ戦い足りないぜェ?」

 

「こ、コッチくるぞ!」

 

「くっ! 次の獲物は私達と言う事ですか!」

 

「――ッ! 止めて浅倉威!!」

 

「アァァ、断る!!」

 

 

やっぱり言う事を聞いてくれない。

ゆまは唇を噛んでニコと織莉子に謝罪を行う。

自分が扱えないミラモンが自分達に牙を向けている。

これじゃあミラモンマスター失格だ。

 

 

「そんな事はありませんよ」

 

「え?」

 

 

そんなゆまの肩に、織莉子がやさしく触れた。

 

 

「大切なのはミラモンマスターになりたいと願うその心なんですから」(そもそもアレはミラモンじゃないけど)

 

「織莉子おねえちゃん……!」

 

 

頷きあう二人。

しかし浅倉は尚も獣の様な声を上げて近づいてくる。

どうしたものか? ゆまと織莉子が汗を浮かべて後ろへ後退していくと、反対にニコが前に出た。

 

 

「っ? 神那さん?」

 

「ココは私に任せろ」

 

「ですが……!」

 

 

ゴルトフェニックスをもねじ伏せた相手だ。

ニコ一人がどうにかできるとは思えないのだが……。

それを聞くと、ニコは自信ありげにフフンと笑って見せた。

構えているのはカード。いまさらニコのミラモンで相手を止めようと?

 

 

「いや、使うのはミラモンじゃない」

 

「え? では一体……」

 

「ドロー!」

 

 

ニコは引いたカードの柄を見てニヤリと笑う。

 

 

「揃っちまったな。勝利の(ピース)ッ!」

 

「ッ?」

 

 

ニコの手には五枚のカードがあった。

よく見るとそれは人の手足の様に見える。

そして中央には人の顔が。

 

 

「か、神那さん。それは……! まさか!」

 

「ああ、封印されしエク○ディアだ」

 

 

これが五枚そろった時、どうなるのか?

それは浅倉が身を以って知る事になるだろう。

 

 

「あの、それミラモン関係な――」

 

「覚えとけ。私の名はデュエリスト神那ニコ!」

 

 

ニコの真上に出現するのは巨大なモンスター。その手が光輝き――

 

 

「消えろ! 怒りの業火エクゾードフレイムゥウウッッ!!」

 

「ぐわあああああああああああああああ!!」

 

 

吹き飛ぶ浅倉。

こうして、ミラモンの世界の平和は守られたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、楽しかった! またやろうね!」

 

「おお、そだな。織莉子も付き合ってくれてサンクス」

 

「いえ、いいんですよ。どうせ暇ですし」

 

「ゆまたんはミラモンの中で何が一番好きだ?」

 

「うーん……、でもゆま、ミラーモンスターより正直ピカチュウの方が好きだな」

 

「やめろ! 可哀想だろ!」

 

 

わいのわいのと笑いながらリビングから離れていく三人。

ニコの再生成の魔法は本当に便利な物だ。

こんなに簡単に遊びの空間が作れるんだからと。

そしてそれを遠めに見ていたマミ。

 

 

「なんなの今回、本当になんなの!!」

 

 

ねえ何なの! ミラモンって何! あと最後のもう全く違うヤツ! あれ何!?

今回いろいろな意味で大丈夫なのかな!? マミは叫ぶが、その声は三人にはもう届かない。

マミの前では浅倉が白目をむいて気絶していた。

 

 

 

 



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Episode 11

残りのお茶会更新。

今から編集するんで、日付変わった当たりか……、まあ明日にはエピローグ更新できると思います


 

 

 

Episode 11「かっこいい人」

 

 

 

 

「騎士の中で一番かっこいい奴って誰なんだろうな?」

 

 

食事中、美穂のそんな言葉が聞こえてきた。

一瞬だけ箸を持つ手が止まる面々。しかし誰もがすぐに食事を続けていく。

それから1分ほど、北岡がお茶を飲みながら小さく呟いた。

 

 

「そりゃ、俺でしょ。考えるまでもなく」

 

 

誰も何も言わなかった。

否定も肯定もしなかった。くだらない質問だと思ったのか、それともぐうの音も出なかったのか。いずれにせよ騎士は何も言わず、カチャカチャと食器を動かす音だけが聞こえてきた。

 

 

「こんなお芋みたいな奴らの中にいると、俺がより輝くんだよね」

 

 

やめときゃいいのに。

北岡は追い討ちをかける。だからピキッ! と、騎士たちにスイッチが入ったようだ。

 

 

「ちょっとちょっと! やめてよね、淳くんが一番カッコいいんだから!!」

 

 

パンを飲み込んだあやせが北岡を睨んだ。

 

 

「んー、ほったらコレ決めるしかあらへんなぁ」※ニコです。

 

 

悪ノリした者が数名いた事。

と言うわけで――

 

 

「はい、と言う訳でやってきましたミスターフールズゲーム」

 

 

誰が一番総合的なイケメンなのか。

そろそろ決着付けてもいいでしょうと!

司会と運行はニコと、パートナーがいないユウリとまどか。加えてファムペアだ。

他の魔法少女は騎士のアピールポイントを告げて、最終的には魔法少女達が一番の騎士を決め様と言うことになった。

 

 

「と言う訳で早速行ってみましょう! まずは須藤雅史!!」

 

「ど、どうも。なんだか照れますね」

 

「パートナーのマミさん! 彼のポイントはどこでしょうね!?」

 

「それはやっぱり刑事って言う職業だと思うわ」

 

 

今日日、刑事ドラマは大人気のジャンルだ。

多くの人物が憧れて夢を見る職業ではないか。

それが須藤なのであるとマミは唱える。

 

 

「須藤さんは本当に正義感も強いし、真面目な方だったわ!」

 

「あはは、ありがとうございま――……」

 

 

ん? 『だった』わ?

 

 

「皆さん、どうか裏切り蟹野郎に投票してやってください!」

 

「巴さん!?」

 

 

どうやらまだ根に持っていたようだ。

ニコは顎に手を当てて須藤をジーッと見つめてみる。

 

 

「なるほど。確かに言われてみれば、卑怯もらっきょも好きそうな顔してるわ」

 

「どんな顔ですか! ちょ、やめっ! 止めてくださいそんな目で見るのは!」

 

「ったく、人を裏切るなんてサイテーだな」

 

 

ユウリは腕を組んで鼻を鳴らす。

いや、お前だけには言われたくねぇよ。

そんな空気の中で須藤を押しのける者が。

 

 

「駄目だね。やっぱり女性には優しくしなくちゃ」

 

 

そう言って髪をかき上げたのは北岡だ。

はフフンと鼻を鳴らして、自慢げな表情を浮かべていた。

 

 

「やっぱ、俺みたいに最後は魔法少女を助ける騎士じゃないとねぇ」

 

「いやーっ! お世話になりました! よっ! 流石はスーパー弁護士!!」

 

 

隣にいたさやかは軽いノリで彼を褒めまくる。それがアピールと言う事だ。

 

 

「まずセンセーはやっぱりイケメン!」

 

「当然!」

 

「身長が高い! スタイル抜群!」

 

「当然ッ!」

 

「俺以外は馬鹿って言える程かっしこい!」

 

「当然ッッ!」

 

「なんと言っても孤高! 友達ゼロは伊達じゃないよ!」

 

「当ッ然!!」

 

「好きな物は贅沢な物ならなんでも良いって言う懐の深さ! よっ! 日本一ぃ!」

 

「当然当然!!」

 

「好きな言葉は苦労せずに多くの利益を得ることを意味する"濡れ手で粟"!」

 

「当然当然当然!」

 

「なにより性格が悪い! あっぱれぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「途中から明らかに悪口だよな! ん? おい! 最後に至ってはモロ悪口だよな!!」

 

「ぐるじぃぃ!」

 

 

さやかの襟を掴んで締め上げる北岡。

わざとだったのか、それとも単純にさやかが馬鹿だったのか。

ユウリとニコは汗を浮かべてアイコンタクトを。

 

 

「確認だがアンタら趣旨理解してんのかな? 騎士褒める為の魔法少女なのに、今のところ二組ともディスって終わっているぞ」

 

「つ、次! 杏子ちゃん!!」

 

「浅倉の良いところ? んー、そうだなぁ」

 

 

杏子は顎に手をあてて斜め上を睨んでいる。

 

 

「アタシはよく分かんないけど、サキが見てた雑誌に書いてあったな。女は肉食系男子ってのがいいんだろ? コイツとかまさにそうじゃん」

 

「――いやッ、確かにそうだけど、コイツの場合、物理的すぎて実感わかねーよ」

 

 

ニコとユウリは、今も何かをバリバリ食ってる浅倉を見て汗を浮かべた。

確かに浅倉ならばヤバイ奴に絡まれても守ってくれそうだが、そもそもアイツ本人がヤバイ奴じゃねーかと。

 

 

「きょ、杏子ちゃん的にはさ、浅倉の良い所って何なのかな?」

 

「ん? アタシ? そうだなぁ……」

 

 

良いところ、良い所……。

 

 

「焼いたトカゲくれる所かな?」

 

「論外ーッ! それ喜ぶのお前だけだっての!!」

 

 

ニコは思わず机を殴りつける。

やはり浅倉のパートナーが務まるのは杏子だけらしい。

と、ココで前に出るのは手塚とほむらだ。ほむらは早速手塚のアピールポイントを一言で。

 

 

「やはり彼の特徴は占いよ」

 

 

手塚とほむらは瞬時、目を合わせて頷きあう。

すると手塚は水晶玉を持ってまどかの前へ。

 

 

「試しに占ってやろう」

 

「本当ですか! じゃあ健康とか――」

 

「恋愛だな。分かった」

 

「え? いや健康――」

 

「恋愛にしよう」

 

「は、はい……」

 

 

押しが弱いまどか。

手塚は水晶玉をしばらく見つめると、急に表情を変えてバッと立ち上がる。

 

 

「こ、これは!!」

 

「な、なんですか!」

 

「み、見える! 見えるぞ! お前の運命の相手が!!」

 

「えぇ! ほ、本当ですかぁ!?」

 

「ああ、しかも相手は女だな」

 

「えぇええぇ! お、女の子ぉ!?」

 

「愛に性別は関係ないさ。最初は戸惑うかもしれないが、双方の愛があればなんとかなるだろ」

 

「た、確かに! わたし頑張ります!」

 

「名前もうっすら見えてきたぞ! しかもこの部屋の中にいる!!」

 

「ええ! そんな事まで分かるんですか!!」

 

 

顔を赤くしてキョロキョロとまどか。

まさかこの部屋に運命の相手が!?

 

 

「ああ、俺の占いは当たる」

 

「だ、誰なんです?」

 

「くっ! すまない! "ほ"と"む"と"ら"しか見えなかった」

 

「名前にほ、む、らが付く女の子……? そ、それって――!」

 

 

顔を上げるまどか。

するとそこには、両手を広げているほむらが。

 

 

「ほむらちゃ……! ほむらちゃぁあああん!!」

 

「まどか!!」

 

「「ひしっ!!」」

 

 

抱き合う二人。

 

 

「ほむらちゃんだったんだね、私の運命の人は!」

 

「まどか……! 私もまさか貴女が運命の人だったなんて……ッ、とっても嬉しいわ!」

 

 

ほむらの体に顔を埋めるまどか。

そして一方ほむらはチラっと手塚を見て――

 

 

「「………」」

 

 

二人は無言でサムズアップを行っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「須藤さーん! 今すぐこの二人を逮捕してくださーい!」

 

 

須藤に引きずられていくライアペア。

サキはまどかに一連の流れが嘘だと説明していた。

手塚達は、このイベントに乗じてマインドコントロールを……。

恐ろしいやっちゃ。一同は気を取り直して本題へ戻る。

前に出たのはゆまと佐野だ。

 

 

「ゆまね! 佐野ちゃんは遊んでくれるから好き!」

 

「……遊んでくれなかったら?」

 

「きらいー!」

 

(オレの価値って一体……)

 

 

涙を堪えながら退場していく佐野。

入れ替わりで東條達がやってきた。

 

 

「いいかぁ、お前ら相棒はなーっ!」

 

 

………。

 

 

「相棒はな――!」

 

 

………。

 

 

「相棒は……、お前――ッ」

 

 

………。

 

 

「………」

 

「呉さん?」

 

 

固まるキリカ。

不思議に思ったのか。まどかが声をかける。

 

 

「………」

 

「呉さん? ねえ呉さんってば!」

 

「………」

 

「呉――……? く――ッ、呉さぁあああああああん!!」

 

 

目を逸らし沈黙のキリカ。

 

 

「相棒は……、良いところもあるから」

 

 

以後何を聞いてもキリカはそれしか口にしなかった。

一方で東條は「どうせ僕なんて……」と体育座りで、英雄英雄と連呼していた。

その姿はまさにネガティブの塊である。

 

 

「あ! 思い出した!!」

 

 

ポンと手を叩くキリカ。

 

 

「ネオスってヒーローに変身する人に似てる!」

 

 

ソレ有りなのか?

一同に若干、嫌な沈黙が流れる。

そんな中で反応を示したのは杏子とほむら。

 

 

「浅倉ァ! お前の燦然見せてやれよ!」

 

「手塚! バッタか光の巨人に変身よ!」

 

「いや……、あの――ッ、なんの話だ?」

 

 

何を言っているのかサッパリ分からない。

サキは汗を浮かべているが、隣にいるパートナーは少しドヤ顔を浮かべていた。

 

 

「ねえサキ、ロビーナちゃんって言う可愛いヒロイン知ってる?」

 

「なんの話だ!」

 

 

ワーワーと騒ぎ出し混乱するフィールド。

すると美しいヴァイオリンの音が。

 

 

「「「!」」」

 

 

一瞬で静まる一同。

すると織莉子はニヤリと笑って隣にいた上条の肩を叩く。

 

 

「あれだけの雑音を一瞬で鎮める程の美しい音色。それを出せるのは彼だけでは?」

 

「ぐっ!!」

 

 

織莉子のアピールに歯を食い縛る一同。

僅かな時間ながらも、今までで一番パートナーを立ててやがる!

いや、他の奴らが糞すぎたと言えばそうなのだが……。

 

 

「仕方ない」

 

 

立ち上がるニコ。

ここいらでいっちょパートナーの肩を持ってやるのも悪くないだろう。

 

 

「任せろジジイ。私がいっちょバチコンとアピールかましてやるぜ!」

 

 

三秒後。

そこには高見沢に襟を掴まれ持ち上げられているニコが。

 

 

「もうジジイの時点でふざけてるな」

 

「はい、すいませんでした」

 

「何度も言うが俺はまだ38だからな?」

 

「はい、正直ちょっと調子のってました」

 

 

ニコは咳払いを一つ。

 

 

「皆さん聞いてください。高見沢さんの魅力はなんと言ってもお金だと思うんです」

 

 

考えてもみてくださいよ。

お金って結局一番大事な物じゃありませんか?

いやいや、まあまあ、お金じゃ買えない物があるってのは一つの意見ですよ?

それは認めましょう。はい! 認めましたッ!!

 

確かに愛だの夢だのは、お金じゃ買えません。

でもね? その愛と夢を守り、継続させるのは金ですよ?

だからつまりね、金がないと何も守れないんですよ!

 

 

「その点、お前っ、これ! たかみぃ君は金ありますよ!?」

 

 

彼38歳でしょ? いっぱいお酒飲ませましょう。

そしたらたぶん速攻で逝きますから。逝ったら遺産をガッポリもらいましょう。

好きな人ができたらその後に結婚すればいいんですよ。

 

 

「ね? 素敵な男でしょう!? 高見沢は!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何一つ俺の良さが出てねぇじゃねーかァアアアッッ!!」

 

「細かい事は気にするなよ! 禿げるぞ!!」

 

 

追いかける高見沢と逃げていくニコ。

サキ達は頭を抑えて大きなため息をつく。

どいつもコイツもパートナーを立てる気が無いのか。

そうしていると、待ってましたと言わんばかりに、あやせが手を上げた。

 

 

「はいはーい!」

 

「双樹……」

 

「あれ? ユウリちゃん何で嫌そうな顔するの?」

 

「い、いや別に……」

 

「わたしぃ! 淳くんの良い所100個考えてきましたー!」

 

「はい、じゃあ次はかずみな!」

 

「あれ? どうして無視するの?」

 

「えっとねー、蓮さんは立花さんに教えてもらったお料理が――」

 

「ちょ! ちょちょちょっと!!」

 

「うるせーな! 糞ガキの良い所なんて聞きたくねーんだよ!!」

 

「むっかぁあ!! ひっどーいッッ!!」

 

「どうせ優しいとかカッコいいとかペラッペラの奴なんだろ!?」

 

「だって本当だから仕方ないじゃーん!!」

 

「おれが悪かった! 頼むからもう止めてくれ!!」

 

 

他ならぬ芝浦からのストップがかかった事で次に行くことに。

芝浦も多少は自分に自信はあったが、誰かに褒められるのは慣れていなかったか。

次いでやってきたのは蓮――、なのだが、彼は台車に大量のオムライスを乗せてやってくる。

 

 

「俺に投票してくれたら、これ食わせてやる」

 

「「「………」」」

 

 

いやもうちょっとオブラートで包めよ!

ユウリや美穂は汗を浮かべて絶句していた。

おもっくそ皆の前で買収する気かよ! そもそも、オムライスごときでなびく訳――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と言う訳でミスターフールズゲーム! 結果は秋山蓮の優勝でしたー! また来週~!!」

 

「納得がいかない! 絶対納得がいかない!!」

 

 

吼える北岡だが、投票を行った魔法少女達は、みんな口の周りにケチャップをつけて微笑んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに。

この後にミスフールズゲームを決めようと言う流れになったのだが――

 

 

「おい男共――」

 

 

ニコがたった一言。

 

 

「私に投票しなかったら、テメェらの頭髪全部モヤシに再生成するぞ」

 

「「「―――」」」

 

 

結果は、ニコがパーフェクトで票を獲得して優勝した。

 

 

 

 

 



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Episode 12


今回の話は、以前のサイトで掲載していたときと話が変わってます
前のヤツはちょっとした解説みたいなものだったので、まあ変えようかなって。


 

 

Episode 12「お鍋」

 

 

 

 

「お鍋、したいわね」

 

「やだよカース」

 

 

芝浦が撃たれた。

 

 

「お鍋、したいわね」

 

「し、したぃしたいーッ!」

 

 

まどかは引きつった笑顔で腕を上げた。

誰も否定はしなかったが、それは何も芝浦が白目を剥いているからではない。

まあ中には今の一撃が理由の者もいるだろうが、ほとんどのメンバーはマミが時折浮かべる憂いの表情を知っていたからだ。

 

触れる訳じゃない。

触れてどうなる訳でもない。このマミの部屋は快適だ。

しかし気づけば、ほぼ全ての参加者がこの部屋にやって来た。そこについては各々思う所がある。

後悔していたわけじゃないが――、マミはずっとこの部屋に新しいメンバーが増えないように祈っていた。

しかし結果はご覧のとおりだ。皆、何も叶えることができなかった。

 

だからせめて、少しくらいは他者を尊重してやるのも悪くないのだろうと。

マミが望んだのは、皆で『鍋』をする事だった。

鍋と言うのは親しいもの同士でテーブルを囲む料理だ。

そんな関係じゃないが、せめて最期の最後くらいは……、と言うことなのだろう。

 

誰も特に文句は言わなかった。(いや、言ったヤツはいるが射撃された)いろいろあってか、結局その日の夜は大きな鍋がテーブルの真ん中においてあった。

真司とリュウガ以外の参加者が肩を並べて鍋を見詰めている。

 

 

「中身はとっても豪華にしたのよ! お肉もお魚もお野菜も! 最高級のものにしたからね!」

 

「ふーん、ソイツは楽しみだ」

 

 

ユウリはそう言ってカセットコンロのスイッチを入れた。

事前に温めてあったから、すぐに鍋はグツグツと音を立てる。

 

 

「取る時の箸は別にしてくれよ! 俺、そういうの凄く気にするタイプだから!」

 

 

北岡がそう言うので、マミがみんなの分を取り分ける事になった。

 

 

「その前にちょっといいかマミ」

 

「どうしたの佐倉さん」

 

「鍋のなか見ていいか?」

 

「あぁ、いいわよ。どうぞ」

 

 

杏子は鍋の中を見ると、フムフムと頷いている。

 

 

「美味そうだな」

 

「でしょ? 佐倉さんの好きなものもいっぱい入ってるわよ!」

 

「でも鍋だろ? こっから他のヤツが取っちまうんだよな」

 

「まあ、それはね。でもおかわりはまだあるから。お肉とか」

 

「………」

 

 

杏子は鍋を見詰める。

そしてゆっくりと頷いた。なにやらモゴモゴと口を動かしている。

どうやら唾液をためているらしい。

 

 

「プッッ!!」

 

 

ビチャァアアアン!!

 

 

「………」「………」「………」

 

「「「「「「「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」」」」」」」

 

「これでよし! じゃあ食うか」

 

 

杏子の右頬にマミのストレートが。

左頬にユウリのストレートがめり込んだのは一瞬のことだった。

倒れる杏子。本気(ガチ)で手が出た。後にマミとユウリは、上記のように語っている。

 

 

「何してんだクソカス。理由によってはもう一発いくぞ」

 

「今回ばかりはユウリさんに同意よ。ほら、立ちなさい。撃ち殺されたくなければ」

 

「待てッ! ちょっと待ちな!!」

 

 

杏子は必死に叫んでいた。

どうやら口から杏子汁(最低)を発射したのには、深い理由があっての事らしい。

 

 

「美味そうな鍋だ! でも皆で分けたらアタシの分が減っちまう! だからこうして先にマーキングしておく事で他のヤツが食うのを防いだんだ!!」

 

 

宣言どおり、もう一発ユウリの拳が飛んできた。甘んじて受ける。

 

 

「脳みそミキサーにでもかけたか佐倉杏子ッ! 鍋ッつッてんだろうがァア!!」

 

「アタシはお腹が空いてるんだ! 丸ごと食いてーんだよ! いいじゃねぇか! マミならすぐに同じヤツ出せるんだろ!!」

 

「出せるけど――ッ! 高級食材のイメージは大変だから疲れるのよ!」

 

「じゃ、じゃあ私達は別室にいるから、用意できたら呼んでくれ」

 

 

そう言ってニコは出て行こうとするが、その腕をマミが掴む。

 

 

「それじゃあ鍋の意味ないじゃない! お願い神那さん! ココにいて!!」

 

「えぇ……、いやッ、でも」

 

「いてくれないなら魔法かけちゃう! はいコレで皆はこの部屋から出られません!!」

 

 

マミのリボンが通路を塞ぎ、退路を断つ。

こうして一同は仕方なくリビングに留まる事になった。マミの必死さを前にして、皆どうしていいか分からず、とりあえず沈黙して待つ事に。

しかしマミが鍋を作って、それを温めるとなるとそれなりに時間はかかる。

無言が続く、沈黙が続く。そんな中で杏子の鍋だけがグツグツと音を立てていた。

 

 

「ハフッ! ハグッ! ムシャムシャ!!」

 

「………」

 

「ズズズズ! プハッ! ンググッ! ハフハフ」

 

「………」

 

「ハホホホッ! おぉ、これはなかなか美味いな。柔らかくて、ハフハフ!!」

 

「………」

 

「シャグシャグ! ンむっ! プハッ! ハフハフ!」

 

「いやッ、ちょダメだ! 耐えられない!」

 

 

ユウリはテーブルを思い切り殴りつけると、杏子を睨んだ。

 

 

「どんな気持ちだ! 今お前はどんな気持ちでハフハフやってんだ!?」

 

「んあ? なんだよ。うるせーな……! お腹が空いたらイライラするのは分かるけど、黙って待ってろよ!」

 

「あ゛ーッ、マジで殺してぇ! アンタが唾液ショットガンかまさなきゃ今頃ありつけてたのにッッ!!」

 

「それが狙いだからな。ハッ、これでこの鍋は全部アタシのものだ!!」

 

「なんておぞましい……」

 

 

いかん、非常に空気が悪い。

マミは必死にもう少しだからと皆を呼び止め、なんとか新しい鍋を創造することに成功した。

丁度具が煮立った頃に、杏子も食べていた鍋を空にしたところなので、やっと皆で鍋パーティができるのだ。

 

 

「さ、さあ! さっそく始めましょう! 佐倉さん、もうあんな事しないでね!」

 

「分かってるよ」

 

 

ちょっとしたトラブルはあったが、ようやっとコレで皆で楽しく美味しくお鍋が……。

 

 

「………」

 

 

お鍋が……。

 

 

「あ、ごめーん。手が滑っちゃったわ」

 

 

お鍋に杏子の頭部が丸ごと入っていた。

ユウリが杏子のポニーテールを掴んで、そのままブチ込んだのだ。

スープ塗れになった杏子はゆっくりと顔を上げると、血走った目でユウリを睨む。

 

 

「戦争がしたい。そういう事で良いんだよな?」

 

「アタシは隠し味が足りないと思っただけ。アンタの血と言うスパイスがなァアア!!」

 

 

そこから先はまさに地獄のような光景だった。

ユウリは空腹よりも殺意を優先してしまったばかりに、鍋を凶器として使用を開始した。

暴れる杏子とユウリ。飛び散るスープ。宙を舞う具材。どさくさに紛れて浅倉の頭を掴む北岡。

鍋の中に叩き込まれる浅倉。煮込まれる浅倉。

阿鼻叫喚の地獄絵図。マミがマスケット銃の銃床で杏子とユウリの脳天を叩き割ろうとするのは無理もない話であった。

 

 

「何してるの二人とも! バカなの!?」

 

 

本気でそう叫んだ。みんなそうだった。

なぜ、なぜこの空腹を感じている中、やっとできた鍋を台無しにするのか。

いや、それよりも深い悲しみがマミを包む。とにかく杏子は食べものを粗末にするのを嫌う子だった。

そんな彼女が口に含んだ熱々の大根を発射してユウリのおでこにヒットさせようとしている。

つまり食べものを武器として使っているのだ。

そして口に入れた本人が一番ダメージを負っていると言う、あまりのお馬鹿っぷり。

 

もうダメだった。

ビチャビチャになったテーブル、散乱する具材。

これを片付けて、新しい鍋を用意する時間を待っている連中ではない。

別の食い物を出せ! ここから出せ! ほら、もう聞こえてくる聞こえてくる文句の嵐が。

なぜか東條がネギを掴んで号泣し始めたが、怖いので触れるのはやめておく。

 

 

「諦めようマミ」

 

「サキ……」

 

「一緒に鍋を囲める連中じゃない事くらい、キミも分かってただろ」

 

「それは――ッ、でも私は……!」

 

「そんなに鍋が食べたいのか? じゃあこうしたらどうだ?」

 

「???」

 

 

最近、一人用の鍋の素なんて物も売っている。

土鍋やカセットコンロを作るのはすぐに終わるし、具材も拘らなければ一瞬で出せる。

 

 

「………」

 

 

と言うわけで、各々一人で鍋をする事に。

カセットコンロが少し大きいので、自然と一同はバラけてしまう。

リビングで鍋を食べる者。廊下で食べる者。お風呂場で食べる者。みんな先ほどの騒ぎで疲れているのか、誰も何も喋らない。

ただ鍋が煮立つ音と、食べる際の音だけが聞こえてきた。

 

マミもそのひとりである。

部屋の隅っこにカセットコンロと小さな鍋をおいて、床に座って無言でモクモクと鍋を食べている。

 

 

「……ハフッハフハフ」

 

 

無言。

 

 

「ッ、アフッ、フーフー」

 

 

無言。

 

 

「………」

 

 

無言。

 

 

「―――」

 

 

静寂。

その時、白菜から汁が跳ねて手の甲にかかった。

 

 

「アツ」

 

 

………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マミが銃を乱射し始めた。

孤独で少し脳の具合がおかしくなってしまったのだろう。

 

 

「私がしたかったのはこんな事じゃないわ!! 鍋って何!? アァァァア!!」

 

「わ、私が悪かった! 落ち着けマミ! 今のは私が悪かった!!」

 

 

サキ自身も同じ家の中にいるのに別々に鍋を――、それも無言で黙々と食らうことの異常性は理解してきた。

マミはサキの襟首を掴んで高速で振り回すと、涙目になって必死に訴える。

 

 

「私はもっとこう! 皆でワイワイしたいの!!」

 

「そ、そうだな! ハハハ! だ、だったらこういうのはどうだ?」

 

 

よくあるヤツだ。みんなで食材を持ち寄って一つの鍋を作るヤツ。

人によっては変わった食材を持ってきたりして盛り上がったり。

 

 

「それいいわね! それしましょう!」

 

 

と言うことで一同はそれぞれ自分が食材を生み出して持ち寄ることに。もちろん食べられるもの限定でだ。

スープを用意して楽しそうに目を輝かせているマミ。そうすると、まどかがニコニコしながらやって来る。

 

 

「見てくださいマミさん! 鹿の肉ですよ!」

 

「まあまあ!」

 

「牛とか豚とか鳥じゃなくて、たまにはこういうのも良いかなって」

 

「素敵! さっそく入れましょう!!」

 

 

ボチャボチャと材料が鍋の中に。

 

 

「見てくださいよマミさーん、ブドウ持って来ました」

 

「ぶ、ぶどう!?」

 

「そうそう。ふひひ、こういうのも良いかなって!」

 

「も、もう美樹さんったら!!」

 

 

さやかが材料を入れると、マミはアワアワとしていたが、どこか嬉しそうに思える。

そうしているとキリカがやって来た。実に良い流れだった。マミは頬を桜色に染めて笑顔を浮かべている。

 

 

「呉さんは何を持ってきてくれたの!?」

 

「ああ、ちょっと待っててくれ恩人」

 

 

キリカは掌を前にかざすと、真っ赤になって気張り始めた。

 

 

「フンッ! ぐぐぐっ! ぎがぁああぁッッ!!」

 

「………」

 

「ガァァアッッ! ズゥォオオオオオ!」

 

「やめて」

 

「ハァァアア! ギュェアァァア!!」

 

「やめて、呉さん。何か分からないけど、とりあえず止めて」

 

 

だがキリカは聞いちゃいない。真っ赤になって叫ぶ。

そしてその時だった。ニュポン! と音がして、キリカの掌から虹色に光る謎の『玉』が排出された。

 

 

「――ッしゃぁあ! 出たぁあッ! 出たぞぉお!! ふしゅぅううッ! マジカル☆ボールッッ!」

 

 

ボチャンと音を立ててスープの中に落ちるマジカル☆ボール。

すると光が巻き起こり、鍋のスープがカチカチに固まり、全ての具材が秋刀魚の頭部に変わった。

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様らはいつもいつもォオオオオーッッ!!」

 

「マジカルゥウウウウウウッッ!!」

 

 

サキの鞭がキリカの頬を叩きのめし、きりもみ状に吹き飛ばす。

鍋がしたい。ただ皆で鍋がしたい。それだけなのに、なかなか上手くいかないものだ。

それが人生といえばそうなのだが、そもそももう自分達は死んでいる。

死んでいるのに上手くいかないのは嫌だった。だからマミはもう一度、皆をリビングに呼びつける。

既に食事を済ませた者も多いが、これで最後だと言われて、仕方なく。

 

 

「諦めりゃいいのに」

 

 

杏子は呆れたようにポッキーを齧っている。

お前のせいだろ。誰もがそう思ったが、誰もが口を閉じていた。

 

 

「でも次はぁどんなお鍋を持ってくるんだろうね☆」

 

 

あやせが少し意地悪そうに笑う。

 

 

「鍋って言ってもいろいろあるじゃない? この前テレビでウニ鍋って言うのみたよ」

 

「美味いのかよ。なんでもかんでもウニ入れれば良いってもんじゃねーだろ」

 

「確かにね。うふふ! ウニ入れたら豪華って簡単な考えかも♪」

 

「食った事ねーから知らないけどさ。ウニは寿司が一番だろ。鍋に入れるなんざアタシは嫌だね。なんかお前らこういうの好きだろ? みたいな感がして押し付けがましいんだよな! ハハハハハ!!」

 

 

マミがウニ鍋を持ってやって来た。

銃声が聞こえ、杏子とあやせは動かなくなった。

 

 

「………」

 

 

これは、一体どういう事なのか。

ほむらは汗を浮かべて座っている。マミが鍋を持ってきたかと思うと、銃を乱射しはじめたのだ。

いや、乱射とは言うが狙いは的確である。あっと言う間に芝浦や高見沢をスナイプすると、みんな白目を剥いて気絶していた。

 

 

「あの、巴マミ。これは一体……」

 

「いやだわ暁美さん」

 

 

マミの瞳に、光は無かった。

 

 

「お鍋をするのよ」

 

 

どうやらウニのくだりでトドメを刺されたらしい。

マミに希望は無い。ただ鍋をすると言うミッション行うだけのマシーンに変わり果ててしまった。

そのためならば手段を選ばない。参戦派をはじめ適当に銃を撃ちまくり参加者たちを気絶させていく。

そしてリボンで縛ると、鍋を中心にして並べ始めた。

気絶している連中と囲む鍋。完全なホラーである。

奇しくも意識があるのはワルプルギスの夜と戦ったメンバーである。さやか、上条、サキ、まどか、ほむらは青ざめながら箸を手に取った。

 

 

「さあ頂きましょう。美味しいお鍋を……」

 

「お、おー! なはははは!!」

 

 

さやかはお肉を掴むと、震える指で口へ運んでいく。

その時、銃声が聞こえて上条が気絶した。

 

 

「おいしい? 美樹さん」

 

「………」(撃ちながら聞くのか、そもそも何故撃った)

 

 

サキが額に汗を滲ませている中、さやかも震えながら笑みを浮かべている。

 

 

「ん、んーッ! 最高ですマミさん! おいしー! うんまー! ずっと食べてたーい! はははははは……、はは、は」

 

 

銃声が聞こえて、さやかが気絶する。

 

 

「美樹さん。ちょっと嘘くさいのよね」

 

「………」

 

 

どうしろと?

ほむらが震えていると、銃声が聞こえてまどかが気絶する。

 

 

「箸が進んでないわよ。鹿目さん」

 

「ッッ!!」

 

 

身の危険を感じたのか。

サキが笑いながら菜ばしで具材を自分の皿に入れていく。

 

 

「よ、よーしッ! 私も頂こうかな! うん! うまい! ははは! やっぱり――」

 

 

銃声が聞こえて、サキが気絶した。

 

 

「やだわサキってば。楽しそうにはしゃいじゃって」

 

「………」(正解が分からない!!)

 

 

これはもう無理だ。私も気絶するしかない。

ほむらが覚悟を固めると、マミのため息が聞こえてきた。

どうやら冷静になったようだ。

 

 

「ダメね。こんなんじゃ」

 

「巴さん……」

 

「意地になってたわ。嫌だったのよ。鍋ひとつできない間柄なんて」

 

 

やはり杏子が食材をあんな風に使うのは嫌だった。

ゲームが彼女の性格を、精神を蝕んでいるような気がして。だからこんな大人げない事を続けていたのかもしれない。

撃ったけど。

 

 

「また皆でお鍋、できるかな?」

 

「……できるわ。貴女が望めば、きっといつか」

 

「ありがとう暁美さん」

 

 

マミは涙ぐみ、そして微笑んだ。

 

 

「もう少し……、もう少しだけ早く聞きたかったな」

 

 

銃声が聞こえた。マミは自分で自分を撃って気絶した。

ほむらはそこでやっと鍋に手を伸ばす。

ひとりで食べる鍋は痛みを放つ心にはよく染みる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

な ん じ ゃ こ り ゃ こ り ゃ

 

 

 

 

 



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EPISODE・FINAL

俺も王様になろっかな……(´・ω・)


※前サイト掲載時から、ちょっと加筆しました。
 




 

 

EPISODE・FINAL「13RIDERS&13MAGICAS」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な――ッ!」

 

 

目を見開くサキ。それは何も彼女だけに限った話ではない。

マミとまどか以外は、新たに現れた『参加者』に驚きの表情を浮かべていた。

それだけじゃない。テレビの向こうでは真司が魔獣に宣戦布告をした所がバッチリと映っている。

つまりなんだ。これより自分達は新たな戦いの場に赴くと?

いや、ソレよりまずは目の前にいる彼女だ。

 

 

「まどかが、二人!?」

 

「……ッ」

 

 

マミの部屋にやってきたのは他でもない、鹿目まどかだ。

だが既にまどかはこの部屋にずっといたじゃないか。それこそ一番初めからだ。

そしてまどか自身意味が分かっていないのか、新たに現れたまどかは、もう一人の自分を見て目を丸くしている。

 

 

「ごめんね、みんな」

 

「ッ!?」

 

 

そして口を開くのは、ずっと今までマミの部屋にいたまどかだ。

どうやら彼女は全てを知っているらしい。

 

 

「わたし、皆に嘘をついてた」

 

「嘘……?」

 

「うん。ここはね、死後の世界じゃないんだよ」

 

 

まどかはまどかの前に立つと、優しげに微笑む。

 

 

「貴女は……?」

 

「わたしは、わたし」

 

 

まどかは戸惑う『まどか』の背後に立つと、そのまま抱きしめる。

すると眩い光が発生して球体の形をつくった。

他のメンバーからは光が強すぎて中の様子を確認できないが、球体内では二人のまどかが生まれたままの姿となっており、一切の衣服や装飾品を身につけていない状態となる。

そのまま全てを知っているまどかは、ココにやってきた『まどか』の前へ回り、手を絡ませあった。

 

すると『まどか』の手が魔法少女の衣装に包まれる。

腕だけじゃない、脚もそうだ。体を押し付けあえば、魔法少女の衣装が現れ、最後にまどかは『まどか』の額ににキスをする。

すると髪もしっかりと結ばれた状態の、魔法少女としての鹿目まどかが完成した。

そしてキスをしたまどかは、もう一人の『まどか』に吸い込まれる様にして消えていった。

 

 

「――ッ」

 

 

そこで光が晴れた。

何が起こっているのか、誰もが分からず沈黙する。

二人のまどかが一つになった。だからなのか、まどかはハッと息を呑むと、全てを理解した様に複雑な表情を浮かべた。

そうか、そう言う事だったのかと。

 

 

「まどか? 君は一体――ッ!? それにココは死後の世界じゃないって……」

 

 

まどかはゆっくりと頷く。全てを思い出した。

そして意外にも、その答えを口にしたのはまどかでは無かった。

一番初めに来た魔法少女に、まどかは全てを伝えていたのだから。

 

 

「ここは、円環の理よ」

 

「ッ! マミ?」

 

 

答えたのは巴マミ。

この家の主であるマミは、既にまどかから全てを聞かされていたのだ。

融合直後で疲労状態にあるまどかに代わって、マミは自分が説明すると申し出た。

 

 

「円環の理?」

 

「そう、鹿目さんが作り出した概念。その空間を私の部屋に見立てているの」

 

 

そしてもう一つの質問の答え。

何故、まどかが二人いたのか? それは文字通り『見たまま』の通りである。

 

 

「鹿目さんはね、二人いたの」

 

「はぁ!? 双子って事か?」

 

「違うわ。文字通り同一の存在が、二人」

 

 

ゲームが始まる前。

まどかは長き苦しみを終わらせる為に、神の領域に足を踏み入れて『概念』となった。

そして作り上げたのが、魔女を否定するシステム。円環の理だ。

だがある理由で彼女はその存在を二つに分断されてしまう。

 

その後、魔獣がまどか達を襲撃し、彼女は敗北してゲームに取り込まれた。

しかし魔獣は一つ、重大な事を見落としていた。

それは円環の理はまどかの敗北によって消え去ったとばかり思っていたが、実際はそうじゃない。

円環の理はまどかの一部であり、逆を言えば『まどか』ともとれるのだから。

 

 

「現世でのわたしは魔獣に負けちゃって、円環の理に導かれた魔法少女達も魔獣たちに負けて取り込まれちゃった……」

 

 

でも魔獣は、円環の理その物を破壊することは無かった。

存在していた魔法少女を全て根絶やしにする事で、壊滅させたと思い込んでいたのだろう。

だが違う。円環の理その物に、まどかと言う意思はあったのだから。

 

それに加え、一人だけ生き残った魔法少女が手引きしてくれた事もあり、まどかは逃げ延びる事ができたのだ。

しかし今はもう、その手引きしてくれた魔法少女の名前も思い出せない。

その記憶が残っているだけで、顔も記憶もまどかの頭には無い。

それはそれだけイツトリの『忘却』の力が凄まじい事を意味している。

ただ完全に忘れきっていないのは、同じくしてまどかの力もそれに食い下がれるだけの力があったから、と言う事であろう。

 

 

「ど、どういう事だ?」

 

「つまり――」

 

 

もう一度はじめから整理しよう。

始まりは、ほむらがループしてきた中でたどり着いた一つの時間軸であった。

そこでまどかは全ての魔女を消すと言う意味の願いを叶え、その反動と言うべきなのか、世界からその存在を無かったことにされた。

このゲームでも参加者が死ねば、人々の中から存在が消えると言うルールがあったが、魔獣がまどかのソレを参考にして作った物なのである。

 

 

「神になった鹿目さんは、円環の理と言うルールを作り上げ、魔法少女が魔女にならない機構を世界に埋め込んだの」

 

 

そして魔法少女達を、影ながら見守り続けていたと。

その後、まどかは魔獣に攻め込まれ敗北するのだが、その前にある出来事がきっかけで二つに。言い方を変えれば『二人』に分裂していた。

 

魔獣は分割されたまどかを、『神の力』と、『鹿目まどかの存在』に分けたと思っていた。

しかし実際はあくまでも『まどか』と『まどか』に分けられていたと言う訳だ。

魔法少女・鹿目まどかと、円環の理である鹿目まどか。ゲームの駒にされたのは前者である。

しかしどちらも神の力は内包していたのだ。

純粋な分割。50%の力と50%の力に分けられたと。

今、真司のおかげでまどか達は一つに戻れたが、それまでが問題だったのだ。

 

 

「魔獣は鹿目さんを支配したつもりだった」

 

 

でもまだ。もう半分のまどかの生き残っていて、魔獣から逃げ延びていたのだと。

 

 

「わたしは何とかして皆を助けられないか考えた……っ!」

 

 

でも無理だった。

そもそも魔法少女達が負けたのは魔獣が強力だったと言う点もあるが、何よりもイツトリが魔法少女キラーとしての能力に特化しているからだ。

 

概念(かみ)の前に、まどかは敗北した。

魔獣との戦いで力も弱まってしまい、円環の理もマミの部屋を模す程度の広さしか保てない。

イツトリには勝てず、魔獣にも勝てない。そんな状態では何も出来なかった。

 

 

「そうしている間に始まった。フールズゲームが……」

 

 

弱っているとは言え、あくまでもまどかは神だ。

何が始まろうとしているのか。何故こんな事になったのかを、端的ではあったが知る事はできた。

そしてその恐ろしい輪廻を想像し、ゾッとする。

 

 

「――ッ、ごめんなさい!!」

 

「!」

 

 

まどかは頭を下げる。

彼女は大きな罪を背負っている。

 

 

「わたしは、皆を助ける事ができなかった!!」

 

 

それだけじゃない。まどかは涙を零して皆に謝罪を行う。

と言うのも、大きな後ろめたさがあったからだ。

それこそがこの空間の正体である。尚且つ、無限とも言える時間の中で繰り返されてきた殺し合いが、全く同じメンバーで行われた原因。

 

 

「っ? それはどういう……?」

 

「わたしは、ゲームで脱落した人をココに招いた」

 

 

魔女になる魔法少女を救う事。

つまり円環の理のシステムを不完全ながらも使えたのは幸いだった。

それはパートナー契約によって、魔法少女の力が流れている騎士も同じ。

 

つまりまどかは、ゲーム内で死亡して虚無へと送られる魂をサルベージする事に成功したのだ。

考えは無い。魂を回収してどうすればいいのかは分からなかった。

だが絶望に塗れ、苦痛に溢れた死を認めたくなくて。

そしてその中で脱落者達の話を聞き、その死が、迷いと後悔に溢れている事を知る。

 

多くの参加者が苦しみ、失意の中で命を落とした。

多くの参加者が口にする。死にたくは無かったのだと。

まだ成し遂げなければならない想いがあったんだと、まどかは聞かされたんだ。

当然だ。こんな強制的に与えられる死を納得できる訳がない。

だから、まどかは決意したのだ。それはある種、彼女の希望の押し付けとでも言えばいいか。

なによりも優しく、誰よりも残酷な決意であった。。

 

 

「わたしは改めてイツトリに立ち向かった」

 

 

どうしても許せなかったんだ。

人の命を、夢を、希望を弄び絶望させる事を強要させるこのゲームが。

魔獣は円滑にゲームを進めるため、準備と称して参加者が魔法少女に、あるいは騎士になる理由を強引に作っていった。

 

例えばマミの家族と、サキの家族が起こした事故。

例えばユウリがユウリになる事になった一連の流れ。

例えばあやせがいじめにあった原因だとか――。

 

だから立ち向かおうと決めた。持てる力の全てを解放して。

狙いはただ一つ。何もイツトリを倒せるとは思っていない。だが狙っていたものは確かにあった。概念VS概念の果て、目指した勝利があった。

それが、抗う事だ。

 

 

「そしてどうにか、わたしの概念を一つだけイツトリに承認させる事ができたの」

 

 

イツトリが構築した世界のルールに一つだけ、まどかが作ったものを追加すると言う刷り込み。

それが、"参加者"の魂を、この空間に固定すると言う事だ。

ゲーム参加者と言う事で、新たに現れたかずみをも取り込んだルール。

参加者が命を落とした後、魂が絶望に沈むのではなく、この円環の理に還ると言う概念の確立。

そして、それ故に作り出されるループ。

それは魔獣も自覚していない、裏のルールとでも言えばいいのか。

 

 

「魔獣は本来、私達が死ねば新たなる参加者でゲームを行うつもりだったの」

 

 

マミが補足を。

円環の理を襲撃した事で、魔法少女のストックは山程あった。

それに箱庭の中で新たな魔法少女を作る事だってできる。

継続されるのはせいぜい素質のあるまどかや織莉子、ほむらや、かずみくらいか。

少なくともゆまやあやせ辺りは、代わりなどいくらでもいると見られていた筈だ。

 

騎士だって別に真司たちに拘る必要なんてない。デッキさえあれば色々な人間で試す事ができる。だがそれでも第一回から今に至るまで、ゲームの参加者が一度も変えられなかったのは、まどかが差し込んだ概念が故なのだ。

全てのゲームを、同じ参加者で行う事。それが鹿目まどかが定めたルールなのである。

 

 

「つまり、簡単に言えば鹿目さんが魔獣たちに洗脳をかけたと言えばいいかしら?」

 

 

同じ参加者でゲームを繰り返すことが当然だと言う思いを植えつける。

魔獣のトップであるギアですら、その力には気づかなかった物だ。

それが唯一、まどかに許された神としての、概念としての抵抗であった。

ゲームで戦う半身とは別に、ゲームの裏で戦っていた半身があったと。

つまりFOOLS,GAMEにおいてループが繰り返されるのは、鹿目まどかがそう設定したからなのだ。

 

 

「どうしてそんな概念を……」

 

「終わらせたく……、無かった!!」

 

 

巻き込まれた命を、想いを。

何よりも抱いた希望を、絶望に塗りつぶされたままにしたくはなかったんだ。

もちろん繰り返すということは、何度も死ぬと言うことである。その無限の苦しみを背負わせる事は身が引き裂かれる程の罪悪感(いたみ)があった。

しかし、生きていればいつか輪廻を破壊できるチャンスが生まれるのではないかと信じて。

 

 

「今までこの場所は魔獣達にはバレなかったのか?」

 

「うん。優衣さんがキュゥべえ達を説得して、隠してくれてたの」

 

「優衣……?」

 

 

騎士の数名は、頭を抑えて顔を顰める。

イツトリの力のせいで優衣に関する記憶は忘れているが、関わりが深かった者は僅かに覚えているのだろう。

まず、円環の理とまどかに一早く気づいたのはインキュベーター達であった。

そして妖精らと共にいた優衣がまどかの想いに共感し、この空間をキュゥべえ達に頼んで魔獣に見つからない様に手配してもらっていたのだと。

 

キュゥべえ達としては魔獣に報告するのも一つの手ではあったが、均衡に目をおいた部分があり、かつジュゥべえが優衣寄りだった為、協力は惜しまなかったと。

あと前ゲームではリタイア扱いであり、死んでいない筈のニコがこの空間に来たのも、魂の根本がこの空間にある為だとか。

 

 

「……チッ!」

 

 

話はだいたい分かった。

分かったが――、その時だった。杏子がまどかの襟を掴んで締め上げたのは。

 

 

「ッ! 杏子! 何をするんだ!」

 

「うるせぇ!!」

 

 

サキの静止を振り切り、杏子はギロリとまどかを睨む。

 

 

「じゃあテメェは何か? いずれまたアタシ等が殺しあう場に送られるって分かっておきながら今の今までヘラヘラ笑ってたのかよ!」

 

「ッ、それは――」

 

 

死後の世界だ、お疲れ様の空間だのと、ほざいておきながら。

まどかも後ろめたい思いはあったのか、杏子の言葉を否定するでもなく、ただ表情を暗くする事くらいしかできなかった。

しかしそんなまどかと違い、しっかりと杏子の手を掴んで止める者が。

 

 

「止めて佐倉さん。そう頼んだのは私なの」

 

「マミ……!」

 

「私なのよ……」

 

 

マミは静かに、自分に言い聞かせるように呟く。

 

 

「一回目のゲームで、一番初めに死んだのは私」

 

「ッッ」

 

 

一番初めに魂を回収されたマミは、まどかとこの空間を作ることを決めた。

 

 

「鹿目さんと優衣さんと誓い合ったのよ」

 

 

絶望に身を置く自分達が、本当の笑顔を浮かべられる場所が必要なんだ。

誰もが皆、昔は希望を抱いていた筈だ。争い合う事は間違いだと思えた時があった。

ううん、そうであってほしい。傷つけ合うより、笑い合える世界の方が素敵に決まっているから。

 

だからその気持ちを思い出せる場所がどうしても必要だと思った。

魔法少女だとか、フールズゲームだとかは関係ない。自分達が人間として接し合える場所が欲しかったんだ。

まどかは辛かったかもしれないが、マミは頼み込んだ。

この場所で次のゲームが始まるまで、どうか穏やかに暮らせる場所が欲しい。

 

そしてまどかには諦めて欲しくはない。

永遠に繰り返されるかもしれない地獄だが、同時にそこから抜け出せる可能性も持てるのだから。

幸せな終わりでも良かったのかもしれない。この世界で笑いあって、そして死んでいく。

でも、それを認めたくは無かった。マミも、優衣も、まどかもだ。

魔獣に与えられた理不尽を許せる程、自分達は弱くは無いから。

 

 

「ぐッ!」

 

 

杏子はまどかを放すと大きく息を吐いた。そして同時に吼える。

ムカつく、ああムカつくと。何故だ、なんでこんなに――!

 

 

「泣けてくる――ッ!?」

 

「杏子ちゃん……!」

 

 

杏子の目からボロボロと涙が零れてきた。

 

 

「なんだ、なんなんだよコレ」

 

 

目を拭えど拭えども雫が途切れる事は無い。これは涙なのか?

そんな物、とうの昔に捨てたはずなのに。

なんで……。

 

 

「決まってるじゃない」

 

 

その時、聞き覚えの無い声が一同の耳に入ってきた。

 

 

「杏子ちゃん、貴女はまどかちゃんと友達だったからよ」

 

「ッ!!」

 

「多くの時間でそうだった。それを魔獣が歪めただけ」

 

 

帽子を被りコートを羽織っている女性が一同の前に現れる。

両肩にはキュゥべえとジュゥべえがしがみ付いており、ジュゥべえは少し汗を浮かべて慌て気味であった。

 

 

「優衣さん……!」

 

「!」

 

 

マミの言葉で証明される存在。

彼女が? 息を呑む一同。その中で優衣はまどかの想いを打ち明ける。

気負わない筈が無い。友を、仲間を無限の苦しみの中に漂わせるのは。

しかしそれでも生きて欲しかった。希望を失いたく無かったんだ。

 

 

「約束したの」

 

「……!」

 

「また皆で、絶対に生き残ろうって……!」

 

 

この空間にやってきた参加者に魔獣の存在をどれだけ教え込んでも、イツトリの力によってゲームが始まれば全て忘れてしまう。

しかしいつか……、いつかまた、皆で生きて『人生』を歩みたいから諦めかなった。

そしてその約束も、この空間に皆が集まるたびに行われる。

 

まどかが諦めなかったのは、その約束があったからだ。

皆で生き残ろう。生き返ろう。それを無くしたくはなかった。

まどかはふと、ほむらを見る。

 

 

「ほむらちゃんも約束覚えててくれたよね」

 

「!!」

 

「嬉しかったよ、わたし」

 

 

ほむらは、まどかとの約束を守るために何度も何度も苦しんで。

そんな暁美ほむらを苦しんだままで終わらせたくなかった。

それだけじゃない。他の皆だって同じだ。自分達はいっぱい苦しんだ。いっぱい傷つけたかもしれないけど、それでもそれは歪だと思うから……!

だから、釣り合わないと声を大にして言いたいんだ。誰もが皆、無くした未来を歩めるように。

 

 

「まどか……」

 

 

誰もが何を言っていいか分からず沈黙する。だがそんな時間は残されていなかったのだ。

それが優衣がココに来た理由である。そもそも優衣はジュゥべえによって追い返された筈。元の世界に強制的に送られる予定だった。

 

だがそこで概念が真司の望むものに変更されたのだ。

その際の衝撃で世界が揺らめき、優衣はもう一度このマミの部屋に戻る事ができた。

だが慌てているのには理由があってのこと。あまりゆっくりしていられる時間は無い。

 

 

「そう、概念が真司君の物に書き換えられたの!」

 

 

今まではイツトリの概念にまどかの概念を忍ばせていたからこそ、この空間の事や、参加者の魂をまどかが守っている事は知られていなかった。

しかし今、真司の概念が根本となった訳で。イツトリの概念は消えてしまった。

それが意味する所とはつまり――!

 

 

『ああもう説明してる時間はねぇ! 先輩!』

 

『仕方ないね、今回はサービスだ。今から何が飛んでくるのか、教えてあげるよ』

 

「と、飛んで来る?」

 

『ああ。すぐに行動に移した方が良い』

 

 

その時、参加者達の脳を駆け巡る情報と記憶。

 

 

「「「―――」」」

 

 

そして轟音。

凄まじい爆音と衝撃。光の奔流がマミの部屋を――、円環の理を破壊していく。

 

 

「虫けら共がァァ!」

 

 

皮肉な話ではあるが、この空間はイツトリの概念の下に守られていたと言ってもいい。

それが真司に上書きされた今、魔獣が気づかない訳が無い。

完全に支配したと思っていた円環の理が、まだ微弱ながらも機能していた事。

なにより、まどかに概念を支配されていた事。

加えて、先の城戸真司が取った行動に完全に、魔獣達は腸が煮えくり返っている状態だ。

 

 

「魔獣――ッ!」

 

「見つけたぞ、鹿目まどか……!」

 

 

瓦礫の中から姿を見せるのは鹿目まどか。

そしてマミの部屋の『外』が、はじめて明らかになる。

バルコニーから見えていた景色は偽りで。実際は虹色の空の下にある、なだらかな起伏が果てしなく続くだけの砂丘だった。

 

 

「お前の醜い足掻き、反吐が出そうになる」

 

「ッ」

 

 

目が据わっているバズビー。

その背後には同じく無数の白い人型の魔獣、『従者』型がうごめいている。

数々の失態を帳消しにするべく、バズビーは概念体である鹿目まどか抹殺の役目を買って出た。

 

城戸真司の殺害には失敗したものの、まだバズビー達魔獣にはチャンスが残されている。

それはこの縛り付けられた魂を全て消し飛ばせば、『駒』としての役割を果たせなくなり、ゲームの再開は不可能となる訳だ。

 

つまり、ゲームが始まる前に相手の駒を粉々に粉砕する。

真司もそこまでは分からなかったか、彼は先にゲーム盤の準備をしに向かってしまった。

 

 

「城戸真司は勘違いをしたままだ。コチラにお前のゲームを受ける気など、サラサラ無いんだよ」

 

 

今ココでお前が守りたかった物を全て根本から消し去り、お前に虚無と絶望を与えてやる。

バズビーはニヤリと笑い、まどかを睨んだ。

 

 

『お前らいい加減にしろよ! 黙ってゲームを受け入れろよ!』

 

『本当だよ。足掻くならゲームが始まってからにしてもらいたいね』

 

「――ッ!」

 

 

優衣をマントで包んでいたのはキトリーだ。キュゥべえ達の従者と言う事で、強化されている。

おかげで魔獣たちの攻撃から優衣を守る事はできたのだが、辺りを見回すと、そこにはまどか以外は誰もいなかった。

 

 

「み、みんなは!?」

 

『お、おいおい! まさか――!』

 

「死んだに決まってるだろ」

 

 

当然の様に言い放つバズビー。

そもそもバズビーは初めからまどか以外を狙って矢を放った。

 

 

「多少コチラも本気を出させてもらった」

 

 

確かに。

円環の理で構築された建物を崩壊させる程の威力。

キトリーは直接狙っていなかったが故に耐えられたかもしれないが、他のメンバーはそうじゃない。

 

 

「ウザいんだよお前ら、何もかも」

 

「!」

 

「希望だの約束だの、気持ち悪い。ゲームの駒が何を言っているのか? コッチはゴミ同然のお前ら人間を、玩具として扱ってやってるんだ」

 

 

その恩を仇で返すなど、怒りが溢れてくる。

玩具は主人の自由に遊ばせる、それが役割と言う物だ。

それを履き違えるなど、考えただけでも吐き気がする。

 

 

「どうだ? 鹿目まどか。目の前でまたお友達が死ぬ光景は」

 

「……ッッ!」

 

 

まどかは俯いて拳を握り締める。

跡形も無く消し飛んだマミ達。

優衣は凄まじい怒りと悲しみを感じて、思わずバズビーに向って叫んだ。

 

 

「まどかちゃんはお友達と、仲間と、幸せになりたかっただけなのに!」

 

「あー?」

 

「どうして……! どうしてあなた達はこんな酷い事を!」

 

「どうして? どうしてぇ? ははっ! クハハハハハハ!!」

 

 

皆さん、答えは一つですよね? そういいながらバズビーはクルクルと回っていた。

どうやら今もリアルタイムでホールには中継がなされているらしい。

『ゲスト型』と言う観客や、他のバッドエンドギアに向けてバズビーは語りかける。

まどか達を苦しめる理由、それはたった一つだ。

 

 

「楽しいからに決まってんだろうがぁアッッ!!」

 

「!」

 

 

無言のまどか。

だが拳を握り締める力は確実に強くなった。

一方でケラケラと笑い始めるバズビー。思い出し笑いである。

そう、それだけ滑稽なシーンがいくつも浮かんでくる。

それだけ参加者が絶望に涙したシーンがあると言う物だ。

 

 

「お前らが絶望すればする程ッ、私たちは楽しいんですよッ!」

 

「酷い……!」

 

「殺したくないよぉ! 死にたくないよぉ! クハハハ! でも殺す! でも死ぬ!」

 

 

当然ですよね?

だってお前らは協力なんてできない屑の集まり。どいつもコイツも傷つけ合って憎しみ合う。

最高に滑稽で哀れで愚かだ。そして血と涙で塗れる世界こそが魔獣にとっての楽園ではないか。

まどかの、いや参加者の涙と血液は美しい宝石だ。

手に入れれば入れる程にもっと、もっと、もッッと手に入れたくなる!

 

 

「あぁ、それに思い出すよ鹿目まどか! ついさっきお前の家族を殺した時の感触が!」

 

 

母親は腹を矢でかッ捌いてさぁ、父親は何度何度も矢で色んな所を刺し貫くんだ。

臓物垂れ流してひぃひぃ泣き喚いて死んでったゴミ共を見つめながらッ、お前の弟も最高に良い表情してたよ!

 

 

「ちっちゃな手、私は彼の指を一本ずつ折っていくんです」

 

 

泣き叫ぶ姿がまた何とも言えなくて!

高揚するバズビー、頬を蒸気させてまどかに下卑た笑みを向ける。

 

 

「たすけてーパパーママー! クハハハハハ! もう死んでるってのに!!」

 

「………」

 

「お前に似て最ッ高にバカな弟だったよ! ハハハハ!」

 

 

まどかの拳から血が滴る。

それほど強く握り締めているんだろう。

内側から溢れる感情に気づかないのか。バズビーはまだ頬を蒸気させてまま、楽しげにまどかに感想を聞かせていた。

 

 

「最後は涙と鼻水で顔グチャグチャにして醜く汚い物だったよ! 人間にはお似合いの最期だ!」

 

「――ぃ」

 

「助けてまろかーだってさぁ! クソ笑えるよなぁ? お姉ちゃんはその後ッ、私の言葉で絶望したのにさァア!」

 

「――ない」

 

「気持ち良かった! お前の弟の脳天を、矢で直接貫いた感触ッ、まだ私の手に残っている!」

 

 

その瞬間、まどかはバッと顔を上げた。

その目には涙が浮かんでいるが、同時にしっかりと光を持ってバズビーを捉えていた。

自覚する確かな怒り、そして――!

 

 

「今、ハッキリと言える!」

 

「アァん?」

 

「わたしは貴女をッ、あなた達を絶対に許さないッ!!」

 

 

先に煽ったのはバズビーであるが、まどかの言葉が真司に言われた物と重なり、魔獣の怒りを刺激する。弱い弱い雑魚のくせに、コッチが仕掛けた殺し合いでピーピー泣いていた奴が反抗してくる。信じられない話だ。だから信じられないほど怒りが湧いてくる。

 

 

「許さない? 何クソみたいな事を言っている? なんで私がお前に許される権利を決められなければならない!?」

 

「ッ」

 

「何を上から語っているッ! 猿がァアア!!」

 

 

バズビーの顔には青筋がいくつも浮かんでいた。

それだけの怒り、それだけの殺意が、まどかにビリビリとした嫌なプレッシャーを与えていく。

 

 

「調子に乗るなよ、今のお前は神でもなんでも無い! ただの弱くて惨めな魔法少女!」

 

「それでもわたしは、真司さんが作ってくれた希望で、あなた達を必ず倒す!!」

 

「黙れッ! イツトリに負け、我等の玩具となった者が何を吼えるのか!」

 

 

お前らはいつまでもいつまでも無様な姿を晒していれば良いんだ。

情けなく泣き喚き、どうしようもない世界で滑稽に踊れば良い。

 

 

「それを私たちが笑い、嘲笑し、見下す。それがこの世の概念、偽りの無い唯一の掟!」

 

 

そのサイクルを崩すなど論外だ。

愚かな歯車に巻き込まれた者は、いつまでもその上で無様に戯曲を紡ぎ続ける。

 

 

「もうお前の守ってきた者も塵になった!」

 

 

弓を構え、引き絞るバズビー。

 

 

「お前もせめて最期くらいは、我々を楽しませてみろッ!」

 

 

簡単には殺さない。

体中を穴だらけにし、命乞いに命乞いを重ねさせた上で殺す!

バズビーは狙いを定め、まどかを射抜こうと目を光らせた。

 

 

「そろそろうるせぇ」

 

「は?」

 

 

刹那、バズビーの視界に赤が広がった。

 

 

「黙れよ、お前」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガァアァアァァ――ッッ」

 

 

腹部に凄まじい衝撃を感じて、バズビーの体が後ろへ吹き飛んでいく。

腹部中央にピンポイントな衝撃を感じたと思ったら、今は砂を巻き上げて後ろへ吹き飛んでいる。

口からは酸素が爆発する様に吐き出された。ブレる視界の中と言うのもあってか、バズビーは何が起こったのか理解できず、ただただ砂を巻き上げていく。

しかしすぐに理解が追いつく。何故なら赤に青が加わり、自分を追いかけて来たからだ。

 

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「ハァアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

砂を巻き上げながら地を駆けるのは、美樹さやかと佐倉杏子の二名であった。

それぞれ武器を両手に構え、凄まじい気迫と怒りを顔に乗せてバズビーに切り掛かっていく。

 

 

「チィイッ!!」

 

 

振り下ろされたサーベルを矢で受け止めるバズビー。

どうやらこの矢は相当な強度があるらしい。

さやかの剣をその細い身で受け止めながらも、折れる素振りを見せない。

 

さらにもう片方の手にある弓で、杏子の槍を受け止める。

その後も二人は次々に連続して攻撃を繰り出すが、バズビーはステップや的確な防御で直撃は許さない。

舞い散る火花、その中でバズビーが吼えた。

 

 

「何故だ! 何故貴様らが――ッ!!」

 

 

確かにあの時、まどかの周りにはキトリーに守られた優衣達以外はいなかった筈だ。

それなのに何故? 隠れていたのか? それしては場所が無かったのに。

 

 

「ゴチャゴチャうるせぇ! ブッ殺す!!」

 

「魔獣! あんたは絶対に許さない!!」

 

 

さやかと杏子は、まどかとバズビーの会話を聞いていたらしい。

鬼気迫る表情で切りかかっていくのがその証拠だ。

 

 

「ハッ!」

 

 

嘲笑がバズビーから漏れる。

だったらどうしたと言うのか。同時に振り下ろされた杏子達の武器を弓で受け止めると、唇を吊り上げる。

 

同時に弓の弦が分離し、伸張。

一本のワイヤーになると、バズビーの意思一つで操作され、杏子達に絡み付いて縛り上げた。

 

 

「「!」」

 

「いずれにせよ、死の末路は決定している」

 

 

バズビーが左手を上げると、背後にて従者達が一勢にモザイクを光らせた。

身動きの取れないさやかと杏子に、レーザーを避ける術は無い。

 

 

「塵となれ、恐怖に包まれてな」

 

「――ッ」

 

 

引きつった表情の二人。

人間が魔獣に逆らう事は間違っているのに、それを理解できないからこうなる。

だが――!

 

 

「レガーレ・ヴァスタアリア!!」

 

「!」

 

 

どこからとも無く、無数の黄色い糸が現れ、嵐の様に奔流を巻き起こす。

あっと言う間だった。糸は従者を縛り上げると、完全にその動きを封じてみせる。

誰だ? バズビーが糸の先を見ると、そこには黄色の魔法少女が。

 

 

「巴マミ……!」

 

「ふふ、余所見なんて余裕なのね」

 

「!?」

 

 

縛られたのは体だけ。

従者は構わずレーザーを放とうとするが、瞬間的に糸が首を縛りあげる。

マミが操作を行うと、連動した糸が動いて魔獣の首が強制的に操作される。

まさに操り人形だ。そのまま従者達は、首が曲がったままレーザーを放ち――

 

 

「ぐあぁああ!!」

 

 

魔獣のレーザー群がバズビーの背中に直撃する。

その衝撃と威力で、ワイヤーの拘束が緩んだ。

それはつまり杏子とさやかを解放すると言う事。加えてバズビーはダメージを受けて怯んでいる。

 

 

「ラァアアッッ!!」

 

「ハァアア!!」

 

「ッッ!」

 

 

杏子が斜めに放つ赤い斬撃。さやかが斜めに放つ青い斬撃。

二つはクロスを作り出すと、バズビーの体に確かなダメージを刻み込む!

そうだ。確かな衝撃、確かな痛み。何だ、何だコレは。

またもや人間風情に傷を負わされたとでも言うのか?

 

 

(魔獣の中でも選ばれたこの私が――ッ? 高貴なる私が! 所詮は猿が進化しただけの人間に傷を負わされた!?)

 

「フッ!」

 

 

さらにマミが並べたマスケット銃から放たれる弾丸が、従者達をヘッドスナイプしていく。

加えて思い切り手を引くマミ、魔獣を縛り上げていた糸が強く収束し、その体をバラバラに引き裂いて絶命させた。

 

 

「暁美さん!」

 

「ええ!」

 

 

マミの脇を通り抜けるのは暁美ほむら。ハンドガンを構えて、砂の上を走りぬける。

それに気づいた杏子とさやか。二人は顔を見合わせると頷き合い、それぞれ左右に思い切り跳んだ。

 

 

「魔獣ッ!」

 

「……!!」

 

 

ほむらは走りながら引き金を引いて弾丸を放っていく。

しかしバズビーは驚異的なスピードと反射で、弓を盾にする様に構えて銃弾を弾いてみせた。

だがそれは、ほむらの計算通り。ここはもう箱庭、つまりゲーム内ではない。

と言う事はだ。

 

 

「!!」

 

 

銃弾を防いだバズビーは、すぐにほむらの方を睨むのだが、そこに彼女の姿は無い。

どこへ行ったのか。一瞬の考え、そして湧き上がる答え。

そうだ、ほむらの固有魔法は時間停止。

 

 

「ッ! グッ!!」

 

 

バズビーは突如背中に衝撃を感じて、よろけてしまう。

すぐに振り向くと、そこには当然ほむらの姿があった。

バズビーを激しく睨みつけており、背中に手を押し当てている。

その行動もまた、バズビーにとっては苛立つだけだ。スペックの低いほむらの掌底など、全く痛くも無い。それが分からないのか?

 

 

「ゴミが……!」

 

「黙りなさい」

 

「!!」

 

 

消えるほむら。と、思えば――

 

 

「ぐゥウウウッッ!!」

 

 

体の至る所に走る衝撃。

時間を止めたほむらはバズビーの全身に掌底をぶつけていった。

だが言うても魔獣の幹部。人の見た目をしていたとしても、その防御力は騎士のソレに匹敵する。

ほむらの腕力ではまともなダメージを与える事はできないだろう。

もちろん、ただの掌底ならばの話だが。

 

 

「!!」

 

 

バズビーは余裕から一転、青ざめる。

一発目では気づかなかったが、今ならば分かる体の重さ。

掌底はただの攻撃ではなく、ある物を押し付ける為の物だったのだ。

 

 

「貴様……! 貴様ッッ!!」

 

「………」

 

 

バズビーは全身の至る所に貼り付けられた爆弾の起動ランプが点灯するのを、自らの目で確認した。

同時にピー、と言う音が幾重も重なり合い。

 

 

「ぐああああああぁあぁアァアアアッッ!!」

 

 

大爆発。

周囲の砂を吹き飛ばし、バズビーは苦痛の叫びと共に地面を転がっていく。

爆煙が纏わりつき、その中で凄まじい衝撃と痛みが脳を揺らしていった。

 

 

「ぐッ! ズァア……ッ! ガァアア!!」

 

 

地面に伏したバズビーは、なんとか顔を上げる。

そこに見えたのは、並び立つ5人の魔法少女達の姿であった。

 

 

「ググッ! グガァアァッ!!」

 

 

バズビーが怒りと苦痛に吼える。

彼女を睨みつけるのは、左からマミ、ほむら、まどか、さやか、杏子。

ある者は軽蔑、ある者は怒り、ある者は希望を目に宿して魔獣を見ている。

 

いや、状況的に言えば見下されていると言えば良いか。

余裕の雰囲気を出しているまどか達と、呻き声を上げて倒れているバズビー。

ビキビキと怒りの青筋がまた、いくつも浮かんでいった。

 

参加者達は雑魚。

魔獣――、バッドエンドギアは選ばれし者。

その絶対的な事実を、常に胸に抱えているバズビーにとって、この光景はあまりにも。

 

 

「ここまで馬鹿にされたのは初めてだ……!」

 

 

そして、それだけじゃない。

 

 

「許さん……ッ!」

 

 

まどか達の背後にいたのは、だ。

 

 

「許さんぞ――ッッ!!」

 

 

ヨロヨロと立ち上がると、ありったけの怒りとありったけの皮肉。

そして嘲笑を込めて、『彼女』の名をこう叫ぶ。

 

 

「まどか――ッ! マギカァァアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

この高貴なる魔獣を見下した最高の愚か者の名を。本人の名前と、魔法少女を意味する言葉を合わせて叫んだ。

バズビーの視線の先にはマミ、ほむら、まどか、さやか、杏子が立っており。その後ろには残りの騎士と魔法少女達が変身してバズビーを睨んでいた。

 

参加者は死んでなどいない。塵になってなどいない。

キュゥべえ達によって、これからバズビーが攻めてくる事を知らされたので、油断させる為にニコとベルデが使ったクリアーベントによって透明化していただけに過ぎない。

 

魔獣達が仕掛けた攻撃は、まどかが全て結界で防いでくれた。

確かにこの理の中にいた鹿目まどかでは、魔獣の攻撃を防ぐ事はできなかったかもしれない。

だがしかし、今彼女は舞台に置かれたまどかと一つになった。

つまり半身と半身の融合を果たし、完全体となった訳だ。

故に、まどかは皆を守れた。魔獣の攻撃を防ぎ、こうしてカウンターを叩き込んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体何がどうなっているのです!?」

 

「なんなんだコイツ等は――ッ!!」

 

 

ホールでは、当然その光景を他の魔獣達が確認していた。

下層では『ゲスト型』達がドヨドヨと先ほどから連続して起きているイレギュラーの事態に、ざわめいており、責任者は誰なのかとしきりに吼えている。

魔獣が人間を使って遊ぶのがフールズゲームであり、永遠のルールだ。

なのに何故、画面の向こうでは魔獣が人間風情に負けているのか。

何故これから自分達が滅ぼされる可能性がある、The・ANSWERが行われようとしているのか。

 

 

「ええいッ! 落ち着かんかみっともない!!」

 

 

モニタ近くの席に座っていたゲストの一体が、立ち上がり、周りを落ち着かせる。

円卓の上におかれた瘴気のワインを持って、余裕を見せているのは『ピエール松坂』と言う魔獣だ。名前は適当に人間のものを取ってつけた。煌びやかな衣装に身を包んでいる彼は、既に多くのチップを獲得している。

だからこそ余裕があるのか。他のゲスト達になんの心配もないと笑っていた。

 

 

「我々は高貴なる魔獣だ。それが劣等種族ニンゲンに負ける理由がどこに?」

 

 

瘴気のエネルギーでできたチーズをほおばり、ほらねと笑う。

すると他のゲスト達も、そうかそうかと納得し始めた。

 

 

「まだある。我々がいるフロアの上を見て御覧なさい。そこにはバッドエンドギアの皆様が見えるはずだ」

 

 

オオ! と歓声があがる。

そうだ。今はちょっと非常事態に混乱しているだけ。

ピエール松坂は陽気に笑いながらワイングラスを回していた。

 

 

「きっともうすぐバズビー様が愚かな参加者を血祭りにあげてくれる! そうすればまた楽しい楽しいフールズゲームに我々は興じることができるのだっ!」

 

 

拍手が巻き起こる。

ピーエルは自慢げにお辞儀をすると、酒をもってこい、料理をもってこいと声高らかに叫んだ。

愉快な愉快なフールズゲーム。次は誰に賭けるや、次は誰が苦しんで死ぬのやら。

考えただけで喜びが溢れる。

 

 

「次は私は鹿目まどかが醜く死ぬほうにかけよう! チップは大目! 大博打だ!」

 

 

そうだそうだ、何もおかしな事じゃない。

すぐにまた元通りだ。ゲスト達は大笑い。慌ててしまった事が恥ずかしい。

参加者達が魔獣の存在に気づいたからどうした。モニタの向こうに騎士がひとりいない気がするが、それがどうしたと言うのか。

なんの問題もない。FOOLS,GAMEは終わらない。新しい絶望を紡いでくれる。

 

 

「よし来た! ここは哀れな参加者共が、バズビー様によって蹂躙される記念に、あえて人間のやり方で祝おうではないか!!」

 

 

ピエールはグラスを持ったまま両腕を上げては下し。上げては下し。

 

 

「ばんざーいッ! ばんざーい!」

 

「おやおやピエール様ってば」

 

「いやしかし戯れに乗るのも一興か! のほほ!」

 

 

他のゲスト達も釣られて両腕を上げ始めた。

 

 

「魔獣ッ、ばんざーい! FOOLS,GAMEばんざーいッ!」

 

 

ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい! 人間死ね死ね! 人間死ね死ね!

大盛り上がりのホール下層。ピエールもご満悦である。

その時だった。ピエールの後頭部が掴まれ、そのまま顔面が円卓の上に叩きつけられたのは。

 

 

「バンザビュッッッ!!!!」

 

 

間抜けな声が聞こえた。

あれだけ盛り上がってたホールが一瞬で静寂に包まれる。

 

 

「アァァァァ」

 

「「「!?」」」

 

 

身の毛もよだつ程恐ろしい、獣の呻き声が聞こえて来た。

 

 

「ぽげェ……」

 

 

静まり返るホール。だからピエールが口にした間抜けな声がよく通る。

テーブルに叩きつけられたので、いろいろ料理のソースやら瘴気で作ったパスタが顔にこべり付いているじゃないか。

 

ピエールを掴んでいたのは蛇柄のジャケットを着た男。

浅倉威は、グルリと首を動かしてホールにいた魔獣たちを確認。

直後、ニヤリと口を吊り上げた。

 

 

「ゥヴン……! ここかァ? 祭りの場所は!」

 

「に、人間ッ!?!?!!??!」

 

「俺も混ぜてくれよォ。ハハッ! ハハハッ!」

 

 

浅倉は掴んでいたピエールを放ると、そのまま蹴り飛ばし、なんと生身のまま走り出した。

咆哮をあげ、豪華な椅子をなんの事無く蹴飛ばし、同じく煌びやかな円卓を打ち倒しながら、無数に控えるゲスト達に突っ込んでいく。

 

全く魔獣を恐れないその精神。

何よりも本来は敵に囲まれている状況であるにも関わらず、声を出して笑っている異常性。

そんな浅倉に言いようのない恐怖を覚えたか、ゲスト型の魔獣たちは恐怖に引きつった声を上げて後退していく。

 

 

「ヒ、ヒィィイ! なんだあの人間は!」

 

「ハハハハハハ!!」

 

 

テーブルの上に手を乗せて飛び上がる浅倉。

なんとそのまま怯んでいる魔獣を生身で殴りにいった。

煌びやかな衣装に身を包んでいるゲストの顔面に、浅倉の拳がえぐり刺さる。

大きく倒れる『アルフォンゾ斉藤』。浅倉は地面に転がっていたワインのボトルを掴むと、思い切り振り回して、近くにいた『キャサリン島村』の頭に直撃させる。

 

 

「ペゲエェ!!」

 

 

ボトルが割れ、瘴気のワインが飛び散った。

どす黒い液体がゲスト達の煌びやかな衣装を汚し、浅倉は鼻を鳴らしてワインを見詰める

 

 

「汚ねぇ色だ!!」

 

 

そのまま割れたボトルを戸惑っていた『オーシャンズ有岡』の顔面に突き刺すと、次の獲物を探しに走る。

パニックになるホール。中層にいる魔獣達も浅倉の出現を確認して絶句していた。

 

 

「あ、浅倉威ッ! なぜこの場所が……!」

 

 

蝉堂は身を乗り出して状況を確認する。

悲鳴が木霊する中、浅倉は現在『トリミアン牧野』の耳を噛み千切っていた。

 

 

『オイラだよ』

 

「!」

 

 

バッドエンドギアの前に現れたのはジュゥべえ。

どうやら彼が、浅倉を連れてきたらしい。

 

 

『テメェらが悪いんだぜ? 黙ってゲームを受け入れないから』

 

 

素直にゲームが始まってから参加者を潰す選択を取れば、妖精達も何も言わなかっただろう。

しかし魔獣はゲームが行われるというのに、それを拒み、参加したくないからと始まる前にゲームを滅茶苦茶にしようとする。

 

 

『ガキかよ』

 

 

ジュゥべえは笑えるぜと、彼らを小馬鹿にしていた。

 

 

「お前ぇええッッ!!」

 

『待て待て! 悪い事ばかりじゃねぇよ。アイツが邪魔なら今ココで消せば良い。魔獣様には余裕な事だろ?』

 

 

ゲスト達だって立派な魔獣だ。言葉を話せる分、従者型よりよほど強い。

対して浅倉は人間。それも生身だ。レーザー一発でも当たれば死ぬだろう。

現に今、下層にいるゲストたちは冷静さを取り戻したのか。

逃げ惑いながらもそれを理解したらしく、浅倉にレーザーを当てようとモザイクを光らせた。

殺す気満々である。なのだが――……。

 

 

「ウラァア!!」

 

 

浅倉の豪快な回し蹴りが、今まさにレーザーを放とうとするゲストの首を、通常ならば曲がらない方向まで曲げる。

故に軌道がブレ、浅倉ではなく他の魔獣に直撃するレーザー。

それが他の魔獣の怒りと焦りをかって、反射的にレーザーを発射させた。

浅倉はと言うと、倒したテーブルの影に隠れながら移動し、他の魔獣の場所まで一気に駆け抜ける。

 

 

「殺せ殺せ殺せぇええッッ!!」

 

 

変身もしていない人間に翻弄されるなど、魔獣のプライドが許さない。

浅倉めがけて多くのゲスト達がレーザーを発射した。

しかし浅倉には、焦りも恐怖も微塵も無い。とは言えそんな事を言っていられる状況でもなくなった。ゲスト達のレーザーが円卓を蒸発させ、浅倉を光で包み込む。

 

 

「やった! 黒こげだぁ!!」

 

 

確かに黒焦げだった。ピエール松坂が。

 

 

「??!?!??!!?」

 

「な、なんでェぇ……」

 

 

真っ黒になったピエールは呟くよう言って動きを停止する。

そうだ。浅倉は走り、ピエールを掴むと前に掲げて盾にしたのだ。

そこへ直撃するレーザー。ピエールがウェルダンになるのは当然である。

 

 

「ゲストを盾に!?」

 

 

よりザワつくホール。

その中でも浅倉の笑い声はよく通っていた。

炭同然となったピエールを文字通りゴミの様に前へ放ると、その体を踏み潰して前に出る。

 

 

「な……、なんて無礼な事を……ッッ!!」

 

 

ピエールが口にする。

だから浅倉はこう答えた。

 

 

「そこにいた、お前が悪い」

 

「ァヵ――ッ、ばけ……、も――」

 

 

浅倉はピエールの頭を蹴ると、炭になった頭部は簡単に砕け散った。

ゾッとした得体の知れない何かが、魔獣達の背中を駆け巡る。

 

餌として認識していた人間の放つ気迫。

それに今、確かな『感情』を自分達は抱いたのだと、誰もが理解したことだろう。

そして浅倉はゆっくりと、かつ鋭く、魔獣たちを睨みつけた。

丁度死んだピエールが粒子化してホールから消滅する。

魔獣とはそれすなわち虚空の存在。どれだけ人の形を真似していようが、根本は負の感情の集合体なのだから。

 

 

「アァァ、分かるか? お前ら」

 

「「「ッ!?」」」

 

「俺の中に眠る……」

 

 

そう、魔獣は忘れていたのだろう。

その感情を。それこそまさしく――!

 

 

「苛立ちが――ッ!」

 

「ジャアアアアアアアアアア!!」

 

 

魔獣達がつい先ほどまで参加者の死を見て楽しんでいたスクリーンが粉々に砕けた。

それを突き破って現れたのは、ベノスネーカー、ベノゲラス、ベノダイバー。

ミラーモンスター達は浅倉のイライラに呼応したかの様に咆哮を上げ、ホールの中を激しく暴れまわる。次々にゲスト達を噛み砕き、打ち砕き、感電させていく。

 

 

「ハハハハハハ!!」

 

 

ゲスト達の絶叫とも言える悲鳴の中に重なる、浅倉の楽しそうな笑い声。

構えを取って王蛇に変身すると、ユナイトベントの音声が流れる。

 

 

「イギャアアアアアアアアアアア!!」

 

 

ゲストの悲鳴がブラックホールの中に吸い込まれていく。

そんな中、王蛇はゆっくりと首を回しながら中層に視線を合わせる。

唖然としているバッドエンドギアのメンバーに、人差し指を向けた。

 

 

「初めてだぜ。北岡以上に俺をイラつかせてくれた奴はな」

 

「!」

 

「今すぐ降りて来い。ンン……!」

 

 

王蛇ははネットリとした声で言い放つ。

 

 

「全員、一人残らずブッ潰す」

 

「「「「「!!」」」」

 

『おーおー! 言われてるぜぇ? 魔獣さんよぉ!』

 

 

そう煽りながら消えるジュゥべえ。

その言葉に反応したのか、中層から一人の男が降って来た。

紺のレザーコートに身を包み、赤いワンレンズのサングラスをした恰幅のいい大男。

名は『イグゼシブ・ハバリー』、彼もまた上級魔獣バッドエンドギアが一人である。

 

 

「図に乗るなよ、人間。少し無礼が過ぎるのではないか?」

 

「おォ。雑魚ばかりかと思っていたが、なかなか面白そうな奴もいるな」

 

 

サングラスで表情は隠れているが、それでも凄まじい怒りがイグゼシブからは感じられた。

ましてや下層に降り立ったというのに、ブラックホールの引力に全く怯んでいない。

他のゲストが柱やテーブルを掴んで必死に耐えているのに、イグゼシブは仁王立ちで王蛇を睨んでいた。

 

しかし余裕の王蛇。恐れる心が全く無いのか。

そればかりか、むしろ一刻も早くイグゼシブをぶちのめしたいと言う欲望しか湧いてこない。

だがそこで、スクリーンの奥から声が。

 

 

「そこまでだ浅倉。挨拶は十分だろ」

 

「ふざけるな、もっと遊ばせろ」

 

「アホか! さっさと帰るぞ」

 

「……チッ!」

 

 

王蛇は大きな舌打ちを零すと、ジェノサイダーに命令を出し、小さなブラックホールを真横に出現させた。

やれやれと言った様子で、王蛇はその中へと入っていく。

 

 

「逃がすか!」

 

 

イグゼシブはすぐに地面を蹴るが、彼は気づいていない。

スクリーンの奥に聞こえた人の声。

そして機械音を。

 

 

「ヌゥウ!!」

 

 

激しい光が巻き起こったかと思えば、ミサイルやレーザー、ガトリングの銃弾がこれでもかと言う程に飛んでくる。

超爆発に包まれるホール。多くのゲストを焼き尽くし、煌びやかな装飾品をズタズタにしていく。

15秒ほどだろうか? 気づけば、あれだけ気品に満ち溢れていた下層ホールは廃墟の様にボロボロに変わっていた。

その中に立ち構えるマグナギガと、その背後にて銃を差し込んでいたゾルダ。

 

 

「悪いね。趣味が悪いパーティはさっさと帰りたくなる性分なんだ」

 

 

ゾルダは軽い調子で笑うと王蛇が残して行ったブラックホールの中に消えていった。

ジュゥべえから持ちかけられた挨拶の時間には期限があった、この負のエネルギーに満ちた場所にいては精神に異常をきたしてしまう故に。

 

 

「………」

 

 

爆煙が晴れ、その中で立ち尽くすイグゼシブ。

ホールの下層にいたゲスト型の魔獣はほぼ全てエンドオブワールドにて焼き尽くされる結果となった。

だが同時にイグゼシブは服についた汚れを払うだけ。

肌や服は一部焦げている様にも思えるが、逆に言えばそれだけだ。

エンドオブワールドを真っ向から受けておきながらも、真っ直ぐに立っていられる防御力が見て取れる。

だがそれは問題ではない。重要なのは、人間にココまでしてやられた事だ。

 

 

「申し訳ありませんギア様」

 

「構わない」

 

 

ギアは上層から飛び降り、マントを翻しながら着地する。

ゆっくりと辺りを見回し、その被害をかみ締めていた。

魔獣の遊技場が、遊んでいた玩具に壊された。

 

 

「構わないが――」

 

 

静かに、それは静かに言い放った。

 

 

「虫唾が走る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガァアアアアアアアア!!」

 

「「「「「!!」」」」」

 

 

円環の理。

バズビーを前にして余裕を見せていたまどか達ではあったが、変化が起こったのはその時だった。

立ち上がったバズビーが叫んだかと思うと、彼女の肉体が変質していき、あっと言う間に異形と変わり果てたのだ。

 

それは数秒前の人間の少女と言うイメージを根本から覆す程の物。完全なる化け物である。

人型と言うだけで、その姿はどちらかと言えば蜂の方が近いかもしれない。

基本カラーの金色の体に、桃色の装甲が一部混じっている。

 

 

「確実に殺すッ! 覚悟しろ人間共ッ!」

 

 

赤く釣りあがった目が、参加者達を捉える。

魔獣バズビー。その真の姿こそ、この『バズスティンガー・ブルーム』であった。

ミラーモンスターの力を得た魔獣たち、バズビーはその中でブルームの姿と力を吸収した訳だ。

 

 

「死ね!」

 

 

弦を引き絞ると、弓の前に魔法陣が出現する。

 

 

「スパイラルブルーム!」

 

「くッ!」

 

 

矢が魔法陣を通過すると、螺旋状のエネルギーが纏わり突き、周囲の地形を吹き飛ばしながら突き進んでいく。まどかは盾を出現させるが、着弾と同時に爆発が起き、凄まじい爆風が巻き起こる。だがしかし、その中でもさやか達は反撃の手に打って出ていた。

巻き上がる砂の中を、さやかと杏子は身を低くして走り、再びブルームの元へ距離を詰めていく。

 

 

「ハサビー! レイビー! アイビー! ロズビー!」

 

「ッ!」「!?」

 

「集え! 我が針よ!!」

 

 

上空から飛来してくる黄、赤、黒、青の四色の光。

なんだ? さやかが立ち止まると、その前に着地する青髪のボブカットの少女『アイビー』。

同じく杏子の前には修道着の赤髪の少女『ロズビー』。

さらにブルームの両隣にそれぞれ黒髪のサイドテールの『ハサビー』、黄髪をツインドリルにした少女『レイビー』がそれぞれ舞い降りた。

 

 

「失せよ!」

 

「邪魔なのォ!!」

 

「ぐあぁ!」

 

「うぐっ!!」

 

 

赤と青に蹴り飛ばされる杏子とさやか。二人はまどか達の所に再び弾き戻される事に。

他のメンバーは訝しげな視線を現れた少女達に向ける。

その中でも暁美ほむらは特に焦っていた。時間を止めようとしているのに、何故か魔法が発動されない。するとブルームの隣に並んだ黒髪のハサビーと言う少女がニヤリと笑った。

 

 

「これなら分かりやすいかな?」

 

「!」

 

 

ハサビーが腕を前に出すると、手首に鎖が現れた。

正確には見えるようにしてくれたと言えばいいか。鎖が繋がっている場所は、ほむらの盾だ。

がんじがらめにされているが、特別抵抗感はない。

だとしたらこれは――?

 

 

「私の能力は固有魔法の無効化だ。諦めろ暁美ほむら、私の毒がお前の魔法をゼロにする!」

 

「……ッ」

 

 

その時、ハサビーもまた黒み掛かった紺色の蜂に変わる。

その名はバズスティンガー・ワスプ。

 

 

「ご丁寧に……、どうも」

 

 

ほむらは汗を浮かべて一歩後ろに下がる。

するとその時だった。王蛇とゾルダが一同の下に戻って来た。

それに加え、空が割れたのは。

 

 

「!!」

 

 

まどかは息を呑む。

割れた空から現れたのは、ギアを初めとした上級魔獣バッドエンドギアの面々であった。

それに加え無数の従者型が伴い、ある種それは神々しささえ感じられる光景だった。

ギアを見て一勢にバズビー達は跪いていく。そこで一同はギアが魔獣における(トップ)だと言う事を理解した。

 

 

「アァァ、面白い。一人残らず――」

 

「待って!!」

 

 

王蛇は戦う気満々で前に出ようとするが、それを制したのは、まどかだった。

嫌な汗が全身に浮かぶのを感じている。他の魔獣ならばまだしも、あれは駄目だ!

 

 

『ヤベェんじゃねぇかコレ。なあ、先輩』

 

『ああ。まさかギアまでもプロテクトを突破してくるとは』

 

 

少し魔獣をナメ過ぎていたかもしれない。

完全にコチラのミスだとキュゥべえ、ジュゥべえ。

妖精達のそばにいた優衣も、ギアを見て喉を鳴らした。

あの歯車のような化け物が、兄に禁断の取引を持ちかけてきた全ての現況なのかと。

 

 

『仕方ない――』

 

 

特例だ。向こうがその気ならば。

 

 

『少し、動こうか』

 

 

キュゥべえは静かにそう言った。

 

 

「鹿目まどか……」

 

「ッ!」

 

 

静まり返るフィールド。

そこでギアがポツリと言葉を放つ。

 

 

「支配者と言う言葉の意味が、お前には分かるか?」

 

 

ギアが上空に掌を向けると、そこに巨大な歯車型のエネルギーが出現した。

凄まじい程の絶望が感じられる。圧倒的な恐怖を凝縮させたと言えばいいか。

 

 

「頂点に君臨し、世界の在り方を決める事ができる」

 

 

誰の下につく事も無く。全ての命を意のままに操る。

誰も命令できない、誰も逆らえない。

そう、それはまさに。

 

 

「私の事だ」

 

 

ギアは言う。

まどか達は一つ大きな勘違いをしている。

人が食物連鎖の頂点に立つ時代は、とうの昔に終わりを告げたのだ。

では今、その頂点に立つのは誰なのか?

 

 

「考えるまでもない、魔獣なんだよ」

 

「!」

 

「人が魔獣よりも優れていると考えるのは間違いだ」

 

 

ヒエラルキーは魔獣を頂点として完成を向かえる。

それを理解できない人間は、愚か以外の何者でもないのだ。

間違いは修正しなければならない。誤った歴史は正さなければならない。

その役割は今、魔獣に与えられた物だと理解している。

故に――

 

 

「教えてやろう」

 

「!!」

 

 

空に向って歯車を放つ。

すると鏡が割れる様にして空が弾け飛び、大きな穴があいた。

あの攻撃が自分達に向けて発射されない事に、まどか一瞬安堵したが、すぐにそれが間違いだったと理解する

空からは、凄まじい程の絶望が、負が、ビリビリと感じられたからだ。

 

 

「あ、あれは――?」

 

 

ギアが生み出した穴から何かが降って来る。

黒い服に身を包んだ少女? いや違う、肌の色は青白く、その瞳もまた青色に染まっていた。

人の形はしているが人にあらず。

それはまさしく――

 

 

人形。

 

 

「人の負だ」

 

「ッ!?」

 

 

愚か者の具現。

使えぬ主に愛想を尽かし。そこに目をつけたギアが魔獣の力を与えて自分の道具へと変えた。

モチーフは人間の醜き心が生み出した、良質な負のエネルギー。

 

 

「イバリ」

 

 

金髪のショートカット。

 

 

「ネクラ」

 

 

白い十字が刻まれた帽子。

 

 

「ウソツキ」

 

 

赤毛のショートカット。

 

 

「レイケツ」

 

 

クリーム色のロングヘア。

 

 

「ワガママ」

 

 

花飾りがついたつばの広い帽子。

 

 

「ワルクチ」

 

 

茶髪のボブカット。

 

 

「ノロマ」

 

 

ロングスカートの金髪ショート。

 

 

「ヤキモチ」

 

 

額を半分出したロングヘア。

 

 

「ナマケ」

 

 

黒い丸帽子を被った前髪を整えた金髪。

 

 

「ミエ」

 

 

額を大きく露出したショートカット。

 

 

「オクビョウ」

 

 

くせッ毛。

 

 

「マヌケ」

 

 

お団子ヘア。

 

 

「ヒガミ」

 

 

黒い帽子を被った黒髪。

 

 

「ガンコ」

 

 

三つ編み。

人の負の感情を具現したと言う14体の少女人形達は、魔獣達の前に降り立ち、ペコリとお辞儀を行った。

 

 

『色から生まれ、空にはあらず、此岸の淵こそ我らが舞台!』

 

 

クララドールズ。

言葉を与えられたのか、甲高い機械音の様な声が14個重なった。

そして少女人形達は、皆例外なく手に黒い糸を持っていた

。その先に繋がっていた物が、今、姿を現す。

 

 

「イツトリ……!」

 

 

青ざめるまどか。見えたのは巨大な脳みそ。

そう、人形達が連れてきたのは史上最強にして、神の位置にある忘却の魔女イツトリであった。

ギアたち魔獣を生み出した存在であり、現在は逆に魔獣の道具として存在しているのは皮肉なものか。

 

 

「お前達にチャンスなど無い」

 

「!」

 

「絶望こそが、お前達の最高のアクセサリーだ。それだけを身につけていれば良い」

 

 

ギアの合図を受けて光る脳みそ。

そしてシンクロするように、ギアの右手もまた同じくして、光り輝いた

 

 

「見えるか? これがマギカを、騎士を殺す力だ」

 

 

怒っているんだよ、神は、私は。

叶いもしない願いを叶えようと吼える醜さは、もはや罪だ。

こちらは少女の一人遊び、自己満足に付き合わされる道理など無い。

であるならば、今すぐにその存在ごと消えてしまえばいい。

 

 

「神崎優衣、インキュベター、貴様らも例外ではない」

 

「!」

 

 

魔法少女に、騎士に少しでも味方をする。それは魔獣にとって最大の裏切りだ。

その様な存在はいらない。存在する価値も理由も、ましてやそれを魔獣が許すことは無い。

可能性は悪だ。一パーセントでも参加者に希望を与える事は許されない事なんだ。

だから――

 

 

「死ね」

 

 

イツトリの力を得たギアの一撃が放たれる。

前方に歯車が現れ、そこから凄まじい大きさのレーザーが放たれた。

色は黒と言うよりも闇だ。なにもかもを飲み込んでしまいそうな程の闇。

それは参加者を呑みこみ、一瞬で無へと返す。

そう、死ではない。無へと還すのだ。

 

 

「あぐぅアぁあッ! ウうゥゥゥうッッ!!」

 

「……ほう」

 

 

参加者の前に立ったまどかは、最大出力のアイギスアカヤーを出現させて攻撃を防いでいた。

ドス黒い中に一筋だけ見える桃色。まどかは歯を食い縛り、目をギュッと閉じて大粒の汗を浮かべながらも、後ろにいる参加者を守るために魔力を解放し続ける。

 

 

「………」

 

 

無言のギア。だがその心には大きな戸惑いがあった。

何故一撃で死なないのか。何故防ぐと言う事が可能になっている?

イツトリは魔法少女をねじ伏せる概念。なのに何故、魔法少女に抵抗が許されているのか。

 

 

(まさか……)

 

 

騎士とのパートナー契約か?

魔法少女は騎士と契約すると、その騎士の紋章が服に刻まれる。

インキュベーターが仕組んだただの演出かと思っていたが、まさかアレが騎士の一部だと認識されていれば?

つまり『魔法少女』ではなく『魔法少女&騎士』と言う独立した存在となっているとしたら?

 

 

(インキュベーターめ、予めこうなる事を予測していたか)

 

 

いや、魔獣たちは知らないが、正しくは優衣がデータに細工したが故なのだが。

とにかく簡単に言えばこうだ。

イツトリは魔法少女に対して無敵の力を発揮できる。しかし参加者である魔法少女は、ただの魔法少女じゃない。騎士の力が混じった全く新しい存在なのだ。

故にイツトリの力が完全に及ばないのだと。

 

 

(やはり放置は危険だな)

 

 

ギアは察する。

ここで確実にまどか達を殺さなければ、自分達の存在が危ないかもしれない。

人間は非常に弱く、脆く、愚かでどうしようもない生き物だと言う事は分かっている。

だがそのしぶとさ、ゴキブリ並みの生命力は認めているところだ。

その足掻きが、遅効性の毒となれば?

そうだ。思い出せ。だからこそ城戸真司の様な馬鹿がおかしな事を言い出した。

それが脅威へと昇華する? とは言えど、それにしては――

 

 

「無様な姿だ」

 

「うぁあぁああッ! ズァッ! ぐぅぅッ!」

 

 

再びフィールドを包む嘲笑。

魔獣達はまどかの耐える姿を滑稽だと笑い、情けないと笑い合う。

確かに間抜けな声を上げ、見苦しい表情を浮かべている姿は酷く惨めだ。

あげくに守られている他の参加者は棒立ちになっているではないか。

皆が思っている筈だ。魔獣達の力を見て勝てる訳がないと。

 

 

「我等に勝ち、その上で全員で生き残る。無理に決まっているな」

 

「無理じゃ……、無い――ッ!」

 

「本気で言っているのか? だとしたら城戸真司。あの男と同じ、馬鹿の極みだな」

 

「真司さんの想いをッッ! 馬鹿に……ッ、しないでッッ!!」

 

「吼えるな屑が、もはや存在その物が目障りだ」

 

 

ここまで愚かしいと逆に哀れになってくる。

ギアは力を上げ、まどかは膝をついて呼吸を荒げる。

 

 

「そもそも、次のゲームが来る前にお前達は死ぬ。無駄な抵抗を続けている事が分からないのだろうか? このまま競り合いを続ければ、先に砕けるのはどちらか、お前自身が分かっているだろうに」

 

「それでもッ、わたしは……! みんなを守る!!」

 

「馬鹿の一つ覚えだな。何よりも軽い言葉にしか聞こえない」

 

「だけどッ、それがわたしの願いだもん!!」

 

 

それに――

 

 

「皆と約束したから!!」

 

「誰もそれを覚えていない」

 

 

輪廻が始まれば、マミの部屋で過ごした思い出も約束も皆消え去る。

 

 

「ううんッ! わたしが覚えてる!!」

 

 

その時、後ろにいる参加者の目の色が変わった。表情が確かに変わった。

 

 

「わたしは皆が大好きだから! こんな所で死なせないッッ!!」

 

 

まどかは強く、それは強く魔力を込める。

しかし返って来たのは、やはり嘲笑だった。

まどかが愚かだと笑う魔獣達の声ばかり。

 

 

「下らないな、ああ下らない」

 

「笑わないで! 下らなくなんかないッ!!」

 

 

円環の理の中でさえ、まどかは今までに何度も絶望しそうになった。

 

 

「でも、友達に支えられて! わたしは踏みとどまる事ができた!」

 

 

多くの人達の希望を見て、わたしも諦めない気持ちを持つことができた。

たとえもう一人の自分が絶望したとしても、理のわたしが諦めなかったからこの今がある!

そのチャンスを作ってくれた真司さんの為、そして仲間の為に絶対に――ッ!

 

 

「もう何があってもッ、わたしは絶対に挫けないって決めたの!!」

 

「忘れたか。その仲間に何度裏切られた? その人々に何度苦しめられた?」

 

 

今、後ろにいる何人の参加者に馬鹿にされ、傷つけられた?

 

 

「それでも守りたい? 本当の馬鹿だな。救いようが無い」

 

 

ギアは一蹴する。

そもそも気の遠くなる輪廻の中で、守れた試しも、手を取り合えた試しも無い。

常に誰かが傷つき、殺しあう。

 

 

「それでも、それでもわたしは皆を信じているから! 皆を嫌いになんてなれないから!」

 

「なに?」

 

「まだ仲良くなれる人達がたくさんいるって、信じてるから!」

 

「世界は、お前を認めはしない。たどり着く結末は絶望のみだ」

 

「世界はそんなに残酷じゃないよ! だから、それを証明してみせる!」

 

 

一番の嘲笑が巻き起こった。

証明してみせる? この状態で? 今までの結果で?

そして何よりも、もうすぐギアの力に敗北するだろう、この状況で?

 

 

「ならば面白い。その夢を抱きながら、絶望に呑まれろ」

 

「ググググッ! ぅうぅううッ!!」

 

「お前に現実を教えてやろう」

 

 

ギアはイツトリに視線を向ける。すると呼応する様にしてイツトリの脳が光り輝いた。

膨れ上がる力、そしてヒビが入るまどかの盾。

歯を食い縛って必死に耐えてはいるが、終わりの時がやってきた様だ。

 

 

(いやだ――ッ!!)

 

 

まどかは思う。

だが反対にヒビは酷くなっていくばかり。

耐えられない? どうしようもなさを覚えて、悔しさがこみ上げてくる。

だからだろうか。まどかの目から一筋の涙が零れた。

その雫が、乾いた砂丘に落ちた時――

 

 

「まどか!!」

 

「!!」

 

 

無数の手が、まどかの手に重なった。

 

 

「え?」

 

「ッッ!」

 

 

振り返った時、そこにいたのは――

まどかを除く12人の魔法少女。

そして真司とリュウガを除く11人の騎士だった。

 

 

「み、みんな!」

 

 

まどかを包み込む様に立つ魔法少女と騎士。

魔法少女達は、まどかに魔力を分け与え、騎士達はガードベントを使ってギアの攻撃を受け止める。

王蛇に至ってはただ動いていないと落ち着かないだけなのかもしれないが、ベノサーベルでガシガシとギアのレーザーを彫る様に剣を打ち付けていた。

特にオーディンのゴルトシールドの強度は凄まじく、僅かではあるものの余裕が生まれる。

 

 

「何だと……?」

 

 

何をしているんだアイツ等は? ギアの思考が一瞬停止する。

あれだけ争い合っていた参加者が、同じ事をしているだと?

鹿目まどかに、協力しているだと――!?

 

 

「何故だ――ッ!」

 

「何故ぇ? 決まってるだろうが!」

 

 

一番最初に口を開いたのは、美樹さやかだった。

まどかを強く抱きしめる様にして、自分の魔力を注ぎ込んでいる。

そして魔獣達を睨み、大声で叫んだ。

 

 

「まどかがッ、友達だからだよッッ!!」

 

「!」

 

「さやかちゃん……!」

 

「ごめんまどか! ちょっと怯んでた!」

 

 

他の参加者はどうか知らないが。

少なくともさやかは、ギアの攻撃を見て、確かに怯えを抱いてしまった。

そしてこれより始まるゲームの難易度を考えれば、誰もが思考が止まってしまうものでは?

誰もが無理だと諦める。しかし今、まどかを見ていたら体は自然に動いていたと。

 

 

「それはほむら達も一緒でしょ?」

 

「ええ!」

 

 

ほむら、ゆま、マミ、サキ、かずみは強く頷く。

友達の為に同じ道を歩む者。

そして中には、別の思いを抱く者も少なくは無い。

 

 

「ここで死ねば終わりなんだろ。だったら、それは冗談じゃねェっての!」

 

 

絶対に殺したい奴を見つけたんだから。

杏子は目を細めて、魔獣の中にいるシルヴィスを睨みつけた。

シルヴィスも杏子の視線に気づいたのか、口が裂ける程、歪な笑みを浮かべて見せる。

 

 

「淳くんとのラブラブメモリー! こんな所で終わらせたくないもん!」

 

「この偉大なるユウリ様の最期がッ、あんなカス共に殺されるとか冗談じゃないッ!」

 

 

純粋に死にたくない者や、野心に溢れる者。

 

 

「世界の平和を乱す最大の敵が、今やっと分かりました……!」

 

「グギギギッ! あいつ等最ッ高にムカつくよ!」

 

「城戸の奴に協力しておきながら、ココでまどかに協力しない理由は無い」

 

 

織莉子、キリカ、ニコ。成し遂げなければならない目的がある者。

過程は歪かもしれない。しかし誰もが皆、思うのだ。

ここで死ぬ訳にはいかない。あんな奴に負ける訳にはいかないと。

だからこそ魔法少女達は、まどかに魔力を分け与えるのだ。

と、ココで先ほどは姿を消していたジュゥべえが現れた。

 

 

『今回は特例だ! 今からこの状況を打破できる、かもしれねぇカードを一枚くれてやる!』

 

「なんだと!?」

 

 

キュゥべえとジュゥべえは、盾を構えて踏ん張っている騎士達のデッキにそのカードを差し込んでいく。

本来、肩入れはあまりよろしく無いのだが、状況が状況だ。

ゲームで決着をと言っているのに、魔獣の連中の勝手が過ぎるので仕方なく。

 

 

「前書きはどうでもいい、効果を早く言え!」

 

 

ジュゥべえは打破できるかもしれないと言った。"かもしれない"と言う事。"かも"である。

つまり確実に打破できるとは限らない訳だ。それを言うと、キュゥべえは謝罪を一つ。

 

 

『実はボクらにも何が起こるのか、明確に説明することは難しい』

 

「どういう事だ?」

 

『予想の上で、と言う事さ』

 

 

つまり、こういう事だった。

今現在、参加者達が劣勢なのはイツトリがこの場にいるからである。

キュゥべえ達が持ってきたカードは、イツトリの力を弱められるかもしれないものだ。

確立は100%じゃない。故に約束はできないと。

 

 

「なんでもいいって! 早く使え使え!」

 

 

ファムはすぐにそれをバイザーへとセットする。しかし――

 

 

『エラー』

 

「は!?」

 

 

すると補足を行うキュゥべえ。

このカードには一つの発動条件があると。

 

 

「発動条件?」

 

『ああ、騎士全員の心が一つになっている事さ』

 

「………」

 

 

絶対無理。

誰もが、そう思ってしまう。一番覚えやすい四文字熟語かもしれない。

今までいがみ合ってきた連中が、そう簡単に心を通わせられる筈が無い。

 

 

「子供の時――ッ! どんなヒーローに憧れてましたか?」

 

「はぁ?」

 

 

その時だったシザースがそんな事を言ってみせたのは。

この余裕のない時に何を? 誰もが思っただろうが、シザースは言葉を続けた。

 

 

「私は、誰々に憧れると言うよりはッ、孤高のヒーローが好きでした――ッ!」

 

 

ヒーローは一人だけでいい。子供ながらに覚えた憧れだった。

だが今、目の前でまどかを守るように立ち構えている魔法少女達を見れば、その考えも少し変わってくると言う物だ。

一人の少女の想いを守るために、結果として集合している自分達。

何ともまあ、ヒロイックな物ではないか。

 

 

「そりゃあ魔法少女とかッ、戦隊モンのピンクっしょ!」

 

 

初めに乗ったのはファムだった。

彼女もまた、まどか達を見てこういうノリも悪くないと思ったのかもしれない。

ファムの他にも面白そうだと興味を示す者がチラホラと現れる。

 

 

「オレも戦隊物のブラックに憧れてましたよ」

 

 

インペラーはそう言いながら騎士の後ろの方へ移動していく。

せこいヤツである。他の参加者をちゃっかり盾にしているのだ。

 

 

「レッドって責任押し付けられそうじゃないっすか!」

 

「ははは、佐野さんらしいですね……!」

 

 

重く圧し掛かる衝撃。

ギアはより力を解放して、参加者達を狙った。

 

 

「ぐうゥウ!! て、手塚君はどうですか……ッ?」

 

「アニメやヒーロー物はみてなかったなッ。警察密着24時が大好きだった」

 

「つまんねー奴!」

 

「う゛ッ!」

 

「そういうクソガキはどうなんだよ! どうせビーム出せるとかロボットのパイロットになれるとか本気で思ってたんだろ!」

 

「だいだい正解だよ! ムカつくなお前!!」

 

 

インペラーの言葉に鼻を鳴らすガイ。

シザースは次にタイガに話を振る。

 

 

「水上警察……、かな?」

 

「け、結構マニアックですね――ッ! 上条君はどうです?」

 

「宇宙刑事――ッ、とかですかね……!」

 

「俺はデッカイ奴ならなんでも良かったな。とりあえず合体しとけば良いんだよ」

 

 

ゾルダはそう言って笑い声を。

そして隣にいる王蛇に同じ質問をぶつけてみた。

 

 

「アァァ、そんなモン知るか」

 

「何かあるだろ! 搾り出せ!!」

 

「下らん……!」

 

 

そこでふと思い出す浅倉。

そう言えば昔に本で読んだことがある。

言う事聞かないなら、殺してしまえとか言っていた奴は面白い奴だと思ったとか、何とか。

 

 

「それだ! 信長だ!」

 

「名前なんてどうだっていい。ムカつくならぶち殺す。それが気に入っただけだ」

 

 

かずみはふと、ナイトを見上げる。

 

 

「蓮さんは何に憧れてたの?」

 

「漫画の主人公だ。俺の人生は常にあの漫画と共にあった!」

 

「漫画かぁ、いいよね!」

 

 

話を聞いていたのか。

ニコはベルデに同じ話を振ってみる。

 

 

「あれか? 坊主だろ?」

 

 

意味が分からん。ベルデはニコを軽く殴りながら過去を思い出す。

 

 

「そりゃお前俺だって人間だ。昔はヒーロー物のチャリンコ買って貰った事とかもある」

 

 

本気でヒーローになれるとも思っていた。かもしれない。

なにせ30年以上も昔の事だ。それに人間、どうでもいい事から忘れていく。

 

 

「マジかよ、意外だな……! 気持ちは悪いぞ!」

 

「殺すぞ! 男なら通る道だ。現実を知れば知るほどに忘れていく……ッ!」

 

「ええ、そうですね――!」

 

 

でも、だからこそ、今だけは昔に戻ってみないか? シザースはそう言った。

誰だって一度はあったはずだ。今目の前にいる魔獣の様な奴を倒すヒーローに憧れた時が。

たった一人の少女を守るヒロイックな存在になってみないか? と。

 

 

「………」

 

 

沈黙する一同。空気が重い。

だったらとシザースはさらに続けた。

そうだ、そういうのは理想だった。無理なんだ。

自分たちは魔法少女達ほど根本が優しくない。故に、全員があの魔獣に苛立ちや怒りを抱えている筈だ。それは間違いない筈だ。

今もシザースを巡る殺意が証明している。

 

 

「あのムカつく奴らに一泡吹かせてやりましょう!」

 

 

沈黙する一同。

シザースは思い切り首を振る。

 

 

「クソイラつく魔獣(バカ)共を! 一緒に八つ裂きにするんッです!!」

 

 

ふいに、誰かの声が聞こえた。

 

 

「……今回だけだぞ!」

 

 

カードを抜き取る音が一勢に重なる。そしてバイザーに入れる音もまた同じく。

とにもかくにも第一優先させる思いはただ一つ。目の前で余裕ぶっこいてる魔獣(クソカス)共を――、ブチのめすって事が!!

 

 

『ギリギリかッ!?』

 

 

歯を食い縛るジュゥべえ。

 

 

「無駄だ、今更この状況を覆す一手は無い!」

 

『いやッ!』

 

 

甘い! ジュゥべえはニヤリと笑みを浮かべた。

空には大きな亀裂が見えた。これが何を意味するのか、それがギアには分かっていない。

亀裂と言うべきか、ジッパーと言うべきなのか。

 

 

(未来の落とし前は、今つけろ!)

 

 

そして文字通り、ジッパーが開いて空に穴が開いたかと思えば――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『フルーツバスケット!』

 

「!!」

 

 

空からオレンジが、ブドウが、バナナが、沢山のフルーツが飛んできた。

これだけ聞けばなんとも間抜けな話かもしれないが、あくまでも一見した感想がソレなのだから仕方ない。

 

当たり前の話ではあるが、ただの果物でこの状況が覆る訳は無い。

ではカードの意味は無かったのか?

いやいや、それはもちろんただの『果物』ならばと言う話。

果物の形をした『鎧』。力の結晶だったとすれば――?

 

 

「グゥウッッ!!」

 

 

ギアの攻撃が中断されると言う、魔獣達にとって全く予想していなかった事態が起きる。

空から飛来してきた果物の形をした鎧が、次々にギアに突進を仕掛けていったのだ。

織莉子のオラクルを巨大化させたと言えばいいのか。縦横無尽に暴れまわる果物達は、魔獣を次々に吹き飛ばしながら最後はイツトリにぶつかっていき、その反動で空に舞い上がる。

 

 

「――!!」

 

 

空に円形状に並ぶ果実達。その中心には一人の青年が見えた。

果物達と共に砂丘に振ってくる青年は、腰にあるドライバーの装飾を操作していた。

すると――、音声!

 

 

『ロック・オープン!』

 

「あれは……!」

 

 

頭を抑えるかずみ。

歪な記憶がフラッシュバックしていった様だ。

あれは、まさか――

 

 

「紘汰……ッ、さん?」

 

『極アームズ!』

 

 

ドンッ! と言う衝撃と共に着地した青年。

その姿は、間とはかけ離れた容姿になっている。

身に纏うのは仮面と鎧。それは紛れも無く――

 

 

『大! 大! 大! 大! 大将軍!!』

 

 

騎士の姿ではないか。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

この円環の理の残骸である砂丘に突如現れたのは一人の騎士だった。

白銀の西洋様式の鎧を身に纏い、胸部の鎧には数々の果実が描かれている。

騎士・鎧武(ガイム)は、マントを翻しながら、一直線にギアの元へ駆けていった。

 

突然の事に再び思考が停止する魔獣達。

その中でもギアだけはしっかりと鎧武同じくマントを翻し歩き出していた。

向けられたもは『敵意』なのだから、お応えしなければ申し訳ない。

 

 

『大橙丸!』『バナスピアー!』

 

 

鎧武はドライバーについていた鍵の様な物を二回ばかり捻った。

すると和をイメージした音声と共に、武器の名が告げられる。

気づけば鎧武の両手にはオレンジ色の刀と、バナナをイメージした槍が握られているではないか。

 

 

「ォウラァアィ!!」

 

「フッッ!!」

 

 

激しい閃光が二人を包む。

武器を振るった鎧武と、それを受け止めたギア。

両者はギリギリと競り合いを始め、激しく睨み合う。

しかしギアの力に武器が耐えられなかったか、ヒビが入り、直後オレンジの刀と黄色の槍が粉々に砕け散った。

その残骸の中、二人は尚も視線を交差し合う。

 

 

「お前は、まさか……」

 

「騎士さ。未来のな!!」

 

「!」

 

 

鎧武は思い切りギアの腹部を蹴り飛ばす。

わずかに距離が開いた両者だが、怯んでいたギアとは違い、鎧武は既に次の一手を繰り出していた。

 

 

「フ――ッ!」『ソニックアロー!』

 

 

召喚した弓矢を瞬時に引き絞る。

ピリョンピリョンと、チャージ音が鳴り響き、弦を放せば光の矢が発射される。

しかしギアはマントを振るうと矢を簡単に弾いて見せた。

 

そのまま二人は並行に走りあう。

鎧武が放つ弓矢を、ギアは次々に手で振り払う。さらに反撃にと、歯車の形をしたエネルギー弾を放っていった。

一方鎧武はそれを跳躍で回避し、時にエネルギーの矢で相殺するか、弓についた刃で相殺していく。

しかしギアの連射性が上回っていたか、矢を越えてエネルギー弾が次々に鎧武に命中していった。

 

 

「グッ!!」

 

「フンッ!」

 

 

鎧武の装甲から煙があがり、膝を付いて地面を滑る。

それが隙と見たか、ギアは進行方向を鎧武の方へと変えていく。

だが鎧武は唸り声と共に、瞬時立ち上がると、すぐにドライバー中央にある鍵に手をかた。

連続して捻るソレ。次々と電子音がフィールドには木霊する!

 

 

『影松!』『影松!』『影松!』『影松!』『影松!』『影松!』

 

「!!」

 

 

黒い槍が次々とギアの周りに降り注ぎ、円形に地面に突き刺さっていく。

それはまるで檻だ。ギアを閉じ込める影の監獄。

阻まれる道、ギアは槍を掴むと、不快感に唸り声をあげる。

 

 

『メロンディフェンダー!』

 

 

最後に緑の盾が落ちてきて蓋をした。

ギアは真上にある盾を殴りつけ破壊しようと試みる。槍を破壊しようと試みる。

だがどちらも上手くいかない。閉じ込められたギアを確認して、鎧武はさらに鍵を捻る。

 

 

『火縄大橙DJ銃!』『ロック・オン!』『イチ・ジュウ・ヒャク――!』

 

 

召喚した銃へ、『錠前』のようなアイテムを素早く装填した。

銃からは数字の単位が連続して流れ、同時にその銃口をギアに合わせる。

溢れる光。我に返った魔獣達は、すぐにギアに向けてシールドを展開するが――

 

 

「セイハァアアッッ!!」『フルーツバスケット!!』

 

「グッ!! ゥオオォオオ……ッッ!!」

 

 

カラフルに輝く銃弾は、ブルーム達が張ったシールドを簡単に打ち破ると、ギアに直撃して爆発する。砂丘を転がり吹き飛んでいくギア。バッドエンドギア達は、すぐにリーダーが無事かどうかを確かめに走った。

一方、鎧武はまどか達に体を向ける。

 

 

「大丈夫か? アンタ達!」

 

「あなたは……?」

 

 

時間も惜しい。

先ほどカチャカチャ捻っていた鍵を取り外しながら、鎧武は自己紹介を。

 

 

「俺は葛葉(かずらば)紘汰(こうた)。未来の騎士、アンタ等の後輩さ」

 

 

鎧武と呼ばれる騎士は、つまり次世代の騎士。

かずみが参加していたFOOLS,GAMEに巻き込まれた者だとか。

そして鍵を――、『極ロックシード』を投げる。すると鎧武の姿がオレンジの鎧を纏った和風の風貌に変わり、同時に極ロックシードが光となって分裂。

 

 

「!!」

 

 

光は砂丘に着地すると、新たに12人もの騎士が現れた。

バロン、龍玄、グリドン、黒影、ブラーボ、ナックル、イドゥン、斬月真、マリカ、シグルド、デューク。そして(カムロ)

 

早口で騎士の名前を説明していく鎧武。

まどか達はポカンとした様子でそれを聞いているだけしかできない。

だが一つ分かる事があるとすれば――

 

 

「あの脳みそは任せろ!!」

 

 

彼らは味方だと言う事だ。

 

 

「……お前達も所詮は愚かな人間と言う事か」

 

 

倒れていたギアの言葉。

鎧武は拳を握り締めて、それを魔獣達に突き出す。

 

 

「うるせぇ! 魔獣ッ、俺は絶対お前らを許さねぇ!!」

 

 

どうやら鎧武は鎧武で相当鬱憤が溜まっているようだ。

理不尽なサバイバルゲームに巻き込まれた者として、その気持ちはよく分かると言うもの。

 

 

「行くぞ皆ァアッ!」

 

 

鎧武は拳を振り払い、腰についていた刀を天に掲げた。

 

 

「ここからは俺達のステージだ!!」

 

 

返事を口にする者。オウと意気込む者。無言の者。

バラバラだったが、全員同時に地面を蹴って走り出した。

しかしルートはわずかに違う。イドゥンと言うリンゴの騎士はまず優衣たちのもとへ。

 

 

「神崎優衣様ですね。お守りします」

 

「は、はぁ。どうも」

 

 

そこで肩に乗っていたジュゥべえが目を光らせる。

 

 

『はぁーん。テメェが未来の騎士か。龍騎とは構造が違うな……。どうだ? 未来のオイラはイケイケだったろ?』

 

「ええ、最低でした」

 

『……あ、そう』

 

 

さらに冠と言う騎士は、まどか達の前にやって来た。

 

 

「世界が融合を遂げたのは一つだけじゃない。ボク達もまた、時を経て君の世界に引き寄せられた」

 

「え?」

 

「分からなくても良いさ。今、ボクらの世界は分離し、君達とはもう関係無い位置に立っている」

 

 

その時、さらに巻き起こる衝撃。

鎧武が開けた空から無数の光の雨が降り注ぎ、魔獣達に降り注ぐ事でダメージを与えていく。

視線を移せば、そこには西洋の甲冑を身に纏った少女が舞い降りてきた。

 

 

「ラ・リュミエール!!」

 

 

光を纏った旗が凄まじいスピードでイツトリの間近に着弾する。

爆発し光が拡散、魔獣達をより大きく怯ませる。

しかしその中でもイツトリは無傷。どうやら魔法少女を忘れたいと言う強い意志が、魔法少女の攻撃を弱体化させたのだろう。

現れた少女は表情を険しいものに変えつつ、まどかの前に着地する。

 

 

「遅くなり申し訳ありません、女神(デエス)!」

 

「で、でぇす?」

 

 

突如鎧を身に着けた少女が跪くのだから、まどかは混乱してしまう。

 

 

「お、お忘れですか!?」

 

「仕方ないよタルト、彼女は半身と融合して間もないんだ。駒としての記憶が優先されるのは当然の事さ」

 

 

冠は簡単に『タルト』と言う魔法少女の事を、まどかに語る。

先程まどかは、円環の理襲撃時に、自分以外にも一人生き延びた魔法少女がいると言ったが、それこそが今ココにいるタルトなのだ。

 

 

「タルトは君を助けるために未来へ跳んだんだけど、そこでイツトリに見つかってしまってね」

 

 

封印状態にあったのだと。

しかしいろいろあったが、こうして無事に解放された。

未来の地で存在していたが、こうしてジュゥべえ達が過去と現在を繋げてくれたのでやって来る事ができたらしい。

 

 

「さあ、もう時間は無い。君たちは魔獣や人形を抑えておいてくれ」

 

 

イツトリは、僕達がなんとかするから。そう言うと冠の体が白銀の『球体(ボール)』に変わる。

同時にまどか達は頷き、一勢に地面を蹴った。

いまひとつ分かっていない部分もあるが、ここが最大のチャンスだと言う事は理解できる。

 

 

「フッ!」

 

 

初めに冠を受け取ったのは桃の騎士、マリカだ。

ソニックアローと言う弓矢を連射しながら砂丘を駆ける。

もちろんそれを全力で妨害しに来る従者達ではあるが、ブランウイングが現れて強力な突風で動きを封じていく。

さらにサキの雷が、動きを鈍らせた従者達に降り注ぎ、次々と爆散させた。

 

 

「悪いわね」

 

「いえいえ」

 

 

マリカは周囲を見て軽くため息をつく。

 

 

「騎士の紅一点なの? こっちは二人でも大変なのに大丈夫?」

 

「そうそう、周りの男が馬鹿ばっかりだから」

 

 

頷きあうマリカとファム。

長い足を大きく旋回させて、同時に回し蹴りを行い、冠を次の騎士にパスする。

 

 

「プロフェッサー!」

 

「ああ!」

 

 

冠を次に受け取ったのはレモンの騎士であるデューク。

彼を守るように並列し、マミやシザースは銃だの泡だのを発射していく。

そこでデュークは軽い調子でシザースペアに話しかけていた。

 

 

「私は常に他世界解釈論が存在していると信じていた」

 

「は、はぁ」

 

「時空の歪みによるワームホールは過去にも例がいくつかあったからね。そして私は自分の世界を意図的に破壊する装置を作った訳だよハハハ」

 

「そ、そうなんですか……」

 

「そうとも。そして結果的に私たちの世界とDNAが限りなく似ていたこの世界とが融合し――」

 

「つ、つまり?」

 

「ハハハ! 私達の世界がキミ達の世界と融合し、未来でFOOLS,GAMEが行われる事になったのは――」

 

 

全 部 私 の せ い だ☆

爽やかな笑い声と共に冠を蹴り飛ばした。

 

 

「あわわわわ!」

 

 

へたり込むゆま。

ハンマーでとりあえず従者を殴ってみたはいいが、中途半端に手加減してしまったため、全然ダメージを与える事ができなかった。

 

そうしていると従者の反撃が始まるわけで、モザイクが光り輝き、標準がゆまに合わさる。

だがインペラーは別の場所で従者に囲まれている為、助けに向うことができない。

もうダメだ。もうおしまいだ。ゆまは目をつぶって縮こまった。

 

 

「!」

 

 

だがその従者の首が消し飛ぶ。

見ればサクランボの騎士であるシグルドが、冠を蹴っているところだった。

その途中にゆまを助けてくれたのだろう。

 

 

「駄目だね、お嬢ちゃん。子供は大人に任せてくれないとさぁ」

 

 

軽い調子で笑うシグルド。

 

 

「あ、ありがとう」

 

「おっと、気をつけた方がいいぜぇ? 悪い大人はすぐに子供を騙そうとする。けれども悪い子供はいつも大人に反撃する機会を伺っている」

 

「???」

 

「あぁ、まあコッチのハナシだ。気にすんな!」

 

 

シグルドは素早く弦を引いて矢を放つ。それはゆまを通り抜け、すぐ後ろにいた従者に命中した。

一方で飛んでいった冠は、次の騎士のもとへ。

 

 

「全く、面倒な事に巻き込まれたな」

 

 

ソニックアローで従者をバッタバッタと切り伏せながら、メロンの騎士『斬月・真』は砂丘を駆ける。

隣にやってくるニコ。再生成の魔法で斬月の鎧を本物のメロンに変えると、無言でスプーンを差し入れて一すくい。

そして口に入れてサムズアップ!

 

 

「………」

 

 

なんなんだ……。

斬月の鎧が元に戻ると同時に、周りには無数の従者が湧いてくる。

だが斬月は冷静だった。ベルトからメロンを模した錠前、『ロックシード』を取り出すと、それを弓に装填する。

面倒だ、面倒ではあるが――

 

 

「魔獣は気に入らない!」『メロンエナジー!』

 

 

緑色の矢が四散し、魔獣達を次々に吹き飛ばしていく。

同時に冠を蹴り飛ばす斬月。一つ騎士に蹴られるたび、冠にはその騎士をイメージさせる『色』が付与された。

あれはやばい! ブルームは前に出ると、跳躍。

ボールとなった冠を叩き落そうとするのだが、そこで銃声が。

 

 

「ぐっ!!」

 

 

衝撃を感じて墜落。

ゾルダがマグナバイザーを構えていた。

しかし銃弾は彼が放つものだけではない。

 

 

「今ならいいんじゃない?」

 

「どうも!」

 

 

冠を胸で受け止め、蹴り出したのはブドウの騎士、龍玄(りゅうげん)

当然魔獣達も彼を追いかけようとするが、龍玄と魔獣の間にはゾルダが立ち構えており、そこにさやかがやってくる。

 

 

「ようし! いっちょ見せちゃいましょーか!」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

「ま、しっかり合わせてちょうだいよ」『ファイナルベント』

 

 

ゾルダはマグナギガにマグナバイザーをセットする。

今回はそれだけじゃない。さやかはゾルダの背後に立つと、ゾルダの背中の中央辺りに両手を押し付けた。

すると武器を展開しているマグナギガの前方に、巨大な青い魔法陣が出現したではないか。

 

 

「フッ!!」

 

 

引き金を引くゾルダ。

するとエンドオブワールドが発動される訳だが、レーザーやミサイルが魔法陣を通り抜けると、それらが全て『サーベル』に変化を遂げた。

こうして次々と発射されていく無数の剣は、次々に従者に突き刺さり、バッドエンドギアの連中も刃のシャワーに防御をせざるを得ない状況だった。

そして攻撃が終わり、辺りは串刺しになった従者たちで溢れる。

 

「じゃまくせぇ攻撃だなクソが!」

 

 

パンクファッションの女が吼えた。

人間の女に見えるが、バッドエンドギアのひとりらしい。

剣は一本も刺さっておらず、周囲には弾かれた剣が散らばっている。

流石は幹部級といったところか。だが、さやかの口はニヤリと吊り上る。

ピピピピピピピピピピピと音が鳴り響いたのは、その直後である。

 

 

「ッ! まさか!!」

 

「ごめんごめん!」

 

 

さやかは手を前に出し――

 

 

「おまけ忘れてた」

 

 

そして思い切り握り締める。

すると従者型に突き刺さっていた剣や、弾かれて地面に落ちた剣が全て爆発。

凄まじい爆風と衝撃を巻き起こった。

剣型の爆弾を大量に発射する、これが二人のファイナルベント、『エンドレスワールド』だ。

 

 

「ザック!」

 

 

そうしている内に龍玄は指定ポイントまで冠を運んだようだ。

次にバトンを受け取るのは、クルミの騎士・『ナックル』。

 

 

「しゃあああッ! 燃えてきたぜッッ!!」

 

 

ナックルは軽快なステップでレーザーを交わしつつ、襲い掛かってくる魔獣を殴り倒していく。

 

 

「調子に乗るなよ!」

 

 

ワスプは、レイピアを構えてナックルに切りかかった。

 

 

「お前も魔獣の玩具だった存在! 牙を剥くなど片腹痛いわッ!」

 

「うるせぇ! オレ達人間はお前らの道具じゃないッ、一人一人確かな命を持っているんだ!」

 

「ああ、その通りだ!!」

 

 

同意の声が飛んでくる。

ナックルの拳がレイピアを掴んだとき、サイドからそれぞれライアとほむらが走ってくる。

人が何なのかを説くのはおこがましい事かもしれない。

だが少なくとも魔獣の玩具になって一生を終える事が正しい訳が無いと、声を大にして言える。

誰も殺し合う為に生まれた訳じゃない。ナックルも、ライアも、ほむらも。誰もが同じなんだ。

 

 

「ハァアアアアアア!!」「タァアア!!」

 

「グゥウウウ!!」

 

 

ストライクベントで強化したバイザーを押し当てるライア。

ほむらもユニオンでコピーベントを使用する事により、二重の電撃をワスプへ与える。

電撃が体中を駆け巡り、ワスプの動きが鈍った。

そこでワスプは視る。眼前にて、思い切り大地を踏み込んでいるナックルが。

 

 

「くッらえぇエエエ!!」『クルミスカッシュ!』

 

「ガハぁあッ!!」

 

 

胴体に叩き込むストレート。

吹き飛ぶワスプを一瞥し、ナックルは冠を他の騎士のほうへと蹴り飛ばした。

 

 

「初瀬!」

 

「おっと!」

 

 

松ぼっくりの騎士である黒影(くろかげ)は、冠をトラップするとそのまま一直線に走り出す。

向ってくる魔獣は長槍で次々に突き刺していなしていった。

だが――

 

 

「「うごぉ!」」

 

 

前から走ってきたガイとぶつかり倒れる二人。

 

 

「いったいなぁ! 邪魔だよ! お前!」

 

「テメェの方が邪魔だろうが!」

 

「いやいやお前が!」

 

「お前が!!」

 

「ああもう! 今はそんな事をしている場合じゃないでしょ!!」

 

 

後ろ!

あやせが叫ぶと、そこには拳を振り上げ、今にも殴りかからんとするイグゼシブが。

 

 

「「邪魔クセぇ!!」」

 

 

ガイと黒影の拳が同時にイグゼシブの胴体を打つ。

一瞬だけ動きが止まった。それでいい。そこへ直撃するアルカのピッチジェネラーティ。

凄まじい力がイグゼシブを吹き飛ばしていく。

その隙に黒影は次の騎士へパスを送る。

 

 

「城乃内!」

 

「うわわわ!」

 

 

冠を受け取ったのはドングリの騎士である『グリドン』。

しかし他の騎士とは違い、腰が引けていると言うか何と言うか。

 

 

「オレこう言うの苦手なんだよなぁ……ってひぃぃ!!」

 

 

グリドンは迫る魔獣を見て、悲鳴を上げながら逃げる様に冠を運んでいく。

ただ泣き言を言っている割には、コノヤロコノヤロと手に持ったハンマーでボカボカ従者を殴っていた。

そして次の騎士へパスを――

 

 

「あ」

 

 

グリドンが蹴った(ボール)は、離れたところで戦っている王蛇の頭に見事にヒット。

さらに跳ね返った冠が、杏子の顔面にヒットする。

 

 

「「ウラァアアアアアアアアア!!」」

 

「ヒエエエエエエエエエ!!」

 

(何やってんだあいつ等……)

 

 

グリドンを追いかける王蛇ペアを横目に見ながらユウリは汗を浮かべていた。

優衣を守る様に立ち、周囲の魔獣を攻撃していくユウリ、織莉子、イドゥン、オーディン。

しかしこれはひょっとするとひょっとするのか?

 

 

「あ、やば!」

 

 

ユウリは背後に光を感じて振り返る。

するとそこにはモザイクを光らせている従者が。

間に合わない。腕をクロスさせて防御体勢を取るが、そこで熱を感じた。

 

 

「!」

 

 

どこからか黒い炎が跳んできて従者を吹き飛ばしたのだ。

黒い炎? ユウリは辺りをすぐに見回すが、どこにもその攻撃を放ったであろう人物は見当たらなかった。

 

 

「???」

 

 

首を傾げるユウリ。

一方の冠は、ドリアンの騎士である『ブラーボ』に渡された。

ブルーム達は、何が何でも冠のパス回しを中断しようと襲い掛かるが――

 

 

「あら! 一人によって集って。騎士道精神がなっていないんじゃなくって?」

 

「ッ!」

 

「ここは一つワテクシが、プロフェッショナルの動きと言う物を教えてさしあげますわ!」

 

 

ブラーボはドライバーについている小刀を三度振り下ろす。

 

 

『ドリアン・スパーキング!』

 

 

右脚が光輝き、冠をシュートするブラーボ。

すると冠とは別に、ドリアン型のエネルギー弾が幾つも放たれる。

ボールの周りにいくつものドリアン。まさに木を隠すなら森の中とでも言えば良いのか。

魔獣は冠を目で追うが、全く捉えられずに翻弄されるだけ。

 

 

「ぶらぼー!」「ブラボー!」

 

「メルシィ! でもノンノン、ブラーボ!」

 

「「ブラボーッッ!」」

 

「ブラーボッ!!」

 

 

キリカとタイガの拍手を受けて、ブラーボはお辞儀を行っていた。

そして魔獣は捉えられなかった冠だが、そのロングパスの先にいた者は、しっかりと本物を目に映していた。

 

 

「フッ!」

 

 

バナナの騎士・『バロン』は迫る魔獣を見て鼻を鳴らす。

絶対の強者だと自負していた魔獣達が、究極の弱者だと思っていた人間に翻弄されるのはさぞ悔しい事だろう。

だが今、確かに人間は魔獣を翻弄しているではないか。

なぜか? 決まっている!

 

 

「お前らは強者ではない、弱者だからだ!」

 

 

バナナを模した槍が従者達を次々に貫き、爆散させる。

そこへ飛んで来るブルーム。

 

 

「弱者? 弱者だと!? 弱いと言うのか、この魔獣がッ、人間よりも下だとッ!」

 

「言葉も分からんのか! そう言っている!」

 

「ふざけるなァアアアッッ!!」

 

 

バロンに迫る無数の弓矢。多くの命を貫いた死の閃光が、今まさにバロンを捉えようとしている。

しかし矢は一本も刺さらない。なぜならばそれを防ぐ嵐が巻き起こったからだ。

疾風十字星。弓矢を切り裂いた風を感じたのか。

バロンはナイトとかずみの方に視線を移す。

 

 

「危なかったな」

 

「余計な事だ。俺はしっかりと反応していた」

 

 

フンと鼻を鳴らすバロン。

ナイトも呆れた様に鼻を鳴らした。

一方で、かずみは訝しげな視線をバロンに向けていた。

たとえイツトリに都合よく記憶を消されていたとしても、その姿を見れば思い出す物もあろう。

イツトリが司るのは忘却。あくまでも忘れるだけだ。

思い出すと言う事も、可能ではあるのだから。

 

 

「戒斗……?」

 

「ッ、かずみの知り合いか?」

 

「う、うん。たぶん」

 

 

覚えているのは大まかな流れと、それに関する情報だけだ。

戒斗と言う少年がバロンに変身するらしいが、思い出が一つも浮かんでこない。

一方でバロンはかずみを見ると、すぐに隣にいるナイトに視線を移す。

バロンの時間軸ではフールズゲームの勝者は秋山蓮として記憶されている。

色々と思う所もあるのだろう。

 

 

「貴様が秋山蓮、ナイトか」

 

「それがどうした?」

 

「フン。ゲームで勝ち残った奴の顔は、一度見ておきたかった」

 

 

確かめたかったのだ。

勝ち残ったのはまぐれ。つまり偶然だったのか、それとも必然だったのかを。

とは言え蓮は未来において死んでいる。つまりは魔獣に殺される運命だったと言う事だ。

 

 

「気になったまでだ。貴様が所詮はその程度なのかとな」

 

「下らない話だ。だがまあ、一応聞いてやる」

 

 

ナイトは少しからかう様にバロンを見た。

 

 

「俺が勝者では不満か?」

 

「フン、今この場の状況だけでは何も言えんな。だから――、証明して見せろ!」

 

 

バロンはそう言いながら槍を後ろへ突き入れる。

後ろを見ていなかった。だが聞こえる悲鳴は確かな物である。

 

 

「グッ! き、貴様……ッッ!!」

 

「誰も敵わない力。誰もがひれ伏す力。それを持つ者こそ、唯一無二の存在! 強者だ!」

 

 

ブルームの腹部に突き刺さるバナスピアー。

バロンはそのまま槍を振るうと、自分とナイトの間にブルームを投げ飛ばす。

ナイトは呆れた様に笑みを浮かべると、ソードベントとガードベントを発動。

マントを纏い、ウイングランサーを構えてブルームに武器を突き出した。

 

 

「チィイ!!」

 

 

武器を打ち付けあう両者。

黒い斬撃と金色の斬撃がぶつかり合い、激しい火花を散らしていく。

だが雰囲気に呑まれているのか、ナイトがブルームを圧し始める。

だがそれが逆に火をつけたようだ。ブルームは弓で槍を受け止めた時に、赤い目を光らせた。

 

 

「!!」

 

 

羽が高速で震動し、蜂が出す独特の羽音と共に、辺りには凄まじい衝撃が走る。

ソニックブルーム。遠~中距離を得意にするブルームが、相手との距離を離す為に編み出した技である。

ガードを行うものの、後退していくナイト達。

ブルームは動きが止まったナイトへ、矢を連続して発射する。

 

 

「フハハハッ! 痛みに震えろ!」

 

 

マントが矢を捕らえる。ただのガードベントくらい貫くはずだったが――、そこで影が飛び出した。

成る程。ナイトがマントを脱ぎ捨てて、空中からの攻撃を行おうと言うのだ。

 

 

「アホが!!」

 

 

弓だからと言って連射ができないのは間違っている。

ブルームは驚異的なスピードで次の矢を練成して弓にセットすると、向ってくるナイトに向けて狙いを定めた。

魔獣の力、瘴気を注ぎ込み強化させる。

 

 

「吹き飛べ! ブルームシュート!!」

 

「!」

 

 

放たれた金色の矢は、ナイトの腹部を貫くと、文字通りバラバラにして破壊した。

が、しかし、焦るのはブルームの方である。

バラバラになった、それが明らかにおかしい。

 

 

「まさか!」

 

 

いち早く気づくブルーム。

そうだ。ナイトは砕け散った。鏡の様に!

 

 

「しま――ッ」

 

「油断したな」

 

「!!」

 

 

腹部に強力なダークバイザーの突きが刺さりこみ、ブルームはきりもみ状に回転しながら地面を転がる。

ナイトはマントで自分を隠した際に、トリックベントを発動。

分身を向かわせ、ブルームの油断を誘ったのだ。

 

本体は相変わらずマントの裏に隠れており。

ブルームが空にいる分身に必殺技を撃っている間に、地面を蹴って距離を詰めていた。

マントも矢をしっかりと受け止めていたのだ。想いの強さが強度を上げている。

決意の力。魔獣に勝つと言う揺ぎない意思が、騎士のスペックを跳ね上げる。

ナイトは分身に持たせておいたウイングランサーを拾い上げると、大地を踏みしめて構えを取る。

 

 

「フッ、面白い」

 

 

ドライバーについている小刀、『カッティングブレード』を倒すバロン。

電子音が必殺技発動の合図を告げ、彼もまた槍をブルームに向けて腰を落とす。

 

 

「ハァアッッ!!」「ゼァアアア!!」

 

 

ウイングランサーの固有必殺技であるタービュランスと、バロンの必殺技であるスピアビクトリーが同時にブルームに突き刺さる。

風の槍を模したエネルギーと、バナナの形を模したエネルギーが魔獣を貫いた。

悲鳴を上げて後ろへと吹き飛んでいくブルーム。

ダメージは受けつつも、破壊されないところに確かな実力を感じつつ、バロンは足の隣に転がっていた冠を思い切り蹴り飛ばした。

 

 

「貴様が強者なのか弱者なのか――」

 

 

それは、ナイト自身が決めることだ。

 

 

「これからのゲームでな!」

 

「………」

 

 

バロンが打ち上げた冠は、今までの騎士の(ちから)を放ち、凄まじい輝きを放っていた。

彼らはただ単にパスを回していただけではない。

一人一人が己の力を冠に注ぎ込み、力を一つに凝縮させていったのだ。

そしてその最後のパスを受け取ったのは鎧武。

大地を思い切り蹴って跳躍すると、冠の背後に並ぶ。

 

 

「させるかァアアアア!!」

 

 

魔獣達は一勢に、空中にいる鎧武に向ってレーザーだの弓矢だのエネルギー弾だのを発射する。

一方で地面に倒れたまま先ほどからずっと不動のギア。立ち上がる訳でもなく、ずっと鎧武を見ていた。

あれも人間、あれも騎士、あれも参加者。

 

 

「………」

 

 

つくづく腹が立つ――ッ!!

 

 

「―――」

 

 

爆発が鎧武を包む。

魔獣やクララドールズ、しまいにはイツトリの攻撃を受けた鎧武。

流石にアレには耐えられない、誰もが一瞬そう思っただろう。ギア以外を除いては。

人間は害虫だ。しぶとく、見苦しいが、一度喰らいつくと、なかなか離さない者がいるのだ。

そう、まさに城戸真司が。そして葛葉紘汰がソレだ。

 

 

『カチドキアームズ!』

 

 

爆煙を吹き飛ばす鎧武。

そこにいたのは先ほどの鎧ではない。

 

 

『いざ、出陣!』

 

 

全身にヒビが入り、中には砕けている部分もあった。

全身からは出血が見られ、見るからに痛々しい姿。

しかしそれでもあれだけの攻撃を耐え切ったのは、今の鎧武が重厚な甲冑に身を包んでいるからだろう。

 

 

『エイエイオーッ!!』

 

 

鎧武、カチドキアームズ。

特徴は圧倒的な防御力。さらにタルトが防御魔法を発動してくれたからか、魔獣達の攻撃を防ぎきる事ができた。

鎧武はカッティングブレードに手を伸ばす。

 

 

『ガチドキスパーキング!』

 

 

鎧武はオレンジに光り輝く脚を、思い切り冠に打ちつける!

 

 

「セイッ! ハァアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

色とりどりに光り輝き、猛スピードで跳んでいく冠。

抵抗を示すクララドールズ達をまとめて蹴散らすと、イツトリに直撃して大爆発を巻き起こした。

目を見開く魔獣達。イツトリは悲鳴を上げて虹色の炎に包まれる。

 

 

「まずい!!」

 

 

慌て始める魔獣。その中で消失していくイツトリ。

 

 

「やったか?」

 

 

鎧武は着地を決めた。

しかし残念だがイツトリの力は本物だ。彼女は死さえも忘れる事ができる。

とはいえ与えたショックは本物のようで。そのダメージで思考が停止したらしい。

しばらくは何も考えられない、何も忘れる事ができない。

 

それは魔法少女とは関係の無い、純粋なる他世界の力が齎した結果だった。

故にイツトリの力もそれだけ下がり、そのダメージを癒す期間を取るしかない。

 

 

「さあ、あと一歩だ」

 

 

冠はボールから騎士の姿に戻ると、鎧武の横に並び立つ。

持っていた錫杖を地面に打ち付けると、バロンたちが光の球体となる。

冠はもう一度、錫杖で地面を叩いた。するとイドゥンが、りんごの形をした光球になると、他の騎士の光と交わっていく。

 

完成するのは極ロックシード。

鎧武はそれを掴み取ると、そのままドライバーに装填。

鍵を捻ることで再び白銀の形態、極アームズへと変身を遂げた。

 

 

「これでイツトリはしばらく動けない」『大! 大! 大! 大! 大将軍!!』

 

「ヌゥウウッッ!!」

 

 

怒りに震える魔獣達。

一方で反対側に並び立つ魔法少女と騎士。

その中でずっと倒れていたギアがようやく立ち上がった。

 

 

「……いい希望だ」

 

「っ!」

 

 

右手を前にかざすギア。

すると瞬時、そこから小さな歯車が発射され、一瞬でまどかの眼前へたどり着く。

 

 

「きゃッ!!」

 

 

弓を盾にするが、威力もそこそこあるのか。

衝撃で弓が手から弾かれてしまった。

 

 

「だが、もうそろそろ夢から覚める時間だ」

 

「!」

 

 

ギアが掌を前にかざすと、先程とは比べ物にならない大きさの歯車が生まれる。

イツトリの力が無くとも、一端の魔法少女や騎士ならば消し炭にできるだけの力はあるのだろう。

チャージが開始された。とは言え、弾かれた弓を取りに行っている時間はない。

まどかは攻撃を諦め、盾を出現させる準備を。

 

 

『『ソニックアロー!』』

 

「これ、使ってくれ」

 

「!」

 

 

まどかは投げられた弓を受け取る。

プラス――

 

 

「君は、どのフルーツが好き?」

 

「え? えっと……! め、メロンです!」

 

「うし、メロンだな」

 

 

鎧武はまどかの手に、メロンの錠前を握らせる。

その時、ギアの歯車が発射された。だが遅い、キリカの減速魔法がアシストに入ったのだ。

その間に、鎧武はまどかに弓の使い方を説明する。

騎士でもないまどかに使えるのかは微妙なところだったが、まあ魔法が使えるんだから大丈夫だろうと。

 

 

「不思議だな」

 

「え?」

 

「君とは初めて会ったのに、他人の気がしないんだ」

 

 

妹と言うか、姉と言うかなんと言うか。

同じ親から生まれた気分がする。とにかく血を分けた様な感覚なんだと。

 

 

「ははっ、こんな事言われても困るよな」

 

「そんな事……!」

 

「気にしないでくれ。さあ、行くぜ! まどかちゃん!」

 

 

ハッとして、頷く。

二人は錠前を弓にセットし、力いっぱい弦を振り絞る。

狙いを定め、二人は同時に矢を発射した。眩い光を放ちながら、二本の矢はギアの歯車にぶつかり、競り合いを始める。

 

だが無駄だ。ギアには確信があった。

この絶望の力は、そう簡単には打ち破られないと。

それにもしも負けそうならば他の魔獣達に援護を付けさせるだけ。

だからまどか達の攻撃が、歯車を破壊する事はできな――

 

 

「!!」

 

 

その時、虹色の空に幾重もの亀裂が走る。

かと思えば鏡が砕ける音が聞こえ、文字通り空が粉々に割れた。

そしてその向こう側から――

 

 

【ファイナルベント】

 

「「「!?」」」

 

 

バイクに変形したドラグランザーに乗り込む龍騎が現れた!

 

 

「城戸真司ッ!!」

 

「馬鹿な! 何故ココが分かった!?」

 

 

そして何故ココに来れる? 大きくざわめく魔獣達。

他の騎士や魔法少女達も、砂丘に着地する龍騎サバイブにその視線を奪われた。

一方ドラグランザーは爆音を上げ、砂を撒き散らしながら陽炎の中を駆ける。

魔獣のざわめきをエンジン音が全てかき消し、タイヤが通った痕には炎が燃え上がっていた。

 

 

「フッ!!」

 

 

龍騎は前輪を上げてウィリー走行となる。

さらに咆哮。龍騎と同じく、鉄仮面を下ろした姿で、ドラグランザーは口から無数の炎弾を次々に発射する。

それは従者達を焼き尽くし、バッドエンドギアを吹き飛ばし、そして競り合うまどか達の力に加勢してギアの歯車を粉々に砕く。

それだけじゃない。龍騎はそのままアクセルを全開にして、ギアへと突っ込んでいった。

 

 

「ハァアアアアア!!」

 

「グゥゥウウッ!!」

 

 

龍騎はギアの目の前でウィリー走行を解除。

前輪を振り下ろし、ギアを押しつぶそうと試みる。。

突如現れた龍騎に混乱していたか。ギアは抵抗を示すものの、ドラグランザーの発射した追撃の炎に反応できず、防御を崩されてしまう。

 

故にホイールが装甲をガリガリと削り取り、バランスを崩したギアはドラグランザーの巨体に弾き飛ばされる事に。

ファイナルベント、『ドラゴンファイヤーストーム』。

龍騎はバイクとなったドラグランザーでギアを轢き飛ばすと、車体を旋回させてまどか達の所へと戻った。

 

 

「真司さん……!」

 

「まどかちゃん――ッ、無事で良かった!」

 

 

再会を喜び合う二人。

その後ろで、優衣の肩に乗るキュゥべえとジュゥべえは顔を見合わせ首を傾げていた。

はて? なぜ龍騎がココに来れたのだろう。

 

確かに未来の騎士をココに呼び、イツトリと戦わせたのはキュゥべえ達だ。

次世代の魔法少女がいれば、次世代の騎士もいるだろうと睨んだ二匹が、未来のキュゥべえに接触し、冠に事情を伝えたと。

 

しかし城戸真司は次のゲームの舞台のコア。

そしてたった一人の騎士が増えたところでどうにかなる訳が無いと、呼ぶのは止めておいた。

だが龍騎は今ココにやって来た。一体誰がこの箱庭の外、それも円環の理に招いたのか……?

 

 

『ココに人を入れる事ができるのは――』

 

 

まずはインキュベーターだが、キュゥべえ達では無い。

優衣がそうしたとすれば? いや、彼女が細工できたのは最初だけで、今はもう無力だ。

だとすればまどか? いやいや、リアクションを見る限り違うだろう。

だとすれば後は一つ――

 

 

『まさかアイツ……』

 

『可能性としては、かな』

 

 

キュゥべえとジュゥべえは龍騎が開けた穴を見つめる。

おそらく向こうに彼がいる筈だ。

そう、『彼』がね。キュゥべえの赤い瞳は虚空の空間を捉える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「取り返しが付かないわよ。もうココまで来たら」

 

「それでいいさ」

 

「私は、止めたから――ッッ!」

 

 

穴の向こう側。その虚空にて、円環の理を見つめるのは下宮と小巻。

青ざめて引きつった表情の小巻とは対照的に、下宮は唇を少し吊り上げ、パニックになっている魔獣達を見つめていた。

小巻は爪を噛み、下宮を睨むように見つめている。

 

 

「コレがバレれば死刑は免れない。なのになんで――ッ!」

 

「飽きたろ、君も」

 

「え――?」

 

「少なくとも、僕は飽きたぜ?」

 

 

下宮は気だるそうにメガネを整える。

 

 

「飽きた?」

 

「ああ。魔獣が勝ち続けるゲームはね」

 

「っ!」

 

 

同時に起こる異変。下宮と小巻の体が粒子化しはじめた。

おそらくはイツトリの力が弱まった事で、真司の概念が一気に進行を始めたのだろう。

次のゲームがまもなく始まる。理の外にいる下宮達から次の舞台へ導かれると言う訳だ。

 

 

「小巻、次の世界で目覚めたら――」

 

「?」

 

 

ファミレスの名前を告げる下宮。

そこで待ち合わせをと言う事なのだろう。

 

 

「じゃあ、また」

 

「ちょ!」

 

 

消える下宮、小巻もまたすぐに次の世界へと導かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタが龍騎だろ? 会えて良かったよ」

 

「っ? そういうアンタは……?」

 

「俺は鎧武、未来の――ッて、まあいいか」

 

 

時間も無いみたいだ。

鎧武は自分の体が粒子化しはじめるのを確認した。

あくまでも部外者から先に消えるのは道理か。とは言え、まだやる事はあるのだから、何もせずとはいくまい。

 

 

「カードを預かった」

 

「ッ?」

 

「まどかちゃんに預けるつもりだったけど、本人がいるならちょうどいいや」

 

 

鎧武は一枚のカードを龍騎に差し出す。

カードを受け取る龍騎。そこにはなにやら見たことの無い紋章が描かれたカードがあった。

 

 

(つかさ)って奴に預かったんだ」

 

「士……?」

 

「ああ。本当の本当にどうしようも無い時は、ソレを使えってさ」

 

 

必ず龍騎の力になってくれるだろうと鎧武は約束する。

限界がきたらしい。鎧武は最後の言葉を龍騎へ送る。

 

 

「勝ってくれよ、応援してるぜ」

 

「お、おお。ありがとう」

 

「へへッ、じゃあな」

 

 

鎧武はそう言うと完全に粒子となって消滅した。いるべき場所に還ったのだろう。

龍騎は未来の騎士だと言う鎧武に、言い様もない大きな感情を抱いた。

そして今一度、言葉を頭に叩き込む。

 

勝ってくれ。

そう、龍騎は今獣に勝つためにココに立っているんだ。

ドラグバイザーツバイを握り締め、魔獣達を睨みつけた。

すると、このフィールドに拍手の音が。

 

 

「ぎ、ギア様?」

 

「お前達は少し下がれ、彼と二人で話がしたい」

 

 

ギアは立ち上がり、拍手を行いながら龍騎の前にやってくる。

静かに交差させる視線。まず仕掛けたのはギアであった。

 

 

「城戸真司。君の行動には感服させられたよ」

 

「ッ?」

 

「君の行動は凄まじく――、大胆だ」

 

 

難しい判断だと思う。

確かに支配されている状況ならば、ああするしか無かったのかもしれない。

それに記憶を継続できたとすれば、もしかするともしかするのか。

 

 

「フム。だがやはり……、ハイリスクである事は変わりない」

 

 

ギアは龍騎の行動に大きな衝撃を受けている。

ただの人間が魔獣にココまで食い下がる。

それはもう歴史的な事であり、それだけの価値のある事実ではないか。

 

 

「どうだろう? ココは一つ、私と取引をしないか?」

 

「……取引?」

 

「ああ。今の君達なら、記憶の片隅に彼女の事が引っかかっているのでは?」

 

 

ギアは優衣を示す。

もう一度改めて、ギアは騎士達が元は別の世界の住人である事を告げた。

騎士は騎士、魔法少女は魔法少女、二つの歪が交わったから今がある。

 

逆に言えばそれだけだ。

騎士と魔法少女の絆に意味はない。ただそこに存在があったから入れた、それだけなのだ。

であるならば、騎士にとって、それは理不尽な物に感じないだろうか?

勝手にまどか達の世界に巻き込まれ、殺し合いに参加せられる等と。

 

 

「そこでだ。もしも君がゲーム続行を中断してくれるのならば――」

 

 

今ココにいる騎士全員を、元の世界に帰してやろうと言う。

 

 

「……!」

 

「迷う必要は無い。ココは元々、君の世界ではなかった」

 

 

世界が融合した際の違和感は覚えている。

だから龍騎達の世界に再びコンタクトを取る事は可能である。

そしたら帰せば良い、彼ら騎士を全員。

 

 

「もちろん鹿目まどか達の安全も約束しよう」

 

 

なんならば鹿目まどか達を連れて帰っても良い。

 

 

「さあ、ゲームを止めようじゃないか」

 

 

これ以上危ない橋を渡る必要は無い。これ以上苦しむ必要がどこにある?

魔獣達はもう参加者には手を出さない。他の関係の無い人間を狙い続けるかもしれないが、少なくとも参加者の前には現れない。

それに加えて真司達は自分の世界に帰る事ができるんだ。

この現状はゲームで言うなればバグでしかない、正常な状態では無いのだと。

 

 

「我々はもう、十分楽しんだ。君の行動に免じて、君達を解放しようじゃないか」

 

 

無駄な賭けをする必要は無い。無駄な戦いを繰り返す意味は無い。

世界は元ある状態へ戻るべきだ。そう、城戸真司と鹿目まどかは別々のベクトルに生きる人間、交わりつづける必要は無い。

戦いを止めることは真司の願いだった筈だ。ましてやこのまま戦えば失敗の可能性もある。

 

 

「勢いに任せて大賭けするのは、悪いギャンブラーの見本だ」

 

 

そう言ってギアは龍騎に向けて手を差し出した。

 

 

「この手を取れ、城戸真司。我々は分かり合える」

 

「………」

 

 

龍騎は無言でギアの前へと足を進める。

 

 

「賢い選択だ」

 

 

ギアの言葉。

対して龍騎はあくまでも無言だった。

しかし、その後、すぐに返事が聞こえてくる。

 

 

【ストライクベント】

 

 

そう、それは随分とエコーの掛かった意思表示が。

 

 

「――グ!」

 

 

そして――!

 

 

「グォォオッッ!!」

 

 

ギアの顔面にドラグランザーの頭部を模した手甲『ランザークロウ』が叩き込まれたのは、その時だった。

殴った際に炎を発射したか。火の軌跡を残してギアは後ろへ吹き飛んでいく。

 

 

「何をする城戸真司ッ!! ギア様の善意を――ッ! 貴様アァァア!!」

 

 

ブルーム達の怒号の中、龍騎はランザークロウを一同に突きつける。

何をするだと? その質問の答えならばハッキリと口にする事ができる。

色々な事を思い出し、そして思い浮かぶ龍騎の欲望。

絶望だとか希望だとか。ゲームだとか命だとか。そう言うのを全て置いておいて、まずは何が何でも叶えたい願いがあった――

 

 

「お前を一発、殴りたかった!!」

 

「……所詮、猿は猿。知恵の足りない愚か者か」

 

 

ギアは殴られた頬を押さえながらゆっくりと立ち上がる。

声は震え、そこからは確かな怒りが感じ取れた。

ギアは龍騎を最高の愚か者と称してみせる。彼らは今、最後の希望を失ったのだから。

これより、何も変わらない戦いを繰り返す。希望がどうのこうのと、夢物語を口にしながら殺し合う。

 

 

「何も変わらない、何も変えられはしない。それが愚かなお前達にふさわしい末路だ」

 

「いやッ、一つだけ確かに変わる」

 

「――ッ?」

 

「重さが」

 

「何?」

 

 

龍騎はランザークロウを消滅させると、人差し指で魔獣達を示し、吼える。

 

 

「死んでいった参加者達の命の重さが、何倍にもなったッッ!!」

 

 

次のゲームで継承者を増やせば、それだけの記憶が蘇る。

どれだけの命が犠牲になった? どれだけの思いを魔獣は踏みにじる!?

駄目だ、そんなの絶対に認めない、絶対に許さない!

 

 

「もう、これ以上は増やさない!」

 

「城戸真司……ッ!!」

 

 

そこで龍騎は少し首を動かし、優衣を見た。

 

 

「ごめん優衣ちゃん。そっちにはまだまだ、戻れそうにない」

 

「……ううん。それでいい、それでいいよ。そっちの方が真司くんらしいね」

 

 

そしてギアは。

他の魔獣達は確かに理解する。確信する。

城戸真司、この男は――ッッ!

 

 

「俺もまどかちゃんと同じだ」

 

 

守るために力を手に入れた。だったら――!

 

 

「騎士を、魔法少女を、参加者を守ったって良い!」

 

 

この男は確かに危険な存在だと言う事を。

油断すればコチラが負ける。そんな事を思わせる程の力を持っている。

そして同時に何よりも腹が立つ。存在そのものに殺意を覚えさせられる。

圧倒的な希望を放つ龍騎ペアは、魔獣にとって何よりも邪魔な存在だった。

そして他の参加者達も龍騎の姿を見て言葉を失っていた。それぞれ思う所があるのだろう。

 

 

「真司さん……!」

 

「まどかちゃん、絶対に勝とう。魔獣に、ゲームに!」

 

 

壊れた世界で彷徨っていた騎士の世界は、引き寄せられる様にまどか達の世界と融合した。

その事実。そして今までの戦いの歴史。それを無駄にしてはいけない。

今ココに立っている自分こそが本物だ。魔法少女達と過ごした時間が、思い出が全てなんだ。

それを捨てるなんて、できはしないんだ。

 

 

「俺は、お前らを絶対に倒す! そして皆で生き残るんだ!!」

 

 

何度でも口にしてやると龍騎は言う。

何よりもまどか達、魔法少女の無くした未来を取り戻すために。

不安の影は何度だって切り裂いてみせよう。魔獣が何度前に立っても、必ず打ち倒してやると。

とめどなく刻まれた時が今が、ようやく始まりを告げようとしている。

その中で参加者達は変わらない想いを持ち、ループの先にある扉を開くのだ。

 

もう魔獣にゲームを拒む事はできない。彼らの体が徐々に粒子化しているのがその証拠だ。

同じくまどか達の体もまた粒子化をはじめていく。

消え去れば、次に目覚める時は――……。

 

 

「まだ時間はある!」

 

「ハッ! 了解しました!!」

 

 

ブルームの命令で、バズスティンガー達は弓矢を一勢に構える。

しかしそこへ凄まじい突風。見れば龍騎サバイブの隣に並び立つ、ナイトサバイブが。

サバイブとはそれ即ち己の生きる力、己の性質の覚醒。

龍騎は"勇気"、ナイトは"決意"の名を冠するサバイブにて強化を果たしたのだ。

 

 

「蓮……!」

 

「城戸、一つだけ約束してくれ」

 

 

覚醒を果たした心で彼らは走り続ける。それは約束の未来を描くために。

難しい道だ。だから何度も躓いた。しかしどれだけ立ち止まっても、きっと成しえられると思っているから。

だから伝えたい想いがある。

 

 

「最後のゲーム、俺と決着をつけてくれ」

 

「ああ、分かってる」

 

 

そこでキュゥべえの声が脳内に。

ここでの記憶は、ゲームが始まればほぼ全て消滅する。

流石に円環の理での記憶は持っていると非常に協力がスムーズになってしまうからだ。

キュゥべえはあくまでも次の戦いを『ゲーム』として重要視している。

故に魔獣にも勝てる可能性は残さなければならない。

 

あくまでもイーブンに近い形が理想系なのだから。

しかし、それを聞いても蓮と真司は同じ会話をしていただろう。

それが彼らにだけ分かる絆と言うものだ。

 

 

「いいだろう……!」

 

 

ギアは頷き、殺意を解放する。

 

 

「ゲームにて決着をつけてやろう」

 

「ッ」

 

「そして知るが良い。絶望を、闇を、苦痛を」

 

 

ギアの言葉に頷く魔獣達。

彼らは空中に浮かび上がると、ギアを頂点にして空へ昇っていく。

参加者達を見下すバッドエンドギア。

 

 

「無限の苦痛は終わりはしない。次なるゲームでも苦しみの輪廻が途切れる事は無い」

 

「いや、俺が終わらせる!!」

 

「なら追って来い城戸真司。希望が高ければ高い程、落ちた時の絶望もそれだけ大きくなる」

 

 

ゲームでの決着は魔獣にとっても悪いものではなかった。

参加者が希望を抱けば抱くほど、絶望へ変換させる落差も大きくなると言う事だ。

生き残る事、助け合う事、笑いあう事。それが無理だとゲームで教え込んでやる。

 

 

「ゲームの中で、お前達の希望を粉々に粉砕してやる」

 

「させない――ッ!」

 

 

その言葉にいち早く反応したのは鹿目まどかだった。

交わした約束がある。まどかは目を閉じて、それを確かめるように思い出す。

希望だとか絶望だとか色々あるけど。その前にまず、まどかは皆とまた笑い合いたいから。

 

 

「皆と友達になりたいから」

 

 

人はそれを笑うかもしれない。馬鹿にするかもしれない。

でもそれが鹿目まどかの希望なんだ。皆が、誰しもが笑い合える世界。

それが鹿目まどかの希望――!

 

 

「わたしはあなた達には絶対に屈しない! 絶対負けない!!」

 

 

押し寄せる闇は、全てわたしが振り払って進んでみせる!

 

 

「どんなに大きな壁があっても、わたし達は絶対に超えてみせるから!」【アライブ】

 

 

輪廻の先にある明日(みらい)を信じた祈りが、まどかに新たなる力を与える。

サバイブに覚醒した騎士。それは何も、騎士のみに許された権利ではない。

魔法少女もまた答えを出し、騎士と本当に分かり合えた時に与えられる力がある。

生き残ると言う意味のサバイブ。そして生きてと言う意味のアライブが。

 

 

「輝け! 天上の星々!」

 

 

まどかの淡い桃色の髪が一気に伸び、すぐにツーサイドアップの髪型へと変化する。

衣装は白と桃色を貴重としたドレスに変わり、瞳が金色に染まった。

光の翼も常時装備状態となり、神々しい姿はまさに『女神』と言うに相応しい。

それは宇宙の法則を変え、概念になった姿と同じだ。

 

 

「煌け! 極光の円環!!」

 

 

アルティメットまどかと呼ばれていた形態。それはアライブの力によって解放される。

まどかは既に概念の資格を剥奪されている為、以前のような力は出せないかもしれない。

しかし同時に今は騎士の力が入っている為、魔獣に対抗できる力になるのだ。

 

 

「我が示すのは理! 絶望を砕き、悪を滅する光とならん!!」

 

 

まどかの背後に出現する牡羊、牡牛、双子、蟹、獅子、乙女、天秤、蠍、射手、山羊、水瓶、魚。

12体の天使達は、まどかを守る様に位置を取ると、一斉に魔獣達を睨みつける。

 

 

「……!」

 

 

絶句する魔獣達。

一瞬感じてしまったのだろう。敗北と言う文字を。

 

 

「祈りを絶望で終わらせたりしない、この一撃で貫いて!」

 

 

弓を引き絞るまどか。そうだ、これが希望なんだ!

不可能がどうとか、絶望がどうとか、殺し合いがどうとかそんなの関係ない。

魔獣の絶望なんて知らない。だって今、わたしはわたし自身の意志でココに立って魔獣に食い下がっているんだ。

そう、他でもない自分自身の願いと希望で!

 

それを真司が守ってくれた。

その壊れかけた可能性を龍騎は復元してくれた。

これが最後のチャンス。

 

 

「だからわたしは絶対に死なない!」

 

「!」

 

「誰一人死なせない、人が死んで盛り上がる物語なんていらないのッ!」

 

 

金色の瞳が、魔獣たちを貫いた。

 

 

「シューティングスター!!」

 

 

12体の天使が魔獣に向けて一斉に飛んでいく。

しかしその攻撃が魔獣に届くことは無く、魔獣もまた抵抗を示す事は無かった。

なぜならばシューティングスターが届く前に、魔獣と参加者は粒子化が完了して消え去ったからだ。

 

 

『ま、これで何とかなったな』

 

『優衣、今度こそ君は元の世界へ戻ってもらうよ』

 

「うん、仕方ないね……」

 

 

優衣は疲れたように笑う。

仮にもゲームにバグを混入させた身だ。

運営を行うインキュベーターの立場上、優衣を巻き込むのは良しとはできない。

ましてや仮にも神崎との契約もあるわけだし。

 

 

『兄貴と仲良くな』

 

「真司くん達はどうなるのかな……?」

 

「それは、女神達に任せるしかありませんね」

 

 

まだ消滅していなかったタルト。

彼女はこれより円環の理の残骸と共に消え去る運命にある。

しかしそれは死ではない。タルトの拠点は今現在未来にある。

それに、まどか達が魔獣を倒せば、世界はまた新たなる形に再構成されるのだろう。

その時が、また新たなる未来へのスタートだ。

 

 

「頑張って、みんな……!」

 

「応援しております。女神よ」

 

 

優衣は祈るようなポーズを取りながら光となっていった。

タルトもまた、明るい世界を祈りながら消えていく。

 

 

『じゃあ、はじめようか』

 

『ああ、そうだな先輩』

 

 

最後に妖精達が消え、円環の理の残骸は、完全な消滅を遂げた。

そして世界は、城戸真司の概念によって新たなる可能性を導き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――……」

 

 

目を開ける真司。

新たなる世界で目覚め、最後の戦いに挑むのであった。

 

 

 

 

 

 




この話は時間軸的に言えば、本編でジュゥべえが真司に新ルールを告げて、次に目覚めるまでの間に起こった出来事です。

二部からはオリジナル含め、キャラクター数が倍くらいになりやす。
それだけクセもありますが、お付き合い頂ければなと(´・ω・)
二部のキャラ紹介は別に作ります。ええ、ええ。


あと一つ原作と大きな変更点なんですが、サバイブの名前が違います。
原作は真司が烈火、蓮が疾風でしたが、今回は性質名になっています。
つまり真司が勇気、蓮が決意と言う事ですな。


あと未来の騎士達の通りですが、二部からは龍騎だけでなく他のライダーもちょこっと出てきます。
ガッツリって程じゃありませんが、まあまあ……って感じで。


ただ更新はまだ先ですが、『パーフェクトダーク』って言う未来編は完全に鎧武がメインでやります。
これも鎧武キャラとマギカキャラの恋愛要素ありなんで、申し訳ないけどガチ恋勢とカプ厨は我慢してくれよな(´・ω・)


ちょっと鎧武原作じゃ他にフラグ立ってた人がいるっぽいキャラも、マギカキャラと恋の愛なんかをしちゃうので、下に組み合わせ書いておきます。
一応ネタバレなんで、見たくない人は見ないでね































パーフェクトダークの組み合わせは
ガッツリいくのが

ザック×マツリ
光実×沙々


若干漂わせるのが――


初瀬×千里
ラピス×タルト


で行こうと思います。
あとはまあ他にもありますが、鎧武キャラ×鎧武キャラでございます。
更新はまだ先ですし、もしかしたら変わるかもしれないので、(仮)くらいに考えておいてくだせぇ(´・ω・)



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番外編
FOOLS,GAME LIAR・HEARTS(前編)


 

 

※注意

 

この番外編は本編とは違う、ライアペアが主役の独立した一本の番外編です。

以下の要素を強く含んでいるので苦手な方はバックしてください。

 

 

・残酷な描写

・キャラ崩壊

・手塚×ほむら

・小説版龍騎の要素&ネタバレ

 

 

この番外編は当時、『劇場版 魔法少女まどかマギカ新編、叛逆の物語』が公開された直後に書いたので、そちらの要素も若干入ってます。

 

あとF・G本編で隠している事を少し明かしていますが、まどかの原作を見ていれば分かる内容です。

主にほむら関係の事となっています。

 

 

下にスクロールすると簡単なあらすじが出てきます。

さらにスクロールで番外編が始まります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「果てに待つのは、『愛』か【死】か」

 

 

それはもう一つのFOOLS,GAME。

ルール、パートナー、本編とは少し違った七日間のデスゲームがそこにあった。

 

大切な物を。愛した人を守る為には、殺さなければならない。

殺す事が正義なのか。生き残る事が悪なのか。それとも全ては逆か。

24人・12組の参加者が悩み、迷い、苦しむ中でただ一つだけ分かる事。

それは――

 

 

 

このゲーム。戦わなければ、生き残れない!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

FOOLS,GAME   LIAR・HEARTS

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、もう一つのFOOLS,GAME

 

 

扉があった。そして目の前には二つの椅子。

 

 

『やあ、また君か』

 

『チャオ! 調子はどうだい? オイラはバッチリさ』

 

 

椅子に乗っていたキュゥべえとジュゥべえは『あなた』の存在を確認する。

またも現れる存在は過去かのか? 問い掛けると妖精たちは首を振った。

この扉の向こうにあるのは過去でも無く、まして未来でもない。

 

 

『難しいな、まあ簡単に言えば』

 

 

それは有り得たかもしれない世界。

存在していると言えるが、存在しない世界。

 

 

『君はその存在を信じるかい?』

 

 

形無き――、けれども形ある世界。矛盾し相反する存在に囲まれた幻影。

あなたはその存在を確認するのか? それとも意味の無くなった世界は観測する価値のない物だと考えるか。

 

 

『もう分かるだろ? もう一つの世界を視たければ、進むといい』

 

『あんまり良いモンじゃねぇけどな』

 

 

止めはしない。

たとえ悲しみを見ようとも、死を見ようとも。

全て関係ないことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

 

目覚めた時、広がっていたのは病院の天井だった。

ああ、またこの光景か。思わず舌打ちをしてベッドを叩く。

どうしていつもいつも自分はこの景色を見ている?

何故それが当たり前の様になってしまったのか。もっと簡単に変えられる筈だった、悲劇も、絶望も。

 

 

「………」

 

 

まあいい、自分にはチャンスがある。

だったら何度も何度も戦ってやろうじゃないか、それが自分に与えられた役割なんだろう?

暁美ほむらはため息をつきながらベッドから降りる。

するとどうだろう? 何故かいつもとは違うイレギュラーが真っ先に飛び込んできた。

 

 

「……?」

 

 

ベッドに戻りたくなる。簡単に言えば寒いのだ。いつもよりもずっと。

すぐに魔法で体温を調節するが、外を見ればそこには白い雪がチラチラと見えていた。

積もってはいないが、こんな事は初めてだ。

 

 

「なんで……」

 

 

おかしい、こんな事は今までに一度だって無かった。

ほむらの心は大きく動揺していた。何かが変わるのか? 期待と不安が一気に押し寄せる。

カレンダーを見ればいつも目覚めていた時期とは大きく違う季節。

 

 

『不思議か? 暁美ほむら』

 

「!!」

 

 

振り返るとそこには黒い猫の様な動物が。

 

 

「インキュベーター……、なの?」

 

『まあ合ってるが、お前が知ってるのとは違う』

 

「ッ?」

 

『偉大なるキュゥべえ先輩をアシストする、ジュゥべえだ。よろしくな』

 

 

ジュゥべえはほむらのベッドに乗ると、一礼を行う。

その名は聞いた事が無い。次々と変化する異変の原因はジュゥべえにあるのかもしれない。ほむらは警戒心を高め、ジュゥべえを睨んだ。

 

 

「何の用?」

 

 

目覚めたばかりの状態でコンタクトを取ってくる。

嫌な予感しかしなかった。その焦りが表情に出ていたのだろう、ジュゥべえはニヤリと笑ってみせる。

これもまたほむらにとっては初めだ。露骨に感情を出してくるジュゥべえが不気味で仕方ない。

 

 

『正解だぜぇ? 暁美ほむらぁ』

 

「ッ!」

 

 

赤い瞳がギョロリと光った。

ほむらは背中に寒いものを感じたが、それはこの季節の仕業ではないのだろう。

 

 

『今まで随分と好き勝手やってくれたな?』

 

「何の事……、かしら」

 

『おいおい、とぼけんなよ。オイラはもう全てを知ってる。もちろん先輩もな』

 

「………」

 

 

ほむらも、どこかで常に感じていた。

ずっと続く事はありえない。何事もそうだ。

だからいつか、こういう日が来るのではないかと思っていた。

それが今、今日この日だったというだけだ。

 

 

『もうやり直しはできない』

 

「!!」

 

 

その言葉が全てを物語っていた。

ほむらは唇を噛む。それをニヤニヤと確認しているジュゥべえ。

わざとらしく、もう一度同じ事を言ってみみせた。チャンスはもう二度と訪れない。

次は無い。ロードもセーブも全部無理。無理。無理、無理むりむりムリ――……。

 

 

『ってな訳で。今回で全てを決めろ。もうテメェのワガママに振り回されるのはゴメンだぜ』

 

「………」

 

『オイラも、そしてお前も。そうだろ?』

 

「なにを言ってるの?」

 

『疲れたはずだ。繰り返す輪廻はお前を救う事はできない、絶対にな。何故か分かるか?』

 

 

何を言うべきかさっぱり分からず、ただ沈黙するだけだった。

 

 

『お前、ヒデー顔だ』

 

「ッ!」

 

 

ほむらはふと、鏡で自分の表情を確認してみる。ああ、確かに鬼気迫るものだった。

だがそれは仕方ない事だ。ほむらは事の重大さをよく理解している。

ジュゥべえが言った事が本当ならば――。ああ、それを想像するだけで震えが止まらない。

 

 

「それは……、どういう意味なのかしら?」

 

 

間抜けな話だが、それでも白を切るしかない。

とにかく情報が欲しかった。揺さぶりを仕掛けるほむらだが、ジュゥべえは黙って首を振るだけだ。

 

 

『今はまだ教えないし、教えるとしても今の通りだ。全ては――、いずれ分かる事だが』

 

「………」

 

『くれぐれも行動には気をつける事だな。選択肢を一つ間違えれば、お前は破滅だ』

 

 

 

ジュゥべえはそれだけ告げると踵を返す。

そして最後の一言。

 

 

『たった一度の命、大切にしろよ』

 

 

それだけ言って消えて行った。

ほむらは青ざめた様な。けれども無表情を貫いて着替えを始める。

ジュゥべえが言っている事が本当ならば、もう迷っている時間も、だらだらと時間を無駄にする事もできない。

 

全て『彼女』が契約する前に決着をつけなければ。

ほむらは焦ったように病室を飛び出すと、そのまま退院の手続きへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、アンタ」

 

「っ」

 

 

ほむらは受付で手続きを終え、病院を出ようとした。

その前に整理するために一旦待合室のソファに腰掛けてカバンを開く。

するとそこで隣に座っていた男に声を掛けられた。

コッチは急いでいるのに。ほむらは苛立ちから男性を軽く睨みつける。

 

 

「何があったのかは知らないが、あまり根を詰めすぎない方がいい」

 

「っ?」

 

「頑張りすぎると失敗する。あと恋愛運がよろしくないな、想い人と結ばれるには少し努力が必要だぞ」

 

 

男性はほむらを見ていなかった。視線はタロットカードに向いている。

ほむらよりも少し年上の少年だった。しかし初対面の相手にいきなり何を言うのか。ほむらは半ば引きつつ、ともあれ少年を観察してみる。

 

はて、見たことが無い。

季節が変わったせいか? しかし周りの人間はどこか覚えのある顔ばかりだ。

つまりこの少年だけが『過去』にいない。そう、先ほどのジュゥべえのように。

 

 

「貴方は?」

 

「占い師をやっている」

 

「………」

 

 

しかしどうやら時間の無駄だった様だ。ほむらのこれからに、占い師は必要ない。

荷物をさっさと纏めると、少年を無視して病院を後にする。

少年もほむらを追う事はなく、その後もカードを弄っていた。しかしある程度すると、困ったように唇を吊り上げる。

 

 

「……凄いなアイツ。あそこまで運の悪いヤツは初めて見た」

 

 

まるで呪いだ。

随分とまあ苦労するぞ、気の毒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッキリ決めるときは決める! いいですか中沢くん!!」

 

「あ、えッ? は! はぁ……!」

 

 

今日も今日とてハイなテンションの早乙女先生。見滝原中学の朝はこうして始まった。

そんな日常に刺さりこむ話題が一つ。

中沢くんを弄り倒した先生は、今日から新しい仲間が増えるという事を告げる。

 

 

「うっそマジで!?」

 

 

青い髪の少女が笑顔で身を乗り出す。名前は美樹さやか、クラスのムードメーカーだった。

頷く早乙女先生。合図を出すと、ほむらが教室に入ってくる。

整った容姿にざわつく一同。男子も女子も皆テンションが上がっていた。

ほむらは早乙女が口を開く前に自己紹介を済ませ、かつクラスを素早く見回す。

 

 

「――ッ?」

 

 

また異変だった。

いない。彼女がどこにもいないじゃないか。

 

 

「えーっと、中沢くんの隣が空いてますね!」

 

 

早乙女が何かを言っているが。ほむらには聞こえる筈も無かった。

大きな焦りと、喪失感に似た物が襲い掛かる。

何故だか分からないが、不安で不安で仕方ない。

 

 

「暁美さん? どうしたの? 顔色が悪いわ」

 

「あ……、いえ、大丈夫です」

 

 

もちろん大丈夫では無かった。

ともあれ、ほむらは震える脚を隠して中沢の隣に座るしか無いのだが。

何故か、とても嫌な胸騒ぎがする。ほむらは歯を食いしばってソレを無理やりかき消すしかない。不穏な空気を作れば、それは現実になる事を知っているからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ! じゃあ転校生は今まで大変だったんだね」

 

「分からない事とか困った事があったらいつでも言ってね。力になるわ」

 

「ええ、私も協力いたしますわ」

 

 

その後、食堂。ほむらは真っ先に美樹さやかと繋がりを持った。

昼食を一緒に取っているのは、同じくクラスメイトである志筑仁美と、一年先輩の巴マミ。

二人ともさやかの親友らしく、普段からこうしているらしい。

ほむらはさやかに一緒に食事をしないかと持ちかけたと言う訳だ。

 

 

「でも何であたし?」

 

「美樹さんなら……、話しやすいかなって」

 

 

嘘である。

ほむらは目を逸らして言った。

 

 

「おーおー! 嬉しい事言ってくれるねぇ!!」

 

 

しかしさやかにはソレが相当嬉しかったようだ。

気分を良くしたのか、ほむらを親友として認定すると肩を組んで笑っていた。

ほむらはそう言うノリは苦手だったが、さやかの単純な思考回路には何度も助けられてきた物だ。

尤も、同じくらい手を煩わされたが。

 

 

「困っている事があるなら何でもさやかちゃんに相談しないさよぉ! ビシシーッて解決してあげちゃいますから!」

 

「もう美樹さんったら、調子いいんだから」

 

「うふふ、コレがさやかさんの魅力ですわ」

 

 

巴マミ、ほむらは彼女が苦手だった。いろいろな意味で。

そして志筑仁美、彼女はよく分からない。非常にデリケートな存在と言えるだろう。

扱い次第で天使にも悪魔にも変わるポテンシャルを秘めている。

 

 

「ところで、クラスの席に空きがあったのだけれど……」

 

 

それに答えたのはさやかだった。

 

 

「おーお、転校生はウチの天使様を知らなかったね」

 

「?」

 

「鹿目まどか、あたしの親友があそこの席だよ」

 

 

ドクンと心臓が大きな音を立てる。

名前だけでも彼女(まどか)の存在を確認できたのは、ほむらにとってどれだけ喜べる事だったか。

 

さらに話を聞いてみると、情報を引き出せる事ができた。

まどかはしばらく学校を休んでいるらしい。理由は何やら感染症にかかってしまい入院しているからだとか。

 

 

「隣町の風見野って場所の病院ね」

 

 

場所を説明してくれるマミ。

どうやら大きな病院のようで、探すのに時間はかからない所の様だ。

 

 

「大丈夫なのかしら?」

 

「うん、命に影響する物とかじゃないから。何度もお見舞いに行ってるしね」

 

 

話しによれば一週間後には退院できるらしい。

退院したらお祝いのパーティをやると決まっている。

丁度いい、マミはそこでほむらをまどかに紹介できるいい機会だと笑った。

 

 

「ね? 暁美さんともきっとお友達になれると思うわ」

 

「ええ、まどかさんはとってもいい人ですもの」

 

 

なるほど。

ほむらは適当に相槌を打ち独自に思考を回転させていく。

とりあえず、まどかがいる病院に向かうのが先だ。

あの白いのが彼女に付きまとう前に、保護と警告をしなければ。

 

 

「どした? 何か辛そうだけど。もしかして具合悪い?」

 

「え、ええ。少し頭が痛くて。気分もあまり……」

 

「だったら早退した方がいいんじゃ……、あたし言っておいてあげようか?」

 

「そう――、ね。そうしようかしら」

 

 

都合がいい。

ほむらはさやかに後を任せると、早々に学校を抜け出した。

目指すのは当然まどかがいると言う病院だが、入院していると言う点もほむらにとってはこの上ないイレギュラーである。

 

この先、何が起こるか分からない。

なるべく魔力は温存しておきたい。故に、ほむらはバスを使うことにした。

家に戻って一旦着替えて、バス停に向かう。

 

 

「え?」

 

 

しかし、そこでまた違和感を感じる。

風見野に向かう為のバスが一つも無いのだ。

今まではちゃんとあった筈なのに、一体どうして……。

 

 

「………」

 

 

それにしても寒い。

雪はないものの、気温は低い。冬は苦手だ。いちいち魔力で体温を調節していてはキリがない。

少し我慢して、必死に風見野へのバスを探す。だがどれだけ探しても無駄だった。

ため息をつく。すると息が白くなっていた。

 

 

「………」

 

 

仕方ない、タクシーか電車で行けばいいだろう。

ほむらは目線を落として踵を返す。

 

 

「あ、君もしかして風見野に行きたいの?」

 

「ッ?」

 

 

その通りである。

ほむらが振り向くとそこには見知らぬ青年が。

 

 

「俺さ、今から風見野に行くんだけど。送ってってあげよっか?」

 

「………」

 

 

仮に危険な目に合いそうになったなら、変身すれば良い。ほむらは青年に甘える事にした。

軽自動車に揺られる中で、青年はほむらにフレンドリーに話しかけていた。

ほむらとしては静かにしてほしかったが、仕方ない。適当に相槌をうつ。

 

なんでも名前は城戸真司と言うらしい。見滝原で便利屋をしているとか。

故郷はリンゴが有名な田舎だったらしいが、祖母にもっと広い世界を見て来いと言われて見滝原にやってきたそうな。

 

 

「今日も依頼主の人が風見野でさ!」

 

 

なんでも最近バス会社のトラブルで風見野行きのバスが減ってしまったらしい。

彼女のいたバス停では一つも無い状況。不便な物だとぼやいていた。

 

 

「ほむらちゃんはどうして風見野に?」

 

「友達が入院していて」

 

「そっか、早く良くなるといいな」

 

 

城戸真司は優しい人間だった。言い方を悪くすれば、少し馬鹿っぽいと言うか何と言うか。

話を聞いている内に、車は風見野へ繋がる橋の上に差し掛かる。

 

 

「ここを真っ直ぐに行けばすぐに風見野だ」

 

 

しかしなんだか、視界が悪い。

 

 

「あれ? 結構霧がかかってるな……」

 

 

確かに何故か橋の向こうに白いモヤが見える。

不思議に思いつつも、真司は車をそのまま直進させた。

 

 

「あ、あれ!?」

 

「……?」

 

 

真司が間抜けな声を上げる。

それもその筈だ。いつのまにか車は風見野ではなく見滝原へ戻ってきたのだから。

真司は思わず叫ぶ。いつの間にか対向車線に? そんなバカな。

 

 

「お、おっかしーな? ごめんほむらちゃん、ちょっと回るよ」

 

「ええ……」

 

 

真っ直ぐ進んでいたつもりだったのに気がつけばUターンしていただなんて。

真司は一旦車を移動させ、再び風見野へ続く橋を渡り始める。

 

 

「俺ッ、ついついドジやらかしちゃうんだよ。ゴメンゴメン」

 

「………」

 

 

真司はそう言って笑っていたが、ほむらに応える余裕はない。

いくらなんでもドジの話しではない。ほむら視点でも車はいつのまにか見滝原に戻ってきたように見えた。

 

 

「あっれぇ?」

 

 

やはりと言うべきか。二回目も同じだった。

真っ直ぐ進んで風見野へつく筈が、気がつけば見滝原に戻ってきている。

戸惑う真司。同時にほむらは一つの確信ともいえる物を持つ。

 

 

「停めてください。私、歩いて風見野へ向かいます」

 

「え? あッ、そっか。ごめん、気をつけて」

 

「ええ、ありがとうございました」

 

 

ほむらは一旦人気の無い場所に向かうと、ソウルジェムを取り出して魔力を解放させる。

変身だ。奇跡の力と引き換えに得る呪いとも言える姿。

それが魔法少女の姿だった。

 

 

(あれは明らかに異常だった)

 

 

ほむらは跳躍でビルの屋上を伝って風見野を目指す。

するやはり白い靄が見えてくる。

 

 

「あそこを越えられれば――ッッ」

 

 

ほむらは再び見滝原と風見野の境にやってくると、一気に跳躍で越えようと試みた。

しかし――

 

 

「!!」

 

 

着地したのは見滝原の地面。

つまりモヤに飛び込んだら、踵を返して戻ってきたと?

ありえない、ほむらは一旦見滝原に戻ると、場所を移動して再び風見野への進入を試みる。

 

 

「そんな……ッ!」

 

 

しかし結果は同じ。

何度やっても、どこから行っても風見野へ向かう事ができなかったのだ。

境目には常に白い靄が存在し、空間を捻じ曲げているようだった。

 

 

(どうなってるの……?)

 

 

訳が分からない。面倒と思いつつも一度タクシーで風見野へ向かう。

もうココまで来たのなら結果を書かなくても問題は無い筈だ。

そう、ほむらはどんな手を使っても風見野へ向かう事は叶わなかった。

タクシーも同じようにいつの間にか見滝原に戻ってきたし、電車はいつまにか見滝原着きのものに乗り換えられていた。

 

 

「なんなのよ……ッ!」

 

 

爪を噛んで苛立ちを爆発させる。

しかし二度目の電車を降りた時、ほむらに声をかける者がいた。

きりっとした目、ポニーテール、そして周りから浮いている和服の少女だ。

 

 

「申し訳ない。少し貴女の行動を追わせてもらいました」

 

「!」

 

 

気がつかなかった。ほむらは汗を浮かべて後ずさる。

行動を追わせてもらったと言う事は、つまり自分の動きについてこれたと言う事でもある。

そんな事ができるのはただ一つ、同じ存在しかありえない。

 

 

「あなた……、魔法少女なの?」

 

「ええ。ですが勘違いしないで欲しいのは、縄張り云々の話しでは無いと言う事です」

 

 

魔法少女はグリーフシードを巡って対立する事が多々ある。

今回もそんな話しかと思っていたが、どうやらそうでは無い様だ。

 

 

「少し話しませんか? 近くに喫茶店があります」

 

 

ほむらとしては急ぎの身だ。できれば断りたかったが。

 

 

「風見野に行けないのでしょう?」

 

「ッ! ええ、その通りよ」

 

「それは私も同じです。どうでしょう、情報交換と言うのは」

 

「……わかったわ」

 

「助かります。私は双樹ルカ。どうぞよろしく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり――、貴女は三日前から風見野へ行けなかったのね」

 

「そう。何をしても」

 

 

駅近くの喫茶店。

二人は紅茶を飲みながら情報を交換していた。

異変が起きたのは、ほむらが目覚める数日前らしい。

そして誰もが風見野へ行けないわけではない、それは魔法少女だけだ。

 

 

「タクシーの運転手だけならば問題なく風見野へ行けたでしょうが」

 

「私が乗っていたから無理だった……」

 

 

頷くルカ。彼女はそれが分かってから、ありとあらゆる方角から見滝原の脱出を試みた。

しかしどれだけ試しても結果は同じ。もしかしたら抜けられる場所があるのかもしれないが、見つけられていないと言う。

 

 

「こんな事は初めてです。何が起こっているのか、私なりにそれを考えてみました」

 

 

こんな事ができるのは限られている。

候補は簡単に絞れた。

 

 

「まずは魔女でしょう」

 

 

魔法少女の成れの果てであり、同時に魔法少女達が倒すべき存在である。

魔女が作り出す異常な力であれば自分達を見滝原に閉じ込める事ができるかもしれない。

しかしソレにしては魔女の行動が遅すぎるとルカは言う。

魔女の目的は何だ? 閉じ込めただけでアクションは起こしてこないじゃないか。

 

 

「閉じ込められ続ければ、魔女を倒せなくなってグリーフシードの奪い合いが始まるわ」

 

「それも考えました。しかしそうなるとおかしいのです」

 

 

最近見滝原に魔女が多くなってきている感覚を覚えるとルカは言った。

まるで見滝原に集められる様に。

 

 

「魔法少女の能力と言う可能性は?」

 

「あるでしょうね。ですので、こうやって尾行を」

 

「そう、なるほど」

 

 

口にはしなかったが、ルカの目が光っている。

おそらくほむらが犯人なのかどうかを探っているのだろう。

 

 

「いずれにせよ面倒な事には変わらないわね」

 

「同感です。いずれにせよ近い内に何らかのアクションはあるでしょう。その時、協力し合える関係である事を望むだけです」

 

 

ルカはそれだけ言って伝票を片手に席を立った。

ほむらはため息をついて外を見る。ああ、寒そうだ。どうしてこの季節なんだろう……。

 

 

 

 

 

 

 

翌日、少し迷ったが、ほむらはマミとさやかに全てを打ち明ける事にした。

自分が魔法少女だと言う事。見滝原から出られないことを全てだ。

 

 

「まあ、そうだったの……!」

 

「えっ! じゃあまどかに会いに行けないじゃん!!」

 

 

二人とも最初は驚いていたようだが――

 

 

「でも暁美さんが仲間になってくれるなら心強いわ」

 

「うおっし! じゃあ皆で解決しちゃいましょ!」

 

 

プラス思考な二人だ。

ほむらはすぐに仲間として認められ、早速異変を調査する事に。

とりあえず抜け道が無いかを探ってみるが、ルカの言うとおり何をしても無駄だった。

この季節、あまり長時間の行動は魔力を浪費してしまう。

結局三人は何も分からずに別れる事になった。

 

 

「グリーフシードは騎士が居れば何とかなりそうだけど」

 

「?」

 

 

別れ際、聞きなれない単語が。

 

 

「騎士?」

 

 

ほむらはマミへ情報を求める。

すると二人は目を丸くしてほむらを見るではないか。

まるで知らない事がおかしいと言う様に。

 

 

「あら。暁美さんはまだパートナーと出会ってないのね」

 

「パートナー……?」

 

「騎士、それは魔法少女を守護する存在!」

 

 

さやかが芝居掛かった口調で説明を行う。

パートナーと契約を結んでいれば、使い魔や魔女を倒すだけでソウルジェム穢れが祓われ、かつ双方の力が上がるという。

 

 

「ほら、ココ紋章があるでしょ?」

 

 

マミが手の甲をほむらに見せる。するとそこに確かにあった、牛の様な紋章が。

さやかはマントに鳥の様な紋章が見みえた。それこそが騎士の紋章なのだと。

 

 

「……っ?」

 

 

ほむらは思わず頭を抑えた。

混乱が酷い。思わず表情を歪ませた。

騎士? パートナー? 何を言っている? 何が起こっている?

しかしマミ達は当たり前の様に話しているじゃないか。

かつてない疎外感を感じ、ほむらはただ押し黙るしかなかった。

 

 

「とにかく今日は帰りましょう。冷えてない? 二人とも」

 

 

確かに今日は風が強いため、昨日よりも冷える。

 

 

「うん、大丈夫だよマミさん。ほむらは?」

 

「ええ、少し」

 

「じゃあコレどうぞ」

 

 

マミが自分のマフラーをほむらの首へ巻いてあげた。

戸惑うほむらに、マミは笑顔を返す。

 

 

「気にしないで? 友達へのプレゼントなんだから」

 

 

そう言って笑うマミ。ほむらは思わず目を逸らしてしまった。

 

 

「暖かい?」

 

「え、ええ……」

 

「ふっふー、嬉しそうだぞ転校生~!」

 

 

やっぱり彼女達は苦手だ。

ほむらは笑みを浮かべようとしたが、できなかった。

マフラーからは良い匂いがする。それがほむらにとっては気持ち悪かった。

 

 

「あ、そうだ。二人とも夜はあまり出歩かない方がいいわ」

 

「え? どして」

 

「んもう、ニュース見てないの美樹さん。最近見滝原で殺人事件が連続してるのよ?」

 

 

切り裂きジャックと呼ばれる事件。

街中で特定の人物が体をズタズタにされて死亡しているのが見つかっている。

殺されたのは今のところ評判が悪い乱暴な者だったり、過去に犯罪履歴があったものだったりと共通点は見つかっているが、いつ一般の人を襲うか分からない。

 

 

「私達なら大丈夫だとは思うけれど……、一応ね」

 

「ん、そだね。気をつけるよ」

 

「ええ」

 

 

そうやって一旦別れた三人。

マミとさやかは、その足でパートナーの所へ向かった。

マミが向かったのは街の中にある大きな法律事務所だ。看板には『北岡』という文字が見えた。

どうやらマミのパートナーは弁護士らしい。秘書はマミを見ると迷わず事務所へ招き入れる。

 

 

「これは珍しいお客様だ。どうして事務所に?」

 

 

北岡秀一はソファに座っていた。

スーパー弁護士と呼ばれるちょっとした有名人だ。マミのパートナーではあるが、正直マミは北岡が苦手だった。

というのも北岡は優秀ではあるが、金を払えばなんでもどんな事件でも無罪にするとは有名な話だ。

 

最近で言えば、連続猟奇殺人鬼、浅倉威を無罪にした記憶は新しい。

精神障害を理由に無罪を勝ち取った浅倉は、その後すぐに捕まった。

コンビニに立ち寄った浅倉は、ナイフで店員と客を全て殺害すると、全員の腹部を切り裂いて臓物を全て引きずり出したのだ。

 

さらにそれだけでは飽き足らず、浅倉は道を歩いていた一般人を無差別に5人殺すと、近くにあった交番へ進入。警官を殺害して拳銃を奪うと、近くの保育園へ向かった。

 

連絡を受けた機動隊や警察が駆けつけると、中にいた全ての職員と園児達は腹部を切り裂かれ死亡しており、浅倉は血のプールにて発見された。

その後取り押さえようとした機動隊二名を射殺。

既に死刑が廃止されている為に、現在は終身刑として服役中である。

 

北岡が浅倉を無罪にしなければこんな事件は起きなかったのだ。

マミはもちろん、世間も北岡を強く非難した。

けれども本人に気にする様子はなく、今もどこか飄々としている。

こうなっては仕方ない。マミは割り切って、現状を説明することに。

 

 

「実は、見滝原から出られないんです」

 

「?」

 

 

北岡は暖炉が好きだった。

パチパチと音をたてて燃える火を見ながら、マミの話を聞いていた。

 

 

「おそらく騎士達も見滝原からは出られないかと」

 

「なんてこった。これじゃあせっかく金になる話が来ても足を運べないない」

 

「……私は、友達と異変を調査してみます」

 

「了解。じゃあ何か分かったら連絡頂戴よ」

 

 

あまり興味がなさそうな北岡。

マミとしては少し寂しい物を感じるが、そういう人物である事は知っている。

一言二言だけ会話を交わすと事務所を後にした。

北岡もマミの見送りはせず、相変わらず椅子に座って暖炉を見つめるだけだ。

 

 

「ごめん」

 

「はい」

 

「少し寒いから温度上げてよ」

 

 

了解する秘書。

彼女はエアコンを操作する為にリモコンを手にする。

 

 

(おかしいな? 暖炉は薪をくべるものではないのか……?)

 

 

ああ、そうか。今はエアコンだったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ恭介、大変なんだよ! 見滝原からあたし達出られなくなったんだ」

 

「え……! ほ、本当かい?」

 

 

美樹さやかのパートナーである上条恭介は、さやかの幼馴染だった。

家がそれほど離れていない為、さやかは彼の家で遅くまで過ごしていたりするものだ。

それにさやかは上条に淡い想いを抱いている。尤も上条がそれに気づく様子は無いが、さやかとしてはパートナーになれただけで幸せだった。

 

上条は騎士の中でも特殊なデッキを持っている。

力のデッキ。全部で12個あると言われているデッキの中で二つだけしかないアタリの一つだ。

齎されるオーディンの鎧はとても強力で、どんな魔女にだって勝てるだろう。

勝てる、だろうが――。

 

 

「だから恭介も一緒に、良かったら――! その!」

 

「………」

 

 

上条は困ったように目を逸らした。

 

 

「ごめん、僕……、もうすぐコンクールがあって」

 

「あ、あはは! そだね。そりゃ仕方ない仕方ない!」

 

 

上条のヴァイオリンの腕前は天才的だった。

故に今、多くの音楽業界から注目されている。

 

 

「この前の雑誌のインタビュー見たよ。よく撮れてた!」

 

「……ありがとう」

 

 

上条自身、その期待を裏切る訳にはいかないと思っている。

だからこそ戦いには随分と消極的だった。

もしも腕を怪我してしまえば全ては終わりだ。両親を、世間を裏切ることになる。

 

 

「でも見滝原から出られないと色々不便だよね、会場が風見野だったらとか」

 

「う、うん。だから何とかしてくれないかな? さやか達が」

 

「オッケー! さやかちゃんにバッチリ任せてよ!」

 

 

二人の会話にはどこか少し壁があった。

さやかは上条に優しくすれば自分に好意が返ってくると信じているのだろう。

恋する少女に苦労は付き物なのかもしれない。

 

 

「――ッ!!」

 

 

その時、二人の頭に耳鳴りが走る。

この感覚は間違いない、魔女だ。

 

 

「いかなくちゃ……!」

 

 

魔女は絶望を振りまき、世界を黒く染め上げようと企んでいる。

魔女を倒す事ができるのは魔法少女と騎士くらいだ。しかし上条はどうやら乗り気では無いらしい、申し訳なさそうに視線を泳がせてモゴモゴと口を開く。

 

 

「僕は……、ほら、もしも魔女と戦って指を怪我したらヴァイオリンを弾けないから」

 

「うん?」

 

「だから、その、さやか一人で行って来てよ」

 

「う、うん」

 

 

さやかは何も言わなかった。

本音を言えば一緒に来て欲しい、守って欲しい。

もちろん上条を守りたいとも思うが、要はパートナーとして助け合いたかった。

 

しかし上条には多くの期待が掛かっている。

それはさやかだって分かっているからこそ、何も言わなかった。

 

 

「じゃあ行ってくるね」

 

「うん……」

 

 

上条は目を合わせてくれなかった。

やっぱり一緒に来て欲しいと思うのは贅沢な事なんだろうか?

さやかはザワつく心を抑え、魔法少女の姿に変身した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれね!」

 

「うん、気をつけてねマミさん! 転校生!!」

 

「ええ」

 

 

幸い、さやかが助けを求めるとマミとほむらはすぐに駆けつけてくれた。

三人の視線の先には可愛らしいぬいぐるみが。しかしアレこそが絶望の具現化、魔女なのだ。

 

 

『♪』

 

 

お菓子の魔女シャルロッテは大好物のチーズを抱えて嬉しそうにスキップをしている。

一見すれば無害そうに見えるファンシーな姿だが、このまま放置しておけば多くの人を絶望させ死に至らしめるのだろう。

 

 

「ほっ! よっ!!」

 

 

さやかがマントを翻すと無数のサーベルが出現。

それをすぐに投擲してシャルロッテの周りに突き立てていく。

 

 

『!?』

 

 

サーベルは檻のように魔女を閉じ込めた。

降り立つマミと、さらにその背後には緑色の騎士の姿もあった。

北岡が変身するゾルダだ。ほむらとしては初めてみる姿に、思わず釘付けになってしまう。

 

 

「やれやれ、女の子を傷つけるのは趣味じゃないんだけどな」『ファイナルベント』

 

「仕方ないわ北岡さん。一気に決めましょう!」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

 

ゾルダが持っていたマグナバイザーと言う銃にカードをセットすると、目の前に巨大な牛のモンスター、マグナギガが現れる。

ゾルダは銃をマグナギガの背中へとセットする。するとマグナギガの体が展開していき、次々とガトリングやミサイルランチャーの砲台が姿を見せていった。

 

同時にマミもまたゾルダの背中に手を重ねる。

するとマグナギガの色が、緑から白と黄色を基調としたものに変わり、周りには無数の砲台が出現していく。

 

 

「インフィニータ・ラグナロク!!」

 

 

マミが叫ぶと同時に全ての砲台から弾丸が発射。

マグナギガを中心として、超火力による一掃が始まった。

閉じ込められたシャルロッテへ降り注ぐ無限の弾丸。小さな体は無抵抗に焼き尽され、撃ち抜かれ、破壊されていく。

 

その内にシャルロッテの特殊能力が発動。

小さな姿から、黒い恵方巻きのような化け物が姿を見せた。

 

 

「無駄よ!!」

 

 

巻き寿司の様なシャルロッテは、攻撃を受けても脱皮を繰り返すことによりダメージをある程度無効化できる。

しかし降り注ぐ弾丸は脱皮再生スピードを遥かに超越しており、あっという間に彼女を焼き尽した。

 

 

「………ッ」

 

 

広がる爆炎を見て、ほむらは言葉を失った。

これが騎士の力なのか。これがパートナーシステムの恩恵なのか。

マミとは『ループ』の中で対立した事もあったが、今回ばかりはゴメンしたい。

 

もしもあんなものを閉鎖空間で撃たれたら、いくら時間を止めたとしても逃げ場がなくて黒こげだ。いや待て、巴マミだけではなく、美樹さやかも同じほどの力を持っているのかもしれない。

警戒は必須である。しかしどうだろう? 発動前に潰せれば――……。

 

 

「………」

 

 

ほむらはハッとしたように目を開く。

よくないクセだ。敵対を前提に考えてしまうのは。

 

 

「あ、マミさんグリーフシード落としたよ」

 

「ええ」

 

 

魔女が落とす最大の見返り。それが魔法少女の魔力を回復させるグリーフシードだ。

マミは地面に落ちたソレを拾おうと足を進めた。

 

だがその時だ、なにやら騒がしい声が聞こえる。

其方の方向を睨むマミとさやか。どうやら魔女の気配を感じて駆けつけて来た者達がいるらしい。

 

 

「あちゃー、もう終わっちゃった感じか?」

 

「あーあ、だから早く行こうっていったんだよオレは」

 

「うるせーな! まだ飯の途中だったじゃんさ!!」

 

 

現れた人物は四人。ほむらにとって知っている人物は二人だった。

一人は赤いポニーテールの少女、佐倉杏子。

そして彼女の背中に隠れる様にしがみ付いている千歳ゆまだ。

 

もう二人の男は知らない。

話しの流れからして彼女達のパートナーなのだろう。

つまり騎士と言うイレギュラー。

 

 

「あら、何をしにきたの?」

 

 

マミの眼光が鋭くなる。

どうやら彼女達は上手くいっていない様だ。

杏子もマミを見つけると、複雑そうに表情を歪めて舌打ちを一つ。

さやかも睨んでいると言う事は、対立関係にある様だ。

 

 

「何しにって……、見滝原から出られねーんだ。グリーフシードを確保するには縄張りなんて関係ないだろうが」

 

「ハイエナみたいね佐倉さん。お行儀が悪いんじゃなくって?」

 

「んだと……ッ!」

 

 

マミの挑発的な態度に杏子も敵意をむき出しにする。

その隙に素早くグリーフシードを拾い上げるさやか。

アッと表情を変えるゆまを嘲笑して、さやかはマミ達の所へ舞い戻った。

 

 

「これはマミさんの物。アンタらにやる物なんか無いんだから、さっさと消えなよ」

 

「ゆま……、さやか嫌い」

 

「はっ! あたしもアンタみたいなクソガキは大ッ嫌い」

 

 

ピリピリとした空気が流れる。

ゾルダはそれを楽しそうに観察しているだけで、止めようとはしなかった。

ほむらとしては頭痛がする展開だ。やはり力を持つ物同士が集まると対立はつきものなのか。

 

 

「まーまー、こんな喧嘩してもしょうがないでしょ?」

 

「そうだよ、こんな事……、おかしいんじゃないかな?」

 

 

何とか場を丸く治めようとしているのは、杏子のパートナーである佐野満だ。

そしてゆまのパートナーである東條悟も同じように声をかけている。

 

 

「あの人たちは?」

 

「あぁ」

 

 

ほむらはゾルダに小声で話しかける。

なんでも、杏子達はいつもあの四人で行動しているらしい。

過去の関係でマミ達とは対立関係にあるらしいが、ゾルダも詳しくは知らないと言う。

今もほら、マミと杏子は睨みあいだ。どう収束するのか。ほむらでさえ分からなくなった頃――

 

 

『やあみんな、聞こえているかい?』

 

 

全ての始まりは告げられる。

 

 

『今、ボクの声は12人の魔法少女、そして12人騎士に共通して送られているよ』

 

 

頭に響くキュゥべえの声。

何か、重大な『お知らせ』があるらしい。それは世界を左右する事でもあると。

 

 

『魔法少女と騎士が見滝原から出られないのは、もう知っている人もいる筈だ』

 

「!」

 

 

キュゥべえも知っていた?

いや違う、正しくは――

 

 

『あれは、ボクらが行ったんだ』

 

「な、なんだと!? どういう事さ!」

 

 

杏子はすぐに詳細を求めるが、どうやらコチラからの声はキュゥべえには聞こえていないらしい。

もしくは無視をしているのか。とにかくキュゥべえは杏子の言葉をスルーして、自らの言葉を続けた。

 

 

『何のために? そう思う人はいるだろう。だから今から趣旨を説明するよ』

 

「ッ?」

 

『今からキミ達には、あるゲームをしてもらう』

 

 

その言葉にザワつき始める一同。ゲーム? 何を言っているんだ彼は。

ほむらは次々と迫る違和感に焦りを覚えざるを得なかった。

明らかにキュゥべえの干渉具合がおかしい。今までゲームなんて持ちかけた事など無かったのに。

 

 

『ルールは簡単だ。今、見滝原には12人の魔法少女がいるけど、その中でボクが一人を指定する』

 

「……ッッ」

 

 

見滝原の魔法少女は12人。

その中にまどかがいない事を望むだけだ。

などと――、ほむらはどこかに余裕を持っていたのかもしれない。

 

どんな事をしてでも守ると誓った。

しかしそれは、ほむらが『守れる力』を持ち、守れる『立場』にあったからではないだろうか。

守護者が狩られる立場へと回ったとき、同じ事を言えるのか?

 

 

『残りの参加者は、指定された魔法少女を"殺して"欲しい』

 

「………」

 

 

は?

マミが間抜けな声をあげる。

 

 

『つまりこういう事さ――』

 

 

指定された魔法少女を、他の参加者はどんな手を使ってでもいいから"殺す"。

時間は今日を含めた一週間。もしも七日以内に指定者を殺せたなら、殺害を行ったペアは願いを一つ叶えられる。

そしてもしも、指定された魔法少女が一週間を逃げ切る事ができたなら。

 

 

『彼女と、そのパートナー以外の人間を全て一度滅ぼす』

 

「なっ!!」

 

『そして生き残った彼女へ、神の力を授けよう』

 

 

滅んだ世界を再生させるのは神となった魔法少女だ。

好きな人間を蘇らせ、好きな施設を、好きな歴史を築くといい。

そう、キュゥべえは当たり前の様に言い。それが当然の事だと言う風に言葉を続けていた。

 

 

『世界は終わりを迎えるが、それは終焉ではなく始まりと言う名の救済さ』

 

 

人は個に異常な執着を見せる事があるけれど、ボクはそうは思わない。

世界は常にあるべき姿へと更新を繰り返すものではないかな?

君たちの存在は尊く、そして悲しいほどに軽い。

 

 

『概念は人を超越し、それは神の力として具現する』

 

 

勝ち残った者は神の力を得る。

そしてその資格を持った者を殺す事で、神の力を端的に奪う事ができる。

 

 

『ボクはこれをゲームと言ったけれど、キミ達が想像する遊戯的な要素ではなく、儀式的な要素を盛り込んでいるんだ』

 

 

世界が新しいステージに進むための儀式。

 

 

『いわば、これは神のゲームだよ』

 

 

都合のいい偶然。つまり奇跡を無償で呼び寄せる事ができるのだから。

 

 

『キミ達は絶望という名の存在を代償として――、願いを叶えた』

 

 

次は何も代償を払わず。世界を創り返る事もできる。

 

 

『それは君たちにとって、悪くない話しの筈だけど?』

 

「ふ、ふざけんじゃねーぞ!!」

 

 

杏子は吼えるが、ソレには何の意味も無い。キュゥべえはさっそく指定に入ると言う。

魔法少女達に走る戦慄、そして緊張。もしも自分が選ばれたらどうなる?

マミは顔を青ざめ、さやかは汗を浮かべて震えている。

杏子はゆまの手を強く握り締めて安心させているようだが、彼女自身だって選ばれたくないと思っている筈だ。

 

 

『暁美ほむら』

 

「――ッ」

 

 

心臓が止まるかと思った。

いや、正確に言えば止まっているとも言えるが。

ほむらは一瞬、何が起こったのか理解できないでいた。

周りの視線が一勢に自分に集中する事の意味も分からない。

 

 

『指定者は暁美ほむらと言う魔法少女だ。他の魔法少女と騎士は、一週間以内に彼女を殺して欲しい』

 

 

もしもできないのなら世界は滅び。

その後神の資格を持った暁美ほむらが全てを決めるだろう。

ほむらが望む世界に君達がいるのなら、再構築で蘇ると言う事もできるだろう。

 

 

『しかし再構築で蘇生された場合は、君たちの記憶はゼロとなる。このゲームに関する記憶も、今まで生活してきた記憶も全て消え去るだろう』

 

 

文字通り全てをリセットする事になる。

もしもこの時間軸に守りたい記憶が。思い出が。人物がいるのならば。

 

 

『ボクは、暁美ほむらを殺した方が懸命な判断だと思うよ』

 

「……ッ」

 

『願いも叶えられるしね』

 

 

そうか、そうなのね。

どこまでも運命って奴は腐っているのね。ほむらは歯を食いしばって虚空を睨む。

 

 

『リセットされた後の世界で、今と同じ関係を築けるとは限らない。ましてや地位もそうだ』

 

 

場にはキュゥべえの声だけが響いていた。

ほむらを殺せば今の生活を守れる。

その重さを理解している者が既にチラホラと。

 

 

『さあ、じゃあ始めようか。神のゲームを』

 

 

WANTEDの文字と共に警告音が流れ、暁美ほむらの全体像と顔のアップが映像として空に浮かび上がる。

 

 

『一週間以内に彼女を殺せ』

 

 

これはゲーム参加者のみが確認できる映像だ。

空に大きく浮かぶ自分の顔を見て、ほむらは何を思うのか。

 

 

『FOOLS,GAMEの開始を宣言するよ。参加者の皆は、願いを叶える為に潰しあってね!』

 

 

それだけを言い残してキュゥべえは通信を切る。

随分とアッサリしたものだが、今から暁美ほむらを殺す唯一のゲームが始まったのだ。

誰もが沈黙していた。何も言わず、何を思っているのかも分からず。

 

 

「な、何かの間違いよ!」

 

 

かろうじて声を放つのはマミだった。彼女はいつだって一番幸せな世界を望む。

目の前の悲劇から目を反らし、優しい未来だけを望む。

マミはこの一連の出来事をキュゥべえの悪戯だと決めつけ、今日はほむらを家に帰す事を決めた。

 

 

「あ、明日はキュゥべえにお仕置きしなくちゃね!」

 

「………」

 

 

苦しすぎる。誰もが思っていただろう、おそらくマミでさえも。

しかしこの場にほむらを残すのはあまりにも危険と理解している為に、マミがとる行動はほむらを一時的に避難させる事以外に無かった。

 

 

「あ、暁美さんは……、世界を元に戻してくれるわよね?」

 

「え、ええ」

 

「そ、そう。それはよかった。ふふふ……」

 

 

マミはそう言って、ほむらを家に帰す。

ほむらとしても頭が真っ白になっていて、マミの言葉に従うしかなかった。

誰もが沈黙してほむらを見送るしかない。そうやって背中が見えなくなった時、杏子が口を開いた。

 

 

「お、おいマミ! こりゃ争ってる場合じゃねーぞ……!」

 

「そ、そうね。確かにそうだわ」

 

 

青ざめる杏子。マミも何度も頷いていた。機械のように、ただ自分の混乱を紛らわせる為に。

 

 

「キュゥべえのクソは何を考えてんだ……!」

 

「そ、そうよ。私達を助けてくれてたのにッ」

 

 

しかし、わざわざ見滝原から出られなくする辺りに本気を感じる。

そもそもキュゥべえは自分達の願いを叶える事ができた。

どんな叶えられる。ならば世界を滅ぼす事など。インキュベーター達にとっては簡単な事などではないか?

 

 

「だ、だけど暁美さんを殺すなんて私にはできない!」

 

「そりゃ――ッ、でも!」

 

「彼女はきっと私達を戻してくれる。暁美さんは良い人よ……」

 

 

マミは俯いて小さく言う。しかし――

 

 

「そんな事、分かんの? マミさんは」

 

「え?」

 

 

マミが振り向くと、辛そうな表情を浮かべているさやかが見えた。

確かに、さやかとて意味不明なゲームに振り回されて、ほむらと言う人間を殺す事を認めたくは無い。

だが何故ほむらが選ばれたのか?

 

 

「転校生は本当に良い人なのかなってさ」

 

「そ、それはどういう?」

 

「確かに、あたしだって転校生と仲良くしたいよ? でもそれこそ会って三日も経ってない人を本当に信用できるの?」

 

 

さやかは、ほむらが悪の魔法少女である可能性を指摘した。

だからこそキュゥべえは世界の平和を守るために、ほむらを排除するルールを設けたのではないか?

 

加えてさやかには今の日常を壊したくないと言う思いがあった。

もしも再構築となれば、パートナーシステムや魔法少女のシステムが変更される可能性がある。

そうなると上条と近い位置にいる関係が崩れる可能性があった。確かに今の関係だって完璧に望む物ではない。

しかし今よりも彼と離れてしまうのは、やはりさやかにとっては辛いものがあったのだ。

 

 

「残念だけど、暁美ほむらを殺す可能性も考えるべきだと思う」

 

 

ましてやそう、ほむらがさやか達を蘇生させない可能性だってあるのだから。

 

 

「な! 何を言ってるの美樹さん……!!」

 

「そ、そうだぜさやか!」

 

 

混乱する一同。しかし、さやかは冷静だった。

 

 

「仮に転校生を殺したとしても、願いで蘇生させればいいだけでしょ」

 

 

そうすれば世界の崩壊を防ぐ事ができるだけでなく、暁美ほむらと言う人間も失う事は無い。

 

 

「全てがうまくいく」

 

「そ、そうね……! そうすればいいのよ! 美樹さん賢い! 暁美さんを殺しましょう!!」

 

「なッ!」

 

 

杏子は信じられないと言った表情でマミを睨む。

たった一度だけ与えられると言う命。だからこそ大切にしなければならないのでは?

さやか達の言葉は簡単にほむらを殺し、そして簡単に蘇生させようと言うものだ。

杏子はそれがどうしても頭に来た。

 

 

「命を何だと思ってるんだ! 見損なったよ、マミっ!」

 

「!!」

 

 

杏子の言葉がショックだったのか、マミはわなわなと唇を震わせて涙を浮かべる。

 

 

「だ、だって他に方法が無いじゃない! 暁美さんを殺さなければ世界は滅ぶのよ!?」

 

 

仮にほむらが全てを元に戻したとしても、それは人と言う存在が戻るだけで自分達は今までの記憶を全て失う。それはつまり『死』と同じ意味ではないのか?

今までの記憶がなくなり、新しい自分になる。

だったら今までの自分達はどうなると言うのか。

 

 

「それは……ッ、死と同じだわ!」

 

「そりゃあッ! だけど、だからってアイツを殺して、はい復活! ってのもおかしいだろ!?」

 

「だったらアンタは何か良い手があるっての!?」

 

 

さやかのイライラが爆発する。

杏子は綺麗事をほざいている様だが、明確な考えがあるとは思えない。

 

 

「どう考えてもほむらを殺して蘇生させる方がいいに決まっている!」

 

「そう、うまく行くのかねぇ?」

 

「えっ?」

 

 

変身を解いていた北岡が言う。

未だに怯んで喋れない佐野や東條とは違い、北岡は既に状況を把握していた。

さやかの考えはちょっと考えれば簡単に思いつく。現に北岡だって一瞬は同じ事を考えた。

しかし、そこにキュゥべえが気づかないと思うのか? となれば――

 

 

『ああそうだ、このゲームにはいくつかのルールがあってね』

 

「そらきた」

 

 

キュゥべえの声がして、北岡はニヤリと笑った。

いくら儀式的な要素がメインとはいえ、形式上はゲームだ。

そしてゲームにはルールがあるのが当然の事だろ? と言う事で、キュゥべえは一つ目のルールを宣言する。

 

 

【願いで暁美ほむらを蘇らせる事はできない】

 

 

唯一の抜け道をまずは潰してきたと言った所だろう。

キュゥべえは最後に彼女に殺される未来を持ち出した。

 

 

『再構築とはつまり転生とも言える。そして記憶が失われると言う事は当然転生は死と同意義ともいえるだろう』

 

 

転生後の人生は暁美ほむらが操作しない限り、今と同じくどう転ぶか分からない。

今よりも不幸になる可能性はあるし、今よりも幸せになる可能性だってある。

 

 

『その辺り、よく考えて欲しいね』

 

 

そういって通信は終了した。

転生などと言うオブラートを使用しているが、つまり暁美ほむらを殺さなければ自分達ごと世界は終わると言う事だ。

再構築された自分は、もはや自分じゃない。

 

 

「……殺すしかない」

 

 

暁美ほむらには悪いけど。そう言ってさやかは拳を握り締める。

目に映るのは明確な殺意、暁美ほむらを殺して世界を救う。

自分の守るべきもの、守るべき人、守るべき世界。

 

 

「本気かよ……! さやか」

 

「むしろ、殺さない意味が分からない」

 

 

さやかは冷たい目で杏子を睨む。

 

 

「あたしだって何も殺したくて殺す訳じゃない」

 

 

でも殺すしかない。殺したくないなんて綺麗事でしかない。

もしくは守りたいものが無いと、この世に絶望している奴だけだ。

さやかは上条との関係を壊したくない。マミやまどか、仁美といる時間を無駄にしたくはない。

 

 

「あたしが魔法少女になった事を、否定したくない!」

 

「!!」

 

「あたし、殺せるよ」

 

 

気の毒だとは思うが、自分にだって貫かなければならない意志がある。

 

 

「ごちゃごちゃ言ってるけど、理由なんてどうでもいいだろ」

 

 

北岡はからかうように笑った。どの道、選択肢は二つしかない。

暁美ほむらを殺して今まで通りの生活を続けるか。

それとも暁美ほむらの見逃して記憶ごと消し飛ぶか。

それは死と同じだ。次の世界で再構築された自分は自分であり自分じゃない。

 

 

「あなたは……、どうするの?」

 

 

ゆまの言葉に北岡は鼻を鳴らす。

 

 

「自分で言うのもなんだが、俺は全てを持ってる。美、才、智、力、俺は完璧だ。故に次の世界でも完璧な存在となるだろうさ」

 

「……つまり、キミは世界を見殺しにするって事なのかな?」

 

 

東條の言葉に北岡は手を上げるだけで何も答えなかった。

しかし隣にいるパートナーは大きく揺れている様だ。

マミには確証こそ無いが、胸に秘める思いがあった。それは次の転生における自分は、きっと似たような人生を送る筈だ。

もちろんそれはマミだけの考えだ、しかし彼女にはそれが嫌にリアルに思えた。

 

 

「マミさんだって、守りたいもの……、あるよね」

 

 

さやかの言葉が拍車をかける。

マミは大きな交通事故を起こして、生死の境をさ迷った事があった。

その時にキュゥべえに契約を持ちかけられたのだ。

 

マミは自分の『命』を願うしかなかった。それが魔法少女になった理由である。

だが他にも奇跡は起こる。なんとマミの両親は奇跡的に助かり、一命を取り留めたのである。

不幸にも相手側の車に乗っていた家族は一人を除いて死亡したが、マミの家族は全員無事だった。

 

 

「私は独りぼっちなんて嫌……!!」

 

 

次に生まれ変わったら、また事故にあって家族を全員失うかもしれない。

もちろんこれはマミの妄想だが、本当に起こる気がしていた。

だからこれほどまでに焦り、怯えるのだ。

 

 

「嫌なの――ッッ!!」

 

 

次に生まれ変わったら、誰とも友達になれないかもしれない。

襲い掛かる孤独の概念はマミを蝕み、恐怖のどん底へと叩き落す。

それを回避するには今の生活を守るしかない。

それくらいマミにだって理解できていた事だ。

 

 

「守らなきゃ……! せ、せっかく助かったんだもの! 奇跡が起こったんだもの!」

 

 

マミは家族と一緒にいられるこの時間を守りたい。

たとえそれが暁美ほむらと言う人間の犠牲の上になりたつ幸福であろうとも、マミはそれを望むだろう。

 

 

「そして私の家族は不幸と言う奇跡によって死んだ」

 

「!」

 

 

声がした。そして落雷が二つ街灯の上に落ちる。

するとそこに人影が浮かび上がって来た。腕を組んで、マミ達を見下す様に現れた魔法少女と騎士。

 

マミはそれを確認するとハッと息を呑む。

さやかもマミを庇う様に立ち、現れた魔法少女を睨みつけた。

 

 

「浅海……、サキ――ッッ!!」

 

 

モノクルをつけたベレー帽の魔法少女、浅海サキ。

彼女の乗っていた車がマミの乗っていた車と事故を起こしたのだ。

マミの家族は全員助かり、サキの家族はサキを残してみんな死んだ。

 

それからと言うもの、サキはマミ達を恨み、敵視している。

サキのパートナーは霧島美穂と言う女性だ。ファムと言う騎士の力を手に入れ、奇しくもマミのパートナーである北岡を恨んでいる。

 

 

「私は暁美ほむらを殺す事に決めた。むろん、キミたちより早く」

 

 

サキの言葉に迷いは無かった。

ほむらを殺した者は願いを一つ叶えられるという。

サキ達はそれを使って、失った家族を蘇らせるつもりなのだ。

 

 

「ちょちょちょ! あのさぁ、おたくらコレが罠だって考えは無いの!?」

 

 

佐野はこのゲームがインキュベーターの仕掛けた罠である可能性を強く示した。

ほむらを殺す事イコールキュゥべえにとって邪魔な者を排除する為であり、ほむらを失うととんでもない事になるとか。

別に暁美ほむらを殺すこと自体は仕方ないと思えるが、どうにも佐野には裏があるような気がしてならなかったのだ。

 

 

「それは逆も言える事よ」

 

 

ファムが言う。

ほむらが勝ち残る事によりファム達を排除、以後はキュゥべえ達はほむらを都合の良い人形。

つまり傀儡とする事で、世界をインキュベーター達にとって都合の良い形に作りかえるつもりなのかもしれない。

 

 

「結局、罠などと言い出せば話しは終わらない」

 

「ええ。でもタイムリミットは確実に迫ってる。迷うのはほむらを殺した後でも悪くない筈よ」

 

「いや――ッ、でも……!」

 

 

まだ佐野は渋っている。

それを見てファムは大きなため息を漏らした。

 

 

「あなたバカ? 一体、何のために騎士になったの?」

 

「ッ!」

 

「人一人殺すくらいの覚悟があったから騎士になったんでしょ?」

 

 

美穂たちは騎士になる際、ジュゥべえから『どんな願いも』叶えられるチャンスがくるかもしれないと伝えられていた。

力を与えられ、かつ願いも叶えられる。

そしてそのチャンスが今やってきたのだ!

 

 

「あの娘を殺すだけで願いが叶うのよ? 答えなんて、最初から一つじゃない」

 

「ぐ……!」

 

 

事実。佐野にも叶えたい願いはあった。

それが再構築後の世界で叶えられるのかといわれれば微妙だ。

今その願いを叶えたい、次の世界なんて自分の世界じゃない。そうだ、それは美穂や佐野だけじゃない。騎士全員に言える事だ。

 

 

「私は暁美ほむらを殺し。そして巴マミ、貴様に復讐してやる!」

 

 

もちろんそれは魔法少女も同じだ。

サキは鞭をマミに向け、激しい憎悪をむき出しにする。

 

 

「!!」

 

「北岡秀一、浅倉と共に地獄に送ってあげるわ」

 

「おーおー、ヒステリーな女は嫌いだよ」

 

 

霧島美穂の両親と姉は、旅行中に浅倉の手によって惨殺された。

それを無罪にした北岡は、美穂にとっては同じくらい憎むべき相手なのだ。

サキとファムは宣戦布告とも言えるメッセージを残して一同の前から姿を消す。

残されたマミ達は途方も無い虚無感を抱え、凍える風に身を任せるしかないのだ。

 

 

「ちくしょう……ッ!」

 

 

本当にこのままでいいのか?

杏子はこみ上げる悔しさを覚え歯を食い縛る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

ほむらは地面を見つめたままトボトボと帰路についていた。

夢を見ている様な感覚だ、地に足がついていないと言うか。

しかし凍えるような風が現実に引き戻す。

 

 

『おーおー、うかねぇ顔してるねぇ』

 

「!」

 

 

気配を感じて視線を移動させると、ジュゥべえとキュゥべえが並んでいた。

ほむらは刺す様な目で二匹を睨みつけると、今にも飛び掛らんとの勢いで詰め寄っていく。

 

 

「何が目的なの?」

 

『疲れたろ。お前だって何度も繰り返すのは』

 

「……ッ」

 

 

歯を食い縛るほむら、何から何まで筒抜けらしい。

 

 

『ボク達は君にとって有益な取引を持ちかけているだけだよ』

 

「なんですって?」

 

『キミがもし勝つ事ができたら、キミは長年の願いを叶える力を手に入れられるんだ。世界を構築する事は、時空や空間の概念をも超越し、文字通り思い描いた世界を手に入れる事ができる』

 

『先輩の言うとおり! それこそ、一番最初の時間に戻る事だってできるんだ』

 

「………」

 

『それはキミにとって何よりの幸福、希望ではないのかな?』

 

 

キュゥべえは赤い目でほむらをジッと見つめている。

そこに感情は無いが、企みは少しだけ感じさせる物があった。

 

 

『オイラ達もお前に好き勝手やられるのは困るんでね。お互いにとって損にはならない筈だ』

 

「コチラの勝率が圧倒的に低い……ッ!」

 

 

ほむらは今すぐ目の前の二匹を撃ち殺してやりたかった。

こんなもの、結局インキュベーターが仕掛けた処刑ショーのようなものではないか。

 

 

『待て待て、勝てば良いだけの話しだろ? 暁美ほむら』

 

「簡単に言わないで!」

 

『一週間逃げ切れば良い、キミの能力なら難しく無いだろう? むしろボクらとしてはキミの強力すぎる能力を考えてのルールなのだけれど』

 

『先輩の言うとおり! このくらいのスリルはあった方がいいんじゃないか? 生きてる実感が湧いてくるだろ?』

 

『人は愚かだ。でもその愚かさの中に、ボク等の知らない強さがある』

 

「ッ」

 

『ボク達は、それを知りたいのかもしれない』

 

 

ほむらは何を言っていいか分からず、ただキュゥべえを見つめるだけだった。

明らかに今までのインキュベーターとは違う『何か』を感じた。

 

 

『キミが何度も懲りずに絶望を味わってきた理由は、ボク達にとっては理解不能な物だ。けれどもそこにキミは執着する理由を見つけ、今回も必死に希望へ手を伸ばそうとする』

 

「………」

 

『常人ならば既に精神に異常をきたしている筈なのに、キミは狂っていないじゃないか』

 

「あなた達には一生理解できないことよ」

 

『なら、いいじゃないか暁美ほむら。これはチャンスだよ』

 

 

チャンス。それを聞いて、確かにとも思ってしまう。

 

 

『キミは、どこかで期待している。そうだろ?』

 

 

全くの図星だった。

ほむらは自分の心を覗かれている様な不快感を感じ、思わず目を反らす。

確かにいつの間にかゲームを信じている自分がいる。勝利のプラン、そして勝利報酬。

その先にある希望を視ている。

 

 

『でも、簡単ではないよ』

 

「どういう事?」

 

『既に戦いは始まっていると言う事さ』

 

「!!」

 

 

気配を感じた。

同時に消え去る二匹の妖精。ほむらが振り返ると、そこにはロングコートの男が一人。

明らかに普通の人間が出す空気では無かった。なんて冷たい目をしているんだろうか?

 

 

「暁美ほむらさん、ですね?」

 

「……ええ」

 

「世界は残酷だ。いくら正義の為とは言え、こんな幼い少女を生贄にするとは」

 

 

男が取り出したのはカードデッキだった。ほむらにはそれに見覚えがある。

先ほどゾルダがカードを取り出していた物。ファムの腰に装備されていた物。

これらが示す意味はただ一つ、目の前の男もまた騎士である。

 

 

「変身」

 

 

男が構えを取り、デッキを腰にあったバックルへと装着する。

すると男の周りに鏡像が出現し男へと収束して、新たな姿を授けた。

これこそが騎士のシステム、人間を遥かに超越した力を授ける仕組みだった。

 

 

「私の名はシザース。暁美さん、申し訳ありませんが――」

 

「!」

 

「世界を守るため、死んでいただきます!」

 

 

走り出すシザース。

やはりこうなってしまうのか、ほむらは想像以上に早い展開へ不安を感じた。

どうやら自分は本格的に殺させれる側になったと言う訳なのだ。

 

 

「申し訳ないけれど、お断りだわ」

 

 

暁美ほむらの力。それは時間を操作する事だった。

盾のギミックが作動すると、ほむらが触れている物以外の時間が停止する。

ほむらはその力を発動し、シザースの動きを完全に封じた。

 

 

「………」

 

 

盾の中は異次元になっており、そこには数多くの武器をしまいこんでいる。

取り出したのはハンドガンだ。魔力で弾丸を強化しており、ほむらはシザースの足に命中する様に一発撃った。

 

これでいい。

ほむらは跳躍でシザースから距離を離すと、踵を返して猛ダッシュ。

ある程度進むと、時間の動きを元に戻す。

 

 

「ここまでくれば――」

 

 

安心だろうと?

 

 

「!?」

 

 

だがその時、周りの景色がぼんやりとした物へ変わる。

何だ? ほむらは不安を感じてすぐに場を離れようと試みた。

しかしなにやら硬い壁の様な物にぶつかって、移動ができない。

 

 

「こ、これは……!」

 

「カニさんの力と私の魔法結界を合わせた物だよ。暁美ぽむら」

 

「!?」

 

 

夜の闇から現れたのは、黒い装束に身を包んだ魔法少女、呉キリカ。

シザースの紋章がある事を見るに、彼のパートナーの様だ。

 

 

「時間を止めるんだってね、キミの魔法」

 

「!」

 

「ジュゥべえ達から聞いたよ」

 

 

キリカだけじゃない。他の参加者にも、ほむらの魔法はバレていると言うことだ。

キュゥべえ達を今すぐ八つ裂きにしてやりたかったが、今はそんな事を言っている場合ではなかった。

 

 

「ん? お? ばみら? ベムラー? なんだっけキミの名前?」

 

 

まあいいや。キリカはほむらを指さすと、ケラケラと笑った。

 

 

「ぽむらちゃんは、どうせ今ココで死んじゃうから無駄なんだよ」『ユニオン』『フリーズベント』

 

「!?」

 

 

何か嫌な予感がする。逃げなければ。そう思ったとき、ほむらは既に幕のような物に囲まれていた。

これは――、そうだ、シャボン玉だ。

大きなシャボン玉がほむらを中心に出現し、一瞬で縮んでいく。

気づけばほむらは球体(あわ)の中に閉じ込められていた。あまりにも早いスピードだったので、時間を止める暇も無かった。

 

 

「こ、これは……!」

 

「ウフ! フフフッ!」

 

「きゃ!」

 

 

キリカは爪を伸ばし、ほむらが封じられたバブルに食い込ませる。

さらにそのまま一気に跳躍。ほむらを掴んだまま超高速でシザースがいた場所に舞い戻ると、乱暴にバブルを投げつけて地面に落とした。

 

 

「うぐッ!」

 

 

衝撃を感じて苦痛の声が漏れる。

すぐにハンドガンでシャボンを攻撃してみるが、ビクともしない。

 

 

「クッ!」

 

 

ならばとナイフを取り出してみるが、結果は同じだった。

ただのバブルとは言え、ありとあらゆる攻撃でも割れないのだ。

 

 

「暁美ぽむら、キミは能力は強いけどスペックは最弱クラスなんだろ?」

 

「!」

 

「そういう噂だよ?」

 

 

キリカはニヤリと笑って、爪を構えた。

ジャキっと言う音がほむらの焦りを加速させる。

まずい、まさかこんなに早く対策を取られるとは思っていなかった。

 

 

「さあ、終わりにしましょうか」

 

「うぃぃぃいー!」

 

 

シザースとキリカは武器を構えて、ほむらに迫る。

 

 

「――ッッ!!」

 

 

まさか死ぬ?

一瞬最悪の考えが過ぎるが――

 

 

「やれやれ、どうやらツイてないのは俺もだったか」

 

「!?」「!!」

 

 

パラパラとカードをめくる音が聞こえて、三人は視線を其方に移した。

 

 

「誰……?」

 

 

キリカの問い掛けに、少年は答えない。相変わらず持っていたタロットカードを手で弄っていた。

ほむらには少年に見覚えがあった。

あれは病院で話しかけられた自称占い師ではないか。

 

 

「申し訳ありませんが、願いを叶えるのは私達です。手出しは無用ですよ」

 

「そーだよー、邪魔するとバラバラだもんぞ!」

 

 

願いを叶えられるのは止めの一撃を入れた者と、そのパートナーのみ。

 

 

「つまり貴方は邪魔なんですよ」

 

「………」

 

 

パラパラとカードを弄っていた少年だが、無言でカードをしまうと代わりにカードデッキを取り出した。警告を無視すると言うことに不快感を示すキリカとシザース。

しかし少年は静かに笑い、焦る素振りは見せない。

 

 

「俺はただの助っ人さ」

 

 

少年の腰にVバックルが装着される。

同時に唇を噛むほむら、また敵が増えるのか。

しかし思えば当然かもしれない。ほむらを殺せば世界を守れるんだ、再構成なんて胡散臭いものを信じる意味がない。

誰もほむらの味方をしようなどと言う物好きはいない筈だった。

 

 

「貴方に手を貸して貰う必要はありませんよ」

 

「いや、何か勘違いしてるなアンタ」

 

「?」

 

 

少年の名前は手塚海之。

背負うのは運命、否定するのもまた運命。

 

 

「俺が守るのは、そっちのお姫様だ」

 

 

手塚はほむらを睨みつける。

 

 

「なにッ!?」

 

「変身」

 

 

デッキをバックルにセットすると、手塚の体が変わった。

赤紫を基調とした鎧に身を包む騎士、ライアだ。すぐにデッキにからカードを抜くと盾形のエビルバイザーへセットしていく。

 

 

『アドベント』

 

 

騎士が使役しているモンスターを召喚するアドベント。

空間がガラスのように割れると、そこからエビルダイバーが飛び出して来た。

 

 

「うわわ!!」

 

「クッ!!」

 

 

猛スピードで飛びまわるエビルダイバー。

ヒレについている強靭なブレードで、ほむらを閉じ込めていたバブルを破壊すると、そのまま背中に乗せて距離を離す。

それだけじゃない。エビルダイバーは腹部から強力な電撃を発射、赤紫の閃光はキリカとシザースを捉えてダメージを与えていった。

 

そこで二人は確信する。

間違いなく、ライアはほむらの味方をしようとしているのだと。

 

 

「馬鹿な! その女を守ると言うんですか!?」

 

「馬鹿だろ! ソイツは危険なんだぞー!!」

 

 

ほむらはエビルダイバーによって、ライアの背後に降ろされる。

ライアに見覚えはない。ましてや手塚も同じだ。

にも関わらず何故助けてくれたのか。ほむらには、意味が分からなかった。

 

 

「あなた……、どうして」

 

「大丈夫だったか?」

 

 

ライアは、ほむらの肩に軽く触れた。

すると魔法少女の服に刻まれるライアの紋章。

そう言えば、マミの話によればパートナーの紋章が魔法少女の衣装に刻まれるとか何とか。

という事はつまり。

 

 

「まあそういう事だ。よろしく頼む」

 

「え、ええ」

 

 

ライアが合図すると、エビルダイバーがほむらを守る様に立ち振る舞う。

一方で構わず突っ込んでくるシザースとキリカ。

キリカの魔法もまた時間操作。対象を減速させる物だった。

 

ライアからすれば、シザースとキリカは猛スピードで迫ってくる筈。

しかしライアは焦る素振りを見せない。デッキから淡々とカードを抜き取り、発動する。

 

 

『タイムベント』

 

「!!」

 

 

キリカ達と同速に変わるライア。

同じく時間を操作するカードによってキリカの魔法を封じたのだろう。

 

 

「パートナーと契約を交わせば魔法の力を使えるとは聞いていたが、成る程な」

 

 

これはいい。ライアは迫るシザースの攻撃を的確に防いでカウンターを仕掛けていく。

専用武器であるエビルウィップと言う鞭を使い、シザースとキリカの二人を相手にしていく。

 

 

「……ッ」

 

 

すごい。思わずほむらは心の中で思う。

それはキリカとシザースも同じらしい。二対一にも関わらずライアの実力は均衡。

いやもしかすると、それ以上とも言えるものではないか。

 

 

「ちくしょー! 何て力だ――ッッ!」

 

「カードの力か……ッ!」

 

「ああ。良いカードがあるんだ」

 

 

ライアは既に一枚のカードを発動していた。

リミッツベント。ライアのスペックが強化されると言う物なのだが、これが日によって強化の具合が違うと来た。

たとえば月曜に使えば脚が早くなったが、火曜に使えば目が良くなるかもしれない。

水曜に使えば防御力と攻撃力があがるかもしれないし、日によってはむしろ弱体化してしまうデメリットもある。

 

要するに博打を含んだ能力なのである。

しかし手塚と言う男は占い師だ。自らの運勢はある程度把握している。

 

 

「今日はギャンブルに強い日なんでね」

 

 

だからこそ今日の強化は抜群だった。リミッツベントの効果はライアの力を全て強化し、二対一を有利にさせるに至ったのだ。

迫る爪を避け、かつシザースの攻撃を受け止めて投げ飛ばす。

普段のライアならば不可能な立ち回りも、今日は余裕である。

 

 

「ちくしょぉおおおお!! お前なんて大ッ嫌いだぁああああああ!!」

 

 

ライアに腰を蹴られて頭にきたのか。

キリカは空に跳び上がると、一気に力を解放させる。

爪の一つ一つ連結させて巨大な鞭の様な物を形成。さらにそれらを円形状に組み合わせる事で、巨大なノコギリを作り上げた。

 

 

「ヴァンパイアファングぅウウウ!!」

 

 

フリスビーの様にソレを投擲する。しかしそれはライアにとってはチャンスでしかない。

殴りかかるシザースを受け流すと、再び一枚のカードをセット。

それは相手の武器を完全に複写して自分の物にするコピーベントだ。

 

 

「ハッ!!」

 

 

ライアはコピーベントによってヴァンパイアファングと同質の物を投擲する。

ぶつかり合う二つのノコギリ。ライアは強化状態と言う事もあって、競り合いに勝利したのはライアの方だった。

 

 

「うわっっ!!」

 

 

だがキリカのスピードがあれば避ける事は難しくなかった。

しかしその時に感じる違和感。下を見れば、キリカの脚にライアの鞭が巻きついているじゃないか。

 

 

「ちっくしょォオオオ!!」

 

鞭に縛られ、逃げられない。

そのままノコギリはキリカに直撃。

爆発を起こすと、ヒョロヒョロと地面に落ちていく。

 

 

「うへぇ……!」

 

 

ダメージが大きかったか、キリカは変身が解除されてぐったりと地面に伏せる。

 

 

「馬鹿な……!」

 

 

シザースは信じられないとライアに殴りかかって行った。

しかしスペックが強化されているライアは、拳がしっかりと見えているのか。

迫るシザースの攻撃を的確に受け止めていく。

 

 

「貴方は自分が何をやっているのか理解しているのですか!」

 

「ああ。分かってるさ」

 

「ならば尚更理解できない!」『ストライクベント』

 

 

シザースは腕を強化するストライクベント・シザースピンチを装備。

ライアに接近戦を仕掛ける。盾と蟹の爪がぶつかっていく。

 

 

「私は今まで正義の為に尽力して来ました」

 

「ッ?」

 

 

シザースの想いが込められた一撃は、ライアの腕を弾いて隙を生ませる。

すぐに腹部へ打ち込まれる蹴り。ライアは苦痛の声をあげて後退していく。

 

 

「この世に蔓延るゴミを排除し、世界を掃除してきた!!」

 

 

ライアの体から火花が散る。

ジャック・ザ・リッパー。世間はイカレた殺人鬼として扱っているが。ソレは大きな間違いだとシザースは語る。

殺しているのは全員、過去に何かしらの罪を犯した人物ばかりだ。

 

 

「私は正義の為に行動してきた! 今も昔も、そしてこれからも!!」

 

「アンタが犯人だったって訳か……!」

 

「今、この世界を脅かしている最大の悪とは何か?」

 

 

決まっている。

考える必要も無いと、シザースはほむらを指差した。

 

 

「彼女ですよ!」

 

「……ッ!」

 

 

分かってはいたが、面と向かって言われるとキツイものがある。

ほむらは何も言わずに、ただ複雑な表情を浮かべていた。

 

が、しかしライアはシザースの言葉を一蹴する。

正義がどうとか、悪がどうとか。それはシザースにとっては重大な事なのかもしれないがライアにとってはどうでも良い事だった。

ライアは――、手塚は信念を決めて行動をするタイプだ。

今の彼にとって一番重要なのはただ一つ。

 

 

「俺が暁美ほむらのパートナーだと言う事以外には無い!」『トリックベント』

 

「では貴方は世界が滅んでも良いと!?」『ファイナルベント』

 

 

シザースはライアの攻撃をかわしつつ後ろへ跳ぶ。

そこにいたのは使役するモンスター、ボルキャンサー。

蟹の化け物は、飛び上がったシザースをさらに跳ね上げる様にトスを行う。

空へ舞い上がったシザースは、そのまま体を丸めて高速回転を始める。

そのままライアに突進するのが必殺技、シザースアタックだ。

 

 

「フッ!」

 

 

ライアは放物線を描いて飛んでくるシザースを見て、後ろに跳んだ。

しかし甘い。シザースは地面に落ちるものの、一度バウンド。その際に加速しつつ再びライアを狙う。

バウンドするだけではなく、加速が加わる事は予想できなかった。

シザースアタックはライアを捕らえると、粉々に破壊して見せた。

 

 

「ッ!?」

 

 

しかし怯んだのはシザースの方だった。ライアを捉えた感触がまるで無い。

そこで気づく。ライアが粉々になった場所に一枚のトランプが残されていた。

シザースは攻撃を中断するとカードを確認、それはジョーカーのカード。

 

 

「これは――ッ! 囮か!?」

 

「その通り」『ファイナルベント』

 

「!!」

 

 

前方からエビルダイバーに乗ったライアが突進してくるのが見えた。

ライアは思う。シザースは『この世界が滅んでもいいのか』と自分に問い掛けた。

その答えはまだ明確には分からない。

分からないが――

 

 

「罪なき少女を犠牲にして成り立つ世界なら、滅びれば良い!」

 

 

水流と電流を加えて突撃する必殺技、ハイドベノン。

シザースはそれを確認する事はできたが、体が動いたときにはもう遅い。

 

 

「ぐあああああッッ!!」

 

 

ライアはシザースを吹き飛ばし、さらに続けてデッキを狙った。

騎士のデッキはダメージを受ける毎に脆くなっていき、デッキを破壊された騎士は24時間は変身する事ができなくなる。

ライアはシザースのデッキをしっかりと破壊すると、最後に一言。

 

 

「もう彼女の狙うのは止めておけ。運勢が悪くなる結果が見える」

 

 

地面を転がったシザースの変身者、須藤。

しかし納得はしていないのか、悔しげにライアを睨みつける。

 

 

「では……、指を咥えて世界の崩壊を待てと?」

 

「………」

 

 

ライアは何も言わない。

ただ踵を返してほむらの所に向かうだけだった。

須藤もまた舌打ちを行うと、キリカを抱えて夜の闇へと消えて行った。

 

 

「改めて。お前のパートナーになった手塚海之だ。よろしく」

 

「………」

 

 

手を差し出す手塚だが、ほむらは何も言わずに通り過ぎていく。

 

 

「やれやれ」

 

 

苦笑する手塚。

そこでほむらは振り返り、呟いた。

 

 

「ついてきて」

 

 

手塚は頷くと、無言でほむらの背を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、逃げた須藤とキリカ。

 

 

「ば、馬鹿な――ッ! 何故!?」

 

 

夜の闇の中で須藤は焦り、もがき、確実に近づく死に震えていた。

少し離れた所では魔法少女の魂であるソウルジェムを粉々に砕かれたキリカの姿があった。

ジェムを砕かれたと言う事は、『死』を意味している。

そうだ、キリカは死んだのだ。

そして須藤もまた。

 

 

「――――」

 

 

須藤は血を流し、倒れる。

これが正義を目指した自分の結末なのか?

悪人共を血祭りにあげ、本当の正義を目指した自分の末路だとでも言うのか!?

馬鹿な、ありえない、認めない、信じない!!

 

 

「私は……! 絶対に――……」

 

 

そこで終わりだった。須藤は糸の切れた人形の様に倒れて動かなくなる。

命を失った参加者は粒子化が始まり、その存在をこの世界から抹消される。

彼らが生きてきた証を知るのは同じく参加者のみ。

ああ、消えていく。二人の姿が跡形も無く。まるでそれは雪の様に儚く。

 

 

 

【須藤雅史・死亡】【呉キリカ・死亡】【残り22人・11組】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせたわね」

 

「いや、大丈夫だ」

 

 

ほむらの家。着替えを済ませたほむらは、そこで改めて手塚と対面する。

待っている時間で占いをしていたらしい。コインを弾きながら、ほむらを見る。

 

 

「アンタ、なかなか性格がソリッドだな」

 

「?」

 

「エゴイストの気がある。典型的なお姫様タイプだ。自分の好きな物を露骨に――」

 

「ちょっと、やめて」

 

「……悪い。ただの占いだ、気にするな」

 

 

正直ムッとした。ほむらは露骨に不快ですと手塚を睨んで見せる。

だが本人は気にしていないようだ。ほむらの家が珍しいのか、風水の本を片手にウロウロと回っていた。ほむらの家は魔法によって若干の増築が施されており、近未来的な内装は確かに珍しいかもしれない。

 

リビングなんて魔法結界によって元々の部屋とは全く別のものに変化しているのだ。

そこには様々な魔女の資料が貼り付けられている。

 

 

「珍しいな。何だ、この逆さまの女は」

 

 

手塚の目に付いたのは女性が逆さまに書かれているイラストだった。

なんともまあ不気味な表情である。血塗れで笑顔を浮かべている姿はハッキリ言ってホラーそのものだ。

 

 

「毎日こんなイラストを見ているのか?」

 

「何?」

 

「ああいや、すまん」

 

 

睨み返してくるので、話を止めにする。

二人は向かい合って座る形に。そこでほむらは早速本題へ移った。

 

 

「単刀直入に言うわ、私は貴方を信用できていない」

 

「無理もない」

 

「キュゥべえ、聞こえている?」

 

『なにかな? 暁美ほむら』

 

 

ルールの補足と言う事であれば、キュゥべえは呼びかけに応えてくれるようだ。

 

 

「パートナー同士での攻撃は?」

 

『ダメージは限りなく軽減されるよ。とは言え、殺せない訳じゃないけれど』

 

 

それが全てだった。

手塚がパートナー。それは理解した。

しかしイコールでそれが絶対的な信頼を寄せる理由にはならない。

パートナー同士でも殺害が成立するのであれば尚更だ。

 

 

「貴方が私に味方する理由が分からない」

 

 

ほむらが勝ち残った場合、パートナーである手塚は『記憶を残したまま』生き延びる事ができる。

しかし手塚の家族、友人。いるかどうかは知らないが恋人などは例外なく記憶を失って一度は滅びるのだ。

 

 

「そうか。お前は知らないか」

 

「?」

 

 

手塚もまた、既にジュゥべえから補足ルールを告げられていた。

 

 

「俺は、アンタが死ねば死ぬ」

 

「!」

 

 

分かりやすいルールではないか。ほむらが殺された場合は手塚も命を落とす。

今、手塚の命は二つあると言っても良い。だからこそ何が何でもほむらを守らなければならないのだ。

それが自分自身の命を守ると言う事でもあるのだから。

 

 

「頼むから自殺なんてしないでくれよ。それでも俺は死ぬらしいからな」

 

 

なるほど。

流石はあの最低な妖精共の考える事ではないか。

手塚も逃げられない様になっている訳か。同じ境遇と言う点からか、少し同情心が芽生える。

 

 

「……それは、申し訳ない事をしたわ」

 

「気にしないでくれ。これも運命だ」

 

 

手塚と言う男は高校を中退して占い師の道を目指したらしい。

だからなのか、他の者よりも『運命』と言う単語に深い想いを抱いている。

今だってそうだ、取り乱すことなく、こうなったのは全て運命なのだと納得しているらしい。

 

 

「今は信じてくれなくても良い。だが覚えておいてくれ、俺はお前の味方だ」

 

 

裏切る可能性を危惧しているならと、手塚は自分の携帯とデッキを差し出す。

 

 

「これで外部との連絡を可能な限りブロックできる」

 

 

それに、ほむらとの連絡はコレを使えば良いと一枚のカードを示した。

 

 

『トークベントは変身していない状態でも使える』

 

『……! テレパシーね』

 

 

そう言えば、ゲームが始まる前は魔法少女同士は思念で会話できていたが、いつの間にかそれが遮断されている。

おそらくはキュゥべえがブロックをかけているのだろう。

なんだか全てが妖精達の手の上の様な気がして、気持ち悪さを感じてしまう。

 

 

「………」

 

 

ほむらは疲れたようにため息を一つ。

 

 

「とりあえず今は、貴方をパートナーとして信用してみるわ」

 

「助かるよ」

 

「これは結構よ」

 

 

携帯とデッキを手塚に返し、ほむらは脚を組みかえる。

 

 

「早速なのだけど、一つ聞いてもいいかしら?」

 

「ああ、なんでも聞いてくれ」

 

「騎士とは――?」

 

 

ほむらは『繰り返してきた』者だ。

その中で些細な違いや大きな違いは見られたが、今回ほど異質な存在が生まれた例は無い。

 

 

「悪いが、正直なところ俺にもよく分からない。俺達騎士はジュゥべえと言う妖精に契約を持ち掛けられただけだ」

 

 

カードデッキと言うアイテムを使って装甲に覆われた騎士に変身する。

そして己の心を映し出したモンスターを使役して戦う。

しっかりと分かっている事と言えば、それくらいなものである。

 

 

「恐らくジュゥべえが選んだ12人は、それぞれ同じような言葉を投げ掛けられた筈だ」

 

 

手塚海之と言う人間が、運命と言う物に疑問を持った時、奴は現れた。

 

 

『手塚ァ! 運命を変える力が欲しくは無いか?』

 

 

ジュゥべえは笑い、デッキを見せ付ける。

 

 

『それを手にした時、お前が転ぶのが良い運命なのか悪い運命なのかは分からない。しかし少なくとも今と言う、その時に疑問を感じているのならば力を求めろ! 運命はいつだってお前を試していた!』

 

 

それが今、最後の選択になるかもしれないのだから。

そう言ってジュゥべえは契約を迫ったのだ。

騎士に選ばれた者は、自己の幻影としてミラーモンスターを生成する。

手塚の場合は、幼い時に連れて行ってもらった水族館で見たマンタが心に残っていたのだろう。

エイのモンスターであり、運命を司るエビルダイバーが誕生したと。

 

 

「キュゥべえは騎士を入れて何をしたかったのかしら?」

 

「契約時に願いを叶える魔法少女とは違い、ただ一方的に力を与えるだけの騎士システムは浮いている気がするな」

 

 

独自のエネルギー搾取に目をつけたと言う事なのか?

ほむらは独自に考察を広げていくが、どれもパッとしない。

 

 

「そう言えば、ジュゥべえの口ぶりから察するに騎士システムを導入したのは俺達が最初だと思う」

 

「なるほど。魔法少女は過去にもいくつかの例があったらしいわ」

 

「つまり新技術を俺達で試しているわけだ。しかしわざわざ今回のゲームの為だけに用意したと? 何か違和感を感じるな」

 

「裏があるのかしら」

 

「かもしれない」

 

 

ふと、ほむらは時計を見る。もうそれなりの時間だ。

 

 

「あなた食事は?」

 

「ああ、そんな時間か。まだだが……」

 

「ここまでつき合わせたお詫びよ、ご馳走するわ」

 

「別に気を使わなくても――」

 

「いいのよ、待っていて」

 

 

そう言ってほむらは奥の方へと消えていく。

手塚も人間だ、お腹は空く。ここは素直に甘える事にしたのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「いいのよ、もりもり食べても」

 

 

ほむらは、じっとりとした目で手塚を見る。

 

 

「………」

 

 

手塚は目の前に置かれた乾パンの缶を見てゴクリと喉を鳴らす。

何だこれは、どういう事だ? 混乱する手塚の思考をよそに、ほむらはモシャモシャと乾パンを食べ始める。

 

 

「あの……、これは?」

 

「氷砂糖も食べていいわよ」

 

「いや、そういう事じゃないだろ!」

 

「え?」

 

「何だ? 俺がおかしいのかコレは!」

 

「???」

 

「お前、いつもこんな感じなのか? 食事は」

 

「そうだけど……」

 

 

しかもほむらは乾パンを三個しか食べてない。

見ればほむらは異常に白い。言い方を変えれば病的に見える。

手塚は思わず立ち上がり、ほむらへ食生活の改善を諭した。

 

 

「お口に合わなかったかしら?」

 

「い、いや! そういう事じゃなくて。とにかく一度冷蔵庫を見せてくれ」

 

「………」

 

 

面倒だと表情が語っているが、ほむらは渋々冷蔵庫の中を見せる事に。

 

 

「何故マヨネーズしか入ってない!」

 

「退院したばかりなのよ」

 

 

だからって何でマヨだけなんだ。マヨラーなのか!?

手塚は頭をかいてほむらを外に連れ出す事に。

 

 

「ちょっと、どこに行くの?」

 

「こんな食生活を続けていたら死んでしまう」

 

 

それを聞くと、ほむらは少し不愉快そうに表情を歪めた。

 

 

「もう死んでいるから関係ないのよ」

 

「ッ!」

 

 

魔法少女は調節すれば食事を取らなくてもいい体になる。ほむらはその調節を行っていた。

故に食事など意味のない行為だ。他の魔法少女はそうでないのかもしれないが、少なくともほむらにとっては無駄だった。

ただ倫理的なところから形式的に食事を行っているだけなのだ。

 

 

「だったら、食事をする様に調節を戻せば良い」

 

「無駄なことよ。食事をする時間がもったいないわ」

 

「人を超えた力を持ったとしても、人としてあるべきだと俺は思うが」

 

 

ほむらは腕の力を強め、手塚を振り払う。

 

 

「貴方には関係ない事よ。パートナーとしては認めたけれど、指図は受けないわ」

 

「関係なかったとしても、今日はせめて料理を作ろう。道具も俺が買ってやるから!」

 

 

手塚は強引にほむらの腕を掴むと、そのままホームセンターに引っ張っていく。そこで次々と包丁だのまな板だのをカゴに入れていく。

勝手にしてくれとほむらは言いたい。どうして自分まで付き合わなければならないのか。

 

 

「いいじゃないか、離れていると狙われた時に困る」

 

「自分の身くらい自分で守れるわ」

 

「俺の命も預かってもらってるんだ。ココは俺に合わせてくれ。頼む」

 

 

そこまで言われてはほむらも断りにくい。

彼女だって手塚を巻き込んでしまった事には申し訳なさを感じている。

自分のせいで毎日死に怯えなければならないのだから。

 

 

「……ごめんなさい、私のパートナーになったばかりに」

 

「だから、気にしなくていいさ。お前が悪い訳じゃないだろう」

 

「………」

 

 

いや、いや――、自分に原因があるとほむらは理解している。

しかしそれを手塚に言う訳にもいかなかった。

だからこそ、折れるしかない。ほむらはただひたすらに手塚についていく。

会計が終わると、その足でスーパーに寄った。

手塚はカレーを作ってくれると言う。

 

 

「そう、カレー……。久しぶりね」

 

「好きな野菜はあるか? それを入れよう」

 

「………」

 

 

手塚の問いに少し黙るほむら。

しかし観念したのか、小さく告げる。

 

 

「かぼちゃ……」

 

「そうか、だったらソレを入れよう」

 

 

ほむらは無言で頷いた。

もうちょっと嬉しそうな顔をしてくれれば、手塚としても嬉しかったのだが。

まあここは、ほむらが乗ってくれただけでも良しとしようじゃないか。

 

彼らは材料を一通り揃えると、家に戻って早速調理を始める。

ほむらは手塚を巻き込んでしまったお詫びとして、後は自分がやると言い張った。

 

 

「へぇ、じゃあ任せようかな」

 

「ええ。カレーくらいすぐにできるもの」

 

 

ほむらはお湯を沸騰させ、そこににんじんを放り込む。

ボチャン! 音を立ててにんじん沈下。

 

 

「待て! ま――ッ、ちょっと落ち着こう!」

 

「?」

 

 

手塚はさいばしでニンジンそのものを取り出すと、ほむらをチラリと見る。

何で焦っているのか分からないとポカンとした表情である。

これはマジで言っているのか? 手塚は判断に困るところである。

 

 

「何か違ったかしら?」

 

「申し訳ないが、当たっている所が無い。なんで丸ごと入れた?」

 

「たべごたえ――」

 

 

は、違うんだな。

ほむらは何となく理解して沈黙する。

結果として彼女が出した答えは――

 

 

「冗談よ」

 

(絶対嘘だ)

 

 

手塚はやはり自分も手伝うと、ほむらと並んで調理場に立った。

ほむらにはニンジンを切る事を任せて、手塚はジャガイモやカボチャを受け持つ事に。

 

 

「皮を剥いて、好きに切ってくれ」

 

 

そう言われたので、ほむらはジッとにんじんを見つめる。

 

 

(皮を……?)

 

 

適当にペリペリできると思っていたが、どうにも剥き口がない。

どこから剥けばいいんだ? 少し爪を立ててみるが、捲れる素振りをこのオレンジ色の棒はみせない。

 

 

(もしかして先に切ってしまえばいいの?)

 

 

ほむらは変身すると、盾からチェンソーを取り出して――

 

 

「な、何のために包丁とピーラーを買ったんだ! そっちを使ってくれ!」

 

 

慌てて止める手塚。どうやら彼女の料理スキルはカオスのソレらしい。

手塚は一つ一つの作業をほむらと一緒に行う事にした。

日本刀と火炎放射器、ガスマスクは料理には必要ない事を説明すると、意外にもほむらは素直に聞き入れていた。

 

どうやら自分でも料理の腕前がアレなのを悟ったらしい。

とは言え説明をちゃんと聞けば彼女は一瞬で腕を上げるのが面白い。

結局最初こそグダグダだったが完成したカレーは何ともおいしそうな物だった。

 

 

「うまいじゃないか」

 

「私は手伝っただけよ……」

 

 

二人は再び顔を合わせて食事を開始する。

なんだか酷く懐かしい、ほむらは心に引っ掛かる物を感じつつ一口カレーを含んだ。

やはりどこか懐かしい、そしてどこか悲しい。

胸にぽっかりと空いた穴の正体が何か分からず、けれども租借する度に『今』が輪郭を作っていった。

 

 

「うん、美味いじゃないか。俺一人じゃコレは作れなかったよ」

 

「………」

 

 

ほむらは、ぼんやりとカレーから発せられる湯気を見ていた。

食事は記号だが、手塚に言われた事を思い出す。

そうだ、本当だったら食べなければ駄目なのだ。

 

しかしいつからか、どうにもそれが煩わしくなった。

面倒とかではなく、なんと言えばいいのか。

たとえばそれは罪悪感のようなものであったり――……。

 

 

「貴方は普段、料理をするの?」

 

「まあな、一人暮らしなんだ。今」

 

「そう……」

 

 

ほむらはスプーンに乗せたかぼちゃを口に入れた。

そうだ、そうだったな、昔はコレが好きだった。

やっと思い出せた気がする。

 

 

「不思議だな。何だか前にもお前とこうやって料理を作った気がするよ」

 

「………」

 

 

手塚は何気なく言ったつもりだが、ふと見てみればほむらは完全にドン引きと言った表情を浮かべていた。

 

 

「わ、悪い。変な意味は無いんだ。いや、本当に」

 

 

それを聞くと数回頷くほむら。

実は自分も同じような記憶、と言うか感覚を持っている。

カレーではなく、スイーツだったような。そんな夢を見たような気がする。

 

 

「不思議ね、貴方とは前にもパートナーだった気がするわ」

 

 

珍しい、自分の口からこんな言葉が出てくるとは思わなかった。

ほむらは少し自分で自分の言った事を疑問に思ってしまった。

だが確かに手塚とは以前どこかで出会った気がしていた。遠い遠い、夢のような場所で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあな」

 

「ええ……」

 

 

食事が終わり、手塚は帰宅することに。

本当は泊まってでもほむらを守るのがいいのだろうが、流石に知り合って一日弱でそれを言い出す図々しさと勇気はどちらにも無かった。

 

 

「何かあったらすぐに知らせてくれ」

 

「ええ」

 

 

扉を閉める。

とりあえず手塚は信用できそうだ。

とはいえまだ油断は出来ないが。ほむらは脳内で情報を更新していく。

 

 

「………」

 

 

実感は無い。いろいろと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【二日目】【世界崩壊まで残り144時間】【残り参加者22名】

 

 

 

 

朝、ほむらは迷ったが学校へ向かう事にした。

本当は家に隠れているか、手塚と一緒にいる方が安全なんだろうが、マミ達が迎えに来たのだ。

身構えるほむらだったが、マミの必死の訴えを聞いて心が揺らいでしまった。

 

 

「良かった……! 暁美さんに疑われたらどうしようって思ったのよ」

 

「そう」

 

 

マミとさやか、仁美は何気なく登校する。

マミをからかうさやか、それを嗜める様に笑う仁美。全くもって平和そのものと言える光景だった。ほむらは何も言わず、何も思わず足を進めるだけ。

 

 

「だからそれは違うと教えたはずですよ中沢くん!!」

 

「ひぃ! す、すいません!!」

 

 

それは学校に着いても同じだった。

周りの生徒達は普段と何も変わらず生活を送っている。

誰もが残り六日あまりで世界が滅ぶとは思ってもみない。当たり前の生活が続くと信じて疑わない。

 

 

『その危機感の無さが油断を重ね、人を堕落させていく』

 

「………」

 

 

休み時間、廊下で窓の外を見ていると、いつの間にか隣にキュゥべえがやってきた。

 

 

『人はいつだってありとあらゆる可能性を頭に入れておきながら、実際に行動するのは事態が起こってからだ』

 

「今回のケースは一般人に分かるわけが無い」

 

『それにしたって全てを知っている身から見れば、愚かに見えてしまう』

 

「……なんの用? まさか今の下らない自論を言いに来ただけなんて言わないでしょう?」

 

『もちろんだよ。一つだけどうしても聞いておきたい事があってね』

 

「?」

 

 

キュゥべえは表情を変えずに、ほむらへ問い掛ける。

 

 

『キミは、幸せになれると思うかい?』

 

「……?」

 

 

なんだか違和感を感じる質問だった。

 

 

「それは、"誰"の質問?」

 

 

ほむらはキュゥべえを鋭く睨みつける。

 

 

『……人が来たね。ボクは消えるよ』

 

 

キュゥべえは何も言わずに消え去ると、入れ替わりでさやかが顔を見せた。

いつもニコニコと明るい雰囲気の彼女ではない。

無表情でほむらを見る目には、嫌な志が見えてしまう。

 

 

「ねえ、ちょっと屋上に来てもらっても良い?」

 

「………」

 

 

ほむらは頷いて、さやか言う通り屋上を目指す。何となく、これから先の光景は分かっていた。

だったらほむらが取る最善の行動も分かっている筈。

なのにほむらは無言でさやかの背中を見つめて歩くだけ。

 

否定してほしかったのか?

それともこの目でしっかりと確かめたかったのか。

それはもう、ほむらにすら分からない。

 

 

「!」

 

 

屋上には既に三人の人間がいた。

一人は巴マミ。ほむらを見つけると、何故か怯えた様に肩を震わせる。

瞳には罪悪感、恐怖、焦りがにじみ出ている。

またか、その中途半端な正義感がイライラする。ムカつくんだ。ほむらは唇を噛み、拳を握り締めた。

 

そしてマミの隣には北岡が。

なぜ中学校と関係の無い北岡がいるのか。その意味がほむらにはよく分かる。

 

 

「あ、あの……、暁美さん――ッ」

 

 

ほむらに話しかけたのは上条恭介だった。彼もまた怯えと焦りの目をしている。

まるで化け物を見る様な目だった。ほむらは思わず舌打ちを漏らして、上条へ視線を合わせた。

よく分かる。上条はほむらの眼を見ていない。逸らし、怯え、震えるだけ。

 

 

「お願いがあるんだ……」

 

 

最後まで目が合う事は無かった。

 

 

「し、死んで――、ほしい!」

 

「………」

 

 

ほむらは一同を睨む。激しく睨みつける。

マミの震えが酷い。信じていた魔法少女(ヒロイン)の姿とかけ離れた現実に押しつぶされそうなんだろう。

本当はほむらも世界も守れる方法を探したいと提案したかったのだろう。

しかし叶わないと決めうち、あげくココにいる。

 

美樹さやかだってそうだ。

彼女は良くも悪くも強い、しかしその強さは脆すぎる。

さやかにとっては世界なんてどうでもいい。ただ上条と居られる時間が欲しいだけ。

一瞬の安息を求めて人を殺す事を選んだ。

世界を守るなんて言い訳を自分につくれば決意も簡単だっただろう。

 

上条恭介。よく分からないが一発殴りたい。

自分の世界を守りたいと言う事は分かる。

しかしそれは恐らく自分で手を汚さない方法を選ぶ末の行動だろう。

 

きっと彼は自分(ほむら)を殺さない、殺せない。

だから美樹さやかが代わりに殺してくれる事を待っている。

そしてきっとさやかが殺さなかったら、彼女を恨むのだろう。

 

 

「あ、あの……、本当にごめんなさい! ダメよ上条くん、そんな言い方誤解されちゃうわ!」

 

 

耐えられなくなったのか。

マミはほむらの肩に手を置いて優しいトーンで声をかけてくる。

 

 

「これは最後の最後までどう頑張っても無理だった場合だからッ、あの、勘違いしないでね!」

 

 

弱いくせに、強くあろうとする。

 

 

「だから……! だから最後の日までは一緒に――!!」

 

 

何とかなる方法を探そうと?

ほむらは肩に触れていたマミの手を強く掴んだ。

ほら震えているじゃないか。結局マミが一番望んでいる事はほむらが死ぬ事なんだ、私がいなくなる事なんだ!

ほむらはもう一度舌打ちを零すと、マミの手を弾いた。

 

 

「帰るわ」

 

 

踵を返す。

 

 

「ッ!」

 

 

そして素早く体を右へ反らした。

聞こえたのは銃声。通り抜けるのは弾丸。

見れば、銃を構えていたゾルダの姿があった。

結局、不意打ちか。ほむらは魔法少女へ変身すると盾を構える。

 

 

「き、北岡さんどうして! 攻撃だけはしないでって!!」

 

 

マミは信じられないとの表情でゾルダを見る。

この表情だけは嘘じゃないと信じたいが、どうでも良くなってきた。

 

 

「んー? そうだっけ?」

 

 

まあ、でも、いいでしょ。

ゾルダはそう言ってもう一度引き金を引く。

放たれた弾丸は一直線にほむらを撃ち抜こうと空を射抜いた。

しかしステップで回避すると、ほむらは盾を操作して時間を停止させる。

 

 

「……ッ!?」

 

 

またなの? ほむらは怒りで叫びたくなる。

時間を停止させた筈なのに四人の動きは止まっていないじゃないか。

いや、分かる。ほむらはじっとりとした目つきでマミを睨みつけた。

 

 

「……ッ! ご、ごめんなさい暁美さん!」

 

 

ほむらの時間停止を防ぐには、ほむらに触れていればいい。

その情報を得ていたマミは、自身の武器であるリボンを最大活用していた。

 

リボンを細くして糸にすると、ほむらの腕に巻きつける事で『触れている』と言う条件をクリアしたのだ。

さらに糸は分裂してさやか達にも触れている為、彼女達の動きが止まる事は無い。

 

 

「チッ!」

 

 

適当に糸がありそうな場所を撃つ。

しかし余程細いのか、糸は肉眼では確認できずに終わった。

そうしている内に変身を完了させるマミとさやか。

さやかは迷う事無くサーベルを手にし、マミは目を閉じて歯を食い縛る。

 

 

「マミさん! 恭介!」

 

「へ、変身……!」

 

 

上条も変身。黄金の鎧を纏った騎士・オーディンへと変わる。

力のデッキ。純粋なスペックで見るならオーディンは最強である。

どうやら上条も戦う意思を不完全ながらも持った様だ。ソードベントであるゴルトセイバーを構えて、刃をほむらに向ける。

 

 

「マミさん!!」

 

「!!」

 

 

目を見開くマミ。

そうだ、ここで自分が諦めたら家族が壊れてしまうかもしれない。

次に転生したときには父親と母親は死んでしまう結末になってしまうかもしれない!

そんなのは嫌だ!!

 

 

「ごめんなさい暁美さん。恨むなら恨んでくれていいわ!」

 

 

マミの表情が変わる。

目を細めるほむら、そうだったと彼女は焦りを覚える。

巴マミの本当に厄介な部分を忘れていた。

 

マミはマスケット銃を大量に地面に突き立てると、一つを取ってほむらへと銃口を向ける。

ほむらが危険視している最大の部分、それはマミの実力だ。

 

 

「ただし、恨む場所は天国だけれど!!」

 

「!」

 

 

引き金をひくマミ。そこから放たれた弾丸がほむらの頬を掠めた。

さらに続けてゾルダの弾丸が肩を掠める。

これはまずい、ほむらは時間停止を解除してすぐに手塚へ助けを求めた。

 

この場面は非常にマズイ。

マミとさやかだけならまだしも、得たいの知れない騎士が二人もいる。

 

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「!?」

 

 

背中に走る痛み。振り返ると黄金の羽を散らせたオーディンが剣を振るっている所だった。

いつの間に? ほむらは痛みをこらえて跳躍。オーディンから距離を取りつつ、マシンガンでマミ達を牽制していくのだが――

 

 

「や、やぁあああ!!」

 

「ッ!!」

 

目の前に迫るゴルトセイバー。

そうか、ほむらは理解する。オーディンは瞬間移動ができるのだ。

ほむらは何とか体を捻って剣を回避。すぐに蹴りでオーディンの頭部を打つ。

 

 

「――ァッ!!」

 

「ハアアッッ!!」

 

 

追撃だ。盾から日本刀を抜いてオーディンの装甲を削る。

オーディンは火花を散らしながら後退していく。

 

 

「痛いッ! ウゥウッ、痛いよッ、痛い、痛い……! あの、手だけはお願いだから――ッ」

 

 

ダメだ、オーディンは一度ワープでほむらから距離を取る。

そしてデッキからカードを取り出して、ブツブツと喚く。

 

 

「こ、これは正当防衛だ……! ぼ、僕は悪くない! アイツが、暁美ほむらが悪いんだ!!」『アドベント』

 

 

空が割れ、そこから黄金の不死鳥が出現する。性質は無限、名はゴルトフェニックス。

不死鳥は黄金の軌跡を描きながらほむらへ突進していく。

何とかかわそうとするほむらではあったが、そこで風を切り裂いて迫る魔法少女が。

 

 

「ハァアアアアアアアアアアアア!!」

 

「うッ! つぅウッ!!」

 

 

美樹さやかは自身の武器であるサーベルを強化するスパークエッジを発動してほむらへ容赦ない連撃を仕掛けていく。

ほむらは様々な武器を使える半面、一つの武器を極めている訳では無い。

対してさやかはサーベル一本でココまでやってきた。故に勝敗はすぐに訪れた。

 

 

「きゃぁあああああ!!」

 

 

激しい剣技は嵐を巻き起こす程荒々しい。

さやかの必殺技であるテンペストーゾは、文字通り小規模の竜巻を発生させる攻撃。

ほむらは嵐に巻き込まれ動きを止めてしまう。そこへ直撃するゴルトフェニックス。

 

 

「う――ッ! ガハッ!!」

 

 

間違いない、本気で殺しにかかっている。

ほむらは地面に激突しながらも、ミサイル砲やガトリングを展開していくマグナギガを見つけた。

あの超火力の必殺技を受ければ間違いなく死ぬ。

 

ほむらは逃げようと力を込めるが――、無駄だった。

マミがリボンを伸ばしてほむらを縛り上げる。

身動きができなくなった。どんなに力を込めても基本スペックがマミを下回っている為に叶わない。

 

 

「残念だよ転校生」

 

 

さやかは本当に悔しそうに、ほむらを見る。

 

 

「もしも、こんな運命じゃなかったら……、きっとアンタとは友達になれてたと思う」

 

「……勝手な事を」

 

「だね。アンタが嫌だって言ってもあたし、諦めずに友達になろうとしたかも」

 

 

もしも友達になれたら、さやかはきっとその関係を大切にしていたと誓える。

困っているなら助け。逆だったら甘えようと。

 

 

「でもごめん、アンタは死ななきゃ駄目なんだよ……」

 

 

だからせめて死ぬ姿を見届ける。

他の誰が目を背けようとも、さやかだけはその死を受け止め、これから背負い続けて生きていく。

マミが、オーディンが視線を逸らしている中で、さやかだけはほむらを見ていた。

 

 

「ねえ、一つだけ聞いても良い?」

 

「……何?」

 

 

ほむらは、うんざりした様にさやかを見る。

 

 

「もしも……、再構築した世界にアンタも居たら――、」

 

 

あたし達は仲良くなれると思う? とは、言わなかった。

さやかはその言葉を飲み込んだ。言えない、言える訳が無い。

自分達の都合でほむらを殺そうとしているのに、それを問い掛ける資格など無い。

 

一方でニヤリと笑うほむら。

どうやら、さやかの問いかけを察したようだ。

 

 

「無理よ」

 

「………」

 

 

さやかはゾルダを見る。もうチャージは済んだ筈だが?

 

「北岡さん?」

 

「は、早く撃ってよ! 何してるんだよ!!」

 

 

オーディンがイライラした様に言葉をぶつける。

ゾルダは何故かマグナギガに銃をセットした時点で動きを止めていた。

後は引き金を引くだけで彼の必殺技であるエンドオブワールドが発動して全てが終わるのに。

 

 

「俺……、ココで、何してたんだっけ?」

 

「は?」

 

 

ゾルダの言葉に一同は混乱する。

彼は何を言っているんだと。

 

 

「学校? ココ、学校か? 俺は遅刻はしてない。でもお仕置きで屋上に立たされる奴はいなかった様な……」

 

「北岡さん?」

 

 

彼は、何を言っているんだ?

もう一度、誰もが思った。

 

 

『フリーズベント』

 

「?」

 

 

ゾルダは手に持っている物が銃だと言う事を思い出した。

そうか、俺は昔から銃が好きだった。

母さんが外国のモデルガンを買ってくれたのを覚えている。

 

でも俺がそれで遊ぶと怒るんだ。

おかしな話だろ? モデルガンはソレからどこかにしまわれてしまった。

俺は本当はもっと遊びたかったのに、酷い話だろ?

俺は昔から銃が好きだったんだ。父さんが昔から外国のモデルガンをコレクションしていたんだ。でも父さんは俺がそれで遊ぶと母さんを呼ぶんだ。

 

そうか、俺は昔から銃が好きだった。

父さんが外国のモデルガンを買ってくれたのを覚えている。

でも俺がそれであそぶと母さんが外国をコレクションして、父さんがしまわれてしまった。

怒るんだ、おかしな話だろ? 外国は本当はモデルガンだった――

 

 

「あ……?」

 

 

ゾルダはそこで初めて自分が引き金を何度も引いているのにマグナギガが反応しない事に気づいた。

何故? どうしてマグナバイザーも引き抜けないんだ!?

 

 

「えーいッッ!!」

 

「「「!!」」」

 

 

突如屋上に現れた小さな影、千歳ゆま。

彼女もまた魔法少女であり、その小さな体に不釣合いのハンマーで思い切り地面を叩いた。

衝撃は一気に広まり、マミ達の動きを停止させる程の物だった。

 

 

『アドベント』

 

「な、なんだよコレぇッ!!」

 

 

屋上へワラワラと湧いてくるのはガゼルモンスターズ。

リーダーのギガゼールを筆頭に、無数のメガゼール達が一勢に行動を開始していく。

ある者はマミを攻撃し、ある者はさやかを、オーディンを。

そして多くの者は、ほむらを守る様に構える。

 

 

「な、何だコレ!」

 

 

ゾルダはガゼルモンスターに押し出され銃から離れてしまう。

はて? そもそも自分はどうしてこんな所にいるんだろう?

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

咆哮を上げて突撃するのは赤。

佐倉杏子は武器である槍を構えて、ほむらを拘束していたリボンを全て切り裂いていく。

空中に投げ出されたほむらを杏子はキャッチするとマミから離れた場所に降り立った。

 

 

「やったねキョーコ!!」

 

「ああ、ゆまも頑張ったね。偉い偉い」

 

 

そして加えて降り立つ二人の騎士。佐野が変身したインペラーと、東條が変身したタイガ。

タイガはミラーモンスターの動きを停止させるカードでゾルダを封じ、インペラーは大量のミラーモンスターを使役している為に場の混乱を誘う事ができた。

 

 

「これで少しは英雄に近づけたかな?」

 

「ああ、上出来じゃなーい?」

 

 

混乱しているのはマミ達だけでなく、ほむらもだった。

助かった? 自分が今どうなっているのかイマイチ分からない。

そうしている内にインペラーがほむらを受け取り、地面を思い切り蹴る。

空を舞いながら屋上から落下するほむら。そのままインペラー達は一気に学校を離れる様に走り出した。

 

屋上に残ったのは杏子のみ。

切なげな表情でマミ達を見る。

 

 

「なんでだよ……」

 

「ッ!」

 

 

再びマミの肩が震える。

杏子が泣きそうなのは気のせいだろうか?

 

 

「アタシの知ってるマミって人間は、絶対にほむらを殺す判断をここでしない奴だ」

 

 

次はさやかを。

 

 

「アタシの知ってるさやかは……! アタシには荒いけど、他の奴には優しかった筈だろ!?」

 

「――ッ」

 

「少なくとも犠牲にしないで済む方法を見つけようって突っ走る奴だった!」

 

 

杏子は拳を握り締める。

 

 

「嫌われるのは……、アタシだけで良かったんじゃねーのかよッ!」

 

「さ、佐倉さん――ッッ!」

 

 

マミは何かを言おうとするが言、葉が詰まってしまって結局何も言えなかった。

一方でさやかは悔しそうに拳を握り締めて首を振る。

 

 

「アンタに何が分かるの!」

 

 

そう言ってさやかは杏子を強く睨みつけた。

 

 

「アイツを守ろうなんて、アンタやっぱりイカれてる!」

 

「おかしいのはどっちさ! こんなふざけたルール、そう簡単に認めちまうのかよ!!」

 

 

それだけ言って杏子もまた屋上を離れる。

残されたマミ達は複雑なものを感じがながらも変身を解除するしかできなかった。

その中でゾルダだけは変身したまま、ぼんやりと空を見上げていた。

 

 

「………」

 

 

雲ひとつ無い青空だ。

綺麗だ。俺は昔から夕焼けの空が好きだった。だから今の空は好きだ。

綺麗じゃないか、でも雨が降ってるから、きっと晴れていたらもっと綺麗だったんだろうな。

ゾルダは変身を解除して傘を捜しに向かう。

 

でも晴れている日に傘なんておかしいだろ。

北岡はそうだったと夕焼けの空を見上げた。

やはり、青い空は綺麗だ。彼は目の前に広がる青空をしばらく見つめ続けている。

そろそろ夕日が見えてきた。

はて、家はどっちだったか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない! この事態は予測できたのに……ッ!」

 

 

手塚が駆けつけると、丁度インペラーがほむらを降ろしていた。

 

 

「キミがほむらちゃんのパートナー? 実は――」

 

 

事情を素早く説明され、手塚はインペラー達と共に彼らの拠点に案内された。

そこは見滝原公園の近くにあるボロアパート。

トイレはあるが、お風呂はなく、なんとも狭い場所だった。

インペラーである佐野のアパートらしい、彼はココに杏子達3人を居候させているのだ。

 

 

「まあ昔はオレも結構良い暮らししてたんだけど、親父に勘当されちゃって。あはは……」

 

 

申し訳なさそうに頭をかく佐野。

部屋の隅では東條が体育座りで大人しく座っている。

一方で杏子とゆまは人数分のお茶を用意して差し出していった。

お礼を言って受け取る手塚とほむら。しかし何よりも気になる事が一つ。

 

 

「あなた、どうして私を……」

 

「ん? ああ、気にすんなよ。困った時はお互い様さ」

 

「いや、そうじゃなくて。分かっているの?」

 

 

ほむらを助けると言う事は、世界の破壊を促がす行為でもある。

杏子達はソレを理解しているのだろうか? 今現在は四人でチームを組んでいるみたいだが、再構築が行われれば四人が再び知り合いになれる保証も無い。

むしろ何かしらの理由で対立関係になるかもしれないのだ。

 

 

「あー……、まあいいんだよソレは」

 

「?」

 

 

杏子の言葉の続きを言うのは佐野だった。

彼等がほむらを助けた理由はただ一つ。

 

 

「オレ達、結構今の世界に絶望してるんだよね」

 

「……ッ」

 

 

佐野は自虐的な笑みを浮かべて頭をかく。

今の世界が終わり、次の世界と言うチャンスがあるのなら其方に賭けてみるのもいいだろうと。

それは佐野だけでなく杏子やゆま、東條にも言える事だった。

だから、ほむらを助けた。彼らは世界の崩壊を望んでいるのだから。

 

 

「ほむらちゃんは、もちろんオレ達を再構築してくれるよな?」

 

「え……、ええ。もちろん」

 

「はぁー、それを聞いて安心したよ」

 

 

しばらくはココに隠れていると良い。佐野達は完全にほむらの味方である事を告げた。

だが彼等が絶望しているからと言って、ほむらを殺せば何でも願いは叶う。

そこに可能性を見出さないのか? ほむらが問うと、再び佐野は困ったように苦笑する。

 

 

「足りないんだよなぁ。一つだけじゃ」

 

「………」

 

 

悲しい言葉だった。

人を一人犠牲にしても足りない。それだけ人の欲望と現実は非情である。

 

 

「足りないのなら中途半端に求めてはいけないよ。もっと虚しくなるだけだ」

 

 

佐野はそれを知っているから諦めた。

東條はどうしていいか分からずに諦めた。ゆまは生きる事が怖いから諦めた。

杏子は――、何を思ったのかは分からないが諦めた。

 

 

「だから気にすんなよ、アタシらはアンタらを守るだけさ」

 

 

杏子は勢いよく立ち上がると、乱暴にほむらの頭を撫でる。

鬱陶しい――、とは言わない。ほむらは言葉を飲み込んで善意を受け取ることに。

そうしていると、杏子はなにやらゴソゴソと押入れをあさり始める。

 

 

「何を?」

 

 

手塚とほむらシンクロして杏子を見た。

杏子はタオルや何やらを取り出し、手塚達を見てニヤリと笑った。

 

 

「よし、じゃあ行こーか!」

 

「?」

 

「行くって、どこへ?」

 

 

杏子はほむら達にタオルと桶を投げ渡した。

いきなりだった為にキャッチに失敗して、ほむらはタオルを頭に被る。

 

 

「どこって、決まってんじゃん。風呂だよ、風・呂!」

 

「はぁ……?」

 

 

聞き返す暇もなく、杏子はほむらの手を掴んで引きずっていく。

呆気に取られている手塚も、佐野に肩を叩かれて進むのを促がされた。

 

 

 

 

 

 

 

数分後、ほむらは広い湯船の中でジッと杏子を見ていた。

引きずられる形で銭湯に連れて行かれたのだ。

 

はじめは断ろうとしたが杏子とゆまは素早い動きでほむらの服をひん剥くと、半ば強引に浴場へと連れて行く。

本気で拒絶しようとすればできたが、こんな事に魔力を使ってどうなると言うのか?

それに断ってどうする訳でもないし、ほむらも女性としてお風呂には入っておきたいと言う思いはある。

 

結果、何も言わずについて行く事に。

時間が時間なのか、客は自分達以外には誰一人おらず。静かなものだった。

 

 

「ねえねえ見て見て、ほむらお姉ちゃん」

 

 

シャンプー中のゆまがほむらの前に立つ。

ゆまは泡の力を使って髪の毛を角の様にしていた。

ほむらはどんなリアクションをしていいか分からず、曖昧な表情を浮かべて頷くだけだった。

そうしていると杏子がゆまを掴む。

 

 

「ほら、目開けてるとシャンプーが入って痛くなるよ。しっかり閉じときな」

 

「あう!」

 

 

ほむらは風呂の椅子にゆまを座らせると、ガシガシと乱暴に頭を洗っていく。

まるで動物を洗うような勢いだが、ゆまもケラケラと笑って楽しそうだった。

その後泡を流して二人も浴槽へ向かう。

 

 

「あ! おいおい、ほむら。アンタ何タオルなんてしちゃってんのさ!」

 

「お風呂の中に入れちゃ駄目なんだよー!」

 

「え……? ちょ、ちょっとっ!」

 

 

杏子とゆまは嫌がるほむらを取り押さえて、体を隠していたタオルを引き剥がそうと試みる。

 

 

「おいおい、いいじゃねーか。貧相な体だろうが何だろうがアタシらなら恥ずかしくないだろ!」

 

「ぐッ!」

 

 

誰が貧相な体だ!

ほむらは杏子を睨みつけるが、胸囲の差を一瞬で悟って沈黙した。

そうしている内にタオルを剥ぎ取られる。ほむらは渋々体を隠す様に体育座りで隅に寄る。

 

その隣に座る杏子。

ゆまは広いお風呂にはしゃいでいるのかバシャバシャと音を立てて泳ぎ回っていた。

体の小さいゆまにとっては、銭湯は丁度良いプール代わりなのだろう。

 

 

「他の人が来たらやめなよ!」

 

「うんー!」

 

 

ほむらはチラリとゆまを見る。彼女がいると言う事は――

 

 

「ところでマミとさやかの事……、なんだけどさ」

 

「え?」

 

 

杏子に話しかけられ、ほむらは意識をそちらに向ける。

それにしても、いつも髪を結んでいる姿が印象的なせいで、髪を下ろした杏子を見るのは新鮮だった。

それも珍しく感傷的で切なげな表情ではないか。

 

 

「アンタにとっちゃ最低な奴等だろうけど、どうか許して欲しいんだ」

 

「……え」

 

 

杏子は自分の過去をほむらに告げていく。

昔マミに憧れ弟子となり、同じく弟子になったさやかとライバルになった。

時に甘え、時に喧嘩し、時に認め合った。杏子にとってマミとさやかと一緒に過ごした時間は宝物とも言える。

 

 

「だけど、まあ……、結局アタシが裏切る形でチームを抜けてさ」

 

 

おかげで固有魔法も使えなくなっちまったと、杏子は自虐的に笑った。

 

 

「馬鹿だろ? 魔法少女が願いの力で手に入れた魔法を拒絶しちまったんだ」

 

「どうして?」

 

「なんて言うか。ガキだっただけさ。自分でもバカだと思うけど、あの時はそれが全てだった」

 

 

杏子は詳細を告げる事は無かったし、ほむらも聞く気は無かった。

分かったのは、先に拒絶したのは杏子。故に彼女はマミ達と対立してココまで来た。

人間いろいろある。それが全てだ。杏子はマミとさやかの事を恨みもしたが――

 

 

「でも…さ、やっぱアイツ等の方が良い奴なんだよ」

 

「………」

 

「もちろんアンタを狙った事は確かだけど、多分アイツ等は心の中で絶対後悔してる筈だから」

 

 

杏子は戻りたいんじゃないだろうか?

自分が世界を滅ぼし、新しくなった世界で再びマミ達と仲良くなって過ごす希望を見ているんじゃないだろうか?

 

本当は今この時間でソレを叶えたいと願っているが、どうにもならない事を知っているから諦めた。

杏子は望みすぎてしまったから諦めた。

 

 

「……なんてのは、都合が良すぎるかい?」

 

「いえ、貴女の言葉はきっと本当だと思う」

 

「悪いね、気を遣わせて」

 

 

杏子は情けないと笑っていた。

しかしふと真面目な表情に変わり、ほむらを見る。

その目に、思わずほむらは怯んでしまった。

 

 

「なに?」

 

「たとえ世界を守るためにアンタを犠牲にしたとして、アンタを殺したと言う事実と記憶は参加者の記憶に刻まれる」

 

 

その状態で再び以前と変わらない生活を送る事はできるのか?

 

 

「できねぇよ。アタシも、マミ達も」

 

 

このゲームは卑劣だ。

ルールを発表した時点で自分達はもう戻れはしないのだ。

以前の様な日々は戻って来ない、つまり幸せになんかなれない。

 

 

「マミの奴も、さやかも、馬鹿みたいに正義正義って良い娘ちゃんさ」

 

 

世界の為にほむらを犠牲にしなければならないと理由をつくって殺したとしても、絶対に罪の意識に苛まれる。

マミもさやかも、そもそも人を守るために魔法少女になった。

希望を胸にした彼女らが他者を犠牲にしなければならない現実にぶつかった時――

 

 

「あいつ等、きっと壊れちまう」

 

「………」

 

「マミの奴は強そうに見えて弱いんだ。さやかも勢いはあるけど、勢いがありすぎて失敗しちゃうんだよ」

 

「よく知ってるのね」

 

「チームだったからね。とにかく駄目なんだ、アイツ等は人を殺して何かを守るって言う考えには向いてない」

 

 

いつか後悔と罪の意識に狂い、壊れ、絶望してしまう。

夢を見ているんだ彼女達は、人を守る魔法少女って存在に。

 

 

「だから……、このゲームは」

 

「私は――」

 

 

杏子の言葉にかぶせる様にして、ほむらが言葉を重ねた。

 

 

「私は、申し訳ないけれど……、負ける訳にはいかないの」

 

 

死ねない理由がある。

ほむらの強い意思を感じて、少し悲しげに杏子は微笑み、頷いた。

 

 

「そうだね、それが一番いいよ」

 

 

それを望んでいる。

杏子はほむらを守り、ほむらへ勝利を捧げる事を約束した。

一度は世界を守ると誓った魔法少女が世界を滅ぼす為に戦うのは、何とも皮肉めいた現実と知りながら。

 

 

 

 

一方の手塚も男湯で佐野と会話を行っていた。

東條はほむらの様に浴槽の隅っこで体育座りである。

 

佐野と手塚が話していたのは、彼らの絶望。

やはり手塚としても佐野達に協力してもらうのは抵抗がある。

と言っても敵対されるのはもっと困るのだが、やはり思うところは色々とあるのだろう。

 

 

「俺にはルールの制約がある。暁美が死ねば俺も死ぬという。でもアンタ達は違う」

 

「いいんだよ。言っただろ? オレ達は絶望してるんだって」

 

 

秘密にしておいてくれ。佐野は念を押して手塚に他のメンバーの絶望を少しだけ話していった。

まずは千歳ゆま。彼女は両親から虐待を受けており、日々を暴力と共に過ごしてきた。

今は落ち着いているものの稀に酷いパニックを起こして泣き叫ぶ時があるらしい。

 

 

「オレ達にはゆまを落ち着かせるだけで他は何もしないし、してやれない」

 

 

東條は無関心な少年だった。

今だってずっと揺れる水面を見つめているだけでピクリとも動かない。

達観している、まるで感情が無い様に。

 

ただ英雄になりたいと言う雲をつかむ様な曖昧な夢をかかげ、どうすれば叶うとも知らない夢に縋っている。東條自身、英雄とは何なのかを知らないのに。

 

杏子は詳しく知らないと佐野は言う。

パートナーとはいえ、互いの事を全て知っている訳では無いのだ。

しかし佐野は杏子の事を何となくだが理解していた。

 

杏子はきっと優しい娘だ。しかしその優しさを杏子自身が否定して、認めていない。

だから苦しむ、苦しんだ先にはより大きな苦しみが待っていると知りながら、そのまま堕ちていく。

 

 

「オレもさ、もう分からないんだよね。面倒くさいって言うか」

 

 

佐野は銭湯で払う料金や、ココに持ってきた石鹸やタオルをどうやって買ったのかを持ち出した。

物を買うには当然金がいる。そして金を手にするには、働かなければならない。

しかしそこには身分や努力、大きな格差が生じているのだ。

 

 

「オレ、こう見えても凄く可愛い彼女がいたんだよ」

 

「……その言い方だと、今はいないのか」

 

「正解」

 

 

佐野は指を鳴らして笑う。泣きそうな顔で笑った。

 

 

「でもさ、彼女は大企業のお嬢様。片やオレは親父に見放された馬鹿息子」

 

 

釣り合う訳もない。まして周りが許す筈もなかった。

今の収入じゃ彼女に苦労させるだけ、佐野の苦悩は深まるばかりだった。

愛があれば何とかなるとか言っている馬鹿をぶん殴ってやりたくなった。

結局愛だけじゃどうしようも無い事はある。

 

 

「金さえあればいいとオレは思ったんだ。金さえあればオレは彼女と幸せになれるって……」

 

 

そんな時に騎士の力を手に入れた。ならば、とるべき行動は一つだった。

早くしなければ彼女の両親が無理やりにでも結婚相手を決めるだろう。

佐野に時間は無い、愛を手に入れる為なら仕方なかったんだ。

 

結果、騎士の力を使って銀行を襲った。

メガゼール達に任せれば驚くほど簡単に金は手に入ったし、警察もまさかモンスターが犯人とは思わずに、佐野にたどり着く事は無かった。

 

 

「今は押入れの中に数億程あるんじゃないかな」

 

「な、なるほど」

 

 

どんな表情をしていいか手塚は分からない。

 

 

「あの時のオレは金があれば何でも良かった。それこそ、人を殺してでも奪えた」

 

「………」

 

「でもオレが馬鹿だったよ。考えてもみれば、そんな金じゃ彼女が喜ぶ訳も無いじゃんねぇ?」

 

 

結局佐野は彼女を泣かせるだけだった。それから彼女との交流も途絶えてしまった。

彼女は――、百合絵は佐野に自首する様に促がしたが、佐野はそれを無視して見滝原に逃げ込む様にして距離を取ったのだ。

 

 

「最低だろ? オレ、今もその金使って生活してるんだ」

 

 

金があるんだからもっとマシな家に住めば良いのに、何故か後ろめたさからか大きく使う事ができない。

警察も警察で金のナンバーやらで自分に辿りつく事はできるだろうに。

結局捜査は打ち切られたらしい。どうやらキュゥべえ達が何かした様だが。

 

 

「みんな、次の世界の方がいいんじゃないかって思ってるんだよ」

 

 

分かるだろ? 佐野はまた泣きそうな顔で笑う。

今が上手くいかなければ次に可能性を賭けるのは当然の事だ。

自分達の今は、自分達が描いていた未来じゃない。むしろ大きくかけ離れている。

 

何のために生きるのか、何を目指して生きるのか。

そして何が楽しくて生きているのか? たまに分からなくなってしまう。

ただ普通の生活で良かった。友達や、愛する者と一緒にいれるなら多くは望まないつもりだったのに。

 

 

「答えが分からないんだよ。オレ達は」

 

「俺だって分からないさ。運命はいつだって俺達を試している」

 

 

佐野は首を振ってうつむいた。

 

 

「逃げたいんだ、辛い今から。そしてそのチャンスがこのゲームにはある」

 

 

世界を巻き込んだリセット。

次の自分はきっと幸せになれると確信を持っていたい。

 

 

「オレには今インペラーの力がある。人は殺せる。魔女やモンスターにだって勝てる」

 

「………」

 

「なのに、百合絵さんに胸を張って好きだといえる自信が無い。彼女が好きなのかも分からなくなってきた」

 

 

手塚は何も言えなかった。佐野を非難する訳でもなく、肯定するでもない。

ただ今の都合の良い展開を喜ぶべきなのだろうか? 手塚もまた何も分からなかった。

 

運命を仕組んだ神は一体自分達に何を望むというのだろうか? 

揺れる水面をジッと見つめる。次の世界には何が待っているのだろう。

 

分からない、誰も。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、それぞれは湯から上がり、着替えを済ませて外に出る。

その中で杏子は、ほむらに茶色の液体が入った牛乳瓶を投げる。

 

 

「何、コレは?」

 

 

ほむらが目を丸くすると、杏子はニカっと笑ってゆまを指す。

 

 

「あんな風に腰に手を当てて飲むんだよ。できるだろ?」

 

「………」

 

 

豪快にコーヒー牛乳を飲み干す杏子。ほむらも吹っ切れたのか真似をしてみた。

それを見て笑う佐野やゆま。東條も表情こそ変えなかったがどこか楽しそうではあった。

 

手塚はそれを見て思う。

次に賭けたいと言うが、今この瞬間の笑顔は偽りでは無い筈だ。

杏子達は本当に再構築を望んでいるのだろうか?

 

ああ、きっと望んではいない筈だ。

しかし隣について回る絶望がどうしようもないほど恐ろしいから望まざるを得ない事になっている。

誰だってそうだろ? 幸せに生きていきたい筈なんだ。

 

 

「………」

 

 

どうすればよかったんだ。何ができるんだ。皆が幸せになればそれでいいだろ?

なのにどうしてそう行かないんだ。どうしてこうなってしまうんだ。

手塚は言い様のない寂しさを感じて足を進めるしかなかった。

 

そう思ってしまうのはきっと手塚が占い師だからだろう。

運命の儚さも残酷さも知っている。運命を変える事は難しい。

故に思ってしまうのだ。もしも再構築が行われたとして、本当に彼らの未来は変わるのだろうかと。

 

それを言うにはあまりにも無責任であるし、どうしようもない。

だから手塚は何も言えなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

「よーし! じゃあ寝るぞ!!」

 

「け、結構早くないか?」

 

 

杏子が言うには、早めに寝るのはゆまが居るからだとか何とか。つまり寝る子は育つと言う事だ。

ゆまは当然もう目を擦っており、杏子は素早く部屋に布団を敷いていく。

 

 

「アンタらは端っこだよ」

 

「ん?」

 

「あ?」

 

「女性で固まればいいじゃないか」

 

「………」

 

「佐倉?」

 

「……」

 

「なぜ無視をする!」

 

 

杏子が言いたいのはつまり一緒に並んで寝ろと言う事でもある。

気まずい、手塚はチラリとほむらを見た。

ゴミを見る様な目で返された。

 

何だって隣で寝るんだ。女は女で固まればいいのに。杏子に言ったが全て無視される。

結局左から東條、佐野、ゆま、杏子、ほむら、手塚の順で寝る事に。

位置がおかしくないか? 手塚は最後まで抗議したが、杏子曰く場所がずれると落ち着いて眠れないらしく、押し切られた。

 

そこまで言うなら仕方ない。

割り切って横になると、手塚は壁の方を向いてさっさと目を閉じる。

 

電気を消して沈黙する一同。

ほむらはぼんやりと天井を見つめながら布団を被る。

佐野の生活上、暖房は無いが、集まって眠ることでソレを防ぐらしい。

現に早速ゆまは佐野か杏子にしがみつき、杏子はほむらと触れる位置で寝ている。

 

 

「………」

 

 

どうしてこんな事に。なんて思ったが――、コレはコレで新鮮かもしれない。

魔法少女はその生態を全て魔法で管理でき、同時にいらない機能を排除する事もできる。

今までは睡眠と言う行動を蔑ろにしていたが、たまには人として人のまま寝てみるのもいいだろう。

 

 

「………」

 

 

ふと、横を見ると、杏子のシルエットがぼんやりと確認できる。

杏子。佐倉杏子。頭の中で名前を思い浮かべると、なぜか唇がつり上がった。

 

何故だろう? 分からないが、今はそれでいい。

ほむらはゆっくりと目を閉じた。もしかしたら良い夢が見られるかもしれない。

想像している以上に疲れていたのか、ほむらの意識はすぐにブラックアウトしていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、思ったが数十分後。

 

 

「………」

 

「グオオオオオオオオオオオオ!」

 

「………ッ」

 

「フゴォォオオオオオオオオオ!」

 

「………ッッ」

 

「グガアアアアアアアアアアア!」

 

「ッッッ!!」

 

「ウゴッ!」

 

「!」

 

「ブゴゴゴゴゴゴォオオ」

 

「!?!?!?!?」

 

 

寝れないッッ!!

ほむらは思わず血走った目をカッと開いて起き上がった。

すっかり闇に目が慣れ、部屋に差し込む僅かな月明かりで全てを確認する事ができた。

 

寝始めの位置から動いておらず、まるで死んでるんじゃないかと思うほど大人しい東條。

頭を佐野の胸に思いっきり乗せているゆま。

そして何よりも大いびきをかいて寝ている杏子!

こんな爆音で寝むれる訳がない、ほむらは瞬時に杏子の鼻を塞ぐ事に。

 

 

「うぐぐぐぐッッ!」

 

「………」

 

 

ほむらはジタバタと苦しむ杏子を見て尚、行為を続けている。この女なかなかのドSかもしれない。

しばらくそうやった後に手を離す。しかし手を離した瞬間に再び訪れる狂気の爆音。

 

 

「チッ!」

 

 

ほむらは拳銃を抜こうとして、一旦手を止めた。

いけない、いけない。せっかく協力してくれると言っている仲間を蜂の巣にするのはナンセンスだ。

ほむらは拳銃をしまうと杏子に背を向けて目を閉じる。

 

 

「グビィィイィイイイイイィィイイイイ!!」

 

「ッッッ!!」

 

 

眠 れ る か!

ほむらは諦めて、魔法で強制的に寝オチしようと決めた。

 

 

「?」

 

 

そこでほむらは隣に手塚がいない事に気づく。

どこへ行ったんだろう? 少し気になって、辺りを見回す事に。

狭い部屋だ。トイレにも明かりがついていない事を考えると。

外にいるのかもしれない。

 

 

「………」

 

 

もしかしたらこの場所を他のプレイヤーに知らせている可能性もある。

なんて考えすぎか? しかし気になると余計気になってしまう物だ。

ほむらは立ち上がると、外を確認するために玄関に向かう。

 

 

「!」

 

 

季節は冬だが風が全く吹いていないおかげで涼しく、心地良いくらいかもしれない。

巨大な月が放つ光りは夜の街灯と合わさって、周りの景色をよく映してくれる。

その中でほむらは、アパートの前にある公園で本を読んでいる手塚を見つけた。

 

 

「………」

 

 

無音の世界。見える人は、手塚だけ。

もしも世界が滅んだらこんな光景になるのだろうか?

それを考えると何故か強烈な孤独感に襲われてしまった。

だからほむらは手塚に声をかける。

 

 

「寒くないの?」

 

「!」

 

 

手塚は驚いた表情で振り返る。

しかしすぐに笑みを浮かべると、座っていたベンチの端に寄る。

ほむらは少し距離を空けつつも、しっかりと隣に座って手塚を見た。

本の内容は予想通り占い。隣には無糖の紅茶の缶が湯気を立てている。

 

 

「紅茶……」

 

「ん? 飲むか?」

 

 

手塚は立ち上がり、すぐ隣にあった自販機から同じ紅茶を買ってほむらへ差し出した。

ほむらも断る理由はない、紅茶を受け取ると礼を言った。

紅茶。コレを見ると色々思い出してしまう。しかしほむらは頭に浮かぶ『姿』を振り払う様に首を振ると、紅茶を一口含んだ。

昔飲んだものよりは、美味しくないような気がした。

 

 

「……ところで、どうして外に?」

 

「同じ理由で出て来たんじゃないのか? アレはもはや武器だな」

 

 

なるほど、納得だ。

どうして佐野やゆまがアレで起きないのか理解できない。

高架下よりうるさいと賭けても良いくらいだ。

 

 

「全く、とんでもないよアレは」

 

「ええ、確かにね」

 

 

ほむらの声が軽くなったのに手塚は気づいた。

少しはパートナーとして信頼してくれているのだろうか?

 

 

「………」「………」

 

 

とはいえ、お互い何を話せばいいのかよく分からない。

友達でもなければ恋人でもない二人は、パートナーというルールの上に成り立った関係なのだ。

近くて遠い不思議な間柄とも言える。

 

 

「あなたは世界が滅んでも良いと思っているの?」

 

「………」

 

 

無音の世界で二人は言葉を交わす。

二人の放つ音だけが世界にはあった。

 

 

「俺の事は気にするな。俺はお前のパート――」

 

「はぐらかさないで」

 

「………」

 

「貴方の本音を聞かせて欲しい」

 

 

ほむらの言葉に手塚は言葉を止め、遠くを睨んだ。

だがすぐに頷くと、遠くを見たまま昔話を一つしてみる。

それは端的なもの。友を守れず、運命と言う都合のいい言い訳に縋り。そして後悔を抱える哀れな男の話しだった。

 

ほむらには、哀れな男の気持ちが少しだけ分かってしまった。

端的に聞いただけだが、その根本は同じものがある。

そうか、そういう事か。ほむらは何故手塚がパートナーになったのかを理解した。

 

 

「俺がお前のパートナーに選ばれたのは、きっと偶然なんかじゃない」

 

 

必然だ。運命がそれを仕組んだ。

手塚は佐野が浮かべていた笑みと同じ物をほむらに見せた。

運命がどうとか言ってるが、手塚はその運命から誰よりも目を背けたかった。

 

手塚は今ここに自分がいる意味をよく分かっていない。

理由がなければソレは死んでいるのと同じだ。つまり手塚は半分死んでいる。

死んでいるというのは世界に足をつけていないと言う事だ。

 

だから手塚はほむらの味方になった。

少し声が震えている。

死を直視するのは怖かった。

 

 

「お前に気を遣う訳じゃない。俺は俺の意思を試されているんだろう」

 

「どういうこと?」

 

「今までの俺は酷く滑稽だった」

 

 

運命を恐れた故に、運命に少しでも近づける占い師を目指した。

知らない事は罪であり、同時に大きな恐怖へと変わる。

故に手塚は占い師になった。恐怖を断ち切る為、わざわざ高校まで辞めて。

それは夢に向かってひたむきに歩む希望いっぱいのストーリーじゃない。強迫観念に支配された愚か者の逃走だ。

 

その中で、手塚はいつしか自分自身の意思を軽く見ていたのかもしれない。

運命は決まっている、だから少しでも良い結果になる様に行動を探す。

探求の先にある探求。占いとは答えのない物だが、答えを出さなければならない。

 

 

「俺はいつの間にか自分の考えを持つ事を恐れ、止めていた」

 

 

運勢がよくなる行動を。

運勢がよくなる発言を。別れ道で迷っても、自分の意思ではなく占いで道を決める。

自分が右を選びたくても左に言った方がいいと結果が出れば、迷わず左に行く様になっていた。

たとえ左に自分が望むものが無かったとしても。左に進みたくなかったとしても。

 

 

「そんな俺が、占いじゃどうしようもない場面に出くわした」

 

 

彼の本心だろう。

占いと言う物は、ある種の枷となり、同時に本心を隠す仮面へと変わっていた。

そんな手塚が仮面を外さなければならない状況に陥る。

 

 

「お前のパートナーになった時だ」

 

「そう……」

 

 

世界を滅ぼすか? それとも暁美ほむらを殺すか?

手塚は自分の意思で答えを決めた。

 

 

「俺はお前を守りたい。頼りないかもしれないが、それは許してくれ」

 

「いえ……、助かるわ」

 

 

ほむら思う。手塚は自分と似ていた。

まして、申し訳ない話だが一瞬手塚が可哀想に映ってしまった。

悪い意味じゃない、気の毒な立場にあると言う事だ。

守れず、それを悔やみ、繰り返さないようにしている内に本心を偽るようになる。

 

結果が全てと知ってしまい、行動に制限をかけて必死に抗ってきた。必死に足掻いてきた。

なのに待っていた結末がコレだ。ほむらを守らなければ死に、そして守れば世界が消えうせる。

手塚は守りたかった者を再構築してほしいから、ほむらを守るのだろうか?

それとも、もう終わりにさせたいから世界を壊すのだろうか?

 

 

「………」

 

 

ほむらは何となく理解していた。

ほむらがそう思ったと言う事は、手塚だって同じのはず。

 

 

「お前、俺の事を可哀想とか思わなかったか?」

 

「えっ!」

 

「アタリか」

 

 

手塚は呆れたように目を細めた。

 

 

「俺も昔はいろいろ考えたが。今はそうでもない」

 

「そ、そう」

 

「そうだ。運命って言葉は、なかなか便利って事に気づいてな」

 

 

この状況も運命、自分達が出会ったのも運命、これからも運命。

 

 

「便利ね」

 

「だろう? お前もそうさ」

 

「え?」

 

「少し運が悪かっただけだ」

 

 

手塚はその一言で全てを終わらせる。

運勢が悪い人を導くのが占い師の役割だ。

何よりも暁美ほむらのパートナーとして選ばれた一人の人間としての決断。

 

 

「俺はお前の味方だ。お前がどんな考えだったとしても、どんな人間だったとしても」

 

 

ほむらは無言で頷いた。

 

 

「似ているわね、なんとなく」

 

「光栄だよ」

 

「どうだかね」

 

 

二人は同時に紅茶へ口をつけた。何となくだが手塚は安心できる気がする。

ほむらの心に少しだけ余裕ができた。完全に信頼した訳では無いが、頼る事も可能なんじゃないか? そんな気がした。

 

 

「そろそろ寒くなってきたな。戻ろう」

 

「ええ。いびきが止まっていればいいけど」

 

 

笑う手塚。

本当にアレはもう冗談で終わりにして欲しい。

 

 

「お前はいいよな、魔力を操作すれば勝手に眠れるんだろ?」

 

 

それはそうなのだが、少しほむらとしては引っ掛かるものがある。

思わず後ろから不機嫌そうに反論を返した。

 

 

「ちょっと待って。人間らしく生きろと言ったのは貴方よ……!」

 

「あれは別だ、あれは別にしよう。佐倉のイビキばかりはどうしようもないからな。運命だ」

 

「……案外、適当なのね」

 

 

少しだけほむらは笑みを浮かべた。

手塚の後ろに居たから、手塚がそれを確認する事は無かったが。

そうして二人が部屋に戻ると、杏子はすっかり静かになっておりスースーと静かな寝息を立てていた。

 

 

「良かった……」

 

「今のうちに寝よう。いつまた音が鳴るか分からない」

 

 

二人は並んで布団にもぐりこむ。

暖かい。先ほどまで外にいたから、より強く感じる。

 

 

「むにゃむにゃ」

 

「あ……!」

 

 

そこで杏子が寝返りをしてくる。

ほむらを寄り添う形になった。しかも抱き枕と勘違いしているのか。ギュッとしがみ付いてくるじゃないか。

 

 

「……こ、困るわ」

 

「いいじゃないか、その方が暖かいだろ」

 

 

手塚は壁にグッと寄り、少しでもほむらのスペースが広くなる様にしてくれた。

申し訳ないと礼を言う。そこで少し彼女の心に余裕が生まれたのか、ある申し出を。

 

 

「なんなら、貴方も寄り添う?」

 

「は? 冗談だろう?」

 

 

目が慣れてきた。

手塚がほむらを見ると、少し笑っている様な気がする。

ドSじゃないか。とんでもないヤツがパートナーになったかもしれない。

手塚はため息をついて、より壁に身を寄せる。

 

 

「おぃゆまぁ! ソレはアタシのたい焼きぁ……、むにゃにゃ」

 

「!!」「!?」

 

 

寝ぼけているのか、杏子は声を上げてズイっと移動する。

寝返りではなく移動に近い行動。手塚の方を向いたままのほむらを押し出す形となった。

抵抗しようともしたが杏子の力が強く、結局ほむらは手塚と抱き合うように密着する。

 

 

「……!」

 

「お、おい……。嘘だろ?」

 

 

手塚も離れようとするが杏子がグイグイ押してくる為に身動きが取れない。

まさか冗談のつもりで言った事が本当になるとは。なんだか気まずいものである。

 

 

「悪い、離れるよ」

 

「いえ、私が離れるわ」

 

「んがー!」

 

 

再びガッシリと杏子にホールドされる。

しかも杏子は腕を思い切り伸ばしている為、ほむらだけじゃなく手塚までホールドである。

ちょっとやそっとじゃ離れない。

 

 

(……コイツ本当に寝てるのか?)

 

(うおっと、ちょっと強引すぎたか?)

 

 

手塚の読みは大正解である。

杏子は最初からずっと起きていたのだ。いびきをかいたのも全て計算である。

アパートを出てから、戻ってきた二人の雰囲気は少し柔らかくなった気がする。

 

 

(アタシ、空気読みすぎじゃん。表彰レベルだねコレ)

 

 

もっと仲良くさせてやる。杏子はそんな訳で今の状況を作り上げたのだった。

どう考えても手塚にとってはサービスのはず。明日飯でも奢らせようかな?

杏子はニヤリと笑って、すぐに無表情に戻った。

 

やはりこんな状況だ。

ほむらには手塚を信じてもらって仲良くしてほしい。

パートナーは最後まで信頼できる関係の方がいいだろ?

 

 

そして五分後

 

 

「ぐぅ」

 

「スー……スー」

 

 

本当に寝てしまった杏子とほむら。

しかし一人だけはそうもいくまい。

 

 

(まいったな)

 

 

なんとか横向きから仰向けにはなれたが、相変わらず腕にはほむらがしがみ付く形で寝ている。

自分を枕とでも思っているのか、手塚はこれ以上動けない状況に焦っていた。

銭湯にいったおかげで触れているとほむらからは暖かく良い匂いが。

 

手塚も男だ。流石にこの状況には緊張してしまう。

とは言えほむらは一瞬で寝てしまったのが何とも複雑と言うか何と言うか。

 

 

(本当にまいったな、これも運命か……)

 

 

カッコつけているが要するに気まずい。正直、ちょっと嬉しい。

手塚は複雑な想いを抱えてため息をついた。

チラッとほむらを見てみるが、寝顔は普通の少女そのものだ。

 

こんな少女の背中に世界の生き死にが掛かっているとは。

何ともまあ、やり切れない物ではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【三日目】【世界崩壊まで残り120時間】【残り参加者22名】

 

 

 

 

 

ここは……、どこだ?

 

 

「――ん」

 

 

俺は確か。

 

 

「――さん!」

 

 

俺は確か、朝目覚めて――?

 

 

「北岡さん!」

 

「え……?」

 

 

パシャパシャとカメラのフラッシュが目に飛び込んでくる。

あまり好きとは言えないが、俺の魅力を世に伝えるためだ。

少しくらいは我慢してやろうじゃないか。

 

 

「本日で4連敗ですが、敗因は何にあったと思いますか?」

 

「え?」

 

 

ああそうだ、俺は負けたんだったな。どうして負けたんだっけ?

 

 

「ああ、裁判官達がどうにもお固くてさ。ありゃ駄目だね」

 

 

弁護プランは完璧だった。なのにどうして負けたんだろうか? 思い出せない。

そう言えば弁護プランが書いた紙はどこにしまったっけな? そうか! 敵の弁護士が俺のプランを盗んだんだったな!

だから負けたんだった、俺は完璧だった。俺が負ける筈ないじゃないか!

 

 

「俺は勝ったよ。何言ってんのさ、おくたらは」

 

「え……?」

 

 

そうだった、俺は負けないんだった。

 

 

 

 

 

 

 

朝は冷える。

目覚めた杏子は石油ストーブをつけて部屋を暖かくしていた。

目を擦りながら起き上がるゆまと佐野。東條は黙々と起きて布団を片付けていた。

 

ほむらも、やがてぼんやりと目を覚ます。

体を起こせば隣にはうな垂れている手塚が。

二人は杏子に促がされて一緒に布団を片付ける事に。

 

 

「どうしたの? 酷い顔ね」

 

「……ああ」

 

 

手塚は頭をかいて洗面所へ向かう。その後みんなで一緒に朝食をとって、顔を洗って歯を磨く。

これからの事は分からないが、とりあえず時間が来るまでココにいればいいと佐野達は笑っていた。

 

 

「そうだ、アンタちょっと付き合ってよ」

 

「?」

 

 

杏子は手塚を呼んで外の公園にやってくる。

 

 

「小さい公園だろ? ショボイよな、自販機くらいしかない」

 

「それで、用件は?」

 

「……聞きたいことが一つあるんだ。大事な事さ」

 

「何を――……!!」

 

 

振り返った杏子は魔法少女へ変身。己の武器である槍を手塚の喉元に突きつけている所だった。

あまりの速度に対応できなかった。槍の先端についている刃は。杏子が少しでも力を入れて突けば簡単に手塚の喉を突き破るだろう。

 

 

「驚かせて悪いね。でも今後仲間としてやっていく上で聞きたい事がある」

 

「ああ」

 

 

手塚は焦らない。

むしろ笑みを浮かべてみせる。対して杏子も挑発的な笑みを向けた。

 

 

「アンタさ、本気でアイツを守ろうと思ってる?」

 

 

これが杏子にとってはラインだった。

手塚と言う人間を杏子は評価したかったのだ。

標的にされた少女のパートナー、彼は敵か味方か?

 

 

「ああ。俺は暁美を守る」

 

 

即答だった。

杏子としてはパートナーの手塚がほむらにとって一番の味方でなければならないと思っている。

故に手塚はほむらを本気で守らなければならない。でなければほむらが気の毒だ。

 

 

「孤独は人を狂わせるよ?」

 

 

だから手塚だけはどんな時でも味方でいてほしい。

恐らくほむらとはまだ交流がないのだろうが、それでもパートナーに選ばれた事を重んじて欲しい。

 

 

「分かってるさ。それに、人を狂わせるのは孤独だけじゃない」

 

 

時間、理想、嫉妬、現実、友情、愛情。

全ての感情や、明確に形無い存在は、人を良い意味でも悪い意味でも変化を促がす。

 

時間経過と狂気は背中合わせでもあると手塚は考えていた。

そして今、暁美ほむらを取り巻くのは『環境』と言う存在だ。

F・Gと言う舞台がつくる環境、ルール、そして結末には狂気が存在していた。

 

 

「俺に何ができるのかは分からない。だが俺はアイツを狂気には沈めない」

 

 

人は、人であるべきだ。

神? 魔法少女? 騎士? 存在と環境は、人を人で無くそうとしている。

だが手塚は知っていた。人はどんなに進んだとしても人の枠に収まっている。

 

 

「この先に起きる環境、現象は容赦なく暁美ほむらを蝕んでいくだろう」

 

「かもね。アタシも分かる」

 

「だから俺はアイツを守る。もう二度と、運命を恨みたくは無いんだ」

 

 

独りよがりなのかもしれない。

結局、暁美ほむらを守ると言う事で自分を律する行為かもしれない。

だがそれでも手塚はほむらを守ると誓った。故に世界を敵に回す。

 

 

「悪いが滅ぶぞ、この世界は」

 

 

それは、ほむらを勝利させると言う意味である。

 

 

「………」

 

「これは占いで見た未来じゃない。俺自身が望む結末だ」

 

 

頷く杏子。

すぐに槍をしまって変身を解除した。どうやら手塚の事を信じてみるようだ。

 

 

「合格だよ手塚」

 

 

杏子はスッキリしたように笑い、ポケットに忍ばせておいたポッキーの箱を取り出して一本薦める。

 

 

「くうかい?」

 

「あ、ああ」

 

 

了解すると同時に、杏子は手塚の口にポッキーを強引に突き刺した。

 

 

「間抜けな顔だね」

 

 

杏子はケラケラと笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

一方、佐野のアパートの中。

出て行った杏子と手塚は何を話しているのだろうか?

ほむらは外の様子が確認できないか探ってみるが無駄だった。

そうしていると、ゆまが駆け寄ってくる。どうやら佐野がお茶を淹れてくれたらしい。

 

 

「はい、ほむらお姉ちゃん!」

 

「……ありがとう」

 

 

お礼を言う。

ほむらは手を伸ばしてゆまからお茶を受けと――

 

 

バチュン!!

 

 

「……え?」

 

「――ッ」

 

 

その時だった。破裂音の様な音がして、ほむらの手を何かが掠めたのは。

衝撃が風を切り裂き、ゆまの小さな額に風穴を開ける。

血が吹き出した。ゆまはうつ伏せに倒れて動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おい! 何だ!?」

 

「クッ!!」

 

 

杏子と手塚が部屋に戻ってきたのはすぐの事だった。

銃声が聞こえ、すぐに駆けつけたのだが――

 

 

「う、嘘だ……ッ!」

 

「ッッ!!」

 

「嘘だぁアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

杏子は血相を変えて、靴も脱がずに走り出す。

だがそうした所で何も問題は無い。なぜなら畳は既にボロボロで血塗れだったから。

 

確認できるのは破損した天井と床に転がっている三つの死体だ。

ゆまは眉間から血を流して倒れており、佐野と東條は全身がボロボロで事切れていた。

そして三つの死体の奥では大量の返り血を浴びて放心状態になっているほむらがへたり込んでいる。

 

 

「暁美ッ!!」

 

 

手塚はすぐに彼女に駆け寄ると怪我が何かを確認する。

ほむらは唇を振るわせて何かを言おうとするが、言葉が出ない。

 

 

「大丈夫だ、落ち着け。何があったんだ……?」

 

「そ、それが――、私もよくッ」

 

 

途切れ途切れになりながら、ほむらは起こった事をありのままに伝える。

突如衝撃と音がして、気がつけば三人が死んでいたと。

 

 

「ゆまッ! ゆまぁアアッッ!!」

 

 

杏子は小さい体を抱きしめて、虚空を睨みつける。

その表情と殺気は人間が出せるものではない。

ある意味で化け物と言っても差し支えない形相だった。

杏子は怒りに震え、ゆまの体を強く抱きしめる。ゆまが流した血が全身につくのも構わず。

 

 

「許さねェ……! 絶対に許さねぇぞッッ!!」

 

 

ゆま達の傷。注目するべきはやはり眉間にある『跡』だ。

それを見れば犯人が何の武器を使ったかは想像がついた。

だからこそ杏子の怒りは何倍にも膨れ上がる。

そうだ。この傷は『銃』でつくった物だ。銃を使い、こんな事ができる者を杏子は一人しか知らなかった。

 

 

 

「マミぃイイイイイイッッ!!」

 

「お、おい!!」

 

 

ゆま達の体が粒子化して消え去った。

杏子の手を滑り落ちる様に消えた仲間。気がつけば扉を蹴破って、地面を蹴る。

魔法少女となった杏子はソウルジェムに込められた魔力を解放。

同じ魔力の波長を探った。

 

 

「許さねェ! マミッッ! アイツゥウァアア゛ッッ!!」

 

「ぐッ! 佐倉……!!」

 

 

仕方ない。手塚はほむらを抱き起こすと、杏子の後を追った。

エビルダイバーを使えば合流は難しいものではない。

しばらくすれば杏子の姿が嫌でも目に付いた。

 

赤い菱形が連なった鎖が魔法結界を構築し、それは中に杏子が居る。

魔法結界はゲーム参加者以外は確認する事ができず、まさにそのフィールドは外界から隔離された場所。

 

 

「………ッ」

 

 

そこで立ち止まる手塚。

ほむらを連れてここまでやって来たは良いが、中に入る意味があるのだろうか?

当然あの中では戦いが起きている訳であり、それはほむらを危険に晒す事にも繋がる。

杏子には申し訳ないが、自分が一番に優先する事は暁美ほむらの護衛だ。

ココはむしろ離れるべき。魔法結界を見つけて集まって来る参加者もいるだろう。

 

 

「行きましょう」

 

「!」

 

 

だが、ほむらは手塚にハッキリとそう言った。

 

 

「理由を聞いても良いか? 意味は分かるだろ?」

 

「ええもちろん。でもッ、行かなければならないのよ」

 

「なぜッ?」

 

「それが私の役割である気がする。危険なのは百も承知よ」

 

 

しかしココで逃げずに勝っても腑に落ちないものがあるのは事実だった。

ほむらは自分の姿をせめて参加者に見せ、その上で逃げ切ると言った。

しかし手塚としてはイエスとは言えない事だ。精神論を持ち出されても困る。

 

このゲームは遊戯じゃない。

本気で勝ちに行くためには姿を晒すにはあまりにも危険すぎる。

だが、それでもほむらは口を開いた。

 

 

「それに、私は死なないわ」

 

「っ? 何か作戦があるのか?」

 

 

ほむらはしっかりと頷いた。

 

 

「だって、守ってくれるんでしょう? 貴方が」

 

「……!!」

 

 

なかなかズルイ女ではないか。手塚は笑みを浮かべて強く頷く。

同時にデッキを、ソウルジェムを突き出す二人。

ほむらは手塚の構えを鏡に映したように、逆のモーションで変身を行った。

 

 

「行くぞ! 変身!」

 

「ええ」

 

 

せめて杏子だけは止めたい。

いくら杏子が強いとは言え、多人数では分が悪い。

とりあえず杏子を連れてほむらの能力で逃げると言う作戦を立てる。

魔法結界の中に足を踏み入れる二人、そこには予想通りの光景が広がっていた。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

怒りに心震わせ、叫びながら多節棍を振り回す杏子。

既にいろいろな傷が見え、血も流していた。

 

 

「ッ!」

 

 

マミとゾルダは攻撃を回避しながら銃撃で応戦している。

やはり彼女達が犯人だったのか? それは分からないが、どうやら向こうも本気で杏子を殺す気らしい。

 

ゾルダの持っているギガランチャーから放たれる弾丸は、冗談では済まない威力だ。

手加減しているのならまだしも、着弾時の爆発範囲は明らかに力を込めている威力だった。

 

 

「杏子! いい加減に諦めたら!?」

 

「ふざけんなぁあああああああ!!」

 

 

さやかが投擲するサーベルを多節棍を振るって打ち落とす。

ジャラジャラと鎖の音が響く中で、青と赤の視線がぶつかり合う。

風を切り裂きながら切りかかって行くさやか。杏子は多節棍を槍に戻すと、真正面から武器を打ち付け合う。

 

 

「どうして……! どうしてだ! 子供にだけは手を出さないって思ってたのにッ!!」

 

「ッ?」

 

 

杏子の目には涙が浮かんでいた。

一方で戸惑いの表情を見せるさやか。

 

 

「子供? アンタ何言ってんの――?」

 

 

すると杏子の背後にオーディンがワープで出現、

手に持っていたゴルトセイバーで背中を切りつける。

 

 

「ぐァアッッ!!」

 

「――ヒッ!」

 

 

杏子の背から血が舞い、ダメージからか膝をつく。

しかし一番怯んだのは何故か攻撃を当てたオーディンだった。

剣を地面に落とすと、腕と足を震わせて後退していく。

どうやら血を見てしまい、怖くなってしまったようだ。

 

 

「こ、こんなに威力があるなんて知らなかったんだ……!」

 

「ちょっと恭介……ッ!」

 

 

さやかの心配そうな表情がオーディンには違う様に写ったらしい。

さやかに責められているものと錯覚してしまい、必死に弁論を行う。

 

 

「ッ、仕方なかった! 先に襲い掛かってきたのは彼女のほうだ! キミが襲われていたじゃないか!!」

 

 

だから助けた。

傷つけるつもりはない、でも杏子は血を流した。

違う、それは不本意だ。責めないでほしい。

 

 

「ぼ、僕は……! 僕は悪くない――ッ! 先に襲ってきたのは佐倉さんなんだから、ぜ……んぶ! 全部彼女が悪い!!」

 

 

僕をそんな目でみないでよさやか。

むしろキミは僕にお礼を言うべきじゃないのか?

なのに、なのに、なのにどうしてキミはそんな目で僕を見るんだ!

あぁ、どうして! キミはいつだって僕の味方だったろう!?

 

 

「うるせぇええッッ!!」

 

「う、うわぁあ!」

 

 

杏子は歯を食いしばって立ち上がると、ガタガタと震えていたオーディンに槍を投擲。その黄金の鎧に傷を作る。

痛みは軽いものの、攻撃を受けた事を理解してかオーディンはパニックに陥った。

いくらデッキが強くても、心が不安定ならばその力を発揮するには至らない。

 

上条恭介は普通の人間である。

今まで楽器だけを見ていた彼に、戦いの運命は少し過酷だったろうか。

それは仕方ないことなのだ。楽器を持つ手で武器は持ちたくない。

 

 

「恭介――って、うわっ!」

 

 

さやかが跳ねる。

ゾルダの放った弾丸が、杏子ではなくさやかに飛んできたのだ。

 

 

「ちょっとセンセー! ちゃんと狙ってよッ!!」

 

「北岡さん……ッ?」

 

 

マミは隣にいるゾルダに注意を促がす。

どうにも最近彼の調子が悪い。スーパー弁護士と呼ばれていた面影はもう無いくらい連敗しているし。それに何か会話中も変な違和感を感じる。

 

 

「あ、ああ。ちょっと手元が狂っただけだよ」

 

「そう――、ですか。ならいいんですけど」

 

 

ゾルダは再び銃を杏子へ向ける。

 

 

「………」

 

 

虫だ。虫がいた。

俺は虫が嫌いだ、触るもの嫌な程きらいだ。

だから殺虫剤をいつも使っている。殺虫剤はこんな形だったか?

まあいい、とにかく早く死んでもらわないと。

 

あれ? おかしいな、当たらないぞ。成程、アイツは中々素早い虫らしい。

もっと大きな殺虫剤がないと駄目だな。でかいでかい殺虫剤ならアイツは死ぬぞ。

だがそんな物どこに売っている?

虫を殺すには殺虫剤がいるぞ。それはどこに売っているんだろうか?

待て、お金はどこだ? いかん、財布が盗まれた。

俺の財布、ちくしょう、財布がないとお金が無い。

 

 

「そこまでだ!」

 

「!」

 

 

そこでライアが飛び込んでくる。

まずゾルダに掴み掛かると、そのまま押し倒して地面を転がった。

その勢いで立ち上がると、次はマミへ接近。次々に蹴りと拳を繰り出して動きを封じていく。

 

 

「貴方はッ!!」

 

「佐倉杏子は殺させない!」

 

 

勝手な都合だ。どうせ期限がくれば杏子も死ぬのに。加えて死んだゆま達も生き返るのに。

だがそれでも手塚とほむらはココで杏子に死んで欲しくなかった。

自分達の味方を減らしたくないと言う思いもあるが、何よりも杏子の為に。

 

 

「はぁッ!」『スタンベント』

 

 

打撃の攻撃に雷を纏わせるスタンベントを発動し、ライアはマミの肩を殴りつける。

少女を殴るのは躊躇する事ではあるが、今はそんな事を言っている場合じゃない。

マミもマミで奇襲が効いたのか、ガードこそするが攻撃をまともに受けてしまった。

体が帯電し、動きが鈍る。その隙にほむらが能力を発動、時間を停止すると杏子の肩に手を触れる。

 

 

「!」

 

「今のうちに逃げましょう」

 

「アンタ――ッ、なんで来た!?」

 

「いいから。今は逃げるわよ。話しは後で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姿を見せたな、暁美ほむら」

 

「!!」

 

 

ほむらの足に出現する鞭。静止した時間の中で声が聞こえるのは、体に触れていると見なされているから。

またこのパターンか。うんざりした様にほむらはため息をついた。

 

しかしココに来る時点で予想できていた事かもしれない。

ほむらは時間停止を解除すると、銃を構えて目の前に現れた魔法少女と騎士を睨む。

 

 

「わざわざ敵がいる所に突っ込むとはな。キミは馬鹿なのか?」

 

「はぁ、そうかもしれないわね」

 

「あら、認めるの?」

 

 

雷を纏いながら現れた浅海サキとファム。

ほむらもターゲットである事には変わりないが、まずは何よりもとマミ達を激しく睨みつける。

しかしすぐに嘲笑の笑みを浮かべる。サキはマミと何度か対峙していく中で、マミから正義についての自論を聞かされた。

 

貴女の家族を奪った責任は取る。

もう二度と悲しみが生まれない様に魔法少女として戦い続ける。

そんなお手本のような『きれいごと』だ。

 

「全ての人を守るとキミは言ったね。だが、今のキミは暁美ほむらを殺そうと必死だ」

 

「……ッ!」

 

 

青ざめるマミ。

しかしすぐにさやかが前にたち、マミを庇う。

 

 

「アンタだって暁美ほむらを殺そうとしてるんでしょうが!」

 

「ハッ! 当然だ!」

 

 

サキはそう言って電撃を発射。

マミ達を巻き込みつつ、ほむらを狙う。

 

 

「くっそォオッ!!」

 

 

ほむらに抱えられていた杏子が急に前に出た。多節棍を振り回すと、雷を散らそうと試みる。

さらにピリピリした状況が続く中、新たなる参加者の姿が追加される。

 

それは高笑いと共に現れた紫。

彼は飛び上がると、体を捻ってドロップキックをライア達に向けて繰り出した。

 

 

「ハハァ!!」

 

「ッ!」

 

 

いち早く気づいたライアがゾルダを蹴り飛ばして回避を行う。

紫の騎士・王蛇は、離れたゾルダに狙いを絞り容赦なく蹴り飛ばした。

 

 

「うがっ!」

 

「アァァァァア……!」

 

 

誰も会った事の無い王蛇の登場で場は沈黙する。

王蛇はゆっくりと首を回して一同を確認。

そして苛立ちを込めた声でゆっくりと言葉を放つ。

 

 

「クセェ! お前等からは糞の臭いがするぜェぇえ……!」

 

 

王蛇はソードベントであるベノサーベルを構えて一気に走り出す。

混乱する一同だが、彼もまた参加者である事には変わりない。

当然ほむらを狙う物だと思っていたのだが――

 

 

「アアアアアアアアアアアア!!」

 

「うガァッ!! ぐぅつッ!!」

 

 

王蛇は倒れたゾルダに狂った様に剣を当てていく。

何故!? マミはすぐに王蛇を止め様と声をかけるが、王蛇に対しては無駄の様だ。

そもそも会話をする気が無いのか、マミが何を言っても返事が無い。

 

しかしそれは沈黙ではなかった。

王蛇はしきりに『臭い』の事を言っている。

 

 

「臭ぇ、クセェ! 臭いんだよッッ!!」

 

 

殺せば良い。殺せば臭くなる。臭ければ臭くなくなる。

王蛇は意味不明な事を連呼しながらゾルダを攻撃する。

 

 

「意味が分からない!」

 

 

こうなっては仕方ない。

マミはパートナーを守るため、王者の肩に向けて弾丸を発射した。

 

 

「アァァァア! 何だお前ェェ?」

 

 

火花が散る。糞尿の酷い匂いが王蛇の鼻をついた。

 

 

「お前も糞の臭いがする」

 

 

王蛇はサーベルをマミに向けてゆっくりと近づいてきた。

その狂気に、マミも本能で危険を感じる。

普通じゃない。王蛇には一体何が見えているのだろう?

 

同時に王蛇のクラッシャーが展開され、まさに牙の様に変わった。

笑みとも言える表情を浮かべて王蛇は足を進めて行く。

 

 

「食ってやるよォ、臓物全部引きずりだしてなァァ!!」

 

「ヒッ!」

 

 

マミは涙を浮かべる。意味が分からなかった。

魔法少女と騎士なら協力すればいいのに、どうしてそんな事を言うのか。

その時だ。マミを飛び越えて王蛇へ向かう者が一人。

 

 

「浅倉ァアッッ!!」

 

 

連続猟奇殺人犯、浅倉威。それが王蛇の正体らしい。

それを見抜いたか。知っていたのか。とにかくファムは我を忘れて向かっていく。

美穂の家族は全員浅倉に殺された。それも人間の尊厳を無視したかのような残酷なやり方でだ。

 

 

「アぁァア! ココには糞の臭いのする奴しかいねぇのかァァアア!!」

 

 

王蛇もまた怒りに任せてファムの剣を受け止める。

クセェ、狂いそうだ、だから早く臭いを消すしかない。

王蛇は訳の分からない事を連呼して剣を振るう。

 

それをへたり込んで見つめるマミ。違う、何かが違う。マミは頭を抱えて俯いた。

こぼれる涙。自分が魔法少女になったのは幸せを守る為だ。人を救い、町を守り、世界を守る。それが望んでいた姿の筈なのに何かが違う。

 

望んでいた姿が音を立てて崩れていく。

見ればサキやさやか、オーディンは、杏子とほむらを殺そうと奮闘している。

あれも違う。あんな景色があって良い筈がない。

自分達は手を取り合う事はあっても、傷つけあう事はあってならない!!

 

 

「駄目なのよッ!!」

 

 

しかし暁美ほむらを殺さなければマミ達が終わるという事実。

天秤にかけるのは世界中の命か、それともほむら一人の命か。

そんなの答えなんて決まっているじゃないか。ほむらを殺せばいいだけの話しだ。

 

マミは立ち上がるとフラフラとした手で銃を構え、ほむらのソウルジェムを狙う。

経験の賜物なのか。こんな不安定な精神の中でさえ標準はブレない。

一撃で終わらせれば痛みもなく、恐怖も感じないまま送ってあげられる。

 

 

「………!」

 

 

その時、マミとサキの視線がぶつかり合った。

サキは可哀想な物を見る目でマミを見つめると、口パクで文字を作っていく。

 

 

(酷い顔だな)

 

「………」

 

 

手を離し、銃を落とす。マミはきっと今、絶望しきっている表情でサキを見ていたのだろう。

思い描いていた魔法少女の姿とは正反対の今に、マミの繊細な心は音を立てて崩壊していく。

人を守る筈の自分が、人を殺す為に戦っている。

それを想像するだけで吐き気が止まらない。

 

 

「ぎゃアアアアア!!」

 

「!」

 

 

杏子の分かりやすい叫び声が耳に飛び込んでくる。

マミが視線を移すと、そこにはサキの雷が杏子を焦がしている所だった。

 

佐倉杏子は、一番最初にできた魔法少女の友達だった。

杏子はどう思っているか知らないが、マミにとって杏子は特別な存在だった。

なのに、いつからか対立し。そして今――……。

 

 

「邪魔だ、消えろッッ!!」

 

 

ほむらを庇う杏子は目ざわりでしかなかった。

サキは止めを刺そうと、巨大な雷球を発射する。

ほむらはさやかの妨害を受けていてを杏子を助ける事ができない。

足にはサキの鞭がまだ巻きついたまま。さらにマミの糸も加わって、時間停止は意味を成さない。

 

 

「何ッ!」

 

「え!?」

 

 

その時だった。

マミが杏子を守る様に割り入ってきたのは。

 

 

「マミ――ッ!」

 

「あぁあっ! うぅうううううううう!!」

 

 

マミは杏子に命中するはずだった雷球を背中で受ける。凄まじい痛みと衝撃、苦痛の声をあげて地面に倒れた。

しかし、杏子は守られた。それでよかった。

 

 

「おい! マミ! 大丈夫か! 平気か!?」

 

 

何故? 杏子はマミを抱き起こすと詳細を求めた。

しかしすぐにバチバチと音。

サキは怒りに表情を歪め、再び魔力を高める。

 

 

「邪魔をするなぁアアアアア!!」

 

 

サキは怒りの雷撃を再び発射した。

マミはそれを見ると全身の力を込めて立ち上がり、杏子を守るために突き飛ばす。

 

 

「うぅウウウウウ゛ッッ!!」

 

「ま、マミ……! アンタ、どうしてっ」

 

 

マミは反撃をしない。

襲い掛かる電撃を全てその身一つで受け止めていく。

火傷が見え、帯電し、涙が流れる。

 

 

「どうして……」

 

 

雰囲気がおかしい。

杏子はすぐにマミを助けるべきなのだろうが。何故? と言う思いが上回り、怯んでしまって動けなかった。

 

 

「どういうつもりだ巴ッ! 気が狂ったか!!」

 

「だ、駄目なのよ。魔法少女が争っちゃ……ッ、駄目なの」

 

 

涙を流しながら懇願するマミ。

とは言え、その目には誰も映っていない。

マミは杏子を守ったのではなく、かつての自分自身を守ったのだ。

しかしその願いが届く訳もなかった。サキの苛立ちはむしろ強くなり、大きな舌打ちが聞こえる。

 

 

「ふざけるなッ!!」

 

 

マミへの憎しみは消えない。マミの車が事故を起こさなければ、サキの家族は死ななかった。

サキは固有魔法である『成長魔法』を使用し、腕力を極限まで強化する。

その状態で電撃を手に纏わせ、サキは思い切りマミの胸に突きを行う。

 

 

「マミッ!!」

 

 

我に返る杏子。

見えたのは、致命傷を負ったマミの姿だった。

サキの腕はマミの胸部をしっかりと貫通しており、その手には掴み取った心臓が見える。

 

サキはニヤリと笑みを浮かべる。

マミはソウルジェムに依存する生き方を以前から否定した。

だからこそ、ソウルジェムで生命機能を操作することに慣れていない筈だ。

 

割り切っている魔法少女ならば心臓なんてなくなっても困りはしない。

だって肉体は既に死んでいるのと同じなのだから、ソウルジェムさえ無事ならばどうとでもなる。

だがマミは違うのだ。心臓がないと人は生きられない、そういう常識に囚われている。

 

事実マミはダランと全身の力が抜けて動けなくなってしまった。

ソウルジェムに命令を出せばいいだけの話なのに、それをしない。

 

 

「ねえ、これでいいの?」

 

 

だって、サキの願いは自分に復讐をする事だったから。

これで貴女は幸せになった? これで杏子は守れられた?

目指していた魔法少女は、希望を守る正義のヒロインだった筈だ。

いつからだろうか、それを忘れてしまったのは。

 

 

「だって……、私だって、守りたかった」

 

 

きっと再構築が行われ転生すれば両親はいない。

そんな気がしたから暁美ほむらを殺そうと思った。

ううん、でも駄目、魔法少女はそんな事しないわ。

 

 

「夢を見すぎなんだよキミは。理想と現実の差に押しつぶされて大切な事から目を反らす」

 

 

サキの言葉がぼんやりと聞こえる。いいじゃない、夢を見たって。

絶望しそうになっても夢があれば生きていけたじゃない。

貴女だって私を殺したかったから今まで戦えたんでしょう?

マミは虚ろな瞳でサキを見ていた。

 

 

「マミッ! なんで、なんで今頃!!」

 

 

杏子の震える声が聞こえる。

私は最後に貴女を守れた? これで、いいのよね?

 

 

「フン! まあいい、次はお前だ!!」

 

「……!」

 

 

蹴られた。

駄目よ、佐倉さんを守らないと。

魔法少女が争っちゃ駄目、マミは機械的にその言葉を連呼する。

 

 

「なっ!!」

 

「駄目よ……、駄目なの」

 

 

マミはソウルジェムに命令を下して体を動かした。

そうだ、所詮入れ物。ソウルジェムが砕けぬ限りは動く人形なのだ。

マミは固有魔法である拘束魔法を発動。リボンを細くして、糸ををサキの体中に巻きつけて動きを止める。

 

 

「クッ!!」

 

 

サキもマミがこんなに早く動くとは思っていなかったのだろう。

何とかして糸をを振り払おうとするが無駄だった。魔法で出来ているのだから、強度が全く違う。

暴れれば糸が体に食い込み、皮膚が裂けた。

 

そうしている内に、毛糸のボールの様な物が現れてサキの体をさらに拘束していく。

糸は最後にサキの首をしっかりと締め付けて、それを束ねるボールは空中に留まった。

 

 

「なッ! なんだコレは!?」

 

 

さらに出現する巨大な大砲。

マミは毛糸のボールを操作して、大砲の砲口へ入れる。

体中を締め付けている糸の先が、大砲へ入る意味。サキは全てを理解して初めて焦りの表情を浮かべた。

 

 

「や、止めろ!!」

 

 

駄目よ……! 佐倉さんを守らないと。

マミは言葉にしたつもりだが、声を発する事はできなかった。

だって既に"壊"れている。魔法少女として描いた理想とはかけ離れた現実に壊されてしまったのだ。

守らなければならないと思う心。殺さなければならないと思う心が混ざり合い、溶けていく。

 

 

「ティロ――」

 

「止めろォオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

守ると思う心は杏子に働き、殺さなければと思う心がサキに働いて。

 

 

「フィナーレ」

 

 

砲台から毛糸のボールが発射される。

すると凄まじい勢いで締め付けられる糸。

 

 

「う……ッ!!」

 

 

杏子は思わず目を覆いたくなった。

サキの体は一気に引き裂かれて、見るも無残な姿に変わってしまった。

肉は裂け、骨は切断され、細切れだ。

だが何故かマミは自分にも同じ事をしており、サキと同じく無残な姿に変わってしまった。

 

 

「マミ! なんで――っ!?」

 

 

耐えられなかった。杏子はボロボロと涙を流す。

違う。そうじゃない。そうじゃないだろ。

どうしてこんな結果になってしまうんだ、杏子は理不尽に変わる世界に涙を流した。

 

 

「………」

 

 

バラバラになってしまったマミ達の体だが、まだ双方ソウルジェムが残っている。

つまり完全に死んだとは言えない。この凄惨な状態でさえ、回復魔法を掛け続ければ元に戻るのだ。しかしバラバラ故に完全に曝け出されるソウルジェム、先に動いたのはマミの方だった。

 

 

「―――」

 

 

ソウルジェムの命令によって地面に落ちていた『手』だけが動く。

マスケット銃を構えた手は地面に転がっていたサキのソウルジェムを撃ちぬくと、完全に破壊してみせた。

そして糸の切れた人形の様に動かなくなってしまったのだ。

 

 

「マミぃっ!!」

 

 

杏子はマミのソウルジェムを見つけた。

そしてその輝きがどす黒く濁っていくのを確認する。それが意味する事も杏子はよく知っていた。

涙を流し、そして歯を食いしばる。こんな結末でよかったのか?

マミ――ッ!

 

 

「うあアアアアアアアア!!」

 

 

杏子は拳を握り締めると、マミのソウルジェムを殴りつけて砕いた。

 

 

「くそぉぉぉオオッッ!」

 

 

こうするしかなかった。

もうアレは間に合わない、グリーフシードさえあれば良かったのだろうが。

杏子は悔しさでおかしくなりそうな心を何とか落ち着ける。

望んだのはこんな結末じゃない、マミもサキも杏子だって。

 

正義がどうとか願いがどうとかじゃない、ただ純粋な想いがあった筈だ。

少しでも歯車が違えば自分達は憎みあう関係でなく、友人として笑い合えた世界もあった筈ではないのか……!

 

 

「ちくしょうッ! ちくしょう……ッッ!!」

 

 

粒子化していく二人。あれだけ流した血も跡形無く消え去っていく。

ほむらやさやかも、それを確認して言い様のない思いに包まれた。

これでよかったのか、マミ達の最期はこんな物で良かったのだろうか?

ほむらが生きて再構築されたとしても、この場で死んでいったマミ達の最期は変わらない。

本当にこれで……。

 

 

「マミさん……ッ! ごめん!!」

 

 

さやかは涙を振り切って、再びほむらを狙う。

貫くのはエゴだ。マミを失った世界でさやかは悲しみを背負い生きていく。

さやかは剣を無数に出現させるとソレを一気に発射してほむらを狙った。

 

 

「!!」

 

 

だがそこへライアが乱入。

王蛇やゾルダを振り切り、エビルダイバーに飛び乗る。そのまま杏子とほむらも乗せて飛び去った。

 

流石はエビルダイバーのスピードと言った所か。

あっと言う間に離れていく。しかしマミを失ってまでほむらを殺す事を決めたんだ、さやか達も諦める訳にはいかなかった。

 

 

「恭介!」

 

「う、うん……!」『アドベント』

 

 

飛来してくるのはオーディンのミラーモンスターであるゴルトフェニックス。

不死鳥型のモンスターはエビルダイバーの真下から出現すると、彼らを弾き飛ばして地面に叩きつける。

 

 

「ぐッ!」

 

「うわっ!」

 

「……ッ!」

 

 

倒れ動きを止めたほむら達。さやかはソコへ再び無数の剣を発射する。

しかしもうマミもサキもいない。ほむらが盾を操作すると、全ての時間が停止する。

ほむらはライアと杏子に触れると、再びエビルダイバーに飛び乗って逃げていく。

 

 

「………」

 

 

杏子は振り返り、さやかを寂しそうな目で見つめた。

マミ達に復讐する為に勝負を挑んだのに、まさかマミの死を見て泣く事になるなんて思わなかった。

おそらくソレはさやかにも言える事だ。

 

 

「馬鹿な奴だな」

 

 

杏子が呟いたのは誰に向かってなのか、それは誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ! 逃げられた……!!」

 

 

さやか視点ではいきなり三人が消えた事になる。

オーディンと並び立つと、ふいにサーベルを地面に叩きつけた。

仕留められなかった悔しさと、マミを失った悔しさ。血が出るほど強く唇を噛んだ。

だがそれでも、あれだけ慕っていた先輩を見捨てる形になったとしても、さやかはこの世界で生きる事を望む。

 

 

「ねえ、恭介……ッ」

 

「な、何?」

 

「あたし、間違ってないよね――……?」

 

 

オーディンは首を振る。

 

 

「分からないよ……! 僕には――っ!」

 

「……そっか」

 

 

さやかはすぐに涙を拭うと、オーディンに笑顔を向けた。

できれば間違ってないと言ってほしかったけど。どうやらさやかはとことん彼に惚れている様だ。

これでいいと笑ってしまう。

 

 

「あれ?」

 

 

そう言えば北岡やファム達の姿が見えない。どこに行ったんだろう?

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さやかが浮かべた疑問の答えを見てみよう。

王蛇と戦っていたファムとゾルダは猛攻を受ける内にマミ達から離れて行った。

王蛇の力は凄まじく。狂った様に攻撃を繰り出すように見えても、相手の攻撃をしっかりと回避して的確に反撃の手に出てくる。

 

焦り、怒り、そしてパートナーの死を確認したファムは、危険と踏んで一旦撤退する事を決める。

恨んだ相手を前にして逃げる屈辱は耐えがたい物であったが、死ねば全てが終わる。

故にファムはその白い翼を広げて場から撤退していった。

 

 

「アァァァァアアアアアアアアアアア!!」

 

 

王蛇の咆哮が聞こえる。

そう、ファムには翼があったから良いものを、ゾルダにはそれが無かった。

最初は対等に戦いを繰り広げていたゾルダであったが、段々と攻撃を受けていく内に様子がおかしくなっていった。

照準が定まらない、狙いがブレる。

 

 

「―――」

 

 

王蛇の攻撃を受けて吹き飛んだゾルダは変身が解除されて草むらの中に消えて行った。

王蛇は辺りを確認するが、北岡を見つけることはできなかった。

もっと長時間探せば良かったのかもしれない、耳を済ませて北岡の呻き声を聞けばよかったのかもしれない。

 

しかし王蛇は早々に捜索を切り上げて場を離れて行った。

それには理由があるのだが、ココでは分かる訳も無い。

 

 

「―――――」

 

 

そうやって王蛇の猛攻を何とか避けた北岡は、何とか立ち上がりフラフラと歩き出す。

 

 

(クソッ! 俺が負けた!?)

 

 

実力じゃない、体のせいだ。北岡は歯を食いしばり虚空を睨む。

医者の連中は使えない奴ばっかりだった。

薬は出すくせに一向によくならないじゃないか。だから俺は負けたんだ。

そうだ、ヤブ医者共め。そもそもあの病気はジジイやババアがなるもんだろ。若年性とかつけておけば何でも良いと思ってる。

 

 

「さっさと……」

 

 

さっさとアイツを殺して願いでこの体を――!

 

 

「……?」

 

 

アイツって、誰だっけ?

 

 

「???」

 

 

そう言えば俺は何であの場にいたんだっけ?

確か長い髪の……、ああ、そうだ。暁美なんとか。

あれは誰だったか? 確か学校のクラスに同じ様な名前のヤツがいた気がする。

おれは毎年バレンタインにクラスの女全員からチョコを貰っていたからな、その中にあった名前なんだろう。

 

 

「………」

 

 

そう言えば体が痛い。

病気だろうか? どうして? なんで体中がこんなに痛いんだ?

おれは外であまり遊ばなかった、母さんが過保護で、だからこんな怪我をすることはなかった。

虫がうるさいな。虫は嫌いだ。周りを飛ぶな。むしだ、こわいな、ああくそ。

 

 

「いたい、いたい? どうして? なんで!」

 

 

ぼくはなにもわるいことをしていないのに。

びょうきかもしれない、びょういんにいって、おいしゃさまに、みてもらわない――

 

 

「あ」

 

 

北岡はふと気がつけば道路の真ん中に立っていた。

どうして自分はこんな所に立っているんだろう? そんな彼の前に近づいてくる光が見えた。

あれはなんだ? 動物か? 北岡はぼんやりと立ち尽くして近づいてくる物を見つめている。

 

ああそうだ、アレは車だ。

でも誰も乗っていない、だから別に怖がることは無い。あぶなくない。

そう言えば、どうして自分は今ココに立っているんだろう? ここはどこなんだろう?

ああ、うるさいな。ブーブー、虫が騒が――

 

 

「―――」

 

 

遅かった。

トラックはぼんやりと立ち尽くす北岡を容赦なく引き飛ばすと、ソコでやっと停止する。

それを見かけたのか、誰かの悲鳴が聞こえる中でぼんやりと北岡は考えていた。

何を考えているのかは彼にも分からない。

 

どうしてココにいるのか、今まで何をしていたのかも。

そして段々と薄れていく視界、今日は疲れた。もう休もう。

明日になれば体の痛みも、身を包む寒さも、全部消えてなくなっている筈だから。

 

 

 

 

 

 

 

【佐野満・死亡】【東條悟・死亡】【千歳ゆま・死亡】

 

【巴マミ・死亡】【浅海サキ・死亡】【北岡秀一・死亡】

 

【残り16人・9組】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 

佐野のアパートに戻った三人。

消えた参加者故、世界は都合の良いように上書きされてしまうのだろう。

佐野がいなくなった時点で今まで過ごしてきた部屋は空き部屋になっていた。

 

 

「手塚。アンタの家、行ってもいい?」

 

「ああ」

 

「じゃあ決まり」

 

 

ほむらの家なんて、敵が真っ先に狙うところだろうし、篭るのならば確かに手塚の家が最適だった。

ましてや。

 

 

「ここにはもう、いたくない」

 

「………」

 

「辛くなる」

 

 

頷くほむら達。

手塚の家に向かおうと、踵を返した時だった。

 

 

「暁美、ほむら……」

 

「!」

 

 

三人の前に現れたのは着物姿の少女だった。

手塚と杏子は敵と思い構えるが、ほむらは少し待ってくれと二人を制す。

知り合いと言うほどではないが、一度顔を合わせた事があるのだから。

 

 

「双樹ルカ」

 

「久しぶり、ですか? フフ」

 

 

ルカは少し妖艶に笑うと、ある提案を持ちかけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは簡単な話しだった。自分達の家に来ないかと言うもの。

当然トラップを警戒する三人だが、いざとなったら時間を止めて逃げればいい。

だから一度話しだけは聞いてみる事にする。

 

ルカについて行った三人は豪華なマンションに連れてこられた。

どうやらここが彼女とそのパートナーの住んでいる場所らしい。

最上階の一室で、三人はルカのパートナーから協力するに至る理由を聞かされた。

 

 

「だからさー、おれ見てみたいんだよねー! 世界が滅ぶところ!!」

 

 

嬉しそうに話すのは、ルカのパートナーである芝浦淳と言う少年だった。

まだ中学生ながらにして豪華な部屋でルカと暮らしている経緯が気になるが、何より目に付いたのは無邪気さが作る狂気である。

芝浦は世界の崩壊を望んでいる珍しいタイプなのだ。

 

 

「気になるなー、どうやって滅ぶんだろう!」

 

 

大爆発で跡形も無く消え去るのか、それとも災害の類で滅びるのか。

もしかしたらウイルスがキュゥべえ達から発射されてバイオハザードなんてことも考えられる。

 

 

「想像しただけで興奮するよ!」

 

 

自分で滅ぼすのは結末が分かってしまう為に面白くない。

だから芝浦は暁美ほむらを護衛して最期の時をこの目でみたいのだと言った。

芝浦は一度興味が湧くと気になってのめり込んでしまうタイプなのだ。

 

 

「世界の終焉をどうしても見たい!」

 

 

ほむらとしては芝浦に若干の嫌悪感を抱いてしまうものの、協力してくれると言う提案には素直に感謝したい。

 

 

「でも、貴女はいいの?」

 

 

ほむらはルカに問い掛ける。

芝浦はともかくルカを巻き添えにするのは気が引けた。

とはいえ、どうやらその心配は杞憂だった様だ。

ルカは芝浦と同じ意見だと三人に告げる。

 

 

「少し重なってしまって」

 

「?」

 

 

なんでもないとルカは笑う。

どうやら暁美ほむらと言う人間を大勢で狙うというシチュエーションが気に入らないらしい。

ルカは口にしなかったが、過去に何かあったらしい事だけは分かった。

 

 

「それに、何よりも淳が選んだ答えです」

 

「お、おお」

 

 

頬を染めるルカに杏子は成程と納得した。

ははあ、やっぱりこうなるペアもいるんだなと。

 

 

「とにかく今日は泊まっていくといい」

 

 

そう言われても少し信用ならない所もある。

 

 

「油断させておいて実は願いを叶える為に不意打ちーッ、なんて事も……」

 

 

杏子は小声でほむら達に耳打ちを行った。

確かにいきなり信頼して泊まる事は危険が伴うだろう。

寝ている間にブスリ! なんて事だってありえるからだ。

 

 

「やっぱり隙を見て逃げよう」

 

「……ええ」

 

 

杏子は睨むような視線でルカと芝浦を見る。

どうにも信用なら無い二人だ。ココに泊まるよりかは手塚の家に泊まった方が余程いい。

 

 

「安心しな、アタシは警戒心だけは人一倍強いんだ」

 

「あ、ああ」

 

「?」

 

 

ルカはきょとんとした顔で杏子を見つめる。一方でムスッとしている杏子。

こんな状態で大丈夫か? 手塚は言い知れぬ不安を感じてため息をついた。

 

対して芝浦はニヤニヤとほむらを見つめている。

ほむらが巨大な爆弾にしか見えない。

世界を破壊する害悪。ほむらは世界にとって唯一と言っても良い悪なのだから。

 

 

 

夜。

 

 

 

「くあぁあああああ! うめぇえッッ!! アンタ最高じゃん!!」

 

「まだまだあります。おかわりしたければ言ってくださいね」

 

 

警戒心とはなんだったのか。

杏子はルカが作った料理をモリモリ食べて笑みを浮かべていた。

既に四回目のおかわりを行った杏子。引きつった笑みを浮かべている芝浦を尻目に、バクバク食事を続ける。

 

逃げようと決めた三人だったが、ルカが食事を作ってくれるというので一旦様子を見る事に。

もしかしたら毒殺するのかもしれないと思い、杏子は毒見と称して先に料理を一通り口にする。その結果、今の状態となっている訳だ。

 

 

「出汁にこだわりがあるんですよ」

 

 

ルカが作る和食は味だけでなく見た目も完璧だった。

手塚とほむらも思わず見入ってしまう程だ。

一体どうしようかと悩んだものだが――

 

 

「はい淳、あーんしてくだだい」

 

「嫌に決まってんだろ! 周りに人がいるっての!!」

 

「人がいなかったらやんのかー! このこのーッ!!」

 

 

なに馴染んでんだと言いたくなる杏子の野次。

とはいえ手塚達がココに残ろうと決めた理由の一つに、芝浦達の様子があった。

どうやらルカは芝浦にベッタリの様で、自分が作った料理を彼に食べさせようと必死だ。

 

料理は大皿に盛り付けられている為にソコへ毒を入れるとは考えにくい。

そもそも杏子が食べた時点でなんとも無いのだから、一旦信用しようと言う事になった。

 

 

「でもいいの?」

 

「ん? 何がですか?」

 

 

もう一度問い掛ける。

もしも再構築が行われれば、芝浦とルカが再び恋に落ちるとは限らない。

そればかりか最悪嫌い合う仲になるかもしれないのだ。

それでもいいのか? ほむらはソレを聞いてしまう。

 

 

「構いませんよ。なぜなら、私と淳は次の世界でも必ず恋に落ちるからです」

 

「おれは別に落ちてな――」

 

 

芝浦の言葉を無視してルカは言葉を続けた。

どんな障害があろうとも、どんな困難があろうとも自分達はまためぐり合う。

そして双樹は芝浦を愛するだろう。この胸に刻み込んだ想いは世界なんかに左右されるほど弱くは無い、ルカは自信に満ちた表情で笑った。

 

 

「すごい自信だね……!」

 

「いいじゃないか。運命論は嫌いじゃない」

 

 

杏子と手塚は彼女の考え方に賛同を示した。

 

 

「どれだけ世界が変わっても、どれだけ運命が巡っても、変わらない想いと言うものはあります。貴女達もそうではないのですか?」

 

 

ルカの言葉に各々の記憶を思い出す。

そうだな。ほむらにも手塚にも杏子にも分かる話だった。

転生すれば自分達は自分達でなくなってしまう。

 

しかし根本的には同じ人である事には変わりない。

胸に抱えた信念はいつかきっと同じ思いに収束していく。

 

 

「それに、転生とか面白そうじゃん」

 

 

芝浦はゲラゲラと半ば空気を読まずに続ける。

もしかしたら自分は世界的に有名なゲームを生み出して社長になっているかもしれない。

それに世界はもっと面白く変わっているかもしれないじゃないか。

 

 

「ちょっとこの世界は退屈なんだよなぁ。もっと面白く変わる様に作ってよ」

 

 

芝浦はほむらに願いを託す。

何とも言えないが、二人が味方だと言う事は何となく理解できた。

たとえば杏子は世界を諦めたから仲間になると言ってくれた。

そして芝浦達も形は違えど、同じような事なんだろうと。

 

 

「さ、冷める前にどうぞ」

 

「………」

 

 

ほむらは料理に口をつける。

確かに、おいしい。複雑な表情で箸を咥えた。

手塚もそれを見て、笑みとも言える表情を浮かべた。

 

 

「それにしてもスゲーと思わない? キュゥべえ達は世界さえも自由にできる力を持ってるんだぜ」

 

 

食事の終わり際、芝浦が言った事は同意できる内容だった。

一つの世界を終わらせ、一つの世界を始まりに導く。

世界とはつまり人の集合が成す物であり、一つの世界を終わらせると言う事は気の遠くなる程の人間が死ぬと言う事。

 

 

「おれ達って結局アイツにとっては虫けらみたいなモンなのかね」

 

 

キュゥべえ達は宇宙を救うために魔法少女と騎士を生み出したと言う。

つまり宇宙にとってインキュベーターは救世主なのだ。

対して人間は自らの住む星を日々汚していく。もしもこの世に神がいるのならば、それはおそらく宇宙の意思を代行するキュゥべえ達なのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔法少女は絶望すれば魔女になる」

 

「んあ? なんだよ、当然」

 

 

食事が終わると、ルカは余っていたグリーフシードを分けてくれた。

魔力が尽きる事は魔法少女にとっては死と同じだ。

そしてグリーフシードはその命を救う重要なアイテム。

それを渡す事は絶対の信頼が成せる技、杏子はそのお礼にとルカの背中を流す事を誓った。

 

他人の家の風呂を借りておいてお返しも糞もないだろうが、とにかくルカを誘ってお風呂に入ることに。

 

浴槽は広いが三人が入るには少し狭い。

と言う事でほむらが浴槽につかって、杏子達は体を洗うことに。

 

その途中でルカがふいにそんな事を呟いたのだ。

魔法少女は絶望すれば魔女になる。

それは多くの魔法少女が知っているルール。自分達は絶望の海に足を半分突っ込んでいる。

 

 

「私は、魔法少女になる前から絶望していた」

 

「………」

 

「そんな私は、生まれながらにして魔女だったんだろうか?」

 

 

人は皆悲しみを背負い生きていく。

劣等感、僻み、憎しみ、その中で人間は悪の色に染まっていくのだとルカは言った。

彼女は強大な悲しみに一度その身を落とし、黒く染まっていった。

 

 

「そんな私を助け出してくれたのが淳なのです」

 

「ふーん、アイツがねぇ。ちょっと意外かな」

 

 

ルカの背中をごしごしと擦りながら、杏子は鼻についた泡を拭う。

とてもじゃないが芝浦とか言うガキは人を助けるタイプには見えない。

けれども現にルカは芝浦に救われ、今笑顔を浮かべる事ができる。

 

 

「んで、結局何が言いたいのさ」

 

「いえ別に。ただ、次の世界に期待しているだけですよ」

 

 

次は絶望しない様に生きられるのかと。

 

 

「それにしても、キュゥべえ達の狙いは何なんでしょう」

 

「確かにね。何だってこんな糞みたいなゲームを」

 

「………」

 

 

その答えはほむらだけが知っている。

F・Gは自分が原因で始まったゲームだと言っても良い。

しかしそれをルカ達には言えない、言った所でどうにかなる訳でもない。

 

 

「これは私の予想なのですが――」

 

 

ルカは自分の考えを告げる。

ほむらは半ば聞き流す程度だったが、次第に興味深い物だと気づく。

 

ルカが注目したのはゲームのルールである。

ルールとは即ち絶対に守らなければならない掟の様な物だ。その掟を決めたのはキュゥべえだろう。

 

 

「彼らは今まで私達の行動に直接的な干渉をする事は無かった」

 

「確かに。煽ったりはしたけどさ。それもアイツ等にとっちゃ無意識だろうし」

 

 

シャワーを手に取りお湯を出すルカ。

湯に濡れる姿は中学生とは思えないくらい妖艶で美しい。

ほむらでさえ思わず見とれてしまい、ルカの言葉を少し聞き逃してしまう程だった。

 

要するにルカは今まで何も干渉してこなかったキュゥべえ達が突然ルールを定め、かつ世界を左右する力を持ち出してきた事に強烈な違和感を感じると言う。

 

 

「何故彼らは急に強引な手段に出たのでしょう?」

 

「うーん、確かに」

 

 

これはあくまでも自分の考えだと念を押す。

そしてルカの視線は、ほむらに向けられた。

 

 

「インキュベーター達は、暁美ほむらが邪魔だった」

 

「……!!」

 

 

鋭い。ルカの考えを聞いて、ほむらは彼女が只者ではないと確信する。

全くもって正解だった。確かにキュゥべえ達は自分が邪魔だからこのゲームを仕組んだと言っている。

自分がエネルギー回収の邪魔になるからと――

 

 

「と、最初は思いました」

 

「!」

 

 

しかし、それではおかしいとルカは言う。

よく分からない。ほむらは彼女に詳細を求めた。

おかしいとはどういう事なのか?

 

 

「邪魔な存在がいるのなら、キュゥべえ達はこんな面倒な真似はしないでしょう」

 

 

考えてもみてほしい。

世界を再構築だの滅ぼすだのと言うルールを作ったキュゥべえ達が、暁美ほむら一人を殺せないと言うのか?

 

ありえないだろうそんな事は。

邪魔なら何かしらの手段を使って直接ほむらを排除すればいい。

わざわざ生き残るチャンスを与えるなど、それこそ感情の無い彼らには不必要なルールである。

 

 

「つまりどういう事だよ」

 

 

杏子は泡を素早く洗い流すと、ほむらの横に滑り込む。

ほむらが邪魔でないとしたら何が目的なのか?

目的が無い事は流石にない筈。つまりキュゥべえ達には明確な目的があってF・Gを開催した事になる。

 

 

「それが分からないのです。故に不気味ですね」

 

「はーん。まあ何となくだと思うけどね、アタシは」

 

「………」

 

 

いや、キュゥべえ達に限ってそんな事は無い。

ルカの言う通りだ、何故キュゥべえはわざわざ『ゲーム』と名のつく状況を作ったのか?

儀式とは言っていたが、ならばその先に何か結果がある筈。

もしかすると、ゲームと言う存在でなければならない理由があったのか?

ほむらは強烈な違和感を感じて頭を抑えた。

 

 

(ゲームでなければならない意味?)

 

 

その違和感は彼女達だけが持ったものではない。

リビングでゲームをしていた手塚と芝浦も、疑問を抱えて会話を行っていた。

先にその言葉をかけたのは芝浦だった。

 

 

「なあ、アンタと前に会った事あったっけ?」

 

 

カチャカチャとコントローラーを動かして問う芝浦。

どうにも芝浦は手塚を見て既視感を覚えたという。

どこかで彼に会った事があるような。しかし明確な記憶は無いし、確証も無い。

ただ何となく会った様な気がするだけ。

 

 

「そうだな、俺は占い師だ。どこかで占ったのかもしれない」

 

「うーん、そう」

 

「ただ俺も芝浦淳と言う文字にはどこか見た覚えがある」

 

 

パッとしないものの、デジャブの様な物といえばいい。

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一同は眠りにつく。

芝浦は自分の部屋、杏子とほむらはルカの部屋。手塚はソファで寝る事に。

芝浦は夜も暖房をかけているので、どこでも暖かい。今日はいろいろな事があり過ぎた。誰もがすぐに眠りに落ちている。

 

 

「………」

 

 

ただ一人を除いて。

ほむらは全員が寝静まった事を確認すると、物音を立てない様にゆっくりと立ち上がる。

そして変身。窓を開けて時間を止めると、一気に芝浦達のマンションから飛び出していった。

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少し、よろしいですか?」

 

「ん?」

 

 

ルカの声がして手塚は目をあける。

 

 

「どうした?」

 

「暁美ほむらが家を出て行きました」

 

「なっ! 本当か?」

 

 

それにしても何故?

手塚が問うと、ルカは置手紙があったと告げる。

 

内容に関しては簡単に言うと自分がいる事でこの場所が戦いのフィールドになるかもしれないと言う罪悪感。

そしてこれ以上ルカや杏子達を振り回す訳にはいかないと言う事。

 

 

「そして最後に、貴方に対する謝罪」

 

「謝罪?」

 

「ええ。彼女が死ねば貴方も死ぬのでしょう?」

 

 

そうだったと手塚は頭をかく。

確かにほむらがこの場を離れると言う事は、手塚も危険だと言ってもいいだろう。

ほむらはソレを申し訳なく思うと同時に、手塚を犠牲にしてでも離れなければと思った。

 

やはり暁美ほむらと言う存在が他者をおかしくしてしまう。

マミが死んだのも、サキが死んだのも、全ての責任は自分にあると考えたのだろうか?

 

 

「やれやれ、仕方ないな」

 

 

手塚はソファから立ち上がると上着に手を伸ばす。

それを見て目を細めるルカ。

 

 

「覚悟はあるのですか?」

 

「覚悟?」

 

「そうです。分かっているとは思いますが、貴方が暁美ほむらを守る事が、どう言う事を意味するのか?」

 

 

ほむらを守る上で敵は絶対に出てくる。

そして問題は、その敵をどう退けるかだ。

 

 

「ただ女を守る優越感に浸りたいだけなら、貴方は彼女を追いかける必要はない」

 

 

運命に身を委ねるべきだとルカは言った。

手塚は少し沈黙したが、少し疲れたように笑う。

 

 

「佐倉にも同じような事を言われたよ。だが、まあ、俺の答えは一つだ」

 

 

ほむらを追いかけると言う意味だ。

手塚もルカの言いたい事はよく分かる。

そもそもシザース達と戦った時に何となく感じていたこと。

 

 

「だが、俺はアイツを守ると約束した」

 

 

ほむらにとっては約束じゃないのかもしれない。ただ、手塚とってはソレは約束だった。

パートナーに選ばれた事は運の悪い事だとは思っていない。

確かに初めて知った時は厄介だと思ってしまったが、今はハッキリと分かる。

こうなったのは偶然じゃない、必然だ。

 

 

「俺はアイツを守る。どんな手を使ってもな」

 

「貴方にとって、彼女はそこまで覚悟を決める程の価値を持っているのでしょうか?」

 

 

手塚海之は暁美ほむらの家族でもない、友人でもない、恋人でもない。

そんな存在に全てを敵に回す覚悟を持たなければならないのだ。

その価値、その意味、その資格を持っていると?

 

 

「それは愚問だ。お前だって芝浦を守りたいと思うだろう?」

 

「当然です。私は淳の盾であり、剣です。しかしそれは私が淳を愛してるから……」

 

「それもあるかもしれないが、何よりも守りたいから守ると決めたんだろ?」

 

「ええ、そうですね」

 

「俺だってそうさ。理由はどうであれ、俺は暁美ほむらと言う人間を守りたいと思った」

 

 

それだけで十分だ。

手塚は変身すると、ほむらを追って窓から夜の闇に飛び込んで行った。

ルカは追いかけない。別に追いかけても良かったが、追わないほうがいいのだろうと思ったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこに行こうっていうんだよ、破壊者さん」

 

「………」

 

 

深夜の公園には音が無かった。だから話しかけられれば嫌でも耳に入ってきてしまう。

ほむらは声がする方向を睨むようにして振り返った。

するとそこにはバンダナをしたお下げの少女が。

黄緑色の髪が夜の闇に映えている。

 

 

「こんな夜道を歩いてると、狼さんに食べられちゃうよ?」

 

「そう、怖いわね」

 

 

少女は乗っていた木の枝から飛び降りると、綺麗に着地してほむらの前に現れる。

当然彼女も魔法少女だ。その目には光りが無い事から、普通の参加者とは少し違う感じがした。

 

 

「何か?」

 

「何かって、嫌だな。決まってじゃんよ」

 

 

神那ニコはニヤリと笑うと、瞬時に変身する。

構えるはバール型の杖。ニコは笑みを浮かべたまま力を収束させた。

同じく反射で変身するほむら。やはりそうなるか、分かっていた事だ。

 

 

「死んでよ。お前さん、邪魔なんだわ」

 

「……っ」

 

 

ニコは容赦なく必殺技を発射。

対して時間を止めるほむら。盾から拳銃を引き抜くと、ニコの足を狙って一発発砲した。

ほむらの手を離れた事により空中に留まる弾丸。ほむらはニコの攻撃を避ける様に歩くと、ソコで時間の流れを元に戻す。

 

 

「うあ゛ッ!!」

 

 

ニコの足に弾丸が抉りこむ。苦痛の声をあげて地面へ倒れた。

それを横目に見下すほむら。ニコは笑みを浮かべて歯を食いしばった。

 

 

「随分とまあ冷たい目だ」

 

「お互い様よ」

 

「ハッ! 時間停止。まあ厄介だよね。だからアンタは狙われたんだろ?」

 

「………」

 

 

ニコもまたゲームのルールには強烈な違和感を覚えていた。

果たして狙われるべき魔法少女はランダムに決まったのか?

いやそれは違う、キュゥべえ達は元々ほむらを狙うつもりでゲームを開始したのだと。

 

 

「私の魔法、レジーナアイで君の魔法を調べた。できる事とか、アレンジとかね」

 

「……そう」

 

「とんでもないチートだよ。キミはスペック的には魔法少女の中でも最弱かもしれないけど、能力はトップクラスで化け物だ」

 

 

時間を止めるのが最大の能力じゃあない。ニコは含みのある言い方で、ほむらを煽る。

 

 

「まさかあんな事ができるとは思わなかった……! 最早、それは神の領域に片足を突っ込んでいる」

 

 

そしてその神の力をキュゥべえ達が見過ごすとでも思ったのだろうか?

確かにほむらに力を与えたのはキュゥべえ達だが、流石に存在が邪魔になったのだろう。

それは容易に想像できる事だ。ニコは濁った目でほむらを見つめる。

 

 

「当然、私にとっても君は邪魔でしかない」

 

「………」

 

「キミのわがままに、一体私達はどれだけつき合わされたと思ってる?」

 

「……っ」

 

「迷惑なんだよ、君の存在は」

 

 

笑みが消えた。

 

 

「調子に乗りすぎた道化だ。存在が、能力が、中途半端な覚悟が世界を傷つける」

 

「………」

 

「もう終わりにしよう。君だって疲れたろ?」

 

「私は、諦めない」

 

 

それを聞いてニコは吹き出す。

 

 

「諦めない? 冗談だろ? いい加減に気づけよ!」

 

 

煽り続けた。

 

 

「考えても無駄なら、私が――ッ、終わらせてやる!!」

 

「!?」

 

 

その時だった。倒れていたニコの体が割れると、そこから無数の鎖が発射される。

鎖はすぐにほむらの足に巻きついていった。

 

 

「しま――ッ!」

 

「仕組みさえ分かれば、案外なんとかなるね」

 

「クッ!!」

 

 

体が鎖に変わったニコは、もう完全に鎖として機能していた。

人の形を失い、鎖はほむらの足から盾へと移動する。

時間を止めるには盾にある砂時計を作動させる様に動かさなければならない。

つまり盾をガチガチに固められるとギミックを操作できずに時間停止が行えないのだ。

 

 

「あのまま時間を止めて逃げれば良かったのに」

 

「……っ!」

 

 

暗闇から現れたのは何とニコだった。

何故鎖になった彼女が? ほむらの驚く表情を見て、ニコはご丁寧に自分の魔法を説明してみせる。

 

 

「我が名は神那ニコ。魔法は再生成」

 

 

自分の分身を作り出してほむらと会話させていたのだ。

そして分身を鎖に生成すると動きを封じたのだった。

 

 

「まあでも、いつまでも時間を止めていられないってのが、コッチにとっちゃ有利だった訳だけども」

 

 

ニコはほむらの魔法を知っている。時間停止(カレント・インタラプト)は、いつまでも時間を止めている訳では無い。

盾にある『砂』がある限り。それが条件である。

魔力とは別に制限があると言う訳だ。そしてそれは『ある期間』の間に消費してしまう物。

 

砂がゼロになれば時間を止める事はできなくなる。

ほむらは砂の残量に常に注意しておかなければならないのだ。

無駄遣いはできない。最低限の消費量を保つ為に、ある程度は時間を元に戻しつつ行動するとニコは狙っていた。

 

 

「そして今になる訳だ。ねえねえ今どんな気持ち? 頼ってた魔法が使えないってどんな気持ち?」

 

「ク……ッ!」

 

「なんて、冗談。気を悪くなされぬよう――」

 

 

砂時計のギミックは封じられたが、盾の穴は塞がれてなかった。

ほむらは銃を抜くと、ニコの眉間を狙う。

不動。ニコは銃弾を受けて簡単に倒れる。

 

 

「マジで殺す気? 勘弁してほしいね」

 

「!」

 

 

倒れたニコは消滅し、全く違う方向からニコ声がする。

ほむらが振り向くと、木の上でニヤニヤと笑みを浮かべるニコがいた。

そういう事か、ほむらは意味を理解して舌打ちを放つ。

おそらくはアレも分身だ。本物のニコは闇に紛れてコチラを見ているのだろう。

 

 

「アァァアアアアアアアア!!」

 

「!?」

 

 

その時だった。突如闇から手が伸びてきて、ほむらの首を掴み上げたのは。

見ればソレは連続殺人鬼であった王蛇だった。

いきなり現れ、そして容赦なくほむらを地面に向けて叩きつける。

 

 

「ウッ!!」

 

 

なんて力だ、ほむらの脳が揺れて意識が遠くなる。

 

 

「ああ、クセェな。どこもかしこも糞の臭いだけだ」

 

 

王蛇は顔をほむらに近づけて臭いを確認する。

 

 

「アァァ? お前は臭くないなぁ? 暁美ほむらかぁあ?」

 

「……ッッ!」

 

 

何を言っているんだ? ほむらは理解できずに恐怖を感じてしまう。

王蛇から放たれる異常性、そして狂った様な殺気がほむらにも理解できた。

こんな人間に会うのは初めてかもしれない。

故に怖い、考えが全く分からないから恐ろしい。

 

 

「ソイツは私のパートナーでござんす。つっても、顔合わせたのは二回目だけどね」

 

 

ニコは王蛇に少し待てと言って動きを止めさせた。

とは言えほむらの体を押さえつける力だけは緩まず、逃げ出す事は難しい様だが。

その間に説明を続けるニコ。

 

 

「私も初めて会った時にはドン引きしたよ」

 

 

だから浅倉から距離を取り、今日まで顔を合わせる事は無かった。

 

 

「コイツは狂ってる。可哀想な男なのさ」

 

 

ニコが詳細を語らない為、ココに少しだけ浅倉の事を記載しておこう。

浅倉が初めて人を殺したのは生まれる時だった。

母親の胎内にいた彼は、生まれる予定日の前に母親の腹を突き破って生を受けた。

この時、黒い手に引っ張られていたと後に語っている。

 

そう、彼の人生には常に共に歩む存在があった。

"黒い手"、文字通り空中に浮遊している手だ。

それは浅倉にしか見えない手で、他の誰に言っても存在を信じてもらう事ができなかった。

そしてその黒い手は浅倉の周りを常に飛び回り、口や鼻を塞ぐ。

 

問題はその手が凄まじい悪臭を放つ事だった。

腐った臓物、糞尿の臭いが凝縮したと言えば良いか。

幼少期の浅倉はその最悪の臭いといつも一緒だった。

 

口で息をしても何故か臭くなる。

どんな食事をしても腐った味にしか感じられなかった。

嘔吐し、臭いからか頭痛や激しいストレスに常に見舞われていた。

医者に行った事はあるが何をしても治らず、精神病と言う事でカウンセリングを受けても無駄だった。

 

ある日、浅倉はその臭いを消す方法を見つける。

始まりは車に轢かれて死んでいる犬を見た時だった。

それを見た時、黒い手の存在が薄くなったのだ。

浅倉は無我夢中で犬の死体に近づいた。すると黒い手はますます存在を散布させていくじゃないか!

 

犬の死体が放つ悪臭が、黒い手が放っていた臭いを上書きしたのだ。

すぐに黒い手は元通りになり、浅倉の鼻を覆った。

だが浅倉は諦めなかった。そしてたどり着いたのだ。この黒い手を完全に消し去る方法を。

無我夢中で犬の死体に顔を近づけた。腹からはみ出た腸を顔に塗りたくった。

臭いが消えていく。浅倉は幸せだった。

 

 

浅倉が7歳の時、孤児院で知り合った少年を惨殺した。

腹を切り裂いて臓物を引きずり出し、浅倉は顔を空っぽになった少年の腹部へと静める。

するとどうだ。やはり血の臭いで黒い手が放った匂いが完全に消え去ったではないか!

浅倉は歓喜した、無我夢中で血の深呼吸を繰り返した。

この腐りきった悪臭の世界が、血の臭いを嗅いでいる時だけ消え去ったのだ。

 

こんなに嬉しい事は無い。

しかしある程度時間が経てば、黒い手は再び浅倉に憑いて臭いを放つ様になった。

浅倉はすぐに孤児院を抜け出して次の獲物を狙う日々が始まる。

 

気がついたのは輸血パック等の血では駄目だと言う事。

殺された生き物の死体の臭いでなければならない。

当然血の臭いや死臭は良い物ではなかったが、黒い手が放つ悪臭よりは何倍もマシといえるものだったから浅倉は殺し続けた。

殺せば血の匂いがする。臭いけど、臭ければ臭くなくなる。

 

浅倉はそうやって今までずっと生きてきた。

そしてある日、ついに黒い手が言葉を放ったのだ。

 

 

『暁美ほむらと言う人間を殺せば、私はお前の前から姿を消そう』

 

 

そして丁度同じくして自分の前に現れた神那ニコ。

パートナーだからと言い、ニコと話す時は黒い手は現れなかった。

臭くないのなら殺す意味も無い、故に浅倉はニコを殺す事は無かった。

 

 

「ハハハッ!!」

 

 

王蛇は歓喜の声を漏らす。ついに、ついに暁美ほむらを殺す時がやってきた。

これで今までずっと自分を苦しめてきた因縁とも決着をつける事ができる。

王蛇は幸せだった、これでやっと解放される。

これでやっと自分は無臭の世界で、本当の世界で生きていける!!

 

 

「やっと終わる! お前を殺せばァァアッ!!」

 

 

普通の人間として、生きていく事ができる!

 

 

「ヒッ!」

 

 

王蛇のクラッシャーが割れる様に開き、牙をむき出しにしてゲラゲラと笑う。

今から行われる解体を想像してほむらはゾッとしてしまった。

時間は止められない、身動きは王蛇にガッチリと掴まれている為に不可能。

 

 

「暁美ッッ!!」

 

「!!」

 

 

その時、暗闇を切り裂く様にエビルダイバーに乗ったライアが現れた。

 

 

「しまった!」

 

 

半ば勝利を確信していただけに携帯の確認を怠ってしまったニコ。

アクションを起こす前に、ライアは王蛇を引き飛ばした。

 

 

「うおァッ!!」

 

「ッッ!!」

 

 

ライアはニコの前に着地。そこで出発際に言われたルカの言葉を思い出す。

ルカはライアの覚悟を問うた。それはコレから始まる戦いは決して綺麗な物では無いと知っていたからだ。

ライアは目の前にいるニコを見てつくづく思い知らされた。

 

コレは世界から敵とされた一人の女の子を守る戦い――、などではない。

ほむらを本気で殺そうとする者を排除する殺し合いだ。

 

ニコと王蛇は本気で暁美ほむらを殺そうとする。

そしてライアは本気でほむらを守るとする。

だったら、選ぶ道は一つしかない。その覚悟を決めるのが少し遅すぎたのかもしれない。

ライアは自分に言い聞かせる。言ったじゃないか、決めたじゃないか。

 

 

「暁美ほむら、覚えておけ!!」

 

「……っ」

 

 

ライアは振られたバールを弾くと、ニコの腹部に思い切り拳を叩き込んだ。

 

 

「ガハッ!!」

 

 

苦痛に歪むニコの表情。どうやら『本物』だった様だ。

しかし自分より小さい女の子を容赦なく殴りつける。それはヒーローのする事などではない。

そうだ、これは醜く救いのない殺し合いなのである。

 

ライアは暁美ほむらを守ると決めた。

その意思を今更曲げるつもりなどサラサラ無かった。

 

 

「俺は、どんな事があっても――ッ!!」

 

「や、ヤバイ!!」

 

 

ニコは懐から大量のビー玉を空に投げる。

そして魔法を発動。するとビー玉がニコの分身に変わり、姿を完全に隠した。

だが甘い。ライアはバイザーを強化するストライクベントを発動。

 

 

「お前を――ッッ!」

 

 

逃げるニコ。

しかしライアにとっては意味の無い行動だった。

確かに分身に隠れた中で、本体一人を探し出すのは難しい。

だが逃げ始めるこの時ならば、つまりまだ密集している時ならば。

 

 

「守るッッ!!」

 

 

ライアは思い切り地面を叩く。

するとバイザーから強力な電流が放たれて、ライアの紋章を形作った。

その範囲は大きく、逃げようとするニコ達を纏めて捉える事ができた。

範囲攻撃でまとめて本体ごと分身を攻撃する。

 

 

「ぐガ……ッッ!」

 

「………」

 

 

耐久力は無いのか、次々に消え去る分身たち。

残った本体も倒れて動かなくなる。そこへライアは詰め寄ると、ソウルジェムを掴んで引き抜いた。

 

それを見てニヤリと笑うニコ。尚も濁った瞳でライアを見ている。

意味を理解すれど、何故か恐怖と言う物が感じられない。

 

 

「化けモン共め――……ッッ!!」

 

「すまない」

 

 

ニコはフッと笑って素早く携帯を操作する。

攻撃かと構えるライアだったが、ニコは違うと口を挟む。

 

 

「プレゼント」

 

 

携帯を放り投げた。

 

 

「謝らんでいい。分身をケチった私も悪い。グリーフシード不足で……」

 

 

言い訳の時間なんて不要だ。

ニコは言葉を切ると、ライアを見つめる。

 

 

「しっかり殺れよ」

 

 

頷くライア。ニコを見たまま、ソウルジェムを握りつぶす。

思わず、ほむら目を見開く。ライアがニコを殺したのだ。

神那ニコは最後まで笑みを浮かべたまま粒子化して消え去っていく。

 

 

「ジャアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「!!」

 

 

しかし油断はできない。

エビルダイバーで吹き飛ばした王蛇は、使役モンスターであるベノスネーカーを従えて戻ってきた。

巨大なコブラのモンスターであるベノスネーカーは口から溶解液を発射してライアを狙う。

 

 

「ッ!」

 

 

構えるライア。すると周りの時間が全て停止していた。

感じるのは手を握られた感触。いつの間にかほむらがライアの手を握り締めていた。

要するにニコを殺した事で、盾を縛っていた鎖が消えたのだ。

だからまた時間を止めることができた。

 

 

「どうして……?」

 

「?」

 

 

ほむらは唇を噛む。

時間が止まった世界では、二人だけが生きている。

 

 

「どうして貴方は、私の為にそこまでするの?」

 

 

ライアは自分の為に人を殺した。

占い師ならばその重さが分からない訳では無い筈だ。神那ニコの未来を、人生を奪ったのだ。

転生があるからだとか、襲われていたからなどと、言い訳はできない。

仮に再構築できなかった場合の事も有り得たのだから。

 

 

「ハッキリ言うわ。私は貴方に何の感情も持っていないのよ?」

 

 

助けたから好意を持つ等と思わないで。

パートナーだからと言う親近感を抱かないで。世界に狙われる自分に同情なんかしないで。

ほむらは少し睨む様にしてライアに言い放った。

これは貴重な砂を使ってでも言わなければならない事だった。

 

 

「それに……、私は多分貴方が思っている様な人間じゃないわ」

 

 

汚くて、卑怯で、醜い生き物。

狙われるべくして狙われていると言ってもいいかもしれない。

どちらかと言えば被害者はニコ達の方であると、ほむら自身思ってしまうからだ。

 

 

「私には、守れられる価値なんて無いのよ」

 

 

感謝しているけど、だからと言って人を殺すまでしなくてもいい。

ほむらは説得する様にライアへ言った。

 

 

「貴方はきっと、こんな事をするべき人間じゃない」

 

「………」

 

「それに、私が貴方達の前から姿を消した理由は手紙にあった事ではないわ」

 

 

ほむらは杏子やルカに迷惑を掛けたくないからと手紙には書いた。

だが本当は違う理由があった。それは簡単、ほむらは結局最後までルカはおろか、杏子でさえ信用する事ができなかったのだ。

 

 

「怖かったのよ、彼女達と一緒にいるのが」

 

 

そして――

 

 

「貴方もね」

 

「………」

 

 

誰もが皆、願いを叶えられるという餌に食いつく筈だ。

そしてそれに加えて世界を終わらせる力を持つほむら。

そんな悪を誰が守ると言うのだろう? 誰が味方してくれるというのだろう?

 

 

「私は誰も信用できない。佐倉杏子も、双樹ルカも、芝浦淳も、貴方も」

 

「そうか」

 

「幻滅したでしょう? だから戻ってほしい」

 

「アンタだって勘違いしている。俺も綺麗な人間じゃない」

 

「え……?」

 

「正直に言うが。俺だってお前の事は何とも思っていないのかもしれない」

 

「それは、どういう――?」

 

 

手塚は生きる道しるべを失ってしまった過去がある。

何のために生きていたのか? 自分がしてきた事はなんだったのか?

それが虚しく感じてしまった時、手塚は生きる希望を失った。

そして意味も無く生きる日々が少し続いた時、やっと自分が何をする為に生きてきたのかを知る事ととなる。

 

 

「それが、俺がお前のパートナーとして選ばれた時だったんだ」

 

「……!」

 

 

世界を殺す少女を守れ。それが与えられたルールであり希望だった。

生きる事の理由を求めた時、手塚は真っ先に口に出来る答えを見つけられた。

何もできなかった自分が、今度こそ何かを成しえられるかもしれないと言う期待があった。

 

 

「俺はお前を守る自分を知りたかったんだ」

 

 

自己防衛の為にほむらを守ると決めた。ほむらを守る役割がある事が救いだった。

だからこそ手塚はほむらを守るのだ。ほむらの為ではなく、自分の心の傷を癒す為に。

 

 

「だからお前は気にする必要なんて無い。むしろ拒絶される方が俺にとっては不幸だ」

 

「………」

 

「お前は生きたいんだろう? だったら、俺はお前が望む結末を示す道具だ」

 

 

邪魔なら切ってくれればいい。利用するだけ利用した後に殺せば良い。

死にたくないならば自分を盾にしてくれればいい。

ライアは自己犠牲すらソコへ織り交ぜた。

つまり依存心。

 

 

「これが俺だ。お前を守る俺自身に希望を重ねているんだ」

 

 

それが手塚の役割、生きてきた意味なのだから。

大切なものを守れなかった過去の自分に対する復讐とリベンジ。

 

 

「俺の心には偽りも後悔もない。お前を守りたいと心から願った。だから俺は守るんだ」

 

 

それでいいだろう?

ライアの言葉に、ほむらは小さくため息を漏らす。

 

 

「それでいいの? 最悪の生き方ね。損だわ、本当に損」

 

「お前もだろう? それに、その方が俺たちには丁度良いと思うが」

 

 

ほむらは確かに笑った。

そんな彼女を見て、ライアは改めて誓いを立てる。

絆が無いからこそ生み出せる絆がある。それは儚い幻想の上に成り立つ関係かもしれない。

だが、だからこそ強靭な絆にも変われる。

 

 

「どうか、俺を信じてくれないか? お前のパートナーとして」

 

「………」

 

 

ほむらは、ライアに笑みを向けた。

ほむらのために人を殺したライア、しかしライアはそれが己のためだと言う。

悲しく、愚かな生き方だと思った。だからこそ信頼を見出した。

どこか自分に似ているから。

 

 

「いいわ。だけど、私と堕ちてくれるかしら?」

 

 

ほむらは動きを止めた王蛇を見て不適に笑った。

同じく仮面の奥でニヤリと笑みを浮かべるライア。

もとより、そのつもりである。

 

 

「ああ、俺はお前を守る騎士だ。どこまででも着いて行こう」

 

 

頷くほむら。時間を元に戻す。

 

 

「!」

 

 

王蛇の視界にいきなり現れたのはライアの拳だった。

時間停止からの攻撃、流石の王蛇も避けられる訳が無い。

顔面に大きな衝撃を受けてよろけた。そこで再び時間を止める。

 

 

「グぅゥウッッ!!」

 

 

電流を纏ったライアの拳が王蛇の背中を捉える。

振り返りながら剣を振るう王蛇だが、当然そこには誰もいない。

ほむらは最低限の砂の消費で時間停止を多用していく。

 

ライアの鞭が王蛇を叩いた。

電流を纏った激しい鞭の連撃に、ダメージが蓄積されていく。

そしてライアの背後には、スナイパーライフルを構えたほむらが闇に溶け込んでいた。

王蛇の足を狙い、防御しようとした所を撃ちぬく。

アシストは確実に王蛇を妨害して、ライアの攻撃をスムーズに命中させていくのだ。

 

 

「イライラッッさせるなァァアアアア゛ァッッ!!」『ファイナルベント』

 

 

王蛇は咆哮を上げて跳び上がった。

背後の出現するベノスネーカーの毒液を纏いながら繰り出す連続キック、ベノクラッシュをライアに向けて放つ。

 

少なくとも鞭では止められない。

ライアは容赦なく襲い掛かる連撃をその身に次々と受けていき、最後に粉々に砕けた。

 

 

『トリックベント』

 

「ぁぁアアアッ!?」

 

 

ライアの体が弾け飛んだ後、残ったのはジョーカーのカードだけだった。

囮を作り出すトリックベントにまんまと引っ掛かってしまった訳だ。

うろたえる王蛇。そこを狙うのはほむらのロケットランチャー。

 

 

「ウガアァアアァアアアアァアッッ!!」

 

 

弾丸は直撃。

王蛇は爆発に飲まれて吹き飛んでいく。それを見てライアは金色のカードをバイザーへセットした。

続けてほむらもユニオンの魔法でライアの力を発動。複合ファイナルベントの合図である。

 

 

「行くぞ、暁美!!」

 

「ええ、手塚!!」

 

 

エビルダイバーに飛び乗る二人。

ほむらはマシンガンを構えて容赦なく銃弾を倒れた王蛇へ撃ち浴びせていく。

 

 

「ガッ!! ズアアアアアアアアアアア!!」

 

 

火花を散らす王蛇の体。しかし痛みを無視して立ち上がると、王蛇は腕を伸ばした。

それを見てほむらは時間を停止させる。エビルダイバーは猛スピードで王蛇の背後に回ると、そこで時間を元に戻す。

エビルダイバーの加速力は凄まじく、一秒に満たない時間で最高速に達する事ができた。

前方にいた筈のエビルダイバーが背後からぶつかってくる。王蛇は混乱し、それだけ隙が生まれる。

 

 

「グゥウウ!」

 

 

ライアの操縦でエビルダイバーは急旋回。

右から迫るのを確認して、王蛇は立ち上がるが、次の瞬間左から攻撃を受けていた。

吹き飛ぶ王蛇。そこでほむらが時間を停止させ、王蛇の体に爆弾を設置していく。

 

時間が元に戻った。

起爆。大爆発が巻き起こり、王蛇の悲鳴が爆炎に重なる。

時間停止と不意打ちを連続で繰り返す複合ファイナルベント、パーフェクトライアー。

 

 

「あぁあぁぁぁぁあぁ……ッッ」

 

 

爆弾をデッキにセットしていたからか、デッキが粉々になったようだ。

浅倉は変身が解除されて転がっていく。仰向けになって止まったとき、浅倉の目に二つの銃口が見えた。

暁美ほむらとライア、二人は銃の引き金を同時に引いた。

 

 

「―――」

 

 

浅倉は思う。

火薬の臭い、そして自分の血の匂いが凄まじく心地良い。

 

気がつけば黒い手は血に染まって赤い手になっていた。

そうだ、そうだった。どうして簡単な事に気づかなかったのだろう?

初めからこうしていれば良かったんだ。初めからコレを選んでいれば苦しまずに済んだんだ。

自分が死ねば、臭くなくなるじゃないか――……

 

 

「………」

 

 

ほむらは眉間を、ライアは心臓を撃ち抜いて浅倉の命を断った。

粒子化して消え去る浅倉。ほむら達は夜の静寂を楽しむ様に、沈黙を保つ。

やがて変身を解除する手塚。微笑み、言葉を放った。

 

 

「戻ろう。双樹が待っていてくれる筈だ」

 

「……ええ」

 

 

信じてみよう。

ほむらは手塚に誘われるままにマンションへ戻っていく。

エビルダイバーに乗って窓から部屋に戻ると、言った通りリビングではルカが暖かい飲み物を用意して二人の帰りを待っていた。

 

 

「おかえりなさい」

 

「え、ええ。その、なんて言えばいいのか」

 

「構いませんよ」

 

 

ルカはほむらの肩を叩くと、優しく微笑んだ。

 

 

「いいパートナーですね、彼」

 

「………」

 

 

ベッドへ戻ったルカとほむら。

電気を消して横になった時に、ルカがふいにそんな事を言ってきた。

いいと言うのは、ほむらにとっては都合のいいと言う意味である。

 

 

「そうね」

 

 

ルカは笑うだけで後は何も言わない。

隣では何も知らない杏子の寝息だけが聞こえてきた。

 

 

 

【浅倉威・死亡】【神那ニコ・死亡】【のこり14人・8組】

 

 

 

 

 

 







Vバックルほすぃ(´・ω・)

ツイッターで見かけたんですけど、手塚って原作じゃ貴重な協力派だったから誤魔化されたけども、蓮視点だと謎の占い師がいきなり迫ってきて気づけば居候先にまでやって来て、さらに気づけば同居するって言うまあまあヤバイ奴ってのを見て、確かになって……。


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FOOLS,GAME LIAR・HEARTS(後編)

この番外編に出てくるライアのタイムベントは、止めた時間の中を動くことはできません。ほむらが時間を止めたら、触れない限りは、ライアも動けません。

あと、ちょっと修正しました。
というのも、ソウルジェムが肉体から離れたときの活動可能距離みたいなのが、若干あやふやだったんで、原作の100メートル前後にしました。

かずみだと、抜かれた時点でアウトっぽかったんですけど、あれは魔法の影響もあったのかなって。
まあそこらへんはすいません、ちょっとフワフワしてるかもしれやせん(´・ω・)


 

 

 

【四日目】【世界崩壊まで残り96時間】【残り参加者14人】

 

 

 

 

 

朝、芝浦の家に向かって歩く者達がいた。

 

 

「もう一刻の猶予もありません。ここで決着をつけましょう」

 

 

これ以上、暁美ほむらに生き延びられていては世界にとって、自分達にとって邪魔でしかない。

他の誰かが仕留めてくれる事を少し期待したが、どうやら自分達が動かなければならない時がやってきたと言う事なのか。

そう思い、白い魔法少女・美国織莉子はため息をつく。

 

 

「ったく、糞面倒なルールつくりやがって」

 

 

高見沢逸郎は気だるげに鼻を鳴らす。

ゲームなんてどうでもいい。だが世界が滅ぶのは困る。

これまで自分が積み上げてきた地位が全て無くなるかもしれないのだ。

そう思えば彼もまた、暁美ほむらを殺す事をスムーズに受け入れた。

 

部下に暁美ほむらを見かけたら連絡を取れと告げた結果、たまたま芝浦と同じマンションに住んでいる部下から連絡があった。

 

結果、暁美ほむらを殺す事を目的としたメンバーが一堂に会してして決着をつけようと動いたのだ。高見沢、織莉子、そして霧島美穂。

 

 

「………」

 

 

美穂は複雑そうな表情で、携帯の画面を見つめていた。

なにやらメッセージのやり取りをしていたようだ。

相手は誰なのか? 書いてある文字は彼女を止めようとする文字ばかり。

早まるな。他に方法がある筈。彼女を殺しても――、などなど。

 

 

「霧島、そんな物はもう捨てろ。邪魔なだけだ」

 

 

そう言うのは、黒いコートを身に纏った男、秋山蓮。

隣にはパートナーである、『かずみ』と言う少女がいた。

 

 

「そう――、だね」

 

 

美穂は少し躊躇を見せたが、携帯を道に放り投げる。

それは覚悟の証だ。暁美ほむらを殺す絶対の意思。

 

 

「暁美ほむらを逃がさない為、芝浦のマンションを囲む様に魔法結界を構築します。かずみさん、手伝ってください」

 

「ん、了解」

 

 

織莉子とかずみは、魔力を解放してほむらを逃がさぬシェルターを構築する。

言わば白と黒の檻だ。二人分の魔力を込めた結界は、そう簡単に壊す事はできないだろう。

 

 

「行くか」

 

「ああ」

 

「ええ」

 

 

デッキを突き出す三人。

指を鳴らす高見沢。肘を曲げて斜めに突き出す蓮。翼を広げる様な構えの美穂。

 

 

「変身」「変身――!」「変身!」

 

 

ベルデ、ナイト、ファム。

三人の騎士と二人の魔法少女は、芝浦の部屋を目指して一気に駆け出した。

そしてその隠す気も無い魔力を受けて芝浦達も事態を確認する。

閉じ込めてから殺す。魔力に大きな負担は掛かるだろうが、作戦としては一番ベストな物だろう。

 

 

「ま、勝つのはおれ達だけどね」

 

「厄介だな、何とか結界を破壊できればいいが……」

 

 

デッキを突き出す芝浦と手塚。

敵がまとめて攻めてくるのは予想できたが、まさかドーム状の結界で覆ってくるとは思わなかった。巨大な結界を形成できるという事は、それだけ織莉子とかずみの魔力が強いということだ。

 

 

「変身っ!!」「変身!」

 

 

ガイとライア。

そして隣には変身を済ませた三人の魔法少女が立つ。

 

 

「5対5、丁度良いじゃん」

 

 

バルコニー。杏子はポッキーを咥えて向かってくる敵を見た。

最初に向かってきたのは織莉子だ。無数に空中を浮遊する円形状の宝石・オラクルを次々にほむら達めがけて発射する。

容赦なく割れていく窓ガラス。

 

 

「派手にやってくれるね。ま、どうせ世界が終了するんだから住処なんてどうでもいいけど」

 

 

それぞれは武器でオラクルを弾き返すとマンションから飛び降りつつ攻撃を行う。

ルカは巨大な氷柱を次々に発射し、杏子は槍を、ほむらは銃を発射していく。

すると織莉子の目が金色に変わり、変則的に襲いかかる攻撃の群れを簡単にかわして見せた。

まるで最初から避けるルートが決まっていたかの様に。

 

 

「ハッ!」

 

「チッ!」

 

 

白い翼を広げて向かってきたのはファム。

サーベルの一撃は、しっかりとルカが剣を抜いて受け止めてみせる。

しかしすぐに巨大な黒い蝙蝠が見えた。どナイトが使役したモンスター、ダークウイングだ。

素早い動きでルカを抜けると、後ろにいたほむらを狙う。

 

 

「………」

 

 

だがどれだけ素早かろうが、ほむらの時間停止の前には無力と言うもの。

ほむらはルカに触れると、共に後退。さらにナイトやファムに向けて銃弾を発射しておく。

そしてすぐに時間の流れを元に戻す。次々に火花を上げてのけぞっていくナイト達。

 

 

「オラァッ!!」

 

 

動きが鈍ったところへ追撃だ。

杏子は渾身のストレートでナイトを吹き飛ばすと、そのまま背後にいたかずみへ切りかかって行った。

同じくしてライアがナイトに向かい、ルカは剣を構えてファムに切りかかって行く。

 

双方の動きを観察するのはベルデとガイ。

ほむらと織莉子は牽制の弾丸をフィールドへばら撒いていた。

 

 

「世界を崩壊させる敵を野放しにしておくなんて、お前ら気でも狂ってるのか?」

 

 

ナイトはライアに剣を振るいながら語りかけた。

 

 

「まあどっちでもいい、いずれにせよ邪魔をするならば殺すだけだ!」

 

 

ナイトの言葉には、強い覚悟の様な物が感じられた。

 

 

「悪く思うな、これは運命だ」

 

「運命か。面白い、それはコッチの台詞だ」

 

 

ライアはナイトをほむらから遠ざけようと奮闘するが、次々に迫る剣を前にして気づけば防御の回数が増えていた。

しかし意地がある。そうだ、もう迷わないと、ライアは目の前にいるナイトを睨みつけた。

 

ナイトにどんな事情があるのかは知らない。

やはり彼もまた世界を守ろうとする為に必死になのだろう。

ナイトは言った、ほむらは敵だと。それはそうだろう、大切な存在がこの世界にいるのならば次の世界に賭けるなど不要な事だ。

 

 

「ウオオオオオオッッ!!」

 

「ッ!」

 

 

しかし、ライアはほむらを守る騎士なのだ。他人に同情する事はできない。

ライアはナイトの剣を肩で受けた。痛みはある――、が、騎士の防御力ならば一撃くらいは問題ない。

そこで強引に拳を伸ばせば、ナイトに一撃を与えることは可能だった。

 

既にカードは発動してある。

拳を介して電流を流し込み、ナイトの動きを鈍らせた。

そこへ振り入れる蹴り、拳の連打。

 

 

「………」

 

 

ふとライアが周りを見れば、ソコは激しい戦いの場。

皆それぞれの想いを胸に、目の前にいる邪魔者を排除しようと死に物狂いで戦っている。

彼らは何を望むのか、何を願うのか?

 

 

「グッ!」

 

 

その時、ライアの背中に衝撃が走る。

見れば織莉子が放つオラクルが命中していた。

必死にほむらが打ち落としてくれているが、数個は当たってしまうだろう。

今度はライアの動きが鈍った所にナイトの攻撃が飛んでくる。

 

 

「手塚! 大丈夫か!!」

 

 

しかしそこで飛び込んでくるのは杏子だ。

滑り込みでライアの前に来ると、槍で剣を受け止めてくれた。

 

 

「邪魔をするな!」

 

「そりゃムリってハナシ!!」

 

 

杏子は槍を展開させて多節棍に変えると、巧みに操りナイトを縛り上げる。

気づけば一同はマンション近くの河原にやってきていた。

縛ったナイトに掴みかかった杏子は、そのまま二人まとめて土手を転がり落ちていく。

 

そこでライアは気づいた。

空中にかずみの姿がある。十字架を杏子に向けると、武器の先端に光を集中させていた。

 

 

「まずい! 逃げろ佐倉!」

 

「お、おう!」

 

 

ナイトを蹴り飛ばして立ち上がった杏子。

すぐに走るが、むしろナイトが近くにいなくなったので狙いやすくなる。

かずみは必殺技を発動。光のレーザーが杏子に向かっていく。

 

 

「チィイ!」

 

 

滑り込むライア。

今度は逆に盾で杏子を守る。

だがバイザーの防御力では高威力のレーザーは防ぎきれない。時間稼ぎが関の山だ

なのだが、何故かレーザーは粉々に消滅した。まるでガラスが砕けるように。

 

 

「あ、あれ!?」

 

 

どうして攻撃が中断されたのか。

それは撃った本人であるかずみにも分からない様だ。

地面に降り立ち、十字架に異変が無いかを確認している。

 

 

「どうし――、きゃあ!!」

 

 

悲鳴が聞こえた。咆哮も重なった。

かずみの背後から飛び出してきたのはサイのモンスター、メタルゲラス。

全速力の突進。その衝撃でかずみの体は大きく吹き飛んでいく。

 

 

「あっまいんだよなぁ」

 

 

チッチッチと人差し指を振るのはガイだった。

かずみの必殺技を中断させたのはガイが持っているカード、コンファインベントの力である。

 

 

「甘いのは――」

 

「!」

 

「お前らだ」『ナスティベント』

 

 

多節棍を切り裂いたナイト。

上空を再び疾走するダークウイングは、超音波による範囲攻撃を開始する。

脳が割れそうになるほどの不快感に、ガイ達の悲鳴が聞こえた。

さらにこの攻撃は、ナイトが指定した者には効かないらしい。織莉子たちが涼しい顔をしている中で、ライア達の動きが鈍る。

 

 

「ウォオオオオ!!」

 

「!」

 

 

だがその中で、杏子はしっかりと槍を投げ、ダークウイングを撃ち落す。

 

 

「なに!?」

 

 

さらに猛ダッシュでナイトに距離を詰めると、直接槍で切りかかっていった。

 

 

「何故あの攻撃が――!」

 

 

超音波による攻撃は騎士の特殊な力の恩恵を受けている。

いくら魔法少女がソウルジェムによる感覚調整を行っていたとしても無駄だというのに。

 

 

「何をした!」

 

「はぁ!? んなモン決まってるだろ! 我慢だよ!!」

 

 

杏子の強引な槍の一撃がナイトの剣を弾き、胴体に突きの一撃を食らわせる。

赤い閃光にもまれ、吹き飛ぶナイト。

まさかの根性論。一瞬だけ、脳内に知り合いの顔が浮かぶ。

 

 

「手塚! アタシはいいからアイツの所に行ってやれ!!」

 

「ッ、分かった!」

 

 

アイツとは当然ほむらの事である。

ライアが確認すると、ルカがほむらを守る様に立ってファムと戦っている。

そちらの方に向かおうと足を進めるが――

 

 

「ま、待って! ちょっと皆! 攻撃やめて!!」

 

 

そこで戦いの音を切り裂く一つの声が。

視線を移すライア達。聞こえたのは、かずみの声だった。

かずみは静まり返ったフィールドの中で、ほむらだけを見ていた。

 

 

「暁美さん。これはッ、わたし達の勝手なお願いだって分かってる!」

 

 

かずみは涙を浮かべて、ほむらへ頭を下げた。

こんなお願いは酷いとは分かっているが、コレしかないのだから仕方ない。

 

 

「お願い! わたし達っ、この世界で生きたいの!!」

 

 

かずみには。かずみのパートナーの蓮には叶えたい願いがあった。

ただひたすらに想い続けてきた願いがある。

蓮の恋人である恵里と言う女性は、過去の事故から意識不明の日々が続いていた。

もう目覚める事は無いと言われていた彼女だが、何と奇跡は起こり先日目が覚めたと言うのだ。

見滝原から出られない為に、蓮は病院にいく事ができなかったが今は健康に問題はないと言う。

 

 

「次の世界じゃ目覚めないかもしれない!」

 

 

かずみの声が震えていた。表情は真剣だった。泣いていた。

 

 

「お願い……! 暁美さん」

 

 

身勝手だ、十分承知している。

だからあえてストレートにほむらへ懇願する。

 

 

「犠牲に……、なってほしいの!」

 

「ッ!」

 

 

静寂が辺りを包む。

金色の瞳のまま、織莉子は刺す様な目でライア達を見ていた。

 

ほむらは思わず喉を鳴らしてしまう。

分かっていた事とは言え、改めて間近で言われる事になるとは。

ある種それは命乞いだ。しかしどれだけ言葉を並べられても、かずみ達に譲れぬ物がある様に、ほむらにも生きなければならない理由があった。

 

 

「そのお願いは、聞けないわ」

 

「ッ」

 

「私は、生き残る」

 

 

だからハッキリと告げた。

かずみは落胆したような、けれども少し安心したような表情を浮かべていた。

 

 

「どうしても、駄目なのですね」

 

「ええ」

 

 

一方で織莉子も確認するように問い掛けた。

だが、どれだけ頼まれても駄目な物は駄目だ。それは世界を天秤に掛けたとしても。

一重にそれは死にたくないと言う当たり前の願い。ココで終わりたくないと言う純粋な願いなのだから。

 

 

「残念です」

 

「………」

 

 

何か引っ掛かる物を感じて、ガイは周りを確認する。

そう言えば、いつの間にかベルデの姿が消えているじゃないか。

モチーフは見た目から察するにカメレオン。と言う事は――!

 

 

「おい! ルカ!!」

 

「!」

 

 

気づいた時にはもう遅かった。

かずみが話をしている間に、ベルデは透明になるクリアーベントを発動していたのだ。

そして息を潜めて確実にほむらに近づいていた。

 

 

『ファイナルベント』

 

「え」

 

 

周りには誰もいなかった筈なのに、ほむらの体がいきなり宙に舞い上がる。

どういう事なのか。混乱していると、同時に笑い声が聞こえる。

 

 

「ガキが! テメェは終わりだ!!」

 

 

脚をつかまれている感触。そして歪む空間。

何も無いはずの場所からベルデが現れた。

相手を掴み、勢いをつけて地面に叩きつける投げ技、それがベルデのファイナルベント、デスバニッシュである。

 

 

(しまった!!)

 

 

このままだと脳天から地面に落ちることになる。

 

 

「――甘いッ!」

 

「何っ!」

 

 

しかしガイの声でいち早く事態に気づいたルカは、固有魔法である氷魔法を発動。

ほむらの体から氷柱を生やし、掴んでいたベルデを押し弾く。

氷の棘に打ち出されたベルデはそのまま地面に墜落。ほむらも、腕を広げたライアに抱きとめられる。

 

 

「大丈夫か暁美!」

 

「え、ええ。なんとか」

 

 

それを確認して、ルカも安心した様に表情を緩める。

しかし途端にほむらの表情が変わった。

 

 

「危ない!」

 

「え……ッ!」

 

 

振り替えるルカ。そこには――

 

 

「うぐッ!!」

 

「残念ね、余所見はいけないわ」

 

 

ファムはレイピア状のバイザーをルカの背後から突き刺した。

思い切り力を込めていたのだろう。バイザーはルカの体を貫通しており、さらに狙いは正確でソウルジェムまでをも破壊する一撃だった。

 

 

「あ……! う――っ」

 

「ごめんなさい、あの世で幸せになってね」

 

 

ルカの目から光が消える。

ソウルジェムの破壊は魔法少女の死であると同じ。

つまりルカの死亡が確定された瞬間であった。

それを見て杏子の表情が鬼気迫る物へ変わる。

 

 

「テメェら! 卑怯だぞ!!」

 

 

杏子は襲い掛かるオラクルを打ち返しながら織莉子達に向かっていく。

 

 

「泣き落としで不意打ちかよ!」

 

 

その言葉を聞くと、複雑そうにかずみは表情を歪めた。

どうやらかずみは知らなかったようだ。もちろんかずみ以外は知っていたが。

 

 

「どんな手を使ってでも世界の平和を守るのが私達の使命なのです!」

 

 

汚い手だと言われても結構。全てはこの世界を守る為だ。

織莉子はオラクルを無数に発射して、杏子達を攻撃する。

杏子も持ち前の戦闘センスでオラクルを弾いていくのだが、逆に杏子の攻撃も一撃とて織莉子に命中する事は無かった。

それを見てライア達は言葉を失う。

 

 

「ふーん、あれがそうなんだ」

 

「ああ」

 

 

ライアとガイが素早く会話を交わす。

実はライアは既に織莉子の固有魔法が何なのかを知っていたのだ。

何故? それはニコを殺した時だった。携帯を動かし、それがプレゼントだと言っていた。

 

ルカの家に戻った手塚は、自身の携帯にメッセージが送られているのを確認した。

それはニコが自分の魔法でつくったアプリ、レジーナアイから送られたものだ。

ニコは手塚のメールアドレスを知らずとも、自分が思った言葉を文字として携帯に送信できる。

 

そこに書いてあったのは――

 

 

 

 

ね、これが私を殺してくれたお礼のプレゼント。

 

美国織莉子って白い奴には気をつけろ。アイツは未来を知れる魔法を持ってる。

だから普通に攻撃しても無理。何かしても多分駄目。ありゃ、暁美んと並ぶチートだもん。

 

もしもアイツが真正面から向かってくる様な事があったら、ソレは遠まわしな勝利宣言だと思って良い。織莉子は結果を知っている。未来予知でな。

 

織莉子は良い奴だ。

かわいいし、綺麗だし、胸もデカいときたもんだ。

少しだけしか会話はした事無いけど、彼女は世界を救おうと日々考えてらっしゃる。

 

な、ここまででも暁美のカスとはレベルが違うだろ。

 

織莉子にとって暁美ほむらは邪魔以外の何者でもないわな。

私も邪魔だと思うもん。

 

まあでも私は多分もう死んでるんだろう? 死んでるよな?

だからもう世界がどうなろうと知った事じゃない。

ってな訳でアイツの攻略法を教えてやる。これで次の世界で私をちゃんと蘇らせろよ?

 

さて長くなったな。てっとり早く言うと――

 

 

「………」

 

 

ガイもその攻略法を聞いていた。そして現在、状況をゆっくりと観察する。

地面に倒れるルカ。血を振り払うファム。ベルデは相変わらず透明になってほむらを狙っているし、ナイトとかずみはゴリ押し。

 

肝心の織莉子は勝利を確信した様に笑っている。

そう、今も視ているのだろう。暁美ほむらがココで死ぬ未来を。

 

 

「あーあ、なんか萎えちゃったなー。敵がチートプレイとかクソゲーじゃん」

 

「は?」

 

「このままなら負ける」

 

 

ガイはその事実が不満だと舌打ちを漏らす。

しかし相手は未来を確認できる力を持っている。

おまけに身体能力が味方をしているのだろう。杏子の攻撃を全て回避する辺りに力を感じる。

ハッキリ言ってしまえば自分達は少しずつ押され、最終的には敗北する筈だ。

 

 

「飽きちゃったなぁ。何かムカツク、切断してやる」

 

「何を言って――」

 

 

ガイは背後を指差す。

釣られて視線を移すライア、するとそこにはメタルゲラスが召喚されて猛スピードで走り去っていく所だった。

 

 

「おれが未来を変えてやる」

 

「!!」

 

 

その時、織莉子の表情が変わる。

そして意味を誰よりも早く理解したのはライアだった。

 

 

「お前、まさかッ」

 

「さっさと行けよ。おれの気が変わらない内にさ」

 

 

ガイは大きく息を吸い込んで直後叫ぶ。

 

 

「ルカ! あやせ! もう飽きた、終わらせるぞ!!」

 

 

すると、あれだけ小競り合いをしていた状況が一気に変動を告げた。

最初に苦痛の声を上げたのは――

 

 

「な、なん……、で――ッッ!」

 

 

ファムはルカを貫いた。

そして、次はファムがルカに貫かれる番だった。

ソウルジェムを破壊されて倒れていたルカがいきなり起き上がると、ファムにサーベルを突き出したのだ。

 

すっかり死んだものだと思い込み、背中を向けていたファム。

全力を込めた突きは背中を貫通する。

 

 

「ごふ――ッ」

 

「ご・め・ん・ね♪」

 

 

ファムは見る。ルカがしっかりと立ち、しっかりと言葉を放っているのを。

それは死んだ者にはできない、生きている者のみに許された行為だ。

何故? どうして? ファムは混乱しながら血を吐き出し、地面に倒れる。

 

 

「わたし、双樹あやせ。ルカは私の妹なんだ☆」

 

 

双樹の体には二人の人間が住んでいる。

双樹ルカ、そして双樹あやせ。二人で一人の魔法少女だったのだ。

それぞれに願いを叶え、どちらかが死んでもどちらかが生きていれば蘇生が許される。

すぐにあやせはルカを蘇生させて、二人の魔力を一つに合わせた。

 

 

「こ、この力は――ッッ!!」

 

 

織莉子は双樹の新しい姿を見て青ざめる。

まさかこんな力を持っていた化け物が存在していたとは。

二人の双樹は一人となり覚醒。ポニーテールはツインテールに、ドレスの色は左右非対称に。そしてサーベルは二刀流に。

 

あやせとルカで、『アルカ』と名乗った彼女は圧倒的な魔力を放出させていた。

それもその筈だ、通常の魔法少女が持っている魔力を彼女はもう一つ持っているのだ。

 

つまり純粋に考えれば力は倍となる。

人見知り故に今まで引っ込んでいたあやせだが、芝浦の声を聞いてこの世界に来たと言う事だ。

 

 

「淳くん! どうするの?」

 

「終わらせる。おれ、もう飽きたからいいや」

 

「うん! 分かったよ淳くん!」

 

 

あやせは引っ込んでいたものの、ルカを通して今までの事は全て知っている。

アルカはほむらにウインクを行うと、協力の意思を示した。

その間に素早く作戦を告げるガイ。あまりに淡々と口にするが、それは簡単な話しじゃない。

 

 

「お前、本当にいいのか?」

 

「いいよ別に。何かこのまま負けるって考えたらどうでもよくなったし。切断して強制終了でバグらせてやる」

 

 

「しかし、彼女はどうなんだ?」

 

 

ライアはアルカを見た。彼女はニコニコと笑って楽しそうだ。

楽しそうだったが、転がっているファムに手をかざすと、アルカの目がゾッとする程冷たくなった。

 

この時、ライアは世界の現実を知った気がする。

この今の現状、ガイ達が仲間になる今も、自分がココに居る今も。

全ては狂った歯車の上になりたった世界だからこそ有り得た事なのだと。

 

 

「あーあ……。こんな事なら…アイツの言う事聞いていれば――……な」

 

 

ファムも同じような事を感じたのかもしれない。

広がった空を見て、ニヤリと笑った。

何故ここにいるのか、何故ここで死ぬのか。

 

全ては、最初から――

 

 

「ごめん真――」

 

「消えて♪ 貴様は目障りなんだ」

 

 

炎と氷が合わさったエネルギーが放たれてファムを包み込む。

断末魔をあげる暇さえ与えず、美穂は塵になった。

 

それを見てライアは改めて身に刻み込む。

これは運命なのだ、初めから仕組まれた戯曲であり、そして自分達は否応にも無くその奔流に巻き込まれる。

 

 

「――ッ!」

 

 

ライアはガイに何も言わずに走り出した。

人間など運命の前には悲しい程無力なのかもしれない。

しかしだからこそ人は運命を信じ、時に疑い、否定する。

 

今ココにどうして自分がいるのか。

運命の悪戯と言う言葉があるが、今のライアにとってはソレ等は全て妄言でしかない。

この世にある事、起きる偶然、願った奇跡、それらは全て必然だ。

ほむらと出会い、ガイに背中を向けて走ったことも運命ではなく、全て必然の上に成り立つ現実。

 

 

「暁美ッ! 佐倉!!」

 

 

しかしあえて運命と言う物があるのならば、それは神でさえ予想できぬ道筋を言うのだろう。

それらは全て自分が決める。進むと決めた道を守ってくれる、言い訳の様なシェルターなのだ。

自分の中につくる敵と言う名の掟。

 

 

(そうだ、俺は決めたんだ。守ると!)

 

 

だから、ほむらが死ぬ事が運命ならば死んでも変えてやる。何を犠牲にしても変えてやる。

 

 

「それが俺の、運命ッ!!」

 

 

決まっていたのかもしれない、全て最初から。

ライアはエビルダイバーに飛び乗ると、杏子とほむらを掴んで先ほどメタルゲラスが走っていった場所へ向かう。

当然、ナイト達は動くが、アルカは氷と炎のトンネルを構成してライア達の道を守った。

 

 

「邪魔をするな!!」

 

「嫌だよ、あなたこそ邪魔!!」

 

 

アルカはナイトの剣をしっかりと受け止めると、熱気を放つ。

魔法結界の中にさらに自分の結界を構成し、ライア達を守るバリアを作った。

舌打ちを放つベルデや織莉子。高い魔力でごり押しするのか?

 

 

「クッ! それにしても……ッ!」

 

 

織莉子は先ほどから焦りの表情で周りを確認していく。何故か先ほどから全く未来が見えない。

暁美ほむら達はココで死ぬはずだった。なのにその未来が砂嵐とノイズに消えていくじゃないか!

 

 

「何故……! どうして!!」

 

 

理由は二つある。

一つは実のところ、この場にイレギュラーな存在がいたと言う事だ。

これは今説明するものでもなく、忘れてくれて良いだろう。

 

そしてもう一つが簡単だ。未来が変わろうとしているからである。

ニコは彼女の対処法として一つの提案を手塚にしていた。

それをガイは実行しようとしているのだ。

 

 

「でもいいのぉ? 淳くんはコレで」

 

「いいよ。何か世界の崩壊より、コッチの方が面白そうだ」

 

 

ゾクゾクしてきた。ガイは仮面の下で笑う。

 

 

「お前こそいいのか? 意味分かってんだよな?」

 

「うん☆ だってわたし達は淳くんと一緒ならなんでもいいもーん!」

 

 

楽しそうに笑うアルカ。

魔力を最大に解放して他を圧倒する。あまりにも強力な光りがソウルジェムから漏れる。

膨大なエネルギーの増長、織莉子はそこでやっと彼等が何を狙っているのかを理解した。

 

 

「な、何を考えているんですか!!」

 

 

そんな素振りを二人は見せていない為、織莉子は気づくのに遅れてしまった。

そうだ、未来を変える簡単な方法は確かに存在する。

 

 

それは、人の死だ。

 

 

「お、おいおい!!」

 

 

ベルデは透明になりつつも意味を理解する。

ナイト達もまた理解し、すぐに空へ飛び立った。

 

 

「イカれてる!!」

 

「蓮さん!! もっと早く!!」

 

 

そうだ、死だ。人が死ねば以後その人が他の存在に影響を与えると言う事がなくなる。

人の世界は他者を通して完成していくもの。つまり人との繋がりで構成されていると考えても良い。

故に人が死ねば未来は大きく変わっていく、関わりの積み木が崩れるからだ。

 

 

「ねえ淳くん、わくわくするね。死後の世界ってどんなのなのかな?」

 

「そうそう、早く行こうぜアルカ」

 

 

まるで放課後にどこかへ遊びに行こうと言うノリで話す二人。

そこには一片の恐怖もなく、一片の焦りもない。全て当たり前の様に進んでいく会話。

 

織莉子は認められないと後退していくだけ。

ベルデは必死に二人を止め様としつつも、アルカが発する力の前に吹き飛ばされるだけだった。

 

 

「あ、ありえねぇだろ!!」

 

 

逃げ出すベルデ、透明は無駄だった。何故なら――

 

 

「未来が……! 変わる――ッッ!!」

 

 

織莉子が呟いた。

そしてアルカは自らのソウルジェムに限界を超える魔力を密集させて開放させた。

最後までアルカは笑顔、何も怖がる事は無い。だって芝浦がそうしろと言う。

芝浦がいる、彼が隣で見守っていてくれるから。

どこまでも、彼と一緒なんだもの!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うああああああああッッ!!」

 

 

杏子が叫んだ。凄まじい爆風が背後から襲ってきたのだ。

しかし目の前にはメタルゲラスが全力でぶつかって脆くなった結界がある。

三人は力をそこへ一点集中にしてm無理やりに結界をこじ開ける。

 

そのまま無我夢中でエビルダイバーを飛ばすライア。

杏子達は口をあけて、結界があった方向を見ている。

 

 

「ど、どういう事なんだよ……!」

 

「アイツ等は俺達を逃し、そして織莉子達を倒す為に自爆したんだ」

 

「は!? なッ! なんでさ!?」

 

 

織莉子は回避ルートを探る能力に特化している。さらにベルデは透明になれる。

故に広範囲を焼き尽す技ならば二人を封殺し、一気に勝負を動かす事ができると踏んだのだろう。

 

 

「そ、そうじゃない! 死ぬ必要があるのかって事だよ!!」

 

 

杏子は納得できない。

その作戦は分かるが、だったらば範囲を攻撃する魔法を使えばいいだけじゃないのか。

 

 

「わざわざソウルジェムを膨張させて自爆するなんて方法じゃなくても良かったんじゃないのか!」

 

「未来を変える一番の方法は死だ。誰かが死ねば、未来は変わる」

 

 

織莉子はほむらは死ぬ未来を視ていた。

だから誰かがトリガーになるしか無かったのだろう。

変わった未来が良い物かどうかは知らない。未だほむらが死ぬ運命は変えられていないのかもしれない。

 

それでもガイ達は己の命を犠牲にしてほむらを延命させた。

織莉子と高見沢を道連れにしてだ。ナイト達はどうだろう?

なんとなくだが生き延びた気がする。

 

 

「……ッ」

 

 

杏子は何も言わなかったが、やはりどこか腑に落ちない所があるのだろう。

目線を落とし、拳を握り締めていた。

 

 

「佐倉、お前が言っていた事と同じものがあった筈だ。あの二人にも」

 

「え……?」

 

 

芝浦淳も双樹姉妹も、『生』と言う物に対してそこまでの執着が見られない。

それは何故か? 杏子は言っていたじゃないか、この世界に絶望しているから次に賭けると。

あの二人もそれは同じだ。楽しそうに見えていたとしても、どこか世界に絶望していたんだろう。

 

 

「皮肉だよ、俺達に味方してくれる奴らは皆どこかで絶望していたんじゃないか?」

 

 

世界に希望を視ている者は、ほむら達を敵と言い。

世界を諦めた者は、次に希望を見出す為に味方をすると言う。

 

二分化する中にあるのは希望と絶望。

けれどもソレは人が持ちえた感情が成すものだ。

つまり今の状況は、心ある人間が織り成すからできあがったもの。

 

 

「佐倉杏子。お前がもしこの世界で少しでも生きたいと思うなら、今すぐココを降りてくれ」

 

「………」

 

 

二つの意味だ。

エビルダイバーから降りると言う意味と、もう一つは味方を止めろということ。

しかし杏子は首を振る。そうだ、もう何も無い。取り戻せるかと思っていた絆も無いのだ。

 

皆死んだ。ゆま達もマミ達も。残っているさやかだってきっともう――?

杏子はポッキーを一つ取り出すとそれを咥える。

そのまま首をふって箱を二人に差し出した。

 

 

「くうかい?」

 

 

降りない、それが杏子の答えだった。

杏子だって手塚の言葉の意味は良く分かるし、全て図星だ。

自分がこの世界で生きる意味はあるのか? それが杏子には分からない。

家族、友人、全てを失った自分にできる事を少しでも見出し――、そして死にたい。

 

 

「もらうわ」

 

「!」

 

 

仮面をつけているライアは受け取る事は無いが、ここで動いたのはほむらだった。

杏子からポッキーを一つ受け取ると、涼しい顔でソレをかじって見せる。

それは信頼の証だ。杏子は笑みを浮かべると、ほむらの肩に腕を回す。

 

 

「なに?」

 

「へへ! いや……、別に!」

 

「鬱陶しいからやめて」

 

「いいじゃんちょっとくらい。へへ、へへへ!」

 

 

肩を組んで笑う杏子。ほむらも口では拒絶するが、悪い気はしていないようだ。

手塚も杏子も、ほむらとは悲しい土台で作られた脆い絆でしかない。

しかし今はそれで十分だった。

 

それで良かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

一同はそのまま手塚のアパートにやってくる。どっと疲れた、手塚は椅子に座って俯く。

一方の杏子は近くに公園があるかどうかを問うた。

 

 

「公園? 近くにあるが、どうしてまた?」

 

「ああ、ちょっとね」

 

 

杏子は理由を告げず、出て行ってしまう。

 

 

「?」

 

 

顔を見合わせた手塚とほむら。

何をしに行くのか? 気になった二人は杏子についていく事に。

 

 

「なんだよ、ついて来るのかよ」

 

「ダメ?」

 

「……いや、べつに。ただちょっとケジメをつけたいっていうか何て言うかさ」

 

 

杏子は公園につくと端の方へ向かい、適当に砂や木の枝、草の蔓を集めて何かを作っていった。

何も知らない者が見れば普通に公園で遊んでいる様に映ったかもしれない。

しかし木の枝を重ねた物を見て、手塚達も杏子が何をしようとしているのかを悟った。

 

 

「貴女……」

 

「へへ、馬鹿だろ? でも何となくさ。昔の癖って言うか、何て言うか」

 

 

砂を積み上げ、そこへ立てるのは木の枝で作ったお粗末な十字架だ。

杏子はそれを幾つも作ってみせる。お墓だろう、ゆま達やマミ達の。

 

 

「死体も無いし、アイツ等が死んだ事を知っているのはアタシ達だけさ」

 

 

世間では彼女達は存在しなかった存在として認識される。

墓だってそうだ、いくら端とは言えココは公園である事に変わりない。

誰かがボールを投げたり、ふざけて走っていたら簡単に崩れて消える。

そんな儚い存在、杏子もそれを皮肉っていた。

 

 

「まあ、魔法少女になった時点でアタシらは死んでた」

 

 

今更だけど。杏子は悲しそうに笑って墓を完成させた。

 

 

「もういい。もう帰ろう」

 

 

かける言葉が見つからない。

二人は頷くと、杏子の後をついて公園から立ち去ろうとするが。

 

 

「こんな物、未練が残るだけだよ」

 

「!!」

 

 

つい先ほど聞いた声がして、三人は後ろを振り向いた。

そこにいたのは秋山蓮とかずみだった。かずみは杏子が作った墓を見ると、悲しげな目でそれを踏み潰す。

 

 

「おいッ! 何しやがる!!」

 

「こんなの、虚しいだけだよ」

 

 

墓は死者を供養し、手向ける物。

同時に、残された者を安心させる物でもある。

しかしこの粗末な墓はそのどちらをも満たしていないと言う。

 

もしも失った仲間を供養したいと言うのならば、こんな不安定な場所に墓など作るものか。

遅かれ早かれ壊されて終わっていただろう。だとしても杏子はほむらの味方をして世界を終らせようとしている。

もしもそうなれば死者は蘇る事になる筈だ、ほむらが望めばの話しだが。

 

 

「結局、貴女は自己満足でコレを作ったんでしょう?」

 

「グ……ッ!」

 

「そんなの、悲しいだけだよ」

 

 

かずみの言葉に杏子は何も返さなかった。

 

 

「そんな事を言いに来たのか?」

 

「そんな訳あるか」

 

 

蓮は鼻を鳴らす。ココに来たのは正式な勝負をしにきたと。

明日、見滝原の展望台で決着をつけたいとの事だった。もしも拒めばこの場で戦い、必ずどこまでも追いかけて殺すと告げる。

 

 

「………」

 

 

時間を止めるほむら。

わざわざ自分の前にやってくるとは愚かな話しだ。

ここで蓮とかずみを殺して終わりである。

 

 

「無駄だよ、わたし……、耐性をつくれるから」

 

「っ」

 

 

やはり対策はとってあるらしい。

かずみの魔法は時間停止から逃れる抗体を生み出せるらしく、制した時間の中でほむらに触れる事なく動いていた。

 

どんな仕掛けがあるのかは知らないが、ならば仕方ない。

ほむらは時間停止を解除して目を細めた。

 

 

「一日だけ時間をやる。逃げても俺は必ずお前を殺すぞ」

 

 

蓮の瞳はしっかりとほむらを捉えていた。

蓮には愛する者がいる。過ごした思い出、笑顔、その存在は次に持ち越せるほど軽くは無い。

かずみだってそうだ、守りたい人がこの世界にいる。この世界で生きている。

 

 

「わたしは、貴女を絶対に殺す!!」

 

 

涙を流してかずみはほむらを睨んだ。

本意ではない。だが他に方法が無く、迫るタイムリミットから目を逸らすなどと言う事はできなかった。

 

 

「……私も、死ぬ訳にはいかない」

 

 

散る火花。

そしてほむらを庇う様に立った手塚。

 

 

「コイツは死なせない。悪いが、俺もアンタ等を全力で潰す」

 

「フッ、いいだろう。その方が後腐れ無く済む」

 

 

蓮達は踵を返すと、そのまま三人の前から姿を消した。

 

 

「チッ、なんだよあいつら。せっかく作った墓は一瞬で崩壊ってなもんだ。それにわざわざ面倒な事をしなくてもココで戦えばいいのに」

 

「迷っているのかもしれないな、向こうも」

 

 

秋山蓮と言う男はどうか知らないが、少なくともかずみからは躊躇が見られた。

もしかしたら殺したくないのかもしれない。奇跡が起こる事を願っているのかもしれない。

 

 

「ありえねぇよ、そんな都合のいい話し」

 

 

杏子の言葉はオレンジ色の空に吸い込まれていく。

皆が奇跡を願っている。誰もが幸せになれる未来、誰もが争わず、仲良く手を取り合っていく現実を望んでいる。

 

 

「だけど、奇跡は起きないから奇跡なんだ」

 

 

杏子は諦めていた。

 

 

 

 

【高見沢逸郎・死亡】【美国織莉子・死亡】

 

【芝浦淳・死亡】【双樹ルカ(あやせ)・死亡】【霧島美穂・死亡】

 

【残り9人・5組】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【五日目】【世界崩壊まで残り72時間】【残り参加者9名】

 

 

 

目を開けたほむら。目覚めは悪くない。体を起こすと時間を確認した。

蓮が指定した時間まではまだ少しある。昨日、帰った後に三人は特に会話をするでもなく各々の仕度を済ませて眠りについた。

ほむらはただ一言、蓮達を倒すと決めて。

 

 

「おお。起きたのか」

 

「ええ」

 

 

杏子は先に着替えを済ませていた。

 

 

「アンタも着替えな。ほら、手塚は出てけ」

 

 

杏子は手塚を追い出すと、椅子に座ってポッキーを齧っている。

 

 

「……あの」

 

「ん?」

 

「着替えるのだけど」

 

「知ってるよ。アタシはいいだろ、恥ずかしがるなよ」

 

「………」

 

 

まあ、いいか。

ボタンに手をかけたほむら。

そこで杏子が立ち上がる。

 

 

「おいおい、髪にゴミがついてるよ」

 

「え?」

 

「アンタも仮にせよ女だろ? もっと身だしなみに気をつけなよ」

 

「………」

 

「アタシが取ってやる」

 

 

なにか、こう、こみ上げるものはあったが抑えた。

杏子に任せようではないか。それは無意識な信頼だ。

しかし次に感じたのは、首元に響く衝撃。

 

 

「―――」

 

 

ほむらは揺れる視界の中で、杏子を見た。

複雑そうな表情を浮かべている中、杏子はほむらの背中に手を押し付けると魔法を発動する。

 

 

「な、何を――ッ!」

 

 

菱形が連なった鎖のようなものがほむらを縛り上げる。杏子の結界の一部だ。

 

 

「許せ、アンタは連れて行けない」

 

「どうして――!」

 

 

杏子はほむらのソウルジェムを抜き取って自分の魔力を込める。

一瞬、マミの笑顔が過ぎった。

 

 

(昔はバカにしてたけど、今は付き合ってやるか……)

 

 

炎がほむらのソウルジェムを包む。

けれどもこれは攻撃ではない。織莉子とかずみが巨大なドーム型の魔法結界を構築したように、赤い螺旋をイメージして、その奥へほむらのソウルジェムを送っていく。

 

 

「う――ッ」

 

 

ほむらは意識が遠のくのを感じる。

 

 

永炎(えいえん)の淑女って名前の技だ。かっこいいだろ?」

 

 

個人差はあれど、ソウルジェムは魔法少女の肉体から約100メートル離れると肉体を仮死状態にさせる。

杏子が使ったのは、その距離を縮めることだ。

 

 

「安心しな、あくまでもそう錯覚させているだけだから、体が腐る事はねぇ」

 

 

赤い菱形が生まれる。そこにほむらのソウルジェムを閉じ込めた。

杏子はその菱形を、倒れているほむらの真上に吊るす。

これでほむらの動きを封じつつ、かつ結界の主である杏子が死ねばソウルジェムは自動的に解放されて、ほむらの体に触れるという仕組みだ。

 

 

「天才だなアタシ。震えるぜ」

 

「だから、どうして……?」

 

「どうして? 決まってるだろ?」

 

 

杏子は寂しそうな目でほむらを見る。

 

 

「それだけ本気なのさ。アタシも、アイツも」

 

 

ほむらの意識は薄れていく。

何も言わず、何も抵抗せず、苦悶の表情を続けたまま目を閉じていく。

杏子はほむらが気を失ったのを確認すると、両手を思い切り自分の頬に打ちつけた。

覚悟の証だろうか? そのまま杏子は変身すると、外で待機していた手塚の所へ向かう。

 

 

「行こうぜ、手塚」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイツはどこだ?」

 

「ココには来ない、当然だろ」

 

 

見滝原の展望台。

夕焼けが綺麗に見えると評判の場所であり、デートスポットとしても有名なこの場所。

普段は家族やカップルなどの姿が見えるのだが、今は誰もいない。それはそうだ、ココはかずみの魔法結界にて覆われた隔離地域なのだから。

 

 

「まさか、のこのこと彼女を連れてくると思った訳じゃないだろ?」

 

「そうだな。まあいい、さっさとお前達を殺して探しに行くか」

 

 

蓮は当たり前の様に言い放つ。が、しかし彼の言葉には心が無い様に感じた。

迷いを振り切る為に、迷いから目を背ける。

ずるずると泥沼に嵌っていく様な感覚、分かっているのに分からない。

秋山蓮はそう言った苦しみを抱えていた。

 

 

「来い。殺してやる」

 

 

だから振り切らなければならない。

迷いを殺す為には手塚達を殺さなければならない。

そうすればもう戻れない、それを蓮は望んでいる。ほむらを殺す正当性がもっとほしかった。

世界を守る為にとかじゃない、仕方なく殺さなければならなかった等と言う事でもない。

ただ純粋な覚悟がほしかった。暁美ほむらと言う少女を殺して自分が生きる世界を望んでいるのだから。

 

 

「変身!」

 

 

黒騎士、ナイトへと変身する。構える剣は手塚の心臓を狙っていた。

隣にいたかずみは無言で変身を済ませて、同じく十字架を杏子へ向ける。

今のかずみには無表情、無言ながらの覚悟が見えた。

 

どうやら暁美ほむらを殺す事に振り切ったらしい。

苦しいくせに、悲しいくせに、強がるのは愚かな姿に見えて仕方ない。

もううんざりだった、誰もが早く終らせたい。終らせて楽になりたいんだ。

世界とか未来とかじゃなく純粋にソレは自分達の為に。

 

 

「変身!」

 

「変身」

 

 

ライアに変わる手塚、魔法少女の衣装に変わる杏子。

 

 

「すまないな、迷惑をかける」

 

「へっ! 今更だよ、気にしない気にしない!」

 

 

槍を構えた杏子はニヤリと笑ってライアを見た。

それが本当の彼女の笑顔なのだろうか? ライアには分からないが、ただ今は杏子の存在は自分達にとって希望そのものだ。

悲しい言い方をすれば、最大限利用できる。

 

 

「来るぞ、佐倉!!」

 

「ああ、アンタも気をつけなよ!!」

 

 

その言葉を言い終わる前に杏子はかずみの十字架を受け止めているところだった。

縦から切り、横に払い、突きを繰り出していくかずみの動きにピッタリとついてくる杏子。

その目にはしっかりと反撃のヴィジョンがある。

 

 

「ハッ!!」

 

 

ナイトも剣を振るいライアを狙う。

ライアはあまり真正面からの戦いが得意ではない騎士であるが、今回ばかりは仕方ない。

ライアは敵の武器をコピーできるカードを使ってナイトの剣を持ち出した。

 

 

「何故お前はあの女を守る!」

 

 

しかして剣の腕前はナイトの方が上なのか。

すぐにライアの剣を吹き飛ばして、胴に思い切り斬撃を刻み込む。

火花を上げて後退するライアに、ナイトは容赦ない連撃を浴びせて行った。

当然だ、ライアを殺す為に剣を振るっている。

 

しかし口にするのはライアに対する疑問だった。

殺そうとしている相手に質問しているのは、何と矛盾した考えだろうか。

 

 

「惚れているのか?」

 

 

剣をかろうじて受け止めたライアだが、ナイトは肘撃ちでライアを怯ませて、腕の力を強制的に緩ませる。

やはり、ライアは簡単に剣を離してしまう。ナイトはすぐに一閃を刻みこんだ。

ライアはうつ伏せにて倒れ、ナイトがその背中を踏みつける。

 

 

「さあ……! どうだろうな?」

 

「命が惜しいからか?」

 

 

ほむらを守らなければライアが死ぬ。予想はできる。

 

 

「もちろんソレもあるが、それだけじゃないさ……ッ!」

 

「!?」

 

 

その時、ナイトは背中に衝撃を受けて一瞬動きを止めた。

杏子が隙を見て槍を投げたのだ。ライアは体を起こし、ナイトから離れるとアドベントを発動する。

駆けつけたのはエビルダイバー。追撃の電撃を受けて、ナイトは地面を転がっていく。

 

 

「アイツの目に、俺が映ったからだ」

 

「……ッ、それが答えか」

 

 

ほむらはライアを見た、パートナーとして。

 

 

「それが俺の、運命であり必然だったんだ!」

 

 

今度こそ守ってみせる。もう守れずに終るのは嫌なんだ。

ライアはそう言って拳を握り締めると、走り出す。

それを見てすぐに立ち上がるナイト。剣を添える様にして突き出した。

ライアの勢いを利用したカウンターだろう、しかし――

 

 

「読んでいた!!」

 

「!」

 

 

ライアの喉に突き刺さった刃。

しかし鏡がはじけ飛ぶ様に空間が割れ、剣はトランプのジョーカーのみを突き刺していた。

そして目の前からは水流と電撃を纏って突撃してくるライアが。

トリックベントで囮を作り、生まれた隙を見てファイナルベントを発動させたのだ。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「!!」

 

 

これを食らえば終わり、それはナイトとて分かっていた。

しかしもう遅い。この位置では必ず攻撃は当たる。

 

 

「なっ!!」

 

 

だがそこでナイトの前方にかずみが割り入ってくる。

杏子を退けてナイトに合流したのだろう。ナイトを掴むと、かずみは飛び上がり、軌道から外れていく。

 

 

「ちっくしょ……ッ! 逃がすか!」

 

「ハッ!」『ファイナルベント』

 

 

杏子は悔し紛れに槍を投擲するが、無駄だった。

ナイトはそれを剣で弾くと、自らもファイナルベントを発動。

ダークウイングがライアの背に装備されると、翼を広げて上空へ舞い上がる。

さらに翼がマントに変わり、ナイトを包み込むようにしてドリルとなった。

飛翔斬。それはライアのハイドベノンに直撃して互いを相殺させる。

 

 

「ぐッ!」「チッ!!」

 

 

地面に墜落する二人の騎士。だがその身を超えて二人の魔法少女がぶつかり合う。

杏子は槍を両手に持っており、武器がぶつかり合う音が聞こえてくる。

ライアが顔を上げると、かずみが血を撒き散らしながら後ろへ下がっていくのが見える。

 

 

「ウオオオオオオオ!!」

 

 

杏子は追撃のために槍を振るうが、そこでナイトが素早くカードをバイザーへセットする。

 

 

『トリックベント』

 

 

一瞬だった。地面に膝をついているナイトとは別に、かずみの目の前にナイトが出現した。

分身を作る能力だ。おまけに分身にはちゃんと実体がある。

だからこそ分身ナイトが突き出した剣が、杏子の肩に突き刺さる。

 

 

「ガっッ!!」

 

 

突如現れたナイトに反応できなかった。

杏子は苦痛に顔を歪めるが、すぐに拳を握り締めて目の前にいる分身を殴りつける。

耐久値は無いのか、粉々に砕ける分身。しかし杏子は見た。破片に紛れ、本物のナイトがすぐそこに迫っていたのを。

 

 

「死ね」

 

 

黒い一閃が。

ライアが杏子の名前を叫ぶ。だがもう遅かった。ナイトの剣は杏子の首に入ったのだ。

 

 

「ッ!」

 

 

が、しかし、刃が止まった。

杏子は全ての魔法を防御力に注いでいたのだ。

それほどナイトの力が強くなかったのが幸いだった。

 

 

「チッッ!!」

 

 

ナイトは剣を持つ手に力を込めるが、刃はそれ以上進むことは無かった。

完全に肉に塞き止められている。そうしていると、杏子が刃を掴む。

これは賭けだ。だがそうまでして狙いたいチャンスがある。

 

 

「いまだ! 手塚ァ!」

 

「何ッ!!」

 

 

ライアが杏子の肩を蹴って跳んだ。

そして大きく腕を振るい、バイザーにある刃をナイトの背へ刻み込む。

火花が散った。ナイトが振り返ると、さらに一撃。もう一撃。さらに一撃。

次々と振るわれたバイザー。ナイトは抵抗できない、杏子が腕を掴んできて離さないからだ。

 

 

「ハアァアアッ!!」

 

 

ライアのハイキックがナイトの頭部に直撃し、脳が揺れた。

動きが鈍る。杏子は首に食い込んでいたダークバイザーを抜き、投げ捨てる。

そして槍を、同時にライアはバイザーの刃で思い切りナイトを斬りつける。

 

 

「やめてよ! もういい加減にしてよ!!」

 

 

かずみが涙を流しながらライアを止めようと走る。

しかしライアは止まらない、向かってきたかずみを回し蹴りで吹き飛ばすと、再びナイトを切りつける。

 

かずみの苦しみや悲しみを犠牲としても、ライアはほむらを守らなければならないんだ。

それは苦しい事だ。しかし決めた誓いというものがある。

 

 

「わたし達の世界を壊さないで!! リーミティエステールニ!!」

 

 

このままならば蓮の彼女は意識を取り戻す。

それはかずみの幸せでもある。だがそれは暁美ほむらにとっての幸せではない。

ライアは盾形のバイザーでそれを受け止めると、そのまま力ずくで突き進んでいく。

途中でバイザーが砕けた。光が漏れる。熱がライアを焦がす。

それでもライアは止まらない。かずみがどれだけ力を込めても倒れる事は無かった。

 

 

「ギャッ!!」

 

 

しかしかずみがいた場所、その真下から槍が生えてきて妨害を行う。

杏子の技、『異端審問』だ。ダメージを受けた事でかずみの必殺技が中断される。

その隙にライアはかずみを攻撃しようとして――、できなかった。ナイトが腰にしがみついてきたのだ。

 

 

「退けェエ!!」

 

 

ナイトはすぐに体勢を整えると、ライアの肩を掴んで、拳を頭部に撃ち当てる。

だがライアもすぐに拳を構えて、それをナイトの顔面にぶつけていく。

 

 

「かずみ!!」

 

「うん、分かったよ蓮さん!!」

 

 

かずみは立ち上がると全力疾走。

十字架から光弾を発射して、ライアにぶつけていった。

ライアの動きが鈍り、隙が生まれる。だがナイトは一旦バックステップで距離を取る。

さらにかずみが地面に落ちていたダークバイザーを掴み取り、そのままナイトと合流する。

 

 

「魔法ッ、使わないと死んじゃうよ!!」

 

 

警告のように言い放つかずみ。不利になったとしても、それで良かった。

 

 

「魔法、使えないんだよ……! クソ!」

 

 

杏子は血が流れる首を抑えながらライアの隣に来る。

 

 

「大丈夫か佐倉」

 

「アタシはいい。ソウルジェムが無事なら大丈夫さ。そっちこそ簡単にくたばんなよ」

 

 

そこでまた、走り出した。

当たり前だ、まだ視線の先には標的が立っている。だから殺すために走る。なにもおかしな話じゃない。

戦いが終わるのは、相手が粒子化した時だけだ。

 

互いを互いが傷つけあい、それを続けていく。

気がつけば誰もがボロボロだった。特に酷いのはライアだ、かずみの必殺技を受けた彼の鎧には傷が目立つ。

 

 

「ハァアアアッ!!」

 

 

しかしライアの勢いは止まらない。

エビルバイザーについたブレードでナイトの装甲にガリガリと傷をつけ、そして自らの拳を強く打ち付ける。

 

 

「ぐゥウッッ!!」

 

 

ナイトはバランスのいいカードが揃っているが、防御力は平均以下と言った所。

ライアの激しい攻撃に、確実なダメージを負ってる。

同時に感じる焦りがあった。どれだけライアを切っても殴っても、勢いは死ぬどころか増している様に感じる。

 

それだけライアの想いが強いとでも言うのか?

恵里の為に戦うナイト想いを凌駕しているとでも言うのか?

それがどうしても納得いかなかった。

 

 

「認めるかッッ!!」

 

「ッッ!!」

 

 

ナイトは剣と槍の二刀流で激しくライアを切り刻む。

鎧の破片が飛び散り、蹴りでライアの脚を強く打った。

 

 

「邪魔なんだよ、お前はッッ!!」

 

 

崩れたライアへ思い切り突き出す剣。

それはライアの仮面を捉える。

 

 

「俺だって同じだ!」

 

「ッ!!」

 

 

仮面の強度は強く、剣を弾く事に成功するが、突きの威力もまた大きい。

攻撃を受けた部分が破壊されるに至った。

ライアと言う存在から漏れた手塚海之の顔。ナイトはその目を見て一瞬だけ動きを止める。

言い様の無い気迫。『目を見れば分かる』なんて言葉は今まで信じていなかったが――

 

 

「お前……ッ!」

 

「俺を恨め、ナイト……ッ!」

 

「なにッ?」

 

「お前の世界を壊してまで、俺は自分の意思を貫こうとしている!」

 

 

ライアは強化したバイザーで思い切りナイトを殴りつける。

電撃をまとった一撃。ナイトは大きくのけぞり、隙を見せてしまった。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

ライアはもう一度ナイトを強く殴る。

守れなかった自分に与えられた運命。それはほむらを守る事だった。

それはライアにとっては何よりの贖罪ではないか。皮肉な物だと最初は笑ったが。

 

 

「俺は――ッッ!!」

 

「グぅウウウッッ!」

 

 

何度この言葉を口にしただろう。

何度この言葉を言い聞かせただろう。何度この言葉を思っただろうか。

悩み、迷い、苦しみ、考え、ライアは自らを包む虚無感を全て拳に乗せてナイトを殴っていく。

 

 

「アイツを――ッッ!!」

 

 

一瞬だけナイトの向こう側に『彼女』の姿が見えた。

まだ会って一週間も経って無いのに、幻を視るようになったのか。

少し、客観的に呆れてみる。そしてそれもまた一瞬。

彼女の向こうに、守れなかった友を視た。

 

 

「守るッッ!!」

 

 

幻のほむらは笑っていたのだろうか? いや、ほむらの笑顔をライアは見たことが無い。

全て幻想だった。それで良いと思っていた。

だって本当の笑顔を浮かべられるのは、きっと次の世界だ。ライアには関係ない事なのだ。

ライアは全てを振り切る様に、ナイトを殴り飛ばした。

 

 

「アァアアッ!!」

 

 

同じく杏子に打ちのめされて、ナイトの近くに叩き付けられたかずみ。

かずみはどんなに覚悟を決めようとも、杏子を殺す事に抵抗を感じている。

理由はいろいろある筈だ。例えば杏子を純粋に殺したくないだとか。例えばこの世界で生き続けたいが故に、人を殺した罪を背負いたくない等と。

 

一方で杏子にはもう何も無い。

この世界の未練、そしてこの世界で生きる意味。

だから杏子はかずみを殺す事ができるし、何の抵抗も無い。

 

ハッキリ言ってしまえば、最初からかずみが杏子に勝てる可能性など存在していなかった。

勝負は最初から決まっていた。希望を抱えたかずみと、絶望に片足を入れていた杏子。

 

 

「かずみ!!」『ファイナルベント』

 

「う、うんっ!」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

 

しかし、だからと言ってそのまま負けていい筈が無い。

ナイトとかずみはパートナーが故の武器を発動させた。

ファイナルベントを消費していたナイトだが、複合魔法を使えばもう一度だけファイナルベントを発動させる事ができるのだ。

 

しかしライアと杏子はそれができない。

ナイトペアの必殺技を避けるか受け止めるしかないのだ。

 

 

「キィイイイイイイイ!!」

 

 

現れるダークウイングは超音波でライア達の動きを封じる。

耳から脳にまで進入してくる衝撃。頭が割れそうになる感覚を覚えて、ライアと杏子は苦痛に叫びをあげた。

 

 

「アアアアアアアアアアアア!!」

 

 

杏子は叫びながら頭を抱えた。

うるさい、うるさい、やめてくれ、止めてくれ。

そんな苦しみの中で、しっかりと見るのは構えをとるナイトとかずみの姿だった。

 

逃げなければならない。

それはライアも杏子も分かっていたが、凄まじい音波の中で考えは薄れていく。

以前よりも衝撃が強い気がする。それだけナイトの意思にダークウイングが呼応しているのだろうか?

 

 

「―――」

 

 

杏子は耳を塞ぎ、悶えている自分の姿を何故か客観的に見ていた。

そういえばいつだって耳を塞いでいた気がする。

聞きたくない言葉を全てシャットアウトして、結果どうなった?

 

 

『この魔女めッッ!!』

 

 

やめて、お願いだから聞かさないで。

ずっと耳を塞いでいれば良かった。

お願いだからそんな言葉を放たないで――っ!

 

 

「お…父……さんっ!」

 

 

混乱していく頭。目の前にいるのは幼い自分だった。

己がココにいるのに、杏子は何とも言えない感覚に陥る。

小さい佐倉杏子が頭の中で泣いている。耳を塞いで、今みたいに。

 

 

『どうして……? どうしてそんな事を言うの!?』

 

『アンタ、そんな奴じゃないって思ってたのに――ッ!』

 

「違う……! マミさ――! さやか……ぁ!」

 

 

アタシは、聞きたくなかった。自分が拒絶したのに聞きたくない!

 

 

『杏子お姉ちゃ―――』

 

 

杏子はその時、瞳に光を取り戻した。

苦しみを耐えるように歯を食いしばって、ライアの前に立つ。

広げる両手。一面に広がる赤い鎖の様な結界。

 

 

「佐倉……っ!」

 

「悪いッ、ちょっと……! "せんちめんたりぃ"ってヤツだったわ」

 

 

ライアは全身を包む苦痛の中で、杏子の後姿を見る。

悲しい背中だった。全てを諦めた様な哀愁を感じる。

杏子は普段と変わらない様子でポッキーを咥える。しかし衝撃の中だ、すでにポッキーは粉々になってしまった。

 

 

「おいおい、せめて食わせろよ……!」

 

「お前……、大丈夫なのかッ?」

 

「安心しな、アレはアタシが止めてやる」

 

 

迫ってくる十字架状の鎌鼬(かまいたち)を見て、杏子はヤレヤレと笑った。

最後の最期で、結局『十字架』ってマークが自分に付きまとってくるのか。

 

 

「一番嫌いな記号だよ――ッッ!!」

 

 

杏子は十字架の形をしたソウルジェムを一度撫でると、もう一度眼に光を灯して全力を込める。

まあ、なんだかんだ粋な演出じゃないか。最後の敵が十字架だなんてさ。

 

 

「きやがれェエエエエエエエエエエエエエッッ!!」

 

 

直後爆発が起こる。

ナイト達のファイナルベントである疾風十字星は、杏子が張った結界に命中すると競り合いの後に爆発を起こした。

煙の中に消えるライアと杏子。ナイトとかずみは動かずに様子を見た。

 

 

「チッ!」

 

「そ、そんな……!」

 

 

突きつけられる結果。

杏子が張った結界は粉々に破壊されていたが、攻撃自体がライアに届くことはなかった。

先ほどの宣言どおり、杏子で止まっていたのだ。

 

 

「佐倉、すまん! 大丈夫か!?」

 

「ああ、こんなの何ともないね」

 

「嘘を言え! ボロボロだぞ!!」

 

 

全身から出血。

騎士ほどではないとは言え、防御力の高い魔法少女の衣服も鎌鼬によって切り裂かれボロボロだった。

 

見える素肌からはやはり出血。

そして顔にも酷い傷が見え、右眼の部分が血で覆われていた。

髪を結んでいたリボンもまた切り裂かれ、杏子はそれを残った左眼でジッと見つめている。

 

 

「………」

 

 

杏子はリボンの残骸を無言で地面に落とす。そしてライアに何かを告げた。

 

 

「な――ッ!」

 

 

驚くライア。後は何を言っても杏子が反応する事は無かった。

ただ両手を広げてかずみ達を睨みつける。すると異変が起こった、杏子の周りに次々と大きな槍が出現していく。

それは数十なんて数じゃない、数百と呼べる物。

 

 

「まだあんな技を!」

 

「来るよ! 蓮さん!!」

 

 

マントを広げて防御体制をとる二人。

しかし杏子はそれを一蹴して笑った。

そんな防御じゃこの攻撃は防げない。そうだろ? 杏子は頭の中にいる『彼女』へそう言った。

 

 

『あら、佐倉さんは魔法が使えないのね。だったら私の技をアレンジしてみるといいわ』

 

『しょうがないなぁ、あたし様の技も盗んでもよいぞ~』

 

『ああそうだ、技の名前はちゃんと言わないと駄目よ!』

 

 

笑みを浮かべる杏子。

あれはいつかの日、自分が生を望んでいた日の事だ。

 

 

「手塚……、ミスんなよ」

 

「佐倉……!」

 

 

一瞬、無音の世界がやってくる。

 

 

「ああ、分かっているさ」

 

「だったらいいよ」

 

 

何故か笑いあう二人。

そして杏子は一勢に槍を発射する!

 

 

「パロットラ・マギカ・エドゥン・インフィニータァアアアアアアッッ!!」

 

 

やっぱ恥ずかしいわ、名前叫ぶの。杏子は静かな笑みを浮かべる。

そして紅い雨がナイト達に向かって降ってきた。

それはもう防御すらも許さぬ、抵抗すらも認めぬ。なぜならばこれは攻撃ではなく裁きだからだ。

 

かずみやナイトは必死に槍を弾こうと試みるが無駄だった。

では回避はどうか? 無駄だ、それはどこに言っても降り注ぐ均一なる赤。

 

 

「無駄さ。アタシの全てを込めた攻撃なんだ!」

 

 

降り注ぐ槍雨の中を猛スピードで突っ込んでいく杏子。

まるでそれは紅の風、槍の雨に全身を刻まれるナイト達に止めを刺すためにやってきた暴風だった。

 

 

「テンペストーゾ……!」

 

 

その名を口にして、杏子は持っていた槍でナイトの心臓を狙う!

 

 

「うぐぅァアッッ!!」

 

「かずみ!」

 

 

しかし当然と言えばいいのか。かずみは蓮を守る様に割って入った。

既にナイト共々全身を槍で貫かれておきながら守る必要はあるのか? そこまでする必要はあるのか?

 

そんな言葉は何の意味も無い。

それを知っているから杏子は力を入れてかずみの肉を抉った。

 

 

「え、えゥ、あふっ、ア――!」

 

 

ガクン! と、かずみの首が落ちた。

殺した。杏子は確信を持つが――

 

 

「ゥガアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

顔を上げたかずみ。大量の血を吐き出しながらも、同時に異変が起こる。

眼に一本、ジグザグな線が縦に入り、歯は鋭く尖り、爪は鋭利となり。下半身は蛇のように変わる。

 

獣のような咆哮。かずみの全身からビリビリとした覇気が溢れた。

ただ一言で表すならば化け物と言うのが相応しい。

 

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

かずみはその体で杏子の槍を受け止め、同時に鋭い爪を胴に刻み込んだ。

血が噴水の様に出てくるが杏子は怯まない。頭突きでかずみを一度怯ませると、かずみの真下から大量の槍を出現させる。

 

当然自分も巻き込まれる事になるのだが、気にする事は無い。

杏子は叫びを上げて腕を振り上げた。

このまま槍を振り下ろせば終わる。

 

 

「―――」

 

 

痛みは無い、しかし分かった事もある。

腕の感覚が無かった。それは腕が無くなったからだ。

かずみの隣には、同じく全身に槍が刺さっているナイトの姿が見えた。

 

ナイトはあの降り注ぐ死の雨を受けてなお動き、杏子の腕を跳ね飛ばしたのだ。

右手を失った杏子だが、まだ左腕が残っている。

杏子は既にかずみのソウルジェムが、耳についている『鈴型のピアス』である事を見抜いていた。

右か左かは知らないが、だったら両方毟り取ればいい。

万引きで見つけた早業だ、二つのピアスを手におさめると、すぐに握りつぶす。

 

 

「ガアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「ちぃいいッッ!!」

 

 

だが何故かソウルジェムを破壊してもかずみは生きていた。

信じられない、しかし現実なのだから仕方ない。

杏子はそこで多節棍を召喚して自らの体とかずみの体を縛り、繋げる。

 

 

「死ねッッ!!」

 

 

一方でウイングランサーを構えていたナイト、このまま杏子だけを貫き殺せば――

 

 

「待ってたぜ、その瞬間をぉオオ!!」

 

「!?」

 

 

杏子は全力を込め、体を旋回する。

杏子、かずみ、ナイトの並びになった直線。

そしてナイトは今更ながらライアの姿が見えない事に気づいてしまった。

 

 

「しま――ッ!」

 

「ウグッッ!!」

 

 

囮。それが全てだった。

杏子の腹部を貫くのはナイトのウイングランサー。

けれどもソレはナイトが持っている物じゃない。

 

 

「これで、終わりだッッ!!」

 

 

ライアがコピーベントにて複製したものだった。

ライアは杏子がナイト達の隙を作るこの瞬間を待っていた。

それは杏子自身の頼みである。

 

 

『アタシごと、あいつ等を殺ってくれ』

 

 

だから杏子ごと、かずみ達を貫いたのだ。

ウイングランサーは長い。かずみをも貫通すると、ナイトのデッキを捉えた。

 

 

「ガ―――ッ」

 

 

かずみはまだ生きている。

ソウルジェムを潰した上で、心臓を止めなければならないのだ。

 

どうしてかずみだけ他と違うのか?

そんな疑問はあったが、動きを止めた今が最大のチャンスだった。

 

 

「グガ……ッ! ア――ッ」

 

 

杏子は拘束を解除すると、いったん後ろに跳んで槍を連続で発射する。

誰もが慢心相違。動きを止めていたかずみは全身に槍を受け、その一本がたまたま心臓を貫いた。

 

 

(ごめ――……ねちゃん。わたし――……れなかった)

 

 

破壊された鈴型のソウルジェムを握り締めて、かずみは最期の想いを浮かべる。

何を意味するのかは分からない。それは様々な者に対する謝罪だった。

死の扉の前、かずみは何度も何度も謝った。

 

 

(――……)

 

 

事切れるかずみ。

一方で腹部を貫通した槍のダメージは、当然杏子も負っている。

糸の切れた人形の様に倒れ、動かなくなった。何とかソウルジェムの破壊こそ免れたが、受けたダメージがあまりにも大きすぎる。

肉体の方がもう言う事を聞いてくれない。

 

 

「まだだ……ッ! まだだ!!」『トリックベント』

 

「!!」

 

 

ライアの周りにナイトの分身が四体現れる。

既に装甲はライア同じくボロボロになり、壊れている状態。

まるで分身たちはナイトの意思を持つ亡霊のようだ。

 

同時にそれだけナイトの想いが強いと言う事でもある。

当然だ、ナイトの背中には愛する者の存在がある。

 

 

「クッ!」

 

 

ライアは分身達の攻撃をかわし、反撃していく。

だがそれが隙である事は明白だった。ナイトは最後の力を振り絞り、ライアのデッキを狙い突きを繰り出した。単発ならばまだしも、分身に囲まれていたライアに回避はできない。

結果はライアもデッキにヒビを入れられる事になった。

 

 

「――!」「!!」

 

 

同時に崩れ落ちるデッキ。鏡が割れる様に、ナイトとライアは弾け飛んだ。

晒される手塚と蓮。双方血だらけで互いを睨んでいた。

蓮は粒子化していくパートナーの死体を複雑な目で見ている。

そしてすぐに彼女の傍にあった十字架の杖を持って走り出した。

 

 

「待ってろ、かずみ……ッ! 今、終わらせる!!」

 

「………」

 

 

蓮はひたすらに走る。

ただ目の前にいる手塚を、そして向こうにいるほむらを殺す為に。

 

先ほど杏子とかずみの戦いは始まる前から決着がついていたと言った。

かずみには迷いがあり、そして杏子は全てを諦めていたからと。

 

それは彼らにも言える事だったのかもしれない。

愛をこの世界に覚え、希望を守ろうとした蓮は、心のどこかで殺す事に迷っていた筈だ。

どんなに覚悟を決めても、どんなに口では信念を語ろうとも、揺れると言うのが人間だから。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

それは手塚も同じだ。

しかし強いて言うのであれば、手塚の方が迷いは少なかった。

 

事前に杏子から縮小していた槍を渡されていた。

かんたんな『おまじない』もかけてもらった。

伸びろと言えば伸びる。簡単だった。手塚はそれを口にした。

十字架と伸びる長い槍。リーチは手塚の方が勝っている。

 

 

「………」

 

 

手塚の喉の数ミリ前には、蓮が突き出した十字架があった。

もしも、もう少しだけ蓮の距離が近かったのならば手塚は死んでいただろう。

しかし現実として、蓮の攻撃は手塚には届かなかった。

 

逆に手塚の攻撃は蓮に届いていた。

突き出した槍は蓮の心臓を貫いている。これは運命――?

 

 

「―――」

 

 

蓮は倒れ、そして粒子化して消え去った。あっという間に消滅する蓮とかずみ。

たった今まで殺し合いをしていたとは思えない程、展望台は静まり返っている。

彼らが流した大量の血も、涙も、もうどこにも無かった。

 

 

「佐倉……ッ!」

 

 

手塚は足を引きずりながら、倒れた杏子の所へ向かう。

いつの間にか足は血で真っ赤になっている。

痛みは無いのは感覚が無いからだろうか? しかし今はそんな事なんてどうだっていい。

 

杏子の槍が無ければ今死んでいたのは自分だ。

それに彼女はナイト達のファイナルベントを受けてくれた。

 

 

「お前がいなければ、俺は死んでいた」

 

「へっ、惚れん…なよ……」

 

 

かろうじて声を出す杏子。

しかし見るからにして彼女の傷は酷いものだった。

片腕は無く、片目はつぶれ、そして全身からは人間が流すには多すぎる血が。

 

 

「あんま触るな……。血で…、汚れちまう……」

 

「おい、どうすればいい! 魔法で回復は――」

 

「無理…だよ」

 

 

傷自体は問題ない。

騎士である手塚にしてみれば酷く深い物に見えるかもしれないが、魔法少女はソウルジェムさえ守れれば死ぬ事はない。

傷はやがて癒えるだろう。

 

 

「でも……駄目だ、ちょっと…ばかし……魔力を使いすぎちまった」

 

 

杏子は自分のソウルジェムを具現化させる。

そこにあったのは淀みきった魔法少女の魂だった。

濁った赤黒い色は、既に手遅れである事を物語っている。

 

ほむらを守るために使った結界。

そして数多くの攻撃を受け、かつ固有魔法を失った杏子が反撃の攻撃を打ち込む為にはそれ相応の代価は必要だった。

つまり杏子は自分の命を賭けて、かずみ達を倒したのだ。

 

 

「本当はさ、グリーフシードの一つや二つ……予備っとくんだけどね――」

 

 

どうにも魔女が見つからなかった。

ほむらについていた時も、暇が少しでもあれば魔女を探したのだが結局無理だった。

ルカが予備をくれなければもっと早く死んでいたかもしれない。

しかしなぜ? 魔女は集まってきていると思っていたのに。

 

 

「まあ…どこぞの奴が狩りつくしたか――……」

 

 

こんなに見つからない物だとは思わなかった。

杏子はそう言って苦笑するが、手塚はどんな顔をしていいか分からなかった。

 

杏子が死ぬ。

それは手塚達にとって最後の味方を失う事である。

 

 

「どうにもならないのか……?」

 

「さあ? でももういい、やめてくれ。アタシはもう疲れた。そろそろ休ませろよ」

 

 

杏子はそう言って目を閉じる。

 

 

「誰にも……、言うなよ」

 

「っ?」

 

「アタシ、本当はもっと……、この世界で生きたかった」

 

 

本当はマミ達とまた仲良くなって、そこにはきっとゆま達もいて。

マミは不器用な所もあるけど優しい奴だから、多分浅海の奴とだって仲良くなれる。

時間はかかるかもしれないけど。とにかくアタシ達はまた皆友達として笑い合って、マミの家でお茶できる関係になれたんじゃないか?

 

 

「さやかと……、馬鹿やって……、ゆま…と――」

 

 

ただ、それだけで良かった。

 

 

「で……も――あ――し」

 

 

でも、アイツらは死んで死んでしまった。

まだ生き残っているだろうさやかとは、せめて関係を修復したかったけれども。

杏子の言葉はだんだんと小さくなっていく。同時に『赤黒い』から『黒』一色になっていくソウルジェム、時間はもうない。

 

 

「生きたかった。んで、幸せになりたかった」

 

「………」

 

 

最期の力と言う事なのか、杏子はハッキリと言う。

 

 

「まあ、そんなの誰でも思うことさ。当然それはアンタだって、暁美の奴だってそうだろ」

 

「ああ、そうだな」

 

「それでいいんだよ。それが普通さ」

 

 

何もおかしな話じゃない。

 

 

「だから、せめてしっかり守ってやれよ」

 

 

杏子はぎこちない笑みを手塚に向けた。

もしも次にまた再構築で世界に降り立つ事ができたのなら――

 

 

「今度こそ、幸せになりたいな……」

 

「佐倉――ッ!」

 

「頼む。後は任せた」

 

 

杏子は自分のソウルジェムを空へ投げた。

手塚はそれを睨むと、持っていた杏子の槍で、彼女の魂を砕く。

杏子はそれを見て安心したような、少し寂しそうな笑みを浮かべた。

 

 

「やっと――……、終わる」

 

 

幸せになれない世界なら、諦めてもいいだろ?

最初はどんな事をしても生きて行かなきゃならないって思ってた。

 

でも、寂しいよそんなの。

マミ達がいて、ゆま達がいて、家族がいる世界に行けた方が幸せだもの。

杏子はそう思い、願い、消えていった。

 

 

「………」

 

 

手塚を汚していた血も、もうどこにも無い。

その事実が虚しく、悲しく、けれども都合が良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【秋山蓮・死亡】【かずみ・死亡】【佐倉杏子・死亡】

 

【残り6人・3組】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手塚が家に戻ると、ほむらが壁にもたれながら、へたり込んでいた。

杏子が死んだ事で結界が解除され、ソウルジェムがほむらの体に戻ったのだろう。

ほむらは手塚を見る。傷だらけの姿と、隣にいない杏子から、何があったのかを理解したようだ。

 

 

「彼女は?」

 

「死んだ」

 

「そう」

 

 

冷めたように言ったものの、ほむらの表情は分かりやすいほど変化していた。

眉を下げ、とても寂しそうだ。短い間だとは言え、杏子と過ごした時間は楽しい物だったに違いない。

それはあくまでも手塚個人の考えでしか無いが。

 

 

「そう、佐倉杏子が……。そうなの」

 

 

しばし沈黙していたが、ほむらは立ち上がると手塚に近づいていく。

 

 

「手当てを」

 

「っ?」

 

「そんな傷でよく平気な顔をしているわね。私の魔法で治療するわ」

 

 

そこで思い出すのは杏子の話だ。

グリーフシードを生み出す魔女はおろか、使い魔でさえ見つからない状況。

 

 

「なるべく魔力を消費させたくない」

 

 

それを告げると、やはりと言うか睨まれる。

 

 

「何を言っているの、いいから寝て」

 

「痛くないから大丈夫だ」

 

「感覚が無くなる程に危険って事よ。早く寝て」

 

「いや、だから――」

 

「寝 て」

 

「………」

 

 

仕方ない。手塚はほむらに言われた通り横になる。

確かに、余裕を決めてはいるが、血がながれて気が遠くなっていく気がする。

さっさと横になると、ほむらは淡い光を掌に宿す。

 

魔法少女はどんな魔法形態であれ、簡単な治癒魔法ならば使える。

応急処置にしかならないだろうが、それでも無いよりはよほどマシだ。

淡い光が心地よく、みるみる体が楽になるのを実感した。

 

 

「………」

 

 

しかれども、気まずい沈黙が流れる。

やはりほむらは勝手に置いていった事を恨んでいるのだろうか?

下手をすれば別の参加者に狙われていた可能性もあるのだ。

とは言えわざわざあの場に連れて行く事も難しかったのだが。

 

 

「すまない」

 

「……謝るのは、私の方よ」

 

「?」

 

「安心したの」

 

 

ナイト達の場所に行きたくは無い。戦いたくないと思った。

だから杏子が代わりに戦いの場に赴き、そして犠牲になってしまった事に安心してしまう。

もしも杏子がいなければ死んでいたのは自分だったかもしれない。

 

 

「最低ね、私は……」

 

 

ほむらは俯いた。手が震えていた。声も震えていた。

 

 

「杏子……」

 

 

掠れる声で小さく名前を呼ぶ。

そこで手塚は首を振った。

 

 

「少なくとも佐倉杏子はアンタの生を望んでいたし、恨む事はないだろう」

 

「ッ」

 

「彼女はただ、人並みの幸せがほしかった。それだけなんだ」

 

「そう……、なのかしら」

 

「ああ、きっと」

 

 

杏子はきっと本気でほむらを守りたかった筈だ。

たとえ世界に未練を覚えていても。でなければココまで付き合ってくれない。

ほむらに笑顔は見せない。ほむらのために、魔法のカケラは見出さない。

 

 

「貴方も、そう思ってくれるの?」

 

「ああ」

 

 

ほむらは目線を下に落とす。どうやら心には響いていないようだ。

手塚はいつもそうだった。いろいろ理由をつけて守ってくれるが、いつも仮面をつけている。

 

 

「………」

 

 

もう二人しかいない。

手塚も理解したのだろう。仮面を外すときを。

 

 

「俺が騎士になったのは親友のためだ」

 

「え?」

 

 

手塚は昔話をはじめる。

守りたかった者を守れず、後悔に逃げた男の話だった。

迷いも、悩みも、苦しみも悲しみも詳しく。己の感情を偽る事なく、ほむらへ伝えていく。

 

ほむらは目を見開き、それを食い入る様に聞いていた。

彼は、彼と言う人間は――

 

 

「俺は、お前に過去の過ちを重ねた」

 

 

それでいいと思い、守りきる事が贖罪だと信じた。

暁美ほむらを守るのではない。

 

 

「ただ助けを求める人を守れれば良かった」

 

 

だから手塚はこのゲームが救いだと思ったのだ。

 

 

「やはり、謝るのは……、俺の方だ。お前の事を守るとは言え、本当にコレでいいのか分からなくなってきた」

 

 

守っている筈だ。

なのに皆死んでいく。先ほど腕にあった杏子の感触すら忘れてしまいそうだ。

 

 

「いいのよ……。別に、私も」

 

 

消え入りそうな声を聞いた。

だからこそ、手塚の心にはある変化が生まれた。

ダメだ、これではいけないと思った。

 

迷いながら、過去に希望をおいてきたまま、望みを託し死んだ杏子を思い出す。

そうだ、何をやっているんだ。手塚はもう一度誓いを立てる。

今度こそ、『暁美ほむら』だけを見て、彼女を守ると言わなければならなかった。

 

 

「俺が今まで守ってきたのは、親友(アイツ)との約束だけだ」

 

 

逃げてきただけだ。ほむらを守ってなんかいなかった。

親友の幻影を崩さないようにしていただけだ。

守れれば誰でもいい。そんな想いは、杏子の死によって変わった。変えなければならなかった。

 

 

「俺は、これからはお前だけを見るよ」

 

「………」

 

「?」

 

「ずいぶんとキザな言葉。そう言うのは好きじゃないわ」

 

「あ、いや――、確かに」

 

 

そう言われればそうか、手塚は恥ずかしくなって苦笑する。

しかし面白い事にほむらにはその意味が分かった様だ。

果たしてパートナーと言うのは形だけなのであろうか?

彼女は自分自身でも良く分からなくなってしまう。

 

 

「ふふっ、ありがとう……」

 

 

笑みが浮かんだ。ほむらは確かに笑った。

 

 

「信頼、しているわ」

 

「あ、ああ」

 

「ふ、ふふ! ふふふ!!」

 

 

あまりにも簡単に見れてしまったあどけない笑顔に、手塚は拍子抜けしてしまう。

 

 

「どうしたの?」

 

「いやッ、なんでもない……」

 

 

だからだろうか? 手塚はついポロリと言ってしまう。

これからはパートナーとしてもっとお前の事を知りたいだとか。

お前の昔の話を聞きたいなどと、何だか勘違いされそうなニュアンスを含んだ言葉を連呼してしまった。

 

言葉を言い終わった後に自分の愚行に気づいたか、手塚は慌てて弁解を始めた。

まるで一人芝居だ。焦る彼を見て、ほむらはまた笑ってくれた。

 

 

「過去は、秘密。まだダメ」

 

「あ、ああ。それでいい。悪かったな」

 

「いいのよ。貴方はもう休んで、傷はだいぶ良くなる筈だから」

 

 

ほむらは魔法を止めると変身を解除する。

破壊されたデッキは24時間で再構築される為、翌日のこの時間まで手塚は変身する事ができない。

ましてやただの応急処置、派手に動けばすぐに傷口が開く。

 

 

「私が死ねば貴方も死ぬ。だから貴方は私を守るんでしょう?」

 

「ッ」

 

「貴方が先に死んだら意味が無い」

 

「………」

 

 

手塚は困ったようにため息をつくと、目を閉じた。

 

 

「………」

 

 

目を閉じて動かなくなった手塚。眠ったようだ。

ほむらは手塚を覗き込むように観察する。

彼は何故かいつも眩しそうだった。何が見えていたんだろう?

ほむらは気になってしまう。手塚の視ているものが知りたかった。

 

 

「………」

 

 

そして感じる孤独。

少し前までは、うるさいくらい話しかけてくれていた杏子がもういない。

手塚を失えば、ほむらは本当に一人になってしまう。

参加者の数も減ってきた。自分を守ってくれる人はいない筈だ。

 

おかしな話だ。なぜこんなにも――、胸が痛くなるのか。

昔はずっと一人でうまくやって来たじゃないか。

ほむらは手塚から離れると椅子に座って本棚にあった本を適当に取る。

 

 

「………」

 

 

それはどこにでもあるような恋愛小説だった。手塚もこんな物を見るのかと、少し意外だった。

ほむらとしても、もうやる事は無い。テレビはつまらない物しかやっていないし、見たことのある物ばかり。

 

 

「手塚――」

 

 

本棚においてあると言うことは、お気に入りなのだろうか?

気になってしまい、本をパラパラとめくる。

 

そこに書いてあったのは純粋な愛の物語だ。

愛し、愛され、最後はお互いの想いが重なってハッピーエンドとなる。

ほむらは気がつけば夜中までその本を読んでいた。

そこにあったのは幸せの物語、彼女が望む世界でもある。

 

 

「―――」

 

 

幸福がある。愛があれば、世界は変わるのか。

ほむらは一度読み終えた本をもう一度最初から読んでいた。途中に衝突や悲しい出来事はあれど、何度読んでもこの世界は幸せな結末で終わってくれる。

この世界の未来は、明るく輝いているのだ。

 

 

「起きてたのか」

 

「!」

 

 

手塚は頭を抑えながらほむらの所へやって来る。

深夜に一度目が覚めたが、明かりがついているじゃないか。気になって周りを見てみればコレである。

恋愛小説に興味があるのは意外だったのか。手塚は少し驚いた表情でほむらを見つめていた。

 

 

「……気に入ったなら持って行っていいぞ、それ」

 

「貴方にはつまらなかった?」

 

「そんな事は無いけど。まあ、あくまでも暇つぶしさ」

 

 

ほむらは沈黙する。

手塚はとしては少し違和感を感じたが、それが何かまでは分からない。

 

 

「そう」

 

 

ほむらは本を閉じて手塚を見る。

 

 

「貴方、明日の予定は?」

 

「しばらく変身できないからな。待機しておくさ」

 

 

しかし家に篭るのも考え物である。

おそらく手塚海之と言う男が、暁美ほむらのパートナーである事はもう知られているのではないだろうか。

だとするとココに敵が攻めてくる可能性も十分にある。

 

 

「さて、どうしたものか」

 

「そうね、だったら明日は遊園地に行きましょう」

 

「ああ、そう――」

 

 

ん?

 

 

「今、何て?」

 

「聞こえなかったの? 見滝原にはそこそこ大きな遊園地があるわ」

 

「それはつまりどういう事なんだ?」

 

 

普通に考えれば遊びに行く事である。

しかし、ほむらの考えがいまいち分からない。

なぜこのタイミングなのか?

 

 

「敵も人が多い場所なら目立ってしまい、戦闘に持ち込む事はできない筈よ」

 

「なるほど。それはまあ一理あるな」

 

「でしょう? 私、お弁当作って行くわ」

 

「………」

 

 

手塚は思う。

別にやましい気持ちがあるとかどうとかの話ではないが、世間一般としての考えだと男女でお弁当を持って遊園地なんてのは完全にデートと言うヤツではないのだろうか。

 

いや、今の考え方はもう古いのだろうか?

そうだ、手塚はたまに古臭いと言われたことがある。

いや全く何を考えているのやら。手塚は自分が恥ずかしくなってしまった。

 

 

「ねえ、どうして黙っているの?」

 

「いや、突然遊園地だなんて驚いただけさ」

 

「いけない?」

 

 

ほむらは悪戯な笑みを手塚に向ける。

なんてことだ、正直ちょっとドキリとしてしまった。

手塚は自分が(略

 

しかし強烈な違和感を感じるというものだ。

何だ? 何かがおかしい。今までが今までだ、ほむらが急に遊園地に行こうだなんて信じられない。

 

 

「何か裏があるのか?」

 

「まさか。デートには最適の場所だと思っただけよ」

 

「………」

 

 

デパートを聞き間違えたのだろうか? 手塚は目を細めてほむらを見る。

確認するのは――、ハッキリ言ってかなり抵抗がある。

デート? デパートよ、あなた何を言ってるの? そんなやり取りが生まれたら多分立ち直れない。

 

 

「いいぞ」

 

 

正直、適当に言った。

 

 

「そう、良かったわ。じゃあ明日は遊園地でデートね。初めてだから上手くいかなかったらごめんなさい」

 

「………」

 

 

 

 

 

【六日目】【世界崩壊まで残り48時間】【残り参加者6名】

 

 

 

 

手塚は遊園地の入り口前ににある噴水にいた。

あれから一睡もできなかった。それは多分、相当格好悪い事だ。

占い師と言うのはだいたい恋愛について聞かれるものだ。だからこそ手塚はそれなりに勉強もした。徹夜が二日続いた後の日は、『そうか、俺は愛の伝道師だったのか!』などと叫び、真理に至った気がした。

 

しかしベッドに入ってぐっすり眠った次の日には、自分の言葉を思い出して死にたくなったのだが、現在それと近い感情が胸の中にある。

噴水、綺麗な水の向こうにエビルダイバーを視たが、なんだか哀れみの目を向けられている気がする。やめろ、そんな目で俺を見ないでくれ。手塚が引きつった表情を浮かべても、エビルダイバーは向こうにいってくれなかった。

 

やめよう。

手塚は水面から目を逸らすと、改めて目の前にある遊園地を見る。

 

 

「………」

 

 

周りを見れば家族連れが多い中、チラホラとカップルの姿も見える。

要するにデートと言うヤツだろう。他に何があって男女二人きりで遊園地に行くものか。

 

 

「お待たせ。待たせたかしら?」

 

「……ああ。大丈夫だ」

 

 

ほむらはあえて時間をずらした。

一緒に家にいながら、待ち合わせがしたいが為に違う時間に家を出た。

そしてほむらは宣言どおりお弁当を作ってきた。おまけにわざわざ新しい洋服まで買っていた。

 

 

「さあ、行きましょう?」

 

「その前に確認したい事があるんだが」

 

「何かしら?」

 

「どうにも調子が狂うな」

 

 

こういう事を聞くのは本来いけないのだろうが、手塚にはほむらがサッパリ分からなかった。

 

 

「今日は何をするんだ?」

 

「デートよ」

 

「デートなのか」

 

「ええ、決まっているじゃない」

 

「……そうか」

 

 

折れてしまう。

いやいやそうじゃない。

確かに、青春時代には色々な事があったため16歳になった今もちゃんとしたデートをした事はなかった。

 

しかし、だからと言ってデートがどういうものかくらいは分かる。

ほむらは綺麗だ。悪い気はしない。しかし――、そういう事ではないのだ。

 

 

「早く行きましょう?」

 

「しかしだな。できれば詳細を――」

 

「なに? なんなの? まだ何かあると言うの? 私は早くデートがしたいのだけど」

 

 

ほむらは思い切り手塚を睨みつける。

鋭い目つきだ。なんてソリッドな目つきなんだ。

手塚は一瞬で折れた。だから、とことん彼女に付き合う事を決めた。

どうせもう残り一日だ。余っている時間はほむらの召使にでもなってやろうじゃないか。

 

そんな訳でデートをはじめた二人。

しかし基本無表情な二人は遊園地に来ても相変わらずだった。

しかも、お互い遊園地でデートなどした事の無いものだから、何をしていいのか分からない。

だから適当に目についたアトラクションから乗る事に。

 

 

「「………」」

 

 

無言、無表情でコーヒーカップに振られる二人。

何だこの状況は? 手塚はチラリと周りの客を見てみる。

やはり目に付くのは楽しそうにはしゃぐカップルや家族連れである。

 

 

「あはは! もう止めてよ、早いってばー!」

 

「ハハッ! もっと回してやるよ! ハハハ!!」

 

 

随分と楽しそうな声が聞こえてくる。

しかしコチラは何もしゃべらず、表情すら変える事無く、クルクルと機械に身を任せているだけだ。

 

傍から見れば何とシュールな光景だろうか。

そのまま何のテンションの変動もなく降りる二人。

 

 

「……楽しかったか」

 

「……ええ」

 

 

絶対嘘だろ。

それで次はお化け屋敷だ。

 

 

「こ、こわいよぉ」

 

「安心しろって、俺が守ってやるから」

 

 

などと、前方の男女は笑っていた。

しかし再び無表情&無言の手塚達。

音や画像の仕掛けで客を驚かせようとするものの、全ては無駄に終わる。

 

お前ら感情を入り口に忘れて来たんじゃないかと思われる程に『無』だった。

尤も、そもそも魔女結界の方が何倍も怖いのだから仕方ないと言えばそうだが。

 

 

「うおおおおおおおおおおおお!!」

 

「「………」」

 

 

お化け役の従業員が飛び出してくるが、それをジットリと見つめるほむら。

 

 

「おおおおおおおおお!!」

 

 

よくできてるな、手塚は無言でそう思う。

少し驚いたが、そもそも手塚は驚くと声が出なくなるタイプの人間だった。

 

 

「あ、あのすいませんでした……。僕、そんなに怖く無かったですか?」

 

「あ、いえ……、あなたは何も悪くないです」

 

 

従業員に申し訳ないことをした。

二人はそのまま一度も声を上げる事無く、お化け屋敷を後にする。

ぶっちゃけ楽しいのかコレは? 手塚は気になって仕方ない。

 

 

「一応楽しい」

 

 

一応とはどういう意味なんだろうか。そもそもそれは本音ではないだろうと。

にも関わらず、ほむらはほむらで、手当たりしだいに乗り物に乗りたいという。

ジェットコースターやゴーカート。メリーゴーランドは手塚としては恥ずかしい物だった。

 

 

「彼女さんですか?」

 

「え?」

 

 

メリーゴーランドを降りる時に従業員にそんな事を言われた。

顔を見合わせる二人。確かにそう見えるだろうが、何と言っていいやら困ってしまう。

 

 

「ええ、一応」

 

「!?」

 

 

手塚は混乱しながら、ほむらを見る。

一方でお幸せになどと笑っている従業員。カップル割り引き券の様な物をほむらに手渡していた。

ほむらは、それを笑顔で受け取っている。やはり何か引っかかる違和感があった。

 

 

「………」

 

 

お昼になり、二人は休憩所にやって来ると食事を始める。

以前の腕前がアレだっただけに、最初はどうなるかと思ったが、ほむらが持ってきたお弁当はとても美味しそうだった。

料理が見栄えよく並べられているし、色分けも綺麗だ。

 

 

「どうぞ」

 

「……は?」

 

 

ほむらは箸でタマゴ焼きを掴むと、それ手塚へ差し出した。

固まる手塚。周りの家族連れが自分達を見てニヤニヤと笑っているじゃないか。

変な汗が出てきた。ひょっとするとコレは――、アレではないだろうか。

 

 

「あーん……」

 

「!??!??!」

 

 

そんな無機質に言う奴があるか。

手塚は引きつった表情で思わず後ろへ仰け反る。

 

 

「ちょ、ちょっと待て。何をしているのか分かっているのか?」

 

「当たり前じゃない」

 

 

ほむらはグイグイと卵焼きを手塚の口に近づけていく。

閉じた口へ一度つける。手塚は混乱して口を開かない。

ならばとほむらは、タマゴ焼きで手塚の唇をチョンチョンと触れてくる。

それでも手塚は戸惑って口を閉じている。するとほむらは何故かタマゴ焼きをほっぺたにくっつけようと移動させていた。

 

ウザイ。はっきり言ってウザすぎる。

口の周りをタマゴ焼きが纏わりついて来る。その鬱陶しさに負け、手塚は差し出されたタマゴ焼きを口の中に入れた。

 

ほむらは手塚が卵焼きを租借する場面を見ると、満足そうに微笑んだ。

柔らかな笑顔だった。嬉しいやら、複雑やら。

 

 

「どうしたんだ本当に。今日……、と言うか、昨日の夜から様子がおかしいぞ」

 

「失礼ね、私は普通よ」

 

「らしくない」

 

「貴方に私の何が分かるの?」

 

 

ほむらの表情がジットリと暗くなる。

睨まれているのは嫌だが、違和感は無い。

今まではこういう雰囲気だった筈だ。なのにいきなりどうしてこんな――。

 

 

「遊園地くらい付き合ってやるが友人としてだ。デートは普通、恋人とするものさ」

 

「………」

 

 

ほむらは無言で、再びタマゴ焼きをつかむ。

 

 

「だから、やっているのよ」

 

「は?」

 

「……あーん」

 

 

随分と冷めた無機質トーンの『あーん』だった。

しかし今、確かに言った。手塚に対する想いを。

 

 

「なんだと?」

 

「私の口からそれを言わせるの?」

 

「あ、いやっ、そう言う事じゃないが……。あまりにもお前の変化に混乱してしまってな」

 

 

ほむらは一度卵焼きを弁当箱に戻す。そしてアンニュイな表情でため息をついた。

変化。たしかに今の手塚にとっては自分の態度は少しおかしな物に映るかもしれない。

そんな事、ほむらだって分かっている。

 

 

「私は貴方と偽りの愛を交えた交流を望んでいる」

 

「……?」

 

「手塚、ふざけたお願いだとは思うわ。軽蔑してくれてもいい」

 

 

ほむらは冷めた目で手塚を見る。

悪戯っぽく笑みを浮かべた姿。屈託の無い笑顔を見せた姿、そして今の無機質な姿。

どれが本当の暁美ほむらなのだろうか? 手塚はそれが分からなくなってしまう。

だが少なくとも、今のほむらのどこか寂しげな表情は目をそらす事ができなかった。

 

 

「お願い、今日だけでいいから……、恋人になってほしい」

 

「ッ?」

 

「何も聞かないで、それでも今は」

 

 

何がしたいのか、それは手塚には分からない。

しかしもう決めたじゃないか。どこまででも付き合うと。

だからほむらがそれを望んでいるのならば、迷う必要は無かった。

 

 

「そうだな。すまない変なこと聞いて。彼女を困らせるのは良くないな」

 

「……ありがとう」

 

 

手塚は肩の力が抜けたように椅子に深く座り込む。。

 

 

「次は何を食べさせてくれるんだ?」

 

「ふふっ、待っててね」

 

 

それは了解の合図だった。

ほむらは再び柔らかい笑みを浮かべると、からあげを取った。

今この瞬間から今日が終わるまで、二人は恋人になったのだ。

 

なんとも呆気の無い関係とも思えるが、ほむらはそれを望んでいるし、手塚にそれを断る理由も無かった。ほむらが望む全ての事を、残りの時間で叶えてやるのがパートナーの仕事だろう。

 

それは、間違っていない筈なんだ。

 

 

「おいしいな」

 

「貴方がいたからよ」

 

 

今この瞬間、二人の偽りの愛が始まった。

ほむらは料理を勧め、手塚はその腕前を褒める。

ひとかけらの嘘も無い。

 

 

「アイスでも食べるか?」

 

 

頷くほむら。

外は寒いが、室内である休憩所は暖房が効きすぎていて少し暑い。

手塚はどうせなら金はどんどん使った方がいいと笑う。

 

 

「どうせあと二日で滅びる世界なんだから、出来るだけ贅沢して次の世界に向かった方がいい」

 

 

ほむらはソレを聞いて笑みを浮かべた。

 

 

「じゃあ買ってくるよ。何がいい?」

 

「いいの」

 

「?」

 

 

ほむらは手塚が着ていた服の裾を掴んで立ち上がる。

 

 

「私も一緒に行くわ。駄目?」

 

「いや……」

 

 

地味な行動に見えるがなかなかの破壊力だ。

もしかしてわざとやっているのだろうか? だとしたら相当な悪女である。

手塚は少し悔しくなって首を振る。そっちがその気ならばと、手塚はほむらの手を握った。

 

 

「……!」

 

「何味が食べたい?」

 

 

ほむらは手に触れた瞬間こそ驚いていたが、手塚の思考を読み取ったのか、すぐに手をギュッと握り返した。

ほむらの手を通して、確かな体温を感じた。

伝わる体温に手塚は少しドキドキしてしまう。

自分で仕掛けておいてカウンターを食らうとは情けない。

 

 

「チョコがいい」

 

「そ、そうか。じゃあ行こう」

 

 

すぐに二人の手にはバニラとチョコのソフトクリームが。

席に戻って、会話を繰り広げながら食べていた。

話すのは主に手塚だ、ずっと占いの仕事をしていると、面白い人や出来事に出会うもの。

ほむらはソレを真剣に相槌を打ちながら聞いていた。

 

 

「つまらなくないか?」

 

「いいえ、楽しいわ」

 

「ならいいんだ」

 

 

笑いあう二人。

そこでほむらは自分のソフトクリームを、手塚に差し出した。

 

 

「食べてみる? 口をつけてしまったから、嫌なら言って」

 

「いや、じゃあ俺のもどうだ?」

 

 

二人は頷くと互いのアイスを交換してみる。

どこからどう見ても恋人にしか見えない光景だ。いや、恋人なのか。

しばらくして食べ終わる二人、アトラクションは疲れたからショップを見たいとほむらが言う。

 

 

「よし、じゃあ行こうか」

 

 

手を差し出す手塚、ほむらは笑みを浮かべてその手を握る。

それはただ握るだけじゃなくて、指と指を絡ませる繋ぎ方だった。

手塚は思わず少しだけ赤面してしまう。ほむらはそんな彼を見て、からかう様に笑った。

 

 

「子供ね」

 

「やれやれ……」

 

 

二人はそれから移動する時はずっと手を握っていた。

店につけば、ほむらは手塚とお揃いのアイテム購入した。

ペアのアクセサリーだ。

 

 

「ベタすぎないか? 少し恥ずかしい」

 

「いいじゃない。つけて」

 

 

頷き、身につける。

それから、写真を撮った。

携帯でも良かったが、それじゃあ少し味気ない。

適当に買ったインスタントカメラを持って、適当に人を見つけて話しかけた。

 

 

「わあ! 恋人同士で遊園地なんていいなぁ!」

 

「憧れちゃうよねぇ!」

 

 

友達同士で来ていた女の子が、写真を撮ってくれる事になった。

お似合いだの、羨ましいだのと、興奮したようにはしゃいでいる。

いつか自分たちもこんな風になりたいとまで言ってくれた。

 

彼女達は――、未来に希望を視ている。

世界の終わりなど欠片とて信じていない。

その笑顔を見れば罪悪感を覚えてしまうのは当然だった。

 

 

「笑わないと不気味よ」

 

「――ッ、そうだな」

 

 

小さな笑顔を浮かべて、二人は写真を撮った。

たとえそれが偽りの笑顔だとしても、たとえインスタントカメラのフィルムを現像する事は無くても、手塚達には『笑顔で写真を撮った』と言う事実だけが在れば十分だった。

 

手塚達は女の子達にお礼を言うと、適当にお土産ショップを回る事を続けた。

何も買わなくてもいい、何も話さなくたって良かったんだ。

ただほむらが。ただ手塚が隣にいてくれて手を握っていてくれればそれで――。

 

 

「………」

 

「疲れたか? どこかで休もう」

 

「いえ――……」

 

 

ほむらは答えの変わりに一つのアトラクションを指差した。

それはこの遊園地で一番大きな観覧車だった。

あそこならば座れるし、それに周りの声も聞こえない。それに外よりはずっと暖かい。

だから二人は最後のアトラクションに乗る事を決めた。

 

 

「――綺麗ね」

 

「ああ」

 

 

いつの間にか時間は過ぎて。気がつけば空には美しいオレンジの光が広がっていた。

ほむらは下に広がるパークを見つめながら、手塚の向かい側で沈黙している。

感傷的な表情だ。この時間で多くの笑顔を見たが、やはり本質的にほむらはいつも寂しそうだった。

 

 

「今日はつまらない事に付き合ってくれて、ありがとう」

 

「………」

 

 

手塚はフッと笑うと、ほむらの隣に移動して同じ景色を見る。

ほむらのお願いは、『今日一日』恋人であると言う事だ。

一日ならばまだ時間はある。

手塚はあくまでも恋人として、そんな事は無いと否定してみせた。

 

 

「俺は楽しかったぞ。お前とデートなんて最高についてる」

 

「キザなのね。ドン引きするわ」

 

 

あ、そう。

顔を背けるほむらを見て、手塚は引きつった表情を浮かべる。

どうにも今日はテンションがおかしい。これも全てはほむらの言葉で混乱してしまったからに違いない。

 

 

「嘘よ」

 

「え?」

 

 

ほむらは体を倒して手塚の肩に頭を乗せると、目を閉じた。

今はただ、手塚の体温だけを感じていたい。

何も喋らず、何も聞かず、それがほむらの望む今なのだ。

 

 

「………」

 

 

閉じた瞳から涙が一筋だけこぼれた。

それを手塚は気づいているのだろうか? 彼はただ何も言わず、ピンクと紫とオレンジ、三色に光る空を睨んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観覧車を降りた二人は帰る事に。

電車に乗る時も、バスに乗る時も二人は強く手を繋いでいた。

それをほむらが嫌がる事はないし、手塚もまた手を離そうとは思わない。

ほむらから伝わる力が、手塚を繋ぎとめていたのだ。

 

駅についた時には、既に空は暗くなっていた。

街灯の少ない道を二人はトボトボと歩いていく。

世界から敵視されている様な感覚。その中で本当の仲間が隣にいる。

ほむらはソレをどう思うのか。

 

 

「夕食も、私が作るわ」

 

「ああ。俺も手伝うよ」

 

「ありがとう」

 

 

ありがとう。

夕食の用意を手伝う事への物だったのか? それとも色々な意味を込めたお礼だったのか。

手塚は後者の様な気がしてならなかった。

それだけ今のお礼の言い方は寂しげだった。

 

 

ほむらは夕食にカレーを作ってくれた。カレーにはかぼちゃが入っている。

出会った時に作ったあのカレーと同じだった。尤も、その完成度は以前よりもずっと上であったが。

 

 

「一週間も経っていないのに。酷く懐かしいわ」

 

「そうだな。色々な事がありすぎた」

 

 

六日程度で経験するにはあまりにも多すぎる死と苦しみ。

最初にいた24人の参加者も、気がつけばもう6人しか残っていない。

そのほぼ全てが自分達の近くで、自分達が原因で死んだ。

 

人一人の一生で、コレほどの死に直面する機会があるだろうか?

普通は無い。それを二人はたった六日と言う時間で味わってきた。

そして死んだ者達は、その全ての存在が『ルール』と言うふざけた言葉の上に消されてしまう。

 

生きた証も。紡いで来た絆も。全て思い出も。

何もかも消えて無くなって、完全な『無』になる。

それにあと一日で、全ては終わるのだ。文字通り全てが。

 

 

「貴方はどうなるの?」

 

「お前の再構築の判断に委ねられる」

 

 

ほむらが手塚の記憶の消して再構築を行うと決めれば、実際にそうなる。

 

 

「貴方は全てを忘れたいの? それとも全てを背負って新しい世界を生きたい?」

 

「そうだな、俺は――」

 

 

手塚は笑う。

 

 

「お前の望む通りにしてくれ。俺は、どっちでもいいんだ」

 

 

もしもほむらが自分の存在を残したいならば、そうしてくれればいい。

逆もまた同じだ。全てリセットするならば、それもまた運命なんだろう。

卑怯な手かもしれないが、ほむらはソレを聞くと無言で頷いた。

答えは言わない。まだ決めかねているのだろうか? それとも……。

 

 

「ねえ、貴方は……、幸せになりたい?」

 

「………」

 

 

何を意図して聞いた質問なのかは分からない。

だから手塚はありのまま、自分の答えを彼女へ告げた。

幸せになりたい? 決まっているじゃないか、そんなの人間であるならば。

 

 

「そうだな、なりたいよ」

 

「そう……」

 

「お前もだろう?」

 

「ええ」

 

 

誰だってそうだ。だから皆幸せを求めて戦ってきた。

手塚が殺したニコや、あの浅倉でさえ幸福を求めていた筈。

 

この世に生きる人間全てが平等に幸せになれる訳ではない。

しかしそれでも、皆が幸福になる道があればそれが一番だった筈だ。

なのにそれはできない。道は外れ、歯車は狂い、どうしようもない運命に狂わされる。

 

 

「この世に神がいるなら、ソイツは随分と酷い奴だな」

 

「フフ、怒られるわよ。いろいろと」

 

 

それに、もうすぐ私は神になるんだから。

そう言ってまた、ほむらは寂しげに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手塚達が食事をしている頃と時を同じくして、ここに一組の愛があった。

と言っても愛を示すのは少女一人だ。向けられた愛を、少年が返す事は一度たりとて無かった。

 

 

「ねえ恭介もう出ようよ。ご飯食べないと、体……、壊すよ?」

 

 

美樹さやかは上条恭介の部屋の前にいた。

上条は自分の世界を守る為に仕方なく戦ってきた。

 

本当は誰も傷つけたくなんか無かったんだ。

暁美ほむらだって殺したくなんかない。だけど殺さなければコッチが死ぬ事になるのだから仕方ない、自分は悪くない。そんな事を連呼していた。

 

上条は『死』を見た。

なぜか争いあう参加者達、その中で流れていく血。

意味が分からなかった。何故殺しあう? ほむらを殺せばよかっただけの話じゃないのか?

 

もう嫌だ、ふざけてる。あんな気狂い共と一緒にはいられない。

自分には約束された将来があるんだ。あんな奴らとは違う世界に生きているんだ。

上条はそれを活力として、戦いの合間にあったヴァイオリンのコンテストに参加した。

自信はあった。天才と言われた腕前を持っていたのだから。

 

 

「さ、さやか……! もう放っておいてくれよ!!」

 

「ッ!」

 

 

しかし上条の演奏は最悪の一言に尽きる。

驚いているのは上条自身であった。自分でもどうしてか分からないが、演奏中にノイズの様な物が聞こえて集中できず、音がグチャグチャに乱れてしまった。

 

それはもう酷いもので、必死に抗議したが上条以外には誰もノイズなど無かったと声を合わせた。

その時点で上条はミスをしておきながら言い訳を続ける醜い男として見られ、それだけではなく同じく参加していた蝉堂(せんどう)と言う少年がそれはもう美しい音を奏でる物だから。

 

 

結果を言えば上条は酷い演奏を聞かせて引かれてしまい、賞を勝ち取ったのは蝉堂だった。

蝉堂は賞賛されて笑みを浮かべている。本当は上条が受ける筈だった拍手を全て独り占めにして。

それだけならまだいい。問題は会場を出る時に蝉堂に言われた言葉だ。

 

 

『ガッカリだよ上条くん。君のヴァイオリンは薄汚い不協和音だ』

 

 

侮辱、軽蔑、卑下。

 

 

『楽器が泣いている。もう二度とこの道を目指すのは止めたまえ。小学生の方がまだ上手だよ』

 

 

蝉堂は完全に上条を見下した目で場を去っていった。

それから上条は自分の部屋に閉じこもって外に出なくなった。

ほむらもどうでもいい、世界なんてどうでも良いと連呼して。

 

 

「アイツを殺したいなら勝手に行けよ! 僕はもう……、僕にはもうこの世界で生きる意味なんて無いんだ!!」

 

 

上条は期待されていた。

両親、病院の先生、雑誌記者にインタビューを受けた事もある。

しかし今はどうだ? 両親はあんなふざけた演奏をした上条を怒鳴り散らし、平手打ちを行った。

 

 

『どれだけ高い金をお前に払ってやったと思っているんだ!!』

 

 

違う、あれは自分が悪いんじゃない!

そう何度も言ったが、言う度に殴られた。

 

 

「言い訳じゃない! 本当にノイズが聞こえたんだから仕方ないだろ! あんな状況じゃ音が分からなくなるし、不快で集中力も乱れるんだ!」

 

 

上条は病院に行ったが、なにも異常は無かった。

病院を変えたが同じだった。どこに行っても上条は健康だった。

 

 

「あたしは……、恭介ばっかり見てたから聞き逃したけど、確かに変な音はしたかも! あ、あはは……!」

 

 

さやかは笑う。

もちろんノイズらしき音は聞こえていないが、上条が言うのだから本当に聞こえていたんだろうと彼女は信じた。

 

 

「みんな少し間違えただけで掌を返す!!」

 

 

たとえば医者と看護婦だ。

入院していた時は『応援するね』だの、『絶対に見に行くね』だのと言ってくれてたのに。

そして本当に来てくれたから嬉しかったのに――ッ!

 

医者は上条の訴えを聞き終わると、精神科の案内を出してきた。

あの時の可哀想な物を見る目だけは一生忘れないだろう。

 

看護婦連中だってそうだ。

口では気にしないでだのと言っておきながら、SNSでは本音を簡単に晒している。

 

 

『演奏酷すぎて笑っちゃったww』

 

『あれが神童とか冗談でしょ(笑)? 私の方がうまいかも(^_^;)』

 

 

「ありえないよねー! 医療の人って性格悪い人が多いって噂は本当だったんだ! 気にすること無いよ。普段患者とか相手にしてるからストレス溜まってさ、他人を馬鹿にしないと気がすまないんでしょ!」

 

 

さやかは必死に上条を救おうと試みる。

 

 

「そ、そうだ! みんな屑なんだ! 才能のある僕に嫉妬して、陥れようとしてるんだ!!」

 

 

上条は自分の部屋にあった雑誌を睨みつけて、それを力強く破いていく。

コンクール前は神童だの期待の新人だのと持て囃していた雑誌関係の連中も、今では掌を返して中傷の言葉を記事に載せている。

 

 

「そして取り上げるのは蝉堂ばかり! コンクール前は目もつけてなかったクセに!!」

 

「マスゴミーとかネットじゃ言うしね、あんな連中の書く事なんて気にしない方がいいよ!!」

 

 

その時、上条の部屋の鍵が開いた。

飛び出してきたのは紛れも無く、上条恭介本人なのだが、その姿は酷いものだった。

ずっと水しか飲んでいない為に酷くやつれ、風呂もまともに入っていないので小汚い容姿に見える。

 

ストレスからか酷いクマ。痛んだ髪の毛。

かつて天才と言われ、栄光に満ちていた姿はどこにも無かった。

 

 

「や、やややっぱり――ッ! やっぱりさやかは分かってくれるよね?」

 

 

そして、それは美樹さやかも同じだった。

彼女はずっと上条の傍にいたのだ。それはつまり彼女も同じ状態だと言う事。

さらに言ってしまえば、さやかは一睡もしてない。

 

寝ている間に上条が扉を開けるかもしれないと思うと、寝てはいられなかった。

しかし何故さやかは上条の家にいる事を許されているのか?

 

上条の父親は上条がコンクールで散々だった事を裏切りとしてみた。

高い金を払い育てた結果がコレかと上条を殴った。

そして怒りは収まらず、その矛先を母親にも向けていたのだ。

 

お前の育て方が悪いから――、等と言って妻を殴った。

恥をかいた怒りは凄まじかったのか、父はそのまま家を出て行ってしまう。

そして繊細な母はそれが耐えられなかったか、上条が部屋に閉じ篭っている間に自室で首を吊って死んだ。

 

父は帰ってこず、母の死体は未だに放置したままである。

その中でさやかは、上条が出てくるのを扉の前でずっと待っていた。

家にも帰らず、食事もとらず。

 

 

「や、やっぱり僕の事を分かってくれるのは君だけだ――ッ!」

 

「うん……! 嬉しい!」

 

 

全ては上条への愛の為。

 

 

「ぼ、ぼぼぼ僕の演奏をき、聞いてよ! 僕は天才なんだ、僕のヴァイオリンは他の奴らとは違うんだ!!」

 

「うん、聞かせて……! あたし恭介の演奏が好きだから、何時までも聴いてたい!!」

 

「あ……ッ、りがとう――ッ! ありがとうさやかぁ!!」

 

 

ブレる焦点。上条はさやかの部屋の中に招くと、とり憑かれた様にヴァイオリンを弾き始めた。

二人とも笑顔だった。二人とも――、おそらく幸せだったろう。

上条はさやかの為だけに音を奏で、さやかは上条の全てを受け入れる。

 

上条は狂った様に演奏を続けて、止める事はなかった。

何度も何度も同じ曲を弾き続け、さやかの残された時間は当然それだけ減っていった。

 

さやかだって馬鹿じゃない。

自分の『魂』が日々濁っていくのは理解していた。

しかし魔女の気配を探っても、一体とて見つからなかった。

 

だからさやかは諦め、残された時間を全て上条に使うと割り切った。

故に、魂は演奏の途中で限界を迎えた。精神的なストレスはソウルジェムの濁りを加速させるには十分だったのだ。

 

さやかはいつの間にか魔女となり、上条に相応しいコンサートホールを作り上げていた。

 

上条もさやかの好意に甘え、ただひたすらに音を出し続けた。

演奏のアシストにはホルガーと言う使い魔がついてくれる。

上条は幸せだった。やはり自分は天才だ。あれは何かの間違いだったのだ!

 

 

「―――」

 

 

ホルガーの演奏は聴いた者は、徐々に魂を吸い取られていく。

上条は何百とループした演奏をついに終了した。

一方で客席で演奏を楽しんでいた『さやかだった』者は、演奏者が粒子化する光景に耐える事はできなかった。

 

だから巨大な剣で自らを貫き、命を断った。

こうして二人だけのコンサートはしめやかに終わりを迎える。

 

何もおかしな点はない。

何故ならば魔女オクタヴィアの性質は『恋慕』だ。

恋する上条が死んだのならば、後を追うのが愛だろう?

まあ、これは二人だけにしか分からない事ではあるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

果たして、彼らは幸せだったんだろうか?

 

 

【上条恭介・死亡】【美樹さやか・死亡】【残り4人・2組】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事が終わり、片づけを行い、ほむらはお風呂に入りたいと言う。

手塚は本棚の近くにある椅子に座って、テレビをボウっと見ている。

バラエティーに富んだ内容ではあるが、どうしても手塚は笑う気にはなれない。

 

 

「?」

 

 

そんな時、ほむらが読んでいた恋愛小説が目についた。

 

 

「………」

 

 

気晴らしにテレビをつけたまま、その本を手に取った。

パラパラとめくり、内容を飛ばし飛ばしで読むが、案外ストーリーや展開は覚えている物だ。

 

 

「ッ!」

 

 

次第にめくるスピードを一定にしていく。

言い方は悪いが、何の変哲も無い普通のストーリーだ。

運命的な出会いをした少年少女が苦難を乗り越えつつ、最後には結ばれてハッピーエンドで終わる。

 

主人公の女の子は『ずっと幸せに暮らした』などと言う締めくくりで終わる。

まあ無難に面白いと言う小説だ。

 

 

「そうか……。そう言う事か」

 

 

その時だった。風呂場のドアが開く音が聞こえ、そのままほむらが部屋に戻ってくる。

バスタオルを体に巻いただけの格好なので、思わず手塚も怯んでしまった。

濡れた髪や、少し病的とも思える程白い肌が美しさを恐ろしいまでに引き立てている。

妖艶とでも言えばいいのか、その表情は酷く暗い。

 

 

「どうした? 着替えを持っていかなかったのか?」

 

「………」

 

 

背を向ける手塚。

ほむらは無言で足を進める。そして手塚の背中を強く抱きしめた。

密着したまま固まる二人。どれだけ経ったかは知らないが、ほむらが小さな声でゆっくりと言葉を並べていく。

 

そこに込められる想いは何なのか?

無機質に淡々と並べられていく言葉は、もはや文字の羅列でしかないのに。

 

 

「今日一日だから……、まだ、私と貴方は恋人なの」

 

「そうだな」

 

 

ギュッと抱きしめる。

ここからどういう流れになるのか、もちろん分かっている。

 

 

「手塚……、私を――」

 

 

ほむらは消え入りそうな声で喋っていた。

手塚が彼女の手を振り払えば、そのまま消えてしまいそうな錯覚にすら陥る。

ほむらは今、何を望んでいるのか? 今日と言う違和感に塗れた世界を、何故彼女は作りたかったのか?

 

 

「私を、あ――」

 

「暁美」

 

「っ!」

 

 

手塚は振り返ると、ほむらの肩を持ってその瞳を見つめる。

ほむらはすぐに目を逸らした。手塚はもう分かっていた。

ほむらは今日一日、手塚をおかしなほど慕っていた。色々な表情を見せて、わざわざ弁当まで用意して、そして笑いかけてくれた。

 

しかしそれは、やはり幻想でしかなかったのだ。

らしくないのは、それがやはり本人ではないからに他ならない。

 

 

「もう止めよう。あまり無理はするな」

 

「無理? 無理なんてしていないわ」

 

 

ほむらは歪んだ笑みを浮かべる。本当に形だけの笑みだった。

 

 

「それとも、私じゃ嫌だった?」

 

「そんな事はないさ。ただ――」

 

 

手塚は先ほどの小説に書いてあった内容を見て、全てを理解した。

そこに書いてあった物語を、今日の自分たちは追って体験していたのだ。

それこそがほむらが望む幻想に満ちたデートの正体だった。

 

ほむらが読んでいた恋愛小説に、今日自分達が行った遊園地でのデートと全く同じシーンがある。ほむらが乗りたいと言ったアトラクションは、全て主人公の女の子も乗っていた。

それに、ほむらは――

 

 

「お前は、一度も俺を見ていなかったじゃないか」

 

「……ッ!!」

 

 

ほむらはただ、あの小説に書いてあった事を真似ただけだ。

ほむらは手塚の目を見ていなかった。ほむらの瞳に手塚は映らない。

主人公だった女の子の人生を疑似体験する事に意味を求めたのだから。

極論、相手は誰でも良かったのかもしれない。

 

 

「あの小説に、こんなシーンは無い」

 

「エピローグでは、彼女は妊娠していたわ」

 

「おい……!」

 

 

だからと言ってこの状況はおかしい。

ほむらは何か意地になっているだけにしか思えなかった。

こんな事をするのは本心ではない筈だ。愛が無いのに愛し合うなんて馬鹿げている。

 

 

「どうしてお前はこんな――……」

 

 

手塚はそこで気づいた。

一瞬髪から滴った水が床に落ちたと思ったが、違う。ほむらは泣いていたのだ。

声が小さかったのも、震える声を誤魔化す為だったのか。

 

 

「だって、そうしたら彼女は幸せになれたのよ?」

 

「!」

 

 

遊園地でデートをして、お弁当を作って、笑いあって。

それから主人公の少女は、お風呂場でバッタリと彼に鉢合わせるハプニングを起こした。

その後に告白のシーンがあって、エピローグでは妊娠して幸せそうに笑っていた。

そして最後の文はこう書かれている。

 

 

『彼に愛された彼女は、いつまでも幸せに暮らしました』

 

 

そんな希望と幸福に包まれたエンディング。

それを夢見たいと、掴みたいと思うのは当然ではないか?

ほむらは笑いながら泣いていた。そこで手塚はやっと彼女の『心』を見た気がする。

 

 

そうだ。

思えば中学生のほむらに与えられるプレッシャーは大きすぎる物。

友人になれたと思ったマミ達からは拒絶され、仲間になってくれたゆま達を目の前で殺された。

 

そして長い間付き添ってくれた杏子は自分を守る為に、自分の知らない場所で死んでいった。

全ては自分が選ばれてしまったから、全ては自分の責任。

 

その心が少しずつ壊れていくのは当然の事だ。

だからほむらは幸福なシーンを見て、強い憧れと執着を見せたのか。

小説の中にあるのは争いの無い、幸福に満ち満ちた世界なのだから。

 

 

「暁美……」

 

「私は、もう疲れたの……」

 

 

だから逃げた。小説の中にある幸福な世界を重ね、真似る事で。

人は誰だって幸せになりたいんだ。彼女もそう。

そして中学生の女の子ならばこう言った事に憧れを持って当然じゃないか。

 

むしろ本当はあの小説の様に生きるべきだった。

世界を滅ぼす存在じゃなく、普通に好きな人を作って、友人に囲まれて笑顔を浮かべる毎日を送るべきだった。

ふざけたゲームに巻き込まれるべきじゃ無かったのに。

 

 

「暁美、髪を乾かそう。服も暖かいのを用意してあるから」

 

「……そうね」

 

 

だから――、だからこそほむらは幸せを、普通の毎日を諦めてはいけない。

手塚はほむら落ち着ける。『普通』とは人によって違うだろうが、少なくとも今の状態よりはマシのはずだ。

ほむらも落ち着いたのか、無言で頷くと着替えに戻った。

 

 

「………」

 

 

手塚は大きくため息をつく。ほむらの望む事を全て叶えてやるなんて言ったが、ブレブレじゃないか。手塚は再び己の考えに迷いを持ってしまう。

人の運命を視て助言をする職業のくせに、自分の考えすら纏められないなんて。

 

 

「情けないな、俺は」

 

 

 

 

 

 

 

数分後、パジャマに着替えたほむらが戻ってきた。

手塚はインスタントの紅茶を差し出すと、近くの椅子に座った。

だいぶ落ち着いたのか、ほむらもお礼を言うと手塚の向かい側に座る。

 

 

「今日は、貴方を困らせてしまったわね」

 

「いや、なかなか楽しかったよ」

 

 

ほむらは一瞬唇を吊り上げたが、すぐに思いつめた表情を浮かべるた。

何かを言いたそうな燻りが見えた。手塚は少し迷ったが、ほむらが次の言葉をなかなか言い出さない為、自分から話を振る。

 

 

「どうした? 何かあるなら、なんでも言ってくれ」

 

「………」

 

 

ほむらはギュッと胸を押さえた。

何かを言おうとするが、声が小さい。迷っている証拠だ。

誰だって言い出せない事を無理に言おうとすれば口ごもってしまう。それと同じような物だろう。

 

 

「手塚……、私は貴方を最初、全く信用していなかったわ」

 

 

しかし一度話し始めれば、後は一気に流れ出る水の様に言葉は口をついて出てくる。

ほむらは長い間、他人を信用する事は無かった。

事情があるようだが、それは手塚の知るところではない。

 

 

「でも……、今は違う」

 

「そうか」

 

「私は、貴方を――」

 

 

ほむらは言葉を飲み込んだ。

全てを伝えずとも、彼はきっと分かってくれるだろう。

それはパートナーとして、手塚を見てきたから分かる事だ。

杏子が死んだあの日、手塚海之と言う人間の全てを教えてもらった。

だから今度は自分が教える番では? 手塚になら、全てを打ち明けても……。

 

 

「私が、魔法少女になったのは――!」

 

「っ」

 

 

その時だった。無音だった空間にカチリと音がした。

それは時計が新たなる時間を刻む音だった。無意識に、ただ無意識に手塚は時間を確認する。

ほむらも釣られて視線を移した。

 

 

「――ぁ」

 

 

時計は深夜0時を示している。

つまり、最後の日が始まったと言う事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【最終日】【世界崩壊まで残り24時間】【残り参加者4名】

 

 

 

終わりの日が始まる。あと24時間で世界は終わるのだ。

脳内に提示されるアナウンス。残り参加者は4人。自分達を除けば二人しかいないのだ。

 

 

「もう、魔法が解ける時間なのね」

 

「……っ?」

 

 

ほむらは残念そうに微笑んで、言葉を切った。

話そうとした真実は『恋人』に告げようとして口にした物だ。

一日が終わった今、手塚はもうただのパートナー。

細かいようだが、やはりほむらにとっては大事なことだった。

 

 

「寝ましょう。最後の日は、普通に過ごしたい」

 

「………」

 

 

手塚は頷いた。

ほむらが言わないと決めたなら、これ以上踏み込む必要はない。

 

 

「見張りをする」

 

「止めて。最後は、人として普通の生活を送りたいの」

 

「じゃあ……、寝ようか」

 

「ええ。悪いけど、ベッドを使ってもいいかしら」

 

「ああ。じゃあ俺は床で寝るよ」

 

「一緒に寝る?」

 

 

手塚は少し微笑んで、申し出を断る。

 

 

「そう言うのは、恋人に言ってやれ」

 

「………」

 

 

なるほど。

ほむらは納得してベッドに向かった。

 

 

「おやすみなさい」

 

 

これが最後の挨拶かもしれない。

 

 

「ああ、おやすみ」

 

 

二人は目を閉じた。

手塚は思う。ほむらは自分の記憶をどうするつもりなんだろうか?

少しだけ気になったが、それを問う事はしないと誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、こうなるか」

 

「ええ、そうね」

 

 

目覚めた時には、窓の外は別世界だった。

気持ちのいい朝の日差しなんてものは全く無い。

魔女空間だ。手塚の部屋をまるごと引き込んだと言うのだろうか?

なんにせよ、かつてないほど強力な力を感じた。

 

向こうも今日がライン。

死に物狂いで止めてくる事は予想できていた。

易々と寝てしまった自分達の落ち度か? しかし手塚もほむらも、何となくこの展開を望んでいた様な表情だった。

 

やはりどこかで全ての参加者に顔を見せて真っ向から勝負したい感情がある。

二人は着替えを済ませると早速部屋を出て辺りを確認する。

 

 

「これは魔法結界なのか? にしては随分と凝っているな」

 

「いえ、これは魔女結界よ。でも――」

 

 

二人が立っているのはもはや別世界だ。

周りの景色がまるごと変化しており、悪質なコラージュ画像のように人間の体のパーツが切り貼りされている。

 

この禍々しい雰囲気はまさに魔女結界。

さらに言えばいたるところに魔女の文字も見える。

しかしそうなると別の疑問も出てくる。つまりなんだ、襲い掛かってきたのは参加者ではなく、たまたま通りかかった野良の魔女だと言うのか?

 

 

「魔女の結界じゃ時間はどうなる? やはり魔女を倒さないと元の世界の時間は進まないのか?」

 

 

いずれにせよ厄介な存在だ。早めに倒しておきたい。

魔女との戦いで疲労した所を他の参加者に狙われれば危険だから。

 

 

「変わらないよ、時間の流れは」

 

「「!」」

 

 

手塚の問いに答えたのは、ほむらでは無かった。

男の声が聞こえ、自分達がいるホールの様な場所へ続く階段から足音が聞こえてきた。

足音のリズムを感じるに、二人いる。足音は徐々に手塚達の方法へと近づいてきている。

 

 

「時間は変わらない。だから早くアンタ達を倒さないといけないんだ。タイムリミットが来る前に」

 

 

男は続ける。

この結果を張ったのは、周りの空間に戦いの影響を及ぼさない為だ。

被害者は二人だけ、手塚とほむらだけでいい。

 

 

「………」

 

 

ライアペアへ敵意を持っていると言う何よりの証拠だ。

そしてもう一つの疑問も詳細を答えてくれる。

 

 

「ここは魔女結界。俺のデッキが、それを可能にしたんだ」

 

 

男のデッキは12個あるデッキの内の辺りが一つ、『技』のデッキだった。

 

 

「倒した魔女の力を使える」

 

 

そこで理解する手塚とほむら。

だから今まで魔女が中々見つからなかったのか。

つまりこの最後の参加者達は、今の今までほむら達には目もくれず、見滝原に集まってくる魔女達をひたすらに倒していたと言う事だった。

 

 

「――来るぞ!」

 

「ええ」

 

 

気配がすぐそこに迫る。

段々と足音が近づき、そして遂に男の頭部が見えた。

 

 

「ッ! 貴方は……!」

 

「………」

 

 

ほむらは表情を変える。

現れた男の事を知っていた。そう言えば声も聴いたことがあった。

そして次に現れた彼のパートナーであろう少女を見た瞬間――

 

 

「――……嘘」

 

 

暁美ほむらの時間は停止した。

 

 

「ッ? 二人とも知り合いか?」

 

「なんで――……、嘘よ――ッ」

 

「?」

 

 

ほむらの様子がおかしくなった。

信じられないと表情を歪めて、真っ青になっている。

知り合い――、それも決して浅くない関係の人物なのだろうか?

 

とは言え現れた少女は、ほむらに反応する素振りを見せない。

ピンクの髪とピンクの衣装を着た、随分とファンシーな魔法少女だった。

現れた二人は決意の表情で手塚達を睨んでいる。覚悟はとっくに決まっているらしい。

 

 

「悪いが、コイツは殺させない!」

 

 

手塚はほむらを庇う様に立つ。前にいる二人も、その言葉に頷いてみせた。

 

 

「悪いけど、俺達だって……、もう負けられない所にいるんだ」

 

 

どうやら現れた二人も、最初は迷っていたようだ。

ほむらを犠牲にして成り立つ世界平和など、意味の無い物として。

 

だが迷っている間に、いろいろな物を失った。

親友、そして想いを抱いた人、もしも自分がもっと早くに決断を出していたなら結末は変わっていたのだろうか?

結局、何も変えられなかった。誰も守れなかったのだ。

 

 

「だからこそ、俺はもう迷えない……ッ!」

 

 

迷っている間に、また大切な人たちを失う気がして。それに時間そのものが無かった。

一応、ほむらを殺さずともゲームを終わらせる方法が無いのかを必死に探した。

しかし結果とは残酷な真実を示すものである。

何を探しても、どれを試しても無駄だった。

 

暁美ほむらを殺す以外、世界を救う方法は無いのだ。

 

 

「もう俺達は迷えない……ッ!」

 

 

多くを失った今でさえ、まだこの世界で生きたい理由がある。だから決断した。

自分勝手なエゴに塗れた理由であったとしても、この世界でまだ生きていたいと言う強い願いがあるからだ。

 

 

「ごめん、ほむらちゃんッ!」

 

 

その男、『城戸真司』はデッキを突き出して、手を斜め上に突き上げる。

それに反応して手塚もデッキを構えた。二人は騎士へと変身して睨み合う。

真司が変身するのは赤い騎士、龍騎。

 

 

「わたし達を恨んでもいい!」

 

 

龍騎の隣にいた魔法少女は既に変身を済ませていた。

武器である弓を構え、それをほむらに向ける。

恨むなら恨め、その権利がほむらにはあると言う。

しかしそれでも生きて行きたいから、龍騎達はほむらを――!

 

 

「暁美ほむらっ!」

 

 

龍騎と、ピンクの魔法少女――

 

 

「あなたをッ、殺す!!」

 

 

鹿目まどかは、地面を蹴って暁美ほむらを殺す為に走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(どうして、どうして彼女が魔法少女になっているの!?)

 

 

巴マミ達は言っていた、鹿目まどかは隣町で入院していると。

 

 

(そう、そうか、そうなのねッ)

 

 

つまりゲームが始まる前から、まどかは既に契約をしていた?

このイレギュラーに満ちた世界ならありえた話だ。なのにほむらは、見滝原にいないと言う理由だけでゲームにまどかが参加して無いと決めてつけていたのかもしれない。

 

 

「暁美! 何をしてる!!」

 

「!」

 

 

ほむらが我に返った時には、既に龍騎のドラグセイバーとエビルバイザーが競り合いを始めていた。もしもライアが守ってくれなければ、頭から両断されていた事だろう。

 

 

「このッ!」

 

「うわっ!!」

 

 

ライアは龍騎の剣を弾くと、胴体に蹴りを入れる。

しかしそこでライアの足もとに火花が散った。

見れば龍騎の後ろのほうで、鹿目まどかが手を突き出しているのが見える。

どうやらまどかがサポート、龍騎が前に出て攻めると言うタイプらしい。

 

 

「だったら――ッ!」『スイングベント』

 

 

ライアは鞭の長いリーチで龍騎を牽制しつつ、まどかを狙うつもりだった

しかしそこで声を上げたのはほむらだ。

トークベントを使って、ライアだけにメッセージを送る。

 

 

『ま、待って! お願いだからあの魔法少女と二人きりで話をさせて』

 

『知り合いなのか?』

 

『向こうは知らないと思うけど……ッ、作戦があるわ』

 

 

頷くライア。

アドベントを発動してエビルダイバーを呼び寄せる。

突進先は龍騎だ。素早くガードベントでシールドを呼び出したようだが、狙いは運ぶことにある。

 

龍騎はシールドごとエビルダイバーに押されていき、ほむら達からあっと言う間に距離を離される。ライアもエビルダイバーの上に乗っている為に、ホールにはまどかとほむらの二人だけが残された。

 

 

「まどか、貴女も魔法少女になっていたのね!」

 

「来ないで! 撃つよ……ッ!」

 

 

弓を構えるまどか。しかしほむらは微笑んで首を振る。

心なしか、その表情は焦っている様にも感じられた。

ほむらは戦う気が無いと言うのを証明するため、両手を上げてまどかへと近づいていく。

 

 

「貴女は優しい。撃てないわ」

 

「……ッ」

 

「それでいいの。話を聞いてまどか、私は貴女と戦う気なんて無い」

 

「あ、貴女はどうしてわたしの名前を……ッ?」

 

まどか視点、ほむらの言葉を信じられる訳が無かった。

今の今まで逃げておいて、いざ自分の前にして戦う気が無い?

 

 

「じゃあ今までの戦いは何だったの? マミさん達は、何のために死んでいったの!?」

 

「ち、違う! 違うの! 私は貴女が魔法少女になったなんて知らなかった!」

 

「ど、どういう事なの……? だからなんなの?」

 

「まどか、私は貴女を守る為に戦ってきた!!」

 

「……ッ?」

 

 

ほむらは言う。インキュベーターは恍惚だ。

きっと魔法少女のシステムを否定しなければ、本当の幸福はやって来ない。

つまり自分が神となって世界を再構築するしか道は無い。

 

 

「感情の無いキュゥべえが遠まわしな嘘をつくとは思えない!」

 

 

だからほむらは言われたとおり、ルールを信じた。

神の力で世界を創れば、次の世界はよりよい物に変わる筈だ。

それこそ死んでいったマミ達も蘇り、皆が幸せになれる。

 

 

「じゃ、じゃあ貴女はわたし達に死ねって言うの?」

 

「抵抗はあるかもしれないけど、それが一番なの! お願いまどか! 分かって!?」

 

「む、無理だよそんなの!」

 

まどかはブンブンと大げさに首を振る。

 

 

「この世界には守りたい家族や友達がいるの。みんな見捨てる様な事はしたくないよ……!」

 

「そ、そうね。優しいねまどかは。それが貴女だものね」

 

 

否定を聞くと表情を歪ませるほむら。

いつのもクールな彼女はそこにはいなかった。明確な焦りが体を包む。

声は振るえ、脚も震えていた。

 

 

「気持ちは分かるけど、再構築すれば元通りになるし、それで魔法少女のシステムを消せる!!」

 

 

都合よく世界を書き換えられるならば、当然魔法少女の狂った運命を変える事ができる筈だ。

魔法少女とはなった時点で絶望に向かう一本道を歩く存在。

その道を外れるには、やはり魔法少女そのものの存在を無かったことにするしかない。

 

目の前にいる『鹿目まどか』が何を願って魔法少女になったのかは知らないが、既に絶望に片足を突っ込んでいる事には変わりないのだ。

このままならば例外なく魔女になり、死ぬ。

 

 

「お願いまどか! 私を信じて!!」

 

 

ほむらの感情が溢れていく。まどかを前にすれば仕方なかった。

ほむら自身ですら自分の取り乱しように混乱してしまう。

たった一週間ちょっと、姿が見えなかっただけで、この反動が起こるとは。

 

 

「でも……! 次の世界に行けば記憶が無くなっちゃうッ!」

 

 

それは現実における死となんら変わりない。

だからこそ参加者達は暁美ほむらを殺す事を決めてきたんじゃないか。

次にまた同じ生活が送れるなんて保障はどこにもない、また同じ人と知り合って関わりを持てるとは限らないのだ。

 

 

「大丈夫、大丈夫よ! 私にはね、もう一つ勝利オプションがあるんだから!」

 

「お、オプション?」

 

 

頷くほむら。

実は、"彼女だけにしか教えられていないルール"が一つだけあった。

ほむらはまどかの為に、その『特殊ルール』の全貌を明かしていく。

 

手塚は前から思っていた。

ほむらをこのゲームの狂気には堕とさないと。

しかし手塚は甘い。もしも既に堕ちていたとしたら――?

 

既に、壊れていたとしたら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおぁッ!」

 

「フ――ッ」

 

 

一方でライア達は、城の様な空間から何も無い荒野の様な場所へと移動する。

地面に落ちる龍騎と、着地するライア。二人は咆哮を上げながらぶつかり合う。

 

 

「「オオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」

 

 

ドラグセイバーとエビルバイザーがぶつかりあい、激しい火花を散らす。

すぐに次の手に転じる両者。互いに突き出した拳を真っ向から受けて、両者は大きく吹き飛んでいった。

 

 

「蓮――ッッ!!」

 

 

龍騎はその名を呟いて蹴りを繰り出す。

おそらく関わりの深い人物だったのだろう。

秋山蓮とそのパートナーであるかずみは手塚達が殺した。それを龍騎は知っているんだろうか?

 

 

「美穂ッッ!!」

 

 

龍騎が構えたドラグクローから、凄まじい大きさの火球が放たれる。

思いを全て乗せた一撃なのか。ライアはそれを受けるが、防御しきれずにきりもみ状に吹き飛んで地面に叩きつけられた。

 

そこへ追撃の様に放たれていく業火。

空を見れば巨大な赤い龍が叫びを上げていた。

熱い。なんて熱いんだ。魂まで灰になりそうだった。

 

 

「アンタに、叶えたい願いはあるか?」

 

「………ッ!」

 

 

しかしこの激しい猛攻の中に確かに感じる違和感があった。

炎は熱いが――、ライアは耐えている。それはひょっとして龍騎が手加減をしているんじゃないかと言う思いだ。

 

ナイトと戦っている時にはビリビリと殺気の様な物を感じたが、龍騎からはそれが無い。

拳こそ強く振るうが、命中の瞬間にどう考えても威力を落としている。

 

 

「アンタも迷っているのか」

 

「迷い? ああ、あるさ――! それくらいッ!」

 

 

殴りかかってくる龍騎だが、時間が経つにつれて迷いが大きくなってくる。

それはそうだ。殺気を全快にしていた蓮でさえ、最後の最後には殺す事に対して躊躇を見せた。

 

城戸真司と言う人間はおそらく普通の感性を持ち、正しい性格にあるのだろう。

そもそもはじめはゲームを止める方法を探していたのだから。

故にこのゲームのルールに押しつぶされる。

 

向いていないのだ。城戸真司と言う人間はF・Gに。

だからライアは立ち上がり、気づけば龍騎が地面を転がっていた。

けれども龍騎は立ち上がる。迷いながらも立つしかなかった。

 

 

「りんごの木の下で……、皆と出会うんだ」

 

「りんご……?」

 

「ああ。俺の故郷にある立派な木さ。本当に美味しいんだぜ、あそこのりんご」

 

「出会って――、どうする?」

 

 

ライアの言葉に、龍騎は初めて笑みを漏らした。

 

 

「会ってからのお楽しみだよ」

 

 

ただ一つだけ分かる事は、そこには争いは無い。あるのは笑顔だけでいい。

 

 

「それをアンタは叶えたいのか? この世界で」

 

 

龍騎の夢には悲しい矛盾があった。

龍騎は故郷で『みんな』に会いたいと言った。

 

それは秋山蓮、友人だったんだろう。

それは霧島美穂、もしかしたらそこには愛があったのかもしれない。

他にもいろいろと出会いたい人がいた筈だ、それこそ知り合いだけじゃない。

 

 

「そう、参加者皆集まって、笑い合えたら一番いいだろ?」

 

「そうだな……」

 

 

しかしその夢は叶わない。叶う筈もない。だってもう皆は死んでいる。

故に龍騎の願いは矛盾している。もしも願いを叶えたいのならば、龍騎はほむらを殺すなどとは思わないはず。

 

 

「だから俺の願いは叶わなくていいんだ」

 

 

その声にはありったけの悲しみがあった。

仮面の下で泣いているのだろうか? とにかく今の言葉に込められた思いは、それだけ悲痛な物を感じた。悲壮感が漂っていた。

 

本当に叶わない方がいいと思っているのだろうか?

いや、そんな事は無い。しかし龍騎も天秤には掛けられなかったのだろう。

世界と自分の想いを。

 

 

「俺は、俺の願いを叶える為にアイツを守る」

 

「じゃあ、そこが俺とお前の違いかもね」

 

 

あーあ。龍騎は投げやりに呟いて首を振る。

本当にどうしようもない、ちゃんとほむら達を殺すと決めたのに。

 

 

「ダメだな俺って、本当……」

 

「間違ってはいないさ、俺達は人間だ」

 

 

時に、人間は自分自身にだって嘘をつかなければならない。

迷い。一度決めた事すらも曲げてしまう心の弱さは、人だからこそ直面する物の筈だ。

それにこれは人の死が大きく関わっているものだ。簡単に決めていい話じゃない。

 

尤も、それでも決めなければならないのが残酷なものであるが。

一体自分達は何度この下りを繰り返せばいいのだろうか?

なんど同じ事を叫ばなければならないのだろうか?

 

守ると決め、殺すと決めるだけなのに。

どうして同じ事を何度も自問しなければならないのか。

 

 

「なあ、一つだけ聞いてもいいかな?」

 

「なんだ?」

 

 

龍騎とライアは、互いのデッキから金色に光るカードを引き抜いて動きを止める。

龍騎は一つだけ聞きたい事があった。本当はこんな事を聞くべきではないのだろうが――

 

 

「俺、正しい事をしてんのかな?」

 

「そうだな――……」

 

 

ライアはフッと笑って質問を質問で返す。それは龍騎と全く同じ内容だった。

暁美ほむらを守る事は間違っているのか? 世界を犠牲にして、それでも新しい世界に生きようとした杏子達、希望を見たほむらは間違っているのか?

 

 

「俺は、この世に正しい事なんて無いと思っている」

 

 

人はグレーを生きる存在だ。黒に転ぶも、白に転ぶも自分自身の決断が大切なんだ。

だからこそ人は自分の取る行動に責任と自信を持たなければならない。

全ては、人の心が決める存在であるが故に。

 

 

「俺は、アイツを守る事が間違っているとは思わない」

 

 

だからこそ龍騎がライアの考えを間違っていると思うのならば、ソレを証明しなければならない。

ライアに勝つと言う事は、ほむらを殺す事が正しいと決め打たなければならないのだ。

でなければ、カードには想いは込められない。

ミラーモンスターは応えてくれない。

 

 

「もう一度言う。俺は暁美ほむらが死ぬ事が、正しい事だとは思わない」

 

「………」

 

 

もしも龍騎にも同じ考えがあるのなら、龍騎はライアには勝てないだろう。

龍騎はそれを聞くと、手からファイナルベントのカードを落としてしまう。

龍騎もまた、ほむらに死に疑問を持っている様だ。

力なく崩れ落ちる様に膝をつくと、大きなため息をついた。

 

 

「俺は、パートナーとしてアイツを守るんだ」

 

「………」

 

 

そこで龍騎は顔を上げる。

 

 

「俺は、それ……、違うと思うよ」

 

「?」

 

 

偉そうな事を言えた義理じゃないが、龍騎は『パートナー』として求められる物を見出していた。

確かに相棒を守る事は大切だろう。しかし本当に大切なのは何だと聞かれれば、ソレは一つしかない。

 

 

「守るだけじゃ……、駄目だったんだ」

 

「それは、どういう――?」

 

「本当は」

 

 

龍騎の言葉は、ライアを打ちのめすには十分だった。

些細な言葉のあやかもしれないが、ライアは確かにと思ってしまった。

 

そこで聞こえる銃声。

ライアはエビルダイバーに飛び乗り、龍騎に背を向ける。

 

 

(そうか、そうだ……!)

 

 

龍騎の言う事は正しい。

ライアが本当にパートナーとしてやるべきだった事は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し時間を巻き戻そう。

場面はほむらとまどかに戻る。

特殊ルールが密かにほむらへ知らされていたと言う話だ。

 

それはキュゥべえがテレパシーで教えてくれた情報だった。

彼は詐欺師の様な振る舞いを見せることもあるが、基本的に詳細を求めれば隠さずに言ってくれる。

 

ほむらはそのルールについて、キュゥべえにありとあらゆる情報を聞き出し、嘘偽りが無いかを確認した。

ジュゥべえと言う胡散臭い奴ならばまだしも、キュゥべえが意図的に嘘をつくとは思わない。

故に、ほむらは信じた。彼女だけに与えられた特殊ルールを――!

 

 

「今、なんて……」

 

 

まどかは目を見開いて、信じられないと言う風に口を開けている。

呆けているまどかの為に、ほむらはもう一度特殊ルールの全貌を説いた。

 

それは、ほむらが生き残った際に『ある事』をしていれば、ボーナスが追加されると言う事だ。

 

ほむらは、まどかがゲームに参加しているとは知らなかったし、思いもしなかった。

だから、その特殊ルールをクリアしようと決めたのだ。

全ては、まどかを守るために。

 

 

 

 

 

【ゲーム終了時点で、生き残った者が自分のみの場合は、世界再構築後に願いを一つ無償で叶えられる】

 

 

 

 

 

「私は頑張ったわ! 貴女と共に、新しい世界を歩む為に!!」

 

 

ほむらは思い出す。

そうだ。全ての参加者は邪魔だった。

だから気の毒だとは思うが、消えてもらうのが一番だった。

 

 

「もちろん再構築後には危険人物以外は全て蘇生させるつもりだった。だから、だから――!!」

 

 

ああ、思い出す。

 

 

『ば、馬鹿な――ッ! 何故!?』

 

 

幸い、ほむらの魔法は気づかれずに移動できる最高の手段だ。

だから行動に出る事ができた。最初は自分を襲ってきた相手、殺人鬼だったようなので同情する事も無かった。

 

手塚に助けられて家に戻った後、ほむらは着替えると言って時間を止めた。

そしてすぐに襲われた現場に戻り、シザースペアを探した。

魔法少女の身体能力があれば、見つける事は難しくはない。

それとも運がよかったのだろうか?

 

 

『私は……絶対に――……』

 

 

弱っている二人を殺す事は簡単だった。

キリカのソウルジェムを狙い撃ち、そして生身の須藤を殺す。

その際に姿を見られてしまったが問題ない。向こうだって信じられなかった筈だ、まさか逃げたはずのほむらが、追いかけて来て殺しにかかるなんて

 

 

「全ては、まどか! 貴女の為なの――ッ!」

 

 

願いを叶える事ができれば、自分達の安全を保障しつつ魔法少女の狂った運命を破壊する事ができる。

ほむらがずっと追い求めてきた、まどかとの幸福が現実の物となるのだ。

それがほむらにとってどれだけ嬉しいものだったか。どれだけ希望をくれる物だったか。理解できるだろうか?

 

 

『はい、ほむらお姉ちゃん!』

 

 

罪悪感を感じなかったと言えば嘘になる。

ゆま達を狙うのは、できれば最後が良かった。

しかしどうしても巴マミ達が邪魔だった。ほむらはマミの実力を良く知っている。

だから、心を鬼にできた。ゆまの様な幼い子供がいたのは少し心が引けたが。

 

しかし、やはりそれは簡単だった。

時間を止めて、外部から狙撃された様に銃弾を発射すればいいだけ。

自分にもかする位置にしておけば、仮に失敗しても疑われる事は少ない。

 

そして銃弾の種類はマミが使う一般的なマスケット銃にあわせ、杏子がマミが犯人である事をミスリードする様に誘う。

もちろん魔法の銃と現実の銃では弾丸の構造を見ればバレてしまうので、狙いは眉間等なるべく即死してくれる場所を狙った。

 

そうすれば死体を調べられる前に、死体と銃弾が粒子化して消えるからだ。

結果的には杏子はまんまとマミが犯人であると決めつけ、潰しあってくれたから狙いは完璧である。

 

 

「まどか……、私はずっと貴女を想ってきた。それこそ他の何を犠牲にしてもいい!」

 

「な、なんでそんな事までして!?」

 

「貴女は私に希望を教えてくれた! だから貴女を守る為なら、私は悪になってもいい!!」

 

 

マミ戦。浅海サキや浅倉威など危険人物は、意外といいアシストをしてくれた。

サキは危険視していたマミに致命傷を与え、王蛇は北岡を無防備にしてくれた。

 

ほむらは時間を停止して、逃げた北岡を見つける。

盾からトラックを召喚して魔法を使って走らせる様にセットした。

あとは手塚達の所に戻って時間を戻せば、勝手にぶつかって北岡は死んでくれた。

 

全ては自分以外の参加者を殺す為だ。

その後はほむらが手を下さずとも、みるみる減っていき、ついには最終日まで来た。

わざわざ逃げずに待っていたかいがあったと思ったが、まさか最後のペアに鹿目まどかがいるとは――……。

 

 

「あ、あなたは他の参加者を殺してまわっていたの!?」

 

 

そうだ。

呉キリカ、須藤雅史、千歳ゆま、佐野満、東條悟、北岡秀一は直接手を下した。

後の参加者も、ほむらの作戦通りに死んでいった。

 

 

「お願い理解してまどか! 私の気持ちを分かって! 絶対に後悔はさせないわ!!」

 

 

まどかを殺す事はしたくない。それでも死と言う概念を超越すれば、以後は幸福が待っている。

ほむらは必死だった。今まで心身共にすり減らして地獄を何度も体験したのは、全てまどかを守り、幸せにする為ではないか。

そして今、その終わりがやっと見えた!

 

 

「皆を騙して……! あなた狂ってる!!」

 

「分かって! お願いまどかっ!!」

 

 

まどか視点、ほむらは理不尽なルールに振り回される被害者であった。

しかし実は誰よりも早く順応しており、そして特殊ルールでの勝利を狙う為に暗躍して回っていたのだ。

ほむらは狙われる可哀想な獲物ではない。完全な勝利を狙うハンターだったのだ。

 

ほむらは一番最初のゲーム発表で、そのルールを頭に植え付けられ、キリカ達の襲撃で自分の進む道を決めた。

世界は自分をどうあっても邪魔をするつもりなのだ、だったらとことんまで戦ってやると。

 

 

「貴女は私を救ってくれた! 今度は私が貴女を救う!」

 

 

ほむらはまどかに詰め寄ると肩を掴む。

やっと触れる事ができた。それだけでほむらはボロボロと涙を流す。

 

 

「わたし……、貴女なんて知らない――ッ!」

 

「分かってる。でも真実を知れば貴女は分かってくれる!!」

 

 

貴女は誰よりも優しく、誰よりも強い。

ほむらはまどかへの想いをどんどん募らせていった。

そして今、その想いが溢れていく。どれだけまどかとの普通の生活を望んだだろうか。

 

そうだ、普通でよかった。

まどかと一緒に笑い合える未来、そんな当たり前の事をどれだけ望んだのか――ッ!!

 

 

「は、離してぇ!」

 

「まどか――ッ! 嫌ッ、そんな顔をしないで!」

 

 

ほむらはまどかに拒絶される事だけは避けたかった。

今のほむらはただの感情の起伏が激しい中学生の女の子だ。

まどかへの想いが、彼女を暴走させていく。

 

 

「私は敵じゃない!」

 

「嘘! わたしも殺すつもりなんだ!!」

 

「違う! 信じて!!」

 

「信じられる訳ないよ! 貴女みたいな人っっ!!」

 

 

ほむらの脳裏に、あの小説に書いてあった事が羅列される。

愛を示す最大の好意。それだけが結果となり、ほむらの体を動かしていた。

どうしてそんな事をしようと思ったのか。うまく説明はできないが、体は動いていたのだ。

 

 

「私は、私は――ッ!」

 

「―――」

 

 

え? まどかは一瞬何が起こったのか信じられなかった。

ほむらが悲しげな顔で必死に訴える様な目を向けてきた。

けれどもそれが怖くて暴れていると、ほむらが唇を唇へ重ねてきた。

涙の味がするキス。唇を離した後も、ほむらは泣いていた。

 

 

「私は貴女を愛しているの!!」

 

「………」

 

 

まどかはポカンとしてほむらを見ている。

ほむらはそこで初めて自分がとった行動を理解して頬を染めた。

 

 

「ご、ごめんなさい……ッ!」

 

「あ、愛って……。そこまでわたしを――?」

 

 

頷くほむら。

自分の全てを、まどかになら捧げてもいい。

 

 

「貴女は、私の全てなの……」

 

 

だからどうか信じて。

そしてできれば城戸真司と共に死んでほしい。手塚は頼めば死んでくれるだろう。

そうすれば世界を再構築して杏子やマミ、さやか達も蘇生させるし、願いを使ってキュゥべえ達が以後ちょっかいを出せない様にする。

魔女を消すのもいい。とにかく、魔法少女からの呪いを解除して、よりよい世界をつくる

 

 

「そして、貴女と一緒に――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気持ち悪い」

 

「え……」

 

 

まどかは確かにそう言った。

ほむらは表情を歪め、まどかを見る。

今、何と言った?一番聞きたくない言葉が聞こえて、ほむらは全身が震え始めるのを感じた。

 

 

「気持ち悪いよ、あなた」

 

「ま、まどか?」

 

「え? いやッ、キモ……!」

 

 

まどかはほむらから距離を取る様に後退していく。

追いかけようとするほむらだが、言葉が凶器となり、足が震えてうまく動けなかった。

 

初めて見る。まどかのゴミを見る様な目は。

そしてそれが自分に向けられている現実。

認めたくないと言う感情が、ほむらの目から涙を溢れさせた。

 

 

「止めて……! そんな顔をしないでぇ」

 

 

ほむらは、フラフラと救い求めるように手を伸ばす。

しかしまどかはソレを見ると、再び後ろへ下がった。

 

 

「ないって。いやいや、ないない。本当に無理だから」

 

「ッッ、そんな!」

 

 

嫌だ、まどかに拒絶されるのは嫌だ。

ほむらはボロボロとまた情けなく涙を零す。

まどかに否定されたら自分は何の為に今まで――ッ!?

 

もちろん一番良いのは、まどかが幸せになる事だ。

でも、それでも、自分を受け入れてほしかった!

 

 

「私は、貴女の為に何度も――ッ!!」

 

「だからキモイって。死んでよ。あなたなんか死ねばいいの!」

 

「!!」

 

 

一番聞きたくない言葉かもしれない。

ほむらのソウルジェムが急激に汚れていく。

そしてまどかは顔を憎悪で歪めて、舌打ちを行った。

 

あんな表情は見たことが無い。

そして恨みが全て自分に向けられている。

ほむらはおかしくなりそうだった。

 

 

「なんで……!? まどかぁ」

 

「アア、もう駄目耐えらんないわ!」

 

 

このまま放置しておけば魔女になってほむらは死ぬ。

それでよかったのに、やっぱり目の前にすれば怒りで堪えられなかった。

 

 

「え? 何を言って――」

 

 

そこで、まどかはどこからか拳銃を取り出して、ほむらへ向けた。

一瞬、武器を奪われたのかと思ったが、違う。

それは完全に魔法で構成された武器だった。

 

 

「死ねよ、クソガキがッッ!!」

 

 

まどかは憎悪で表情を歪め、引き金を引いた。

 

 

「―――」

 

 

銃声が聞こえ、尚も二人は立ち尽くしていた。

しばらくすれば再びまどかの舌打ち。ほむらは反射的に体を反らして、銃弾を回避していたのだ。

しかし流石に至近距離。ほむらは眉間こそ反れたが、目に銃弾を受けてしまい苦痛に絶叫ていた。

 

魔法少女の防御力で弾丸は瞳に弾かれた。

それでも痛みと衝撃は絶大だ。現にほむらは出血して、目を押さえながら後ろへ跳んでいる。

ともあれ最早そんな事はどうでもいい。問題はまどかのこの行動と変わり様だ。

 

 

「あーあ、外しちゃった。クソ! 避けないでよ熱い銃弾(ハート)……」

 

「まどか……?」

 

 

いや違う!

 

 

「貴女、誰ッ!?」

 

「えー? 何言ってんのほむらちゃん、頭おかしくなっちゃった? どこからどう見ても鹿目まどかだよ?」

 

 

そう言って笑うまどか。確かに言っている事は間違いじゃない。

どこからどう見てもほむらが知っている鹿目まどかだった。

声も、顔も、姿も全部。

 

 

「でも、貴女はまどかじゃない!!」

 

「ふぇぇ!? 貴女みたいなクレイジーサイコレズにわたしの何が分かるのぉ?」

 

 

マジキモイんですけどー! そう言って再びまどかは引き金を引く。

今度はしっかりと盾で防御してみせる。それを見て、まどかは舌打ちを。

 

 

「おかしい、こんなの明らかにおかしい!」

 

 

ほむらは冷静さを取りもどし、同時にソウルジェムの濁りのスピードも遅くなる。

 

 

「ティヒィィイッ! ちょっとそこで止まっててよ、ほむらちゃん! わたしの事を愛してるなら止まってて! すぐにチーズみたいに穴だらけにしてあげる!」

 

「黙りなさい! 貴女は誰ッッ!?」

 

 

どこからどう見ても鹿目まどか。

しかし彼女を知っている身としては、どこからどう見ても鹿目まどかではない。

言っている事はおかしな事と分かっているが、それでも目の前にいる『まどか』は、やはり鹿目まどかとは思えなかった。

 

 

「どぅあかぁら! まどかだよ! か・な・め・ま・ど・か!!」

 

「ち、違う!」

 

「違わないYO! 貴女がだーい好きなまどかだYO!!」

 

「うるさい! 黙りなさい!!」

 

 

ほむらは銃を引き抜いて、迷わずに引き金を引く。

もうこれ以上まどかの顔で、まどかの声でふざけた事を言われたくは無かった。

 

するとまどかもまた、合わせる様にして銃弾を発射。

二つの弾丸は見事に正面でぶつかり合い、互いを弾きあう。

金属同士がぶつかる音と、衝撃から発せられる火花が一瞬だけ二人の顔を照らす。

涙の跡を残して青ざめるほむらと、歪な笑みを浮かべるまどか。

 

 

「もうしょうがないなぁ、ほむらちゃんは!!」

 

「ッ?」

 

「じゃあねー、よく見ててよぉ。おほん!」

 

 

まどかは咳払いを行うと、指を鳴らして表情を変える。

 

 

「わたし達も、もうおしまいだね――……っ」

 

「ッッ!」

 

「だったら、ほら、これだったらいいの? はい、じゃあ続きいくよ」

 

 

まどかは急に苦しそうに顔を歪ませて、涙を浮かべる。

そしてその言葉。ほむらの心が大きな悲しみと後悔で揺れ動く。

 

 

「わたしにはできなくて、ほむらちゃんにできること……、お願い、したいから」

 

「ま、まどか……」

 

 

まどかは苦しそうに呻き、涙を浮かべた。

ほむらは、まどかを少しでも楽にしたいと思って――

 

 

「……ちょっと待って。何故貴女がその言葉を知っているの?」

 

「完璧でしょ? どうだった? やっぱり苦しい顔の方がいいなんて、ほむらちゃんはドSだなぁ! ディヒヒヒヒー!!」

 

「――ッッ!!」

 

 

やはり確信する。彼女は絶対に違う!

 

 

「クレイジーでサイコでレズでドSとか、マジで詰め込む属性間違ってんよアンタぁ!」

 

「黙れぇええエエエエエッッ!!」

 

 

ほむらは盾からマシンガンを引っ張り出すと、すぐに連射を開始する。

とは言え、まどかはケラケラ笑いながら飛んで跳ねて。素早い動きで銃弾をかわしていった。

 

 

「おいおい、せめて操られてるとか考慮しなよ。浅いんだよなぁ」

 

「ッ」

 

「ま、別人ってので当たりなんだけど!」

 

 

まどかはそう言って美しい装飾が目立つ柱の上に立った。

そして両手の指をパチンと軽快に鳴らしてみせる。

光がまどかを包んでいく。結局、これもまた単純な話である。

鹿目まどかは、このゲームには参加していないと言うだけの話!

 

 

「じゃんじゃじゃーんっ!! 正体はユウリ様でしたーッ!!」

 

「!!」

 

 

12番目。龍騎・城戸真司のパートナーであり、技のデッキが所有者。

固有魔法に変身の力を持った、ユウリと言う魔法少女。

 

ギリギリ肌を隠している程度の派手な衣装に、金髪のツインテール。

ピエロのような格好のユウリは、憎悪の笑みをほむらに向けている。

構えるのは専用武器である二丁拳銃リベンジャー。あの弓はただの飾りだった。

 

 

「城戸の奴は虫歯になっちゃいそうなくらい甘いから、アンタを殺す事に最後まで躊躇してた」

 

 

むしろ今もまだ迷っているかもしれない。

まあでも、それは別に悪い話じゃない。ユウリだってその間に魔女を狩り狩ってまわれたし。

 

 

「でもアタシは城戸とは違う」

 

 

ユウリはリベンジャーを連射しながら笑う。

ほむらも反撃にマシンガンを連射して銃弾を相殺していった。

激しい火花が散っていく。

 

 

「本物の鹿目まどかちゃんは未だに入院中だよ。もうすぐ退院。よかったね、魔法少女にもなってない」

 

 

でもびっくりするだろうな。ユウリはゲラゲラと笑う。

 

 

「せっかく元気になって学校に戻れるのに、親友の一人と慕ってた先輩はもう死んでます。しかもそれを把握する事すらできないまま世界が終わるな・ん・て」

 

「――っ!」

 

 

そこで感じる違和感。

まどかが魔法少女になっていないなら、どうしてユウリはまどか魔法少女としての姿を知る事ができた?

それにあの言葉だってそうだ、どうして知っている!?

 

 

「コルノフォルテ!!」

 

「あぐっ!」

 

 

油断していた。

ほむらは背後から突撃してきた牛の化け物に気づかず、攻撃を受けてしまう。

吹き飛ぶほむら、すぐに時間を止め様としたが、ソコでユウリはネタバレを行った。

それを聞きたいが故に、ほむらは時間を停止する事を止める。

 

 

「技のデッキは魔女を使役できる」

 

 

箱の魔女・エリーキルステンは、対象者の過去の傷を調べる事ができる。

精神攻撃の為に使うのだろうが、ユウリにとっては貴重な情報源として利用できるのだ。

そしてユウリはシザースとキリカ襲撃時に既にほむらを発見していた。

そこでエリーを使い、過去を覗いたのだ。

 

 

「何も知らなかったら……、アタシもアンタに同情してた。ティースプーンくらいの優しさはあげられたかも」

 

 

だけど、過去を見て、考えは変わる。

 

 

「随分とまあ、好き勝手にやってくれたわなぁ!」

 

「ッッ!!」

 

 

ユウリの銃弾が一発、ほむらの肩に入った。

倒れる中で、時間を止め様と試みるが、砂の数がもう無くなっている事に気づいた。

いろいろと無茶をしすぎたか? それとも意図的に減りが早くなっている?

それは分からないが、もう時間は止められないし、ソウルジェムの濁りも酷い。

魔力を使えば一気に危険な状況になってしまう。

 

 

「暁美ほむらァ、お前のせいでッ、どれだけの人間が貴重な奇跡を逃したと思ってる!?」

 

「っっ!」

 

「勝手に終わらせ、勝手にスタート。お前以外の人間はどうでもいいって? そりゃないよ」

 

 

ユウリは真剣にほむらを睨んだ。

ほむらの勝手な行動が、結果として多くの人の幸せを奪った。

ユウリはこの世界で奇跡を起こしていた。それが何なのかは語らないが、絶対に守りたい絆を手に入れたのだ。

 

 

「それを無かった事にされる気持ちを考えた事ある? お前は悪魔だよ、暁美ほむら!!」

 

 

絶対に終わらせない、絶対に守ってみせる。ユウリはほむらを確実に殺す気だった。

 

 

「今まで散々やっておいて、あげく再構築? 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

 

 

ユウリはほむらの魔力切れを狙っていた為に、かまわず攻め込んでいった。

 

 

「アタシには絶対に守りたい人がいる!!」

 

 

しかしその人は、おそらく次の世界では死んでしまうだろう。

 

 

「終わって溜まるか、こんな所で!!」『アドベント』

 

 

ユウリが召喚するのは嘲笑の魔女・クリフォニア。

カラフルな綿の体に、髑髏の頭部。目の部分は薔薇でできている不気味な魔女だった。

体からは無数の触手が生えており、気味の悪い動きをして一勢にほむらを狙う。

 

ほむらはすぐに銃弾で触手を破壊していくが、クリフォニアの触手はすぐに再生するようだ。

ほむらを執拗に狙い、逃がしてくれない。

 

 

『クプオオオオオオオオオオオ!!』

 

「くっ!!」

 

 

四肢を絡め取られるほむら。

その時だった。

 

 

「か――ッッ!!」

 

「………」

 

 

両手両足に打ち込まれる弾丸。ユウリは二丁拳銃を回して、冷めた目でほむらを睨んでいた。

撃ち込んだのは麻痺(スタン)(ガン)。相手の動きを封じる攻撃だった。

二重の拘束だ。それだけユウリは慎重であると言う事でもある。

 

 

「確実に殺す」

 

 

ユウリはほむらのソウルジェムを奪うため、目の前にやってくる。

 

 

「何が……、いけないのよ」

 

「は?」

 

 

そこでほむらが呟いた言葉。

 

 

「幸せになる事を願って、何がいけないの――?」

 

「………」

 

 

ユウリは一度小さなため息を。

そして思い切り腕を振るい、裏拳をほむらの頬へ打ち込んだ。

 

 

「うぐッッ!」

 

「よく聞け屑」

 

 

ユウリはほむらの襟首を掴み、顔を引き寄せる。

 

 

「幸せになるには、他者を犠牲にしすぎ」

 

「ッッ」

「お前が死なせた時間の中で、幸せになっていた人がいる」

 

「ぅ」

 

「仮にアンタがアレを救えたとして、その時間の中で不幸になる人間がいる。そいつはお前が時間を壊さなければ、幸せになっていたかもしれない」

 

 

ユウリは強く言う。

自分達は神じゃない、魔法少女だ。

 

 

「お前の幸福の為のワガママを、アタシ達に押し付けるな」

 

 

ユウリはギリギリと歯を食いしばり、ほむらを睨んでいた。

どうやらこの時間軸だけは守り抜きたいらしい。

ならば、暁美ほむらと言う存在は邪魔で邪魔で仕方ない。

だってほむらは、ユウリの幸福を無かった事にしようとしている悪魔ではないか。

 

 

「お前に、幸せになる資格なんかないんだよ!」

 

 

ユウリはほむらのソウルジェムを掴み取ろうと手を伸ばした。

 

 

『トリックベント』

 

「は!?」

 

「違うッ!!」

 

 

パートナーといればカードが増える。

あのデートの終わり、ライアのデッキには新たなるカードが増えていた。

それは脆い絆だったのかもしれない。しかし運命を司るデッキは、確かに新たなる力を授けてくれた。

 

二枚目のトリックベント。

それは騎士とパートナーの位置を入れ替える効果である。

だからライアはユウリの前に現れたのだ

 

 

「何ッ! お前は!!」

 

「エビルダイバー!!」

 

 

空にいたエビルダイバーはほむらを乗せており、そして赤紫の雷撃を発射する。

それはユウリとクリフォニアを捉え、激しい光を放った。

バチバチと激しく音を立てる雷撃。ライアは全力をそこに込めていた。

 

 

『ピギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

「あ――ッ!! ぐぅぅぅウゥウッッ!!」

 

 

爆発するクリフォニア。

解放されたライアは、もう一度声を大にしてほむらへ届くように言葉をぶつけた。

 

龍騎から言われた事が胸に刺さっている。

パートナーならば相方を守る事も大事だが、何よりも――!

 

 

「お前は幸せになっていいッ!!」

 

「……!」

 

「ぐはッッ!!」

 

 

ライアはユウリを殴り飛ばすと、エビルウィップで体を縛り上げる。

流すのはまたも電流だ。ユウリの体に一気にダメージが蓄積されていく。

魔女を召喚しようにも体が縛られているため、カードを抜けない、撃てない。

 

 

「お前はずっと今まで戦ってきたんだろう!?」

 

 

ライアは叫ぶ。

確かに抱えた罪もあるかもしれない。

しかしひたむきに戦い続けた時間は真実だ。今更諦めるのは、らしくない。

 

 

「アホか!!」

 

 

ユウリはその言葉を笑い、一蹴する。

 

 

「幸せに? それは他者を犠牲にして得る最低な物だろうが!!」

 

「確かにッ、そうかもしれない!」

 

「ハッ!」

 

「だが、だったら! 俺達は皆が幸せになれる方法を探したか? 追い求めたか?」

 

「!!」

 

 

ユウリの表情が変わる。

ライアは言った。皆が幸せになれる道は、ある事にはあるのかもしれない。

しかしそれは探すのが一番難しく。叶えるのも一番難しい物なのだ。

ユウリはそれを目指したのか?

 

 

「そ、それは――ッ!」

 

「人は、少なからず誰かの犠牲の上に幸せを作っている! 現にお前は暁美ほむらの上に成り立つ幸福を望んでいる!!」

 

「………」

 

 

ほむらはエビルダイバーの上に横たわり、グッと唇を噛んでいた。

涙が溢れてくるのを感じていた。

ライアは――、手塚はこの期に及んでほむらを肯定しようと言うのか。

ほむらの行動を、間違っていないと言うのか……。

 

 

「ユウリ! 俺達もお前も、他者の涙の上に成り立つ幸せを選んだ!」

 

「規模が違う! 限度があるッッ!!」

 

「そうかもな。だが――!」

 

 

ライアは思い切り鞭を振るって、ユウリを空へ投げ飛ばす。

 

 

「俺達が選んだのは、そう言う幸せだろうッ!!」

 

「!!」

 

 

他者を犠牲にする方の。

そしてライアはパートナーの名前を叫び、ファイナルベントを発動する。

ほむらは愛する人を守りたいから戦ってきた。それを叶えなければならない。

だからココで諦めるのはまだ早い筈だ。

 

ライアはほむらの言葉を全て聴いていた。

ほむらが無意識に発動していたのだろう。トークベントで言葉や気持ちが頭の中に流れ込んできた。

だから、ほむらが戦い続けた想いを知った。

 

 

「暁美ッ! 俺に力を貸してくれ!」『ファイナルベント』

 

 

ライアはありったけに叫ぶ。

ほむらが間違っているかどうかなんて関係無い。

大切なのは生きたいか。幸せになりたいか。そして鹿目まどかとまた笑い合いたいか?

 

ずっと戦っていた。ずっと苦しんできた。

それを報いるのは、齎される幸せの筈。

 

 

「お前は幸せになれる。なっていい!!」

 

「手塚――っ!」

 

「本当の笑顔を忘れるな! お前の道を間違えるな!!」

 

 

ほむらは涙に濁る視界の中で、まどかの笑顔を視た。

 

 

(そうだ、約束したんだ……)

 

 

大切な誓いを交わしたんだ!

まどかの思いを、まどかの努力を無駄にしないと決めたんだ!!

 

 

「暁美ほむら! 俺の手を取れッッ!!」

 

「ッ!!」『ユニオン』

 

 

ほむらはユウリを睨む。

 

 

「ごめんなさい、ユウリ――ッ!」

 

「!!」

 

「私は、ここじゃ死ねないの!!」『ファイナルベント』

 

 

ファイナルベントを使っても、ユニオンを使えばもう一度使う事ができる。

それと同じで、魔法少女もまた複合ファイナルベントを使用する分だけ、魔力が回復する。

 

ライアは手が麻痺しているほむらの代わりに、盾を操作。

さらにそこから武器を抜き取り、囮の銃弾を発射する。

 

 

「くっそぉオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

空中と言う動き辛い場所に加えての、時間停止。

集中を散らせる弾丸、そしてエビルダイバーの高速移動。

ユウリは必死に抵抗するものの、圧倒的にスピードが足りなかった。

 

 

「ぐあぁあああああ!!」

 

 

エビルダイバーが眼前から消えた瞬間、ユウリは背後を撃つ。

狙いは悪くないが、読みは外れていた。

ライア達は真下から突き上げるように突進。エビルダイバーがユウリを引き飛ばした。

 

ユウリは血を吐き、苦痛の声を漏らす。

しかしまだソウルジェムは破壊されていない。

耐え切ったか? 少し余裕を見せるが、甘かった。

 

 

『トリックベント』

 

 

どんな攻撃も無かった事にしてしまう効果を持つ一枚目のトリックベント・スケイプジョーカー。

ライアはその力を自分の必殺技に使用した。はじけ跳ぶライア達、ジョーカーのカードがユウリの目に飛び込んでくる。

 

 

「はは……!」

 

 

ライアは、『必殺技を当てた』と言う事を無かった事にした。

ユウリの前方から再びライア達がハイドベノンで突っ込んでくる。

 

 

「次は、外すなよ」

 

「ええ」

 

 

ライアとほむらが、ユウリのソウルジェムを睨んでいる。

ほむらは先ほどよりも威力の強い銃を引っ張り出した。

 

 

「さいっていだ……!」

 

 

時間停止を止める術がない。何をしても詰んでいた。

だからユウリはせめてもの抵抗に、自分の固有魔法を発動する。

 

 

「!!」

 

 

 

ほむらの表情が変わる。

ユウリは再び鹿目まどかに変身したのだ。

そして攻撃じゃなく言葉を投げかけた。

 

 

「ほむらちゃんの、人殺し」

 

「!」

 

「だいっ嫌い……」

 

 

攻撃を止めて。

一瞬だけその言葉を言いそうになった。しかしほむらはその言葉を飲み込む。

それでも、ほむらの心を抉るには十分な威力だった。

 

 

「俺を恨めユウリ! お前は俺が殺す!」

 

 

それでもまた、彼は庇おうとしてくれる。

 

 

「それがお前の、運命だ!!」

 

 

ライアがほむらから銃を奪った。

パーフェクトライアーはそのままユウリを捉え、ソウルジェムを破壊した。

これでやっと――

 

 

「!!」

 

 

終わらないのが、残酷な所だ。ユウリはまだ奥の手を残していた。

技のデッキの恐ろしさは、グリーフシードを大量生産する事ができる点だろう。

使役した魔女に使い魔を産ませ、それを魔女に成長させてから自害させる。

それを繰り返すことで、ドロップ率が不安定なグリーフシードを安定して手に入れられる。

 

ユウリはそれをひたすら繰り返した。

だからこそ現在、ユウリは数え切れないほどのグリーフシードを所持していた。

そしてユウリが死んだとき、それが魔女になるように魔法を構築していたのだ。

 

無茶苦茶な行為だが、その無茶苦茶はしっかりと発動された。

世界が割れ、そこから大量の魔女が飛び出してくる。

ライアペアを取り囲む何十、何百と言う魔女達の群れ。

このボロボロの状態で今から全滅させろと?

 

 

「………」

 

 

そんな絶望の間際、粒子化して消えていくパートナーを見ていたのは龍騎だ。

彼はほむらを殺せない。ほむらもまた、生きて救われる道を示した。

 

龍騎は大切な事から目を背けていた。

ほむらを救う事は、ユウリが救われない事であった。

ほむらを殺したくないと目を背けた結果、ユウリは死んだ。

 

 

「………」

 

 

そして今、魔女の群れにほむら達が殺されようとしている。

もしもここで彼女らが死ねば、ユウリは何のために死んだんだ?

龍騎は拳を強く握り締める。

 

もっと早く、答えを見つけ、もっといい道を見つけていたのならこんな事にはならなかったかもしれない。

こんな悲しみが残る事には――ッッ!!

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

龍騎の咆哮が聞こえ、ライア達が視線を向ける。

そこには巨大な火球が魔女結界の壁にぶつかっているのが見えた。

紅蓮の塊は魔女結界を破壊し、外へ続く道を照らしていく。

 

逃がしてなるものか。

魔女達はすぐに結界の穴を塞ごうとする。

 

 

「こっちだ! 早く!!」

 

「ッ!」

 

 

ライアは頷くと、エビルダイバーを一気に加速させた。

魔女達の攻撃を紙一重でかわしていき、龍騎が開けた穴から外へ脱出する。

まさに危機一髪と言った所か。

 

 

「!」

 

 

そこでライアは気づく。結界の中にはまだ龍騎が残っているのだ。

彼もドラグレッダーに乗れば脱出できる筈なのにソレをしない。

その意味を理解して、ライアは声を荒げた。

 

 

「まさかアンタ――ッ!」

 

「………」

 

 

龍騎はライア達ではなく、ドラグレッダーを見ていた。

 

 

「ごめんな、ドレグレッダー。ごめんな、ユウリちゃん」

 

 

こんな迷ってばっかの、役立たずなパートナーで。

 

 

「でも、せめてケジメだけはつけるよ」

 

 

龍騎は改めて自分を取り囲んでいる魔女達を睨んだ。

もしも龍騎も脱出してしまえば魔女たちは生き残り、いずれ人を襲おうとする筈だ。

それは許してはいけない、たとえ今日で世界が終わるとしても。

だって何も知らない人たちは、何も変わらない明日が来ると信じている。

 

そこに魔女はいらないだろう?

丁度いい事に、魔女自身が結界を塞いでくれた。

 

 

「――っ」

 

 

皆が幸せになる道を、見つけたかった。

龍騎は仮面の奥で目を閉じる。

 

 

「―――」

 

 

魔女たちは餌に群がる獣の様に龍騎を囲み、すぐに肉をむさぼり始める。

数分で消えいく命。ドラグレッダーは主人の死をトリガーに粒子化していくが、問題はココにある。

 

粒子化から消滅までは若干のタイムラグが存在していた。

そこに龍騎は全ての力をドラグレッダーに乗せていたのだ。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

龍の口が文字通り裂けた。

肉を断ち、血が飛び散る中でドラグレッダーは瞳を光らせる。

幸い、龍騎を喰う為に魔女達は一箇所に集まっている。ドラグレッダーはそこへ最大級の火球を発射した。

 

あまりの熱量、そしてあまりの衝撃。

ドラグレッダーの体は耐え切れず、炎を発射した直後に爆散していった。

しかし命を乗せたその炎は、あれだけ無数にいた魔女たちを一瞬で焼き尽くすと、魔女結界と共に『存在』をも消滅させていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

【城戸真司・死亡】【ユウリ・死亡】【残り2人・一組】

 

【ライアペア以外の死亡を確認、よって残り一時間で世界再構築へと移行】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったのね……」

 

「ああ」

 

 

二人はアパートの前に立っていた。

空を見上げるほむら、灰色の空から白いものが降ってきた。

 

 

「雪……」

 

「積もるかもな」

 

 

手塚は舞い落ちる雪の中に佇むほむらを見た。

本当に儚げで、消えてしまいそうだ。少しでも目を離せば壊れてしまうんじゃないかと。

それがやはりどうしようもなく悲しくて寂しかった。

 

 

「………」「………」

 

 

全てが終わった後、二人は手塚の部屋で何をするでもなく黙っていた。

ほむらは両手両足に残っている痺れが取れず、ベッドの上で寝ている。

一方の手塚はベッドに背中を預け、床に座っていた。

 

凄まじい虚無感と疲労。

二人はしばらく無言で過ごしていた。

だがもうすぐ世界は滅び、再構築が始まるのだが――、いまいち実感が湧かない。

 

 

「ごめんなさい」

 

「?」

 

 

先に言葉を放ったのはほむらだった。

トークベントを発動していた事は手塚から聞いた。

自分の言葉や想いが知られたとあれば、やはり謝罪は必要だと思ったのだ。

 

 

「本当に、ごめんなさい」

 

「謝る必要は無いさ」

 

 

しかしそう言う訳にもいかないだろう。

手塚は全てを知った。ほむらが隠れて他の参加者を殺していた事や、特殊ルールを内緒にしていた事も全部。

必要とあれば、ほむらは最後に手塚すら殺すつもりだった。

 

 

「軽蔑したでしょう? 私は結局、狙われるべくして狙われたの」

 

「まあ驚いたが、お前が俺のパートナーである事には変わりない。軽蔑はしないさ」

 

「そう……」

 

 

それだけ言って、また暫く無言が続く。

再び口を開いたのは、ほむらだった。

 

 

「お願いがあるの」

 

 

淡々と言う。

 

 

「お願い?」

 

「そう、最後のお願いを聞いてほしい」

 

「ああ、分かった。ここまで来たらどんな願いでも聞いてやる」

 

「そう、ありがとう」

 

 

だったら遠慮なくと、ほむらは最後の願いとやらを告げた。

その表情はあくまでも淡々としている。

願いを言う時の口調も、また淡々とした物だった。

 

 

「キスしてほしい」

 

「………」

 

 

手塚は目を丸くする。正直予想外だった。

 

 

「り、理由を……、聞いてもいいか?」

 

「終わらせたいの、全部」

 

 

ため息が出た。

なんだよく分からないが、ほむらがそれを望んでいるならば。

ただ、それが本心であるかどうかは大切なところだ。手塚は一旦ほむらの前にやってきて、目を見つめる。

 

 

「何?」

 

「本当にいいのか? お前好きな人が――」

 

「お願い。それとも、ファーストキスじゃないから嫌? 私じゃ嫌?」

 

「そうじゃなくて……」

 

 

「勝手な事だって事は分かっている。だけど一つ分かってほしい」

 

「?」

 

「そこに――、愛は無いと言う事を」

 

 

愛。ほむらは少し、感情をその部分に込めた。

今から行われるのは、愛の無い愛を示す行動。

おかしい、矛盾している。しかしそれをほむらは望んだのだ。

 

 

「悪いが、俺はお前をパートナーとしては見れど、特別な感情を持った事は無い」

 

「私もよ。彼方を愛する事は、一生無いでしょうね」

 

 

お互いに、それでいい。

 

 

「わ、悪い……」

 

「謝らない……、で――」

 

 

触れ合う唇。

伝わる温もりを感じて、ほむらはゆっくりと目を閉じた。

 

 

『手を、握ってほしい』

 

 

トークベントでそれだけを伝えて、答えを待たずに切る。

手塚はちゃんと応えてくれた。ほむらの手を優しく握り締める。

ほむらも弱弱しい力ながら、しっかりと握り返した。

 

二人の口付けに愛は無かったかもしれない。

しかし優しさならば、溢れんばかりにあったのだと思う。

 

 

「泣いているのか……?」

 

 

唇を離した手塚が最初に言ったのは、そんな言葉だった。

ほむらの目からは一筋の涙が伝っている。

何を想い、そして何故涙を流したのかは、ほむらにしか分からない事。

 

 

「彼方もね」

 

「………」

 

 

そしてそれは手塚も同じだった。

時計を確認する。世界が滅ぶまでもう残りわずかだ。

手塚はそこで安堵した様に笑みを漏らした。

 

 

「終わるな」

 

「ええ」

 

 

手塚はそこでほむらに笑みを向ける。

ずっと戦ってきた相棒へ何かメッセージでもかけるのだろうか?

手塚は寂しげな表情ながらもしっかりと笑い、そしてほむらへ最後の言葉をかける。

おそらくこのメッセージを言い終えたくらいで、時間がくる筈だから。

 

 

「ほむら」

 

「――?」

 

 

手塚は何かを取り出した。

 

 

「え?」

 

 

それは、ほむらから奪っていた拳銃だった。

 

 

「お前は、生きろ」

 

「――っ」

 

 

手塚はその拳銃を自分の頭の横、こめかみに押し当てる。

手塚は笑顔だった。満面の笑みではないが、口も目もしっかりと笑っている。

なんとも優しい表情で。

 

 

「手塚っ!!」

 

 

叫ぶが、止まらなかった。

ほむらは麻痺している為に動けない。

それは手塚にとっては都合が良い。

 

 

「次の世界では幸せになってくれよ」

 

 

パートナーとしての――

 

 

「お願いだ」

 

 

手塚は引き金を引く。銃声と共に、彼は床へと倒れた。

尚も叫ぶほむらだが、すぐにそのメッセージが頭の中に刻まれる。

 

 

【手塚海之・死亡】【暁美ほむら以外の参加者死亡を確認、特殊ルールでの勝利が決定】

 

「………!!」

 

 

手塚は、ほむらの願いを増やした。自らの死を以ってして。

続けざまにゲーム終了の合図が頭に響く。時計を見ればタイムリミット。

あの地獄とも思えた一週間が終わった。酷く長く、酷く疲れた時間が終わった。

死に怯え、殺す事に壊れた時が終わるのか。

 

 

手塚といた時間は、無くなるのだ。

 

 

【ゲーム終了】

 

【勝者・暁美ほむら】【ただ今より世界再構築へと移ります】

 

 

光に包まれて、ほむらの姿が消え去る。

残ったのは手塚の死体だけ。それは問題なく粒子化を始めるのだが――

何故か、どうにもそのスピードが遅いように感じる。

それに一つの異変、ありえない事。

 

 

『よ、お疲れ様だぜ』

 

『……なるほど、お前か』

 

 

手塚の前に現れたのはジュゥべえ。

 

 

『騎士担当として来てやったぜ』

 

 

粒子化が遅く、死んだ筈なのに意識がハッキリししているのはこのせいなんだろう。

もちろん体自体は動く事はおろか、感覚すらない。声も発せられないしもう何も見えない。

けれども意識だけはハッキリとしていて、思念でジュゥべえと会話ができていた。

 

 

『なにか用か? まさか本当に労いの言葉を言いに来た訳じゃないだろう?』

 

『ああ、その通りだよ手塚』

 

 

ジュゥべえはこのゲームをずっと見ていた。

その中で感情の無い彼にはどうにも引っかかる部分があるのだと言う。

その疑問を少しばかり解決しにきたとの事だ。

 

 

『まず一つ、普通あのタイミングで死ぬか?』

 

 

時間ギリギリでの自殺。ただ、理由は分かると言う。

手塚が死ねばほむらは条件をクリアして願いを叶えられる状態となる。

手塚はパートナーとして、叶えられる願いを増やしてあげたのだろう。

 

 

『自己解決してるじゃないか』

 

『いやいや、こっからだって』

 

 

ジュゥべえはニヤリと笑って、手塚の死体を見る。

頭に銃弾を撃ちこんだ割には、随分と綺麗な死に顔だった。

血さえ見えなければ本当に寝ている様だ。とにかく安らかな物。

 

 

『何でお前、"嘘"ついた?』

 

 

何も見えない手塚ですら、今のジュゥべえがいやらしく笑っている事が分かった。

本当にこの妖精は性格が悪い。無自覚ならばもっと性質が悪い。

手塚は大きなため息をついて、ジュゥべえの言葉を否定する。

 

 

『嘘なんてついていない』

 

『おいおいココまで来て、とぼけんなよ』

 

 

妖精ナメんな。

ジュゥべえは舌を出して手塚を馬鹿にした。

さて話の続きだ。ジュゥべえは手塚が大きな嘘をついたと言う。

それはつい先ほどの事だ。

 

 

『お前、本当は暁美ほむらを愛していたんだろ?』

 

『………』

 

『隠しても無駄さ。オイラは全部知っている』

 

 

手塚は暁美ほむらを愛していた?

そして愛していたならば、何故――?

 

 

『お前は、アイツを愛したから死んだ。違うか?』

 

『そんな事を聞いてどうする? 結果は結果だ。俺は死んでる』

 

『オイラ達は人間の愛ってヤツに興味を持ってな。研究の為の資料作りさ!』

 

 

愛は最も複雑な感情であり、同時に『感情』の象徴する存在だ。

ジュゥべえ達にはその正体が全くつかめず、故に非常に興味深い研究対象でもあった。

 

 

『俺はただアイツの願いを――』

 

『コッチも確証無しには来ないっての。人の感情はある程度、図に表せる事ができるってのは知ってるよな?』

 

『………』

 

 

やれやれと手塚はため息をつく。

面倒な奴に絡まれた。まさか死んでから苦労するとは夢にも思っていなかった。

 

 

『ただ……、面倒になっただけさ。俺は』

 

『?』

 

『疲れたんだ』

 

 

達観したように言う。

 

 

『そろそろ楽になってもいいだろ? だから俺は終わらせたんだ』

 

 

手塚には一つの確信があった。

それはほむらが手塚を再構築させても、記憶は絶対に戻さないと言う事だ。

だから今の時代の己を終わらせておきたかった。全てを終わらせて眠りたかった。

 

 

『……言い方を変えるぜ』

 

 

ジュゥべえは提示した死の理由そのものに関しては納得した。

暁美ほむらを守る事で罪の意識から逃げ、そして暁美ほむらを守りきれば縋っていた物を失い、また迷ってしまう。

そんなサイクルが嫌になったんだ、だから死んだ。

 

 

『暁美ほむらがお前に愛を示したら、お前はどうする?』

 

 

しかし、どうにも引っかかる。

だからジュゥべえは言葉を変えた。

 

 

『……フッ』

 

 

折れたのか、それとも馬鹿にしたのか。

手塚は笑って答えを言った。

 

 

『断るさ、俺は彼女を愛していないんだからな』

 

『……あっそ』

 

 

ただ、手塚はさらに言葉を続けた。

 

 

『俺達の間には、愛があってはいけなかったんだ』

 

『?』

 

『暁美は、俺を愛しちゃいけない』

 

 

あってはならない。故に愛を否定する。

 

 

彼女(ほむら)が愛を向ける相手は――』

 

 

そうだろ? 手塚は一瞬だけ浮かんだパートナーの姿を見つめていた。

先ほど、ほむらと見た雪の中。ほむらは消え入りそうな存在だった。

だからすぐにいなくなる。すぐに目の前から消える。

 

 

『暁美が愛するのは、彼女(まどか)一人だけで良いんだ』

 

 

他に愛をチラつかせるのは、ノイズなんだよ。

手塚の言葉に、ジュゥべえは無言で笑みを浮かべている。

この言葉はもう答えだ。ジュゥべえは何故手塚が愛を認めなかったのかを何となくだが察する。

 

 

(愛か。めんどくせぇ感情だなおい。やっぱ訳わかんねーわオイラには)

 

 

ま、いいや。

ジュゥべえはそう言うと、手塚に別れの挨拶を告げる。

 

 

『嘘つきは、損だな』

 

『……フッ』

 

『感情の無いオイラに教えてくれよ。自分の心に嘘をつくってのは、簡単なのかい?』

 

『さあ、俺は分からない』

 

 

最後まで手塚はうやむやにして口を閉じた。

面倒だ。ジュゥべえは本当に終わりにする。

 

 

『チャオ』

 

 

別れの挨拶と共に、手塚の意識は深い深い無の中へと消えていく。

そして彼の体も、丁度その時を同じくして消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やあ、ほむら。お疲れ様』

 

「………」

 

 

無の空間だった。

そこには何も無く、何の色も無い世界。

そこに暁美ほむらとキュゥべえだけが存在している。

 

ほむらは周りを見回したが、やはりそこには何も無かった。

これは要するに今の今まで自分達が過ごしてきた世界なのだろう。

どうやって滅んだのかは知らないが、あまりにもあっけないと言うか、虚しいと言うか。

 

 

『それにしても今回の君の行動はボク達インキュベーターから見れば実に興味深いものだったよ』

 

「……黙りなさい」

 

 

ほむらは、不愉快だと表情を歪ませる。しかしキュゥべえは構う事無く続けた。

 

 

『人間と言う不安定な生き物が見せる肉体的ではない弱さ。そして愛と言う全く理解できない不確かな感情が織り成す迷い』

 

 

全てがインキュベーターにしてみれば、理解できない滑稽な存在だったろう。

 

 

『是非、君には一つだけ聞いておきたい疑問があるんだ』

 

「………」

 

 

赤い瞳がほむらを捉える。

何を聞かれるのか? もしかしたら分かっていたのかもしれない。

 

 

『ボクの考えを聞いてほしい』

 

「興味が無いわ、早く再構築を」

 

『いいじゃないか、少しだけだ』

 

 

キュゥべえは珍しく自を押して話を続ける。

 

 

『君は、どうして"嘘"をついたんだい?』

 

 

ほむらの答えを待たずしてキュゥべえは言葉を続けた。

尤も、ほむらには答える気など無かったのだから、それでいいのだが。

 

 

『君は手塚海之を愛していたんだろう?』

 

「……っ」

 

 

ほむらの表情が変わったのを、キュゥべえは見逃さなかった。

キュゥべえが違和感を感じたのは、二人の口付けを見た時だった。

この世界では唇を重ね合わせる行為は愛を示す最も簡単な行為だ。

 

しかし手塚もほむらも、そこに愛は欠片とて存在しないと言うじゃないか。

それはおかしい、矛盾している。愛が無いのに愛を示す行為をする意味は?

キュゥべえは考え、そして自分なりの答えを見出した。

 

 

『暁美ほむら、キミは長い時を鹿目まどかを救う為に戦った』

 

 

普通の人間ならば狂う程の経験をし、しかしほむらが尚自我を保てたのは希望があったからだ。

まどかと言う希望が。そしてそれは積み重なる想いとなって、大きく成長していく。

 

 

『いつからか、君は鹿目まどかを愛する様になっていた』

 

「………」

 

『友情を超え、そして愛情へと変わった君の想いや執念は、ますます深くなって行ったね』

 

 

しかしここで一つの異変が起きる。

 

 

『それこそが手塚海之の存在だった』

 

 

キュゥべえは無表情でほむらに言葉をぶつけていく。

その目で見られると、全てを見透かされた気がして気分が悪かった。

 

 

『暁美ほむら。君はこの短い期間で、彼に淡い恋心を抱いたんじゃないかい?』

 

 

時期で言えば浅倉を殺した辺りか?

キュゥべえの口からは、普段彼が言わない様な珍しい言葉が羅列されていく。

 

 

「ずいぶんと妄想のストーリーが好きなのね。くだらないわ」

 

『感情と言うのは電気信号によって端的な観測を許されている。そしてボクはそれを確認したよ?』

 

 

一般的なカップルが、恋人と手を握ったりキスをした時に発せられる波長の形。

心臓の鼓動のリズム、数値やメーターとなって表せる感情ならば、キュゥべえ達にも理解できる物だった。

 

 

『そして君が手塚海之といた時に、ごくまれに発生した電気信号を解析すると――』

 

「もういい、さっさと話を続けて」

 

『………』

 

 

だったらと話を再開するキュゥべえ。

この短い期間で恋心を抱いたほむらだが、それを否定したのは他でもない彼女自身だ。

暁美ほむらの感情を、暁美ほむら自身が否定したのだ。

 

 

『君は怖かったんだろうね。鹿目まどかに対する想いと並ぶ感情が浮かぶのを』

 

「馬鹿な。ありえない」

 

『それはそうだ。あれだけの時を経て存在を許された愛が、たった七日にも満たない時間で生まれた感情と天秤がつりあうなんて』

 

 

ほむらは思ったろう。

そんな筈は無いと、否定の言葉を。

 

 

『彼女への想いが、その程度だと思ってしまう事を』

 

「………」

 

 

ほむらは盾から銃を引き抜いて一発撃ってみる。

黙らせる目的だ。当然銃弾はキュゥべえの眉間を打ち抜いて絶命させるが――

 

 

『言葉を投げたくらいでボクを殺すなんて、やはり愛と言う感情は人を変えるね』

 

「!」

 

『普段の君なら、こんな挑発にもならない様な言葉に怒りを感じる事は無かっただろう?』

 

 

もう一度深いため息をつく。背後には新たなるキュゥべえが存在していた。

キュゥべえ自論を展開していった、彼にしては珍しい程に饒舌である。

 

 

『君は手塚海之への愛を覚えながら、その愛を確かな物とする事に恐怖し、怯えた』

 

 

なんと滑稽な話か。ほむらは自分の心に嘘をつく。

手塚への愛は無いと言い聞かせ、全ての愛を鹿目まどかへと向ける為に。

中途半端に迷い、愛を覚えてしまったほむらは、キュゥべえに理解できない行動を次々にとっていた。

 

所詮はまだ不安定な中学生の心が故か。

感情の起伏の上下を確認するのは、随分と興味深かったとキュゥべえは言う。

 

 

『君が見ていた小説を、ボクも確認させてもらったよ』

 

 

ほむらは小説の主人公に自分を重ね、そして幸福を求めた。

そこに必要だったアイテムと言う『愛』を求め、手塚に偽りの愛を強いた。

 

 

『小説には書いてあったね。愛されたから、愛したから、幸せになったと』

 

「………」

 

『ボク達にはよく分からなかったけど、君はその文に自分の欲望を重ねたんじゃないだろうか?』

 

 

キュゥべえのその言葉に、ほむらは大きく表情を歪めた。

次に発せられる言葉を悟ったのだ。

 

 

『暁美ほむら、君は愛を否定する一方で――』

 

「……ッッ」

 

『本当は、誰よりも愛されたかったんじゃないかい?』

 

 

鹿目まどかに向ける愛は、悲しいほどに一方通行だ。

それはちゃんとした理由があるとは言え、ほむらは何時までも報われる事の無い愛に次第に心を壊されていった。

 

 

『愛は己の心を蝕む毒ともなる。興味深いね』

 

「―――れ」

 

『愛すれど愛されない、それは君にとって身を削られる程辛かった事なんだ』

 

「――まれ」

 

『そして、そこで手塚と出会う。君も所詮は人間。吊り橋効果と言う物を知っているかい?』

 

 

キュゥべえは無表情だが、ほむらには笑っている様にしか見えなかった。

キュゥべえはほむらの心拍数、興奮のレベルを観測していた。故に思う。

 

 

『手塚と過ごす危機的な状況下。彼は優しかったね』

 

「黙れ!」

 

『いつからか君は死への恐怖。他者を殺す時の興奮。次が無いと言う焦りから生まれる心臓の動悸や感覚、心拍数の上昇を恋慕のそれと履き違えた』

 

 

加えて手塚の優しさを、愛される事へ昇華できるのではないかと思ってしまった。

手塚は全てを受け入れてくれると感じ、そこに安らぎを見出してしまった。

 

 

『キミの狂った歯車は、そのまま本物の愛を作り出したんだ』

 

 

淡い恋が明確な愛に変わったタイミングは、手塚の過去を聞いた辺り。

 

 

『そこで暁美ほむらは、本当に手塚海之を愛してしまった』

 

「黙って……」

 

 

膝をつくほむら。

全身からは力が抜けていく、溢れる虚しさが酷い。

 

 

『君は自分が信じられなかった』

 

 

偽りのデート。偽りの口付け。

それらは一瞬で終わる『偽りの愛』だとすり込ませて、自分を必死に騙そうとした。

全ては鹿目まどかへ対する想いこそが最上であると言う事を証明する為に。

 

 

『キミには悪いが、愚かだと言わざるを得ないね』

 

 

ほむらは一番大事なことを勘違いしているのだから。

 

 

『キミの鹿目まどかに対する想いは凄まじく強い。それは認めよう』

 

 

しかし結局はそれは、友情を超越した段階でしかない。

ほむらは愛を履き違え、異性に対する愛をまどかに持ったと思った。

 

だが違う、それは大きな間違いだ。

キュゥべえは愛と言う言葉には、様々な意味があると理解している。

たとえば家族へ対する愛と、恋人に対する愛が大きく違うように。

 

 

『君はいつからか、愛と言うものを全て一くくりにしていたね』

 

 

ユウリを鹿目まどかと勘違いした状態での口付け。そして手塚海之に求めた口づけ。

君の心のあり方は似ている様で大きく違っていた。

前者は安心を求め、後者は愛を――

 

 

「もう、いいわ。もう十分よ」

 

『……そうかい』

 

「でも彼は私を愛さなかった。それが、救いなの」

 

 

それでいい、ほむらは少しだけ笑う。

しかしそれは違うとキュゥべえは分かっていた。

 

手塚もまたほむらを愛していたのだ。

しかし両者はそれを認めずに否定する。

 

手塚はほむらの為に、ほむらの苦しみを理解して否定した。

ほむらは自分自身、そしてまどかの為に否定した。

同じ想いを抱えながらも、二人は自分の心に嘘をついて認めなかった。

認めようとはしなかったのだ。

 

 

『滑稽を通り越して、哀れだ』

 

 

そしてキュゥべえは最後の質問だと言って、ほむらに話しかける。

 

 

『仮にの話でいい。もしも手塚が本当にキミを愛していたのならどう思ったか?』

 

 

要するに両想いならば、何を思うのかだ。

尚、鹿目まどかの為に愛を否定するのか?

それとも幸福が芽生える可能性に手を伸ばすのか? キュゥべえはそれが気になってしまう。

 

 

「そうね。彼がもしも私に好意を持ってくれたのなら」

 

 

ほむらは笑った。

喜びも悲しみも、全てがその笑顔にあった。

 

 

「残念だけど、断るわ」

 

『………』

 

「私、他に好きな人がいるから」

 

 

手塚海之と暁美ほむら、嘘つきの心は分からないな。

キュゥべえはその瞬間に確信する。やはり愛とは最も難解で、最も興味深い感情だと言う事を。

人は愛に狂い、愛に救われ、愛に希望と絶望を見出している。

 

 

「キュゥべえ、お願いがあるの」

 

『?』

 

「少し、一人にしてもらえないかしら」

 

『いいよ。再構築のやり方は頭に送っておくから、好きにすると良い』

 

 

そう言ってキュゥべえは消える。

一人残されたほむら、辺りには何の音も無かった。

彼女にとっては、それが心地良い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

どれだけの時間が流れたろう?

ほむらは無の時間、無の空間で自分の想いに触れた。

そして手に持っていた拳銃を自分のこめかみに押し当てる。

手塚が最後にとった行動と同じ。そして呟くのは大切な人の名前。

 

 

手塚(まどか)……」

 

 

おかしな物だ、言葉すらも彼女の思いを隠すのか。

ほむらはその引き金に指を置いて――、直後、銃を頭から離す。

 

 

「………」

 

 

もう一度銃を構えて引き金を引くのか。

それとも銃を投げ捨てるのか? 全てはほむらの自由だ。

しかし彼女が取った行動はその二つではなく、涙を流す事だった。

 

 

「ねえ、私はあなたのことが――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うーん、やっぱり人間の考える事は理解できないね』

 

『本当だぜ先輩、愛ってのは面倒だな!』

 

 

あの二人は愛し合い、なのに愛を知らなかった。

お互いを傷つけない為に、お互いを傷つけて愛が無いと、言葉の裏に愛を込めた。

本当に意味が分からない。かとも思えば初めには本当に一片の愛も無かったんだろう?

 

 

『あいつら、お互いの気持ちを知っても嘘をつき続けただろうよ』

 

 

もしもお互いがお互いを愛せば、彼らは今頃笑いあう事ができていたのだろうか?

 

 

『しかしそれが二人の望む結果だ。愛を覚えてしまった為に、二人はより苦痛の道を選んだ』

 

 

愛は素晴らしいと言っている人間に、あの二人を是非見てもらいたいとキュゥべえ達は思う。

出会わなければ良かったのか? 愛を知ったが故に苦しみを覚えた二人など。

 

 

『愚かだ』

 

 

そこには愛があったのに、幸せになれなかった。

 

 

『だからあいつ等は選ばれたのさ』

 

 

愚か者共のゲーム、FOOLS,GAMEにな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

FOOLS,GAME  LIAR・HEARTS

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

コツコツと背後から足音が聞こえた。

何も無い空間なのに、何も誰もいない筈なのに、音はしっかりと聞こえた。

幻聴だろうか? 振り返らず、何を考える訳でもなく音が近づくのを待っていた。

 

 

「貴女の名前、教えて?」

 

 

これは夢?

 

 

「暁美……、ほむら」

 

 

ぼんやりとした思考の中で問いかけに答える。

そして次の瞬間、聞こえたのは風を切る音と――

 

 

 

 

自らの首を跳ね飛ばす、肉のちぎれた音だった。

 

 

「………」

 

 

ドサリと音を立てて転がる首。

それを一人の少女が血まみれの状態で見つめている。

 

 

『やってくれたね』

 

「……インキュベーター」

 

 

キュゥべえは目の前で燃えていくほむらの死体を見て目を閉じる。

 

 

『これはとんだイレギュラーがいたものだ』

 

 

世界が終わり、無になった空間に何故少女は存在を許されているんだろう?

 

 

「ずっとこの時を待っていた。一人目は早すぎたけど」

 

 

チリンと鈴の音が世界に広がっていく。

 

 

『一人目……?』

 

「答える義理は無い」

 

 

しかしそのヒントだけで十分だった。

キュゥべえはずっと感じていた違和感の正体に気づく。

なぜ『彼女』だけがイレギュラーだったのか。何故『彼女』にずっと違和感を感じていたのか。

 

 

『成る程。キミの正体が何なのか、理解する事ができたよ』

 

「!」

 

 

流石に意外だったのか、少女はその紅い目でキュゥべえを睨む。

そして背後から聞こえる笑い声。少女は剣を構えて振り返る。

するとそこには三日月のように口を吊り上げたジュゥべえがいた。

 

 

『宇宙の使者であるインキュベーターをナメるなよ』

 

「――ッ」

 

『オイラ達は全ての記憶を共有する。たとえそれが――』

 

 

たとえそれが【   】であったとしても。

時間はかかるし、それでも不安定な要素は多い。

共有と言ってもイレギュラーに関しては、今みたく全てが分かる訳ではない。

だが理解する事と、予想する事はできる。

 

 

『それに、コチラにはそれを知りうる力もある』

 

『へへ、そう言う事だぜ? 天乃(あまの)鈴音(すずね)ぇ』

 

 

銀髪の少女、鈴音は自分の名前を言い当てられた事に驚愕の表情を浮かべた。

それを見てニヤリと笑うジュゥべえ。どうやら本当に彼女が鈴音だったみたいだ。

実のところ、候補にあった名前を適当に言っただけ。

だが少しハッタリを掛けたら見事に引っ掛かってくれた、チョロイもんである。

 

 

『しかしやってくれたね、ココでほむらを殺されるのはビックリしたよ』

 

「全て終わらせる為、最後の参加者である暁美ほむらさえ死ねば――!」

 

 

その時だった。鈴音の左腕が消え去ったのは。

 

 

「!?」

 

『まあ、暁美ほむらに面倒な事をされるくらいならコレでいいのかな?』

 

『ヒヒヒ、そうだぜ先輩! むしろコレは助かったってもんだ。面倒な手間が省けてラッキーさ』

 

 

鈴音に構わず会話を続ける妖精達。鈴音は歯を食いしばって足を踏み出した。

そして、そこで今度は右腕が吹き飛んだ。これは物理的な攻撃ではない、文字通りの消滅である。

持っていた炎の剣が音を立てて地面へ落ちた。

 

 

『無駄だよ鈴音。君はゲームには勝てない』

 

『テメェが魔法少女である限りはな』

 

「!!」

 

 

右足が消える。

鈴音はバランスを失って倒れてしまう。

ジュゥべえはケラケラと笑い声を浴びせていた。

 

 

『狙いは悪くなかった!』

 

 

暁美ほむらを殺された時は少しだけヒヤリとしたものだ。

 

 

『だが、結局意味なんてないんだよな。これはチュートリアルだぜ?』

 

「な……っ!」

 

『相方さんにも期待はできないんじゃないかな。もう全ての歯車は狂ったまま噛み合ったんだから』

 

 

左足が消える。

両手両足を失った鈴音に、もうできる事など何も無かった。

"彼女"は知らない、知らないものは存在しない。

だから消え去る。それは死ではなく元いた場所へ。

 

舌打ちを放つ鈴音。

何が天使様だ、やはりコイツらは悪魔としか思えない。

 

 

『人間風情が、理に勝つなんて不可能だろ』

 

『君は"忘れる"存在にすら値しないね。つまり可能性すら無いのさ』

 

 

徐々に下から消滅していく鈴音。悔しそうに二匹を睨みながら敗北を核心する。

どうやら自分の抵抗は無駄だった様だ。しかしこのゲームを見ていた彼女は、ただ一つの希望を見ていたのも事実。

 

 

「彼方達こそ、人間をナメない方がいい」

 

『負け惜しみかい?』

 

『おいおいおい! たかが猿の進化系が奇跡を起こせるとでも?』

 

 

などとジュゥべえは笑うが、キュゥべえは成る程と頷く。

 

 

『まあ猿だって道具を使う技術には長けていたからね』

 

 

それになにより、このゲームで理解した。

 

 

『人間は本当に恐ろしいよ。愛が絡むと特にね』

 

 

愛は人を神にも悪魔にも変える最強の武器と言えよう。

 

 

『知っているかい? 愛が原因で人を殺す事もあるんだ』

 

 

世界には愛し合ってはいけない種族達もいるらしい。

なのにいつも人間は愛しあい、最悪殺されてしまう。

一方で愛を原因に努力を惜しまない人間や、愛が原因で友情が壊れるなどと言う事例だってある。

 

 

『愛は理を破壊する最強の武器だ。そしてその愛は、人間が一番うまく使える』

 

 

まあしかし、それができないからこうなった。

人は愚かだからF・Gの名前が決まった。無駄だったんだ、何もかも全部。

 

 

『君たちも、もう理解したほうが良い』

 

『そうそう、無駄なんだよ――』

 

 

ジュゥべえが言った台詞と同時に、鈴音は完全な消滅を遂げる事となる。

 

 

『あばよ、プレイアデス!』

 

「――っ」

 

 

何もいなくなった。

世界には何も残らなかった。

それは終わり? いや違う、始まりは何も無かっただろう。

 

 

これは、始まりだったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 

いけない、寝ていたか。彼は首を振ると立ち上がって体を伸ばした。

まさかこんな所で眠る事になるなんて。どうしてだろう? 別に疲れてはいない筈だが。

 

それにとても長い夢を見た。

なのに内容を覚えていないとはコレはどういう事だ?

ただ一つだけ何故か異様に胸が苦しい。ぽっかりと穴があいた様な、変な気分だ。

 

 

「やれやれ、もう行くか」

 

 

本当にどうして寝てしまったのやら。

そんな事を考えていたからだろうか、誰かとぶつかってしまった。

少し年齢が下の少女。中学生くらいか? 別にどうでもいい、軽く謝罪をして歩き出す。

 

 

「ちょっと、そこの貴方」

 

「?」

 

 

 

少年は振り返ると思わず息を呑んだ。

目の前にはナイフの様な瞳で自分を睨みつけている少女がいるのだ。

その鬼気迫る表情は普通じゃない。どこか狂気すら感じられる。一目で分かる、この女は普通じゃないと。

そんな少女に声を掛けられる状況、何がどうなっているのやら。

 

 

「一応謝罪はしたが、聞こえなかったのなら謝る」

 

「そんな事はどうでもいいわ。それより、少し話を聞かせてくれないかしら?」

 

 

なんなんだこの女は――。少年は眉をひそめて後ずさる。

確実に初対面の相手。なのに、なんて大きな態度を取ってくるんだと。

関わってはいけない気がする。少年は適当に少女をあしらって逃げる事を決めた。

 

 

「悪いが……」

 

 

だがそこで少年は言葉を止めた。何か、この少女から感じるもの。

そして、以前にジュゥべえ告げられた情報が身体を駆け巡る。

 

 

『騎士であるお前の前には、やがて魔法少女のパートナーが現れるぜ。多分一目で分かる。オイラが言うんだ。間違いないね』

 

「お前――ッ」

 

 

そうか、そう言う事なんだな。

少年は目の前にいる少女へむかって手を差し出した。

この胸を駆ける想いは何なのか分からない。

 

ただ彼女を見た瞬間、何故か泣きそうになった。

そしてすぐにその感情さえも消えた。

だがココまで他人に何かを――、言ってみれば『運命』を感じた事は無い。

尚も自分を睨みつけている少女へ、少年はたった一言投げかける。

 

 

「お前が俺の……、パートナーか」

 

「ッ?」

 

 

戸惑う少女。

そんな彼女を遠くから見つめる『目』が。

 

 

『やっとクソ長い戦いを終わらせられるんだよな先輩ぃ? オイラわくわくするぜぇ!』

 

『そうだね。彼女の力に制約がかかった。おそらくこれが彼女にとって、ボク達にとって最後の戦いになるだろう』

 

 

同時に、それは"最初"の戦いともなる。

全ては愚かな歯車が紡ぐ戯曲、忘却、そして絶望!

 

 

『さあ今度こそ全てを終わりにさせてもらうよ』

 

 

二つの影は何も表情を変える事なく、そのまま姿を消すのだった。

 

 

 

 

 

 

 









この番外編では手塚×ほむらになりましたが、あくまでもそれは番外編の設定でございます。本編では、ならないかもしれませぬ。

あくまでもパラレルって事でね。
ええ、ひとつよろしくお願いします(´・ω・)


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第45.5話 ポイエルの証明

没ネタです。
リーベエリス編が終わってから挟もうと思ってたけど、いろいろあって止めた物を何となく形にしてみました。

あくまでもパラレルとして考えてください。


 

 

いつも歩いている筈の道なのに、今日はやけに広く感じる。

それに周りの景色が灰色だ。木々も、空も、花も、行きかう人々もくすんで見えた。

理由は分かってる。まどかは目線を落とし、肩を落としている。

 

 

(さやかちゃんがいなくなって)

 

 

まどかは無言だった。いつもなら、二人に挟まれてたのに。

 

 

(仁美ちゃんも死んじゃった……)

 

 

覚悟が足りなかったのか。まどかにはもう何も分からなかった。

殴られ、切られ、叩きつけられた傷がまだ痛む。リーベエリスでの戦いにて、まどかは仁美を守ることができなかった。

守ると約束したのに守れなかった。今でも夢であってほしいと願うが――、どれだけ経っても仁美は戻ってこない。

葬儀が行われ、火葬にも立ち会ったのに、まどかはまだ現実を受け入れる事が出来なかった。

 

 

『まど――ッ! がふっ! やだ……ッ、死にたくない――ッッ』

 

 

仁美が血を吐き出しながら

 

 

『まどかざ――ッ、でんじ……、出してッ、だずげッ、ゲホッ!!』

 

 

そうだ、死にたくなかった。当たり前だ。

仁美は必死にまどかの裾を掴んで訴えた。

しかし命の灯火が消える瞬間、仁美は優しげに微笑んだ。

 

 

 

『気にしないで。貴女は悪くないから』

 

 

掠れる声が訴える。

 

 

『寂しいですけれど、まどかさんが無事でよかったですわ……ッ』

 

 

一人にしてごめんなさい。そして仁美は死んだのだ。

 

 

「一人にしてほしい」

 

 

それを言うと、サキもほむらも真司も納得してくれた。

 

 

「ごめんね、ついて来るのも……」

 

 

物陰に隠れていたほむらは、気まずそうに帰っていく。

まどかは一人になると、さやかと仁美との思い出がある場所をひたすらにさ迷い、親友の亡霊を探す。

ふと、まどかは気づいた。腕時計が止まってる。

 

 

「ど、どどどッ、どうしよう……!」

 

 

青ざめるまどか。これはただの腕時計じゃない。誕生日に仁美から貰ったものだ。

金額を聞いたとき、冗談かと思ったくらいの品で、今までは完全に気が引けてしまって身に着ける事ができなかったが、少しでも仁美を感じたくて部屋から持ち出してきた。

しかし、まるで仁美が死んだことを証明するかの様に針の動きが止まってしまった。

まどかは軽いパニックになって携帯を取り出す。

 

時計が壊れたら――、どうすればいいのか? なんだかとても惨めな気持ちだった。

魔法が使えるのに時計一つ直せない。その魔法だって守護なのに、誰も守れない。

とにかく時計屋さんだ。まどかはおぼろげな記憶を頼りに時計屋を目指す。

するとなにやら大きな声が聞こえてきた。

 

 

「誰かーッ! その人を捕まえて!!」

 

 

まどかも知っているパン屋から誰かが飛び出してきた。

続いて店のおばさんが後を追いかけるように出てくる。

けれども残念ながら若さなのか、おばさんはすぐにゼェゼェと息を切らし減速して崩れ落ちていた。

一方で前を行く――、少女は、大きな袋を抱えたままどんどん距離を離していく。

 

 

「「!!」」

 

 

曲がり角。丁度そこで少女とまどかがぶつかった。

 

 

「うぎゃ!」

 

「きゃあ!」

 

 

二人はしりもちをつく。

 

 

「え? あ、あの大丈夫で――」

 

 

まどかが立ち上がり、少女へ腕を伸ばそうとして――、止まった。

目を見開き、衝撃に打ちのめされている表情だ。一方で少女は袋から散らばったパンを見て舌打ちを零した。

どうやら、少女はパン屋で大量のパンを盗んだらしい。それも雑に。だから簡単に見つかってしまったのだ。

 

 

「クソ!」

 

 

少女はパンを諦めて走る。

一方でへたり込むまどか。そこへおばさんが駆け寄ってくる。

 

 

「あぁ、大丈夫? 万引き犯は――、逃げたのね」

 

「払います」

 

「え?」

 

「わたしが全部払うので、これください」

 

 

パン屋のおばさんは、きっとまどかが売り物にならない商品をもったいないと思って、買おうとした――、そう思ったのだろう。

しかし本当は、そんな理由じゃない。まどかはただ逃げた少女の力になりたかっただけだ。

それにどこかで期待していた。だから大きな袋を抱えて帰ろうとした時、先ほど聞いた声が耳に入ってきたのは幸いだったと言えよう。

 

 

「ちょいちょい」

 

「!」

 

「随分なお人よし? それとも馬鹿?」

 

 

まどかは改めて驚く。

そこにいた少女に、一瞬仁美が重なったからだ。

 

 

「あ、あのッ! これ!!」

 

「ッ?」

 

「あげます! う、うん! あげる!!」

 

 

まどかの前にいた少女は、髪型こそ違えど、声こそ違えど。

その容姿は――、限りなく仁美に似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレ、ウロバ。あんたは?」

 

「か、鹿目ぇ、まどかです!」

 

「オッケー覚えた。よろしく、まどか」

 

 

まどかと、『ウロバ』と言う少女は、公園のベンチで肩を並べていた。

手にしているのは先ほどウロバが盗んで、まどかが金を払ったパンだ。それをパクつきながら二人は話している。

 

 

「オレ……?」

 

「ああ。自分で言うのもなんだけど女っぽくないからな。気づけばオレって言ってた。ンハハッ!」

 

 

ウロバはよく笑う少女だった。しかし声が掠れている。

 

 

「これな。昔ちょっと色々あって、喉潰しちゃったんだ」

 

「だ、大丈夫?」

 

「ああ、もう平気だよ。ちょっとガサガサで聞こえにくかったらゴメンだけど」

 

「そんな事ないよ。わたしウロバちゃんの声……、好き」

 

「マジ? ありがとー」

 

 

そこで気づく。ウロバはずっと左目を髪で隠していた。

でも本当に仁美に雰囲気が似ている。性格は違うみたいだが。

するとウロバは左目を見つめられている事に気づいたのか。少し複雑そうに唇を震わせて頭をかいた。

 

 

「これ、気になるか?」

 

「え? あ、えぇっと、その……」

 

「なんなら見せてやるけど、気持ちのいいもんじゃないよ」

 

 

とは言いつつ、ウロバは髪を上げた。

息を呑むまどか。ウロバの左目には大きな傷があった。

なるほど、だから髪で隠しているのだろう。

聞けば色々あったのだと言う。

 

まどかと年齢は同じなのに、パンをあれだけ万引きする辺りに、言いようの無い『闇』を感じる。

しかしそんな事はどうでも良かった。気づけばまどかはウロバに己の心境を打ち明けていた。死んだ友人、似ているキミ。壊れた時計。

 

はっきり言ってウロバからしてみれば知ったこっちゃ無い話である。

しかしパンのお礼はある。そういうのを無視するのは気持ちが悪い。

ウロバは笑うと、まどかの頭を撫でた。

 

 

「オレの仲間に機械弄りが得意なヤツがいるんだ。ソイツならタダで直してくれるかも」

 

「え? でも……?」

 

「いいからいいから。お前、オレと一緒にいたいんだろ?」

 

 

ウロバは強引にまどかの腕を握って走り出す。

まどかは否定しなかった。嬉しそうに微笑んで連れられていく。何となく道がいつもの狭さに感じた。

 

歩くこと10分ほど、河原を行く二人。この辺りはホームレスが住んでいる一帯だ。

見滝原は裕福な面もあるが、光があれば影もあると言うことなのだろうか。

 

いや、と言うよりもリーベエリスが崩壊してから、こういった人たちを見かけるようになってきた。

シルヴィスやモモと言う指導者を失い、実質解体状態となってしまったため、信者の一部が行き場を失ってしまったのだ。

ウロバもその一人だった。元々孤児で、今まではリーベエリスにいたらしいのだが。

 

 

「あんな事になって、本当に参ったよ」

 

 

そうしていると二人は目的地に到着した。

 

 

「ボロ家だろ? アンタにゃキツいだろうが、まあ入れ」

 

「そんな事……、お邪魔します」

 

「あぁ、良い良い! 靴は脱がなくて良い。ここ土足OKだから」

 

 

 

ズカズカと中に入っていくウロバ。まどかも申し訳無さそうに後を追う。

すると奥には二人の男女がソファに座っていた。どうやらウロバの知り合いらしいが、それどころではない。

 

 

「鹿目!」

 

「鹿目ちゃん!」

 

「あッ!」

 

 

そこには、知り合いの姿があった。

クラスメイトだ。雑誌を読んでいた獅子神(ししがみ)と言う少年は、中沢くんの左の左の席だった。

あの時よりも髪を伸ばしており、後ろで一つ結びにしている。

 

そして手遊びをしていた少女は海老名(えびな)

席はほむらの二つ後ろだ。

 

 

「久しぶりだなぁ。元気だったか?」

 

「うん。わたしは大丈夫。二人は……」

 

「見ての通り元気! って、訳でもないけど……」

 

 

苦笑する海老名。なにせ本当にいろいろあった。

芝浦が仕掛けた学校での事件。獅子神と海老名は何とか生き延びたのだ。

さらに、聞けば二人の両親は元々エリスの幹部だったらしい。

 

その繋がりで、獅子神と海老名は仲良くなったとか。

だがその親はもう死んだ。浅倉と杏子に殺されたのだ。

食われたのだから死体すら見つかっていない状態。

現在、海老名と獅子神、そしてウロバの三人で暮らしているらしい。

 

 

「でもさ鹿目。あの日、なんで俺達が助かったのか覚えてるか? 気づけばなんか外にいたんだよな。エッヒッヒ、恐怖で頭がおかしくなっちまったのかな」

 

「そうだよね。気づいたら助かってたもんね」

 

「神の奇跡か? あぁでもそれを信じてたリーベエリスがあんな事になったんだから、やっぱ関係ないか。エッヒッヒ!」

 

 

獅子神の笑い方は特徴的だった。

楽しそうだが、どこかちょっとネットリとしているような。

 

 

「そうだね。うん、あんまり思い出さないほうがいいよ……」

 

 

まどかは曖昧に笑うしかなかった。学校で守れなかった記憶が蘇る。

一方で暗い表情を見て空気を読んだのか、ウロバが口を開いた。

 

 

「なんだよ知り合いだったのか。あーあー、じゃあオレだけ仲間ハズレじゃん」

 

 

ウロバはつまらなそうに壁を蹴ると、わざとらしく頬を膨らませた。

 

 

「エッヒッヒ! 拗ねんなよ。ところで何で鹿目がここに?」

 

「あぁ、えっと――」

 

 

まどかは今まであった事を二人に説明する。すると獅子神はニヤリと笑って胸を叩いた。

 

 

「任せろ。俺、機械弄くるの得意なんだぜ。お前の時計すぐに直してやるよ」

 

「ほんとう!? ありがとう獅子神くん」

 

「な、言ったろ。クライドに任せればすぐなんだよ」

 

「クライド?」

 

 

まどかが首をかしげると、海老名が説明してくれた。

どうやらエリスの中で使っていたあだ名らしい。特別な人間と見なされれば名を与えてくれる。

コルディア――、モモは獅子神と海老名に才能を見出していたようだ。

だからこそ獅子神には『クライド』と言う名前を。海老名には『ボニー』と言う名前を与えたのだ。

 

 

「俺、それ結構気に入ってんのよ。だからさ、そう呼んでくれよ。獅子神クライドって滅茶苦茶カッコよくね? なあボニー」

 

「うん! 私も好き! 海老名ボニー! あははっ!」

 

「どこがだよ。なあ、まどか」

 

 

笑い合う三人。まどかも釣られて笑っていた。

近しいもの同士のノリと言うか、独特な空気がある。この雰囲気はとてもなつかしいように感じた。

 

時計は15分も掛からぬ内に元に戻った。

まどかは笑顔で時計を身に着けると、嬉しそうに秒針が動くのを見ている。

愚かに思えるかもしれないが、仁美が生き返ったような気がしたのだ。

 

 

「それにしてもな鹿目。その時計どうしたんだ? 結構するんじゃねーの? それって」

 

「うん。これはね、仁美ちゃんに貰ったの」

 

「あぁ、志筑か。そら納得だ。アイツ今どうしてんの?」

 

「………」

 

 

自分でも不安定な精神状態だと思う。けれどやっぱり涙が出てくるのだ。

一方でギョッとする獅子神――、クライドたち。

 

 

「おいクライド」

 

「あーあ、クライドってば」

 

「ちょッ、まッ! 俺か!? おいおい落ち着けよ鹿目。なにがどうしたって……」

 

 

そこで察する。ボニーも、ウロバも。

 

 

「そっか……。なるほどな。辛かったな」

 

「うん。辛い」

 

 

それほど深く仲が良かったわけでは無いが、それでも見知ったクラスメイトに再会できて気が緩んだのか。堰を切ったように弱音が出てきた。

仁美が死んで、でもそれは自分の責任でもあって、周りは気にしないでって言うけど、そうは思えなくて。

でも周りに気を遣わせるのも辛くて。愛想笑いして、それが疲れる。

気にしてくれるのは嬉しいけど、考えれば考えるほど苦しくなる。

 

 

「なるほど。まあいろいろある」

 

 

クライドは既にあちこちが割れている窓を開くと、タバコを取り出してふかし始めた。

 

 

「そうか。志筑のヤツ……、死じまったか」

 

「中沢くん悲しむね」

 

「馬鹿ッ、ボニー。アイツも死んだだろ」

 

「あ……」

 

「俺らのクラスは結構死んだ。つうか、早乙女先生も死んだしな」

 

 

クライドは気だるげに煙を吐き出す。

 

 

「まあ本当、いろいろあるよ」

 

 

するとウロバはイライラしたように表情をゆがめると、頭をかきはじめた。

どうにもこういう空気は好きじゃない。ウロバは道中で聞いた話を思い出し、まどかの前に座り込む。

 

 

「なあまどか、その仁美ってヤツは、オレに似てんだろ?」

 

「うん、とっても」

 

「クライド、ボニー、そうなのか?」

 

「確かに。髪型同じにすればかなり似てるかもな」

 

「うん。そっくりになるかも!」

 

 

するとウロバは大きく頷き、まどかの頭を撫でた。

 

 

「じゃあ、今はオレを仁美だと思え」

 

「え? でも……」

 

「いいんだよ! いいか? 嫌な事があったら向き合う選択肢もあるけど、逃げる選択肢もあんだろ。今はまあ、全力で逃げとけ」

 

 

そういうとウロバはまどかの携帯を持ってニヤリと笑った。

 

 

「え? あれ!? い、いつのまに!」

 

「いいか、よく見てろよ!」

 

 

ウロバは大きく振りかぶって、まどかの携帯を窓の外へとブン投げた。

 

 

「えぇええぇ!?」

 

「いい! 追いかけるな! アレは今は捨てとけ!」

 

「で、でも!」

 

「必要ないんだよ、あんなの。今はココにいろ。オレと一緒にいるんだ」

 

「――ッ」

 

「そしたら少しは楽になるんだろ? じゃあいいじゃんな」

 

 

ウロバはまどかを抱きしめた。気のせいだろうが、仁美の匂いがした。

落ち着く。もっと嗅いでいたい。だから気づけばウロバの背中に手を回していた。

すすり泣く声が聞こえる。ウロバは少しでもまどかの中にある罪悪感が消えるように、ギュッと力を強めて抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソ! 俺はどうしたらいいんだ……!!」

 

 

真司は両手をデスクに叩きつけて首を振る。

するとバン! と音がして島田が両手をデスクに叩きつけた。

びっくりして目を丸くする真司、いかん、島田にジットリと睨まれている。

 

 

「もー、真司くん。今のでクソって言葉380回目ぇ~」

 

「あ、す、すいません」

 

「おいまた何か悩み事かよ!」

 

 

編集長はツボ押し棒で肩をグリグリしながら椅子を回している。

 

 

「そうなんですよ編集長! 俺ッ、もう悩みすぎて頭がおかしくなりそうで!」

 

 

まどかを励ましたいのだが、いかんせん言葉が出てこない。

それにもしかしたら今は何を言ってもダメなのかもしれない。真司はまだ親友が二人とも生きている。

その状態で励ましても、もしかしたらまどかには軽く聞こえてしまうのかも。

そう思うと、なんだか怯んでしまって……。

 

 

「安心しろ真司」

 

 

真面目なトーンだった。編集長は優しく微笑む。真司も釣られて笑みを浮かべた。

 

 

「お前の頭は元々おかしい」

 

「編集長!?!?」

 

 

酷い話である。コッチは本気で悩んでいると言うのに。

だがいいのだ。心の無い人には分からないのだ。午後からずっと仕事をせず、ずっとグリグリやってる人には理解できないのだ。

 

 

「まあ待て待て。拗ねるなよ真司ィ」

 

「な、なんですか……!」

 

「この世にはな、悩んでも出ない答えってのがあるんだよ」

 

「はぁ、そういうものですか」

 

「そうだ。でもだったら、そういう時はどうすればいいと思う?」

 

「どうすればいいんですか!」

 

「サンバだよ」

 

「サン――ッッ!」

 

 

は?

 

 

「いやな真司。実はお世話になってる人に、こういうの貰ったんだけど」

 

 

そう言って編集長は財布からサンバ教室の無料体験チケットを取り出し、真司のデスクに置いた。

 

 

「ほら、俺ってこういうのあんまり好きじゃねーだろ。でも無駄にするのも悪いじゃん。感想聞かれたら困るじゃん。だからお前代わりに頼むよ」

 

「いやッ、そんなの編集長の都合じゃ……」

 

 

一瞬そう思ったが、何かが変わるかもしれない。

真司は早速取材と言う名目で門を叩いた。テナントビルの一角に教室はあり、中には自分の他に誰もいない。

 

 

「あのー、すいませーん……!」

 

 

事前に電話申し込みはしているので、何とかなるとは思ったのだが――

 

 

「………」

 

 

ガチャリと奥の扉が開き、孔雀の羽みたいな飾りをつけたおじさんがやって来た。

なんだかよく分からないものをクッチャクッチャ召し上がりになられている。

食事中だったのか、やたらクッチャクッチャしてる。

おぞましくて仕方ないが、まだ初対面だ。人間は我慢できる生き物である。

 

 

「あ、あの」

 

「ノーッサンバッッ!!」

 

「ひぇ……ッ!?」

 

「サンバに言葉はいらない。サンバとは、心と心の対話」

 

「は、はぁ。俺っ、あのっ、さっき電話した城戸――」

 

「アーユーサンバ?」

 

「……はい?」

 

「アーユーサンバッ?」

 

「いやッ、えーっと、あの……」

 

「アーッユゥッ! サンッバッッッ!!!???」

 

「まッ、マイネームイズ……、キドシンジ」

 

「キドサンバ?」「キドシンジ!」

 

「キドサンバ?」「いやッ、だからキドシンジ!」

 

「キドサンバ?」「キッ! ドッ! シッ! ンッ! ジ!!」

 

「キドサンバ?」「城戸ッ、真司ですッッッ!!」

 

「キドサンバ?」

 

「城戸真司ィイイイイイイイ!」

 

「うるせぇえええええええええええええ!!」

 

 

おじさんの口から謎の破片が発射され、真司の顔に降り注いだ。

帰りたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜。

まどかはウロバ達三人と一緒にいた。

門限はとっくに過ぎているが気にしないようにした。

心がザワザワするけれど、不安になるとウロバが手をギュッと握ってくれた。

 

 

「心配かけてもいいんじゃねーの。お前はそうじゃないと、自分の叫びに気づかないんだ」

 

「ッ?」

 

 

そうしていると、ボロアパートにたどり着く。

するとウロバは一室のドアを叩いた。

 

 

「お祖母ちゃーん! いるかーッ!?」

 

 

すると中から高齢の女性が出てくる。

 

 

「よッ、きたぜ! アタシ、ほら、岬だよ」

 

「あぁ、岬ちゃん! 入って入って」

 

 

ウロバは老婆の家に入ると、手招きを行う。

 

 

「お、おじゃまします……!」

 

 

家に入るまどか。

四人はそのまま老婆と親しげに会話を繰り返す。学校のこと、友達のこと、将来のこと。

15分ほど経ったろうか。ウロバがふいに立ち上がる。

 

 

「ごめんお祖母ちゃん。アタシらこれからご飯行くんだ。でも今、持ち合わせがなくて。お小遣いくれないかな」

 

「はいはい、じゃあちょっと待っててちょうだいよ」

 

 

老婆と共に戸棚を漁るウロバ。

そのまま二万円ほど掴んでくると、四人はそのまま家を出た。

 

 

「岬ちゃんって言うんだね」

 

「ん? 何が?」

 

 

まどかはウロバに微笑みかける。彼女のことが一つ分かって、嬉しいようだ。

 

 

「いや、今、お祖母ちゃんのうちで、お名前……」

 

「あぁ、あれな。アレは嘘。ウロバはあだ名じゃなくて本名だから」

 

「え!? で、でもさっき」

 

「あのババア、軽く認知症入ってんだ。ボニーが見つけて来たんだよ」

 

 

そうそうとボニーは笑う。

娘だか息子だか孫だかは知らないが、女の子なら岬、男の子なら真一と名乗れば優しくしてくれるらしい。

 

 

「じゃあッ、お金……」

 

「良い金づるだよな。エッヘッヘ!」

 

「だ、ダメだよッ! 返さないと!!」

 

 

まどかは前に出るが、クライド達はひょうひょうとしていた。

 

 

「まあ待てよ。これは善意だぜ」

 

「え……?」

 

「考えても見ろ。認知症のババアが一人で暮らしてるなんてありえないだろ? そういうことをさせる家族なんだよ」

 

 

はじめて部屋に言った時は片づけができないのか、酷いゴミ屋敷だったという。

それをクライド達は『家族』として片づけを手伝い、徘徊したときには探しにいった。

 

 

「本当の家族は、どうも金だけ送ってるらしい。純粋に見捨ててるだけなんだろ」

 

「そんな……」

 

「大変だもんな。ボケ老人と同居するなんざ。俺ならごめんだね」

 

 

でもウロバ達は違う。ちゃんと接してあげてる。

一人暮らしの老人の家に赴き、会話してあげる。軽い世話をしてあげる。だったら報酬を受け取るのは当然の事だ。

 

 

「あのババアだって症状が進めば生活ができるレベルじゃなくなる。そうしたらもう終わりだ。その前に絞れるだけ絞っておく。もちろんそれは騙してるんじゃない、ちゃんと対等な報酬って事だ」

 

「でもっ、それでも……!」

 

「なあ鹿目。だったらあの婆さんは悲しそうな顔してたか?」

 

 

それを聞いてまどかは口を閉じた。

確かに、おばあさんは楽しそうだった。家族だと勘違いしているのだろうがニコニコしていた。

お金だって、要求した金額よりも多く持たせてくれた。

 

 

「俺も昔は祖父ちゃんから沢山小遣いもらったぜ。そういうのがもう楽しいんだろ? 鹿目、お前がやろうとしているのはその善意を踏みにじることだ」

 

「ッ」

 

「今から金を返しに行ってウソですって言うのか? あーあー、そしたら今までのことが全部嘘だって分かっちまうかもな。可哀想に」

 

「それは……ッッ」

 

「クライドー」

 

 

ボニーが軽く肩を小突く。

 

 

「わ、悪い悪い。ちょっといじめ過ぎたな」

 

 

でも仕方ないんだ。だって俺たちだって生活していくうえで金がいる。

俺とボニーは家族が死んだし、ウロバだって一人だ。もっとちゃんとしたところに行けば大人たちが何とかしてくれるんだろうが、俺達は俺達だけで生きて行きたいんだ。

 

その事を説明すると、まどかは怯んだようにして動けなかった。

しかし気の毒に思ったのか。ボニーが背中をさすりながら微笑んだ。

 

 

「知らなきゃ幸せなこと、沢山あるよ。善意が必ずしも人を幸福にする訳じゃないの」

 

「ボニーちゃん……」

 

「大丈夫。甘いものを食べたらそういう辛いこと忘れるから。ね?」

 

 

促され、ファミレスに入る。

貰ったお金で支払う料理がテーブルには並んだ。

まどかは前に置かれたパフェをどうしても食べることができなかった。スプーンを持つ手が震える。

 

 

「どうした鹿目?」

 

「うん、あの……、ごめんね。食欲が無くて」

 

 

仁美のせいにした。仁美が目の前で死んだから食欲が無い。

そんな嘘をつく自分に自己嫌悪だ。けれどもクライドとボニーは納得したらしい。

 

 

「じゃあこれ、貰っていいか?」

 

「う、うん。ごめんね」

 

「いやぁ、いいんだ。えっひっひ、俺こういうの好きだぜ」

 

 

パフェをパクつくクライド、ボニーもスプーンを手に横取りしている。

 

 

「それにしても、そうか、志筑が死んだか。惜しいな、アイツ滅茶苦茶美人だったのに」

 

「ちょっとクライド!」

 

「おいおい睨むなよ……。安心しろって、俺の好みじゃない。ああ言うピリッとした美人は苦手なんだ」

 

 

クライドは指でボニーの口元についたクリームを拭う。

 

 

「俺はもっと儚げな。そう、お前一筋だよ」

 

「クライド……! は、恥ずかしいよみんなの前で」

 

 

頬を赤く染めるボニー。

そういうことなんだ。ウロバは隣にいたまどかにウインクを行う。

 

 

「へー、そうだったんだ。知らなかった……」

 

「リーベの集会は暇だったからな。子供たちは俺らだけだったし」

 

「本当だよね。どうしてお母さんはあんな……」

 

 

ボニーの家は父親のギャンブル癖が原因で昔から多額の借金があった。

それが原因で離婚もして、貧しい生活ばかりだったらしい。

だから何か縋るものがほしかったのだと思う。それはクライドの家にも言えることだ。

以前海外旅行に行った際、たまたまシルヴィスの演説を聞いたらしい。それからはもうリーベにどっぷりだ。

 

 

「何があったのか興味もねぇけど、どうせハマるならもっとしっかりした宗教団体にすればよかったのな」

 

 

まあ結果的にリーベはリーベエリスとして大きな組織になったが。

 

 

「そう言えばまどかちゃんにはいないの? 彼氏」

 

「うん、わたしはまだそう言うのは……」

 

「意外とお前の隠れファンはいたと思うぜ。まあ多分、死んだろうけどな」

 

「そんな事……」

 

「お前は――、人を強くしてくれるタイプだからな。お前がいれば何とかなったヤツも多いんじゃないか?」

 

「?」

 

「いや、なんでもない。追加注文しよう。鹿目も何か食え」

 

「あ、でもわたし……」

 

「安心しろ。今から頼むのは俺がもともと親から貰った小遣いで出す。そうだ、ハンバーグにしよう。ここのは安い割には美味いんだ」

 

 

クライドはハンバーグを注文した。

まどかはウロバを見る。微笑んで頷いてくれた。

まどかはハンバーグセットを美味しく頂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タバコ吸っていいか?」

 

 

店を出たクライドは、まず路地裏に寄る。

 

 

「キス、美味しく無くなるから、ヤダ」

 

 

ボニーは恥ずかしそうに言ったが無視された。真っ赤になってクライドをポカポカ殴っていた。

一方でウロバは無言である。ダメって言っても吸うだろテメー、そう目が語っている。

 

けれどもそう言うノリを知らないまどかは首を振った。

中学生なんだからダメだよ。そう言おうとしたが、クライドがそれを察したのか言葉を加える。

 

 

「死、なんてのは夢のまた夢だと思ってたよ。なんつーか、死なないって思ってた。でもそれは違う。あいつ等は中学生で死んだ。酒もタバコも知らないまま死んでった」

 

 

まどかは何も言えなかった。

もう一度クライドは聞く。

タバコを吸ってもいいか? 20歳から許される行為をしてもいいのか。

まどかは俯くように頷いた。

 

 

「鹿目ちゃんは見滝原を離れないの?」

 

「う、うん」

 

「そうだよねぇ。やっぱりいろいろ怖い事があったけど、離れるまではね」

 

「でも鹿目もやりたい事はやっておいた方がいいぞ。いつ死ぬか、もう分からん」

 

 

そう言ってクライドはタバコの吸殻を地面に落とした。

 

 

「あ、あの、それ……」

 

「ん?」

 

「ちゃんと灰皿とかに……」

 

「周りに見られるかもしれないだろ。それに鹿目、こうは思わないか?」

 

 

ポイ捨てが増えれば、例えばポイステを注意するCMができる。

それに出演する役者が出てくる。そうなれば関係者にはお金が入るし、もしかしたらそれがきっかけで役者が有名になるかもしれない。

 

 

「或いは、掃除する奴等の好感度が上がる。SNSじゃポイ捨てに怒る連中がそれを形にして発信できる。怒りは必要だ。世界に必要だ」

 

 

そう言ってクライドは吸殻の火を踏み消し、街に出て行った。

後をついていくボニーと、まどかの手を引いて出発するウロバ。

 

まどかは何も言わなかった。

もしかしたら、何か、芽生えのようなものがあったのかもしれない。

その後、クライドは塾帰りと思わしき小学生を見つけて金を巻き上げていた。

所謂カツアゲだ。まどかは止めようと思ったが、ボニーがそれを止めた。

 

 

「クライドの考えを聞いてあげて」

 

 

ん? どうした鹿目。

あぁ、この金か。ちょっと可哀想な事しちまったな。

でもな、あのチビ嫌そうな顔してたと思わないか? きっと塾なんざ行きたくないんだよ。

でもきっと親が行かせてるんだ。こんな暗くなるまで、迎えにも行かず。

 

あいつ結構金持ってたぜ、少なくともガキに持たせる金額じゃない。分かってないんだよ、何も。

だから俺はアイツから金を奪った。カツアゲだ。アイツはこれで親に助けてが言える。その理由ができたからな。

 

なあ鹿目。分かる。分かるよ。

でもさっきの事を思い出してくれ。あのお婆さんは嫌な顔をしてたか?

欠片もしてないだろ? ずっと笑顔だった。

 

アイツだってそうだ。カツアゲする前から、カツアゲされそうな顔をしてた。

アイツはきっと頭がいいんだろうから、そんな面じゃダメだって気づく。

親も管理の甘さに気づく。もっと子供を見てあげるようになる。

それにガキは悲劇の思い出を語ることが出来る。痛みを知らなきゃ優しくなれないぜ。

 

なあ鹿目。この世界にはな、悪い事でも人を幸せにする事はできるんだ。

俺は奪った金はバンバン使うぜ。金を使えば、経済は回る。

たとえば俺はこれを食費に使おうと思う。行きつけのラーメン屋があるんだ。

でもボロっちくてさ。今にも潰れそうで。俺が金を使わなかったらきっとあの店は終わりだ。

そしたらその経営者はどうなるんだろうな? もしかしたら店が潰れりゃ借金の可能性もある。

親父は首をくくって、娘は風俗に売られちまうかも。

 

でも俺が金を使うことで、それを食い止めることができるかもしれない。

エッヒッヒ! エッヘッヘ! 悪い悪い。飛躍した考えかもしれないが、そういうことなんだよ鹿目。

悪いと思ったことが、長い目で見れば何かを救うことになる。

 

 

「………」

 

 

まどかは何も言えなかった。

まどかは、気づこうとしている。クライドはもう気づいている。

その後、クライドはコンビニに寄った。

 

 

「なあ鹿目。ジュースかお菓子が食べたい」

 

「あ、じゃあ買って……」

 

「いや、盗って来てくれ。万引きだ」

 

 

まどかは青ざめ言葉を詰まらせた。

嫌だ。そう言えればよかったが、きっと否定される。

それはクライドも分かってる。そうだ分かっているのだ。

まどかの中に生まれようとしている――、その『芽生え』の正体に。

 

 

「鹿目。アレはしちゃいけない、コレはしちゃいけないって言う道徳を、俺達は大人から学んだ。主に親から、学校から」

 

「………」

 

「でも、俺の親はたぶん死んだ。早乙女先生は確実に死んだ」

 

 

正しい事をしている筈なのに死んだんだ。クラスメイトの連中だってそうさ。

だから鹿目。お前ももう気づいている。人間ってのは、正しく生きてても幸せになれるとは限らない。

 

それでもまだお前が道徳を守りたいって言うのなら、それは別に止めはしない。

それは立派なことだ。でもな、お前はウロバについてきた。ウロバに志筑を重ねたんだろ? なんで亡霊に縋ろうとするんだ。

いいか? 気を悪くしたなら申し訳ないけど、お前凄く疲れた顔をしてるぜ。

それはボニーの家に来たときからだ。さっきのガキみたいな顔をしてるんだよお前は。

 

もしかしたらこう思ってるんじゃないのか?

自分は――、不幸だ。そういう類の感情さ。

分かる。分かるよ。エッヒッヒ、俺もそうだった。俺も友達は死んだ。

ボニーが死んでたら多分自殺してる。エリスもぶっ壊れちまうし、最悪なことばかりさ。

お前もそうだろ? 俺に似てる。全部がうまくいってないんだろ? だったらこう思わないか?

 

 

「今のままの生き方じゃ、ダメなんだってよ」

 

「!!」

 

「占いや風水みたいなもんだよ。間違った生き方は、むしろ不幸になっちまう」

 

 

お前ら三人は滅茶苦茶仲が良かったもんな。

志筑と、美樹と。いつも一緒だった。でも二人とも死んだ。一人になったお前は辛いよな。

でもそれはもしかしたら、日頃の行いが悪いからだとは思わないか?

 

いや、鹿目、お前は立派だ。

優しいし、正しい。でもこうやってテロが続くとついつい思ってしまわないか?

世界は形を変えようとしている。だから俺達も生き方を変えなくちゃいけないって。

 

道徳を捨て、ルールを無視すればそこにあるのは野生みたいなもんさ。

そこに罪はない。ただ生きるか死ぬかだ。鹿目。俺はこれは始まりだと思ってる。

テロは続くし、もっと多くの人が死ぬ。そんな気がするんだ。俺は死にたくない。でも人間だ。

だからその上に、少しでも近づけないといけない。

 

 

「安心しろ。見つかっても助けてやる」

 

 

クライドは手を伸ばす。

 

 

「俺達は死なない。俺達は――、仲間だ」

 

 

まどかは目を見開き、そしてブルブルと震える。

そうだ、ずっと思っていた。さやかが死んだのも、仁美が死んだのも、全部まどかは自分のせいだと思っていた。

もっと強くなれば、もっと杏子やユウリのように割り切った面があれば、もっと切り捨てる勇気があれば。ずっとそう思っていた。

 

結局、怒られたくないだけだったのかもしれない。

悪い子だと睨まれるのが嫌なだけだったのかもしれない。

自分に言い訳がしたいだけだったのかもしれない。

魔女は、魔法少女。いい加減に目を背けちゃいけない。

そうか、そうだ――。

 

 

(わたし、人殺しなんだ……)

 

 

だから今更万引きなんて。

まどかは震える拳を握り締め、その手でクライドを手を取ろうと――

 

 

「よせ」

 

「!」

 

 

その時、ギュッと抱き寄せられた。

ウロバだ。まどかを抱きしめ、クライドを睨む。

 

 

「さっきも言っただろ、あんまいじめるなよ」

 

「俺は、別にそんなつもりじゃ……」

 

「無理をさせんな。いいかまどか、今のはクライドの考えでしかない。ボニーは共感してるけど、分からないなら分からないでいい」

 

「ウロバちゃん……!」

 

「お前にはお前のペースがある。無理に割り切ろうとしなくていい」

 

 

それを聞くと、クライドもボニーも申し訳無さそうに肩を竦めた。

 

 

「安心しろ。答えが出るまで傍にいてやる。クライドもボニーも悪いヤツじゃない。お前はお前のペースで答えを出せばいいんだ」

 

「う、うん。ありがとう仁美ちゃ――」

 

 

まどかはハッとしたように口を押さえる。

 

 

「ご、ごめ……ッッ!!」

 

「ハハハハハ!! いいよいいよ、気にすんな!」

 

 

掠れた声でウロバは笑った。そしてまどかと肩を組む。

 

 

「呼びたいなら呼べばいいって。でもな、一つだけ覚えててくれよな」

 

「?」

 

「オレ達は、友達だ!」

 

「う、うん!!」

 

 

まどかとウロバは笑い合い、そして歩き出した。

クライドとボニーも苦笑して歩き出す。ボニーは加速してまどかの背中を軽く叩く。

 

 

「私も友達!」

 

「うん!」

 

 

クライドはまどかに謝罪した。

 

悪かったよ鹿目。

ちょっとほら、俺もおかしくなってんだ。

いろいろあるからな。みんな。俺も友達が死んだ時は悲しかったんだよ。

親が死んだ時はやっぱり悲しかったんだよ。俺は人間だ。人間は弱いから、どうにも上手くいかないと、おかしくなっちまうんだよ。

 

ごめんな、まどか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、サンバ教室。

 

 

「サンサン!」

 

「バババ!」

 

「サンバババーッ! サンババッババー」

 

「サンバババーッ」

 

「サーンッ!」

 

「サーンッッゥ!!」

 

「ォウサーンバサンバババーバ!」

 

「サーンバーサンバババババーッ」

 

「サン」

 

「バ!」

 

「イエスッサンバーッ! サンババーッ!」

 

「サーンバー!」

 

「サーンバァァァァ!」

 

「サンバッバ」

 

「サンババババーバー!」

 

「サンッ」

 

「バーッ!」

 

「サンンンン」

 

「バァァァァァァ!」

 

「ババババーン!」

 

 

俺……、何やってんだろ?

真司はちょびっと泣きそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わあ! 猫ちゃんだ!」

 

 

ボニーの家に帰ると、リビングで黒猫がくつろいでいた。

 

 

「窓割れて、隙間できてるからな。そもそもボニーが餌撒いてるから野良猫とか野良犬がいっぱい来るんだよ」

 

「そうなんだぁ!」

 

「その猫、最近来てるヤツだよな」

 

 

ウロバはどっかりと座り、まどかは隣に座った。

すると黒猫がまどかの膝の上にやって来る。

 

 

「へー、人懐っこいな。名前つけてやれば?」

 

「え! いいのかな?」

 

「いいだろ? 首輪してないし、野良だよ」

 

「じゃ、じゃあ。えへへ、考えておくね」

 

 

ボニーの家は水道とガスは止まっているが、電気はあるようだ。

ボニーはソファに座ると、ノートパソコンを引っ張り出してオフラインのゲームを始めている。

そこでまどかは、ボニーが使っているパソコンに注目した。ボニーも気づいたのか、ニコリと笑ってパソコンを示す。

 

 

「あ、これ覚えてる?」

 

「うん、もちろん」

 

 

ボニーの家は見ての通りボロボロだ。

父親の借金と、母子家庭と言うこともあってかかなり苦しい生活だったという。

一方で見滝原中学校の授業には必要な教材が多く、それなりに金はかかる。中でもノートパソコンは生徒達が用意しなければならないため、負担も大きい。

 

ボニーはしばらくパソコンを用意することができなかった。

だから一人だけノートを使っていた時期もあった。

そうなると隣のクラスからだとか、いろいろな場所から、からかう声が聞こえてくる。

まどかも、ボニーが裏で『貧乏ちゃん』と呼ばれていたのは聞いた。だから、まずはさやかが怒ったのだ。

 

 

「許せん! こうなったら!!」

 

 

さやかは皆に相談して、ボニーにパソコンを買ってあげようと申し出た。

皆もボニーの事情は知っていた。豪快なさやかに引っ張られて、一人3000円ほど出し合ってパソコンをプレゼントしたのだ。

 

 

「これ、本当にありがとうね」

 

「ううん、いいの。大切に使ってくれて嬉しい」

 

 

すると奥からクライドがジュースを持ってきてくれた。

まどかはそれを飲んだ。たくさんお喋りをした。

居心地は、良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄いな、本当になついてら」

 

 

まどかはウロバと共に布団で眠ることに。するとまどかの隣に猫がもぐりこんできた。

 

 

「わ、わたし臭う? 今日はお風呂入ってないから……」

 

「いや全然。むしろめちゃくちゃいい匂いする」

 

 

ウロバはまどかを抱きしめると、胸に顔をうずめる。

 

 

「むしろオレ、大丈夫か?」

 

「うん平気。凄く落ち着く」

 

 

嫌なことを忘れられる。考えないようにしてくれる。

両親は、みんなは心配してくれるだろうか?

それでも、平気じゃないのに平気と笑うのは辛いから。

 

 

「まどか。焦ることはない。お前にはお前の色がある。それを見つければいい」

 

 

まどかは無言で頷いた。

 

 

「汚い声でごめん」

 

「ううん、とっても綺麗だよ」

 

 

その日、二人は手を繋いで眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、サンバ教室。

 

 

「サンバビーッゼェアッッ! セイッ! セイッッ!!」

 

「アイルビーッサンバッッ!」

 

「ォウ、サンバ?」

 

「イェア! サンバ!」

 

「オーケーサンバ! サンバッ、レディイイイイイイイ!」

 

「ゴーッ!」「サンバァアアアアア!」

 

「ノーッサンバー!!」

 

「あッ、やべ! ごッ、ごめんなさい!」

 

 

いや、だってレディと来たらゴーだろう。

真司は首を傾げる。するとガチギレされた。

 

 

「ベリーッノーッッサンバ!!」

 

 

滅茶苦茶連呼される。

 

 

「プリーズソーリーサンバ!」

 

「そ、ソーリーサンバッッ!!」

 

「いやッ、城戸くん。謝る時は普通に謝ろうよ……!」

 

 

真司は帰る事を決めた。

二度と来るまいとも誓った。

 

 

翌日。まどかが目覚めると、黒猫がいなくなっていた。

そして、ほむらが迎えに来た。

 

 

「こんな所にいたのね。帰りましょう、まどか」

 

「ほむらちゃん……、どうして」

 

「携帯電話が捨ててあったから、その周囲をしらみつぶしに」

 

 

ほむらは涼しげな表情で髪をかきあげると、まどかに近づく。

が、しかし、足を止めた。まどかの前にウロバが立ったからだ。

 

 

「……待てよ。誰だお前」

 

「彼女の友人よ」

 

「それは分かってる。でもお前がまどかを連れて行く権利は無い」

 

「は?」

 

 

ほむらは不快感を露にしてウロバを睨みつける。

 

 

「何を言ってるの? まどかを返して」

 

「違う。まどかはまどかだけのモンだ。お前のもんじゃねぇ」

 

 

帰る選択を取るのかは、まどか本人が決めなければならない。

まどかはまどかの意思で、ココを出て行くべきだ。決して連れられてじゃない。

 

 

「貴女にまどかの何が分かると言うの? 彼女は優しい子よ。困らせないで」

 

「……だってよ、どうする? まどか」

 

 

ウロバがまどかを見ると、まどかはギュッと目を瞑って肩を竦めた。

そこへさらにクライドとボニーがやってくる。二人もまたまどかの前に立ち、ほむらとにらみ合った。

 

 

「久しぶりだな、暁美」

 

「元気そうだね、暁美さん」

 

「あなた達……」

 

「昔の名前は思い出したくない。コイツはボニー。俺はクライドって呼んでくれ」

 

 

ほむらは三人を避けてまどかの方へ向かおうとする。

だから三人は移動し、ほむらの前に立つ。

 

 

「ッ!」

 

 

舌打ちが聞こえる。それでも三人は怯まなかった。

 

 

「ごめんっ、ほむらちゃん」

 

「!!」

 

「わたしまだ帰れない。帰りたくない……!」

 

「ま、まどか――ッ!」

 

 

帰ればまた、戦いだ。次は誰が死ぬかなんて考えたくなかった。

 

 

「来てくれてありがとう。でもゴメン……、わたし、まだ、ここにいる」

 

「まどか! ど、どうして!」

 

 

身を乗り出すほむらだが、そこでウロバに止められる。

 

 

「だってよ。アイツの意思を尊重してやれ、お前友達なんだろ」

 

「ッッ」

 

 

ほむらは悔しげに表情を歪めたが、既にまどかは家の中に引っ込んでしまった。

こうなっては仕方ない。と言うよりもどうしていいか分からない。ほむらは仕方なく踵を返す。

なんだろうか、この凄まじい屈辱感は。

そうしていると、後ろで声が聞こえた。ウロバの声だ。

 

 

「へへ、まどかはアタシを選んでくれたみたいだな」

 

「―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツ

 

 

「マドカマドカマドカマドカマドカ」

 

 

ブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツ

 

 

「ドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテ」

 

 

ブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツ

 

 

「ほむら、悪いが呪いの練習なら外でやってくれないか」

 

 

サキは額に汗を浮かべて、ガックリとうな垂れているほむらを見ていた。家に戻ってきてからずっとこの調子である。

まどかの居場所が分かったと連絡が入り、一人で帰ってきた時点で何となく想像はついたが、サキとしてもまどかの居場所は気になる。

改めて事情を聞くことに。

 

 

「―――、と、言うことなの」

 

「なるほどな。やはり心に深い傷を負っていたか」

 

「マドカマドカマドカマドカ」

 

「それ止めてくれ」

 

 

サキは大きく頷くと、一度膝を叩いて立ち上がる。

 

 

「どれ、仕方ない! 私が連れ戻すか!」

 

「ッ、できると言うの?」

 

「任せてくれ。キミは少々強引な所があるが、大切なのは北風ではなくて太陽だ。私のこの溢れるサンシャインが、必ずまどかを――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんお姉ちゃん。わたしは戻れない」

 

「何故! どうして!! お姉ちゃんと一緒に帰ろうまどか!!」

 

 

サキは手を伸ばすが、まどかは背を向ける。

 

 

「ど、どうしたんだまどか。キミらしくないぞ……!」

 

「わたしらしいって何……ッ」

 

「え?」

 

「それで仁美ちゃんは死んじゃったのに――ッ!!」

 

「―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マドカマドカマドカマドカマドカマドカ」

 

「マドカマドカマドカマドカマドカマドカ」

 

「マドカマドカマドカマドカマドカマドカ」

 

「マドカマドカマドカマドカマドカマドカ」

 

「……え? 何? 私呪殺されるの?」

 

 

美穂が美佐子の家に帰ってくると、撃沈しているサキとほむらがひたすらブツブツ何かを言っている。

話を聞くと美穂はははあと腕を組み、頷いている。

いろいろあるものだ。ただでさえ、難しい年頃なのに、そこに心に大きな傷を負った。

塞ぎこむのは無理もない話である。

 

 

「そっとしておいてあげれば?」

 

「いえ……、それでもやっぱり私は迎えにいくわ」

 

 

ほむらは立ち上がり、足を引きずりながらフラフラ玄関に向かっていく。

 

 

「大丈夫? ほむらちゃん。また追い返されたら貴女死んじゃうんじゃない?」

 

「それでも――……!」

 

 

ほむらは美穂の方を見ず、ひたすら玄関――、つまりは前を見ていた。

 

 

「それでも私には、これしかないから……」

 

 

ほむらはそう言ってマンションを出て行った。

美穂はショックでアイスのようにトロけているサキを見る。

どうやらずっとお姉ちゃんと慕われてきたまどかに、強い口調で物を言われたのがかなり堪えたらしい。

 

しかしそれが結果的にまどかに考える時間を与えるのならそれはそれで。

同じ傷ついた状態でも、ほむらのように前に進むのか、サキのように時間を作るのか。

どちらが正しいかなんて美穂には分からない。

 

 

「最近、大変ね……」

 

 

美佐子も毎日疲れたような顔をしている。

食欲もないらしい。なんでも猟奇的な動画をアップしている連中がいるのだとか。

魔女もある。ゲームもある。そして人間の事件もある。本当に大変だ。

美穂もガックリとうな垂れ、大きなため息を漏らした。

 

 

 

 

 

 

「これでよし」

 

 

まどかは近くのコンビニで猫缶を買ってきた。

後はこれを、あの黒猫にあげればいい。それに名前も決めたのだ。まどかはウキウキとしながら、その猫、エイミーを探した。

 

 

「エイミー? どこー? エイミー!」

 

 

そこでハッとする。

黒猫はまだその名前を聞いていないはずなのだから、反応してくれるわけもないか。

まどかは恥ずかしそうに頬を染めると、ひたすらに家の周りを探しまわった。

ウロバにも手伝ってもらい、しばらくは猫探しを続ける。

時間はある。ゆっくり探せばいい。そうしていると、まどかは河原にやってきた。

 

 

「あ!」

 

 

そこでまどかは、ボニーとクライドの背中を見つける。

ボニーはなにやら携帯のビデオを回している様だ。

 

 

「ねえ何してるの?」

 

 

まどかが話しかけると、ボニーは一瞬ギョッとしたような表情を浮かべ、クライドを見た。

 

 

「?」

 

 

まどかは釣られてクライドに視線を移す。

彼の手には――、なにか銃のような物が握られていた。

ベルトにはガチャガチャといろいんな物がついている。

たとえばペンチとか、ハサミとか、ピーラーみたいなものだったりとか。

 

まどかは思いだした。

クライドは機械を弄るのが得意らしい。

だから手に持っているボウガンも、自作したのだろうか?

 

 

「え?」

 

 

間抜けな声が出た。河原の向こうにヨロヨロと歩いているものがある。

犬だ。野良犬――、なんだろうが、まどかが知っている犬とは『形』が違った。

 

 

「ど、どうして耳が無いの?」

 

「俺がハサミで切った」

 

「し……っぽ」

 

「千切った。他にもペンチとかでいろいろ千切った」

 

「あ……、ぁ、あの、目は――?」

 

「上手いもんだろ。二つともボウガンで撃ち抜いたのさ。威力上げてるはずだから、脳にまで矢が届いているはずなんだけど、なかなか死なないなアイツ」

 

 

エッヒッヒ。

 

 

「――ッ!!」

 

 

まどかは猫缶を放り投げ、全速力で犬のところへ走っていく。

 

 

「酷いよッッッ!!」

 

 

気づけば、まどかは変身を済ませて飛行していた。

犬のもとへ一瞬で距離を詰めると、魔法を発動して治療を開始する。

思わず吐きそうになるのを堪え、助けようと試みる

しかしどうすればいいんだ? 治療はできても欠損した部分を修復するのは難しい。

それに目に突き刺さった矢を抜いてもいいものなのか。

 

まどかは青ざめ、全身の力が抜けていくのを感じた。

とにかく助けなければ。その一点だけを考える

だが必死に治癒の光を当てていると、また犬の頭に無数の釘が突き刺さっていった。

 

 

「え?」

 

「よしてくれ鹿目。撮影の邪魔だぜ」

 

 

放心しているまどかをよそに、クライドは犬の体を掴んで引きずっていく。

そしてもう一発、もう二発、もう三発ほど改造したネイルガンを撃ち、全身に釘を突き刺していく。

 

 

「鹿目。これも考え方だ。コイツ等は人の言葉を喋れない」

 

 

ボニーがクライドに近づいていく。そして虫の息になっている野良犬の様子をしっかりと撮影していた。

 

 

「人間だったら痛いかもしれないけど、コイツらにとってはそうじゃないかもしれない」

 

「――ぅ」

 

「ましてやコイツ等は野良だ。遅かれ早かれ保健所行きだろ。それにもしも子供でも噛んだらどうする? 悪い病気を持ってたら尚更だ」

 

「違う!!」

 

 

まどかは泣きそうな顔で叫んだが、クライドもボニーもうっすらと笑っていた。

 

 

「だからってこんな酷い事をしていい事にはならないでしょッッ!!」

 

「確かにそうかもな。でも仕方ないんだ。分かってくれ鹿目」

 

 

ポイエルチャンネル。

これが今、クライドたちの主な活動であり、同時に収入源である。

海外のサーバーを経由して、専用のサイトでひたすら動物虐待動画をアップしている。

メンバーはボニーとクライド。海老名と獅子神――、つまり今、まどかの前にいるクラスメイトの二人であった。

 

 

「ポイエルってのは財宝の天使からとった」

 

 

ボニーが家の周りに餌を撒いて『材料』を集める。

あとはそれに暴力の限りを尽くし、その様を撮影してアップする。

過激すぎる内容が退屈を感じていた人の闇に呼応するのか。それなりに視聴者はいるし、スポンサー代わりになってくれた人も多かった。

ましてや視聴者からの、"おひねり"も期待できると言う。

 

 

「酷いよ、こんなの酷すぎる……!!」

 

 

まどかはボロボロと涙を零しながら、息絶えた犬を見ていた。

一方でクライドは右手にボウガンを、左手にネイルガンを構えて笑う。

 

 

「冗談だよ鹿目。ちゃんと麻酔はしてるって。まああんまり投与すると動いてくれないから、少しは痛むかもしれないけれどさ」

 

「そういう問題じゃないでしょ――ッッ!!」

 

「どうしてだよ鹿目。どうして殺しちゃいけないんだ? えっへっへ!」

 

 

風が吹き、クライドの結んだ髪が靡く。

彼はジッと犬の死骸を見つめ、薄ら笑いを浮かべていた。

 

 

「牛や鳥も死ぬ。食うために刻まれる」

 

 

クライドはベルトから次の矢を取り出すと、それをボウガンに装填していた。

 

 

「話は変わるけどさ。なぜ人が人を否定することをやめないと思う?」

 

 

クライドはゆっくりと砂利の上に座り込んだ。

胡坐をかいて、空を見上げる。

 

 

「どこもあるよな。SNSとか掲示板でも皆毎日ケンカしてる。リアルでもそうだ、学校でも揉め事は多いし、あのリーベエリスだってそういう上下関係は存在してた」

 

 

そうだろ鹿目?

人は常に上に立ちたい。空から人を見下したい。

それは無意識に。余裕を得たいんだ。承認欲求、自己顕示欲、人が人であるために必要なものさ。

みんな持ってる、俺もお前もな。

 

 

「オレ達は動物を殺して、それを撮影して、アップして、それを見たやつ等が金をくれて。そういうサイクルは確かに悪であり――、罪なんだろう」

 

 

だがな、鹿目。

そうする事でしか俺達は、『上』の存在である事が分かれないんだ。

 

 

「歪んでると思うか? ごめん、俺病気なんだ」

 

 

でもな鹿目。動物を殺してるとき、動物が死んだとき、あいつ等の死体から蝶々が出てくるんだ。

綺麗な蝶は俺に教えてくれる。キミは、強いねって言ってくれるんだ。

 

 

「動画を見てるヤツらだって、少なからずそういう面はあると思う。弱い連中は、もっと弱いものを虐げることでしか強さを証明できない」

 

 

すると、ボニーは持って来ていたリュックを開き、中からエイミーを取り出してみせる。

息を呑むまどか。幸いと言うべきなのか、エイミーにはまだ傷一つない。

しかし例外はないのだ、クライドはこれより持っていたネイルガンやボウガンでエイミーを撃ち殺す。

 

 

「だめ、ダメッ! エイミーはわたしが……!!」

 

「悪いな鹿目。俺、猫アレルギーなんだ。あそこにいたいならソイツ殺させてくれ」

 

 

一瞬。ほんの一瞬、まどかの足が止まる。

しかしすぐに踏み込んだ。ディフェンデレハホヤー、庇う際に使うとまどかのスピードが上がる魔法だ。

エイミーを拾い上げると、まどかは一気に距離を取る。

 

 

「ごめんッ、わたしッ、エイミーが好きだから……!!」

 

「帰っちまうのか」

 

「本当に……、ごめん。でもやっぱりこんなの間違ってるよ!」

 

 

その時、まどかの足元に突き刺さる矢。

驚いたように視線を向けると、そこにはボウガンを構えたクライドが見えた。

 

 

「行かないでくれよ鹿目。俺達、仲間だろ……?」

 

「ッ」

 

 

クライドの目は寂しげだった。

ボニーは何も言わない。ただジッとまどかを見つめている。

訴えるように、試すように、ただジッと見ているだけ。

 

 

「鹿目詢子。鹿目知久、鹿目タツヤ」

 

「!!」

 

「こんな手は使いたくないんだけど、頼むよ鹿目。俺は子供は撃ちたくない」

 

 

ゾッとする。全身に真っ黒な闇が張り付いた。

つまり、脅しだ。まどかがいなくなればクライドはまどかの家族を狙いに行く。

何故? 何が一体そこまで? まどかは分からない。だが気づいた事もある。

そもそも、どうしてクライドやボニーはまどかが変身したのに平然としているのだろう?

 

 

「困るんだよ、お前にいなくなられると」

 

 

まどかは、その言葉の意味を『今の光景を他者に口外』するからだと思った。

しかしクライドの本意は違う。

 

 

「善悪の垣根が崩壊した中で、誰が俺達を守ってくれるんだよ」

 

 

クライドは、ボニーは、怯えていた。震える指が引き金を引く。

まどかは思った。来る、と。

そして焼きつくような痛みが走る。

膝の膝蓋骨ど真ん中に矢が突き刺さった。

 

 

「ァ! う――ッ!!」

 

 

まどかは後ろによろけ、後退していく。

いけない、エイミーを地面に降ろす。するとエイミーは走り出し、どこかに行ってしまった。

でもそれで良い。次はまどかの肩に、腹に、矢が刺さる。けれどもクライドは気づいていた。

刺さってはいるが血があまり出ていない。そういう所だぞ、鹿目、クライドは目を細める。

 

 

「凄いな、やっぱりお前は」

 

「ッ!」

 

「何があったんだよ。何でお前らにはそんな不思議な力があるってんだ? えっへっへ、それ、俺も使えるのか?」

 

「クライドくん、やっぱり……」

 

 

まどかはしりもちをついてへたり込む。

一方でクライドはネイルガンを構え、まどかの前に立った。

 

 

「そうだよ。覚えてる。俺も、ボニーも」

 

「!」

 

「あの日、学校はテロにあった。でもそれは爆弾とかそういう時限の話じゃない」

 

 

見た。そして覚えている。学校を襲った無数の化け物を。食われていくクラスメイトの姿を今もハッキリと。

そして何より、不思議な力で戦う少女たちを。

 

 

「鹿目、目を撃たれても平気なのか?」

 

 

クライドは薄ら笑いを浮かべながらネイルガンの銃口を、まどかの右目に向けた。

その時だ。全速力で走ってくる影。クライドが気づき、そちらに目を向ける。そこには鬼の形相で近づいてくるほむらがいた。

おまけにこの女。既に魔法少女に変身している。

 

 

「よお、暁――」

 

 

クライドの頬にほむらの拳が抉りこんだ。

ボニーの悲鳴が聞こえるなか、クライドは地面に倒れる。

しかしすぐに聞こえてきたのは笑い声。ほむらも気づいている、殴った時の感触が硬かった。

まどかが反射的にクライドの顔にバリアを張ったのだ。

 

 

「ダメだよほむらちゃん……」

 

「まどかッ、でも!」

 

 

ほむらはまどかの全身に刺さっている矢を見て、息を呑む。

我慢して。そう言うと矢を引き抜き、軽い治癒魔法をかける。

一方で倒れたクライドはまだ笑っていた。

 

 

「すごいなぁ、やっぱりお前らは。えっひっひ!」

 

 

体を起こすと、ネイルガンを連射する。

しかしほむらは盾でそれを防ぐと、跳躍で一気に背後にまわった。

そして蹴りでネイルガンを弾くと、襟を掴んで引き起こす。

クライドはすぐに蹴りで応戦しようとしたが、魔法少女の防御力に適う筈もない。

拳を打ち込んでも、蹴りを打ち込んでも、ほむらは涼しい顔をしているじゃないか。

 

 

「動かないで」

 

 

ほむらは回し蹴りでクライドの腿を打った。

凄まじい音がして、クライドの体が宙に浮き上がる。そのまま半回転くらいすると、肩から地面にぶつかっていく。

うめき声と、額に浮かぶ脂汗。少なくともほむらの華奢な体から繰り出されるパワーではない。

 

 

「がッ! ハハッ! グッぇヒハハッ!」

 

 

笑い続けるクライドを無視して、ほむらは盾から手錠を取り出す。

あとは流れるようにそれでクライドの手を拘束すればオーケーだった。

クライドだってもう理解している。体術の心得もない、ボウガンやネイルガンも少し弄っただけの玩具レベル。

そんな武器しか持ってないのに、まどかやほむらに勝てる筈はないと。

 

 

「うらやましいなぁ。羨ましいよ俺は」

 

 

呼吸を荒げながら、青ざめながら、それでもクライドは笑う。

 

 

「なあ鹿目。俺とボニーがどうやって生き残ったか……、分かるか?」

 

「ッ?」

 

「俺には力が無かった。あんな化け物には勝てない。友達は食われていくし、最悪だったよ」

 

 

助からない。ボニーも守れない。やりたい事はまだ山程あった。

 

 

「だから仕方ないよな、鹿目!」

 

「も、もしかして……!」

 

 

芝浦の仕掛けたゲーム、マトリックスにはルールがあった。

学校を出られるルールがあったじゃないか。

 

 

「そう、えっへっへ。俺は適当に見つけた三人の生徒を殺した」

 

 

ボニーの分も殺した。つまり6人殺した。先輩か後輩か、名前も知らない連中だった。

そして二人は光に包まれ、扉がある部屋に来た。前に並んでいるのは三つ扉。

クライドは察した。間違ったところを開けば死ぬと。

 

死に物狂いで考えた。

でも結局は直感しかない。扉を開くと、その向こうには10個の扉が並んでいた。

クライドは狂いそうだった。ボニーももう諦めて泣いていた。そして扉を開くと、その先には13個の扉が並んでいた。

それは『無』だった。クライドは何も考えず、扉を開いた。すると外に出られたのだ。

 

 

「俺は選ばれたのか。それとも見捨てられたのか、今でも分からない」

 

 

鹿目、俺は怖いんだ。

あんな化け物がいる世界がたまらなく怖いんだ。世界に怯えてる。

それに死ぬ理由だってある。6人も殺せば普通は死刑さ。死刑は嫌だ。俺は死にたくない。

だから病気のほうがいい。俺は病気がいい。

 

鹿目、俺はもうダメなんだ。

善も悪もない野生の世界に俺は生きてる。

だから世界は俺を殺していいし、俺は殺されても文句は言えない。

でも俺は嫌なんだ。死にたくないんだよ鹿目。でも俺には何の力もない。

ビビって武器なんて作ってみたけど、ご覧のとおりだ。

 

 

「毎日ブルブル震えてる。これが終わるには、俺が次のステージに行くしかない。お前らみたいな力がほしいんだ」

 

 

でも無理なんだろ。

それにその力があったらあったで、きっと面倒な事が待ってるんだろ。

 

 

「だからお前が俺達を守ってくれよ。頼むよ鹿目。じゃないと俺、多分お前の家族を傷つけちまう。必ずお前の周りに纏わり付いてしまう。やめてくれよ、そんなストーカーじみたことしたくないんだよ。でも俺は病気だからそうしちまうぜ。頼むよ鹿目」

 

 

え? そんな事しなくても守るって?

それはダメだよ鹿目。だってお前はみんなを守れなかったじゃないか。

見たぜ、お前がいるのに死んでいく連中を。だからお前はずっと俺達の傍にいて、俺たちだけを守ってほしいんだ。

でもな鹿目、きっと俺は病気だから、そのうちお前も怖くなっちまう。

だからいい感じになったらお前は自殺してほしいんだ。

頼むよ鹿目、家族が大事だろ? 猫を死なせたくないだろ?

 

 

「もういいわ」

 

 

ほむらはそう言って盾からピストルを抜いた。

サイレンサーがついており、撃っても周りにはあまり聞こえない。

 

 

「もういい」

 

 

ほむらは、銃口をクライドに向ける。

 

 

「やめろッッ!!」

 

 

しかし、サキの声が聞こえた。

なんだかんだ心配で見にきたらしい。脚力を強化して走ってくると、跳躍でさらに距離を詰める。

鞭を伸ばしてほむらの手を絡め取ると、そのまま腕を掴んで銃を落とす。

 

 

「離して!」

 

「無理だ! ほむら、キミは一般人に手を出す気か!!」

 

「仕方ないのよ! アイツは危険よッ!!」

 

 

言い合い、組み合って離れていく二人。

一方でまた新しい人物が河原に現れた。ウロバだ。猫を探していたのに、見つからなくて戻ってきたのだろうか。

 

 

「ウロバちゃん……!」

 

「まどか……ッ。おいクライド! なんだよこの状況は!」

 

「悪いウロバ。全部バレた。えへっへ」

 

「チッ! ッたく!」

 

 

ウロバは面倒そうに頭をかくと、まどかの前にやって来る。

 

 

「なあ鹿目。分かっただろ?」

 

 

しゃがみこみ、まどかと目線を合わせる。

 

 

「弱い生き物なんだよ、人間は。特にコイツらは」

 

「それは……、でも」

 

「お前だってこの短い時間で分かったはずだ。一見すれば非道な行為も、長い目でみれば誰かを救う手立てになる。そうしないと救われない人間がいる」

 

「………」

 

「アンタは不思議な力を持っている。でもクライドとボニーはそうじゃない。弱いんだ。なのに鋭敏な殺意を持ってる」

 

 

もったいないとは思わないか?

力があるまどかが燻って。何かができる筈なのに、何もしないなんて。

 

 

「もうそろそろ答えを出せ、鹿目まどか」

 

 

ウロバに言われて、まどかは肩を震わせる。

思い出す。悪意と思っていたことが、善意だと言われた時の事を。

クライドは世の中には怒りが必要だといった。じゃあ鹿目まどかにとっての怒りはなんなのか?

 

何も出来ない事――、かもしれない。

みんな死んでいった。クライドの言葉が胸に刺さる。

生き方が間違っていたとしたら? そうか、手塚やほむらのように、戦いを止めたいというスタンスは変えなくとも、もっと細部を変えることはできる筈だ。

 

 

「例えば、悪いと思った人は殺してもいいとか」

 

 

ウロバが先に言ってくれた。

 

 

言って、くれた。

 

 

言って……。

 

 

「え」

 

 

倒れていたクライドは見た。足。脚。

大きな脚が見えた。大きくて太い、随分グラマラスな脚が。

下半身だけ。鳥かごの魔女"ロベルタ"がクライドの傍にいた。

 

 

「怖いなぁ」

 

 

ロベルタはハイヒールを履いており、そのままクライドを踏みつけた。

腹に、ヒールが突き刺さり、クライドは大量の血を吐いた。

 

 

「ガハッ! ギヒッ! ゴフッ、こ、これが――ッ!」

 

 

足踏みを行うロベルタ。

ボニーの悲鳴をかき消し、ドンドンとヒールでクライドを刺し貫いていく。

 

 

「こぅいうのガッ! 嫌だったッッんッだよッッゥウァ!!」

 

 

クライドはグチャグチャになった腕を伸ばした。力が欲しかった。

全てを超える、新しい人間になれば、いつしか弱さは消え去り、そこには苦しみは存在しない。

抱えたニヒリズムは決して間違いでは無かったはずだ。

その時、クライドはヒラヒラと舞う蝶を見た。

 

 

『真の人類の進化形は、まだ遠い』

 

 

蝶は足裏によってかき消される。

クライドは凄まじい圧迫感を感じた。

ペチョリと音がして、息が出来なくなった。

 

 

(助けなきゃ――ッ!!)

 

 

まどかは思ったが、顎を蹴られていたため、衝撃で頭が真っ白になってしまった。

仰向けに倒れる。空だけが見える。クライドの悲鳴だけが聞こえる。

犬の鳴き声も聞こえてきた。さっき死んだ犬だろうか? まどかはそう思った。本当は犬の魔女ウアマンがほむらとサキに襲いかかっている音なのだが。

 

 

「オレ、志筑仁美に似てるだろ?」

 

 

ウロバはまどかのツインテールの片方を掴み、強制的に引き起こす。

言葉を失うまどか。一方でウロバはニヤリと笑っていた。

 

 

「そりゃそうだわ」

 

 

ダンッッ! と、一番大きな音がした。

ロベルタが足を上げると、靴裏にはペースト状になったクライドが張り付いていた。

ウロバは笑いながらまどかを投げる。するとその姿が光り輝き――

 

 

「だって志筑仁美なんだもん」

 

 

ユウリが姿を現した。

 

 

「フハッ! フハハハ!! アハハハハハハハ!!」

 

 

掠れた笑い声が耳を貫く。まどかは言葉が出なかった。何も喋れなかった。

一方でユウリは治癒魔法を発動して、『自分で潰した喉』を元に戻す。

 

 

「今回はちょっと張り切った。褒め称えてよ? 名アクター」

 

 

ユウリは自分で潰した目を元に戻すと、腕を組んで立ち止まる。

まどかは戸惑っていた。仰向けに倒れていると、ボニーが馬乗りになってきた。

そしてナイフを取り出すと、まどかの喉に突き刺そうとする。

 

 

「やめて」

 

 

本心だった。喉の前に防御魔法で結界を構築する。

それでもボニーは力を強めてまどかを刺そうとしていた。まどかの頬には、先ほどからボニーの涙がボトボト落ちてくる。

 

 

「またッ、こうなるの! せっかく助かったのに!!」

 

 

ちくしょう、ちくしょう、ボニーは何度もナイフを刺すが、全て結界に阻まれて適わない。

そのうちに刃がボロボロになり、それでもボニーはナイフをまどかに向ける。

 

 

「ねえ――、覚えてる? みんなでお金出してパソコンくれたでしょ?」

 

 

ボニーは思い切りナイフを振り上げ、そして振り下ろした。

 

 

「あの時ッ! どれだけ惨めだったかッ!!」

 

「!」

 

 

刃が砕けた。だからボニーは笑う。もう無理だ。勝てない。この化け物。

 

 

「嬉しかったけど、最高に嬉しくなかったッッ!!」

 

 

どうして、どうして……!

どうして!!!

 

 

「どうして私達ばっかりッッ!!」

 

「海老名ちゃ――」

 

 

銃声がして、ボニーの眉間に赤い穴が開いた。

 

 

「………」

 

 

ドサリと、まどかに覆いかぶされるようにボニーは死んだ。

銃弾が額を貫通していた。

 

 

「バキューン」

 

 

ユウリがリベンジャーを見せ付けていた。

まどかはゆっくりと立ち上がると、ボニーを寝かせて、開いたままの目を手で覆う。

 

 

「どうして?」

 

「安心しただろ? ぶっちゃけ。目障りなヤツ等が死んで。あるいはスッキリ?」

 

 

ユウリはまどかの心臓を指差す。

 

 

「お前のハートに宿った気持ちを分かってほしかった。はまだ自覚してないだろ? 我々が神に選ばれた13人だと言うことを」

 

 

だからこんなに頑張った。まどかは参加者だ。殺す対象である。

 

 

「そしてお前は絶望の魔女。どう? 絶望した? 結構頑張ったんだよユウリ様」

 

 

事前準備は念入りに。そして今がやって来る。

ユウリはまどかの価値観を刺激したつもりである。

クライド達はただの人間だが、面白い感性を持っていた。

怯えていたんだろう、全てに。だから全てに理由を求める。言い訳をつくる。

 

 

「どうする? 絶望する? それとも芽生えに従って参戦派になるか?」

 

 

どちらにしてもゲームは加速する。ユウリはそれを望んでいるからこそ、こんな面倒な事をしてまでまどかを狙ったのだ。

まもなくワルプルギスがやって来る。出来ればその前に終わらせたい。

ユウリ的には絶望してくれた方が助かる。

絶大な力を持っているまどかが魔女になれば、見滝原は一気に終焉のカウントダウンを刻むことになるのだ。

そうすれば全ての参加者がゲームを終わらせようと積極的になってくれる筈だから。

 

 

「どうすんのピンク。戦うの? 魔女になるの? どっちなの!?」

 

 

まどかは俯いたまま動かなくなった。

ずっと信じていたものが崩壊した。憧れの先輩が死んでからおかしくなった。

スーパーヒロインの魔法少女は魔女でした。

 

それが終わって、やっと希望が見えたのに。

それも全部まやかしだった。ああ、信じたわたしが馬鹿ですよ。

夢とか希望とか信じた人が馬鹿を見るんですよ。

 

まどかはもう、何も考えたくなかった。

もう信じるのも裏切られるのも嫌だった。

だから何も考えない。

 

 

「わかんないよ」

 

 

何も考えたくない。

 

 

「あ、そう」

 

 

だったらユウリは第三の選択肢を与えてあげるまでだ。何も出来ずに殺されると言う選択肢を。

まどかの体が浮き上がる。突如目の前に現れたリュウガが、まどかの襟を掴んで引き起こした。

そして拳を打ち付ける。まどかは頬を殴られ地面に激突、そのまま砂利を巻き上げて後ろへ滑っていく。

 

カードを抜く音が二つ聞こえた。

リュウガは一枚のカードをユウリへ渡す。

そのままリュウガはブラックドラグバイザーへカードを。

ユウリはカードを地面に投げてリベンジャーで撃ち抜いた。

 

 

『フリーズベント』『ストライクベント』

 

 

リベンジャーから火炎弾が発射されるが――、まどかは動かない。

炎はまどかの足を焦がし、そのまま石化させていく。

動けなくなったが――、動くつもりもなかった。

 

まどかはずっと空を見ていた。

向こうにはきっと素晴らしい国が広がっているのだろう。

そこで仁美に会える。さやかに会える。

リュウガが腰を落とし、その周りをドラグブラッカーが旋回する。

二つの龍口は、巨大な炎塊を発射し、まどかを消し炭に変えようと飛来していった。

だが、それもまた、裏切られる。

 

 

「まどか!!」

 

「!!」

 

 

まどかはハッとしたように顔を上げた。確かに見えた、庇おうと前に立ってくれた暁美ほむらを。

そしてスパーク。さらにほむらの前にサキが滑り込んで、背中で炎を受け止めた。

 

 

「ギャアアアアアアア!!」

 

 

サキから凄まじい悲鳴が漏れた。

だがこんな声を晒しても守りたいものがある。

サキは爆発に吹き飛ばされ、土手に激突。そのまま地面を転がって動かなくなった。

 

 

「あらあら、流石に魔女一体じゃ抑えきれないか」

 

 

ユウリが横を見ると、ウアマンが黒焦げになって転がっていた。

そのまま爆発を起こし、グリーフシードが自動的にユウリの手に吸い寄せられる。

 

 

「!」

 

 

とは言え、サキは既にユニオンでアドベントを発動していたらしい。

ブランウイングが駆けつけ、羽ばたきでユウリたちの動きを抑える。

それだけではなく、大量の白い羽が噴射されてまどか達の姿を隠す。

 

 

「しゃらくさい!!」

 

 

ユウリは羽を掻き分け、まどか達に銃弾を撃った。

しかしまどか達の姿が一瞬で消えて、さらに羽が散る。どうやら幻を見せる効果もあるらしい。

とは言え、あくまでも時間稼ぎだ。

だからほむらは、言いたいことだけを叫ぶ。

 

 

「お願い! 聞いて!」

 

 

まどかの肩を掴み、強く叫ぶ。

 

 

「貴女が今ッ、何も考えられないのは分かってる! それでも聞いてッ!」

 

「………」

 

「分からない事ばかりだけど、一つだけ確かなものがある! それはッ」

 

 

ほむらはまどかの目を睨み、叫んだ。

 

 

「私は貴女に死んでほしくない!!」

 

「!」

 

「私は貴女の友達でしょ!? だからッ、何もないって言うなら、どうかお願い!!」

 

 

私の為に――、戦って!

 

 

「!!」

 

 

ほむらは知っている。

それが、まどかの弱さなのだ。

馬鹿を見ると分かっているのに。絶対に苦しいって分かっているのに。後悔しか無いのかもしれないのに。行かないでって言ったのに。

 

 

「煌け……、純白なる――ッ、ヴァルゴ!」

 

 

傷つくのに、助けてと言えば助けてくれる。

ほむらは、そんなまどかが、大好きだった。

 

 

「!」

 

 

羽が消え去った。乙女座・ハマリエルが状態異常を全て解除する。

まどかは両足で立ち、ほむらの前に立っていた。

 

 

「バカなヤツだ、わざわざ姿を見せるとは!」

 

 

ユウリが腕を前に出すと、合わせるようにリュウガが走り出す。

凄まじい圧迫感だ。闇の壁が迫ってくる錯覚に陥る。しかしまどかは引かなかった。

リュウガが振り下ろした拳を、結界で受け止めると、前に進む。一歩踏み込んで、懐へ潜り込むのだ。

 

 

「ハァアア!!」

 

 

まどかは両手を突き出し、リュウガの胴体へ掌を押し当てた。

すると光が巻き起こり、奔流は螺旋を描いてリュウガを包み込む。

あっと言う間だった、光は球体状のバリアとなり、リュウガをラッピング。

さらに球体は不規則に高速回転。中にいるリュウガの平衡感覚を狂わせていった。

 

 

「えいッッ!!」

 

 

まどかが魔力を込めると、球体が掌から離れた。

それは最早、発射と言ってもいい。リュウガはユウリの元へ飛んでいき、そのまま直撃した。

 

 

「ぎょえァ!!」

 

 

巻き込み、倒れるリュウガペア。

その間に、まどかはほむらへ手を伸ばす。

 

 

「ごめんね、ほむらちゃん。そうだよね、酷いよねわたし」

 

 

ほむらは自分の事を友と言ってくれた。

だったらまどかが死ぬと言うことは、ほむらに同じ苦しみを味合わせるということだ。

お婆さんを騙しているのを知った時、ポイ捨てを見た時、万引きをしろと言われた時、犬に酷い事をしているのを見た時。

騙された時、そう言う時に覚えた締め付けられるような苦しみを、ほむらにも味合わせるかもしれないと言うことだ。

 

それは、嫌だった。

苦しくないほうがいい。

だからまどかは立ち上がった。

 

 

「一緒に戦ってくれる?」

 

「ええ、もちろん!」

 

 

二人は手を取り、確かに笑みを浮かべた。

だが一方でドタドタと激しく足を動かしながら近づいてくるロベルタ。

まずはほむらが盾からロケットランチャーを抜き、弾丸を発射した。

 

 

『!』

 

「えッ!」

 

 

しかしロベルタは向かって来た弾丸を、なんとサッカーボールのように蹴り返したではないか。

反射される弾丸。まずいと一瞬思ったが、そこでまどかの腕が見えた。

 

 

「大丈夫ッ! 任せて!」

 

 

結界が弾丸を受け止めると、同時に天使が現れる。

リバースレイエル。まどかの意思で弾丸が反射され、ロベルタに直撃した。

爆発が起こり、よろける魔女。しかし踏みとどまる。

 

だがまどかも動いていた。

ユニオンを発動させると、ドラグアローを召喚。

すぐに矢を放ち、ロベルタの太ももに矢を突き刺す。

すると矢柄が分離して、先端(鏃)だけが腿に埋め込まれる形となる。

 

 

「ほむらちゃん!」

 

「ええ!」

 

 

ほむらが取り出したのはグレネードだ。

それを投擲すると爆発。爆発の炎が腿にあった鏃、エネルギーの集合体に引火して凄まじい爆発が起きる。

黒焦げになり倒れるロベルタ。そのままはじけるように消滅してグリーフシードをドロップする。

 

 

「調子に乗ってんじゃねぇぞクソチビ共がァア!!」

 

 

立ち上がったユウリが吼えると、リュウガがユウリのツインテールの一つを掴んで思い切り振り回しはじめた。

衝撃的な光景だが、これが役に立つ。そのままハンマー投げのように飛ばされたユウリはリベンジャーを撃ちまくり、まどか達へ急接近していく。

 

まどかは結界を張って、ユウリを空中で受け止めようと試みるが、その前に殺気を感じた。

リュウガだ。まだ手にあったドラグクローから黒炎を発射してきたので、まずはそちらを止める事を優先する。

そうしているとユウリはほむらの傍に着地した。すぐに体術での応戦が始まるが――

 

 

「時間停止も使えない雑魚が! ユウリ様に勝てるかよ!!」

 

 

ほむらは身体能力のスペックが低い。

病み上がりの体に魔力を与えて底上げはしているが、それはユウリも同じだ。

そうなってくるとやはり差は出てきてしまうもの。すぐに蹴りを受けてしまい、よろけた所をさらに蹴り飛ばされる。

地面を転がっていくほむら。しかし炎を防ぎきったまどかが、入れ替わりで走ってくる。

睨み合うまどかとユウリ。距離が詰まっていく。

 

 

「鹿目ェエエ!」

 

 

ユウリは銃を撃ちながら前進しているが、まどかの結界が全てを防ぎきる。

お互いはもうすぐそこだ。ユウリの飛び回し蹴りが、まどかの振るったマジカルスタッフが、それぞれ交差していく。

結果は空振り。ユウリは激しく回転しながらまどかの背後に回る。

背中合わせ、それも一瞬だ。ユウリは蹴りを、まどかは結界を張って、またぶつかりあった。

 

 

「ウザイよそれ!!」

 

 

ユウリは飛び上がると、再びまどかの背後に着地する。

そこでまどかは思いついた。そうだ、このまま光の翼を生やせばユウリを弾き飛ばせるのではないかと。

しかしユウリはそれよりも早く動いていた。まどかの肩を掴むと、足を上げて、まどかの背中に靴裏を押し当てる。

 

するとハイヒールのように、踵から伸びた銃身。

ユウリの足裏から弾丸が発射され、まどかは衝撃で強制的に前のめりに。

そのまま四歩ほど歩いたところでお腹から地面に倒れてしまった。

 

 

「!!」

 

 

影。

見上げればリュウガがドラグセイバーを振り上げているではないか。

一瞬ゾッとするが、すぐにほむらが駆けつけてくれた。

振り下ろされた刃を受け止める盾。ほむらは重みに歯を食いしばるが、心配はしていない。

だって既にまどかが横にズレて弓を構えていたからだ。

 

 

「トゥインクルアローッ!」

 

「!!」

 

 

リュウガのわき腹に強化された光の矢が撃ちこまれる。

矢と共に後方へ吹き飛んでいくリュウガ。一方でほむらは既にまどかの背後に回り、マシンガンを撃っていた。

対峙するのはユウリだ。ほむらは盾でユウリの銃弾を防ぎつつ、マシンガンの弾丸で牽制を行う。

 

 

「チィイイ!!」

 

 

ユウリの動きが鈍ったのをほむらは見逃さなかった。

地面が揺らめき、電子音が鳴る。

ユニオン。アドベントで呼び出されたエビルダイバーは猛スピードで空を翔け、止まっていたユウリに直撃する。

 

 

「グアァアアア!!」

 

 

吹き飛ぶユウリ。

やった! ほむらは一瞬そう思ったが――

 

 

「ほむらちゃん! 気をつけて!!」

 

「!」

 

 

電子音が聞こえた。濁った電子音だ。

 

 

「大きいのが来るよッ!」

 

 

ファイナルベント。両手を広げて浮き上がるリュウガの周りを、ドラグブラッカーが激しく旋回する。

確かに感じる力の脈動。ほむらは思わず汗を浮かべ、後ずさる。

 

 

「大丈夫ほむらちゃん。わたしが止める」

 

「で、でも、大丈夫なのッ?」

 

「大丈夫。絶対に止める。だから――」

 

 

まどかの足が、震えている。

 

 

「だからほむらちゃん。傍にいて」

 

「!」

 

 

ほむらは強く頷き、まどかの肩に手を添えた。

 

 

「どこにも行かないわ。約束」

 

「ありがとう……!」

 

 

震えが、止まった。

まどかは強く息を吸い込み、そしてアイギスアカヤーを発動させる。

巨大な盾を持った天使がまどかの前に現れ、そこへドラゴンライダーキックが激突した。

激しい黒炎がまどかの盾を貫こうとするが、歯を食いしばり、ひたすらに魔力を供給させる。

 

ほむらはチラリとユウリを見た。

倒れたまま動いていない。気絶したのか。

ほむらはまどかに添えている手に力を込めた。

 

 

「――ァッ!」

 

 

まどかの声に焦りが出てくる。炎が盾を石化させていくのだ。

天使もまた石に覆われていき、盾は完全に石化してしまった。そうするとビシビシと音を立てて亀裂が走っていく。

ダメか? ほむらは覚悟するが、まどかの目はまだ死んでいなかった。

 

 

「――れッ」

 

 

確かに、まだ分からない事だらけだ。

どうでもいいと思ってしまうところもある。

けれど、それでも、一つだけ自分のために思うところがある。

もう、誰かが苦しんでいる姿は見たくなかった。誰かが苦しむと、自分も苦しいから。

 

 

「だからッ、止まれェエエエエエエッ!!」

 

「!!」

 

 

石がはじけ飛び、中から新しい盾が出てきた。

魔法の更新といえばいいか。アイギスアカヤーの再使用を行い、まどかは吼える。

ありったけに想いを乗せる。それに呼応して巨大化していく防御壁。盾からは美しい桃色の光が溢れ、リュウガを覆い尽くす。

 

 

「――ッッ!!」

 

 

リュウガの炎が――、消えた。

足が盾に張り付いたまま、動きが止まったのだ。

それはつまりドラゴンライダーキックの終了。

まどかの盾が、リュウガのファイナルベントを受け止めた証拠だった。

 

 

「でもッ!」

 

「!」

 

「甘いィイ! ガムシロップにお砂糖ぐちゃ混ぜて、ケーキにかけたくらいにッ!」

 

 

ユウリが立ち上がり、笑っていた。

彼女が倒れたのは、クライドの死体の傍。

だからこそボウガンを拾うことができたし、まどかがリュウガと競り合っている間に魔法の力をチャージすることもできた。

ボウガンの先端には、三角形の魔法陣が張り付いている。

 

 

「イル・トリアンゴロ!!」

 

 

ボウガンから魔法の力を纏った矢が発射された。

銃弾よりも貫通力を高めてある。ちょっとやそっとの盾じゃ貫いておしまいだ。

 

 

「まどか!」

 

 

ほむらは反射的にまどかを庇うように立った。

しかし、やっぱりまどかと言う少女は、ほむらを後ろに引き寄せて自分が前に出てしまうのだ。

 

 

「―――」

 

 

天使を呼ぶ時間は無かった。

バリアを一応と重ねて張るが、矢はそれを全て貫きまどかの前に来た。

ほむら叫ぶ。間に合わない。まどかはせめてもの抵抗に腕をクロスさせて盾にするが――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」「………」「………」

 

 

まどか、ほむら、ユウリはポカンとしている。

矢は、まどかを貫くことは無かった。腕で止まっている。

その時、何かが割れる音がして、破片が落ちていった。ほむらはそれが腕時計の破片である事に気づいた。

そうだ、矢は腕時計を刺して止まっていた。

 

 

「何ッ!? 何で!?」

 

 

貫通力と威力を上げた矢が、ただの腕時計にせき止められる筈は無い。

ユウリは汗を浮かべて目を見開いている。しかしその時、まどかの腕に小さい天使がしがみついているのが見えた。

まどかも意図していない召喚だったのか? 戸惑いがちに魔法名を呟いていく。

 

 

「ポイエル……、プロバティオ」

 

 

財宝の天使ポイエルが与えた力。

それは『物』を強化させる魔法だった。

だからこそ、ただの腕時計の強度が極限まで強化され、矢を防ぐ盾になったのだ。

 

いや、それは分かったが、気のせいだろうか? 誰もが一瞬それを見た。

まるでまどかを守るように両手を広げた光のシルエット。

あれは間違いなく、志筑――……。

 

 

「そこまでよ!!」

 

「!!」

 

 

ユウリが振り返ると、そこにはファムとライアの姿があった。

どうやらほむらがトークベントを使用して助けを求めていたらしい。

さらに上空からはナイトが現れ、リュウガを抑えるように切りかかっていった。

 

 

「大丈夫まどかーッッ!!」

 

「かずみちゃん!」

 

 

かずみはまどかに駆け寄ると、体中をペタペタ触り始める。

 

 

「怪我は無い!?」

 

「あ、あははっ! くすぐったいよ!」

 

「ムムムム!」

 

 

ひとしきり触り終わると、敬礼を行う。

 

 

「異常なし!!」

 

 

表情を歪ませるユウリ。これは、まずい展開だ。

そして最後に、龍に乗った男が姿を見せる。

 

 

「まどかちゃん! 遅くなってゴメンッ!」

 

「真司さん!!」

 

 

龍騎の登場だ。

同時に、地面を殴りつける音が聞こえた。

ユウリだ。表情を歪ませてリュウガを消滅させる。

 

 

「今回は退いてあげる。でも次はそうはいかない」『アドベント』

 

 

ズライカを呼び出すと、大量の闇を発生させて体を覆い尽くす。

 

 

「チャオー」

 

 

闇が晴れると、そこにはもうユウリの姿はなかった。

一同はすぐにクライドたちの死体を発見し、美佐子へ応援を頼んだ。

騎士達が話し合っている中で、まどかは力なくへたり込む。するとどこからともなく、エイミーが駆け寄ってきてくれた。

 

 

「ずっといてくれたの……!?」

 

 

すると、ほむらの手が肩に触れる。

 

 

「見て、まどか」

 

「ッ?」

 

 

ほむらはエイミーを。騎士達を。そして魔法少女達を見る。

みんな『何か』は抱えているだろうが、まどかが危ないと聞いて駆けつけてくれた。

 

 

「あなたの存在を望む人が、最低でもこれだけいるのよ」

 

「……!」

 

「それは、忘れないで」

 

「うん、絶対に忘れないよ。本当に、本当に――、ありがとう」

 

 

抱いているエイミーの温もりが染みる。

まどかはふと、タバコの吸殻が落ちているのを見つけた。

まどかはエイミーをほむらに預けると、その吸殻を拾い上げた。

 

 

捨てるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まどかちゃん! 見てほしいものがあるんだ!」

 

「なに? どうしたの真司さん」

 

「俺っ、ずっとまどかちゃんを励ましたくて! それでたどり着いた答えがこれなんだ!」

 

「本当? なになに!?」

 

「行くよ! サンバッ! レディイイイイイイイイイイ!!」

 

 

『次のニュースです。見滝原でサンバ教室を開いていた男が逮捕されました。警察は男がサンバ未経験者であるにも関わらず、サンバーマスターと名乗り、レッスン費用を違法に徴収していたとして広告詐欺――』

 

 

真司は何もせずに帰っていった。

まどかが首を傾げていると、入れ替わりでサキが部屋にやって来る。

 

 

「どうしたんだ真司さん? 真っ白だったぞ」

 

「わかんない。心配だね」

 

「それより、いろいろ回ったんだが、すまない、やはりどこの店も――」

 

「あ、いいのいいの! ごめんねお姉ちゃん」

 

 

と言うのも、サキはバラバラになった時計の破片を集めて、修復できないかを聞いて回っていた。

しかし流石に損壊が激しく、足りないパーツもあるとの事だったので、どうやら不可能のようだ。

 

 

「これは、もういいの。しまっておこうと思って」

 

「いいのか?」

 

「うん。これがあると、どこか甘えちゃうから。それにもう仁美ちゃんはいない。その事から逃げちゃいけないって思ったから」

 

 

まどかは時計の破片をケースにいれると、もう一度お礼を言ってベッドの下にしまった。

あの時、あの瞬間、まどかはポイエルを呼んでと言われた気がした。その声は間違いなく、仁美の声だった。

もちろんそれは幻聴であり、幻覚であり、全ては幻だ。

 

けれどもいつかまた、このケース開けたくなる日がくるかもしれない。

そうであったならばあの時の幻聴を思い出そうと思った。

 

 

「わたし、頑張るね。だから応援しててね仁美ちゃん」

 

 

まどかはケースをしまうと、立ち上がって微笑む。

 

 

「頑張って、戦いを止めるからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポイエルの証明 END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、よろしくお願いします」

 

「はい。必ず幸せにしますから」

 

 

まどかとサキ、そしてほむらは去っていく車に頭を下げていた。

 

 

「良かったな、エイミーの貰い手が見つかって」

 

「うん。あの人たちなら大丈夫。安心だね」

 

 

そこでほむらは少しモジモジしながら、視線を外した。

 

 

「あの猫、最後に鳴いてたわ」

 

「そうだね」

 

「ありがとうって、言ってる気がした」

 

 

まどかは一瞬キョトンとしていたが、すぐに満面の笑みをほむらに向ける。

 

 

「うん! ありがとうほむらちゃん!」

 

「へえ、キミも気を遣えるんだな、ほむら」

 

「どういう意味かしら浅海サキ……」

 

 

ほむらはサキをジットリと睨みつけ、サキは汗を浮かべて目を逸らしている。

まどかはふと、もう一度走っていく車を見た。

 

車はエイミーを乗せて、見滝原を出て行く。

エリアを隔てる壁がまどか達だけには見えている。

決して出られぬ牢獄、しかしまどかは恐怖しない。

むしろ意を決したように目を輝かせると、踵を返して前に進んだ。

 

 

「………」「………」

 

 

サキとほむらも同じ気持ちだった。

 

 

なんだか最近、風が強い。

 

 

 

 

 

 

 

 





(ライダー)(今年から顔文字これでいくかな……)


あとちょっと説明を。
クライドもボニーも、下宮と同じで一応モデルはいます。

説明もいれましたが、それぞれまどかのクラスメイトのモブキャラです。
ボニーは『貧乏ちゃん』って言うネタで海外勢が盛り上がったみたいですな。

ただまどかはモブがハッキリ定まってるようじゃないので、カットによって座ってるヤツが変わってます。
一応今回は、映画版の座席を参考にしてます(´・ω・)b



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次の10年



とある人物の過去。
熱風riderをイメージしました。
本編70話を見る前にご覧ください


 

 

 

夢を見た。随分とまあ懐かしい夢だった。アレは俺が幼稚園の時の景色だったな。

思い出すよ、先生がすっげぇ綺麗だったんだよ、うん。

ありゃあ俺の初恋って言っても良かったかもしれねぇ。

 

 

「将来の夢は?」

 

 

そう聞かれた時、俺はなんて答えたんだっけ?

ああそう、確か――

 

 

「マスクマンか宇宙飛行士!」

 

 

まああれだ、マスクマンってのは俺が昔見てたヒーローだな。

あとは宇宙飛行士か。まあ昔の夢なんてこんなモンだろ?

でも俺はそれを叶えられると本気で思ってた。

だれだってそうだ。それになりたくて言ってる訳だからな。

先生だって否定はしない。当然か、そんなモンなれる訳ねーだろなんて言っちゃあ、モンペじゃなくても苦情殺到モンよ。

 

でもあれだな。

人間10年単位で数えると中々面白いモンで、俺が10歳になる頃には今言った二つの夢なんて頭から消えてたぜ。

10を一つのサイクルと数えるならば、人間だいたい生きても8か9であの世逝きだろ?

んで、そのワンサイクル。10年もあれば、その間にかなりの成長って奴が望める。

 

まだまだガキだったけど、俺はかなりの事を学習したぜ?

マスクマンの中にはおっさんが入ってた事も知った。

宇宙飛行士は英語を初めとした学業が優秀じゃないと駄目って知った時には、諦めもすぐだった。

 

だけれど、ショックではなかったな。

所詮はその程度の夢だ。別にこれが挫折とも思わんし、ましてや記憶から消えてたんだから、どうって事は無い。

誰もが通る道。ただそれだけの話だろ。

でも次の10年で俺は本当になりたい物を見つけた。

この10年は俺にとって大きな経験の連続だったな。

と言うより、ほぼ全ての人間にとってと言っても過言じゃねぇだろ。

 

まあ自分で言うのも何だが、小中高とそこそこうまく行ったもんで、それなりに人生を楽しく謳歌してた筈だ。

取り合えず通信簿にはクラスの中心人物ですなんて書かれてた訳だしな。

まあ男なんざ適当に下ネタ言っておけばなんとかなったんだよ。

 

ただ良い事ばかりでも無かったけどよ。

中学時代初めてできた彼女は、付き合って二日目で、俺より顔と頭が良い奴が好きになったって言ってフッてきたし。

中学校まで親友だの何だと言ってた友達は、高校が別になった途端、連絡も途絶えたしな。

結局そう言うのが続いちまて。今じゃ友人と言える奴は二人いれば良い所さ。

 

まあでも、一番の収穫と言えば。なりたい物が見つかったって事じゃないだろうか。

カッコつければ夢が見つかったってヤツだな。

この世の中、何人の人間がなりたい物を見つけられた?

おそらく俺達が思っている以上に少ない筈だ。

 

だってみんな分かっちまう。

たかが20歳って言うまだまだガキの分際で俺も分かった。

社会の仕組みをある程度まで分かっちまうんだ。

 

世界は自分を中心に回っている訳が無い。

人生の主役は自分である事は間違い無いのかもしれないが、主役って言っても誰かを引き立たせる存在って場合もある。

漫画でもそうだろ? 主人公よりライバルキャラの方が人気あるってのはお約束だ。

 

生まれもった才能。容姿。環境。

多くの差を生きている内に分かっちまうんだもんな。

努力は俺を裏切るし、夢の方が俺を見限る場合もある。

 

知る事や、知識を身につける事は良い事ではあるに違いないけど、それがなんだか寂しい想いを心に宿す。

そうだよな、サンタは親だし、憧れてたヒーローは撮影が終われば悪役と飲みにも行く。

宇宙飛行士は俺が思っている以上に難しい職業だったし、人間皆が結婚して幸せな家庭を作れるとは限らない。

この間もほら、どっかのお嫁さんが旦那に殴られてぽっくりよ。

 

まあでも、そんな中で、俺はやっとこそさ将来の目標ってのを見出す事ができたんだ。

周りの奴らが進路に悩んでいる時に、俺は調査用紙にパッパと書いて提出さ。

他の奴らをその時点で追い抜いた気がして、なんだかその時は凄く気分が良かった。

んで、次の10年が始まって、俺は明るい未来ってヤツを思い描いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ざけんなよカス! 取材行って来いって言っただろうが!!」

 

「す、すいません……。でも、流石に娘さんに話をってのはちょっと」

 

「アホかお前は! 学校帰りに直撃すりゃあいいだけの話だろうがよッ!」

 

「やッ、ですからそういう問題じゃ!」

 

「うるせぇ! とにかく明後日までに原稿用意しとかねぇと殺すからな!!」

 

「………」

 

 

俺は怒号に耐えて、つまらなさそうな表情で自分のデスクに戻った事だろう。

俺は記者に、ジャーナリストになりたくて頑張ってきたつもりだ。

大学にも行ったし、色々な知識だって身につけたつもりだった。

それなのに入れると信じて疑わなかった大手新聞社に落ちた時、俺の中で何かが崩れちまったのかもしれない。

 

まあでも考えてみりゃ当然の話だったのかもしれないな。

俺の周りには俺よりも優秀な奴が山ほどいた。ポンコツよりだった事は否定できねぇ。

とは言え、俺には軽い自信があったんだよ。

よく言うだろ? 勉強ができるだけじゃ社会は生きていけねぇってさ。

 

まさにそれだよ、俺は多少なりとも輪の中で生きていくために必要な空気を読む技術や、他の話術なんかは勉強してきたはずだ。

でもよ、当たり前だけど周りだってそんな事分かってる。

だから他の奴だってそういった世の中を生き抜く処世術は学んでる訳さ。

要するに勉強以外ができる俺の周りには、勉強も他の事もできる奴らばっかだったって訳だ。

そんなモン俺が落ちるに決まってるわな。何の事はない、当たり前の事だったのさ。

 

そこそこ今までがうまく行ってただけに俺に降りかかる落差もそれなりだった。

いや、もしかしたら勘違いしてただけだったのかもしれない。

思えば本当にうまく行ってたのは中学の途中くらいまでで、あとは……。

 

 

とにかく。

俺は志望していた場所に入れず。そのショックからダラダラと何もしない日が続いちまった。

そうしている間に、俺と同じように落っこちた奴らが次々に行動に出て、俺が次に申し込もうと思っていた場所に入っちまう。

そうするとなると必然的に入れる場所は限られるわけだ。

 

まあもっと広い目で見たら色々な場所はあったのかもしれないが、俺自身拘りは色々とあった訳で、プラス焦りだってあったしな。

ましてやジャーナリストの道を諦めるってのは論外だった。

どんなに腐っても俺の夢だったからな。

 

逆を言えば――、それしか無かったんだよ、俺には。

ろくにジャーナリストって職業がどんなものかも知らず。

ただカッコよさを求めていた俺は、今まで記者になる為だけに学校に行ってた。

それを諦めれば今までの事が無かった事になって、俺が空っぽになっちまう気がしたんだ。

笑える話だぜ。他人を追い抜いた気分になってた俺が、いつの間にか他人に置いていかれてたんだから。

 

 

「………」

 

 

それで結局、流れに流れて俺はこの場所にいる。

とある週刊誌の記者として俺は働いているんだよ。

このご時世、仕事があるだけでマシってなモンだ。

おまけに夢だったジャーナリストにもなれたんだし、言う事は無かった。

 

 

「……クソ!」

 

 

なんて、自分に言い訳している毎日だ。

俺は目の前にある書きかけの原稿を見ながらつくづくそう思った。

この雑誌、ハッキリ言わなくても分かる。低俗なゴシップばっかり特集して真実もクソもねぇ。

捏造記事だって平気で載せやがる雑誌だ。

ジャーナリストってのは真実を伝えるのが仕事だと俺は信じていた。

なのにある事ない事書かなきゃ怒鳴られるってのは屈辱だったよ。

 

ムカつくのはそれだけじゃない。こんな内容の物がそこそこ売れてるって事だ。

だから無くならない。だからエスカレートする。

それにこういった雑誌を盛り上げるネタは無くならないのは事実だしな。

 

今日も今日とて俺は有名芸能人の不倫問題だの、芸人がファン孕まして中絶させただの真偽不明の事件を追っている。

真実を明らかにする。何も間違ってはいないのに、俺の心にはいつだってモヤモヤとした気持ち悪い物が纏わり付いていた。

 

俺は今日これから、不倫問題が噂される俳優の娘にインタビューしにいくらしい。

学校が終わって帰る女の子に、キミの父親がお母さんじゃない女を抱いてました。どう思いますかって聞きに行くんだぜ?

 

それが終われば今度は別の案件だ。

中絶騒動で話題になっている芸人の母親に、お孫さんが生まれる前に死んだ事について詳しくインタビューよ。

 

あと、これが終われば他の人の記事を手伝う事になっている。

最近自殺した有名女優が薬物中毒かもしれないって書くんだよ。

葬式からまだ二週間も経ってないのに、俺は親御さんに「あなたの娘は薬物を使用していましたか?」「イカれてましたか?」って聞きに行くんだよな。

 

そうして俺はお金を稼ぐ。

こうして俺は社会に情報を与えていく。

何も間違ってない。疑いがあるからそれを突き詰める。

それは当然の事だ。

 

 

「………」

 

 

キーボードを打つ手が止まる。

ジャーナリストってカッコいい職業だよな?

 

 

「おい何してんだ! ボーっとしてるんならさっさと取材行けよクズッ!!」

 

 

編集長(じょうし)が投げたコーヒーの空き缶が俺の頭に当たる。

いてぇ、いてぇな、ちくしょう。

 

 

「すいません……」

 

 

あれ?

 

かっこいいか?

 

俺――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、なにしてんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶはーッ!」

 

 

ダンと強く缶を置いたからか、中にあった液体が跳ね上がって俺の頬に掛かる。

舌打ちをしながら俺はティッシュを三枚ほど乱暴に掴むと、ゴシゴシと頬を痛いほど強く拭いていた。

 

あれから取材に行って来ると告げた俺は、迷わず車を飛ばして実家へ帰った。

両親には適当に言い訳をし、俺は自分の部屋に戻ると買って来た酒を浴びる様に飲む。

それはもう文字通り胃に酒を送り込むだけの作業だ。

飲む事を楽しむのではなく、酔う事だけを目的とした行為。

 

そうだ。俺は何もかも忘れたかった。

できる訳は無いのに、取り合えず記憶は無くしたかった。

明日や明後日の事なんて何も考えない。無断欠勤上等だ。

とにかく俺は何もかも忘れて酔いたかったんだろう。

 

だがそう簡単にはいかねぇもんさ。

酔おう酔おうと思う度、酒に貪り付く自分が客観的に映っちまう。

そしてやっぱり思うのさ。俺、今何してんだ? ってな。

 

いや、マジで聞きたかった。

俺は今、何をやっているんだ? 何をしているんだ? 俺には全く分からなかったんだよ。

自分が今、何をしているのか。

 

 

「………」

 

 

ふと周りを見渡してみる。

俺がガキの頃からずっと育ってきた自分の部屋だ。

心なしか狭くなったと思うのは、それだけ俺がデカくなったからだろう。

それだけ俺が置いた物が増えたからだろう。

 

ガキの頃に買ってもらったは良いが、それほど使っていなかった学習机の上には、卒業時にもらった寄せ書きの色紙が見えた。

千鳥足でそこまで行った俺は、書いてある内容を見てゲラゲラと笑い始める。

 

 

『素敵な記者になってください』

 

『書いた記事絶対読みます!』

 

『ジャーナリストってカッコいいですね。応援してます』

 

 

ありがたい話だよな。俺の夢を皆は応援してくれてたんだぜ。

俺ってこんなに応援されてたんだよな、それを思うと笑えてくる。ああ笑えてくるね。

俺は乾いた笑いを浮かべながらその色紙を叩き折ると部屋の隅へ投げつけた。

 

なあ、教えてくれよ。

今の俺は素敵なのか? 教えてくれよ、俺が前月書いた記事は読んでくれたか?

あれだ、有名アイドルが枕してるって証拠掴んだって言う、あの適当に塗れた記事の事だよ。

読んでくれてるよな、絶対読むって書いてあるもんな。

 

あともう一つ教えてくれよ、今の俺はカッコいいか?

俺はジャーナリストになれたんだ、記者になれたんだよ。

カッコいいか? カッコいいよな。

 

 

「………」

 

 

酒が多少回ってきてくれたらしい。

俺はフラつきながら後ろへ下がり、壁に倒れる様にもたれかかった。

そのまま下に座りこむ。そしたらなんだか背中に変な感触と音が。

なんだかやけに壁が滑る様な――?

 

 

「あ」

 

 

俺と壁の間には一枚のポスターがあった。ぼやけ始めた頭で絵柄を確認してみる。

そしたらお前、それは俺が昔ハマってた特撮ヒーローの物だったんだよな。

マスクマンって言うヒーローで。俺ら世代だったらそこそこ知名度はある筈だ。

 

主人公が悪党に拉致られて改造されちまうんだが、脳改造の手前で脱出してな。

それからは正義の心に目覚めて組織を裏切り、自分と同じ改造人間達と戦っていくんだよ。

バイク乗ったりしてカッコよくてな。

必殺キックで敵がブッ飛ぶ所なんて、やっぱ男なら痺れる物があるだろ?

 

 

「………」

 

 

今となっちゃあんま覚えてねぇが、懐かしさを覚えた俺は、取り合えず押入れの中を軽く探ってみた。そしたらやっぱあるんだよ。マスクマンのビデオだの変身ベルトだのが。

懐かしくなっちまってさ。もう何年も使ってねぇビデオデッキ引っ張り出して再生さ。

 

 

「おぉー……」

 

 

意外と映るもんだなアレ。

その事に軽く感動しつつ、結局ビールを飲みながら俺は画面をぼんやりと見ていた。

いやそれにしても昔は全然気にならなかったけどよ。モブがかなりの棒演技だったり、意外と危ないスタントやってたり。敵が爆発する場所が同じだったり。

大人になればなったで分かる面白さがあるもんだな。

 

そうそう、意外と有名な俳優とか出てたり。あ

とはまあなんだ30分でケリつけないといけねぇから多少展開が強引だったりとよ。

いい始めたらキリがねぇや。

 

 

「ははは」

 

 

酒も進んでたから普段なら笑わないシーンでもゲラゲラ笑っちまう。

だけどな、見入ってた故に刺さる言葉もある。

 

 

『言い訳はもうそろそろ止めたらどうだ?』

 

「………」

 

 

真顔になったな、あれはきっと。

霞んだ音声だったけど、深く突き刺さったよ。本当に痛いくらいに。

言い訳のつもりは無かったけど、正直言って逃げている自覚はあったからな。

 

酒を飲み続けた所でどうなる? 気分が高揚して嫌な事を忘れられるのは一瞬だ。

結局はまたいつもの日々に戻るだけだし。むしろ無断欠勤を決め込もうとしている俺には倍以上の苦痛が降りかかってくるんだろうって自覚はあった。

 

いいんだよ、適当で。

適当に書いて出せばそれでいいんだ。どうせそういう雑誌さ、俺だって噂話は嫌いじゃない。

だから別に気に病む必要は無かったはずだ。人には生まれ以ってして与えられた役割があるんだろう。

俺は人が喜ぶ、『他人の不幸話』を文字にして紙に打ち込めばいいだけの話じゃねぇか。

 

 

「―――ッ」

 

 

でも駄目だったんだ。

俺はキーボードを打つって言う簡単な――、それこそ小学生でもできる事ができなかった。

なんかこう、きっと俺は『何か』になりたかったんだと思う。

漠然とした未来の中で確固たる自分を持ちたかった。

だから何だって良い、何かをできる、何かを残せる自分でありたかった。

 

記者になりたいって思ったのは別に特別な事じゃない。

ただテレビかなんかで真実を明らかにする仕事だとかなんとか書いてあったのにカッコよさを見出しただけだ。

 

 

そうだ、俺はカッコよくなりたかったんだ。

 

 

でも今の自分はかっこいいのか? それが疑問に思えて仕方ない。

それに仕事ってのは自分が中心な訳じゃない、俺はただ歯車の一部でしか無いわけだ。

特別な存在でもなんでもない、機械で言うなれば全体を構成するパーツの一部でしか無い訳だ。

――って言うのを口にしている一方で、俺はそう思いたくはなかったのだろうと思うな。

やっぱり胸を張れる自分でありたいと思うのは当然だろう? けどな、そんな事を思っている内に随分と時間が経っちまった。

 

今がそうだ、それを証明してやがる。

解決できない問題が毎日山積みだ、目を背けてたら上司《マグマ》が騒ぎ出すのが分かる。

でも解決できないんだよ、したくてもな。俺もソレを受け入れちまった、でも爆発するカウントダウンが始まってんのはヒシヒシと伝わってくる。

だから必死こいて戦うのさ、毎日。でもな、でもな、どうしても駄目なんだよ。結局何もできずにタイムアウトだ。

 

これが何もしないのか、できないのか、俺にも正直わかんねぇ。

なあ、どこで俺は間違えた? どこで俺はこんなにポンコツになっちまった?

ああ、もしかしたら初めから俺はどうしようもなかったのかもな。

 

今までは言い訳してただけだ。

自分を騙してただけなのかもしれない。

俺はきっとカッコよくなれるって妄想してただけなのかもしれない。

 

世の中は俺が思ってる程ストーリーじみてる訳じゃない。

地味な毎日を生きると言う事に俺は希望を持ち過ぎていたのかもしれない。

考えれば考えるほど分かってきちまう。

俺は俺を騙してきただけだ。もう俺だって本当は分かっている。

 

今の俺は自分の仕事を汚いと思っている。そんな自分を美化しているだけだ。

辞めてねぇのが何よりもの証拠じゃねぇか、今まで散々落とされてきたんだ。

今更、他のところにいける訳がねぇ。行けると自分が思ってねぇ。

だから自分は汚くねぇと必死に自分に言い訳しながら仕事してる。

 

他の奴らとは違うんだと思う事で自分を保持してるだけだ。

記者になりたいって言う未練が俺を縛り、俺は俺を騙しに騙して毎日暮らしてる。

 

 

「………」

 

 

昔買って貰ったマスクマンの変身ベルトを試しに装着してみた。

と言っても、俺はもう大人だ。子供用のベルトは身に着けられない。

だからヘソの前に置いてそれで装着だ。

 

酔ってたんだろうな俺も。

本気にガキに戻りたかった。これをなんの疑いもなく身につけ、本気で変身できると思っていたあの頃に……。

 

 

「ひぇんしん!」

 

 

呂律が回ってねぇ声で叫んでスイッチを押してみる。

と言っても電池なんて当の昔に切れているんだから、何も起こらない。

でも俺は別にそんな事を気にする事も無く、当たり前の様に酒に手を伸ばす。

 

 

「………」

 

 

漠然とした中で分かる事もある。

俺はきっと夢を形にする事こそが夢だったんだろう。

でも、でもな、だったら"そこそこ"なら何処に行けばいいんだよ。

きっと押入れの中には10年後の自分へ、なんて手紙が探せば見つかるぞ。

なあ10年前の俺、今の俺はお前が描いてた自分で合ってるか?

 

もっと前の俺。

マスクマンになりたかった俺、聞こえているか?

聞こえてるなら教えてくれ、今の俺は俺が目指した俺なのか? かっこいい俺で間違いないのか?

正義の味方に憧れてたんだろ? 今の俺は正義の味方なのか? どうなんだよ。

 

分からない、俺は分からないんだよ。だから教えてくれ。

なんでもできると思ってた、なんでも叶うと思ってた。

キラキラした未来を描いていた俺、どうか教えてくれ。

 

 

「教えてくれよ――ッ!!」

 

 

空になったビールの缶をテレビに投げつける。なあ教えてくれ、教えてくれよマスクマン。

俺はアンタが好きだったんだ、アンタみたいになりたいと思っていたんだぜ?

こんな玩具で、作り物で本当にカッコいい正義の味方になれると思ってたんだ。

あの時は自分に正直だった、でも今は――

 

 

「教えてくれよマスクマン――!!」

 

 

俺は倒れ、天上を見上げて絞るように声を出していた。

苦しいなら、辛いならアンタが助けに来てくれるって信じていたんだ。

だからどうか教えてくれ、今の俺は一体何をしているんだ。

 

 

「アンタが羨ましいよ~!」

 

 

酔っ払った俺はテレビに向って本気で話しかけてたな。

ありゃそうとうヤバイ状態だったわ。初めてだ、あんなに飲んだのは。

とにかくとその時の俺はマスクマンに嫉妬してたんだ。

 

憎い奴がいれば必殺キックで殺せば終わりだもんな。

それで周りからはカッコいいと思われ、憎い奴ももういないんだから完璧だ。

現実はそうはいかない、俺が上司を刺し殺しでもすれば俺は檻の中だもんよ――……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私は、君が羨ましいけどね』

 

「はぇ?」

 

 

そのときだった。

テレビの中にいるマスクマンが俺に声をかけたのは。

 

 

『君にはまだ、余裕があるじゃないか』

 

 

私にはそれが無い。

マスクマンは悲しい声で俺にそんな事を言ってきた。

余裕が無い? 俺が繰り返すと、彼はテレビの中で頷いた。

俺は言い訳しているかもしれない、逃げているかもしれない。

でも時には人生の中でそういう時間があってもいいじゃないかと、マスクマンは笑って言った。

 

 

『でも私にはソレが無い』

 

 

人を殺そうと企む悪が、世界を支配しようとする闇が確かにある。

それに対抗できる力を持つ自分は世界のために言い訳できない。

今更帰る事もできないとマスクマンはバイクを走らせながら俺に言う。

 

 

「俺だって同じだ」

 

『……そうか』

 

「逃げられやしねぇ。逃げたくてもどこに行けばいいのか分からない」

 

 

だから結局は道が無いのと同じなんだよ。

そう言うとまたマスクマンは笑った。

いや、仮面してるから顔は見えないけど確かに笑ったんだ。俺には分かる。

 

 

『じゃあ、私と一緒だ』

 

「ああ、そうだよ。そうですよ」

 

 

そしたらマスクマンは俺にまた話しかけた。

なんでも今から怪人を倒しに行くらしい。でも、正直しんどいんだとさ。

大変だね。

 

 

『教えてくれないか?』

 

「?」

 

『私はあと、何体倒せば良いんだい?』

 

 

あとどのくらい戦えばいいんだい? マスクマンの言葉に俺は言葉を失っちまった。

まだまだマスクマンは続くんだもんよ。

いや、と言うか今気づいたんだがマスクマンは途中で死んじまうんだよ。

昔の特撮って結構ハードな部分も多かっただろ? マスクマンは途中で死んで、二号が後を継ぐんだ。

 

俺は二号が好きだったし、つうかそもそもそこまでガキの頃は考えてなかったからそんなに悲しくは無かったけど。

それにまあ役者の都合って言う大人の事情とかもあったらしいしな。詳しくは知らないけど。

でも、そうだ。そしたら目の前にいるマスクマン一号はあと何回で――?

 

 

『私も、仲間も、誰も分からないんだ』

 

 

君もか?

俺は頷いた。

 

 

「俺だってわかんねぇよ、あとどれくらいで俺は解放されるんだ?」

 

 

何回クソみたいな記事書けば終わるんだよ。

あと何回俺は嘘を真実として報道し続けるんだよ。

教えてくれよ、誰か教えてくれ。俺がそう叫ぶとマスクマンはまた笑った。

 

 

『一緒だな』

 

「ああ、一緒だな」

 

 

あ、思い出した。

この巻だ、この巻のラストでマスクマン一号は死ぬんだ。

 

 

『意味があるのか、分からなくなる』

 

「え……?」

 

 

マスクマンは言ったんだ。彼は敵が出てからじゃないと、敵と戦えない。

いつも、いつだって待ちの姿勢さ。敵のところに駆けつけた時にはだいたいタイムアウトで、毎回誰かしら怪人の力を示すために犠牲になってる。

そうやって仲間も死んだ。その亡骸を抱えながら彼は叫び、思ったんだと。

 

 

『私の人生に、意味はあるのか?』

 

「………」

 

 

俺は分からないと言った。

それだけじゃなく――

 

 

「俺も同じだ」

 

『そうか……』

 

 

分からないんだよ、俺の人生に意味があるのか無いのか。

10年前にはキラキラ輝いていた俺の人生って奴は、今たぶんドロドロのグチャグチャだ。

そんな汚ねぇモン抱えてこれからを歩む意味ってあるのか?

 

 

『そうだな――』

 

 

その時、マスクマンが変身を解除した。

 

 

 

 

 

 

 

 

そこにいたのは、俺だった。

 

 

『敵が来た』

 

「あぁ」

 

 

マスクマンはベルトを装着させて変身する。

敵と殴りあうマスクマン、その中で俺を見て言葉を放つ。

 

 

『終わらないんだ、戦いが』

 

 

毎週毎週怪人がやってくる。それも一体ずつ。

倒しても倒しても次の週には新しい奴がやってくる。

あと何体だ、あと何体倒せば終わるんだ。彼はそう叫びながら敵を殴ってた。

 

 

「俺も分からない、俺も知らない、俺も同じだ」

 

 

終わり無き野望があって。終わり無き日々がある。

マスクマンは敵にボコボコにされていた。でも隙を見て必殺キック。敵は爆発して戦いは終わりだ。

終わり? いや、違うんだよな。まだ続く。まだまだ続く。

いつ終わるのか、いつになれば救われるのか分からない。

 

そしてまた次の週には戦うんだ。

次は何かを失うかもしれない、守れないかもしれない、死ぬかもしれない。

そんな想いを抱きながら次の週を待つんだ。

 

 

『教えてくれないか?』

 

 

俺の名前を呼ぶマスクマン。

 

 

『疲れ果てたら、休んでもいいかい?』

 

 

―――。

 

 

『俺は、疲れたよ』

 

 

マスクマンはボロボロだった。

殴られ、蹴られ、殺されかけたんだ。泥だらけだった、鎧は傷だらけだった。

痛いんだ、苦しいんだ、辛いんだ。なによりも――

 

 

疲れてしまったんだ。

 

 

マスクマンはテレビが好きだった俺達を見て、確かにそう言った。

 

 

「俺も――」

 

 

俺も。

 

 

「俺も、疲れた」

 

『そうか、同じだな』

 

 

だったら――。

 

 

『休んでも、良いよ』

 

「――ッ」

 

 

俺はそう、お礼を言ったんだよ。

だからマスクマンも休めばいいって。俺がそう言うと彼は首を横に振る。

縦にじゃない、横にだ。不思議だったよ俺は。理由をすぐに聞いた。俺は何がなんでもその理由を知りたかったのかもしれない。

そしたら彼はこう言ったんだよ。いや、何、すっげぇ当たり前の理由だった。

 

 

『敵が、そこにいるんだ』

 

 

マスクマンの前には画面を埋め尽くす程の敵がいた。怪人がいた。

いつも俺を怒鳴り散らす上司、色々諦めきっている同僚、雑誌を出そうと思った関係者。

まだだ、まだいっぱいいる。雑誌を買う連中、ネタを提供する有名人共。雑誌の会社の社長。

 

 

『変身しないといけないんだ』

 

「………」

 

 

この戦いでマスクマンは死ぬ。

彼は知っているのか。知っていたら、どうするのか。

 

 

『変わらないと、いけないんだ……!』

 

 

俺は、どうするんだ。

 

 

『ウオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 

走り出すマスクマン。前には無数の敵だ。

あれを倒せば終わるのか? いや、きっと終わらない。

だったらなんで戦うんだ。なんで立ち向かうんだ。

待って――

 

 

「待ってくれ!」

 

 

置いていかないでくれ!

教えてくれ、どうして戦うんだ。どうして戦わないといけないんだ!

俺は叫んだ。叫び続けたよ。でも彼が止まる事は無かった。

そしたらな。なんかふと……、思っちまったんだよ。

 

置いて行かれた気がしたんだ、昔の自分に。

世の中がピカピカ光って見えた、いや、俺自身目がキラキラ輝いていたあの時代に。

その時だよ、俺は始めて駄目だとハッキリ声を上げた。

あれだけは、昔の俺にだけは置いていかれちゃいけないって思った。

プラス――、そう言えばって思ったな。いつからだろう、最後に何かと戦ったのは。

 

 

「――ッ、ちッきしョォオオオォォオオッッ」

 

 

気が付けば俺はテレビの中に入ってた。

まだ何もかもが光って見えた時に買って貰った、マスクマンが使う剣の玩具を持って、アイツの背中を追いかけてた。

でも前が霞んでよく見えなかったのを俺は覚えてる。

 

気がつけば涙がボロボロ零れてた。

俺は泣いてたんだよ。ガチ泣きだ、男泣きってヤツだ。

理由は――、まあそうだな、分かってた部分もあったし分かってなかった部分もあった。

 

ただなんとなく目の前にある悪の力に怯んでたのかもな。

そしてその中でマスクマンと一緒に戦う事に、俺は泣いていたんだろう。

変身したいんだよ、人間は誰だって。でも変えられないから苦しいんだよ。

あともう一つ、たまらなく悔しかったんだ。

 

 

「ダアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

とにかく、ただひたすらに俺は叫んだ。なんで叫んだのかは分からない。

ただ胸にあるクソみたいな想いを全て吹き飛ばす様に俺は喉が枯れるほどに強く、強く強く強く強く叫んだ。

 

目の前には武器をふるってくるアホ上司の姿が。

だから俺は涙をボロボロと零しながらソイツを力の限り殴った。

向こうだって俺を殴ってくる。いてぇよ、最高に痛ぇんだ。口中に鉄の味が広がるんだ。

でもな、もっと痛い場所があるんだよ。どこか分かるか?

 

 

「ゥオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

心だよ。

俺の後ろで、俺の背中を守ってくれているマスクマン。

そうだ、俺は今ずっと好きだったヒーローと戦ってるんだよ。

そうしたいと願った時の俺が今の俺を見たらどう思う? なあ教えてくれよ、知りたいんだ。

いや――、悪い、知ってるんだよ本当は。だから痛いんだ。

 

 

「ウェアアアアアアアアア!!」

 

 

俺はなんて――

 

 

「アアアアアアアアアアアア!!」

 

 

なんて――!

 

 

「アアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

なんて――ッッ!!

 

 

「「トォオッ!!」」

 

 

かっこ悪いんだッッ!!

 

 

「「ヒィィロォオッ! キィイイイイイイイッック!!」」

 

 

知っているかマスクマン。俺はアンタから正義を教えてもらった。

本当の強さが何か、人を愛する事がどういう事なのかを教えてもらった筈だ。でもな、忘れちまったんだよ俺はいつの間にか。

 

でも思い出した。思い出せた。

だから死なないでくれ、だから負けないでくれ。

俺はアンタが好きだった、アンタと共に育ったんだ。

 

 

だからどうか消えないでくれ、俺の心から。

 

 

「―――」

 

 

そして俺は、勝ちたい。勝ちたいんだコイツ等に。

だから戦ってくれ。頼む、お願いだ、俺は絶対に勝ちたいんだよ。

負けたくない、そうだ、負けたくなんか無いんだ。

俺の人生がクソだと言ってくるコイツ等にだけは負けたら駄目なんだよ。

 

最後に俺はマスクマンと共に必殺技を放った。

俺がずっと布団の上で練習していたヒーローキックだ。

それを俺は今マスクマンと共に放っている。だからなのか、俺の涙は止まらない。

そしてそのキックを当てたヤツは紛れも無い、"俺自身"だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なあ、今俺は少しはマシな顔してるだろ?

そうであってくれ、そうであってほしい。

じゃないと俺は俺に顔向けができないから。

 

 

「!」

 

 

気がつけば俺はマスクマンのバイクに乗って朝の町を駆けていた。

マスクマンが運転して俺は腰にしがみ付いているのさ。知ってるか? マスクマンのバイクは凄い早いんだ。

景色が線になって、光となって俺達は町を駆け抜ける。

すごい、すごいぜ、これから会社にも間に合う。

無断欠勤は止めだ。だって俺は今マスクマンと一緒に出社してるんだぜ?

 

憧れだよ。

思い出すぜ、昔買って貰ったチャリンコにこのマシンを重ねてた。

あの時はどこへだって行ける気がした、スーパーマシンに乗った俺は無敵だって思ってた。

 

なあ、俺。俺が羨ましいか?

お前が大好きだったマスクマンと一緒にいるんだぜ? 羨ましいだろ? でもな、一つ覚えとけよ。

今、俺はお前が羨ましい。でも知ってるぜ、戻れないんだよなあの時には。

 

 

「でも、思い出す事ならできる」

 

 

そうだよな?

俺がそう言うと前にいる彼はしっかりと頷いた。

 

 

『ああ!』

 

 

そうだよ、俺はアンタになりたかったんだ。

そう思ってるともうあっという間に会社の前さ。俺とマスクマンはバイクから飛び降りると二人並んで入り口に向うんだ。

 

大きく肩を揺らして、何者にも怯まずに。

だって俺にはマスクマンがついている。

一緒に戦った彼が、きっと俺を守ってくれる。

 

俺達は共に並んで仕事をするのさ。

さっき助けてくれたお礼と言わんばかりにマスクマンはキーボードを打ってくれる。

俺達が示すのは本当の真実さ、人を傷つけるためじゃなく、本当に真実を明かすための記事なんだ。

 

 

「何書いてんだ屑!」

 

 

上司の怒号と共に空き缶が飛んで来る。

でも大丈夫、そうだろ? 俺が振り向くとそこには空き缶をしっかりと受け止めてくれているマスクマンがいた。

俺はそれをあの時と同じ、俺がまだ人生にありったけ希望を持っていた時と同じ目で見ていたに違いねぇや。

 

カッコよかった。

 

そうだ、カッコよかったんだよ何よりも。

だから俺は思った。マスクマンみたいになりたいってよ。

俺はまたボロボロと泣きながら俺を守ってくれた正義の味方を見ていたんだ。

 

 

「―――」

 

 

そして、俺が次に気づいた時には部屋の中だった。

前にはつけっぱなしになったテレビ、辺りには散乱してる酒の空き缶。

朝の日差しに目をしかめた俺は頭がガンッガンに痛い事から理解したよ。

俺はいつの間にか気を失ってて、夢を見ていたんだってな。

 

 

「………」

 

 

でも、ガッカリはしなかった。そればかりか俺はたぶん笑っていたと思う。

二日酔いで最悪の気分ではあったが、それでも俺はしっかりと笑ってた。

間違いねぇな、ああ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、俺は会社に遅刻して死ぬほど怒られた」

 

 

でも次に原稿を叩きつけた時、横には辞表を添えてやった。

あれを見た時の編集長の顔っつったら、お前、傑作だったぞ。

やっぱり思ったんだよ、俺は俺だ。自分に嘘はつけねぇ。まあはっきり言ってギャンブルだ。

 

やりたい事は分からないが、やりたくねぇ事ならしっかり分かるからな。

俺は会社を辞めて、自分で会社を立ち上げた。

あんなアホみたいな偽造ばっかりの情報じゃなくて本当の真実を伝える――

 

 

「この、BOKUジャーナルをな」

 

「うえぇえ! そ、そうだったんすか!」

 

 

俺、大久保大介は、目の前にいる馬鹿、城戸真司にこのジャーナルが生まれた経緯を話してやった。

俺みたいなヤツが絶対にまだまだいると思った俺はそいつらを引き抜くことを決めた訳だ。

 

案の定、女だからと馬鹿にされて不満げにしていた令子。

対人関係や独特の雰囲気故に煙たがられてた島田。

昔からの知り合いだった真司をスカウトして今はそこそこ食っていけてる。

まあ正直運が良かっただけって言われればそうかもしれないが、運も実力の内って言うだろ? まあそう言う事だ。

 

 

「あれ? でも何で俺誘ってくれたんですか?」

 

「そりゃあお前は俺の唯一の後輩みたいなもんだしな」

 

 

あとはもう一つ。

 

 

「お前マスクマンの変身前に似てるんだよ」

 

「はぁ?」

 

 

顔じゃねぇぞ、念は押しておく。

 

 

「いいか真司。ジャーナリストの心得になぁ――」

 

「真実は一つだが正義は一つじゃない!」

 

「お! いいねぇ真司くん。令子から聞いたか? 勉強熱心だな」

 

 

そしてもう一つ。

 

 

「良い奴であれ!」

 

「おぉ!」

 

「真実ってヤツは時に人を大きく傷つける」

 

 

中には知らない方が良いって奴もあるだろう。

でも俺はそれは知った方がいいと思う。そして周りにいる人間がその傷を少しでも抑えてやるんだ。

それができるにはまず人間ができてねぇといけねぇ。

 

 

「………」

 

「っ? ど、どうしたんです編集長」

 

「いやな、そう言えば今日変な夢見たんだよ」

 

 

ああ、あれは確か真司が変な化け物に喧嘩を売る夢だ。

なんか絶対に勝つとか言ってたような気がするな。

んで俺も戦いに正義は無いとかウンタラカンタラと言ってた様な……。

 

 

「うぇ゛ッ? き、気のせいじゃ無いっすか?」

 

「気のせいって言うか、まあ変な夢だな」

 

 

でもだからかな?

なーんかさっきから思うんだよなぁ。

気のせいだとは思うけど、まあ一応言っておいてやるか。

 

 

「なあ真司」

 

「は、はい?」

 

「お前、デカくなったな」

 

「えっ? 別に身長は伸びてな――」

 

「いやいやそうじゃないよお前。たっぱじゃなくて……、まあいいや」

 

 

なんかこうエネルギーがある様な。

まあ俺もなんとなくで言ってるから深くは掘り下げられないけど。

そうなんだよな、俺がコイツに期待してるのは、コイツは常に目がキラキラしてやがるんだ。

昔の俺ににそっくりなんだ。

 

 

「よし決めた! お前見てたらパッと今頭に浮かんだ!」

 

「え?」

 

「BOKUジャーナルって名前変えよう!」

 

「えぇ! 良いんですか勝手に!」

 

「勝手にって俺が一番偉いんだからいいだろ別に!」

 

「ま、まあそれは……、確かに」

 

「今日からココは"OREジャーナル"だ!」

 

 

"ボク"ってよりは"オレ"の方が俺らしいな! うん、決めた!

なんかオープンリソースエボリューションの略にでもすれば、らしくなるだろ。

後で島田と令子にも言っておくか。

 

 

「大丈夫かなぁ?」

 

「大丈夫大丈夫! いいじゃないのOREジャーナル」

 

 

俺は決めたぞ真司。

そう、俺は絶対OREジャーナルを次の10年も継続させてみせる。

その次の10年も、またその次の10年も!

そうやって確実に会社をデカくしていってやるからなぁ……ッ!!

 

 

「いいか真司、何かを10年続けるってのはとんでもなく凄い事なんだ!」

 

「あ、俺も絶対辞めません。だから10年後は社長にしてくださいよ!」

 

「嫌に決まってるだろ! 俺が落ちぶれるの早すぎだろ」

 

 

いいから取材に行って来い!

俺は真司を急かしてやる。コイツには早く金色のザリガニを見つけてもらわないと困るんだよ。

俺が目指す真のジャーナリズムの為にな。

 

 

「は、はい。行ってきます!」

 

「おう、しっかりな。あとは――」

 

 

なんでさっきのジャーナリストの心得その二を今まで彼に言わなかったか、その理由が分かるか?

 

 

「答えはな、言う必要がないと思ったからだよ」

 

「それは、どういう――?」

 

「ああもう、それは自分で考えろ! ほら、行け行け」

 

「りょ、了解!!」

 

 

ドタドタと出て行く真司。静かになった空間で俺はふと思ってみるのさ。

別に"ああ言う雑誌"を買うヤツが悪い訳じゃない。ああ言うのが好きな奴もいるのは理解できる。

でもまあ、人間には合う合わないってのがあるだろ? つまりはそう言う事なんだよ。俺は辞表を持って家を出る時の事を思い出す。

あの朝、着替えをしている時にベルトを身につけた訳だが――

 

 

「……はは」

 

 

その時、俺が着けたベルトが一瞬だけだけどマスクマンのベルトに見えたんだ。

だから俺は変身できたのかもな。デスクの上に置いてあるマスクマンのミニフィギュアを見ながら俺は笑ってみせる。

なんでも俺は知らなかったが、最近にリメイクされた新バージョンで一号が復活したらしい。

 

 

「……がんばれよ、真司」

 

 

さてコッチも仕事するか。

 

 

「次の10年目の為にな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ザリガニ、ザリガニー!」

 

 

スクーターを走らせる真司。

自分もOREジャーナルのメンバーとして成果を上げたいところ。

こうなったら手塚に頼んで見つけてもらおうかな、そんな事を考えているとふと対向車線から走ってくるバイクが目に止まる。

 

 

「!」

 

 

急停止する真司、周りに車も人もいない為にできた事だ。

まあなんでいきなり止まったのかは真司自身分からない話ではあったのだが。

とにかく真司が後ろを振り向くとそこには今すれ違った男が同じくバイクを止めていた。

 

 

「………」

 

 

変わったバイクだな。

真司は男が乗っていたバイクにまず目を奪われた。マゼンダ色でプレートのようなものが突き刺さってる。

するとシャッターの音が。

 

 

「!」

 

 

目を丸くする真司。

見れば男が同じくピンクに近いマゼンダのカメラを構えている所だった。

 

 

「良い顔だな、城戸真司」

 

「え? あ、アンタは?」

 

「おいおい、忘れたのか? 鳥篭や映画館で一緒に戦ったじゃないか」

 

「???」

 

「フッ、冗談だよ」

 

 

俺があげたカード、大切に使ってくれよ。

男は手を上げてバイクのアクセルを回すと真司に背を向けて走り去っていく。

呼び止めようと前に乗り出す真司だが、そこで記憶に空白が。

 

 

「あれ? 俺今誰と話して……」

 

 

ま、いいか。

真司は首を傾げると同じくアクセルを回して走りだす。

 

 

「頼むぞ龍騎」

 

 

一方で先ほどの青年。

彼の腰にあったドライバーが光を放つ。すると彼の姿が人間から騎士と言える姿に変わった。

マゼンダと白の体、そして緑の複眼、顔に突き刺さっていくプレート群。

 

 

「この世界を救えるのはお前らだけだ」

 

 

そして、お前達を救えるのもまた魔法少女達だけ。

 

 

「最後の戦いと行こうぜ」

 

 

ディケイドはマシンディケイダーのスピードを上げて見滝原を駆ける。

粒子化していく体。やはり直接参加はできないか。

色々と制約が掛かる身、ガッツリ手助けはできないがせめて少しくらいは。

後は彼に、城戸真司達に託させてもらおう。

 

走り抜けていくディケイド。

彼の頭上には10の歴史(ほし)がしっかりと輝いている。

その中の"三番目"が、激しく燃える炎の様に煌いていた。

 

 

 

 

 

 



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価値はそこに


※注意!

第74話までのネタバレを含んでいます。



 

 

宇宙(そら)に数多の(ひかり)がある様に。

世界が宇宙ならば、その残骸となった星も無数に存在している筈だ。

時間を超えて、存在を超えて、今日も広がり続ける宇宙の中に、新たなる星の欠片が瞬き、消え失せていく。

 

砕けた世界は多くの残骸を残し、今この時もまた、欠片は欠片としての自我を確立していく。

多くの欠片は星に到達する前に燃え尽きてしまうが、天文学的確立の中で起こった奇跡は、星に衝撃を齎すのだ。

 

 

『ッ!』

 

 

ジュゥべえはその『隕石』を感じ取り、体をピョンと跳ね起こした。

既に人はいない工場跡、そこに一つの星の欠片が降り立った。

 

 

『マジかよ』

 

 

こりゃあ面倒な事になった。

そう思っていると、同じく異変を感じ取ったのか、小走りに工場跡にやって来る少年が。

中沢昴と志筑仁美はそれぞれデッキとソウルジェムを構えて変身を行う。

騎士と魔法少女に変わった二人は、陽炎を散らしながら立ち尽くす異形の下へと駆けて行った。

 

 

「成程。その姿、何よりも忌々しい!」

 

「うぉッ!?」

 

 

化け物のモチーフはそう――、カマキリであろうか?

彼は向かってくるアビス達を迷う事なく『敵』と認識したらしい。

腕にある鎌を光らせて、異形もまた、走り出す。

アビスの拳と異形の鎌がぶつかり合い、激しいエネルギーを発生させた。

それは文字通り物理的な影響を与えるもので、反動で浮き上がるアビスの体。

異形は体を捻ると、体重を乗せた蹴りでアビスの胴を打つ。

 

 

「いっづ!」

 

 

倒れるアビス。

立ち上がろうとすると、異形が目を光らせる。

するとどうだ? アビスと仁美の視界が毒々しい緑色で覆われたではないか。

それは草の蔓だ。ザワザワと蔓同士が擦れる音がしたかと思えば、その数はどんどんと増え、あっと言う間に工場は『森』に変わった。

 

 

「な、なんだコレ!」

 

「きゃあ!」

 

 

蔓を切り裂こうとするものの、その前に二人の四肢に蔓が絡みつき動きを封じる。

この力、この特異性、デッキにて待機していた下宮が声を荒げた。

 

 

『おかしいぞ、この力ッ! なんだコレ!?』

 

「ど、どういう事だ!?」

 

『アイツ、魔女でも、魔獣でもない!』

 

 

では一体何なんだ?

異形の見た目は完全に化け物、人間ではない。

かと言って魔女でも魔獣でもない。何が起こっている? 混乱するアビス達ではあるが、その前にダメージが襲い掛かってきた。

縛られたアビスと仁美は思い切り放り投げられ、空中を投げ出される。

すると異形は無数の斬撃を発射。狙ったのは主にアビスだ。その体からすぐに火花が散っていく。

 

 

「ぐあぁああ!」

 

「うわぁあ!」

 

 

超過ダメージではない筈だが、急所に入ったのか。アビスの変身が解除されて中沢は地面を転がる。

それだけではなく何故か下宮もアドベントカードから輩出され、同じ様に地面を転がっていった。

すぐに目を凝らすと、アビスのデッキから青い光が飛び出し、異形の手に収まったではないか。

 

 

「これは私の力に相応しい。頂きますよ」

 

「な、何!? おい待てよ!」

 

 

異形は地面を蹴ると中沢達に構う事なく上昇していく。

刹那、天空に大きな穴が開き、異形はその中に消えていった。

 

 

「な、何が起こったんだ?」

 

 

唖然とする中沢達。

するとジュゥべえが一同の前に姿を見せる。

 

 

『えらいこっちゃ、えらいこっちゃ!』

 

「じゅ、ジュゥべえ。一体何がどうなってますの!?」

 

『オイラもイマイチ分からんぜ! だがとにかく面倒な事になっちまった!』

 

 

中沢の手にあるデッキが証明していた。

見ればアビスの紋章が消えているじゃないか。

どうなっているんだ? 顔を見合わせて汗を浮かべる中沢と仁美。

ジュゥべえは取り合えず中沢達に待機をしろとだけ告げて、焦った様子で駆け出していった。

 

そうやってジュゥべえが向かったのは、キュゥべえのところだ。

適当なビルの屋上で街を見下ろしていたキュゥべえ、

既に彼は、事の全てを理解していた様だ。

 

 

『世界が崩壊する際、欠片が生まれてしまった様だね』

 

 

まどか達の世界と、真司達の世界が融合した際、こぼれ出た『欠片』が一つの世界としての存在を確立していたらしい。異形はそこに逃げ込んだに違いない。

このままでは面倒な事になる。ゲームがどうこう言っている場合ではないか。

 

 

『消そうか。邪魔だね』

 

『でもどうする先輩? オイラ達だけでやるのか?』

 

『その必要は無いんじゃないかな』

 

『?』

 

『幸いこの世界には善良な人間が多いからね。彼等に相談してみるのも、悪くは無いと思うけれど』

 

『……なるほど、なるほど、流石は先輩!』

 

 

ジュゥべえはニヤリと笑うと、早速その足で一人の男の所へと向った。

 

 

『つーわけで世界がやべぇんだよ。此処はひとつ、お前さんのお力を貸しちゃあくれねーか?』

 

「お、お前、都合の良い時だけ俺を使おうとか思ってないか?」

 

 

ジュゥべえが助けを求めたのは、城戸真司その人である。

隣にはまどかと、ニコの姿もあった。

三人は三人とも訝しげな目でジュゥべえを見ている。突如現れて助けてくれ? 怪しいにも程があると言うものだ。

そもそも『つーわけで』の『つーわけ』が全く説明されていない。

 

 

『いや、その、ほらアレだ! 世界がとにかくヤベェんだよ!』

 

「ざけんじゃねぇよ糞野郎。元はと言えばどうせ全部チミ達のせいなんだろ?」

 

『いでででで! 違う、違うから! 今回はインキュベーター関係ねーから!』

 

 

ニコはジュゥべえの両頬を抓ってどこまで伸びるかを確かめてみる。

世界がヤバイって言われても、現状も既にヤバイのに、さらにヤバくなるなんざぁ冗談では無い話なのである。

そもそもだ。今が何故ヤバイのかと言われれば、だいたいジュゥべえ達のせいではないか。

もうヤバヤバのヤバウィッシュである。

 

 

「は、離してあげてニコちゃん。お話だけでも聞いてみようよぅ」

 

 

なんだかんだ言って優しいのが鹿目まどかなのである。

とは言え、確かに世界がヤバイと言うのは聞き捨てなら無い台詞だ。

そもそもゲーム運営側であるジュゥべえ達からのヘルプとあれば相応の内容なのだろう。

聞きたくは無いが、取り合えず事情を聞いてみる事に。

 

 

『実は、イレギュラーが混じり込んでたんだ』

 

「イレギュラー?」

 

『ああ、まあ深くは考えるな。とにかく異物だ。魔獣でなければ魔女でもねぇ異形がいるんだよ』

 

 

世界融合の際に全くの『異物』が混入し、それが力をつけて暴れ出した。

放置すれば当然厄介な存在になり、最悪魔獣側と手を組む未来も予想できる。

当然それはこの世界にとっては有害な話であり、ゲームを滅茶苦茶にされる可能性もあるのだ。

 

 

『奴はどちらかと言えば魔獣に近い思考を持ってる。お前らにとっては敵って事だ』

 

「で? ソイツは今どこに?」

 

『この世界にはいねぇ。アビスの力を奪って、欠片の世界に逃げ込みやがった』

 

 

その目的は、おそらく欠片の世界にある『力』を手に入れる為だろう。

 

 

『創生の果実と呼ばれる物質がその世界にある事が分かった。それを奪われれば敵はより力をつけるぞ』

 

 

ましてやそれが魔獣の手に渡れば、本当に真司達が勝てる可能性がなくなってくる。

つまりこれはインキュベーターだけの問題ではないのだ。

真司達も、あの異形をなんとかしなければゲームオーバーなのである。

 

 

『そもそもの話。敵がこの世界を攻撃してみろ。お前らの大切な物に被害が出る』

 

「ッ、どうすれば良いんだよ」

 

『決まってるだろ、倒すしかない。欠片の世界にはオイラが飛ばすから後はお前らが頑張ってくれ!』

 

「や、まだオーケーするとは言ってな――」

 

『それ行け真司ーッ!』

 

「うわあああああああああああああああ!」

 

 

ジュゥべえが目を光らせると、六角形の穴が開いて真司が吸い込まれていった。

なんと強引なやり方であろうか。まだ自発的に生かせようとするキュゥべえの方が良心的に思えてしまう。

とは言え、インキュベーターがココで嘘をつく意味も無い。

本当に放置しておけばマズイ存在なら見過ごす訳にはいかない。

と言う事で汗を浮かべながらも、まどかは頷き、穴の中に飛び込んで行った。

 

 

『お前はどうすんだよ』

 

「ハァ、マジか」

 

 

ジュゥべえに睨まれ、ニコは呆れた様にため息をつく。

まったく。どうして真司もまどかも簡単に事を受け入れられるのか。

自分達はゲーム開始前に、よりによってジュゥべえに使われる事になるんだぞ。

それを面白くないとは思わないんだろうか? 全く、つくづく元が同じ人間とは思えない。

 

 

「まあでも、だからこそ研究対象になるのかもな」

 

 

ニコは鼻を鳴らすと、自分も六角形のトンネルに飛び込んで行った。

ジュゥべえの為に人助けをするつもりは無いが、感情や心を忘れたニコにとって真司やまどかの生き方は酷く興味深く映ってしまう。だからだろう、ニコもまた迷いはなかった。

こうして飛び込んだ三人。不思議な事に、トンネルを潜り抜けた瞬間、意識は闇の底へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ろ」

 

「……ッ」

 

「起きろ、真司!」

 

「うわッ!」

 

 

聞き慣れた声が聞こえたから、真司は反射的に体を跳び起こした。

とは言え、辺りを見回せば知らない事務所、

だが目の前には知っている人間。真司は寝ぼけ眼で頭を掻きながらペコリとお辞儀を。

 

 

「あ、おはようございます編集長」

 

「おはようございますじゃねぇよ馬鹿! もう昼だっての!」

 

 

大久保編集長は真司も知っている人間だ。

しかれどもハッとする真司、ジュゥべえの話が本当ならば此処は『欠片の世界』。

どうやらパラレルワールドと言うもので、本当の世界に存在している人間もココにはいるらしい。

 

 

「いやしかし驚いたぜ、まさかお前が貧血で倒れるとはなぁ」

 

「え?」

 

「姪の子達もそこで待ってるぞ、ほら」

 

 

「姪?」

 

 

はてと真司が視線を移すと、事務所の隅でジュースを飲んでいるまどかとニコがいた。

 

 

「お前、ちょっとその子達と話しておけ、俺はそろそろお客様が見えるからな、出迎えの準備をしにいくぜ」

 

「は、はぁ」

 

 

そう言って編集長は事務所を出て行く。

丁度良い、真司はまどか達の方へ行くと何がどうなったのかを聞く事に。

すると、分かった事は、トンネルの先がこの事務所に続く廊下だったと言うこと。

さらにトンネルから出たその時に目の前に『この世界の真司』がいた事。

その真司と、今現在いる真司がぶつかり融合した事。その衝撃で真司が気を失っていた事。

そこでまどかとニコは、自分達が真司の姪だと偽り、編集長の所へ真司を運んでもらった……。との事だった。

 

 

「なるほどぉ、この世界の俺が、俺の中に入ったのかぁ」

 

 

そう言えば、集中してみればこの世界で過ごした記憶もある様な。

とは言えこの世界は欠片。言ってしまえばあくまでも偽りなのだ。

まあとは言え、体感は自分達の世界となんら変わりないが。

 

 

「これからどうしようか?」

 

「うん。とにかく、ジュゥべえが言ってた敵を見つけようよ真司さん」

 

「ああ、それがいいか――」

 

 

何か適当な理由を言ってココから離れようと思った時、事務所の扉がガチャリと開いて編集長が入ってきた。

 

 

「いやぁ、本日はお日柄も良く――」

 

 

編集長はニコニコヘラヘラと腰を低くして客人を招き入れる。

なにやら態度を見るに、重要なお客様のようだ。

高そうなスーツに身を包んだ男性と、警備員が二人。見るからに高級そうな箱を抱えてやって来る。

 

編集長は小走りでまどか達が座っていた場所にやってくると、ジュースを取っ払って警備員たちに手招きを行う。ジェスチャー通り箱をテーブルの上に置く警備員たち。

警備員の一人は一生懸命に見えるが、もう一人は随分とつまらなさそうな顔をしている。

いや、仕事は退屈かもしれないが、それにしたって顔に出すぎである。

はて? それにしてもこの二人の警備員。どこかで見た様な……、無い様な……。

 

 

「編集長、これは?」

 

「馬鹿! お前、そんな事も忘れたのか!」

 

 

編集長は真司の頭を軽く叩くと、咳払いを一つ。

同じくして警備員が箱から『壷』を取り出した所で、早速説明を始める。

 

 

「いいか? お前これはな!」

 

 

真司は聞いた事が無かったが、どうやらこの世界にのみ存在する大企業が11周年を記念し主催する展覧会に展示される壷。その名も『天地』が、真司達の前にあるものらしい。

天地には、まだ存在が解き明かされていない未知の鉱物『ジェネシス』がすり込まれており、その見た目は鬼の心さえも奪ってしまうと称された程だ。

 

 

「天地は人間国宝、天野源流(あまのげんりゅう)が作った遺作。その価値は、1億とされているんだぞ!」

 

「い、1億……!!」

 

 

驚愕の表情を浮かべる真司とまどか。

ニコはピクリと眉を動かす程度だが、一応は驚いているらしい。

なんでもこれからその展覧会会場に壷を運ぶのだが、その途中でOREジャーナルが天地の独占取材を取り付ける事に成功したらしい。

 

 

「よし、じゃあ今から撮影を――」

 

 

丁度、まさに、その時だった。

 

 

「シュアアアアアアアアア!!」

 

「!!」

 

 

轟音がしたと思えば事務所の窓が一勢に粉砕され、破片が周囲に散った。

さらに衝撃。震える床に足を取られて、スーツを着た責任者や警備員達は悲鳴に近い声を上げて膝をつく。

 

 

「な、なんだ!? ば、爆弾!?」

 

「て、テロかもしれません!!」

 

 

パニックになったのか責任者の男性と編集長はアワアワと慌しく走り回り、結果互いにぶつかって後方へ倒れると言う間抜けな結果に。

しかもその時に頭を打ったのか、編集長も責任者の男性も白目を剥いて気絶してしまった。

まあ無理もないが、何とも間抜けなものである。

 

とは言え状況は穏やかではない。

真司が姿勢を低くしながら窓の外を見ると、そこには見るからに人間をかけ離れた容姿の者が立っていた。

 

 

(アイツは確か……!)

 

 

キャノン砲を肩にかけて胸部前に装備しているモンスター、アビスハンマーが。

本来は下宮の正体であるアビスハンマーがあそこに立っていると言う事は、中沢達を襲った異形と関係あるのだろう。

何とかしなければ。真司はデッキを取り出して変身しようと思う。

だがその時だった。膝をついていた警備員の一人が立ち上がると、どこからかそれなりの大きさのあるドライバーを取り出したのは。

 

 

「アイツは俺に任せろ!」

 

「え?」

 

 

若い方の警備員がドライバーを腰の前にかざすと、直後ベルトが伸び、ドライバーが警備員の腰に装備される。

続いて警備員はポケットから何か、『錠前』に見えるアイテムを取り出すと、それを起動させる。

 

 

「変身!」『オレンジ!』

 

「ッ!」

 

「オゥッラィッ!」『ロック・オン!』

 

 

警備員は思い切り腕を旋回させて錠前を天にかざすと、直後振り下ろす様にしてドライバーに装填する。

ドライバー中央には小さな刀がついており、警備員は走り出しながらその小刀型起動装置『カッティングブレード』を弾くようにして操作する。

すると錠前が展開、電子音が鳴り響く中、なんと青年は二階の窓から勢い良く飛び降りた。

 

まどかは思わずアッと声をあげて、息を呑む。

このままでは警備員の青年が危ない――! とは思ったのだが、どうやらその心配は杞憂の様だ。

そればかりか空中にジッパーで縁取られた円が現れたかと思うと空が割れ、そこから巨大なオレンジが降ってきたではないか。

 

文字通り果物のオレンジ。

とは言え何も本当の果実と言うわけではなく、それは果実型の鎧だ。

オレンジの鎧球体が警備員、葛葉紘汰の頭上に落下する。

このまま行けば球体は紘汰の頭部を粉砕しようものだが、なんとズポンと音を立ててオレンジ色の球体は紘汰の顔を覆った。

 

そしてすぐに展開して文字通り本当の鎧となっていくではないか。

さらに果実が装備された時点で紘汰の体が警備員の制服から、青を基調としたバトルスーツの様な物へと変わっていた。

そして皮がむける様にして鎧が展開し終わると、ありったけの果汁が辺りに飛び散る。

 

 

「ハァア!!」『オレンジアームズ!』『花道・オン・ステージ!!』

 

 

思わず声を上げる真司達。

地面に着地したのは紛れもない騎士、鎧武(ガイム)

鎧武はオレンジの切り身を模した刀、『大橙丸』と、銃が刀と融合した『無双セイバー』を二刀流に構えて走り出した。

 

 

「シュラァアア!!」

 

 

アビスハンマーはキャノンを構えて容赦なく発砲を開始する。

しかし迫る銃弾をバッタバッタと切り伏せて確実に距離を詰めていく鎧武、気づけばもうその距離は僅か数十センチにまで迫っていた。

 

 

「ウラァア!」

 

「グゥウ!」

 

 

オレンジと銀の残光がアビスハンマーの視界を満たす。

剣閃はすぐに火花を散らし、アビスハンマーは呻き声を上げて後退していく。

アビスハンマーは高威力の銃弾を撃つにはそれ相応の待機時間を要する。つまり距離を詰めれば詰めるほど鎧武にとっては有利なのだ。

まあとは言え、そのまま事が進む訳も無いのだが。

 

 

「シャアア!!」

 

「うぉぁッ!」

 

 

鎧武の背中から火花が散った。

すぐに鎧武が振り返ると、そこには両手に剣を構えているアビスラッシャーが。

つまりの所が二対一。鎧武が前方の敵に気を取られている中、背後にいたアビスハンマーは急いで後退していき、再び鎧武と距離を取ろうとする。

これはまずいか、今度こそはとデッキを構える真司だが、その時もう一人の警備員が小さくため息をついた。

 

 

「やれやれ」『カメンライド――』

 

「は?」

 

 

真司が横を見ると、やる気が無さそうな警備員、門矢(かどや)(つかさ)の腰には白い箱の様なドライバーが。

士はカードを構えるとドライバーに装填、先程の紘汰よろしく窓から下へ飛び移った。

 

 

「変身!」『ディケイド!』

 

 

シャララララと音がして士の前に騎士の残像が出現、それが重なり合いバトルスーツを構成する。

さらにエネルギープレートが出現し、それが次々に顔面に突き刺さっていくではないか。

しかしそれは問題ない過程、最後にマゼンダの色彩がスーツを満たし、立っていたのは騎士、ディケイド。

 

 

「フン」

 

 

ディケイドはカードホルダー・ライドブッカーを剣に変えると、刀身を撫でる。

そして鎧武の肩を叩き、アビスラッシャーは任せろとジェスチャーを送った。

 

 

「おお! サンキューな士!」

 

「いいから。お前は後ろのヤツを潰せ」

 

「っしゃらァ! 任せろォオッ!」

 

 

鎧武は刀を叩き合わせてアビスハンマーに向かって走り出す。

一方でアビスラッシャーにゆっくりと近づいていくディケイド。

するとどうだ、空から無数のイナゴが飛んでくる。

 

 

「今度はなんなんだよ!!」

 

「む、虫! 虫はあんまり得意じゃないよ!」

 

「きもいなー」

 

 

文字通り黒い雲の様なそれは、アビスハンマーが開けた穴から進入すると、OREジャーナルの室内に侵入していく。

青ざめた様子で後ろに下がっていく真司たちだが、事はそれだけでは終わらない。

イナゴ達はなんと一つに纏まると、直後、一体の『怪人』として姿を完成させたのだ。

黒と青の体、そして血の様に赤い目をした『イナゴ怪人』。

爪を構え、唸る様な鳴き声を漏らすと、そのまま真司達に襲い掛かっていく。

 

 

「だぁあもう! 訳が分からないっての!」

 

 

真司は姿勢を低くして爪を回避すると、怪人の腰を羽交い絞めにして廊下の方へ押し出していく。

一方で地面に落ちていたデッキを拾い上げるまどか。彼女はデッキを抱えたまま、真司の後を追い、すぐにその名を叫んでデッキを投げた。

 

 

「真司さん!」

 

「サンキューまどかちゃん!」

 

 

真司は腕を払い、怯んだイナゴ怪人の胴体に思い切りドロップキックを打ち込んでみせる。

生身の人間だろうとも、今まで変身し続けた補正が効いているのか。

イナゴ怪人はしばらく後ろへ強制的に足を進めた後に倒れた。

真司は宙を舞うデッキをジャンプでキャッチすると、直後隣に来たまどかと共にデッキとソウルジェムをそれぞれ突き出してみせる。

現れるVバックルと、発光するソウルジェム。どうやら準備は整ったようだ。

 

 

「変身!」

 

 

真司は右腕を左斜め上に突き出す。

 

 

「へんしん!」

 

 

まどかは真司の真似をして、左腕を右斜め上に突き出す。

それぞれの姿が城戸真司と鹿目まどかから、龍騎と魔法少女まどかに変わる。

直後、まどかはハッと表情を変える。この感覚、目の前にいる怪人から感じる強烈な違和感。

なんだコレは? まどかはその違和感をすぐに口にする。

 

 

「真司さん、アレ、魔女じゃない!」

 

「ッ、じゃあアレがジュゥべえの言っていた?」

 

 

すると同じく変身を済ませたニコが扉から顔を出す。

 

 

「アイツの解析は私がやるから、ぶっ倒すのは任せるぞい」

 

 

ニコは戦闘が得意ではないので、まどかの仲間になった今も、あくまでも傍観者のスタイルを続ける様だ。早速と走り出した龍騎。跳びかかるようにして握り締めた拳を怪人に向けて放つ。

だが知性の欠片もない見た目とは裏腹に、イナゴ怪人は龍騎の攻撃を的確に受け流していく。

突き出された拳を弾き、動きが鈍った龍騎の胴体に肘を打ち込んでみせた。

 

 

「うわわわッ!」

 

 

よろけ、倒れる龍騎。

追撃の肘打ちを行おうとするイナゴ怪人だが、今度は怪人の胴体から火花が散る。

龍騎の背後にて矢を構えていたのはまどかだ。光の矢を倒れているイナゴ怪人に向けて再び放つ。

追撃。しかしそれは通らない。

 

 

「!?」

 

 

イナゴ怪人の体に矢が刺さろうと言う所で、その肉体が分裂。無数のイナゴになって飛翔する。

小さなイナゴの群れは矢をすり抜け、そのまま黒い霧の様に、まどかの所へ向っていく。

 

 

「くッ! ニターヤーボックス!」

 

 

結界で作った箱を持った天使が降ってくると、まどかに箱を被せる。

すぐにその箱にビッチリと群がるイナゴの群れ。

 

 

「ぅひぃぃい」

 

 

まどかは思わず青ざめ、引きつった笑みを浮かべると肩を抱いて後ろに下がっていった。

はてさてコレは一体どうしたものか。戸惑いから固まっていると、イナゴの群れが空中にて再び収束、怪人体に戻ると両足にエネルギーを纏わせて飛び蹴りを行った。

 

 

「えッ! きゃああああ!!」

 

 

それはあまりにも一瞬だった。イナゴ怪人は両足蹴りで、まどかの結界を豪快に蹴り破る。

粉々になる箱。まどかは両腕をクロスさせると足裏を受け止める用意を行う。

しかし刹那、まどかの背後上空の空間がはじけ飛ぶと、そこからドラグレッダーが登場。

今まさにまどかを蹴り飛ばそうとしていたイナゴ怪人に突進して。大きく吹き飛ばしていった。

 

どうやらドラグレッダーは龍騎が呼んでいた様だ。

吹き飛ぶイナゴ怪人の行き先には両手を広げる龍騎が見える。

そのまま怪人をキャッチすると、思い切り投げ飛ばそうと力を込めた。

 

 

「って、うわぁ!」

 

 

だが怪人はまたも小さなイナゴに分裂。

文字通り雲のように龍騎の手をすり抜けて飛んでいく。

イナゴ化されてはほとんどの物理攻撃が無効化されてしまう様だ。

いや、まどかの光の矢までも回避してみせた。

つまりそもそもの回避スピードも凄まじいと言う事。

さてどうする? 龍騎とまどかが息を呑むと、丁度解析が済んだのか、ニコが事務所から顔を覗かせた。

 

 

「気をつけろ! ソイツ、少し厄介かも!」

 

 

イナゴ怪人は一見すると一体の怪人だが、その実、肉体は無数のイナゴが収束してできた存在である。小さなイナゴは一体一体に『コア』があり、一匹でも生きていれば、また別のイナゴを生み出して怪人体を構成する事が出来る。

つまりイナゴ怪人に勝つためには、無数のイナゴを一匹残らず全て排除するしかない。

 

 

「ッ、そんなのどうすれば……」

 

 

あ。

 

 

「あるかも!」

 

 

龍騎の目がギラリと光る。

迫るイナゴ怪人から背を向けて走ると、まどかの所へ足を進める。

龍騎の閃きを感じたのか。まどかは結界を生成して龍騎とイナゴ怪人の間に壁を作り、時間稼ぎを行うことに。

イナゴ怪人が壁を殴りつけている間に龍騎とまどかは合流して、素早く作戦を伝え合う。

さらに龍騎はニコに『ある事』を問いかけた。

 

 

「ん。ちょい待ち」

 

 

ニコはゴーグルをつけて『上』を見る。

しばらくそのまま固まっていたが、やがて龍騎にサムズアップを送った。

 

 

「おけ」

 

「よし、じゃあこの作戦でいこう!」

 

「うん! 分かったよ真司さん!」

 

「ああ、よろしくなまどかちゃん!」

 

 

デッキからカードを抜き取る。一方でまどかは、再び天使を召喚する。

呼び出すのは先ほどと同じニターヤーボックス。だが先ほどと違うのは、箱に入れるのが怪人の方だと言う事だ。

突然真下から伸びていく結界。イナゴ怪人が気づいた時にはもう遅い。いくら分裂しようが、既に周囲は壁に覆われているのだ。

 

 

「ギッ! ギギ!」

 

 

箱に閉じ込められたイナゴ怪人は、すぐに蹴りや拳で結界を破壊しようと試みるが、まどかとて先ほど一度破壊されたのは忘れちゃいない。

優しいまどかではあるが、プライドだってある。

彼女は魔力を集中させ、結界の強度を上げていく。

 

一方でその箱に喰らいつくドラグレッダー。

強度を上げた箱に牙を突き入れるドラグレッダーの顎の力は凄まじい。

龍騎は相棒に指示を出し、そのまま天井に向けてブレスを放つ様に命令を送った。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

赤い炎弾がドラグレッダーの口から放たれ、それは天井を破壊しながら箱を押し出していく。

ビルは四階建て。ニコにサーチしてもらった結果、今日は上に人はいない。

炎弾は次々と天井に穴を開け、最終的には屋上を突き破って、箱を空に放り出した。

龍騎はデッキに手を掛けると、そこからファイナルベントのカードを抜き取ってみせる。

同じくまどかはソウルジェムを光らせ、ドラグレッダーを自身の周りに旋回させながら矢を振り絞った。

 

 

「ギッ! グッ!」

 

 

空に打ち出されたイナゴ怪人は必死に箱を破壊しようと試みるが、せいぜいヒビが入る程度。

そして彼は見る。赤い瞳に映すのだ。紅蓮に輝く巨大な矢が、眼前に迫る光景を。

 

 

「ダアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「ギガアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

複合ファイナルベント、マギアドラグーンが結界の箱を貫いた。

イナゴ化しようが周囲は壁、虫かごから出られないんじゃ意味がない。

さらに炎の矢は箱に命中した時点で大きな爆発を起こした。爆風と爆炎は、箱の中に散った全てのイナゴを焼き尽くして消滅させる。

 

 

「よっし!」

 

 

空にいる龍騎はドラグレッダーが回収し、戦いは龍騎達の勝利に終わった。

さて、気になるのは真下の光景だ。今もほら、そこで激しい火花が散っているじゃないか。

 

 

「ウゥラッ!」『ミックス!』『ジンバーレモン!』『ハハーッ!』

 

 

鎧武に陣羽織型の鎧が装備され、手には刃が備わった弓矢が現れる。

ソニックアロー。レバーを引く事で光の矢を発射できる武器である。

鎧武とアビスハンマーは一定の距離を保ちながらそれぞれ並走し、弾丸をありったけに放ちまくる。

とは言え身軽さは鎧武の方が上なのか。銃弾の数は少なくとも、的確な射撃力を見せ付けた。

 

 

「グッ! うぅぅ!」

 

 

キャノン砲から煙が上がり、ついにアビスハンマーはキャノンをパージした。

どうやらもう使い物にならないらしい。それが好機と見たか、鎧武は弓を振り回しながら一気にアビスハンマーに距離を詰める。

武器を失ったアビスハンマーにできる事などあろうか?

次々に刃がその鎧に食い込み、無数の火花が上がっていく。

ある程度ダメージを与えたとき、鎧武は地面を蹴って思い切り後ろに飛んだ。

バク宙をする中で、鎧武は自身のベルトにあった錠前を外すと、それをソニックアローに装填する。

 

 

「ハァアア……ッ!」『ロック・オン!』

 

 

弓を振り絞る鎧武。

すると照準にと、レモンとオレンジの輪切りを模したエネルギーが並んでいく。

よろけるアビスハンマーはそれを目視しながらも、蓄積されたダメージから動く事ができない。

一方で手を離す鎧武。凝縮されたエネルギーが一気にソニックアローから解き放たれた。

 

 

「セイハーッ!」『レモンエナジー!』

 

「ズアアアアアアアアアアア!!」

 

 

巨大な黄色い矢がアビスハンマーを貫いたかと思うと、直後アビスハンマーは光を纏って地面に倒れる。

エネルギーが暴走しているのか、断末魔を上げて爆発、跡形も無く消え去った。

 

 

「よっしゃァ!」

 

 

鎧武は肩を揺らして喜びに吼える。

背後ではもう一つの勝負も決着がつこうとしていた。

ゆっくりとした動きとは裏腹に、いざ切りかかる時には全力を込めて剣を振るうディケイド。

アビスラッシャーはノコギリ状の剣を交差させてライドブッカーを受け止める。

しかしディケイドはそこで思い切りアビスラッシャーの腹部を蹴り飛ばす。

衝撃でガードが崩れるアビスラッシャー、ディケイドはその隙にいつの間にか持っていたカードをディケイドライバーに放り込む。

 

 

「ハァアッ!」『アタックライド』『スラッシュ』

 

「ギギッ! グガァ!」

 

 

剣のすぐ隣に質量のある剣の残像が生まれる。

生まれたそれはまさに剣と言うよりは爪だ。

ディケイドは豪快にそれを振るってアビスラッシャーの剣を封殺していく。

剣だけではなく時に体術、その猛攻の末、アビスラッシャーの肉体に次々に刃が抉りこんでいく。

 

 

「ハッ、お遊びにもならないな」

 

 

吹き飛び、地面を転がるアビスラッシャー。

ディケイドはライドブッカーを放り投げると、一枚のカードをディケイドライバーに入れて、なんと発動せずに両手を広げてみせた。

 

 

「来い、一撃くらいは当ててみせろ」

 

「じ、ジィイィイ!!」

 

 

持ち走り出すアビスラッシャー。

思い切り剣を振り上げ、そしてディケイドの脳天を叩き割る様に振り下ろした。

間違いなく避けれない、それくらいのスピードと距離があったのは事実だ。

しかし、それを破壊するのがディケイドである。

 

 

『アタックライド』『インビジブル』

 

「!」

 

 

空を切る感触。

ディケイドの姿が完全に消失し、アビスラッシャーはすぐに周囲を確認する。

するとどうだ、気づけば視界に広がるホログラムカードの群れ。

あ――、と、アビスラッシャーが思った時には、既にディケイドの足裏が前にあった。

 

 

「タアアアアアアッ!」『ファイナルアタックライド』『ディディディディケイド!』

 

「グェアアアアアッ!」

 

 

ディケイドの必殺技、ディメンションキックがアビスラッシャーを蹴り飛ばすと、そのまま遥か後方に吹き飛ばした後、爆散させる。

一度敵に隙を見せたかに見えたディケイドだったが、実際はそんな事は無く。

敵が切りかかってきた所に透明化。攻撃を回避した後は、自らの必殺キックを不意打ちと言う形で命中させたのだ。

 

 

「やったな、士」『ロック・オフ』

 

「まあ、余裕だろ」

 

 

錠前・ロックシードを取り外す鎧武と、ディケイドライバーを操作して変身を解除するディケイド。

二人の騎士は人間の姿に戻り、さらにそこに飛び降りたのは龍騎だ。

士達の視線を浴びながら、龍騎も変身を解除して真司の姿に戻る。

 

 

「アンタら、騎士なのか!」

 

「騎士? 何言ってんだよ真司さん。俺達、映画館で一緒に戦ったじゃないか」

 

「え? 映画……?」

 

「そうそう、騎士って言うか俺達は仮――」

 

「いや、いい、気にするな城戸真司。今の発言は忘れろ」

 

 

士が紘汰の言葉を中断させた。

首を傾げる真司。とは言えなんだ、いきなり忘れろと言われても、真司としては引っかかる物がある訳で。

それにこの士。そして紘汰。真司にはどこか見覚えがあった。

デジャブ、既視感。いや待て、彼等は今確かに真司の名を呼んだではないか。

 

 

「あ」

 

 

そう言えばこの欠片の世界には既に真司がいたのだった。

と言う事は、この二人は元々この欠片の世界にいた自分の知り合いなのだろうか?

そんな事を聞いてみると、紘汰は目を丸くして首を傾げる。

 

 

「え? あ、いやそうじゃなく――」

 

「ああそうだ、それでいい。だいたい分かれ」

 

 

紘汰が何かを言おうとしたが、それを封じる様にまた士が言葉を挟んできた。

士は自分達がこの世界の騎士だと言う事を説明。真司とは以前に知り合っていたと説明。

それ以上でもそれ以下でもなく。後はだいたい察してくれと。

 

 

『おいおいどう言うつもりだよ、士』

 

 

紘汰は小声で士に問いかける。

納得していなさそうな紘汰に、士は随分と投げやり気味に囁いた。

 

 

『難しい事は考えるな、これは本編じゃないんだ』

 

『はぁ?』

 

『それが俺達がココにいる理由だ』

 

『わっけ分かんねぇ……』

 

 

とは言え、紘汰も士が何を考えているか分からない以上、余計な事は出来ない。

結果として曖昧に笑みを真司に向けるだけだった。

一方でフムフムと頷く真司。そう言うものかと問いかけると、士はそう言う物だと返す。

何とも間抜けな言葉の応酬であろうが、真司もそこまで深くは考えない性格だ。

とにかくと士と紘汰は味方の筈、それだけの情報が全てであった。

三人は取り合えずまどか達がいるだろう事務所の方に歩いて行く。

 

 

「さっきのヤツはなんだったんだろう? 俺さ、創生の果実ってヤツを探してるんだ」

 

 

真司は完全に士と紘汰を信用したのか、自分の目的をベラベラと隠す事なく離していく。

まあ何と言うべきか、ココに手塚やほむらがいたらば、安易に情報を流す行為は怒られそうなものだが、真司も伊達に馬鹿馬鹿言われて悔しい思いはしていない。

 

彼にはちゃんと士達を信用する根拠があると言うものだ。

まず一つはアビスハンマー達が襲い掛かって来た時、士達は真っ先に変身して、まどか達を守る為にモンスターの方向へ走った。

そしてもう一つは――、そう、なんだかやはり士達とは一度どこかであった気がする。

そんな曖昧な信頼、安心感、ふざけてる理由といわれればそうだが、真司は一つ自分の直感を信じてみる事にした。

 

もしかしたら遠いどこかの次元で、自分は彼等と共に戦ったのかもしれない。

それから少し話してみると、どうやら紘汰は警備員のバイトの途中らしい。

フリーターとは大変なものであると、紘汰はしみじみ語っていた。

一方で士は――

 

 

「これが今回、俺に与えられた役割だからな」

 

 

等と良く分からない事を言っていたが、なにやらふてぶてしい態度である。

しかし実質、その地位は高く、警備員の中でもリーダー格であるとか何とか。

 

 

「アンタのはインチキじゃねぇか」

 

 

紘汰がブツブツ何かを言っていたのが気になるが、ココで三人は事務所の中に戻ってくる。

飛び散ったガラス片は、まどか達が掃除して取り払ってくれており、気絶している編集長と責任者はソファに寝かしつけてある。

士と紘汰は、まどかとニコにも適当な挨拶と自己紹介を交わしてみせる。

 

 

「よろしくお願いします!」

 

「………」(うさんくせぇ)

 

 

何の疑問も持たず笑顔で頭を下げるまどかと、ジットリとした目線で紘汰と士を睨むニコ。

まあとは言え、ニコもドライな面はある。士達が何者かは知らないが、どうせ此処は欠片の世界、事が終われば元の見滝原に戻る彼女にとって、士達は関係の無い人間なのだ。

とにかくやるべき事は一つ。創生の果実を狙うイレギュラーを倒す事である。

 

 

「で、それなんだけど、さっきのイナゴがそうだと思う」

 

 

ニコは、まどか達が戦っている間にイナゴ怪人をサーチしていた。

結果はビンゴと言うべきなのか、あの怪物からはミラーモンスター、魔女、魔獣、いずれのデータにも合致しない成分で構成されていた。

ようするにニコ達にとって『はじめまして』の相手なのだ。

それをイレギュラーと言わずして何と言う?

 

 

「でもあのイナゴは倒したんだよね? だったら、もうわたし達がする事は無いのかなぁ?」

 

「いや、それは違うと思うぜ、まどかちゃん」

 

 

口を開く紘汰。

どうやら彼はあのイナゴ怪人の事を知っているらしい。

どうやらアレは力の一部でしか無いとか。つまりイナゴを操る本体がまだ存在していると言う事だ。

 

 

「それを潰さない限りは、終われないって事か」

 

 

真司はふと、時計に目を移す。

釣られたのか、紘汰も視線を移動させ、直後アッと声を出した。

と言うのも既に取材の時間を過ぎているではないか。つまり『天地』を会場に届けなければならないのだ。

紘汰達もココでは警備員。遅れればそれだけお叱りを受けてしまう。

 

 

「取り合えず今は会場に行こう」

 

「あ、俺達もついて行っていいかな?」

 

「ああ、いいぜ真司さん」

 

 

いそいそと壷を片付ける為、紘汰は箱を用意したりと準備を始める。

その隣でニコがテーブルの上に置いてある天地を覗き込んだ。

 

 

「こんな壷が1億ねぇ、わからんのう」

 

 

つくづく人間の価値観とは理解できないものだ。ニコは皮肉めいた笑みを浮かべてみる。

命は金では買えないとは有名な言葉だ。しかれども1億の金があれば人は簡単に狂うし、また誰かを救う事も出来る。

金があれば助けられた命もあろうて。もしくはそうだな、借金で自殺した人間も、大金があれば助かったかもしれない。

 

そんな中、この壷を買いたいと思う人間も世界中にいるだろう。

ああ何と皮肉な話だろうか。壷以下の価値を持つ人間がこの世にはごまんといる様な気がしてならない。

 

 

「だいたいこんなの、陶芸で簡単に作れそうじゃろがい」

 

「価値は周りが決めるもんだ、個人の意見は関係ない」

 

 

士の言葉に目を細めるニコ。

なるほど、それは確かにある話だ。

 

 

「そういうもんか」

 

 

壷を持ち上げ、隅々覗いてみる。

何かこう特別な物はあまり感じない。

確かに何かキラキラ光って見える鉱物はあるが、やはり1億円の価値が壷にあるかどうかと言われればなんだか微妙である。

少し指で叩いてみるが、音の違いも分からない。

 

 

「あ、駄目だぜニコちゃん。あんまり触っちゃ」

 

「ん、さーせん。今戻すか――」

 

 

そう、きっとその言葉を文字にするなら、つるりんちょ。

 

 

「ら」

 

 

パリン!!

 

 

「………」

 

「………」

 

 

固まった。止まった、時間が。

白目を剥いている紘汰、真司、まどか。一方で興味なさげに見ている士。

対してニコは相変わらずアンニュイな表情で真下を見ていた。

けれどもその額には珍しく、一筋の汗が見える。

 

 

「あのー……、うん、あれだね、これはアレだ」

 

 

ニコは一つ、目を閉じて深呼吸を行う。

そしてゆっくりと目を開けて同じ方向を見る。まあなんだ当然夢や幻――、と言うわけは無く。

そこにあるのは紛れも無い現実、百パーセントでリアルな光景。

 

 

「す、すまんす」

 

「うぉおおおおおおおおお!?」

 

 

紘汰は目が飛び出すのではないかと言う程に見開き、叫び声を上げながら地に落ちた天地の欠片に近寄っていく。

途中バランスを崩して手を床につくが、そのまま進み、半ば四速歩行の様になっていた。

それだけ驚きと焦りが勝っているのだろう。

とは言えど、急いだ所でもう遅い。紘汰の前にはバラバラになった1億の壷が。

 

 

「何してんだよニコぢゃんんんんんんんん!!」

 

「ごめ、ごめん、ゴメス! やべぇな、どうしよう」

 

「あわわわわわわ!」

 

「い、いいいい1億がぁぁ」

 

 

まどか、真司もすぐに状況を理解し目を回している。

特に紘汰は壷の警備を任された身だ。絶対に守れといわれた壷が今ココにブレイクしているのだから、クビはともかく、最悪それ以上の処罰が待っている可能性もある。

そもそも人間国宝の残した最後の作品が壊れたのだから、それだけ国民のヘイトも集めてしまうと言うもの。

 

ましてや今この場も散々である。

紘汰達は呻き、何とか破片を元に戻そうと集めているが、そもそもの話これはパズルではない。

そんな事をしても当然無意味なのだ。

どれ仕方ない。ココはこの混乱を巻き起こしてしまった当人である神那ニコ自身が具体的な解決策を提案しようではないか。

 

 

「ぎゃ、逆転の発想をしてみよう」

 

「逆転の発想!?」

 

「そう、もうちょっと砕いてみよう」

 

 

ニコは魔法少女に変身して、バールで散らばった破片を叩く。

バリンバリンと小気味の良い音を立てて壷は更に細かくなっていく。

 

 

「………」

 

 

沈黙。

 

 

「―――」

 

 

間。

 

 

「すまん、意味無かった」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 

結果として壷はさらに細かくなっただけである。

どうやらニコも思考がおかしくなっているらしい。

それを止めなかった真司達も真司達なのだが、更に細かくしました、で? どうするんですか! はい、何も考えてませんでした。ってな話である。

 

 

「どぉぉおッすんだよぉおッ!? なんて言えばいいんだぁ!」

 

 

頭を抱えて大きくうな垂れる紘汰。

しかしそこで、ニコはハッと表情を変える。

なんだ、簡単じゃないか。すぐに「心配するな」と一同に話しかけた。

と言うのも、何、忘れちゃいないだろうかニコ様の固有能力を。

 

 

「私の魔法は再生成だ。こんなの、余裕で元に戻せるんだよ」

 

 

おおと声を出す一同。

なんだ、それならば何の問題も無いじゃないか。

安堵の息を漏らす紘汰やまどか、その中でニコはバールを振るって魔法を発動させようと呪文を口にする。

 

 

「はれひれぱんぱかもっちゃりフィィイィイイ!!」

 

 

もちろんこんな呪文を言わずとも魔法は発動できるのだが、どうやらニコも相当頭がおかしくなっていた様だ。

上ずった謎の叫びの後、バールの先端が光り、砕けた破片が独りでに動き出して収束していく。

そしてどうだ、見ろ、破片達が次々に交じり合い一つのシルエットを構成していくじゃないか。

やった成功だ、笑みを浮かべる紘汰達。ニコもまた成功を目に映して魔法のフィニッシュを。

 

 

「パオオオオオオオン!!」

 

「!?」

 

 

バチィイと音がして出来上がったのは立派なゾウさん(※下ネタではありません)の置物だった。

 

 

「違うヤツできちゃったぁああああああああ!!」

 

「えええええええええええええええええええ!?」

 

 

なんだこれは、どういう事なんだ! 誰か分かる様に説明してくれ!

わ、ワシはドリームランドに迷い込んでしまったのかえ!? 再び一同の脳内はパニックに。

仕方ない。壷作ろうと先ほどまで言っていたのに、出来上がったのは動物の象さんの置物なのだから。

 

 

「やっべぇ、元の壷、どんな形してたか完全に忘れちもうた」

 

「えぇええぇ!?」

 

 

ニコは頭を抱えてうな垂れる。

何と言う事だ。全く興味が無かったので、壷がどんな色をしていたか、ましてやどんな形をしていたのかが全く思い浮かばない。

悲しいかな、ココにいる連中は皆芸術には疎い者達だ。

誰もがニコと似た様な境遇であり、そもそも戻すのはニコなのだから教えようも無い。

 

 

「しゃ、写真とかは?」

 

「じ、実は今日がこの天地のお披露目で。だからまだ一枚も」

 

「嘘でしょ……?」

 

 

青ざめる一同。ニコはフムと顎に手を当てて考察を。

何かある筈、何かある筈なんだ。考えろ、ニコはしばらく唸り声を上げていたが、妙案が浮かんだのかポンと手を叩いて目を見開いた。

 

 

「あ、あったぞよ! 一つ、私にいい考えがある!」

 

「に、ニコちゃん! それは一体!?」

 

「ああ、それはな――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一時間後。

煌びやかなホテルのホールには、コレまた煌びやかなドレスやスーツに身を包んだ者達が多く見える。流石は一流企業の中でも上位に入る会社だ。それだけパーティもまた規模が凄まじい。

しかしてシャパンを片手に談笑する人々の裏、控え室では煌びやかさとは正反対の光景が広がっていた。

 

 

「まことに、すいませんでしたァ! っしゃらッ!」

 

 

頭が一つ、二つ、三つ、綺麗な感覚を保って並んでいる。

いやはや日本とはつくづく礼儀を尊重する国であるとニコはしみじみ思っていた。

謝罪と一口に言っても細部を見れば多くの種類があるものだ。

レッツトライ、ジャパニーズ土下座。それこそがニコが見出した活路であった。

アメリカでも聞いた事があるぞ、木を切った少年が素直に父に話したら許してもらえたと。

そうだ、そうなのだ、変な言い訳などせず、素直に謝る事、それが謝罪の心であると。

流石に何も悪くないまどかに頭を下げさせる訳には行かないので、中央をニコにして左には紘汰、右には真司を伴い、ニコは壷の持ち主に頭を垂れていた。

 

ちなみに士は「俺がそんな事できるか」等と言って断ってきた。

ちきしょう、なんて野郎だ! ニコは一抹の怒りを覚えたが、そもそも考えてみれば紘汰や真司も何も悪くない。

やべぇ、イチからヒャクまで全部私のせいだわコレ。

 

 

「――ッ」

 

 

とは言え、まあなんだかんだと許してもらえると思っていたのだが。

袋に入った既にペースト状になった元天地を見つめ、壷の持ち主である少女、『ルリ』は目に涙を溜めてフルフルと震えていた。

見れば随分と幼い少女だ、聞けば複雑な事情があるらしいが、今はそんな事どうでもいい。

ルリは袋を掴み、直後、激しくニコたちをにらみつけた。

 

 

「ふざけないでよ! 馬鹿! バカバカバカ!!」

 

 

子供のボキャブラリーでは怒りの言葉も単調である。

とは言えそもそも、感情と言う者が壊れているニコには欠片とて響かない言葉であった。た

だルリが怒っているという情報だけが伝わってきた。

ルリはどうやら壷を割られた事が相当頭に来ているらしい。

馬鹿だの、人でなしだの、警備員は使えないだの。とにかく怒りを言葉に乗せてニコ達を罵倒してくる。

 

 

「………」

 

 

まあなんだ、その中でふとニコは考える。

なんだか怒りすぎじゃないだろうか。

いや悪いのはコチラ故、何かを言う資格はないのだろうが、それでも思ってしまう。

そもそもこんな小さな子が壷なんかに興味があるか? 大切なお人形やお洋服を傷つけられた方が心に来るだろ。

 

そうだ、そうに違いない。

真司や紘汰は申し訳無さそうに眉を顰めているが、ニコの中で謝罪の気持ちは既に吹き飛んでいた。

この目の前にてヒステリックを起こしている少女の気持ちが全く理解できないのだ。

確かに一億の価値がなくなったのは申し訳ない。とはいえ、ルリもこんな場所にこれるのだ。金くらいはあるだろう。

 

だいたいあんな壷、1億の価値があるとは思えなかったじゃないか。

ニコにとってはこの前買ったゲームの方が何十倍も興味があると言うもの。

ああ、萎えてきた、なんだか下らない事で怒られている様な気がする。

ニコは完全にいつもの調子を取り戻し、頭を上げてルリを睨んだ。

 

 

「な、なによ!」

 

「ねえ、お嬢ちゃんさぁ、本当にこんな壷、興味あるの?」

 

「なッ!」

 

「ちょ、ちょっとニコちゃん!?」

 

 

壊したくせに何を言ってるんだ!

偉そうなおじさんが叫んだが、ニコは無視してジットリとルリを見た。

 

 

「純粋な興味だ、答えてほしい」

 

 

するとムッとしたルリが、ボロボロと涙を零しはじめた。

 

 

「天地はおじいちゃんの魂だったのに!」

 

「魂?」

 

 

すると偉そうなおじさんが語りはじめる。

どうやらルリは幼い時に両親が事故で亡くなっており、唯一の親戚である源流に引き取られたのだとか。

祖父と孫、楽しく幸せに暮らしていたのだが、やはり人間はいつかは死ぬもので、源流も天地と、あと一つ壷を作った際に、ついに亡くなってしまった。

 

こうして孤独の身になったルリ。

彼女にとっては天地は祖父の魂が篭った形見なのだ。

ルリは信じていた、祖父の魂が天地に宿っており、自分を見守ってくれているのだろうと。

 

ああ、なんて不憫な話か。

まどかや真司は思わず目に涙を浮かべ、己のミスに自己嫌悪を覚えるが、その中でニコは違った。

ニコは全ての話を聞いて尚、口にする。

ああ下らないと。

 

 

「下らない……?」

 

「宿る訳ないだろ、お嬢ちゃん。人間死んだらそれまでさ」

 

 

むしろ愚かだと、ルリを馬鹿にする。

 

 

「死んだ人間にいつまでも縛られても仕方ないだろう。お嬢ちゃんこそ、馬鹿じゃないの?」

 

 

ニコは壷を割った事に関しては謝罪する。

1億の損失も、最悪再生成の魔法で金を作っても良いと思っている。

とは言えしかし、祖父の魂がどうのこうのと感情論を持ち出されるのは納得がいかない。

知らんがな。その一言に尽きるのだ。

 

 

「ッ! 酷い! 貴女、最低!!」

 

 

ルリは涙を零しながら部屋の扉を突き破り、駆け出していく。

アッと声を上げて他のスタッフに連絡を取りに行くおじさん。

その中で真司達はアワアワと。

 

 

「だ、駄目だろニコちゃん! あんな事言っちゃ!」

 

「追いかけよう、真司さん!」

 

 

真司と紘汰はルリを追いかけに走り、部屋を出て行く。

士はため息をついて、呆れた表情でニコを見た。

 

 

「ややこしくなったな、普通言うか? あんな事」

 

「そうだよニコちゃん。今のは酷いよ!」

 

「……納得がいかん」

 

 

死んだ人間の影を追う事に何の意味がある?

腐った『奇跡』でも起きない限り、一度死んだ人間は帰ってはこない。

全て無意味だ。考えた所で沼にはまるだけ、虚しく何も生み出しはしない。

そんな地獄をルリは背負うのか? 馬鹿な、ありえない。

 

 

「さっさと忘れたほうが良いに決まってるだろ」

 

「ニコちゃん……」

 

 

少なくともニコは、自分がそうだったからこそ嫌悪すべき物であると思っている。

友人を撃ち殺した事でニコは死に縛られ、結果としては人らしい感情を失う事になった。

味覚障害、感覚障害、ルリは違うかもしれないが、ニコとしてみれば同じ轍を踏んでいる様にしか見えない。

 

そんなの、過去の自分を思い出す様で気持ちが悪かった。

ルリだって確かに孤独だが、早々に割り切ったほうが遥かに良い人生を歩める筈だ。

それが何故理解できない。幼いからと言う理由だけではあまりにも間抜けすぎる。

そんな事を思いながら、ニコはもう一度鼻を鳴らして嘲笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「ルリちゃん!」

 

 

一方、真司と紘汰はホテル裏の駐車場にてルリを発見する。

彼女は背中を丸めて泣いており、随分と同情を誘う姿であった。

ルリの隣にはホテルの支配人が立っており、真司達に頭を下げる。

 

 

「ああ、これはどうも。私はホテルの支配人、鎌田(かまた)と申します。連絡があり、ルリお嬢様を探していましたら、ココに」

 

「どうも! あ……、えっと」

 

 

何と声を掛けていいのやら。

真司と紘汰は顔を見合わせるが、そもそもこの二人に気の利いた言葉が浮かぶわけが無い(失礼)。

とは言えこのままにしておけないのがお互いの長所であるのか、まずは紘汰が声を掛ける。

 

 

「ごめんなルリちゃん。俺達が君の大切にしてた壷、割っちゃって。おじいちゃんにも本当に申し訳ないよ……」

 

「う、うぅぅ!」

 

 

紘汰はしゃがみ込むと視線をルリに合わせる。

彼女の頭を撫でながら、頭を下げていた。

そこで真司も頷くと、同じくまずは謝罪を。

 

 

「ルリちゃんゴメン。でもニコちゃんだって悪いとは思ってるんだ。それは分かってあげて欲しい」

 

「わ、分からないよ! だってあの人……、酷い!」

 

 

やはりそう簡単には分かってくれぬものか。

幼いルリにとって、一度言われた言葉は深く胸に刺さってしまったようだ。

真司としても、ニコがどういう意図であんな事を言ったのかは分からない。

だから曖昧な言葉しか投げられない事に悔しさは感じていた。

だがその時だった、全てのモヤモヤを吹き飛ばす暗雲が立ち込めたのは。

 

 

「!?」

 

 

突如、それは空から現れた。

落雷の様に真司達の前方に降り立った異形。

金と銀の鎧を持った『カマキリ』の化け物は、近くに停めてあった車を吹き飛ばすと、ゆっくりと歩き出す。

驚きに声を上げる一同。特にホテル支配人である鎌田は、突如現れた化け物に驚き、腰を抜かしてしまう。

 

 

「見つけましたよ、私の欠片。そして感じる、創生の果実!」

 

「ッ!」

 

 

化け物はメキメキと音を立てて変形。

するとどうだ? 何とそこにいたのはホテル支配人の鎌田ではないか!

いや、正確には鎌田と同じ顔をした人間が真司達の前に立っていた。

けれどもそれは何か霞が掛かっている様な。

うまく言葉では言い表せないが、不完全な人間体と言うイメージが強く残る。

 

 

「うわぁぁあ!」

 

「あ! か、鎌田さん!」

 

 

真司と紘汰の背後にいた支配人の鎌田が宙に浮き上がると、猛スピードで化け物の鎌田の方に吸い寄せられる。

そこでハッとする真司、どうやらこの欠片の世界にも真司がいたらしい様に、目の前にいる異形の鎌田の欠片(ぶんしん)も、この欠片の世界にいたと言う事なのか。

吸い寄せられた鎌田は異形の鎌田の元にたどり着くと、光が迸り、なんと融合していくではないか。

 

 

「本世界と欠片の世界の鎌田が一つに!?」

 

 

真司と紘汰の前で、一瞬にして融合は完了した。

すると完全に姿を取り戻した『パーフェクト鎌田』が真司達の前に姿を見せる。

どうやらこの男がジュゥべえの言っていたイレギュラー、と言う事なのだろうか?

 

 

「お前は一体何者だ!」

 

 

たまらず紘汰が口にする。

すると鎌田はニヤリと笑って両手を広げた。それは自らの存在を指し示す様に。

 

 

「私は亡霊ですよ。星の歴史に散った私の魂が、禁断の果実の力によって蘇ったのです!」

 

 

すると二重の衝撃。

一つは再び鎌田の姿が変わった事。

それはカマキリの化け物、鎌田の正体である化け物、パラドキサアンデッドの姿であった。

 

そしてもう一つの衝撃とは文字通り体感するものだ。

空間が震えたかと思うと、巨大なサメのモンスター、アビソドンが咆哮を上げながら姿を見せる。

さらにパラドキサは中沢から奪ったアビスのパワーが備わったデッキをかざす。

すると龍騎たち同じくVバックルが出現し、パラドキサはデッキを装填する。

 

すると例外なく変身。いや――、違う。

アビスの鎧とパラドキサの力が融合し、全く新しい異形たるアビスが生まれた。

美しい青よりも濁った青。肩からは鋭利な鎌が突き出し、それは騎士と言うよりも紛れもないモンスターではないか。

D(ダーク)アビスとでも称すればいいか。彼はゆっくりと息を吐き、忌々しい真司達を睨みつけた。

 

 

「この場で私が『死刑』を申し渡す!!」

 

「危ない!」

 

 

Dアビスが腕を振るうと、真空波が鋭利な斬撃となって飛翔。

まずは戦いに邪魔となるだろうルリを排除しようと、その細い首を狙った。

あまりに唐突な出来事にルリはただ固まるだけだったが、既に真司と紘汰は同時に地面を蹴っていた。二人はルリを掴むと、真空波の軌道からルリを外して、庇う事に成功する。

 

 

「ルリちゃんは隠れてて!」

 

「動いちゃ駄目だぜ!」

 

「あ…! え?」

 

 

素早く視線を交わし頷きあう真司と紘汰。

二人はそれぞれデッキとロックシードを取り出して構えを取る。

 

 

「変身!!」

 

「変身ッ!」『オレンジ!』

 

 

龍騎はドラグセイバーを手に、鎧武は大橙丸と無双セイバーを手に走り出す。

一方で手を前にかざすDアビス。カードを使わずとも力が発動されるのか、金と銀のノコギリ状の剣が装備され、それを思い切り振るった。

 

 

「うぐっ!」

 

「おわぁッ!」

 

 

金と銀の旋風が巻き起こり、咄嗟に防御した二人の騎士の装甲が大きく削れていく。

動き出したDアビス。上から下へと振り上げる刃、それを防ぐ龍騎と鎧武の腕が軋む。

 

 

「ッ!」

 

 

なんと言う高い威力か。

それぞれの刃で一旦は防御に成功した龍騎達だが、ドラグセイバーや大橙丸が刃こぼれを起こしているではないか。手に掛かる衝撃もまたビリビリと重い。

 

 

「やべぇぞ真司さん。アイツ相当つえェ!」

 

「おお……ッ、気をつけよう!」

 

 

構え直す二人だが、既にその隙にDアビスは力を溜めていた様だ。

 

 

「余所見をする暇はありませんよ! ハァアッ!」

 

 

金と銀のエネルギーが螺旋を巻きながら発射される。

全てを切り裂く鋭利なエネルギー、それは龍騎と鎧武の前方に直撃すると地面を抉り削り、大きな爆発を巻き起こした。

 

 

「うわぁああ!」

 

 

強い爆風に、龍騎と鎧武の体が宙に吹き飛ばされる。

手足をバタつかせながら地面に倒れる二人。すぐに立ち上がり反撃に転じようとするが、Dアビスは龍騎達のインファイトにもしっかりと反応する力を見せ付けた。

 

 

「フッ! ハァ!」

 

「オッラァ!」

 

「ムンッ!」

 

 

隙を見て突き出した龍騎の一撃と、鎧武の一撃を、Dアビスは二つの剣でしっかりと止めてみせる。

そして大きく体を旋回させ、再び金と銀のカマイタチで龍騎たちの装甲から火花を散らせた。

 

 

「ど、どうしよう……! おじいちゃん――ッ!」

 

 

ルリはガタガタと震えながら青ざめ、ただ龍騎たちが無事である様に祈るしかできなかった。

幼い少女が体験するには大きすぎる恐怖が小さな背中を駆ける。

だからだろうか? 走馬灯の様に祖父の顔が脳裏に蘇った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それが、人の救いにもなる」

 

「!」

 

 

一方、ニコは士の言葉にピクリと肩を動かした。

人の救いになる、何が? 決まっている、他者の死に縋る事だ。

ニコはそれを絶対の悪、過ちとして考えていた。しかし士はそうではないと口を挟む。

そもそもこの世の中に絶対的な間違いがあるのだろうか?

 

そして過ちを犯す事の定義と意味、真理。

パッと思いつく過ちはそう、人を傷つける事、殺める事だ。

しかれどもその道を歩いてしまった、それが自分達だろう。

 

 

「ッ、お前……」

 

「俺は破壊者だ。多くの存在を破壊してきた」

 

 

しかし士がココにいることは事実だ。

何故立っているのか、何の為に立っているのか。

戻れぬ道は無い、たとえ過ちを歩いていても、それを間違いだと決め付ける事はできない。

であるならば、どう考えるのか、何を見出すのかだ。

 

 

「アイツにとって、死に縋る事は救いなのかもしれない」

 

 

士は虚空を睨んで口にする。

ルリは確かに間違っているのかもしれない、それはもちろんニコから見れば。

しかしルリにとって祖父に死に縋る事は、それしかない希望なのではないか。

縋りたくなる時もあろう、人はそんなに強くはなれない。

 

 

「それでも俺達は生きなければならない」

 

 

間違える事もあるだろう。苦しむ時も、苦しめる時も。

だがそれを背負って、生きていかなければならないんだ。

自分達はまだ恵まれていると、士は口にした。

彼は魔法少女の宿命の事を知っている様な口ぶりで、ニコ達を見る。

 

 

「恵まれている?」

 

「ああ、俺達には明確な力がある」

 

 

しかし、本当の力とは心の強さであると士は言う。

ルリは戦っている、今、ニコ達には分かりにくいだろうが確かに戦っているのだ。

この先の世界、生きていく事に苦しみながらも生きていく為に戦っていくのだ。

 

 

「心の、強さ……」

 

「ああ、ルリは生きるために心で戦っている」

 

 

たとえ死に縋ろうとも、それが間違いだと思われようとも。

割り切るために、生きていくために、ルリは戦っている。

見えない恐怖、重圧、恐ろしい未来に立ち向かおうとしているのだ。

 

 

「………」

 

 

ニコは何も言わなかった。反論も、賛同も。

言葉を続ける士。では自分達はどうするのか――?

 

 

「俺はかつて、志を共にした男の腕を奪った」

 

 

その男が、士にこう言ったのだと言う。

 

 

「たとえ孤独でも、命ある限り戦う」

 

 

力ある自分達は、何の為に、何を思い戦うのか。

皆、戦い続けている。今日もどこかで何かと戦っているのだ。

何の為に? 誰の為に? 何を成すために――?

 

 

「それが――」

 

 

士の言葉は最後のほうで霞む。

しかしニコ達の心に、しっかりと届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何の為に創生の果実を手にしようとする!」

 

 

駐車場。爆発の中で鎧武は立ち上がり、Dアビスを睨む。

既に大橙丸は折られ、龍騎もまた膝をついて呼吸を荒げている。

しかしそれでも龍騎は立つだろう、鎧武と同じ様に。

それは彼等の中に跪けないと言う想いがあるからだ。戦うと言う意思があるからだ。

何の為に、誰の為に。

 

 

「再び力を手にする為にですよ! 禁断の果実の破片、それがあれば世界を手に! 支配の力を手にする事ができる!」

 

「ふざけんな! 人間は人間の意志で生きていく。それを支配するなんて資格、アンタにある訳ねぇだろ!」

 

 

鎧武が怒るのは、彼の中にある正義がそれを許さないからだ。

それは紘汰の心が決める独自の正義感。それが正しいかどうかは時に周りが決め、時に力が決めるもの。

 

真司もそうだった。

真司は真司の正義を貫いたからこそ賛同してくれる物が現れたのだ。

そして今、鎧武の言葉に龍騎もまた頷いた。

何の為に戦うのか、それを間違えない、全ては人々の自由と笑顔、人が人で生きていくために戦うのだ。

 

そこに支配はいらない。

鎧武はホルダーから一つのロックシードを取り出すと、それを気合の咆哮と共に起動させる。

ロックシードの名が告げられ、鎧武はそれを叩きつける様にベルトへセット。

殴りつける様に錠をかけた。

 

 

「俺達は支配される程、馬鹿でも弱くもねぇ!」

『カチドキアームズ!』『いざ、出陣!』『エイエイオーッ!!』

 

 

重厚な鎧に身を包んだ鎧武。

パワーアップ形態、カチドキアームズ。

鎧武は背中についている二対の(フラッグ)を取り外すと、それを剣の様に持ち二刀流で走り出す。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

雄叫びと共に鎧武はDアビスの眼前に迫りフラッグを振るう。

鎧武のオレンジ色のエネルギーが炎の様に纏わりつき、フラッグを振るう毎にオレンジ色の火花が散った。

その光は銀と金のエネルギーを飲み込む、まさに炎。

鎧武は豪快にフラッグを降るい、ブンブンと風を切り裂く音と、フラッグが剣にぶつかり合う音が響き渡る。

 

 

「ウォッラアアアアアアアアア!!」

 

「グッ! おのれェエ!」

 

 

旗を投げ飛ばす鎧武。

ブーメランの如く旋回するフラッグはDアビスを押し出し、後方へ強制的に移動させる。

続いて巨大な火縄銃型の武器、『火縄大橙DJ銃』を取り出すと、カチドキロックシードを装填してチャージを開始する。

 

 

「ッ、させるか!」

 

 

カチドキを止めようと走り出すDアビスだが、前方に次々と炎弾が降り注ぐ。

止める足、見上げればそこには真紅の龍が咆哮を上げていた。

ドラグレッダー、つまりはアドベント。龍騎もまたアクションを起こしており、ストライクベントを発動してドラグクローを装備する。

 

炎弾で怯んだDアビス。

その隙に龍騎はドラグレッダーを旋回させて構えを取る。

鎧武はそれを見て、龍騎の隣で銃口を光らせる。

二人は再びアイコンタクトを取ると、鎧武は引き金に指をかけ、龍騎は思い切りドラグクローを突き出した。

 

 

「ヤアアアアアアアアアア!!」

 

「ウッラアアアアアアアア!!」『カチドキチャージ!』

 

 

双方緋色に輝く弾丸が発射される。

それは何と軌道の途中で交じり合い、巨大な一つの炎弾となってDアビスの前に迫る。

彼は舌打ちを混じえつつ剣をクロスさせて盾と変える。

そこに直撃する弾丸。凄まじい衝撃がDアビスを包み、直後遥か後方に吹き飛んでいく。

 

 

「おのれぇえッ!」

 

 

想像以上に凄まじい力だ。

Dアビスは呻き声を上げながら背後にあったトラックの荷台に直撃する。

トラックの荷台は大きくへこみ、逆を言えばそれで済ませたDアビスの防御力を褒めるべきなのか。

だが防いだものの本体のダメージは大きいらしい。

Dアビスの鎧が粉々に砕け、パラドキサの姿がさらけ出される。

 

 

「クッ! 鎧が上手く馴染まない……!」

 

 

それはアビスの力が既に鎌田ではなく、中沢と下宮に宿っているからだろう。

そもそもこのアビスの力は魔獣がミラーモンスターの力をコピーし下宮に与えた、いわば模造品。

鎌田にはある種、免疫反応と言うべきか、拒絶反応を起こしているのだろう。

だがパラドキサには自信が、圧倒的な余裕があった。それは彼の名前が証明している事だ。

 

 

「無駄ですよ!」

 

「ッ、何!?」

 

「私はアンデッド、不死ですからね」

 

「!!」

 

 

そんな馬鹿な話があって良いのか? しかしパラドキサの言う事は事実なのだ。

アンデッド、それは文字通り死をもってしても倒せぬ存在。

ではどうすればいい? 決まっている。今の龍騎と鎧武ではパラドキサを倒す事はできないのだ。

 

しかし、考えてみて欲しい。

何かを忘れてはいないか? 今の敵はパラドキサであるが、果たして本当に彼だけが『敵』なのだろうか?

 

 

『いや、それは違う』

 

「ッ!」

 

「何……!?」

 

 

声が聞こえた。

考えてみれば当然の話だったのだ。

敵はパラドキサだけではない、彼はあくまでも利用されたというべきが正しいのか。

全ての元凶が今、姿を現した。

 

 

「ぐあああああああああ!!」

 

 

パラドキサの体を突き破るのは植物の蔓だ。

一方でどこからともなく大量のイナゴが飛来。

同時に地面を突き破って現れたアビソドンに融合していく。

 

これは一体どういう事なのか?

混乱する龍騎達の前により禍々しく進化したアビソドンがいた。

まるで出目金(デメキン)の様に盛り上がった目は赤く濁っており、それはいつぞやのイナゴ怪人を思い出させる。

 

そして息を呑む鎧武。

パラドキサの身体に蔦を張り巡らせているのは間違いない。

鎧武には馴染み深いヘルヘイムの森、その植物だ。

 

 

「お前、コウガネか!」

 

『正確にはその欠片だ。そうだな、「深淵(しんえん)」とでも名乗ろうか』

 

 

簡単に言えば、侵略者。

世界と言う銀河をさまよったその意思は鎌田の魂をサルベージし兵士として利用。

そしてこの世界に降り立ち、今まさに目的を達成しようと言うのだ。それはパラドキサがぶつかったことで横転したトラックに秘密があった。

荷台からは荷物が飛び出し、それを見たルリは声を上げて走り出す。

 

 

「だ、駄目だルリちゃん! ソイツに近づいちゃ!」

 

 

ルリは龍騎の忠告を無視する。

いや正しくは聞いていなかった。聞こえていなかった。

何故ならば今の彼女にとって、一番大切な物が地面を転がっていたからだ。

 

それは天地と対をなす、源流の形見にして最後の作品、『無双』と呼ばれる壷である。

死に縛られてはいけないと、幼いながらルリも分かっていた。

しかしそれでも、それでも縋りたいと思うのは弱さなのだろうか?

寂しいから、辛いから、楽しかった思い出を残してくれるアイテムが欲しいのだ。

ルリは無双が入った箱を見つけると、可能な限り全速力で駆け寄った。

危ないとは分かっている。分かっているが、それでも――ッ!

 

 

「グッ!」

 

 

ルリを助け出そうと走り出す龍騎と鎧武。

しかし深淵は赤い目を光らせると、ヘルヘイムの蔦を召喚。

無数の植物の鞭が龍騎と鎧武の体を打つ。

それだけではなく口からは黒い水流を発射。その勢いと威力は凄まじく、龍騎達は叫びをあげて地面を転がった。

 

 

『植物が養分を吸いだす様に、地中の水分を吸いだす様に、私もまた宿主の力を吸い取れる』

 

 

寄生生物、それが深淵の正体。

アンデッドであるパラドキサに寄生した深淵は今この瞬間パラドキサを切り捨てる選択を取った。

吸い出すのは当然不死の力、深淵はパラドキサの不死を吸い取ると、己の力に変えてみせる。

そうすると、もう用の無いパラドキサは要らない。ヘルヘイムの植物の養分になって死んでもらうのが一番だろうと。

 

 

『もはや今の私に敵はない!』

 

 

不死の力を授かった今、怖い物は無い。

けれども深淵は慎重だった。保険の為、もう一つ強力な鎧を手にする事に。

それは簡単、目の前にいるルリである。

 

 

『お前達は些細な絆を尊重する。私にとっては非常にありがたい話だ』

 

「きゃああああああああ!」

 

「ッ! ルリちゃん!!」

 

 

手を伸ばす鎧武だが、深淵の巨大な尾ビレが鎧武を弾き飛ばし、龍騎も水流で押し出される。

その隙に深淵は自らの体から無数のイナゴを飛ばしていった。

イナゴ達はルリに群がると衣服に噛み付き、持ち上げる。

 

ルリはイナゴに運ばれ深淵の体の中に埋め込まれる。

深い底無し沼に沈められた感覚、上半身だけが深淵の額から姿を覗かせる。

 

 

「テメェ! きたねぇぞ!!」

 

『なんとでも言うが良い! だがコレで貴様らは私を攻撃する事すらできんな!!』

 

 

深淵はどうやら龍騎達の性質をよく理解しているらしい。

額に埋め込まれたルリは深淵にとって最強の盾だ。

龍騎達は攻撃がルリに当たる事を恐れ、一方で深淵はルリが死のうが何の問題も無い。

であるなら簡単だ。深淵は目を光らせてそこから闇の波動を発射した。

ルリに気を取られていた龍騎達は防御が遅れ、爆発に揉まれてしまう。

 

 

「ぐあぁ!」

 

「ズッ! ぐっ!」

 

 

地面を滑る二人。

そして深淵は最後のピースをはめる為に、地に落ちた無双を拾い上げる。

 

 

「やめて! それはお爺ちゃんの――!」

 

 

バキンッ! と、音がした。

ルリは目を見開いたまま動きを止める。

一方で砕いた壷の破片を取り込んでいく深淵。

全てはこの時、この今、そしてこの状況を完成させることにあった。

 

天地と無双は未知の鉱物、ジェネシスをすり込んでいると言う説明だった。

そう、そのジェネシスこそが深淵がわざわざこの世界に足を踏み入れた原因である。

つまりそれこそが創生の果実なのだ。

 

 

『まさかこんな下らない壷を作る為に使われるとは。物の価値が分からない人間はこれだから困る』

 

 

破片を取り込んだ事でより深淵の力が上がっていく。

対して、涙を零すルリ。これで祖父が生きた証が消えてしまったような気がして、それを思えばボロボロと涙が零れてきた。

 

 

「お前、何するんだよ! ルリちゃんにとってそれがどれだけ大切な物か分かってんのかよ!」

 

『ハッ! 知った事か!!』

 

 

深淵は黙れと、衝撃波を発生させた。

龍騎と鎧武は再び叫びを上げて吹き飛び、超過ダメージからか地面を転がりながら変身が解除される。

 

真司が体を起こすと、やはりと言うべきなのか、無数のイナゴが牙をむき出しにしながら飛来してくるのが見える。

しかしココで衝撃。桃色の壁が真司と紘汰を守る。

 

 

「真司さん!」

 

「まどかちゃん!」

 

 

聞きなれた声がして龍騎が視線を移すと、そこには空中を飛行してくるまどかが見えた。

さらにディケイドを模したバイク、マシンディケイダーに乗り込み駆けつける士と、その背後にしがみついているニコが見える。

 

三人は状況を素早く確認。

見た事の無いパラドキサが悶え苦しんでおり、倒れている真司と紘汰。

そして空中に浮遊するのは巨大なサメとイナゴを合成させた様な化け物だった。

何より、その額には埋め込まれる様にして存在しているルリが見えるのだから。

 

 

「なるほど、だいたい分かった」

 

 

つまりなんだ、良い状況ではないと。

士がバイクから降りると、パラドキサが彼等に向って手を伸ばす。

 

 

「た、助けてくれぇッ!!」

 

「お前、鎌田か……!」

 

 

既に用済みとして見なされたパラドキサには、植物の侵食が大分進んでいた。

既に自力で立ち上がる事すらできないらしい。

伸ばした手にも無数の蔦が絡みつき、眼球を突き破って外に出ていた蔓が、より一層痛々しさを煽る。

 

 

「お前……」

 

「コイツ敵だろ、ほっとけばいいじゃん」

 

 

ニコがそう口にしたのと同時だった。

巨大な『乙女』がパラドキサを包み込むように抱き締めたのは。

それは全ての呪いから対称を救済する慈愛の光り、パラドキサを包み込んでいたヘルヘイムの力が消滅すると、パラドキサは呻き声を上げてだらしなく手足を広げた。

 

 

「おいおい、本気か?」

 

 

ニコの視線の先には、まどかが弓を構えている。

どうやら乙女座のスターライトアローでパラドキサを助けたらしい。

ニコは再び呆れ顔でやれやれと手を広げた。全くもって理解ができない、敵であろうパラドキサを助ける理由等、一つも存在しないのに。

 

 

「ごめんね。でもあんなの、あんまりだよ……」

 

 

植物に身を侵食されて死ぬ。

いくら敵だったとしてもその尊厳を否定する死は、否定したい。

 

 

「それだけだから」

 

「まあいい、どうせもうソイツは動けない。それより問題は上のヤツだ」

 

 

士は顎で深淵を指し示す。

深淵は新たに増えた参加者を一蹴し、笑い声を上げていた。

何人増えようが同じ事だ、勝利は揺るがない。

確かに創生の果実を取り込んだ事で、より一層禍々しい威圧感を放っている。

しかしその中で、対比する様に埋め込まれていたルリが口を開いた。

 

 

「みなさん、お願いします、私を……ッ、殺して」

 

「!」

 

 

未だに事情が分かっていないルリであるが、目先の事くらいは理解できる。

これより自分は盾にされ、そのせいで真司達は深淵と戦えない。

であるならばルリに迷いはなかった。

 

 

「おじいちゃんも……、いないし」

 

 

身寄りが無く、孤独な世界に生きていく理由等あるのだろうか?

幼い彼女は自問を重ねていた。恐怖はある、しかれどもこの先何も見えない世界で生きていくよりはまだ、ココで消えてしまう方がいいのかなと思ってしまうのだ。

 

 

「だから――、お願いします」

 

 

弱弱しく呟き、ルリは一筋、涙を流した。

唐突な殺害依頼に言葉を失う一同。それはきっと。少なくとも真司達がルリの気持ちが理解できるからであろう。

大切な人を失う辛さ、生きていく事の重圧、何度も味わってきた。

そんな彼等が今尚立っているのは、周りに仲間がいたから、それを受け入れる心の力があったから。

 

しかしルリは幼い。

それに周りには誰も無い。ああ何と不憫な……。

そして、その中、深淵だけは尚も笑い続けていた。

 

 

『いつの世も、どこの世界も、人間とは愚かだな』

 

「何ッ!」

 

『脆い。そして何より、弱い!』

 

 

ルリと融合したからなのか、彼女の意識が深淵に伝わったようだ。

そこで分かる心の脆さと弱さ。人は孤独には耐えられない、人は不安には耐えられない。

ああ何と弱く儚く愚かな生き物だろうか。考えただけで笑えてくると深淵は言う。

やはりこの様な脆弱な存在は支配者には相応しくない。

神に選ばれし存在こそが人を超えるべきだと。

 

 

「弱くて、何が悪い」

 

『何……!』

 

 

そこで一歩、士は前に出る。

思わずルリは反射的に士を見た。そこで珍しく、士はルリの笑みを向ける。

それはニヤリと不適なものだった。果たして士はルリを安心させるために笑ったのか、それとも深淵を挑発する為に笑ったのか。

おそらく、そう、両方の意味があったのかもしれない。

 

 

「その弱さもまた、人が人で在る為の証だ」

 

『ッ』

 

「人は弱い? 当たり前だ。だがだからこそ人は弱さを知っている」

 

 

弱さを知る事で人に優しくし、他者をいたわる事ができる。

同じ痛みを持つものを励まし、いたわり、救おうとする思いがもてる。

 

 

「それは、紛れもない強さだろ!」

 

『ハッ! 笑わせる!』

 

「そうだ。人は、弱いから強くなれるんだ」

 

 

士の言葉にニコは目を見開いた。それはルリも同じだろう。

弱いから強くなれる。それは決してその弱さが罪ではないと言う事だ。

間違ってなどいないと言う事だ。

 

ああそうか、それが真理だったのか。

思えばニコはどうしてココに立っているのだろうかと自問を。

それはずっと馬鹿にしてきたまどかの弱さに憧れを抱いたからではないのだろうか?

まどかの目指す世界が見てみたいと思ったからではないのだろうか?

 

弱い鹿目まどかの仲間になりたいと思ったからではないのか。

ならば訂正しなければならない。命を賭けた戦いにて弱いヤツに付く意味はない。

だからこそ答えは一つ、まどかは弱くは無かったと言う事じゃないか。

 

 

「うーむ」

 

 

唸るニコ。

であるならば、ココは一つ、成し遂げなければならない事があるかもしれない。

 

 

「ルリ」

 

「……ッ!」

 

 

ニコは、ルリの目を見て、ニヤリと笑った。

それは間違いなく、ルリを安心させるために浮かべた笑みだった。

 

 

「助けてやろう」

 

「え……」

 

「や、ま、私は弱いから。助けるのはコイツらだけど」

 

 

ニコはまどか達を見る。続いて、再びルリを見る。

 

 

「生きれば良い。死を覚える必要なんて無い」

 

 

誰もがそうだ。

たとえ死にたいと思っても、生きたいに決まっているのだ。

死に縛られている訳ではない。死を尊ぶ事がルリの役目だ。それを間違えてはいけない。

 

そうか、申し訳なかった。

ニコはつくづくそう思う。何もルリは祖父の死に縛られている訳ではなかった。

ああごめんなさい、結局、まだ死に縛られていたのは自分だったか。

 

 

「生きろ、ルリ。お前はココで死ぬにはもったいなさ過ぎる」

 

「………」

 

 

そこで再び笑い声。

何を馬鹿な事をと、深淵は目を光らせた。

助けられる訳などない、それにニコ達はココで死ぬのだ。

深淵は口から黒いエネルギー波を発射、ニコ達を塵に変え様と殺意を解放する。

 

だが前に出るまどか。

防御魔法アイギスアカヤー、召喚せし天使が構えた巨大な盾にて、黒いエネルギーは完全に遮断された。

 

黒い奔流に包まれる中、一同は素早く作戦会議を。問題はどうやってルリを助けるか、だ。

パッと思いつくのはまどかのスターライトアローが乙女座だろうが、乙女座はそれ自体に判定がある。

つまりルリに到達する前に深淵が蔓や水流等で矢を妨害すれば無効化されてしまうのだ。

 

初見殺しと言う言葉があるが、深淵は既にパラドキサを助ける為に放たれた乙女座を見ている。

つまり向こうに効果がバレていると言う事だ。

これは困った話――、か?

 

 

「……私がやりましょう」

 

「!」

 

「え?」

 

 

振り返る一同。するとヨロヨロと立ち上がるパラドキサが見えた。

なんだ? 一同が構えると、パラドキサが手を上げる。

それは紛れも無い、敵対の意思がないと言う事を示すものだった。

すると彼から驚きの提案が持ち出される。

 

 

「私がルリさんを助けましょう」

 

「はぁ? 信じられねー!」

 

 

ニコは隠す事なく、警戒心を露にしながら、訝しげな目でパラドキサを見た。

いや無理もない。むしろまどかを除く全員が同じ目でパラドキサを見ていただろう。

当然それは本人とて分かる話である。本当につい先ほどまで殺し合いをしていた者がいきなり協力などとは。

だがパラドキサは本心だった、それを説明していく。

 

 

「私はまもなく……! 消え去るのでしょう」

 

「ッ」

 

 

見れば確かにパラドキサの体が透けているのが分かった。粒子化も始まっている。

そもそも彼は元々死人であったのだ。その魂の欠片を、深淵が己の力で補強して具現させた使い魔でしかない。

 

脆く、ましてや深淵が不要と判断した為、力の供給は消えた。

つまり補強分の構成が失われ、元の魂に戻ろうとしているのだ。

そしてあのヘルヘイムの蔦が、想像以上に体を蝕んでいた。

 

ましてや体を植物が蝕んでいく恐怖と苦痛。

しかしそこから救いの手を差し伸べてくれたのがまどかだ。

パラドキサもまた人を見下す怪人でしかない、がしかし、『心』が存在している一つの存在でもある。

 

 

「借りを残して消えるのは、私の主義に反するのでね」

 

「………」

 

 

士は腕を組んで鼻を鳴らす。

何とも信じられない話だ。

信じられない話だが――。

 

 

「まあ、いいんじゃないか」

 

「え……? でも――」

 

「そういう戦いなんだろう? 城戸真司、鹿目まどか、神那ニコ」

 

「ッ!」

 

 

つい先ほどまで殺しあっていた者が手を取り合う戦い。

なるほど、道理ではないか。三人は頷き合い、意志を一つにまとめる。

信じる事もまた、強さの一つであると。そして手放しで信じる事が正解ではない。

まどかもニコも意識を集中させる。もし仮にパラドキサの言葉が嘘であったとしても、ルリを死なせない為に。

そしてその上で信じる。まどかが代表してパラドキサを強い視線で貫いた。

 

 

「お願いします! ルリちゃんを切り離して!」

 

「分かりました」

 

 

パラドキサは鎌田の姿に戻り、そして鎌田はデッキを前に突き出す。

 

 

「変身!」

 

 

セットするデッキ。

アビスの鎧が鎌田に与えられた。

中沢が変身するのと同じく、セルリアンブルーの輝きを持った騎士、アビス。

 

 

「ムッ!」

 

 

丁度そこで深淵の攻撃が終わる。

そこそこの威力を持った攻撃だったが、まどかの盾にヒビを入れる程度に終わった事が予想外だったのだろう。

そして気づく、盾が消えればそこにアビスが立っていたのが。

 

 

『裏切るか鎌田! だが死に掛けのお前に何ができる!』

 

「たとえばそう、こんな事ができますよ!」

 

 

アビスは腕に水流を纏わせ、直後その手を思い切り振るう。

すると圧縮された水の刃が発射された。

まさに死力を尽くした一撃、深淵はすぐに蔦で防御を行うが、ウォーターカッターは次々にそれらを切り裂いて深淵に向っていく。

 

 

『おのれッ! だが――!』

 

 

ルリを前に突き出す。

そうだ、このままの軌道ならばカッターはルリに命中していただろう。

しかしココでアビスは手を動かした。するとそれにシンクロする様にしてカッターも移動、見事に深淵の額、ルリに触れないギリギリの位置に刃を突き入れる。

 

 

『ぐぁぁああ!!』

 

「きゃああ!」

 

 

驚きに声を上げるルリ。

しかし彼女に怪我はない。カッターは見事に埋め込まれた部分をくりぬく様にして、深淵の額の肉を剥ぎ取った。

 

深淵から分離するルリ。

それを見てニヤリとアビスは笑う。

既に粒子化は限界状態まで進んでいた。

己の運命の結末が人を助けて終わる事に、皮肉めいた物を感じていた様だ。

 

 

「では、これにて失礼」

 

「あ……!」

 

 

アビスは手を挙げる。

丁度そのタイミングで粒子化は完了し、アビスのデッキだけが地に落ちる結末となった。

儚く、悲しいものだ。一瞬だけとは言え、アビスもまた人を守る為に力を使ったのだから。

もっともパラドキサ(アビス)としては、ただ自分を利用した深淵に一泡吹かせたかっただけなのかもしれないが。

 

たがそれでも、この結果は結果だ。

アビスはルリを傷つける事無く、見事に深淵から切り離してみせた。

今はそれだけで十分だ。そこでまどかの目が光る、彼女のテンションが最高潮のボルテージに達し、それだけ魔力もまた洗練される。

 

 

「お願い皆ッ! 敵の気を引いて!」【アライブ】

 

 

光がまどかを包むと、直後その姿が女神の様なものに変わった。

アライブ。騎士の力を介し、魔法少女が強化される魔法である。

まどかはアルティメットと呼ばれる姿に変身。強化された弓を持って狙いを定める。

 

 

『グッ! おのれ!!』

 

「任せろまどかちゃん!」

 

 

すぐにルリを回収しようとする深淵だが、その前に真司達が並び立った。

中央を真司にして、右に士、左に紘汰。

彼等もまたココが決着の時と見出したか、それぞれ変身アイテムと共に、もう一つ意思と力の結晶を取り出してみせる。

 

 

「さあ行こうぜ、ココからは俺達のステージだ!!」『フルーツバスケット!』

 

「俺は破壊者だ。全てを終りにしてやる!」『ファイナルカメンライド――』

 

「ああ、ルリちゃんを助けて、全部終りにしよう!」【サバイブ】

 

 

同じく光に包まれる三人。

輝きが晴れると、その中から三人の騎士が姿を見せた。

 

銀の鎧とマントを靡かせるのは鎧武・極アームズ。

胸の鎧に、多くの騎士の姿を伴わせるディケイド・コンプリートフォーム。

そして赤く燃える輝き、龍騎サバイブ。

三人の騎士はルリを狙う深淵を止める為、各々が持てる力を存分に解放していく。

 

 

『ファイズ・カメンライド』『ブラスター』

 

『イチゴクナイ!』『影松!』『大橙丸!』『バナスピアー!』『メロンディフェンダー!』

 

【シュートベント】

 

 

巨大なレーザー砲。次々と飛来する武器。青白いレーザーとドラグランザーの火炎弾。

三人の弾丸は次々に深淵の体に直撃し、ルリから引き剥がす様に後退させていく。

その隙を見てまどかはスターライトアローを発射。

アライブ体となった事で詠唱無しでも星座を司る天使を呼び出す事ができる。

 

乙女座の天使ハマリエルはより強大に、より美しく進化しており、両手を広げて猛スピードでルリの元に駆けつけると、抱きしめるようにして呪いを解除した。

深淵の肉体からルリを引き剥がし、ハマリエルはルリを抱き締めたまま後退。

まどかの下へと舞い戻る。

 

 

「よいしょ!」

 

「きゃ!」

 

 

戻ってきたルリをキャッチしたのは、ニコだ。

未だに何が起こっているのか分かっていないルリを、意地悪な笑みを浮かべて見ていた。

 

 

「全部夢だ。悪い夢、起きたら、しっかり生きるんだぞ」

 

「あ……、あの」

 

「ほら、もう終わる」

 

 

ニコが見ている方向を、ルリも見る。

そこには確かに終りの光景があった。煙を上げている深淵、そんな馬鹿なと口にする。

三人の騎士の力は完全に想定外だ。それはそれだけ彼等が歩んできた道を軽視していたと言う事。

 

だが余裕はあった。

何故ならば深淵はパラドキサからアンデッドの力を吸収している。

つまりは不死、負けは無いと。だがそれも、破壊者が文字通り壊してしまう。

 

 

「その力は俺には効かない。俺は、不死をも破壊する!」

 

『ば、馬鹿な! なんだそれはァア!!』

 

 

全くである。

全くであるが、それがディケイドの力なのだから仕方ない。

三人の騎士は頷き合うと、同時に地面を蹴って足を突き出した。

 

 

『ファイナルアタックライド』『ディディディディケド!』

 

【ファイナルベント】

 

『キワミスパーキング!』

 

 

無数のホログラムカードを通り抜けるディケイド。

ドラグランザーの火球に包まれ両足を突き出す龍騎。

虹色に輝く足を突き出す鎧武。

三人の輝きは、抵抗に放たれた黒い水流を物ともせずに突き進んでいく。

 

 

「ヤァアアアアアアアアアッ!!」

 

「ダアアアアアアアアアアッ!!」

 

「セイッハァアアアアアアッ!!」

 

 

深淵を突き破る三人の飛び蹴り。

ディケイドの破壊の力が作用し、アンデッドの不死の因子を破壊してみせる。

 

 

『ガァアアァァアァアァアッ!!』

 

 

エネルギーが暴走し、深淵は断末魔を上げたかと思うと、直後粉々に爆発した。

創生の果実の欠片では、どうやらこの三人の騎士の敵では無かった様だ。

着地する三人はそれぞれの構えを取ると、変身を解除。辺りには驚くべきほどの静寂が齎される。

ルリは自身が助かった事に安堵を覚え、そのまま気絶してしまった。

 

 

「……!」

 

「お、おはよう」

 

 

ルリが次に目を覚ますと、そこはホテルが一室の、ベッドの上だった。

爆発だのなんだのとあった為、結局パーティは中止となった。

いや、だがまあそんな事はどうでもいいだろう。

部屋にいたニコは、ルリの前に一つの壷を置いてみせる。

 

 

「アレ、コレって……!」

 

 

それは紛れも無い、ニコ達が最初に割った壷、『天地』であった。

かろうじて形を思い出したニコ。まあ模様は完全に忘れている為、同じものではない。

しかしルリは笑顔になってその壷を手にした。

なぜならばルリもまた天地の模様などは覚えていていないのだ。大切なのはその『存在』である。

 

 

「お姉ちゃん魔法が使えるんだ」

 

「ほんと……? 凄い」

 

「ごめんな、大切な物を壊しちゃって」

 

 

ニコはルリの頭を撫でると、一つ、お願いをしてみる。

 

 

「生きろ、辛くても生きてれば何とかなる」

 

 

孤独かもしれない。

けれどきっとルリが必死に生きたら、清く、正しく、優しく生きる事ができれば、きっとその孤独も早々に終わるだろう。

人は沢山いる。誰かがきっとルリの孤独を癒してくれるだろう。

 

 

「だから、生きろ。お前の味方はたぶん、沢山出来る」

 

「うん……」

 

「うむ。ではな、私は帰るよ」

 

 

深淵を倒した事で、ジュゥべえは真司達に元の世界に帰るトンネルを出現させた。

そう長くこの世界にはいられない。

まあそれをルリに言う事はないが、ニコは手を振ってホテルの部屋を出て行こうとする。

すると、おずおずと、ルリが口を開いた。

 

 

「あの……」

 

「ん?」

 

「あり……が、とう。私、生きるね」

 

「フフッ。ああ、それがいい」

 

 

そしてニコは部屋を出て行った。

欠片の世界とて、ルリが生きる間くらいは持つだろう。

たとえもう永遠に出会う事がないとしても、ニコはルリの幸せを本気で祈った。

一方でホテルの下、そこで真司達は別れの言葉を口にしていた。

 

 

「結局あんた達は……」

 

「気にするな、だいたい分かれ」

 

「は、はぁ」

 

 

士の背後には灰色のオーロラが揺らめいていた。

結局士と紘汰がなんだったのか、真司にはよく分からない。

けれどもこの胸に宿る懐かしさがある以上、きっと彼等とは深い関わりがあるのだろう。

 

 

「いつかまた、会う時がくる。その時は一緒に戦おう」

 

 

士は手を振ってさっさとオーロラの中に消えていく。

紘汰も士を追いかける為に走り出した。

 

 

「じゃあまたな真司さん。まどかちゃん。頑張れよ!」

 

 

こうしてアッサリと別れは終わった。

丁度そこでニコが降りてきたので、真司達も帰る事に。

トンネルを潜り抜けると、そこはもう元の世界だ。

一瞬目の前がブラックアウトし、気づけば眼前にはジュゥべえが立っていた。

 

 

『いよう! お疲れさん! アビスの力も戻ってきたし、一段落だな!』

 

「……あれ?」

 

 

真司はハテと首を傾げる。

 

 

「俺、何してたんだっけ?」

 

「ジュゥべえ、どうしてココにいるの?」

 

「んー?」

 

 

ニヤリと笑うジュゥべえ。いやなんだ、いろいろ覚えられては困る事もある。

ココは一つ、なんだ、ジアンサーを開いてあげたと言う事を引き換えに、三人の記憶を消させてもらいましょうと。

 

 

『いやいや、なんでもねぇよ。大丈夫大丈夫。オイラは本当に助かったから』

 

「お前、その言い方……、記憶消したな」

 

『ギクッ! あ、いや! まあほら、本当に何にも悪い事は起こってねぇから! な!』

 

「ったく、この屑が」

 

「ま、まあまあニコちゃん。こうして何も無いわけだし、ね?」

 

 

なだめるまどか。まあ確かにと真司も納得していた。

 

 

「事実、俺達、またココにこうして無傷でいるしな」

 

「はぁ、本気かよ」

 

 

それを見てため息をつくニコ。

こんなお人よし、ありえないだろと。

 

 

「まあでも、いいよ、私も許してやる」

 

『お?』

 

「なんか大切なものを、教えてもらった気がするから」

 

 

珍しく、ニコは笑ってみせる。

 

 

「へぇ、それってどんな事?」

 

「や、覚えとらん」

 

『な、なんだよそれ』

 

「まあ気分だよ気分。それよりなんか食いに行こうぜ城戸、まどか」

 

「あ、じゃあ蓮の店に――」

 

 

ジュゥべえを置いて、さっさと真司達は歩き去ってしまった。

まあ何はともあれこれで事態は丸く収まったか。

『面白い物』も手に入ったし、ジュゥべえは一枚のカードを口にくわえてみせる。

そう、パラドキサの絵が描かれたカードを。

そこで気配。ジュゥべえの隣に現れるキュゥべえ。

 

 

『今回の事態は中々興味深いシーンが見れたよ』

 

『お、先輩。興味深いってのは?』

 

『うん。あの壷、人によって価値が大きく変わったね』

 

 

1億円の壷。

大衆には文字通り1億の価値がある金の塊に見えるのだろう。

しかし芸術に精通している者であれば1億以上の価値があると思うのかもしれない。

 

さらに言えばルリ。

彼女にしてみればアレはお金では換算できないほどの価値があるものだ。

唯一無二の存在。一方で深淵にしてみれば創生の果実の欠片として目に映っていた。

 

 

『結局の所、物の価値と言うものは、周りの決めるのではなく、自分自身が決めるものなんだね』

 

『なるほどねぇ、人間ってヤツはつくづく分からないな』

 

『一人の人間にとってはどうでもいいと思う事も、一人の人間にしてみればかけがえ無いものになる』

 

 

そしてその価値を口にすれば、人は共感を示し、己の中にある価値をより大きなものに更新していく。

つまり全ての物は、いつかある日、突然とんでもない物になる可能性を秘めている訳だ。

 

 

『それは歴史が絡んでいるね』

 

『なるほど、じゃあなるべく長く生きて、長く続けた方がいいって訳だ』

 

『そう、継続は力なり、とも言うしね』

 

 

じゃあ取り合えず頭を下げておこう。

ジュゥべえはぺこりと虚空に向って頭を下げる。

 

 

『いろいろとコレからもよろしくお願いします』

 

『ジュゥべえ? 誰に向って言っているんだい?』

 

『いや、色んな人……。まあいいか』

 

 

これから生きていれば色々な価値のある物が見れる。

ジュゥべえは擬似的な興味をフルに稼動させ、街の中に消えていくのだった。

 

 

 

 






元々別サイト掲載時は、記念作品ということで更新しました。
サンキュー鎌田。フォエバー鎌田(´・ω・)


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FOOLS,GAME XRD・Prompt


※注意

今回の番外編は非常にクセが強いです。
自分で書いておいてなんですがオススメできません。
一番の理由として、激しい暴力描写と、性をイメージさせる描写がたくさん出てきます。
詳しくは描写していないのでR-18と言うわけではありませんが、それでもそれなりには直接的です。

他に書いたヤツを視てくれている人がいれば、『虚栄のプラナリア』を想像してください。あんな感じです。
と言うかそもそもこのお話がプラナリアのプロトタイプみたいなものです。

とにかく、15歳未満の方は読むのを控えてください。
これまた自分で言うのもなんなんですが、かなり気持ち悪い話になっています。
ただその中でで、少しだけ美しいものを書いたつもりなんですが――。


主な注意書きは以下の通りです。


・本編81話までのネタバレがあります。

・激しい暴力描写、グロテスクなシーンがあります

・龍騎キャラ×マギカキャラの恋愛描写、性描写があります。ガチ恋勢、特定のカップリングに強い拘りのある方は注意してください。

・当然ですが、実在の人物とは何の関係もありません。




プラス、あとがきにちょっとしたおまけがあります。
このイグザードプロンプトは小説版仮面ライダー龍騎を参考にして作ったのですが、それについて少し語ってます。


あともう一つ。
キャラ紹介のThe・ANSWER編を更新するって言ったんですが、編集がかなり面倒なので、もっと後にしようかなと思っておりますん。
もしも視たい人がいたら言ってくだせぇ。そしたら、もっと早めにアップします。




 

 

 

フールズゲーム イグザードプロンプト

 

 

 

 

 

 

 

 

初めて勃起したのは、猫を殺した時だった。

この手で柔らかな首を絞めていた時、僕の熱情が興奮と変わり、下半身を固くしたんじゃないかな。

よく、分からない。僕には『性』がよく分からない。だから教室でクラスメイト達が女の人が裸になっている本で盛り上がっているのを見ても、全く理解できなかった。

 

授業で一度受けたことがある。僕らは今、とても多感な時期らしい。

だからそういう事に興味が出るのは当然の事なんだって。

でも、僕にはよく分からない。なんでなんだろう?

ネットでそういう動画を見ても、僕は全く興奮できなかった。

ただ裸の男女が交じり合う、ただそれだけじゃないか。むしろ、僕には、不愉快、かも。

 

 

「………」

 

 

東條悟は爪を噛んで気を紛らわせた。

視界の端にはアダルト雑誌を見て盛り上がっている男子グループが見える。

中学生ならば興味がある話、特別珍しい光景ではない。しかし東條にとっては不愉快以外の何者でもなかった。

そう、『性』は不愉快だ。

 

たぶん、それはきっと、性と言うのは愛に近い存在だからではないだろうか。

東條は今、愛と言う存在が一番理解できないものだった。

そうだ、愛されていないと理解したのはいつからだったろう?

 

きっかけは好奇心だった。

東條の両親はいつも忙しく、二人揃って家を空ける日は珍しくなかった。

時には何日も家を空ける事も珍しく無い。誕生日を一人で過ごした時もある。

しかし東條は気にしなかった。両親がいない事は寂しいが、それは自分のためだと説明されていたからだ。

 

 

『悟ちゃんのためなのよ』

 

『お前の将来のために、パパとママはお金を稼いでいるんだよ』

 

 

愛されている証明があったから、東條は耐えられた。

友達がいなくても耐えられた。一人かくれんぼも、一人鬼ごっこも、愛があるから耐えられた。

しかしある日、東條は知った。父にはどうやら愛人がいる様だった。

父は母だけに見つからないように気をつけていたんだろう。

東條に対しては警戒心が薄かった。だから携帯を晒してしまう。

 

メールがあったのだ。

そこにはこの前のホテルがどうとか、プレゼントにもらったバッグが嬉しかったとか、ゴチャゴチャした絵文字が沢山あった。

しかし今日日、不倫と言うものは特別珍しいものではない。

 

東條は冷静だった。

少し驚いた事といえば、父の不倫相手にはどうにも子供がいる様だった事だ。

連れ子なのか、自分の子かは知らないが、この間はマサルとキャッチボールがどうのこうの。

東條は父親とキャッチボールをした記憶は無かった。

 

東條は冷静だった。

しかし、父のことは好きではなくなった。

 

 

東條はある日、サプライズを仕掛けた。

母の誕生日。母には、友達の家に泊まると告げて、東條は家の中を暗くして待っていた。

手にはプレゼントに買った薔薇の花束。ケーキは用意できなかったが、幼いながらに喜んでくれたらと期待していたものだ。

 

しかし一つ、予想外の事が起こってしまう。

母は帰ってきたのだが、誰かと一緒だったのだ。声からして父ではない。

驚いてしまって東條はつい逃げ出してしまった。

戸惑う中で逃走ルートは限られてしまい、結局母の部屋のクローゼットに隠れた。

 

一緒にいた男の人は誰なんだろうか?

気になりはしたが、なんだか出辛くなってしまい動けなかった。東條は内気な性格で、人見知りも激しかった。

するとしばらくして物音。クローゼットにあった僅かな隙間から東條が外を確認すると、母が見知らぬ男と裸でまぐわっていた。

一瞬、東條には何が起こっているのかがわからなかったが、彼は頭が良い。

理解まではそう遅くは無かった。

 

父の事を知っていたからなのか。それとも家に寄り付かない父に愛想を付かしたのか。

母もまた、別の人間を愛していたようだ。声が――。嬌声に混じり、言葉が耳を貫く。

別れなくていいから傍にいて欲しいらしい。男には子供がいるらしい。

それでも母は良いらしい。母は男を愛しているらしい。

母は、男の子供を愛しているらしい。

 

 

『私が本当に愛しているのは――』

 

 

東條は、母へのプレゼントである花束を抱きながら、耳を塞いだ。目を閉じた。

全てが不快だった。東條はただ全ての感覚を閉じて、全てが終わるのを待った。

 

 

「………」

 

 

気づけば朝が来ていた。

目を塞ぎ、心を落ち着けた結果。東條は眠ってしまったらしい。

人の気配はない。東條が外に出ると、既に二人は場所を移しているようだった。

家の中には誰もいない。

リビングに向かうと、母が『友人の家から帰ってくると思っている』東條のために置手紙を残してあった。

虚構の文章を見ると、淡々と手紙を破り捨てる。

そして家の外に出ると、悪臭を放つ花束を川に投げた。

赤い花びらが少し、空を舞う。それを東條は無表情でジッと見ていた。

 

 

東條は冷静だった。しかし、母の事は好きではなくなった。

 

 

時間が経つ。

東條は愛された。しかしその愛が本物ではないことは東條が一番知っていた。

父と母は知らない。あなた達の携帯にハッキングアプリがある事を。

そして東條があなた達のメールや写真を確認している事を。

 

東條は知っていた。

二人が放つ愛は偽者だと言う事が。

なぜならば二人にはそれぞれ別の家庭があるからだ。

戸籍や法律を超えた、本物の愛がそこにはあるんだ。

 

だから、きっとそれが理由で東條は猫を殺した。

東條はいつも一人だが孤独ではなかった。なぜならば親が与えてくれた一匹がいたからだ。

いつも一人と一匹は一緒だった。

 

東條は寂しくなかった。

寂しくなかったが、怖くなった。愛は、偽りに変わる。

時間があれば、きっと、いつか変わってしまう。だからだろうか? 東條は猫を殺した。

唯一の味方が味方じゃなくなるかもしれない恐怖。

そうだ。怖い、怖かった。だから、殺した。

暖かな命が自分の手で消えていく瞬間、何故か、勃起していた。

 

それが最初で最後だった。

しかし東條は気にしない、EDなど生きていく上でどうでも良い病だ。

 

 

「………」

 

爪を噛む力が強かったのか。指の皮膚が千切れ、血が滲み出る。

少しだけ眉を動かし、東條はティッシュで血を拭う。

クラスメイトは相変わらず盛り上がっているが、東條は彼らを心の中で見下していた。

あんな下らない物でよく盛り上がれるものだ。裸体も、嬌声も、ただ不愉快なものでしかないと気づけば、彼らはもっと賢くなれるのに。

 

 

「………」

 

 

東條は無言だった。当たり前だ、話す相手がいない。

クラスメイトも誰も東條を見ない、話しかけない。東條は空気だ。皆、誰も、東條に興味がない。

いてもいなくても問題ない。必要があれば話しかけるが、そうでなければ触れ合わない。

ふと、目を横へ向ける。少女達も盛り上がっていた。しかしもちろん男子とは違う話題である。

 

一人の少女が紙を丸めたボールを投げた。

それは別の少女の頭にぶつかる。すると笑い声。

どうやら当てた部分でポイントを競っているらしい。

酷い事をする人がいるものだ。東條はそう思いながら読書を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

「――ぅ、ぁ」

 

 

きっかけは、分からない。

きっとコンビニだったと思う。私はノロマだから、トロイから、モタモタしてるから、後ろに人が並んでいると気持ちが悪くなる。

だからまた、焦って、小銭落として、モタモタ。

 

早くしろ。早くして。聞こえる声が気持ち悪いけど、体が熱くなって。

馬鹿、馬鹿みたい、早くして欲しいなら手伝ってよ。

なのに誰も、見てるだけ、馬鹿、アホ、間抜け。

屑ばっかり。店員も動かない。屑店員。首になれ、クソバイト。

 

次の日、私を睨む馬鹿。

誰コレ、知らない。クラスメイト? 覚えていない。

まあいいや、アンタは少女X。

 

 

『アンタのせいで遅刻した!』

 

 

デート前に、コンビニ、私のせいで遅刻、喧嘩、別れた。

知るか、馬鹿。お前も手伝えばよかった。リップなんて前の日に買っておけよ、カサカサ唇でもいいじゃん、喧嘩してってお前のせいじゃないか。

でも、私は、言えない。

 

 

『声ちっちぇよッ! はっきり喋れよ!』

 

 

焦る。焦る。だから、私は――。

 

 

『ご、ごごご、ごめんなさぃ』

 

 

たぶん、きっと、理由ソレ。

私はいつもこう。言いたいことも言えなくて、心の中で思うだけ。

 

あの人にだって、ずっと駅で見てるだけで、話しかける事もできない。

可愛い人、きれいな人、優しい人。友達になりたかった。

きっとあの人なら、私を受け入れてくれる筈。

なのに、怖い、だって向こうはお嬢様、私はこんなにも――。

痛い、ムカつく。死ね、死ね、シネ、シネシネシネ。

 

 

「……いて」

 

 

呉キリカは反論しなかった。

抵抗しなかった。馬鹿の玩具になる事に嫌悪しながらも改善を求めなかった。

優しさ? 弱さ? 分からない。しかし一秒でも早く終わってくれる事をいつも思うだけだった。

 

人には、才能がある。キリカにはその才能が無かった。

なんの? 分からないが、とにかくキリカは何をしても上手くいかなかった。

勉強、スポーツ、人付き合い、全て頑張ってきた筈だが、どうやらキリカにはその才能は無かったようだ。

 

やればできる子という言葉があるが、どうやらキリカはやってもできない子だったらしい。

キリカは思う。私のせいじゃない。せいじゃない。せいじゃ……、ない。

 

きっとこうなったのは、昔。過去。だって昔はうまくいってた。

明るい子って言われてたし、それに、だって、あの子、あの子、私の、大切な、昔の。

違う、ああ、違う。

 

 

友達なんて、いない。いらない。

 

 

「………」

 

 

東條は読書をしながら、考えていた。

学校とは――。いや、もっと言えばクラスとは一つの国家だ。

力ある者がキングとなり、他者は王が示す力に屈服し、忠誠を誓う。

キリカをいじめているXと言う少女は間違いなく王の器であると東條は知っている。

 

美しさは人をひきつける武器だ。

Xは顔で言うなればクラスでも相当上位に入るだろう。

明るく、活発で、周囲にもよく話しかけているし、人気もある。

 

その少女がキリカをいじめると言うのだ、多くの者が賛同するに決まっている。

もしくは、自分が標的にならないようにと思っている者もいるだろう。

踏み絵と同じだ、支配は絶対であり、どうやって回避するかを皆考えている。

キリカは王の気分を害した罪人だ。裁かれるべき存在である事は確かだった。

クラスの男子が女子の会話に加わり、紙くずをキリカに投げる。肩に当たった、確か肩は三ポイント。

 

キリカは何をしているんだろう。

ずっとモゾモゾ動いているだけ。東條は目を細める。

なるほど、わかった、机の上に掛かれた落書きを消しているのか。

馬鹿、アホ、ブス、シネ、定番のものから卑猥なものまである。

ウンコ、チンコ、マンコ。ヤリマン。

 

 

「………」「………」

 

 

偶然にも、キリカと東條の思っている事が重なった。

 

 

((下らない))

 

 

しかし、これが世界なのかもしれない。東條は日が進むにつれてそう思う。

体育の時間、キリカはバレーボールを体に受けて倒れていた。それを見て笑っているXや他の男子。

成程、この時期の子供達は多感な時期であると散々言われてきたが、その尤もたるところが自己の確立だ。

 

スポーツ、勉強、ゲーム、漫画やアニメでも言える事だが、戦いは無くならない。

なぜか? それは『勝利』こそが人間に最も快楽を与えるものだからだ。

 

 

(人よりも優れている事を実感する事こそが、僕らに与えられたアイデンティティの確立……)

 

 

存在する事の意味を確立する快楽。

SNSで誹謗中傷が終わらない理由は簡単だ。

それは人を傷つける事は、最高に気持ちが良いからに他ならない。

誰かを攻撃する事は最高に気分がいいんだ。

 

 

(呉さんは悪魔のルーレットに選ばれただけにしか過ぎない)

 

 

昼食の際にはXの仲間がキリカのカバンを漁り、パンを奪っていた。

そして困るキリカを見て笑っていた。東條はそれを見ながら無表情で母が作った弁当を食べていた。愛情が入っていなかったので、あまり美味しくは無かった。

 

しかし改めて思う。

キリカには気の毒だが、キリカと言う生贄がいる事でこのクラスは一致団結している。

ならばそれは良い事なんだろうか。

 

声が聞こえる。キリカの筆箱をどこに隠そうか、みんな楽しそうだった。

キリカをいじめている子はみんな笑顔だ。

みんなが一つの目標に向かって協力しあっている。これが、青春なんだろうか。

 

 

「………」

 

 

青春か。

そういえば、父の愛人の子が小学校に行くらしい。

父はランドセルを買ってあげると、嬉しそうにメールで書いていた。

 

 

「………」

 

 

東條は無言だった。東條は冷静だった。

東條の心は、自分でも驚くくらい冷静だった。

 

放課後、キリカは下駄箱に詰め込まれていたゴミを取り除いていた。

いつも同じだった。ノロマなキリカはいつも三十分くらいかけて下駄箱の中を綺麗にしている。東條はそんなキリカを通り抜けて帰る。

しかし、今日は少し違っていた。帰ろうとした時、少女Xが東條に話しかけてきたのだ。

 

 

「ねえ、東條くん。今日は一緒に帰らない?」

 

「………」

 

「みんなでさ、一緒に帰ろうよ。みんな東條君のことが知りたいって――」

 

「匂い」

 

「え?」

 

「薔薇の匂い、しないかな?」

 

「あ、ああ。うん、私のシャンプーじゃないかな。良い匂いでしょ」

 

「臭いな」

 

「え?」

 

「キミ、あの、ちょっと臭いんじゃないかな?」

 

「な……ッ」

 

「僕、たぶん、キミの匂い嫌いかも」

 

 

ポカンと突っ立っているXを素通りして、東條はキリカの隣にやってきた。

 

 

「コレ」

 

「……ぇ」

 

 

東條はキリカに、筆箱を差し出した。

 

 

「ゴミ箱の掃除してたら、出てきたから」

 

「あ――」

 

「ジュースまみれで、臭い。変えた方が良いかも」

 

「……むり」

 

「なんで」

 

「また、汚れる」

 

「あ、そう」

 

 

東條は頷くと、キリカの隣について、下駄箱の掃除を始めた。

 

 

「え……! え、え?」

 

「キミ、遅いよ。こんなの全部捨てればいいんじゃないの」

 

「なんで」

 

「いらないでしょ。使うのかな、呉さん」

 

「ちが、くて、だから、なんで」

 

「なにが」

 

「て、て、手伝う、ここ、ここっこ、コッ」

 

「鶏のマネしてるの? 似てないよ」

 

「ち、ちがッ、だから、どうして手伝ってくれる――、のっ、て?」

 

「ああ、だって、僕嫌いなっちゃったかも。あのX」

 

 

臭い、不快だ。

薔薇の匂いは、好きじゃない。

 

 

「あ」

 

 

下駄箱の奥に、スズメの死骸があった。

傷が不自然だ。なるほど、石をぶつけて殺したのか。

 

 

「生き物を傷つけるなんて、最低な人のする事だよ。僕には理解できないな」

 

 

東條はスズメの死骸を玄関の端に捨てると、そのままカバンを持って帰ろうと。

 

 

「あ、あ、あ」

 

「なに?」

 

「お、お墓とか、作らないの?」

 

「なんで? なんの」

 

「す、スズメ、さん」

 

 

 

キリカが拾い上げたスズメを、東條はその手を弾くことで、再び地面に落とす。

 

 

「いらないよ。だってもうそれゴミじゃないの? 汚いし、臭いし、適当に捨てておけば学校の人が処理してくれるんじゃないかな」

 

 

そこで東條はハッと、足を止めた。

そして立ち尽くすXに向かって一言。

 

 

「いじめって格好悪いんだって。やっちゃいけないって先生も言ってたよね」

 

「ッ!」

 

「下らないよ、キミ達。じゃあ僕はもう帰るから」

 

 

東條は家に帰った。

翌日、学校に来ると、東條の机の上に大量の落書きがあった。

 

 

『偽善者』『キモイ』『シネ』『キリカのセフレ』『消えろ』

 

「なにこれ」

 

 

クスクスと笑い声が聞こえる。

キリカを見ると、彼女もまた落書きを消していた。

黒板の方には相合傘に東條とキリカの名前があり、それが無数に書かれていた。

丁度その時、どこからともなく声が聞こえる。

 

 

「呉ブスの彼氏とうちゃーく!」

 

 

拍手と嘲笑の中、東條はため息をつくと、黒板に書いてある相合傘を消していく。

 

 

「僕らはそんなんじゃないよ。なにか、勘違いしてるんじゃないのかな」

 

 

もうやめなよ、こんな事。

東條はそれだけ言って机の落書きも消すと、読書を始めた。

すると数人の男子がやって来る。

 

 

「呉の事。好きなんだろ」

 

「なんで」

 

「照れんなよ、あんな暗いやつのどこがいいんだよ。って、お前も暗いか」

 

「ねえ、もうやったの? ねえ、教えてよ東條くん」

 

「くだらないな。キミ達、頭がおかしいんじゃないの?」

 

「図星だからって焦んなよ! なあー、みんな! 東條が呉とヤりたいって!!」

 

 

教室に笑い声が響く。明るいクラスだった。

女子達がキリカを掴んで東條の傍にやって来る。

 

 

「ねえ、呉さん、東條君の事が好きなんでしょ?」

 

 

キリカは首を振った。必死に首を振っていた。

また笑い声が聞こえる。楽しいクラスだった。

 

 

「恥ずかしがらなくてもいいのにね。お似合いだよ、キモイ人同士さ。わたし達応援するよ。ねえ皆!」

 

 

拍手と歓声が。

その中で、一人の少年が声をあげた。

 

 

「お二人さん! キスはしたのかい!?」

 

 

笑い声。

 

 

「ないなら、ファーストキスみたい!」

 

 

拍手。

東條の頭が掴まれた。キリカの頭が掴まれた。

 

 

「キース! キース!」

 

 

声が重なる。鳴り止まないキスコール。鳥も謡い、ヒラヒラと蝶も舞う。

その中で強制的に近づいていく東條とキリカの顔。

何が起こるのかを理解したのか、キリカは青ざめると、珍しく声を張り上げた。

 

 

「ち、違う! 本当に東條君とは何も無い、からッ! 違う!!」

 

「あ、そう。じゃあ誰と付き合ってるの?」

 

「だ、誰とも、違う!」

 

「へー、じゃあ私がピッタリの人連れてきてあげる」

 

 

そう言うと少女Xはゴミ箱を漁り、一匹の虫の死骸を取り出した。

悲鳴が上がる。それは本気だったり、あくまでも形だけだったり。

 

 

「あー、私こういうの平気なタイプだからさーッ」

 

 

頭抑えておいて、記号的に放たれる言葉。

 

 

「はーい、呉さん。彼氏さんですよぉ」

 

 

そう言うとXは、ゴキブリの死骸をキリカの唇に押し当てた。

悲鳴と笑いが交じり合う。キリカは必死に唇を結び、抵抗を示すが、取り押さえられているため結局は無駄なことだった。

 

唇をこじ開けられ、歯に死骸が当たった時、キリカからは聞いた事の無い汚い悲鳴が上がった。

涙が浮かび、東條と視線が合う。クラスには笑い声。この異常な状態に気づいている者もいるにはいるが、中には本気で楽しんでいる者もいた。

彼らにとってこの光景は、お笑い芸人がアツアツのおでんを食べている光景となんらかわりない。

 

 

「やっぱりイヤなんじゃない呉さん。東條君がいいんだよね」

 

 

ファーストキスは随分とアッサリしたものだった。

結局キリカの抵抗はむなしく、東條とキリカは無理やり唇を押し当てられた。

抵抗しようとしたからか、なかばぶつかる形で唇が触れ合ったため、鈍い痛みが口の周りに広がる。

歯がぶつかり、口の中が切れたのか、血の味が広がる。

それに混じって虫の死骸が放つ生臭い匂いが広がった。

 

 

「うッ!」

 

 

歓声の中で、キリカは口を押さえて教室を出て行った。

嘔吐しにいったのだろう。一方東條は冷静だった。

ゆっくりと唇を拭うと、先ほどまでキリカの唇についていた、ゴキブリの脚が見えた。

 

東條は周りを見る。

生贄の対象が二人になった事で、彼らも焦っているのだろう。

より大きな力を示さなければ階級支配の構図が崩れる。

少しでもピラミッドの上に立とうとする為、より弱者を強く虐げるのだ。

 

 

すると、また騒ぎ声が聞こえる。

 

 

「ほいしょー!」

 

 

明るいノリで流げられたのはキリカのカバンの中身だった。

まだある。男子の1グループが東條のカバンの中身も外に放り投げた。

母が作ってくれた弁当が地面に落ちたのを見て、東條は初めて人を殴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいか? 喧嘩になったのは東條も悪いとは言え、多人数で殴るなんて卑怯だぞ! ちゃんと話し合って、それで問題は解決しろよ!」

 

 

教師の注意はコレで終わった。

喧嘩とクラスメイトは口をそろえて説明を言ったが、東條の拳が届いたのははじめの一発だけである。

 

後は全て東條が殴られた。キリカはただうつむいて、涙目で唇を擦っているだけだった。

ちなみに、キスをした際の写真は撮影されており、東條とキリカ以外が所属しているグループSNSのサムネ画像として採用されたらしい。

 

尤も、そんな事は東條にとってはどうでも良かった。

キリカはどうだろう? 帰り際、またロッカーに入っていたゴミを取り除いている彼女がいたから、軽く声をかけてみた。

 

 

「ごめん、呉さん」

 

「あ、――ァ」

 

 

キリカはどうしていいか分からないと言った様子で、困ったように東條を見ている。

しかしどうしてもあの記憶を思い出してしまうのか、苦しそうに唇を拭っていた。

もう洗って、きれいな筈なのに、感触が残っているのだろうか。

 

可哀想に。東條はキリカの隣を通り抜けて、帰っていった。

しかし今日は真っ直ぐ家に帰る気にはなれなかった。服が汚れている、顔も腫れている。

今日は父親は家に帰ってこないが、母親が家にいる日だ。

どう説明すればいいのだろうか、なんと言えばいいのだろうか。

素直に起こった事を説明してもいいのだが、そうすると母親はきっと心配するだろう。

 

余計な心配はかけさせたくない。

だってそうだろう? もしも『あの子』より悪い子なら、母はきっと東條を見捨てる。

だから、いい子でなくてはいけない。いけない。いけないんだ。

 

ああ、今にして思えば、どうしてキリカの味方をしてしまったのだろうか。

こうなる事は想像に難しくなかったのに。

分からない。東條は近くの公園に寄ると、ベンチに座って深くため息をつく。

しかしどうしても、あの薔薇の匂いに耐えられなかった。

気持ち悪いのは、耐えられない。

 

 

「どう説明すれば、いいんだろう」

 

 

公園のベンチに座って、ただジッと、東條は夕日を見ていた。

赤い、綺麗だ。全てを忘れられそうな気がして、東條は手を伸ばした。

 

 

「ねえ、なにしてるの?」

 

 

そんな事をしていたから、話しかけられたのだろう。

小さな、小さな、男の子だった。

 

 

「夕日、掴もうと思って、たぶん」

 

「掴めるの?」

 

「無理、じゃないかな? 分からない」

 

「ふぅん。おかお、はれてる」

 

「うん、ちょっと、喧嘩したのかな。駄目だよ君は、乱暴なんてしちゃ。喧嘩なんて悪い人のする事だから」

 

「?」

 

 

男の子は、東條の隣に座った。

 

 

「もう暗いよ。キミ、帰らないと……、小さいし」

 

「うん、おかあさんが、むかえに、くるよ」

 

「そう、そうなんだ。ふぅん、へー、お母さんが、ふぅん」

 

 

僅かな間があった。

 

 

「ねえ、キミのお母さんって、優しい?」

 

「うん。おこると、こわいけど」

 

「そうなんだ。僕はね、怒られたこと無いよ、凄いでしょ」

 

「ううん。そんなことないよ」

 

「え?」

 

「だってね、ぼくのおかあさん、いってたよ? おこるのは、ぼくをあいしてるから、なんだって」

 

「え? え?」

 

「おにいちゃんは、あいされて、ないんだね!」

 

 

汗が、東條の額を伝う。

 

 

「そ、そそ、そんな事ないんじゃないかな!! だって、ちゃんとしてたら怒られないだろ! 良い子にしてたら怒られないよねぇ!」

 

「でも、おにいちゃん、けんかは、わるいひとがすることだって」

 

「ッ!」

 

 

引きつった笑みを浮かべ、東條は停止する。

 

 

「あ、おかあさんだ」

 

 

男の子は手を振っている母親を見つけると、そのまま走り去った。

赤い世界に、ただ一人、東條だけが虚しく取り残されていた。

ひぐらしの声が聴こえた。首輪をつけた猫が、子猫とじゃれ合っているのが見えた。

 

 

「………」

 

 

ひぐらしの声がまた、聞こえた。

その音に混じって携帯の音が聞こえた。メールを開くと、母からのメッセージが表示される。

簡単に言えば、それは用事が入ったから、今日は一人でいてくれと言う内容だった。

お金を置いておくから、夕食は出前でもとってほしいとの事だった。

 

 

「……かな」

 

 

カナカナカナカナカナカナカナカナカナ。

ひぐらしの真似をしながら、東條は監視アプリを起動させ、母の携帯を探った。

一つ、メールを見つけた。

 

 

「カナカナカナカナカナ」

 

 

今すぐ会いたいらしい。

母も会いたいらしい。

終わったら、三人でご飯。

 

 

「………」

 

 

携帯をしまうと、東條は手を伸ばした。

 

夕日が、掴めた。

 

 

「………」

 

 

理由があったとか、無かったとか、それは、分からない。

ただリアルがそこにあるのなら、それは答えだろう。触れたのは、柔らかな体。

理由は、分からない。ただ気づけば、手に持っていた木の棒を子猫に突き刺していた。

一回、二回、広がる紅。もう、子猫は動かない。

今は、眼球に木の棒が突き刺さっており、腹をカッターで開かれて転がっていた。子猫はメスだった。

 

 

「メスの体って、こうなってるんだ。ちんちんがない……」

 

 

赤かった。東條は、無表情だった。

 

 

「きれいだな」

 

 

もう木の棒は使えないから、母猫は石で殴った。

今はたぶん、呼吸はしてるけど、もうすぐ、動かなくなる。

 

 

「キミの血は、赤いんだね。カナカナカナカナ……」

 

 

ふと、涙が零れそうになった。

かわいそうに。ああ、かわいそうに。きっと母猫は悲しんでいる。

子猫が殺され、自分ももうすぐ死ぬんだから。それを思った時、東條に慈愛の心が生まれた。

 

 

「かわいそうに。本当に、かわいそうに」

 

 

東條は血を流している母猫を抱き上げると、優しく、それは優しく抱きしめた。

神よ、天使よ、どうか、どうか、この猫達を、優しく導きたまえ。天国へ誘いたまえ。

僕はそれを望んでいる。どうか、叶えたまえ。どうか全ての苦痛を忘れ、安らかに眠りたまえ。

 

僕の、願いだ。

 

 

「あたたかい。なんて優しいんだ」

 

 

猫は、死んだ。

東條は、勃起していた。

 

 

「あ」

 

 

かつてない、幸福があった。

そうか、そう言う事だったのか、なんて優しいんだ。

 

 

「これが、愛?」

 

 

嬉しかった。

東條は笑みを浮かべて帰っていった。

 

 

 

翌日、東條は学校に到着するやいなや、教師に呼び出され、生活指導の体育教師に頬を叩かれた。

意味が分からなかったが、どうやらクラスメイトに公園での行動を見られていたらしい。

猫には首輪があった。つまり飼い主がいたと言うわけだ。

しかし飼い主のおばあさんは独り身で、自身も最近体調が優れないらしい。

正直、このままでは面倒を見切れる自身が無かったし、なにより東條の未来を想い、大事にはしたくないと学校に言ってきたらしい。

 

 

「なら良いじゃないですか」

 

 

もう一発殴られた。

 

 

「あの人はな、泣いてたんだぞ。お前には心が無いのか!」

 

「………」

 

 

なら良いじゃないですか。

泣いたら何か変わるのか。泣いたら何かが許されるのか。

東條は本気で意味が分からなかった。

何故、責められる? あの猫は苦痛を感じて死んだかもしれないが、最後は愛を抱いて死んだのだ。

 

 

愛は、全てを、救うのに。

 

 

「先生ね、あの猫ちゃん、知ってたの。ミルクもたまにあげてて……」

 

 

教師の一人が声を震わせて泣いていた。

 

 

「勝手に餌をあげちゃいけないんだもんな」

 

「え?」

 

「あの猫。良い匂いがしました。愛されてたんだ。あったかい。僕が冷たくしちゃったけど。お腹に鼻を当てたらね、血のにおいがしたんです。あれが死の匂いなのかな。なんだか僕にはよく分からなくて」

 

 

怒鳴られた。先生の中には引きつった表情を浮かべている者もいた。

だがいずれにせよ、皆が何を言っているのかは、東條には分からなかった。

結局、飼い主のおばあさんの強い要望により、東條は大量の反省文を書かされるだけで済んだ。

二度とやら無い事を誓う文を東條は無心で書き、許される。

いや、しかし、小さな国家は許してくれなかったようだ。

 

 

『猫殺し』『鬼畜』『ゴミ野郎』

 

 

机の上に書かれる言葉が変わったのは当然だろう。

そう言えば、このクラスの誰かに目撃されていたのだから。

東條は猫と同じ気持ちを味合わされると言う名の下でリンチを受けた。

暴力と言うアイデンティティの確立は正義。大義名分の下により強く加速していく。

 

東條は悪。悪は裁かれるべきだ。最下層に落ちるべきだ。誰もが東條を言葉で責め、暴力で攻めた。

教師も東條のやった事は人間として許されない事にあると想ったのか、そのリンチを喧嘩と言う事で処分し、ある種黙認を貫いた。

 

キリカとは――、目すら合わなかった。

しかしそれでいい。東條が対象となる事で、キリカは多少いじめから免れたのだから。

 

そう、これで良かった。

頭を踏まれながらも、東條は心の中で笑みを浮かべる。

もちろん殴られる事や持ち物をグチャグチャにされる事は不愉快だ。

だが、しかし。

 

 

『だってね、ぼくのおかあさん、いってたよ? おこるのは、ぼくをあいしてるから、なんだって』

 

 

なんて、ああ、待ち遠しい。

お母さん、お父さん、パパ、ママ、僕は命を奪ってしまった。

これはきっと悪い事なんでしょう。ならば、怒ってください。叱ってください。

どうか、僕に、愛を、与えてくれれば、きっと、僕は、それで、いいのかなって。

 

 

「………」

 

『お前も色々あると思う。お父さんは今日は出張だから、帰れない。今度先生には謝っておくから。お前は何も心配するな』

 

 

父。

 

 

『悟ちゃんは優しいから、誰かお友達を庇ったのよね。ママ、あなたの事ならなんでも分かるからね。先生にはママがちゃんと説明しておくから、悟ちゃんは何も心配しなくていいからね』

 

 

母。

 

 

「今日はもう帰りなさい。ちゃんと反省もしてるし、あんまり気にするな。分かるよ、お前達は受験とか勉強とか、いろいろあるもんな」

 

 

教師。

 

 

「………」

 

 

雨。

 

 

「………」

 

 

 

 

「………」

 

 

傘も、靴も、無かった。

 

 

「………」

 

 

雨。

内履きのまま、東條はトボトボと帰路についていた。

防水の携帯は父からのプレゼント。

 

 

『ねえ、今日のお寿司デート楽しみだね!』

 

 

父の愛人。

ブランドもののバッグ、ありがとうだって。

 

 

『今日は――の誕生日だから。一緒にレストランに――』

 

 

母の愛人の子は、今日が誕生日なのか。

母の事を、ママと呼んでいるらしい。

 

 

「………」

 

 

雨。

 

雨。

 

雨。

 

雨、雨、雨雨、雨雨雨雨、雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨涙雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨……。

 

 

「あぁあぁあぁあぁぁぁぁぁあ」

 

 

雨音が、泣き声を吸い込んでいく。

もう、分かっていた。母も父も、お互いを愛していない。

ならばその半身も愛を捧ぐには、少し不十分だ。

かろうじて自分の血が混じっている。その最後の壁があるから、まだ偽りの家族を続けられる。

しかしきっとそれも、壊れる時は一瞬なんだろう。

 

いや、違う。

結局この世は全てが幻想と虚構に違いない。

あの殺した猫だって、もう死んでいたと考える事もできる。

 

結局、この世の全ては空なんだ。

 

空の感情、空の愛、空の優しさ、空の日々。

なにもない、中身なんて無い。いや、ただ、中身が透けている脆い虚構だ。

X線の世界。全てが白黒、全てが骨組み。見える、見えるよ、だって、全て嘘なんだもの。

心も、家族も、愛も、理性も、全て、全てが、嘘。

僕の心臓もきっと、嘘なのかもしれない。

もしかしたらこの苦しみさえも……。

 

 

「―――」

 

 

泣き声が止まる。

雨が急に止んだのが信じられなくて、東條は、顔を上げた。

すると雨が見える。しかし東條の世界には雨が無い。これは何故?

 

 

「あ、呉さん」

 

「あ、あ、あ」

 

 

振り返ると、傘を差し出すキリカが見えた。

 

 

「……どうしてココにいるんだろう?」

 

「つ、ついて、来た」

 

「ずっと?」

 

 

コクコクと頷く。

 

 

「なんで。なんでなの?」

 

「……だって、濡れる、から」

 

 

つまり、キリカは見ていた。

クラスメイトが東條の傘を持って帰るのを。

だから付いてきた、だから傘を差し出してる。

 

 

「あ、あ、あ、あの――」

 

 

どもるキリカは会話が遅く、多くの人は不快感を抱くだろう。

しかし東條は、それが心地よかった。鈍い世界は、焦らなくていい。

雨で張り付いたシャツ、既にキリカは東條と同じくらい塗れていた。

濡れた髪、唇、濡れてすけたシャツの向こうで、下着が見えた。

しかし、東條には何も見えなかった。心は何も、動かない。

 

 

「あの、ね、猫を殺すのは――、駄目」

 

「……なんで」

 

「え?」

 

「なんで、殺しちゃ駄目なの?」

 

「だ、駄目だから……」

 

「あ、そう」

 

「で、でも」

 

「?」

 

「でも――ッ、とッ、東條くんが、私を助けてくれた時、あの、すごく、嬉しかった」

 

「え?」

 

 

キリカは覚えている。

下駄箱の掃除を手伝ってくれたこと。覚えているんだ。

 

 

「呉さん?」

 

「こ、こんな事っ、い、言えた義理じゃないけど」

 

 

キリカは分からなかった。慰め、励まし、全てが理解できない。

けれどそれを形にしたかった。だから最大限の知識を振り絞り、東條の頭を撫でた。

 

 

「元気、出して」

 

「―――」

 

 

東條は目を見開いた。

思わず膝をつく。

 

 

「え?」

 

 

戸惑うキリカ。しかしそれは東條も同じだった。

震える瞳。震える唇。言葉が詰まる。東條の体に電流が走った。

かつてない感覚だった。体の中が爆発しそうな感覚に、思わず表情を歪める。

それは信じられないと言う気持ち。

キリカは東條『なんか』を追いかけて、東條なんかの為に濡れて、東條なんかに傘を差し出した。

 

そ、それだけじゃないのだ。

それだけならまだしも、まだ、まだくれるのだ。

東條が一番欲しかった言葉を、キリカは今、具現してくれたのだ。

東條が喉から手が出るほどに求めた『何か』を、キリカは今、示してくれると言うのだろうか。

キリカの目を見た。キリカの髪を見た。キリカの声がまだ耳に張り付いている。

 

 

「あッ」

 

 

痛みを感じた。

どこ? どこに? それは――。

 

 

「く、くッ、呉さんッ!!」

 

「え!? え? えッ!? え!」

 

 

無意識だった。気づけば東條はキリカに飛びついていた。

腰に手を回し、強く抱きしめる形になった。ヘソの方に頬をつける体勢となり、キリカは思わず顔を赤く染める。

 

 

「ちょ、ちょ! ちょっと!」

 

「く、く、くくく呉さんッ! ぼ、ぼぼ僕は今」

 

「え?」

 

「僕は今ッ! か、かつて無いほどに興奮してる!」

 

「え? えぇ?」

 

 

東條は立ち上がろうとして断念。

中腰になり、再びキリカに手を回す。

 

 

「く、呉さんはッ、ぼ、僕の欲しいもの、くれそう!」

 

「ほ、ほしい――、もの?」

 

「変な事言うけど、あの、引かないで聞いて欲しいんだけど、僕、今、勃起()ってる。キミを見て、興奮して、キミに惹きつけられてる!」

 

「えっ、え? え!?」

 

「僕ッ、ずっとEDで、起たなくて! でも呉さんを見ただけで、今、こんな――、痛ッ!」

 

「ッ」

 

「しゃ、射精――ッ、したことないんだ!!」

 

 

抱きしめる力が強くなる。

凄い。東條は感動していた。今はもう二人、雨に濡れて寒いのに、冷たいのに、触れ合った面だけは熱をもっていたんだから。

 

 

「お、お願い! 呉さん、ぼ、ぼぼ僕とキスしてほしい! 僕とせ、セックスして、童貞を貰ってほし――」

 

 

頬に衝撃が走った。

仰向けに倒れる東條が見たのは、引きつった表情で、ゴミを見る様な目をしているキリカだった。

 

 

「き、キモ――ッ」

 

「ま、待って呉さん! 違う、違うんだよ!」

 

 

キリカは何も言わず、東條から逃げる様に走り出した。

東條は涙目になり、キリカに手を伸ばす。しかしキリカは止まらない。周りには何も無い、誰も無い、ただキリカが残した傘だけが転がっていた。

 

東條は悲鳴に似た呻き声を上げながら傘に手を伸ばす。

鼻を押し当てると、キリカの匂いが少しだけする気がした。

それだけで、東條はかつて無いほどに勃起していた。

 

周りに誰もいなくて良かった。

傘で隠れているから良かった。東條は耐えられず、その場で自慰を始める。

 

しかし、絶頂()けなかった。

こんなにも興奮しているのに、叩かれた事も快楽に変わっているのに。

かつてないほど勃起してるのに、どれだけ触っても、どれだけ動かしても逆に萎えていく。

なんで、なんで、なんで、なんで、なんで。

 

東條は気づけば涙を流していた。

雨に流される雫。雨に溶けていく雫。土砂降りの中、すすり泣きながら東條は自分の性器を掴んでいた。きっと人から見ればさぞ間抜けな姿なのだろう。さぞ嫌悪される姿なのだろう。

多くの人が指を刺してイカれてると叫ぶ。

しかし今日、この日、東條は世界で一番不幸な男だった。

 

 

 

 

 

 

翌日、キリカは駅のホームでX達に話しかけられた。

ゾッとしたが、今日はいつもと様子が違っていた。Xはキリカを仲間にしたいと言ってきたのだ。

 

 

「東條って本当にヤバイ奴じゃん。今こそわたし達クラスが力を合わせて、あの殺人鬼を倒すのよ」

 

 

Xは今までも本当はキリカに酷い事をしたくはなかったと言った。

ただクラスの言い様の無い空気に流されていただけだと。

 

 

「今まで本当にごめんね。許してくれる」

 

 

キリカは頷いた。たくさん頷いた。

Xと、仲良しになった。

 

 

「ねえ、呉さん。呉さんっていつもあの人見てるよね」

 

 

Xが指差した先には美国織莉子が立っていた。

 

 

「あの制服、白女のだよね。凄い、お嬢様学校。友達?」

 

「う、ううん。で、でも、友達になりたい」

 

「へぇ、名前知ってるの?」

 

「み、美国、お、織莉子さん」

 

「美国織莉子って――、あの? あ、そっか、じゃあアドバイスしてあげる」

 

 

Xのアドバイスはキリカにとっては勉強になるものだった。

だてに友達が多いわけじゃないのか。キリカは少し戸惑ったが、いい機会だと、勇気を振り絞り織莉子に話しかけた。

ずっとできなかった事だが、すんなりと声をかけられたのは、きっと東條のせいに違いない。

 

キリカは恐れたのだ。心に東條が入ってくることを。

東條には申し訳ないが、彼はいらない。だってキリカの心を満たすのは織莉子だもの。

織莉子と仲良くできれば、キリカはそれで良かった。

 

東條は要らない。

東條は気持ち悪い。

心が犯される感覚。一刻も早く排除したいから、キリカは織莉子に話しかけた。

仲良くなりたいから、Xのアドバイスを使った。

 

 

・織莉子のお父さんは悪い人だから、徹底的に批難して。そうすれば織莉子も気が楽になる。

 

・織莉子の母を否定して。犯罪者の妻なんだから、きっと馬鹿に決まってる。織莉子も母が嫌いだったにちがいない。

 

・織莉子の事、知ってるなら何でも話して。

 

 

「え?」

 

 

キリカは信じられなかった。

 

 

織莉子に、叩かれた。

あれだけ妄想したのに、目の前にいる織莉子は鬼のような表情だった。

違う、違うよ、私はコンビニで貴女に助けられた――。

 

 

「貴女誰? コンビニ? 覚えて無いわ。あなたストーカーか何か? 近寄らないで」

 

 

織莉子はいなくなった。

キリカが振り向くと、X達は大笑いしていた。

 

ああ、そうか、また私は騙されたんだ。

なにが馬鹿共よ。結局一番馬鹿だったのは……。

 

キリカは気づいてしまった。

だから涙を流し、鼻水をたらしながら踵を返した。

どこでもいい、とにかく消えてしまいたかった。死にたかった。さようなら、死にたかった。

今日この日、キリカは世界で一番可哀想な女になった。

 

 

 

 

キリカは泣いた。

泣いて泣いて泣いて、泣きじゃくった。

しゃくりあげ、鼻水をたらし、声がかすれる程、大きな声を出して泣いた。

路地裏にへたり込んだ自分を、通過する人は気味悪そうに見ている。

どうでもいい、どうでも良かった。

いじめも、勉強も、苦痛も、全ても、果てに彼女がいると理解していたから耐えられた。

 

いつか織莉子と友達になれる事を夢見ていた。

優しい彼女と友達になれる事を信じれば、キリカはキリカでいる事ができた。

どんな事をされても、どんなに酷い目にあっても、織莉子がいてくれればそれで良かった。

 

だって、織莉子は、希望だったもの。

織莉子が好きだった。織莉子の事を考えるだけで違う世界に行けた気がした。

なのに、待って、いかないで、織莉子。置いていかないで。

違う、違うの、私は、あなたが、好きなのに。

やめて、イヤだ、おねがい、まって、いかないで。

 

ああ、消えていく。

シャボン玉みたいに簡単に消えていく。

さようなら、私のエルドラド。さようなら、織莉子。

 

私は、馬鹿、屑、間抜け、ノロマ。

さようなら、織莉子。あなたを愛していました。

 

 

「………」

 

 

涙が、枯れた。

 

 

「死のう」

 

 

希望が無いから。死にましょう。

 

 

「………」

 

 

アイデンティティよ、どこに行くの?

 

 

『え? なに? なにッ! う、うそ! きゃ、ギャァァア!』

 

「……違うな」

 

『ギャアアア! お、俺の腕がァアァア!』

 

「違うな」

 

『目が――ッ、取れッ! ひぃぃい!! ま、待って! ちょっとタンマッッ!』

 

「違うよ」

 

『なんか零れてる! 私ッ、なんか零れてる!!』

 

 

――殺してやる。

 

 

「アイツ、私を、よくも――ッ」

 

『お、お願い助けて! ヤ゛ァァァアア!!』

 

 

キリカの中にかつてない殺意が芽生えた。

もう嫌だ。もう沢山だ。全て終わりにしてやる。キリカは歯を食いしばり、虚空を睨んだ。Xも、その仲間も全員殺してやる。

 

 

『がッ! ギッ! びぃぃッ!』

 

『ゴポォ、グエェェエァァ』

 

 

殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。

死ね、シネ、しねしねしねしねしねしねしねしねしね。

キリカは走った。笑みを浮かべ、その手にはボールペン。

 

大丈夫、私はやれる。大丈夫、大丈夫、私ならできる。

キリカは殺意を目に宿してただひたすらに走った。彼女を突き動かすのは美しい純粋な殺意。

大丈夫、ボールペンを目に突き刺すか、喉に突き刺す。それできっと殺せる。

 

殺す、殺してやる。

キリカは滲む涙を拭いながら走った。

織莉子に嫌われた、もうどうでもいい、全てがどうでも良くなった。

 

殺して――、どうしよう? 決めた、死のう。

生きてる意味がない。心が乾いていく。キミがいなけりゃ生きてる価値も無い。

でも、そのまえに、殺そう。あいつ、アイツ等、全員殺してやる。

 

ただ前を見て、ただ殺意を胸に宿して、そしたらキリカは学校についた。

なんだかザワザワしている。人が並のように駆けている。みんな醜く表情を歪ませて走ってる。どうでもいい、邪魔だ、どけ、殺すぞ。

キリカは掻き分ける。掻き分けて前を目指す。そして人が消えていく。

静かになった廊下にはキリカの荒い息だけが響いていた。

そして、教室。

 

 

「―――」

 

 

教室を開いたら、キリカの脳と殺意が弾けた。

パチン、ふわふわ、消えていく殺意。

あれ、ここ、どこ?

 

 

「赤」

 

 

窓に張り付く赤、床に張り付く赤、天井に張り付く赤、全部赤。

どうだろう? 赤なのかな、もしかしたらコレ、赤黒いのかも。キリカは下を見る。

すると転がるクラスメイトたち。お腹から小腸をぶら下げてる子とか、自分の肝臓を持ってる子とか、首が千切れた子とか、腕が無い子とか、いっぱい。

そして、その向こうに、赤に塗れた鎧があった。

 

 

「だれ?」

 

「あ、おはよう、呉さん」

 

 

振り返った鎧、騎士、血に塗れた体。

肩にあった臓器だとか黄色い脂肪を振り払い、騎士はキリカに挨拶を行う。

 

 

「猫」

 

「ううん。虎らしいよ。僕は、タイガ」

 

 

デストクローを死体から引き抜いたタイガは少し自慢げに語った。

 

 

「あ、あの、これ」

 

「うん?」

 

 

タイガが体をどかすと、そこには解体された一つの死体があった。

もはやそれが誰かは分からない。全身の皮が剥がれており、むしろそれが人だと理解するのに少し時間が掛かった。

耳や指が辺りには散らかっており、首と思われる部分には腸が巻きついていた。

頭では脳と眼球がむき出しになっており、歯の一部があたりに散らばっていた。

 

 

「こ、殺してから、開いたんだ……。たしか」

 

 

他人事のようにタイガは語る。照れている様に、嬉しそうに。

キリカはそれがXだと言う事がすぐに理解できた。

なぜなら、学校に来る間、ひたすらに妄想したからだ。

X。お前が、そうなる事を。

 

 

「なんでこんな事、したの?」

 

 

血の海を歩く。

血液に自分が反射してる気がして、キリカは綺麗だなと思った。

血でできた、ウユニ塩湖。

 

 

「こいつ等は、キミを傷つけた。今日だって、キミの事、あんなに泣かせて。許せない」

 

「だから、殺してくれたの?」

 

「うん。でももっと苦しめれば良かった。刺したらすぐ死んじゃったんだ。ゴポゴポ言って」

 

「なんで? なんでなの? ねえ、なんで? なんで、私のためなの」

 

「それは、あの、決まってる――、んじゃ、ないかな」

 

「なに」

 

「僕は、たぶん、いやきっと、確実に――」

 

 

デストクローを解除する。

鏡が砕け散る音の後に、タイガの言葉がキリカの耳を貫いた。

 

 

「キミを愛してる。君を守りたいから」

 

 

気づけばキリカは走っていた。

クラスメイト達の死体を蹴り、教師の死体を踏み越え、タイガの前にやってきた。

持っていたボールペンをむき出しの脳みそに突き刺すと、そしてただ強く、強く、タイガを抱きしめる。

 

 

「あ、あ、汚れちゃう」

 

「いいよ。いいの。ねえ、東條くん」

 

「え? なに?」

 

「私も、好き」

 

 

血まみれの仮面だったが、キリカは構わず仮面の口元に自身の唇を押し当てる。

感触は分からない。体温は分からない。ただそれでも良かった。

キリカはギュッと、強く、強く、血まみれのヒーローを抱きしめた。

 

 

「愛して、愛して、愛して、愛して、私を愛して」

 

「うん。愛してる。だからどうかキミも――」

 

 

その時、扉が開く音が聞こえた。

 

 

「う――ッ!」

 

 

マミとサキは何が起こっているのか理解できなかった。

死体の山――、ともいえるのだろうか? あるのはただ無数の肉と臓器。

こみ上げる吐き気にマミは動きを止めた。

 

 

「お前――ッッ!!」

 

 

サキは鞭を構える。

すると、キリカが小さな声で呟いた。

 

 

「逃げよう」

 

「うん」『フリーズベント』

 

 

瞬間、サキが伸ばした鞭がピタリと空中で動きを止めた。

その隙にタイガはキリカを抱え、窓の外に飛び出した。

 

 

「逃がすか!!」

 

 

サキは追おうとするが、死体の山を踏み越えなければ窓の向こうにはいけない。

死者を蹴り飛ばす事はできない。しかし、『コレ』らに触れるのはサキも人間として抵抗があった。

サキは歯を食いしばり、自身もまたこみ上げる吐き気に不快感を覚えていた。

 

タイガの走るスピードは速く、家まではあっと言う間についた。

途中なんども悲鳴を聞いたが、警察が来る前には振り切れたので、なにも問題は無い。

そして家の前で、タイガは変身を解除した。砕け散る破片の中で、キリカは東條の姿を見た。

 

 

「ココ、僕のお家」

 

「……大きいね」

 

「大きいだけ。何も無い。何も」

 

 

二人は東條の部屋にやって来る。

広い部屋だったし、玩具や本、テレビやゲームもあったが、東條はやはり何も無いと答えた。

 

 

「座っていいよ」

 

「でも、汚れる」

 

 

血まみれの鎧を脱ぎ捨てた為、東條は元のままだ。

しかしキリカは返り血を大量に浴び、さらに血まみれのタイガに抱きついたため、赤に染まっていた。

それでも東條は良いと答える。

 

 

「汚してほしい、キミの色にすれば、僕は嬉しいから」

 

「でもコレ、私の血じゃない」

 

「そ、そっか。そうかも。ど、どうしよう」

 

「………」

 

 

キリカは立ち上がると、制服のリボンを取って、ファスナーを開く。

目を見開いて固まる東條をよそに、キリカは上着を脱ぐと、そのままスカートに手をかけて下へ落とした。

東條は頬を赤くしてうずくまる。

目の前には、可愛らしいピンクの下着姿のキリカが立っていた。

 

 

「あ……、え、えと」

 

「あの、お風呂、貸してください」

 

 

キリカも少し恥ずかしそうにしながら、はっきりと口にした。

東條はしばらく固まったままだったが、その後は狂ったように頷いてタオルを取りに走った。

そして戻って来た東條からタオルを受け取り、キリカはシャワーを借りることに。体についた血を流して脱衣所に出ると、タオルに手を伸ばす。

 

 

「………」

 

 

タオルに顔をうずめると、東條の匂いがした。

 

 

「………」

 

 

深呼吸。深呼吸。深呼吸。深呼吸。

 

なぜか、涙が出てきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドライヤー借りたよ」

 

「うん」

 

「………」

 

 

部屋に戻ったキリカが見たのは、縮まる様に座り、背中を震わせている東條の姿だった。

ガタガタと震え、まるで、捨てられた子犬のような弱さが伝わってきた。すぐにでも死んでしまいそうな、弱い、弱い、あなた。

 

 

「怖いの?」

 

「分からない」

 

 

声が震えていた。東條は、泣いていた。

 

 

「人を殺す事は、いけない事なんだ」

 

「アレ、なんなの?」

 

「あの日、薔薇を捨てたとき、鏡の中に、デストワイルダーが見えた」

 

「それはなに?」

 

「たぶん、僕が殺した、子猫の亡霊なんだ。でも、それが、僕がタイガになる条件だった」

 

「タイガ、あの鎧の名前?」

 

「そう。ジュゥべえが教えてくれた。いつか、僕に必要になるって」

 

「今までは、どうして――、タイガを使わなかったの?」

 

「僕は、空だから、何も無いから、何も、なくていいから」

 

 

この部屋も空、この家も空、この心も、空の筈だった。

 

 

「分からない。僕は正しかったのか、間違っていたのか」

 

 

この身を今、包み込んでいるものはなんなんだろう。

後悔なのか、勇気なのか、それとももっと大きな物なのか。もっと汚い物なのか……。

東條には、分からない。すすり泣く声。だからだろう、キリカはまた走った。

そして東條の背中を包み込む様に抱きしめる。

 

 

「キミは、間違ってない」

 

「え?」

 

「だ、だって、私は――、そんなキミに助けられた。そんなキミに救われたんだもん」

 

「キリ――」

 

 

振り返った東條はまた固まる。

キリカはバスタオルを体に巻いているだけだった。

それは一瞬だった。学校の時と同じ。キリカは自分の唇を東條に押し当てていた。

 

時間が止まる。どれだけ固まっていただろう。

キスのやり方なんて分からないから、ただ唇を押し当てているだけだった。

しかし、それで良かった。

 

 

「ねえ、どうしたいの? 何がしたいの?」

 

 

ゆっくりと唇を離し、キリカは問いかける。

東條は顔を赤くして下を見た。欲望の象徴が主張している。

なぜだか、泣けてくる。涙を滲ませながら、東條は懇願した。

 

 

「せ、せせせ、せ、セックスがしたい。キミは、僕が勃起した始めての女性だから!」

 

 

実に気持ちの悪い言葉だ。最高に気持ちが悪い言葉だ。

しかし、だが、それでも、キリカには気持ち良い言葉だった。

 

 

「いいよ、しよ」

 

「え? え? えぇ?」

 

「なに?」

 

「い、いいの?」

 

「うん。いいよ」

 

「ほんとに?」

 

「うん」

 

「嘘ついてるんじゃないの?」

 

「つかないよ」

 

「本当はイヤなんでしょ。む、無理しなくても――」

 

「無理なんてしてないよ」

 

「ほ、ほんとの本当に良いの?」

 

「もう、しつこいなぁ」

 

 

キリカは立ち上がると、バスタオルを取った。

シュルリと肌を滑り床の上に落ちるタオル。東條は慌てて後ろを向いて、俯く。

するとまたキリカに抱きしめられた。

 

 

「もう、愛する人がいなくなったの」

 

「え?」

 

「頭の中から消えていく。いかないでって叫んでも、駄目だった」

 

 

さようなら、織莉子。

私は本当に貴女と仲良くしたかっただけ。

 

ごめんなさい、織莉子。

私はただ、貴女に振り向いてほしかっただけ。

 

ありがとう、織莉子。

貴女が優しくしてくれたから、私は希望を持てました。

 

ばいばい、織莉子。

私の事は、どうか忘れてください。

 

 

「空になるのは、怖いよね」

 

「……うん」

 

「私も、イヤ。でも貴方がいたから、たぶん……、大丈夫」

 

 

東條だってそうじゃないのか。

誰でも良かった。条件を満たしてくれる人がいれば、たとえそれが誰だって良かったんだ。

でも結果としてはもう、その人でしかないと駄目になる。

 

 

「空になりきれないから、あなたを愛するしかない」

 

「……イヤだったら、帰ってもいいけれど」

 

「ううん。イヤじゃないからココにいる。貴方なら、きっと愛せると思うから」

 

 

いや、違う。

 

 

「もう、愛してる」

 

 

東條はゆっくりと振り返る。

怖い。怖い。怖い。それはキリカも同じだ。

 

 

「呉さん、怖い」

 

「うん。心をさらけ出すのは、怖いよね」

 

「違う。僕はもう――、傷つきたくないだけなんだ……」

 

「大丈夫。大丈夫」

 

 

キリカは東條の頭を撫でる。

そして、服を脱ぐように促した。

このままじゃ皮膚は冷えたままだ。重ねなければ、感情は動かない。

 

 

「傷つけないから」

 

 

キリカは東條の手を握った。

 

 

「傷つけないで」

 

 

東條はゆっくりと頷いた。

震える二人は、ベッドの上に倒れこんだ。

 

 

「電気は、あの、消した方がいいのかな?」

 

 

今日は天気が良い。

日差しがカーテンの隙間から差し込んで、部屋を明るく照らしている。

 

 

「どっちでもいいよ」

 

 

意味は、なさそうだから。

 

 

「私がお願いするのは二つだけ」

 

 

一つは絶対にゴムはしない。もうひとつは――……。

 

 

「キスから、はじめて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お互い、おぼろげな知識しか無いから、今自分達がやっている行為が正解なのかは分からなかった。

だが、それでも良かった。大切なのは交わる事――、ではなく、交わろうとする事だ。

性器を性器に入れるなど、ただの過程でしかない。そんなものはどうでも良い。

欲しいのはただ、証明だった。

 

行為は性の極地。つまり、行き着く最終結論。

最後の答えが証明するのは、そこに愛があるからではないのか。

もちろん時代が進むなかで、性行為と言うものはある種の趣向品と言うべきなのか。

もっと突き詰めればエンターテイメントにまで昇華している。

さらに過去を辿れば、ただの子孫繁栄と言う生命のプログラムが1システムでしかない。

 

しかし分かっていた。東條も、キリカも。

いや、お互いに分かっていたからこそ、意味を理解できているからこそ、今こうしてベッドの上で一つになっているのだ。

 

つまりそれは人を傷つけるよりも何倍も意味のあるアイデンティティの確立。

自分が生きる意味の証明、自分の価値の証明。路傍に生えている名も無い雑草ではなく、求められ、望まれ、迎え入れえられる花々であると言う事の証明。

 

時間を示せない時計に価値はない。

しかし誰かがその時計を価値あるものだと口にすれば、その時計はその人にとって、本当の意味のある物に代わる。

 

空は一に。そこに『在る』ものに代わるのだ。

だから、今、東條の部屋は空などではなかった。

この部屋はO(ゼロ)ではない、生まれるI(アイ)があるからだ。

 

 

「呉さん……」

 

「ん――ッ、なに?」

 

「あの、いい、かな?」

 

「いいよ」

 

 

受け入れる愛に、東條は目を滲ませた。

そして確信する。絶頂()ける。初めての射精ができると、東條は心から歓喜した。

 

 

「ッ」

 

 

だが、どれだけ腰を動かそうとも最後の砦なかなか崩れない。

そうか、まだ恐れているのか。これだけ優しさを示されて、まだ、僕は。

東條は自己嫌悪に表情を歪ませる。しかしその時、キリカが東條の頬に優しく触れた。

 

 

「好き」

 

 

たった一言。

 

たった一言だ。

 

しかしそれで東條の心は、体は、大きく震えた。

怖い、怖いが、優しい、怖いが、嬉しい。ああ、嬉しい、嬉しい、嬉しい。

 

大丈夫だ。キリカならきっと大丈夫。

なんだかそれがとても嬉しくて、優しくて、東條の中にとても大きな物がこみ上げてくる。

気づけば、叫んでいた。

 

 

「ま、ママーッ! パパァァァーッ!!」

 

「………」

 

 

甲高い声が響く。

もう、止まらなかった。

これは、たぶん、復讐なんだろう。

 

 

「ママッ! パパッ! ママ! パパ! ママ、パパ、ママ、パパ、ママパパママパパ、ママァッ! パパァッ! んママっ、んパパっ、ママ! パパ!」

 

 

腰を振るたび、両親の名前が口から出てきた。

 

 

『クソきめぇ』

 

 

ジュゥべえは頭が痛くなった。

東條が変身したから感想を聞きに来たのはいいが、おっぱじめるモンだから部屋の外で待っていようと思った。

思ったはいいが――、つくづく思う。アイツ等なにやってんだ?

 

 

『にんげん、こわい』

 

 

擬似的な感情ではあるが、全く理解できないものに触れてジュゥべえは逃げる様に部屋を離れていった。

 

 

『ゲロゲロ』

 

 

一方で東條は相変わらず言葉を連呼するが、頬に衝撃を感じて動きを止めた。

 

 

「パ――ッッ!!」

 

 

乾いた音がした。キリカに頬を叩かれたのだ。

動きを止めた東條はハッとして、直後申し訳なさそうな顔を浮べた。

当然だと言わんばかりにキリカは体を起すと、繋がったままで向かい合い、座る姿勢になる。

そしてキリカは唇で、東條の唇を塞いだ。

 

 

「むぐっ」

 

「……バカ」

 

 

しばらくして唇を離すキリカ。怒っているのか、目が据わっている。

 

 

「私は呉キリカ。私だけを、見て。東條悟」

 

 

そこで二人はハッと顔を見合わせた。

そうか、そうか、そういう事か、そういう事だったのか。

ああ、なんて、ああ、それは、つまり、ああ、そうか、なんて事だ。そういう事だったんだ。

二人は、同時に悟った。全ての真実に至ったのだ。

だから、笑う。

 

 

「キリカ」

 

「悟」

 

 

東條は絶頂()せなかった。実はキリカも絶頂()けなかった。

しかしそれは、ああ、なんだ。そういう事だったのか。

 

 

「ごめん呉さん。僕っ、何も分かってなかった」

 

「いいよ。東條くん。だって、私もだもん」

 

 

理解が体を駆けた。

分かった。分かったんだ。全て薄っぺらい言葉だった。

全部ただのブーメランだった。

 

 

「はじめまして、東條くん」

 

「はじめまして、呉さん」

 

「キリカって呼んで」

 

「じゃあ、キリカ、僕は?」

 

「東條がいい。わたしの、キミのこの響きが好きだから」

 

「好きなんだ」

 

「うん。キミは?」

 

「好きだ。素敵な名前だよ。キリカ」

 

 

僕らは、はじめて出会った。

 

 

「嬉しい。嬉しい、好き、好き、東條、大好き」

 

「うん。僕も、キミが、好きだ」

 

 

そうか、そう言う事だったのか。

なんだ、簡単じゃないか。愛とは、双方の想いがあってこそ、初めて成り立つものだった。

どれだけ愛を口にしても、向こうが同じ量の愛を抱かなければそれは愛ではない。好意だ。

 

愛は、自慰じゃない。

人形遊びではない。キリカが東條を想い、東條がキリカを想う。

それが愛と言うものだ。

 

 

「こんなところにあったんだ」

 

 

初めての感覚だった。東條はキリカだった。キリカは東條だった。

究極のアガペー。慈愛の極地。僕がキミが僕で、私が貴方で、貴方は私で。

申し訳なさとかあったら駄目。後ろめたさとか感じたら違う。尊敬とかも少し違う。

だって、愛は同じだから。自分とあなた、あなたが自分。

 

そうか、そうだね、そうだよ。そうなのか、おかしいね、おかしいよ。

東條とキリカは指を絡ませあい、手を繋いだ。

そうしようとどちらかが言ったのではなく、そうなった。そうなるしかなかった。

 

だって、分かっていたんだもの。

それを、求めていたんだもの。偽りの愛が溢れている。

いや、それはもしかしたら本物なのかもしれないけど、今の二人はそれを『違う』と声を大にして言えた。

 

だって、本当の愛が、ココに、あったんだから。

あなたに、あえて、幸せ。

 

聞こえるだろう、感じるだろう、知っているだろう。

 

ああ――、やわらかい東條(キリカ)

 

あたたかい東條(キリカ)

 

良い匂いの東條(キリカ)

 

優しい東條(キリカ)

 

気持ちいい東條(キリカ)

 

(ワタシ)だけの東條(キリカ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キミを、愛してる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日、この日、二人は初めてラインを超える事ができた。

快楽の頂点。二人の目から涙が零れた。

大丈夫だったんだ。まだ、自分にも誰かを愛する資格があった。誰かを好きになる心があった。

あなたとなら超えられる。これほど嬉しい事はあるだろうか。

あなたでなら、『生』けるんだ。

 

 

『フム』

 

 

時間が経つ。外は薄暗かった。

キュゥべえはゴミ箱の中を確認する。次はシーツの上、或いは床の上。

そして最後は、キリカの中。

 

 

『凄いね。青少年の射精回数を遥かに超越している』

 

『きめぇ』

 

『騎士になった事も多少は影響しているのか。はたまた……』

 

 

東條の部屋にやって来たキュゥべえは、改めてベッドの上にいた二人に挨拶を行う。

隣にいたジュゥべえはジットリとした目で辺りを見回していた。

 

 

『やあ、ボクはキュゥべえ。よろしくね』

 

 

本当はもっと早くコンタクトを取りたかったんだけど。

ああ、いや、そんな話はどうでもいいか。

 

 

『しかし、本当に驚いたよ。休憩を挟みつつとはいえ、まさか9時間以上交尾を行うとはね。人間の交尾の平均時間を遥かに超越している』

 

 

もぞもぞと、シーツからキリカが首を出す。

 

 

「んん、誰? アンタ」

 

 

汗で張り付いた前髪を整えながら、スポーツドリンクを飲んでいた。

 

 

『うん、うん、水分補給はした方がいい。東條の調子はどうだい?』

 

「今はちょっと休憩してて、寝てる」

 

 

キリカの胸の中で寝息を立てている東條。

キリカはそれを愛おしそうな目で見つめ、頭を撫でていた。

 

 

「キュゥべえって、ジュゥべえの仲間なの? 東條をタイガにした」

 

『そうだよ』

 

「あ、そうだ。さっきの話」

 

『?』

 

 

キリカはキュゥべえの事を不思議には思っていなかったようだ。

適応力が凄いのか、興味が無いのか。

それとも、『普通』が欠落してるのか。

 

 

「世界一、セックスする動物って何?」

 

『もちろん、状況にもよるから一概にも言えないけど、ガラガラヘビは約23時間にも及ぶと、記憶しているよ』

 

「そっかぁ、凄いね。超えられるかな」

 

『超えるつもりなのかい?』

 

「うん。好きだから」

 

『なるほど……。しかし別に性行為――、キミ達の言葉を借りるならセックスが全ての愛を証明するツールでもないと、ボクは思うけどね』

 

「あなた達はするの?」

 

『ボクたちインキュベーターに性別はないからね。まあボクもジュゥべえも一応オスとして振舞っているつもりではあるけれど、あくまでも記号さ』

 

「へぇ、カタツムリだね、じゃあ」

 

『ボクはカタツムリじゃないよ。キュゥべえだよ』

 

 

キリカは呆れた様に笑うと、天井に向かって手を伸ばした。

 

 

「分かってる。だってこんなの所詮は子供を作る行為でしかない。快楽を得るための一時的な行為でしかないもの」

 

 

やってる事は強姦も和姦も同じ性行為だ。

 

 

「でも私たちの行為は他とは質が違う。だって、愛があるもの」

 

『よく分からないな。じゃあ性行為をしない男女は愛し合っていないと?』

 

「ううん。違うよ。愛が込められてるかどうかだと私は思う」

 

 

相手を想い合う事こそが最高の快楽だ。

暴力の比じゃない。性行為の比じゃない。『愛し合う』と言う本質が見えていなければ、キリカ達の行為はただの性行為に映るだろうが。

 

 

『まあいいや。ボクが今日、ココに来たのはこんな話をする為じゃない』

 

「?」

 

『呉キリカ。キミには、叶えたい想いはあるかい?』

 

 

魔法少女。

願いを力に変えて、世界を狙う魔女を倒す希望の戦士。

キュゥべえは使命を、役割を、存在価値を説いた。

 

そして騎士。魔法少女を守る存在となりうる新たな戦士の確立。

ジュゥべえは東條が薔薇を捨てた日にデッキを渡した。

心の反映、東條の想いはデストワイルダーを生み出し、彼はタイガになる資格を手に入れた。

 

 

「じゃあ、つまり、魔法少女になれば東條に近づける?」

 

『近づく――? その定義がボクには良く分からない』

 

「同じになれるの?」

 

『なれないよ。騎士と魔法少女は似て非なる存在だ』

 

「そうじゃなくて――。ああ、もう」

 

『キリカ。もっと食いつく場所があるだろう?』

 

「え?」

 

『なんでも願いが叶うんだ』

 

「あぁ……、うん」

 

『惹かれないのかい?』

 

「だって、いきなり言われても」

 

『まあ、そうだね、無理もない』

 

 

だったら、例えば――、キュゥべえは赤い目でキリカを見る。

 

 

『美国織莉子と仲良くなる、とかでも大丈夫だよ』

 

「それは駄目だよ」

 

 

即答だった。

怯むように、キュゥべえは沈黙する。

 

 

『なぜ?』

 

「愛がない。願いの力で愛は芽生えない」

 

『芽生えるとボクは思うよ。愛だけじゃない、人の命も復元ができる』

 

「私は思わないから、違う。愛と命は同じじゃない」

 

 

想い合う心は人間が悟らなければならない。

悟りの無い人間に、本当は無い。全てが虚構の世界で、誰が本物になるのか。

それは本物を知っている者にしか理解できない。

 

 

『そうかい。なら、他の願いでも良い』

 

「たとえば――、何があるのかな」

 

『それこそ、東條に関する物でも良い』

 

「なるほど、それがいいなぁ」

 

 

即答だった。

 

 

「うん。うん。ありがとう。今ので決まった」

 

『?』

 

「キュゥべえ、私の願いはね――」

 

『分かった。契約成立だ』

 

 

おめでとう、キリカ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相棒ッ! おはよう!」

 

 

その声で東條は目が覚めた。

少し眠っていたらしい、目の前にはニッコリ笑っているキリカの顔があった。

 

 

「おはようのキスをあげるよ!!」

 

 

唇が触れ合う。

しかし今までと違うのは、キリカは舌を入れてきた。

東條の口内をキリカの舌が縦横無尽に這い回る。

まるで口の中に別の生き物が入ってきたようだ、東條は固まり、ただ時間が過ぎるのを待った。

そして、キリカの舌が離れる。そのまま舌なめずりをしながら、キリカは妖艶な笑みを浮かべる。

 

 

「ヘビはもつれ合い、絡み合い、愛を確かめる。ならば今、私達の行為はヘビと同意であり、それに加え今、私達は繋がっている」

 

 

東條は気づいた。

寝ている間に、キリカは東條と繋がっていたのだ。

 

 

「私達は今ッ! ヘビを超越したのだ! なんてね!」

 

 

上唇を触れ合わせ、キリカはニヤリと笑った。

 

 

「キリカ?」

 

『驚くのも無理はない』

 

 

窓の外に影が二つ。

東條は既にキュゥべえを知っていた。

だから特に驚くことは無かったが、話す内容については流石に驚いていたようだ。

キリカが魔法少女になった事について。

 

 

「そうなんだ。キリカ、お願いは何にしたの?」

 

「変わりたいって、言ったんだよ」

 

 

考え方、性格を変えた。

変質したキリカはヘラヘラと笑いながら体を動かしている。

 

 

「私とキミは相棒なんだって。ね? しろまる」

 

『ボクはしろまるじゃないよ、キュゥべえだよ』

 

 

魔法少女は騎士とパートナー契約を結ぶ事ができる。

キリカはタイガのパートナーになった。笑いながら自分の衣装に刻まれたタイガの紋章を見せた。

そう、キリカは今、裸ではなく、魔法少女に変身していたのだ。

黒を貴重とした衣装、今は下半身の部分だけが消失しており、そこだけは素肌が見えていた。

 

 

『魔法少女時に性交をするとは。少し興味深い』

 

 

キュゥべえとジュゥべえは二人を観察していた。

 

 

「どう? これ」

 

「うん。可愛いんじゃないかな」

 

「衣装もそうだけど、今の私」

 

 

願いによって変わった今の自分はどうなのか? そういう事なのだろう。

すると東條は即答だった。キリカの頬に触れ、笑顔を浮かべた。

 

 

「良いと思うよ。どんなキリカでも、キリカはキリカだから――」

 

「そ、そか、そかそかそか、ありがとう。東條」

 

 

キリカは少し、目を細めた。

刹那、東條の顔から笑顔が消えた。

 

 

「なんて、言えばいいのかな。普通は」

 

「ううん。本音がいい、本音が知りたい。キミの本当が見たいから。お願い東條、キミのガチガチに固まった本音を、私のグチョグチョに濡れた脳に()れてよ」

 

 

目と、目が、重なる。

 

 

「正直、分からないよ。だって僕、まだキミの事分からないから」

 

 

変わった人間が目の前にいるんだ。今日変わったんだ。

だったらそれを知っている人間なんて自分自身だけに決まってる。

他人が分かった気になって色々言うのは、東條的には『無し』だった。

 

 

「そういうのなんかちょっと、重いから」

 

 

キリカの唇が釣りあがる。

 

 

「僕ね、思うんだけど、記憶が変わったら、もうそれって別の人間だよね」

 

 

たとえばAと言う人間が記憶喪失になったら、それはもはやAではない。Bと言う別の人間だ。

それをもし、『AはずっとAだよ』、なんて言うのは理解ができない。

 

 

「ちょっと、頭おかしいのかなって、思っちゃうかも」

 

「うん、うん、うんうんうん!」

 

「でもキリカは元のキリカの記憶もあるんだよね」

 

「んん! あるよ! ありまくるんだよ! キミとはじめて唇を重ねた時の記憶も、キミの愛が私に入ってきた時の事も全て記憶しているんだ」

 

「だったら、ちょっと――、ううん、凄く嬉しいかも」

 

「なんで」

 

「だって、前のキリカは、もう僕とキミと、キミのご両親しか分からないよね」

 

 

他はほとんど死んだし。

それを聞くと、キリカの口が三日月の様に変わった。

 

 

「キミがまるで、僕のになったみたいで、正直ちょっと嬉しいの、かも」

 

「クハッ! クハハハッ! ウヒュハハハハハ!!」

 

 

力を込める。表情をこわばらせる東條。

キリカは尚もしばらく搾り取るように力を込めると、武器である黒い爪を出現させる。

長さは自由に設定できるのか。短い爪を出したキリカは、それを分離させて黒いナイフに変えた。

そして左の二の腕がさらけ出される様に魔法少女の衣装を弾き飛ばすと、黒い刃を二の腕に押し当てる。

 

 

「なんかさぁ、違うんだよね、みんなと」

 

『?』

 

「まぁいのりてぃ! まじょりてぃー、ノーノー! いえす! キリカリティー!」

 

 

皆と同じって、本当に意味のあるものなのかな。たまに、分からなくなる。

たとえば、なんだろう? 今日、皆さんに残念なお知らせがあります。

クラスメイトの○○くんが、亡くなりました。

嘘だ、シクシク、馬鹿野郎、なんで自分で命なんて絶つんだ。

怒る男子、嘆く男子、すすり泣く女子。

 

 

「はいキモイー、はい寒いー。絶対零度だよ、カチコチだ!」

 

 

違うよ、違うよ、違う違う。

って言うかまずそもそも、みなさんご存知みたいなテンションで紹介されても私は誰ソレだよ!

だいたい泣いてるお前ら、そんなに詳しく接してねぇいだろうがよう!

結局、泣いている自分が『普通』だと思いたいだけだ。

 

 

「そう、そう――、多数派が取る行動こそが真実であると勘違いする」

 

 

そうじゃない、そうじゃないよ、そうじゃなくてもいいでしょ。

事故、事件、災害、病気、人が死ぬ理由はいっぱいある。

それを持ち上げてSNSでお悔やみ申し上げます。

寒いよ、寒い寒い、そういうのじゃないんだ、私は。

 

 

「私は、ね」

 

「僕もだよキリカ」

 

 

マイノリティもマジョリティも否定するつもりはない。

しかし染められるかどうかは別ベクトルの話だ。

人は皆、全てが多数派にならなくてはいけない訳じゃない。

キリカが思う事は、思うだけならば自由なのだ。

十人十色という言葉があるが、人の考え方はそれだけ枝分かれし、広がっていく。

 

 

「同じだなんて、どうとでも言える」

 

 

そういうのが、キリカは寒かった。

今なら理解できる。優しい言葉は愛じゃない。同調できる言葉こそが愛なのだ。

キリカは自分で思っている、普通じゃない、だから普通ではキリカは縛れない。

 

 

「なんで、どうして、これから、そんな言葉は空でしかない。繰り返されるけど、僕らは否定しなくちゃならないんだ――と、思う」

 

 

東條は理解()かってる。

 

 

「だから教えてよ、キリカ、キミの全部が知りたい」

 

「いいよ。フフフ、それにね、東條」

 

 

変わったのは理由があった。

 

 

「愛は無限に有限だ」

 

 

愛の液体を満たす器は海ではない。

容量があるのかもしれない。それを思えば、変わる事はキリカにとって大切な事だった。

変わる――、とはすなわち過去の自分は胸の奥にしまいこむ。

 

 

「前キリカの唇に触れたのは君で最後だ。前キリカの処女を散らしたのはキミであり、最後に繋がったのはキミで終わりだ」

 

 

独占もまた一つの大いなる愛の形である事にはかわりない。

限りある時間のなか、限りある容量をどう効率的に使うかはキリカも考えた部分だ。

だからこそ変わった。変わった事で、独占と言う愛が動き出し、愛を永遠にしてくれる。

 

 

「あのキリカは、もうキミの物だよ」

 

「……嬉しいかも」

 

「フフ。良かった。それに、今の私もキミに染まる」

 

 

もうファーストキスは済ませたし、処女も東條が破った。

 

 

「楽しみだね。これはジェネシスだよ。新しい時代のアダムがキミで、イブが私。そうだよね相棒、そうだろ東條。フフフ」

 

 

キリカは二の腕に刃を深く入れ、そのまま腕を裂く。

肉が見えるほどに腕がぱっくりと裂け、そこから血が滴り落ちた。

健康的な肌色の体を赤い血が伝い、東條の胸に落ちる。

 

東條は無表情で血を指ですくい、ジッと見つめる。

奥には部屋を照らすライト、手前には指についたキリカの血。

 

 

「キリカは血も、綺麗だね」

 

「ねえ、東條。私のキモチ、分かる?」

 

「分からないよ。でも、分かるかも」

 

 

東條は血がついたまま指を咥えた。

するとキリカの頬が赤く染まり、彼女は嬉しそうに唇を噛んではにかんでいる。

必死に無表情を保とうとするが、ニヤケてしまい駄目になる。

肩を震わせ、キリカは期待に満ちた眼差しで東條を見つめた。

 

 

「おいしい?」

 

「キリカの味がする」

 

 

返事はキスだった。

東條の唇を舐めると、キリカは優しく微笑む。

 

 

『きもちがわるいよう』

 

「ねえ、いい?」

 

「うん」

 

 

ジュゥべえの言葉は無視。

キリカの問いかけに東條は迷わずイエスを返した。

何をするのかは言って無いのに、悟ったような様子をしている。

だからキリカが持っていた黒のナイフを腕に刺しても、東條は表情一つ変えなかった。

 

すぐに、東條の腕にはキリカと同じ傷ができた。

ベッドの上が赤く染まっていく。破瓜の際についた血液をすぐに上回る量の血であった。

その中で、キリカは自分の傷を東條の傷に合わせた。

 

 

「ん」

 

 

甘い声が漏れる。血が、溶けて、一つに交わる。

痛みと痛みが、重なり合った。

 

 

「見て、私の傷と、キミの傷が、キスしてる」

 

「うん。痛い、すごく痛い」

 

「私もさっきは痛かったから、おあいこだよ。でもすぐ良くなるから」

 

 

キリカは微笑み、東條の頭を撫でた。

 

 

「分かる。分かるだろ、しろまる、くろまる」

 

『……なにがだい?』

 

「これが私達のセックスなのさ」

 

『………』(かえりてぇ)

 

 

想えば、想いあえば、重なり合えばソレで良い。

 

 

「だから私と東條は会話もセックス。頭を撫でる事もセックス。食事をする事もセックス。掃除をする事もセックス。一緒に手を繋いで出かければソレもセックス! あたりまえだけど交わればセックス! みんな、ぜんぶ、それこそ息をする事だってセックスになるのさ!」

 

 

今、傷を付け合うのも性行為であるとも言える。

 

 

「そしてもしも仮に愛の証明がセックスでなければ。たとえばそう、首を絞める事であれば、今すぐに私は東條を絞め殺してやる」

 

 

でもそうしたらもう会えない、もう話せない。

気づけばキリカは泣いていた。

 

 

「それは、カナシイ」

 

 

東條も泣いていた。

 

 

「うん。悲しいね」

 

 

これもまた、セックス。

 

 

『………』

 

「分かるだろ、しろまるぅ」

 

 

キュゥべえ。ジュゥべえ。

ともに、感想、記号一つ。

 

 

『?』

 

 

結果、インキュベーター、理解放棄。解析不能。

 

 

『ジュゥべえ、どう思う?』

 

『キモすぎ。なんつうの? ヤベエなコイツ等』

 

『いや、そうじゃなくて。その前の――』

 

『え?』

 

『いや――、いや。いいや』

 

 

すると微かに物音が聞こえた。

これは、そう、ドアを開く音だ。静寂の中で、人の声もかすかに聞こえる。

 

 

「お父さんと、お母さんだ!」

 

「わわっ!」

 

 

今までの大人しさが嘘のようだった。

東條は声を張り上げ立ち上がると、興奮したように部屋の中をウロウロと。

一方でベッドから落ちたキリカは痛そうにお尻をさすっている。

 

 

「ごめんね、キリカ」

 

 

手が伸びた。キリカの前に手があった。

 

 

「いいの?」

 

 

何が?

 

 

「うん、もちろん」

 

 

何が。

 

 

「行こう、キリカ」

 

「うん!」

 

 

嬉しそうに二人は部屋を飛び出した。

そして、夜、食事がはじまる。ジュゥべえとキュゥべえの分もあるようで、豪勢にも肉が皿の上に置かれ、二匹の前に置かれている。

 

リビングの食卓。

椅子にはパジャマ姿の東條とキリカが並んで座っており、向かい側には東條の両親が並んで座っている。

キリカは緊張しているのか、肩を強張らせ、先ほどからずっと視線が泳いでいた。

 

 

「あはは……、どうしたのキリカ。そわそわして」

 

「だ、だって東條! ご両親の前なんだもの、そりゃ私だって緊張するさ!」

 

「大丈夫だよ。父さんも母さんも優しいから。あ、コチラ、さっきも紹介したと思うけど呉キリカさん」

 

「ど、どーも! 呉キリカともーします! 本日はお招きいただきまちて!」

 

「落ち着いて落ち着いて。パパ、ママ、キリカはね、僕の一番大切な人なんだ」

 

「わっ! って、ちょ! と、東條! お父様とお母様の前でそんな!」

 

「だって本当の事なんだから、仕方ないよね」

 

「も、もう!」

 

「ごめんね、お父様、お母様、今までは二人が一番だったんだけど、キリカになっちゃった」

 

「て、照れるってば! ああもう、食べましょう! 頂きます!」

 

「ごめんキリカ。困ってる顔も、好きだから」

 

「だ、だから二人がいる前で! お、お父様のご趣味はなんなんですか?」

 

「父さんはね、ゴルフが好きなんだよ」

 

「そかそか、ゴルフ。うーん、高級なご趣味ですな」

 

「母さんはなんだっけ? えーっと、思い出せないかも」

 

 

一番幸せな日だった。久しぶりだ、家族で食事をするのは。

東條は涙が出そうになった。前には大好きな両親。横には大好きなキリカ。

このまま時間が止まってくれればと、神に祈る。

 

 

『ジュゥべえ、どう思う?』

 

『普通にキモい』

 

 

ジュゥべえは皿に乗っている肉を蹴った。

食べられない事は無いが、インキュベーターは食事をする必要は無いし、そうであったとしても擬似的ながらも感情を持つジュゥべえにとっては最悪の食事であった。

誰が食べたいだろうか? 他人の母親の腕なんて。

 

 

「ほーい、東條、あーん!」

 

「き、キリカ。流石に恥ずかしいかも」

 

「もう、なんだよう、さっきは私を困らせたくせに!」

 

 

楽しそうに話す二人の周りは赤。

東條の家は白を貴重としていた。白い壁、白い床、それが今は全て赤。

なにより、さきほどから喋っているのは東條とキリカだけだった。

向かいの席にいる両親はジッとキリカを見ている。当然だ、眼球が動かないんだもの。

 

愛は、与える側と与えられる側がいてこそ成り立つ存在だ。

箱の中に一人では、愛など育めるわけも無い。

キリカと出会えて本当に良かったと――、東條は思っている。

やっと、今になってやっと気づいた。

 

愛じゃない。愛な訳がない。愛である筈がない。

どれだけ想っても、どれだけ愛しても父も、母も、愛を返してはくれなかった。

言葉だけ、虚構だけ、愛じゃない、愛ではない。

だから言える。方程式は解き明かされた。

 

東條は、両親を、愛していない。

でもキリカは愛してる。

はじめての共同作業だった。逃げ惑う両親の髪を掴み、デストクローで、黒い爪で、切り裂いた。

 

 

「ねえ、東條、一つだけお願いがあるんだけど、聞いてもらえるかな」

 

 

冷凍食品を食べ終えたキリカは、伏し目がちに東條を見た。

 

 

「なに?」

 

「キミのご両親の心臓が食べたい」

 

 

可哀想だとキリカは想う。

どうして東條と言う素晴らしい存在を愛してあげなかったんだろう。愛せなかったんだろう。

彼はこんなにも優しくて残酷で暖かくて冷たくて頼もしくて弱くて儚くて脆くて弱くて強くて醜くて美しいのに、どうしてそれを理解してあげなかったんだろう。

 

欠落してる。壊れてる。欠陥品だ。

可哀想な人間。なんて愚かな人間。そんな彼らを愛してあげたい。楽にしてあげたい。

だって大好きな人の親、愛したいに決まってる。

 

 

「いいよ」

 

 

東條はニコリと笑って、即答した。

キリカは手を伸ばした。三本、刻まれた線の隙間に手を入れる。

強く、強く、引っ張ると、赤い宝石が出てきた。魂の果実、キリカはそれを二つ、目の前にならべた。

 

 

「東條君は、私が幸せにします」

 

 

心臓にキスをする。

直後、キリカは口を開いた。

大丈夫、魔法少女は強いから、おなかは壊さない。

歯が、赤い果実にゆっくり沈んでいく。

 

愛が成立しなければ、なんの為にいるの? いらない。欠落してる。

だから完璧にしてあげたい。体の中で一つになれば、キリカは東條の両親になれる。

それで東條を愛してあげれば、きっと、東條は両親に愛される。

 

 

「んぐっ、はむっ、んぶ」

 

 

口の中が冷たい嘘で満たされる。

ああ、かわいそうに。かわいそうな相棒。

キリカは今すぐにでも東條を抱きしめてあげたかった。

こんなに冷たい嘘に包まれちゃ、生きてなんていけないでしょ。

立派になんて、なれないでしょ?

 

東條は、ジッと、それを見ていた。

隣にはデストワイルダー。唸り声をあげて東條に擦り寄っている。

 

 

「大丈夫、寂しくない、キリカ、ありがとう。ありがとう……」

 

 

租借が進むたび、広がる赤の味。

 

 

「キリカ」

 

「んぐ?」

 

 

二つ目をゆっくり、噛んで、飲みこんだ。

はじめまして、ありがとうございます。お義父さん、お義母さん、あなた達はずっと私と一緒!

あなた達ができなかった事、してあげられなかった事、全部、私がしてあげるから!

楽しみにしていてよ。

 

 

「キリカ、キリカ、キリカ」

 

「なぁに? どうしたんだい、東條。おいおい落ち着いてくれよ、待ちきれないって気持ちが伝わってくる。後ろ足が跳ね上がっちゃってるよ!」

 

 

笑みが、重なった。

 

 

「アイシアオウ」

 

 

記号的。

けれども、それは、感情に響いた。

 

あい、アイ、愛。

 

藍、逢、遭、間、相、会、合、哀、I。

 

愛。

 

 

キスが重なる。

キリカは強く、強く、千切れるくらい東條を抱きしめた。

力が込められるほど絞り出るように涙が零れていく。

はじめてだった。両親、二人に、抱きしめられたのは。

 

 

「お父さんとお母さんが、言ってくれたよ、東條を任せたよって」

 

「うん。キリカ、ありがとう……」

 

「お腹がいっぱいだよ。けふ。キミのご両親はお腹にたまるなぁ」

 

 

これだけ重さがあるのに、どうして愛してあげられなかったんだろうね。

 

 

「眠ろうか。死んだように眠ろう。君と一緒なら、たとえ明日が天国でも地獄でも、私は幸せさ」

 

 

決意がキリカを駆けた。

欠落した部分を、自身が完璧にしたいと。

 

 

「ごちそうさまでした」

 

『………』

 

 

間。

 

 

『わけがわからないよ』

 

『最初から最後までお気持ちが悪い。オイラ、ゲロ吐きそう』

 

 

夜が深くなっていく。

その日、東條とキリカは二人並んで眠った。

シーツを変えて、綺麗な白の上で二人は手を繋いで眠った。

 

世界とか、社会とか、学校とか、未来とか、希望とか、そういうのじゃないと思う。

ただ何を感じて、どう生きたくて、何がしたくて、何をしたくて、そういう物を考えた時、隣にいる人は誰なんだろうって考えたことがある。

煌く世界の中で、僕は、私は、一人なんかじゃなかった。

 

でも、まだ、少し、分からない。

存在しているなら、意味がある筈なんだけど、なんだか、それが、見えない。

傷ついて、苦しんで、失って、それでまだ、僕達はなんで生きているんだろう。

なんの為に、生きているんだろうか。

 

 

ふと、それは気になった。

 

 

「お父さん! お母さん! どこ、どこにいるの!?」

 

 

朝、キリカは東條の泣いている声で目が覚めた。

 

 

「パパッ! ママ! 分からない! どこ! どこにいるの!?」

 

 

東條はすすり泣き、家の中を探し回っている。

お父さんと、お母さんがいないんだ。かわいそうに。キリカは頭をかきながら体を見る。

いろいろベタベタだ。適当に取ったタオルで体を拭いてみる。

 

 

(う゛ー、結局ほとんど寝ないでシちゃったなぁ)

 

 

しかし、嬉しそうに微笑むキリカ。

背後では絶叫が聞こえた。泣き叫ぶ声が聞こえた。

血は塊り、赤黒く染まった部屋の中、東條は地面を転がって泣き叫んでいる。

キリカはシャツを着ると、東條を抱きしめる。

 

 

「ねえ、お風呂入ろっか」

 

「……うん」

 

 

浴槽には並んで座った。

キリカが東條の頭を撫でると、東條は少しだけ笑みを浮かべた。

 

 

「暖かいお風呂はキモチイイね。ぬくぬくで、ポカポカで、なんでも忘れられるよ」

 

「ねえ、キリカ」

 

「どうしたんだい?」

 

「僕ね、お父さんとお母さんが、いないんだ」

 

「そっか。いつから?」

 

「ずっと、昔から」

 

 

目を背け続けていただけなんだ。

いる、いる、そんな事を言い聞かせて、ずっと逃げていた。

 

 

「気づくのが怖かったんだ」

 

 

知ってる。全部分かっている。理解していたのに。

 

 

「英雄になりたかった。そうすれば、きっと僕を愛してくれるって思ってた」

 

「ならなくていい。キミは弱いから、君は英雄じゃない」

 

 

キリカの方を見る東條。口付けが飛んできた。

 

 

「無いものを見続ける事ほど、虚しい事はないよ」

 

 

ある物まで見落としてしまう。

キリカの上唇と東條の上唇が触れ合う。

 

 

「キミは、もう、自由だ」

 

「………」

 

「私はキミを愛してる」

 

 

ボロボロと、東條の目から涙が零れた。

認めればいいのか、認めなければならないのか――。

ただ、両親が嫌いになったから、怖かったから、愛していたから殺したのを。

 

 

「うぅぅうぅぅうぅぅッ!!」

 

 

ただ、ひたすらに、泣く。

殺したくなんてなかった。殺したくなんて、なかったんだ。

 

 

「大丈夫、東條、私がいる」

 

 

キリカは思う。なんて、なんて、脆いんだろう。

だからこそ好きになった。だからこそ傍にいたいと思った。

繊細で、可哀想で、彼を守る事が存在意義になる。

そしてなにより、厚い仮面の中に、キリカは確かに自分を見た。

大丈夫、大丈夫、壊れない、だって、あなたは私だから。

 

 

「東條、私はキミを愛してるよ」

 

 

東條がいなければ、とっくにキリカは壊れていた。

だから、愛してる。恩人であり、友人であり、恋を教えてくれたから。

キリカは腕の傷を東條に見せる。東條は微笑んで傷を見せた。

僅かに痕が残っているだけで、双方しっかりと傷自体は塞がっていた。

 

 

「あ」

 

 

お風呂から上がり、ニュースをつけると、学校のニュースがやっていた。

一クラス全員がバラバラになって死んだ。中には誰か分からない死体もあったと言う。

目撃者の証言から東條悟、呉キリカ、他数名が行方不明になっているが、生存は絶望的だと。

 

 

「デストワイルダーに食べさせたから」

 

 

両親も。しかし大量の血は消せない。

 

 

「ねえ、キリカ」

 

「うん?」

 

「もういいよ。もう十分だよ。本当にありがとう」

 

 

警察が東條の家に来れば、東條は疑われる。

逃げても、留まっても、もう何も無い。

 

 

「キリカには、お父さんとお母さんがいるでしょ?」

 

 

刹那、鉄拳が飛んできた。

めり込む拳、鼻から血を出して、東條は倒れこむ。

 

 

「え? え? え?」

 

「心にも無いこと言うなよ、馬鹿」

 

 

キリカは倒れた東條を抱きしめた。

後ろめたさがあった。確かに両親はいるし、嫌いじゃない、むしろ好き。

でも、後ろめたさがあった。もっと良い娘になれたとか、もっと優秀な姉でもいれば良いんじゃないかとか。

そう思ってしまった時点で、愛は、消えてしまった。

 

 

「東條がいれば良い。東條がいてくれれば、私はいいんだよ」

 

「………」

 

「壊れちゃう。ヤダ、いかないで、一人にしないで。私はキミが思っている以上に、もう駄目なんだ」

 

 

今度はボロボロとキリカが涙を流す。

 

 

「お願い、捨てないで」

 

 

結局、もう壊れてる。僕も、私も、あなたも、キミも。

でもマイナスはプラスにもなる。マイナスが二つあれば。

 

 

「ずっと一緒にいようよぉ」

 

 

あの日、キリカはクラスメイト達を皆殺しにする気だった。

しかし今、確信しているのは、そんな事はできなかったと言う事だ。

失敗して、誰も殺せなくて、それからたぶん怒られるか最悪少年院。

両親を悲しませて、でも結局何もできない。ああいう奴等は注意されたくらいじゃ直らない。

 

殺したくて、殺せなくて、たぶんもっと壊れてた。

でもタイガが、あの騎士が救ってくれた。したい事全部してくれて、心を守ってくれて。

そして知ってる、重厚な鎧の中はとっても弱いって事が。自分と同じ弱いもの。

だから守ってあげたいとも思う。思える。

存在価値を証明してくれる。醜さをさらけ出せる。考えてる事が、手に取る様に分かる。

 

 

「離れたく、ない」

 

「……うん」

 

 

理解。

そうか、東條は立ち上がる。

キリカも、弱いんだな。

 

 

「行こうか」

 

「どこに?」

 

「どこか、知らない場所」

 

「いいの?」

 

「いいの?」

 

 

笑みがこぼれた。

 

 

「「いいよ」」

 

 

お気に入りの服を着て出かけよう。

全部捨てて、全部超えて、二人で一緒に飛び出そう。

東條は二本のマゼンダ色のラインが入った青いパーカーを来て。

キリカは白いシャツにピンクのネクタイを着て、飛び出した。

 

買ってもらったけど全然乗らなかった自転車を引っ張り出した。

リュックにお金をつめて籠の中へ。そしてキリカを後ろに乗せて、東條はつまらない世界に飛び出した。

 

どこへ行こう。どこへでも行ける。君となら、君がいれば。この世界はきっと地獄だ。

綺麗に見えるけどたぶん地獄だ。嫌な事、つまらない事、下らない事、辛い事、たくさん、いっぱいある。けれど、でも、忘れてた。

良い事も、少しはあるんだと。

 

 

「ふう! 速い速い!」

 

 

騎士に変身した事で、通常時でも東條の身体能力は跳ね上がる。

かつて無いスピードで街を駆け、いつもなら曲がらない場所を曲がっていった。

荷台に座っていたキリカは途中から立ち上がり、楽しそうにはしゃいでいる。

 

後ろから警察官が声を張り上げた。危ない二人乗りは止めなさい。

東條は無視してスピードを上げた。騎士の身体能力があれば、車より自転車は早くなった。

キリカの魔法もあれば、誰も二人に追いつけない。

楽しかった。綺麗だった。朝焼けに包まれて、二人は走った。いつもの景色も、なんだかとても綺麗に思えた。

 

自由、何にも縛られない自由。見滝原を出た。風見野も越えて行く。

ビルが少なくなってきた。緑が多くなってきた。全然疲れなかった。

嬉しかった、楽しかった。ドキドキした。

途中で野良犬を轢いた。犬は死んだ。ごめん、謝った。命って簡単に消えるんだなって思った。

 

 

「はい、コレ」

 

「ん、さんきゅ、相棒」

 

 

山が見えた。

道の駅で二人はソフトクリームを手に、ベンチに座る。

 

 

「おいしいね」

 

「うん。甘い」

 

「東條は何味?」

 

「バニラ。キリカは、チョコ」

 

「うん、そっちも美味しいそうだね」

 

「少し食べる?」

 

「いいの! ではありがたくキミの行為を受け取るよ!」

 

「おいしい?」

 

「んーッ! さいッこうだね! 体の中がバニラになってとろけてしまいそうだよ」

 

「僕もさ、そっち、貰って良い?」

 

「おおとも! 遠慮せずにぜひ貰ってくれよ!」

 

「うん、おいしい。そっちにすれば良かったかも」

 

「えぇ? でもバニラの方が美味しいだろ?」

 

「……ううん、チョコの方が良い、かも」

 

「バニラだよ! 絶対バニラ!」

 

「ちょ、チョコだと僕は思うけど……」

 

「なんだよう! 東條は分からず屋だな!」

 

「き、キリカだって、ちょっと味覚がおかしいんじゃないの!?」

 

「ムムムムッッ!」

 

「うぅぅッ!」

 

 

平日の道の駅はそれなりに人がいたけど、みんな違う方向を見ていた。

その中で、唯一、東條とキリカは向き合っていた。

 

 

「ぷ! ぷははは!」

 

 

キリカが笑う。東條も釣られて笑みを浮かべた。

 

 

「わかった」「わかった」

 

 

理解した。分かり合えた。同じになれた。

 

 

「「キミのが美味しいんだ」」

 

 

愛おしい。

キリカは素早くコーンをほお張ると、一気に租借していく。

 

 

「慌てなくていいのに」

 

「ふぁっへ、わらひのねふひょうに、あいふははへはへないよ」

 

 

だって、私の熱情に、アイスは耐えられないよ。

キリカはソフトクリームを飲み込むと、ペロリと唇を舐める。

 

 

「ね、東條、キス、していい?」

 

「……うん」

 

 

愛が理解できる。愛を感じる。

キリカは目を閉じた。唇を優しく押し当てた。

ポタポタと、東條の手にソフトクリームの雫が垂れていた。

唇を離すと、キリカは不満げだった。

 

 

「たりないよぉ」

 

「で、でも、皆いるし」

 

「いいじゃないか! 世界に私達の愛を見せびらかす良いチャンスじゃないか!」

 

「は、恥ずかしいよ」

 

「もう! 相棒はワガママだな」

 

「キリカが自由すぎるんだ」

 

「えへへ、羨ましい?」

 

「う、うぅん」

 

 

キリカは東條の手を引くと、走り出した。

気づけば、世界は夕日で赤く染まっていた。

赤く染まる人間達は、東條達にとっては皆、血まみれに見えた。

みんな、死んでる様に見えた。

 

 

「今日はもう休もっか」

 

「うん、そうだね」

 

 

お金だけは無駄にある。

けれども普通のホテルじゃ宿泊時に色々面倒な手続きをしなければならない。

そうすると非常に都合が悪い。だから適当に見つけたカラフルなホテルに二人は泊まった。

 

ニュースでは東條の両親が行方不明になった事件が報道されていた。

クラス集団猟奇殺人事件と関係あるとして警察は捜査してるようだが、おそらく真相にはたどり着けないだろう。

 

続いて、行方不明になっている子供の両親のインタビューが放送された。

みな涙ながらに訴えていた。返して、憎い、見つけて。

無理、無理だよ、みんなデストワイルダーのお腹の中だもの。

ふと、映像が切り替わる。キリカの両親が映った。

 

 

「えい」

 

 

キリカはテレビを消した。

 

 

「えい」

 

 

お風呂から上がった東條をベッドに押し倒した。

 

 

「キスして」

 

「え、でも」

 

「さっきのじゃ足りないんだもん」

 

 

東條は知っている。大丈夫、大丈夫だよキリカ。

僕は分かってるからね。たぶんだけど、きっとだけど、おそらくだけど、理解してるからね。

 

 

「愛して、欲しいんだね」

 

「……うん。私だけを見て、私だけを知って」

 

「僕でなくても――」

 

「それは違う。それだけは違う! 最初はそうだったのかもしれない。でももう、キミじゃないと駄目なんだよッッ!!」

 

「……分かってる。大丈夫だよキリカ。僕も同じだ」

 

 

手を握り、唇を重ねた。

なんの意味も無いと言えばそうだ。壊れたと言えばそうだ。

しかし、それが全てだった。ただ求め、ただ重ね、ただ愛し合う。

それで自己が確立され、証明される。

 

 

「あ」

 

 

翌日、飲み物を買うときに道の駅に立ち寄ると、そこに面白い物を見つけた。

昨日は店の端の端、隅っこの方で一人の男が座っていた。

 

 

『なんでも占います』

 

 

やろうと言った。

けれども一つ、困った事が。占い師には名前を告げなければならない。

困った、まいった、どうしよう。

 

 

「ねえ、相性占いもできる?」

 

「ああ。俺は何でも占える」

 

 

赤紫のジャケットを着た男は自信満々に答えた。

だからキリカは東條の手をキュッと握った。強く、握った。

 

 

「僕らの名前、他には出さないでくれる?」

 

「ああ。占い師にとって守秘義務は絶対だからな」

 

「じゃあ、僕は東條悟」

 

「私は呉キリカだよ」

 

 

占い師の男の表情が変わった。

その名前はまだ、有名だったから。

ニュースを見ている者ならばピンと来るだろう。

どうやら占い師はそういう類の人間だったようだ。しかし、あくまでも表情を変えただけだった。

 

 

「占ってくれる?」

 

「俺は警察じゃないし、記者でもない。占い師だ」

 

 

占い師はコインを投げた。

最後に、マッチの炎を通して東條達を見た。

 

 

「お前らの相性は最悪だな」

 

 

キリカはテーブルを蹴った。

占い師は汗を浮べてタンマをかける。

 

 

「待て、最後まで聞いてくれ。相性は悪いが、しっかり話し合う事で、お互いの事をもっと理解できるだろう。一度理解できれば、相性は良くなっていく」

 

「ふぅん」

 

 

嬉しい様な、悲しい様な。

ただ、帰り際、占い師はサービスで一言アドバイスを。

 

 

「呉キリカと東條悟の相性はどうにもパッとしないが――」

 

 

コインを弾いて、占い師は笑った。

 

 

「東條キリカと東條悟なら、最高だぞ」

 

「……マジ?」

 

「マジだ。俺の占いは当たる。じゃあな」

 

 

キリカは特に何かを言う訳ではなかった。頬を赤くして、とても嬉しそうだった。

東條もそんなキリカを横目で見て、嬉しそうに微笑んだ。

それからは移動した。川が見えた、鳥が見えた。猿がいた。びっくりした。トンネルを通った。

お昼は今にも潰れそうなラーメン屋さんで食べた。キリカはチャーシューを東條から奪い取った。

 

喧嘩になった。すぐに仲直りした。キスをした。

 

自転車をこいだ。疲れたらデストワイルダーの背中に乗った。

人に見つかった。逃げた。山道を通った。ボロボロの小屋を見つけた。

じゃれ合いながら小屋の中を見てみた。白骨死体があった。変な空気になった。お墓を作った。キスをした。

自転車をこいだ。ジュースを飲んだ。辺りが暗くなってきた。キスをした。

 

ホテルに入った。

朝が来るまで肌を重ねた。愛が見える気がした。

 

 

「普通の女の子みたいな事、してるのかな」

 

 

休憩にご飯を食べながら、聞いた。

 

 

「わかんない」

 

「嬉しいような、複雑なような」

 

 

分からないから、キスをした。

朝が来た。

 

 

「うわー、綺麗だね東條!」

 

「うん。いつもなら、こんなの見られないからね」

 

 

辺り一面、どこを見ても田んぼが広がっていた。

自転車を止めて、二人は手を繋いで畦道を歩く。

緑、緑、どこを見ても緑。上を見れば快晴、風が二人の髪を心地よく揺らした。

はじめての事、はじめての物、二人ならこんなに感動できるんだ。

東條もキリカも、思わず顔がニヤけた。

 

 

「ちょーしはどうですか!」

 

 

農作業をしている女性に話しかけた。

キリカ達は旅行と言う事にして、おばさんと仲良くなる。

おむすびを貰った。今まで食べたどんな物よりも美味しかった。

 

 

「お二人、もしかして芸能人? なんか見たことあるかも」

 

「きのせー、きのせー、ね? 東條」

 

「うん。僕らは一般人だから」

 

 

ホテルのテレビで見たけれど、世間のニュースは更新された。

ショッピングモールが爆発し、多くの人が死んだらしい。

教室で起こったみたいに死体がバラバラにされる事件が起きたらしい。

信じられないスピードで、世界は東條とキリカを忘れた。

 

泊まる所が無いと言うと、おばさんは自分の家に東條達を泊めてくれた。

暖かいごはん、暖かいお風呂、涙が出そうになる。

でもキリカはカラスの行水。どうやら視界に東條が入っていないと不安になるみたい。

部屋は二人で一つ。布団を並べて、東條とキリカは体を寄せ合う。

 

 

「ねえ、東條」

 

「なに?」

 

「幸せそうだったね」

 

 

おばさん、おばさんの旦那さん、おばさんの両親、おばさんの子供たち。

可愛かった、優しかった、みんな笑ってた。

これぞ、幸せの象徴な家族の形がそこにあった。

 

 

「羨ましいね」

 

「うん」

 

「バラバラにしたいね」

 

「ぐちゃぐちゃにしたいかも」

 

 

殺せる。殺れる。

今すぐこの家に住む全員をバラバラにして血の海にできる。

けれど、やらない。羨ましいけど、羨ましくなんてないから。

 

 

「ねえ、東條」

 

「待って、キリカ」

 

「え?」

 

「たまには、僕からがいい」

 

 

愛を、証明した。

 

 

「ねえ、キリカ」

 

「んん?」

 

「結婚しよう」

 

「いいよ」

 

 

間はなかった。

 

 

「愛してる」

 

「うん、私も」

 

 

当たり前の様にキスをした。

 

 

「あがき方とか、サボり方とか、間違えたかもしれないけど、キミといる時間が、一番楽しいから」

 

「私も、相棒といる時間が一番。東條と過ごす時間が宝物」

 

 

それしかないからだけど、それでいいから。

 

 

「これからよろしくね、東條」

 

「うん。よろしくね、キリカ」

 

 

この日、この夜。呉キリカは死んだ。

東條キリカは、東條が眠るまでずっと優しく微笑んでいた。

 

 

 

 

ある日、自転車をこいだ。

喫茶店には無愛想な店員がいた。

 

 

「飲んだらさっさと帰れ」

 

 

酷い人だと思ったが、マスターの話を聞くと、その人は恋人を病で失ったらしい。

いや、正確にはまだ生きている。しかし目覚めない。

目覚めなければ愛は帰ってこない。だからもう恋人ではない。

 

ある日、場末のゲームセンターに行った。

キリカはクレーンゲームに夢中だったので、東條はやった事も無い格闘ゲームに百円を入れた。

暇つぶしのつもりだったけど、向かいにいた人が百円を入れたので対戦になった。

その人は強かった。すぐ負けた。笑い声が聞こえた。

向こうを見た、向こうも東條を見ていた。

 

 

「はぁい、おれの勝ちぃ、ざまみそピーナッツ! アンタセンスねぇよ、死ねばぁ!」

 

 

キリカはその少年を殴った。

殴って逃げた。東條もキリカも笑っていた。楽しかった。

夜は体を重ねた。言葉を重ねた。

 

次の日、キリカが大発明をしたと持ってきたのは糸電話だった。

携帯電話はもう捨ててきた。だから二人は紙コップに耳を当てる。

 

 

「もしもし、聞こえますか東條さん」

 

「もしもし、聞こえてますよ、キリカさん」

 

「そうですか、それならいいのです。東條さんに質問があります」

 

「なんですか?」

 

「私のどこか好きですか?」

 

「全部です」

 

「不満です。軽く聞こえます。訂正を求めます」

 

「ではその前に質問があります」

 

「なんですか?」

 

「僕のどこが好きですか?」

 

「全部です」

 

 

声を出して笑った。

苦しくなるまで笑ったのは久しぶりだった。

いや、初めてだったかもしれない。

 

 

「本当だよ、本当だけど、僕を壊してくれたところかも」

 

「私を壊さないでくれたことかな」

 

 

また笑った。似てるようで、違う。

優しさとか、真面目さとか、そう言うのは大切だけど、誰でも持ってる。その人しか持っていないものを持つ資格が、二人にはあった。

東條でなければならない。キリカでなければならない。それがあったんだ。

 

 

「好きですか?」「好きです」

 

「愛してますか?」「愛しています」

 

「本当ですか」「嘘かもしれません」「な、なんだってーッ!」

 

 

涙目になるキリカ。東條は笑う。

 

 

「冗談だよ」

 

「ふざけるなーッ!」

 

 

キリカは糸電話を投げ、飛んだ。

抱き合って、キスをした。

 

間違っているのかとか、間違っているかもしれないとか、そんな事はもう考えない。

過去は過去、今は今でしかない。全てを背負う事もなければ、全てから逃げ出す事もない。

そんなドラマチックめいた事ばかりが起こるわけじゃない。世界は平坦で、つまらなくて、でもしっかりと前に進んでる。

 

分かってる。分かっているんだ。

 

 

「はい、東條。あーん」

 

「あ、あーん」

 

「はい良くたべまちたぁ。美味しいかい?」

 

「うん。おいしい」

 

 

分かる。分かるよ。

 

 

「あのすいません、ちょっとインタビューいいっすか?」

 

「お、なんだい? 私達に聞きたい事でも?」

 

「いいですよ、なんですか」

 

「じゃあ、あの、何で生まれてきたのかって分かりますか? 正義ってなんだと思いますか?」

 

 

分かる。いつか終わる。

愛は永遠だが、永遠に育めるものじゃない。

人は有限だ。だからいつか、東條とキリカは別れる。

怖い、怖いね、恐ろしいね。

 

 

「……なんでそんな事?」

 

「あ、今度そう言う特集を組もうかなって。BOKUジャーナルって言うんですけど。あ、あと! 俺、これが最後の取材になるかもなんで!」

 

 

記者の男の人は笑っていた。

悲しそうに、笑っていた。

答えは分からなかった。二人は謝って、自転車を進めた。

 

仕方なく、生きていた。

そして言い訳みたいに愛を見つけて、肌を重ねて、でもそれは悪い事じゃないと思っていたけど、結局妥協してるだけにしか過ぎないんだろうか。

 

 

「やり残した事とか、ある?」

 

 

東條が聞いた。家を出て、随分多くの時間が流れた。

目の前には海が広がっている。一面の海が広がっていた。

キリカは波の音をボウっと聞いていたが、しばらくして口を開いた。

 

 

「ないよ」

 

「嘘が下手だね、キミ」

 

「もう、傷つくなぁ」

 

 

キリカは大きく伸びを行ってため息をつく。

 

 

「なんだろ、ちょっと考えたらさ、一つあったかもって」

 

「へぇ、どんな事?」

 

「今はもう他人だけど。昔、えりかって娘と友達ごっこしてた」

 

 

間宮(まみや)えりか。

聞けば、キリカが塞ぎこむようになった原因を作った女の子であった。

 

幼い頃、キリカは明るくて優しい娘だった。そして親友がいた。それが、えりかだ。

キリカとえりか、似てる名前、まるで姉妹の様だねと笑いあった記憶は今もすぐに思い出せる。

 

 

「大人になってもずっと一緒だって、約束もしたんだ」

 

 

しかしえりかの両親が性格の不一致で離婚。

えりかは母親についていくため、転校する事になった。

キリカは泣いた。えりかも泣いた。キリカは最後に、えりかが欲しがっていた『うさぎいも』と言うキャラクターのぬいぐるみをプレゼントしようとした。

しかしその人形を買った帰り、えりかを本屋で見かけた。

 

えりかは、本を盗んでいた。

子供ながらに苦しい思いがあったのだろう。反発心が社会反抗と言う選択を導き出した。

キリカはえりかを必死に説得した、えりかは聞かなかった。えりかは逃げた。キリカは万引き犯として掴まった。

 

結局キリカは開放されたものの、えりかが最後まで自分がやったことを告白する事はなかった。

えりかはキリカに罪を押し付けたまま、引っ越してしまったのだ。

裏切り、キリカは傷つき、以来暗い性格になってしまった。

人と目を合わせるのが辛い、言葉が出ない。そんな地獄に、えりかがしたんだ。

 

 

「キリカを悲しませたんだね。僕が殺してあげようか? スライスにしてあげるよ」

 

「うん。殺して欲しい」

 

 

しかしキリカは笑顔じゃない。

 

 

「でも、殺してほしくない。分かるよね?」

 

 

恨んでる。でも、傷ついた。

どうして傷ついた? 分かってる。本当に好きだったから傷ついたんだ。

だから傷ついてほしい訳がない。

 

 

「……会いに行こう」

 

「――でも」

 

「大丈夫。僕がついてるから」

 

「……うん」

 

 

キリカは東條の手を引いた。

 

 

「でも、その前に、しよ?」

 

 

キスをした。

怖いんだね、キリカ、分かるよ、分かってるよ。

東條は微笑んで、キリカを抱きしめた。ホテルは近かった。抱きしめれば震えは止まる。

快楽があれば余計な事は考えなくて良い。その日、二人はガラガラヘビを超えた。

声がかれるまで上がる嬌声は、東條にとっては愛おしかった。

 

ずっと昔に教えてくれた。

どこに行くの? あの町に行くの。

その町の名前を覚えていたのは、きっとたぶんそれだけ心に残っているからだろう。

もちろんずっとその町にいる保障はなかったけど、二人はそこに向かった。

 

まる一日かけて、その町につくと、町中を探し回った。二日かかった。

でも、ふと立ち寄った公園のブランコに、彼女が座っているのが見えた。

 

 

「悲しそうな表情をしてる」

 

「え?」

 

「可愛い顔が台無しだ」

 

 

外にハネた髪、少し太めの眉毛。

間宮えりかは、隣でブランコをこぎだしたキリカを見て、一瞬信じられないと言う表情を浮べた。

そして近づいてくる東條を見て、表情を焦りに歪めた。

 

 

「え? え? だって――、ニュース……ッ!」

 

「なんで、どうして、これから、そんな事は考えない方がいいよ」

 

「え? あ……」

 

 

えりかはしばらく無言で動かなかった。

しかし、しばらくすると、悲しそうに笑ってブランコを揺らし始めた。

 

 

「二人がやったの? あれ」

 

 

キリカは東條を見る。少し悲しげな表情だった。

 

 

「ご想像にお任せするよ。たっぷり妄想してくれよ」

 

「そっか。うん、そうする」

 

「怖くないの? って言うか、私の事覚えてるかな?」

 

「覚えてるよ。久しぶり、キリカ、元気だった?」

 

「うん。元気元気、元気がモリモリすぎて毎日困っちゃうよ」

 

「そか、良かったね。昔とあんまり変わってないね」

 

「そうかな? 一つ、大きく変わったよ」

 

「へぇ、なにが?」

 

「呉キリカじゃなくなった」

 

「え?」

 

「今の私は、東條キリカなんだよ! えっへん!」

 

「本当に!? へぇ、凄いね」

 

 

えりかは笑みを浮かべたが、それはすぐに消えた。

 

 

「怖くないよ。だって、なんか最近、いつ死んでも良いって思うようになってさ」

 

「物騒だね。どうしたんだい?」

 

「お母さんがね、再婚するんだって。笑っちゃうよね、もうオバサンなのに」

 

 

継父との関係がうまくいかず、えりかは最近悩んでいるのだと。

 

 

「いきなりお父さんとか呼べないって。あはは。困っちゃうよね」

 

「仕方ない。愛は、究極の存在だからね」

 

「愛、愛か、あはは、キリカは東條さんのどこが好きなの?」

 

「……そういう質問は好きじゃない。私達だけならいいけど、他人に口を挟まれるのは嫌なんだ」

 

 

だって愛を知らない人が知ったように愛を語ろうとする。

愛を知ろうとして、進入してくる。どこを愛しているのかを知って、一体どうしようって言うんだ。

どうせ知ったとこで何も無いくせに。無を生み出すために、大切な愛を語らせられる。これほど頭にくる事はなかった。

 

 

「どれくらい愛してるとか、尺度じゃないんだよ。数値じゃないんだよ。そういうのに縛られるなんて、愚かだ」

 

「ご、ごめん」

 

「……いいよ、別に。知りたいって気持ちくらいは理解できるから。まあそうだな、強いて言うなら、私は東條のためなら何でもできるよ」

 

 

死ねって言えば舌を噛んで死ぬし。

海に飛び込めって言えば冷たい日本海にも飛び込める。

心臓がほしいと言われれば胸を掻き分けて、心臓を捧げるし。

 

 

「キスしたいならいつでもする。セックスだって、したいならココでしてもいい」

 

「せ、セックスって――!」

 

 

顔を赤くして、ばつが悪そうに俯くえりか。

しかしすぐに皮肉めいた笑みをうかべ、大きくため息をついた。

 

 

「あたしのお母さんも、あの人とするのかな? ああ、もう、気持ち悪い」

 

 

その時、東條の表情が曇った。

刹那、キリカ、判断。決める。えりかを殺そう。

東條を不愉快にさせたゴミは全て細切れにするべきだ。

えりかをバラバラにすれば、きっと東條は笑顔を浮かべてくれる。

待っててね、今すぐ、殺すから。

 

 

「ごめんね、キリカ」

 

「………」

 

 

ソウルジェムを持つ手が、少し、震えた。

 

 

「今更遅いかもしれないけど、あの時のことは、ずっと――、考えてて」

 

「うん。あの、それは……」

 

「もう、遅いかな」

 

 

静寂が流れた。

キリカはブランコを止めて、頭をかいた。

 

 

「キミのせいで、私は変わってしまった。誰も信じられなくなって、怖くなって、暗くなったよ」

 

「……ごめん」

 

「でも、それは本当にキミのせいだったのかな? それも思う」

 

「?」

 

「私は元々暗くて、結局キミがいても、いなくても、成長すればああなってたのかも」

 

「でもキリカは――」

 

「今の私は、東條が作ってくれたんだ。だからッ、その、東條がいてくれなきゃ私はもうたぶん、ここにいなかった。だから、でも、だからこそキミの事が忘れられなくて……!」

 

「……どうすればいい?」

 

「殺したいほど憎んでるって言ったら嘘になるのかも。でも、なにもないって言うのは納得できなくて――!!」

 

 

キリカはため息をついた。

 

 

「私は、キミの事、どう思ってるのかな?」

 

「そんな事……」

 

「言われても、困るよね。ごめん」

 

「……いいよ、別に」

 

「え?」

 

「あたしを殺しても。いいよ」

 

 

毎日がつまらないらしい。

何をしても、何を見ても、気まずくて、下らなくて。

 

 

「あたしもさ、ほら、あんまり人付き合いとか苦手でさ、友達もいないし」

 

「………」

 

「キリカと違って好きな男の人もいないし。付き会った事も無いし。処女だし、ノロマだし、ダメな子だし。屑だし、アホだし、馬鹿だし」

 

「そっか」

 

 

じゃあ殺そう。

キリカは決め――

 

 

「違うよ」

 

「え?」

 

 

ずっと口を閉じていた東條が、言葉を放った。

 

 

「キリカはずっと、キミの事を考えてたと思う……けど」

 

「そ、そうなの?」

 

 

キリカは首をかしげる。分からない。

 

 

「キリカはキミと、また、仲良くなりたかったんじゃないかな」

 

 

でなれば、会いたいなんて、言う訳もない。

この今、この状態、この時、キリカの会いたいはそれだけ重い意味があると東條は分かっている。

 

 

「お願いがあるんだ。えりかさん」

 

「なんですか?」

 

「また、キリカの友達になってくれないかな」

 

「え……?」

 

 

えりかはキリカを見る。

うつむいて、困っている。モジモジして、縮こまり、どうしていいか分からずに震えてる。

 

 

「キリカは、キミが好きなんだよ」

 

「東條ッ、私は――」

 

「………」

 

 

えりかは、キリカを見た。

キリカは困ったように東條を見た。

東條は、えりかを見ていた。

 

 

「キリカ、本当にごめんね。あの時は、私、本当におかしくなってて」

 

「え? あ、うん」

 

「酷いよね。でも、ずっと謝りたかったのは本当だから」

 

「……ん」

 

「だから、キリカ、もう今更遅いかもしれないけど――」

 

 

涙は流れていなかったが、えりかは泣いている気がした。

 

 

「また、あたしと友達になってくれる?」

 

 

愛が、『あ』ってしまった。

 

 

「私は、そもそも、ず、ずっと友達だと……思ってた」

 

「そっか、同じだね」

 

「同じだ……ね」

 

 

東條は心の中で拍手を行った。

愛が、あったんだから。

 

 

「ねえキリカ、東條さん。行くところあるの?」

 

「ないよ」「無いかも」

 

「そっか。じゃあ今度こそ、一緒にいようか」

 

 

えりかはキリカの手を握った。

キリカは嬉しそうな、不安げな表情で東條に手を伸ばした。

東條は微笑むと、キリカの手を握った。

 

公園で三人の男女が手を握り合う。

奇妙な光景ではあったが、そこから見る空は、キリカにとって世界で一番美しいものだった。

 

 

 

 

 

 

えりかの家は二つあった。大きな家に、小さな離れ。

離れは一階は倉庫になっており、二階にはえりかの部屋とトイレ、シャワールームがついていた。

受験に集中できる空間と言う建前だったが、本当は双方が気を遣っての空間だった。

えりかはそこにキリカと東條を住まわせてくれると。

 

えりかは両親に最後の切り札を使った。

大親友が困ってるから、しばらく住まわせてあげたいと。

何も聞かないで、絶対に部屋には入らないで、一生のお願いだから。

お願いします、お母さん、お父さん。

 

はじめて呼んだ父と言う単語。

そしてはじめてのお願い。えりかの両親は了承し、キリカ達は無事に居候になった。

 

 

「あははは!」

 

「ふふふふ!」

 

「………」

 

 

えりかの街には海があった。

キリカとえりかは、はしゃぎ合いながら海辺を走っている。

水を掛け合い、楽しそうにはしゃいでいる。それを東條は砂浜で、城を作りながらジッと見ていた。

その表情は、無。

 

えりかが学校に行っている間は、東條とキリカは手を繋ぎながら街をブラブラ散歩する。

そしてえりかが帰ってくれば、キリカはえりかと笑いあった。

キリカの中にはしっかりと、えりかと過ごした記憶があった。

好きな音楽、漫画、アニメ、歳相応な女の子がそこにはいた。

それは、東條の見たことが無いキリカだった。

 

カラオケに行った。漫画喫茶に行った。ボウリングに行った。ダーツに行った。

バッティングセンターに行った。釣堀に行った。

キリカは笑っていた。楽しそうに笑っていた。

東條はジッと、キリカを見ていた。

 

 

「東條さん。ありがとう」

 

「え?」

 

 

ある日、東條は、えりかにお礼を言われた。

 

 

「キリカが言ってた。明るくなれたのも、あたしの所に来れたのも、全部東條さんのおかげだって」

 

「いいんだ。だってキリカはキミに会いたがってたから」

 

「それを気づかせてくれたんだよ、東條さんは」

 

 

えりかは笑顔だった。

 

 

「キリカ、言ってたよ。東條さんといる時が、一番幸せだって」

 

「え……?」

 

「キリカを幸せにしてあげてね」

 

 

東條は少しだけ微笑んで頷いた。

しかし、すぐに真顔に戻った。

 

 

「キリカ」

 

「どうしたんだい、東條」

 

 

その日は夕日が綺麗だった。

展望台から見えた公園では、子供達が親に迎えられて帰っていく。

 

 

「いかないで」

 

 

思わず東條は口にした。

 

 

「どこにも行かないよ」

 

 

キリカは東條を抱きしめると、優しくキスをした。

何度目のキスだろう? しかし、いつも、心が温かくなる。

一人じゃないと教えてくれる。東條の目から、雫が落ちた。

 

 

「キリカ」

 

めずらしく、東條から舌を入れた。

 

 

「いかないで」

 

「いかないよ」

 

 

続きがしたいと言ったら、キリカは嬉しそうに微笑んだ。

今日日、ホテルなんて探せばどこでもある。

キリカはワクワクした様に忙しなく動き、頬を赤く染め、ピョンピョン小さく飛び跳ねていた。

 

 

「相棒から誘ってくれた! 東條から誘ってくれた!」

 

「嬉しそうだね、キリカ」

 

「最近東條からシてくれなかったらね。私の心臓はもうドキドキして破裂しそうだよ!」

 

 

東條に飛びつくキリカ。

抱きしめ合い、もう一度キスを交わす。

顔が離れると、キリカは笑顔だった。

 

 

「―――」

 

 

悟。

 

 

「キリカ」

 

「どうしたんだい?」

 

 

西日が二人を照らしている。

東には、何もなかった。

 

 

「別れよう」

 

「へ?」

 

 

キリカの動きが止まった。

 

 

「僕達は、一緒にいちゃいけないのかも。たぶん、きっと、そう思った」

 

「な、なんで?」

 

 

しかしキリカはすぐ、笑顔に変わった。

 

 

「分かった。分かったよ東條。嫉妬してくれてるんだね。えりかと仲良くする私を見て、えりかに嫉妬してるんだ!」

 

 

キリカは嬉しかった。心の中から喜びのマグマが溢れてくる。

嬉しい、嬉しい、幸せ、楽しい、嬉しい。

 

 

「ひゃっほう! かわいいな東條。大丈夫、キミが望むならえりかを八つ裂きにするよ。よしきた、今日しよう、えりかが帰ってきたら彼女を殺そう!」

 

 

笑顔。

 

 

「とても、大切な人は、一人で良い!」

 

 

笑顔。

 

 

「ダメだよ、キリカ」

 

 

無表情。

 

 

「僕が一番じゃ、ダメなんだ」

 

 

涙。

 

 

「え?」

 

 

愛が、終わった日。

だって東條は、えりかを殺すと言うキリカが好きじゃない。

キリカが東條の事を一番と言ってくれたのは最高に嬉しかった。

だが、同時に、最高に悲しかった。

 

だってそれじゃあ、ダメなんだから。

東條が好きになったのは、東條が好きじゃないキリカなんだ。

 

 

「ガォオオオオオ!!」

 

 

東條の背後から飛び出したのはデストワイルダー。

キリカに飛び掛ると、押さえつけるように体を掴む。

 

 

「え? あ、と、東條!?」

 

「じゃあね、キリカ。今までありがとう」

 

「う、嘘でしょ? 嘘だよね? 止めておくれよ、こんな冗談!」

 

 

本気だった。

東條はキリカに背を向けると、ひたすらに走り出す。叫び声が聞こえた。無視した。

行かないでと言われた。無視した。

 

 

「う――ッ」

 

 

涙が零れる。悲しくて、寂しくて、苦しくて、東條は涙を零しながら走った。

違う、違うんだ、ごめんキリカ。悪いのは全部僕なんだ。そうやって謝罪の言葉を頭の中で連呼する。

 

そう、違う。キリカは何も悪くない。悪いのは全部自分なんだと、東條は分かっていた。

たしかに嫉妬した。醜い嫉妬だった。キリカがえりかに向ける笑顔をみると、妬ましさがこみ上げてきた。だって今までキリカは自分だけに微笑んでくれたのに。

 

殺したくなった。

キリカはしっかりとその殺意を見通していたが、一つだけ、彼女は間違っている。

東條は泣いた。泣きながら走った。違う、違うんだ、ごめん、キリカ。

僕が、殺したくなったのは、えりかさんじゃなく、キミなんだ。

 

 

「うぐッ、ひっく!」

 

 

東條は自分を危険視していた。

東條が嫉妬で殺したくなったのはえりかではなくキリカ。

そんなことを考える自分が『普通』なわけが無い。

 

愛を独占したいが、それが正しいものとは思えない。東條は気づいてしまった。

いや、もっと前に気づいていたんだけど、気づきたくなくて目を反らし続けた。

しかし気づいてしまう、どうあっても気づかざるをえない。

 

 

「うあぁぁあぁあぁあッ」

 

 

自分は壊れている欠陥品なんだ。

悲痛な泣き声をあげ、東條はボロボロ涙を零しながら走った。キリカから逃げた。

分からない。分かれない。どうすればよかったんだ。思いたい訳が無い、キリカを悲しませたい訳が無い、苦しませたくない。

なのに、なのに、殺したくなった。

 

違う、こんな自分は違う。

でも嘘ではないんだ。そんな自分がただただ嫌いだった。

いつもそうだった。望む世界はキラキラしているのに、いつも自分が濁りを生み出す。

自分自身が望む未来を壊していく。

 

もう、悲しいのか、苦しいのか、辛いのかすら分からない。

全てが嘘に見えた。全てが虚構に見えた。なくなっていく。

体から全ての感情や心が零れ落ちていく。

指の隙間から光が零れていく。分からない、もう何も理解できない。

 

今、どこにいる? 僕は誰だ? 本当の自分が分からない。

仮面を被っているから、厚い鎧を被っているから、自分でも本当が見えない。

 

 

「うぐッ!」

 

 

転んだ。泣いた。痛い。

手を差し伸べてくれる人はいない。

 

 

『人は孤独じゃ生きられない』

 

 

一人と孤独は違う。

 

 

『お前はとくにそうだ。弱く、醜く、一人じゃ前も見えない』

 

 

ジュゥべえがいた。

理解できなかったみたいで、声をかけた。

 

 

『キリカを求めたのはお前だろ。何故お前から拒絶する?』

 

「怖かった……!」

 

『恐怖を忘れるために肌を重ねたんだろ。孤独を忘れるために唇を重ねたんだろ。なのに今更、お前、何言ってんだ』

 

「愛が欲しかった。でも、僕が一番怖いのは、愛だった」

 

 

東條の知っている愛は壊れていた。壊れてしまった。

愛はいつか壊れる。でも無いと生きられない。

嫌だ、壊れてほしくない、でも壊れる。それを知っているから怖くてたまらなかった。

いつからかずっと、キリカを奪われる悪夢に取り付かれていた。

それは夢、それは想像、それは妄想。

 

取り込まれていく幻想真実。

ふとした時にキリカが見えなくなる。そしてキリカが前に現れたとき、彼女は他の男の腕に抱かれていた。

 

嫌いな奴、知らない奴、『男』は変わっていった。

でも皆がその太い腕をキリカの胸に伸ばす、キリカの股に伸ばす。

髪を撫で、頬を撫で、キリカは嬌声を上げる。

そして東條を、可哀想な目で睨むのだ。

 

 

「気づけばキリカが、犯されてる。僕以外の人に、奪われる」

 

 

愛されれば愛されるほど、失った時の事が頭に張り付いてくる。

愛すれば愛するほど、奪われる恐怖に駆られる。夢を見た。幻を見た。

キリカが助けてと叫んでいる。手を伸ばしている。しかし何もできなかった。

ただ座って、ただ歯を食いしばってキリカが無理やり犯されているのを見ているだけしかできない。

 

キリカは泣き叫ぶ、キリカはその内に快楽に染められていく。

東條はただ耳を塞ぎ、目を塞ぎ、涙を流すだけしかできなかった。

気づけば、クローゼットの中に閉じ込められていた。

 

吐き気がする、頭がいたい、嬌声が耳に張り付く。

鼓膜が破れそうだ。東條は泣いた。泣いた、泣いて、泣いた。

もう前にはキリカはいない。

 

 

『アホかお前は。お前はキリカとずっと一緒だった。キリカが他の男に触れる機会なんて無い。お前が一番知ってる』

 

「そう、そうなんだ。でも考えてしまう。思ってしまう。それで、苦しむ」

 

 

心が張り裂けそうになる。東條は泣いた。

意味が分からない。ジュゥべえは笑った。キリカ視点で考えてみればこれほど滑稽な話はない。

なにもしてないのに、恋人は妄想に駆られ、別れを切り出したと。

 

 

「分かってる。僕はキリカを信じなくちゃいけない。でも、妄想が、幻想が、僕を苦しめる――ッ! 世界は地獄だ」

 

『つまり、大切な物を作るのが怖いんだな、テメェは』

 

 

欲しかったのは愛ではなく、自分の言いなりになってくれる人形だ。

全てを肯定してくれて、全ての悲しみを包み込んでくれる都合の良い存在が欲しかった。

東條は気づいてしまった。愛じゃない、ただのわがままだった。

キリカはたまたま付き合ってくれていただけだ。

えりかと触れ合うキリカを見て、東條は初めてキリカが生きる人間だと理解しただろう。

 

 

『うわべだけの関係が良い。傷つけあう関係はいらない』

 

 

キリカがそこにいるのに、いなくなる。

 

 

「キリカの笑顔が好きだった」

 

 

しかし、東條に向ける艶やかな笑顔より、えりかに向ける無邪気な笑顔が好きだと気づいてしまった。

東條が好きなキリカは、東條がいると現れない。

 

 

『愚かな生き物だぜお前は。愛が欲しいのに、愛が来ると拒絶する。お前は一体何がしたいんだよ』

 

「分からない。なにも――、分からない」

 

 

なんの為に生きているんだ。愛せないのに、なんで生きてるんだ。

ニンゲンは皆、愛の為に生きている。誰かを愛するために働いてる。それは自分でも良い。

誰かを幸せにしたいから戦ってる。なのに東條は分からない。他人も自分も愛せないから、怖いし、分からない。

キリカは納得してくれるだろうか? 自分を忘れてくれるだろうか?

苦しいけど、それでも、東條はキリカには幸せになってほしかった。

 

 

「悪い子にならないと……」

 

『は?』

 

 

フラフラと、東條は立ち上がる。

 

 

「そうだ、悪い子になれば! きっとキリカは僕を嫌いになってくれる」

 

 

そしたら、キリカは僕じゃない人を好きになる。そしたらキリカは、幸せになれるんだ。

隣を見ると、病院が見えた。この街で一番大きな病院だった。

 

 

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

悲鳴が聞こえた。

ナースの首が宙を舞っていた。人が逃げ惑う。医者が人を掻き分けて出口に向かう。

ゆっくりと、タイガは歩いていた。その手には斧、デストバイザー。

血が垂れ、近くにいたのは腰を抜かしていた男の人。

 

 

「あ」

 

 

斧の刃が、深く、男性の肩に食い込んでいく。

男性は死んだ。男性の処方箋が落ちた。ただのアレルギーだった。

フラフラと、タイガは斧を引きずるようにして病院の中を歩いていく。

叫び声がうるさい、タイガは静かなところに行きたくて、エレベーターの前までやってきた。

 

チン。と、音がして扉が開く。

中には一階に降りてきた人たちが箱の中に入っている。

親子、老夫婦、おじさん、おにいさん。

 

 

「ガアアアアアアアアアア!!」

 

 

空間がはじけ飛んで、中からデストワイルダーが飛び出した。

咆哮を上げ、白虎はエレベーターの中に入っていく。扉が閉まった。

中から悲鳴が重なって聞こえてくる。

十秒ほど経ってタイガがもう一度ボタンを押すと、扉が開いて、赤く染まった箱の中にタイガは足を踏み入れた。

肉の塊を蹴り飛ばし、スペースを空けると、適当にボタンを押して上に行く。

 

端の方には肉の山があり、頂点には男の子の頭。その上にジュゥべえが立っていた。

タイガとジュゥべえは前を向いたまま、黙って上に上がっていく。

 

 

『何がしたい?』

 

「……悪い子にならちゃくちゃ」

 

『なってどうする』

 

「キリカが嫌いになってくれる。そうしたら、きっと、彼女は幸せになれるんだ」

 

 

扉が開いた。悲鳴が聞こえた。

タイガは斧を振り回しながら降りていった。

ジュゥべえはゆっくりと外に出て、小さく息を。

 

 

『お前はどうなる?』

 

 

切った。斬った。抉り取った。

逃げようとしていたのか、看護婦がベッドを押していた。

肩を掴み、斧を横に振るった。看護婦さんの首が落ちて、血がタイガの鎧を赤くしていく。

 

 

「お、お願いします! お願いだから助けて!!」

 

 

ベッドに寝転んでいた女の人は泣きながら懇願した。

 

 

「赤ちゃん。赤ちゃんが産まれるの! 私はどうなってもいいから、何をしてもいいから! お願いだから赤ちゃんだけは助けてぇえッ!!」

 

 

鼻水を流しながら、涙を流しながら、おしっこを漏らしながら女の人はタイガにお願いをした。

 

 

「一人ぼっちは寂しいから、お母さんはそばにいてあげないと、ダメなんだ」『ストライクベント』

 

 

デストクローが装備される。

 

 

「つめたいから、怖いから、辛いから、本当に愛するなら――」

 

 

タイガは妊婦の腹に爪を入れて、赤ん坊ごと突き殺す。

 

 

「産まない方が良いよ」

 

 

気づく。

 

 

「お母さん。お腹の中の赤ちゃんが、ありがとうって言ってくれた気がしたよ」

 

 

タイガは仮面の裏で小さく笑う。

 

 

「まって、まってお願いまってぇええええええええええ!!」

 

 

骨折したお兄さんの足を切った。

胸を切った。お兄さんは動かなくなったんだ。

 

 

「ひぃぃいぃいぃぃっ」

 

 

お祖母ちゃんのお見舞い、えらいね。

良い家族ですね。お父さん、お母さん、お兄ちゃん、妹ちゃん。

みんな細切れになった。

 

 

「なんで、なんでぇ? 明日、退院だったのに――ッッ」

 

 

運が悪かったんですね。

トイレの個室に入ってるおじさん。三つになった。

 

 

「――ァ、ァ」

 

 

よく分からない機械に繋がれているお爺さんの首を折った。

キリカ、見てる? 僕は最低でしょ? 屑でしょ? 馬鹿でしょ?

こんなクソ野郎、愛する人間なんていないんだよ。

それでいいんだ。だから君は僕を嫌いになりなさい。

そうしたら、たぶん、きっと、君はもっとまともになれるから。

 

 

「……え?」

 

 

ふと、タイガはガラスを見た。

 

 

「え? え? え?」

 

 

誰だ、これは。

僕は、誰だ?

なんで、何も映って無いの?

 

 

「なにこれ」

 

 

窓には誰もいなかった。無が、立っていた。

 

 

『………』

 

 

ジュゥべえは黙って見ていた。

タイガの前には、当然、しっかりと血塗れのタイガが映っている。

 

 

「ん? んん? ん!?」

 

 

タイガには、視えなかった。

幻聴が聞こえた。タイガは公園に立っていた。

 

いや、や、いやいや、もう止めよう。

面倒くさい書き方は終わりにしよう。つまりタイガは思い出しただけだ。

そしてガラスに映った血まみれの自分を見た時、脳がその光景を無に摩り替えた。

 

防御機構。

傷つかない様に心へ掛けるプロテクト。

良い子は見ちゃダメ、脳みそがそうしてくれた。

 

 

『そうなんだ。僕はね、怒られたこと無いよ、凄いでしょ』

 

『ううん。そんなことないよ』

 

『え?』

 

『だってね、ぼくのおかあさん、いってたよ? おこるのは、ぼくをあいしてるから、なんだって』

 

『え? え?』

 

『おにいちゃんは、あいされて、ないんだね!』

 

 

顔の無い男の子の声がタイガの耳に聞こえていた。

 

 

『怒るのは、僕を愛しているから』

 

 

あ。あ。あ。

 

 

「ダメだ」

 

『んン?』

 

「これッ、あ! ダメだな」

 

『なにがだよ』

 

 

斧が落ちる。

タイガは頭を抑え、上ずった声でダメを連呼した。

 

 

「怒られる」

 

『?』

 

「こ、こ、こんな悪い事したらッ! キリカに怒られるゥウッッ!!」

 

 

タイガは両手で頭を押さえて、天を仰いだ。

そもそも、あれ? なんでこんな悪い事しているんだ?

人を殺すなんて。絶対にしてはいけない事じゃないか。

もう一度窓を見た。ガラスに胎児が映っていた。

 

 

『人殺し』

 

 

赤ちゃんが笑った。

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 

タイガの鎧がはじけた。

ダメだ、ダメだ、助けないと。東條は上ずった悲鳴をあげて、目の前にいたお爺さんの体を揺する。

 

 

「大丈夫ですか! しっかり、しっかりしてください!!」

 

 

息が無い。ダメだ、首が変な方向に曲がってる。

戻さなきゃ、東條は首をまた曲げる。ブラン、ダラン、元には戻らない。

そうだ、心臓マッサージ。必死に頑張るが、よく分からない。

 

そうだ、ADLだっけ? AEDだっけ?

それがあれば皆が助かるかもしれない。

東條は叫びながら廊下を探す。無い、無い、あった、でもボロボロに壊れてる。

 

 

「誰だよ! 壊したの! 他のありませんか!!」

 

 

叫ぶ。だが誰も答えない。

 

 

「なんで誰もいないのォ!!」

 

 

お前が殺したんだよ。

 

 

「ウアァァアァアァ!!」

 

 

叫び、東條は戻る。

何をすれば良い? パニックになるが、見つけた。

そうか、これか、どうすればいい? 東條は点滴の液を外すと、パックを啜り、口の中に液を満たすと、人工呼吸を行うため唇をお爺さんの萎れた唇に押し当てた。

そして息を吹きこむと、口の中の液がお爺さんの口の中へ入っていく。これでいいんだろうか? 分からない。東條は心臓マッサージを再開した。

 

 

「戻って来い! 戻ってこい! 戻ってきてよ!!」

 

 

おじいさんは動かない。首が後ろを向いている。

 

 

「なんで!? なんでダメなんだろうか! た、助けてデストワイルダー!」

 

 

アドベントを使用していないのに来てくれるのは、歪ながらも東條を好いていると言うことだ。

デストワイルダーは東條のお願いを聞き入れ、東條の変わりにお爺さんに心臓マッサージを行う。

一発、二発、重い拳が胸に叩き込まれる。胸骨が割れ、あばらが砕ける音が聞こえた。

 

 

「やめてよ! もう肉の塊じゃないかッ!!」

 

 

デストワイルダーはイライラしたのか、爪でお爺さんを引っかいてしまう。

肉が削ぎ落ち、お爺さんは肉ブロックへ変わった。

 

 

「み、みんなぁ、どうして死んじゃったんだよぉおッッ!!」

 

 

涙が出てきた。

そして、銃声が聞こえた。

 

 

「ひぃい!」

 

 

咄嗟に姿勢を低くしたのが良かったのか。

それとも初めから威嚇射撃だったのか。

銃弾はすぐ傍にあった花瓶を破壊するだけに終わった。

東條は目を見開き、前を見る。するとそこには銃を構えている男がいた。

 

 

「東條悟ですね」

 

「え? え?」

 

「確信しました。お前が、一連の犯人だと言う事を」

 

 

人間に。それもあくまでも子供にできる事ではないと皆が言った。

しかしその男は東條が怪しいと睨んでいた。そして追い続け、『同じ力』を手にした事で確信に変わった。

そして、だからこそ、言える。

 

 

「化け物め。人の心を失ったか」

 

 

その男、刑事、須藤雅史はデッキを前に突き出した。

そして構えを取ると、そのデッキをVバックルに装填する。

 

 

「変身!」

 

 

鏡像が重なり合い、シザースは瞬時、カードを発動する。

怖い、怖い、怖い、東條も気づけばタイガに変身していた。

そして逃げようと踵を返す。後ろは壁だった、窓しかなかった。

背中に衝撃が走った。撃たれたんだ、タイガは窓ガラスを突き破って空に放り出された。

怖い怖い怖い怖い。なんで、こんな――。

 

 

「助けて、おかあさん、おとうさん」

 

 

地面に落ちた。激しい衝撃と痛み。

咳き込んでいると、シザースが目の前に着地した。

 

 

「どれだけ死んだと思っている!!」

 

「ぐあぁッ!」

 

 

シザースバイザーが装甲を抉る。

火花が飛び散る。抵抗はしない、できない。気づいてしまう。

シザースは怒っている。当たり前だ、だって、あんな事、信じられない。

僕は、悪だ、悪は死ぬ。悪は滅びる。僕は悪。

 

 

「もうやめて」

 

「黙れッ!」

 

 

殴られた。痛い。

お腹が痛い。

 

 

『悟ちゃん。お腹がいたいのね、ほら、ママがポンポンさすって上げるから』

 

「おかあさん、ぽんぽん、さすって」

 

 

斬られた。

痛い。お父さん、助けて、悪い人がいる。

 

 

「いや、いや、違う」

 

 

ごめん父さん。僕だった。

悪い人は、僕だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キリカ、どうしたの!?」

 

 

えりかがキリカを発見したのは、東條がキリカから別れてすぐの事だった。

この展望台はよく二人がいる場所だ。世界を見渡せるところは気持ちが良い。

だけどえりかが様子を見に来たとき、キリカは地面を転がりまわり号泣していた。

 

 

「ヤダヤダヤダヤダぁ!!」

 

 

子供の様に泣いていた。

えりかがキリカを抱き上げると、キリカはえりかにしがみ付き、何が起こったのかを話し始めた。

呂律の回らない言葉であったが、東條が別れを告げて去っていったと。

キリカも追いかければ良かったのだが、デストワイルダーが消滅した後は、転げまわって泣いていたわけだ。

 

 

「離れたくないよぉおお!!」

 

「東條さん。なんで……」

 

 

そこでふと気づく。キリカの向こうに宝石の花が咲いていた。

 

 

「え?」

 

 

綺麗だ。綺麗だが、おかしい。

ふと、えりかはハッとして顔を上げる。

するとそこには、知らない街が広がっていた。

 

 

「は?」

 

『絶望に引き寄せられてやって来たのか』

 

 

キュゥべえの声はえりかには届かない。

もちろん、キリカにはしっかりと聞こえていた。

 

 

『立った方がいいよ。呉キリカ。寝転んだままだと、死ぬからね』

 

「………」

 

 

振動。それはえりかにも見えたから、悲鳴が上がる。

ビスチェをイメージした花瓶の様な筒状のボディ。

上には宝石がちりばめられ、その中央には球体状の眼球が一つ。

下にはカニのような脚。腕はパールのネックレスの様な球体を連ねたアーム。

 

 

「なに、あれ。オナホールにアナルビーズついてる」

 

『……いやいや。あれは宝石の魔女、ジュリーだよ』

 

 

絶望に引き寄せられ、やって来たのだろう。

それはキリカであったり、或いはえりかであったり、当然東條であったり。

キリカは泣きながら地面を蹴った。速度低下でジュリーの動きを封じ、黒い斬撃を刻み込んでいく。

しかし、違和感。キリカが時間を戻すと、全く怯まぬジュリーがそこにいた。

 

 

『硬いね。手数で攻めるキミとは相性が悪い』

 

 

プラス。

 

 

『東條が危険だ』

 

「えッ!」

 

 

シザースに襲われていると。

しかし、襲われるには襲われるだけの理由がある。

なんの罪も無い人を殺すことは正しい事なのか、間違っている事なのか。

それはあまりにも簡単な問いかけだろう。

 

シザースは刑事だ、東條をその場で裁くこともやむなしだろう。

正義の為に拳を振るうシザースと、血に塗れたタイガ。

どちらに味方をする事が正しい事なのか、キリカには分かるだろうか?

 

 

『それを理解して欲しいから、東條はキミを拒絶した意味もある』

 

 

キュゥべえの目が光る。

キリカの中に東條の想いがビジョンとして入っていく。

愛しているからこそ拒絶する。東條は果たして、キリカの助けを望んでいるのだろうか?

そもそも、ジュリーに勝てるのだろうか? ジュリーの防御力は打ち破れない。

だったらこのまま殺される可能性もある。

 

 

「逃げて、行って、キリカ」

 

「え?」

 

 

えりかの笑顔があった。

 

 

「さっきね、お母さんとお父さんがキスしてるの見ちゃった。キモイよね、はっきり言って」

 

 

首筋には、キスマーク。

キリカの首筋にもたまにできるが、それよりももっとハッキリして、気持ちの悪いキスマーク。

ジュリーのキスは、心を蝕む。

 

 

「なんかさ、はっきり言ってさ、あたし、死にたいの」

 

「えりか……」

 

「なんも上手くいかないの。勉強もしんどいし、学校ではいじられキャラで通っているけど、あれ本当はいじめだし」

 

 

キリカと過ごす時間は楽しいけど永遠じゃない。

この世界の辛いところは、どうにも楽しい事だけをしちゃいられないって事だ。

そのバス、乗車拒否はできますか? できるとしたら方法はなんですか?

決まっている。人生(バス)から降りないと。

 

 

「無理。しんどい。未来とか、全然見えないし」

 

 

受験、辛い。

 

就職、辛い。

 

家族、辛い。

 

友達、辛い。

 

世界、辛い。

 

未来、辛い。

 

世界、怖い。

 

 

「誰が助けてくれるの?」

 

 

友達は代わりに受験してくれるの? 代わりに就職してくれるの?

 

 

「死なせて、キリカ」

 

「………」

 

「最後に会えて嬉しかった」

 

 

いつまでも永遠じゃない。いつまでも今のキリカとはいられない。

社会、世界、それは他人とは寄り添えない。

傍にいる事はできるけど、いつも、結局、自分だけ。

 

 

「………」

 

 

魔女の口付けで自殺願望を刺激されているとは言え、今の言葉は間違いなく、えりかの本音だ。

生きろ、頑張れ、希望はある。そんなありふれた言葉で救えないのはキリカが分かっている。

だってキリカ自身がそうだったからだ。誰もが強くは生きられない。

ドロップアウトしてもいいじゃないか。

 

キリカはそれを他者の死で行った。

しかしキリカも分かっている。それは間違いだ。正しくは、自らの死、自殺だ。

死ねば、終わる、死ねば、報われる。

 

えりかは苦しんでいる。守れるか?

無理だ。不安を取り除くにはその存在を排除しなければならない。

世界を消すか? 無理なんだよ。

 

 

「ごめん、えりか。ありがとう」

 

 

キリカは地面を蹴った。

えりかを置いて、ジュリーの頭上を飛び越え、走り去った。

 

 

「……ばいばい」

 

 

ジュリーの目が光る。すると、えりかの足元に熱が走る。

視線を向けると、脚が宝石になっていった。

ジワリジワリ広がる宝石化、えりかは目を閉じて、楽しい思い出を心に映し続けた。

友情があった。お互いを想い合う友情があった。助け合う友情があったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「英雄に――、違う、ただ、僕を好きになって欲しかった」

 

 

タイガは抵抗しなかった。殴られ、傷つけられ、攻撃を受け続けた。

きっと、望んでいる。終わりが見える。もうすぐいける。待っててね、お父さん、お母さん。

地面にへばりつき、タイガは呼吸を荒げる。

 

 

「どこで、間違えたんだろう」

 

「孤独や劣等感が人を狂わせる事は理解できる。貴方の環境を調べるうち、同情はできますよ!」

 

 

しかし、許されない。

 

 

「辛いから、寂しいから、それらは無関係の人を傷つけて良い理由にはならない!」

 

 

正論です。ごめんなさい、刑事さん。

 

 

「刑事さん、僕はなんのために生きたんでしょう。生きればよかったんでしょう」

 

 

愛が無いのに、生きる事もできない。

 

 

「無いなら、愛すればよかった。違いますか」

 

「僕はお父さんの精子とお母さんの卵子で生まれた肉の塊です。心がなくて、欠落品で、だから神様の工場でできた不出来な劣悪品だから、愛せないんです。愛するのが、怖いんです」

 

「ならずっと怯えていれば良かった! 悲しいけど、いつか分かり合える人に出会えるかもしれなかった! なぜ殺した! なぜ傷つける!!」

 

 

殴られる。血を吐いた。

仮面の隙間から赤が吹き出した。

 

 

「あ、ちがう、ちがうんです。僕は愛していた。愛していたから、殺したんです。怖がってたから、嫌いになって欲しかったから」

 

「ならば何故、他人を愛する事ができない! 一人の為に世界を傷つける! そんな愛が本当に正しいと、お前は思っているのか!」

 

「がはッ! だ、だって愛してたから。他の人には悪いけど、他の人は他の人だから。だから、キリカだけでいいから」

 

 

キリカだけ? シザースは吼える。

 

 

「そこまでして、なぜ自分の人生を愛せない!」

 

 

罪を背負う事が、自分の人生を輝かせるファクターな訳が無い。

確かに、怖い、辛い。しかしそれを他者を傷つける理由にしない事こそが人間のあるべき姿ではないのか?

 

嫌いだから殺す。気に入らないから傷つける。

なんのために理性がある? なんの為に耐える機構があるんだ。

なんで、おまえ、人間なんだよ。

 

 

「普通で――、別に良かったじゃないですか」

 

「……普通になれない僕達は、どうすればよかったんですか」

 

「それでも、普通になれば良かった」

 

 

もうお前は戻れない。

もう許されない。

 

 

「死ね、東條悟」

 

 

シザースはデッキに手をかけた。

刹那、黒が視界に現れる。

 

 

「遅くない!」

 

 

ステッピングファング。

黒い爪が一勢にシザースの装甲を傷つける。

呻き声をあげて倒れる騎士を前に、キリカはタイガの前に降り立った。

 

 

「キリ……カ」

 

「遅くないよ、東條。キミはまだ遅くない」

 

 

キリカは思い切りタイガの頭を蹴った。

苦痛の声が上がる。しかしそれだけ、キリカは手を伸ばした。

 

 

「今のは悪い事したバツ。今度したらもっと酷い事するからね」

 

「な、なんで来たの?」

 

「キミが好きだからに決まってるだろ」

 

 

即答だった。タイガの目から涙が零れた。

 

 

「ダメだよ」

 

「うるさい。私はそれでいい。私達はそれでいいだろ」

 

 

二人で一人なんだ

 

 

「欠けたら、ダメなんだよ」

 

「僕と離れれば、君は幸せになれるのに?」

 

 

もう一発殴った。ムカつくから殴った。

 

 

「そんな幸せになんの意味がある?」

 

 

確かにそういう道もあるのかもしれない。

そういう幸せも悪くないのかもしれない。

でも自分を偽って手に入れる幸せなんて、どれだけ後で良いと思えても適応しているだけにしか過ぎない。

 

そんなの虚構だ。

もちろん向こうの意見も理解できる。

だから、その上で修正すれば良い。人間に許された選択じゃないか。

 

 

「私の幸せはキミといる事なんだよ」

 

 

東條が傍にいるから、えりかと居ても楽しかった。

東條が居るから、世界が輝いていた。

 

 

「あの日、あの時、私の人生が決まったんだ。どれだけ不出来でも欠落してても、私はそれが良いって思うんだよ」

 

 

だから東條の意見はいかない。

彼と別れる事が幸せになる事ならば――

 

 

「私は、幸せにならなくていい」

 

「でも――」

 

「それが私の、幸せだ」

 

 

キリカが前を見ると、シザースが立ち上がっていた。

 

 

「ふざけるな! 罪を無視する事は、絶対に許さない!!」

 

「相棒だって分かってる。自分のした事がいけない事だって――」

 

 

キリカは停止。

そして、舌打ち。

 

 

「あ、違うなコレ」

 

「ッ?」

 

「違う、違う、違う違う違う違うゥウウウ!!」

 

 

そんなんじゃねぇ!!

ああ、もう、全部違うわ。

 

 

「相棒は、東條は間違ってないッ!!」

 

「!」

 

「何を! この罪が間違って無いと!」

 

「ああ、間違って無いね! 嫌いなヤツ、殺したいって思うのは普通だろうが!」

 

「間違ってる!」

 

「間違ってない! キリカちゃんが宣言するよ、間違ってないッ! そうだろ東條さんよう!」

 

「ま、間違ってると……、僕は――ッ、思う!」

 

「うるせぇ! 空気読め!」

 

 

キリカはタイガを蹴り飛ばすと、シザースを睨んだ。

 

 

「まあでも、それを実際にするかどうかは別の話だよ、たしかに」

 

 

タイガのやった事は間違っているかもしれない。

でも『なんで殺すか?』それまでのプロセス、過程、それは決して間違いじゃないと声を大にして言える。

完璧な人間なんてありえない。聖人君子になりたいけれど、そこまで良い子にゃなれない所が辛いのよね。

 

 

「で、なんで殺そうと思ったんだよ、東條!!」

 

「キリカを、馬鹿にしてたから……!」

 

「それだけ? それだけじゃないよね! 東條だってアイツらの事、嫌いだっただろ!」

 

「分からないよ、興味が無かったから……」

 

「嘘つけよ! 好きになって欲しかったんだろ! あんな奴らに? 冗談じゃない、ゴミクズばっかじゃないかよ!」

 

 

少なくとも私はゴメンだね。

あんなゴミと仲良く馴れ合うくらいなら全員八つ裂きにした方が余程気持ちがいいからね!

 

 

「もし仮にさ、東條の理由が本当にそれなら、私のため一直線って事でしょ!」

 

「……うん」

 

「なんで!」

 

「だって、キリカが――」

 

「好きなんでしょーッッ!!」

 

「う、うん」

 

 

頭をかきむしるキリカ。

 

 

「だったらなんで訳わかんねぇ理由今更になって振りかざしてんだよ!!」

 

 

もう一発、タイガを叩いた。

 

 

「キリカのため、キリカのため、キリカのため! 違う! ぜんぶ自分(テメェ)の為なんだろうよ!!」

 

「……ッ」

 

「もっと自分になれよ東條! 少しは自分に優しくすればいいじゃないか! って言うか、もっと私にも優しくしろよ! なんだよ好きって言ってくれたのに、今更私を悲しませて、わけ分かんないのさッ!!」

 

 

キリカのためじゃない、東條が傷つきたくないからだ。

東條のためなんだ。東條は結局、東條のためなんだ。キリカはそう説いた。

 

 

「愛じゃないッ! そんなのオナニーだろ! キミのオナニーに付き合いたくない!」

 

「訳の分からない事をォオッッ!!」

 

 

痺れを切らしたのかシザースが走り出す。

 

 

「うるせぇ、お前はちょっと黙ってろ!」

 

 

眼帯を外すキリカ。

晒された右目だが、眼球の構造が普通のソレではなかった。

黒目の部分にはローマ数字が時計の並びで12個刻まれている。そして二つの秒針。シザースとキリカの視線が合ったとき、シザースの動きが完全に停止した。

クロックアイ。減速魔法の極地、相手の動きを12秒止める魔法。

 

 

「東條、難しい話じゃないだろ!」

 

 

それはごくごく簡単で単純な話。

キリカの為に別れる? じゃあ東條はそれで幸せなのだろうか。

幸せじゃないならアイじゃない。双方が想い合う形こそが愛だと、あれほど言ったくせに。

 

 

「面倒のくさい男だよキミは! 簡単な話だろ!!」

 

 

思い切り息を吸い込むキリカ。

そして、解き放つ。

 

 

「私は、東條とセックスがしたいんだよぉおおおおお!!」

 

「……え?」

 

 

もっと、愛し合いたい。

性行為は一番分かりやすい愛の証明ツールであると。

 

 

「キミとならもっといろんな――ッ! バニーとか園児にコスプレしてもいいし、オナホとかアナルビーズ使ってもいいし、使いたいし、鞭とかロウソクとか使ってもいいし、どこでも見せるし舐めれるし、排泄物だって食べていいし、首絞めてもいいし、オナニーの見せ合いでもいいしぃいッ!」

 

 

呼吸を荒げるキリカ。

真っ赤だが、恥ずかしいが、どれもコレも本心だった。

潤んだ目でタイガを見る。どうしていいか分からず、タイガは唸った。

まだ足りないのか、キリカは涙を振りまいて叫ぶ。

 

 

「一緒にご飯を食べたい。一緒にお風呂に入りたい、一緒に歯を磨きたい、一緒に眠りたい。一緒に出かけたい。一緒に景色が見たい。一緒に手をつなぎたい。一緒に歩きたい。一緒に買い物がしたい。一緒にお茶したい。一緒に着替えたい。一緒に遊びたい。一緒に本を見たい、映画を見たい、美術館とか行きたい。一緒に、一緒に、どんなときも、何をしても、一緒が良いッ!!」

 

 

東條がイヤでも、キリカはそれが良い。

 

 

「一緒に、いたい!」

 

 

もしも、まだ、そのぬくもりを覚えているのなら。

もしも、まだ、同じ思いを抱えているなら。

 

 

「もしも一つでも私と同じ思いを抱えているなら、お願いだよ、東條、戦って!!」

 

 

在り続けるんだ。自分を示せばいい。

自分で考えて、自分で答えを出してくれ。

 

 

「私はキミを愛してる! だから、キミはどうなんだよ!!」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

 

受付に入った。

あとはタイガだけだった。

 

 

「僕は――」

 

 

欲望を示したいのか。そうじゃないのか。

いや、違う、もっと簡単だ。

キリカといたいのか、いたくないのか。

 

 

「私の幸せとかどうでも良いッ! 君の意見が聞きたい!!」

 

「いたい」

 

 

やはり、そこは、即答。

そうか、悲しいのか、僕は。キリカと別れるのはこんなにも辛いのか。

辛いのは、イヤだな。

 

 

『ファイナルベント』

 

 

一瞬だった。一瞬でシザースの眼前にデストワイルダーが立っていた。

動き始めたシザース。しかし爪、爪、爪。抵抗を示すがそこには黒。

シザース視点。辺りを高速で駆けるキリカは、その爪を振るってシザースの防御を崩す。

 

よろけた。

今だ、デストワイルダーの爪がシザースの胴体に入った。

飛び散る火花、まだ、まだだ、次々に振るわれる爪。

そしてフィニッシュに、深く爪が押し入った。

 

 

「グッ!!」

 

「ガオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

咆哮をあげてデストワイルダーは豪腕を振るう。

シザースの体が宙に浮き上がり、そのまま真横に投げ飛ばされる。

そして背に衝撃。闇の爪が鎧を裂いて進入してくる。

デストワイルダーからシザースを受け取ったキリカは、そのままシザースを地面に叩きつけてダッシュ。引きずりながら、タイガを目指した。

 

 

「ハァァァァ……!」

 

 

爪を構え、姿勢を落とすタイガ。

そう、そうだ、ワガママを聞いてください。

ごめんなさい神様、刑事さん、被害者の皆様。

僕は、僕は――、それでもまだ、キリカと離れたくない。

 

他はなんでも諦められた。

他人の命、家族の命、自分の命、なんでも捨てられた。

でも、だけど、キリカへの愛だけは、捨てられない。

 

 

「グガァアァアア!!」

 

 

キリカが突き出したシザースの腹部に、タイガの爪が突き入れられた。

複合ファイナルベント、ライトニングチェック。シザースは地面を転がり、血を吐き出す。

しかし今まで何もダメージを受けていなかっただけに、変身が解除されるまでには至らない。

立ち上がると、自らもデッキからファイナルベントのカードを抜き取る。

 

 

「人を殺しておいて、どの口が愛を語ろうと言うんですか……ッ!」

 

「この口だよ。人は勝手な生き物でね」

 

 

しかし確かに東條のやった事は許される事じゃない。

キリカもまた、そう思っている。

 

 

「だから東條。もう二度と人を殺しちゃダメだよ」

 

「……うん」

 

 

タイガは変身を解除する。

何を馬鹿な、シザースが構えると、東條はキリカの腕を握った。

 

 

「ごめん。キリカ、僕は――」

 

「いいんだよ。誰でも間違えるから。私はそれでいいから」

 

「――キス、してくれる?」

 

「いいよ。私もしたい」

 

 

唇が触れ合う。

優しい感触が愛を思い出させてくれる。

そして冷静さ。東條はそこではじめて周りが魔女結界に変わっている事に気づいた。

 

 

「これ、魔女」

 

「うん。硬かった」

 

「えりかさんは?」

 

「もう、死んでるかも」

 

 

キリカが悲しい顔をした。

東條は目を見開いた。

 

 

「ダメだ、なんとかしないと」

 

「は、ハハ――ッ」

 

 

その時、シザースはファイナルベントのカードを落とした。

はっきり言うと、今ので心が折れたのだ。イカれてる。

頭がおかしいとかそう言う時限を遥かに超越している。

 

意味が分からない、理解できない。

本気で本当に世界が二人で完結しているのだと理解した。

どうでもいいんだ、世界なんて、ただ愛があれば。おかしい、ぶっ飛んでる。

 

でも、それが、少し、羨ましかった。

よくも悪くも自分と本当に大切な者のことしか考えていないのだ。

人間を人間として見ていない。良心も悪意も好きな人で左右される。

 

なんて傲慢な生き物。なんて我侭な生き物。

だがそれが力を手にした者の特権なのかもしれない。

シザースには、それが少し羨ましかったのだ。須藤はそんな感情を知らない。キリカの為なら。東條のためなら。○○ができるなんて相手を知らないから。

だから、シザースは変身を解除した。

 

 

「正直――、一人、私も殺しました」

 

「え?」

 

「嫌な上司、刑事とは思えないヤツを殺しました。でもそれに縛られ、私は正義に縛られていたのかもしれない」

 

 

感想、二つ。

 

 

「キミの自分語りなんてどうでも良いよ」

 

「刑事さんが人を殺しちゃ、いけないと、僕は思う――、かも」

 

「ハハハハハハ!」

 

 

凄い、凄すぎる。須藤は笑い。腕を伸ばす。

 

 

「早く、行きなさい。東條君」

 

「……!」

 

「何がしたいんですか? 何をしたいんですか? 迷いなさい、しかし答えを出しなさい。人を傷つけるのは止めなさい。その上で自分が納得できる答えを実行しなさい」

 

 

須藤は拳銃を構えた。そして、銃口を口の中に入れる。

罪人を逃がす事。刑事としての情熱が既に無くなっていた事。

少し二人に共感してしまった事。結局自分の正義を押し付ける事しか考えていなかった事。

もうなんか、どうでもよくなってしまった事。

それらの、けじめは、今つけよう。

 

 

「最後に、でも、覚えておいてください」

 

 

銃を口から抜く。気づいてしまった。

この戦いに正義など存在しない。

あるのはただ、純粋な――

 

 

「生きる事を、馬鹿にしないでください」

 

 

須藤は再び銃を口の中に入れ、引き金をひいた。

血、骨、脳が破裂し、須藤は地面に倒れた。

 

 

「なんで死んだんだろう」

 

「そりゃ、刑事じゃなくなったからじゃないかな」

 

 

刑事として生きていた男が刑事じゃなくなったら、存在意義がなくなる。

だから死んだ。生きている意味が無い――。

いや、そういうのではなく、本当の無になってしまったから死んだ。

 

 

「なんて、違うか」

 

 

キリカは首を振る。もっと簡単だ。

 

 

「決まってるよ、死にたかったからさ」

 

 

東條の脳に電流が走った。

そうか、そうだよな、そうに決まってる。自分で自分を殺す、それが自殺だ。

意図していないならそれは事故でしかない。須藤は今、自殺した。自分の意思で命を断ったのだ。

それが少し意外で、なぜ今まで気づかなかったのだろうと思う。

そしてそれが分かっているかの様に、キリカが問う。

 

 

「早くしないと、えりかが死ぬね」

 

「……うん」

 

「東條。今、何がしたいの?」

 

「え?」

 

「ねえ、生きたいの? 死にたいの?」

 

「ッ」

 

『何で生まれてきたのかって分かりますか? 正義ってなんだと思いますか?』

 

 

いつか、聞かれたインタビューの答えが、今、東條の中に生まれた。

 

 

「そうか、そうだね、そうかも」

 

「なにか気づいたの?」

 

「うん。わかった」

 

 

悟。

 

 

「自分の事は、自分が決めれば良いのかもしれない」

 

 

生きる理由。

何が良い? 僕。どんな生き方を妄想していた? 好かれたい。好かれたかった。

なんで好かれたかった? 違う。僕はただ、お父さんとお母さんに愛してほしかっただけだ。それはもう無理なんだよ、僕。

 

じゃあどうすればいい?

決まっている。キリカ、愛しいキリカ、キミを泣かせたくない。

君を笑顔にするにはどうすればいい?

 

分かる。大丈夫、分かってるよ。

えりかさん。キミだね、キミが必要なんだよ。キリカにも、僕にも。

じゃあ、あと一つ。正義って何?

 

分からない。

 

分からないけど――。僕が正しいと思うこと。でも僕ってなんなんだ?

精子+卵子=僕? 記号的な生き方? 存在を確立できない劣化品? 劣悪な感情? 殺しまくる殺人マシーン?

イヤだ。そんなのはイヤだ。違う。もっと――、人を守れる人になりたかった。

 

もう遅い? 遅いよね。僕はもう戻れない。

 

 

「そうだ、僕はもう、戻れない」

 

 

罪は消えない。血は消えない。

殺した屑、殺人鬼、人間じゃない。僕は本当に生きてる価値の無い存在だ。

でも、だったら、今すぐ死ぬ? それはイヤだ。なんで? キリカと居たいし、それに――。ああ、もうすぐ辿りつける気がする。

 

早くしないとダメだ、えりかさんが食われちゃう。

そう、そうだ、そうなんだ、えりかさんを助けたい。

 

なんでえりかさんを助けたいの?

 

だって、キリカのためだし、僕のためだし、違う。

もっと根本を見ろ。根本、僕は殺人者、僕は悪人。僕は、僕は、僕は――。

キリカの言葉が見える。ため、ため、ため、自分のため。

 

 

「あ」

 

 

そうか。

僕のためか。

 

 

「ッッ!!」

 

 

理解が駆けた。

決意が駆けた。

覚悟が駆けた。

キリカ、僕は、騎士だった。

 

 

「東條……!」

 

 

東條はデッキを右手に持って、強く、強く、前に突き出した。

呼応するように腰に現れるVバックル。

 

 

「キリカ、僕はもう取り返しのつかない事を幾つもした」

 

「……うん」

 

「だから、このままで終わりたくないんだ」

 

 

左腕と右腕をクロスさせ、Xの文字を描くように斜め下へ移動させる。

そして右腕を左へ、左腕を右斜め上に突き出し、手首を返した。

 

 

「変身!」

 

 

鏡像が重なる。

タイガは拳を握り締め、走り出した。

 

 

「このまま終われば、本当に僕の生まれてきた意味がない!」

 

 

傷つけて、苦しめて、そんなままで終われば、本当に『終わり』だ。

悟ちゃん、あなたはね、人間を悲しませるために産まれてきたの。

人間を殺すために産まれて来たの。苦しむために生まれてきたのよ。誰も守れないで死んでいくのよ?

それでいいわよね。それでいいだろう、悟。

いい訳ないです。クソババア、クソジジイ。

 

 

「ある筈だ。まだ、人殺しでも誰かを助ける資格はある筈なんだ!」

 

 

せめて、愛する人の親友くらいは守りたい。

いや、守れなければ、何のために生きている。

 

 

「たった一人で良い。でもたった一人も守れなきゃ! 生きてる意味がない!!」

 

「まだ間に合うよ東條! だから走ろう!」

 

「うん。僕の意味は、僕が証明する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『?』

 

 

ジュリーは疑問に思っていた。

ジュリーは対象を宝石にして殺し、自分のコレクションに変える魔女だ。

しかし何故か、えりかが宝石化するのには通常の倍以上の時間が掛かっている。

えりかは死を受け入れているのか虚ろな目で時が来るのを待っているが、それにしてもおかしい。

 

違和感、それは恐怖に代わる。

魔女は焦ったのか、えりかを諦め、直接殺す手に出た。

数珠繋ぎになったパールの腕を振り上げ、えりかを叩き潰そうと殺意を振りかざす。

 

 

「ごめんね、駄目な子で」

 

 

えりかは、誰に宛てるでもない言葉を呟いた。

それは両親であったり、友人であったり、なにより自分であったり。

利口な人間になりたかった。凡で良かった。凡にすらなれなかったけど。

みんなどうして頑張れるんだろう。皆どうしてちゃんとできるんだろう。

辛いのに、苦しいのに、どうして耐えれるんだろう。

 

 

「あ」

 

 

えりかが見上げると、巨大な球体が見えた。

アレに潰されるんだ。そう思ったら笑えてきた。

クソみたいな人生だった。産まれてこなかった方がまだマシだ。

えりかは潰された。魔女に潰されるために産まれてきた。

 

 

『?』

 

 

しかし、固い感触。

ジュリーが知っている人間の感触ではない。

腕を上げる。すると、そこに、巨大な爪が見えた。

 

 

「違うよ、それは」

 

「え?」

 

 

えりかの想いは声に出ていたみたい。そして違うと言われた。

気づけば抱かれていた。黒い少女に包まれていた。

 

 

「キミがいたから、私の人生の一部が楽しくなった」

 

 

轟音が轟く。

タイガ、キリカ。到着。

そしてタイガが振るったデストバイザーがジュリーの腕の一部を吹き飛ばした。

 

一方でキリカはニコリと微笑む。

減速魔法をえりかに掛ける事はある意味、とても酷い事である。

なぜならば、もしなんらかのケースでえりかが死ぬ場合。死に至るまでの時間も延長されるため、苦痛が長くなると言うことだ。

 

しかしキリカは減速魔法をえりかに掛けた。

えりかを助けに行ける状況を予想したからだ。

まあ、正直、助けに行けなかったらえりかは長く苦しむが、それはそれで、過去の万引きの件でチャラって事にしようとキリカは軽く考えていたわけだが。

 

 

「えりか、キミがいたから、私は笑顔になれたんだよ」

 

「でも、あたしじゃなくても良かったでしょ」

 

「もちろん。でもそれって全部そーだろう?」

 

 

その人じゃないとダメなんてある種、結果論でしかない。

優れた才能を持つものは山ほどと居るし、例えばモナリザやひまわりだって、ダヴィンチやゴッホがいなくてもその内誰かがほとんど同じものを書いていただろう。

 

でも、今、たしかにひまわりはゴッホが書いた。ゲルニカはピカソが書いた。

それは揺るぎ無い事実だ。イフや、『かもしれない』で語るのは、どうとでも言える。

でも今は今だ、えりかは確かにキリカの友達で、東條は人を殺したけどココに生きてえりかを助けた。

 

そういう事なんじゃないのか。

人の世のなんて。時間に支配された人生なんて。

誰かの劣化でも、些細な事でも、してあげれば、何かにはなる。

 

 

「ああすれば良かった。これをしていれば良かった。そんな事考えるなんて意味のない事さ。ならいっそ、あれをしてて良かったって思った方がよほど良い」

 

 

再び轟音。タイガの咆哮が聞こえた。

白銀の爪がジュリーの装甲をガリガリと削っていく。

魔女の悲鳴が聞こえた。キリカは口笛を吹く。

 

 

「同じ武器でもああも違うか。流石だね東條は」

 

 

同じ爪でもキリカはスピード。タイガはパワー。

似ているようで、意外と細かな違いは多いものだ。

もしも、えりかと同じような性格の人間がキリカに近づいてきたとて、同じくらいの友情を育めるとは限らない。

 

 

「な、ね、いいじゃん。生きようよえりか」

 

「でも、辛い」

 

「なら私達が忘れさせてあげるよ。遠い所に行こうか? 勉強もなんにもない所もあるよ」

 

 

魔法少女と騎士があれば、なんだってできる。

そういう特権くらいは使っても良いだろう。

 

 

「私はさ、ね? えりかが好きなんだよ。えりかに死んで欲しくないんだよ」

 

「なんで?」

 

「友達だからね。ほら、簡単なアンサーだね」

 

「キリカ……」

 

「東條はね、人を救える人間になりたいって。当たり前だろうね、人殺しよりかは、恩人の方が気持ちいいからね」

 

 

エゴの上に生きている。それでいい、胸を張ろう。

わがままに生きよう。世界を玩具にしよう。間違えたけど、修正しよう。

 

 

「ガチッガチに固まらなくていいよ。私達はケーキのスポンジみたいに生きようよ」

 

「いいのかな……?」

 

「いいよ。うん、死ぬよりはいいんじゃない?」

 

 

ギュッと手を握り合うキリカとえりか。

 

 

「三人でさ、もっといろんな事しようよ。同じ事でも良い」

 

「うん。うん!」

 

「辛いなら、逃げればいいからね」

 

 

その時、えりかの首筋から魔女の口付けが消えた。

 

 

「あ、でもでも、三人でセックスだけはダメだよ。東條は私のだから」

 

「し、しないよぉ。あたし東條さん嫌いじゃないけど、男としてはタイプじゃないから」

 

「どんな人が好きなの?」

 

「イケメン、高学歴、年収3000万のハーフ」

 

「あぁ。こりゃ一生彼氏できないわ」

 

「なによ!」

 

 

笑いあう。

普通の女の子みたいに笑いあう。

その中で、咆哮と音声が聞こえた。

 

 

「ハァアアアア!!」『ファイナルベント』

 

 

飛び込んでくるデストワイルダー。

両腕の爪を深く、深くジュリーの体に突き入れる。

破片が飛び散るなか、魔女の悲鳴のなか、デストワイルダーは高らかに叫び、足を前に踏み出す。

するとデストワイルダーの何倍もの大きさを持つジュリーの体が引きずられ、移動を開始した。ガリガリと地面を削り、大量の火花を散らしながらタイガに近づいていく。

 

 

「ハァァァァア……ッ!!」

 

 

腰を落とし、爪を構えるタイガ。

右腕に冷気が集中していき、青白く輝いていく。

 

 

「ハァアッッ!!」

 

 

そしてジュリーが眼前に迫ったとき、右腕を思い切り前に突き出した。

ジュリーは倒れた形で引きずられており、そのむき出しになった眼球にタイガは爪を突き入れた。

だが眼球も宝石なのか、凄まじい硬度である。すぐに感じる抵抗感。しかしタイガは叫んだ。

叫び、吼え、唸り、右腕を全てジュリーの体内に押し込んだ。そして一気に冷気を放出する。

 

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

お父さん、お母さん、さようなら。

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

僕は生きていきます。

しちゃいけない事をしたけど、生きていきます。

たぶん、僕は生きていてはいけないんだろうけど、それでも生きてます。

死にたく、ありません。

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

もう間違えません。もう逃げません。

だから、まず、えりかさんを助けます。絶対に助けます。絶対に死なせません。

 

 

「いっけぇええええええッッ!!」

 

 

僕は、人を守れる人間になりたいんです。

 

だから、さようなら。

 

 

「ッッ!」

 

 

冷気が爆発する。完全に凍りつくジュリーの巨体。

しかしそれだけのパワーを使ったのか、タイガは反射的に腕を引き抜いた。

ボロボロの爪、バラバラになるデストクロー。しかしまだジュリーは生きている。だったら――ッ。

 

 

「東條!」

 

 

隣にキリカが来た。

大好きなあなたが来てくれた。

もう、怖いものは無い。

 

 

「一緒に決めよう!」

 

「うんっ!」

 

 

タイガは残っている左腕を。キリカは右手を、同時に前へ突き出した!

 

 

「「終わりだァアアアアア!!」」

 

 

クリスタルブレイク。

白と黒の斬撃がジュリーの中を巡り、凍結した体が粉々に砕け散った。

砕け散っていく魔女の破片と魔女結界、その中で二人は変身を解除した。

そして抱き合い。口付けを交わす。

 

 

「やったね、東條」

 

 

キリカの表情は少し、寂しげだった。

 

 

「ッ、どうしたのキリカ」

 

「うん。東條に嘘をついたのが申し訳なくてさ」

 

「え?」

 

「今の魔女、落とさなかったんだ。グリーフシード」

 

 

キリカは涙を流し、微笑んで。

 

 

「ごめんね、東條」

 

「キリ――」

 

「嘘ついたけど、愛してるのだけは、本当だからね」

 

 

糸が切れた人形のようにキリカは倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

東條は訳が分からなかった。

さっきまであんなに笑顔だったのに、今は苦しそうに青ざめて息を荒げていく。

えりかも異常事態と察したのか、キリカの名前を叫んで駆け寄ってくる。

 

 

「キリカ! どうしたの!?」

 

「わ、分からない――ッ。なんで……!」

 

『当然だよね』

 

「!」

 

 

東條の視線の先、陽炎の中にキュゥべえの姿が見えた。

狂いそうになっていたけど、言葉だけは冷静に聞き取ることができた。

 

 

『キリカは契約から今日までの間、一度もグリーフシードによる魔力回復を行っていないんだから』

 

 

そう言えば――、そうだ。

魔女も一回ほどしか倒していないし、その魔女もグリーフシードは落とさなかった。

確かにキリカは戦闘する回数が少なく、魔力を消費する機会がなかった。しかし全く消費していないなんて、ありえない。

 

なにより先の戦い。

ずっとかけていた減速魔法や、戦いのために消費したエネルギー。

さらに言えばその前の東條との出来事で、キリカのソウルジェムは一気に濁ってしまったのだ。

 

東條は、キリカは、確かにソウルジェムの濁りを知っていた。

しかし濁りはゲームのMP切れ――、としか認識していなかった。

魔法が使えなくなるだけ。そう思っていたが、当然それは二人だけの考えでしかない。

 

 

『真実は違う』

 

「え……」

 

『ソウルジェムが濁り、グリーフシードが孵れば、魔法少女は魔女になる』

 

「え? え? え?」

 

『つまりな、東條』

 

 

東條の肩に乗ったジュゥべえはニヤリと笑っていた。

 

 

『お前の愛するキリカちゃんはもうすぐ死ぬんだよ。そして魔女になる』

 

「―――」

 

 

嘘だ。叫んだ。

えりかは肩を大きく震わせて東條を見る。

東條は青ざめ、涙を流し、ジュゥべえの顔を掴んでいる。

しかし真実、キリカはもうすぐ死ぬ。魔女になる。

 

 

「そんな事、言ってくれなかった!」

 

『聞かなかった』

 

「ッッッ!!」

 

 

その時、キリカがうめき声を上げた。

キリカを抱き上げる東條、キリカは絶望の手前に来ていると言うのに、にっこりと微笑んだ。

 

 

「なんか――、そんな気がしてたんだ」

 

「だったらどうして――ッ!」

 

「ガラにもなく、張り切っちゃったよ。キミに心配かけさせたくないってさ」

 

 

消え入りそうな声でキリカは言う。

そして儚げに笑い、東條の頬に触れた。

 

 

「いいんだ。もう、しかたない」

 

「いやだ、いやだよキリカ! どうして――ッ、こんな! あぁ!!」

 

 

涙を流し天を仰ぐ。

ああ、神様、どうかキリカを――。ああ。ああ。

 

 

「心が、痛い」

 

「ごめんよ、東條。ごめんよ、えりか」

 

 

えりかも全てとは言わないが、ほとんどを察したのか、泣きそうになりながらも微笑んだ。

 

 

「いいよ、キリカ、大丈夫、許すよ、絶対」

 

「ありがとう、えりか……。東條も、ごめん」

 

「いやだ、いやだよ、だめだよキリカ。僕を置いて行かないで」

 

「ごめん。でも、本当に、幸せだった」

 

「……うそだ。うそだよ、たぶん、それ」

 

 

幸せ? 嘘だ。

 

 

「キミは本当は、まだ、幸せじゃないんでしょ?」

 

「なんで、そう思うんだい?」

 

「織莉子さん。美国織莉子さんと仲良くなりたかったんでしょ?」

 

「はは……。さすがは東條、私のことなら何でもお見通しか」

 

 

その通りだ。

キリカはまだ最高に幸せではない。

織莉子と仲良くなれれば本当の本当に最高にハッピーだったろう。

 

 

「でも、良いんだよ。キミがいたから」

 

「僕は織莉子さんの代わりなんだよね」

 

「うん。ごめん。でも、キミが、本当に……」

 

 

キリカは笑みを浮かべながらも沈黙し、汗を額に浮かべる。

もう限界なのだろう。意識が薄れていく。でもコレだけは言わないといけない。

キリカは最期の力を振り絞る。

 

 

「愛してる。私は、幸せだよ」

 

「うそだ」

 

「……?」

 

 

意識が薄れていく。

嘘? 何が? いや、幻聴か? 分からない。

 

 

「違う――。幸せもまた同時に抱くから成立するものだよ」

 

 

キリカが魔女になれば、東條は幸せになれない。

ここまで来たのに、僕は。僕は。ああ、なんで、キミを守れない。

たった一人も、守れないで、生きていく甲斐は――。ない。

 

 

「愛」

 

 

呟いてみた。お母さんがそこにいた。

 

 

『悟ちゃん。もし好きな娘ができたら、絶対に大切にしてあげなさい。たとえ自分が傷ついても、絶対に守りなさい』

 

 

そうか、お母さんは悔しかったんだね。悲しかったんだね。愛が無かったから。

 

 

『悟。もしもお前が将来誰かと結婚したなら、絶対にその人を大切にしてあげなさい。父さんとの約束だ』

 

 

軽蔑していたんだね、お父さん。あなたは自分自身を。

だから僕に同じになってほしくなかったんだね。

そうか、そうかもしれない。もしかしたら僕は――。

 

 

「愛されていたのかもしれない」

 

 

涙が零れた。キリカの頬に落ちた。

父さん、母さん。僕はあなた達が嫌いでした。

 

 

だって、嘘つきだから。

 

 

僕を愛していたなんて嘘だから。

僕も愛してるって、嘘になっちゃうから。

でも、それでも、あの言葉だけは嘘じゃないと、僕は信じてる。

 

 

「キリカは死なせない」

 

『無理だ』

 

「お父さんとお母さんと、約束したんだ」

 

 

立ち上がる東條。

キリカは既に意識を失っている。

大丈夫だよ、愛おしいキリカ。僕が守ってあげるからね。たぶん。

 

 

「良い事、考えたかも」

 

『ちなみに、オイラ達を殺してもキリカは助からないぜ』

 

「そんな事しないよ。キリカと約束したから、もう殺さないって」

 

 

東條はキリカの頭を優しく撫でた。

 

 

「ねえ、えりかさん。ちょっと――、目を閉じてくれる?」

 

「あ――、う、うん」

 

「待ってて、キリカ。もうすぐ楽になるからね」

 

 

デッキが光る。

東條の手にデストバイザーが現れた。

彼はそれをキリカの前で思い切り振り上げる。

 

 

「ずっと、一緒だ」

 

『は?』

 

 

ジュゥべえは笑みを消した。

意味が分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キュゥべえ」

 

『なんだい東條』

 

「インキュベーターはなんでもお願いを叶えてくれるんでしょ」

 

『うん』

 

「お願いだ。キリカを助けて」

 

『残念だが東條。僕らが契約するのは少女。つまり女性だ。しかしキミは――』

 

「女だよ」

 

『……?』

 

「僕は、女の子だよ」

 

 

ポタポタと、血が、滴る。

東條の真下に血でできた水溜りがあった。

青ざめ、呼吸を荒げる東條。彼は笑みを浮かべ、その手には――。

 

 

自分の男性器(ペニス)があった。

 

 

『うそだろ?』

 

 

ジュゥべえの額に汗が浮かんだ。

擬似的な感情が既に振り切られた。理解ができない。予想理解不可能。

ジュゥべえは恐怖を覚え、震えだした。

 

 

『なぜ、そんな事を? キミ達、男の急所だろ? それは』

 

「だって、女の子にならないと、叶えてくれないから」

 

 

東條は、デストバイザーで自分の性器を切り落とした。

 

 

『わけがわからないよ』

 

「それに、ね、キリカを愛してるから」

 

『?』

 

「キリカがいないんじゃ、性器(コレ)は、もういらないかも」

 

 

血まみれのペニスを投げる東條。

それはジュゥべえの顔に当たり、彼は悲鳴をあげて後ろに下がっていた。

一方無表情のキュゥべえ。ジッと、丸い目で東條を見ている。

 

 

『理解不能だ。頭がおかしいとしか言えない』

 

「キリカじゃないと勃起できないし、キリカじゃないと射精できないし」

 

『ボクの見立てでは、どうやらキミは狂っている』

 

 

愛が理解できないインキュベーターには特にそう思うだろう。

が、しかし、事実を見る。愛と言う不確かなものの為に、東條はココまでの行動に走る事ができた。

いや、もっと言えばクラスメイトを惨殺する事もできた。

 

 

『その狂気性は、素直に凄いと言わざるをえない』

 

「ありがとう」

 

『確かに、男女の判断と言うのは主に性器を軸に考えられているね。ホルモンや染色体と言う考え方がもちろん正しいのだろうけど、それらはあくまでもヒトが定めた常識でしかない』

 

 

言葉も人間が作った指標でしか無い。

男が女、女が男と定義される未来もあるのかもしれない。

もっと言えばカタツムリや、途中で性別が変わる生き物もいる。

人間がそれに進化する可能性も捨てきれない。

 

 

『ある意味、キミは女性なのかもしれない』

 

「女だよ、僕は」

 

『一人称をボクとする女性もいるね』

 

「うん」

 

『なるほど、なるほど』

 

 

狂気。おかしいが、同時に普通の人間には至れないステージ。

絶望、希望。超越する愛。神を殺す唯一の元素。

 

 

『いいだろう。キミの狂気に感銘を受けた。東條悟、キミの願いはなんだい?』

 

「ありがとう、キュゥべえ」

 

『う、うそだろ先輩!』

 

『こういうデータを集めるのも悪くない』

 

「僕の願いは一つだよ」

 

 

キリカ、キリカ、キリカ。

あなたに、あえて、僕は、幸せでした。

 

 

「キリカを、助けて」

 

『契約成立だ。おめでとう、さとる☆マギカ。キミの願いはエントロピーを凌駕する』

 

 

光が包まれた。

えりかは思わず声を出して笑ってしまった。

 

 

「キリカ、本当に羨ましい。すごく愛されてるんだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ?」

 

『目が覚めたかい、呉キリカ』

 

「え……?」

 

『いや、こう呼ぶべきか。東條キリカ』

 

 

キリカが目覚めると、えりかに抱きしめられていた。

えりかは悲しげな目で、けれども笑みを浮かべて、強くキリカを抱きしめた。

あたたかかった。柔らかかった。優しかった。

 

 

「なんで、私――ッ」

 

「東條さんがね、守ってくれたんだよ」

 

「え? あ、そうだ、東條!」

 

 

辺りを見回すが東條の姿は無い。

代わりに、キュゥべえが見えた。

 

 

『とっても興味深い実験だったよ』

 

「え?」

 

『所詮、まがい物。最初はそう思った』

 

 

結局歪なままであった事はかわりない。

産まれた魔法少女は劣悪品。すぐにジェムが濁って魔女になった。

いや、それは魔女と言うにはあまりにも醜悪なもの。見るに耐えない廃棄物だった。

するとそのゴミに飛び掛ったのはデストワイルダーだった。

爪で牙で、その醜悪な物体を引き裂き、殺す。

 

 

『ミラーモンスターは自分の分身。どうやら、彼は最期までキミを傷つける事を拒んだようだ。自分で自分を殺したとしてもね』

 

 

なによりも一番興味深いのは絶望の理由である。

 

 

『僕はまがい物だから絶望したと思っていたのだけど、少し調べてみたら、これが興味深いんだ』

 

 

心なしか、少しキュゥべえが楽しそうに見えた。

 

 

『東條悟と言う人間は、常に、絶望した状態で過ごしていたんだよ』

 

 

常にソウルジェムが濁った状態で生活していたのだ。

絶望が、東條の通常だった。

 

 

『その状態で最期までキリカを傷つけなかったとなると、強いと見るか、弱いと見るか。ボクにはわからない』

 

 

まあいいや、キュゥべえとジュゥべえは並ぶ。

 

 

『それじゃあね。東條キリカ』

 

『チャオ』

 

 

キリカの前から二匹が消えた。

尤も、キリカは聞いていなかった。声を上げて、ただひたすらに泣きじゃくった。

人生の中で一番泣いた。きっと世界中の人間で一番激しく泣いた。

 

えりかは、そんなキリカを優しく、ただ優しく抱きしめていた。

だからひたすらに弱さを吐露した。えりかは聞いてくれるだろうか。

この掠れ震える声で放つ弱さを受け止めてくれるだろうか。

 

 

「……普通でよかった」

 

 

別に、特別じゃなくて良かったんだ。

普通に生きたかった。えりかと織莉子と仲良くなって、放課後はファストフードかドーナッツを食べながらお茶をする。

 

休日には色々なところにいったり、お泊り会とかもいい。

修学旅行で好きな人がいるかどうかを探すけど、まだ分からない。

でも、でも、普通に恋をすれば、きっとからかわれてもニヤケ顔。

東條はきっと大人しいから他の子はスルーするかも。

 

嫉妬する必要も無い。

そう、そうだよ、普通に東條と恋をして、手をつないで、キスをして。

それから、ええっと、これは恥ずかしいから。

それから同じ大学とか、行きたい。講義休んでイチャイチャとかしたい。

普通に勉強して、お酒とか、一緒に飲んで。

 

それから、それから――。

 

 

「ァアアアアアアアアアアアアア」

 

 

なんで、東條、キミは、もういないの?

 

 

「生きなきゃね、キリカ」

 

 

えりかも涙を流しながら、ただギュッとキリカを抱きしめる。

 

 

「東條さんが救ってくれたからね、生きないとダメだぞ」

 

 

大丈夫。

一緒に居るから。ずっと手を握るから。悲しいなら、一緒泣いてあげるから。

 

 

「そばにいるからね、キリカ」

 

 

キリカは泣いた。悲しいけど、苦しいけど、でも絶望はしなかった。

だって、えりかがいるから。親友が隣にいてくれるから。

大丈夫。東條、私は死なない。私は生きる。

キミがくれた命は絶対に粗末にしないから。安心しててね。

そしたら、お願いだから夢に出てきて。キスをしよう、続きもいいよ。

だから、そしたら、生きているから――。

 

 

いつか、また、会おうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多くの時間が流れた。

キリカは幸せだった。両親に会いにいった。両親は泣いて喜んでいた。

警察に事情を聞かれたけど、世間ではもっと酷くて大きな事件が起きていて、それにキリカはなにもなかったから、解放されて、世間からもすぐに忘れられた。

 

そして、えりかの隣に引っ越して。

えりかと、ずっと一緒で、楽しかった、嬉しかった、幸せだった。

毎日一緒にいて、そりゃあ時には喧嘩もしたけれど、すぐ仲直り。

だって、親友だもん。えりかもお父さんと上手く行くようになって。凄くハッピー。

それからね、そしてね――。

 

 

『非常に申し訳ない。コチラの不手際でね、開始までにかなり膨大な時間が掛かってしまった』

 

 

キリカは魔法少女の衣装で立っていた。

えりかは来ていない。巻き込みたくないから。お別れは一応、したけど、たぶん大丈夫。

ソウルジェムは濁ってない。魔女とも戦って無いし、グリーフシードがあったから。

東條が残してくれた、グリーフシード。

 

 

『フールズゲームのルールは簡単だ。殺し合い、一人になるか、いずれやってくるワルプルギスを倒すか』

 

 

前者のルールで勝ち残った一人は三つ願いを叶える事ができる。

後者は犠牲者を出さない代わりに、願いを一つしか叶えられない。

 

 

『選ぶのはキミ達だ。ぜひ、頑張ってくれたまえ』

 

 

キュゥべえは一歩後ろに下がった。

 

 

『しかし、コチラのミスとは言え、まさか――』

 

 

消えていくキュゥべえ。

 

 

『まさか、参加者が二人しか残っていないなんてね』

 

 

キリカの前には可愛らしいフワフワのドレスに身を包んだ、鹿目まどかが立っていた。

爪を構えるキリカ。しかし、まどかは悲しげに笑うと、変身を解除する。

 

 

「わたし、鹿目まどかって言います。あなたは?」

 

「……東條キリカだよ。よろしくね」

 

 

キリカも変身を解除した。

二人は草原の上に座り、空を見る。

 

 

「天気がいいですね。気持ちいい」

 

「タメ口でいいよ。ちょっとキミより速く生まれただけなんだ」

 

「え? でも――」

 

「キリカちゃんって呼んで。ね? 桃色ピンク」

 

「も、ももいろ……」

 

「略して、モッピー」

 

 

もはや、なんのコッチャである。

まどかは思わず声を出して笑った。キリカも笑い、ふと、聞く。

 

 

「モッピーはさ、友達いる?」

 

「いるよ。でもね、みんな死んじゃった」

 

「……そっか」

 

「さやかちゃん、ほむらちゃん、杏子ちゃん。あと、先輩、マミさん」

 

 

他にも名前を挙げていくまどか。みんな死んだらしい。

 

 

「キリカちゃんはいる?」

 

「いるよ、最高の親友がさ。この間、パンケーキ食べにいったんだ」

 

「へぇ、羨ましいな。もしかして、その人が?」

 

 

少し踏み込んだ質問だが、まどかは迷わなかった。

心をさらけ出す事が今、大切だと思ったからだ。

キリカもそう思っている。だからさらけ出す。裸になる心をぶつけ合う。

つまり、なんだ、キリカの定義。キリカとまどかは今、セックスをしていた。

 

 

「これはね、違う。大好きな人だけど、もういない」

 

「そっか」

 

 

キリカはお腹をさすった。

そのお腹はとても大きく膨らんでいた。

 

 

キリカは、妊娠していた。

 

 

『どう思う、ジュゥべえ』

 

『気持ちがよろしい。青い空、心地良い風!』

 

 

少し離れたところで二匹はまどか達を見ていた。

 

 

『いや、そうじゃなくて』

 

 

今度は、はっきり言う。

 

 

『魔法少女は妊娠すると思うかい?』

 

『んな訳ねーだろ先輩。あいつ等はゾンビ、死体が孕むかよ』

 

『しかし可能性が無いわけではない』

 

『まあ、契約前にもヤリまくってたし、その際に着床したか』

 

『もしくは自己で体内調整を行ったかだ』

 

『なるほど、魔法少女の中にはソウルジェムの仕組みに気づかず死ぬヤツもいるからな』

 

『ソウルジェムは無事でも、本人が死んだと確信すれば死が具現し、脳の活動が止まる。同じように妊娠したと確信すれば、或いは、ソウルジェムが赤ん坊を作り出す可能性もゼロではない』

 

『だが、死が確立するのは死と言う概念を知っているからだぜ、先輩。妊娠するってのは分かってても、赤ん坊の構造を理解していないとなぁ』

 

『そう、キリカは特に勉強している様子は無かったし、おそらく産まれてくるのは奇形児か、もしくは重度の障害を抱いているか。とはいえ、いずれにせよソウルジェムが一つの生命を作り出すとは考えにくい。流れると言うのが、答えだろうね』

 

『ふぅん』

 

 

いずれにせよ、もうすぐ答えは出る筈だ。

一方、まどかとキリカは笑っていた。笑っていたが、泣いていた。

 

 

「悲しいね」

 

「うん。悲しいね」

 

 

泣きながら笑っていた。

なんだこれ、なんだこの人生、もう笑うしかない。泣かないとやってられない。

 

 

「ねえ、男の子? 女の子?」

 

「うん。男の子」

 

「そっか、名前、決めてあるの?」

 

「あるよ。あるある。もちろんさ。ちょっとこ、古臭いかもしれないけど」

 

「そっか、うん、そっか。いろいろ、ありがとう」

 

 

涙を拭うまどか。

そして、満面の笑みを浮かべた。

 

 

「約束してくれる?」

 

「ん? なにを?」

 

「赤ちゃん、いっぱい愛してあげてね」

 

「もちろんだよ、まどか」

 

「うん。今度、抱かせてね」

 

 

何かが割れる音が聞こえた。

まどかは倒れた。砕けたソウルジェムが手から零れた。

一瞬だけまどかは変身した。彼女は、自分で自分のジェムを砕いたのだ。

 

 

「……約束するよ。生きてれば、きっと、また、会える」

 

 

当たり前の様にゲームは終わった。

まどかの死体が粒子になって消えていく。目の前にキュゥべえが立っていた。

 

 

『おめでとう、キリカ。キミの勝ちだ。なにを叶える? ボクのオススメはワルプルギスの消滅だけど――』

 

「じゃ、消して、それ」

 

『分かったよ。では、ワルプルギスの永久消滅を一つ、叶えたよ』

 

「あと二つ? じゃさ、産みたい」

 

『………』

 

「この子、今すぐ、産ませて」

 

『……なるほど。いずれにせよ、完璧になるわけか』

 

 

産湯、タオル、全てキュゥべえが用意してくれた。

産声が聞こえたのは、まもなくだった。

 

 

「………」

 

 

あっと言う間だった。

あっという間に、キリカの腕の中で赤ん坊が抱かれていた。

 

 

「………」

 

 

ポカンと、していた。

正直、実感が湧かなかった。

 

 

「………」

 

 

草原だった。何も無かった。二人だけがいた。

 

 

「あ」

 

 

赤ん坊が泣いた。声を出して泣き始めた。

 

 

「あ、えと、あわわわわ!」

 

 

どうしよう、どうしよう、キリカはどうして良いか分からず、アタフタと視線を泳がせる。

そもそも赤ちゃんの抱き方ってコレでいいのだろうか?

壊しちゃだめだから、抱える様にしてキリカは赤ん坊を揺らし始めた。

 

 

「ど、どうしたんでちゅかぁ? う、ウンチは――してないか。だったらオッパイかな!」

 

 

出るかどうかは分からないけど、仕方ない、そう思ったときだった。

赤ん坊は、キリカにしがみ付くと、泣き止んだ。

どうやら落ち着いたらしい。キリカを抱きしめ、寝息を立て始める。

 

 

「あ、あはは、もう、わがままなベイビーちゃんだ……な」

 

 

暖かい。温かい。

そして、命が、愛がそこにあった。

生きてる。赤ん坊が、新しい命が、この腕のなかに。

 

 

「―――」

 

 

風が吹いた。草原の向こうに、家があった。

 

幸せな家族が住んでいた。

お父さんがいて、お母さんがいて、男の子がいる。

男の子が小走りに新聞を取ってきて、お父さんは頭を撫でて受け取って、お礼を言った。

お母さんは長い髪を振り回しながらはしゃいでいた。卵焼きが上手にできたんだって。お父さんと男の子は凄いって笑ってて。

 

お弁当だ。

お弁当を作ってるんだ。どこに行くんだろう、遊園地かな、ピクニックかな、なんでも良いよね、家族がいればいいんだ。

あ、猫ちゃんだ。そっか、ペットも飼ってるんだ。大きいね、虎みたいだね。

 

 

「う――ッ! ぐッ!!」

 

 

赤ちゃんを見て、キリカは笑った。

かわいいな、私の赤ちゃん。愛おしいな、私の赤ちゃん。

 

 

「うあぁあぁあああぁぁぁぁあぁ」

 

 

とめどなく、涙が流れた。

あの家族、家庭が、夢見た未来だと自覚した時、それらは全て透けていった。

透明になっていった。X線で見るように、透明になって、消えていく。

 

 

「会いたいよ、会いたいよぉぅ! 東條ぉお!」

 

 

いない、会いたい、寄り添いたい。

でも、もう、会えない。

 

 

「あぁぁぁあぁぁぁあぁ」

 

 

でもその時、腕の中が温かくて、キリカは笑みを浮かべた。

 

 

「大丈夫、大丈夫だよ、心配しないでね」

 

 

優しく、抱きしめる。

その時、キリカもまた、抱きしめられた。

 

 

「大丈夫だよ、キリカ」

 

「えりか……」

 

 

場所を教えられていたえりかは、キリカの事を心配してちゃんとココにやって来ていた。

遠くから見ていたえりか。全てが終わって、すぐに駆けつけたのだ。

全てを理解し、全てを察し、キリカを抱きしめる。

 

 

「かわいいね、赤ちゃん」

 

 

えりかも、泣きながら笑っていた。キリカは深く頷いた

 

 

「生きてれば、また、会えるから」

 

 

いつかまた、会える日のために、笑っていよう。

 

 

「えりか、私、決めたよ――ッ」

 

「なにを?」

 

「この子には、絶対にもう、悲しまないように、苦しまないように、私が愛を注ぐ……!」

 

「そっか」

 

「悪い事したらメッ。良い事したらいっぱい褒めて。それで、一緒に、いろんなところに行く!」

 

「うん、うん……!」

 

「えりかも、一緒に行こうね」

 

「うん!」

 

 

キリカは赤ん坊を抱きしめ、立ち上がる。

えりかも、そんな二人を支えて立ち上がった。

 

 

「帰ろう。キリカ。みんな、待ってるから」

 

「うん」

 

 

今までで、一番綺麗な涙を拭うと、キリカは笑みを浮かべた。

そして、赤ん坊を見る。あんな想いはもうたくさんだ。キミには絶対、背負わせないから。

いっぱい楽しい事をして、夢を見つけて、好きな人を見つけて、幸せになってくれよ。

 

 

「愛してるよ――」

 

 

えりかと、キリカは、笑った。一緒に笑った。

 

 

「私の、私達の、あかちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

FOOLS,GAME XRD・Prompt

 

 

 

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『悪いな、キリカ。そうもいかねぇんだわ』

 

「その通りだ。呉キリカ」

 

 

風を切る音が聞こえた。

えりかの全身に、矢が突き刺さった。

 

 

「え?」

 

「えり――」

 

 

倒れるえりか。死んでいた。

 

 

「え?」

 

 

キリカの足に、矢が突き刺さった。

膝を貫通する矢が、見えた。

 

 

「あッ、ぐぁあつぅッ!」

 

 

え? エ? え? エ? えぇ?

混乱、混乱、理解ができない。意味が分からない。

聞こえる笑い声。歩いてくるのは弓を持った女の子。

 

 

「一つの歴史を終わせるのは、いつもヒトの罪だった」

 

 

桃毛交じりの金髪の少女。

バズビーは跪いているキリカの顔を蹴り飛ばすと、地面へ倒す。

衝撃と苦痛に声を漏らすキリカ、前を見ると、うつろな目で沈黙しているえりかが見えた。

 

 

「えり――、か」

 

「もう死んでいる。フハハハハ、ハハハハハッッ!!」

 

 

大声で笑うバズビー。

思わずジュゥべえはため息を漏らした。

 

 

『つまんねぇ事してねーで、さっさとループを行えよ。いつか足元すくわれるぜ』

 

「そう言うな。魔獣にとって殺人は究極の娯楽だ。それにループが始まるからこそキュゥべえも東條の戯れに付き合ったのでしょう?」

 

『それは、まあ、確かに』

 

「そう。どうせ戻るのだから、少しくらいは楽しんでも――、いいでしょうッ!?」

 

 

地面に倒れたえりかを思い切り蹴り飛ばすバズビー。

死体(えりか)はサッカーボールの様に宙を舞うと、少し離れた地面に叩きつけられた。

するとナイフとフォークを持ったクララドールズ達が行進しながら、えりかの前に到着。

ギコギコギコ。ナイフで骨ごと肉を切って、フォークで突き刺して租借。

グチャグチャ、クチャクチャ、笑いながら、いただきます。

 

 

「う――、ぁ」

 

 

倒れた際、赤ん坊がキリカの手から離れた。

地面に横たわる天使に、キリカは手を伸ばす。

守らなくちゃ、わたしの、私達の――。

 

 

「ハハハハハハハ、滑稽な。こんなクソみたいなサルの子がそんなに大切か」

 

 

キリカの頭を踏みつけながら、バズビーは赤ん坊を掴む。

そしてキリカの腹部に赤ん坊を落とすと、矢を構えた。

 

 

「親子まとめて、串刺しにしてやる!!」

 

 

矢を振り絞るとエネルギーが集中していく。

恍惚の笑みを浮かべ、バズビーは手を離した。

 

 

「スパイラルブルーム!!」

 

 

らせん状のエネルギーがキリカと赤ん坊を貫こうと飛翔する。

 

 

「は」

 

 

その時、バズビーは確かに見た。

キリカと赤ん坊を守る様にして、白き少年の幻影が見えた。

両手を広げ、少年は、キリカと赤ん坊を守ったのだ。

 

 

「ひゃぁぁあ!」

 

 

バズビーは思わず恐怖の声を上げて、尻餅をつく。

放たれたエネルギーが、少年の幻影に触れると反射。

バズビーの頬を掠めて飛んでいった。かすれた部分から黒い瘴気が溢れていく。頭に直撃していたら危なかった。バズビーは肝を冷やす。

――と、同時に、激しい怒りに表情を歪ませた。

 

 

「キュゥべえ、説明しなさい! 何だコレはァアアア!!」

 

『やれやれ。まあいいか。それはね――』

 

 

キュゥべえは語る。かつて、一人の魔法少女が願いを叶えた。

その内容は、愛する人を守るもの。その願いが具現し、キリカと赤ん坊を矢から守って見せたのだろう。

それを聞くと、かつてない程恐ろしく、醜い顔をバズビーは浮かべていた。

 

 

「イツトリィ!!」

 

 

空が割れる。巨大な脳みそが、砕けた空間の向こうに見えた。

そしてビキビキと音を立てて変化していくバズビーの姿。

可愛らしい少女の姿は消え、バズスティンガーブルームが姿を見せる。

 

 

「"忘れろ"」

 

 

指を鳴らすブルーム。

そして次の瞬間、キリカの髪を掴み、強制的に立ち上がらせる。

赤ん坊が地面に落ちた。キリカが叫んだ。聞こえない、聞かない、どうでも良い。

ブルームは裏拳でキリカの頬を打ち、怯ませると、その全身に矢を打ち込んで見せた。

 

 

「ガハッ!!」

 

 

東條の幻影はもう見えなかった。

だって、『忘れられた』から。

 

 

「貴様らが私に傷をつけるッ! それは許されない!!」

 

 

ブルームは弓に付いたブレードでキリカをズタズタに切り裂いていく。

飛び散る血液、苦痛の声、それらを受けて、ブルームは満面の笑みを浮かべる。

アア、気持ちが良い。愛とかマジ、くだらねぇ。

 

 

「とう……じょう」

 

 

うつろな目で、キリカは手を伸ばした。

 

 

「       」

 

 

赤ん坊の名を呼んだ。

まっててね、今、おかあさんが、守ってあげる、から、ね。

 

 

「見えるぅ? キリカさん、今からあなたのソウルジェム壊しますよぉ、こわい? 怖いねぇ、はい、さん、にぃ、いちぃ」

 

 

ブルームはキリカから毟り取ったソウルジェムを指でつまむと、キリカに見せつける。

そしてカウントゼロ。ブルームが力を込めると、魂の輝きは簡単に砕け散った。

 

 

「クハハハ、ヒヒヒヒヒ!! 最高ですわ。やっぱり、この時、この瞬間、たまらない!」

 

 

ブルームはキリカの亡骸を蹴り飛ばすと、さらに頭部へ一発矢を打ち込む。

完全に動かなくなったキリカ。一方で泣き声、ブルームがそちらを見ると、そこには母親を失ったことを本能で察したのか、キリカの赤ん坊が大声で泣いていた。

 

 

「うるさいガキですね。害虫の子供ほど不愉快なものはない」

 

『……その子はどうするんだい、バズビー』

 

「殺すに決まって――、あ、しくじったな。キリカの目の前で食えば良かったかな」

 

『酷いねぇ、放置してりゃあ、いいのによ』

 

「我々の快楽は死と絶望にありますから。フフっ」

 

 

矢を振り絞るブルーム。

しかし、ふと、手を止める。

 

 

「いや……」

 

『?』

 

「コレは、使えるか――?」

 

『なんだよ、なに言ってんだ?』

 

「今、私の言葉はお前たちには届いているだろうが、おそらく人間には届いていない」

 

『まあ、日本語じゃないからね君の言葉は。しいていうなれば魔獣語と言うべきなのか』

 

「今回の件、我らの人間の理解が浅かったため、この様な事態になった。我々は人間の言葉すら、今はまだ満足に話すことができない」

 

『なるほど、そう言えばギアもそう言っていたっけ?』

 

「その通り。ギア様は人を知る必要があると我らに説いていた。まもなく一つの計画が発表されるだろう。それに、『コレ』は使えるかもしれない」

 

『つまり?』

 

「コレは――、持ち帰る」

 

 

ニヤリと笑い、赤ん坊と共に消えるブルーム。

崩壊を始める世界。忘れ去られていく世界。

その中で、ジュゥべえは口が裂けるほどの笑みを浮かべる。

 

 

『なかなか面白いな、先輩』

 

『言葉を完璧に理解していないからね。まだ、彼女達は。それになにより、キリカの声が小さかった』

 

 

勝者は三つの願いを叶えられる。一つはワルプルギスの消滅。一つは赤ん坊を産む事。

そしてもう一つ、キリカは確かに叶えていた。

 

 

『守ってあげるからね』

 

 

赤ん坊の守護。

 

 

『ゲーム外に持ち出したことで、願いは永遠になりえる』

 

『生の約束か。とはいえ、生きる事だけが幸福の約束にはならないのが辛い所だな』

 

 

生きていても、良い事が起こるかどうかは分からない。

生きていても、幸せになれるとは限らない。

彼も、同じだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルケニー様。ソレを育ててください」

 

「ハァ?」

 

 

赤ん坊を投げるバズビー。

アルケニーは反射的にキャッチするが、赤ん坊を見ると嫌悪感を表情に出していた。

 

 

「んだよ、コレは気持ち悪いな」

 

「今度実験に使う一つですわ。15歳か、16歳くらいにはしておけ、と」

 

「イヤに決まってんだろ。殺すぞ」

 

「ギア様の命令です。すべてはゲームの運営のため、拒否は許されません」

 

 

それを言われると都合が悪い。

アルケニーは面倒くさそうに赤ん坊を連れて消えていく。

 

 

「名前をつけておいてください、名づけは貴女にお任せします」

 

「チッ、メンドクセェ」

 

 

消えるアルケニー。

すると椅子に座っていたシルヴィスが唸る。

 

 

「洗脳でいじめと言うものを誘発しましたが、なるほど、悪くない結果でしたね。おそらくコレは契約を勧めるのにかなり便利な要素となるでしょう」

 

「双樹が契約するまでが長かった。今度はヤツをいじめの標的にしておいてください」

 

「ええ、ええ。それに佐倉家を狂わせるのも、私の手に掛かれば容易でした。次はもっと深くいきたいが――、私が舞台にあがると言うのも有りか……」

 

 

すると、闇の中から大柄の男、イグゼシブも姿を見せる。

 

 

「自殺は封じなければならない。自ら命を絶つなど、興ざめにも程がある」

 

「確かに。畏まりました」

 

「それだけではない。性行為は禁止させろ。面倒な感情だ、絡むとより長引く」

 

「そうですね。今回の様な件はなるべく起きない様、イツトリに指示します」

 

「愛など、不快極まりない存在ですわね。ホホホ」

 

「では、東條悟の年齢を高校生へ変更させます。キリカから遠ざければ問題ないでしょう」

 

「しかしそうすると、パートナーとして接触するまでの時間が長くなりませんか?」

 

「ええ、ギア様もその辺りを危惧しておりました。円滑にゲームを進めるまで、まだもう少しテスト運用を行わないといけませんね」

 

 

一方で、自室に戻ったアルケニーは気だるく椅子の上に赤ん坊を置いた。

ぎゃあぎゃあと泣き喚く赤子を見て、殺したくなるが、我慢。

頭を掻き毟ると、すぐに用意された資料に目を通す。

 

人間を魔獣に変えると言う実験は近々行われると聞いたが、この赤子も例外ではない。

移植されるミラーモンスターを見て、アルケニーは成る程と唸った。

 

 

「仕方ねぇな、オイ。お前も仲間かよ」

 

 

それは、同じ、蜘蛛。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

果てしない時間が流れた。

魔獣はゲームを確立し、参加者に賭けるまでに世界を繰り上げた。

その中、皆がホールでゲームを鑑賞する中、ずっと、一人の少年は、自室でゲームを見ていた。

全てのゲームを見ていた。繰り返される輪廻、人の罪、殺人連鎖。

そして、変わる。無限の終わり。おそらくそれは、最後のフールズゲーム。

 

 

『――お前らを絶対に倒してゲームを終わらせる!』

 

『おのれおのれおのれぇえええッ! 城戸ッ真司イィィィイイッッ!!』

 

 

魔獣は、箱庭に降りなければならない。

まずは、誰が? 真司達が目覚めるまで、魔獣は人を殺せない、誰も殺せない。

前回のゲームの流れを汲む殺人以外は犯せない。

降りなくても良いが、どうする? 視線が交差しあう。

その時、少年は自室を出た。

 

 

「ボクに行かせてほしい」

 

 

ポケットに手を突っ込みながら、気だるく、話す。

 

 

「おっと、引きこもり君のお出ましだ」

 

 

蝉堂が馬鹿にした様な笑みを浮かべるが、少年は別にどうでもよかった。

 

 

「理由を聞いても?」

 

 

バズビーの問いかけには、即答だった。

 

 

「人が見たい」

 

 

ずっと引き篭り、全てのゲームを見てきて分かったことがある。

 

 

「一つ、人間は屑だ」

 

 

平気で人を殺す。

 

 

「一つ、人は弱い」

 

 

些細な事で苦しみ、悲しみ、泣く。

 

 

「一つ、人は不出来だ」

 

 

劣化品、劣悪な人間は見るに耐えない。

 

 

「一つ、人は平気で嘘をつく」

 

 

愛しているって言ったのに、次の世界になれば、忘れてる。

憎み合う事も、関わらない事すらあった。なんだよ、それ、なんなんだよソレは。

笑わせんなよ、馬鹿。

ボクはお前らが嫌いだ、ウソツキ共。

 

 

「人は、愚かだ」

 

 

哀れすぎる。愚か過ぎる。

苦しんで、答えを出しても、次のゲームになればハイおしまい。

それを知らない人間達は今日も頑張って、さ迷って、涙を流して。

 

とんだ愚者(フール)達。

滑稽なピエロじゃないか。

 

 

「支配者として、相応しくは無い。ボクがそれを見極める」

 

 

まだ知りたい。もっと知りたい。

そして答えがある筈だ。迫りくるThe・ANSWER、その向こうにきっと答えがある筈だ。

分かっている、だから確かめるだけにしか過ぎない。

待ってろ、人間。待っていろ世界。

 

 

「ボクが人間を、終わらせてあげるよ」

 

 

アシナガは歪んだ笑顔を浮かべ、赤い瞳を光らせた。

 

 

 

 

 






あとがき『小説版龍騎から学んだ二次創作のカタチ』


リアルが忙しく現在は放置気味のブログでも触れましたが、今回また触れてみようかなと。

前書きにもありましたが、今回の短編は小説版龍騎を参考にしてます。
さらにこの直後に書いた虚栄のプラナリアも小説版龍騎をパク――、オマージュしております。

さらにさらに、以後書いたもの(アポロンの獏だのカメンライダーだの)これら全てにも小説版龍騎のエッセンスは入れたつもりです。
と言うのも、僕は小説版龍騎を見て衝撃を受けました。

いや、はじめは『なんちゅうもん買いてんねん』で終わったんですが、ちょっと経ってからまた読み返してみると、『なんて美しいものを書くんだ……!』と言う感想を抱いたので余計に印象に残りました。

なので早速『ごっこ遊び』に入ります。
ライダーベルトを巻いてたのちぃー! とか言ってる状態です。
なぜ龍騎が美しいと感じたのかを真剣に考えてみました。おっと、バカにしないでください。僕ももう大人です。偏差値3くらいの高校を卒業しているので教養はバッチリです。

そんな僕が感じた事を書いていくので、もしよかったら見ていってください。
ただし小説版龍騎だけじゃなくて、他の小説版のネタバレもガッツリしてますので、そういうのが嫌な人は見ないでね。
あとこれはあくまでも個人の意見なので、その点だけは注意してください。これは答えでもなんでもありません、ただの妄想、自己解釈です。


まず以前も触れましたが、龍騎を読んだ人なら分かると思うんですけど、おそらく頭に残る感想は三つの筈です。


・ウンコ
・セックス
・北岡


分かりますか皆さん。
仮にも約10年の時を経て世に出された新作の龍騎がこの三つなんですよ?
いやなんだったら女の人が実質ウンコ食うみたいなシーンもあります。そしてその後に子宮突き破って死ぬんですよ。

なんだよコレって素で声が出ました。
しかも龍騎ってあの時は最後のライダー小説だったんですよ。
それで、ラストを飾るのがウンコなんですよ。
なので僕はプラナリアにウンコ成分を入れました。ラストウンコ。ファイナルウンコ。

やっぱ脚本家の写真一覧で、一人だけ包丁もって舌なめずりしてる男は違うんです。

お次はセックスです。
龍騎ではもう性が入り乱れてます。もうメチャクチャです。童貞の僕には理解できません。
真司が耳かき屋を風俗店と間違えてパンツを脱ぎます。美穂とお外でもヤリます。
蓮も優衣ちゃんとセフレなんでヤりまくってます。サフレはお菓子です。
考えてみれば555だって、草加がレイプしてます。
思えば他のライダー小説だってそうです。直接的な描写こそありませんが、フォーゼだってヤる筈です。ウィザードだってあれはヤルでしょう。タケル殿や進ノ介だって息子がいるんですから、そらもうね。
エグゼイドはどうでしょうか? まあアレもヤるんちゃうか?(適当)


なので僕はイグザードプロンプトと、プラナリアと、カメンライダーにセックスをブチ込みました。


最後の北岡ですが、これは前述の草加同じく、『既存キャラ』の破壊に繋がります。
イメージが固まっているキャラクターをブチ壊すことで、新しい衝撃を生み出したのではないでしょうか。
事実、小説版龍騎では真司が人を殺します。蓮もなんのこっちゃなく他の参加者をブチ殺します。
北岡が吾郎ちゃんをぶちのめします。北岡が赤ちゃんになります。浅倉がウンコ食べます。
優衣ちゃんが――……。

これは同作者が担当している漫画版クウガにも見られることです。
五代の見た目が全然違います。翔一も違います(ここで気づいたんですが、翔一もセックスしてんなコイツ)。春日君の性癖が異常です。ガリマ姉さんがどちゃくそ可愛いです。

これらの事から小説版龍騎は龍騎ではないとか、キャラを汚すなとか色々言われてます。
漫画版クウガも、クウガじゃなくてワウガだとか色々言われてます。

しかしこれはつまり――、オリジナルではない。
言ってしまえば『オリ主』とも取れま……、せんか?
もちろん全然違いますが、オリ主(オリジナル)でも同じことができる筈です。
まあ……、ここは置いておきましょう!

とにかく! これらの事から相当小説版龍騎はエグいのです。
ウンコとか内臓とかセックスとか、言ってしまえば『汚い』とも言えるかもしれません。

ただ、これが面白い事に、なんかラストは清清しいんですよ。
まるで――、ウンコが流れたように(名言)

あと何と言っても終わりは切ないし、そこに至るまでのイベントには美しさと儚さを感じます。
虹色の空。優衣の蓮への想い。優衣の最期。最終決戦。真司の願い。最後の一人からのラスト。
それらが凄まじく美しい。そこで僕はこんな意見を見かけました。僕はまだ読んではないんですが、同作者の別の本でも似たような感想がありました。
とにかく美しい。



ではこの美しさの正体はなんなのか。
もちろんそれが『綺麗なもの』である事は明らかだと思います。
そこで僕は気づきました。もしもダイヤが無数のダイヤの中に紛れていたら? 確かに宝石は美しいでしょうが、周りにも綺麗な宝石が無数にあると個々の美しさは薄れてしまうかもしれません。

しかしもしもウンコの中にダイアがあったらどうでしょうか……?

いや、違う。やめよう。
お昼ごはんに梅干と白米を出されました。昨日の夜ご飯がお寿司で、朝ごはんがステーキだったら『しょぼい』と思うかもしれませんが、三日間何も食べてない状態だったら『ご馳走』のはずです。

僕はここに真理(しんり)を視ました。

光は闇があってこそ。
明るい場所の花火よりも、暗い場所の花火の方が綺麗に見えます。
無数の黒が白をより引き立たせてくれるのではないか。

そしてさらに龍騎に感じた三つの要素にはあるものが混じっていると感じました。
それは『歪んだ愛』です。たとえばそれは否定であったり、依存であったり、嫉妬であったり。形は違いますが、ドロドロした愛憎で繋がってます。
草加や翔一も近いです。何も性的欲求を満たすためにセックスしてる訳じゃないんだよ!
ここが他のライダー小説と違うところだと思います。

要するに龍騎で言うのならば、本当に愛だけのセックスなんてほぼゼロです。
しいていうなら、最後の真司と美穂でしょうか。ただその直後に美穂が真司を切ってしまう為、その愛は成就されてません。
美穂は最後に愛ではなく復讐を選んで死にました。

もちろん優衣も歪んでます。
蓮に抱かれている間、兄の事を考えているような女が、蓮に愛されるかどうかを想像して恵里を殺そうとします。
でもやめます。
頭おかしいんじゃねぇかこの女(永夢)

しかしこの複雑な感情こそが四つ目のピース『愛』だと思います。

愛とウンコ(闇)は繋がります。
浅倉はもしも母親に愛されていたのなら、ウンコを食ったでしょうか? ウンコに満たされていなければ、きっとウンコの臭いから逃げる為に戦う事を選んだりはしなかったはずです。

愛とセックス(依存)は繋がります。
真司と美穂。蓮と優衣。二組ともヤッてますが、生まれたものは確かに違う筈です。

愛と北岡(オリジナルキャラクター)は繋がります。
真司はもちろん、龍騎そのものも全く違いましたが、小説版龍騎はまちがいなく龍騎だと思います。
どんなに壊れていようが、壊し方が上手く、キャラクターの芯は同じところがあるので龍騎になってます。
もちろんそれは同じ脚本化が書いているからとも言えますが。




最後に。

ウンコ。セックス。北岡。愛。
とにかく、この四つの要素をそれとなく入れればあの空気感が再現できるのではないかと思っていろいろやってました。
やってましたし、これからもやると思います。


汚いからこそ見える綺麗なものがあると僕は思ってます。


とは言え、皆さん。
そもそも井上さんはアンチの方も多いです。
ツイッターでは二度と関わって欲しくないと吼えている方もいますし、アンチスレも確かありました。
いくら尻拭いの面があるとは言え、僕としても響鬼後半は『ん?』ってなってます。
現在やってるクウガもそうですが、ライダー脚本家の中でも賛否が激しい方であります。
なのでその真似事、言ってしまえば劣化になると言う事は、人を不快にさせてしまう可能性も大いにあるので、そこは注意してください。

現に僕は、虚栄のプラナリアの続編である残影のバルドクロスを書くのを止めてます。
上記の要素をさらに激しくした結果、ただ純粋に気持ち悪くなったのでやめました。
やりすぎると駄目になるパターンかもしれません。フォローの言葉がなかなか思い浮かばないのです。序盤の敵の名前が『亀頭バズーカー』の時点でお察しください。


やり過ぎはよくないです。
あくまでもちょっとしたスパイス程度がいいのかもしれません。
現にダブルですら、続編の風都探偵ではエロとグロが入ってますが、そこまで嫌な感じはしないでしょう?

それに全部に入れればいいと言うものでもありません。
今はちょっと書けてませんが、Episode DECADEとかはそんなドロドロにはしません。
まあちょっとグロテスクさは上がっていくかもしれませんが、ラーメンに入れるニンニクみたいなものです(適当)
あくまでもほとんどの人が美味しいと思えるカレーのような作品にしようと思ってます(意味不明)



長くなりましたが、とにかく小説版龍騎は異質な作品です。
歪んでいるのだけど、とても整っていて。
醜いのだけれども、とても綺麗な作品です。
興味があったら本屋さんで買ってね。できれば中古じゃなくて新品の方がきっといろんな所が潤うと思うので、新品にしてください。


とにかく僕は――、これからもあの美しさを求めて何かを書いていきます。

が、しかし、もしも僕が仮面ライダーウンコボーイと言うオリライダーを出した時には、多分相当疲れていると思うので、優しく諭してください。
たぶんそれは僕が100%間違っている筈ですから(´・ω・)





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超番外編 アテナの嘲笑


没にしたネタを今の情報でちょろっと手を加えてみました。
ダイジェスト気味なので、短編ではなくこちらに更新しました。

なのですいません。まどマギ要素ゼロです。
ただ全くの無関係でもなく。
F・G的にはもしかしたらちょっと関係ある、かも。

仮面ライダージオウ、小説版龍騎を見ていることを前提に描いてます。
ネタバレもありますので、どちらも見てない人は見ないでね(´・ω・)


 

合わせ鏡が無限の世界を形作るように、現実における運命も一つではない。

 

同じなのは欲望だけ。

 

全ての人間が欲望を背負い、その為に戦っている。

 

その欲望が背負い切れないほど大きくなった時――、人は、ライダーになる。

 

ライダーの戦いが始まるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

・2019年

 

 

「ここまでなの……?」

 

 

ツクヨミは唇を震わせて、大きくうな垂れた。

隣では明光院ゲイツが白目をむいて気を失った所だった。せめてと――、ツクヨミはゲイツを庇うように這って移動する。

 

 

「ジオジオ~! 哀れな人間ジオ。非力な存在ジオ!」

 

 

無様な姿だと――、魔王が笑っている。

 

 

「せめて己の運命を決めて、散っていくジオ」

 

 

アンケートジオ! 先に死ぬのはゲイツかツクヨミか!

ゲイツが先に死んでほしい人はコッチの番号に!

ツクヨミが先に死んでほしい人はコッチの番号に電話してほしいジオ~!

 

 

「残念ジオ。消え去るジオ~」

 

「……ソウゴくん。どうしたの一体。熱?」

 

 

常磐順一郎は、ついに我慢できずに割り入った。

買い物から帰ってきたら、この有様だが、何がなにやらサッパリである。

すると魔王は100均ショップで買ったモンスターのお面を外して、常磐ソウゴに戻る。

ツクヨミもゲイツも、なんだか少し恥かしそうに立ち上がった。

 

 

「やだなおじさん。文化祭の劇の練習だよ」

 

「へ、へぇ。凄いエキセントリックな劇だね……」

 

 

ソファに寝転んでいた主水も同意する。体を起こすと、読んでいた台本を放った。

 

 

「とんでもない脚本だな。過去の文化祭ってのは皆こうなのか?」

 

「そうよ。恥かしいわ、こんなの。ゲイツもそう思うでしょ?」

 

「当たり前だ。それより、本当に練習に付き合えば俺と戦うんだろうな、ジオウ!」

 

 

未来人には受けが悪い。ソウゴは耳を塞いで、不満をシャットアウトする。

確かに無茶苦茶なストーリだ。ファンタジーで、魔王が活躍して、ビターで、スイートで、エキセントリック。

しかしソウゴはこの脚本から光るものを感じていた。王になったあかつきには、この脚本家を王の活躍を知らしめる作家に任命しようと思った。

 

 

「それに脚本とか関係なく、演じるのは面白いよ。違う自分になれたみたいで」

 

「違う自分か。いやいや、案外人間っていろんな顔を持ってるものだよ」

 

「そうなの? 叔父さんも?」

 

「まあ、そりゃあね。ソウゴくんだってそうでしょ?」

 

「うーん」

 

 

オーマジオウを思い出す。

 

 

「そうかも。悪い自分と、良い自分がいるっていうか」

 

「それが人間ってもんだよ。ほら、お昼にしよう。待ってて、すぐに用意するから。今日はチキン南蛮だよ」

 

 

なぜか主水が青くなって震えているが、ソウゴとツクヨミは期待に目を輝かせる。

しかしちょっとした問題が起こった。というのも、叔父さんがタルタルソースを作ろうとしたときに、マヨネーズを切らしている事に気づいたのだ。

まあコンビニは近くだ。特にやる事もないので、ソウゴがおつかいを引き受ける。

家を出て五分ほど歩けばコンビニだ。ソウゴはマヨネーズを買うと、さっさと帰路に着く。

 

 

「ん?」

 

 

ふと、足を止める。

なんだか耳鳴りが聞こえる。キィンキィンと、不思議な音だった。

言いようのない不快感、その時ソウゴは前の方で男の人がうずくまっているのを発見する。

そこで音が止まった。もしかしたらこれは耳鳴りではなく、騒音だったのかもしれない。

ソウゴはとりあえず、その男性のもとへ足を進めた。

 

 

「大丈夫? 気分でも悪い?」

 

「う、ぅうぅぁ」

 

「待ってて、今救急車を――」

 

 

ブッと、男性は何かを吐いた。

痰? 嘔吐? ソウゴがチラリと視線を移すと、地面に眼球が転がっていた。

 

 

「え?」

 

 

男は叫んだ。すると口から、目から、耳から、鼻から大量の糸が飛び出していく。

その勢いは凄まじく、眼球や歯、鼻毛を引きちぎりながら体外へ飛び出したのだ。

男性の体が浮き上がった。糸の先には化け物がおり、それが男性を引き上げたのだ。

 

 

「ヴぇ、ヴェヴェ!」

 

 

シアゴーストは、近くのアパートの屋上に立っていた。

糸を吸い取り、男性をキャッチすると、すばやく喉にかぶりついた。

メキュッと音が聞こえて、男性はそこで息を引き取った。シアゴーストは男性の首をもぎ取ると、顔面にかぶりつく。

皮が食いちぎられ、骨がバリガリと砕かれ、シアゴーストは順調に捕食を続けていた。

 

 

2()01()8()』『カメンッ! ライダー!』『ジ・オウ!』

 

 

しかしシアゴーストの頭部に蹴りが入った。

仮面ライダージオウはモンスターを蹴り飛ばすと、アパートの屋上に着地する。

 

 

「ヴェアアア!」

 

 

情けない叫び声をあげながらシアゴーストは地面に激突する。

ジオウは激しい怒りに包まれていた。この町に生きる人たちは、いずれ王の民となる存在。

それを守れなかったこと。死なせてしまったこと。ジオウは怒りに震える指で、スイッチを押す。

 

 

2016(エグゼイド)

『アーマァータァイム!』【レベルアーップ!】『エグゼィィィッド!』

 

 

高い跳躍力で空を舞い、ジオウは化け物を踏み潰すつもりだった。

しかし空に昇った炎。ジオウは空中で凄まじい熱と衝撃を感じ、黒煙を纏いながら墜落していく。

 

 

「うあ゛ッッ!!」

 

 

地面に激突したジオウは、そこで自分がシアゴーストと大きく離れている事に気づいた。

 

 

「なん――ッ、だよ!」

 

 

素早く立ち上がると、そこで気づく。

シアゴーストの傍に、新しい化け物が立っていることに。

 

 

「ッ!」

 

 

そこでジオウは、その化け物の体に数字が刻まれているのを見つけた。

間違いない、あれはアナザーライダーの特徴である。目を凝らすと、『2002』であると分かる。

 

 

「………」

 

 

赤いアナザーライダーは、右腕が龍の頭部になっていた。

それを突き出すと、龍の口から赤い炎が発射されて、ジオウ――、ではなくシアゴーストに直撃して爆散させた。

一撃。ジオウは怯む。シアゴーストを狙ったという事は、まさか味方なのか?

 

 

「アンタは、一体……?」

 

 

アナザーライダーは何も答えない。

代わりにどこからともなく剣を取り出すと、ジオウに向かって走っていく。

 

 

「え? ちょ、ちょっと!」

 

 

間違いなく狙われている。ジオウは地面を蹴ると、エグゼイドアーマーの力で空へ舞い上がる。

下を見れば、先程まで自分がいたところを剣が通過していた。

やはり味方ではない。それを証明するように、アナザーライダーは龍の口から炎弾を連射してジオウを狙った。

一つ、二つ、三つ。次々と迫る炎を的確にガードしていくが、威力が高い。ついには防御が崩れてジオウは炎に包まれる。

 

 

「うわぁぁあ!」

 

 

吹き飛び、再び墜落。

立ち上がると、アナザーライダーは炎が纏わりついた刃を思い切り振るった。すると三日月状の斬撃が発射されて飛んでいく。

再びジオウの悲鳴が聞こえた。斬撃が命中して大爆発を起こしたのだ。爆炎の中に消えていくジオウ。炎が晴れると、そこには誰もいない。

何も残っていなかった。

 

 

「………」

 

 

アナザーライダーは踵を返して、淡々とその場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫かい? 我が魔王」「うん。ありがとウォズ」

 

 

爆炎の中に消えたジオウだが、実際は炎が命中する瞬間に黒ウォズがマフラーを伸ばして守っていたようだ。

とはいえ、戦闘面では不利と見て、撤退を選んだようだ。ソウゴとウォズは路地裏で先程のアナザーライダーの事について話し合っていた。

 

 

「あのアナザーライダー、なんなんだろう」

 

「あれは龍騎だよ。我が魔王」

 

「龍騎?」

 

「ああ。鏡の中の仮面ライダーさ。無限の象徴」

 

「へぇ。2002年に行けば、何か分かるかな?」

 

 

ソウゴはツクヨミとゲイツに連絡を入れ、タイムマジーンで至急2002年へと向かった。

 

 

・2002年

 

 

とりあえず、まずは聞き込みだ。

ソウゴと、ゲイツ達は何かおかしな事が無かったかを聞いてまわったが、誰も何も知らないという。

とはいえ収穫が無かったわけではない。街ではここ最近、行方不明事件が多発しているらしい。

アナザーライダーが関わっていると睨むが――、やはり情報を持っている人間はいなかった。

 

 

「私、別の場所探してみる」「ああ」

 

 

ゲイツはツクヨミと別れ、さらに街を歩く。すると喫茶店を見つけた。

 

 

(悪くないな。人が集まる場所なら、何か分かるかもしれん)

 

 

ゲイツは喫茶店の中に入る。しかし、中には誰もいなかった。

ハズレか。そうは思うが、何も注文せずに出て行くのは少々、申し訳ない。

流石にゲイツもそれくらいの常識くらいは持ち合わせている。それに、聞き込みで歩いた。少しくらい休憩するのも悪くないだろう。

 

 

「コーヒーをくれ」

 

 

そう言って座る。すると店員が水を持ってきた。

 

 

「………」

 

 

ダン! と置かれる水。雑。とても雑だ。

 

 

「コーヒーはない。紅茶だけだ」

 

 

しかもタメ口。ゲイツは少々ムッとしながら店員を睨む。

 

 

「………」「………」

 

 

鏡があると思った。

いや、違う。人だった。ゲイツと秋山蓮は、しばし沈黙して、お互いを睨みつけていた。

 

 

「わ、ごめんッ」

 

 

一方、聞き込みをしていたソウゴだが、道を曲がったところで衝撃を感じた。

茶色い髪にセルリアンブルーのダウンジャケット。赤いセーター。

城戸真司と名乗った青年は、OREジャーナルというインターネット配信会社に勤めているらしい。

どうやらその聞き込みの途中だったようだ。

 

 

「最近、この辺りで行方不明事件があって。それ、調べてるんだよ」

 

「あ。おれもそれ探してるんだ。お兄さん、何か知らないかな?」

 

 

そういうと真司はメモ帳を取り出して得意げにめくる。

 

 

「実は、結構アツい情報があって。鏡の中に変なものが映ってるって言ってる人がいたんだ」

 

「鏡……」

 

 

ソウゴはふと、左を見る。

そこはショーウインドー。ガラスは、ソウゴの顔を映していた。ソウゴは立ち止まり、目を細めた。

 

 

「ねえ真司。変なのって、例えばあんなの?」

 

「え?」

 

 

真司もガラスを見る。そこには、カニの化け物が立って、コチラを睨んでいた。

 

 

「そうそう。ああいうの――、って、へ?」

 

 

不快な耳鳴りが聞こえた。間違いない。あの時の音だ。ソウゴは素早く真司を突き飛ばす。

 

 

「うわぁぁお!」

 

 

真司はマヌケな声をあげながら吹き飛ぶ。

とはいえ、そのおかげで襲い掛かるハサミを回避する事ができた。

ガラスから伸びてきた腕。ボルキャンサーは獲物を逃がしたと知るやいなや、ガラスから飛び出してきて現実世界へ降り立つ。

 

 

「変身!」

 

 

文字が飛び、ボルキャンサーを打つ。

ジとオとウが仮面に張り付き、ジオウは剣を振るった。しかし刃がボルキャンサーにぶつかった時に感じる感覚。

硬い。ジオウはもう一歩踏み込んで剣を振るうが、ボルキャンサーにダメージが入っている感覚はない。

 

 

「だったら!」『2017(ビルド)

 

 

アーマータイム。ビルドの装甲がジオウに装着される。

強力なドリルの一撃。それはボルキャンサーの装甲を貫き、火花を散らす。

いける。ジオウはそう思うが、その時、またもガラスが揺らめいた。

 

 

「危ない!」

 

「!」

 

 

真司の声に反応し、ジオウは神経を研ぎ澄ませる。

すると気配を、殺気を感じた。振り返ると、またもガラスから何かが飛び出してくる。

シザース。腕に装備したカニのハサミを振るい、ジオウの装甲を傷つける。

 

 

「見つけました。ライダー!」

 

「え? ちょっと、うわぁッッ!」

 

 

シザースが喋るものだから、つい怯んでしまった。

すると胴体に蹴りを受け、ジオウは地面を転がった。

 

 

「見かけない顔ですが、まあいいでしょう。この私の勝利を証明するための――」

 

 

シザースが意気揚々と叫んだのはいいのだが、そこで全身から火花があがって、シザースはうめき声をあげて後退していく。

聞こえたのは銃声だ。どうやらジオウを狙う際に生まれた隙を突かれたらしい。

 

 

「もッ、なに!? なんなの! さっきから!」

 

 

なにがなにやら。ジオウが混乱していると、すぐにギョッとして立ち上がった。

思わず全身がこわばる。というのも、銃を撃った人間を見つけたからだ。

門矢士は、ニヤリと笑い、ネオディケイドライバーを構えた。

 

 

「面白い事をしてるな。魔王様」『カメンライド――』『ディケイド!』

 

 

ディケイドは走り、さらにカードを抜き取る。

 

 

「少しはできるようになったか? 試してやる」『カメンライド・フォーゼ』

 

 

スリー、ツー、ワン。電子音が流れ、スチームが巻き起こる。

フォーゼに変身したディケイドは、右手にビリーザロッド。左手にヒーハックガンを構えて、走った。

無数の炎弾が飛んでくる。ジオウは腕をクロスさせて、まずは防御に徹する。

すると何かが跳ねた。ディケイドだ。ホッピングモジュールを使用して大ジャンプ。さらに空中で体を捻ると、両足にランチャーとガトリングが装備されてジオウを狙う。

 

 

「うぁぁあぁあッ!」

 

 

着地を決めたディケイドは、ロッドを思い切りジオウへ突き入れ、電流を流し込む。

怯んだとこへ足裏をぶつけ、ジオウを吹き飛ばした。ディケイドはそれを確認すると、ロッドを投げ捨ててカードをドライバーへ放り投げる。

 

 

『ファイナルアタックライド』『フォフォフォフォーゼ!』

 

 

銃口に集中していく炎。

ディケイドは狙いを定めると、淡々と引き金をひいた。

解き放たれる火炎。それはジオウが倒れているところへ直撃する。

 

 

「あっつッッ!!」

 

 

悲鳴を上げるジオウ。真司も熱に叫びながら離れていった。

それを見て、ディケイドは呆れたように鼻を鳴らしてみせる。

一方で、シザースはそれを見てディケイドのほうへ駆け寄っていく。

 

 

「貴方は一体……? 貴方もライダーなんですか?」

 

「ああ。俺は通りすがりの仮面ライダー。世界の――」『カメンライド』

 

「!」

 

「破壊者」『ブレイド!』『ターン・アップ』

 

 

ディケイドはブレイラウザーを振るい、問答無用でシザースに切りかかっていく。

異質なディケイドに怯んだのか、シザースはたまらずボルキャンサーを動かすが――

 

 

「ハァアアア!」『ファイナルアタックライド! ブブブブレイド!』

 

 

電撃が、光が、ディケイドの拳に集中する。

ビートとメタル、サンダーの力を集めたパンチが、ボルキャンサーを一撃で吹き飛ばした。

 

 

「くッ! なんなんだ一体ッ!」

 

 

シザースはボルキャンサーを消滅させると、ヨロヨロと歩き、ガラスの中に消えていった。ガラスには水面のように波紋が広がっていく。

ディケイドはそれを見ると、ブレイラウザーの刃を撫でる。

 

 

「便利な力だな。お前もそう思うだろ? 魔王」

 

 

そういうと、ディケイドはシザースを追いかけるようにしてガラスの中に入っていった。

 

 

「ッ???」

 

 

立ち上がったジオウは、ふらつく足取りでディケイド達が消えていったガラスの前に立つ。

しかし当然、それはガラスなので通り抜けるなんて事はできない。

掌を押し当ててみるが、それだけだ。抵抗感を感じて終わり。

 

 

「――ッ」

 

 

しかし、ピンと来た。

ジオウはディケイドのライドウォッチを取り出すと、さっそく起動してみる。

 

 

『アーマァータァイム!』【カメンライド】

 

<wow!!

 

『ディケイディケイド! ディーケェーイードォオオオオ!』

 

 

ジオウはガラスに手を触れる。体が沈む感覚を覚えた。

 

 

 

 

 

 

「6万だ」「………」

 

 

ゲイツは無言で、まっすぐ、ただまっすぐにひたむきに鮮明に艶やかに真剣に蓮を睨みつけていた。

紅茶、一杯、6万円。ゲイツは無言で立ち尽くしてた。

この男は冗談を言っているのだろうか。過去のジョークセンスを学ぶべきだったのだろうか。

もちろん、そんな大金は持っていない。

 

 

「何をさっきから黙ってる。算数もできないのか」

 

「いや、何。つまらん冗談だと思ってな」

 

「冗談じゃないさ。茶葉に拘ってる」

 

 

ゲイツはカウンターの奥を見た。スーパーで売っている一番安い紅茶が見えた。

 

 

「付きあってられるか」

 

 

ゲイツはポケットから500円玉を取り出すと、乱暴に放り投げて店を出ようとする。

しかしその時、肩を掴まれる感触を覚えた。ゲイツが振り返ると、そこには拳。

 

 

「いいからさっさと金を置いて消えろ」

 

「なるほどな。ただのチンピラか」

 

 

蓮の拳を、ゲイツは掌で受け止める。

 

 

「くだらん! 怪我をしたくなければ今すぐ拳を下ろせ」

 

「こっちの台詞だ。金がないなら知り合いにでも借りて集めてこい」

 

 

組合い、にらみ合う蓮とゲイツ。

するとカランカランと音が聞こえてきた。見れば、一人の女性が腕を組んでゲイツ達を呆れた様子で見ていた。

 

 

「なに? 弟?」

 

 

蓮はため息をつくと、店に入ってきた美穂を睨みつける。

 

 

「なんのようだ?」

 

「一つしかないでしょ。ライダーよ」

 

 

蓮は鼻を鳴らすと、ゲイツを無視して店を飛び出していった。

美穂も無言で後を追いかけ、ゲイツは一人取り残される。

 

 

「なんなんだ一体」

 

「やあ、我が救世主。彼らのことが知りたいのかい?」

 

 

ヌッと出てきた白ウォズに、ゲイツはギョッとしたように距離をとった。

 

 

「何がどうなっている。奴らは……、ライダーと言っていたが」

 

「あれは仮面ライダーナイト。そして仮面ライダーファム」

 

「今回のアナザーライダーと関係があるのか」

 

「もちろんだとも。今、2019年に現れているのはアナザー龍騎だ」

 

「そこまで分かっているなら話は早い。龍騎のライドウォッチを手に入れれば事は解決する。そういう訳だな」

 

「まあ、そうだね。そうだけど……」

 

「なんだ。お茶を濁すな」

 

「――、まあ、龍騎はキミにも関係なくはないか」

 

「???」

 

 

白ウォズは仮面ライダー龍騎の歴史を語り始める。

ライダー同士が戦い、最後の一人になるまで殺しあう。

そして最後の一人になったものには――……。

 

 

「我が救世主。キミには他者を犠牲にしてまで叶えたい願いがあるかな?」

 

「なに?」

 

 

ゲイツの脳裏にふと、ソウゴの姿が過ぎった。

王様になりたい。王様になる。それは立派な夢であり、目標であり、『願い』だ。

一方でゲイツはどうか? 最悪の未来を変えたいというのは確かに願いだ。しかし平和のために他者を殺すことにゲイツは最近、迷いを抱いている。

 

 

「我が救世主。キミは本当に願いを叶える気があるのかな」

 

「なんだと? どういう意味だ!」

 

「信用していない訳ではないが、キミはやがてジオウを『殺』すんだ。それを、忘れないでくれよ?」

 

「……ッ、とにかく、今はアナザーライダーの始末だ」

 

 

ゲイツは白ウォズを突き飛ばすと、蓮達を追いかけた。

既にミラーワールドの話は聞いている。ゲイツは近くに駐車していた車の前に立つと、ライドウォッチを構える。

 

 

「変身ッ!」

 

 

ウィザードアーマーに変身したゲイツは、魔法の力で鏡の中の世界に足を踏み入れた。

ゲイツはそこで、ジオウの姿を確認する。

 

 

「――ッ」

 

 

お互い、気づき、そして戦慄する。

ゲイツ達の視線の果て、そこにはジオウが追いかけたシザースがいた。

首だけのシザースだ。その頭部を掴んでいるのは間違いない。アナザー龍騎であった。

 

 

「ジオウ! あれがアナザーライダーか!」

 

「え? あ……、うん」

 

 

そこでゲイツは気づいた。すぐ近くに死体が有る。

ゾルダ。ライア。タイガ。皆、死んでいた。遠くで爆発の音が聞こえた。ガイ、アビスもまた死んでいた。

死が間近にある。ジオウは何かをかみ締めるように沈黙していた。

 

一方で笑い声が聞こえてきた。

ゲイツが声をした方向を見ると、そこにはまた別のライダーが暴れまわっているところだった。

仮面ライダー王蛇は、ベノサーベルでファムを打ちのめし、蹴り飛ばしていた。

切りかかってきたナイトを殴り飛ばし、また大きな笑い声をあげる。

彼の間近にはボロボロになった仮面ライダーインペラーが転がっていた。既に息はなかった。

 

 

「いいぞ! もっと! もっとだ! もっと俺を楽しませろォオ!」

 

 

王蛇は次の狙いをゲイツに定めたようだ。

王蛇の中身は凶悪犯。確かに今まで相当な場数は踏んできただろう。

しかしゲイツは修羅を生きてきた。明日死ぬかもしれないという環境の中で戦ったゲイツの実力は、まさに時代が違う。

人が死ぬことが当たり前の時代に生まれたが故、ゲイツは王蛇の動きが手に取るように分かった。

荒い獣のような拳を蹴りはじき、飛んできたサーベルを斧で迎撃する。

 

 

『ストライク! タイムバースト!』

 

 

ゲイツの燃え滾る蹴りが王蛇の胴体を打った。

王蛇は悲鳴を上げながら吹き飛び、装甲が砕け散って変身が解除された。

これでいい。ゲイツはそう思ったが、そこでアナザー龍騎が走った。

 

 

「やめろ!」

 

 

ジオウが腕を伸ばし、アナザー龍騎を止める。

王は、時に罪人に死刑判決を下す。だがそれではない。それは違う。ジオウは何かに気づいたように剣を振った。

アナザー龍騎はすぐにその刃に自らの刃を合わせていく。

 

強い。

しかしディケイドアーマーはそれを凌駕していた。

破壊の力がアナザー龍騎の装甲をガリガリと削り、鏡の破片が四散していく。

しかし、ジオウは甘かった。環境は既に殺意を拡散している。

 

ゲイツは息を呑む。

戦慄が走った。あまりにも早すぎて間に合わなかった。ナイトが倒れた王蛇――、浅倉の喉に刃をつき立てたのだ。

剣は喉を、首を貫通していた。浅倉は真っ赤な血を吹き出しながらも楽しそうに笑い、そして死んでいった。

 

 

「貴様――ッ!」

 

 

前のめりになるゲイツ。そこでナイトは、ゲイツの中身に気づいたようだ。

 

 

「お前もライダーだったのか」

 

「そうだッ、貴様ッ、一体なにを――ッ!」

 

「何を? 馬鹿か? ライダーになったら分かるだろ」

 

 

叶えたい願いのためだ。それ以外にナイトがライダーになった理由などない。

ナイトの――、蓮の恋人は病院で眠っていた。どうやら脳に異常が見つかったらしい。眠ったままで、もう何年も経つ。

結婚の約束をしていた。愛し合った事もある。誕生日には少し背伸びをして高いレストランで食事をした。

彼女は孤独で、頼れる人はいなかった。だからこそ入院や治療にかかる金は、蓮が用意しなければならなかった。

 

ウィザードアーマーの力が無意識に働いたのか。

ミラーワールドに反射する鏡に、蓮の過去が、アンダーワールドが映った。

 

ゲイツはそれを視る。

少し高めのレストランが病院の食堂でゴムみたいな蕎麦になった時。

恥かしがりやの彼女が汚物を垂れながすものになった時。渡した指輪が棚の上の置物になった時、蓮はライダーになる事を決めた。

 

苦しげに呻く美穂の過去が鏡に映った。

家族旅行をプレゼントした。それほど高くない温泉旅行だ。しかし美穂はインフルエンザになってしまった。

家族を巻き込むのは申し訳ないと思い、美穂は留守番で家族を送り出した。

家族が帰って来る事はなかった。旅館に行く最中、悪質なドライバーと口論になり、持っていたハンマーで撲殺された。

犯人は何を狙っているのか、殺害理由をポロプロン星からの指令と説明した。それを聞いて、美穂はライダーになった。ライダーになって犯人を殺した。

後に、それは全て北岡――、仮面ライダーゾルダの仕業だと分かった。なので犯人を無罪にした北岡を、美穂は殺す為に戦い続けた。

 

 

「お前もライダーになったなら、分かる筈だ」

 

 

ナイトに言われて、ゲイツは何も答えられなかった。

そうしていると轟音が聞こえる。ゴーストの力を得たジオウがヘイセイバーでアナザー龍騎を両断しているのが見えたのだ。

激しい爆発が巻き起こる。アナザー龍騎の装甲が砕け散り、中身がさらけ出される。

OREジャーナル編集長・大久保大輔は、青白い顔で地面を殴りつけた。

 

 

 

それはノイズに塗れた過去だった。

二人の男が肩を組み合ってはしゃいでいる。どうやら酒が入っているようだ。真司と大久保は先輩と後輩の関係であった。

 

 

『俺はOREジャーナルってのを作ろうと思う。世界で一番のニュースサイトにしてみせるぜ!』

 

『本当ですか! 俺も入れてくださいよ! 副編集長で!』

 

『調子のいいヤツだな。駄目に決まってるだろ馬鹿!』

 

 

とは言いつつ、大久保は嬉しそうに笑っていた。

 

 

「――ッ!」

 

 

時は経ち、ある日、大久保はOREジャーナルを飛び出した。

それは仮面ライダーについての記事をまとめ終わった後のことだった。

街に現れたトンボの化け物の事は既に耳に入っている。そして戦う仮面ライダーたちがいたとの情報もだ。

声をかけた少女が、男の人に助けられたと教えてくれた。

大久保は走った。そして、真司の死体を見つけた。

 

 

「あぁぁぁあぁああ!」

 

 

情けなく叫び、駆け寄るしかできなかった。

救急車を呼んでとりあえず心臓マッサージ。

戻ってこい。死ぬな真司。おい聞いてるのか馬鹿。給料減らすぞ。聞いてるのか真司。おきろ。ねるな。ばか。しぬな。

 

だが一番の馬鹿は自分であると大久保は気づいていた。

真司はもう死んでいる。誰がどう見ても分かることだった。呼吸もしていないし、冷たい。

ただの死体の胸に掌を当てて上下運動を繰り返している自分の姿は酷く滑稽なものだろう。大久保はそれに気づいていた。

 

 

「かわいそうだねぇ」

 

 

そこで、時間が止まった。

 

 

「お友達が死ぬのは悲しいことさ。でもね、ボクと契約すれば、その運命を変えることができる」

 

 

当たり前の感情だった。ただの人間、真司の先輩、大久保大輔の当たり前の感情だった。

真司が哀れで、不憫で仕方なかった。このまま彼が死んでしまうのは悲しいので、大久保は腕を伸ばした。

真司はライダー同士の協力を望み、そして断られた。苦しんで、悩んで、そして死ぬのは申し訳ないので、龍騎でなければもっとマシな人生になる筈だと思った。

 

だから大久保が龍騎になった。

龍騎になって全てのライダーを殺せば、永遠の命が手に入って、真司が生き永らえる。

優衣が消えた。士郎が消えた。ライダー達は残った。ミラーワールドは消えなかった。

 

 

「おめでとう。今日からキミが、仮面ライダー龍騎だ」

 

 

ウールはニヤリと笑い、目の前に立っているアナザー龍騎を祝福した。

 

 

 

 

 

「な、なんなんだよ一体ッ!」

 

 

ミラーワールドの外にいた真司は困惑していた。

ガラスの向こうでは何かが見えるのだが、よく分からない。

ガラスに顔を押し付けていると、そこで真司は自分を呼ぶ『声』に気づいた。

 

 

「シザース」

 

「え?」

 

「ライア、ガイ、ベルデ、タイガ、インペラー、ゾルダ、王蛇、アビス、ファム、ナイト。そしてアナザー龍騎。願いのために戦うライダー達だ」

 

 

真司は困惑していた。ガラスに映った自分が、ひとりでに喋っている。

 

 

「違うよな。お前は知っている筈だ。忘れてるなら、俺が教えてやるよ」

 

 

鏡の中の真司はニヤリと笑った。

 

 

・2019年

 

 

 

『ファッション・パッション・クエスチョン!』

 

「変身!」『クイズ!』

 

 

クイズはハイキックでシアゴーストを蹴り飛ばすと、続いて足払いで背後に迫っていた別のシアゴーストを地面に倒す。

第一問。お前らは次の蹴りで地面に倒れる。○か×か。

そもそも、シアゴーストは喋られない。回答不可能。回答拒否。シアゴースト達は次々と電流によって麻痺していく。

クイズは胸にある×マークを拳で叩く。すると額のマークが『?』から『×』に変わり、体が青く染まる。

さらに手には十字型の剣が現れた。

 

 

『ブッブーレード!』

 

 

なぎ払い、切り刻み、シアゴースト達は爆散していく。

だがまだ終わらない。車のミラーから湧いて出てきた正体不明のモンスターたち。

クイズは元に戻ると、次は○のマークを叩く。すると額のマークも同じく○になり、体が赤く染まった。

 

 

『ピンポンブレイカー!』

 

 

卓球のラケット型の武器を振るうと、光弾が発射されてモンスター達を打ち抜いていく。

次々と爆散していくモンスターたち。クイズは基本形態に戻ると、シンボリックモードに変えたクイズトッパーをベルトへ装填した。

 

 

『ファイナルクイズフラッシュ!』

 

 

モンスターの発生源は鏡。○か×か。クエスチョンキックが○のゲートをぶち抜き、車を破壊した。

 

 

「申し訳ないが、これでモンスターは生まれないだろう」

 

 

主水はハットを整えた。すると炎上する車に、誰かが近づいてくる。

 

 

「お、おわーッッ! お、俺の車! ど、どうしてこんな事に!」

 

 

主水は目を逸らして沈黙した。

幸い男は主水が車を破壊したことには気づいていないようだ。黙っていよう。主水は小さく頷いた。

しかしそれはそれ、これはこれだ。このまま立ち去るのも後味が悪い。

 

 

「アンタ急ぎか? 俺のバイクが近くにあるから、なんだったら乗せてやるけど」

 

「いや――、いや、いいんだけど……」

 

 

黒髪の男は、ボックスチェックのコートに赤いセーターを着ていた。

 

 

「いや――、うん。いいんだ。うん。これでいい」

 

「???」

 

 

男は納得しているようだが、主水としてはよく分からない。

クイズマニア故に、分からない問題があるのは気持ちが悪かった。それとなく、男の事情を聞いてみる。

すると男は何かを思い出すように、ポツリポツリと言葉を漏らす。

 

 

「探し物があったんだ。でも、何を探していたのか、忘れてしまった。車があった方が良かったんだけど、無くてもたぶんいいから、だから大丈夫なんだ」

 

「よく分からない。変わった人だなアンタ」

 

「よく言われるよ」

 

「だが気に入った。俺は堂安主水。帰るまでまだ時間もあるし、アンタの探し物を手伝ってやるよ」

 

「ありがとう。俺は――……、城戸真司」

 

 

・2002年

 

 

「ありがとうございます編集長。でも、もういいんです。もう俺、分かりましたから」

 

 

それはあまりにも残酷な言葉だった。

大久保は何かを察したのか、何十年ぶりかの悔し涙を流した。

ミラーワールドに城戸真司が立っていた。倒れた大久保のほうへと歩いていく。

 

 

「よせよ真司ッ! おぅ、おまッ、お前なぁ! もう無駄なんだよ!!」

 

 

声を震わせながら大久保は真司の方へと駆け寄った。

しかし真司の瞳の中の世界に大久保が映っていないことを改めて知ったとき、大久保は声をあげて泣き始めた。

 

もはや、先輩と後輩の関係は終わっていた。

 

城戸真司の中にそのような平穏など、とうの昔に消え去っていたのだ。

いや、それだけではない。全てが逆効果だったのかもしれない。

大久保が龍騎になったことで、ミラーワールドは新たなループを開始した。

そもそも神崎兄妹など所詮、ひとつのターゲットでしかない。二人が申請を行い、戦いは一旦終了を迎えたが、新しいループを望むものが現れれば戦いはまた続いていく。

 

それが、無限というものだ。

だがいずれにせよ、真司は分かっていた。自分のせいでまた戦いが起こった。そして大久保にいらぬ苦労を背負わせてしまった。

リュウガは全てを教えてくれた。真司はそれを視て、つくづく嫌になった。

改めて思う。いや思わなければ、考えなければならなかった。

ライダー同士協力なんてできなかったのに。それをいつまでも望むのは『馬鹿』のやることだ。

その馬鹿が他者を傷つけてしまったのなら、それはもう許されることではない。

 

 

「お前は馬鹿のままで良かったんだよ! 賢くなんてなるなよ! なあ真司ィィイイィ!」

 

 

大久保が何かを叫んだようだが、真司には聞こえなかった。

あの時も、あの時も、あの時だって。もっと早く決断するべきだった。

 

 

「編集長。後は、俺がやります」

 

 

ジオウはそこで、なぜこの時代のアナザー龍騎が『灰色』だったのかを、なんとなく理解した。

2019年で戦ったアナザー龍騎は赤色だった。中身が、違っていたのか。

 

 

2002(リュウキ)

 

 

濁った音声だった。

真司がアナザーウォッチを起動して自分の体内に入れる。

龍の咆哮が聞こえた。アナザー龍騎はブランク体から、完全体へと変身を完了させる。

 

 

「ふははは! そうだ! それでいい! それでこそ俺の影だ!」

 

 

アナザー龍騎の体から何かが飛び出してきた。仮面ライダーリュウガは、赤い複眼を光らせてアナザー龍騎へ襲い掛かる。

城戸真司が変身した事で、鏡に映るものもまた、変身が可能になる。

リュウガはブラックドラグセイバーを躊躇無く振り下ろすが、アナザー龍騎もまた迷わずにそれを受け止めた。

 

 

「何ッ?」

 

 

リュウガは何度も剣を振るうが、アナザー龍騎はそれを全て防いでいく。

全てのループ。才能があった。城戸真司は人を殺す才能があった。

それを妨げていたのはただ一つ。中途半端な迷いだけ。

 

 

「消えろ」

 

 

昇竜突破。無数の炎弾がリュウガを撃ち捉え、焼き焦がした。

悲鳴が聞こえる。リュウガはバラバラに砕け散ると、それらの破片がアナザー龍騎へと吸収されていく。

あまりにも淡々としたリュウガの始末。フィールドは静寂に包まれていた。

 

 

「蓮、美穂。俺は戦う。俺の生存がこのループの終了条件だ」

 

 

真司の声は冷たかった。

ナイトも、美穂も、ただ息を呑むだけだった。

 

 

「だから、お前らは俺が殺す」

 

「真司……」

 

「俺が、戦いを終わらせるんだ」

 

 

世界が砕け散った。ソウゴ、ツクヨミ、ゲイツは2019年で目を覚ました。

 

 

・2019年

 

 

「一体何がどうなっている!? 意味が分からんッ!」

 

 

ここはクジゴジ堂。ゲイツの言うことは尤もだ。

ソウゴもツクヨミも何が起こったのか理解できず、ただ固まっていた。

しかし丁度そこへ白ウォズがフラリと顔を見せた。

 

 

「我々は時間という絶対的概念のもとで戦ってきた。しかし龍騎の歴史は違う。彼らの不確かなものを支えてきたのは、願い。それだけだとも」

 

「どういう事だ?」

 

「つまり、我が救世主。これはね、複雑だけど簡単なことなんだ」

 

 

龍騎の歴史に『時間』などない。

あるのは概念。『無限』という存在なのだ。

 

 

「時間が無い? 馬鹿な!」

 

「正確にはそれがアナザー龍騎の力とも言える」

 

 

まるでそれはメビウスの輪。いくつもの時間を繰り返す。

 

 

「もちろん深くは考えなくていいとも。アナザー龍騎が作り出した概念の下にいるのだから、アナザー龍騎を始末すればいい」

 

 

白ウォズはソウゴを指差して、ヒラヒラと手を振りながら帰っていった。

ソウゴは懐から、ジオウライドウォッチ2を取り出して見つめる。

確かに、これを使えば龍騎ライドウォッチを手に入れずとも戦える。しかしソウゴの胸には願いの文字がグルグルと渦巻いていた。

もちろんそれはゲイツにも言えることだ。

 

 

「願いか……」

 

 

一方、主水は真司と共に探し物を見つけようと街を歩いていた。

 

 

「しかし忘れちまったってのは、その程度の物ってことなんじゃないのか?」

 

「いや、とても大切なものなんだ。でも――、うまく思い出せないんだ」

 

「人か?」

 

「分からない」

 

「物か?」

 

「分からない」

 

「分かった。思い出の景色とか、建物とかだろ」

 

「……分からない」

 

「おいおい。なんだそりゃ」

 

 

しかし主水はハッと表情を変えた。

もしかしたら真司は記憶に関する病を患っているのかもしれない。だとすればココまでの会話はなんとなく理解できる。

そう言われてみれば真司は酷くやつれているようにも見えた。疲労しているというべきか。何かに追われているような焦りも見える。

 

 

「真司、ここにいたの」

 

 

名前を呼ばれた。二人が振り返ると、杖をついた女性が立っていた。

 

 

「どちらさんだ?」

 

「妻よ。一応、彼の」

 

 

真司の奥さんらしいが、主水は思わず身構える。

というのも、その女性は左腕が無かった。それだけではなく、右目には眼帯をつけ、顔には大きな傷も見える。

ちなみに主水には分からなかったが、足も片方義足であった。

 

 

「どうしたの? あぁ、コレ。コレね。コレちょっと化け物にやられたの」

 

「はぁ……」

 

 

彼女はメンヘラ。○か――

 

 

「!」

 

 

そこで主水は、あの嫌な耳鳴りを聞いた。

 

 

「おい、ちょっとアンタら、離れてろ」

 

 

クイズドライバーを出現させ、主水はクイズトッパーをベルトへ装填する。

丁度そこで近くにあったカーブミラーからシアゴーストが飛び出してきたが、問題ない。

○と×のエフェクトが乱舞し、それがモンスターに直撃して怯ませる。

 

 

「救えよ世界! 答えよ正解! 仮面ライダークイズ!」

 

 

そこで真司は目を見開いた。

 

 

「アンタ、ライダーだったのか」

 

「ああ。ん? なんでアンタがそれを――」

 

『2002』

 

 

クイズが振り返ると、先程まで真司が立っていた場所にアナザー龍騎が立っていた。

 

 

「ライダーは、俺が全て殺さないといけないんだ」

 

「何……?」

 

 

その様子を見て、美穂はがっかりしたようにため息をついた。

 

 

「あーあ。思い出しちゃった」

 

 

アナザー龍騎は刀を構え、一心不乱に走り出した。

全てはライダーの排除。ライダーの抹殺。クイズを殺すために。

ライダー同士が戦闘を開始したため、シアゴーストは立ち尽くしている美穂を狙いに走った。

ため息だ。次は欠損で済めばいいのだが。

 

 

『ッッッウォズ!!!!』

 

 

待機音。

変身。凄い、時代、未来。

仮面ライダーウォズは槍でシアゴーストを貫き、美穂の前に立つ。

 

 

「何が起こっているのか――、キミは知っている」

 

「………」

 

「だんまりか。だがコチラも既になんとなく理解はしているとも」

 

 

ウォズはノート型端末に向かって声を投げる。

突如現れたウォズのキックにより、アナザー龍騎は爆散する。

ビヨンドザタイム。美穂はやめてと叫んだが、ウォズは止まらない。後退してきたクイズを押しのけると、地面を蹴って捻りながらの回転蹴りをおみまいする。

 

足裏がアナザー龍騎の腹部にめり込んだ。

手足をバタつかせながら吹き飛んでいき、地面に撃ちつけられると共に爆散する。全ては未来が示すとおり。

しかしその時だった。まるで蜃気楼のように、アナザー龍騎の幻影が現れると、爆炎が粒子化して、幻影のアナザー龍騎こそが真実へと昇華する。

変わりに聞こえたのは、鏡が砕ける音だ。先程爆散したアナザー龍騎が撒き散らしたものなのだろうか?

いずれにせよ、それらは地面に落ちると、形を変えて、シアゴーストへと変化する。

 

 

「何ッ? 化け物が増えた!?」

 

 

驚くクイズだが、ウォズはだいたいを察したらしい。

 

 

「最近、あの白い化け物が現れているとの噂は聞いていたが、その発生源はどうやらアナザー龍騎だったようだね」

 

 

時の牢獄。合わせ鏡。仮面ライダー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あるのは紅茶だけだ」

 

 

ゲイツは目を見開いていた。

アナザー龍騎を探している最中、デジャブを感じて初めて見る喫茶店に入った。

カウンターの向こうに、秋山蓮が立っていた。その隣には恵里が愛想よく笑っていた。

蓮もまた、ゲイツに気づいたらしい。2002年のあの時から、姿の変わっていないゲイツを見て、なんとなく蓮は事情を把握したようだ。

 

 

「17年ぶりか。ベルトの形が違っていたな。それが何かあるのか?」

 

「なぜ記憶が――……」

 

 

アナザー龍騎が生まれているのに、蓮はあの時のことを忘れずに覚えていた。

しかし話を聞くと、全て夢で見たようだ。リアルな夢だった。空は、青ではなく、七色の虹だった。

ゲイツは、既に白ウォズから大まかな事を聞かされていた。

 

街で暴れているシアゴーストは、アナザー龍騎の力により生まれるものだ。

城戸真司がたまたまこの町を訪れていたため、犠牲者も生まれた。

彼の傍にいた美穂は、頻繁にシアゴーストを目にしていたため、襲われる機会も多かった。

同じように襲われていた人を守ったのか? いずれにせよ、腕を食われ、足を食われ、目を抉られた。

それでもまだ彼女は真司の傍にいたようだ。

 

 

「馬鹿な女だ。同情と愛情か」

 

 

恵里は向こうで『コーヒー』を作っている。一番最初の言葉は蓮の嘘だった。

蓮は今、カウンターに座ったゲイツに話しかけていた。

 

 

「まあ仕方ない。アイツは昔、真司を捨てたからな。その時の後悔が少なからずあるんだろう」

 

「昔?」

 

「ああ、そうか。違うな。そんな世界も夢で見た」

 

「お前は全てを知っている。そうだな」

 

「ああ。夢で見た。鏡に映っていた」

 

「なら教えろ。何がどうなっている? アナザー龍騎とはなんなんだ?」

 

「形が違うだけで、ただの龍騎に変わりない」

 

 

蓮は一粒、また一粒落ちていくコーヒーの雫を見つめていた。

 

 

「17年、城戸のヤツから逃げてきた。霧島はもう変身する道具を失った。だから残っているのは俺とヤツの二人だけだ」

 

 

蓮はニヤリと笑った。

 

 

「お前、俺と似てるな」

 

「何ッ?」

 

 

ゲイツは罰が悪そうに視線を逸らす。確かに――、少しそう思った。

 

 

「顔じゃない」

 

 

蓮はふと、ジオウの姿を思い出す。

 

 

「アイツとは、どんな関係だ?」

 

「倒すべき敵だ」

 

「そうか。でも一緒にいた」

 

「今はな」

 

「いつまでだ」

 

「ヤツが魔王になる。その前に決着はつける」

 

 

蓮は鼻を鳴らした。達観したような表情だった。若い時の自分を見るような。

悪い意味ではない。蓮にはできなかった事だ。だから燃えるゲイツを見て、賞賛や賛辞、応援の意味もある。

 

 

「だが――……、そうだな」

 

 

蓮は鏡に映る自分の顔を見た。

それほど変わっていないように見えるが、やはり歳は取っている。当たり前か、なにせもうあれから17年だ。

蓮は全てを知っていた。鏡が教えてくれたのだ。真司は今も、ずっとライダーを求めてさ迷っている。最後の一人になるまで、彼は戦い続けるだろう。

それを知りながら蓮は逃げ続けた。だが今ゲイツに会ってみて、かつての自分を思い出した。

もっと、あの時は――……。

 

 

「龍騎を倒すのか」

 

「当たり前だ。アナザーライダーは潰す」

 

「それはお前の願いにどう関係がある?」

 

 

ゲイツはしばし沈黙した。

分かる。彼もまた、少しの迷いがある。

それはおそらく蓮が抱いていたものと同じ類ものであると。

 

 

「俺は仮面ライダーだ。今は、それだけでいい」

 

 

ゲイツはそう言って店を出た。

蓮は虚空を見つめ、やがて、恵里に愛していると言った。

 

 

 

 

 

 

「ハァアアア!」『ファイナルアタックライド・キキキキバ!』

 

「うッ、ズッゥ!」

 

 

鎖が飛び散る。鎌を盾にしていたとはいえ、衝撃でウォズは大きく地面を滑っていった。

突如現れたディケイドが、アナザー龍騎の味方をする。ウォズを抑え、そのアナザー龍騎はクイズに刃を撃ちつけていた。

よろけるクイズ。強い。だが、しかし、何かが響かない。

 

 

「問題を出す」

 

「ッ?」

 

「アンタは逃げている。○か、×かッ!」

 

「………」

 

 

アナザー龍騎の攻撃は激しく、鋭利だ。

しかしどこか手加減をしているようにも感じた。

どうにもそれがクイズには引っかかる。腹が立つとでも言えばいいのか。まるでやる気を感じられない。

それが染み付いている甘さなのか。輪廻なのか。いずれにせよ何も終わらないし、何も始まらないような戦いをするのはクイズとしてはゴメンだった。

時間は動くからこそ意味のあるものだ。止まった時計は、何がなんでも動かさなければならない。

 

 

「――ォオオオオオオ!」

 

 

龍騎は叫び、ドラゴンの頭部を突き出した。

お前に何が分かる。そんな意思と共に放たれた無数の火炎弾がクイズに直撃していき、大きな爆発を巻き起こす。

吹き飛ぶクイズ。変身が解除され、主水は地面に伏せる。

ライダーは、殺さなければならない。アナザー龍騎はそう叫び、走り出した。

 

 

『カメンライダァー……!』『ゲイツ――!』

 

 

だが、『ら』、『い』、『だー』が飛んできてアナザー龍騎に直撃する。

その文字が仮面に収まったとき、仮面ライダーゲイツは、ディケイドに向かって飛び蹴りを命中させていた。

 

 

「よぉ、また会ったな」

 

「そこをどけ門矢士。アナザー龍騎は俺が倒す」

 

「ライドウォッチは持っているのか?」

 

「いや。だが倒す。ウォズ、手伝え! ディケイドをまずは倒す」

 

「馬鹿なヤツだ。呆れるぜ」『カメンライド・ビルド』

 

 

ビルドへカメンライドしたディケイドは、4コマ忍法刀で分身を作り出してゲイツとウォズに向かわせた。

ファイズアーマーを装着するゲイツ。赤い光を撒き散らしながら戦いの場へと走る。

 

 

「俺の目的はただ一つ! 何も変わってなどいない!」

 

 

もがく戦士は叫び、拳をディケイドへ撃ち当てる。

 

 

「最悪の未来を変えるためだ!」

 

 

凄まじい一撃に、初めてディケイドから焦りのうめき声がもれた。ゲイツはさらに叫ぶ。

 

 

「むろん! 願いを叶えるだけが人間ではない。 その先にある。未来をッ、最善の未来の時間を描けずに、何が強い意思だ!」

 

 

それは酷く青い一撃ではあったが――、その愚直な叫びは、誰かの心に焔を灯したようだ。だからこそ秋山蓮は、この戦いの場に姿を現したのかもしれない。

ディケイドは自らの体に刻まれたΦのマークを消し飛ばすと、灰色のオーロラを出現させて消えていった。

 

霧島美穂は、秋山蓮を見て立ち尽くしていた。

その表情には『怒り』が見える。なぜ、ここに来たのか。その意味が分かっているのか? 美穂は悔しげに唇を噛んだ。

そうだ。ライダーが来たのならば、戦わなければならない。

それがいつの時間においても、『(リュウキ)(ナイト)』というものだった。

 

 

「ナイト……!」

 

 

アナザー龍騎は肩を震わせ、蓮の事をナイトと呼んだ。

龍騎に時間はない。タイムベント、その理さえも破壊する力によって、因果が纏わりつく。

アナザー龍騎は繰り返す象徴。彼がいればシアゴーストが生まれ、世界の崩壊が進む。

 

そもそもアナザー龍騎は大久保が真司を助けたいと願い、生まれたライダーだ。

彼の願いをミラーワールドが承認し、再びライダーバトルが繰り返された。

それを止めるため、真司はアナザーライダーの力を大久保から奪い、自らがアナザーライダーになった。

 

アナザーライダーが生まれると、本来のライダーは力を失い、記憶も消えていく。

真司にもそれが見られた。なぜならば真司は真司であって、真司ではない。ループ周回における『自分』など酷く曖昧な存在でしかないのだ。

たとえば一週目の真司と、二週目の真司は別人とも言える。

 

だからなのか。

彼は自らがアナザーライダーである事を忘れ、目の前に仮面ライダーが現れると自らの役割を思い出す。

しかしもはやそれが何なのかも、この世界においてはあやふやになってしまった。全てのライダーを殺すとはどういう事なのか。それはもう分からない。

だが何故、今、美穂や蓮もライダーの事を覚えているのだろうか? それは龍騎の時間が一つではないから。

それと何よりも――……。

 

 

「17年も迷った。何故だか分かるか?」

 

「ッ」

 

「お前が俺の、友人だからだ」

 

 

蓮はエンブレムを取り出し、心の中で念じた。

変身――、と。

蓮はナイトになった。それはライダーではない。仮面ライダーナイトではない。

 

仮面契約者ナイト。

 

つまり龍騎は仮面ライダーであり、仮面ライダーではない。

それでも彼らは願いのために戦った。繰り返したのだ。

 

 

1.契約者は最後のひとりになるまで戦わなければならない。

 

2.最終勝利者はどんな願いでも叶えることができる。

 

3.契約者は与えられたエンブレムをシンボルとするミラーモンスターと契約を結ぶものとする。契約者はミラーモンスターの力を得て変身する。

 

4.契約したモンスターには120時間に一度、餌を与えなければならない。餌となるのは他のミラーモンスターか、あるいは他の契約者の命である。

 

5.第4条を実行できない場合、契約者自身が契約したモンスターの餌となる。

 

6.バトルを希望する契約者は変身してミラーワールドに行くことで、その意思を他の契約者に伝える事ができる。

 

7.契約者がミラーワールドで存在できる時間は五分である。それを過ぎると契約者の肉体は消滅する。ただし、一度現実世界に帰還すれば、再び五分間の生存が可能となる。これは24時間のうちに、三度、繰り返すことができる。

 

8.人間時の戦いは禁止とする。バトルはあくまでもミラーワールドで行わなければならない。

 

9.契約者が望めば契約を解約することができる。ただし、その場合、契約を受け継ぐ他の人間を見つけなければならない。

 

 

ミラーワールドは現実の概念を映した世界だ。

真司が大久保からライドウォッチを奪ったとき、新たなループが始まった。

それはライダーではない。龍騎だが龍騎ではない。龍騎など別にどうでもいい。ただそこに形があるから準じただけで、別に違うならそれでも良かった。

 

彼らは戦い、そして残ったのは真司と蓮だった。

真司はリンゴの木の下で皆と出会いたかった。蓮は真司を殺した。恵里が目を覚ました。

しかしそこで真司はよみがえった。何故ならば彼はアナザーライダーだったからだ。やる事があるのだ。

ミラーワールドは真司もまた勝利者の一人であると判断した。一番初めに美穂が蘇った。そこで真司はアナザーライダーの記憶を失った。

 

他の人たちは蘇らなかった。

美穂は自分が真司を裏切ったことを思い出した。あの時、真司の傍にいたのならば結果は違っていたのかもしれない。

美穂は贖罪のために真司の傍にいた。

ナイトは恵里を連れて逃げた。全てから逃げ出したかった。17年間逃げた。だがゲイツを見て思った。

 

このままではいけない。

かつて、真司は戦うことを拒み、狂った。

かつて、真司は戦うことを決意し、立ち向かった。

彼にできたのならば、自分にもできるはずだ。

仮面ライダーではない。仮面契約者ナイトはエンブレムを握り締めた。金色に輝く光が、彼をサバイブに変えた。

 

 

「命を奪ったら、もう後には引けなくなる」

 

 

どっちが口にした言葉なのやら。

その時、ナイトサバイブの剣と、アナザー龍騎の剣が交差した。

 

 

「!」

 

 

ゲイツは思い知らされた。アレが迷いのない刃なのかと。

かつて戒斗に言われた言葉を思い出し、ゲイツは胸を――、改めて心臓を抑えた。

その間もナイト達はひたすらに剣を打ち付けあった。遥か遠くにある約束を守るため。或いは、遥か向こうにある誓いを果たすため。

 

 

「疾風断!!」

 

 

ナイトが叫び、マントが龍騎を貫いた。それは何も特別なことではなかった。

 

 

「これは――」「茶番だよ」

 

 

意味の無い事なのかもしれない。

ウォズが言いかけたことを突如現れたウールが続けた。倒れている真司へ、再びアナザー龍騎のウォッチを埋め込む。

すると真司は再びアナザーライダーとなり立ち上がった。

困惑するナイトへ昇竜突破を撃ちこむ。ナイトは爆炎に包まれ、変身が解除された。それを見てウールはニヤリと笑う。

 

 

「ライダーであれ何であれ、キミ達は死の運命からは逃れられない」

 

「じゃあ、おれが終わらせるよ」

 

「え?」

 

 

あっけらかんとした声が聞こえた。常磐ソウゴが笑みを保ったまま歩いてくる。

どこに行っていたのか? 怒鳴ろうとするゲイツの肩をつかみ、ソウゴはグイっと前に出る。黒ウォズが星の本棚に導いてくれた。

そしてソウゴは全てを閲覧した。

 

 

「ただ倒すのは簡単だよ」

 

 

言ってのける。しかしそれでは、何も変わらないと思った。それくらい若いソウゴでも分かる。

いや、まだ蓮たちも進んでいないのかもしれない。あの時から、時間は進んでいないのかもしれない。

 

 

「おれ、やっぱり決めたよ」

 

 

龍騎の時間を見て思った。人は死ぬ。

その理由は重いのかもしれないし、軽いのかもしれない。

特別なことじゃないんだ。どんな人間も死ぬし。死に方は選べない。

別にほら、モンスターに食われるのも、熊に食われるのも、癌細胞に食われるのもそれほど大きな違いは無いのかもしれない。

他人を殺すことも、それはいけない事だが、言い方を変えればそれは他人を蹴落として前に進むということだ。それは別におかしな話ではない。

誰かが言った。人間は皆――……。

 

 

「おれも、また」

 

 

ソウゴはジクウドライバーを身に着けた。

 

 

「おれが王様になったら法律を作るよ。壁に人を埋めちゃいけない。人が人を殺しちゃいけない絶対的なルールを作るよ」

 

 

それだけじゃない。薬学担当にどんな病気も治す薬を作ってもらう。

たとえば、幸せになりたい人を幸せする。英雄を作ろう。詐欺まがいな事をしなくても人を愛せるように。

戦うよりももっと面白いゲームを作ろう。エグゼイドの力があれば何とかできるかも。

 

 

「民を安心させる占い師がいるな。欲望を正しく導く社長なんかもいるかもしれない」

 

『2018』

 

「おれがいれば、愛する人は眠らせない」『ライダァー・タァイム』

 

 

洒落た言葉だろうとソウゴはニヤリ。

そうだ。ソウゴは決めていた。龍騎の力を貰おう。

真司はもう、龍騎じゃなくていい。ナイトももう、いらないだろう。

城戸真司たちが欲していたのは、死刑宣告をしてくれる王様だったのではないか? ソウゴはそう思ったので、笑ったのである。

 

 

「城戸真司! アンタはもう終わりだ! 絶対的な王がいれば戦いは起きない!」『カメンッ! ライダー!』『ジ・オウ!』

 

 

仮面ライダージオウの仮面に、ライダーの文字が刻まれる。

仮面ライダー『Z』I-O。Zとは、全ての終わりである。

ジオウとはライダーの終わりを司るもの。

 

 

「ライダーバトルは今日をもって終わりにする! 未来の王の宣言だ! これは絶対的な発言である! 耳ではなく、心で聞け!!」

 

 

いけそうな気がする。

 

 

「龍騎の時代は終わりだ。おれは仮面ライダージオウ! 2018年の仮面ライダー! そしてッ、最善最高の魔王になる男だ!!」

 

 

アナザー龍騎は動きを止めた。

そしてゆっくりと、呟く。仮面の裏にある表情がジオウには見える気がした。

 

 

「……へぇ、ジオウか。今はいっぱい違うライダーがいるんだな」

 

「うん。たくさんいるよ。ライダーは」

 

「そのライダーは……、そのライダー達はどれくらい他のライダーを殺したんだ?」

 

「違うよ」

 

「え?」

 

「――助け合ってる」『2010(オーズ)

 

 

アーマータイム。タカトラバッタ。

 

 

「時代を駆け抜けた平成ライダー達。今、その力が未来へと受け継がれる!」

 

 

ヌッと現れた黒ウォズが叫ぶ。

 

 

「祝え! 新たなる王の誕生を!」

 

 

オーズアーマーを装着したジオウは、トラクローZでアナザー龍騎を切りつけた。

火花が散る。龍騎はふと、言葉を飲み込んだ。

 

 

『その時代に生まれたかったよ』

 

 

それは別に言わなくていいと思ったし、言わないことに意味があると思った。

体には、まだ蓮に切られた痛みがある。

アナザー龍騎は――、城戸真司はそれがとても価値のあるものだと思ったので、言葉を飲み込んだ。

スキャニングタイムブレークがアナザー龍騎を吹き飛ばした。そこで蓮は、ジオウのもとへやって来る。

 

 

「これを使え」

 

 

蓮は龍騎ライドウォッチをジオウへ渡した。

 

 

「貰うよ。でも、どうして?」

 

 

どうしてお前が持っているのか? 蓮は、かみ締めるように頷いた。

 

 

「俺もまた……、かつては龍騎だった」

 

「そっか。じゃあ遠慮なく」『ライダァー・タァイム』『カメンッ! ライダー!』『ジ・オウ!』『アーマァータァイム!』【アドベント】『リュウッ・キィイイイイイイイ!』

 

 

祝え! 全ライダーの力を受け継ぎ、時空を越え過去と未来をしろしめす時の王者!

黒ウォズの祝福を受け、ジオウはまっすぐアナザー龍騎を睨んでいた。

 

 

「その名も仮面ライダージオウ・龍騎アーマー。また一つ、ライダーの力を継承した瞬間である!」

 

 

 

ジオウは地面を蹴った。

アナザー龍騎もまた、つまらないとは知りつつも、プライドのために走り出した。

拳がぶつかり合う。吹き飛ばされたのはアナザー龍騎だった。

龍騎アーマーの肩部分にあるドラグレッダーの頭部を模した部分が伸び、炎弾を連射する。激しい爆発がアナザー龍騎を包み、悲鳴が聞こえた。

 

 

『フィニッシュタァーイム!』『リュウキ!』『ファイナル! タァイムブレーッイク!』

 

 

ドラグレッダーが現れ、ジオウの周りを激しく旋回する。

次にジオウは地面を蹴り、ドラグレッダーと共に空に舞い上がった。

そして空中で旋回。ドラグレッダーがジオウの前に構える。

 

 

「ハァアアアアアアアアア!!」

 

 

ジオウの仮面。口の部分から炎が発射され、ドラグレッダーに燃え移る。

焔の龍は、轟々と激しく燃えながら、そのままアナザー龍騎へ突っ込んだ。

 

 

「ウァアアアアアアアア!!」

 

 

爆発が巻き起こる。鎧が砕け、真司が地面へ倒れた。

終わった? いや、まだだ。そもそも何故、大久保がブランク状態だったのか。それは龍騎ライドウォッチには積み重なった因果が存在していたからだ。

いわばそれはライドウォッチに意思があると言ってもいい。ウォッチが大久保を選ばなかったというわけだ。

それを証明するように、砕けたウォッチから巨大な龍が現れた。

 

禍々しい赤龍だ。

これの名は、アナザードラグレッダーと名づけよう。

空に舞い上がったドラゴンは全てを葬り去るつもりだった。そうすればまた、新しい世界が見えると思ったのだろう。

大量のレイドラグーンもまた生まれ、空に舞い上がっていく。

終焉を彷彿とさせる光景だが、ジオウは怯まなかった。アーマーを解除すると、別のライドウォッチを取り出す。

 

 

「今こそ輪廻に、因果に終止符を!」『ジオウ!』『2(ツーッッ)!!』

 

『ジォォォ……』【ジォォォ……】

 

『ライダァー・タァイム』【ライダァー・タァイム】

 

『カメンライダァーッ!』【ライダーッ!】

 

『ジオウ?』【ジオウ!】

『ジッォオオオオオオ――』【ジオオオオオオ!!】

 

【『ツーゥッッ!!】』

 

 

タイムマジーンに乗り込んだジオウ。

龍騎ライドウォッチがタイムマジーンの顔になった時、無数のドラグレッダーが現れた。

ドラグレッダーの群れは互いに絡まり、一本の綱のように変わる。そこへ飛び乗るタイムマジーン。

龍の群れは炎を発射しながら空へ昇っていく。レイドラグーンを焼き焦がし、あっという間にアナザードラグレッダーに追いついた。

異形の龍が吼える。アナザードラグレッダーの口から凄まじい大きさの火炎弾が発射され、タイムマジーンを狙う。

だが既にジオウは飛び出していた。手にはサイキョージカンギレードが握られている。

 

 

「たとえどんなに時間を繰り返しても! 変わらないものがある!」

 

 

それを今、証明しよう。

 

 

「王の前にひれ伏せ!」

 

 

ジオウ、サイキョウ。

それだけだ。言葉だけがあればいい。

天をも貫く光の刃が、アナザードラグレッダーを一刀両断にしてみせた。

強すぎる。最強すぎる。全ての城戸真司が負けを認めた。

 

 

 

 

「………」

 

 

真司が目をあけると、美穂の顔が見えた。

膝枕をされていたらしい。

 

 

「じゃあ、また」

 

「ああ、また」

 

 

ノイズがほとばしる。美穂は消えた。真司も消えた。

真司は笑っていた。蓮にも心の中で別れを告げた。顔は合わせなかったが、別にいい。

そういうヤツだ。いても、そっぽを向かれるだろうから。

 

 

「はぁー、知らない間に終わってたわ」

 

 

ツクヨミはコーヒーを啜りながらボケーッと窓の外を見ていた。

 

 

「まあ、いいじゃん。アナザーライダーも倒せたし」

 

「……それもそっか。そうよね」

 

 

ソウゴは星の本棚で閲覧した龍騎の情報を語る。

なにやら彼らもまた、今のソウゴたちと同じような環境だったらしい。

真司、蓮、優衣。ソウゴ、ゲイツ、ツクヨミ。

 

 

「アイツらはアイツらだ。俺達とは何の関係も無い」

 

 

ゲイツは淡々と言った。確かにそうだ。それでいい。

真司は真司。ソウゴはソウゴなのだから。

 

 

城戸真司達がどうなったのか、誰も、知る由も無い。

 

 

 



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未来編 Perfect Dark ※70話までのネタバレあり
プロローグ


未来編を先行公開します。
プロローグと一話まで公開していますが、二話の更新は未定です。
まだかなり先のこと(一年後とかになるかも)になるかもしれないので、あくまでもその点はご了承ください。
あくまで参加メンバーやルールを知っておいて貰えればなと(´・ω・)

注意点は本編と同じです。

・各原作のネタバレがあります。
・一部キャラクターの設定が変更されています。
・残酷な描写があります。それに伴い、一部キャラクターが崩壊しています。

・鎧武キャラ×マギカキャラのカップリングがあります。
・一部下ネタがあります。苦手な人は注意してください。


フールズゲーム本編・70話までのネタバレがありますので注意してください。
一応、軽く説明していますが、基本的に各原作を見ている前提で書いているので、その点もご了承ください。


※このお話は、実際の人物とは何の関係もありません。



 

 

虹色に光る宇宙の中を二つの存在が駆け巡る。

一つは光。一つは闇。それらは衝突し、弾きあい、激しい衝撃で周囲の星を粉々にしながら飛び回っていく。

なんだ――? この力は。互いが焦り、互いが消耗していく。

 

 

「ハアアアア!!」

 

 

乙女が振るう剣が蛇の体に入った。

闇が蠢く。蛇は血のように赤い眼で標的を睨みつける。

 

 

「おのれ――ッ! ゲームの領域外に何故このような存在が――?」

 

 

闇が散っていく。

黄金のリンゴがむき出しになり、闇は――、蟲は光に集まるように集合していく。

乙女は額に汗を浮かべていた。体からは大量の血液が流れている。

終わらせなければ。乙女は巨大な旗を生み出し、それを思い切り投げた。それは星を切り裂き、闇に直撃する。

 

悲鳴が聞こえた。

リンゴがどこかへ消えていく。

しかし光もまた徐々に弱くなっていくのだ。全ての力で放った一撃はそれだけのリスクがあった。

闇はそこを狙って、道連れを選ぶようだ。

 

 

「無駄だ。お前は――、何も止められない。既に我々の領域は世界を覆い尽くしている」

 

「そん……、な、申し訳ありません女神(デエス)ッ! 私は――、私は――……!」

 

 

手を伸ばす乙女。

しかし既にその腕すらも目視できないほど、周りは黒く染まっていた。

 

 

 

 

 

また同じ夢を見た。

父さん、母さん。そして――、姉さん。

 

 

「じゃあね、タツヤ。行ってきます」

 

 

おれに姉はいない。だからコレは夢なんだ。

それを自覚すると、いつも目が覚める。今日も同じような朝だった。同じような鳥の声と、同じような気だるさ。

カーテンを開けると空が見える。なんだか最近どうにも体が重い。空はいつも濁っている。

 

 

「………」

 

 

体を起こして部屋を出た。

夢で見た姉の部屋は物置になっていた。都合よく埋められたように。

 

 

「お姉ちゃんか……。欲しかった?」

 

「まさか」

 

 

リビングで母さんに聞いてみると、からかわれた。

それはそうか。この質問は多分――、三度目だ。

 

 

「パパもママも子育ては初心者だったからね。ほら、兄妹がいると愛情が偏っちゃうかもしれないって話を聞いてたから」

 

 

うちの家族は少し変わってる。

普通は母親が家にいて、父親が働きに行くんだろうけど、我が家は逆だった。

でもまあ、当人達が納得していれば、それでいいのではないか。

そういう意味では、おれは父さんに感謝してた。人はそれぞれ生き方を選ぶ事ができる。

父さんがいなかったら、俺は妥協も納得もできなかった筈だ。

 

 

「弟か妹なら作れるかもしれないけど。ねえ、知久」

 

「ちょっと。朝ごはん中だよ」

 

「あたしはもう食ったし」

 

 

母さんはそう言って立ち上がる。気づけばもう出かける時間だ。

 

 

「タツヤ。チューは?」

 

「やるわけないだろ。永遠にやらない」

 

「あーあ、反抗期だ」

 

「まさか。おれは真っ直ぐに育ってるよ」

 

 

母さんのノリは疲れる。

さっさとパンを口に詰め込むと、おれはリビングを足早に出て行った。

そう言えば、夢で見た父さんと母さんは若かった。姉さんはおそらく中学生。

だったらおれは――……。いや、何を考えてるんだ。あんなものはただの夢だ。

 

 

「え? 同じ夢を見る」

 

 

夢なのだが、やはり気になるものは気になる。

こう毎日毎日、同じ夢を見るとなると、本格的に脳に異常でもあるんじゃないかと心配になってしまう。

だからこんな……、学校で友人に下らない質問をしてしまうのだ。

 

 

「うーん。夢は人の心を映すって言うじゃない?」

 

 

下らない。あんな景色をおれは望んでいるのだろうか。

 

 

「いいんじゃないですか? 甘えたい年頃なのかも」

 

 

気持ち悪いヤツだと思われてるんだろうな。

いかん。どうにも心が痛くなってきた。やはりこんな話しは人にするものじゃない。

この学校が一貫性で助かった。もしも高校受験の面接で――

 

 

『趣味はありますか?』

 

 

なんて聞かれたら。

 

 

『はい! 架空の姉を妄想しています!』

 

 

今のおれなら本気で答えかねない。

するとおれはこの『天樹学園』じゃなく、アニメーション専門学校を笑顔で勧められてた筈だ。

いやいや、今のは別にアニメーション系の学校に通っている人をバカにしている訳ではなく――!

 

 

「……疲れた」

 

「???」

 

 

光実(みつざね)は不思議そうに首を傾げていた。

それでいい、おれがおかしいだけだ。おれが異常なだけだ。

おれは最近どうにも生き辛い性格なのだと自覚するようになっていた。周りや両親は優しい子だと言ってくれるが、そんな事はない。

俺はただ、ただ……。

 

 

なんだろう?

 

 

「それよりタツヤ。考えてくれた?」

 

「え? あぁ、ゴメン。なんだっけ?」

 

「ほら、チーム鎧武のこと」

 

「ああ、ダンスの」

 

「紘汰さんもタツヤが入ってくれると助かるって」

 

「悪いけど、おれ、放課後は……。ほら前にも言っただろ?」

 

「そっか……。うん、そうだね、ゴメン」

 

「いやいや、コッチこそゴメン」

 

 

そこでチャイムが鳴って先生が入ってきた。

 

 

「突然だけど皆、目玉焼きは半熟がいいか、固焼きがいいか。分かるか?」

 

 

ポツリポツリと答えが聞こえてくるが、先生は遠い目をしていた。

 

 

「正解はな、どっちでもいいんだ。恋人でも奥さんでも友達でも何でもいい。相手が食べたいものに自分が合わせる! そうする事で円滑なコミュニケーションが――」

 

 

みんなは志筑先生を情けないだの、頼りないだの、優柔不断だの、婿養子だのとからかっているが、おれは先生が好きだった。

昔、保健室の先生に同じ夢を見ることを相談したが、適当にあしらわれた。

他の先生にそれとなく相談しても子供相談ダイアルの電話番号を渡されるくらいだったが、志筑先生だけは真剣に聞いてくれた。

 

 

「分かる。分かるよ。うん、なんとなくだけど俺もそういう経験があるんだ」

 

「本当ですか?」

 

「夢と言うよりはデジャブ。既視感みたいなものによく襲われるんだ。もしかしたら前世なのか、はたまたパラレルワールドなのか。ほら、ラノベ読んでる? 最近異世界ものが流行ってるじゃない?」

 

 

先生はそう言って笑ったが、おれには分かった。

あれはただの笑顔じゃない。なにか悲しい事があったんだ。

そういう顔だった。そういう目だった。

 

 

「でも……、悪い事ばかりじゃないよ。先生はその幻視のおかげで今の奥さんとも結婚できたし」

 

「そうなんですか」

 

「彼女もキミと似たような事を言ってた。だからそれが繋がりになって……。じゃなかったらあんな綺麗な人と結婚なんてムリムリ」

 

 

前に一度だけ見かけた事があったが、確かに先生のお嫁さんはとても綺麗な人だった。

なんでもあのユグドラシルコーポレーションの研究部門で働いているらしいし。

 

 

「でも俺は……、何もしてあげられなかったな」

 

「え?」

 

「適当な言葉で適当に埋め合わせして。彼女もきっと他に何も無かったから、たぶん俺で妥協したのかも。でもそれはきっと悪い事じゃなくて……、あぁゴメンゴメン。困るよなこんな話。何でもないんだ」

 

「はぁ」

 

「タツヤくんの夢は、悪夢じゃないんだろ?」

 

「ええ、まあ……」

 

「だったら良いんじゃない? 夢日記をしたためるのも良いかもね。そうすれば何か些細な違いに気づくかもしれない」

 

 

先生のアドバイスどおり、俺は夢の記憶をつけ始めた。

そうすると違いに気づいた。夢はいつもおれが目覚めて、姉さんが学校に向かうところで終わる。

けれども朝食中の会話の内容が違っていた。

 

つまりループじゃない。毎朝の日常だったのだ。

もちろんそれに気づいたから何になる訳でもないが……。

そうだ。何にもならない。言ってしまえば別にこんな夢、人生には何の影響も齎さない。

おれは夢では何故か喋れなかったから、姉とコミュニケーションをとる事もできない。

勉強の一つでも教えてもらえば、もっと有意義に過ごせるのかもしれないが、夢の内容はおれになんの成長も与えなかった。

けれども、それでも、おれが夢に拘る理由があるとするならば――……。

 

 

『彼女もキミと似たような事を言ってた。だからそれが繋がりになって……』

 

 

だから俺は志筑先生が好きなんだと思う。

他の教師じゃ、絶対にそんな事は教えてくれなかった。

 

放課後。光実がダンスの練習に向かう中、おれはマンションに向かっていた。

ただのマンションじゃない。それはユグドラシルコーポレーションが管理する特別支援擁護施設の一部だった。

身寄りの無い人や、生活保護を受給している人、ホームレス、あるいは精神が参ってしまって普通に生きられない人々が、社会復帰するまでココで暮らしている。

部屋番号『315』番。それが彼女の部屋、彼女の病室だった。

 

 

「こんにちは」

 

「わぁ、また来てくれたんだ!」

 

「約束しましたから。迷惑……、でしたか?」

 

「そんな事ないよ。むしろ嬉しい」

 

 

千歳さんはそう言っておれを部屋の中にいれてくれた。

甘い香りがする部屋だった。おれはこの匂いが大好きだった。

おれ達は以前、学校の授業で、この施設が開くお祭りの手伝いをする事になった。その際におれの班についてくれたのが千歳さんだった。

はじめは彼女が患者側だとは思わなかった。千歳さんはそんな風には見えなかったし、みんなが気味悪がっていた障がい児の子にも笑顔で接していたし。

不慣れだったおれ達を気遣って、積極的に声をかけてくれたりもしたっけ。

あとは……、なんだろう。強いて言えば姉に――、まどかに似てる気がした。

それはただ髪型だけなんだろうけど、それで十分だった。おれは彼女の事が知りたいと思った。

 

 

「これ、貰いものなの。ハーブティ。私はあんまり口に合わなかったんだけどタツヤくんはどうかな?」

 

「いいんですか? 頂きます」

 

「美味しくなかったら無理せずに言ってね。すぐに捨てちゃうから」

 

 

千歳ゆま。19歳。どうやら精神状態に難があるらしい。

 

 

「へぇ、本当だ。ちょっと独特の香りですね」

 

「本当にね。私、舌がおこちゃまだから、コーラの方が美味しいって思っちゃう」

 

「あ。おれコーラ買って来ました」

 

「ほんとう!? わあ! タツヤくんやるぅ!」

 

 

彼女は駅前のラブホテルで保護された。

発見当時、床には彼女の髪の毛や歯が散乱していたと言う。

顎の骨が砕け、体の至る所に青黒い痣が出来ていた。

ガリガリの体だから分かりやすく浮き上がった肋骨も、何本かは折れていたらしい。

 

彼女は……、クソッッ! 千歳さんはインターネットの掲示板で、自分を殴ってくれる人を募集していた。

彼女を殴ったのは色白の坊主頭の細目の――……。ダメだ。精神がよくない。

思い出しただけでも……、殺したくなる。そうだ。殺す。あいつは殺す。

殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺――……。

 

 

「あははッ!」

 

「えへ。どうしたのタツヤくん。急に笑って」

 

「いや別に。ちょっと思い出し笑いしちゃって」

 

「そっか。じゃあグラス持って来るね」

 

 

我ながら単純な思考回路だ。

でも問題ない。犯人はもう死んだ。なんでも殺されたらしい。きっと天罰が下ったんだ。

悪い事は忘れたほうがいい。思い出してワーッとなるのは良くない。

それにおれは最近考え方を変えてきた。先生や父さんの教えを受けて、間違っているのが世界ではなく、おれ達だと言うことに気づき始めてきた。

世界は常に正しい。逆を言えば常に間違っている。そこにいちいち理由を求めるのは言い訳だ。人は自分で生き方を決めることができる生き物だ。

 

千歳さんは殴られたい。傷つきたい。そうすれば『杏子』が見えるからだ。

傷つけば、痛くなれば、杏子が助けてくれるらしい。杏子が来ないのは千歳さんが痛くないかららしい。

俺はそれを否定しない、更生させようとしているユグドラシルとは違う。おれが、おれだけが千歳さんを理解してやればいい。

そうすれば千歳さんはおれに微笑んでくれる。おれに優しくしてくれる。こうして部屋に呼んでくれる。

 

 

「おいしいね」

 

「はい。おれもこっちの方が好きです。千歳さんが好きな方がいいです」

 

 

千歳さんのグラスを持つ手が震えていた。

以前手首を切った際に神経を傷つけたんだろう。千歳さんは傷を隠していなかった。

周りの人間はアレを気持ち悪いと言うだろうが、おれはあの傷が好きだった。

それでいい、あの傷はおれだけに見せてくれる傷だ。おれはあの傷が愛おしくてたまらない。

 

 

「千歳さん。また、まどかの夢を見ました」

 

「ほんとう!? 実は私も杏子の夢を見たの!」

 

「一緒ですね」

 

「一緒だね」

 

 

彼女は嬉しそうに笑って飛びついてきた。優しい甘い匂いがおれは好きだった。

でもその匂いは千歳さんが元々持っている体臭なのか。本当に近づかないと分からないし、感じてもすぐに消えてしまう。

 

 

「まどかは――」

 

 

おれが鹿目まどかの夢を見るようになったのは、千歳さんに出会ってからだ。

それは千歳さんも同じらしい。

初めてだと言ってくれた、殴られる以外で杏子が来てくれたのは。

 

 

「杏子はね!」

 

 

杏子、杏子、杏子杏子杏子。千歳さんは杏子の事が大好きらしい。

彼女は知らないんだろうな。おれは、杏子が世界で一番嫌いだった。

ほら。今もまた。千歳さんは杏子の話をいつまででもおれに聞かせようとする。できるなら今すぐに目の前にいる、この女を殴って黙らせたかった。

千歳さんが崩れていく恐怖があった。彼女は彼女の筈なのに、杏子の事を話す千歳ゆまは、少なくともおれの知らない千歳ゆまになる。

それでもおれは笑顔を浮かべ、しきりに相槌をうった。杏子を悪く言うのは千歳さんが最も嫌がることだ。

俺は絶対にそれをしない。先生も言っていた。相手を尊重すること、それが愛を育んでくれる。

それに彼女は笑ってくれるんだ。

 

 

「夢が見たいの。ダメかな?」

 

「いいに決まってるじゃないですか。それよりおれの方こそ――」

 

 

千歳さんは、おれを抱きしめた。おれに触れてくれた。

おれの身長は千歳さんよりずっと低い。みぞおちに埋まった顔、千歳さんは胸が大きいから俺は自ずと腰が引けてしまう。

たぶん、最高に間抜けな格好なんだろう。

彼女は強引なところがある。おれを引っ張っていくと、ベッドの上に倒れこんだ。スプリングがギシギシミシミシと壊れそうな音を立てる。

おれは彼女の目を見ようとしたが、その前に唇へ触れる熱に戸惑う。

全身が熱くなって、全身が冷えていく。

 

 

「んむッ」

 

 

おれは彼女の目を探した。おれはこのキスが大嫌いだった。

こんなものは媚でしかない。繰り返す中で彼女が覚えた、ただのご機嫌取りだ。

俺が離れないように、俺が来てくれるように気を遣ってくれているだけでしかない。

 

違う。おれが欲しいのはこんなんじゃない。でもおれは彼女を振り払おうとしない。

それがおれの弱さだ。我ながら気持ち悪すぎてゾワゾワしてくる。でも、それでも俺は彼女を抱きしめたかった。

彼女のぬくもりを身近に感じられるこの瞬間、離れられない。離れたくない。

 

 

「キョーコ……!」

 

 

千歳さんはおれと出会ってから眠るのを止めたらしい。

少しでも眠くなるとカフェインを過剰に摂取し、タバスコをまるごと口にして眠気を殺す。

しかしそんな事では人間壊れてしまう。だから千歳さんだってちゃんと眠る。

それが、おれと会った時だ。おれに触れて、おれを近くに感じるとき、彼女は夢を見る。

佐倉杏子の夢だ。

 

 

「………」

 

 

唇を離した時、彼女はもう夢の中だった。

だからおれは彼女に会う。会わなければならない。千歳さんに睡眠を与えるために。

もしも俺が一週間、彼女に会わなければ、彼女は一週間不眠を貫こうとする。ありとあらゆる手を使って。たとえそれが自傷であったとしてもだ。

そうまでして杏子に会いたいのだ。

 

 

「―――ッ」

 

 

おれは、この、今――ッ、目の前で幸せそうに寝息を立てている女を殴り殺したかった。

どうしようもない。だから声を震わせて泣く。

おれは中学三年生にもなって、声を震わせて泣く事しかできなかった。

だって千歳さんは一度もおれの事を見てくれない。千歳さんにとって、おれはただ佐倉杏子を感じ取るために使う映写機みたいなものでしかないじゃないか。

 

噂に聞いた程度だが、彼女は過去に虐待を受けていたらしい。

もしかしたら杏子と言うのは彼女が作りだしたイマジナリーフレンドなのではないか?

辛い時に、それを身代わりになってくれる都合のいい存在なのではないか? おれは図書館やネットで必死に調べた。

どうすれば過去に大きな傷を負った人の傍に入られるのか。どうすればおれを感じてくれるのか?

 

そして、どうすれば佐倉杏子を殺せるのかを。

 

千歳さんはどうして気づかないんだろう。

仮に杏子がいたとしても『今』はどこにもそんな女はいないじゃないか。

今、貴女の近くにいるのはおれなんだ。おれ以外の誰も千歳さんを理解してあげようとはしていない。

なのに……、なのにどうして彼女はおれを見てくれないんだ。

おれが子供だからか? 頼りないからか? だったらなんで唇なんて押し付ける?

彼女はきっと分かってる。だから媚を売るんだ。だから押し付けがましい性を押し付ける。確かにおれはあの日、彼女が純潔の証を見せてくれた時、安心したさ。

 

 

「いつも頼ってばかりでゴメンね」

 

 

異常な空間だったと思う。

彼女は泣きながら服を脱ぎ、傷だらけの体を見せてくれた。

それは彼女の自傷行為でできたものなのか。それとも誰かにつけられたものなのか。それは分からないし、別にどうでもいい。

でもおれは別にそんな姿をさらけ出して欲しいなんて思っていなかった。おれはただ、心をさらけ出してほしかっただけだ。

 

おれが何度断っても、何度拒んでも彼女はおれにキスをした。

自分の全てを見せて、汗と汗を繋ごうとした。

でもおれは――ッ、そんなものが欲しくて貴女に近づいた訳じゃない。

ただ手を引いて、遊園地に行きたいと言ってくれれば、おれはそれで良かった。杏子と一緒にいかないで欲しかっただけだ。

おれは貴女に触れた。けれどもッ、その先にはいってない。それがおれの答えだと貴女はきっと理解してくれた筈だ。

 

なのにどうして、どうしてッ、まだおれを見てくれない……ッ!?

悪いと思う心があって、どうして返事ひとつしてくれないんだ。

こんなに近くにいるのに、貴女はいつも杏子を見てる。杏子があなたに微笑んでくれたか? 話しかけてくれたか? 貴女の好きな炭酸飲料を持ってきてくれるのか?

そんな事してくれないじゃないか。いや、してくれているんだろう。夢の中では。

でもそれはニセモノだ。あんたが空想してるだけで何の『確か』もないのにどうして、どうして、どうして――ッッ!

 

 

「千歳さんっ、おれは……!」

 

「ゆまって、呼んで」

 

「ゆまさんッ、どうかお願いです。お願いですからもう――」

 

「なぁに? キョーコ」

 

「!!」

 

「キョーコはゆまが守るからね。だからゆまの事、置いていかないでね」

 

 

おれは、千歳ゆまを愛していた。

軽い言葉に聞こえるだろう。おれだってバカじゃない。中学三年生で愛を語るなんざ、アホのやる事だ。

でも、それでも、おれは彼女が好きだった。愛おしいと思ったんだ。

別に特別なことなんて期待してなかった。ただ笑って欲しいと思っただけだ。おれの方を向いて微笑んでくれれば、ただそれだけで……。

 

 

「ゆま」

 

「ん?」

 

「ありがとう」

 

「えへへ、どういたしましてぇ」

 

 

だからおれは、佐倉杏子でいいと思った。

佐倉杏子がいいと思った。

笑うおれは酷く惨めで、それこそ死んでしまいたくなるほどにバカらしい。

 

 

 

 

 

 

 

「志筑くん。最近調子はどうかな? お子さんの予定は?」

 

「いえ。しばらくは夫婦二人だけの時間を楽しもうと約束しておりますの」

 

「それはいい事だ。しかし、そうすると研究部門(ココ)は不便じゃないかい? なかなか拘束される」

 

「確かに、ええ。ですが夫も理解してくれていますわ」

 

「フム。それはいい事だ」

 

「……どういう風の吹き回しでしょうか? プロフェッサーがそんな事を聞くなんて気味が悪いですわ」

 

「心外だね。と、言いたい所だが……、流石は志筑くん。実は貴虎に怒られてね。私はもっと周りとコミュニケーションを取った方がいいらしい」

 

「ですが、あからさまに興味がないという雰囲気で話しかけられても」

 

「ハハハ。これは失礼したよ。事実――、そうだね。キミの家庭の話はとてもとても興味が無い。私としては、むしろキミがふいに話す夢の話のほうが聞きたいんだ」

 

 

戦極凌馬はデスクの上に置かれた戦極ドライバーを見てニヤリと笑った。

志筑仁美はコーヒーを持ったまま立ち上がると、窓の外を見つめる。眼下に広がる町は、おぼろげな夢とは重ならない。

 

 

「かつて沢芽は、見滝原と呼ばれていました」

 

「おいおい、いくら私がテレビを見ないからって。それくらい知っているよ。最近の話じゃないか」

 

「失礼しました。では理由はご存知でしょうか? 都市を発展させるため? いえ、違いますわ。忘れようとしているんです。世界が彼女達を」

 

「鹿目まどかだったかな? キミのドリームフレンズは」

 

「あれは幻ではありませんわ。夫も同じ夢を見ていますの。だから私達は――……」

 

 

結婚指輪を撫でる。同情も、いつかは愛情に変わるだろう。

依存かもしれないが……、仁美は呆れたように笑う。

 

 

「私はリンゴを視ましたわ」

 

「……残夢ではない事を祈るよ」

 

 

仁美はそう言ってスケッチブックを凌馬に手渡した。

デザイン担当は彼女だ。友人が――、まどかが絵が上手かったから。仁美も勉強した。

そうしたらいつか彼女と再会できた時に、話も弾む。

むしろ絵を学べば彼女が戻ってきてくれるかもしれないと思ったから。

 

 

「うん。いいデザインだ。オレンジと武者が見事にマッチしている。モチーフは?」

 

「伊達政宗から少し」

 

「ふーん。了解だよ。すぐにこのデザインデータで鎧武の製作に取り掛かろうじゃないか」

 

 

 

 






タツヤのくだりは井上敏樹的な作風(小説版龍騎)を意識しました。
ただ僕はRT龍騎の二話を見て、あの人を何にも理解していなかったのだと思いました。
マジでアレみた後、熱出て寝込みましたからね僕。
奥が深いお人やでぇ(´・ω・)


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第一話 新時代の刃

 

天を――、獲る。

 

 

「本当に、いいの?」

 

「ああ。後悔は――、しないさ」

 

 

世界を己の色に染め、その栄光をキミは求めるか。

 

 

「皆に会いに行くんだ。そう長くは待たせられない」

 

 

その重荷をキミは背負えるか。

 

 

「残念だけど、勝つのはコチラよ。だって――」

 

 

人は、己一人の命すら思うがままにはならない。

誰もが逃げられず、逆らえず、運命という名の荒波に押し流されていく。

 

 

「ああ……! そうだな」

 

「勝手だとは……、思ってる」

 

「いや、いい。気にすんな。皆そうさ」

 

 

だが――……。

もしもその運命が、キミにこう命じたとしたら?

 

 

「だから俺はお前には負けない。負けられないんだッ、鈴音!」『オレンジ!』

 

 

世界を、変えろと。

 

 

「みんなの為に――ッ、死んでいったアイツ等の為にも! 絶対にッ!」

 

 

未来をその手で選べと!

 

 

「ええ、そうね。分かってる。分かってるわ。だから――!」

 

 

キミは、運命に抗えない。

 

 

「貴方の名前、教えて」

 

 

だが!

世界はキミに託される――!

 

 

 

 

 

 

 

FOOLS,GAME Perfect Dark

 

 

 

 

 

 

龍騎は朦朧とした意識で立っていた。

すすり泣く声が聞こえる。これは自分の声だ。

抱きかかえた鹿目まどかの死体をゆっくりと地面に降ろす。

空には笑い声。今日は雨模様。風が強い。ナイトのマントが激しく揺れていた。

 

 

「城戸ッ! 俺と……、戦ってくれ」

 

 

涙を噛み殺した龍騎は、ゆっくりと頷いた。

龍騎にはそれが優しさだと分かったからだ。そこまで強い男じゃない。今はその優しさに甘えることにした。

 

 

「何を叶える?」

 

 

優しい声色だった。だから龍騎はあどけない笑みを浮かべて、こう答えた。

 

 

「リンゴの木の下で、皆に会うんだ」

 

「いい願いだ」

 

「ああ。お前も一緒だ」

 

 

ナイトは頷いた。恵里の心臓が止まったと聞かされたのは、つい先程だ。

だから剣を握るしかなかった。龍騎もそれを理解していた。

なぜか? 二人にしか分からないものがある。陳腐な言い方ではあるが、それが友情というものだ。

だから二人は走った。走り、剣を打ち付けあい、殴り、蹴った。

感謝を込めて傷つける。矛盾しているようにも思えるが、それが二人の全てだった。

城戸。どうか、お願いだ。俺を、俺を……、俺を――。

 

 

(俺を、殺してくれ)

 

 

同時に引き抜いたファイナルベント。

龍騎はドラグレッダーと共に空に舞い上がり、ナイトはダークナイトを身にまとわせ、ドリルとなる。

二人はお互いだけを見て、そのまま突っ込んでいった。

 

 

 

 

病室で、恵里はゆっくりと目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「海香、カオル! おっはよー!」

 

「おはよう。かずみ」「うぃー」

 

 

大きな丸いテーブルには既にルームメイトの姿が見えた。

中学生にして小説家の御崎海香。スポーツでは学年トップの牧カオル。

かずみはキッチンから自分のパンケーキとハムエッグを受け取ると、席について紅茶を淹れはじめる。

 

 

「今日練習は?」「あるよ」「海香、この前の新作超面白かった!」「それはどうも。ふふふ……」「お兄さんは?」「あぁ、駄目ね。アレは見てないわ」「ってかさ、かずみ、昨日ドタドタしてたの何?」「ステップの練習! カオル今度教えてよぉ」「おっけー。でもあたし等、ライバルだからね。それ忘れちゃ駄目だよ」「そうだ。カオル、新聞は?」「あれ? そういや、まだ来てないなぁ」「遅いわね」「ふーん。ま、いっか。見たいの今日のレシピと漫画だけだし」

 

 

他愛ない会話を繰り返しながら、かずみは朝食をモリモリ口に運んでいく。

そうやって食べ終わったお皿を抱えると、キッチンの方へと向かった。

 

 

「ありがと凰蓮(おうれん)さん。今日も最高に美味しかったよ」

 

「メルシーかずみ。残さず食べて偉いわね」

 

「えへへ。やめてよ凰蓮さんってば。私もう中学生なんだよ?」

 

 

かずみ達は現在、フランス国籍の日本人『凰蓮・ピエール・アルフォンゾ』が営む洋菓子店・『シャルモン』の三階部分を借りてシェアハウス中である。

電気やガスをいくら使っても一定料金。家具つき。学校から近い。朝食付きで下がケーキ屋という優良物件はとても助かっている。

朝食を作った凰蓮と入れ替わりで、かずみは後片付けにまわる。皿洗いは当番制で、今日はかずみが担当だ。

カオルと海香もしばらくして食器を運んできた。

 

 

「ん?」

 

 

ふと、カオルは窓の外に見知った人影を見つけた。

高校生くらいの少年で、向かいには小さな男の子と、頭を下げている母親らしき人が見えた。

 

 

「キミはどのフルーツが好き?」

 

 

葛葉(かずらば)紘汰(こうた)は、男の子の頭を撫でる。すると小さな声で、オレンジと返ってきた。

 

 

「お子様ランチにいつも、ついてくる……」

 

「ハハ。そうだよな。美味いよなアレ。俺も好きだった」

 

 

どうやら男の子は迷子だったらしい。紘汰が一緒に母親を探してくれていたのだ。

 

 

「誰だって泣きたいほど辛いときはある。でもな、そんな時だからこそ負けちゃいけない」

 

 

そういう勝負。ゲームだと思ってみなよ。泣いちゃったら巻けのゲーム。泣かない方法を見つけたら勝ちだ。

 

 

「誰だってどんな時だって、戦う事はできるんだ」

 

 

その言葉で励まして、紘汰達は母親を探した。そうすると無事に見つかったというわけだ。

 

 

「じゃあ俺はこれで」

 

 

すると母親が、紘汰が乗っていた自転車に注目する。

 

 

「あ、あの、まさか配達の途中で?」

 

「大丈夫っす。あとそこの一軒だけなんで」

 

 

そういうと紘汰は新聞を持ってシャルモンに近づく。

そこで三階から顔を出しているカオルと目が合った。

 

 

「紘汰ァ、チャオー!」

 

「よぉ! カオル! わりぃ! 新聞遅れた!」

 

「いいって。なんか事情ありそうだし!」

 

 

カオルは窓からヒラリと身を乗り出し、三階から飛び降りる。

紘汰は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、特に焦る素振りはない。そうしているとカオルは華麗に着地し、紘汰から新聞を受け取った。

 

 

「迷子? こんな朝から大変じゃん」

 

「いや、あの子はさっき見つけたんだ。今日は保育園で注射があるらしくて、それが嫌で逃げて迷子になっちゃったらしい。それ以外にも朝からトラブル続きでさ。ペットが逃げたとか、脱輪したとか。見過ごせないからこんな時間になっちまった」

 

「ふぅ! いいヤツ~」

 

「おいおい、からかうなよ」

 

「褒めてんだってぇ。でもあたし等だからいいけどさ。一応新聞配達なんだから、ほどほどにね。もう七時過ぎだよ」

 

「おお。本当、悪かったな」

 

 

そこで窓からかずみも顔を出す。

 

 

「紘汰ぁー! おはー!」

 

「おはー! かずみ、今日も練習あるから! よろしくな!」

 

「おっけ、まっかせてー! 進化したかずみステップ見せちゃうよ~!」

 

 

二人は手を振って分かれた。

 

 

 

 

 

「遅いわ」

 

「悪い悪い。ちょっとトラブルでさ」

 

紘汰がバイト先の新聞販売店に戻ると、入り口から灰色の髪の少女が出てきた。

住み込みで働いている天乃(あまの)鈴音(すずね)という女の子だ。中高一貫性の『天樹学園』で、紘汰は高等部三年。

鈴音は中等部二年のため、一応後輩にあたる。

 

 

「ところでさ鈴音。お前、昨日深夜に出歩いてなかったか?」

 

「………」

 

「いや、昨日漫画喫茶のシフトが変わって。深夜になったんだ。そしたらその帰りにお前に似た人を見かけて。声をかけようとも思ったんだけど、見失っちゃってさぁ」

 

「………」

 

「あッ、勘違いしないでくれよ? ストーカーじゃないからな! ただほら、最近物騒な事件も起きているだろ? なんだっけ、えーっと、キリキザ……、じゃないな。えっと」

 

「キリサキさん」

 

「そう! それだよ。都市伝説って遊んでるヤツもいるけど、本当に被害者が出てるんだ。気をつけた方がいいぜ」

 

「……そう。ありがとう。注意しておくわ」

 

 

そういうと鈴音はスタスタと歩き去ってしまった。

紘汰は肩を竦めると、後処理を済ませて行きつけのフルーツパーラーへと向かった。

 

 

「よぉ紘汰」

 

「うぃーっす。坂東さん! モーニングセットよろしく!」

 

 

いきつけになったからか、店主の坂東(ばんどう)清治郎(きよじろう)は、紘汰にいつもおまけしてくれる。

 

 

「いいけど。お前、学校は?」

 

「なんかダルくてさ。ちょっと遅れていこうかなって。昨日バイトの時間変わってさ。ほとんど寝てないんだ」

 

「不良少年めー。まあいいや、今日はパンに何塗る?」

 

「あー、オレンジジャム!」

 

「おう。ちょっと待ってろよ」

 

 

席につく紘汰。店内のテレビに目を移すと、もう何度見たか分からないCMが流れていた。

リンゴを両手で持った女の子が笑い、フルーツの断面の中に文字が浮かんでいる。

リンゴの中にはEducation。キウイの中にはMedical Treatmentと書かれていた。

 

 

『ニュージェネレーション。ニューライフ。計画都市、沢芽市の皆様にユグドラシルコーポレーションが提供する新しい暮らしです』

 

 

 

 

 

「行ってきます。お父さん。お母さん」

 

 

かずみ達は小さな仏壇に手を合わせると、シャルモンを出て行く。

学校に向かう中で生徒達も増え、見知った顔と合流していく。

 

 

「おはよーッ。みんな!」

 

「おはようかずみちゃん」「んッ!」

 

 

クセ毛の宇佐木(うさぎ)里美(さとみ)に、小柄な若葉(わかば)みらいは、クラスメイトであり特に仲がいい。

というよりも明るくて活発な性格のかずみとカオルは、よく他のクラスメイト達にもフレンドリーに話しかけるため、ほとんど全員が友達みたいなものである。

 

 

「茉莉ちゃん! 調子はどぉー?」

 

「わっ! おはようかずみちゃんッ!」

 

 

かずみは、お団子ヘアーの日向(ひなた)茉莉(まつり)に抱きつくと、頬ずりを始める。さらに見知った顔を見かけて手を振った。

 

 

「おはよう佳奈美(カナミ)ちゃん! 何食べてるの!?」

 

「うむっ! おふぁようかふみひゃん! これね、やきいもっ! 遅刻しそうだったから咥えて出てきちゃった」

 

「パンだったら昔のラブコメなのに、焼き芋って凄いわね」

 

 

海香の突っ込みに、佳奈美は恥ずかしそうに笑った。

 

 

「ちょっと初瀬くん! またネクタイ! シャツも出てるし! だらしないわよ!」

 

「うるせぇ! これがイカしてんだよ!」

 

 

校門前では見慣れた光景が。

生徒会が朝の挨拶運動を兼ねた服装チェックを行っており、初瀬(はせ)亮二(りょうじ)が気崩した制服を、詩音(しおん)千里(ちさと)に整えられている。

 

 

「あっは! アンタも学習しないわね初瀬! いつもいつも注意されてるんだから直しないよねぇ」

 

「貴女もよ亜里紗! いつも寝坊して!」

 

「ひぃいい!」

 

 

千里についていく形で生徒会に入った成見(なるみ)亜里紗(ありさ)はギョッとしたように肩を竦めている。

それを三年の(かなで)遥香(はるか)が嗜める。ほぼ毎日繰り返されるお馴染みの光景であった。

 

 

「あーあ、奏先輩みたいになりたいなぁ」

 

 

里美がふと、呟いた言葉。

かずみ達はまだ二年生だが、進路を考えている子は多いだろうし、未来の自分を妄想する人間は多いはず。

海香なんてもう明確に夢に進んでおり、新人賞に受賞して、本も出版されている。

紘汰なんかは、そんな話をしたがらない。いつも煙に巻いて逃げ始める。何になりたいかとか、どう生きたいかなんて分からないと。

将来か。かずみは授業中にその事を改めて考えてみる。

でも、あれだ。真面目に生きたって――

 

 

「!」

 

 

一瞬、過去がフラッシュバックした。

血まみれの腕。アレは――、そう父の顔だ。

 

 

(いけないいけない。考えないようにしなくちゃ……)

 

 

かずみには両親がいない。母が死んで、父と二人で暮らしになって、その父も死んだ。

原因は――、正直よく分からない。というのも母は病でと聞いているし、父は事故で死んだと『聞いている』。

しかしかずみは、その事故現場にいた。

まだ小学生だった彼女は父親の死体の傍で気を失っていた。目覚めたかずみは、父が何故死んだのかを全く覚えていなかった。

いや、正確には少しだけ覚えている。しかしきっと本能がかずみを守るためにブロックしているのだろう。

 

血まみれの父は、きっと良い死に方ではなかったはずだ。

もちろん原因が気になるといえばそうだが、今更何をしたって父は帰ってこない。

それならこの今を大切にするほうが、かずみとしてはずっと居心地が良かった。

 

そう。それなりに――、充実していたと思う。

今は。みんな。誰だって。漠然とした将来の不安とか、全部無視して、ただ目の前にある娯楽に全力でありたかった。

この町も同じだ。かつては見滝原と呼ばれていたらしいが、スーパーセルによって町は崩壊し、多くの被害や死者が出た。

その後、多国籍総合医薬品メーカーであるユグドラシルコーポレーションが町を再開発、新たに町の名前を『沢芽』と変えて今に至るわけである。

町並みは見滝原だった頃の面影は失われており、中心部にはユグドラシルタワーと呼ばれる本社が聳え立っている。

 

 

『ハッローッ! 沢芽シティ!』

 

『ププププーンッッ!』

 

『DJサガラの生配信へようこそ! 今日も相棒のDJディエスと共にホットでクールな話題を届けていっくぜぇー! 調子はどうだいディエス』

 

『オッケー! オイラはもうバリバリのガチガチよぉ。しかし他の奴等はどうかな? なぁ、おい?』

 

『ウーッ! 暴れ盛りのお前等にストリートは狭すぎるか? だがな、そんなソウルをダンスに込めれば全ては解決だ! なあそうだろ!? ビートライダーズの諸君!』

 

 

ビートライダーズホットライン。

インターネットの配信番組だが、その人気はティーンエイジャー達によって支えられている。

その内容は若者によって結成されたダンスチーム・ビートライダーズの配信である。

もともとは天樹学園のダンス部からの派生であり、現在はさまざまなチームが独自にチャンネルを開設して活動を配信。その人気を競うエンターテイメントになっている。

 

その人気は凄まじく、芸能プロダクションを介していないが、こうしてユグドラシルもスポンサーとなって番組(ホットライン)を制作。

チャンネル登録数は学生のみならず一般人を含めて40万人を超えてる。

DJサガラもユグドラシル側が用意した人間だ。さらに画面には一切出てこないが、茶々を入れるディエスという者も。

 

学校が終わった放課後。

沢芽広場に作られたステージでビートライダーズはダンスを披露する。今は青いパーカーを来た集団が激しく動き回る。

チーム鎧武。視聴者が投票するランキングでは常にトップ争いの人気グループである。

リーダーの葛葉紘汰の身体能力に加え、呉島(くれしま)光実(みつざね)の精巧なステップ。かずみや、佳奈美のハツラツとした動きに目を奪われる人間は多い。

少し下世話な話だが、配信や人気ランキングの関係上、ビジュアルのポイントは重要になってくる。その点においてもチーム鎧武の人気は高いのだ。

 

 

「かずみちゃーん。がんばってー!」

 

 

観客席では、里美と海香が手を振ってチーム鎧武を応援している。

一方で、反対の観客席では黒いジャケットを着たチームが荒々しいダンスを踊っている。

チームレイドワイルドだ。リーダーの初瀬を筆頭に、みらいや亜里紗が所属している。

元々はオタ芸を中心としていたが、亜里紗の『ダサすぎる死ね』というソリッドな意見で、激しいブレイクダンスを中心としたものになっている。

 

しかし初瀬や亜里紗、みらいのガラの悪さが近寄りがたい雰囲気をかもし出してしまうために大衆向けではなく、さらに視聴者というのは残酷である。メンバーの一人に凄まじくふくよかな男性がいるため、そこをいじられてどうにもランキングが上にいかない。

まあとはいえ、コア向けの立ち居地に本人達は満足しているらしく。今日も今日とてロックでパンクってなもんだ。

 

 

「うっわ、亜里紗も初瀬くんもあんなに頭とか振って。気持ち悪くならないのかしら」

 

「ふふふ。アドレナリンが出てるのかも。ほら見て、すっごく楽しそうじゃない」

 

「私にはサッパリ分かりません」

 

 

観客席では千里が呆れたように首を振り、それを温かい目で遥香が見ていた。

一方、ステージから少し離れた待機場。

ビートライダーズ達が自由に使っていい場所だが、そこで茉莉は落ち着かないようにソワソワと体を動かしていた。

正確には、自分の格好をしきりに鏡で確認している。まだ慣れない。赤と黒のジャケット。

 

 

「着替えるのが遅い」

 

「あッ! ご、ごめんなさい!」

 

 

茉莉が所属しているのは、ランキングのトップを常にチーム鎧武と争っているグループ、『チームバロン』であった。

リーダーの駆紋(くもん)戒斗(かいと)は壁にもたれかかって腕を組み、イライラしたように鼻を鳴らす。

 

 

「日向。貴様が遅れたせいで初瀬にステージを取られた。分かっているな」

 

「は、はい。本当にごめんなさい。緊張しちゃって」

 

「俺のチームに弱者はいらん。怯えているなら今すぐ尻尾を巻いて逃げるんだな」

 

 

茉莉は怯んだように固まる。するとその肩に優しく手が触れた。

 

 

「初瀬にステージを取られた。この下りはつまり満を持してあたしらが登場できるから、盛り上げる原因を作ってくれてありがとう茉莉ちゃん! って意味だな」

 

 

牧カオルがウインクを一つ。

 

 

「怯えているなら、今すぐ尻尾を巻いて逃げるんだな。これはお前はやればできるのを俺は知っているから、緊張せずに頑張ってくださいって意味だぜ?」

 

 

チームメイトであるザックがサムズアップを一つ。

 

 

「大丈夫だって茉莉。戒斗はただの運動オンチのツンデレだから。いい加減慣れなよ」

 

「黙れ牧ッ。誰がツンデレだ。おい、無視をするな! おいなんだそれは! なぜ中指を立てる! 貴様、ふざけるなよ!!」

 

 

戒斗はスタスタと歩き去っていくカオルを怒鳴りながら追いかける。

ザックはその光景をやれやれと笑って見ていた。

そしてすぐに身を屈めて茉莉に視線を合わせる。

 

 

「大丈夫。戒斗も茉莉がちゃんとできるヤツってのは理解してるさ」

 

「ほ、ほんとう?」

 

「ああ。本当だって。俺が約束する。だから、ほれ。行こうぜ」

 

 

ザックが手を出した。茉莉は少し頬を赤く染めて、その手を取った。

ステージに上がったチームバロン。彼等が作曲した『ネバーサレンダー』という音楽に合わせて踊る。

自由に動き回るチームガイムや、荒々しく踊りまわるレイドワイルドとは違って、ピッタリと動きを合わせる事や、独自の振り付けが人気の理由である。

茉莉は耳がいい。音楽をしっかり聴いて、一糸乱れぬフォーメーションを完成させるのだ。先程は緊張していたが、ステージに上がればしっかりと前を見て踊っている。

 

 

「でも良かったわね。茉莉」

 

 

海香がポツリと口にした事に、里美も同意する。

少し前まで茉莉は目の病を患い、視力を失っていた。それが今は完治してあの通りだ。

きっと茉莉には海香達が見ている景色よりも、もっと大きな何かが見えているのだろう。

さて、ここでチーム鎧武がダンスを終えてステージを降りてくる。それをメガネを光らせて見ている者がいた。

 

 

「さぁて、いよいよ次は俺達の番って訳だ」

 

 

城乃内(じょうのうち)秀保(ひでやす)

海香の兄だが、現在は両親が離婚しており苗字が違っている。

とはいえ兄として海香が心配なのか。シャルモンにバイトとして入ったり、頻繁に絡んでくるのだが、妹の信頼は薄い。

今もメガネをかけた女の子を侍らせており、海香はそれを冷めた目で見ていた。それに気づいたのか城乃内は海香に手を振るが、海香はムスッとした表情のまま無視である。

 

 

「何? 喧嘩でもしてるの?」

 

「そうじゃないけど、昔から兄さんとは合わないのよ」

 

 

海香は兄が苦手であった。アクティブな城乃内と、インドアタイプの海香。

彼女が幼い頃、小説家になりたいと言ったときも、城乃内は地味だなんだと馬鹿にしていたものだ。

小説家になってからも本を送ったりしたが、感想を貰った事はないし、以前たまたま家に言った時も綺麗なままで読んだ形跡は無かった。

 

 

「それだけじゃないわ。仲の良い女の子に渡してるところも見たんだから。まあ、そうやって『使う』のも否定はしないけれど。失礼じゃなくて?」

 

 

里美は困ったように笑う。

そうしている内に城乃内がステージに上がろうとするが、そこで戒斗が動きを止めた。

同じくして止まる音楽。これは――、トラブルではない。ビートライダーズの演出の一つだ。

 

 

「退け城乃内。貴様が上がる舞台はない」

 

「な、なんだよ!」

 

「葛葉ァ! この前の決着だ!」

 

「ったく。仕方ねぇな!」

 

 

城乃内を押しのけて再びチームガイムがステージに上がる。

その手にはなにやらベルトのバックルのようなものが握られていた。

これはダンスバトルをもう一段階レベルアップさせたものである。

 

 

「行くぜミッチ!」『オレンジ!』

 

「はい! 紘汰さん!」『ブドウ!』

 

 

ミッチ――、光実も同じバックル・戦極ドライバーを手にしており、腰に押し当てる。

するとベルトが伸びて自動的に装着された。

さらに二人はフルーツの装飾が施された『錠前』を起動させた。紘汰がオレンジ、光実がブドウ。

紘汰は思い切り腕を旋回させ、光実は型のような動きを披露して、それぞれドライバーへ錠前・ロックシードをセットする。

 

 

『ロック・オン!』

 

 

電子音が流れる。さらに紘汰と光実の頭上、その空間が文字通り『割れた』。

割れたというよりは、何もないところにジッパー状の裂け目、クラックが現れてそこから巨大なオレンジとブドウが姿を見せる。

 

 

「変身ッ!」『ソイヤッ!』

 

「変身!」『ハイーッ!』

 

 

バックルにあるカッティングブレードという小型を倒すと、錠前が展開。

同時にオレンジとブドウがすっぽりとそれぞれの頭部に覆いかぶさった。一見すればマヌケな光景だ。

しかし落ちてきたのは何も本当のフルーツではない。フルーツの形をした鎧なのである。

鎧はまず紘汰たちにスーツを与え、そしてさらに展開。

二人はあっという間に違う存在へと『変身』した。

 

 

『オレンジアームズ!』『花道・オン・ステージ!』

 

『ブドウアームズ!』『龍・砲! ハッ! ハッ! ハッ!」

 

 

アーマードライダー鎧武(ガイム)。そしてアーマードライダー龍玄。

さらに変化はそれだけに留まらない。二人の前に出たのはチームメンバーである佳奈美だ。

彼女がつま先で地面を蹴ると、魔法陣が広がって衣装が全く違うものに変化していく。

魔法少女。佳奈美の両耳に、鈴型のピアスが装備された。

盛り上がるギャラリーたち。一方で同じように戒斗とザックが戦極ドライバーを装着し、ロックシードを起動させる。

 

 

「変身」『ナイト・オブ・スピアーッ!』

 

「変身ッッ!」『ミスタァー・ナックルマァーン!』

 

 

戒斗はアマードライダーバロンに。

ザックはアーマードライダーナックルに変身。さらにカオルと茉莉も光に包まれると、魔法少女へと姿を変える。

 

 

『ヘイユーッ! ダンスバトルの新時代! もうチマチマ踊るだけじゃ誰も満足してねぇよなサガラ!』

 

『オゥケーィ! ディエスの言うとおりだ! ビートライダーズ達には騎士という翼、魔法少女という翼が与えられているのさ!』

 

『気をつけろ! 知らねぇヤツァ恥かくぜ! 明日のテストよか戦極ドライバーとソウルジェムを学んでくれよ! 説明よろしくサガラ!』

 

 

よし来た。いいか視聴者のみんな! 今、野郎共が身に着けたのは戦極ドライバーだ。

ユグドラシルコーポレーションが新しく開発した新商品のサンプル品だな。見て分かるとおりパワードスーツに包まれ、その身体能力は比べ物にならないほど上昇している。

そして魔法少女も似たようなもんさ。あれさえあれば苦手なブレイクダンスもなんのその。バク宙だって朝飯前さ。

 

パワーアップした奴等の動きに注意しな! 下手すりゃ魂まで持っていかれちまう。

見ろよ、あの人間にはできないような動きから繰り出されるステップ&アクロバティック!

それだけじゃない。エフェクトウエポンによって繰り出される光と幻想のマリアージュ!

 

 

『クルミ・オーレ!』『ブドウ・オーレ!』

 

 

注目だ! ナックルの野郎が打ち上げた胡桃型のエネルギーボールが炸裂。

小型の胡桃が鎧武たちに向かって降り注ぐぜ。しかしそれを打ち消していく龍玄のエネルギー弾。

それがぶつかり合い、炸裂するときに見える火花は……、おぅ、もうたまらねぇな!

 

さらに魔法少女にも注目してくれ。佳奈美のスピードをキミは捉えられるか? ノンノン! ソイツは無理って話だ。

だって彼女はスピードスター! 魔法少女ひとりひとりに与えられた固有魔法。佳奈美の場合は速度上昇(スピードアップ)

ほら見ろ、観客席を駆け抜けてステージを縦横無尽に飛び回る様は他じゃ絶対に見れないぜ!

それだけじゃない。カオルが胡桃を蹴ることで巻き起こる光。茉莉のパワーアームから放たれる虹色の閃光が織り成すライティングショーを!

 

プロジェクションマッピング?

おいおいよしてくれよ。そんなもんはとっくの昔の技術だぜ。化石の話をするより、今を見てくれ。

これが新時代のエンターテイメントだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「おつかれ! 茉莉!」

 

 

ダンスバトルが終わり、更衣室でカオルは茉莉の背中を軽く叩いた。

 

 

「見てみなよ! 今回はあたしらがポイント一位! チーム鎧武を下してトップに上り詰めたんだ!」

 

「うんっ! マツリね、すっごくがんばった!」

 

「おー、よしよし! うっし、じゃあ野郎共に何か奢らせますか!」

 

 

更衣室を出ると、待機場で戒斗がトランプを弄っており、ザックは携帯電話(スマホ)を確認していた。

戒斗は茉莉に気づくと、立ち上がり前までやって来る。

目がギラリと光っている。こわばる茉莉を見て、戒斗はフンと鼻を鳴らした。

 

 

「見事だったぞ日向。お前には実力がある。ビクビク怯えるのはもうやめろ」

 

「……!」

 

「褒め方がいちいち怖いんだよな」「最初ッから、そう言えって話だよな」

 

「何か言ったか。牧、ザック」

 

「い、いや別に。それより先輩達ぃ、あたし等お腹ペコペコなんですぅ。ごちそうしてくださぃー」

 

「やめろよカオル。急に後輩面すんなよ」

 

「えー、実際そうじゃん。ザック達は高等部三年。あたしら中等部二年だよ。優しくしてよぉ。ねぇー、ザック先輩ぃ」

 

「たっく! しかたねぇな。ファミレスならいいぞ」

 

「うっし! やったぁ!」

 

 

カオルは笑顔でスキップ。さっさと待機場を出て行く。

それを見て戒斗は鼻を鳴らした。浮かれ気分なのは困るものだ。

 

 

「いいか日向。今回は良かったが、牧みたいに調子に乗るなよ。今回はたまたま葛葉に勝ったが、現状に甘えればすぐに貴様は弱者の仲間入りだ。だから――」

 

 

戒斗はそこで気づいた。茉莉がいない。

後ろを振り向くと、茉莉はザックの服の裾を掴んでいた。

 

 

「ね、ねえザック。マツリ……、ちゃんと踊れてた?」

 

「おう! バッチリだったぜ! ありがとな! お前のおかげでチームバロンはトップだ!」

 

「あ、ありがとぅ……!」

 

 

はにかむ茉莉。戒斗はため息をひとつ。

 

 

「ザック。貴様頭でも打ったか、チームバロンがトップに上り詰めたのは全てこの俺の強者たる立ち回りがあったからで――」

 

「はいはい、そうですね。行こうぜ茉莉! 今日はチーム鎧武を引き摺り下ろしてのトップ祝いだ。何でも食っていいぞ」

 

「うん! いっぱい食べる!」

 

「やめろ貴様等。無視はやめろ!」

 

 

そう言ってチームバロンは外に出て行った。

 

 

「おお、やってるねぃ。調子はどうだい?」

 

「シド!」

 

 

紘汰達が使っている待機場に見知った人物が訪ねてきた。

錠前ディーラー・シド。紘汰たちが使っている戦極ドライバーやロックシード。魔法少女が身につけているピアス・ソウルジェムを売っている人物だ。

ユグドラシルに所属しており、一応『新商品のテスト』という事でやり取りを行ってきた。

 

 

「この前、買ったイチゴ、いい感じだぜ」

 

「そりゃ良かった」

 

 

そこでシドは周囲を確認する。一般人が聞いていないかを探るために。

 

 

「葛葉紘汰。お前がこのまえ倒したのは、ビックリ箱の魔女だとさ」

 

「……そっか」

 

 

アーマードライダーと魔法少女は、現在表向きはダンスを盛り上げるための演出装置となっているが実際はそうじゃない。

その真の目的は、沢芽に巣食う化け物を倒すための『武器』なのだ。

魔女。人の絶望に引き寄せられる化け物をユグドラシルは把握しており、それを倒すための装置を開発。

紘汰達はその被験者なのだ。

 

 

「シド。最近沢芽で女の子が襲われてるってのは」

 

「さぁな。ただまあ、魔女じゃねーのかい?」

 

「………」

 

 

紘汰は複雑な表情で窓の外を見る。

 

 

「ところで葛葉くんよぉ。最近成績の方が芳しくねぇみたいだが……」

 

「なんだよシド。そんな事まで調べてんのか」

 

「天樹はユグドラシルの管轄なんでな。いやほら、俺も胸が痛むのよ。大人のワガママに青少年をつき合わせて将来を台無しにするのは」

 

「いいんだよ。別に。コッチの問題だ」

 

 

どうにも最近、やる気が起きない。

勉強とか――。昔はそんな事なかったのに。

 

 

「今はアンタ等に言われたとおり、魔女を倒してるんだ。それでいいだろ」

 

「……ま、コッチはそうだがよ」

 

 

あの日のことは今でも覚えてる。紘汰の両親は、紘汰の目の前で死んだ。

魔女に殺されたのだ。木が和服を着ているような化け物だった。木々には椿の花が咲き乱れており、魔女が放つ炎で父も母も灰になった。

紘汰は必死に逃げ、いつの間にか魔女の結界から脱することに成功した。今にして思えば、誰かが魔女を倒してくれたのだろう。

 

 

「娯楽はほどほどにな。お前等ガキのやる事は少しでもマシな大学に行って、少しでもマシな会社に就職する事だぜ」

 

「……分かってるよ」

 

 

日々、言いようのない不安感があった。

ただ皆とダンスを踊って、終わった後にファミレスに行って、それで『鎧武』として戦っている時はどこかで安心できた。

紘汰はそれなりに幸せだった。

 

 

 

夜。紘汰達がファミレスにいる頃、光実は自宅で食事を取っていた。

呉島家は、凄まじい豪邸である。光実の父がユグドラシルコーポレーションの重役であり、兄である呉島(くれしま)貴虎(たかとら)は、現在ユグドラシルにて研究部門プロジェクトリーダー(主任)である。

ノブレス・オブリージュ(高貴なる者には背負うべき責任がある)が家訓であり、光実も厳しく育てられた。

しかし父が病で無くなり、兄と二人暮らしになってからは、割と自由にしてもらっている。

兄が過保護だからだろうか? 光実は今の環境がとても心地よかった。

テーブルには豪華な料理が並んでおり、光実はナイフで分厚い肉を切っていた。

 

 

「今日はどうだ?」

 

 

同じくステーキにナイフを入れている貴虎に、光実は曖昧な笑みを返す。

 

 

「うん。まあ……、悪くなかったよ」

 

「どうした。歯切れが悪いが」

 

「楽しかったけど、ビートライダーズのランキングが落ちちゃったんだ」

 

「ほう」

 

 

そこで貴虎のワイングラスに赤が注がれていく。

唯一のメイド、朱月(あかつき)藤果(とうか)は、ニコリと微笑んだ。

 

 

「落ち込むことはありませんわ光実坊ちゃま。私、見てましたけど、坊ちゃまの踊りはとても素晴らしかったですもの」

 

「あ、ありがとう藤果さん。でも――……、その、坊ちゃまは恥ずかしいから止めてほしいかな。ほら、その、沙々さんもいるし」

 

 

光実は恥ずかしそうに赤くなりながら、チラリと左隣を見る。

そこで優木(ゆうき)沙々(ささ)は肉を切る手を止めた。

 

 

「えへへっ、わたしは気にしませんよ。いいじゃないですか坊ちゃま。可愛くて」

 

「そうですよねーっ」

 

「ねーっ!」

 

 

笑いあう女性陣を見て、光実は恥ずかしそうに肩を竦める。

それにしてもと、沙々はぷくーっと頬を膨らませて怒りを露にする。

 

 

「見てる人たちもひどいですっ! どう考えても光実くん達のほうが良かったのに!」

 

「いや、まあ、チームバロンもやっぱり強いよ。それに投票で不正できないように、ちゃんとなってるし……」

 

「当然ですっ。もしも一人何票も入れられるなら、わたし、毎日チーム鎧武に一万表くらい入れちゃいますよっ!」

 

 

笑いが起きる。

 

 

「まあ、長く続けていればこんな時もあるだろう。まだ結果が決まったわけじゃない。ここから逆転すればいいだけさ」

 

「そうですよね。流石は貴虎お兄さん。その余裕はわたしも見習わなくてはと――」

 

 

沙々はフォークでさした肉を口に入れ、そこで目を輝かせた。

 

 

「はわわっ! なんですか!? このお肉シャクって切れましたよ! 柔らかいっ!」

 

「貰い物なんです。沢山ありますから、遠慮せずに食べてください」

 

「で、でもいいんですかぁ? こんな高価なお肉……。わたしみたいなのが頂いちゃって」

 

「いいんだ優木さん。食事はみんなで食べる方が美味い」

 

「でも結構ご馳走になってますし……。今週ももう四回目ですぅ」

 

「沙々さんは僕の大切な友達なんだから。ご飯くらい食べていってよ」

 

 

沙々は申し訳なさそうに頷くと、また肉を口に入れる。

 

 

「光実様とは二年生から同じクラスでしたよね」

 

「あっ、はい! 光実くんは勉強もスポーツもできて。クラスでも中心的な存在なんですっ!」

 

 

嬉しそうに笑う藤果と貴虎を見て、光実は居心地が悪そうに首を振った。

 

 

「僕なんかたいしたこと無いよ」

 

「ぶー! 卑下しないでくださいよ。光実くんより勉強もスポーツもできないわたしが惨めになっちゃうじゃないですかぁ」

 

「あッ、ご、ごめん。と、とにかく沙々さんがいつも応援してくれるから、ああやって踊れるわけだし。これくらいのお礼はさせてよ」

 

「ん! あら! それはどういう意味でしょうか? 光実様!」

 

 

藤果がニヤリと笑ったのを見て、光実も自分の言葉を理解したらしい。

真っ赤になって俯いてしまう。それに気づいたのか、沙々も赤くなって俯いた。それを見て貴虎と藤果が笑っていた。

実に和やかな時間だった。しかし食事が終わると、その空気が一変した。藤果が持って来たのはコーヒーと紅茶だ。

それだけならばまだ良かったのだが、ついてきたデザートを見て三人の表情が変わる。

 

 

「これ、またアップルパイ作ってみたんですけど……」

 

「そ、そうか。楽しみだな藤果のアップルパイは」

 

 

貴虎は若干引きつった笑みを浮かべてナイフとフォークを手にする。

沙々もギョッとして貴虎の真似をする。しかしアップルパイを一口含むと、どちらも真っ青になって沈黙した。

 

 

「~~~~ッッ」

 

 

沙々はバクバクとアップルパイを口に含むと、一点を見つめたまま咀嚼。

呼吸が僅かに荒くなっていることから、鼻で息をするのを止めているらしい。

 

 

「ちょ、ちょっと……、お手洗い借りますね」

 

 

アップルパイを飲み込んだ瞬間、沙々は口を抑えて走る。

駆け込んだトイレで、沙々は早速便器の中にキラキラ(嘔吐物)をぶちまけた。

 

 

「オッツゥウエエエエエエエエエ! ゴゲェアァアア! え? いやッ、おげえぇぇえええええええええ!」

 

 

沙々は涙目になりながら怒りに震え、拳を握り締める。

 

 

(まッッゥじぃぃいいいい! あンのクソ女ッ! いつかブッ殺してやる!!)

 

 

藤果は現在お菓子作りにハマッっているのだが、得意と自負するアップルパイが天才的に不味いときた。

おそらくスパイス的な何かが原因なのだろうが、そのせいでこの世のものとは思えない最低の代物になっている。

 

 

(ぁあぁあ! 思い出しただけでも臭ぇです! シナモンじゃなくてウ●コ入ってんじゃねーだろな!!)

 

 

沙々は嘔吐物を流すと、洗面台で口をゆすぎ、呼吸を整える。

鏡を見ると酷い顔だ。十歳くらい老けた気がする。昨日のケーキはマシだったが、アップルパイは致命的に不味いのだ。

 

 

(まさかタダ飯狙いに来てる事がバレてる? いや、それはないですよね? だとしたら身内にもあんなウンコ食わせる意味がない。待てよ? まさか貴虎とのプレーの一環じゃねぇでしょうね。そんなもんに私を巻き込むなってんですよ! あぁぁクソクソクソ!)

 

「沙々さん! 大丈夫!?」

 

「あ゛!? あ、あッ! 光実くんっ!」

 

 

声をかけられた。沙々はすぐに作り笑いを浮かべると、猫なで声で光実を迎える。

 

 

「ごめん。大丈夫だった? 兄さんがいる前だと言えないけど、すっごく不味いよねアレ」

 

「え? あ、あー……、いやッ」

 

「いいよ無理しなくて。僕、一回も食べ切れなかったもん。部屋で食べるって言っていつも捨ててるんだ」

 

 

当然だよな。分かってんのかあのクソ女。あんなゲロみてぇなもん食わせやがって。慰謝料一億じゃすまねーですぞゴラァア!

等と……、いろいろ言いたい事はあるが、沙々はそれらを全て飲み込んで笑顔を浮かべた。

 

 

「でも、お兄さんが食べてらっしゃるから……」(それにあんなクソ不味ぃモンを頑張って食べてるこの優木沙々、めちゃくちゃ可愛くない? いやもうポイント爆上げでしょ! おら! 惚れろ! 惚れて貢げ!)

 

「兄さんは藤果さんが好きだからだよ。まだハッキリと告白はしてないみたいだけど、ほとんど付き合ってるみたいなものだし」

 

「へえ! そうなんですか! えへへー、お似合いの二人ですねっ」(かぁー、甘ぇよミッチ。あの二人は絶対ヤッてんな。つうか大企業の主任があんな冴えないメイドに靡くってなんだ? 相当上手いのか? くふふ、じゅるり!)

 

 

そんな下品な事を考えていると、小さな箱が差し出された。

 

 

「え? 光実くん? これ、なんです?」

 

「あ、あの……、その」

 

 

光実は恥ずかしそうにしながら、ゴニョゴニョと言葉を並べていく。

なんでも、同じクラスで沙々には勉強を教えてもらったり、ビートライダーズの活動があれば毎回見に来てくれて投票もしてくれる。

その応援に本当に感謝している。だから、せめてものお礼に受け取ってほしいと。

 

 

「きゃ! プレゼントですねぇ! 光実くんってばだいたんっ!」

 

「か、からかわないでよ」

 

「えへへ。ごめんなさい。開けてみてもいいですかっ!?」

 

「う、うん。喜んでくれるといいんだけど……」

 

 

沙々は綺麗に包みを剥がすと、箱の中からネックレスが出てきた。

デザインは大きな楕円型の装飾が二つ並んでいるものだった。

 

 

「……ワー、ステキダナー」

 

「本当? 良かった!」

 

 

沙々は早速ネックレスを身につけると、光実に微笑んでみせる。

 

 

(かわいい……!)

 

 

光実は思わず目線を下にして曖昧に笑うしかできなかった。

いつからだろう。光実は沙々に心を奪われていた。先程の件もそうだ。あんなに不味いアップルパイを沙々は何も言わずに全部食べてみせたじゃないか。

きっと気を遣ってくれているのだろうが、それがとても嬉しかった。

 

 

(なんて素敵な人なんだ。もっと沙々さんと親しくなりたい……!)

 

 

光実は『今』が最高に楽しかった。沙々を自宅に送るまでの二人きりの時間が何よりも楽しかった。

他愛ない話がとても輝いているように感じた。

『また明日』と手を振って別れるのが寂しくて、でもまた明日も会える事が最高に嬉しかった。

一方で沙々は光実に送ってもらった後、自室で携帯を弄りはじめた。

画面を見つめること10分ほど。彼女は嬉しそうに携帯をベッドの上に投げる。

 

 

「よっしゃー! 売れたぁー!」

 

 

大人気のフリマアプリ。沙々さんが出品したのは、先程光実から貰ったネックレスである。

もともと五万ほどする品が、七万で売れた事に沙々さんも満足げである。

 

 

「あー、マジでセンスねぇですよ光実くぅん。なんですかこのクソダサいの。つうか、え? マジでこれ何をデザインしてんの? キンタマかコレ? キンタマにしか見えねぇですよ」

 

 

優木沙々は魔法少女である。

魔法少女は願いを一つ叶える事ができる。沙々が願ったのは『自分よりも優れた者を従わせたい』という欲望。

そして沙々は力を手に入れた。とはいえ、既に彼女はその域を脱している。気づいたのだ。従わせるのは魔法で強制させるのではなく、自分自身で騙して虜にさせた方がずっと面白いし、気持ちいい。

現にターゲットに選ばれた光実はあの様子だ。

 

 

「童貞が。付き合っても無いのに五万のプレゼントとかマジでキモイんですよねー」

 

 

あの時の光実の嬉しそうな顔を思い出すと全身をゾクゾクしたものが駆け巡る。

沙々は恍惚の表情を浮かべ、涎を垂らした。もっと光実で遊びたい。それに可愛い系のイケメンは大好きだ。沙々にとってはパーフェクトなターゲットであった。

 

 

「金もあるし。かなりの優良物件ですっ! あのクソメイドだけは殺したいですけど……」

 

 

焦りは禁物だ。沙々ならば不可能ではないが――、というよりも一度殺そうとした事がある。

しかし結果は失敗だった。なぜならばあの藤果という女。抜けているように見えて、かなり強い。

その実、呉島の人間は葛葉紘汰と同じく戦極ドライバーの所持者であった。

 

 

(魔法少女に匹敵するアーマードライダー……。あの貴虎はわたしよりも強いまである)

 

 

しかしその危機感も快楽に繋がる。沙々はニヤニヤしながらネックレスを睨みつけた。

風呂に入ってる間に無くしたとか言えば大丈夫だろう。涙目になれば完璧だ。

 

 

「あーあ、駄目ですよ光実くぅん。肉食って『はわわっ!』なんて言うヤツ、まともな女なわけーねーでしょうが!」

 

 

沙々はくふふふと笑いながら携帯を取った。

ロック画面はクラスメイトとカラオケに行った時の写真で、それを解除すると光実の写真が出てくるようにしている。

もちろんこれも計算だ。既にさりげなくチラチラと見せ付けている。これで『あれ? 僕の写真だ! まさか沙々さんは僕のことが……!』なんて事を狙っているのである。

 

 

「しかし顔はイケメンだなマジで。んっ、ヤベェ、早く足とか舐めさせてぇです……! よ、ようし、軽く●●●ーしてから風呂入りますか……!」

 

 

沙々は最低な事を呟きながら横になった。

ちなみに、貰ったプレゼントを売るという最低な行動ではあったが――

 

 

「あ、あの……、仁美さん。これ、なんだけど」

 

「なんですの?」

 

「いやッ、ほら、別に何って訳じゃないんだけど。プレゼントっていうか」

 

「まあ。ありがとうございますわ! これはネックレスですか?」

 

「そう巨峰のネックレスなんだって! いや、あの、でもごめん。中古なんだッ。フリマアプリで見つけたんだけど海外のマイナーなブランドで。日本じゃ手に入らないんだ。でも俺、似合うと思ったから……」

 

 

女性へのプレゼントに中古を選んでしまうセンス。高級なレストランに慣れてないのか、さっきからナイフとフォークを持つ手が逆。

ましてや夫婦なのに、あからさまに緊張している態度。

冴えない人だ。仁美はそう思った。

けれども――……。呆れたように笑う。

 

 

「昴さん。私と結婚してくれて、ありがとうございます」

 

「えッ!?」

 

「今でも思い出しますの。まどかさんと、さやかさんと一緒に遊んだ時のことを」

 

「……俺も覚えてるよ。上条と下宮は、俺の友達だ」

 

「一人ぼっちになった私を皆、笑いました。はじめから一人だったのに何を馬鹿な事をと。でもそんなとき、貴方は一緒にいようかと言ってくれましたね」

 

「まあ、ハハハ。ちょっと下心はあったけどね」

 

「それでも、寂しさは埋めれましたわ」

 

 

仁美はネックレスを身につけ、微笑む。

 

 

「今度時間が取れたら温泉にでも行きましょうか」

 

「うッ、うん! ぜひ!」

 

 

とまあ、なんだかんだと別の人の役には立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

みんな、いろいろある。

 

 

「紘汰、アンタ進路希望、白紙で出したんだって! 大丈夫なの!?」

 

「大丈夫だって姉ちゃん。ちょっとたまたま、迷っただけさ……」

 

 

昔も、今も、きっとこれからも。

 

 

「お父さん。お母さん。行ってきます。今日も見守っててね」

 

 

考えるのは――、あまり好きじゃない。ずっと変わらないでいたいってのは駄目な事なんだろうか?

 

 

「沙々さん、おはよう!」

 

「おはようございます! ではでは! 今日も頑張っていきましょうっ!」

 

 

だって世界は――、こんなにも一緒だ。それでいいじゃないか。

 

 

「おい戒斗。お前どうしたんだよ昨日、無断欠席だなんて。電話しても繋がらないし」

 

「……悪いな。少し外せない用事があった」

 

 

変化なんて望んじゃいない。同じものを見ているのは安心できる。

 

 

「初瀬くん! 貴方またネクタイ!!」

 

「だぁかぁらぁ!!」

 

 

変わろうとしているヤツを見ると、焦る。

 

 

「おい日向」

 

「ん? なに戒斗」

 

 

いつもどおりの一日が終わり、今日もビートライダーズの活動が始まった。

紘汰のチーム鎧武。戒斗のチームバロン。初瀬のチームレイドワイルド。城乃内のチームインヴィットが会場に集まっていた。

今日はこの四チームが同時にダンスを踊る『合同ダンス』の回だ。ランキングは関係なく、視聴者に対するサービスのようなものである。

現在、ビートライダーズは天樹の四チームしか存在しないが、将来的には他の学校もダンスチームを結成し、ビートライダーズバトルに参加しようという話が纏まっている。

とはいえ紘汰達はもう卒業だ。一年の終わりに発表されるチャンピオンチームに選ばれる為に、今日もよりよいダンスをしようとする。

 

 

「それは分かるな。日向」

 

「うん。もちろんっ! マツリも戒斗達を一位にするために頑張るからっ!」

 

 

チームバロンに与えられた待機場。

他のメンバーは既に外に出ており、中には戒斗と茉莉の二人だけである。

 

 

「それはいいが日向、貴様ザックに惚れてるな」

 

「え!? な、なななな何を言って……!」

 

「そんなバレバレのリアクションで隠してるつもりか。まあその肝心のザックは気づいていないようだが俺はチームバロンのリーダーだ。強者は些細な変化も見逃さんものだ」

 

 

指を鳴らす戒斗。

すると窓がガラリと開いて、チームメイトのペコがニュっと出てくる。

 

 

「ひぃ!」

 

「いちいち驚くな! ペコ、例の物は手に入ったか!」

 

「はい! バッチリです戒斗さん!」

 

「ご苦労。ちなみにペコ、今日一日、茉莉がザックをチラ見した回数はどれだけだ!」

 

「102回です!」「なんでそんな事知ってるの!」「これが強者だからだ!」「意味ふめー!」「黙れ! それよりご苦労だったな。戻れペコ!」「はい戒斗さん!」「ペコもそんなんでいいの!? 完全にポケモン扱いだよ!」

 

 

ギャーギャー言い合う中、ペコはシュっとフェードアウト。

一方で戒斗は受け取った包みを茉莉へ差し出した。

 

 

「こ、これなぁに?」

 

「前々からシドと交渉していた上物のロックシードだ。俺が使おうと思っていたが……、気が変わった。ザックにくれてやる」「じゃあ戒斗が自分で渡せば――」「アホか貴様は」「ぶーっ! ひどいよっ!」

 

 

戒斗は腕を組んで鼻を鳴らした。

 

 

「いいか? 貴様がどんな理由で踊ろうが、それは知らん。勝手にしろ。俺としてはちゃんと動いてくれればそれでいい。だが最近の貴様は少々ザックに気を取られすぎている」

 

 

別にチーム内恋愛も禁止はしてない。しかし想いを引きずったままで、足を引っ張られるのは困る。

 

 

「俺がザックに貴様の想いの丈を打ち明けてもいいが、それではつまらんし貴様が納得しないだろう。だからそれを使って話しかけろ。なんなら渡したいものがあると言って誘うのもありか」

 

「……戒斗って恋人いるの?」

 

「そんなものに興味は無い」

 

「ほしいと思ってる?」

 

「いらん。俺には力さえあればいい」

 

「だいじょうぶかなぁ」

 

「なんだその冷めた目は! やめろ! そんな目で俺を見るな!」

 

 

茉莉はしぶしぶ包みを受け取る。しかしそこで、少し戒斗の声色が変わった。

 

 

「日向茉莉。俺は貴様ではない。だから貴様が何に怯えているかは知らん。だが覚えておけ、この俺が貴様をチームに入れたのは、決してザックの推薦があったからではない。貴様の中に強者の資格を見出したからだ」

 

「!」

 

「貴様、周りに好きな数字は39だとか言ってるらしいな。なんだそれは! もう一度いうぞ、なんだそれは! 怖気が走るわ!」

 

「ひ、ひどいよ! 本当に好きなんだから仕方ないでしょ!」

 

 

しかしそこで茉莉はシュンと肩を落とす。

 

 

「でもマツリ……、子供っぽいって言われるし。ザックは大人だし、身長も高いし、でももマツリは小さいし……。一緒に歩いてたら親子と間違えられたし。兄妹ですらないし。なんならザック通報されてたし……。城乃内がザックはお胸が大きな人が好きって言ってたし……。それにたぶん、ザックには……」

 

「聞くに堪えん。弱者の言い分だな」

 

「ひどいよ!」

 

「いいか日向! 真の強者とは、『色』もまた自分の腕で掴み取る。違うか?」

 

「えッ?」

 

「たとえ見惚れている相手がいたとしても、己の力で掴み取って見せろ!」

 

 

なんだかよく分からないが、不器用な応援のようだ。

茉莉はそれを感じたのか。包みをギュッと握り締めると、ニッコリと笑った。

 

 

「ありがとう戒斗!」

 

 

茉莉は決意を固めた表情で外に出て行った。戒斗はフッと笑って、自身も歩き出す。

進路とか、恋愛とか、未来とか、生きがいとか。まあ、誰にでもある。

そんなのは――、退屈だろう?

 

 

「初瀬くん。亜里紗。頑張ってね応援してる」

 

「何回も言ってるだろ! やせろデブ!」

 

「おいみらい止めろ! 個性をないがしろにすんじゃねぇ!!」

 

「光実くんっ! 頑張ってくださいっ! わたし、いっぱい応援しますから!」(あー、マジダンスとかどうでもいいわー。イケメン見れるだけまだマシか。あー、陽キャみんな事故って死なねーかなぁ)

 

「海ちゃん。お兄ちゃんのダンスを本にしてよ」

 

「冗談よして兄さん。打ち切りは作家にとっての傷なのよ」

 

 

皆、楽しそうだ。

でも同じ会話はもううんざりだ。なあ、そうだろ?

 

 

『ハッロォオオオオオオオオオオオオオオ! 沢芽シティ!』

 

 

誰もが動きを止めた。

聞き覚えのある声ではあったが、皆が違和感を感じたのは『脳』が音を拾ったからだろう。

 

 

『カモン! カモン! カモンッ! カミィィング!』

 

 

スカラーシステム起動。脳の奥で警告音が聞こえた。

しかし誰もが意味を理解できず、立ち止まっていた。これはなんだ? 演出か? それとも夢か?

いや違う。『選出』の時だ。参加者ども。

 

 

『ニュゥウウウウウ! ワァアアアアアアアアルド!』

 

 

赤い閃光が降り注ぐ。

例えばそれは戒斗の目の前にいたペコに直撃して一瞬で灰に変えたり。

例えばそれは観客席にいた『佐木京』という少女を焼き尽くしたり。

例えばそれは――……。

降り注ぐ赤い雨。それが止んだとき、会場にいた人間の中から『何人かが』消えていた。

 

 

『かつて、12人の騎士と12人の魔法少女が互いの希望をかけて殺しあった』

 

 

悲鳴が響き渡る。テロだと誰かが叫んだ。逃げ惑う人々。そこで紘汰達は震えながらも、青ざめながらも理解する。

自分達は、とんでもないものに手を出してしまったのだと。

 

 

『その戦いは終わり。旧時代は過ぎ去った』

 

 

DJディエスの声が聞こえる。分かりやすいように音で証明してくれた。ステージの上にちょこんと、黒い化け物が見えた。

 

 

『新しい時代には、新しいフールズゲームが必要だ。はじめまして参加者たち。オイラはジュゥべえ。今までテメェらがDJディエスだと思ってた存在だ』

 

「ジュゥ――……、べえ」

 

『おうよ葛葉紘汰。いや――、こう呼ぶべきか? 騎士・鎧武』

 

「なんだよコレ。なんだよ――、これ」

 

 

紘汰は真っ青になって腰を抜かした。

すぐそこにチームメイトが灰になった痕がある。一瞬だった。肉が溶け、骨がむき出しになり、それすらもすぐにボロボロになって消え去る。

 

 

『ビビんなよ。むしろ光栄な事だ! だってお前等は……、選ばれた!』

 

 

その為のスカラーキャノン。現在、この地球に存在する騎士と魔法少女は、ココにいる『参加者』のみとなったのだ。

 

 

『理解しろ! お前達は神に選ばれた者であるという事を!』

 

 

ジュゥべえが天を仰ぐと、空に巨大な紋章達が浮かび上がる。

それは騎士のエンブレム。そして魔法少女のエンブレム。

それらはすぐに消え去ったが、見間違えでなければ、それぞれ『12個』あったように思える。

つまり――?

 

 

『ルールは簡単! 12人 VS 12人のチームバトル!!』

 

 

12人の中には『リーダー』、『狂人』、『フォックス』など、特殊な役割を持つものが存在するが、それはまた後々。

とにかく、大切なのは一つだけだ。

 

 

『騎士陣営と魔法少女陣営に分かれ――、殺し合う! それが新しいフールズゲーム! トロイアトライアル!』

 

 

勝敗はどちらかの陣営が全滅した時点で決まる。

つまり実力のあるものなら、自分の仲間を誰一人失うことなく、戦いを終わらせる事が可能なのだ。

 

 

『ただし期限は7日。それを過ぎれば地球をブチ壊す。70億人全員死亡だ』

 

 

それを聞いてゾッとしたものが一同の中に走った。

だが勝利した陣営には、どんな願いも叶える事ができる権利、『黄金の果実』が授けられるのだ。まさにハイリスクハイリータンだとジュゥべえは笑っていた。

 

 

『もう一度言うぜ! どんな願いも叶えられる! 金はもちろん! 死人を蘇らせる事や、不老不死にだってなれる!』

 

 

それだけじゃない。恩恵も――、いろいろと。

 

 

『それら情報はゲームが進む中で開示されていく。とにかく今は――、ゲームが始まる事を理解しろ』

 

「ま……、待てよ! ちょっと待ってくれよ!」

 

 

立ち上がる紘汰。殺し合い? 冗談じゃない。訳が分からなかった。

少なくとも、はいそうですねと次に進める状況ではない。自分達はただダンスを踊りに来ただけだ。それが、一体全体どうなって……。

 

 

「そもそもお前はなんなんだよ! どうして猫が喋ってるんだ!」

 

『猫じゃねぇ。オイラはインキュベーター。宇宙の使者だ』

 

 

そこでジュゥべえが立っていた場所からバナナのエネルギーが突き出てきた。

しかしジュゥべえの姿はモザイクの様にかき消え、次はバロンの肩の上に実体化してみせる。

 

 

『オイラを攻撃しても無駄だぜ。なあ、駆紋戒斗』

 

「貴様ァアア……!」

 

『ヒハハハ! いいねぇ! 活きがいい! すぐに変身してみせる適応力もバッチリだ! 後はその怒りをオイラじゃなく、魔法少女どもにぶつけてやりゃあいい』

 

 

理解して欲しいものだとジュゥべえは言う。既にこの場には戦うべき相手がいるのだ。

嫌だ。理解できない。そんなものはアホの言い訳だ。

いつの時代も、生き残り、進化してきたのは適応していたヤツだった。

 

 

『しかし、まあ、オイラも鬼じゃねぇ。頭が真っ白っていう状態も理解はできる。だから一旦、テメェらを分断させる。騎士は騎士同士、魔法少女は魔法少女同士で話し合ってこれからを決めな。ヒャハハハハハ!!』

 

 

ジッパーが現れ空間が割れる。

気づけば紘汰達アーマードライダーは、全く別の場所へ移動していた。

 

 

「なんだよ……、これ」

 

「なに――、これ」

 

 

奇しくも、紘汰とかずみの声が重なった瞬間であった。

かずみも一人だった。海香やカオルの姿がない。魔法少女たちもまた別の場所に強制的に運ばれていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうなってるの兄さん! フールズゲームって何!?」

 

 

騎士達が集められたのは呉島の屋敷であった。

そこには既にアーマードライダー斬月(ざんげつ)・呉島貴虎と、アーマードライダーイドゥン・朱月藤果、アーマードライダーブラーボ・凰蓮が席についていた。

ここには紘汰、光実、戒斗、ザック、城乃内、初瀬が呼ばれた。つまりあと三人いる筈なのだが、姿が見えない。

すると貴虎が口を開いた。どうやら残りの三人は貴虎側の人間らしい。集まったはいいが、やる事があると早々に屋敷を出て行ったとか。

そして今に至るわけである。詰め寄ってくる光実に、貴虎はまず謝罪を。

 

 

「すまない……、まさかこんな事になるとは」

 

 

異常事態である事は明らかだ。

デスゲームが本当に始まるとしても、そもそも戦極ドライバーやソウルジェムはユグドラシルが作ったものじゃないか。

すると貴虎は一同に、何が起こったのかを話し始める。

結論から言うと、それは裏切りであった。

 

 

「裏切り……?」

 

「ああ。そもそも魔法少女というものは、我々の作った技術ではない」

 

 

貴虎が語るにはインキュベーター――、つまりジュゥべえがユグドラシルに接触してきたのが全ての始まりらしい。

ジュゥべえは自分の事を宇宙人だと説明し、地球に来た理由を『危機を救うため』と称した。

もうすぐこの町に正体不明の化け物・魔女が現れる。放置すれば危険だ。魔女を倒すには現代の武器では心もとない。

なので自分が技術や情報を提供するから、自分達で有効な『武器』を作れと。

 

 

「我々は協力し、ピアス型のソウルジェムとロックシードや戦極ドライバーを完成させた」

 

 

ジュゥべえと協力する事に関して、ユグドラシルでも意見は割れた。

もちろん貴虎たちとしても正体不明の宇宙人のいう事をすぐに信用するなど不可能なことだった。

しかしそうしている内に実際に魔女が現れ、沢芽の人々が犠牲になっていった。

 

 

「そう言えば、ある時期――、やたら行方不明事件が多かったような……」

 

 

城乃内が震える指でメガネを整えていた。紘汰の表情が曇る。確かに――、彼の両親は魔女に殺されたではないか。

あんな化け物は見たことが無かった。不思議な力、魔法で人を殺す殺戮マシン。

 

 

「私が戦極ドライバーとソウルジェムの開発を強く推したんだ」

 

 

貴虎としても、これ以上見逃すわけにはいかなかった。

だからこそジュゥべえと協力し、さまざまなアイテムを作り上げたのだ。

ジュゥべえから受け取った力の一端、それは人間には完全に理解できないオーパーツ。

それを使うには抵抗があったが、事実被験者に選ばれた紘汰達は見事に魔女を倒し、町には平和が戻ったではないか。

 

 

「そして、そのジュゥべえが裏切ったという事ね」

 

 

凰蓮の言葉に、貴虎は申し訳なさそうに頷いた。

 

 

「そんな裏側はどうでもいい!」

 

 

そこで、戒斗がテーブルを強く叩く。

 

 

「今の問題はただ一つ。ゲームが始まったという事だ!」

 

「そうだぜ! どうすんだ! 戦うのかよ!」

 

 

初瀬の言葉をさえぎるように紘汰が叫ぶ。そんな訳ないだろうと。

そうだ。そんな馬鹿な話があってたまるか。

 

 

「あんな黒猫野郎の好き勝手させてたまるか! なあそうだろ皆ッ!」

 

 

戦慄が走る。皆ゲームに乗る姿を一瞬、想像したのだろう。

つい先程まで仲良く話していた魔法少女を殺す。

殺人を犯す責任。大切な人を殺める狂った環境下。同調圧力の想像。

しかしそれらを振り払うようにザックが大きな声で叫ぶ。

 

 

「紘汰の言うとおりだ! 馬鹿なこと言ってねぇで解決策を探ろうぜ! なあ、何か無いのかよ呉島さん! 今はアンタが頼りなんだ!」

 

 

そこで貴虎は、ココにはいない三人の話を出す。

ユグドラシル側も日々、インキュベーターの技術を研究してきた。そして仮にジュゥべえが裏切った時のケースも想定していたらしい。

ただそのタイミングが予定よりもずっと早かったため、現在本社のほうで必死に対策を練っているのだとか。

 

 

「じゃあ希望はあるって事だよな!」

 

「ああ。いずれにせよ我々はインキュベーターの情報に惑わされないようにしなければ。お前達も、いいな?」

 

 

貴虎は皆を睨む。誰も何も言わなかった。

するとそこでコール音。光実の携帯、そのディスプレイには『優木沙々』の文字が見える。光実はすぐに通話をタップして沙々と会話を始めた。

僅かなやり取りの後、光実はホッとしたように電話を切る。

 

 

「みんな聞いて! 向こうも僕等と同じ考えみたいだ」

 

「そっか! そうだよな! はは……、焦って損したぜ」

 

 

つまり魔法少女たち12人も戦う意思は無いと。

とにかく24人が力を合わせて、このゲームを止めようと提案してきたのだ。

紘汰たちも断る理由はない。魔法少女たちと携帯でやり取りをして、川原に集まることにした。

 

 

「みんなも、それでいいよな?」

 

 

紘汰の問いかけに、誰もが頷いた。あの戒斗でさえも。

 

 

「俺は、ペコを殺ったヤツを許さん。それだけだ」

 

「あ、ああ。とにかく皆一緒なんだ。大丈夫さ……!」

 

「……だといいがな」

 

「え? 何か言ったか?」

 

「いや。何でもない。さっさと行くぞ」

 

 

待たせるのは悪い。紘汰たちは川原に向かうため、屋敷を出た。

 

 

 

 

空はピンクと、オレンジと、パープルで、とてもフルーティに見えた。

いつも誰かが楽器の練習をしていたり、子供達がサッカーで遊んでいる。しかし今日は誰もいない。

参加者、僅かな関係者以外。

 

 

「海香! カオル!」

 

「かずみ!」

 

「どこ行ってたの! 心配したよ!」

 

 

海香が連絡を入れていたようだ。かずみが集合場所にやって来た。

しかし普段は明るい彼女も、もちろん現状は理解している。既に海香やカオルが魔法少女だという事は知っていたので、その点は問題ないが。

改めて、向こう側にいる騎士達を見て、何か……、言いようの無い感情を覚えた。

 

 

「来てくれてありがとうございます!」

 

 

魔法少女側を纏めているのは、高等部三年の遥香のようだ。

チーム鎧武の佳奈美。チームバロンのカオル、茉莉。チームレイドワイルドのみらい、亜里紗。

城乃内の妹の海香。初瀬の友人の千里。

かずみの友人の里美。光実のクラスメイトの沙々。

そして紘汰はよく知らないが、朱音(あかね)麻衣(まい)という少女が目を細めていた。

そして中には、紘汰のバイト仲間でもある、鈴音も見えた。

 

 

「鈴音……! お前も魔法少女だったのか!」

 

 

聞こえているのか、いないのか。鈴音は無言だった。

 

 

「私達に戦う意思はありません!」

 

 

はじまりとして遥香がそう叫んだ。

貴虎が反応して前に出ようとすると、藤果がそれを制する。

 

 

「貴虎様はお顔が怖いので、私が参ります」

 

「………」

 

 

複雑そうに沈黙する貴虎と、ニコニコと前に出て行く藤果。

彼女の柔らかい雰囲気に釣られて、遥香もホッとしたように前に出た。それだけではなく藤果は歩く中で、自分の戦極ドライバーとロックシードを投げ捨てる。

 

 

「私達、騎士側も同じです。こんな馬鹿な戦いはやめて、皆で解決の方法を探しましょう」

 

「はい! そう言って頂けると助かります!」

 

 

目の前まで迫る二人。藤果は微笑むと、手を差し出した。

握手だ。遥香も軽く自分の手を服で拭いた後、優しく握り返した。

みんなホッとする。安心する。確かにまだ不安は多いが、みんな一緒ならきっと何とかなる! 解決できる!

ちゃんちゃん!

 

 

「……?」

 

 

 

 

「あれ? 茉莉? どうしたの?」

 

 

 

 

「どうして変身してるの?」

 

 

 

 

「きゃっ、ど、どうしたんです――」

 

 

 

 

「え?」

 

 

ッッねぇえエエエだろぁゥッがッッよぉオオオオオオオ!!

よくも、よくもッ! よくもよくもよくもよくもォオオオオ!

毎度毎度あんなクソ不味いウンコみたいなアップルパイを食わせやがってくれやがりまくりましたよねぇええ藤果サンンンンン!

マ・ジ・でッ・ギ・ル・ティ! ですです!

でわでわっ! ですのでぇ~!

 

 

ブッ! チッッ! 死ッッッ! ネッッッッ!

 

 

 

 

 

 

パチュンと音がした。

茉莉の武器は大きなガントレット・パワーアームだ。巨大な右手が藤果のお腹に押し当てられた。

そこでパチュンと音がしたのだ。

 

 

「あれ?」

 

 

茉莉は自分の手が赤く染まっている事に気づいた。小さなリンゴがいっぱいくっついていると思った。

しかしそれは違った。例えば臓器の一つとか、骨の一部が指に絡みついているのだと分かった。

目の前では『千切れた藤果』が転がっていた。

 

声が漏れた。

え? たぶん。え? だと思う。

しかし分からない。聞こえない。茉莉の小さな呟きでは、周りの悲鳴をかき消す事はできない。

なんだか怖い。『初めて見る』光景に、茉莉はどうしようもなく恐怖した。

後ろに下がる途中で、腰を抜かして震えている遥香が見えた。

 

 

「どうしたの、遥香?」

 

 

遥香は涙目で叫んだ。初めて見る顔だった。

 

 

「なんでよッッ、茉莉ッッ!!」

 

「え? えッ? な、なにが?」

 

 

そこで別の声が聞こえた。茉莉がそちらを見ると、藤果の上半身にしがみ付いて泣いている貴虎が見えた。

 

 

「貴虎……、様」

 

 

かろうじて、まだ藤果には息があった。

彼女は血まみれの腕で貴虎の頬を優しく撫でる。

気にしないで。そう言いたかったが、

 

 

「いやでぅ……! わだじ――ッ、じ、じにだくッ、ない! がぷぉッ! もっどッ、あなだと一緒にいだいで――」

 

 

喋るたびに口から血が溢れてきた。

苦しい。息ができない。藤果は涙と血に塗れながら、貴虎にしがみついた。

 

 

「だずけで……、貴虎――……」

 

 

光が消えた。

藤果が死んだ。

 

 

 

【朱月藤果・死亡】

【魔法少女陣営:残り12人】【騎士陣営:残り11人】

 

 

 

 

「ちがう! ちがうよ!! マツリじゃないッ!」

 

 

しかし無情にも、アナウンスは皆の脳内に入っていく。

そうか、これがルールなのか。これがシステムなのか。茉莉以外が理解してしまった。

 

 

【ソーォダァ】

 

【レモンエナジーアームズ!】

【ピーチエナジーアームズ!】

【チェリーエナジーアームズ!】

 

 

橋の上に三つのシルエットがあった。

アーマードライダーだ。デューク、マリカ、シグルド。彼等は同時に弓を――、ソニックアローの弦を引き絞る。

 

 

【ロック・オン!】

 

 

そして手を離すと、電子音と共に三つの矢が放たれた。

本能が察知したのか。遥香は掠れた悲鳴をあげて変身。立ち上がると、地面を蹴って走り出す。

だが既に一本の矢が、まず右耳を消し飛ばした。

 

 

「ウソつきッッ!」

 

 

次の矢が左耳を消し飛ばす。

これで、二つのソウルジェムが消え去った。最後に、デュークの矢が遥香の心臓を貫いた。

 

 

「協力するって言ったじゃないッッ!!」

 

 

それが断末魔であった。

 

 

【奏遥香・死亡】

【魔法少女陣営:残り11人】【騎士陣営:残り11人】

 

 

遥香が倒れると、すぐに粒子化して消え去る。

それは藤果も同じだった。貴虎の腕から零れ落ち、散らばった臓器や骨も全て消え去る。

まるではじめから存在していなかったかのように。

 

 

「危なかったね。フフフ……!」

 

 

デュークを中心に、三人のアーマードライダーが川原に着地する。

そこでデュークは足を止めた。というのも、紘汰が掴みかかってきたのだ。強く、強くアーマーを掴んでいた。

 

 

「なんで……!」

 

「うん?」

 

「なんで殺したんだよォオッッ!!」

 

「何でって。嫌だな葛葉紘汰。キミも見ただろう? 最初に手を出したのは魔法少女側だ」

 

「それは――ッ! だけど!」

 

「理解してくれ。これは正当防衛だという事を」

 

 

デュークは紘汰を払いのけると、再びソニックアローを引き絞る。

ピリニョン、ピリニョン。特徴的な電子音が流れ、弓の中央に光が集中していく。そして手を離すと、光の弓矢がへたり込んでいる茉莉に向かって発射された。

ザックが逃げろと叫んだが、誰も聞いちゃいない。そうしている内に間違いなく矢は眉間を貫くはずだった。

 

しかしそこで矢がかき消えた。

見れば魔法少女に変身した麻衣が、刀を抜いているのが見えた。

どうやら『魔法技』を使って茉莉を助けたらしい。

 

 

「動け! 魔法少女! 奴等はやる気だぞ!」

 

 

それが合図だった。魔法少女も騎士も、何人かが変身して戦闘態勢に入る。

やめろ。戦うな。何人かが叫ぶ声が聞こえたが無駄だった。麻衣は一度刀を鞘に納め、腰を落とす。

目が細くなる。そして踏み込むと、次の瞬間には刀を振りぬいていた。

なんというスピードか。抜刀の瞬間が見えなかった。

そしてなぜか圧倒的に離れている何人かのアーマードライダーから火花が上がり、後退していく。

唯一、変身していなかったのは城乃内だ。その右腕が切断されて地面に落ちた時、激痛の悲鳴が上がる。

 

 

「……ウソ」

 

 

海香が青ざめ、ポツリと呟いた。

また悲鳴。また怒号。悪夢のような時間である。そこで何かが空から降ってきた。

 

 

「はぁ?」

 

 

紘汰は掠れる声を漏らす。

なんなんだ。なんなんだ。なんなんだよ。そればかりが脳内でループする。しかしまた脳内に広がる声。

 

 

『ハロー参加者共』

 

 

ジュゥべえの声だった。

 

 

『盛り上がりそうな場面で水を差すのは申し訳ねぇが……、ここで追加ルールの発表だ』

 

 

上を見てみろ。何かがゆっくり降ってきただろ。アレはG(ガーデン)。まあ簡単に言えばスーパーロボットだ。

あぁ、今着地したな。んじゃあ軽く自己紹介。

 

 

『私はスコーピオンです。何でもお手伝いします』

 

 

地面に降り立ったのは二足歩行のロボットだった。

名前の通り、両腕はハサミ型のパワーアームになっており、臀部には尻尾型の長いパーツが見える。体には『GM-01』と記載されていた。

頭部もサソリの形をしており、V字状のスリットが目の部分に存在していた。

 

 

『スコーピオンの役割は簡単だ。今回は少し遅れたが、17時からナイトフェイズに入る。その時間帯で、コイツはランダムに参加者を一人殺す』

 

 

七日間で決着をつけなければならないのだ。運営側としても手助けはしてあげたい。

 

 

『それでは、参加者を一人、殺害します』

 

 

ピロンと音がして、スコーピオンから女性の声がした。

淡々とした言い方だった。そして、歩き出す。

腕のハサミを開くと、光弾を発射。一番近くにいた茉莉が狙われた。

 

 

「あぐぅうぉお!!」

 

 

しかし滑り込んでくる者が。カオルだ。彼女の固有魔法、肉体の硬質化によって自身が盾になったのだ。

とはいえ、凄まじいダメージだった。カオルは熱と痛みに顔を歪めながら裂けぶ。

 

 

「逃げろ皆ァア!」

 

 

そこでまた悲鳴が聞こえた。一勢に走りだす騎士と魔法少女。

しかしまたピロンと音がして淡々とした女性の声が聞こえる。

 

 

『逃がしません。ここで一人、殺害します』

 

 

そういうルール。システムなのだから。

そうか。なら仕方ない。一瞬、そう思ってしまった。それが許せなかった。

だから紘汰は叫び、戦極ドライバーを装着する。

 

 

「ふッッざけんなァア! 変身!」『オレンジ!』『ロック・オン!』『ソイヤッ!』『オレンジアームズ! 花道・オン・ステージ!』

 

 

鎧武はオレンジ型の小刀、大橙丸を握り締めて全速力で走る。

両手で振り上げた刃を、思い切りスコーピオンに向かって撃ちつける。

しかし二度、三度と叩き込んでも全く傷つく様子がない。それだけ装甲が硬いのだ。

 

 

『あー……、スコーピオンを攻撃するのはオススメはしない。なにせコイツはゲームを加速させるための装置だ。当然、お前ら参加者よりもずっと強く設定してある』

 

 

事実、スコーピオンは両手を前に出して、鎧武を突き飛ばした。

それだけで鎧武の体は大きく吹き飛び、地面を滑る。

加えてV字状のスリットからレーザーが発射。鎧武に直撃し、爆発を巻き起こす。

 

 

「ぐあぁあああああああ!!」

 

 

全身が焼けるようだ。しかし鎧武は歯を食いしばり、別のロックシードを起動させた。

 

 

『パイン!』『ロック・オン!』

 

 

立ち上がり、カッティングブレードを倒す。

 

 

『ソイヤ!』『パインアームズ! 粉砕・デストロイ!』

 

 

オレンジ型の鎧が消失し、次はパイン型のアーマーが装備される。

パイン型の鉄球、パインアイアンを振り回すと、そのままスコーピオンに叩き込む。

オレンジアームズよりも、パワーを重視したパインアームズの一撃。これならばと思ったが、スコーピオンは全く怯まない。

 

 

『それでは、私を倒すことはできませんよ』

 

 

ハサミが開き、光弾がマシンガンの様に発射される。

それらは次々に鎧武へ直撃していき、火花を撒き散らした。

紘汰の悲鳴が聞こえる。パインアームズは防御力も高いが、それを感じさせないダメージであった。

 

 

「チッ、仕方ねぇな!」

 

 

そこでシグルドが弓を構える。

 

 

「同じチームだ。助けてやらねぇと、よッ!」

 

 

矢を発射。それはスコーピオン――、ではなく、そこを抜けて背中を向けていた里美の足を貫いた。

 

 

「あぁあああ! い、痛いッッ! 痛いよぉ!」

 

 

恐怖で変身するのを忘れていたのか、矢は生身の足なんて簡単に貫いてみせる。

血を撒き散らしながら倒れる里美。同じく変身していた龍玄は、ギョッとしたようにシグルドを見る。

 

 

「何を!?」

 

「何って。ルールを聞いてなかったのかい? 一人を殺せばアイツは帰るんだろ。だったら魔法少女ちゃんに犠牲になってもらおうじゃないの」

 

 

つまり里美を動けなくして、後は全員逃げるのだ。

そうすればスコーピオンは逃げられない里美を殺して役目を終えるだろうと。

 

 

「テンメェエエエ!!」

 

 

ご丁寧に説明したからか。みらい様がブチ切れた。

 

 

「外道め! 同じことしてやる!」

 

「あらあら。怒られちまった」

 

 

走るみらいだが、そこでスコーピオンが首を動かす。

みらいを狙っているのか。止めなければ。何とかしなければ。取り合えず龍玄はブドウ龍砲を連射して気をひこうと試みる。

それに反応して、千里も銃を抜いて弾丸を発射する。しかしやはりと言うべきか。スコーピオンに効いているとは思えなかった。

無数の銃弾を浴びながらも、不動のまま立っている。

 

 

「ザック! 貴様は城乃内を連れて逃げろ!」

 

「分かった! 気をつけろよ戒斗! おい、立てるか城乃内ッ! 病院にいくぞ」

 

「あがぁぁあうっ! ぁああ!」

 

 

ナックルは城乃内の左腕を止血しながら肩を貸す。

一方でバロン、初瀬が変身した黒影、凰蓮が変身したブラーボが武器を構えてスコーピオンに突っ込んでいく。

まずはバロンがバナナ型の槍、バナスピアーを突き入れる。しかし硬い装甲に弾かれ、槍先は全く入らない。

次いで黒影が、槍・影松で切り払うが、これも同じ。

ならばとブラーボがノコギリ型の武器、ドリノコを両手で叩き込むが、どれも同じだった。

 

表面に僅かな傷を作るだけで、全く効果がない。

そうしているとスコーピオンが動いた。俊敏な動きで今まで受けていた攻撃を回避すると、まずはアームでバロンを攻撃。

一撃を肩に当てて怯ませると、胸にもう一発。さらに蹴り飛ばしてレーザーで追撃。

さらに尻尾を振り回してブラーボと黒影を連続で切りつけていく。

尾の先端には鋭利な棘があり、それを黒影の装甲に突き刺して投げ飛ばした。

飛んでいった黒影は、丁度スコーピオンに襲い掛かろうとした亜里紗に直撃してダウンさせる。

 

 

『無駄だと思います。参加者の皆様では、私を破壊する事はできませんよ』

 

 

アームから光弾が発射され、向かってきたブラーボに直撃、大きく吹き飛ばす。

 

 

『参加者を殺します』

 

 

スコーピオンは尾を地面に突き刺し、自身の体を持ち上げる。

そして空中で仰向けになるようにして、両手両足を広げて伸ばした。

ハサミに集中していく光。足裏に集中していく光。

まさか、と。数人が理解して叫ぶ。

 

 

「兄さん!」

 

 

龍玄は未だに放心したままの貴虎を抱きしめるようにして庇った。それは海香も同じだ。かずみを守り、ナックルは城乃内を守る。

その、まさかだった。スコーピオンは尻尾を軸にして高速回転。そして両腕と両足から光弾を連射して、無差別に周囲を破壊していく。

しかも光弾はご丁寧にホーミング機能つきだ。どこに逃げようが容赦なく参加者に直撃していく。

 

 

「―――」

 

 

誰もが無言だった。皆――、倒れ、沈黙している。

装甲やドレスから煙が上がっている。その中で運良く着弾の回数が少なかった海香が目を開けた。

 

 

「かずみ……ッ、大丈夫?」

 

「うん。海香が守ってくれたから。でも……!」

 

 

かずみはハッとして体を起こす。

海香が話した『声』を拾われたらしい。スコーピオンは尾の先に光を溜めて、海香の方を見ていた。

 

 

「危ないッ! 海香!」

 

「かずみ! 駄目!」

 

 

かずみは立ち上がり海香を守ろうと両手を広げる。

しかし、かずみはただの人間だ。それならば自分が盾になった方がいい。

海香は重い体を何とか持ち上げると、かずみを後ろに下げて自分が前に立つ。

だが海香は気づいていない。スコーピオンが放とうとしている一撃は、海香では防ぎきれない事を。

 

 

『チャージが完了しました。ソリッドスパークを発射します』

 

 

海香は武器の本を前に出して、防御魔法を展開する。

しかしその時だ。怒号が聞こえた。

 

 

「おいクソロボット!!」

 

 

城乃内は確かに立っていた。

かずみと同じく、ナックルに守られたが故に立つことができた。

今も腕からは血を流れている。顔は青白く、目も虚ろだ。

 

 

「よせ、城乃内……!」

 

 

ナックルが手を伸ばす。

そこで城乃内はニヤリと笑った。片腕だから手間取ったが、戦極ドライバーの便利な点は腰の前まで持ってくれば自動で巻きついてくれる事だろう。

 

 

「冗談だろ。お兄ちゃんナメんな」『ドォングリィ!』

 

 

勇ましい待機音が流れる。城乃内は震える手でロックシードを装填。カッティングブレードを倒す。

 

 

「変――……、身」『カモン!』『ドングリアームズ!』『ネバーギブアーップ!』

 

 

アーマードライダーグリドンはドンカチを手にして、走った。

海香が驚いたように手を伸ばす。簡易的な結界が纏わりつく。

スコーピオンの尾から放たれた巨大な針型のエネルギーは、それをなんなく貫いた。結界が割れ、バックルが砕け、装甲がバラバラになる。

腹部に風穴が開いた城乃内は目を見開き、地面に膝をついた。

 

 

「兄さんッッ!!」

 

 

叫ぶ海香。一方で、ピロンとマヌケな音がする。

 

 

『致命傷を与えました。ナイトフェイズを終了します』

 

 

スコーピオンは背中のブースターを起動させて空に浮き上がる。

海香はすぐに走った。すぐに回復魔法をかけるが、城乃内がゆっくりと首を振る。

 

 

「いい……、から」

 

「でも兄さんッッ!!」

 

 

そこで城乃内はゆっくりと首を振った。

 

 

「それは……!」

 

 

城乃内はそこで沈黙する。

困ったように笑い、ゆっくりと海香の肩に触れる。

 

 

「違うのが……、違うよな」

 

「え?」

 

「覚えておいてよ海ちゃん。俺さ、結構……」

 

「やめて! 喋らないで! 喋ったら――ッ」

 

 

とはいえ、海香は言葉を続けることができなかった。

城乃内の腹に空いた風穴は、向こうの景色が見えるほどクッキリと空いている。もはや手遅れなのは明白だった。

 

 

「結構――、結構さ……、良い……、兄貴、だった……、よな?」

 

 

そこで城乃内は目を閉じた。

体が粒子化していくまで、そんなに時間はかからなかった。

 

 

【城乃内秀保・死亡】

【魔法少女陣営:残り11人】【騎士陣営:残り10人】

 

 

 

「城乃内……!」

 

 

黒影は立ち上がり、動揺した素振りを見せていた。それもその筈、初瀬は城乃内とは親友だった。

いや、初瀬だけじゃない。同じ土俵で戦ってきた者の死を見て、平気な筈がない。

 

 

「城乃内――ッ、う、ウソだろ……!?」

 

 

ダメージから変身が解除されていた紘汰は、ただ青ざめ、ブルブルと震えるしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

誰が提案したわけでもない。ただ混乱が終わり、疲労感が頭を冷静にさせてくれた。

両陣営は何も言わず、それぞれに分かれた。騎士陣営はチーム鎧武が活動拠点にしているガレージ。赤レンガ倉庫に集まっていた。

 

 

「なんで攻撃したんだよ!」

 

 

紘汰が掴みかかったのはデュークに変身していた男、戦極(せんごく)凌馬(りょうま)だ。

他にもマリカだった(みなと)耀子(ようこ)が腕を組んで壁に持たれかかっており、カウンターにはシグルドだったシドが困ったような表情を浮かべていた。

凌馬また、呆れたように鼻を鳴らすと、紘汰の腕を払う。

 

 

「先程も言っただろう? 仕掛けてきたのは向こうの方さ。むしろ喜ぶべき事だろう? 一人減らせたのは大きいと思うが」

 

「は……?」

 

「コチラはただでさえ二人失っているのに――」

 

「い、いや! ちょっと待てよ! アンタ等は戦う気はないって――ッ!」

 

「はじめはそうだった。でも結論から言うとね、間に合わなかったんだよ」

 

 

凌馬達もできる事ならば犠牲なく終わらせなかった。しかし調べれば調べるほどに実感する。インキュベーターの拘束力は強い。

宇宙の存在は、完全に人間を掌握している。逆らう事は不可能。ならば凌馬たちに選べるのは、『よりよい選択』だ。

 

 

「スコーピオンを見て思ったよ」

 

 

インキュベーターの願いを叶える力といい、参加者を圧倒するGといい、抵抗は無駄だと考えるべきだ。

もう少し時間があれば調べる事もできるかもしれないが、七日では厳しいものがある。

 

 

「まずは一旦、向こうに従うしかない」

 

「戦うって事か! ふざけんなよ!」

 

「ふざけてんのはテメーだろ」

 

「な、なんだと!」

 

 

シドは立ち上がると、近くにあったグラスを手にする。

 

 

「嫌だ嫌だってのは分かるがよ。分かってんのか葛葉ァ。7日以内に決着つけなきゃ――」

 

 

シドはグラスを落とした。当然、割れて粉々になる。これが7日後の地球である。

 

 

「こうなるわけだ。お前も家族も、他の人間も、みんなみんな死ぬ」

 

「それは……!」

 

「そりゃ何とかできるなら一番だがよ。できなかったらどうなる? 『やっぱり殺しておけば良かったです』じゃ、済まねーんだぞ」

 

 

紘汰は黙ってしまう。そこで凌馬が笑った。

 

 

「今回の話はね、実はそんなに悪いものではないかもしれないよ」

 

「どういう――ッ、事だよ」

 

「実は最近調べてみて分かったんだけどね。キミ達に討伐を依頼していた魔女がいるだろう? 実はアレ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「騎士を皆殺しにしよう」

 

 

魔法少女達はあれから麻衣の家にやってきた。

実家が剣道教室を開いているらしく、道場は広い。そこに魔法少女達が集まったところで、麻衣は提案を行う。

それはゲーム参加の意思表明。参戦派となり、騎士を皆殺しにする。

 

 

「自分が何を言っているか分かっているの?」

 

 

海香が麻衣を睨みつける。

あれから追加ルールが発表された。事前に聞いていた者もいるようだが、大まかにはこうだ。

 

・仲間陣営で傷つけあう事はできない。攻撃を与えても、僅かな衝撃がある程度である。

 

・ゲーム終了時の願いを死者の蘇生とした場合、一つの願いで三人まで蘇生させる事ができる。ただし、対抗陣営の人間を蘇生させる事はできない。

 

つまりどうあったとしても、騎士を犠牲にするという意味だ。

 

 

「もちろんだ。理解も覚悟もしている」

 

「……貴女が腕を切り落としたのは、私の兄だった」

 

「それはすまない。だが分かってくれ。私も友人をスカラーキャノンとやらで殺された。みんな良いヤツだった。死ぬ理由など一つもないのに殺された」

 

 

麻衣は鋭い眼光を光らせる。

 

 

「それに、向こうも殺る気なヤツはいるぞ」

 

 

海香は複雑な表情を浮かべて沈黙する。

しかしそこでカオルが前に出た。海香に変わって麻衣を睨みつける。

 

 

「ふざけんな。だとしても、あたし達は協力を訴えるべきだ」

 

「フッ。向こうはそれを受け入れるかな? 忘れたワケじゃないだろ? はじめに手を出したのはコチラだぞ」

 

 

そこで全ての視線が一勢に茉莉に注目した。

 

 

「ち、違う! 違うよ! マツリじゃない!」

 

「あんな派手にやっておいて?」

 

 

みらいに睨まれ、茉莉は涙目になる。

確かに、茉莉が藤果を殺した。残念ながらこれは揺ぎない事実である。

 

 

「ま、まあまあ落ち着きましょうよぉ。茉莉ちゃんも違うって言ってるじゃないですかぁ」

 

 

ギスギスした雰囲気を感じ取ったのか、ここで沙々が茉莉を庇うように立った。すると背中を押されたのか、カオルも強く頷いて茉莉を庇う。

なにせカオルは茉莉と同じチームだ。どういう人間かは、他の魔法少女達よりも知っていると自負していた。

そのカオルが茉莉が人を殺すなんて100%ありえないと断言する。その意見には千里や亜里紗なども同意した。

 

 

「茉莉は優しい子よ。私もカオルちゃんに賛成」

 

 

そう言って千里は、仮説をひとつ提唱する。

茉莉は藤果を攻撃した。これは――、どういう事か? あの時の様子を考えるに、無意識に行っていたように見える。

つまり操られていたのではないか、そういう事だった。

 

 

「騎士の奴らが?」

 

 

みらいの意見に千里は首を振る。

少なくとも見てきた騎士にそんな特殊な力を使えるものがいるとは思えない。あくまでも騎士は『鎧』と『武器』を変えるだけ。

武器の中に、洗脳効果を持つものがあるとも限らないが、そんな様子は無かった。

 

 

「ちょっと待ってよ千里。じゃあアンタまさか、アタシらの中に犯人がいるって言いたいワケ?」

 

 

亜里紗の言葉に、一同の顔色が変わった。

 

 

「ちょっと待ってよ亜里紗。そうは言っていないわ! ただ、たとえば魔法少女の一人がデスゲームを望んで力を手に入れたとか……」

 

 

12人以外の魔法少女。『X』という13人目。

確かにそれも考えられる。しかし、だとすればジュゥべえが関わるだろうか? 麻衣はそれが気になった。

その実、麻衣は全てを知っている。麻衣の仲間もまた魔法少女だったが、彼女達は『スカラーキャノン』で死んだ。

少なくとも麻衣はジュゥべえがそんな願いを『許す』とは到底思えなかったのだ。

 

 

「どうだろう。考え方の違いはあるかもしれないが、いずれにせよ私達はこれから共に戦う仲間だ。腹をさらけ出すためにも、固有魔法を明かすのは?」

 

 

固有魔法は魔法少女の心臓だ。晒すのは信頼の証しでもある。

言いだしっぺという事なのか。麻衣はまず自分の能力を打ち明けた。

 

 

「私の魔法は、『範囲』だ。主に刀のリーチを上昇させる。茉莉を洗脳する事はできない」

 

 

次はみらいが手を上げた。

 

 

「ボクは『支配』。人形を操ったりできるよ。その気になれば魔女とか使い魔も操れるけど、魔法少女は無理だから」

 

 

次は千里。

 

 

「私は『解除』よ。かけられた魔法とか、拘束を破壊できるわ。だから茉莉は操れない」

 

 

亜里紗が手を上げる。

 

 

「アタシ、『強化』。スピードとかパワー上げんの。だから洗脳なんて器用なのは無理」

 

 

沙々がおずおずと手を上げる。

 

 

「わたしは『創造』魔法ですぅ。魔法でオリジナルの使い魔を作れますっ。茉莉ちゃんを操るなんて絶対できません!」

 

 

佳奈美が手を上げる。今までの光景がショッキングだからか、具合が悪そうだ。

 

 

「私、『スピードアップ』……。亜里紗さんと似てるから」

 

 

カオルが頷いた。

 

 

「あたしは『硬質化』だ」

 

 

海香がメガネを整えた。

 

 

「『記述』魔法よ。情報に関する事を主に司るわ。だからハッキリ言うと洗脳はできてよ」

 

 

ただし近づかなければならないし、目を合わせなければならない。

それに加えて洗脳の種類が、誤った記憶を植えつけたり、人格の変更等であったり、相手に殺害を強制させるまでには至らない。

 

 

「まあ、できない事もないけど、私は茉莉の魔法を知っているから」

 

 

そこで茉莉が自分の魔法を説明する。

 

 

「マツリの魔法はね。『把握』だよ」

 

 

サポートに特化した魔法だ。味方が状態異常になれば、その詳細を調べる事ができる。

尤も自分が洗脳されてしまった状態では使えなかったようだが、それでも以前、特訓として海香の洗脳を受けたことがあるが、その時は拒絶する事ができたし、海香に操られそうになっている事を把握できた。

 

 

「でも……、今回は違う。全く分からなかった。記憶もないの!」

 

 

ただし魔法をもっと使いこなせるようになれば、自分に以前誰が魔法をかけていたのかを調べる事もできるかもしれない。茉莉はそう説明した。

尤も、そんな犯人捜しめいた事をするのは茉莉としても嫌だったが、それでも騎士を殺した者がいることは事実だ。

そこで麻衣は、里美がガタガタ震えているのに気づいた。

 

 

「どうした? 気分が悪そうだ」

 

「彼女は奏遥香に憧れていたのよ。無理もないわ」

 

 

海香はそういうが、麻衣は違う空気を感じ取っていた。

そこで海香もハッとする。

 

 

「里美……、あなたまさか!」

 

「ち、違うわ! 違うわよッ! ただ、そのッッ!」

 

 

飼育魔法。里美は動物と会話する事ができるし、動物を操る事ができる。

人間は動物だ。だから――、操る事ができる。

 

 

「ファンタズマ・ビスビーリオ……、それで、一応、あの、操れる」

 

 

里美は何度か海香の体や、カオルの体を乗っ取って遊んでいた。

 

 

「違う! でも違うの! 私じゃッ、私じゃないの! 本当よ! お願い! 信じてよォオ!」

 

「落ち着け里美! 分かってる!」

 

 

パニックになる里美を、カオルは必死に落ち着けていた。

そこで、麻衣は残る一人に注目する。

 

 

「お前はどうだ」

 

 

鈴音を見る。正直、麻衣は彼女の事がずっと気になっていた。

というのも、先程の騎士との戦いの場において、鈴音はほぼ何もしていなかった。

スコーピオンに攻撃されても無表情。城乃内が死んでも無表情。

生に対する執着や、死に対する恐怖がまるで感じられなかった。

すると鈴音が自分の魔法の説明をはじめる。

 

 

「……『系譜』。殺した魔法少女の力を吸収できる。一つだけだけど」

 

 

そこで静寂が訪れた。

里美も停止し、鈴音の近くにいた魔法少女が立ち上がり、距離をとる。

 

 

「は? なに言ってんの?」

 

 

みらいが質問したので、鈴音は答えるだけだ。

 

 

「だから魔法少女を殺せば、その力を手に入れることができるの」

 

「殺した事があるの?」

 

「ええ。何度もあるわ」

 

「……まさか。最近沢芽でッ、女の子が死んでるのは」

 

「ええ。私が殺したわ」

 

 

ここで何人かが反射的に変身するが、しばらく間をおいて変身を解除していく。

 

 

「そう。同じチームは殺せない。だから私が戦う意味がない」

 

 

意味がない。そう言ってのける鈴音にゾッとしたものを感じる。

そこで麻衣は腕を組み、鈴音を睨んだ。一見するとサイコじみた発言にも思えるが、麻衣には一つ心当たりがあった。

 

 

「何故、殺す?」

 

「別に。貴女たちだって普段からやっている事よ」

 

「……成る程な」

 

 

麻衣は理解する。鈴音も『知っている側』の人間だという事を。

 

 

「どういうこと?」

 

 

そして海香達は、知らない側だ。

 

 

「魔女は魔法少女の成れの果てよ。私達は実際はもう死んでいるようなもので、魂はソウルジェムに保管されてる。だから本体は肉体じゃなくて――」

 

 

鈴音は何の感情もないような様子で、淡々と説明を始めた。

 

 

 

 

 

日向茉莉の世界は暗闇に包まれていた。

幼い彼女は、生まれつき病で視力を失い、自宅に引きこもる時間を過ごしていた。

外は嫌いじゃないが、未知の者が多すぎて怖い。しかし常に憧れや嫉妬はあった。楽しい事がたくさんあるらしい。

夢だった。いろんな所に行って、いろいろな物を見て、たくさんの人に会うのが。ただもちろん生きていく中でいろいろな人に助けてもらっていたのを自覚していたので、中々言い出せず、幼いながらに気を遣って部屋からは出ないでいた。

そんな彼女の楽しみは、隣の家に住んでいる少年から外の話を聞くことだった。

 

 

「海は青いんだ。水が動いていて、ずっと遠くまで広がってる」

 

 

ザックは茉莉にとって唯一の友人だった。彼は茉莉にいろいろな事を教えてくれたし、仕事で忙しい両親に代わって兄のように接してくれた。

ザックとしても強い同情心があったため、茉莉には優しくしたし、ワガママもたくさん聞いた。本を読んだり、映画を解説したり、一緒に食事をした。

 

 

「茉莉も将来、お嫁さんになれるかな」

 

「なれるさ。茉莉はいい子だからな」

 

「でも……、マツリ、何も見えないから、何もできないよ」

 

「おいおい、いつも言ってるだろ。目を言い訳にすんな。でもまあそうだな……」

 

 

不安なら、オレが結婚してやるよ。

幼いザックとしては冗談のつもりで軽く口にした言葉だが、茉莉はずっとそれを覚えていた。

ただ、ザックとしてもこの頃から気づいていた。茉莉の中にある遠慮や気遣い。彼女はもっと外に出たいと思っている。

だが、周りや自分自身に遠慮しているのだと。

 

 

「オレには気を遣うなよ。よし、分かった! 今度一緒に遊びに行こう」

 

 

そこからザックはよく茉莉の手を引いて、外に出た。

たまには危ないときもあったので、双方の両親から叱れていたみたいだが、それでも茉莉のもとへやって来た。

 

 

「マツリ、ザックと同じ学校に行きたい」

 

 

ある日、そんな事を言ってみた。もちろん茉莉は本気じゃなかったが、本気でもあった。

ザックは少し悩んだ後、こんな事を言ってみる。

 

 

「学校は無理かもしれないけど、ダンスやってみないか?」

 

 

茉莉は抵抗したが、ザックは半ば強引に彼女を引っ張っていった。

 

 

「ずっと外に出たかったんだろ。気づいてないかもしれないけど、お前そうとう勇気とガッツあるぜ?」

 

 

見えないながらにもいろんな興味を持ち、一度外に出せばウロウロと歩き始める。

いくら杖があるとはいえ、見ているザックのほうが不安になるほどだったとか。

 

 

「ずっとお前の中にあった情熱をぶつけてやれ。大丈夫、オレがついてるから」

 

 

そうやって練習場にやって来た彼女に、リーダーの少年が声をかけた。

 

 

「なんだこの小さいのは。ザック、貴様ナメているのか」

 

 

酷い人がいると思った。絶対性格が悪いと思った。

茉莉は涙目になったが、ザックが守ってくれた。なにやら必死に戒斗に訴えはじめた。そうすると練習に参加させてもらえることになった。

 

 

「話にならんな。動きが悪いし、バラバラだ。貴様、合わせる気があるのか」

 

 

酷い人がいると思った。絶対性格が悪いと思った。

はじめてなのに。目が見えないのに。それを訴えようと思ったが、茉莉はそこで気づいた。

確かに見えないが、音に合わせて動くだけなら周りを見る必要は無い。

そこで茉莉は昔ザックに言われたことを思い出した。

 

 

『目が見えないのに周りを見すぎなのは悪い所だぜ?』

 

 

茉莉は叫んだ。

 

 

「練習しますっ! たくさん練習しますから! ちゃんとできたら、褒めてください!」

 

 

駆紋戒斗は鼻を鳴らした。

 

 

「いいだろう。一週間時間をやる。貴様の本気を見せてみろ日向茉莉。俺のチームに弱者はいらんからな」

 

 

茉莉が小学校を卒業する直前、頭の中に声が響いた。

 

 

『やあ、日向茉莉。ボクはキュゥべえ』

 

 

ユグドラシルが開発したピアスを身に着ければ、キミは魔法少女になれる。

それはとても苦しいことだ。世界を狙う魔女と戦わなければならない。しかしそれで大切な人が守れるし、願いを一つ、何でも叶える事ができる。

キミはどうする? ピアスを取り寄せるかい?

 

 

「ザック」

 

 

茉莉は魔法少女になった。

目が見えるようになったと伝えると、ザックは照れ臭そうに笑った。

 

 

「カッコ良くなくて悪かったな」

 

「そんなことないよ。ザックのお顔が見れて、マツリとっても嬉しい!」

 

 

茉莉はザックと同じ天樹学園に入る事ができた。そこでザックからビートライダーズの事を聞く。

新しいダンスチームを作ったから見に行こうと。

チームバロン。すると茉莉は、ムスッとしている少年めがけて走り出した。

 

 

「戒斗でしょ!」

 

「なんだ。当たり前のこと言うな。おい止めろ。ニヤニヤするのはやめろ! ほらやっぱりとは何だ! ふざけるなよ!」

 

 

チームバロンに入りたい。茉莉がそう言うと、ザックも頭を下げた。

 

 

「頼む戒斗。この通りだ!」

 

「お願いしますッ! 頑張るから!」

 

 

戒斗は鼻を鳴らして背中を向けた。

 

 

「足だけは引っ張るなよ。俺のチームに弱いヤツはいらない」

 

 

 

 

今でも――、昔のことは思い出す。

茉莉は現在、沢芽市の展望台公園にやって来ていた。町が見渡せるこの場所は、茉莉のお気に入りの場所だ。

今は夜も深い。空を見れば星が輝き、下を見れば町の明かりが星のように煌いている。

茉莉は一度ベンチに座ると、大きなため息をついた。

 

 

(なんでこんな事に……)

 

 

涙が滲む。

 

 

「会いたいよ……、ザック」

 

「じゃあ会おうぜ」

 

「えッ!」

 

 

声がした。振り返ると、ザックが少し恥ずかしそうに手を上げているのが見えた。

 

 

「ど、どうして」

 

「いや何となくな。ココにいるんじゃないかって思ったんだ。ほら、この場所好きだろ?」

 

「うん!」

 

 

嬉しくなる。茉莉はすぐに右へずれ、開いたスペースをポンポンと叩いた。

ザックも笑うと、そこへ座り込んだ。

 

 

「何か……、とんでもない事になっちまったな」

 

「うん……」

 

「今も紘汰とか戒斗はモメてんだ。あの雰囲気は苦手でな。抜け出しちまった」

 

「マツリのところもそうだよ。皆……、これからの事で言い合いしてる」

 

 

そこでマツリはソワソワと、落ち着きなく動き出した。

 

 

「あ、あの――ッ、あのザック? マツリは、あの、そのッ」

 

「分かってる。お前が人を殺すようなヤツじゃないって事は、一番知ってるつもりだぜ」

 

「でも! でも……、マツリがあの人を殺しちゃったのは……、本当だよ……ッ」

 

 

ザックに会えて安心したのか。ずっと抑えこんで来たものが爆発したようだった。

 

 

「マツリ……! ひとごろしになっちゃったよぉ……ッ!」

 

 

ボロボロと涙が零れる。

藤果に対する申し訳なさや、両親に対しての罪悪感。

ましてや圧し掛かる責任と、背中に張り付いた確かな罪があった。

 

 

「茉莉、大丈夫だ」

 

 

ザックの表情が困る。

大丈夫とは言えど、何がとは言えなかった。正直どうしていいのか分からないのは事実だ。

とりあえず幼い頃を思い出し、同じように頭を撫でてみる。

それが茉莉の淡い恋心を刺激した。嬉しさと、『このまま悲しみにくれる』事の問題性に気づいたのだ。

 

だから茉莉は涙を拭い、ザックにお礼を言う。

でも同時に湧き上がるのは、理不尽への怒りみたいなものだ。

それはある意味、やつあたりの様なもの。ザックなら全てを打ち明けても、受け止めてくれるという無意識な願望があった。

 

 

「茉莉ね、魔女になるんだって」

 

 

ザックは無言で頷いた。

そのことは既に、戦極凌馬から聞いていた。

 

 

「茉莉。俺は頭が良い訳じゃない。でも必死に考えて、一つの結論に至ったんだ」

 

「え?」

 

「なあ茉莉。一緒に戦いを止めないか?」

 

 

これからゲームが始まる。騎士と魔法少女が殺しあうゲームだ。

でもザックはそれが嫌だった。だったらどうすればいい? 決まっている。

どんな手を使っても、どんなに無様な姿を晒しても、どんなに非効率でも、運営側に噛み付くことだ。

 

 

「茉莉は魔女になりたいのか?」

 

「そんな訳ないよ」

 

「そうだよな。じゃあ、死にたいか?」

 

「ううん。死にたくない! でも――ッ、いつかッ魔女になっちゃう……」

 

「絶望しなけりゃいい。いやッ、俺が絶望させない」

 

 

ザックは立ち上がると、茉莉へ手を差し伸べた。

 

 

「俺はお前を信じる。だからお前も、俺を信じてくれ」

 

 

もう犠牲者は出さないし、魔女化を防ぐ方法だって必ずある筈だ。

それを聞くと、茉莉は嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「うん。マツリはね! いつだってザックのこと信じてるよ」

 

 

茉莉は両手でザックの手を包みこむように握り、立ち上がった。

 

 

「マツリもね、戦いを止めたい! マツリが傷つけちゃった人のためにも。それに、まだ傷ついてほしくない友達がたくさんいるから!」

 

「じゃあ決まりだな! 大丈夫、俺達の手はでかいんだ。もう何も取りこぼさねぇさ」

 

 

 

 

 

騎士と魔法少女は敵同士だ。

にも関わらず、ザックとマツリが協力を誓い合ったように、秘密の逢瀬は呉島家でも行われていた。

深夜、光実の部屋の明かりがついていたのを見て、沙々は魔法少女に変身。窓まで飛び上がると、ノックして部屋に入れてもらった。

光実は沙々が魔法少女だという事は既に知っていたが、まさかこんな事になるとは思っていなかったようだ。

 

 

「眠れないんだ。ちっとも」

 

「分かります。わたしもですから」

 

「兄さんも今は部屋に引き篭もってお酒ばっかりさ」

 

「仕方ないですよ。わたしも藤果さんがあんな事になって……。ひっく! えぐっ!」(ま。わたしが殺ったんですけどね! てひっ!)

 

「泣かないで沙々さん。キミは何も悪くないよ……!」

 

「でも! だってぇ! えぐっ! これからわたし達、戦わないといけないんですよねぇ? そんなのわたしぃ、嫌ですぅ。耐えられませんっ! うぇえぇ!」

 

「僕だって沙々さんと戦うなんて嫌だよ!」

 

「わたしも嫌ですっ。それに死にたくないですぅ! ふぇぇぇんッ!」

 

「そうだ! 一緒に戦いを止めない? 紘汰さんもザックもそうするって言ってるんだ。あの二人と一緒ならきっと大丈夫だよ! 僕も協力するから。ね?」

 

「は、はい……! そうですね。わたし達も戦いを止めようっていうグループはありますから」

 

「うん。じゃあ、決まり。大丈夫だよきっと。きっと……、大丈夫」

 

「はいっ。光実くんと一緒なら、きっと大丈夫っ」

 

 

沙々が微笑むと、光実は少し頬を赤く染めて笑みを返した。

 

 

「そうだ! 眠れないんですよね? 光実くん」

 

「うん、まあ」

 

「じゃあちょっとキッチン借りてもいいですか? おばあちゃんに聞いたんですけど……」

 

 

10分後、光実はベッドの中で寝息を立てていた。

机の上にはマグカップがあり、沙々は飲みかけのホットミルクを見ていた。

 

 

「はぁー、だるっ」

 

 

沙々は隠し持っていた睡眠薬を窓の外に投げ捨てると、窓を閉めてベッドの端に座った。

 

 

「クソ面倒な事になっちゃいましたねぇ」

 

 

沙々は固有魔法を創造と言ったが、アレはウソだ。

洗脳。それが彼女の能力である。変身していない状態で発動すると洗脳効果が弱いため、その状態でも操れそうな弱いヤツを選んだ。

それが茉莉なのだが、茉莉の魔法が把握とは知らなかった。今はまだ能力を使いこなせていないようだが、もしかしたら今後、沙々が茉莉を操った事がバレるかもしれない。

 

 

(まあとりあえずは、茉莉ちゃんをブチ殺して。後は騎士を全滅させればいいわけか)

 

 

そこで沙々は寝息を立てている光実を見る。

 

 

「警戒心薄すぎですよミッチ。本当にマヌケなカスですね」

 

 

沙々は光実の髪を触り、顔が良く見えるようにする。

そして頬にキスをすると立ち上がり、変身した。

 

 

「短いお付き合いでしたけど。さよーなら!」

 

 

そして武器の杖を振り上げると、そのまま一気に――ッ!

 

 

(待てよ?)

 

 

ココで殺すのは簡単だが、沙々の脳裏に浮かぶ貴虎の顔。

 

 

(弟と恋人を失ったら、流石にアイツ、暴走するか……?)

 

 

そもそも、考えてみれば茉莉を殺すのは沙々には不可能だ。

魔法少女同士は殺しあえない。つまり、沙々を殺すには騎士の助けが絶対に必要だ。

 

 

(正直、光実(コイツ)はかなり使える。わたしの事を信じきってるし……!)

 

 

沙々はニヤリと笑うと、変身を解除して部屋を灯りを消した。

そして自分もベッドにもぐり込み、光実を抱き枕のようにして目を閉じる。

 

 

「おやすみなさい光実くん。わたしの為に働いてもらないといけないんですから。今日はゆっくり休んでくださいね……」

 

 

ゾクゾクしたものを感じ、沙々は喘ぎながら光実を強く抱きしめた。

 

 

(ゲームに勝つのはこの優木沙々。最後に笑うのはわたしなんだよ! くふふ! クフフフフッ!)

 

 

 

 






藤果(イドゥン)は、Vシネマ。仮面ライダー斬月に登場したキャラクターです。
それぞれの魔法少女の原作は、以下のようになります。


すずねマギカ

・鈴音
・千里
・亜里紗
・遥香
・茉莉
・佳奈美

おりこマギカ(別編・新約)

・沙々
・麻衣

かずみマギカ

・かずみ
・カオル
・海香
・みらい
・里美



おりこ別編の91ページの、『そうですかぁ~』とか言ってる沙々ちゃんが可愛いからおめぇらも見てくれよな!(´・ω・)b


この続きはかなり後になるので、気長に待っててください
それじゃあ、また(´・ω・)


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第二話 ブレイクスルー

改めてこの未来編は一応引きがあって終わりますが、次回更新が凄まじく遅くなる可能性があります。
ちょっとリアルの都合で五月はやらなければならないこととかもありますので、もしかしたらこの次の三話が数か月後とかありえます。
まあとにかく、次回更新がおっそいので、申し訳ないのですがそこはどうかご了承ください。


ちなみに序盤はちょっとわかりにくいような感じにしてますので、意味不明でも我慢してな(´・ω・)b


性行為とは?

愛の証明か、それとも一時的な快楽の獲得であるか、はたまた何か儀式的な意味合いを含んだ行為なのか。

その価値観の違いでドラマのキャラクターたちが何やら口論をしている。

つべこべ言わず一発やってみればいい。

そう言ってグラマラスな女性が胸を露出させたところでテレビが消えた。

 

 

「……もう寝ましょう」

 

「あ、ああ」

 

 

マミは頬を赤くして気まずそうに目を逸らしていた。

 

 

(いいとこだったのに)

 

 

杏子は文句を飲み込んで、マミの後をついていった。

ベッドの中であのシーンの続きを考えてみる。

宗教的な観点――、もっといえばシスターとして生きるべきだった自分の答えはなんなのだろう?

 

人は子を作る。正しくは子を残す。

それはきっと『未来』のためだ。

気づけば杏子はマミの腕に触れていた。しかし我に返ったかのようにすぐに手を離す。

愛していないわけではない。ごっこ遊びでも、やがては本物になれる。

 

でも育む時間を無視しようとしている。

それは逃げと不安を埋めようとする弱い心。

それを直視してほしくなかった。

こんな惨めで愚かな感情に触れないでほしかった。

 

 

「いいわよ」

 

 

でも、遅かった。

そもそも、マミも同じ気持ちだったのかもしれない。

 

 

「何をしてほしいの?」

 

 

暗闇のなかではあるが、目は慣れている。

ましてや魔法少女だ。

見つめあっているのがわかった。

 

 

「あー……」

 

 

杏子は何も言えなかった。

怖いんだ。

そんな情けない理由が思い浮かんだ。主語と述語が噛み合わない。理由が先行している。

 

 

「えっと」

 

 

怖いから、どうなのか。

 

 

「普通はどうなんだろうな」

 

 

間にあるぬくもりを二人で見た。

 

 

「そんなのわからないわ。二人とも、死んじゃったし」

 

「アタシそうだ。でもモモがいたから、たぶんアタシが寝てる間に。だから今と同じだろ……」

 

「本気で言ってる?」

 

「は? どういう意味だよ。アタシはべつに……」

 

「はぁ」

 

 

マミは大きなため息をついて、杏子の手を握った。

 

 

「あのさぁ。リアクションに困ることをしてくれるなよ」

 

 

マミは何も言わなかった。返事の代わりに指を絡ませてきた。

恋人つなぎという名前がつけられてはいたが、そんな知識はなかった。

とはいえなんとなくマミと同じことを考えている気がして悪い気はしなかった。

 

 

「ったく、こんなのまでごっこ遊びかよ。呆れちまうぜ」

 

「ごっこだけど……、遊びじゃないわ。少なくとも今はね」

 

「どいつもこいつも頭が悪くなっちまってる」

 

「あなたのパートナーとか凄かったんだから。逆によく今まで生きてこれたわよね」

 

「あんなのに付き合ってたら体がいくつあっても足りないよ。早めにくたばってくれて助かった」

 

「本気で言ってる?」

 

「………」

 

 

杏子が黙ったのは本気で言ったのかが本気でわからなかったからだ。

 

 

「暁美ほむらも……、あの子、本気で勝ち残るつもりかしら」

 

「そうなんじゃねーの? 知らねぇけどさ」

 

 

会話をしている間も、お互いはすべての意識を手に、指に集中させた。

珍しく、手汗なんてかく。

少し掌を動かせば繋がった汗と一緒に皮膚が擦れて気持ち悪いやらくすぐったいやら。

 

 

「でもアイツはたぶん、生き残れない。そんな気がする」

 

 

マミは理由を聞かなかった。代わりに不機嫌そうな声色でこう言った。

 

 

「こういう時に、他の子の話はしないものなのよ」

 

「………」

 

 

アンタから言い出したんだろ。

などと、杏子は口にはしなかった。こういうのは言わないほうがいいとテレビで見た。

 

 

「佐倉さんって意外と喋るタイプなのね。間が持たないのが嫌なの? そういうのもきっとムードってものなのよ。部屋を暗くしてるのも関係あるのかしら」

 

「誤解だろ」

 

 

マミはジャンケンで勝ったから(そもそも勝ちだからママというのも杏子は納得がいっていない)もしかしたらそっちに寄せているのか?

いや、いい。変なことを言うとまた怒られそうだ。

 

でも負けてよかったのかもしれない。

父親というものは腕を組んでどっかりと座っていればいいらしい。テレビで見た。

素晴らしいじゃないか。現にそうしているとマミは毎日ご飯を作ってくれるし、服を洗濯してくれる。

だからどっかりと大樹のように。大黒柱のように振舞っていればいいのだ。

 

ましてやいちいち感情を口に出すなんてめんどくさいこともしなくていい。

いちいち想いを口にはしない。

わかっているだろう? 言わぬが花、みたいな。

なんかそういう感じでいいのだ。

まあ今は昭和ではないのだけれども。

 

 

「………」

 

 

呉島光実はそこで目を覚ました。

なんだか不思議な夢だった。見知らぬ少女たちの複雑な感情があったような気がする。

といっても目覚めたとたんに顔はもちろん名前も忘れてしまった。

おぼろげな記憶。きっとお昼にもなればこんな夢を見たことさえ忘れてしまうだろう。

 

 

「くぉー、くぉー」

 

 

寝息を感じて光実は隣を見る。

意味を理解して、彼は慌ててベッドを出た。

 

 

「んご……っ! ふぐっ?」

 

 

肩に触れた手。沙々はゆっくりと目を開ける。

 

 

「んぁ? な、なに? もう食べられな――、やべっ!」

 

 

跳ね起きると沙々はにこやかな笑みを浮かべて前髪を弄りだす。

 

 

「お、おはようございます。光実くぅん。えへへぇ、やだっ、わたしったら」

 

「おはよう沙々さん。眠れたみたいで本当によかった。でも、あの、ごめん……」

 

「ほえ?」

 

「僕がソファで寝るべきだったんだ」

 

「ああ! そんなそんな! こっちこそごめんなさい。光実くんのベッド借りちゃって」

 

「昨日は沙々さんが用意してくれたミルクを飲んだら眠くなちゃって」

 

「ですですっ! わたしも光実くんが眠ってからすぐにウトウトってなってぇ」

 

「とにかく、本当にありがとう。あれだけ不安で緊張してたのに沙々さんがいてくれたから眠れたよ」

 

「ふふふ、ならよかったですっ」(ミルクに睡眠薬をいれたんだから当たり前でぇゅーす! チ●コもしかと見といたからな!)

 

 

二人はそれから二階にある洗面所で支度を整えて下に降りた。

そこで気づく。リビングのソファで貴虎が眠っていた。

床には空になった酒の瓶が転がっており、他にもいくつか物に当たった形跡がある。

 

 

「兄さん……」

 

 

小さな声であったが、貴虎は目を開けた。

体を起こすと襲い掛かる不快感、彼は目を細めて沙々を睨む。

 

 

「なぜだ……」

 

「ほぇ?」

 

「なぜ日向茉莉は手を出した!!」

 

 

貴虎はテーブルの上にあったグラスを掴むと、それを思いきり投げつけた。

沙々の頬をすれすれを抜けて、グラスは壁にぶつかって砕ける。

 

 

「魔法少女が手を出さなければ藤果は!」

 

「落ち着いてよ兄さん! 沙々さんに当たるのは違うでしょ!?」

 

 

光実が沙々を庇う様に前に出る。

すると貴虎は糸が切れた人形のようにソファにだらしなくもたれかかった。

 

 

「……そうだな。沙々さん、すまなかった」

 

「い、いえ」(た、たすかった……! 正直ちょびっとチビった!)

 

 

光実は沙々の手を引いて逃げるように貴虎から離れていく。

 

 

「あんな荒れた兄さんは初めて見た」

 

「こわかったですぅ。ふぇぇ」

 

「本当にごめんね。でも、兄さんにとって藤果さんはそれだけ大切な人だったんだ」

 

 

藤果は貴虎の父が設立した養護施設で育った。

当時、貴虎も父に連れられて訪問することが多く、その際に知り合ったらしい。

年齢が近いということや、藤果の穏やかな性格が理由で、二人はすぐに仲良くなった。

 

いつか家政婦としてキミを雇いたい。

貴虎はそういった。

約束ですと藤果は返した。

 

翌日、藤果はメイド服を着ていた。

ポカンとする彼女へ貴虎は。

 

『約束したではないか』

 

と、言った。

 

『まさかこんなに早いだなんて』

 

と、藤果は太陽のような笑みを返した。

 

 

「愛してたんだ。兄さんは藤果さんを」

 

 

光実にとっても藤果は幼い頃からの付き合いだ。

姉のような人だった。でも藤果は死んだのだ。もう会えない。

あれだけ不味くて仕方なかったアップルパイが今は食べたくて仕方ない。こんな日がくるだなんて思ってもみなかった。

 

 

「僕でこれだけ辛いんだから兄さんはもっともっと辛いよ。何かに当たりたくなる気持ちもわかる気が、する」

 

「そうですかぁ」

 

「僕だってもしも――」

 

 

光実は沙々を見ていたが、そこでハッとして口を閉じる。

 

 

「わかるんですか?」

 

 

沙々はぐいっと、光実に近づいた。

 

 

「う、うん」

 

「だぁれ」

 

「え?」

 

「光実くんの大切な人はお兄さまですか? それとも……」

 

 

そこで沙々はハッとして距離をとる。

 

 

「は、はわわっ! ごめんなさい、わたしってば何を言っちゃってるのかっ」

 

「えっと! 気にしないで沙々さん! 僕は平気だから」

 

「そう、ですか。えへへぇ」

 

 

二人ははにかみ、笑いあう。

 

 

(ちょれー! 童貞ちょんれぇーっ!)

 

 

まだ笑うな。沙々は少し震えながら偽りの表情をキープする。

しかし油断はできない。光実を手中に収めるということは貴虎に近づくということだ。

立ち回りには気を付けなければならない。

下手にボロが出れば、問答無用で殺しに来るだろう。

そうなるとあまり嬉しくない展開だ。

魔法少女の集まりでは適当に言ってごまかせたが、犯人捜しは継続される筈。

もしも藤果を殺したのが自分と知られれば騎士側はもちろん魔法少女側からも責められるのは想像に難しくない。

 

 

(敵は少ないほうがいい。今はまだ光実を隠れ蓑にしておいたほうが賢そうだな……)

 

 

そこで光実のスマホが鳴った。

 

 

 

 

「よ、ミッチ。沙々ちゃんもおはよう」

 

「紘汰さん!」

 

「葛葉先輩っ!」

 

 

紘汰はエントランスにあった椅子に座った。

光実たちの様子が心配で見に来たのだという。

 

 

「その、恰好」

 

「なんだよ不思議なもの見る目して。学校に行くんだから制服なのは当たり前だろ?」

 

「本気ですか!? あんなことがあったのに」

 

「……あんなことがあったからだよ。フールズゲームかなんだか知らねぇけど、俺たちの日常をめちゃくちゃにされてたまるかってんだ」

 

 

沢芽に住む子供たちが数多く死亡したこの事件は大規模なテロとして報道されている。

学校はしばらく休校となるが、今日だけは連絡や安全確認などという理由で、登校できるものはしてほしいと連絡があった。

 

 

「ビートライダーズの配信もしばらくなくなるみたいだし。アジトに寄っていろいろ持って帰らないと」

 

「それは、そう、ですけど」

 

「だろ? だからミッチも行かないかって……。俺、ここで待ってるからさ」

 

 

すると沙々はギョッとして紘汰を止める。

 

 

「あぶないですぅ。さっきネットニュースで見たんですけど、子供たちを殺したスカラーキャノンっていうビームはユグドラシルタワーから発射されたみたいなんですよぉ」

 

 

スカラーシステム。

ユグドラシルコーポレーションが魔女殲滅のために用意していた隠し玉である。

広範囲の疑似的な魔法攻撃により魔女をまとめて消滅させようという防衛兵器だったが、インキュベーターに乗っ取られて逆にゲームシステムの一部にされてしまったようだ。

 

現在ユグドラシルとしては、キャノン発射は暴発などではなく、システムのハッキングによるもので兵器事態も想定外の使用方法だったと説明しているが、それを理解していない被害者遺族等がユグドラシル関係者である光実を狙う可能性は高い。

 

 

「魔女のことを説明するわけにもいきませんしね。ネットではユグドラシルにヘイトがたまってますけど無理もありませんよぉ。だってそもそも製薬企業が自社に兵器を搭載してたんですから、ふつうはあり得ませんって」

 

「魔女、か」

 

 

紘汰たちはすでに魔女の正体を凌馬から聞かされている。

もちろん沙々も同じだ。あんな化け物にいずれなってしまうのは最低でおぞましい話ではあるが、ゲームで勝ち残った際に手に入れる『黄金の果実』には願いをかなえる力があるらしいじゃないか。だったらどうとでもなる。

そのためにも傀儡となる光実にはなるべく生きてもらって守ってもらわねば困るのだ。

 

 

「だから、ね? やめましょうよ光実くん。ね? ねっ?」

 

「う、うん」

 

 

顔色が悪い。

間接的とはいえユグドラシルが原因で多くの命が奪われたのだ。

そしてなにより自分たちの命も危険に晒されている。今はこうして沙々が近くにいるが、考えてもみれば魔法少女は敵なのだ。

学校は子供たち、魔法少女が通う場所だ。鉢合わせる可能性は非常に高かった。

命を奪う。奪われる。それを考えていると体が重くなってきた。

 

 

「大丈夫か? ミッチ」

 

「はい、すみません……」

 

「藤果さんのこともあるし当然だ。ごめんなミッチ、俺がどうかしてたんだ」

 

「ッ、紘汰さんのせいじゃないですよ!」

 

「いいんだ。俺だって姉ちゃんが死んだら何もする気がなくなるよ。とにかく今はゆっくり休んだほうがいい。もしよかったら沙々ちゃん、傍にいてやってくれるか?」

 

「あっ、はい! もちろんですですっ!」

 

「沙々ちゃんてめちゃくちゃいい子じゃないか。大切にしろよミッチ。じゃあな」

 

 

そういって紘汰は学校に向かっていった。

沙々はため息をつくと、すぐに表情を切り替えてニコニコと光実を見る。

 

 

「えへっ、今のってどーゆー意味なんでしょーね?」

 

「………」

 

「あれ? 光実くん?」

 

「………」

 

「あれ?」

 

「………」

 

(は? おい! 話しかけてんだから返せよ! ムカつくな!)

 

「あっ、ごめん沙々さん」

 

「ぷくーっ!」(イケメンじゃなかったら殺してたぞ!)

 

「ちょっと、ごめん、やっぱり気分が悪くて……」

 

 

確かに光実の顔色は悪い。

沙々としても理解はできる。

特に考えなければならないのはナイトフェイズだ。

ランダムに参加者を狙うという言葉を信じるならば、エンカウントしたら終わりの個で隠れるより、なるべく多くの参加者の傍にいて狙いを分散させたほうがいいのか?

それはなかなか胃が痛くなる選択である。

どれを選んでも死の危険というデメリットが付き纏う。

 

 

(ま、でもわたしには美味しいブドウがありますし)

 

 

シグルドのやっていたことは非常に良いアイデアだとは思う。

であるならば、マネすればいいだけのこと。

 

 

(精神よわよわ状態の光実くんなら簡単に隙をつけそうだし? 足でも攻撃して動きを封じた後で逃げれば少なくともナイトフェイズは楽勝だな)

 

 

だったら、ここはなるべく他の参加者に近づかないほうを選んだほうがよさそうだ。

 

 

「無理、しなくていいと思いますよ!」

 

「え?」

 

「怖いなら逃げればいいんです! 男だから強くなきゃダメっていうのは時代錯誤な考え方です。ですですっ!」

 

「でも、いいのかな?」

 

「いいんです。わたしが許しちゃいますからっ」

 

 

沙々は両手を広げてほほ笑んだ。

 

 

「おいで」

 

 

光実はフラフラと歩き、沙々にハグをされる。

沙々は、光実の頭を優しく撫でながら耳元で囁くのだ。

わたしは味方だよ、って。

 

 

「デートでも行きましょ!」

 

「で、でも、外は」

 

「家にいても同じです。敵にバレてるかもしれないし!」

 

「……そっか」

 

「遊園地にでも行きましょうか!」(お前の金でなッッ!!)

 

 

光実は頷いた。

いろいろある。いろいろありすぎて疲れる。

今は沙々がいてくれればそれでいい。彼女から放たれる甘い香りを嗅いでいれば、とりあえず不安は消えたから。

 

 

 

 

天樹学園の校門前。

紘汰はザックと茉莉に話しかけられた。

 

 

「いよう! 紘汰!」「おはよう紘汰!」

 

「お、おお! 二人ともおはよう!」

 

 

ザックと茉莉は微笑んでいた。

それを望んでいたはずなのに、いざその光景にぶつかった時、紘汰は自分の中に『戸惑い』の感情があることに気づいてしまった。

しかしダメだ。そんな考えは捨てなければならない。そういう思いを笑顔に乗せてみる。

 

いわずとも、わかるはずだ。

それなりに付き合いは長い。ザックと茉莉もそれを理解した。してくれた。

なぜならば紘汰が抱いたものと同じものを二人もまた感じていたから。

狂い始めた世界で狂う前のふりをする。それは違和感のあることかもしれないけれど、それが彼らの望んだ『日常』というものなのだから。

 

 

「オレは戦いを止めるぜ」

 

「マツリも! ザックと一緒に」

 

 

紘汰はそれを聞いて胸が熱くなった。

そうか、希望は死んでないのだ。激しい勇気が胸の奥に宿ったのを感じた。

 

 

「さっきカオルたちがいてな。あいつらも同じ考えだった」

 

「千里たちもマツリと同じ気持ちだって言ってくれたよ。だから紘汰と同じで、ここに来てくれた」

 

「そう、だな。そうだよな! へへ、なんだよ。これじゃあビビッてた俺がバカみたいじゃないか」

 

 

そうだ。みんなで協力すれば不可能なんてない。どんなことだってできる。

それが俺たちのアオハルってヤツだろ。紘汰は笑顔で校門を目指し――

 

 

「なれ合いなんて痛てぇだけだろ!」

 

 

真顔になった。

ヒヤリとしたものが背筋を巡る。

胸が痛い。こんなのはダメだ。まるで図星を突かれたように固まるなんて。

 

 

「でも、貴方もそう思ってくれたからココに来たんじゃないの!?」

 

 

そう叫んだのは千里だった。

彼女は亜里紗と肩を並べていつも通り校門前で挨拶運動を行っていた。

登校してくる生徒たちに声をかけ、制服のチェックや遅刻者の注意を行う。

いつも通りだ。でもいつも通りじゃない。

でも遥香がいない。

死んだから。

 

 

「騎士が殺したんだ! それなのに今まで通りなんて都合良いことあるか!」

 

 

叫んでいたのは初瀬だ。いつものように制服を着崩していたのを千里が注意したのが始まりだった。

怒号が静寂を生む。

周囲の生徒たちは皆、怯えたように初瀬たちを見つめている。

その中で千里は混乱していた。初瀬はいつもみたいに注意されるため、わざと制服を着崩していたとばかり思っていたからだ。

しかしそれは違っていた。むしろ初瀬は今まで通りに振舞おうとする千里たちを見て、より激しい怒りを覚えたのだ。

なかったことにするつもりなのか、城之内(とも)の死を。

遥香の死を。

 

 

「テメェらは臆病モンだ! 腰抜けだ! だがオレは違う!」

 

 

初瀬はカバンを投げた。

代わりに持っていたのは戦極ドライバーだ。

 

 

「やめて!」

 

 

千里は叫んだ。

 

 

「震えてる」

 

 

初瀬の、ドライバーを持つ手が。

 

 

「うるせぇッ! 変身!」

 

 

震えた手で、初瀬は戦極ドライバーを装着した。

起動するマツボックリロックシード。頭上にクラックが現れてアーマーが出現する。

 

 

「オレは……ッ、勝つんだ!」『ソイヤ!』『マツボックリアームズ!』『一撃! イン・ザ・シャドー!』

 

 

騎士・黒影は、影松という槍を持って走った。

生徒たちが悲鳴をあげて逃げ惑う中、青い光が迸る。

変身した千里が、槍の先端にあるマツボックリの装飾の上に着地していた。

 

 

「本気なの? 初瀬くんッ」

 

 

初瀬は――、黒影は、何も答えなかった。すると桃色の光が迸る。

 

 

「馬鹿が!」

 

 

黒影が吹き飛んだ。

タックルを決めた亜里紗は、千里を庇うように立つ。

 

 

(ま、しょーじき、嫌な予感はしてたのよね)

 

 

前日、レイドワイルドのグループメッセージに亜里紗はメッセージを残した。

初瀬を気遣ってのことだったが、既読がついにも関わらず彼からの返信はなかった。

そして今朝、たった一文『お前らは敵だ』とだけ残されていたのだ。

宣戦布告ではないと信じたかったが、やはりこうなってしまったかと表情が歪む。

 

 

「誰がバカだ!」

 

「アンタよ大馬鹿! ちょっとは頭を冷やせっての!」

 

「なんだとぉぉ!?」

 

「いっつもそう! ちょっと挑発されたらすーぐ熱くなっちゃって!」

 

「アンタが言うな」「テメェが言うな!」

 

 

その時だった。

 

 

「あ」

 

 

千里と黒影が同じようなことを言った。

 

 

「ふふっ」

 

 

思わず、亜里紗は笑ってしまう。

 

 

「今のちょっと昔みたいだった」

 

「……ッ」

 

「繰り返してるわけじゃない。アタシらはただ、あの時みたいなキラキラを腐らせたくないだけ。わかるでしょ、アンタだってそうだったじゃん」

 

 

亜里紗と初瀬は同じチームだった。だからわかる。

亜里紗はこういうセリフが大嫌いだった。でもあえて今、そういうことを言うのはそれなりの理由があってのことだ。

 

 

「思い出して……、それで何になる!?」

 

 

黒影は槍を杖のようにして立ち上がる。

 

 

「ゲームが消えるのか? ルールが変わるのかよ!」

 

「ああもう! 本当にわからずや! だから一緒に――」

 

「迷うな」

 

「え?」

 

 

ビュンと、音がした。

直後、黒影の体から火花があがり、彼は苦痛の声をあげながら後退していく。

 

 

「おかしな事じゃないさ」

 

 

亜里紗たちが振り返ると、そこには魔法少女に変身している麻衣が立っていた。

 

 

「"なんで"」

 

 

黒影がよろけた先に立っていたのは、みらいだ。

同じチーム。一緒に踊った。一緒に笑った。一緒のものを見ていた。

それは事実だ。揺るぎない真実だ。確かな友情があったことは約束しよう。

しかしそれは今、この瞬間において、武器を捨てる理由にはならない。だから巨大なぬいぐるみのクマが腕を振るって黒影を殴り飛ばした。

 

 

「"どうして"」

 

 

黒影が地面を転がっていく。

なんとか勢いが弱まったところで立ち上がるが、そこで嫌な気配を感じて振り返った。

そこには既に緋色の刃があった。鈴音の一閃が黒影に入り、熱を帯びた痛みを感じながら黒影は地面に倒れた。

 

 

「そして、"これから"。そんなことは知らないほうがいい」

 

 

麻衣は納刀された武器を構え、腰を落とす。

 

 

「傷つくだけだ」

 

「よせ!」『オレンジアームズ! 花道・オン・ステージ!』

 

 

紘汰にはわかった。

麻衣たちは千里とは違う。

黒影を殺そうとしているのだ。

だから走った。ザックも続き変身、鎧武とナックルに変わった二人は黒影を目指した。

 

そこで麻衣が回った。

その場で素早く、クルリと一回転。

再び前を向いた時にはいつの間にか刀が抜かれている。

すると同じくして鎧武とナックルの走行から火花が散った。

二人はほぼ同時に地面に倒れて背中をぶつけた。

 

 

「なんだ……!?」

 

「ぐッ! な、何が起こったんだ!?」

 

 

何をされたのか二人にはサッパリわからなかった。

とにかく突然衝撃と痛みが襲い掛かり、それで地面に倒れたのだ。

このままではマズイ。鎧武は、ナックルは、黒影はすぐに体をはね起こす。

 

 

「ぐあぁあ!」「うぉああ!」「がぁあああ!」

 

 

またも苦痛の声が三つ重なった。

鎧武たちが立ち上がったと同時に再び装甲から火花が散って、三人は大きくのけ反りながら倒れた。

 

 

一方、校舎では多くの生徒たちがいまだに慌ただしく走っている。

その中をかき分けるシルエットが三つ。

カオル、かずみ、海香だ。

 

 

「通して通して!」

 

「もしかして魔女かな?」

 

「いえ、魔女ならこんな白昼堂々襲ってこなくてよ。最悪のケースでしょうね」

 

 

三人は人通りが少ない場所を見つけると、近くにあった窓を開けて身を乗り出した。

するとちょうど校門前で戦っている騎士と魔法少女が目に入った。

 

 

「ほら、ごらんなさい」

 

「ったく! 何やってんだよアイツらは!」

 

「とにかく止めにいきましょう。かずみは傍にいて。そのほうが守りやすいわ」

 

「う、うんっ」

 

 

変身するカオルと海香。

飛び降りようとした、まさにその時、隣の窓ガラスが割れた。

海香はかずみを抱きしめて破片から守り、カオルは素早く状況を確認する。

窓ガラスを貫いたのは光の矢だった。

 

 

「はいはーい。やめやめー」

 

 

気だるそうに歩いてくる騎士がいた。

シグルドだ。彼は小柄な女生徒の首に左腕を回して持ち上げている。

 

 

「見ての通り人質だぜ、念を押すとな。少しでもおかしなことをしそうになったら……」

 

 

シグルドは右手に持っていたソニックアローの刃を女生徒の首元まで持っていく。

恐怖の声が聞こえた。なにやら鈴音とみらいは動こうとしたが、麻衣が手を挙げて止まるようにジェスチャーを送る。

 

 

「卑怯なヤツめ」

 

「オーケーそれでいい。ほら立て騎士ども! 情けねぇぞ!」

 

「ッ、助けてくれたことには礼を言う。でもその子は今すぐ離せ!」

 

「使えるものは何でも使えってのは社会のルールだ。そもそもお前らまだわかってねぇのか? やられるってのは死ぬってことなんだぞ? 綺麗ごとを言いながらくたばるのってカッコいいことかねぇ?」

 

「その通りだ」

 

 

シグルドの後ろから歩いてきたのは駆紋戒斗だ。

 

 

「戒斗ッ、お前まさか!」

 

「ザック、何を驚いている? まさかも何も俺の考えは変わっていない」『バナナ!』

 

 

戒斗はロックシードのシャックルに指をかけてクルリと回す。

その行先は当然、装備されていた戦極ドライバーであった。

 

 

「強者が掟を作ってきた。だがそれは永遠ではない。いずれ新たな王が生まれる時、そのルールはゼロになる」『ロック・オン!』

 

 

クラックからバナナを模した鎧が現れる。

 

 

「少し時代を戻すだけだ」『カモン!』『バナナアームズ!』『ナイト・オブ・スピアーッ!』

 

「本気かよ! 本気で言ってんのか!? 戒斗!」

 

 

ナックルはバロンのもとへ詰め寄り、巨大な手で肩のアーマーを掴んだ。

 

 

「殺すってことなんだぞ! カオルも! 茉莉もッ! 同じチームのメンバーを!」

 

「それを乗り越えることが新たな時代を作るものの覚悟だ!」

 

 

バロンは拳でナックルの胸を叩いた。

 

 

「貴様も聞いた筈だ。魔法少女の正体、その末路を!」

 

 

それを聞いて鎧武は言葉を詰まらせた。

彼の両親は魔女に殺された。いや、親だけじゃない。

きっとこの世界には魔女によって命を奪われた罪なき人たちがたくさんいる。

 

 

「その時、死ぬのは襲われた者だけではない。魔法少女もまた同じだ。自らの意図とは裏腹にひたすらに死を求める殺人マシーンとなる。それを救う方法が何かわかるか? わかる筈だ。俺たちが今までやって来た!」

 

 

バロンに突き飛ばされ、ナックルは力なくしりもちをついた。

しかしすぐに拳を握りしめると跳ね起き、再びバロンの前に立つ。

 

 

「それでも方法はある筈だ!」

 

 

それを聞いて鎧武も俯いていたのを止める。

 

 

「そうだ! ザックのいうとおりだ!」

 

 

しかし一番に聞こえて来たのはシグルドのため息だった。

 

 

「そう上手くはいかねぇのよ。もちろんユグドラシルもいろいろな方法で魔法少女が魔女にならない方法を。あるいは、元に戻す方法を探してきた」

 

 

しかしいずれも上手くはいかなかった。

かろうじて開発できたのが魔女を殺す力、アーマードライダーだ。

 

 

「殺すことでしか救えないものもある。おーい! 聞こえてるか、ジュゥべえ!」

 

 

シグルドが声をかけると学校の放送が鳴り、ジュゥべえが返事をする。

海香の合図を受けてカオルたちはすぐに放送室に向かうが、当然そこには誰もいない。

 

 

『もち、聞こえてるぜぇ? なんだよ』

 

「ルールの確認をしたい。昨日、俺らに言ったことを改めて教えてくれや」

 

 

ユグドラシルは試しにジュゥべえにコンタクトをとってみたがなんなく成功した。

ゲームにおけるルール確認は開示できるとジュゥべえが判断すれば可能らしい。というわけで全ての参加者の脳に彼の声が響く。

 

 

『勝利した陣営に与えられる黄金の果実とは!』

 

 

それは、世界を創造する究極のアイテム。

つまり勝利者は『神』となり、新たなる沢芽市を生み出すのだ。

勝利陣営は話し合い、そこに新たなルールを。

言い方を変えれば概念を適応させることができる。

 

 

『たとえばインキュベーターがいない世界でもいい。魔法少女じゃない世界でもいい。もともとオイラたちは新たなエネルギー獲得の目星がついている。今まで頑張って犠牲になってくれた地球に恩返しがしたいと、このゲームを始めたんだぜ?』

 

 

このゲームにより失われし命も神ならば復元するのはたやすい。

よって戦うことを恐れる必要などないのだ。

 

 

『ただし敵対陣営の人間を蘇らせることはできない。それは悲しいことかもしれないが、なぁに、そのうち慣れるさ。世界創造の際に記憶を消してもいいんだし』

 

 

そこでジュゥべえは通信を切った。

 

 

「そういうこった。我々ユグドラシルの目指す新世界は、魔女のいない平和な世界なんだよ」

 

 

すると麻衣が目を細めた。

 

 

「それは、魔法少女が勝ったとしても叶えられるな」

 

「ははっ! まあ、そうだが、それがそう上手くいくかね? 魔法少女なんざ自制が効かないガキだからインキュベーターに狙われたんだろ? 魔法少女が神になっちまったら、円満な話し合いができるのか疑問だぜ」

 

「大人が常に正しいわけではないが」

 

 

麻衣は、腰を落とした。

それは紛れもなく、居合の構えである。

亜里紗は麻衣から発せられたものにいち早く気付いた。

それは紛れもない、冷たく研ぎ澄まされた――

 

 

「許せ」

 

 

殺意。

 

 

「うぎゃああああああああああ!」

 

 

恐怖で口を閉ざしていた女生徒から絶叫が聞こえた。

麻衣が刀を抜いたのは見えなかった。

気づけば女生徒の右肩から先が宙に舞っていたのだ。

骨ごと断ち切った一撃。すぐに血があふれて女生徒は真っ青になって痙攣を始める。

 

 

「ぐあぁあ……ッ! こいつッ!」

 

 

斬撃は女生徒の後ろにいるシグルドにも到達していた。

騎士の鎧があったため切断とまではいかなかったが血のように火花が散って、シグルドは斬られたところを抑えながら後退していった。

それを見て麻衣は地面を蹴る。

 

 

「詩音、彼女の手当てを頼む」

 

「無茶苦茶よ!」

 

 

みんな、一斉に動き出した。

千里は猛スピードで倒れた女生徒のもとへ滑り込むと回復魔法をかける。

 

 

「ダメ! 私だけじゃ抑えきれない! 茉莉も手伝って! 亜里紗も!」

 

「う、うん!」

 

「アタシッ、回復系は向いてないというか」

 

「いいから! ちょっとでも血を止めないと! お願い!」

 

 

集まる三人。

少し離れたところでは黒影がみらいに槍を振り下ろしていた。

とはいえ小柄なみらいはヒョイっとそれを簡単にかわすと、ハートのステッキを向ける。

 

 

「リーダーとはいっぱい喧嘩もしたけど、まさか最後が殺し合いになるなんてね」

 

「さっさと観念しろ! テメェはチビだったからいつもオレが勝ってた!」

 

「じゃあ今日はボクが勝つ! テメェが死んで終わりだ!」

 

 

みらいがハートのステッキを掲げると、先端が巨大化して、さらに光の剣が生まれてあっという間に大剣となった。

それを両手でフルスイング。黒影は槍を盾にしたが関係ない。

剣が槍にぶつかると、黒影は真横に吹っ飛んで校舎の壁にめり込んだ。

骨にまで響く衝撃。黒影は痛みで声が出せなかった。それを見てみらいは少しだけ唇を吊り上げる。

 

 

「なんか微妙だった。戦うかは……、本当に微妙ってかんじ」

 

「は?」

 

「でもなんかさっき、女が苦しんでるの見たら悪くないなって。こういう学校がめちゃくちゃになるの嫌いじゃないよ」

 

「友達いなかったもんな。オレのチームに来るまではよ!」

 

「うるさい! でも、ま、そう。いじめられてたし……!」

 

 

みらいは目を閉じてすぐに開いた。

思い出すのはやめておいたほうが良さそうだったからだ。

 

 

「自分でもわからなかったけど今もリーダーをブッ飛ばしたらほんの少し……、ほんのちょびっとだけど気持ちよかったよ」

 

 

黒影は壁から抜け出して再びみらいに槍を向ける。

しかし大剣を振るわれ、槍を軽々と弾かれると、再び大剣の腹で打たれた。

よろけて倒れる黒影を見て、みらいはまた笑う。

 

 

「もっとたくさん……、それこそブチ殺せば、もっとスカッとすんの?」

 

「ンなもん! 知るか!」『ソイヤ!』『マツボックリスカッシュ!』

 

 

黒影は立ち上がるとカッティングブレードを倒した。

武器の強化だ。電子音と共に影松が発光して威力が上昇する。

 

 

「くたばりやがれーッ!」

 

「こっちのセリフだバァーカ」

 

 

みらいは向かってきた黒影に向かってテディベア投げた。

みらいの魔法で意思を持ったように動くそれは、黒影の頭にしがみついて視界を奪う。

 

 

「くそ! なんッ! あぁぁ! うぜぇなッッ!」

 

 

黒影は立ち止まり、クマを引きはがそうとするが、その間は隙だらけである。

みらいは踏み込み、大剣を振り上げる。

 

 

「そ・れ・じゃあねッ!」

 

 

そして、黒影を叩き割ろうと振り下ろす!

 

 

「させるかッ!」

 

「うぉ!」

 

 

割り入って来たのは鎧武だ。

大橙丸と無双セイバーをクロスさせて大剣を受け止める。

しかしあまりのパワーにすぐに膝が折れて地面につけた。

 

 

「落ち着け! みらい! こんなことやめるんだ!」

 

「落ち着いてる! 自分でもビックリするくらい!」

 

 

みらいは鎧武の胸を蹴って吹き飛ばす。

いまだにクマと格闘している黒影ごと鎧武を切り裂こうと構えるが、そこで銃声が聞こえる。

鎧武が地面をすべりながらも無双セイバーの引き金を引いていた。

装備されていた銃口から光弾が発射されてみらいの動きが鈍る。

 

 

「うざいってッ!」

 

 

みらいが剣を消してステッキからハートのシールドを展開した。

それが好機と、鎧武は立ち上がりながらロックシードを交換する。

 

 

『ソイヤ!』『パインアームズ!』『粉砕! デストロイ!!』

 

 

鎧武はパイナップルの鎧を装備した。

防御力が上昇しており、武器が片手剣から鎖付きパイン型鉄球・パインアイアンに変わる。

 

 

『ソイヤ!』『パインスカッシュ!』

 

 

鎧武はブレードを倒して地面を蹴った。

パインアイアンを蹴り飛ばすと、パインは鎖から分離してみらいの元へ飛んでいく。

それはシールドを破壊すると、ズボン! という音とともにみらいの頭に被さった。

 

 

「うぎゃあああ!」

 

 

みらいはすぐにハマったパインを引き抜こうとするが上手くいかない。

一方で鎧武は着地を決める。これで少しは大人しくなってくれるだろうと思ったが、そこでナックルの声が聞こえてくる。

 

 

「鈴音がそっちに行った!」

 

 

鎧武は辺りを見るが、鈴音はいない。

 

 

「陽炎」

 

 

後ろから声が聞こえた。

そして痛みと熱。鎧武は自分が斬られたと理解する。

 

 

「鈴音!」

 

「陽炎」

 

 

振り返るがいない。

 

 

「ど、どこ行った!?」

 

「ぐあぁあ!」

 

 

ナックルの悲鳴が聞こえる。鈴音に斬られたのだ。

そこでようやっと黒影がクマを引きはがして蹴り飛ばす。

その後ろに鈴音が浮かんでいるのが見えた。

 

 

「「後ろだ!」」

 

 

鎧武とナックルに指さされ、黒影は回し蹴りで振り返る。

しかし感触はなかった。適当言いやがってと文句を言いそうになったが、それは違う。

鈴音はいた。しかし足が彼女をすり抜けたのだ。

 

 

「どうなって――! ぐあぁああ!」

 

 

鈴音は幻だった。

幻はやがて歪み消え、代わりに炎の剣となって黒影に直撃する。

本物の鈴音はというと鎧武とナックルの後ろに着地して剣を払った。

炎と共に放たれた斬撃が鎧武とナックルをまとめて切り裂き、二人は同時に地面に倒れた。

 

一方、麻衣は迫る矢を切り裂きながら距離を縮めていく。

 

 

「魔法少女様も残酷だねぇ!」

 

「七日目までに決着が付かなければ世界は終わる」

 

 

踏み込み、加速する麻衣。

そこで彼女は飛び蹴りを仕掛けた。

シグルドは腕で足裏をガード。すぐにソニックアローで叩き落そうとしたが、麻衣は蹴った勢いで後方に飛んでいる。

 

 

「殺したくないと言うのは勝手だが」

 

 

麻衣が刀を抜いた。

 

 

「ッ! グォオ!」

 

 

シグルドは怯む。

どう考えても刀のリーチからは外れているのに斬撃は確かに彼のアーマーを傷つけていた。

固有魔法、範囲拡大により届かない場所でも斬ることができるのだ。

 

 

「責任から目を背けるだけでは前には進めない」

 

 

着地と同時に腰を落とす。

光の矢が連続して飛んでくるが、麻衣は目にもとまらぬ速さで刀を振るってそれら全てを斬り弾いた。

カチャンと音がして、刀が鞘に収まる。

柄を掴み、麻衣は前のめりになって踏み込む。

風が吹いた。麻衣の姿が消えたと思ったら、彼女はシグルドの後ろに立っていた。

 

 

「テメェ! 何を――ッ!」

 

 

シグルドが麻衣に向かって手を伸ばそうとしたが、それよりも早く麻衣の刀が鞘に収まる。

カチリと、鞘に刀が収まった。その瞬間シグルドの全身に幾重もの光の線が走る。

 

 

「ぐあぁああ!」

 

 

重なる衝撃。

シグルドはきりもみ状に回転しながら地面に倒れる。

そこで朱音麻衣は振り返った。刃のように研ぎ澄まされた殺意と覚悟を瞳に乗せて。

 

 

「私は世界を救えるぞ。お前たちはどうだ。アーマードライダー」

 

「聞いての通りだ」

 

 

バロンは、麻衣に槍先を向ける。

 

 

「俺は、古い世界を破壊する!」

 

「いい答えだ」

 

「それが強者の務めと知れ!」

 

 

両者、同時に走り出す。

そして同時に武器を打ち付けあった。

一撃目は互角。しかし次は違う。目にもとまらぬ速さで振るわれた刀がバナスピアーをバロンの手から弾き飛ばした。

 

 

「くッ!」

 

 

バロンが武器を目で追った時、麻衣は飛んでいた。

空中を舞って後ろに回りながらも刀を振るう。

剣先はバロンからは遠く離れているが、固有魔法によって無数の斬撃がバロンに襲い掛かっていく。

 

バロンが手を伸ばしてみても麻衣には届かない。

一方的な連撃は、バロンのガードを崩して装甲に無数の傷を与えていった。

 

それが終わったのは麻衣が着地した時だ。

光の矢が飛んできたので、麻衣は首だけを横に反らしてそれを回避する。

シグルドは地面を転がりバナスピアーをとると、それをバロンへ投げた。

 

 

「使え!」

 

 

それだけでなく、さらに二つのロックシードを起動して投げる。

巨大化と変形機能を搭載したロックビークルという特殊なものだ。

一つは浮遊バイク、ダンデライナーに。

もう一つは二足歩行ロボ、チューリップホッパーに変わる。

 

 

「フッ!」

 

 

バロンが飛んだ。

ダンデライナーに飛び乗るとアクセルグリップを捻り、飛行を開始する。

さらに備え付けられていた機関銃から弾丸を連射し、麻衣を狙った。

 

 

「………」

 

 

麻衣は刀を連続で振って弾丸を切り落としていくが、さすがに連射力が高い。

このままでは防戦一方と悟ったか、麻衣は走り出し、そのまま校舎の中に入っていった。

 

 

「ちょうどいい。追うぞ駆紋!」

 

「俺に命令するな! それくらいわかっている!」

 

 

シグルドは麻衣を追って校舎に入っていった。バロンもダンデライナーを飛ばして校舎の向こうに消えていく。

 

 

「まずいな……、どうする紘汰!」

 

「とりあず止めないと!」

 

「どけテメェら! あれにはオレが乗る!」

 

「って、おい! 初瀬!」

 

 

黒影は鎧武たちを押しのけ、チューリップホッパーに飛び乗った。

適当にガチャガチャ動かしているとホッパーがバウンドをはじめた。

あまり頭はよくないが、ゲームや機械弄りは苦手ではない。黒影はもう操作方法を把握したのか、そのままの勢いでパインを外そうともがいているみらいに突進していく。

 

 

「よせ! 攻撃するな!」

 

 

鎧武は無双セイバーに鎖を連結させて、鎖鎌のように変える。

それを投げて、チューリップホッパーの足に絡ませた。

 

 

「手伝うぜ紘汰!」「悪いッ、助かる!」

 

 

ナックルと共にロボットを抑えようとするが――

 

 

「ああもう! テメェら邪魔なんだよ!」

 

 

黒影が機体を思いきり旋回させると鎧武たちは勢いに負けて吹き飛んでいった。

これで邪魔者がいなくなったと思ったのも束の間、みらいの前に立っていた茉莉と目があった。

 

 

「えーいっ!」

 

「おわッ!」

 

 

茉莉がパワーアームを前に出し、掌からフラッシュを発射する。

激しい光に黒影は怯み、茉莉はその間にみらいの手を引いて走っていった。

 

 

「クソッ!」

 

 

黒影はなんとかしてチューリップホッパーを操り、屋上のほうへと跳んでいく。

 

 

「校舎にはまだたくさんの人が残ってる。このままじゃマズイぞ!」

 

 

ナックルに言われて鎧武は周囲を確認した。いつの間にか鈴音がいなくなっている。

逃げたのか隠れたのかはわからないが、足止めをするものが減ったのは好都合だった。

 

 

「よし、だったら俺たちも止めに行こう!」

 

「中にはカオルたちもいる筈だ。なんとか合流して戒斗たちを引きはがすんだ!」

 

「ああ、わかった!」

 

 

鎧武とナックルは頷きあい、悲鳴が聞こえる校舎へと飛び込んでいった。

 




今のところの予定では、しばらく未来編を投稿して、それでちょっとガッツリした先行最終回をやるつもりではあります。

とはいえ五月はやらねばならぬことがありますので、今月中に次回の更新があるかどうかは危ういですが……
ゆるしておくれやし。


あと最近気づいたんですけど、けっこうゲームが好きでゼノブレイド2とかもウキウキでプレイしてたんですけど。
ストーリーがバディもので、トラとハナっていうペアが僕は好きで後半とかは操作して遊んでたんですけど、トラの声優さんが杏子でハナの声優さんがゆまだったんですね。

これでお前とも縁が――(適当)



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第三話 夢幻に消えて

 

 

「いやぁ、予想をはるかに超えた沈みっぷりだねぇ」

 

「……凌馬」

 

 

戦極凌馬は貴虎の向かいに座ると、空になったボトルを持ち上げて笑う。

 

 

「藤果くんのことは残念だった。私も同じ孤児院で育った仲だ。悲しくて悲しくて、今にも涙が零れそうだよ」

 

「思ってもいないことを」

 

「悲しいのは本当だよ。まさかあんな簡単に死ぬなんて期待外れで泣けてくる」

 

 

貴虎の目の色が変わった。

溢れんばかりの殺気を感じて、凌馬は呆れたようにため息をついた。

 

 

「嫉妬。おそらくそれが最も近い感情の名前だろう」

 

 

凌馬がテーブルに置いたリンゴロックシード。

回収していたようで、彼にとっても思い出深い代物ではある。

 

 

「黄金の果実という代物が存在しているのではないかというのは古くからあったことだ。私もそれを信じ、神話に登場する最も有名な果物であるリンゴを模した」

 

 

リンゴロックシードは一番はじめに凌馬が作ったロックシードだった。

気合を入れて作ったが故にあまりの出力で、操る者が壊れてしまうということで失敗作だと思っていたが……。

 

 

「藤果くんは見事にそれを使いこなしていた。それだけではなく彼女はキミの心まで支配した」

 

 

幼い貴虎が施設で育んだ絆は藤果だけではない。凌馬もそうだった。

 

 

「キミは世界の在り方をまるまま変えてしまうほどの力を持っていたと思っていたが、彼女がキミを凡人にしてしまったと思っているよ。そういう意味でも彼女に対して思うところがあったのは事実だ」

 

「買い被りすぎだ。お前は人を見限ったようで、どこかで諦めきれていない」

 

「かもしれないね。賞賛を送るのも人だ。観測者なき世界はそれはそれでつまらない」

 

 

そういって凌馬はジュラルミンケースを置いた。

それを開けると、そこにはゲネシスドライバーと新作のロックシードがあった。

 

 

「藤果くんがいなくなったことは実はそこまで悲観するものではないと思っている。キミを縛る枷はもうない。彼女は甦るんだよ貴虎、魔法少女を全滅させればね」

 

「……だが、光実が仲良くしている沙々という少女も参加している」

 

「――という苦悩を以前のキミなら抱いていただろう。だが私がキミを凡人と呼んだのは聞いてのとおりだ。人は皆、欲望を抱き、醜く生きている。キミも今となってはそのありふれた一人でしかない」

 

「どういう意味だ?」

 

「自らを優先させればいい。それが救済にも繋がる」

 

「………」

 

「青い恋だ。弟くんならすぐに新しい人が現れるよ」

 

 

そのためにと、凌馬は続ける。

 

 

「かつての友としての情けだ。優木沙々はユグドラシルが始末してあげるよ」

 

「………」

 

 

無言が答えだった。

 

 

「悪くないね。その目は、私が好きだった時のキミにそっくりだ」

 

 

 

 

あれだけの騒ぎであったにも関わらず、玄関を入ればいまだに多くの生徒がスマホのカメラを向けていた。

喜怒哀楽のわからない表情を浮かべて立っている。

シグルドはそんな生徒たちの視線が左に向いたのを理解した。

 

左の通路を走り、右に曲がると、長い廊下の先に麻衣の背中を見つける。

その間にも多くの生徒たちがスマホをもってどうしていいかわからずに思考を停止している。

 

 

「困ったガキ共だ。ほら道を開けろ! 開けなきゃ死ぬぜ!!」

 

 

ソニックアローの弦を引くと、光が集中していく。

ただごとではないと生徒たちもわかったのか、すぐに左右にはけていった。

そうすると飛んでいく光の矢。

 

シグルドは興味深く観察していた。

ただでさえ廊下という場所。今は他の生徒たちもいてより狭くなっている。

その状態では満足に刀を振るうことはできない筈だ。

それは麻衣もわかっていた。故に振り返らず、加速する。

 

 

「野次馬は感心しないな」

 

 

麻衣はそう言い残してつきあたりを曲がった。

矢は麻衣には刺さらず、曲がり角で固まっていた生徒たちに突き刺さる。

 

 

「ぎゃあああぁあ!」「ひぃいい!」「ぐげぇああ!」

 

 

汚い悲鳴が重なり、血をまき散らしながら倒れる生徒たち。

麻衣は止まらない。

シグルドも追いかけるために走り出した。

 

 

「伏せろ、死ぬぞ」

 

 

麻衣は淡々と口にしたため、聞き逃した生徒たちも多いだろう。

そういった生徒たちが呆けていると、窓の向こうから光の矢が飛んできた。

シグルドは中庭を挟んだ向かいの廊下に麻衣の姿を見つけたので、矢を連射したのだ。

ガラスを突き破った矢は麻衣には命中せずに、他の生徒の肩や鎖骨のあたりに突き刺さっていく。

 

麻衣は姿勢を低くして走る。

窓の下に身を隠しながら移動するが、やがて行き止まりにやってきた。

道は左にある階段のみ。それがわかっているのか、シグルドもロックシードをソニックアローに装填して意識を集中させる。

階段を上ろうとしたところを撃つ。あるいは踊り場付近に矢を放っても強化された状態ならばある程度のダメージを与えることができるだろう。

窓から頭を出した時がチャンスだ。だから狙いを定める。

 

 

「甘いな」

 

 

麻衣は、笑った。

なぜかはわからない。言い訳か、鎮めるためか、超えるためか。

一つだけわかることがあるなら、体のほうが先に動いていた。

屈んだまま振り返る。

握りしめたのは鞘と、柄。

 

 

「覚悟は既に固めている」

 

 

魔力を、込めた。

 

 

「お前に魔法を見せてやろう」

 

 

麻衣は刀を抜いた。

居合切り。その斬撃はシグルドの両足首に直撃した。

 

 

「うがぁぁあ!」

 

 

焼けるような痛みを覚え、シグルドは思わずその場に倒れた。

装甲から煙が上がっている。シグルドは響きわたる悲鳴の中で、感心したように頷いた。

 

 

「はぁ」

 

 

気だるそうに体を起こす。

床についていた手を見ると、べっとりとついた血があった。

シグルドのものではない。周りにいた生徒たちのものだ。

たくさんの人間が足首から下を失って地面に倒れている。

 

 

「やるねぇ」

 

 

しかも、麻衣は居合切りと同時に立ち上がり、窓を突き破って中庭を走っていた。

シグルドが立ち上がったと同時に首を刈り取るつもりだったのだ。

狙いはよかったが、間に合わなかったのは無数の弾丸が襲い掛かってきて急ブレーキをかけたからだ。

ダンデライナーに乗ったバロンが到着したのだ。

麻衣は刀を左手に持って前に出した。れだけでは弾丸を抑えきれないが、そこで麻衣は右手を思いきり振るう。

 

その時、バロンは激しい抵抗感を感じた。

麻衣がさらに力を込めると、バロンがダンデライナーのシートから落ちた。

範囲拡大により、『掴み』のリーチを伸ばしたのだ。

 

バロンが墜落して地面に叩きつけられたのと同じくして、麻衣は跳躍でダンデライナーのシートに跨った。

見よう見まねではあったが機体前方を上にあげてアクセルグリップを捻ると、機体は斜め上に直進する。

そこで麻衣は飛び降りる。

ダンデライナーはどこかに飛んでいき、一方で麻衣はバロンの胴体に着地して、そのまま跳ねた。

 

 

「おいバナナ」

 

 

麻衣は地面に着地すると倒れているバロンを見て、笑った。

 

 

「強者の意味を教えてもらっていいか?」

 

「貴様ァァ……ッ! ナメるなよ!!」

 

「舐める? バナナは齧る派だ。お前も素早く食べられて助かる」

 

「戯言を!」

 

 

バロンは立ち上がろうとするが、そこで屈んでろと声が飛んできた。

言われた通り不動のバロン。その頭上をシグルドが放った矢が通過していく。

麻衣は右足で思いきり地面を踏みつけた。

すると畳型のシールドが出現して矢を受け止めていく。

 

さらに抜刀、畳を切り裂いた斬撃がシグルドに直撃する。

麻衣は返しに刀を下から上に振り上げた。地を伝う斬撃がバロンに直撃して、さらに後ろへ転がしていく。

 

 

「甘い!」

 

 

シグルドはバロンを飛び越えて前に出た。

斬撃をガードしていたようだ。前宙で一気に距離を縮めると、そのままの勢いで切りかかる。

麻衣は刀を横にしてそれを止めた。

二人は武器を何度も振り回し、ぶつけ合う音を響かせていく。

 

 

「オメェは今のままでも十分魔女だよ!」

 

 

シグルドは刃を合わせたまま移動。

火花を散らしながら一旦、背中合わせとなり、すぐにまた振り返りながら斬りあった。

 

 

「人類のために狩り殺さなきゃ、みなさまが安心して眠れねぇ!」

 

 

はじき合った衝撃で麻衣は側宙で後ろに飛んでいた。

 

 

「それでは足りない」

 

 

シグルドはそこにしっかりと矢を合わせていた。

直撃する。普通ならば。

 

 

「私は修羅になる」

 

 

麻衣は手を伸ばした。

範囲拡大。地面の感触がある。肘を曲げ、伸ばしたら麻衣の体が跳ね上がるように上昇した。

だから矢は彼女の真下を通過して後ろにある壁を破壊し、その向こうにいる生徒たちが悲鳴をあげる。

着地した麻衣は刀を思いきり振るった。

 

シグルドはサイドステップで斬撃を回避する。

巨大な鎌鼬は後ろある壁を越えて生徒たちの体を切り裂いた。

 

シグルドは麻衣を狙って矢を放つ。

麻衣がそれを避けると一拍おいて後ろから悲鳴が聞こえてきた。

 

麻衣は刀を二回降る。

シグルドは捉えられない。代わりに二回悲鳴が聞こえて血が中庭に飛んできた。

 

二人は位置を変える。シグルドがソニックアローを振るうと斬撃が発射されて麻衣の首を狙うが、側宙で回避されたため、校舎を突き破って生徒たちを掠めた。

だがまだソニックアローから発射された強化アローがいくつか襲い掛かる。麻衣はそれをすべて刀で切り弾いた。

軌道が変わった矢は二階に当たり、教室を荒らす。

別の矢は三階の壁を突き破り、見知らぬ誰かが悲鳴を上げた。

 

二人は位置を変える。

麻衣の斬撃をシグルドは回避し、斬撃は壁を越えて生徒たちの皮膚を割いて鮮血を噴出させた。

 

 

「先生ェエエエエ!」

 

 

一見すれば間抜けなトーンの叫び声。しかしそこにいた志筑昴はまったく笑えなかった。

野球部のエース、彼の手首の断面を見たからだ。

 

 

「大丈夫だ! とにかく止血を!」

 

 

先生。先生。先生。いつぶりだろうかこれほどの生徒に囲まれたのは。

しかし笑顔は一つもない。口から出る言葉はだいたい同じ。助けて。苦しい。痛い。

女生徒の一人が耳を持ってやってきた。志筑は大丈夫だと叫ぶしかできない。

しかしパニックになっている生徒たちがほとんどのこの状況下でなぜか志筑はどこかで冷静だった。それはきっとこの光景に既視感を覚えているからだ。

 

 

(なんだ……? 何が起こってる!?)

 

 

志筑の視線の先には、倒れている生徒たちに謎の光を当てている海香が見える。

視線は自然と動いていた。彼女と同じく謎のステッキから光を放ち、止血を行っているカオルを見る。里美、亜里紗、茉莉を見る。

知らない筈の少女が、なぜか『わかる』気がする。

あまりにも不思議な光景が不思議じゃないように思えてしまう。

それは二階のトイレにいる鹿目タツヤも同じだった。

気分が悪くなって水で顔を洗っていると、ふと、タツヤは顔を上げた。

 

 

「まどか……?」

 

 

鹿目まどかがそこにいた。

ゾッとしたが、タツヤはすぐにそれが見間違いであることに気づいた。

目をこすり、水を拭うと、鏡の中にいたのは自分だった。

似ているから見間違えたのか? それが、なんだか癪だった。

 

 

「誰なんだお前は……」

 

 

とはいえ、鹿目まどかは、微笑んだまま。

 

 

「!」

 

 

爆発音と悲鳴。

タツヤが慌ててトイレから出ると、壁に穴が開いていて、何人かの生徒たちが血を出しながら倒れていた。

死んでいるのかと息をのんだが、どうやらそうではないようだ。

たとえ肉体の一部が吹き飛んでいたとしても、最速で止血が行われていたため、まだ息があったのだ。

 

血を止めたのは銀色の髪をした少女だった。

天乃鈴音。彼女は何も言わず、ただ中庭で戦う麻衣たちを見つめながらながら作業的に倒れている人間を治療していく。

 

 

「魔法、少女」

 

 

タツヤは無意識に口にしていたため、その存在がなんであるか理解することはできなかった。

 

 

 

 

 

「ハァアアアア!!」

 

場面は中庭に戻る。

バロンが槍を突き出していた。シグルドに気を取られていた麻衣に向けた一撃。

完璧なタイミングではあったが、麻衣の反射神経がそれを凌駕した。

槍の先を掴んだのだ。バロンが力を込めても槍はそこから先に進んでくれない。

 

そうしてると麻衣が頭を前に振った。

範囲拡大にて頭突きがバロンの頭を打つ。

衝撃でバロンは槍から手を離した。

麻衣は素早く槍を持ち直すと、踏み込み、それをシグルドへ投げつける。

 

 

「チッ!」

 

 

シグルドは横に転がり槍を回避したが、それこそが麻衣の狙いだった。

 

 

「グアァアッ!」

 

 

シグルドが槍に気を取られているほんのわずかの隙をついて麻衣は距離を詰めていた。

全力を込めて打ち込んだ突き。

さらにそこで魔法が発動して、文字通り『刀が伸びた』。

剣先はシグルドを押していき、校舎の壁に叩きつけてさらにその奥へと吹き飛ばしていく。

 

 

「どうした! こんなものかアーマードライダー! 私は退屈を感じている!」

 

「黙れ! 俺が屈しない限り、貴様が勝ったわけではない!」『マンゴー!』

 

 

立ち上がったバロンはロックシードを交換してブレードを倒す。

 

 

『カモン!』『マンゴーアームズ!』『ファイト・オブ・ハンマーァ!』

 

 

マンゴーパニッシャーと呼ばれるメイスを引きずってバロンは麻衣のもとへ歩いていく。

数々の斬撃が飛んできたが、バロンはわずかに減速するだけで構わず前に出た。

 

 

「強がりだな!」

 

「試してみるか!」

 

 

麻衣が再び刀を振るったとき、目を見開く。

マンゴーが飛んできた。斬撃を突破して向かってくる。

 

 

「くっ!」

 

 

麻衣は刀でメイスをはじいたが、手がビリビリと痺れるほどの衝撃を感じた。

一方でバロンは走り、はじかれたメイスをキャッチして再び振るい上げる。

そして踏み込み、思いきり振り下ろした。麻衣は刀でそれをガードするが、威力に押し負けて膝をつく。

判断はすぐだ。麻衣は刀を捨てて後ろに飛んだ。

しかしバロンもそこでカッティングブレードを二回倒した。

 

 

『カモン!』『マンゴーオーレ!』

 

 

バロンは武器を持って高速回転。

やがて踏み込むとエネルギーをまとったメイスを思いきり投げ飛ばした。

狙いはいいが、それが麻衣に当たることはない。

前宙で飛んできたカオルがそれを蹴り飛ばして軌道をズラしたからだ。

 

 

「お前らどうかしてる! どうかしてるぞ! 戒斗! 麻衣! 周りを見てみろ!」

 

「見えているさ! そうだろ、バロン!」

 

「当たり前のことを聞くな! 牧、俺たちの目を疑っているのか!」

 

「~~~ッッ!!」

 

 

カオルは歯を食いしばると、振り返り、麻衣を見ると両手を広げる。

 

 

「ならもうやめろ! 洒落にならない!」

 

「だろうな。しかし我々が紡ごうとしているのは喜劇ではない。悲劇なのだから!」

 

 

麻衣はバックステップでカオルから距離を取ると手を伸ばした。

離れたところにある刀を掴み、手元へ引き寄せる。

そして腰を落とすと居合の構えを取った。

 

 

「ハァアアア!」

 

 

声が聞こえ、麻衣は真横を切った。

感触がある。はじかれたのはイチゴの装飾があるクナイだ。

 

 

「邪魔させてもらうぜ!」

 

 

鎧武、イチゴアームズが麻衣に飛び掛かった。

一方でバロンを連打するクルミ型のエネルギー。ナックルが走ってきた。

 

 

「そういうことだ! 大人しくしろ、戒斗!」

 

 

同じ陣営は傷つけ合えずとも衝撃で怯ませることや、掴みかかって拘束することはできる。

ナックルはバロンに殴り掛かり、バロンもそれを防ぐために応戦を開始した。

 

鎧武もバク宙をしながら麻衣のほうに飛び掛かっていく。

その際にクナイを二つ投げており、麻衣はそれを弾きながら鎧武を切り落とそうと狙いを定めた。

しかしイチゴアームズの動きは軽快だ。

斬撃を回避すると、さらにクナイを麻衣の傍に突き刺す。

このクナイはただの刃物ではなく、爆発するようになっており次々と赤い炎が弾けていった。

 

しかし麻衣も既に見切ったのか、クナイを的確にかわしながら距離を詰めてくる。

鎧武がカッティングブレードに手を触れた際、麻衣は急ブレーキをかけた。

 

 

「ッ?」

 

 

麻衣が後ろに飛んで距離をあける。

どうして? 鎧武が疑問に思って周囲を確認したとき、意味を理解した。

上から何かが降ってくる。

クマだ。それは巨大なクマのぬいぐるみだった。

 

 

「よく聞け一同!」

 

 

着地したクマの頭に乗っていたみらいが叫んだ。

クマが剛腕を振るうと、直撃した鎧武がギャグみたいに吹っ飛んで三階の壁を突き破った。

 

 

「うがぁあぁあああ!」

 

 

机や椅子を巻き込みながら鎧武は尚も吹き飛んでいく

教室の壁を粉砕し、さらには向かいの壁も突き破り、校舎の外に放り出されたところでようやっと減速して地面に墜落していった。

 

 

「再確認しておけよ!!」

 

 

クマが腕を振るった。

 

 

「おいおいおいおい!」

 

 

ナックルはクマの腕を両手で止めようとしてみるが、なんのことはなく鎧武と同じようにブッ飛ばされて見えなくなった。

 

 

「このみらい様が! 一番強いんだってこと!」

 

「面白い! 強者というのならば――」

 

 

プチッと音がした。気がする。

バロンがクマに踏みつぶされた。

足を退けてみると倒れたまま沈黙しているので、クマはバロンを掴んで思いきり空の彼方に投げ飛ばす。

彼方にまで吹っ飛ばすつもりだったが、ダンデライナーが猛スピードで突っ込んできた。

乗っていたシグルドはバロンをキャッチすると、ため息をついて飛んでいった。

 

 

 

 

「うッ、ぐぉおぁ……ッ!」

 

 

屋上で黒影は目を抑えていた。騎士の仮面があったとしてもまだ目が痛む。

その痛みがかつてない苛立ちを覚えさせた。こんな筈ではない。

なにもかも。

 

 

「クソッ!」

 

 

黒影は地面を殴った。

まだ足りず、もう一発全力で殴った。固いところに拳を打ち付けているにも関わらず痛みはない。

むしろ地面のほうに亀裂が走り、これを続けていればやがて穴も開くだろう。

地味なことかもしれないが、それで人間を超えた力を手に入れたとわかる。

なのになんで人間の時と同じようなことを繰り返しているのか。

 

 

「初瀬くん」

 

 

黒影は肩をビクっと震わせて後ろを見た。

詩音千里が心配そうな表情をして立っているが、その慈愛があまりにも恐ろしく思えた。

 

 

「大丈夫?」

 

 

彼女は不安そうに黒影を見つめている。

なぜこの状況でそんなことが言えるのか本気で理解できなかった。彼女が得体のしれない何かに見える。

あるいは、だからこそ黒影が未だに燻っている原因なのか。

 

 

「弟がいる。妹もだ……ッ!」

 

 

黒影は槍を持って立ち上がった。

初瀬の家にはまだ小さな弟たちや妹たちがいて、今日も彼の帰りを待っている。

母親が亡くなり、父親も病気で入院している今、初瀬がいなくなれば弟たちはバラバラになってしまう。

そんなのは良くないと、思ってる。

 

もちろん魔法少女たちの死を経てまでかと言われると――、わからない。

だがもう城乃内はいない。

遥香もいない。

 

 

「もう戻れねぇんだよ! わかってんだろ、お前だって本当は!」

 

「ッッ」

 

「どうすりゃいい? あんのか!? 元に戻れる都合いい魔法がよ!」

 

「………」

 

 

千里は何も言えなかった。

あると言えればいいが、おそらくきっとそんなものはない。この世にはそういうどうしようもないことが確かに存在しているのだ。

この今が。フールズゲームがきっとそうだ。

いつかあの日、感じた時のように。

 

 

「初瀬くんって結構、単純よね」

 

 

そう、思ってた。

亜里紗がレイドワイルドに入ったのだってゲームセンターで初瀬と喧嘩したからだ。

格闘ゲームが原因らしい。

リアルファイトにまで発展したということだったが、千里が止めてから五分後、初瀬と亜里紗は腕を組んで海賊の乾杯みたいなやり方でコーラを飲んでいた。

 

初瀬は絵にかいたような不良少年だった。

授業はよくサボるし、態度は悪いし、千里としては苦手なタイプだった。

そんなある日、大雨の日にずぶ濡れになっている初瀬を見つけた。

傘は持っていたはずだが? 不思議に思った千里が聞いてみると、子犬が捨てられていて濡れると可哀そうので傘を置いてきたという。

お腹がすいている筈だから今からミルクと毛布を買って戻るのだという(城乃内の金でだが。本人はゲームセンターで使いすぎたらしい)

 

 

「子犬にやさしい不良って。なにそれ、昭和? 笑っちゃう」

 

 

クスっと、千里は笑った。

案の定、ミルクを与えた後はどうするか考えていなかったので、千里も一緒に引き取ってくれる人を探した。

別の日には初瀬が亜里紗とみらいを引き連れて他校の生徒と喧嘩をしたと聞いた。初瀬と亜里紗が暴れて散らして、みらいが誰かの頭に噛みついたのだという。

なんでそんなことをしたのかと理由を聞いたら、同じチームの仲間がやられたからだという。

だからって暴力はいけない。

千里は劣化のごとく彼らを叱ったのを覚えている。

 

 

「あれは覚えてる?」

 

 

ある日の挨拶運動で、高等部の上級生を注意したら逆ギレされた。

こんなことをしても意味がないと少しキツめに言われたのだが、そのとき後ろから初瀬の声が飛んできたのだ。

 

 

『そんなことねーぞ』

 

 

初瀬はそう言ってその生徒を睨みつけた。あれだけ着崩していた制服をかっちり固めて。

千里は感動したが、翌日になると初瀬は制服を着崩してアホ面で登校してきたものだから、叱ったのを覚えている。

 

 

「バカね。その日だけ直せばいいってものじゃないのに」

 

 

千里は、両耳のピアスを潰した。

二つのソウルジェムが破壊されたことにより、魂の場所が肉体へ戻る。

それだけではなく、わかりやすいように変身を解除した。

そうやってただの弱い人間である千里は槍を向けている黒影に微笑みかける。

 

 

「初瀬くん」

 

「……ッッ」

 

「信じてる」

 

「ぉお……ッ! オオオオオオオオオオオオ!」

 

 

黒影は耳障りなものを消すために走り出した。

 

 

「………」

 

 

亜里紗は屋上にやって来た。

 

 

「………」

 

 

真顔で立っている。

 

 

「ハァ! ハァッ! ぐ……ッッ! ゼェ! ゼェ!」

 

 

黒影が肩で息をしていた。両手でガッチリと槍の柄を掴んでいる。

マツボックリの装飾の先にある刃からはボタボタと血が垂れていた。

それは亜里紗の視線の先、倒れていた千里の胸から流れ出たものだ。

まさか。亜里紗は一瞬そう思ったが、そんな馬鹿な話はありえないので、ありえない筈だった。

 

 

【詩音千里・死亡】

【魔法少女陣営:残り10人】【騎士陣営:残り10人】

 

 

気が付けば亜里紗は走っていた。

走って、跳んで、膝を出す。

当たった感触。着地すると同時に全力で黒影を殴った。

 

 

「初瀬ェエエェエエエッッ!!」

 

 

亜里紗は柵にぶつかった黒影の首をつかんで引き戻すと、地面に引き倒す。

そして馬乗りになるとありったけの力を込めて殴り続けた。

 

 

「どんな気持ちでッッ、千里がアンタのことをォオ!」

 

「グッ! ガァア!」

 

「それを! アンタはァアア!」

 

 

亜里紗は黒影の仮面を叩き割るつもりで拳に力を込めた。

 

一方、中庭のほうでは茉莉がみらいに取り押さえられていた。

よくないことをしようとしたからだ。

しかし茉莉は手を伸ばした。

 

 

「カオル!」

 

 

同じチームだったためか、カオルとアイコンタクトで意思疎通が取れた。

茉莉が手のひらから発射した光球を、カオルが空に向かって蹴り飛ばす。

それは猛スピードで空に昇ると、やがては爆発して大きな花火が学校を照らした。

 

むろん、これは魔法の発動するために準備でしかない。

光が場所を、人を照らす。

すると茉莉の頭にあったお団子型のレーダーが作動して捜し人がどこにいるのかを把握することができた。

 

 

「ザック! 屋上!」

 

 

茉莉が全力で叫ぶと、それに応える声が聞こえた。

ナックルがダンデライナーに乗って屋上へ向かう。

クマに投げ飛ばされた彼は、茉莉が受け止めていた。さらにそこへシグルドが通りかかり、もう一機ダンデライナーのロックシードを譲ったのだ。

それに乗って屋上へ飛び込み、ナックルは機体から飛び降りて亜里紗に掌底を打ち当てた。

彼女が怯んで後退していく隙に黒影の腕をつかむと、再びダンデライナーに戻って二人乗りで学校を後にした。

 

 

「裏切りものが!」

 

 

みらいは茉莉を蹴り飛ばす。

 

 

「よせ! みらい!」

 

「どうして庇う! アイツ、騎士を助けるようなことしやがって!」

 

「それが普通だろ! 違うか!?」

 

「しかし騎士は詩音を殺した。違うか?」

 

「それは――ッ! でも……ッッ!!」

 

 

カオルが目をそらした。その先に疲労している海香が見える。

 

 

「言い争っている暇があるのなら治療を手伝ってちょうだい。さっき鈴音と里美に会って手伝ってもらったけど、まだ足りないわ」

 

 

奇跡のような話だが、どうやら死人は出ていないようだ。

海香が広範囲にわたる回復魔法をかけたというのもある。

とはいえ肉体の一部を欠損したものや重傷のものがいるのは事実だ。

既に救急車や、ユグドラシルの救護班も到着しているが見捨てて帰ることはできない。

 

 

「詩音の死体を見ていかなくていいのか? 交流があったんだろう?」

 

 

海香は眼鏡を整える。兄の死が脳裏によぎった。

 

 

「……もう、消えてるわ」

 

 

その通りであった。

千里は亜里紗の腕の中で粒子化した。

先ほどは頬に落ちていた涙の粒が屋上の床に落ちる。

 

 

「千里ぉ……」

 

 

亜里紗は泣いていた。

あの時、魔法少女になる前もずっと泣いていた。

いじめられていた彼女は、いつも独りぼっちで泣いていた。

そんな彼女を見つけたキュゥべえが語りかける。魔法少女にならないか? と。

だから亜里紗は『もっと強くなりたい』と願い、契約を成立させたのだ。

 

そこからの彼女は傍若無人の一言に尽きる。

魔法少女となった彼女は無敵だった。

誰も彼女に逆らえない。好き勝手やっても誰にも文句を言われない。

そうやって暴君となり、優越感に浸っている時に千里と出会った。

 

いつも通りボコボコにしてやると意気込んだが、逆にボコボコにされてしまった。

その時、亜里紗はまた泣いた。

殺されると思ったからだ。こんな悪い人間は地獄に落ちるのがふさわしいと思った。

しかし千里は亜里紗を傷つけることはなく、むしろ手を差し伸べてきた。

 

 

『一緒に、力の使い方を学びましょう? ね?』

 

 

亜里紗は笑顔でその手を取った。

千里がいたから今の自分がいると思っている。

彼女は親友だった。

 

 

「……え?」

 

 

千里は素晴らしい人間だった。

弱っている人を見つけて、声をかけてくれる。

 

 

「えぇ?」

 

 

亜里紗だけではない。

彼女も同じだった。

彼女は苦しみ、怖がっていたから。

 

 

『みんなきっと私を疑ってる……ッ!』

 

 

そうやって震えていると、千里は声をかけた。

 

 

『そんなことないわ。少なくとも私はそんなこと欠片も思ってないわ』

 

『ほ、ほんとう……?』

 

『当たり前じゃない! 不安なの? ふふふ、可愛いわねっ』

 

『だって不安にもなる! 奏先輩があんな――』

 

 

ボロボロと泣いていたら、千里は優しく抱きしめてくれた。

 

 

『大丈夫。大丈夫だから。絶対に大丈夫。不安なら私が守るから』

 

『ほん、とう?』

 

『もちろん。だから困ったらいつでも私を頼ってね』

 

 

頼ってね。

 

頼る。縋る。傍にいる。

 

頼る。

 

頼ってって。

 

頼りたいから頼ろうと思ってたよららららあららあぁららら

 

 

「あえぇ?」

 

 

"里美"は、首を傾げた。

彼女が今日、この学校に来たのは千里が誘ってくれたからだった。

本当は怖くて引きこもっていたかったが、ナイトフェイズもあるからと千里が迎えに来てくれたからだった。

千里がいればと里美は了解したのに。

じゃあ、ほら、千里はどこ?

 

 

「頼ってって……、言ったじゃなぃ」

 

 

うそつき

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ピィイイイイイイイイイイ!』

 

ホイッスルの音が煩い。

茉莉と海香が防御魔法を張らなければ生徒たちの鼓膜は破れていただろう。

生徒たちがパニックになって逃げていく。ちょうどそこで魔女結解が中庭を包みこんだ。

 

 

「里美よ!」

 

 

亜里紗が着地する。

カオルや海香は青ざめて魔女・『ワイニーアーマー』を見た。

ドレスを着た頭がホイッスルの魔女である。右手が鞭になっており、さっそくそれを振るって魔法少女たちを殺そうとしてくる。

 

 

「里美……ッ」

 

 

みらいは目を細めた。

迫る鞭がバラバラになった。そこには麻衣が立っている。

 

 

「諦めろ。残念だがもう助からない」

 

「そんな……ッ! ちくしょう!!」

 

 

カオルは諦めきれずワイニーに飛びついて説得を試みる。

あきらめるな。声が聞こえるか? 魔女に乗っ取られるな。

そんな言葉を並べてみたが、帰って来たのは爆音の衝撃波だった。

 

 

「ぐあぁぁあ!」

 

 

カオルが地面を転がっていく。

彼女に駆け寄る者と、魔女に向き合う者。

麻衣は腰を落とし、居合の構えをとった。

 

 

「!!」

 

 

しかし麻衣は攻撃を中断するとすぐに後ろに飛んで距離をとった。

光の矢が魔女に直撃して爆発を起こしたのだ。

麻衣は目を細める。視線の先にはたった一人で歩いてくる騎士がいた。

 

 

「………」

 

 

斬月・真。

ソニックアローの弦を引いて手を離すと、(やじり)の部分から幾重ものレーザーが発射されて魔女に直撃していく。

 

 

『ビィィイイイイ!』

 

 

魔女が苦しげな声をあげた。

カオルは思わず助けに走ろうとするが、そこで麻衣に腕を掴まれる。

 

 

「さっきも言ったが、もう間に合わない」

 

「でも!」

 

「任せよう。我々には魔力がある」

 

 

既に魔法少女たちには伝えられている特殊ルール。

ゲーム開催中は、グリーフシードを使用せずとも0時を迎えると同時にそれまでに蓄積された穢れは全て払われるようになっていた。

しかしナイトフェイズも控えているため魔力は温存しておきたい。

それぞれ、生徒の止血にかなり魔力を割いてしまっている筈だ。

 

 

「なにより、覚えておけ」

 

「え……?」

 

「おそらく、ヤツが騎士の中で一番強い」

 

 

ワイニーが斬月のほうを向いた。

鞭を再生させて振るうが、わかっていたこととはいえ、斬月に触れる前にバラバラになる。

それだけではない。気づけばワイニーの腕が体から分離して地面に落ちていた。これでは鞭を再生させることができない。

 

ワイニーは恐怖した。

故に、猫の形をした使い魔が大量に生み出される。

それらは一斉に斬月へとびかかり、爪や牙で鎧ごと粉々にしようとするが――

 

 

【メロンエナジースカッシュ!】

 

 

オレンジ色の光があった。

回転切りから発生する斬撃がすべての使い魔を蒸発させる。

エネルギーはまだソニックアローのリムに纏わりついている。

斬月が弓を振るうと、斬撃が発射されてワイニーの体をバラバラに切断した。

 

ホイッスルの頭部が落ちる。

同時に、『檻』になっていたスカートの部分が開いた。

そこにいたのは魔女の本体である里美の面影を残した小動物だ。

涙目でブルブルと震えており、斬月を見るやいなや脱兎のごとく逃げ出した。

 

 

「少女ではない」

 

 

カオルは目を見開いた。

一瞬でワイニーが首と胴にわかれた。

次の瞬間、二つになった体にそれぞれ一本ずつ、光の矢が突き刺さる。

 

 

「薄汚い、魔女だ」

 

 

ワイニーは断末魔と共に爆発して砕け散った。

魔女結解が取り払われていき、元の学校に戻る。

 

 

「私は、貴様らを根絶やしにする」

 

 

それは紛れもない、宣戦布告。

その瞬間、麻衣の体がブルっと震えた。

恐怖ではない。きっと。

恐怖ならば頬を紅潮させるものか。

 

 

「面白い……!」

 

 

麻衣は、確かに笑みを浮かべていた。

自分でもすぐに言葉選びを間違えたと思う。

しかし麻衣はあの時あの瞬間、魔法少女になるための願いを思い出した。

強い者と戦いたい。

そうか、ようやく叶うのかと彼女は期待を抱く。

 

 

「がぁああ! うっざい! 今ここで死ねッッ!」

 

 

みらいは大剣を構えて走っていくが、斬月は矢を上に放った。

すると巨大なメロン型のエネルギーが出現し、それが割れて矢の雨が降り注ぐ。

みらいは舌打ちと共に立ち止まった。

矢の雨の向こうで斬月は踵を返し、消えていった。

 

 

 

沢芽パーク。

休憩所で光実はブドウジュースを飲み、沙々はソフトクリームを食べていた。

 

 

(他人の金で食うソフトクリームが一番うめぇ! おら! 見ろッ! 露骨な私の舌技を見よ!)

 

 

沙々がチョコソフトをベロリンベロリン舐めていると千里死亡のアナウンスが流れてくる。

 

 

(げッ、マジかよ。味方が逝っちまった。なんだよ使えねぇ! 千里……? あぁあのケツ女か)

 

 

とはいえ、これはチャンスでもある。

沙々は一気にコーンを頬張ると光実の背後にまわって背中を摩る。

 

 

「大丈夫? 光実くん」

 

「う、うん。ありがとう……」

 

「わたし、怖い、です」

 

「わかっていたこととはいえ、やっぱり誰かが戦ってるんだね」

 

「だいじょうぶ。わたしが傍にいますから。だからお願い」

 

「え? あ……」

 

 

沙々は光実を後ろからギュッと抱きしめた。

 

 

「傍にいてください」

 

「……うん」

 

「二人で一緒に震えれば、怖いけど、怖くないと思うから」

 

 

二人はしばらくそのまま動かなかった。

 

 

「!」

 

 

だがやがて、沙々が後ろを見る。

 

 

「あれ?」

 

「どうしたの、沙々さん」

 

「いえ、あのっ、ちょっと今、蝶々が視界の端に入った気がして」

 

 

光実も後ろを見るが、それらしきものは見当たらない。

 

 

「いないね」

 

「はい。青くて綺麗な蝶だったから、光実くんにも見てほしかったなぁ」

 

 

気のせいだったのか?

少し違和感を感じたが、特に気に留めることはなかった。

だが沙々は見間違えてはいない。蝶は確かに存在していたのだ。

 

 

「みんな頑張っててお姉さんとーっても嬉しいっ!(*'▽'*)」

 

 

観覧車の一番上のゴンドラの上に、その女は座っていた。

女は常に頂点にいて、座っていた。

水色と黒の派手な服を着て、髪にも水色のメッシュがあった。

 

 

【宇佐木里美・死亡】

【魔法少女陣営:残り9人】【騎士陣営:残り10人】

 

 

やがて、そのアナウンスが流れた時、女は唇の端を吊り上げた。

 

 

「えーん。魔法少女ちゃんが死んじゃいましたぁ。しくしくっ! しくしくっ!(´;ω;`)」

 

 

蝶がいる。

蝶はいない。

それは、胡蝶の夢なのか。

 

 

「フールズゲームはとーっても大変だけど肩の力を抜いて頑張ってねっ! 生きるも死ぬも、すべては最初から決まっていることなんだから」

 

 

スマートレディは足を組み変えると優しく微笑んだ。

 

参加者へ。

 

世界へ向けて。

 

 



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第四話 この世は無常

すいません。
この更新を最後に、しばらく間があくと思います。
なるべく早くしようとは思いますが、おそらく来月になるでしょう。



 

 

「仕留め損なった! お前らのせいだ!」

 

 

学校でみらいは憤っていた。

カオルと茉莉が騎士サイドを助けるような立ち回りを続けたせいで誰も殺せなかったばかりか千里を失うはめになったのだ。

 

 

「でもっ、だってそれが普通でしょ!? マツリは嫌だよみんなで傷つけあうなんて……!」

 

「まだそんなことを言うか!」

 

 

みらいは噛みつかんとの勢いだったが、それを麻衣が抑える。

 

 

「気持ちはわかるが……、果たして理想だけを追いかけていけるものだろうか?」

 

 

麻衣の視線を受けて海香が手を挙げた。

 

 

「一応、なんとかできないかは調べているわ。私の魔法は情報を集めることだから」

 

「結果は?」

 

「ハッキリ言うと全然ね。このゲームはきっとインキュベーターのみで行われているのではないと思っているけれど……」

 

 

可能性があったのはやはり『魔法少女X』の存在だ。

キュゥべえたちのやり方があまりにも今までとは違っている。

何者かが『願い』の力を使ってゲームのフィールドを作ったとなれば説明はつくだろう。

 

 

「しかしインキュベーターは宇宙の使者なんだろ? 貴重なエネルギー源が減るという願いを容認するものだろうか?」

 

「でも現にスカラーキャノンは魔法少女を殺していてよ? たとえば殺害した魔法少女たちから得られるだろうエネルギーの総計を、このゲームを通して得られるエネルギーが勝っていたとしたら……」

 

 

あるいは――、海香はそう続ける。

 

 

「たとえば魔法少女よりももっと大きな存在が絡んでいるだとか」

 

 

海香は昨日の夜に千里の解除魔法や、茉莉の把握魔法でXを探知しようとしたが無理だった。

そんな存在はいないか、あるいは魔法を超える力を持った何かがいるのか。

 

 

「気になったのはガーデンシリーズね。あれをインキュベーター用意したとは思えない」

 

「宇宙人みたいなもんだし! 宇宙船の一つや二つあってもおかしくなくない? そこでロボとか作れるっしょ!」

 

「そうだけれど、参加者をランダムに減らすかもしれない戦闘マシーンだなんて、やけに感情的な装置だと思わない? そもそもこの戦いに名付けられたゲームという部分が引っかかるわ」

 

「確かに。感情がない連中が仕掛けるものとは思えないな」

 

「ジュゥべえも感情があるように見えて、疑似的なもの、つまりは偽りだからな」

 

「そういえば、ジュゥべえといたサガラってのは?」

 

「そちらも調べたけど、サガラはユグドラシルの社員らしいわ。向こうはしばらくインキュベーターと繋がっていたらしいから」

 

 

海香はもう一つ、黄金の果実という存在が気になるという。

 

 

「キュゥべえならもっと直接的な方法で願いを叶えられるのではなくて?」

 

「だが、第三者の介入があったとして、どうやってそれを止める」

 

「それは……」

 

「思考停止と言われても仕方ないが、向こうが宣戦布告をしてきた以上、戦いは続く。協力ができればいいが、初めに手を出したのはコチラだ」

 

 

茉莉はビクッと肩を震わせた。

 

 

「平行線だ。キミたちも、いずれ答えは一つしかないと気付くさ」

 

 

そういって麻衣は踵を返した。

みらいも一瞥して同じように歩いていく。

そうすると屋上から亜里紗が降ってきた。着地を決めるやいなやズカズカと歩きだす。

 

 

「亜里紗……」

 

 

亜里紗は茉莉の前で停止する。

 

 

「ひっ!」

 

 

茉莉は肩を竦めた。

叩かれると思ったが、意外にも亜里紗が取った行動はハグであった。

つまり亜里紗は茉莉を抱きしめて、頭を撫でたのだ。

 

 

「ごめん。茉莉」

 

「……え?」

 

「血がのぼってた。止めてくれてサンキューね。カオルも」

 

「あ、ああ」

 

 

亜里紗は複雑な表情をしていた。

千里が死んで悲しいし、もちろん彼女を殺した初瀬に対する凄まじい怒りもあった。

しかしそれでも彼女はなんだか曖昧な表情で、それ以上のことを語ろうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

茉莉(アレ)、ウザくない?」

 

「そう怒るな。せっかくの食事が不味くなる。あ、ありがとうございます」

 

 

カウンター席。麻衣の前に味噌ラーメンセットが置かれた。

隣にいるみらいには、にんにくチャーシュー鬼盛セット・ギョーザ付きが置かれる。

みらいはさっそくチャーシューをおかずに白飯をガツガツと貪り始めた。

 

一方、二人から三席離れたところに、鈴音が座っていた。

他に客はいない。

麻衣に話があると呼び出された。深刻な表情だったのでついてきてみればラーメン屋である。

 

 

「みらい様のおごりだから、何でも食えよ! ボクと一緒にする?」

 

「じゃあそれに野菜抜き、ニンニク抜き、チャーシュー抜き、麺抜きで」

 

「それの何が美味いんだよ!」

 

 

鈴音はスープに浸かったメンマを口に運び始めた。

 

 

「確かに、何も食べなくても生きていけるが、魔力を消費するだろ」

 

「大した消費量じゃないわ。0時には回復もする。むしろ体が重くなって戦いの邪魔」

 

「それは、そうだが……」

 

 

麻衣は汗を浮かべていた。追加注文した豚キムチとからあげが届いたばかりである。

 

 

「からあげ……、たべるか?」

 

「マジ? 食べる食べる!」

 

 

麻衣がからあげを差し出すと、みらいは躊躇なく口に放り込んでいった。

 

 

「うめーッ!」

 

「それはよかった。どうだ、体調は?」

 

「え? べつに、なんともないけど」

 

「精神的な面というのか」

 

「ああ、そっち」

 

 

みらいは構わず麺をズルズル啜っていた。

 

 

「ムカツク奴は死んでもなんとも思わないよ。学校はそんなヤツばっかりだったし、そうじゃないのはちょい気持ち悪いけど……、よくわかんない」

 

 

チームレイドワイルドは悪くなかった。

でも本当の意味で、心の奥にあるものを刺激していたのだろうか?

 

 

「ボク、昔はエグいくらいの陰キャでさ。今の自分が見たら殺したくなるくらい、ボソボソ喋るゴミ女だったんだよね」

 

 

でも魔法少女になって、テディベアの博物館を造って、強くなって。

初瀬たちと出会って、ダンスをして……。

少しずつ自分の中にあるモヤモヤが発散されていったような気がしていた。

その筈なのに殺し合いってわかった時も、どこか心は冷えていた。

 

 

「悲しいはずなのに涙は出ない。狂ったように叫んでゲームを止めたいって思えない」

 

「………」

 

「そっちはどうなのさ?」

 

「楽ではない。当然だ」

 

「ふーん」

 

 

麻衣は目を丸くした。皿の上に餃子が置かれたのだ。

 

 

「あげる」

 

「ああ。ありがとう」

 

「嫌いじゃないよ。スカッとしてるし、ウジウジしてるヤツよりよっぽどいい」

 

 

そこでみらいは鈴音を睨んだ。

 

 

「でも、お前はいくらなんでも暗すぎ」

 

「………」

 

「無視ですか。くぁー、やだやだ。やな女」

 

「まあまあ。鈴音だったな? いくつか質問してもいいかな」

 

「………」

 

「キミは一応、参戦派(コッチ)の側とみてもいいんだよな?」

 

「今のところは」

 

「この戦いが始まる前からキミは魔法少女を……、だろ? それはなぜ」

 

「正しいことだから」

 

「一理ある。しかし楽なことではないし、キミが背負うものでもなかったはずだ。ある種の自己犠牲の果てに望むものがあったのか?」

 

「………」

 

「お前にとって、今、一番大切なものはなんだ?」

 

 

鈴音は少し間を置いた。

麻衣は答えが返ってこないものと思っていたが、やがて鈴音は口を開いた。

 

 

「一番大切だった人は、もう死んだわ」

 

「……そうか。参加者だったのか?」

 

「意外に、お喋りね。朱音麻衣」

 

「知りたいんだ。何がその人間の強さとなるのかを」

 

「それが貴女の理由?」

 

「友人がいた。リナ、京、美緒、双葉という。スカラーキャノンでみんな死んだがな」

 

 

麻衣は泣かなかった。泣けなかった。

 

 

「誰も守ることができなかったのは私が弱かったからだ。だったら今まで私が追求してきたものが間違っていたのか? これがなかなか……、認めたくない」

 

 

今、立っているところより、さらに上にいく強さの理由(ワケ)を知ることができたなら、何かが変わるかもしれない。

そしてその先に待っているのはきっと――

 

 

「言葉を信じるなら、確かなことがある」

 

「?」

 

「騎士を全員殺せばリナたちは甦る。そして鈴音、キミの大切な人もだ」

 

 

鈴音は無言だったが、確かに頷いた。

 

 

「新世界へ行こう。共に」

 

 

鈴音はその時、みらいが傍に立っていることに気づいた。

 

 

「チャーシュー、あげる」

 

 

ポチャンと、ラーメンスープの中に肉が一枚。

 

 

「……抜いたの、聞いてたでしょ」

 

「やれやれ、そこは受け取るのが粋、というものなんだがな」

 

 

麻衣は困ったように笑い、鈴音の代わりにみらいのチャーシューを食べた。

 

 

 

 

 

「わざわざ宣戦布告することもなかったのに」

 

ユグドラシルコーポレーション。凌馬の部屋に、貴虎たちはいた。

 

 

「魔法少女づてに沙々くんの耳に入ったら面倒だ」

 

「許せ。一つの矜持だ」

 

「ノブレスオブリージュとやらかい? エゴを通すのも凡人の証だよ、貴虎」

 

 

不意打ちで少女たちを殺していくやり方は性に合わないということなのだろう。

 

 

「だが悪くない。戦いが加速してくれるのはコチラとしても助かる。そもそも茉莉という少女が藤果くんを殺したとは思えないが……」

 

「あら、女は役者よ。プロフェッサー」

 

 

そこでスーツを着た女性、(みなと)耀子(ようこ)がニヤリと笑った。

彼女の意見を聞いて、凌馬はなるほどと肩を竦める。

 

 

「だそうだ。しかしいずれにせよ真犯人も魔法少女だろう。全滅すればそれで藤果くんの仇は取れるさ」

 

 

そうしていると騒がしい声が聞こえてきた。

部屋に入るシド。その後ろに紘汰が続き、さらにザック、初瀬、戒斗と続いた。

 

 

「そう怒んなよ。生徒の皆様には最高の治療ができる病院を紹介したし、一生遊んで暮らせる慰謝料もつけといたんだから」

 

「そういう問題じゃねぇだろ……ッ! 腕が斬り落とされたヤツまでいるんだぞ!」

 

「お礼を言われたぜ? 父親の店が倒産したばかりで、路頭に迷わずに済んだって」

 

「ッッ!」

 

「腕一本の値段だよ。そら、当然だわな」

 

 

紘汰は黙った。

しかし初瀬と戒斗の口は閉じない。

紘汰とは違う要求があったからだ。

 

 

「そういうのはな、俺じゃなくてプロフェッサー凌馬に頼めって」

 

 

シドが丸投げしたことで初瀬と戒斗の視線が凌馬に向けられる。

 

 

「アンタが戦極ドライバーを作ったんだってな」

 

「ああ。あの電子音とか、なかなかだろう?」

 

「ンなこたァ、どーでもいい! もっと強いロックシードをくれ!」

 

「同感だ。ビートライダーズの戦いがなくなった今、ロックシードをしぶる理由はないだろ」

 

「……フム、戦極ドライバーで使用するロックシードにももちろんランクはあるが、やはり一気に強化したいとなればコチラのほうがいい」

 

 

そういって凌馬は二つ、ゲネシスドライバーを置いた。

 

 

「ただしオススメはできない。私たちはあくまでもゲネシスの性能についてこれるだけの肉体を手に入れてから使用している。なんの訓練も受けていないキミたちでは――」

 

「うるせぇ! なんだっていい! つべこべ言わずに寄こしやがれ!!」

 

 

初瀬はゲネシスドライバーを奪うように手にすると、すぐに装着してみせた。

するとバチバチとエネルギーが迸り、絶叫しながら転げまわった。

やがてゲネシスドライバーが強制的に分離すると、糸が切れたように大人しくなる。

その中で何度もせき込み、やがては吐血にまで至る。

 

 

「あーあー、だから言ったのに」

 

「ハァ! ハァ! うるッ、せェ! なんのこれしき――ッ!」

 

 

再び初瀬はゲネシスドライバーに手を伸ばし、腰に装着したが、同じような流れの後にゲネシスドライバーは体からはじかれて床に落ちた。

初瀬は再び血を吐いて崩れ落ちる。

 

 

「お、おい! 大丈夫か初瀬!!」

 

「ちぐじょうッッ、なんなんだごれ……ッッ!!」

 

 

初瀬は再びゲネシスドライバーに手を伸ばすが、ザックが慌てて奪い取った。

 

 

「やめとけ! これ以上はマジでヤバいぞ!」

 

「黙れザック! 魔法少女どもをぶっ潰すには、ソイツが必要なんだよ……ッ!」

 

「だったら尚更、渡すわけには――」

 

 

と、思ったが、ザックの手からゲネシスドライバーがすっぽ抜けた。

戒斗が奪ったのだ。ザックが口を開く前に、戒斗はそれを腰へ持っていく。

迸るエネルギー。バチバチと音を立て、戒斗もわずかに表情を歪ませた。

しかし初瀬の時と違っていたのは、戒斗は立ったままだということ。

やがて彼は目をゆっくりと開き、ポカンとしている一同を睨む。

その腰には、未だにゲネシスドライバーがあった。

 

 

「これでいいのか?」

 

「ほお! こいつぁ、驚いた!」

 

「そんなまさか!」

 

 

シドや湊は、わかりやすい驚愕の表情を浮かべている。

貴虎も少し表情を変えた。戒斗のやったことがいかに珍しいかは、ゲネシスに適応するために訓練を受けた者が一番わかるということなのだろう。

最先端の機械を使ったこともある。

そうやって長期間、肉体を作って、ようやっと適応できたというのに戒斗は一瞬でそれをものにして見せたのだ。

これには凌馬も自然と拍手を送っていた。

 

 

「素晴らしいねぇまさかこんな逸材がいたとは。私たちの時よりは多少改良してリジェクションを抑えたとはいえ、いやはや……!」

 

「つまらん世辞などいらん。俺が欲しいのは強者たる証明! さっさとロックシードを貰おうか」

 

 

凌馬は頷くと、デスクからレモンのエナジーロックシードを取り出して戒斗へ投げた。

 

 

「使い方は湊くんから聞いてくれ」

 

「………」

 

「湊くん?」

 

「失礼しました。さあ来なさい駆紋戒斗。ドライバーとソニックアローの使い方を教えるわ」

 

「必要ない。もう見て覚えた」

 

「そう言わないで。さあ来て」

 

「おい!」

 

 

湊は戒斗の腕をつかむと、強引に引っ張って部屋を出ていく。

 

 

「本当に驚いたわ。まさかいきなりゲネシスドライバーに適応するなんて」

 

「……フン」

 

「普段から運動はしているの? どれくらい? 何分、何時間? 好きなものはある?」

 

「なんだと?」

 

「好きな言葉はある? どんなものを普段は見ているのかしら? 学校にはちゃんと行っていたの?」

 

「なんだ貴様は! なぜそんなことを答える必要がある!」

 

「興味があるのよ、貴方にね。好きな人間のタイプは? どんなメスを孕ませたいと思う?」

 

 

湊の目がギンギンに見開いている。

その後も質問攻めは続くのだが、場面は凌馬たちのところに戻る。

 

 

「さて。予想外の流れにはなったが、正直、初瀬くんのほうが正しい状況ともいえる」

 

 

そういうと凌馬は別のアイテムを取り出した。

 

 

「それは……?」

 

「ゲネシスコア。戦極ドライバーでもエナジーロックシードの力を使うことができるコネクタースロットだよ。性能は落ちてしまうが代わりにリジェクションがない。一応人数分は用意してあるが……、初瀬くんは無理そうだね」

 

 

凌馬が連絡を入れると、すぐに社員が担架で彼を医務室に運んでいった。

凌馬は、紘汰たちにレモンのエナジーロックシードを渡して、使い方や効果の説明を行っているが、ちょうどそこで警報が鳴った。

 

 

「沢芽に散らばらせている社員にガーデンシリーズ見かけたら至急連絡を入れるようにと伝えてある。これがその合図だ」

 

「つまり――」

 

「そう、ナイトフェイズの開幕」

 

 

 

 

 

 

「ただいまぁ」

 

かずみは弱弱しく呟いた。

夕食を軽くとってからチームガイムのアジトにいって荷物を抱えて帰ってきたのだ。

隣にはチームメイトの佳奈美もおり、その後ろにはカオルと海香の姿もあった。

 

 

bon retour(おかえりなさい)、かずみ! みんなも!」

 

 

凰蓮の力強い返事が聞こえてきた。どうやらケーキを焼いていたらしく、甘い香りが一同を出迎える。

 

 

「いろいろあったでしょう? ほら、お食べなさい!」

 

「いいの!?」

 

「あたりまえよ。子供なんてね、ちょっと甘いのを口に入れたらそれで調子が良くなるんだから」

 

「手を洗ってくるね!」

 

 

そう言ってかずみは洗面所のほうへ駆け出していくが、やはりカオルたちの表情は重たい。

 

 

「いいのか? 凰蓮さん」

 

「………」

 

 

凰蓮はため息をついた。

 

 

「いいも何も。貴女たちはこの家に住んでいるのと同時に私の客でもあるわ。佳奈美だって家には住んでいないけど、何度もワテクシが作ったお菓子を買ってくれたわよね。パティシエがお客を傷つけるなんて言語道断ではなくて?」

 

「それは……」

 

「そうね、ありがとう凰蓮さん。カオル、佳奈美、ありがたく頂きましょう」

 

「うんっ! そうだね、スイートポテトはあるのかなぁ?」

 

 

一瞬、和やかな雰囲気にはなったが、凰蓮はすぐに目を光らせる。

 

 

「貴女もどうかしら! それとも、ケーキはお嫌い?」

 

「………」

 

 

天乃鈴音は無言で歩き、変身して剣を構える。

 

 

「よせ! 鈴音!」

 

 

カオルはすぐに鈴音の前に立ち、両手を広げるが――

 

 

「戦う気がないのならそこで見ていて」

 

 

陽炎。

幻のように消え失せ、カオルの背後で実体化する。

 

 

「カオル! ここはお願い! 私は念のために!」

 

 

海香も変身して、すぐにかずみを守りに走る。

同時に鈴音も走った。カオルも追いかけるが、おそらく間に合わない。

 

 

「とんだ悪ガキがいたものだわ。教育してさしあげましょうか」『ドリアン!』

 

 

だが、動いていたのは凰蓮も同じだった。

ロックシードを起動すると、すでに装着していた戦極ドライバーへセットする。

 

 

「変身」『<<<♪>>>』『ドリアンアームズ!』『ミスタァー・デンジャラース!』

 

 

騎士(アーマードライダー)、ブラーボ。

ドリノコと呼ばれる双剣を取り出すと、一礼を行う。

 

 

「さあ、始めますわよ! 破壊と暴力のパジェントを!!」

 

 

店を飛び出したブラーボ。同時に鈴音は加速した。

スピードに乗せて突きを放つが、そこで聞こえるヒラリという声。

 

 

「!」

 

 

避けられた。鈴音はもう一度、ブラーボの心臓を狙って剣を突き出す。

 

 

「ヒラッ!」

 

 

舌打ちとともにもう一度。

 

 

「ヒラッ! ヒラヒラ! ヒラーリッ!」

 

 

ブラーボはわずかなステップと最小限の身のこなしで鈴音の剣を回避していく。

それだけではなく、その中に交えたカウンター。

気づけば体の傷は鈴音のほうが上だった。

 

 

「陽炎」

 

 

鈴音が消える。

ブラーボは手の甲で背後を叩く。

すると鈴音がうめき声と共に後退していった。

 

 

「………」

 

 

鈴音は表情を歪めた。

未来予知の類ではない。鈴音が消えてから現れ、剣を振るうまでの僅かな時間でブラーボは鈴音にカウンターを仕掛けたのだ。

 

 

「炎舞」

 

 

鈴音が呟くと、周囲に炎の剣が浮かび上がり、それらが一斉にブラーボに向かっていく。

 

 

「凰蓮さん!」

 

 

カオルが叫んだ。

炎の剣が次々にブラーボへ刺さっていくのだ。

しかしよく見ればどうだ。刺さったのは剣先だけであって、アーマーを貫通するには至っていない。

 

 

「あら、お勉強が足りないわね」『<<<♪>>>』『ドリアンスカッシュ!』

 

 

ブラーボが剣を振るうと、衝撃波で炎の剣が消し飛ぶ。

 

 

「刃物を持つにはまだまだ子供すぎるわ!」

 

 

ブラーボはドリノコを投げた。

それが鈴音の近くに落ちると、大爆発。

予想外の攻撃。さらには凄まじい衝撃に、かずみは剣を盾にしたまま固まった。

爆煙で何も見えない。そうしていると聞こえるギターの音。

 

 

『<<<♪>>>』『ドリアンスパーキング!!!』

 

 

ブラーボの鎧が閉じていき、巨大なドリアンを被るところまで戻る。

その状態でドリアンが頭から分離して、猛スピードで飛んでいった。

巨大なドリアンは高速回転をしながら鈴音に直撃。足が地面を離れ、鈴音は思い切り後ろへ吹っ飛んでいく。

 

 

「ぐッ!」

 

 

鎧はブラーボへ戻り、再び展開。

一方で鈴音も停止するが、背中を地面にぶつけてだ。

苦悶の表情で起き上がると、カオルたちを睨む。

 

 

「何をしているの。手伝って」

 

「馬鹿を言え! 剣を下ろせ! それが無理なら撤退しろ!」

 

「馬鹿の一つ覚えね。貴女はどうなの、穂香佳奈美」

 

「えっ、あ……」

 

「時間は過ぎていくわ」

 

 

鈴音は佳奈美を睨んだ。

佳奈美はゾッとして、反射的に変身する。

 

 

「モタモタしてると、死ぬわよ」

 

「そ、それはッ」

 

 

佳奈美は思わず短剣を持ってブラーボを見てしまった。

すぐにカオルと海香の声が飛んでくる。

 

 

「「佳奈美!」」

 

「そ、そうだよね! わたしってば、なんてこと……!」

 

 

佳奈美はぎこちない笑みを浮かべて変身を解除した。

 

 

「惑わされないで! 戦うことは間違いではないわ!」

 

「あッ、あっ、あ……!」

 

「今日の脱落者アナウンスを知らないわけじゃないでしょ!」

 

 

鈴音に怒鳴られ、佳奈美は変身して短剣を構える。

 

 

「よせ佳奈美!」

 

「う、うん!」

 

「佳奈美、騎士は殺す気なのよ」

 

「うん……」

 

「佳奈美! 戦いは連鎖する! 止めるには武器を下ろさないと!」

 

「う……」

 

「佳奈美!」

 

「わ、わかんないよぅ!」

 

 

佳奈美は武器を落として頭を抱える。

その時、風が吹いた。

 

 

「見極めろ。正義はコチラにある」

 

「うぐぉぉあ!」

 

 

ブラーボが火花を散らしながら倒れる。

そして鈴音の前に麻衣が着地した。

 

 

「食後の運動にはちょうどいい」

 

 

麻衣が走った。

刀を振るいながら前進。ブラーボは次々に襲い掛かる斬撃を防御することしかできない。

そうしていると麻衣が射程に入ったので、ブラーボは両手に持ったドリノコを真横に振るって胴体を狙う。

しかし麻衣は膝を地面につけて滑りながら、通り抜きざまにブラーボの胴体を斬る。

 

そこで地面が爆発した。

ブラーボがドリノコを地面に叩きつけたのだ。

敷かれていたレンガがはじけ、白煙が視界を隠す。衝撃で麻衣の体が浮き上がり、彼女は一回転した後に着地した。

 

ヌッと、腕が伸びてくる。

麻衣はそれをかわそうとするが、手首を掴まれた。

次の瞬間、麻衣の視界が反転する。

 

 

「なにッ!」

 

「悪く思わないで――」

 

 

ブラーボが麻衣を倒して腕を拘束していた。「ね」、で骨が折られる。

そう理解したが、それよりも早く聞こえた鈴音の声。

 

 

「蛍」

 

 

炎弾がブラーボに直撃。

さらにその炎の球体が消えぬ内に鈴音は距離詰めて炎弾ごとブラーボを斬った。

剣を打ち付けたことで爆発が起き、ブラーボが横に転がっていく。

 

 

「気をつけろ鈴音。あのパティシエ、どうやら素人ではないようだ」

 

 

麻衣は立ち上がる。

一瞬の組合いの中でブラーボの『正体』を察したようだった。

 

 

「関係ないわ」

 

 

鈴音が剣を構える。

 

 

「所詮、人間よ」

 

 

炎の斬撃が右のドリノコを弾いた。

 

 

「うッ!」

 

 

続いて飛んできた麻衣の斬撃が左のドリノコを弾いた。

 

 

「やだ!」

 

 

最後に飛んできたクロスの斬撃をブラーボは体で受け止める。

 

 

「ノォオオオオ!」

 

 

直撃したが、ブラーボは倒れない。

とはいえダメージはしっかりと受けたようで呼吸がやや荒くなっていた。

 

 

『ナイトフェイズです』

 

 

その時、無機質な声が耳を貫いた。

上空にガーデン・スコーピオンが浮かんでいるではないか。

 

 

「集合すれば、それだけ危険性が上がる」

 

 

麻衣が小さく呟いた。

鈴音たちはそれがわかっていた。

わかっていて、ここに来たのだ。

 

 

「陽炎」

 

 

鈴音が麻衣と共に消えた。

 

 

「アイツら……!」

 

 

カオルは真っ青になって走り出す。

目が語っていたような気がする。

同陣営ならば新世界で蘇生できるから、なんてアイコンタクトを。

 

 

「めちゃくちゃだって……! くそッッ! こっちだ!」

 

「カオル!」

 

 

海香が止めるように叫ぶが、カオルは止まらない。

大声を出して、大手を振ってスコーピオンに己をアピールする。

 

 

『参加者を一名、殺害します』

 

 

スーパーロボットがモノアイを光らせた。

足裏から火を噴射してカオルを追跡する。

 

 

「海香! わたしのことはいいから!」

 

「ッ、でも……!」

 

「わたしは参加者じゃないから大丈夫! だからお願い!」

 

「わかった。わかったわ。佳奈美もほら! 助けるためなら走れるでしょ!」

 

「う、うんっ! 了解!」

 

 

佳奈美の固有魔法は高速移動だ。

踏み込み、地面を蹴ると一瞬でカオルたちに追いついた。

短剣を振るうと斬撃が発射されてスコーピオンを撃つ。

しかしやはりというべきか、その体にはなんの傷もついていないように思えた。

 

 

『殺害します』

 

 

胸部が開き、小型ミサイルが大量に発射されていく。

 

 

「逃げろ佳奈美!」

 

 

佳奈美は頷く。素早く距離を取るが、カオルはそうもいかない。

しかし彼女はそれでよかった。佳奈美が狙われるくらいならばと腕をクロスさせる。

固有魔法である硬質化が発動されて鋼となった彼女に降り注いでいく大量のミサイル。

次々と爆発が起き、さらに赤い直線状のビームや、緑の螺旋状のビームが襲い掛かっていく。

圧倒的防御力を超えて襲い掛かってくる衝撃、次第にカオルの体から血が飛び散っていった。

 

 

「うッ!」

 

 

遅れて到着した海香は思わず足を止めてしまう。

超兵器を見て、腹に風穴を開けて死んだ兄を思い出した。

 

 

「海香ちゃん!」

 

「!!」

 

 

佳奈美に言われて、ようやっと我に返る。

すぐにシールドをカオルの前に張るが、時間稼ぎにすらならぬほど一瞬で破壊されてしまった。

もちろん手を抜いてなどはいない。海香はすぐにシールドを張りなおすが、すかさず砕け散る音が聞こえてきた。

もう一度、海香は腕を伸ばした。

その腕がひしゃげる。本来は曲がることのない方向に何度も曲がり、骨は皮膚を突き破った。

 

 

「うぁぁッ!」

 

 

すぐにソウルジェムに命令を送り痛覚を遮断する。

腕が折れたのは衝撃波のせいだ。

海香は目を見開いた。光球がすぐそこにある。

 

 

「おどきなさい!」

 

 

衝撃。みればそこにブラーボ。

 

 

「凰蓮さん!!」

 

 

かろうじて回復魔法をかけたが、エネルギー弾を真正面から受けたブラーボは面白いように吹き飛び、そのまま変身が解除されて気絶した。

さらにスコーピオンは尾を振るう。奇襲を仕掛けてきた佳奈美を同じように吹き飛ばし、そのまま倒れているカオルたちを見てしっぽの先端を光らせた。

 

 

『ソリッドスパークのチャージを開始します。チャージ完了後に放たれる光線が参加者の一人を殺害します。尚、その際に他の参加者が巻き込まれた場合は複数人が死亡します。翌日のナイトフェイズも予定通りの時刻に行われ、参加者の一人を殺害します』

 

 

集中していく光。

 

 

『………』

 

 

ガン! と、音がした。

わずかに動いた頭部。スコーピオンが見たのは切り分けられたオレンジ。

ではなく、大橙丸。

 

 

「ふざけんな……! 何が予定通りに殺害しますだ。人の命をなんだと思ってる!!」

 

 

鎧武は前のめりに走っていた。

途中でこけそうになるほど無我夢中で走った。

勢いあまって地面に手をついた。数々の光線が身を撃ったが、鎧武は止まらなかった。

 

 

『命を奪う。それがルールです』

 

 

あの耳障りな音声を止めるため、鎧武はひた走る。

 

 

「うがああぁあアアッ!」

 

 

だがもう少しで届くというところで尾が腰を叩いた。

吹き飛び、地面を転がる中で次々と着弾していく小型ミサイル。

あまりの衝撃でロックシードがベルトから外れて変身が解除されてしまい、血だらけの紘汰がなおも転がっていった。

 

しかしトドメを刺そうとしたところでスコーピオンは上を見た。

巨大なサクランボ、メロン、モモが浮遊している。

直後そこから光の矢が雨のように降り注ぎ、スコーピオンの全身に浴びせられていく。

 

 

「魔法少女の皆様! ここはいっちょ、協力といきましょうや!」

 

 

シグルド、斬月、マリカが肩を並べて歩いていた。

ゲネシスライダーたち足止めをしている間に『彼ら』が動いた。

抜き取るバックル横のフェイスプレート、かわりに差し込んだゲネシスコア。

なによりも、装着するゲネシスドライバー。

 

 

「何がルールだ! 何がゲームだ!」

 

 

紘汰は額の血を拭いながら立ち上がった。

 

 

「全部名ばかりのふざけた殺人じゃねぇか! そんなもんがルールだっていうなら!!」『オレンジ!』【レモンエナジー】『ロック・オン!』【ロック・オン】

 

 

ロックシードを順にセットしていき、カッティングブレードを倒す。

同じくして後ろにいた戒斗も、ザックもそれに続いた。

 

 

「俺がブッ壊してやる! 変身!!」【ミックス!】

 

 

上空に浮かぶ二つの鎧が交わり、一つになる。

それが鎧武に装着され、展開していくなかで風が吹いた。

 

 

『オレンジアームズ! 花道・オン・ステージ!』

 

 

風が吹けば、花びらが舞う。

桜の筈だが、今はまだその季節ではなかった筈だ。

だったら、どうして?

紘汰は頭の中に一瞬だけ浮かんだ女性に問いかけた。"彼女"は少し悲しげに笑って、その花の名前を教えてくれた。

 

 

『それは、時の華』

 

 

どんな時代であっても、どんな時空であっても、変わらずに咲いて、変わらずに散る。

 

 

【ジンバーッ! レモン!】『【ハハーッ!』】

 

 

不変の答え、なのだと。

 

 

「変身」【ソーォダァ……】【ファイトpower! ファイトpower! ファイファイファイファイファファファファファイッ!!】

 

「変身」【ソーォダァ……】【ファイトpower! ファイトpower! ファイファイファイファイファファファファファイッ!!】

 

「変身ッッ!」【ジンバーッ! レモン!】『【ハハーッ!』】

 

 

戒斗と凌馬、そしてザックも同じロックシードで変身する。

鎧武とナックルが変身したのは陣羽織を模したアーマーの中にレモンの輪切りがいくつも模様のようにして並んでいる強化形態、ジンバーレモン。

 

戒斗はゲネシスドライバーを使ってバロン・レモンエナジーアームズへ。

そして凌馬もまた、ゲネシスドライバーでデューク・レモンエナジーアームズへと変身を遂げた。

 

騎士たちの変身を見て、シグルドたちが道を開ける。

一斉に構えたソニックアロー。

そこから黄色に光る矢が連射されていき、スコーピオンを目指した。

 

 

『参加者の攻撃は私には通用しませんよ』

 

 

スコーピオンがシールドを張った次の瞬間、全ての矢がシールドを突き破ってスコーピオンに突き刺さった。

衝撃でスコーピオンが倒れる。

すぐにブーストで体勢を整えて立ち上がるが――

 

 

「しゃあオラァア!」

 

 

鎧武がソニックアローを縦に振って切りかかる。

スコーピオンはそれを受け止め、続いて突き出されたリムの一撃を受けて後退していく。

追撃の矢が突き刺さり、火花が散った。

左右に切り抜けるバロンとナックル。そして追撃の矢で動きが止まる。

 

 

『攻撃が――、通用。攻撃が、ガガガガガ……エラーを検知しました。エラーを検知しました』

 

 

衝撃波が発生。ナックルはそれで吹き飛ぶが、その中をバロンは走った。

逆手に持ったソニックアローを存分に振るい、黄色い斬撃波が次々に装甲を削り散らしていく。

 

 

「この力、悪くない! 手に馴染む!」【レモンエナジースカッシュ!】

 

 

バロンが高速回転を行いながらソニックアローを振るう。

レモンの輪切りのようなエフェクトが発生し、刃を刻むたびに飛び散った大量の果汁はまるで血液のように思えた。

そしてバロンは攻撃をやめて地面を転がる。

後ろにいたのはデュークだ。弦を引くと集中していく光、そして手を離せば黄色いレーザーがソニックアローから発射されてスコーピオンに直撃する。

 

 

『アーマー、および内部システムに損傷を多数確認。重大なエラーを検知』

 

「エラーではないよ。現実だ」

 

 

胸部アーマーが展開し、ミサイルが縦横無尽に放たれる。

鎧武は後ろに、ナックルは右に、バロンは左に、デュークは不動のままソニックアローをスコーピオンに向けた。

放たれる矢がスコーピオンを撃つ。

ミサイルの着弾。そしてスコーピオンの体から爆発が起き、爆音と衝撃が拡散する。

 

 

『おいおいおい! どうなってやがる!』

 

 

ジュゥべえが現れ、しきりにスコーピオンを確認していた。

しかしやはりというべきなのか、どう考えてもスコーピオンは『損傷』している。

 

 

『魔法少女の攻撃も騎士の攻撃も効かねぇ無敵に設定してる筈なのに!』

 

「すまない」

 

『あ?』

 

 

ジュゥべえはデュークを見る。

 

 

「天才なんだ」

 

『それは、どういうこった……?』

 

「前回の襲撃時にデータを取らせてもらっていてね。レモンエナジーの果汁状エネルギーエフェクトに、対ガーデン用の機能を追加したんだ」

 

 

クェイサーアシッドシステム。

レモンエナジーは身体能力を上昇させるだけでなく、ガーデンシリーズの装甲を融解させることに特化したエネルギーが纏わりついているのだ。

つまり、溶ける。レモンエナジーの攻撃なら。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

ナックルの右ストレートがスコーピオンの頭部に叩きこまれた。

吹っ飛び、倒れる中で音声が切れた。このイレギュラーに対処するプログラムは存在していなかったらしい。

しかしあくまでもガーデンは処刑人。その役割を放棄することはない。尾の先端に光を集め、その最中に先端部分を尾から引きちぎった。

まだチャージが甘い状態だが、先端を参加者たちに向けて大技を行使しようとする。

 

 

『さささ殺ガいいいイいシまス』

 

「いや! 誰も死なない!」『ソイヤ!』

 

 

鎧武の声がしたから鎧武のほうを見た。

横に回転しながら飛び上がっていた鎧武はソニックアローからエネルギーを発射。

オレンジとレモンの輪切り状エネルギーがいくつも生まれて、スコーピオンとの距離を繋いだ。

 

 

『ソリッドスパーク、発射』

 

 

スコーピオンは鎧武を狙ってレーザーを発射した。

同じくして鎧武もまた、右足を突き出してオレンジとレモンの道を突き進む。

 

足裏に当たる光線の感覚。

そこで鎧武は持てる力の全てを右足に込めた。

散布されていく果汁がレーザーさえも融解させていき、そして――

 

 

「セイッハーッッ!」【ジンバーレモンスカッシュ!】

 

 

無頼キック。

鎧武の飛び蹴りがスコーピオンの胸に直撃するやいなや吹き飛び、地面に倒したまま後方へ滑らせていく。

 

 

『重大なエラーをかかかかかか……、撤退します』

 

 

スコーピオンは立ち上がると同時に、足裏から火を噴いて飛び上がった。

どうやら撤退するらしい。

鎧武たちは素早くソニックアローを構えるが、そこでバロンだけは下を見る。

 

 

「牧! いつまで無様な姿を晒している!」

 

「!」

 

 

カオルはハッとして、直後、笑った。

 

 

「冗談……! 冗談言え!」

 

 

カオルは跳ね起き、手足をブラブラさせてストレッチをはじめた。

 

 

「ほら! さっさと寄こせよ戒斗! パスだ!!」

 

「いいだろう!」【ロック・オン!】

 

 

ソニックアローにレモンエナジーロックシードを装填。

その状態で弦を引くと、かつてないほどのエネルギーが集中していく。

やがてバロンは指を離した。

すると巨大なレモンがまるごと一個、カオルに向けて発射される。

 

 

「失望させるなよ!」【レモンエナジー!】

 

「誰に言ってる! 口の利き方に気をつけろよ!」

 

 

カオルはレモンを蹴り上げた。

そして自らもひねりを加えて飛び上がる。

 

 

「アタシは、強者だ! パラ・ディ・キャノーネ!」

 

 

オーバーヘッド。硬質化した脚でレモンをさらに蹴り飛ばした。

既に放たれていたソニックアローの矢を置き去りにして、レモンは猛スピードで飛んでいく。

 

スコーピオンが振り返った。

シールドを張ったようだが、レモンはそれを一瞬で蒸発させると、そのままスコーピオンの体に直撃する。

 

 

『エラー、エラー、エラー、エエエエエエエ――』

 

 

手足が、取れた。

さらに肉体がはじけ、大爆発が起こる。

最後に頭部が吹き飛び、それもまた内側からの爆発で粉々に砕け散った。

 

 

「素晴らしい」

 

 

デュークは唸る。

 

 

「私の発明は、もはや宇宙を凌駕した」

 

「とにかく、これでナイトフェイズは――」

 

『なーに勘違いしてやがる』

 

 

一同はジュゥべえを見た。

そして、空から降ってきた何者かを見る。

 

 

「まさか……!」

 

『ああ、そのまさかだ』

 

 

それが、喋った。

次の瞬間、参加者たちは吹き飛び、地面を転がっていく。

 

 

「うぐあぁあ……ッ!」

 

 

鎧武は体の痺れを感じた。

見れば全身が帯電している。攻撃の正体は電撃を纏った『斬撃』。

 

 

『ガーデンシリーズ。文字通り、一体じゃないんだな、これが』

 

 

"GA-04 アンタレス"。より人のシルエットに近いロボットがそこにいた。

さらにスーツにネクタイと服を着て、人間の真似をしている。

とはいえスコーピオンのように尾があり、その先には鞘が繋がっていた。

アンタレスの手には日本刀が握られており、名は、雷切(らいきり)という。

 

 

『心配するな、今日はちょっとした挨拶だ。スコーピオンを殺したことに免じて見逃してやる』

 

『は? おい、なんだそりゃ! 勝手に決めんな! 殺せよ!』

 

『そいつは無理な話だ。俺がよくても、この雷切が納得しない』

 

『んだそりゃあ!? ロッカーみてぇなこと言いやがって! ナイトフェイズ執行がお前らの役目だろ!』

 

『たしかに。だが、俺の中にあるものが乗ってくれないのさ』

 

『………』

 

 

ジュゥべえは何も言わない。たしかにそういう実験をしている。

AIのモデルにした人間がいた。

別世界だからココで詳しく語ることはないと思うが、とにかくその人間のポリシーに反する行いを機械人形は実行しない。

 

 

『今日の戦いは終わりだ。これ以上、暴れたいヤツがいるってんなら、いつでも俺が愛してやる』

 

 

回りくどいが、警告のメッセージであることを誰もが理解した。

 

 

『それでいい。楽しみにしてるぜ。俺が出る日を』

 

 

そう言ってアンタレスは飛んで行った。

ジュゥべえも無言のまま消えていく。

参加者たちも、また。

 

 

 

 

 

「――って、ことがあったんだよ」

 

「そうなんだ。大変だったね……」

 

 

茉莉は頬をピンク色に染めていた。

目の前には服を脱いだザックが座っている。

 

 

「はい。できたよ」

 

「おお、サンキュー!」

 

 

ザックは体の調子を確かめている。

 

 

「動かしやすいでしょ? ニチアサ巻きっていうんだよ」

 

「へぇ、たしかに! 体が楽だ!」

 

「死にそうになったら水に飛び込んでみるのもありなんだって! マツリ知らなかった!」

 

「……あんまりネットの情報を鵜呑みにしちゃダメだぜ」

 

「そうなのっ!?」

 

「でも、ありがとな本当に。オレたちは治りが遅いから……、困ったもんだぜ」

 

「また怪我したらいつでも言ってね。茉莉がオーキューショチ、するから!」

 

 

茉莉の家は大きい。茉莉の部屋も広い。

テレビも大きい。茉莉はテレビが好きだった。だから父親にお願いして大きくしてもらったのだ。

画面の中では今日の学校で行われたことが報道されている。

 

とはいえ、ネットやSNSを見ても魔法少女たちの映像はない。

ユグドラシルの力もあるが、ほとんどインキュベーターによるものだ。

みんなスマホを向けていたが、なぜだか録画のボタンを押すのを『忘』れていた。

怪我をしたものも、なんで自分が傷を負ったのかを『忘』れた。

不都合なことが忘却されていく。ありがたいと思う反面、それだけの存在がゲームの裏にいるということだ。

 

 

「みんな」

 

 

ザックの背中に温かな感触があった。

茉莉がザックの背にもたれかかり、背中合わせで座っている。

 

 

「戦い、やめてくれないね」

 

「困ったもんだよなぁ」

 

「でもね、マツリはやっぱり……、諦めたくない」

 

「ああ、オレもだ」

 

「うん。よかった」

 

 

茉莉は自分の掌を見る。

 

 

「マツリね、ほんの少しだけ後悔しちゃったんだ。こんなことになるならずっと何も見えないままで良かったのにって……」

 

 

そして、茉莉は拳を握りしめた。

 

 

「でもね、そんな時に頭を過るの。今まで見てきたたくさんの素敵なもの」

 

「へぇ、たとえばどんな?」

 

「いろいろあるよ。でもね、やっぱり笑顔かな」

 

 

思い出すだけで釣られて笑顔になる。

 

 

「マツリ、またみんなで踊りたい」

 

 

みんな、心の底から悔しがって、怒って、笑って、くすぶって、焦って、浸って。

そういうものがビートライダーズの時にはたくさんあった。

 

 

「ザックは覚えてる? ゴールデンウィークにさ、Bパートの振り付けができなくて付き合ってくれたでしょ?」

 

「ああ、あの時の茉莉はとっても頑張ってた。メラメラ燃えてたぜ」

 

「でしょー? それでさ、踊れるようになってさ。あのとき見た夕焼けは忘れられないよ。沈んでいくお日様、その光を受けて輝く雲、まだ青いままの東の空。たくさんの色が混じっててとっても綺麗だったなぁ」

 

「踊れたことの嬉しさとか、清々しさも相まってたんだろうな」

 

「かもね。だから、そう。今はみんな悲しい顔ばっかりだから……」

 

「………」

 

「戒斗は、マツリたちのこと、嫌いになっちゃったのかな?」

 

「いや、きっとアイツにはアイツなりの何かがあるんだろ」

 

 

でなければ、先ほどだって、カオルを鼓舞するようなことを言うものか。

 

 

「中学の時、クラスメイトが自殺したんだ」

 

「えっ?」

 

「元々、あんまり学校には来てなくて。来てもすぐに早退したり……。だからクラスの女子とかは泣いてるやつもいたけど、オレにはピンとこなかった。悲しいとか、ショックとか、多少はあったかもしれないけど、なにせ交流がなかったんでな」

 

 

なんで死んだのか理由もわからなかった。

噂では家庭環境が悪かったとか、陰でいじめられてたとか、他校の生徒に脅迫されてたとか、将来の不安があったとか……。

とにかくいろいろ噂された。でもそういうものだとザックも思っていた。みんないろいろある。

テレビでだって、誰かが自殺したとかはそれほど珍しい報道でもない。

 

だから誰もが『何となく』わかっていた。

いろいろあるから、いろいろが原因で死んだのだ。

それ以上の感情はない。

哀れみとか、同情とか……、それくらい。

 

 

「でも戒斗だけは違ってた。アイツだけは怒ってた」

 

「怒る?」

 

「ああ。怒りだ。アイツは何かにブチ切れてた」

 

 

ザックは戒斗の過去を知っていた。

戒斗の父は腕のいい職人として沢芽で町工場を営んでいたが、都市開発の影響で工場を手放した。

喪失感から酒に溺れ、家族に暴力を振るい、あげくには大金を騙し取られて自殺した。

きっと戒斗はそれが原因で怒っていたのだと思っていた。

重ねたのか、思い出したのかはわからないが、そういうことで怒っているのだとばかり。

でも、もしかしたら、そんな単純な話でもなかったのかもしれない。

 

 

「戒斗は常に怒ってた。アイツの怒りを真に理解できてなかったのかもな……」

 

「仕方ないよ。戒斗、あんまり自分のこと教えてくれなかったし」

 

「戦ってたんだ。きっとアイツは、自分の中にある怒りと。それはきっと今もそうだ」

 

 

きっと今も見えない何かと戦って、見えない何かに勝とうとしている。

それはもしかしたらとても単純なものかもしれないし、千年を経てもわからない複雑なものなのかもしれない。

それは最後の最後、最期までわからないんだ。

 

 

「……悪い。暗い話だったな!」

 

 

そういうとザックは茉莉の脇腹を突っついて、くすぐり始める。

 

 

「えへへへへ、くすぐったいよ」

 

「いいんだ。茉莉、お前に悲しい顔は似合わねぇ!」

 

「……ザックってば意外とキザだよね」

 

「んん? なんか言ったか?」

 

「ううん。なんにも! それより、一つお願いがあるんだけどいいかな?」

 

「おお! なんでも言ってみろ!」

 

「パパは出張で、お手伝いさんも明日はお休みだから今日はマツリ一人なの。マツリは夜も好きだよ。いろいろ綺麗だし、明かる時とは景色も全然変わるから。でもやっぱり、どうしても不安にはなっちゃうから……」

 

 

茉莉は俯いて、呟いた。

 

 

「今日は、一緒にいてほしいな……」

 

「なんだよそんなことか。いいぜ、オレでよければいくらでも一緒にいてやるよ」

 

「本当!?」(やったぁ!)

 

 

茉莉は跳ねると、そのまま天蓋つきのダブルベッドに倒れこむ。

 

 

「じゃあ今日はパジャマパーティしよ! ザックはこっちね」

 

 

そう言って茉莉は左側をポンポンと叩いた。

 

 

「え、オレも一緒に寝るのか……?」

 

「そうだよ」

 

「………」

 

 

ザックは黙り、何かを考えこむ。

 

 

「あれ、どうしたの? マツリ変なこと言っちゃった……?」

 

「いやッ! ややや! やろう! やってやろうじゃねぇかパーティの一つや二つ!」

 

 

一応、自戒のため、ザックは己の手で己の頬をはたく。

 

 

「ベットの上でお菓子も食べていいんだよ!」

 

「なにッ! 本当か!? 夜にお菓子なんてそんな罪深いこと!」

 

「ふっふっふー、これでザックもワルの仲間入りだね!」

 

 

そしてお喋りして、たくさんお喋りをして、飽きるくらいまで、それで、そして――

 

 

「そして、そしたら……、そのあとは一緒にお星さま、見てくれる?」

 

「ああ」

 

「ありがとう。そして、眠たくなったら寝るの」

 

「いいな。たまにはそういうのも」

 

 

茉莉は微笑み、頷いた。

その夜、二人は肩を並べて、ぐこぐこ、いびきをかいて眠った。

 

 

 





失礼な話ではありますが
正直、最初鎧武ライダーのデザイン見たときは
仮面ライダー終わったわ! 東映もどうかしちまった! バナナつけてはるわ、肩に! はいはい、わかったわかったもう終わり終わり!
今までありがとな仮面ライダー!
とか、思っちゃったけど、いうて動けばかっこいいし。
ジンバーレモンとソニックアローかっこよすぎて、この時期からはもう普通に少年の目で見てましたね。

あとちょっと話は変わりますが、今ドンブラザーズやってますけど、めちゃくちゃ面白いんでね、まだ見てない人はアマプラとかでも見れるんでぜひ見てみてください。
井上敏樹さんなんでね。スーパー戦隊ではあるんですが、どちらかというと平成ライダー臭がするところも多いので。
でもそれでいうと、ドンブラザーズで一番好きなシーンが犬にイチゴあげるシーンだったんですけど、あれって井上さんじゃなくて監督のアイディアらしいですね。
これも結構特撮の面白いところかなって思いました。
龍騎もね、リレー小説みたいなものだったらしいですから。

特撮といえば今日からシンウルトラマンらしいですね。
仮面ライダーばっか書いてますけど、ウルトラマンもガチで好きなんで、ちょっとまだいけそうにはありませんが再来週くらいには行きたいと思うております。
それが終わればシン仮面ライダーもありますさかい。
楽しみでんな(´・ω・)b


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第五話 お願いマイヒーロー

 

【三日目】

 

 

『人間が革命を起こせるだけの力を持っているかどうかは置いておいて、その存在を軽視しないほうがいいというのがオイラたちの意見だ』

 

 

というのも、インキュベーターを以てしてでもわからないことがある。

どこからどう見ても、どう調べても、ただの人間ではあるがAという人間とBという人間で大きな差が生まれることがある。

 

 

『何が違うのか、なぜ違うのか、オイラたちにもわからない。だが本来はありえないことが起こっている。それをバグというのが正解なのか、あるいはもっと違う言い方があるのかは知らないがな』

 

 

たとえば概念。

神のルールで定めたはずなのに、それをすり抜ける人間がいる。

特異点とでもいえばいいのか。

 

 

『忘却は絶対ではないということさ。ボクは一度、その事例を目にしている』

 

 

確信がある。

 

その頃、鹿目タツヤは家にいた。

両親は旅行に行った。

だから家の風呂でゆまを沈めていた。

 

「……っ」

 

ボコボコと、泡が鳴る。

タツヤは目を細めた。湯気が白い。

 

 

『タツヤ、だめだよ』

 

 

まどかの声がした。

 

 

「!」

 

 

タツヤはそこで我に返った。

力を緩めると、すぐにゆまがお湯から顔を出した。

激しくせき込む。多くの水を飲んだようで、激しくせき込みながらお湯を吐き戻していた。

 

 

「千歳さんっ、ごめんなさい……! おれ!」

 

「いいのっ! ごホッ! がはッ! おぇ……!」

 

「でも!」

 

「大丈夫。だって、ほら、杏子が助けてくれたから」

 

「………」

 

 

タツヤは鏡を見た。

いつもは曇っているのに、今日はいつにもましてピカピカだった。

学校の鏡を思い出す。そこにはまどかがいたんだ、もしかしたらすぐそこにもまどかがいるかもしれない。

タツヤは浴槽から出ると鏡を見たが、そこには自分しかいなかった。

 

 

「うふふふ! あはははっ!」

 

「ふふ、ふふふ……! ふはははは!」

 

 

ゆまに釣られてタツヤはゲラゲラ笑った。

 

 

「お風呂で騒ぐなって。杏子とマミに怒られたの」

 

「でもまどかは怒らなかった」

 

 

タツヤは頭を押さえた。

みんなは忘れたが、タツヤだけは覚えていた。

魔法少女と騎士が戦っていた。あれはファンタジーなんかじゃない。

 

 

「魔法少女だったんだきっと。まどかも杏子もマミも」

 

「魔法少女?」

 

「そう。おれたちは異常者なんかじゃない。おれたちはもっと大きな……」

 

 

タツヤは言葉を止めた。

魔法があると知っても、タツヤには魔法なんて使えない。

ゆまの心も物にはできない。それはもしかしたらとても恐ろしいことなのではないだろうか。

だってここまで来たら、もうタツヤは人間じゃない。

魔法使いになれなかった者だ。

 

それはとても惨めな気がして、タツヤは何も言えなかった。

タツヤは湯舟に戻りお湯の中に沈んだ。

苦しくなったのですぐに頭を出した。

ゆまはそんな男の頭を撫でた。

 

 

 

 

 

「職場には来るんだな」

 

「貴方もね」

 

 

新聞販売店、ヤナギニュースペーパーで紘汰と鈴音は顔を合わせた。

 

 

「気を悪くしたなら謝る。嫌味じゃないんだ。ただその……、珍しいなって」

 

「私はここに住んでいるから」

 

「俺はなるべく普段通りの生活がしたいんだ。そう、生活、みんなだってそうだ! 今は情報が欲しいだろうし新聞を待ってる人がいる」

 

「他人のため? 理解できないわ」

 

「おかしいってか? 殺しあうよりは何億倍もマシだろ」

 

「………」

 

 

鈴音の脳裏に一瞬だけ戦闘の文字が浮かんだが、そこで同僚が入ってきた。

 

 

「スズっち、こたくん、おはよー」

 

 

ジャージ先輩を見て、鈴音は殺意を消した。

 

 

「ん? どした? 顔が怖いっスよ」

 

「あぁ、いや、なんでも……、ははは」

 

 

三人は新聞を仕分け、配達に向かおうとする。

 

 

「もう遅いわ。ゲームが始まる前からとっくに」

 

 

紘汰が出発しようとした時、鈴音が呟いた。

 

 

「貴方たちが殺してきた魔女は魔法少女の成れの果て、それは紛れもない、殺人よ」

 

「………」

 

「拭おうとしてもへばりつく、いまさら元には戻れない」

 

「……俺の両親は、魔女に殺された」

 

 

姉を迎えにいって、そのあとは家族で外食をしようと話していたら車が宙に浮きあがった。

見えたのは巨大な骸骨。目の部分が薔薇で、たくさんの触手があって。

 

 

「ガラスが割れて、それから魔女の姿が変わったんだ。俺は車外に放り出されて、あの和服を着た木みたいなヤツは炎で車に残っていた二人を焼き殺した……」

 

 

紘汰の手が震えてる。

思い出したくはない記憶だ。だから周りを見ていない。

鈴音が真っ青になったことには気づかない。

 

 

「でも誰かが助けてくれたんだ。パニックであんまり覚えてないけど逃げてって声が聴こえた気がする。幻聴だったのかもしれないけど、今ならあれは魔法少女だったんじゃないかって……」

 

 

その魔法少女がどうなったかは知らない。

いずれにせよインキュベーターがいうには世界中の魔法少女は今、ゲームに参加している者のみとなったらしい。

 

 

「俺は俺を助けてくれたその人のためにも、誰かを助けるために戦う。だからこんな下らないゲームに乗るわけにはいかないんだ……ッ!」

 

「………」

 

「もしもお前がゲームに乗るなら、俺は全力で止める。それだけだ」

 

 

そういって紘汰は出発した。

 

 

「髑髏に、薔薇……」

 

 

鈴音は新聞を落とした。

 

 

 

 

 

「見滝原?」

 

「そう、沢芽に変わる前の町の名前よ」

 

 

海香はかずみが差し出したミニ唐揚げを一口で頬張り、ズカズカと歩いていく。

作家の悪癖なのか、どうにもこの『ゲーム』というやり方がインキュベーターらしくないと引っかかっているようだ。

元々、魔法少女の願いという無限の可能性という題材は常に頭の中を巡っていた。

 

 

「裏を探ってしまいたくなるの。もしかしたらこの状況を打破できるヒントが掴めるかもしれないから」

 

「ふむふむ」

 

「見滝原から沢芽になろうとしたその時期に何かがあるんじゃないかって思ってるのだけれど」

 

 

目的地の扉を開く。

 

 

「おう、かずみに海香じゃねーか。なんか食ってくか?」

 

「うん! 食べ――」

 

「かずみ、メッ」

 

「あう!」

 

「あのね阪東さん、今日はお茶をしに来たのではなくってよ」

 

「え? じゃあ何を……」

 

「こう呼んだほうがいいかしら? 由良吾郎さん」

 

 

阪東の目の色が、確かに変わった。

 

五分後、店の奥の席で阪東とかずみたちは顔を合わせていた。

普段の明るい表情ではなく、沈んだ顔で阪東はアップルティーを見つめている。

 

 

「信じてもらえないかもしれないが、自分でもマジでわからないんだよ」

 

 

記憶喪失、おそらくそれが最も適切な言葉であると思っている。

新しい名前と、それを証明する複雑な書類が目の前に置いてあった。

おそらく『よくない物』なのだとは思っている。

 

法律にやたら詳しい人間が用意してくれたのだろう。

阪東は、それを受け入れた。

由良吾郎という名前を捨てて、過去を詮索せず、まったく新しい人間として生きようと決めたのだ。

 

 

「どうして?」

 

「信じるべきものがココにあった。この状況はきっと悪いものじゃないんだって……、言葉にならない何かがあったんだよ」

 

 

阪東はそう言って胸を掴んだ。

海香は目を丸くする。名前を変える人間なんて何かあるに決まっているだろうが、とにかく彼は本当に何も覚えていないようだし。

そうなると望む答えは得られそうにない。

 

 

「せっかく調べたのに……」

 

「拍子抜けか? わりぃな。あぁ、でもそういえば」

 

「?」

 

「一度だけ声をかけられたことがあるんだ。どうやら由良吾郎としての俺を知ってるみたいだったけど……」

 

 

当時、見滝原でニュースサイトを経営していた大久保という男だったらしい。

同僚の島田という人が『行方不明』になったらしく、探しているのだとか。

 

 

「パソコンに青い蝶の画像だけが残されてたらしいんだけど、何せ俺も記憶を失ってるし、なんのことかはサッパリだった」

 

 

それで大久保と別れてからはそれっきりで連絡を取り合うなんてこともなかった。

とはいえ『人が消えた』という事実は記憶喪失の阪東と通ずるものもある。

どうやらそのタイミングも近いものだというし。

 

 

「何かがあったんだ。きっと。それが何なのかはわからねぇけど」

 

 

海香とかずみは顔を見合わせて頷きあった。

 

一方その頃、シャルモンでは貴虎の姿があった。

 

 

「まさか、スイーツ店の店主にこんな過去があったとはな」

 

 

貴虎が持ってきた写真には、軍服を着た凰蓮がナイフを構えていた。

 

 

「軍人としての貴様に依頼がしたい。魔法少女を殺してくれ」

 

「……残念ね。普通なら、とても好みのタイプなのだけれど」

 

「断るというのか」

 

「軍人だからよ」

 

「?」

 

「さあ帰って頂戴。まだ仕込みが残っているの」

 

「軍人だからか。ここでシェアハウスを始めた理由と関係があるのか?」

 

「そうね、それは――」

 

 

凰蓮は言葉を止めた。貴虎と共に店の外を睨む。

 

 

「向こうは違うようだ」

 

「そういうものよ。子供ってのはだいたいがワガママなんだから」

 

 

二人はため息をついて店の外に出た。

みらいと麻衣が肩を並べている。

 

 

「昨日は邪魔があったから。今日は潰しちゃうよ」

 

 

そういってみらいがステッキを構えた時だ。

 

 

『よお、参加者共』

 

 

声が脳を支配した。

 

 

 

 

リーダーとは!

 

つまりはその陣営のトップ。

言い方を変えるならばそれは『心臓』である。

 

 

『今から各陣営のリーダーを発表する。まず騎士は葛葉紘汰だ! そして魔法少女は天乃鈴音! この二人をリーダーとする!』

 

 

――理由は、特にない。

ただなんとなく神が決めたといえばそれで終わりだ。

しかし選ばれたことは事実、当然その責任の重さが発生する。

 

 

『それが『リーダーアサルト』。このルールはかなり重要だ。なにせ各陣営のリーダーが死ねば、同じくして同陣営が全て全滅してしまうからな。ガーデンシリーズのように抜け道なんて存在しない、このルールによる死は絶対と刻め!』

 

 

魔法少女は天乃鈴音、騎士は葛葉紘汰が死ねばその時点で敗北決定だ。

たとえ騎士が10人生き残って、あとは天乃鈴音だけだったとしても、そこで鈴音が紘汰を殺せば一気に逆転してゲームは魔法少女の勝ちで終わる。

 

 

『ちなみにリーダーには自傷行為が封印されている。自らの命を絶つことはできないという簡易的な制限がかけられているが……』

 

 

ジュゥべえはあえて続きを口にしない。

すぐにわかることだ。主に、みらいと麻衣が目撃するだろう。

だから今は何も言わなくてもいい。

 

 

『とはいえ恩恵もあるぜ。リーダーには頂点に相応しい力が与えられるってもんよ』

 

 

それを証明するように鈴音の武器に変化が起きた。彼女の魔法が強化されたのだ。

同じく紘汰には、やけに角ばったオレンジが与えられた。

これが時間とともに熟れれば強力なロックシードになるらしい。

そして、最後にキルリーダーというシステム。

 

 

『黄金の果実による世界創成は失った命を取り戻すこともできるが、対抗陣営は無理だ。そして同陣営であっても蘇生させるプロセスは異なる』

 

 

以前、一つの願いで三人まで蘇生させることができるとあったが、正確には願いではなく『蘇生チケット』を使用するのだ。

参加者は12人いるため、もしもリーダー以外が死亡した場合は四枚獲得しなければ全員を取り戻すことができない。

チケットを獲得できる方法は――

 

・対抗陣営を四人殺害するたびに一枚。

 

・後述するフォックスを殺した陣営に二枚。

 

・後述する狂人が生存した場合、対抗陣営に一枚。

 

と、あるのだが。

リーダーがリーダーを殺した場合、勝利陣営のリーダーが自陣営を好きに蘇生させることができる。

 

 

『そして先のとおり役職はリーダーだけではない』

 

 

続いてジュゥべえは『狂人』の説明に入った。

この称号を与えられた者はそれぞれの陣営にひとりずつ。

今頃、脳裏に『あなたが狂人です』と信号が送られているはずだ。

 

 

『この役職を簡単に言えば、裏切り者よ』

 

 

仮に、『海香』を狂人とした場合で説明させてもらうぜ。

対抗陣営の勝利が狂人の勝利条件となるため、海香は騎士が勝利すれば勝ちとなる。

狂人のみ自陣営のメンバーを殺害することができるため、海香は魔法少女たちを殺して騎士の勝利に貢献できるわけだ。

さらに紘汰が死んでしまい、リーダーアサルトによる全滅が行われる際も、狂人である海香は生存する。

この場合は、後で詳しく説明するが投票において生死が確定する。

 

一方で、絶対的な裏切り者というわけでもなく。

たとえば海香が死亡しているうえで、魔法少女陣営が勝ったとする。

狂人である海香は騎士陣営を勝利に導かなければならないため敗北となるのだが、そこでも『投票』が行われるわけだ。

 

投票とは、ゲーム終了時点で生存している魔法少女内で海香が『有罪』か『無罪』の投票が行われ、全員から『無罪』を受け取ることができれば蘇生されるってシステムよ。

つまり、無理に対抗勢力に加勢する選択肢を取る必要はない。

 

反対に海香が死亡しているうえで騎士陣営が勝利した場合は、問答無用で海香が蘇生される。

ちなみに狂人は自ら狂人であると宣言することはできない。

そう告げようとすると、ルールにより言葉が止められるのだ。

 

 

『もう一つ。攻撃有効タイミングについて説明する』

 

 

海香がカオルを殺そうと攻撃した場合、まずは同陣営では傷つけられないというルールが適応される。

しかし定のダメージ値を超えた時点で、海香の攻撃がカオルに有効になる。

同時にその時、カオルの攻撃も海香に通るようになるから注意な。

つまり殺そうとすると、殺される危険性があるということだ。

 

 

『そして、最後に第三勢力であるフォックスだ』

 

 

実はこのゲームは、魔法少女陣営VS騎士陣営VSフォックスの三つ巴であった。

フォックスは両陣営を合わせてたった一人。

騎士の中にいるかもしれないし、魔法少女の誰かかもしれない。

 

 

『フォックスはゲーム終了時まで生き残っていた場合、ひとり勝ちとなる』

 

 

するとフォックス以外の参加者すべてが死亡してゲームが終了、黄金の果実を独り占めにできるのだ。

当然、黄金の果実やチケットで他の参加者を蘇らせることはできない。

あとは他の参加者と同じだ。

狂人のように自陣営を殺すことはできないし、リーダーアサルトには巻き込まれる。

 

 

『そしてその重圧から逃げ出せば重いペナルティが待っているぜ。自殺した場合は親族全員が死亡し、現在総人口の半分が死ぬ。めちゃくちゃだろ? 悪いなガチで』

 

 

さらに現状、フォックスは自分がフォックスであるということがわかっていない。

判明するのは一定の参加者が死んだ時か、五日目のナイトフェイズ以降だ。

 

 

『一つだけヒントをくれてやるなら葛葉紘汰と天乃鈴音は狂人でもないしフォックスでもない。このゲームに役職被りは存在しないんだ。いろいろ言ったが覚えたよな? まあほどほど頑張ってくれや。チャオ』

 

「………」

 

 

そこでジュゥべえからの説明が終わり、状況が戻る。

みらいと麻衣は沈黙していた。

ルールはわかったが、一つわからないことがある。

奇襲を仕掛けてもらうためにスタンバイをしていた天乃鈴音が姿を見せて、スタスタと歩いてきたことだ。

 

 

「ちょい! 何してる!?」

 

 

みらいが問いかけたが、鈴音は何も答えない。

代わりに魔法少女の変身を解いて、両手を広げた。

 

 

「おい」

 

 

これは、麻衣。

鈴音は無表情で立っていた。

 

 

「おいおい」

 

 

これは、みらい。

貴虎が走った。しかし同じく気づいていた凰蓮に腕を掴まれて止められる。

 

 

「凌馬」

 

 

空間が歪む。

透明になっていた騎士・デュークがソニックアローにエネルギーを集中させていた。

 

 

「意図はわからないが、助かったよ」

 

「おいおいおいおいおいぃいいいいいいい!」

 

 

みらいが走り、麻衣も続く。

間違いない。鈴音は――

 

 

「キミたちの犠牲は、忘れるまで忘れないとも」【レモンエナジー!】

 

 

鈴音は、死ぬつもりなのだ。

 

 

「グッッ! ガぁアアァァア!!」

 

 

光が弾けた。

シャルモンの二階から飛びだしたカオルが鈴音の前に着地して、デュークの矢を背中で受け止めたのだ。

硬質化を発動していたものの、皮膚や肉が弾けて背骨がむき出しになる。

 

 

「シャワーあがりに血まみれか。洒落にならないぞ……!」

 

「………」

 

「せめてちょっとは申し訳なさそうな顔してほしいけど……。みらい! 麻衣!」

 

 

麻衣が鈴音とカオルを抱きかかえ、みらいが大量のテディベアで視界を覆い隠した。

再び矢が直撃していくが、破壊されたのはぬいぐるみだけで、魔法少女たちの姿はそこにはもうなかった。

 

 

 

 

美琴(みこと)椿(つばき)が、紙に名前を書いている。

幼い鈴音が何をしているのかを問うと、椿はそれがおまじないであることを教えてくれた。

 

 

「亡くなってしまった人の名前をこの紙に書いてお守りの中に入れておくと、ずっと忘れずに一緒にいられる。そう思ってるんです」

 

「ふぅん」

 

 

鈴音はニコリと微笑んだ。

 

 

「ねえ、私のも書いたらずっと一緒にいられるかな?」

 

 

すると椿は少し悲しそうに微笑んで、直後鈴音を優しく抱きしめた。

 

 

「大丈夫。そんなことをしなくても、ずっと一緒です」

 

「……本当?」

 

「本当です」

 

 

それが二人の約束だった。

鈴音は紘汰と同じだった。両親を魔女に殺され、次は鈴音というところで椿に助けられた。

椿は鈴音と一緒に住むようになり、彼女の姉代わりとしてたくさんの愛を注いだ。

 

 

「私、椿みたいな魔法少女になりたい」

 

 

生きるため、椿を助けるため、鈴音もまた魔法少女になった。

倒した魔女の力を吸収して、自らの力として使うことができる固有魔法で何体もの魔女を倒した。

 

鈴音は椿が大好きだった。

幼いながらに、この存在がキラキラとしたスーパーヒロインではないのだろうと察することができた。

それだけいろいろな魔法少女がいたからだ。

しかし椿はその中であっても凛として優しく、他者のために働く姿はとても美しかった。

 

鈴音は彼女に憧れていた。

椿ともっと一緒にいたい。ずっと一緒にいたい。

だから強くなりたい。

 

そう思った日、椿は魔女を斬った。

目が薔薇になっている骸骨、そして無数の触手を持ったクリフォニアという魔女だった。

 

 

「間に合わなかったね」

 

「そう、ですね……」

 

 

そういう時もある。

車に乗っていた運転手と、助手席にいた女性は、頭や心臓を触手で貫かれて絶命していた。

 

 

「守れなかった……ッ、魔法少女なのに、守れなかった」

 

「だいじょうぶ? 椿、辛そう……」

 

 

椿もまた、魔女に家族を殺されていた。

だからこそ同じような境遇の人間を助けたいという強い願いがあるのだろう。

そこで椿は後ろにいた少年が生きていることに気づいた。気絶しているようだが、目立った傷はない。

 

 

「よかったね」

 

「何もよくないですよ」

 

「え?」

 

「だって、この子はこれから両親がいない人生を歩まないといけない。それがどんなに大変なことかはわかるでしょう? だってこの子は男の子だから魔法少女なれな……な、な」

 

 

椿はそこで言葉を止めた。

一度、俯き、そして顔を上げれば笑顔であった。

 

 

「鈴音、一つ、約束してくれますか?」

 

「なぁに?」

 

「私たちのような、そしてこの子のような人たちはこれからもたくさん現れると思います。だから私がそうしてもらったように、私がそうしたように、どうかあなたも皆が独りぼっちにならないようにたくさんの愛を……、向けて、あげて」

 

 

椿はお守りを鈴音に渡した。

 

 

「どうか、彼らを、守って……、あげて」

 

「う、うん」

 

「約束……、ですよ」

 

「あのっ、椿? すごく辛そうだよ。大丈夫?」

 

『運が悪かったね』

 

 

キュゥべえがいた。

 

 

『さきほどの魔女はグリーフシードを落とさなかった』

 

「え? あ……、うん。そうだね」

 

『いつも弱いキミを庇って戦い、グリーフシードもキミに譲っていた。汚れたソウルジェムであれば精神状態は不安定になる。同じような境遇の人間を見て、過去の記憶がフラッシュバックしたんだろう。それがより大きな心の傷を生み出した』

 

 

わかりやすくいえば、限界なのである。

 

 

『椿が魔女になる』

 

 

衝撃が迸った。

鈴音は転がり、車も転がり、中にいた少年が放り出される。

彼はその衝撃で目を覚ました。

たくさんの椿の花を咲かせた木が着物を身に着けている魔女カルメンは、少年の両親の死体を焼き尽くすと、その標的を少年に定める。

それを見た鈴音の手が震えていた。

 

 

「キュゥべえ! 椿を元に戻してよ!」

 

『無理だ。魔法少女と魔女は不可逆なんだ』

 

 

鈴音にできることは二つしかない。

椿を倒すか。

逃がすか。

 

 

『どのみち、彼女はずっと呪いを振りまくことになるけれど』

 

「……ッッ」

 

 

手が震えていた。

 

 

「うぅううぅ」

 

 

鈴音は前に出る。

 

 

『いいのかい?』

 

「だって、だって……!」

 

 

震える。

 

 

「だって!!」

 

 

魔女が、少年を焼き殺そうとした。

 

 

「だって! 椿とやくそくっ、したから!!」

 

 

その瞬間、鈴音の目から涙が溢れた。

 

 

「私の系譜魔法は倒した魔女の……、魔法少女の力を手に入れることができる」

 

 

今、現在。鈴音は手にしたお守りを見つめながら説明していた。

お守りの中には椿の名前が書かれた紙が眠っている。

 

 

「私の炎は、椿の炎。これを使うたびにあの日のことを思い出す」

 

 

魔女は人を殺す。

なによりも魔法少女そのものを殺してしまうだろう。

あれだけ優しかった椿が椿でなくなってしまったように、それはきっと死ぬことと同じくらい辛いことだ。

 

 

「魔法少女はやがて必ず魔女になる。だからせめてその前に綺麗なままで眠らせてあげたかった。なによりもあんな苦しみと痛みの連鎖を止めたかった」

 

 

それはなにも死だけが齎すものではない。

だからこそ黄金の果実で魔法少女の呪縛から解放される未来があるのなら。

そしてさらにそこに椿という命を蘇生できるかもしれないという希望があるのなら、魔法少女陣営としての勝利も悪くないと思ったまでだ。

 

だがそれは少し違った。

覚悟の日でもあったが、思い出したくない日でもあった。

幼い心が蓋をしていたから、目を背けたまま生きていた。

あの子のような存在を作らないでというあの約束は、大好きな椿との思い出なのだ。

だから鈴音にはそれを守る義務がある。

それが鈴音が今、生きている唯一の理由なのだから。

 

 

「椿は葛葉紘汰を助けるために戦った」

 

「だから……?」

 

「椿が守る筈の紘汰を守らなければならない」

 

「だから――ッ!?」

 

「つまり椿が守ろうとしていた紘汰を殺すことはできない」

 

「だから!!」

 

「だから、私は騎士を勝たせるわ」

 

(はあああああ!? ふざけんなよゴミカス女ァアアア!)

 

 

沙々は思わず立ち上がった。

なんとか言葉を飲み込んだが、幸いなことに同じようなことをみらいが叫んでいたのでボロは出ずにすむ

魔法少女集会、集まった少女たちはみんな信じられないという表情を鈴音に向けていた。

 

 

「ちょっと待って。貴女、意味がわかっていて……?」

 

 

海香が手を挙げた。もちろん殺しあうのは反対だが、かといって死にたいわけではない。

鈴音がわざと騎士に殺されれば、その時点で魔法少女たちは全滅なのだから。

 

 

「確かに約束を守ることは大切かもしれないが、それこそ椿さんを蘇生させればいいだけの話じゃないのか?」

 

 

麻衣が鈴音に詰め寄った。流石の彼女も焦りがあるようだ。

 

 

「何がお前の願いなんだ? それを見間違うな。私には一択にしか思えない!」

 

「……椿は私が少しでも苦しくないように、痛い思いをしないように頑張ってくれていた」

 

 

体も、心もだ。だから孤独になった鈴音の傍にいてくれた。

椿にはきっとその痛みがわかっているからだ。

 

 

「今の貴女たちは痛くないの?」

 

「なに?」

 

「椿は素晴らしい人よ。もしもデスゲームの果てに蘇生されたと知ればきっと彼女は苦しむ。今まで倒してきた魔女が魔法少女と知れば、きっと心の痛みを感じる」

 

「それを超えて生きていくこともまた! 私たちに与えられた宿命じゃないのか……?」

 

「私は椿にそんな想いをしてほしくない」

 

「それは椿さんが決めることだ」

 

「椿ならきっと蘇生させてほしくはないと言うわ」

 

「あ、あのっ! いいですかぁ?」

 

 

沙々が手を挙げる。

 

「黄金の果実があれば、蘇生させた椿さんの記憶をいいように弄ることができるんじゃないでしょうか? いえっ、そればかりかわたしたちの記憶だって改変させて罪悪感を消すことだってできますよ?」

 

「………」

 

 

鈴音の表情は全く明るくならない。

 

 

「あのゲームを仕掛けた奴らが、大人しく引き下がるの?」

 

「え?」

 

「それに、生きるということは、いつかは死ぬということよ」

 

「ほへぇ」(あ? なに言ってんだコイツ)

 

「……私はまた椿の死を見なければならない。私の死を椿に見せなければならない」

 

「と、いうことは」

 

「これは私のエゴ。ごめんなさい。魔法少女は死ぬべきよ」

 

 

静寂。そして、壁を殴る音。

 

 

「なんだそれ? うじうじうじうじ! ウジウジウジウジィイイッ!」

 

 

みらいは走り、鈴音を殴った。

しかし同陣営は傷つけあうことはできない。

鈴音は何も表情を変えることなく、不動のままだった。

 

 

「狂人出てこい! 鈴音を黙らせろ!」

 

 

狂人なら鈴音に攻撃が通る。

だったら大人しくさせる――、それこそ両手両足を切断して閉じ込めておけばリーダーアサルトの危険性は下げることができる。

しかし魔法少女たちは視線を交差させるだけで、誰も動こうとはしない。

出てこないということは鈴音を傷つけたくないか、あるいはもしや騎士側についているのか。

 

 

「だがこのままだと確実に私たちは全滅だ! とりあえず抑えるだけは抑えるぞ!」

 

 

さすがのカオルや海香や佳奈美も頷き、走る。

おろおろとしている茉莉をよそに魔法少女たちの手が鈴音に伸びた。

しかし何も掴めない。陽炎で後ろに回ったのだ。

 

 

「!」

 

 

だが鈴音は首を掴まれる。

亜里紗だ。バチバチと迸るエネルギー。

身体強化の魔法を発動させて、鈴音を掴んだまま飛び上がった。

道場の天井をブチ破ると、そのままどこかに消えていく。

 

 

「か――ッ! 私の道場だぞ……!」

 

 

麻衣は真っ青になって、空を見ている。

 

 

「黄金の果実があればすぐ直るって。それよりアイツどこ行ったの?」

 

 

みらいの問いかけに答えるものは誰もいなかった。わからないからだ。

 

 

「佳奈美、追跡を頼める?」

 

「う、うん! おっけー!」

 

 

佳奈美が駆け出し、亜里紗たちを追いかける。

 

 

「一人で抑えるよりは複数のほうがいいってのに!」

 

「しかし本当に問題だぞ。こっちのリーダーがあれでは……」

 

 

それを聞いて沙々は顎を触る。

一つ思いついたのが、彼女の固有魔法である『洗脳』だ。

鈴音にかけることができたならなんとかなりそうだが、かといって他の魔法少女たちには創造魔法であると嘘をついている状況。

ここで洗脳でしたと明かせば、茉莉を使って藤果を殺したことがバレてしまう。

 

 

「貴虎がこちらを全滅させるつもりだからな。心臓をさらし続けるのはマズイ」

 

 

ふと、そんな声が聴こえた。

 

 

「ん? ほえ? どういうことです?」

 

「沙々は学校にはいなかったな。実は――」

 

 

そこで斬月が魔法少女の皆殺しを宣言したことを教えられた。

 

 

(げぇえええ! やべぇじゃねぇかマジでそれは!)

 

 

こうなっては弟のミッチがどうとか言っている場合ではない。

今すぐに彼を切って新しい立ち回りに切り替えるべきだろう。

そんなことを考えていると揉める声が聞こえてきた。

はじまりは麻衣がカオルたちに紘汰の殺害を提案したことだった。

 

 

「鈴音があんな状態である以上、早めに決着をつけるしかない! 全員で葛葉紘汰を狙うんだ」

 

「ダメだ! 紘汰は……ッ、友達なんだ」

 

「だから我々に犠牲になれと? お前の友情のためには死ねない」

 

「それは……」

 

 

沈黙が訪れる。

背中の傷はふさがったとはいえ、まだ痛むのか、カオルは弱弱しくへたり込んだ。

そこで沙々が手を挙げる。

 

 

「お取込み中のところ申し訳ないんですがっ! 一人になるのが怖いので誰かしばらく一緒にいてくれませんか?」

 

 

沙々としてはナイトフェイズのこともあるため、あまり集まりたくはなかったが囮に使える分、そちらのほうがマシと割り切った。

 

 

「相部屋でいいなら」

 

「ありがとうございますぅ! 着替えとか持ってきたいので、今から一緒に家に来てくれるとありがたいんですけど……」

 

 

カオルは頷こうとしたが、首を止める。

麻衣とみらいを睨んだ。もしもここから立ち去れば、きっと二人は紘汰を殺しにいくのだろう。

 

 

「悪いけど茉莉、一緒に行ってやってくれ。海香はアタシとここに残ってほしい」

 

「う、うん。じゃあ、いこっか沙々ちゃん」

 

 

こうして、二人は沙々のアパートを目指した。

 

 

「沙々ちゃんはどんな色が好き? マツリはねぇ、やっぱり緑色とかなぁ」

 

「ほぇー」(え? なんだそのゴミみてぇな質問)

 

 

その後も茉莉はいろいろ質問をしてくれるが、沙々は適当な相槌で受け流した。

茉莉としては少しでも沙々に安心してほしいから声をかけたというところがある。

そして記憶こそないが、朱里を殺してしまったことは事実だ。だから沙々が警戒して怖がらないように自分をさらけ出そうという意図があった。

まさかその沙々のせいとは知る由もない。

 

 

「そこを曲がればアパートで――」

 

 

曲がる。気づく。

アパートが、ない。

 

 

「くわぁっす!?」

 

 

沙々から変な声が出た。

アパートが丸ごとなくなっているのだ。

とはいえ多少の『残骸』はあった。急いで駆け寄ってみると、どうやら全焼したような形跡があった。

 

 

「これは……、まさか――ッ!」

 

「あぶない! 沙々ちゃん!」

 

「ホゲータ!!」

 

 

変な声が出た。

というのも、沙々のすぐ傍に光の矢が着弾したのだ。

茉莉の警告がなければ間違いなく直撃していただろう。

 

 

「ありゃ、外しちまった」

 

「な、な、な!」

 

 

空だ。

見上げれば、ダンデライナーに乗ったシグルドがソニックアローを構えていた。

アパートを破壊したのは殺すためだ。凌馬が貴虎のために沙々を殺すといい、それをシグルドが実行するというだけの話。

そしてアパートにはいなかったが、この沢芽には治安維持のため多くの監視カメラが設置されている。

そのデータをユグドラシルはいつでも確認できた。

だからこうしてシグルドが沙々の前にいるのだ。

 

 

「にゃおはぁーっ!」

 

 

変な声が出た。

またもや矢が何本も飛んできて沙々を貫こうとしてくる。

変身して走るが、なにせシグルドは空に浮いているし、沙々にまともな飛び道具はない。

というのも彼女の本質は洗脳だ。戦闘スタイルは魔女を魔法で操ってというものだが、いかんせん手持ちの魔女が小さいもの一体しかいないのだ。

補充する前にゲームが始まってしまい、それから新しい魔女に出会えていないものだからコンディションとしては最低なのである。

となれば、取る方法はたった一つ。

 

 

「茉莉さんたすけてぇー! なんか狙われてますゅーッ!」

 

 

他・力・本・願! あざす。

 

 

「待ってて!」

 

 

茉莉が手をかざすと、沙々がバリアに包まれる。

さらに茉莉はパワーアームから光弾を発射してシグルドを狙った。

 

 

「ここはマツリに任せて沙々ちゃんは逃げて!」

 

「デ、デモ、ソンナコトデキナイヨー」

 

「マツリは大丈夫だから!」

 

「じゃあ頼みますね! ご無事で!」

 

 

沙々は一度も振り返ることなく全速力で逃げ出した。

大きく手を振りながら疾走。途中でよぎる茉莉の死。

考えてみれば――、実はかなりのチャンスかもしれない。

茉莉が死んでくれれば藤果殺害を茉莉の仕業にしやすくなる。

 

 

(頼む! 死んでくれぇええええええ!!)

 

 

と、神に祈ってみる。

すると空からシグルドが降ってきて、沙々の前に着地した。

 

 

「ほぴゃあああああああああ! なんでぇええ!?」

 

「驚いたか? コイツだよ」

 

 

そういってシグルドは『S』と書かれたロックシードを見せる。

"シドロックシード"は、複数のロックビークルを脳波で自在に操ることができるようになる代物だ。

これにより現在、茉莉は大量のチューリップホッパーと、空に浮かび機関銃を乱射するダンデライナーたちに足止めを受けていた。

 

 

(あンのゴミ女つかえねぇーィ!!)

 

 

こうなったら直接シグルドを殺すしかない。

沙々はさっそく、魔力を全開にして洗脳魔法を発動するが――

 

 

(だめだ、騎士はどうもアーマーを通さねぇ!)

 

 

シグルドは沙々の命令を無視して弓を構えている。

こうなったら力業だ。

沙々は飛んでくる矢を華麗にかわしながら一気にシグルドへ距離を詰めた。

 

 

「やるねぇ!」

 

「どうも!」

 

 

ソニックアローと杖がぶつかり合う。

その衝撃でバキンと音がして杖が折れた。

 

 

「すぅぅ……」

 

 

真っ青になる沙々。

直後、腹に蹴りが入り、後方へ吹き飛ぶ。

 

 

「ほげぇえ!」

 

 

背中で地面を擦る。

そのすきにシグルドは弦を思いきり引っ張り、エネルギーを鏃に集中させた。

 

 

「んん?」

 

 

前にあったのは、DOGEZA。

 

土・下・座。

 

優木沙々、百万点の頭下げである。

 

 

「ずびばぜんでじだぁあぁ!!」

 

「はァ?」

 

「調子に乗って申し訳ありませんでしたぁ~! ごろざないでぇえぇえぇえ!」

 

 

顔をあげた沙々は涙と鼻水でぐちゃぐちゃである。

 

 

「えぐっ! えぐ! ひぐっ! はぐっ!」

 

「悪いなお嬢ちゃん。アンタに恨みはないが、これは仕事なんだ」

 

「ぞごをなんどがぁ!」

 

「ゲームのこともある。諦めるんだな」

 

「病気のお祖母ちゃんがいるんですッ! 私に会えるのだけを生きる糧にしてぇえ、私が死んだらショックで心臓がぁあ! お祖母ちゃんまで殺すんですかこの人でなしィィ」

 

「……おかしいな。テメェのことは調べたが、祖母はとっくにお陀仏してるだろ」

 

「え?」

 

「は?」

 

「ん?」

 

「お?」

 

「あー、いやッ、叔母! 叔母ーちゃんがいてぇええ! 遠方の病院で一人寂しく難病と闘っているんですぅう! 私と会えることだけが生きがいで! 私はまだ死ぬわけにはいかないんですぅぅう! それだけじゃありません! それだけじゃないんです! えっと、えーっと、なんか、えーっと。んー、あ! そう! そうです! その病院で知り合った病弱な少女と約束したんですぅぅ! 私がなんかあのー……モルックの大会的なヤツで優勝したら手術を受けてくれるって。だから私が生きてモルックで優勝しないと若き命がぁあ」

 

「……モルックってなんだ?」

 

「え? あ……」

 

「………」

 

「あの……、いっぱい食べると……気持ち悪くなる、ヤツ」

 

 

シグルドは無言でスマホを取り出すと、ポチポチとワードを打ち込む。

そして、検索終了。

 

 

「お前は死んどけ」

 

「ぎゃあああああああああ!」

 

「だいたい涙がとっくにひっこんでるんだよ」

 

「待って! 待ってください!」

 

 

待つつもりはなかった。なかったが――

 

 

「ッ!」

 

 

シグルドは手を止めた。

 

 

「お前……」

 

 

沙々が、笑っていたのだ。

口が三日月のように吊り上がっている。

なにも無策でクオリティの低い命乞いをしていたわけではない。

沙々がそうやって時間を稼いでいる間、沙々は『投げて』いたスマホを、使役した魔女に拾わせていた。

 

肉球に手足が生えたような魔女である通称・『チビ』は、路地裏にスマホを持っていき、沙々からのテレパシーを受けて文字を打ち込んだ。

そしてそれを送信したのだ。

その結果がシグルドの背後に見えた。

だから沙々は笑ったのだ。

 

 

「やめろ!」

 

 

そういって龍玄は発砲した。

沙々はチビを使って光実に『助けて!』というメッセージと今いる場所を送ったのだ。

 

 

「おいおい坊ちゃん。これまた奇遇なこって」

 

「沙々さんを襲っていたのか!」

 

 

シグルドは迷う。凌馬から光実にはバレるなと釘を刺されていたのだ。

 

 

「たすけてぇえ! 光実くんッッ!!」

 

「んお!?」

 

 

シグルドの脇を通り抜けて走っていく沙々。

やられたと思う。

変身を解除した沙々は、自分で洋服やスカートをビリビリに破いていた。

半裸の彼女は龍玄にしがみつき、潤んだ瞳で助けを求める。

 

 

「あの人が! あの人がぁあぁ!」

 

「沙々さん! シド! 貴様ァ……!」

 

「おいおいおい待て待て待て! 坊ちゃん、そりゃ誤解だって!」

 

「黙れ! お前だけは許さないッッ!!」

 

 

龍玄は沙々を庇うように立つ。

沙々は素早く龍玄の背後に隠れると、顔だけ覗かせてシグルドに向けて舌を出した。

 

 

「呉島は女運がねぇなー。クソ不味いアップルパイ女に性悪ときた」

 

「沙々さんの侮辱は許さないぞ!!」

 

「だいたい、俺がそんなことをするヤツに見えるってか?」

 

「悪そうな顔なのは確かでしょ」

 

「……クソガキが!」

 

 

シグルドが地面を蹴った。

龍玄は銃を連射するが、シグルドはソニックアローを盾にして突っ込んでくる。

 

 

「くッ!」『キウイ!』

 

 

龍玄は振るわれたソニックアローを飛び越えながらロックシードを起動する。

振り向きざまに再び振るわれた刃。

しかし同じくしてキウイ型のアーマーも展開する。

 

 

『キウイアームズ!』『撃・輪・セイッ! ヤッ! ハッ!』

 

 

円形状の大きな切断武器、キウイ逆輪でソニックアローを受け止める。

さらに龍玄は回転しながら飛び上がり、両手に持っていた輪を投げた。

激しく回転し、エネルギーをまといながら武器はシグルドへ向かう。

 

 

「フンッ!」

 

 

一投目。シグルドは弓でそれを弾くと、追撃の矢で撃墜する。

 

 

「ハァアアア!」

 

 

二投目。シグルドは飛び上がり、輪をかわすと矢を発射して輪を落とす。

しかし龍玄が手をかざすと、落ちていた二つの輪が再び手に戻る。

 

 

「ハァアア!」『ハイーッ!』『キウイスカッシュ!』

 

「ハァ、くだらねぇ」

 

 

飛んだ来た輪をシグルドは真っ向から受けた。

ルールにより同陣営が傷つけあうことはできない。

衝撃は来るが、ゲネシスドライバーの力があれば戦極ドライバーの出力するパワーなど恐れるに値しない。

しばらくして龍玄の手元に戻ってくる二つの輪。

龍玄はさらにカッティングブレードを倒す。

 

 

『ハイーッ!』『キウイオーレ!!』

 

 

輪の片面に半分にしたキウイのエネルギーが現れる。

輪と輪を重ねることで、一つのキウイになった。

龍玄はそれを発射してシグルドに直撃させる。

 

 

「!!」

 

 

シグルドはそれを真正面から受け止め、そして吹き飛んだ。

地面に倒れ、煙を上げるアーマー。

それを見て、シグルドは意味を察した。

 

 

「ははあ、なるほどね。お前が狂人ってわけだ」

 

 

シグルドは跳ね起きる。

一方で龍玄はゲネシスコアを戦極ドライバーに取り付けた。

 

 

【ドラゴンフルーツエナジー!】

 

【ミックス!】【ジンバードラゴンフルーツ!】

 

『【ハハーッ!』】

 

 

強化フォームとなった龍玄はブドウ龍砲の銃身にソニックアローを連結させる。

こうして、二つの武器が合体したボウガンが生まれた。

 

 

「やれやれ、呉島主任は過保護だね。弟に良い玩具を与えすぎだ」

 

「シドォオッッ!!」

 

 

龍玄は躊躇なく引き金をひいた。

ボウガンから赤く輝く光の矢が連射されてシグルドを狙う。

だがシグルドは臆することなく走り、前に向かった。

飛んできた矢をソニックアローで弾き、ステップを踏んで加速する。

 

 

「おっと!」

 

 

間一髪でかわした矢。シグルドは倒れつつレバーを押した。

 

 

【ソーォダァ……】【チェリーエナジースカッシュ!】

 

 

ソニックアローの刃が赤く発光し、シグルドはそれを思い切り投げて地面を滑らせる。

龍玄は向かってくるソニックアローを見て、ギリギリのところで跳んで回避した。

だがソニックアローを見すぎた。

着地して顔を上げると、そこにシグルドの拳がある。

 

 

「グアぁあ!」

 

 

殴られ、龍玄は後ろに下がっていく。

そこでシグルドはレバーを二回押して飛び上がった。

 

 

「うッ!」

 

 

龍玄が踏み込もうとするが、間に合わない。

そうしているとシグルドの飛び蹴りが間近に迫る。

 

 

【チェリーエナジースパーキング!!】

 

 

シグルドは赤い球体状のエネルギーを纏った状態で、飛び蹴りを龍玄の胸に直撃させた。

するとそこで動きが停止する。

そうすると背後に、もう一つの紅球が現れた。

 

そこにあるのは巨大なサクランボだ。

後ろにあるエネルギーボールが『ニュートンのゆりかご』のように、シグルドがいるエネルギーボールがぶつかって、その際に生まれた衝撃が一気に龍玄へと流れ込む。

 

 

「ぐあぁあああ!」

 

 

龍玄は吹き飛び、そこで変身が解除された。

 

 

「やれやれ」

 

 

シグルドは、倒れた光実に向かってソニックアローを向ける。

 

 

「言い訳は後で考えるか」

 

「――ッ!」

 

 

光実の目が恐怖に染まった。

だから彼は反射的に内ポケットから『それ』を取り出し、起動させる。

 

 

「なにッ!?」

 

 

そこで凄まじい衝撃が巻き起こった。

 

 

「………」

 

 

僅かに時間をおいて、もう一度、衝撃が走る。

シグルドが倒れていた。

ドライバーとロックシードが破損しており、そのせいで変身が解除される。

 

 

「バカな……!」

 

 

シドは立ち上がれない。全身の骨が砕けている。

 

 

「なんでお前が"それ"を――!」

 

「兄さんがお守りに持たせてくれたのさ」

 

「えこひいきが過ぎるぜ。ったく……」

 

 

龍玄はブドウアームズに変身する。

そして、ブドウ龍砲をシドに向けた。

 

 

「よせ――ッ! 覚悟もないヤツが中途半端にやることじゃない……」

 

「黙れ! 覚悟ならある! 僕は……ッ、僕は沙々さんのことを本気でッッ!!」

 

 

そこで、背中を押す声が聞こえた。

 

 

「お願い! もう酷いことされたくないよぉ!」

 

 

シドはニヤリと笑った。

 

 

「悪い女だぜ……!」

 

 

銃声が聞こえた。

シドの頭が弾けた。

 

 

「ォオオオオオオオオオオ!」

 

 

龍玄は何度も引き金をひいてシドの体を破壊していく。

ふと、我に返る。

もう死んでる。龍玄は変身を解除した。

 

 

「お前みたいなクズは、生きてちゃいけないんだ……」

 

 

足が、ガクガクと震えていた。

けれどもこれは武者震いなんだ。光実はそう言い聞かせて背後を見る。

沙々が走ってきた。彼女は光実を抱きしめ、顔を胸に埋める。

 

 

「守ってくれて、ありがとう! 怖かった……っ!」

 

「大丈夫だよ沙々さん。僕がついてるから」

 

 

前言撤回。光実はまだ切らない。

まさか彼がそうだったとは。

これは大きな収穫である。

 

 

「あなたは、わたしのヒーローです! ふえぇええ!」

 

 

狂人(コイツ)は、使える!

 

 

 

【シド・死亡】

 

【魔法少女陣営:残り9人】【騎士陣営:残り9人】

 

 





たぶん六月の更新はこれでラストだと思います。
許して、許して、おくれやし……(´;ω;`)

とはいえね皆さん。
今はニチアサが熱いということでね。
アマプラでドンブラザーズが見れるので、こいつを浴びてください。
井上敏樹さんはまだまだとんでもないものを提供してくれるようで、毎週楽しみにしてます(´・ω・)b

あと、なんだろうな。
最近は話題のサロメお嬢様も好きですね。
ウマ娘でもマックイーンとか、カワカミとか、特にブライトがめちゃくちゃ好きなんでね。
マギレコでいうと前になんでもないガチャで、ゆうなが来てくれたりとね。
さらにいえば、まどマギ診断みたいなヤツ今までに二種類やったことあるんですけど、結果ぜんぶ仁美ちゃんだったんでね。

つまり私がお嬢様ですわ(まっすぐな瞳)


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第六話 断ち切るもの

ここ数日いろいろなことがありましたので投稿するかどうか迷いましたが、あえて更新することにしました。
そんなたいそうな話でもないのですが、あとがきにスタンスみたいなものを書いてますので、興味のある方は一つ。


 

「大丈夫か! 茉莉!」

 

 

ナックルが駆け付けたとほぼ同じタイミングでカオルと海香も到着した。

茉莉が発生させたSOS電波は、スマホのメッセージアプリをハッキングして、テレパシーで文字を送ることができる。

これで特定の人物にレスキューコールを送ったのだが、二人が駆け付けた時にはへたり込む茉莉と、その周りに無数の残骸が散らばっているだけだった。

 

 

「これッ、全部、茉莉が?」

 

「ううん。そうじゃなくて」

 

 

茉莉はつい先ほどの光景を思い出していた。

地面を突き破った無数のバナナ。それらがチューリップホッパーを粉砕し、さらに無数のマンゴー破片がダンデライナーを撃ち落とした。

へたり込む茉莉は、バロンをジッと見ている。

 

 

「戒斗、どうして……」

 

「俺は貴様に"強さ"を視たからチームバロンへ入れた。それがこんな無機質な道具に殺されるなど、つまらんにも程がある」

 

 

バロンは踵を返す。

 

 

「いい加減に戦え、茉莉」

 

「無理だよ。マツリは――」

 

「前を見ろ。貴様にはもう、それができるだろ」

 

「だからだよ」

 

「なに?」

 

「マツリが見つけた強さは、そんなんじゃないから」

 

「………」

 

「視力を手に入れていろいろなものを見たよ。それでわかったの。この世界にいる人たちは視力があって同じものを見ていても、時に違うように映る。あるいは、ぜんぜん形のないものを見ようとしてるから皆バラバラなんだよね」

 

「そうだ。だからそれを一つに纏めるものがいる。それが"力"――、強者というものだ」

 

「それが戒斗の正義なら、やっぱり茉莉とは視てるものが違うよ。助けてくれたことは本当に感謝してるけど、もしも戒斗がみんなを傷つけることが正解に視えたなら――」

 

 

茉莉は、バロンをまっすぐに見ていた。

 

 

「戒斗は王にはなれないよ」

 

 

バロンはそれを聞くと、何も言わずに去っていった。

 

 

「はぁ」

 

 

茉莉はへたり込み、そこでナックルたちが駆け付けたのだった。

 

 

「そうだ。沙々ちゃん! 大丈夫かな?」

 

「ああ、それならさっき連絡が来て、逃げ延びたそうだ」

 

「も、もしかしてさっきのアナウンス……」

 

「いや、それがどうやら狂人が騎士を殺したって」

 

「なんだって?」

 

「向こうは仲間割れが起きてるみたいだって沙々は言ってるんだけど」

 

 

ナックルは腕を組んで考えた。

もしや狂人が騎士を裏切る方向に動き出しているのか。

それともただの正当防衛に近い何か、だったのか。

 

 

「いずれにせよ厄介なことになりそうだぜ……」

 

 

とりあえずカオルは茉莉をナックルに任せて猛スピードで麻衣の道場に戻ったが、そこには気まずそうにしている海香が。

 

 

「ごめんなさい。二人は出ていったわ」

 

「……仕方ない。コッチも鈴音を探そう」

 

 

どうやら佳奈美も見失ってしまったようで、二手に分かれる。

海香はかずみと合流し、鈴音を探したが、そう簡単には見つからないものである。

 

 

「「「あ」」」

 

 

そんな最中、城之内の家の前で海香たちと紘汰は鉢合わせた。

 

 

 

 

 

「紘汰は仲が良かったの?」

 

「友達ってほどではなかったのかもしれない。けど、やっぱり同じビートライダーズとして踊ってた仲間だとは思ってる。二人はどうして?」

 

「かずみと出かけていて。本当は寄るつもりはなかったのだけれど。近くに来たから……」

 

 

紘汰としてはせめて仏壇に手を合わせたくて来たはいいが、家の前まで来て、彼の死体が蒸発したことを思い出した。

多くの人間が行方不明ということになっていた。城之内もその一人だ。

しかし海香が合い鍵を持っていたので入らせてもらえることに。

 

 

「よく家には?」

 

「持っていただけよ。両親は険悪な別れでもなかったそうだから、何かあったらって父がくれたの。とはいえほとんど会ってなかったけど」

 

「それは、どうして? 家族なんだろ?」

 

「なんとなく気まずくて。ただどんな生活をしていたのか、今更ちょっとだけ気になって寄ってみたわ。兄はほら、もういないことだし」

 

「……そっか」

 

「ところで一人でいても大丈夫なの? リーダーなのではなくて?」

 

「いや、それが……」

 

 

実はもう湊に組み伏せられて、ユグドラシルに連れていかれていた。

無理もない。紘汰が死ねば騎士は全滅だ。向こうは監禁するつもりではあったが、そこではヘラヘラとした笑顔が待っていた。

 

 

『いやぁ、申し訳ない。実はつい先ほど彼が来て』

 

『チャオ』

 

 

ジュゥべえは紘汰にリーダーとしての恩恵。

未覚醒のオレンジロックシードについて説明を行った。

それは簡単にいえば紘汰が戦わないと『熟さない』らしい。

 

 

『ということで我々の勝利のためにも是非、先陣で活躍してくれたまえ』

 

 

そう言って凌馬はチェリーエナジーロックシードを投げる。

紘汰はそれを受け取ると表情を変えた。ロックシードが血で汚れている。

 

 

『シドの形見だ』

 

 

凌馬は肩を竦めて、笑った。

 

 

「って、ことなんだけど」

 

「とはいえ護衛くらいはついてるかもね」

 

「ッ、そうか。だったらここにいるのは……!」

 

「少しくらいは大丈夫よ」

 

 

そういって海香は家の中を進む。

 

 

「こっちも大変でね。リーダーである天乃鈴音は貴方を勝たせようと必死」

 

「え?」

 

 

海香は事情を説明する。

椿という魔法少女。そして紘汰という少年。

椿の意思を貫くため、鈴音はリーダーでありながら全滅を望むのだ。

 

 

「そんな! まさか!」

 

「そのまさかみたい。困ったものだこと」

 

 

紘汰は俯き、顎を抑える。

あの木のような化け物が鈴音の大切な人だったと?

罪悪感が胸を刺す。当然それは紘汰のせいではないが、結果論としてもしも紘汰たちが襲われなければ椿は魔女にならずに済んだかもしれない。

 

 

(でも、まてよ……?)

 

 

紘汰には一つ、引っかかるものがあった。

 

 

(いやッでも鈴音が言うなら……、そうか、でもアレはじゃあ一体――)

 

 

そこで紘汰はふと、立ち止まる

気づけばもう城乃内の部屋の前だ。

 

 

「あー……」

 

「なに?」

 

「やッ、なんていうかほら。見られたらマズイものとか……」

 

「そんなもの残しておくほうが悪いのよ。私は本や映像は現物派だけど、デジタルも買うわ」

 

 

海香は兄の部屋の扉を蹴破った。部屋の中は、わざとらしいほどお洒落だった。

紘汰は、壁にチームインヴィットのグッズが飾ってあるのを見つけた。

初瀬と交換したのだろうか、レイドワイルドの物もある。

 

 

「少し前まで、一緒にダンスをしていたんだ……」

 

 

誰に言うでもなく、紘汰は弱弱しく呟いた。

 

 

「………」

 

 

海香は無表情だ。

部屋を少し見ただけで、兄の何かがわかる筈もない。

とはいえ、まったく情報がないわけでもなかった。

クローゼットにある自分の本を見つけたのだ。

しかも一冊ではない。一種類につき、三冊ほど買ってある。

 

 

「応援してくれてたんだね」

 

 

かずみがそっと海香の肩に触れる。

海香は複雑そうにため息をついた。

 

 

「まあ、悪くない兄だったわ」

 

 

海香は振り返り、紘汰を見る。

 

 

「帰ります」

 

「あ、ああ」

 

「紘汰さん。私は、生き残るわ」

 

「……ああ」

 

 

海香はかずみを連れて部屋を出た。

 

 

「ねえ海香。今のってどういう意味? 戦うとかじゃ……ないよね?」

 

「そうね。でも私は絶対に生き残る。それだと、いずれどうなるか? その行間は読んでほしいものね」

 

 

 

 

子供たちが下校している。

この殺伐とした世界であっても、彼らははしゃぎ、笑いあっている。

小走りで橋を渡り、帰路につく。

その下に亜里紗と鈴音はいた。

 

 

「初瀬の弟が帰ってる。まだ小さくてね。初瀬がいなくなったら家族はバラバラ」

 

「なら、尚更、魔法少女は死ぬべきね」

 

「かもね。アンタはどう思う?」

 

 

亜里紗は呆れたように笑う。

初瀬はというと、怒っていた。

 

 

「知るか」

 

 

果し状なんてものは相当バカじゃないと出さないものだと思っていた。

しかし携帯にはそれが届いた。

 

 

「こんなモンでノコノコ来ると思ったのか? ナメんなよ」

 

「でも来たじゃん」

 

「ムカついたからな。バカにしやがって」

 

「バカじゃん」

 

「テメェもだろ!」

 

 

鈴音の表情は一切変わらない。淡々と初瀬の前に来て、そこで立ち止まるだけだ。

 

 

「殺せば終わる」

 

「知るか、どけ!」

 

「え?」

 

 

初瀬は鈴音の肩を掴んで横にどけた。

意味がわからない。鈴音は初瀬を見た。

初瀬は鈴音なんて一瞥もくれちゃいない。

ただ亜里紗とまっすぐ睨みあっている。

 

 

「どうして? 終わるのよ?」

 

「終わらねぇよ」

 

「なんで」

 

「果し状もらったんだぞ。お前を殺して何になる」

 

「亜里紗も死ぬわ」

 

「だろうな。だけどそういうことじゃねーんだよ。いいからテメェは黙ってろ!」

 

 

鈴音はワケが分からず沈黙するしかなかった。

そうしていると、亜里紗が笑う。

 

 

「アンタらしいわ」

 

「うるせぇぞ」

 

「まあいいか。それより一つだけハッキリさせたいことがあるんだけど」

 

「なんだ?」

 

「千里は自分で死んだんでしょ?」

 

「………」

 

「なんでわかったかって? そりゃわかるってば、なんとなく」

 

「嘘ついてんじゃねぇ」

 

「じゃあ違うの?」

 

「………」

 

「今更、罪悪感でも感じてんの? くだらない、本当にくだらないわ」

 

「そんなんじゃねぇ! ただ、なんていうか……」

 

 

信じてる。

あの日、あの時、千里に言われたことだ。

 

 

「わからねぇ。だから気持ち悪い」

 

 

確かに、交流があった。

だが仲が良かったのかはわからない。

亜里紗とはチームメンバーで、それなりにバカもやって、楽しくはやってた。

でも千里は亜里紗と友達で、友達の友達は……、どうなんだろうか。

 

 

「アイツはオレを知らない」

 

「アタシは結構……、話してたけど。ほらいじめられてたチームメイトのお礼しにいったこととか」

 

 

亜里紗はため息をついた。勝手に話していいものかと思ったが、勝手に死んだバツだ。

千里の過去を話し始めた。

なぜ彼女が魔法少女になったのかを。

 

 

千里の父は絵本作家だった。

 

夢を与える話を書きたいと常々口にしており、千里も父の描く個性豊かなキャラクターたちが大好きだった。

しかし父の情熱とは対照的に、本の売り上げは伸び悩んでいた。

夢なんてどうでもいい。マーケティングこそが正義であると口にした編集者と対立した日から父には仕事が来なくなった。

 

夢が負ける筈がない。父はそう口にしながら酒を飲んだ。

毎日お酒を飲み、視えない何かを探して、またお酒を飲む。

そうすると少しの希望の果てに、今を知る。父は声を荒げて世界を呪った。

今までいくつも優しい言葉を描いていた筈なのに、口を開けば母を口汚く罵り、グラスを投げてガラスを割った。

 

母は、いつか元の優しい父に戻ってくれると何度も千里に言って家計を支えるために朝早くから夜遅くまで働いた。

しかし無理がたたって体を壊し、ほどなくして亡くなった。

父は妻の死に動揺し、そのストレスからさらに酒の量は増えて、ついには千里を殴るようになった。

 

 

『父を更生させて』

 

 

それが彼女の願いである。

 

 

「でも、千里はずっと心残りだったって」

 

 

父は『別人』のように変わってしまったと、何度か口にしていた。

そこに後ろめたさを。なによりも、悔しさを感じていたのだろう。

 

 

「本当は自分が助けたかった。だから今度はどんな手を使っても初瀬、アンタを救おうって思ってたんでしょ」

 

「余計なお世話だ」

 

「アタシもそう思う」

 

 

むろん初瀬は変わらなかった。今までも、ゲームが始まってからもだ。

仕方ないと、諦めることができればよかったが、千里はどうしても割り切ることができなかった。

千里は父を変えてしまったことをずっと後悔していた。

あのやり方は更生ではない。

反省も何もない。ただの『殺人』だと思っている。

 

そしてそんな願いの代償によって自分たちは魔女になるという。

そもそも、魔女を殺してきた。

それは千里が描いていた未来とはあまりにもかけ離れたものだ。

だから止めなければならない。

そうでなければ何の意味もなくなってしまう。

 

しかし初瀬は覚悟を固めていた。

もしもそんな彼の心に何かを届けられるなら、それはきっと――

 

命だ。

 

千里は自らが死ぬことで初瀬に思い留まってほしかった。

初瀬にこれは違うのだと踏みとどまって、更生してほしかった。

自分の想いで、自分自身の考えで。

 

 

「千里は冷静に見えた。でも違う。親しい遥香が死んで、自分が魔女になるってわかって、動揺しない筈がない!」

 

 

それが、ラインを超えさせる決断をさせてしまったと。

 

 

「そうだ。テメェの言うとおりだ。オレは止まっちまったんだ」

 

 

行き過ぎた自己犠牲。

千里を前に動きが止まった黒影を見て、千里はその決意を固めた。

初瀬は自分を殺せなかった。良心がある。

それを、信じてる。

だから千里は自分の手で影松を掴んで自分の胸へ刃を入れたのだ。

 

 

「いずれにせよ千里がアンタを選んだのは事実よ! それってかなり……、ムカつく話」

 

「………」

 

「アタシはもう強いから必要ないとでも思ったんでしょ? わかってない。友達って、そういうものじゃないのに」

 

「……お前が死ぬところは、見たくないんだってよ」

 

「え?」

 

「言ってたぜ。亜里紗に笑われるから、かっこよく死なせてって」

 

「それで死なせたの」

 

「オレはそっちを選んだからな」

 

「馬鹿なヤツ」

 

「お前ほどじゃねーよ」

 

 

気だるい会話だった。

しかし二人は対照的に目にもとまらぬスピードで走りだし、変身を完了させて組み合った。

腕と腕がX状に重なる。

睨みあう二人だが、亜里紗はそこで殺意を瞳にはらんだまま、鈴音を見た。

 

 

「なんでココに呼んだかわかる!?」

 

「……わからない」

 

「見せるためよ! 説明するのは柄じゃない!」

 

 

亜里紗は黒影の腹を蹴った。

よろけ、しりもちをつくが、そこで突き出した影松の先が亜里紗の喉元に突き付けられた。

 

 

「本当にバカなヤツ!」

 

 

亜里紗は鎌を生み出すと湾曲した刃で槍の柄を絡め、そのまま黒影の手から弾いてみせた。

そのままの勢いで振り下ろす。

刃が黒影の肩に当たり、火花が散った。

黒影は叫んだ。刃をものともせず、体を前に出す。

亜里紗から目は逸らさない。瞳を逸らしたら負けになる。最後の最後まで、睨んで、進んで。

だから二人は思い切り額と額を打ち付けた。

 

 

「!」

 

 

亜里紗が魔法を使ったのだろう。

黒影の仮面が砕けて初瀬の顔がさらけ出された。

あっけにとられている間に、亜里紗は足をあげて思い切り腹を蹴った。

黒影は呻きながら地面に倒れ、そのまま回転して、川の間際まで進む。

 

 

「バカなりに!」

 

「あッ!」

 

「前に進まないといけないんだろうが!」『ドングリアームズ!』『ネバーギブアーップ!』

 

 

城之内の形見を初瀬は拾っていた。

ドングリアームズに変わった黒影はドンカチを振るって亜里紗の顔を打つ。

すさまじい衝撃によって体はよろけて、そのまま腕から地面に倒れる。

 

黒影は前に出た。

殺すということの痛みを教えて、踏みとどまってもらおうと考えたのだろうが……、やはり彼女は上手くいかなかった。

黒影はこう考えている。

もう、後には退けないのだと。

 

 

「!」

 

 

黒影は全力を込めてハンマーを振り下ろしたつもりだった。

しかし亜里紗はそれを両手でしっかりと受け止めている。

迸るエネルギー、身体強化の魔法をフルパワーで使用しているようだ。

 

 

「それは友情――ッ!?」

 

「かもな! アイツは! 城之内は――! まあそれなりに良い奴だった! 死んでみたら割と、結構ショックだったからな!」

 

「だったら……!」

 

「ッ?」

 

「だったら! わかるでしょッ!?」

 

「!!」

 

「アタシの気持ちがァアッ!!」

 

 

亜里紗の拳が黒影の腹を打った。

 

 

「千里は、アタシの親友だった!」

 

「グッ! ゥウァアア……ッ」

 

「はりさけそうよ!!」

 

 

黒影はうめき声をあげながら後退していき、やがては水しぶきを上げる。

一方で亜里紗の表情も険しい。

フルブーストとは文字通り最大強化。

魔力の消費が激しく、体を動かせばそれだけ反動が襲い掛かる。

しかしそれでも亜里紗はコレを使わねばなるまいと思っていた。自分のため、千里のため、そして黒影のためにだ。

 

 

「鈴音、どう思う? どう思ってる?」

 

「何が?」

 

「意味不明なことしてるでしょ。でも、それが必要なの。アタシは千里の友達だったから」

 

「弔いのつもりなの? でも今の会話が本当なら、詩音千里は初瀬を助けようとしていた。その人間を貴女は殺すというの?」

 

「はは、バカね。何も殺すだなんて言っちゃいないわよ。でもほら、やっぱりそこは全力で、殺すつもりで殴らないと」

 

「理解できないわ」

 

「アイツは馬鹿だから千里のメッセージに気付かなかった。だから全力で殴ってやんのよ。アイツが見落としたものを少しでもわかってもらうために」

 

 

この拳の重さは、千里の命の重さでもある。

気づいているかどうかは知らないが、初瀬もなんとなくの意味くらいは分かるはずだ。

でなければドングリのロックシードなんて使わない。

 

 

「まあ説明は無理。そんなに頭は良くないし。でもね、きっとたぶんIQ高くても言葉は見つからないのよ、ハートだもん」

 

 

だからダンスを踊っていた。

きっとあったんだ。あの踊りでしか表現できないものが。

だから今も同じだ。ビートライダーズの時と何も変わらない。

 

 

「くだらない」

 

「なんですって?」

 

「あなた達の気持ちなんて関係ない。リーダーはこの私、私の感情こそが全て。そしてそれは椿の感情よ」

 

「もしもまだアンタが騎士のために死ぬって思ってるなら、その椿ってのはさぞつまらない人間だったのね」

 

「……ッ、今、なんて?」

 

「アンタを見ればわかるわ。くだらないのはそっちのほう!」

 

 

鈴音は不快感を露にしながら立ち上がった黒影の前に立つ。

 

 

「さっさと殺しなさい!」

 

「どけ! 邪魔だっつってんだろうが!」

 

 

黒影は鈴音を突き飛ばし、亜里紗の前に立つ。

 

 

「なぜ!」

 

 

鈴音の問いに答えたのは亜里紗だった。

 

 

「アタシは変わった! 千里に出会えて少しはまともになったけど、アンタはそうじゃない! 椿って人を言い訳にして変化を拒絶してる!」

 

「それは、違う……」

 

「違わない。椿は何のためにアンタを助けたの? 人殺しにして、最終的には自分を殺して、魔法少女を皆殺しにする化け物にするため!? そうだとしたらそんなヤツどこが素敵なのよ? 屑も屑でしょうが!」

 

 

こういう言い回しはあまり好きではなかったが、今ならわかるというものだ。

 

 

「椿って人はそんなこと望んでない!」

 

「そんなのッ! 何がわかるの!?」

 

「むしろアタシでもわかる簡単なことがどうしてわかんないわけ!? その人が死んだ時からアンタは止まったままなのよ!」

 

 

亜里紗は鈴音の襟を掴み、叫ぶ。

 

 

「椿のために生きろ! 椿はアンタを生かしてくれたんだろうが!」

 

「それは紘汰のような人間を守るため!」

 

「アンタを愛してた! そんなことも読み取れなかったのか!」

 

「どの道……ッ、もう戻れない! 私は何人もの魔法少女を既に殺してる!」

 

「罪を償うことはできる! それに、その人たちを蘇生させることだって!」

 

「やっとわかった」

 

 

最後の言葉は黒影だ。

 

 

「くだらねぇ、確かにくだらねぇよ」

 

「なんですって?」

 

「言葉なんてガラじゃねぇ。オレたちは馬鹿なんだから説明なんてできない」

 

「ムカつく……!」

 

「だが踊れた。それでも踊れた。なんでかっていうとそれは……」

 

「説明できないんでしょ」

 

「そうだ。だがわかりやすくすることはできる。それは単純なことだった」

 

「?」

 

「亜里紗。一つだ。千里を蘇らせるには騎士を殺せばいい」

 

「………」

 

「勝てばいい。それですべてが終わるし、変えていける。そうだろ? きっとそうだ。ゴチャゴチャつまらない言葉を並べる必要はない。オレたちはそうだった。そこにつまらないものを引きずる必要もねぇ。千里の――、アイツのやったことが正しいとか間違いだとか、そんなどうでもいいことを決めに来たんじゃねぇ。なあそうだろ?」

 

「……かもね」

 

「ほしいものがある。それだけだ。オレは千里に試されてる気がして気に入らなかったんだ。でも違ぇよそれは。なぜかというと試すのはアイツじゃなくてこのオレだからだ。だからつまりこれを単純に言うと――」

 

 

ドンカチを向ける。

 

 

「本気で来やがれ。そしたらきっと、オレたちはたどり着ける筈だ」

 

「そう来なくっちゃ!」

 

 

亜里紗は跳ねた。

スキップをするように軽やかな足取りで黒影に切りかかっていく。

激しく交差する武器と拳。

入れ替わり、足同士がぶつかり合う。

鈴音はそれをジッと見ていた。

 

 

「椿」

 

 

掌を見る。

微かなぬくもりを思い出した。

彼女と手を繋いで帰った、あの日のことだ。

 

 

(私は……)

 

 

鈴音はハッとして、前を見る。

風が裂けた。

黒影の背中から大量の火花が飛び散っていた。

 

 

「死も超えられないのか、お前らは」

 

 

朱音麻衣はよろけた黒影の背中に蹴りを入れて怯ませた後、斬撃を三度とその体に刻みつけていった。

黒影は何とか踏みとどまると、振り返りハンマーを振るうが、感触はない。

麻衣は屈みながら体を回転させていた。

振るわれた踵が黒影の足を払い、黒影はそのまま仰向けに倒れる。

水しぶきが舞う。

麻衣は刀を思いきり下へ突き刺していた。

しかし黒影も何とか体を回転させて、それを回避する。

そのやり取りが三回ほど続いたところで麻衣の動きが止まった。

亜里紗に羽交い絞めにされている。

 

 

「やめろ! これはアタシら勝負な――」

 

 

亜里紗の視界が反転した。

気づけば、背負い投げで地面に倒されている。

 

 

「語るなら、せめて手の震えを止めてからにしろ」

 

「え……? あ」

 

 

そこで亜里紗は自らの『動揺』に気が付いた。

 

 

「く――ッ!」

 

 

激しい悔しさを覚える。

まだ足りなかったのか、覚悟が。

チームリーダーを殺そうと思い、戦い、それでもまだ迷いがあったのか。

 

 

(千里のせいよ。アンタがいなかったらこんなヤツぶっ殺してた……ッ!)

 

 

起き上がろうとするも、そこで亜里紗は悲鳴をあげる。

フルブーストの制御がうまくいかず、リジェクションが起きたのだ。

血を吐き、うつぶせに倒れてからは体が動かない。

滅多に使わない技だったため、コントロールが上手くいかなかったのだ。

 

 

「………」

 

 

クマを使うまでもなかったかと、橋の上にいたみらいは動きを止める。

手すりに座り、下にいる黒影を見た。

 

 

「悪いねリーダー、みらい様は先に行くよ。でもそういうもんだろ? 下が上を超える。それを容認するのがリーダーの役目ってもんだ」

 

 

黒影はハンマーを振るうが、パワーは互角、それならリーチの差がものをいう。

刀がハンマーをはじき、さらに麻衣は踏み込んで二回、打ち込むように刀を当てた。

さらに体を捻って足を伸ばした。蹴りが黒影の腹に入り、さらに追撃の斬撃が直撃する。

 

 

「ズッ! がぁああ!」

 

 

斬撃はまだ終わらない。

幾重もの閃光。

黒影の手からドンカチが弾かれた。

 

 

「クソッ! ッたれえええェエ! 」

 

 

カッティングブレードに手を伸ばしたが、そこで気づく。

激しい抵抗力。

小刀が下に降りない。

どうして? なんで? 黒影は下を見る。

するとカッティングブレードが途中で止まっていた。

ハッとして前を見ると、麻衣が人差し指と中指をまっすぐに伸ばしている。

その指から垂れる血。カッティングブレードの刃が触れているからだ。

麻衣は、範囲拡大魔法で触れられるリーチを伸ばして、ブレードを止めていたのだ。

 

それに気付くのが遅れた。

黒影に衝撃が走る。距離を詰めた麻衣の肘が胴に入ったからだ。

バランスが崩れる。麻衣が踏み込む。水しぶきが舞う。

黒影の腰、戦極ドライバーの中央に麻衣の刀が深々と突き刺さっていた。

侵入した刃は機器を破壊していき、黒影は苦痛の声をあげながら初瀬に戻る。

 

 

「形見に意味はない。想いが込められただけで、何の力も上乗せされない」

 

「ぐッ! おぉおお……ッ!」

 

「思い出もそうだ。意味があるようで、何もない。虚無を脚色はできるが、それは所詮、夢幻でしかない」

 

 

麻衣は、目を細めた。

 

 

「力こそが現実だ」

 

「オオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

初瀬は麻衣に殴りかかった。

しかしその拳が届くことはない。

初瀬の体の中央に一本、まっすぐな線が入る。

血しぶきが舞った。

初瀬の体が右と左に分離したのだ。

 

 

「初瀬ェエ!!」

 

 

亜里紗は目を見開いたが、体は動かない。

だから声を出そうとするが、うまくしゃべれなかった。

唇が重いのはあるが、なによりも――

 

 

「誰もがみんな、負けられない戦いがある」

 

 

麻衣は亜里紗を見たが、なによりも鈴音を睨みつける。

 

 

「攻める資格はないぞ。お前が放棄しようとしたものなのだから」

 

「私は……」

 

「亜里紗。お前もそうだ。本気じゃあなかった」

 

「何が!」

 

「怯えてる」

 

「ッッ!」

 

「思っていたんじゃないか? たとえ死んでも、それはそれで。なんてこと」

 

「そ、それは……」

 

「詩音千里のところへ行けると思えば割り切れるか? だが私はそうじゃない。私たちはそうじゃない。仲間が欠けることは魔法少女陣営の勝利に大きな影響を及ぼす行為だ」

 

 

亜里紗は何も言えなかった。

それが弱さなのだと、自覚する。

 

 

「死ぬ覚悟はあるのに、生きる覚悟は固められないのか?」

 

「えッ」

 

「それは倫理があるからか? 摂理に反するからか? 違うな。生きることは死ぬよりも遥かに大きな責任を背負うことになるからだ」

 

「……ッ」

 

「臆するな。私たちは生き物を食らい、虫を殺している。それが人になっただけだ。私たちは常に何かを奪いながら生きている」

 

 

亜里紗は消えゆく初瀬の死体を見つめ、そのまま地面にへたり込む。

もしかしたら鈴音を連れ去って訴えたのは、亜里紗の中にある『鈴音のように考えること』を消し去りたかったからなのかもしれない。

なによりも――

 

 

「千里がそうだったように、アイツだって、友達だった……!」

 

「なら逃げるな。向き合い、生きろ」

 

「なんですって……?」

 

「もとより、騎士と魔法少女が共存する未来などない」

 

 

麻衣の眼は、見透かしたような瞳だった。

 

 

「生き抜け」

 

「………」

 

「勝ち残り、千里を蘇らせろ。椿さんを取り戻せ」

 

 

亜里紗も鈴音も何も言わず、ただ麻衣を見るだけだった。

 

 

「私が気に入らないのなら、ゲームが終わった後で相手になってやる」

 

 

麻衣は、笑う。

そして踵を返して歩き出した。

 

 

「新世界で待ってるぞ」

 

 

彼女はそのまま、みらいと共に去っていった。

 

 

【初瀬亮二・死亡】

 

【魔法少女陣営:残り9人】【騎士陣営:残り8人】

 

 




こういう話はなるべくしたくないのですが、今回は私の考えをここに記しておこうと思います。
ちょっと長くなる&ふんわりした書き方で申し訳ないんですが。
まあ簡単に言いますと――

現実世界ではいろいろあっても、私が更新できそうならば、なるべくそうした話題には触れずに更新していきたい。ということです。

どういうことなのかといいますと
私としてはなるべく創作というのはフラットな気持ちで楽しんでほしいと思ってます。
とはいえ、コロナにはじまり、戦争だったり不祥事だったり訃報だったり事件だったりと、なかなか悲しいニュースは無くなってくれないもので。
そうしたものが創作とリンクしてしまうということは珍しくはないと思います。

それでなくとも私は露悪的というか。
今回の話もそうですが、人が傷つく話をたくさん書いておりますので、何かしらいろいろなフラッシュバックを起こしてしまうこともあるかもしれません。
それは申し訳ないなとは思いますが、どうかフィクションはフィクションなのだと割り切って頂きたいのです。

まあ触れないは触れないで変な感じになってしまうケースもあるとは思います。
実際それを思って、触れてしまった件もあります。
ただしやっぱりそれは僕の思う創作の向き合い方とは違ってきてしまうというか。

たとえば何か、やらかした人がいて。
さんざんニュースでやった後に、その人が出る映画が公開されたら、それってもうキャラクターの名前よりも、その人が前に出てきてしまう気がするんですよね。
そしたらその映画の本来の評価というか、鮮度がブレてしまう。

アニメなんかでもそうですね。
何かしらの問題で声優さんが変わったら、どうしてもそのキャラクターを見る度に、新たな声を聞く度に、不祥事とか問題のほうが頭に強く浮かんでくる人は絶対にいると思います。

私はそういうのがあまり好きではありません。
とはいえ、仕方ないところもあり、だったらどうすれば少しでもフラットになるのかを考えたら、やはり触れないことだと思います。

よくも悪くも次々と新しい何かが起きる社会ですから。
創作は残りますから、少し時間をおいて触れる人もいます。
あるいは忘れたり。そういう割り切りが終わったり。

でもその後に、またあとがきであの時はどうたらこうたらと書いていたらフラッシュバックしてしまうかもしれない。
あるいはまったく知らなかったのに、私が触れてるものだから調べてしまって、変に傷つくかもしれない。
そういうのはよくないと思いますので。
私はなるべく触れない方向性で行きたいと思ってます。

まあ、プラスなことだけだったら触れてもいいのかなとは思いますが……
本当に今回だけあえて一つ触れるとするならば『僕はレッドアイズとかデーモンが好きで~』みたいなことならまあ、いつ読んでもって感じなんですけど。
わざわざ悲しい部分に触れる必要はないのかなぁとは思いますね。
それこそ思い出してしまうというのか。

あとまあこれは完全に私の悪い部分なんですけど。
そもそも個人的にご冥福をお祈りしますって言葉を使うことに、実は一つ抵抗がありましてね。

まあもちろん大切な言葉ですし、僕もご冥福をお祈りするんですけども……
なにかこう打ち切りの言葉に思えてしまうというのか。

間違ってたらアレなんですけど、これって確か死後の世界で幸せに暮らせますようにみたいな意味でしたよね?
宗教感覚っていったらアレなんですけど、私はどこか心の中で、死んだらもう何もないと思ってるところがあります。

例えるなら、眠ってる時って記憶がないじゃないですか。
あれと同じになるような気がしていて。
やっぱりそれはひどい言い方をすれば無なんですよ。

だから我々は死後の世界に夢を見ず、生きてる間に少しでも悔いのないように生きるべきであると。
やりたいことは少しでもやったほうがいいし、食べたいものは食べたほうがいいし、気になるゲームはプレイしといたほうがいい。
だから寿命以外で亡くなった人に、何か言葉をかけることそのものに言いようのない悔しさを覚えてしまう。
本当はもっとやりたいことがあっただろうにと。

まあもちろんそんな意味じゃないのは分かっています。
それに他人の考えなんてその人にしかわからないものです。
だいたい毎日ダラダラダラダラ上手くもないスプラトゥーンで時間を消費している私がいうことじゃないのかもしれません……。
が、しかし。いやだからこそ、何か願いや祈りがあるのかもしれません。


まあ、それと似たような話で。
これは実はかなり昔になんとなく聞かれて、その時は「まあいいんじゃないですかねぇ」みたいな感じで適当にはぐらかしたんですが、これもあえて触れます。
というのも、創作する人間が政治的な発言をすることはアリか、ナシかです。
これはもうハッキリ言いますが、僕はナシだと思います。

これは別に政治に興味を持つなという話ではなく。
そして何も政治だけに限った話ではなく。
あるユーチューバーさんが言ってたんですけど、否定的な発言そのものをあまりするべきではないなということです。

その方はチョコミント否定したら、めちゃくちゃがっかりですとかコメント来て燃えたらしんですが……、まあでもわかる話でもあるなと。
結局これってファンがいるからだと思うんですよね。

いうて、これはもうほぼ受け売りなんですけど。
やっぱり人間って好きな人と意見が一緒だと嬉しいんですよ。
例えば私にファンがいるという前提で話しますけど(さ、さすがにいてくれるよな……?)

きのこ派か、たけのこ派かってなってる時に、僕はきのこ好きですと言ったら、たけのこ派のファンは絶対ちょっとがっかりするんですよ。
それだけならまだしも、じゃあ私がたけのこ派だったとして。
きのこなんて毒があるから最低だ~みたいな感じでディスったら、絶対にきのこ派は悲しい筈なんですよ。
でも今まで僕の作品を見て楽しんでくれたり、支えてくれたり、応援してる人の中にはきのこ派がいたんですよ。
だから、まあ燃える話題には触れないほうがいいかなと思います。

そもそも言いたいなら、別に他のアカウント作っても言えますしね。
それとか、まあどうしても立場とかで苦しくて、それを変えたいがために何か言いたいときは、少しフォローを入れてあげると優しいなと思います。
まあ人間やっぱり好みはあって当然ですから。
私も好きなライダー映画と好みじゃないライダー映画とかありますし。
てかなんだったら今度それについて触れようと思ってますし。

だからまあ言っときましょか?
少なくとも私は、今これを見てくれてる『あなた』が何が好きで、何を応援していても気にしません。
もしかしたら私の好みじゃないものを好きなのかもしれませんが、それで僕があなたを嫌いになることはないです。
ただなんかシンウルトラマンがテカテカしてて興奮しましたとか言ってきたら、きもいなとは思います。
思いますが、嫌いにはならないです。
ウルトラマン以外のてかてかならまあ、私もわかりますゆえ。

ただ一つだけ!
モラルだけは守ってください……!
これは自戒でもありますが、きっとあなたのためにもなります。
人として、人であれと。道徳というか、倫理というか。

別にまあ批判くらいはしてもいいですよ。
ただし、ラインは超えなさんなと。
そしたらたぶん、何かはうまくいくかもしれませんので。

まあこれらを言える一つとしては、私が皆様とネットだけの付き合いってのもあるのかもしれまえん。
だから僕はツイッターとかやらないのかもしれません。

やっぱりね深く関わるとトラブルも増えますから。
これくらいの距離感のほうが上手くいくところは上手くいきますよ。
なのですまんな、キミとはスプラトゥーンはできないわ。
ちなみに3が9月くらいにでるので、楽しみにしております。へへへ


とまあ、いろいろと書きましたが。
とにかく私としては、これからも暗いニュースや悲しい出来事は起こってしまうでしょうけれども……!
皆様が少しでもそれを忘れられるように激熱なものを書ければなと思っておりますので!
よろしくお願いしやす(´・ω・)b

ちなみに僕は、メイジのリッチキャラメルチョコサンド派です。
ごめんなさい。リッチなんで。
リッチってついているお菓子が美味しくないわけがないので。
リッチマウントで気を悪くしたのならごめんなさい。
でも、リッチなんで。
ええ。
たまに買うと、美味すぎてペロリやで(´・ω・)




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第七話 炎の夜

 

「ねえ、ちょっといい?」

 

「どうした?」

 

 

みらいに呼び止められので、麻衣は振り返る。

すると軽い衝撃を感じた。みらいが麻衣の胸に顔を埋めている。

 

 

「な、なんだ!?」

 

「なんとなく。ダメ?」

 

「ダメっていうか……、なんというか。反応に困るな」

 

「震えてるかどうか気になった。心臓の鼓動はどうなってるか、気になった」

 

「そうか」

 

「殺したいヤツはたくさんいたけど……、殺したことはないから、どんな気分?」

 

 

麻衣は震えていない。心臓も特別ドキドキはしていなかった。

 

 

「できることなら味わわないほうがいい感情だ」

 

「ふーん」

 

 

みらいは麻衣の胸に頭を何度もバウンドさせる。

 

「お、おいおい」

 

「ダメ?」

 

「ダメっていうか……」

 

「これ、おもろい。亜里紗はケチだからさせてくれなかった」

 

「すまないな」

 

「なにが?」

 

「初瀬はリーダーだったんだろ?」

 

「まあ、でも、逆に有りだけど。だってアイツが死んだらなんかもう騎士はどうでもいい」

 

 

ポフッと、みらいは麻衣の胸に顔を埋めたまま固まる。

 

 

「っていうかさっきから背中をポンポンしてくるの何? 子供扱いしてないだろーなっ!」

 

「え? あぁ、嫌だったか?」

 

「べつに。ただ、なんでかなって」

 

「落ち着くと思ったんだ。京とか……私の友人が落ち込んでいるとよくやってた。そしたら喜んでくれてたし」

 

「なんか、それ、ムカつく」

 

「???」

 

「光栄だぞ朱音麻衣! このみらい様が自分から友達になりたいって思ったのは貴様がはじめてじゃ!」

 

「は、ははーッ!」

 

「ダメ?」

 

「いや? ありがとう」

 

「いいの?」

 

「ああ」

 

「ふーん。ふーん」

 

 

みらいはまた麻衣の胸で頭をバウンドさせる。

 

 

「あの、さっきからそれはなんなんだ?」

 

「おっぱいトランポリン」

 

「下品だなぁ……」

 

「どっか行こ?」

 

「あんみつでも食いに行くか?」

 

「えー、それってババアが食ってそうなヤツでしょ?」

 

「友達減るぞ」

 

「ケーキ食いに行こうよ! シャルモン!」

 

「いや、あんみつだ」

 

「チッ、まあいいけど……」

 

「食べたら美味いさ。黒蜜が最高なんだ」

 

「手、繋いでもいい?」

 

「う、うーん」

 

「ダメ?」

 

「そういうのは嫌いなタイプだと思ってたが」

 

「ボクだってやってみたさは……、ある。亜里紗は全然そういうのやらせてくれなかったから。なんていうかそういうのに嫌悪するのって、あらかたやりつくした後とか、一度経験した後なんじゃないの?」

 

「じゃあ……、いいけど」

 

 

みらいと麻衣は手をつないで、お茶屋を目指した。

一方、二人が行くのをやめたシャルモンは、今日も今日とて多くのお客があふれている。

 

 

「とても素晴らしいスイーツの数々だったわ」

 

「メルシー」

 

 

パティシエを呼んでほしいと言われたので、凰蓮はその客の前に来た。

人形のように美しい黒髪の女性は、かつて軍にいたことがあるらしい。その中で凰蓮のうわさを聞きつけてきたようだ。

 

 

「どうしてフランス軍に?」

 

「国籍を得るために」

 

「やはり向こうのスイーツはこちらとは違うかしら?」

 

「ええ、やはり一流の店が多いので」

 

「マカロンやカヌレ、フォンダンショコラなど流行のスイーツはフランスにありと言われていると聞いたわ」

 

 

そこで女性はプッと吹き出す。

 

 

「お菓子の中に美を追求するという精神はとても高尚なものに思えるわ。獣ではそうはいかないもの。でもね、私はさらにその先にある答えを見つけたの」

 

 

女性は一つだけ残していたマカロンを持つと、それを握りつぶす。

 

 

「どれだけ装飾したところで食べれば同じなの。もっと言えば死ねば、終わり」

 

 

凰蓮はその時、後ろに飛んで床の上を転がった。

同時に拡散する炎。

客たちの悲鳴が聞こえ、激しい熱が襲い掛かる。

 

 

「うぁああぁっ!」

 

 

窓ガラスを破ってブラーボが店外に放り出される。

なんとか変身に成功したからよかったものの、もう少し遅れていたら、そこで終わりだった。

現に、店からは火だるまになった人間たちが飛び出してくる。

助けを求める声すらも出せぬまま彼らは倒れ、そのまま尚も激しく燃えていく。

 

 

「なんてことを……ッ! 私の大切なお客様たちに!」

 

『仕方のないことよ。だって――』

 

 

既に女は、『人間』の姿ではなかった。

シルエットは女性だとわかるが、その無機質なパーツで構成された姿はどう見てもロボットだ。

 

体はシンプルなデザインだが、その右腕には凝った装飾のトカゲの頭部型のガントレットがある。

この機体の名は、サラマンダー。

 

 

『ナイトフェイズよ。参加者の一人を殺すわ』

 

 

ガーデンシリーズの襲来。

ブラーボはすぐに双剣を構えるが、少なくとも今の自分では勝ち目はない。

試しに剣の一つを投げてみるが、サラマンダーはなんおことはなくそれを弾いて見せる。

しかしその剣が地面に落ちた瞬間に爆発。

白煙が巻き起こり、衝撃が襲い掛かった。

 

 

「ハァア!」

 

 

ブラーボは駆け、もう一方の剣を振り下ろしてサラマンダーの肩に直撃させた。

 

 

『愚かなものね。何にも痛くないわ』

 

 

サラマンダーの目が光ると、ブラーボの傍で爆発が起き、動きが止まった。

そこへ突き出されたガントレット。

トカゲの口がブラーボの腹にヒットして、そのまま火炎放射が放たれる。

ブラーボは炎に包まれると、悲鳴を上げながら地面を転がった。

 

そのおかげでなんとか火は消えたのだが、サラマンダーは既に二発目を用意していた。

しかしブラーボはそれを体を反らして回避する。

前にもこんなことがあったと既視感を覚える中で、店の一部が吹き飛んだ。

当然だ。避ければ、後ろにあるものに当たる。

 

 

「……!」

 

『ショックなの? 呆れたものだわ』

 

「ええ、まったく。最低な気分だわ。機械のあなたたちにはわからないでしょうね!」

 

『そうでもないわよ? 私だって元は人間だもの』

 

「なんですって?」

 

『一部のガーデンシリーズには特定の人間の記憶がAIのモデルとなって埋め込まれてる。それはまさに転生と言ったほうがいい。人の肉体を捨て、機械の体として永遠を生きる。それはとても素晴らしいことなの!』

 

 

サラマンダーの中には、ガーデンシリーズを製作した女の記憶が入っていた。

記憶は機体を支配し、その人間のクローンに成り代わる。既に本体は死んでいるが、精神は未来永劫生き続けるのだ。

もっといえば外装――、つまり見た目の再現は完ぺきだった。

表情の再現性や、各種部位の質感は、いわゆる『不気味の谷』を超えており、凰蓮も彼女がロボットだったとは気づかなかった。

永遠の若さを保ったままでいられることは、サラマンダーにとっても重要なことである。

 

 

etresurpris(あきれるわ)、そんなことになんの意味があるというの?」

 

『凡人には理解できないものよ。ウフフフ……!』

 

 

天啓があった。今にして思えば。

ヒラリ、ヒラリと、蒼く煌めく『蝶』を追いかけ、指を動かした。

掴むようにキーボードを打つ。

それを繰り返し、やがてはこうなった。

 

 

「だったら!」

 

『!』

 

「理解できなくて結構だ!」

 

 

声がする。

空を切り裂き、猛スピードで突っ込んできたのはダンデライナーに乗ったナックルと、その腰にしがみつく茉莉だった。

二人は最高速度のままにシートから飛び降りると、機体はそのままサラマンダーに直撃して後方へ吹っ飛ばす。

一方で地面を転がったナックルは、立ち上がりざまにロックシードを起動してゲネシスコアをセット。ジンバーレモンに変身を完了させた。

 

 

「助かったわ!」

 

「ああ。シャルモンに設置してある監視カメラに異常が出てから、すぐに指示があったんだ」

 

 

戦極凌馬は、見かけた騎士たちへ小型のイヤホンを配っていた。

彼は本社に腰をおいて、町中に設置している監視カメラを確認しつつ、ナイトフェイズが始まればその情報をもとにガーデンシリーズがどこに現れたのかを迅速に報告するのだ。

ちなみにこれは茉莉にも配られている。

凌馬は『笑顔』で茉莉にこれを渡した。

 

 

『私も戦いには胸を痛めていてねぇー。茉莉くんのような魔法少女がいることは希望だよ。ぜひ、ザックくんと共に戦いを止めてくれたまえ。私も応援しているよ』

 

 

茉莉は笑顔でありがとうと言っていたが、ザックは苦虫を噛み潰したしたような顔をずっとしていた。

凌馬がこれを渡したのは確実に茉莉をガーデンシリーズが出る現場に向かわせて『囮』にするためだ。

とはいえ、茉莉はやる気のようなので、引っ込めるのもザックとしては心苦しい。

ゆえに、あえて連れていく。

それに茉莉は弱いわけじゃない。共に戦える仲間なのだから。

 

 

「ハアアア!」

 

 

茉莉は掌から衝撃波を発生させて、飛んできた炎弾をかき消した。

その向こうには立ち上がったサラマンダーがいる。

やはりというべきなのか、ダンデライナーの直撃程度では傷一つついていない。

だがその一方で、ナックルが放った光の矢を掌で止めたが、そこで爆発が起きて後退していく。

 

 

『チッ!』

 

 

掌からは煙が上がり、サラマンダーも自覚しているだろう。

やはりジンバーレモンが発生させるエネルギーが防御力を減少させているのだ。

ルールとしての役割である以上、対策されているかとも思ったが、どうやらまだ攻撃は有効らしい。

運営はガーデンシリーズを絶対的な存在ではなく、超えることも可能な存在のほうが『面白い』と判断したようだ。

 

 

「凰蓮さん! クソ、どうなってんだコレ!」

 

 

炎を見て、海香、カオル、かずみも駆け付けた。

既にシャルモンが炎上しているということはニュースになっている。

茶屋にいた麻衣も携帯でそれを確認した。

したのだが――

 

 

「けぷ!」

 

「だ、大丈夫か?」

 

「ぐるじぃ……!」

 

 

あんみつと、お団子の食べ過ぎて、みらいは膨れた腹をむき出しにして寝転がっていた。

 

 

「ナイトフェイズもあるから、食べ過ぎるなって言ったのに……!」

 

「だって、美味しかったから……!」

 

「それは、まあ」

 

「麻衣が紹介してくれた店だし。友達と一緒にスイーツ食べるなんて、なかなか無かったし」

 

「え?」

 

「亜里紗はだいたい千里といたし、かずみは海香とカオル、里見は遥香にべっとりで……」

 

「わかったわかった。ほら、あまり喋るとよくないぞ。それより前に何かで見たが、寝るよりも立ったほうが楽になるのが早いって」

 

「じゃあ立たせて……! あとお腹もさすって」

 

「しょうがないなぁ」

 

 

 

 

 

一方、シャルモンでは海香が声を張り上げた。

 

 

「かずみ! 離れてて!」

 

「了解!」

 

 

全速力で逃げ出すかずみ。

海香は屈み、タイミングを伺う。

そんな中で、カオルがスライディングで地面を滑った。

 

 

「オラァア!」

 

 

そこで足を振り、サラマンダーの足を狙う。

しかし直撃はしたものの、ビクともしない。

そうしているとトカゲの口が、カオルに向けられた。

口内が赤く発行する。ギョッとしたが、そこで幾重もの光がサラマンダーに直撃して後退させた。

 

飛び掛かったナックルは、アローを振るって刃を向ける。

しかしサラマンダーはそれを回避すると、ガントレットから炎のレーザーを発射した。

ナックルはステップでそれを回避。続けざまに矢を放つが、サラマンダーも体を捻ってそれを避ける。

 

両者、走り出した。

走りながら炎弾を、矢を放ち合う。

爆発、延焼、熱の中を駆け巡り、陽炎が視界を歪ませる。

黒煙が空を染めていくが、直後、煙が吹き飛んだ。

茉莉が両手を思いきり叩いたのだ。その際に発生した衝撃波がビリビリと伝わっていく。

サラマンダーは不動だったが、ナックルに命中する筈の炎弾が消える。

 

 

【レモンエナジースカッシュ!】

 

 

ナックルはエネルギーが纏わりついている状態のアローを投げた。

それは回転しながらサラマンダーの肩に突き刺さり、動きを止める。

そこで踏み込み、ナックルは一瞬でサラマンダーの前に迫ると、果汁が纏わりついた右ストレートをお見舞いした。

果汁が弾け、水音と共にサラマンダーは地面を転がる。

 

一方でナックルは肩から落ちたアローをキャッチしていた。

弦を引き絞るが、そこでサラマンダーもガントレットから特殊な炎弾を発射する。

まるで花火だ。炎弾は空に上がると爆発して拡散、小さな炎の塊が無数に動き、追尾弾として一斉に茉莉を狙う。

 

 

「危ない!」

 

 

ナックルが茉莉を抱きしめ、背中でそれらを受けていった。

爆発が起き、ナックルは歯を食いしばるが、同じくして茉莉は両手を思いきり振っていた。

こうすることでパワーがチャージされるのだ。

そこでナックルは体を回転させながら横に移動した。炎弾を避けながら、茉莉を前に出す。

 

 

「えーいッッ!」

 

 

両手を重ねた茉莉。

そこでパワーアームが分離して飛んで行った。

ロケットパンチ、サラマンダーは腕を払い、裏拳でそれを吹き飛ばす。

しかしその脇に、ナックルが放った矢が直撃した。

 

 

「フ――ッ!」

 

 

それだけではない。

怯むサラマンダーの背後に宙を舞っている者がいた。

鎧武だ。既にジンバーレモンに変身している。

 

 

「ハァアア!」

 

 

着地と共にアローを振るい、その軌跡に扇のエネルギーエフェクトが重なる。

巻き込まれたサラマンダーは火花をあげながら後退していき、そこへ矢が直撃していく。

 

 

「そこッ!」

 

 

海香が走り、サラマンダーの背をとった。

踏み込み、本を押し付けて、それを殴る。

魔法を発動すると、ハンコを押すようにサマランダーの情報が本の中に記載されていく。

瞬く間に本は赤く染まり、タイトルもガーデンシリーズと書き込まれていった。

運営と繋がっているであろう存在から情報を得られれば、何かがわかるかもしれないと思っていたのだ。

しかし海香は目を見開き、本を放る。

地面に落ちた本は瞬く間に燃えてしまい、中身を確認する前に炭となった。

 

 

(流石にそう上手くはいってくれないわけね……)

 

 

サラマンダーの回し蹴りを避けて、海香は後ろへ下がっていく。

そこで気づいた。

いつの間にか、サラマンダーの手にあったガントレットが無くなっている。

それは腕から離れ、飛んでいたのだ。

トカゲの頭が鎧武へ食らいかかる。

 

 

「陽炎」

 

 

しかし、鎧武の前に鈴音が現れ、剣でトカゲを受け止めた。

 

 

「ザック!」

 

「任せろ!」

 

 

ナックルが放った矢がトカゲの頭部を吹き飛ばす。

改めて、鎧武は鈴音を見る。

 

 

「悪い! 助かった!」

 

「ええ」

 

「椿さんのことッ、聞いたよ……」

 

「何も気にする必要はない。椿が貴方を守ったように、私も貴方を守る」

 

「でもそれはッ、なんていうか、正しいのか……?」

 

「椿は間違わない」

 

「そうじゃなくて!」

 

 

そうしているとトカゲのガントレットがサラマンダーの手に戻る。

矢を回避しながら、炎弾を発射した。

鈴音は両手を広げて立つ。

武器は当然地面に落ちる。

 

 

「よせ! 鈴音!」

 

 

鎧武は鈴音の肩を掴むが、その手に感触はない。

陽炎によって、鈴音はさらに前に位置をとった。

炎弾はすぐそこだ。

 

 

「しま――ッ!」

 

 

時が止まる。

終わったと、一部の魔法少女は思ったかもしれない。

しかしその刹那の中を動けるものがいた。

佳奈美だ。高速魔法を使って一瞬でシャルモンに到達すると、状況を判断。そのまま全速力で鈴音のところまで走り、彼女を抱いて倒れた。

頭上スレスレを炎が通過する。佳奈美は青ざめながらも、そのまま鈴音を見た。

 

 

「危ないよ? 鈴音ちゃん」

 

 

ニコリと、ほほ笑んで。

 

 

「!」

 

 

拍手の音が聞こえてきた。

サラマンダーがガントレットを消滅させて、人間のような手を叩き合わせている。

 

 

『なかなかやるものね。予想外であると同時に、ひどく恐ろしいわ』

 

「なんだって……?」

 

『ガーデンシリーズを作ったのは国家防衛のためよ。わからないのかしら自らの危うさが。魔法少女に騎士、共に大きな爆弾を中学生や高校生が抱えているようなものなのよ?』

 

「そんなもん決めつけんな! そもそもお前らがふざけたことを始め――」

 

 

そこで後ろのほうに隠れていたブラーボは立ち上がり、前のめりになってその光景を眼に焼き付けた。

 

 

「あぁ……!」

 

 

消え入りそうな声が漏れる。

天から落ちてきた巨大な『鉄塊』によってシャルモンが押しつぶされ、崩壊していった。

 

 

「なんてことなの……」

 

『あら、軍人の貴方がお菓子屋さんだなんてそもそもがおかしい話だったのよ。牙を抜かれた哀れな狼、所詮、脆弱な人間の一つということね』

 

 

サラマンダーが指を鳴らす。

すると鉄球から手足が伸び、変形していく。

 

 

『I am Destroyer』

 

 

電子音が名を告げた。

できあがったのは巨大兵器、ガーデンシリーズの一体である『デストロイヤー』だ。

巨人をモチーフにしており、頭部中央にあるモノアイがギラリと発光する。

 

 

『executed』

 

 

目から放たれた衝撃波。

それは地面に直撃すると、ドーム状に広がり、鎧武たちをまとめて吹き飛ばす。

 

 

「ッ、一体ずつじゃないのか……ッ!」

 

『あなた達は強くなりすぎたのよ。スコーピオンを倒したのだから、埋め合わせはしないと』

 

「グッ!」

 

 

鎧武やナックルは倒れながらもアローを構えて矢を発射する。

しかしそれはデストロイヤーに命中するものの、効いているようには思えない。

それだけ向こうの装甲が強力ということだ。

あくまでもジンバーレモンならばダメージを与えられるというだけに過ぎないのだから。

 

 

『break』

 

 

デストロイヤーの肩が開き、ミサイルがむき出しになる。

ギガント。右に二発、左に二発、合わせて四つのミサイルが発射されて周囲に落ちる。

爆発、爆風、衝撃、鎧武や鈴音たちはかろうじて防御を行うが、それでもある者は壁に叩きつけられ、ある者は面白いように地面を転がっていく。

 

 

『フフフ、まあこのまま任せてもいいのだけど、ちょっといいかしら?』

 

 

サラマンダーが指を鳴らすとデストロイヤーの胸部アーマーが開いた。

そこにあるものを見て、一同はアッと声を漏らす。

そこには気絶したかずみが磔にされていたのだ。

 

 

「まさか!」

 

『そう、人質よ。これが一番楽な方法なのだから仕方ないわね』

 

「ふざけんなァッ! 汚ぇぞ!」

 

 

乗り出す鎧武だが、サラマンダーは人差し指を立てて前に出した。

たったそれだけのジェスチャーが今の状況では圧倒的な静止力になる。

もちろんそれをわかっていて、サラマンダーは逃げたかずみを捕まえたのだから。

 

 

『変身を解除しなさい。スマートにいきたいものだわ』

 

「……!」

 

『聞こえなかったの? 変身を解除しなさい。全員ね』

 

 

鎧武たちは視線を動かすが、誰もが首を横に振った。

どうあっても何かをするまでに、かずみは殺されてしまう。

騎士はアクションの際に、ロックシードをはじめとした各種ギミックをいじる時間があるし、魔法少女はガーデンシリーズの防御力を突破する手段がない。

佳奈美ならばなんとかかずみまでは近づけるだろうが、かずみは四肢を機械の拘束具で固定されていた。

ここにいるのは、鎧武、ナックル、茉莉、海香、カオル、ブラーボ、佳奈美だけ。

幸か不幸か、迷わず動き出しそうな麻衣もみらいもいない。

結果として、一同は全員、変身を解除しようとする。

 

 

「……どうしますか? プロフェッサー」

 

 

少し離れたところにあるマンションの屋上でマリカがソニックアローを構えていた。

 

 

『んー、まあいいんじゃない? もちろん葛葉紘汰の守護が最優先だけど。この調子なら大丈夫そうだ』

 

 

そう。大丈夫。

というのも、一人だけ変身を解除して前に出たものがいた。

 

 

「ワテクシを殺しなさい」

 

 

凰蓮は、自らが犠牲になると言い出した。

 

 

「それで、本当にかずみは解放してくれるのね?」

 

『もちろん。これはゲームのルールだもの』

 

「ダメだ! そんなのダメだ!」

 

 

カオルが前に出る。

先延ばしにはなってしまうが、今、凰蓮を失うよりは――

 

 

「あたしが――!」

 

 

しかしそこで鈴音が前に出た。

 

 

「かまわない。私が犠牲になるわ」

 

 

カオルはギョッとするが、いずれにしても凰蓮は首を振る。

静寂が訪れた。

燃える音だけが聞こえる。その中で、凰蓮は鈴音を見た。

 

 

「最期に一つだけ。貴女のことはカオルから聞いてるわ」

 

「………」

 

「海香。お願い」

 

 

海香は嫌そうな顔をして視線をそらしたが、わずかな時間で何がベストなのかを考えたのだろう。

結論として、一冊の本を取り出した。

カオルから鈴音のことを聞いていた凰蓮は、事前に海香へある『提案』をしていた。

なんのことはない、ただなんとなく、過去を見せたかった。

海香は魔法を発動する。本からページがはがれ、舞う。

そこには凰蓮の過去が記載されており、その映像が一同の頭の中に流れ込んでいった。

 

 

 

あの日、凰蓮が傭兵として戦場に来たのにはいくつか理由がある。

一つは、従軍当時からの仲間であるレイモンドの頼みであったということ。

一つは、金のため。

そしてもう一つは――

 

戦場では人間の命は簡単に失われる。

あるいは目をそらしたくなることが頻繁に行われるというのも、残念ながら事実であると。

秩序をなくした場所には、美は存在しておらず。

 

だからこそ戦地から戻ってきた後に触れるものは全てが新鮮に見え、全てが美しい。

戦場では嗅覚や味覚が鈍る。火薬、砂煙、あるいは爆風で散った泥が唇にへばりつく。

それから飛行機に乗って、シャワーを浴びて、街に戻れば、逆に味覚が研ぎ澄まされて、100円のハンバーガーですら涙を流したくなるほどに美味く思えた。

 

凡人が味わうことのない感覚の動き。

凰蓮は美術館に赴き、彫刻を見た。

涙が出てきた。それは信じられないことだったが、やはりどう考えても美しいから泣けたのだ。

それが凰蓮の拠り所だったのかもしれない。

 

 

きっかけは昔、戦いが激しい戦地に赴いた時が始まりだったと思う。

多くの死体を見たし、多くの死体を生み出した。

夜、凰蓮は鳥や虫の声に交じって男の野太いうなり声が聞こえるのに気づいた。

仲間に聞くと、ニヤニヤとしながら、気になるなら見に行けばいいと言われた。

実際に気になったので凰蓮が木々の向こうから聞こえるそれを見に行くと、そこには屈強な兵士と兵士が肌を重ねているのが見えた。

戦場では珍しくない。

仲間の男はニヤニヤしながら粉末状にしたクスリを鼻から吸っていた。

 

 

戦場(ここ)じゃ、こんなことでもしてないと、やっていられない」

 

 

なるほど、そうやって正気を保つのかと凰蓮は思った。

 

 

 

凰蓮も一つ、拠り所を作ってみた。

参考にしたのはかつてフランス軍の兵士たちが行った『13歳の少女』というものだ。

捕虜となった兵士たちが一つ空席を作り、そこに少女が存在するという事実を空想したのだ。

 

食事の際にはみんなの分から少しずつとりわけ、少女のぶんの食事を作る。

着替えの際には少女に裸体を見せぬように目隠しを作る。少女に誇れぬ振る舞いをしたものは、少女に向かって謝罪する。

夢幻の少女がほほ笑めば、兵士たちは癒しを覚えた。

 

いつしか誰もが少女の存在を信じ、他の捕虜たちが衰弱で死亡したり精神を病んだりするなかで、そのグループだけは生き延びたという逸話だ。

凰蓮は美の女神を想像した。それはこの世のどんなものより美しい。

女神がほほ笑む。

凰蓮は時に女神を憑依させ、美の体現者となる。

 

 

「それなぁに?」

 

 

ある日、凰蓮は難民キャンプで一人の男の子と出会った。

アロという少年だった。

人懐っこく、凰蓮の仲間たち、レイモンド、サイス、アイザックと一緒にサッカーをして遊んだ。

アロはサッカーを知らなかったので、とても楽しいとはしゃいでいた。

凰蓮は知っているJリーガーの名前を言った。

 

アロはいつかサッカー選手になりたいと笑った。

凰蓮はポケットの中にあったチョコレートを彼にあげた。

それを食べるのも初めてだったようで、アロは口の周りをベトベトにさせながらベロベロ舐めていた。

チョコまみれの手でアイザックのズボンを触った。

ファックと叫ぶ。みんなが笑った。

 

凰蓮はいう。

世界にはもっとたくさんの甘いもの、スイーツがある。

世界がよくなれば、アロもそれを食べられるさと。

 

翌日、敵兵によって難民キャンプが爆撃された。

凰蓮が駆け付けると、血まみれのアロを見つけた。

駆け寄ると、かろうじて息があることがわかった。

しかしどうあっても助からない。

凰蓮が戸惑っていると、アロが口を開いた。

最後のお願いがあるそうだ。凰蓮はそれを聞き逃してはいけないと、耳をアロの唇のすぐそばまで持っていった。

 

 

スイーツを食べてみたい。消え入りそうな声がそう言った。

 

 

両親にも食べさせてあげたい、友達にも食べさせてあげたい、弟にも、妹にも

そして、敵兵にも。

こんなにおいしいものがあるなら、きっと攻撃なんてしない。

みんなでチョコレートを食べれば、戦争なんてしない。

甘いものが食べたい。

アロはそう言って、死んだ。

だから戦いが終わり、凰蓮は銃を捨てた。

パティシエになるために。

 

 

「不思議なことではないわ。これもまた、お菓子を作ることと変わりないのだから」

 

 

そう言って凰蓮は前に出る。

 

 

「さあ! ワテクシの心臓を射抜きなさい! それがこの凰蓮・ピエール・アルフォンゾの示す美というものよ!」

 

「やめろ! シャルモンのおっさん!」

 

「そうだ! 凰蓮さん! あたしはそんなの認められない!」

 

「お黙りなさい! みずがめ座の坊や! カオル!」

 

 

凰蓮は鍛え抜かれた上腕二頭筋が目立つ太い腕を組んで、困ったようにため息をついた。

 

 

「……子供は難しいことは気にせず、大人に甘えていればいいのよ」

 

「!!」

 

 

それを聞いた時、鈴音の前に一瞬で違う景色が広がった。

 

 

「凰蓮さんッッ!!」

 

 

カオルの悲痛な叫びを耳にして、鈴音は我に返った。

赤いレーザーが凰蓮の胸を貫き、凰蓮はバタリと倒れる。

カオルは駆け寄ったが、無情にも凰蓮の体は瞬く間に炎に包まれて物言わぬ炎塊となる。

 

 

「ぐ――ッ!」

 

 

カオルは歯を食いしばり、拳をギュッと握りしめた。

掌から血が垂れる。

 

 

【凰蓮ピエールアルフォンゾ・死亡】

【魔法少女陣営:残り9人】【騎士陣営:残り7人】

 

 

一方で海香は空を見た。

というのも、デストロイヤーの胸部がけたたましい音をあげてスチームを噴射したかと思うと、拘束されていたかずみが『射出』されたのだ。

空高く打ち上げられたかずみは人間だ。当然、墜落すれば命はない。

皆、一斉にかずみを助けようと構えるが、同じくしてサラマンダーがガントレットを立ち尽くしているカオルへ向けた。

 

 

『スコーピオンを倒した夜は一人も犠牲者が出ていないんだから、もう一人殺しておかなくっちゃね』

 

 

炎弾が発射された。

それはカオルに向かって飛んでいき、爆発する。

 

 

『あら』

 

 

爆炎が収束する。

剣がそれを吸い込んでいく。

天乃鈴音は、カオルを庇い、立っていた。

 

 

「茉莉!」

 

「う、うんっ!」

 

 

その隙に茉莉は海香をつかむと、体を捻って思いきり投げ飛ばす。

コントロールはいい。海香はかずみをキャッチすると、青い球体状のバリアを張って落ちていく。

衝撃はあるが、バリアのおかげで二人に怪我はない。

 

 

「鈴音……」

 

 

カオルは鈴音を見る。

しかし鈴音はカオルを見ることができなかった。

自分でも、なぜカオルを助けたのかわからなかった。

ヒントがあるとすれば、それは記憶だ。

椿が笑っている記憶がある。あの時の彼女は凰蓮と同じようなことを言っていた気がする。

 

 

『師匠をはじめ、面倒を見てくれた親戚の方々。たくさんの大人たちに助けられ、守られて私は大人になりました』

 

「だから鈴音も……」

 

『だから鈴音も、甘えていいんですよ?』

 

 

椿は写真を見て笑っていた。

そこには子供の頃の椿と、彼女の母親になってくれた『師匠』と、親友兼ライバルが写っている。

 

 

『いつか鈴音にも、そんな人たちができます』

 

『ほんと?』

 

『はい。そしたら、私はとても幸せです』

 

 

冗談交じりに椿は舌を出した。

 

 

『私が死んでも、安心ですね』

 

 

鈴音はそんなことは冗談でも言ってほしくないと怒ったが、椿としては本音も交じっていたのだ。

 

 

「危ない!」

 

 

その時、鈴音は佳奈美に押されて地面に倒れた。

先ほどまで立っていたところを炎弾が通過していく。

 

 

「ねえ」

 

「え?」

 

 

立ち上がりながら、弱弱しく呟く。

 

 

「ともだちって、なぁに?」

 

「ほしいの?」

 

「?」

 

「じゃあ、なるよ! 私!」

 

 

鈴音はしばらくポカンとしていたが、やがて表情を変えた。

鬼気迫るものに。

陽炎、それで一気にサラマンダーの前に来る。

 

 

「私は!」

 

『!』

 

「私はァア!」

 

 

一閃。火の粉が飛び散り、鈴音はそれに身を隠して倒れた。

反撃の拳を避けて、鈴音はそのまま魔力を込める。

すると鈴音の持っていた剣が変化していく。

まずは色が『青色』になった。

さらにカッターのようなブレードが縮み、柄の位置がスライドしてフォルムが『銃』のように変わる。

 

いや、これは銃なのだ。

トリガーが追加されて鈴音はそれを引く。

その際に剣の中央にあるプレートのマークが、桜のようなものに変わり、五つの小さな玉のうちの一つが光った。

 

 

戒拿(かいな)!」

 

 

すると剣先から銃声と共に手錠型のエネルギーが発射される。

リングはサラマンダーの両足を拘束するだけではなく、鎖がつながっており、鈴音はそれを引いて引き倒そうと試みる。

しかしサラマンダーは踏みとどまると、力を込めてリングを破壊した。

だが向こうがガントレットを構える前に、再び引き金をひいている。

 

 

「紫陽花!」

 

 

青白い光の粒が無数に発射され、それが爆発して紫陽花の花のようになる。

なかなかの衝撃ではあったが、ガーデンシリーズを倒すまでには至らない。

サラマンダーは光の中を走り、鈴音を狙う。

一方で鈴音も走った。剣の色が淡い紫に変わり、蛇腹剣となってしなり、伸びる。

それはサラマンダーの胴体を縛るが、力を込められればすぐに引きちぎられてしまう。だからこそ鈴音はその前にプレートの球体を光らせた。

 

 

(かんざし)!」

 

 

鈴音の背後に魔法で作られた巨大な猫が姿を見せる。

猫はシオマネキのように肥大化した右手を振るい、三本の斬撃をサラマンダーへ直撃させる。

もちろんこれはただの足止めだ。次のプレートが光り、『(ふじ)』が発動される。

すると無数の鉄の棒が降ってきて、あっという間にサラマンダーは檻の中に閉じ込められた。

直後、檻が吹き飛ぶ。

飛んできた炎弾を、鈴音はいつもの緋色の剣で受け止めた。

 

 

「ぐぅうううぅッ!」

 

 

踏みとどまるが、やがて足が崩れ、そして爆発が起きる。

 

 

『残念ね。リーダーが死んだからこれで終わ――』

 

 

その時、炎の向こうに見えたシルエット。

 

 

『!』

 

 

機械の身でありなが、サラマンダーは激しい昂ぶりを感じた。

重大なエラー。

だがそれほどまでに、天乃鈴音は『美しい』のだ。

鈴音の服が消え、一糸纏わぬ姿の彼女がサラマンダーを見ていた。

そのあまりにも美しい肌を焦がしていいものなのか。迷い、躊躇する。

 

ちなみに、鈴音の剣は黄色い。

サラマンダーの様子がおかしいのは、『色者(いろもの)』という魔法技のせいだった。

魅了の力は機械には聞かないものだと思っていたが、人間の精神をコピーしたが故にシステムに魔法を食い込ませることができたのだろう。

実際の鈴音は服を着ている。

 

 

『あ』

 

 

サラマンダーの前に、鈴音はいた。

女神が来てくれたのだと錯覚しそうになるが、違う。

鈴音は剣を、サラマンダーの腹部に刺し入れていた。

 

 

『な――、なぜ!? どうしてお前の攻撃が私に!』

 

「たしかに、魔法じゃ傷をつけることはできなかったでしょうね」

 

『まさか!』

 

 

炎弾を打った時、鈴音は剣を盾にして受け止めた。

その際、鈴音は炎のエネルギーを吸収していたようだ。

今、刃に纏わりつく炎は魔法少女のものではなく、ガーデンシリーズが放ったエネルギーであった。

 

 

「賭けのようなものだったけど、成功ね」

 

 

相手のエネルギーを上乗せした一撃で、剣先だけではあるものの、確かに一撃が入った。

あとはもう簡単だった。

鈴音は剣を銃に変える。銃口は刺さったままだ。

 

 

『が、ガガガガがガガガ』

 

「自らの炎で焼け死になさい」

 

 

外部装甲の耐熱性能が高いようだが、内部はそうでもない。

トリガーを引くと銃口から噴射される火炎。それがサラマンダーを焼き尽くし、鈴音がバックステップで距離をとったと同じタイミングで爆散した。

魔法少女陣営のリーダーの恩恵、"強化システム"。鈴音は死んでいった魔法少女たちの力をすべて使うことができるようになったのだ。

 

 

 

 

 

「紘汰さん!」

 

鈴音がサラマンダーと戦っている時、龍玄がダンデライナーを飛ばして駆け付けた。

後ろには沙々も乗っており、龍玄が前を見ているのをいいことに、非常に嫌そうな表情を浮かべていた。

 

 

(わざわざ戦場に来るこたねぇですのにぃぃ!)

 

 

とはいえ、凌馬が直々に連絡を入れたのだ。

はじめは光実も通話のボタンをタップするか迷ったが、ナイトフェイズの情報もある。

なによりも狂人である彼は魔法少女陣営ではあるものの、騎士たちに無関心なわけでもない。

光実は紘汰を尊敬していた。死なないでほしかった。

 

だから迷いながらも、携帯を手に取り、ナイトフェイズがシャルモンで行われていると知ればやって来たのだ。

目にするのは巨大なガーデン。

ならばと龍玄は一つのロックシードを投げた。

皮肉にも、紘汰を助けたいと願いながらシドを殺したロックシードを投げたのだ。

 

 

「それ、使ってください! 兄さんからもらった強力なものなんです」

 

「おお! ミッチ、サンキュー!」

 

 

そこで鎧武のイヤホンから凌馬の声がした。

使い方講座だ。

レモンエナジーを外さなければガーデンシリーズに有効となるエネルギー(クェイサーアシッド)を付与できると。

なので鎧武は言われたとおりにロックシードを装填する。

 

 

『ロック・オン!』

 

 

デストロイヤーは大きくよろけた。

というのも空から巨大な『スイカ』が降ってきて、直撃したからだ。

大玉なスイカはそのままバウンドすると、鎧武のほうを狙って降ってくる。

 

 

「うッ、うわぁあああああ!」

 

 

ドンッ、と音がして鎧武はスイカに押し潰された。

一瞬ヒヤリとしたが、これでいい。

スイカにはきちんと使用者が通れるように穴が開いているのだから。

 

 

『スイカアームズ!』『大玉! ビッグバン!』

 

 

スイカが変形し、人型の巨大なパワードスーツとなる。

スイカアームズ、鎧モード。

使用者によって武器が自動で生成されるようで。

鎧武は上下に巨大な刃がついた薙刀、『スイカ双刃刀』を装備する。

 

 

「ハアアアアアアアアア!」

 

 

雄たけびを上げて鎧武はデストロイヤーに切りかかった。

相手も剛腕を前にしてその一撃を受け止めるが、ここでゲネシスコアにセットしていたレモンエナジーロックシードがエネルギーを供給する。

スイカアームズのカラーリングが変化し、赤い部分だったところが黄色く染まる。

 

 

「し、知ってる沙々さん。スイカはもともと黄色だったんだけど品種改良で赤くなったんだ。トマトとかに多く含まれてるリコピンが、赤くしてるんだって……!」

 

「へぇそうなんだぁ! 光実くん賢いですっ! 尊敬!」(今する話かそれ)

 

 

そこで黄色の一閃が迸る。

大きな音と上げて噴射する火花のシャワー。

バチバチと音を立てている、デストロイヤーの右腕の断面。

 

 

『kill you』

 

 

デストロイヤーは後ろに跳ぶと、前面のアーマーを開き、中にあった巨大なエネルギープレートを露出する。

そこに光が集中すると、巨大なレーザーが発射された。

しかしそこで鳴る電子音。

大玉モードに変わった鎧武は、文字通り巨大なスイカのままにゴロゴロと転がってレーザーをかき消しながら突き進んでいく。

対して、デストロイヤーもエネルギーを注ぎ込む。

レーザーはさらに太くなり、スイカの動きが完全に止まった。

 

 

『ソイヤ!』『スイカオーレー!!』

 

 

大玉が発光。

強化されたおかげで、再び前に進んでいく。

その競り合い、しばらく続いたが、やがてエネルギーが暴発して爆発が起きた。

 

 

『ジャイロモード!』

 

 

爆煙を突き破って鎧武が空に舞い上がる。

飛行形態となったスイカアームズは、搭乗者の鎧武がむき出しになる代わりに、遠距離の攻撃に特化する。

五本の指先、両手合わせて十個の砲口からスイカの種を模した弾丸が連射され、デストロイヤーの装甲を穴ぼこにしていく。

そうしながら鎧武は猛スピードで前進、途中で鎧モードに変わり、双刃刀を構える。

 

 

『ソイヤ!』『スイカスカッシュ!』

 

 

巨大なスイカ状のエネルギーが発射された。

デストロイヤーに直撃すると、その中に閉じ込めて拘束する。

一方で光り輝く双刃刀。鎧武は叫び、それを振り上げた。

 

 

「よくもシャルモンのおっさんを! 絶対に許さねぇ!」

 

『!』

 

「輪切りにしてやるぜッ!」

 

 

スイカアームズの手首が回転し、まるで扇風機のように双刃刀が回る。

 

 

「セイハーッ!」

 

 

無数の黄色い線が縦横無尽にスイカを駆ける。

 

 

『FUC――ccccc……』

 

 

スイカが乱切りになり、細切れになる。

同じくして中にいたデストロイヤーも黄色い果汁と共にあたりに散布し、そのまま蒸発するように消えていった。

 

 

(わ、輪切りじゃねぇ……!)

 

 

沙々は、なんとも言えない表情でそれを見ている。

 

 

 

 

戦いが終わり、ユグドラシルが呼んだ消化部隊によってシャルモンの炎上は収まった。

とはいえ、建物は跡形もなく崩壊しており、もちろんそこに住んでいたかずみたちの荷も、全て炎の中に消え去った。

海香は気絶したかずみを膝枕にしている。

見たところ外傷はなく、無事のようだ。

 

 

「鈴音……」

 

 

変身を解除した紘汰は、鈴音を見る。

彼女は戦った。もしかしたら何かが起きて、心情の変化が起こったのかもしれない。

それが知りたかったが、彼女はバツが悪そうにしながらフラフラとシャルモンを去っていくだけだった。

 

 






ちょっと次の更新は日が開いてしまうかもしれません。
申し訳ありませんが、またやったら、よろしくお願いします。
へへ(´・ω・)


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第八話 友じゃなくなる日

 

【四日目】

 

路地裏に光実はいた。

 

 

「ジュゥべえ、いる?」

 

『どうした? ミッチ』

 

「ルールの確認がしたい」

 

『いいぜ』

 

「僕が生きている間にリーダーアサルトで天乃鈴音が死んだ場合、どうなる?」

 

『お前は狂人だから魔法少女陣営だ。しかしあくまでも所属しているのは騎士陣営。だからリーダーアサルトによる魔法少女全滅の範囲には含まれてない。とはいえ、それにより騎士陣営が勝利した場合、狂人がお前であるということは知らされる。一つ確認だが、人が人を殺す行為はなにも"ゲームの中だけで行われるもの"じゃないよな? 意味、わかるよな?』

 

 

ミッチは俯き、顎を抑えた。

立ち回りの仕方によっては、ゲーム終了時に仲間から罰せられる可能性があるということだ。

 

 

『裏切るか裏切らないかはお前の自由ってこった。じゃあな、チャオ』

 

 

そういってジュゥべえは消えていく。

光実は今聞いたことを、そのままカラオケの個室で沙々に報告した。

こうやって落ち合うのは沙々からの提案だった。

 

貴虎の存在がある。

とりあえず沙々は光実に、貴虎が魔法少女たちをよく思っていないからというだけの報告に留めておいた。

貴虎が皆殺しを狙っていると光実に教えてもいいのだが、万が一にも光実が兄弟の『情』を取らないとも限らない。

変に刺激を与えるよりも、最初のプラン通りにじっくりと『育てて』いつでも使えるようにしておきたいというのが方針ではあった。

 

 

「光実くんはどうしたいんですか?」

 

「もちろん沙々さんとは別れたくないっ、だけど紘汰さんを……」

 

 

光実は言葉を詰まらせる。

沙々は心の中では舌打ちをしつつも、現実では穏やかな笑みを浮かべて光実の頭を撫でた。

 

 

「大丈夫です。まだ時間はありますから、ゆっくり考えましょ。ねぇ?」

 

「う、うん。ありがとう……」

 

 

沙々は考える。

昨夜のナイトフェイズで光実が紘汰を助けに向かったのは喜ばしくはないことだが、それはなにもマイナスだけではないのかもしれない。

そういえば光実の部屋にチーム鎧武で撮った写真が飾られているのがあったっけ?

 

「………」

 

 

 

 

 

 

「………」

 

沈黙があった。

鈴音は目を丸くしている。

 

 

「おはよう!」

 

「なに?」

 

「なにって。遊びに来たんだけど……」

 

 

佳奈美ははじめこそ笑顔だったが、あまりにも鈴音の表情が『無』なものだから、なんだか体がゾワゾワしてきた。

 

 

「えーっと、もしかして私、すごく恥ずかしいことした?」

 

 

鈴音はそこで昨夜の会話を思い出した。

 

 

『ともだちって、なぁに?』

 

『ほしいの?』

 

『?』

 

『じゃあ、なるよ! 私!』

 

 

なので今、二人はバスの中、並んで座っている。

目的地は大型ショッピングモールだ。

映画館もレストランもあるし、佳奈美はそこが好きだった。

 

 

「お祖母ちゃんともよく行ったし」

 

「………」

 

「鈴音はお祖母ちゃんはいる?」

 

「私が生まれたときにはもう」

 

「そっかぁ」

 

「………」

 

「休みの日とかはどんなことをしてるの?」

 

「なにも。魔女を殺すか、魔法少女を探して殺すか、どちらかだった」

 

「そ、そっかぁ。私はほら、チーム鎧武でダンスをやってんたんだけど……、ダンスとかって興味ある? ビートライダーズっていうんだけど――」

 

「べつに」

 

「あぅ」

 

「………」

 

「ご、ごめん」

 

「どうして謝るの?」

 

「や、なんていうか、怒ってるかなって」

 

「………」

 

 

鈴音はそっぽを向いて窓を見ていたが、ふと振り返って佳奈美にニコリとやさしげな笑みを向ける。

 

 

「ごめんなさい。ちょっと顔が怖かったでしょ?」

 

「わ、わ、わ、その笑顔すごく素敵! そういう顔もできるんだぁ!」

 

「ええ」

 

 

そこで鈴音はまたいつものような無表情に戻る。

 

 

「油断させた魔法少女を不意打ちで殺したときに使った顔よ」

 

「………」

 

 

なぜだか首が痒くなってきた。

重い空気のまま、二人はバスに揺られて進む。

 

 

「よし! 切り替えよう! 今日は楽しもうよ! ね!」

 

 

ショッピングモールについた佳奈美は鈴音を手を引いて映画館へ向かう。

 

 

「先週からやってるアクション映画があるんだけど、原作漫画のファンなんだよね! 鈴音は漫画とか見るの?」

 

「見ない」

 

「ふーん。じゃあアニメ? 好きな番組とかある? ドラマでもバラエティでも」

 

「何も見ないわ」

 

「じゃあニコチューブ派?」

 

「そういうの、何も見ない」

 

「え、どうして?」

 

「………」

 

 

どうしてかは、わからなかった。

困っていると、映画館のフロアについた。

約一時間四十分の上映時間が終わると、二人は映画館を出る。

佳奈美は興奮しているようで、ふんふんと鼻を鳴らしながら笑みを浮かべていた。

 

 

「おもしろかったね! アクションがとっても凄くて!」

 

「………」

 

「鈴音はどうだった?」

 

「……い」

 

「え?」

 

「わからない」

 

 

本心だった。

わからない。

面白いのか、面白くないのか、凄いのか、凄くないのか、楽しいのか、楽しくないのか。

何もわからない。本当はわからないといけない筈なのにわからなかった。

 

だってこんなものは、心に聞けば簡単なことだ。

でもそれなのに『わからない』だなんておかしな話だ。

1+1よりもそれはもっと単純なことなのに、どうしてそんなわかりやすいことがわからないのか。

 

 

「ごめんなさい」

 

「え? なにが?」

 

「退屈でしょう? 私といても」

 

 

鈴音は佳奈美から目をそらした。

しばし沈黙が続く。

その時だった。佳奈美が鈴音を抱きしめたのは。

 

 

「よしよし」

 

 

佳奈美は鈴音を頭をなでる。

 

 

「なにを?」

 

「わかんないや」

 

「え?」

 

「でもなんていうか、辛い時はお祖母ちゃんがこうしてくれた」

 

 

鈴音は辛そうだった。

鈴音はそれも、わからない。

 

 

「私たくさんお祖母ちゃんに甘えたから、鈴音もいっぱい甘えてちょうだいね! ふんす!」

 

「……甘え方がわからない」

 

「じゃあとりあえず、抱っこなでなでしとくね」

 

 

そうやってしばらく端のベンチで撫でくりまわされ、やがて佳奈美は離れた。

 

 

「どう? 落ち着いた?」

 

「それは……」

 

 

鈴音は胸に手を当てる。確かに、わからなくて湧き上がる苛立ちは消えていた。

 

 

「いろいろ、あるよね。本当にいろいろあると思う」

 

 

鈴音がやったことが正しいのかどうかという話まで持っていくことだってできるのかもしれない。

けれどなんていうか、今はそういうのじゃないと思っている。

佳奈美は鈴音がポツリと呟いた言葉を聴いた。そして友達になると言った。

今はそれだけだ。

 

 

「人によって感じるものとかは違うでしょ。それを無理に合わせず、かといって否定もせず、楽にいけばいいんじゃないかなって」

 

「?」

 

「鈴音がしんどいならそのままでもいいよ。私も別に嫌じゃないし、そしたら一緒にいられるでしょ? それが友達なんだよきっと」

 

「………」

 

 

鈴音は困ったように固まった。

 

 

「何を言っていいのか。どう返していいかもわからない。これからどうしたらいいのかも……」

 

 

すると佳奈美は立ち上がり、鈴音に手を差し伸べる。

 

 

「よし! じゃあ今日は私の好きなことに付き合ってもらおうかしら! それでいい?」

 

 

鈴音は弱弱しく頷き、佳奈美の手を取った。

 

 

「まずはスーパーに行くよ!」

 

 

そうやって連れてこられたのは、さつまいも売り場だ。

佳奈美はそこで立ち尽くし、なにやら芋たちを凝視している。

 

 

「え?」

 

「………」

 

「ぇ?」

 

 

鈴音はたまらず聞き返すが、佳奈美は人差し指を唇の前にもっていく。

 

 

「しっ! 言葉はいらないわ。イメージして鈴音、この子たちがあつあつの石の中で鎮座するさまをっ」

 

「はぁ……?」

 

「あ、見てあの子。曲線というか、くびれがちょっとえっちよねっ!?」

 

「え?」

 

「ね!!」

 

「え、ええ」

 

「はぁはぁ」

 

 

佳奈美は興奮しているのか、頬を赤くしていく。

するとぐぅと腹が鳴る音がした。

 

 

「もう我慢できないよっ! 行こう!」

 

 

佳奈美は鈴音の手を引いて、別のフロアにやってくる。

そこには『お芋の達治』と書かれた喫茶店があった。

 

 

「ほふほふっ!」

 

 

焼き芋喫茶、石焼き芋に特化したお店で、佳奈美はここを『楽園』と呼んでいた。

佳奈美はさっそく『ねっとりタイプ』と、『ほくほくタイプ』を二つ頼んで、美味そうに食っていた。

鈴音は、おすすめされたねっとりタイプを少しずつ口へ運んでいった。

 

 

「芋が好きなの?」

 

「うん。特にホフホフッ! 焼き芋がね! 食べる前にイメージして限界まで気分を高めるの!」

 

「そう」

 

「最近は、はふっ! こういうことがあって……、なかなか食べることができなかったでしょ?」

 

 

ちなみにシャルモンがなくなって海香たちがどうするのかというと、小説でがっぽり稼いでいる海香がホテルを借りてしばらくはそこに住むらしい。

 

 

「そういえば鈴音は食べ物だと何が好きなの?」

 

「考えたこともない。食事は極力とらないようにしてるから」

 

「えっ、どうして?」

 

「体が重くなるし、それに、おいしくないから」

 

「それは……」

 

 

佳奈美は考え、少し申し訳なさそうに口を開いた。

 

 

「本当に?」

 

「ええ」

 

「椿さんと食べてる時も美味しくなかったの?」

 

「……え」

 

 

鈴音は思い出した。

思い出したくなかったが、思い出してしまう。

そういえば昔もごはんがおいしくない時があった。両親が死んでからしばらくのことだ。

 

 

『はい、どうぞ』

 

 

笑顔の椿がいた。

 

 

『鈴音は何が好きですか?』

 

「椿と食べるごはんは……」

 

「?」

 

「おいしかった」

 

「……そっか。私ね、思うんだ。魔法少女になった人たちには強い願いがあった。そんな子が何も持ってないワケ、ないんだよ。きっとね!」

 

 

佳奈美は鈴音の頭を撫でた。

 

 

「美味しくなるまで、傍にいるから!!」

 

「………」

 

「ね!」

 

 

鈴音は無言で頷いた。佳奈美は笑顔で頷いた。

二人は手を繋いでいろいろなフロアを回った。

占いでは、二人の相性はバッチリらしい。

きっと一万円を払ったからだと佳奈美は言ったが、内心では嬉しかった。

 

鈴音の部屋には何もないというので人をダメにするというクッションをおそろいで買うことにした。

お金はたくさん使ってもいい。生き残ろうが、死のうが意味がなくなるものだから。

鈴音は赤色にした。佳奈美は紫色にした。さつまいもに見えたからだ。

 

アニメグッズがたくさん売っている店で、焼き芋怪獣いもるんのぬいぐるみを買った。

そんなものがあるのかと鈴音も感心していた。

 

 

「どんなお話なの?」

 

「魔法の石で焼いた焼き芋に命が宿って巨大化するんだよ。それで、地球温暖化をたくらむ悪の怪獣軍団アチチーと戦うの」

 

「深いわね」

 

「深いよ! サブスクであるから見てみてっ!」

 

 

少し早いが、帰ることにした。

帰り道、バス停まで歩く中で、鈴音はハッと表情を変える。

 

 

「……昔、椿と手を繋いでこういう場所に来たわ」

 

「楽しかったでしょ?」

 

「とっても」

 

 

鈴音は次の言葉が出なかった。喉が詰まる。一度俯いて、前を向いて、でもやっぱりダメで下を向いた。

帰ろうというつもりが、どうしてなのか、まったく違う言葉が出てきた。

 

 

「椿にまた会いたいなぁ……」

 

 

佳奈美は頷いた。

鈴音の腕に抱き着いて、頭を撫でた。

 

 

「生きてれば……、きっとまた、会えるよ」

 

 

鈴音は頷いた。何も言えなかったが、何かは言いたかった。

だから。まったく関係ないけど、それでも少しでもきっと自分の中にある何かをわかってもらえるために。

わかりにくいけど、それでもきっと……

もしかしたら彼女なら少しは読み取ってくれるかもしれないから。

 

 

「佳奈美」

 

「うん?」

 

「今日は楽しかった。来てくれて、どうもありがとう」

 

 

鈴音は精一杯、微笑んでみた。

にっこりと満面の笑みを返してくれた佳奈美がとても眩しかった。

 

 

「また、遊んでくれる?」

 

「うん! 絶対! 約束ね!」

 

 

こうして二人は別れ、鈴音は新聞屋に戻った。

 

 

「?」

 

 

ふと、立ち止まった。新聞屋には『Yanagi NewsPaper』と書かれた看板があるのだが、少しだけ違和感を覚えた。

なんだか綴りが違う気がして、でも何も間違ってはいないから鈴音は中に入る。

やはり気のせいだった。中にはなんのことはない、いつも通りの光景が広がっている。

 

 

「おかえりスズっち。わ、なにそれ、クッション? 大きいね」

 

「ただいま。です」

 

 

鈴音は両手で抱えていた赤いクッションを置くと、肩を竦める。

 

 

「それより、一ついいですか?」

 

「んー?」

 

「お菓子とかって、作ったことあります?」

 

「え? どうしてまた?」

 

「あの、サツマイモが好きな子がいて……、それで、なんていうか」

 

「作ってあげるの? マジっスか!? 彼氏とか?」

 

「そんなんじゃ……! ただ、なんていうか……」

 

 

鈴音は迷った。なんといえばいいのか。

しかし結果として、鈴音は佳奈美の言葉と笑顔を信じた。

 

 

「友達に、あげようと思って」

 

 

 

 

 

 

「――っていうことがあってね」

 

 

佳奈美はさっきのことを話し終わると、笑顔で伸びを行う。

 

 

「やー、でも本当に喜んでもらえてよかったぁ。安心しちゃった! それになんていうか、鈴音はすごくクールだったじゃない? そういう子が笑顔を浮かべてくれるとより染みるといいますか、なんといいますか」

 

 

もっと鈴音の笑顔が見たくなった。

そのきっかけが自分であったなら、なおさらうれしい。

 

 

「愛しくなっちゃった?」

 

「愛しい? あはは、そうかも!」

 

 

それは少しむず痒い言い方だが、間違ってはないのかもしれない。

もっと鈴音に喜んでほしい。

もっと鈴音に笑ってもらいたい。

もっと鈴音に頼ってほしい。甘えてもらいたい。

 

 

「その先は?」

 

「え?」

 

「もっと、もっと、その上がきっとある」

 

 

上? それよりももっと上なものがあるのだろうか?

 

 

「たとえば、よくないかもしれないけど……」

 

 

依存、とか。

 

 

「あはは、まさか」

 

「でも、愛しいなら、それも楽しいですよ」

 

 

愛しい。

そういえば鈴音はとても美人だ。

髪も、目も、顔も。体はとてもスレンダーでスタイルがいい。

魔法少女の時は露出も高くて、その体つきがよくわかる。けれども佳奈美としてはやっぱりもうちょっと食べてほしいとは思う。

痩せていて、心配だ。

夏はいいけど、冬とか寒くないんだろうか?

暖かくしてほしい。でもそういうのも、魔法で解決しそうではある。

そういう癖をつけるのは、あまりよくないとは思っている。魔法に頼り切りになると無頓着というか、横着になるし、ましてや大切な魔力は温存したほうがいい。

でもそうか、だったら温めてあげればいいのか。

 

 

「うぁ!」

 

 

佳奈美は真っ赤になって思わずのけ反った。

それくらい、浮かんできたイメージは滅茶苦茶だった。

 

佳奈美はサウナが好きだった。

焼き芋になれた気がするからだ。

だから寒かったらサウナに行く。鈴音も一緒。

 

鈴音は初めてのサウナで緊張しているようだったけど、その日は他に誰もいない。だから貸し切りだと佳奈美ははしゃいだ。

二人は熱くてオレンジ色のライトが強い部屋の中で肩を並べる。

すぐに汗をかいた。

熱い。頭がぼーっとする。

 

鈴音が焼き芋に見えた。

蜜が垂れる。もったいないから、佳奈美は急いで舐めた。

それは想像よりもずっと甘くて、佳奈美は夢中で舐め続けた。

 

そこで我に返る。佳奈美は叫び、鈴音の肌から舌を離した。

ごめん。ごめんなさい。謝り続ける佳奈美だが、鈴音は彼女に近づくと黙らせるために唇を奪った。

そして佳奈美を押し倒すと、タオルをはぎ取って脇を舐めて、そのまま肋骨のほうまで舌を這わせていく。

 

鈴音の目が語っていた。

佳奈美に嫌われたくない。佳奈美といっしょがいい。

佳奈美の一部を体の中に入れたい。

佳奈美になら、何をされてもいい。

何をしてもいい。

 

 

(え? え? え!? ど、どどどどうしてっ!?)

 

 

佳奈美はそんな妄想を頭に浮かべたことを恥じた。

これは友情の筈だった。

しかし今のは紛れもない、それを超える『愛情』だ。

いや、もっと動物的な。

悪く言えば欲望にあふれた淀んだ本能といってもいい。

決してそんなつもりじゃなかった。なのに、なぜ?

ましてや鈴音は同じ少女じゃないか。

 

 

「愛しいからですよ」

 

 

そう、だから未来予想が捗った。

今度は綺麗で、美しいイメージだ。

白いワンピース姿の鈴音が笑ってくれている。

菜の花畑を走る彼女はとても綺麗で、佳奈美は見惚れた。

夜はイルミネーションだ。二人は手を繋いで、いつまでも美しく光る街を眺めていた。

そこに生まれるのはかけがえのない幸福。

佳奈美はそのあまりにも大きすぎる感情の尊さを今日、確かに知ることができた。

 

 

「あ」

 

 

しかしそれは音を立てて崩れるものなのだ。

なぜならば騎士がいるから。

正確には、葛葉紘汰がいるからだ。

鈴音は紘汰を生存させることを目的としている。だとしたら彼女に生きる未来はない。

ましてや鈴音が死ねば佳奈美も死ぬ。だからこれは妄想でしかなく、絶対に叶うことのない夢幻なのだ。

それを理解できればいいのだが、どうしてだか、あの幸福を知ってしまった佳奈美には「はいそうですか」と受け入れることができなかった。

鈴音が死ぬ妄想をしただけで泣き叫びたくなった。

もはやたまらず、ポタポタとテーブルに涙が落ちる。

 

 

「紘汰が嫌いになったわけじゃない。でも――」

 

 

鈴音が大好きだから、鈴音を失いたくないから。

 

 

「悪い夢だと、割り切りましょう」

 

 

佳奈美は携帯を取り出すと、メッセージアプリを起動した。

協力したい。作戦がある。話がしたいから、指定した場所に来てほしい。そんな内容。

そして佳奈美は集合場所に行くべく、すぐに席を立って走り出した。

 

 

「淫夢はまだ、覚めないほうがいい」

 

 

たまたまばったり出会ったんじゃない。

佳奈美の後をつけて声をかけたのだ。

優木沙々は佳奈美が飲み残して放置していた紅茶を取ると、下卑た笑みを浮かべながら口をつけた。

 

 

「よせ! やめてくれ佳奈美!」

 

 

不意打ちをしなかったのは、佳奈美の優しさであり、それが今まで自分たちのダンスを支えてくれたリーダーに対するせめてもの恩であると思ったからだ。

しかしそれで終わりにしなければならない。

佳奈美は魔法を使うことにした。

一瞬で加速して、鎧武の胸に逆手に持った双剣の先を打ち当てる。

衝撃で転がっていく鎧武を見て、佳奈美は確かな胸の痛みを感じた。

 

けれども脳内に広がっていく妄想幻覚。

紘汰を殺してしまったら、きっととても苦しむのだろう。罪の意識で心が壊れる寸前までいくかもしれない。

けれども鈴音はきっとそばにいてくれる。

 

なによりもそれは椿という大切な人を殺してしまった鈴音とリンクして、二人はきっとお互いの痛みを理解し、傷を舐めることができる。

深く入り、うごめく舌は暖かくて、お互いはお互いの体温だけを生きる糧にできるかもしれない。

それはなんだかとっても悪くない、素敵な話であった。

 

 

「紘汰、本当にごめん! でも、でもね!?」

 

 

佳奈美は一瞬で鎧武のもとへ駆けつけて、足裏で胸を踏みつける。

 

 

「そもそも、紘汰がいなければ椿さんは死なずに済んだんじゃない? 紘汰たちが襲われなければ、鈴音はきっと今も無垢な笑顔を浮かべて……」

 

 

佳奈美はハッとして、すぐに武器を捨てて後ろに下がった。

 

 

「あ、あの、私……、えっと、ごめん。そんなひどいことを言うつもりじゃ――」

 

 

その時、佳奈美の頭にある嫌な予感が過った。

椿という繋がりが紘汰と鈴音にはある。

もしかしたらそれは『絆』になりうるものなのかもしれない。

だったら鈴音を本当に笑顔にできるのはもしかしたら――

 

 

「そんなの嫌だよ!」

 

 

佳奈美は走り、武器を回収すると、思い切り振り上げて鎧武を狙う。

しかし鎧武も地面を転がっていた。

おかげで剣先が地面に突き刺さった。力を込めたものだから、それなりに深く侵入してしまい、抜くのに手間取っている。

その間に鎧武はゲネシスコアを戦極ドライバーにセットした。

 

 

「佳奈美! 様子が変だ! 少し落ち着いてくれ!」

 

「落ち着いてるよ! 落ち着いてるから……! 怖い!」

 

「っ?」

 

「一秒ごとに鈴音への愛が溢れてく! 鈴音のことを考えるだけで胸がいたいの! これじゃあ鈴音が死んだら私、耐えられない! そもそも紘汰が死なないと私たち! 死んじゃうのよ!?」

 

「それは――……ッ」

 

「だからごめん! 死んで!!」

 

「すまん佳奈美……! それはできないんだ!」【チェリーエナジー!】

 

 

ロックシードをセットし、鎧武は小刀を倒した。

 

 

【ミックス!】【ジンバーッ! チェリー!】『【ハハーッ!』】

 

 

陣羽織にサクランボの柄。

ジンバーチェリーの固有能力は『超高速』だ。

鎧武が消えたように感じたとき、佳奈美も理解して剣を引き抜き、地面を蹴った。

ただの人間が見たら、周囲の物が次々といきなり壊れていくように思えるだろうが、実際は違う。

超高速で動き回る二人の斬りあう衝撃や、回避した際に後ろにあったものが破壊されてく様なのだこれは。

 

二人は道路に出た。

そして走り、遅い車を抜き去りながら矢を放ち、斬撃を飛ばす。

佳奈美が飛んだ。

案内標識を蹴って、一気に鎧武のもとまで迫る。

しかし鎧武は体をそらし、佳奈美のフードを掴んで思い切り投げ飛ばした。

佳奈美は近くにあった商業施設の壁にぶつかり、動きが止まる。

 

とはいえ、切りかかってきた鎧武のアローを双剣で受け止めた。

二人はそのまま商業施設の中を駆け回りながら斬りあい、やがて屋上にやってくる。

ここまで来てわかったことだが、おそらく佳奈美にはアローの矢は当たらない。

だとするなら鎧武は地面を転がり、一つのロックシードをセットして弦を引いた。

 

 

『ドリアンチャージ!』

 

 

矢が放たれた。

しかし佳奈美は予想通りそれをサイドステップで回避するが――

 

 

「うっ!」

 

 

佳奈美の動きが鈍る。すさまじい悪臭を感じた。

それは鎧武がセットしたドリアンロックシードの効果であった。

目も眩むような激しい臭いに、思わず朦朧とする。

 

 

(そうだ、嗅覚を遮断すれば……!)

 

 

それを思いついた時には、もうすでに鎧武が飛び上がっていた。

 

 

『ソイヤ!』

 

「あっ!」

 

 

佳奈美は武器を投げ捨てて左に転がるが、鎧武はまだ滞空中であった。

旋回しながらもしっかりとその動きを見ており、転がり切った先へ足裏を向ける。

 

 

「ハアアアアアアアア!」【ジンバーチェリースカッシュ!】

 

「きゃああああああああ!」

 

 

サクランボのエネルギーを纏った飛び蹴りが佳奈美に直撃し、鎧武は佳奈美の銅をけって地面に着地した。

威力を限りなく抑えているのか、佳奈美は二歩ほど後退したくらいで、あとはその場に倒れるだけだった。

 

 

「ぅ、ぅう……!」

 

「佳奈美……」

 

 

鎧武は佳奈美へ手を差し伸べようとしたが、躊躇してしまう。

こんなものはただの一時しのぎでしかない。

手を取ったところで、佳奈美の言う通りやがてはどちらかが死ぬ。

鎧武としてもなんとかルールの抜け道はないかと探ってみたが、凌馬からは諦めろと言われ、海香からは進展はないと言われている。

ためしにジュゥべえたちを探してみようとはするが、いつも彼らは鎧武の手をすり抜けてしまう。

 

 

(いや、それでも……!)

 

 

鎧武は首を振る。

そして、うずくまっている佳奈美へ手を貸そうと動いた。

 

 

 

その頃、近くの喫茶店のテラスで駆紋戒斗はフルーツの柄をしたトランプを弄っていた。

向かいには湊曜子が座っており、笑みを浮かべている。

 

 

「何も食べないの?」

 

「ああ。気分ではない」

 

「そう。じゃあいいけど……、せめて何か飲んだら? 奢るわよ」

 

「いらん。無意味だ」

 

「つれないわねぇ」

 

 

湊はわざとらしく足を組みかえた。

 

 

「貴様、さっきから何を期待している?」

 

「べつに。ただ、なんとなく、どういう感性の持ち主か気になってね」

 

 

これでスカートが見えないか視線でも移そうものなら笑ってしまっていただろうが、それはそれで可愛らしくて嫌いじゃない。

 

 

「ほら、英雄は色を好むともいうでしょ?」

 

「くだらん」

 

 

湊は困ったように肩を竦めた。

 

 

「とにかく気に入ったのよ、貴方が。それほどまでに一般人がいきなりゲネシスドライバーを使えるなんて珍しいことなのだから」

 

 

確率論ではない。運がよくて~などという話ではないのだ。

ゲネシスのパワーに耐えられる肉体をひそかに作り上げていた。

 

 

「ただの人間とは思えない。ねえ、あとで肉体を見せてくれない? どんな鍛え方をしているのか気になるわ」

 

「断る」

 

「残念」

 

 

湊はピーチティーを一口飲んだ。

 

 

「いずれにせよ野心がないと無理だわ。やっぱり復讐かしら?」

 

「なんだと?」

 

「調べさせてもらったわ。貴方の過去を。お父さんの件は残念だったわね」

 

「ユグドラシルのせいではない。弱かったからだ」

 

「だから強くなろうとしたの? いいわね、なかなかできることじゃないわ」

 

 

湊は戒斗の経歴が書かれた紙の一点を指さした。

 

 

「ゲームが始まる二日前、貴方、学校を無断欠席してるわよね」

 

「それがどうしたという?」

 

「いくら調べても、この日、貴方がどこに行っていたのかがわからないの。不自然なくらい」

 

「ダンスの練習だ。変わったことはしていない」

 

「そう、ならいいけど」

 

「元産業スパイが今はストーカーか。落ちぶれたものだな」

 

「……誰からそれを?」

 

「フン」

 

「はぁ、プロフェッサーね」

 

 

そう、かつて湊は産業スパイとして凌馬の研究室に侵入したのだが、そこで見破られた上に、スカウトを受けたのだ。

その度胸に負けて、湊はユグドラシルに来たのだが――

 

 

「今は貴方のほうが魅力的。ゲネシスは私でも装着するのに時間がかかったわ」

 

「なら意外と大したことはない連中のようだな。俺のほうが強い証明ができた」

 

「ああ、それ。それいいわね。朱音麻衣にいいように転がされていたものとは思えないセリフ」

 

「………」

 

「褒めてるのよ」

 

「すぐに追いつく。そもそもあれは貴様のいうとおり転がされただけだ。負けてはいない」

 

「その不屈の精神も気に入ってるわ。私は王を求めているの。私の下で王を生み出し、その生き様を見届ける。それが私の望みなんだから!」

 

「おかしな女だ」

 

「嫌いじゃないでしょ?」

 

 

戒斗は何も言わなかった。

湊は少し嬉しそうに笑う。するとそこで、インカムから音声が流れた。

 

 

『湊くん。捕食中のところ申し訳ないが、うちのリーダーがピンチみたいだ。なんとかしてやってくれないだろうか』

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

鎧武は風を感じた。

気づいていないだろうが鎧武が立っている場所を中心として丸い円が地面に刻まれていた。

それは残痕だ。

直後、地面が抜けて、鎧武は屋上から真下にある立体駐車場に落ちる。

 

 

「ぐあぁ!」

 

「ユグドラシルが沢芽に設置された監視カメラで我々の位置を探ることができるように――」

 

 

剣先が胸を突く。

火花が散り、呼吸が止まるが、鎧武は右手で刀を掴んだ。

そして思い切り左手を打ち付けることで、刀を弾く。

麻衣がひるんだところで立ち上がり、高速移動を開始、アローを拾って周囲を駆ける。

 

 

「我々もまた探る術はある。たとえばクマのぬいぐるみを監視カメラがあるところに置いておくとか」

 

 

鎧武は早いが、アローから放たれる光の矢のスピードは同じである。

麻衣はステップでそれらを回避し、意識を集中させた。

目を閉じる。ロックシードがセットされた音が聞こえた。

 

 

「そこだッ!」

 

「グアァアア!」

 

 

斬撃がクリーンヒットし、鎧武は激しく地面を転がっていく。

ちょうどそこで戒斗と湊が駆け付けた。

 

 

「情けないぞ葛葉!」

 

 

戒斗はゲネシスドライバーを取り出すが、そこで湊に止められる。

 

 

「リーダーに戦わせたほうが果実が熟れる」

 

「……チッ!」

 

「葛葉紘汰! これを使いなさい!」

 

 

湊は自分が使っているロックシードを投げた。

それは麻衣の頭上を越えて鎧武のもとまで届く。

 

 

「すまない! 借りるぜ!」【ピーチエナジー!】

 

「いいだろう。見せてくれ、どう来てくれるんだ?」

 

 

麻衣は両手を広げて待機の意を伝える。

その間に鎧武はピーチエナジーロックシードをセットすると、カッティングブレードを倒した。

 

【ロック・オン】『ソイヤ!』

 

『オレンジアームズ! 花道・オン・ステージ!』

 

【ミックス!】【ジンバーッ! ピーッチ!】『【ハハーッ!』】

 

陣羽織のアーマーに桃の紋章。

ジンバーピーチとなった鎧武はアローの弦を引いて、そこで止まった。

 

 

「………」

 

 

麻衣もまた、納刀状態の刀を構えて沈黙する。

 

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「――ッ!」

 

「そこだ!」

 

「なにッ!」

 

 

麻衣が目を見開いた。

飛んできた矢を気まずそうに回避する。

やや大ぶりなステップ。だからこそ二発目を鞘で弾いた時に隙が生まれた。

 

鎧武は跳び、矢を放つ。

それは麻衣の脇腹に直撃し、麻衣はうめき声をあげながら後退していく。

 

あの睨み合い。先に動いたのは麻衣のほうだった。

鞘を掴む力を強め、踏み込もうとしたところで鎧武も動いて矢を放ってきた。

当初の狙いとはズレた位置に矢があったため、対処に少し混乱したのである。

 

麻衣はすぐに体勢を立て直して腰を落とす。

踏み込み、すると鎧武もアローを盾にする。

攻撃が来るタイミングがわかっている? 麻衣は少し迷ったが、かまわずに斬撃を放った。

それは命中するが、鎧武は防御に意識を置いていたために当然ダメージは抑えられる。

そして二発目は回避された。

後ろに飛んでいた鎧武は矢を発射しており、それは麻衣の刀を持つ手に直撃する。

 

 

「ぐぅう……オォッ!」

 

 

麻衣は表情を歪めて、刀を落とす。

 

 

「!」

 

 

麻衣は見た。

鎧武が頭の側面を抑えたのを。

 

 

「スゥウウウウウ」

 

「!」

 

「ワァアッッッ!!!」

 

 

鎧武はアローを落とした。

そして両手で『耳』を抑える。

 

 

「ぐッ! ォアアアア……ッッ!」

 

「やはりそういうことか!」

 

 

麻衣が武器を落とした際、それなりに大きな音が響いた。

そこに鎧武はわずかに苦しむような素振りを見せたのだ。

だからこそジンバーピーチの固有能力が『聴力強化』であることを見破った。

鎧武は麻衣が動く際に発生する音をヒントに、彼女の攻撃のタイミングやルートを予想していたのだ。

 

 

「ッ!」「!!」

 

 

鎧武はすぐにアローを拾った。

同じく、麻衣は落ちた刀を拾っている。

鎧武はロックシードをセットし、麻衣は腰を落として刀を構えた。

 

 

「ハァアアアア!」【チェリーエナジー!】

 

「フッ! デヤァアア!」

 

 

ソニックアローから強化された矢が発射され、麻衣もまた踏み込み、巨大な三日月状の斬撃を発射する。

二つのエネルギーはぶつかり合うと、競り合いもわずかに爆発を起こして衝撃を拡散させた。

 

 

「ウグッ!」

 

「ぐあぁ!」

 

 

鎧武は車に叩きつけられ、麻衣は壁に叩きつけられ、それぞれ地面に倒れた。

 

 

 

 

暗い。

 

チビってなんだろう? ご苦労様? 運んでくれて?

 

どういう意味だろう?

 

そんなことより、早く、起きなきゃ……

 

 

「鈴音さんが大切ですか?」

 

 

え? あ、はい。

 

 

「じゃあ何をすればいいかわかりますよね?」

 

 

何を、すれば……、いいんだろう?

紘汰はやっぱり大切だから。

でも、紘汰を倒さないと鈴音が……

でも、でも、あれ? どうして私、紘汰のことをそもそも――

 

 

「チッ! 負けやがって。使えねぇゴミクズが」

 

 

あれ、そういえば、私は、何を……

 

 

「下手にボロを出されても困るのでぇー」

 

 

私は……、何を……

 

 

「さよならってことで」

 

 

 

 

 

「ハハハハハ!」

 

 

………。

 

 

「何をしてるんだ!」

 

「何をって! ムカつくから攻撃してるんだよ! 一般人なんてストレス発散にいくらでも殺していいんだって!」

 

「そんな! どうして!!」

 

「どうして? どうしてだって? まだそんなこと言ってるの? ダメだよ! いい加減にゲームを楽しまないと!」

 

「紘汰さんを襲ったっていうのは本当だったの?」

 

「当たり前だろうが! 紘汰を殺せば私たちの勝ちなんだよ! だったら殺すに決まってるだろ! たくさん殺してきたよ! たとえばアンタのお姉ちゃんとか!」

 

「それは、どういう……!」

 

「私の固有魔法は高速移動じゃない! 肉体操作なんだよ! 筋力を操り、そして他人の体を操る!」

 

「じゃあ、まさか! 茉莉を操ったのは――!」

 

「そういうこと! 自分から喋っておいてなんだけど! 知られたからには光実くんも死んでもらいたいなァアア!」

 

 

………。

 

 

「あ……、れ?」

 

 

佳奈美は呼吸を荒げていた。

朦朧とした意識の中で、自分の心臓に矢が突き刺さっているのに気づいた。

 

 

「あれ、私、どうして……、なんで?」

 

 

少し離れたところにはへたり込み、呼吸を荒げている龍玄がいる。

ジンバードラゴンに変身しており、ボウガンに変えたソニックアローから発射された矢が佳奈美の胸を貫き、後ろにある壁に磔にしている。

 

 

「あれ、私は……、たしか、鈴音ちゃんと別れて、それで……」

 

 

沙々さんに話しかけられて――

 

 

「………」

 

 

沙々は殺意を持ってはいたかもしれないが、そもそも沙々がしたことは攻撃ではなく腹話術だ。

だからこそ通った。

あとは殺意を持った龍玄に任せればいいだけだった。

 

 

「ま、いっかぁ、よくわかんないや……」

 

 

佳奈美は空を見上げた。とても綺麗だった。

鈴音にも見せてあげたい。鈴音も見ていてほしい。

おいしいものを食べたら、お祖母ちゃんにも食べてほしかった。

鈴音もきっとそうだったはずだ。でも椿がいなくなって、だから。

だから、私は鈴音ちゃんにおいしいものを食べてほしくて、それで綺麗なものも見てほしくて。

そして、そしたらいつか、鈴音ちゃんもそう思ってくれたら、それはとっても、とってもとっても嬉しくて……

 

 

「鈴音ちゃんに会いたいなぁ……」

 

 

掠れた声が空に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

「……むずかしい」

 

その頃、鈴音はスマホを見ながら慣れない手つきでスイートポテトのレシピ通りに作業をしていた。

はじめて使ったお気に入り機能。

そこには他にもさつまいもを使ったお菓子のレシピがたくさん保存されていた。

たくさん作れば、きっと一つくらいは美味しいって喜んでくれるかもしれないから。

 

 

【穂香佳奈美・死亡】

 

【魔法少女陣営:残り8人】【騎士陣営:残り7人】

 

 

このアナウンスを聞くのは、もう少し先のことである。

 



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第九話 雷光

 

「……ッ」「――!」

 

鎧武と麻衣はほぼ同時に立ち上がった。

先に動いたのは鎧武だ。ソニックアローの弦を引き、光を集中させる。

 

 

「んなッ!?」

 

 

しかし放たれた矢が麻衣に当たることはなかった。

突如として上空から巨大なクマが降ってきて、代わりに矢を受け止めたからだ。

そのテディベアの頭上には、みらいが大剣を抱えて立っている。

 

 

「ハァアアア!」

 

 

みらいが飛んだ。

大剣を振るいあげながら落下してくる。

鎧武はすぐに撃墜しようと矢を連射したが、みらいに当たる前にバリアに阻まれる。

どうやら防御魔法を発動していたらしい。

これでは間に合わない。鎧武はなんとかアローを横にして、振り下ろされた大剣を真正面から受け止めた。

凄まじい衝撃で、思わず地面に膝をつけるが、なんとか耐えきってみせた。

 

「!?」

 

しかし安心したのも束の間。

みらいが飛び上がると、そこで剛腕が視界に入った。

クマが腕を振るっていたのだ。鎧武はそれも防御しようとするが、クマの腕がアローに当たった瞬間、鎧武は衝撃で吹き飛んでいた。

 

 

「ぐあぁあ!」

 

 

地面を転がりながら。その衝撃でロックシードが外れてしまう。

変身が解除されても紘汰は激しく地面を転がっていった。

 

 

「これでッッ!」

 

 

みらいが走った。

 

 

「終わりだぁーッ!」

 

 

横ぶり。

が、しかし、そこでぶつかる音。

みらいの体が後ろに弾かれる。

 

 

「ぐッ!」

 

「魔法少女、排除する」

 

 

みらいの視界にフェードインしてきたのは『斬月』だった。

高速移動で割り入った彼は、盾でみらいの大剣を弾いたのだ。

 

 

「あ」

 

 

みらいの視界から斬月が消えた。

そして背後に感じる気配。

振り返らずともわかる。斬月が回り込んできたのだということが。

 

「!」

 

斬月は後ろへ盾を出す。

そこへぶつかる麻衣の刀。斬月はそのまま麻衣のほうへ進みだす。

あまり得意な位置ではない。麻衣は盾を蹴ると、その勢いで跳ねて斬月から距離をとった。

 

しかしそれが斬月の狙いでもある。

盾を投げると、フリスビーのように回転しながら斬月の周囲を旋回し、麻衣たち弾き飛ばして戻ってきた。

 

だが斬月はそれをすぐに放った。

無双セイバーとメロンディフェンダーを捨てたわけだが、代わりに新しいロックシードを起動する。

斬月がすぐに魔法少女たちを殺しに動かなかったのは、凌馬の勧めで、"とあるロックシード"の調整に入っていたからだ。

それを今、使用するのである。

 

 

『ソイヤ!』『ウォーターメロンアームズ!』『乱れ玉! バ・バ・バ・バン!』

 

 

スイカをモチーフにした形態に変身する。

元々、大型アーマーである『スイカアームズ』のプロトタイプとして作成されたものである。

高エネルギーのロックシードを人のサイズで使うことができる反面、使用者への反動が大きかったが、調整にて今はそれらのデメリットを克服している。

斬月は、メロンディフェンダーに酷似したガトリングガン、『ウォーターメロンガトリング』を構えた。

砲身が回転を始め、エネルギーが集中していく。

 

 

「チッ!」

 

 

麻衣は刀を高速で振るった。

襲い掛かる弾丸を何とか斬り弾いていったが――

 

 

『ソイヤ!』『ウォーターメロンスカッシュ!』

 

 

ガトリングが光る。

すると弾丸の威力もあがり、麻衣の表情が歪んだ。

刀にぶつかっていく弾丸の衝撃が強まり、腕が痺れてきた。

 

そしてついには弾丸が刀を抜けた。

まずは肩に一発。そうするとよろけてしまい、次々に弾丸が麻衣に直撃していく。

血が飛び散り、麻衣は苦痛に顔を歪めながら後退していった。

 

 

「このヤローッ!」

 

 

みらいが吠えた。

巨大なクマが腕を振るいあげてそのまま斬月を押しつぶそうとするが、斬月は一瞬で右のほうへと移動して攻撃を回避してみせた。

どうやら高速移動はロックシードの力ではなくドライバーに依存しているらしい。凌馬が貴虎のためだけに作った特別製なのである。

 

 

「呉島主任。コチラは私が」

 

「頼んだぞ、湊」

 

 

湊は紘汰が落としたピーチエナジーロックシードを拾っていた。

ゲネシスドライバーを装着して走る。

 

 

「変身」【ピーチエナジーアームズ】

 

 

電子音と共に降ってくる桃型のアーマー。

アーマードライダー・『マリカ』が一気に加速して麻衣との距離を詰める。

 

 

「フッ!」

 

 

研ぎ澄まされた一撃だった。

風を切った左足の前蹴り。

つま先を伸ばして槍のようにしたピンポイントの一撃が、麻衣の腹部に突き刺さる。

 

 

「う――ッ!」

 

 

麻衣の表情が歪んだ。

 

 

「あら?」

 

 

だが直後、麻衣はニヤリと笑ってみせる。

なかなか強烈な一撃ではあったが、マリカの足先は麻衣の腹部に侵入することなく止まっていた。

 

 

「それなりに腹筋はしてるんだ!」

 

 

麻衣が刀を掲げた。

マリカは側宙で一気に距離をとった。

とはいえ、麻衣の魔法があれば斬撃は届いてしまう。

だからマリカは空中で回転しながらソニックアローを連射して攻撃させないようにけん制する。

 

さらにそこでレモンエナジーアームズに変身していたバロンが矢を追加した。

麻衣は攻撃を諦めて、足裏で地面を強くたたく。

すると畳型のシールドが現れて矢を受け止めていった。

 

右足を振るい、踵が麻衣の頬を打つ。

麻衣は素早く体勢を整えて前を見る。マリカが側宙で後ろに下がり、入れ替わりでバロンが走って来た。

 

 

「勝負だ!」

 

「面白い。前の学校の時より成長してくれていると嬉しいが……!」

 

「フン! 試してみるか?」

 

 

麻衣は振り下ろされたアローを鞘で受け止めると、回転しながら姿勢を低くして刀を払う。

足を狙った攻撃だったが、バロンもそれを察して飛び上がり、回避する。

 

しかし高度がやや高い。

着地までに麻衣が刀を斜めに伸ばせば、身動きが取れないバロンを打ち落とすことができるだろう。

 

バロンもそれを理解しており、弦を引いたが、わずかに遅かった。

これならば麻衣のほうが先に攻撃できる。

 

しかし麻衣はバロンを攻撃せず、後ろへ下がっていった。

バロンの後ろにいるマリカがアローを構えているのが見えたからだ。

 

「ハァ!」

 

マリカが矢を二発放つ。

麻衣は刀を振るってそれを弾き飛ばした。

 

「フンッ!」

 

バロンが走りながら矢を撃つ。

二発だ。それぞれ、弾かれて宙を舞っていたマリカの矢に命中する。

すると二つの矢が交わり、大きな矢に変わった。

それらは自動で矢先を麻衣に向けて再び飛んでいく。

 

「何ッ!? ぐッッ!」

 

麻衣は再び刀を払った。

しかし大きくなった矢は威力も上がっている。重たい抵抗感。

二発目を弾いたところで、バロンの突き出したソニックアローの刃が間近に迫っていた。

 

 

「チィイッ!」

 

 

麻衣は鞘から手を放して、自由になった左手でソニックアローの刃を掴んで止めてみせた。

血が刃を伝っていくが、バロンが力を込めても、刃はそれ以上先には進まない。

 

とはいえだ。

バロンの後ろから飛び出してくる影がある。

マリカが飛びながら放った矢が麻衣の胸に当たり、衝撃で力は弱まる。

 

反対にバロンはそこで力を込めた。

刃先が麻衣のみぞおちに触れ、そこでバロンはゲネシスドライバーのレバーを入れる。

スカッシュの音声が鳴り、刃が光って爆発が起きた。

麻衣の体が後ろへと滑り、なんとか踏みとどまるものの、そこで血を吐き出す。

 

 

「少しはやるようになったな駆紋戒斗。だが情けないぞ、女に守ってもらうなど!」

 

「黙れ! 性別など関係ない。この場にいるものは等しく戦士だ。それ以上でも以下でもない! 貴様も女だから手加減をされたなどと言われては興ざめだろう」

 

「……確かに。悪かった。その点は訂正しよう。これは殺し合い、そこにルールなどない」

 

「そう、勝つか負けるか」

 

「いや――、違う。生きるか死ぬかだ!」

 

 

麻衣が手を伸ばすと離れたところにある鞘が引き寄せられて手元に戻る。

そして納刀すると一気に地面を蹴って、飛ぶように加速した。

一気に決めるつもりなのだろうが、ちょうどそこでクマと戦っていた斬月がつぶやく。

 

 

「葛葉。そろそろいいだろう」

 

 

倒れていた紘汰が目を見開いた。

確かに。『チャージ』が終わったと理解できた。

貴虎も『再使用』できるまでの時間は遠隔で確認できた。

だからここに来た。その時間を稼ぐためだ。

 

 

「くそッ!」

 

 

スイカロックシードを掴み、紘汰は立ち上がる。

 

 

「変身!」『スイカ!』

 

 

空から巨大なスイカが降って来た。それが紘汰を押しつぶすように落下すると、衝撃波が発生して麻衣は急ブレーキをかける。

前回のデストロイヤー戦のあと、ロックシードの色が失われていたことに気が付いた。

凌馬がいうには凄まじいエネルギーを消費するため、一度使用すると、しばらく再起動できなくなるようになっているのだとか。

 

だが今、再びエネルギーのチャージが完了した。

紘汰は色が元に戻ったロックシードをを戦極ドライバーにセットし、カッティングブレードを倒す。

 

 

『ソイヤ!』『スイカアームズ!』『大玉! ビッグバン!』

 

 

鎧武はすぐに双刃刀を振るった。

するとクマの首が、手が、足が胴体から離れ、瞬く間に地に伏せる。

 

 

「げ!」

 

 

みらいは目を見開いた。

一方で、麻衣は思わずニヤリと笑う。

困ったものだが、どうしても血が滾ってしまうようだ。

 

 

「迸れ!!」

 

 

麻衣は幾重もの斬撃を鎧武へ直撃させた。

しかしどうしたことか。どれだけ攻撃を当てようとも、鎧武は不動である。

火花すら散らず、ただどっしりと立ち構えていた。

 

 

「ウラッ! シャアア!」

 

 

そして一閃。双刃刀が放つ赤い斬撃。

麻衣は呆気にとられた。柄が軽くなった感覚と、散る破片。

視線を移すと、そこには破壊された刀があった。

 

 

「ぐッ、これほど――ッ、とは!」

 

 

麻衣はすぐに魔力を込めて武器を再生しようとする。

しかしそれを斬月が見逃す筈もなかった。

無双セイバーを手にすると麻衣の首を狙い、走る。

 

 

「!」

 

 

だが斬月の前に双刃刀が振り下ろされた。

地面を抉ったそれは、斬月を阻む壁となる。

 

 

「……ろ」

 

「は?」

 

「逃げろ!」

 

 

鎧武は確かにそう言った。

騎士たちの視線が鎧武に集まるなか、麻衣が叫ぶ。

 

 

「みらい! 退くぞ!」

 

「~~ッッ、でも!」

 

「いいから!」

 

「あ! ま、待ってよ!」

 

 

みらいは納得していないようだったが、麻衣が有無をいわずに駆けるものだから渋々ながらも後を追って走っていった。

バロンたちは追おうとしたが、そこで再び鎧武が構えたのを見た。

どうやら、どうあっても邪魔しようというつもりらしい。

 

 

「どういうつもりだ。葛葉紘汰」

 

 

斬月の声は冷たい。

しかし鎧武も怯まなかった。

 

 

「どうもこうもあるか! 殺すつもりだったろ!」

 

「当然だ。それがルールだからな」

 

「ふざけんな! 何がルールだ! 俺は認めない!」

 

「……甘いな」

 

 

斬月はそれだけを言い残し、踵を返して歩き出した。

 

 

「スイカが甘くて何が悪いんだ。なあ、そうだろ戒斗」

 

「くだらん。戯言だ」

 

 

バロンも去っていく。鎧武はため息をついて変身を解除した。

 

 

「……湊、さん? だっけ? アンタはどう思う?」

 

「確かにインキュベーターの提示するルールに従わなければならないのは癪だけれど。貴方の考えは『子供』だわ」

 

「な、なんだよそれ。間違ってるっていうのか?」

 

「そうは言っていないけど私とは合わないわね。まあせいぜい頑張りなさい。世界が終わるまではまだ時間があるわ」

 

「……楽しそうに聞こえるのは気のせいか?」

 

「私はただ少しだけ、興味が湧いただけよ」

 

「興味だって?」

 

「少し時計の針を戻せば世界は今よりももっと自由だった。悪く言えば無秩序とも言っていいわ。きっと多くの正義があった筈よ。今の価値観であれば多少なりとも善悪に分けることができるかもしれないけれど、その時、その瞬間は等しく叶えたい未来だった」

 

 

それぞれの想いがある。

それらは全てが正しいし、全てが間違っていると言ってもいい。

答えがないからだ。

しかし人々は信じた。その先に望んだものがあるとこれが正しいのだと想い、戦った。

 

 

「似ているわ。今と」

 

「それは……」

 

「観測者に、なりたいのかもしれないわね」

 

「ッ、アンタはここにいるだろ。参加者の一人で、観客席じゃない。舞台に立ってるんだ」

 

「ふふ、そうね。それも悪くないかもしれないわ」

 

 

言葉が詰まった。どうにも湊という人間は掴めない。

戦極凌馬はよくわからないが、何かを『楽しんでいる』ように思える。

他にもみんな、なにかしらの感情が前に出ているように思えた。

しかし湊はどうにもわからない。

憤っているのか。期待しているのか。興味を抱いているとはいうが……

 

 

「達観し過ぎてるように見える」

 

「死ぬ夢を見たことはあるかしら」

 

「え?」

 

「よく見てた。青い蝶がいて。星が光ってる。だからなのかもしれないわね」

 

「ッ、それはどういう意味なんだ?」

 

「特別なことじゃないのかもしれないわ。死なんてものは」

 

「意味が分からない。死んだら、終わりだろ」

 

「……ええ、そうね」

 

 

湊は踵を返す。

紘汰は何かを言ってやろうと思ったが、悔しげに首を振って歩いて行った。

 

 

 

 

「落ち着きましたか?」

 

 

震えが止まったので問いかける。

沙々の腕の中にいた光実は首を縦にも横にも振らなかった。

 

 

「チームメイトだったんだ……! 佳奈美は――」

 

「ショック、ですよね。私なんかじゃ光実くんの苦しみを理解してあげられないかもしれないけど……、それでも傍にいますから」

 

「……ごめん。ありがとう」

 

 

沙々は光実の頭を撫でている。

光実は沙々の胸に顔を埋めているから、彼女の表情はわからない。

沙々は高揚していた。頬を赤く染めて、あふれ出る涎がこぼれないようにしているが、それでも口元が緩んでしまう。

恵まれている環境にいた光実が崩れている様がたまらない。しかも彼は自分に依存し始めている。こんな最高なことって他にはない。

だから沙々は下卑た笑みを浮かべるのだ。

 

 

「僕は、どうすれば……」

 

「光実くんは間違ってないですよ。私は、そう思います」

 

「そう、かな。そうなのかな」

 

「はい。だって襲ってきたのは佳奈美さんのほうからだったでしょ? だからあれは正当防衛みたいなものですから」

 

 

沙々はふと、窓に映った自分の顔を見た。

なんだか少し『萎え』のような感情が湧き上がる。

思い出したのは遊園地だ。あそこで青い蝶を見た。蝶は虫だ。沙々はあまり虫が好きではなかった。なぜならば虫は弱いからだ。

人間に踏みつぶされれば簡単に死ぬ。

そんな生き物――、沙々としては存在がナンセンスだった。

 

 

「人間って、弱い生き物ですよ」

 

「え……」

 

「でも、どんな人間も上にいる人間を引きずり下ろすことができる。上のほうでふんぞり返ってる連中を見下すことができる。ありとあらゆる可能性があるこの世界なら」

 

 

沙々は虚空を睨んだ。

 

 

「エゴを抱えるべきです。私、結構ありますよ。欲深い性格なんです」

 

 

目を細める。

 

 

「なんと言われようが自分が納得していればそれでいい。周りは疲れないかって聞いてくるけど、そんな無駄な質問ってないです。私の正解は私しか知らないんだし」

 

 

考えれば考えるほどムカついてくる。

たとえば鈴音だ。あんな生きてるか死んでるかもわからないようなヤツがリーダーなんてのも沙々としては腹が立つ話であった。

 

 

そしてその鈴音は、やはり無表情で壁を見ていた。

後ろには亜里紗と、ザック、茉莉がいる。

鈴音の家の住所を茉莉が知っていたので、亜里紗が頼んで連れてきてもらったのだ。

 

 

「今、どんな気持ち?」

 

 

佳奈美が鈴音と遊びに行くと言っていたのを亜里紗は聞いていた。

 

 

「何も、感じない」

 

 

鈴音はそう答えた。

亜里紗はムッとした。亜里紗は千里が死んだとき、胸が張り裂けそうだった。

だから少しばかり鈴音もそういう感情を抱いてくれれば、何かが変わると思っていたのに。

結局、鈴音は何も違わない。

一つ、いや二つほど辛辣な言葉をぶつけてやろうと思った。

 

しかしそこで茉莉が亜里紗を制した。

茉莉にはわかったのだ。

鈴音の些細な変化を。

 

 

「何も、変わらない。何も変わってない」

 

 

変われない。そんなニュアンスを感じて、亜里紗も複雑に表情を曇らせる。

 

 

「なにも声を荒げて感情的になるだけが『悲しみ』じゃない」

 

 

ザックがそう言った。

 

 

「人にはそれぞれの悲しみ方がある。たとえ一滴も涙が流れなくても、ほんの少しだけハートがモヤモヤしてれば、きっと悲しいのさ」

 

 

鈴音は何も言えない。

 

 

「それを受け入れたほうがいい」

 

 

何も言わないままでもよかった。

よかったが――、鈴音は口を開いた。

 

 

「そうね」

 

 

たったそれだけだったが、亜里紗は少し、安心したような顔をする。

 

 

 

一方、海香は喫茶店にいた。

背中合わせになるように、後ろの席ではカオルとかずみが肩を並べてデザートを食べている。

隠れ家的なこの店、海香の前には一人の科学者が座っていた。

 

 

「信用していただき、感謝します」

 

「かまいませんわ。騎士陣営に近いところにいるとはいえ、(わたくし)はきっと貴女たちのほうが……」

 

 

志筑仁美。

凌馬と共にアーマードライダーの研究に携わっている研究者だ。

彼女は言葉を止めた。確証のないことは口にするべきではないと思ったのだろう。

むろん海香もそれを察することはできる。

ゲームを止めようといろいろ調べていくなかで、いくつか気になる文献や記事を見つけたのだ。

 

 

「"ロストメモリーシンドローム"。特定の人間が、存在しない記憶を認識するのだと」

 

「デジャヴの類ではなく、夢というにも少し違う。それは文字通り記憶ですわ」

 

「しかしそんな事実は存在しない」

 

「はい。けれど覚えてる。あるいは無意識であったとしても心の隅に存在している」

 

 

仁美はユグドラシルに入る前はそれを研究していた。

彼女はそういった人々を『特異点』と称し、コンタクトをとってきた。

フルーツパーラーのマスター、阪東さんが由良吾郎という名で生きていた記憶が消失している件を海香は思い出した。

きっと彼も特異点だったのかもしれない。

 

 

「たとえば特異点の疑いのある男の子が幼少期の際に、存在しない筈の姉を絵描いたことがあると……」

 

 

その絵の少女に類似したキャラクターがいるかどうかを調べたが、彼が起きている時間帯に少女が主役のアニメが放送されていたのは事実だ。

そこからイメージが脳に刷り込まれたことは否定できない。

しかし仁美は彼の中に失われた記憶があるのだと信じた。

なぜならば、仁美もその少女のことを知っている気がしたからだ。

 

 

「特定の人間だけは覚えている、と……」

 

「なぜなのかはわかりませんわ。けれど偶然というにはあまりにも違和感があります」

 

「不具合はどんなものにも存在するものです。インキュベーターとて、神ではない」

 

「……神」

 

「?」

 

「魔法少女はどんな願いも叶えられる。長い歴史の中で、願いの力を使って因果律をはじめとした絶対のルールを覆した娘がいたとしても何も不思議ではありませんわ」

 

「確かに。例えば記憶を消す魔法少女、あるいは存在するかもしれない前回のフールズゲーム……」

 

「皮肉なものですわね。来るべき日のために用意していたものが、殺し合いに利用されるだなんて」

 

「アーマードライダーですか……。そういえば志筑さんは黄金の果実というものを知っていますか?」

 

「ええ。以前からそういったものが存在するのではないかとプロフェッサーは調べていたそうですわ。アーマードライダーの中にリンゴをモチーフにした"イドゥン"というものがいたのは覚えていますか?」

 

「たしか、一番最初に脱落した?」

 

「ええ。アレはプロフェッサー凌馬が、黄金の果実を模して作ったものですわ」

 

 

イドゥンが100%の力で活動することができた時、黄金の果実はまやかしではなくなると。

 

 

「ヘンペルのカラスに少し似ているでしょうか」

 

「……カラスが黒いということを調べる時、この世界に存在する黒くないものを全て並べて、その中にカラスがいなければ、カラスを直接調べることなく照明が完了する。でしたっけ?」

 

「プロフェッサーはイドゥンの出力されたデータを見て、黄金の果実が存在すると確信したようです」

 

 

そこで仁美は、ブランク状態のロックシードを置く。

 

 

「これは?」

 

「神殺しのロックシードですわ」

 

「神……!?」

 

「超越者、あるいは、概念。いずれにせよこの世界に存在する、私たちの力が及ばぬ何か」

 

「それを、殺す?」

 

「そうですわ。ただ、やはり形にするには難しくて、だからこそ貴女の力をお借りしたいのです」

 

「記述魔法ですね」

 

「ええ。私や夫の……、他にも特異点の中から記憶を取り出せるのは貴女だけですわ」

 

「確かにイクスフィーレはその人物が忘れたことであっても、体の中から情報を記載することができるかもしれません」

 

「一つ一つはきっと些細なものかもしれませんが、一つに合わせ、そしてそのデータをこのロックシードに入れることができれば……」

 

「それでは、さっそく」

 

「いえ、その前に一つ大きな問題がありますの。実は特異点の中でも重要人物と思われる鹿目タツヤくんが行方不明に……」

 

「えっ?」

 

「常にユグドラシルが監視していたのですが、気づかれたのかもしれませんわ。ここ最近、彼はロストメモリーシンドロームに苦しめられている様子でしたから。彼のデータは最重要と考えてますの。なので今、必死に捜索を――」

 

「わかりました。私たちも捜してみます」

 

「お願いしますわ。きっと彼の記憶はこのロックシードの完成に大きく関わる筈ですから」

 

 

そこで海香の携帯が震える。

 

 

「失礼」

 

 

それはメッセージアプリの通知だった。

表示されているのは、海香が登録していない筈の名前である。

 

 

「これは……!」

 

 

それは後ろの席にいたカオルにも届いていた。

かずみと頷きあい、カオルはすぐに店を飛び出した。

送信者は、ガーデンシリーズ・アンタレス。

 

 

『ナイトフェイズの開幕だ』

『俺様が狙うのは参加者じゃない。一般人だ』

『開幕と同時に沢芽ホテルの宿泊客を上層階から順に殺していく』

『止めたければ、わかるよな?』

 

 

アンタレスは長い廊下に立っていた。

シルエットは人型のロボットだ。そこに長い尾がついており、先には鞘に納められた日本刀、『雷切』がある。

アンタレスは客室の扉を手の甲で叩いた。

それだけで扉は吹き飛び、真っ暗な部屋の中に入る。

 

誰もいないのか。

そう判断しかけたが、すぐに間違いだということに気づいた。

アンタレスは右を見る。部屋の隅に光る複眼があった。

鎧武は手を放し、ソニックアローから光の矢を発射する。

 

「!」

 

鎧武は思わず唸った。

距離は近く、矢のスピードは速い。

にもかかわらずアンタレスは一瞬で雷切を抜刀するとそれを切り弾いたのである。

 

 

『これはこれは。リーダー様が自らお出ましとは』

 

「ユグドラシルのおかげで避難は既に完了してる。ナイトフェイズは参加者を狙うものだろ? ルールを捻じ曲げてまで何がしたい!」

 

『べつに。俺様ただ、戦いたかっただけだ。こうすれば必ず誰かがやってくると思ったのさ。お前らは甘ちゃんだからな』

 

「ッッ、ふざけんな!」

 

 

鎧武は枕を投げ、すぐに射貫く。

綿が舞い、その中に紛れてアローをふるった。

アンタレスはそこに刀を合わせて、両者は睨み合う。

 

 

「うッ!」

 

 

力が込められる。

鎧武たちは武器を合わせたままグルリと回転し、アンタレスはそこで鎧武を強く押した。

踏みとどまろうとするも、鎧武は押し負けて後退。壁に叩きつけられる。

そこでアンタレスは左手で鎧武の首を掴むと、壁に押し当てながら持ち上げる。

 

 

「ぐッッ!」

 

 

鎧武はソニックアローを落とし、両手でアンタレスの腕を掴んだ。

しかしジンバーレモンの力であったとしてもビクともしない。そうしていると首を絞める力が強くなってきた。

 

 

「……!」

 

 

そこで鎧武はカッティングブレードを二回倒す。

オーレの電子音と共にアーマーが閉じて、その際の衝撃でアンタレスは手を離した。

 

 

「くらえッッ!」

 

 

鎧武はアーマーを被ったまま頭突きを繰り出した。

しかしヒットの感触はない。アンタレスは後ろに下がっており、攻撃範囲から外れている。

だったらと鎧武は踏み込んだ。アーマーを発射し、直接ぶつけようと試みる。

 

「!」

 

だがそこで一閃が迸る。

アンタレスは居合斬りで飛んできたアーマーを両断したのだ。

 

 

「まずい!」【チェリーエナジー】

 

 

ロックシードを起動して新しいアーマーを用意したかったが、それよりも速くアンタレスが切り抜けた。

鎧武の全身から火花が散り、床に倒れる。

 

すぐに立ち上がろうとするものの、そこで衝撃。

アンタレスが鎧武を蹴り飛ばし、その勢いで窓を破壊して外に放り出された。

悲鳴が下に落ちていく。

しかし落下中に鎧武はロックシードを起動して放り投げた。

ダンデライナーが完成し、自動運転で鎧武の下に来てシートで受け止める。

 

 

『はーん』

 

 

しかし、アンタレスにはまだ追撃の手段がある。

胸部アーマーが開き、円形のパネルがむき出しになった。

 

そこへ光が集中していく。

このチャージが完了した時、高エネルギーのレーザービーム・スパークキャノンが発射されて鎧武を消し炭に変えるのだ。

 

ではどうすればいいか?

止めるべきだ。

今すぐに。

 

『!』

 

アンタレスがよろけ、チャージが中断された。

突然肩が爆発したのだが、部屋の中は暗いだけで何もない。

とはいえ、アンタレスは耳の辺りを人差し指で押してなにやら視界のモードを切り替える。

するとすぐに笑い始めた。

 

 

『これはこれは。気づかなかったぜ』

 

「キミの目がはじめからセンサーになっていたら無駄だったけど」

 

『殺す相手はこの目で見たいんでね』

 

 

何もないと思っていた空間が歪む。

そこに現れたのはアーマードライダー・『デューク』だった。

戦極凌馬がレモンエナジーロックシードで変身する騎士である。

 

 

「あまり暴れられても困るんでねぇ。なにせ、葛葉紘汰が死ねば我々も終わりなわけだし?」

 

 

透明になっていたようだ。

葛葉紘汰が戦えば、運営からのプレゼントである未知なるロックシードが育つわけだが、なにせ死んでしまえば騎士は全滅である。

だからこそ、なるべく紘汰には悟られない程度に保険はかけてあるということだった。

 

 

『俺様は誰でもいいっちゃ誰でもいい。殺すごとに証明される。この無敵の強さが』

 

「残念だけど死体は生まれないと思うよ? 今ここで死んでしまうのは――」

 

 

デュークがゲネシスドライバーのレバーを押すと、高速移動モードへと移行する。

一瞬でアンタレスの目の前まで迫ると、アローの刃を突き出した。

 

 

「キミだからね!」

 

 

そこで火花が散る。

アンタレスはその速度に反応しており、雷切の腹でソニックアローを止めていた。

両者、武器を振るい、互いの武器と弾きあう。

デュークの高速で繰り出す連撃にアンタレスはしっかりとついてきており、目にも止まらぬ速さで攻防が繰り広げられ、火花が散っていく。

 

拮抗しているのだろうが、一つだけ大きな差がある。

デュークは人間で、アンタレスは機械だ。体力、スタミナなどという概念が存在していない。

だからこそ攻防が長引けばそれだけ有利不利が生まれる。

 

ほら、今まさにデュークの動きが鈍り始めた。

アンタレスがそこを突かない理由はない。

一瞬である。デュークの一撃が弾かれ、生まれた隙に刃を合わせた。

するとデュークの首が切断されて床へと落ちる。

 

 

『まずは一人だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくして、鈴音の部屋に亜里紗はいた。

ナイトフェイズが始まっているのは知っている。

しかし鈴音にはやらなければならないことがあった。

彼女は佳奈美の名前を紙に書いている。

 

 

「佳奈美のお祖母さんはまだ生きているのね」

 

「まあ、でも、もう歳だし。そんなに長くないのかもね」

 

 

亜里紗の言い方には含みがある。

 

 

「……世界再構築の際に『死ぬ』といえばそうよ。そう、きっと」

 

「でも、それでも、大切な人には、少しでも長く生きていてほしい……」

 

「驚いた。アンタの口からそんな言葉が出るなんて」

 

「椿にも、そうでいてほしかったから」

 

「え? なんて?」

 

「……いえ。なんでも」

 

 

鈴音は紙を折り、それをお守りの中に入れる。

 

 

「行かないわ。ナイトフェイズには」

 

「えッ? でも紘汰はきっと行くわよ?」

 

「それでも、いかない」

 

「な、なんでよ」

 

 

鈴音はお守りがついた紐で髪を括る。

 

 

「私が死ねば、魔法少女は終わってしまうもの」

 

「………」

 

 

亜里紗はしばらくポカンとしていたが、やがて少しだけ。

ほんの少しだけ笑った。

 

 

「あ、そう。わかった」

 

「………」

 

「そういえばさ、作ってたんでしょ? お菓子。それ食べさせてよ」

 

「でもあれは佳奈美に……」

 

「死んだほうが悪いでしょ」

 

「………」

 

「おい、無視すんな」

 

「失敗してるかもしれない」

 

「それでもいいわよ」

 

 

亜里紗は呆れたように微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

場面はホテルの部屋に戻る。

断面から血が噴き出し、デュークの体がバタリと倒れた。

 

 

『あっけなかったな』

 

「それはどうだろう」

 

『んン……?』

 

 

切断された『頭』が喋る。

そこでアンタレスは戦極凌馬の声がデュークの額にあるスピーカーから声が出ていることに気づいた。

アンタレスはすぐにゲネシスドライバーを毟り取り、握りつぶす。

するとデュークの変身が解除されて、参加者でもない男の死体が曝け出された。

 

 

「彼には申し訳ないことをしたよ。ただまあ死亡リスクもあると明記していたから。そこは自己責任というわけで」

 

 

デュークは屋上に立っていた。

開発者特権で、強化変形を行った巨大なソニックアローの弦を引いて光をチャージしている。

 

 

「確かにゲーム開始時に魔法少女と騎士の数は『同じ』になった」

 

 

とはいえ、開発者がいるのだから増やしてはいけない理由はない。

凌馬はユグドラシルの社員へリジェクションを抑えた『ゲネシスドライバー・改』を与えていただけだ。

影武者として立ち回ればボーナス支給ということで。

 

 

「彼の尊い犠牲のおかげでエネルギーをチャージできたよ。涙が止まらない」

 

 

声色を変えず、デュークは弦から指を離した。

光の楔がソニックアローから発射され、斜め下に飛んでいく。

それは屋上を貫くと下にいたアンタレスのみぞおち部分に突き刺さり、そのまま床を破壊して真下の部屋に連れていく。

 

その後も同じだ。

床に叩きつけられたアンタレスは、そのまま床を破壊して次の床にいく。

斜め下に移動しているため、それを繰り返しているとやがてホテルの外に出た。

こうなると遮るものは何もない。

数秒で地面に叩きつけられ、そこで動きが止まる。

 

 

『――ちぃイッッ』

 

 

アンタレスはすぐに楔を抜こうとしたが、予想に反して引き抜けない。

そうしているとレモンの輪切りがいくつも並んでいくのが見えた。

それも二列。

 

 

【【レモンエナジー!】】

 

 

重なる電子音。

下に待機していたバロンとナックルが放った光の矢がアンタレスに直撃して爆発を起こす。

衝撃で楔が破壊されてアンタレスは地面を転がっていく。

 

 

『いいぜ、いい! 悪くない!』

 

 

アンタレスは立ち上がった。

 

 

『俺様が望んでいた世界に限りない近い景色だ……!』

 

 

あれほどまでに攻撃を受けたにも関わらず、武器は手放していない。

次々と迫る矢を斬り。時には体を反らすことで回避してみせた。

 

 

「今だ!」

 

 

そんな時、ナックルが叫んだ。

すると木陰に隠れていた海香が飛び出し、全速力で走りだす。

目指すのはアンタレスが避けたことで、そのまま飛翔している光の矢だ。

海香は一度メガネを整えると、本を開いて前に踏み込んだ。

 

 

「ハァアア!」

 

 

海香が前に飛んだ。開いた本に光の矢が当たる。まさにダイビングキャッチ。

すると矢の情報が記載されていき、海香はそれを素早く目で追った。

本を閉じ、魔法を構築していく。

 

 

「わかった! よくってよ!」

 

 

海香がそういうと、左右からカオルと茉莉が走り抜けて前に出る。

魔法少女ではガーデンシリーズに攻撃が通らないが、そこで海香の本から黄色い光弾が発射される。

 

 

「イクスフィーレ!」

 

 

光弾がカオルたちの体にぶつかると、液体のように弾けて、それらの飛沫が体の中に吸収されていった。

それはまさに果汁のようにも見える。

 

 

「ハァアア!」

 

『なにッ!』

 

 

茉莉の掌底を防いだ時にアンタレスも感じたのだろう。

ダメージが入っている。

海香の魔法でクェイサーアシッドと同質のものが魔法少女たちに与えられたのだ。

 

茉莉はさらに掌から衝撃波を発生させて追撃を行う。

黄色いエネルギーが果汁のように弾け、アンタレスは後ろに下がっていった。

衝撃波もちろん。エネルギーが触れたとたん、体から煙が上がる。

クェイサーアシッドにより装甲が溶けて防御力が下がっていくのだ。

そこでカオルが走り出す。

体を纏う黄色いオーラがボール状に変わり、それを蹴り飛ばしてアンタレスを狙った。

 

 

「シュート!」

 

『くだらねぇ!』

 

 

アンタレスは一つ目の光弾を切り裂き、続く二つ目も振り上げた刃で切断した。

だが斬れば、その瞬間ボールから大量の果汁が溢れて装甲を濡らしていく。

そこでカオルが地面を転がり、後ろにいる茉莉が二つの拳を発射する。

 

『ヌゥウ!』

 

アンタレスは煙を纏いながら右へ転がり、ロケットパンチを回避する。そしてバロンが発射した矢を斬り弾いていった。

そこで変化が起きる。

ロケットパンチは空中で反転。そのまま拳を突き出していたナックルの腕に装着された。

ナックルはステップで全身。

アンタレスは刀を振るって首を狙うが、ナックルは上体を後ろに反らすスウェーバックでそれを回避し、生まれた隙へ向かって踏み込んだ。

 

 

『甘いな!』

 

 

アンタレスには尾がある。

それを振るいあげて、逆にナックルへカウンターの一撃を与えようとするが――

 

『!』

 

尾が矢によって弾かれた。

バロンがマリカの戦い方を学習したらしい。

隙を埋めるように攻撃を重ねる。

そうすることによって相手の攻めを封じるのだ。

 

 

「オラァア!」

 

『グアァ!』

 

 

だからこそナックルの拳がアンタレスの胸に突き刺さる。

アンタレスは衝撃で後ろへ下がっていき、その途中で両肩を蹴られた。

カオルが右肩を、茉莉が左肩を蹴って飛んだのだ。

アンタレスは雷切を構えるが、再び矢が飛んできて攻めを封じる。

そうしているとカオルたちが着地してバロンたちのもとへ駆け寄った。

 

 

「ナイス、ザック!」

 

「やったねザック!」

 

「サンキューカオル! 茉莉もありがとな、助かったぜ」

 

 

ナックルの腕からパワーアームが外れて再び茉莉に装備された。

 

 

「貴様ら、俺もいるだろ」

 

「はいはい。戒斗も頑張ったな」

 

「戒斗、えらいえらい」

 

「……フン!」

 

 

バロンがバナナロックシードを手にしたのを見て、ザックたちは意図を察した。

茉莉は再びロケットパンチを。カオルは光弾をシュート。ナックルは光の矢を発射して、同時にアンタレスを狙う。

 

 

『ハァア!』

 

 

アンタレスは抜刀。

真横に振った居合斬りで三つの飛び道具を一撃で破壊した。

しかし一方で飛び道具を放っている間に、バロンはロックシードをソニックアローへ装填して弦を引くことができた。

アンタレスが刀を振るい切ったのを確認してバロンは手を放す。

 

 

『バナナチャージ!』

 

『グォオオオオオオオ!』

 

 

剥かれた巨大なバナナ型エネルギーがソニックアローから放たれてアンタレスへ直撃する。

今度は武器を手放すほどの衝撃だった。

後ろへ回転しながら吹き飛んでいき、やがては地面に激突して滑っていく。

 

 

『あぁあ! クソッ! なんだ……! 何かがおかしい! なあ、そうだろ"俺"……ッッ!』

 

 

アンタレスのAIモデルになった人物は『個』の強さを主張し、さらに人間の脆弱な肉体ではなく強靭な機械の肉体であれば『最強』になれるという説をもとにガーデンシリーズへとなった。

アンタレスはそれが正しいことだと学習していたが、今になってその認識が誤りだったのではないかと再計算を行っている。

 

もしやあの人物は、『正解』だとは思っていなかったのではないか?

仮説はあくまでも仮説だ。

アンタレスは最強を額面通りに受け取っていたが、あの男は違ったのではないか?

 

アンタレスに魂を入れたのは、ただの余興の一つでしかない。

なぜならばアンタレスは今、人間の肉体を欲している。

この欲望こそが、絶対を壊す鍵なのか。

 

 

『しかしまあ皮肉なもんだな。俺を殺すためなら、協力できるってか』

 

 

アンタレスは落ちた雷切を拾おうと走った。

だがどうしたことか。

今まさに、指が柄へ触れようとしたところで雷切がひとりでに浮き上がったではないか。

そんな機能はなかった筈だ。

ではなぜだ? アンタレスが疑問を抱くと、答えが声を出した。

 

 

「機械は所詮、人の道具だ」

 

 

朱音麻衣は、雷切を振った。

アンタレスの尾が切断されて鞘が飛ぶ。

麻衣はそこへ手を伸ばした。距離は遠く、指を伸ばしても届かないが、魔法がある。

範囲拡大により、手には感触があった。

拳を握りしめると、飛んでいた鞘が止まる。

腕を引けば、鞘が手元までくる。

 

 

「家の蔵の隅に古い巻物があった。幼い私はそれがなんなのかわからなかったが、最近になってもう一度それを見てみた」

 

 

麻衣は腰を落とした。雷切を鞘に納める。

バチバチと何か、音がする。

それは決して偶然などではない。

 

 

「私の祖先が記した秘伝の書だった。祖先もまた戦場(いくさば)で刀を振るっていたらしく、数々の技がそこには記されていた」

 

『なんだって?』

 

「しかし疑問はあった。なぜならばそれらの技は、とてもじゃないが人間に為せるものではない。なんとか真似をすることはできても、それを戦場で、ましてや相手を殺すために使うとは考えにくい……」

 

 

芭蕉閃(ばしょうせん)と、書かれた技があった。

カエルが跳ねるように、Vの字に相手を斬るとある。斜めに刀を入れて、手首を返して振り上げるのだろうが、肉体に入った刀を動かすのは至難の業であり、なによりもメリットが思いつかない。

だからこれはもしかすると当時の御伽噺に使っていた架空の技だったのかもしれないと思っていた。

 

 

「だが、今ならわかる」

 

 

朱音の血筋には、すでに魔法少女の血が流れていたのだと。

今なら体現できるだろう。

同じ魔法少女なれば。

 

 

「そして超越する。過去は過去、未来には勝てない」

 

 

アンタレスの両腕が地面に落ちていた。

彼の肉体に刻まれているVのマーク。それはバチバチと音を立てて帯電しており、紫色に輝いている。

 

 

「芭蕉閃・雷豪(らいごう)

 

 

麻衣はニヤリと笑う。

つられてアンタレスもニヤリと笑った。気がした。

 

 

『やはり人間のほうがいい。俺の感情など、偽りでしかないからな。真の向上心は、真の欲望がないといけねぇ』

 

「雨が降る」

 

 

麻衣は雷切を抜いて剣先を天に向けた。

範囲内にあった雲が一気に収束し、麻衣の斬撃をスイッチにして雨が降り始めた。

魔法の集中豪雨。雲の隙間がピカリと光り、空が吠え叫ぶ。

気づけば、アンタレスの全身に刺し傷があった。

雨に打たれたように、全身に穴が開いている。

 

 

「朱音流」

 

 

目の前にいた麻衣がアンタレスを蹴り飛ばし、そして消えた。

刹那、雷が落ちる。

 

 

雷漸(らいぜん)時雨(しぐれ)

 

 

アンタレスの体に刻まれたジグザグな残痕。

雷のマークにも見えたそれは、激しい光を放ち、直後爆発を巻き起こす。

アンタレスは首だけとなり地面に落ちた。

 

 

『やるじゃねぇか。まいったまいった。ご褒美にそれはやるよ。いいよな? キュゥべえ』

 

『そうだね。いいよ』

 

 

キュゥべえがいた。

ルールの些細な変更だ。

ガーデンシリーズも死ねば消えるが、『一部』だけは残し続けると。

 

 

「感謝する」

 

 

麻衣は雷切でアンタレスの脳天を刺し貫いた。

アンタレスはそこで蒸発するように消えるが、雷切は残り続ける。

まあそもそも雷切はもともとあった日本刀なのでガーデンシリーズの一部とは言い難いというのもあるだろう。

いずれにせよ、それは麻衣のものになった。

 

 

雷光(らいこう)石火(せっか)

 

「ぐあァアア!」「ヌグアァアア!」

 

 

風が吹く。

カオルは頬が痺れるのを感じた。

後ろでは戒斗とザックが倒れている。

バックルを固定するベルト部分が切断されており、変身が解除されてしまったようだ。

 

 

「そろそろ、死ぬか?」

 

「ッッ、よせ! 麻衣!!」

 

 

カオルが叫んだ。それが上にいた紘汰を叱責する。

 

 

「うぅうッ! クソ!」

 

 

紘汰はシートが飛び降り、ロックシードを起動する。

 

 

『スイカアームズ!』『大玉・ビックバン!』

 

 

前回は短時間の使用だったため、既にチャージは終わっていたようだ。

双刃刀を振るい、再び麻衣の武器を破壊しようと試みる。

 

「!?」

 

双刃刀が地面に刺さる。

麻衣が消えたのだ。いや、正確には双刃刀が麻衣を貫いていた。

鎧武は一瞬ヒヤリとするが、それにしたって感触がない。

 

 

「安心しろ。それは雷残光(らいざんこう)、私の残像分身であり実体ではない」

 

 

少し離れたところに麻衣がいた。

鎧武が驚いて分身を見ると、分身が発光して弾けた。

 

 

「ぐあぁああああああ!」

 

 

武器を伝い、すさまじいほどの電撃が全身を駆け巡る。

だから動けない。

一方で麻衣は雷切を鞘に納め、居合の構えをとって腰を落とした。

 

 

雷火(らいか)招来!」

 

 

雷が落ちて、麻衣に直撃する。

ダメージはあるが、麻衣は笑っていた。

それ以上に全身を駆け巡るエネルギーを獲得している。

 

 

「散る星もまた、切り裂き進む! 我は雷光!」

 

 

麻衣が、刀を抜いた。

 

 

「轟けェッ! 雷牙(らいが)轟連斬(ごうれんざん)!!」

 

 

麻衣は鎧武の後ろに立っていた。

幾重にも走る斬撃。そして電撃。

 

 

「私の刃は! 既に無限を超えている……!」

 

 

スイカが割れた。六等分、きれいにパッカリと。

それだけじゃない。

鎧武が持っていた双刃刀もバラバラに切れて落ちていくではないか。

 

 

「もはや、この私に斬れないものなど存在しない!」

 

 

そうだ。麻衣が、すべてを切り裂いたのだ。

ナイトフェイズ、アンタレスを見た時からあの日本刀の価値に彼女は気づいていた。

 

 

「見事だ雷切。この名刀、朱音麻衣にこそ相応しい……!」

 

 

麻衣は刀を鞘に入れてゆっくりと戻す。

そしてカチリと音がして鞘に収まったとき、空が割れ、巨大な雷の柱が鎧武に直撃した。

 

 

「ガアアァアアアァ!」

 

 

鎧武の変身が解除されて、火傷を負った紘汰が倒れる。

体からは煙があがり、全身にある痺れのせいでどこも動かせない。

 

 

「連れて逃げろ」

 

 

麻衣が振り返り、何もない場所に触れる。

するとデュークが現れた。

麻衣は彼の顎を撫で、やがて指で頬をつく。

 

 

「もう一度いう。今日は追わない。逃げろ」

 

「……それはありがたいね」

 

 

デュークは紘汰を抱えると去っていった。

ザックと戒斗も立ち上がり、うめき声をあげながら闇に消えていく。

 

 

「これで貸し借りは無しだ。次はない。確実に殺す」

 

 

そこで麻衣は視線を移動させる。

あるマンションを見た。その屋上、マリカと斬月・真がいる。

中でも麻衣は斬月を見つめていた。

 

 

「私とやろう」

 

「……いいだろう」

 

「ふふ、助かるよ。楽しみにしておくからな」

 

 

麻衣はニヤリと笑い、一瞬で消え去った。

 

 



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先行最終回
FOOLS,GAME End Number『12』


突然ですがみなさん。こんな経験はないですか?
更新を待っていた作品が全く更新されなくなった。
そうですね、所謂『エター』でございます。

まあ二次創作と言うのは中々ね、難しいものです。
趣味であるがゆえ、いつ、どこで、永遠がやって来るか分かりません。

なのでですね、今回、ココにFOOLS,GAMEの『先行最終回』を掲載しておきます。
エピソードファイナルです。これを読めば、僕がいつエターナルに変身しても大丈夫なわけですね。

もちろん本編の最終回がこのお話になるワケではないです。
だから別に今このタイミングで、これを見ても別に大丈夫です。逆に見なくても大丈夫です。

もしもボクが消え失せ、FOOLS,GAMEが更新されなくなった時には、もう一度このお話を読んでください。
それでこの物語は終わりです。

あくまでも最終回のため、あたためてきた単語やら今後のごく軽いネタバレが入ってますが、そこはご了承くださいませ。

最後に


Q このお話、ふざけてますか?

A ボクは真面目にふざけました。


それでは本編。どうぞ



 

 

 

とある『少女』は、よく同じ夢を見る。

 

 

「思うんです。辛い事ばっかりだった」

 

 

同じ年齢――、少し上だろうか?

桃色の髪の毛をした女の子が泣いている。いつも血が出ていた。今日もまた彼女は傷ついている。

周りにはビルが崩れて、街は崩壊していて、その中で女の子は唇を噛んで泣いている。

 

 

「状況はどんどん悪くなって、連鎖的に悪い事が重なって……」

 

 

 

女の子を抱き起こす男の人がいた。その人も血だらけで、泣いている。

夢を見ていた『少女』はその男の人が好きだった。異性としての好きではない。

ただなんとなく、感謝と言うのか、尊敬と言うのか、憧れと言うのか。

まあ尤も、夢の登場人物にはかわりないのだが、『少女』はその男の人が泣いている顔をみるのが好きではなかった。

 

 

「だから――、少しくらい、夢見てもいいじゃないですか。良い事っばっかり、すんなり、起こる――、夢」

 

 

私もそう思う。血まみれになっている桃毛の女の子に、『少女』も同意した。

 

 

「いつか……、そんな世界が――、来ると……良い……な」

 

 

桃毛の女の子は目を閉じた。

もうその目は二度と開かれる事はない。男の人は、その女の子を抱いて泣いていた。

悲しい夢。死なないで。そう願うが、『少女』の想いは届かない。

 

 

「あ」

 

 

目が覚めた。『少女』はムクリと体を起こすと、小さくため息を。

 

 

「はぁ、朝から憂鬱だな」

 

 

とは言え、珍しい話じゃない。

お母さんが用意した熱々のコーンスープと、バターたっぷりのクロワッサンを食べれば忘れるだろう。

『少女』はベッドから降りると、リビングに向かうのだった。

 

 

「………」

 

 

それでもふと、足を止める。

 

 

「誰か、あの人たちを助けてほしいな」

 

 

――って、夢を相手に何を思っているのか。

『少女』は恥ずかしげに肩を竦めると、そそくさと階段を降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME End Number『12』

 

 

 

 

 

 

星の骸。

 

 

「………」

 

 

すべての絶望を統べる王座にて、ギアは肘掛に肘をついて気だるそうにモニタを見ていた。

するとそこへバズビーが姿を見せる。

 

 

「ギア様、例の物が完成したしました」

 

「……そうか。ご苦労だったな」

 

「ハッ!」

 

「それではこれより精錬に入る」

 

 

立ち上がり、マントを翻すギア。

言葉のトーンは変わらないが、その内心、喜びに震えている事を記述しておこう。

 

愚かな人間はまだ気づいていない。ギアの目的はゲームにより絶望を収集する事だが、それはあくまでも『恩恵』、『娯楽』でしかないのだ。

運営の果てにあるのはただ一つの野望だ。そしてそれはまもなく完成を向かえる。

参加者達はゲームを盛り上げるピエロでしかない。その裏にあるものこそ、ギアが本当に狙っている存在であった。

 

それは魔女。

正確に言えばグリーフシード生成のために箱庭(みたきはら)に配置される魔女軍団である。

魔女は技のデッキにも影響を与えるエネミーシステムだ。

円環の理に攻め入った際、ギアは参加者以外の魔法少女達もしっかりと管理下においた。

そして再び舞台に送り、魔女として覚醒させる。そうする事で箱庭にも影響を与え、そしてコアデータはダークオーブに封印する事で『管理』している。

 

ふむ、少し分かりにくいか。

簡単に言えば、無限の輪廻をくり返しているのは参加者達だけではない。

魔女として存在する魔法少女の仮には『箱庭』に存在していた事になる。

そう、魔法少女が存在するという事は――。

 

 

「当然、それだけのソウルジェムが生まれる事になる」

 

 

ギアが訪れた部屋はまるで宇宙。無数の魂の輝きを放つ宝石が浮遊しており、アンドロメダや天の川を形成している。

ギアたちはすべてをデータとして管理する事に成功し、その上でFOOLS,GAMEと言う一つのゲームを構築した。

参加者以外の魔法少女もデータ体として舞台に送られ、キュゥべえと契約する事で魔法少女となる。

 

が、しかし、舞台にはルールがある。参加者以外の魔法少女は存在してはならない。

ゆえに、いかなるループを辿ろうとも参加者以外は魔女になるのだ。最悪、魔獣たちが舞台に降り立ち、強制的に絶望させる手にもでる。

とは言え、使い魔からも魔女が生まれるシステムの中、なにも『円環の理から連れ去った魔法少女をすべて魔女に変える事はしなくてもいい』のだ。

円環の理はすべての魔法少女を管理する場所だ。魔法少女はそれだけの数がある。それをゲームが行われる見滝原のなかにすべて詰め込んでしまえば、辺りは魔女だらけではないか。

 

つまりだ。

ゲルトルートやエリーキルステン、ズライカやエルザマリア、ギーゼラなどゲームに参加している魔女もまた、選ばれた存在と言うことになる。

それでは他の魔法少女は? 正解は、一度契約させ、ソウルジェムを回収した後、ダークオーブを操作して存在を抹消している。

 

データの魔法少女に契約させてもソウルジェムは生まれる。

魔力は微妙ではあるが、問題は魂の輝きを持つ石を生み出す事。

それにどんなに小さなエネルギーでも積もれば宇宙を延命するものにはなる。

と言うことで、インキュベーター達も契約を行うことには文句は言わなかった。

 

 

ではもう一度結論を言おう。

 

魔獣の王、ギアが仕組んだFOOLS,GAMEの目的は参加者に無限の絶望を味合わせて快楽と力を得るためだ。

しかしその裏にある本当の目的は、ゲームを運営する力を手に入れたことにより行える『ソウルジェム』の無限精製である。

参加者の殺し合いが始まる前に、魔女を作るために参加者に選ばれなかった魔法少女達を契約させ、魔女にさせるぶん以外は星の骸に回収する。

 

こうして蓄積されている大量のソウルジェム。

既に肉体(がいねん)はダークオーブの中、精神が穢れることもなく、ソウルジェムは美しい輝きを保ったままだ。

そしてついに、目的が達成させるだけの量に達したと結論が出た。ギアは部屋の中央に立つと、空中に浮かび上がるソウルジェムへあるアイテムをかざす。

 

 

「エデンの果実……!」

 

 

かつてこの世界にイレギュラーが発生した際に手に入れた力の集合体。

これを一番活用するにはどうするか。生成だ。力を力で塗り固め、一つに変える。

 

 

「オォ! オォォオ!」

 

 

歓喜の声をあげるギア。

手に持った果実に、存在するすべてのソウルジェムが吸い込まれていく。

データの魔法少女が契約したため、所詮はレプリカ。

 

そして手に持った果実もまたレプリカ。しかし関係はない。

たとえレプリカであろうが、オリジナルに近い力を持っているのならばそれは絶大な武器となる。

大切なのは本物かニセモノかではなく、どれだけの力を持っているかだ。そういう事ならば、今から作り上げる『モノ』は極上であると自負している。

 

 

「ククク……! フフフフフフフフ!」

 

 

そしてその力の気配に気づいたか、額に汗を浮かべながらジュゥべえは舌打ちを漏らしていた。

 

 

『こりゃマジィな先輩!』

 

『ああ。裏で何かコソコソとやっているのは知っていたけれど、まさかこれほどの力を隠し持っていたとはね』

 

『どうすんだ先輩。むかっ腹が立つ話だけども、もうオイラたちじゃ抑えきれねぇぞ』

 

『確かに。ギアはボク達が立てたルールを突き破ってくるだろうね』

 

『ゲームを中止するか?』

 

『いいんじゃないかな続けても』

 

 

表情を変えず、キュゥべえは淡々と説明する。

もしも魔獣側がゲームのルールを突破しても、おそらくはまず最初に参加者を殺すはずだ。

当然真司も戦うだろう。それを確認し、魔獣が敗北すればオーケー。真司たちが死ねばとりあえずは撤退すればいい。

 

 

『宇宙は広いからね。魔獣たちが脅威になるなら、他のものを使って排除する事を考えればいいだけさ』

 

『ひょー。さすがは先輩だぜぃ!』

 

 

壁が壊れる音がした。今日この日、全てが終わり、全てが始まる。

FOOLS,GAME The・ANSWERは終わりを迎えるのだ。

そして、それを『外』から確認する者がいた。

 

 

「始まったか……! 頼んだぞ」

 

「ああ、俺に任せろ!」

 

 

男はアクセルグリップを捻り、爆音を上げてマシンを発信させる。

急加速するバイクは、そのまま灰色のオーロラを貫き、壁を壊していった。

 

 

 

 

 

 

13人の騎士と13人の魔法少女は己の望む答えを見出せないまま命を散らした。

世界は絶望に染まり、愚かなゲームに選ばれた参加者達は舞台を盛り上げる為に永遠の地獄と絶望を繰り返す。

しかし、その愚かな輪廻に待ったを掛けた男が一人。

 

その名は城戸真司。

 

彼は13人の魔法少女と13人の騎士全員の生存を賭けて運営、魔獣に戦いを挑んだ。

その熱意と情熱により、共感や協力を結んでくれる者は出てきた。

しかし、現実はそう甘くはいかなかった。

 

 

「うあぁあぁぁあ!」

 

「きゃあああぁあ!」

 

 

廃工場に爆発が巻き起こる。

衝撃に呑まれ、龍騎とまどかは叫び声をあげながら空中を舞う。

ビリビリとした衝撃に骨が軋む。そのまま龍騎とまどかは地面に墜落し、強く体を打った。

 

 

「まどかぁあああッ!」

 

 

憎悪に塗れた咆哮が聞こえる。

倒れたまどかが見たのは、獲物を狙うタカのような眼光を光らせたほむらであった。サバイバルナイフを逆手に持って走ってくる。

そして一方で空中を飛来してくるエビルダイバー。その上にはライアが立っており、さらにはブランウイングやボルキャンサーも姿を見せる。

 

 

「くっ! 美穂! 須藤さん! 手塚!」

 

 

龍騎が叫ぶ中、エビルダイバーが龍騎を弾き飛ばす。

 

 

「うがぁあ!」

 

「真司さん!」

 

 

真司を助けに走ろうとするまどかだが、その足にリボンが絡みつき、地面に倒される。

そこへ無数の銃弾が降ってきた。全身にめり込む弾丸、さらにそこで腹部が爆発した。

時間停止による爆弾設置。まどかは血を吐き出し、悲鳴を上げる。

 

 

「余所見している暇はないわよ、鹿目さん!」

 

 

空にマミの姿を見た。

いけない、龍騎は降り立つシザースやファムをタックルで弾き飛ばしてまどかのもとへ走る。

 

 

「逃がすか! お前はココで死ね!」

 

 

エビルウィップが龍騎の首に巻きつき、直後イルフラースを発動したサキが飛び蹴りを龍騎の腰に打ち込んだ。

帯電しながら吹き飛び地面を転がる龍騎。まどかにもまた大量の弾丸が打ち込まれ、爆発が巻き起こる。

 

 

「もう止めてくれ! 俺はみんなと戦いたくないんだ!」

 

 

龍騎の悲痛な叫びが空を刺した。

一方、そこに重なる笑い声。

 

 

「ホホホホッ! 素晴らしい絶望ですわ。龍騎ッ!」

 

 

今。シザース、マミ、ファム、サキ、ライア、ほむらが龍騎とまどかを殺そうとしている。しかしそれは仕組まれた事なのだ。

龍騎とまどかが睨むのは、笑い声を上げて歩いてくる魔獣、シルヴィス・ジェリー。

見た目は上品な淑女ではあるが、その裏にはどす黒い絶望が取り巻いている。

シルヴィスの能力は強力な『洗脳』である。幻術や直接的な干渉を行い、対象を意のままに操るのだ。

シルヴィスはその能力を使い、龍騎の仲間達を闇に落とした。

 

 

「信頼、絆、希望。ククク! それを踏みにじる事こそが我が最大の娯楽!」

 

「ッ、お前ぇえ!」

 

「希望を構成させる要因を一つずつ腐食させていくのは愉快極まりない! ほらどうした龍騎、愛するファムがお前に刃を向けるぞ!」

 

 

その言葉どおり、ブランバイザーが龍騎のわき腹を掠った。

装甲から火花が散り、龍騎は痛みに呻く。

止めてくれ、元に戻ってくれ。もはや100回は口にしたであろう言葉。尤も、今もまたそれは虚しく空に吸い込まれていくのだが。

 

 

「フフフ! 所詮人間などその程度なのです! お前達はどう足掻いても我々魔獣には勝てない!」

 

「違うッ! わたし達は絶対に勝ってみせるから!」

 

「黙れ鹿目まどか! もはや我々はゲームと言う狭い世界にすら立っていないのだ!」

 

 

空が割れ、激しいスパークが巻き起こる。

そして轟音。亀裂から青白い雷が姿を見せ、そのままシルヴィスに直撃した。

するとその姿が人間のものから化け物に変化する。電球のようなシルエット、体には電極が埋め込まれており、手にはスタンガン状のクローアームが。

クラゲをモチーフにしたモンスター、"ブロバジェル"こそがシルヴィスの正体であった。

 

 

「ふたりを捕らえよ!」

 

 

アームに雷光を纏わせ振るうと、それを合図にしてライアたちが龍騎を掴みあげる。

さらにマミが魔法で手足を拘束。龍騎とまどかは縛られたまま、まとめて地面に突き飛ばされる。

 

 

「うあぁ!」「きゃあ!」

 

 

抵抗しようにも、洗脳されているとは言えライアたちは本人にはかわりない。

仲間に攻撃をするというのはやはり抵抗があった。

もちろん、そんな事を言っている場合ではないのだが、やっと分かり合えた後だけに、割り切るのはなかなか難しい。

 

 

「さあ、最後はこの私が直々に息の根を止めてあげましょう!!」

 

 

アームにおびただしい電流が宿る。

そのままゆっくりと龍騎たちを目指すブロバジェル。

 

 

「感電死だ。苦しみながら死ね!」

 

「まどかちゃん!」

 

 

縛られながらもなんとか体を起こし、まどかの前に立つ龍騎。

もうダメか。絶体絶命のピンチ。龍騎もまどかもギュッと目を瞑り、襲い掛かる衝撃に供えた。

 

 

「そこまでだ! 魔獣ッ!」

 

 

しかしその時だった。激しいエンジン音が耳を貫いたのは。

 

 

「――ッ、なんだ?」

 

 

振り返るブロバジェル。

そこには一台のバイクに乗った男が見えた。まず目に飛び込んできたのはそのバイクの派手なカラーリング。

青をベースとして黄色のラインが目立つ。そしてなによりもその形状である。

顔だ。顔があった。バッタのような顔で、触角があり、赤くて丸い目がある。

バイクと言うよりは、まるで生き物だ。

 

そしてそこに跨る男。上下白い服装でまとめており、白のジャケットには所々黒いラインも。

何か嫌な予感がする。ブロバジェルは本能に従い、雷撃を男に向けて発射した。

だが既に男はシートを蹴っていたところ、空中に舞い上がった男は、一度手足を曲げて、直後思い切り突き出すように伸ばす。

屈伸に似た動き、すると男の腰にベルトが出現した。

 

そのベルトはVバックルではなく、『サンライザー』と言う。

 

 

「変――ッ! 身!」

 

 

黒い影がブロバジェルの頭部を踏みつける。

 

 

「ヌァァア!」

 

 

ブロバジェルを踏み台にして、黒い影は宙に舞い上がる。

老朽化によって崩れ、穴が開いた天井を抜け、影は屋根に着地する。

影は太陽と重なり、全身に太陽エネルギーを吸収。直後、有り余るエネルギーを発光と言う形で発散。

激しい光に、思わず目を覆う騎士やブロバジェル。

 

だがその中、龍騎とまどかは見る。

 

黒い――、勇者の姿を。

 

 

「バッドエンドギア、シルヴィス・ジェリー! 人の絆と想いを踏みにじろうとするお前を、俺は許さんッッ!!」

 

 

黒の勇者はビシッとブロバジェルを指差し、怒号を向ける。

その熱意、圧倒的な覇気に思わずブロバジェルは数歩後ろに下がった。

 

 

「な、なにもの! 騎士か!?」

 

「そう、正義! ブラックRXとは俺のことだ!」

 

「ブラックRXだとッ!?」

 

 

唸るブロバジェル。

そんな騎士のデータは聞いていない。

いや、魔獣の中でもナンバースリーと称されたシルヴィスがそれを知らぬわけが無いのだ。

では一体――?

 

 

「忌々しい! 我が配下たちよ! まずはアレを殺してしまえッ!!」

 

 

ブロバジェルの命令に頷くライアたち。

皆が一勢にカードや武器を構えるなか、突如現われたRXは拳を握り締め、ベルトにかざす。

 

 

「キングストーン! フラッシュッッ!!」

 

 

正義のスパークが放たれた。

赤い閃光が今まさに動き出そうとしたライア達を照らした。

 

 

「!!」

 

 

光が晴れる。

呻き、頭を抑えるライアたち。魔法少女達もしばらく呆気に取られた表情で固まっている。

 

 

「どうしたのお前達! 早くRXを殺しなさい!!」

 

「私は今まで何を……ッ?」

 

「なッ、もしや!」

 

 

ポツリと呟くほむら。

直後ハッとしたように表情を変え、盾から拳銃を引き抜くとブロバジェルの顔面に弾丸を容赦なく撃ち込んでみせる。

 

 

「ぐあぁあ!」

 

 

煙を上げて後退していくブロバジェル。

 

 

「いまだッ!」

 

 

それを好機と見たか。RXは地面を叩くと跳躍。バク宙をしながらも前に跳んでいき、そのまま両足を前に伸ばす。

 

 

「RXキック!」

 

 

ピポポポポポと特徴的な音が響き、RXの両足が赤く発光する。

そのまま大きなブロバジェルの頭部を蹴り飛ばすと、そこが爆発し、ブロバジェルは煙を巻き上げながら手足をバタつかせて飛んでいく。

 

 

「グゥウッ!」

 

 

ブロバジェルは工場の壁を突き破り、平地を転がっていく。

 

 

「おのれぇえッ! この私に傷を負わせるとは! 絶対に許さんぞ虫けらがァアア!」

 

「黙れ! お前達の企みは今日で終わりだ! リボルケイン!!」

 

 

RXサンライザーから発光する杖を引き抜く。

杖とは言うが映画に出てくるライトセイバーのようだ。RXはそのリボルケインを構え、平地へと降り立つ。

そこで後方からやって来るのはRXの相棒(マシン)、アクロバッター。

バイクでありながらも一つの意思を持っており、RXの呼び声無くとも自らが状況を把握して、シートにRXを乗せた。

 

 

「行くぞ、アクロバッター!」

 

 

リボルケインを構えたままバイクを走らせるRX。

しかしブロバジェルもまた拳を握り締めると後方へ跳躍。すると体から大量の触手が出現した。

触手の一つ一つにはスタンガンのようなアームが装備されており、一つ一つが高圧電流を纏わせた恐るべき凶器だ。

いかなる相手であったとしてもこのアームで貫き、電流を流せば黒こげだ。

 

 

「感電は良い! 苦しむさまを存分に見る事ができる! そして苦痛に呻く相手を焼き殺し、食らう事がどれほど愉悦なことか!」

 

「言いたい事はそれだけか!」

 

「なにッ!」

 

「覚悟しろ外道! それが貴様の遺言だ!!」

 

「ホホホ! 強がりを!」

 

 

前に出るブロバジェル。直後、その電球のような頭部が発光した。

するとRXに異変が起こる。まるで脳の中に手を入れられ、グチャグチャにかき回されたかのような感覚を覚えた。

 

 

「ヴァアァ!!」

 

「私の洗脳に抗える者はいない。さあ、お前も私の忠実な下僕となれ!」

 

「――ッッ!」

 

 

だが。その時だった。

不思議なことが起こった。

強力な洗脳波は確かにRXの脳内に届いた。しかし彼の中にあるエネルギーの源、キングストーンがその洗脳を打ち砕いたのだ。

偉大なるキングストーンの意思。いや、それだけではない。一番は洗脳に屈しないというRXの強靭な精神力であった。

 

 

「たとえ太陽が砕けようとも! この俺が邪悪な意思に屈する事だけはありえんッ!」

 

「なに!? わ、私の洗脳が利かない!? 何故だ!!」

 

「俺には正義の心があるからだ!」

 

「―――」

 

 

え? どゆこと? 沈黙し固まるブロバジェル。

しかしいけない、そうしている内にRXが迫ってくる。

ヒュンヒュンと音を立てて残像を見せる触手。

 

 

「この間を抜けるなど不可能! 黒焦げになれ! RX!!」

 

 

一勢に触手がRXに向かっていく。

 

 

「ダメ、危ない!」

 

 

思わず叫ぶまどか。

すぐに結界でRXを守ろうとするが――

 

 

「マクロアイ!!」

 

 

雨が降った。触手の雨、さらに触手から放たれる無数の雷撃。

次々と爆発が起こり、地面が割れ、火が吹き出る。

しかしその中をRXは全くスピードを落とさずに走り抜けていた。

馬鹿な、嘘だ、ありえない。ブロバジェルの言葉が早口に連呼される。

しかれどもRXは止まらない。いけない、このままでは――! ブロバジェルは触手のスピードを上げてRXを狙う。

が、しかし。

 

 

「ハッ! トゥア!」

 

 

存分にリボルケインを振るう。発光する杖が次々に触手を粉砕、切断していき、ブロバジェルは上ずった叫びを上げた。

 

 

「そんな事が! ありとあらゆる攻撃でも切断できぬと言われた私の触手が何故切れる!?」

 

「なぜか分かるかブロバジェル!」

 

「な、なぜだ!」

 

「俺の正義の心が、お前の悪しき刃に屈する事はないからだ!!」

 

「――ッ!」

 

 

………。

 

 

「?」

 

 

どゆこと?

ブロバジェルは冷静に考え『ん?』と首を捻る。

しかしそこで気づいた。RXが跳躍し、眼前に迫っていた事を。

 

 

「ぐあぁぁあぁぁああぁ!」

 

 

胴体に突き刺さるリボルケイン。

ブロバジェルの肉体を貫き、そこから火花をシュパーッと、シャワーのように噴かせた。

まるでロケット花火だ。RXは地面に着地すると同時に、より深くリボルケインを押し込み、ブロバジェルは後退しながら悲鳴を上げる。

 

 

「あ、ありえない! なんだこのパワーは!!」

 

「終わりだ! 魔獣ッ!」

 

「そ、それに何故ッ! なぜあれだけの攻撃を簡単にかわすことができたのだぁ!」

 

「マクロアイがお前の触手の軌道を俺に教えてくれたのさ!」

 

 

確かに触手は大量だ。

しかしそれらは自動でRXを狙うのではなく、ブロバジェルの意思により操作され動く。

いくらブロバジェルが猛者とは言え、触手を同時に動かし、猛スピードで移動するRXを狙おうとすると思考のプログラムに乱れが生じ、そこが僅かな隙となる。

 

 

「お前の触手同士が動く際に0.1秒ほど隙間ができた! 俺はそこをついたってワケだ!」

 

「なにぃ! そうか、私のミスで0.1秒の隙ができたのかぁ!」

 

 

………。

 

 

「え? どゆこと? それ隙って言わなくない?」

 

 

刹那、RXはリボルケインを引き抜き、ポーズを決める。

引き抜いた剣を大きく斜め上に振り上げ、そのまま両腕を旋回させ頭上であわせる。

その後、リボルケインを払うようにして右下へ。左腕は腹部の前に構える。

漢字で表すならば『一欠』に見えないことも無い。

 

 

「え? ずるくない? それッ、ズルくない!?」

 

 

一方で火花をシャワーのように噴き出しながら、ヨロヨロと後退していくブロバジェル。

体内にエネルギーが送られ、それが暴走する。

 

 

「ズルくなァアァァアァィイィィィィィイッッ!?」

 

 

両手を広げ倒れるプロバジェル。

直後大爆発が起き、魔獣は粉々に砕け散った。

 

 

「……す、すごい」

 

 

ポカンと口をあけているまどかと龍騎。

すると黒い騎士、ブラックRXは龍騎達のほうを見ながら変身を解除した。

 

 

「久しぶりだな。真司くん」

 

「え? あ、貴方は――ッ?」

 

「俺は(みなみ)光太郎(こうたろう)。かつて、キミと一緒に戦った事がある。何度もね」

 

 

そう言って光太郎は笑った。

龍騎も変身を解除し、曖昧な笑顔を返す。

なるほど、言われてみれば確かに真司は光太郎を見たとき、『なつかしい』人に会ったと思った。

しかし矛盾しているかもしれないが、真司は光太郎と会った記憶はない。

 

 

「事情は士くんから聞いたよ。大変だったね」

 

「は、はぁ……!」

 

 

不思議と頭が下がる。

頭をかきながら真司は照れくさそうに笑った。

 

 

「真司くん、まどかちゃん。少し話さないか」

 

「え? あ、でも」

 

 

振り返る真司。すると同じく変身を解除した手塚達が見えた。

 

 

「いい、行け城戸。俺達はもう大丈夫だ」

 

 

まだ少し頭がクラクラするのか、眉をひそめて手塚は真司を促す。

未知なる騎士との会合。確かに今は情報が欲しい。ここは真司とまどかが代表して光太郎の話を聞く事にした。

 

 

 

 

 

 

「どうぞ、食べてくれよ。戦った後だ、おなか空いてるだろ?」

 

「いいんですかぁ! 頂きます!」

 

「うわ、すっげぇ!」

 

 

話し合いの場所に選んだのは、ほむらの家だった。

今現在ほむらはマミと一緒に暮らしているため、ここには誰も住んでいない。

光太郎は話をする前にお近づきのしるしにと、料理を振舞ってくれる事に。テーブルの前には熱々の鉄板の上に置かれたステーキがある。

まどかは紙ナプキンをつけてナイフとフォークを装備。ニコニコと嬉しそうにしながら、ステーキを切っていた。

 

 

「おいしいかい、まどかちゃん」

 

「うん。おいひぃでふ!」

 

 

口いっぱいにステーキを詰め込んだまどかは笑顔で答えていた。

それを光太郎は嬉しそうに見ている。

 

 

「やっぱり子供は笑顔が一番だ。キミもそう思わないか? 真司くん」

 

「それは――、はいッ、もちろん」

 

 

強く頷く真司。そして光太郎を信用できる人物だと確信した。

一方で光太郎は自分が何者なのか。そしてなぜココに来たのかを少しずつ話し始めた。

 

 

「じゃあ、あなたは――」

 

 

全てを聞き終わったとき、鉄板の上に肉は無かった。

まどかは口を拭きながら、先程とは違い真剣な表情を浮べている。南光太郎は全てを話した。そしてその話は、心に重く響いている。

 

 

「俺は19歳の時にゴルゴムによってこの力を与えられた」

 

 

そしてゴルゴムを壊滅させた後、新たなる脅威、クライシス帝国との戦いの日々を迎えた。

それも終わり、クライシスは滅びた。だが、それでもまだ光太郎に終わりはない。

みなまでは説明することはなかったが、さすがの真司でも分かった。光太郎がゴルゴムによって誘拐されたのは19歳の誕生日だと言った。

そしてクライシス帝国との戦いが終わったのは20代。

 

だが今真司の前にいる光太郎は少なくとも40~50代に見える。

それだけの間、光太郎は戦い続けてきたのだろう。

 

 

「キミの世界はまどかちゃんの世界と融合したんだろう? それと同じように、俺達もまた何度も世界を超えて戦っている」

 

 

真司は忘却の魔女イツトリの力によってすべてを忘れている。

しかしそれでも、僅かな記憶は『思い出せた』。確かに、光太郎と遠いどこかで何度か一緒に戦った記憶がある。

真司は頭をかき、腕を組んで唸る。

 

 

「大ショッカー……。えぇっと、ヒーロー大戦。うーん!」

 

「俺が最後にキミと戦ったのは『創生の戦い』と呼ばれたものだよ」

 

 

時の列車に中で光太郎と真司は会合を果たした。

そして共に戦い、世界の平和を守ったのだ。

 

 

「だがまさかキミがこんな事になっていたとは……。驚いた」

 

「それは――。まあ、なんていうか、成り行きって言うか」

 

「後悔、しているのか?」

 

「え? 後悔?」

 

 

光太郎は達観したような表情を浮かべ、頷いた。

 

 

「巻き込まれなければ、良かったと」

 

「それは――」

 

 

そこで真司は息を呑む。

隣にいたまどかは、少し切なげな表情で真司を見る。申し訳ない、それが表情に浮かんでいる。

 

 

「………」

 

 

ループに巻き込まれ、途方の無い時間を戦った。傷つけあった。

もしかしたらそれは自分だけではないのかもしれない。世界を超越すれば時間の概念もまた狂う。

たった一日が一年と同じ長さになりうる可能性もある。それが世界と言うものだ。そして話を聞くに光太郎は世界を巡りながら戦いを続けてきた。

光太郎もまた、無限ともいえる戦いの中にいるのではないだろうか。

 

 

「あぁ、でもッ、悪い事ばかりじゃなかった」

 

 

真司はそう口にする。

確かに、ループは多くの苦しみを齎し、想像を絶する苦痛を味わった。

しかしそれでも、全てがマイナスではない。味わった希望、そして今に至る希望、己の中にある希望。それは、大きな価値のあるものだと思ってる。

 

 

「だから俺は、後悔してないし。まどかちゃん達と出会えてよかったと思ってる」

 

「……! 真司さん!」

 

 

嬉しそうに微笑むまどか。真司も頷き、光太郎を見た。

 

 

「それに俺はまだ、まどかちゃん達を、俺達を救えてない」

 

 

魔獣を打ち倒し、戦いを終わらせる。

それが達成されるまで、真司は終わらない。止まらない。

 

 

「俺は、死なない」

 

 

投げ出すわけにはいかないのだ。

それを見て、光太郎も強く頷く。

 

 

「そうか。そうだな。すまなかった、試す様なマネをして」

 

「え? 試す?」

 

「ああ。どうやらキミは、俺が知っている城戸真司だったようだ」

 

 

光太郎は立ち上がると、手を伸ばした。

 

 

「真司くん。俺は、最高の後輩を持った」

 

「後輩――ッ!」

 

「ああ。俺達には同じ(しゅくめい)が流れてる」

 

 

そして南光太郎には城戸真司の想いがよく分かる。

既に何があったのかを知っていた光太郎。戦いが苦しみを生み、悲しみを生んだ。

 

 

「俺も長く続く戦いの中で、くじけそうになった事はある」

 

 

怪人だけじゃない。人もまた『化け物』に変わる。

その中で、光太郎は、『光太郎達』は分からなくなっただろう。何が正義で、何が悪なのか。それは真司達も同じだ。

 

 

「だが目を閉じて考えたとき、俺には、愛の光が見えた」

 

 

それこそが、命を賭けて守るべきものだと理解した時から、南光太郎は諦める事を止めた。悩む事を止めた。くじける事を止めた。

真司も同じだ。まどかも同じだった。苦しい世界だ。辛い世界だ。それでも諦めたくない『想い』がある。価値のある『存在』がある。

だから――、『炎』は消えない。

 

 

「俺は、正義のために戦い続ける」

 

 

知ってしまった以上、光太郎がこの問題から目を逸らす事は絶対にできない。

人を無限に閉じ込め、まだ中学生の少女達を殺し合いのゲームに巻き込む。

 

 

「そんな魔獣を、俺は絶対に許すわけにはいかない!」

 

「俺もです!」

 

 

頷く真司。まどかもしっかりと頷いた。

 

 

「やられっぱなしで終われるほど、わたしは優しくないから!」

 

 

三人は手を重ね、気合を入れる。

 

 

「今日で終わらせよう。この腐ったゲームを!」

 

「はいッ!」

 

「はいっ!」

 

 

 

 

 

そして一時間後。真司とまどか、光太郎は見滝原の外れにある廃墟となった教会に足を運んでいた。

割れたステンドグラスの中にいる女神は、悲しげな表情で眼下にいる『参加者』たちを見ていた。

ボロボロとなった椅子に座っていた秋山蓮は、周りを見て思わず笑みをもらす。

 

 

「まさかこんな簡単に全員が集まるとはな」

 

 

椅子に座っている者。物に座っている者。床に座っている者。階段に座っている者。

立っている者。壁にもたれかかっている者と、いろいろいる。しかし、それはそうだろう。

それほど広くもない教会ホールに31人もの人間が揃っているのだから。

 

 

「………」

 

 

たまたまオルガンの前に座っていた織莉子は、沈黙を切裂くように鍵盤に指を触れる。

それはまるで吸い込まれるような指を動きだった。『神崎士郎』と言う曲が不思議とあたまの中に浮かんできた。

調律もされていないオルガンだが、美しい音を上げ始める。

その中で、南光太郎は立ち上がり、強く叫んだ。

 

 

「インキュベーターにキミ達を招集してもらったのは他でもない。俺の存在、それがゲームの破綻を意味している!」

 

 

ゲームのルールと言う壁に守られていた見滝原に光太郎が来れたのは、当然、その壁が破壊されたからに他ならない。

魔獣は既にルールを突破している。それに光太郎はこの世界に降り立ったとき、激しい力の脈動を感じた。

 

 

「魔獣がそれだけの力を手に入れたなら、俺達が協力しなければ希望は無いぞ!」

 

「……今の話は本当ですか? キュゥべえ、ジュゥべえ」

 

 

手を上げたのは香川だ。

天使の石造の上に立っていたキュゥべえは頷いてみせる。

 

 

『ボクらも調査中だよ。でも、おそらく南光太郎の言うことは本当だろうね』

 

「おいおい、じゃあゲームは中止か? 冗談じゃないよ」

 

 

前のめりになる北岡。

 

 

「落ち着け、いずれにせよ戦っている状況ではないだろう」

 

 

腕を組み、目を閉じている榊原。

 

 

「だが彼が嘘をついている可能性もある」

 

 

肘をつき、上条は光太郎を見た。

 

 

「壁を崩壊させたのもその『ブラックさん』ってヤツの可能性もあるしねー」

 

 

キリカはヘラヘラしながら光太郎を見る。

 

 

「僕は……、英雄になれればどっちでも……」

 

 

隣で体育座りをしていた東條は小さく呟いている。

 

 

「いずれにせよ嘘であれ本当であれ、魔獣の力が強まったことに関しては我々参加者すべての問題でしょう?」

 

「ええ。ココは光太郎さんを信じて協力するべきだわ」

 

 

シザースペアはそう言うが、協力しましょうで協力できるほど簡単に済む連中ではない。

 

 

「いやでーす!」

 

「ヤでーす☆」

 

 

なんで知らないオッサンの言う事を聞かなければならないのか。

芝浦とあやせは欠片も迷う事なく一蹴である。

 

 

「俺もゴメンだな。クソガキ共と共闘なんざ反吐が出る」

 

「ごめんなウチのジジイ。この歳でコミュ障だから」

 

 

舌打ち交じりに飛ばす拳。

しかし高見沢の拳はニコに届いたものの、そのニコはボワンと音を立ててぬいぐるみに変わる。

本物のニコは高見沢から遠く離れた場所に出現。高くつまれた椅子や机の上に寝転んでいた。

 

 

「ままま、まあまあ! みなさん落ち着きましょーよ! 戦いたいやつは戦って、そうじゃないヤツは逃げる。それでどうです?」

 

 

ヘラヘラとしながら佐野はそう言いはなった。

お前は逃げる気だな。そんな視線を感じたのか、佐野は無言で座りなおす。

するとそこで、キュゥべえが口を開いた。

 

 

『少し勘違いをしているようだ』

 

「え?」

 

『ボクらは、ゲームを中止するとは一言も言っていないよ』

 

「はぁあ!?」

 

『魔獣と戦いながらでもゲームは続けられるよね?』

 

「な、何言ってんだよお前は! どう考えてもそんな状況じゃないだろ!」

 

「そうですわ! ありえません! 魔獣側がゲームを放棄してきた以上、運営はしかるべき処置をお願いします」

 

「ですですっ! 運営はちゃんとしてください!」

 

 

中沢、仁美、なぎさの言葉もキュゥべえには届かない。

キュゥべえはまだゲームを続ける気であるのだ。

 

 

「何を考えているの? 頭がおかしくなったのかしら?」

 

「公平であるのがゲームマスターの役割だと思うが?」

 

『ゲームはキミ達に成長を促してきた』

 

 

ほむらと手塚の眼光を受けてもキュゥべえは淡々と説明を続ける。

 

 

『そしてなにより、戦いを糧にしている者がいると言う事さ』

 

「!」

 

 

椅子が跳んだ。蹴り飛ばしたのは蛇のような眼光で辺りを見回す浅倉だった。

 

 

「その通りだ。戦えばいいんだよ、俺達は。最後の一人になるまでな……!」

 

「コッチはその為にココに来てんだ! 楽しませておくれよ!」

 

 

たいやきを齧りながら杏子は首を回す。

どうやらココで始めようというらしい。

 

 

「チッ、嫌な予感ほど当たるな!」

 

「まあ、予想はできてたけどね」

 

「もう、戦うしかないって感じ?」

 

 

立ち上がり、後退するサキ、美穂、さやか。

ピリついた空気が走り、一同は一勢にデッキとソウルジェムを取り出す。

 

 

「ヒャハハハハ! いいねぇ、つうかさ、こっちはもうゲームとか関係なしにアンタら殺したいワケ!」

 

 

変身し、リベンジャーを構えるユウリ。

榊原の制止を振り切り、ユウリは銃口を一同に向ける。

 

 

「蓮さんッ」

 

「ああ。話が早くて助かる」

 

 

同じくデッキをとソウルジェムを構える蓮とかずみ。

それを見て真司は体を震わせて、首を振った。

 

 

「ああもう! どうして毎回こうなるんだよ! お前らちょっとは落ち着けよ!!」

 

「真司くんの言う通りだ! 俺達は争い合ってる場合じゃない! なぜそれが分からない!」

 

 

光が迸る。一勢に変身していく騎士と魔法少女。

その中で光太郎もまたRXとなり、騎士に吼える。

 

 

「どうして悲しみを生むと分かっていて争いを促す? 俺達はもういい大人だろ! 大人は子供を守る! それが分からないのか!」

 

「別に守って欲しいとか、思ってないしぃ!」

 

 

ユウリはリベンジャーを発砲。RXの胴体から火花が散る。

 

 

「グッ!」

 

「殺し、殺され、キル、キララ! それがこの世界のルール!」

 

「やめるんだユウリちゃん! 俺達は同じ人間だ。手を取り合い、魔獣を倒すんだ!」

 

 

RXは一同の周りに立ち、必死に訴えた。

 

 

「傷つけあう事よりも笑いあう事の方がずっとずっと幸せなんだ!」

 

 

するとRXの全身にオラクルが直撃する。そのまま宙に舞い上がり、ステンドグラスに叩きつけられた。

 

 

「いずれにせよ、私の意志は揺るがない」

 

 

演奏を止め、立ち上がった織莉子はまどかを睨みながらそう言った。

一方破片を纏いながら落下するRX。龍騎とまどかの叫び声が教会に響く。

 

 

「大丈夫ですかッ、光太郎さん!」

 

「みんな酷いよ!」

 

 

涙目になりRXをかばう様に立つまどか。

一方で聞こえてきたのは笑い声だった。

 

 

「酷いのはお前の脳みそだよ!」

 

 

一蹴。

 

 

「大丈夫だ、まどかちゃん」

 

 

しかしその中でRXはしっかりと立ち上がった。

そして、気づく。ステンドグラスの下にシーツがかけられたテーブルが転がっているのだが、その僅かな隙間に緑色の影があった。

 

 

「ッ!」

 

 

見る。気づく。

それは縮こまり、ブルブルと震えているゆまの背中だった。

 

 

「こわいよぉ……!」

 

 

涙が零れる。

 

 

「キミは、ゆまちゃんか!」

 

「うぅぅ?」

 

 

振り返るゆま。

RXは彼女を抱きかかえると、優しく頭を撫でる。

 

 

「怖がらなくて大丈夫だ。キミは、ボクが守るよ」

 

「だ、だれ……?」

 

「ボクはRX。正義の味方だ」

 

「あーるぅ、えっくすぅ?」

 

「ああ。ゆまちゃんが笑って楽しく暮らせるように、この世界にやって来たんだよ」

 

「ほんとう?」

 

「ああ、本当さ」

 

 

しかし衝撃を感じる。背後では飛び交う魔法や砲弾をまどかが結界で防いでいる途中だった。

RXはそれを無言で見つめ、直後、まどかの肩を叩く。

 

 

「まどかちゃん。龍騎。ゆまちゃんを安全な場所に頼めるか?」

 

「できますけどッ、そしたら――」

 

「俺は大丈夫だ。だから頼む!」

 

「……はい!」

 

 

頷き、龍騎はRXからゆまを受け取り、まどかと共に教会の外を目指す。

しかし皮肉にも一番初めに教会を出ることとなったのはRXであった。腹部に衝撃が走り、教会の壁を破壊して外を転がっていく。

煙を巻き上げながら地面に膝をつくRX。その視線の先に、ゾルダがギガランチャーを構えて立っていた。

 

 

「アンタみたいな面倒なのはさ、城戸一人で十分なんだよ」

 

「ゾルダ! やめるんだ! お前には分からないのか!」

 

「あん? なにがよ」

 

「あんなに小さな子供が震えていたんだぞ!」

 

 

RXは拳を握り締め、強く、強く、叫んだ。

 

 

「怖いと怯えていたんだぞ!」

 

 

可哀想に。辛かっただろう。苦しかっただろう。

両親から暴力を受け、信頼できる人がいてもゲームがあるから疑心暗鬼になってしまう。

 

 

「そんな苦しみ、あんな小さな背中に背負わせていい筈がないッ!」

 

「だったら、終わらせてやればいい」『ファイナルベント』

 

 

ゾルダの前方に出現するマグナギガ。

そこに銃をセットして、ゾルダはエネルギーをマグナギガに集中させる。

 

 

「生きるって事は、面倒を多く背負わなきゃいけない」

 

 

死にたいなら死ねば良い。

そして、それでも生きたいなら生きれば良い。

 

 

「俺は、全てを潰してでも生きてみせる」

 

「ゾルダ――ッ! ヴぁぁぁぁあぁあああ!!」

 

 

エンドオブワールドが発動され、大量の弾丸が発射。爆発の中にRXは消えていく。

 

 

「これでまず一人、目障りなのが消え――、ん?」

 

 

動きを止めるゾルダ。

なんだ? 爆煙のなかに一つ、影が見えた。

そして気づいた。煙の中――、しっかりと立っている光の戦士がいる事に。

 

 

「なにッ!」

 

「!!」

 

 

他の参加者もその光景を確認し、思わず足を止める。

ゾルダのファイナルベントは有名だ。周囲を粉々に破壊して見せる大技も大技。

しかしそれを受けて、目立った傷一つ付いていない戦士がそこにいたのだから。

 

 

「誰だお前は!」

 

 

ゾルダはエンドオブワールドをRXに向けて発射した。

しかし、爆煙から現われたのはRXではなかった。黒いカラーリングは同じだが、装甲の一部がオレンジ掛かった黄色になっている。

赤い複眼。そこからはまるで涙のようなラインが見えた。

 

 

「俺は悲しみの王子!」

 

 

右腕を左肩の前に構え、右下に振り払う。

 

 

「アールッ、エックス!」

 

 

左肘を曲げ、拳が天に向むける。そして腕を振るい、拳が左に向けられるように構えを取った。

 

 

「ロボライダー!」

 

 

光の戦士、輝く戦士がそこにいた。

燃えるような瞳に見つめられ、ゾルダは一歩後ろに下がる。

 

 

「チッ! なぜだ、俺のファイナルベントが!」

 

 

マグナバイザーの引き金をひき、銃弾を連射するゾルダ。

銃弾は問題なくロボライダーに届くのだが――。

 

 

「ゾルダ」

 

「!」

 

 

カンッ! カンッ! カンカンカンカン。

そんな音を立てロボライダーは銃弾を全身に受けていく。当然銃弾は装甲に弾かれ、ロボライダーはそのままカチャカチャと音を立てながら前進していく。

 

 

「そんな馬鹿な!」『シュートベント』

 

 

ギガキャノンを背負い、ゾルダはエネルギー弾を発射する。

それは一直線にロボライダーへ直撃する。

 

 

「やったか!」

 

「………」

 

 

ロボライダー、無言で前進。

 

 

「やってない! クソ! なんでだ!」

 

 

ゾルダは弾丸を連射。しかしカン、カン、バチュン、カン、ガキンッ。

そんな音。ロボライダー前進。

 

 

「おいおいおい冗談だろ!」『シュートベント』

 

 

ギガランチャーを呼び出し弾丸を発射する。

するとRXはまるで小バエを払うように手を振った。すると手の甲に弾丸が当たり、いとも簡単に弾かれる。

 

 

「――まじ?」

 

 

あまりの衝撃でゾルダは棒立ちになり、持っていたギガランチャーを落とした。

 

 

「悪人のフリは止めろ、北岡秀一」

 

「なに……!」

 

「燻るお前の心では、力の炎は燃え上がらないぞ!」

 

「……ッ」

 

 

息を呑むゾルダ。

一方でロボライダーの背後にヘラヘラと笑うガイが立つ。

 

 

「へえ、アンタ硬いんだね。おれ、そーゆーの見るとぶっ壊したくなるって言うか?」『ファイナルベント』

 

「うん! バキバキのグチャグチャにしようね♪ 淳くん!」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

 

あやせはソウルジェムを二つ構えてフォームチェンジ。

アルカに変わると、炎の氷のサーベルを二刀流にして地面を蹴った。

同じくメタルゲラスの肩に足を置くガイ。アルカもメタルゲラスの肩に乗り、それぞれは武器を突き出す。

 

 

「「トリプルビークス!」」

 

 

猛スピードで走るメタルゲラス。

直後、ホーンが。剣が。ロボライダーの体に突き刺さる。

バキバキバキッ! ズガンッ! バリン!

硬いものが砕ける音が聞こえる。もうダメだ! それを確認したまどかは目を覆い――。

 

 

「あれ?」

 

 

二度見。

着地するガイとアルカ。ふたりは目を見開き、粉々になった自分の武器を見ていた。

 

 

「あれ? 淳くん? あれれ?」

 

「芝浦淳! いい加減に目を覚ませ!」

 

「や、やばいッ!」

 

 

後ろに下がるガイ。アルカも追従し、追跡を阻むために掌から強力な火炎放射を発射する。

 

 

「黒焦げになっちゃえ!」

 

 

視界を覆いつくす紅。ロボライダーに逃げ場はない。

すぐにその全身を業炎が包み込んだ。

 

 

「おまけをやるよッ、オッサンンン!!」

 

 

炎に包まれるロボライダーを中心にして三角形の魔法陣が展開する。

ユウリは舌なめずりを行いながら、魔法陣に魔力を込めていく。

 

 

「脳みそブチまけろォオ! イル・トリアンゴロッ!」

 

 

魔法陣が大爆発を起こす。

衝撃、轟音。爆煙。

そしてその中から綺麗なロボライダーが。

 

 

「はぁああああぁああぁあッ!?」

 

「えぇえぇえええええええッ!?」

 

 

驚きで目が飛び出すユウリとアルカ。

確実に黒こげとなり、木っ端微塵になったはずだが、ロボライダーは攻撃を受ける前と何らかわりない状態だった。

それもその筈である。なぜならばロボライダーには別の称号がある。

 

それは『炎の王子』だ。

その言葉どおり、ロボライダーは自身に降りかかる寝るエネルギーに強力な耐性を持っており、さらには『吸収機能』まである。

 

 

「ボルティックシューター!」

 

 

ロボライダーが腿の部分に手をかざすと、そこに光線銃が出現。

銃口を天に向けて、ロボライダーは吸収した熱エネルギーをすべて放出する。

 

 

「サンシャインシュート!」

 

 

文字通り、太陽が発射された。

大きな大きな太陽。視界を埋め尽くすオレンジ。

ユウリは鼻水を噴き出し、アルカはだらしなく口を開けて立ち尽くしている。

 

 

「ひえぇえ!」

 

 

インペラーは腰を抜かし、ガイもまた無言で後退していくのみ。

おかしい。何かが違う。純粋なパワーだけじゃなく。なにか、こう。

しかし気にならないものもいる。むしろ今の威嚇射撃で火がついた男がいたようだ。

まず一人。ベルデだ。クリアーベントで透明になると、気配を殺しながらロボライダーの背後に移動。そしてファイナルベントのカードを発動する。

 

 

「甘ちゃん野郎が。後悔させてやる」

 

 

木の上にバイオグリーザが出現、舌を伸ばし、同時にベルデは地面を蹴る。

 

 

「ハァアアアアアアアアアア!!」

 

 

舌がベルデの足に巻きつき、振り子のように勢いをつける。

猛スピードで空中を疾走し、ベルデはロボライダーに掴みかかる。

 

 

「へし折ってやるぜ、そのく――」

 

 

想定外その1。

ベルデはロボライダーを持ち上げられる自信があったが、そんなものはただの気のせいだった。

掴んだはいいが、重い、硬い、持ち上げられない。

 

想定外その2。

勢いが強く、持ち上げられなかったから――。

要するに『人間が地面に生えている電柱に向かって頭を地面に向けて突っ込んだ』と言うわけの分からない状況を想像してもらえば分かりやすいか。

自分から鋼鉄の棒に突っ込んだらどうなるか。

 

 

「あべちッッ!!」

 

 

ガンッと音がしてベルデはロボライダーに弾き飛ばされ地面を転がった。

高見沢氏の名誉のために言っておくが今の間抜けな言葉は出したくて出したわけじゃない。

あまりの衝撃と全身を強打した痛みから勝手に漏れたのである。

 

 

「?」

 

 

ロボライダーからしてみれば、なんか勝手に透明なヤツが飛んできてぶつかって弾かれて実体化して地面を転がってきたのだ。

なんのこっちゃである。

 

 

(だっせぇ……)

 

 

教会の屋上で寝転び、静観を決めていたニコは自らのパートナーの醜態を見てため息を漏らす。

ベルデは転がったまま動かなくなったが、もう一人、敵意をむき出しにしている男が。

 

 

「アァ……! なかなか良いぜお前ェ。壊したくなってきた」『ソードベント』

 

「お前はッ、浅倉威か!」

 

「名前なんてどうだって良い。大切なのは、戦う気があるか無いかだろ?」

 

 

ベノサーベルを構え、王蛇は気だるそうにロボライダーの前に出る。

直後肩を大きく揺らし、地面を蹴った。

 

 

「ハァアア!」

 

 

思い切りサーベルを振り上げ、直後、存分に振るう。

ロボライダーに直撃するサーベル。直後、バキンと音を立ててベノサーベルは砕け散る。

 

 

「オォ……! 良いぜェ、そうでなくちゃつまらんからなァ!」『ストライクベント』

 

 

ベノサーベルの残骸を投げ捨て、メタルホーンを構える王蛇。

思い切り武器を突き出し、角でロボライダーの首を狙う。

しかし首もまたロボ。メタルホーンの角は粉々に砕け散り、無効化される。

 

 

「アァア……!」『スイングベント』

 

 

エビルウィップを振るい、首を絡め取る王蛇。

ロボライダーは鞭を掴むと、直後簡単に引きちぎった。

 

 

「あの、なんか、俺もちょっと傷つくなアレ」

 

 

そんな簡単に千切れるものじゃないんだけどな。

結構頑丈なんだけどな。ライアは寂しげな視線で戦闘の光景を見ていた。

そこで赤い影が飛び出す。杏子だ。蛇のような眼光でロボライダーを見ながら大量の槍を投げ飛ばしていく。

 

 

「浅倉ァ! アタシも混ぜろよ!」

 

 

迫る赤い閃光。

次々にロボライダーに命中していき、次々と破壊されていく。

 

 

「ああムカツク! 消すぞアレ!」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

「アァァ、消えろ……!」『ファイナルベント』

 

 

ベノスネーカーと槍が融合し、巨大な棍棒に変わる。

杏子はそれを思い切り振るい、ロボライダーに直撃する。

バキンッ! と音がして、棍棒が砕け散った。

 

 

「まじかよ」

 

 

素。杏子はポカンと口をあけて呟いた。

融合が解除され、砕けた槍と白目をむいているベノスネーカーが転がっているのが見えた。

 

 

「いい加減にしろ! 俺達で戦ってどうする! 今こうしている間にも魔獣は俺達をみて笑っているかもしれないんだ!」

 

 

正解である。

星の骸のホールでは巨大なモニタにてその光景を閲覧し、魔獣は楽しげに笑っていた。

 

 

「愚かな人間共め、この状況でまだ争いあうとは」

 

 

イグゼシブの言葉に賛同の声が上がる。

 

 

「所詮サルの進化系だろォ? 当然だぜ、馬鹿は一生なおらねぇってなぁ!」

 

 

首をカクカクと動かしながらゼノバイターは笑っている。

 

 

「無限を繰り返し、無限に死んでいく。お似合いだとは思いませんか? フフフハハ!」

 

 

バズビーが笑う。

一方でロボライダーは叫んでいた。吼えていた。

すべては未来を手に入れるために。

 

ロボライダーがこれだけの実力を手に入れたのは、それだけの想いがあったからだ。なにもはじめから『こうだった』ワケじゃない。

ロボライダーになれたのは、大切な人を目の前で失ったからだ。それは偽りではあったものの、あの時に感じた感情は本物だった。

だからこそRXはその力を手に入れた。二度と、あんな悲しみをくり返さないようにだ。だからこそ悲しみを超える力を授かったのだ。そしてそれを使い続けることの意味。

 

 

「お前達には見えないのか! ゆまちゃんが流した涙が!」

 

「………」

 

 

教会の影で見ていたナイトはジッと、ロボライダーを見ている。

 

 

「こんなに小さな子供が泣いているんだぞ! お前達は本当に何も感じないのか!!」

 

 

ロボライダーは吼えた。叫んだ。

 

 

「大人が子供を守れなくてどうする! 子供の未来を守れずになにが大人だ!」

 

 

悲しいとゆまは泣いていた。

 

 

「手を差し伸べられなくて、何が大人だ!」

 

「!」

 

「いい加減に目を覚ませ! 彼女達のピンチを誰が救うと思っている!」

 

 

ロボライダーはベルトに手を添えた。

 

 

「キングストーンフラッシュ!!」

 

 

激しい光が巻き起こった。それは、誰もが確認しただろう。

赤い光が辺りを包む。

 

そのとき、不思議なことが起こった。

 

浅倉や芝浦の心に、熱い何かが流れ込んでくる。

分かるだろうか? 南光太郎の熱い想いが伝わっただろうか。

正義を尊び、平和を願う男の炎が燃え移っただろうか。

 

 

「目を覚ませ!」

 

 

お前達は――『      』だろう。

ロボライダーの『想い』が、参加者の胸を貫いた。

 

 

「ボランティアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

両手と両足を思い切り伸ばして立ち上がった王蛇。

目を丸くして固まる杏子。その肩にそっと、優しく手をおいた。

 

 

「あ?」

 

「アァ、佐倉杏子。おなかが空いていないか?」

 

「は? え? いやッ、今は別に」

 

「たい焼きを召し上がると良い。食うかい? 食うか? 食え」

 

「もが」

 

 

鎧の隙間からたい焼きを取り出すと、王蛇は杏子のお口へスロットイン。

 

 

「おいしいかァ? ンンン、まだあるぞ。もっと食べるといい」

 

「いやッ、だからモガっ! ちょ、モガガッ! いやだからさ、もがががが!」

 

 

数分後、たい焼きを過剰摂取し、バランスボールのようにまん丸になった杏子はコロコロと地面を転がっていった。

 

 

「おなかがいっぱいになると嬉しいな。アァア、ボランティアァァ……」

 

「だれあれ」

 

 

アルカがガイの肩を揺する。

すると――。

 

 

「ボランティアーーーッッ!!」

 

「きゃあ!」

 

「みんな、今すぐ戦いを止めよう! だっておれ達は――!」

 

 

頷きあうガイと王蛇。

 

 

「愛と!」

 

「平和と」

 

「自由を守る! 騎士なんだから!」

 

「先生ッ!? アンタもかよ!」

 

 

王蛇、ガイ、ゾルダは集まって肩を組むとサムズアップを一つ。

おかしい、こんなミラクルな連中だったろうか?

一部の人間が訝しげな視線を向ける中、ニコは立ち上がり、倒れているベルデのもとへ。

 

 

「おい起きろ。いつまで寝てるの?」

 

「ありがとう。優しさをありがとう」

 

「……は?」

 

 

ニコの手を取り立ち上がったベルデ。

なんだかキラキラしているのは気のせいだろうか。

 

 

「俺の心に感謝が湧きあがってるんだ。ありがとうニコ。ありがとう世界。ありがとう俺。マジ感謝」

 

(こいつこんなんだったかな……)

 

 

まあいいか。ニコは特に気にすることなく周りを見てみる。

 

 

「ボランティアー」

 

 

ユウリ。

 

 

「ボランティアー」

 

 

キリカ。

 

 

「エーユー」

 

 

東條。

 

 

「なんか鳴き声みたいになってっけど大丈夫か……?」

 

 

あの光はヤベェ光だったんじゃないかと一瞬思う。

 

が、しかし、そこで携帯が震える。

レジーナアイがキングストーンフラッシュの分析を終了させたのだ。

そこで気づいた。その役割は『活性化』である。

 

人と魔獣の違いが何か分かるだろうか。それは誰もが内包する感情が『黒』だけではないという事だ。

たとえ99.9%が悪意に塗れている浅倉だったとしても、誰かに食事を差し出せるだけの『優しさ』は持ち合わせている。

それが人間だ。それが人間の証明だ。それこそが人間の宿命である。

 

人は機械にはなれない。

獣に近づけても、獣ではない。人として生まれた以上、心を持つことからは逃げられない。

そこにある善意を、キングストーンフラッシュは刺激したのである。

 

 

「!」

 

 

だが、そこでロボライダーの身にオラクルが命中する。

カン、と音を立ててオラクルは弾かれ、粉々に砕ける。

美国織莉子はそれを見て、表情を歪めた。

 

 

「私は、納得いかない――ッ! 協力はできない!」

 

「ッ」

 

「そこにいるのはいずれ全てを飲み込む絶望の魔女! 私は来るべき災悪を阻止するべき使命がある!」

 

 

織莉子はまどかを指さした。

複雑そうな表情をして、まどかはうつむく。

 

 

「ダメだよ織莉子ちゃん。友達が争いあっちゃ。ほら、たいやきを食べて落ち着こう」

 

「おれたちは皆友達じゃないか」

 

「エターナルフレンドフォーエバー。マジ感謝」

 

「お前らは少し黙ってろ! 今あっちは真面目な話をしてんだよ!」

 

 

ニコは王蛇とガイとベルデをバールで叩くと気絶させて引きずっていく。

一方でロボライダーは頷き、諭すような声色で織莉子と対話を行う。

 

 

「そんな事はさせない。それに、キミがやろうとしている事は間違っている」

 

「なにを――ッ!」

 

「大義名分を立てても、傷つけあって得る平和には必ず悲しみが残る。そんな想いを背負う必要はない」

 

 

それはロボライダーの切なる願いであった。

 

 

「キミ達は、ただ日々を笑って過ごせばいい。悩むのはテストの事だとか、恋の事。友達と寄ったファストフード店でメニューを決める時で良いんだ」

 

 

殺し合いの苦しみ。絶望に食われる痛み。戦う事の哀しみ。

 

 

「それを知るのは――、背負うのは、俺だけでいい」

 

「……ッ」

 

「安心してくれ。光がある限り俺は不死身だ。この星を、世界を、悪の手から守って見せる!」

 

 

ロボライダーはRXにフォームチェンジ。

そして再び、キングストーンフラッシュを空に向けて放った。

 

その時、不思議なことが起こった。

 

RXの悪を憎む正義の心が、次元の壁を破壊し、見滝原と星の骸を繋いだのだ。

 

 

「は?」

 

 

目を丸くする魔獣一同。

 

 

「見つけたぞ! 魔獣! お前達はこの俺が許さんッッ!!」

 

 

RXは強く地面を叩くと、跳躍。

前宙であけた穴に飛び込むと、星の骸ホールに足を踏み入れた。

 

 

「ばばばばば馬鹿なァアア!!」

 

 

ざわつくホール。

当然だ。つい先程までモニタで参加者を嘲笑していたのに、なんか画面から変な黒いのが飛び込んできたのだから。

しかしすぐに戦闘態勢になり殺意を解放する魔獣たち。考えてもみればコレは大きなチャンスでは?

なにせ龍騎たちが戸惑っている間に穴は塞がっていく。となると、ここにはRXが一人だけ。

一方で周りには大量のバッドエンドギアや従者達。

 

 

「ハハハ! 自ら敵陣に飛び込んでくるとは馬鹿なヤツ!」

 

 

バズビーは体を震わせ、バズスティンガーブルームへと。

他の魔獣達も次々に怪人体となり、RXを囲んでいく。

 

 

「絶望に溺れ死ね!」

 

 

バズスティンガーたちは一勢に矢を放ち、それらは空中を切裂いて次々にRXに突き刺さっていく。

 

 

「ヴァアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「ははははは! 終わりだ!」

 

 

咆哮を上げるRX。

しかし魔獣たちは一つ勘違いをしていた。今のは苦痛に叫ぶ断末魔ではない。

怒りを乗せた、気合の咆哮なのだ。

 

 

「!?」

 

 

その時――、不思議なことが起こった。

矢で全身を刺し貫かれたRXの体が『溶けた』のだ。

青い液体となったRXはそのまま空中を疾走して辺りを駆け回る。

 

 

「ぐあぁあ!」

 

「うぁああぁ!」

 

「がぁぁあ!」

 

「ぎゃああ!」

 

 

魔獣達の悲鳴のオーケストラ。

水色のゲルはバキンバキンと突進で魔獣たちに衝突しながらダメージを与えていく。

上層部にいる魔獣もまとめてなぎ払い。ゲルはそこで一つの人型に実体化する。

 

 

「だ、誰だ貴様は!」

 

 

蝉堂が吼える。

すると戦士は魔獣達のほうを見る。青いボディに赤い目、赤いライン。

マスクをつけてサングラスをかけた、『殺し屋』のような仮面だった。

 

 

「俺は怒りの王子!」

 

 

戦士は両手を開いて左右に広げる。

 

 

「アール! エックス!」

 

 

そして右手を左肩の上から右斜めに払い、左手は肘を曲げて拳が天を向くように払った。

 

 

「バイオ!」

 

 

握っていた拳を再び開き、腕をふるって右腕を前方に突き出し、左手は肩の上に。

 

 

「ライダー!」

 

 

そして指を振るい、手を広げて爪を立てる。その時、カチャリと音が鳴った。

さあ、バトルOhアールエックス。バイオライダーは再びゲルになるとウヨンウヨンウヨンと音を立てながらホールを駆け巡る。

 

 

「撃ち落とせ! ヤツを串刺しにしてやる」

 

 

バズスティンガーや従者はありったけの矢とレーザーを放ち、ゲル状になったバイオライダーを狙う。

 

 

命中! しかし液体なので、すり抜ける。

 

再び命中! しかし液体なので無効化!

 

三度命中! しかし液体なので特に意味はない!

 

四度と命中! しかし(略

 

 

「「「「「弾 が す べ て ヤ ツ の 体 を す り 抜 け て し ま う ぞ !」」」」」

 

 

「切ってみればどうか!」

 

 

ウヨンウヨンウヨンウヨンウヨン

 

 

「があああああああああああ!」

 

 

無効化!

 

 

「叩け! 粉砕するのだ!」

 

 

ウヨンウヨンウヨンウヨンウヨン

 

 

「ぐああああああああああああ!」

 

 

無効化!

 

 

「俺様のエネルギーで蒸発させてやるぜい!!」

 

 

ウヨンウヨンウヨンウヨンウヨン

 

 

「ダメだァアアアアアアアア!!」

 

 

無効化!

 

 

「切り札を使う! 魔獣をエネルギーを集合させて存在ごと消し去ってやる!」

 

 

ウヨンウヨンウヨンウヨンウヨン

 

 

「すり抜けチャッタァアアアアアアアア!」

 

 

無効化!

 

 

「液体を微粒子レベルで分散させればあるいは――」

 

 

ウヨンウヨンウヨンウヨンウヨン

 

 

「ヤメテェエエエエエエエエエエエエエ!!」

 

 

無効化!

さらにゲルは魔獣達からめとり、一箇所に集めると実体化。

バイオライダーが手を腰にかざすと、つばの無い日本刀のようなブレードが出現した。

 

 

「バイオッ! ブレード!」

 

 

さらに続いてバイオブレードが青白く発光。

必殺エネルギーが纏った。スパークカッター。

そのままバイオライダーは怯んでいる魔獣達をバッタバッタと切り伏せていく。

 

 

「勝てるかこんなモンンンンンンンンンン!!」

 

 

誰かの断末魔が聞こえた。

エネルギーをまとって倒れる魔獣たち。

一方でバイオライダーは両手を広げ、地面に膝をついて構えを取った。

大爆発。

 

 

「ぐあぁああ!」

 

 

爆風に揉まれ転がるバズビー。

気づけばホールにはバズビー、イグゼシブ、ゼノバイター以外の魔獣が爆散していた。

 

 

「ひ、ひぃぃい! なんだアレは! 魔獣が一瞬で!!」

 

「や、ヤツは化け物か!!」

 

「ざけんじゃねぇ! 俺ァ逃げさせてもらうぜ!」

 

 

ゼノバイターは踵を返して走り出した。

 

 

「に゛がさ゛ん゛!」

 

 

濁点交じりの咆哮でバイオライダーはゲル化。

高速でゼノバイターのもとへ辿りつくとゲルで縛って、バズビーとイグゼシブのところまで持っていく。

 

 

「は、はなしやがれぇえ!」

 

「悪は俺が許さんッ! 断じて許さん!!」

 

 

さらにそのままゲルのロープとなりて三人を縛り、一直線に並べた。

そこで再び実体化。しかれども現われたのはバイオライダーではなくリボルケインを構えたRXだった。

どうやら高速でフォームチェンジを行えるらしい。

RXはそのまま、並んだ三人にリボルケインを突き入れる。

 

 

「ぎゃああああああ!」

 

「ぐああぁぁあぁあ!」

 

「うわぁあああああ!」

 

 

イグゼシブの腹部から突き入ったリボルケインはそのまま背を貫いてバズビーに命中、そして貫通するとゼノバイターをもしっかりと貫いてみせる。

団子のように重なった魔獣たちからは激しい火花が噴き出した。一方でRXは地面を踏み込み、よりリボルケインが体内に入るように押し込んでいく。

 

 

「外道たちよ! お前達の企みはこのブラックRXが阻止する!」

 

「なん――ッ! ズァアァアァアァァアッッ!」

 

「地獄に堕ちろ!」

 

 

リボルケインを引き抜くと、RXはゆっくりと構えを取る。

一方で花火のように火花を噴き出しながら倒れた三体の魔獣。

そして大爆発。崩壊していく星の骸の中で、RXはアクロバッターに乗り込み、再び次元の壁を破壊する。空が割れ、世界の破片と共に着地するRX。

 

 

「す、すごい! 魔獣をぜんぶ倒しちゃった!」

 

「あ、ああ! すげぇ! 凄すぎる!」

 

 

拳を握り締め、頬を上気させるまどかと龍騎。

 

 

「なにあれ、強すぎてメチャクチャなんだけど。ふざけてるのアイツ」

 

「………」(魔獣裏切っといてマジで良かった……!)

 

 

隅の方で、体育座りをしながら小巻と下宮は肩を並べながら汗を浮かべていた。

 

 

「あ、あれが――ッ!」

 

 

そこで龍騎は言葉を止める。

今、頭の中に何かが浮かんで――。

 

 

「やったなRX!」

 

「これで世界に平和が戻ったぞ!」

 

「俺達の勝ちだァ」

 

「だから誰だよおめーらは!!」

 

 

駆け寄る王者達にニコは叫ぶ。

だがその時だった。白い光線が王蛇やガイを貫いたのは。

 

 

「!?」

 

「ぐあああぁ!」

 

 

光が王蛇を包むと、瞬時、一枚のカードに変わる。

そして光線は次々に飛来していき、的確に参加者達を捉えていく。

 

 

「な、なんだこ――」

 

 

ニコはレジーナアイを起動させようとするが、その前に光線が命中してしまう。

 

 

「――ヵ」

 

 

光線が当たった瞬間意識が遠のき、気づけばニコは一枚のカードになっていた。

カードの中にニコが閉じ込められる形になる。それが無数に空中に浮遊していた。

逃れたのは計5人。龍騎、まどか、ナイト、かずみ、そしてバイオライダーである。

 

 

「な、何が起こって――ッ!?」

 

「くっ! 大丈夫かかずみ!」

 

「うんッ、わたしは大丈夫だけど……!」

 

「一箇所に集まるんだ!」

 

 

集合する一同。

すると空間が割れ、一人の男が姿を見せた。

 

 

「お前はッ! ギア!!」

 

 

魔獣を統べる頂点の存在、歯車を王冠にした化け物はゆっくりと龍騎達のほうへと歩いていった。

 

 

「ブラックRX。お前の存在は記憶している。ゆえに、お前がココに来たのか」

 

「ッ、なにを言って――」

 

「無限の輪廻が無数のソウルジェムを生み出し、私はそれに果実を加えた」

 

 

しかしそれだけでは力は完成しない。

一つ、大きな外的要因を加えなければならない。

 

 

「我々の世界と、城戸真司の世界が融合した際、ある欠片が入ってきた」

 

 

そこに、すべては記憶されていた。

 

 

「創生の戦い。RX、お前は覚えているはずだ」

 

「まさかッ!」

 

「その通りだ。城戸真司の中に創生王と戦ったデータが入っていた」

 

 

素晴らしい力だ。ギアはそれを見たとき、歓喜した。

世界にはこれほどまでに多種多様なる力があるものかと。そしてそれを使えばより多くの絶望を収集することができる。

なによりも、すべての世界を絶望で染める事も可能なのではないか。

 

 

「魔獣は人の負より生み出た存在だ。成長の種は人がいる限り存在することになる」

 

 

世界は無数に存在している。

今もまた世界が世界を生み出し、宇宙のように広がっていく。

 

 

「やがては全てを生み出す"神なる世界"をも手に入れ、私は神の存在へと至るのだ」

 

 

ギアが大量のソウルジェムと果実を使い作ったのは、『キングストーン』である。

龍騎の記憶の中にシャドームーンと言う戦士と戦ったデータがあった。それを解析、独自に判断し、ギアはレプリカを作り上げたのだ。

月のキングストーン。太陽のキングストーン。そして、それを真似しは冥王のキングストーン。ギアはそれを使い、変身を行う。

 

 

「!」

 

 

黄金の鎧には無数の歯車が見える。

そして仮面はRXの記憶の中にある『ブラック』や『シャドームーン』に酷似している。

黄金をベースにし、白い複眼。黒いクラッシャー。

凄まじい力が溢れ、RXたちは後ろに下がる。

 

 

「我が名は、ダークプルート。これより世界の支配を開始する」

 

「ダークプルートだと!」

 

「そう。まずは手始めに龍騎、貴様らの力の根源であるカードを頂こう」

 

 

拳を握り力を込める。

するとカードにされた参加者たちが一勢にダークプルートに吸い込まれていった。

 

 

「みんなッ!」

 

 

手を伸ばす龍騎だが、もう遅い。

一同はダークプルートの中に吸い込まれ、力の一部となる。

 

 

「フム。まだ抵抗するか」

 

 

しかしスパークが巻き起こる。

カードになっても個々の力の主張が強い。完全な融合までにはまだ時間が掛かるようだ。

 

 

「だがいずれヤツらは私の力として消え去る。お前たちもすぐに取り込んでやろう」

 

 

凄まじい力を感じる。力を取り込んだ直後だ。暴走しているのだろう。

ましてやRXはマクロアイを使用。ギアの背後に、大きな力を視た。

 

 

「いかんッ! ライドロン!!」

 

 

どこからともなく高速で現われたのはRXのビークルマシン、ライドロン。

赤いカラーリングのマシンは龍騎たちを光に変えて中に乗せると、そのまま猛スピードで走り去った。

 

 

「ほう、気づいたか。まあいい」

 

 

マントを翻すダークプルート。

いずれにせよ真司の性格を察するに激突は近いうちにやって来る事を察していた。

 

 

「次に会ったときがお前達の最期だ。フフフ……!」

 

 

 

 

 

 

 

もう使われていない線路があった。

そこにライドロンは停車している。

 

 

「………」

 

 

まどかとかずみは体育座りで、パチパチと燃える焚き火を見ていた。

先程までは30人全員がいたはずなのに、まさか5人まで減ってしまうとは。

一方で真司と蓮、光太郎は少し離れたところで今後の事を話し合っている。

 

 

「とにかくッ、みんなを助けないと!」

 

 

落ち着きなくウロウロと歩き回っている真司。

一方で蓮は地面に座り、鼻を鳴らした。

 

 

「どうして助けに行く必要がある」

 

「はぁ? な、なんでってお前ッ、美穂も手塚も! マミちゃん達だって捕まったんだぞ!」

 

「あのまま放っておけば、ライバルが消える。違うか?」

 

「お前ッ! 本気で言ってんのかよ」

 

「キュゥべえ!」

 

 

蓮の言葉に反応して、ライドロンの上に二つの影が見えた。

 

 

『その通りだよ秋山蓮。まだゲームは続いている。参加者が消えれば、それは死とみなされる』

 

『だがお前も知っているとおり、ギアのヤローは力を手に入れた。メンドクセー事にそれはインキュベーターの力を超えるかもしれない』

 

 

つまり『ギアを消したい』と願っても、消せるかどうかは分からない。

 

 

『尤も、それはヤツがもっと力を手に入れてから。つまり取り込んだ参加者共の魂を力の養分にした時だ』

 

「つまりそれまでに決着をつければ、ゲームは終わるわけか」

 

『ああ、幸運な事に、残り二組の状況だぜぇ?』

 

「――城戸」

 

「蓮! 俺は戦わないからな!」

 

「それはお前が決める事じゃない。俺が決める事だ」

 

 

デッキを構える蓮。その表情からは焦りが見て取れる。

当然だろう。蓮は苦しい状況に立っている。一刻も早く願いを叶えなければならない状態にあるのだ。

だが、しかし。

 

 

「ダメだ。戦っちゃいけない」

 

「!」

 

「俺の前で傷つけあう事は、見逃せないな」

 

 

真司を庇うように立った光太郎。

蓮は舌打ちを交え、光太郎を睨む。

 

 

「どけッ!」

 

「友達なんだろう? 真司君とは」

 

「だからどうした。俺は――、戦わなければならないんだ」

 

「やめておけ。後悔するぞ、一生な」

 

 

蓮の肩を叩く光太郎。

 

 

「経験者からの忠告だ」

 

「………」

 

 

表情をゆがめ、頭を抑える。

蓮の中にも記憶があった。光太郎が銀色の戦士に向かって手を伸ばしている。

 

 

「――そうか、俺も、あそこにいたな」

 

 

創生の戦い。

そこに蓮、ナイトも参加していたのだ。

 

 

「信彦と戦う時ほど辛い時間はない」

 

 

親友だった。兄弟だった。

なのに――、なぜ、なぜ、ああ。

 

 

「今もまだ張り付いている」

 

 

信彦と拳を交えたときの苦しみ。

信彦の胴を蹴ったときの苦しみ。

傷つき、失い、それでもまだ――、終わりはこない。

 

 

「俺は信彦に勝った。そしてそれが、世界に事実を与えてしまった」

 

「……ッ?」

 

「今でもたまに思う。俺は、あの時、信彦に殺さるべきだったのかもしれない」

 

 

ブラックの世界をあそこで終わらせれば、ブラックの物語が続く事はなかった。

RXになる事はなく、歴史に名を残す事もなかった。

光太郎は拳を握り締め、遠くを見つめる。

その目には、大きな哀しみがあった。

 

 

「俺は今も、信彦と戦い続けている」

 

「それは、どういう――」

 

 

いや、分かる。察する。

世界だ。数多にある世界がそれだけの奇跡と物語を生み出す。

そうか、無限なのだ。光太郎は勝ってしまった。だから無限に戦わなければならないのだ。終わりはない。

 

 

「慣れる事はない。ずっと、胸が引き裂かれそうだ」

 

 

永遠だ。それは光と闇の果てしない戦い。

 

 

「だから俺の様な想いは絶対にするな。それに、真司君を殺せば、キミの心も壊れる」

 

「………」

 

「恋人の話は聞いている。気持ちは分かるが、彼女のためにも、苦しみは背負うな」

 

 

殺す可能性よりも、生かす可能性を考えろ。

 

 

「彼女の前で、本当の笑顔を浮かべることが、キミの役目だろ」

 

 

たとえ死が来ようとも終わりじゃない。それは苦痛だが、希望でもある。

 

 

「だから、諦めるな。絶対に」

 

 

それに――、と、光太郎はかずみを指差した。

 

 

「蓮。キミは、彼女の希望になれ」

 

「かずみ――」

 

 

そこで気づいたのか、かずみは蓮の方を見て笑みを浮かべた。

 

 

「かずみちゃん。蓮に戦って欲しくないだろう?」

 

「それは――」

 

 

言葉を詰まらせる。

しかし直後、かずみは笑った。

 

 

「蓮さんが戦うなら、わたしは蓮さんを助けるよ」

 

 

悲しげな目で、笑っていたのだ。

 

 

「………」

 

 

蓮はうつむき、拳を握り締める。

そして、辛そうではあるが、何度も頷いていた。

 

 

「分かりやすいな。お前は」

 

「………」

 

 

かずみは唇を噛んで下を向く。

 

 

「お父さんに似たって言われてるよ……!」

 

「………」

 

 

蓮は目を閉じた。

そして、もう一度だけ頷くと、光太郎を見る。

 

 

「俺は、どうすればいい?」

 

「力を貸してくれ。この世界は、俺が必ず救う」

 

「……分かった」

 

 

蓮は光太郎の肩を叩くと、距離をとる。

一方で真司は笑顔を浮かべ、『少し悔しげな』表情で光太郎の前に。

 

 

「凄いなぁ、光太郎さん……! 俺がずっと頑張ってきてできなかった事を、たった一日でやっちゃうんだもんなぁ!」

 

「……いや、それは違うよ」

 

「え?」

 

「俺は、そんなにできた男じゃない」

 

 

光太郎は切なげに笑い、地面に座る。

隣に座る真司。光太郎の目には、やはり哀しみが浮かんだままだった。

 

 

「大切な人を守れなかった。お世話になっていた叔父さんと叔母さんがいたんだけど、死なせてしまったんだ」

 

「あ……」

 

「信彦の事だって、もっと良い方法があったのかもしれないと、今でも思う」

 

 

光太郎は自分の両手を見る。

真司には見習うべき点が山ほどある。救うために戦う事は、なによりも難しい。

 

 

「だが、だからこそ思う。誰かが俺と同じ悲しみを背負わないように、俺ならば止められるかもしれないと」

 

 

そして気づいた。自分は一人ではない。

たとえ悲しくとも、苦しくとも、支えてくれる人はいた。

そして自分には力がある。悩み、涙を流している間に、同じように悩んでいる人に手を差し伸べられるかもしれない。

泣いている人を助けて上げられるかもしれない。

 

 

「だから俺は、死なない」

 

 

死なない。諦めないと言う絶対の意思だ。

 

 

「そして、ある日、ある人に言われた」

 

「ある人?」

 

「ああ。人間にはたとえ勝ち目がなくても戦わなければならない時がある――」

 

 

真司の脳裏にゲームでの攻撃が浮かんできた。

勝てる見込みは無かった。しかしそれでも立ち上がったのは――

 

 

「大切なものを取り戻すために――」

 

 

そうだ、あったのだ、そうまでして戦う理由(わけ)が。

 

 

「それは1人では無理かもしれない」

 

 

多くの死の記憶がフラッシュバックする。

 

 

「だからこそ、助け合い、一緒に支えあう相手が必要なんだと」

 

 

まどかを見た。

まどかは笑い返してくれた。

 

 

「世間ではそれを――、仲間と言うらしい」

 

「仲間……!」

 

「ああ、俺とキミの事だ。いや、俺達のことだ」

 

 

光太郎は真司、まどか、蓮、かずみを見て笑う。

 

 

「行くんだろう? 真司くん」

 

「はいッ、もちろん! だってこのままじゃ美穂達が死んじまう」

 

 

魔法少女と騎士、全員の生存を願った真司にとって、これほど屈辱的な事はない。

なによりも――、あの時、何のために拳を握り締めたのか。

 

 

「ギアの野郎をぶっ飛ばさないと、絶対に気がすまないッ!」

 

「死ぬかもしれないぞ」

 

「俺が死ぬのは、俺の希望(ねがい)を諦めた時だ!」

 

 

諦めた時に死ぬ。それまでは、たとえ命が尽きようとも死ぬ事はない。

 

 

「たとえ苦しくても、俺は、"仲間のために戦い続ける"!」

 

「………」

 

 

光太郎は笑みを浮かび、頷いた。

そして周りを見る。

 

 

「わたしも行きます。この世界の問題から、わたしは絶対に目を背けちゃいけないと思うから」

 

 

まどかは頷き、立ち上がる。

 

 

「わたしも行くよ。やっぱり、わたし、みんなと一緒にいたい! みんなとお友達になりたいから……!」

 

 

自らの意思を口にして、かずみは立ち上がった。

 

 

「いずれにせよ、戦わなければ生き残れない」

 

 

蓮はそう言った。

光太郎はもう一度頷き、空を見あげる。

 

 

「戦い続けるのは、いつか全てが救われると信じているからだ。そして同じように戦う男達を知っているからだ」

 

 

目を見開く真司と蓮。

その時、脳の中に一人の男が浮かび上がった。

 

 

『人々が助けを求める限り、俺が戦いから退く事はない!』

 

 

その男は今もどこかで戦っているのだろう。

はるかなる愛と平和。そして人々の自由を守るために戦っている。

たとえ孤独でも、独りでも。一人でも守るために。たった一つの命ある限り戦う。

 

 

『ライダァアアア……ッ! 変身ッ!』

 

 

風を纏う英雄の背を、真司は見た。蓮は見たぞ。

 

 

「1971年4月3日。あの日から受け継がれてきた正義の心。俺は、その正義の系譜を信じている!」

 

 

そこに騎士も魔法少女も関係はない。

たとえ普通の人間であろうとも、その正義の系譜を信じ、困っている人に手を差し伸べる勇気があるのなら、なれるはずだ。

光太郎は前に出ると拳を構えた。

 

 

「俺に続け、騎士よ、魔法少女よ! これより、世界を救う戦いに出る!」

 

「おお!」「はい!」「おう!」「うんッ!」

 

 

 

 

 

 

「……来たか」

 

 

周りを石や砂利で囲まれた採石場にダークプルートは立っていた。

取り込んだカードが融合を果たすまでにはまだ時間が掛かる。ゆえにこのタイミングで向こうがやって来る事は分かっていた。

五人だ。五人の参加者がダークプルートに向かってきているのが見えた。

 

騎士ナイト。黒いボディ。ライドシューターを走らせる。

騎士龍騎。真っ赤な目。ライドシューターを走らせる。

 

そしてその二つを持ったRXがアクロバッターに乗り込んでいた。

龍騎の隣には光の翼を生やして飛んでいるまどか。ナイトの隣には黒い翼を生やして飛んでいるかずみがいる。

右からまどか、龍騎、RX、ナイト、かずみが並び、採石場を走る。

 

 

「決着をつけるぞ! 魔獣!」

 

「いいだろう龍騎。我が絶望に食われろ!」

 

 

両手を広げマントを翻すダークプルート。

すると大量の従者型の魔獣が出現し、一勢にレーザーを放った。

バリアを張るまどかとかずみ。一方でライドシューターのキャノピーがレーザーを弾き、RXはそのまま構わずレーザーの中を突っ込んでいった。

永遠のために、キミのために。

 

 

「ロボライダー!」

 

 

フォームチェンジ。鋼鉄の装甲が無数のレーザーをすべて受けきり、熱エネルギーとして吸収していく。

さらにロボライダーになった事で、アクロバッターにも変化が訪れた。

 

その姿が変わり、『ロボイザー』にフォームチェンジする。

装甲が強化され、レーザーが当たってもなんのその。

さらに後方にはキャノン砲が装備されており、ロボライダーがスイッチを押すとキャノン砲をぶっ放し、魔獣達を消し飛ばしていく。

 

 

「ボルティックシューター!」

 

 

ロボライダーもまたバイクを操りながら必殺技、ハードショットを撃ちまくり魔獣たちをごっそりと消滅させていく。

さらにそこでフォームチェンジ。バイオライダーになるとロボイザーもフォームチェンジ、小回りがきく『マックジャバー』になる。

マックジャバーも当然液状化能力をもっており、レーザーをすべてすり抜けてバイオブレードを振るっていく。

さらにマックジャバーが地面に沈んだ。地中を海のように潜水する事も可能であり、地中を高速で泳ぎながらバイオライダーは剣で魔獣達を切り抜いていく。

 

 

『グォォオオオオ!』

 

 

このままでは勝ち目がないと悟ったのか、魔獣たちは一箇所に集まり、融合。

座禅を組み、手には炎の槍を持つ『シュゲン』に変わる。

掌から大量の剣を発射してバイオライダーを狙う。とは言え、それらはバイオライダーを貫いたが、効果はなし。

一方でゲル化したバイオライダーは空中に上昇するとゲル化を解除。すでにRXに戻っており、両足を突き出した。

 

 

「RXキック!」

 

 

爆発が起こり、後方へ吹き飛ぶシュゲンと、反動で後ろに跳ねるRX。

しかしそこへ自動操縦のアクロバッターが駆けつける。RXをシートに乗せると、そのままシュゲンのもとへと距離を詰めた。

 

 

「助かるアクロバッター! リボルケイン!」

 

 

RXは、そのまま怯んでいるシュゲンの胴体にリボルケインを突き刺した。

シュゲンと共に地面に落ちるRX。激しい爆発が起こり、爆煙の中をRXは駆け抜ける。

 

「ハァアアア!」

 

キャノピーが展開し、そこからナイトが飛び上がる。

ダークバイザーとウイングランサーを構え、魔獣を次々に切り抜いていく。

さらにレーザーが今まさに発射されるという所で空中からダークウイングが飛来、超音波で魔獣達を怯ませると、ナイトと融合。

マントとなり飛行能力を与え、ナイトは空中を疾走しながら魔獣を切りまくっていく。

 

しかし一方で魔獣たちは集合。

上半身以外はブロックと三角形のエネルギー体で構成された『サトリ』に変身する。

サトリは無数のブロックを浮遊させ、空中を飛びまわるナイトへ向かわせ、攻撃を仕掛ける。

一方地面を駆けるかずみ。マントを翻しながら十字架を構え魔法を発動する。

 

 

「コネクト!」

 

 

仁美の魔法をコピー。各地に出現するのは四つの魔法陣だった。

かずみのコネクトは呼び出した魔法少女達の耐久は低いが、四人まで呼び出すことができる。尤も、特定の四人しか呼びさせないが。

 

 

「相変わらず、とんでもない状況で呼んでくれること……」

 

 

まずはじめに実体化したのは美咲海香。額に汗を浮かべ、メガネを整える。

 

 

「ごめん海香! 協力して!」

 

「ま。出た以上は働かせてもらうわよ」

 

 

本を構え、そこから光弾を発射する。

光弾を魔獣を破壊しながら突き進み、次の魔法陣へと向かう。

 

 

「任せろかずみ! あたしがゴールを決めてやるッ!」

 

 

牧カオルは出現と同時に大地を踏みしめ、思い切り脚を振るう。

するとそこにぶつかる光球。カオルはキックで光球に魔力と勢いを乗せて弾丸に変えた。

光球はカオルの魔力を受けて大きくなり、より多くの魔獣を巻き込み蹴散らす。

そして次の魔法陣へと向かうわけだが、既に出現した魔法少女が大剣を振るっていた。

 

 

「みらい様ッ、参上――ッ!」

 

 

大量のテディベアが魔獣達に噛み付いている。それを操るのは若葉みらい。

ドレスの前部分がざっくり開いており、そこから下着が見えると言うとんでもない格好の魔法少女である。

みらいは大剣を豪快に振るい腹の部分で光球を弾きとばす。

 

 

「どう、かずみ! 抜群の狙いでしょ!」

 

「全然だよー! どこ狙ってるのみらい!」

 

 

光球は最後の魔法陣を大きく外れて飛んでいく。

 

 

「なによ! だったら里美があっちいけばいいじゃん!」

 

 

頬を膨らませて魔法を発動させるみらい。

巨大なテディベアが全速力で走り、魔法陣から現われたクセ毛の少女、宇佐木(うさぎ)里美(さとみ)を掴んで光球のほうへと投げる。

 

 

「きゃあああああああああ! か、かずみちゃん!」

 

 

里美は涙目になりながらも杖で光球を弾くと、そこに魔力を乗せてかずみのもとへ届ける。

そこで時間が来たのか消え去る魔法少女たち。

 

 

「蓮さんッ!」

 

 

かずみは彼女達の魔力が宿った光球をナイトへと送る。

ブロックを交わしながら光球をダークバイザーで受け止めるナイト。カラフルな光が剣の刃を光らせる。

 

 

「かずみ! 決めるぞ!」

 

「うん!」

 

 

しかしサトリは後退すると浮遊するブロックをすべて自分の方に鎧を集め、壁を作る。

無数のブロックが連結し、要塞のように変わるサトリ。

だがかずみは真っ直ぐにサトリを睨み、杖を振るう。

 

 

「フォムホームホムフォーム!」

 

 

かずみの隣に魔法陣が出現する。

そこから現われたのは『かずみ』だ。しかし髪が本体のかずみよりも短く、頭には大きな魔女帽子を被っている。

 

 

「力を貸して。ミチル」

 

「………」

 

 

並行世界のかずみ。和紗(かずさ)ミチルは、ニコリと笑みを浮かべた。

 

 

「もちろん。もう一息だよ、かずみ」

 

 

二人は十字架を重ね合わせる。

すると力が交じり合い、黒い刃を持つ剣に変わった。

 

 

「蓮さんッ! コッチはオーケーだよ!」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

「ああ。これで終わりだ!」『ファイナルベント』

 

 

かずみとミチルは二人で剣を持ち、思い切り真横に振るう。

 

 

「「疾風!!」」

 

 

すると黒い斬撃が発射され、サトリの要塞を完全に断ち切った。

斬撃はサトリの肉体に進入して停止。そしてナイトが咆哮を上げて、剣を上から下へ振り下ろす。

 

 

「十字星ェエエッッ!!」

 

 

カラフルな残痕が黒の残痕と重なり、巨大な十字架を作る。

光は剣のリーチを拡大させたか。巨大な十字架はそのまま前方に進み、サトリの肉体を四分割にしてみせる。

 

 

『ガアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

爆散。

爆風の衝撃が周囲の魔獣を巻き込んで消滅させる。

 

 

「その瞳に映せしは破壊、我が誇りが選ぶのは勝利! 万物を滅する力の矢となり我を照らしたまえ!」

 

 

一方まどかは弓を引き絞り、魔法を解き放つ。

 

 

「吼えろ、獅子! スターライトアロー!」

 

 

翼の生えたライオンが発射され、地に降り立つ。

そして咆哮。音が衝撃となり、周囲の従者が粉々に粉砕されていく。

さらにそこで爆発が起きた。飛行するドラグレッダーが炎を発射したのだ。その背に乗る龍騎は、複眼を光らせ、地面に着地する。

 

 

「ッシャア!」『ガードベント』

 

 

龍騎はドラグシールドを両手に構えて突進していく。

 

 

「ウォオオオオオオオオオ!」

 

 

次々と迫るレーザーはすべてシールドで防ぎ、龍騎はそのまま次々に従者を弾き飛ばしていく。

そして前方に魔獣がいなくなると振り返りながらシールドを投げ捨てる。同時にデッキからカードを抜き、バイザーに装填した。

 

 

「ハァァアア……!」『ストライクベント』

 

 

腰を落とし、ドラグクローを構える龍騎。

龍騎を中心にドラグレッダーが旋回。口を光らせ、直後、龍騎はドラグクローを思い切り突き出した。

 

 

「ヤァアアアアアアア!!」

 

 

昇竜突破。巨大な炎塊が三方向に分かれて突き進んでいく。

炎は次々に魔獣達を焼き尽くし、爆散させていく。

 

さらに龍騎はもう一度ドラグクローに炎を纏わせ地面を殴る。

すると炎が地面を伝って、四方向へ分かれた。その先にあったのは地面に突き刺さったドラグアローの矢である。

 

実は先程ドラグレッダーの背に乗っているとき、龍騎はドラグアローを呼び出し、矢を発射していた。

さらにコールベント、エンゼルオーダーを発動。呼び出したのは龍騎と同じ武器を使う事ができるレガーメアナウエルだ。

天使に別方向に矢を刺してもらい、さらにまどかにユニオンで全く同じ事をしてもらった。

 

こうして四角形を構成するように刺さったアロー。

その中央で龍騎は炎を拡散する。すると四つの矢に炎が伝導し、超爆発が起こった。

業炎に巻き込まれ消し飛んでいく魔獣たち。

しかしそこで爆炎が消し飛んだ。姿を現したのは星型になった魔獣、『ゲダツ』だ。

強力な冷気を操り、全てを凍てつかせる絶望の化身。

 

 

『フォロロロロロ!』

 

 

ゲダツは鳴き声を上げて龍騎に冷気を発射した。

強力なブリザードが龍騎を包み込み、さらには周囲に氷柱を生やす。いくら騎士の装甲があろうとも、強力な冷気で龍騎は絶命するはずだ。

しかし刹那、氷柱が弾け飛ぶ。

身構えるゲダツ。氷に覆われながらもその輝きを失わぬ盾が見えた。

 

 

「サンキューまどかちゃん!」

 

「うんっ! 守るよ! 真司さん!」

 

 

龍騎の前に降り立ったまどかが盾で冷気を防いだのだ。

さらに二人はファイナルベントを使用。まどかが翼を広げながらバックステップしながら上昇。

そこに追従するドラグレッダー。まどかの周りを飛びまわり、その身で氷柱を破壊していく。

 

 

「フッ! ハァアアア!」

 

 

龍騎は両腕を突き出し、大きく旋回させる。

一方でゲダツは力を集中させているようだ。体が青白く発光していき、同時に龍騎が飛び上がった。

 

 

「ハァアアア!」

 

「ダアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

炎の矢が龍騎と融合。

凄まじい勢いで龍騎が飛び蹴りを仕掛ける。マギアドラグーン。

そこでゲダツも力を解放。青いレーザーが放たれる。

しかし決着は一瞬だった。龍騎がレーザーをかき消しながら突き進み、まさに一瞬でゲダツを貫いて後方へ着地する。

穴が開いたゲダツは地面に墜落し、大爆発。その衝撃で魔獣も消し飛び、採石場に従者の姿は消え去った。

 

 

「あとはお前だけだ! ダークプルート!」

 

「フム。その様だな」

 

 

五人を前にしてもダークプルートは冷静だった。

それもそうだ、なぜならばダークプルートは既に終わりを視ているのだから。

 

 

「だが、ココで終わりだ」

 

「!」

 

 

指を鳴らすダークプルート。

すると背後の空間が割れ飛び、亀裂の中から巨大な脳みそが姿を見せた。

 

 

「イツトリ!!」

 

 

忘却の魔女イツトリ。どうやら彼女こそが『RXが感じた力』だったようだ。

まどかよりも先に概念に到達した魔女であり、絶大なパワーを持った存在である。そしてその力が今、まどか達に向けて発射された。

その力は忘却。全ての魔法少女を忘れ去るために得た復讐の力。

 

 

「忘れろ」

 

「!」

 

 

忘。

 

 

「歴史と共に、消えうせろ」

 

「―――」

 

 

龍騎達の体が粒子化を始める。

だって彼らを『覚えている』存在がない。

 

忘れなさい。

 

忘れなさい。

 

思い出せないものは無いものと同じだから。

 

記憶になければあなたは『いない』から。

 

全て、忘れなさい。

 

全部、忘れてしまいなさい。

 

 

わたしは『(ハテナ)』。

 

世界は『(ハテナ)』。

 

 

 

FOOLS,GAME

  登場人物紹介

  プロローグ

  第1話 デッキ キッデ 話1第

  第2話 鹿目まどか かどま目鹿 話2第

  第3話 変身! !身変 話3第

  第4話 騎士と魔法少女 女少法魔と士騎 話4第

  第5話 焼肉定食 食定肉焼 話5第

  第6話 正義 義正 話6第

  第7話 七人目 目人七 話7第

  第8話 夢の終わり りわ終の夢 話8第

  第9話 本当の正義 (前編)

  第10話 (編後)義正の当本

  第11話 GAME・START TRATS・EMAG 話11第

  第12話 参加者達 達者加参 話21第

  第13話 赤い魔法少女 女少法魔い赤 話31第

  第14話 黒い魔法少女 女少法魔い黒 話41第

  第15話 白紙の絆 絆の紙白 話51第

  第16話 前夜 夜前 話61第

  第17話 人魚姫 姫魚人 話71第

  第18話 エントロピー ーピロトンエ 話81第

  第19話 狂う歯車 車歯う狂 話91第

  第20話 決着と始まり りま始と着決 話02第

  第21話 赤い記憶 憶記い赤 話12第

  第22話 友達 達友 話22第

  第23話 オセロ ロセオ 話32第

  第24話 金色の未来 来未の色金 話42第

  第25話 ケーキ (前編)

  第26話 (編後)キーケ

  第27話 芝浦淳 淳浦芝 話72第

  第28話 学校侵食 食侵校学 話82第

  第29話 ユウリ様参上 上参様リウユ 話92第

  第30話 人間 間人 話03第

  第31話 双樹あやせ カル樹双 話13第

  第32話 双樹アルカ カルア樹双 話23第

  第33話 十字星 星字十 話33第

  第34話 恋慕の君へ へ君の慕恋 話43第

  第35話 望む解放 放解む望 話53第

  第36話 リーベエリス スリエベーリ 話63第

  第37話 暴徒 徒暴 話73第

  第38話 最凶VS最狂 狂最SV凶最 話83第

  第39話 理想と現実 実現と想理 話93第

  第40話 進入の園 園の入進 話04第

  第41話 メランコリック クッリコンラメ 話14第

  第42話 種 種 話24第

  第43話 姉妹愛 愛妹姉 話34第

  第44話 大好きな貴女へ へ女貴なき好大 話44第

  第45話 白と黒 黒と白 話54第

  第46話 過去の鎖 鎖の去過 話64第

  第47話 決別 別決 話74第

  第48話 生きる るき生 話84第

  第49話 杏里の呪い い呪の里杏 話94第

  第50話 境界線 線界境 話05第

  第51話 四日目 目日四 話15第

  第52話 分かれ道 分かれ道 話25第

  第53話 友情の定義 義定の情友 話35第

  第54話 甘い人 人い甘 話45第

  第55話 彼が望んだ道 道だん望が彼 話55第

  第56話 青の疾走 走疾の青 話65第

  第57話 現実の弓 弓の実現 話75第

  第58話 幻想の夜 夜の想幻 話85第

  第59話 告白 白告 話95第

  第60話 死に至る答え え答る至に死 話06第

  第61話 最終日 日終最 話16第

  第62話 強欲な男 男な欲強 話26第

  第63話 人間の放棄 棄放の間人 話36第

  第64話 戦う理由 由理う戦 話46第

  第65話 ワルプルギス スギルプルワ 話56第

  第66話 A『諦める』

  第67話 B『戦いを続ける』

  第68話 C『戦いを止める』

  第69話 エピローグ グーロピエ 話96第

 

FOOLS,GAME The・ANSWER

  登場人物紹介 The・ANSWER偏 超全集

  第70話 絶対に生き残る

  第71話 人類は試されているのさ

  第72話 他人を愛するには

  第73話 ど真ん中ストレート

  第74話 覚えてしまうんですよ

  第75話 人を傷つける才能

  第76話 俺達は誰もがその黒を抱えている

  第77話 状況と環境

  第78話 どうして信じてくれないの?

  第79話 どうか私を許してください

  第80話 いつまでも、謎の騎士ではいられない

  第81話 魔法少女と騎士の物語

  第82話 地獄だな

  第83話 胡蝶の夢

  第84話 いっぱい笑ったほうが一等賞なんです

  第85話 積み上げてきた事を誇りに思え

  第86話 手始めに見せてやる。変わる運命をな

  第87話 恋愛だぁ

  第88話 この曲が好きなんだ

  第89話 私の世界には要らないわ

 

Tea Party

  Episode 1

  Episode 2

  Episode 3

  Episode 4

  Episode 5

  Episode 6

  Episode 7

  Episode 8

  Episode 9

  Episode 10

  Episode 11

  Episode 12

  EPISODE・FINAL

 

番外編

  FOOLS,GAME LIAR・HEARTS(前編)

  FOOLS,GAME LIAR・HEARTS(後編)

  第45.5話 ポイエルの証明

  次の10年

  価値はそこに

  FOOLS,GAME XRD・Prompt

 

 

 

辛いなら、怖いなら、悲しいなら、忘れてしまえばいい

 

 

 

F?O?S,G?ME

  登?人??介

  プ?ローグ

  第?話 ??キ キ?デ 話1?

  第2? 鹿??ど? かどま?鹿 話??

  ??話 ??! !身変 ??第

  第?話 騎士??法少女 ???魔と?騎 話4?

  ??? 焼??食 食定肉焼 話5第

  第6? ?義 ?正 ??第

  第7話 ??? ??? 話7第

  ?8? ?の?わり り??の夢 話?第

  第9話 本当の?? (??)

  第?? (編後)義正???

  ??? G??E・ST?RT T?A?S・E?A? 話?第

  第?話 参??達 達?加? 話21第

  ?13? 赤?魔??女 ?少法魔い? 話31第

  第?? ??魔法少女 女少??い? 話?第

  第?話 ??の絆 ???? ??第

  第?? ?? 夜前 話?第

  第17? ??? ??? 話71第

  第?話 エ??ロ?ー ーピ??ン? 話81?

  ?19話 狂??車 車??狂 話?第

  ??話 決着と?ま? り???着決 話?第

  ??話 ??記憶 憶?い赤 ???

  第?話 友? ?? 話22?

  第23? オ?ロ ??? 話?第

  第?? ??の未来 ??の?金 話42?

  第?話 ケ?キ (?編)

  ?26話 (編?)キ?ケ

  第?? 芝?淳 淳?? 話?第

  第28? 学??食 食?校? 話82?

  第?話 ユ?リ?参? 上??リウ? 話92第

  第?話 ?間 間人 話??

  ?31話 双?あ?せ ??樹双 話?第

  第?話 双?ア?カ カ??樹? 話?第

  第33? ??星 ??十 話?第

  第34? ??の君へ へ?の慕恋 話?第

  第35話 ???? ???? 話53第

  ??? リー?エ?? スリ?ベー? 話63?

 ??? 暴徒 徒暴 ???

  ??? 最?VS最狂 狂最??凶? 話83第

  第?話 理想??実 実?と?理 話?第

  ??話 進入の園 園の?? 話04?

  第41話 メ?ン?リッ? クッ??ンラ? 話?第

  ??話 種 ? 話?第

  第?話 ?妹愛 ??姉 話?第

  第44? ??きな貴女へ へ女貴なき?? 話?第

  第45話 ?と? 黒?白 話?第

  ??? 過?の鎖 ??去過 話?第

  第47? ?? ?決 話74?

  第48話 ??る る?生 話?第

  第?話 ??の呪い い呪の?? 話?第

  ??話 ??線 線?境 話05?

  第?話 ?日目 目?? 話15第

  第52話 分かれ道 ???? ???

  第?話 ??の定義 ?定の?? 話35?

  第54話 ??人 ??甘 話??

  第?話 彼?望??道 道??望?彼 話55第

  第56話 ??疾走 ??の青 話65第

  第57話 現実?弓 弓の?? 話?第

  第58話 ??の夜 夜の?幻 話??

  第59話 ?白 白告 話?第

  第?話 死に至?答え ????に死 話06第

  第61話 ??日 日?最 話16?

  第?話 ??な男 ?な欲? 話?第

  ??? 人間??棄 棄???人 話?第

  第64? 戦?理? ???戦 話?第

  第?話 ワ??ルギス ス???ルワ 話?第

  第66話 ?『諦?る』

  第?話 B『戦??続?る』

  第68話 C『?いを?める』

  第?? エ??ーグ グ??ピエ 話?第

 

FO??S,GA?? T?e・AN?W?R

  登場??紹? The・?N??ER偏 ?全集

  第?話 絶対??き?る

  ?71話 人類は試???いる?さ

  第?話 他人を??る?は

  第73? ???中ス?レ?ト

  ??? 覚?て?ま?ん??よ

  第?? 人を?つ??才能

  ?76話 俺達は??がそ?黒を?えている

  第?? 状??環?

  第?話 ど?し?信じ?く??いの?

  第79話 ???私??し??だ?い

  第?? いつ???、?の?士で??られない

  第?話 ????と??の物語

  第?? 地獄??

  ??話 胡?の?

  第?話 いっ?い?ったほうが???なんです

  ??? 積み上げてきた事を??に思え

  第?話 手始めに?せてやる。変わる??をな

  ?87話 ??だぁ

  第?? この?が????だ

  第?話 ??世界???らないわ

 

T?a Pa?ty

  E??sode 1

  Episo?e ?

  Ep???de 3

  ??isode ?

  Epi?o?e 5

  Ep?s?d? 6

  Episode ?

  Ep?so?? 8

  E?isod? ?

  ?p??ode ?

  Ep???de 11

  Episode ?

  E?I??DE・F?N??

 

番??

  F??L?,G??E LI?R・??AR?S(?編)

  F????,GAME ?IAR・H??RTS(??)

  第45.?? ポイ??の?明

  次??年

  価??そこに

  ????S,G?ME X??・Pr?m??

 

 

 

 

辿ってきた道なんて無かった。

 

 

あなたたちは初めからゼロ。無いものからは何も生まれない。

 

 

苦痛も、哀しみも、希望も、絶望も。すべて貴女達は夢を視ていた。なにもない物が夢を見ていた。

 

 

でも考えてみて、無いものは、何も視れないでしょう?

 

 

あなたはだぁれ?

 

 

分かるよ、分かるわ。答えられないね。

 

 

「まどかちゃん!」

 

「真司さんッ! 体が――、消えちゃう!」

 

 

大丈夫、その恐怖ももうすぐ忘れるから。

 

あなたごと。

 

 

 

 

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「??????!」

 

「??! ??! ?????!!」

 

 

言葉も忘れたね。

 

声も忘れたよ。

 

喉も忘れた。

 

喋るって、なぁに?

 

文字も、分からない。

 

忘れた。

 

忘れちゃった。忘れました。

 

 

 

????。

???、????。???。?????、??。

?????、?????、??――、???。

 

 

「???! ???」

 

「???……、???」

 

 

???。

???????。

?????、??????。??????。

 

 

「????、?????!」

 

「????」

 

 

?????????。?????。

????、?????、????。

 

 

「……??」

 

「??! ???!!」

 

「???、????……!」

 

 

??。???。????。??、????。

???。

 

?????。

????、????。

 

 

「?」

 

 

?????????????。

?????????????????。

???、?????。???、???、?、????。

 

???。

????????????????????。

 

 

「????????」

 

「?????????、????」

 

 

????。

???????、????、???。????。

???、???????????、????????。

 

 

「?????! ??ッ、?????――! ???」

 

 

すべて、忘れていく。

 

 

 

絶対の、『?』

 

 

「終わりだ。参加者達よ。忘却の果てに消えよ」

 

 

ゼロになる。

全て消え去った。龍騎も、ナイトも、まどかも、かずみも、RXもだれもいない。

なにもない。あるのはただ、ダークプルートとイツトリのみ。

参加者は敗北する。しかしそれさえも嘘なのかもしれない。

だって、はじめから何も無かった。

なにも、思い出せないから。

 

 

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『諦めるな』

 

 

???????????????????

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??????????????????????????????????????????????

 

 

『俺か? 俺はただの通りすがりだ』

 

 

カメラをぶら下げた男は額に汗を浮かべながらも、偉そうに笑った。

そしてそれは彼だけではない。信じるものが、望むものが。

世界にはキミが必要だ。

 

 

?????????????????????????

?????????????????????????

?????????????????????????

 

 

『まだ終わるな。まだ終われないだろ』

 

 

無理だ。

 

もう終わりだ。

 

そもそも、何も無かった。

 

 

『俺は覚えてる』

 

 

お前は無理だ。

 

お前は『壊れてる』、『無』を与えし破壊者。有にはなれない。

 

存在を証明するには記憶が必要だ。想いが必要だ。

 

お前が覚えていても、世界がお前を忘れようとしているのだから何も出来ない。

 

 

『――世界は、広い』

 

 

だからなんだ。

 

 

『奴らは、世界を生きていた。きっとどこかの世界が、あいつ等の活躍を知っている者たちが遠いどこかに必ずいる』

 

 

………。

 

 

『あいつ等の行動を知っているなら――、きっと、その人間達は望むはずだ』

 

 

………。

 

 

『まだ、終わらないでくれと』

 

 

ありえない。

忘れましょう。それも、忘れなさい。

 

 

『忘れたくても、忘れられない憧れがある。なあ、そうだろ?』

 

 

誰に話しているの?

 

 

『世界を超えた、者達へ』

 

 

???????

 

 

【まけないで】

 

 

!?

 

 

【消えないで、諦めないで】

 

 

なんだこれは。

 

 

【わたしは、あなた達を覚えているから】

 

 

誰だ。やめろ。忘れなさい。

 

忘却は絶対だ。抗うのはやめて。

 

 

『記憶が人を作る。世界の可能性は無限だ』

 

「イツトリ! 何をしてる! 早く完全に消滅させろッ!!」

 

 

消えなさい。消えろ。

 

いなくなれ。

 

忘れろ。

 

思い出すな。

 

覚えるな。

 

 

『いつか、ある男の事を謳った言葉がある』

 

 

消えろ、キエロキエロキエロキエロ。

 

 

『誰かが貴方(キミ)を――、愛していると』

 

【まけないで】

 

 

少女の声が聞こえた。

遠くの星に生きる少女の声が聞こえた。誰かが貴方を、探している。

 

 

【死なないで】

 

 

誰かが貴方を、求めてる。

 

 

【あなたは生きて】

 

 

誰かが貴方を、信じてる。

 

 

【お願いだから、立ち上がって】

 

 

誰か一人でも死んじゃえば、もうハッピーエンドにはならないよね。

 

私はそんなの、嫌だよ。

 

あなたも嫌だったんでしょ?

 

だから何度も立ち上がったんだよね?

 

血を吐いても、傷ついても、それでもその先にあるキラキラした未来が見たかったら戦ったんだよね。

 

私も、視たいよ。だからお願い、諦めないで!

 

辛いよね、苦しいよね。

 

でもそれでもあなたは守るために戦ってくれた。私は全部知ってるよ。

 

 

全部知ってるから知ってるよ、あなたが、あなた達が自分自身の意思で立ち上がって、傷ついて、それでも守ろうとした事を。

 

 

だからお願い、諦めないで。まけないで。

 

あともう少しだよ。全ての苦しみがもうすぐ終わるんだよ。だから負けないで。お願いだから立ち上がって。

 

 

「な、なんだコレは! なんだこの声は! イツトリ!!」

 

 

やめろ。声を出さないで。

 

忘れて、全部、違う。これは、全部、嘘。

 

じゃない。嘘も嘘。

 

ない。

 

全て。

 

忘れる。

 

 

ゼロは違う。

 

ゼロもない。

全て、夢。無。ム。白でもない、それは究極の無色。

 

透明の世界。忘れて。手を伸ばさないで。

 

 

【忘れないよ。忘れたくないから忘れないよ】

 

 

まけないで。勝って。頑張って得た力と技を私に見せて。

 

 

【勝って魔法少女さん】

 

 

正義が見たいの。

 

誰も死なない、皆が笑っていられる世界がほしいの。

 

それが私の、夢だから。

 

覚えてるよ。全部知っているよ。

 

頑張ったことも、泣いたことも、笑ったことも。全部知ってるから、私は忘れないから。

 

あなた達は平和のために戦った。

 

戦ってくれた。だから応援するの。だから負けないでって私は祈るの。

 

忘れたくないから。ずっと心にいて欲しいから。

 

だから。ねえ。まだでしょ? まだ終わらないよね。まだ終わりじゃないよね?

 

 

【覚えてますか? 騎士さん。あなたの事を考えると、今でも涙が出てきます】

 

 

全部夢の中の話なのに、そんな気がしなくて。

怖かった。私はただ車の陰に隠れて震えてるだけだった。

お母さんがいなくて、お父さんもいなくて、怖くて。でもそしたら貴方が私に声をかけてくれました。

 

 

『大丈夫!?』

 

 

嬉しかった。

あなたは私を抱きかかえてくれました。

 

でも――。

 

 

『逃げて! はやくッ! 逃げて――ッ!』

 

 

私は、逃げた。

 

今でもその事がずっと引っかかってます。

 

私のせいで――、きっと、貴方は……。

 

 

【――だから】

 

 

声が震えていた。少女は、きっと、泣いていた。

 

 

【だから私は祈ります。祈り続けます。生きて、お願い、勝って、これが嘘じゃないって証明して、お願い】

 

 

祈るから。

 

どんなに苦しくても信じるから。

 

あなたのように、生きるから。

 

 

【だから、見せてください。お願いだから絶望なんかに負けないで。お願い、貴方はみんなのために立って。立ち上がって!】

 

「イツトリィイ! 忘却の力を教えてやれッッ!!」

 

【??????!】

 

 

言葉が忘却にかき消される。

おしまい。少女の声は忘れました。

 

さようなら。

 

終わり。

 

おしまい。

 

 

ばいばい。

 

 

 

 

 

 

―――ちがう

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前が信じるものだよ』

 

フラッシュバック。

 

「そうだ、今――ッ、全部ッ、思い出した!!」

 

「な、なにッ!? その声は――!」

 

 

その時、不思議な事がおこった。

 

いや、違う。なに一つおかしい事はない。

人を愛し、守りたいと思う純粋な想いが、人を傷つけたいという想いに負けるはずは無い。

 

 

「ありがとう。わたしは――ッ、まけないよ!」

 

「お、お前までも!」

 

 

友達を助けたい、誰かのために戦いたい。

 

あなたを、守りたい。

 

その果てにある優しさが、憎悪に負けるはずがなかった。

 

悪などに屈するはずがなかった。

 

だから、そのとき――、不思議ではない事がおこった!

 

 

「そうだ! 俺は――ッ!」

 

【??ラ???!】

 

 

あの時、真司は命を守り、そして命を散らした。全てを失った。

 

 

【??ラ?ダ?!】

 

 

しかしそれを思い出した今でも、神に誓える。

 

 

【??ライダ?!】

 

 

俺は、なにひとつ間違ってなどいなかったと!

 

 

【??ライダー!】

 

 

「俺は、俺はァアア!!」

 

【負けないでッッ!!】

 

「ォオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

男は吼えた。その中にある十字架が激しい炎を放つ。

 

 

「必ず勝つ! 必ず救って見せるッ!」

 

 

龍の咆哮が聞こえた。

城戸真司は目を開き、地面を蹴った。

 

 

「俺は、仮面ライダー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 

世界が色を取り戻す。

その存在を思いだす。

そして丘の上、五人の戦士が並んでいた。

 

まずはじめに白いジャケットの男が腕を構え、xを描くように振るいながらそのまま右腕を太陽を掴むように真上に伸ばした。

太陽に重なる右手。男は手首を捻り右手を真下にゆっくりと下ろす。そして水平に左へ腕を持っていき、右下へ振るう。さらに右手を追うようにして左手を右に伸ばす。

 

 

「変――ッ」

 

 

右腰の位置に落とした右手を握り締めながら、左腕を左に返すように振るう。

肘を曲げ、握り締めた拳は天をむくように。

 

 

「――身ッ!」

 

 

南光太郎の瞳に激しいスパークが巻き起こる。

サンライザーが光を放ち、光太郎の体がRXへと変身を果たした。

 

 

「グォオオ……ッ!」

 

 

RXの体から激しい光が巻き起こる。

目を覆うダークプルート。さらにそのフラッシュで、イツトリが悲鳴を上げて引っ込んでいった。

 

 

「待てイツトリ! グッ! おのれ!!」

 

 

ダークプルートが再びRXに視線を移す。

するとRXはまず右手を前に。そして握りこぶしを作りながら顔の横まで引き、左手の指を伸ばして腕を伸ばし、クロスを作る。

 

 

「俺は太陽の子! 仮面ライダーッ!」

 

 

左手を引き、右手で空を切裂くように振るった。

そしてすぐに右手を返し、右上に伸ばす。

 

 

「ブラァア゛ッッ!」

 

 

伸ばした右手を振るい、次は左上に挙げる。

 

 

「ア゛ーッル!」

 

 

右下へ『R』を描くように振るう。

 

 

「エ゛ェックスッ!!」

 

 

両腕を振るい小文字のxを描くように。

右手は腰のところで握り、左手は肘を曲げて拳は天を突くように。

濁点交じりの咆哮を上げて、南光太郎は仮面ライダーブラックRXへの変身を果たした。

 

 

「へんしん!」

 

 

鹿目まどかはソウルジェムを自分の胸に押し当てる。

すると輝くソウルジェム。まどかは指でハートを作るようにしながら、人さし指と親指でソウルジェムをかざしてみせる。

 

直後、ソウルジェムがまどかの頭に乗った。

 

腕を後ろにくみ、まどかはその場を少し歩く。

そして指で周囲を指し示すと、右足をまげて左足を伸ばす。

そして次は左足をまげて右足を伸ばし、ポーズを決めた。そして飛び上がると、光に包まれ、衣装が魔法少女の物に変わる。

 

自分の前に結界を張ると、左手を前に出し、それを砕く。

そして人さし指を交差させ、中指と薬指を真っ直ぐに伸ばし、できた隙間から目を覗かせる。

そして両手を広げると、一回転して決めポーズ。右手は腰の横で握り締め、左手を真っ直ぐに上へ伸ばす。

 

 

「魔法少女! まどか☆マギカ!」

 

 

するとハートのオーラが弾け飛び、魔法少女への変身を完了させた。

 

 

「変身」

 

 

耳にある鈴型のソウルジェム(ピアス)を弾くかずみ。

チリンと音が鳴り、かずみは一瞬で現われたマントで体を覆い隠す。

そしてマントを広げ、翻すと、一瞬で魔法少女の衣装へ。

 

 

「魔法少女! かずみ★マギカ!」

 

 

そして空中に浮かび上がった十字架をつかみ取ると、魔力が解放され、黒いオーラーがキラキラと星のように瞬く。

 

 

「――ッ!」

 

 

左手でデッキを突き出す蓮。するとVバックルが腰に装備された。

右手で握り拳を作ると、肘ごと左側へ移動させる。

 

 

「変身ッ!」

 

 

デッキをセット。

すると鏡像が現われ、重なり、ナイトへと変身する。

 

 

「仮面ライダーナイト」

 

 

ナイトは、ダークバイザーを構えた。

 

 

「ッ!」

 

 

左手でデッキを突き出す真司。Vバックルが装備される。

右手を斜め左上に強く、強く、それは強く突き伸ばした。

 

 

「変身ッ!」

 

 

デッキをセット。

鏡像が重なり、龍騎に変身。複眼が一瞬だけ光り輝いた。

 

 

「仮面ライダー龍騎! ッシャア!」

 

 

中央にRXを置き、左からまどか、龍騎、RX、ナイト、かずみの順で並びたつ。

戸惑うダークプルートを、RXが強く指差す。

 

 

「バッドエンドギアの頂点にして絶望の具現、ダークプルート! 人々の想いを踏みにじり無限の絶望を与えようとするお前の悪は、俺が、俺達が絶対にゆ゛る゛さ゛ん゛ッッ!」

 

「愚かな……! ならば私自らの手で地獄に送ってやる!!」

 

 

そこでエンジン音。

 

 

「仮面ライダーよ! 世界を駆けろ!」

 

「なに……?」

 

 

ダークプルートがふと視線を移動させると、丘の上にライドロンが停車する。

そしてガチャリとドアが開くと、なんか――、増えた。

 

 

「仮面ライダー! ブラァアアッッ!!」

 

 

仮面ライダーブラック。追加。

 

 

「俺は悲しみと炎の王子! RX! ロボライダー!」

 

 

仮面ライダーブラックRXロボライダー。追加。

 

 

「俺は怒りの王子! RX! バイオ! ライダーッ!」

 

 

仮面ライダーブラックRXバイオライダー。追加。

 

 

「え?」

 

 

ダークプルートは動きを止めた。

ライドロンには時間を超える力がある。異なる時間軸から光太郎を連れてきたのだ。

 

 

「そんなの――、ありか?」

 

「あ゛り゛だ!!」

 

 

光のオーロラが生まれた。

煌く稲妻を身に受け、龍騎、まどか、ナイト、かずみ、ブラック、RX、ロボライダー、バイオライダーたちは走り出す。

 

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

爆発が巻き起こる。

ダークプルートは手を足をバタつかせて地面に倒れた。

 

 

「ば、馬鹿なッ! ありえん! ありえんぞォオオ!!」

 

 

禍々しい剣を出現させ、ダークプルートは走り出す。

だがしかし残念ッ! そこにはロボライダー。

 

 

「あぁあ!」

 

 

バキンッ! と音がして振り下ろされた剣が粉々に砕ける。

 

 

「ロボパンチッッ!」

 

「ぐあぁあああ!」

 

 

鉄拳を受けて吹き飛ぶダークプルート。するとロボライダーの複眼が光った。

 

 

「に゛がさ゛ん゛」

 

 

吹き飛ばしたのはロボライダーなのだが、まあよしとしよう。

 

 

「ボルティックシューター!」

 

 

光線がダークプルートを空に打ち上げる。

 

 

「なめるなよォオオオ!!」

 

 

無数の光弾を発射するダークプルート。

だが無念。そこにバイオライダー。

 

 

「攻撃が全く当たらないぞ!!」

 

「バイオアタック!!」

 

「ぐあぁあああ!」

 

 

悲痛な叫びが響いた。

ダークプルートが行うありとあらゆる攻撃がゲルを通り抜けていく。

ゲルに巻き込まれボコボコにされているダークプルートを睨んでいたのはブラック。拳をギリギリと音が出るほどに握り締める。

 

 

「許さんッ! 絶対に許さん!!」

 

 

そして地面を蹴った。

 

 

「ライダァアア! パ゛ァンチッッ!!」

 

「ぐあぁぁああぁあ!」

 

 

旋回しながら吹き飛ぶダークプルート。

いけない、すぐに立ち上がるが、眼前には発光する足。

 

 

「ライダァアア! ケィェ゛ア゛ッック!」

 

「グェアァアァア!!」

 

 

煙を上げて後方へ吹き飛ぶダークプルート。

墜落地点には既にまどかが先回り。光の翼を広げて高速旋回、翼でダークプルートを打ちながら空に巻き上がる。

その中でまどかは詠唱を行っており、ある程度上空に巻き上がったところで弓を引き絞る。

 

 

「スターライトアローッ!」

 

「グオォォオォオ!!」

 

 

射手座が発射。巨大な光の矢を腹部に受け、ダークプルートは地面に墜落していく。

 

 

「かずみちゃん!」

 

「任せてまどか!」

 

 

異端審問。

地中から無数の十字架が伸び、落ちてきたダークプルートを刺し捉える。

 

 

「撃ち込むよ! ありったけ!」

 

 

停止したギアを双剣で切りまくるかずみ。

さらに地面を蹴って跳躍。十字架型の二丁拳銃でダークプルートを蜂の巣にする。

 

 

「ガガガガアガガ!!」

 

 

まだ終わらない。着地と同時に空に浮かび上がるかずみ。

その周りには十字架の小型支援ビットが無数に展開し、手裏剣のように高速回転しながらダークプルートを切裂いていく。

そして空に浮かび上がったかずみは十字架から大剣を伸ばすと、思い切り振り下ろした。

 

 

「グアアアアアアアアアア!!」

 

 

そして振り上げ、空に浮いたダークプルートに向けて――

 

 

「リーミティ・エステールニ!」

 

「ギャアアアアア!!」

 

「真司さんッ!」

 

「ああ! 任せろ!」

 

 

空に打ち上げられたダークプルートを、空中から降って来た龍騎がドラグクローで押さえつけ、そのまま地面に叩き落とす。

さらにドラグクローでダークプルートに噛み付き、捕まえると、そのまま叫び声をあげて大きく振るい、投げ飛ばす!

 

 

「蓮ッ!」

 

「ああ!」

 

 

空中に放られたダークプルートをナイトが高速で切り刻む。

連続で切り抜けるなか、大量の火花とダークプルートの悲鳴が響いた。

 

 

「終わりだ! 決めるぞ!」

 

 

剣を振るい、ダークプルートを地面に叩きつけるナイト。

すると皆が同時に地面蹴った。

 

 

「ダアアアアアアアアアア!」

 

 

龍騎。

 

 

「ハァアアアアア!」

 

 

まどか。

 

 

「ヤァアアア!!」

 

 

かずみ。

 

 

「タアアアアアア!!」

 

 

ナイトが飛び蹴りを、立ち上がろうとしたダークプルートに直撃させる。

 

 

「ォオオォォ! ごぉぉおぉぉ!!」

 

 

四方向からの衝撃。

ダークプルートは悲鳴を上げてその場に立ち尽くす。

一方で飛んでくる黒。

 

 

「リボルケインッ! トゥアッ!」

 

 

衝撃に立ち尽くすダークプルートへ、RXはリボルケインを突き刺した。

 

 

「う――ッ! オゴォォオ!!」

 

 

まだ終わらない。

龍騎はドラグセイバーを、ナイトはダークバイザーを。

まどかは蟹座の力で出したハサミを。かずみは十字架をダークプルートに突き刺した。

 

 

「ェァア゛ゥ! おぉおおお゛! オオオオオオ!!」

 

 

四方から突き入った刃。ダークプルートの中にあるエネルギーが暴走を開始する。

目からスパークが散った。それを確認すると、RXは、龍騎は、まどかは、ナイトは、かずみは刃を引き抜き、ポーズを決める。

 

 

「オォォォォ! オォォォォオオ!」

 

 

全身から火花をシャワーのように噴出しながら、ダークプルートは両腕を広げた。

 

 

「そんな――、そんな馬鹿な――ッ!」

 

 

そして、ダークプルートは地面に倒れた。

 

 

「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

大爆発。

あたりの地形を吹き飛ばすほどの衝撃が走った。

爆風はまどかがしっかりと結界でガード。

 

 

「やっ――」

 

 

●――――【【【絶 望 連 鎖】】】――――●

 

 

「!」

 

 

●●●●●【【【狂・気・融・合】】】●●●●●

 

 

「認めるカァアアアアアアアア!!」

 

「!」

 

 

切り札であるキングストーンのレプリカが全く通用しなかった。

なぜだ? なぜ、なぜッ! なぜ!?

分からない。忘れよう。この敗北は、忘却だ。ギアはイツトリを取り込み、巨大な歯車に変わる。

そして次元の亀裂の奥へ入り、そのまま龍騎たちから逃走した。

 

 

「力は失うことになるが、別世界に逃げ込み――! 新たな絶望を!!」

 

これは全て何かの間違いだ。

あれだけ圧倒していた参加者が、なぜこんな急に力を。

 

 

「私が負ける理由など――ッ、ある筈がない!」

 

「ギア、お前はまだ自分が負けた理由が分からないのかよ!」

 

「なにっ!?」

 

 

不思議な事ではない。龍騎はギアを指差し、叫ぶ。

 

 

「正義がッ、悪に負けるわけないだろ!!」【サバイブ】

 

 

激しい炎が龍騎を包み、直後、空間が弾け飛ぶ。

そこから姿を見せたのは龍騎サバイブ。

さらにそれに続くように、まどか達も力を解放する。

 

 

【サバイブ】

 

 

風が鎧を青く染める。

ナイトサバイブはマントを翻し、嵐の中から姿を現した。

 

 

「ハァアア!!」「ハァアア!」【アライブ】【アライブ】

 

 

まどかとかずみも叫び、魔力を増幅させる。

概念体、究極(アルティメット)なる女神の姿となったまどか。

さらにかずみもアライブ体へ。服装が紫がかった白いドレスになり、ショートカットの髪がロングに変わる。頭には小さな魔女帽子。

さらに杖は十字架ではなく、十字架を中心から貫いたような杖に変わった。

 

 

「スカーラ・ア・パラディーゾ!」

 

 

かずみが叫ぶと、虹色に輝く道が伸びる。

それは亀裂の中に入り、仮面ライダーと魔法少女をギアと繋げる。

 

 

「行こッ、みんな!」

 

 

かずみの言葉に頷く一同。

ふと、龍騎とRXは目を合わせ、頷きあう。

 

 

「ココはキミが決めろ、龍騎! 俺の力を!」

 

「はいッ! 頼りにしてますよ、大先輩!」【ストレンジベント】

 

 

ストレンジベント。使ってみないと何が起こるか分からないカード――、との説明であるが、実際はその場に一番適応したカードに変わるという代物だ。

絵柄が変わり、ストレンジベントは特定の物を合体させるユナイトベントへと変わる。

 

 

【ユナイトベント】

 

 

するとどうだ。その場にいたRX、ブラック、ロボライダー、バイオライダー。

さらにアクロバッターとライドロンが光となり、出現したドラグランザーに吸い込まれた。

すると変形。ドラグランザーは、仮面ライダー達の力を集結させた、『RXランザー』へと姿を変える。

 

 

「FOOLS,GAMEを終わらせる!!」【ホイールベント】

 

 

変形するRXランザー。バイクモードとなり、そこへ龍騎が飛び乗る。

 

 

「行くぞ皆!」

 

 

龍騎に続き、ナイトもダークレイダーをバイクに変えて飛び乗った。

さらに翼を広げるまどか。かずみも魔法で浮遊し、さらに加えて魔法を発動。

 

 

「メテオーラ・フィナーレ!」

 

 

そして龍騎たちは最後のカードを。

 

【ファイナルベント】【ファイナルベント】

 

 

一同は集まり、一気にスタートする。

 

 

「!」

 

 

後ろを振り返るギア。

するとそこにはリボルケインの光を纏い、突進してくる仮面ライダーと魔法少女が見えた。

 

 

「馬鹿な! 馬鹿なッッ! そんな馬鹿なァアッッ!!」

 

 

いや、おかしな事ではない。

不思議な事でもない。

これは必然である。

 

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

自由のために戦う仮面ライダーが――!

 

愛のために戦う魔法少女が――!

 

正義のため、平和のために戦うヒーローが、ヒロインが!

 

人を傷つけようとする悪党なんかに負けるわけがない。

 

 

「アァッ! ウガァァアァアァアアァア!!」

 

 

も は や 魔 獣 な ど、龍 騎 達 の 敵 で は な か っ た !

 

 

「魔獣がッ! 私が負けるッ!?」

 

 

龍騎たちは光に包まれ、ギアを貫いた。

歯車が爆発し、粉々になった破片に塗れてギアがさらけ出される。

ふと――、前を見る。

そこには、バイクから飛び降りた龍騎が目の前にいた。

 

 

「忘れ物だぜ!」

 

「ヒッ!」

 

 

左手でギアの肩を掴む龍騎。その右手にはランザークロウが。

 

 

「言ったよな! 一発殴らないと気がすまないって」

 

「ま、待て! 落ち着け龍騎! 話し合おう! そうだ! 世界の半分をお前にくれて――」

 

「うるせぇえ! コレで終わりだァアアアアアアア!!」

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

 

龍騎の全てを込めた拳がギアの顔面のど真ん中を捉え、文字通り消し飛ばした。

連鎖するようにギアの体も木っ端微塵に吹き飛ぶ。空間が元に戻り、龍騎たちは採石場に舞い戻る。

さらにギアが死んだ事で内蔵されていたカードが解放され、ほむら達は次々に元の姿に戻っていった。

 

 

「あれ? 私はどうなって……」

 

「ほむらぢゃーんッッ!!」

 

「わ!」

 

 

衝撃、ほむらが横をみると、まどかが涙目で抱きついてきていた。

 

 

「やっだよぉ! わだじがんばっだよぉ!!」

 

「お、落ち着いてまどか。何がどうなって――」

 

 

一方でかずみも同じようにサキとニコに飛びついている。

 

 

「ぼべべーっ! ばんばっばらぼめべーッッ!!」

 

「お、落ち着けかずみ、何を言っているか分からんぞ!」

 

「は、鼻水を私で拭くな! ばっちいぞ! かず――ッ、ぎゃあああ!」

 

 

正直ほむら達からしてみればなんのこっちゃではある。なんだかよく分からないうちに全てが終わっていたというか。

 

 

「どうなってるんだ、秋山」

 

「俺にもよく分からん」

 

「は?」

 

「ただ――」

 

 

手塚と蓮は真司を見た。

美穂に押し倒されて手足をバタつかせている。

 

 

「頑張ったな真司ー。よく分かんないけど頑張ったなー!」

 

「おい美穂! お前どこ触ってんだよ! おいッ! おいて! アッー!」

 

 

間抜けに吼える真司を見て、蓮は小さく笑った。

 

 

「悪くない。この力も」

 

 

そして、蓮はRXを見る。

RXは全てを察したように、ゆっくりと頷いた。

 

 

『まだ終わってないよ』

 

「!」

 

 

しかしそこで白いのと黒いのが。

 

 

『クヒヒハハ! いい感じだぜぇ! テメェらのパワー!』

 

『ああ、まさか魔獣を倒すとはね。そしてその際に見えたエネルギー。あれはボクたちにとってとても興味深いものだ』

 

 

これを有効利用しない手はない。

キュゥべえは赤い目を光らせて一同を見る。

 

 

『どうだろう? 魔獣が死んでもゲームはできるよね。そこでインキュベーター管理下のもと、新しいFOOLS,GAMEを――』

 

「キングストーンッ! フラッシュ!」

 

『うわああああああああ! なんだこの温かく優しいまろやかな光はぁあッ!? 宇宙のエネルギーが無限に満たされていくぅーーッッ! 全部僕が間違っていたぁあああッ、魔法少女の体は全部治したよぉお! 戦いで犠牲になった人たちも皆蘇生させたよぉ、ついでに破壊されたモノも全部戻しておいたよぉ。ついでに北岡の病気も治しておいたよぉ。蓮の恋人もパッチリだよぉ。なんかあとは他のヤツもいい感じになるようにしておいたよぉ。今後も争い起きないようにみんなの精神状態もなんかこういい感じになってとにかくもう乱暴が起こらないようにしたよぉ。もうしないよぉ、みんな友達だよぉ、ありがとう仮面ライダーブラックアールエッくすぅうぅぁぁあああああああああああああああ!』

 

『ボランティアーーーーーーーーッッ!!』

 

 

RXが放つ光に包まれて蒸発するようにキュゥべえとジュゥべえは消えていった。

これにて――! イ ン キ ュ ベ ー タ ー 完 全 消 滅 ☆ !

 

 

「まどかーッ!」

 

「まどかさん!」

 

 

さやかと仁美はまどかに抱きつくと、涙を出して笑顔を浮かべる。

 

 

「ソウルジェム! 出ない!」

 

「じゃあ!」

 

「はい! そういう事ですわ!!」

 

「!」

 

 

太陽のような笑顔を浮かべて、まどかは皆と抱きしめあった。

気づいているだろうか。

そこに、RXの姿はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

南光太郎は喜びを胸に、アクロバッターを走らせていた。

こうして、仮面ライダーと魔法少女の活躍により、また一つの世界が救われた。

 

光太郎一人では、ギアには勝てなかっただろう。それは真司も、まどかにも言えることである。

 

騎士は魔法少女を守り、魔法少女は騎士の心を守る。

 

二つの存在はお互いを支える、まさに最高の仲間なのだ。

 

人は弱い。

だからこそ補いあい、助け合う。

 

他者を思いやる優しさ、そして愛こそが人がもつ最大の武器なのだ。

 

 

しかし、助けを求める世界は他にもある。

運命の戦士を待つ者達はまだいるのだ。

 

戦え! 南光太郎! 救え、ぼくらの仮面ライダーRX!

 

 

「俺は、仮面ライダー!」

 

 

次の世界も――ッ、ぶっちぎるぜ!!

 

 

 

 

                                       おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME End Number『12』 END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女はムクリとベッドから起きると、しばらく抱きしめていたクマちゃんのぬいぐるみをボケっと見つめていた。

 

 

「……夢落ちぃ?」

 

 

しかし、目を見開き、にんまりと笑う。

 

 

「――じゃ、ないよね!」

 

 

少女はドタドタと階段を降りてリビングに向かう。

 

 

「おはよう! グッドモーニング! お母さんッ!」

 

「おはよう、ご飯食べる?」

 

「うん! パンちょうだい!」

 

『フルーラ! 今日はご主人様のために宇宙の藻屑となった生命体をサルベージするよ!』

『まあ、楽しそうねゼノン! 黒いのと白いのを探せばいいのね!』

『ああ! 広い砂浜の中でゴマを探す作業と思ってもらえばいいよ!』

『最悪ね! うちの主人は闇よりも真っ黒だわ!』

 

 

テレビの中ではカラフルな髪をしたアニメキャラがはしゃいでいる。

あれはフィクションだが、もしかしたら本当にどこかの世界であの主人公とヒロインが存在しているパラレルワールドがあるかもしれない。

だから、あのアニメは現実かもしれない。そう思うと、少女はますます笑顔になる。

だって、そしたら、あの夢は――

 

 

「遊びに行ってくるね!」

 

「もう、パン咥えたままで。もうすぐ中学二年生なんだから、もっと落ち着かないと駄目よ?」

 

「えへへ、気をつけまーす!」

 

 

少女は家を飛び出し、友達のところへ。

 

 

「アヤちゃーん! 遊びにきたよー!」

 

「あ、おはよう! 待ってて、今準備するね」

 

 

今日は映画を見に行く約束だ。

二人は並んで町を歩き、もう一人の友達を迎えにいく。

その途中、アヤはニコニコしている少女に気づいた。

 

 

未来(みらい)ちゃん。今日はなんだか嬉しそうだね」

 

「うん! 夢を見たの。とっても幸せな夢!」

 

「本当? 最近悪夢を良く見るって言ってたから心配してたんだ」

 

「そうなんだよぅ。でもね、大丈夫! もう大丈夫なんだよ!」

 

「どうして?」

 

「みんな幸せそうに笑ってた。みんな楽しそうに笑ってた。今度一緒にイチゴリゾット食べに行くって言ってたんだ!」

 

「イチゴ? お、美味しいのかな?」

 

「わかんない! でもね、みんな笑顔で食べればきっと美味しいよね!」

 

「うん! だね! あ、でもあの人は? 夢で怖いトンボのお化けに襲われてるときに、助けてくれた人!」

 

「うん! 笑ってたよ!」

 

 

満面の笑みで、未来は言った。

 

 

「一番楽しそうにまどかちゃんと笑ってた。だからね、もう大丈夫だね!」

 

 

笑い合い、歩いていく未来とアヤ。

それを――、門矢士は見ていた。

 

 

「……フッ」

 

 

 

小さく笑うと、士はシャッターを切る。

満面の笑顔を浮かべている未来の背中をカメラに収めると、士はマシンディケイダーを走らせ、次の世界に向かうのだった。

 

 

 



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10月3日

10月3日は鹿目まどかさんのお誕生日ですね。おめでとうございます!(10月4日)
お祝いっていうか、まあちょっと明るい話をね、更新しました(10月4日)

この場所に投降したっていうことはそういうことで、まあいろいろそういう要素(主に人間関係面)が、出てくるので(10月4日)
あくまでもネタバレとかは気にしない人だけ見てもらえたらなと(10月4日)

※追記

ちょっと内容抜けてたところがあったので、加筆しました。


「まどか、お誕生日おめでとう」

 

「ありがとうお姉ちゃん!」

 

「鹿目さぁーん! 本当におめでとー」

 

「えへへ! マミさんありがとうございます!」

 

「お誕生日おめでとう、まどか」

 

「ふふふっ、ありがとう。ほむらちゃん」

 

「いやぁー、マジでめでたいですよねぇ。世界でこれ以上、めでたいことなんてないんじゃないかな!」

 

「巴先輩、こちらお使いになられますか?」

 

「うん、ありがとう志筑さん。わ! すごい! ふかふかね!」

 

「あ、いいよお姉ちゃん。ベッド座って」

 

「あぁ、すまない」

 

「美樹さやかもうちょっと詰めて」

 

「ほいほい」

 

「マミ! サキ! ほむら! まずはさっそくコレを食べるのです! チーズがたっぷり入ったピザなのです!」

 

「わあ、おいしそう! でもそうね、まず手を洗わせてもらってもいいかしら?」

 

「あと、あれ……、これって、先に、か……?」

 

「あ、いえ、皆さんが集まってからという風になってますわ」

 

「わかった了解だ。じゃあ行こう」

 

「ええ。ほいッと!」

 

「……ふっ」

 

「暁美さん、なに、今なんで笑ったのかしら?」

 

「いえ、ちょっと……、ふっ! 今の立ち上がる時の声が……」

 

「ち、ちがうの! ちがうのよ! 今のはクッションがすごい低反発だったから、お尻が沈んで、気合を入れないと立ち上がれなくて…!」

 

「そういうことにしておいてあげるわ」

 

「うぅぅぅ!」

 

「あははは! かわいいなー、マミさん!」

 

「そういえばお姉ちゃんもこの前、立ち上がる時にどっこらしょって」

 

「ふふっ、駄目ですわよまどかさん。怒られますわ」

 

「仁美ぃ」

 

「あら? どうしたんですの?」

 

「冷蔵庫にあるマスカルポーネティラミス、もう一つ食べたいのですぅ……」

 

「うーん、ここで食べ過ぎてしまうと夜が食べられなくなってしまいますわよ?」

 

「それなら問題ないのですっ! チーズは別腹なので!」

 

「別腹が埋まっちゃうじゃん。やめときな、なぎさ。スーパーのティラミスもおいしいけど、やっぱりウォールナッツの本格的なヤツはもっとやばいって!」

 

「そうだね。この前、食べたパフェもすごく美味しかったし!」

 

「それもそうですね……、では今はやめておくのです!」

 

「ただいまぁ。じゃあ早速! んー! おいしー!」

 

「……うまッ!」

 

「ぶはは! ほむら今の顔やばいって!」

 

「うん、美味いな。久しぶりに宅配ピザを食べた」

 

「最近のは冷めても美味しいんですよ」

 

「本当に? どうしよ暁美さん。明日頼む?」

 

「ええ、いいわね。まどかチラシある?」

 

「うん! ちなみにわたしのおすすめは、このお肉のやつ! ハーフにすれば違う味が注文できるんだ」

 

「ガーリック系もマジでうまいよね。ま! 食ったらしばらく恭介とキスできないのが残念なんだけど! ぶはははは!」

 

「もー、さやかさんってば、おじさんくさいですわよ!」

 

「おじさんだもの。ところで仁美、杏子は?」

 

「いやおじさんではな――」

 

「佐倉さんとゆまちゃんは、まどかさんのお父様とタツヤくんと一緒に買い物に行きました。もうすぐ帰ってくると思いますわ」

 

「昨日は確か家族で先にお祝いを?」

 

「うん。今日はみんなが来てくれるっていうから」

 

「とすると……、大丈夫か? 少し静かにしたほうが――」

 

「あはは! 正解だけど大丈夫。防音だし、ママは一回寝たらちょっとやそっとじゃ起きないよ」

 

「なら、いいが……、ちなみにどれくらい……?」

 

「赤を二本。本人はまだまだいけるって言ってたけどパパに止められちゃった」

 

「あ、相変わらず恐ろしい人だな」

 

「ワイン二本ってすごいの?」

 

「まあ、すごいほうだと思うが」

 

「あー、でもあれじゃん。あたしたちもまだ時間かかるけど酒飲めるようになったんじゃん。くぁー! 楽しみですなぁー!」

 

「そうね。ブランデーとか飲んでみたいわ。おしゃれだし」

 

「ふふふ、暁美さんには似合いそうね。私は紅茶のお酒もあるって聞いたからそれ飲んでみたいかも」

 

「サキさんはやっぱりビールでしょ! 仁美は……、シャンパンだな」

 

「美穂のせいだ。私もシャンパンが似合う」

 

「ごめんごめん。ってかさ、酔ったら変わる人とかもいるらしいね」

 

「すぐに寝ちゃったり泣いちゃったりするんでしょ? 怒る人もいるみたい。鹿目さんがそれだったら嫌だわぁ」

 

「まどかにブチ殺すって言われたら立ち直れないよね実際」

 

「……くふっ、たしかに」

 

「やめてよさやかちゃん! ほむらちゃんも笑わないでっ!」

 

「すぐにキスする人もいるらしいよ。さやかちゃんがそれかもーっ!」

 

「わあ! きゃはは! やめてさやかちゃん」

 

「そうよやめてさやか。今すぐまどかから離れなさい。汚れるでしょ」

 

「汚れるか!」

 

「うぃーっす! たっだいまー」

 

「あ、おかえり杏子ちゃん!」

 

「おっそい! お菓子とジュースはやく!」

 

「うっせーぞさやか! つかおい! んなことより追加のピザが届いたんだよ!」

 

「待ってました! って、あ!? 空ですけど!」

 

「ああ。さっき全部アタシが食った!」

 

「なにやっとんじゃーッ!」

 

「るせーるせー、詫びに追加でポテトとナゲット買ってきてやったから黙ってろ」

 

「杏子様ちゅき! って、あれ? マスタードソースないじゃん! 杏子嫌い!」

 

「あぁ? よく見ろよ、入れてあるって」

 

「え? あ、マジだ。ごめんね杏子様! やっぱりちゅき!」

 

「まず待てだ。一番初めに食うのは、まどかだ」

 

「ふふ、ありがとう杏子ちゃん。でもわたしは平気だよ。ところで、ゆまちゃんは?」

 

「もうちょっとタツヤと喋るってさ。すぐコッチ来るとぐずっちまうかもしれないから」

 

「あら、タツヤくんもコッチに来てもいいのに」

 

「だね。でもこんな魅惑的なおなごに囲まれたらさすがにタツヤも悩殺されちゃわないっすか~?」

 

「ただいまー!」

 

「おかえり。ゆまちゃん、タツヤは?」

 

「つかれたから、おねんねだって!」

 

「ゆまちゃん! ナゲットがあるのです! さっそく一緒に食べるのです!」

 

「うん! なぎさちゃん! いっしょにたべよ!」

 

「あぁぁああぁああぁ」

 

「ぎゃああああああああああ!」「わあああああああああ!」

 

「ひぃあああああああああ!!」「きゃああああああああ!」

 

「……自分も、うす、食べるす」

 

「ベッドの下からにゅっと出てくんな!」

 

「普通に入ってこれねーのかテメェは!」

 

「い、いつからいたのニコちゃん!」

 

「佐倉の後ろに張り付いて普通に入ってきたよ。透明にはなってたけど」

 

「なんなよ! なんの意味があんだ!?」

 

「素敵なサプライズ。おめでとう鹿目まどか。生まれてきてくれてありがとう」

 

「うんっ! ありがとうニコちゃん!」

 

「プレゼントあるんだけど今? 後で?」

 

「後でだって」

 

「了解。あー、ナゲットうまー」

 

「そうだ。プレゼントとは別にコーヒーあるんだけど飲む?」

 

「ほむほむありがとなガチで私のために」

 

「はいはい。まどかお湯もらっていい?」

 

「うん。ちょっと待ってて」

 

「いい、いい、まどか私が取りにいく」

 

「え? でも」

 

「主役はそこで座ってろ」

 

「サキさんサンキュー、頼むわ」

 

「おや、また誰か来ましたわ。行ってきます」

 

「ごめんね仁美ちゃん!」

 

「さやか、水」

 

「ゆまも!」

 

「なぎさも欲しいのです!」

 

「――ッ、ッッ、~~……。仕方ない、待っとれよ」

 

「まっどかちゃーっん!」

 

「あやせちゃん!」

 

「好きーっ☆」

 

「いてぇ! おい踏まれたぞ!」

 

「ごめーん♪ まどかちゃんお誕生日おめでとっ!」

 

「ありがとう!」

 

「うんっ! 今年もよろしくねぇ!」

 

「新年かよ」

 

「まどかさん。誕生日おめでとうございます」

 

「うん、ルカちゃんもありがとう」

 

「かわってールカちゃん!」

 

「あやせさん。どこへ座られます?」

 

「んー、まどかちゃんのお・膝・の・う・え♪」

 

「だる」

 

「やめてその声のトーン! 好きくないっ!」

 

「いいですよ。はい、どうぞ」

 

「やたーっ!」

 

「チッ!」

 

「でちゃったねぇ、本気の舌打ち」

 

「ちょっと佐倉さん食べるの早すぎ!」

 

「えー? あー、まあ」

 

「私にもそれちょうだい。あーん」

 

「え? いや自分で……、ったく、仕方ねぇな。ほら」

 

「んん、おぃひぃ!」

 

「巴さんこっちのソースのも食べる?」

 

「暁美さんも食べさせてぇ」

 

「はいはい。どうぞ」

 

「あーん。んーっ!」

 

「マミちゃん飼育員に餌をもらう豚さんみたいでかわいいね♪」

 

「ティロ――」

 

「おマミ! お待ち!」

 

「あー、なんか食ってたら寝ころびたくなってきた。まどかベッド借りていい?」

 

「うんいいよ」

 

「うわー、すごいねまどか。あたしそういうの無理だわ」

 

「アンタも前に寝ころんでたろ」

 

「他人のベッドはやるけど、あたしのに寝られるのはちょっと」

 

「わたしも知らない人とか、男の人だったら少し抵抗あるけど、みんなだし」

 

「あー、ココロに染みるねその言葉。ってサキさんちょい邪魔」

 

「………」

 

「おこんなおこんな。優しくケツを撫でてやるから」

 

「いらん!」

 

「あー、落ち着くわぁなんか」

 

「えーっ、いいなぁわたしも寝たいーっ!」

 

「いいよ」

 

「やったぁ! うーん、いい寝心地……!」

 

「いろんなところ擦り付けてマーキングしておこう」

 

「おっけぇい♪」

 

「やめろ! アタシも寝てんだぞ! 変なことするんじゃねぇ!」

 

「仁美これそっちやれる? うん、さんきゅ。てか、は? 待って、このコーヒーうまくね?」

 

「本当ですわ。とてもいい香り!」

 

「そう言ってもらえると嬉しいわ。いろいろ試してみて好みのブレンドを見つけたの」

 

「黒豆汁」

 

「……なん――っ、は? いやまあそうだけど、何?」

 

「あ」

 

「私が行きますわ」

 

「そうだ。あやせ、アンタこの前、ゆまにぬいぐるみあげたんだってな」

 

「うん。たいせつにしてるよ。ありがとうあやせお姉ちゃんっ!」

 

「ほんとうに? ありがとねゆまちゃん。また新しいの出たらあげるね――……、まったく、あやせは買いすぎです。ゆまちゃんが喜んでくれるならいーの」

 

「なぎさもほしいのです!」

 

「いいよー、今度おうちに遊びに来て。いろいろあるから」

 

「会長!」

 

「あ、来たねぇ♪ キリカちゃーん☆」

 

「どうも、こんにちは」

 

「ぉほぉー! 織莉子様! 今日もお美しいーッ!」

 

「美樹さん。なに今の声っ!」

 

「まどか、誕生日おめでとう」

 

「まどかさん。お誕生日おめでとうございます」

 

「うん! ありがとう二人ともっ!」

 

「織莉子、キリカ、コーヒー飲む? おすすめよ」

 

「あら、本当? じゃあ頂くわ」

 

「ぼむらぁ、鬼甘くしてくれよ」

 

「わかってる。待ってて」

 

「織莉子さん。この前の香水ありがとうございました。すごくいい匂いでした。いいんですかあんなに」

 

「叔母さんからもらったものだから気にしないで」

 

「ごめんちょっと下ネタ言っていい?」

 

「ダメに決まってるだろ! どういうタイミングだよ!」

 

「ちんこ」

 

「いや、お前が言うのかよ! ぶはははは!」

 

「ふはははははは」「きゃははははは」「ひひひひ!」

 

「お、揃ってるな魔法少女」

 

「こっちは完成だよ! って、どうしたの!? 何か面白いことあった?」

 

「い、いや……! ひひひひひ!」

 

「も、もうっ! まどかさんのお誕生日ですわよ!」

 

「仁美も言うてみ。ほら、一度言うてみ」

 

「ニコさん!」

 

「え、ちょっと待ってニコ。仮に仁美が言ったとして、それ中沢に売りつければお手軽に儲けることができるんじゃね?」

 

「ありや。100万くらいなら出しそう」

 

「はいはいおしまいおしまい! じゃあみんな集まったし……」

 

「まどかちょっとだけ目を瞑っててくれ」

 

「うん! えへへ、なに? 楽しみ」

 

「はい、はい、ほい。おっけ。じゃあ、改めてせーっの!」

 

 

「「「「「「「「「「「「「「お誕生日おめでとー!」」」」」」」」」」」」」

 

 

「わぁー! ありがとうみんなーっ! とっても嬉しいなぁ!」

 

「あぶね! クラッカーの紐がもうちょっとでピザに!」

 

「パンって大きくてっ、びっくりしちゃった!」

 

「ふふん、ゆまちゃんはまだまだお子様ですね! なぎさはビクンってならなかったですよ!」

 

「なぎさ、お前、口の周りバーベキューソースでエグイことになってる」

 

「ぐむむうぐ! ゆ、ユウリ! 吹いてくれるのはありがたいのですが、雑なのです!」

 

「うふふふ! それにしてもビクンッてなってる織莉子さんとってもキュートだったわ」

 

「と、巴さん……、見てたの」

 

「さて、そろそろメインディッシュといこう。まずはこのユウリ様のプレゼントはこれ、特性バースデーケーキ!」

 

「わたしもちょっと手伝ったよ! で、わたしからはこれ! アトリ一年間無料チケット! 好きなもの食べに来てね。心を込めて作るから!」

 

「すげぇじゃん! かずみ! アタシの時もそれくれ!」

 

「まどかだからあげるの! 杏子が持ってきたらお店の食材が全部なくなっちゃう!」

 

「二人ともありがとう! ケーキもすっごく美味しそうだね!」

 

「変態はスイーツ作るの上手いからな~」

 

「呉キリカ、そのあだ名はやめろって前に言ったよな! だが……、まあ、最高に美味いのは事実だから期待するがいい」

 

「歌でも歌う?」

 

「「「「~~~♪」」」」

 

「ふぅーっ!」

 

「ぱちぱちぱち!」

 

「えへへ」

 

「よし、じゃあ蝋が垂れるとアレだから蝋燭は抜いてと」

 

「お任せを」

 

「す、すごいわねルカさん。狂いなく十五等分に……」

 

「形が四角いので切りやすいです」

 

「あぁ、まどかの顔がバラバラに」

 

「写真撮ってあるから大丈夫」

 

「このまどかさんの形をしたお人形も食べれるんですの?」

 

「もちろん。それも当然ユウリ様特性だから美味いよ」

 

「ゆま食べたい!」

 

「な、なぎさも……」

 

「じゃあ分ければいいじゃねぇか。ほれ!」

 

「あぁ、まどかの顔が!」

 

「ん? どうした恩人。顔が青いぞ」

 

「い、いえ。大丈夫よ呉さん。ちょっと過去が……」

 

「あれは時効なのです。んー! おいひぃでふぅ!」

 

「うわ! ケーキうまっ! やるじゃんユウリ」

 

「確かに。ほむらが持ってきてくれたコーヒーと合うな」

 

「あ、まどか、ちょっと待て」

 

「?」

 

「今からフォークに変身するからアタシで食え」

 

「……へ?」

 

「おい待ってくれよユウリ様。どんなプレイだ」

 

「ほざいてろ神那ニコ。いくぞ、まどか!」

 

「えッ、う、うん! いただきます! うん! ん! すっっっごく美味しい!」

 

「あぁ……、感じるぅ、まどかの舌の感触ゥ……! アタシの体にッ、歯が……! 当たる!」

 

「気色悪い女……あー、でもケーキあまー、うまー!!」

 

「本当! もうプロね!」

 

「このミルククリームのコクは……?」

 

「織莉子さんもケーキ作るんですよね」

 

「え、ええ。でもこれはその、レベルが違いすぎて……」

 

「おかわりー♪」

 

「あんな見た目なのに……、本当に美味しいわ。うぅぅ」

 

「織莉子も見習わないとダメダメだ! とくにスポンジが――」

 

「キリカ! それ以上は! めっ!」

 

「織莉子もあの恰好すれば上手く作れる説」

 

「死んでも嫌」

 

「失礼だぞ」

 

「もー! わたしも手伝ったんだよっ! ほめてほめて!」

 

「かずみちゃんえらい」

 

「ありがとー、まどか!」

 

「かずみちゃん、かわいい!」

 

「やだぁ、さやかってば!」

 

「かずみちゃんえっち!」

 

「えへへ、へへへへ!」

 

「かずみちゃん! か……、かずッ、か――ッ」

 

「……もうないの?」

 

「冗談だって」

 

「何回も見てんのに、いまだにマミがコーヒー飲んでるの見ると違和感感じちまう」

 

「わかる。ってかなんか、えっちだよね」

 

「ど、どういうことだよ」

 

「ほむらと同居してるから価値観が上書きされた感じで……、ひゃー!」

 

「言い方! それに別に昔から飲むときはあったわよ!」

 

「ちょっとわかるかも。仁美ちゃんが怪獣映画の話してるのとかすごい新鮮だよね」

 

「いろいろな世界に触れるのは新鮮ですわ」

 

「この前もなぎさと一緒にプリキュアの映画にいったのです!」

 

「あー、なるほどな。そういう意味でいうと、さやかがクラシックの知識をひけらかしてくるのがウザくて仕方ねぇ」

 

「あるな。ある。それはある。大いにだ」

 

「申し訳ねぇ杏子サキさん! かぁー! 変えられちまったかならなぁ! くぁー! もうあたしの感情はクレッシェンドでフォルティシモなんですよ!」

 

「この音楽用語を擦る感じがまた……!」

 

「しかしさて、お喋りも楽しいがユウリとかずみはもう渡したことだし、美味しいケーキを食べながら私たちも順番に渡していくか」

 

「ありがとう、開けてみてもいい?」

 

「もちろん。これから貰うものは全て開けてくれ」

 

「あら、いいじゃない。ドライヤー?」

 

「そう。この前、テレビでやってるのを見てね」

 

「ありがとうお姉ちゃん! しかもこれママが欲しいって言ってたやつだ!」

 

「本当かい? ならちょうど良かった」

 

「へぇ、すごいんだ。どこのメーカー? 個人的に買っちゃおうかなぁ? あぁでもでもこれ以上かわいくなっちゃったら淳くんが獣になっちゃう! きゃーっ!」

 

「………」

 

「無視はやめてよっ!」

 

「次はなぎさです! まどか、どうぞ!」

 

「ありがとう。これは……チーズ!」

 

「なぎさのお気に入りです。ほっぺが落ちちゃうほど美味しいのですよ!」

 

「ありがとう。楽しみだなぁ」

 

「チーズといえば、ユウリからもらったあのチーズ。あれは何? 人を殺す以外の使い方がわからないんだけど」

 

「削るんだよ。おい、おほむ、お前まさかそのままいったの?」

 

「……まさか。馬鹿にしないで」

 

(((いったなコイツ)))

 

「鹿目さん。私からはね、これ!」

 

「ありがとうございますマミさん。紅茶ですか!」

 

「ええ。海外のやつでね、王室とかでも飲まれてる凄いやつなの。それがいくつかセットになってて、私も飲んだんだけど、本当に美味しかったから」

 

「わあ! すごい楽しみです!」

 

「王様だって。まどかに相応しいね」

 

「ちょ、ちょっとかずみちゃん。褒めすぎだよ。てぃひひ」

 

「まどかさん。私からはこれをどうぞ」

 

「うわっすごい! これ、なんだろ……! あ、傘だ!」

 

「はい。まどかさんという傘が私たちを雨から守ってくださったんですから」

 

「オシャレだねぇ。ん? どうした杏子?」

 

「やべぇって……! 仁美の後かよ!」

 

「あ!」

 

「ち、ちなみにいかほど……」

 

「あまり高すぎても困るでしょうし、お安いですわよ」

 

「なーんだ、びっくりさせな――」

 

「五万円です」

 

「高いわ!」

 

「でもプレゼントは気持ちよ。何を持ってきたの佐倉さんは?」

 

「……りんご」

 

「ぎゃはははは!」

 

「嫌な笑い方」

 

「ありがとう杏子ちゃん。とっても嬉しいよ。そのまま食べてもいいし、ジャムにして一緒に食べようね」

 

「……天使じゃん」

 

「女神なのです」

 

「なーる」

 

「でもよかったわ、見て佐倉さんのあの嬉しそうな顔」

 

「ゆまもゆまも! まどかお姉ちゃんに喜んでほしくて一生懸命えらんだよっ!」

 

「本当に? ありがとうゆまちゃん」

 

「これっ! あげるねっ! ゆまだと思って大切にしてねっ!」

 

「わあ! かわいいぬいぐるみ! ありがとう。今日から一緒に寝るからね!」

 

「うんっ! えへへ、えへへへへ……!」

 

「なんかこれさ、やっぱりまずぬいぐるみ候補にして、そっから読みあい発生するよね」

 

「なるほどな。たしかに。王道であるが故にか」

 

「そうそう。なるべく被らないマウント取りたくなっちゃうというか」

 

「被ってもいいじゃないか、ねえ会長!」

 

「うんっ! まどかちゃん! わたしたちもこれ! ぬいぐるみ!」

 

「こ、これって!」

 

「そう。我らがうさぎいも同好会ならば説明は不要! 2021サマー限定、犬バージョン! 『れとりぃばぁメークイン』と、『ぷぅどる紅はるか』バージョン!」

 

「す、すごいです! こんなレアなのっ、い、いいんですか!?」

 

「ふふふ、モッピーのその驚愕に打ちひしがれた顔を見れただけでも十分さ。ねえ会長」

 

「うんっ、予約サイトに張り付いた甲斐があったね☆」

 

「普通にきもくね?」

 

「……すぞ」

 

「こわい」

 

「間違ってはないよニコ☆ でもこの気持ち悪さがいいんじゃない♪ じゃあはい交代ねルカちゃん……。私からはコチラをどうぞ」

 

「すごい、これ和紙?」

 

「はい。ラッピングペーパーとしてはおしゃれでしょう?」

 

「あ、すごい! きれい……!」

 

「江戸切子のグラスです。まどかさんと、ご両親、弟のタツヤくんのものを用意しました」

 

「ありがとうございますっ! すごい! これで飲むのすっごい楽しみ……!」

 

「う、嬉しい、ですか?」

 

「はい!」

 

「……ふふっ」

 

「師匠、かわいい」

 

「美樹さん」

 

「はーい、もういいませーん!」

 

「人形っていえば私もなんだ。受け取ってくれまどか。ニコちゃん人形だ」

 

「いッッッ!」

 

「おい誰だ今の。聞こえてるぞ」

 

「すごい! ニコちゃんだ! かわいい!」

 

「世界に一つだけしかない。ほら、背中のボタンを押してごらん」

 

「うん! どうなるの?」

 

『ニコちゃんだよ! ニコちゃんだよ!』

 

「らッッッ!」

 

「おいやめろ。人のプレゼントだぞ。なん……、なんだ? おい空気悪いな」

 

「かわいくていいと思うなっ、こっちのほうのボタンを押すとどうなるの?」

 

「高見沢のいびきMP3が再生される」

 

「いらねぇだろ! なんのためだ!?」

 

「冗談だよ。流れるいびきはニコちゃんのだよ」

 

「なーんだ。そっかぁ――……とはならんだろ!」

 

(まどかのおかげで眠れるようになったよという素晴らしいメッセージなのに)

 

「あれ? ニコちゃん、こっちのは」

 

「ああ、キュゥべえ缶ぽっくりな。まどか先輩にあげて」

 

「ありがとう先輩も喜ぶよ」

 

「つーか、さやかは何を持ってきたんだよ」

 

「そうそう。人のプレゼントにケチをつけて――」

 

「いやあれはケチつけるだろ」

 

「え? なに杏子、この流れでお前味方じゃないとかマ?」

 

「はいはい杏子ぉ、よくぞ聞いてくれました」

 

「CD?」

 

「そう。恭介がまどかのためだけに作ってくれた曲に、あたしの歌を入れました」

 

「………」

 

「みんな何よその目は」

 

「これさ、私たまたまその場にいたんだ。織莉子とか相棒を待ってる時に出くわして」

 

「ああ。先に聞いてるってわけ」

 

「いや、正直、予想を裏切られたよ」

 

「ほら! 言ってやってよ呉の姉貴!」

 

「これが、見事ッにいらんのよなぁ。……歌の部分が」

 

「おい」

 

「はははは! 予想通りじゃん!」

 

「気になるね。ユウリ様に聞かせてよ」

 

「今ちょっと歌うとかできる?」

 

「……YO、YO、まどかとあたしは、親友、昨日の明日に、シーユー」

 

「もうやめよう。誰も幸せにならない」

 

「なんでさ!?」

 

「何回聞いても歌の部分がいらんやつや」

 

「はい怒りまーす!」

 

「ありがとうさやかちゃん。今度一緒に歌おうね!」

 

「懐がふけぇ。あー、まどかって本当に優しいわ!」

 

「次は私なんですけど……、ちょっとごめんなさい。廊下に置いてあって」

 

「任せて織莉子! 私がとってくるよ!」

 

「あ、ごめんなさい。ありがとうキリカ」

 

「どぅわ! な、なん――ッ! あ、わかった! なるほど!」

 

「すごいわ! 織莉子さんが書いたの!?」

 

「はい。これ、まどかさんの肖像画を描いたんですけど」

 

「すごいが……、でかいな!」

 

「つうか、自分の部屋に自分の肖像画はまずくないか」

 

「えー、いいじゃん。なんだったら、わたしが欲しいなぁ♪」

 

「それなら私だってほしいわ。ねえ巴さん。リビングに飾りましょう」

 

「えー、いいなぁ! それならあたしもほしい! ずっと一緒にいたいし」

 

「わたしもまどかと一緒がいい! お店に飾ればお客さんもたくさん来てくれそうだし!」

 

「あら、オークションが始まりますの? 出しますわよ、出せるだけ」

 

「ひぇ」

 

「もう、織莉子さんからもらったんだから、ちゃんと飾るよ。ほら、そこの壁をちょっと片付ければ大丈夫だから」

 

「ありがとうまどかさん。感謝します」

 

「次もう一度、私、いいですか? 実はクラスメイトの皆さんからも、プレゼントがありますの」

 

「えー! 本当に!?」

 

「はい、こちらですわ。寄せ書きと、皆さんが協力してくれて購入した最新型のノートパソコンです」

 

「すげぇ、マジで神やがな。クラスの陽キャとかそういうレベルじゃないって」

 

「まあ、まどかいなかったら実際やばかったしね~!」

 

「パソコンにしようといったのは海老名さんのアイディアですわ」

 

「そっかぁ。うん、ありがとう。今、お礼送ろうっと」

 

「うわ、すご、すぐ反応きた!」

 

「えー、なんかちょっとヤダな。クラス全員で一人の誕生日祝うとか青春すぎるわ。わかるだろ双樹」

 

「陰代表みたいにいうのやめてよ! 好きくないよそういうのっ!」

 

「命を救ってもらったからというのもあるだろうね。その心の移りは決して悪いものではないと思うけど」

 

「まどかだから、ってのもあんだろうな。アタシやユウリじゃ絶対ムリだったぜ」

 

「いやアタシはいける」

 

「なんでそこで張り合おうとするですか」

 

「あと、まだあるんですの」

 

「まだ!」

 

「コネクト!」

 

「うぉ!」

 

「おお! 偉大な女神(デエス)! 生誕祭! おめでとうございます!」

 

「……おめでとう」

 

「タルトちゃん! 鈴音ちゃん! ありがとう! 来てくれたんだね!」

 

「もちろんではありませんか! デエスのためならばたとえ火の中! 水の中!」

 

「あの子のスカートの中?」

 

「ぴかちゅぅ!」

 

「出ました。女がやる浅いモノマネ、しんちゃんと並ぶ第一位!」

 

「浅かったなぁ、今の師匠のクオリティ」

 

「ちょっと! 真面目にやりましたけどっっ!」

 

「ふふっ、ふふふふ!」「くくく! くひひひ!」

 

「あはははははははははは!」

 

「ははは……おい鈴音言ったよな。友達のことゴミを見るような目で見るなって」

 

「それで、ジャンヌ様はどんなプレゼントを?」

 

「はい! デエスの素晴らしさを紙に認め、書籍にしました!」

 

「辞書じゃん」

 

「フランス語ではなく日本語で書いてありますのでご安心ください! 海香様のお手伝いもあるので、おかしなところはない筈ですっ!」

 

「ありがとうタルトちゃん。じっくり読むねっ!」

 

「私は、これ、お守りを……」

 

「うん。ありがとう」

 

「これから先も、あなたの人生がよりよいもので、幸せに満ち溢れるように。祈りを込めたわ」

 

「ありがとう。幸せだよ。みんながいれば」

 

「わたしも幸せでございますデエス。そしてこれは時空を超えた魔法少女たちからです」

 

「これブルーレイ?」

 

「はい。中にはみんなのお祝いメッセージが撮影されてます。6時間くらいありますのでポップコーンを片手にごらんください!」

 

「うん。まんげつ荘の皆にありがとうって伝えておいて」

 

「お任せください! それでは失礼しますっ! いきましょう鈴音さん!」

 

「……ええ。じゃあ、また」

 

「さて、と。これで後は貴女だけね、ほむらさん」

 

「そうだね。ほむらはどんなプレゼントをあげるの?」

 

「りんごとかだったらどうする?」

 

「アタシのをいじんなよ!」

 

「ごめん」

 

「いいよ」

 

「……私は、これを」

 

「わあ、すごい。時計だ! ありがとうほむらちゃん!」

 

「……ほむらさん。なぜ、それを選んだのかしら? 聞いても?」

 

「私たちは……、時間を超えた。それでもまた今こうして、同じ時の上に立ってる。これから先、私たちは同じ時間を歩んでいける。それを忘れないために。それを一緒に刻むために」

 

「……うん」

 

「たとえその時計が止まったとしても、次の誕生日に、新しい時計を買ってあげる。もしもその時計が止まっても、また……」

 

「うん。本当に、ありがとう」

 

「うぅぅぅ」

 

「おいマミ、ばか! 主役より先に泣くやつがあるか!」

 

「湿っぽいのはナシにしよう! せっかくの料理が湿気る。ほら、かずみが持ってきた料理もまだ残ってるんだそれを今から食ってやろう!」

 

「もぐもぐもぐ!」「あぐあぐあぐ!」「むしゃむしゃむしゃ!」

 

「……待って。待って!」

 

「ばくばくば――……え?」

 

「ごめんなさい。もう一つ、もう一つだけ……! プレゼントをあげたいの。今思いついたから、これから用意しないとダメだけど……」

 

「いいよ。なに?」

 

「写真」

 

「!」

 

「みんなで一緒に、写真が撮りたい……!」

 

「うん! わたしも!」

 

 

 

「ごめんね真司さん!」

 

「ああ、いいよいいよ! ぜんッぜんオッケーだから」

 

「うんありがとう!」

 

「はいじゃあみんな、並んで!」

 

「んー、どう並ぶ?」

 

「やはり、まずは主役であるまどかが中央に来てだな」

 

「ゆまちゃんとなぎさちゃんは前にしましょう」

 

「しゃがんで……、えーっと、まどかは座るか」

 

「じゃああとは鹿目さんを囲むようにでいいんじゃないかしら」

 

「まどかちゃんの隣は、わたしに決定♪ 一番かわいいし、まどかちゃんの親友だし、ぴったりでしょ☆」

 

「もうひとつはユウリ様に決まりだな。スター性の意味を含めて」

 

「ブチのめすぞ、アタシに決まってるだろ。アンタらみたいなアホな理由じゃなくて、もし撮影中にまどかに何かあったらどうんだ。テメェら守れるのか? アタシならぜってー、まどかを守れる」

 

「何かあるわけないだろ。脳みそプリンにでもなった?」

 

「すいませーん、ゲームはじまりそうでーす」

 

「落ち着けお前たち! ほむらの意見を聞こう」

 

「そう、そうね。それはやっぱり、右には仁美、左にはさやかじゃない?」

 

「おー! わかってんじゃない、ほむほむ!」

 

「ありがとうですわ!」

 

「キミは……、いいのか」

 

「まあ、昔はね」

 

「?」

 

「今は、誰の隣でも幸せよ。もちろん貴女の隣でもね。サキ」

 

「……嬉しいことを言ってくれる」

 

「はい、じゃあ撮るよー!」

 

「うん! こっちはおっけー!」

 

「はい、は……、は!?」

 

「どしたの真司さん!」

 

「やべッ、充電ない。あっ、え!? やばい! 壊れた! マジか……! 最悪だ! これ編集長のなのに! いや待て、じゃあこれって俺のせいじゃなくて編集長のせいじゃない!?」

 

「ははははははは!」「ひーひひひひひ!」

 

「……ふふっ、ふふふふ!」「はは……、はははは」

 

「あはははははは!」

 

「な、なんだよみんなして!」

 

「あはははははは!」

 

「まどかちゃんまで! ちょ、ちょっと待っててくれよ!」

 

 

 

「まどかちゃん!」

 

「いろはちゃん!」

 

「お誕生日おめでとう! 本当は夜に渡すつもりだったんだけど」

 

「ううん、早くもらえて嬉しい! 中見てもいい?」

 

「うん、どうぞ。気に入ってもらえると嬉しいんだけど」

 

「なにかな? なにかなっ?」

 

「かわいい下着があったからそれにしちゃった!」

 

「えっ」

 

「えっ?」

 

「え……ッ!」

 

「え?」

 

「あッ」

 

「へ? お、おかしいかな?」

 

「江戸」

 

「え? なに神那さんっ?」

 

「大江戸」

 

「???」

 

「えっちじゃね?」

 

「えぇ!? そ、そうかな!? く、黒江さんと一緒にいろいろ参考にして選んだんだけど……」

 

「え? それ……あぁ……え? それもそれでえっちじゃね?」

 

「ふぇぇ!? そんなことっ! だって黒江さんのお誕生日に渡したときはとっても喜んでくれたし」

 

「ううん! とっても嬉しいよありがとう。今度、その、つけるね。えへへ!」

 

『やあ、まどか。お誕生日おめでとう』

 

『うぃーす。おめでとなー』

 

『おめでとうまどかっ! ぷゆっ!』

 

「キュゥべえ! ジュゥべえにハチべえも来てくれたの!」

 

『もちろん。キミの貢献に敬意を表してプレゼントを持ってきたよ』

 

「本当に! え! なんだろう!」

 

『ボクの体のはしっこをちぎって丸めたやつだ。大切にしてほしい』

 

「一番いらんの来たァアアアアアアアアアアアアアア!」

 

『ざけんな神那ニコ。先輩に失礼だぞ。ちなみにオイラからはこのジュゥべえプリントTシャツを差し上げちゃうぜ』

 

「私にもくれ」

 

『いいけどテメェのにはサイン書くぞ。フリマアプリで見つけたらしばく』

 

「しばかれたくないのでいらないです」

 

『おい』

 

「つか、お前の顔のプリントはどの層が欲しがると思ってんの?」

 

『はぁ、だりー……。どうせお前だってアレだろ。真面目なプレゼント渡すの恥ずかしいし、ちょっとでも嫌な顔されたら傷つくからはじめからおちゃらけたニコちゃん人形とか作って、なあなあな感じにしたんだろ? おまけにちょっと高見沢要素入れて逃げてる。浅い女だぜマジで』

 

「バカ……ッッタレ! なん――ッ、お前やめろマジでいきなり見透かすなよ! 放り込むなよそんなソリッドなもん」

 

『まどか! キュートなぼくはね! CDにオリジナルハチべえそんぐを13曲入れてきたよ! ぷぃぷゆ!』

 

「「「「「………」」」」」

 

「やめろ! こっち見るな! 同じレベルだと思われたくない!」

 

「つか、ぷゆってなんだガチで……」

 

「ありがとうみんな。とっても嬉しいよ。大切にするからね」

 

『やっぱまどかしか勝たんわ』

 

『それじゃあね。ボクらはこの辺で』

 

「はい。皆さん、こっちは準備できました」

 

「いやぁ、悪いね辰巳くん」

 

「いえ、大丈夫ですよ。写真なら僕に任せてください」

 

「となると真司さーん。何しに来たんすかー?」

 

「やめてよさやかちゃん! しっかりみんなが笑顔になるように盛り上げるからさ!」

 

「のわっ! な、なんてキレのいいサンバ! うははははは!」

 

「あー! だめだ! なんかムズムズしてきた! アタシはパス!」

 

「できるわけないでしょ!」

 

「よし、いまだ!」

 

 

………

 

 

窓を開けっぱなしにしていたからか、桜の花びらが一つ、フワフワと部屋の中に入ってきた。

それは笑顔の写真の上に落ちた。

 

一番前にいるゆまは無邪気な笑顔で、ウインクをしたかずみに抱きしめられている。

すぐ隣にはなぎさがいて、自信満々な笑顔でピースサインを作っていた。その肩には仁美の手が触れている。

 

右端では真っ赤になった杏子が中腰で横を向いている。

恥ずかしくなって逃げだそうとしたが、あきれ顔のマミにつかまれて逃げられなかったようだ。

その上を見ると何かを企んでそうな顔で微笑んでいるニコがいた。

左にはかわいいが、意地の悪そうな笑顔のあやせがいる。

 

右のほうをみれば、穏やかに微笑んでいるほむらがいて、隣には落ち着いた笑みを浮かべているサキがいて、右端にはキリカがサムズアップをして、その下には少し恥ずかしそうに笑っている織莉子がいた。

 

中央の上部には腕を組んでいるユウリが仁王立ちでニヤリと笑っている。

左にいる仁美は、まどかの腕に腕を絡ませて安心したような笑みを浮かべている。

右にいるさやかは豪快にまどかと肩を組んではじけるような笑顔を浮かべていた。

 

 

「あぶないあぶない! 風で飛んでいっちゃう!」

 

 

まどかが部屋にやってくる。

窓を閉めて、写真をフォトケースに戻して、みんなが待ってるリビングへ降りていく。

 

写真の中、ど真ん中にいる鹿目まどかは大きな口を開けて笑っていた。

太陽のような笑顔だった。

 

 




そうだよ。10月4日だよ今日は。
おお、なんや? おん? なんか悪いんか?
間に合わんかっただけやないか。許してぇな。かんにんしてや……、お願いやでほんま……!(´;ω;`)

まあいきなり一つ気持ち悪い話するんですけど。
皆さんも当然あると思うんですよ。好きな魔法少女だとか推しだとかね。
それがまあランキング……っていう言い方はちょっと下品だけど、あくまでもざっくりしたものが心の中にあると思うんですよね。
そういう意味で言うと、まどかは好きではあったんですけど、上位ではないなって感じだったんですよ。

でもこんな小説を書いてるからか、まどかの夢を見たんですよね。
付き合ってました。もう大変ですコレ。ちなみに作画で近いのは魔法少女部の『ヒゲ』さんの書いたまどかでした。
内容も覚えてて、めちゃくちゃ優しかったです。
オタクって、女の子に優しくされると好きになっちゃうんで、そこからもう、まどかへのアレが、アレなことになりました。

しかもマギレコでもね、アルまどピックアップとかで、ちゃんと来てくれるんでね。
この前のまどいろとかも連続で来てくれたりね。
つまりこれって、そういうことですか? 
ごめんななんか、匂わせて。
ちょっとあとで外山くんにお礼を言っておきます(´・ω・)



それでまあ、10月4日時点の話をしたいんですけど。
今フールズゲーム本編に一人だけマギレコのキャラクターがいるんですが、近いうちにもっと出てくるんでもう書くんですけど。
一つだけ謝らないとっていうか、注意しておかないといけないことがあって。

まあいろいろマギレコとかもね、組み合わせというか、カップリングみたいなものがあるとは思うんですけど。
これ、全部、忘れてください(´・ω・)

なんか一個もないんですよね。現在公式で推されてる組み合わせが。
これ逆張り野郎とかそういうことじゃなくて。
まあたくさんキャラがいて、いろいろな組み合わせができるというのがソシャゲの魅力の一つでもあると思うし。
人によってどのキャラを引いてるかで、総合的なキャラクターの愛着というか、そういうものも変わってくるっていうのが僕は面白いところだと思うので。
はい、そんな感じです。

まあ詳しい組み合わせは、変わる可能性とかもあるので伏せておこうかなとは思ってるんですけど。
今の段階で百合的な組み合わせがあるとすれば描写が強い順に上から――

ももこ×レナ
梨花×元カノちゃん
やちよ×さな
なぎたん×かりん

これらは結構、深いかなって感じですね。
オリジナル設定が入ってるので、やちよさな時空とは別に、やちよ鶴乃時空もあるっていう、まあ何を言っているのかわからないだろうけど、そういう要素がありますと。
まあディケイドに近いかな。リイマジを本人でやるみたいなニュアンスですかね。
あと、美雨、ななか、ひみかは、龍騎の男キャラと深く絡むので……
とにかくそういうのが苦手な人は、ガチでごめん我慢してねって感じです( ;´・ω・`)


まあいろいろ書きましたが、とにかく、まどかがっていうかまどマギがこういう長いコンテンツになってくれたのは嬉しいですね。
今後も映画とか、マギレコとかあるし。
なんか結構冒険したら実写化とかもいけそうな気はしますよね。

ちなみにまどマギとは関係ないんですけど、ワンダーエッグプライオリティっていうアニメもね、すごいまどマギ的なオーラを感じたので、気になる人はチェックしてみてください。
ただいかんせん、とんでもないブツ切れエンドだったので、二期とか今後なかったら、ごめんって感じです。


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