茨ぐだ掌編 (Kaxat)
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白砂と月

 

‪ 風のない夜。漂白された大地の上、ふたつの影があった。‬

 ひとりは青年。青い瞳を夜空へと向け、緩かに廻り行く星々の軌跡をなぞっている。

 ひとりは少女。人間のそれとは明らかに異なる朱い手脚を冷たい外気に曝し、青年と同じ空を見上げている。

「好い月だ」

 琥珀の眼を星彩に煌めかせ、少女が口を開く。

 青年の左手に収まる、小さく朱い手のひら。握り締めれば優しく握り返される。壊すことを恐れるかのようなその力加減が彼にとってはあまりに愛おしく、思わず唇を綻ばせる。

「来年もこうして星を見たいな。できることなら、その次も、そのまた次の年も。ずっとずっと、茨木と星を見ていたい」

「できることなら、な」

 青年の言葉を受け脳裏に今と変わらぬ未来を描くも、瞬く間に別離の予感が塗り潰す。

 最愛の友、酒呑との別れとは似て非なる感情が、ふつふつと胃の底から湧き上がる。

 あとどれくらい同じ景色を見ていられるだろうか、あとどれくらいでこの旅は終わるのだろうか、あとどれくらいでこの手を離すのだろうか、あとどれくらいで、あとどれくらいで、あとどれくらいで。

 しばらくして少女は、自分のらしくない思考に気付き、小さな苦笑をもらした。

「───随分と。吾は人に、汝に染まったようだ。湿っぽい感傷ばかりが胸を満たす。同胞との別離は考えるだけでも辛いものよ」

 目を伏す鬼に、人間が言葉を放つ。

「いつか終わりが来るのは俺だってわかってる、それまでを面白おかしく楽しめれば良いさ」

 今までの旅路を想えば自然と言葉が出ていた。一切の躊躇いもなく青年は続ける。

「鬼はそういうものだって、茨木が教えてくれただろう?俺も茨木も、あの時からは変わってるんだと思う。俺らが友達になれたってのはそういうことさ」

 そう。変わったのは、相手に染まったのは少女だけではなく。極地の天文台での出会いは鬼と人、その両方に影響を及ぼしていた。

 少女はいつもの不敵な笑みを取り戻す。力を込めていた手のひらはゆるく解かれ、青年の指と絡み合う。

「立香よ、やはり汝を手放すのは惜しい。この旅が終わったならば、共に大江の山で暮らさぬか?」

「ふふ、カルデアを辞めて行く先が無かったら頼むよ」

「先ずはこの星を取り戻してからではあるが……な」

 少女が大地から腰を上げる。尻に付いた白砂を払い、青年と揃って背伸びをした。

「そろそろ戻ろう、マシュたちが晩ごはんの支度をして待ってる」

 最後に彼らは空を見上げ、どちらからともなく呟いた。

「───ああ、本当に好い月だ」

 漂白された星にあって尚、その輝きは変わらぬものだった。



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ほむらのゆめ

お題出すやつで出たやつで書いたやつ


────また、同じ夢を見た。喧騒が鼓膜を叩く。頭上には星も月も見当たらない。大きな熱と光が夜空を暖めているからだ。

 ただひとつの巨大な灯り、山の中腹で風雅な御殿が燃え上がっていた。

 刺激臭。今までの旅の途中、何度も嗅いだ覚えのある、血と肉が焦げる死の香り。急速に意識が冴える。

 湿った感触に足下を見ると鬼の屍体があった。歪んだ顔面は正中線で断ち切られ、濡れた肉の断面を見せている。

 その隣には首を捥がれた武士の屍体。刃が消えた刀を見るに、鬼の剛力で刀ごと首を消し飛ばされたのだろう。

 中庭にはそこかしこに死が散乱していた。幾度となく夢に見れば流石に覚える。

 ここは大江山。酒呑童子と茨木童子、配下の鬼が集う悪鬼の潜窟。

 業火を纏った何かが、俺のすぐ横を通り過ぎて行った。その軌跡は燃え尽きる流星のようでもあり、涙の雫のようにも見えた。

 ふらふらと高度が下がり、踏み止まるようにしてまた直ぐに飛び去って行く。

 

「……茨木」

 

 思わず彼女の名前を口にした。

 背後で一際大きな音を立て、御殿が崩れた。見るも無惨に焼け落ちる鬼の御殿は、それでも尚美しく見えた。

 

 

「起きろ立香。三つ数えるうちに目覚めぬのであれば喉笛を喰い千切るぞ」

「……おはようございます」

「うむ、良い反応だ」

 物騒な目覚まし時計の声を聞き、未だ温もりに縋る身体を起こす。

「今日は休みだと思ったんだけどな」

「ふん。貴重な休日に惰眠を貪るなど、マシュが許しても吾が赦すものか」

 笑顔が眩しい。少女の表情には外見相応の幼さが滲む。

「今日のご予定は?」

「まず顔を洗ってこい。食堂でぱんけえきを食べるぞ」

「またパンケーキか、流石に飽きちゃったんだけど」

「喧しいわ。美味いものは何度食べても美味いのだ」

「はいはい……」

 気怠い言葉を返し、洗面台へ向かう。

 

「立香、汝は何を視た」

 タオルで顔を拭う途中、背中越しにかけられた言葉に硬直する。

 未だ脳裏に焼き付く血と死と炎、同胞に背を向け飛び去る少女の背中。微かに震えていたのは怯えからか、悔しさからか────

「構わぬ。言うがいい」

 どう答えたものか考えあぐねていると促す声が飛んできた。粘つく舌を必死に動かし、言葉を紡ぐ。

「……悲しい、夢を見たよ。少なくとも、俺にとっては悲しい夢だった」

「そうか」

 素っ気ない返事が真横から聞こえた。

「立香は人間の癖に鬼に同情するのだな」

 黄金の少女は困ったように笑い、俺の手を取る。朱色の手のひらは微かに震えていた。

 人間である俺を気遣ってだろう、優しく握られた手を引かれ、俺は部屋を出た。

 

────ああ、願わくば。せめてこの短い契約の間だけは、二度と茨木にあんな顔をさせませんように。

  いつまでも笑っていてほしいと思った。向日葵のような彼女が翳る時、俺の胸は耐え難く痛むのだ。

 俺は笑顔で「さようなら」を言いたい。あの悲しい流星を見たときにそう誓った。

 

────ああ、願わくば。せめてこの短い契約の間だけは。この同胞を最期まで守り抜けるように。

 人類に仇為す者、大江の首魁たる吾と友になってみせた大馬鹿者に。愛しき同胞に、いつか平穏なる日々が訪れるように。

 今度こそは友達を守り抜けるように。鬼である吾に、人である立香が手を差し出した時。そう誓ったのだ。



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人と鬼とプリンと

 

────難しい問題である。

 

 少女がひとり、眉間に皺を刻んで唸っていた。目の前の机にはプリン。まだ封がされているそれは、プラスチックの蓋越しに焦茶のカラメルを見せていた。

「吾はぷりんを食べたい。だが、これは立香が楽しみにしていたでざあとである」

 少女の矮躯が左右にゆらゆらと揺れ、金糸の頭髪が靡く。

「これを勝手に食べたならば立香は怒り……いや、哀しむであろうな」

 艶やかな桜色の唇が独り言を吐き出す。その声には苦悩が滲む。眉間に寄った皺が深くなる。

「吾は鬼である。なればこそ、人間から奪うのは道理ではないか?」

 独り言が続く。朱く染まった指先がコツコツとプリンの蓋を叩く。もう片方の手は黄金の髪をくるくると弄んでいた。

「……しかし、立香は人間とはいえ吾の同胞である。吾は対等であるべき友からぷりんを取り上げるのか? 果たしてそれは、鬼として正しき行いなのだろうか?」

 自らを使役する魔術師。共に戦場を駆ける契約者。彼女にとって初めての人間の同胞。人類の敵対者たる茨木童子へ、友として手を差し出した初めての人間。

 鬼として在るべきか、友として在るべきか。

 彼女の心はささやかなようで深刻な葛藤に苛まれていた。

 軽い空気音。少女の背後で扉が開く。

「おっ、茨木じゃん」

「なっ……りっ、りりり立香!?」

 部屋の主人の突然の帰還に、茨木はプリンを握ったまま飛び上がった。

 茨木の奇行に一瞬驚くも、藤丸はいつもの人懐っこい笑みを浮かべる。

「プリン、食べたかったんだ?」

 ぎくり、と身体を硬直させた茨木が問い返す。

「……これは汝のぶんではないのか?」

「ん? そうだけど?」

「ならば汝が喰らうのが道理であろう」

「いいっていいって。茨木、食べていいよ」

 手をひらひらと振った藤丸は茨木の正面に座り、タブレットで報告書を作り始めた。

 甘味に目もくれず仕事をこなす藤丸の態度に後ろめたさを感じたのか。対する茨木はというと、明らかに納得がいかないという表情で唸っていた。

「ぐ、むむむ……いや、やはりいい。これは立香の分だ。よく味わって喰らうが良い」

 あまりの強情さに藤丸は苦笑し、茨木の朱い手のひらからプリンと匙を受け取る。蓋を外し、ひとすくい。

「茨木、こういうときはどうしたらいいか知ってる?」

「……?」

「はい、あーん」

 差し出された匙には乳色のかけらが乗っている。優しげな乳色をカラメルが覆い、甘い芳香を放つ。

「美味しいものは友達と分け合うんだ」

 茨木が微かに目を見開き、おずおずと匙を口に含んだ。甘い味が心を満たす。

 プリンをもうひとすくい。今度は藤丸自身の口へ運ぶ。

「どう? お友達と食べるプリンは?」

「ああ、そうだな。確かに美味い」

 人と鬼は互いの顔を見合わせ、くすりと笑った。



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とある冬の朝に

「冬の布団は最高よな」

 掛け布団の中からくぐもった声が届いた。こんもりとした掛け布団がもぞもぞ動き、部屋の主人に同意を求める。

「そーねー」

 部屋の主人──マスターたる少女、藤丸立香が気の抜けた返事を投げる。既に礼装に着替え、ミーティングへ向かう準備をしていた。

「ほら、茨木も起きて準備しないと」

 ベッドに腰掛け、膨らんだ布団をその上から優しく撫でる。昨夜の鬼救阿TVシリーズ一気見が響いたのか、茨木からの返事は無かった。

「……先に行くよ」

 と、しびれを切らした少女がベッドから腰を上げた途端。礼装の袖を小さな赤い腕が掴む。

「茨木?」

「わかるぞ。吾にはわかってしまうぞ……!!」

「は? 何が?」

「……汝は、怖いのだろう?」

 羽毛と綿毛の深淵からの声は、甘美な誘惑に満ちていた。

「何言ってんの茨木?」

「惚けずとも良い。汝は恐れておる……抗い難い二度寝の魔力を……」

 断言する少女は分厚い掛け布団から赤い腕とツノだけを出していた。掛け布団が揺れるのに合わせてツノが可愛らしく動く。

 かの声は尚も語りかける。少女の裾を引く力が少しだけ強まった。

「この布団は重く、温かく、柔らかい。おまけに昨日干したばかりときた。二度寝など最高であろうなぁ」

 くぐもった声は少しずつだが確実に、精神を侵していく。

「汝はそこそこ強い意志を持つ人間だ。朝起きて布団から抜け出すまではなんとかなるだろう」

「まぁ……ね。毎朝目覚ましかけてるし」

 もこもこの山が微かに揺れる。

「しかし、だ。再び布団に潜ってしまえば脱出することは叶わない、どうやら汝はそれを、自分の限界をよく知っておるようだな」

 二度寝の気持ち良さを想像しているのだろう、藤丸からの返事は無かった。

「吾はもう少し眠るぞ。みぃてぃんぐまではまだ30分ほど余裕があるのだろう?10分ぐらい良いではないか!」

 甘い、実に甘い考えだった。寒い冬の朝、二度寝が10分やそこらで済むはずもない。寝過ごすのは確実である。

「……マシュに叱られるよ」

 かつて身を置いていた学生生活での苦い経験を活かし、藤丸はやっとの思いで拒絶を絞り出した。

「ふっ、かつての吾ならともかく、さぁばんとは本来睡眠を必要としないもの。霊核を休める時間の調節など容易いわ。10分経ったら汝も起こしてやる」

 勿論大嘘である。カルデアのサーヴァントは半受肉状態にあり、生理現象もいくらかは生身の状態に引っ張られる。そもそもカルデアきっての悪童、茨木童子がそのような約束を守る筈も無く────

 そこまで思考を巡らせる前に、少女の脳は羽毛に蕩けてしまった。袖を引かれるがままに掛布団と敷布団の間へと身体を潜り込ませ、次の瞬間には四肢を小柄な鬼に絡め取られていた。

 額と額が接する寸前。見つめ合う金と茶の瞳。必死の間合いで人と鬼が睡魔に囚われている。

 鬼の高い体温が少女の身体をじわじわと蝕んで行く。密着した胸からは女体の柔らかさと穏やかな鼓動が伝わってくる。互いの身じろぎすらも手に取るようにわかる距離だ、おそらくは藤丸の高鳴る鼓動も気付かれているのだろう。

「茨木? 本当に起こしてくれるんだよね?」

 確認するような、懇願するような。か細い声に黄金の鬼は言葉を返す。

「絶対に逃さん。吾と共に怒られろ」

 既に瞼を半分閉じた鬼は喉の奥でくつくつと笑うと、少女をより強く抱き寄せ、その瞼を完全に閉じてしまった。

 やがて仔犬のような寝息を立て、鬼は眠りに落ちる。残された人間は可愛い後輩の怒り顔を想像し、誰にも聞こえない小さなため息を吐く。

「……マシュには謝ろう」

 彼女は後を追うように意識を手放した。



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四つ子のマカロン

茨ぐだバレンタインの話です。藤丸の性別は男女どちらでも読めるように書きました。


「おうっ立香!! 吾だ!!!!」

 軽い空気音と共にマイルームの扉が開くや否や、黄金の影が廊下より飛来し、ベッドの上に飛び乗った。

 勢いのままに布団に身体を沈み込ませ、少女がにんまりと笑う。朱い腕にはそこそこの大きさの紙袋を抱えていた。

「かるであに来たばかりの頃は理解できなかったがなぁ、今ならば理解できる。同胞と菓子を交換し、親交を深めるとは! 実に良き祭ではないか!! 何より菓子食い放題というのが素晴らしい!!!」

「………………うん、そうだね」

「ふふん、そうであろうそうであろう! って、どうしたのだそのザマは」

 怪訝な顔をする黄金の鬼。その目線の先の机に、彼女が唯一同胞と認める人間、藤丸立香が突っ伏していた。

 藤丸の周囲には包み紙やら空き箱やらが散乱している。よくよく見渡してみれば、その部屋は贈り物で満ちており、一種の異界のようにも思えた。

「これほどの貢ぎ物を巻き上げるとはな。もしかして汝、鬼か? 大江山の宝物殿といい勝負だぞ?」

「別に奪ってきたわけじゃないから! お世話になってる皆にチョコ配って、そのお返しに貰っただけだよ。向こうから渡されたものも多いけど」

 とにかく量が多い。部屋を埋め尽くすチョコレート、クッキー、ケーキ、洋菓子、和菓子、ぬいぐるみ、装飾品、聖遺物、鮭、仔スフィンクス、メジェド様。その他にも様々な贈り物が所狭しと並んでいる。

「日持ちのするものはまだ良いんだけど、お菓子は早めに食べたいじゃん? おやつの時間から食べ続けてお腹いっぱいになっちゃったんだ」

「ふぅん……」

 多くの贈り物があるということは、それだけ多くの想いがあるということ。人理の最前線で必死に戦い続ける藤丸を慕い、案ずる者は多い。

 彼女はそれが、なんとなく気に入らないように思えた。

 少女はベッドから飛び起き、藤丸の真正面に座る。口元がへの字に折れ曲り、感情が態度に表れている。

「人望か」

「そうかもね」

 茨木の気も知らず、藤丸は照れ臭そうに笑う。その能天気な表情を見つめていると、少女は自分の気持ちが阿保らしく思えてきた。

 胸のもやもやは未だ晴れない。

「ところで立香よ。吾は未だ、今年の貢ぎ物を貰っておらぬのだが?」

 話題と共に、少女が気持ちを切り替える。あどけない鬼がニヤニヤと笑う。

「ふっふーん、ここにあるよ。茨木だってそれ、持ってきたんでしょ?」

「然り」

 がさがさと紙袋を取り出す同胞に、少女は鷹揚に頷いてみせた。

「それじゃ、目をつぶって同時に渡そうか」

「よかろう! くっくっく……吾の贈り物に腰を抜かしても責任は取れぬからな?」

「茨木のびっくりする姿が目に浮かぶよ」

「ふむ? 言うではないか」

 鬼の目の前で人間が目を閉じた。その奇妙さに、少女は不思議と柔らかな気持ちになる。

 即座に命を奪える距離に、無防備な人間がいる。真なる鬼を自称する茨木童子がそれをしないのは───

(此奴が友だから、であろうな)

 少女は遅れて目を閉じる。その鬼は、人でありながら同胞である、奇妙なマスターと歩むことを選択した。

 とっくの昔───冗談混じりに大江山へ誘った時に決めたことだった。

「もういい?」

「うむ! いつでも良いぞ!」

 机を挟んだ人と鬼が瞼を開ける。

 藤丸が差し出したのは薄青の包み紙に紺色のリボンが飾られた紙箱。中身は老舗洋菓子店の超高級マカロン。茨木童子の大好物だった。

「……え?」

「……うむ?」

 対する茨木童子が差し出したのは、藤丸と同じ、薄青の包装に紺色のリボンが着いた紙箱だった。

 唖然とする藤丸と、困惑する少女。ふたりは口をぱくぱくさせながら必死に言葉を紡ぐ。

「いっ、茨木のいちばん好きなものを渡したくて……」

「わっ、吾が知るいちばん美味い物を渡したくてだな……」

 ばんっ、と机に手を突き、ふたりが立ち上がる。

「茨木と一緒に食べる用に自分のも買ったのに!!」

「汝のものと自分のもので二箱も買ったのだぞ!!」

 ───沈黙。合計四箱の高級マカロンが机の上に並んでいた。しかも、全て同じ包装で。

 やがて、人と鬼がゆっくりと視線を上げる。

 机を挟んで見つめ合うふたりの口元は、静かに震えていた。

「あっはははははははははは!!!!」

「くっはははははははははは!!!!」

 やがて、堪えきれなくなったふたりは同時に吹き出した。

「自らが信頼できるものを贈った吾と」

 黄金の鬼が牙を見せて笑いながら、自分の胸に手を当てる。そして、同じく笑い続ける藤丸を真紅の指で指し示した。

「相手の好物を贈った汝! くっ、くくく……互いのやり方で互いを想った結果がこれか! 愉快だ。実に愉快だ!」

「これ一箱で五千円もするんだよ!? それを……それを……四箱って…………」

 藤丸がぷるぷると震えながら机の上を指差す。四つ子のマカロンは変わらず鎮座している。

「ああ、よくよく知っておるわ。吾も少ない小遣いを貯めて買うたのだからな」

 絵面のおかしさもさることながら、何よりも彼女は藤丸が自分のことをよく知っていたことに喜びを感じていた。

 漠然とした苛つきも、胸のもやもやも、気付かない間に洗い流されていた。

 

 ▽

 

 笑い疲れ、ベッドに腰掛け談笑しても夕食までは時間があった。

「マカロン食べながらテレビでも見よっか」

「うむ! 菓子の類は早く食べねばな」

 藤丸がベッドから立ち上がる。机からマグカップを手に取り、同胞の方を振り返った。

「今からコーヒー淹れるけど……茨木は緑茶だっけ? それともお酒?」

「いや、吾も珈琲だ」

 意外な返答に藤丸は首をかしげる。大の甘党である茨木童子、彼女は苦いものが苦手な筈であった。

「おっ? チャレンジャーだねぇ。ミルクと砂糖は?」

 一瞬眉間にシワが寄ったが、少女はしばらく思案した後に口を開く。

「ん……汝と同じものを頼む。入れずとも構わぬぞ? 汝の好きなものも、吾は楽しみたい」

「……了解」

 人懐っこい笑顔を見せる少女に、藤丸は照れ臭そうな笑顔で返事をした。



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