魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~ (夜神)
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無印編
プロローグ


 魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~ 始まります。


 小学3年生に進級して間もないとある夜。学校の課題、夕食、入浴といった必要なことを終えた俺は、リビングのソファーに座ってテレビを見ている。内容はよくある刑事ドラマだ。

 刑事に憧れているわけでもないし、ドラマを素直に面白いと思うような年齢でもない。にも関わらず、俺がドラマを見ている理由は、テレビとソファーの間にあるテーブルにいる15cmほどの少女が見ているからだ。

 

「……ファラ、面白いか?」

「うーん……正直あんまり面白くないかな」

「なのに見るのか?」

「他に見るものもないからね……マスターは何か見たい番組あるの?」

 

 振り向きながら尋ねてきた少女の名前はファラ。正式にはファントムブラスターというのだが、長いのでファラと呼んでいる。

 ファラは15cmほどの大きさから分かるとおり人間ではない。地球とは別世界に存在する魔法と呼ばれるものの使用をサポートしてくれるデバイスだ。高度な人工知能を備えているため、分類ではインテリジェント・デバイスになる。

 一般的なデバイスは宝石やアクセサリー型をしているが、ファラは人型をしている。おそらく現在既存するデバイスの中で、人型のフレームをしたデバイスはファラだけだろう。

 人型をしているのは、俺の父さんがデバイス関連の仕事をしており、デバイスを人型にすることでより人間らしい思考をするのではないか、という研究をしていたからだ。過去形なのは……すでに父さんも母さんも3年ほど前に亡くなっているだからだ。

 ファラは最初に作られた試作型でまだ改良の余地が残されているわけだが、父さん以外に人型に力を入れている技術者はいないらしいので発展はない。

 

「別に。俺は眠気が来るまでの暇潰しで見てるだけだから」

「ならこのままでいいよね?」

「ああ」

 

 俺が返事を返すと、ファラは視線をテレビの方に戻した。

 ファラと一緒に生活して3年ほどになるが、ずいぶんと人間らしくなった。最初は他のデバイスと同じで機械的な受け答えが多く、マスターである俺を優先する考え方だったが、今では自分の意志をきちんと持っている。

 

 俺としては、父さんの考えは間違っていなかったと思っている。

 

 俺は父さんにはまだ遠く及ばないが、父さんが残してくれた資料や父さんと同じ仕事をしている叔母に時間があるときにデバイスのことを教えてもらっているので、ファラをより人間らしいデバイスにしたい。勉強を始めた頃は父さんの面影を追いかけ、繋がりを感じていたいだけだったが、今では俺の夢のひとつになっているからだ。

 

「……マスター、そういえばさ」

「何だ?」

「この頃、あんまり翠屋に行ってないよね。何かあったの?」

 

 翠屋はこの街でも人気のある喫茶店だ。そこを経営している高町夫妻と俺の両親は面識があった。母さんがパティシエだったのが大きな理由だろう。

 小学校に上がる前に一度両親と一緒に行ったことがある。母さんの手伝いをしていた舌がそれなりに味が分かるようになっていたからか、出されたお菓子を食べて感想を言うと桃子さんに褒められたことは今でも覚えている。

 

「あー……今年のクラスメイトには高町なのはって子がいる。桃子さんたちの娘さんだと思うんだが……あんまり同情とかされたくないからな」

「子供ってずかずかと踏み込んでくる。マスターは叔母さんに育てられてるわけだから、それを知られると同情されるんじゃないか、みたいな解釈でいいのかな?」

「まあそんな感じだ」

 

 ふたりが死んで悲しくないかと言われたら悲しい。だが俺にはファラもいるし、親代わりになってくれている叔母だっている。今は仕事の都合で地球から離れてミッドチルダという世界に滞在しており、いつ帰ってくるかは不明だ。

 まあ仕事はできるが家事ができない人なので、昔から家事は俺が全てやっているに等しい。そのため、いなくてもこれといって支障がない。

 

「……ん?」

 

 振動音が聞こえたので視線をテーブルに向けると、ケータイが振動していた。画面には叔母の名前が表示されていたため、迷うことなく電話に出る。

 

「何か用?」

『いや、これといって用はないよ。君の声が聞きたくなってね』

 

 電話越しに聞こえる声は、どことなくぼんやりとしている。聞いた人間は眠たいのかと思うだろうが、俺の叔母はいつも目の下に隈を作っているほど仕事熱心なので普段どおりだと言える。

 

「そっちに行ってから毎日それだな」

『冷たいことを言わないでくれ。君と一緒に生活するようになってから、ひとりでいるのを寂しいと思うようになってしまったんだ。声くらい聞きたいと思うのは普通じゃないか』

「俺は別に寂しいとは思ってないけど。これといって問題もないし」

『……環境上仕方がないと思うが、もう少し君には子供らしくなってもらいたいものだな』

「年齢上はあと10年くらいは子供だよ」

『そういうことを言うのが子供らしくないと言っているんだよ』

 

 他愛もない会話を10分ほど続けていると、ほんのわずかにだが眠気が来た。のんびりとした口調で話す叔母が原因かもしれない。

 叔母は仕事の合間を縫って電話をしているため、これ以上の長電話になるとあちらの人たちにも迷惑をかける恐れがある。

 

「そろそろ眠くなってきたから寝るよ」

『そうか……学校に遅刻されても困るし、今日はこのへんにしておくとしよう』

「そっちに起こされた記憶は今のところないんだけどな」

『私の個人的願望としては起こしたいのだがね。君はしっかりし過ぎているから、ことごとく私の願望を打ち砕いているよ』

「一般的には良いことじゃないか」

『だから私のと付けただろう……君と話すとつい長くなってしまうね。今度こそ終わりにしよう』

「ああ、おやすみ」

『私はまだまだ眠れないが、おやすみ……最後にひとつ』

 

 終わりにすると言っておきながら、ここでさらに続けるあたり、俺が思っている以上に叔母は寂しいと思っているのかもしれない。

 

『地球には魔法文化はないから大丈夫だと思うが、何かあっても首を突っ込まないでほしい』

「……何かあるのか?」

『いや、これといってないのだが……君に何かあると兄さんや義姉さんに合わせる顔がなくなってしまうからね』

「……俺は子供らしくないんだろ? 自分から危険に突っ込むような真似はしないし、そっちよりも先に死ぬつもりもないさ」

『そうだね。……こういうときの君は本当に子供らしくないよ。私と君が同年代だったら今とは違う好意を抱いてかもしれない』

「子供相手に何言ってんだか……おやすみ」

『ああ、おやすみ』

 

 電話を切ると、それと同時にテレビの電源が落ちた。視線をテーブルに向けると、ファラがリモコンの上に乗っていた。先ほど俺が寝ると言ったのを聞いていたのだろう。

 

「別にまだ見てもいいんだが?」

「いいよ。面白いわけでもないし、マスターにはよく食べて寝てもらってすくすく成長してほしいから」

「成長期は早くてもあと2年後くらいと思うんだけどな」

 

 ファラを手の平の上に乗せながら立ち上がり、部屋の電気を消して寝室へと向かう。彼女とは一緒のベットに寝ているわけではないが、一緒の部屋では寝ている。

 魔法文化のない世界のため、突然襲われる可能性はないに等しいだろうが、万が一ということはある。叔母が人型フレームの資料を狙って襲われるかもしれないと心配し、ファラには様々なシミュレーションが内臓してある。一時期は管理局員に訓練をしてもらおうという話にさえなった。

 叔母は管理局に勤める技術者であるが、戦闘が行えるほど魔力は所持していない。それが過剰な心配の原因だろう。

 戦闘が生じた場合、俺は自分の身は自分で守らなければならない。だから日替わりで色んなシミュレーションを行うのは日課になっている。その成果が発揮される日が来ないのを祈っているが……。

 

「マスター、外なんか見てどうしたの?」

「……ふとこの日常が続けばいい、と思ってさ」

「……? ……大丈夫、何が起きてもマスターは私が守るから」

「お前、俺が魔力使わなかったら何もできないだろ?」

「もう、良いこと言ってるんだからそういうこと言わない!」

「夜なんだから騒ぐなよ……何があっても、お前は俺が守るさ」

「……マスターってさ、こっちが準備してないときに限ってそういうこと言うよね。女の子からすると、そういうのは反則だよ」

「誰にでも言うつもりはないさ」

 

 両親を失ってから俺は他人と深く関わることを避けている。ダメだと思う一方で、また失うかもしれないと思うと踏み込むことができないのが現状だ。だから学校で友達と呼べそうなのは……良くてもひとりだろう。

 布団の中でごちゃごちゃ考えていると、ちょうど良い眠気が襲ってきたため、抗うようなことはせずに眠りに落ちていった。

 

 

 




 代わり映えのない日々。
 少年はそれがいつまでも続いてほしいと思い、明日を迎えるために眠りについた。この日に見た夢が、少年の日常に変化に与える。

 次回、第1話「変化の訪れた日」


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第1話 「変化の訪れた日」

 人々が寝静まった真夜中。逃げる黒い何かをひとりの少年が追っている。服装はどこかの民族のような格好だ。

 少年はボートが置かれている橋まで走る。彼の視線の先にある湖の上には、得たいの知れない存在が浮遊している。謎の存在は少年の気配に気づいたように振り返った。少年は手に持つ赤い宝石を握り締め、真っ直ぐに黒い何かを見つめる。

 

『お前は……こんなところにいちゃいけない』

 

 少年が謎の存在に向けて腕を伸ばすと、手にある宝石が発光し始める。

 

『帰るんだ、自分の居場所に……』

 

 少年の手の先に淡い緑色の魔法陣が展開する。それと同時に、黒い何かに鋭い眼が出現し、咆哮を上げて詠唱する少年に向けて突撃した。魔法陣と衝突し、凄まじい音と衝撃が発生する。

 少年が「封印!」と唱えると謎の存在は消滅し始め、核となっていると思われる青い宝石が姿を表した。だが消滅する直前、謎の存在は姿を取り戻す。それを目撃した少年は驚きの表情を浮かべた。

 少年から距離を取った謎の存在は、散弾のように身体を弾けさせた。弾丸と化した謎の存在の一部一部が少年に襲い掛かる。少年はどうにか回避するが、肉片は橋やボートに着弾し破壊していく。

 

『くっ……』

 

 避けるのが困難だと判断したのか、少年は防御魔法を発動させた。そこに複数の肉片が着弾し煙を上げる。あまりの威力に防御魔法を貫通したのか、少年は吹き飛ばされて宙を舞い、林の中に落下していった。

 謎の存在は獰猛な笑みを浮かべた後、その場から飛び去って行った。

 地面に倒れている少年は追いかけようとするが、体力の限界が来たのか伏した。その直後、少年の身体が発光し、動物へと姿を変えて行った。

 

 ★

 

「……嫌な夢だな」

 

 意識を取り戻した俺は、昨晩見た夢に対して無意識に発していた。

 一般の子供であったならば変な夢だと思うくらいで大して気にしないだろうが、魔法を知っている俺には不吉な予感がしてならない。

 

「かといって……」

 

 近くで寝ている(この表現が正しいかは微妙だが)ファラへと視線を移す。起こす気が起きないほどぐっすりと眠っている。

 ファラを身に着けておいたほうが安全ではあるが、彼女を学校に連れて行くのは気が引ける。彼女の大きさは15cmほどなので連れていけないことはないが、彼女がうっかり声を発しようものなら没収される可能性がある。男子が女性の人形を持っているというレッテルを貼られるのはご免だ。

 

「……気にし過ぎはダメだよな」

 

 様々なシミュレーションをやっているせいか、これまでに何度かおかしな夢は見たことがある。夢は無意識に自分の考えた方向に進んでしまうこともあるので、昨晩見た夢が単なる夢である可能性は否定できない。

 

「よし、普段どおりに過ごそう……」

 

 布団から出た俺は時間を確認する。普段よりも30分ほど早く起きてしまっているが、完全に目が覚めている。

 ランニングと素振りでもしようと思い、着替えを持って静かに部屋から出る。

 時間を潰した俺は汗を流すと上着以外の制服に身を包み、朝食と弁当の製作に入った。これといって食べたいものがあったわけでもなかったため、冷蔵庫にあった材料で適当に作った。

 学校へ行く準備が終わる頃に、ファラが目をこすりながら起きてきた。いつもどおりテレビの前のテーブルの上に乗せてやり、テレビの電源をつける。

 

「じゃあ俺は行くからな」

「ふぁ~い……行ってらっしゃい」

 

 本当に人間っぽいな、と内心で思いながら玄関に鍵をかけて学校へと向かう。

 普段使っているバス停からバスに乗り込む。いつもと変わらず、大半の席は私立聖祥大学付属小学校の生徒達で埋まっていた。空いている席を探して後方へと進んでいくと、視界に3人の女子が映る。

 

「あっ、夜月くん。おはよう」

 

 まず声をかけてきたのは、栗毛をツインテールにした女子。名前は高町なのは。穏やかで誰にでも好かれる明るい子、というのは大半の人間が抱く感想だろう。俺にはどこか演じているようにも見えることがあるが。

 彼女の両親は俺の両親のことを知っている。あのふたりが勝手に言うとは思わないが、彼女が俺に興味を示してしまった場合、ヒントになるようなことを言ってしまう可能性はある。

 そのため高町とは、他の子よりも意識的に関わろうとしないように心がけている。

 

「ショウくん、おはよう」

 

 次に声をかけてきたのは紫がかった黒髪の女子。名前は月村すずか。大人しい性格をしているが、運動が得意な子だ。彼女は機械関係に興味があり、本も好きなようだ。俺も似たような感じなので、街の図書館で出会う内に声をかけられ、こちらから接しようとしたことはなかったがそれなりに親しくなってしまった。

 俺は知り合いくらいの認識なのだが、彼女は友人だと認識しているようで名前で呼んでくる。俺を名前で呼ぶ人間は少ないので、恥ずかしさに似た微妙な感情を抱いてしまっている。顔には全く出ていないようだが。

 

「おはよう」

 

 最後に事務的に声をかけてきたのは金髪の女子。アリサ・バニングスという外国人なのだが、日本育ちなのか流暢な日本語をしゃべる。3人の中で最も強気な性格をしており、リーダー格だと言えるだろう。

 俺が無愛想なせいか、月村と交流があるのに何かしらの感情を抱いているのかあまり好意的ではない。まあ理由もないのに好意的に接せられても違和感しかなく、深く関わるつもりはないので逆にありがたくもある。

 

「ああ、おはよう」

 

 簡潔に返した俺は、空いている席へと座る。3人は再び会話を始め、俺は黙って窓越しに景色を見る。昨日までと大差のない日常だ、とこのときは徐々に不安が薄れつつあった。

 

 ★

 

 将来を考えてみる、といった感じの授業があったこと以外、これといって何もなく学校は終わった。

 冷蔵庫の中身が少なくなっていたので、買出しして帰ろうした。その途中で俺の耳に、ボートが壊されたという話が不意に飛び込んできた。

 今朝抱いていた不安が蘇ってきた俺は買出しを一時中断して足早に聞いた現場に向かうと、警察や関係者と思われる大人たちが片付けを行っていた。偶々ここを通ろうとしたのか、高町たちの姿もあった。

 

「ここって昨日夢で見た……」

 

 壊れたボートなどに目を向ける月村やバニングスとは違って、高町は周囲を見渡している。

 一見するとおかしな行動のようにも思えるが、他に壊れている場所がないのか探していると考えればそうでもない。

 

〔……助けて〕

 

 突然、頭の中に直接声が響いた。魔法の知識がある俺は、それがすぐに念話だと理解する。胸の中に抱いている不安が大きくなったのは言うまでもない。

 

「すずかちゃん、今何か聞こえなかった!」

「……何か?」

「……ちょっとごめん!」

 

 高町は何かを探すように辺りを見渡しながら走り始めた。月村とバニングスは、彼女の行動に小首を傾げたが、急いで彼女のあとを追い始めた。

 先ほどの周囲を確かめる行動……もしも俺と同じ夢を見ていたならば、あのような行動をするのに説明はつく。それに念話が聞こえると同時に走り出した。

 

 これらから導き出される答えは……高町は魔導師としての資質を持っているのかもしれない。

 

 昨日の夢が真実であり、高町が少年を助けたならば、彼女は少なからず魔法に関わることになる。少年の傷が治るまでの間だけ関わるのならば、これまでどおりの生活を送れる可能性はある。

 だがもしあの黒い何かに襲われた場合、彼女は……。彼女に何かあれば、桃子さんたちはひどく悲しむだろう。

 そのように考えると、力を持つ自分がどうにかしないとという気持ちが湧いてくる。だが危険なことには首を突っ込まないように昨晩注意されたばかりだ。行動を起こすということは、それを無視したことになる。

 

 ……俺は父さんと母さんとの思い出がある街を壊されたくない。

 

 高町が自分で関わったとしたら、桃子さんたちには悪いがそれは高町の自己責任だ。だが街に被害が出るのであれば、俺にも叔母の注意を無視して介入する理由ができる。できれば関わりたくないが……。

 そんなことを考えながら俺は現場から離れて買出しを再開し、できるだけ早く家へと帰った。何事も起きないことを願いながら……。

 

 

 




 街に何かが起ころうとしており、良くしてもらっている人の娘が関わってしまうかもしれない。しかし、危ないことに首を突っ込むなと忠告されている。
 ショウはそれに頭を悩ませるが、きちんと答えを出せずにいた。そこに夢に出ていた少年の念話が聞こえる。

 次回 第2話「魔法とロストロギア」


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第2話 「魔法とロストロギア」

「マスター、帰ってから何だか変だったけど学校で何かあったの?」

 

 昨日のように眠気が来るまでテレビを見ようとしたとき、ファラが不安そうな顔で尋ねてきた。

 近いうちに何かが起こるのではないか。起こった場合は自分はどうするのか。放課後からずっとそんなことを考えていたため、顔に出さないようにしていたが反応が普段と違っていたのかもしれない。

 

「まさか……いじめられてる?」

「いじめなんか起きそうにないくらい、うちのクラスは仲睦ましい。変だったのは考え事してたからだ」

「考え事?」

 

 ファラは小首を傾げた後、すぐに質問せずに顔に手を当てて考える素振りを見せた。

 

「……好きな子でも出来たの?」

 

 確かにそれでも人間の様子がおかしく見えるものだろう。だが、俺はまだ小学3年生だ。

 一般的な好きと特別な好きの意味の区別はできなくもないが、恋愛に関して理解できない部分の方がまだ多い。他人と深く関わろうとしないことが大きく影響しているかもしれないが。

 

「はぁ……俺が他人と深く関わろうとしてないの知ってるだろ?」

「知ってるけど、何人か親しい子いるでしょ。それも女の子」

「だからってこの年で特別な感情を抱くわけないだろう」

 

 親しくしているといっても俺は知り合い、相手は友人といった風に温度差があると思う。

 

「どうだか。マスターは同年代よりも精神年齢高いし」

 

 ……何でファラは女子が絡むと普段よりも強いというか冷たい口調で会話をなかなかやめてくれないのだろうか。

 人間らしくなったため、独占欲のようなものが出てきているのか? ……嬉しく思うが、毎度のようにこういう絡み方をされるとしたら面倒だな。

 また電話すると言っていたし、このタイミングでかかってこないだろうか。内心で叔母に助けを求めたとき、何かの気配を感じた。次の瞬間、耳鳴りに似た何かが俺を襲う。

 

「っ……」

〔聞こえますか? ……ボクの声が聞こえますか?〕

 

 頭の中に響いた声には聞き覚えがあった。夢に出てきたあの少年の声だ。おそらく特定の相手を指定しないで念話しているのだろう。

 

〔ボクの声が聞こえる方、聞いてください……お願いします、ボクに力を貸してください。お願い……〕

 

 何かが起きるのではないかという不安は、その日の夜に現実のものになってしまった。俺は無意識に顔に手を当てため息をついた。

 

「マスター?」

「……ファラ、この街にある魔力反応を調べて場所を割り出してくれ」

「え、それはいいけど……危ないことには首を突っ込むなって」

「分かってる。だから話を聞きに行くだけだ。管理局に話が伝わってるかも分からないから……」

 

 話が伝わってないとすれば、自然と事態が収拾することはない。あの少年は助けを求めているから、まだ自力では何もできないのだろう。放っておいたら街に被害が出る恐れがある。

 自分から首を突っ込むなと言われたが、街に被害が出るということはかなり間接的になるが俺にも危険が及ぶ可能性があるということだ。叔母への言い訳は立つだろう。

 

「マスター、魔力のある場所は槙原動物病院だよ」

「分かった……止めないんだな?」

「うん。マスターに危ないことはしてほしくないけど、事態が分からないことにはマスターの力でどうにかできるかの判断もつかない。それに、マスターは冷たく振舞うことが多いけど根は優しいからね」

 

 どうせ内心では自分にあれこれ言い訳してるんでしょ? と続けたファラに、俺は返事を返すことができなかった。優しさから介入するつもりではないのだが、あれこれ自分に言い訳していた覚えはあったからだ。

 

「そ・れ・に、私はマスターのデバイスなんだよ。でもやってることの大半はテレビを見ることばかり。ここでやっておかないとデバイスとしての価値がなくなる気がする」

「平和で良いと思うんだがな……」

「そうだけど、デバイスとして生まれた以上はマスターの役に立ちたいって気持ちは消えないものなんです。というか、人間らしくなると余計にその思いは強くなると思うな」

 

 ファラは胸を張って力強く断言した。父さんが聞いていたならば、すかさずメモを取っていたかもしれない。

 ……家には父さんの残した資料があるし、叔母はデバイスに詳しい。そして俺にはファラがいる。前々から思っていたことではあるが、俺は父さんの研究を継げるんじゃないだろうか。叔母は難しいからといって詳しいところまでは教えてくれないが、今度時間があるときには詳しく聞いてみよう。

 

「行こう……と言いたいところだが、着替えたほうがいいよな」

「セットアップしないで行くなら着替えたほうがいいね」

 

 セットアップして飛んで行ったほうが早いが、今回の目的は話を聞きに行くだけだ。念話は適性があるものなら聞こえるため、魔導師ではない者でも少年の声が聞こえる。

 高町あたりは聞こえている可能性があるため、彼女の行動次第では鉢合わせもありうる。鉢合わせてしまった場合のことを考えると、普段着のほうが誤魔化しやすい。

 

「着替えるから少し待っててくれ」

 

 ★

 

 ファラを胸ポケットに入れ、彼女が落ちないように気を付けながら走って向かう。歩いてもいいと思うのだが、夜に子供がひとりで歩いていると面倒ごとになる恐れがある。それを考えると急いだほうがいいと判断したからだ。

 

「マスター、もっと揺らさないように走って」

「俺は陸上選手じゃないんだから、そういう走りを求めるな」

「むぅ……」

 

 頬を膨らませてこちらに抗議の目を向けるファラ。彼女の容姿は人間サイズにすれば中高生くらいのものなので、正直かなり子供っぽく見える。

 

「子供か」

「そうですよーだ。私はまだ3年しか活動してないし」

「拗ねるなよ……というか、しゃべるなら念話にしてくれ」

 

 誰かに見つかったら俺は、変人というかどこかおかしいんじゃないかと心配されかねない。それを理解してくれたのか、完全に拗ねてしまったのかファラはポケットの中に潜ってしまった。機嫌を損ねてしまっていた場合、どうやって機嫌を直してもらうか考えておかないといけない。

 

「……っ」

 

 病院の近くまで来ると、再び耳鳴りのような何かが俺を襲った。それとほぼ同時に、街の明かりはついているのに街から人の気配が消えた。

 

「……結界?」

 

 結界も魔法の一種のため……張った人物は考えるまでもなくあの少年だろう。導き出される答えの中で最も可能性が高いものは……夢に出ていた謎の存在と再び戦闘しているのか。

 俺の答えが正しいことを証明するかのように、地面に何かが衝突した音や木々が倒れる音が耳に響いてきた。

 

「はぁ……最悪の方向にしか展開しないな。……ファラ」

「うん!」

 

 状況を察したファラは先ほどまでとは打って変わって、真剣な表情で俺の手の平の上に出てきた。

 

「セットアップ」

 

 と呟いた瞬間、ファラから漆黒の光が出始め、光は俺を包んでいく。

 ファラは漆黒の球体に姿を変え、それを中心に夜空のような蒼色のパーツが出現し、やや大振りな片手直剣が組みあがっていく。それを手に取った瞬間、俺の身体を黒のロングコートにシャツ、同色のズボンと黒一色のバリアジャケットが包む。

 

〔うん、夜だとマスターって全然目立たないね〕

〔それは前から分かってることだろ〕

 

 緊張感のないやりとりをしながら、俺は空中へと上がった。病院には戦闘の痕跡があるが、移動したのか誰の姿も確認できない。視線を這わせていると、街の一角から巨大な桃色の閃光が空を貫いた。

 

「……なんて魔力だ」

 

 自分よりも遥かに多い魔力を感じる。いったい誰が、と思ったが、魔力を持っていそうな人物の心当たりはひとりしかいなかった。

 

「高町か……」

 

 光の収束と共に、純白のバリアジャケットに身を包まれた高町が現れた。デバイスが自動でバリアジャケットやデバイスの形状の形成を行ったのか、地面に着陸した彼女は自分の身なりを見て驚いているように見える。

 どう考えても高町に魔法の知識はないだろう。魔力だけしか持たない少女にいきなり実戦をさせるなんて、あの少年は何を考えているのだろうか……。

 

「……なんて考えている場合じゃないか」

 

 夢で見たときよりも凶暴化している謎の存在は、高町へと襲い掛かっていた。高町は空を飛びながら攻撃を回避している。魔法の知識は皆無のはずだが……デバイスがかなり優秀なのかもしれない。

 仕方がないことと思うが、街が破壊されるのを見るのは気分が良いのものではないな。高町は現状の対応で精一杯なのか気にしている素振りは見せていないが。

 

「グワァァッ!」

 

 謎の存在、ロストロギアと呼ばれるであろう代物は咆哮を上げ、身体の一部を使って高町に攻撃する。

 

「きゃあぁぁっ!」

 

 悲鳴を上げて怯えた様子の高町だが、デバイスが防御魔法を展開したようで彼女は無傷だった。それどころか、衝突したロストロギアの一部を木っ端微塵にしてしまった。彼女は防御面に優れた資質を持っているのだろう。

 

「…………」

 

 介入するつもりでいたが、高町の予想以上の奮闘に俺は動けないでいた。叔母との約束を守らなければという思いももちろんだか、魔法に対して何の知識もなかった状態でここまで戦闘できる彼女に驚愕してしまったからだ。

 

「……!」

 

 高町が姿を隠すと、ロストロギアは少年の方に目標を変えて突撃した。ほぼ同時に桃色の光が同じ場所へと向かう。土煙が晴れると、ロストロギアを受け止めている高町の姿が見えた。

 デバイスの協力があるとはいえ、高町が行っているのは間違いなく実戦。魔法、ロストロギアといった未知の存在に戸惑いや恐怖を感じるだろう。何が彼女をあそこまで駆り立てるのか……。

 拮抗を崩す指示をデバイスが出したのか、高町は顔を歪ませつつも片手を伸ばした。そこに魔力が収束し、放たれる。

 魔力弾に貫かれたロストロギアは3体に別れ、それぞれ逃亡を始めた。すぐさま高町たちは、あとを追い始める。

 

「高町の速度じゃ追いつけそうにないな……」

 

 正体がバレる危険性はあるが、あれが結界の外に出るほうが不味い。

 高町から見えない位置で追跡し、徐々に距離を詰めていく。封印魔法の準備を整え、ロストロギアに向かって発動させようとした俺の視界の端に、桃色の光が入った。意識を向けるのと、桃色の閃光が凄まじい速度で発射されたのは同時に近かった。

 

「くっ……!」

 

 後方に宙返りし、どうにか砲撃を回避することができた。気づくのが少しでも遅ければ、運悪くロストロギアと共に砲撃の餌食になっていただろう。

 高町が放った砲撃は、的確に全てのロストロギアを捉え、封印を完了させた。

 一撃で封印する魔法の威力に防御魔法の強度、恐怖に負けない強い心。今は完全に素人だが、近いうちに彼女は俺よりも優れた魔導師になる。魔導師としての才能が違いすぎる。

 これはむしろ良いことだ。才能がなければ高町がどうなっていたか分からない。だがこれで彼女は、完全に魔法の世界に足を踏み込んでしまったことになる。彼女の性格を考えれば、これからもきっと危ないことに首を突っ込み続けるだろう。

 高町に何かあれば悲しむ人たちがいる……だが俺にも悲しませたくない人がいる。高町の潜在的な能力は俺よりも上……。

 砲撃に直撃しなかったことに安堵する一方で、そんな風に思わずにはいられなかった。

 

「…………喜ぶべきことだよな。俺が首を突っ込む必要がなくなったんだから」

 

 

 




 魔法と出会い、初めての戦闘だったのにも関わらずロストロギアを封印したなのは。
 ショウは彼女の潜在的な力を認めながらも、経験の浅い彼女では今後も封印できるとは限らないと考えてしまう。
 なのははまだしも、街に被害を出すわけにはいかないと自分に言い訳し、もしものときだけ介入するとショウは決める。
 新たなロストロギアの反応を感知し、それぞれの行動を取るショウとなのは。その一方で、なのはと同様にロストロギアを集めようとしている人物がいた。

 次回 第3話「新たな魔導師」


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第3話 「新たな魔導師」

 翌日、高町は何事もなかったように学校で授業を受けていた。

 魔法との出会い、初めての戦闘とこれまでの生活とは別世界のことを経験したはずなのに、何事もなかったように生活できるとは強心臓の持ち主だと言えるだろう。

 時々制服の中を覗き込んでいたことから、デバイスを身に着けていると思われる。少年の協力者になったということだろう。自分の意思なのか、デバイスにマスターと認められて少年が使用不可になったのかは定かではないが……おそらく高町の意思だろう。

 高町を時折観察しているうちに、あっさりと放課後を迎えた。学校にいる間に何か起きたら……と不安だったのだが一安心だ。

 

「じゃああたしとすずかは今日お稽古の日だから」

「行ってきます」

「うん、お稽古頑張って」

 

 バニングスと月村は高町に見送られ、車で去って行った。それを笑顔で見送った高町は、足早に帰宅し始める。

 

「……俺もさっさと帰るか」

 

 身の安全と高町が封印に失敗する可能性を考慮してファラと一緒に行動しているが、彼女にはかばんの奥に潜んでもらっている状態だ。窮屈な思いを1日させていたため、さっさと解放してやりたい。

 

「あっ、夜月くん。また明日」

 

 俺に気づいた高町は笑顔で言ってきた。なぜこのタイミングで俺の存在に気づいて話しかけてくるのだろうと疑問が湧くが、訪ねたところで「うーん……偶々気づいたから」のような返事しか返ってこないだろう。

 

「ああ、また明日」

 

 歩きながら返事を返して、会話を最低限に済ませる。高町も帰宅を始めたようで、俺の少し後を歩いているようだ。

 

「……!」

 

 歩き始めてすぐ、何かが発動した気配を感じた。高町が相手をしたロストロギアから感じられた気配に酷似している。

 

「ぁ……!」

 

 高町も感じたようで、立ち止まって振り返ったようだ。

 ここで俺も振り返ると、高町に怪しまれる……彼女の性格だと、俺が何をしているんだ? と思い、自分の行動に意味はないといった言葉を発する可能性のほうが高い気がする。だが怪しまれる可能性もある以上、高町と距離が開けるまではこのまま歩き続けた方がいいだろう。

 数分ほど歩き続けたとき、ファラから知りたくなかった情報が耳に入った。

 

〔……マスター、なのはって子とは別の魔力反応〕

 

 この言葉が意味するのは、状況から考えて高町に敵対する勢力の可能性が高い。

 俺は昨夜帰宅すると、ロストロギアの存在を叔母に教えるべく連絡をしたが、仕事が立て込んでいて出る暇がなかったのか、叔母は電話に出なかった。家に電話を忘れたまま仕事場で寝泊りしているのか、今日も折り返しの連絡はない。

 つまり、新たに現れた魔導師が管理局である可能性はないに等しい。そもそも管理局に情報が入ったとしても、この世界はあちらからすれば管理外と名のついた世界だ。すぐに管理局が到着するはずもない。

 

〔高町は……って聞くまでもなく向かってるはずか。高町に協力を依頼した奴は?〕

〔向かってるみたいだけど、なのはって子が先行してるみたい〕

 

 正義感の塊としか言いようがない行動だ。

 高町の潜在的な能力は認めるが……おそらく新たなに現れた魔導師は単独でロストロギアを集めようとしていることからそれなりの腕がある。魔導師になったばかりの高町が戦闘をしても勝つ可能性は極めて低い。

 叔母の立場を考えるとロストロギアが第3者の手に渡るのは良くないだろうが、首を突っ込むなとも忠告されている。傍観していただけだとしても、これといって文句は言われないはずだ。

 それに俺の第一の目的は街に被害を出さないことだ。高町が負傷しようとも、それは関わると決めた彼女の自己責任。だが……心配なことがある。

 魔法は基本的に非殺傷設定で使われるものだが、新たに現れた魔導師が犯罪者だとすれば殺傷設定で使用してもおかしくない。もしも殺傷設定で戦闘された場合、高町は下手をすると死んでしまう。もしそうなれば、多くの人間が悲しむことになる。

 

 高町の家族には良くしてもらってきた。俺は、あの人達の悲しむ顔は見たくない。

 

 どちらが封印しようとも構わないが、高町が危ないようなら介入する。

 そのように決めた俺は、ロストロギアの反応がするほうに向かって走る。

 

〔ちょっマスター、あんまり揺らさないで! 教科書とかに潰される!〕

 

 と走り始めてすぐにファラから抗議が入ったため、一旦立ち止まって彼女をかばんから出してポケットに入れる。人目のない場所まで到着するとセットアップし、空中へと上がった。

 

「……あれは?」

 

 夕焼けに染まった空を黒い虎のような生物が飛んでいた。

 どういうロストロギアかは不明だが、原生生物を取り込んで活動しているのだろう。虎がこのような場所にいるはずがないため、おそらく猫あたりを取り込んだと思われる。

 

「グワァッ!」

 

 翼を生やした黒虎は、咆哮を上げながらある場所に突撃していく。

 ここに来るまでに黄色い閃光を何度か確認している。魔力は人によって色が異なるため、高町のものではないと判断できる。つまり、向かった先は謎の魔導師のところだろう。

 

「でぇぇぇぇいッ!」

 

 気合の声と共に桃色の光が同じ場所へと向かって行った。声と魔力色から判断して高町だろう。

 

「あのバカ……!」

 

 魔導師が近くにいるというのに、迂闊に突っ込む奴があるか。そんな風に思った俺は、思わず動こうとしてしまう。

 だがすぐに、できる限り首を突っ込まないと決めたことを思い出して我に返る。それとほぼ同時に、黒虎が空へと舞い上がってきた。高町の一撃で下半身にダメージを負ったようで、骨のようなものがむき出しになっている。

 

「逃げる気か……」

 

 場所を移そうとした瞬間、黒い影が虎の背後に現れた。手に持たれているデバイスが姿を変え、黄金の刃の鎌と化した。

 

「ジュエルシード……封印!」

 

 次の瞬間には、謎の魔導師が黒虎を一刀両断した後だった。雷を彷彿させるような凄まじいスピードだ。

 無事にロストロギアは封印されたようで、謎の魔導師の背後に浮遊している。

 

「……はっ」

 

 謎の魔導師は首だけ動かした。見下ろしているようなので、俺ではなく高町の存在に意識を向けたようだ。ほんの数秒動きを止めた魔導師だったが、振り返ってロストロギアに近づく。

 

「ぁ……あの、待って!」

 

 高町が声をかけたのか、魔導師は動きを止めた。高町の話を聞くつもりなのかと思ったが、デバイスの矛先を下方向に向けた。魔導師の周りに電気を帯びた魔力弾が生成されているあたり、高町に攻撃しようとしているのだろう。

 ここからどう展開する……と頭を回転させたが、現実に起こったことは俺の予想外のことだった。高町が自分から魔導師に近づいていったのだ。

 

「あ、あの……あなたもそれ、ジュエルシードを探しているの?」

「それ以上近づかないで」

「いやあの……お話したいだけなの。あなたも魔法使いなの? とか。何でジュエルシードを? とか」

「…………!」

 

 さらに近づいた高町に魔導師は容赦なく魔力弾を発射した。高町はそれを避けることには成功したが、すでに魔導師は次の行動に移っている。

 

「ふ……!」

 

 高町の背後に回った魔導師は、再びデバイスを鎌状に変えて斬りかかった。高町は急上昇することでギリギリのタイミングだったが回避に成功した。

 魔導師は上を見上げ、高速で接近していく。高町は避けるつもりはなかったようで、ふたりのデバイスが激しく衝突した。

 

「待って! ……私、戦うつもりなんてない!」

「だったら……私とジュエルシードに関わらないで」

「――ッ、そのジュエルシードはユーノくんが……!」

「っ……!」

 

 魔導師は半ば強引に高町を吹き飛ばし、彼女が体勢を立て直している間に刃状の魔力を回転させて放った。

 

「く……」

 

 高町は防御魔法を発動させた。

 魔力弾と防御魔法が衝突し周囲に轟音を響かせた次の瞬間、魔力弾が爆ぜてさらなる轟音を響かせる。対防御魔法の魔法と言えそうな魔法だ。ダメージを負った高町は悲鳴を上げて落下していく。

 

「……ごめんね」

 

 俺の勘違いがかもしれないが、落ちていく高町に魔導師が謝っているように見えた。魔導師は落下していく高町に魔力弾の追撃を放つ。

 高町は行動不能に陥ったのか、空中に戻ってくる様子はない。魔導師の魔法は防御魔法を貫通していたようだが、高町にはバリアジャケットが損傷していたくらいで傷はないに等しかった。そのため殺傷設定で攻撃されてはいないはずだ。俺が介入するほどの怪我はしていないだろう。

 

「…………」

 

 魔導師はロストロギアに近づき、デバイスの中に収納した。すぐに立ち去るかと思ったが、視線を高町の方へと戻した。

 

「今度は手加減できないかもしれない……ジュエルシードは諦めて」

 

 何を言っているのかは分からないが……状況から推測するに関わるなとでも言っているのかもしれない。

 

〔……ファラ、あいつは?〕

〔あの子のところに到着したみたいだよ〕

〔そうか……なら俺が手を貸す必要はないな〕

 

 今は動物の姿をしているが、あの夢では少年の姿をしていた。体力や魔力も多少なりとも戻っているはずだから、高町が動けなかったとしても連れて帰るだろう。

 

「……あなたは何者ですか?」

「まずは自分から名乗るのがマナーだと思うが?」

 

 ふざけるのはやめろと言わんばかりに漆黒のデバイスの矛先がこちらに向けられた。

 先ほどまでは遠目でよく分からなかったが、魔導師は金髪をツインテールにまとめた少女だった。大人びた容姿をしているが、同年代か少し上といったところだろう。

 

「……単なる傍観者だよ」

「……ふざけないでください」

 

 ふざけたつもりは全くないのだが……彼女からすればふざけているように見えてもおかしくないか。

 

「あなたはさっきの子の協力者ですか?」

「協力者なら助けに入ってると思うが?」

「……そうですね。では質問を変えます。あなたもジュエルシードを集めているのですか?」

 

 集めているのであれば奪うといった意味を感じられる質問だな。集めていないといったところで、襲われる可能性は高いとは思うが、高町を全力で排除しようとしなかった彼女の性格に賭けてみるか。

 

「集めてはいない」

「なら、あなたの目的は何ですか?」

「ロストロギア……確かジュエルシードだったか。それを封印することだ」

「――っ」

 

 少女はデバイスを変形させて鎌状にし構えた。それを見た瞬間にこちらも剣を構える。

 先ほどまでよりも遥かに緊張感が高まっている。どうにか冷静さを保っているものの、実戦に対する恐怖を胸の奥のほうに感じる。

 

「それはジュエルシードを集めることと同義ではないのですか?」

「違うな。俺は街に被害を出したくないだけだ」

「……封印することが目的であって、ジュエルシードはどうでもいいと?」

「ああ。君とさっき戦った子が封印に失敗したときのために、俺はここにいただけだ。君だろうと、君と戦った子だろうと、封印してくれるのならば介入するつもりはない。もしも俺が先に見つけて封印した場合、君がほしいと言うのなら渡す」

 

 しばらくの沈黙の後、少女はデバイスの形状を通常型に戻した。

 少女は構えを解いたが、フェイントかもしれない。だが……彼女の瞳に敵意は感じない。このまま剣を構えていると敵意を増させるかもしないと思った俺は、後退しながら剣を下ろした。

 

「……今はあなたの言葉を信じます。ですが、嘘だった場合は容赦なくあなたを襲います」

 

 少女はそう言い残すと、高速で去って行った。安堵を覚える一方で、緊張が切れたせいか身体中から力が抜けていく。

 

〔マスター、あんなこと言っちゃってよかったの?〕

〔言うだけなら問題ないだろ。それに、あのふたりが入る以上は俺が介入することはないだろう〕

 

 あのふたりの間で衝突はあるかもしれないが、どちらにせよ封印はされるだろう。

 

「……それにしても」

 

 間近で見た少女の瞳は、とても寂しさに満ちているように見えた。高町が会話を試みたのは、おそらくそれが理由かもしれない。彼女は正義感や優しさの塊のようなものだ。あの少女を放っておくことはできないだろうから。

 

「…………」

〔……マスター、さっきの子のこと考えてる?〕

「別に……というか、何で急に不機嫌になるんだ?」

〔別に……〕

「別にって……とりあえず帰るか」

 

 

 




 寂しさを瞳に宿した少女は、なぜジュエルシードを集めるのか。
 少女に敗れたなのはだったが、それが気になって仕方がなかった。なのはが疑問の答えを聞くために、少女とぶつかってでも対話する道を選択する。
 これがショウの傍観者としての道に影響を与えることは、このときはまだ誰も知らなかった。

 次回 第4話「ぶつかり合う白と黒」


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第4話 「ぶつかり合う白と黒」

 金髪の魔導師と遭遇してから数日が経過した。その間、これといってロストロギア――ジュエルシードが発動した気配はなかった。高町たちか金髪の魔導師かは分からないが、どちらかが発動前に封印していると思われる。

 まあ……どちらの手に渡ろうと俺の知ったことじゃないが。

 高町が協力している少年が何のためにジュエルシードを集めているか俺は知らない。高町が協力しているため悪用するためとは考えにくいが、悪用しないとも言えない。そのため俺からすれば、少年と少女に大差がないのだ。

 ちょくちょく叔母に連絡を入れたものの、ケータイは電源が入っていない。ミッドチルダにある家は全て留守電だった。留守電に状況はきちんと入れてあるが、叔母は何日も家に帰っていない。管理局に今の状況が伝わるのがいつになるのか不明だ。

 

「なのはちゃん、今日も一緒に帰れないの?」

「うん……ごめんね」

「別に謝らなくていいわよ。大切な用事なんでしょ」

「ごめん……」

「……謝るくらいなら、事情くらい聞かせてほしいわよ!」

 

 校門を出たあたりで騒ぐ高町たち。高町がジュエルシードの封印を始めてから徐々に彼女とバニングスの仲は悪くなっていって今に至る。

 魔法文化が存在しない世界のため、高町が事情を説明できないのは分かる。バニングスの苛立ちもだ。だが彼女達がもう少し子供らしかったならばこのような衝突は起きなかったと思う。

 高町は説明できないことも理由だろうが、一番は心配をかけたくないということだろう。だから何も言おうとしない。事情が説明できないということも。

 バニングスは強気な性格をしているが、友達思いのある人物だというのは彼女を慕っているクラスメイトも多いことから分かる。付き合いが悪くなったことに対する苛立ちもあるだろうが、それよりも友人の力になってやれないといった感情が彼女の怒りの根源だろう。

 

「アリサちゃん……」

 

 このことを今もふたりの仲を改善しようとしている月村にでも伝えたならば、多少なりとも変化があるのかもしれない。

 だが、そうしてしまうと高町やバニングスまで月村のように俺との距離を縮めるのではないか。親しくなった先に不幸なことがあるのでは……とまで考えてしまい、父さん達を失ったときの感情が蘇ってきてしまう。

 これが主な理由で、月村とは多少なりとも親しいため叔母に連絡が取れないのと同様に気にしているのだが、俺は傍観者に徹してしまっている。

 

「ごめんね……」

「じゃあね! 行くわよすずか……ふん」

「あ、アリサちゃん……ごめんねなのはちゃん、また明日」

「あ、うん……」

 

 申し訳なさそうな顔でふたりを見送る高町。そんな彼女に

 ――魔法なんて今までの生活になかったものに関わるから良くも悪くも変化が起きるんだ。このままジュエルシードを集め続けても良い変化なんてありはしないだろうがな。

 と、困っている人を放っておくことができない彼女の性格に無意識に何かしらの感情を抱いているのか、俺は口には出さなかったが内心で呟いていた。

 

 ★

 

 その日の夜。時間は8時前と子供がひとりで出歩く時間帯ではない。

 その時間帯に俺は、とあるビルの屋上から街を見下ろしていた。理由は発動前と思われる微弱なジュエルシードの気配を感じたからだ。

 

「……さて、どっちが先に見つけるんだろうな」

 

 高町たちも金髪の魔導師もジュエルシードの気配に気が付いているはずだ。今もこの周辺を探し回っていることだろう。

 いや、探し回っているのは高町の方だけか。金髪の少女は魔法の知識をきちんと持っているはずだから、魔法を使って探しているだろう。

 

「……ん?」

 

 突如、この街で最も高い建設物の頂上付近から強い魔力を感じた。穏やかだった夜空に暗雲が出現し、雷雲と化した。それとほぼ同時に、広域の結界が張られる。前者は金髪の魔導師、後者はあの少年だろう。

 雷鳴が鳴り響く街に桃色の光が発生する。高町がセットアップしたのだろう。

 街のとある一角に落雷した瞬間、ジュエルシードの気配が強まった。強制的に発動させられたのを物語るかのように、淡い青色の光の柱が発生している。

 

「ファラ」

「うん」

 

 俺の言いたいことを察したのか、ファラはすぐさま返事を返してきた。ファラは夜空色の剣に姿を変え、俺も私服から黒衣のバリアジャケットに変わる。

 介入するつもりはないが、ふたりが衝突しどちらも行動不能になる可能性もゼロではない。万が一のことを考えて準備しておいても損はないだろう。

 

「まあ……魔導師としての経験の差からして高町が負けるだろうが」

 

 青い光の柱に向かって、桃色と黄金の砲撃が迫っていき同時に衝突した。ジュエルシードに直撃したというよりも、ふたつの砲撃が衝突したからと言えそうな轟音が響き渡る。

 

「ジュエルシード……!」

「……封印ッ!」

 

 光の柱があった場所で凄まじい爆発が生じた。土煙が晴れると、無事に封印されたジュエルシードが姿を現した。

 

「ここからが本番だな」

 

 高町も金髪の魔導師もお互いの存在とジュエルシードの位置を認識している。高町側には少年がいるが金髪の少女はひとり。彼女の実力を考えればひとりでも渡りあえないことは……いや、3人の他にも魔力を持った奴がいるな。

 推測するに少女の使い魔の可能性が高い。使い魔の能力は主の能力に比例する場合が多いため、金髪の少女の能力を考えると使い魔の能力も高いだろう。

 おそらく高町と金髪の少女、少年と使い魔の戦闘になるはずだ。少年には魔法の知識と経験があるだろうから、使い魔と戦ってもすぐにはやられることはないだろう。

 この勝負の行く末を決めるのは高町と金髪の少女の勝敗になる。が、高町が勝つ可能性は低い。

 介入すると金髪の少女からは敵だと認識されてしまうため、できれば介入したくないが……高町に死なれるほうが困る。

 

「念のため準備はしておくか……」

 

 何かがぶつかり合う轟音が響いた。はっきりとは見えないため、ファラに拡大した映像を見せてもらう。フェレットのような動物とオオカミ型の生物が向かい合っていた。

 フェレットのほうは少年だろうが……見る人間によっては少年は高町の使い魔扱いされるだろうな。そんなことを思いながら、もうひとつ表示されているモニターに目を移した。ジュエルシードを境にして、高町と金髪の少女が映っている。

 

「私、なのは。高町なのは。私立聖祥大学付属小学校3年生」

 

 ……この前できなかったからって理由でここで自己紹介?

 少女になぜジュエルシードを集めるのか? と問うためにしたことだと理解したのは、そう思ってから数秒後だった。

 意識を戻すと金髪の少女は黙れと言わんばかりにデバイスを鎌状に変えて高町に向けていた。高町は怯む様子を見せたが、それも一瞬で力強い瞳を金髪の少女に向ける。

 

「ジュエルシードは諦めてって……言ったはずだよ」

「それを言うなら、まだ私の質問にも答えてくれてないよね。まだ名前も聞いてない!」

 

 そこで会話は止まってしまったが、ふたりは身動きせずに視線を合わせたままだ。自分の意思をぶつけ合っているのだろう。

 先に動きを見せたのは金髪の少女のほうだった。高町から視線を外し、向けていたデバイスを下げる。

 彼女が瞼を下ろし……開けたときには強い意志が宿っているように見えた。デバイスを上段に構え、周囲に電気を帯びた魔力弾を形成する。

 

「他人を傷つけてでも貫きたい思いがあるのか……」

 

 高町を少女が追う形で空中戦が始まる。俺はふたりよりも高い位置まで上昇し、戦闘の様子を窺う。

 

「……高町は天才か」

 

 そう呟かずにはいられないほど、高町の魔導師としての技能は上がっていた。日々特訓したのだろうが、ついこの間魔導師になった人間が到達できるレベルではない。

 金髪の少女の魔力弾を全てかわした高町は、魔力弾を4発放った。が、それをもらうほど金髪の少女の技能も低くはない。

 

「……かわすのは想定ずみか」

 

 金髪の少女は、砲撃の準備を終えた高町を見て俺と同様に驚いている。全速で追いかけていた彼女は急な方向転換はできず、桃色の閃光を魔法で防ぐしかなかった。

 

「く……」

 

 高町の砲撃は見るからに強力。真正面から受け止めるのは、よほど防御に自信があるものでなければ難しいだろう。

 俺ならば防御魔法で受け止めて回避するための一瞬の時間を作って離脱する。少女も同じ思考に至っていたのか、高町の砲撃の直撃を避けてデバイスを構えなおした。

 

「目的があるなら……ぶつかりあったり、競い合ったりするのは仕方がないかもしれない」

「…………」

「だけど……何も分からないままぶつかり合うのは嫌だ」

「…………」

「私も言うよ。だから教えて、どうしてジュエルシードが必要なのか!」

「……私は」

「フェイト、言わなくていい!」

 

 高町の言葉に耳を傾けそうになった少女を、彼女の使い魔が制した。金髪の少女はフェイトと言うらしい。

 

「ジュエルシードを持って帰るんだろ!」

「……ん!」

 

 使い魔の言葉に自分の成し遂げようとする目的を思い出したのか、フェイトという少女の瞳に力が戻った。

 フェイトは、デバイスを砲撃に使用した形態。高出力の魔法を用いると思われるフォルムに変化させ、ジュエルシードの元へと向かった。高町もすぐさま追いかける。

 

「「……ぁ!」」

 

 ふたりのデバイスがほぼ同時にジュエルシードに触れた。直後、凄まじい光と音が発生し……そして

 

「「……!」」

 

 高町とフェイトのデバイスに亀裂が入った。それとほぼ同時に、これまでで最も強くジュエルシードが発動し、青白い光が空を貫く。発生した衝撃によってふたりは飛ばされたが、経験の違いが出たのかフェイトはすぐさま体勢を整えた。

 

「……ごめん、戻ってバルディッシュ」

 

 フェイトは損傷したデバイスを待機状態に戻すと地面に着地。次の瞬間には、ジュエルシード目掛けて飛行し始めていた。デバイスなしに封印しようと言うのか。

 

「……ファラ」

「助けるのはなのはって子だけじゃなかったの?」

「それ以前に封印するのが目的だろ。今の彼女より俺たちのほうが確率は高いさ」

 

 ビルから飛び降り、飛行してジュエルシードへと向かう。

 フェイトとは接触したことがあるため顔は知られているが、高町には知られていない。そのためジュエルシードに接近して封印するという選択はできないため、必然的に砲撃魔法を用いるしかない。

 高町のような砲撃型の魔導師でもない俺が高出力の砲撃をするには圧縮や収束といった技術が必要になってくるため、高町以上の時間がかかる。そのため剣に魔力を集めながらフェイトへ念話を送る。

 

〔砲撃に巻き込まれたくなかったら止まれ〕

〔――っ! あなたは……やっぱり〕

〔俺の目的は封印、ジュエルシードはいらないと君に言ったはずだ〕

 

 魔力斬撃と呼べそうな砲撃をジュエルシード目掛けて放つ。漆黒の光は、ビル明かりの中を通って真っ直ぐジュエルシードに向かう。断ち切るように飲み込んだ漆黒の光が消滅すると、封印されたジュエルシードの姿があった。

 フェイトはこちらの様子を窺いながらジュエルシードに近づいてそっと拾い上げた。使い魔は人型になりながら彼女に走り寄っていく。

 

「フェイト、平気かい!」

「うん、大丈夫」

「……あいつ」

「アルフ、あの子は私の代わりに封印してくれただけだと思う。念話で近づくなって言ってたし……味方とは言えないけど、少なくても今は敵じゃないよ」

 

 フェイトと使い魔は、ジュエルシードを手に入れると足早に去って行った。使い魔のほうに睨まれていた気がしたが……砲撃を撃ったのだから警戒されても仕方がないだろう。

 俺だとは知られていないだろうが、俺の存在は今回のことで高町側にも知られてしまった。俺も長居は無用だ。

 

「ファラ、俺たちも帰ろう……」

 

 

 




 なのはとフェイト、ふたりのデバイスが破損するという事態に、ショウは介入することを決めた。
 ショウは自分の存在がなのはにもバレたかと思ったが、デバイスが破損していたからか気づかれてはいないようだった。しかし、少女達が再び衝突するときに管理局が現れる。反抗する意思はないショウは、素直に管理局の指示に従うのだった。

 次回 第5話「管理局、到着」


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第5話 「管理局、到着」

 高町がフェイト相手に奮闘した日。帰ったあとでファラから聞かされたが、ジュエルシードからはこれまでよりも遥かに膨大な力が発生していたらしい。おそらく魔法文化のある世界で次元震と呼ばれる事象だろう。

 小規模であれだけの力が生じるとなると、高町とフェイトのデバイスの破損や聞いたことしかないロストロギアや次元震によって世界が崩壊するという話にも頷ける。

 

「……さて、これからどうなることやら」

 

 教室の窓から空を見上げながらポツリと呟く。先生は月の満ち欠けについて話し、クラスメイトたちは真面目に授業を聞いている。魔法に関わっていない普通の子供だったならば、俺も平和でのんびりとした日々を送れたのかもしれない。

 まあ平和だとしても、ふとしたことがきっかけでケンカをしたりするわけだが……。バニングス、自分から高町と距離を置こうとしていたのに、授業中に何度も様子を窺うあたり本当は仲直りしたいんだろうな。

 

「……ぁ」

 

 バニングスの視線に気が付いたのか、高町が彼女の方に顔を向けた。バニングスは視線をさ迷わせたあと、素っ気無く顔を背けた。どうやら素直に仲直りするつもりはないらしい。

 そんなバニングスに対して高町は、彼女らしい反応だとでも思ったのか笑顔を浮かべた。ふたりを心配そうに見ていた月村は、高町に何かあったのかなといったような目で見ている。

 

 まだ時間はかかるようだけど、改善に向かっているならいいことだな。

 

 仲の良い3人と認識されてるため、気にしているクラスメイトも多い。クラスに気まずい空気があるのは誰だって嫌なものだ。できるだけ早く改善されることを祈ろう。

 

「ぁ……」

 

 ふと高町と目があった。視線で前を向いたほうがいいと返すと、彼女は慌てて前を向いた。

 介入したことで俺が魔導師だと疑われ始めると思ったが、デバイスが破損しているために魔力反応を調べたりしていないのか、これといって変化は見られない。とはいえ、そろそろ高町のデバイスも修理が完了してもおかしくない。これまで以上に隠蔽に勤めなければすぐにバレるだろう。

 

 傍観者に徹するつもりだったんだけどな……

 

 だが次元震が起き、あのふたりのデバイスが破損していた状況じゃ仕方がないか。高町ではなく、フェイトという少女を助ける形で介入するとは予想外だったが……結果的には高町も助けたようなものか。俺が介入しなければどうなっていたか分からない。

 そう考えれば、どうにか自分の気持ちに折り合いをつけることができる。

 

 ……本格的に介入するとしたら俺はどっちの味方をするのだろうか?

 

 普通に考えれば、安全のために封印していると予想される高町側に付くべきだ。叔母の立場も考えれば、確実にそのほうがいい。フェイト側には何かしらの目的があるのは目に見えているのだから。

 だが……あの子は何のためにあそこまで必死になるのか気になる。

 これまで見てきた限り、あの子には必要以上の戦闘をするつもりはないように思える。俺に手出しをしてこないことが何よりも理由になるはずだ。

 あの子は優しい心の持ち主だと予想できる。なのに……他人を傷つけてでも成し遂げようとする意志がある。彼女の瞳に宿った寂しさが関係しているように思えるが……

 

「……何を考えてるんだ」

 

 自分から他人に踏み込もうなんてどうかしている。人には人の事情があるんだ。彼女が何を思い、何のために行動するかなんて俺には関係ないはずだ。俺の目的はあくまで街に被害を出さない、出すにしても最低限にすることなんだから。

 

 ★

 

 夕方。ジュエルシードの気配を感じていた俺は、高町のあとを追うように海辺にあるコンテナが山のように積まれた場所に向かった。これまでと同様にバリアジャケットを身に纏った状態で離れた場所から様子を窺う。

 高町と同じタイミングでフェイトも到着したようで、ふたりはジュエルシードからお互いへと視線を移したようだ。フェイトがデバイスを出現させると、高町も同様にデバイスを出現させる。

 

「あの……フェイトちゃん?」

 

 高町が顔色を窺うように名前を呼んだ。するとフェイトの表情が変わった――が、それも一瞬ですぐに戻る。

 

「……フェイト・テスタロッサ」

 

 これまでと同様の展開になるかと思ったが、意外にもフェイトは高町に名乗り返した。高町は嬉しかったのか微笑みを浮かべ、再度話しかける。

 

「うん……私はフェイトちゃんと話をしたいだけなんだけど」

「ジュエルシードは……譲れないから」

 

 高町に返事を返すのと同時に、フェイト――テスタロッサの服装がバリアジャケットに変わった。

 

「私も譲れない」

 

 高町もバリアジャケットを身に纏い、デバイスを構えた。

 

「理由を聞きたいから。何でフェイトちゃんがジュエルシードを集めているのか……何でそんなに寂しそうな目をしているのか」

「……!?」

 

 高町の最後の言葉に驚きに何かが混ざった表情を浮かべるテスタロッサ。だが生じた感情を振り払うかのように、高町に敵意のある目を向けた。

 

「私が勝ったら……お話聞かせてくれる?」

 

 高町の問いにテスタロッサは答えなかった。フェレット姿の少年やテスタロッサの使い魔も黙って様子を窺っている。

 白と黒の魔導師はほぼ同時に走り出して距離を詰め、それぞれデバイスを振った――

 

「「……!」」

 

 ――いや、振ろうとした瞬間に水色の光がふたりの間に落ちた。光の収束と共に現れたのは黒衣の少年だった。

 

「そこまでだ」

 

 少年が言葉を発したのと同時に、高町とテスタロッサの手足にはバインドがかけられた。高町はまだしも、テスタロッサに悟られずにバインドをかける速度からして熟練した魔導師だと分かる。

 

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ」

 

 やっと管理局が来たと安堵にも似た感情を抱いたが、結局今日まで叔母から連絡は返ってこなかった。叔母経由で情報が伝わったというより、先日次元震が起きたから様子を見に来た。そういう流れのほうが納得できる。

 叔母が大変なのは分かるが……もう少し私生活に時間を割いて欲しい。

 おそらく高町と顔を会わせることになるだろうと内心で諦める一方で、そんな風に思わずにはいられなかった。

 

「詳しく事情を聞かせてもらおうか?」

 

 黒衣の少年は高町とテスタロッサの顔を交互に見ながら言った。その矢先、彼に向けてオレンジ色の魔力弾が飛んで行った。それを察した少年は、防御魔法を展開して防いだ。

 

「フェイト、撤退するよ」

 

 魔力弾を放ったのはテスタロッサの使い魔だった。

 少年はデバイスを使い魔へと向けて魔力弾の生成にかかったが、後方に高町がいることに気が付き、即座に広範囲の防御魔法に切り替えたようだ。防御魔法が展開されると、すぐさま魔力弾が雨のように降り注いだ。

 バインドが解けたようで、テスタロッサが土煙の中から現れる。どうやらジュエルシードの方へ向かっているようだ。その行動は使い魔にとっても予想外だったのか、魔力弾を撃つのをやめた。

 その機を少年が見逃すはずもなく、ジュエルシードへと向かうテスタロッサに3発の魔力弾が放たれた。魔力弾はテスタロッサに直撃し、彼女を吹き飛ばす。

 

「フェイト!」

 

 使い魔は血相を変えてテスタロッサの元へと駆け寄り、彼女を抱きかかえた。

 土煙が完全に晴れてデバイスをテスタロッサたちに向けた少年とバインドされたままの高町の姿が現れる。少年は表情を変えることなく、魔力弾を生成し始めた。使い魔は自分が壁になろうと、テスタロッサを力強く抱き締める。

 

「だめぇッ!」

「ぁ……」

「撃っちゃダメ!」

 

 少年は高町の声に気を取られた。その隙に使い魔はテスタロッサを抱きかかえて上空へと跳び上がり、転移して消えた。

 

『クロノ執務官、お疲れ様』

「すみません艦長、片方逃がしました」

『うん、大丈夫よ。詳しい話を聞きたいわ。その子達と彼をアースラまでご案内して』

「了解」

「……彼?」

 

 どうやらテスタロッサのあとを追うことよりも、高町達から事情を聞くことを優先するようだ。その前に俺にも同行しろと指示があるだろうが。

 

〔君も一緒に来てもらうよ〕

〔分かっていますよ。そちらに行けばいいですか?〕

〔ああ、そうしてくれると手間が省ける〕

 

 俺は深いため息を一度した後、少年達のいる場所へと飛んで行った。

 

「…………」

「え……」

 

 少年のほうは「それじゃ行こうか」といった表情をするだけだった。だが高町はというと、予想していたとおり完全に困惑している顔だ。

 

「夜月……くん?」

 

 

 




 管理局の到着がきっかけで、ショウとなのははクラスメイトとしてではなく魔導師として接触した。なのはは急なことで理解できず、戸惑ってしまう。そのためでショウに詳しいことを聞けないまま、クロノの案内で彼女達はアースラへと向かった。
 アースラでショウ達を待っていたのは、艦長のリンディ・ハラオウン。彼女はショウの家庭事情を知る数少ない人物でもあった。


 次回、第6話「リンディとの再会」


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第6話 「リンディとの再会」

 俺と高町、それとフェレット姿の少年は黒衣の執務官に次元航行艦に案内された。俺や少年のように魔法文化を知る人間には問題ないが、つい先日まで平凡な小学生だった高町には珍しいようだ。これといって何もない通路を歩いているのにも関わらず、辺りをキョロキョロと見ている。

 

「……ぁ」

 

 俺が様子を見ていたこともあって、高町と視線が重なった。だが彼女は、すぐさま俺から視線を外してさ迷わせ始める。

 

 まあ……大声を出されるよりはマシか。

 

 予想ではここに来る前に大声を出されるかと思っていたのだが、どうやら高町の中では驚きよりも戸惑いの方が強いようで、視線が重なったりすると今のような反応を取られる。当然といえば当然の反応なので傷ついたりはしないが。

 

〔……えっと、ここどこだろうね?〕

 

 無言が気まずいのか、純粋に気になっているだけなのかは分からないが、高町が念話で訪ねてきた。いまさら魔導師じゃないと誤魔化せるわけもないため、素直に返事を返すことにする。

 

〔十中八九、管理局の次元航行艦の中だろう〕

〔え……夜月くん、知ってるの?〕

〔ああ〕

〔えっと、何で夜月くんは知ってるの? 私と一緒で魔法なんてない世界に住んでて、普通に学校に通ってたはずなのに〕

〔それは……〕

 

 返事をしようとした瞬間、前を歩いていた少年が何かを思い出したように声を発しながら振り返った。

 

「君たち、バリアジャケットは解除して」

「あっ、はい」

「はい」

 

 高町と俺は返事を返し、バリアジャケットを解除して制服姿に戻った。ファラの姿を見せると面倒なことになりそうだったため、誰にも見えないようにすぐさまポケットに仕舞う。

 荒かったのか変なところでも触ってしまったのか、ポケットの中にいるファラから殴られてしまった。ほとんど痛くないので何も反応しなかった。

 管理局の少年に視線を向けられたが、俺が首を傾げて何か言いたいことでもあるのかと訪ねると彼は首を横に振った。

 高町が何か言いたげな表情でこちらを見てきたが、彼女が口を開く前に管理局の少年が視線をフェレットに向けて言った。

 

「君もだ。その姿が本来の姿じゃないんだろ?」

「……あ、そういえば」

 

 気になった高町はフェレットを覗き込むようにして屈んだ。

 フェレットの身体が発光し始めると、人型へと変わり始める。それと同時に覗き込んでいた高町がしりもちをついたのは言うまでもない。光が収まると、前に夢で見た金髪の少年の姿が現れた。

 

「なのはにこの姿を見せるのは久しぶりだっけ?」

「あ、ああ……あああ」

 

 いや、どこからどう見ても高町は初めて見たって反応だろう。

 俺は魔法を知っていたこともあって、あの夢を気にして覚えていたが、高町は普通に忘れていただろうから無理もない。

 金髪の少年は高町の手を取って立ち上がらせる。高町は立ち上がるのと同時に口を開いた。

 

「ユーノくんって……普通の人間の男の子だったの?」

「あれ? なのはにこの姿で会ったことは……」

「ううん、ううん、ううん!」

 

 激しく首を横に振りながら否定する高町。このふたりは一緒に行動していたはずなのだ。ユーノと呼ばれた少年が男だと知らないで生活していたとすれば恥ずかしい思いを……いや、考えるのはやめておこう。俺がどうこう口を挟む問題ではない。

 

「とりあえず、こちらを優先させてもらってもいいか?」

「「あっ、はい」」

 

 再び歩き始めた俺達は、ある一室に入ることになった。

 

「…………」

 

 部屋に入った俺は思わず言葉をなくした。艦内だというのに桜にししおどしが存在していたからだ。視線を部屋の中央に向ければ、茶道に用いられる道具まで用意されている。日本に住んでいる人間でさえ異質に感じる空間だ。

 部屋の中央に静かに正座している女性は、おそらく艦長またはクロノという少年の上司に当たる人物だろう。

 

「どうぞ」

 

 中に招き入れられた俺達は女性の元に向かって進み、彼女の前に並んで正座した。順番に顔を見た女性は、俺と視線が重なると驚きの表情を浮かべる。

 

「あなたは……まさか」

「お久しぶりですね……リンディさん」

 

 俺に全ての視線が集中した気がした。次元航行艦の艦長と魔法文化のない世界の子供が知り合いだったのだから、俺が別の立場だったならば同じような反応をしていることだろう。

 

「……本当に久しぶりね」

 

 リンディさんの瞳には、優しさや寂しさといった様々な感情が混じっているように見える。

 彼女と初めて会ったのは、両親の葬式だった気がする。そのときは泣いてばかりいて、誰が来ていたのかはよく覚えていない。

 だが俺はこれまでに叔母に連れられて何度かミッドチルダに行ったことがある。そのときにリンディさんが訪ねてきたことがある。

 

「艦長、彼とお知り合いだったんですか?」

「ええ、彼のお父さんは元々管理局で技術者として働いていたから。技術者の中でも結構独特の研究をしていたわ」

「独特……デバイスに関する何かですか?」

「あら、鋭いわね」

「彼は先ほどバリアジャケットを解除したとき、誰にも見せないようにデバイスをしまってましたから」

 

 俺とあまり歳が変わらないのに執務官になっているだけあって洞察眼はかなりのもののようだ。

 待てよ……記憶は曖昧だけど、リンディさんの息子さんは俺より5つくらい上だったか。執務官の少年はクロノ・ハラオウンと名乗っていたから、おそらくリンディさんの息子さんのはず。背丈は俺とあまり変わらないけれど、あっちのほうが年上なんだよな。

 などと考えていると、いつの間にか全員の視線が集まっていた。デバイスのことが気になっているのだろう。

 高町の前で出すと誤解されそうだが……変に隠し続けてバレたときのほうが誤解されるか。そう思った俺は、ポケットからファラを取り出した。全員の視線はファラへと移る。

 

「艦長……」

「この子は人型フレームを採用して作られた最初のインテリジェント・デバイス。名前はファラ……正式名称はファントムブラスターだったかしら」

「女の子の……デバイス?」

「え、えっと……」

「……マスター」

 

 ファラは視線をさ迷わせた後、こちらに助けを求めてきた。人間と同じような反応するものだと感心する。だがファラよりも先に相手をしなければならない子がいる。言うまでもなく、何かしら誤解していそうな高町だ。

 

「高町、言っておくけど女の子みたいな趣味はないから」

「え……あっ、うん」

「…………」

「疑ってない、疑ってないから!」

 

 そこまで必死に否定されるほうが、こちらとして余計に疑ってしまう。しかし、こちらまで必死になってしまうとかえって疑われる恐れがある。このへんで終わっておいたほうがいいだろう。

 ファラを胸ポケットに入れながら、リンディさんに話しかける。

 

「リンディさん。こちらから言うのも変ですが、そろそろ本題に入りませんか?」

「それもそうね」

 

 こほん、と咳払いしたリンディさんの顔つきが真剣みを帯びたものに変わった。俺達は、改めて姿勢を正して彼女に向かい合う。

 

「まずは……そうね、ショウくん。君はどこまで分かってるのかしら?」

「首を突っ込むなと言われてましたから、そこにいるふたりほどは……。はっきり分かってることは名称くらいですね」

「……充分に突っ込んでると思うけどね」

「突っ込みたくて突っ込んだんじゃないですよ」

 

 執務官の独り言に、視線はリンディさんに向けたまま返事をした。

 彼の言葉は事実であり、最もなことだ。俺にも事情はあったが、ここは聞き流すのが正解だった。

 そんな風に言い終わってから後悔する。それと同時に、同年代よりも精神年齢が高いだの、子供らしくないだの言われていても、自分はまだまだ子供なのだと実感した。

 微妙な気まずさが流れ始めたが、リンディさんは気にした様子もなく、本題の話を始めた。リンディさんはユーノという少年に事の経緯の説明を求めた。少年は責任を感じているような顔をしながら話し始めた。

 

「……そう。ロストロギア《ジュエルシード》を発掘したのは、あなただったんですね」

「……はい」

「あの……ロストロギアって?」

 

 高町の質問に、リンディさんは困ったような笑みを浮かべた。魔法文化に詳しくない高町に、どのように説明したらいいか迷っているのだろう。

 

「うーん……遺失世界の遺産って言っても分からないわね」

 

 ロストロギアについて簡単に説明するために、リンディさんは次元世界には多くの世界があること。その世界の中には、間違った方向で技術や科学が進化してしまった世界があることを説明した。

 

「進化しすぎてしまった技術などで自らの世界を滅ぼしてしまって、あとに取り残された危険な遺産」

「それらを総称してロストロギアと呼ぶ」

「そう、私達管理局や保護組織が正しく管理していなければならない品物。それがあなた達が探しているジュエルシード」

 

 リンディさんは一度お茶を飲み、その後ジュエルシードについて詳しい説明をし始めた。彼女は近くにあった角砂糖をお茶の中に入れる。

 俺は事前にリンディさんが甘党だと知っていたためどうにか我慢できたが、高町は声を上げてしまった。高町の反応は地球――日本に住んでる者としては当然の反応だろう。俺も面識がなかったなら、彼女のように声を上げていたはずだ。

 

「君とあの子がぶつかったときに生じた振動と爆発。あれが次元震だよ」

「あっ……」

「たったひとつのジュエルシードでもあれだけの威力があるんだ」

 

 何もなかった空間にジュエルシードが映ったモニターが出現する。それは執務官の説明に合わせて変化していく。

 

「複数個で発動した際の影響は計り知れない」

「大規模な次元震やその上の災害《次元断層》が起きれば、世界のひとつやふたつ簡単に消滅してしまうわ。そんな事態は防がなきゃ」

 

 そこまで言うとリンディさんは、砂糖だけでなくミルクも加えたお茶を飲んだ。甘いものは平気だが、あのお茶の味を想像すると吐き気を覚えてしまう。

 一息ついたリンディさんは、笑みを浮かべながら俺達に告げる。

 

「だから、これよりジュエルシードの回収は私達が担当します」

「え……」

「…………」

 

 リンディさんの言葉に、高町は声を上げ、ユーノという少年は膝の上に置いていた拳をより強く握り締めた。子供ながらに責任感や正義感を感じているのだろう。

 

「君達は今回のことを忘れて、それぞれの世界に帰るといい」

 

 執務官の言葉を聞いたとき、俺の胸の中にある疑問が巻き起こった。 

 なぜリンディさんは、高町にロストロギアのことやジュエルシードの危険性を簡潔にではあるが話したんだ。自分達が回収を引き継ぎ、これ以上関わらせないようにするなら話す必要はなかったはずだ。これから導き出される答えは……

 

「でも……!」

「まあ急に言われても気持ちの整理はつかないでしょう。今夜一晩ふたりで話し合って、それから改めてお話をしましょ」

 

 そう言ってリンディさんはにこりと笑った。

 おそらくリンディさん達は、高町達を協力者として迎え入れたいと考えているはず。自分達から協力してほしいと言わないのは、対等な関係ではなく指揮下に置きたいからだろう。

 高町のような高い潜在能力を持つ魔導師は、魔法文化のある世界でも極めて稀な存在。存在する世界に対して、管理局員の数は全然足りていないという話も聞いたことがある。俺の出した答えは、ほぼ間違いないだろう。

 自分達だけでも解決できるのだろうが、今後のために優秀な魔導師のスカウトも忘れない。叔母が言っていたように、リンディさんは仕事ができる女性のようだ。

 などと考えてしまったものの、ただの考えすぎかもしれない。いくら高い能力を持っていようと、リンディさん達からすれば素人なのだから。

 

「……あの」

「何かしら?」

「今ふたりって言いましたよね? その、夜月くんは?」

「ふたりって言葉に、別に深い意味はないのよ。ショウくんはあなた達と別行動だったでしょ?」

 

 微笑みながら言われた言葉に、高町は納得したような顔を浮かべる。もちろん今のも理由だろうが、他にも理由があるだろう。

 俺には家族に管理局に関わっている人間がいる。それに人型フレームを採用したデバイス《ファラ》を所持している。これ以上首を突っ込まないように厳しく注意されるか、保護されることになるだろう。

 

「さて、時間も時間だからあなた達はもう帰りなさい。あ、ショウくんは残ってね。もうちょっとお話があるから」

「え……」

「大丈夫だよ高町。リンディさんは多分個人的な話をするだけだろうから。俺の父さんと知り合いだったって、さっきも言ってただろ?」

「あ……うん」

 

 それからすぐに高町達は家へと帰って行った。帰されたという表現の方が正しいかもしれないが。

 先ほどまでの様子を見る限り、おそらく彼女達の答えは決まっている。時間を置いても無駄だろう。リンディさん達がどういう答えを出すかは分からないが……他人の事よりもまずは自分のことか。

 

「さて……何から話したらいいかしら」

「何からでも構いませんよ。リンディさんがしたい話でも、俺の今後の話でも……。時間はたっぷりありますから」

「君は何を言っているんだ。あまり遅くなると親御さんが心配するだろう」

「リンディさんから聞いてないんですか?」

 

 俺の問いに執務官は小首を傾げた。冷静に考えてみれば、俺のことを知らなかった時点で聞いていないに決まっている。

 あまり他人に話したいことではないが、彼は執務官になっているほど優秀な人間なのだから、疑問を持たれたらすぐにでも真実に辿り着かれることだろう。素直に話しておいたほうが、高町達に知られないように協力してくれるかもしれない。

 

「……俺にはもういませんよ。大分前に亡くなりましたから」

「そうだったのか……すまない」

「いえ、構いませんよ。俺にはファラもいますし、今は叔母が親代わりになってくれてますから……今は仕事で地球にはいないんですけど」

「……その人が何をしているのかは分からないけど、家に帰ってくるように言ったほうがいいと思うよ。君のほうで連絡が取れないようなら、こちら側で手回しして連絡してもいい」

「ありがとうございます。じゃあ家には帰ってこなくてもいいけど、今後はこっちからの留守電とかは聞くようにって言っておいてください。そうしたら俺が首を突っ込まなくてもよかったかもしれないので」

「…………艦長」

「うん、言いたいことは分かるわ。でもね、彼女ってほとんど家事ができないのよ。技術者としては優秀なんだけど……優秀過ぎるから今回のような問題も起きているわけだけど」

 

 

 




 ジュエルシードの回収は管理局が行うことになった。今回のことは忘れて自分の世界に帰れと言われたなのは達だったが、それぞれの思いを胸に自分達も協力したいと申し出る。ショウは特殊なデバイスを所持していることもあって保護されることになった。
 ショウ達がアースラに移って10日目。管理局に見つからないように密かに行動していたフェイトが動きを見せる。

 次回、第7話「協力と襲撃」


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第7話 「協力と襲撃」

 俺は話し合いの結果、安全面を考えて事件が終わるまでアースラに保護されることになった。

 高町達は予想していたとおり、管理局に協力を申し出たようだ。何かしらの戦力になると判断されたようで、彼女達はジュエルシードの回収を手伝うことになった。

 高町はジュエルシードを回収する中で、ユーノ・スクライアから魔法についてのレクチャーを受けて日々成長している。この前まで魔法を知らなかった普通の少女が、リンディさんに優秀だと認められていることから破格の成長速度と言っていいだろう。

 順調に管理局側はジュエルシードを回収しているが、テスタロッサ達も管理局の手を掻い潜ってジュエルシードを回収し続けている。分かっていたことだが、あちらもかなり優秀なようだ。

 現在はアースラに移ってから10日目を迎えている。高町も俺と同様にアースラに移っていることに加えて、彼女達とは同年代ということもあって一緒にいることが多い。

 俺から顔を合わせようとしているわけではない。部屋に篭っていても高町達の方からこちらに来てしまうからだ。

 正直な話、戸惑われたままというのも対応に困ってしまうが、変に親しくされるのも困る。まあ現状でする話はジュエルシードのことやテスタロッサのこと、魔法のことくらいでプライベートに関することはない。

 テスタロッサに対する態度から踏み込んできそうなタイプだと思っていたが、俺が思っていたよりも高町は踏み込んではこないようだ。単純に俺のことよりも、テスタロッサの方が気になっているだけかもしれないが。

 

「私達が手に入れたジュエルシードの数は4つ。そして、フェイトちゃん達が手に入れた数は推定3つ」

「両者を合わせて半分は集まったわけだけど……残りはどこにあるんだろう?」

 

 海鳴市内は管理局側とテスタロッサ側でほぼ調べ尽くしていると言える。ジュエルシードの発見場所が海鳴市から見つかっていることから、海鳴市以外にあるとは考えづらい。にも関わらず、残りが見つかっていないのだ。ユーノの疑問は最もだろう。

 ――いや待てよ。これまでのジュエルシードを回収した場所は全て街だ。海鳴市は海にも隣接している。街にないのなら海に沈んでるんじゃないのか……。

 

「……ん?」

 

 ふと視線を感じたので思考を中断して顔を向けると、高町とユーノがこちらを見ていた。

 俺はふたりの会話は聞いていたが、会話に参加していたわけではない。彼女達はなぜ会話をやめて俺のほうを見ているのだろう。

 

「何?」

「いや、その……」

「ショ、ショウは何を考えてるのかなって思って……」

 

 こちらから切り出すと、ふたりは苦笑いを浮かべた。おそらく俺との距離感を取りかねているのだろう。

 

「別に無理して名前で呼ぶ必要はない。名前なんか呼ばなくても視線で分かるし、二人称を使えばいいだけなんだから」

「そ、そうだけど……ほら、えっと仲間なんだし。ある程度は距離を詰めないといけないかな~って」

「俺は君達とは立場が違うんだけど」

 

 高町達は協力者であり、ジュエルシードを回収するために前線に立つ。対して俺は保護されている身であり、ジュエルシードの回収は行っていない。彼女達の仲間と言えるかは微妙なところだ。

 単純に仲間扱いするなと解釈したのか、妙な気まずさが漂い始める。こちらの言葉が足らなかったことから生じたものだと理解しているため、自分から口を開いた。

 

「でもまあ、この事件を一刻も早く終わらせたいって気持ちは一緒か。確か残りのジュエルシードの場所の話だったよな?」

「あっ、うん」

「管理局の人達は街以外も捜査し始めてるみたいだよね」

「まあ街にないようならそうなるだろう。……海鳴市の海にでも沈んでるんじゃないか?」

 

 可能性のひとつを上げた瞬間、突如警報が鳴り響き始める。どうやら管理局が捜査していた海上で、大型の魔力反応が出たらしい。ほぼ間違いなくテスタロッサだろう。

 前のように魔力流を撃ち込んで強制発動させる魂胆か……下手をすれば7つ同時に発動してもおかしくない。強制発動から封印するとなると、テスタロッサひとりの魔力量で足りるのか?

 

「行かなきゃ!」

 

 高町とユーノは食堂から駆け出し始める。自分の出番というよりも、テスタロッサのことが気になっているといった感じだ。

 ふたりに遅れて俺もブリッジへと向かう。こういうときはブリッジで一緒にいるように指示されているからだ。勝手な行動をするつもりはないのだが、完全に信用されるのは関わった時間が短すぎるため仕方がない。それに世界の存亡に関わる危機にでもなった場合は、俺も高町のように事態の収拾に当たらなければならない。

 保護されている身ではあるが、俺はファラを所持している。

 ファラは父さんの研究の一環で生まれたデバイス。父さんの死後、研究は叔母が引き継いでくれているため今も研究は片手間でだが進められている。片手間の理由は、叔母が優秀な技術者だけに行っている研究の数が多いということが挙げられる。

 

 ……が、本当は別の理由がありそうだ。

 

 俺は父さんや叔母の影響か工学系に興味を持っている。それに父さんの研究を将来的に引き継ぎたいという思いもある。それに叔母は感づいていそうなので、片手間にやっているのは叔母が将来俺に研究を任せてくれるつもりでいるからかもしれない。

 話が逸れてしまっているので戻すが、叔母は組織に所属して研究を行っている。そのため研究の一環で生まれたファラは、民間人には所持させることができない。前責任者の息子である俺も民間人に代わりなかったため、通常なら所持させるわけにはいかなかった。

 だが叔母は、この研究は人間らしいデバイスを製作するための研究。またデバイスである以上、魔法を使用する際のデータも取る必要がある。

 そういった理由からマスターの存在は不可欠だと言い、人並み以上に魔力を持っていた俺をテストマスターにしてくれたのだ。

 そのため俺は、定期的に叔母と共に魔法世界に赴いては様々なデータを取るのに協力している。戦闘に関するデータも取っているため、結果的にそれなりの戦闘能力を保持することになったようだ。

 その証拠にアースラに移ってから緊急時のことを考えて自己防衛ができるか調べられた際には、管理局側の予想以上の成績を残してしまっている。これによって、もしもの場合は協力してほしいという流れになったわけだ。

 

「あの、私急いで現場に!」

 

 一歩遅れる形でブリッジに到着すると、高町が必死そうな声でリンディさん達に話しかけていた。現場を映している複数のモニターの中には、テスタロッサの姿が確認できる。

 

「その必要はない」

 

 クロノの淡々とした返しに、高町は首を傾げた。

 

「放っておけば、あの子は自滅する。自滅しなかったとしても、弱ったところで叩く」

 

 クロノの非情な言葉に、高町は後ずさった。そんな彼女を気にすることなく、クロノは捕獲の準備を始める。

 モニターに視線を移すと、大蛇のような水に吹き飛ばされたテスタロッサが海面を跳ねていた。すぐに体勢を立て直して空中を駆ける。彼女はデバイスを鎌状に変形させて斬りかかったが、切断することはできずに海中へと落下した。それと同時に、使い魔の悲痛な叫びが響く。

 

「残酷のように見えるかもしれないけど、これが最善」

「……でも……ぁ」

 

 俯いていた高町だったが、ふと視線がユーノへと向いた。どうやら念話で会話しているようだ。話している内容は、ユーノがゲートを開くから高町はテスタロッサを助けに行けといったところだろう。モニターに集中しているリンディさん達は、ふたりの様子に気づいた様子はない。

 ここで高町達の動きを伝えるのは簡単だが……現在の状況からしてテスタロッサだけでの封印は厳しい。これまでならば、高町が行けば戦闘に発展していただろうが、現状ではテスタロッサも敵対行動をするにしても封印した後のはずだ。あのふたりも気が付いていないようだし、俺はこのまま黙っていよう。

 そう決断したのは危険な状況にいるテスタロッサを助けたいと思う良心、または彼女の無茶をしてまで成し遂げようとする姿に何かしらの想いを、自覚しないほど微々たるものであるが心の奥底に抱いているからかもしれない。

 高町はテスタロッサの元に向かうために走り始める。すれ違い様に見えた彼女の瞳は、強い意志を持ったものだった。足音に気が付いたクロノは、振り返って制止をかける。

 

「君は……!」

「ん?」

 

 リンディさんも気が付いて振り返る。それと同時に、ユーノが邪魔をさせないように高町とクロノ達の間に立った。

 

「ごめんなさい。高町なのは、指示を無視して勝手な行動を取ります!」

「あの子の結界内に転送!」

 

 眩い光がブリッジに迸る。光の収束と共に高町の姿も消えた。

 視線をモニターに戻すと、暗雲に覆われていた空に一部青空が見えていた。周囲が暗いせいか、そこから降り注ぐ光は一段と眩く見える。そのためセットアップを済ませた状態で現れた高町は、まるで天使のようにも見えた。

 

「すいません、ボクも行きます!」

 

 そう言ってユーノも高町の後に続いた。

 高町が現場に現れると水に囚われていた使い魔が強引に水を吹き飛ばし、高町に襲い掛かろうとする。彼女に迫る直前でユーノが姿を現し、防御魔法を使って使い魔を止めた。自分達は戦うために来たのではないと告げる。

 

「バカな、何をやっているんだ君達は!」

『ごめんなさい。命令無視は後でちゃんと謝ります。だけど……ほっとけないの!』

 

 高町はテスタロッサの元へと向かう。ユーノは使い魔から意識を暴走するジュエルシードに向け、鎖状の魔法を水柱に向けて放つ。

 

『フェイトちゃん、手伝って。ジュエルシードを止めよう』

 

 高町のデバイスから光がテスタロッサに向けて放出される。自分の魔力をテスタロッサに分けているのだろう。テスタロッサの魔力が回復したことを証明するように、黒いデバイスから生じていた魔力刃が元の大きさまで復活した。

 ジュエルシードの動きを止めようとするユーノだが、ひとりで抑えるのは困難なようで空中を振り回されている。だが橙色の鎖も拘束したことで、幾分か落ち着いた。この場限りは協力したほうがいいと判断したのか、使い魔も加勢したのだ。

 

『ユーノくんとアルフさんが止めてくれてる。今のうちにせーの! で一気に封印!』

 

 高町はテスタロッサにそう言いながら、デバイスを砲撃形態に変えながら距離を詰める。

 テスタロッサは動きを止めたままだったが、突如デバイスが形態を変えた。それに彼女が驚いているため、黒いデバイスがテスタロッサの背中を押そうと自ら変形したのかもしれない。

 高町が砲撃の準備を始めると、テスタロッサの足元にも魔法陣が出現した。高町のデバイスの先端には、一撃で封印しようとしているのか膨大な魔力が集まって行っている。

 

『……せーの!』

『サンダー……!』

『ディバイィン……!』

 

 水柱付近には雷が走り始め、デバイスの集まる魔力も収束されていく。ユーノや使い魔は拘束を解いて距離を取った。

 

『レイジ!』

『バスター!』

 

 水柱に轟雷が降り注ぎ、すぐさま桃色の閃光が向かっていく。直撃と同時に、雷の混ざった桃色の光が拡散していく。

 

『凄い! 7個を一発で完全封印!』

 

 モニターに映っているエイミィが興奮気味に言った。その気持ちは分からなくもない。

 

「こんな……デタラメな」

「でも凄いわ」

 

 暗雲が少し晴れて、現場に太陽の光が降り注ぐ。封印されたジュエルシードが宙へと上がり、ふたりの魔法少女の近くで浮遊する。そんなジュエルシードには見向きもせず、高町とテスタロッサは見詰め合っている。

 無言のままかと思われたが、高町は穏やかな笑顔を浮かべてテスタロッサに話しかけた。一旦口を閉じた後、彼女らしい言葉を口にした。

 

『友達に……なりたいんだ』

『――っ!』

 

 はたから見ても分かるほど、現場に穏やかな空気が流れ始める。だがブリッジには緊張が走り始めていた。大型の魔力反応がアースラと現場に向かっていると分かったからだ。

 直撃を受けたアースラには凄まじい衝撃が発生し、思わず倒れそうになってしまう。現場には紫電が降り注ぎ海面が爆ぜた。次の瞬間には、空を見上げていたテスタロッサに紫電が直撃。それを見た高町が助けようとするが、紫電に阻まれた。

 

「……ん?」

 

 先ほどより人の気配がしないと思って周囲を確認すると、クロノの姿がなかった。モニターに視線を戻すと、ジュエルシードを手に入れようとした使い魔を止めていた。

 

『邪魔をするな!』

 

 使い魔はクロノのデバイスを掴んで、強引に海面へと放り投げた。クロノは海面を何度か跳ねた後、体勢を立て直す。彼の手には4つのジュエルシードが握られており、そのことに気づいた使い魔の顔には、強い怒りの色が現れていた。

 しかし、使い魔は引き際は理解しているようで魔力弾を海へと放って水柱と津波を発生させた。逃走するつもりだと分かったリンディさんが指示を飛ばすが、先ほどの攻撃で不可能だと部下の人が返答する。

 リンディさんはため息をつきながら自分の席に座るのだった。

 

 




 フェイトを助けたいという思いから、なのははユーノの手を借りる形で命令を無視して自分勝手な行動を取った。結果的に良いほうに転がったものの、自分勝手な行動が危険を招く場合があるとリンディに注意を受けることになる。
 少しの休息の後、なのははジュエルシードを賭けてフェイトと最初で最後の本気の勝負を持ちかけた。

 次回、第8話「決戦と真実」


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第8話 「決戦と真実」

 高町達は身勝手な行動を取ったことでリンディさんと話をしたが、ジュエルシード同士が融合してしまう可能性があったということで特別に注意だけで済んだようだ。

 今回の事件の犯人で有力視されているのは、ミッドチルダ出身の魔導師であるプレシア・テスタロッサ。同じ姓からしてあの子の母親だと思われる。あの子があそこまで必死にジュエルシードを集めているのは、おそらく母親のためなのだろう。

 テスタロッサ親子はジュエルシードの封印や次元を超えて行った攻撃によって膨大な魔力を消費したと思われる。そのため、しばらく動きはないだろうということで高町達は一時的に帰宅を許された。

 

「君はよかったのかい?」

「何がですか?」

「何って、君だって学校に通っているんだろう? 別に地球に戻っても構わないんだよ。保護対象だから監視はさせてもらうけど」

「それは当然でしょうね。……まあ、気にしないでください。別に戻る必要がないから戻らないだけです」

 

 叔母はまだ当分戻れそうにないらしいため、塵といったゴミは溜まるだろうが散らかることはないため家に帰る必要はない。

 高町と違って顔を合わせたい友人がいるわけでもないため、学校に行く理由も……月村あたりは心配してそうか。だが少しすれば、またアースラに戻ることになる。中途半端に戻るくらいなら、戻らない方がいいだろう。

 それに高町と同じタイミングで学校に来なくなったり、来たりすれば彼女と親しいあのふたりは何かしら疑問を抱くかもしれない。

 

「それに……いつまで地球で生活するか分かりませんからね」

 

 両親と過ごした場所である地球で生活したいのは山々だが、ふたりが亡くなってから数年経過している。悲しみはまだ残っているがファラや叔母、あの子のおかげでずいぶんと薄らいだ。

 叔母の仕事を考えれば、地球で過ごすよりもミッドチルダのほうで生活したほうがいい。俺がデバイス関連の道に進む可能性も充分にあるのだから。

 そう理解はしていても、当分は移住することはないだろう。移住してしまえば、彼女と会う回数は今よりも格段に減ってしまう。そうなれば彼女はきっと悲しんだり、寂しがったりするだろう。顔には笑顔を浮かべながら。

 

「……そうだね。君はどちらかといえば、こちら側の人間だ」

「ええ……」

「でも、焦って移住なんてする必要はないと思うよ。僕も父親を亡くしているから、思い出が大切なものだというのは分かる」

「クロノさん……」

「もっと砕いた話し方で構わないよ。なのは達もそうしているし」

 

 微笑みながら言う彼は、普段よりも優しげに見えた。彼が普段真面目な顔ばかりしているからかもしれない。

 

「まあ君の立場上、研究の都合では仕方がない場合もあるだろうけど」

「もう、そうやって上げて落とすようなことを言うから誤解されたりするんだよ。ショウくん、言っておくけど、クロノくんはこう見えて優しいからね」

「エイミィ、君の言い方は僕に失礼だと思うんだが」

 

 クロノとエイミィはそこから痴話げんかというよりは、姉弟のけんかに見えるやりとりを始める。こんな風なやりとりができる人物――それもそれが異性となれば、ある意味特別な人間だと言えるだろう。

 ふたりのやりとりを見ていると、あの子に会いたいという気持ちが出てくる。ジュエルシードの件もあって久しく会っていないため、今度顔を合わせたときには小言を言われるかもしれない。

 

「ショウくん、どうかした?」

「いえ……ただ仲が良いなって」

「まあね」

「エイミィ、肯定だけだと変な誤解をされかねないだろう。彼女とは付き合いが長いんだ。それだけだから変な誤解はしないでくれ」

「別にしていま……してないよ。そういう関係なら雰囲気で分かるから」

「おやおや~、それは気になる言い方ですな~。もしや彼女さんでもいるのかな~?」

 

 にやけながら言うエイミィは、実に人を不愉快にさせると思う。俺の心境を察したのか、クロノがそっと俺の肩に手を置いた。親しいだけに、この人は苦労する回数が多いのだろう。

 

「両親が仲良かったから分かるだけですよ。というか、俺の年で彼女なんているわけないでしょう。恋愛なんてよく分からないんですから」

「あはは、それもそうだね。君ってどうも見た目よりも大人びてる感じがするからつい……ごめんね。お詫びと言ってはなんだけど、あたしのことはエイミィでいいからね。同年代くらいの感覚でずばずば言っちゃって」

「結構です」

「そ、それはノリで言ってるんだよね! 本気とかじゃないよね!」

「話してばかりいないで、ちゃんと仕事しないでいいんですか?」

「うわぁ、君って絶対クロノくんと気が合うよ」

「最初のはいらないだろ。今日はいつにも増して失礼だな」

 

 そんな会話をしているうちに、時間は過ぎて行った。

 高町達は放課後に友人であるバニングスの家に行った。動きが分かるのは、彼女達の動きがモニターに映っているからだ。

 驚くべきことに、バニングスの家にはテスタロッサの使い魔――アルフが保護されていた。身体のところどころには包帯が巻かれている。前回の海上での戦闘で負傷した様子は見られなかったことから、なぜ負傷しバニングスの家にいるのかが気になる。

 バニングスや月村と一緒にいるため、高町はアルフと話すわけにもいかない。そのためユーノが話を聞くという流れになった。高町は友人達と一緒に家の中に入っていく。

 

『あんたがいるってことは、連中も見てるんだろうね』

『うん』

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。正直に話してくれれば悪いようにはしない。君のことも、君の主のことも……」

 

 アルフは少し間を置いた後、知っていることの全てを話し始めた。話し終わったのは、まだ青かった空にも赤みが差し始めている頃だった。

 

「なのは、聞いてたかい?」

『……うん。全部聞いた』

「僕らはプレシア・テスタロッサの捕縛を最優先事項として動くことになる。君はどうする、高町なのは?」

『私は……私はフェイトちゃんを助けたい。友達になりたいっていう返事もまだ聞いてないしね』

「そうか。……アルフ、それでいいか?」

 

 クロノの問いかけにアルフは目を閉じて頷いた。そのあとで高町へと話しかける。

 

『なのはだったね? 頼めた義理じゃないけど、お願い。フェイトを助けて』

『大丈夫。任せて』

 

 アルフに返事を返した高町は、バニングス達が待つ部屋へと戻って行った。バニングスと月村の間に座り、彼女らと共にゲームをし始める。

 

「フェイトを救出するための作戦はどうする?」

『一応考えてることはあるんだ』

 

 高町のその返事に、俺達は詳しい内容の説明を待つのだった。

 

 ★

 

 海上からそびえ立つ摩天楼。空には様々な色のもやがかかっている。

 そこにある最も高いビルのひとつ上にはふたつの影が確認できる。ユーノとアルフだ。ふたりは、とあるビルの頂上付近を見ている。

 そのビルの中には、噴水を中心に庭園が広がっている。高町は目を閉じた状態で噴水の上に立っている。

 

『ここならいいよね? 出てきてフェイトちゃん』

 

 高町が口を閉じたのとほぼ同時に、彼女の背後にひとつの影が降り立った。噴水の水面には黒衣を身に纏った金髪の少女の姿が映っている。

 アルフがもうやめようとでも訴えたようだが、テスタロッサは首を横に振った。デバイスを通常形態から鎌形態に変化させる。彼女に立ち止まるという選択肢はないようだ。

 

『フェイトちゃんは立ち止まれないし、私はフェイトちゃんを止めたい』

 

 高町は宙に静止していたレイジングハートにそっと触れる。桃色の光が拡散し、収束と共に杖状のデバイスが出現。それを彼女は両手でしっかりと握る。

 

『きっかけはジュエルシード。……だから賭けよう、お互いの持ってる全てのジュエルシードを。それからだよ……全部、それから』

 

 そう言って高町は、テスタロッサの方へと振り返った。レイジングハートの先端を彼女へと向けている。

 

『私達の全てはまだ始まってもいない。だから本当の自分を始めるために……始めよう、最初で最後の本気の勝負!』

 

 力強い瞳で自ら戦おうと言う高町に、テスタロッサの表情は一段と引き締まった。

 

「戦闘開始かなぁ」

「ああ。戦闘空間の固定は大丈夫か?」

「うん」

 

 エイミィはクロノに返事を返しながら操作を怠らない。

 高町とテスタロッサが戦闘をしている空間は空まで伸ばした二重結界で囲まれている。空間内にある建物は訓練用のレイヤー建造物。誰にも見つかることがなく、どれだけ壊しても問題ない戦闘空間になっている。

 

「しかし珍しいね。クロノくんがこんなギャンブルを許可するなんて。ショウくんもそう思わない?」

「俺は知り合って間もないんだけど」

 

 冷静に返すと、エイミィは苦笑いを浮かべながらクロノに何で許可したのか再度聞いた。誤魔化そうとしたようにしか見えないが、俺もクロノもそこには何も言わなかった。

 

「なのはが勝つことに越したことはないけど、勝敗はどっちに転んでも構わないからね」

「そうだね……なのはちゃんが時間を稼いでくれている間に、フェイトちゃんが帰還する際の追跡の準備っと」

「頼りにしてるんだ。逃がさないでくれよ」

「了解」

 

 クロノの言葉にエイミィは笑顔でガッツポーズを取った。ふたりは本当に仲が良いと思った矢先、急にエイミィの表情が曇る。

 

「でも……なのはちゃんに伝えなくていいの? プレシア・テスタロッサの家族とあの事故のこと」

「エイミィ……」

「あっ……」

 

 エイミィがしまったという顔で俺のほうを見た。俺は緊急時の際は協力することになっているが、基本的には保護されている身だ。高町に入っていない情報は、基本的に俺にも入ってはいない。

 

「それは知ってる。叔母はプレシアと過去に交流があったみたいだから。あのときの彼女の気持ちが、俺の保護者になった今なら分かるって、前に話してたことがある」

 

 とはいえ、クロノ達ほど詳しくは知らない。知っているのは、プレシア・テスタロッサにはアリシアという娘がいたこと。その少女は事故で亡くなってしまったということだけだ。

 

「俺から高町に言うつもりはないから心配しなくていいよ」

「別に心配はしていないよ。僕はただ、何かとポロっと口にする彼女を注意しただけだからね」

「何だろう……ショウくんが来てから、妙にクロノくんにいじめられてる気がする」

「いじめてなんかいない。話を戻すけど、なのはが勝つことに越したことはないんだ。今は彼女を迷わせたくない」

 

 意識をモニターに戻すと、高町が爆風で飛ばされたところだった。体勢を立て直したところに、テスタロッサの追撃に遭い、ビルを突き破って海面に激突。何度か海面を跳ねた後、再び空中移動に入った。

 水面ギリギリを飛行していると、背後にテスタロッサが現れる。彼女は電気を帯びた魔力弾で高町を攻撃する。それをビルの側面を上昇しながら回避した高町は、頂上付近で軌道転換しテスタロッサの背後を取った。

 

『シュート!』

 

 今度は高町がテスタロッサ目掛けて魔力弾を放った。テスタロッサは高町の魔力弾をビルにぶつけて数を減らし、軌道が揃った瞬間にデバイスを鎌に変えて切断。そのまま高町へと向かう。

 高町はすぐさま手元に残っていた魔力弾を放ったが、テスタロッサはそれをあっさり見切った。高町が防御魔法を展開するのと同時に、テスタロッサの攻撃が防御魔法に衝突し凄まじい音を撒き散らす。

 競り合いが続く中、テスタロッサの後方から桃色の魔力弾が飛来する。高町は避けられることを想定して放っていたのだろう。

 魔力弾の存在に気がついたテスタロッサは、左手に魔力弾を生成。それを後方の魔力弾、ではなく高町目掛けて放った。高町は海面の方へと吹き飛び、テスタロッサに迫っていた魔力弾は彼女に直撃する直前で消滅した。高町がビルを突き破って海に落下すると、魔力弾が爆ぜたのか水しぶきが上がり、煙が立ち込める。

 

『……ふぅ』

 

 テスタロッサは付近のビルの屋上の柵に着地し、短く息を吐いた。その次の瞬間、桃色の光が瞬く。

 それに気が付いたテスタロッサが飛び退くのと同時に、彼女に煙を晴らしながら向かって行った桃色の閃光がビルの一角を吹き飛ばした。

 高町の成長速度は驚異的であるが、やはり実力はテスタロッサのほうが上に思える。だがふたりの実力の差が前ほどはない。それに高町の砲撃魔法は高威力。簡単には勝つことはできないが、勝てないわけではない。

 

『知恵と戦術はフル回転中……切り札だって用意してきた。だからあとは、負けないって気持ちだけで向かっていくだけ! でしょ?』

 

 高町の気持ちは全くといっていいほど折れていないようだ。あの心の強さが彼女の強さの源かもしれない。

 再び白と黒の魔導師の空中戦が始まった。

 高町がテスタロッサのあとを追う形で攻撃を仕掛けていくがテスタロッサは高度を上げながら避け続ける。雲を突き破った先でテスタロッサは後方に宙返りするように軌道を変え、自分を追って現れた高町の背後を取った。

 テスタロッサは魔力弾で牽制しつつ、近接戦闘に持ち込んだ。高町は簡単に距離を取ろうとせず応戦。ふたりは螺旋状に上昇しながら幾度もデバイスをぶつけ合ってから互いに距離を取った。

 

『……ここで私が負けたら母さんを助けてあげられない……あの頃に戻れなくなる!』

 

 簡単に勝てないと顔を歪めていたテスタロッサだが、何かしら思い出したのか彼女の表情が一段と引き締まった。瞳には高町に負けないほど強い意志が宿っているように見える。

 ふたりの激しい戦闘は終わらない。

 戦闘が長くなればなるほど、彼女達の思いの強さは増して行っているようにも見える。だが、ふとテスタロッサの表情に変化が現れた。

 

『アリ……シア? ……違うよ、母さん…………』

 

 力の方向がずれたのか、テスタロッサは防御魔法を展開していた高町の隣を抜けて行った。静止するのと同時に、迷いを振り払うかのように頭を激しく振って高町へ視線を向けた。彼女の瞳には必ず勝つという意思が見えた気がする。

 それを証明するかのように、テスタロッサの足元に魔法陣が展開。彼女の周囲に膨大な量のスフィアが生成されていく。高町は移動しようとしたが、彼女の両手はバインドで固定されていた。すれ違うときにバインドを設置したのだろう。

 

『…………』

 

 逃げられないと分かった高町の顔は怯えや恐怖に変わることはなく、むしろ「受け切ってみせる!」と言わんばかりの顔に変わった。

 

『ファランクス……打ち砕けぇぇッ!』

 

 魔力弾の雨が高町へと向かっていく。爆音と煙が止むことなく発生する。時折魔力弾が周辺に飛んでいくことから、高町が防御魔法を展開していることと堕とされていないことが分かる。

 あらかた魔力弾を撃ち終わったのか、テスタロッサは周囲のスフィアをひとつにまとめ始める。球体だったスフィアは、集合していく中で巨大な槍に姿を変えた。

 

『スパーク……エンド』

 

 放たれた雷槍は、高町が固定されていた場所に直進して行った。着弾と同時に周囲の海を吹き飛ばし、迸る雷が建設物を破壊。生じた煙によって、高町の姿は確認できない。

 威力を見て分かるとおり強力な魔法だったのだろう。使用したテスタロッサは肩で息をしている。しかし、油断はしていないようで息を整えながら煙が晴れるのを待っている。

 

『……行けるよレイジングハート』

 

 煙の中から現れた高町の顔は、未だに強い意志を感じさせるものだった。バリアジャケットが多少破れたり、焦げたりしている。だがあれだけの魔力弾の雨を受けてのダメージとしては、極めて微々たるものだ。

 デバイスを砲撃形態に変化させる高町の姿を見たテスタロッサの顔には、一瞬だが恐怖のような感情が表れた。それを掻き消すかのように声を上げ、攻撃に移ろうとしたテスタロッサ。しかし、腕と足をバインドされたことで不可能だった。

 先ほどとは逆の展開だ。だがバリアジャケットの強度や一撃の威力は違う。高町の一撃をまともにもらえば、一発で戦闘不能になってもおかしくない。

 

『ディバイィィン……バスター!』

『……くっ』

 

 放たれた桃色の魔力を防御魔法で受け止めるテスタロッサ。凄まじい音で聞き取れないが、自分を鼓舞するように何か呟いている。彼女に伝わっている衝撃を物語るように彼女の顔はひどく歪み、バリアジャケットは破れ、それは海面へと落ちて行った。

 

『……ふぅ……っ!?』

 

 ふとテスタロッサは、自分の周囲で起きている現象に気が付いた。戦闘空間に残留していた魔力が、空へと昇って行っているのだ。それにつられて視線を上げた彼女の目には、星のように輝いている桃色の光が映ったことだろう。

 

『使い切れなくてばら撒いちゃった魔力を、もう一度自分のところに集める……』

『収束……砲撃……』

 

 テスタロッサが呆気に取られるのも無理はない。俺も収束の技術は使うが、使えるようになるまで長い時間がかかった。魔藤師になってすぐの人間――残留魔力まで使用しての収束砲撃なんて簡単に使えるものではない。

 高町は魔法において天才だと思ってはいたが……かなり偏った天才だ。

 

『レイジングハートと考えた知恵と戦術、最後の切り札。受けてみて、これが私の全力全開!』

『うおぉぉッ!』

 

 迫り来る脅威にテスタロッサが鬼気迫る顔を浮かべて何重もの防御魔法を展開するが、高町の表情に変化はない。力強い瞳でテスタロッサを見据えたままだ。

 

『スターライトブレイカー!』

 

 放たれた膨大な魔力は、テスタロッサの防御魔法に衝突するのと同時に一部が拡散。拡散する魔力はまるで流星群を彷彿させ、海面に落ちると爆発と爆音を引き起こした。

 星を砕きそうな威力を感じさせる雰囲気は伊達ではなく、何重にも張られていたテスタロッサの魔法を簡単に打ち砕く。着弾してすぐに、戦闘空間を壊滅させるのではないかと思えるほどの驚異的な光と音が広まっていった。光の消滅後に映った景色は、黒煙に包まれた摩天楼だった。壊滅していると言っても過言ではない。

 

「……何て馬鹿魔力だ」

 

 一部始終を見ていたクロノの感想は最もであり、誰もが似たような感想を抱いているに違いない。俺もエイミィも言葉を失ってしまっているのだから。

 見ている人間の心境を知らない高町は、海中へと潜って行った。落下したテスタロッサを助けに行ったのだろう。

 あんな威力の想像がつかないほどの魔法をもらえば、誰だって気絶するはずだ。敵対しているテスタロッサに同情にも似た感情を抱いてしまうのだから、一生もらいたくない魔法だ。

 

『ごめんね……大丈夫?』

 

 テスタロッサを助けた高町は、倒壊したビルの側面に彼女を寝かせている。どうやら気を取り戻しているようで、徐々に身体を起こして立ち上がり、無言のまま宙へと上がった。

 

「ん?」

 

 急に現場の雲行きが怪しくなり始め、雷鳴が鳴り始めた。それに気づいたエイミィがすぐさま解析を始める。

 

「高次魔力確認……魔力波長はプレシア・テスタロッサ」

 

 さらに戦闘空域に次元跳躍攻撃されるということが判明した。エイミィは高町達を心配する声を上げる。

 禍々しい雲から紫電が落ち始め、海は荒れる。テスタロッサの上空の雲が巻き始め、中心部には膨大な魔力が集まっている。それを見た高町は、全速力でテスタロッサの元へ駆け寄っていく。

 手が届く。そんな風に高町は思い、笑顔を浮かべたのだろう。だが無情にも、高町の手が届く直前、テスタロッサに紫電が降り注いだ。

 

『フェイトちゃぁぁん!』

 

 高町の顔は一気に悲痛なものに変わり、少女の名前を叫んだ。それを掻き消すように落雷によって爆音や爆風、水しぶきが生じる。しかし、高町は必死なようでそれらに構うことなく少女を助けに向かった。

 事態が変化する中、エイミィは取り乱すことなく攻撃を行った空間座標を調べていた。きっとこれまでに様々な光景を見てきたのだろう。管理局が時に残酷と思えるような判断を下すのは、何かを切り捨てなければ守れないこともある、という思いからだろう。

 短い時間ではあるが、クロノ達が悪い人間でないことは分かる。顔には出さないが、高町と同じような思いを抱いたりしているのだろう。

 ――良心の呵責に耐えながら行わなければならないこともある仕事か……。

 

「魔力発射地点特定。空間座標……確認!」

 

 転送の準備がすぐさま行われ、突撃部隊が順次転送されていく。クロノも場合によっては動かなければならない。それにテスタロッサを捕獲したらしく、疲労しているので可能性は低いがもしもの場合は俺が取り押さえてほしい、とブリッジの方へ行くように言われた。

 指示に従ってブリッジに移動すると、そこには高町にユーノ。それに拘束された状態のテスタロッサとアルフの姿があった。全員の目はモニターの方に集中している。

 試験管を彷彿させるケースの中に金髪の少女が入っている。その姿は、今から数歳幼いテスタロッサだと言えるほど、彼女に酷似している。

 

『私のアリシアに触らないで!』

 

 管理局員が近づこうとした瞬間、プレシア・テスタロッサが現れて管理局員を投げ飛ばした。そして、残りの局員達を雷の魔法で一瞬にして全滅させた。

 テスタロッサは、「アリ……シア」と困惑したような声を上げた。自分と同じ姿の人間が、目の前にいるのだから無理もない。

 プレシアはアリシアの入ったケースに寄り添い、9つのジュエルシードでは……と独り言を呟く。

 

『終わりにするわ……この子を亡くしてからの時間も……この子の身代わりの人形を娘扱いするのも』

「――っ!?」

『聞いていて? あなたのことよ、フェイト』

 

 プレシアは現実を突きつけた。その現実に理解が追いついているのは、事前に情報を知っていた者達だけ。高町達はもちろん、テスタロッサ本人も理解が追いついてはいない。

 

『せっかくアリシアの記憶をあげたのに、そっくりなのは見た目だけ。役立たずでちっとも使えない私のお人形』

『……最初の事故のときにね、プレシアは実の娘《アリシア・テスタロッサ》を亡くしているの。安全管理不慮で起きた魔力炉の暴走事故。アリシアはそれに巻き込まれて……。その後プレシアが行っていた研究は、使い魔を超えた人造生命の生成……』

 

 普段と違って元気のないエイミィの声が、それが真実であると物語っている。

 この時点で理解が追いついている者は、この場にいるテスタロッサがアリシアの記憶を転写されて生み出されたクローンだということが分かる。

 

『そして、死者蘇生の技術……』

『記憶転写型特殊クローン技術、プロジェクト・フェイト』

『そうよ、そのとおり。でも失ったものの代わりにはならなかった。作り物の命は、所詮作り物……アリシアはもっと優しく笑ってくれたわ』

 

 テスタロッサに憎悪にも似た視線を向けている。

 自分勝手な言動に怒りを感じるが、その一方で彼女に対して同情したり、哀れんでいる自分がいることに気がついた。

 きっと彼女は心優しい母親だった。娘に対する愛が深かったから、それに取り付かれて禁断の道に走ったのだろう。テスタロッサに憎悪するのはアリシアへの愛が深過ぎるために、アリシアと違う部分を許容できないからだろう。

 

『わがままも言ったけど、私の言うことをよく聞いてくれた。アリシアは……いつでも私に優しかった。……フェイト、あなたは私の娘じゃない。ただの失敗作。だからもういらないわ。どこへなりとも消えなさい!』

 

 その言葉に俯いていたテスタロッサの身体が震えた。彼女の中で何かが崩れていっているような気がしたのは、きっと俺だけではないはずだ。

 

『フェイト、良いことを教えてあげるわ。あなたを作り出してからずっとね……私はあなたが大嫌いだったのよ』

「――ぁ!?」

 

 テスタロッサから思わず漏れた声は、まるで心が壊れた音のように聞こえた。彼女の心を表すように、彼女の手から落下したデバイスも一部砕けてしまった。

 心に傷を負った少女の身体からは力が抜け、その場にふらつきながらしゃがみこんでしまう。隣にいた高町とユーノがすぐさま支えた。

 事態はこれだけでは終わらない。Aランクにもなる魔力反応が多数出現し、プレシアがジュエルシードを発動させた。目的は忘却の都と呼ばれるアルハザートに行き、そこにある秘術でアリシアを蘇らせることらしい。

 

「……プレシア・テスタロッサ。あんたは間違ってるよ」

 

 

 




 一時的な休息の後、なのははフェイトとジュエルシードを賭けた本気の勝負を挑んだ。フェイトはなのはとの勝負に敗北してしまい、母であるプレシアに切り捨てられる。
 アースラで自分の出生の秘密とプレシアの残酷な言葉を聞かされたフェイトは、ショックのあまり自分ひとりでは立てなくなってしまった。そのためアースラに残れるショウがフェイトの傍にいることになるのだった。

 次回、第9話「君はフェイト」


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第9話 「君はフェイト」

 高町とユーノは、クロノと共に庭園内に向かった。

 俺が現在いるのは医務室。ベッドには意思が感じられない瞳をしているテスタロッサが寝ている。モニターには騎士のようなマシンと戦うクロノ達の姿が映っている。

 

「フェイト……あの子達のことが心配だから、あたしもちょっと手伝ってくるね」

 

 アルフが話しかけても、テスタロッサは返事を返さない。アルフは気にした素振りも見せず、テスタロッサの頭を撫でながら続ける。

 

「すぐに戻ってくるから」

 

 そう言ってもう何度か撫でた後、アルフは立ち上がった。視線をテスタロッサから俺の方へと移す。

 

「あんたに頼むのもおかしい気がするけど、この子の傍に居てやって。ただ、変なことしたら殺すよ」

 

 獣のような獰猛な目が冗談で言っているわけじゃないことを証明している。

 お願いされた後に殺すと言われたのは、人生で初めてだ。今後の人生でも、おそらく彼女からしか言われない気がする。

 

「今の状況でやるわけない。そんなことをするくらいなら、現場に行って手伝うよ」

「……嘘じゃないだろうね?」

「ああ」

 

 目線を逸らすことなく返事を返すと、とりあえず信じてくれたのかアルフは外へと向かった。部屋から出る際に、もう一度主の様子を見る彼女は心配性と思えるほど主思いの使い魔だ。

 アルフが出て行ったことで、薄暗い部屋には俺とテスタロッサだけになった。といっても、今のテスタロッサは放心状態。会話ができるわけでもないため、無言の時間が流れるだけだ。

 

 ……両親が亡くなった頃の俺もこんな状態だったのだろうか。

 

 ふとそんな風に思ったが、俺には感情を爆発させて泣いた記憶がある。放心状態だった時間もあるだろうが、それは現実を受け入れるまでの間だけだったはずだ。

 泣いて、現実から目を背けて塞ぎこんで……叔母に抱き締めてもらって、また泣いて……。

 忙しいはずなのに、俺の傍にいて話しかけてくれた。父さんの形見であるファラを俺が所持できるようにしてくれた。それに、仕事はできるのに家事が全くといっていいほど駄目な一面を持っていた。

 手伝いをしていたとはいえ、子供である俺のほうができるという事実に最初は驚いたものだ。だが叔母にそういう一面があったからこそ、俺はこの人は放っておけないと自分から歩み寄ろうとしたのかもしれない。

 

 だから……今のこの子には話しかける人間が必要だろう。

 

 しかし、俺と彼女では放心状態に至った経緯が違う。

 俺には彼女のように、はっきりと拒絶された経験なんてない。彼女の気持ちを完全に理解できるわけがないのだ。だが彼女が寂しさや悲しみを感じ、負の思考をしていることは分かる。

 ――でも……何て声をかければいいんだ。両親が死んでから、あまり他人と深く関わってこなかった。慰めたりしたことなんてない。

 ああだこうだ考えているうちに、完全に考えはまとまっていなかったのだが、俺は無意識に自分の中に出した考えを呟いていた。

 

「……君は、アリシア・テスタロッサになれなかった失敗作なんかじゃない」

「…………」

 

 アリシアや失敗作という言葉に反応したのか、テスタロッサの瞳がこちらに向いた。だが、彼女の中では負の感情が渦巻いたままのようで返事はない。

 思わず口にしてしまったが、反応があった以上やめるわけにもいかない。

 考えろ……返事がないのは別に構わない。今言っているのは、俺の個人的な意見だ。彼女からの返事がなかろうと関係はない。あったなら、例えそれが八つ当たりであろうと感情を表に出しているという面ではプラスになる。

 

「……君の見た目がどんなにアリシアに似ていようとも、君はアリシアとは別人だよ」

「…………それは……失敗作ってことだよね?」

 

 虚ろな瞳のまま、力のない声で返事を返してきた。返事があったことに多少驚いたが、自分を人ではなくものとして考えているような言葉のほうが気になった。

 自分のことを失敗作だと言う気持ちは、いったいどんなものだろうか。もし自分が彼女の立場だったら……、と考えたがそこで強引に断ち切った。

 俺はこの子じゃない。自分が彼女だったなら、などという仮定を考えても、現状から目を背けているだけだ。言葉をかける以上は彼女の心境を考えることも必要だろうが、必要以上に考えるのは不要。

 必要以上のことを考えないようにしながら、自分なりの考えをまとめていく。あまり無言が続くと、彼女がまた殻に篭ってしまうかもしれなかったため、まとまったところから話すことにした。

 

「……君はものじゃなくて人間だ。そして、この世に同じ人間はいない。だから……君はアリシアの失敗作なんかじゃない」

「…………でも……私は……」

「作られた命だろうと、人間は人間だよ。君には……自分の意思だって、フェイトっていう名前だってあるだろ?」

 

 プレシアの言動は、ある意味では矛盾している気がする。

 テスタロッサの見た目はアリシアに似ているが、性格や仕草は違う。だからプレシアはアリシアだと認識できず、アリシアでない人間がアリシアの見た目をしているから憎悪を抱く。それが理由でテスタロッサを娘だと認めないのではないか。

 だがその一方で、心のどこかでは娘だと思おうとしているのではないだろうか。

 本当に何も思っていないのなら、フェイトという名前はつける必要はない。何かしらの理由で必要だったとしても、アリシアの失敗作だと本気で思っているのなら名前なんて呼ぶことはないだろう。

 

 プレシアは……心の奥底――自分では気がつかないほどの深層心理では、テスタロッサをアリシアと区別して考えようとしていたのではないか。

 

 そんなことを考えているうちに俺は、「このまま現実から目を背けて考えることさえ放棄すれば、ただ生きているだけの人間。人形だって言われてもおかしくない人間になる」といった必要のないことまで言ってしまっていた。

 すぐに誤魔化そうとしたが、ふと視線をテスタロッサからモニターに移したことがきっかけで、どうにか話の繋ぎ方を導き出すことができた。

 

「……それに自分が誰なのか決めるのは自分だけど、他人が自分を誰か決めてくれるときもある。君には、君をフェイト・テスタロッサだって認めてくれている人達がいるはずだよ」

 

 テスタロッサの視線が俺からモニターの方に移る。そこには高町にユーノ、ちょうど合流したアルフの姿があった。

 テスタロッサの視線はアルフに向いたかと思うと、高町の方に移る。瞳に少しだが、力が戻ったように感じる。

 

「……あの子……名前なんだっけ?」

 

 思わず返答しそうになったが、彼女にとって高町と会話するのは放心状態から抜け出すきっかけになるのではないかと思った。

 俺は言いかかっていた口を一旦閉じてから、彼女に返事を返した。

 

「それは自分で聞いてほうがいい」

「……せっかく教えてくれたのに……それに私、あの子にひどいことを……」

 

 小声で呟くテスタロッサの顔は徐々に曇っていく。高町は教えたというよりは、一方的に名乗っていた気もするが、今はどうでもいいことだ。

 さて、今の彼女にはどんなことを言えばいいのだろうか。

 先ほどプレシアにあんなことを言われたのだから、混乱で名前をよく思い出せなくてもおかしくない。こんなことは、また彼女を放心状態にしかねないので言えるはずもない。

 

「……確かに君達は何度もぶつかりあった。でも、あの子は君が無視しようと何度だって話しかけてきただろ?」

「……うん。それに何度も……私の名前を呼んでくれた」

「だったら心配することはないんじゃないか? 俺はあの子のことを多少知ってる。君が話せる状態なら、君から話しかけなくてもあっちから話しかけてくると思うよ」

 

 言い終わるのと同じくらいから、少しずつテスタロッサの瞳に力が戻り始めた。それに伴って涙もあふれ始める。

 泣いている姿を見るのも悪いので顔を逸らすと、ふと近くに置かれていた彼女のデバイスに視線が行った。彼女の心境の変化を察したのか発光している。

 ……ここからどういう選択をするかは彼女次第だな。俺がいると行動しづらいかもしれないから一旦外に出るか。

 

「……あの」

「……君は、君の好きなようにすればいい。ただ最後にひとつだけ言っておくよ……親とは、話せるうちに話したほうがいい」

 

 テスタロッサの返事は待たずに部屋から出た。近くの壁に寄りかかって大きく息を吐くと、ファラが胸ポケットから顔を出した。アルフとの約束を守って変なことはしていないはずだが、ファラの表情は険しい。

 

「マスター……あの子に気があるの?」

「……今の状況でそんな質問するか?」

「だっていつものマスターと違ったもん!」

「……まあ、それは認めるよ」

 

 人並みにある良心から主観的な考えを言ったのはまだいいとして、最後の一言は普段ならまず言わないことだ。

 当たり前だった日々は、突然壊れることだってある。

 それを知っているだけに、俺は親と会話できることがどんなに嬉しいことで大切なものなのか、よく分かっているつもりだ。

 だからふと考えてしまった。この事件が終わった後、あの親子が会話できる時間はあるのだろうか、と。

 

「……ファラ、庭園に行こう」

「……マスター、熱でもあるの? あの子にたぶらかされたの?」

 

 前半はともかく、後半はどう考えてもおかしい。たぶらかすなんて表現は、俺やテスタロッサくらいの年代の子供には使わないはずだ。ファラはテスタロッサをどのように見ているのか、実に気になる。

 心配そうな顔でこちらを見ているが……その裏でテスタロッサに対する黒い思考を考えているのだろうか。もしそうなら……今後は見せる番組を考えないといけない。変にドロドロとした人間関係のドラマばかり見られでもしたら、性格に影響が出かねない。

 

「熱もないし、たぶらかされてもいない」

「じゃあ何で?」

 

 プレシアに言いたいことがあるから。

 テスタロッサが行動を起こしてプレシアと接触した場合、プレシアに何を言うのかが気になるから。それにもし、テスタロッサの心が完全に壊れるような事態が起きた場合、この場に残って知らないふりをするのは気分が悪い。

 いや、違う。俺は彼女に行動を起こさせようとした。ならば最後にどうなるのか見届けるのが最低限の義務のはず。

 もしかしたらテスタロッサに恨まれたり……心が壊れてしまった場合、俺自身が罪の意識を感じて重荷を背負って生きていくことになるかもしれない。

 だが俺とテスタロッサはほぼ他人と呼べる関係だ。そんな相手のことにさえ向き合おうとしなかったら、俺はずっと変われないどころかマイナスの方向に進んでしまう気がする。マイナスの方向に進むのだけは絶対に避けなければならない。心が壊れかけていた俺を今の俺にしてくれた叔母やあの子のためにも。

 

「……俺が子供だからかな」

「……意味が分からないんだけど」

「何でもかんでも割り切れないってことだよ」

 

 

 




 ショウはフェイトに過去の自分を重ね、話しかけた。その甲斐もあってか、フェイトは気力を取り戻し、本当の自分を始めるためにと行動を起こす。

 次回、第10話「別れの時」


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第10話 「別れの時」

 庭園で俺を待っていたのは、無人の鎧達。それぞれがAクラスの魔導師と同じレベルの力を持っているらしい。

 迫ってくる巨大な拳を回避。それと同時に上段から斬りつける。

 

「ふ……!」

 

 気合の声の次に聞こえたのは、金属同士が衝突した耳障りな音だった。

 鎧の装甲はかなり厚いようで、単純に斬りつけただけでは多少の傷がつくだけ。ダメージはほとんど与えられていないと言っていい。

 剣の形をしているが、ファラは武器の性能重視のデバイス――《アームドデバイス》と呼ばれるものに属してはいない。一般的な杖状のデバイスよりも武器としての性能はあるだろうが、目の前にある傷が直接攻撃で与えられる限界だろう。

 

「それに……」

 

 こんな固い装甲を無闇に斬りつけていては、俺の腕もファラも持たない。

 先のことを考えてできる限り魔力を温存したいが、それでは鎧を倒すのは難しい。しかし、それでも魔法の特性や魔力残量を常に考え、戦況に合った戦いをしなければ。

 他人を羨んだりすることはほとんどないが、この場においては高町の馬鹿げた魔力や火力が羨ましく感じる。

 

「考えても現実は変わらないか……」

〔マスター、ぶつぶつ言ってる場合じゃないよ〕

「分かってるさ」

 

 俺はファラのデータのために様々な訓練や模擬戦闘を行ってきたが、実戦経験が高町よりもない。高町とテスタロッサの戦闘を見ていなければ、鎧達の強さは今抱いているものよりも格段に上だっただろう。

 夜空色の剣を身体の正中線に構え直した瞬間、鎧達が光線を放ってきた。空中を舞うようにして回避し、剣状の魔力弾《ファントムエッジ》を4発生成。それを頭、両腕、腹部めがけて放つ。

 

「もう少し込めないとダメか……!」

 

 完全に破壊できなかったことに舌打ちをしながら、鎧へと接近し魔力を纏わせた剣で一閃。魔力を付与された剣は、先ほどと違って装甲を斬り裂いた。

 魔力弾が効いたことから推測したとおり、やはり鎧の装甲は対魔力仕様ではないようだ。魔力刃が通用するのなら、魔力をできる限り抑えて戦える。

 

〔マスター後ろ!〕

「ああ!」

 

 敵との距離を判断し、最低限の回避で接近し水平斬り。埋まった剣をぐるりと回転させ、垂直気味に跳ね上げる。抜き出た刃を、先ほどの一撃と左右対称と呼べる角度で斬り下ろす。残留する魔力がアルファベットのAのような軌跡を残す剣技《サベージ・エース》。

 止めに露出した内部に魔力弾を放つと、鎧は木っ端微塵になった。意識を周囲へと向けると、次から次へと鎧達が現れる。

 これは最低限の相手だけして突っ切った方が早く奥に進めるか、と考えた矢先、雷光が鎧達を撃ち抜いた。雷光を浴びた鎧達は、一瞬にして爆ぜる。

 これほどの雷に魔力を変化させた砲撃を放てる魔導師に心当たりはひとりしかいない。雷光の発射された方向に視線を向けると、黒衣に身を包んだ少女――フェイト・テスタロッサの姿があった。彼女は俺の近くまで来ると、言い淀みながらも話しかけてきた。

 

「あなたも……来てたんだ」

「ああ」

「……どうして来たの?」

 

 テスタロッサからそのような問いをされるとは思っていなかったが、彼女にはジュエルシードに興味がなかったこと。管理局の到着以降、現場に顔を出していないことを知られている。崩壊しそうなこの場に、理由もなく俺がいるとすれば最もな問いだろう。

 彼女の問いに答えるのは簡単だが、個人的な理由ばかり。その中にはテスタロッサの行く末が気になるといったものも含まれているため、あまり言う気にはなれなかった。

 

「非常時には協力するって約束があっただけだよ」

「そうなんだ……」

「……行動を起こすように煽ったのは俺だけど、君もよく来たね」

「うん……私達の全ては、まだ始まってもいない。本当の自分を始めるために、今までの自分を終わらせるために、私はここに来た」

 

 テスタロッサは、強い思いを感じさせる瞳を返し、はっきりとした口調で言った。

 母親から拒絶の言葉を受けて間もないというのにここまで持ち直すとは、彼女の精神力は俺なんかよりも遥かに強いようだ。

 高町やテスタロッサを見ていると、彼女達の心の強さに憧れにも似た感情を覚える。それが他人と深く関わろうとしない自分を変えなくては、といった思いも抱かせた。

 

「…………君は強いな」

「え?」

「何でもないよ……それよりも先に進もう」

 

 庭園が崩壊するまでの時間は着実に減っているはずだ。おそらくテスタロッサは最初に高町、そのあとでプレシアの元に向かうだろう。鎧達の妨害がある以上、ゆっくりしていてはプレシアと話す時間がなくなるかもしれない。

 急いだほうがいいという考えが伝わったのか、テスタロッサはすぐさま俺の隣に来た。

 高町との戦闘を見ていた限り、彼女の最高速度は現状よりも格段に速いはず。並行して移動するということは、こちらのことを気にかけてくれているということか。

 彼女達ほどの魔力を持っていない俺にとっては、戦闘で消費する魔力が減るためありがたいことではある。だが、俺のせいでテスタロッサの行動の意味がなくなるような事態になるのは心苦しい。

 

「俺のことは気にせずに、先に進んでくれていい」

「……その」

 

 俺の言葉に彼女は、どことなく申し訳なさそうな顔を浮かべた。

 そういえば高町と彼女はついさっき決闘を行ったんだったな。大規模な魔法も使っていたし、回復の早い年代だといっても、この短時間で魔力は完全に回復するわけがない。いくら魔力量があるとしても、今残っている魔力は俺よりもない可能性が高いか。

 

「悪い、こっちの考えが浅かった。目的地は一緒なんだし、一緒に行こう」

「……うん」

 

 テスタロッサと協力して進んでいると、巨大な螺旋階段の上層部に辿り着いた。下の方では、光や爆発が確認できる。クロノは先に進んでいる可能性が高いので、高町達が鎧と戦闘しているのだろう。

 下に向かうと、魔力弾で応戦する高町と魔力を纏わせた拳で鎧を破壊するアルフ、バインドで鎧達を拘束しているユーノの姿が確認できた。数体の鎧を一度に拘束するのは厳しいようで、ユーノは歯を食いしばっている。

 

「……一度に破壊できるか?」

「大丈夫だと思う。少し時間がかかるけど」

「なら、その時間は稼ぐ」

 

 そう彼女に言って速度を上げる。高町との距離が縮まってきた頃、黄金の鎧がユーノの拘束から抜け出した。

 

「なのは!」

 

 ユーノの声に高町は振り返ったが、鎧はすでに武器を投擲していた。防御魔法を展開しようにも間に合わないだろう。

 ――準備しておいて正解だったな。

 右手に握っている剣から溢れて出ていた漆黒の魔力が、紅炎に姿を変える。肩に引きつけるように折りたたんでいた右腕を撃ち出すと、ズガァァン! と凄まじい衝撃音を撒き散らして、鎧の武器に根元まで突き刺さった。

 炎熱の魔力変換を用いた《ブレイズストライク》。この攻撃で大きく吹き飛んだ巨大な武器は、内部を一瞬のうちに焼かれたことで爆散した。

 これから受けるであろう衝撃に目を閉じていた高町は、不意に聞こえた爆発音が気になったのか周囲を見渡した。先ほどまでいなかった俺の姿を確認すると、驚きの顔を浮かべる。

 

「や……!?」

 

 おそらく俺の名前を呼んだのだろうが、雷が降り注ぎ始めたことで掻き消された。

 高町は雷を放っている人物がテスタロッサだと理解したようで視線を上に向けた。上空からはテスタロッサの凛とした声が聞こえてくる。

 

「サンダー……レイジ!」

 

 無数に降り注ぐ雷によって、鎧達は次々と爆散していった。

 鎧の破壊が終わったテスタロッサは、高町の元へと舞い降りてくる。ユーノやアルフは、驚きの表情でテスタロッサを見ているようだ。

 

「…………」

「…………」

 

 高町とテスタロッサは、静かに見詰め合っている。どちらも言いたいことはあるのだろうが、何から言っていいものか迷っているのだろう。

 場の空気が和み始めるが、今起こっている事態がそれを許すはずもない。突如、螺旋階段の一部が崩壊し、そこからこれまでよりも大型の鎧が出現した。

 

「大型だ。防御が固い」

「うん」

 

 ふたりの意識がお互いから大型鎧へと移った。大型鎧に装着されている2本の槍には、徐々に魔力が集まっていく。どうやら砲撃するようだ。

 

「でもふたりでなら!」

「ぇ……うん、うん、うん!」

〔ふふ、マスター頭数に入ってないね〕

 

 大型鎧に全く恐怖していないふたりのやりとりを見ていると、ファラは嬉々とした声で念話してきた。

 何がそんなに嬉しいのかよく分からないし、どことなく馬鹿にしているような声色でもあった。ファラに対しては、ごちゃごちゃうるさいという意味も込めて声を出す。

 

「来るぞ!」

 

 放たれた砲撃を散開して回避すると、大型鎧は身体の至るところから射撃を開始する。雨のような射撃を回避しながら高町は魔力弾を生成。

 

「はぁッ!」

「ッ……!」

 

 テスタロッサはデバイスを鎌状に変形させて、回転する三日月状の魔力刃を放った。俺もほぼ同時に魔力刃を放つ。

 黄金と漆黒の魔力刃がそれぞれ大型の両腕付近に直撃。一瞬動きが止まったところに高町が5発の魔力弾を放つが、それは槍を盾にされて防がれた。だがテスタロッサと俺の攻撃した部分に、高町の攻撃によって発生した衝撃が伝わったことで両肩にあった槍は崩壊した。

 しかし、それで大型鎧が戦闘をやめるはずもなく、再び射撃を行おうと準備に入った。

 

「バルディッシュ!」

「レイジングハート!」

 

 テスタロッサと高町は、デバイスを射撃能力に長けている形態へと変える。

 俺も攻撃に加わりたいところであるが、ファラは試作型ということもあって彼女達のデバイスのように複数の形態を持っていない。それに俺は射撃に特化した魔導師でもない。あの大型が防御に徹した場合、それを抜けるほどの高威力の魔法を発動するには時間がかかる。

 そんなことを考えている間に、テスタロッサが砲撃を放っていた。強烈な砲撃であるが、防御が固いと言われるだけあって防御を貫けていない。そこに高町の砲撃が加わるが抜けないようだ。

 俺が加われば抜けるかもしれない、と思って砲撃の準備を始めるが、高町とテスタロッサはタイミングを取り合うように声を出した。

 

「せー……!」

「……の!」

 

 それを機にふたつの砲撃の出力が増し、桃色と金色の砲撃が大型鎧を撃ち抜いた。あまりの威力にいくつもの壁を撃ち抜いて行き、先が見えないほどの風穴を開ける。大型鎧の破壊が確認できると、高町はテスタロッサの名前を呼びながら話しかけ、テスタロッサはそれに笑みを返した。

 まったくこのふたりは……もしも俺に魔導師としての才能が変にあったなら、このふたりの才能を見て完全に潰されてたかもな。それにテスタロッサは、俺の協力がなくてもここまで辿り着けただろう。あれだけの魔法を使っても余力があるようだし。

 などと考えていると、アルフがテスタロッサの元に駆け寄って抱きついた。先ほどは見せなかった涙まで見せていることから、ずっと心配していたことが分かる。ふたりを見ている高町の顔も、いつもよりも優しげな笑みだ。

 時間が惜しい状況であるが周囲に敵の反応もないため、今の空気を壊すような無粋な真似をするつもりはない。黙って奥へと向かおうと移動し始める。

 

「ぁ……夜月くん」

 

 こちらの行動に気が付いた高町が声を出したことで、周囲の視線が全て俺に集まった気がした。

 高町はテスタロッサにご執心じゃなかったのか、と思いながら一度ため息を吐き、首だけ回す形で振り返った。

 

「まだやるべきがことが残ってるだろ?」

 

 ★

 

 俺はテスタロッサとアルフと共に、プレシアの元へと走っている。高町とユーノは魔力炉を止めるために別行動だ。

 進んでいる内に何かの惑星の上にいるのではないかと思うような景色に変わった。テスタロッサやアルフが気にした様子を見せずに進むので、俺も気にせずに進むことにした。

 突如天井部分から走った水色の閃光。崩壊と共に現れたのは、執務官のクロノだった。ここに来るまでに手傷を負ったようで、血が顔面の左側を流れている。

 

「知らないはずがないだろう! どんな魔法を使っても、過去を取り戻すことなんか出来やしない!」

 

 ふと頭の中に、クロノとした会話がよぎった。彼はさらりとだが、父親を亡くしていると言っていた。俺よりも年上であるが、年齢で言えば子供だ。父親を亡くした時は、きっとプレシアと同じようなことを考えたのかもしれない。

 いや、今でも思うときがあるのかもしれない。

 現実というのは、こんなはずじゃなかった……ということばかり。過去を取り戻せるのなら取り戻したい。両親の死を受け入れている俺でも、そんな風に考えてしまうことがあるのだから。

 

「…………ぁ」

 

 プレシアの元まで辿り着いた。テスタロッサはプレシアの憎悪の顔を見て声を漏らしたが、プレシアの突然の吐血、ひどく咳き込む姿を見るとすぐに駆け寄って行った。

 

「……何を……しに来たの?」

「――っ!?」

「消えなさい……あなたにもう用はないわ」

 

 プレシアが発した言葉は、テスタロッサを拒絶するものだった。だが、テスタロッサは先ほどのように崩れるようなことはなく、彼女に返事を返し始めた。

 

「あなたに言いたいことがあって来ました」

 

 はっきりとそう言ったテスタロッサを、俺やアルフだけでなく、クロノも黙って見守ることにしたようだ。

 

「私はただの失敗作で、偽者なのかもしれません。アリシアになれなくて、期待に応えられなくて……いなくなれと言うなら遠くに行きます」

 

 プレシアの言うとおりにすると言っているが、声には寂しさが混じっている。

 アルフから聞いた話では、テスタロッサは拒絶の言葉以外にも様々な暴力を浴びていた。だがそれでもテスタロッサは、プレシアのことを母親だと今も思い続けているのだろう。好きでいるのだろう。そうでなければ、寂しさの混じった声も自分が悪いといった言葉も出ないはずだ。

 

「だけど……生み出してもらってから今までずっと……今もきっと……母さんに笑ってほしい。幸せになってほしいって気持ちだけは本物です」

 

 優しい声色で発せられた言葉と共に、プレシアに向かってテスタロッサの手が差し伸べられる。それにプレシアの強張っていた表情に変化が現れた。

 

「これが私の……フェイト・テスタロッサの本当の気持ちです」

「……ふ、くだらないわ」

 

 その言葉にテスタロッサは声を漏らしたが、俺には今までのプレシアとは違ったように思えた。テスタロッサに返事を返す前に、ほんの少しであるが間があったからだ。

 プレシアは俯いたまま杖で地面を叩き、ジュエルシードを発動させた。それによって庭園の崩壊が加速したようであり、その被害はこの場にも及んでいる。

 エイミィから脱出の催促が来ていることからも間違いがない事実だ。彼女に返事を返したクロノは、俺達に向かって話しかける。

 

「フェイト・テスタロッサ!」

「…………」

「フェイト!」

「…………」

「――ッ。ショウ、聞こえているんだろ! フェイトを連れて脱出しろ!」

 

 クロノの指示は間違っていない。だがテスタロッサとプレシアのやりとりを見届けるまでは、脱出するわけにはいかない。

 崩壊の中。プレシアはそっとアリシアの入ったカプセルに寄り添う。彼女の視線は、アリシアではなくテスタロッサの方へと向いている。

 

「私は行くわ……アリシアと一緒に」

 

 それはあくまで俺の主観になるが、拒絶の言葉ではなくて別れの言葉のように感じた。

 

「母さん……」

「言ったでしょ……私はあなたが大嫌いだって」

 

 大嫌いだと言いながらも、プレシアの声色はこれまでのもの違って優しいものであり、顔も見方によっては微笑んでいるようにも見えた。それと同時に、ふと嫌な予感がした。

 次の瞬間、プレシアとアリシアのいる付近が崩壊し始め、テスタロッサはふたりの名前を呼びながら駆け寄ろうとする。しかし、それは落下してきた巨大な岩石によって阻まれた。

 

「……いつもそうね……私は気づくのが遅すぎる」

 

 テスタロッサよりも先に動き出していたこともあって、俺はプレシアの腕を掴むことができていた。彼女は走馬灯でも見ているのか、独り言を呟いている。

 

「気づけたのなら……変わればいい」

「――っ!? ……あなた……何をしているの?」

「聞かなくても……分かるはずだ」

 

 重い……プレシアの身体には全く力が入っていない。

 アリシアと共に死ぬつもりでいるから……という理由だけじゃないだろう。ロストロギアを用いた不確定なやり方や先ほどの吐血からしてプレシアは病を患っている可能性が高い。身体に力が入らない状態でも不思議ではない。

 

「……放しなさい。このままだとあなたも死ぬわよ……」

「死ぬつもりはない。だからあんたも生きろ」

「……ふふ、勝手に助けようとしているくせに身勝手なことを言うわね。……いまさら生きてどうなるというの? もう遅いのよ」

「遅くなんてない!」

 

 声を荒げてしまったからか、床が少し崩れた。

 もうあまり時間が残されていない。さっさとプレシアを引き上げて脱出しなければ、俺もあの世行きだ。そうなってはファラを道連れにしてしまうだけでなく、叔母やあの子を悲しませることになる。

 

「あの子はあんたのことを母親だって思ってる。それにあんただって気づいたんだろ! だったらやり直せるはずだ!」

「……やり直す時間なんて私には残されていないわ」

「だとしても……あの子と話せる時間があるのなら、できる限り話すべきだ! ……親と話すことは、子供にとって必要なことなんだから」

 

 俺は今にも泣きそうな顔を浮かべているのか、プレシアの目が大きく見開かれている。彼女は一度俯いた後、再びこちらに顔を向けた。それは母親の笑みと呼べそうな顔だった。

 

「あの子のこと……お願いね」

 

 プレシアは最後の力を振り絞って俺の手を払った。声にもならない声を上げて手を伸ばしたが、彼女の手を握り直すことはできない。

 落ちていくプレシアに自分の母さんの影が重なり、悲しみや寂しさ、喪失感が一気に湧き上がる。

 

「アリシア! 母さん!」

「フェイト!」

 

 落ちていくプレシアやアリシアに手を伸ばすテスタロッサをアルフが止める。

 テスタロッサがふたりの名前を叫ばなかったなら、俺が「母さん!」と叫んでいたかもしれない。そんなことを考えているうちに、ふたりの姿は見えなくなってしまった。テスタロッサの目からは涙が溢れている。

 ――何で……何でもっとしっかりと握っていなかったんだ!

 自分がしっかりと握っていたならば、プレシアだけでも助けられたかもしれない。助けられなかったとしても、テスタロッサに会話させてやれたはずだ。親を失う悲しみを知っているのに……俺は……。

 

「あんたも何じっとしてるんだい! 脱出しないとくたばるよ!」

 

 アルフに腕を引かれた俺は、思考の渦から抜け出せない状態だったが脱出を開始した。脱出する中、俺の口の中は血の味がしていた。

 

 

 




 庭園の崩壊と共にジュエルシード事件は終わりを迎えた。フェイトは事件の重要参考人として本局に行くことになる。
 何度もぶつかり合い、最後には分かり合うことができた魔法少女達だったが、しばらくの別れが訪れる。

 次回、エピローグ


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エピローグ

 俺達は無事にアースラへ帰艦することができたが、テスタロッサとアルフは事件の重要参考人ということで隔離された。高町は心配そうであったが、最後こそ協力していたがテスタロッサ達は元々管理局と敵対する立場にあったのだから仕方がない。

 しかし、クロノの話によればテスタロッサ達は真実を知らなかった。言い方は悪いが、道具として扱われていたため、執行猶予が付くまで持っていくつもりとのことだ。

 出来る限りテスタロッサに罰が与えられないように善処するという発言に高町は喜んでいたが、エイミィが言うにはこの手の裁判は長引くらしい。

 振り返ってみると様々な出来事があったが、ジュエルシード事件はひとまず終わりを迎えることとなった。俺や高町達は、必然的に地球に戻ることになる。地球に転移する少し前まで、クロノやエイミィに今後はあんな無謀なことはするなと厳しく注意されていたのは言うまでもない。

 

「……ふぅ」

 

 地球に戻ってくると、辺りはすでに暗くなっていた。

 濃密な一日でさすがの高町も疲れたようだが、笑顔を浮かべられるあたりまだ余力が残っているのだろう。さすが現場で叩き上げられて育ったというべきか。

 

「あっ……お疲れ様夜月くん」

「ああ……それはこっちの台詞だと思うんだけどね。俺はほとんど何もしていないし」

「ショウってさ……何ていうか素直じゃないよね」

 

 フェレット姿のユーノとは話し慣れていないため、何とも言えない微妙な気分になる。人間の姿だったならば、笑みでも浮かべているのだろうか。

 

「ある意味では素直だと思うけど」

「まあそうだけどさ。そういう返しするところとか、素直な性格してるとは言えないんじゃないかな?」

「そういうことを言うあたり、君もじゃないのか?」

「うーん……」

 

 腕を組んで考えるフェレットというのは、何も知らない人間からすれば珍しい光景だろうな。まあ辺りは暗いし、人気もないから問題はないだろうけど。

 周囲を見渡してから視線を戻すと、ユーノが高町に聞いているところだった。高町はユーノは素直だと思う、ということらしい。

 

「あっ、別に夜月くんが素直じゃないってことじゃ……!」

「別にいいよ。君達よりも素直じゃないってことは自分でも分かってるから」

「その……ごめん」

「謝らなくていいよ。それよりもう暗い。さっさと帰ろう」

 

 歩き始めると、高町が駆け足で隣にやってくる。あまり親しくもない人間の隣をよく歩けるものだ。

 暗いのが怖いのか? とも思ったが、高町の顔を見る限りそれはなさそうだ。そもそも初めてジュエルシードを封印したときも夜だった。暗いのが怖いのなら、高町はユーノには出会っていないだろう。

 

「あの……夜月くんって強いんだね」

 

 無言が辛かったのか、高町がポツリと呟いた。何を言っているのだろうか、と思ったが、つい先ほど自分の戦っている姿を見られたことを思い出した。

 

「俺は……強くなんかないよ」

 

 高町のように優れた魔力資質があるわけでもない。彼女は資質が並みの魔導師よりも偏り過ぎているとも言えるが、小さくまとまっていると言える俺よりは良い。

 総合的に高い状態なら優秀だが、平均レベルなら器用貧乏だと言えるだろうから。まあ不得意なことがないという意味では、デバイスのデータを取る場合はプラスだろうけど。

 それに……俺には高町のような強い心はない。

 心を許している相手なんて片手で数えるほど。クロノやエイミィとは事件の間に距離が縮まったような気がするが、それはふたりが俺との距離を詰めすぎないようにしてくれたからだろう。そうでなければ、あんな風には話せなかったはずだ。

 ……短時間であそこまで変われるなんて、テスタロッサは凄いよな。俺はずいぶんと前からこのままじゃいけないと分かっているのに、少しも変われていない。

 そういえば……バタバタしてて言えてなかったな。テスタロッサと面会できるようになったら、一言だけでも言っておかないと。

 

「夜月くん、大丈夫?」

「ん、ああ大丈夫だよ。君ほど実戦慣れしてないから疲れてはいるけど」

「そっか……あれ? 確か夜月くんって私よりも先に魔導師になってるんだよね?」

「なってはいるけど、俺はデバイスのデータを取るための魔導師みたいなものだからね。まあ、そもそも君みたいに現場で叩き上げられる魔導師は滅多にいないと思うよ」

 

 クロノも「一体どんなスパルタだ」と言っていたから間違いないだろう。それに冷静に考えてみれば、魔力資質も関係あるだろうけど、高町のいびつな成長は現場で叩き上げられたからかもしれない。

 

「そうなんだ……いや、そうだよね。普通はいっぱい練習してから本番だもんね」

「ごめんなのは……ボクが巻き込んだばっかりに」

「ユーノくん」

「ぁ……うん、もう言わないよ」

 

 確かにいまさら巻き込んだことを言っても遅すぎる。それに高町は、最初は違っただろうが途中からは自分の意思で事件に関わっていた。自分から首を突っ込んだのだから、ユーノに謝ってほしくはないだろう。

 

「あ、あの夜月くん」

「何?」

「そのね……魔法のこととか色々と教えてくれないかな? できれば訓練の方法とかも……」

「嫌だよ」

 

 返事を返してから数歩歩いた後振り返ってみると、高町は瞬きをするだけの状態で固まっていた。俺があまりにもさらりと返事を返したからか、理解が追いついていないのかもしれない。

 

「えーと……なんで?」

「何でって、君にはユーノがいるだろ」

「……それもさっき一緒に言おうよ!」

 

 怒り始める高町だが、こちらが時間帯上騒ぐのは迷惑だと言うと口を閉じた。ただ言いたいことは多々あるようで、むすっとした顔でこちらを見たままだ。こういう姿を見ると、ただの女の子にしか見えない。

 

「夜月くんって意外といじわるだね」

「……じゃあもうひとつ、いじわるなことを言おうか。今ならまだ元の生活に戻れる可能性がある。今日までのことをなかったことにするつもりはないか?」

 

 高町がこのまま魔法に関わっていれば、性格も相まって辛い経験や悲しい思いをたくさん味わうことになるだろう。管理局で働くとするならば、危険とは隣り合わせ。周囲の人間の心配は絶えないはずだ。地球で周囲と変わらない生活を送るほうが幸せなのではないか。

 俺の考えていることを高町は感じ取ったのか、先ほどのように怒声を上げることはなく、静かだが力強い声で返事を返してきた。

 

「そのつもりはないよ」

「……そうか」

「心配してくれてありがとう」

「……君に対する心配はそこまでしてないけどね」

「何で真顔で言うの!?」

 

 ★

 

 久しぶりに自宅で迎えた朝。目覚ましとなったのはアラームではなく、管理局からの連絡だった。内容はテスタロッサの裁判の日程が決まったため、来週から本局の方へ身柄が移ること。少しだけ話す時間を作ったので話さないかということだった。

 短い時間しか会話できないのなら、同じように連絡が行っているであろう高町に譲ったのほうがいいという気分になる。だがテスタロッサは高町だけでなく、俺にも会いたがっているとのこと。

 それに……個人的にも、彼女に一言だけでも謝っておかないとな。そうしないと、いつまでも胸の内がもやもやしそうだ。

 身支度を済ませると、指示された場所へと向かう。

 目的地には私服姿のテスタロッサにアルフ、制服姿のクロノと高町の姿があった。急いで向かったのだが、どうやら高町の方が早かったらしい。

 

「僕達は向こうにいるよ」

 

 クロノ達は高町達がふたりで話せるように気を利かせたようで離れ始める。

 ふとクロノ達と目が合い、ふたりの方へ行くようにジェスチャーで指示されるが、俺はそれに首を横に振って返した。

 

「フェイトに会いに来たんだろ?」

「俺は高町と違って、一言挨拶をしに来ただけだよ。それにあのふたりは何度もぶつかって今に至る。できるだけ話をさせてやりたいんだ」

 

 納得してくれたのか、それ以上は何も言わなかった。一緒に高町達から距離を取る中、ちらりとふたりの様子を確認する。

 はたから見ても、あのふたりから発せられる雰囲気は独特だよな。あそこに割って入れるのは、空気が読めない人間か仕方がない場合だけだろう。

 ベンチに座って見ていると、ふたりは見詰め合ったまま何かを言い始めた。アルフは聞こえているかもしれないと思い、何気なく聞いてみるとテスタロッサが友達になるにはどうしたらいいか聞いたらしい。それに対する高町の答えは、名前を呼べばいいというものだった。

 

「名前を呼んだら友達にね……あの子らしい」

「他にも君とかあなたとかじゃなくて、名前で呼んでとか言ってるよ」

「……俺は高町の知り合いであっても友達じゃないよ」

 

 アルフはどことなく呆れた顔を浮かべた。フェレット状態なのではっきりとは分からないが、彼女の肩に乗っているユーノの顔も同じように見える。

 

「まあ……あんたとあの子の問題だからとやかくは言わないけどさ。ただ、フェイトはあんたとも仲良くなりたいみたいだから……その、よろしく頼むよ」

「頼むよって……俺は高町と違って、名前を呼んだら友達なんて思ってないんだけど」

「あんたね……」

「お互いの呼び名なんてどうでもいい。お互いに相手のことを自分のことのように考えられるように……大切だって思えるようになったら友達だと思う。いや……友達だって思う相手には、いつの間にかそんな風に思ってるのかな」

 

 あの子とも最初は友達になるつもりなんてなかった。

 あの子とは図書館で出会った。最初に言われたのは、隣で読んでいいかといった感じだったはずだ。その日を機にちょくちょく彼女の方から話しかけてくるようになったんだった。

 彼女は車椅子に乗っている、が明るい性格をしている。そのため彼女に同情めいた感情は抱いたことはない。ギリギリ手の届かないところの本を代わりに取ってあげたことはあるが、それは同情とは違うだろう。

 彼女と顔を合わせれば普通に話すようになったのはいつからだろうか。思い返してみても、きっかけになった日は分からない。だがそこは、本音を言えばどうでもいい。

 俺はいつの間にか彼女の家にも足を運ぶようになっていた。会話したり、一緒に料理をしたりと、友達とやるようなことを自然にやれている。俺にとって彼女は友達だということ……大切な人だということは間違いない。

 ジュエルシードの一件でしばらく顔を出せていないが、彼女は怒っていないだろうか。いや、彼女はこんなことでは怒らない。きっと顔を出せば、笑顔で久しぶりと言ってくれるだろう。

 ただ……彼女は笑顔で本音を隠してしまう子だ。わがままを言ったりすれば、人との繋がりが切れるのではないか、と恐れているから。

 長期休暇に入ってしまえば、俺はファラのデータ取りや叔母の家の片付けに地球を離れなければならない。それまでに、彼女とできるだけ会って話しておこう。

 

「……ふーん。まああんたにはあんたの考えがあるだろうし、素っ気無い態度を取らないでくれるだけでいいよ」

「それくらいなら了解するよ。元々無視をしたりするつもりはないから……」

 

 自分から話しかけたりすることはあまりないだろうけど、と思ったが言わないでおいた。

 会話が終わったため、アルフはふたりのほうに意識を戻した。俺もふたりの様子を見る以外にこれといってやることもないので戻す。

 遠目でよく分からないが、別れに寂しさが膨らんでいるのかふたりは泣いているように見える。高町はテスタロッサに抱きつき、テスタロッサは高町を優しく抱き締めた。その状態のままふたりは会話を続けている。

 

「う……あんたんところの子はさ……なのはは、本当に良い子だね。フェイトが……あんなに笑っているよ」

 

 ふたりの様子を見ていたアルフは感動したのか、泣き始めてしまった。会話の内容が聞こえているのも理由だろうが、主と使い魔の間には精神リンクがあると聞いた。それによってテスタロッサの気持ちが流れ込んでいるのかもしれない。

 ユーノはそんなアルフを見て、彼女の頬に手を置いた。泣いている子供をあやしているという解釈でいいだろう。

 そろそろ時間がなくなってきたのか、クロノが立ち上がって高町達の方へ歩き始める。彼から視線で合図をもらった俺は、少し遅れる形であとを追った。

 

「時間だ。そろそろいいか?」

 

 クロノに話しかけられた高町はテスタロッサから離れた。テスタロッサは俺の姿を確認すると涙を拭う。

 彼女はこちらに話しかけそうな気配を見せたが、俺は視線で高町の方を見るように合図した。高町が話しかけようとする素振りを見せていたからだ。

 

「フェイトちゃん」

「……ぁ」

 

 高町は髪を結んでいたリボンを解き、テスタロッサに差し出した。おそらく思い出の品として、テスタロッサにあげようとしているのだろう。

 それを見たテスタロッサも自分のリボンを解いて高町に差し出す。ふたりは見詰め合ったまま、互いに差し出されているリボンを手に取った。

 

「……ありがとう、なのは」

「うん……フェイトちゃん」

「きっとまた……」

「うん……きっとまた」

 

 ふたりは名残惜しそうにしながらも、それぞれリボンを受け取った。

 アルフは泣き止んで近くに来ていたようで、ユーノを高町の肩に置いた。彼女に気が付いた高町は、そのまま別れの挨拶を始める。

 

「あの……」

「……悪いけど、俺は君に渡せるようなものは持ってないんだ」

「え、あの、それはいいの。その……君の名前……教えてくれないかな?」

 

 人に名前を聞いたりしたことがほとんどないのだろう。テスタロッサの顔は、恥ずかしさで真っ赤になっている。

 無駄な会話をしている時間もなく、勇気を出して自分から名前を尋ねてきた彼女にいじわるをするのも良心が痛むため、素直に言うことにした。

 

「夜月翔だよ」

「ヤヅキ……ショウ……あの」

「何?」

「その……ショウって呼んでもいいかな?」

 

 同年代の子に名前を呼ばれるのに慣れていないため、名前で呼ばれることを考えると、どことなくくすぐったい気分になる。だが変なあだ名で呼ばれたりしなければ、苗字だろうと名前だろうと構わない性分だ。

 

「ああ、構わないよ」

「……ありがとう……ショウ」

「それは……何に対しての礼?」

「それは、本当の自分を始めようって思えたのは……」

「違うよ」

 

 テスタロッサは俺の言葉がなくても、きっと行動していただろう。彼女にはそれだけの強い心がある。

 それに……俺はプレシアを助けられなかった。テスタロッサの心が強くなかったなら、何で助けてくれなかったんだ! と言われてもおかしくない。彼女に礼を言われる立場じゃないんだ。

 

「君は、強くて優しい心を持ってる。ひとりでも、同じ考えを持ったはずだよ」

「そんな……こと……」

「フェイト~、時間だってさ~」

 

 まだ話したいことがあるのか、テスタロッサは顔を俺とアルフに交互に向ける。

 俺との会話はここで打ち切っても内心の問題だけで済むが、本局に行くのが遅れると彼女の今後に関わる可能性がある。ここは、もう行くように促すべきだろう。

 

「行きなよ。話はまたできるんだからさ」

「……うん」

 

 短く返事を返してきたテスタロッサは、走ってアルフ達のほうへと向かう。彼女とすれ違う中、俺は本当に言いたかったことを念話で伝えた。

 

〔君のお母さんを助けられなかった……ごめん〕

 

 伝え終わるのと同時に振り返ると、テスタロッサが立ち止まってこちらを振り返っていた。驚きにも似た表情を浮かべていた彼女だが、すぐに優しげな笑みに変わった。

 

〔ううん、ありがとう。お母さんを助けようとしてくれて〕

 

 アルフに再度呼ばれたテスタロッサは、返事を返しながら走って向かう。

 魔法陣が展開し、転移が始まる。テスタロッサは小さくだが、俺や高町に向かって手を振ってくれた。それを見た高町は、涙を堪えながら大きく手を振って返す。

 テスタロッサ達の姿が消えた後、高町は彼女達が転移した場所から動こうとせずに空と海を眺めている。

 

「…………」

 

 俺は高町に声をかけずに、その場から離れ始める。

 胸の内にあるのは、別れへの悲しみよりも変わった彼女に対する尊敬が強い。ふと空を見上げながら、俺はポツリと呟いた。

 

「……俺も……少しずつでも変わっていかないとな」

 

 

 



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空白期
01 「戻ってきた日常」


 今回から無印以降As前の話になります。


 事件終了後、叔母は仕事が一段落したということで家に戻ってきた。最初は説教をしそうな勢いがあったが、頭の回転が速いだけに自分にも責任があることを理解し、結果的に無事でよかったという一言で終わった。

 これで俺の日常もジュエルシード事件前の平凡なものに戻る。そんな風に思っていたが、多少の変化が起きてしまっている。

 まずは叔母が事件前より俺に構ってくるようになったこと。

 俺の代わりに買出しに行くと言ってくれたりするのだが、叔母は仕事はできるが家事ができない人だ。叔母だけに行かせると、あとで俺がまた買いに行く可能性が高い。そのため、普通の親子のように一緒に買い物に行くようになった。はたから見た姿は親子でも、会話を聞けば親と子の立場が逆だと思われることだろう。

 他にも仕事の合間にこれといって用もないのに連絡してくるようになった。地球から仕事場に行って人の何倍も仕事をこなしているのだから、休憩はきちんと取ってもらいたいというのが俺の本音だ。

 まあ、叔母は集中すると何日も徹夜してしまうような人であり、自分の手が必要な場合は必要がなくなるまで家にさえ帰ろうとしない人だ。このせいで俺の連絡が叔母の耳に入らなかったわけだが……終わったことをぐだぐだと言っても仕方がないため、これ以上は言わないでおく。

 

「いらっしゃい……あら、ショウくんじゃない」

 

 翠屋に入ると、桃子さんにまず声をかけられた。彼女は温かい笑みを浮かべながら俺の傍まで来ると、目線を合わせるためにしゃがんだ。

 

「ふふ、来てくれて嬉しいわ。……今日はひとり?」

 

 連れがいるか聞かれたのは、ジュエルシード事件が終わってから叔母と何度か来ていたからだろう。

 桃子さんは俺の両親と面識があり、特に母さんと親しい間柄だった。だから俺の両親がすでに亡くなっていて、叔母が面倒を見ているということを知っている。叔母とは両親のことや俺のことで話がしたいのだろう。

 

「はい、忙しい人ですから」

「確かにね……聞きたいんだけど、ちゃんと寝てる?」

「寝てますよ……ここ最近は」

 

 叔母は過度な睡眠不足でひどい隈ができている。睡眠不足は俺の保護者になる前からなので、隈を完全に無くすには、長期間きちんと睡眠を取らないといけないだろう。叔母の仕事量を考えると無理に近いが。桃子さんもあそこまでひどいと少し寝たくらいじゃ治らないと考えたのか、苦笑いを浮かべている。

 最近は何が売れているのか、新作はあるのかといった会話をしながらも、桃子さんは俺をきちんと空いている席に案内する。

 

「注文は何にする?」

「そうですね……桃子さんのおすすめをひとつと、コーヒーで」

「分かったわ」

「……あの、何かおかしなこと言いましたか?」

「別に言ってないわよ。ただ、君くらいの子は普通コーヒーは飲まないから」

 

 確かに小学生がコーヒーを飲む姿はあまり想像できない。一般的なのはジュースだろう。良いとこ育ちの人間は、紅茶といったものも飲むかもしれない。

 

「甘いもの食べるのに甘い飲み物ってのもあれですし、よく飲む人が近くにいると影響を受けるというか」

 

 叔母はよくコーヒーを飲む。コーヒーを飲むと眠気が覚めるという話を聞くが、叔母には何の効果もないような気がする。

 叔母だけでなく、亡くなった父さんもよく飲んでいた。叔母の話によれば、「うちの家族は小さい頃から飲んでいたかな」ということなので、俺がこの年でコーヒーを飲むのは血筋かもしれない。

 人気の喫茶店だけあって桃子さんも顔には出さないが忙しいようで、俺に短く返事を返して席を離れて行った。

 翠屋は賑やかであるが、決して騒がしくはない良い雰囲気の店だ。客が少ないときは、しばらくの間読書をする場所として愛用もしている。桃子さんや翠屋のスタッフはこのことを知っているため、案内してくれるのは基本的に店の隅の方だ。

 今日は休日であり、あの子も定期健診で病院に行くそうなのでこれといった予定はない。しばらくここで読書をしたいが、ジュエルシード事件以降はあまり長居する気にはなれないでいる。

 余計なことを考えながらも、本を読んでいるうちに注文した品が運ばれてきた。持ってきてくれたスタッフにお礼を言って、本に栞を挟んで一旦置く。

 

「……美味しい」

 

 心の中にある負の考えが霧散していく気がする。

 多分……桃子さんの作るお菓子が母さんの味に似てるからだろうな。ふたりで写ってる写真がアルバムにあったから、若い頃からの知り合いで同じ職場にいたこともあったのかもしれない。

 

「あっ……ショウくん」

 

 コーヒーを少し飲んでから読書を再開しようとカップを手に取った矢先、誰かに名前を呼ばれた。霧散していたものが、一気に蘇ってくる。

 俺の名前を呼んだのは、栗毛をツインテールにまとめたクラスメイト。休日ということもあって私服姿だ。彼女は嬉々とした笑顔を浮かべて、こちらに近づいてくる。

 

「何でここにいるの?」

「いや……喫茶店にいるのにその問いはどうかと思うけど」

「それもそうだね」

 

 にゃはは、と笑う高町。事件が終わってからというもの、彼女は俺に話しかけてくるようになった。前よりも挨拶をしたりするようになったというくらいだが、隙あらば色々と話そうという気配が見え見えの状態である。

 ――話しかけてくるのが念話ならば、はたから見ても会話しているようには見えないため問題はないのだが……魔法関連のことは口にしないので無下に扱うこともできない。

 そもそもの話になるが、何が彼女をここまで喜ばせているのだろうか。俺にはさっぱり分からない。ここが彼女の両親が経営している店だとは知っているが、そこに俺が来たからといって何だという話なのだから。

 

「なのは、急にどこに行くのよ? ……へぇ、あんたもこういうところに来るんだ」

 

 高町に続いて現れたのは、高町を含めた仲良し3人組だけでなくクラスのリーダー格であるアリサ・バニングス。前と変わらない姿勢を取ってくれているが、高町の変化に疑問を抱いている素振りを見せている。

 だが俺が高町と同じクラスだということで、きっかけさえあれば親しくなるのは考えられないことではない。それに彼女は素直じゃないため、何があったのかということを聞けないでいるのだろう。

 聞いたとしても、魔法のことを話すわけにはいかないため高町は嘘を付くだろう。事件中に一度ギクシャクしてしまったため、当分の間は聞いたりしないだろうが。

 バニングスに少し遅れて、月村が姿を現す。俺に気が付くと、笑顔を浮かべて小さく手を振ってきた。高町やバニングスがいる手前、返事を返しづらい。

 

「まあ時々……」

「ふーん……あたしも結構来るけど、あんたを見たのは初めてね」

「もうアリサちゃん、クラスメイトなんだから仲良くしようよ」

「なのは、あたし別にこいつのこと嫌ってるとか言った覚えはないんだけど?」

 

 高町が誤解したのも分からなくもないが、俺とバニングスの仲を考えれば会話が素っ気無い感じになるのは当然のことだ。

 バニングスが高町と会話し始めたため、やっと一息つくことができた。手に持っていたコーヒーを飲んでから、読書を再開する。

 

「ショウくん、何の本?」

 

 急に耳元で声が響いたため、反射的に身体が震えた。声や本に興味を持ったところから、話しかけてきたのが月村だということは間違いない。

 大人しい性格をしているのに意外な行動を取る子だな月村は。まあ、この見た目で体育が得意ってことからも意外なことが多い子ではあるのだろうが。とにかく、そっと近づいて耳元で囁くのはやめてほしいものだ。

 

「何の本って……」

 

 あの子に勧められて読んでいる本であるため、普段読んでいる工学系や料理系のものではない。口で言うよりも読ませたほうが早いと思った俺は、本を彼女に渡すことにした。

 

「……ショウくんってこういうのも読むんだね」

「まあ……友達に勧められたからには、とりあえずね」

「え……」

「何?」

「う、ううん、何でもない!」

 

 驚いたような反応をしたので聞いてみたが、月村は慌てながら否定してきた。

 おそらく友達って言葉に反応したんだろうな。俺には学校で休み時間の度に話すような人物はいないから。友達がいないとまでは思われていなくても、友達は少ないとは思われていることだろう。それに自分から友達がいると言ったこともなかったから、月村は今みたいな反応をしたんだろうな。

 

「なのは、あたし達は別のところに行きましょうか」

「え、何で?」

「何でって、あんたもすずか達のやりとり見てたでしょ? まったくあんたは……」

「アリサちゃん、いちゃついてなんかいないから!」

「大人しいあんたがそこまでムキになるってことは、いちゃついてたってことでしょ?」

「今みたいにからかわれたら、誰だってムキになるよ!」

 

 誰でもいいから、この3人をどこかに連れて行ってくれないだろうか。少しずつでも変わろうと決意したものの、いきなりこの3人と距離を詰めるのはハードルが高すぎる。

 そんなことを考えながら食事を進めていると、にやけた顔をしたバニングスがこちらを覗いてきた。先ほどの流れと彼女の表情から考えて、嫌な予感しかしない。

 

「ねぇあんた、すずかのことどう思ってるわけ?」

「ア、アリサちゃん!?」

「どうって……」

「ショ、ショウくんも答えなくていいから!」

「別にいいじゃないの。減るもんでもないんだから答えなさいよ」

 

 バニングスよりも月村とのほうが親しいが、答えないと面倒な流れになりそうだ。だが答えると、月村が今の状態よりも悪化しそうなので良心が痛む。

 どうしたものかと考えていると、ふと高町と目が合う。彼女の返事は、頬を掻きながら苦笑いというものだった。こちらとしてはふたりを止めて、ここから離れてほしかったのだが。

 

「……まあ、普通にクラスメイト」

「……つまんない回答ね」

 

 感情を露骨に表情に出したバニングスに言えと言ったのにそれはないだろう、と返しそうになったがぐっと堪えた。俺への興味が消えたようなので、返事をしないほうがいいと思ったからだ。

 これなら月村をからかうのをやめるのではないかと思い彼女に視線を向けると、どことなく普段よりも暗い顔をしているように見えた。親しいという言葉くらい付けておくべきだっただろうか。

 だがここでフォローを入れると、またバニングスが興味を持つかもしれない。それに月村も大丈夫だよ、と言いたげな笑顔を向けている。ここは大人しくしておいたほうがいいだろう。

 

「ショウくん、美味しかった?」

「ん……ああ」

「そっか、よかった。ここね、私のお母さん達がやってるんだ」

「知ってるよ。何度も来てるし、君はお母さんによく似てるから」

「そ、そうかなぁ……」

 

 桃子さんに似ていると言われたのが嬉しいのか、高町は照れ笑いを浮かべる。

 高町が母親似だというのは大抵の人間が思うことだろうし、よく翠屋に来る人間なら言ってもおかしくないことだ。今までに何度も言われているはずなのに照れるとは、高町はかなり純情なようだ。

 

「……そろそろ俺は帰るよ」

「あ、うん……あの」

「何?」

「その……もうすぐ夏休みだよね。まだ具体的な話はしてないんだけど、多分どこかに遊びに行くと思うんだ。だからショウくんもどうかな? ね、すずかちゃん?」

「え……あ、うん」

 

 月村が返事を返すと、ふたりの視線が恐る恐るといった感じにバニングスへと向いた。

 

「何よその目は。別にダメとか言わないわよ。遠出するなら大勢になるだろうし、そいつひとり増えたところで何も変わらないんだから」

 

 あとはそいつの意思次第よ、と続けるバニングス。

 あの子以外にどこかへ行こうと誘われたことがないため嬉しい気持ちはあるし、誰かしらの家族が同伴するということなので男女比による気まずさもほぼないだろう。ただ、俺は立場上断るしかない。

 

「悪いけど、それは無理だと思う。夏休みの大半はこの町を離れるから」

「大半ってことは旅行ってわけじゃないわよね。あんたのお父さんかお母さんの実家にでも行くの?」

「まあそんなところ」

「ふーん、まあそれじゃ仕方ないわね。なのはにすずか、諦めなさい」

 

 怒りっぽい印象を持っていたけど、意外とバニングスは落ち着いてるんだな。いや、そうじゃないとリーダー格にはなれないか。

 それにあまり踏み込んでこようとしないし、3人の中では一番話しやすいかもしれない。俺にも彼女にも話そうとする意思はあまりないだろうけど。

 

「じゃあ……また」

「うん、またね」

「ショウくん、バイバイ」

「気をつけて帰んなさいよ」

 

 

 



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02 「友達」

 5月も終わり6月を迎えた。ジュエルシード事件が終わって間もないというのに、ずいぶんと前に感じてしまうのは、学校生活に変化が起きたからかもしれない。高町は、現状で悩みの種と言ってもいい。

 まあ悩みだと思う一方で、自分を変えようと思ってる俺にとっては、話しかけてくれることは嬉しくもあるのだが。ただ、ひとりで読書をしたい気分の日もあるのも事実。高町が話しかけてくると、必然のようにバニングスや月村も会話に参加してくるため、読書できる雰囲気はなくなる。

 そういえば、高町が話しかけてくるようになってから月村が話しかけてくる回数も多くなった気がする。常に一緒にいるイメージだから、そのように思ってしまうのかもしれないが。

 

「……余計なことは考えないようにするか」

 

 目の前にはとある一軒家がある。この家の特徴を挙げるとすれば、バリアフリーの造りになっていることだろう。こう言えるのは今までに何度もここを訪れているからだ。

 インターホンを押してしばらくすると、元気な声と共にドアが開いた。中から現れたのは、車椅子に乗った茶髪の少女。

 少女の名前は八神はやて。柔らかな関西弁を使う俺が現状で唯一認めている友達だ。はやては俺の姿を見ると、にっこりと笑みを浮かべる。

 

「誰かと思ったらショウくんか。よう来てくれたなぁ」

「ああ……最近あんまり来れなくて悪い」

「確かに来てへんかったけど、何か用事があったんやろ。謝る必要はないよ」

 

 笑いながらそう言ってくれるはやてを見ると、申し訳なさが溢れてきた。はやては俺と同じように両親を亡くしている。亡くした時期もほぼ同じだろう。

 親戚が遺産の管理などはしてくれているらしいが、はやてはこの家にひとりで住んでいる。俺も似たような生活を送っているが、それでも家族との時間はある。学校にも行っていない彼女は、俺よりも格段に寂しい思いをしていることだろう。

 それなのに、彼女はにこりと笑う。明るい性格をしていることも理由だろうが、本当の気持ちを隠すときも笑うのだ。全てのことをひとりでやらなければならない環境が、他人に甘えてはいけないということに繋がったのだろう。

 

「ごめんな……」

「だから謝らんでええって。そんな謝られたら、寂しがりみたいやんか。わたし、ショウくんよりもお姉さんやで」

「数ヶ月先に生まれただけでお姉さんぶられてもなぁ」

「その差が大きいんよ。女の子は早熟やから……ここで立ち話もなんやし、中に行こうか」

 

 くるりと回って家のなかに入っていくはやて。あとについて中に入ると、「ごめんけど鍵掛けといて」という言葉がすかさず飛んできた。うちの叔母よりもしっかりしている彼女は、お姉さんというよりはお母さんのほうがしっくりくる気がする。

 リビングにあるソファーに座って話そうということになり、俺は持っていた荷物を置いてはやてに近づく。最初の頃は戸惑いもしたが、今でははやての移動に手を貸すのも慣れたものだ。

 

「ありがとう」

「これくらい別にいいさ」

 

 俺が返事を返すと、はやては自分の隣をポンポンと叩いた。隣に座ってということらしい。断る理由もないため、荷物を手に取って彼女の隣に座った。

 

「さっきから気になっとったんやけど、それ何?」

 

 分かっているのに聞いていそうだなと思いつつも、中身を取り出すことにした。

 まだ少し早いのだが、俺が持ってきた荷物ははやてへのプレゼントだ。ほら、と言って渡すと、すぐに彼女はそれを広げた。

 

「おっ、洋服やん。しかもフードにはたぬきさんの耳が付いとる。ショウくん、ええ趣味しとるなぁ」

「お姉さんぶった割には、子供っぽいので喜ぶんだな」

「わたし子供やもん」

「調子の良いやつ」

「そう褒めんといて」

「褒めてない……まったく」

 

 はやての言動には呆れるが、喜んでくれているようなので安心した。洋服を眺める彼女をよそに、俺はもうひとつのプレゼントを取り出す。

 

「あとこれ」

「開けてええ?」

「ああ」

 

 返事をすると、はやては綺麗に洋服をたたんで傍に置き、テーブルに置かれた白い箱を開けた。中身は俺が作ったはやて用の誕生日ケーキ。祝いの言葉ももちろん書いてあり、食べるのがはやてひとりなので小さめに作ってある。

 

「去年よりも上手くなっとる……何やろ、この妙な悔しさ。何ていうか、女の子として負けた感じ?」

「そんなの俺に聞くな。それにいいよ、食べないなら持って帰るから」

「あはは、冗談や。ちゃんと全部食べるから、いじわる言わんといて」

「別にいじわる……」

 

 途中で止まってしまったのは、はやてが抱きついてきたからだ。突然だったことや体格がほとんど変わらないこともあって押し倒されそうになったため、俺は反射的に倒れそうになる身体を腕で支えた。

 

「ありがとな……ほんまありがとう……」

 

 お礼を言う彼女の声は少し震えていた。抱き締めているのは、俺に顔を見られないようにするためのようだ。

 悲しくて泣いているわけじゃない相手に泣くなとは言えない。しばらくこのままでいようと思うが、何か言ってあげるべきなのではないかとも思う。こういうときは何を言えばいいのだろう……。

 

「……いつも今くらい素直になればいいのに」

「そんなん……できるわけないやろ。分かってるくせに……」

「分かってるけどさ……俺くらいには素直に何でも言ってくれてもいいんじゃないか? ふたりのときとかは、別に気持ちを隠す必要はないだろ?」

「そうやけど…………多分無理や。もう癖になっとるもん」

「それも……そうだな」

 

 長年の習慣を一気に変えることはできないものだ。いきなり実践しろというのも無理な話か。ただ、だからといってそのままでいいというわけにもいかないだろう。

 

「でも、変える努力は必要だろ。本心を言わないといけないときってのは、この先必ずあるだろうから。俺からでもいいから練習しないと」

「それはそうやけど……ショウくん相手に練習する意味ってないやろ。わたしが隠したって、ショウくんは察してまうんやから」

「きちんと分かるわけじゃないさ……」

 

 俺が分かるのは、はやてと似たような痛みを感じたことがあるから。だけどこの先、俺や彼女は様々な出会いや経験をして変わっていく。

 今は親しい仲だけど、全く話さないようになることだってあるかもしれない。母さんと同じ道を歩むことを選んだのならこの世界にいることを選ぶだろうけど、父さんがやろうとしていたことを継いだならば、あちらの世界を拠点にしたほうがいいのだから。

 

「完璧に分かったら逆に怖いし、あんまり察しが良すぎるのはモテへんらしいよ」

「……話の方向性が変わってないか? というか、泣き止んだのなら離れてくれ。さすがに腕がきつくなってきた」

「別に泣いてないし、わたしはそんなに重くないやろ」

 

 少し膨れながら言うはやての目には赤みがあった。でも泣いていないと言っているのだから追求するような真似はしない。今日は彼女に喜んでもらうために来たのだから、機嫌を損ねるようなことをするつもりはない。

 

「だったらお前にもやってやろうか」

「そんなんされたら、わたし潰れてまうやん」

「お前と俺の体格は同じくらいなんだから、お前が重くないってなら俺も重くないはずだろ。それにさっき女の方が早熟だって言ってたよな? なら力もお前の方があるんじゃないか?」

「なあ、わたしをいじめて楽しい?」

「いや、いじめてるのはお前のほうだから」

 

 俺が言い終わるとはやての中で何かしらが満足したのか、彼女はあっさりと離れた。彼女のこういう部分は、関西方面で育った影響が出ているのだろうか……いや、深くは考えないでおこう。

 はやてはくるりと一度振り返り、綺麗にたたんでいた洋服を手に取った。それを開きながら、再度こちらを見る。

 

「なあなあ、話は変わるんやけどこれ似合うかな?」

「さあ?」

「あんな、即答はまだええとして、さあ? ってのはおかしいやろ。これ、ショウくんが持ってきたプレゼントやで。わたしに似合うと思って選んでくれたんやないの?」

「……似合うというよりはお前が好きそうだな、くらいしか思ってないな」

「何やろ……自分のこと考えてくれてるけどくれてない感じがして、あんま喜べん」

「そんなことより、ケーキ食べないなら冷蔵庫に入れておきたいんだが?」

 

 そんなことという言い方が気に入らなかったのか、はやてはほんの少し頬を膨らませながら「食べる」と返事を返してきた。

 俺は返事を返すと、フォークを取りに行く。どこに何があるか分かっており、のんびりとできるこの家は第2の家と呼べるかもしれない。フォークを1本取って戻ると、はやてがさっそく着てフードを被っていた。彼女の性格を考えた俺は、あえて何も言わないでフォークを差し出した。

 

「ここはツッコむところやで」

「いや、お前の立場だと感想を言えってのが正しいから」

「そうやな」

 

 にこりと笑みを浮かべてフォークを受け取り、ケーキを一口サイズに切って口に運ぶはやて。味わうように口を動かした後、彼女はフォークを置いてこちらに向いた。

 

「ショウくん」

「何だよ?」

「わたしのお嫁さんになってくれへん?」

 

 真顔でバカなことを言う彼女の額を、俺は無言のまま指で叩いた。

 俺は大して力は入れていなかったのだが、はやてはオーバーな痛がり方をする。そんな彼女に呆れながら、問いに対する返事を返すことにした。

 

「バカ、俺は男だ。嫁になれるわけないだろ」

「軽い冗談やんか。ショウくん、可愛い顔してるんに真面目過ぎんで」

「俺に対して可愛いって表現を使うのは大人かお前くらいだ。そもそも可愛い顔と真面目が何で結びつくんだよ。意味が分からん」

「そりゃ適当に言うとるし」

 

 はやては再びケーキを食べ始める。

 こいつを見てると、悩みなんかなさそうに見えるよな。だからほとんどの人間が明るい子としか思わないんだろうけど。同性の友達でも出来れば、こいつも色々と溜めずに話すことができるんだろうが……こいつと趣味の合いそうな人物に心当たりはある。

 だが……会わせていいものだろうか。あの子にはすでに親しい友達が2人いる。たまに図書館で見かけるため、常にあのふたりと一緒というわけではないだろうが……あの子がはやてと親しくなろうとすると、また彼女達の仲に亀裂が生じるのでは。

 

「……ん?」

 

 自分で思っている以上に考え込んでしまっていたのか、はやてに服を引っ張られた。顔を向けて返事を返そうとした矢先、口の中に何かを入れられた。

 突然のことで思考が止まったが、甘さと感じた瞬間に口の中に入れられたのがケーキだということを理解した。

 

「美味しいやろ?」

「まあ……って、俺が作ったのなんだから味は知ってる。それと、いきなりやるなよ。危ないだろ」

「ごめんな~。でもわたし、あんまりショウくんが難しい顔しとるの好かんねん」

「……悪かった」

「謝らんでええよ。わたしも悪いことしたしな……そういやわたしら、間接キスしたんやな」

「……そうだな」

「あはは、どうでもいいって感じの返事やな。まあこんなことで恥ずかしがったりする間柄でもないやろうけど。あっ、でもショウくんはもっと感情を表に出した方が可愛げあるよ」

「別に人から可愛いって思われなくていいよ」

「ほんま可愛げないな。ま、そういうショウくんがわたしは好きなんやけど」

 

 好きという言葉によって、胸の中に温かな感情が芽生えた。きっと俺は、嬉しく思っているのだろう。

 だからこそ思う。幸せそうにケーキを食べている彼女が俺は好きなんだと。そして、彼女の笑顔を守りたいと。

 

 

 



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03 「叔母と、相棒?」

「セットアップ」

 

 漆黒の光に包まれ、収束と同時に黒のバリアジャケットが身を包む。数年前から使っている形状であるため違和感は全くない。が、デバイス起動時の初期状態が鞘に入った状態に変化している点には、まだ違和感を覚えてしまう。

 夜空色の剣は、蒼い鞘に納まった状態。抜刀するのと同時にジャリィィン! という高い音が鳴った。手に握られている剣は、前よりも洗練されたフォルムに変わっている。その一方で、前よりもやや大振りになっている印象を受ける。

 剣の形状が変化しているのは、ファラの強化が行われたからだ。

 それが行われた理由は、今までは人型フレームの試作型ということもあって、人間らしさに重点をおいていたが、ジュエルシードの一件もあってデバイスとしての能力も高めておいたほうがいいということになったのだ。

 デバイスである以上はデバイスとしての能力を高めるべきだという声もあると聞いたので、ジュエルシード事件がなくても強化はされていたことだろう。

 剣を鞘に納め直すと、室内に女性の声が流れる。女性といったものの、年齢で言えば少女だが。

 

『準備はよろしいですか?』

「ああ」

『では、これよりデータ収集を開始します。まずは剣のみでターゲットを破壊してください』

 

 アナウンスの終了と同時に、前方に複数のターゲットが出現する。右手を背中に走らせながら飛び出すと、ターゲットもこちらへと向かってくる。

 

「ッ……!」

 

 無声の気合を発しながら、最初のターゲットを破壊する。次々と独自の行動を取るターゲット達の動きを観察し、的確に破壊していく。

 こちらに向かってくるタイミングに微妙な時間差があるあたり、誘導性の高い魔力弾を迎撃する感覚に似ているな。

 全てのターゲットを破壊し終わる頃、再び室内にアナウンスが響いた。

 

『やはりあなたの近接技術には目を見張るものがありますね。そろそろ次の段階に移ります。砲撃形態で破壊していってください』

 

 再度出現するターゲット達。先ほどよりも格段に数が多く、中央部には防御が固めのターゲットが配置されている。

 指示されたとおり砲撃形態にシフト。ファラは剣から槍のような形状に変化する。右手でしっかりと固定し、左手を先端付近のトリガーにかける。

 周囲に散らばるターゲット用の魔力弾を生成・射撃をファラに任せ、俺は中央にそびえるターゲット用に砲撃の準備を行う。

 

「ファラ、いけるか?」

『もちろん』

 

 漆黒の魔力弾が流星群のように次々とターゲットに向かっていく。室内に次々と光と音が撒き散らされる中、闇色の閃光が走る。閃光に射抜かれたターゲットは爆ぜ、音と煙を発生させた。室内に立ち込めた煙が晴れ始めると、落ち着きのある声が響く。

 

『今日のデータ収集はここまでです。お疲れ様でした』

 

 上がっていいと言われた俺はファラを待機状態――人型に戻す。セットアップ時の形状は変わったものの、待機状態に変化はない。

 いつものようにファラを胸ポケットに入れて部屋から出ると、白衣を着た女性と少女がこちらに歩いてきていた。

 

「お疲れショウ」

 

 まず話しかけてきたのは、長い銀髪を無造作にまとめている女性。メガネの下にある瞳は綺麗な青色だが、その下にあるひどい隈のほうが目を引く。

 彼女の名前はレイネル・ナイトルナ。俺や同僚からはレーネという愛称で呼ばれる。はたから見れば黒髪黒目の俺とは血が繋がっていないように見えるだろうが、れっきとした俺の叔母だ。

 

「お疲れ様です」

 

 次に話しかけてきたのは、短めにきちんと切り揃えられている栗毛の少女。瞳はレーネさんと同じで青色だが、彼女よりも淡いというか澄んでいる。

 少女の名前はシュテル・スタークス。俺と同い年でありながら、すでにデバイスマイスターの資格を持っている頭脳明晰な少女であり、父さんの研究が興味深かったということが理由でここに来たらしい。

 冷静沈着で喜怒哀楽があまり出ないクールな子、というのが俺や周囲が抱いている印象になる。叔母のレーネさんが言うには、俺と彼女はよく似ているらしい。

 

「そっちもお疲れ様」

「いえ、仕事ですから」

「それを言うなら、俺も仕事になると思うんだけど?」

「…………」

 

 少女は黙ってぼんやりとし始める。表情の変化が乏しいにも関わらず、それが分かってきたあたり、彼女とそれなりに親しくなったということか。

 スタークスと出会ったのは、夏休みに入ってすぐ。テストマスターとしての職務を果たすために、ミッドチルダを訪れた日だ。俺の役目はファラの強化が終わってからだったため、その日は簡潔な自己紹介だけの会話だった気がする。ファラの強化が終わるまでの間は、散らかっていた叔母の家の掃除をしていた。

 レーネさんが言うように、性格が似ているのかスタークスと話すのは全く苦ではない。スタークスもそうなのか、同年代が俺くらいしかいないからか、結構話しかけてくる。話の内容はデバイスに関することが主だったりするが。

 

「ここで立ち話もなんだし、お茶でもどうかな?」

「レーネ、良いのですか?」

「周りから必要のないときは休めと耳にたこができるほど言われていてね」

 

 ふと周囲を見渡してみると、スタッフの人達がレーネさんを連れて行ってくれといった感じで見ていた。中には合掌している人までいる。仕事量が異常だから心配されているのだろう。俺と一緒にいたいとぼやいていたりしていて、気を遣ってくれているということもあるかもしれない。

 

「確かにレーネの仕事量は異常ですからね。休めるときは休んだ方がいいでしょう。……私は仕事に戻りますので、ごゆっくり」

「私が誘ったのはショウだけでなく君もだよ」

「私も?」

「ああ、君にも話があるのでね。では行くとしようか。あぁもちろん、私の奢りだから安心していい」

「それならば断る理由はありませんね。夜月翔、行くとしましょう」

 

 このへんがスタークスとは似ていない部分だと思う。彼女は俺と違って意外とノリがいいというか、茶目っ気がある子なのだ。

 移動し終わった俺達は、それぞれ注文した。レーネさんのおごりだが、食事を取る時間でもないため全員飲み物だけだったが。

 

「ショウにファラ、改めてお疲れ様。日に日に取れるデータも良くなってきているよ」

「私とマスターですから」

「ふふ、それもそうだね。その調子でこれからも頼むよ」

「はい」

 

 話す相手によって口調が変わるところもファラの人間らしさを証明するところかもしれない。そこに隣に座っているスタークスも興味を抱いたのか、ファラのことを凝視している。初対面でされていたら、圧力のようなものを感じていてもおかしくないほどに。

 レーネさんはコーヒーを一口飲んだ後、視線をこちらからスタークスへと移した。スタークスもそれに気づいて視線を向ける。

 

「もう良いのですか?」

「いつ呼び出しがあるか分からないからね。先に大事な話を済ませておきたいんだよ」

「レーネさん……」

「あぁ別に席を外す必要はないよ。というか、外されるのは困るね。君にも関わる話だから」

 

 スタークスだけでなく、俺にも関わる話というのは人型デバイスに関することしかないだろう。今のところそれくらいしか彼女との共通点はないのだから。

 

「俺にもってことはファラに関すること?」

「まあそうだね。実は……ショウには悪いんだが、君と一緒に地球に帰るのは難しそうなんだ」

 

 レーネさんは、普段に比べて深刻そうな顔と声だった。俺とスタークスは、しばしの間無言だった。

 

「……だそうですが?」

「正直に言えば、だから何? って感じなんだけど。レーネさんがいて変わることって……食事の量くらいだしさ。さらに言うなら、いないほうが家が綺麗……」

「夜月翔、そこは嘘をつくところでしょう。レーネはいつもぼんやりしているようですが、彼女だって内心では傷ついてるはずです」

「シュテル、どちらかといえば君のその狙いすましたタイミングでの発言の方が傷つくのだが」

「レーネさん、それより続きを」

「……私はこの子達にいじめられているのではないだろうか」

 

 レーネさんはぶつぶつと何か呟いた後、もう一度コーヒーを飲む。そっとカップを置くと、普段どおりのぼんやりとした口調で話し始める。

 

「ショウだけを……」

「む……」

「言い方が悪かったね、ファラ。君達だけを地球に返すのは、保護者として心苦しい。だが山場を迎えている研究も多くてね。悪いとは思うが理解してほしい」

「別に構わないよ。レーネさんが忙しいのは分かっているし」

「……そこに先ほどの本音はいらないのですか?」

「話が脱線する可能性があるから言わないよ」

「それもそうですね」

 

 視線をレーネさんに戻すと、意味深な目で俺とスタークスを見ていた。怒っているのかとも思ったが、経験測で導き出される答えは違うと出ている。

 

「すみません、話の邪魔をしてしまいました」

「いや構わないよ。君達の仲が良さそうだから、かえって話しやすくなったからね」

「私達の仲? ……レーネ、あなたは何を話すつもりなのですか?」

「簡潔に言えば……シュテル、君にはショウと一緒に地球に行って生活してほしい」

「はあぁぁ!?」

 

 真っ先に声を上げたのは、俺でもスタークスでもなくファラだった。彼女はよほど興奮しているのか、胸ポケットから出てレーネさんの目の前に移動する。

 

「ど、どどどういうことですか?」

「どうもこうもそのままの意味だよ。研究の段階が進んだ以上、君のデータは前よりも必要になる。私がいない以上、誰かに頼むしかないだろう?」

 

 突然のことに内心には戸惑いもあったが、今のが理由ならば納得するしかない。

 ジュエルシード事件以降、資格を取るために勉強に励んでいるが取れるのはまだまだ先だ。ファラのメンテやデータの送信をする場合、誰かに協力してもらわなければならない。

 

「だけど……だからって、この子じゃなくてもいいんじゃないですか!」

「あいにく研究に携わっている者の中で、地球に行かせられるのはシュテルだけなんだ。来て間もないということもあって、任せていることが少ないからね。それにシュテルは若い。色んな経験をしておいたほうが今後のためにもなるだろう。まあ、本人への確認はまだしていないのだが」

 

 全員の視線がスタークスに集中する。スタークスは何かしら考えているようだが、表情からは読み取ることができない。

 

「…………」

「……シュテル、どうかな?」

「……知り合いが心配するでしょうが、仕事の一環として行くわけですから納得してくれるでしょう。ですので私は構いませんよ」

「そうか……ショウ、君はどうかな?」

 

 レーネさん以外と暮らすと考えると違和感を覚えるが、スタークスはファラのために住み込みで働くようなものだ。それに彼女は研究に携わっている以上、レーネさんが俺の母親ではなく叔母であることを知っている。

 おそらく地球に帰るのは夏休みの下旬。もうしばらくはこっちで過ごすだろうから、スタークスとの仲も少しは進展するだろう。地球での生活を考えると色々と思うところはあるが、少しすれば慣れるはずだ。

 高町のレイジングハートのように携帯に優れていないことから、ファラには留守番してもらっていることが多い。誰かが一緒にいてくれるのは、こちらとしても安心できる。

 

「まあ、理由が理由だから仕方ないかな」

「マ、マスター!? マママスターは、そそその子に……!」

「ふ……」

「な、何笑ってるのよ!」

「気にしないでください。大した理由ではありませんので」

 

 似たようなことを言っているのを今までに何度か聞いたことがあるのでファラはいいとして……スタークスのやつ、わざとファラがより騒ぐような言い方をしてるよな。

 まあ、俺がそういうことをすることがないからファラの人間らしさに刺激を与えるかもしれないから放っておくけど。

 

「あぁ最後に……前から言おうと思っていたのだが、君達はお互いを他人行儀な言い方をするね。まだ先だが一緒に生活をするのだから、名前で呼ぶようにしたらどうかな?」

「名前ですか?」

「ああ。ショウ次第ではあるが、将来的には研究をショウに任せることになるかもしれない。そのときまでシュテル――君がいたならば、君はショウのパートナーと呼べる存在になっているだろうからね」

「マスターのパートナーは私だもん!」

「ファラ、私が言っているのは仕事のパートナーという意味だよ。まあ年頃の男女になったら、この子達が付き合うということになっても不思議ではないが」

 

 レーネさんは当人を前にして何を言っているのだろうか。スタークスはぼんやりと聞き流しているようなので問題ないようだ。しかし、彼女がクールな性格でなかったら騒がしくなっていたことだろう。

 こういうとき俺と同じように無反応だから、彼女に対して話しやすいといったことを思うのかもしれない。

 しばらくレーネさんに噛み付いていたファラだったが、オーバーヒートでもしたのか俯いて動かなくなってしまった。レーネさんはチャンスとばかりに話しかけてくる。

 

「ふたりともどうかな? 君達が積極的に他人と距離を詰めようするタイプではないということは分かっているが、おそらく長い付き合いになるはずだ。他人行儀なのも変だろう?」

「レーネ、互いに信頼し合っているのなら別に呼び方は問題ないと思います。そもそもの話ですが……異性を名前で呼ぶというのは恥ずかしいです」

 

 彼女の言っていることは理解できる……が、後半の部分は無表情で言われると恥ずかしがっているようには全く見えない。

 

「……冗談ですが」

「シュテル、冗談ならばもっと分かりやすく……まあいい。君をショウと生活させようと思ったのは、そこを直したいと思ったからだしね」

「レーネ、私は至って健康ですが?」

「ああ確かに健康だろうね。ただ、君の表情だけは不健康だ」

 

 レーネさんはスタークスの頬を動かして笑みを作るが、本人に意思がないせいかぎこちないものになってしまっている。レーネさんの言うように表情筋が固まっている可能性もあるが。

 

「……レーネ、遊んでるように思うのは私の勘違いでしょうか?」

「いや、勘違いではないね」

「そうですか……やめないと怒りますよ」

「ふむ……君が怒った姿は見たことがないね。怒りの感情は表情に出るのか検証してみようか」

「……ショウ、レーネをどうにかしてください」

 

 あまりにもさらりと言われたため、自分に言っているのだと理解するのに少し時間がかかった。名前で呼ばれるのに慣れていないことも理由ではあるが。

 どうやって助けようか考えていると、遠くで叔母を呼んでいる声が聞こえた。ちょうどいいタイミングだと思いつつ、叔母に話しかける。

 

「レーネさん、呼ばれてるよ」

「ん、そうか……名残惜しいが呼ばれてる以上は行かないわけにもいかない」

 

 レーネさんは立ち上がると自分を呼ぶ声がする方へ、ふらつきながら歩いて行った。もう少し休憩するなり、睡眠時間を増やしたほうがいいはず。だがあんな状態でも叔母の仕事量は変わらない。いったい彼女の頭はどうなっているのだろうか。普通ならば思考力は低下するはずなのに。

 

「……あなたも大変ですね」

「……まあ慣れればそうでもないよ」

「そうですか……話は変わるのですが、あなたはまだ私の名前を呼んでいませんよ」

「……君から振ってくるとは思わなかったよ」

「油断大敵です」

「……呼ばないとダメか?」

「私は呼びましたよ?」

 

 粘らずにさらっと言ってしまえばよかったと後悔する。粘ったせいで変に意識してしまい、普段よりも格段に恥ずかしさを感じてしまっているからだ。

 

「……シュテル」

「……ふ」

「君が言わせたんだろ」

「すみません、そうではないんです。レーネが言っていたとおり、私達は似ているのかもしれないと思ったらつい……。正直に言えば、こう見えて私も恥ずかしかったんです」

 

 続けて「同年代の異性とあまり接したことがないので」という彼女の顔は、ほんの少しだが笑っているように見えた。

 

「……まだ時間はありますし、お互い徐々に慣れていきましょう」

「そうだな……君は表情も努力しないと」

「あなたに言われたくありません」

 

 

 



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04 「意外とお茶目」

 夏休みも終盤に差し掛かった頃、俺は地球に戻ってきた。行くときとの違いは、一緒に戻ってきたのがレーネさんではなくシュテルというところだろう。

 しばらく帰っていなかったため、きっと埃がたまっているはずだ。まずはそれを掃除しないといけない。

 ……それにシュテル用の家具とかも買い揃えないといけないのか。ファラのデータを送る機材とかはレーネさんの部屋にあるけど家具とかは共有できないし……というか、シュテルの衣服も俺が洗濯するのだろうか。レーネさんは叔母だから特に気にしないけど、シュテルのは……家の前で立ち止まってるわけにもいかないし、そのへんのことはあとで話し合おう。

 

「……ここがショウの家ですか」

 

 中に入ると、シュテルは視線をあちこちに向ける。感情が表に出ていないため、はたから見れば興味がなさそうに見える顔だ。俺は手に持っていた荷物をそのへんに置いて、彼女の方に手を出した。

 

「……?」

「荷物持つよ」

「ああ……気持ちはありがたいのですが、お気遣い無用です」

 

 そう言われてしまえば、これ以上は何も言えない。

 シュテルに返事を返し、彼女を何も置かれていない空き部屋に案内する。部屋の大きさは俺が使っているものと同じ。子供部屋がふたつあるのは、両親は男女ひとりずつ子供がほしかったらしい。と、レーネさんが前に言っていた。

 部屋の中は何も無いため綺麗だとも言えるが、しばらく留守にしていただけに埃がところどころに確認できる。

 

「ここを好きに使っていいから……といっても、先に掃除と家具を揃えないといけないけど。お金はレーネさんが出すって言ってたから、一段落したら見に行こうか」

「ご好意は嬉しいのですが、そこまでしなくても構いませんよ。最初はレーネの部屋を使うと思っていましたし」

「それだと寝たりするのはいいけど、着替えとか困るだろ? レーネさんの部屋にはレーネさんの衣服が仕舞ってあるんだから」

「そうですね……どう考えても、今の私に彼女の衣服は合いません」

 

 不健康そうな顔ばかりに目が行ってしまうが、レーネさんはスタイルが良い。隈さえ無くなれば、良い人がすぐにでも見つかりそうな気がする。家事が出来る人でなければ、結ばれてもすぐに破局しそうではあるが。

 レーネさんには本当に感謝しているので、俺のことばかりでなく自分の幸せも考えてほしい。とはいえ、彼女はやりたいことをやっている状態だと言えるため、幸せな生活を過ごしているかもしれない。

 今はまだ将来のビジョンは見えていない。進もうかと思っているいくつかの道は見えているが。これだとまだ決めていないため、今後どうなるかなんて分かりはしない。だけど、レーネさんを見ているせいか仕事が恋人というような将来は嫌だと思っている。

 

「俺はこれから家の掃除するから、シュテルはファラと一緒にテレビでも見てのんびりしててくれ」

「いえ、私も手伝いましょう」

「いや、客に掃除させるわけには……」

「しばらく世話になるのですから、客扱いはやめてください。それにふたりでやったほうが早く終わるはずです。そうすれば、今日やれることが増えるでしょう」

「シュテルがそう言うなら……効率が良いのは確かだし」

「では、さっそく始めるとしましょう」

 

 俺とシュテルは掃除用具を取りに行く。その間、ファラをリビングに置くのも忘れない。

 いつもの場所に置くとファラは、むすっとした顔ですぐにテレビを見始める。シュテルがこの家で生活することが決まってからというもの、ふてくされた感じになってしまい、あまり話そうとしない。

 人間らしい行動ではあるが、シュテルも仕事で来ているわけで……どう機嫌を直せばいいのだろうか。

 

「ファントムブラスターのことが気になりますか?」

「ん、まあ……あそこまでなったことは今までなかったから。悪いな」

「何を謝っているのですか? 彼女には通常のデバイスと違って表情がありますし、あなたは彼女のマスター。気になるのは当然……」

 

 ふとそこでシュテルは言うのやめた。手を口元に当てているということは、これまでの経験から判断して何かしら思考しているのだろう。

 

「どうかしたのか?」

「いえ……ファントムブラスターはデバイスと思っていました。いや、今も思っています。ですが私は、無意識にファントムブラスターに対して彼女という言葉を使いました」

「……別に変なことじゃないと思うが? 性別は女なんだし」

「それはそうなのですが……人が自然と人間のように扱ってしまうことが、ファントムブラスターを短時間で人間らしくした要因かもしれませんね。興味深い……」

「あのさ、何かするなら俺ひとりでやるけど?」

「ご好意感謝します。ですが一度やると言った以上は、最後までやり遂げます」

 

 そこまで言うほどのことでもないと思うのだが……まあ、やると言っているのだからやってもらおう。

 これまでの掃除の手際を見る限り、人並み……いや人並み以上に家事はできるようだしな。レーネさんと違って、シュテルは身の回りのことも自分でやっているんだろ。

 こうして比較対象がいると……俺の叔母がいかにも恥ずかしい大人だって思えてくる。やれば出来るタイプならいいけど、叔母は完全に仕事しかできない人だからなぁ……。

 そんなことを思いながら、掃除の仕方などの必要な会話しかせずに掃除を進めていると、突然シュテルが動きを止めた。

 彼女の視線の先には、ふたつの写真が置いてある。ひとつは今よりも幼い俺が、両親に挟まれて写っているもの。このときの俺は、純粋な笑顔を浮かべている。もうひとつは、今年の4月頃にはやてと撮ったものだ。両親と写っている写真と比べると、表情に感情がなくなっているのが良く分かる。

 

「……不思議です」

「それは、俺が笑ってることか?」

「いえ違います……確かに今のショウを見ると不思議ではありますが、この頃のあなたには心に傷がなかった。笑っていて当然だと思います。私が不思議だと思うのはこちらの写真です」

 

 シュテルが手に取ったのは、はやてと一緒に写っている写真。

 かなりアップで撮っているため、俺の事を多少なりとも知っているシュテルは、「あなたにこんな風に写真を撮る友人がいるとは驚きです」とでも言いたいのだろうか。

 

「このあなたと写っている少女の存在は、私にとって不思議でなりません」

「……俺には友達がいなそうだから?」

「……? そんなことは思っていませんよ。私とあなたは似ている部分が多いです。私にも少なからず友人はいますから、あなたにもいてもおかしくないでしょう」

 

 シュテルの友人……彼女と似たような性格をしているのだろうか。仮に彼女が3人と考えると……友人同士の話というより、何かの議論をしていそうであまり楽しそうではない。

 俺のそんな想像を読み取ったのか、シュテルは微笑を浮かべながら続けて言った。

 

「人というものは不思議なものですね。自分と性格が違ったとしても、親しくなれるのですから……あなたには、いつか会ってもらいたいものです」

「……何か企んでないか?」

「人聞きの悪いことを言いますね。あなたとは長い付き合いになるかもしれないので、純粋に友人を紹介したいと思っただけですよ。まあ……しいて言えば、友人のひとりはとても元気な子なので振り回されることになるかもしれませんが」

 

 最後は企んでいたとも取れる気がするのは俺だけだろうか。

 はやてに振り回されることはあるが、あれは会話がメインだ。元気という言葉のせいか、シュテルの友人は肉体的な意味で振り回されそうでならない。そっち方面は耐性がないから会うことを考えると、マイナス方向の感情が沸いてくる。

 

「話を戻しますよ。私が不思議に思ったのは、なぜファントムブラスターはこの少女には無反応なのかということです。あの子は稼働時間の割りにとても人間らしい。それが特に現れるのは、あなたに関することです。あなたに私が接しているときなんかは特に激しいですよね」

「あぁ……なるほど。まあその子と出会ったのは、ファラと出会った頃だからな。稼動し始めたときくらいから知ってるから、無反応にもなるんじゃないか。それに住んでる家もそれなりに離れるし、お互いに事情もあって月に何度かしか会わないから」

「そうですか……」

 

 少し考える素振りを見せた後、シュテルは写真を元の場所に戻して掃除を再開した。彼女の中でどのような答えが出たのか気になった俺は聞いてみることにした。

 

「なあシュテル」

「何でしょう?」

「疑問は解消したのか?」

「そうですね。この少女に対して無反応ではなく、あなたにとって大切な人だからスルーしているのでは? と新たな疑問も湧きましたが」

「頭が良いだけあって疑問が尽きないんだな」

「もっと褒めても構いませんよ」

「……褒めるつもりで言ったんじゃないんだけど」

「えっへん」

「だから褒めてない」

 

 俺の言葉に全く耳を貸さずに掃除を進めるシュテル。彼女と似ている部分があることは認めてもいいが、こういうお茶目な一面は似ていないと断言したい。はやてと似ているというなら肯定するが……。

 ふと思ったが、シュテルとは話しやすかったりするのは性格が似ているからというのもあるだろうが、はやてと似ている部分があるからなのではないだろうか。

 

「ショウ、手が止まっていますよ」

「ん、あぁ悪い」

「私のことをじっと見ていたようですが……まさか」

「いや、顔には何もついてない」

「ファラはあなたを誰にも渡したくない、と子供のような可愛い独占欲を見せていますが、マスターであるあなたも彼女に似て私を独占したいと思っているのですか?」

 

 予想を遥かにずれた……いや、考えてすらいなかった彼女のボケに俺はすぐに返事を返せなかった。頭をフル回転させて導き出した結論は、スルーしようという簡潔なものだった。

 

「無視ですか。さっきから楽しく話していたというのに……私、泣いてしまうかもしれません」

「……あのさ、やっぱり俺ひとりでやっていいか?」

 

 

 



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05 「再会と出会い」

 シュテルが家に来てから数日が経ち、彼女の部屋も日に日に完成していっている。シュテルはこれといって表情を変えることはなかったが、彼女から漂う雰囲気は楽しそうに思えた。

 ファラも最初はシュテルと会話しようとしなかったが、俺とシュテルが家具のカタログを見ていると会話に入ってきた。シュテルがあまりにも実用性や機能性を重視するタイプだったため、女の子なんだからもう少し可愛いのにしなさいよ! と堪忍袋の緒が切れたらしい。

 それを機に少しずつではあるが、ふたりの仲は良い方向に向かっているように思える。元々ファラが一方的に嫌っていただけなので、ファラが変われば必然的に変わるのは当然だとも言える。

 もしかすると、頭の良いシュテルはわざと女の子らしくないものを買い揃えようとしたのかもしれない。

 

「でも、普通に素って線もあるよな……」

 

 目的地であるはやての家を目の前にして一度止まって、家を出るときのことを思い出す。俺に対してはこれといって何もなかったが、シュテルの言動が気になって仕方がない。

 シュテルはファラ用の衣服を片手に持った状態で俺を送り出したのだ。心なしか普段よりも彼女の瞳は輝いていた気がする。ファラと仲良くすると言っていたが、ファラで遊ぶの間違いじゃないのだろうか。少なからずシュテルという人間を知っている俺には、今頃嫌がるファラにあれこれ衣服を着せようとしている彼女の姿が目に浮かんでしまう。

 

「……帰ってから考えよう」

 

 あれこれ浮かぶのは、所詮俺の想像でしかない。ここで考えても、実際に何が行われているかなんて俺は知る由もないのだ。

 これからはやてに久しぶりに会うのだから、彼女のことだけを考えよう。余計なことを深く考えてしまうと、彼女に心配をかけることになる。この前も難しい顔をしてるのは嫌いと言われたのだから、同じ失敗を繰り返してはいけない。

 

「ただ……」

 

 前回会ったのは誕生日の少し前。その日を境に俺ははやてと顔を合わせていない。こちらの都合ももちろんあったのだが、彼女のほうからしばらくバタバタしそうで会えそうにないと言われたからだ。夏休みはファラの件で地球を離れていたため、2ヶ月ほど会っていないことになる。

 

「少し緊張するな……」

 

 そう口にしてしまう一方で、はやてと会えることに喜んでいる自分もいる。

 緊張しているといったが、それは微々たるものだ。はやての顔を見れば、それを忘れるくらい俺の心は温かい感情で満たされることだろう。

 インターホンを押して待っていると、ドア越しに足音が聞こえてきた。ドアの向こうにいる人物は、走ってこちらに向かってきていることが分かる。

 はやては車椅子を使って生活している。つまり、ドア越しにいる人物は彼女ではないということになる。予想される答えとしては、友達や知り合いだ。彼女の担当の先生がお見舞いに来ているのかもしれない、と思ったが、足音は子供が走っているような感じだった。

 明るい性格をしている彼女ならば、図書館で同い年くらいの子と会話すればすぐに親しくなるだろう。俺以外の同世代が彼女の家を訪れていても、何ら不思議ではない。

 もしもはやての友達だった場合、多少気まずくなってしまいそうだ。友達の友達は友達と聞いたことがあるが、高町のような性格でもない限りすぐに仲良くなるのは無理だ。

 

「はーい」

 

 出てきたのは、同い年か少し下と思われる明るい赤髪をおさげにした少女だった。予想どおりの年齢層だったのだが、外国人だとは予想していなかった。そのため俺は少し言い淀みながら用件を伝える。

 

「えっと……はやて、いるかな?」

「…………」

「……いないのかな?」

「あ、わりぃ」

 

 少女は俺に謝ると、中に入るように促した。俺が玄関に入ると、少女はリビングの方に向かいながら大きな声ではやてを呼ぶ。

 はやてがいることに安心する一方で、玄関に置かれている靴の量を見て不安に駆られる。

 前に来たときまでは、はやてのものしかなかったよな。はやてのより小さいのは、さっきの赤髪の子だとして……はやてのよりも大きいものがあるってことは、この家には赤髪の子以外もいるってことだよな。見知らぬ人間がたくさんいる中ではやてと話すのは……

 

「お客さんって誰なん?」

「はやてと同じぐらいの男。でもあたし、どっかで見た気がすんだよな」

「ヴィータが知っとるわたしと同じぐらいの男の子? それって……やっぱショウくんか」

 

 考えている間にはやてが現れてしまった。彼女はにこりと笑みを浮かべてこちらに近づいてくる。赤髪の少女もはやてのあとを付いて来ている。

 

「久しぶりやな。最後に会ったのはわたしの誕生日の少し前やから、2ヶ月ぐらい前になるんか。夏休みは楽しく過ごせたん?」

「あ、ああ……まあ」

「どうかしたん? ……あっ、この子はヴィータって言うんよ。海外から来たわたしの親戚なんや」

 

 違う、ヴィータという少女ははやての親戚なんかじゃない。はやての笑顔に影のようなものを感じた俺は、直感的にそう思った。

 だが俺は、追及するような真似はしないことにした。はやてが真実を隠すということは、それなりの理由があるはずだからだ。加えて、俺は2ヶ月以上彼女と会っていなかった。気のせいだということもありえる。

 それに……俺もはやてに魔法文化のことを黙っている。それに対して後ろめたさは感じているし、最初は驚いても信じてくれる気がするため話したいという思いもある。だがそれは同時に、自分が楽になりたいだけとも言える。

 はやては純粋な地球人。足は不自由だが、後天的なものと聞いているため今後治る可能性はある。彼女の性格ならば、足が不自由なままでも人並みに明るい人生を歩めるはずだ。

 魔法に関わってしまえば、きっと悲しい出来事を平凡に生きるよりも多く体験することになる。はやてはすでに充分苦しい思いを経験している。俺は彼女には笑っていてほしい。

 だから俺は……魔法文化に関わっていくのならば、近い将来はやてに別れを言ってミッドチルダに行かなければならない。いや、きっと俺はこの道を行くだろう。

 俺は純粋な地球人じゃない。魔法文化を幼い頃から知って育ち、関わってきた。高町ぐらいならば地球側の人間だと言えるが、俺はどちらかといえば魔法文化側の人間だ。何事もなくてもおそらく……義務教育が終わればきっと……。

 

「ヴィータの他にもあとふたりおるん……ショウくん?」

「ん、あぁ悪い。はやてだけと思ってたから……」

「あぁ、気にせんでええよ。わたしも言うとくべきやったしな。というか、いつまでそこにおる気なん。はよ上がり」

「あ、ああ……」

 

 リビングの方へ向かう中、ヴィータという少女は俺の顔をじっと見てくる。理由の検討が付かないため触れないでおいたのだが、はやてが彼女に挨拶しろと促したため会話せざるを得なくなった。

 

「あたしはヴィータ、ショウだったよな? よろしくな」

「ああ……」

「こら、初対面の相手にそんな挨拶するもんやないで」

「いいよはやて、俺は気にしないから」

「そんなことは分かっとるよ。でもな、これから先色んな人と出会っていくんやで。挨拶くらいきちんとできなあかんやろ。普段どおりに話すのは親しくなってからや」

 

 はやてとヴィータは見た限りは姉と妹のようにも見えるが、はやてが母親のように思えてしまう。ふと先ほど考えたことが原因で思考がおかしくなっているのか、はやての未来について考えてしまった。

 いつかきっとはやても結婚して母親になるんだよな。相手が誰かなんてのは分からないけど、結婚式くらいは魔法世界で暮らしてても行かないといけないよな。……何を考えてるんだ俺は。結婚なんてまだできる年でもないってのに。でも……確かなことがひとつあるな。はやてが結婚できないなら、うちの叔母は絶対に結婚できない。

 

「……おいおい」

 

 リビングに入った俺は、思わず呟いてしまった。リビングに青色の毛並みの狼がいれば、誰だって俺と同じ反応をするはずだ。いや、俺の反応は薄いと言ってもいいだろう。アルフと知り合ってなければ、俺もどういう反応をしたか分からない。

 

「どないしたん?」

「いや……狼って飼っていいのか?」

「何言うてるん。どう見ても犬やんか」

「……犬?」

「そう、ザフィーラは犬や」

 

 はやては笑顔で断言したものの、俺の中の疑問は消えなかった。視線でヴィータに問いかけてみると、彼女はそっと視線を逸らすのだった。はやてに意識を戻すと、彼女は何事もないようにザフィーラという犬? を撫でていた。

 そんなはやてに呆れる一方で、前に彼女が犬を飼うのに憧れているという話を思い出した。彼女がザフィーラを犬だと思っているのは、それによる補正があるからだろう。

 俺は狼だと思うんだが……初対面の俺に襲ってこないあたりしつけられてるようだし、猟犬だと思えば納得できなくもないか。犬じゃなくて狼だって説得するのも骨が折れそうだし、何だか馬鹿馬鹿しい気さえする。

 

「なあなあ」

「何?」

「さっきから気になってたんだけどよ、お前何持ってきたんだ?」

「ん、ああ……」

 

 新しい存在の多さに、手土産のことをすっかりと忘れていた。中身は季節のことを考えて、爽やかさをイメージして作ったお菓子の数々。

 はやてに味の感想を聞こうと思って持ってきたものの、食べ切れなさそうだと思ってもいたので、ヴィータの存在に助かった。

 お菓子をテーブルに出すと、ヴィータの目が輝き始める。これほど食べたいのが分かりやすいと、容姿と相まって可愛らしく思えてしまう。

 

「好きなだけ食べていいよ」

「いいのか!」

「ああ」

 

 返事を返すと、ヴィータはフォークや皿を取りに行こうとする。だが彼女が動き出そうとした矢先、「ちょい待ち」と制止が入った。言うまでもなくはやてである。

 

「それ食べたら晩御飯食べれんようになるやろ」

「食べる! はやての料理はギガうまだから絶対食べれる!」

「そうやろか? ショウくんの持ってきたお菓子、結構な量あるんやで」

 

 はやてに食べてはいけないと言われ、ヴィータはしょんぼりとする。俺はやれやれといった感じにため息を吐いた後、はやてに向かって話しかける。

 

「はやて、もうそれくらいでいいだろ。あんまりいじめてやるな」

「別にいじめてへんよ。けどまぁそうやな。ヴィータ、あとのふたりも呼んできて。みんなでなら今食べてええから」

「ホントか!? すぐ呼んでくる!」

 

 ヴィータは嬉々とした顔でリビングから出て行った。視線をはやてに戻すと、「可愛いやろ?」といった目を向けてきたので首を縦に振る。するとはやては口元に手を当てて驚いた表情を浮かべた。

 表情から察するにシュテルが言いそうなことを考えているに違いない。抗議の眼差しで見つめると、はやては笑いながら冗談だと言った。

 

「ヴィータちゃん、何をそんなに慌ててるの?」

「いいから早く来いって!」

「おい、そんなに慌てていると危ないぞ」

 

 ヴィータと共に現れたのは、短めに整えられている金髪の女性と長い桃色の髪をポニーテールにしている女性だった。年齢は見た限り20歳前後といったところ。

 ふたりはテーブルの上にあるお菓子を確認すると、納得したような顔を浮かべた。全く子供だな、というような視線をヴィータに向けるが、ヴィータはお菓子のことで頭がいっぱいなのかそれに気が付かない。女性達の視線はヴィータから俺へと移る。

 

「君が持ってきてくれたのね、ありがとう……あら? シグナム、この子って」

「ああ……おそらくそうだろう」

 

 いったい何なのだろうか。ふたりの反応は、まるで俺のことを知っているかのよう反応だ。俺と会うのは今日が初めてのはずなのだが……。

 金髪の女性はこちらに近づくとしゃがんで、俺の顔を覗き込んできた。初対面ということもあって気まずかった俺は、少し身を逸らしてしまった。

 

「えっと……何ですか?」

「あぁごめんなさい。あなた、夜月翔くんよね? はやてちゃんの恋人の」

「え、ええ……ん?」

 

 最後に何かおかしな言葉がなかったか、と思った矢先、はやてが電光石火でツッコんだ。

 

「ちょっシャマル、何度も違う言うたやんか。ショウくんはただの友達や」

「はやてちゃん、ただの……なんて言ったらダメですよ。それは相手を傷つけます。というか毎日のように、ショウくん今頃どうしてるんやろな……って言ってたじゃありませんか」

「確かに言うてたけど……それでも恋人っていうんは飛躍しすぎや。わたしらまだ子供やで」

「恋愛に年齢は関係ないと誰かが言っていた気がします。そもそも、ショウくんのことを話すはやてちゃんの顔は、どこをどう見ても恋する少女です!」

「だ、誰が恋する少女や!」

 

 いつもと違って顔を真っ赤にして大声を上げるはやて。シャマルという女性は、そんなはやてをにこにこしながら眺めている。

 家族のように仲が良さそうなのでいいのだが……今のような会話は俺がいないときにしてほしい。はやてが普段どおりならまだいいのだが、あそこまで顔を真っ赤にされると色々と考えてしまう。誰か、俺の代わりに止めてくれ。

 

「主はやて、それにシャマル。我らだけならまだしも、今は客がいるのですよ。それにヴィータが先ほどからまだか? と訴えています。せっかくの頂きものです。それくらいにして食べませんか?」

 

 俺の願いが届いたのか、シグナムという女性がふたりの間に割って入ってくれた。はやてを車椅子から抱きかかえると、ソファーの上に座らせる。

 シャマルという女性はまだ話したそうであったが、シグナムという女性がひと睨みすると態度が一変した。姿からは姉妹のようには見えないが、彼女が親戚の中でリーダー格らしい。

 シグナムは俺にもフォークを差し出してきたが、食べないと意思表示した。合掌しながら「いただきます」と言った彼女達は、各々手に取ったお菓子を食べ始める。

 

「んぅ!? これ、ギガうまだな!」

「ええ、美味しいわ」

「ああ」

「ショウくん、また腕を上げたなぁ」

 

 どうやら味は問題ないようだ。ヴィータの言った美味さの表現に疑問を持ったが、顔を見ていれば高く評価してくれると分かるのでツッコまないでおく。

 

「まあ、最近は味見してくれる奴がいたからな」

「ん? それって友達?」

「友達……ではないかな」

 

 シュテルは仕事で地球に来ているため、友達よりも同僚といった表現が正しいだろう。だが彼女とは一緒に家事をしたり、買い物に行ったりしているのだ。もっと具体的に言うなら、シュテルはうちにホームステイしている留学生といった感じになるだろうか。

 

「ふーん……」

「おや? はやてちゃん、やきもちですか?」

「やきもちなんか焼いてへんよ」

「またまた~、意味深な返事を返してたじゃないですか」

「ショウくんは相変わらずはっきりせんな、って思っただけや。相手の気持ち考えたら、可哀想にもなるやろ」

「何か八つ当たりされてる気分なんだが……」

「はやてちゃん、ショウくんがまた傷ついてるじゃないですか。やきもちを焼いてもらえないと自分に興味がないんじゃないか、って不安になるってこの前テレビで言ってましたよ」

「いや、そっちで傷ついてはないから」

 

 何で大人は、こうすぐにあれこれ結び付けようとするのだろう。俺やはやてはまだ恋愛をきちんと理解できる年齢ではないというのに。

 

「はやてちゃん、やばいですよ。ショウくん、はやてちゃんのこと何も思ってないみたいな発言してます。このままじゃ進展しません」

「あんなシャマル、何度も言うとるけどわたしとショウくんはそういう関係やないねん。何て言うたらいいかな……家族みたいに何でも話せる友達。親友?」

「それよりは悪友って表現が合わないか?」

「うん、そんな感じやな」

「……何だかつまりません」

「シャマル、あまり言っていると温厚な主はやてでも怒るぞ」

 

 主……まあこの家ははやての家だしな。家の持ち主であるはやてが1番偉いといえば偉い。それにこの人達は親戚かどうかは分からないが、外見から判断して海外から来ていることは確かだろう。間違った認識をしていてもおかしくはない。

 最初は何かしらの目的があってはやてに近づいたのではないかと思ったが、お菓子を食べながら楽しそうに会話する姿は家族のように見える。

 気まずい空気が全く感じられないってことは、結構前から一緒に暮らしてるんだろうな。冷静に思い返してみれば、はやてはバタバタすると言っていた。それはこの人達と一緒に生活することになったため、色々と買い揃えたりしなければならなかったのではないだろうか。

 

「……これなら俺がいなくなっても平気かな」

 

 ぼそりと呟いた独り言に返ってきたのは、食器同士がぶつかり合った甲高い音。はやてが持っていたフォークを落としてしまい、それが皿にぶつかったようだ。

 はやての顔は先ほどまでと打って変わって凍り付いていた。彼女の中では様々な感情が渦巻いているのか、フォークを持っていた手が震えている。そんなはやてを心配してシグナム達が心配そうに声をかけるが、彼女の意識は俺だけに向いている。

 

「ショウくん……今何て言うたん?」

「いや……別に」

「何で嘘つくん? 今……いなくなるって言うたよな?」

 

 はやての顔は徐々に崩れていき、今にも泣きそうだ。彼女は足が動かないことも忘れてしまっているのか、勢い良くこちらに来ようとする。

 その素振りを感じ取った俺ははやてよりも先に動いて、彼女を抱き止めた。先ほどまでならばシャマルが茶々を入れていただろうが、彼女も大人。空気を読めないわけではないようだ。

 

「なぁ……どっかに行ってまうんか?」

「……行かないよ」

「じゃあ何で誤魔化そうとしたん? 今も誤魔化そうとしてるんやないの? 黙っていなくなるとか、わたし……許さん……」

 

 胸に顔を埋めて訴えてくるはやての声は今にも泣きそうで……。彼女は俺の身体を強く抱き締めながら、さらに続ける。

 

「……ごめん、ごめんな。わたし、嫌な子や……いなくなるにしても、仕方がない事情があるはずやのに、わがまま言うて……」

「謝らなくていい。お前は嫌な子じゃないよ……嫌な子は俺だ。2ヶ月も会わなかったんだから、もう会えないんじゃないかって思ってもおかしくないのに……ごめんな」

 

 俺ははやてを抱き締めながら、彼女を安心させるように頭を撫でる。

 いつの日か訪れるであろう別れ。でもそれは今じゃない。余計なことは考えないと決めていたのに……またやってしまった。彼女には笑顔でいてほしいと思っているのに、最近は泣かせそうになってばかり。はやてを傷つけてしまう自分を一日でも早く変えてしまいたい。

 

「少なくても……今すぐにいなくなったりしない」

「……ほんま?」

「ああ。俺はどこにも行かないし、これからは前みたいにここに来るから」

「……約束やからな」

「ああ、約束だ」

 

 

 



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As編
プロローグ


 ジュエルシード事件が終了してから約半年が過ぎ、現在は12月2日。ほんの少し前までは快適に過ごせていた気がするのだが、今はすっかり家にいても厚着をしなければならないほど寒くなった。顔を洗ったりする際にお湯を使ってしまうのは仕方がないだろう。

 鏡に映る自分の顔は、どことなくぼんやりしている。去年の今頃はこんな顔はしていなかった気がするのは、俺の記憶違いだろうか。

 

「…………髪、伸びてきたな」

 

 前髪を触りながらポツリと呟く。それなりに伸ばしているが、おそらく俺は他人よりも髪が伸びるのが早い。髪が伸びるのが早いのは……、という話を耳にしたことがあるが考えないでおこう。

 次の休日にでも切りに行こうか、などと考えている間に洗顔が終わる。眠気は全くといっていいほどないのだが、やはり鏡に映る自分はぼんやりしている。

 学校生活や友達に新たな家族ができたりと、短期間の間に日常に変化があったため、疲れが溜まっているのかもしれない。

 

「おはようございます。今日も早いですね」

 

 朝食と弁当を作ろうと思いキッチンに向かうと、そこには夏休み後半からうちに住み始めた同居人の姿があった。目を引くのは感情がほとんど見られない表情のなさよりも、身に着けている猫の絵柄のエプロンだ。

 

「おはよう……シュテル、あのさ」

 

 シュテルは手際よく調理を進めながら返事を返してきた。

 うちに来たばかりの頃は手伝うだけだったシュテルだが、最近は俺の代わりに何でもしてしまうようになった。

 負担が減るのでいいじゃないかと思うだろうが、長年習慣だったものをしなくなると違和感を覚える。それにすっかり家族のように打ち解けてしまっているが、シュテルは仕事でここに滞在しているのだ。

 

「ここ最近毎日言ってる気がするけど、俺がやるから」

「ショウは学生です。私に任せてゆっくりしたほうがいいと思います。最近は顔が前ほどキリッとしてないことが多いですからね」

 

 この胸の中にあるもやもやしたものを消すためには自分でやるしかないのだが、今のように言われると反論しづらい。

 シュテルの作るものは不味くない。美味しいといえるものばかりだ……手先が器用なせいか、無駄に細工に凝って食べづらいことが多いが。

 

「……じゃあ、任せようかな」

「はい、任せてください。朝食もお弁当もきっちりと愛を込めて作ります。学校で黄色い声が上がるかもしれませんが、そこはご了承ください」

 

 分かった、顔がぼんやりしてる感じになっているのはシュテルのせいだ。彼女との会話が楽しくないわけではないが、リラックスできるはずの家でも八神家でのような会話をしていれば疲れも溜まる。学校でも高町達と話すことが多くなっているため、無意識に緊張していることが多いのだ。

 

「前言撤回、やっぱり俺がやる」

「ショウ、普通そういうのは私が何かを焦がしたり、食器を割ったりした場合に言うことではありませんか?」

「そうだけど……シュテルの場合、必要もないのに面白くしようとするだろ」

「面白く……失礼ですね。愛妻弁当を作ることの何が面白いんですか?」

 

 何で少しキレているのだろう。俺は間違ったことは言っていないはず。そもそも、さっき黄色い声が上がるとか自分で言っていたはずだ。それに

 

「結婚してもいないのに、愛妻弁当を作ろうとしているあたりおかしいだろ? 面白くしようとしてるとしか思えない」

「ここ最近思うのですが、ショウは私の言うことやることを全て否定していませんか? 私のこと嫌いなのですか?」

「いや、嫌いじゃないけど……そもそもの話、それは自業自得だろ。君が変な言動をするから否定しているだけであって……」

「完成しましたので食事にしましょう」

 

 そう言ってシュテルはせっせとテーブルに出来上がった料理を運び始める。

 俺の弁当も完成しているようで中身を覗いて見ると、そこにはハート……ではなく、ファラの顔が描かれていた。これならばキャラ弁などと誤魔化せるが、俺が少女ものを……といった誤解を招きかねない。

 ぐちゃぐちゃにしてしまおうかと思ったが、背後から視線と圧力を感じる。俺は観念したよというように大きなため息をついて、食事が並べられているテーブルへと向かった。

 

「美味しいですか?」

「あぁ……美味しいよ」

「美味しくないのなら、はっきり言ってほしいものです」

 

 と、頬を膨らませるシュテル。怒っているとアピールしているのだろうが、頬以外の部分は至って平常運転。怒っているというよりは、口にものを詰め込みすぎているようにしか見えない。

 

「いや、美味しいから」

「感情がこもっていないじゃないですか。シュテル、美味しいよ……みたいに言えないのですか」

「……そっちのほうが嘘っぽくないかな?」

「そうですね」

 

 なら何で言った、とこちらが言う前にシュテルは箸を進める。まあ言ってたら説明を始めたかもしれないからいいか、と思った俺は食事を進めることにした。

 無言で食事をすること数分、再びシュテルが意識をこちらに向けてきた。今度はいったい何を言うつもりなのだろう。

 

「そういえば、今日ではありませんでしたか?」

「何が?」

「ショウが夏休み前に関わった事件――それで知り合った少女がこの街に来るのがですよ」

 

 ジュエルシード事件で出会った少女テスタロッサ。彼女はリンディさん達の計らいで、今日からこの街で生活を始めるらしい。学校にも通うと聞いている。

 さらに言えば、早朝にテスタロッサと顔を合わせないかという話があった。俺は食事の準備があるので行かずに今に至っているわけだが、高町は今頃彼女と再会していることだろう。

 

「あぁ……今日だな」

「どうでもいいような言い方ですね」

「仕方がないだろ。俺はあの子とあまり話してもいなかったし、彼女にはもっと会いたい子がいるんだから。俺は、元気ならそれでいいよ」

「それはショウの主観でしょう。その子の思いは違うかもしれません……まあ無関係の私が口を挟むことではないのですが。それでも、最後に言った言葉くらいは言ってあげるべきだと思いますよ」

 

 さらりと言われたが、俺の心にはぐさりと突き刺さった。

 テスタロッサは俺に礼を言ってくれたが、俺は少なからずプレシアのことを今も引きずっている。それが原因で俺は、無意識に彼女から逃げようとしているのかもしれない。変わろうと決意したのだから、逃げることだけはしちゃいけない。

 

「そうだな……学校で会ったら話すよ」

「頑張ってください。お弁当を会話のネタにしても私は構いませんので」

「いや、一緒にご飯を食べるつもりはないから」

「……あの写真の子以外に友達いないんですか?」

「何でそうなる? テスタロッサと話すってことを話してたはずだよな?」

「そうですが、ショウの保護者代理としては気になりますので」

 

 いつからシュテルが俺の保護者代理になったのだろうか。そんな話は俺の耳に全く入っていないのだが……そもそも、同年代の少女が保護者の代理になれるわけがない。実際の保護者よりも家のことをやってくれているけど。

 

「はぁ……」

「大きなため息ですね。幸せが逃げちゃいますよ」

「幸せが逃げてるからため息が出てるんだよ」

「こんなにも楽しく話しているというのに、ショウは不幸と感じているのですか?」

「不幸とまでは感じてないけど、シュテルみたいに楽しいとは思ってないから」

 

 シュテルから返事がないことを不思議に思った俺は、視線を料理から彼女に向ける。いつもどおりの感情が読み取れない表情……だとは思うが、俯いているため分からない。

 しょんぼりしているような雰囲気を感じるのは、彼女が俯いているせいだろうか。いや、こんなことを考える前に考えるべきことがある。俯かせてしまった原因はどう考えても俺だ。このままというわけにはいかない。

 

「あぁ……シュテル、その楽しくないって言ったけど、それは今の会話であって。基本的には君と話すのは楽しいから」

「……あぁすみません、考え事をしていたもので。何か言いましたか?」

「……いいよ別に。大したこと言ってないから、そのまま考えてて」

「そう言われると気になるのですが」

「……さっきからわざとやってる?」

「何のことです?」

 

 シュテルと出会ったのは7月。現在が12月であるため、彼女と出会ってから今月で半年になる。一緒に生活を送ってることもあって、はやての次に親しくなっている人物だと言っていいだろう。

 だが未だに彼女が何を考えているのか分からないときがある。完璧に分かるわけはないのだが、普通ある程度の親しみがあれば、素でやっているのかわざとやっているのかくらいの区別はつくはず。俺の見抜く力が不足しているのか、シュテルの誤魔化す能力が高いのか……。

 などと考えながら、他愛もない会話をしているうちに食事が終わる。俺は学校へ行く準備を始め、シュテルは後片付けを頼んでもいないのに始めてくれた。

 学校へ向かおうと靴を履いていると、シュテルがエプロンで手を拭きながら現れた。彼女は毎日欠かすことなく見送ってくれるのだ。言ってはなんだが、本当にレーネさんよりも保護者らしい。

 

「忘れ物はありませんか?」

「ああ、大丈夫」

「本当ですか? 宿題、ハンカチやティッシュ、お弁当は持ってますか?」

「持ってるよ……あのさ、君は俺の何なの?」

 

 シュテルの過保護発言についそう言ってしまったが、言い終わってから後悔した。どう考えてもボケる機会を与えてしまったからだ。

 

「いまさら何を言っているのですか。私は――あなたのパートナーですよ」

 

 浮かべられた穏やかな笑みと予想外の言葉に俺は即座に返事を返すことができない。

 本当にシュテルは今のように思っているのか。俺がボケてくるだろうと予想したのを予想して、あえて今のような発言をしたのではないか。そんな考えが脳内を駆け巡る。

 こちらの内心を見透かしているのか、シュテルは「ふふ」と短い笑い声を上げた。このままだと今日帰ってきてからもおもちゃにされかねないと思った俺は、とにかく返事を返すことにした。

 

「パートナーって……俺はまだレーネさんから研究を引き継いでないんだけど」

「そうですね。ですがそれは時間の問題でしょう。ショウは学業を怠らずに資格を取るための勉強も進めているのですから。勉強を見ている身として、あなたが資格を近いうちに取れることを保障しますよ」

「……だとしても、パートナーだって言うのは早いだろ。シュテルの気が変わって、別の研究をやるかもしれないんだから」

「照れているのですか?」

「いや、別に照れてないから……行ってきます」

「はい、いってらっしゃい」

 

 

 




 ショウとシュテルの関係は夏の終わりから共に生活を送ってきたことで、家族に近い関係にまでなっていた。彼は気疲れしてしまうこともあるが、彼女のことを大切な人のひとりだと思い始めていることだろう。
 レーネの仕事が一段落するまでは、気疲れもするが楽しい生活が続くだろう。そんな風に考えていたショウだが、平穏な日々の終わりは着実に近づいていた。

 次回、As 01「不吉な予感」


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第1話 「不吉な予感」

 今日のうちのクラスは普段にも増して一段と賑やかだった。テスタロッサがうちのクラスに転校してきたからだ。

 テスタロッサは、同年代の子供達と触れ合うのに慣れていなくて恥ずかしかったのか、教室に入ってきたときの顔が赤かった。同年代の知り合いが高町達くらいしかいなかったのだから、当然だといえば当然の反応だろう。

 転校生であるテスタロッサは、今日一日大変だったと思う。休み時間の度にクラスメイト達から色々と質問されていたのだから。自分が彼女の立場だったらと考えるだけで疲れを感じる。

 

「……さて、どうしたものか」

 

 現在はすでに放課後。日も傾き、周囲は赤い光に照らされている。

 今朝シュテルに学校でテスタロッサと話すと言っていたのだが、結果的に言えば彼女とは話せなかった。帰ったらシュテルが聞いてきそうなので、このままだと小言を言われそうでならない。

 視線は何度も重なっていたことから、俺だけでなく彼女のほうにも話す意思があったように思える。だが積極的に話しかけてくれるクラスメイト達を彼女が無下にできるはずもない。

 俺はテスタロッサとは多少なりとも知り合いだったため、クラスメイトを優先させようという考えに至った。そのほうが彼女と話す時間も取れるだろうと思ったからだ。

 だがこの予想が甘かった。

 フェイト・テスタロッサ。この名前を聞けば外国から来たのだと思うのは当然だ。質問の量が膨大になるのは普通に考えれば分かる。

 こんなことに気づかなかったのは、テスタロッサとの再会に無意識に緊張していたからなのだろうか。いや、これを考える前にテスタロッサとどうやって話すかを考えないと。

 

「じゃあフェイト、なのは」

「また明日ね~」

 

 校門付近に差し掛かると、手を振っているバニングスと月村の姿が目に入った。彼女達が手を振っているのは、高町とテスタロッサ。ふたりもバニングス達に手を振っている。

 これは自分から行けば話せる、と思った矢先、高町達に手を振っていたふたりの視線がこちらに向いた。笑顔で手を振ってくれる月村に対し、バニングスは手を軽く上げるだけだった。

 おそらく「またね」という意味だろう。素っ気無い仕草だが、こういうやりとりがあるようになった辺り、少しは彼女との距離も縮まっているのかもしれない。

 

「あっショウくん。一緒に帰ろう」

「え……」

 

 高町の発言に驚いたのは、俺ではなくテスタロッサだった。お互いに話そうとする意思はあったが、いざ話すとなると緊張する。それが彼女の場合、一般の同年代よりも顕著なのだろう。テスタロッサと話すという目的があった俺は、高町の提案を受け入れた。

 3人で帰り始めたものの、テスタロッサは突然の展開に思った以上に緊張しているようだ。これ以上、緊張させてしまわないように、俺はふたりの少し後ろを歩くことにした。

 高町もテスタロッサの緊張は感じ取っているようで、それを和らげるためか話しかける。

 

「フェイトちゃん、学校大丈夫そう?」

「あっ、うん。先生もクラスのみんなも優しいし……」

 

 会話の途中でチラリとこちらを向くテスタロッサ。前を向いて歩いている俺と視線が重なるのは必然だろう。まだ彼女は緊張しているようで、すぐに高町に視線を戻した。

 これはまだ時間がかかりそうだと思った俺は、夕日に照らされて真っ赤に染まっている海を見ることにした。

 

「大丈夫。そうだ……ユーノやクロノから色々と預かってるんだよ」

「え?」

「魔法関係の教材とか新しいトレーニングメニューとか。私となのは、ふたりで一緒に出来るようにって」

「そっか。魔法の練習もふたりで一緒に出来るんだ……あっ」

 

 高町の何かに気が付いたような声に視線を海から戻すと、彼女がこちらに向かってきていた。反射的に立ち止まると、目の前に来た高町は俺の手を両手で握り、笑顔を咲かせる。

 

「えっと……何?」

「ショウくんも一緒にやろう」

「……念のために聞くけど、何を?」

「魔法の練習」

 

 笑顔で言っていることから、高町が魔法が好きだということは分かる。それに彼女の立場を考えると、練習はしておかないといけないだろう。無論、俺も最低限の練習はしておかないといけない。

 だが……何故だろうか。高町と練習したいという気持ちにはならない。彼女の魔力資質が偏っているから、俺とはトレーニングの内容が違うというのも理由だろうが……

 

「……あのさ、ひとつ聞きたいんだけど」

「なに?」

「君、いつ起きていつ寝てる?」

「うーん……大体いつも4時半に起きて、夜の8時過ぎには寝てるかな」

「テスタロッサとふたりでやってくれ」

 

 俺も食事や弁当を作るために早起きしているが……毎日4時半に起きて魔法の練習をして、それから食事の準備をやっていたら倒れそうだ。

 食事といった家事はシュテルが頼めばやってくれそうであるが……彼女に任せるのも悪い。というか、任せると何をされても文句を言えなくなる。

 

「えぇ、ショウくんも一緒にやろうよ」

「いやいや、君とテスタロッサでやれるようにって準備されたメニューなんだろ?」

「そうらしいけど……」

「あ、あの!」

 

 テスタロッサが会話に入ってきた。俺はテスタロッサが近づいてきているのは分かっていたため声の大きさに驚いただけだが、背後から大声を聞いた高町は少し飛び上がったような気がした。

 

「私も……ショウと一緒にしたい」

「え……」

「ショウくん、フェイトちゃんもこう言ってるんだよ。私にはともかく、フェイトちゃんにまでいじわるしちゃダメだよ」

 

 別に高町にいじわるをしているつもりはない。ジュエルシード事件終了直前に一度だけしたことはあるが、それ以降はしていないはずだ。

 何で魔法の練習くらいで女子ふたりに懇願される、のような状況になっているのだろう。俺と一緒にやるメリットなんて特にないと思うのだが。

 

「……分かったよ」

「ほんと!? やったねフェイトちゃん」

「うん」

「ただし」

 

 喜んでいたふたりの顔が一変し、視線を俺のほうへと戻す。

 

「やるにしても夜にしてほしい。普段練習している時間帯もそうだから」

「夜……」

「分かってると思うけど、真夜中とかじゃないから。まあそのとき寝むたいなら寝たらいいよ」

「む……何でいじわるなこと言うかな」

「いや、いじわるとかじゃなくて。君の生活習慣からして眠たくなっててもおかしくないだろ。無理することはないって意味で言ってるだけで」

 

 はやてやシュテルとしかあまり会話しないから、言葉が足りないまま話してしまっていることに気づく。いじわるをしているつもりはなかったが、俺が気が付いていないだけでいじわるをしているようなことを言っていたかもしれない。

 

「なのは。生活を急に変えるのはきついから、ショウの言うように無理してまでしちゃダメだと思う」

「フェイトちゃん……うん、そうだね」

 

 これで一段落したか、と思った矢先、テスタロッサが話せる距離にいるにも関わらず、念話で話しかけてきた。なぜ念話なのかと疑問を抱きつつも、彼女に返事を返す。

 

〔何?〕

〔その……ショウって夜、時間あるんだよね?〕

 

 この質問の意図はなんだろうか。流れから考えれば魔法に関することだと思うのだが、それだと念話で話す理由が見当たらない。テスタロッサの性格を考えても、高町を仲間はずれにする性格ではないのだから。

 

〔ああ〕

〔あのね……私、夜にアルフの散歩をするつもりなんだ。だから……その〕

 

 続く言葉はおそらく一緒に散歩しないか、といった感じだろう。

 何で散歩に誘うのだろうと考えた結果、テスタロッサがゆっくり話す時間を作ろうとしているのではないか、という答えが出てきた。

 俺とテスタロッサは、お互い積極的に話しかけるタイプじゃない。会話をするにしても、ゆっくりと話せる時間が必要だろう。一度はちゃんと話しておいた方がいいのは確かだから、ここは彼女の提案を受け入れることにしよう。

 シュテルに何か言われそうな気もするが、ランニングをしてくると言えば大丈夫だろう。俺が夜にトレーニングをしているのは彼女も知っているのだから。

 

〔一緒に……〕

〔いいよ〕

〔え……ほんと?〕

〔ああ〕

〔じゃ、じゃあ待ち合わせ場所と時間は……〕

〔そっちに任せるよ〕

〔うん。じゃああとで連絡するね〕

 

 念話での会話はそこで終わり、テスタロッサは高町との会話に集中する。内容はバニングス達に魔法のことを隠しているのが心苦しいといったものだ。

 

「まあびっくりさせちゃうといけないし、色々とね。ショウくんが魔導師だって知ったとき、私もすっごく驚いたし」

「あぁうん、ショウって最初はなのはと無関係だって言ってたもんね」

「え? フェイトちゃんはアースラで会う前からショウくんのこと知ってたの?」

「うん。ショウ、街に被害が出ないように封印しようとしてたから。その……敵かなって思って戦いそうになったことがあったんだ」

 

 テスタロッサは申し訳なさそうな顔を浮かべ、高町は何とも言えない表情でこちらを見ている。高町に関しては、別にいじわるで言わなかったんじゃないと言いたい。

 

「別に気に病む必要はないよ。俺は気にしてないから」

「でも……」

「……本当に君は優しい子だね。でも、優しさは時に人を傷つけるから気を付けたほうがいいよ」

「え……」

「あぁ、別に本当は気にしてるって意味じゃないよ。あまり気にしたら相手に余計な気を遣わせることがあるから、今後のためにあまり思い詰めるのはやめろって言いたかっただけだから」

 

 自分で言っておいてなんだが、何を偉そうに言っているのだろう。自分だってプレシアの一件を気にしているというのに……。

 

「……ありがとう」

「礼を言われる覚えはないよ。ああ言ったものの、君の優しさで救われる人のほうが多いだろうから」

「ううん、私にとってはお礼を言うほどのことだったよ」

「……そう」

「うん。……私……ショウみたいに人のためになるなら傷つくことを恐れない、本当の優しさを持った人になりたい」

 

 恥ずかしかったのか、テスタロッサは小声だった。そのため高町は聞き取れていなかったようだ。

 バカなことを言うな、と反射的に叫びそうになった口を力ずくで閉めると、口の中に血の味が広がった。どうやら口内を噛み切ってしまったらしい。

 

「……俺のほうがなりたいよ。君達みたいな強い人間に」

 

 

 ★

 

 

 太陽はほぼ姿を消した。

 空は闇に染まりつつあるが、それはいつもと変わらない。変わらないはずなのに雲が早く流れているせいか、どこか不吉な感じがする。

 テスタロッサとの再会によって、これまで以上にプレシアの一件で自分を追い込んでしまってネガティブにでもなってしまったのだろうか。それならば、テスタロッサにあのように言ってしまった手前、顔に出すわけにはいかない。優しい彼女が気を遣うのは目に見えているのだから。

 準備が整った俺は、テスタロッサに指示された場所へと向かう。服装はジャージの上にウインドブレーカー。体力トレーニングを行う際の普段どおりの格好だ。近接戦闘を行うため、どうしても体力が必要になってくるのだ。元々の身体能力が高い方が、魔力で強化した際により高い戦闘力を得られるため一石二鳥だと言える。

 

「……ん?」

 

 目的地に走り始めた直後、胸にあるポケットの付近がもぞもぞ動いた。視線を向けるのと同時に、ファラの頭部がひょこっと出る。頭を振って邪魔な髪の毛を退けると、彼女はこちらに顔を向けた。

 

「ふぅ……落ち着く~」

 

 できるだけ揺らさないように心がけているが、多少なりとも揺れている。俺にとってそうでもない揺れも、人形と変わらないサイズのファラにはかなりの揺れのはずだ。

 

「なあファラ」

「なに?」

「俺が思うに、普通は落ち着かないと思うんだが?」

 

 これまでならば、こういうときファラはむすっとした顔を浮かべていた。だが今日は、先ほどから浮かべている脱力状態の笑みのまま。力の抜けた声で、彼女は返事を返してきた。

 

「マスターは分かってないな~。狭い場所って落ち着くんだよ~」

「……お前がポケット以外の狭い場所にいるの、ほとんど見たことがないんだが?」

「人間が変わっていくように、デバイスも変わっていくんだよ」

「そうか」

「うん……私、そのうち対人恐怖症になるんじゃないかって最近思うようになったし」

 

 ファラの言葉に動揺し、後ろ足を踏み出す際に前足に引っ掛けてしまった。即座にファラの頭を押さえる。こけそうになりながらも、軽く引っ掛けただけだったため踏ん張ることができ、バランスを戻すのに成功した。

 

「悪いファラ」

「うーん、別にいいよ~」

 

 これまでならば「ちゃんと走ってよ!」と怒声を浴びせられていたのに、今日のファラは全く怒っていない。仏のように優しい笑みを浮かべていると言っていい……先ほどまでと変わっていないとも言えるが。

 

「本当に大丈夫か?」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

 

 どう考えても大丈夫ではない。ファラがこうなった原因は十中八九、同居人のシュテルのせいだろう。叔母がいない現在、俺以外にファラと接している人間は彼女くらいしかいないのだから。

 シュテルが来たばかりの頃はまだしも、今のふたりはの大分仲良くなっているように感じる。一緒にテレビを見ているし、シュテルはファラのために衣服も作っているのだから。

 ――でも待てよ。無言の圧力を放つシュテルにどんどん着せ替えを迫られ、げんなりしているファラを見たことがあるような……。テレビの展開を聞いたりすると、彼女の意見が結果的にネタバレだったってことが何度もあったような……。

 

「……ファラ」

「ん?」

「もっとお前のこと気にかけるよ」

「おぉ~……嬉しいけど、無理しないでいいよ。マスターにはマスターのしたいことをしてほしいから。それに、今みたいな何気ない時間が幸せなんだって感じるようになったし」

 

 ここまで言わせてしまうあたり、俺が予想したよりもファラはシュテルで苦労しているらしい。

 のほほんとしている現在のファラに、今は何を言っても効果がない気がする。帰ったらシュテルにファラで遊ばないように言っておかなければ。

 シュテルにひらりとかわされないようにするための対策を考えているうちに、いつの間にか待ち合わせ場所の近くまで来ていた。呼吸を整えながら歩いていくと、私服姿のテスタロッサがすでに待っていた。

 

「……あっ」

「悪い。待たせたか?」

「ううん。私も今来たところだから」

 

 素直に納得すればいいのだろうが、テスタロッサの性格を考えるとかなり前から待っていてもおかしくない。アルフに聞いてみようと思い、リードに沿って視線を移す。目に飛び込んできたのは、アルフと同じ毛並みをした子犬だった。

 俺の記憶にあるアルフは、狼か人の姿をしていた。地球という環境に合わせて小さくなっているだけなのだろうが、違うのではないかという不安を消すことができない。八神家のあいつを見慣れてしまったことが理由かもしれない。

 

「……アルフだよな?」

「そうだよ」

「……そっか。安心した」

 

 間があったことに追求されるかもしれないと思った俺は、アルフの頭を撫でることで彼女にその暇を与えなかった。嫌がられるかと思ったが、撫でられるのは嫌いじゃないのかされるがままになっている。とはいえアルフの性格を考えると、あまりすると噛み付かれるかもしれない。

 返事を返す間に考えてた余計なことを言っても噛み付かれるだろうな。でも考えるのは仕方がないはずだ。姿はまだしも、声まで幼くなってるとは思っていなかったのだから。

 

「ところでアルフ」

「ん?」

「実際のところ、どれくらい待ってた?」

「うーんとね、フェイトの言うとおりそんなに待ってないよ。家ではそわそわしてたけど」

「ちょっアルフ!? ショウも何でそういうこと聞くの!?」

「何でって、寒空の下に長時間待たせたとしたら申し訳ないから」

「え、あっ、心配してくれてありがとう。じゃなくて……その、そういうのもアルフにじゃなくて私に聞いてほしい。誤魔化したりしないから」

 

 あまりにもあたふたしているテスタロッサは、戦闘の時の凛とした彼女とはかけ離れすぎている。そんなことを思っていると、アルフが今日のテスタロッサは積極的だと茶化す。彼女の顔が真っ赤になったのは言うまでもない。

 テスタロッサって普段と戦闘中じゃずいぶんとギャップのある子だな。……いや、今のテスタロッサが本当の彼女なのだろう。彼女は前に本当の自分を始めると言っていた。事件が終わってからの約半年で彼女は、過去の自分をきちんと終わらせて本当の自分を始めたのだろう。

 彼女が変わろうと決めた時期と、俺が変わりたいと決意した時期はほぼ同じ。それなのに俺は全くといっていいほど何も変わっていない。

 他人との距離をあまり詰めることもできていない……それどころか、唯一の友達と言えるはやてさえ、何度も不安にさせてきた。

 

「マスター。マスターってば」

「ん、あぁ悪い。ちょっと考え事して……」

 

 ファラの顔を見た瞬間、さっきまでの彼女ではないと悟る。

 表面上は先ほどまでの脱力状態のファラに見えるが、どことなくシュテルが機嫌が悪いときに発する圧力と似たようなものをかすかにだが感じる。彼女の機嫌は間違いなく下降気味だ。

 

「トレーニングじゃなかったのかな?」

「ん、あぁ……学校であんまり話せなかったからさ」

「ふーん。だから夜ふたりで会おうと?」

「いや、お前を抜きにしてもアルフは元々いる予定だったから」

 

 ファラは味方をしてくれると思ったが、これは下手をすればシュテルに報告されるかもしれない。そうなったら絶対弄られる。

 どうしたものかと視線をファラから外すと、ファラをまじまじと見ているテスタロッサの姿が視界に映った。何故このような反応をしているのだろうと思ったが、彼女と会話したのは初めて会った現場と治療室、別れのときくらいだ。

 戦闘形態になっていたり、ポケットの中にいたりとテスタロッサはファラを見たことがないはず。彼女の反応も無理もないと納得し、俺は周囲に人がいないことを確認してからファラを手の平の上に乗せた。

 

「えっと……この子ってショウのデバイス?」

「ああ。ファラ」

「はじめまして。私、ファントムブラスターと申します。気軽にファラとお呼びください」

「え、あっご丁寧に。フェイト・テスタロッサです。よろしくお願いします」

 

 深く頭を下げて挨拶したテスタロッサは彼女らしいので問題ないが、ファラの挨拶には凄まじい違和感を感じた。

 敬語を使うことはあったが、基本的にレーネさんやスタッフの人といった年上にくらいだ。俺と同年代に今のような話し方をするのは初めてのはず。それにスカートをつまんで挨拶という淑女らしさもこれまではなかった。

 ファラは挨拶を終えてから数秒ののち、何かに気が付いたような声を上げた。何事かと思って聞いてみると

 

「どうしようマスター、シュテルのせいで変な癖がついてる!」

 

 ……ああ、なるほど。礼儀正しい挨拶だったのはシュテルが教育したからか。

 彼女にはお茶目な部分があるが、それは親しい人間にしか見せていないと思われる。基本的に真面目で礼儀正しい性格をしている少女だ。

 育ちが良いのか、時間が有り余っているせいか、はたまた人間らしさを追及して教育したのかは分からないが、結果だけで言えば良い方向に転がったと言えるだろう。

 

「別に変じゃないし、礼儀正しくて良いと思うけど」

「そうだけど、マスターはシュテルに教わってないから言えるんだよ!」

「あ、あの……シュテルって?」

 

 テスタロッサが恐る恐る聞いてきたことによって、ことの重大さをいまさらながら認識した。シュテルがうちにいることは、周囲には言っていない。はやてには存在を知られているが、あまり興味がないのか、俺が話そうとしないからか聞いてきていない。

 テスタロッサに知られると、自然と高町にも伝わってしまうかもしれない。そうなったら……考えるまでもなく彼女は興味を持って会ってみたいと言いそうだ。

 でも待てよ。ここで変に誤魔化したほうが興味をそそることになるんじゃないか。テスタロッサも魔法世界から地球に来ているわけだから、誤魔化さずに言った方がいいのでは。

 

「あぁ……まあ簡単に言えば、仕事の関係でうちで寝泊りしてる人の名前」

「そうなんだ……」

「話したいなら持ってていいよ。リードは俺が持ってるから」

「え……えっと」

「あたしはどっちでもいいよ。それよりも話してばかりいないで散歩しようよ」

 

 アルフの了承も得たテスタロッサは、俺からファラを受け取った。代わりに俺はリールを受け取る。ファラに一瞬睨らまれたものの、人と話そうと頑張っていると解釈してくれたのか反抗したりはしなかった。

 性別が同じということもあって話しやすいのか、テスタロッサはファラと問題なく話せている。彼女が穏やかに話しているからか、ファラの受け答えも柔らかい。

 ファラが嫌な素振りを見せていたのは、前に敵対しそうになったのが原因かもしれないな。今行われている会話を見ている限り、もしかしたらシュテルとよりも仲が良いんじゃないだろうか。

 そんなことを考えていると、少し先を歩いていたアルフが隣に来た。こちらを見ていると分かった俺は、視線を落として彼女を見る。

 

「あんたも少しは成長してるんだね」

「何が?」

「前より人と話すようになってるじゃんってこと」

「前もこれくらいは話してたと思うけど?」

「うーん……言われてみるとそうかも」

「おいおい……」

 

 見た目や声だけでなく知能にも変化があるのか、と疑問を抱きながらもアルフに返事を返そうとした瞬間、ふと視線を前に向けると結界のようなものが見えた。

 テスタロッサも気が付いたようで、ほぼ同時に互いの顔を見た。先ほどまでと打って変わって、凛とした雰囲気が彼女から出ている。

 

「私はアルフと一緒に現場に向かう。ショウは?」

「俺も行く」

 

 と、即答。

 俺とテスタロッサは互いのデバイスを手に取って起動する。黒衣に姿を変えた俺達は、全速で現場へと移動を開始した。

 

「……胸騒ぎがする。……いったい何が起こってるんだ」

 

 

 




 ショウはフェイトと再会したものの学校では話すことができなかった。だが放課後、今まさに下校しようとするなのはとフェイトと遭遇し、誘いもあって一緒に帰路に着いた。そこでゆっくりと話すために、夜に一緒に散歩をすることを約束する。
 約束どおり散歩をしていたが、突如発生した結界によって事態は急展開を迎えた。胸騒ぎを感じながらも、ショウは結界へと向かうのを決める。結界内で出会ったのは……

 次回、As 02「遭遇」


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第2話 「遭遇」

 結界内に突入すると、遠方の空を舞う桃色の光が見えた。それを火の玉のようなものが追っている。桃色の光は高町の魔力色であるため彼女だろう。彼女を追いかけている火の玉のようなものは、おそらく魔導師。火の玉のように見えるのはブーストの役割として火が噴射されているからだろう。

 

「なのは……」

 

 心配そうに彼女の名前を呼ぶテスタロッサ。普段ならば励ましの言葉くらい言えたのだろうが、今日の俺にその余裕はなかった。胸に渦巻く不安が徐々に膨らんでいっているからだ。

 高町が押されているから。彼女が負傷するから、といった不安もあるのだろう。だがそれより遥かに大きい何かが存在している。

 それが何なのかは分からない。だが、あそこに行けば判明するはずだ。

 そう思う一方で、あそこに行きたくないという気持ちも存在していた。あそこに行ってしまったら、何かが壊れそうな気配がしてならないからだ。

 

「ショウ、大丈夫?」

「何が?」

「何がって、顔色悪くなってきてるよ」

 

 シュテルほどではないが、顔に感情が出る方ではなかったのだが……それだけ嫌な予感がしてるってことか。いや、それもあるが純粋に実戦への恐怖もあるだろう。

 

「君ほど実戦慣れしてないから。少し緊張してるだけだよ。だから今は……」

 

 不意に口を閉じてしまったのは、テスタロッサが俺の手を掴んできたからだ。彼女の力強い瞳はまっすぐとこちらに向けられている。

 

「大丈夫。ショウは私が守ってみせるから」

 

 簡単によく言えるものだ。俺は胸の内で思っても、口に出すことはできないだろう。誰かに守ると言えるほど、自分の力を過信していないから。

 いや、この言い方だとテスタロッサが過信しているみたいになってしまうか。彼女にはきちんと力があるのだから、過信とは言えない。

 

「……ありがとう。少し気分が楽になったよ」

「そっか」

「だけど、今は俺よりも高町のことを優先するべきだ。君だって心配なんだろ? 先行してくれて構わないよ」

「でも……うん、分かった」

 

 テスタロッサも遠目に見えた戦闘で高町が押されていると感じていたのだろう。一瞬迷った素振りを見せたが、すぐに首を縦に振った。

 彼女のあとを追って移動を続けていると、ファラから高町の魔力反応の低下、レイジングハートからの応答がないこと、新たな魔力反応の出現と次々と報告が入る。

 新たに現れた反応は3つ。ひとつは先行したテスタロッサの元に。もうふたつはアルフの元で感知されたらしい。

 

「マスター、どうする?」

「どうするも何も、俺が高町のところに行くしかないだろ」

 

 近接戦闘を行っているのか、金色の光と紫の光が何度もぶつかり合っている。テスタロッサが戦闘を開始したのは間違いない。

 魔導師の中でもテスタロッサは近接の技術に長けている。だが敵のほうが上手なのか、彼女は吹き飛ばされてビルに直撃した。

 

「……なのはッ!」

 

 大したダメージはなかったようで、テスタロッサはすぐに煙の中から出てきた。しかし、先ほどと打って変わって敵とは違うものに意識が向いているように見える。彼女の視線の先に意識を向けてみると、倒れている高町と敵の姿があった。背丈からして子供のようにも見える。

 ――高町の魔力の低下は魔力を奪われているからか。

 意識をテスタロッサに戻すと、敵の一撃でデバイスを真っ二つにされたところだった。その後、数度打ち合ったものの、上段からの攻撃を受けて落下した。

 反射的に止まりそうになったが、すでに高町に接近していた。必然的に敵との距離も縮まっているということだ。テスタロッサの方に向かえば挟み撃ちにされる可能性が高い。

 テスタロッサに罪悪感を感じながらも、俺は左手でしっかりと鞘を握り締め、右手を剣の柄にかけながら全速で高町の元に向かった。

 

「……ん?」

「ッ……!」

 

 抜刀しながらの一閃は間一髪のところで回避されてしまった。紅のバリアジャケットを纏った敵は空中で体勢を立て直すと、持っていた本のようなものを消した。

 いや、あれで高町の魔力を奪っていたとすれば、テスタロッサを相手していた仲間に渡したのか。

 ハンマーのようなデバイスを両手で握り締めた敵が気合の声を上げながらこちらへ襲い掛かってくる。こちらも剣を両手で握り締め、接近していく。

 デバイス同士がぶつかった瞬間、金属音と火花が散った。一瞬火花で視界がゼロになる。

 

「……ぇ」

「……なっ」

 

 ほぼ同時に声を漏らした。俺の視界に映っているのは、赤髪の少女。目を大きく見開いた状態で凍っている。おそらく俺も同じような表情を浮かべているはずだ。

 ――何で君が……ここにいるんだ?

 目の前にいる少女は、間違いなくヴィータだ。俺の大切な人の家族であり、妹のような存在になりつつあった少女。言葉遣いは悪いが、根は優しい子だ。

 どうして彼女がここにいるのか。人を襲撃して魔力を集めるのか、といった疑問が次々と沸き起こる。それと同時に胸の中にあった不吉な予感は、現実を認めたくない拒絶へと変化していった。

 

「な……なんで」

「はあっ!」

 

 話そうとするヴィータを強引に押し飛ばした。戸惑いを隠せずにいる彼女は、さらに続けて話しかけようとする素振りを見せる。

 

「く……」

「おい、やめ……」

「ふ……」

 

 ヴィータが口を開くたびに剣を振るうが、簡単に止められてしまう。

 彼女と同じように俺も動揺して力が入っていないことも理由だが、実際のところはどうでもいいのだ。

 ヴィータがいるということは、あとのみんなもいるということだよな。こいつらは、はやての頼みなら大抵のことを聞きそうではあるが、はやてが他人を傷つけるような真似はしない。おそらくヴィータ達の独断のはずだ。

 だがヴィータ達ははやてのことが好きだ。はやてが傷つくようなことはしないはず……しかし、今起こっていることは現実だ。他人を傷つけてまでこんなことを行っているのには、何かしら理由があるはず。

 はやてを巻き込まないようにしていると分かる以上、ヴィータ達が俺と繋がりがあったことを他者に知られるわけにはいかない。知られてしまえば、はやての存在が明るみに出てしまう。そうならないためには、剣を振るい続けるしかない。

 

「うわああぁぁぁぁぁッ!」

 

 突如響いたテスタロッサの悲鳴。魔力を奪われているに違いないのだが、俺は視線を向けるだけで助けに行こうとする気力はなかった。

 何でこんなことをしているんだ、という意味を込めて視線をヴィータへと戻すと、彼女は俺から視線を逸らした。歯を食いしばっているあたり、簡単には言えない理由があるのだろう。

 ヴィータはしばらく無言を貫いた後、ゆっくりと視線をこちらに戻した。今にも泣きそうな顔を浮かべながら、デバイスを構える。

 

〔……ご……ごめん。で、でも……〕

 

 謝罪の念話と共に繰り出された攻撃を受け止めはしたが、力の入っていなかった俺の身体は簡単に吹き飛んでいった。地面に激突し、勢い良く転がり続ける。その間にファラから手を放してしまった。

 全身に痛みを感じるが、それに対する感情は全くといっていいほど沸いていない。高町達と同じように魔力を奪われるかと思ったが、タイムリミットだったのかヴィータは姿を消していた。

 

「何で……何でなんだ……」

 

 泣きそうだったヴィータの顔。でも、という言葉に続いていたであろう言葉。それらについては考えることができるのだが、考えれば考えるほど心の中の何かが消失していく気がした。それに伴って力もろくに入らなくなり、俺は仰向けのまま摩天楼を見上げ続けた。

 

 

 




 ショウが結界の中で出会ったのは、はやての家で暮らしているヴィータだった。予想もしていなかった出会いに、ふたりは困惑した。だがはやてへの思いが両者を動かし、戦闘は幕を下ろした。
 とある公園に集合したシグナム達は、ヴィータの様子がおかしいことに気づく。ショウの存在を知った彼女達は、はやての存在を知られないために最悪ショウを手にかけることを決めた。その矢先、彼女達の前にひとつの影が現れる。

 次回、As 03「騎士達と少年」


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第3話 「騎士達と少年」

 とある公園の街灯の下にあるベンチには金髪の女性が座っており、近くには青色の毛並みの守護獣がいる。言うまでもなくシャマルとザフィーラだ。

 近づいている気配を感じて視線を向けると、私服姿のヴィータが立っていた。戦闘前とは打って変わって、自分を責めているような顔をしている。

 

「ヴィータちゃん、どうしたの?」

「あいつが……あたし、あいつを……」

 

 今にも泣きそうになるヴィータにシャマルが駆け寄り、落ち着くように話しかける。

 ヴィータは我々の中では最も精神が幼い。だが、主はやて以外のことでここまで取り乱すことはないはずだ。いったい何が……

 ふと頭を過ぎったのは、主の友人である少年。彼とは出会ってからまだ数ヶ月しか経っていないが、頻繁に主に会いに来ていた為、我らも親しい間柄になった。

 彼は同年代の子供と比べると表情がないのだが、主のことを大切にしてくれているというのは見ていれば良く分かる子だ。それに彼がいると主は本当に楽しそうに笑う。だから最初は警戒していた私達も次第に心を開いていったのだ。

 彼が作ってくるお菓子で陥落したのか、純粋なのかは定かではないが、ヴィータは彼に懐いていた。主はやて以外で取り乱すとすれば彼に関することくらいではないだろうか。

 

「ヴィータちゃん、落ち着いた?」

「お、おお……」

「じゃあ何があったか話せる?」

「……あいつがいたんだ」

「あいつ?」

「先ほどのヴィータの様子から推測するに……夜月ではないのか?」

 

 ザフィーラの問いに、ヴィータは首を縦に振った。シャマルはヴィータを慰めるように頭を撫でる。

 シャマルも顔にこそ出してはいないが、優しい奴だ。夜月ともよく話していたから、内心複雑だろう。……私も似たような感情を抱いているか。

 

「……シャマル、あいつの居場所を特定できるか?」

「え……ええ、大まかな位置なら出来ると思うわ」

「ならできるだけ早くやってくれ」

 

 夜月が魔導師だと分かった以上、あいつの存在は危険だ。

 この世界に魔法文化は存在していないが、デバイスを所持しているということは魔法文化のある世界と繋がりがあるということになる。管理局に知り合いがいてもおかしくない。

 そのため我らと親しい間柄にあったと知られてしまえば、必然的に主の存在が明るみに出てしまう。主の存在がバレてしまえば、主に今行っている行動を隠し通すことは不可能だ。そうなれば優しい彼女を傷つけてしまう。

 いや、それだけならまだいい。魔力を集めると決めたときに、主に嫌われることになったとしても……と覚悟は決めたのだから。問題は、我らの行動を知った主は頑として魔力を集めようとしないだろう。たとえ自分が死ぬと分かっても、意思を変えようとはしないはずだ。

 騎士の誇りを失うとしても、主はやてを死なせたりしない。そう我らは決めたのだ。夜月に何かあれば、主はやては確実に悲しむだろう。だが我らはもう止まることなどできない。最悪、あいつの命を絶つことになろうとも……。

 

「ちょっと待てよ。シグナム、いったいあいつに何をする気だよ!」

「言わなくても分かるだろう」

「――ッ、あいつに何かあったらはやてが傷つくんだぞ! 泣いたっておかしくねぇ!」

「……それがどうした」

 

 自分で思っていた以上に冷たい声が出た。

 ヴィータの気持ちは充分に理解できるというのに。蒐集を始めると決めたときに覚悟を決めたというのに、今のは完全に八つ当たりだ。私がこれでは、皆が余計に考え込んでしまうではないか。

 

「ヴィータちゃん、シグナムだってそれは分かっているはずよ」

「なら……!」

「ヴィータちゃんだって本当は分かってるんでしょ? ショウくんの行動次第ではやてちゃんが危ないって」

 

 シャマルの言葉にヴィータは黙って俯いた。同じ内容を言ったとしても、私が言っていたならヴィータは反抗していたかもしれない。今のようなとき、シャマルは必要不可欠だと強く思う。

 

「ヴィータちゃん、はやてちゃんのことが大好きでしょ? 死んでほしくないから、はやてちゃんとの約束を破って蒐集を始めたのよね?」

「……うん」

「だったら……シグナムがしようとすること、分かってくれるわよね?」

 

 ヴィータはしばしの無言の後、首を縦に振った。顔を見せないようにしているのは、泣きそうになっているからかもしれない。

 自由奔放で私には反抗的な態度を取ることも多い奴だが、根は優しい奴だからな。主はやてが傷つくのも、夜月を傷つけるのも嫌なのだろう。

 

「心配するなヴィータ。お前は何もしなくていい」

 

 最悪、あいつの命を奪わなければならない。ヴィータやシャマルにさせてしまえば、確実に顔に出るだろう。ザフィーラは問題ない気もするが、蒐集すると決断したのは私だ。この十字架を背負うことになった場合、私が背負うのが筋というものだろう。

 

「シグナム……」

 

 名前を呼ばれるのと同時に、そっと肩に手を置かれていた。視線を向けると、ひとりで背負う必要はないと言いたげな顔をしたシャマルの顔が映る。

 シャマルとは長年の付き合いだ。先ほどの考えたことを見通されたのかもしれない。もしかしたら顔にも出てしまっていたかもな。だが

 

「心配するな」

 

 そう言って、肩に乗せられていたシャマルの手をそっと退ける。彼女も納得したのか、それ以上は何も言わなかった。

 

「……なあシグナム」

「ん……今度はどうした?」

「その……いきなり襲うのか?」

「……ああ」

 

 できることなら騎士としてやりたくはないが、事態は一刻を争う。魔力を蒐集させてもらった少女達と守護獣は商店街の一角に置いてきた。だが夜月は……先ほどのヴィータの様子では、そのまま放置した可能性が高い。

 合流されている可能性もあるが、ヴィータもあれだけ取り乱していたのだ。夜月は子供らしからぬところが多いが、同年代と比べた場合だ。ヴィータのように取り乱して、冷静な判断をしていない可能性も充分にある。

 

「あのさ……」

「ヴィータ」

「分かってる! ……けど、あいつははやてのこと大切にしてる。それはみんなだって知ってるだろ!」

「……ええ。でもねヴィータちゃん」

「それは分かってんだって! でもよ、あいつははやてを売るような真似しないって思っちまうんだよ!」

 

 ヴィータの言葉に返事をするものはいなかった。誰もがどうにかしなければと思う一方で、ヴィータの言ったようにあいつは主を不幸にするような奴ではないと思っていたからだろう。

 

「さっきだってあたしと同じように戸惑ってたのに、必死に剣を振ってたんだ。最初は何でって思っちまったけど、あたしらと繋がりがないって思わせるようにしてくれたんだと思うんだよ。だから……あたし、あいつを思いっきり攻撃しちまった……」

「そうだったの……だからあんなに」

「……でもさ、それってわたしが都合の良いように考えてるだけかもしんねぇよな。もしそうなら……いや、はやてのために何だってするって決めたんだ」

 

 ヴィータは涙を浮かべながらも、覚悟が窺える表情を浮かべている。シャマルはそんな彼女をそっと抱き締めながら頭を撫でた。私とザフィーラは、何も言わずに待ち続ける。

 

「……見つけた」

 

 ぼそりと呟かれた声だったが、静寂の中では大きな音だった。視線を向けると、黒衣に身を包んだ少年の姿が視界に映る。

 少年がゆっくりと近づいてくるが、私達は身動きひとつしない。まさか彼のほうから出向いてくるとは予想していなかったからだ。

 距離が縮まるに連れて、少年の姿がより鮮明になる。ヴィータの攻撃で負傷したのか左腕を押さえており、右頬からは血が垂れている。それなりに深く切っているようで止まる様子はない。

 ヴィータは強い罪悪感を感じているようで、少し後退った。私は皆よりも一歩前に出ながら、レヴァンティンだけを起動し、剣先を彼に向けた。

 

「……よく自分から来たものだな」

 

 本来ならば自殺行為に等しい行動だ。だが夜月の表情は、自殺をしに来た者のものではない。目の前に突きつけられている剣にさえ、視線を向けたのは一瞬だった。現在の状況に恐怖を感じていないように見える。

 

「これが愚かな行動だと、理解できていないわけではあるまい」

 

 レヴァンティンを振るい、首筋で寸止めしても表情に変化はない。ヴィータが私の行動に反射的に動こうとしたようだが、先ほどの決意は本物のようで言葉を発しはしなかった。今ので首を落としていたのなら違っただろうが。

 それにしても、今ので身震いひとつしないとはな。よほどの胆力なのか、それとも私が命を奪うような真似はしないとでも思っているのか。もし後者なのならば、その考えは甘い。私は主のためなら鬼にでも悪魔にでもなってみせる。

 

「……はやての寿命は……あとどれくらいなんだ?」

 

 我々への問いではなく、確信に迫る一言に思わず手が震えた。レヴァンティンが彼の首筋をわずかだが斬り裂く。

 夜月は一瞬ばかり痛みで顔を歪ませたが、それ以外に反応を見せない。自分の身よりも主のことを優先させていなければ、現状の説明がつかない。

 しかし、魔導師とはいえ彼は主と同年代の子供だ。自分の命をかけてまで、他人を優先することがあるのだろうか。あるとすれば、いったい何が彼をここまでさせる……。

 

「何の話だ?」

「……真実は話してくれないんだな」

 

 夜月の浮かべたどことなく寂しげな顔に罪悪感を感じてしまうあたり、私も親しくなっていたということなのだろう。

 彼は一度目を閉じて大きく息を吐いた後、再びこちらに視線を向けた。

 

「だったらそっちの反応を見て判断するよ……今聞くことでもないんだが、話してもいいか?」

 

 この場での最善は、一刻も早く夜月の命を絶つことだ。

 先ほどの戦闘が終わってからまだそう時間は経っておらず、彼の様子からして誰かに連絡をしていることもなさそうである。ここでもし行動を起こせなかったら、事態は最悪へと向かう他ない。

 しかし、現状に全く動ぜずにいられる彼の内が気になるのも事実だ。最後には必ず……なのだから、話ぐらい聞いてやってもいいだろう。

 騎士としての誇りを捨ててでも……と決意し、ヴィータにも先ほどあのようなことを言ったのに私も甘いな。

 

「好きにしろ」

「そうさせてもらうよ……まず、俺ははやてと長い付き合いだ」

「そうね。ショウくんとはやてちゃんの仲が良いのはよく分かるわ」

「そうか。なら……俺がシグナム達をはやての親戚じゃないと思っていた、と言っても信じてもらえるかな」

 

 我々より前から主はやてと交流があったのは事実としか言いようがない。主が話す思い出の量やアルバムにあった写真からも明らかだ。

 主の両親が亡くなっているということも、主が前に話したと言っていた。つまり夜月は家庭事情にも精通していることになる。いきなり現れた私達を親戚だと信じるのは無理としか言えん。だがそこに一切触れることなく、我らとも普通に接していたのは主はやてがそれを望んだからだろう。

 主が親戚だと嘘を言ったのは、夜月が魔法文化を知らないと思っていたからだ。時期を見て話すとは言っていたが、主のようにすぐに適応するのは彼の性格からして難しい。

 ――考えれば考えるほど、主と夜月が互いを思いやり、理解していると思ってしまうな。下手に考えすぎれば、決意が鈍りかねん。気をつけなければ……。

 

「だけど、みんなといるはやては幸せそうだった。本当の家族のように見えた。だから最初は何かしら目的があるんじゃないかって思いもしたけど、どこの誰だろうといいと思えるようになっていたんだ。それなのに……」

 

 どうして……、といった視線を我らに向ける。誰も返事を返すことはなかったが、ヴィータやシャマルは視線を逸らしたかもしれない。

 夜月は自分の思いを押し付けてはいけないと思ったのか、何度か頭を横に振る。先ほどの表情に戻った彼は、再度私達に話しかけてきた。

 

「……突然現れたことと魔力を集めていること、はやてのことを主だと呼ぶことから推測するに、シグナム達は何かしらのロストロギアに関係する存在なんだろ?」

「…………」

「……でもはやては、他人を傷つけるような真似はしない。他人が傷つくくらいなら自分が……って思うような優しい奴だ。シグナム達がはやてを大切に思ってるのは分かってる。だから本当なら、はやてが傷つくようなことはしない。したくないはずだ」

 

 夜月は私達が主を傷つけるような真似をするはずがない、と続ける。

 誰もが彼の言葉に返事を返したりはしない。何もかも見通しているかのような彼の言葉に、心がかき乱されているからだろう。彼は味方になってくれる……だが最善は、と何度も自問しているはずだ。

 

「だけど現実は……。俺ははやてがどんな奴かも、みんながどれだけはやてのことを好きなのかも分かってるつもりだ」

「…………」

「それにはやての身体のことも知ってる。ロストロギアが絡んでいたのなら、治療しても成果が出ていない説明もつく。魔力を集めるという行為は、ある意味では治療なんじゃないか? みんながはやてを傷つけることになってもって行動を起こしたのは、そうしないと今後はやての容態が悪化していって最悪……だからじゃないのか?」

 

 夜月が口を閉じてから数秒経っても、私は何も言えずにいた。夜月の導き出した答えに驚愕しているのも理由だが、何よりも彼に恐怖のようなものを感じているからだ。

 こいつがどれだけ主を大切にしているかは知っている。肯定してしまえば、蒐集の協力は難しくてもこちらの行動を邪魔したりはしないかもしれない。……だが、この年でここまで頭が回る奴だ。我らの味方をするフリをして、こちらの情報を流す可能性もありえる。

 様々な思考が胸中を渦巻いて考えがまとまらない。ただ、距離を置いて接していたのならば迷うことなく夜月を斬ることができた、という後悔だけは強まっていく。

 

「……沈黙ってことは、少なからず当たってるって解釈させてもらうよ。……俺は、はやてを死なせたりしたくない」

「……だからどうすると言うのだ? 我らと共に行動するとでも言うつもりか?」

「それはできない」

「……そうか」

 

 夜月にも立場や事情があるのは分かっている。そもそも我らが行っているのは犯罪行為だ。彼のような年の子供に手を染めろというこちらがおかしい。

 だが、こいつなら主のために協力してくれるのではないかと思っていた。……いや、我らが行っている行動は主が望んだことではない。こいつが主が悲しむようなことをするはずないか……夜月は私よりも大人かもしれんな。

 

「……だが!」

 

 はっきりと拒絶された以上、こいつは主の――私達を脅かす敵だ。

 一度レヴァンティンを引き、せめて楽に死なせてやろうと急所目掛けて振るった。先ほどと違って止める意思のなかった剣撃は夜月の肌を容易く斬り裂く――ことはなかった。

 それは、彼がこちらが剣を引くのと同時に抜剣し、紙一重のところで受け止めたからだ。先ほどまでどこか虚ろで悲しげだった夜月の瞳には、抗おうとする意思が見える。

 

「この状況で勝てると思っているのか?」

「思ってないさ。だが……あいつが泣くかと思うと、楽に死ぬわけにはいかない」

「ああ……確かにお前に何かあれば主は悲しむだろう。だが、我らも止まるわけにはいかない。たとえ主を悲しませることになろうとな!」

 

 強引に振り切ると、夜月は簡単に吹き飛んだ。自分から飛んで距離を作ったのだろうが、片腕を負傷しているためにまともに競り合うことができないのも理由だろう。

 距離を詰めて追撃するが、紙一重のところで回避または防御される。移動速度はあの少女に及ばないが、反応速度は上か。

 いや……それだけじゃないか。こいつには何度か剣術を教えたことがある。多少厳しく扱いても文句のひとつも言わなかったから、つい熱を入れてやってしまっていたな。ヴィータからは加減しろと怒鳴られたこともあったな。

 持ち前の反応速度もあるのだろうが、そこでの経験からこちらの太刀筋をある程度予測しているのだろう。しかし、私の本気があんなものだと思ってもらっては困る。

 

「ふ……!」

「くっ……」

「いい加減諦めろ。下手に避けていれば、かえって苦しい思いをすることになるだけだぞ」

「たとえそうなったとしても、諦めるつもりはない。俺ははやてを救いたいんだ」

「そう言うのは簡単だ。お前にいったい何ができる? 我らと共に行動はできないだろう!」

「ああ。だが、はやてを救う方法はシグナム達の取る道だけじゃないはずだ。俺はそれを探す!」

 

 競り合い状態から再び距離が開ける。こちらはまだ余裕があるが、夜月は肩で息をしている状態だ。

 ――当然といえば当然だろうな。数でも実力でも夜月のほうが劣っている。我らの甘さが彼を生き残らせているだけだ。負傷によるハンデ、緊張や恐怖によって肉体的にも精神的にも限界に近いだろう。むしろここまでよく持ちこたえていると言うべきだ。このまま続ければ、間違いなく私が勝利を収めるが……

 

「なあ……もういいんじゃねぇか?」

 

 衣服を引っ張って注意を引いたのはヴィータだった。彼女の言おうとしていることは、夜月は我らに手を貸してはくれないが、主を助けることには協力してくれる。だからこれ以上戦うな、といったところだろう。

 

「……確かに主を救う道は他にもあるのかもしれない」

「じゃあ……!」

「だが、あいつの提案を受け入れるということは好きにさせるということだ。いつ裏切るか分からない、という不安を常に抱えておくのは得策ではない」

「――ッ。シャマルにザフィーラ、お前らはどう思ってんだよ!」

「……ヴィータちゃんの気持ちも分かるし、ショウくんのことを信じてもいいと思う自分もいるわ。でもね……」

「このようなときの判断は将に任せるのが妥当だろう」

「……つまり、シグナムに信じてもらうしかないってことだな」

 

 夜月は言い終わるの同時に剣を鞘に納めた。そのまま無防備にこちらのほうへ近づいてくる。

 

「……私が斬らないとでも思っているのか?」

「……ああ。斬る意思があるのなら、そんなことを言わずに斬っているはずだ」

「先ほど斬りかかっていた相手に対して甘い考えを抱くものだな」

「確かにな。だけど、シグナムが本気ならとっくに俺はやられてるはずだ。シグナムの中にある甘さを、俺は信じるよ」

「ふっ……本当に甘い奴だ!」

 

 私は本気で剣を振るった。宙に何かが舞い散る。

 後ろの方から悲鳴にも聞こえるような声がした気がしたが、それ以降は沈黙が続く。夜月もぴくりとも動く気配はない。

 髪が切れるほど目の前を剣が通過したというのに、全く動じないとはな。こいつが私の甘さを信じきったということか。ならば、私もこいつの主への思いを信じてみることにしよう。……不安は消えていないが、安心している自分がいるな。自分が思っていた以上に甘く……人らしくなっていたのだな。

 

「いいだろう。お前はお前の好きにすればいい。だが、主を売るような真似をすれば……」

「分かってるさ。あいつを売るくらいなら、そっちと一緒に魔力を集める道を選ぶ」

「ふ……我らはある意味共犯だ。繋がりがバレないためにここでの出来事のデータは消去しておけ」

「すでにやってるよ。今日のことがバレたら俺が大変な目に遭うからって」

「主思いのデバイスだな……名前は何と言う?」

「ファントムブラスター。普段はファラって呼んで……」

 

 会話の途中で夜月の身体がふらりと揺れた。反射的に受け止めた際に、主はやてとほとんど変わらない小さな身体をしていると実感した。私達との関係を隠し、主の治療法を探す。場合によっては、戦場でまた顔を会わせることになるかもしれない。そうなれば、繋がりがあることを悟られないために戦う他ないだろう。

 この小さな身体に抱えるにはお前の想いは大きすぎる……、といった風に考えたのもつかの間、夜月の息が小さくなっていることに気が付いた。

 

「おい」

「ん……あぁ大丈夫」

「大丈夫じゃないだろう。寝るのは家に帰ってからにしろ。我々はお前の家を知らんのだぞ」

 

 

 




 あとを追ってきたショウとシグナム達は衝突した。しかし、はやての思う気持ちが彼らを結びつける。
 ショウはシグナム達との約束を守り、誰にも協力関係のことを言わずにいた。だがそれが、彼に別の葛藤を生じさせる。考えれば考えるほど深みにはまりそうになるショウだったが、そんな中でも彼の心の中にはある思いが生まれていた。

 次回 As 04「強くなりたい」


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第4話 「強くなりたい」

 俺は初めてはやて以外の女の子の家を訪れていた。

 壁に寄りかかっている俺の視界に映っているのは、整頓が行き届いた部屋。机の前に置かれているイスには金髪の少女、ベッドの上には栗毛の少女が座っている。

 ふたりの少女とは知らない間柄ではないのだが、八神家しか訪れたことがない俺はどうにも落ち着くことができない。

 そもそも、簡単に異性を家に上げるというのは……、などと考えてしまっている自分がいるが、小学3年生くらいの子供は性別に関係なく家に上げるのだろう。

 現状に緊張してしまっているのは、ただ単に俺の経験不足が原因だよな。

 ふと視線を窓に向けると、赤みを増してきている空が見えた。夜にトレーニングをしていたり、はやて達に夕飯をご馳走になったりすることもあったため、帰りが遅くなることはこれといって問題ない。無表情の同居人の機嫌が悪くなる可能性はあるが。

 余計なことを考え始めた矢先、誰かが俺の顔を触ってきた。突然のことに驚きはしたものの、顔には出さずにゆっくり目を動かすと、心配そうな顔を浮かべているテスタロッサが映る。

 

「大丈夫?」

「えっと……何が?」

「その、何だか難しい顔してたから。それに……」

 

 テスタロッサの手が、そっと俺の左腕を撫でた。

 高町やテスタロッサはそれなりに負傷していたし、魔力を奪われたことで気を失っていた。シャマルが治療したのは、性格もあるだろうがそこが大きく関係しているだろう。

 だが俺は、軽く負傷はしたものの魔力を奪われていない。言うまでもなく、はやてのために協力関係を結んだからだ。治療の申し出はあったのだが、魔力を奪われていない状態で治療されるのは不自然だと考えた俺は断った。

 とはいえ、ふたりが負傷するほどの戦闘。どんな軽い傷でもリンディさんがさせるはずもなく、俺は有無を言う暇もなく治療を受けさせられた。そのため傷口は完全に塞がっている。

 だができるだけ自然治癒のほうがいいということもあって、打撲などはそのままになっている。正直に言えば、軽く触れられているだけでも痛みは感じる。

 しかし、心配してくれている人間に大して痛くもないのに触らないでほしいとは言いがたい。会話もなしに彼女と至近距離でいるのは緊張してしまうため、どうするか考え始める。そんな中、ふと彼女と視線が重なった。

 

「あっ、ご、ごめん!」

 

 テスタロッサは謝りながら機敏な動きで距離を置くと、顔をこちらに見せないようにしてイスに座り直した。彼女の顔は見えないが、おそらく真っ赤になっている気がする。俺ももしかしたら赤くなっているかもしれない。

 はやてやシュテルとは何ともないのに……テスタロッサが過剰に意識するから、こっちまで恥ずかしくなってるんだろうな。

 

「……何だかふたりとも顔赤くない? ま、まさか熱でもあるんじゃ……!」

「だ、大丈夫だよなのは!」

「……はぁ」

「フェイトちゃんはともかく、ショウくんのため息はおかしいんじゃないかな?」

「いや、おかしくは……」

 

 言い切る直前、俺の脳裏にある考えが過ぎった。

 高町は敏感なところもあるが、魔法の資質のように敏感に感じるもののバランスが偏っているのか、異性に対することや自分に対しての好意に鈍いところがある。

 他人とあまり深く触れ合わない俺が言うのも失礼かもしれないが……でもユーノの好意には俺だけでなく大抵の人間が気づいている気がする。しかし、向けられている本人は気が付いていない。

 

「……あぁ、そうだね。悪かったよ」

「う、うん……謝られてるのに失礼なことを言われてる気がするのは、私の気のせいなのかな?」

「気のせいだよ」

「……ショウくんに言われると、そうじゃない気がしてならないんだけど」

 

 高町は疑いの眼差しをこちらへ向けている。彼女の俺に対する反応は、クロノやユーノに対するものと違うように感じる。

 高町がこのような反応をするのは、俺がふたりに比べて言葉足らずだったりするからかもしれないが……。

 

「純粋に相性ってこともあるかもな……」

「ねぇ、今何て言ったの? またいじわるなこと?」

「君は俺をそういう人間だってことにしたいの? 俺はただ、君と親しくなるのは現状が限界なのかなって言っただけ……」

 

 言い終わる前に高町はこちらへ近づいてきた。俺の目の前に立った彼女は、俺の両手を包み込むようにして握ると真っ直ぐな瞳を俺へと向ける。

 

「何で今の状態が限界だって決めるの。私はショウくんのこともっと知りたい。仲良くなりたいよ」

 

 俺は真っ直ぐな言葉に思わず目を見開いたが、すぐに視線を逸らした。

 仲良くなりたいと言ってもらえることは、正直に嬉しいと感じている。でも俺には、過去に負ってしまった心の傷がある。

 高町は強い。でもヴィータに負けて怪我をした。彼女は再びあいつらと出会ったら、必ず戦う道を選ぶだろう。あいつらははやてのために、繋がりのある俺でさえ消そうとしたほど必死だ。邪魔をするのならば、次は容赦しないかもしれない。

 親しくなればなるほど、そのときに受けるダメージは大きくなる。それが俺は怖い。

 他人が傷つくのも嫌だけど、結局のところ自分が傷つくのを一番恐れている。俺は……臆病者だ。

 いや、それだけじゃない。

 俺はシグナム達とのことを誰にも言っていない。はやてのことを考えての行動ではあるが、彼女は他人を傷つけてまで自分が助かろうとは思わないし、自分のために他人が傷つくのを良しとしない。それを理解しながらもシグナム達の行動を黙認するのは、彼女を死なせたくないから。ではなく、結局は自分が傷つきたくないからなのではないか……。

 それに俺は事件を早期解決することもできるのに、それをする意思はない。これによって多くの人が傷つくことになるだろう。高町やテスタロッサもまた怪我をするかもしれない。

 俺は……自分勝手で嘘吐きの臆病者だ。そんな俺に……この子と仲良くなる資格があるのだろうか。

 

「……まあそれは置いておくとして」

「いやいや置かないでよ!?」

「いや置く。この話よりももっとする話があるんだから」

 

 間違ってること言ってるか? と視線で問いかけると、高町はしょんぼりしながらも頷いた。その様子を見たテスタロッサが何か呟いた気がするが、気にしないでおくことにする。

 ……変わろうと決めたのに、肝心なときに向かい合うことができない。俺はいつまで今みたいに逃げるのだろう。最悪の未来が訪れてしまった場合、俺は現実からすら逃げてしまうのだろうか。

 そんなことを考えている間にも高町はベッドに座り直し、少し考え込んだあと口を開いた。

 

「何となく……なんだけど、あの子達とはまた会う気がするの」

「うん」

「まあ立場上……俺達と彼女達は敵同士だからね」

「そうだね。でも何も分からないまま戦うのは嫌だ。昨日は話も聞けなかったけど……」

「次はきっと……」

「うん」

 

 高町が元気に返事をすると、テスタロッサは立ち上がった。

 彼女達の性格や会話の流れを知っているからこそ何を言いたいのか理解できたが、ふたりをあまり知らない人間には言葉足らずの会話でもおかしくなかった気がする。というか……なぜテスタロッサは立ち上がったんだろう。

 

「今から?」

「うん! 一緒に練習!」

 

 高町は握りこぶしを作りながら立ち上がり、力強く宣言した。

 話ができないほど弱いのならば、話ができるほどに強くなればいいという考えなのだろうか。理解できなくはないが……何とも言えない気分だ。

 

「練習って……何をする気? 君達って確かまだ魔法使えないはずだよね?」

「近接戦闘の練習。これなら魔法が使えなくてもできる」

 

 高町とテスタロッサは、外に出て自分のデバイスと同じくらいの棒を手に取った。互いに構えると、すぐさま戦い始める。

 一度決めるととことん突き進もうとする彼女達には感心する。こういうやらずに後悔よりやって後悔のようなところが、彼女達の強さに関係しているのかもしれない。このペースに常人はついていけないと思ったりもするが。

 

「やあ!」

「はあ!」

 

 ふたりの訓練を見ていると高町は防御を、テスタロッサは回避を主体にしているのが分かる。魔法を使っていなくても、彼女達の性格が戦い方に現れていると言えるだろう。

 それにしても少し意外だ。

 高町は学校の体育を苦手にしているとか言っていた気がするが、訓練を見る限り運動が苦手のように見えない。宙返りを簡単に決めるテスタロッサは、あの月村とも良い勝負をしそうである。

 ふたりはしばらく打ち合っていたが、体育苦手宣言をしている高町の体力が切れてしまい中断。高町は肩で息をしながら座り込んでしまう。一方テスタロッサは、息は切れているようだがまだ余力があるように見える。

 ふたりの姿を見て、俺の中にある気持ちが芽生えていた。その気持ちに従って、俺は高町の傍へと近づいていく。

 

「はぁ……はぁ……あれ? はぁ……どうかした?」

「ちょっと棒貸してもらっていいかな?」

「え……あぁ、うん」

 

 高町から棒を受け取ると、軽く振ってみる。

 ……ファラより軽いな。まあ木の棒だから仕方がないか。

 高町から少し離れ大きく息を吸って吐いた後、無声の気合と共に一閃。風を切る音が周囲に響いた。俺の行動が意外なものだったのか、高町とテスタロッサの目は見開かれている。

 

「テスタロッサ」

「え、はい」

「まだやれるなら、今度は俺とやらないか?」

 

 さらに彼女の目が見開かれた。普段の俺からすれば、自分から訓練をしようなどと誘わないため当然だとも言える。

 正直に言って、彼女達と親しくなるのには俺の中の抵抗が強すぎる。余計なことを考えてしまって思考の渦にはまるだけ。でも強くなりたいということだけは深く考えずにやれる。

 このふたりの姿や心意気が刺激になったのも理由だが、こんな俺でも傷つけば悲しむ人がいる。悲しい顔はさせたくない……1名ほど無表情にしか見えない奴もいるが。

 それに……負傷するとなれば、傷つける人物はきっとあいつらだ。協力関係を結んでいても戦場で出会えば、関係がバレないように戦うしかない。そこで俺が負傷すれば、あいつらは自分を責める。だからせめて、自分を守れるくらいには強くならなければ。

 

「……喜んで。ショウとは一度手合わせしてみたかった」

 

 テスタロッサは嬉しそうな声で凛とした表情を浮かべた。優しい性格の持ち主だが、訓練などになると好戦的のようだ。彼女と模擬戦をしたならば、真剣勝負に近いものになるかもしれない。

 俺は、右手に握った木の棒をぴたりと身体の正中線に構えつつ返事を返した。

 

「お手柔らかにお願いするよ。俺は君よりも弱いから」

「ショウは自分で思ってるよりも弱くなんかないよ」

「俺のこと守ってくれるとか言ってた気がするんだけど?」

「ぅ……」

 

 言ってしまってから自覚したが、こういうところが高町の言ういじわるなところなのかもしれない。

 言葉足らずというか、俺は根本的に同年代よりも人と話す経験が足りてないんだろうな。シュテルに聞いたら率直に不器用だって言われそうだ。

 

「今度は守って……!」

「その必要はないよ。自分の身は自分で守る。君だって人のことを気にして勝てるほど、あの人たちは甘くないって分かってるよね?」

「……うん」

 

 テスタロッサは目を閉じて少しの間のあと静かに頷いた。

 

「……でも、誰かを守れるくらいに強くなってみせる!」

 

 彼女は決意を宿した瞳で真っ直ぐこちらを見据え、全速で接近してきた。動きの初動を感じ取っていた俺も前進し、彼女と同じタイミングで攻撃。棒同士が衝突し音を響かせる。

 

「……まあそれくらいでやらないと届かないか」

「うん。だからとことん付き合ってもらうよ」

「ああ。でも家には帰してくれよ」

 

 強引に弾き飛ばして距離を作った。俺とテスタロッサは再び構え直し、互いを観察する。

 これは本当にとことん付き合わされそうだ。あまりにも遅くなるようだったら、シュテルに一言連絡しておかないとな。連絡しないと……シュテルの場合、したとしても面倒なことを言ってきそうだよな。

 

「ショウ、行くよ!」

「ん、ああ!」

 

 




 強くなりたいと願う少年と少女達。
 同じような思いを抱いていても、成長する速度は違う。ショウはそれを理解し、これまでに何度も驚異的な成長を見てきた。だが強くなりたいと思うようなったからか、少女達と自分を比べてしまう。

 次回 As 05 「成長と嫉妬」


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第5話 「成長と嫉妬」

 12月12日、平日。俺や高町達は普通に登校し学校生活を過ごした。

 高町とテスタロッサは順調に回復した。これは前よりも魔力量が増えたくらいと本人達から聞いているため間違いないだろう。

 若いときは成長する速度も早いと聞くし、俺自身も早いほうだと言われたことがある。だがふたりに比べれば魔力量は劣るし、成長速度も遅い。あの少女達は、本当に魔導師としての才能に溢れていると言えるだろう。

 放課後を向かえた今、ふたりは修理が終わった相棒達の元へ向かっているはずだ。俺は別行動を取っているのだが、来ないかと誘われはしたのだ。

 デバイスについて質問したりできるチャンスであるため、正直に言えば行きたい気持ちもあった。だが今日は俺が買出しをするとシュテルに言ってあったのだ。彼女に行きたいと言えば、「構いませんよ」と簡単に代わってくれたことだろう。

 

「でも……」

 

 それをやったら、これから先も遠慮せずに言ってしまいそうだ。つい忘れそうになるが、シュテルは仕事でうちに滞在している。レーネさんと同じぐらいに何でも言える関係になりつつあるが、家事は本来俺の仕事だ。あまり甘えないようにしなければ。

 

「……それに」

 

 クロノからリンディさんのことを頼まれている。

 彼から聞いた話では、コア蒐集をできるのは魔導師ひとりにつき一度限り。現在海鳴市にいる魔導師は、俺を含めた小学生組3人にリンディさんだけだ。高町とテスタロッサは一度蒐集されているため、あちらから襲う可能性は低い。

 自分から現場に赴いた場合は戦闘になり、流れで蒐集されるということはあるだろうが、俺は協力関係を結んでいるため襲われることはない。

 しかし、これは俺以外は知らないことだ。

 そのためクロノからは万が一襲撃されたときのことを考えて、できる限りリンディさんの傍にいてほしいと言われている。ひとりよりもふたりのほうが魔力を奪われる可能性が低くなるのと共に、救助がしやすくなるというのが理由だ。

 叔母に代わって家事をする俺と、休暇中のリンディさんは主婦仲間と言えるだろう。何度か一緒に買い物もしている。クロノの話がなかったとしても、一緒にいることはそれなりに多かっただろう。

 

〔ショウ〕

 

 頭の中に声が響く。言うまでもなく念話だ。

 念話を送ってきた相手はアルフだ。彼女とリンディさんとは、今日待ち合わせをしている。これからする会話の内容は、それに関することだろう。

 

〔もう家には帰ったのかい?〕

〔ああ。今向かってるよ。そっちはもう着いてるのか?〕

〔あたしはもうすぐ着くよ。リンディ提督も向かっ……〕

 

 不意にアルフからの念話が途切れた。こちらから念話を送ってみるが、彼女から返事はない。

 いったい何が……と思った矢先、周囲にいた人々の姿が消えていることに気づく。それとほぼ同時に、懐に隠れていたファラから結界が張られていると報告が入った。

 結界の術式は古代ベルカ式。シグナム達が誰かを襲おうとしているということだ。

 今度は誰を、なんて考えるまでもない。この街で蒐集できる対象は俺とリンディさんだけだ。協力関係を結んでいる俺が狙われるわけもなく、またリンディさんは次元震を抑えるほどの実力者だ。シグナム達の今回のターゲットはリンディさんで間違いない。

 

「マスターどうするの?」

 

 ひょこっと顔を出して問いかけてきたファラに、俺は淡々と返事を返す。

 

「どうするも何も……リンディさんを守るって選択肢しかないだろ」

 

 俺は管理局の協力者だ。そして、シグナム達との繋がりを知られるわけにはいかない。

 彼女達と敵対したくはないが、現状でリンディさんを助けに行かないのは不自然な行動になる。すでにシグナム達の内の誰かと相対しているのならば別だが。

 ファラを起動した俺は、リンディさんの魔力反応を探して移動を開始する。

 とあるビルの屋上にリンディさんはいた。彼女の前方にはシグナムが剣に手をかけた状態で滞空している。

 

「ちょっと話いいかしら?」

「……話?」

「闇の書のシステムの一部。自らの意思と実体を持った無限再生プログラム《守護騎士ヴォルケンリッター》」

 

 リンディさんの発言にシグナムが表情を変えたのと、俺がリンディさんの近くに降り立ったのはほぼ同時だった。俺の姿を視界に納めたシグナムは一瞬目を見開いたが、すぐさま鋭い視線をこちらにも向けてきた。

 

「ショウくん……どうして」

「簡単に言えば、巻き込まれたか一網打尽にされたってところでしょうね」

「……そうね。狙われるのは私か君しかいないものね」

 

 リンディさんの意識が再びシグナムへと向く。手にカード型のデバイスを持っているのに起動していないのは、先ほど言っていたように話があるからだろう。

 リンディさんが会話を試みるのならば、俺は黙って待機するべきだろう。上の立場の人間の決定に従うという意味もあるが、彼女のする会話で得られる情報もあるはずだ。

 俺はシグナム達にはやてを助ける術を探すとは言ったものの、あのときは色んな疲労で詳しい話をできなかった。頻繁に連絡を取り合うわけにもいかないため、魔力蒐集と主を守るための存在という情報を頼りにロストロギアが何なのか調べるしかなかった。結果は全く進展なしとしか言えない。

 だが今日、ロストロギアの名前が《闇の書》だということ。シグナム達がヴォルケンリッターと呼ばれる存在だということを知ることができた。この情報があれば、情報の検索もしやすくなる。これまでの主がどうなったのかを調べれば、魔力蒐集以外にはやてを治す術が見つかるはずだ。

 シグナムは構えはしているものの、一向に剣を抜こうとはしていない。話に応じるようなので、俺は剣の柄に手をかけた状態で周囲を警戒することにした。

 

「あなた達は闇の書をどうするつもりで蒐集を続けてるの?」

 

 それは、はやてを助けたいから。

 リンディさんの問いに対する答えはこの一言に尽きる。だがそれを言うほど、俺もシグナムも愚かではない。シグナムは刹那の間の後、はっきりとした口調で言った。

 

「我らには、我らの目的と理由があります。あなたに答える理由もない」

「……私が11年前、暴走した闇の書に家族を殺された人間だとしても?」

 

 先ほどよりも少し低めに発せられた言葉に、シグナムの表情が崩れた。彼女を見つめるリンディさんの瞳には、普段は見られない憎しみのような色が見える気がする。

 俺はふと前にクロノが父親を亡くしたと言ってたのを思い出した。

 クロノが普段と違って必死そうだったのと、リンディさんの瞳に負の感情が見えるのはそういう理由か。だが……それだとシグナム達が仇だということになる。彼女達が人を殺すような真似をするのか?

 疑問が脳裏を過ぎるが、クロノから聞いたことの中には過去のある例とは少し変わっている点があるという話もあった。

 11年前ということは、俺やはやては生まれていない。シグナム達がはやてと出会ったのは、おそらく今年の夏。過去のシグナム達が今の彼女達のような人柄だったのかは、俺には分からない。主次第では別人のような性格をしていたかもしれない。

 

「うらあぁぁぁッ!」

 

 緊張感のある静寂を破ったのは少女の声。次の瞬間には、俺達のいたビルに放たれた鉄球が直撃していた。

 

「シグナム、何ぼぅーとしてやがる!」

「あ、あぁすまない」

 

 声から予想していたとおり、攻撃を仕掛けてきたのはヴィータだったようだ。俺とリンディさんは、煙の中を突っ切って向かい側のビルに着地。

 リンディさんは、これ以上の会話は不可能だと判断したのかデバイスを起動させた。白銀の杖が彼女の手の中に現れる。俺も抜剣して構えを取った。

 周囲を見渡してみると、シグナムやヴィータの他にもザフィーラと思われる男性の姿が確認できる。

 頭数ではこちらが不利。またあちらは全員、一流の腕を持った騎士達だ。たとえ俺が本気で戦闘したとしても、勝てる可能性の高い相手はいない。

 

「これは……ちょっとやばいかしら」

「ちょっと……じゃないと思うんですけど」

 

 ぼそりと呟かれた独り言に返事をしたそのとき――結界上空に転移反応が現れた。

 突如出現したふたつの反応は結界を突き破る。桃色と金色の閃光は螺旋を描きながら地面へと落ちて行った。

 舞い上がった土煙が晴れるのと同時に姿を見せたのは、強い意志を瞳に宿したふたりの少女。少女達の手には、前と形状が異なっているパートナー達の姿があった。

 

〔リンディ提督、ご無事ですか?〕

〔ええ、何とか〕

〔よかった……〕

〔ショウくんも無事?〕

〔ああ〕

〔そっか……〕

 

 高町達と念話している間も俺やリンディさんの意識はシグナム達に向いたままだが、彼女達の意識は高町達のほうへと向いているようだ。

 

「あのふたり、もう魔力が回復したのか。呆れた回復速度だ」

 

 敵対する立場にあるが、それには俺も同意見だ。あのふたりは色々と規格外としか言いようがない。

 

「それにあのデバイス……」

「何だろうが関係ねぇ! 邪魔するならぶっ叩く!」

「フェイトちゃん!」

「うん!」

 

 次の瞬間。桃色の光と赤色の光、金色と薄紫色の光がそれぞれ接近し始めた。どうやらシグナム達は、新たなデバイスを手にした高町達のほうが脅威だと判断したらしい。

 戦闘する覚悟はしていたけど……現状にほっとしてる自分がいるな。戦闘しなくちゃって頭で理解はしていても、心は拒否してるってことか。増援に来てくれた高町達にはふたつの意味で感謝しないといけないな。

 

「私達は戦いに来たんじゃないの! 話を聞きたいだけなの!」

「笑わせんな! 新型の武装をしてきた奴が言うことか!」

「――っ! この間も今日も、いきなり襲い掛かってきた子がそれを言う!」

 

 競り合っていた高町とヴィータの距離が開ける。ヴィータはすぐさま体勢を立て直した。

 

「こっちはてめぇにもう用はねぇんだよ!」

 

 ヴィータの手にしているデバイスの形状が変化。推進力を得た彼女の飛行速度は先ほどよりも格段に上昇し、高町へ接近していく。一方高町はビルの上に着地をするのと同時にレイジングハートに声をかけた。レイジングハートから薬莢が排出される。

 魔法盾とデバイスが衝突し、凄まじい衝撃音が生じる。

 高町の防御は固いが、前回ヴィータはそれを打ち破っている。今回もまた打ち破られるのでは、と思いもしたが、ヴィータのデバイスと魔法盾は拮抗したままだ。高町の防御力の増加に疑問を抱いた俺は、その理由を考え始めた。

 

「……まさか」

 

 新しい姿になったレイジングハートの姿と魔法の発動前に排出された薬莢。これから導き出されるのは、レイジングハートにカートリッジシステムが搭載されているということだ。おそらくだが、テスタロッサの相棒であるバルディッシュにも追加されていると思われる。

 カートリッジシステムは、デバイスのフレームの強度や扱う魔導師の腕が優れていなければ自爆装置以外の何物でもない。

 そもそもカートリッジシステムは近代ベルカ式用のものしか現状では存在しないはずだ。ベルカ式に使用されるデバイスはアームドデバイス。強度はストレージやインテリジェントより遥かに上だ。だからこそカートリッジシステムを搭載できると言っていい。修理を担当した技術者は何を考えているんだ……。

 

「……いや」

 

 いつかはカートリッジシステムを搭載したミッド式のデバイスも登場するだろう。それにおそらく、技術者ではなくデバイス達から自分のマスターを守るために申し出たのだろう。

 今日襲撃がなければ、安全管理の下でテストが行われていたはずだ。誰が悪い、おかしいといった考えは間違っている。

 もし自分のデバイス――ファラに搭載されていたとしたら……そんな風に考えるだけで背筋が凍る。

 高町は今日レイジングハートを受け取ったはずであり、増援のタイミングからしてぶっつけ本番でシステムを試したはず。

 俺にはそんなことはできそうにない。ほんのわずかなミスでファラを吹き飛ばすかもしれないのだ。自分の手でファラを傷つけたとしたら……正気を保っていられる自信はない。

 

「この……!」

「簡単に倒されちゃうわけにはいかない!」

 

 このままではらちが明かないと判断したのか、互いに新たな魔法を発動させたようだ。その証拠に爆煙が生じた。

 煙の中を交差するように移動したふたりは上昇していった。戦闘経験が豊富なヴィータのほうが次の行動の決定が早いようで、多数の鉄球を出現させて打ち出す。

 それを高町が目視すると、彼女のデバイスから薬莢が連続で排出された。次の瞬間、高町の周囲に二桁に上る魔力弾が生成される。

 

「アクセルゥゥシュート!」

 

 一斉発射された桃色の魔力弾は、迫り来る鉄球に次々と命中。火花が咲いたかと思うと、一際大きな爆発が発生した。その衝撃は凄まじく、距離の離れたここまで空気の振動が伝わるほどだった。

 高町はヴィータに再度話しかける。何を話しているかまでは分からなかったが、ヴィータの顔色に罪悪感のようなものが見えたあたり、高町に真っ直ぐな思いをぶつけられたのだろう。

 だがヴィータもはやてのために動いている。ここで何もかも話したり、行動をやめるわけがない。その証拠に、高町に抱いた感情を掻き消すかのように大声を上げながら再度突撃して行った。

 

「…………」

 

 高町とヴィータの勝負は拮抗しているため、意識をテスタロッサの方へと変える。空中で金色と薄紫色の閃光が、高速で何度も衝突していた。

 

「ッ……!」

 

 切り返しと同時に複数の魔力弾がシグナムへ向けて放たれる。しかし、シグナムはそれを見切り、無駄のない動きで剣を鞘に納めた。見間違いでなければ、納める間際にカートリッジがリロードされている。

 

「ふ……!」

 

 抜刀された剣は鞭のように伸び、テスタロッサへ向かっていく。不規則に見える軌道に回避しづらいと思われたのだが、彼女は持ち前のスピードで見事に回避。デバイスを鎌状に変形させ、刀身が戻る前に接近して行く。

 

「はあぁぁッ!」

「……くっ」

 

 気合と共に最上段から振り下ろされた攻撃は、左手に持たれていた鞘によって防がれた。俺もシグナムのように鞘を持っているが、彼女のような行動はできないだろう。俺と彼女とでは技術に差がありすぎる。

 一瞬の拮抗の後、シグナムは鎌を強引に弾いてテスタロッサを呼び込むと、彼女の懐に蹴りを入れた。テスタロッサはすぐさま体勢を立て直したものの、シグナムはすでに刀身を戻し終えている。

 

「はあぁッ!」

「でやぁッ!」

 

 気合と魔力の乗った一撃が衝突し、魔法同士の衝突に負けないほどの衝撃が生じる。それによって、周辺のビルの窓ガラスが次々に割れた。

 

「…………ふむ。先日とはまるで別人だな。相当鍛えてきたか……前回は動揺がひどすぎたか?」

「ありがとうございます。今日は落ち着いてますし、剣を扱う子とも特訓してきました」

「なるほど……ヴォルケンリッターが将、シグナムだ。お前は?」

「ぇ……フェ、フェイト・テスタロッサです」

「テスタロッサか……こんな状態でなければ心躍る戦いだっただろうが、今はそうも言ってられん」

 

 シグナムは剣を鞘に納めながら左腰付近に引き付ける。抜刀術で用いられそうな構えだ。

 

「殺さずに済ませられる自信はない……この身の未熟を許してくれるか?」

「構いません。勝つの……私ですから」

 

 テスタロッサは怯えるどころか、強気な笑みを浮かべてみせた。

 本当にこの前とは別人だ。先日と違って動揺がないのも理由なのだろうが、何が彼女をあそこまで強気にするのだろう。

 カートリッジシステムの搭載によって戦闘力の差が埋まったから……ってのもあるんだろうけど、それは理由のひとつでしかないよな。特訓したってのもあるだろうけど、シグナムとの技術差が完全に埋まるはずもない。

 

〔マスター……大丈夫?〕

〔……大丈夫って、俺は戦ってないだろ〕

 

 ファラは何を当たり前のことを聞いてきているのだろう……いや、本当は彼女が何を言いたいのか分かっている。

 人は見た目や性格、才能に至るまで違う。俺にできることを高町達ができなかったりするだろうし。高町達ができることを俺はできなかったりするだろう。こんな当たり前のことは、きちんと理解している。

 だがそれでも……あの子達の成長速度は異常だ。才能の違いもあるだろうが、それだけではあの速度は説明がつかない気がする。いったい俺と何が違うんだ……。

 他人に嫉妬めいた感情を抱くことなんて、両親を亡くしたばかりの時期くらいしかなかった。今それを抱いてしまっているのは、俺が強くなりたいと思ってしまったからなのか。思ってしまったばかりに、自分の無力さを感じてしまっているのか。

 そんなことを考えているときだった。

 眩い光が戦場を走る。視界はゼロになり回復したときには、シグナム達の姿はなくなっていた。

 シグナム達が逃げ切ることを祈る一方で、自分への問いは続くばかり。それが顔に出ていたのか、リンディさんが話しかけてきた。

 

「ショウくん、あとはクロノ達に任せて戻りましょう」

「……はい」

 

 そのまま解除すれば済むのにも関わらず、俺は必要以上に音を立てて剣を鞘に納めるのだった。

 

 

 




 なのはとフェイトの成長。それは強くなりたいと思い始めたショウにとって、負の感情を抱いてしまうものだった。
 だが、そんな感情を忘れてしまうような事態が翌日起きてしまう。それによってショウは、これまで以上に決意を固めるのだった。

 次回 As 06 「大切な少女」


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第6話 「大切な少女」

 襲撃後、リンディさんから闇の書についての説明があった。聞いた話では、かつてのシグナム達は今の彼女達とは違っていたらしい。

 事態の変化に伴って、リンディさんは休暇を返上。高町やテスタロッサは管理局に協力することも決めた。俺も高町達と同様に協力することを決めたが、闇の書について調べたかったために要請のないときは情報収集をしたいことを伝えた。

 クロノに話した結果、全ての要求は通った。

 情報収集の件が通ったのは、シグナム達がこれまでと違う点があること。俺がまだ蒐集されていないため、闇の書の完成を防ぐ為あまり現場に出したくないというのが理由だと思われる。

 事件に本格的に関わることになったため、シュテルに何か言われるかと思ったのだが、彼女は顔色ひとつ変えずに「仕方がありませんね」という風に素っ気無い反応をするだけだった。

 そんなシュテルに違和感を覚えないわけでもなかったのだが、明日から本格的に動くことができる。これから忙しくなるのは明白。戦闘にはほぼ参加していなかったのだが、思っている以上に疲労していたのか、俺はベッドに入るとすぐに眠りについた。

 翌日の放課後。

 これから情報収集をしに行こうと思っていた矢先、ケータイに着信があった。画面を見てみると、どうやら公衆電話からかかってきているようだった。

 俺の番号を知っているのはごくわずかな人間だけ。公衆電話からかけるとすれば、おそらく八神家くらいだろう。

 シグナム達は魔力蒐集を行っていることに加え、今はできる限り距離を置いている状態。そのため電話をかけているのははやてだろうと推測した。

 しかし、聞こえてきたのは重々しい雰囲気の低いシャマルの声。彼女から発せられた言葉は、簡潔に言えばはやてが倒れて今は病院にいるということだった。気が付けば俺は、通話したままの状態で走り始めていた。

 

「はやて!」

 

 病室の扉を開けるの同時に彼女の名前を呼んだ。大声を出してはいけないと分かっていたのだが、病室に来るまでに溜まりに溜まった感情が爆発してしまったらしい。

 病室のベッドにははやて。彼女の周りにはヴォルケンリッター達の姿があった。大きな声を出してしまったこともあり、全員の視線がこちらに向いている。

 息切れしている状態だったが、それに構うことなくベッドの方に近づく。ベッドにいるはやてから笑顔を向けられる――ことはなく睨まれてしまった。

 

「ショウくん、病院で騒がしくしたらあかんやろ」

 

 彼女は姉か母親のように小言を言い始めてしまった。睨まれたことで動揺してしまっていたが、彼女らしい行動に内心ほっとした。小言を聞きながら視線でシグナム達に問いかけると、今は問題ないといった視線を返される。

 

「ちょっとショウくん、わたしの話ちゃんと聞いとる?」

「ああ、聞いてるよ。……無事でよかった」

 

 安心したことで力が抜けたのか、言い終わるのと同時に身体がふらついた。シグナムはすぐに気が付いたようで、俺の身体を支えてくれた。はやてが先ほどまでと表情を一変させて、こちらに話しかけてくる。

 

「ちょっ、大丈夫?」

「大丈夫。シグナム、ありがとう」

「気にするな……本当に大丈夫なのか?」

「ここまでずっと走ってきたから……安心して力が抜けただけだよ」

 

 自分の力だけで立とうと足に力を込めるのだが、上手く立てない。報告を聞いてから極度の緊張状態だったのか、腰が抜けているに近い状態になってしまったのかもしれない。シグナムはそれを察したのか、ベッドの上に座らせてくれた。

 

「……ショウくん、ごめんな」

「別にはやてが謝ることじゃないだろ。俺がもっと運動しとけば、こんなことにもなってないだろうし」

「そうだな。私がみっちり鍛えてやろう」

 

 シグナムの発言でシャマルやヴィータが会話に参加し、場の空気は和んだ。だがはやての顔には、まだ罪悪感の色が見える。

 そんなはやてに話しかけようと思ったのだが、会話の流れや明るくなり始めた雰囲気に水を差すことになる。それにシグナムから念話が送られてきたため、完全にタイミングを逃してしまった。

 

〔夜月、お前に言っておきたいことがある。ただ私が何を言っても顔には出すな〕

〔……分かった〕

〔分かっているとは思うが、主はやてが倒れたのには闇の書が関係している。もっと詳しく言えば、闇の書に内臓されている自動防衛プログラムの暴走が主の身体を蝕んでいるのだ。それが原因で神経が麻痺していっている。このままでは……〕

 

 はやて達と会話をしながらも、シグナムとの念話は続く。闇の書に関することを次々と明かすあたり、事態は想像していた以上に深刻のようだ。

 

〔……その侵食を止めるために魔力を集めているんだよな?〕

〔ああ〕

〔だったら……〕

〔我らもそう思っていた。だが……侵食の速度が上がっているらしい〕

 

 今の言葉が意味するのは、はやての死が早まっているということ。そう理解したとき、強烈な負の感情が胸の中に溢れ始めた。不快感で表情が崩れそうになるのを必死に堪えたり、はやてから顔が見えない位置に移動して誤魔化す。

 

〔お前の方は何か方法は見つかったか?〕

〔いや……今日から管理局の無限書庫を使っていいことになってたんだが〕

〔そうか……すまない〕

〔謝らなくていいよ。誰が悪いわけでもない……〕

 

 冷静に返事はできているものの、焦りは刻一刻と増して行っている。

 無限書庫にある情報はその名が示すとおり膨大だ。その中から闇の書に関するものを探すだけでも時間がかかる。そこからさらにはやてを救う術を見つける、または考えるとなると時間が足りるか分からない。

 俺の考えていることの想像がついたのか、シグナムの声が柔らかいものに変わる。

 

〔あまり気にしないようにな〕

〔ああ……だけど〕

〔元々お前の道は我らの道よりも困難だ。見つけるのが遅れても、見つけられなかったとしても文句をいう奴はいない。そもそも、方法があるのかどうかすら分からんのだからな〕

 

 シグナムの言葉には救われる気分でもあったが、残酷な現実を突きつけられているような気分でもあった。だが、だからといって何もしないまま過ごすなんて選択をするつもりはない。何もせずに最悪の未来を迎えてしまったら、俺は自分のことを許せないからだ。

 

〔それと言うのが遅くなったが、主はこれからしばらく入院することになった〕

〔そう……か〕

〔我らはこれまで以上に蒐集に忙しくなる〕

〔……全員動くのか?〕

〔いや、主の世話のためにシャマルは残る〕

 

 それを聞いて安心した。

 シャマルがいるのならはやてがひとりになることはない。彼女は人に心配されるとすぐに、大丈夫や平気と言う。

 だが本当は不安だったり、寂しがっている。はやては孤独を知っているために、繋がりが切れることを恐れて本音を言えないから。

 これは俺が同じ傷を持っていて、長い付き合いだから分かることだ。だからまだ付き合いの短いシグナム達では、はやての表情の裏まではまだ読み取れないかもしれない。

 溜め込みすぎると精神的に参ってしまい、身体にも悪いはず。シグナム達の分まで、俺がはやてと話して発散させてやらなければ。

 

〔だが……お前に頼みがある〕

〔言われなくても、できるだけここに顔を出すよ。それとよほどのことがない限り、俺は現場には出ないことになってる〕

〔そうか……主のことを頼む〕

 

 それを最後に、シャマル以外の騎士達ははやてに一言挨拶をして病室から出て行った。はやての前では落ち着いてるように振舞っていたが、一秒でも無駄には出来ないと思っているはずだ。

 病室には俺にはやて、シャマルがいる状態になった。だがシャマルは気を利かせたのか、シグナム達と落ち着いた状態で詰めたい話でもあったのか、飲み物を買い行くと言って出て行ってしまう。病室は沈黙に包まれた――のもつかの間、はやてが申し訳なさそうな顔で話しかけてきた。

 

「ショウくん……ほんまごめんな」

「ん? あぁ、別に気にしなくていい」

「でも……」

「でもじゃない」

 

 少し強めの声で遮り、彼女の傍へと移動する。

 はやては俺が怒ったともで思ったのか、こちらの顔色を窺うように見ている。俺は出来る限り笑顔と柔らかな声色を意識して話しかけた。

 

「なぁはやて。これまでにもお前は俺に迷惑をかけてきたし、俺もお前に迷惑をかけてきたよな?」

「それは……まあ、そうやな」

「その中でさ、お前は俺のこと嫌いになったか?」

「嫌いになるわけないやん。そもそも……迷惑かけた回数が違うやろ。……ショウくんの方こそ、わたしのこと嫌いになったことあるんやない?」

 

 ふたりっきりになったからか、先ほどと違って弱気というかマイナス方向の発言をしてきた。

 一般的にはネガティブになっていて悪いと思うかもしれないが、本音を隠してしまう彼女にはプラスだろうとマイナスだろうと言葉にさせることが大事だろう。

 

「ない」

「本当に?」

「本当に」

「……こういう状況やからって嘘ついたりしてへん?」

「今日はえらく弱気っていうかネガティブだな」

 

 はやてが隣に来てほしそうだったこともあって、俺は笑顔を浮かべながら返事を返すと彼女の隣に座った。すると彼女は俺の肩に頭を乗せながら寄りかかってくる。これまでならば、重いなどと言って適当な会話が始まっていただろう。

 シグナム達の前では笑ってたけど、本当は不安なんだよな。そのうえ入院するから、ひとりでいる時間が多くなる。こうやって甘えてきてるのも、寂しいからだろうな。

 そう思う一方で、はやては強い子だと思った。我侭というか本音が言えない性格をしているのもあるが、そうだとしても今のような状況で心配をかけたくないからと笑ったり普通はできない。もし俺が彼女の立場だったならば、周囲に八つ当たりをしているかもしれない。

 はやてに対して愛おしさや尊敬を抱いた俺は、彼女が自分から離れるまで現状のまま会話をすることにした。

 

「……手、握るか?」

「……うん」

 

 はやての手の上にかざすと、彼女はそっと握る。彼女の握る力や位置が原因で微妙な感覚を覚えてしまった俺は、位置だけでも変えようと手を動かそうとした。それを手を放すと勘違いしたのか、彼女は握る力を強める。

 手から伝わってくる力の強さがはやての気持ちを代弁しているようだった。俺は彼女と同じくらいの強さで握り返す。

 

「……できるだけ会いに来るから」

「ありがとう……でも、わたしは平気や」

「そっか。でも……俺が会いたいんだ。ダメか?」

「ううん…………ダメや……ないよ」

 

 はやてが言い終わっても返事をしなかった。その変わりに取った行動は、すすり泣き始めた彼女の顔を見ないようにしながら握る力を強めた彼女の手を握り返すだけ。

 

「……ごめん……ごめんな」

「何に謝ってるんだよ?」

「だって……わたし……」

「いいんだ……迷惑かけていいんだよ」

 

 はやては辛いことや苦しいことを、何でもかんでもひとりで抱え込もうとする。人に迷惑になることはなおさら……。抱え込んでしまわれるよりも、迷惑なことだろうと言ってほしい。それは俺だけでなくシグナム達も望んでいるはずだ。

 

「俺はお前のことを絶対に嫌いになったりしない。それはシグナム達もきっと同じだよ。……なぁはやて、前にも言ったけどもっと素直になってもいいんじゃないか?」

 

 はやては返事を返してこない。だがそれで構わない。彼女は今泣いており、俺にはまだ続けて言いたいことがあるのだから。

 声を殺して泣いている彼女の頭を撫でながら、俺は続きを言い始める。

 

「シグナム達はもう家族だろ。家族ってさ……迷惑をかけたり、かけられたりするものだと思うんだ。もちろん、いきなりは無理だと思う。けどさ、あいつらだってお前に甘えてほしいって思ってると思うんだ。だから……」

「……そうかもしれんけど、そうじゃないかもしれんやん。ショウくんはわたしと同じ傷がある。やからわたしのことを分かってくれるのは分かるよ。でも……シグナム達のことは」

「分かるよ。俺はお前の家族じゃないけど……お前にはもっと甘えてほしいって思ってる。それにシグナム達に負けないくらい……俺はお前が好きだ」

 

 だから死なないでくれ……いや、死なせたりしない。お前の笑った顔も泣いた顔も、これから何度だって見ていく。少しの間だけ我慢してくれ。時間内にお前を救う方法を見つけてみせるから。

 

 

 




 一本の電話はショウをひどく動揺させるものだったが、改めてはやてを救いたいと決意するきっかけにもなった。
 だが、ショウの思いを打ち砕くかのように主を救う術は見つからない。それによって生まれた不安や焦りが、互いを思いあうふたりの関係に亀裂を生み始める。

 次回 As 07 「思いあうが故に」


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第7話 「思い合うが故に」

 闇。

 俺が今いる場所を一言で表すのなら、この言葉がぴったりだ。かろうじて自分の身体は認識できるが、1メートル先にもなれば完全に黒一色。

 見知らぬ空間だというのに、俺は躊躇うことなく歩いていく。周囲が闇だと認識しながらも、視線を様々な方向に向けてしまうのは癖なのだろうか。

 

『……ん?』

 

 しばらく歩き続けていると、誰かの声が聞こえた気がした。

 気のせいかとも思ったが、俺はそれに導かれるように声がしたほうに歩いていく。進んでいくにつれて、耳に届く声の大きさが増してきているため、どうやら気のせいではなかったらしい。

 

『う……ぐ……』

 

 聞こえてくる声は、苦しみに耐えているように聞こえる。それが分かった俺は、無意識に走り始めていた。距離が縮まっていることを証明するかのように、聞こえる声が鮮明になってくる。それと同時に、前方にわずかだが明るい場所が見えてきた。

 

『なっ……』

 

 思わず声が漏れた。

 俺の視界に、はやてが不気味な色の茨に巻きつかれた状態で映っている。彼女の顔は苦痛で歪み、巻きついている茨は徐々にだが確実に力を強めているように見える。

 ――はやて!

 少女の名前を呼ぼうとしたはずなのに、俺の声は発せられなかった。先ほどまでは問題なかったというのに。

 

『ぐ……う……ああぁぁ!』

 

 はやては一際大きな声を発した。彼女の感じている痛みを、彼女の目に溜まっている涙と殺すことができなかった声が物語っている。

 はやてが苦しんでいる。それなのに俺は、声もかけてやることができずに見ていることしかできない。

 ふとはやてと視線が重なる。

 声を発することができないほどの苦痛に苛まれているのか、彼女は視線で訴えてくるだけだ。彼女の視線は「助けて……」と言っているように思える。

 動こうとしない身体を必死に命令する。それによってどうにか腕が伸び始めた――その矢先、俺の手と彼女との距離は遠ざかり始めた。一瞬何が起きたのか理解できなかったが、俺が彼女から離れて行っているようだ。いや、落下して行っているといったほうが正しい。

 

『は…………はやてぇぇぇぇッ!』

 

 彼女を助けたいという思いを打ち砕かんばかりに、俺の身体は加速していき闇の底へと向かい続ける。涙を浮かべて助けを求める彼女を俺は助けることができなかった。

 

「……ッ!」

 

 突如、白い世界が広がったかと思うと視界が上にスライドしていく。

 

「っ……」

 

 反射的に身体を動かしたことで頭を打つことはなかった。本来なら嫌な思いをしたと思うところなのだろうが、今においてはありがたかった。痛みを感じたことで先ほどの光景が夢だったことを理解することができたからだ。

 

「……何であんな夢を見るんだ」

 

 と起き上がりながら呟いたが、すでに答えには見当がついていた。

 俺は無限書庫で闇の書に関連する情報を集めていた。情報が膨大であるが、専門家とも言えるユーノの協力によって、比較的スムーズに闇の書に関する情報は発見できた。

 だけど……俺のほしいものは今のところ見つかっていない。

 現在分かっている情報は、闇の書が元々は主と共に旅をして、各地の偉大な魔導師の技術を収集し、研究するために作られた収集蓄積型の巨大ストレージ《夜天の魔導書》だということ。闇の書に変わったのは、歴代の持ち主の何人かがプログラムを改変したためだと思われる。

 完成後は、持ち主が闇の書の意志――管制人格《マスタープログラム》と融合することで、闇の書に蓄えられた膨大な魔力データの魔力を行使できる。当然蒐集した対象の魔法も使え、莫大な魔力がある分オリジナルを上回る威力を生み出す可能性もある。おまけにサポートも闇の書の意志が行ってくれるらしい。

 

 古代の遺産だけあって凄まじいよな……。

 

 でも……巨大な力を手にしたであろう主達が歴史に残るような事件を起こしている事例がない。無論、完成後の話であり、完成前のことは事件として記録が残っている。

 リンディさんは、11年前は闇の書は暴走したと言っていた。そしてシグナムは、闇の書に内蔵されている自立防衛プログラムが暴走していると言っていた。

 これまでに分かっている情報から導き出される答えは……所有者に選ばれ、蒐集によって魔導書を完成させたとしても管制プログラム・防衛プログラム双方から主として認められなければ真の主としては認められない。

 また防衛プログラムが何らかの理由で破損している。これによって暴走が起こり、主の身体を蝕んでいる。加えて、封印したとしても11年前の事例のようなことが起こっているのではないだろうか。

 この推測が正しかったとすると、防衛プログラムを修復しないまま闇の書が完成してしまうと破滅の未来しかない。

 だが魔力蒐集をしなければはやての身体が蝕まれ、彼女の死が早くなってしまう。ロストロギアのプログラムを修復する手段がすぐに見つかる可能性は極めて低いため、蒐集をやめるわけには……。

 

「…………でも」

 

 完成してしまえば、どちらにせよ同じ結果を迎えてしまう可能性がある。いや、破壊する力の暴走があるためこちらのほうが悪い。考えたくはないが、もしはやての未来がひとつしかないとしたら……。

 考えようとした矢先、部屋の扉が開く音がした。視線を向けると、はやてとシャマルの姿が視界に映る。俺の存在を認識したふたりは、笑顔を浮かべながら近づいてきた。

 

「ショウくん、来てるなら来てるって言うてくれればええのに」

「部屋にいなかったのにどう言えと?」

「ほんと真面目さんやな。挨拶みたいなもんなんやからスルーしてくれたらええのに」

 

 スルーしたならば、何で返事を返さないんだと膨れるはずだ。即座に返事を返そうと思ったが、シャマルがはやてを車椅子からベッドの上に移しているところだったので、それが終わるのを待ってから返すことにした。

 

「お前、返事を返さなかったら膨れるだろ」

「それくらいで膨れたりせんよ。わたし、ショウくんよりもお姉さんやで」

「そうか……じゃあこれはお前にじゃなくてヴィータにやろう」

 

 持ってきていた手作りのお菓子をはやてにではなくシャマルに差し出す。するとはやては、ころりと表情を変えて制止の声をかけてきた。

 

「ちょっと待って。ヴィータにあげるんはええけど、少なからずわたしにも食べる権利はあると思うんよ」

「お前はお姉さんなんだろ。普通は譲るんじゃないのか?」

「お姉さんでもまだまだ子供やもん。それに誕生日はわたしのほうが早いけど、ショウくんのほうがしっかりしてる。やからお兄ちゃん、わたしにちょうだい」

 

 普段よりも甘ったれた声で言ってくる彼女に呆れたものの、これまでと変わらない様子に安心する。

 はやてにお菓子を渡そうとすると、笑い声が聞こえた。声の主はシャマル。俺とはやてを見ながら穏やかな笑みを浮かべている。

 

「どうかしたん?」

「いえ、何でもありません。ただはやてちゃんとショウくんは本当に仲が良いんだなぁと思って」

「友達だから当然や。なぁショウくん?」

「ああ……お前は俺にとって大切な奴だよ」

 

 そうでないならこんな苦しさを今感じていない。いや、はやてと知り合えたからこそ今の俺がいるんだ。彼女と知り合えなかったことなど考えられない。

 どんなに苦しくても……俺ははやてを助ける手段を探すのをやめない。時間がある限り、可能性がある限りは諦めるものか。もう誰かを失うのはごめんだ。

 

「ちょっ、真顔でそう言うこと言わんでよ。恥ずかしいやん……」

「ふふ。はやてちゃんが退院したら別の意味でもお祝いします?」

「だからわたしらはそういうんやないって! もう……ショウくんのせいで、またシャマルのスイッチが入ってもうたやん」

 

 わざとらしく唇を尖らせるはやてに、俺やシャマルは笑うばかりだ。少しの間、彼女の機嫌が悪い感じだったが、何事もなかったようにいつもの表情に戻り話し始める。

 先ほどまで病室にいなかったのは、最近親しくなった友達に電話をしていたらしい。

 

「へえ……」

「あれ? もしかしてショウくん、やきもち焼いてる?」

「別にやきもちなんか焼いてないよ。友達ができるのは良いことなんだから……はやて、その顔は何だよ?」

「ショウくんからそういう言葉が出るとは意外や思っただけや」

「一般的な意味で言っただけだろ。……確かに俺は、お前と違って人付き合い苦手だけど」

 

 正確に言えば、人付き合いもあるが他人との距離感を縮めるのが苦手だ。高町達のように積極的に来る子には、どうしても反射的に距離を取ろうとしてしまう。

 相手に失礼だとは理解しているのだが……両親の死などを簡単に言うのも躊躇われる。俺自身の心の傷に影響があるのも理由だが、心優しいあの子達は確実と言っていいほど自分を責めるだろう。自分のことで他人にそういう思いをさせたくない。

 などと思う一方で、やはり俺は自分勝手なのかもしれないと思った。俺は彼女達とはやてのように深く付き合ってるわけではない。自分の予想とは違う展開になる可能性だって充分にあるのだ。それを理解しつつも行動に起こせないのは、自分が傷つきたくないからなのだろう。

 ――でも、今はあの子達とのことよりも優先すべきことがある。残されている時間もあまりない。はやてのためなら、進んであの子達との関係だろうと犠牲にしてやる。

 

「冗談やからいじけんで。可愛い顔が台無し……いや、いじけた顔も可愛いかもしれんな」

「……ん、あぁそうかもな。……何で驚いてるんだよ?」

「いやだって……ショウくんが自分の顔を可愛いって認めたから。今までは否定してたのに……」

 

 はやて相手に適当に返事をしてしまったのはミスだった。早急にリカバリーしなければ、ここからの会話および今後の会話で面倒なことが起こりかねない。

 

「否定しても効果がなかったからな……それに俺も小学生。年上からそういう風に見られるのも事実だからな」

「まあそうやろうね。でもわたしはショウくんのこと可愛いと思うで。お嫁さんにほしいし」

「……今日のはやてちゃんは大胆です」

「嫁って部分にツッコむところだと思うんだけど」

 

 このふたりは俺の性格を何だと思っているのだろうか。これまでに女の子に間違われたことなんて一度もないのだが……。

 不満を抱いたりしつつも、他愛のない会話は続いていく。はやてとの会話は普段よりも口数が多くなるため、すぐに喉が渇く。一旦飲み物を買いに行こうかと考えた矢先、それを察したかのようにシャマルが口を開いた。

 

「たくさん話しましたし、喉が渇いたんじゃないですか?」

「確かに乾いてきたかな」

「俺も」

「じゃあ買ってきますね。しばらくの間、おふたりでごゆっくり」

 

 意味深な口調と顔のシャマルに俺とはやては似た表情を浮かべた。なぜこれまでに何度も否定してきたというのに、信じてくれないのだろう。一般的に考えて俺とはやても、まだそういう年頃ではないはずなのに。

 部屋を出ようとしたシャマルだったが、何か思い出したようでこちらに戻ってきた。その理由は、俺とはやてが何を飲むか聞いてなかったからだ。こういう抜けているところもあってか、彼女のことを恨むことができないのかもしれない。

 再度部屋を出て行こうとするシャマルに、俺は忘れないうちに言っておこうと思って念話を送った。まだ会話できる距離だったこともあって驚いたのか、一瞬彼女の身体が揺れた。だが彼女はこちらを振り返ることなく病室から出て行った。

 

〔どうしたの? 飲み物の変更?〕

〔いや……シグナムと直接会って話したいことがあるんだ。できればシャマルにも同席してもらって。今の状況に悪いとは思うんだけど、できるだけ早く……〕

〔……分かったわ。私ははやてちゃんの容体とかで厳しいかもしれないけどが、シグナムとは会えるようにするわ〕

〔……自分で頼んでおいてなんだけど、あっさり了承してくれるんだな〕

〔大切な用件だということは分かるからね。それにショウくんがどれだけはやてちゃんのことを大事に思っているかは知ってるから〕

〔そっか……ありがとう〕

〔礼を言うのはこっちのほうよ。さっそくシグナム達と話し合うから、はやてちゃんとの会話に集中してて〕

 

 念話での会話を終えて意識をはやてだけに向けると、ふと彼女が微妙な表情になっていることに気が付いた。

 長い付き合いじゃないと気が付かないくらいの微々たる変化だ。だが気が付いた以上、きちんと問いかけるべきだろう。

 

「どうかしたのか?」

「ううん、別に何でもないよ」

「何でもないってことはないだろ。……もしかしてシャマル達じゃなくて、俺に言いにくいことだったりするか?」

 

 はやてはそっと視線を逸らした。どうやら当たっているらしい。

 俺に言いにくいことであるならば、これ以上追求することはできない。シャマルに任せることにしよう、と思ったのだが、はやては意を決したようにこちらに視線を戻した。

 

「ショウくんの言うように言いにくいことなんやけど……正直に言う。しばらくお見舞い来るのやめてくれへん?」

 

 予想もしていなかった拒絶の言葉。必死に不安や焦りに耐えていた心が悲鳴を上げた気がした。もしも立っている状態だったならば、あまりもの衝撃に倒れていたかもしれない。

 

「あっ、決してショウくんのことが嫌いになったとかやないから」

「なら……何で?」

「……ショウくん、最近疲れとるやろ」

「別に疲れてなんか……」

「嘘。さっき適当に返事を返してたやんか」

 

 咄嗟に反論しようとするが、事実だけに言葉が見つからない。これまでに何度かあったならば誤魔化すこともできたのだが、あいにく適当に返事をしたのは今回が初めて。誤魔化しようがない。

 

「それに顔だって日に日に疲れていっとるように見える」

「それは……」

「別に何をしてるのかは聞かんよ。ショウくんにはショウくんのしたいことがあるやろうから。でもな、これだけは言っておきたいんよ。わたしはショウくんが好きや。だから無理して毎日見舞いに来なくてええ。たまに元気な顔を見せてくれるだけで充分なんよ」

 

 悲しそうな、自分のことを責めているような顔をはやては浮かべている。彼女にこんな顔をさせているのは、他の誰でもない俺だ。

 はやてを笑顔にしたかったはずなのに……

 

「やから……しばらくきちんと休んで」

「……分かった」

 

 

 




 はやてのために闇の書について調べるショウであったが、必要としているデータは見つからない。それが不安や焦りを生み、彼の体力を確実に奪っていた。
 ショウの元気がなくなっていくのを感じ取っていたはやては、彼に見舞いに来ないように告げる。はやてが自分のことを責めていると感じたショウは、自分のせいで彼女を苦しめるのなら会わないほうがいいと提案を承諾。
 その数日後、ショウはシグナムと密かに会合する。

 次回 As 08 「届かぬ想い、折れる刃」


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第8話 「届かぬ思い、折れる刃」

 俺が居るのは、シグナム達と協力関係を結んだとある公園の街灯の下。周囲に人気は全くといっていいほどない。ふと空を見上げれば、太陽が完全に姿を消そうとしている。子供がひとりで出歩く時間ではなくなってきているため、シグナムが到着していないため人気がないことは好都合だ。

 

「……はやて」

 

 ここ数日、彼女の顔を見ていない。理由はもちろん、しばらく見舞いに来ないでほしいと言われたからだ。

 たった数日出会っていないだけなのにはやての顔を見たい、声が聞きたいと思ってしまう。彼女が恋しくて堪らない。こんな風に思ってしまうのは、俺にとって彼女の存在が大きいのもあるのだろうが、闇の書から彼女を救う術が見つかっていないのが最大の原因だろう。

 日を追うごとになくなっていくはやての時間。それに伴って膨れ上がっていく不安と焦り。きっとシグナム達も同じ感情を抱いているに違いない。

 

「だけど…………俺はシグナム達を止めないといけない」

 

 防衛プログラムが破損している限り、魔力を蒐集して行った先に幸せな未来はない。あるのは《破壊》だけだ。

 そんな未来をはやては望まないだろう。彼女は優しい子だ。他人の代わりに自分が傷ついてもいいと考えるほどに。たとえ自分の未来を知ったとしてもきっと……。

 

「……いや」

 

 もしかするとはやては、自分の死がすでに近いことを分かっているのかもしれない。

 そう考えれば、俺の元気な顔が見たいという理由で見舞いに来ないでほしいと言った理由にも納得できる。

 きっと……はやては俺がはやてのために何かしてることに気が付いてる。そして、それを自分が健康だったなら……、と責めているはずだ。

 見舞いに来るなと言ったのは、俺に他のことにも目を向けてほしいという気遣いもあるんだろう。だが俺の顔を見ていると辛いという理由もある気がする。本人の意思で動いていたとしても、他人が自分のために嫌な目にあったり、元気がなくなったりするのは嫌なものだ。

 俺とはやては、似ていないようで本質的な部分は似ていると思う。

 俺や彼女はひとりで居る時間が多かったこともあって、辛くても苦しくてもひとりで解決するしかなかった。他人との繋がりが切れることを恐れて、口に出すことができずに抱え込んでしまうこともある。

 ――それを自然に感じ取ったからこそ、俺ははやてには心を開くことができたんだろうな。

 はたから見た俺とはやては、誰も似ているとは思わないだろう。俺自身も客観的に見た場合、明るい彼女と似ているとは思わない。同じ傷を持っていなかったならば、出会ったとしても親しくなることはなかったかもしれない。

 

「すまない、待たせたな」

「いや……構わないよ」

 

 振り返ると白いコートを着たシグナムが視界に映る。シャマルの姿は見えないことから、はやての傍にいるのか、シグナムの代わりに蒐集を行っているのかもしれない。

 

「色々と考えることができたし、何より無理を言ったのはこっちだ」

「そうか……悪いが、できるだけ早く済ませたい。さっそく本題に入ってくれるか?」

「ああ……そっちの意に沿えるかは分からないけど」

 

 シグナムは疑問の表情を浮かべたが、俺はこれまでに分かった闇の書に関することを言い始めた。一通りのことを言い終わると、彼女から返事が返ってくる。

 

「膨大な情報の中から、よくこの短時間にそこまで調べたものだな」

「探索が得意な知り合いがいるんでね。主にそいつのおかげだよ……言った中に誤った情報は?」

「私も所詮は闇の書の一部に過ぎん。完全に把握しているわけではない……が、防衛プログラムが破損しているのは主の身体の状態から事実だ。管制プログラムも存在している」

 

 闇の書の情報が間違っていないとすると、俺の導き出した答えが正解である可能性が増したことになる。もちろん違う可能性はある。だがはやての未来がひとつしかない場合、彼女を笑って逝かせてやるには……。

 

「確認が終わったようなので問おう……主はやてを助ける術は見つかったのか?」

「……見つかったとも言えるし、見つかっていないとも言える」

「それはどういう意味だ?」

「闇の書が関わる事件は、完成後に関しては11年前と同じように暴走や破壊の記録しか残っていない。これから推測するに、真の主になるには防衛プログラムにも認められる必要があると俺は思う。だが防衛プログラムは破損している状態……」

「……つまり、防衛プログラムを修復しなければ完成しても主を助けることはできない。だが破損したプログラムを修復する手立ては見つかっていない、と言いたいんだな?」

「ああ……」

 

 助けるための方法は分かっているが、それを行うための方法が分かっていない。いや、分かっていないだけならまだ可能性はある。

 闇の書はデバイスではあるが、超高度文明の遺産《ロストロギア》だ。修復するにはその時代の技術が必要だろう。これまで何度も同じ事件が起こっていることから、現在の技術では何もできない状態と言ってもいいはずなのだから。

 

「…………なあシグナム、蒐集をやめてくれないか?」

「……その言葉の意味をお前は理解しているのだろうな? それは主に苦しめ、早く死ねと言っているのも同じことだぞ」

 

 これまでよりも低い声を発せられた言葉に背筋が寒くなった。こちらに向けられている視線も、最初の優しいものではなく刃のように鋭いものになっている。

 だが敵意を向けられることは覚悟の上だった。ここで口を閉じるわけにはいかない。

 

「分かってる……だけど、闇の書が完成しても現状では結果は同じである可能性が高い。蒐集してもはやての未来が確定する時期は変わらないんじゃないのか?」

「…………」

「あいつが優しい性格をしているのをシグナムだって知っているはずだ。俺はあいつを……破壊者にしたくない!」

 

 俺の言いたいことは伝わっているのか、シグナムは視線を伏せて何かを考えているように見える。彼女の返事が来るのを待つべきなのだろうが、俺にはまだ言っておきたいことがあった。

 

「……俺ははやてからしばらく来ないように言われた。だからシグナム達が代わりにはやての傍に居てくれ。俺は……最後まで諦めずにはやてを助けるための方法を探すから」

「……お前の考えは分かった」

 

 シグナムの口調が穏やかだったこともあり理解してくれたのだと思った。だがそれは……シグナムの衣服が騎士のようなバリアジャケットに変化したのを認識したのと同時に崩れ去った。彼女は視線を伏せたまま、さらに続ける。

 

「夜月、お前は主にとって大切な存在だ。人ではない私が言うのもあれだが……主のことを大切に思ってくれているお前は、我らヴォルケンリッターにとっても大切な存在だと言える。お前の言うことを信じないわけではない……」

「だったら……何で」

「それは……お前の推測はあくまで可能性に過ぎないからだ。お前の言うとおり、我らの方法は間違っているのかもしれない。だが、間違っていない可能性もある。お前が明確な方法を見つけているならまだしも、現状では止まることなどできん」

 

 シグナムはそっと剣の柄に手をかけた。

 確かにシグナムが言うことも間違いではない。俺の得た情報が間違っている可能性もあるのだから。今ここで引いたならば彼女と剣を交えずに済む……だが

 

「ひとつ聞きたい……これまでの主は、闇の書の完成後はどうなった?」

「それは……」

「……言えないってことは、俺の答えが間違っていない可能性が高いってことだ。蒐集をやめてくれ、シグナム」

「――ッ、もう……止まれんのだ!」

 

 迷いを強引に振り切るように、シグナムは音を立てながら剣を抜き放った。剣先をこちらに向ける彼女の顔は悲しげだ。

 

「夜月……今日限りこの件から手を引いて、事が終わるまで主の友人としての日々を過ごしてくれ」

「それは――」

 

 魔法を使える才はあっても、使うための術を知らなかった俺は両親の死をただ受け入れるしかなかった。もしもこのとき魔法が使える状態で一緒にいたのなら、ふたりを救うことができたのかもしれない。

 親の存在の大切さや失うことの悲しみを知りながらプレシア・テスタロッサを助けることができなかった。テスタロッサからは礼を言われ責められたりしてはいないが……あのとききちんと握り締めていたなら、と後悔は尽きない。

 ここで手を引いてしまった場合、シグナム達の方法が間違っていたとき俺は確実に後悔するだろう。いや、俺個人に納まらずこの世界そのものに爪痕が残ることになるかもしれない。

 誰かを傷つけたりすればはやては悲しみ、自分のことを責めるだろう。俺は……あいつに破壊なんかさせない。

 

「――無理だ」

 

 ファラを起動してバリアジャケットを纏い、出現した漆黒の剣を左手で握り締めて右手を柄にかける。いつでも抜剣できる状態で、真っ直ぐシグナムを見返す。

 

「引け夜月」

「引くつもりはない。お前が止まれないと言うのなら……俺が止める!」

「……なら仕方がない。私は……」

 

 シグナムはゆっくりと左腰付近に剣を持って行きながら腰を落としていく。その動きが制止するのと同時に、彼女は鋭い視線を俺に向け口を開いた。

 

「お前を斬る!」

 

 言い終わるのと同時に加速するシグナム。俺も彼女が動き始めるタイミングに合わせて突っ込んだ。迫り来る刃に向けて抜剣。漆黒の刃と白銀の刃が交わり、火花が散り高音が鳴り響く。

 競り合いが始まった次の瞬間、シグナムは少し後退しながら剣を引いた。支えを失ったこちらの剣は加速し宙を斬る。身体も前のめりになっているため、即座に後退することもできない。

 

「ふ……!」

 

 スピードを重視した小振りの一閃。それに対して俺は、鞘を持っている左手を前に出しながら対物理用の防御魔法を展開する。

 

「く……」

 

 速度優先の小振りの攻撃だったとはいえ、きちんと体重が乗っている。体格や筋力の差も重たく感じる理由なのだろうが、最大の理由はシグナムの技量の高さだろう。

 かろうじて受け止められているが、それはシグナムの中に俺を傷つけたくないという思いがあるからだ。迷いのない本来の威力ならば、俺くらいの防御魔法で受け止めることはできていないだろう。今でも彼女が強引に振り切れば破壊されそうなのだから。

 受け切ることを諦めた俺は後方へと跳んだ。シグナムの攻撃の勢いもプラスされ、予想以上の加速で後退していく。彼女は即座に追撃を行おうと動き始める。それを確認した俺は、複数の魔力弾を生成し放つ。

 

「狙いはいいが……」

 

 シグナムは顔色ひとつ変えず、魔力弾が当たる直前で上空へ回避した。そのまま上昇し続け、剣を鞘に納めた。カートリッジが使用されたのを見逃してはいない。

 

「そんな攻撃で止められると思うな!」

 

 抜かれた剣の刀身は不規則な軌道を描きながらこちらへと伸びてくる。

 テスタロッサとの戦闘の際にこの技は見ているが、よく彼女は回避できたものだ。攻撃の読みづらさもさることながら、迫り来る刃には大蛇が迫ってくるような圧力がある。

 少しでも見切りを誤れば、少しでも萎縮してしまったら直撃する。直感的にそう悟った俺は、テスタロッサの軌道を意識して回避行動を始める。

 テスタロッサと比べて基本的な移動速度は劣るものの、彼女には何度か一緒に訓練を行った際に高速移動魔法のレクチャーをしてもらった。普段は器用貧乏だと言わざるを得ない魔力資質だが、彼女の魔法をすぐに使えるようになれたことには感謝するべきだろう。

 高町は感覚で魔法を組めるような発言をしていたが、俺には無理だ。でも時間さえかければ、各魔法の長所を組み合わせた魔法を作り出すことだってできるだろう。努力を惜しまなければ、瞬間的にテスタロッサ並みの高速移動を可能にだってできるかもしれない。

 とはいえ、この戦闘の中でそれを行うのは不可能。今はテスタロッサから教えてもらった高速移動魔法を回避を頼りにするしかない。

 

「く……っ……」

 

 身体の至るところにかすり傷を負ったものの、どうにか避けきることができた。即時にファラを砲撃形態に変形させる。

 この場においては必要なのは威力よりも速度。だが威力を殺しすぎれば、シグナムを止めることは不可能だ。発射速度を優先しながらも威力を殺さない方法……

 

〔……ファラ〕

〔分かってるから、マスターは砲撃に集中!〕

 

 ファラの声には怒りがあった。

 シグナム相手に無駄口を叩く暇はないということなのか、それとも俺の考えが分からないとでも思っているのかと言いたいのかのは分からない。ただひとつ、これだけははっきりしている。彼女は頼りになる相棒だ。

 

「今度はこっちの番だ」

 

 デバイスの先端をシグナムに向け、トリガーに指を掛ける。

 先端部に夜空よりも濃い闇色の光が収束していき、それと同時進行で周囲に同色の魔力弾が複数生成される。

 シグナムが次の行動を取ろうとする気配を読み取った俺はトリガーを引いた。通常よりも速射仕様にした砲撃魔法《ノワールブラスター》と魔力弾は迷うことなく彼女へと向かっていく。少しだけ彼女の顔に焦りが見えた気がした。

 

「ちっ……」

 

 シグナムは左手に持っていた鞘を大きく振り、その勢いを利用して素早く身体を捻った。強引なやり方ではあるが、一点集中の攻撃だったために彼女の防護服を掠めただけだった。

 消費した魔力の量を考えると不愉快な結果でしかないが、魔力を節約して勝てる相手ではない。そもそも、こんなことを考えている暇もないのが現状だ。シグナムはすでに刀身を戻し始めているのだから。

 今の攻撃でシグナムも先ほどよりも本気で来るはずだ。近接戦に持ち込まれたら厳しい。今の距離を保って戦わなければ……。

 

「行くぞッ!」

「くっ……!」

 

 接近してくるシグナムから、俺は一定の距離を取るように移動しつつ攻撃する。

 漆黒の閃光が雨のように彼女へと襲い掛かるが、かすりはするものの直撃しない。直撃していない以上、最低限の回避で接近してくるあちらのほうがスピードが速く、徐々に距離が縮まっていく。だがこちらも何もしていないわけではない。

 

「――っ!?」

 

 突如シグナムの身体に制止が掛かる。彼女の右足には黒い輪。俺の設置していたバインドにかかったのだ。

 しかし、高速戦闘をしながら設置したお粗末なものだ。シグナムレベルの相手を止めていられるのは、ほんのわずかな時間だろう。

 ――だが、この少しの時間があれば本来の威力で砲撃できる。

 砲撃と魔力弾の一斉射撃。いくら平均レベルの威力であっても、直撃すればシグナムとはいえただではすまないはずだ。動きを鈍らせることができれば、こちらの勝率が上がる。

 

「予想していたよりも……いや、それだけ私を止めるという想いが強いのか。……だが」

 

 シグナムは先ほどまでとは別人と思えるほど、覇気のある目を浮かべた。再び剣を鞘に納め、カートリッジをリロードする。

 鞭状連結刃で応戦するつもりか……だが俺の砲撃でも、それくらい弾き飛ばす威力はある。

 撃ち出した漆黒の魔力は凄まじい勢いでシグナムへと向かっていく。だが彼女の顔に焦りの色はない。むしろ勝つのはこちらだと言いたげな自信があるように見える。

 

「飛竜……一閃ッ!」

 

 予想していたとおり連結刃が放たれたようだ。砲撃と衝突し、周囲に衝撃と音が拡散していく。

 物理攻撃なのに大した威力だ。でも砲撃の威力を完全に殺すことはできない――

 

「なっ……!?」

 

 ――一瞬何が起こったのか理解できなかった。

 闇色の光を吹き飛ばして現れたのは、先ほどとは違って炎を纏った刃。一直線上に撃ちだしていることもあってか、先ほどよりも速い。それに炎を纏っているからか圧力も増している。これを表現するのなら大蛇ではなく竜だ。

 連結刃が迫ってきていると認識した俺は、とっさの判断でファラを砲撃形態から通常形態に戻した。左右に持った剣と鞘を前に出す。刃が到達するのと同時に、凄まじい衝撃に襲われた。砲撃を撃ち破る威力を誇るだけに、その一撃の威力は強大。気が付いたときには、俺はすでに吹き飛ばされていた。

 

「うぐ……!」

 

 制止をかけることができなかった俺の身体は地面に衝突した。打ち付けられた衝撃で呼吸が苦しくなる。一度の衝突で勢いは衰えることはなく、何度も地面を跳ねた。止まったときには全身がひどく痛み、息苦しさに襲われていた。

 ……勝てない。

 近接戦闘の技術はシグナムのほうが数段上。彼女の中に迷いがある状態なら多少やりあうことができるが、勝ち目はないに等しいだろう。

 魔法の術式で有利な中距離戦も、たった今打ち負かされてしまった。遠距離での戦闘に持っていけるスピードも、遠距離から仕留められるだけの高威力の魔法も俺にはない。完全に詰んでしまっている。そんな思いを読み取ったのか、ファラが俺に話しかけてきた。

 

〔マスター……諦めるの?〕

〔……諦めたくはない。けど……俺じゃシグナムには勝てない〕

〔勝てない? ……そういうのは本気で戦ってから言いなよ〕

 

 起動している状態のためファラの表情を見ることはできないが、とても冷たい声だった。これまでに一度も聞いたことがない声に俺は戸惑いを隠せない。

 

〔な、何を言ってるんだ? 俺は……本気で戦ってただろ?〕

〔あれがマスターの本気? 笑わせないでよ〕

 

 ファラはいったい何を言っているのだろう。

 シグナムを攻撃するのに迷いがなかったわけではないが、彼女に蒐集をやめてもらうために充分な威力を持った攻撃を行っていたはずだ。なのにどうして本気で戦っていないと言われる……

 

〔マスターは今回の戦闘で……ううん、これまでに一度だって本気で私を使ったことなんてない〕

 

 本気で使ったことがない……データを取ることが主だったが、俺はいつだって本気でファラを使ってきた。それはこれまでに取ったデータを見れば一目瞭然のはずだ。彼女だって分かっているはず。

 

〔どういう意味だ?〕

〔分からないの?〕

〔分からないから聞いてるんだ。少なくとも俺は本気でお前と向き合ってきたつもりだ〕

 

 だから今のように戦闘では以心伝心と言えるくらい通じ合えているんじゃないのか。それとも、こんな風に思っていたのは俺だけなのか……。

 

〔今の言葉が……本気じゃないってことを証明してるようなものだよ〕

〔え……〕

〔私は使ってないって言ったんだよ。でもマスターは向き合ってるって返してきた……それってさ、私のことをデバイスじゃなくて人間として扱ってるってことだよね?〕

 

 ファラは人間らしさを追求する研究の中で生まれたデバイスだ。容姿も小さいとはいえ人間。誰だってデバイスとしてよりも人間として扱うはずだ。あのシュテルでも、そうしてしまっていると言っていたのだから。

 だが俺はすぐに返事をすることはできなかった。ファラの声が、先ほどと打って変わって寂しげだったからだ。

 

〔別に人間として扱ってくれるのが嫌ってわけじゃないし、マスターが私のことを大切にしてくれてるのはよく分かってる。でも……私はどんなに人間らしくなってもデバイスなの。デバイスなんだよ……こういうときくらい、デバイスとして使ってよ〕

 

 悲しみや寂しさが感じ取れるファラの言葉を聞いて理解した。

 ファラは人型のフレームをしているだけだ。着替えをしたりすることはできても、一緒に食事を取ったりすることはできない。どんなに望んでも、彼女にはできない行動があるのだ。

 人間らしくなることに俺はプラスの感情ばかり抱いていたが、ファラはそうではなかったのだ。人間らしくなることによって、自分は人間ではなくデバイスなのだと思い知らされる。

 どんなに願っても叶うことがない切なさは、両親を失ったことで知っている。知っていたのに、何で俺はファラの気持ちに気づいてやることができなかったのだろうか。

 

〔……私は今で充分に幸せ。たとえ人間らしいことができなくてもいい。マスターが幸せでいてくれるのなら、それだけでいいの。……ねぇマスター、マスターには貫きたい思いがあるんでしょ?〕

〔……ああ〕

〔だったらさ、本気で貫こうよ。ここで本気を出さずに望まない未来を向かえちゃったら、マスター絶対後悔するでしょ?〕

〔……そうだな。でも〕

〔でも、じゃない!〕

 

 いきなりファラの口調が変わった。先ほどまでの雰囲気は全くないと言ってもいいほどに。

 

〔この際だから言うけど、マスターは優柔不断というか、こういうときだけ欲張り過ぎ! マスターは弱いんだから、何かを得るには何かを捨てなきゃダメなんだよ。はやてちゃんと私、どっちを犠牲にするか決めなさい!〕

〔決めろって……そう簡単に決められることじゃ……〕

〔あぁもう、はやてちゃんのためにあれこれ考えて頑張ってきたのに何で決めれないかな! 私は多少壊れても修復できるんだよ。でもはやてちゃんはここでの結果で未来が天と地ほど変わるかもしれない。私を犠牲にしてでも勝ちに行くって気合見せなよ。マスター、男の子でしょ!〕

 

 言っていることは正しい気もするのだが……性別は関係ないと思う。俺が女だったとしても、きっとこの状況なら同じように迷っていたはずだ。

 そんなことを考えられるくらい、俺の頭の中はすっきりしていた。

 相棒にここまで言われたのに、このまま寝ているわけにもいかない。この強い思いが痛みを和らげているのか、不思議とスムーズに起き上がることができた。目の前に降り立ったシグナムの顔にも驚愕の色が現れている。

 

〔マスターが考えている以上に、私はマスターのことを守りたい。思いを貫くための力になりたいって思ってるんだからね〕

〔そうか……なら遠慮しないからな〕

〔当然。というか、ここで遠慮したら絶交だね〕

 

 絶交か……そんなことされたらどうなるかな。なんて考えてる場合じゃないか。

 さっきまで負けると諦めていたのが嘘のように心に余裕がある。戦闘が始まる前よりも余裕が生まれているように感じるのは、シグナムを止めることにそれだけ集中できているということだろう。

 

「正直終わりだと思っていたのだがな……」

「そう簡単には……折れないさ」

「……そうだな」

 

 ポツリと返事を返したシグナムは、何かを言いそうになったものの口を閉じた。前髪でよく見えないが、俺から視線を外しているように思える。彼女は何か考えているのかもしれない。

 少しの間の後、シグナムの視線が再びこちらへと向いた。彼女の瞳には全く鋭さがなくなっている。それに加えて、右手に持たれた剣の先が地面に向いていることから彼女にはこれ以上の戦闘意欲はないのかもしれない。

 

「夜月……もう一度だけ言う。この件から手を引いてくれ。これ以上続ければ、お前の命を奪いかねない」

「何度言われても答えは否だ」

 

 シグナムの選んだ道では、はやてだけでなく大勢の人間が悲しむことになるかもしれない。そうなるのははやてだけでなく、シグナムも望んではいないはずだ。

 だから俺は未だに立っていられる。シグナムに迷いがなかったならば、俺はすでに倒されている。いや、死んでいてもおかしくはなかっただろう。

 もう止まれないと言っていた彼女だが、心のどこかでは止まりたい。または止めてほしいと思っているのではないのだろうか。そうでなければ、彼女の辛そうな顔の説明がつかない。

 

「フルドライブ……」

 

 漆黒の刃は、反りのある流麗なものへと姿を変える。それに伴って、鞘も刃に合った形へと変化。

 この太刀を握るのは夏休みにフルドライブのデータ蒐集をしたとき以来か。だがあのときよりも、遥かにしっくりくる。こう感じるのは、フルドライブを使用することへの躊躇いがなくなっているからかもしれない。

 

「シグナム、俺はお前を止めてみせる。そのためなら、命だって賭けてやるさ!」

 

 身体を一瞬漆黒の光が包み、コートやレザーパンツが従来のものよりもぴったりとしたものに変化。バリアジャケットではあるが、現状での防御力はただの布と大差がない。一撃でも直撃を受ければ、即座に負けが確定するだろう。

 

「……全てを攻撃に回すつもりか。一撃でもまともに当たれば、当たり所によっては本当に死ぬぞ?」

「ああ。でもこれくらいしないと、お前に勝つことはできない」

「…………この少年は覚悟を決めている。その強い想いを打ち砕くには……私も覚悟を決めなければ」

 

 流れるような動きで剣を構え始めるシグナム。彼女は動きが静止するまでの間、目を閉じられていた。

 ゆっくりと開かれた目には、先ほどまでの悲しみや迷いは一欠けらもない。今の彼女の瞳にあるのは、俺への戦意のみ。

 

「夜月……これ以上は何も言わん。決着をつけよう」

 

 研ぎ澄まされた気迫に思わずたじろぎそうになる。……だが俺はひとりじゃない。

 一瞬だけファラに視線を向けると、彼女は答えるようにコアを瞬かせた。それを見た俺は恐怖を忘れ、剣を構えながらシグナムに全ての意識を集中させた。

 

「行く……!」

「――ッ!」

 

 シグナムが前進を開始しようとした瞬間、テスタロッサ仕込みの超高速移動魔法を発動させた。

 防御力を攻撃面に回したこともあり、これまでに体験したことがない加速を得る。が、あまりの速度に恐怖を覚えてしまった。

 ――テスタロッサは普段これくらいの世界を見ているんだよな。

 彼女は慣れているというか、これが普通の世界だから何とも思わないだろう。だが、慣れていない俺からすると、この速度で何かに衝突したと思うと背筋が寒くなる。

 

「くっ……」

「ち……」

 

 疾風のような一撃は間一髪のところで防がれてしまった。テスタロッサとの戦闘経験がなかったならば、直撃していたかもしれない。

 とはいえ、シグナムは俺の速度変化にまだ対応はできていない。それにこちらは一撃でももらえば終わってしまう。守ったら負ける、攻め続けなければ。

 シグナムの横を通り抜けた俺は、彼女の視線の動きを即座に観察。彼女の視界に捉えられる前に、再度高速移動魔法を発動させて死角へと移動する。

 不慣れな速度と強引な方向転換によって痛みを再び感じ始めたが、この戦闘に負けた場合、俺は最悪死んでしまう。勝てるのであれば、骨のひとつやふたつ折れても構いはしない。

 

「は……あぁぁぁッ!」

 

 高速移動魔法を連続で使用し様々な方向から斬撃を打ち込んで行くが、剣と鞘を巧みに使われ紙一重のところで防がれてしまう。

 一撃ごとに防御のタイミングから危うさがなくなっていっているのが分かる。シグナムは着実にこちらの速度に慣れ始めているということだ。このまま続ければ、時期に完全に見切られカウンターをもらってしまうだろう。

 

「だったら……!」

「――甘い!」

 

 死角から魔力刃を放ったものの、即座に打ち落とされてしまった。おそらく衝撃波を撃ち出したのだろう。

 接近戦重視のスタイルだが、それなりの距離にもきちんと対応しているから性質が悪い。純粋な接近戦を行えば、すぐに防御を強いられる展開になってしまうことだろう。

 かといって距離を取って戦っても、今のように衝撃波や連結刃で攻撃される。対応できなくはないが、決め手がかけるのも事実だ。決め手になりそうな砲撃魔法は、先ほど打ち負かされているために使うことができないのだから。

 俺の思考を読み取ったのか、ファラが少し焦った声で念話を送ってきた。

 

〔マスター、このままじゃジリ貧だよ〕

〔分かってる〕

〔どうするの?〕

〔それは……今必死に考えてるところだ!〕

 

 上昇・下降を繰り返しながらシグナムと何度も剣を交える。どうにか随時接近戦にならないように出来ているが、それが可能な時間は残りわずかのはずだ。彼女は完全にこちらの速度に慣れつつある。

 

〔決め手、決め手……今の状態でも、距離を取って撃ち合ったらマスターが撃ち負ける可能性が大だし。かといってあの人相手に接近戦で大技が当たる気もしない〕

〔現実から目を背けるつもりはないけど、こんなときにわざわざ言わなくてもいいだろ〕

〔言いたくなるような状況なんだから仕方な……そうだ!〕

 

 突然発せられた何かを閃いた大声に驚く――暇は俺にはない。シグナムに競り合いに持ち込まれていたからだ。俺と彼女は、交わっている刃を支点にして空中を舞うように回転する。

 

〔マスター、いっそのこと大技使っちゃおう!〕

〔どこに行き着いたらそういう発想になるんだ。あんなこと言ってたのに負けろって言いたいのか?〕

〔勝つために言ってるんだよ。マスターだってこのままの状況が続いたら、魔力量や技術で劣ってる自分が負けるって分かってるでしょ〕

 

 俺はファラに即座に答えられなかった。

 シグナムとの戦闘に意識の大半を持っていかれているのも理由だが、何よりも図星だったからだ。

 

〔あっちも覚悟決めてるみたいだけど、多分できるだけマスターを傷つけたくないって思ってるはずだよ。だから次の一撃で勝負をつけようって流れに持って行けば、マスターにも大技を決めるチャンスはあるはず。反応速度ならマスターだって負けてないんだからさ〕

 

 必死に戦っている中でペラペラしゃべるファラに負の感情を抱かなくもなかったが、彼女の方法は考えられる中で最も勝率が高いのも事実だ。

 魔力弾や砲撃、高速移動の多用で俺の魔力は底を尽きかけている。勝負を賭けるならば、今をおいて他にない。

 高速移動魔法を利用して、強引に競り合いを終わらせる。地面に着地した俺は、漆黒の太刀の先を一旦地面へ下ろした。

 

「剣を引く……つもりではないようだな」

「ああ。シグナム、次で決着をつけないか?」

「何?」

「俺とお前が勝負を始めてもうそれなりに経つ。邪魔が入るのも時間の問題だ。今回を逃せば、今後お前が俺を排除できる可能性は低くなるぞ」

「……いいだろう。正面からのぶつかり合いは嫌いではない。だが覚悟しろ……本気で行くぞ」

 

 シグナムの剣から薬莢が排出され、刀身を炎が包む。

 あれはバルディッシュを一刀両断した一撃だったはず。防御力がないに等しい俺には、威力は考えるまでもなく必殺。

 シグナムとは、事件前に何度か手合わせをしている。これまでの技では見切られる可能性が高い。どうする……どうすればいい。

 刹那の時間の中、ふと思いついたものがあった。あれこれ考えている時間もないため、俺は思いついたそれにかけることにした。太刀を鞘に納めて半身で構える。

 

「紫電――」

「ッ……!」

 

 超加速で突っ込むのと同時に、無声の気合を発しながら抜刀を始める。露になっていく漆黒の刃には魔力が集まっており、それは切っ先が鞘から抜けた瞬間に焔へと姿を変えた。

 

「――……一閃!」

 

 炎を纏った二振りの刃が交わる。それと同時に、一瞬であるが膨大な光が生まれ視界を奪った。その間も手には凄まじい衝撃が伝わってくる。

 だがそれも刹那の時間だった。

 視界が回復したのとほぼ同時に衝撃は消えうせ、俺の腕は一気に加速する。その直後、目の前を炎を纏った剣が通過。ほんのわずかの遅れで漆黒の欠片が視界を舞う。

 直感的にファラが破壊されたのだと悟った。砲撃を撃ち破る一撃の直撃、フルドライブの使用など起こりえる理由は即座に浮び理解できる。だがそれでも、俺の意識は完全にシグナムから外れて彼女のほうへと向かった。

 

「終わりだ……」

 

 その言葉の意味を理解したときには、すでに返しの刃が眼前まで迫っていた。

 粉砕されるのではないかと思うほどの衝撃と加速。防御力がゼロに等しかった状態で耐えられるはずもなく。吹き飛ぶ中で俺の意識は闇へと消え始める。

 このときはっきりと覚えていたのは、シグナムの「すまない……」と言いたげな辛そうな顔だけだった。

 

 

 




 はやてのことを互いに思っているが、考えの違いから剣を交えた二人。ショウは全てを賭けて望んだものの、結果は敗北しファラ共々負傷した。
 横たわるショウを見ても、シグナムの胸中に喜びはなかった。彼女が思考の渦に呑まれていると、そこに一人の少女が姿を現す。

 次回 As 09 「舞い降りた紫炎」


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第9話 「舞い降りた紫炎」

 終わった。

 勝負に勝ったというのに胸の中には強敵を打ち倒した達成感よりも、自責の念や罪悪感などの方が大きい。倒れている少年の元へ一歩、また一歩と近づくにつれて負の感情は強まっていくばかりだ。きっと今の私は、これまでにないくらいひどい顔をしているのだろう。

 

「……苦しいものだな」

 

 かつて送った主の命令に従って魔力を蒐集する日々。主はやてと出会ってからに比べると荒んで悲しみや諦めに満ちた日々だったと言える。

 だが……あの頃の私ならば、こんなにも苦しい思いを感じることはなかった。

 人間らしくなったことを後悔しているわけではない。主はやてとの生活は、これまで歩んできた道の中で騎士としての誇りを捨ててでも守る価値があるものなのだから。しかし、夜月と親しくなってしまったことだけは後悔してしまう。

 夜月は主のことを大切に思ってくれている。主も我々が嫉妬のような感情を抱くことがあるくらい、彼のことを大切に思っている。私達ヴォルケンリッターが目覚めたのは半年ほど前。夜月はそれよりも前から主はやてを支えてきたのだ。強い絆があるのは当然か……。

 

「……私は」

 

 その絆を粉々に打ち砕いてしまったのかもしれない。

 夜月は地べたに力なく横たわっており、ファントムブラスターは壊れた状態で彼の傍に転がっている。

 最後の最後でどうにか峰打ちに切り替えることができたものの、夜月は防御力を極限まで攻撃に回していた。専門外なので詳しくは分からないが、少なくても当分の間は彼の意識が戻ることはないだろう。負傷の度合いから見て、しばらくは日常生活にも支障をきたしてしまうかもしれない。

 主から見舞いに来ないでくれと言われたなどと言っていたが、それは夜月のことを思ってのこと。でも本当は彼に来てほしいはず。蒐集の件といい、今回の件といい……私は大切な人を傷つけることばかりやってしまっている。

 

「…………もう止まれないなどと言ってたのに、本当は止めてほしかったのかもしれないな」

 

 だが、もう本当に止まることは出来なくなってしまった。

 多くの魔導師や魔法生物を襲い、主の大切な友人にまで刃を向けたのだ。夜月が言っていたように、我らの方法では助けられないかもしれない。だが可能性がないわけではないのだ。彼と元気な主を再会させられるように、この道を信じて突き進むしかない。

 

「……魔力」

 

 蒐集をしようと手を伸ばした瞬間、出会ってから今日までの日々が蘇ってきた。

 呆れながらも主に温かい眼差しを向けていた。ヴィータから注意されるほどの特訓にも、泣き言ひとつ言わずに付き合ってくれた。そして、主のために我らに協力してくれた。

 いや、主のためではない……夜月は私達のことも考えてくれていた。

 実力の差を知りながらも、必死に止めようとしてくれた夜月に主に対して抱くような愛おしさや好意が沸き起こる。

 彼の顔が歪むのは戦いの中で散々目にした。もうこれ以上、大切な人の苦しむ姿は見たくはない。蒐集は、もしも再び彼が戦場に姿を現したときに行おう。

 

「夜月……聞こえていないだろうが、主が元気になった際にはこれまでどおり接してほしい。都合の良いことをいっているのは分かっているが、あの方にお前は必要な存在なのだ」

 

 私のことは避けてくれても構わないから、と続けて呟こうとしたのだが躊躇してしまった。自分で思っていた以上に、夜月に心を許してしまっていたようだ。傷つけたというのに、嫌わないでほしいなどと何と虫の良い話だろうか――

 

「やれやれ……」

 

 静かに声が響いた。それに導かれるように視線を上空に向けると、月を背景にひとりの少女が滞空している。

 

「帰りが遅いと思って探しに出てみれば……まあこうなることも覚悟はしていましたが」

 

 空に浮かぶ少女の声は、気のせいかどことなく聞き覚えがあるものだ。記憶を辿ると、行き着いた先はテスタロッサの仲間である純白の魔導師が浮かんできた。

 すでに管理局に包囲されたのか、と慌てて周囲を確認する。が、周囲にある魔力反応は夜月を除けば目の前の少女ひとり。そのことに安心する一方で、何かの罠ではないのかと疑ってしまう。

 

「……お前はテスタロッサの仲間か?」

「テスタロッサの仲間? ……あぁ、そういうことですか」

 

 宙にいた少女は何か呟いたかと思うと、ゆっくりと地上へと降り始めた。静かに着地した彼女は、自然体でこちらへと近づいてくる。少女の全貌が明らかになるにつれて、テスタロッサの仲間だという認識は間違いであることが判明した。

 纏っている防護服や手にしているデバイスの形状は、テスタロッサの仲間である少女に酷似している。だが色合いが異なっており、全体的な印象としては紫。

 外見も酷似しているのだが、純白の魔導師とは違って髪は短めに切り揃えられている。瞳の色も澄み切った青色だ。

 

「はじめまして、ベルカの騎士。私はシュテル・スタークスと申します」

 

 見た目からして夜月やあの少女達と変わらない年頃だと思うのだが、スカートをつまんでの挨拶は淑女だと感じさせるほど様になっている。

 ……この少女、テスタロッサの仲間である少女に似てはいるが全くの別人だ。

 そう確信する理由に口調や立ち振る舞いの違いもあるが、何よりもこちらに向けている目が違う。純白の魔導師には優しさを感じさせる色があったが、目の前にいる少女の目にそれは感じない。感じるのは、静かに燃え盛っている怒りだけだ。

 

「敵を目の前にして挨拶とは余裕だな」

「いえいえ、余裕なんてありませんよ……胸の内で燃え盛る怒りの業火が、あなたを撃ち滅ぼせと囁いていますから」

 

 背筋が寒くなる冷気と、硬く研ぎ澄まされた氷の刃のような触れるもの全てを切り裂く響きが少女の声にはあった。私を見ている瞳にも、傷つけることへの抵抗があるようには全く見えない。

 この少女は、迷うことなく有言実行できる。そう直感的に判断した私は、彼女から距離を取った。行動の幅を増やすことも理由だが、夜月を巻き込まないようにしたのも否定しない。

 

「すまないが、多少痛い目に遭ってもらう」

「……やめておきませんか?」

「……落ち着いているように見えるが、怖気づいたのか?」

 

 その問いへの答えは、首を横に振るという仕草だった。視線で返事を返すと、少女は温かい感情が宿っている眼差しを夜月へと向けて口を開く。

 

「私の目的は彼の回収です」

「だから戦う理由はないとでも言いたいのか? 先ほど怒りの炎が燃えていると言っていたのは私の空耳か?」

「いえ、空耳ではありませんよ」

 

 淡々とではあるが、はっきりとした口調で返事が返ってきた。その口調のまま彼女は続ける。

 

「私の中には確かな怒りが存在しています。しかし、これは私怨です。戦いで傷つくのは仕方がないことだと理解していますし、ここ最近の彼はどことなくおかしかった。今日ここであなたと会っていたのも、何か理由があったのでしょう。きっと彼は戦うことも覚悟していたはず……あなただけを責めるのは間違いというものです」

 

 少女の言っていることは正しいのだろう。

 だが、少女の年代としてその答えは間違っているのではないだろうか。

 見た目からして夜月と大して変わらない年代。それに最近の夜月がおかしかったと言うあたり、主ほどではないだろうが親しい間柄のはずだ。もしかしたら、夜月と共に闇の書の情報を集めていた者かもしれない。

 夜月も年の割りに冷静で物事を悟っているが、彼女の場合は度が過ぎている。私が彼女の立場だった場合、怒りに身を任せて斬りかかっていてもおかしくない。

 

「見た目に反して大人な考えだな……一方で冷たい奴だとも思うが」

「できれば挑発はやめてもらいたいですね。普段は乗ったりしませんが……今は一瞬でも気を緩めれば、あなたのことを撃ちかねないので」

「敵なのだから撃てばいいだろう」

「そうですね……ですが一度でも本気で撃ってしまえば歯止めが利かなくなります。そしたら私は……あなたのことを殺してしまうかもしれない」

 

 少女は、私でさえ思わず背筋が寒くなるような冷たい微笑を浮かべた。彼女の怒りが具現化したように、周囲には炎と化している魔力が発生している。

 怖気づいてしまったのは昔よりも人間らしくなってしまったからかもしれない。だが今はそんなことを考えている場合ではない。

 ――この少女……テスタロッサよりも上だ。

 まだ戦ってすらいないが、それだけは直感的に分かる。しかも言葉どおり迷うことなく私を殺せるはずだ。この少女は、私のことなど何とも思っていないのだから。

 

「私を殺す? ずいぶんと舐められたものだ」

「舐めてはいませんよ……あなたは彼との戦闘の結果、今は本調子ではないでしょう?」

 

 身体ではなく心が……、と全てを見透かしているような少女の瞳にさらに恐怖を感じる。

 この少女、私と夜月の関係に気が付いているのでは……いや、気が付いているならば夜月はマークされていたはず。夜月は何度も主の見舞いに来ていたのだから、主の存在がバレていないとおかしい。

 先ほどの言葉からして、疑問を抱き始めていたところだったと考えるべきか。夜月に危害を加えてしまったことには罪悪感や後悔があるが、現状に話が進んだ以上は好都合だったと言える。これまでの関係がバレないように振舞わなければ。

 

「否定はしない。私にも子供を傷つけたことへの罪悪感を感じる良心はあるのでな」

「……良心ですか?」

「おかしいか?」

「そうですね、と言いたいところですが別におかしくはありませんよ。ただ……なぜあなた方は魔力を集めるのか気になったもので。傷つけることに罪悪感を感じるのならば、本当はしたくないはず。それなのに行うということは、とても重大な理由があるはずです」

「……そうだとして話すと思うか?」

「それは思いませんね」

 

 少女は視線を私から夜月へと向けるが、すぐにこちらへと戻してきた。彼に向けられる瞳には感情の色があったが、すでに冷たい瞳と化している。

 

「話すという選択をするのならば、そもそも彼は今の状態にないでしょうから……そろそろ決めましょうか。剣を交えるか交えないかを」

「それもそうだな……」

 

 このまま無駄話をしていれば管理局に包囲されてしまうだろう。そうなれば逃げるのは難しい。

 シャマル達が助けようとしてくれるだろうが、闇の書の力を使うことになりかねない。そうなってしまえば、完成が遠退いてしまい、主を苦しめることになる。そのように考える一方で、夜月の言っていたことが脳裏を過ぎる。

 ……私は何を迷っているんだ。夜月を斬るときに覚悟を決めたはず。あいつの言葉に迷うことなど、もう許されはしない。

 今すべきことは、一刻も早く闇の書を完成させること。少女ひとりで来たから罠である可能性もあるが、彼女を現場で見かけたことはない。彼女の力量からすれば、現場に出るように要請されるのが普通だろう。今日初めて姿を現したということは、言葉どおり夜月を回収に来ただけとも考えられる。

 周囲には私達以外の魔力反応も転移の気配もない。ヴィータ達の方に意識を向けていたとすれば、まだ少し余裕があるはず。

 この少女はテスタロッサ以上の実力者だろうが、私もこれまでに無数の戦闘を行ってきた。隙を見て魔力を蒐集するだけならば、全力でやれば間に合うはず。

 この結論に至った私は、言葉ではなく斬りかかるという行動で返事を返した。しかし、少女には全く動揺は見られない。それどころか不敵な微笑を浮かべ、変形させたデバイスをこちらに向けていた。

 

「屠れ、灼熱の尖角……」

 

 身体を捻りながら上昇した次の瞬間、一瞬前に居た場所を灼熱の閃光が走り抜けて行った。

 ――何て威力だ……魔力を炎熱変換させた集束砲撃。これが直撃すれば一撃で堕ちかねん。

 これだけの魔法を私の動いた瞬間に放ったということは、こちらの答えは読まれていたということになる。だが回避できたのは大きい。

 砲撃魔法は威力があるだけに発射するまでに時間が要る。またあれだけの砲撃が使用できるということは、この少女は砲撃魔導師のはず。近接戦闘に持ち込めれば、騎士である私のほうが格段に有利だ。

 

「避けますか……まあ予想の範囲内ですが」

 

 焦りも恐怖も見えない無表情のまま、少女は無数の魔力弾を生成。拡散するように撃ち出したかのように見えたが、途中で一点を射抜くように軌道が変化する。

 あの砲撃からして魔力弾とはいえ高威力のはず。弾速も狙いも一流だ。だが……こんなもので私の剣は止められん。

 

「はああぁぁッ!」

 

 魔力弾を撃ち落しながら接近していく。眼前に来た魔力弾を落とすのと同時に、一瞬ではあるが視界がゼロになる。視界が回復したとき、その刹那を狙い済ました一撃がすでに飛来していた。

 反射的に身体を捻ったことで直撃は避けられたが、横腹付近の騎士服を持って行かれた。痛みによって動きが鈍りそうになるが、奥歯を噛み締め接近を速める。

 

「もらった!」

「く……」

 

 気合の一閃を放つも、デバイスを盾にされてしまった。だが初めて歪んだ少女の顔と伝わってきた手応えから、彼女のデバイスにダメージを与えられたことは確かだ。カートリッジを未使用の攻撃でも、あと何度かで破壊できるだろう。

 一度懐に潜り込んでしまえればこっちのものだ。テスタロッサほどの機動力があれば距離を取れるかもしれんが、砲撃に魔力資質が偏っている以上はそれもできまい。

 

「はあッ!」

「――っ」

 

 レヴァンティンが少女の頬を掠める。彼女の表情に感情が現るが、すぐさま無へと戻る。

 

「……ルシフェリオン」

 

 少女の口が閉じた直後、彼女の手からデバイスの姿が消えた。いったい何を考えているんだ、とも思いはしたが、炎が少女の拳を包んだ瞬間に理解する。

 

「滅砕!」

 

 気合と共に撃ちだされた炎のアッパー。攻撃直後だったとはいえ、仰け反らなければ回避できなかったほどの圧力と速度だった。

 少女の一連の動きからして付け焼刃のものではない。あれだけの射撃・砲撃能力を有していながら接近戦もできるというのか……だからといって、負けるわけにはいかない!

 

「おおおぉ!」

「はああぁ!」

 

 気合の声と共に高速の近接戦が始まる。

 双方ともほぼ足を止めた状態で、炎を纏った斬撃と打撃を雨霰のように繰り出す。だが互いに体捌きと打ち払いで防ぎ続け、通っているダメージは熱によるものだけだ。

 

「……ふふ」

 

 炎が舞い散る中、無感情だった少女の表情に変化が現れた。それはこれまでに見せてきた冷たいものではなく、戦いを楽しんでいる者が浮かべそうな笑みだ。

 その笑みを浮かべることを理解できる私は、少女と同じように笑みを浮かべているのだろう。出会いが違っていたならば、強敵と書いて友と呼ぶような関係になれていたのかもしれない。

 いつまでも続けていたい気分もあるが剣と拳で勝負しているだけあって、あちらの防護服の腕部は消耗している。それに私が無事に撤退できる時間も残り少ない。

 こちらの一閃を回避した少女が、正拳突きを放つ。それを私は鞘を使って迎撃。互いに同じ思考に至っていたのか、発生した衝撃に逆らわずに距離を取った。

 

「…………先ほどは簡単に倒せるようなニュアンスの言葉を言ってしまいましたが、ブランクのある今の状態では命の灯火が消えてもやり遂げるといった覚悟が必要なようです。撤回します」

「……私としては、ブランクがあるという言葉を撤回してもらいたいのだがな」

「残念ながらそれは事実ですので。……おそらくもうそろそろ局員が到着するでしょう。こちらは胸の炎があなたを倒して、更なる高みへと行けと告げていますから続けても構わないのですが」

 

 ここで続けるかどうかを聞くのは、夜月の治療をいち早くしたいからだろう。この少女は一見合理的な考え方をしそうではあるが、夜月のように組織よりも一個人のほうが大切なようだ。

 こちらとしても、そろそろ撤収しなければ危険だ。それに夜月を傷つけた本人ではあるが、彼の容態が気にならないわけではない。

 

「名残惜しいが、ここで引かせてもらおう。……私はシグナム、そしてこいつはレヴァンティンだ」

「……ではこちらも改めて、私はシュテル・スタークス。パートナーの名はルシフェリオンです」

「……おかしいかもしれんが、この勝負の続きを楽しみにしている」

 

 レヴァンティンを鞘に納めながら言った言葉に、スタークスは返事を返さなかった。彼女は漆黒のデバイスを回収し、夜月を抱きかかえる。

 スタークスはそのまま無言で立ち去ると思ったが、首だけわずかに振り返って口を開いた。

 

「再戦の約束をしたいのは山々ですが、私が現場に赴くのはおそらく今回限りです」

「……そうか」

「そう気落ちしないでください。あなたの前には、私ではありませんが必ず誰かが現れますよ」

 

 テスタロッサだろうかと思ったが、この流れで彼女の名前が出るのはおかしい。スタークスでもないとなると必然的に……

 

「急いで立ち去った方が賢明だと思いますが?」

 

 思考が読まれているようで焦りにも似た感情を感じつつも、私は速やかにこの場から離れることにした。ふと振り返ると、漆黒の魔導師を抱きかかえた紫炎と視線が重なる。だが彼女が何を考えているのか、私は読み取ることができなかった。

 

 

 




 ショウが意識を取り戻したのは治療室だった。意識の覚醒と共に彼の脳裏に過ぎったのは、砕け散ったファラだった。起き上がろうとするが、ダメージは残っているようで思うように身体を動かせずに倒れてしまう。だが彼をすぐさま支える人影があった。

 次回 As 10 「パートナー」


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第10話 「パートナー」

 瞼を上げるとの同時に目が眩んだ。

 反射的に瞼を下ろした俺は、すぐに自分が仰向けで寝ていることを理解する。次の思考は、なぜ自分がこの場で寝ているのかについて。

 確か……夜にシグナムと……。それで……

 諦めそうになったときにかけられたファラの言葉。目の前で砕け散った漆黒の刃。辛そうな表情を浮かべていたシグナム。それらが意識の覚醒と同時にフラッシュバックする。

 

「――ファラ! ……ぅ」

 

 起き上がる途中で鈍い痛みと急激な脱力感に襲われた。そこから起き上がることはおろか、体勢を維持することもできなかった俺は後方へと倒れ始める。多少の衝撃を覚悟したものの、倒れ始めた直後に誰かに身体を支えられた。

 

「……シュテル?」

 

 顔を横に向けると、目の前に彼女の顔が映った。

 普段と違って白衣を身に纏っている……いや、こちらが彼女の正装だ。長い間彼女の私服姿ばかり見ていたせいで、逆転してしまっていたようだ。

 シュテルは状況を正確に把握できていない俺が面白いのか、ほんの少しだが口角が上がっている。

 シュテルはゆっくりと俺の身体を倒していく。身体の状態や彼女の対応からシグナムとの戦闘でそれなりに負傷した。そして今に至っているのだと理解した俺は、抵抗することなくベッドに横になった。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ……ここは?」

「治療室ですが……もしかして気を失う前の記憶が飛んでるのですか?」

「いや飛んでない」

「そうですか……」

 

 何で少し残念そうなのだろうか。一般的に心配される場面だと思うのだが。

 シュテルに気を遣わせてるのではないかと心配したが、彼女は普段と変わらないようだ。親しくしていた身として思うところがあるが、いつもどおりな姿に安心する自分もいる。

 

「……ファラは?」

「自分の容態よりも彼女ですか……少し妬けますね」

「お前ってよくさらっと心にもないこと言えるよな」

「あなたもよくさらっと冷たい返しができるものですね。私の心は意外と打たれ弱いのですよ」

 

 傷ついてる人間は笑みなんか浮かべないだろ。

 そんな風に言い返しそうになったがやめる。シュテルはいつもどおりに振舞ってくれているが、きっと俺が気を失っている間は心配していたはずだ。心配が安心に変わったから、今こうして笑みを浮かべているのだろう。

 笑っているということは、ファラの破損もそこまでひどくはないのだろう。だが長い間一緒に過ごして、戦闘での破損は今回が初めて。胸の中から心配が消えることはない。

 ふと意識をシュテルに戻すと、まるでこちらの考えを読んだように微笑みかけてくる。

 

「ファラなら大丈夫ですよ」

「……そっか」

「……私の言葉では信用してもらえないのですね」

 

 シュテルは表情ひとつ変えずにしょんぼりするが、おそらく並みの相手では彼女が落ち込んでいることすら分からないだろう。まあ俺もしょんぼりしているような雰囲気を感じているだけで、彼女の本心が分かるわけでもないのだが。

 

「別に疑ってはいないよ……ただ、ファラとはずっと一緒だったから」

 

 ファラと過ごしてきた日々、それは俺にとって当たり前のものになりつつあった。だが当たり前だったものが突然壊れることはある。過去の出来事からも明らかなことだ。

 ……いや、過去とは決定的に違うことがある。

 今回ファラが破損した理由の中には、俺がフルドライブを使用したことが上げられるはずだ。無論使わなかった場合、あそこまでシグナムに食らいつくことはできずに負けていただろう。ファラが今と同じ状態、またはひどかった可能性は充分にある。

 結果的に良かったとも考えられる……が、今回ファラの破損の最大の原因は俺の弱さ。

 魔導師としてもっと強かったならば、ファラを破損させることもなかった。シグナムに俺を傷つけさせることもなく、彼女を説得してはやての傍に向かわせることが出来ていたはずだ。

 

「……いつだって何かを望むのは事が起きた後。こうしておけばよかったって後悔してばかり……俺は無力だ」

 

 気が付けば、ポツリと弱音を吐いていた。人の前で弱音を吐くなんてこれまでになかったというのに。それだけ心配や悔しさ、自分の無力さで心が参っているのだろうか。

 思わず泣きそうになってしまった俺は、目元を隠すように片腕を被せた。普段の俺ならば、こんな状態を人に見せようとはしない。たとえそれが家族同然の人間だったとしても……。

 ふと――手の平に温かさと重みを感じた。

 傍にいたのはシュテルのみ。そのことから重ねられているものは彼女の手だと判断した。今の状態を変えずに返事を返そうとした直前、彼女が先に話し始めた。

 

「あまり自分を責めるものではありません。責めたところで現状は変わらないのですから」

「……厳しいな。俺は……お前が思ってるほど強くないんだけど」

「分かっていますよ」

 

 優しく返された言葉に、俺は腕を退けてシュテルを視界に収めた。彼女は俺の傍に座ると、手の平を頭の方に移す。

 

「……ぇ」

 

 最初は何をされているのか理解できなかったが、彼女に頭を撫でられているのだと分かった。それと同時に恥ずかしさのようなむず痒い感情が湧いてくる。顔も熱くなっているため、赤くなっていてもおかしくない。

 何かしら言おうとするのだが、シュテルの突然の行動に戸惑ってしまって上手くしゃべることができない。そんな俺に対して、彼女は頭を撫で続けながら話し始める。

 

「あなたは何でもひとりでやろうとする。育った環境を考えれば仕方がないことですが、それはある意味あなたの弱さです。今回の件は、あなた独りの手に負えるものではありません」

「ん? ……えっと……今回の事件に関わってるのは俺ひとりじゃないと思うけど?」

「やれやれ、まだ完全に頭が回っていないようですね。私が言っているのは、あなたが密かにやっていたほうのことです」

「な、何を……」

「惚けても無駄ですよ。ここ最近のショウはおかしかったですからね。それにあなたを助ける際に、あの騎士とも顔を合わせました。あの方の表情から繋がりがあったようですし、あなたの人間関係などから推測すればおのずと答えは導き出されますよ」

 

 淡々と紡がれた言葉に、全身の血の気がなくなっていく気がした。

 ここ最近の行動の違和感はまだいい。自分でもこれまでの日常と違う行動をしていたことは分かっているのだから。それに俺の人間関係も……

 激しく動揺してしまっていたが、ふと湧いた疑問に意識は傾く。

 シュテルは現場に赴いたことはないし、俺は彼女がデバイスを所持しているところも見たことがない。そもそも彼女は、今回の事件に興味を持った様子もなかったはずだ。

 疑問が深まる中、視線をシュテルの顔からずらした瞬間にあることに気が付いた。彼女の首に何か掛かっている。こちらの視線に気が付いた彼女は、声を発しながら衣服から取り出してくれた。それはレイジングハートに酷似した紫色の球体。疑いようもなくデバイスだ。

 

「……魔導師だったのか?」

「ええ……誤解がないように言っておきますが、別に黙っていたわけではありませんよ。あなたと出会ってからここ最近に至るまで、私はこの子を持っていませんでしたから」

 

 嘘をついているようには見えないが、はいそうですかと納得できることでもない。詳しく聞こうと質問を投げかけると、淡々とした口調で答えは返ってきた。

 シュテルは高町に匹敵、またはそれ以上の才能を持っているらしい。そのためデバイスマイスターの資格を取る前は、俺と同じようにデバイスのテストを行っていたそうだ。

 ただ俺とは違って、彼女が担当していたのは戦闘をメインとしたデバイスのマスター。戦闘訓練も俺よりも受けていたらしく、抜群の成績を買われて数多くの実戦にも行ったことがあるらしい。

 

「……よく技術者のほうに行けたな」

「そうですね……高町なのはやフェイト・テスタロッサが現れなかったならば、未だに魔導師として活動していたかもしれません。まあ遠からず技術者の方に移っていたでしょうが」

「天才は言うことが違うな……」

「……それだけですか?」

「いや、ほしがるなよ……」

 

 なぜこうもシュテルは場の空気を支配するのだろう。それもおかしな方向に。

 一般人ならば俺を追い詰めているはずだ。事件の首謀者であるシグナム達と繋がりを持っていたのだから。

 シュテルにはこれまでに高町のような天然っぽさを感じたことがあった。しかし、高町とは性格が一周近く違って基本的に合理性を考える奴だ。普通に考えれば、俺に知っていることを白状するように言うはず。それなのにそこに話題を持っていく意思がほとんど見えない。いったい彼女は何を考えているのだろうか。

 

「そうですね。話を戻しましょう」

「あ、あぁ……」

「そう気落ちしないで大丈夫ですよ。あの少女のことは誰にも言うつもりはありませんから」

 

 穏やかな口調で言われたものの、彼女が何を言ったのか理解するのが遅れてしまった。

 シュテルは本当に何を考えているんだ。バレてしまったとき、傍にいたのに分からなかったのかと責められて罰せられる。黙っていても何のメリットもない。普通は迷うことなく俺やはやてのことを報告するほうを選ぶはずだ。

 

「そんな顔をされると傷つきますね」

「いや、だって……」

「ええ、まあ……確かに以前の私ならあなたの考えているようにしていたでしょう。正直に言えば、私自身も少し驚いています」

 

 シュテルはそこで一旦口を閉じて、先ほどまで座っていたイスに座り直した。寝た状態のまま話を聞くのも嫌だった俺は、先ほどとは違って腕も使ってゆっくりと起き上がる。

 寝てなさいといった視線を浴びるが、俺は首を横に振った。しばらく見詰め合った後、シュテルはため息をつく。どうやらこちらが寝そうにないので、早く話を終わらせようと折れてくれたようだ。

 

「……少し昔の話をしましょう。私は昔はさっぱり人に懐かない本の虫で、ほとんど人と話すことはなく外にも出ませんでした。別に家族や他人と接するのが嫌というわけでもなかったのですが、知識を仕入れることが楽しかったもので夢中になってしまったんです」

 

 両親も手を焼いていたと続けるシュテルに、理解していたのならもっと対応してあげてもよかっただろうに、と思う俺はおかしくないだろう。そんな風に思う一方で、彼女らしいと思ってしまっているのだが。

 シュテルは家にある本をほとんど読んだはずだし、地球でも興味を持った本を買っている。彼女の部屋に何度か入ったことがあるが、入る度に本が増えているように感じる。未だに彼女は本の虫だろう。まあ人と話さないということはないが。

 

「そんな私を、前に話したことがある友人のひとり――ディアーチェと言うのですが、彼女が無理やり外へと連れ出してくれたんです。自分と一緒に来い、そのほうが本よりもよほど生きた知識と経験が手に入ると言って」

「……ちょっと聞きたいんだが、その子っていくつ?」

「同い年ですが?」

 

 それが何か? といった視線を向けてきたシュテルに俺は何でもないと首を横に振るだけだった。だが胸中では思うことがあったのは事実。

 シュテルの小さい頃はまだ理解できる。人と話そうとしないこと以外は特に変わっていないから。でもシュテルの友人は……どれだけ精神年齢が高かったんだろうか。

 

「話を続けますが……彼女は私が歩き疲れたら手を引いてくれましたし、転んだ時は背負ってくれました。今思えば、家から子供の足で歩いて行ける距離の野原や裏山でしたが……彼女と出歩いた世界は、私にとって初めての経験ばかりで何もかも新鮮でした」

 

 本当に楽しかったのだと分かるほど、シュテルは笑顔を浮かべている。きっと彼女にとってその友人は、俺にとってのはやてのような存在なのだろう。

 今よりも小さい時期に子供が子供を背負っていたという話に違和感を覚えなくもないが……魔法世界とここを比べてはいけないよな。

 いつになく言葉数の多いシュテルだったが、ふと我に返ったかのように笑みが消えて無表情に戻った。彼女は一度咳払いをしてから再び話し始める。

 

「……見知らぬ人間が出てくる思い出話をされても面白くないでしょうから、結論だけ言いましょう。友の大切さは私も理解しているということです」

「そうか……でも」

 

 そうだとしても俺がやっていたことは立場上許されることじゃない、と続けようとしたのだが、シュテルの大きなため息で遮られてしまった。

 

「やれやれ……あなたは基本的に鋭いですが、こういうところは鈍いですね」

「……?」

「友が大切と言っているのですから、間違ったことをしているのならば正すことが優しさなのだということも理解しています。あなたの考えていそうなことが一般的に正しいのでしょう……ですが」

 

 立ち上がってこちらに近づいてくるシュテル。パッと見た感じはいつもの感情のない表情だが、纏っている雰囲気のせいか真剣に感じる。

 

「ショウ……あなたは私にとって大切な人なのです」

 

 はっきりと言われたその言葉に、思わず顔が熱くなった。ニュアンスとしてははやての言う《好き》と同じなのだろうが、シュテルははやてと性格が違う。そのせいか今感じる恥ずかしさは、はやての比ではない。

 

「事件が始まってから今日のような日が訪れるのではないか、と予想はしていました。ですが、それでも倒れているあなたを見たとき、私は激情に身を任せてしまいそうになりました。これはあなたに一般の方とは違う強い想いがある証拠だと思うのです」

 

 い、いや思うのですと言われても……。

 堂々と言ってくるシュテルに対し俺は徐々に恥ずかしさを増して行っている。そのため返事を返そうと思っても、上手く話すことができない。ある意味いじめではないかと思うほど、そんな俺を無視して彼女は話し続ける。

 

「レーネがなぜ私をこの職務に就けたのか分かる気がします。技術者として仕事を始めてからというもの、私は再びのめり込んでしまって昔の私のようになりつつありました。ですがこの職務に就いてからは、自分らしさのある部屋を作る楽しさ。何気ないことでも一緒にすることによって思い出になり、幸せに感じるのだということを改めて知りました」

 

 先ほど友達の話をしているときのような幸せな笑みを浮かべながら話すシュテルを見て、胸の中には温かな感情が溢れてきた。もちろん同じぐらい恥ずかしいという感情も湧いてきている。

 

「もしかすると、あなたは私の友と同じ――いえそれ以上に大切な存在かもしれませんね」

 

 優しげに微笑んだシュテルを見た俺の羞恥心は最大のものになってしまい、彼女から顔を背けた。普通に動ける状態だったならば、この場から立ち去っていたかもしれない。

 

「それに、私はショウがどういう人間か多少は知っています。ファラのことを大切に思っているあなたは、普通ならフルドライブを実戦で使うことはないでしょう。ですが今回は使った。彼女が破損してでも、自分の身が傷ついても貫きたい強い想いがあったのでしょう?」

「……あ、ああ」

「なら、それを応援したいと思うのは普通ではないですか? 私はあなたのパートナーなのですから」

 

 シュテルはもう一度優しく微笑むと、「長話は身体に響くでしょうからこのへんで……」と言って踵を返した。だが彼女は俺と扉の中間辺りまで歩くと、首だけであるが再びこちらを振り返る。

 

「ショウ、ひとつ聞きます。あなたの中にある想いは折れてしまいましたか?」

 

 俺の中にある想い……はやてを助けたい。シグナム達を止めたいという想いのことだろう。

 俺はシグナムに負けた……全力を出したけど届かなかった。ファラも傷つけてしまった……でも彼女は俺を責めたりしないだろう。また自分を責めることを許さないはずだ。

 ファラが完全に破壊されていたのならば、はやてやシグナム達への想いは折れていたかもしれない。でも俺もファラも生きてる。ファラも修理が終われば、シュテルのような問いをしてくるはずだ。

 今までにあった出来事は、もう後悔することしかできない。でも今回は、俺の努力次第ではまだ間に合うかもしれない。このまま何もせずに最後を迎えるのはご免だ。可能性がある限り、俺は諦めたくない。

 

「……いや、折れてない」

「そうですか……なら最後まで諦めずに貫いてください。そのために必要なあなたの剣は、私が責任を持って直します」

 

 迷いのないシュテルの瞳に安心感を覚えた。

 何気ないことで感じていなかったが、冷静に思い返せばシュテルはいつも俺を支えてきてくれた。彼女は俺にとって、はやてにも負けない大切な存在だと言えるかもしれない。

 

「……ありがとうシュテル」

「礼には及びません。パートナーですから」

「そっか……良いパートナーを持てて幸せだよ」

「……そういう返しは想像してませんでした」

「ん、何か言ったか?」

「いえ、何でもありません。こちらの作業が終わるまでにそちらが治っていなかったら意味がないのですから、さっさと寝てください」

 

 

 




 ショウとシグナム達の関係を知りながらも、シュテルは彼の味方であることを明言。そして、すぐさまファラの修復に取り掛かった。
 ショウはしばらく治療室で過ごすことになる。ふと目が覚めたとき、彼は誰かに手を握られていることに気がついた。

 次回 As 11 「諦めないという決意」


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第11話 「諦めないという決意」

 眠りから覚めた瞬間に違和感を感じた。

 シグナムとの戦闘で負傷した俺は、叔母が仕事で家にいないこともあってファラの修理が終わるまで治療室で寝泊りすることになった。そのため今居る場所が家ではないというのは理解している。

 俺の右手は、誰かに両手でしっかりと握られている。違和感の正体は、それによって感じた圧力と温もりだ。

 いったい誰が握っているのだろう……真っ先に浮かぶのはシュテルだよな。でも彼女はファラの修理を行っているはず。しかし、休憩がてら見舞いに来たという可能性もないわけではない。

 しっかりと頭が回り始めた頃、俺はゆっくりと瞼を上げた。視界に映ったのは心配そうな表情でこちらを見つめている金髪の少女。自然と彼女と視線が重なる。

 

「……えっと」

「よかった……」

 

 経験のない状況にすぐさま反応ができない俺をよそに、テスタロッサの瞳が潤む。彼女の様子から心配してくれたのだと理解し喜びを覚えた。だがその一方で、心配をかけてしまったことに罪悪感を覚える。

 だが俺は戦闘で負傷し寝込んだのは今回が初めてであるため、謝罪や感謝の気持ちをどの順番で言えばいいのか迷ってしまう。

 

「その…………ごめん」

「ううん……謝るのは私のほう。守れるように強くなるって言ったのに……また守れなかった。ごめん……」

 

 なぜテスタロッサが謝る必要があるのだろうか。彼女は今回一緒にいたわけではない。そもそも今回の事の原因は、全てにおいて俺の自業自得だ。

 テスタロッサがどういう性格をしているのか、短い付き合いではあるがそれなりに理解している。彼女は優しい。優し過ぎる故に必要のないことで自分を責めてしまう。その姿はどことなくはやてと重なって見えた。

 気が付けば俺は、身体を起こして空いている左手をテスタロッサの手に重ねていた。驚きの混じった表情を浮かべる彼女を真っ直ぐに見据え口を開く。

 

「君は悪くない」

「でも……!」

「でもじゃない」

 

 少し強めの声で遮ると、テスタロッサの身体がビクリと震えた。彼女は少し顔を俯かせながら、こちらの顔色を窺っている。

 少し前にも似たようなやりとりがあったな、と思いつつ、そのときと同様のことを意識して話しかけることにした。

 

「君はあの場にいなかったし、待機していたわけでもないだろ? 何で助けに来なかったんだって責めたりしないよ。というか、むしろ君には感謝してる」

「え……私、感謝されるようなことしてないよ?」

「高速移動魔法とか色々と教えてくれただろ。おかげで戦闘が一方的な展開にならずに済んだ。それがなかったら俺はもっとひどい状態だったかもしれない」

 

 シグナムが最後の最後まで本気で仕留めようとはしていなかったようなので、実際のところ負傷の度合いは大差がなかったかもしれない。でもそれは肉体的な負傷においての話だ。

 歴戦の騎士である彼女とあれだけ戦うことが出来たからこそ、俺の心は完全に折れずにシュテルの励ましもあって持ち直すことが出来たのだ。瞬殺されていたならば、今頃はきっと塞ぎ込んでいたことだろう。

 

「そもそも俺が強かったらこんなことにはなっていないわけだしさ。君には感謝しかしてないよ……心配をかけたことは悪いとも思ってるけど」

「……ふふ、別に最後のは言わなくても良かったと思う」

「そうだね……でも君が笑ってくれた。今の顔のほうが俺は……」

 

 好きだよ、と続けようとしたとき、視界に人影が入ってきた。俺と視線が重なったその人物は、気まずそうな微妙な笑みを浮かべる。

 今の反応からして、おそらく大分前からそこに居たのだと分かる。何で俺は気が付かなかったのだろう。特別な意味でテスタロッサの手を握っていたわけではないが、手を握り合った状態で会話していたのは事実だ。その姿を見られていたかと思うと、顔が熱くなるほどの恥ずかしさを感じる。

 

「ショウ? ……な、なのは!?」

 

 俺の視線を追うように振り返ったテスタロッサは、高町の姿を確認すると驚愕の声を上げた。そして、今の自分の状態も理解したようで視線が手と高町を何度も行き来している。言うまでもなく、彼女の顔は俺以上に赤面している。

 

「ちちち違うの! こ、これは……その変な意味じゃなくて!」

「フェイトちゃん、落ち着いて。別に変な誤解とかしてないから」

 

 高町ははっきりと言ったものの、テスタロッサは顔を赤くしたまま俯いてしまった。そこまで恥ずかしがられると、こちらも恥ずかしくなってしまう。だが俺まで同じような反応をしてしまうと、彼女は余計に恥ずかしがりそうだ。

 頭の中から余計な思考を排除し、感情を落ち着かせる。そうしている内に高町は傍まで近づき、イスに腰掛けた。

 

「思ったより元気そうだね」

「ん、あぁ……治療は昨日終わってたからね。睡眠も充分取ったし……」

 

 背伸びや腕のストレッチをしてみると、身体の至るところが鈍っていると感じた。シグナムとの戦闘が終わってから、ほとんど寝ていたせいだろう。家事やトレーニングで身体を動かさないことがなかっただけに、鈍る速度が速いように感じる。

 これといって痛むところもないし、ファラの修理はまだまだかかるだろう。今の状態のままだと、ファラの修理が終わってすぐに現場というのは厳しい。

 

「……軽く身体でも動かそうかな」

「ダ、ダメ!」

 

 突然発せられた声に俺と高町は驚き身体を震えさせた。視線を声の主に向けると、ふと我に返ったかのような表情を浮かべた。

 

「あっ……えっと、そのちゃんと治してからじゃないと。悪化したら大変だし……」

「フェイトちゃん、心配し過ぎだよ。身体を動かしちゃいけないのなら、ダメって注意されてると思うし。あんまり寝てばかりいるほうが身体には悪いんじゃないかな?」

「それは……そうだろうけど」

「大丈夫だよ。するにしても、ちゃんと許可を取ってからにするから」

 

 テスタロッサは少しの間の後、「うん……」と返してきた。どうやら納得してくれたようなので、これで一段落だ。

 

「……ところで、俺が寝てる間に何か進展とかあった?」

「あっ、うん」

「確か……」

 

 高町とテスタロッサは、確認し合う様に新たに分かった情報を話し始める。

 闇の書には《ナハトヴァール》という自動防衛システムが搭載されているらしい。これが主の侵食と暴走の原因となっているそうだ。

 ナハトヴァールは完成してから一定時間経過すると、闇の書の意思とも呼べる管制システムからコントロールを奪い、集めた膨大な魔力と主の命を使って破壊をもたらして次の主の元へと転生。停止や封印に関する資料はまだ見つかっていない。

 ユーノが今も必死に探しているそうだが一緒に探していた身としての予想では、おそらく完成までの残り時間を考えると発見は難しいだろう。

 ……俺の予想が当たっていたってわけか。

 闇の書が完成しようとしなかろうと、はやての未来は変わらない。ならば俺が取るべき行動は、もう一度シグナム達を止めることだ。

 さすがに今度は今回のように甘くはないはず。

 高町のように短時間で強くなるような才能は俺にはない。どんなに覚悟を決めようと、本気の騎士達に勝つのは難しいだろう。

 だけど……だからといって諦めたくはない。諦められるほどはやてへの想いは軽くはないのだから。それに高町達だってぶつかり合うことで分かり合えた。シグナム達はかつてと違って人らしくなっている。分かり合う道だってあるはずだ。

 

「リンディさんやクロノくんが色々と準備してるみたいだけど、出来れば完成前に止めたいね」

「うん……ショウ?」

「あ、あぁ聞いてるよ……」

「大丈夫? 何だか顔色が悪くなってきてるけど……」

「大丈夫だよ。ただ……シグナム達が可哀想だと思ってさ」

「可哀想?」

「ああ。多分だけど、今回は主に命令されたからじゃなくて自分達の意思で魔力を集めてるんじゃないかな」

 

 自分とシグナム達の関係がバレる恐れはあるが、時間がなくなってきているのも事実。俺ひとりでは彼女達を止めることは難しい。止めることが出来るなら、あとで罰せられることになっても構わない。

 それにひとりでやろうとするな、とシュテルにも言われたばかり。ひとりの力では厳しいと分かっているのだから、素直に高町達の手を借りよう。彼女達ならば手を貸してくれるはずだ。

 

「前に昔のシグナム達と今のシグナム達は違うって話を聞いたし、主によっては力を求めない人だっているだろうしさ」

「確かにそうだね。でも今までにそういう人はいなかった感じだよね?」

「それは……自動防衛システムのせいじゃないかな。一定期間魔力を蒐集しないと主を蝕むって言ってたし」

「だろうね。でも例えば……」

 

 俺はそこで一旦口を閉じて、ふたりをそれぞれ見る。不思議そうに首を傾げるあたり、こちらの意図は分かっていないようだ。

 

「君達みたいな人が主だったならありえない話じゃない。君達は、多分他人を傷つけるくらいなら自分が辛くても我慢するよね?」

 

 高町達はどれだけの苦痛があるか分からないため迷っているようだが、彼女達ははやてと似ているところがある。おそらくはやてと同じ道を選ぶだろう。

 

「闇の書に蝕まれれば、身体に障害が出たっておかしくない。君達みたいな性格の主なら、シグナム達にとって大切な存在だと思う。目に見える形で弱っていくのを黙って見てはいられないんじゃないかな……」

「……でも、闇の書が完成しちゃったら」

「そのことを多分シグナム達は知らないんだと思うよ。彼女達も言い方は悪いけど闇の書の一部。どこか壊れていれば、記憶が欠けていてもおかしくない」

 

 部屋の中に沈黙が流れる。

 完成してもしなくても、主は死んでしまう。何でこんなにも理不尽なのだろうか。

 クロノ達はこんな思いをどれだけ重ねてきたのだろう。今回の事件だけで、俺の心は擦れ切れてしまいそうだ。

 蘇るように脳裏を走るはやての声や笑顔、彼女との思い出。苦しみながらも彼女のために必死なシグナム達。諦めるなと背中を押してくれたシュテル。様々な感情が芽生え、それによって心が押し潰されていくような感覚に襲われる。

 …………待てよ。ナハトヴァールが支配するのは完成してから一定時間の経過後だったよな。その間は管制システムが生きているということ。なら管制システムの協力があれば、はやてを救う道も残されているんじゃないか……。

 

「……シグナム達を止めよう。闇の書が完成しちゃったら、たくさんの人が危険な目に遭うから」

「うん。……それとショウくんの予想が当たっているとしたら、シグナムさん達の主を救いたい。最後の最後まで諦めたくないよ」

「……俺は諦めるつもりはないよ」

 

 弱々しく言われた高町の言葉に返事をするように、俺は静かにだがはっきりと言った。ふたりの視線がこちらに向いたのを感じたが、気にすることなく続ける。

 

「シグナム達は立場上は敵でも根っからの悪人だとは思えないから。彼女達の主と世界、ふたつとも救ってみせるとは言えないけど最後まで諦めたくない……」

 

 もう嫌なんだ。大切な人を失うのは……、思わず口にしそうになったその言葉を必死に飲み込んだ。

 感情を抑えるために無意識に握り締められていた手を、誰かがそっと包んだ。視線を向ければ、優しい微笑を浮かべた高町。

 

「うん、諦めずに頑張ろう。ひとりじゃ挫けちゃうかもしれないけど、私達はひとりじゃないから」

 

 

 




 諦めないと決意を固めたショウは12月24日――クリスマスイブにはやての元を訪れる。はやてはショウの突然の来訪に緊張してしまうが、彼の雰囲気が変わったことを察した。これまでのように話すふたりだったが、来訪者によって雰囲気は一変していく。

 次回 As 12 「繋がり」


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第12話 「繋がり」

 12月24日。

 時間帯は16時を過ぎているが、街は普段よりも明るい。クリスマスイブということもあって、イルミネーションなどが多数設置されているからだろう。

 見慣れたものよりも眩く感じる街並みを歩いていると、幸せそうな男女やケーキと思しき箱を持った大人達を目的地に至るまでに数え切れないほど目撃した。

 順調な足取りだったものの、ある一室を前にして俺の足は止まってしまった。

 別に暴言を吐きあうようなケンカをしたわけでも、長い間顔を合わせていないわけでもない。だが前にここを訪れた際に言われたのは、知り合ってから初めて言われた拒絶の言葉。今日ここに来ることを前もって伝えていなかっただけに、いざ来てみると緊張や不安で身体が思うように動いてくれない。

 別に長居するつもりはないんだ。拒絶の色が少しでも見えれば、渡すものだけ渡して帰るだけ。あいつらがいるかもしれないけど、室内で刃を交えるような展開にはならないはずだ。覚悟を決めて扉を軽めに数回叩くと、中から返事が返ってくる。

 

「いらっしゃ……」

 

 少女は笑顔で迎えてくれたが、すぐに驚きの表情を浮かべた。部屋内にいるのは彼女ひとり。

 純粋に俺の存在に驚いたというわけでもなさそうだ。言いかけた言葉から予想するに、彼女は別の誰かを思い浮かべていたのだろう。

 クリスマスイブということも考慮すると、今日は彼女の知り合いが訪れてパーティーでもする予定だったのかもしれない。これは渡すものだけ渡してさっさと帰ったほうがいいかもしれない。

 

「ショウ……くん」

「久しぶり」

 

 近づいていくと、はやての表情は微妙なものになっていく。前回の内容を考えるに、彼女はどう接していいか迷っているのだろう。

 正直に言えば、俺も内心穏やかではない。再び拒絶の言葉を言われるのではないか、と思うと手が震えそうになる。

 だが本当に怖いのは、はやての笑顔が見れなくなること……いや彼女が悲しみや寂しさで胸を一杯にして死んでしまうことだ。

 今のところ彼女を確実に助けられる術はない。絶対に助けてやる、なんてことを言ってやれる度胸も俺にはない。だけど最後の瞬間まで諦めないと決めたんだ。

 

「う、うん……久しぶり」

 

 返事を返してきたはやては、こちらの顔色を窺うように覗きこんで来る。別に俺の顔には何もついていないと思うのだが……心境の変化があったから表情が変わって見えるのだろうか。

 

「どうかしたか?」

「え……ううん、何でもあらへん。ただ元気になった……というか、何か雰囲気が変わったなぁって思っただけや」

「それって何でもなくないんじゃないか?」

「それは……まあそうやけど。真面目にツッコまんでもええやん」

「別にツッコミを入れてるつもりはないんだがな……」

 

 俺の言葉にはやては視線で「いやツッコんでる」といった返事を返してくる。即座に否定の言葉を口にしようかと思ったが、冷静に流れを考えると似たようなやりとりが続きそうでならない。どう返事をしたものかと考えていると、突然はやてが吹き出した。

 

「何だよ?」

「いやな、さっきまで緊張しとった自分がバカらしゅうて。今度会ったときどないしようって思ってたけど、案外話してみると普通に話せるもんやな」

「まあ別にケンカしてたわけじゃないからな」

 

 穏やかな空気が流れ始め、互いに笑顔を浮かべる。

 長居するつもりがない俺は、立ったまま話してもよかったのだが、はやてが自分の隣に座るように促してきたので従うことにした。

 

「なあショウくん、今日は何持ってきたん?」

「俺が渡してから開けていいかって聞くのが一般的な流れじゃないか?」

「子供を見るような目をしたって無駄や。だってわたし子供やもん」

「普段は自分の方が年上だのお姉さんだの言うくせに、お前って調子の良い奴だよな……」

 

 これまでと同様に呆れながら持ってきた荷物を順番に取り出していく。

 

「この箱はケーキで、そっちの包みがプレゼント?」

「ああ」

「開けてもええ?」

 

 と聞いてきた割には、返事を待たずに開け始めている。まあここでダメと言うのならば、最初から持ってきてはいないため別にいいのだが。

 普段は同年代よりも大人びて見えるはやてだが、こういうところを見ると年相応の女の子だと感じる。このように感じるから、叔母からは子供らしくないと言われてしまうのだろう。

 はやては箱を開けてケーキを見ると嬉々とした笑顔を浮かべたが、ピタリと止まったかと思うとそっと蓋を閉めた。

 

「何か嫌いなものでも入ってたか?」

「いや入っとらんよ。ただ……」

「太りそうだなってことか?」

「違う……って、よくそんなこと女の子に言えるなぁ」

「相手がお前だからな」

 

 はやては微妙な顔を浮かべた。おそらく親しい間柄だから言われているということで喜びを覚えているのだろうが、その一方で女の子として扱われていないようで不服なのだろう。こういうときは話を進めるに限る。

 

「で、結局何が言いたかったんだ?」

「本当は分かっとるんやないの?」

「まあいくつか候補は浮かんでる。前に言ってた女としてのプライドがどうのってやつとか」

「分かっとるやん」

 

 それならば質問するな、という視線を浴びせられたが、俺はこれといって反応しなかった。

 返事を返すとなると、必然的に確実に合っているとは限らなかったというニュアンスのものになる。それを言えば、面倒臭い流れになるような気配がしたからだ。無言を貫いていると、はやての興味は包みの方へ移る。

 

「中身は……手袋にマフラーやん。寒さもどんどん増していっとるし助かるなぁ」

「でもこの部屋って快適な温度に保ってあるよな」

「……なあショウくん。ショウくんはわたしを喜ばせに来たんやないの?」

「そうだが……現状は必要ないのも事実だろ?」

「今後のために言うとくけど、その変な真面目さ治したほうがええよ」

 

 むすっとした顔を浮かべるはやて。俺は咄嗟に「だったらそっちも適当なところ治せ」と言いそうになる。だが言った先にあるのは他愛のない長い会話だろう。最初の彼女の反応から来客がありそうなので、必要以上に長居はできない。名残惜しさはあるが、できるだけ早く会話を終わらせよう。

 

「そうだな。お前は真面目って言ってくれるけど、知り合いにはいじわるとか言われるし善処するよ」

「へぇ……知り合いって女の子?」

「そうだけど」

「ふーん……」

 

 はやては、自分から聞いてきた割にはどうでもいいと思える反応をする。大抵のことは表情や声色から読み取れるのだが、今回は彼女の内心が分からない。

 シャマルがいればまたちょっかいを出してきそうだから……やきもちでも焼いているのだろうか。でもはやては自分以外に友達を作れといった感じのスタンスだったはず。顔を見ても嫉妬心があるようには見えない。

 

「…………そろそろ帰るよ」

「え? もう帰るん?」

「もう……って、もうすぐ5時になるんだが」

 

 冷静に返事をしたが、ふとあることに気が付く。

 普段のはやてならば、帰ると言えば素直にまた今度といった意味の返事をして見送るはずだ。だが今回は、帰らないでほしいと取れる言葉を発した。

 ……はやては不安なんだ。シグナム達と前ほど一緒にはいなくなっているし、人前では見せていないだろうけど闇の書の侵食で苦しんでいる。肉体的にも精神的にも参って当然だ。

 はやての頭にそっと手を乗せて優しく撫で始める。

 

「まあ……もっと居てもいいんだけどさ。ただこの後誰かと会うんじゃないか? 最初の反応を見る限り、誰かと間違えてたみたいだし」

「そうやけど……別にショウくんがおってもええと思うよ」

「いやいや、無関係の俺がいるのは不味いだろ」

 

 多少の繋がりがあるのならまだいいが、全く知らない人間だったら気まず過ぎる。

 自分自身で言うのもなんだが、対人スキルが高いとは言えない俺が見知らぬ人間と上手く会話できるはずがない。

 

「わたしが思うに無関係やないと思うよ」

「その根拠は?」

「これから来る子らは、わたしらと同い年でショウくんと同じ学校に通っとる」

「……お前、俺が同学年全員と知り合いだとでも思ってるのか?」

「思ってるわけないやろ。ショウくんって人付き合いとかは不器用なんやから」

 

 失礼な、と言いたいところだが自分でも認めている部分であるため反論できない。あれこれ何を言うか考えていると、扉を叩く音が聞こえた。

 

「はーい」

 

 はやてが返事をすると、扉が開く音がした。数人の足音が聞こえたかと思うと、続々と来客の姿が視界に飛び込んでくる。

 

「はやてちゃん、こんばんわ」

「「「こんばんわ」」」

「あっ、いらっしゃい」

 

 まず最初に登場したのは月村。その後一斉に高町、テスタロッサ、バニングスが現れた。

 彼女達とははやての言っていたように無関係ではない。月村とは興味のあるものが同じということもあって他の子よりも親しくしていたし、高町やテスタロッサとは魔法関連で付き合いがある。バニングスとはこれといって何もないが、クラスメイトという繋がりくらいはあるため無関係だとは言えない。

 シグナム達がいなければ、はやてと一緒にいるところを見られても何ら問題ない。……のだが、女子と二人っきりでいたところを見られるというのは恥ずかしいものだ。思わず身体が硬直してしまったのは言うまでもないだろう。

 意外な展開に戸惑ってしまったのはあちら側も同じようだ。だが付き合いの薄いバニングスはすぐさま復活して行動を起こした。

 

「何であんたがここにいるのよ」

「いや、その……」

「はやてちゃんのお見舞いだよね?」

 

 ずばりそうであったため、素直に頷き返した。

 ……待て、何で月村はこの状況に戸惑っていないんだ。俺の記憶が正しければ、はやてと知り合いだなんてことは話した覚えはない。

 

「すずか、何であんたそんなに何事もなかったかのような笑顔なのよ?」

「うーん……簡単に言うと、はやてちゃんの話にはショウくんっぽい男の子が毎回のように出てきてたからかな。だから知り合いなのかなぁって」

「ちょっ、すずかちゃん。毎回のようには言うてへんやろ」

「ううん、言ってたよ。そのときのはやてちゃんって普段よりも嬉しそうだったからよく覚えてるもん」

 

 はやては恥ずかしそうに顔を赤らめて月村にそれ以上言わないでほしい懇願している。とはいえ、今の俺は冷静にそのやりとりを見ていられるはずがない。

 はやてとは他の女子とはやったことがないやりとりを色々としてきた。それを話されたかと思うと、顔から火が出そうだ。顔を覆ったまま立ち去ってしまいたい。

 

「ところで、具合はどう?」

「うーん、退屈すぎて別の病気になってしまいそうや」

 

 月村達には笑いが起こるが、俺はまだ先ほどの後遺症で顔を覆って壁に寄りかかっていた。

 はやてと高町達がそれぞれ自己紹介をし始めるが、俺の頭の中はここからどのように出て行くか。また今度彼女達と顔を合わせたときの対応手段を考えることで埋まっていた。

 

「あっ、これお見舞いのお花」

「それにクリスマスプレゼント」

「わあ、ありがとう」

 

 彼女達の間には穏やかな空気が流れ始め、会話が弾んでゆく。はやてに渡したクリスマスプレゼントやケーキから俺に話題が飛び火したり、ちょくちょくはやてや月村が話を振ってくるため帰るに帰れない。

 

「……ん?」

 

 俯いていると誰かに袖を引っ張られた。顔を向けると、先ほどまでと打って変わって気落ちしているテスタロッサがいた。

 

「どうかしたの?」

「……はやての横にある本なんだけど」

「本?」

 

 俺の記憶が正しければ、はやての傍に本はなかったはずだ。俺が見ていない間に彼女が取り出したのだろうか。

 視線をテスタロッサからはやての方へ向けた瞬間、目に飛び込んできたのは闇の書。全身から血の気が引いていくような感覚に襲われる。

 ――待て、何で闇の書がここにあるんだ。本来ならば蒐集を行っているシグナム達の元にあるはずだろ。それがここにあるってことは……

 ある答えが導き出された瞬間、扉を叩く音が室内に響いた。

 

「あっ、みんな来たみたいや。どうぞ」

「失礼します」

「「こんばんわ」」

「すずかちゃん、アリサちゃん、こんばんわ……」

 

 笑顔を浮かべていたシャマルの顔が、俺やテスタロッサ達と視線が絡み合うのと同時に驚愕へと変わった。シグナムやヴィータも同様に驚きを隠せないでいる。

 

「――ッ!」

 

 我に返ったヴィータは、敵意を顕わにした目を浮かべてはやての前に立った。俺を見たときは顔を歪めたように見えたが、それもほんの一瞬。懐いてくれていた彼女も、敵として立ちはだかるようだ。

 威嚇するように声を上げるヴィータだったが、丸められた雑誌で頭を叩かれた。振り返った彼女の後ろのいるのは、もちろんはやて。ただヴィータの態度にご立腹のようだ。

 

「こらヴィータ、お見舞いに来てくれてる人に対してどういう対応や」

「でもはやて……」

「えっと……はじめましてヴィータちゃん」

「あの私達……何もしないよ。大丈夫……ですよね?」

 

 はやての見舞いを続けていいか? とテスタロッサはシグナムに尋ねた。シグナムはそれに事務的に肯定の返事を返す。

 不吉な空気が漂い始めるが、シャマルが何事もないようにみんなのコートを集め始める。それによって空気は再び穏やかなものに戻る。だがそれは表面上だけ。事件に関わっている者達の間には、異様な緊張感が付き纏っているように思える。

 

「念話が使えない……通信妨害を?」

「シャマルはバックアップの要だ。この距離なら造作もない」

「ううぅ……!」

「あの……そんなに睨まないで」

「睨んでねぇです!」

「もうヴィータ、悪い子はあかんよ」

 

 はやてや月村達がいるこの場で戦闘が始まる気配はないが、状況は最悪だ。

 ほぼ確実と言っていいほど、このあとシグナム達と剣を交えることになるだろう。だがこれはいい。どちらにせよ、彼女達とは剣を交えてでも話し合わなければならない。

 問題は今回で話をつけられなかったときだ。今日の出会いではやてが闇の書の主だということが、高町達に知られてしまった。それに俺がはやてと知り合いだったことも知られている。今日を境に自由な行動が取れなくなってしまってもおかしくない。

 

「あの私達……今日は本当に偶然で」

「言われなくても分かっている。道は違えたが、夜月がお前達をここに連れてくるとは思えんからな」

「え……?」

「何を驚いている? ここで出会ってしまった以上、我らと夜月に繋がりがあったと理解したはずだ。まあ……信じたくないという気持ちは分からんでもないがな」

 

 どうして、と向けられた視線に反射的に顔を背けた。

 ……俺は何をしているんだ。こうなることも覚悟の上で選んだ道のはずだ。それに今日が俺に残された最後のチャンスかもしれない。

 逃げるな……逃げたら何も出来ずに迎える未来しかない。そうなったら一生悔やみ続けるはずだ。たとえ彼女達から見放されることになったとしても、最後まで諦めないと決めたんだ。

 

「……この手の話はあとにしよう。今はただ……あの子に幸せな時間を過ごしてほしいんだ」

 

 

 




 はやてが闇の書の主だということを知ってしまったなのは達は、アリサ達が帰ったあと屋上でシグナム達と相対する。
 闇の書の完成でははやては救えないのだと伝えようとするが、シグナム達は聞く耳を持たない。彼女達にとって大切な存在であったショウの言葉でも、考えを変えることはなかった。必然的に刃を交えることになる。

 次回 As 13 「終焉の始まり」


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第13話 「終焉の始まり」

 月村とバニングスを見送った後、俺達はシグナム達と共に屋上へと移動した。

 俺の目の前にはシグナムとシャマル、やや後方には高町とテスタロッサがいる。ヴィータはというと、未だにはやての元に残っている。だがすぐにこちらへ来るだろう。

 

「……はやてちゃんが闇の書の主なの?」

「ああ……そもそもはやてが主でなかったなら、今日ここで俺達はシグナム達と会ってない」

 

 誰かに言ったのかは定かではなかったが、俺は肯定の言葉を口にした。少女達の方へ振り返ってみれば、信じたくないといった表情が浮かんでいる。テスタロッサは、顔から察するに俺がどちら側なのかというのが気になっているようだ。

 

「あの……ショウは……」

「俺は……」

「我々の敵だ」

 

 はっきりと放たれた言葉に、俺達の視線はシグナムの方へ集まった。

 この前のように弱々しい表情は浮かべられていない。彼女の中で、俺は完全に敵だと認識されたのだろう。もう手加減をさせるようなことはない。下手をすれば……だがそれでも。

 

「えーと……話が見えないんだけど」

「俺ははやてと繋がりがあったんだ。そしてはやては闇の書の主。俺の立場が管理局側なのか、あちら側なのか気にならなかったの?」

「あっ……えっと」

「シグナムが言ったとおり、俺は彼女達の敵だよ」

 

 高町達の味方だとは言わない。いや言えない。浮かべられた表情から察するに、彼女達は俺のことを信じてくれていた。だが俺はそれを裏切るような真似をずっとしてきてのだ。自分から味方なんて口が裂けても言えるはずがない。

 ゆっくりと視線をシグナム達へと戻し、はっきりとした口調で告げる。

 

「シグナム、それにシャマル。蒐集をやめてはやてと一緒に過ごしてくれ」

「……ひとつ聞くが、主はやてを救う術はあるのか?」

「…………」

「ならばこの前と答えは変わらん。我らの悲願はあと少しで叶うのだ。邪魔をするのであれば主の友人だろうと……お前であろうともう容赦はせん」

 

 いやに音を響かせながらシグナムは剣を引き抜いた。明確な敵意のある瞳をこちらに向けている。

 

「ショウくん、君ははやてちゃんのことが好きよね。なのに何で邪魔をするの? はやてちゃんが死んじゃってもいいってことなの?」

「そんなはずない!」

 

 声を上げたのは俺ではなく高町だった。彼女はその勢いのまま続ける。

 

「ショウくんのことを話すはやてちゃんは本当に嬉しそうだった。ふたりの間には強い絆があるんだって分かるくらいに。それはきっとショウくんの中にもあるはず!」

「それくらい私達だって分かっているわ」

「だったら何で死んじゃってもいいなんて言うんですか! はやてちゃんと会ったばかりの私でさえ救いたいって思ってるんです。ショウくんがそんな風に思ってるわけない!」

 

 なぜ彼女はこんなにも自分を庇ってくれるのだろう。

 俺と高町にはそこまで強い繋がりがあるわけじゃない。それに俺は、彼女に対して裏切るような真似をしていたのだ。なのに……

 

「はやてちゃんのことが好きだから……闇の書が完成しちゃったらどうなるか」

「うりゃあぁぁ!」

 

 突然響いた気合の声。テスタロッサは咄嗟に飛び退き、高町は防御魔法を展開させる。

 ヴィータの一撃は重く、デバイスなしで発動した防御魔法では受け止めることができなかった。高町の身体は後方へと吹き飛び始める。

 そうなるだろうと予測していた俺は、飛来してきた高町を受け止めた。が、あまりの勢いに一緒に吹き飛ばされフェンスへとぶつかる。ぶつかる直前に部分的に魔法を発動させていたので痛みはほとんどない。

 

「大丈夫か?」

「え……あっ、うん」

 

 追撃があるかと思ったが、ヴィータはシグナムほど割り切れてはいないようで罪悪感を覚えているような顔をしていた。

 ただヴィータに合わせてシグナムが動いたようで、テスタロッサが後方に飛び退いてデバイスを起動させていた。

 

「シグナム……」

「管理局に主のことを伝えられては困るんだ……そして、夜月。お前の存在は我らを迷わせる」

「私の妨害範囲から出すわけにはいかない……全員、覚悟してもらうわ」

 

 これ以上の会話は無駄と言いたげな物言いだ。だがシグナムは俺の存在が自分達を迷わせると言った。ここで諦めるわけにはいかない。

 

「さっきの質問の答えだけど、俺ははやてには生きてほしいと思ってる」

「……だったら邪魔すんなよ。あと少しではやては元気になってわたしらのところに帰ってくるんだ。これまで必死に頑張ってきたんだよ。だから……邪魔すんなよな!」

 

 こちらに歩いて近づきながら、涙ながらに訴えるヴィータ。彼女がどれほどはやてのことが好きなのかが窺える。それだけに止めたいという思いも一層強くなった。

 闇の書が完成してしまえば、集めた魔力と主の命を使って破壊をもたらす。つまり完成させてしまえば、ヴィータ達にはやてを殺させるようなものだ。

 完成した後も可能性は残されているが、その可能性は極めて低いもののはず。ならば、たとえ彼女達から嫌われることになろうと、できる限り完成させない道を選ばなければ。

 

「ヴィータ、その方法じゃはやては帰ってこない」

「――っ!?」

 

 俺が言ったからなのか、それとも自分達の行っている方法に不安を抱いているのか、はたまた両方か。ヴィータの顔はひどく歪み、涙が一層溢れ出した。

 

「闇の書は壊れている。このまま進んだとしても、その先にあるのは……」

「黙れ!」

「――っ、ショウ!」

 

 声に導かれるように視線を向けると、こちらに衝撃波が向かってきていた。反射的に近くにいた高町を突き飛ばし、防御魔法を展開。衝突と同時に光と音が発生する。

 ピンポイントに魔力を集めて展開したため撃ち抜かれることはなかったが、衝撃に耐えられず俺の身体はフェンスを突き破って宙へと投げ出された。

 浮遊感を覚えたのもつかの間、地面に向かって加速し始める。それとほぼ同時にふたりの少女が俺の名前を呼んだのが聞こえた。

 

「…………純粋な話し合いは無理か」

 

 半ば分かっていたことだが、出来ることならシグナム達と剣は交えたくない。だがシグナム達に俺の言葉を聞く意思はないようだ。ならば……

 俺の意思を読んだかのように胸ポケットががさがさと動く。中にいた人物は、ひょこっと顔を出したかと思うと外に飛び出す。

 プラチナブロンドの髪と青い瞳、端正な顔立ちが目を引く。戦闘用とも言えそうな黒のドレスを身に纏っていることもあってか、白い肌がより際立って見える。

 

「マスター」

「ああ、行こう――ファントムブラスター・ブレイブ」

 

 セットアップと発言するのと同時に、身体を漆黒の光が纏わりついていく。

 それが収束するにつれて、ぴったりとした黒のレザーパンツ、同じく黒のロングコートが身を包む。漆黒の球体を中心にやや大振りな両刃片手直剣が形成されていく。

 従来ならばここまでだが、相棒は生まれ変わっている。可能な限り小型化されたカートリッジ、それが入ったマガジンが出現。それを手に取り、剣の側面に装着してリロードする。

 

「……重いな」

 

 無意識に発していた言葉は、カートリッジシステムが追加されたことによる重量の変化だけを差しているわけではない。

 カートリッジシステムの導入は現時点では危険性の高い行為。ファラの場合、一般とは違った仕様だけにレイジングハート達よりも危険性は高かったかもしれない。

 だが彼女の修復を行ってくれたシュテルやマリーさんを責めるつもりはない。

 少し前の俺だったならば違ったかもしれないが、ファラは人間らしく扱うだけでなくデバイスとしても扱ってほしいと言っていた。カートリッジシステムの導入も彼女が望んだことだと聞いた。

 自分自身のことよりも俺のことを想ってくれての決断であるのだから、もちろんファラを責めるつもりはない。そもそも俺が強かったならば、彼女にそんなことをさせる必要はなかったのだから。

 

〔マスター……〕

〔大丈夫。上手く扱ってみせるさ〕

 

 そう……俺が失敗しなければファラを危険にさらすことはない。だからといって気負いすぎるつもりもない。気負えば結果が悪いものにしかならないのだと、はやてとの一件で理解しているのだから。

 全員の姿が見える位置まで空を翔る。

 高町やテスタロッサは安堵や喜びの表情を浮かべるが、シグナム達の顔はそれとは対照的なものだった。デバイスの形状が若干とはいえ変わっているから、俺が本気で止めようとしているのだと理解したのだろう。

 はやてと比べれば、シグナム達とは出会ってからの時間は微々たるもの。だけど彼女達との時間は、鮮明に思い出が蘇るほど楽しいものだった。

 覚悟していたこととはいえ……シグナム達と二度と道が交わることはない。彼女達に辛い顔をさせているというのは苦しい現実だ。

 だけど彼女達が止まれないように、俺も止まるわけにはいかない。

 世界のため、だなんてことを言えたら一番いいのだろうが、俺にはそんなことは言えない。友達であるはやてのため、彼女の家族であるシグナム達のために俺は止めるんだ。

 

「……何で、何でだよ! はやてのこと大切なんだろ。わたしらに負けないくらい好きなんだろ!」

「ああ」

「だったら……、だったら何でわたしらが戦わないといけねぇんだよ! ……分かんねぇ、全然分かんねぇよ。はやてを助ける手段見つかってねぇんだろ。わたしらに任せてくれていいじゃねぇか!」

「……それはできない」

 

 お前達がはやてのことをどれだけ大切に想っているか知っているから。俺にとっても大切な存在だから。だから……お前達にはやてを殺させたくないんだ。

 この想いを言葉にしても、今の彼女達には届かないのだろう。ヴィータはまだしも、シグナム達は敵対する意思を固めている。言葉を届けるには戦う道しか残っていない。

 

「……お前……今のお前はわたしの好きだったショウじゃねぇ! 悪魔だ!」

 

 涙を流しながらもはっきりと告げられた言葉に、胸の内が切り裂かれるような感覚に襲われた。

 何で俺は……ヴィータと戦わなくちゃいけない。あの子を泣かせる真似をしているんだ……。どうして悪魔なんて呼ばれないといけないんだ!

 そんな思考が脳裏を過ぎり、今すぐにでも和解したい衝動に駆られる。だが、自分が辛いからといってここで逃げるわけにはいかない。

 はやてのために、騎士達のためにも闇の書の完成を止めさせると決めたんだ。……今回が俺に残された最後のチャンスかもしれない。

 両親の死でバラバラになりかけた心を繋ぎ止め、癒してくれたはやてはかけがえのない存在だ。彼女の幸せのためならば、心が砕けることになるとしても……。

 どんなに辛くても、苦しくても逃げるな。やれるな、俺……。

 

「……悪魔で構わない。俺には……貫きたい想いがあるんだ」

 

 剣を構えながら真っ直ぐ見つめると、ヴィータは怯んだように後退った。噛み締めながらぎゅっと目を瞑ったのち、彼女は八つ当たりするかのようにデバイスを振り上げ高町の方へ走り始めた。カートリッジがリロードされ、次の瞬間には爆炎が巻き起こった。それもつかの間、桃色の光と赤色の光が屋上から飛び去っていく。

 どうやらヴィータは、俺ではなく高町との戦闘を選んだようだ。高町もそれに答えるつもりらしい。この場に残っているのは俺とテスタロッサ。敵対する側はシグナムとシャマル。

 数は同じだが、あちらは数多の戦闘経験がある騎士達だ。シャマルは戦闘向きの魔導師ではなさそうだが、油断は禁物だろう。

 

「……シャマル、お前は離れて通信妨害に集中しろ」

「……相手はふたりいるのよ?」

「彼らとはそれぞれ剣を交えたことがある。力量は分かっているつもりだ。勝てない勝負を今するつもりはない」

「……本気なのね?」

「ああ……それに蒐集を行うと決断したのは私だ。お前は戦闘向きではないし、ヴィータは夜月とは戦えんだろう。主の存在がバレてしまった以上、手加減するわけにもいかない……十字架は私が背負う」

「……分かったわ。だけど私は、あなたの力を信じてるわ。それに、たとえ十字架を背負うことになったとしても、あなただけに背負わせたりなんかしない」

 

 シャマルは後方に下がりながらバリアジャケットを身に纏った。

 俺はテスタロッサの近くへと移動し着地する。彼女と視線が重なるが、俺と同じ想いでいてくれているのか力強く頷いてくれた。俺達の視線はシグナムへと向く。

 

「シグナム、闇の書は悪意のある改変によって壊れてしまっています。今の状態で完成させてしまっては、はやては……」

「お前達があれをどう決め付けようと、どう罵ろうと聞く耳は持てん」

「そうじゃない、そうじゃないん……!」

「聞く耳は持てんと言った! 邪魔をするのなら――」

 

 シグナムの身体を炎のような魔力が包み込み、衣服が徐々に戦闘用のものへと変わっていく。剣を振り上げ、振り下ろす形で構えると包み込んでいた魔力が霧散する。

 

「――斬り捨てるのみだ!」

「っ……」

 

 言葉では無理だと悟ったのか、テスタロッサもバリアジャケットを展開した。ただ普段とは違ってマントはなく、両手足には魔力翼が確認できる。

 

「薄い装甲をさらに薄くしたか……」

「その分、速く動けます」

「緩い攻撃でも……当たれば死ぬぞ?」

「あなたに……勝つためです」

「……夜月といい、お前といい。……こんな出会いをしていなければ、私達は良き友になれていただろうにな」

 

 シグナムは俯きながら鞘を出現させ、流れるような動きで剣を納めた。

 

「まだ間に合います!」

「……止まれん」

 

 そう静かに発せられた次の瞬間、彼女の頬を涙が伝った。それを見た俺とテスタロッサは、彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「我ら守護騎士……主の笑顔のためならば、騎士としての誇りさえ捨てると決めた。この身に代えても救うと決めた……」

 

 シグナムの剣から薬莢が排出され、足元に魔法陣が出現。彼女は涙を隠そうともせずに顔を上げる。

 

「こんなところでは、止まれんのだ!」

「……いや、止める。止めてみせる!」

 

 互いが同時に前進し始めた。俺とシグナムとの距離は瞬く間に縮まり、彼女と視線が重なる。

 迷いのない一撃が放たれる。それに対して、こちらも上段から斬り下ろす。交わったふたつの刃は、甲高い音を響かせた。

 競り合う形になったものの、体格や筋力の差もあってか徐々に押されてしまう。

 

「夜月、相手がお前であろうと手加減するつもりはない。斬り捨てる!」

「ああ……」

 

 シグナム、お前は俺と友達になれたかもしれないって言ったな。だけど友達はなろうと思ってなるものじゃない。互いに相手のことを大切に思えるようになっている、と自覚したときにはすでに友達なんだ。

 お前は何度も俺の身を案じて身を引くように言ったくれたよな。俺に稽古をつけてくれたよな……。

 

「そうでもしない限り、俺は何度だってお前と剣を交える……友達としてお前を止める!」

「――っ……お前は敵だ!」

 

 生じた迷いを振り払うかのように、シグナムは強引にこちらの剣を弾き飛ばした。

 体勢が崩れて行く中、切り返された刃がこちらへと迫ってくるのが見える。剣で防ごうとすれば、結果的により体勢が崩れることになるだろう。

 

「あなたの相手は、ショウだけじゃありません!」

 

 魔法を使って防ぐしかない、と判断を下そうとした瞬間、頭上に鎌を振り上げているテスタロッサの姿が見えた。シグナムもそれに気が付いたようで、攻撃をやめて鞘を振り上げた。耳障りな衝撃音が鳴り響く。

 体勢を立て直し再度シグナムに仕掛けようとした瞬間、ふと彼女の背後にいたシャマルが視界に映った。シャマルの瞳には普段の優しい色はなく、何かを狙っているように見える。

 俺はシグナムへ向かっている。彼女の力量を考えれば、テスタロッサとの競り合いをやめることは可能のはずだ。その上で純粋な戦闘タイプとは思えないシャマルが取る行動は……。

 脳裏に浮かんだ答えが当たっている確証はなかったが、俺は適当な方向に向かって高速移動魔法を発動させた。何をやっているんだ、といった視線を向けた者もいたが、シャマルだけは違った反応を見せる。予想通りバインドか何かを仕掛けていたようだ。

 ――個々の戦闘能力じゃ俺やテスタロッサよりもおそらくシグナムが上だ。シグナムの一撃の威力を考えれば、防御力の低い俺達にはどれも致命傷。まとも受ければ一撃で倒れる。シャマルをどうにかしなければ……

 カートリッジをリロードしながら魔力弾を生成。これまでの魔力弾よりも一回り大きく、数も多くなっている。扱いきれるかという不安を強い想いで押し殺し、シャマルへと導いていく。

 

「ショウくん……私もヴォルケンリッターなのよ」

 

 シャマルは飛来する魔力弾に怯む様子は見せず、手にしているデバイスで大きな輪を描いた。そして彼女は、輪の内側へ手を伸ばす。

 理解しがたい行動だと思ったのもつかの間、シャマルが力強く腕を引っ張ると突如テスタロッサが現れた。予想になかった事態に俺とテスタロッサは共に驚愕する。とはいえ、思考を止めれば魔力弾がテスタロッサを襲ってしまう。俺は必死に魔力弾を別の方向に誘導した。

 

「お前達はシャマルを侮りすぎだ」

「――っ!?」

 

 わずかな隙を見逃すことなく、シグナムはテスタロッサに一閃。テスタロッサは持ち前のスピードでかろうじて防御することができたが、浮遊していたこともあって吹き飛ばされた。シャマルから遠ざけようとしたのか、テスタロッサを飛ばした先には俺がいる。魔力弾に意識を向けていたこともあって、テスタロッサと衝突した。

 

「う……」

「ぐっ……」

 

 鈍い痛みを感じるが一刻も早く体勢を立て直さなければならない。俺はテスタロッサの腹部に手を回し、剣を地面に突き刺すのと同時に両足の踏ん張りを利かせる。一瞬と呼べそうな時間、周囲に摩擦音が響き渡る。俺達は、どうにかフェンスを突き破ることなく静止することができた。

 

「テスタロッサ、平気か?」

「う、うん……さっきの魔法だけど」

「おそらく転移系の魔法……転送というよりは取り寄せる感じのものかな」

「だとすると厄介だね……もしかしたら」

 

 テスタロッサが言いたいのは、リンカーコアを対象にしても使えるんじゃないかということだろう。だが

 

「可能性はあるけど、今は無理だと思う」

「根拠は?」

「俺を狙わずに君を盾にしたからだ。リンカーコアを対象にできるとしても、それなりに条件があるんじゃないかな。例えば、バリアジャケットが破損しているとか」

「……うん、充分に考えられると思う」

 

 俺とテスタロッサは互いに構え直す。

 シャマルに攻撃性はあまりないが、転移魔法の使い方やサポート能力から考えて充分に脅威だ。シグナムに関しては言うまでもない。

 2対2であるが個々の戦闘経験、仲間との連携から考えて総合力はあちらが上だ。ここにいるのが俺ではなくて高町ならば、テスタロッサとの連携も格段に良くなるため違ったのだろうが……。

 とはいえ、高町はヴィータを相手している。交代しようとしても、ヴィータは俺との戦闘を避けかねない。3対3という状況になれば、俺がより足手まといになって状況は悪化するだろう。こんなことならば、もっと内容の濃い戦闘訓練を積んでおくべきだった。

 

「大丈夫だよ」

「……この状況でよくそんなことが言えるね」

「うん、だって諦めたら勝てないけど今のショウには強い想いがあるよね。ショウが諦めないなら私も諦めるわけにはいかない、って思えるから」

「……俺は」

 

 続きを口にする前にテスタロッサは、言わなくていいと言わんばかりに首を横に振った。

 

「大切な人がいなくなるんじゃないかって不安で……、あの人達のためにも頑張って……。きっと今日までに……ショウはいっぱい悩んで、苦しんで、傷ついてきたんだよね」

 

 テスタロッサはそこで一旦口を閉じ、優しい瞳を真っ直ぐこちらに向ける。

 

「それでも今もこうして戦ってる……私はそんなショウのこと信じてるよ」

 

 心の中にあった何かが砕かれた気がした。

 ……本当に君は優しい子だね。俺は高町のように君に心を開いていたわけじゃないのに……。

 喜び、自分への嫌悪などを覚えつつも、俺の口は無意識にこう発する。

 

「……俺も君を信じる」

 

 視線は自然とシグナム達へと向いた。テスタロッサも、少しの間の後彼女達へと意識を戻したようだ。

 実力的な何かが変わったわけではない。だがそれでも、先ほどまでよりも戦える気がするのはテスタロッサの言葉のおかげだろう。

 再び戦闘が開始される、まさにその瞬間だった。

 とある方向から爆音が響く。一瞬ではあるが桃色の光が見えたため、おそらく高町の砲撃によるものだろう。

 爆発や爆音は魔法を使用した戦闘には付き物だ。これだけだったならば意識はすぐにシグナム達へ戻っていただろう。

 煙が晴れると共に姿を確認できたヴィータの周囲には、不気味な色の障壁があった。高町の砲撃を受けて無傷というのも驚くべき事実だが、それよりも注目すべき点があった。

 

「……闇の書?」

 

 ヴィータの顔にも困惑の色が見える。

 突如出現した闇の書は、障壁を消すと少し上昇した。直後、蛇のような闇色の魔力が多数出現する。

 

「あれは……」

「ナハトヴァール……何故!?」

 

 ナハトヴァール――闇の書に搭載されている自動防衛システムであり、暴走を引き起こす原因。だがあれが起動するのは完成後ではなかったのか。

 

「待て、今は違う! 我らはまだ戦える!」

「そうか……こいつ、こいつがいたから」

 

 疑問を抱いているのは俺達だけではないようだ。騎士達まで闇の書の行動を理解できていないとなると、いったい何が起こるというんだ。

 そのように思った矢先、ナハトヴァールからシグナム達の維持を破棄して完成を最優先するといった発言があった。それを間近で聞いたヴィータは、誰よりも早く怒声を上げながらナハトヴァールへ向かって行く。だがあっさりと返されてしまった。

 ナハトヴァールは次なる行動に移る。強固なバインドを複数発動させ、この場にいた全ての者を拘束した。敵対していた俺や高町だけでなく、闇の書の一部であるシグナム達でさえも。

 蒐集されたことがある高町とテスタロッサを除いて、リンカーコアが出現。必然的に魔力の蒐集が始まる。

 

「ぅ……」

「く……!」

「シグナム、シャマル! うぐっ……!」

 

 高魔力保持者から蒐集を開始したのか、騎士達の顔が歪んだ。助けたいという想いに駆られるが、バインドを破壊することができない。

 ――どうする……。高町やテスタロッサでもバインドは解けそうにない。俺もすぐに蒐集される……そうなったらしばらく戦闘することは不可能。何もできないまま最悪の未来を迎えるのことになるのか……。

 

「うおおっ!」

 

 突如、気合の声と共にナハトヴァールへと殴りかかった人影があった。

 見慣れた姿ではないが、ザフィーラだろう。彼の放った攻撃は決して軽いものではないだろうが、ナハトヴァールの防御は異常なまでに強固のようだ。ザフィーラの拳から溢れ散っている鮮血がその証拠だろう。

 標的をザフィーラに定めたナハトヴァールは、彼を吹き飛ばすと蒐集を開始。ザフィーラは抵抗を見せたが、結果は言うまでもなかった。

 次は俺の番か……

 と思ったが騎士達の魔力によって完成したのか蒐集は行われなかった。

 だが解放されることなく、拘束された状態のまま高町達と共に闇に包まれ始める。

 闇に包まれる直前に見えたのは張り付けされたように拘束された騎士達と、それを見つける少女の姿だった。

 

 

 




 シグナム達を説得するために剣を交える道を選んだなのは達。だがナハトヴァールが起動したことによって、その場にいた者は拘束されて魔力を蒐集されてしまう。それによって、ついに闇の書が完成してしまった。
 しかし、少年と少女達の心は折れていなかった。はやてや騎士達を助けるという想いを胸に抱いて行動を起こす。

 次回 As 14 「闇の書の意思」


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第14話 「闇の書の意思」

 高町やテスタロッサの協力もあって、拘束していた魔法をどうにか打ち破ることができた。

 はやての元へと向かった俺達の目に映ったものは、闇色の光の柱。高町がレイジングハートを初めて起動させたときに見たことを思い出すが、目の前のそれは高町のよりも濃密な魔力を感じる。

 いったい何が起きているのか、はやては無事なのかなど様々な思考をしつつ近づいていると、突如闇色の柱が爆ぜた。それに伴って発生した衝撃波によって停止させられる。

 

「……また……全てが終わってしまった」

 

 闇色の羽根が舞い散る中、同色の魔法陣の上に長い銀髪の女性が立っていた。漆黒のバリアジャケットに、魔法かバリアジャケットの一部と思わしき翼。はやてとは全く似ていないが、状況から考えてはやてなのだろう。

 管制人格が搭載されている闇の書は、ユニゾンデバイスと呼ばれるものにも分類されるはず。本来は主の姿をしているらしいが、主に問題があったりした場合は管理人格の方が表に出るといった情報を調査の一環で見た気がする。

 管制人格の隣にはナハトヴァールと闇の書の姿がある。王の傍に控える側近のようにも見えるが、一定時間が経過すれば管制人格ではなくナハトヴァールが主導権を握る。そうなれば破壊の未来しか訪れはしない。

 あいつが王に成り代わる前に管制人格と話し合わなければ……。

 

「我は魔導書……我が力の全てを」

 

 管制人格が右手を高く上げると、闇色の球体が出現する。豆粒ほどにしか見えなかったそれは、飛躍的な速度で肥大化した。

 

「忌まわしき敵を打ち砕くために……」

「……ショウ!」

 

 距離を詰めようと前に出た瞬間、テスタロッサから制止の声がかかった。何だ? と思いもしたが、管制人格が発動させようとしているのが空間攻撃だと悟る。

 これまでに蒐集された膨大な魔力を使用するのならば、距離があろうと充分な威力があるはず。距離を取りたいところだが、すでに発射直前だ。いまさら大した距離は稼げない。

 となると防ぐしかないが、俺の防御力で対応できるだろうか。いや、やるしかない。高町に防御してもらうほうが安全だろうが、前に出てしまったために不可能。それに個人的には大問題だが、客観的に見れば俺が戦闘不能になっても高町とテスタロッサが無事ならば希望はある。

 

「闇よ……沈め」

 

 闇色の球体が小さくなって行ったかと思うと、圧縮されたと思われる膨大な魔力が一気に拡散する。高町は、防御を捨てていたテスタロッサを守るように位置を取って防御魔法を展開。俺も可能な限り多重で防御魔法を展開した。

 膨大な魔力が防御魔法に衝突。俺の展開していた防御魔法は次々と壊れていく。破壊されるにつれて、腕に伝わる衝撃や胸の内にある負の感情が強くなっていく。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 衝撃で後退させられたこともあって、どうにか紙一重で防ぎきることができた。カートリッジシステムがなかったならば、俺は今頃沈んでいたことだろう。

 高町はレイジングハートを一旦テスタロッサに預けて右腕の感覚を確かめ始める。

 

「なのは、ごめん。ありがとう」

「大丈夫、私の防御頑丈だから」

 

 俺と同様に負荷があったようだが、優れた防御力を持っているだけあって彼女はテスタロッサからレイジングハートをすぐに受け取った。テスタロッサは回避が難しい空間攻撃のことを考慮してか、バリアジャケットを普段の形態に戻す。

 

「ショウくんは平気?」

「……まあ……大丈夫かな」

 

 左腕に力が入りづらくなっているが、俺は右利きであり剣も片手で持てる重量だ。他の形態となると話は別だが、今の状態のままならば問題はない。

 

「本当に大丈夫?」

「大丈夫だよ。心配かけて悪い」

「謝る必要はないよ。でも無理はしないでね」

「それは……状況が状況だけに善処するとしか言えないかな」

「それなら、普通に善処するだけでいいと思うよ」

 

 変に真面目だよね、と言いたそうにテスタロッサは笑っている。その笑顔は、どことなくはやてが俺に向けるものと同じに見えた。

 ……そういえば高町が会話に入ってこないな。いつもなら真っ先に俺の言ったことに何かしら言うのに。

 視線を高町のほうへ向けると、彼女は何やら不思議そうな顔で俺とテスタロッサを見ていた。

 

「なのは、どうかした?」

「え、ううん何でもないよ」

「何でもないようには見えなかったけど……」

「えっと、ほら今はそんなことよりもあの人だよ。あの人は……いったい?」

 

 うやむやにしようとしているように見えるが、彼女の言っていることのほうが優先事項だ。

 

「彼女はおそらくベルカの融合機だよ。簡単に言えば、主と一体化して戦う人格型管制ユニット……」

 

 と言ってからある疑問が湧いた。

 テスタロッサはまだしも、魔導師になってから1年も経っていない高町に言って分かるのだろうか。ベルカとかは魔法体系でもあるから分かるだろうけど……いや、彼女だって闇の書に関する情報は耳にしているんだ。はっきりとは理解できていなくても、何となくは理解しているはず……。

 

「ショウくん?」

「ん、あぁ何でもないよ。本来なら彼女は、主をサポートする役割のはずだから表には出ないはず。なんだけど……」

「現状は表に出てるよね。ということは……おそらくはやては意識を失ってる」

「だろうね」

「助けるには?」

「分からない……」

 

 そう、テスタロッサの言うように方法は不明。だが彼女がメインである今はまだ可能性が残されている。方法が分からないといって諦めるのは愚かだ。

 

「なら話してみればいいだけさ。彼女が一番情報を持ってるだろうから」

「うん!」

「そうだね!」

 

 俺達は広範囲に結界を発動させた管制人格へと近づいていく。彼女が結界を張り終えるのとほぼ同時に到着。全く怖気づいていない高町が口を開く。

 

「あの、闇の書さん!」

「…………」

「私達、はやてちゃんやヴィータちゃん達を……」

 

 そこで高町は口を閉じることとなった。管制人格が彼女の言葉を遮るように話し始めたからだ。

 

「我が騎士達はお前達を打ち破り、ナハトの呪いを解き主を救うと誓った。そして主は、目の前の絶望が悪い夢であってほしいと願った。……我はただ、それを叶えるのみ」

 

 確かにシグナム達ははやてを救おうとしていたし、閉じ込められている間にはやては嫌な光景を見たことだろう。

 だが闇の書の完成は全ての終わりを意味する。重要なシステムの一部である彼女ならば、そのことは理解しているのではないのか。

 

「……叶えてどうするんだ?」

「どうする? ……私はただ騎士達や主の想いを叶えるだけだ」

 

 叶えたからといって、シグナム達が戻ってきたりはやてが解放されるわけではない。いったい誰が幸せになるというのだろう。

 そんな想いを思わず口にしそうになる。しかし管制人格の瞳を見た瞬間、口に出そうとした言葉は霧散していった。彼女の瞳に視線を釘付けにされたからだ。あの瞳を俺は知っている。

 両親を失ったばかりの頃の俺と同じ目だ……いや、俺よりももっと深く絶望しているように見える。……それも当然か。彼女はこれまでに数え切れないほどの主を失ってきたんだ。

 力を欲していた主が多かっただろうが夜天の書と呼ばれていた頃の主の中には、はやてのような優しい心を持った主だっていたかもしれない。大切な人との別れというのは、たった一度でも心をズタズタに切り裂いて破壊する。それを何度も経験したとすれば、心が壊れてしまうのは当然だ。

 だから彼女は……きっと諦めてしまっているんだ。闇の書が完成してしまっては、もう未来は変えられないと……。

 

「……ただお前は主にとって大切な存在だった。そして騎士達にとっても……騎士達はお前と敵対していたが、本当はお前を傷つけたくはなかっただろう。今すぐここから立ち去ってくれ」

「それは……できない。俺は最後まで諦めないと決めたんだ。はやてを救う可能性がある限り、俺がここから立ち去ることはない」

「……そうか。では仕方がない。主には穏やかな夢の内で永久の眠りを……そして、我らに仇なす者には永遠の闇を」

 

 管制人格の足元に魔法陣が出現したかと思うと、地面から炎の柱が次々と現れた。街中の至るところに立っているためランダムか思いきや、的確にこちらの居場所にも噴出してくる。俺達は散開を余儀なくされた。回避運動を続けていると、あることに気が付く。

 ――徐々に高町達から離されている。あいつ……俺だけ遠ざけて全てを終わらせる気か。

 距離を詰めようにも絶妙な位置に炎柱が出現し邪魔をする。遠目に見えるのは、高町の上空へと移動し攻撃を繰り出す管制人格。高町はどうにか受け止めたが、撃ち出された魔力によって吹き飛ばされた。

 

「なのはっ!」

 

 テスタロッサは管制人格の進行方向に割り込むように加速し、身体の正面を上空の方に向けながら空になった薬莢を排出。すかさず新たなカートリッジを詰め込むと、デバイスを鎌状に変形させて接近する。

 

「クレッセントォォセイバーッ!」

 

 鎌から撃ち出された三日月型の魔力刃は、回転しながら管制人格へと飛んで行った。管制人格はそれを左手で受け止める。それとほぼ同時に、テスタロッサは彼女の背後へと回った。何度見ても驚異的なスピードだ。

 だが驚かされたのはテスタロッサの移動速度だけではなかった。管制人格は彼女の存在を一瞬にして感知し、受け止めていた魔力刃を振り向き様にテスタロッサに向けて放つ。テスタロッサも即座に反応し受けきったが、そこに管制人格が追撃を加えた。

 圧倒的な戦闘能力だと言わざるを得ない。だが高町達の心は折れてはいないようだ。

 

「コンビネーション2! バスターシフト!」

「――ロック!」

 

 高町は砲撃を準備しながら、テスタロッサは体勢を立て直しながら管制人格の腕をそれぞれバインドした。

 打ち合わせをしたようには見えなかったが……それだけあの子達は通じ合ってるということか。

 単純に考えても総合力は俺が最も下。管制人格を説得するにも戦闘を行いつつになる……俺が今すべきことはあの子達のフォローだろう。あの子達が戦闘不能になるのと俺がなるのとでは明らかに前者の方が重大だ。

 

「「シュートっ!」」

 

 桃色の閃光と雷光のような砲撃が放たれる。見ただけでどちらも強烈な威力を持っている魔法だと分かる。直撃すれば、いくら管制人格とはいえダメージが皆無ということはないはずだ。

 しかし、ふたつの砲撃が命中する直前、管制人格がバインドを破壊。両手を飛来してくる砲撃へと向けて防御魔法を展開する。

 管制人格の張った防御魔法は、高町達の砲撃を受けてもびくともしていない。

 

「……貫け」

 

 拮抗している、と思ったのもつかの間、管制人格は砲撃を防ぎながら高町達に魔力弾を放った。その数はそれぞれに10発以上。爆煙で高町達の姿は確認できないが、彼女達の魔力反応にあまり変化が見られないことから即座に砲撃をやめて防御魔法を展開したようなので直撃は避けたようだ。

 

「…………」

 

 闇の書が開いたかと思うと、管制人格の両手の先にオレンジ色の魔法陣が展開された。そこからそれぞれ複数の鎖状の魔力が出現する。この魔法はアルフが使用する拘束系魔法だろう。

 高町達を捕獲した管制人格は、彼女達を地面に叩きつける。そして、桃色と金色のバインドで拘束した。

 

「これ……」

「私達の魔法……」

「……私の騎士達が身命をとして集めた魔法だ」

 

 管制人格の口が閉じるのとほぼ同時に、彼女の頬を涙が伝う。

 

「闇の書さん?」

「お前達に咎がないことは分からなくもない。だがお前達さえいなければ、主は騎士達と静かな聖夜を過ごすことができた。残りわずかな命の時を温かい気持ちで過ごせていた……」

 

 確かに俺達がいなければ、はやてはシグナム達と今日という日を静かに過ごせたことだろう。だが明日はどうだ……明日になればシグナム達は蒐集を再開したのではないのか。それでは上げてから落とすようなものだ。はやてはより寂しさを感じて、苦痛に耐え続け……死を迎えることになったのではないのだろうか。

 あいつらは必死にはやてを助けようとしていた。だが結果的に、はやての首を絞めてしまっていた。はやてはただ一緒に過ごせれば、たとえ命の灯火が消えようとも幸せに逝けると思っていたんだろうな。何でこうも現実はすれ違ったり、残酷なんだ……。

 

「はやてはまだ生きてる! シグナム達だってまだ……!」

「もう遅い……闇の書の主の宿命は、始まったときが終わりのときだ」

「まだ終わりじゃない、終わらせたりしない!」

 

 ……そうだ。高町の言うとおり、まだ終わってなんかいない。俺達は全員戦えるし、管制人格だって健在だ。ナハトヴァールが主導権を握ったわけじゃない。そもそも、彼女は泣いているんだ。本気で諦めているのならば泣いたりなんかしない。

 そう思った瞬間、俺は無意識の内に動いていた。

 高町達の傍に降り立つの同時に、管制人格の放った砲撃が飛来してくる。高町達を守るようにカートリッジを使用して防御魔法を展開。威力を軽減することは出来たが、部分的に通過してしまった。だが大したダメージではない。

 

「……お前はこれまでに何度も大切な人を失ってきたんだよな。俺も……経験があるから、お前の諦めたくなる気持ちも分かるよ」

 

 後ろからふたつ息を呑む音が聞こえたが、今はそれを気にしている場合ではない。意識を向けなければならないのは、無言でこちらを見ている彼女だ。

 

「でも……泣いているのは悲しいから。諦めたくないって想いがあるからじゃないのか? 本当に諦めてる奴は泣いたりなんかしない」

「…………」

 

 管制人格の頬をひときわ大きな涙が伝って左腕に落ちた。彼女は返事をすることはなく、左腕をこちらへと向けて闇色の魔力弾を放つ。

 今度は防御魔法ごと撃ち破る威力だろう、と推測した俺は高町達の方を見る。するとテスタロッサと視線が重なり、彼女が何かしら行動を起こす気配を感じ取った。この場から離れる準備をしつつ、少しでも時間を稼げるように防御魔法を展開する。

 爆発が生じた直後、爆発の威力に見合った量の煙が立ち込め始める。それを眼前で見るようにしながら後方へ下がり、高度を上げて行った。飛行スピードが劣っている高町は、バリアジャケットをパージしたテスタロッサが引っ張ったことで回避できたようだ。

 

「……主や騎士達が愛した少年、ここから立ち去ってくれ」

「断る。俺ははやてを……いや、はやてだけじゃない。シグナム達――」

 

 彼女はこれまでに何度も主を失ってきている。闇の書が完成してしまったら全てが終わる、主を救ってやれないという呪縛に囚われているはずだ。これは変わることがない事実なのかもしれない。だが変えられる可能性だってあるはずだ。

 

「――そして、お前のことも助けてやりたい。だから何度立ち去るように言われても、俺の答えは変わらない」

 

 視線は重なったままだが、沈黙が流れ始める。高町やテスタロッサも俺と同じように様々な想いを抱いているはずだが、俺に任せてくれているのか黙ったままだ。

 彼女の返事を待っていると突如道路がひび割れ始める。街中の至るところが隆起し、岩の柱のようになっていく。その光景はまるで

 

「崩壊が始まったか」

「なっ……」

「私も直に意識を無くす。そうなればナハトがすぐに暴走を始める……少年、これが最後だ。ここから立ち去れ」

「さっき言ったはずだ。はやて達やお前を助けると!」

「……ならば仕方がない。私は意識がある内に主や騎士達の望みを叶えたい。お前が邪魔するというのなら容赦しない」

 

 管制人格が手を伸ばすと、それに従うかのように闇の書が開く。不気味な色の魔力弾が20以上生成される。

 ――頑固者だな……だが俺も自分の意思を曲げるつもりはない!

 素早くカートリッジを装填しなおし、すぐさま3発リロードする。剣の形状が、より洗練されている肉厚な片手両刃直剣へと変化。それと同時進行で、新たな剣が形成され始める。

 刀身部分は薄く、レイピアほどではないが細い。刃の色は右手の剣とは対照的に純白であり、眩い光を放っている。柄の部分は青味がかった銀色をしており、簡潔にこの剣を表現するなら『やや華奢で美しい剣』といったものになるだろう。

 二振りの剣を握り締めた俺は、テスタロッサに教えてもらった高速移動魔法を使用して管制人格へと向かっていく。それとほぼ同時に、彼女はこちら目掛けて魔力弾を放ち始めた。

 

「う……おおぉぉ――――ッ!」

 

 テスタロッサほどの機動力がない俺では、飛来してくる魔力弾を避けることはできない。両手の剣に魔力を纏わせ、進行の邪魔になる魔力弾を斬り裂く。

 左腕を前に突き出し、右の剣を肩の高さで構えて限界まで引き絞る。刀身に纏っていた魔力が弾けたかと思うと、灼熱の炎へと変化した。

 それを目撃した管制人格は、防御魔法を展開する。

 俺に彼女の防御を撃ち抜くことができるか……いや、弱気になるな。今はできることを全力でするだけだ。

 

「撃ち抜くッ!」

 

 身体を捻りながら右手に握り締めた剣を撃ち出すと、魔法で加速を掛けたこともあってか撃ち出した瞬間に爆音が響いた。紅蓮の炎を纏った一撃は、闇色の防御魔法に激突し大量の衝撃音と火花を発生させる。

 今までで最高の威力で撃ち出したと自負できるブレイズストライクだったが、撃ち抜くどころか完全に静止させられてしまった。高町達の砲撃を防いだ防御力は伊達ではない。

 

「お前は……主と共に眠るといい」

 

 ――不味い!

 そう思った次の瞬間、俺は後方へと下がり始めていた。最初は何が起きたのか理解できなかったが、こちらに微笑みを向けているテスタロッサを見た瞬間に全てを悟った。

 テスタロッサの身体は、闇の書に飲み込まれるように光の粒子なって消えていく。一瞬で感情が溢れたために、咄嗟に言葉が出てこない。

 

「……フェイト!」

 

 唯一言葉にできたのはそれだった。消え行く少女が驚いた顔をしたが、すぐにまた微笑んで口を動かした。言葉を聞き取ることはできなかったが、俺には「大丈夫」と言っているように聞こえた。

 闇の書が閉じるのと同時に、静寂の時間が流れ始める。

 俺の胸の内はテスタロッサへの気持ちで溢れてしまい、それによって噛み切ってしまったのか口の中に血の味を感じた。

 

「対象が変わってしまったが、彼女にも心の闇があった。問題はない……」

「…………」

「主もあの子も覚めることのない眠りの内に……終わりなき夢を見る。生と死の狭間の夢……それは永遠だ。お前も夢の中で過ごすといい。そうすれば幸せなまま、知らない内に全てが終わる」

「…………言ったはずだ。俺ははやて達を助ける」

 

 楽になってしまいたい。そういう思いはある。

 だけど、ここでそれを選ぶのは許されない。主の正体を知りながらも隠し続け、高町達を危険に晒してきたことへの自責の念や、はやて達を助けたいという想いがそうさせている。

 だが最大の理由は、これまでのことを責めるどころか背中を押してくれた……俺なんかを身を挺して庇ってくれたテスタロッサに申し訳が立たないからだ。俺は彼女を助けたい……いや、助け出す。

 

「お前の提案どおりにすれば、今感じている苦しみや恐怖から解放されて幸せだけを感じることができるのかもしれない。だけどそれは……逃げだ。永遠なんてない……たとえどんなに辛くても、苦しくても。俺は……現実を生きていたい」

 

 震えそうになる身体をどうにか抑え込み、剣を構え直した。

 ネガティブなことを考えすぎたせいか、吐き気にも似た感覚に襲われている。それを紛らわせるように、意識を管制人格の動きへと集中する。

 管制人格は瞼を下ろし考える素振りを見せる。時間にしてほんの数秒であったが、答えが出たのか彼女は瞼を上げた。

 

「ならば……お前も私の敵だ」

 

 




 フェイトが飲み込まれたことで、止められるのはなのはとショウだけとなった。だがふたりは圧倒的な力を持つ闇の書の意思に、強い想いで挑み続ける。

 次回 As 15 「騎士達の帰還」


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第15話 「騎士達の帰還」

 崩壊が進む街の中を、桃色の光弾と闇色の光弾が飛び交う。

 高町と管制人格が射撃戦を行っているのだが、魔力量の差もあってか高町のほうが分が悪い。管制人格に背後を取られた彼女は、街に被害を出さないようにするためか海の方へと向かっている。

 高町は砲撃型の魔導師であるため、テスタロッサのような飛行速度を持っていない。管制人格との距離が徐々にではあるが確実に縮まっていく。

 

「は……!」

「ッ……!」

 

 高町へ襲い掛かった槍射砲の一撃を交差させた両手の剣でがっちりと受け止める。

 これで高町が攻撃に転じれると思ったのもつかの間、槍射砲の先端に闇色の魔力が集まり始めた。俺は咄嗟に後ろに倒れるようにしながら身を引く。直後、目と鼻の先を漆黒の閃光が走り抜けた。

 体勢を立て直そうとする間もなく、管制人格が上空に現れる。彼女は槍射砲を装備した左腕を大きく引いており、瞳は俺を海面に向かって叩きつけようとする意思に満ちている。

 ――どうする。減速して……いや、彼女のほうが能力的に優れている。そんなことをすればむしろ直撃をもらいかねない。ならば加速……それもダメか。テスタロッサの速度に対応する反応速度を持っているし、あらゆる魔法を蒐集しているんだ。俺より優れた高速移動魔法を持っている可能性が高い。

 

「させない!」

 

 防御魔法を展開しながら受け止めようとした瞬間、鋭い声が聞こえた。管制人格の視線は俺から声が聞こえた方へと向き、すぐさま飛行の軌道を変える。すると桃色の閃光が数発管制人格の居た場所を通った。

 続けて放たれた高町の速射砲は、管制人格に何発か命中する。しかし、威力を抑えることで連射性を上げているのか管制人格の防御を貫けないでいる。

 管制人格は再度高町へ襲い掛かる。近接戦闘で分が悪い高町は、距離を取ろうと後退。互いの動きを読み合いながら高速飛行が続く。

 目の前に迫る盛り上がった岩盤を、高町は減速しながら回り込むことで回避する。だがそれは悪手だった。管制人格は減速することなく岩盤を打ち破ったのだ。

 破片が飛来した高町は、咄嗟に防御魔法を展開。破片を防ぐことは出来たが、それによって一瞬ではあるが足が止まってしまう。それを管制人格は見逃さず、槍射砲を使った一撃を叩き込んだ。

 

「くっ……」

「ナハト……撃ち貫け」

 

 管制人格は高町に有効なダメージを与えられなかったと判断すると、魔力弾で追撃した。高町と管制人格の間に入り込み、防御魔法を多重で展開。しかし、管制人格の魔法は魔力弾といえど絶大で、一度に数枚の防御魔法が破壊される。

 一息つく暇もなく、さらに2発の魔力弾が迫ってくる。直撃はしなかったものの、防御を破られた俺の身体は衝撃によって海へと弾き飛ばされた。

 

「ショウくん!」

 

 名前を呼ばれたかと思うと、誰かに抱き止められる。考えるまでもなく高町だ。

 制止がかかるかと思ったが、減速はほとんどせずに海へと向かって行く。一度管制人格の視界から外れようとしているのかもしれない、と判断した俺は減速を駆けないことにした。

 ――だがこのまま海面に衝突すれば、衝撃によって高町にダメージがあるはずだ。現状で優先すべきことは、俺の意思ではなく彼女を守ること。管制人格の防御を貫けるのは彼女しかいないんだ。

 そう判断するのと同時に行動を起こす。高町が抵抗するような意思を見せたが、それを強引に押し切ることで、どうにか海面付近で体勢を入れ替えることに成功した。直後、海面に衝突し衝撃が身体を駆ける。それによって空気を吐き出してしまった。

 普段ならば反射的にそのまま海面に出ようとしていただろうが、上空には管制人格が待ち構えているはずだ。片方の剣を鞘に納めて、高町の手を引きながら適当な方向へ移動し始める。限界まで潜水し距離が取れただろうと判断した俺は、高町と共に海面へと上がっていく。隆起した岩盤に上がり、身を潜めながら管制人格の様子を窺う。

 

「はぁ……はぁ……」

「ショウくん……大丈夫?」

「少し……水を飲んだだけだよ。……君は?」

「……大丈夫。まだやれるよ」

 

 頼もしい言葉であるが、敵は化け物じみた強さだ。戦闘が長引けば、心に亀裂が入りかねない。

 ……彼女を相手に長時間戦闘をできるか分からないか。高町はまだしも、俺は本気で魔法を使用し続けなければすぐさま戦闘不能になりかねない。それに崩壊までのタイムリミットもある。あとどれくらいの時間が残っているのだろうか。

 そんなことを考えていると、左手を握り締められる。首だけ振り返ると、力強い瞳が俺を見ていた。

 

「大丈夫だよ。私達はまだやれる。フェイトちゃん達を助けられるよ」

「……前から思ってたけど、君ってそういうことを簡単に口にするよね」

「こういうときこそ前向きに、だよ」

「……そうだね。ありがとう、何だかやれる気がしてきたよ」

 

 漆黒の剣を地面に突き刺して、高町の手をそっと握る。その行動に彼女は驚きを見せるが、すぐさま凛とした顔に戻った。

 高町は残っているマガジンの数を確認し始め、俺は濡れた前髪を目に掛からない位置に退けながら管制人格の様子を窺う。

 

「マガジン残り3本。カートリッジ18発……」

「多いようで少ないな」

「うん。思いっきりの一発を撃ち込めればいいんだけど」

「……確かに状況を変えるにはそれしかない。俺が何とか足止めするしかないか」

 

 地面に刺していた剣を引き抜いて、管制人格の元へ向かおうとすると肩を掴まれた。視線を向ければ、心配そうな目でこちらを見ている高町の姿が映る。

 

「無茶はしないでね」

「……君は無理な注文をする子だな。自分のほうがしそうなのに」

「ぅ……私は大丈夫だから」

「何を根拠に言ってるんだか……まあ今日は仕方ないかな。やり遂げないと全てが終わってしまうから……善処はするよ」

 

 高町の返事は待たず、納めていたもう1本の剣を抜きながら管制人格の元へと飛翔する。

 こちらに感づいた管制人格に炎を纏った高速の5連突きを放つ。それは槍射砲を使ってガードされてしまったが、まだ続きがある。突きを終えた俺は斬り下ろし、斬り上げ、そして全力の上段斬りを放った。

 

「魔導師とは思えない剣技だが、まだまだ騎士には及ばない」

 

 最小限の動きで《ハウリング・フレア》をガードした管制人格は、即座に魔力弾を放ってきた。後退しつつ身体を捻ることでどうにか回避に成功するが、意識を彼女に戻したときには追撃を放とうとしていた。

 だが桃色の閃光が管制人格の動きを阻害した。高町が俺のために援護してくれたのだ。彼女が本気の一撃を放つための時間稼ぎをするために戦っているのに援護されては本末転倒だと言える。

 無茶をするなと言われたが、無茶しないとすぐにでもやられそうだ。それに現状の維持ではいたずらに時間を浪費するだけ。魔力の残量を考えずに最高の手を打つしかない。

 

「は……あぁぁッ!」

 

 左の剣に纏う魔力が冷気へと変化。凍結を付与した3連撃《サベージ・エース》を放つ。だが先ほどの8連撃を防いだ管制人格の防御を抜ける気はしない。

 ――抜けなくていい。俺の役目は足止めすることなんだ。

 最後の一撃を放ったの同時に、意識を右の剣へと切り替える。2本の剣を使っての剣技はほぼないに等しいが、片手での剣技はそれなりに習得している。習得しているものの中には、いくつか非攻撃側の腕が初動のモーションとほぼ同じものがある。二刀状態の今ならば、剣技を繋げようと思えば繋げられるはずだ。

 

「まだだ!」

 

 バックモーションの垂直斬りから、上下のコンビネーション。最後に全力の上段斬り。

 俺の技の中でも高速の4連撃である《バーチカル・フォース》も防がれてしまった。だが管制人格の意識はこちらに向いている。

 再度意識を左腕に向ける。バーチカル・フォースを繰り出した場合、繰り出したのと反対側の腕は最終的に折りたたんだ状態で肩に引き付けられる。ここから少し身体を捻ることで、あの技の構えに等しくなる。

 

「ッ……!」

 

 純白の刀身を今度は深紅の炎が包み、技術と魔法で腕を加速させて撃ち出すと爆音が鳴り響く。管制人格は《ブレイズストライク》をこれまでのように槍射砲では防がず、魔法を使用してガード。その瞬間、俺の脳裏に消えて行ったテスタロッサの姿が過ぎった。

 まさかあれが来るのか。そうなら距離を取らなければ……!

 

「甘いッ」

 

 距離を取ろうと後退した瞬間、管制人格は魔法の鎖を展開し俺を捕縛する。彼女が次に取った行動は、俺を飲み込む――ではなく、振り回して放り投げることだった。投げられた先には砲撃の準備をしていた高町がいる。どうにか体勢を立て直そうとするのだが、間に合いそうにない。

 せめて避けてくれ、と思って視線を送るのだが、高町の瞳はこちらを受け止める気で満ちていた。念話で伝えたところで、頑固な一面のある彼女は意思を曲げないだろう。

 

「く……!」

「うっ……!」

 

 予想したとおり高町は俺を受け止めた。減速していたこともあって先ほどのように海面に衝突、とはならなかったが、礼を言う間もなく管制人格が魔力弾が放ってきた。

 闇色の魔力が拡散するのと同時に爆音が響き、大量の煙が立ち込める。攻撃範囲を広げた魔力弾だったためか、直撃したものの俺も高町も堕ちることはなかった。だが確かなダメージは通っており、それを証明するかのようにバリアジャケットが破損している。高町はそうでもないが、俺の方はボロボロと言っていい。

 

「……お前達ももう眠れ」

「……いつかは眠るさ」

「うん……でもそれは、今じゃない。レイジングハート、エクセリオンモード!」

 

 レイジングハートがカートリッジを2発リロードする。

 おそらく高町はフルドライブを使用するのだろう。すでにフルドライブを使用している俺と彼女とでは、やはり魔導師として力量の差がある。だが妬んだりはしない。現状では彼女がまだ全力でなかったことは心の支えになるのだから。

 高町は今この場に残されたたったひとつの希望だ。彼女が撃墜されるようなことがあっては、崩壊を止められなくなるだろう。俺がすべきことは、この身がどれだけ傷つこうとも戦える限り戦って彼女を守ることだ。

 

「ドライブ!」

 

 高町の身体が桃色に発光し、収束と同時に修復されたバリアジャケットが姿を現す。直後、レイジングハートも変形し槍を彷彿させる形状になった。

 

〔……マスター〕

〔いやいい。今はバリアジャケットを修復する魔力も惜しい〕

 

 今フルドライブを使用した高町と違って、俺はテスタロッサが飲み込まれる前から使用していた。防御魔法の多重展開に高速移動魔法の連続使用、魔力変換を用いた魔法と日頃と比べれば爆発的に魔力を消費している。

 高町ほどの防御力があるのならばバリアジャケットの修復にも意味があるが、俺の防御力では現状でも万全の状態だろうと本気の一撃をもらえば堕ちかねない。攻撃と回避に残りの魔力を使う方が効率的と言えるだろう。

 

「悲しみも悪い夢も……終わらせてみせる!」

「…………」

 

 管制人格は涙を流しているものの何も答えないようとしない。その代わり、闇の書を出現させたかと思うと金色のスフィアが彼女を取り囲むように生成された。

 テスタロッサの魔法だと理解したが管制人格が自分の特性に合った形に変化させているのか、さらに俺達を囲むようにスフィアが生成される。

 完全に囲まれた状態だが、高町に怯んだ様子はない。彼女の意思の強さを示すように足元に魔法陣が展開し、魔力の波動が拡散する。

 管制人格の合図と共に、スフィアから次々と魔力弾が撃ち出される。膨大な量の魔力弾が一斉に迫ってくるが、高町が結界型の防御魔法を展開。魔力弾が結界に衝突し爆音を響かせる。

 

「ショウくん、諦めちゃダメだよ!」

「そっちこそ諦めないでくれよ。君は現状に残された希望なんだから!」

 

 実際の時間よりも長く感じられた魔力弾の嵐を高町は防いで見せた。立ち込めた煙が晴れ始めるのと同時に、俺は管制人格へと接近する。

 

「諦めろ。お前の剣は私に届かない」

「そんなこと分かってるさ!」

 

 だが諦めるつもりはない! と意思表示するように右手の剣を横薙ぎに繰り出す。管制人格はそれを槍射砲で難なく受け止めた。暗雲で見えにくくなっていた互いの顔を、散った火花が一瞬明るく照らす。

 金属がぶつかり合う衝撃音が合図となり、俺と管制人格の剣戟は一気に加速していく。

 先ほどまでのように型のある技は使わない。敵は歴戦の戦士である以上、俺のような技を使う人間との戦闘経験があってもおかしくないのだ。それに今必要なのは威力ではなく手数。

 俺は左右の剣を本能に任せて振り続ける。極限まで集中して知覚が上昇しているのか、両腕はこれまでで最速で動く。だが――。

 管制人格は舌を巻くほどの正確さで俺の攻撃を次々と叩き落していく。多少の隙さえあれば、鋭い一撃を浴びせようとしてくるのだから性質が悪い。集中力が少しでも鈍れば、反応できずに直撃するだろう。

 何度打ち合ったときだっただろうか。不意に管制人格が後退し始めた。俺はそのぶん距離を詰めて攻撃するが、状況に変化はない。そう思った瞬間――先ほどまでと微妙な距離の違いから俺の剣は空を斬った。

 

「しまっ……!?」

「ふっ!」

 

 槍射砲を使用した一撃が迫る。反射的に身体を捻ったが、掠っただけで済んだのは偶然としか言いようがない。強引に捻ったことで節々が痛む。だが管制人格が続けざまに魔力を乗せた右拳を繰り出してきたため、じっとしているわけにもいかない。

 左右の剣で受け止めるが、強烈な衝撃によって吹き飛ばされる。

 

「バスターァァッ!」

 

 管制人格がこちらに追撃をかけようとした瞬間、気合の声と共に桃色の閃光が走る。それをすぐさま感知した彼女は回避運動を行い、意識を俺から砲撃してきた人物へと切り替えた。

 迫り来る管制人格に高町は再び砲撃を放つが、管制人格は最低限の動きで回避する。下に潜り込んだ管制人格は、アッパー気味に高町へ槍射砲の一撃を打ち込んだ。高町はどうにかガードしたが、俺と同様に吹き飛ばされて盛り上がっていた岩盤に衝突。重力を無視して上へと転がっている。

 とはいえ、ダメージはそこまでなかったようで高町はすぐさま体勢を整え、隆起している岩盤の頂上に着地した。俺も体勢を立て直すと、すぐさま彼女の隣へと向かう。

 

「一つ覚えの砲撃が通ると思ってか」

「通す! ショウくんのためにも絶対に!」

 

 カートリッジが2発リロードをされると、先端部分から桃色の翼が出現。高町から感じる魔力が強まっていく。

 高まった魔力が具現化したかのように、レイジングハートの先端に深紅の魔力刃が現れる。魔力刃と魔力翼を展開させたレイジングハートは、高町の思いを貫き通すための槍のように見えた。

 

「エクセリオンバスターA.C.S……ドライブ!」

 

 爆発的な加速で高町は突貫した。管制人格もその速度に回避することは出来ず、防御魔法を展開する。ふたりの魔法が衝突するのと同時に凄まじい音が響く。

 高町の攻撃は防御を貫けていないようだが、圧倒的な勢いで管制人格を後退させていく。俺もその後を追いかける。

 ふたりはいくつもの岩盤を突き破り、巨大な岩盤で制止した。だが状態としては拮抗したまま――いや、管制人格が盛り返そうとしている。

 

「う……おぉぉッ!」

 

 気合の声を発しながら、刀身に魔力を集束させた左手の剣を管制人格の防御魔法に撃ち込む。加勢としては微々たるものだろうが、それでも五分五分の状態に戻すことができた。

 

「高町、後のことは気にしないで全力全開でやれ!」

「うん! ……届いて!」

 

 レイジングハートがさらに3発リロード。魔力翼が一段と大きくなる。さらなる加速を得たことで、徐々にではあるが深紅の魔力刃が防御魔法を貫いて行った。

 

「ブレイクゥゥ!」

「まさか……」

「シュート!」

 

 高町の声と共に圧倒的な威力の魔力砲撃が放たれた。それは一瞬にして巨大な岩盤を砕き、着弾付近を崩壊させる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ゼロ距離であれだけの砲撃を叩き込んだだめ、使用者である高町にも左腕を押さえるほどのダメージがあったようだ。バリアジャケットも焦げたり破けたりしている。

 ――それだけで済むあたりさすがだな。

 俺はというと、左腕のバリアジャケットは完全になくなっており負傷している。握っていた剣を落とさなかったのは奇跡に近いかもしれない。ただ剣にもダメージがあり、刀身の半ばから先はなくなっている。正直に言って、今の攻撃で決まっていないとなると不味い。

 

「……ショウくん!?」

「ん、あぁ自業自得だから気にしなくていい」

「でも……!」

「でもじゃない! ……まだ終わってない」

 

 崩壊した岩盤付近からゆっくりと人影が空へと上がっていく。こちらのようにバリアジャケットが破損しているようには見えない。それどころか、ダメージを負っている様子さえない。

 あれで無傷となると……残された手は高町の残留魔力をも利用する集束砲撃しかないか。ただあれには時間がかかる。どうする……いや、どうにかするしかない。

 

「もう少し頑張らないといけないな……君も頑張れるよな?」

「……うん!」

 

 高町は意識を切り替えられたようで凛とした顔に戻った。

 視線を管制人格へと戻すと、彼女は悲鳴にも似た雄叫びを上げ始めた。先ほどまでと違って、明確な感情が表情に表れている。こちらに視線が向いた瞬間、殴りかかろうと接近を始めた。

 高町がすぐさま速射砲を放ち、数発命中。しかし、管制人格はまともにもらったにも関わらず止まらなかった。彼女は今、俺達を打ち倒すことだけ考えているのかもしれない。

 高町をやらせるわけにはいかない、と思った俺は2人の間に割り込み、襲い掛かってくる拳を受け止めるべく左右の剣を構えた。

 

「うおおッ!」

「ぐっ……」

 

 受け止めた次の瞬間、左右の剣は弾かれていた。左腕にまともに力が入る状態だったならば、違った結果があったかもしれない。

 

「沈め!」

 

 がら空きの腹部に渾身の拳が撃ち込まれた。

 息が詰まったかと思うと、身体の中を何かが逆流する感覚に襲われる。それを認知したときには、すでに後方へと吹き飛んでおり、岩盤に思いっきり背中を打ちつけた。衝撃によって再び息が詰まる。

 

「……かはっ」

 

 声が漏れるのと同時に全身の力が抜けた。左右の剣が手の間からすり抜けていく。

 ――ま、不味い。

 視界には追撃を行おうとしている管制人格が映っている。この追撃をまともにもらえば動けるかどうか分からない。

 歯を食いしばり全身に力を込める。落ち掛けていた2本の剣を握り締め、身体の前で交差させ防御魔法を展開。展開が完了するのと同時に管制人格の一撃が叩き込まれる。

 

「諦めろ! お前では私に勝てん!」

「俺は……勝ちたいんじゃない。……助け……たいんだ」

「ッ……ならば、強引に眠らせるだけだ!」

 

 防御魔法を破壊し俺を打ち倒そうと、管制人格は大きく拳を引いた。だが突如、轟音が響き始める。彼女は反射的に回避行動を取り、次の瞬間には彼女が居た場所を桃色の閃光が駆け抜けた。

 

「――お前達がいなければ!」

 

 標的を高町に変更した管制人格は、声を上げながら全速で向かっていく。

 高町も応戦するが、防御を捨て攻撃に専念する管制人格の前に防戦一方だ。助けに入りたいが、戦闘場所の移動が早すぎる。ダメージの抜けていない今の状態では追いつくことができても何もできない。

 

「きゃあ……!」

 

 防御を破られ海面へと落下した高町を、管制人格はすぐさま回りこんで海面付近で蹴り飛ばした。高町は衝撃で真横に吹き飛び、海面を数度跳ねたあと岩盤に直撃。それと同時に鎖状の魔力に拘束される。

 管制人格はふたつの岩盤を利用して高町を張り付け状態にし、闇の書を出現させる。上空に闇色の稲妻が一点に走ったかと思うと、次元が裂けドリルを彷彿させる巨大な槍が出現した。

 

「眠れ!」

 

 巨大な槍は管制人格に放たれると回転し始め、高音を撒き散らしながら高町へと向かっていく。先端がアーチ上に存在していた岩盤を砕くと、高町の表情が恐怖で染まった。上空にあった岩盤のせいで槍の存在を認知できていなかったのだろう。

 突如、脳裏に奈落の底に落ちて行ったプレシア・テスタロッサの姿が過ぎる。

 俺は、また助けることができないのか……。

 両親のときとは違い、今の俺には力がある。同じ過ちは繰り返さないという想いも。手を伸ばせば届く距離にいるのに、こんなところでじっとしているつもりなのか。

 

「く……ぅ」

 

 漆黒の剣を岩盤に突き刺して、俺は歯を食い縛りながら立ち上がる。

 身体はあまり言うことを聞いてくれない。足は小刻みに震え、両腕は鉛のように重くなりつつある。左腕に関して言えば、感覚すらなくなってきている。

 ――だが、高町は守ってみせる。

 高町を失えば、もう管制人格を止めるのは不可能になる。それに、これ以上テスタロッサから大切な人間を奪わせるわけにはいかない。

 今の身体で無茶をすればどうなるか正直分からない。それを心配するかのようにファラのコアが瞬いた。声をかけてこなかったということは、彼女も最優先すべきことが分かっているということだろう。俺は一瞬だけ微笑みかけると、岩盤を蹴って巨大な槍へ向かう。

 

「う……おおぉぉ――あああ!」

 

 残っている魔力を振り絞り、破損していた左の剣を修復。左右の剣の刀身に漆黒の魔力が集束していき、先ほどの高町の魔力刃のように一定の濃度を超えたのか魔力が蒼色に変化する。

 右の剣で薙ぎ払い、間髪を入れず左の剣を叩き込む。右、左、再度右と絶え間なく続く流星群のように高速の斬撃を繰り出していく。一閃するごとに甲高い音が鳴り響き、星屑のように飛び散る魔力が俺の周囲を夜空のような色に染め上げる。

 16回にも及ぶ斬撃の雨に巨大な槍は砕け散った。しかし、その巨大さ故に破片になっても充分な大きさを誇っており高町の方へと落下し始める。

 

「……バーストッ!」

 

 周囲に漂っていた魔力が拡散し、槍の破片を木っ端微塵に消し飛ばす。

 ファラの改修を終えたシュテルが、過去のデータを元に作成し使用できるようになるまで訓練に付き合ってくれた魔法《ミーティアストリーム・バースト》。今のところ唯一の二刀流での技であり、俺の切り札。

 

「はぁ……はぁ……」

「その様子ではもう限界だろう……お前も一緒に眠るといい」

 

 管制人格は再度巨大な槍を出現させる。

 高町はバインドされたままであるため、俺がどうにかする他ない。しかし、できるだろうか……この満身創痍の身体で。

 

「……いや、できるかできないかじゃない。やるしかないんだ」

 

 不気味な大槍が高い唸りを上げて再度飛来してくる。もう一度斬り捨てようと動き始めるが、左の剣が手をすり抜けてしまった。落下するそれを素早く掴むが、この一瞬が仇となり迎撃する時間を失ってしまう。

 だったら、受け止めて軌道を逸らすまでだ。

 下から悲鳴に似た声で名前を呼ばれるが気にしている場合ではない。あの子はこの場に残されたたったひとつの希望だ。守らなければ全てが終わる。

 交差させた剣と巨大な槍がぶつかる――まさにそのときだった。

 突然、雷鳴にも似た剣閃が巨大な槍を斬り裂くように一直線に走った。瞬きをした次の瞬間には、真っ二つになる。分断された槍は海へと落ち、大きな水しぶきを巻き上げた。

 現れた人影は、白いマントを身に付け大剣と化したデバイスを握り締めている。バリアジャケットの一部やデバイスの形状が変わっているが、見間違うはずもない。フェイト・テスタロッサだ。

 振り返ったテスタロッサの顔は、勇気付けられるほど力強い意思を感じさせるものだった。俺と視線が重なると、一瞬ではあるが微笑を浮かべる。俺はそれに「無事で良かった」という想いを込めて微笑み返した。

 高町に促されるように、俺達の視線は管制人格へと向かう。

 管制人格の目からは涙が溢れ、表情は怒りで染まっていた。彼女もこちらを射抜くように見ていたが、左腕に意識を向ける。

 管制人格の左腕には本来の姿に戻ったナハトヴァールの姿があった。奴は管制人格の身体を奪うかのように動き始めている。

 間に合わなかったのか、と打ちのめされそうになったときだった。

 

『外で戦ってる方、すみません。協力してください!』

 

 その声は間違えようはなかった。

 ――そうか……お前も戦ってるんだな。なら俺がここで折れるわけにはいかない。

 

『この子についてる黒い塊を……!』

 

 そこで声が途切れ、管制人格から衝撃波のような絶叫が響いてくる。彼女も苦しんでいるのだ。

 

『なのは、ショウ!』

「ユーノくん!?」

『フェイト、聞こえてる?』

「アルフ」

 

 モニターが現れたかと思うと、徐々にユーノとアルフの顔が映った。

 ユーノが言うには、融合状態で主が意識を保っているため、今ならば防衛システムを切り離せるかもしれないというのだ。

 

「ほんと?」

「具体的に、どうすれば!」

『純粋魔力砲で黒い塊をぶっ飛ばして。全力全開、手加減なしで!』

 

 俺達は一斉に顔を見合わせた。

 高町のために簡潔にしたのだろうが、それでも充分に伝わるだけにさすがはユーノというべきか。

 

「さすがユーノくん」

「分かりやすい……ショウ」

「ああ……任せるよ」

 

 俺には充分な威力の砲撃を撃てる余力がない。撃てないこともないだろうが、撃った瞬間に魔力が尽きて海面に落下するだろう。

 高町とテスタロッサは並んで滞空し、デバイスの先端を管制人格へと向ける。

 

「N&F中距離殲滅用コンビネーション!」

「ブラストカラミティ!」

 

 テスタロッサが大剣を振り上げるの同時と、彼女達の周囲に次々と魔力弾が生成される。

 

「「ファイア!」」

 

 桃色と金色の砲撃が放たれ、ひとつの閃光となって管制人格へ向かう。砲撃が終了すると、生成されていた魔力弾が行動を開始。巨大な砲撃と雨のような魔力弾は全て直撃し、ナハトヴァールを食い破るように破壊していき、爆発に伴って大量の煙を発生させる。

 暗雲が立ち込める空に眩く輝く白光。そこから4つの光が出たかと思うと、それぞれ魔法陣が出現する。次の瞬間、巨大な光柱が走り収束と同時に4人の騎士達が現れた。そして、騎士達の中央にはやてが舞い降りる。

 

「夜天の光に祝福を! リインフォース、ユニゾン・イン!」

 

 はやての髪と瞳の色が変化し、白を基調としたバリアジャケットを身に纏う。

 岩盤へと降り立ったはやては騎士達と向かい合う。騎士達の顔には涙や申し訳なさが見て取れる。

 

「はやて……」

「うん」

「……すみません」

「…………」

「あの、はやてちゃん……私達」

「ええよ、全部分かってる。リインフォースが教えてくれた……まあ細かいことは後や。とりあえず今は……おかえり、みんな」

 

 はやては微笑みながら両手を広げる。ヴィータは少し間があったが、彼女に抱きついて名前を呼びながら泣き始めた。シグナム達はそれを温かく見守る。ヴィータが抱きついていなかったならば、俺がやっていたかもしれない。それくらい今の胸の内は感情で溢れかえっている。

 俺は剣を背中にある鞘に納めながら、高町達と共にはやて達の元へ降りる。高町が微笑みかけると、はやてもそれに応じる。

 黙ってはやてに近づいていくと、彼女は静かに微笑んだ。事件が始まってから今までのことを全て理解している、そんな風に見える笑みだ。

 俺は彼女の頬にそっと触れながら、同じように微笑みかける。

 

「無事で……良かった」

「うん……ごめんな」

 

 簡単な言葉であるが、それに込められた想いは大きいと分かる。はやての視線は俺の顔から左腕に移り、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 俺は右手で左腕に触れながら、できるだけ優しい声色を意識しながら話しかける。

 

「いいんだ……俺が望んで、選んだことだから。お前が無事ならそれだけで……」

 

 言葉が足りないような気もするが、今はこれだけで充分だろう。

 ――はやて達は助かった……ユーノ達もここに向かってるようだし、もう大丈夫だよな。

 そう思った瞬間、俺は全身の力が抜けていくのを感じた。視界がぐらりと揺れ、意識が暗転していく。最後に見たのは、驚愕や心配の混じった顔で俺の名前を呼びながら抱き止めようとするはやてだった。

 

 

 




 肉体的・精神的に疲労していたショウははやてが助かったことで緊張の糸が切れて気を失ってしまう。
 彼が目覚めたときには事態は収拾していた。全てが終わったのだと思いきや、悲しい結末が少年達を待ち受ける。

 次回 As Final 「雪空の下で」


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最終話 「雪空の下で」

 ふと瞼を上げると闇が広がった。

 はっきりとしない意識の中で思考を走らせるが、寝起きのようにぼんやりとしたものしか浮かんでこない。目が慣れ始めた頃、どことなく見覚えがある部屋だと感じた。

 

「……医務室か?」

 

 上体を起こして周囲を見渡して見るが、記憶に残っているものと合致する点が多い。間違いなくアースラの医務室だと言っていいだろう。

 

「……確か」

 

 回転し始めた頭で一連のことを振り返る。

 まず闇の書が完成し崩壊が始まった。管制人格と戦闘し、テスタロッサが飲み込まれる。高町と共に戦闘を続け、テスタロッサとはやて達が助かった。簡潔に言えば、この流れだったはずだ。

 

「その後は……はやてと話したはず。それで……気を失ったのか」

 

 これまでに経験のない戦闘で肉体的、精神的にも疲労していた。はやて達が助かり、緊張の糸が切れたのだろう。

 だがその割には、身体の調子は良い。鉛のように重かった身体は普段の感覚に戻っているし、負傷していた左腕も治っている。気を失っている間にシャマルが治療してくれたのかもしれない。

 部屋の外が慌しくないということは、決して悪い結末にはなっていないのだろう。先ほどからファラの姿が見えないが、無茶な戦闘をしたためシュテルが診ているのかもしれない。

 身体が問題なく動くことを確認した俺は、現状を把握しようと部屋から出た。事件の処理が行われているのか、時間帯が問題なのか廊下は静まり返っている。歩き続けていると、食堂から声が聞こえてきた。

 

「夜天の書の……破壊?」

 

 ポツリと呟かれた言葉だったが、食堂に入っていた俺にははっきりと聞こえた。聞き間違えではないのか、と立ち止まってしまう。

 

「どうして! 防御プログラムは破壊したはずじゃ!」

 

 テーブルを叩く音と共に、高町の声が響いてくる。

 ――なら何で夜天の書を破壊する必要があるんだ。高町の言葉からしてナハトヴァールの破壊には成功したはず。なのに何故……

 そんな風にナハトヴァールの破壊を聞いて安心感を覚える暇もなく、新たな不安が大きくなっていく。

 

「ああ。確かにナハトヴァールは破壊された」

「……ならどうして夜天の書を破壊するんだ?」

 

 クロノに言葉を投げかけると、その場にいた全員の視線がこちらに向いた。座っていたテスタロッサ達は立ち上がり、すぐさま全員駆け寄ってくる。

 

「ショウくん!」

「起きて大丈夫なの? 身体、痛くない?」

「あぁ、大丈夫」

「ショウ、もう少しちゃんと謝りな。あんたは分からないかもしれないけど、いきなり倒れたんだからね。あたしらがどれだけ心配したか……フェイトなんて泣きそうだったんだよ」

 

 視線をテスタロッサへ向けると、顔を赤くしながら「な、泣いてないから!」と返してきた。そのあとアルフに注意する光景はとても和やかに見える。

 いつもならばこの状況を眺めておくのも悪くないが、今はまだしなければならないことがある。俺は高町達からクロノへと視線を移しながら話し始めた。

 

「謝罪は後できちんとするよ。今は話の続きを聞かせてほしい」

「そうだな……君が気を失った後から説明したほうがいいか?」

 

 クロノの提案に首を横に振った。

 ナハトヴァールを破壊できたのは耳にしている。その結果だけ聞ければ充分だ。

 

「じゃあ話を進める。ナハトヴァールは破壊できたんだが、夜天の書本体が時期にプログラムを再生させてしまうそうだ」

「今度は……はやてや騎士達も侵食される可能性が高い。夜天の書がある限り、どうしても危険が消えないんだ」

「だから……彼女は今のうちに自らを破壊するように申し出た」

 

 その場にいる全員の顔が暗くなっていく。俺は芽生えた感情を抑えきれず、壁を思いっきり叩いた。視線を向けられた気配を感じたが、それを気にかける余裕はない。

 何でこういう結末になるんだ……。

 はやてが助かることは喜ばしいことだ。だが彼女だけが助かっても誰も喜びはしない。特にはやては、一度繋がりを失っていただけに新たに出来たシグナム達との繋がりはとても深くて強いはず。彼女の心は、騎士達がいなくなったら砕けてしまうのではないか。

 しかし、そう思う一方ではやては助かるのだと安心している自分もいる。そんな自分を殴りたくなる。

 ――くそ! ……何で俺はいつも無力なんだ。

 デバイスの知識を持っていても、夜天の書を直してやることはできない。それはきっと天才的な頭脳を持っている叔母でも無理であり、残された時間からしても不可能だろう。だがそれでも、何もできない自分を責めずにはいられない。

 

「……全員消えるのか?」

「ううん、私達は残るの」

 

 俺の問いに返事をしたのは、これまでこの場にいなかった第三者。視線を向けると、シャマルとザフィーラがこちらに向かって歩いている姿が見えた。近くまで来るとザフィーラが話し始める。

 

「ナハトヴァールと共に、我ら守護騎士も本体から解放したそうだ」

「ショウくん、身体の具合はどう? できる限りの治療はしたのだけれど、まだきつい?」

「いや……身体に問題は感じてない」

「そう、よかった。……あのね、リインフォースからなのはちゃん達にお願いがあるの」

「お願い?」

「うん……空に返してほしいんだって」

 

 寂しげに呟かれたそれが意味しているのは、高町達に破壊してほしいということだ。

 おそらく誰もがそれをしたくないと思いながらも、そうしなければならないと思っている。駄々をこねても何も変わらないこと、リインフォースが覚悟を決めているのだと感じているから。

 高町達は普段のような元気の良い反応ではなかったが、シャマルの言葉に肯定を意思を示した。リインフォースが待っている場所を伝えられた彼女達は移動を始める。

 

「ショウくんはなのはちゃん達ほど魔力も残ってないだろうし、体調が悪化したら大変だからはやてちゃんの傍にいてくれない?」

「ん、はやてはリインフォースのところにいるんじゃないのか?」

「ううん、はやてちゃんは今お家で寝ているわ。初めて魔法を使って疲れちゃったみたいで」

 

 つまりリインフォースは、はやてに何も言わずに去るということか。

 思わず「ふざけるな!」と出そうになってしまった。きっとリインフォースははやてを悲しませたくないと思っているのだろう。だがいなくなってしまう時点ではやては悲しむ。彼女は別れの挨拶もなくいなくなられることが、どれだけ悲しいことか分かっていない。

 だからといって、はやてを叩き起こすこともできない。起こしてしまえば、彼女は破壊を止めようとするだろう。全員の覚悟からして止まるとは思えないが、もしも止まってしまった場合……。

 

「……分かった」

「ごめんね」

「謝るなよ……シャマル達も辛いって分かってるから」

 

 そこで会話は終わり、足早に高町達の後を追い始める。

 アースラから海鳴市に降り立つと、俺はシャマルから家の鍵を受け取って八神家へと向かい始める。辺りはすっかり暗くなっており雪が降っている。まるで俺達の気持ちを表しているような悲しげな空だ。

 始めはゆっくりと歩いていたが、はやての意識が戻っているのではないかと考えた俺は、徐々に移動手段を歩きから走りに変えた。

 荒くなった息遣いを整えることもせず、家に到着すると鍵を使って中に入り、はやての部屋へと進む。ノックするが、返事はない。やはりシャマルの言うとおり寝ているのだろうか、と思い中に入ると、ちょうど上体を起こしていたはやてと視線が重なった。

 

「ショウ……くん」

「……起きてたのか」

「うん……リインフォースは?」

 

 意識を失う前に見た光景が光景だけに、彼女に心配の言葉を言われると思っていた。だが真っ先にリインフォースのことを聞いたあたり、俺の表情や雰囲気から何か読み取ったのだろうか。

 いや、はやても魔法を使用できる人間だ。もしかすると、これから起きることを感じ取ったのかもしれない。

 シャマルは傍にいてやれと言っていた。おそらく理由としては、はやてが起きたときにひとりだと不安になるから。これに加えて、儀式の邪魔をさせないようにしてほしいということだろう。

 嫌な役目を押し付けられた……わけじゃないだろうな。シャマルの口ぶりからして、こんなに早く起きるとは思っていなさそうだった。純粋にはやてをひとりにしたくなかったのだろう。

 リインフォースの元に連れて行くのは普通に考えれば良くないことだ。だがこのまま別れた場合、はやてはどうなるだろうか、いや考えるまでもない。俺は一度経験があるのだから、どうなるかなんてのは目に見えている。

 

「みんなはどこにおるん?」

「連れて行ってやるから上に何か着ろ……俺が取ったほうが早いか。適当に取るぞ」

 

 他人の部屋の引き出しを勝手に開けるというのは気が引ける。それが異性ならばなおさら。だが、急がなければ間に合わないかもしれない。

 そんな雰囲気を俺から感じ取っているのか、はやては何も言わずに取り出した衣服を着た。

 普段は地球での生活で魔力を使用しての身体強化はしないが、今回ばかりはそうも言っていられない。はやての身体に手を回し、世間で言うところのお姫様だっこで持ち上げ車椅子に移す。

 外に出ようとした矢先、大人しくしていたはやてが口を開いた。

 

「ちょっと待って……あれもええかな」

 

 彼女が示した先には、俺がプレゼントした防寒具があった。

 

「……必要なんだな?」

「うん……何か嫌な感じがして寒いんよ」

 

 両腕で自分を抱き締めるはやてを見た俺は、黙って置いてあった防寒具を手に取る。手袋は渡して、マフラーは素早く彼女の首に巻きつけた。

 他に何か必要か、と視線で問いかけるとはやては首を横に振った。俺は車椅子の背後に戻り、外に出ようと押し始める。

 外は先ほどまでよりも雪が降っているように見えた。それが嫌な予感を強めているのか、はやてから発せられる雰囲気が暗い。そんな彼女を見た俺は、何としても儀式が終わる前に辿り着かなければならないと思った。

 雪が舞い散る中、できる限りの速度で目的地に向かって行く。はやてとの間に会話はなく、耳に聞こえるのは俺の息遣いだけ。

 

「…………なぁ」

「ん?」

「身体……大丈夫?」

「あぁ……大丈夫だ」

 

 普段ならば「今更だな。というか、大丈夫じゃないならこんなことしていない」といった風に返しているところだろう。だが今はそんな返事ができる雰囲気ではない。

 はやては不安で仕方がないのだろう。話しかけてきたのも、それに押し潰されないようにするため。

 普段の彼女から考えると俺のことをあまり心配していないようにも思えるが、今は彼女にとって大切な人が消えようとしているのだ。このような反応をするのは当然だと言える。

 どれくらい時間が経ったのか、内心焦っていただけによく分からない。だが確実に目的地に近づき、遠目にだがリインフォース達の姿が見えた。魔法陣が展開されていることから、儀式はすでに始まっているようだ。

 

「リインフォース! リインフォース、みんな!」

 

 はやては押し殺していた感情を爆発させるように声を上げた。この声にリインフォース達も気が付いたようで、全員の視線がこちらに向いている。

 

「はやて!」

「動くな! 動かないでくれ。儀式が止まる」

 

 こちらに駆けようとしたヴィータをリインフォースが制した。動いてしまうと儀式が止まってしまうのだろう。

 俺は車椅子を押し続け、リインフォースの前で止めた。それと同時にはやては再び口を開く。

 

「あかん! やめてリインフォース、やめて!」

「…………」

「破壊なんてせんでええ。わたしがちゃんと抑える! 大丈夫や。やからこんなんせんでええ!」

「……主はやて、よいのですよ」

「良いことない! 良いことなんて……何もあらへん」

 

 はやての目に涙が浮かんだ。それを見てもリインフォースは穏やかな笑みを浮かべたまま、彼女を見ている。

 一瞬リインフォースと視線が重なった。はやてを連れてきたことで何か言われるかと思ったが、俺に対しても穏やかな顔を向けるだけだった。彼女は視線をはやてに戻すと話し始める。

 

「ずいぶんと長い時を生きてきましたが、最後の最後であなたに綺麗な名前と心を頂きました。ほんのわずかな時間でしたが、あなたと共に空を駆け、あなたの力になることができました」

「ぅ…………」

「騎士達もあなたの傍に残すことができました。心残りはありません」

「心残りとかそんなん……」

「ですから、私は笑って逝けます」

 

 リインフォースの表情は穏やかなものだが、そこには強い決意を感じる。彼女ははやてに何を言われようとも、儀式をやめるつもりはないようだ。

 

「あかん! わたしがきっと何とかする。暴走なんかさせへんて約束したやんか!」

「その約束はもう立派に守っていただきました」

「リインフォース!」

「主の危険を払い、主の身を守るのが魔導の器の務め。あなたを守るための、最も優れたやり方を私に選ばせてください」

「……そやけど」

 

 弱々しい声と共にはやての目から涙が溢れた。

 その姿を見た俺の胸の内に、自分がやったことは正しかったのかという疑問が湧き上がってくる。自分が正しいと思ったことが、他人にも正しいことだとは限らない。俺が行ったことは、はやてを苦しめているだけなのではないか。

 

「ずっと悲しい思いしてきて……やっと! ……やっと救われたんやないか」

「私の魂は、あなたの魔導と騎士達の意思の中に残ります。私はいつもあなたの傍にいます」

「そんなんちゃう、そんなんちゃうやろ!」

「駄々っ子はご友人に嫌われます。あなたの大切な彼も困っていますよ」

 

 ゆっくりとはやてが俺の方を振り返る。

 涙を流している彼女の顔に思わず顔を背けたくなったが、ぐっと堪えて視線を重ねた。俺は自分で思っている以上にひどい顔をしているのか、はやては何も言わない。溢れる涙で何も言えないのかもしれないが。

 

「ですから聞きわけを我が主」

「……リインフォース!」

 

 一度俯いた後、はやてはリインフォースの元へ向かい始めた。しかし、雪で隠れていた石に車輪がぶつかり横転してしまう。

 反射的に駆け寄りそうになるが、リインフォースに視線を向けられ足を止める。

 ――はやての思いは分かる……俺もリインフォースを救いたい。だけどリインフォースの思いも理解できるし、はやてのことを考えるならば彼女の意思を尊重することが正しいのだろう。

 

「なんでや……これからやっと始まるのに。これからずっと……幸せにしてあげなあかんのに」

 

 倒れた状態のまま泣くはやてを見て、リインフォースは魔法陣のぎりぎりまで歩み寄り片膝を着く。俯いていたはやてもそれに気づき視線を上げた。

 

「大丈夫です。私はすでに世界で一番幸福な魔導書ですから」

「リイン……フォース」

 

 リインフォースは優しげな笑みを浮かべるとはやての顔に付いていた雪を払い、彼女の頬に優しく手を添える。

 

「我が主、ひとつお願いが……私は消えて小さく無力な欠片へと変わります。もしよろしければ、私の名はその欠片ではなく、いずれあなたが手にするであろう新たな魔導の器に与えてもらえますか?」

 

 はやては返事を返せずにいたが、リインフォースは彼女から手を放すとさらに続ける。

 

「祝福の風《リインフォース》。私の願いは、きっとその子に継がれます」

「……リインフォース」

「はい、我が主」

 

 はやては一際大きな涙を流し始め、リインフォースは立ち上がった。魔法陣の中央に戻るかと思ったのだが、視線を俺のほうへと向けてきたため彼女へと歩み寄る。

 

「君は主のため、騎士達のために色々と頑張ってくれたのにひどい真似をしてすまなかった」

「……謝るのは俺のほうだ。助けるって言ったのに……何もできずに見送るしかないんだから」

 

 口から出た声は震えていた。はやてのように胸の内が感情で溢れつつあるのか涙も出そうになる。

 リインフォースは優しい笑みを浮かべながら、俺を落ち着かせるかのように頬に触れてきた。その状態のまま話し始める。

 

「そう自分を責めないでくれ。君やあの子達は、私の悲しみの連鎖を断ち切ってくれた。それだけで充分に助けられているよ」

「だけど……」

「ふふ、意外と君も聞き分けがないのだな」

 

 そういうところ我が主に似ている、と続けるリインフォースの顔は幸せそうに見える。

 今迎えようとしている結末は、彼女が本当に望んでいることなのだろう。高町達も1歩たりとも動こうとはしていない。儀式はもう止まらないと分かる。ならば俺がすべきことは笑って彼女を見送ることなのかもしれない。

 

「俺は……はやてよりも駄々っ子じゃないさ」

「ふふ、そのようだ。……終焉の時も近い。最後に君にもお願いがあるのだが」

「構わないよ」

「では……これから先もどうか主――いや、主だけじゃない。主がいつか手にするであろう魔導の器も騎士達と共に見守ってほしい」

「……ああ、約束するよ」

 

 震えそうになる声を押さえ込み、どうにか力強く返事をすることができた。リインフォースは礼を言うかのように微笑むと魔法陣の中央へと戻る。

 穏やかな笑みを浮かべるリインフォースの身体が青色に発光し始めたかと思うと、彼女の身体は徐々に青い光と共に空へと消えて行った。

 誰もが無言で空を見詰めていると、何かに気が付いたはやてが身体を引きずりながらリインフォースが立っていた場所まで進んだ。彼女が身体を起こして座りこんですぐに空から発光する物体が降りてくる。

 はやての手の平に落ちたそれは、金色の十字架のようなアクセサリーだった。リインフォースが言っていた欠片なのだろう。

 

「う……ぅ……」

 

 欠片を大事そうに胸に当てながら再びはやては泣き始める。何を言えばいいのか分からない状態だったが、俺は彼女へと近づいて片膝を着いた。

 潤んだ瞳がこちらに向けられたかと思った次の瞬間には、俺の胸ではやては出来る限り声を殺して泣いていた。高町達も静かに駆け寄ってくるが、誰もはやてに声をかけない。俺と同じように何を言っていいものか分からないのだろう。

 何も言えないのなら抱き締めてやるだけでも、と思って手をはやての背中に回したがやめた。今の俺にそんな資格があるとは思えなかったからだ。

 

 どうして……こんな結末にしかならないのだろう。本当にこんな結末しか迎えられなかったのだろうか。

 

 俺は静かに視線を上げて、リインフォースが消えて行った空を見た。

 そこにあるのは舞い散る雪だけであり、何か答えがあるわけではない。そう分かっていても見上げずにはいられなかった。

 

 ……リインフォース。

 

 俺は今日の出来事を絶対に忘れない。

 お前との約束を果たすために強くなるよ。もう今日のような結末を迎えないために。お前の大切な主や騎士達を守れるように……。

 

 

 

 



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空白期
01 「少女の目には」


 闇の書事件が終了してからは12月の慌しさに押される形で、はやては退院。シグナム達は本局で事情聴取と色んな出来事が過ぎて行った。

 今日の空は晴れており時間帯も昼であるが、まだまだ空気は冷たく肌を刺す。にも関わらず、私は海が見える道を歩いていた。隣には私と同じように黒い上着を着た男の子がいる。

 

「何だか付き合ってもらう形になって悪いね」

 

 隣にいるのはクラスメイトであり、大切な友達のひとりであるショウだ。彼が私のことを友達と思っているかは分からないけど、出会った頃よりも距離は縮まっているように感じる。

 ショウは事件で迷惑をかけたということでお詫びの品を持って家を訪れた。

 アルフが言ったことを気にしていたのかもしれない、と思った私は遠慮したのだが、押し切られる形で受け取ってしまった。あとできちんと頂くつもりでいる。

 

「ううん、元々なのはと会う予定だったから」

 

 なのはの家に向かっているわけだが、私達は回り道をしている。理由は、ショウが私に謝罪以外で話したいことがあると言ったからだ。

 

「そっか……君達は本当に仲が良いね」

 

 私を見るショウの顔は穏やかだ。

 事件が終わってまだ間もないというのに、彼が悲しんでいる姿を私は見ていない。はやてが一番悲しい思いをしたということは理解しているし、騎士達は長い時を生きてきた。だから彼女達が泣いたり、涙を見せないのは理解できるのだが。

 

「うん、友達だから。ショウもはやてと仲良いよね」

「まあ……あいつとは付き合いが長いから」

「その言い方は少しはやてに悪い気がするけど……」

 

 と言ったものの、今のように言えることがふたりの仲を表していると思う。

 ショウは、はやてには私やなのはと接しているときよりも荒めの言葉を使う。といっても、『君』が『お前』などに変わるくらいの小さな変化。でもそれは、確実にはやてに気を許していることを示している。

 

「それで……私に話って?」

「ん、あぁ……」

 

 ショウは立ち止まると、こちらに顔を向ける。風に揺られている前髪の奥に見える黒い瞳は、先ほどまでよりも少しだけ冷たく見えた。

 

「もうああいうことはやめてほしいんだ」

「ああいうこと?」

「自分の身を犠牲にして他人を守る、ことだよ。結果的に言えば君は助かったわけだけど、残された側の人間がどうなるか考えてほしい」

 

 普段よりも低めに発せられた言葉によって、私の脳裏に決戦での出来事とリインフォースとの別れが過ぎった。

 ショウを守りたい、と思って起こした行動だった。けれど、私は彼を傷つけてしまったのだろう。

 リインフォースとの別れは悲しいもので、はやて達ほどではないにせよ私の中にも未だにそのときの思いは存在している。もしも私が夢の世界に居座ってしまっていたら、彼やなのはにこのような思いを抱かせ続けたのかもしれない。

 

「……ごめん」

「……まあ言っておいて何だけど、あまり自分を責めないでほしい。俺はただ理解してほしいってだけで、別に責めるつもりはないんだ。いや……そもそも責める資格がない」

 

 声が不意に小さくなったことが気になって顔を上げると、ショウは手すりに片手を乗せて海を見ていた。彼の顔が見えるように移動すると、自分を責めていそうな表情が視界に映る。

 

「根本的な原因は俺にある。俺が迂闊に行動しなかったなら君が身代わりになることもなかった。俺がもっと強かったなら、君に心配させずに済んだんだから」

「そんなことない! あ……いや、あの、ショウが弱いってことを言いたいんじゃないんだよ。その、どんなに強かったとしても、私にとってショウは大切な人のひとりだから心配するだろうし……」

 

 慌てているのにも関わらず、冷静に現状を把握する自分もいて恥ずかしさが込み上げてくる。

 ――わ、私は何を言ってるの。たた大切って……だ、大丈夫だよね。ショウだし、勘違いしたりしないよね。というか、そもそも私達ってまだそういう年じゃないもんね。いやでも、私達の年でも好きって感情は芽生えるわけで。ショウって同年代の子よりも大人っぽいし、それが原因で勘違いするんじゃ……。

 などと余計なことまで思考しながらも、私の口は止まらずに動き続ける。

 

「あのときショウが行ってなかったら私が行ってたと思うんだ。だから結果としては変わらなかったというか……」

「……少し落ち着いたら?」

 

 呆れた顔を浮かべるショウを見て、ますます私の中に恥ずかしさが込み上げてくる。本当に私は何をやっているのだろう。

 会話は一旦途切れて沈黙が流れ始める。

 耳に聞こえてくるのは波の音や彼のかすかな息遣いだけだが、気まずさはないに等しい。それが功を奏して、私の中の羞恥心は早めに落ち着いた。

 会話を再開しようと思ったがショウの横顔を見て、私は開きかけた口を閉じた。海を静かに眺める彼の顔は、記憶にある彼と違って見える。

 ……具体的にどうとは言えないけど、前よりも纏ってる雰囲気が穏やかになったって言えばいいのかな。近くにいてもあまり緊張しないし。

 ショウだけを見ながらあれこれ考えていると、不意に彼がこちらに顔を向けた。

 

「落ち着いた?」

「え、あぁうん!」

「落ち着いてるようには見えないんだけど?」

「そ、それは、いきなりだったから驚いたというか……とにかく大丈夫だから!」

 

 言えない、絶対に言えない。

 ショウのことを見ていたから、なんて言ったら変な子だと思われるか理由を聞かれそうだし。……すでに思われてるのかな。ショウ、さっきから私を見て呆れてる感じだし……何でなのはのときみたいにできないんだろう。

 

「じゃあ話を戻そうか……って言いたいところだけど、さっきの話はやめにしよう」

「え……?」

「きっといつまで話を続けても、今のままじゃ平行線になりそうだろ?」

「……うん」

 

 あのときも気が付けば身体が動いていた。今でもショウやなのはが窮地に陥ったとき、私は助けようとする気がする。今のままでは彼の言うように平行線だろう。

 

「でも……強くなるって決めたから」

 

 空を見つめているショウの瞳は、とても悲しみに満ちているように見える。だがその一方で、強い決意を感じさせるものだ。

 ――多分彼女のことを思い出してるんだ。ショウは彼女と約束をしたから……。

 それに多分、それだけじゃない。

 ショウは、前に親とは話せる内に話したほうがいいって言ってた。あのときも大切な人を失ったことがあるって。多分彼は親を亡くしてる。

 それに……。

 ショウははやてが主だと分かってた。調査で分かった歴代の主の結末は最悪なものばかりで……彼の不安や恐怖はどれほどのものだったのか予想もつかない。

 ……ショウは私やなのはを強いって言うけど、私はショウの方が強いと思うよ。

 ショウは多くの悲しみを経験しながらも現実に向き合い続けてきて、これからもどんな目に遭っても向き合い続けるのだろう。彼の心は私なんかよりも遥かに強い。そして、とても優しい。

 

「いつか君のことも守れるようになりたい。そうすれば心配はされても大丈夫だって思ってもらえるだろうから」

「……その言い方はずるいなぁ。いつか私が折れないといけないってことだよね」

「それはどうかな。いつまでも君の背中を追いかけることになる可能性の方が高いし」

「ほんと変に真面目だよね。そういうこと言わなかったら綺麗にまとまるのに」

「そうだね……だけど簡単に直るものじゃないよ。はやての適当な話に付き合ってる内に染み付いたものだから」

 

 はやてのことを口に出した瞬間、ショウの瞳から悲しみの色が薄れた気がした。

 ――ショウにとってはやてとの思い出はかけがえのないもので心の支えなんだろうな。はやてもショウとのことは楽しそうに話すし……お互い大切な存在って思ってそう。

 

「そうなんだ……私はあまりはやてが適当に話すようには思えないけどなぁ」

「そのうち分かる日が来るよ」

「うーん……どうだろうね。はやてはショウのこと特別だって思ってそうだし」

「特別ね……でもそれはこれから変わっていくと思うよ。もうはやてはひとりじゃない。シグナム達も君達もいるんだから」

「……だから最近はやてに会いに行ってないの?」

「心配しなくて大丈夫だよ。別に距離を置こうなんて考えてないから……俺にも色々あるんだよ」

 

 そう言ってショウは深いため息をつく。その姿を見て行き着いた先は、おそらくお説教をもらう日々が続いたのだろう。

 リンディさんは優しいけど、厳しい面もあるからなぁ。それにデバイスの関係者からも注意されたって話をクロノが言ってたような気がする。

 

「そっか……でも一通り済んだら会いに行くんだよね?」

「多分ね」

「多分って……」

「……さっき俺ははやてにとって特別だって言ったよね。長い付き合いだから俺にもそういう認識はあるよ。だからこそ、会ったらあいつは強がって笑うんじゃないかって思ってさ」

 

 確かにはやては笑っていた。騎士達を幸せにしたいと決意し、強くなろうと考えていた。

 あのときは私となのはだけしかいなかったからはやては泣いたけど、シグナム達がいれば泣かなかっただろう。ショウの場合は……言うとおり強がって笑うかもしれない。でも

 

「逆に……ショウ相手だから素直になれるんじゃないかな」

「そうかもしれない。でもそしたら……あいつは優しいからきっと素直に涙を流さない俺の分まで泣いてくれると思う」

「……それは悪いことなのかな」

「はやては多分強くなろうって……シグナム達の前では泣かないって考えてると思うんだ。シグナム達の前で泣かせたら何だか申し訳ないよ」

 

 ショウの顔は、表現するならはやてのことを理解している顔だった。

 その顔はあの日はやてがショウの話題を出したときに浮かべた顔に似ていると思った。ショウとはやては、互いのことを理解し合っている。だからこそ、互いに会わなくても平気なのかもしれない。

 

「……ちょっと羨ましいかな」

「あのさ、何か言った?」

「え……あ、その、はやてのことは名前で呼ぶんだなって改めて思って」

「あぁ……まあ友達だから」

「そ、そうだよね……自然と名前で呼びあうようになったの?」

「うーん……あっちはそうだったけど、俺は無理やり呼ばされた気がするよ。名前で呼んでくれへんと返事せん、って感じでさ。最初の頃は何度も苗字で呼んじゃってはやてがよく膨れたっけ」

「へぇ……じゃあ、何で私のこと名前で呼んでくれたの?」

 

 言っておいて何だけど、自分の口が他人のもののような気がした。いつもならこんな質問はしないと思う。今日のフェイトはおかしい、とアルフがこの場に居たなら言いそうだ。

 

「え……あぁ、あのときか。ごめん、何と言うか無意識だったとはいえ許可もなく」

「う、ううん別にいいの。私は今のままでも、名前で呼んでもらっても構わないって思ってるから!」

 

 名前で呼んでもらったほうが友達として認知されているようで嬉しいけど、これを言うのは恥ずかしい。

 

「名前で呼んでくれたほうが嬉しいけど」

「そうなんだ……」

「あ……」

 

 ショウが返事をしたことで、自分の気持ちが漏れていたことを理解する。顔が急激に熱くなっていくのを感じ、顔を彼から背けた。

 先ほどまでと打って変わって、気まずい雰囲気が漂い始める。どう考えても原因は私にあるが、今の私には気まずさを感じる余裕はなかった。パニックを起こしかけている頭と逃げ出しそうになる足を抑えるので必死だから。

 

「あのさ……」

「は、はい!?」

「その、徐々にでいいかな。君の事を名前で呼ぶのは……どうも恥ずかしくて」

「う、うん。無理はしなくていいから!」

 

 というか、今名前で呼ばれたら恥ずかしさのあまり走り去ると思う。そうなれば確実に私は変な子扱いされるだろう。冷静な自分が、すでに変な子だと思われていてもおかしくないのでは? と告げているけど。

 

「……話してばかりいないで、そろそろ行こうか? いや、別々に行ったほうがいいかな?」

「い、一緒で大丈夫! 少しすれば治ると思うから!」

「……治りそうには見えないんだけど」

「ズバッと言わないで……おかげで落ち着いたけど」

 

 こういう場合は礼を言うべきなのだろうか。それとも小言を言うべきなのか。

 なのは……こういうときってどうすればいいの?

 

 

 



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02 「王の来訪」

 地球という限られた世界の範囲内でさえ、世の中には自分とそっくりの人間が数人いるという話がある。次元世界で考えれば、その数はそれなりの数に上りそうだ。

 俺の知り合いにも似ている人間は存在している。高町なのはとシュテル・スタークスだ。

 ただ個人的に髪型や瞳の色の違いもあってか瓜二つとまでは思えない。視覚からの情報を断ち、聴覚による情報だけで判断する場合は間違えてしまう可能性が充分にあるが。

 高町もシュテルもそれなりに身近な人間であるため、俺は一般人よりは慣れがあるはずだ。しかし、俺は今困惑してしまっている。

 事の経緯を説明すると、まず呼び鈴が鳴った。叔母であるレーネさんも在宅していたが、熟睡していたため俺が対応しようと玄関を開く。視界に映ったのは、はやて――ではなく、彼女に瓜二つな少女だった。髪や瞳の色に違いはあるが、髪型や背格好はほぼ同じだと言っていい。

 ――ここまでそっくりだと遠目では区別がつくかどうか分からない……いや、今はまだ区別できるか。はやてはまだ歩けないから車椅子を使っているわけだし。

 

「突然の訪問申し訳ないのですが、ヤヅキという名の家はここで合っているでしょうか?」

「え、あぁ、はい。このへんで夜月って苗字の家はここだけだから合ってると思いますけど……」

 

 来客の対応は叔母が普段家にいない時間が多いこともあっていつもしている。だが少女がはやてに似ているせいか違和感を覚え、たどたどしい返事をしてしまった。

 見た目は置いておくとして……髪色とかから考えて日本人とは考えにくい。それにこの家に訪ねてくるのは近所の人間か、レーネさんの知り合いくらいだ。レーネさんの知り合いにはシュテルもいたわけだし、レーネさんの知り合いって可能性が高いよな。

 

「えっと……レーネさんの知り合いですか?」

「はい」

「そうですか……ここで立ち話も何ですし、とりあえず中にどうぞ」

「ではお言葉に甘えて、失礼します」

 

 家の中に入ると、俺は彼女をリビングへ案内する。

 少女にソファーに座るように促し、彼女が座ったのを確認すると俺はお茶の用意をしようとするが、あまり来客がないこともあってこういうときに限って出すものがない。仕方がないので俺が昨日作ったケーキとパックのお茶で対応することにした。

 

「すみません、これくらいのものしかなくて」

「いえいえ、こちらが突然訪問したわけですからお気遣いなく」

「……今叔母を呼んできますので少々お待ちください」

 

 と言ったものの、叔母は熟睡――いや爆睡しているはずだ。数日の徹夜を平気でこなす人なのだが、一度寝るとよほどのことがないと起きない。しかし、仕事の連絡には反応しているようだ。これは叔母の不思議な部分のひとつだと言えるかもしれない。

 寝てるあの人を起こすのって何だか申し訳ないんだよな。ただでさえ睡眠を取ってない人だし、俺は面倒を見てもらってる身だし。とはいえ、別の世界からわざわざ足を運んできた知り合いに寝ているからと言って帰ってもらうのも悪い。

 

「あの、レーネ殿は寝ているのではないですか?」

「……すみません」

「あの方はご多忙な方ゆえ仕方ありません。そもそも、我が会いに来たのはレーネ殿ではなく……」

「……俺ですか?」

 

 首を縦に振る少女を見て、俺の中は疑問で溢れかえる。

 ちょっと待て……彼女はレーネさんの知り合いであって、俺とは今日が初対面だよな。会ったことがない人間に用って……俺、何かしたか?

 

「えーと……俺達は初対面ですよね?」

「ええ……そのはずです」

 

 一瞬だけ視線がこちらから外れたが、前に会ったことがあるのだろうか……単純に記憶を辿っただけかもしれない。深く読もうとしないほうが無難か。

 

「用件を窺っても?」

「ええ。……とその前に、まだ名乗っていませんでしたな。我はディアーチェ・K・クローディアと言います」

 

 丁寧な言葉遣いなだけに少女の一人称が際立って聞こえた。彼女の一人称に疑問を抱いたが、ふと脳裏にあることが過ぎる。

 

「ディアーチェ?」

 

 この名前……どこかで聞いたような気がする。それも割りと最近。

 頭をフル回転させて記憶を辿っていくと、シュテルの友人と同じ名前ということを思い出した。彼女の年齢もシュテルと同じぐらいに見える。同一人物である可能性は高い。

 

「もしかして……君、シュテルの友達か?」

「うむ、確かにシュテルは我が友のひとりだな……ひとりです」

「別に丁寧に話さなくてもいいから。俺もそのほうが楽だし」

 

 というか、冷静に考えれば子供が丁寧な言葉で会話するというのはある意味奇妙だ。幼い頃から英才教育を受けさせる家庭で育っているならば話は別だが。

 ――いや、そうでもないかもしれない。

 俺の知り合いには月村やバニングスというお嬢様と呼べそうな子がいるわけだが、月村はともかくバニングスは……。

 

「そうか、ではそうさせてもらうとしよう。貴様の名は確かヤヅキ・ショウであったな?」

「え、あぁうん」

 

 先ほどと打って変わって腕を組み尊大な口調で話し始めた少女に戸惑いを覚えた。自分から気楽に話して言いと言ってしまっただけに、もう後戻りはできないがここまで変わる子も珍しいと思う。

 

「貴様のことはシュテルに夏頃から度々聞いている。あやつは昔が昔だけに……いや今でもそうだが、あまり愛想がいい奴ではない。あやつを受け入れ、仲良くしてくれていること嬉しく思うぞ」

「ま、まあ……俺も愛想がいい方じゃないし。というか、シュテルはクローディアさんに何を吹き込んだんだ?」

「吹き込んだとは悪い表現を使うものだな」

 

 と言っている割に少女の顔は笑っている。

 

「まあ、あやつは真面目そうに見えて時折ふざける奴だから無理もない」

「時折? ……俺の記憶では毎回のようにふざけてた気がするけど」

 

 俺の返事に彼女は「ほぅ」とどことなく感心しているような反応を示した。視線で問いかけると、すぐさま返事が返ってくる。

 

「いや、我もあやつとは長い付き合いだが毎度のようにはふざけられてはおらんからな。貴様にはふざけやすいのか、よほど気を許しておるのだろうな」

「もしも前者なら俺は今後対応を変えるよ……話が逸れてるな。クローディアさん、俺への用件っていうのは?」

「ん、あぁそうだったな」

 

 彼女は紅茶を優雅に一口飲み、カップをテーブルに置く。

 

「別に大した用ではない。貴様にはシュテルが世話になったし、迷惑をかけたようだからな。恩師の家族に挨拶をしておくついでに詫びもしておこうと思って伺ったまでよ」

 

 そう言って彼女は持ってきていた手荷物をこちらに差し出してきた。

 シュテルの友人が行うようなことではないと思うのだが、受け取らないというのも悪いだろう。俺が受け取ると少女は笑みを浮かべるが、申し訳なさそうな顔へと変わる。

 

「……その、突然訪問して済まなかったな」

「別に構わないよ。レーネさんは多忙だから連絡を入れててもこっちには入ってこなかっただろうし、シュテルも仕事だろうから」

 

 シュテルの仕事というのはファラの修理だ。

 シュテルからは人型フレームに問題はないが、フルドライブ状態での戦闘が原因で内部に多大なダメージがあったと聞いている。特に《ミーティアストリーム・バースト》を使用した際には、瞬間最大出力が過去のデータより格段に高かったらしい。

 状態説明の後には説教――されたと誰もが思うだろうが、シュテルは

 

『状況が状況だけに仕方がありませんし、彼女には意思があります。あなたの要求を拒否しなかった以上、責任はあなただけにはありません。それにカートリッジシステムを組み込んだ時点である程度のことは覚悟していました』

 

 と、普段どおりの表情で淡々と言うだけだったのだ。

 ――個人的には怒ってくれたほうが気が楽だったんだが……俺の性格を見越して怒らなかったのだろうか。頭が回るから可能性は充分にあるよな……でも、シュテルはこうも言っていた。

 

『ファラを破損させたことは褒められたことではありません。が、今回のことであなたの潜在的な力を垣間見ることが出来たのは収穫です。もう同じように使用しても破損しないようにしてみせますよ』

 

 そのときのシュテルは、決意に満ちた微笑みを浮かべていた。

 あの日から俺はシュテルとファラには会っていない。レーネさんが言うには、今日中に修復が終わる予定だそうだ。明日の朝にこちらに来る予定らしい。

 

「うむ、そうか……どうかしたか?」

「いや別に。ただ意外とあっさり引くんだな、と思っただけだよ。クローディアさんの性格だともっと粘りそうな気がしたし」

「その予想は間違ってはおらん。我としても思うところはある。が、そちらが気にするなという意味の返事をしたのだ。引かなければ余計な気を遣わせるだろう。それと、我のことはディアーチェでよい」

「いや、会ったばかりでそれは……」

「我がよいと言っているのだ。その代わり、我も貴様のことはショウと呼ばせてもらうがな」

 

 尊大な態度だが、不思議と嫌な気分には全くなっておらず名前で呼んでもいいとすら思っている自分がいる。

 肯定の返事をすると、ディアーチェは「それでよい」と言ってフォークを手にとってケーキへと入れた。一口サイズに切って突き刺すと、口へと運ぶ。

 何気ない動作ではあるが、気品を感じさせられた。シュテルの友人だからなのか、ディアーチェも言葉遣いはあれだが淑女のようだ。

 

「どうかな?」

「うむ、素直に言って美味だ。しかし……地球ではこの味で『これくらい』と表現するのか?」

「それは人によるんじゃないかな。まあ今回の場合は、ディアーチェが食べてるそれって俺が作ったものだからこれくらいって言っただけなんだけど」

「何だと、それは真か!?」

 

 いきなり大声を上げたことに驚いたが、どうにか首を縦に振ることはできた。

 ディアーチェは再度ケーキを一口サイズに切って口に入れ、味わうような素振りを見せる。

 

「……ショウ、これは本当に貴様が作ったのだな?」

「そうだけど……それがどうかしたのか?」

「いや……貴様ぐらいの子供が菓子を作るのは珍しいと思ってな。深い意味はない」

 

 ディアーチェはおかしいことは言ってはいないが、何かしら意味はある気がする。そうでなければ一口一口味わうように食べたりしないだろう。

 ――味の分析でもしているのだろうか。どことなく桃子さんのお菓子を食べている俺に似ている気がするし。

 そんなことを考えているとリビングの扉が開く音が聞こえた。誰かが入ってくると思いきや、扉に何かがぶつかった音が響く。俺は何となく予想がついていたので問題なかったが、ディアーチェは衝撃音に一瞬身体を震わせた。

 ゆっくりと入ってきたのは、ぼんやりとしているレーネさんだ。メガネもかけておらず、髪も結んでいない。これまでの経験から推測するに、呼び出しをもらって起きたわけではないと思われる。

 

「……おはよう」

 

 普段よりものんびりとした口調で言ったレーネさんは、こちらにゆったりとした足取りで向かってくる。小さな子供だったらお化けのように見えて泣いてしまうかもしれない。せめて顔にかかっている髪くらい退けて歩いてほしいものだ。

 

「話し声がするからシュテルが予定よりも早く来たのかと思ったが……違ったようだね」

「お、お久しぶりですレーネ殿」

「ん……声から判断するにディアーチェかな?」

「はい。……あの、もう少し寝たほうがいいのではありませんか? 先ほどもどこかぶつけていたようですし」

「あぁ……喉を潤したらまた寝るつもりだよ。それと……君は良い子だね。ショウは心配してくれたりしないのに」

 

 毎回のようにぶつかり、これといって痛がっていない姿を見ていたら慣れるのも無理はないだろう。この件に関してはレーネさんの自業自得だ。

 

「……というのは表面上だけで、怪我をしていたら手当てしてくれるのだがね」

 

 そう言ってレーネさんは俺の頭を撫でる。人前で撫でられるのはさすがに恥ずかしかったのでやめさせた。もう少しいいじゃないか、といった視線を向けられたが断固として承諾しないでいるとディアーチェが話し始める。

 

「普通立場が逆の気がしますが、それは当然でしょうな。ショウにとってあなたは大切な人でしょうし」

 

 今の言葉からしてディアーチェは俺の両親のことを知っているのだろうか。まあ叔母の知り合いであった以上、知っていても不思議ではない。それに別に隠す理由もない。

 何もないのに自分から言いたいとは思わないが。

 

「そう思ってくれていると嬉しいのだが、あいにく家を空けてばかりでね」

「仕事だから仕方がないことだよ」

「……君は本心からそう言ってそうだから保護者としては嬉しい反面悲しくもある。それに可愛げがない」

「家事全般してたらしっかりもするさ」

「……少し仕事量を減らそうかな」

「健康面を考えればそうしてほしいと思うけど、別に家事は手伝わなくていいから」

 

 レーネさんがやるとかえって散らかったりするし、料理中に怪我をする可能性が高いのであまりさせたくない。

 冷静に考えてみると、ディアーチェが言うように立場が逆だな。もしくはレーネさんが夫で俺が妻といった感じだろうか。だからはやてにお嫁にほしいと言われるのか?

 

「全く……可愛いのは顔だけだね」

「どう見たらそう見えるのか疑問だよ」

「そうかな? ディアーチェ、君はどう思う?」

「わ、我ですか」

 

 振られた話が話だけに困惑するのも無理はない。個人的に答えなくてもいい、いや答えてほしくないと思うのだが、ディアーチェにとって叔母は頭が上がらない人なのか必死に答えようとしている。

 

「……年相応の少年の顔だと思います。多少身体の線が細い気はしますが、成長期を迎えれば変化するでしょうし、顔もその頃には男らしく変わり始めるのではないかと」

「つまり可愛くはないと?」

「はい……そもそも、我はレーネ殿ほどショウのことを知りませんので見た目でしか判断できません。ですので現状で彼が可愛く見えるのは、彼を愛しているレーネ殿くらいでは?」

「ふむ……だが私とディアーチェだけではデータが足りないな。シュテルやマリーにも聞いて……」

「聞かなくていいからさっさと寝ろ」

 

 

 



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03 「王さまは家庭的」

「……まさか泊まることになるとは思わなかったぞ」

 

 ディアーチェがこのように漏らすのも無理はない。俺も同じ気持ちだ。

 彼女がうちに泊まることになったのは、レーネさんの「シュテルも明日になれば来るし、明日は皆で初詣に行く予定だからディアーチェも一緒にどうだい?」という言葉があったからだ。

 無論、ディアーチェは「初めて訪れた家に泊まるなど……それに着替えもありませんし」と断ろうとした。だが彼女の家族には叔母が話をつけ、着替えはシュテルの使用していた部屋にあったため押し切られたのだ。

 

「ああ……でもきっとディアーチェに会えて嬉しかったんだよ。何日かすればまた多忙な日々に戻るだろうから、少しでも長く話したいんだと思う」

「それは我も久々に会ったのだから話したいし、この星の文化に興味がないわけではない……が、我々は出会ったばかりぞ。一つ屋根の下で一晩明かすというのは……」

「まあ……言いたいことは分かる」

 

 レーネさんやシュテルのことを話題にすれば会話には困らないが、ディアーチェは今日初めて訪れただけに居心地の悪さを感じたり緊張を覚えているだろう。俺も叔母やシュテル以外に人がいることに違和感を覚えてしまっているため、妙な気まずさを感じている。

 大人というのは、子供なら問題なく現状を受け入れると思っているのだろうか。子供は子供なりに思うところがあるというのに。

 

「……けど今日だけの辛抱だし、レーネさんのためだと思って我慢しよう」

「うむ、そうだな。……おい、どこへ行くのだ?」

「キッチンだけど?」

 

 時間帯も夕方に近くなってきているし、そろそろ夕食の準備をしなくてはならない。今日はディアーチェの分も必要なため、いつもよりも時間がかかるだろう。

 

「貴様が夕刻の食事を作るのか?」

「まあね。レーネさんは料理できないし……いや家事全般できないけど」

「そんなことは知っておる。我が言いたかったのはそういう意味ではなくてだな……」

 

 言い淀みながらディアーチェはこちらから視線を外し頬を赤らめる。少しの間の後、覚悟を決めたのか再びこちらに翡翠のような色の綺麗な瞳を向けてきた。

 

「……食事だが、我に作らせよ」

「え……」

 

 今の言葉が意味するのは、ディアーチェが夕食を作るということだよな。

 自分から作ると言うのだからできないということはないのだろうが、彼女は客だ。客に作らせるというのは普通に気が引ける。

 

「何だその反応は。我が作れんとでも思っておるのか!」

「いや思ってないけど……客であるディアーチェに作らせるのは気が引けるというか」

「む……それは分からんでもないが、我としても何かせんと居心地が悪いのだ」

「……その気持ちは分かる。けど道具の場所とか分からないだろ?」

「そんなもの一度見れば分かる。心配無用だ」

 

 そういえばシュテルも一度見ただけで大半の道具の場所を把握していた気がする。前にシュテルから聞いた話だが、彼女とその友人は小さい頃からレーネさんに色々と教わっていたらしい。これが意味するのは知能が高かったということ。

 つまりディアーチェは今言ったように一度で道具の場所は把握してしまう可能性が充分にある。

 それに揺るがない自信に満ちた瞳と言葉。本の虫だったシュテルを変えたのも納得できるカリスマ性のようなものを感じる。

 加えて、ディアーチェは久しぶりにレーネさんに会ったのだ。純粋に自分の手料理を食べてもらいたいのかもしれない。

 そのように思った俺は、ディアーチェの提案を受け入れる返事をする。

 

「うむ、腕によりをかけて作るから心待ちにしておるがよい」

 

 ディアーチェはヘアゴムを取り出して口に咥えると、両手で髪を束ね始める。出会ったばかりのはずなのだが、ポニーテールの彼女は新鮮に見える。はやてに似ているのが原因かもしれない。

 

「ん? 我の顔に何か付いておるか?」

「髪結ぶんだと思って」

「あぁ……まあ別に結ばなくともよいのだが、料理などのときはいつもこうだからな。ある意味癖みたいなものよ。始める前にいくつか聞いておきたいことがあるのだが」

「何?」

「使ってはならぬ食材はあるか?」

「いや、好きなものを使ってくれていいよ」

「了解した……エプロンを貸してもらってよいか?」

「どうぞ」

 

 と言っても、ディアーチェはどこにエプロンがあるか分からないだろう。道具は自分で確認するだろうが、エプロンくらいは俺が取ろうと思い、先にキッチンへと向かう。

 ……どっちを渡したらいいだろうか。

 うちにはエプロンがふたつある。ひとつは黒を基調としたもので普段俺が使っているもの。もうひとつは、シュテルが使っていた猫の絵柄が入ったもの。ディアーチェの性格上、人前で後者を着なさそうである。だが俺かシュテルかでいえば、シュテルの物の方が身に着けるのに抵抗は少ないだろう。

 

「どうした?」

「いや……どっち使う?」

「どっちでもよいが……貴様、猫好きだったのか。少々意外だな」

「いや猫の方はシュテルのだから」

「なるほど、あやつのか」

 

 シュテルにぴったりだ、といったようにディアーチェは納得している。おそらくシュテルの体質が関係しているのだろう。

 シュテルからは全く敵意が発せられていないのか、はたまた何かしら発せられているからなのか、彼女には猫が寄ってくるのだ。数匹ならばまだしも場合によっては数が2桁に達してしまうため、何度か驚かされたことがある。

 月村の家には多くの猫がいると聞いたことがあるが、シュテルを連れて行ったら大変なことになるのではないだろうか。例えば、シュテルに猫が群がりすぎて彼女の姿が見えなくなったり……。

 

「では貴様のを借りよう」

「俺のでいいのか?」

「うむ……貴様やレーネ殿にシュテルのエプロンを着ている姿を見られると思うと恥ずかしいからな」

「何をぼそぼそ言ってるんだ?」

「何でもないわ!」

 

 ディアーチェはさっさと貸せ、と続けて俺からエプロンを奪い取った。素早くエプロンを身に着けた彼女はキッチンへと向かっていく。

 ……何で俺は怒鳴られたのだろうか。単純に考えて聞き返したのが怒鳴られた原因なのだろうが、エプロンの話をしていただけのはずだ。

 ディアーチェはいったい何を呟いたのだろうか……、と考えながらふと視線を落とす。そこにあるのは猫の絵柄の入ったエプロン。これを着て手伝いだけでもしようかと思ったが、自分が着ている姿を想像したら恥ずかしくなった。

 普段から猫好きを公言していたり、性別が女だったら抵抗はないのだろうが……よくシュテルはこれを着ていたよな。ばっちり着こなしていたから疑問にすら思ったこともなかったけど。ディアーチェが俺のを選んだのは、意外と同じ理由なのかもしれない。

 イスに座って待とうとしたのだが、普段料理をしているせいか落ち着かない。そのため手伝いを申し出たのだがディアーチェには不要だと言われたため、大人しく待つことにするしかなかった。

 ディアーチェが料理をしている間、俺は暇つぶしにはやてから借りていたが、事件やらで読めていなかった本を消化することにした。いつの間にか彼女の存在を忘れるほど熱中していたが、ふと食欲をそそる匂いに我へと返される。

 それとほぼ同時に扉が開く音が聞こえた。その直後に何かがぶつかる音がしたが気にしない。キッチンのほうからした音は気になるが、すぐに作業に戻ったようなので怪我はしていないと思われる。ここは大人しくしていればいいはずだ。

 

「……ショウ、君が座っているというのは違和感があるね」

「一般の家庭ではそれが普通なんだよ……まあ俺も落ち着かないけど。でもディアーチェに座ってろって言われたから」

「ふむ……君も尻に敷かれるのだな」

 

 その言葉は一般的に夫婦間で使われる言葉ではないのだろうか。

 俺とディアーチェは無論夫婦ではなく、恋人ですらない。友達と呼べるかどうかすら微妙だ。返す言葉に迷っていると、それをスルーと思ったのかレーネさんは続ける。

 

「君のそういうところは実に可愛げがない……まあそんな君も好きといえば好きなのだがね。おや? 何だか顔が赤いようだが……」

 

 ディアーチェがいるのだから好きなどと言われれば恥ずかしく感じるのは当然だ。それに、あまり叔母から好きだと言われた覚えがない。頭を撫でたり、とそちらの愛情表現はしていたが、何というかこの手の愛情表現には不慣れだ。赤くもなるだろう。

 

「ディアーチェがいるから照れているのかい? まったく、急にそんな反応をされたら可愛げがないなどと言えないじゃないか」

 

 照れていると分かったのなら頭を撫でないでもらいたい。そんなことをする暇があるのならば、顔でも洗って眠気を取り寝癖まみれの髪を直してほしい。

 ディアーチェは叔母の知り合いだからまだいいが、叔母のことを知らない人間に見られたら恥ずかしくて堪らないだろうな。

 

「……もうそろそろやめてほしいんだけど」

「ふむ……名残惜しいが仕方がない。君に触るななどと言われたら卒倒してしまうかもしれないからね」

 

 膨大な仕事をこなしているのに一度も倒れたことがないレーネさんが言っても現実味がない。それに

 

「今はともかく、あと数年したらそういう時期が来る可能性はあるけど」

「それはそれできちんと成長しているから構わないよ。むしろ私にべったりしてもらっては困る。君にはきちんと青春を謳歌してほしいと思っているからね」

「青春ね……俺にはよく分からないよ」

 

 小学3年生が理解しているのもどうかと思うが……でも最近の子はませてる子が多いと言う。俺のクラスでも誰々が好きといった話を聞かないわけでもない。

 恋に恋しているだけなのかもしれないが、女子のほうが早熟らしいため全てを否定することは難しい。今の俺にはよく分からないことだが、いつの日か俺も特別な感情を抱くのだろうか。

 そんなことを考えていると、テーブルに次々と料理が運ばれてきた。簡潔に言えば、家庭的な料理。見栄えはとても良い。これで不味いということはまずないだろう。

 

「何を話していたのですかな?」

「簡単に言えば恋の話になるかな」

「こ、恋ですか……」

 

 ディアーチェの顔に赤みが帯びる。具体的な話を一切していないのにここまで恥ずかしいと思うということは、彼女は俺よりも恋愛を理解し興味を持っているのかもしれない。

 

「わ、我やショウにはまだ早いと思うのですが……」

「そうでもないと思うがね。最近の子供はませていると言うし……昔からディアーチェの料理は美味しかったが、また一段と上手くなったね」

「恐縮です」

「家庭的な君はきっと良いお嫁さんになれるだろうね……ショウのお嫁さんにならないかい?」

 

 叔母の言葉にディアーチェは顔をより赤らめたかと思うと、咳き込み始めた。俺も想定外の言葉に危うく喉を詰めそうになり、同じように咳き込む。

 

「ななな何を言っているのですか!」

「ん? その問いに答えるならば、私の願望といったところかな。君となら世間でいう嫁姑問題が起きそうにないし、ショウのことを気遣ってくれるだろうからね」

「わ、我々は出会ったばかりですぞ! 話が飛躍し過ぎとは思わないのですか!」

 

 これまでの経験のせいか、ディアーチェが異常に慌てているせいか冷静を保っていることにふと気が付く。

 自分も関係しているというのに、他人事のように見ているのはいけない気がする……が、迂闊に会話に参加するとややこしくなる恐れがある。可哀想な気もするけど、ここはディアーチェに任せよう。

 

「確かにそうだね……でも、時の流れというものは意外と早いものだよ。君達もあと数年もすれば恋人がいるかもしれない」

「それに関しては否定できませんが、先ほどのこととどう関係があるのですか。話がずれているように感じますぞ!」

「ん? おや、君達には言っていなかったかな」

 

 レーネさんは小首を傾げる。

 ……メガネがずれたのに直さないんだな。もしかしてレーネさんはまだ眠たいのだろうか。何日も徹夜をしたことがないだけに、この人の眠気がどれくらいなのか想像がつかない。

 

「君達が生まれる前……いや、生まれてすぐだったかな。兄さんと君のお父さんが将来子供達を結婚させたいと言っていた……気がする。先ほどのことにも一応関係はあるのだよ」

 

 言い終わるのと同時に俺は隣に座っているディアーチェに視線を向けた。彼女も同時にこちらを見たのか視線が重なる。

 ディアーチェの顔は熱でもあるのではないかと思うほど真っ赤に染まっていく。何か言おうとしているようだが、恥ずかしいさのあまりに上手く言葉にできないようだ。

 

「まああのときのふたりは大分酔っていたし、別に許婚というわけではないのだがね」

「――っ。だ、だったらなぜ言ったのですか!」

「互いのことを知ってもらおうかと」

「今のは我々に恥ずかしい思いをさせただけではありませんか! 普通そう思ったのなら思い出話をするのではないのですか。おいショウ、貴様も何か言わぬか……って、何を呑気に食事をしている!」

 

 酔っていたときの会話ならばそこまで気にする必要はない、と判断したから食事を再開しただけなのに、なぜ怒鳴られなければならないのだろうか。

 ディアーチェって容姿ははやてにそっくりだけど……こういうところはあまり似てないな。バニングスには似ている気もするけど。

 

「美味しいから冷める前に食べたい」

「つまりショウはディアーチェを嫁にしてもいいと?」

「いや、そうは言ってない。将来的に良い嫁になりそうってことには同意するけど」

 

 シュテルが前に家事ではディアーチェには敵わないといったことを言っていた気がするし、料理だけでなく掃除も得意だろう。言動があれだが家庭的な少女であることに間違いはないと思われる。

 シュテルも家庭的ではあるが、凝り性なので料理などは店で出るようなものを作ってしまうので食べづらさがある。気楽さを考えるとディアーチェに軍配が上がるだろう。

 

「き、貴様! 我ではなくレーネ殿に味方するか。我を辱めて楽しいか!」

「ディアーチェ、ショウはともかく私は辱めているつもりはないよ」

「それはそれで性質が悪いです!」

 

 おそらくディアーチェがこのような反応をするからレーネさんはからかうのだろう。

 ふと思ったが、もしかしてシュテルの一部の性格はこの人の影響を受けているんじゃ……。もしそうだったらシュテルだけが悪いわけじゃないからこれまでのように言えなくなるかもしれない。

 

「ディアーチェ、少し落ち着きたまえ」

「事の発端の人物がそれを言うんだな……」

「今度はショウの話をしよう」

 

 ここで話題を切り替えたのは俺の独り言が原因なのか。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。レーネさんはいったい何を話すつもりなのか、ということのほうが重大なのだから。

 とはいえ、俺の話など大したものはない気がする。レーネさんと一緒に何かをしたようなことはあまりないし、魔法関係のことを話すとも考えにくい。とりあえず聞いてみて対応しよう。

 

「実はだね、ショウにははやてくんというガールフレンドがいるのだよ」

 

 飲み込む瞬間に発せられたその言葉に俺は盛大にむせる。ディアーチェが心配して声をかけてきたが、手で大丈夫と返す。

 

「大丈夫かね?」

「あぁ……レーネさん、今のどういう意味で言ったんだ?」

 

 別にはやてとの関係を秘密にするつもりはないが、彼女は友人だ。ガールフレンドが女の子の友達という意味ならば話を続けてもらっても構わないが、変な意味の場合はやめさせなければならない。ディアーチェに誤解されると、シュテルにも伝わって面倒なことになる可能性もあるのだから。

 レーネさんは言葉ではなく小指を立てるという返しをしてきた。いったい何が言いたいのだろうか、と思ったが彼女の表情や雰囲気から俺にとって嫌なことを表現していると判断する。

 

「違う。俺とあいつはそんな関係じゃない」

「おや? 私の記憶が正しければ、君は彼女からバレンタインにチョコをもらっていたはずだが……」

「……レーネ殿、我に視線で問われても困るのですが。我はそのはやてという少女を知りませんし、この世界の文化も詳しくありませんので」

「ふむ、確かにそうだね」

 

 ディアーチェに返事を返すとレーネさんは席を立つ。戻ってくるのに時間はかからなかったが、手には先ほどまでなかったものが握られていた。

 それは俺とはやてが一緒に写っている写真だった。レーネさんはディアーチェに見せながら再び話し始める。

 

「この君に瓜二つな子がはやてくんだ」

「はあ……」

 

 ディアーチェははやての姿を見ても大した反応を見せない。彼女としてはそこまで似ているとは思っていない。またははやての写真を見せられたからといってどのように反応すべきか迷っているのかもしれない。

 レーネさんは反応の薄いディアーチェを気にすることなく、次にバレンタインの話を始める。最初は女の子が好きな子にチョコを渡す、といったものから始まり、最終的には脱線してお菓子会社の陰謀などと言っていた。

 

「あと2ヶ月もすればバレンタインだ。ディアーチェ、どうかね?」

「レーネ殿……それはこやつにチョコを渡すかと聞いているのですか?」

 

 出会って間もない相手にチョコを送るものなのか。我が何でチョコをやらねばならん、といった顔をディアーチェは浮かべている。彼女の立場だったらと考えると同情してしまいそうだ。

 

「別に渡せと言っているわけではないよ。ただ他世界の文化を行ってみるのも悪くない経験になると思ってね」

「誤解を招きそうな文化に迂闊に手を出すべきではないと思うのですが……そもそも話の対象がまた我に戻っているのですが?」

「おっと、そういえばそうだね。すまない……ただ君ともっと話をしたくてね」

「その気持ちは嬉しいのですが……もっと別の話題にしてくれませぬか?」

 

 このままでは身が持たないといった表情を浮かべるディアーチェ。夜はまだまだこれからであるため、明日彼女が元気であるか心配になる。

 シュテルやファラが加わればもっと賑やか……いや騒がしくなるのは目に見えているのだから。

 

 

 



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04 「揃う少女たち」

 闇の書事件が終わってからというもの、俺は朝にもトレーニングをするようになった。といっても内容はランニングくらいであり、高町のようにがっつりとはやっていない。俺は彼女と違って家事をしなければならない立場であるため、あまり長時間やれないのが最大の理由だ。

 初詣に行く今日は普段より短い距離を走って帰路についた。できるだけ音を立てないように扉を開けて中に入ると、食欲を刺激される匂いを感じた。匂いを辿っていくと、キッチンには料理中のディアーチェの姿がある。昨日と同様にポニーテールだ。

 

「ん、貴様か……どうかしたか?」

「いや……別に」

 

 正直に言うなら誰かに作ってもらうということに慣れていないため違和感を覚えている。

 はやてに何度か手料理を振舞ってもらったことはあるが、それははやての家でのこと。他人の家で料理を振舞ってもらうのと、自分の家で他人に料理を作ってもらうのではかなり違いがあるはずだ。

 俺の反応がディアーチェの不安を煽ったのか、彼女の表情が曇る。こちらの顔色を窺うようにしながら再度話しかけてきた。

 

「その……いけなかったか?」

「そんなことはない。ディアーチェの料理は美味しいしありがたいと思うよ……けど」

「けど?」

「普段やっていることをやらないと違和感があるって感じかな……」

「ふむ……ならば一緒に作るか」

 

 意外な言葉に再び戸惑う。

 別にディアーチェと料理するのが嫌というわけではない。ただ彼女と出会ったのは昨日が初めてなのだ。叔母の話では物心付く前に会っている可能性もあるがこれは今は省く。一緒に料理するのを考えるとやはり違和感を覚えてしまう。

 それにどちらかがシュテルのエプロンを使うことになる。俺もディアーチェもあれを使うのには恥ずかしさを感じてしまうだろう。加えて、レーネさんが料理中に起きてきたならば昨日のような展開になってもおかしくない。

 そのように考えていると、何か勘違いをしたのかディアーチェが顔を赤らめながら話し始める。

 

「か、勘違いするな! 別に一緒に作りたいのではないぞ。我が好き勝手に振舞うのも躊躇われるし、貴様が普段と違って違和感があるというから……!」

「別にしてない。ただ一緒に作ってるのもレーネさんに見られたら面倒だなって思っただけだよ」

「む……確かに」

「……任せていいかな? 汗かいてるからシャワー浴びたいし」

 

 俺の発言にディアーチェは驚いたが、いつもの表情を浮かべると力強く頷いた。

 彼女は俺から引いてくれたと思っていそうだが、シャワーを浴びたいのも事実だ。予定ではもうすぐシュテル達が来ることになっているため、このままだと会ったときに何か言われてしまうかもしれない。

 これも理由ではあるが、そもそも俺とディアーチェでは彼女の方が料理上手だ。美味しいものを食べたいと思うのは当然だろう。

 それにディアーチェは長期間滞在するつもりはないはずだ。レーネさんにしてあげたいことや話したいことはたくさんあるだろうから、できる限り彼女の気持ちを尊重したい。俺は彼女よりもレーネさんとは顔を合わせる時間があるのだから。

 シャワーを浴び終わりリビングへ向かっているとインターホンが鳴った。おそらくシュテルが来たのだろう。髪の毛をタオルで乾かしながら玄関へと向かって扉を開けた。その瞬間――

 

「マスタぁぁッ!」

 

 ――大声と共に金色の閃光が迫ってきた。顔面に向かってきたため、反射的に避けてしまったのは仕方がないだろう。視線を後ろへ向けると、泣きそうなファラが空中に静止していた。

 

「うぅ……マスターが避けた」

 

 いや避けるだろ。顔面に何か向かってきたら誰だって避けるものだろ。どこか抜けた一面がある高町だったら直撃するかもしれないけど。

 色々と思うところがあったが、ここでそれを言えば泣きかねない。俺はゆっくりファラに近づき、彼女の頭を撫でながら口を開いた。

 

「いきなりだったから驚いたんだ。おかえり」

「……うん、ただいま」

 

 ファラは一度頬に引っ付いた後、俺の肩に座った。

 ふと思ったが、ファラと一緒に来たであろうシュテルの相手をしていない。彼女の性格を考えると、すぐに相手をしないとからかってくるはずだ。

 

「久しぶりですね」

「あ、あぁ……」

「何やら反応が鈍いようですが……」

 

 つい半年ほど前まで衣服に興味なさげだったシュテルがおしゃれをしていた、から戸惑ったのではない。彼女の後ろに見知らぬ人間が2人居たからだ。しかもひとりは妙にハイテンションで周囲を見渡している。

 俺の視線で気が付いたのか、シュテルは声を上げながら一度振り返り再びこちらへ顔を向けた。

 

「彼女達は私の友人なのですが、すみません。レーネに会いたいと言われたもので」

「こんにちわ! いや、おはようなのかな? まあどっちでもいいや。ボクはレヴィ・ラッセル!」

 

 ころころと表情を変え、最後は決めポーズを取りながら名乗った少女は、知り合いの少女フェイト・テスタロッサに瓜二つだ。

 シュテルといい、ディアーチェといい、この少女といい……なぜ知り合いにそっくりな人間と頻繁に会うのだろうか。

 

「レヴィ、うるさいです」

「えぇ!? シュテるんが元気良く挨拶をしろって言ったんじゃん!」

「元気良く挨拶するのと無意味に大声を出すのは違います」

 

 シュテルの返しにテスタロッサ……いやフェイトに似た少女はがっくりと項垂れた。出会って間もないが、ここまでの言動からフェイトとは容姿以外は似ていないと思う。髪色も青色と彼女とはかなり違うため、間違えることはまずないだろう。

 シュテルが前に言っていた子は多分この子だろうな。何というか……パッと見た感じ落ち着きがない子みたいだし、俺の苦手なタイプかもしれない。だがシュテルやレーネさんの知り合いである以上、無下に扱うわけにもいかない。

 

「えっと、ラッセルさんだっけ。夜月翔です、よろしく」

「うん、よろしく!」

 

 彼女は俺の手を握ると力一杯振ってきた。

 この子は俺の関節外すつもりなのだろうか。ここまで力強く振るのは、保育園や幼稚園に通う子供くらいだと思うのだが。

 

「あっ、シュテるんから聞いたんだけどショウはお菓子作ったりするんだよね。ボク、食べたい!」

 

 何の躊躇いも断りもなく名前で呼ぶんだな。まあ別にいいんだけど。

 それにどうもこの子に丁寧に話すのは馬鹿らしく感じる。表現に困るが、しいて言えば同年代ではなく年下を相手しているような気分とでも言えばいいだろうか。

 

「簡単なのでいいなら」

「ほんと!? やった~!」

 

 ピョンピョン跳ねながら喜ぶ彼女は、やはり同年代には見えない。自分の作るお菓子を食べたいと言ってくれたり、食べられると分かって喜ぶ姿は小さな子供だ。俺も大人から見れば、まだ小さな子供ではあるが。

 

「ショウは良い奴だね。あっ、ボクのことはラッセルさんじゃなくてレヴィでいいよ。何たってボクらはもう友達だからね!」

「あ、ああ……」

 

 名前を呼んだら友達、と言った少女が知り合いにいるが、レヴィという少女はそれ以上の存在かもしれない。何故ならば、俺と彼女は出会ったばかりで会話もろくにしていない。それでも友達と言ったのだから。

 戸惑いを覚えながら視線を動かすと、緊張していそうな面持ちでこちらを見ている少女と目が合った。ウェーブのかかった金髪で瞳の色も金色に見える。背丈はシュテル達よりも頭ひとつ分ほど低い。年齢は俺達よりも下だと思われる。

 

「えーと……」

「この子は」

「シュ、シュテル。じ、自分で言えます!」

 

 内気そうに見えた少女は淀みながらもはっきりと言った。初対面で緊張しているだけで、人見知りをする方ではないのかもしれない。

 

「あ、あの、ユーリ・エーベルヴァインです。よ、よろしくお願いします」

 

 綺麗なお辞儀をする少女は、レヴィに失礼かもしれないが彼女よりも年上に見えた。こちらが返事を返すともう一度挨拶をするあたり礼儀正しい子だと思う。シュテルやディアーチェに感じるような淑女さも感じるため、彼女達と同様に育ちが良さそうだ。

 そんなことを考えていると、少女が妙にこちらの顔を見ていることにふと気が付いた。顔に何か付いてるとは考えづらいが、可能性はゼロではない。

 

「えっと、何かついてるかな?」

「あっ、い、いえ何も付いてないです。ただその……ショウさんの瞳に惹きつけられたと言いますか」

 

 身体の線が細いだの顔が可愛いだの言われたことがあるが、瞳に惹きつけられたなんて言われたのは初めてだ。それに俺はレーネさんと違って黒髪で黒目。珍しい色をしているわけではない。この子はいったい何を言っているのだろうか。

 ――いや待てよ、黒髪黒目が普通だと思うのは俺がここで育っているからだ。魔法世界の住人から見れば珍しいかもしれない。

 

「そうか……でも個人的には君の瞳の方が綺麗だから人の目を惹くと思うけど」

「い、いえそんなことは……」

「ショウ、年端も行かない少女を口説くとは感心しませんね」

「口説いてない」

 

 いつもどおりのシュテルに安堵する一方、彼女に加えて元気すぎるレヴィの相手もしなければならないと思うと憂鬱な気分だ。

 シュテルの発言でファラの機嫌も悪くなっているようにも見えるし、ユーリという少女は素直な性格なのか顔を赤くしている。一言で言えばカオスだな……。

 

「ショウ、何をしておる。せっかくの料理が冷めてしまうではないか」

 

 頭を抱えていると、朝食の準備を整えたと思われるディアーチェが現れた。今日訪れるのはシュテルだけと聞いていた彼女は、レヴィやユーリの存在に驚愕の表情を浮かべている。

 ディアーチェの姿を見た少女達も同様に驚きの表情を浮かべ、反射レベルと呼べそうなほど素早くレヴィが口を開いた。

 

「あっ、王さまだ!」

 

 王さまというディアーチェの呼び名に疑問を抱いたが、彼女の態度は王さまと言えば王さまだ。それに昨日親しい人間からはレヴィのような呼び方をされていると聞いた。

 彼女のフルネームはディアーチェ・K・クローディア。Kはキングスの略ということなので、由来はそこからだと思われる。

 

「……なるほど。妙に騒がしいと思ったらレヴィがおったのか」

「何で王さまがここにいるのさ! 昨日一緒に遊ぼうと思ってたのに。あっ、まさかショウのお菓子もすでに食べてるんじゃ……!」

「ええい、やかましい! 人様の家で大声を出すな!」

 

 言っていることは同意するが、ディアーチェも充分に大声を出していると思う。とはいえ、救世主であることに代わりはないため何も言わないでおく。

 彼女達の中ではディアーチェが最も力のある立場なのか、怒鳴られたレヴィはしょんぼりと俯いてしまった。その姿を見た彼女は罪悪感を抱いたのか、すぐにフォローを始める。機嫌が直ったレヴィに抱きつかれ顔を真っ赤にする彼女から「こっちを見るな!」といった視線を向けられたのは言うまでもない。

 

「ディアーチェ、私も疑問があります」

「ここにおる理由か? それはだな、昨日ここに来たのは恩師であるレーネ殿への挨拶と家族であるショウへと挨拶をするために来ていたのだ。本当は昨日帰るつもりだったのだが、レーネ殿に貴様が今日ここを訪れるから一緒に初詣とやらに行かぬかと言われてな。断ったのだが押し切られてしまい、今に至る……」

「いえ、私が疑問を抱いているのはそこではありません。なぜディアーチェはショウのエプロンを着ているのですか?」

 

 シュテルの問いにディアーチェはよろけそうになった。彼女の気持ちは大いに理解できる。誰だって真面目なトーンで今のような質問をされれば当然だ。

 

「貴様という奴は……料理をするときはエプロンくらいするであろう。貸してもらっておるだけよ」

「それは予想がついています。私が言いたいのは、ここには私のエプロンもあるはずなのに何故ショウのエプロンをしているのか、ということです」

「別に大した理由などないわ……シュテルがレーネ殿に似てきておるように感じるのは我の気のせいか?」

 

 と、ディアーチェは独り言を漏らしながら頭を抱えた。その姿を見ていると身内が迷惑をかけているようで申し訳ない気分になってくる。

 それにディアーチェは普段レヴィの相手もしているんだよな……俺よりも大変な思いをしていそうで同情してしまう。

 

「そうなんですか。わたし、てっきりディアーチェが花嫁修業しているのだと思っちゃいました」

「なっ!? ユ、ユーリ、貴様は何を根拠にそのような戯言を言うておるのだ!」

「根拠ですか? 前にレーネさんからショウさんとディアーチェのお父上が子供達を結婚させたいと言っていた、という話を聞いていたので」

「……あの方はなぜ当人には言わずに周囲の人間には言っておるのだぁぁぁ!」

 

 ディアーチェは顔を真っ赤にしながら声を上げた。顔が赤いのは怒りだけでなく、恥ずかしさもあるだろう。

 何というか……本当に申し訳ない。あとできっちりと謝っておいたほうがいいかもしれない。それにレーネさんともきちんと話をしておくべきだよな。

 

「大丈夫王さま、ボクは初めて聞いたぞ」

「私も初耳ですので、おそらくユーリだけだったのでしょう。あまり気にしないほうが良いですよ」

「う、うむ……って気にするわ! よくよく考えれば全員に知られたではないか!」

 

 ディアーチェの気持ちはよく分かる。特にシュテルに知られたというのが嫌な点だ。

 ふとしたことがきっかけであいつはからかってくるだろうからな。多分だけど今回の話はディアーチェをからかうだろう。彼女は俺よりも反応するし。

 

「ショウ、貴様は何を他人事のように振舞っておるのだ! 貴様にも関係があるのだぞ!」

「ディアーチェ、俺の経験から言って君みたいに反応してると余計にからかわれるよ」

「ぐ……それは一理ある。が、我とてしたくてしているのではない」

「それは分かってるよ」

「……何だか良い雰囲気です」

 

 ユーリという少女は、キラキラと輝いて見える瞳を俺とディアーチェに向けている。幼さ故なのか、従来の性格なのか彼女の言動は真っ直ぐだ。真っ直ぐすぎて言われる側が恥ずかしくなる。

 

「い、良い雰囲気なぞ出しておらんわ! 大体こやつとは昨日会ったばかりぞ!」

「ディアーチェ、世の中には一目惚れというものがあります。恋に時間は関係ないのでは?」

「そうかもしれんが、一目惚れなぞしておらん!」

「ふむ……ではショウの方がディアーチェに惚れたのではないでしょうか」

「なっ……!?」

 

 驚愕しながら真っ赤な顔でこちらを見るディアーチェ。そのような反応をするからレーネさんもシュテルも彼女をからかうのではないだろうか。同じからかわれる身としては同情しかない。

 

「シュテル……何を根拠にそんなことを言ってる?」

「ディアーチェへの話し方です」

 

 俺の感覚では別にこれといって変えているつもりはないのだが……気が付いていないだけで、どこかおかしかったのだろうか。

 

「話し方?」

「はい。ショウ、あなたは他人とすぐに距離を縮められるタイプではありません。今では私のことを名前で呼びますが、自然と呼べるようになるまでは時間がかかりました」

 

 そこでシュテルは少し間を置いた。その時間によって、彼女が何を言おうとしているのか理解する。

 

「ですがディアーチェのことはすでに名前で呼んでいます。出会ったのは昨日と言いましたね? それが真実であるのならたった一日で呼べるようになっているということです。あなたにとって彼女が特別な存在なのではないか、と充分に考えられるではありませんか」

「いや……まあ筋が通ってるといえば通ってるけど。でもはっきり言って一目惚れとかしてないから。名前で呼んでるのは、ディアーチェがそう呼べって言ったからであって他意はない」

 

 久しぶりにシュテルと会話しているが……こんなに疲れるものだっただろうか。

 このあと初詣に行くというのに、すでに気力がなくなってきている。ファラも機嫌を悪くしているのか全くしゃべらない。早めに機嫌を直さないと余計に面倒なことになるが、シュテル達がいる状況じゃファラの相手をするのは難しい。

 

「はぁ……」

「ショウ、ため息をついては幸せが逃げてしまいますよ」

「シュテル、おそらくため息を吐かせているのは貴様だぞ。ショウ、あまり気にするでない。気にしていては身が持たんぞ」

「何だかディアーチェはショウさんに優しいです」

「べ、別に優しくなぞしておらんわ!」

「王さま、ボクお腹空いた!」

「レヴィ、貴様は……! ……いや、落ち着くにはちょうどよいか。ちょうど食事の用意が出来たところだったのだ。ここで騒いでばかりでは話が進まん。一度食事でもして落ち着こうではないか」

「まるでこの家の住人のような発言ですね。否定していましたが、実際は花嫁修業しているのでは?」

「違うと言うておるだろうが!」

 

 

 



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05 「レヴィはアホの子?」

 当初は俺にレーネさん、シュテルだけだったはずの初詣。それが今では3人も増えて計6人になっている。数だけで言えば2世帯か3世帯一緒に暮らしている家族と言えるだろう。

 しかし、大人1人に対して子供5人。はたから見た場合、俺達はいったいどのように見えるのだろう。叔母が5人も子供を産んだ、という風に見えるのだろうか。

 ……いや、さすがにそれはないよな。

 俺達の容姿は全くといっていいほど似ていない。叔母は保護者として付いて来ていると普通は思われるだろう。血に繋がりがあると思われるのは俺……ではなく、ディアーチェの方かもしれない。同じ髪色をしているのは叔母と彼女だけなのだから。

 

「ん……ショウ、こちらを見ているがどうかしたかね?」

「別に……」

「別に、ということはないだろう。素直に話したまえ」

「……分かった。あのさ、俺のやってることって普通はレーネさんの役割なんじゃないの?」

 

 俺はひとりの少女と手を繋いでいる。それはもちろん一番下であるユーリ――ではなくレヴィだ。

 なぜレヴィと手を繋いでいるかというと、彼女の性格を考えると土地勘がないのにも関わらずどこかに行ってしまう恐れがあるからだ。多くの人間が初詣に向かっている今日迷子になられでもしたならば、探すのに多大な労力を強いられることだろう。

 シュテルから聞いた話では、知り合ったばかりの少女達も魔法に関わっているらしい。念話も使えると聞いている。しかし、どちらにしろ土地勘のない彼女達が迷子になれば場所を特定するのは難しいだろう。

 ――いや、シュテルやディアーチェなら道を覚えていそうだから問題ない気も……そもそも迷子になるタイプじゃないか。ユーリは俺達よりも幼いだけに心配になるが、レーネさんと手を繋いでいるので問題はない。

 冷静に考えてみると、心配になるのはレヴィだけのようだ。それだけに、なぜ俺が彼女と手を繋いでいるのか分からない。叔母の手はまだひとつ空いているのだから、普通は叔母がレヴィと手を繋ぐべきなのではないだろうか。

 

「一般的にはそうだね。だが私には無理だ」

「地球人の服装は何だか変わってるね! あれって何て服?」

「何で? あぁ、あれは着物って言って今日みたいに特別な日とかに着たりするものだよ」

「簡単なことだよ。私も君達の年代からすればおばさんだ。それに仕事も身体を動かすものじゃない」

「そうなんだ。でも動きづらそうだよね。何で着るのかな?」

「基本的に着るのは女性だから俺にはちょっと……歴史を調べれば分かると思うけど」

「まあどうでもいいからいいや」

「……そう」

「続きになるが、君のようにレヴィの相手をできるほどの体力がないのだよ」

 

 数日徹夜できる人間なのだから体力や精神力は一般の人間よりもあると思うのは俺だけだろうか。それにただ単にレーネさんは、無駄にテンションの高いレヴィの相手をするのが面倒臭いだけなのでは?

 俺も正直このテンションの相手をするのはきつい。質問してくるだけならまだいいが、妙にキョロキョロしたり、どこかに向かおうとする。俺が制止をかけているため今のところ問題ないが、家に帰る頃にはぐったりしている気がしてならない。

 

「……シュテル」

「私に手を握れと?」

 

 名前を呼んだだけで話が通じるあたり頭の回転が速い。

 俺が首を縦に振ると、シュテルはこちらへと近づいて手を握った。レヴィではなく俺の手を。

 

「……何をやっているんだ?」

「手を握っただけですが?」

 

 それが何か? といった顔をするシュテルに苛立ちを覚えたのは言うまでもない。

 こいつ……なぜここでこういうことをするんだ。半年近くこの街で過ごしていたんだから、俺と手を繋ぐ必要性はないだろ。

 

「何で俺と繋ぐ?」

「迷子になったら大変ですので」

「誰が?」

「あなたとレヴィが」

 

 ……それは俺がレヴィに連れられる形で一緒に迷子になるということか。シュテルの中のレヴィはどれだけパワフルな少女なんだ。ある意味でパワフルだということはすでに理解しているけど。

 

「シュテル、貴様がそやつのことを好いているのは分かるがそのへんでやめんか」

「……ディアーチェも繋ぎたいのですか?」

「バ、バカを言うでない! いい加減に我とそやつを一緒にしようとするのはやめよ!」

 

 ディアーチェが全力で反応しなければ、シュテルはすぐにでもやめるのではないだろうか。しかし、淡々と返事をするディアーチェというのは、出会って間もないが想像することが難しい。

 ディアーチェの必死の言葉にもシュテルは聞き流すような素振りを見せている。そんな様子を見つめるレーネさんとユーリの顔には笑みが浮かんでいる。

 ……俺の知らないところでこんな光景が何度もあったんだろうな。俺の知らないレーネさんを彼女達は知っている。もちろん彼女達の知らないレーネさんを俺は知っている。

 そう分かっているのに嫉妬めいた感情を抱いてしまうのは、俺がまだ子供だからなのだろうか。

 ……レーネさんは保護者としては決して立派だとは言えない。それでも、俺の保護者であり大切な人だ。彼女が俺のことを嫌っていないのは分かっている。しかし、深い部分までは分かっていない。

 一般の保護者ならば、子供が怪我をすれば心配し怒ったりもするだろう。俺も今までにレーネさんに注意や忠告をされたことはある。だけど彼女が本気で怒っている姿を見たことはない。

 そんな……今までなら些細なことだと切り捨てていたことで俺は不安なのか。強くなると決めたのに、あいつと約束したのにこれでは弱くなっているのではないのか。

 ふと手の平から何かがすり抜ける感覚に襲われた。反射的にレヴィがどこかに行ってしまう、と思った俺は視線を彼女がいた方へと向ける。

 

「ばあっ!」

「――っ!?」

「にっしっし! ショウが驚いた。シュテるんはショウは反応が薄いって言ってたし、ショウを驚かせたボクはきっと凄いぞ」

 

 今日出会ったばかりの人間に今みたいなことができるレヴィの方が凄いだろう。もしやっていた相手がバニングスだったならば怒声を浴びせられているだろうが。

 

「驚かせないでくれ。心臓に悪い」

「あはは、ごめんごめん。何か難しい顔してたから」

「え……あ、あぁごめん。ちょっと考え事してた」

「考え事? ……あっ! どんなお菓子を作ろうかってことだね!」

「お菓子のことは考えてない」

 

 というか、暗い顔をしていたのにお菓子のことを考えていると思ったのはどういう経緯の思考があったのだろうか。レヴィの思考は読めない。

 

「え……作ってくれるって言ったのに」

「いやいや、作ること自体を忘れたわけじゃないから。別のことを考えただけで」

「そっか、ならいいんだ。それでいつ作ってくれるの?」

「あのさ……俺達、今初詣に向かってくるよな? それが終わった後だって考えたら分かるよね?」

「おお! じゃあさっさと行って帰ろう!」

 

 言うや否やレヴィは俺の手を握って走り始める。突然のことに制止をかけることもできず、俺は走ることを余儀なくされた。

 体勢が崩れたまま走らされていることもあって止まることができない。シュテルが先ほど言っていた言葉の意味を痛感する。

 フェイトと変わらない身体のどこに子供とはいえ同じくらいの体格の人間を引っ張る馬力があるんだ。線が細いって言われるが、一応昔から鍛えてるんだぞ。

 

「こらレヴィ、待たんか!」

「不覚です。ディアーチェに言われて手を放してしまったばかりに」

「我が悪いのか!? って、貴様とじゃれ合ってる場合ではない!」

「おや? よほどショウのことが心配なようですね」

「なっ――何を馬鹿なことを言っておる! 心配なのはレヴィに決まっておるだろうが!」

「レ、レーネさん、どうしましょう?」

「ん、まあいいんじゃないかな。ショウも一緒だし……レヴィは本当に元気だね」

 

 みんなとの距離はどんどん離れて行き、初詣に行こうとしている人達が多かったこともあってすぐに見えなくなってしまった。

 ――ディアーチェとユーリはどうにかしようとしてくれていたが、シュテルとレーネさんは俺にレヴィを押し付けたんじゃないのだろうか。

 薄情と思われるふたりに色々と思っている内に、いつの間にかお参りに来ていた人達の後ろに並んでいた。後ろにも並び始めているため、さすがのレヴィも身動きが取れなくなりつつある。

 

「凄い人だね。初詣って大規模なイベントだったんだ」

 

 見た限り人数だけは大したものだが、初詣でやることはお参りやおみくじを惹くくらいで大したことはしない。このことを正直に言ってもいいのだが、わくわくしているレヴィを見ると気が引く。とはいえ、伸ばせば伸ばす分だけ何をするのか理解したときの落胆はひどいものになるだろう。

 

「あのなレヴィ」

「ん、……あれ? シュテるん達は?」

 

 自分から離れておきながら今更この子は何を言っているのだろう、と俺は頭を抱えた。こちらの反応にレヴィは小首を傾げ、状況を全く理解していないように見える。

 

「……はっ!? もしかして」

「分かったのか。そうだよ俺達……」

「シュテるん達、迷子になったんだな。全くみんなダメダメだな。特にレーネはダメダメだ。大人なのに迷子になるなんて」

 

 この子はあれか……単刀直入に言ってアホなのか。普通に考えれば俺達が迷子だろう。レーネさんは確かに大人としてダメな部分のある人だが。

 ……というか、迷子になったの生まれて初めてだぞ。巻き込まれる形で迷子になってるし、このへんの地理は理解してるから迷子と言っていいのか分からないけど。いやいや、こんなことよりもどうやって合流するかを考えるべきか。

 普通に考えればケータイだが……これだけ人がいると繋がらない可能性がある。地球ではトレーニング以外で念話であっても魔法はあまり使いたくないのだが、そうも言っていられないか。レヴィのことを考えると、本当に迷子になってしまう可能性もありえるのだから。

 

「レヴィ……迷子なのは俺達のほうだ」

「え……えぇ!? ど、どどどうしよう! ボ、ボク、来た道とか覚えてないよ!」

「あのな、俺はこの街に住んでるんだけど」

「シュテる~ん! 王さま~!」

 

 レヴィは周囲に人がいるにも関わらず泣きそうな顔で大声を上げ始めた。人々から向けられる視線が俺を射抜く。

 これではまるで俺が泣かせたみたいではないか。強引にレヴィの口を塞げば、より視線を浴びることになるだろう。

 何か良い方法はないか、と思考を巡らせると、ポケットにレーネさんからもらっていた棒付きキャンディがあるのを思い出した。

 このキャンディをレヴィの口に入れればきっと黙るだろう。あまり良いやり方ではないが、効果あることは身を持って知っている。

 

「ユーリ! レー……っ!?」

 

 キャンディを入れられたレヴィの顔は驚愕に染まった。が、口に入ったのがキャンディだと理解すると一瞬にして笑顔になる。

 レヴィはそのへんの子供よりも扱いやすいかもしれない。というか、この変わり身の早さを見る限り、彼女はエサを与えれば誰にだってついていくんじゃないだろうか……この子をひとりにしてはいけない。

 

「いいかレヴィ、お前はひとりじゃない。俺がどうにかするから慌てるな。いいな?」

「……うん!」

 

 レヴィは元気良く返事をすると俺の手を握った。異性に握られているというのに全くといっていいほど意識しないのは彼女の性格が大きく影響しているのだろう。

 念話でシュテルと連絡を取った俺は、待ち合わせ場所を決めて移動を開始する。

 レヴィの手を引く俺は、周囲から見ればどのように見えているのだろう。容姿は似ていないため血の繋がりのある兄とは思われていないだろうが、親戚くらいには思われているのかもしれない。

 ――それくらいならいいが……知り合いに会ったりしたら面倒なことになりそうだな。

 特にレヴィに瓜二つな少女やその親友である少女。レヴィの性格も考えて、彼女達に出会ったら騒がしくなるだろう。

 まあ初詣に仲良しの全員で来るのか家族で来るのか分からない。そもそも来ない可能性だってある。出会う確率は低いだろう。

 それにこの場にいたとしても、これだけ大勢の人間がいるのだ。偶然目の前に現れでもしない限り、俺に気づくことはない――

 

「――……あっ」

「あっ、ショウくん」

「……何で君達が」

「えっと、一緒に初詣に行こうって前に約束してたから。アリサ達はもう少ししたら来ると思うけど」

 

 何故だ……何故このタイミングで出会う。それもよりによって高町とフェイトに……月村やバニングスだったらまだ良かったのに。

 

「だ、大丈夫? 何か疲れてるみたいだけど」

「もう疲れちゃったの? ショウはだらしないな」

「え……」

 

 自分に近い声色の言葉に、フェイトはすぐさま驚きの声を漏らした。高町に至っては口をパクパクさせながらレヴィを指差している。彼女は近いうちに大声を上げるに違いない。

 

「フェフェフェフェイトちゃんがもうひとり!?」

 

 ……いくら何でも驚きすぎじゃないか。見た目は似ているとは思うが、髪色とかかなり違うし。

 そんなことを思っていると、指を差されているレヴィは「ボクはレヴィだぞ」と言う。ほんの少し前までキャンディを舐めていたはずだが、一瞬にして噛み砕いたのだろうか。

 まあたとえそうであっても、彼女は朝食を数人前は食べていたためあまり不思議だとは思わないが。

 

「ショウ、まだアメある?」

「はぁ……少しの間でいいから噛まずに舐めててくれ」

 

 レヴィを会話に参加させると面倒な展開になると思った俺は、キャンディを渡しながら指示を出し高町達のほうへと視線を戻す。ふたりの顔は説明してと言っているように見えた。

 

「ショウくん……その子は?」

「ちゃんと説明するから……この子はレヴィ・ラッセル。俺の身内の知り合いの子で……まあ遊びに来てて今に至るって感じかな」

「そうなんだ……ほんとフェイトちゃんにそっくり」

「うん……」

 

 高町は驚きに表情でレヴィを見ているが、フェイトは不安げな顔を浮かべている。自分とそっくりな人間に会うと何かしら思うことがあるのだろうか。

 ――……いや、そういえばフェイトは生まれが生まれだ。自分と瓜二つな人間を見れば、もしかして……と思ってもおかしくない。不安に思うのも当然か。

 

「大丈夫だよ。ただのそっくりさんだから」

「え……そっか」

 

 フェイトの顔から不安が消えていった。が、自分にそっくりな人間に負の要素以外で思うところはあるようで、彼女はレヴィの顔色を窺う。

 一方レヴィは、俺との約束を守っているのかキャンディを味わっているだけでフェイト達に興味を示していない。彼女達は自己紹介をしたい素振りを見せているが、レヴィの頭はキャンディで一杯のようだ。

 

「レヴィ」

「ん?」

「ん、じゃなくて……とりあえず挨拶くらいしてくれ」

「おおっ、そういえばまだしてなかった! えっと……こんにちわだっけ? まあいいや。ボクは……そういえばさっきショウがボクの名前を言ってた気がするから……ボクのことはレヴィでいいよ!」

 

 無駄と思えるほど大きな声を出したり、表情を変えるよなこの子。会ったばかりの俺では言ってもあまり効果がないだろうし、早めにシュテル達と合流しなければ。ただ目の前にいるふたりを連れて合流はしたくない。似たようなやりとりが起きてしまうだろうから。

 

「うん、レヴィちゃんだね。私、高町なのは。よろしくね」

「高町なにょは?」

 

 聞き間違ったのか、それとも上手く発音できないのか……どちらにせよ、ここでそれは反則だろう。全く予想しなかった出来事に俺だけでなくフェイトも笑ってしまう。高町に失礼だと思ったので、声を出さないようにはしたが。

 

「高町なのはだよ! な・の・は!」

「なにょ……何でもいいや」

「良くないよ!? というか、ショウくんもフェイトちゃんも笑うなんてひどい!」

 

 笑うな、と言うほうが無理があるだろう。下手をすれば、何も打ち合わせをせずに笑いを取れる組み合わせかもしれないのだから。

 

「ご、ごめんなのは……えっと、フェイト・テスタロッサです。よろしくレヴィ」

「うん、よろしくへいと!」

 

 差し出された手をしっかりと握り返しながら答えたレヴィだが、これまた高町と同様なことが起きてしまった。

 とはいえ、『なにょは』に勝てるほどの威力はなかったので笑いはしない。が、フェイトには何かしらのダメージがあったようだ。

 

「あの……フェイトなんだけど」

「へいと?」

「フェ・イ・ト!」

「へ・い・と?」

「だから……フェイト」

 

 小声で呟きながらフェイトはがっくりと項垂れる。その姿は見ていた何だか可哀想だ。

 レヴィはもしかしてわざと――やってるわけないよな。これまでの言動から頭が弱そうなのは分かるし。

 もしかして……ディアーチェに対する「王さま」、シュテルに対する「シュテるん」のようにあだ名をつけたのだろうか。可能性としては充分にありえる。無論、純粋に間違ってる可能性も充分にあるが。

 

「……ところで、さっきから気になってたんだけど、何でふたりは手を繋いでるの?」

「そんなのボクとショウが友達だからさ!」

 

 いや違う。

 少なくとも俺は友達だから手を繋いでるわけじゃない。手を繋いでおかないとレヴィがどこかに行って迷子になりそうだから繋いでいるんだ。

 

「仲良いんだね」

「まあね。このあとお菓子を作ってもらうし! あれ? 何でショウは頭を抱えてるの?」

 

 お前が話をややこしい方向に持って行ってるからだよ。自分で言うのもなんだけど、俺は友達が多いほうじゃない。手を繋いだり、お菓子を作る相手なんかはやてぐらいで……予想通り高町達も驚いた顔でこっちを見てる。

 

「どんなお菓子を作ろうか考えてるの?」

「いや……それよりは作るのをやめようかなって考えてる」

「えぇッ!? 作ってくれるって言ったじゃん! 作ってくれないとボク嫌だよ!」

 

 ジタバタと駄々をこねるレヴィの姿は同い年には見えない。というか、ジタバタするなら手を放してほしい。何でこういうときに限って放さずにするのだろう。やはり俺の関節を外そうとしているのか?

 

「作る、作るから……少しの間大人しくしてくれ」

「約束……だよ?」

「ああ……」

 

 レヴィを大人しくすることは出来たが、高町達の対応もしなければならない。正直もう疲れた……さっさと家に帰りたい。

 

「えっと、この子と手を繋いでる理由だったかな?」

「その……何となく分かったかな」

「そっか……ありがとう」

「えーと、どういたしまして」

 

 苦笑いを浮かべている高町はどう考えても気を遣ってくれているだろう。何だか申し訳ない。

 なぜ保護者でもない俺がこんな目に遭わなければならないのだろう、とシュテル達がいないか周囲を見渡すと、遠目にだがシュテルらしき人物と目が合った。無表情にしか見えないが、今の俺には彼女がにやりと笑っているように見えた。

 

「その悪い、俺達も待ち合わせしてるから」

「あっうん……今更だけど明けましておめでとう。今年もよろしくお願いします」

「あぁー、こちらこそよろしく」

「え、えっと……明けましておめでとう。今年もよろしくね」

「ああ……じゃあその急ぐから」

「うん。またね……レヴィも」

「うん、じゃあね高町なにょはにへいと!」

「だからなのはだよ!」

「フェイトだってば……」

 

 

 



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06 「大切な家族」

 今年の初詣は、シュテルやレヴィのおかげで非常に疲れた。

 家に戻れば少しはゆっくりできるかと思ったのだが、待っていたのはお菓子作り。簡単なものしか作らなかったが、レヴィは大食いだ。簡単でも大量に作れば疲労する。まあ大量に作るのは大変ではあったが、彼女の食べた際に見せた笑顔や美味しいという言葉を聞いたとき、作った甲斐はあったと思えたが。

 だが問題はその後からだった。

 レヴィは何が気に入ったのか、やたらと俺に話しかけたり抱きついたりしてきたのだ。

 会話はいいとしても、肌の触れ合いは恥ずかしい。しかし、それは俺だけでレヴィは異性を全く意識していないようだった。意識を異性から妹またはペットのようなものに切り替えることが出来なければ、今以上に疲れていたことだろう。

 レヴィにじゃれ付かれる俺を見て、ディアーチェは同情したのか何度か助け舟を出してくれた。だがシュテルが絶妙なタイミングでからかいの言葉を言うので騒がしくなっただけで、結局俺とディアーチェが疲労した。

 またユーリが意外と伏兵で、時折真っ直ぐ過ぎる天然発言をしていた。俺やディアーチェはその真っ直ぐ過ぎる発言に反応してしまうし、シュテルは妙に乗っかり事態をややこしくしていた。レヴィはあまり理解しているようには見えなかったが、理解しようとしなかろうと彼女の相手をするのは疲れるので結局は変わらないだろう。

 ――あれだけハードな一日だと、来年はひとりで過ごしたい気分だな。

 

「ショウ、何か元気ねぇぞ」

「そうやな」

 

 声の主はヴィータとはやて。彼女達の少し後ろにはシグナムとシャマルもいる。

 八神家と一緒にいるのは、彼女達を俺の家に招待したからだ。こうなった経緯は、数日前のはやてからの電話が発端である。内容としては、ふと思ったけど俺の家を知らない。だから今度遊びに行っていいか、といったものだった。

 はやてとは高町達と比べれば長い付き合いだが、これまで彼女が俺の家に来たいといったことはなかった。おそらくだが、はやては自分の身体のことを気にして他人の家に行くということを避けていた。だから俺の家に来たいと過去に言わなかったのだろう。

 今は身体も回復に向かっており、シグナム達がいる。何でもひとりでやろうとする傾向にあったはやてだが、シグナム達には多少なりとも甘えるようになっているようだ。前なら人の手を借りるなら遊びに行ったりはしなかったのだから。

 

「何かあったん?」

「ん、まぁちょっと知り合いとな」

「そうなん……予定あるんならそっちを優先してくれてええんよ。わたしは別に今日やなくてもええんやから」

「いや大丈夫。思い出して疲れてただけだから」

「思い出しただけで疲れる知り合い……」

 

 ヴィータは何を思ったのか、視線を俺からシグナムへと向けた。それに気が付いたシグナムは彼女に話しかける。

 

「何だ?」

「……もうちょっと考えたほうがいいと思うぜ」

「何をだ? もっと具体的に言え」

「軽くって言いながら本気で訓練するとかだよ。ショウが思い出しただけで疲れるって言ってるし」

 

 ヴィータがなぜシグナムに意識を向けたのか今の言葉で理解した。

 強くなる、と決めた俺はシグナムに時々でいいので剣術を教えてほしいと頼んだのだ。結果から言えば、教えるのは苦手だが練習相手くらいは務めようといった返事をもらうことができた。そのため、時間が合った時には剣を交えている。

 シグナムとの特訓はヴィータの言うとおり、軽くやっていても気が付けば本気に近いものになっていたりする。それは事件以前のときも同じだ。しかし、あのときと意識が違うからかそこまで苦に感じていない。

 

「疲れない訓練を訓練とは言わんだろ」

「そうだけどよ、ショウはまだ子供だぜ。子供相手にムキになるってのもどうなんだよ?」

「それは……」

「いいんだよ。俺から頼んだことだし……あいつと約束したから」

 

 今日の空は晴れている。しかし、空へと逝った彼女のことを考えるだけであの日の空が目に浮かぶ。

 あのときに感じた想いを忘れることはない。彼女との約束も理由ではあるが、俺自身もう誰かを失うのはご免だ。今すぐには無理だと分かっている。だけどいつの日か、大切なこの子や騎士達を守れるようになりたい。

 ――守ってみせるって言えないのが情けないけど……リインフォース、どうか見守っててくれ。

 ふと誰かに手を握られる。視線を向ければ、穏やかな笑みを浮かべたはやてがこちらを見ていた。

 

「焦って無茶だけはせんといてな」

「……あぁ、分かってるよ」

「ならええんや。わたしも魔法のこととか頑張って勉強するから一緒に頑張って行こう」

 

 にこりと笑っているが、その笑顔の下にははやてなりの覚悟があるのだろう。

 魔法と積極的に関わることを決めた彼女には、これから色々なものが待ち受けている。辛い目に遭う事だってあるはずだ。しかし、彼女は騎士達の主として逃げずに戦い続けるのだろう。

 ――頑張りすぎるなよ。

 と言いたい衝動に駆られるが、シグナム達の前でははやては強がっている時があるように感じるときがある。彼女もまた強くなろう、シグナム達の前では立派な主であろうと思っているはずだ。今はまだ言うべきときではないのだろう。

 

「……すぐに追い抜かれそうだから焦りそうだな」

「ちょっ、何で水を差すようなこと言うん。今のは綺麗に終わってもええとこや」

「綺麗に終わってたら終わってたで、お前は何か言うつもりだったんじゃないのか?」

「確かに。いつもなら何か言ってるのに、何で言わねぇんだみてぇに言いそうだ」

「ショウくんもヴィータもいけずや」

 

 はやては頬を膨らませる。本気で怒ったりしていないと分かってはいるが、俺は彼女の頭をポンポンと叩いた。ここでスルーしないのは、これまでの付き合いで身に付いてしまった対はやての習慣なのだろう。

 

「撫でてくれたほうが嬉しいんやけど」

「そこまでしてやる義理はない」

「っ……今のでこピンはもっといらんよ。馬鹿になったら責任取ってもらうからなぁ」

「今ので馬鹿になるならすでになってるだろ」

 

 などと会話していると、大人の笑い声が聞こえてきた。声の主を探すと口元に手を当てて笑っているシャマルを見つける。

 

「シャマル、どうかしたん?」

「いえ、久しぶりに会ってもおふたりは本当に仲が良いと思いまして」

「まぁ前にもしばらく会わんときはあったしなぁ。それに別にケンカしたわけでもないし、仲が悪くなったりはせんよ」

 

 さらりと言ってくれるものだ。こちらは顔を見るまでは緊張していたというのに……今でもこれまでに自分の知り合いを家に招くことがなかったので緊張していると言えばしているが。

 

「あらあら、言いますね」

「中途半端な返事やと何かしら言われるからな。こういうことはビシッと言うとかんと」

「昨日久しぶり会うのに大丈夫かな、って言ってたとは思えねぇ口ぶりだよな」

「ん、そうなのか。……主がそのような心境だったのならば、家を出るのに妙に時間がかかったのも納得できるな」

「それは違うんじゃねぇか。あたし、はやてが服装とかで迷ってるところ見たし」

「ちょっ!? ふたり共、それは言うたらアカンやつや!」

 

 他愛のない会話のように聞こえるが、はやてにはそうでもなかったようで見る見る顔が赤くなった。俺と視線が重なると赤みはさらに増し、必死に言い訳じみたことを言い始める。俺にひととおり言った後にシグナム達に文句を言ったのは言うまでもない。

 不機嫌になってしまったはやてを全員であやしつつ歩いていると、見慣れた我が家が見えてきた。そのことをみんなに伝え、外見の感想を聞いている内に玄関の前に来る。扉を開けようと手を伸ばすと、突如触ってもいないのに扉が開いた――

 

「――……ん? 誰かと思えばショウか」

 

 家から出てきたのは、ところどころボサボサのままで髪を結んでおり、目の下に隈がある女性。考えるまでもなく俺の叔母だ。

 白衣姿のままということは、何か忘れ物を取りに来たのだろう。俺に届けてくれるよう電話などで頼まなかったのは、今日は予定があると前もって伝えていたからに違いない。

 

「何か忘れ物?」

「まあそんなところだよ……おや? 真昼間から女性をこんなに連れて家に招くとは感心しないな」

「それって子供に言うことじゃないよな?」

「ここで何で? と首を傾げないところが君が子供らしくないことを証明しているよ……自己紹介くらいは済ませておくべきかな」

 

 レーネさんは視線をはやて達へと移すと真っ直ぐ歩いていく。はやて達の顔に緊張の色が現れたのは当然だろう。彼女達にとってレーネさんは初めて会う人間であり、どこからどう見ても健康だとは言いがたい顔色をしているのだ。思うところは色々とあるだろう。

 

「え、えっとはじめまして。わたし、八神はやて言います」

「こちらこそはじめまして、といっても君の事は前から知っているのだがね」

「え?」

「この子はあまり人のことを話すほうではないのだが、君の事はしゃべるんだ。それに君との写真も昔から大事に飾ってあってね」

 

 そんなにしゃべってはいないと思うのだが……というか、いきなりそういうことを言うのはやめてほしい。全員こっちを見てるし、話の内容が内容だけに恥ずかしい。

 

「おっと、それよりも前に言うことがあったね。私はレイネル・ナイトルナ。人からレーネと呼ばれることが多いからそう呼んでもらって構わないよ」

「あっ、はい……あの、わたしの顔に何かついてます?」

「あぁ、いや何もついていないよ。ただちょっと聞いていたのと印象が違ったのでね」

 

 はやての視線がレーネさんから俺へと変わる。その目は「いったい何を言うたんや」と言っているように見えた。

 別に嘘や誇張して伝えたりはしていない。おそらくレーネさんは外見や俺の話から明るくて自分からどんどん話すタイプとでも思っていたのだろう。

 レーネさんははやてと目線を合わせると笑みを浮かべながら話し始めた。

 

「はやてくん、ありがとう」

「え、あっはい……あの、何の感謝ですか? わたし、感謝されるようなことしてないと思うんですけど」

「いやいや充分にしているよ」

 

 レーネさんは感謝の気持ちを表すかのようにはやての頭を撫で始める。突然のことにはやては一瞬無反応だったが、理解するのと同時に顔を赤らめた。大人から頭を撫でられることを久しく経験していなかったからだろう。

 

「聞いているかもしれないが、私は仕事ばかりであまり構ってやれていない。君がこの子と知り合っていなかったら、この子は今よりも内向的な性格だったと思う。今のこの子がいるのは君のおかげだ。本当に君には感謝しているよ」

「い、いえ感謝するのはわたしのほうです。ショウくんのおかげで助かったこととか多いですし、楽しい思い出がたくさんできました。今のわたしがおるんはショウくんのおかげやと思います」

 

 はやては謙遜で言っているのかもしれないが、俺にとっては恥ずかしい内容だ。この場から離れたくなるが、叔母が何を言うか分からない。適当なことを言われて誤解でもされたら面倒だ。今は耐えるしかない。

 

「ふふ、君のようなガールフレンドを持ててショウは幸せ者だね」

「え、えっと……べ、別にわたし達はそういう関係やないんですけど」

「ん? 私としては女友達という意味で言ったのだが……その様子だとショウとの未来を考えたことがあるのかな?」

「な、ないです! ……そもそも恋とかまだよう分かりません」

「近いうちに分かる日が来るよ。女の子は早熟と言うしね。まあ、恋愛に興味を持ってこなかった私が言うのもあれだがね」

 

 小声で話しているために何を言っているのかは分からないが、はやての表情からして叔母が良からぬことを言っているのは分かる。

 何でこの人はこうも人をからかったりするのが好きなのだろう。そんな性格だから未だに独身なのではないのか?

 ……いや、俺の両親が生きていたなら別の人生を歩んでいたかもしれない。俺の存在がレーネさんの人生を変えてしまったのだろうか。もしそうなら……現在以上の関係を望むのは欲張りというものだろう。

 はやてと話していたレーネさんだったが、一段落したのか彼女の元を離れてシグナム達の方へと向かった。

 

「えっと、ヴィータです。ショウにはいつも世話に――じゃなくてお世話になってます」

「そう硬くなる必要はない、と言っても初対面だから無理かな。それに私は仕事ばかりしているから会う機会も少ないだろう……まあ気楽に接してくれて構わないよ」

「が、頑張ります」

 

 俺の中には、口が悪くて活発なヴィータしかないに等しいため今の彼女は新鮮に見える。レーネさんは眼光も鋭くなければ、覇気があるわけでもない。そこまで緊張する要因はないと思うのだが……はやてに何かしら言われていたのかもしれない。

 

「はじめまして、シャマルと言います。いつもそちらのショウくんにははやてちゃんやヴィータちゃんがお世話になってます」

「いやいや、それはお互い様だよ」

「そう言って頂けてホッとしました。ところで……お顔色が悪いようですが大丈夫ですか?」

「あぁ……気にする必要はないよ。あまり寝ていないだけだからね」

「そうですか……あの私、それなりに医学に精通していますので何かあればご相談してください。いつでも力になりますので」

 

 レーネさんとシャマルの会話は、何というか保護者同士のやりとりに見えなくもない。普通ならばシャマルに対して違和感を覚えるはずなのだろうが、身内であるレーネさんに対して違和感を覚えている。

 からかう素振りもないし、話している内容もまともだ。いや、この人も社会人として何年も生活しているわけだから当然といえば当然なんだろう。……けど、こういうところって仕事中以外ではあまり見たことがない。だから違和感を感じるのも無理はないかもしれない。

 

「はじめまして。私はシグナムと言います」

「……あぁ、君がシグナムか」

 

 シグナムへ向けられた叔母の瞳はどこか冷たく、聞こえた声は普段のものよりも低く思えた。悪寒に襲われた俺は会話に割り込もうと口を開き始める。が、叔母の方が先に動いた。

 

「先に謝っておくよ。すまない」

 

 言葉が耳に届いたかと思うと乾いた音が響き渡った。

 突如として行われたレーネさんのシグナムの頬への平手打ち。これは彼女以外に驚愕の表情を浮かべさせ、場の空気を凍らせるには充分な出来事だった。

 

「……あんた、いきなり何すんだ!」

「私は先に謝ったはずだよ」

 

 いち早く立ち直ったヴィータが激昂するが、レーネさんは淡々としている。いや、普段よりも感情が見えない冷たい顔をしていると言ったほうが正しいかもしれない。

 

「先に謝ったからって人を叩いていい理由になるかよ!」

「そうだね……だが彼女はこの子を傷つけた」

 

 叔母の言葉によって、俺は闇の書事件の際に起きたシグナムとの決闘が脳裏に蘇った。ヴィータ達の顔には、先ほどまでと打って変わって申し訳ないといった気持ちが現れている。

 

「私は仕事ばかりしているダメな保護者だ。だがこの子は兄さんと義姉さんが残した忘れ形見であり、私の大切な家族だ。家族を傷つけられて何も思わないほど私は腐った人間ではない」

 

 事件中は顔を合わせる時間がなかったこともあってろくに怒られることはなかったし、事件後もこれといって何も言ってこなかった。

 そのため俺は叔母は怒っていないのだと思っていたのかもしれない。だが冷静に考えれば、ジュエルシード事件以前に危険なことに首を出さないように忠告していた叔母が怒らないはずがないのだ。俺の考えが甘かったとしか言いようがない。

 ――……これまでレーネさんが真剣な顔で、家族であることや俺のことを大切にしていると言ってくれたことはなかった。だから初詣の際には、自分はシュテル達と同じような存在で形だけ家族なのではないかと不安にもなった。でも今確かに彼女は俺のことを大切にしているのだと言ってくれた。

 嬉しいと思っている自分がいる。ただ現状の空気を考えれば芽生えた気持ちに浸っている場合ではない。シグナムだけが責められるのは間違っている。シグナムは何度も手を引くように言っていたし、そもそも事件に関わったのは俺の意思だ。真っ先に平手打ちなり怒鳴られるのは俺のはず。

 

「レーネさん……」

「いいんだ夜月」

「何がいいんだだ。剣を交えることを選んだのは俺の意思だ。お前だけ責められるのは間違ってる!」

「だとしてもだ!」

 

 力強く発せられた言葉に思わず口を閉じてしまった。シグナムは俺が口を閉じたことを確認すると、こちらに嬉しさや申し訳なさの混じった笑みを向けて続ける。

 

「結果から言えば私が加害者でお前は被害者。そして、お前は正しいことやろうとしていた」

「だけど……」

「それに……私はあの日からずっとこの日を待っていたんだ。お前も主はやても、そして他の者達も私のことを責めようとしなかった。それによって救われた気持ちもあったが、一方でしこりのようなものをずっと感じていた」

 

 シグナムは右手を胸の高さまで上げると、それを静かに見つめる。

 

「この手がお前の命を奪っていたかもしれない。もしも奪っていたならば、今このときは存在しなかっただろう」

「シグナム……もしも、なんてない。今が現実だ。そして、俺は生きてる……だから」

「いや、この罪は忘れてはならないものだ。二度と過ちを犯さないためにもな」

 

 穏やかだが確かな決意を感じさせる表情を俺に向けたシグナムは、レーネさんの方へと視線を移した。そこに俺に見せた穏やかな表情はない。どんな罰でも受け入れる、と言いたげな真剣な顔つきだ。

 

「シグナム、そんな自分だけが悪いなんて言い方したらアカン」

「そうだ。あたしだってショウを傷つけたんだ。シグナムだけ罰を受けるのはおかしい」

「ひとりで抱え込まないで。前にも言ったでしょう……あなただけに十字架を背負わせたりしないって」

 

 はやて達の言葉にシグナムは驚いた顔を浮かべたが、すぐに優しげな笑みへと変わった。そして、罰を受けるのは自分だけでいいと言いたげに首を横に振る。

 

「シグナム、わたしはシグナムの主や。シグナムの罪はわたしにも償う責任がある」

「主はやて、あなたはすでに独断で動いた我らの罪を共に背負ってくれています。今回のことは私個人の問題なのですから、あなたが背負う必要はありません」

「わたしら家族やろ。家族の問題は家族みんなの問題や」

「……あなたは本当にお優しい方だ。ですが、今回ばかりは私の我がままを聞いて頂けませんか? 私も主に何かあればこの方のようになると思います。それだけに自分がしてしまったことの重さを……それが招く出来事をしっかりと胸に刻みつけておきたいのです」

 

 はやて達はまだ何か言いたげな表情であったが、シグナムは再度レーネさんへ顔を向けた。それに釣られて全員の視線が彼女へと集中する。

 

「レイネル殿、お待たせしてすみません」

「いや構わないよ」

「では……」

「あぁ、盛り上がってるところ悪いんだが……私はこれ以上君に何かするつもりはないよ」

 

 そう言ってレーネさんは大きなあくびをする。場に漂っていた緊張感は一気に霧散し、全員の顔が呆気に取られてしまったのは言うまでもない。

 

「レ、レイネル殿……怒っているのではなかったのですか?」

「ん? 思うところがないわけでもないが、今のやりとりを見せられてはね。そもそも、本当は叩くつもりもなかったんだ」

「え?」

「驚くことでもないだろう。さっきショウが言っていたとおり、原因は君だけにあるわけじゃない……などと叩いてしまった私が言えることでもないのだが。まあとにかく、これ以上責めたりするつもりはないよ……ん?」

 

 レーネさんが言い終わるのとほぼ同時に彼女に連絡が入った。そのときの会話やこれまでの経験から予測するに、内容はおそらく急いで戻ってきてほしいといったものだろう。

 

「済まないが仕事の途中なのでね。そろそろ失礼させてもらうよ」

「あ、あの……」

「さっき言ったのが私の本心だよ。君が罪の意識を感じ続けるのは自由だが、再び剣がその子に向けられない限り君達の付き合いに口を挟むつもりはないから安心したまえ」

「……ありがとうございます」

「どういたしまして、とここは言っておこうか。……あぁ、どうしても何かしらの形で謝罪したいのであれば、どうやったらそんなに大きくなるのか教えてほしい」

 

 レーネさんの視線の先にあるものは、服の上からでもはっきりと大きさが分かるシグナムの胸。誰よりも先にそれを理解したシグナムは顔を赤らめながら両手で隠した。普段のシグナムからは想像がつかない反応だ。

 

「な、何を言っているのですか!」

「ふふ、冗談だよ。しかし、どうしても言いたいのであれば私ではなくはやてくんやヴィータくんに言ってくれ」

「言いません!」

「ショウ、ラッキースケベを装って抱きついたりしないように」

「しないよ……もういいからさっさと仕事に戻ってくれ」

 

 

 



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07 「とある冬の少女達」

「もう2月かぁ……」

 

 ケーキを食べながらしみじみと呟いたのはアリサちゃんだ。彼女の気持ちは分からなくもない。少し前に3年生に進級したと思えば、あと2ヶ月もすれば4年生に進級するのだから。

 でも冷静に振り返れば色々な出来事があったよね。

 春頃には仲良しだったなのはちゃんとアリサちゃんのケンカ。夏頃にはフェイトちゃんとのビデオレターでのやりとりがあり、その後は彼女と直接出会ったり、はやてちゃんとの出会いもあった。今ではすっかり時間さえ合えば5人で過ごすようになっている。

 

「そうやなぁ……みんなはもうすぐ4年生になるんか」

「え、あっ……ごめん」

「アリサちゃん、別に謝らんでええよ」

「でも……」

「でも、やない」

 

 優しい口調ではあったけれど、はやてちゃんの言葉にはそれ以上有無を言わせない力強さがあった。

 私の気のせいかもしれないけど、はやてちゃんは出会った頃よりも大人っぽくなったように見える。それは彼女の友達であり、私のクラスメイトである男の子が少なからず関係しているのではないだろうか。

 具体的なことは聞いてはいないが、何かしら大変なことがあったんだと思う。あちらから話してくれるまでは、こちらから聞くことはやめておいたほうがいいだろう。

 

「誰もが歩む道やし、学校のこととか話してくれるんは個人的に嬉しいと思っとるんよ。それに、そのうちわたしも通うことになるやろうから色々と学校のことは知っておきたいしなぁ」

 

 今はまだ車椅子を使っているはやてちゃんだけど、彼女から聞いた話では順調に回復に向かっているらしい。ただリハビリにはかなりの時間がかかると聞いている。

 ――リハビリって思っている以上に大変なものだって言うし、はやてちゃんも笑ってるけど頑張ってるんだろうなぁ。頑張ってね、って言いたいけど、頑張ってる人に頑張れって言うのは酷だよね。頑張り過ぎて悪化しちゃったら大変だし。

 

「そう……だったら色々と教えてあげようじゃない。って言いたいところだけど……最近って大した行事とかなかったのよね」

「まあそうやろな……あっ、ひとつ聞きたいんやけど」

「何?」

「ショウくんって学校ではどないなん?」

 

 さらりと言ったはやてちゃんに対して、アリサちゃんはどことなく呆れた表情を浮かべる。何となくその気持ちは分からなくもない。指摘すると否定するけど、彼女の話題の大半はショウくんなのだ。

 

「どうって……そんなのあいつに直接聞けばいいじゃない」

「それなりに聞いとるよ。でも本当のこと言うとるかどうか分からんからなぁ」

「えっと……はやてちゃんはショウくんの友達だよね?」

「そうやけど」

 

 苦笑いのなのはちゃんにはやてちゃんは「何当たり前のことを言うとるん?」といった顔で返事をした。

 なのはちゃんが言ってなかったら、多分私が聞いてただろうなぁ。あんなにあっさりと疑いの言葉を言われたんじゃ……。

 

「ショウくんもはやてちゃんのこと友達って思ってるだろうし、嘘は言ってないんじゃないかな?」

「甘い、甘いでなのはちゃん。ショウくんはああ見えてなかなかひどい性格をしとる。例えば、わたしが何か言うと冷たい言葉を返してきたり、でこピンしてきたり」

「あの……それははやてが適当なことを言ったときなんじゃ」

 

 フェイトちゃんの発言にはやてちゃんの動きが止まった。図星をつかれたから、というのが真っ先に浮かぶ理由だけど、もしかすると他の理由かもしれない。

 はやてちゃんってそこまで適当なこと言ったりしてるイメージはないんだけど……フェイトちゃんには言ってるのかな? それともフェイトちゃんがショウくんから聞いたとか?

 

「なあフェイトちゃん、何でそう思ったん?」

「え、えっと……この前ショウがはやては適当なことばかり言うって言ってたから。私にはそんなイメージなかったから否定したけど、そのうち分かる日が来るって」

「言った人物が人物だけに否定しずらいなぁ。でも……人がおらんところでそういうこと言うのはどうなんやろね」

 

 な、何だろう……はやてちゃん笑ってるのに怖い。どことなく今度ショウくんに仕返ししようって考えてそうな気がする。

 

「は、はやてちゃん、別にショウくんは悪気があって言ったわけじゃないと思うよ」

「そ、そうだよ。ショウってはやてのこと話すときって優しい表情するし」

「うん、ショウくんってはやてちゃんのこと大切に思ってるよね」

「あの、別に怒ってへんからそのへんでやめてくれへん」

 

 ショウくんのフォローのつもりで全員言ったと思うけど、結果的にはやてちゃんに恥ずかしい思いをさせてしまったようだ。顔を赤らめて俯いているのが証拠だろう。

 フェイトちゃんは微妙なところだけど……なのはちゃんは相変わらず直球過ぎだよ。本人は自覚ないんだろうけど。

 ……でもなのはちゃんって冷静に考えると不思議な感性してる気がする。

 恋愛とかはここにいる誰よりも分かってなさそうだけど、お姉ちゃんにからかわれたりすると顔を赤くしたり慌ててたし全く理解できてないわけじゃないみたいだし……って、考えても答えが出るわけじゃないか。

 

「前から思ってたけど……あんた達って何でそんなに好きなわけ?」

「す、好き……!?」

 

 顔を赤くして驚き、すぐさまもじもじし始めたフェイトちゃん。今の彼女を見るとショウくんに特別な想いがあるのではないか、と誤解をしてしまいそうになる。子供のそういうことに興味のある大人達がいたら、きっとからかうだろう。

 

「フェイト、何赤くなってんのよ? ……あんた、そういうことなの?」

「ち、違うよ! 別にショウはそんなんじゃなくて!」

 

 アリサちゃんのにやけた顔からして、フェイトちゃんがあまりにも反応するのでからかっているのだろう。

 もう、アリサちゃんも人が悪いんだから。フェイトちゃんが可哀想だし止めに入らないと。

 そう思ったけど、ふと私ははやてちゃんに視線を向けていた。この中でショウくんと一番親しいのは彼女であるため、どういう心境なのか気になったからだ。

 はやてちゃんの顔は至って普段どおりで、フェイトちゃんとアリサちゃんのやりとりを見守りながらケーキを食べている。こちらの視線に気が付いた彼女は、口に含んでいたものを飲み込むと話しかけてきた。

 

「すずかちゃん、どうかしたん? クリームでも付いとる?」

「ううん」

「そう、ならええんやけど」

 

 はやてちゃんは何事もなかったようにまたケーキを食べ始める。

 友達に友達が出来たりすると嫉妬めいたことを思っちゃうことがあるけど、はやてちゃんは大丈夫そうかな。というか、そういうことって聞かない方がいいよね。からかったりするのと同じだろうし、からかわれたりする身としては他人にしたくないし。

 

「フェイト、素直に白状しちゃいなさいよ」

「だから、本当にそういうんじゃ……大切な友達ってだけで」

 

 えっと……フェイトちゃん、それはそれで意味深な発言だと思うんだけど。アリサちゃんも何とも言えない顔してるし。

 周囲の反応に気が付いたフェイトちゃんは、顔を真っ赤に染めながら俯いてしまった。さすがにアリサちゃんも今のフェイトちゃんにこれ以上構うのはダメだと思ったようで、視線をはやてちゃんへと移す。

 

「えーと……確か学校のあいつの様子だったわよね」

「ん? そこに戻るんやな」

「……ねぇはやて、話を逸らしたあたしが言うのもなんだけど、あんたが切り出した話題よね?」

「そうやけど、今のほうが盛り上がってたやろ。てっきり今度はわたしに聞くんかなって」

「え、聞いていいの?」

「ええか悪いかで言えばええけど、大して面白くはならんと思うで」

 

 うん、確かにはやてちゃん自身は面白く感じないと思う。この手の話は聞いてる側の方が面白いだろうし……アリサちゃん、フェイトちゃんのときよりも目が輝いて見えるよ。ショウくんにはあまり興味がないんだろうけど、はやてちゃんとの繋がりには興味深々なんだなぁ。まあアリサちゃんだって女の子だもんね。

 

「じゃあ単刀直入に聞くけど……あんたとあいつってどういう関係なの?」

「どうって、普通に友達じゃないの?」

「お子ちゃまななのはは黙ってて」

「お、お子ちゃまって……私、みんなと同い年なんだけど」

 

 なのはちゃんが可哀想にも思うけど、アリサちゃんの言っていることが分かっていないようなので仕方がないような気もする。

 それになのはちゃんは偶にアリサちゃんにいじられてるし……いつもなら私が止めに入るけど、ここで入っても黙れって言われるだけかな。

 

「はやて、どうなのよ?」

「どうもこうも、なのはちゃんが言うたように友達や。悪友とか言ったほうがわたしらの関係を表すにはええかもしれんけど」

「……それだけ? 何かこう特別な感情とかないの?」

「えっと、そういうのはもうちょっと大きくなってからやと思うんやけど」

 

 アリサちゃんの圧力にはやてちゃんは押されているが、はっきりと言っているあたり特別な想いはないのだろう。あったらあってで聞いてみたいと思うのは、別におかしいことではないはず。私だってもうすぐ小学4年生になる女の子なのだから。

 

「あんた、本気で言ってるの?」

「嘘つく理由はないと思うんやけど……何でそんなに疑うん?」

「何でって、あいつはさっきなのは達が言ったようにはやてには違った反応するじゃない。それにはやてもあいつと一緒のときはすっごく楽しそうだし」

 

 アリサちゃんの言ってることは事実ではあるけど、はやてちゃんとショウくんの関係は特別なものじゃないと個人的に思う。何故なら特別な関係だったなら私のお姉ちゃんと恭也さんのような雰囲気が出ているはずだから。

 

「そりゃそうやけど……わたしらがそういう風になるんは1番親しい相手同士やからやと思うんやけどなぁ」

「まあ……でも」

「アリサちゃん、そのへんにしておこうよ。はやてちゃんが嘘を言ってるようには見えないし、あんまり聞くのははやてちゃんに悪いよ」

「……そうね。バレンタインにチョコを渡してたりしてるならあれだけど、はやて達みたいに仲の良い子っているしね」

 

 アリサちゃんの言葉で思い出したけど、もうすぐバレンタインか。お姉ちゃんはきっと恭也さんにあげるんだろうなぁ。それに多分誰かにあげないのって聞かれる……チョコをあげる相手なんて、いつも仲良くしてくれてるなのはちゃん達くらいしかいないのに。

 ……ううん、いないこともないのかな。

 今の今まで話題にもなっていたショウくんとは機械関連といった同じものに興味を持っているし、読書といった共通の趣味もある。クラスの中でも親しくしているはず。

 ショウくん、最近じゃなのはちゃんやフェイトちゃんと仲良くなってきているよね。それがきっかけになったのか、クラスのみんなとも前よりもお話ししてる気がする……って、チョコをあげるかどうか考えてたんだった。

 私としては……あげるのはいいかな。少し恥ずかしいけど、ショウくんなら変な誤解とかもしないだろうし。多分ちょっと驚いて、そのあとお礼を言うんだろうな。驚いた顔は少し見てみたいかも。

 でも……アリサちゃんからからかわれそうだよね。それを考えるとあげるのが億劫になるかも……

 

「ねぇアリサ、バレンタインって何?」

「え……あぁフェイトは少し前まで別のところに住んでたのよね。バレンタインっていうのは、簡単に言えば女の子が好きな子にチョコをあげて告白する日よ」

 

 アリサちゃんの説明にフェイトちゃんが小さく声を漏らして顔を真っ赤に染めた。

 今のだけで赤面するなんて純情と言わざるを得ない。先ほどからかわれたときの反応からして、もしかするとショウくんを相手に妄想したのかもしれないが。

 

「そ、そうなんだ……」

「……ねぇフェイト、あんたやっぱり」

「べ、別にショウのことなんか考えてないよ!?」

「誰もあいつのことなんて言ってないんだけど」

 

 アリサちゃんはとてもいじわるな笑みを浮かべており、フェイトちゃんは耳まで赤く染めて俯いてしまう。チョコをショウくんに渡すと、近い未来で私もこうなりそうで怖い。

 

「アリサちゃん、フェイトちゃんをいじめちゃダメだよ。今のバレンタインは昔と違って日頃お世話になってる人とかにだってあげるでしょ。ねぇはやてちゃん?」

「ここでわたしに振るんか……いや変に隠したら余計に勘ぐられそうやし言うとこう。そうやな、そういう意味でわたしも毎年ショウくんにあげとるし」

 

 はやてちゃんの突然のカミングアウトに私達は動きを凍らせた。内容は予想外というわけでもないけど、先ほどまでの彼女を考えるとこのタイミングは予想外すぎる。

 

「へぇ、はやてちゃんは毎年ショウくんにあげてるんだ」

「まあなぁ。今はそうでもないけど、前までは身の回りのこと結構手伝ってもらったりしとったし。今年も渡す予定やし、何ならなのはちゃんも一緒にどう?」

「う~ん……私、はやてちゃんみたいに上手く作れないだろうし」

「あんななのはちゃん、味なんか二の次でええんよ。こういうのは気持ちが大事なんやから。まあ市販のものでも充分といえば充分やけどな」

「……ショウくんにはお世話になったこともあるし、もっと仲良くなりたいからあげようかな。手作りかどうかは……まあ頑張ってみるということで」

 

 思考が動き始めた頃には、いつの間にかなのはちゃんもショウくんにチョコを渡すことが決まっていた。アリサちゃんが目の前にいるのにすんなりと決められる彼女は勇者かもしれない。

 ……というか、仲良くなりたい宣言は不味いんじゃないかな。純粋に仲良くなりたいって意味だろうけど、バレンタインの話をしているときにそれを言ったら誤解されてもおかしくないし。

 

「フェイトちゃんもどう?」

「え……えっと…………うん」

 

 フェイトちゃんはまだきちんと頭が回っていなかったのか、お世話になっている相手に渡すという話を聞いてチョコをあげてもいいと思ったのか、なのはちゃんの真っ直ぐな提案に肯定の返事をした。

 3人が渡すのなら私もあげてもいいかな、と思っていると不意に誰かに服の袖を引っ張られた。視線を向けると戸惑いの表情を浮かべたアリサちゃんがいた。

 

「ねぇすずか……何なのこの流れ。このままだと私達まで渡すことになりそうなんだけど?」

「別に私は渡してもいいよ」

「何でそういう返事するのよ。そりゃあ、あんたはいいわよ。あいつとそれなりに親しくしてるんだから。だけど私は……!」

「それをきっかけに仲良くなればいいんじゃないかな?」

「なれるわけないでしょ! というか、親しくもないのにバレンタインにチョコを渡して仲良くなるってやり方聞いたこともないわ。そもそもあいつだって私からもらったら反応に困るでしょうが!」

 

 アリサちゃんって親しくないとか言う割には、きちんとショウくんのことまで考えてるよね。

 私としてはショウくんってフェイトちゃんみたいにどちらかといえば受身のほうだから、アリサちゃんみたいにぐいぐい行くタイプとは相性が良いと思うんだけどな。ショウくんってなんだかんだ言いながらも付き合い良かったりするし。

 

「すずか、何笑ってるのよ!」

「別に笑ってないよ」

「笑ってたわよ。さてはあんた、私で遊んでるんでしょ!」

「遊んでないよ。私、アリサちゃんにこれといって何もされてないし!」

「ところで……ショウくんの学校での話はどないなったん?」

「あっ、えっとね……」

「はやてになのは……そのまえにふたりを止めた方がいいんじゃないかな?」

 

 

 



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08 「チョコは騒動の種?」

 2月14日。俺ははやてと前もってしていた約束を果たすために彼女の家に向かった。

 何をするのか前もって聞かされてはいなかったが、今日がバレンタインであること。毎年この日にはやてからチョコをもらっていたことから予想は付いていた。

 結論から言えば、予想通りはやてからチョコをもらった。「腕によりをかけて作った傑作や」と宣戦布告のような言葉と共に。

 はやては度々女としてのプライドを傷つけられていると発言するが、別に俺は傷つけるつもりで手作りのお菓子をホワイドデーに返しているわけではない。手作りのものをもらったのだから、手作りのものを返したほうがいいだろうと思ってのことだ。親の影響でお菓子作りが趣味ということも理由ではあるが。

 

「来月のことを考えると憂鬱だな……」

 

 はやてのよく分からないプライドを傷つけないために手を抜いたものを作れば、彼女にあっさりとバレてしまい怒られるだろう。ヘアピンやハンカチといったものにしてもいいとは思うが、渡されたときの言動からして、俺が逃げたといったニュアンスの言葉を口にしそうだ。それはそれで面倒臭い。

 それに今年は去年までと違って、もらったチョコの数が違う。

 去年までは俺にチョコをくれる相手はレーネさんやはやてくらいのものだったが、今年は高町達からもチョコを渡された。

 出会った頃から比べると親しくなったとは思うが、まさかチョコを渡されるほど親しくなっていたとは思ってもみなかった。それだけに彼女達に何だか申し訳ないと感じた。これからできるだけ俺からも距離を縮められるように努力しようと思う。

 

「……ただ」

 

 バニングスからチョコをもらえたのは不思議でならない。

 高町やフェイトとは魔法関連で顔を合わせるし、月村とは共通点の多さから前から交流があった。しかし、バニングスとは何もないに等しい。

 顔を合わせれば挨拶はするが、俺とバニングスの会話は言ってしまえばその程度。がっつりと話したことはないと言っても過言ではない。彼女はどうして俺にチョコを渡そうと思ったのだろうか。

 他の全員が渡すのに自分だけ渡さないのはどうなんだろう、とでも思ったのか。それとも高町とかからしつこく「アリサちゃんも渡そうよ」とでも言われたのか。

 ……いや、冷静に先まで考えると真に悩むべきはそれではない。

 悩むべきなのはバニングスに何を返すかということだ。他の子はそれなりに交流があるので、お返しの品はどうにか思いつく。

 だが彼女の場合は……アクセサリーの類でもいいとは思うが、付き合いがないだけにバニングスの好みが分からない。はやてとは性格が大分違うので同じ感覚で行くのは危険だろう。

 

「……細かい好みまでは分からないけど、お菓子を作るのが無難かな」

 

 バニングスが甘いものを食べている姿は翠屋で何度か見ている。甘いものが無理だと言われることはないだろう。

 

「この際……全員お菓子にしようかな」

 

 はやてとバニングスだけ手作りで他は買ったものというのは不公平……というか、付き合いが最長と最短の人物に手作りというところからして疑問を抱かれるだろう。だが全員に手作りならばそんな疑問は抱かれないはず。

 全員に手の込んだものを作るのは時間がかかるが、お菓子は週に何度も作っている。それに猶予もあと1ヵ月ほどあるのだから問題ないだろう。

 ……ふと思ったが、あまり手の込んだものを作るのも気を遣わせるのではないだろうか。

 さすがに芸術作品と思えるようなものを作るつもりはない。いや、俺程度の腕前ではそこまで呼ばれるものはどう足掻いても作れないだろう。

 それにホワイトデーはお返しする日であってお祝いというわけではない。クリスマスケーキのようにデコレーションが多いのはやりすぎな気がする。

 そんなことを考えている間も足は止まらなかったため、気が付けば遠目に自宅が見えてきていた。

 

「……ん?」

 

 はっきりとは見えないものの、向かい側から子供達が4人歩いてきているのが見えた。背格好からしてどことなく見覚えのある子供達だ。

 歩くにつれてお互いの距離は縮まっていき、自宅の前に来たときには顔がはっきり見えるほど接近したのだった。

 

「やっぱり……」

「やっぱりショウだった!」

 

 と、俺の言葉を遮ったのは長髪の少女――レヴィだ。一瞬誰か分からなかったのは、今日の彼女が普段と違って髪を下ろしていたからだ。

 レヴィは元気溢れる笑顔を浮かべながら足早に近づいてくると、抱きつきながら背中に回って自分の頬を俺に密着させてきた。

 

「おいレヴィ……」

「あはは、ショウはボクよりも冷えてるね」

 

 だからどうしたというのだろうか。そもそも何で顔を引っ付けて確認したのだろう。

 そのような疑問は湧いたものの、レヴィはこれといって意味もなくスキンシップを取ってくる性格をしている。そんな彼女相手にぐだぐだと考えていても仕方がない。

 

「こらレヴィ、やめんか」

「何で?」

「……まったく貴様という奴は。よいか、誰もが貴様のような性格をしているのではない。我も同じように抱きつかれるが、正直に言ってうっとうしい」

 

 はっきりと放たれた一刀両断の言葉にレヴィはダメージを受けたようで、すぐさま俺から離れてディアーチェの元に駆け寄った。

 自分の身を犠牲にして俺を助けてくれるなんてディアーチェは何て良い奴なのだろう……本当は落胆させて大人しくさせたかった気もするけど。

 

「王さま、王さま! 王さまはボクのこと嫌いなの!」

「別に嫌いとは言っておらん」

「シュテるん、王様が……!」

「人の話を聞かんか!」

 

 何の打ち合わせもなく漫才のような会話ができるのはある意味凄いことなのではないだろうか。ふたりのやりとりをはたから見ている分には正直に言って面白い。ディアーチェには悪いとは思うが。

 

「レヴィ落ち着いてください。ディアーチェはあなたのことを嫌ってはいません」

「ほんと?」

「はい……ただディアーチェはレヴィが羨ましかったんですよ。ディアーチェはレヴィのように好きな相手に抱きついたりできませんから」

「そっか」

「違うわ!」

 

 と、ディアーチェは怒りを顕わにして接近していくが、シュテルの顔色は全くといっていいほど変わらない。どんなことを言われても勝てる自信があるのだろう。

 

「何が違うのですか?」

「貴様の言っていること全てだ!」

「え……ディアーチェはレヴィのことが嫌いだったのですか?」

「は? ……ええい、我が言いたいのはそこではない!」

 

 まだ会話は終わっていないが、俺には勝敗が見えた気がした。

 ……日に日にシュテルの性格が悪くなっているように思えるのは俺の気のせいだろうか。出会った頃は真面目で大人しい子だったような気もするのだが……やはりレーネさんからの影響があるのか。もしそうならば、ふたりの距離を離すべきなのかもしれない。

 

「ショウさん、お久しぶりです」

「え……あぁ久しぶり」

「どうかされましたか?」

「いや……何でもないよ」

 

 このタイミングで挨拶をしてくるなんてマイペースというか天然だな、と思いはしたものの口には出さなかった。ユーリはシュテル達との付き合いが長いため、単純に慣れてしまっている可能性があるからだ。

 

「みんな相変わらず元気みたいだね」

「はい。でも今日は格段元気な気がします。きっと私を含めてショウさんに会えるのが楽しみだったんですね」

 

 太陽のような笑顔でそんなことを言うユーリに俺は沈黙させられた。彼女はあまりにもストレートに物事を表現するため、こちらの方が恥ずかしくなってしまう。子供の俺が言うのはどうかと思うが、子供の素直さというものは時として恐ろしい。

 ユーリと会話していると周囲が大人しくなってきた。いつまでも寒空の下で会話するのもメリットがないため、俺は家の中に入ろうと提案する。その提案を拒む者はもちろんおらず、スムーズに会話の場所はリビングに移った。

 暖房を入れてから全員の防寒具を預かろうと思ったのだが、すでにシュテルが行っていた。

 こういうことができるのに何で人のことをからかうんだろう。というか、立場的に俺がやるべきことだと思うんだけど……。まあ自分から進んでやったことだからいいか、とも思ってしまうあたり、俺はシュテルを他の子とは違う目で見てしまっているんだろうな。

 

「どうかしましたか?」

「いや別に……」

「そうですか……ショウも早く脱いでください」

 

 人前で何を言っているのだろう、と思ったがシュテルの言葉が指しているものがコートだとすぐに気が付く。

 

「いいよ自分でやるから」

「どうせハンガーを取りに行くのですからついでです。それにショウはこれからディアーチェ達に何か出すのでしょう?」

「それは……」

「私に任せたほうが効率的です」

 

 と言って俺からコートを半ば強引に奪うと、シュテルはリビングから出て行ってしまった。

 ついでだからとか効率が良いからとか言ってたけど、多分もう少し他人の好意に甘えろって言いたかったんだろうな。俺からすればお前も甘えろよって感じだったりするけど……お互いにそんな風に思ってるから似ているって人に言われるのかな。

 はやて達からもらったチョコを冷蔵庫にしまい、全員分のココアを作ろうとしているとディアーチェが俺の元に来た。

 

「どうかした?」

「言わんでも分かっていそうだがな」

 

 おそらくディアーチェは運ぶのを手伝いにきてくれたのだろう。言葉遣いだけだと勘違いをされてしまいそうな彼女だが、実際は家庭的かつ面倒見の良い優しい子だ。

 

「まあ何となく……でも君は」

「我が自らすると言っているのだ。余計な気を遣う必要はない……何を笑っておる?」

「ただ優しいなって思っただけだよ」

 

 優しいと言われて恥ずかしかったのか、ディアーチェは顔を赤らめて強めの声で返事をしてきた。素直じゃない、という部分も言っていたならば、若干怒気を含んだものになっていたことだろう。まあどちらにせよ彼女の反応は似たようなものだっただろうが。

 

「まったく……貴様まで我のことをからかうのか」

「別にからかってるつもりはないよ」

「それはそれで性質が悪いわ。先ほどの言葉をシュテルやユーリにでも聞かれてみよ。また前のように何かと言われそうではないか」

「それは……でもユーリはともかく、シュテルの場合はディアーチェが過敏に反応しなければすぐにやめるだろ」

「貴様のように淡々とできるならば日頃から苦労はしておらんわ」

 

 会話をしている間に手を止めることはなかったのでココアを作り終えた。ディアーチェと共にリビングへと戻ると、シュテルも戻ってきていた。俺達の姿を見た彼女の顔は、実に何か言いたそうに見える。

 

「シュテル、何か言いたげな顔をしておるな」

「言ってもいいのですか?」

「言う必要があることならばな」

「では……相変わらず仲が良いですね」

「なっ!?」

 

 シュテルの発言にディアーチェは赤面しながら動揺した。必然的に彼女の手に持たれていたカップが振動し中身が揺れ動く。

 シュテルの言動からこのような展開になるだろうと思って先にカップをテーブルにおいていた俺は、ディアーチェの身体に制止をかける。多少は手に掛かるかもしれないと思ったが、運が良かったのか手や床が汚れることはなかった。

 言う必要がないことを必要だと判断したシュテルもシュテルだけど、自分から話を振ったディアーチェもディアーチェだな。

 そんな思いを抱きつつディアーチェを見ると、多少パニックを起こしていそうな顔をしていた。顔もさらに赤面している。姿ははやてとよく似ているが、心は彼女の方が綺麗というか純情かもしれない。

 

「まったく……シュテル、ここ最近のお前は少し人のことをからかい過ぎだと思うぞ」

「…………」

「何だよその顔」

 

 シュテルはどことなく面白くなさそうな顔をしている。状況から考えて悪いのは彼女であり、それは彼女自身も分かっているはず。なのにどうして今のような顔をするのだろうか。

 

「ショウさん、多分シュテルは……えっと、やきもちを焼いてるんじゃないでしょうか」

「やきもち?」

「はい。ショウさんはそのつもりはないと思うんですけど、シュテルと比べるとディアーチェに優しい感じがしますので。それに付き合いの長さはシュテルの方が長いので、ふたりが親しくしていると面白くないのかなぁと」

 

 ユーリの言葉は一理ある。俺達の年代問わず、親しい相手が知らない人間と楽しそうにしているのを見ると嫉妬めいた感情を抱くことはあるのだから。

 だがシュテルは前に自分からディアーチェ達のことを俺に教え、いつか会わせたいといったニュアンスの言葉を言っていた気がする。そんな彼女が嫉妬するというのは考えづらい。

 

「ユーリの意見は一理あるが、シュテルでは考えにくいような気もするがな」

「ディアーチェ、そうでもありませんよ」

 

 シュテルの発言にディアーチェだけでなく俺まで内心驚愕する。

 全く関係はないのだが、レヴィは先ほどから困ったような顔で俺達の顔を何度も見ている。どうやら話に付いて来れていないようだ。

 シュテルは綺麗に包装された箱を取り出すと、俺の目の前まで近づいた。こちらが言葉を発する前に先に彼女が口を開く。

 

「私も女の子ですから」

 

 俺は差し出された箱よりもシュテルの浮かべた微笑みにドキッとした。

 えっと……今日はバレンタイン。おそらくどういう日なのかをシュテルは知ってる……それで箱の中身はチョコだろう。

 少しテンパってしまっているが、そこまでは理解できる。問題なのはシュテルがどういう意味でチョコを渡しているかだ。

 シュテルとは仕事上でも付き合いがあるだけにはやて達のような意味で渡している可能性が高い。だが流れから判断すれば、バレンタイン本来の意味のものを考えられる。彼女のことは嫌いじゃないが、正直に言って恋愛というものはまだ俺には分からない。後者の意味だった場合、俺はどうすればいいのだろう。

 

「ディアーチェ、チョコを作ってるときから思ってはいましたけど、これはもしかして!」

「か、可能性はゼロではないが早まるなユーリ。あ、あの本の虫、仕事ばかりに打ち込んでいたシュテルが半年ほどでそこまで変わるとは思えん!」

「王さま~、話が見えないんだけど?」

「言っても貴様には分からんだろうから黙っておれ!」

「聞いただけなのに何か怒られた!?」

 

 周囲も俺のように何かしら思って騒いでいるようだが、シュテルが「食べて感想を聞かせてください」とまるで答えを迫るかのようにチョコを渡してきたために意識する余裕はなかった。戸惑っていた俺はチョコを受け取ってしまい、促されるままに包装を外して箱に手をかける。

 

「…………」

 

 中身を見た俺は絶句、というより反応に困ってしまった。

 シュテルがくれたチョコは実に凝ったデザインをしている。具体的に言うと恥ずかしそうにしながらもチョコを渡そうとしているディアーチェ、といったところだろうか。ご丁寧に「か、勘違いするな。チョコが余っていたから作っただけよ」とまで書いてある。

 ……シュテルが凝り性だったことは知っていたし、味の方は心配するまでもなく美味いんだろう。でもこれは贈り物としてどうなんだ。当人が近くにいることもあるが、いなかったとしても食べづらいんだが。

 

「何だそれは!?」

「チョコですが?」

「そんなことは分かっておるわ! 我が聞いておるのはそんなものをいつ作ったかということだ。我もあの場にいたが、そんなもの貴様は作っておらなかっただろう!」

「それは……乙女の秘密です」

 

 指を唇の前に置き笑みを浮かべながら言うシュテルは可愛らしくもあり、淑女的な素養もあってか美しく見えた。

 だがそれ以上に俺はディアーチェのほうが気になってしまった。シュテルの言動に彼女の堪忍袋の緒が切れたような音がしてならなかったからだ。

 

「えぇい、貴様という奴はどこまで我を愚弄するつもりだ!」

「愚弄などしていません。私はディアーチェのことを尊敬しています」

「心がこもっていない声で言われても信用できるか!」

「……ディアーチェは私のことを信用してくれていないのですか?」

「ぅ……い、いや信用していないわけではないが」

 

 シュテルの潤んだ瞳と弱々しい声にディアーチェの勢いは急激に衰えた。

 個人的にディアーチェは王さまのような言動だが優しい性格をしており、シュテル達のことを大事に思っていると思う。そこが彼女の良いところでもあり、からかわれてしまう所以かもしれない。

 

「ところで、ディアーチェはショウにチョコを渡さないのですか?」

 

 話が一段落したわけでもないの話題を変えるとは、今日のシュテルは自由すぎる。そう思う一方で内容が内容だけに俺はディアーチェを意識してしまい、彼女は彼女で驚愕しつつ赤面した。

 

「な、なぜ急にそのような話しになるのだ!?」

「こうでもしなければディアーチェは恥ずかしがって渡しそうにありませんので」

「かえって余計に恥ずかしいわ! ……はっ!?」

 

 ふと我に返ったディアーチェは俺のほうへと顔を向けてきた。羞恥心が急激に高まったのか、顔の赤みが増すだけでなく泣きそうにさえなっている。

 

「ショ、ショウ、そのだな……!」

「ショウ、こっちが本来渡すはずだったチョコですのでそれは返してください……食べますかレヴィ?」

「うん! あぁそういえば……はいショウ、これボクから」

 

 ディアーチェの姿をしたチョコを躊躇なしに食べるレヴィに渡されたものは市販されていそうなチョコだった。

 おそらくだがレヴィはバレンタインの意味を理解していない。シュテルにとりあえず渡せ、渡せばあとでお返しがもらえるとでも言われたのだろう。

 

「ショウさん、私からも……」

「あ、あぁ……ありがとう」

「その……美味しくできているか分からないので不味かったら捨ててください」

 

 などと言われてしまっては、はいそうですかといった返しができるわけもなく、俺はユーリからもらった箱の包装を外して今すぐに食べることにした。

 形は不恰好だが、それだけに慣れないながらも一生懸命作ってくれたのだろうと思う。ひとつ手にとって口に運ぶとユーリが声を漏らしたが、俺は口の中を綺麗にしてから返事をすることにした。

 

「……美味しいよ」

「本当ですか?」

「ああ」

「よ、よかったです」

 

 安堵の笑顔を浮かべるユーリを見た俺の中にも安心や喜びの混じった感情が芽生える。それと同時に高町達からもらったチョコもあるため、今日明日で食べ終えられるか不安も覚えた。

 

「さあ、あとはディアーチェだけです」

「王さまだけだぞ」

「だけです♪」

「う……」

 

 3人に言い寄られるディアーチェには同情に加えて申し訳なさを感じた。

 俺がもっとはやての家で今日という時間を潰していたのなら彼女がこのような目に遭うこともなかったかもしれない。泊まるつもりで来ている場合は意味がないが。

 

「……えぇい、渡せばいいのだろう!」

 

 チョコと思われる箱を取り出したディアーチェは真っ直ぐこちらに向かってくる。流れからして、どのように考えても彼女は自棄を起こしているだろう。

 

「ディアーチェ……別に無理をする必要はないと思うけど」

「べ、別に無理はしておらん。そもそも渡さない限りこやつらは大人しくならんだろう」

「それは……まあそうだろうけど」

 

 ここで否定できるほど俺はシュテル達との付き合いは浅くない。顔を合わせた回数だけで言えばはやてには遠く及ばないのだが、会っている間の時間が濃いのだ。

 ディアーチェに半ば押し付けられるようにチョコを渡された俺は、彼女を労うようにできるだけ優しげな顔と声でこう言った。

 

「ありがとう」

「……そのセリフは我が言いたいくらいだ。貴様は我の味方でいてくれる……」

「えっと、俺が何だって?」

「な、何でもないわ! 分かっているとは思うがか、勘違いするでないぞ。それはこやつらが日頃迷惑をかけておるし、これからもかけるだろうから作っただけだ。た、他意は存在しておらぬからな!」

 

 顔が赤くなっていることに加え、言い方が言い方だけに他意がありそうだと疑いたくもなる。だがディアーチェにおいては、今のような言い方を普段から割りとしている。それだけに本当のことを言っている可能性も充分にある。

 ――ここは疑わずに信じるべきだよな。俺が信じてやらないとディアーチェの味方がいなくなりそうだし、彼女は俺が困っているときにはいつも助け舟を出してくれているんだから。

 

「シュテル、ディアーチェはああ言ってますけど……どうなんでしょう?」

「そうですね……ディアーチェは素直ではありませんので他意はあると思います」

「そ、それってつまり!」

「貴様ら、今日という日はどれだけ我のことをからかえば気が済むのだ。我とて限度というものがある。そこへ座れ!」

「ねぇショウ、みんなは何を騒いでるの?」

「それは……まあ気にするな」

「え~、そう言われたら余計に気になるよ」

「気にしてるとディアーチェに怒られるかもしれないぞ」

「え……うん、多分ボクには分からないことだろうから気にしないことにするよ」

 

 

 



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09 「聖剣との出会い」

 3学期も無事に終わり春休みに入った。この休みが終われば俺は進級して4年生になるわけだ。

 高町達は「進級してもまた同じクラスだといいね」と言ってくれている。そのことを嬉しくは思っているのだが、俺にはシグナム達やシュテル達との付き合いもあるため、学校くらいは静かに過ごしたいと思ってしまうときがある。

 ――まあ……一緒になったらなったですんなりと受け入れるんだろうけど。別に高町達と一緒にいるのが嫌ってわけでもないし。

 ふと思ったが、去年までとずいぶんと俺の対人関係が変わったものだ。去年までははやてくらいしか親しい付き合いをしている人間はいなかったというのに、高町達やアースラのクルー、ヴォルケンリッターと幅広い年代と親しくなったのだから。

 

「……そういえば、少し前まで変わらないといけないって思ってたよな」

 

 変わりたいとあまり思わなくなったのはいつからだろう……いや、思わなくなったんじゃなくて意識が変わったのか。

 多くの人と親しくなったわけだが、喜びや楽しみといったプラスの感情があるわけではない。今に至るまでにジュエルシード事件や闇の書事件といった悲しい出来事があったのだから。

 プレシア・テスタロッサにリインフォース……フェイトやはやてにとって大事な人。そして、俺が助けようとしたけど助けることが出来なかったふたり。最後に彼女達のことを頼んで逝ってしまったこのふたりのことは今でも……きっといつまでも忘れることはない。

 プレシアの最後の言葉にリインフォースとの約束。これによって漠然としていた変わりたいという想いは、守るために強くなりたいといった想いに変わった気がする。

 

「あれ? ショウくんじゃん」

 

 意識を声の方へと向けると、人懐っこい笑みを浮かべている女性がこちらに軽く手を振りながら歩いてきていた。

 

「やっほ~」

 

 このように挨拶をしてくるのはクロノの補佐官であり、アースラの通信関連の主任でもあるエイミィくらいしかいない。

 

「久しぶり。元気そうだね」

「それだけが取り柄だからね!」

 

 いやいや、補佐官兼通信主任を務めてるんだから元気だけが取り柄じゃないだろ。

 そのように言いそうになったものの、言ったら言ったでエイミィは調子に乗りそうなのでやめておくことにした。

 

「ところで今日はどうしたの? なのはちゃん達にお仕事の予定はないはずだから……クロノくんにでも会いに来た?」

「いや……」

「クロノくんじゃない……はっ、お姉さんに会いに来てくれたのか!?」

 

 ここでその発想になるあたり、エイミィは実に柔軟な思考をしている。

 俺の記憶が正しければ、エイミィはクロノをからかうのが趣味だと言っていた気がする。日頃から彼女の相手をしているクロノはきっと大変だろう。俺にはシュテルがいるので代わりに相手をしてくれと言われても断るとは思うが。

 

「いやぁ、お姉さん嬉しいなぁ」

「……あのさ、頭撫でるのはやめてくれる?」

 

 こちらの言葉にエイミィは声を漏らしながら静止すると、非常に残念そうな顔を浮かべた。

 俺はエイミィの弟でもなければ親戚の子供でもないのだが……そもそも彼女の弟分はクロノだったはずだ。まさかクロノと親しくなったことで俺まで弟分に加えられたのだろうか。

 もしそうだとすれば対応を考えないといけない。別にエイミィのことは嫌いではないが、人前でも気にせず弟分として扱われるかと思うと恥ずかしさを覚えてしまうから。

 

「はぁ……私がこういうことできる子ってショウくんだけなのに」

「俺の前にクロノがいると思うんだけど?」

「いやね、クロノくんはああ見えて私とあんまり年変わらないからさ。こういうことすると怒ると思うんだよね」

「そっか……そういうのが分かるなら俺にもしないでほしいんだけど」

「え~」

 

 俺よりも7年ほど先に生まれているはずなのに子供じみた反応をするエイミィには呆れてしまう。その一方で、彼女がこのような性格だからクロノとの相性が良いのかもしれないとも思った。

 

「そしたら私の中にある君への愛はどう表現すればいいのさ」

「俺よりも語彙は知ってるはずなんだから言葉で表現してとしか言えない。そもそも、何でエイミィの中に俺への愛があるわけ? アースラの中でも親しくしてるとは思うけど、そこまでのレベルには達してないと思うんだけど?」

「いやいや、君はどことなくクロノくんと似てるからね。お姉さんからすると愛着が湧くわけですよ。それに素直じゃないところあるけど優しいところあるし、意外と恥ずかしがってくれたりするから可愛く見えるんだよね。正直に言って、お姉さんは割と君にキュンキュンしてます!」

 

 興奮気味におかしなことを言うエイミィに対して俺はいったいどうすればいいのだろうか。これまではクロノも一緒だったため彼がどうにかしてくれていたわけだが今はいない。念話で助けてくれるように頼むことはできるが、仕事中かもしれないため実行はしたくない。

 

「……えーと、お姉ちゃんとでも呼んだほうがいいの?」

「っ…………魅力的な提案だけどやめておくよ。誰かに聞かれたら何か言われそうだし……でも今は周りに人はいない。1回くらい……」

 

 悩むエイミィを見て自分の過ちを痛感した。彼女の発言に戸惑っていたからといって、どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。早く手を打たなければ、度々お姉ちゃんと呼ぶことを強要されるかもしれない。

 

「エイミィ、あ、あのさ……マリエル・アテンザって人いるかな?」

 

 最低でも話題を切り替えようと出した答えは、今日アースラを訪れた理由を述べることだった。今のエイミィのテンションからしてスルーまたは即行で両断される可能性もあったが、幸いなことに俺の言った人物に心当たりがあったようで彼女はきちんと意識をこちらへと向けてくれた。

 

「マリー? うん、来てたよ。……あぁ、マリーが言ってた今日会う男の子ってショウくんのことだったんだ」

「……何で理解したって感じじゃなくて安堵してる感じなわけ?」

「いやね、マリーは私の後輩に当たる子なんだ。身近な子に彼氏が……ってなったら色々と思うわけですよ」

「…………」

「その何か言いたげな顔は何かな?」

「いや……エイミィにはクロノがいるんじゃないかって思っただけだよ」

「あはは、クロノくんとはそういう関係じゃないし、今のところ対象にも入ってないよ。仲良くしてるのは認めるけどね」

 

 人をからかうことに長けた人物ならばここで突っ込んだことを言えるのだろうが、ふたりのことを知っている俺には無理だ。

 恋愛について理解が及ばないところがある俺だが、ふたりは彼氏彼女というよりは姉弟のように見える。クロノの身長によって変わって見えるのかもしれないが。

 

「えっと、マリーと会うんだったよね。私が案内してあげるよ」

「ありがとう……歩かないの?」

「いやね……迷子にならないように手繋ぐ?」

「うん、見失わないから大丈夫」

「ですよねー」

 

 人のことをからかったりするエイミィだが、ここで引き下がってくれるあたりシュテルよりもまともだと言える。

 移動を始めたものの会話の終わりが終わりだっただけに空気は微妙だ。だがエイミィはこの手のことに慣れているのか、何事もなかったかのように笑顔で話しかけてきた。話題も先ほどまでとは違って、俺がこれから会う人物のことであったため困惑することもなく、気が付けば目的の部屋の前まで来ていた。

 これでエイミィとはお別れだと思ったが、彼女はわざわざ俺が来たことをマリエルという人に伝えてくれた。自分で自分のことをお姉さんと言ったり、ふざけたことを言うが面倒見は良いらしい。普段からこういう感じならばお姉さんと呼ぶことになっても素直に受け入れられたかもしれない。

 

「失礼します」

「いらっしゃい」

 

 中に入ると、メガネをかけた白衣の女性が即座に話しかけてきた。メガネに白衣となると叔母の姿が連想されてしまうのだが、目の前にいる彼女は健康そうな顔色をしている。

 

「えっと、夜月翔くんだよね?」

「はい」

「はじめまして……になるんだよね?」

「え、はいそのはずだけど」

「あはは、ごめんね。私、こう見えてレーネさんとかと面識あるから君の話って結構聞くんだよね。写真とかも見てたから、どうも初めて会うような気がしなくて……って、こんなことどうでもいいよね。マリエル・アテンザです。気軽にマリーって呼んでね」

「は、はあ……」

 

 叔母と面識があることには驚きはしなかったが、ここまで気さくに話しかけてくるとは思っていなかったので戸惑ってしまった。

 ……そういえばさっきエイミィが自分の後輩だって言ってたっけ。彼女の後輩だと考えるとすんなりと納得できる気がするから不思議だ。

 

「えーと……マリーさん、今日は俺に何の用なんですか?」

「あーうん。それはね、実は君にお願いしたいことがあるんだ」

「お願いですか?」

 

 確かエイミィはマリーさんの仕事は主に魔導師用の装備のメンテナンスと言っていた気がする。それを考えると、お願いというのは調整したもののテスト。もしくは叔母に俺からもお願いしてほしいことがあるといったところだろうか。

 

「うんお願い。そのお願いっていうのはね……この子のデータ取りに協力してほしいんだよね」

 

 マリーさんが俺の目の前に置いたのは、従来のものとは一風変わった形のケース。彼女がスイッチを押すのと同時に開き始め、中からおよそ30cmほどの金髪の少女が現れた。大きさからしてデバイスの類だということは予想できる。

 

「……問おう。貴方が私のマスターか?」

「え……」

「……マリエル・アテンザ、何やら反応が鈍いようですが?」

「あはは、ごめんね。まだ具体的なこと言ってないんだ」

 

 マリーさんの言葉に騎士のような衣服を着た少女は淡々と納得する。それを見た俺は人型デバイスについて多少なりとも知っているために、表情の少なさから稼働し始めて間もないのだろうと推測した。

 

「えっとね、この子はセイクリッドキャリバー。長いからセイバーって呼んでる人もいるよ」

「はあ……えーと、それでマリーさんのお願いって言うのはこの子のテストマスターになってほしいってことですか?」

「おっ、話が早いね」

 

 データを取るだけでなく、少女から自分のマスターかと聞かれたのだから推測するのは簡単だと思うのだが……今の俺では子ども扱いされるのは仕方がないか。

 

「……あの、ひとつ聞いてもいいですか?」

「どうぞどうぞ」

「マスターって俺じゃないといけないんですか?」

 

 この少女がどういう経緯で作られたのかは分からないがファラという存在がいる以上、普通に考えれば何かしらに特化している。もしくは全体的に改良が施されているはずだ。

 俺の魔力資質は良く言えば万能だが、器用貧乏とも言える。特化型のデバイスのデータを取るのには向かないし、高性能すぎるデバイスの場合はマスターとしての力量が不足しているはずだ。

 

「データを取るだけなら人材は結構いると思うんですけど」

「確かにショウくんの言うとおりなんだけど、この子の場合は君にしか頼めないんだ」

 

 俺にしか頼めないデバイス……普通に考えればそんなものは存在しないはずだ。俺にはファラという相棒がいるし、通常のデバイスでは持たないような馬鹿げた魔力を所持しているわけでもないのだから。

 

「俺だけですか?」

「うん。この子は……これまでに集められた君のデータを使って作られたユニゾンデバイスの試作型なんだ」

 

 ユニゾンデバイスという言葉に驚きを隠せなかった俺は、視線をセイクリッドキャリバーのほうへと向けた。彼女はこちらの視線の意味を理解できていないのか小首を傾げている。

 俺のデータが使われたこと、ここ最近忙しくしてたことからしてもマリーさんだけじゃなくてレーネさんやシュテルあたりも製作に関わってる可能性が高い。俺がマスターに選ばれたのは、おそらく適正の問題からだろう。

 

「……俺がマスターに選ばれた理由は何となく分かりました。でもユニゾンデバイスなら俺以外に作るべき人がいますよ」

「あぁ……うん、はやてちゃんだね」

「はやてのこと知ってるんですか?」

「うん。私、レイジングハート達にカートリッジシステムを組み込んだことが縁ではやてちゃん達のデバイスの調達とか調整してるから」

 

 さらりと言われたが、インテリジェントデバイスであるレイジングハート達にカートリッジシステムを組み込むことが容易なことではなかったこと。はやて達の魔力に耐えられるデバイスの調達や調整が難しいことだというのは俺にだって分かる。

 態度からはあまり読み取れないが、このマリーという人は将来的に技術者として名を残すのではないだろうか。叔母に面識があるために毎日のように徹夜するようになるのではないかとも思うが。

 

「完成はまだ先になるだろうけど、はやてちゃん用のユニゾンデバイスの製作も始まってはいるんだ。この子はずいぶんと前から製作されてた子だから、はやてちゃんのことを蔑ろにしたわけじゃないってことだけは分かってね」

「はい……冷静に考えれば、こんな短時間ではやて用のデバイスができるはずないですから。……えっと、大分話が逸れましたけど、確かこの子のマスターになってデータを取るのに協力するかって話でしたよね?」

「うん……別に強制じゃないから断ってくれてもいいからね。一般のデバイスとは違うし、試作型だから何かしら起こる可能性はないとは言えないから」

 

 確かにユニゾンデバイスということは融合事故などが起こる可能性はあるということだ。

 しかし、俺がマスターにならなければセイグリットキャリバーはどうなるんだろう。俺以外に適正がある人間がいればいいが、いなかった場合は最悪処分ということもありえるのではないだろうか。

 この子には意思があるんだ。こちらの勝手な理由で作っておいて処分というのは彼女に対して申し訳ない。それに上手くデータを取ることが出来れば、はやて用のユニゾンデバイスの製作速度も速まり安全も上がるかもしれない。

 あのときリインフォースは新たに生まれてくる子に自分の名前を授けてほしいと言っていた。はやてもそれを叶えるために動いているはずだ。

 俺は……はやての力になりたい。

 そこまで思ったときにはマリーさんへの答えは決まっていた。今の俺では技術者として協力できることはないのだ。ならばやれることで協力するしかない。

 

「やります」

「本当に?」

「はい……」

 

 今更だがふと思ったことがある。

 魔法の術式にはミッド式とベルカ式が存在しているわけだが、このセイクリッドキャリバーはいったいどちらの術式をメインにして作られたのだろうか。

 ユニゾンデバイスは元々ベルカ側で製作されたインテリジェントデバイスの極端形。それから考えると魔法の術式はベルカ。

 ベルカ式はかつてはミッド式と次元世界を二分する勢力があったそうだが、今は衰退してしまっている。原因としてはカートリッジシステムが搭載されたアームドデバイスを主に使用するため、上手く扱える人間が少ないことが上げられるだろう。まあ今でも根強く使っている術者は存在していると聞くが。

 ただセイクリッドキャリバーは適正の問題の改善のためか俺のデータを参考にして作られたと先ほど言われた。まだメジャーにはなってはいないが、俺の記憶が正しければ確かミッドチルダ式をベースにベルカ式をエミュレートした新しいベルカ式と言える魔法体系が出来始めているらしい。魔法体系はいったいどれなのだろうか。

 

「あの確認したいことがあるんですけど」

「うん、いいよ。何かな?」

「魔法体系はどれをメインにしてるんですか?」

「え……っと……ベルカだったと思う。……そういえばショウくんってミッド式の魔導師だったね」

 

 マリーさんはやってしまった……、と言わんばかりの顔をする。おそらく失敗してしまったと思っているのだろう。

 

「マリーさん、俺はベルカ式も使えますよ」

 

 ベルカ式を使用する理由は、簡潔に言えば剣を使うからだ。

 習得に至った経緯はミッド式だけでは近接戦闘で決め手が欠けてしまうことも理由だが、純粋に俺の器用貧乏な魔力資質がベルカ式にも適応していたということが大きいだろう。まあデバイスのテストやデータを取るようなことをしていなければ、あれこれと手を出すようなことはしなかっただろうが。

 

「そっか、そうだよね……え、ほんと!?」

「え、ええ……ミッド式ほど多くは習得してませんけど、多分練習すればある程度はできると思いますよ」

「……君は天才というかデータ取りのために生まれてきたと言ってもいい逸材だね!」

 

 普段言われないようなことを言われているわけだが素直に喜べないのは何故……というか、マリーさんの顔近いな。興奮してるのは分かるけど、もうちょっと離れてほしい。エイミィの後輩だからってこういう部分は似なくてもいいのに。

 

「これであとは出来る限り危険性をなくすことだけ。とりあえず問題なく進められるよ!」

「えーと……今更なんですけど、レーネさんとかの許可は下りてるんですよね?」

「それはもちろん! この子の製作の第一人者はレーネさんだし、今回のこと頼まれたときに確認もしたからね!」

「そうですか、なら問題ないです。これからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく……あっ、前もって言っておくけど体調が悪いときとかちゃんと言わないとダメだよ。融合事故が起こったりしたら危ないから。レーネさんも悲しむし」

「それはもちろん……ダメな部分がありますけど、あの人は俺にとって大切な人ですから」

「あはは、最初の部分は言わなくてもよかったんじゃないかな……何だか長くなっちゃったけど、この子のことこれからお願いね」

 

 マリーさんはそう言うと沈黙を保っていたセイクリッドキャリバーに笑顔で話しかける。話している内容は俺がマスターになることを了承したこと。これからは俺の元で生活するといったことだった。

 

「マスター、これからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく……セイバーでいいんだよな?」

「私をどう呼ぶかはマスターの自由です」

 

 淡々とした返しに稼動し始めたばかりのファラの姿を思い出した。彼女は大分変わりはしたが、この子はいったいどのように変わるのだろうか……そういえば。

 

「マスター、どうかされたのですか?」

「いや……バッグとか持ってきてないからどうやって帰ろうかと思って」

 

 セイバーの大きさは30cmほどあるため、ポケットに入りきる大きさではない。彼女が微動だにしなければ持って帰ることは可能だが、周囲からの視線がやばいことになりそうである。

 特にバニングスや月村に見つかった場合は……実に面倒なことになるだろうな。高町達ならファラのことを知ってるから理由を話せば納得してくれるだろうけど。

 

「なぜバッグがいるのですか?」

「俺の世界は魔法文化がないんだ。だから普通に連れ回すのはな……」

「なるほど。確かに私のような存在がいては周囲から注目されかねませんね……私が入っていたケースを使うというのは?」

「あれは……余計に目立つ上に面倒になりそうな気がする」

 

 時間帯的にまだまだ子供が出歩いても問題ない。ここにあるのは魔法文化世界のものばかりなので、それを使うのはまずい。

 仕方がない。一度家に戻ってまた来よう。

 そんな考えに至りセイバーに伝えようとしたのとほぼ同時に、マリーさんが申し訳なさそうに話しかけてきた。

 

「何だかごめんね。一応外を出歩いても問題ないようにする方法は考えてるんだけど、まだ実用段階に来てなくて。もう少しでできるんだけど……」

「どういう方法なんですか?」

「簡単に言うと変身魔法みたいな感じだね。容姿は人間と同じだからサイズさえ同じになれば出歩いても問題ないだろうし」

「なるほど」

「うーん……やっぱり一緒に生活するのはもう少し待ってもらっていいかな? 今の状態のままだとこっち側に置いておいて会いに来る方が楽だろうし」

「……そうですね」

「セイクリッドキャリバーもそれでいい?」

「マスターやマリエル・アテンザが決めたことなら私は従うだけです」

 

 この場においてはすんなりと決まってありたがいが、セイバーには人格があり意思がある。将来的には自分の意思をしっかりと持った子に育ってほしいものだ。

 

「じゃあ決まりってことで……あっショウくん」

「はい」

「もしかしたら私、はやてちゃん達の調整・調達やらでバタバタするかもしれないんだ。さすがにレーネさんみたいには捌けないから」

「あの人は異常ですから……マリーさんは充分に仕事ができる人だと思いますけど」

「あはは、ありがとう。……それで続きだけど、都合が合わないときは代役を立てるから。そこんところよろしくね」

「分かりました……どうかしましたか?」

「ううん、ただ君も良い子だなぁって思って……そういえばショウくんってデバイスマイスターの資格取ろうとしてるんだよね。いつか一緒に仕事できるといいな」

「いつ取れるかは分かりませんけどね。でもそのときが来たらよろしくお願いします」

 

 

 



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10 「出会う少女達」

 春休みも残り数日となった今日、私はフェイトちゃんとはやてちゃんと一緒にトレーニングを行うためにアースラを訪れている。ただ時間がお昼前だったこともあって食事をしてからトレーニングを行うことになった。

 

「……あれ?」

 

 料理をもらって座る場所を探していると、とある一角が目に付いた。そこには私達と同じくらいの黒髪の少年が食事を取っている。

 あれって……ショウくんだよね。

 ショウくんとはこの前の事件が終わってからというものアースラで会うことは少ない。食事をしているところに関しては初めてだと言ってもいい。だからといって気まずいわけではないのだけれど。

 相席する、とフェイトちゃん達に視線で問いかけると肯定の意思表示が返ってきた。私達が近づいて行くと、ショウくんもこちらに気が付いたようで視線をこちらに向けた。

 

「座ってもいいかな?」

「別にいいけど」

 

 ショウくんの返事を聞いた私達は、彼の向かい側の席に並んで座った。はやてちゃんは彼の隣に座るかと思ったけど、食事をしながら話す場合は向かい合った状態の方が話しやすいのかもしれない。

 

「ショウがアースラで食事なんて珍しいね。これから用事でもあるの?」

「いや、用事はもう終わったよ」

「どんな用事やったん?」

「シグナムと模擬戦」

 

 ふたりが度々剣を交えているというのは耳に入っているので嘘ではないだろう。

 模擬戦かぁ……フェイトちゃんとかとはたまにするけど、ショウくんとは一度もやったことないんだよね。ショウくんって魔導師だけどシグナムさん達に近い戦い方もしてるし、魔法の勉強のために一度戦ってみたいかな。

 

「……ねぇショウくん」

「遠慮するよ」

「え、まだ何も言ってないよ!?」

「模擬戦しよう、とでも言おうとしたんじゃないの?」

 

 その言葉に私は驚き、感情が表情に出ていたのではないかと顔を両手で触った。そんな私をショウくんは呆れた顔で眺め、一度ため息を吐いてから再び口を動かす。

 

「顔には何も書いてないよ。当てられたのは君の言動は予想しやすいから」

「なあショウくん、フォローのつもりなんかもしれんけどフォローになってへんよ。言うならせめて素直な性格しとるとかにするべきや」

「はやて、注意してるつもりなんだろうけど逆に追い討ちかけてる気が……」

 

 はやてちゃんが「あっ……」と声を漏らすと、ゆっくりと私のほうに顔を向けた。申し訳なさそうな顔をしている彼女に文句を言う意欲が湧かなかった私は気にしてないよと伝えた。しかし、元凶とも言えるショウくんには思うところがある。

 大分自然に話してくれるようになったけど……相変わらずいじわるだよね。気を許してくれていると思えば我慢できなくはないけど、何か私だけされてる気がする。私、別にショウくんに何もしてないはずだよね。

 

「ねぇショウくん、何でしてくれないの。理由くらいは教えてほしいんだけど」

「理由ね……簡潔に言えば疲れてるからになるかな」

 

 ショウくんが言うには、今日のシグナムさんとの模擬戦は軽く剣を交えるだけだったらしい。しかし彼女が熱くなってしまったらしく、いつにも増して激しい剣戟になったそうだ。

 

「あぁ、だから髪の毛湿ってたんやな……ファラの姿がないのが気になっとったんやけど、もしかして破損でもしたん?」

 

 自分の家族が迷惑をかけたのではないか、とでも思っているのかはやてちゃんの顔は心配で溢れている。彼女にそんな顔をさせるのが嫌だったのか、ショウくんは優しげな笑みを浮かべた。

 

「破損とかはしてないよ。まあ念のためにメンテナンスは受けてるけど」

「…………」

「……そんな顔するなって。正直なところ、メンテナンスを受けてるのってマリーさんが目を輝かせながらやらせてって言ったからなんだから」

 

 えっと、マリーさんってそんな感じの人だったっけ。私の記憶では落ち着いた感じだったような気がするんだけど。でもファラは人型だし……メカニックの人なら興味はありそうだよね。

 そんなことを考えていると、誰かがショウくんの背後に現れた。その人物は彼の顔の前に両手を移動させながら口を開いたようだ。

 

「だ~れだ?」

「……はぁ」

 

 突然の出来事にも関わらず、ショウくんは呆れたようにため息をついただけ。だが私の両隣の少女達は彼のように淡々とした反応ではなかった。

 

「な、なななのはちゃんが……!?」

「でででも、なのはは私達の隣に!?」

 

 ふたりから一斉に向けられる視線。それに対応できる術がない私は、必然的にショウくんの顔を隠している人物へと視線を向ける。

 視界に映ったのは、私と同じ髪色をしている短髪の女の子。澄んだ青色の瞳が目を引くが、感情があまり感じられないせいか冷たい色に見えてしまう。

 ふと少女は視線をショウくんから私へと変える。観察するように見てしまっていたこともあって、視線が重なった私は慌てる。

 

「え、えっと……あの!」

「……だ~れだ?」

 

 何事もなかったように再度問いかける少女に、驚きと戸惑いを覚えたのはきっと私だけではないだろう。ショウくんは先ほどよりも大きなため息を吐いてから返事をした。

 

「シュテル」

「……何で間違わないのですか?」

「逆に聞くが、高町が目の前にいた状況でどう間違えろと?」

 

 ショウくんの最もな言葉に、シュテルと呼ばれた少女は華麗にスルーを決めて彼の隣に腰を下ろした。彼女のような真似は今の私には出来そうにない。

 

「相変わらずつまらない反応ですね。少しは高町なのはの隣にいる彼女達を見習ってください」

「初対面でもないのにこの子達みたいな反応を求めるのは無理があるだろ。というか、そんなことよりも自己紹介くらいしろよ。全員いきなり現れたお前に戸惑ってるみたいだし」

「……仕方ありませんね」

 

 少女は立ち上がると、スカートの裾を摘みながら

 

「私、高町なのは。なのはって呼んでね」

 

 と、優雅に言った。

 少女の綺麗な動作に見惚れてしまったけれど、彼女の言葉を理解した瞬間に私は思わず立ち上がった。

 

「いやいやいや違うよね!?」

「そんな風に慌てているとこぼしますよ」

「え、あっ……ごめんなさい。って、そうじゃなくて!」

「え、あっ……ごめんなさい」

「ここで真似する!?」

 

 騒がしくしてしまっている自覚はあるが、フェイトちゃん達が私と間違えてしまう人物のせいか我慢することができない。だが状況に困惑しながらも冷静な自分も存在しており、なぜ私はツッコミのような真似をしているのだろうと思っている。

 

「やれやれ……高町なのはがこんな騒がしい人物だったとは。何度も間違われたことがありますが、心外でなりませんね」

「何で私が悪いみたいになってるの!?」

 

 私の訴えに返ってきたのは、なぜこの子はこんなにも騒いでいるのだろう。私は当然のことを言っただけなのに、というような顔だった。

 この子と私は似てない……絶対に。というか、私とショウくんの関係が上手く発展しないのってこの子が原因なんじゃないかって気がしてきた。この子がショウくんを今の私みたいにからかってそうだし。

 

「落ち着けよ高町。そんなに反応してると余計にからかわれるだけだから」

「そ、そうなんだ……あのさショウくん、ショウくんはこの子と知り合いなんだよね。私を止める前に彼女を止めてほしかったよ」

「悪いけど……今までに止められた例がない。それに止めに入ったら俺が標的になるかもしれない。今シュテルの相手をするのは嫌だ」

「それに、からの部分は聞きたくなかったよ!」

 

 ショウくん、今日は何だか一段と冷たい。シグナムさんとの模擬戦を考えれば疲れてるのは分かるし、出会って間もないけどシュテルって子の相手をするのが疲れるのも分かる。だけど助けてほしかった。

 

「……さて、高町なにょはも落ち着いたことですし改めて自己紹介をしましょう」

「なのはだよ、な・の・は!」

 

 なにょはって言われたのはレヴィちゃん以来……というか、さっきは普通になのはって言ってたよね。何でなにょはって言ったんだろう。私、この子に何もしてないはずだよね。

 

「はじめまして、私はシュテル・スタークスと申します」

「これはご丁寧に。わたしは……」

「八神はやて、ですね。そしてあなたがフェイト・テスタロッサ」

「は、はい……私達のこと知っているんですか?」

「それはもちろん。あなた方は高町なにょは含めて才能溢れる魔導師ですし、ショウとも親しい間柄でしょうから」

 

 ショウくんと親しくしてるって言ってくれたのは嬉しいけど……私の名前はなにょはじゃなくてなのはだよ。

 

「えっと……シュテルって呼んでいいのかな?」

「…………」

「あの……」

「好きに呼んでもらって結構ですよ。ただあなたは内気なように見えますので、すぐに下の名前で呼ぶとは思っていなかっただけです。どこぞの少年とは違いますね」

 

 どこぞの少年って状況からもシュテルちゃんの視線から考えてもショウくんのことだよね。ショウくんは完全にスルーしてるけど……。

 

「……というわけでショウ、今度デートしましょう」

 

 唐突の言葉に私の隣からは食器類がぶつかる音が鳴り響き、目の前にいる少年は頭を抱えた。

 えっと、何がというわけなんだろう。話が全く繋がってない……って、デート。デートってあのデートだよね。つまりショウくんとシュテルちゃんはそういう関係ってこと?

 それがおかしいとは言わないけれど、私が思うにショウくんが一番親しくしているのははやてちゃんだと思う。事件のときだって彼女のために彼は必死に戦っていたのだから。

 でもはやてちゃんはショウくんとはただの友達だと言っていた。嘘を言っているような見えなかったし、ショウくんに聞いても同じ答えが返ってきそうである。ということはやはり彼とシュテルちゃんは……。

 

「デ、デデデート!?」

「フェイト・テスタロッサ、なぜあなたがそこまでうろたえるのですか?」

「え、いや、その……!」

「その?」

「シュテル、反応が良いからっていじめるなよ」

 

 ショウくんからの制止の声がかかったからなのか、シュテルちゃんの顔に若干ではあるけど不機嫌さが現れたように見える。無表情といえば無表情なので気のせいかもしれないが。

 

「それにデートって何だ?」

「デートとは男女がふたりで出かけることですが?」

「そうじゃ……あぁくそ、俺の聞き方が悪かった。何で突然そういう話題になったんだ?」

「それは……何となくです」

 

 ドヤ顔と呼べそうな顔をするシュテルちゃん。彼女の顔を間近で見たショウくんは、みるみる不機嫌になっていく。

 

「そんな顔をしていると可愛い顔が台無しですよ」

「……お前のほうが可愛い顔してるよ」

「お世辞でも急にそんなこと言わないでください。照れてしまうじゃありませんか」

 

 えっと、私が思うにショウくんはお世辞じゃなくて皮肉のつもり言ったように思うんだけど。苛立った顔してたし。というか、シュテルちゃんは全く照れてないよね。顔が赤くなってないどころか無表情だし。

 

「……まあ冗談ですが」

「本当にお前はイイ性格してるよな」

「それほどでも」

「褒めてない……」

「ショ、ショウくん、気持ちは分かるけど暴力は良くないと思うよ!」

「シュテルもそのへんでやめよう。ね?」

 

 私とフェイトちゃんが止めに入ったおかげか、シュテルちゃんに向けられていたショウくんの鋭い視線は和らぎ料理のほうへと戻った。ただいつも冷静な彼には珍しく、表情には感情が残ったまま。またからかわれでもしたら今度は爆発するかもしれない。

 

「ショウ、どうしたのですか。この程度のやりとりはいつものことでしょう?」

「いつも? 気が付いてないようだから言ってやるけどな。お前、会うたびに性格悪くなってるぞ……レヴィの相手するほうが楽かなって思うほどに」

 

 レヴィについては知らないことが多いけど、凄く元気な子だということは分かる。前に一緒にいるところを見たときには、「ショウくん……振り回されてるなぁ」と思ったものだ。彼女の相手をするほうが楽と言うあたり……相当からかわれているのだろう。

 

「レヴィ?」

「ん……ショウの知り合いなのにはやては会ったことないの?」

「あんなフェイトちゃん、付き合い長くてもショウくんの知り合いを全員知ってへんよ。魔法関係については最近知ったばかりやし」

「それもそうだね」

「それでレヴィって子はどんな子なん?」

「えっと……凄く元気な子かな」

「見た目がフェイトちゃんそっくりだから会ったらびっくりするよ」

「さらに補足しますと、高町なのはのことはなにょは。フェイト・テスタロッサのことはへいとと呼びます」

 

 まさかの補足説明に私とフェイトちゃんは驚きながらツッコんでしまった。一通りからかって落ち着いたかと思ったけど、このシュテルって子は油断ならない。ショウくんが疲れているときに相手をしたくないと言う気持ちが分かる気がする。

 

「ちなみにレヴィの他にもディアーチェという人物がいるのですが……八神はやて、あなたに瓜二つです」

「は、はぁ……」

「八神はやて、何やら反応が鈍いですね」

「ま、まあ……誰かのそっくりさんに会ったのは初めてやし、それがフェイトちゃんだけでなくわたしにもおるって言うのがなぁ。……そういやさっきからわたしのことは八神はやてって言うてるけど、はやてでええよ」

「お気遣いなく八神はやて」

「いやだからフルネームで呼ばんでええから」

「大丈夫ですよ八神はやて」

「……それでええならええよ」

 

 わざととしか思えない対応にはやてちゃんは諦めたようだ。諦めないと話が進みそうにないので正しい判断だと私は思う。

 人に対して悪いことはあまり考えたくないけど、私もこの子に間違われるのは嫌だな。私はこんな適当にお話ししたりしないし、からかったりしないもん……アリサちゃんとかからからかわれたりするけど。って最後の今関係ないよね。

 

「話の続きになりますが、ディアーチェはショウと会うたびに親密になっています」

「なあシュテル、話が訳の分からない方向に進んでる気がするんだが?」

「ショウは黙っててください。私は今、とても大事な話をしているのですから」

 

 シュテルちゃんの注意にショウくんは、自分の話題に含まれているんだから黙れというのはおかしいだろうといった独り言を口にした。彼女が聞く耳を持っていないようなので最終的に黙ることを選んだようだが。

 

「えっと、大事な話なん?」

「……大事ではないというのですか?」

「いや、大事云々前に……正直に言うてシュテルちゃんの主旨がよう分からんかな」

 

 確かにはやてちゃんの言うとおりだ。シュテルちゃんが言っていることは、完結的に言えばショウくんに私達が会ったことがない知り合いがいるということのはず。この短い間に似たようなことを何度も思ったけど、彼女はいったい何を考えているのだろう。

 

「本気で言っているのですか?」

「そうやけど……」

「……あなたは今までの話を聞いてどう思ったのですか?」

「どうって……話に出てた子達についてはそっくりさんってことしか分からんかったかな。あとは……ショウくんもちゃんと人との繋がりを増やしてるんやなぁ、って安心はした」

「……なあはやて、安心したってお前はいったい何なんだ?」

「そうやなぁ……悪友兼お姉さん?」

「お前にお姉さんらしいことをされた覚えがないんだが?」

「出来の良い弟を持つとお姉さんはつい甘えてしまうもんなんよ」

 

 はやてちゃんの返事にショウくんは呆れたような顔を浮かべた。ただ先ほどまでと違って、今の彼の顔には笑みもある。きっとふたりはこのようなやりとりをいつもしているのだろう。

 ――ショウくんって本当にはやてちゃんと仲が良いよね。

 自分と話しているときと比べてみると、簡単には埋められない時間のようなものが感じられるほどに。私がはやてちゃんくらいの友達になるまでには、あとどれくらいの時間がかかるのだろう。未だに名前で呼んでもらえていないわけだし。

 

「……はぁ」

 

 静かに吐かれたため息に私の意識は、反射的に無表情の少女へと向いていた。

 冷静に考えてみれば、彼女は話には聞いていたとはいえ私達とは初めて会っている。もしかすると適当な言葉も彼女なりに会話を弾ませようとしたのかもしれない。本来とは別の意味で弾んでいたような気もするが。

 

「えっとシュテルちゃん……その、私達と一緒にいるのって楽しくないかな?」

「ん、いえ別にそんなことはありませんよ。通りかかる人達に奇妙な視線を向けられるのはあまり心地良くありませんが」

「その……ごめんなさい」

「なぜ謝るのですか? 私とあなたが似ているのはただの偶然でしょう。……それとも、あなたは私の真似をしているのですか?」

「真似なんかしてないから引いたような目で見ないでよ!」

「周りの人に迷惑ですよ」

「だから何で私だけが悪いように言うの!?」

 

 い、いくら何でも理不尽だよ。確かに大声を出す私も悪いけど、出すように仕向けてるのはシュテルちゃんだよね。自分は悪くないって顔をしてるけど……そもそも感情が顔に出てないわけだけど。

 

「な、なのは……とりあえず落ち着こう」

「フェイトちゃん……う、うん、そうだね」

「……あなた方はそういう関係なのですか?」

 

 真剣に見える目を向けて質問されたが、私はシュテルちゃんの言いたいことがよく分からなかった。ただフェイトちゃんは理解したようで、何故だか慌てながら返事をし始める。

 

「ち、ちが……私となのはは友達ってだけでそういうんじゃ……!」

「必死なところがますます怪しいですね」

「そうやなぁ。ふたりはたまに入りづらい雰囲気出しとったし」

「は、はやて!?」

 

 はやてちゃんの対応にフェイトちゃんはさらに慌てふためく。

 私とフェイトちゃんとの関係が問題になっているのは分かるが、それは彼女が言ったように友達。他人から何か言われるような関係ではないはず。何でこのような状況になっているのだろう?

 

「おい、よってたかっていじめるなよ」

「別にいじめているつもりはありません。純粋な好奇心から聞いているだけです」

「そうや。ショウくんかてふたりの出す雰囲気には心当たりあるやろ?」

「それはないこともないけど……フェイトが友達って言ってるんだから変に疑う理由はないだろ。お前らと違って人に嘘をつける性格でもないんだから」

 

 ショウくんの言葉にはやてちゃん達はむすっとした顔を浮かべ、フェイトちゃんは嬉しいといったプラスの感情が表情に表れた。

 さっきはシュテルちゃんの相手はしたくないって言ってたのに、本当に困ってるって思ったら助けに入るんだ。ショウくんって素直じゃないというか、なんだかんだでお人よしだよね……あれ?

 そういえば、今ショウくんはフェイトちゃんのことを名前で呼ばなかっただろうか。付き合い始めた時期を考えると私とフェイトちゃんはそう変わらないはず。なのに彼女は名前で私は苗字なのはいったい……。

 

「あの~」

「ショウ、あなたはフェイト・テスタロッサに気があるのですか?」

「え……シュ、シュテル、いいいきなり何言ってるの!?」

「うーん……確かにショウくんはフェイトちゃんには冷たいこと言ってへん気がするなぁ」

「は、はやてまで……!」

「だからやめろって……高町、今何か言おうとしてなかったか?」

「え……にゃはは、何でもないよ」

 

 とっさに誤魔化してしまったわけだが、今の場合は仕方がないはず。だって今言ったら私がからかわれそうな気がしたし。

 私だけがからかわれるのならフェイトちゃんのために言ってもよかったけど、何だか直感的にフェイトちゃんにも飛び火しそうな気配がしたんだよね。

 

「高町なのは」

「え、はい」

「……いえ、何でもありません」

「それって何かある言い方だよね。さっきまではっきり言ってただけにかえって気になるんだけど」

「気にしないでください」

 

 だったら最初から言わないでよ!

 と、言いかかった口をどうにか止めることが出来た。言葉にしてしまっていたら、間違いなく騒ぐなと言われてしまい、同じようなことが繰り返されていたことだろう。

 

「八神はやて」

「今度は何なん?」

「いえ、大したことではありません。ただあなたとは仲良くなれそうだと思いましたので」

「わたしにとっては大したことやと思うんやけどな」

 

 はやてちゃんは頬を掻きながらも似たような想いを抱いていたのか、シュテルちゃんのほうへ手を伸ばした。それを見たシュテルちゃんは、微笑を浮かべながら自分も手を伸ばして彼女の手を握る。

 

「ショウから聞いていたよりも面白い人のようですね。まあショウへの反応はいまいちなものでしたが」

「ショウくんが何を言うたかはあとで本人から聞くとして、わたしとショウくんは友達や。特別な関係やないよ」

「そう思っているのはあなただけなのではないですか? ショウのあなたへの想いは並々ならぬものがありますから」

「それはみんなよりも付き合いが長いからやろ。なあショウくん?」

「ん……まあ」

「何やその曖昧な返事は。そんなんやと変に疑われてしまうよ」

「あのさ……いい加減俺を休ませてくれない?」

 

 

 



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11 「レヴィとお出かけ」

 桜が満開になった頃のとある休日。

 図書館にでも行こうかと思い着替えを行っていると呼び鈴が鳴った。足早に玄関へと向かい、扉を開けると……。

 

「やっほ~!」

 

 普段と違って髪を下ろしているレヴィが立っていた。前に会ったときよりも気温が上がっていることもあって、服装は春らしいものになっている。見た目よりも精神は子供っぽいのに、服装などはシュテルよりも女の子らしいから不思議だ。

 

「…………」

「なんで何も言わずに閉めるの!?」

 

 1日静かに過ごそうと思っていたところに、バカみたいに元気な子が来たら誰だって現実逃避したくもなるだろう。

 とはいえ、「開けて、開けてよ!」と扉を叩きながら騒いでいるのでこのままの姿勢を貫くこともできない。現状を維持すると近所の人に迷惑だし、下手をしたらうちが子供を虐待しているとも思われかねないのだから。

 心の中で送れるはずだった平穏な1日に別れを告げた俺は、ゆっくりと玄関を開けた。必然的に頬を膨らませたレヴィと相対することになる。

 

「何で閉めたのさ!」

「レヴィがうるさいから」

「はっ……そういえばこの前もシュテるんや王さまに怒られたんだった。今度から気をつけるからシュテるん達には言わないで」

 

 レヴィは打って変わって合掌しながら頭を下げてきた。この反応を見る限り、彼女はシュテルやディアーチェに小言でも言われているのだろうか。いや性格的にシュテルは分からないが、ディアーチェは確実に言っているだろう。

 

「いや……別に言うつもりはないけど」

「ほんと!? ありがとう~」

 

 よほど嬉しいのか、笑顔を浮かべたレヴィは飛びつくように抱きついてきた。彼女が近づき始めた瞬間に反射的に片足を後ろに下げていたため、どうにか踏ん張ることに成功し体を床に打ち付けるようなことにはならなかった。

 

「お、おい……」

「えへへ、ショウはなんだかんだで優しいよね」

「そんなことはいいから離れてくれ」

 

 俺とレヴィの体格がそう変わらないため、体重をかけられると正直に言って重い。それに言動のせいであまり異性として意識していないレヴィとはいえ、抱きつかれた状態のままなのは恥ずかしい。

 現状を客観的に見つめているうちにレヴィは俺の言うことを聞いてくれた。彼女のことだから、こちらの気持ちを汲み取ったというよりはあまりやると怒られるかも……とでも考えたのだろう。まあどう考えても離れてくれたのならそれでいいのだが。

 

「……前もって言っておくけど、お菓子とか何も用意してないぞ」

「ガーン!? ……ショウのお菓子……楽しみにしてたのに」

「だったら遊びに来る前に連絡しような」

 

 俺の言っていることは正しいはずなのだが……何故か不安になってしまう。

 レヴィの性格を考えると、連絡を入れれば毎日でも遊びに来てもいいとか、お菓子が食べられるって思うんじゃないだろうか。週末ならどうにかできる可能性は高いが、さすがに平日は無理だぞ。学校もあるし。もしも勘違いしてたときはきちんと理解するまで言わないとな。

 

「む……その言い方はまるでボクが遊んでばかりいるみたいで嫌だな」

 

 いやいや、俺の知る限りでは君は遊んでばかりいる気がするけど。正月あたりにディアーチェと遊ぼうとしてたのに……云々言っていたはずだし。

 思ったことが顔に出てしまったのか、レヴィの表情が徐々に不機嫌なものに変わっていく。

 

「絶対ボクは遊んでばかりって思ってるよね。確かにボクはみんなに比べたら遊んでることが多いけど、ちゃんと手伝いだってしてるんだぞ!」

「へぇ……エライエライ」

「全然信じてないじゃん。信じてくれないならコレ渡してあげないぞ!」

 

 レヴィが取り出したのは小型の端末。どうやら本当に手伝いでここに来たらしい。

 端末の中にいったい何が入っているのかは見当がつかないが、少なくとも彼女が墓穴を掘っていることは分かった。

 

「あのさ、会話の流れからしてお前は手伝いでそれを俺に届けに来たんだよな?」

「そうだよ」

「だったら……それを俺に渡さずに帰ったら怒られるんじゃないのか?」

 

 俺の問いに不機嫌そうなレヴィの顔は、徐々に無表情へと変わって行き、最終的に頭を抱えながら慌て始めた。

 

「そ、そうだよ。コレを渡さずに帰ったらすっごく怒られる!? はいコレ!」

 

 レヴィは先ほどまでのことをすっかり忘れたらしく、俺に押し付けるように端末を渡してきた。「大丈夫だよね」とブツブツと呟く彼女をよそに、俺は端末の中にあるデータを見る。

 ――これは……テストのスケジュールか。

 一瞬ファラのかと思ったが、カートリッジシステムの導入以降はこれといって改良は行われていない。レーネさんやシュテルからもテストを行うとは聞いていないため、このスケジュールは彼女のものではないと分かる。

 ファラでないとすれば、必然的にこれはセイバーのテストスケジュールということになる。俺は彼女のマスターでもあるため、テストを行うこともスケジュールについても異論や疑問はない。だがこれをレヴィが持ってきたことには思うところがある。

 

「なあレヴィ」

「な、何!? まままさかボク間違ったのを渡しちゃったとか。でも渡されたのはそれだし……もしかして壊れちゃってたとか!?」

「いやそうじゃなくて……」

「どどどうしよう~!?」

 

 今のレヴィはよほど冷静さを欠いているようで、俺の言葉が全く耳に入っていないようだ。いつもならば、ここでディアーチェの怒声が入って事態は収拾に向かうのだが、あいにくこの場にはいない。

 

「落ち着けって……大丈夫だから」

 

 ディアーチェのやり方に抵抗を覚えた俺は、レヴィの頭を数度叩いたあと撫でるという方法を取ってみることにした。落ち着かせる方法として正しいのかは分からないが、俺のことを意識させることができれば少しは会話が成り立つと思ったのだ。

 撫で始めて数秒後、レヴィは表情を緩ませて笑い始めた。何というか……ペットを扱ってくる気分になってくる。

 

「えへへ、ショウは撫でるの上手だね~」

「自分じゃそうは思わないけど……ところでレヴィ」

「な~に?」

「何でお前がこれを持ってきたんだ? この手のことはシュテルとかがやりそうだけど」

「シュテるんはお仕事してるし、ボクも前はよくデバイスのテストとかやってたらからね。今はその研究は一段落したから、たまに手伝いをしてるくらいだけど」

 

 レヴィの言葉に自然と俺の手は止まった。

 シュテルが同じようなことを前に言っていたので、彼女の知り合いであるレヴィも関わっていてもおかしいということはない。

 だがしかし、どこからどう見てもレヴィは頭が弱そうだ。テストや手伝いをきちんとできていたとは思えない。

 

「嘘をつく必要はないんだぞ」

「嘘なんかついてないよ……あっ、どうせボクのことバカだと思ってるんだな。こう見えても数学はシュテるん達に負けてないんだぞ」

「そ、そうか……」

「その言い方は信じてないよね。何でショウはボクのこと信じてくれないのさ。ボク、嘘なんかついたりしないのに!」

 

 確かにレヴィは自分の気持ちに正直であるため、嘘をついたりできるタイプではない。彼女が言っていることは真実なのだろう。

 でも……人にはイメージというものがある。

 シュテルやディアーチェがデバイス関連のことをやっていても問題なく受け入れられるが、外で遊んでばかりいそうなレヴィとなると抵抗が生じてしまうのだ。これはきっと俺だけではないはず。

 俺は内心で葛藤しながらも、機嫌を悪くしてしまったレヴィをあやす。どうにか大人しくすることには成功したものの、表情を見た限り拗ねてしまっているようにも見える。

 

「なあ」

「……なに?」

「俺が悪かったから機嫌直せよ。時間があるのなら俺のよりも美味しいお菓子が食べられるところに連れて行ってやるから」

「ショウのよりも……美味しい?」

 

 不機嫌そうな顔は、徐々に太陽のような笑顔へ変わる。お菓子で釣れば機嫌が直るのではないかと思ったが、ここまで簡単だと思っていなかった。

 

「行く! 今すぐ行こう!」

「分かったから落ち着け。念のために確認するけど、すぐに戻らなくて大丈夫なんだな?」

「うん。夕方までには戻ってこいとは言われてるけど、それって夕方までは遊んでいいってことだよね」

 

 それだと少し意味合いが違うような気がするんだが……レヴィを満足させて早めに帰らせよう。それがきっと今日の俺に課せられた務めだ。

 早く早く、とレヴィに催促され俺は家を出た。もちろん出る前に戸締りはきちんとしたし、端末は置いてきている。迷子になられたら困るので手を繋ごう、と思っていたが、レヴィはよほど早く行きたいようで、彼女のほうから俺の手を握ってきた。

 うきうきして落ち着きのないレヴィを連れて向かったのは翠屋。混んでいたらどうしよう、と不安ではあったが、運良く空いていた。

 店員に案内されて席に座ると、レヴィはすぐさまメニューを見始める。どれを食べようか、と目を輝かせながら悩む彼女の姿は実に子供らしい。

 ――フェイトに容姿は似てるけど同い年には見えないよな。無駄に元気だし……まあ無邪気で可愛いらしいとも思うけど。

 はやてやシュテルといった頭の回転が早い人間は、何かとからかってきたりするため相手をしていると疲れる。レヴィの相手も疲れはするのだが、それは精神的なものよりも肉体的なほうであるため、疲れがない日ならばはやて達の相手よりも楽なものだ。

 それに、今日のように食事をさせれば体力の消費はない。むしろ微笑ましい姿を見れるため、ある意味保養になるかもしれない。

 ただ……レヴィは大食いだ。いったい何人前食べるんだろうか?

 もしも俺が普通の小学生だったならば、間違いなく金銭的な心配をしていただろう。まあうちは叔母は働いてばかりで浪費はしない。俺ははやての影響で主夫化している部分があるということで、金銭的には余裕がある。むしろ多少無駄遣いしたほうがいいのではないか、とさえ思うときがあるくらいに。

 

「ねぇねぇ、どれくらい食べていいの?」

「とりあえず……最初に注文するのは3個くらいにしてくれ」

 

 何千円分食べられても問題はないが、一度に大量に頼んでも運ばれてこないだろう。それに、何より周囲から注目されるのもご免だ。いくつか食べさせて余裕があるようなら再度注文する、という流れにしておくのが無難のはず。

 レヴィは悩みに悩んだ末、店員にハキハキとした声で注文する。店員や周囲にいる客からは元気がいい子だ、といった感想が耳に聞こえてきたので店の迷惑にはなっていないようだ。ただ微笑ましい視線を向けられているため、一緒にいる身としては何となく恥ずかしい。

 自分は子供……周囲から温かい目で見られても何ら不思議じゃない。

 と、自分に言い聞かせながら運ばれてきたコーヒーを飲む。やっていることが子供らしくないかもしれないが、ここには月に何度も足を運んでいる。その度にコーヒーは飲んでいるので、この店に限っては注目はされないはずだ。

 

「おいひ~!」

「そうか……ごほっ」

 

 むせてしまったのは、レヴィが頬を膨らませるほどかっ込みながらケーキを食べているからではない。彼女の後ろに、何とも言えない顔でこちらを見ている2人組を視界に納めてしまったからだ。

 何度も咳き込む俺を心配してレヴィが背中をさすりに来てくれた。大食いの彼女が食べ物よりも俺のことを心配してくれたことは嬉しく思うのだが、口の中は綺麗にしてから声をかけてほしい。

 

「だいじょ~ぶ?」

「あ、ああ……レヴィ」

「なに?」

「ちょっとじっとしてろ」

 

 あまりにもレヴィの口の周りが汚れていたため、俺はハンカチを取り出して彼女の口元を拭く。この間に立ち去ってくれないだろうか、と淡い期待という名の現実逃避をしてみたものの、一層強まった視線によって打ち砕かれた。

 

「えへへ、ありがと~」

「誰も取ったりしないから、もう少しゆっくり食べような」

「うん」

 

 自分の席に戻ったレヴィは、幸せそうな顔を浮かべながらケーキを食べ始める。俺は深いため息を一度ついた後、意識を2人組のほうへと向けた。

 

「こんにちわ」

「邪魔して……悪いわね」

 

 月村はいつもどおりの笑顔であるが、バニングスは驚きや気まずさといった様々な感情が混ざった顔をしている。

 それは当然といえば当然だ。レヴィとフェイトは髪色や性格の違いこそあれ、慣れなければパッと見ただけでは区別がつかないほど瓜二つだ。きっとバニングスの中では、俺とフェイトが一緒に食事をしていた。フェイトが口周りを汚し、それを俺に綺麗されていた……などの驚愕があるに違いない。

 

「バニングス……君は確実に誤解してる」

「誤解って何よ? 別に変に言い訳しなくてもいいわ……ところで、すずか。あんたは何でそんなに笑ってるわけ?」

 

 バニングスはすぐには認められないのか(誤解なので認められるのは困るのだが)、月村へと意識を向けた。本来ならばバニングスの反応が正常であるはずなので、俺も彼女の笑顔には疑問を抱いていた。いったい何を考えているのだろうか。

 

「え……あぁうん、ショウくんもオドオドするんだなぁって思って」

「何でそれで笑うのよ!?」

「うーんと……可愛く見えたから?」

「あんたのことなんだから疑問系で答えるんじゃないわよ。というか、あいつは男よ。可愛いとか言ったら傷つくでしょうが!」

 

 言っていることは正論ではあるが、まさかバニングスが俺の味方をしてくれるとは思わなかった。先ほどの俺のように現実逃避でやっている可能性はあるが。

 

「アリサちゃん、あまり大きな声を出すと周りの人に迷惑だよ」

「あ、あんたね……」

「ショウくん一緒にいいかな?」

 

 いつもと違ってマイペースに話を進める月村に疑問を抱きながらも、誤解を解くためにも会話は必要であるため、俺は彼女の提案を承諾した。バニングスは何を言っているんだ? と言いたげな顔を浮かべたものの、ひとりで他の場所に座るのも嫌なのかしぶしぶ席に付いた。

 

「ねぇすずか、いつからフェイトはこんなに子供っぽいというか……大食いになったのかしら? あたしには記憶がないんだけど」

「ボクはへいとじゃないよ」

 

 その言葉に、バニングスの視線はレヴィへと向いた。彼女は見知らない人間と相席しているにも関わらず、呑気にケーキを食べ続けている。この子に勝てるマイペースはそうそういないだろう。

 

「えーと……フェイトよね?」

「ちがうよ~」

「……フェイト……じゃない?」

「そうだよ~」

 

 困惑するバニングスの視線は数秒宙をさまよった後、現状が説明できる俺へと向いた。どうやら彼女も違いすぎる言動にフェイトではないと認め始めてくれたらしい。

 

「この子はレヴィ・ラッセルって言って……」

「レヴィ? ……どっかで聞いたような」

「アリサちゃん、この前なのはちゃん達が言ってたフェイトちゃんにそっくりの子のことじゃないかな?」

 

 月村の発言にバニングスはハッとした顔をした。それと同時に、俺の中にあった疑問は解消される。

 ――何で月村がレヴィに驚かないのか不思議だったけど、高町達から聞いてたのか。でもパッと見ただけじゃフェイトに間違いそうだけど……彼女は普段から人のことをよく見てそうだからフェイトじゃないって感じたのかもしれないな。

 

「ああ……話には聞いてたけど」

「ここまでそっくりだとびっくりだよね」

「いや~それほどでも」

「別に褒めてないんだけど」

 

 バニングスのツッコミは、レヴィが照れた素振りを見せるのとほぼ同時だった。そのあまりの速度には正直言って感心した。だからといって尊敬したりはしないが。

 最初こそ戸惑いもあってぎこちなかったが、レヴィの性格もあって徐々に会話は弾んでいく。その一方で、女の子の中に男ひとりという状況に居心地の悪さを覚える。俺はそれを誤魔化すようにコーヒーを口へと運んだ。

 

「レヴィちゃん、ずっと思ってたんだけど……そんなに食べて平気なの?」

「だいじょぶだよ」

「そ、そっか」

 

 見ているこっちが満腹になりそうなので月村の気持ちも分かる……が、別の意味があったようにも思える。女子というものは体重を気にするものだ。普通に考えれば、レヴィほど食べれば必然的に体重は増えるはず。だが彼女の体型は標準だ。いったいどういうからくりなのだろう?

 

「ん? ショウどうかしたの?」

「いや……本当によく食べるなって思っただけだよ。……俺のも食べるか?」

「え、いいの!? 食べる食べる!」

 

 ケーキを彼女の前に移動させると、嬉々とした顔で食べ始める。先ほどの注意はすでに忘れてしまっているのか、食べる勢いは凄まじい。言うまでもなく口元はひどい有様だ。拭いてもまた汚すのだろうが、幼児でもないのにこのままというのもあれなので再び拭くことにした。

 

「レヴィ、さっきも言ったけどゆっくり食べろって」

「えへへ~、ごめんね。でもここのお菓子美味しいんだもん」

「美味しいのは分かるけどな……」

 

 ふと視線を感じたので意識を向けてみると、こちらを見てくすくすと笑っている月村が見えた。別におかしなことをしているつもりはないのだが……。

 

「えっと、何かおかしい?」

「ううん、おかしくないよ。ただショウくんって面倒見が良いんだなぁって」

「いや、その……あの状態の子と一緒にいるのは恥ずかしいからさ」

「前から思ってたけど、あんたって割と素直じゃないわよね」

 

 バニングスだけには言われたくないし、恥ずかしいのは事実だ。

 女の子というものは不思議なもので、いくら話しても会話が尽きない。他の場所も案内しようかと思っていたが、気が付けば時間帯は夕方に近くなっていた。長居をしてしまったが迷惑ではなかっただろうか、と考えてしまう俺は、気分的にレヴィの保護者だったのかもしれない。

 

「レヴィ、そろそろ帰らないと」

「えぇ~、まだお話ししたいよ」

「また今度話せばいいだろ。まあ怒られたいなら好きにすればいいけど」

「う……分かったよ」

「ふふ、まるで兄妹みたいだね」

「あんた……よくそんな風に思えるわね。あたしは見た目がフェイトにそっくりなせいか違和感ありまくりなんだけど」

「じゃあボクは帰るね。またね、すずたんにアリりん」

「うん、またね」

「何で急にあだ名なのよ! というか、すずかは何で普通に受け入れてるわけ!?」

 

 

 



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12 「勉強するはずが……」

 今日、私はなのはと一緒にはやての家を訪れている。シグナム達は任務でおらず、アリサやすずかは習い事があるとのことでいない。

 

「今日はごめんな。わたしのわがままに付きおうてもろて」

 

 はやての言うわがままとは、復学に向けての勉強を主に指している。学校に通えるようになるのはまだ先らしいのだが、勉強しておいて損はない。というより、しておかないとあとで苦労することになる。

 

「ううん、こんなことでよかったらいつでも付き合うよ。ねぇフェイトちゃん?」

「うん。はやてが学校に通い始めて困るのは嫌だし、私やなのはには復習にもなるから」

 

 正直な話、私は文系の科目が苦手だ。悪いというわけでもないとは思うけど、理系と比べるとどうしても点数が劣ってしまう。地球の言葉に慣れていない、というのもありはするけれど、それを言い訳して勉強を怠るつもりはない。

 

「ふたりともありがとう。この恩はいつかちゃんと返すから待っといて」

「これくらいのことでそこまで言われると何だかあれだけど……じゃあ今度はやてちゃんのご飯が食べたいかな。ヴィータちゃんが凄く美味しいって言ってたし」

「確かシグナムも言ってた。私も食べてみたいかな」

「そんなことでええんなら今日でもご馳走するよ」

 

 と、はやては笑顔で言う。彼女のほうから言ってくれているのだから、お言葉に甘えてご馳走になってもいい。でもそうするならば、リンディさんに一言連絡をしておかないといけない。

 とはいえ、はやてが作るのかどうかはまだ分からないため、それらしい素振りを見せてから答えを出すことにした。

 勉強に必要な道具を取り出して、さあ始めようとなったとき、不意にとある一点を見つめているなのはの姿が視線に映った。彼女の視線を追ってみると、そこにはショウとはやてが一緒に映っている写真が飾ってあった。

 

「どうか……あぁ写真見とったんやな」

「あ、うん、ごめん」

「別に謝ることあらへんよ。飾っとったんはわたしやし。まあ……あんまりじっと見られると少し恥ずかしいけど。他にも見たいなら持ってこようか?」

「いいの?」

「ええよ。別に減るもんでもないからなぁ」

 

 勉強するんじゃなかったの?

 と言うのは簡単だけれど、正直な気持ちとしては私も見たい。今より小さい頃のはやてとかショウの姿って見てみたい……って、何でショウが出てくるの!?

 いや、はやてとショウは昔から付き合いがあるみたいだから一緒に映ってる写真もあるだろうけど、でも別に今日ははやての家に来ているのであって、ショウがどうのって話は出てくるかもしれないけど、別にショウの写真云々ってことは……

 

「フェイトちゃん?」

「え、な、何!?」

「えっと、俯いてたからどうかしたのかなって……何だか顔が赤いけど大丈夫?」

「だ、大丈夫。至って健康だよ!」

「そう……ならいいけど」

 

 ホッと一息吐きながら、迂闊にショウのことを考えちゃいけないと思っていると、はやてがアルバムを持ってきてくれた。開かれたそれには、今よりも幼いはやてが同い年くらいと思われる男の子と一緒に映っている写真が多く載っている。

 

「えっと……はやてって本当にショウと仲良しだね」

「一緒に映ってるのが多いからそう見えるかもしれへんけど、よう見てみるとショウくんの顔、結構嫌がってるんよ?」

 

 確かに写真に写っているショウの顔は、基本的に笑顔じゃない。

 はやてが抱きついたりしながら撮っているものばかりなので、必然的にふたりの距離は近くなっている。彼の性格を考えると、この距離感は嫌がりそうだ。けど裏を返せば、距離感に問題があるだけではやてのことが嫌いだとかそういう理由はないと言える。

 

「確かに笑ってはないけど……でも多分、ショウくんのことだからこの距離感が嫌だったんじゃないかな。あんまり人にベタベタしないし」

「私もそう思うな。本当に嫌だって思ってるならきっぱり言いそうだし」

「そう言ってもらえると安心やな。それに、ふたりもショウくんのこと分かってきてるみたいやね。お姉さんとして嬉しい限りや」

 

 にこりと笑うはやては本当に嬉しそうだ。前にも似たようなことを言っていたので、本当にショウのことを弟のように思っているのかもしれない。いや、年齢的にあれなので家族のようにと表現しておいたほうがいいのかもしれないが。

 

「えっと……前にもお姉さんって言ってたけど、それってつまりはやてちゃんのほうがショウくんよりも早く生まれてるってことだよね?」

「うん、ショウくんの誕生日は11月やからな。わたしのほうが何ヶ月かお姉さん……なんやけど、出来が良いから困るんよ」

「え、出来が良いのに困るの?」

「困る。わたしとしては甘えてほしいけど、気が付けば甘えてしもうてお菓子とか作ってもらっとるし。だから太ってないか急に気になるときがあるんよ」

 

 確かに女の子として体重が気になるのは分かるけど、別にはやては普通だと思う。それにきちんと節制できるタイプだから体型が急激に変化することはないのではないだろうか。

 それにしても、甘えてほしいか。その気持ちは……分かるかも。

 ショウは辛くても弱音を吐かない。だけどこちらが弱音を吐けば、微妙な感じになるかもしれないが励ましてくれる。私達に比べれば表情も豊かではないため、彼の心の内を理解するには何気ないことでも見逃してはならないだろう。

 見逃し続けてしまえば、気が付けばショウの心は擦り切れてしまっている……なんてことも充分にありえる。はやては前からこう思っていた気がするし、魔法を知った今はより強く考えている気がしてならない。

 そんなことを考えていると、インターホンの音が響いた。はやては車椅子に乗っているので代わりに出ようか、と視線で問うたが、誰か訪ねる予定があったのか自分で出ると返事があった。少しの間、なのはと話して待っていると彼女が戻ってきた……ショウと一緒に。

 

「な、何でここに!?」

「何でって、勉強教えてくれって頼まれたから」

「そうなんだ。じゃあ私とフェイトちゃんと同じだね」

「……おいはやて、ふたりがいるなら俺はいらないだろ」

「そんなことないよ。ふたりの時間を奪うんは悪いし」

「俺の時間はいいのか?」

「わたしとショウくんの仲やないか」

 

 はやての物言いにショウはどことなく呆れた顔を浮かべる。けれど、ふたりの仲は私やなのはとの仲と比べた場合、格段に良いように思えた。

 はやてって私達と話すときは結構真面目だったりするけど、ショウが相手だと変わるよね。ふざけているというよりは、何となくだけど甘えてるって感じかな。甘えてほしいって言ってたけど……でも甘えられる相手っていうのは貴重だよね。はやては私やシグナム達の前だとどうしても強がったりするときがあるだろうし。

 

「……にしても、勉強会のはずなのに何で写真が出てるんだよ?」

「別にええやないか。減るもんでもないんやし」

「いや減るから。俺の精神的なものが確実に減るから」

 

 そう言うショウの顔は少しだけどいつもより赤い。確かに自分が彼の立場だったらと考えると、恥ずかしさが込み上げてくる。

 ……私達に見られて恥ずかしいって思うってことは、少なくとも何とも思ってないわけじゃないよね。なんて考えてしまってせいで、余計に恥ずかしくなってしまい俯いてしまったけれど、はやて達のほうに意識が向いていることもあって気づかれなかった。

 

「またまた~、ショウくんだって家にわたしとの写真飾っとるんやないか」

 

 はやての放った何気ない一言に、私だけでなくなのはも目を見開いてショウのほうを見た。彼ははやてに文句を言いたげな視線を向けているが効果はないに等しい。

 

「何でお前はそういうこと言うんだよ」

「だって事実やし、あれだけ堂々と飾ってるってことは別に隠すつもりもないんかなぁって」

「それはそうだけど……」

「えっと……この前は否定してたけど、はやてちゃんとショウくんって本当は付き合ってるの?」

 

 な……なのは、いきなり何を言ってるの!?

 たた確かにふたりだけで写ってる写真をお互い家に飾ってたりすればそうなのかなって思うけど、今ここで聞くことじゃないと思うよ。気になるかならないかって言ったら気になるけど、でも聞きたくない気持ちも……。

 というか、なのはってこの手の話には疎いはずだよね。知識として持ってるのは分かってるけど、ユーノとかの視線には全く気づいてないし。なのはが何を考えているのかよく分からないよ……自分が何を考えているのかも分からなくなってきてるけど。

 

「なのはちゃんから言われるのは予想外やけど、付き合ってなんかないよ。わたしらまだ子供やし、何より相手がショウくんやからな。ショウくんは弟みたいなもんやもん。なあ?」

「まあな。弟かどうかはともかく、君の言うような関係じゃないのは確かだよ」

 

 そっか……ううん、そうだよね。私達まだ子供だし、そういうのはもう少し時間が経ってからが普通。それにふたりは互いを家族みたいに思ってるところがあるから、あまり異性として意識してなさそうだし。

 ……何でこんなにホッとしてるんだろう?

 冷静に考えてみるけど……まさかね。私にとってショウは大切な友達のひとりで、そういう意味で好きなだけだ。一般の人よりは特別な感情だけど、でもそれだけ……のはず。ホッとしたのだって、せっかく築かれつつある関係が大幅に変わるかもしれないっていう不安のせいだ。

 

「……ところで、何でお前はむくれてるんだ?」

「別にむくれてなんかないよ。ただ、こうもあっさりと言われるんは女の子として魅力がないみたいであれやなって思っただけで」

「そうか」

「……え? ここはもう少し掘り下げてくるところやないの?」

「いや、何でお前と女子の魅力について話さないといけない?」

 

 確かに。普通そういうのは男の子だけで話したりするものだよね。はやて達がファッション系の仕事をしているなら理解できるけど、実際のところは魔法関連の仕事をしているわけで。

 そんなことを考える私をよそに、はやてはなのはのほうを向きながら口を開いた。

 

「男の子の意見も参考にするべきと思うからや」

「うん、確かに男の子からどういう風に見られてるとか、どういう子が可愛いのかなって話をする子はいるよね。そういえば、フェイトちゃんって結構髪型弄ったりしてるよね。それって誰かの意見を参考にしてるの?」

「え……えっと、別に私はそんなに弄ってないと思うけど。基本的にツインテールだし、たまに下ろしてるだけで。別に誰かの意見を聞いてしてるってわけじゃないし。服とかはリンディさんとかアルフの意見を聞くことはあるけど」

「へぇ、そうなんだ」

「フェイトちゃんは、わたしらとは服装の毛並みが違うからな。それでそういうイメージになったんやろ」

 

 はやての言葉になのはは納得の表情を浮かべる。個人的には毛並みが違うという言い方に思うところがあるのだけど。

 ……でも確かに私ってみんなとは違うかも。みんなはワンピースとか着てる印象があるけど、私はジャケットだったりするし。

 

「……私の服装って変なのかな?」

「別に変じゃないと思うよ」

「え……」

 

 独り言に返事が来たことに驚いた私は、反射的に視線を向けた。視界に映ったのは、この場で唯一の男子であるショウだった。

 

「君に似合う服装とあの子達に似合う服装は違うだろうし、変だったらリンディさんから言われてるはずさ」

「……ショウはどう思ってるの?」

「俺? 普通に似合ってると思うけど」

「そ、そっか」

 

 男の子からの意見だからなのか、妙に嬉しさがこみ上げてくる。今にやけるのは変な子に思われそうなので必死に我慢したけど。

 

「そういえば、ショウくんって服とかは自分で選んでるの?」

「まあ基本的にはそうなるかな。地味な色ばかりだから、ファラとかにもっと冒険すべきとか言われるけど」

「あぁ、確かにわたしの記憶やと黒とか白とかが多かった気がするなぁ。もっと違った色着てもええと思うで」

「例えば?」

「そうやな……ピンクとかどうやろ? ショウくんって可愛い顔しとるし」

 

 はやては満面の笑みで何を言っているのだろうか。個人的になるが、どう考えてもショウをからかっているようにしか見えない。

 

「……お前のほうが可愛い顔しているし似合うと思うけどな」

「もう、なのはちゃん達が居る前で何言うとるん。恥ずかしいやないか」

 

 あれ? 何だか少し前に似たようなことがあったような……。

 

「このくらいのことで恥ずかしがるような奴じゃないだろ」

「あはは、冗談、冗談や。真面目に言えば……割と何でも似合いそうやけどな。フェイトちゃん達はどう思う?」

「え……えっと、青系統のものとか?」

「あぁうん、確かに合いそうだよね。……でも、私達ってはやてちゃんほどショウくんの私服見たことないから、あまり良い意見はできないかも」

「それもそうやな。なら今度みんなでショウくん家に行こう。ショウくん、ええやろ?」

 

 はやての予想外の言葉に私は言葉を失いつつ、そんな理由でショウが許可するとは思えないと内心で思った。彼の顔にも「そんな理由で来るのか?」といったニュアンスの感情が表れている。しかし……

 

「まあ……別にいいけど」

 

 ショウの返事もこれまた予想外だった。彼の家に行けるのは嬉しく思うが、今の流れで行くことが決まっていいものか、と思ってしまう自分もいる。

 

「じゃあ決まりやな。お菓子の用意もよろしく」

「はやてちゃん、この場合は私達が持って行くべきなんじゃ……」

「いいよ、別に気にしなくて。どうせしょっちゅう作ってるから……あいつらが来ると大変だろうけど、多分大丈夫だよな」

「ショウ? ……迷惑なら」

「いやそういうんじゃない。迷惑と思ったとしても、それははやてだけだから」

「ちょっ、それはひどいで。お姉さんいじめて楽しいん?」

「普段いじめてるのはどっちだよ?」

「失礼やな。わたしはいじめてなんかないよ。コミュニケーションを取ってるだけや」

「だったらもう少しまともなやり方にしろよ」

 

 

 



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13 「少年と王さま」

 落ち着かない。現在の気持ちを一言で表すならこれになる。

 今日は高町、フェイト、はやての3人が家に来ることになっている。ここ最近レーネさんは魔法世界に滞在していることが多いこともあって、別に人に見られて困るような状態にはなっていない。

 それにも関わらず、俺がそわそわしているのは……家に女の子が来るから、なんて理由ではない。こんな理由でそわそわしていたならば、半年ほどもシュテルと一緒に暮らせないだろう。俺がそわそわしている理由は、運が悪いと高町達と別の客人が鉢合わせてしまうからだ。

 別の客人というのは、ディアーチェだ。

 なぜディアーチェが来るかというと、相棒であるファラがセイバーの研究の手伝いで俺の元を離れているため、代わりのデバイスを持って来てくれるのだ。

 これまでにもファラと離れることはあったのだが、時間が短いまたは俺も魔法世界に居たということがほとんどだった。そのためデバイスを持たない状態でも大丈夫だろうと思われていたのだが、1年の間にロストロギアを巡る事件が立て続けに起き、それに関わってしまった。念のために持つように指示されるのは当然だと言える。

 ファラ以外のデバイスに触れるのも久しぶりだよな。前はテストで色んなタイプを使ってたけど……今回は何を持って来るんだか……何となく寂しさや罪悪感みたいなのがあるけど、ファラも進んでセイバーの研究を手伝ってるからな。

 

「最初は嫌がってるみたいだったけど……多分妹ができたみたいで嬉しくなったんだろうな。まあ稼働時間の短いセイバーはファラの接し方に疑問を抱いてそうだけど」

 

 まあ一生会えないわけでもないし、ふたりの関係が良いほうが俺としても困らない。それにセイバーの研究が進む方が、結果的にはやてのためにもなる。ファラが傍にいないのはあれだが、文句を言ったりするのは良くないだろう。

 

「……というか、今俺が考えるべきなのはファラ達のことじゃないな」

 

 ディアーチェだけならいいが、他の連中まで来て鉢合わせたら騒がしくなるだろう。

 シュテルは仕事だとは思うが何をするか分からないところがある。突発的に現れても驚きはしない。別の意味では驚くが。

 レヴィはまあシュテルより楽なところがあるけど、元気がありすぎるから高町達と会うとうるさそうだし。ユーリは体があまり丈夫じゃないって話だし、これといった用がないと来ないと思うけど……来たら1番怖いというか困るかもな。何でもストレートに言う子だし。

 

「できればディアーチェだけで……」

 

 可能なら鉢合わせもなしで、と口にしようとするとジャストタイミングでインターホンが鳴った。どちらが来たのだろうかと思いつつ玄関に向かい、ドアノブに手を置いてから一呼吸置いて扉を開ける。そこに立っていたのは……春らしい服装をしたディアーチェだった。ディアーチェひとりだった。

 

「久しいな……何を安堵しておるのだ?」

「いや……ディアーチェ以外にも来るのかなって思ってさ」

 

 俺の言葉にディアーチェは納得した顔を浮かべる。シュテル達と関わった場合、似た立場になることが多いだけに俺の気持ちを察してくれたようだ。

 

「安心するがよい。今日は我だけだ。シュテルは仕事と言っておったし、ユーリはここ最近はある研究の手伝いをしていると聞いておる。レヴィには誰かしらの手伝いをしろと指示したから、あとから来ることもあるまい」

 

 尊大な態度だがディアーチェだと安心感を覚えるから不思議なものだ。カリスマ性がある人間というのは、彼女のような人間を指すのかもしれない。

 見た目や能力ははやてにそっくりだけど、あいつよりも一緒に居て落ち着くよな。からかったりしてこないし、言動の割りに相手のことを気遣ってくれるし。素直じゃないところがあるけど、そのへんはディアーチェの可愛らしさの一部だよな……って、俺は何を考えてるんだか。

 

「そうか。ありがとな」

「礼には及ばん。あやつらが居ると騒がしくて堪らんからな……貴様に渡すように言われていたものだが」

「ここでか?」

「別に見た目はあやつと違ってアクセサリーなのだ。見られても問題はあるまい」

「まあそうだけど……わざわざ来てもらったわけだからお茶くらい出したい気持ちがあるんだが」

 

 高町達と顔を合わせることになるのであれだが、まあディアーチェだけみたいだし出会ってもシュテル達のときとは違う展開になるだろう。それに今後関わる可能性がある以上、早めに出会わせておいたほうがいいのでは? という思いもあったりする。これを実行するなら、今日のようにディアーチェ独りの時ににするべきだ。

 それに個人的にディアーチェと話すと安らぐし、彼女も何かしら愚痴を言いたいことがあるだろう。そういった気持ちが混ざり合って出た言葉だった。

 

「ふむ……長居する理由はないが断る理由もない。しばしの間ではあるが邪魔させてもらおう。……何を笑っておるのだ?」

「別に何でもないよ」

 

 そう言って中に入ると、ディアーチェもあとに付いてきた。脱いだ靴をきちんと並べるあたり、礼儀正しい子である。

 

「続きだが、何でもないということはあるまい。素直に言ってみよ」

「本当に何でもないんだけどな。ただディアーチェって良い性格してるなって思っただけで」

「なっ……何を言っておるのだ貴様。我くらい別に普通であろう」

 

 自分のことを我と言って尊大な言動を取り、でも王さまという愛称で呼ばれるほどに人から好かれている子が普通だとは思わないのだが。まあそのへんのことを除けば、知り合いの中では普通の女の子だと言えるけど。

 

「シュテルやレヴィがあのような性格をしておるからそのように思うだけだ」

「それは……否定できないな」

「まったく……レヴィは相変わらずだが、シュテルはどうしてああなってしまったのか。昔からお茶目な一面はありはしたが、あそこまでひどくはなかったというのに」

 

 それは……叔母に近い環境で仕事をするようになったからじゃないかな。

 そう言うのは簡単であり、ディアーチェも納得しそうであるが……彼女は叔母を敬愛している。それを考えると叔母を悪く言わない方がいいのではないかと思ってしまうから不思議だ。彼女以外だったなら、おそらく俺は躊躇いもなく口にしているだろうから。

 

「じゃあ昔の方が良かったのか?」

「それは……どうであろうな。前よりも自分から人と関わるようになっておるし、口数も増えておるように思える。それは考えるまでもなく良いことだ……しかし、今の性格のまま進むのも」

「何ていうか……考えてることが母親みたいだな」

「長年の付き合いなのだから心配になるのは当然であろう。それにあやつのご両親からも頼まれておるからな」

 

 だからしぶしぶやっている、といった感じで言うディアーチェだが、それだけシュテル達が大切ということだろう。口にすれば顔を赤くしながら否定するだろうから言わないでおくが。

 

「そっか。でもたまには自分のことも優先しろよ」

「案ずるな、そのへんはちゃんと理解しておる。……が、今のところ我にはシュテルやユーリのような目標がないからな」

 

 レヴィの名は出ないんだな……まああの子に目標なんてなさそうだしな。毎日を楽しく過ごしたいって感じのことはありそうだけど。

 

「ディアーチェも昔からレーネさんの手伝いとかしてたんだろ? 何か興味を持つものってなかったのか?」

「確かに色々とやりはしたし、一応デバイスマイスターなどの資格も持ってはおるが……」

 

 さらりと言われたので聞き流しそうになってしまったが、今ディアーチェはデバイスマイスターの資格を持っていると言ったよな。シュテルよりも勉強できるという話は聞いていたので驚きはしないが、取ろうと思っている身としては思うところがないわけではない。

 

「シュテルやユーリほど興味は持てなかったからな。それにレーネ殿のようになるかと思うと、見守る側で居らねばという思いもあるし……」

 

 その気持ちは……痛いほど分かるな。ここ最近はなくなったけど、前はよく貧血や栄養失調で倒れたって話を聞いてたし。そういうので倒れる割りに疲労で倒れないのが不思議だけど。

 話している間に場所はリビングに移り、俺はお茶の用意をする……わけだが、会話を途切れさせたくないのか、純粋な気持ちからかディアーチェも手伝ってくれた。彼女のような子と一緒になれた人間はさぞ幸せな家庭で過ごせるのだろう。

 

「じゃあ、今は何にも興味がないのか?」

「いや……この世界の文化には少し興味がある。今日も帰る前にわずかばかり街を見て回ろうかと思っておってな」

「そうか……案内したいところだけど今日は客が来るからな」

「気にするな。我はレヴィのように考えなしに動き回ることはせんし、貴様には貴様の付き合いというものがあるだろう。……それに今日のような状況では…………デートだと思われてしまうではないか」

「あのさ、後半何か言わなかったか?」

「別に何でもない!」

「何でもないって……」

「貴様に我ら以外に知り合いが居たことに安心したというか驚いただけだ」

 

 えーと……心配してくれたことに礼を言うべきか、それとも驚いたという部分に指摘を入れるべきか困るな。相手がシュテルとかなら即決で後者を選択できるんだが……。

 

「そういえば、今の話ってレーネさんにはしたの? 言ったら何かしら力になってくれそうだけど……ディアーチェの性格だとそういうのは言えないか」

「自分で聞いておきながら完結させるな。確かに貴様の言うように自分から言うのは躊躇われるが、話の流れですでに言ってしまっておる」

「そうなんだ。それで?」

 

 不自然な問いかけではなかったはずだが、不意にディアーチェは黙ってしまった。何かしら喉にでも引っかかったかと思ったが、表情を見た限りそうではないようだ。

 

「……ディアーチェ?」

「……ここ…………と……に…………」

 

 何か言ったようだが、聞こえた言葉だけでは内容が分からない。首を傾げながら少し待つと、俯いていたディアーチェが顔を上げた。何を言うつもりなのか分からないが、頬が赤いうえに決死の表情をしている。

 

「こ、ここに住んでお前と一緒の学校に通わないかと言われたのだ!」

 

 予想外(聞いた後で叔母の性格を考えると予想通り)の言葉に俺は絶句。その直後、盛大にむせた。

 ――な……何を考えてるんだあの人は。確かにこの世界の文化を知りたいなら現地で生活してみるのが1番だろうし、ディアーチェの親御さんからしてもここに住まわせるほうが安全かつ経済的に助かるだろうけど。

 まだ話が確定していないだけシュテルのときよりもマシではあるが、そういう話をしているなら一言くらい俺に言ってくれてもいいのではないだろうか。ある日突然「今日からディアーチェもここに住むことになった。まあ仲良く過ごしてくれ」なんて言われたならば、さすがに俺も文句を言うはずだ。

 

「……すまん。もう少し平静に言うべきであった」

「いや大丈夫……聞いたのは俺だし、ある意味聞けてよかったよ」

「そ、そうか……」

 

 そこでお互いに口を閉じてしまったことで空気が一変する。無言と共に空間に何とも言いがたい気まずさが漂い始めた。

 な、何か言わないと……でも何を言えばいいんだ?

 急に話題を切り替えてもあれだし、同じ話題で話し続けるのもどうかと思う。しかしその一方で、ディアーチェのことを考えると、きちんと俺の意思は伝えておくべきかもしれないとも思った。

 

「……えーと……俺は別にいいから」

「うん?」

「いや……だからその、ディアーチェがここで生活したいならしてもさ。シュテル用の部屋も今じゃほとんど使われなくなってるし、俺と君の家は昔から付き合いあったみたいだし」

「そ、それはそうだが…………実行するとなるとまた余計な話が……いやしかし……」

 

 色々と思うところはあるようだが、少しと言っていた割に興味があることを学びたいという想いはあるようで、ディアーチェは口元に手を当てた状態でしばらく考え続けた。

 

「……貴様の気持ちは分かった。だが今すぐにはさすがに決められん」

「それはまあ……俺達だけで決められることでもないし。それに今後を左右する可能性だってあるんだから、後悔がないようによく考えて決めなよ」

「うむ。……っと、そういえば客が来るのだったな。そろそろ我はお暇するとしよう」

 

 ディアーチェはそう言って食器を片付けようとする素振りを見せたので俺はそれを制した。

 

「いいよ俺がやっとくから」

「しかし……」

「ディアーチェはお客さんだろ? こっちがいいって言ってるんだから、たまには素直に甘えろよ」

「そのように言われては仕方がないな……つい話に夢中になってしまっていたが、これが貴様のデバイスだ」

 

 渡されたのはアクセサリー型。具体的に言えば、手の平に収まるサイズの黒い剣だった。

 

「これって……アームドデバイスか?」

「貴様は剣で戦う魔導師だと聞いておるし、最近はベルカ式も学んでおるのだろ。何か困ることでもあるのか?」

「いや、てっきり一般的な杖型のストレージかなって思ってたからさ。デザインとかからして一般的な剣型のアームドデバイスでもなさそうだし、予備のデバイスとして持ってていいのかと思って……」

「なるほどな。が、それは貴様のデバイスだ。貴様が持つべき……というか、持っておかんと何か言われるぞ」

 

 ……この厄介そうというか面倒臭そうな顔からして、このデバイスの製作者はあいつなんだろうな。まあ俺の能力やファラのことを1番把握してるだろうし、理に適ってるとは思うけど。

 ただ……将来的に研究を引き継いだとしても、パートナーという関係にはなれない気がしてきた。現時点で技術の差が明確だし、何よりあちらは天才というか秀才タイプだし。

 

「では、今度こそ失礼する」

「ああ、今日はありがとう」

「貴様には我の知り合いが迷惑をかけているのだ。気にするな」

「いや、会う頻度からしてそっちのほうが苦労してるだろ?」

「それは……」

 

 ここで言い淀んでしまうあたり、本当にディアーチェは苦労しているのだろう。俺のいないところで、いったい彼女には何が起こっているのだろう。知りたいような……知りたくないような……。

 そんなことを思っているとインターホンが鳴った。反射的に時間を確認してみると、予定していた時間よりも早い。可能性として考えていなかったわけではないが、あと数分早くまたは遅く来てほしかった。ここから去ろうとしたディアーチェのためにも……。

 

 

 



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14 「王さまとの出会い」

 ショウくんの持っている衣服を知る、なんて少々おかしいとも思える理由から、私やフェイトちゃんははやてちゃんに案内される形で彼の家に遊びに来た。個人的に洋風造りの立派な家だと思う。アリサちゃんやすずかちゃんの家に比べるとあれだけど……あそことは比べちゃダメだよね。

 インターホンを押してからしばらくしてようやく扉が開いた。現れたのは事前に私達が来ることを知っていたショウくん。ただ急に遊びに来たわけではないのに微妙な顔をしている。

 

「ショウくん、こんにちわ」

「こんにちわ」

「言ってたとおり遊びに来たで……何か微妙な顔しとるな。何か急用でもできたん?」

 

 はやてちゃんは態度を全く変えずにあっさりと問いかけた。彼女が言わなかったら私が聞いていただろうけど、ここまで態度を変えずに言えただろうか。

 魔法関連のこともあるから急な用事で遊べなくなってしまうことは仕方がないと思うけど……多少なりとも残念がりそうだなぁ。しかも顔に出ちゃいそう……ポーカーフェイスって今はまだしもいつか必要になりそうだから練習しておくべきかな。

 

「いや……用事は出来てないけど」

「そうなん? じゃあ……誰か来てるん? あっ、シュテルとか。もしくはレヴィって子?」

 

 はやてちゃんの出した名前に私は、ショウくんが微妙な顔をしていてもおかしくないと納得してしまった。もしもあの子達が来ているのであれば、彼が疲れてしまっていても何ら不思議じゃない。

 ――シュテルちゃんは寡黙そうに見えて人のことからかってくるし、レヴィちゃんとはあまり話してないけど凄く元気なのは分かる。見た目がフェイトちゃんにそっくりだからか、何も知らずに一場面を目撃すると衝撃的だろうなぁ。

 

「そのふたりじゃない」

「となると……すずかちゃんあたり?」

「何でそこで月村が出てくるんだよ?」

「だってショウくん、すずかちゃんと仲良くしとるやないか」

 

 確かにすずかちゃんはショウくんと仲良くしているほうだと思う。私が魔法と出会う前から時々話していたらしい。多分本が好きだったり、工学系に興味を持っているから気が合うんだろう。前にすずかちゃんがそんなことを言っていた気がするし。

 

「まあ話すほうではあると思うけど……月村は俺の家知らないと思うぞ」

「それはアカンよ。今度呼ぶべきや」

「何でだよ。別に来たいとか言ってないのに」

「あんなぁショウくん、すずかちゃんの性格考えれば分かるやろ。あの子は自分からそういうことは言わないほうや。わたしらはともかく、男の子相手には特に」

 

 うん……思い返してみても、すずかちゃんが自分からどこかに行きたいとか言ったりするのはないかも。話の流れで提案することはあるけど。

 すずかちゃんっていつも見守ってくれてるというか、聞き手になってくれてるよね。何事にもきちんと受け答えしてくれるし……たまにお茶目な部分が出てアリサちゃんにほっぺを引っ張られたりしてるけど。

 多分だけど、すずかちゃんみたいな子を大和撫子って言うんだろう。言動も綺麗というかきちんとしてるから正直憧れている自分もいる。だけど彼女と私じゃ能力が違うのでなれそうにないとも思うけど。

 

「それは……けど俺から誘うの変に思われそうだけど?」

「お菓子とか色々と理由はあるやろ。何ならお姉さんが連れて来てあげようか? アリサちゃんもセットで」

「その言い方はあの子に悪くないか。それに来ても困りそうだけど」

 

 自分が嫌だというよりアリサちゃんが……、と言うショウくんと彼女の相性はそんなに悪くないんじゃないかと個人的に思う。

 アリサちゃんとショウくんってあまり話さないけど、別にお互いのこと嫌ってるってわけじゃないよね。話題とかがないから話さないってだけで。アリサちゃんも今のみたいな会話だと、ショウくんが困るとか言って遠慮するし。何かきっかけがあれば、ふたりの会話って弾むんじゃないかな……。

 

「ショウ、別にそこで話すのは構わんが我を出してもらってもよいか?」

「え、あぁ悪い」

 

 あれ……今の声って、と思っている間に中から出てきたのは……はやてちゃんだった。私は驚愕のあまり言葉を失い、傍に居る車椅子に乗っているはやてちゃんと今出てきたはやてちゃんに何度も視線を向ける。

 ――え? え? え? ……はやてちゃんがふたり!?

 いや落ち着け、落ち着いて高町なのは。今までにフェイトちゃんのそっくりさんとか、自分のそっくりさん(私としては似ていないと思う)に会ってきたでしょ。それにこの前、私のそっくりさんがはやてちゃんにもそっくりさんがいるとか言っていた気がするし。

 

「ん? ショウの客というのは貴様達のことだったのか」

 

 腕を組んだ状態で尊大なしゃべり方をするはやてちゃん……じゃなくて、はやてちゃんのそっくりさん。何ていうか顔も声もそっくり過ぎ。まあレヴィちゃんとかもフェイトちゃんに似てるんだけど。

 

「えっと……ディアーチェさん?」

「うむ、そうだが……会うのは初めてのはずだが」

「うん……でもこの前シュテルからはやてにそっくりな子がいるって聞いてたから」

「なるほどな」

 

 と言うわりに予想していたのかこれといってディアーチェさんの表情は変わらない。

 

「だがこうして話すのは初めてだ。きちんと名乗っておくとしよう。我はディアーチェ・K・クローディア。貴様達は高町なのはにフェイト・テスタロッサ、それに八神はやてだな?」

 

 喋り方は独特だけど何というか違和感がないし、きちんと挨拶してくれるあたりシュテルちゃんに比べたら常識的というか普通だ。シュテルちゃんやレヴィちゃんに前もって会っていたこともあって慣れがあったのか、私の内心は落ち着き自然と口を開いていた。

 

「うん、よろしくねディアーチェさん」

「別にディアーチェで構わん。ショウと同い年ならば我とも同じはずだ」

「えっと……じゃあディアーチェちゃん」

「ちゃん……少しこそばゆいがまあいい」

 

 ちゃん付けで呼ばれることが少ないのか、ディアーチェちゃんは少し恥ずかしそうだ。どことなくアリサちゃんに似ている気がして親近感が湧く。

 

「その、よろしくねディアーチェ」

 

 やや遠慮気味にだけどフェイトちゃんはディアーチェちゃんに手を差し出した。だが彼女はフェイトちゃんの手を握ろうとしない。表情は決して嫌そうにしているようには見えないけど……。

 

「えっと……」

「ん、あぁすまん。内気そうな割りに呼び捨てで呼ぶのだなと思ってな」

「え……ダメなら」

「別にダメとは言っておらん。気にせず呼ぶといい」

 

 ……何だろう、ディアーチェちゃんって凄く良い子に見える。シュテルちゃんとか、シュテルちゃんとか、シュテルちゃんと比べると。

 レヴィちゃんだって元気なだけで悪い子じゃないし、ディアーチェちゃんはすっごく良い子。何で私のそっくりさんだけああなんだろう……フェイトちゃん達は似てるって言うかもしれないけど、やっぱり私とシュテルちゃんは似てないよ。

 ――だって私はからかう側じゃなくてからかわれる側だもん!

 って、私は何を言ってるんだろう。こんなことをもし口に出していたなら、間違いなく変な子扱いされると思う。もしくは引かれる……。

 

「最後は貴様か……まあ周囲からあれこれ言われそうではあるが」

「別にわたしは気にせんよ。よろしくな王さま」

「うむ……おい貴様」

 

 ディアーチェちゃんの声がやや低くなり、表情が不機嫌そうなものに変わる。しかし、はやてちゃんはにこにことした顔のままだ。

 

「何や王さま?」

「誰がその名で呼ぶことを許可した?」

「誰って、シュテルから王さまは王さまって呼ばれるって聞いたで。だからわたしもええかなって」

「あやつ……確かに我のことをそう呼ぶ者はいる。しかし、貴様と我は初対面であろう。常識的に考えて、本人が許可しておらんのに愛称で呼ぶのはおかしいのではないか?」

「まあまあ、わたしと王さまの仲やん」

「どういう仲だ! 我と貴様は今日会ったばかりであろうが!」

 

 ディアーチェちゃんの鋭い怒声――もといツッコミが響く。予想していなかった方向への展開に私やフェイトちゃんは戸惑ってしまうが、はやてちゃんは楽しそうに笑っている。ショウくんに至っては、「やっぱりこうなるか……」のような顔をしていた。

 

「親しさっていうんは時間で決まるもんやないで」

「それは認める部分もあるが、少なくとも我らには適応せん。出会ってまだ数分も経っておらぬのだぞ!」

「きっと運命の出会いってやつや。ちなみに王さまは何月生まれなん?」

「こんな出会いが運命なわけあるか! というか、なぜ今の流れで誕生日を知りたがる!?」

「え、だって一緒に居ったら双子って思われそうやし、どっちがお姉さんか決めとくべきかなって」

「決めんでいい!」

 

 ここまでふざけるはやてちゃんは初めて見る気がする。それに律儀にツッコむディアーチェちゃんに同情のような気持ちを抱くが、同じ顔の人間が漫才をしているようにしか見えないので笑いが込み上げてくる。声を漏らすと怒りの矛先がこちらに向きそうなので必死に我慢するけど。

 

「えぇ~、わたしとしてはお姉さんがほしいんやけど」

「駄々をこねるな、甘えるような声を出すな。気色悪い!」

「ガーン!? ……ショウくんにかて気色悪いとか言われたことないのに」

「え、いや、すまぬ。さすがに言い過ぎた。別に嫌いになったというわけでは……!」

「……じゃあ姉やんになってくれる?」

「なぜそうなるのだ!?」

 

 う……やばい。これ以上続けられたらさすがに声が漏れちゃう。というか、意識を向けられただけで笑いを堪えてるのがバレちゃうよ……フェイトちゃんは。

 視線をはやてちゃん達から移してみると、微妙に顔がにやけている姿が見えた。ただ笑ってる場合じゃないと思ったようで、頭を振って脳内をリセットさせると止めようとする素振りを見せる。

 しかし、フェイトちゃんが制止をかけようとするとボケとツッコミが響く。彼女はそれに臆してしまい、結果的に言えばどうしたらいいか分からずオロオロし始めてしまった。

 このままでは……、と思った矢先、はやてちゃんの元に誰かがため息を吐きながら近づいていく。その人物は彼女の前で立ち止まると、軽くチョップを落とした。

 

「あぅ……痛いやないか」

「大して痛くないだろ。それにふざけすぎるお前が悪い」

「ふざけてなんかない。仲良くなろうとしとるだけや」

「あれのどこが仲良くしようとしておるのだ……ショウ、こやつは何なのだ?」

「……ディアーチェに分かりやすいように言えば、感情豊かなシュテルだ」

「……貴様も大変な者と知り合ったものだな」

 

 ショウくんとディアーチェちゃんは、互いに同情し慰めるような顔を浮かべる。ふたりから発せられる雰囲気は、何というか互いを理解しているかのような独特なものがある。ショウくんとはやてちゃんが出すような親しげなようなものとは少し違うように思えるけど。

 

「何かええ雰囲気やな。もしかして……ふたりは付き合ってるん?」

 

 何で落ち着きかけたのにそういうこと言っちゃうの!?

 確かにふたりは親しそうに見えるけど、そこまでの関係には見えない。しかし、ディアーチェちゃんは言動に反して純情なのか顔を赤くしてしまう。

 

「なな何を言っているのだ貴様は!」

「だから、ふたりは付き合ってるんって」

「聞き返しているわけではない! ショウ、貴様こやつと親しいのだろ。どうにかせんか!」

「あのなディアーチェ、それはシュテルをどうにかしろって言ってるようなものだぞ」

 

 ショウくんの返しにディアーチェちゃんは言葉を詰まらせ、しばらく黙ったあと抑えきれない感情を発散するためか頭を掻きむしり始めた。

 

「えぇい……どうしてこやつといい、シュテルといい、人をからかう輩が多いのだ」

「王さま、そんなんしたら髪の毛痛んでまうで。女の子なんやから大切にせな」

「元はといえば貴様のせいであろうが!」

「ディアーチェ落ち着け」

「な……貴様はこやつの味方をするというのか!」

「そうじゃない。ただここで騒ぐのは近所迷惑だ」

 

 その言葉でディアーチェちゃんは荒げていた息を整え始めた。かなり熱くなっているように思えたけれど、冷静さは残っていたらしい。シュテルちゃんと知り合いのようなので、このようなことには私より慣れているのかもしれない。

 

「そうだな…………我はここで失礼する」

「え~、もう少し話そうや」

「だからなぜそうなるのだ。貴様はショウに用があってきたのだろう!」

「それはそうやけど、知り合ったからには仲良くしたいし……まあ無理にとは言わんよ。ショウくんとかから根掘り葉掘り聞いとくから」

「――っ、……えぇい、分かった。もう少しだけ付き合ってやる!」

「ええの?」

「良いも何も貴様が居るから心配で帰れん。それに……ショウにはシュテルやレヴィが迷惑をかけているからな。我が貴様の相手をして負担を減らしてやるのが筋というものだろう」

 

 そっか、ショウくんとディアーチェちゃんが親しいのは同じような立場だからなんだ。それにしても、はやてちゃんって思ってた以上にふざける子だったんだ。私達としかいないときはからかわれる側なのに……こっちが本当のはやてちゃんなのかな?

 新たな一面を見れたようで嬉しいけど……今後からかわれるのではないかと思うと不安になる。そして、このような目に遭っているショウくんやディアーチェちゃんには同情する。だけど助けるかと言われたら微妙なところだ。ショウくん、前に私がシュテルちゃんにからかわれたとき助けてくれなかったし。

 

「そっか、王さまはショウくんが好きなんやな」

「なっ……この小鴉!」

「鴉? 今着てるのはたぬきさんやで?」

「あぁ言えばこう言いよってからに……!」

「えっと、ショウくん……」

「止めたほうがいいんじゃないかな?」

「そう思うなら手伝ってくれ。ある意味シュテルのときより性質が悪い」

 

 

 



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15 「楽しく」

 場所を玄関前からリビングに変えたわけだが、はやてとディアーチェの会話もとい漫才はなかなか終わりを見せなかった。しかし、俺が事前に作っていたお菓子と高町が持ってきた桃子さん手製のお菓子によって状況は一変。今ではすっかりティータイムのようになっている。

 

「美味しい……これってショウくんが作ったんだよね?」

「そうだけど、君が持ってきたのには及ばないよ」

「そうかな? 私としてはショウのもとても美味しいと思うけど」

「まあまあ、両方美味しいってことでええやないの」

 

 高町やフェイトは少々遠慮気味だが、はやては笑顔でお菓子を食べ進めていく。食べっぷりがどことなくヴィータに見えてしまうのは、彼女達が家族だからだろうか。それともこの中ではやてが落ち着きがないから……まあせっかく平和な時間が流れているのだ。余計なことは口にしないでおこう。

 

「ふむ……前よりも腕を上げておるな」

「まあ前よりも作る回数が増えてるからな」

「……すまん」

「いや、別にディアーチェが謝ることじゃないだろ」

 

 確かにレヴィとかが原因ではあるが、嫌々作っているというわけではない。それにたくさん食べてもらえるということは、色んなものを試せるということでもある。レヴィは感情表現がストレートだし、シュテルも味の違いが分かる奴だ。俺にとって損なことはない。

 

「趣味で作ってるのを食べてもらって、それで喜んでもらえてるんだ。楽しんでやってるさ」

「そうか、ならよいのだが……ところで貴様の作ったものと高町が持ってきたもの、どことなく味というか雰囲気のようなものが似ている気がするのだが」

「え? フェイトちゃん分かる?」

「うーん……私にはちょっと。はやては?」

「うん?」

 

 話しかけられたはやては、フォークを口に含んだ状態で意識を向ける。可愛らしくないわけではないが、少しがっつきすぎというか食べることに集中しすぎではないだろうか。

 

「似とると思う……というか、似てるのが当たり前やと思うよ。ショウくんって桃子さんから教えてもらっとるらしいし」

「え? お母さんに?」

「まあ偶にね」

「……私、ショウくんとお母さんが話してるところほとんど見たことないよ。お客さんで来てて話してるのは何度かあるけど」

「空いた時間にしてもらってたからね。大体そのとき君は月村の家とかに行ってたと思うよ」

 

 正直なところ、俺がいないときにお願いしてた部分もあるけど。少し前まであまり人と関わりたくないというか、今よりも距離感を置こうとしてたし。今は別に見られても構わないけど、会話である程度通じるようになってるところがあるからな。試作品を食べあったりするだけになってるか。

 

「全然知らなかった」

「へぇ……一緒のクラスになってからというか、関わり始めてからは誰かしら言ってると思ってたんだけどな」

「え……ということは」

「うん、桃子さんを含め君の家族とはそれなりに親しくしてるよ」

 

 それほど衝撃的な事実ではないと思うのだが、高町にとってはそうでもないようで、何やらブツブツと呟いている。その一方でお菓子を食べ進めるあたり彼女も少女のようだ。

 フェイトも普段と戦場じゃ雰囲気とか違うけど、高町もこうして話してる分には普通の女の子だよな。あんなえげつない砲撃を撃つなんて想像できない。

 

「……ん? あのさショウくん」

「何?」

「お父さんのことは何て呼んでるの?」

「士郎さんだけど?」

「……お兄ちゃん達は?」

「恭也さんに美由希さん」

 

 聞かれたことに素直に答えたわけだが高町は俯いてしまった。何かおかしなことを言ってしまったかと考えるが、今の会話でおかしいところがあるようには思えない。いったい彼女は何を考えているのだろう。

 

「……高町、どうかしたか?」

「どうかって……それだよ、それ!」

 

 シュテルと対面したときのようなテンションで話し始めた高町に自然と身を引いてしまった。テーブル越しに座っているのに何て迫力だろう。普段穏やかな子が怒ると怖いというのは、今みたいな感覚に襲われるからだろうか……なんて考えている場合ではない。

 

「えっと……どれ?」

「私の呼び名だよ」

「呼び名?」

 

 何か問題があるだろうか……さんとかちゃんを付けろとでも? いや、会ってからずっと『高町』と呼んできたのだ。いまさら変えろと言われるとは思えない。

 

「何か問題でも?」

「問題というか、何でお母さん達は名前なのに私だけ苗字なのかって話。私はショウくんと学校でも一緒だし、魔法関係でも付き合いあるよね。お母さんはまだしも、お兄ちゃん達よりは親しくしてると思うんだけど!」

「え……まあそれは」

 

 現状で言えば確かに高町の言うとおりではある。

 えーと、この会話から高町の言いたいことを予想すると……名前で呼べということだろうか。長いこと苗字で呼んでいただけに今更変えるのは恥ずかしいのだが。

 

「ショウくん、なのはちゃんがこれだけ言うとるんや。素直に名前で呼んであげたらどうや?」

「いや、その……」

「我が呼べと言ったときには素直に従ったではないか。それに名前で呼ぶくらいどういうこともあるまい。知らない仲でもないのだ」

「確かに知らない仲じゃないけど……だから困るというか。……恥ずかしいし」

 

 桃子さん達に知られでもしたら、何か面倒なことになる予感がする。桃子さんとか「ショウくんがうちのなのはと結婚して、翠屋を継いでくれると安心なんだけど」なんて冗談を口にするときがあるし。

 

「ってことは、ショウくんはなのはちゃんを1番意識しとるってことやな」

 

 異性という意味では意識しているが、その誤解を招くような言い方は何だ。そのようにはやてに言葉を投げかけようかと思ったが、俺とはやて以外から食器がぶつかりあうような音が響いたためタイミングを逃してしまった。

 ――高町は分かるが……なぜフェイトやディアーチェも。いや冷静に考えてみれば、ふたりとも純情なところがあるし、別に不思議なことじゃないな。

 

「は、はやてちゃん急に何言ってるの!?」

「そ、そうだよ。ショ、ショウはそういう意味で言ったんじゃないと思う!?」

「小鴉、貴様はなぜそう人のことをおちょくるのだ!」

「そこに……人がおるからや」

 

 ……凄くムカつくドヤ顔で言ったな。呆れ気味の高町やフェイトはいいとして……ディアーチェ、気持ちは分かるが押さえろ。さすがに全力全開の暴力はダメだ。回復に向かっているとはいえ、あいつは一応車椅子で生活している奴だから。まあ魔法の訓練と称してやる分には誰からもお咎めはないだろうが。

 

「えっと……そういえば、今日ショウくんひとりなの?」

「ん? まあファラは研究の手伝いであっちに行ってるからね」

「そうなんだ。えっとお父さん達は?」

 

 高町の問いかけに俺は思わず疑問の声を上げてしまった。それに彼女は小首を傾げたが、冷静に考えてみるときちんと言っていなかったことを思い出した。

 俺の家族事情を知っているはやてやディアーチェから視線を向けられたが、親しくなった相手に隠しておくことでもない。これまでに何度か危ういことは言ってしまっているし、進んで言うつもりもないが前より隠そうという気持ちもなかった俺は視線で大丈夫と返して口を開いた。

 

「あぁごめん、そういえば言ってなかったね。俺の父さんと母さんはもういないよ」

「え……」

「あそこに飾ってる写真……その中で1番幼い俺が写ってるのにふたり一緒に写ってるだろ? あれが父さん達だよ」

 

 自分でも不思議なくらい平然とした声が出た。父さん達のことを忘れてしまったわけではないし、思い出せば今でも悲しみや悔しさが込み上げてくる。でもそれが強く感情に現れなかったのは、この子達や桃子さん達……何よりレーネさんの存在が大きいだろう。

 

「そ、その……ごめんなさい」

「別に謝る必要はないよ。叔母さんが母親代わりになってくれてるし、ファラだっている。それに君の家族とかリンディさん達も気に掛けてくれてるからね。寂しくないかって言われたら寂しいと思うときはあるけど、ちゃんと前を見て歩いていけるよ」

 

 君やフェイト、はやてに色々ともらったから……、と続けようかと思ったがやめておいた。それを言ってしまうと、どうも恥ずかしい方に話が進んでしまう気がしたからだ。

 

「前から知ってたはやてやディアーチェはともかく、君はあまり驚いてないね」

「あぁうん……何となくそうかなって思ってたから。その、辛いときとかは遠慮せずに言ってね。力になれるかは分からないけど頑張るから」

「フェイトちゃんって意外と大胆やな。聞いてるこっちが恥ずかしくなってきた」

「え……ち、ちが! そういう事じゃなくて!」

「小鴉……どうして貴様は空気をぶち壊すような真似をするのだ!」

「そんなん決まっとるやないか。せっかくこうして集まってるんや。しんみりするよりも楽しく過ごしたいんや」

 

 そう言ってにこりと笑うはやてに、ディアーチェの怒りは完全に抜かれてしまった。いや彼女の怒気だけではなく、この場に漂いつつあった空気そのものが霧散したように思える。俺と似た痛みを知りながらも、笑顔を絶やすことなく生きてきたはやてだからこそ出来ることだろう。

 ……何ていうか、久しぶりにこいつの本当の笑顔を見た気がするな。最近はシュテルの影響からか一段とふざけることが多かったし。いつもこういう笑顔をしてくれると個人的には嬉しいんだけどな。

 

「はっ!? 何や熱い視線を感じる。……ショウくん、そないにわたしのこと見つめて……もしかして惚れた?」

「……はぁ」

「ちょっ、ため息はひどいで。今日はせっかくショウくんがくれたたぬきさん着てきたんに」

「たぬきは関係ないだろ……えーと」

 

 何でこうも視線が集まってるのだろう。俺とはやての関係は知られていると思うのだが……

 

「言いたいことがあるならはっきり言ってほしいんだけど」

「いや、その……別にはやてちゃんにプレゼントとかしてるのがどうとかじゃないんだけど」

「ショウが……そういう服を買ってるところを想像すると」

「なのはちゃんにフェイトちゃん、言いたいことは分かる。けどな、あのショウくんが恥ずかしさを我慢して買ってくれたんやで。もらったからには着るしかないやろ」

「小鴉、貴様そう言ってる割に本当は気に入っておるだろ?」

「あ、分かる? いやぁ~髪飾りといい洋服といい、ショウくんはわたしの好みをよう分かってくれてるんよ」

 

 喜んでくれているようなので、贈った側としては嬉しく思うが……何で同時に苛立ちも覚えるのだろう。

 

「えぇい、身をよじらせながら惚気るな。うっとうしい!」

「そんなに怒らんでも……あ、もしかして王さまもほしいん?」

「なっ――だ、誰がそのようなものを着るか!」

「本気で否定するところが怪しいな。見た目といい、実は服の好みも被ってるんやないの?」

「出会ったばかりの貴様の趣味など知るか! 大体、可愛いと思ったものが自分に似合うとは限らんだろうが!」

「ん? ということは着てみたいってことやないの~?」

「――――っ」

 

 にやけ顔のはやてによほど苛立っているようで、ディアーチェは立ち上がりながら声にならない声を上げた。これは当分の間終わりそうにないと思った俺は、いらなくなった食器を片付け始めることにした。高町達も巻き沿いに遭いたくないのか手伝ってくれる。

 

「貴様、そこになおれ!」

「あいにくやけど、まだ正座は無理や!」

「そ……それもそうだな。なら仕方ない……って、別にそういう意味では言っておらんわ!」

「おぉ、ええツッコミ。わたしと王さま、相性バッチリやな」

「貴様と相性が良くても嬉しくないわ!」

 

 

 



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16 「気づいた想い」

 時が経つのは早いもので、あっという間に春が過ぎ日に日に夏らしくなってきている今日この頃。私は13時にしている待ち合わせに向けて準備をしている。今はどの服を着ていくか考えているのだが、全く決められないでいた。

 

「うーん……無難に黒とかがいいかな」

 

 黒のシャツを手に取って体に合わせる。鏡に映っている自分は、なのは達に聞けば「フェイトちゃんらしい格好」とでも言われそうな感じだ。

 

「こういうのが無難といえば無難だよね。でも最近は温かくなってきてるし……」

 

 今日の予定は、リンディさんやクロノへのプレゼントを買うことだ。

 ジュエルシードを巡る事件で、私は母であるプレシアを失ってしまった。それに思うところがないわけじゃないけど、少なからず立ち止まらずに前に進めていると思う。もちろん、これはなのは達や面倒を見てくれているリンディさん達のおかげだ。今回の買い物はこれに関わってくるところがある。

 私は、去年の終わりにリンディさんから養子にならないかという話をされていた。闇の書を巡る事件などでバタバタしてしまって返事をするのが遅れてしまったけど、私は彼女の子供になることを決め、現在はフェイト・T・ハラオウンになっている。

 ――リンディさんじゃなくてお母さんって呼ぶべきなんだろうけど……今までリンディさんって呼んでたから恥ずかしい。クロノも私のお兄ちゃんになったわけだから……嬉しくないわけじゃないけど、まだ慣れないなぁ。

 

「……って、考えてないで早く決めないと」

 

 もうこのコーディネートにしてしまおうか……でも、もっと涼しげな格好のほうがいい気もする。黒だと熱くなりやすいし、色々なお店を見て回りそうだから汗を掻きそう。一緒に行く相手は、別に気にしなさそうだけど個人的に汗臭いとか思われたくない。

 

「白とか……水色とかの方が涼しい感じがするかな? でも見慣れてる感じのほうが変に思われることも少ないだろうし……だけど汗が」

 

 鏡の前で迷走していると、扉を叩く音が聞こえた。今日はリンディさんやクロノはお仕事なので、必然的に私の部屋を訪ねてきたのはアルフしかいない。返事をすると、ラフな格好をした彼女が部屋の中に入ってきた。

 

「フェイト、ちょっと買い物に行くけど何か欲しいものとかある?」

「うーん……特にないかな」

「そう……にしても、確か出かけるのは午後からって言ってたよね。それにずいぶんと悩んでるみたいだし……今日はどこに出かけるんだい?」

「それは……特に決めてないかな。色んなお店を見て回るだろうから」

「そうなんだ。……あれ? ところで誰と出かけるんだい? 確か今日ってなのは達は任務だったよね? アリサ達かい?」

「ううん、アリサ達じゃないよ。今日はショウと出かけるんだ」

「ショウと? ……ちなみにどっちから誘ったんだい?」

「それは私だけど?」

「へぇー……フェイトが自分からショウにね」

 

 ショウは私と同じ学校に通っているし、魔法関連でも付き合いがある。もちろんアルフだって何度か一緒に散歩したことだってあるので、面識がないというか交流がないわけじゃない。なのに……どうして彼女は感心や驚愕が交じり合ったような声を出すのだろう。

 

「えっと、何かおかしい?」

「いや、別におかしくないよ」

「本当に?」

「うん、フェイトも成長したというか女の子らしくなったなって思っただけ」

 

 成長しているはともかく、女の子らしくなったというのはどういうことだろう。私の記憶が正しければ、男勝りだとか言われたことはないはずだけど。

 

「それってどういう意味? 私、変なところとかあった?」

「そういうんじゃないよ」

「じゃあ何?」

「いやさ、フェイトって内気なほうだから自分から誰か誘ったり苦手なほうでしょ。だからなのは達ならともかく、ショウをデートに誘うなんて驚きでさ。あたしの知らない間に成長してるんだなって思って」

 

 えっと……今アルフ変なこと言わなかったかな。私がショウをデートに誘ったとかどうとか……デート!?

 デートってあのデートだよね。いや、あのデートしか私はデートって言葉を知らないけど。というか、私がデートに誘った!?

 

「ア、アルフ何言ってるの!?」

「ん? あたし変なこと言ったかい?」

「言ったよ! わわ私がショ、ショウを……デ、デートに誘ったとか!?」

「え? 今日は2人で出かけるんだよね? 話を切り出したのはフェイトだってさっき言ってたし……どう考えてもフェイトが誘ってるじゃないのさ」

 

 確かに今日はショウと出かける。ショウ以外には誰もいない……つまり2人っきり。

 リンディさんやクロノが喜びそうなものを知っていそうなのはエイミィが浮かぶけど、彼女は残念ながら仕事で忙しい。なのでショウにお願いしたわけだけど……客観的に見れば、私がデートに誘ったとも言える。状況を理解してしまった私の脳内はパニックを起こし始め、羞恥心で体中が熱くなった。

 

「デ、デ、デ……デート。ショ……ショウと……あぅ」

「あのさフェイト、もしかして自覚なかったのかい?」

 

 呆れたように問いかけてきたアルフに私は全力で首を縦に振った。それを見た彼女は、さらに呆れた顔を浮かべる。

 

「いつもよりどれを着ていこうか迷ってたのに自覚がないとか……」

「そ、そんなこと言ったって……!?」

 

 ど、どうしよう……急に「今日の予定はなしで!」なんてこと言えるはずもないし。でも私、デートなんてしたことないし……何着ていけばいいんだろう。というか、今の状態で行ったら何かやらかしそうだし、変な子だって思われるんじゃ……。

 

「ど、どうしようアルフ!?」

「どうしようって……どれ着ていくか決めて、楽しんでおいでとしか言えないよ」

「そ、そんな……」

「そんなってね……何だかんだで良い機会じゃないのさ」

「何が良い機会なの!?」

「何がって……」

 

 アルフは先ほど以上に呆れた顔を浮かべて大きなため息をついた。脳内であらゆる思考が走り回っているせいか、彼女が何を考えているのかさっぱり分からない。

 

「あのさフェイト……こういうことにあまり口を出すべきじゃないと思うんだけど、今後のために言っとくよ。フェイト、あんたってショウのことが好きなんだろ?」

 

 当たり前のことを言うように放たれた言葉に、私は収束砲撃をもらったとき以上の衝撃を感じた。

 ――え……私がショウのことを好き?

 好きか嫌いかと言われれば、もちろん好きだ。でもそれはショウが友達だからであって……アルフが言うような特別なものではないはず。なのにどうしてこうも心が揺れているのだろう。もしかすると私は本当に……、そう考えると顔がこれまでに感じたことがないほど熱くなった。

 

「なな何言ってるの!? た、確かにす、好きとは思うけど……そ、それは友達だからであって!?」

「まあそういう好きもあるようには思えるけど、フェイトのショウに抱いてる好きはそれ以外にもあると思うよ。クロノとかユーノと接してるときとは反応が違ったりするしね」

 

 自分ではどう反応が違っているのかよく分からないけど、少なからず慌てたりするようなことが多かった気がする。からかってくる人がクロノ達といるときに比べて多かったからというのが理由な気もするけど。

 でも…………クロノ達とは明確に違ってるところはあるよね。ショウが誰かと付き合ってるだとか、一緒に何かするってだけで衝動的に声を出してたりしてたし。よくよく考えてみれば……はやてとかにほんのわずかばかりではあるけど、嫉妬めいた感情も抱いてた気もする。

 

「それにあたしはフェイトの使い魔だからね。繋がりがあるからフェイトの気持ちに気づきやすいのさ」

「……ということは……やっぱりそうなのかな」

「だと思うよ」

 

 アルフは距離を詰めると、私と目の高さが同じになるようにしゃがみこんだ。私の頬にそっと手を当てると、優しげな笑みを浮かべてさらに続ける。

 

「正直に言えば、フェイトが誰かと……ましてや男とイチャつくのに思うところはあるよ。でもね、あたしが1番に望むのはフェイトの幸せなんだ。フェイトが幸せならそれだけでいい……」

「アルフ……」

「……それに、どこの馬の骨とも分からない奴よりはあいつのほうが安心だからね。愛想が良いほうじゃないけど、まあ可愛げがないわけじゃないし。性格的にフェイトを振り回したり、自分勝手な要求ばかりしなさそうだから相性も良さそうだしね」

 

 相性が良いという言葉に刺激されて一瞬で行われた想像――いや妄想に私は恥ずかしさを覚え、アルフから視線を逸らしてしまった。するとアルフは、何を思ったのか急に私を抱き締めてきた。

 

「ア、アルフ!?」

「もうフェイトは可愛いねぇ。フェイトに好かれてるあいつは宇宙――いや次元世界一の幸せもんだよ」

「それは……いくら何でも言いすぎだよ」

 

 というか、まだ自分の気持ちだってはっきりしてないのに。ショウに他よりも特別な感情を抱いてるのは認めるしかないけど、それが『恋』と呼べるものなのかは微妙なところだし。そもそも付き合ってるわけでも……でも今日がきっかけでそういう未来になる可能性もゼロじゃない。

 

「えっと、確かここじゃおめでたいことがあると赤飯を炊くんだっけ。リンディさんに言っとかないとね」

「え……ちょっアルフ、アルフの中ではどこまで話が進んでるの!?」

 

 今日は一緒に出かけるだけで、別に告白とかするつもりはない。というか、そんなことをする勇気なんてあるはずがない。あちらからしてくる可能性は限りなく低いし……でもしてきたら私は……。

 

「フェイトの花嫁姿……ぐす……きっと凄く綺麗なんだろうね」

「は、花嫁!? ア、アルフ、話が飛躍し過ぎだってば。私、まだ結婚できる歳じゃないから!」

 

 などと必死に否定するものの、私の脳内では結婚式や結婚後の妄想が繰り広げられていた。こんなことをしている時点で、第3者からすれば私は恋する乙女なのかもしれない。

 

「あはは、ごめんごめん。考え出したらいつの間にかね」

「もう……大体……ショウと付き合うことになるかも分からないんだから」

「それは大丈夫だよ。フェイトは可愛いんだし、あいつだって少なからず好意持ってるはずさ。それに、フェイトを傷つけるような真似したらあたしがタダじゃおかないし」

「ダ、ダメだよそういうのは! ショウには幸せになってほしいし、選ばれるならきちんと選んでもらいたいし……」

 

 そこまで言ってから、自分が恥ずかしいことを言っていることを自覚した。アルフの顔を見ていられなくなった私は自然に俯く。

 

「フェイト……あたし、全力でフェイトのこと応援するからね!」

「う、うん……ありがと」

「まず始めに、今日の服決めないとね。ずいぶんと温かくなってきてるし……こういうのがいいんじゃないかな?」

「えっと……少し派手というか露出が多くないかな?」

「あいつのことメロメロにするんだろ? なら少しは頑張らないと」

「今日1日でどうこうなろうとか思ってないから!」

 

 

 



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17 「フェイトの初デート?」

 ケータイを取り出して時間を確認すると、【12:50】と表示されていた。待ち合わせの時間は13時なので、あと10分ほど時間がある。だがしかし……

 

「……何かあったとかじゃないよな」

 

 正直待ち合わせしている相手の性格を考えると、30分前に来ていても不思議ではない。待たせるのもあれなので今から20分ほど前にそれくらいに来ていたのだ。たまにはこういう日もあるだろうし、あの心優しい少女の場合は困っている人を助けている可能性も充分にある。

 ――急な仕事が入ったとかじゃないよな。それなら電話なりメールで連絡があるだろうし。

 もしかして待ち合わせ場所を間違えたのか、と思いもしたが、翠屋前という分かりやすい場所を待ち合わせ場所にしたのだ。馴染みがある場所だけに間違える可能性は極めて低い。

 

「まあ……時間を多少過ぎても現れないようなら連絡してみればいいか」

 

 時間に余裕がないわけじゃないし、のんびりと過ごすのは嫌いじゃない。真夏だったら話は別だが。まあ幸いなことに、今日の気温は半袖だけで充分なほど温かいが、走ったりしなければ汗ばむことはないと思えるちょうど良さだ。何も問題はないだろう。

 ――それにしても……フェイトがリンディさんの子供に、か。

 そう思うが、フェイトが養子になったことがおかしいとは思っていない。母親の存在は彼女くらいの子供には必要なものだろうし、リンディさんの性格を考えるとありえる提案なのだから。俺が養子に関して考えてしまうのは、少し前から叔母に保護者ではなく母親になってもらいたいと思っているからだ。

 いつもぼんやりしているというか、反応が薄かったりからかってきてばかりだからあれだったけど、レーネさんは俺のために怒ってくれる。心配してくれる……本当に必要なときは仕事よりも俺を優先してくれる人だとこの前のシグナムとのやり取りで感じた。

 父さん達が亡くなってから今まで面倒を見てもらっているし、魔法世界で暮らしたほうが楽なのにこの街で暮らしてくれている。レーネさんにはとても感謝している。俺はあの人のことが好きだ。自分がいないと心配っていう子供らしくない感情もあるけど。

 ……自分の気持ちを素直に言ったら母親になってくれるだろうか。嫌われているようには思えないけど、正直不安だし怖い。保護者と母親じゃあちらが感じるものも違ってきそうだし。もうひとつの話のほうが話しやすいな。

 

「……あとこの街で過ごすのもどれくらいだろうな」

 

 もうひとつの話というのは、簡単に言えば引越しだ。前ほど両親との思い出を支えにすることもなくなったし、魔法関連の道に進もうという想いが強くなった。お菓子作りは趣味として続ければいい。それにレーネさんのことを考えると、こちらよりもあちらの世界で生活する方が楽だろう。あの人が望むなら、俺はいつでも引っ越していい。

 ――はやてにも家族が出来たし、高町が魔法に関わったことで今では桃子さん達やバニングス達も別の世界があることを知っている。突然だと何かしら言われるだろうけど、別に会えなくなるわけじゃないんだから理解してもらえるだろう。

 などと空を見上げながら考えていると、こちらに向かって駆けて来る足音が聞こえてきた。

 

「お、遅れてごめん!」

 

 現れたのは待ち合わせの相手であるフェイト。ずいぶんと温かくなってきているわけだが、彼女の性格で袖なしの服を着るのは珍しいと思った。色も普段の印象とは対照的な白。とはいえ、決して似合っていないということはなく、清楚さや可憐さのようなものが感じられる。髪も下ろしていた、いつもよりも大人びて見える。

 何か……えらく気合が入ってるというか、オシャレな格好で来たな。まあ彼女を含めて、服のセンスは良い子ばかりだから不思議じゃないけど。たぬき好きのあいつや油断すると仕事着ばかりになるあいつは分からないが。

 

「別に遅れてはないよ。待ち合わせ5分前だし」

「え、でも待たせちゃったよね?」

「まあ待ったといえば待ったけど、さっき来たところだし。遅刻したわけでもないんだから気にしなくていいよ」

 

 実際のところはそれなりに待ったわけだが、バカ正直言う必要もないだろう。はやてとかシュテルとかレヴィとか、そのへん相手には言う必要があるだろうが、フェイトのような子に言ってしまうと必要以上に自分を責めてしまうだけのはずだ。

 

「そっか……ありがと」

「礼を言われるようなことじゃないさ。君は気を遣いすぎだよ」

「そ……そうかな?」

「そうだよ。他の子に比べたらね」

 

 俺の気のせいかもしれないが、今日のフェイトはどこかおかしい気がする。積極的に話すほうではないし、性格もどちらかといえば内気だということは分かっているので会話がどうというわけではない。

 だがいつもはもう少しこっちを見て話していたような……顔も何やら赤くなっているし、体調が優れないのだろうか。それとも俺の格好がおかしいのか……。

 

「なあフェイト」

「は、はい!?」

「えっと……どうかした? 何か様子がおかしい気がするけど」

「そ、そそそんなことないよ! その、何ていうか着慣れない格好だから落ち着かないというか。今日はアルフに勧められたのを着てきたから」

「ああ、なるほど」

 

 どおりで肌の露出が普段よりも多いわけか。髪型は格好に合わせたんだろうな。今の格好は落ち着きがあるからツインテールよりは下ろしてるほうが合ってるし。

 それに、待ち合わせギリギリになったのはアルフにあれこれ着させられてたからかもな。アルフはフェイトのこと大好きだし、服選びとかも時間かけて色々と試しそうだから。心の片隅でもしかしたら……、と考えもしたけど、何かに巻き込まれて遅くなったわけじゃなさそうだから安心した。

 

「えっと……へ、変かな?」

「ん? 似合ってると思うよ」

「そ、そっか……」

 

 呟くように返事をしたフェイトは、やや俯きながら両手を合わせながらもじもじし始めた。表情だけ見れば俺の言葉に安堵したようにも見えるが、やはり肌の露出が多いのには慣れないらしい。彼女らしい反応といえば反応だが、どうにもこちらも対応に困る。

 ――はやてやシュテルとは反応が違いすぎるんだよな。レヴィと比べた場合は正反対と言ってもいい。あの子は恥ずかしがったりすることがないわけだし。服装とかは女の子らしいのに、どうしてああいう性格なんだろうか。

 

「……ショウ?」

「え、あぁごめん。とりあえず行こうか」

「う、うん」

 

 俺達はリンディさん達へのプレゼントを買うために歩き始めた。歩き始めてすぐ、隣にフェイトがいないことに気が付く。首を回すと、ほんのわずかばかり後ろを歩いている彼女を発見した。歩くのが早かったかと思い速度を合わせたものの、また同じ状態になってしまう。

 ――えっと……恥ずかしいからあんまり見られたくないってことか。まあ気持ちは分かるからこのまま歩いてもいいんだろうけど、今回の目的は彼女のプレゼント選びだから会話はしないと。できるだけ前を見て話しかけるか。

 

「フェイト」

「は、はい!?」

「……何を買おうとか決めてる?」

「えっと……あまり高いのを買うのもあれだよね」

「そうだね」

「でも……出来れば喜んでほしいからあまり安すぎるのもダメかなって思うんだ」

 

 確かに安物だと壊れやすかったり、見た目に問題があったりするからな。まあこういうのって気持ちが大事っていうし、リンディさん達ならフェイトからもらったものなら何でも喜びそうだけど。だけどこれを言ったところで彼女を余計に迷わせるだけかな。

 

「ふーん……じゃあ服とかでも買う気でいるの?」

「服……確かに日頃使ってもらえるのは嬉しいかな。でも……サイズが」

 

 あぁ……子供の俺達からするとクロノはともかく、リンディさんのは困るよな。スタイル良いからちょうど良さそうなものでも着てみたら……、なんてこともありそうだし。

 

「アルフでもいれば良かったかもね」

「え……あぁうん、そうだね」

 

 フェイトはどことなく落胆したような声を出したので、余計な発言だったかと思ってすぐに返事をする。

 

「そう気落ちすることないんじゃない?」

「え?」

「あのふたりだって趣味の違いはあるだろうし、別に同じものを買う必要はないだろ。リンディさんのは無理だろうけど、クロノと俺はそう体格変わらないから選べると思うし」

「そ、それって……はたから見れば私がショウに服を選んでるように見えるんじゃ」

 

 考えてはくれてるようだけど……何で顔が赤くなってるんだ?

 走ってきてすぐに歩き始めたから体温が上がっているからか。それとも見られるのが恥ずかしいのか……。それに何かぼそぼそと言ってるけど、嫌なら嫌ってはっきり言ってほしいんだけどな。まあ性格的にそういうのは難しいってのは分かってるけど。

 

「別に嫌なら無理する必要はないからね」

「ぇ……う、ううん嫌じゃないよ!」

「本当に?」

「うん! えっと服屋に行くんだよね。時間ももったいないし行ってみよう!」

 

 そう言ってフェイトは俺の手を握って歩き始めた。周囲の人から見られているわけでもないのだが、彼女の足取りは早い。

 ――そんなに急ぐ必要もないと思うんだけど……渡す相手が相手だけに色々と見て回って決めたいのかな。……にしても、ここまで強く握られると嫌でも意識させられるな。レヴィと手を握っても恥ずかしいとか思わないのに……やっぱり見た目が同じでも違うってことか。

 

「あの、ここでいいかな?」

「あぁうん、君の好きなところで構わないよ」

「じゃあここ……」

 

 普通に会話していたはずだがこちらを向いたことで俺の手を握っている自分の手が見えたのか、フェイトの視線は俺の顔と繋がれた手を行き来する。彼女の顔はみるみる赤みを増し、表情からは冷静さが消えていく。

 

「ごごごめん!?」

「いや、別に謝らなくても……聞いてない」

 

 視界に映っているフェイトは、こちらに背中を向けて何か考えているようだ。

 何か問題があったわけでもないのだから反省する必要はないと思うのだが、こういう状態に入ったフェイトはなかなか戻ってこない気がする。

 ――落ち着くまで待つべきか、それとも強引にでも店の中に連れて行くべきか。待つとなるとどれくらい時間がかかるか分からないけど、この子相手に強引なのも躊躇われる。

 

「……誰か呼ぶべきかな」

「え? ……そうだよね。私とじゃ……」

「ん? えっと、君といるのが嫌だとかじゃないから。ただ他にも居た方が君が落ち着くかなって。異性とふたりって慣れてなさそうだし」

「それは……ショ、ショウとふたりで大丈夫」

「本当に?」

「う、うん……確かに慣れてないけど、いつもどおりにできるよう頑張るから」

「うーんと……まあいつもどおりといえば、今日もいつもどおりだと思うけど」

「ぅ……そういうこと言わないでよ」

「ごめんごめん。でも、こういうのが俺と君のやりとりだっただろ?」

「あ……うん」

 

 返事をしたフェイトの顔には、穏やかな笑みが浮かべられている。どうやら少しはいつもの彼女に戻ったようだ。

 俺達は店の中に入ると子供用の売り場へと向かう。子供の姿が全くないわけではないが、大体が母親と一緒なだけに俺とフェイトは少し浮いているかもしれない。だが、別に俺達くらいの子供がひとりで服を買ってもおかしくはないだろう。あまり気にしないようにしよう。

 

「どういうのがいいかな?」

「そうだな……クロノは真面目というか誠実な奴だし、色は白とかがいいんじゃない?」

「確かに。あっでも青とかもいいんじゃないかな。例えばこれとか……」

 

 フェイトは目に留まった青色の服を手に取ると俺の前に持ってきた。はたから見れば、まるで彼女が彼氏に服を選んでいるように見えるのでは……、なんてことを一瞬とはいえ考えてしまったために恥ずかしさが込みあがってくる。

 こういうことはシュテルからされたことがあるけど……あいつは何でも本気で選ぶからな。だから今みたいな感じにはならなかったし。

 

「うん、似合ってる」

「……そ、そう」

「あ……ご、ごめん」

 

 やっていたことがやっていたことだけに恥ずかしくなってしまった俺達は互いから視線を逸らした。無言が流れ始めたせいで、今まで気にしていなかった周りの声が聞こえてきてしまう。

 

「ねぇ今の見てた?」

「うん、何か初々しくて可愛いね」

「だよね。けどいいなぁ……あたしも彼氏ほしい」

「こらこら、あの子達小学生くらいでしょ。嫉妬してどうすんの」

「それはそうだけどさ、いまどきの子ってそういうの早いって言うじゃん」

 

 そんなことを話していたのは中学生くらいの女子達。何やら俺とフェイトの関係を誤解しているようだが、ここで何か言うのははたから見れば肯定しているようなものだろう。

 というか、誤解されるような関係に俺達は見えているのか。小学生の男女が一緒にいるだけだというのに。何で年上の人達はただ一緒にいるだけで勘違いするのだろうか。俺とフェイトの関係はただの友達なのに。

 

「えっと……それにする?」

「そ、そうだね。多分クロノに似合うと思うし……わ、私買ってくるからショウは先に出てていいよ」

「そう? じゃあそうしようかな」

 

 緊張や羞恥を覚えてしまっていた俺は、やや急ぎ足で店から出た。それから数分後、袋を持ったフェイトが出てくる。俺と視線が重なると、先ほどの女子中学生のやりとりが頭を過ぎったのか頬を赤らめて俯いてしまう。

 

「……次行こうか」

「……うん」

 

 今度はリンディさん用のプレゼントを買うために歩き始めたわけだが、俺とフェイトの間には何とも言えない距離が出来ている。しかし、それを埋める方法は思い浮かばない。下手に何かすれば余計に拗れてしまうだろう。

 

「…………リンディさんには何を買う?」

「えっと……服以外で日頃使えるものといえば食器とかだけど、食器はお揃いのがもうあるから外したほうがいいよね」

「そうだね……」

 

 子供が買える値段でなおかつ日頃使えるものか……あまり人にプレゼントなんかしたことないからな。しかも相手は大人の女性……俺のよく知ってる人なんてレーネさんくらい。

 でもあの人とリンディさんを比べるのはダメだよな。桃子さんとはお菓子の話ばかりだし、力になれそうに……ん?

 不意に目に留まったのはフェイトの髪。普段はリボンでふたつに結ばれている髪は、今日は下ろされていて毛先のほうでまとめられている。リンディさんも髪をいつも束ねていたはずだし、リボンや髪留めなら子供が買ってもおかしくないものではないだろうか。

 

「えっと……どうかした?」

「あぁいや、君って普段は髪結んでるよね。リンディさんっていつも髪結んでるからリボンとかどうかなって思って」

「あ……うん、いいかも。その……ショウには場違いかもしれないけど行ってみていいかな?」

「買うのは君なんだから好きなところに行ってくれて構わないよ。それに……髪留めとかは何度か買ったことあるし」

 

 男である俺が髪留めを買うというのは、なかなか精神力が必要なことだ。周囲に同年代の子供がいれば不思議がられるし、店員からは母親や仲の良い異性にあげるのだろうとでも思われるのか笑顔を向けられる。

 結べるくらい髪が長ければ買ってもおかしく思われないかもしれないが、結べるほど伸ばすつもりは全くない。もし伸ばしたならば、人のことを可愛いと言ってくる連中に最悪女装させられるかもしれない。あいつらの玩具になるのはごめんだ。

 

「そういえば、はやてがショウからもらったって言ってたね」

「はは……あんまり掘り下げないでくれるとありがたいかな」

「そんなことしないよ。ショウには今もこうしてお世話になってるし、人の嫌がることはしたくないから」

 

 特別なことを言っているわけではないが、はやてやシュテルという存在が身近にいるせいかフェイトが凄く良い子に思えてしまう。

 適度に会話しているうちに、フェイトがよく小物を買っているという店に到着した。中に入ってみると、小学生から子供連れの大人まで様々な年代が来店していた。お店の雰囲気は悪くないのだが、見た限り男は俺だけのように思える。

 

「えっと……外で待ってる?」

「いや、大丈夫。居心地が良いとはいえないけど、別に見られてるわけでもないし。それに今日は君の相談相手だから」

「そっか。じゃあできるだけ早く済ませるね」

 

 フェイトに付いて行く形で店内を進む。シンプルなデザインのものから動物や植物といったものまで多種多様なものが販売されている。異性に対して小物を送るときはここを利用するといいかもしれない。まあ送る相手なんてはやてくらいしかいないのが現状ではあるが。彼女くらいしか誕生日を知らないし。

 目的の売り場に到着するとフェイトは真剣な顔つきで商品を見始める。その姿にシュテルを思い出してしまうが、彼女と違って感情が表に出ているのでこれといって思うところはない。

 ――あいつは無表情に近い顔で商品を見定めていくから話しかけづらいし、傍に居づらいんだよな。かといって積極的にこれはどうだって聞いてくるから離れると無言で圧力かけてくるし。女の子という存在そのものが難しいのか、シュテルだから難しいのか……。

 

「うーん……子供っぽくないのがいいよね。かといってシンプル過ぎるのも……」

 

 早く済ませるって言ってたけど、これは時間かかるかもしれないな。まあクロノのプレゼントがあっさり決まったわけだし、そもそも1日付き合う覚悟で来たわけだからいいんだけど。フェイトが納得できるものが買えないほうが問題になるし。

 

「……ショウはどれが良いと思う?」

「そうだなぁ……家とかこっちで過ごす分には装飾が凝ったりしてるのもいいと思うけど、あの人なら気にせず仕事にもしていって自慢しそうだし。まあ派手過ぎないのがいいんじゃない?」

「そうだね……となると」

「このへんのがいいんじゃ……」

 

 最後まで言い切れなかったのは、気が付けばフェイトの整った顔が目の前にあったからだ。同じものを取ろうとして距離が縮まったらしい。

 

「「…………」」

 

 至近距離で見詰め合うように数秒視線を重ねた俺達は、ほぼ同じタイミングで互いから顔を背けた。もう少し精神年齢が低ければ気にしなかったのだろうが、俺達は魔法関連のことで働いているので半社会人とも言える立場にある。同年代よりも大人びてしまうのは仕方がないことだろう。それ故にこのようなことが起きてしまっているので、ある意味では困ったものだが。

 

「えっと……リボンに絞らなくても、他にゴムとかもあるよね?」

「そ、そうだね……ちょっと見てきていいかな?」

「あぁうん、俺はここで待ってるから」

「分かった。じゃあ……行ってくるね」

 

 フェイトは俺から逃げるように走って行った。彼女は異性と接するときに適度な距離感を保つタイプなので、先ほどのように接近してはああなるのも無理はない。

 ――……俺なんかのこと意識してくれてるんだな。

 はやてやシュテルと身近にいた女子は家族に近い感覚だったので、フェイトのように異性として意識してくれるのは恥ずかしさもあるが嬉しく思う。

 

「……何考えてんだか」

 

 こんなこと誰かに知られたらからかわれるに決まってる。というか、俺だけならまだしもフェイトにも飛び火しかねない。

 それに俺が過剰に意識したら絶対あっちに伝染して妙な空気になる。全く意識しないというのは無理だと思うが、出来る限り普段どおりに振る舞わなければ。

 

「……ん? ……多分少しくらい時間はあるよな」

 

 フェイトの性格ならば即行で決めて戻ってくる可能性は低いと思った俺は、目に留まった商品を手に取ってレジに向かった。買う際に店員から「お母さん達にプレゼント?」と聞かれたが、俺は何とも言えず微妙な笑顔で頷き返すだけだった。

 先ほどの場所に戻ってから10分ほど経った頃、フェイトが駆け足で戻ってきた。手に袋詰めされている商品があることから無事に買えたらしい。

 

「待たせてごめん!」

「だからいいって。きちんと買えたようで良かったよ」

「うん……ありがと」

「別に礼を言われることじゃ……もう出ていいかな?」

 

 周囲を見渡してこちらの気持ちを汲み取ってくれたフェイトは、俺の提案に素直に応じてくれた。俺は知らず知らずのうちに緊張していたのか、外に出たのと同時に大きく息を吐いた。

 

「えっと……意外と早く終わっちゃったね」

「そうだね。でも決められないでずっと歩き回るよりマシだと思うよ」

「それは……うん、そうだね」

 

 無事にプレゼントを買えたはずなのに、どことなく元気がないように見える。ちゃんと時間をかけていたので、納得いくものが買えなかったわけではないと思うが……。疑問を解消すべく尋ねようとしたとき、フェイトが先に口を開いた。

 

「あの……これ」

 

 こちらの顔色を窺うようにしながら差し出されたのは、プレゼント用に袋詰めされている何か。無意識に受け取ってしまったが、いったいこれは何なのだろうか。

 

「えーと、何?」

「その……今日付き合ってくれたお礼」

「あぁ……うん、なるほど……」

 

 個人的にこのようなものをもらうほどのことをした覚えはないのだが、すでに買ってしまっているし、フェイトの性格を考えると断ってしまうと「迷惑だったかな……」などと考えてしまうだろう。

 

「ありがとう……どうかした?」

「え……えっと、あっさり受け取ってくれたから」

「それ……何気にひどくない?」

「あ、いや、そのごめんなさい!」

「冗談だよ」

 

 笑いながらそう言うと、フェイトは少しむすっとした顔を浮かべた。どことなく高町がいじわるだと言うときの顔に似ている気がする。仲が良いとこのへんの反応も似てくるのかな、などと思いつつ、俺は先ほど買ったものを取り出す。

 

「今のお詫びってわけじゃないんだけど、はいこれ」

「え……」

「親子用のリボンが売ってたからさ。こういうのって母と娘じゃないとできないことだし、リンディさんにもしてみたい気持ちがあるんじゃないかと思って」

「で、でも……」

「いいから。君やリンディさんにはよくしてもらってるんだから」

 

 半ば強引に押し付ける形になってしまったが、少しの間のあとフェイトは見惚れそうな笑顔を浮かべた。

 

「あ、ありがと……大切にするね」

「い、いや……まあそうしてもらえるとこっちとしても嬉しいかな」

「……えっと、今日はありがとう」

「あぁうん……これからどうする?」

「予定は済んじゃったし、荷物もあるから……」

「そうだね。じゃあまた」

「うん、またね」

 

 

 



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18 「金色の少女達」

「「ユニゾンイン!」」

 

 直後、黒色のコートが青色へと変化し、視界に映っていた前髪は黒から金色へと変わった。現状では確認できないが、前に確認したときに瞳の色も変化して碧眼になっていた。今もそうなっていることだろう。

 

『今日も問題なくユニゾンできてますね。良かったです』

 

 室内に響いた声は幼げな少女のもの。言うまでもなくマリーさんではない。彼女は別件があるらしく、今日は席を外しているのだ。

 そのため今日は代役がデータ取りをしているわけだが……いったい誰なのかというとユーリだ。信じられないかもしれないが、彼女もまたシュテルやディアーチェのようにデバイスマイスターの資格を持っているのである。

 しかもマリーさんが言うには、レーネさんの秘蔵っ子とのこと。何でもレーネさんに付いて回って色んな研究の手伝いをしていたらしく、シュテルよりもある分野では詳しいのだとか。セイバーの副担当になったのは、それらに加えて前からユニゾンデバイスに興味があったかららしい。

 ――シュテル、ディアーチェと持っていたからさほど驚きはしなかったけど、やっぱり身の回りにこうもデバイスマイスターの資格を持っている子がいると思うところはあるな。レヴィもバカそうに見えて一部においては頭良いみたいだから、あの子も持っているのだろうか……。

 

『じゃあさっそくデータ収集に入り……ショウさん、どうかしたましたか?』

「ん? あぁいや、何でもないよ」

『本当ですか? 気分が悪いのなら今回は中止に……』

「大丈夫。この姿のときは髪色とか変わってるから落ち着かないだけ」

『ならいいんですけど、もしも体調に変化があったりしたときはきちんと言ってくださいね』

「分かってるよ」

『それと、今のショウさん別に変じゃないですよ。カッコいいです……あっ、もちろん普段もカッコいいですよ』

 

 ユーリのストレートな物言いに顔が熱くなってしまった。

 この子は何でこうも感情を素直に出すんだろう。悪いことじゃないけど、簡単に口にしていいものでもないと思う。今はまだ子供だからいいけど、中学生くらいの歳になったら異性を誤解させるぞ多分。

 

『あれ? ショウさん、何だかお顔が赤くなっているように見えますけど。もしかして……』

「大丈夫、大丈夫だから」

『ですけど……ショウさんに何かあったら』

 

 心配してくれるのは嬉しいが、顔が赤くなった原因はユーリだ。しかし、彼女に君が原因だよと言っても傷つける可能性が高いし、そもそも何で赤くなったのか理解できないかもしれない。

 そう思った俺は、きっぱりと大丈夫だと伝える。それでどうにかユーリもひとまず安心したようで、データ収集の準備を進め始めた。俺は準備が完了するまでの間、自分の中にいる相棒に話しかける。

 

〔さて……セイバー、準備はいいか?〕

〔はい、問題はありません。……何やら様子がおかしかったですが、マスターは大丈夫なのですか?〕

〔ん、あぁ大丈夫だ。もう落ち着いた〕

〔そうですか……なぜあのようになられたのですか?〕

 

 人の感情の動きに興味を持ってくれているのは嬉しいことではあるが、先ほどのようなことを説明するのは気が進まない。とはいえ、セイバーの成長ははやて用のデバイスにも繋がるわけで……説明するしかないだろう。

 

〔それはだな……恥ずかしかったからだ〕

〔恥ずかしい? ユーリは褒めていたように思えましたが?〕

〔慣れがない人間っていうのは、褒められても恥ずかしいって思うんだよ〕

〔そうなのですか。人間というのは複雑なのですね〕

 

 人のことをフルネームで呼んでいたのに、近しい相手のことは名前だけで呼ぶようになったあたり、お前も人間らしくなってきてるんだけどな。まあデータ収集のときくらいにしか来てなかった俺よりかは、マリーさんやユーリ、ファラあたりのおかげだろうけど。

 

〔ファラの思考も同じくらい複雑に感じますが……〕

〔まああいつはお前よりも人間に近い考え方をしてるからな。お前にもいつか分かる日が来るよ〕

〔それは……喜んでいいものか分からない言葉ですね。彼女の開発コンセプトは分かりますが、我らはどこまでも行ってもデバイスです。デバイスとして使われてこそ、デバイスとしての本分が果たせるというもの。彼女はいささか考え方が人間過ぎます〕

 

 セイバーの言葉に思わず笑いが込み上げてきた。彼女はファラが妹みたいに扱うと、参考にされている部分はあるが厳密には姉妹ではないといったニュアンスの言葉を返しているのだが、今の言動といい稼動を始めた頃のファラにそっくりだ。

 またふたりの見た目はどことなく似ている。検討されていた人間サイズになれるアウトフレーム機構をファラ共々搭載したことから、並んで歩けば姉妹に思われても何ら不思議ではない。まあ新システムの搭載に伴ってセイバーと同じくらいに大きくなったファラや、自分よりも大きくなる相棒達にはまだ慣れていないのだが。

 

〔確かにそうかもな……〕

 

 だが俺は知っている。人間らしいファラが、戦いの中ではセイバーの言ったように使われることを望んでいることを。

 

〔でもあいつもデバイスなんだよ〕

〔それはそうですが……マスターの言い方からして事実を言ったわけではありませんよね。どういう意味で言ったのですか?〕

〔それは自分で考えるかファラに聞いてくれ〕

〔……マスターがそう言うのであれば〕

 

 どこか納得していない声を出すようになったあたり、今は俺の指示を最優先するセイバーもいつか自分の意見を口にするようになるのだろう。できることなら今の感じのまま人間らしくなってほしいところではあるが、どうなるかは分からない。まあファラのようにシュテルが担当しているわけではないので、おかしな方向に進む可能性は低いと思うが。

 ――シュテルがファラにやっていることがおかしいってわけじゃないけど、1年前と比べたらファラは大分変わったしな。簡単に言えば振る舞いが淑女っぽくなった。セイバーが出来てからは、姉として振る舞いたいからか自分から教わってるみたいだし……どうなるんだろうな本当。

 

『じゃあショウさん、始めますね』

 

 了解、と返事をすると訓練用のターゲットが現れる。セイバーのデータを取ることがメインなので、俺は魔力弾を生成し、狙いや発射のタイミングは彼女に任せた。次々と現れるターゲットにセイバーは魔力弾を放っていくが、ジャストヒットしているのは3発に1発といったところだろうか。

 

〔セイバー、前から思ってたけど射撃は苦手か〕

〔そういうわけでは……ただマスターとのタイミングを掴みきれていないだけです〕

〔……それもそうだな〕

 

 今日までに何度かユニゾンはしているが、このように戦闘面でのデータを取り始めたのは最近だ。いくら俺のデータを元に製作されているとはいえ、過去の俺と今の俺とでは多少なりとも変化がある。攻撃や防御のタイミングを100%合わせるにはまだまだトレーニングが必要だろう。

 ――それにセイバーは近接系による個人戦闘を得意とするベルカ式の魔法を主体にしている。遠距離や複数戦闘を切り捨てている魔法体系である以上、必要以上の射撃を求めるのは間違いかもしれないな。俺も昔に比べれば近接戦闘が主体になっているし、セイバーの真価は近接戦闘で発揮されるんだから。

 

『えっと、次のターゲットですけど少し間を空けますので近接戦闘に移行してください』

「了解。セイバー」

 

 ユーリの指示から俺の意図を汲み取ったのか、具体的な指示をする前に深い黄金色の刀身を備える流麗なロングソードを出現させた。漆黒色のファラの剣と比べると実に派手な造りをしているが、ベルカ式用に作られた一振りであるため丈夫だ。

 ――そのせいかファラのより格段に重いわけだが。正直今の俺では両手持ちじゃないときつい。身体能力向上を全力でやれば片手でもいけるだろうが……今は仕方がないか。

 聞いた話では、はやての存在がなければセイバーの試験運用はまだ先だったらしい。つまり、この剣は本来今よりも成長した俺が使うはずだったのでファラよりも重く作られているのは当然のことなのだ。セイバーの助けもあり、なおかつ持てないわけでもないため、わざわざ軽く作り直してもらうのも悪いだろう。

 

〔行けるなセイバー〕

〔もちろんです!〕

 

 力強い返事をするだけあって、全く違和感を覚えることなく前方のターゲットに一閃入れることが出来た。

 俺の近接戦闘のデータを重要視して作られているのか、それともベルカ式を扱うことから近接戦闘重視に設計されたからなのか、剣を用いた戦闘では俺とセイバーのタイミングは完璧に近い形で噛み合う。

 そのため、俺達は無軌道で動き回り時折襲い掛かってくる訓練用ターゲットを難なく斬り裂いていく。射撃のときと比べれば、心地良いまでの一体感だ。はたから見た人間は、生き生きしていると思うかもしれない。

 

『次のターゲットはこれまでより大きくて固いです』

 

 言葉どおり、これまでのよりも大きく頑丈そうなターゲットが現れる。通常の斬撃で破壊するのは手間が掛かるだろう。

 ――かといって片手剣技だと本来の威力を発揮できるか微妙なところだ。……シグナムの真似でもしてみるか。

 脳裏にシグナムの技を映し出しながら、魔力を刀身に纏わせつつ炎熱変換を行っていく。ターゲットへ接近し、全力の一閃。紅蓮の炎を纏った斬撃がターゲットを斬り裂くのと同時に、視界が炎と火花で覆い尽くされる。

 

「……微妙だな」

 

 シグナムの紫電一閃を真似てやってみたが、彼女のほどの威力はないように思える。時折剣の手ほどきを受けているとはいえ、技自体を習っているわけではない。それだけに本家の一撃に及ぶわけはないとは分かっていた……彼女に見られていたなら、怒られはしないだろうが熱心な指導が始まりそうではあるが。

 

『次で最後にしますね』

 

 嬉々とした声が聞こえたかと思うと、ほぼ一直線上に大量のターゲットが現れる。最後だからといって奮発しすぎではないだろうか。

 まあこれで最後なんだ。余力がないわけじゃないし、あれを試してみるか。

 中にいるセイバーに指示すると、煌びやかな刀身に漆黒の魔力が集まっていく。可能な限り収束させつつ、限界に到達するのと同時に剣を振りながら解放。巨大化した漆黒の刃が、大量のターゲットを一気に葬り去った。

 収束魔力斬撃、とでも呼べそうな魔法《エクスキャリバー》。ファラにはなく、セイバーのみに入っている魔法であり、現状で最大の威力を誇る魔法でもある。ただ魔力消費量や発射できるまでの時間から、実戦で使うとなるとタイミングはシビアなものになるだろう。

 ターゲットが残っていないことを確認した俺は、セイバーとのユニゾンを解いた。慣れた重さの剣よりも重いものを使ったり、大規模な魔法を使ったせいか地味だが確かな疲労を感じる。体力向上は意識してやっているし、年々魔力量は増えているが……もう少し早く成長してくれないものだろうか。

 

「まあ……こればかりかしょうがないか」

「マスター、大丈夫ですか?」

「ああ。……シグナムとの模擬戦に比べれば楽なもんだ」

 

 シグナムとの模擬戦を見たことがないセイバーは首を傾げたが、続けて「ユーリのところに戻ろう」と言うとすぐさま頷いた。俺が歩き始めると、すぐ後ろを浮遊しながら付いて来る。

 データ収集用に調整された訓練室から出ると、ユーリがタオルとドリンクを抱えてこちらに向かってきているのが見えた。パタパタといった表現になりそうな可愛らしい走り方だ。俺の前まで来ると、持っていたものを差し出しながら太陽のような笑顔を向けてくる。

 

「ショウさん、お疲れ様です」

 

 これといって汗を掻いているわけではないが、ユーリの好意を無下にするのも悪い。それに彼女は、レーネさんやディアーチェ達に可愛がられているため、泣かせるようなことがあれば……考えるのはよそう。

 

「ありがとう」

「気にしないでください。これもわたしのお仕事ですから」

 

 いや……ここまでするのはユーリくらいだと思う。シュテルからこういうことされた覚えはないし。レーネさんは時間があれば何かしら奢ってくれたりしたけど。

 などと考えていると、ユーリがさらに何か取り出した。意識を向けてみると、彼女の小さな手の平に納まるサイズのドリンクが見えた。

 

「セイバーもお疲れ様」

「いえ……ありがとうございます」

 

 ドリンクを受け取ったセイバーは淡々と飲み始めた。

 ――今までに何度か見た光景だけど……データ収集のときくらいにしか会わない俺には、やはり見慣れない光景だ。かつてのユニゾンデバイスがどうだったかは知らないけど、デバイスが飲食するような時代が来たんだな……前回はおやつにって出されたドーナツを食べてたけど、あの体のどこに入るんだろう。

 燃費が悪いと言われているアウトフレーム機構を搭載した試作型ユニゾンデバイスだけに、イレギュラーのようなことはありはするだろう。

 まあ食事が出来るということに関しては、俺にとっても将来的にユニゾンデバイスを所持するであろうはやてにとっても嬉しいことではある。しかし、アウトフレーム状態ならまだしも普段の大きさでセイバーほど食べるのは……。

 

「……ん? マスター、どうかしましたか?」

「いや……別に何でもない」

「そうですか。なら良いですが……」

 

 もう少し稼働時間が長かったならば俺の思考を理解できたのかもしれない。今回に限っては理解できなくてよかったとも思うが。

 

「ショウさんもすぐに慣れますよ」

「ん? うん……そうだといいけど」

「大丈夫です。今後セイバーに会う機会も増えますから……って、これじゃショウさんの負担が増えるって言ってるのと同じですよね」

 

 自分を責めているのか、ユーリの顔色が曇っていく。悪気があって言ったわけでもないし、今後忙しくなるのは前から決まっていたことだ。それに

 

「テストマスターが俺の仕事なんだから気にしなくていいよ」

「でも……ショウさんは学校もありますし、家のことも……」

 

 確かに学校は大切だし、レーネさんが多忙かつ家事力も低レベルであることから家のこともしないといけない。しかし、多少サボったところで大きな問題があるわけではない。高町達だって任務のときは早退や欠席したりしている。

 現在テストマスターとしての仕事は休日や祝日にすることが多い。俺としては平日にしてもらっても構わないのだが、よほどのことがない限りはよくても金曜日に入るくらいだろう。現状で俺への配慮は充分にされていると言えるはずだ。

 

「そうだけど、みんな頑張ってるんだ。それに俺は将来的に魔法世界で生活するつもりでいるからさ。もっとそっちの都合で考えてもらって構わないよ」

 

 そう言い終わってから気が付いたが、いつの間にかユーリの頭を撫でていた。知らない仲ではないとはいえ、さすがに気軽に触れていい仲でもない。

 

「えっと……ごめんつい」

「い、いえ……わたしは嬉しかったですよ」

「そ、そう?」

「はい、またしてほしいです」

 

 無邪気な笑顔でとんでもないことを言う子だ……いや、普通に考えればとんでもないと思う俺がおかしいのか。子供ならば頭を撫でられて喜ぶのはおかしいことではないのだから。

 

「あっ、すみません。わがままを言ってしまって」

「いや別にいいよ。今のくらいならわがままってほどじゃないし、ユーリはもっとわがままになっていいと思う」

 

 ただ、シュテルとかレヴィのようになるのはやめてもらいたい。俺とディアーチェの会話が増えそうだから。互いの愚痴を聞いて慰め合うっていう会話が……。

 

「そうですか? ……じゃあ」

「うん」

「や、やっぱりいいです」

「言いかけたんだから言うだけ言ってみなよ。別に怒ったりしないから」

「じゃ、じゃあ……その、いつかショウさんの住んでる街を見て回ってみたいです。前はあまり見て回れなかったので」

 

 一度やめようとしたから何かと思ったが、まさかの内容に逆に固まってしまった。今くらいのお願いなら、予定さえあればいつでも付き合うというのに……。

 

「それくらいならいつでも構わないよ」

「本当ですか!?」

「あぁ、今度また遊びにおいで。案内してあげるから」

「ありがとうございます」

 

 大したことではないのに深々と頭を下げるユーリ。彼女がみんなから可愛がられる理由が何となく分かった気がする。俺と同じ立場になることが多いディアーチェにとって、彼女は癒しの存在かもしれない。……時としてシュテルよりも厄介な存在にもなったりするだろうが。

 

 

 



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19 「ユーリとお出かけ その1」

 本格的に夏を迎えた頃、俺はトレーニングの一環であるランニングを行っていた。今日は雲が多いこともあって、日差しもあまり強くない。風も吹いていることもあって、ここ最近では過ごしやすい日だと言えるだろう。

 ――今日はユーリが来るって言ってたし、あの子は体が強くないらしいからな。多少なりとも涼しくなってくれて助かった。……あと1時間もすれば来るはずだし、そろそろ戻って準備しないとな。

 走るペースを速めて家へと戻る。ユーリが来ると言っていた時間までに、あと1時間ほど余裕があるわけだが、最低でも汗を流して着替えを済ませておかないといけない。まあ女性のように化粧などはしないし、何を着ていくか迷うこともないのだが。

 

「……え?」

 

 家の前まで来ると、玄関に誰かが立っているのが見えた。小柄でウェーブのかかった長い金色の髪。この特徴と俺の家を訪ねてくる少女はどう考えてもひとりしかいない。

 

「ユーリ?」

「あっ、ショウさんおかえりなさい」

 

 笑顔でそう言ってくるユーリに無意識の内に「ただいま」と返していたが、時間が気になった俺は腕時計で確認した。

 ――……ユーリはいったいいつからここに居たんだ。いくら今日は夏にしては過ごしやすい天気だとはいえ、体が強くないこの子が何十分も水分を取らずに外に居たのなら気分が悪くなってても不思議じゃない。顔色を見る限りは大丈夫そうに見えるけど……。

 

「ユーリ、いつからここに居た?」

「えっと……ショウさんが戻ってくる3分くらい前ですかね。……その、すみません。楽しみだったとはいえ、こんなに早く来てしまって」

「あぁいや、謝らなくていいよ。外に出てた俺も悪いし、ユーリが来るってのは分かってたんだから」

 

 普段よりも内容を軽めにしていたわけだが、こんなことなら今日ぐらいトレーニングは休んでもよかったかもしれないな。もしくはユーリに合鍵を渡しておくべきだった。

 

「とりあえず中に入ろうか」

 

 首を縦に振ったユーリを見て、俺は鍵を開けて中に入る。彼女をリビングに案内しソファーに座るように促して飲み物を出した。

 

「えっと、ちょっと待っててくれる?」

「あっはい、わたしのことは気にせずゆっくりどうぞ」

 

 ユーリをひとりにするのも気が引けたのだが、汗を掻いたままの状態……それにシャツにジャージで出かけるわけにもいかないだろう。ユーリはオシャレな格好で来ているのだから。

 早足で移動して着替えを準備。次に浴室に向かって汗を流した。もちろん、できるだけ早さと丁寧さを両立させたのは言うまでもない。タオルで髪を乾かしながらリビングへ戻ると、写真を見ているユーリの姿が視界に映る。

 

「……あ、おかえりなさい」

「あぁうん、ただいま」

 

 外出していたわけではないのでそう答えるのはおかしい気もしたが、不思議がられているわけでもないので気にしないでおこう。

 

「別に珍しいものは飾ってなかったと思うけど?」

「え、あの……前に来たときに撮った写真も飾ってくれてるんだなって思って」

 

 確かに両親やはやて、レーネさんとの写真以外にシュテル達を含めた全員で撮った写真も飾っている。

 背中からレヴィに抱きつかれ、それを見たシュテルが悪ふざけで腕に抱きつき、ディアーチェが怒っている。ユーリは笑顔を浮かべ、レーネさんは普段どおりに見えるけど少しばかり笑っている。

 シュテルとレヴィのせいで知り合いに見られると何か言われそうな写真ではあるが、大切な思い出を形にしたものだ。別にやましいことはないのだから堂々としていれば大丈夫だろう。

 

「まあせっかく撮ったわけだからね。それに……こうしておかないとシュテルあたりが何か言ってきそうだし」

「ふふ、確かにそうですね。シュテルはショウさんのことが大好きですから」

 

 ……この子は笑いながら何を言っているのだろう。確かに闇の書事件では心の支えになってくれたし、背中を押してくれたわけだが、事件が終わってからというもの日頃の言動は俺を困らせることばかりなわけで。

 そもそも、あいつは俺よりも恋愛ってものに疎いんじゃないのか。いや、こう考えるのが間違いなのかもしれない。ユーリの年代の好きなんてものはLikeだろうし……でもこの子って恋愛とかに興味津々だったよな。いったいどういう意味で言っているんだ?

 

「大好きね……レヴィだったらそう言われてもあっさり信じられるけど」

「レヴィは言動が正直ですからね。シュテルはあまり本心を口にしないほうですし、ショウさんの前では特にそうですから」

「……あれは本心からふざけてるようにしか見えないんだけど」

「それは……ショウさんと一緒に居るのが楽しいからですよ」

 

 ふざける→俺の反応が鈍い→文句を言う、なんてのが普段のやりとりだった気がする。あのやりとりが楽しく思うものなのだろうか。楽しそうな顔をしていた記憶はほぼない気がするのだが……

 

「楽しいか……あれに付き合うよりは君と話すほうが俺は楽しいんだけどな」

「え……」

「あ、いや変な意味とかはないから」

「そ、それは分かってます。大丈夫です……わたしもショウさんと話すのは楽しいですよ」

 

 少しばかり頬を赤らめた状態で笑うユーリの姿は実に可愛らしく見える。

 ――この笑顔には最近癒されている感じがする。何というか、ユーリってシュテルとは対照的な存在だよな。シュテルを月とするならユーリは太陽って感じか。

 まあ対照的でもある分野になると噛み合って凄まじい力を発揮するわけだけど。しかも、それが向けられる相手は俺やディアーチェっていう……今日はシュテルはいないんだから考えるのはやめよう。

 

「……予定より早いけどもう行く?」

「え、いいんですか?」

「うん」

「じゃあ、お願い……」

 

 丁寧に頭を下げようとしたユーリだったが、不意に俺の顔を見ながら固まってしまった。シャワーを浴びてから何も食べたりしていないので顔に何かついている可能性はないだろう。俺ではなく、俺の背後に何かあるのだろうか。

 ――……まさかシュテルあたりがいるのか? あいつやレヴィならどこからともなく現れても納得できてしまう部分があるだけに可能性はあるぞ。

 などと思い振り返ろうとすると、ユーリが近づいてきて首に掛けていたタオルを手に取った。何をするつもりなんだ、と考えようとした矢先、彼女は少し頬を膨らませて俺の髪を拭き始める。

 

「え、ちょっ……ユーリ?」

「ダメですよ」

「ダ、ダメ?」

「そうです。温かくても油断すると風邪引くんですから。きちんと拭いておかないと」

 

 あぁなるほど……本当に良い子だな。

 これからきちんと乾かして最終準備をしようかなって思ってたけど、これは口にしないでおこう。それにしても、ユーリの顔が近い。自分で拭きたいところだけど……今の顔を見る限り、言っても聞いてくれないだろうな。まあ誰にも見られてないし、このまま好きにさせておこう。

 

「はい、いいですよ……って、すみません。自分で出来ましたよね」

「まあそうだけど……少し嬉しかったかな。距離が縮まってる感じもしたし、あまり今みたいなことされた覚えがないから……」

 

 言ってから思ったが、後半はいらなかったよな。ユーリは俺の両親のことは知っているわけだけど、余計な気を遣わせるだけだし、俺が今みたいなことをしてもらいたいと思ってるって誤解されかねないわけだから。

 

「ショウさん……困ったこととかしてもらいたいことがあったら何でも言ってください。わたしにできることなら何でもします!」

「あ、ありがとう……でも気持ちだけ受け取っておくよ」

「そんなこと言わずに。ショウさんが笑ってくれたらわたしも嬉しいですし……あっでも、こういうことはディアーチェとかに譲るべきですかね」

 

 分かってたことだけど、何でもかんでもストレートに言う子だな。それに俺とディアーチェを何かしらくっつけようとする。俺と彼女は友人であって、それ以上でもそれ以下でもないんだけどな。

 

「いや……寝込んだりすれば別だろうけど、基本的にあいつはそういうことしないよ」

「ディアーチェのこと分かってるんですね」

 

 会って少しすれば、あいつが言動の割りに普通の女の子だってのは誰だって分かると思うけど。というか、目を輝かせてこっちを見ないでほしい。あいつとはそういうんじゃないんだから……話が終わるのを待つよりは切り替えた方が早いか。

 

「そんなことより出発しない? 歩きながらでも話はできるんだから」

「それもそうですね。今日はたっぷりショウさんの知らないディアーチェ達を教えちゃいます!」

 

 両手を握り締めながら力強く宣言するユーリに俺は内心で呆れた。今日この街に来た目的とそれは張り切る方向が違うのではないか、と。

 とはいえ、感情がストレートな子なので街を回っていれば別のことを考えそうだと思った俺は、まずタオルを片付けに行った。そのあとユーリの格好に合うように上着を取りに行き、財布やケータイといった必要最低限のものだけ持って彼女の元へと戻る。

 

「お待たせ。それじゃあ行こう……どうかした?」

「あっ、いえ……今日は白い服なんだなぁと思いまして」

 

 なるほど。確かに持ってる衣類は黒いし、ファラやセイバー関連で出向く際も黒を着ていくことが多かった。別の色を着ていたらユーリのような反応が出てもおかしくない。

 

「オシャレなほうだとは思ってないけど、黒以外もちゃんと持ってるよ。……もしかして変だったりする?」

「いえ、とっても似合ってますよ。カッコいいです」

「あ、うん……ありがとう」

 

 自分で聞いといてなんだが……話し方をもうちょっと考えないとな。思ってることよりも一段階上の返しが来るみたいだし、嘘とかお世辞で言ってるように見えないから恥ずかしくなるし。

 内心ではあれこれと考えてしまい顔が熱くなっていたが、悟られると面倒なことになるのでできるだけユーリと顔を合わせずに外に出た。玄関の鍵を閉めながら、その間に心を落ち着かせる。

 ――……よし、大分落ち着いてきた。さて、今日1日一緒に居るわけだからあまり真に受けないというか意識しないようにしないとな。そうしないとシュテルを相手にしたときよりも疲れるかもしれないし。

 

「……よし、行こうか」

「はい。……あのショウさん」

「ん、何か忘れ物でもした?」

「い、いえそういうのじゃないんですけど……手繋いでもらっていいですか?」

 

 恥ずかしそうに俯きながら上目遣いで言ってくるユーリ。あれだけストレートに何でも言う性格なのに、自分のことになるとこうなるのはある意味不思議だ。

 ――にしても手か……レヴィみたいに勝手に動き回ったりしなさそうだから繋がなくても大丈夫そうではあるけど、ユーリからすればここは慣れない街だし不安なのかもな。それに……もしもユーリを迷子にでもしたら、あとで叔母やシュテル達に何を言われるか分かったもんじゃない。

 

「いいよ」

「ありがとうございます」

「別に礼を言われるようなことじゃないよ。俺は立場上ユーリを守らないといけないわけだし」

「ま、守るだなんて大げさですよ」

「それはまあそうかもしれないけど……気持ち的にね。せっかく遊びに来てくれたんだから怪我とかさせたくないし」

 

 別に特別な感情を込めて言っているわけではないが、言い慣れていないこともあって口にしていて恥ずかしくなってしまった。どんな返事が来るかと不安になっていると、ユーリは何度か瞬きした後、にこりと笑った。

 

「お気遣いありがとうございます。じゃあ今日1日、わたしの騎士(ナイト)をお願いしますね」

 

 笑ってくれたことに安堵したが、一方で予想以上の期待までされてしまっている気がした。騎士という言葉に特別な意味はないとは思うが……いや、ごちゃごちゃ考えずにユーリを楽しませることだけを考えよう。そう思った俺は、ユーリに手を差し出しながら返事をする。

 

「精一杯努力するよ」

「はい。……あっ、流れ的に今の場面は『姫、お手をどうぞ』とかじゃないんですか?」

「あのさ……そこまで求めないでもらえると助かるかな」

 

 



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20 「ユーリとお出かけ その2」

 家を出てから公園、図書館、デパートなど子供でも利用しそうな場所を巡った。ユーリの体力を考え、できるだけ場所が転々としないように心がけたのは言うまでもない。

 しかし、さすがに夏に外を歩き回れば汗ばみ体力を奪われる。その証拠に俺よりも体力がないであろうユーリの顔には数滴だが汗が垂れているのが見える。

 ――そろそろ一旦どこかで休んだ方がいいかもな。ここからだと……あそこが近いか。

 脳裏に浮かんでいる場所は知り合いに会う可能性が高いのだが、シュテルやレヴィといった人物はすでに知られている。いまさらユーリと彼女達が出会ったところで大したことにはならないだろう……ユーリが暴走しなければ。

 

「大分歩いたし疲れただろ。一度休もうか」

「え、いえまだ大丈夫ですよ。昔ほど体も弱くありませんから」

「そっか。でも君の意見は却下だから」

「えぇ!?」

「えぇ!? じゃない」

 

 俺が運ぶのはいいとしても、レーネさんやシュテル達からは何か言われるだろう。ユーリは自分が悪いと言いそうではあるが、そういう状態にしないようにするのが今日の俺の役目だ。

 それに俺と一緒なら大丈夫だろうということで今日の外出は許可されている可能性が高い。ユーリに何かあれば、様々なものが一度に壊れることもありえる。

 

「君に倒れられでもしたら困るんだから」

「……分かりました」

 

 駄々をこねられても困るので今のような言い方をしたが、予想通りユーリに自分を責めるような顔をさせてしまった。とはいえ、ここで意見を変えるわけにもいかない俺は自分のキャラじゃないと分かりながらも彼女の騎士として振る舞うことにした。

 

「いいですか姫」

「はい……え?」

「これから行く場所は俺の行きつけの店でお菓子が絶品です。それに、あとで案内しようと思っていました場所でもあります。正直俺も疲れているので一緒に涼みながら休憩してくれませんか?」

「……ふふ」

「ぅ……似合わないこと言っているのは自分でも分かってるよ」

「え、いえそんなこと思ってませんよ。ショウさんは今日1日わたしの騎士様ですし、ショウさんの行き着けのお店ならぜひ行ってみたいです」

 

 そう言って浮かべられたユーリの笑顔は太陽よりも輝いて見えた。どうしてこうも彼女は魅力的な笑顔を浮かべられるのだろう。もしも今日の出来事が数年先だったなら、俺は彼女の笑顔に惹かれてしまっていたかもしれない。

 嬉しさと恥ずかしさが混ざり合ったような感情を覚えた俺は顔が熱くなるのを感じた。反射的に見られないようにしようと思い、ユーリの手を引いて歩き始める。

 ――ほんとユーリの相手は慣れないな。ヴィータとは上手くやれているのに……って、ユーリと比べたらあいつが怒るか。見た目はあれでも精神年齢は違うわけだし。まあぬいぐるみに興味を示すことから幼さがあるのは間違いないだろうけど。

 

「……ところでユーリ」

「はい、何ですか?」

「一度さ……手を放さないか?」

 

 ユーリの安全のために手を繋いでいるわけだが、さすがに家を出てからずっと繋いでいると汗ばんで仕方がない。ユーリが頑なに放そうとしないので今まで言わなかったが、手の握り加減や位置を調整しても何とも言いがたい感覚を覚えてしまう今提案してみるのは悪くないはずだ。

 

「その、結構俺の手汗掻いてるから気持ち悪いだろ?」

「そんなことないです。というか、汗を掻いてるのはわたしのほうでしょうし……こちらこそすみません」

「いや、別に謝らなく……この流れだと終わりそうにないか」

 

 ユーリが力を緩めていたこともあって、俺が力を抜くと彼女の手は自由になった。俺が手の平に感じている涼しさをあちらも感じていることだろう。

 しかし、涼しいからといってユーリの気持ちが上に向きはしない。汗を拭ってもう一度握ろうかとも考えたが、こちらだけ拭って手を繋いでも彼女が気を遣って何かしらのやりとりがあるだろう。そう思った俺は、これまでユーリの手を握っていた手とは逆の手で彼女のもうひとつの手を握った。

 

「あ……」

「慣れないほうの手だと違和感あるかもしれないけど、汗が乾くまで我慢して」

「はい♪」

 

 笑いながら声を弾ませたことから判断するにユーリの機嫌は悪化していることはあるまい。

 左手で握るのは慣れていないので何となく落ち着かないが、自分から握ってたのだから右手の汗が引くまで我慢するしかない。目的地までの距離もそうないのだから。

 

「ここが目的の店だよ。翠屋って言うんだ」

「ミドリヤ? あっ、レヴィが少し前から美味しいって言ってたお店ですね」

 

 一瞬翠屋を知っていたことに驚いたが、レヴィが言っていたのなら知っているのも納得できる。彼女にはここのお菓子を食べさせたことがあるし、聞いた話ではこちらに出向いた際には毎度足を運んでいるそうだ。

 ――フェイトが大食いになったって噂を耳にしたことがあるけど、レヴィをフェイトだと勘違いした人が口にしたんだろうな。パッと見は同じだから仕方がないことではあるけど……レヴィに翠屋を教えた身としては、今度フェイトに謝っておいたほうがいいかな。

 ……そういえば、フェイトが2人居る!? って話は聞かないな。高町達の翠屋の利用頻度を考えればレヴィと鉢合わせしてもおかしくないはずだけど、今のところ遭遇することはないんだな。

 などと考えながら、ユーリの手を引いて翠屋の中に入る。程よい冷気が体に触れ、体の温度が下がっていく気がした。

 

「う~ん、とっても涼しくて気持ちいいです。それに穏やかな雰囲気が漂ってますし、美味しそうな匂いもします」

 

 ころころと表情を変えながら店内を見渡すユーリの姿は、実に子供らしくて可愛く見える。もしも両親が健在だったなら下の子が生まれていただろうし、妹でもいれば今ユーリに対して抱くような感情を常日頃抱いていたのかもしれない。

 店内に入ったこともあって手を繋ぐ必要もないだろうと、俺は力を抜きながら歩き始める。しかし、手が完全に離れる寸前でユーリが再び握ってきた。視線を向けてみると、俺の行動に小首を傾げている彼女の姿が見えた。どうやら手を繋ぐ状態がデフォルトになっているらしい。

 

「どうかしましたか?」

「いや……何でもないよ。空いてるところ探して座ろうか?」

「はい」

 

 人気がある店だけあって様々な年代の客が楽しそうに談笑している。ふと視線が合った客からは、兄妹で来ているとでも思われたのか、微笑ましい表情を向けられた。

 少々恥ずかしいと思ったが、人にレヴィと手を繋いでるところを見られたときよりはマシなレベルだ。それにユーリは手を放そうとしないので、どちらにせよ耐えるしかない。さすがに席に座れば放すとは思うが……いや、彼女は至って普通の子だ。ちゃんと放してくれるはず。

 

「……あれ?」

 

 ふと聞こえた覚えのある声に俺の視線は自然とそちらに向いた。視界に映ったのは、私服姿の高町。歩いている途中でこちらを発見したような姿勢からして、誰かと一緒に来ていて席を立っていたのだろう。

 高町は挨拶をするためにかこちらに体を向けると近づいてきた。いつもどおり明るい表情だったが、視線が俺から繋がれている手、ユーリへと移っていくに連れて疑問の色が現れる。

 

「ショウくん……えーと、この子は?」

「あぁこの子は……自分でできる?」

「え、は、はい」

 

 ユーリは面識のない高町との遭遇に戸惑っているようだが、俺の知り合いということは感じ取っているようで、きちんと挨拶をしようと思ったのか、彼女は俺の手を放して1歩前に出た。

 

「は、はじめまして、ユーリ・エーベルヴァインです」

「え、あ、はい、ご丁寧に。私、高町なのは……」

 

 頭を下げて挨拶をしたユーリに触発されたのか、高町も慌てながら挨拶をしながら頭を下げた。結果、お互いに距離感をきちんと掴んでいなかったのか、下げられていたユーリの頭に高町の頭が直撃。鈍い音が響いたのとほぼ同時に、ふたりの悲鳴も聞こえたのは言うまでもない。

 

「いてて……ご、ごめんなさい!」

「い、いえ……だ、大丈夫ですから」

 

 大丈夫と言ってはいるが、ユーリの目には涙が浮かんでいる。まああれだけ勢い良く頭をぶつけたならば、涙が出てもおかしくはない。

 とはいえ、シュテル達――特にディアーチェは過保護な部分がある。目に見える怪我をしていなくても、たんこぶを発見してしまうかもしれない。それを考えると事前に報告しておいたほうが面倒にならずに済む。

 ――はぁ……ある意味ふたりの性格が噛み合ってしまったことで起こった事故だよな。だから高町を責めるようなこともできないし、かといって挨拶をしたユーリが悪いわけでもない。とりあえず、触って調べよう。

 

「ちょっと動かないでくれよ」

「ショ……ショウさん?」

「うーん……たんこぶとかはできてないかな。あれだけ勢い良くぶつかったことを考えると大した石頭だね」

「そ、それは褒めてないです」

 

 そう言いながらユーリはむすっとした顔で睨んできたが、はっきり言って全く怖くない。とはいえ、不機嫌なままで居られるのも困るので謝罪のつもりで頭を撫でると、彼女は気持ち良さそうに目を細めた。素直というか扱いやすいというか……。

 

「……君も大丈夫?」

「あ、うん……」

「…………もしかして、君も撫でてほしいの?」

「な……そ、そんなこと思ってないよ! ショウくんにも優しいところあるんだなぁとか、何だかお兄さんみたいだなぁって思っただけで!」

 

 両手をブンブン左右に振りながら必死に否定していることから本音だろう。そもそもとっさに嘘を言える性格をしているとも思っていないが。

 しかし、俺に『も』という言い方はどうなのだろうか。考え方によっては貶されているようにも思えるのだが……気にしないでおくのが得策か。そう完結させたとき、不意に何か考えているユーリが見えた。

 

「ユーリ、どうかした?」

「え、あの、その……シュテル達からこの方はナニョハさんって聞いてたんですけど」

 

 なにょはさん?

 確かそれってレヴィの言い間違いか高町のあだ名だったはずだけど……今シュテル達って言ったよな。つまり『なのは』だってきちんと理解しているあいつがわざと『なにょは』を使って刷り込んだ、と。

 前にからかったときに反応が良かったからってこんな手の込んだことを……。

 

「どうかしたの?」

「ん? あぁいや……その、なんだ……」

「何で言い淀むの? 私には言いにくいこと?」

 

 言えるといえば言えるけど、君の気持ちを考えると言いにくいというか……。

 上手く発音できないとか誤魔化すことは可能だけど、そうするにはユーリとも打ち合わせが必要だよな。でも打ち合わせしてる時間なんてないだろうし……。

 

「あの、あなたはナニョハさんですか? それともナノハさんですか?」

 

 ……ユーリ、素直なのはいいことだけどもう少し考えてから発言することも大事だよ。高町、知り合ってからの経験でレヴィに『なにょは』って言われたことが1番反応してた気がするし。

 

「え……なのはだよ。な・の・は!」

「ご、ごめんなさい!」

 

 突然の大声に驚いたのか、ユーリは謝りながら俺の後ろに隠れてしまった。怒らせてしまったと思っているのか、俺に不安そうな顔を向けてきたが、高町の声のトーンや表情からして怒っているわけではないだろう。おそらく反射的にツッコんでしまっただけだ。経験のないユーリに分かれというのは無理なことだろうが。

 

「……高町、気持ちは分かるけど怒鳴るなよ」

「あ……ご、ごめんねユーリちゃん。その怒ってるとかじゃなくて……」

「い、いえ……こちらこそすみません。シュテルやレヴィの言っていることを鵜呑みにして、お名前を間違って覚えてしまって」

「そ、そうなんだ。……レヴィちゃんはともかく、何であの子はわざとするのかな。似てない、絶対私とシュテルちゃんは似てない」

 

 高町……心の声が漏れてるぞ。

 まあ俺はシュテルへの感情は大いに分かるし、見た目に関しても髪型とか違うこともあって今のままなら他の人ほど似てるとは思わないけど。声もシュテルの方が低めというか落ち着きがあるし……でもあいつが意識して真似すれば分からなくなるだろうな。

 

「あっそうだ。ショウくんにユーリちゃん、もしよかったら一緒にどうかな? ショウくんともお話ししたいし、みんなにもユーリちゃんのこと紹介したいから」

「えっと……わたしは構いませんけど」

「別に俺もユーリがいいなら構わないよ。ところでユーリ」

「はい?」

「いつまで俺に隠れてるつもり?」

 

 高町が怒ってないってのは分かったはずだから離れてくれてもいいと思うんだけど。この体勢のままだと周囲に誤解されかねないし……高町が。

 

「そ、それは……ショ、ショウさん守ってくれるって言ったじゃないですか」

「守るのと隠れるのは違うと思うけど?」

「ショウくん、そういうこと言っちゃダメ。ユーリちゃん、あまり気にしちゃダメだよ。ショウくんは時々いじわるになるから」

 

 いじわる? まあそんな風に言われることもあるけど、高町に関しては受け取り方にも問題があると思うんだけどな。

 

「そうですよね」

「うん」

「あっでも、本当はとっても優しいんですよ。口ではなんだかんだ言ったりしますけど」

「それは……そうだね。もっと素直になればいいのにね」

「はい。だけど、意外とそこが可愛かったりするんですよ」

 

 会って間もないのに会話が弾むものだ……って、そうか。このふたりって基本的に素直だし、天然なところがあるよな。性格が似てればこうなって当然といえば当然……ユーリ、初対面相手に何を言ってるんだ?

 

「あぁうん、それは分かるかも」

「でもやっぱり、何よりもカッコいいんです。今日も1日わたしの騎士になってくれてるんですよ」

「そうなんだ。じゃあショウくんにとってユーリちゃんは大切な人ってことだね」

「た、大切だなんて……えへへ、でもそうだったら嬉しいです」

「……あのさ、もうそのへんにして移動しない?」

 

 これ以上、ふたりだけの空気で話し続けられたら俺の精神が持たない。

 このふたりの会話……ある意味シュテルのときよりも性質が悪いかもしれないな。……今日1日持つか心配になってきた。

 

 

 



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21 「ユーリとお出かけ その3」

 高町とユーリがすっかり意気投合した後、高町に先導される形で移動した。向かった先にはフェイト、バニングス、月村、それにはやてといつものメンバーが揃っていた。彼女達は高町に何かしら言おうとする素振りを見せたが、俺やユーリに意識を向ける。ただ俺よりも初対面のユーリのほうに意識は割いているようだ。

 

「みんな紹介するね。この子はユーリちゃん、ショウくんの知り合いで遊びに来てたんだって」

「はじめまして、ユーリ・エーベルヴァインです」

 

 綺麗にお辞儀をするユーリを見て、バニングスや月村は感心したかのような表情を浮かべた。礼儀作法などを教えられていそうな彼女達には、やはりそういうところにも目が行くのだろう。

 バニングス達がそれぞれ自己紹介するかと思ったが、前もって話を聞いていたりしたのかユーリは何かを思い出しているような顔をしている。先ほどの高町の件から考えると、嫌な予感がしないこともない。

 

「えっと、確かヘイトさんにアリリンさん、スズタンさん……」

「誰がアリりんよ!」

「ひゃ!? ご、ごめんなさい!?」

 

 バニングスの怒声とも取れるツッコミに驚いた(多少なりとも睨んでいたので恐怖したかもしれない)ユーリは、飛び跳ねるように俺の後ろに隠れてしまった。高町のほうが近かったはずだし、彼女の方がバニングスを宥めるのに向いているのだが、俺の方が信頼されているということだろうか。

 

「ア、アリサ、大きな声出しちゃダメだよ」

「そうだよ。ユーリちゃん怖がってる」

「う……わ、悪かったわよ。でも仕方ないじゃない、まさかレヴィって子から付けられたあだ名で呼ばれるとは思ってなかったんだから」

 

 確かに前にレヴィから言われたときも似た反応してたからな。ユーリに悪気がないのはバニングスも分かってるだろうけど、いきなり言われれば反射的にツッコむのも無理はない。

 

「ユーリ、あとで少し話そうか」

「え……は、はい」

「ん? あぁ別に怒るとかじゃないから。ただシュテルやレヴィが間違ったことを教えてる可能性があるからね。また同じようなことにならないために確認しておこうと思って」

 

 周囲に聞こえないようにこそっと言うと、ユーリはこくりと頷いた。どうやら自分の中の認識に間違いがありそうだと先ほどと今のできちんと理解したらしい。

 

「えっと、ユーリだっけ? そ、その悪かったわね。いきなり怒鳴ったりして」

「い、いえ……こちらのほうこそすみませんでした」

 

 と言うものの、ユーリは俺の後ろに隠れたままだ。昔は人見知りだったという話を聞いたことがあるので、もしかすると今も多少はそれが残っているのかもしれない。

 ――まあ自分のせいとはいえ、出会って早々に怒鳴られたらこうなっても無理はないよな。バニングスって高町や月村と違って気が強そうな顔もしているし。でも性格的に言えば、ユーリの知る人物に似てるんだけどな。

 

「大丈夫だよ。あの子はああ見えて根は優しい子だから」

「そうなんですか?」

「うん。ディアーチェみたいな感じだよ」

 

 ディアーチェという言葉が効いたのか、ユーリの顔は一気に明るくなった。気持ちに変化もあったようで、俺の背中から出るとバニングスの元に近づいていく。

 急なことにバニングスは戸惑いの表情を見せたものの、マイペースなユーリは気にしていない。ユーリは彼女の手を握りながら上目遣いで話しかける。

 

「あの、すみませんでした!」

「え、えぇ……いや、あたしも悪いから」

「お名前を伺ってもよろしいですか?」

「ア、アリサ……アリサ・バニングスよ」

「アリサさんですね」

 

 ユーリがにこりと微笑んだ瞬間、バニングスのハートが射抜かれたようなエフェクトが見えた気がした。何というか、今の彼女の内心では「何なのよこの可愛い生き物は!?」のような感情がありそうに思える。抱き締めたいとまで思っているのか、手が妙な動きを見せているのが良い証拠だろう。

 

「えっと、そちらは……」

「月村すずかです。よろしくね、ユーリちゃん」

「はい、よろしくお願いします」

 

 月村の穏やかな笑みに安心感を覚えたのか、何も警戒せずにユーリは近づいていった。それを見たバニングスは名残惜しそうに手を伸ばすが、自制心はあるようですぐに止まった。

 ――意外とまでは言わないけど、知らなかった一面を見ている気がするな。ユーリでああなるなら、ヴィータでも似たようなことが起きるんじゃないだろうか。いや、でもユーリとヴィータじゃタイプが違うからな。

 などと考えている間に、ユーリは月村からフェイトへと移動していた。火が点いたときの行動力は高町以上かもしれない。

 

「フェイト・T・ハラオウンです。よろしくねユーリ」

「はい、よろしくお願いしますヘイトさん」

「はは……ヘイトじゃなくてフェイトね」

「えっと、フェイトですか?」

「そう、フェイト」

 

 きちんと修正ができるあたり、ユーリはレヴィよりも上かもしれない。

 フェイトも普段どおり接しているし……ふと思ったが、ユーリは高町やフェイトをシュテル達に似ていると思っていないのだろうか。全く比べている素振りがないように見えるが……ユーリの中では俺以上にシュテル達の存在は確立されたものなのかもしれない。

 

「最後はわたしやな。八神はやて言います、よろしくなユーリちゃん」

 

 はやてはふざけたりせずに人懐っこい笑みを浮かべて挨拶したのだが、ユーリは今までと違って何も言わずにじっとはやてを見ている。

 

「えーと……わたしの顔に何か付いとる?」

「あっいえ、何も付いてませんよ。ただショウさんと似た瞳をされてるなぁ、と思っただけで」

 

 俺と似た瞳。そのユーリの言葉に自然と俺の視線ははやてへと向き、同じようにこちらを向いていた彼女と目が合った。

 ――……似てるか?

 色や大きさに差はあるとは思うが、こういうことなら他の子にも当て嵌まってくるだろう。俺とはやてのみということは、何かしらの共通点があるはずだ。

 他の子とはない俺とはやての共通点……それはあれくらいしかない。だが俺はともかく、はやてのことまではユーリは知らないはず。直感的に見抜いたのだろうか?

 

「うーん……似とる?」

「いや、あんたはともかくあいつの目をそこまで見たことないから。そもそも、あたしはあいつと付き合い薄いし。すずかは?」

「え……まあ似てるといえば似てるかも。言葉にするのは難しいけど、あえて言うなら宿ってる何かが一緒って感じ?」

「あぁうん、ショウくんもはやてちゃんもお互いのこと大切に思ってるわけだしね」

 

 知らない人間がいないとはいえ、いやいないからこそ反応の仕方に困る発言だ。

 確かに俺ははやてのことは大切に思っている。親しい友達であり、家族にも近い存在だ。だが恋愛対象かと言われれば、今は違うと言うほかにない。本格的に思春期を迎えるであろう中学生頃になれば違ってくるかもしれないが。

 ――いや待て、今考えるべきはこんなことじゃない。何故なら、この場にはユーリがいるんだ。俺の予想が正しければ……

 

「ということは、ショウさんとハヤテさんはそういうことなんですか!?」

 

 キラキラと目を輝かせながら俺とはやてを交互に見るユーリ。予想通りの行動に俺は自然と肩を落とした。面倒な方向に話が進んでしまった。

 

「そういうこと?」

「なのは……」

「なのはちゃん……」

「あんたね……」

「え? え?」

「あぁええよ。こっちでどうにかするから。ただちょいと黙っといてな」

 

 少女達の発言からして、理解できていないのは高町だけのようだ。悪気がないだけに責めるようなことはできないが、理解できていないのにあのような発言するのは性質が悪いと言わざるを得ない。はやての言ったように黙っててもらうのが得策だろう。

 

「ユーリちゃん、あんなぁ」

「はい!」

「わたしとショウくんはそんなんやないよ」

「え? でもハヤテさん、ショウさんのこと好きですよね?」

 

 どストレートな問いかけにさすがのはやても息を詰まらせた。どう答えようか迷っているようで、視線がさまよい始める。不意に俺と目が合った彼女はしばしこちらを見つめた後、覚悟を決めたのか大きく息を吐いて口を開いた。

 

「それは……まあ好きや」

「ですよね。見ただけで大好きなんだなって分かります! どういうところが好きなんですか?」

「どうって……それは……その」

 

 顔を赤らめて指をもじもじとさせているはやてを見ていると、こちらまで恥ずかしくなってきてしまった。彼女の気持ちは分かるが、普段かふざけているときのような感じで話してほしい。今の状態では誤解されてもおかしくない。

 

「やっぱ勘弁して! 恥ずかしくて死んでまう!」

「えぇ、聞きたいです!」

「いやいやいや、恋の話とか読んだり聞く分には楽しいけど自分のは無理。そもそも、わたしがショウくんに抱いてる好きは友達とか家族に抱くようなもんや!」

「だとしても、ハヤテさんも女の子なんですから色々と考えたりしますよね! どこかに遊びに行きたいとか……お、お嫁さんになりたいとか!」

「え、お嫁さん!? ちょっ、急に跳ね上がりすぎやろ!?」

 

 頬を赤らめながらも質問を続けるユーリに、質問される度にどんどん赤面していくはやて。あのはやてがこのような状態になったのは初めてであるため、ある意味貴重だと言えるがカオス過ぎる。止めに入りたいところではあるが、割って入るタイミングが見当たらない。

 

「そんなことありません。フェイトさんだって考えますよね?」

「え……えっと、その」

「あっ、そういえばショウさんってハヤテさん以外だとフェイトさんのことは名前で呼んでますよね。つまり、フェイトさんもハヤテさんのようにショウさんと仲が良いんじゃありませんか?」

「い、いや……は、はやてほどは……」

 

 フェイトもはやて同様に赤面し、こちらにチラチラと助けを求めてくる。その行動がかえってユーリのハートの火を点けてしまい、さらなる追求が始まった。はやてよりもこの手の話題に弱いフェイトは混乱してしまったようで、上手く言葉を口にできなくなってしまった。

 

「ユーリちゃん、いったん落ち着こう。ね?」

「大丈夫です、わたしは落ち着いてますよ。そういえばスズカさん、さっきショウさんに会ったとき微笑みかけてましたよね?」

「え? そうだったかな?」

「そうでしたよ。無意識ということは……もしやスズカさん、ショウさんに思うところがあるんじゃないですか?」

「え、いや、その……」

 

 月村までもがユーリに撃沈してしまった。残っているのは俺にバニングス、高町だが……高町は黙っていろと言われたことに加え、状況に困惑してしまっているようで頼りになりそうにない。つまり俺とバニングスでどうにかするしかないわけだ。

 

「ちょっと夜月、あんたどうにかしなさいよ」

「ど、どうにかって……どうやって会話に入れと? というか、俺が入ったら余計にややこしくならないか?」

「だからといってこのままにするわけにもいかないでしょ」

 

 それはそうだが……強引になるがユーリの口を塞いでみるか。……いや、ダメだな。このやり方は好ましくない。言葉でどうにかするのがベストだ。しかし、言葉でどうにかできる状況では……

 

「……バニングス、いつもみたいに怒鳴ってみてくれないか?」

「は? あ、あんたの中でのあたしはどうなってんのよ!」

「小声で怒鳴るなんて器用なことできるんだな。でも今はきちんと怒鳴ってくれ」

「嫌よ。効果がありそうってのは分かるけど、会ったばかりのあたしじゃ今後を大きく左右する亀裂が入りかねないじゃない。あんたがやりなさいよ、そのほうがあの子も聞くはずでしょ?」

 

 確かにバニングスの言うとおりだろうが、俺が本気で言うと泣かれそうだから怖い。だが一応今はユーリの保護者みたいな立場に居るわけだから、俺がどうにかするしかないんだよな。

 どうする俺?

 はやてやシュテル、レヴィ相手ならどうにかできると思うが、ユーリとタイプが違いすぎるからこの3人の対処法なんてユーリには使えない。くそ、シュテル達にこういうときのユーリの対処法を聞いておくべきだった。

 

「何だか賑やかだね。どうかしたの?」

「どうかしたって、あんたもここに居たでしょ」

「この場に来たのは今だよ?」

「何言ってんのよ。さっきからユーリって子が……ッ!?」

 

 バニングスが途中で言葉を詰めたのは当然だと言える。彼女は話しかけてきた人物を聞こえてきた声からフェイトだと思っていたのだろう。しかし、実際に居たのは幸せそうに顔を緩ませているフェイト――ではなくレヴィだったのだから。

 

「レ、レヴィ!?」

「うん、ボクだよ。アリりん、おっひさ~」

「誰がアリりんよ! そのあだ名で呼ぶのを許可した覚えはないわ!」

 

 面倒な状況に面倒な人物の登場にバニングスの感情は噴火してしまったらしい。このままレヴィの相手を任せてしまおうという思いもあるが、今のユーリをひとりでどうにかできる自信はない。まずはレヴィをどうにかしよう。

 

「バニングス落ち着け、レヴィの言動を気にしてたら身が持たない」

「他人事だと思って言ってくれるわね……まあ確かに今はこの子よりもあっちよね」

「いや、レヴィを優先してみよう」

「何でよ?」

「レヴィはユーリと昔から知り合いだ。可能性は低いけど、あのユーリをどうにかできる方法を知っているかもしれない」

 

 俺の言葉に納得がいったのか、バニングスはやってみろという意思が感じ取れる視線を返してきた。俺は意識をほっぺが落ちているレヴィへと向け直し話しかける。

 

「なあレヴィ」

「なに?」

「何でここにいるんだ?」

「んーとね、前に連れてきてもらってからたまにここには来てたんだ」

「あぁ……ここのお菓子美味しいもんな」

「うん。あっでも、ショウのお菓子も美味しいよ。ここのには少し劣ってる気がするけど……」

 

 大食いのくせに良い味覚を持ってるな。質より量かと思っていたが、できれば両方取るタイプか。ディアーチェあたりはレヴィに食事を作ってやったりしてそうだし……あいつって本当に苦労人だな。シュテルにからかわれ、レヴィの面倒は見なくちゃいけないわけだから。

 

「今日ここに来た理由もここのお菓子を食べに来たんだ。まあ王さまから頼まれたってのも理由だけど」

「ディアーチェに頼まれた?」

「うん、ユーリがひとりでショウの家まで行けるか心配だから暇ならついて行けって。でもユーリはひとりで大丈夫って言ってたから一緒に行くわけにもいかなくてさ。だからこっそり付いて行ってたんだ」

 

 あぁ……ディアーチェなら言ってもおかしくない内容だな。

 それにしても、ディアーチェはレヴィのことを意外と信頼してるんだな。正月のときはじっとしてろって言ってた気がするけど、今はもう独りで行動することに何も言ってないみたいだし。俺からするとユーリをひとりで行かせるよりレヴィをひとりで行かせるほうが心配なんだけどな。

 

「ショウの家に到着したのを見てからはそのへんをぶらっと回って、公園でサッカーしてる子達が居たから一緒に遊んだ」

「……知らない子だよな?」

「うん」

 

 ……いやまぁ、年齢的に知らない子に一緒に遊ぼうと言えてもおかしくはないけど。でもレヴィほどやれる奴はそういないよな。なんて考えてる場合じゃない。

 

「そっか。ところでレヴィ」

「ん?」

「ちょっとでいいからユーリの相手してくれないか?」

「うーん、うんいいよ」

 

 レヴィは緩みきった顔のまま、ある意味暴走しているユーリへと近づいていく。彼女はユーリの背中側から接近すると、引っ付きながら抱き締めて頭の上に自分のあごを乗せた。突然の事態にユーリが体を震わせたのは言うまでもない。

 

「今日は元気だね~」

「あれ? 何でレヴィがいるんですか?」

「それはね、ここのお菓子食べに来たんだよ。ここのお菓子はすっごく美味しいからね。ユーリも食べたら?」

 

 ふたりから発せられる雰囲気はとても穏やかだが、会話の内容次第で一瞬にして崩れかねない状況でもある。

 ――レヴィは話を振られない限りディアーチェのことを言うことはないだろうが、聞かれればすぐに言ってしまう。そうなれば、子ども扱いされたことでユーリの機嫌が悪くなる可能性は大だ。見ている身としては精神的に来るものがある。

 

「確かに少しお腹も空いてますし、レヴィから話を聞くたびに食べたいなって思ってたんです」

「うんうん、来たのに食べないのは損だからね。それにユーリはもっとたくさん食べないと。じゃないと大きくなれないぞ」

「む……これでもちゃんと食べてます。レヴィが食べすぎなんですよ。というか、何であんなに食べて太らないんですか?」

 

 確かにレヴィは俺の数倍は食べる。しかし、体型は至って普通だ。

 レヴィの食べる量を知っている身としては、なぜ太らないのか疑問に思うのは凄く理解できる。だがユーリは別に太っていないし、普通に考えればこれからどんどん背も伸びるだろう。体重を気にするにしてもまだ先なのではないだろうか。俺が女だったなら違った考えを持ったのだろうか……

 

「そう? この前量ったときは結構太ってたんだけど」

「それは太ったんじゃなくて背が伸びたんですよ!」

「あっ、なるほど……まあそんなことよりお菓子食べよう!」

「それもそうですね。でも食べすぎはダメですよ。お菓子ばかり食べてご飯が入らないと怒られますから」

「大丈夫、分かってるって!」

 

 レヴィとユーリは腰を下ろしてメニューを見始める。ふたりのマイペースな展開に赤面していた少女達もいつの間にか呆気に取られていたようだが、どうにか落ち着くことができたらしい。

 

「たくさんありますね。どれも美味しいそうですし迷います」

「そうだね。全部食べたいところだけど、さすがにご飯が入らなくなっちゃうし……あっそうだ。ねぇなにょは、なにょはってここの子供なんだよね。オススメってどれかな?」

「あ、うん、えっとね……って、なのはだよ。なのは!」

「そんなのはいいから、オススメ教えて」

「いやいや、良くないよ!」

「ところで、そっちの子って誰?」

「そっちから話しかけたのに無視!?」

「八神ハヤテさんですよ。ショウさんの大切な人です」

「そっか。よろしくねはやてん……あっ、でも王さまは小鴉って呼んでたっけ。はやてんと小鴉っち、どっちがいい?」

「え……好きなほうでええけど」

「うーんじゃあ……考えとく」

 

 自分から質問したのに決めないのか……本当に自由な奴だな。にしても高町、不遇さに落ち込んでるな。まあシュテルのときといい、今といい振り回されてばかりだからな。レヴィ達の性格を変えることができない以上、頑張れとしか言いようがないけど。

 

「あはは……ずいぶんとマイペースな子やな」

「はやて、あんたこの子を見てもあんまり驚いてないわね」

「まあな。なのはちゃんのそっくりさんにも会ったことあるし、自分のそっくりさんにもこの前会ったからなぁ。それに何ていうか……ユーリちゃんのせいで驚く体力が残ってなかったんよ」

「あぁ……うん、お疲れ」

 

 

 



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22 「レーネの相談」

 久々の休日に私――リンディ・ハラオウンは翠屋を訪れていた。理由は私以上に休みを取っていないであろう知人に相談があると言われたからだ。これまでに近況報告などは定期的に行っていたけど、相談したいなどと言ったことはなかった。

 ――いったい何の相談なのかしらね?

 私に相談してきた人物の名前はレイネル・ナイトルナ。私の知っている人間の中でも群を抜いた天才で、現在の最新技術の大半に彼女は関わっている。それだけに仕事量・時間ともに他の技術者と比べ物にならないと耳にしている。彼女の目の隈を見れば一発で分かることだけれど。

 聞いた話じゃ桃子さんにも時間を作ってもらってるらしいし、仕事の話じゃないでしょうね。まあ彼女ほどの天才なら仕事で相談するのはあっても金銭面だけ。十中八九、相談の内容はショウくんに関することでしょうね。

 

「リンディさん、こっちよ」

 

 店内に入って周囲を見渡していると覚えのある声が耳に届いた。視線を向ければ、女性が3人座っているのが見えた。

 仕事着の桃子さんに……シャマルさんもいるみたいね。シャマルさんははやてちゃんの保護者みたいな立場でしょうし、今日の相談がはやてちゃんに関係してるなら呼ばれても不思議じゃない。……というか、あの人変わりすぎでしょ。

 

「ごめんなさいね。レーネ、今日はずいぶんときちんとした格好してるのね」

 

 聞いていなかったシャマルさんよりも私の視線を釘付けにしているのは、清楚な服を着こなしている銀髪の女性。目の隈は多少見えるが、普段と違って身なりをきちんとした彼女はもはや別人ではないかと思ってしまう。

 

「リンディ、私に対して失礼だと思わないのかい?」

「普段のあなたを振り返ってみれば妥当だと思うわ」

「まあそうではあるが……やれやれ、こんなことならいつもどおりの格好で来ればよかったよ」

 

 いつもどおりの格好で来られたら、失礼だけどあまり一緒に居たくないのだけれど。目の隈はひどいし、髪の毛はむぞうさに結んでて清潔感とか華やかさがないから。

 まったく、何でこの人はこう自分に興味がないのかしら。顔立ちは整ってるし、スタイルだって良い。目の隈に関しては立場的に強く言えないから置いておくとしても、化粧をすれば「昨日あまり寝ていないのかしら?」くらいのレベルにはなる。きちんとすれば良い人くらい……。

 ……いえ、冷静に考えてみると無理ね。レーネの仕事時間からすればすれ違いなんて日常茶飯事でしょうし、長く続きそうにないわ。それにショウくんの気持ちだってあるでしょうし……でも何より、彼女が自分の恋愛に微塵の興味もないってのが致命的ね。

 

「あのね……職場でなら何とも思われないでしょうけど、こっちで出歩く際はきちんとしなさい。もうイイ大人なんだから」

「……ふむ、まるで母親から言われているような気分だ」

 

 そんなことを言うレーネに私は呆れてしまった。

 母親って……あなた、私とほとんど年齢変わらないでしょう。ぼんやりしてるというか、マイペースというか本当昔から変わらないわね。何だかショウくんが年齢以上にしっかりしてる理由が分かる気がするわ。

 

「おふたりは仲がよろしいのですね」

「そう? こうして話すのも久しぶりなのだけれど……そういえばレーネ、あなた桃子さんと知り合いだったのね」

「ん、あぁそれは義姉さんが桃子くんの友人だったんだ。ここに暮らし始めてからはたまに会って話をしていてね。ショウが桃子くんにお菓子作りを習っていることもあって、桃子くんからはあの子の話をたくさん聞けて私も助かっているよ」

 

 レーネ……普通はあなたが桃子さんにショウくんのことを話すところでしょ。それじゃあ、まるで桃子さんがショウくんの母親みたいで立場が逆転してるじゃない。

 私の内心を察したのか、桃子さんやシャマルさんは苦笑いをしている。だけどレーネは私達の反応に首を傾げた。天才というのはどこか普通の人とは違うものなんでしょうけど、これくらいは分かってほしいと思う私はおかしくないはず。

 

 

「はぁ……あなたって人は。まあいいわ。相談したいって言ってたけど、ショウくんとケンカでもしたの?」

「リンディ、何でそういう話が真っ先に出てくるんだ。他にも色々とあるだろう?」

「そんなの――」

 

 あなたが人のことをおちょくる言動や家事力の低さからショウくんの堪忍袋が切れたと思ったから……、なんてのはさすがに言えないわよね。

 

「――悩みそうなのがあの子のことくらいしか思い浮かばないからよ。それで違うの?」

「もちろん違うさ。生憎私はあの子とケンカなんかしたことがないよ……まあ最近はケンカが起きるほど顔を合わせていないのだがね」

 

 な……なんで自信満々に言った後にすれ違いをアピールするのかしら。返答に困るじゃない。少しは相手の気持ちも考えて言葉を発してほしいわ。

 

「それに私がいないほうが楽だとも言われたことがあるよ」

「レ、レーネさん……さらりと言うことじゃないと思うんですが?」

「シャマルさん、いちいち気にしてたらきりがないわよ。レーネ、さっさと本題に入りなさい」

「そう急かさないでくれ。こちらにも心の準備が……」

「入りなさい」

 

 レーネは少しの間の後、首をすくめてみせた。「やれやれ、せっかちだな……」とでも言いたげに。

 ――この人……本当ナチュラルに人のことを苛立たせてくるわね。というか、相談したいって言ってから大分日数が経ってるでしょ。何で心の準備が終わってないのよ。

 これを言うのはダメだとは思うけど、ある意味ではショウくんの傍に常に彼女がいなくて良かったかもしれないわ。あんな子がこんなダメな大人に育ってほしくないのも。

 

「その、今日相談したいことというのは……まあショウに関することではあるのだが……」

 

 話し始めたと思ったら、ずいぶんと歯切れが悪いわね。いつもは淡々と挨拶からセクハラ発言までするのに。

 それに何で顔を赤くしてるのかしら? ……慣れない化粧をしたから熱でもあるとか。普通の人ならあれだけど、この人だったらそれでも納得する私がいるわね。

 

「そのだね……」

「レーネさん、別に無理して言う必要はないと思いますよ」

「いや、言うよ。私から持ちかけた話だからね……そのだね……実は」

「うん、ゆっくりでいいからね。レーネさんのペースで話して」

 

 ……シャマルさんも桃子さんも優しいわね。昔からの知り合いとしては、さっさと言いなさいって気分なのだけれど。でももう私も良い大人、ここで感情を爆発させて場の空気を壊したりしない。

 

「実は……あの子に母親になってほしいと言われたんだ」

 

 レーネの発言に、彼女の普段と違った態度や相談したいと思った気持ちが理解できた。それと同時に、ショウくんに対して並々ならぬ想いが湧き上がる。

 ――あの小さくて泣きじゃくってた子が……再会したときには歳不相応なほど落ち着いてて。でも時折子供らしい顔もして。大人の言うことは素直に従う子に見えて……大切な子のためになら全てを投げ出すところもある。立場上注意するしかなかったけれど、男の子らしくて喜んでる自分も居たわね。

 私は生まれたばかりの彼。両親を亡くした頃の彼、そしてジュエルシードを巡る事件から今までという断片的にしか知らない。でも彼が傷つき、悩みながらも強く成長してくれたことは分かる。そうでなければ、自分から養子になりたいなんて言えない。

 思わず涙ぐみそうになってしまったが、今日すべきことはレーネの相談に乗って今後の彼女達をより良いほうに導くことだ。話の腰を折るわけにはいかない。

 

「そうなんですか。確かに今後に関わる重大なことですし、相談したくなるのも分かりますね」

「そうね……でもショウくんから言ってきたのよね? レーネがショウくんのことを嫌ってるようには見えない……ううん、自分の子供のように大切に思っているのは言わなくても何となく伝わってくるわ。もう答えは出ているんじゃないの?」

 

 私の問いかけにレーネは視線を逸らし、ぼそっと「それは……」と呟いた。この反応からして、少なからず母親になるかならないかの選択は済んでいるようだ。

 

「確かに……私はあの子のことが好きだ。最初は兄さん達の子供だから、ということで引き取りはしたが……今ではあの子がいない日常なんて考えられない。あの子がいないと私は死んでしまうのではないか、とさえ思う」

 

 珍しく惚けずに素直に感情を出しているんでしょうけど、最後の部分がある意味ボケのようにも感じられるから困るわね。

 家のことの大半はショウくんがしているはずだから、実質彼がいなくなればレーネの生活習慣は今よりも格段にひどいものになる。そうなれば栄養失調で倒れる……最悪過労死なんてことだって可能性としては充分にありえる。

 

「ただ……これはただの私としての感情だ。保護者として見た場合、私は桃子くんやリンディに比べれば……いや、比べてしまってはいけないほど失格だろう。正直……親代わりになったのに、何かしてあげられた記憶なんてものが私にはない」

 

 初めて見る自分を責めるレーネの姿に、彼女がどれだけショウくんのことを考えているのか。また仕事ばかりで何もしてあげられていない悔しさや罪悪感のようなものがひしひしと伝わってきた。

 ――確かにレーネは、はたからみれば子供を放り出して仕事に夢中になっている保護者なのかもしれない。

 でも私には……彼女に偉そうに言える言葉どころか資格さえないわ。私だってクロノにあまり構ってあげられなかった。それに管理局に身を置いている以上、彼女の仕事ぶりとそれがもたらしてきた恩恵を知っている。もう少し休んだら、くらいは言えても……説教と呼べるものはできない。

 

「あの子の母親になりたい……そう思う一方で、こんな私が母親になっていいものかと思ってしまうんだ」

 

 レーネのように仕事優先で過ごしてしてきた私はもちろん、シャマルさんも彼女に何か言ってあげたい気持ちはあっても言葉は出てこないようだ。彼女が言い終わるのと同時に流れる静寂……それを様々な思いを包み込んでしまうかのような優しい声が破った。

 

「……そうね。私もレーネさんと同じ立場だったらそんな風に思って悩みそうだわ。だけど……レーネさんからじゃなくて、ショウくんから母親になってほしいって言ってきたのよね?」

「あ、あぁ」

「なら……母親になればいい、と私は思うわ」

 

 にこりと笑いながら言う桃子さんの言葉には、温もりにも似た安心感が感じられた。レーネだけでなく、私やシャマルさんも黙って彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「あのショウくんが自分から母親になってほしいって言ったんだもの。レーネさんが何もできていなかったなんてことはないはずよ。もし何もできていないのなら母親になってほしいなんて言わないだろうし」

「そう……だろうか」

「自分にとっては何でもないようなことが、人によっては大切なことだったりするのが世の常だもの。ここだけの話だけど……ショウくん、レーネさんには感謝してる。レーネさんのことが好きだって言ったことがあるのよ」

 

 確かにふたりっきりで話したときに恥ずかしそうに口にしていた記憶がある。そのときの姿は、普段本心を口に出そうとしないレーネの姿に被らなくもない。よく思い出してふたりを重ねると、似ている部分は多そうだ。

 

「だから……私はレーネさんが母親になるのが、レーネさんにとってもショウくんにとっても幸せな道だと思うわ」

「桃子くん……」

「そうね。どんなにしっかりしててもあの子はまだ子供。誰かがきちんと見守ってあげないといけないわ。それに……母親になればあなたも変わるかもしれないし、なったほうがいいんじゃないかしら? 困ったことがあれば、いつだって相談に乗るし」

「リンディ……別にここで棘を入れる必要はなかったのではと思うんだがね」

「残念だけど、私は桃子さんみたいに甘くはないのよ」

「まあまあおふたりとも……私も母親になったほうがいいと思いますよ。保護者と母親では、繋がりの強さに違いが出てきますし」

 

 確かにそれはある。フェイトの保護責任者だった頃の私と、母親になった今の私では彼女に対する想いが格段に違う。

 ―――保護責任者の頃は、どうしても遠慮が入ってしまっていたのよね。でも今は好きなだけ愛情を注ぐことができる。煩わしく思ってないか不安だったけど……感謝の気持ちだってプレゼントをくれたんだからそんなこと思ってないわよね。

 

「……そうだね。ありがとう、みんなのおかげで決心が着いたよ。ゆっくり話す時間を作って、あの子と話すことにする」

「はい、頑張ってください。もしもそのとき体調が悪かったとしても、私がどうにかしてみせますから。……そういえば、ショウくんが養子になるということは名前が変わるんですよね」

「ん? あぁ確かに……でも私は自分の名前にあまり興味がないからね。本名よりも愛称で呼ばれることのほうが多いし。名前に関しても、あの子の意思を尊重するだろうね。ただ私がまず変えることになったときは……桃子くん、悪いが手伝ってほしい。あまり漢字とかには慣れていないから」

「ふふ、そのときが来たらいくらでも付き合いますよ。それに定期的にこうして集まりたいですね。子供達の成長とか話したいですし」

 

 

 



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23 「祝福の風」

 リインフォース。それははやてが彼女に授け……彼女が次の魔導の器に授けてほしいと願った名前。

 あの忘れもしない夜から、はやては騎士達と共に魔法世界に関わり、自分なりにできる道を模索している。一方俺は、ユニゾンデバイスの試作型であるセイバーのテストを主に行ってきた。

 その甲斐もあって……無論、マリーさんやユーリの努力のほうが勝っているわけだが、ついに《祝福の風》の名を受け継いだデバイスが完成。今日、主であるはやての元に正式に譲渡されることになった。

 

「改めまして、マイスターはやて。リインフォースⅡです。これからよろしくお願いします」

 

 笑顔で挨拶をしたツヴァイには、彼女――リインフォース・アインスの面影が確かに残っている。稼働時間で言えば、セイバーのほうが上ではあるのだが、年齢設定がヴィータくらいになっていることもあってか表情が豊かだ。

 製作の終盤でははやて自身も関わっていたので、ツヴァイと顔を合わせるのは今回が初めてではない。しかし、ほとんど会話らしい会話をすることもなかった。そのため、これまでの想いが込み上げてきているのか、はやての目は潤んでいる。

 

「マイスターはやて、どうされたのですか!?」

「ううん、何でもあらへん……リインとこうして話せて嬉しいだけや」

 

 セイバーのデータがあるのである程度の人の感情は理解できるのだろうが、人は痛みや悲しみではなく、嬉びを覚えたときでも涙を流す。そういう複雑な部分までは理解できていないらしい。まあセイバーもまだまだ理解できていない部分が多いので、生まれたばかりのツヴァイでは当然だと言えるだろう。

 

「お前も主はやてのほうへ行ったらどうだ?」

 

 壁際で見ていた俺に話しかけてきたのは、はやての付き添いというか新しい家族の顔を見に来ていたシグナムだ。他のヴォルケンリッターも来ているのだが、シャマルだけは時間がないということですでに退室している。

 

「今回のメインははやてやお前達とあの子の対面なんだから、脇役はここでいいだろ」

「ふ、何が脇役だ。今日という日をこれだけ早く迎えられたのはお前の力があってこそだろう?」

「……もしかして」

「ああ。マリエルからお前が頑張ってくれたという話は私やシャマルには入っている」

 

 ……やれやれ、マリーさんもおしゃべりだな。まあシグナムの口ぶりからして、どういうことをしていたかまでは、はやての耳に入ってないんだろうけど。

 ユニゾンデバイスのテストは融合事故の危険がある。それだけに実際にテストをしていたと知られると、心配をかけてしまうだろう。はやてからすれば、何も知らないよりは心配させろと言うのだろうがもう後悔しても遅い。

 

「しないとは思うが、マリエルを責めるようなことはするなよ」

「言われなくてもしないさ。いつかはバレそうなことだし、もしも何かあってたら……はやてだけでなく、お前達にまで怒られてたかもしれないんだから」

「そうだな……何でも話せとは言わないが、あまり心配をかけるようなことはするな。カートリッジシステムのテストならばまだしも融合騎……それも試作機となれば事故が起きてもおかしくないんだ。私やシャマル、ザフィーラはともかく、主はやてやヴィータはお前のことになると平静さを失いかねん」

 

 そう言われると申し訳ないと思う一方で、大切に思ってくれているのだと嬉しく思った。しかし、俺からすれば

 

「分かった……って言いたいところだけど、デバイスのテストは俺の仕事なんだが。それに俺よりも現場に出てるお前達の方がよっぽど危ないだろ。お前達が強いのは知ってるけど……正直に言えば、毎日のように心配してるんだからな」

「む……そう言われると強くは言えなくなるな」

「強く言う必要もあるまい」

 

 会話に入ってきたのは、人型になっているザフィーラ。狼型のほうを見ることが多いので、何となく違和感のようなものがある。身長や体型に差があるのが最大の理由かもしれないが。

 

「我らは互いを大切に思っている。そのことも互いに理解しているのだ。口外してはならない場合を除いて、簡単に説明するようにすればよかろう」

「そうだな。無口なザフィーラに言われちゃ仕方ない。……あぁそうだ。ザフィーラ、いつかでいいから体術とか防御系の魔法教えてくれよ」

「ん? それは別に構わんが……」

 

 ザフィーラは肯定の意思を示したのだが、視線は俺から動いた。それを追った先に居たのはシグナム。どことなく機嫌が悪そうに見えるのは気のせいだろうか?

 

「なぜ私を見る?」

「いや、お前はショウに剣術を教えているだろう。それにショウが教えてくれと言ったとき、表情が多少だが変わった。愛弟子を取られたくないと思っているのではないかと思ってな」

「なっ……馬鹿なことを言うな。別に弟子とは思っていない。そもそも、ショウが誰から何を教わるのも自由だろう」

「そうか。なら良いのだが」

 

 良いも何も……シグナムが俺を独り占めしたいみたいな感情を抱くわけないと思うんだが。

 そんな思いを抱きながらシグナムに視線を送ると、こちらの動きを予期していたのか視線が重なった。彼女の顔はどこか不服そうに見える。

 

「ショウ、変な誤解はするなよ」

「いやしてないけど。シグナムがそういう感情を抱きそうなのは、はやてくらいだろうし」

「お前な……主が大切なのは認めるが、別に誰かに取られたくないなどとは思っていない」

「へぇ……」

「何だその反応は?」

「別に。ただはやてバカのシグナムが言ったから」

 

 はやてバカという言葉が気に障ったのか、シグナムはむすっとした顔を浮かべて俺の頭に手を置いて、「バカなことを言うな」と言いたげにやや乱暴に撫でる。頭が揺れているため、撫でるという表現よりは揺すっているといったほうが正しいかもしれない。

 

「乱暴に頭撫でるなよ」

「その割には抵抗しないじゃないか」

「子供の力で大人に勝てるか。というか、大人が子供をいじめるなよ」

「私のことを友だと言ったのはお前だろう? 友に大人も子供もあるまい。それにいじめているつもりはないさ」

 

 自分なりに可愛がっていると言いたげに、シグナムは俺の頭をポンポンと叩く。彼女の正確な年齢は分からないし、別に何歳だろうと気にはしないが、見た目年齢は20歳前後といったところだろう。俺を子供扱いしても主観・客観的におかしくないが……慣れてない身としては恥ずかしい。

 このまま会話を続けてもシグナムなりに可愛がられると思った俺は、タイミングを見てはやて達のほうへと逃げた。末っ子扱いだったヴィータは自分よりも下が出来て嬉しいのか、積極的にツヴァイと話しているようだ。まだまだ人間らしさには欠ける部分があるツヴァイだが、年齢設定が近いこともあって会話は弾んでいる。

 

「おっ、ショウくん。はは、えらく可愛がられたみたいやな」

「された側からすれば可愛がられた覚えはないけどな」

「そないなこと言うてるけど、内心では多少なりとも喜んどるくせに。ショウくんはシグナムのこと好いとるのは見れば分かるし、シグナムみたいなのがタイプやろ?」

 

 にやけ面のはやてに一発入れたくなったが、さすがに模擬戦でもないのに力を振るうのは躊躇われる。

 ――いきなり何言ってんだこいつは……あれか、このまえユーリに質問攻めされた分のお返しなのか。

 あれだけ顔を真っ赤にすることがなかっただけに、気持ちとしては分からなくもないが……ユーリと会ったのは偶然というか運命だろう。同じ時間帯に翠屋に居たことと高町に誘われたことで実現したんだから……結局は高町やユーリが悪そうに思えるんだが。

 

「人柄が好きだってのは認めるけど、何でタイプとかの話になるんだよ。あっちは大人で俺は子供だぞ」

「ちっ、ちっ、ちっ。あんなショウくん、恋愛に歳の差は関係ない。それに男の子は年上のお姉さんが好きって何かで聞いたし」

 

 あのなぁ……まあ言ってることは正しい気もするけど。でも冷静に考えてもみろよ。たとえ俺がお前の言うような好意をシグナムに抱いたとしても、シグナムは本気で相手はしないだろう。……性格を考えると、真剣に考えて返事をくれそうではあるが。

 

「はぁ……シグナムよりもお前にそういう気持ちを抱く可能性の方が高いだろうに」

「おっ、やっとお姉さんの魅力に気が付いたんか」

 

 そう言いながらはやては、ムカつく笑みを浮かべながら指で突いてくる。内に芽生えている感情の度合いが、気のせいか前よりもレベルアップしているように思える。シュテルとの出会いで触発でもされたのだろうか。

 

「やめろ。ったく、何でお前はそうなんだ。もう少しディアーチェを見習えよ」

「ん……はは~ん、ショウくんは王さまに気があるんか。でも見た目はわたしと同じやし……あぁ、引っ張ってくれそうなのがええんやな」

「お前なぁ……だから何でそういう話になるんだよ?」

「そうか、そうか……ショウくんも成長しとるんやな。でも何か複雑な気分や……弟が違う姉を慕ってるみたいで」

 

 ……聞いてないし。というか、いつ俺がお前のことを姉として慕ってるって言ったよ。家族のように、とは言ったことがある気がするが、姉とは言ってないと思うぞ。

 それにこのまえ、こいつはディアーチェに姉になってとか言ってたよな。そんな相手に嫉妬心を抱くなよ。そもそも俺が末っ子扱いか……まあディアーチェの誕生日知らないからどうなのか分からないけど。

 

「はぁ……お前も成長してるよ」

「そう? でも今のため息や言い方からして悪い意味にしか聞こえん」

「まあそうだからな。ただ……前よりも明るくなったというか、強くなったようにも思う。もう俺が身近にいなくても大丈夫……」

 

 不意にはやてが抱きついてきたので、俺は言葉を詰まらせた。はやても魔法に関わり始めた以上、前のように泣きそうになるとは思えないが、ここ最近はふざけている姿ばかり見ていたので不安にもなる。

 

「お、おい……」

「……ありがとう」

「ありがとう?」

 

 いったい何に対しての礼なのだろうか。振り返ってみても、これといったはやてから礼を言われるようなことをした覚えはないのだが。

 

「今わたしがこうしておれるんはショウくんのおかげや。辛いとき、苦しいときはいつも一緒に居ってくれた。わたしのために必死で戦ってくれた……そして、あの子のために危険を冒してまで頑張ってくれた」

「え……」

「何やその顔。デバイス関連のお仕事しとるとは聞いてたし、ユニゾンデバイスがどういうもなんかくらい調べるやん。それに長年の付き合いやろ。わたしが分からんとでも思ってたんか?」

「いや……まあ可能性としてはありえるな、とは思ってたけど。……怒ってないのか?」

「怒ってるというか思うところがあるのは確かやけど……仕事の一環やったろうし、わたしのためにって気持ちも嬉しいからなぁ。何よりこうして元気でおるんやから何も言わんよ」

 

 はやては穏やかに笑ってから再度抱き締めてくる。

 ――やれやれ……この小さな狸には敵わないな。というか、普段もこんな感じで居てほしいんだけどな。ふざけるやつはあいつだけで充分だし。

 などと考えていると、目の前に約30cmほどの女の子が浮遊していた。彼女は子供らしい笑みでこちらを見ている。

 

「ショウさんとマイスターはやては、とっても仲が良いのですね」

「当然だろ。いっつもこんな感じでイチャついてんだから」

「え、それ本当? ……いいなぁ」

 

 ツヴァイの発言を合図に次々と声が上がっていく。振り返ってみると、シグナムやザフィーラまで静かな笑みを浮かべていた。

 はやてと今のように触れ合うことがあるのは、ヴォルケンリッター達は知っている。マリーさんも知らない相手ではない。しかし、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。はやても素であったため、俺と同様の感情を抱いたらしく顔を赤くしている。

 

「ちょ、ちょっとそういう視線向けんとして。ショ、ショウくんが好きなんは……ヴィ、ヴィータなんやから!」

「はあ!? は、はやて、あたしになすりつけようとすんなよな!? あたしよりはシグナムだろ。乳魔神だしよ!」

「なっ……ヴィータ、お前は何を言っているんだ!」

 

 ヴィータの好意は家族に近いものだが、彼女は強気な性格だが照れ屋な面もある。前に一緒に歩いていたとき、兄妹に間違われたことがあるがそのときも真っ赤になっていた。なので慌てるのも分かる。

 シグナムが慌てているのは好意云々の話ではなく、ヴィータの口にした乳魔神という言葉が原因だろう。

 

「な、何って、シグナムの胸がでけぇのは事実だろうが!」

「胸の大きさは今の話に関係ないだろう!」

「おい、主の前だぞ。熱くなるな」

「ザフィーラは黙ってろ!」「ザフィーラは黙っていろ!」

 

 逆ギレに等しい怒声を浴びせられたザフィーラは、俺にあとは託すと言わんばかりの視線を向けると黙ってしまった。確かに事の発端に関わっている身としてどうにかしなければとは思うが、今のふたりを止めるのは一苦労だ。だがしかし、やるしかあるまい。

 

「お、おい、ふたりとも落ち着け」

「うっせぇ! というか、ショウがはっきりしねぇのがいけねぇんだろ!」

「そうだ。お前が誰を好きか言えばいいだけだ!」

 

 いやいやいや、落ち着いてよく考えろ。誰かしら言えば、確実にそいつと妙な空気になるぞ。といっても、無理やりにでも言わせそうな雰囲気だ。どうする……

 

「え、えっと……お、俺が好きなのは……」

 

 俺が指差したのは……リインフォース・ツヴァイ。オロオロしていた彼女も、ふとこちらに気づき小首を傾げた。

 

「……え? リインですか?」

「う、うん」

 

 俺の行動にしらけたような空気が流れ始めるが、そんなことは気にしていられない。大体俺からすれば、しらけること自体おかしいのだ。場の空気を落ち着かせたのだから感謝されてもいいだろう。

 

「嬉しいです。リインもショウさんのことは好きですよ。理論上、ショウさんとのユニゾンも問題ないそうなので、マイスターはやての許可があればいつでも力になります!」

 

 流れ的に聞き流しそうになったが、今何気に重大なことを言ったよな。はやて用のはずだけど……セイバーのデータを元にしている部分があるから、俺にも適正があるのもおかしくはないか。

 

「あぁうん、多分ないとは思うけど、もしものときは頼むよ」

「はい!」

「いやぁ、ショウくんはモテモテだね~。あっ、ちゃんとファラやセイバーに言っておかないとダメだよ。じゃないと浮気だってことで面倒になるだろうし」

「マリーさん、面白がるのやめてもらえます? それと、それよりは可愛い妹が出来たってことで騒ぐと思うんですけど」

 

 

 



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空白期 中学編
01 「始まりの朝」


 冬も終わり桜が咲き始めた頃、俺は早朝いつものトレーニングコースを走った。小学生の頃から行っていることなので大した疲れはない。むしろ眠気が覚めて、気分としては良いといえる。

 ――これまでと大差のない朝……だけど変わってしまったこともあるんだよな。

 帰宅すると同時に、かすかに食欲をそそる香りが漂ってくる。それに導かれるようにリビングへ入ると、キッチンには髪をポニーテールにまとめている少女が立っていた。言う必要はないかもしれないが、白いエプロンを着けている。

 

「ん? 帰ってきたか……」

 

 俺に視線を送りながら汁物を小皿にすくって味見している少女はディアーチェだ。なぜ彼女が俺の家のキッチンに立っているかというと、前にあった話が本格的に始動したからだ。

 分からない人間のために説明すると、地球の文化に触れるためにこの家にホームステイして同じ中学に通うのだ。ディアーチェのホームステイが始まったのは今から1週間ほど前――春休みの半ばからだ。

 知らない仲でもないし、何度もここには遊びに来て泊まることもあったから今では慣れつつあるけど……ホームステイ初日はさすがに緊張したよな。出会った頃と違って発育も進んでるから、一段と女の子らしくなってるわけだし。まああっちも似たような感情は抱いてたみたいだけど。

 

「何をぼざっと立っている? 食事はもうすぐ出来上がるのだぞ。貴様はさっさと汗を流してこぬか」

「あぁ悪い……ありがとな」

「ふん、別に礼には及ばん。我はここに厄介になっている身だ。自分にできる形で恩を返すのは当然であろう」

 

 それはそうかもしれないが、中学生くらいの年代の少女が淡々と言えることじゃないよな。まあ昔からシュテルやレヴィの相手をして、そこにはやてとかも加わったからな。しっかりとした人間に成長するのは当たり前か。

 そんなことを考えながら着替えを取りに行き、バスルームへと向かう。手早くシャワーを済ませた俺は、タオルで髪を乾かしながらリビングに戻った。テーブルには米をメインにした実に和食らしい食事が準備されている。

 タオルを首に掛けながらいつもの席に腰を下ろすと、向かい側に座ったディアーチェが呆れた顔をしながら話しかけてきた。

 

「これから学校だというのに……髪くらいきちんと拭いてこぬか」

「別にいいだろ。時間はまだあるんだし」

「それはそうだが……貴様は真面目なようで、どこかしらで手を抜いておるよな」

「抜けるところは抜いておかないと身が持たないだろ。俺達の知り合いには面倒なのが多いんだから」

 

 脳裏に過ぎった人物達に反論の余地はないと思ったのか、ディアーチェは「やれやれ……」と言わんばかりにため息を吐いた。気持ちは分からなくはないが……

 

「おいおい、大変なのはこれからだぞ」

 

 シュテルやレヴィと会う機会は減るだろうが、学校にははやてが居る。またはやてとディアーチェの容姿は酷似しているため、ほぼ間違いなく周囲が騒ぐだろう。さらに同い年の男子の家にホームステイしているのだ。中学生という年代を考えると男女から様々な反応があるに違いない。

 

「そんなんでやっていけるのか?」

「やっていけるも何も……やっていくしかなかろう。……貴様は余裕がありそうで羨ましい限りだ」

「余裕って立場は同じだろうに」

 

 まあ俺とディアーチェの性格を考えると、周囲に絡まれそうなのはディアーチェのほうだとは思うが。ある程度のことをスルーできる俺より、過敏に反応してくれるディアーチェのほうが周囲もイタズラ心を刺激されるだろうし。

 

「同じではないわ……貴様は親からは何も言われんだろう」

 

 そりゃあ……俺の親は仕事で家になかなかいないし、本心はあまり言わないからな。というか、俺の親に関してはディアーチェもよく知ってるだろうに。

 

「その言い方からして親御さん達に何か言われてるんだよな。もしかして本当はこっちの学校に通うの反対されてるのか?」

「反対されておるならここには居らんわ。むしろ逆だ。賛成しすぎているから困っておるのだ……今までに学んだことを十二分に発揮して貴様の心を射止めろだの、早く孫の顔が見たい……何を言わせるのだ貴様は!」

 

 顔を真っ赤にしたディアーチェはテーブルを叩きながら立ち上がった。反射的に料理がこぼれていないか確認するあたり、自爆の照れ隠しで怒声を上げたのだろう。

 ――こいつの内心はある程度分かるようになってるけど、自分で言ったくせに怒るのは理不尽だよな。まあそこをネチネチと指摘して痛めつけるつもりもないけど。

 

「い、いいか、誤解するでないぞ。べ、別に貴様のことなど何とも思っていないのだからな!」

「分かってるから落ち着けよ」

「……それならいいが」

「何だよ、言いたいことがあるならはっきり言えばいいだろ。……あれか、そう淡々とされると女としての魅力がないようで癪に障るみたいな?」

「ば……馬鹿なことを言うな! 貴様から異性として思われたいなどと微塵も思ってないわ!」

 

 普段は大人びた態度が多いが、今のようにぷいっと顔を背ける姿は歳相応で可愛らしく見える。まあこの思いを口にすることはしない。予定ではディアーチェは卒業するまでこちらの学校に通うことになっている。変に意識されても、俺が意識してしまっても生活を送る上で困るのだ。

 

「そうか。微塵って言葉はあれだけど、まあそのほうが何かと都合は良いよな」

「……今の言い方は我に異性として思われたいのか? いやしかし……」

「何ブツブツ言ってるんだよ?」

「な、何でもないわ。さっさと食べて準備せぬかうつけ!」

 

 聞き返しただけなのにそこまで言わなくてもいいだろう。俺がレヴィだったら泣いててもおかしくないぞ。あいつって元気の塊みたいだけど、意外と泣き虫なところあるし。

 ……けどまあ、俺になら言っても大丈夫だろうってことで言ってるんだろうけど。ディアーチェという人間を多少なりとも知っている身としては、別に今のくらいで泣いたりもしないし、傷つきもしないんだから。

 そう思いつつ食事を進めていると、鈍い音が響いてきた。ディアーチェはその音に驚いたようだが、ため息をひとつ吐くと箸を進め始めた。

 

「やあ……ふたりともおはよう」

「ん、おはよう」

「おはようございます。ぶつかった音が聞こえましたが大丈夫ですか?」

「あぁ問題ないよ……いやぁディアーチェは優しいな。それに引き換え……」

 

 背後に視線を感じるが、振り向いたりはしない。あの人が寝起きに何かにぶつかったりするのはいつものことなのだ。まあ早起きした点に関しては褒めてもいいとは思うが。

 

「これが反抗期というものか……」

「別に反抗はしてない。これまでに何度もあったのにいちいち反応するのもあれなだけ」

「そうだろうか? 最近は頭を撫でたりもさせてくれないじゃないか?」

 

 いやいや、中学生にもなって頭を撫でられたいとは思わないだろ。そもそも、そういうこと前からあまりしてなかったと思うが。関係性が変わったばかりの頃は何かとしてきてたけども。

 

「あのさ……俺ももう年頃なんだけど?」

「ふむ、それは確かに……ディアーチェに何かしたら責任は取るんだよ」

 

 レーネさんの時間帯を考えない発言に、ディアーチェが盛大にむせた。何も口に入れていなかったことが不幸中の幸いだと言える。

 

「な、何を言っているのですか!?」

「ん、ジャンルで言えば保健体育……いや倫理だろうか。待てよ、この場合は青春という言葉を使ったほうが……」

「あぁもう、そのへんはどうでもいいです。黙って食事にしてください!」

 

 うん、朝から実に騒がしい食卓だ。……まあひとりで食べていた頃に比べれば、騒がしいのも悪くないと思うが。

 ファラやセイバーは昨日からメンテナンスでいないけど、いたらもっと騒がしいんだろうな。でも家族って感じもする……

 

「貴様は何を笑っておるのだ?」

「ん? いや……」

「やれやれ……いいかねディアーチェ、君は魅力的な女の子だ。ショウもさっき自分で言ったように年頃。君のような女の子と一緒に暮らし、共に学校に通うんだ。嬉しくないはずがないだろう」

「なっ――なな何を言っているのですか!? ショウ、貴様も黙ってないで何か言わぬか!」

「うーん……でも多少は当たってるからな。お前が来てくれて嬉しくはあるし」

 

 と口にすると、湯気が出ていそうな錯覚が見えるほどディアーチェの顔が赤く染まった。

 ――まずったな……経験からして、しばらくは会話どころか顔も合わせてくれないかもしれない。嘘を吐いておくべきだった。

 

「ふむ……ディアーチェ、君はショウが好きなのか?」

「――ッ、いい加減にしてくだされ。我のことをからかって面白いのですか!」

「面白いか面白くないかでいえば……面白いね。君は反応が良いから」

「あぁもう、何であなたはそうなのですか。あなたがそのような言動ばかりするから、シュテルが真似たりするのですよ!」

 

 堪忍袋の緒が切れたディアーチェは説教を始めた。ほとんど食べ終わっていたこともあって、片付けをしながら小言を連発する。しかし、説教されている人物はまだぼんやりとしているのか聞き流しているようだ。

 ――うん、まるで大きなシュテルの相手しているかのような光景だ。最近のあいつは茶目っ気が減ったというか、真面目になりつつあるけど……この人と一緒に仕事する機会が増えたらまた戻りそうだよな。

 

「ところで今日は入学式だろう? 早めに行ったほうがいいんじゃないのかい?」

「無駄な時間を使わせた原因はレーネ殿ではありませんか!」

「まあまあ、落ち着けって。そんなに相手するから、この人はもっと構ってほしくなるんだ。さっさと準備を済ませて学校に行こう」

 

 そのようなことを繰り返し口にして、怒れる王さまをどうにか宥めた俺は最終準備を始めた。

 誰かと――ましてや異性と同じ玄関から出て学校に向かうのは初めてなので、何とも言えない緊張感のようなものがある。気づかれないように顔には出してはいないが。

 

「忘れ物はないであろうな?」

「今日は入学式だけだぞ。大したものはいらないだろ」

「それはそうだが……ハンカチなどは持ったか?」

「持ってるよ」

 

 制服の近くに置かれてたら誰だって手に取るだろ。まったく……お前は俺の母親か。

 などと、靴を履きながら思っていると、後方から再び鈍い音が聞こえてきた。ここに住み始めてそれなりの時間が経っているはずだが、どうしてこうもある意味器用と呼べるほどに何かにぶつかることができるのだろうか。

 

「別に見送りなんてしなくていいのに」

「おいおい、そんなこと言わないでくれ。これを楽しみに早起きしたようなものなんだから」

「だったらディアーチェをからかうのはやめて、見送りだけ楽しんでくれ」

 

 ただでさえ学校のほうでも俺との関係をからかわれたり、質問攻めに遭いそうなんだから。それにはやてもいるし。

 

「それは……約束できないな」

「いや、そこは約束してくだされ!」

「ディアーチェ、だからそういう反応をするからからかわれるんだって」

「む……それは分かっているが反射的にしてしまうのだ」

「そうか……ならさっさと出発したほうが賢明だな」

 

 俺の言葉にディアーチェは頷き返すと、ダメな大人に体ごと向き直る。どうやら最後に挨拶をするらしい。個人的には玄関を出ながらの挨拶で良いと思うが……まあこういうところが彼女の良いところでもある。それ故にからかわれている気もしないでもないが。

 

「あぁそうだ。別に入学式に来るなとは言わないけど、来るならまともな格好で来てくれよ」

「もしも来られる際はきちんと戸締りを忘れずに。ではレーネ殿、行って参ります」

「行ってくるよ、義母さん」

 

 



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02 「朝からでも賑やか」

 早めに家を出たこともあって、俺達はほとんど人に会うことなく学校の校門付近まで到着した。小学校にはやてが復学してからというもの、俺との関係を聞いてくる連中も居たこともあって、早めに出て正解だったかもしれない。顔見知りに会っていたなら、ディアーチェがはやてに間違われ、そっくりさんということで騒がれ、俺とどういう関係なのかという質問攻めが始まっていただろうから。

 

「雰囲気からして、まだ誰も来ていないように思えるな」

「そうだな。でもまあ、今日に関してはそのほうがいいだろ。お前は間違いなくこれから大変になるだろうから」

 

 他人事のように言ってくれるな、と視線を向けられるが、俺とディアーチェは別クラスだ。庇ったりしようにも簡単にはできないし、むしろそんなことをしたほうがややこしくなる可能性が高い。クラスを別にしてくれた教員には感謝するべきだろう。

 

「お前なら大丈夫だとは思うが……ま、頑張れ」

「ふん、頑張るも何も我は我らしく過ごすだけだ」

「おぉ、さすが王さま」

「貴様にその名で呼ぶのを許した覚えはない!」

 

 そう言ってディアーチェは、ぷいっと顔を背けてしまった。前から思ってはいたが、どうして俺には許可が出ないのだろうか。俺よりも親しくない知り合いなんかは普通に呼ばせているのに。

 

「なあ、何で俺は王さまって呼んだらダメなんだ?」

「そんなことダメなものはダメだからに決まっておる」

「どうしてもか?」

「……どうしても呼びたいのか?」

 

 ダメと言ったのにこうして折れる素振りを見せるあたり、ディアーチェは身内に甘い。まあ良いところなのだが……誰かに騙されやしないか心配になる部分でもある。人を見る目はあるだろうし、頭も良いから心配するだけ無駄なんだろうけど。

 

「そうだなぁ……そこまで呼びたいかって言われるとそうでもない」

「貴様……」

「怒るなって。前から疑問に思ってたんだよ。何で王さまって呼んだら呼ぶなって言われるのか」

「そんなの……貴様にはきちんと名前で呼んでほしいからに決まっておるではないか」

「なあ、後半が全く聞こえなかったんだが?」

「少しは察したらどうなのだ。我のことを王さまと呼ぶ輩は、得てして我をからかったり、困らせる者ばかりぞ!」

 

 シュテル、レヴィ……はやて。うん、確かにディアーチェをからかったり、困らせる奴ばかりだな。それに呼ぶなと言ったところで聞きそうにない。

 

「それに……貴様は人を愛称で呼ぶような人間ではないであろうが。貴様に呼ばれるのは恥ずかしいのだ」

「なるほど……シュテルは前に『シュテるんと呼んでも構いませんよ』ってドヤ顔で言ってきたけどな。まあディアーチェが正常なんだろうけど」

「当然だ。そもそも、あやつと比べるな」

「はは、それもそう……」

 

 不意に耳に届いた駆けるような足音と気配に、俺の脳裏にある人物が浮かぶ。俺かディアーチェの2択であるならば、十中八九ディアーチェを的にするはずだ。もうそこまで来ているようなので遅いかもしれないが、注意を促しておこう。

 

「急に黙ってどうしたのだ?」

「ディアーチェ」

「ん?」

「気を付け……」

「おっはよう~!」

 

 元気な声と共に現れた人物がディアーチェを後ろから抱き締めた。突然のことに驚いたディアーチェが身を震わせたのは言うまでもない。

 

「会いたかったで王さま~」

「えぇい、何で引っ付いてくるのだ。離れんか!」

「えぇ~、そないなことしたらわたしの姉やんへの想いはどこに持って行けばええの?」

「誰が貴様の姉だ。気色悪い! うっとしい、さっさと離れぬか!」

 

 はやてはディアーチェの言葉にショックを受けた(ように見える)顔を浮かべると、ディアーチェから静かに離れて地面に『の』の字を書き始めた。

 このように落ち込む人間はそうはいないし、はやては落ち込んでいるときほど人前では明るく振る舞う奴だ。どう考えてもディアーチェの気を引く罠としか思えない。

 

「す、すまぬ。さすがに今のは言い過ぎた。別に貴様が嫌いというわけでは……」

「だから好きやよ王さま~♪」

「だぁもう、引っ付くなと言っておるだろうが!」

「うぅ……王さまのいけずぅ」

「ふん……あいにくと我の寵愛は安くないのだ」

 

 どうやら漫才とも呼べそうなやりとりは一段落したらしい。

 それにしても、朝から元気だよなこのふたり。周囲に人がいないから目立ってはないけど、もう少し遅い時間だったら人だかりが出来てただろうな。はたから見れば、同じ顔の人間が騒いでるわけだし。

 

「ええもん、ええもん。わたしにはショウくんが居るし。ショウくん、慰めて~……何で避けるん!?」

「いや、普通は避けるだろ。というか、中学生にもなって抱きついてくるなよ」

「ん、なんやなんや、わたしのこと女の子として見てるんか?」

 

 にやけ面で近づいてくるはやてに苛立ちを覚えた俺は、反射的にチョップを入れそうになった。しかし、入れたら負けだという思いと女子に手を出してはならないという思いから留まり、大きくため息をはくだけにした。

 

「はぁ……当たり前のこと聞くなよ」

「ほほう、当たり前なんや。なあショウくん、わたし可愛い?」

「あぁうん、可愛い可愛い」

「うわぁ……予想しとったことやけど、すっごく投げやりな言葉やな。わたしへの言葉は、ある意味王さまへの言葉でもあるんやで。王さま可愛くないんか!」

「何を言っておるのだ馬鹿者!?」

「おや~、その反応からして……王さまはショウくんに気があるん?」

「――ッ、小鴉!」

「いやん、そんなに怒らんといて」

 

 朝からおいかけっことは元気な奴らだ……まあ別においかけっこをするのは構わないが、人の周りをぐるぐるとするのはやめてもらいたい。はっきり言って邪魔で仕方がない。

 

「あんた達……朝から何やってんのよ」

「ふふ、元気だね」

「……あんたはあんたで呑気ね」

 

 やれやれと言わんばかりに顔に手を当てている女子の名前はアリサ・バニングス。小学生の頃はロングヘアーだったが、中学に上がるに当たって髪を切ったようでショートカットになっている。春休みにディアーチェの件での集まりがなければ、今まさに多少なりとも驚いていただろう。

 アリサの隣にいるのは、彼女の親友であるすずか。アリサのようにパッと分かる変化はないが、発育は誰よりも進んでいる。それだけに目のやり場が誰よりも困る相手だ。

 

「アリサ、いつものことなんだから気にするなよ」

「それはそうだけど……あんたはスルーし過ぎじゃないの?」

「あのな……全部まともに相手したら死ぬぞ」

「こういうときだけマジな声で言うんじゃないわよ。……まあ言うとおりだとは思うけど」

 

 アリサとはこれといって接点がなかったが、交流するようになってから多少なりとも話すようになった。話してみると意外と気も合い会話は増えた。頭脳明晰に加え面倒見が良い性格だったので、仕事で学校を休んでしまったときや分からない部分などは教えてもらったりしている。

 

「……って、ふたりとも息切らしてるじゃない。あぁもう、少しは大人しくできないのかしら」

 

 文句を言いつつもふたりの状態を確認しに行くアリサは良い奴だ。言葉にすると照れ隠しで怒鳴られそうではあるが……ディアーチェとそのへんは似ているよな。

 

「おはようショウくん」

「ん、あぁおはよう」

 

 返事をしながら視線を向けると、真っ直ぐこちらを見ているすずかの姿が視界に映る。

 

「えっと……何?」

「ううん、別に何でもないよ。ただディアーチェちゃんとの生活は上手く行っているのかなって」

「うーん……まあぼちぼちやってるよ。義母さんのせいで騒がしくなることもあるけど、ディアーチェとケンカすることとかはないし」

「そっか」

 

 安心したのか、すずかはにこりと笑う。はやての次に交流が早かっただけに、何度も見てきた笑顔であるはずなのだが、どうにも去年くらいから直視していると落ち着かない気分になる。思春期を迎えている証拠なのだろうが……まあ深く考えることもあるまい。彼女は適切な距離感で接してくれるのだから。

 

「ショウくん……おはよう」

「おはよう」

 

 聞き覚えのある声に振り返ると、やや息切れしているなのはと彼女を気遣っている素振りを見せているフェイトが立っていた。余談になるが、髪型をなのははサイドポニーに、フェイトは下ろすように変えたようだ。

 普段いつも一緒の5人が時間差で現れたことから予想するに、ディアーチェを見つけたはやてが突進。それを見た残りの4人も走り出すが、運動能力に長けたアリサやすずかが先頭に。フェイトもふたりに付いて行けたとは思うが、なのはを気遣ってペースを合わせた……といったところだろう。

 

「おはよう……なのは、大丈夫か?」

「う、うん……大丈夫」

 

 確かにさっきまで全力で追いかけっこしてたはやて達に比べれば、息切れもひどくはなさそうだ。ただ一点気になるのは、頭の上にある桃色の花びら。普通なら気が付きそうなものだが……まあ走ったせいで余裕がなかったのだろう。それに彼女らしい。

 

「君って花見とかに行くと凄いことになりそうだよな」

 

 そう言いつつ頭の上にあった花びらを払うと、自分がどういう状態だったのか理解したのか、なのはの頬が赤らんだ。

 レヴィやユーリの面倒を見てたせいでついやってしまったが……口で言えば自分で払ってたよな。出会った頃ならまだしも、この子だって多少なりとも異性を意識はするようになってるみたいだし。

 

「……あ、ありがと」

「い、いや……やっておいてなんだけど、口で言えば良かったな」

「にゃはは……ショウくんは善意でやってくれたわけだし、気にしなくていいよ」

 

 まさかこの子と今のような微妙な雰囲気になる日が来るとは……時の流れというのは恐ろしいものだ。フェイトも微妙な表情を浮かべたまま黙っているし……。

 誰か助けてくれという思いで周囲を見渡すと、口角が上がって行っているはやての姿が見えた。これは面倒になる……、と思ったが、彼女の存在に気が付いたディアーチェが止めに入ってくれた。ありがとうディアーチェ、今度何かあれば俺が助けるから……多分。

 

「ほらほら、突っ立ってないでさっさと行くわよ。話すのは放課後でもできるんだから」

「そうだね。ここに留まってたら余計に騒がしくなっちゃいそうだし」

「なのは、大丈夫?」

「うん、もう平気」

「そういえば言い忘れていた。ショウ、悪いが放課後買い物に付き合ってくれぬか? 買出しをしておきたくてな」

「ああ、分かった」

「おやおや、まるで夫婦の会話やな」

 

 はやて……何でお前はせっかく沈静しつつあった火に油を注ぐんだよ。

 

「――っ、小鴉! 貴様とて少し目を離せばイチャついておるだろうが!」

「それはショウくんとわたしの仲やし。あっ、わたしも買出ししたいから一緒に行ってもええ?」

「貴様は……えぇい、好きにしろ。どうせ貴様のことだ。ダメって言っても付いて来るのだろう」

 

 途中で気持ちを落ち着かせたディアーチェの言葉に、はやては笑顔を浮かべて彼女の腕に抱きついた。無論、ディアーチェは抵抗を見せる。

 ……けど、ディアーチェってなんだかんだではやてに甘いよな。姉ってのも満更じゃないかもしれない。これを言ったら怒られるだろうから今は言わないでおくけど。

 

 

 



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03 「新たな出会い」

 入学式も無事に終わり、俺を含めた生徒達は各々の教室に移動した。

 俺が今年1年所属するクラスは1-A。身近な人間でいえば、アリサもこのクラスに所属している。まあ必要がなければお互いに話すことはないだろうが。はやてにディアーチェは隣の1-Bに、残りのなのは達はそのまた隣の1-Cだったはずだ。

 それなりに分かれたようにも思えるが、教室の距離を考えると会おうと思えばすぐに会える。毎時間のように騒がしくなるのではないだろうか。

 おしゃべりをするクラスメイト達をよそに、自分の席に座ってそんなことを考えていると、不意にドアが開いた。

 

「静かにしろ。HRを始めるぞ」

 

 有無を言わせないトーン低めの声と共に現れたのは、黒いスーツにタイトスカートの女性。すらりとした長身であり、鍛えているのか無駄のないボディラインをしている。狼のような吊り目のせいか、視線が合った生徒から悲鳴が漏れた気がしたが……気にしないでおこう。

 ――何ていうか……武人みたいな先生だな。立ち振る舞いとか隙が……ッ!?

 突然感じた殺気めいた気配に反射的に飛び退きそうになった。しかし、今そんなことをすれば周囲の視線を集めてしまう。そうなれば理由を聞かれかねない。魔法世界ならともかく、地球の学校で殺気を感じたもので……、なんて言えるわけがない。

 

「ふ……さて」

 

 殺気めいた気配を飛ばしたと思われる女教師が一瞬笑ったように見えたが、何事もなかったかのようにチョークを手に取ると黒板に何か書き始めた。流れからして自分の名前を書いているのだろうが、俺は彼女が何者なのかのほうが気になって仕方がない。

 あの人……何かしらの武術でも修めてるのか。少なくともただの教師じゃない……あれでただの教師だったら、地球は化け物の巣窟になる。

 などと考えていたときだった。隣の教室から甘ったらしくも元気な声が響いてきたのは。

 

『やっはろ~! 卒業するまで一緒の子もいるかもしれないけど、まあとりあえず今年1年このクラスの担任をします篠崎むすびで~す!』

 

 隣の先生は元気だな、と思ったのと同時に、チョークが砕ける音が教室に響いた。おそらく篠原という教師の声に驚いて力加減を誤ったのだろう。我らが担任は一瞬の静止の後、何事もなかったように乱れてしまった字を消して、再度自分の名前を書いた。

 

「諸君、私は織原千夏だ。今年君達の担任を務めることになった。気に食わなければ逆らっても構わんが、私を納得させる理由がなければ倍以上に怒られると思え」

 

 ……しょっぱなから言うことじゃないと思うんだが。まあある意味どんなことにも聞く耳は持ってくれるとも取れる発言だけど。

 

『おや~、そこのふたりはそっくりだね。えっと、八神はやてちゃんにディアーチェ・K・クローディアちゃん……名前がずいぶんと違うけど、何か訳ありの姉妹なのかな?』

 

 うん……そっくりだから言いたくなるのは分かる。けどさ……訳ありのって聞き方はどうかと思うな。普通に考えて教師がそんな聞き方しちゃダメだろ。

 

『違います! 我とこやつは赤の他人です!』

『ぐすっ……ひどい。せっかくこうして会えたんに……姉やんはわたしのこと嫌いなん?』

『悪ノリするな! 誰が貴様の姉だ!』

『こらこら、妹にそんなこと言っちゃメッ! だぞ』

『妹ではないと言ってるではありませんか!』

 

 隣の教室から響いてくる声に、俺は思わず顔を手で覆った。

 はやてと同じクラスというだけでも大変なのに、まさか担任まであんなだとは……ディアーチェ、帰ったら気の済むまで愚痴は聞いてやるから。だから今日……そしてこれからの日々に負けないでくれ。

 内心でディアーチェを励ましながら意識を担任に戻すと、彼女も顔を手で覆っていた。その姿や発せられている雰囲気からして、怒っているというよりは呆れているように見える。もしかすると、隣の担任とは昔からの付き合いなのかもしれない。

 

「あー……初日からあれこれ言うのもなんだが、これだけ言っておく。課題を忘れたりすることもあれば、ケンカをしたり問題を起こすこともあるかもしれん。だがなお前達が間違ったことすれば、きちんと正してやる。だから、ああいう大人だけにはなるな」

 

 俺を含め生徒達は返事をしなかったが、今の織原先生の言葉に切実な想いが込められているということだけは分かったことだろう。そして……おそらく隣の担任のような大人になるのは、普通の人間ではなろうと思ってもなれないとも思ったはずだ。

 

「さて、今日すべきことは、あとは学級委員を決めるだけだ。お前達もさっさと帰りたいだろう? 自分から立候補する者はいないか?」

 

 確かに誰もが帰りたいと思っているだろう。しかし、ここで自ら学級委員になろうとする人間なんているはず……

 

「えっと、じゃあ僕がやります」

 

 いた……自分から学級委員なんて面倒くさそうな仕事を引き受ける奴がいたよ。

 男子の中でも小柄で華奢な体格をしていて顔も中性的。声も高めということもあって、私服だと女の子に間違われてもおかしくない男子。名前は小島……小島……

 ――えっと……小島何だっけ?

 小島とは小学校のときから何度か同じクラスだったことがあり、何かと俺に話しかけてくる男子だったので赤の他人と呼べる関係ではない。しかし、下の名前で呼び合うような仲ではなかったし、クラスメイトは全員彼のことを小島か委員長と呼んでいて下の名前で呼ばれているのを聞いたことがない。

 

「他に立候補する者はいるか? …………よし、じゃあお前がこのクラスの学級委員だ。しっかりと励め」

「は、はい!」

「よし、では終礼を……えぇい、今日はいい」

 

 隣から響いてくる声に対する苛立ちが我慢の限界を突破したのか、織原先生はまだHRをしているクラスがあるので学校内は静かに、校外に出たら寄り道するなという意味の言葉を残して教室から出て行った。初日から隣のクラスの教師が訪れるという事態を客観的に考えると、隣の生徒達が気の毒でならない。

 

「……まあいいか」

 

 そう思って帰ろうと腰を上げたとき、朝ディアーチェに言われたことを思い出した。

 ――そういえば、帰りに一緒に買出しに行くんだったな。どこで待ち合わせってのも決めてなかったし、教室で待っていたほうが賢明か。……隣の雰囲気からして、いつ終わるか分からんが。

 それにディアーチェと話しているところを見られた場合、面倒な展開になる可能性は十分にある。そのように考えた俺は、力なく座っていたイスに腰を下ろし、静かにため息を吐いた。

 

「ため息なんか吐いてると幸せが逃げちゃうわよ」

 

 近くから聞こえた声に視線を上げると、そこにはウェーブの掛かった長髪の女子が立っていた。確か名前はキリエ・フローリアンだったはずだ。ピンクという髪色、スタイルの良さ、同年代よりも色気を漂わせる言動から記憶に残っている。

 

「えっと、確かフローリアンだっけ」

「キリエでいいわよん。私もショウ君って呼ぶから」

 

 話したこともない男子に対していきなり下の名前で呼んだり、下の名前で呼ぶことを許したり……この少女は何なのだろうか。中学生くらいの時期の男子だと勘違いをしてもおかしくないというのに。俺の周りには、そういう異性が割りといたので勘違いはしないが。

 

「あぁそう……」

「あらん? 嬉しくなさそうね」

「いきなり見知らぬ女子に話しかけられて、喜ぶ理由もないと思うんだけど?」

「ありゃりゃ……クールに育っちゃって。それに見知らぬね……これは私達のこと覚えてなさそうね。お姉ちゃん可哀想に」

 

 陰口を言いそうな子には見えないし、本人の目の前で陰口を言う人間もいないはずだ。この子は何をブツブツ言っているのだろうか。

 

「ねぇショウ君」

「ん?」

「今度お姉さんとデートしない?」

 

 その言葉に、目の前の少女に対して感じていた何かの正体が分かった。おそらく、この子ははやてやシュテルと同種。人のことをからかって面白がる人間だ。

 

「え……遠慮しておくよ」

「女の子の誘いを無下にするなんてダメよ~」

 

 キリエという女子は俺の机に両肘を着きながら顔を近づけてきた。元々人と話す距離感が近いほうではない俺にとって彼女の行動は心臓に悪い。いや、思春期の男子にとって美少女が無防備に近づいてきたら誰だって俺のような反応を起こすだろう。

 意図的にやっているのか、天然なのかは分からないがこの子は小悪魔的だ。前者ならある意味はやてやシュテルよりも性質が悪い。

 

「会って間もない人間とデートするほうがおかしいと思うんだけど?」

「お互いのことを知るためにデートしようって言ってるんだけど?」

「いやいや、デートの前にやることって色々とあるだろ。過程をぶっ飛ばしすぎ。それに……俺は放課後用事があるから」

「用事? むふふ……誰かとデートかしら?」

 

 うわぁ……すっごく誰かと似てるにやけ面だ。やっぱり同種の人間ってこのへんも似るんだな。あいつは感情をあまり出さないけど、やろうと思えばやれそうだし……

 

「すみません、このクラスにキリエって子がいると思うの……ななな何をやっているんですか!?」

 

 突如響いた驚愕の声に、俺の視線は自然とそちらに向いた。こちらに近づいてきている人物は、深いピンクの長髪を三つ編みにしている女生徒。よく分からないが、なぜか顔が髪色と同じくらい赤面している。

 

「キ、キリエ、あなたは何をやっているのですか!?」

「あらお姉ちゃん、ここは1年の教室よ。何しに来たの?」

「何しにって、キリエのクラスがHR終わってるかどうか見に来たんです。帰っている生徒がいるのになかなか出てこないから覗いてみれば、見知らぬ男子と……って、話を逸らさないでください!」

 

 不純異性交遊って思ったのか……ただ話してただけなんだけど。まあ確かに適切な距離感ではなかったとは思うけど。ていうか……キリエって子、今この人をお姉ちゃんって呼んだよな。……髪色やら性格は大分違うようだけど、顔のパーツとかは似てるな。

 

「もう、何をそんなに怒ってるのかしらん? もしかして嫉妬してるの?」

「異性にあんなに近づいて話していたら心配にもなります、って何で嫉妬するんですか! 私だって男の子とくらい話せます!」

「何でって……この子、あのショウ君よん♪」

「――っ!?」

 

 妹に何か耳打ちされたお姉さんは、今まで以上に顔を赤らめながら視線をこちらに向けてきた。表情から察するに何やらテンパっているようだが……

 

「キキキリエ、ほほ本当なのですか?」

「ええ、自己紹介のときも夜月翔って言ってたし。それに面影だってあるじゃない?」

「面影……む、無理です。恥ずかしくて見れません!」

 

 キリエって子のお姉さん……コロコロと表情を変えながら騒いでるけど大丈夫なのか。理由はよく分からんが……何度かこっち見ているし、もしかして俺が原因だったりするのか?

 

「あ、あの……」

「は、はい!」

「えーと……俺、あなたに何かしました?」

「い、いえ、別に何もされて……いや、何かしたかといえばしたんですけど」

 

 顔を赤らめ、もじもじしながら何か目で訴えてくる先輩。しかし、俺の記憶が正しければこの人と出会ったのは今日が初めてのはず。何かをした覚えはないのだが……

 

「えっと、すみません。俺って何をしたんですか? どうにも記憶がなくて」

「え……」

 

 急に浮かべられた悲しげな顔。それを見た俺は再度脳内にある記憶を遡った……が、やはり彼女に関する記憶は先ほど教室に入ってきてからのものしかない。どう対応していいか困っていると、キリエが小さくため息を吐きながら姉の耳元に顔を近づけた。

 

「もう、露骨に残念そうな顔しないの。私達がショウ君と会ったのは小さい頃なんだし、覚えてなくてもおかしくないんだから。む・し・ろ……」

「何で急に聞こえるように言い始めるのですか。それ以上は言ってはいけません!?」

 

 今朝のはやてとディアーチェのように追いかけっこを始めたフローリアン姉妹。その姿を見た俺は、キリエという少女の認識を少し改めた。彼女がからかう対象は姉が中心なのかもしれない、と。

 

「にしても…………早く帰りたいな」

 

 



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04 「お嬢様? 達のお茶会」

 入学式が終わってから早くも1週間が経過しつつある。

 卒業まで通うつもりでいる我にとっては、まだまだ始まったばかりの学校生活であるが……正直に言って3年通える自信は日に日になくなりつつある。

 

「はぁ……」

「ディアーチェ、ため息を吐いていては幸せが逃げますよ」

 

 淡々と紅茶を飲みながら言ったのは、我の古くからの友であるシュテルだ。確かにこの世界には今彼女が口にしたような言葉があるようだが、ため息というのは幸せではないから出るのではないかと思ってしまう。

 

「シュテル、今は大目に見てあげなさいよ。今ディアーチェは毎日大変なんだから。ねぇすずか?」

「そうだね。休み時間とか……下手したら授業中も頑張ってるみたいだし」

 

 アリサにすずかよ、貴様達のような苦労を理解してくれる者が居てくれて我は嬉しいぞ。一方で、どうしてあのうつけと知り合いなのだとも思ってしまうが。

 まったく、どうして小鴉はああなのだ。車椅子に乗っていたときのほうがマシではないか……いや、自分の足で歩けるようになったことはいいことなのだが。あやつの過去についてはそれなりに聞いておるし。

 

「ほんと大変よね。はやてにはからかわれてるみたいだし、はやてとの関係をクラスメイトには聞かれてそうだし、担任の先生もそのへんに容赦なく切り込んできてるみたいだし」

「うん。はやてちゃんにディアーチェちゃん、篠原先生の元気なやりとりを聞かなかった日は今のところないもんね」

 

 そうなのだ。小鴉はまあ昔からああであったし、クラスメイト達が我と小鴉の関係を気にするのも分からなくもない。あのショウでさえ、最初は我を見て驚いておったのだから……まあ今では我のことは我ととしか見ておらんようだが。

 いや、今はあやつのことはどうでも良いではないか。

 大体何なのだあの担任は。場の和ませるためにボケたりする教師はいてもおかしくないが、あの方はどう考えても常識から外れておるように思えるぞ。仮に我と小鴉が訳ありの姉妹だったとして、普通はそこに簡単に触れてくるものではなかろうに。

 ……それにしても、前からディアーチェでよいと言っておるのに一向にちゃん付けか。まあ別に今のままでも良いのだが……。

 

「どうやらディアーチェは楽しく生活を送っているようですね」

「どこをどう取ったらそうなるのだ!」

 

 どう考えても我が苦労しておるといった話であったであろうが。

 シュテル、どうして貴様はそうなのだ。というか、いつまで優雅に茶を飲んでおる。会話するつもりなら、いったん置かぬか。

 

「どこを、と言われましても……賑やかそうにしている光景が浮かびましたので。逆に聞きますが、ディアーチェは全く楽しくないのですか?」

「そ、それは……」

 

 ……全く楽しくないわけなかろう。

 小鴉や担任の相手は大変ではあるが、この星での生活は我が望んだことなのだ。小鴉とのことで苦労するのは予想しておったことであるし……本音を言えば、まああのうつけとのやりとりも楽しくないわけではない。

 

「この方達との学校生活は苦しかない辛いものなのですか?」

「貴様は本人達の前で何を言っておるのだ。そんなこと思っておるはずがなかろう。騒がしくはあるが、毎日楽しく生活しておるわ!」

「そうですか。なら安心ですね」

 

 してやったり、と言わんばかりのシュテルの顔を見た瞬間、自分が何かを言ったのか理解した。残りのふたりにも意識を見てみると、アリサはニヤニヤした顔を浮かべ、すずかは微笑んでいた。

 

「うぅ……ん? シュテル、貴様は何をしているのだ!?」

 

 恥ずかしさのあまり視線をさまよわせていると、カメラを手にしているシュテルの姿が見えた。なぜカメラを持ち歩いておるのだ、とツッコミたいところであったが、それよりも先に彼女が口を開く。

 

「恥ずかしがっているディアーチェが可愛かったので写真にしようかと」

「素直に言えば許されるとは限らんのだからな。写真を撮るなら本人の許可を取らぬか!」

「では、撮っていいですか?」

「嫌に決まっておるだろう!」

 

 恥ずかしがっておる姿を誰が進んで撮らせるか。しかもすぐ人に見せるような貴様に……

 

「嫌と言ったであろう。どうしてカメラを構えるのだ!?」

「そこにディアーチェがいるからです」

「意味が分からん!?」

 

 こやつは凛とした顔で何を言っておるのだ。貴様は我を撮る為だけに地球に来たのか?

 いや、こやつは我がきちんと学校生活を送っておるのか気になって来たはずだ。なのは達ではなく、アリサ達をお茶に誘ったのはそれが理由のはず。それとも他の者が都合がつかなかっただけなのか……

 

「シュテル、それくらいにしてやりなさいよ。休みにまでパワー使ったら週明けから持たないだろうし」

「そうだね。今はまだはやてちゃんとの関係だけみたいだけど、ショウくんの家で暮らしてるって分かったらもっと凄いことになりそうだしね」

 

 う……すずかの言っていることは事実ではあろうが、今のタイミングでは言ってほしくなかった。

 学校に通う前から分かっていたことではあるが、小鴉との関係だけであれだけ騒がしくなるのだ。ショウとの関係となれば……考えたくもない。

 でも……我だけでなくあやつにも人が殺到するのだろうな。あやつも分かった上で我がホームステイするのを認めてくれているとは思うが、それでも心苦しいものがある。

 

「おや、まだ知られてなかったのですか。よほど周囲ははやてとの関係が気になっているのですね」

「そうみたいね。でもまあそろそろ落ち着き始めるだろうし、すぐにあいつとの関係に話題が移るんじゃないかしら」

「なるほど……しばらくは賑やかになりそうですね」

 

 何を笑っておるのだ。他人事だと思いよって……まあ学校に通っていないシュテルからすれば他人事なのかもしれんが。

 ……いかんいかん、こうあれこれと考えていては参ってしまう。茶でも飲んでも落ち着かねば

 

「ショウを巡るはやてとディアーチェの恋のバトルによって」

「ごほっ! ごほっ、ごほっ!」

「ちょっ、ディアーチェ」

「大丈夫?」

「う、うむ……シュテル、貴様は何を言っておるのだ?」

 

 我とショウの関係が疑われれば、必然的に恋絡みの会話になるのは予想できる。しかし、なぜそこに小鴉まで入った三角関係になるのだ。

 

「何をと言われましても……ショウとはやての関係は昔から気になった子も多いはずです。そこにあなたという存在が現れれば、必然的に三角関係に思われるのではないかと思いまして」

「我は別にあやつに大した想いは抱いておらぬし、小鴉もあやつのことは家族のようなものだと前から言っておるではないか。三角関係なのではない!」

「本人達がそうでも周りは素直に受け取ってはくれないものですよ」

 

 ぐぬぬ……確かにそうだとは思うが。小鴉との関係をいくら否定しても大して効果は出ておらぬし。まあ小鴉が我のことを「姉やん」などと呼んでくるのが効果が出ない最大の理由かもしれんが。

 

「手っ取り早く問題を解決するには……そうですね、ディアーチェかはやてが彼の恋人になることでしょうか」

「ふむ……って、解決しておらぬわ!」

 

 我があやつのこ……恋人になったら本末転倒ではないか。

 小鴉がなった場合は、我よりもあやつが苦労するのだろうが……あやつはレヴィほどではないが、男女の距離感というものがおかしいからな。

 レヴィと違って意図的に近づいているとは分かっているが、いやだからこそ性質が悪いとも言える。ショウのこ……恋人などになってしまったら、風紀的に良くないのではないだろうか。

 

「シュテル、貴様は助ける振りしてからかっておるだろ!」

「いえ、そんなことは……」

「こっちを見て返事をせぬか!」

 

 人とは目を見て話せと幼き日に教えたであろう。人見知りをする性格ではないというのは、我はよく知っておるのだからな。

 

「やれやれ、そこまで言われては仕方がありませんね」

「やれやれ、と言いたいの我のほうだ。それに何なのだ、その助ける手段を教えましょうと言いたげな口ぶりは!」

「さすがはディアーチェ、よくお分かりで。はやてもディアーチェもダメということなら、私が彼の仮の恋人になりましょう」

「だから解決しておら……ん?」

 

 我の聞き間違いだろうか……シュテルは今自分がショウの恋人になるとか言わなかったか?

 聞き間違いかと思った我は、意識を黙って我々のことを見守っていたアリサとすずかに向けてみる。すると見えたのは、呆気に取られているふたりの姿だった。どうやら聞き間違いではなさそうだが……

 

「シュ……シュテルよ、貴様は今何と言ったのだ?」

「ん……さすがはディアーチェ、よくお分かりで」

「このうつけ、分かってて惚けるでないわ」

「そういうことを言うのなら、そちらも分かっていると思うのですが? 恥ずかしいので二度も言わせないでください」

 

 つまり、聞き間違いはないということだな。……恥ずかしいという言葉を口にするなら、もう少し恥ずかしそうな顔をせぬか。感情を表に出せばもっと人に好かれるであろうに……なんてことを考えている場合ではない!

 

「シュシュシュテル、き、貴様は自分が何を言っておるのか分かっておるのか!?」

「当然でしょう。分かっていないのに口にしたりはしません」

「そ、そうか……き、貴様は……あやつのことがす、好きなのか?」

「ええ、好きですよ」

 

 こ、こやつ……どれだけ心臓が強いのだ。こうもあっさりとす、好きと言えるとは……。

 そ、そうか……シュテルはあやつのことが……。あの本の虫だったシュテルが普通の女子になったと喜ぶべきなのだろうが……寂しくもあるな。

 ……いや、これは良いことなのだ。それに誰を好きになるのもシュテルの自由。相手があやつならば……あやつならば不満も文句はない。

 

「ディアーチェ達と同じぐらいには」

「――っ……き、貴様……我の想いを踏みにじって楽しいか!」

「ん、何をそんなに怒っているのですか?」

「怒るのは当然であろう! 貴様、あやつの恋人になると言ったではないか!」

「……? いえ、言っていませんよ」

「嘘を申すな。先ほど言ったではないか!」

「いえいえ、恋人になるとは言っていません。仮の、恋人になりましょうかとは提案しましたが」

 

 強調された『仮の』という言葉に、我はしばし黙り込む。

 か……仮の……確かに冷静に思い直すとそのように言っていた気がする。つまり、我が勘違いというか先走りをしてしまったということか。

 そのように考えた瞬間、一気に体温が上がった気がした。恥ずかしさのあまり、我は静かに腰を下ろし、顔を見せぬよう俯く。

 

「シュテル、ディアーチェを弄る楽しさは分かるけど」

「あんまりするのは可哀想だよ」

「私としては……今のは弄っているつもりはなかったのですが」

 

 チラリとシュテルのほうを見てみると、どことなく申し訳なさそうな顔を浮かべていた。本当に弄っているつもりはなかったようだ。

 

「いや、あいつと付き合ってる振りをするって話をすればこうなるでしょ。というか、何でああいうことを提案できるわけ?」

「それは……第3者と付き合っているとなればディアーチェ達も周りも多少は落ち着くでしょうし、私は学校に通っていませんから騒がしくなることもないと思いまして。仮にショウと一緒に居るところを見られたとしても、レヴィやディアーチェほど私は間違われませんからなのはに迷惑もかけないでしょうし」

 

 まあ確かにシュテルとなのはは体型は同じくらいだが我や小鴉、レヴィやフェイトに比べれば間違われることは少なかろうな。髪型もシュテルはショートカット、なのははサイドポニーにしておるし。それにシュテルは昔と違ってメガネをかけておるのだから。

 

「それに私は彼のパートナーでもありますし、一時期はディアーチェのようにあの家に厄介になっていましたから恋人の振りもできるかと」

「う、うん……シュテルちゃんの理屈は分かるんだけど。でも……そういうのは良くないと思うな」

 

 う、うむ……確かにそのとおりだ。偽りの恋人関係などあっていいものではない。シュテルのためにも、ショウのためにも……。

 もしかするとショウのことが好きな女子がおるかもしれぬからな。我のようにあの学校に通っておるフローリアン姉妹は何かとあやつに話しかけておるようだし。それにショウにも想いを寄せる相手がおるかもしれん。

 ……あやつに意中の相手はおるのだろうか。

 いや、別にあやつが誰を好きでも構いはしない。ただいつもする会話に色恋に関するものは感じられないから、気になるだけで。3年間厄介になる身としては、相手がおるのなら応援したり気を利かせるべきだろうからな。断じてあやつのことが気になっておるわけでは……。

 

「そうね。あいつって結構モテるみたいだし」

「そ、そうなのか?」

 

 ……し、しまった。つい聞いてしまった。これでは我があやつに気があるみたいではないか。

 えぇいアリサ、ニヤけるでない。我とて年頃の女子なのだ。その手の話には興味くらい持つわ。さっさと続きをせぬか。

 

「アリサ、私も聞きたいです。ぜひ続きを」

「え、えぇ……えらく食い気味ね。シュテルも意外と興味あるのね」

「意外とは失礼ですね」

「わ、悪かったわ。そうよね、シュテルも年頃の女の子だものね。えっと、続きだけど……あいつって昔から勉強できたし、運動も大抵のことはこなせるのよ。それに家庭科の授業で料理もできるって知られてるから。ね、すずか?」

「え、あぁうん。それに背も高いほうだし……あと同年代よりも落ち着いてるのもポイントが高いのかな」

 

 ふむ……確かに一般の女子からすれば、あやつは何でもできる奴になるのだろうな。少し愛想がないが、前よりも良くなってはおるし。

 顔も……悪くはない。まあ人によっては違うかもしれんが、我からすれば……って、我は何を考えておるのだ!?

 

『見た目から服の好み、好きなタイプも一緒なんやから、これはもう運命やろ。観念してわたしの姉やんになるべきやと思うんや・け・ど』

 

 やかましいわ! 勝手に我の脳内に出てくるでない!

 えぇい小鴉め……我の記憶にどれだけ潜り込んでおるのだ。いや、今思い出す我も我なのだが……ん、あやつ好きなタイプが一緒だとは言っていたな。

 つまり、あやつは本心を隠しておるだけで……いやいや、これでは我があやつのことを好きということになってしまうではないか。人として好きということは認めるが、異性として好きというわけではない。もし異性として想いを寄せておるのであれば、一緒の家で生活なぞ送れるものか。

 

「なるほど……」

「えっと……シュテル、あんたって実際のところどうなの?」

「何がですか?」

「いや、あいつのこと本当に好きなのかなって思って」

「ええ、好きですよ。彼は私にとって大切な友人のひとりですから。無論、ここにいるあなた方も私の大切な友人ですよ」

「そ、そう……あ、あたしもシュテルのこと嫌いじゃないわよ」

 

 アリサ、相変わらず素直ではないな……我も素直ではないと言われる身であるが故、口に出すと面倒になるであろう。そっと胸のうちにしまっておくことにしよう。

 

「まあそういうことですので……私の目の黒い内はどこの馬の骨とも知らない女狐に彼は任せません。……すみません、私の目は青かったですね」

「そこは言わんでも分かっておる! というか、貴様はあやつの母親か何かか!」

「いえいえ、とんでもない。確かにレーネよりも学校行事には参加して写真を撮ったりしていますが、母親というのは私よりもディアーチェでしょう。今後愛称を王さまからお母さんに変えてみてはどうです?」

「馬鹿者、誰が母親だ。我は母親になる歳ではないではない。それに、愛称というのは人が付けるものであろう。自分から言うものでもなければ、変えるものでもないわ!」

 

 そもそも、クラスメイトからお母さんなどと呼ばれたくないわ! ……恥ずかしすぎる。

 

「そうですか。では……アリサにすずか、今後ディアーチェのことはお母さんでお願いします」

「やめぬか! 王さまならまだしも、お母さんなどと呼ばれたくないわ。というか、なぜ同い年の子からお母さんと呼ばれないといかんのだ!」

「うーん……確かにディアーチェって王さまもぴったりだけど、お母さんって言葉も似合うわよね」

「そうだね。面倒見良いし、家事もはやてちゃんに負けない腕前だもんね」

「アリサにすずかよ……頼むから勘弁してくれぬか」

「……このような日々が続くといいですね」

「何を良い感じに終わらせようとしておる。こんな日々が続いたら我が持たぬわ!」

 

 

 



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05 「考えるなのは」

「……あれ?」

 

 とある休日、翠屋を訪れてみると窓側の隅に目が止まった。

 着ている服は爽やかな印象を受けるが至って一般的なもの。しかし、その人物から発せられる雰囲気のせいか、どこかのお嬢様ではないかと思ってしまうほど優雅な空気がある。

 読んでいた本に栞を挟んでテーブルに置き、代わりにティーカップを持ち上げて一口。本人は意識していないのだろうが、私が意識してもあれほどの淑女さは出ないと思う。

 シュテルって……やっぱり私とは似てないよね。性格も真逆とまでは行かなくても、300度近くは違うだろうし。

 

「……ん?」

 

 シュテルがティーカップを置いた瞬間、彼女の視線が不意にこちらに向いた。距離がある今の状態で視線が重なるとは思っていなかっただけにドキッとしたが、彼女は何事もなかったかのように読書を再開した。

 ……いやまぁ、確かに距離があるから声を掛けろとも言わないけど。でも会釈くらいしてもいいんじゃないかな。知らない仲でもないんだし。あれじゃあ私に何の興味もないみたいじゃん。

 そのように思った私の足は、自然とシュテルのほうに向けて歩き始めていた。適度な距離まで縮まったところで声を掛ける。

 

「こんにちわシュテル」

「えぇ、こんにちわ」

 

 返事はしてくれたものの、読書に夢中なのか視線は全く私のほうを向いていない。

 人と話すときは相手の目を見るべきなんじゃないのかな。それともあれかな、私とお話しするのは本を読むよりもつまらないってことなのかな。

 昔からどうにもシュテルにはふとしたことで苛立ちを覚えてしまう私がいる。人から間違われることがあるので、きちんとしてくれないと誤解されるというのも理由にはあるのだろうが、それ以上に日によって私に対する意識が違うのが最大の理由だと思う。

 からかうときは自分から積極的に話しかけてくるのに……今日みたいに最低限の会話しかしようとしない日もある。自己中というかマイペースというか……いやいや、ここでケンカ腰になっちゃダメ。私だってもう子供じゃないんだから。

 

「相席してもいいかな?」

「どうぞ」

「ありがとう」

「いえ……私だけの空間ではありませんから」

 

 それはそうだけど……別に言わなくてもいいんじゃないかな。

 たまたま近くに来ていた店員に適当に注文し、シュテルの向かい側に腰を下ろした。私は真っ直ぐシュテルに視線を向けるけど、彼女の視線は手元の本に向いたまま。先に読書をしていたわけなので邪魔をするつもりはないけれども、もう少し私に意識を向けてくれてもいいんじゃないだろうか。

 ……冷静に客観的に自分を見てみると、私ってシュテルに構ってほしいのかな。

 そんな風に思った瞬間。シュテルが小さく息を吐きながら本を閉じた。テーブルの隅のほうに本を置くと、澄んだ青色の瞳が私に向けられる。

 

「な、何?」

「何? あなたが構ってほしそうな目で見ていたではありませんか」

「べべ別にそんな目で見てないよ!?」

 

 否定はしてみたものの、これほど動揺しながら発した言葉を誰が信じてくれるのだろうか。恥ずかしさから俯いてしまったものの、空気を切り替えるように店員が頼んでいたものを持ってきてくれた。ついでと言わんばかりにシュテルは再度紅茶を注文する。

 

「……なのは」

「は、はい!?」

「話をするつもりがないのなら、私は読書を再開しますよ」

 

 私はシュテルの言葉に驚く。前までなら確実に「私に構ってほしかったんですか?」などとからかわれていたはずだ。それなのに今はどうだろう。何もからかいもせず、自分から会話してくれようとするなんて……これくらいのことで驚くなんて、私って意外とシュテルに対してフィルタが掛かってるのかな。

 

「え、えーと……じゃあご趣味は?」

「……あなた熱でもあるのですか?」

 

 だよね! 普通に考えてそういう返しがくるよね!

 もう知り合ってから3年にもなるのに今さら聞くことじゃない。それに聞き方がお見合いみたいだった……お見合いなんてやったことないから本当かどうかは分かんないけど。というか、そもそも私達女の子同士だし。

 

「まあ……あなたの百面相に免じてこれ以上は追求せずに答えてあげますよ」

「ありがとう、でも百面相あたりでダメージあるから言わないでほしかったよ!」

「今は私が話そうとしているのです。そして質問してきたのはあなた……何が言いたいか言わなくても分かりますね?」

 

 はい……分かります。それに反省します。だからそんなに冷たい目を向けないで。向けるにしても、もう少し声を温かくしてほしいよ。

 

「私の趣味ですが……そうですね、職業柄機械を弄ってしまいがちですね。それと読書……あとはお菓子作りといったところでしょうか」

 

 ……今お菓子作りって言った?

 機械弄りや読書は前々から分かっていたというか、予想できていた答えではあるけど、お菓子作りに関しては初耳だ。料理の手伝いをしていたりする姿は見たことがあるので出来ないということはないと思うけど、シュテルがひとりで作っている姿は想像が難しい。

 

「何ですかその顔は?」

「あ、いや……その、シュテルってお菓子作れるの?」

「ええ」

「ちなみにどれくらい?」

「そうですね……まあショウと同じくらいには」

 

 ショウくんと同じくらい。その言葉を聞いた瞬間、私の心の中に亀裂が入ったような音が聞こえた気がした。

 え……ショウくんってあのショウくんだよね。いやまぁ、私とシュテルの共通認識のあるショウくんってあのショウくんしかいないんだけど。

 でもあのショウくんだよ。昔からお母さんから習って練習というか作ってた結果、お店でも売れるくらいに美味しいお菓子を作れるんだよ。それと同じくらいって……。

 人から間違われるほど似た顔立ちや声、体型をしているというのにこの差は何なのだろう。私はパティシエの娘だというのに、作れるものなんてキャラメルミルクくらい……。

 ……分かってた、自分よりシュテルのほうが器用で何でもできそうだなってのは分かってたけど。

 でもでも、あのシュテルがお菓子作りだよ。しかもショウくんと同じくらいのレベルだって言うんだよ。シュテルってディアーチェ達からの話では、昔は本の虫で女の子らしいことにほとんど興味がなかったって言われるほどの人物だったんだよ。それが今ではこれなんだよ……。

 

「その疑いと驚愕が混じった視線は何ですか?」

「え……いや、その……シュテルに趣味にするほどお菓子を作るイメージがないといいますか」

「ふむ……確かに過去の私からすれば今の私は疑問と驚愕の対象かもしれませんね。……でも今の自分に悪い気はしません。これもショウのおかげですね」

 

 シュテルの最後の発した言葉はいつもと変わらない淡々としたものだったが、彼女の顔には確かな笑みがあった。

 ……シュテルって……今みたいに笑うんだ。

 シュテルも人間であり感情もあるのだから笑いはする。これは知り合ってから今までに何度か見たことがあるので間違いない。

 だけど……今の笑顔は今までに見たのとは少し違ったような気がする。具体的にどうのとは言えないけど……こうなんていうか……綺麗? うーん、何か違うかな。綺麗は綺麗なんだけど輝いて見えるというか……

 

「なのは?」

「え、あっ、素敵な笑顔だったよ!?」

「……何を言っているのですか?」

 

 シュテルの言うとおり、私は何言っちゃってるの! 冷静に考えれば、私が黙ってたから呼びかけただけじゃん。それなのにテンパって……あぁもう、穴があるなら入りたいよ。

 

「今日のあなたはいつにも増して変ですよ。趣味を聞いてきたり、笑顔が素敵などと言ったり……もしかして、私のこと口説いてますか?」

「ない! それはないから!」

 

 確かに口説いてるように思われるかもしれないけど、でも私は女の子だしシュテルに恋愛感情とかないからね。

 

「本当ですか?」

「本当だよ……何でそんなに疑いの眼差しなの!?」

「何でって……あなたはたまにフェイトと熱烈に見詰め合っていたではありませんか。甘い雰囲気を出しながら」

「たたた確かにフェ、フェイトちゃんとは想いが通じ合うというか、分かち合った時間みたいなのはあるけれども……でもでも、フェイトちゃんとは変な関係じゃないから! 親友だから!」

 

 抱いている感情を全力全開でシュテルにぶつけてみたのだが、彼女の瞳は全く私を信用しているようには見えなかった。それどころか不意に顔を俯かせると、ポツリと一言だがとんでもないことを呟いた。

 

「……可哀想に」

「何が可哀想なの!? 私は、ううん私だけじゃない。フェイトちゃんもきっと恋人は普通に男の子にするよ!」

 

 不意に脳裏にひとりの影が浮かぶ。

 無愛想に見えるけど周囲に気を配っていて、必要なときはそっと手を差し伸ばしてくれる。運動も勉強もできて、家事も得意で……お菓子作りが趣味の男の子。私が辛い日々を送っていた時期、誰よりも足を運んでくれて励ましてくれて、見守ってくれた私の大切な友達……。

 友達……うん、友達だよね。今では下の名前で呼んでくれるようになったし……なのに、何でどことなく胸が苦しいんだろう。

 

「何やら考え事をしているようですが、とりあえず座ったらどうですか?」

「え……もっと早く言ってよ!」

「今日はあなたが自爆したようなものでしょう。やれやれ、あなたは昔とあまり変わりませんね。成長がありませんね」

「意味合い一緒なんだから言わなくていいじゃん!」

 

 シュテルと会った頃より成長してるもん。身長だって大分伸びたし、体つきだって女の子らしくなったんだから。……他のみんなと比べると胸は小さいけど。でも私はまだ中学生。きっとこれからだよね。

 

「それに私が成長してないのなら、シュテルだって成長してないと思うよ。相変わらず人のことからかうし」

「失礼、先ほど言い忘れてましたが人をからかうのは私の趣味です」

「そんな趣味今すぐ捨てようよ!」

「大丈夫です。人は選んでますから」

「時もきちんと選ぼうね! じゃなくて、自分がやられて嫌なことは人にしちゃダメだよ!」

 

 私の必死な言葉にもシュテルは顔色ひとつ変えない。それどころか、興味はないと言わないばかりに優雅に紅茶を飲む始末。肩で息をしている私がバカみたいではないか。

 

「あのな、他にも客はいるんだからもう少し静かにしろよ」

 

 突如聞こえてきた低い呆れた声。もちろん私でもなければ、目の前にいるシュテルでもない。声がしたほうに視線を向けてみると、そこに立っていたのは私服姿のショウくんだった。

 

「ショ、ショウくん……な、何で!?」

「何でって……シュテルに呼ばれてたからだけど」

 

 視線でシュテルに問いかけてみたが、静かに紅茶を飲んでいた。先ほどまでのやりとりを見られていたかと思うと恥ずかしさがこみ上げてくるだけに、彼女に対して何か言いたくなってくる。

 だがしかし、今日に関しては自分のほうにも非があるわけで……。あれこれ考えているうちにショウくんはシュテルの近くに腰を下ろした。私も自然と腰を下ろしそうになったが、不意にあることに気が付く。

 ショウくんはシュテルに呼ばれてたわけなんだよね……つまりシュテルはショウくんに話があるってこと。他に誰もいなさそうだし、さっきショウくんのことを口にしたとき嬉しそうに笑ってた。もしかしてだけど……もしかしてだけど……シュテルはショウくんとデートするつもりだったんじゃ。

 そう考えると自分の存在が邪魔なのではないかと思ってしまう。ふたりのことが気になるのは気になるが、心が落ち着かないというか苦しさがあるだけにここを離れたいと思った。

 

「えっと……ふたりの話の邪魔をするのも悪いし、私は別の席に移るよ」

「ん? 別に居ても構いませんよ。聞かれて困るような話をするつもりはありませんから」

「そ、そうなんだ。……じゃあ、居させてもらおうかな」

 

 お客さんも結構入ってるみたいだし、無駄に場所取るのも悪いしね。

 言い訳するかのように内心でこの場にいる理由を考えていると、前もって頼んでおいたのか店員がショウくんにアイスコーヒーを持ってきた。彼は一口飲んでからシュテルに話しかける。

 

「……で話って何だよ?」

「これについてです」

 

 シュテルが取り出したのは、最近改装が終わった遊園地のチケットだった。それをさっとショウくんの目の前に置く。

 これは……うん、主観的にも客観的にもシュテルがショウくんを遊園地に行こうって誘ってるよね。……聞かれて困るような話してるじゃん!?

 何が私が居ても構わないなの。普通デートに誘うなら余計な人がいないときに誘うよね。私は誰にも口外しないって信用してくれるから居ていいって言ってくれたの。それとも「なのはに知られたところで、私とショウの間には入ってこれませんよ」みたいな余裕の表れ……って、私は何を考えているんだろう。

 

「実はレヴィと行く約束をしていたのですが、急に仕事が入ってしまいまして。その日はディアーチェも用があるとのことだったので、私の代わりにレヴィと一緒に行ってくれませんか?」

 

 何だそういうことだったんだ……確かにレヴィを1人で行かせるのは心配だもんね。うんうん、納得……って、ショウくんが行くんじゃデートってことだよね!?

 レヴィは今も昔と変わらず異性意識のない甘えん坊といった感じの子ではあるけど、体のほうはフェイトちゃんと同じくらい成長している。遊園地でショウくんとレヴィを見た人間はきっとデートだと思う。レヴィの行動を考えると、かなりラブラブなカップルにも見えるかもしれない。

 

「うーん、まあ最近はこれといって予定もないからいいが……なあシュテル」

「何でしょう?」

「お前、なのはと何を話してたんだ? 何かいつも以上に感情が豊かなんだが……お前、俺が来るまでに」

「否定はしませんが、今日は大してしていませんよ」

 

 何やらショウくん達が小声で話しているけれど、私の耳には一向に入ってきていなかった。私の頭の中は、ショウくんと楽しそうに遊園地を回るレヴィの姿で一杯だったのだ。

 

 

 



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06 「いざ、遊園地へ」

 シュテルの代役でショウくんはレヴィと一緒に遊園地に行くことになった。それはデートなのではないか、と考えていると、それをふたりが私も行きたいのではないかと思ったらしく、私も遊園地に行くことが決まった。

 シュテルやショウくんが言うには、レヴィと遊ぶのは体力がいる。だから一緒に行く人数は多いほうがいいってことらしいけど……私、大丈夫かな。

 正直これまでにレヴィと一緒に遊んだことなんて数えるほどしかない。しかも、そのときは大体レヴィに慣れのあるシュテル達が主に相手をしていた。がっつりと遊ぶのは今日が初めてだと言える。

 フェイトちゃん達も誘ってみたけどお仕事だったし、アリサちゃん達も習い事があって無理だったんだよね。一応ひとりは誘えたけれど……体があまり丈夫じゃなさそうな印象があるし、無茶をさせちゃダメだよね。

 

「……よし、今日は私が頑張ろう! ……って、考え込んでる場合じゃなかった」

 

 さっさと服を決めないと。

 待ち合わせの時間にはまだ余裕はあるけど、服以外にも髪型や小物と決めなければならないものはたくさんある。女の子は大変なのです。

 レヴィはこういうので迷うことあるのかなぁ……。

 少なからずレヴィの性格を知っているだけに疑問に思ってしまう。冷静に考えてみても、よくもあそこまで何でも素直に言ったり行動できるものだ。

 特にショウくんに対しては、昔から手を繋いだり抱きついたり……出会った頃はまだしも、今は絶対ダメだよね。だってレヴィ、フェイトちゃんと同じくらいスタイル良くなってるし。

 というか、何であそこまで触れ合えるのだろう。男の子を何とも思っていないのだろうか。会話くらいならまだしも、触れ合うとなると多少なりとも意識しそうなものだけれど。

 

「……でも」

 

 レヴィって男の子のこと意識してないのに女の子らしいよね。着ている服とかもオシャレだし。大抵のことを直感で決めてそうだけど、そうなるとセンスが良いってことだよね。

 そう考えると実に羨ましい。あれこれ悩まずに人から褒めてもらえるのだから。今こうして迷っている自分が惨めに思えてくる。

 

「はぁ……昔はこんなこと考えてなかった気がするんだけどなぁ」

 

 大人になったのだと考えるべきか、無邪気さがなくなったと考えるべきか……。フェイトちゃん達と出かけるときは今日ほど迷わないはずなんだけど。ショウくんがいるからこうなっているのだろうか。

 ……って、別にショウくんとはこれまでに何度も今日みたいに数人で遊んだことあるじゃん。ふたりで行くわけでもないんだから、ショウくんは別に関係ないよね。

 と思いつつも、ふと気が付けばショウくんがどういう格好で来るのか、呆れたり困ったりする顔以外にも嬉しそうな顔が見れるのではないか、なんて考えてしまっている自分が居た。

 

「あぁもう、私はいったい何を考えてるの!?」

 

 どうにも今日の……いや、この前シュテルと一緒にお茶をした日からおかしい。あの日からどうにも今日のことばかり考えていた気がする。

 確かに今日のことは楽しみだったし、レヴィ達ともっと仲良くなりたいって思ってるけど……何でこんなに落ち着かないんだろう。ワクワクって感情以外にもどこか緊張してるし。

 

「私……こんなんで今日1日持つのかな」

 

 ★

 

 時間ギリギリまで服装と髪型に悩んでいたけれど、結論から言えば髪型はいつものようにサイドポニー。服装は白を基調としたワンピースにした。無難な格好なだけに評価されるにしても無難な言葉になると思う。

 ……まあこれといってそういうのはなかったんだけど。

 現在、目的地である遊園地に向けてバスで移動している。座っているのは最後尾で、窓際にレヴィとショウくん。そのふたりに挟まれる形でユーリと私が座っている。なぜユーリがいるかというと、彼女とはかなり頻繁にメールのやりとりをする友達だからだ。

 

「まだかな、まだかな」

 

 よほど楽しみなのかレヴィは会ったときからずっとそわそわしている。

 レヴィと出会ってからおよそ3年の月日が経っているわけだが、体は大きくなっても心のほうは出会った頃から何一つ変わっていないように思える。

 服装は長袖に短パンと動きやすさを重視した感じだ。髪は下ろして帽子を身に着けている。昔は遊ぶときはツインテールにしていたようだけど、最近はほとんどしなくなったらしい。

 見た目は大人っぽいのでシュテルやディアーチェにやめたほうがいいと言われたのかな。帽子は確かフェイトちゃんとの区別をつけやすいようにってことで被るようにしてるんだったっけ。

 

「まだですけど、ちゃんといっぱい遊べますから落ち着いてください」

 

 そうレヴィを嗜めるのはユーリだ。私達と比べると小柄なのは変わりはないけれど、会った頃に比べれば充分に身長は伸びているし、出るところは出ている。普段は髪を下ろしているらしいけど、今日は遊ぶのに邪魔にならないようにかポニーテールだ。

 淡い桃色の上着と白のスカートと主張が強すぎずかつ地味すぎない服装にセンスを感じる。ユーリの服装を見ていると、次第に私ももう少し違った格好でくればよかったかもと思った。

 ……地味とか思われてないかな?

 そう思って視線を右に動かすと視線が重なった。まさかこちらを見ているとは思っていなかったので、必然的に鼓動が強まる。

 ど、どうしよう……何で私のほうを見てるの。って、端っこに座ってるんだから普通にこっちを見るよね。というか、何で私はショウくんの隣に座っちゃったんだろう。いや別に嫌とかじゃないんだけど。ユーリがレヴィの面倒を見るって張り切ってたから今の席順になったんだけど……。

 

「本当に?」

「本当です。ね、ショウさん?」

「ああ……レヴィの好きなところに付き合ってやるよ。だから今は大人しくな」

 

 ショウくんの言葉にレヴィは元気良く返事をした。他のお客さん達の視線が集まったのが、一瞬と呼べる時間だったのが救いだ。長時間浴びていたら恥ずかしさのあまりずっと俯いてしゃべらなくなっていたと思う。

 ……ショウくん、私じゃなくてレヴィを見てたんだ。……まあ当然だよね。だってシュテルの代わりで来てるわけなんだから。

 そう割りきろうとするが、どうしても早とちりしてしまったことによる恥ずかしさが消えてくれない。これといって何もしていないのに顔を赤くしていたら変に思われてしまうだろう。それだけは避けたくてたまらなかった。チラリとショウくんの様子を窺うと、小さくあくびをしてから何度も瞬きをしていた。

 そういえば、今日は何だか元気がなかったかのような……。

 声からは判断しにくいけれど、昔よりも表情が豊かになったし、それなりに付き合いのある関係だ。何があったのかまでは分からなくても、元気があるかないかくらいは分かる。

 

「ショウくん、大丈夫?」

「ん……あぁ、少し眠たいだけだ」

「遅くまでお仕事があったの?」

「いや、昨日はシグナムとの訓練がな……それに、よほど今日が楽しみだったのかレヴィが泊まりに来たんだ」

 

 私の知る限り、ショウくんはシグナムさんと昔から訓練を行っているし、とても心身ともに疲労するものだ。訓練後の彼を何度か見たことがあるし、フェイトちゃんとの模擬戦を見たことがあるので少なからず理解できる。

 体力が減っている状態でレヴィの相手をしたら寝不足になるよね。レヴィって楽しみなことがあると寝れなくて遅くまで起きてそうだし……。

 あれ……今の言葉を信じると……疑うわけじゃないけど、レヴィはショウくんの家で一晩過ごしたってことになるよね。

 ショウくんの家にはディアーチェもいるから問題はないだろうけど、でも私達はもう子供じゃない。いや正確には子供だけど、子供から徐々に大人に変わりつつある年代だ。同性ならまだしも異性の家に泊まるなんてのは良くないのでは……。

 

「ふぁ……到着までにまだ結構掛かるよな?」

「え、あぁうん」

「じゃあ……少し寝る」

 

 そう言ってすぐショウくんからは安らかな吐息しか聞こえなくなった。少しと言っていたが、これだけ早く寝れるということはかなり眠気があったのだろう。

 ……ショウくんの寝顔……可愛いかも。

 普段落ち着いてて大人っぽく見えるせいか、とても子供らしく見えてしまう。歳相応の寝顔なのだろうが、ショウくんの家に泊まったことがない私としては珍しい光景だ。はやてちゃんやシュテル達は見慣れていそうだけど。

 

「――っ!?」

 

 ショウくんの寝顔を見ていると、不意に体が彼のほうに倒れそうになった。どうやら大きなカーブを曲がっているらしい。

 寝たばかりだし起こすのは悪いよね。

 と思った矢先、私の体に加わる力が増した。意識を向けてみると、レヴィとユーリがこちらに倒れてきているのが見える。

 ちょっ……ふたりとも耐えて。このままじゃショウくんに倒れて起こしちゃうよ……レヴィ、バスはジェットコースターじゃないよ! 楽しそうにしな……あぁ倒れる倒れる、倒れたらショウくん起きちゃうってば!

 

「く、くるしいです……」

 

 体に掛かる力に任せて倒れるレヴィ。ショウくんを起こさないように耐える私。必然的に挟まれているユーリが潰される。

 レヴィは私達3人の中で1番身長が高いし、発育も進んでいる。体重は最もあるはず(別に太ってるとか言いたいわけじゃない)。そしてユーリは最も小柄なわけで……くるしいと声を上げるのは当然だと思う。

 ごめんユーリ……悪いとは思うけど、今だけは我慢して。もうすぐ遊園地に着くならまだしも、まだ当分着かなくて、寝たばかりの人を起こすのは私はできないから!

 

「バスって意外と楽しいね!」

「楽しむのはいいですけど、もう少し別の楽しみ方をしてください。重かったんですから」

 

 カーブを抜けるやいなや、ユーリが少し頬を膨らませて無邪気なレヴィを注意した。ユーリが言っていることは間違っていないし、私にも似たような気持ちがあるけれど……重いという言葉をストレートに言うのはどうなんだろう。レヴィだって一応女の子だし……

 

「あっ、分かる~? 実は昨日計ってみたら前より格段に重くなってたんだよね。結構動いてるはずなんだけど、何で太っちゃったんだろう?」

「それは……太ったんじゃありません。身長が伸びれば誰だって体重は増えます……それにレヴィはスタイル良いですから」

 

 レヴィの胸や腰まわりに視線を向けながら唇を尖らせるユーリの気持ちは大いに理解できる。私もみんなの中じゃ1番発育が進んでいないし、レヴィの体重増加の理由が理由だし。

 今の発言からして多分レヴィって体重とか気にしてないよね。食べたいものは好きなだけ食べてそうだし……なのにこの体型。

 レヴィにそっくりなフェイトちゃんも食事制限とかしてないって言ってたけどスタイル抜群だ。いったいこのふたりの体はどうなってるんだろう。フェイトちゃんはまだ小食なほうだから分かるけど、レヴィは食べる量は私というか一般的な女の子からすると異常だ。なのに体重が増えるのは成長によるものだけ。不公平だ、不公平すぎる……。

 

「なにむくれてるのさ。ユーリもこれから大きくなるよ。だからボクみたいにいっぱい食べていっぱい寝るんだよ」

「睡眠はまだしも、レヴィほど食べるのは無理です。というか、レヴィみたいに食べたら普通は太りますから」

「ユーリは別に太ってもいいというか、太ったほうがいいと思うな。華奢というか線が細いし」

 

 太ったほうがいいという言い方はともかく、確かにユーリはもう少し肉を付けた方がいいかも。手足とか同年代よりも細い気がするし。

 

「これでもちゃんと食べてます……」

 

 ユーリは返事をしながら視線をレヴィからこちらのほうに向いた。一瞬自分に向けられたのかと思ったが、冷静に観察してみると私の奥のほうを見ているのが分かる。どうやらショウくんを見ているようだ。

 

「……太ったとか言われたくないです」

 

 声にもならない声だったのでよく分からなかったが、話の流れから予想するに体重に関することだろう。

 ショウくんを見たのは……あれかな、ショウくんには太ったとか言われたくないとかかな。私だってレヴィやフェイトちゃん達から言われるのと、ショウくんから言われるのとじゃ心へのダメージが違ってくるし。

 それにユーリからすれば、ショウくんはお兄ちゃんのような存在だろう。彼に甘える姿はこれまでに何度か見ているし……ここ最近は見ていないような気がするけど、まあ私はメールでやりとりはしていても直接会っているわけじゃない。私の知らないところで仲良くやっているのだろう。

 

「どったのユーリ?」

「何でもないです」

「何でもないって、何か機嫌悪いじゃん」

「別に悪くないです。ただレヴィの能天気さや体質が羨ましく思っただけです」

「え、そうかな~」

 

 いやレヴィ、ユーリは別に褒めてないと思うよ。

 なんて内心でツッコんだ直後、今度は先ほどとは反対側に体が追いやられる。先ほどユーリを潰してしまっただけに倒れるのは躊躇われ、全身に力を入れて必死に堪えた。

 一方ユーリは、突然のことに対応できなかったようでレヴィに胸に飛び込むような形で倒れこんだ。レヴィは「……っと」と声を上げたものの、大して苦には感じていないように見える。ユーリが小柄であることに加え、レヴィの豊満な胸が関係している気がした。

 

「大丈夫?」

「あ、はい、すみません……やっぱり大きいです。やわらかいです」

「ん、何か言った?」

「何でもありません。気にしないでください」

 

 何やらユーリの顔が赤い気がするが……まあ気にしないでおこう。いや、正確には気にしていられない。気にしていられたならどれだけ助かったことか。

 ど……どうしよう。

 肩くらいから聞こえる安らかな寝息。顔を正面に向けてはいるが、視界には黒い髪の毛が映っている。現状を説明すると……しなくても分かる人は分かるだろうけど、ショウくんが私に寄りかかっているのだ。先ほどのカーブが原因なのであって、彼が意図的にしたのではない。意図的だったら多分私は奇声を上げるか、飛び跳ねるかしていたことだろう。

 

「うぅん……」

「――っ!?」

 

 バスが停車した瞬間、ショウくんが少しだけ動いた。その際、彼の髪の毛が首筋をなぞったため、思わず声が漏れそうになった。

 あ、危なかった……いきなり「ひゃ――!?」とか言ったらユーリ達だけじゃなくて、他のお客さんにも注目されただろうし。それにショウくんを起こしたかも……えっと、何してるのかな?

 隣に座っていたはずのユーリがいつの間にかケータイを片手に私の前に来ていた。彼女はケータイをこちらに向けると、にこりと笑う。

 

「えーと……ユーリ?」

「きれいに撮れましたよ」

 

 こちらに向けられたユーリのケータイの画面には、頬を赤くしている私と寝ているショウくんが映っていた。彼女としては思い出の1枚として撮ったのだろうが、こちらの心境は穏やかではない。

 ちょっ、ちょっとユーリ……それはまずいよ。わ、私だけならまだしもショウくんまで一緒に撮るのは。起きてるならまだしも寝ているところ……それも私に寄りかかっての状態なのはすっごくまずいよ。私の精神的にも。

 そのように頭はフル回転してはいるのだが言葉が出てこない。それでも「それは消して」と身振り手振りで伝えようと試みるが

 

「あとでなのはさんのケータイにも送りますね」

 

 などと勘違いされてしまった。

 ユーリ、そうじゃないんだってば。隣にいるのがフェイトちゃんとかならまだいいけど、ショウくんとのツーショットはまずいよ。誰かに見られたら質問攻めされること間違いないし。嬉しいか嬉しくないかでいえば、ショウくんとはあまり写真撮ったことないから嬉しいけどさ。

 

「この席順にして正解でしたね」

「え?」

「わたしだと支えきれるか分かりませんし、レヴィだとじっとしていられないでしょうから。それにショウさん、とっても気持ち良さそうに寝てます。なのはさんのこと信頼しているんでしょうね」

 

 ユーリの言葉に顔に感じる熱が増したような気がした。

 し、信頼って……確かに出会った頃に比べれば、名前で呼び合うようになったし、会話する機会も増えたけど。でも気持ち良さそうに寝てるのは単純に疲れてるだけだと思うな……というか、そうじゃないと今にもこの場から逃げたくなるというか、席順を変わりたくなるし。

 

「ユーリ、ボクだってショウとは仲良しなんだぞ。それに気持ち良さそうに寝ている人を起こすような真似は……たまにしかしないかな」

 

 たまにはするんだ……まあイタズラしそうな感じはするけど。

 

「でも今日はしないぞ。その証拠を見せるためにもなにょは、ボクと場所変わろう。今のままだと寝にくいだろうし……うん、膝枕してあげたほうがいいよね」

「いやいやいや、それだと私やユーリが隅に追いやられるから。それに動いたら多分起きちゃうからね。私は大丈夫だからこのままでいいよ」

 

 ひ、膝枕とかこんな場所でしていいものじゃないだろうし……レヴィ大胆すぎるよ。

 深くは……ううん、これといって何も考えてはないんだろうけど。まだ遊園地に着いてもないのに、ここまで言動に振り回されるなんて……何か遊園地に着くのが怖くなってきたかも。

 

 

 



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07 「レヴィのお返し」

 遊園地に到着したわけだが、思ったよりも人が少ない。まあチケットがあったことを考えるに、今日は先行体験回のようなものだろう。

 ……にしても、どうもなのはの様子がおかしい気がする。俺とあまり目を合わせようとしないし、合ったら少し慌てて視線を逸らすし。

 個人的になのはに何かした覚えはない。だが俺にはバスの中で寝てしまっていたので空白の時間がある。彼女の様子が変わっていたのも俺が意識を取り戻してからだ。いったい俺は寝ている間に何をしてしまったのだろうか。

 

「なあなのは」

「――っ!? なな、何かな?」

「……俺、君に何かしたか? 何か避けられてる感じがするんだが?」

「べべ別に避けてなんかないよ! それにショウくんは何もしてない。ぐっすり寝てたよ、うん!」

 

 いや、どこからどう見てもその反応からして何かしたろ。本当にこの子は嘘とか苦手だな。まあ良いところでもあるんだけど。

 そんなことを考えていると、誰かに服を引っ張られた。なのはは目の前にいるし、レヴィならばこのような気の引き方はしないだろう。となると必然的に彼女しかない。

 

「ショウさん、実は……」

「ユ、ユーリ!?」

 

 何か言おうとしたユーリになのはが凄まじい速さで接近し、口を押さえながら引き離した。彼女の突然の行動にも驚きだが、今の接近速度にも驚いた。

 話すようになってから3年以上になるけど、ここまで早く動いたのは初めて見たな。体育の成績はそこまでよくなかったはずだし。

 運動はあまり得意ではないと前に言っていた。だが俺は苦手意識のせいで本来の力を出せていないだけなのではないかと思ったりしている。かつての事件のとき、なのはは街中を走り回っていた。加えて、射撃戦主体だろうと戦闘では体力を消費する。それを考えると、そこまで運動が苦手だとは思えない。

 

「い、言ったらダメだよ!」

「なのはさん、小声で怒鳴るなんて器用ですね。ディアーチェみたいです」

「ユーリがディアーチェのこと好きなのは分かるけど、今ので笑うのはやめたほうがいいと思うよ。私も反応に困るし……じゃなくて、さっきのことは言っちゃダメ!」

「何でですか?」

「何でって……」

 

 何を言っているのか気になっていたので、必然的に首だけ振り返ったなのはと視線が重なる。次の瞬間、彼女の顔に赤みが差し、視線をユーリに戻されてしまった。誰が何と言おうと、これは絶対寝ている間に何かあったに違いない。

 いったい俺は何をした? 普通に考えれば、なのはに寄りかかってしまったのが妥当な線だが……それだけであそこまでの反応させるだろうか。多少は異性を意識するようになったとはいえ、あのなのはだし。

 ……もしかして俺は、彼女の胸に触れたりしてしまったのだろうか。

 そんなことをしてしまったとは考えたくもないが、何かの弾みで顔や腕が触れてしまった可能性はある。もしやってしまっているのであれば、今すぐにでも謝罪したい気分だ。しかし、なのはの様子からすると、寝ている間のことを話題にすれば間違いなく誤魔化そうとするだろう。

 どうしたのものか……。

 と、考え始めた矢先、不意に背中に何かが触れた。大きくて弾力がある、認識した直後、視界に現れる2本の腕。肩に重みが掛かったと思えば、耳元で駄々をこねる子供のように声が響く。

 

「ねぇねぇ、早く入ろうよ~。遊ぶ時間がなくなっちゃう」

 

 一連の言動や消去法からも分かるとおり、俺に背中から抱きついているのはレヴィだ。これまでに何度も抱きつくなと言ってきたはずだが、全く直る様子がない。

 

「レヴィ、離れろ」

「なんで?」

「何でって……」

 

 出会った頃ならまだしも、今は周囲に誤解を与えかねないからだ。と、言ったところでレヴィが理解するはずもない。

 あぁもう、何でこいつの精神年齢は出会った頃から変わらないんだ。さっき考えたことのせいか、背中に当たってるものを余計に意識してしまうし……なんて考えてる場合ではない。

 

「さっさと入って遊ぶんだろ?」

 

 俺の問いかけにレヴィは、一瞬きょとんとしたがすぐに満面の笑みを浮かべて返事をしてきた。

 これで解放される、と思ったのもつかの間、レヴィは今度は俺の手をしっかりと握ってきた。抗議の眼差しを向けてみたものの、彼女は首を傾げるだけ。「これがボク達のデフォルトでしょ?」と言われた気分だ。

 内心ではダメだろうと思いながらも、とりあえずレヴィに訴えてみることにした。

 

「なあレヴィ……」

「うん?」

「……いや、何でもない」

 

 周囲の目を考えてなのはと繋がないか、と言おうと思ったが、もしそれで彼女の元にレヴィが行ってしまったら……近いうちにぐったりしている姿しか浮かんでこない。

 この中で1番体力があるのは俺だろうし、シュテルの代わりを引き受けたのは俺だからな。レヴィの面倒見の大変さを考えると、押し付けたくもなるが押し付けるのは申し訳ないとも思う。ふたりの性格的に俺が大変そうにしてたらフォローしてくれるだろうし、それだけで充分か。

 知り合いに見られた場合のことを考えると面倒臭くもあるが、なのはも一緒に証言してくれれば、すぐに沈静化するだろう。フェイトには申し訳ないと思うが、これまでにレヴィのせいで面倒事になったことはあるのだ。彼女ならばきっと分かってくれる。

 

「なにょはにユーリ、行くよ~!」

「あっ、はい、いま行きます……なのはさん?」

「ううん、何でもない大丈夫……」

「本当ですか?」

「うん……ふと思っただけだよ。人間って慣れる生き物なんだなって」

「……? 環境適応能力の話ですか?」

「何でもないよ。行こうユーリ」

 

 なのはとユーリは駆け足で追いかけてくる。

 ユーリは疑問の表情を浮かべていたが、遊園地が楽しみなのか笑顔になる。顔を見ただけではレヴィより落ち着いて見えるが、内心は俺が思っているよりワクワクしているのかもしれない。

 なのははというと、俺と視線が重なるとすぐに逸らした。やっぱり避けている、と思ったが、すぐに視線を戻して苦笑いを浮かべる。視線の動きから察するに、繋がっている手を確認したのだろう。苦笑いなのは「大変だね」といった感情の表れかもしれない。

 

「それでレヴィ、まずは何に乗るんだ?」

「うーんとね……あれ!」

 

 レヴィが元気良く指したのは、ジェットコースター……といった定番ではなく、まさかのコーヒーカップだった。コーヒーカップというアトラクション名で良いかは分からないが、正直俺も遊園地にはほとんど来たことがないのだ。

 確か……あいつの足が治ってから何度か行ったくらいだよな。義母さんとはこういう場所に来た覚えはないし。

 このことを人に言うと可哀想に思われるかもしれないが、俺は別に遊園地であまり遊んだことがないのが不幸だとは思わない。それくらいのことを不幸と言っている連中は本当の不幸を知らないのだろう。

 フェイトやはやては過去の事件で……すぐ傍にいるなのはも、少し前に任務中に堕ちて重傷を負った。再び歩けるようになるかどうか危ぶまれるほどの……。

 それでも……なのはは諦めたりはしなかった。

 過酷なリハビリを乗り越え、今こうして歩き笑っている。俺は彼女を含め、身近にいる人間を守りたい。笑っていてほしいと思う。だから技術者としての道を進みながらも、訓練を怠らないのだ。まあ俺の守りたい連中は、基本的に俺に守ってもらう必要がないほどに強いのだが。

 

「お、ようやくボク達の番だね。みんな、さっさと乗ろう」

「ちょっと待て、ここは2人ずつに分かれて乗ろう」

 

 そう提案したところ、3人から疑問の眼差しが向けられる。

 あまり遊園地に来たことがない俺でも、コーヒーカップがどういうアトラクションくらいかは知っている。これまでの経験からして必ずレヴィは、最高速度まで回すはずだ。それで彼女がぐったりしてくれれば、ある意味儲けものだが……ほぼ間違いなくそれはありえない。

 ここで全員くたばってしまっては、いったい誰がレヴィの面倒を見る。ここは俺が犠牲もとい一緒に乗るのが最善のはずだ。

 視線でなのは達に訴えると、こちらの意図を汲み取ったのか頷いて手振りで応援してくれた。レヴィにはせっかく人が少ないのだから、といった適当に言って丸め込んだ。

 

「ねぇショウ」

「ん?」

「これってさ、どういうアトラクションなの?」

 

 知らないのにこれを選んだのかこいつは……。

 俺の記憶が正しければ、昨日事前に調べていた気がするのだが。それがなくても手元にパンフレットがあるのだから調べることは可能のはず。もしかして遊園地の目玉と言えそうなジェットコースターや観覧車といったものばかり調べていたのだろうか。

 ……いや、そんなことはどうでもいい。これはある意味チャンスだ。

 中央にある装置に触れさせなければ、ここで無駄に疲労することはない。それに俺は、あまり遊園地に来たことがないので惚けることは可能と言える。今後のことを考えれば、ここで選ぶ道はひとつ……

 

「それは……まあ簡単に言えば、クルクル回りながら移動するアトラクションだ。目の前にあるそれを回せば、回転が速くなる」

「なるほど~、ありがとう」

 

 教えた俺を馬鹿だと思う奴はいるかもしれない。正直俺も自分のことを馬鹿だと思っている。

 けれど、今日の俺の役目はシュテルの代わりにレヴィの面倒を見ることなのだ。あいつが望むことは、レヴィに心から楽しんでもらうことのはず。ならば代わりを引き受けた俺が疲れるからと逃げてはいけないだろう。

 それに……説明しただけで嬉しそうに笑ってくれるんだ。この顔を何度も見れるのなら、今後のことを考えてもお釣りが来る。……まあ、楽しい思い出だったと思えるのは明日以降かもしれないが。

 

「あ、動き始めた…………遅い」

「いや、別にこれはこれで良いんじゃ……」

 

 俺の言葉を遮るように力強く握られるコーヒーカップの装置。それを見た俺は、内心でため息を吐きながら覚悟を決めた。直後、レヴィは凄まじい勢いで装置を回し始める。

 徐々にだが確実に加速していく。きちんと見えていた景色は少しずつぼやける。きちんと見ることができるのは、向かい側に座っているレヴィだけだ。彼女はテンションの高い声を出しながら、さらに装置を回し続ける。

 …………結果。

 言うまでもなく、俺は酔ってしまった。この感覚を味わうのは、幼い頃に車の中で本を読んでしまったとき以来だろうか。訓練で体を鍛えたり、縦横無尽に飛行していたせいか、それから乗り物に酔うことはなかった。正直予想していたよりは気持ち悪くはない。

 しかし、10年以上味わっていなかった感覚なのだ。予想よりもマシというだけで、気持ち悪いことには変わりはない。アトラクションから降りた後は、全員に付き添われる形で近くにあった長椅子に腰を下ろした。

 

「ショウくん、大丈夫?」

「あぁ……」

 

 隣に座っているレヴィが自分を責めていそうな顔をしているので、大丈夫だと口にしたものの……何とも非力な声だ。これではかえって心配を掛けるだけだろう。俺の考えを裏付けるように

 

「わたし、お水と袋持ってきます!」

「え、ちょっユーリ!? あぁもう、私も行く。レヴィ、ショウくんに付いててね。絶対ここを離れちゃダメだよ!」

 

 と、ユーリとなのはがどこかに行ってしまった。

 水と袋って……俺は酔っ払いじゃないんだけどな。気分は悪いけど……吐くほどではないし。少しすれば良くなると思うんだが。

 

「……ショウ、ごめんね」

「謝らなくて……いい」

「でも……ボクのせいで――ぁ」

 

 泣きそうになるレヴィの頭に、俺はそっと手を置いた。優しく頭を撫でながら、可能な限り元気を振り絞って話しかける。

 

「馬鹿……今日はお前を楽しませるために来てるんだ。バスでも言っただろ? お前の好きなところで遊んでやるって。だから気にすんな……俺は、泣いてるお前より笑ってるお前が好きなんだから」

「ショウ……うん!」

 

 溜まっていた涙を拭いながらレヴィは笑う。

 それを見た俺は一度微笑みかけ、再び下を向こうとした。だが不意に頭を触られ、誘導されるように体ごと倒される。俺の頭が辿り着いた先は、程よい高さと弾力感の何か……ふと視線を上空に向けると、日光を誰かの頭が遮る。

 

「こっちのほうが楽でしょ?」

 

 その言葉を聞き終えると共に俺は状況を理解した。俺は、レヴィに膝枕されているのだ。

 はやてに膝枕をしてやったことはある気がするが、膝枕をされるのはこれが初めてかもしれない。普段ならば、人の目がある場所でこのような行為はしたくないのだが、今は気分が悪いせいか安心感を覚える。

 

「……吐いても知らないぞ」

「え、それは嫌だ。でもこうする。危なくなったら突き飛ばせばいいし」

 

 嫌に突き飛ばすって……本当に素直だよな。

 けれど不愉快な感情は浮かんでこない。この素直さがレヴィの悪いところでもあり、良いところでもあるのだ。ここまで堂々と言われては、むしろ清々しさを覚えるものだろう。

 

「ん……あんまり動かないでよ。こそばゆいじゃん」

「だったら今すぐ……退いていいぞ」

「だから危なくなるまではこうするって言ってるじゃん。それに……一度こうしてみたかったんだよね。いつもしてもらってばかりだったし」

 

 レヴィは笑いながら俺の頭を撫で始める。人を撫でることに慣れていないせいか少々乱暴だ。だが彼女の温かな心は伝わってくる。

 このまま大きくなったらどうしよう、なんて不安に思ったりするけど……レヴィはこのままでもいいのかもしれないな。よくよく考えてみれば、抱きついたりしてる異性って俺くらいだし。無意識の内に異性との距離感は取ってるんだろう……多分。

 まあ俺がこう考えたとしても、ディアーチェあたりはずっと目を光らせてそうだけど。あいつは面倒見いいから……そういやあいつ、今日どこに行ったんだろうな。

 

 

 



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08 「小鴉と王さま」

 我は気が付けば大きなため息を吐いていた。

 目の前には自販機に隠れながら、とある方向を覗いておる小鴉。にやついたり、驚いたりと表情を次々と変えていることから今の状況を楽しんでおるようだ。

 

「……はぁ」

 

 なぜこのようなことになってしまったのであろうか。

 我は少し前に小鴉から遊びに行こうと誘われた。最初は誰かしら居るかと思ったが、まさかの小鴉とふたりだけという話に我は否定の返事をした。

 別に疲れるというわけではないぞ……正直に言えば、それもなくはないのだが。

 我は3年もの長い期間居候させてもらう身だ。その恩を返すためにも家事などは手伝わなければならぬ。レーネ殿は多忙であるし、あやつも時折デバイス関連の仕事があるのだから。最も時間のある我がするのは当然であろう。

 ……結果的に言えば、共に遊ぶことを了承してしまったわけだが。

 でも仕方があるまい。駄々をこねる小鴉は鬱陶しいのだ。至近距離まで接近するだけでなく、甘えた声で姉だの言ってくるのだから。家のことをせねばならぬと申せば、すぐさまショウに連絡を取る始末。あやつに気にせず遊んで来いと言われてしまっては行くしかないではないか。

 遊びに行く場所は当日まで秘密にされ、なのは達の誘いを断ってしまった。だが偶然にも目的地は同じだったのだ。レヴィに付き合う苦労を知っているだけに、一緒に行動しようと話しかけようと思ったのだが、何を思ったのか小鴉は観察しようと言い出し今に至る。

 

「なっ……や、やるなレヴィ。ショウくんに膝枕なんてわたしもやったことないで」

 

 レヴィ、ショウ、膝枕という言葉に意識を引き付けられた我は、気が付けば小鴉と一緒に覗いていた。小鴉の言うとおり、レヴィがショウを膝枕し頭を撫でている姿が確認できる。

 

「あ、あやつらはこのような場で何をしておるのだ!」

「膝枕やな」

「あやつらの行動を問おうておるのではない!」

 

 分かってて言うのはやめぬか。時間と我の体力が無駄になるであろう。

 

「えぇい、もう我慢できん。我は行くからな」

「ちょっ、何言うとるんや。こっからが面白くなるところやのに」

「面白い? 貴様こそ何を言っておるのだ。あのようなことは風紀的に良くないであろう」

「良くないって、ここは学校やのうて遊園地やで。腕組んだりして歩いてるカップルもたくさんおる。それにショウくんは気分が悪いみたいやし、レヴィの行動はショウくんのことを思ってのものやと思うで」

 

 ぐぬぬ……確かにそうではあるだろうが。

 元はといえば、ショウが気分を悪くしたのはレヴィのせいであろう。あやつはレヴィに甘いというか、強く言っているところを見たことがない。なのは達も無理であろうし、我が言うしかないではないか。

 

「貴様の言うことは分かるが……知人に見られたらどうするのだ。フェイトが面倒に巻き込まれるかもしれぬのだぞ」

「それもそうやけど、わたしらが一緒に居って見られるほうが面倒になると思うで。わたしは前からショウくんとの関係を聞かれたりするし、王様は居候してるわけやから」

「それは……そうかもしれんが」

 

 小鴉は普段は適当なことばかり申すくせに、このようなときは異常に口が立つのだから性質が悪い。

 ……えぇい、なぜこうもムシャクシャしておるのだ我は。ショウとレヴィの距離感は今に始まったことではないのだぞ。男女の距離感を考えると思うところがあるのは事実だが……こうも苛立っておるのは、小鴉が原因なのではなかろうか。

 

「……覗くような真似、我は好かん。一緒に行動せぬというのであれば、他の場所に向かうぞ」

「えぇ~」

「えぇ~、ではない。貴様には良心というものがないのか!」

「人並みにはある。けど今は好奇心のほうが勝っとるんや!」

 

 堂々と言ったからといって、納得できる言葉ではないわ!

 そのような返事をしようとしたのだが、我が口を開くよりも早く小鴉はこちらに近づいてきた。悪い笑みを浮かべながら、耳元でそっと呟く。

 

「王様は気にならんの? 2人っきりでないとはいえ、ある意味デートしてるようなもんなんやで」

「な……デートだと?」

「そうや。レヴィは異性ってものを意識してへんけど、ショウくんのことは好いとる。ショウくんも異性としては普段見てへんけど、レヴィの体つきはあれやからな。近づかれたら嫌でも意識してまうはずや」

 

 まあ……あやつも年頃の男であるからな。レヴィはよく食べるせいか、我やシュテルよりも成長しておる。必要以上に近づかれれば、意識するのは当然であろうな。

 

「ちゃんと見とかんと間違いが起こってまうかもしれへん」

「ま、間違いだと……バ、バカなことを言うでない。なのは達も一緒におるのだぞ!」

「そやけど、なのはちゃんだけじゃレヴィとユーリを見るのは厳しいやん」

「なぜそこでユーリが出てくるのだ?」

「え、だってユーリってショウくんのこと好きやろ?」

 

 小鴉の言葉に我の思考は一瞬停止する。

 こやつは何を言っておるのだ? ユーリがショウのことを……いや、確かにユーリはあやつは好いておるだろう。だがそれは

 

「好きは好きでも、あやつの好きは兄に対して抱くようなものであろう?」

「それもあるけど、少し前から男の子に抱くようなものも混ざってきてるやろ。髪型弄ったり、服装に気を遣っとるみたいやし」

 

 その言葉に過去の記憶を辿り始める。

 確かに出会った頃から最近までは、ユーリはウェーブの掛かった髪をいつも下ろしているだけであった。服装も彼女らしいふわふわとして印象のものを着ていたと思う。

 ……と、ということは小鴉の言うようにユーリはショウのことを……待て待て、落ち着くのだ。ユーリにはまだ恋というものは早いであろう。仕事で会えぬことが増えたから、会えるときにはオシャレをしようと考えておるだけで。

 いや、これではショウに褒めてもらいたいみたいではないか。となると、やはり小鴉の言っていることが真実……

 

「ぐぬぬ……ならん、ならんぞ! ユーリにはまだ早い!」

「王様、ユーリには早いってわたしらとそう歳は変わらんやろ。今時は小学生でも彼氏彼女の関係にあるらしいし……ユーリにはユーリの人生があるんや。あまり干渉したりするんはよくないんと違う? 内心煙たがっとるかもしれへんで」

 

 な……んだと!?

 ユ、ユーリが我のことを……いや、そんなはずはない。我とユーリは昔から苦楽を共にしてきた間柄なのだぞ。我に向けてくれていた笑顔は、心の底から嬉しいと思ってくれていると分かるものだった。まさかあの笑顔の裏では、我に対して……

 

「……そこを含めて確かめねばならぬ!」

「いやいや、今はダメやろ! せめてショウくんがおらんところでせな。少し落ち着き王様!」

「これでも充分に落ち着いておるわ! というか、貴様はなぜそうも呑気に構えていられるのだ。心配ではないのか!」

「え、いや、まあ……あっちよりも今の王様のほうが心配やけど」

 

 このうつけは……仮にユーリがあやつのことを好きだとして、このまま時が流れれば付き合うことになるのかもしれんのだぞ。あやつもユーリのことは異性としてではないが好いておるのだから。

 

「えぇい、前から思っておったが貴様はどうしてそうなのだ。貴様はあやつのことが好きなのではないのか。自分と他の者が一緒になってもいいのか!」

「いや、だから……他ん子にも言うてきたけど、わたしとショウくんは家族みたいなもんやから。まあ最低限の意識はしとるから異性として見てないとも言えんけど。こんな風にしとるんは、まあ人並みに恋愛には興味あるからな。弟分が誰とどうなるか気になるんよ」

 

 そう言う子鴉の顔は笑っておる。だがこやつは本心を上手く隠すことができる奴だ。付き合い始めて今年で3年ほどにもなる。内心の全ては分からぬとも、心の底から笑っておるかくらいは分かる。

 こやつは我に素直ではないと言う……だが、それはこやつも同じではないのか。だから我は時折無性に苛立ちを覚えるのではないのか。自分もできておらぬのに他人に言うでないと。

 自然と我の右腕は動き、小鴉の顔の横を通った。自販機を叩くような真似をしてしまったが、今は気にしている時ではない。

 

「……まさか王様から壁ドンをされるとは思わんかった」

「小鴉……」

「は、はい……王様、こういうんはなのはちゃんとフェイトちゃんの特権やと思うんやけどな。さすがのわたしもそっちの趣味はないし……というか、王様ちょっと怖いんやけど」

「心配するな。貴様に手荒な真似をするつもりはない……いいのだな?」

「え?」

「我があやつの隣に立つことになっても貴様はいいのだな?」

 

 …………何を言っておるのだ我は!?

 こ、これでは我があやつのことを好きになってもよいかと聞いておるみたいではないか。目の前に居る小鴉も呆気に取られた顔をしておるし、これは完全に誤解されているだろ。一刻早くも訂正せねば!

 

「か、勘違いするでないぞ! 今のは物の弾みというか、仮の話だ。今は何とも思っておらぬが、将来的には分からんからな。もしそのような未来が来たとき、貴様に面倒を起こされては堪らん。ただそれだけだ。他意はないぞ!」

「そんな必死に言われるとかえって疑いたくなるなぁ。素直になったほうがええんちゃう?」

「ニヤニヤするでない! というか、貴様のほうこそ素直になったらどうなのだ。貴様は以前、見た目から服の好み、好きなタイプまで同じと言っておった。仮に我があやつのことを好きだとするならば、貴様も同じであろう!」

 

 つい勢いで言ってしまった証拠もない言葉だったが、小鴉の体が一瞬震えたように見えた。刹那の沈黙の後、小鴉は我を退けながら歩き始める。

 

「……そうやな。もしも互いの性格は今のままで、わたしと王様の立場が逆やったなら――」

 

 そこでくるりと回転し、小鴉は飛び切りの輝いて見える笑顔を浮かべる。微かな悲しげな色が見える太陽のような笑みを。

 

「――多分毎日アピールしとったと思うよ」

「小鴉……」

「……何辛気臭い顔しとるん。あくまで仮定の話やろ。現実は今あるものなんやから仮定の話なんて何の意味をなさん。……けど未来に関しては正直分からんよ。今は弟みたいに見てても、何がきっかけで異性として見るかもしれん。誰かの応援をしとったのに、恋敵になってまうなんてこともあるかもな」

「…………」

「でもそんときはそんときや。誰かとの関係が崩れるかもしれへんけど、わたしは後悔せん道を選ぶ。人生何があるか分からんし、本当の恋ってそういうもんやろうから」

 

 小鴉……それが貴様の本心か。

 今の彼女の言葉に疑う余地がなかった。それと同時に先ほどのユーリへの言葉に篭っていた意味も理解する。

 確かにユーリにはユーリの意思がある。本気で好いておるのならば、我がどうこう言ったところで聞きはしないだろう。意中の相手がろくでもない男なら口論になろうが止めるだろうが、今話に出ているのはあやつなのだ。あやつならば心配することはない。

 などと考えていると、不意に肩を軽く叩かれた。叩いたのはもちろん小鴉である。

 

「そういうわけやから、王様は遠慮なくショウくんにアピールしてええよ」

「――っ、別に我は特別な想いなど抱いておらぬわ! 大体、抱いておるのならば貴様の許可なぞ取らずにすでにやっておる!」

「しもた!? ショウくん達見失っとる。急いで探さんと!?」

「小鴉、人の話は最後まで聞かぬか!」

 

 

 



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09 「紫炎の剣」

 レヴィと遊園地に行った日は、実に疲労困憊した1日だと言える。なのはやユーリが俺の代わりにレヴィの相手をしてくれていたのだが、途中ではやて達と合流したのだ。

 ――合流というか、あいつらがあとを付けてたんだよな。

 コーヒーカップの一件からしばらくして俺の体調も元に戻り始めた。それに伴って、誰かに見られているような気配を感じ始めたのだ。気配なんて、と馬鹿にするかもしれないが、案外馬鹿にできるものではないのだ。

 視線や体の動き、発せられる雰囲気から行動を先読みできたりできるからな。シグナムとの訓練を何年も続けてきたことで身に付いた一種の戦闘技術なんだろうけど。シグナム以外で理解してくれるのは、多分フェイトやヴォルケンリッターくらいだろうが。

 話を戻すが、はやてとディアーチェのふたりと変な形ではあるが合流したわけだ。このとき俺は、人数が増えたことで楽になるかと思った。のだが……はやてのせいで色々と面倒な展開が起きたりしたのだ。思い出しただけで精神的に疲れるので、そこは想像にお任せする。

 

「疲れているのですか?」

 

 淡々とした声で話しかけてきたのは白衣姿のシュテルだ。ふと出会った頃の彼女を思い出してみると、大分印象が変わったものだ。身長は伸び、体つきも女性らしくなっている。メガネを掛けていることもあって、より知性的な印象を受けるようになった。

 今日俺がシュテルの元を訪れたのは、とあるデバイスのテストを行うためだ。

 そのデバイスの名は《ウィステリア》。

 かつてシュテルが製作してくれたアームドデバイスだ。当初はファラやセイのいない場合に携帯するデバイスだったのだが、現在彼女達は頻繁にシュテルやユーリの手伝いを行っている。そのため少し前から携帯する機会が増え、今ではメインデバイスになりつつある。

 

「万全ではない時にテストを行っても結果は良いものは出ません。それに、余計に体調が悪化する可能性があります。今日はやめておきますか?」

 

 シュテルがこのように言ってくるのには理由がある。

 数年ほど前までカートリッジシステムは、一部のベルカ式デバイスのみに搭載されていた代物だった。だが闇の書を巡る事件をきっかけに普及し始め、今では近代・古代ベルカ式だけでなくミッド式にも搭載され始めている。

 だが……このシステムが原因である事件が起きた。なのはの撃墜だ。

 彼女が堕ちてしまった原因は複数考えられるのだが、そのひとつにカートリッジシステムが上げられる。瞬時に爆発的な魔力を得たり、魔力の総量を底上げするシステムであるだけに、デバイスだけでなく使用者への負担も大きいのだ。なのはの体に見えない疲労が蓄積していたのは間違いない。

 なのはが撃墜された後……俺は、もう誰も失いたくないという想いから無茶な訓練に明け暮れていた。それを止めてくれたのが、目の前にいる彼女――シュテルだ。

 

『あなたは自分を何だと思っているのですか』

 

 この言葉は忘れもしない。

 シュテルは出会った頃から言動はともかく、表情に感情を出すのは少ない少女だ。だがこのときの彼女の瞳は鋭かった。そこには静かな怒りの炎が宿っていたのは、今でもはっきり覚えている。

 ――忘れられるはずもないよな……思いっきり頬を叩かれたんだから。

 今までのシュテルとのやりとりを思い返してみても、あのときほど呆気に取られたことはない。叩かれた直後は自分の身に何が起こったのかすら分からなかったのだから。いや、記憶に残ったのはこれだけが理由ではない。

 

『あなたは天才ではない』

『そんなの……言われなくても分かってる! だから……!』

『なら、あなたが彼女と同等の人々を救う力を得るには長い時間が掛かることも分かっているはずです。今のようにがむしゃらに訓練したところで、近いうちに怪我をするのがオチ……下手をすれば命だって落としかねません。あなたは……自分の大切な人達を傷つけたいのですか?』

 

 シュテルの言葉は、残酷なまでに俺の心を切り刻み反論する余地さえ与えてくれなかった。それでも、このときの俺の心は鵜呑みにすることを良しとせず、何かしら言おうと口を開こうとしていた。

 

『はっきり言っておきます、あなたは弱いです。魔導師としての才能も彼女と比べれば凡人に等しい』

『っ……』

『……しかし、あなたは天才相手だろうと一方的に負けるどころか、勝てる実力を身に着けた。それは自分の才能を理解し、一般の人間とは違う道を歩んできたからでしょう?』

 

 それまでの冷たい炎が消え、静かに夜を照らす月のような微笑みをシュテルは浮かべた。彼女の穏やかな優しさが浸透し、荒ぶっていた心を落ち着けてくれたことを覚えている。

 

『あなたの良いところは、客観的に物事を見れる冷静さと必要と思えば何にでも挑戦しようとする向上心です。自分ひとりの限界が分かっているからこそ、あなたは剣術や体術、あらゆる魔法を人に教わってきたのでしょう?』

 

 そのとおりだ。

 シグナムとの剣術の訓練を行っているのも、アルフ達から体術や補助系統の魔法を教わってきたのも、自分だけでは限界がある。少しでも強くなるには教えを乞う必要があると思ったからだ。

 

『そこに秘められた大切なものを守りたいという気持ちは私も理解できます。ですが、あなたにできる戦いは、魔導師としての強さを向上させることだけではないはずです』

『魔導師以外の……戦い?』

『はい、あなたはデバイスマイスターを目指しているのでしょう? ならば技術者としての戦いだってできるはずです。より良いデバイスやシステムを作ることが出来れば、それは必然的に人々を守ることに繋がります』

 

 きっとシュテルにも俺に似た気持ちがあるのだろう。

 だが無茶なことをすれば、自分だけでなく他人も傷つけてしまう。魔導師組にはできないことが自分には可能であり、また可能だと思ってくれているからこそ、気持ちのまま突き走る俺を止めてくれたのだろう。

 

『技術者としての戦いは、失敗を繰り返すことでしか成功という終焉に辿り着けず、また終焉が見えたと思えば更なる高みを目指さなければならない先の見えないものです。ですが、あなたのことは私が支えます。あなたとならばより良い技術を作っていけると信じています……私と共に戦ってはくれませんか?』

 

 そっと差し出されたシュテルの手。俺はしばしの沈黙の後、彼女の手を取った。

 あの日から俺はシュテルと共に新型のカートリッジシステムの研究を進めてきた。彼女や義母さんの考えで中学を卒業するまでは本格的に技術者としては参加できないのだが、テストマスターしてデータを取ることは行っているのだ。

 ファラやセイがシュテル達の手伝いをしているのは、将来的に俺の手伝いをしてくれるからだろう。まあ彼女達にも彼女達なりの意思があるので手伝いたいという想い以外にも理由があるかもしれないが。

 長くなってしまったが、このウィステリアは試作された最新のカートリッジシステムをテストするデバイスでもあるのだ。同時に《魔力変換システム》と呼べそうな機能のテストも行っている。これは簡単に言えば、魔力を炎熱といったものに変換するのを補助してくれる機能だ。

 ウィステリアに組み込まれているシステムは、どちらも試作段階であるため、使用者にどのような影響があるのか分からない。そのためシュテルは俺の体調に細心の注意を払っているのだ。

 

「いや、やるさ。お前に比べれば俺の疲れなんて大したことない……何だよその顔は?」

「いえ……地球で会ったときと接し方が違うような気がしまして」

「技術者としてのお前は尊敬してるからな」

「……そうですか。まあやれるというのであれば、あなたの言葉を信じます。時間も勿体ないですし、さっそくデータ収集に入りましょう」

 

 そう言ってシュテルは俺から離れて行った。急にそっけないような気もしたが、シュテルは動物で表すならば猫のような奴だ。これといって気にすることもないだろう。

 俺は藤色の剣のアクセサリーを片手に、テスト用の訓練室に足を踏み入れる。セットアップすると、ウィステリアは薄青色を帯びた紫色の直剣へと変化し、俺の体は着慣れた黒衣に包まれる。

 ……前から気になっていたんだが、何でウィステリアのバリアジャケットは微かに紫掛かっているんだろうか。

 ファラは黒一色であり、セイも同じだ。セイが違っていたのならば理解できるのだが、どうしてウィステリアだけ違うのだろうか。そう思った俺はウィステリアの製作者かつメンテナンスを行っているシュテルに聞いてみた。

 

『色の違いですか? それは私のあなたに対する愛の表れです』

「…………」

『冗談です。ルシフェリオンから参考にしたものがあるので、関連付けでそういう色にしただけですよ』

 

 なるほどな、って言いたいところだが……何でこっちを見ないで言うんだ。そういう時のお前は、大抵適当なことを言っているときだぞ。最初に真顔で言ったことのほうが嘘っぽくはあるが……気にするのはやめよう。

 

『さて……現段階ではこれといって異常はないようですね。まずは魔力変換システムから使用してもらえますか?』

「分かった」

 

 と、短く返事をして俺はウィステリアに魔力変換システムを起動するように告げる。すると「ヤー」という返事が来た。

 ウィステリアに搭載されているAIの人格は女性で年齢的に言えば少女なのだが、どうも大人しい性格をしている。返事は基本的に「ヤー」か「ナイ」だけだ。

 知っているとは思うが、俺にはフェイトやシグナムのように一瞬で魔力を属性に変化させる資質はない。まあこれまでの経験からある程度迅速に変換することは可能なのだが、《炎熱変換》の補助システムを搭載したウィステリアで行えば、その速度はシグナムにも劣らないものになる。

 

『ふむ…………上手く変換できていない魔力があるようですが、前回よりは向上していますね』

「それは良かったな」

『はい、わずかでも先に進むというのは嬉しいものです……が、カートリッジシステムと併用して使えるようにするのが最終目標です。喜んでばかりはいられません』

 

 確かにシュテルの言うとおりだろう。緩やかに魔力を流し込んでいる現段階でも100パーセントの出来ではないのだ。カートリッジシステムを使えば、デバイスに流れ込む魔力は今とは比べ物にならない量になるだけに、最終目標に辿り着くのは遥か先のことだろう。

 

「そうだな。でも焦ったり、無理はするなよ」

『……ふふ、私が焦ったり無理をしたことがありましたか?』

「それは……前にシグナムと」

『そういえば、ユーリから聞きましたか?』

 

 自分から聞いておいてこいつは……。

 と、最後まで言わせなかったシュテルに思うところはあったが、彼女の言葉が気になった俺は話を進めることにした。

 

「何をだよ?」

『セイバーのことです。何でもセイバー自身の発案で、インテリジェントデバイスのような形態変化を開発してみることになったのだとか』

 

 聞いてない、と言いたいところだが……そう言えば、遊園地の帰りにユーリが今度大切な話があるって言っていた気がする。セイからも同じように連絡があったので、おそらく今シュテルが言ったことを話すつもりだったのだろう。

 ――やってほしくない気持ちはあるが、ファラもこれまでにいくつものテストを行ってきたし、俺自身も危険性のあるテストを行っている身だ。セイが自分から言い出したのなら止められる立場ではないし、意思を尊重したいとも思う。

 

「そうか……ということは、こっちのテストばかりはできなくなるな」

『そうなりますね。研究が順調に進むかどうかは不明ですから、何もせずに待たせる時間が減ると思うと私には都合が良いですが』

 

 別に堂々と言わなくていいと思うのだが……痺れもしなければ、憧れもしないのだから。

 

「……そういえばファラはどうしたんだ?」

『彼女なら今日はマリーの手伝いに行っていますよ。確かリインフォースⅡのメンテナンスがあったはずですから』

「なるほど。その手のことにはあいつは力になれるからな。何よりセイやリインのこと大好きだし」

『ですね。個人的に過干渉や過保護は煙たがられると思いますが……ファラとかフェイトとかディアーチェとか』

 

 そこでフェイトとディアーチェは出すなよ。あいつらのは、なのはやお前に対する優しさだろうが。

 

「お前な……そういうこと言ってると嫌われるぞ」

『冗談ですよ。それに、きちんと時と場合は考えています』

「それがある意味性質が悪いんだっつうの……」

 

 

 



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10 「迫り来る夏」

 日に日に気温が上がり、夏と呼べそうな季節を迎えつつある今日この頃。私、フェイト・T・ハラオウンはふたりの友達と買い物に出かけていた。

 

「今日は付き合わせてすまんな」

 

 謝罪の言葉を口にしたのは、はやて……ではなく、そっくりさんであるディアーチェだ。出会った頃はよく間違えてしまっていたが、彼女との付き合いも今年で3年ほどになる。また今年から同じ学校に通っていることもあって、顔を合わせることも多くなった。

 ――間違える回数は大分減ってきたけど……さすがに遠目だとまだ区別がつかないんだよね。背丈も同じくらいだし、髪型もほぼ同じだから。

 そういう意味では私とレヴィも同じではあるけど、私達の場合はレヴィが帽子を被るようにしている。話し合って決めたことではないので、レヴィ自身かディアーチェ達が言ってくれたのかもしれない。

 

「ううん、気にしなくていいよ。私も新しいの買おうかなって思ってたから」

「そう言ってもらえると助かる。レヴィを連れてこられればよかったのだが、ここ最近はユーリ達の手伝いをしているらしくてな」

 

 あのレヴィが……、とも思ったりもするけど、レヴィってああ見えて数学の分野においては誰よりもできるんだよね。前に勉強会しているときに遊びに来たことがあったけど、私達の課題を見て「簡単な問題ばかりだね」って笑いながら言ってたし。

 

「そうなんだ。頑張り過ぎないといいけど」

「そこは大丈夫であろう。ユーリは抜けているところもあるが、体調管理はしっかりしておる。それに一緒に居るセイバーも無理だと思えば忠告する奴だ。心配になるのは……」

 

 ディアーチェの視線が私の反対側へと向く。そこにいるのは、口元に手を当てながら何やら呟いているメガネを掛けた少女だ。おそらく彼女の職業柄、デバイスに関することを考えているんだと思う。

 

「シュテル、貴様何を先ほどからブツブツと言っておるのだ?」

「ん、口に出ていましたか。それはすみません」

「別に謝れとは言ってはおらぬが……いったい何を考えておったのだ?」

「それは……ふと試してみたいことが浮かんだので戻ってからのことを少々」

 

 試してみたいこと、というのは、シュテルが研究しているという新型カートリッジ。もしくは、平行して進めているという魔力属性変換をサポートするシステムのことだろう。

 ショウも一緒に研究してるらしいけど、学業のほうを優先させるために基本的にシュテルが進めてるんだったよね。ファラが代わりに手伝ってるらしいけど……聞いてた通り、あまり進展はしてないんだ。

 ベルカ式だけでなくミッド式も含めたカートリッジシステムの研究が大変なのは、素人である私にも分かる。いや、私が分かる大変さなんてものは微々たるものなのだろう。数多の失敗を繰り返し成功としても、時代と共により良いものを求められる。終わりというものが存在していなさそうな道を彼女は歩んでいるのだ。デバイスを使う私達は、彼女を含めた技術者の人達に心から感謝すべきなのだろう。

 

「はぁ……仕事のことを考えるなとは言わんが、買い物に来ているのだから今しばらくは忘れぬか。ここ最近の貴様は根を詰めすぎておるとユーリ達が心配しておるのだぞ」

「そのようなつもりは…………いえ、そうですね。少し焦っていたかもしれません」

 

 シュテルが感情を見せながら認めるのは少し珍しいかもしれない。

 ……そういえば、この前ショウが右手に包帯を巻いてたような気がする。詳しいことは聞いてないけど、今のシュテルを見る限りテストで何かあったのかも。

 カートリッジシステムは爆発的な魔力を得られるだけに制御が難しいシステムだ。新型となれば誰よりも慣れのありそうなシグナム達でさえも苦労するのではないだろうか。加えて、魔力変換サポートシステムも搭載しているデバイスとなれば、もう未知の領域とも思える。

 …………やめてほしい、だなんて言えないよね。

 危険性で言えば、戦場に赴く私達のほうが高いと言える。ショウ達だって心配しているはずだ。けれど私達の意志を尊重し、止めようとはしない。

 それにショウやシュテル達がやっていることが、私達や未来の魔導師達を助けることになる。私は執務官という道を選び、彼らは技術者としての道を選んだ。進む道は違えど、お互いに戦っている。自分勝手な感情でやめてほしいなどと言えるはずがない。

 

「ご心配を掛けてすみません。今日は心の底から楽しむことにします」

「ふん、礼ならユーリに言っておくのだな」

「はい。今度会ったときに必ず」

 

 シュテルの素直な感情表現に慣れていないのか、ディアーチェは顔を赤らめながら私のほうに顔を向けてしまう。これまで見てきたふたりのやりとりは、シュテルがからかってディアーチェが怒る。といったものが多かったが、内心ではお互いに大切に思っているのだろう。

 

「それで今日は何を買いに行くのですか? よく考えてみると、買い物をするとしか聞いていなかったので」

「それは水着だ。もうじき学校もプール開き、海水浴場のほうも開かれ始めるだろう。小鴉が行こう行こうとすでに騒いでおるからな。念のため準備はしておくべきであろう」

 

 仕方がないからって感じに言ってるけど、なんだかんだでディアーチェってはやてのこと好きだよね。たまにふたりで出かけてるみたいだし、毎度のように怒ってるけど無視したりしたことないし。はやてからお姉ちゃんって言われたら否定してるけど、内心では手間のかかる妹みたいに思ってるのかも。

 

「なるほど、先ほど言っていたレヴィの件も納得できました。フェイトを誘ったのは、彼女の分も買っておこうと思ったからですね」

 

 視線で問いかけてくるシュテルに、私は肯定の笑みを返す。

 昔から何度も間違われるほど似ている間柄だけに、今も背丈や体型は酷似している。多分私に合う水着はレヴィにも合うだろう。とはいえ、私と彼女では似合う色などに違いはあるだろう。そこはシュテル達に任せるしかない。

 

「それと聞いておきたいのですが、海水浴などには皆で行くつもりとお考えですか?」

「可能な限りはそうするであろう。意図的に誰かを仲間外れにしようとする者はおらぬであろうからな」

「ふむ……では真剣に選ばなければなりませんね。ショウを悩殺できる水着を」

 

 凛とした顔で発せられた言葉に私とディアーチェは一瞬呆気に取られ、理解するのと同時に顔を真っ赤に染めた。

 

「なな何を言っておるのだ貴様は!?」

「そ、そうだよ。べべ別にショ、ショウに見せるために買うわけじゃないから!?」

「だ、大体なぜそこであやつが出てくるのだ!?」

「なぜ? ディアーチェが言ったではありませんか、遊びに行くときは可能な限り皆で行くと。ならばショウも含まれるはず。殿方の目があるわけですから、我々は女を魅せるために最大限の努力をするべきではないのですか?」

 

 い、言ってることは分かるけど、私は学校以外でスクール水着を着るつもりはないんだけど。学校以外のプールや海水浴場でスクール水着じゃ浮きそうで恥ずかしいし。それは多分ディアーチェも一緒だと思う。

 うぅ……ショウに見られるかと思うと恥ずかしくなってきた。水着姿は今までに何度も見られてるけど、小学生のときはワンピース型みたいなのだったし。アリサ達はビキニみたいな感じにするって言ってたから、私もそっちにしようかと思ってたけど……見られると思うと恥ずかしくて死にそうだよ!

 

「あなた方は何を今更照れているのですか。分かっていたことでしょうに」

「改めて言われれば恥ずかしくもなるわ! そもそも、なぜ貴様はそんなに平気そうなのだ。見られることに抵抗はないのか!」

「そんなの……あるに決まっているではないですか」

 

 ほんのり頬を赤らめて視線を逸らすシュテルは、正直に言って可愛く思えた。普段あまり感情を出さないだけに破壊力抜群である。

 

「ただでさえ、私はあなた方に比べて私服姿を見られる回数が少ないのです。水着ともなれば恥ずかしいに決まっています」

「ならばなぜ先ほどのようなことを言うのだ」

「私も昔と違って年頃の女の子ですから。異性からの目は気にします。それに、可愛く見られることに越したことはないでしょう」

 

 そう言われてしまうと、大抵の女子が思うことだけに私やディアーチェは何も言えなくなってしまう。

 シュテルの言ってることは最もだけど……私は別に誰からでも可愛く見られなくてもいいかな。ひとりにだけそう見てもらえれば……何考えちゃってるの!?

 こんなこと考えたら余計に顔が熱くなるよ。街中だから人目だってあるし、変な視線向けられたら私だけじゃなくディアーチェ達にも迷惑掛けちゃう。考えないようにしないと……。

 

「……何より私はあなた方ほど人に見られて困る体をしていませんので。気合を入れて選ぶ必要があるのは当然かと」

「チラッと我らの一部を見るでない! というか、今の貴様の言動はセクハラにも等しいぞ!」

「ディアーチェ、場所を考えて。大声でセクハラとか言ったらダメだよ!」

「そういうあなたも言っていますがね」

 

 うぅ……さらりとそういうこと言わないで。恥ずかしさと精神的な痛みが同時に来るから。

 髪型を似せたらそっくりに見えるんだろうけど、シュテルとなのはは似てないよ。なのはは今みたいなこと言わないもん……。

 などと考えた矢先、シュテルが何か思いついたようにポンと手を鳴らした。

 

「そういえば、フェイトにはまだ見せる相手がいましたね」

「え?」

「何を呆けているのです。あなたにはなのはという相手がいるではありませんか」

 

 なのは……に見せる? 何を……普通に考えると、流れ的に水着だよね……水着!?

 いやいやいや、なのはは女の子だよ。何で私がなのはに水着を見せるの。似合ってるかどうかくらいは聞くかもしれないけど、ショウに対して思うような感情はないんだけど……って、ショウに見せたいとか思ってない。褒めてもらえたら嬉しくはあるけど、見られるのは恥ずかしいし。自分から進んで見せたいとか思ってない。

 

「凄まじい勢いで表情が変わってますが……まさか図星だったのですか?」

「ち、ちが……な、なのはとは大切な友達ってだけで」

「ほう……大切な、友達ですか」

「おかしな感情とか抱いてないから。分かっててからかうのやめて!」

「そうだぞシュテル、我々をからかって楽しいか!」

 

 ディアーチェの言葉に、シュテルは静かにメガネの位置を直し、真剣な表情を作る。そして

 

「楽しいか楽しくないかで言えば、楽しいですね」

「はっきり言えば許されると思うな! な、何だその顔は!」

「いえ、今日という日を楽しめと言ったのはそちらではなかったかと思いまして」

「ぐぬぬ……そうではあるが、人をからかって楽しめとは言っておらぬ。女子でしか出来ぬ会話などで楽しまぬか!」

「女子らしい会話ですか……」

 

 ディアーチェに掴まれたままシュテルは考え始める。真面目に考えているようには見えるが、どうしてか私の心はざわついてしまう。

 

「……では、好きな人はいますか?」

「――っ、馬鹿か貴様は!?」

「うん、そういうのは道端で話すことじゃないよ!?」

「そんなに慌てるということは、つまり心に想う相手がいる……」

「えぇい、黙らぬか! 黙らぬなら無理やりにでもその口を閉じさせるぞ!」

「やれやれ、ガールズトークというものは難しいですね」

 

 やれやれって……それを言いたいのはこっちだよ!

 

 

 



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11 「桃色の誘惑?」

 気温も上がり夏らしい季節が到来した。その証拠に学校ではプール開きが行われ、今は俺のクラスが使用している。

 授業時間はすでに折り返しに入っており、担当の教師が最初から飛ばしてやるのもやる気が削げるだろうとのことで自由時間だ。無論、クラスメイト達が喜んだのは言うまでもない。

 クラスメイトが水の中ではしゃいだり、フェンス近くでしゃべっている中、俺は黙々と隅の方を泳いでいた。話す相手がいないというわけではないが、これといって話す理由もない。

 それに熱い思いをせずに体を鍛えることができるのだ。夏でもランニングといったトレーニングは行っているが、うちの同居人が熱中症を起こすのではないかと心配するのだ。早朝の涼しいうちにやっているから大丈夫と言っているのだが……。

 

「……あいつは心配性のところがあるからな」

 

 といっても、過干渉・過保護というわけではない。面倒見が良いくらいのレベルだ。それが元でシュテルにいじられたりすることもあるが、そのへんが彼女の魅力のひとつだろう。

 

「ショウ君って泳ぐの速いのね」

 

 聞こえた方に意識を向けると、跳び込み台あたりからこちらを覗き込んでいるフローリアンの姿が見えた。

 フローリアンは男女から人気があるため、話し相手には困っていないはずだが何かと俺に話しかけてくる。まあ幼い頃に出会った頃があるらしく、またクラスメイトなのでおかしくはないのだが。

 ただ……俺にはそのときの記憶がないんだよな。アミティエさんに何かしたらしいから思い出したいとは思うんだが、小学校に上がる前の記憶なんて両親と義母さん、ファラとのものしか覚えてないし。リンディさんとかを覚えてたのは両親絡みだからな。

 

「何ぼう~として……お姉さんに見惚れちゃってるのかしら♪」

 

 彼女に関わることを考えていたのは事実だが、見惚れた覚えは毛頭ない。

 というか、とある部分を強調するように腕を組むのはやめろ。年頃の娘ならもう少し恥じらいというものを持て。スク水だろうと目のやり場に困るんだぞ。

 

「そういうのは他の奴にやったほうが喜ぶぞ」

「日に日に私への対応が冷たくなってるのは気のせいかしら」

「さあな」

「ひどいわね……はは~ん、ショウ君って好きな子にはいじわるしたくなるタイプなんでしょ」

 

 いじわるだと過去に言われたことはあるが、今フローリアンが言った言葉は否定させてもらう。

 ここ何年かで知り合いの異性の数はかなり増えた。今時の子供のようにノリが良いわけでもない俺によくしてくれているのだから、それぞれに違いはあれど好意は持っている。だがそれは友人としての好意だ。恋愛という意味で好きな相手はまだいない。

 

「それはフローリアンのほうじゃないのか?」

「キリエでいいって言ってるのに……まあいいわ。今のはどういう意味かしら? 私、好きな人がいるなんて言った覚えはないし、ショウ君以外にちょっかい出してる男の子はいないんだけど」

「ちょっかいって認識があるならやめろよ」

「嫌よん」

 

 可愛らしく言えば許されると思うなよ。この手のことははやてやシュテルで慣れているんだ。

 とはいえ、ただスルースキルが上昇した結果であって、彼女達の行動をやめさせることは出来ていない。なので俺がフローリアンにできることは、とりあえずやめろということだけなのだ。嫌と言われてしまったので、もうこれ以上言えることは何もない。

 

「はぁ……それで?」

「うん?」

「何か用なのかって聞いてるんだ」

「あぁ、別に用って用はないわよ。ただお話したいなぁ~と思って来ただけだし」

 

 普通はこういうことを言われた男子はときめくのだろうが、俺からすれば「そうですか」くらいのものだ。この手のことは、反応するほうがかえって面倒なことになるということを今までの経験から学んでいる。

 

「俺はそこまで話したくないんだけど」

「あのねショウ君、私でも傷つくんだからね。それにそんなことばかり言ってると彼女できないわよ……いないわよね?」

「知らないのにできないとか言ったのか?」

「だって私はお姉ちゃんみたいに昔のこと覚えてるわけじゃないし。君との思い出なんてお姉ちゃんとかから聞いたことを除けば、今年からの分しかないのよねん」

 

 それってつまりは俺と同じような境遇だってことだよな……何でここまで積極的に話しかけてくるんだ。記憶がある先輩のほうならまだ分かるんだが……あの人は記憶があるから俺と会うとおかしな反応をするんだろうけど。

 

「あぁ……でもショウ君って結構女の子と仲良くしてる感じよね。王さまとかはやてちゃんとか……ねぇねぇ、誰が本命なの?」

「は?」

「何言ってるんだこいつ? みたいな反応しないでくれるかしら。あれだけ可愛い子達が身近にいるんだもの。ひとりくらい気になる子いるでしょ?」

 

 見ておかないと何をするか分からない、といった感じに気になる奴は何人かいるが、フローリアンの言っているような意味は今のところいない。

 異性として見てはいるけど……つい目で追いかけたりすることはないし、関係としては友人だからな。一緒に遊ぶことはあるが、大体数人単位でだし。ふたりっきりがないわけじゃないが、基本はやてとか距離感の近い奴だけだからな。

 かといって、ここで誰かの名前を出せば面倒になりそうだ。何も答えなくても面倒になりそうではあるが……。

 

「……まあ違う意味でならいないこともない」

「うーん、まあそれでもいいわ。誰かしら?」

「フローリアン」

 

 俺の返事に彼女は固まったまま何度か瞬きを行う。どうやら自分の名前が出るとは思っていなかったようだ。

 

「えーと……それは現在は好きではないけど、親しくなりたいってことかしら?」

「いや、そうじゃない」

「……君、もう少し乙女のハートを理解したほうが良いと思うわよ」

 

 確かにこれまでにその手の言葉は何度か言われたことがあるが、今回ばかりは俺ではなく彼女が悪いだろう。俺は前もってそういう意味ではないと伝えておいたのだから。

 

「で、どういう意味で気になってるのかしら?」

「俺と君……いや君達と昔どういう風に出会ったのか、どんな会話をしたのかってことで気になってる」

「ふーん……それってつまり、完全に何も覚えてないってことよね?」

「そうだな。悪いとは思うけど」

「別に悪いと思う必要もないけどね。パパとかを除けば、覚えてるのなんてお姉ちゃんくらいだし。内容も小さな子供がよくやってる類だからね~」

 

 いやいや、フローリアンに対してはともかく先輩に対しては悪いだろ。今の言い方からして、自分は覚えてないからいいけど先輩は覚えている。しかもそのときに何かしらあったってことだろうし。

 

「だったら教えてくれ」

「ダメよん、ダメダメ。勝手に言ったらお姉ちゃんに怒られちゃうし……でも~、今度デートしてくれるなら考えてあげてもいいわよん♪」

 

 己の魅力を最大限に活かして放たれた言葉に、俺は思わず後退する。

 俺にも人並みの感性はあるのでフローリアンの仕草は可愛いと思う。のだが……はやてやシュテルといった人間と同じ匂いがするだけにどうしても警戒してしまうのだ。彼女達に比べれば、物凄く分かりやすく危険を漂わせているのでマシにも思えるのだが。

 

「……ふたりでか?」

「と~ぜん。あっ、別に警戒しなくても大丈夫よ。買い物に付き合ってくれるだけでいいから」

 

 買い物か……まあフローリアンはこの街に来て日が浅いと言えるし、異性とふたりで買い物なら今までに何度もしたことがある。

 誤解されて困るような相手は……いないけど、迷惑を掛けそうな相手はいるな。とはいえ、昔にあったことが分からないと先輩とどう接していいのか分からない。覚えていないことを謝るだけでは釈然としないものがあるし、買い物なら道案内か荷物持ちといったところだろう。この話を受けても何も問題……

 

「おニューの水着とか買いたいからね」

「――っ、待て!」

 

 洋服ならまだしも、水着なんか一緒に見れるか。周囲からの視線がやばすぎるだろ。学校の連中に見られでもしたら面倒なことになること間違いなしだ。同居していることがバレれば、ディアーチェにも飛び火するだろう。

 

「そういうのは女友達と行けよ!」

「あらあら、顔を赤くしちゃって。私の水着姿を想像しちゃったのかしら?」

「人の話を聞け!」

 

 あぁくそ、言動に違いはあれどやっぱりはやて達と同種の人間だった。狡猾さで言えばあいつらに劣るが、話の内容が人に聞かれると誤解を招きそうなことばかりなのである意味あいつらよりも性質が悪い。

 

「そんなに怒らないの。学校外で着る水着なんか見せるための水着じゃない。異性の意見も聞いておきたいだけよん♪」

「だったら他に男子はいくらでもいるだろ」

「他の子だと誤解させそうだし……お姉ちゃんのためにも君の周りについて調べとかないといけないからね」

 

 おい、誤解されそうって後に何を言った。絶対俺に関することだろ。顔は背けているのに挑発するように何度か視線だけ向けてきたし。

 

「で、どうするのん?」

「……水着だけは勘弁してくれ」

「もう照れ屋さんなんだから」

 

 照れもあるが、世間の目を考えた結果だ。都合の良い解釈ばかりするな。

 

「まあいいわ。水着はまた今度遊びに行ったときに見せればいいし」

「…………はぁ」

「ため息を吐くと幸せが逃げるって誰かが言ってたわよ」

「幸せじゃないからため息が出るんだよ」

 

 

 



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12 「キリエとのデート?」

 週末、俺はフローリアンの買い物に付き合うため、とある公園にやってきた。

 本格的な夏を迎えつつあるため、翠屋といった馴染みの店を待ち合わせ場所にしようかとも思ったのだが、フローリアンと一緒に居るところを知り合いに見られるのは困る。

 はやてとかシュテルとか……俺の知り合いには面倒なやつが多いからな。何度注意しても聞かないし、より自分が面白い方向に持っていこうとするから実に面倒臭い。あのへんがなければもっと楽しい時間を過ごせるんだけどな……まああれはあれで楽しくはあるんだが。そう思えるのが後日になるだけで。

 

「あら、早いのねん」

 

 背後から覚えのある声が聞こえたため振り返ってみると、そこにはTシャツに短パンと年相応の格好をしたフローリアンの姿があった。普段やたらとセクシーさを強調してくるので、てっきり私服の肩が出ていたりと露出が多いとばかり思っていたがこれは意外だ。

 

「女の子よりも先に着てるのはポイント高い……その顔は何なのかしら?」

「いや……別に」

「……はは~ん、さては私のあまりの可愛さに見惚れてたのね」

 

 格好について思考はしていたが別に見惚れていたわけではない。無愛想だの女心が分かっていないだの言われる俺だが、これでもそれなり異性との交流はあるのだ。

 というか、はやてとは小学生の頃から頻繁に会っていたし、足が治ってからはこれまで行けなかった場所に一緒に行った。あいつはデートと口にしていたが、感覚としては家族で遊びに行っているようなものだっただろう。

 だが異性としては最低限意識しているし、デートと見ることもできなくもない。同年代に比べれば、俺は異性との交流に慣れているのではないだろうか。はやてやシュテル、目の前にいるフローリアンといったあるカテゴリに分類される人物の相手が得意なだけかもしれないが。

 

「お前は元が良いし、性格的にコスプレしても似合うだろうさ」

「うーん、何かしらこの褒められているようで貶されている感じは。あのねショウ君、そこは普通に褒めるだけで良かったんじゃない?」

「フローリアンみたいなタイプは褒めると調子に乗るだろ」

 

 もしくは純粋な気持ちで褒められると照れるかもしれないが……変に意識されたら俺までおかしな気分になる。今日はあくまで先輩との過去を知るために買い物に付き合うだけ。必要以上の言動は避けるべきだ。

 

「あら、その発言はまるで過去に女の子を褒めるシチュエーションがあったってことかしら」

「一応俺にだって親しい異性くらいいるからな」

 

 親しい故に甘えてくるというかじゃれてきて面倒臭いことが多々あるが。特にはやては普段は素直に褒めろとか感想を言えと言ってくるが、本気で言うと大いに照れる。そして決め台詞のように「あんまそないなこと言うとると女の子が誤解するで」と口にするのだ。

 女心が分かってないだの言ってアドバイスをしてくるくせに真逆のことを口にする。あいつのおかげで余計に女心というものが分からなくなっている気がするのだが、それは俺の気のせいだろうか。

 まともな感性をしていそうなディアーチェにでも聞いて……いや、これはこれで嫌な流れになりそうだな。まずディアーチェはあまりこの手の話が得意ではないし、義母さんにでも聞かれたらあの人の餌食になる人が出てくる。

 ここは……桃子さんやリンディさん、エイミィあたりに聞くのが無難だろうか。いや待てよ、前者ふたりだとなのはやフェイトと云々という話になりそうな気がする。あの人達意外と茶目っ気があるから。エイミィに関しては……名前を挙げてみたけど頼りないよな。仕事してるときは頼れるお姉さんって感じがするけど。

 

「ショウ君、親しいと口にしながらそんなげんなりとした顔をするのは、あなたの脳裏に浮かべられた人達に悪いんじゃないかしら?」

「問題ない。本人の前でもするときはするから」

「そういう問題なのかしら……まあ私には関係ないことだから別にいいんだけど」

 

 別にいいというなら呆れたような顔をしないでもらいたいんだが。というか

 

「予定よりも少し早いが、揃ったんだからさっさと出発しないか? ここにいるのは暑いし」

「あのさショウ君、何だか言い回しがあれだから言っておくけど今日がデートだって分かってる?」

「買い物に付き合うだけだろ?」

「それでも女の子と出かけるんだからデートでしょ。それとも……私は女の子に見られてないのかしら? 楽しませてくれないと昔のことは教えてあげないわよ♪」

 

 フローリアンは右手の指を口元に当てながらいじわるな笑みを浮かべる。このような仕草が似合って見えるだけに余計に苛立ってしまうのは俺だけだろうか。

 デートという点についてはまあ認めてもいい。確かに男女が一緒にどこかに行く行為はデートと思われても仕方がないことなのだから。

 しかし、ろくに互いのことを知らないのに楽しませろとはハードルが高いのではないだろうか。俺は明るくはしゃぐほうでもなければ、自分から話題を振って楽しませるタイプでもないのだが。

 

「まあまあそんなに緊張しないで。ショウ君はショウ君らしく振舞っていればそれでいいから。変にキャラ作られても意味がないし」

「意味がない?」

「別に大した意味はないわよん。素のあなたがどういう人間なのか知りたいだけ」

「……それなりに意味があるように思えるんだが?」

「それはあなたの受け取り方しだいよん。ほら、出発するんでしょ。私、まだこの街に慣れてないからリードよろしくねん♪」

 

 フローリアンはそう言うと俺の腕に腕を絡ませてきた。柔らかな感触が触れているのは俺の気のせいではあるまい。また花のような香りが鼻腔をくすぐり、緊張にも似た感情が芽生えてしまう。

 身体的接触はレヴィやユーリと手を繋いだりするため、同年代の男子と比べると慣れているかもしれない。だがしかし、あのふたりはあまり異性を意識していない。それがあるから耐えられるのだ。さすがにフローリアンのような相手には無理だ。

 

「……頼むから離れてくれ」

「あら、親しい異性がいるって言う割には意外と初心なのね」

「親しい=身体的距離が近いってわけじゃないだろ。というか、面白半分でこういうことするのはやめろよな」

 

 俺はこの手のことにある程度慣れがあるから勘違いしたりしないが、他の男子なら「まさかフローリアンさん……俺のこと好きなんじゃ」とか思ったりしてもおかしくないぞ。フローリアンが相手は選んでると言っていた様な気もするが。

 まあ正直に言えば、他の男子は勘違いしてもいいから俺にちょっかいを出すのをやめてほしいと思っている。ただでさえ俺の周りには、はやてとかシュテルとかレヴィとか接するのに体力を消費する人間が多いのだ。これ以上増えないでもらいたいと切実に願うのは当然だろう。

 

「仕方ないわね。でも隣を歩くのはOKよね? それとも少し後ろを歩くべきかしら。ここではそういうのができる女なんでしょ?」

「隣でいい……後ろにいて何かされるよりは」

 

 というか、今フローリアンが言ったのって大和撫子的なことだよな。月村あたりはそういう教育されててもおかしくないけど、一般人は今時少し後ろを歩いたりはしないだろう。

 そんなことを思いながら俺はフローリアンと歩き始め、街を回ることにした。まずは衣類やアクセサリーを見てみたいということで昔からはやてへのプレゼントを買っていた馴染みのある店に案内する。

 店内に入ると涼しい空気が体中の熱を奪い始め心地よさを覚える。その一方で、視線をフローリアンに向けてみると、それなりに瞳を輝かせていた。世界が違っても女の子に大した違いはないらしい。

 

「パッと見た感じ品揃えも良いし、お客さんも多くて雰囲気も良いなかなかなお店じゃない」

「そいつはどうも」

 

 正直女性ものはプレゼントとかで買うことがあるが、基本ここでくらいしか買わないから他に店知らなかったんだよな。気に入ってくれたようで何よりだ。

 

「じゃあ片っ端から見て回ろうかしら」

「……全部見て回るみたいに聞こえたんだが」

「ショウ君、良いことを教えてあげるわ。女の子のお買い物は長いのよん」

 

 いやいや、早い奴は早いだろ。たとえば……はやてとかディアーチェとか。買出しなんてすぐに済ませるぞ。他は……うん、まあ人並みには掛かるな。今日1日はフローリアンに付き合うって決めてるわけだし、ここは潔く諦めますか。

 

「はいはい、じゃあ入り口あたりで待ってくるからゆっくりどうぞ」

「あら、ショウ君も一緒に見て回るに決まってるじゃない。似合ってるかどうか聞く相手はほしいし」

「何でも似合うので俺の意見は必要ないと思います」

「却下、君も一緒に来るのよん」

 

 ……分かったよ。でも服とかアクセサリーのところしか行かないからな。男の俺が水着とか下着の売り場に行ったら問題になるだろうし。

 軽い足取りで店内を進んでいくフローリアンのあとを追う形で俺も歩いていく。それなりにカップルや親子で来ている客がいるので居心地はさほど悪くないが、抵抗を覚えてしまうのは俺がまだ彼女に慣れていないからだろう。

 

「あ、ショウ君これなんかどうかしら?」

 

 フローリアンが手に取ったのは淡い青色のシャツ。見ている者に涼しげな印象を与えるので夏場の服としては好ましいだろう。だがしかし

 

「……何で男物なんだ?」

 

 今日はお前の買い物に来たはずだろ。どうして男物に手が伸びるんだ。発育の良い体が原因で大きめのサイズがほしいとしても、お前くらいの体格なら女性用の大きめのサイズで事足りるだろうに。

 

「何でってショウ君に合うかなって手に取ったからよ」

「俺のじゃなくて自分のを選べよ」

「別にいいじゃない。時間はたっぷりあるんだし、淡々と買い物をするだけじゃつまらないでしょ」

 

 いや別につまらなくはないし、可能な限り早く終わらせてもらったほうが個人的にはありがたいのだが。一緒に居る時間が延びれば延びるほど知り合いに出会う可能性が高くなるし。ディアーチェあたりならまだいいが……

 

「……え」

 

 なぜ自分に都合が悪いことを考えるとそれが現実になってしまうのだろうか。

 目の前には服を手にしている金髪の少女。長く伸びた髪は先端のほうで結ばれてばらつかないようにしてある。こちらを見る顔は驚愕のまま固まっており、実に分かりやすい反応だ。

 少女の名前はフェイト・T・ハラオウン。かつてこの店でクロノへの服を一緒に選んだことがある人物だ。彼女ならばここにいてもおかしくはないが……今日に限って会わなくてもいいだろうに。

 

 

 



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13 「見破る? キリエ」

 フェイトと視線が重なったまま立ち尽くすこと数秒。

 フローリアンが新しい服を手に取って俺の前にかざす。それと同時にフェイトの顔がより硬直したのは言うまでない。

 俺は自分から進んで誰かと買い物に行くわけでもないし、行くにしてもはやてやディアーチェといった近しい間柄の人間だけだ。その手の人物は基本的にフェイトもよく知っている人物だけに問題はない。

 だがフローリアンと出会ったのは今年の4月だ。ディアーチェ達の知り合いに加え、俺と同じクラスということくらいは伝わっているだろうが、一緒に買い物に行くような関係とは思っていないはず。驚愕のあまり固まってしまうのも当然だろう。はやてだったならば何食わぬ顔で「こんなところで奇遇やね。今日はデートでもしてるん?」と話しかけてきただろうが。

 

「ショウ君、だったらこの服は……どうしたの? 浮気現場でも見られたような顔してるけど」

 

 それくらいやばそうな顔をしている自覚はあるが、なぜそんな例えを出すんだ。まさかお前、フェイトがいるのに気づいてて、わざとここに誘導したんじゃないだろうな。もしそうだったらお前、はやて達以上に性格の一部に難がある女だぞ。

 と思いもしたが、首だけ回して振り返ったフローリアンの顔は今フェイトの存在に気が付いたものだった。

 

「あらん? あなたは……確かハラオウンさんだっけ?」

「え……あぁうん」

「そう、奇遇ね」

 

 フローリアンは一度にこりと微笑みかけると視線を俺のほうに戻してきた。どうやらフェイトへの関心はそれほどないらしい。

 

「話を戻すけど、ショウ君これなんかどうかしら?」

「え、いや、だから自分のを選べって」

「意見くらい教えてくれてもいいでしょう。今後の参考になるし」

 

 参考って俺に対するのじゃなくて異性に対する参考だよな。それなら答えるのは構わないが……先にフェイトの対応をさせてもらえると助かる。服持ったまま俺とフローリアンを交互に見てるし。

 

「えっと……ふたりは何をしてるの?」

「それは」

「見て分かるでしょ。デートしてるのよん♪」

 

 はたから見ればそう見えるかもしれないけど、わざわざデートって言葉を使わなくてもいいだろ。買い物でいいじゃないか。というか、俺が言おうとした瞬間に被せてきたってことはお前わざとやってるだろ。

 フェイトは割と純情で異性への意識もきちんとしてるから、この手のものには弱いというか過敏に反応するんだ。頼むからからかうのはやめてくれ。そう切実に思った。

 

「デ……デデデート!?」

 

 フェイト、気持ちは分かるが落ち着け。そんなに高速で俺とフローリアンを見ても何も起きないぞ。起きるにしても君の首にだ。良いことなんてひとつも起きはしない。

 

「落ち着けフェイト、俺はただ買い物に付き合ってるだけだ」

「もう往生際が悪いわね。世間一般的に女の子と一緒に買い物するのはデートって言うでしょ……もしかして、彼女はいないとか言ってたけどハラオウンさんと付き合ってるとか?」

「なっ……!?」

 

 驚愕の声を上げたのは俺――ではなくフェイトだった。彼女の顔は真っ赤に染まっており、あわあわとテンパっている。俺と目が合うとさらに顔を赤面させて持っていた服で顔を隠した。

 昔から過剰に意識してくることがあるので一際意識させられることが多いだけに、今回も気が付けば可愛いと思って意識を集中していた。一瞬にも満たない時間だったのか、フローリアンには気づかれなかったのが救いだ。

 

「いや、フェイトとは付き合ってない。そもそも、付き合ってるならお前と買い物なんか来ないだろ」

「どうかしらん。ショウ君って結構女の子に知り合いが多いみたいだし、隣のクラスの八神さんと付き合ってるくらい仲が良いって話も耳にしたわよ。親しい子に荷物持ちとか頼まれたら誰かと付き合ってても行くんじゃないの?」

 

 それは……完全には否定できない部分がある。だが少なくとも俺はもしそうなっても付き合っている相手に隠すつもりはない。隠したほうが相手は嫌だろうし、俺の親しい異性のほとんどは顔見知りがほとんどだ。隠す理由もないだろう。

 

「そんな仮定の話は今は関係ないだろ。俺はともかく、フェイトのことをからかうのはやめろ」

「あららん、えらくハラオウンさんをかばうのね。もしかして……ハラオウンさんに気があったり?」

 

 はやてがからかってくるときに浮かべる笑みと同種の笑みを浮かべているフローリアンに「何を馬鹿なことを」と思ったが、自然と視線がフェイトのほうに流れてしまう。それが仇となってしまい、顔半分だけ覗かせていた彼女と視線が重なり、今度は背中を向けられてしまった。

 やばい……顔を服に埋めて悶え始めてしまった。これじゃ落ち着かせるのに時間が掛かるぞ。耳まで赤くなってるし……って、俺まで意識してどうする。それじゃあ余計にフローリアンにからかわれるだけだ。落ち着け、落ち着くんだ夜月翔……。

 

「フローリアン、人のことからかって楽しいか?」

「からかうだなんて人聞きの悪い。ただハラオウンさんのこと名前で呼んでるし、親しげな感じがしたからそう思っただけよん♪」

「言ってることはまともだが、お前がそういう風に笑うのは大体人のことをからかってるときだぞ」

「あらん、私のことよく見てるのね。もしかして本当は気があるのかしら?」

 

 一目惚れもしてないのに付き合いの短いお前に気があるわけがないだろ。お前と付き合うなら親しくしてるあいつらと付き合うわ。

 しかし、だからといってそこにいるフェイトを話題には出さないぞ。ここで出せば余計にフェイトとの仲が疑われるし、彼女の顔色を見る限り恥ずかしさのあまり放心状態にまで発展する恐れがあるからな。というか、これ以上フェイトにも影響するような言葉を言うつもりなら俺ももっと強い言葉を口にする。

 

「そんなにムスッとしたら可愛い顔が台無しよん」

「…………」

「冗談よ、分かったから怒りを静めて。W・I・Sよ」

 

 最後ので余計に苛立ちを覚えるんだが。お前、別に事態を収拾するつもりないだろ。まあなるようになるだろうくらいでやってるんだろ。言っておくけどな、周りの奴はお前が思ってる以上に迷惑してるんだぞ。

 

「ところでハラオウンさん」

「え、こ、今度は何!?」

「あ、どうどう。あんまり買ってもないものをクシャクシャにするのは良くないわよ」

 

 フローリアンの言葉にフェイトは自分の手の中にある服へと意識を向ける。彼女が強く握り締めたり、顔を埋めたりしていたせいか、近くにある同種のものと比べるとしわが入ってしまっている。

 今の指摘は正しかったわけだが、このようになってしまった最大の原因はフェイトよりもフローリアンにあるように思える。

 

「あららん、見事にしわが入ってるわね。お店の人に謝るの?」

「ううん……買うよ。元々買おうかなって思って見てたし。ありがとう教えてくれて」

「いえいえ、別にお礼を言われることはしてないわ」

 

 そのとおりだ。フェイトが感謝する必要性は全くない。もしも今、「それほどでも」などと言っていたならば、俺はツッコミを入れていただろう。

 

「というか、それの代金は私が出すわよ」

「え、いいよ」

「いいからいいから。私にも原因はあるし、こっちに来たばかりで仲の良い子も少ないからね。お近づきの印ってことで」

 

 フローリアンのまさかの発言に俺は固まってしまう。

 この場を掻き回すだけ掻き回して放置するかと思ったが、意外にもまともな部分もあるんだな。それなりには善い心も持ってるってことだな。まあそうじゃないからはやてやシュテルに近いものを感じたりはしないか。あいつらは本気で怒らせるようなことはしないし。故にある意味性質が悪い。

 意識をふたりのほうに戻してみると、フェイトが遠慮気味の表情を浮かべていた。まあ親しい間柄でもない相手に奢られるのは、彼女の性格ならば抵抗を覚えるのでおかしくはない。

 だがしかし、フローリアンは気にした様子もなく笑顔のままフェイトに近づいて話しかける。

 

「まあまあ遠慮しないで」

「だけど……」

「じゃあこうしましょう。ひとりで買い物に来てたってことはこれといって予定はないんでしょ? 私の買い物に付き合ってくれないかしら?」

 

 ……何やら予想していなかった方向に話が進み始めたぞ。

 俺と似たような感想を抱いたのか、フローリアン越しにフェイトと視線が重なる。とはいえ、ここで俺までフェイトを誘うとまた話題が戻りそうであり、また誘うなと否定の言葉を口にすれば別の方向でややこしくなる可能性がある。時として無言が正解ということもあるだろう。

 

「えーと……ふたりはデートしてたんじゃ」

「うんまあしてたわよ。でも~別に恋仲になろうと思ってしてたものじゃないし、私達すっごい昔に会ったことがあるの。加えて、私はまだこの街に慣れてないから案内してもらってただけよん」

「そ、そうなんだ……」

 

 先ほどまでとは180度違うフローリアンの行動に困惑するが、まあ俺にとっては良い方向に話が進んでいるので余計な口出しはしないでおこう。

 

「そ・れ・に……ハラオウンさん、何だかショウ君のことが気になるみたいだし~」

「――っ、べべべ別にそんなことは……!?」

「またまた~、その顔の赤らめ方はどう見ても恋する乙女のものじゃない。私、こう見えても同じような人を間近で見たことあるんだから分かるのよん。少なからず良いなぁ~って思ってるでしょ?」

 

 何やらこそこそと話し始めたが……フェイトに善からぬことを吹き込んでるんじゃないだろうな。割と純情なんだから変なことを言ってるようなら許さないぞ。フェイトの様子がおかしかったら彼女の家族が心配するんだから。

 特に使い魔はフェイトのことになると沸点が低いので、とばっちりを受けるのはご免である。

 

「そ、それは……」

「素直になったほうが良いと思うわよ。八神さんとの噂があったりするから今は何もないけど、結構ショウ君って女子じゃ人気あるからね。気が付いたら……なんてこともありえるんだから」

「そうだけど……」

「女は度胸よ。というか、買い物に付き合ってくれたら流れでショウ君に意見を求めることができるのよん。私に付き合う? それとも別れる? 別に私は付き合ってくれなくてもいいのよ。ショウ君とのデートに戻るだ・け・だ・か・ら♪」

 

 フローリアンはフェイトに密着しながら彼女の耳元で囁く。なのはとの時のようなふたりだけの空間という状態ではないが、何というか見ていてはいけない気分になってくる。

 かといって目を離すのも危険な気がする……フェイト、何かしら反応してくれないだろうか。そうすれば俺も動けるんだが。

 

「……いくらでも付き合うよ」

「良いお返事ありがと。ショウ君、ハラオウンさんも一緒に回ることになったからよろしくねん」

「あ、ああ……別に構わないけど、フェイトは本当にいいのか?」

「う、うん……ふたりっきりにはしたくないし」

「え?」

「ううん、何でもない。ひとりで回るよりは楽しいかなって!」

「そ、そうか」

 

 ならいいんだが……そこまで必死に言わなくてもよかったのではなかろうか。聞き返したから元気に言っただけかもしれないし、さっきまでの後遺症が残っててテンパってるだけかもしれないが……。

 まあ考えても仕方がない。今切り込んでも答えてはくれないだろうし、フローリアンへの対応のほうを考えておかなければ。そうしなければ、ここからの買い物でフェイトが玩具にされかねない。巻き込んでしまった以上、彼女を無事に帰さなければ。

 

「まあフェイトが居てくれると助かるよ」

「そうかな? いつもからかわれるほうだから力になれる気はあまりしないんだけど」

「まともな人間が自分以外にもいるってだけで心強いさ」

 

 それにフェイトの笑顔は見てて癒されるし。

 なんてことは思っても口にはしない。フェイトの性格的に恥ずかしがりそうというのもあるが、フローリアンの前で言おうものなら自分から獣がいる檻に飛び込むようなものだ。言動には気を付けなければ。

 

「イチャついてるとこ悪いんだけど、次の場所に行ってもいいかしら?」

「べ、別にイチャついてなんかないよ。ただ話してただけで!」

「フェイト、過剰に反応するのは逆効果だ。フローリアン、次は何を見に行くんだ?」

「そうね……」

 

 今考えるってことは決めてないのに話しかけてきたのか。きちんと決めてから次に行くって言えよ。

 

「じゃあ、水着でも見に行こうかしら。もちろん、ショウ君も一緒に♪」

「なっ――おい、そういうのには行かないって約束しただろ」

「そうだけど、ハラオウンさんも一緒なのよん。ハラオウンさんの水着姿見たくないの?」

 

 そ、それは……見たくないといったら嘘にはなるが。綺麗だし、スタイル良いし、レヴィと違って羞恥心があるからより可愛く見えるだろうし。

 でもここで見たいって言えるわけがない。俺の性格的に言ったらフェイトに対してセクハラをしていると思われるだろうから。

 

「い、一緒に見るのはいいけど、私は着ないから。この前ディアーチェ達と買ったばかりだし。というか、ショウを連れて行くのはダメだよ!」

「えぇ~いいじゃないのん」

「ダメだよ。他のお客さんが嫌がるだろうし!」

「そっか、ハラオウンさんはショウ君に見られるの嫌なのね。なら仕方がないわ……」

「え、いや、そういうんじゃなくて! 他のお客さんはって意味であって、別に私が嫌とかじゃ……というか、今までに何度か一緒に海とかプールに行ったことあるし! そもそも、ショウが居心地悪いだろうって思って……」

 

 そこでふと自分が大声で何を言っているのか気が付いたのか、一瞬の硬直のあと凄まじい勢いでフェイトの顔に赤みが差した。何か必死に弁解しようとしているが、感情が整理できないのか口だけパクパクしている。

 

「ありゃりゃ、ちょっとやりすぎちゃったかしら。これはしばらくショウ君と一緒にいないほうが良さそうね。ショウ君、私はハラオウンさんを連れて水着見てくるからそのへんで待ってて」

「え、おい、そのへん……って、行きやがった。……何ていうか、はやてとレヴィを一緒に相手してるような気分になるな」

 

 

 



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14 「風邪を引いた王さま」

 胸元から手を入れて体温計を取り出す。体温計には【37.2】と表示されていた。朝方よりは落ち着いているが、まだ熱が残っているようだ。

 

「ぐぐぐ……」

 

 我としたことがまさか風邪を引くとは不覚……。

 昨日までは何ともなかったし、体調管理にも気を付けていたつもりなのだが……己が気が付かないうちに疲労が溜まっておったのだろうか。

 まあ心当たりがないわけでもない。

 今年の3月から地球で生活を始め、学校でも毎日のように賑やかな時間を過ごしてきた。ここでの生活は自分の家で過ごすように気楽なものではあるが、レーネ殿と顔を合わせればその度にからかわれる。まあ昔からあのような性格なので疲労は一時的なものだが。

 ショウとは……会った頃から気も合い、助け合える関係だ。ここに住むようになってからは家事の大半は我が行っているが、買出しはたまにしてもらっておるし、我が外に出かけるときはあやつがやってくれておる。

 

「こうして考えてみると……あやつは良い男よな」

 

 家事はできるし、おやつは自分で作れる。容姿もそれなりであるし、背も高いほうだ。少し線が細く見えるが、鍛えているだけに無駄なものがないだけであって力がないわけではない。

 愛想があるとは言えないが、昔に比べれば感情も表に出るようになっておる。呆れたり驚いたりとプラスのほうの感情はあまり見ていない気がするが、周囲の人間を考えると仕方あるまい。

 魔導師としての才能は、周囲のものより劣るというか器用貧乏ではあるが、地道な努力によってかなりの戦闘力を持っておる。また技術者としての道も進んでいるだけにデバイスの知識も豊富だ。身体的にも頭脳的にも悪い部類には入らないだろう。

 

「それに……」

 

 前にシュテルから聞いた話では、デバイスの対人戦闘データを取った際に相手のデバイスを破壊したらしい。おそらく歴戦の騎士であるシグナムとの長年の訓練によって鍛え上げられた剣術並びに反応速度、デバイスの知識を有しているからできる芸当であろう。技術者達からは賛否両方言われているらしいが。

 なのはやフェイト、小鴉と周囲が飛び抜けておるせいで平凡に思えるが、あやつも充分な実力を持った魔導師よな。なのは達を天才とすれば、秀才といったところか。

 

「……よくもまあ腐らなかったものだ」

 

 あれだけ才能に恵まれた者が近くにおれば、普通の人間ならば努力することを諦めそうなものだ。まああやつの性格が性格であり、また環境が精神を早熟させたことが理由ではあるだろう。それ故に年不相応なことを考えて苦しんだ時期もあるのだろうが。

 フェイトや小鴉の過去については聞いておるし、なのはが堕ちたときは我もすでに知り合いであった。あやつの心にはきっと我が思っている以上に深い傷があるのだろう。

 

「……故に」

 

 あやつを最も理解できるのは同じような心の傷を持つ小鴉だ。誰よりもあやつと深いところで繋がっておるだろう。

 だが……あやつらの関係は我が知った頃から何も変わっておらぬ。

 別におかしいことではないが、最近思うようになったことがある。ショウも小鴉も大切な人間を失っている。そのため互いのことを理解できる。付き合いの長さからして、間違いなく大切な存在だと思っているだろう。

 だが……あやつらは今以上の存在を作ることを恐れているのではないだろうか。

 魔法に関わる以上、この世界の者と比べれば命を落とす可能性は格段に高い。誰よりも大切な存在を失うようなことになれば、心が壊れてしまうことは容易に想像できる。表面上には見えなくても、深い部分で恐怖していることはありえない話ではないはずだ。

 

「…………何を考えておるのだ我は」

 

 親しい人間には幸せになってもらいたいが、だからといって病床のときに考えることもあるまい。どうにも遊園地に行った日から我はどこかおかしい。

 なぜこうも……あやつのことを考えてしまうのだろうか。

 あやつは我にとって同じ苦労を知る仲間であり、親しい友人のひとりだ。それ以上でもそれ以下でもない……ないはずだ。そうでなければ、同じ屋根の下で暮らすことなど不可能だろう。

 もしや……あやつと何かあって気まずい空気にならないように気を張りすぎていたのだろうか。だがあやつは自分から不埒な真似をするような人間ではないし、この家には昔から度々泊まっていた。緊張しすぎていたということは考えにくい。

 

「えぇい……考えがまとまらぬ」

 

 朝よりも熱が下がったおかげで頭痛や喉の痛みは大してないが、熱があるせいか思考が鈍い。今の状態で考えるな、と言われればそのとおりではあるのだが……体調が良くなったせいかじっとしていたくない。我は居候の身なのだから。

 やれる範囲のことをやってしまおうか、と思った矢先、扉を叩く音が聞こえた。次の瞬間、おぼんを持ったショウが中に入ってくる。上体を起こしていた我と目が合った瞬間、若干彼の目が開いたがすぐに元に戻った。

 

「起きてて大丈夫なのか?」

「熱も大分下がっておるし、そもそもただの風邪だ。問題ない」

「そうか。まあでも今日1日は家のことは気にしないで寝てろよ」

 

 まるで我の考えを見透かしているかのような物言いだ。我はそれほど分かりやすい性格をしているのだろうか。それとも顔に出やすいのか……などと考えておる場合ではない。

 

「あ、あまり近づくでない」

「……?」

 

 首を傾げるな馬鹿者。我とて年頃の娘ぞ。汗を掻いておるときに異性に近づかれたくはないわ。おそらく寝癖も付いておるだろうから、見られているだけでも恥ずかしいというのに。

 

「あぁ……安心しろよ、お前はいつだって綺麗だから」

「ば、馬鹿者! そのような歯の浮くことを申すな!」

 

 外見のことなら気にするな、という意味で言っておるのは分かるが、ここは普通に気にするなだけでよい。

 小鴉やらに女心がどうのと言われて今のような言い回しにしているのかもしれんが、貴様は自分で思っている以上に良い男なのだぞ。我は誤解せぬからともかく、誰にでもそのようなことを言うのは乙女の純情を守るためにも許さんからな。

 それ以上に今の言葉で嬉しさを覚えた自分のほうが許せんが……こんなだから周囲に色々とからかわれるのだ。ディアーチェ・K・クローディアよ、貴様は安い女ではないはず。

 

「病人のくせにあまり大声出すなよ。まあ少しは元気になったようで安心したが」

「我とて出したくて出したのではない。元はといえば貴様が……まあよい。用件を済ませてさっさと出て行け。貴様にうつっては大変だ」

「ならまずはこれを食ってくれ」

 

 ショウが差し出してきたおぼんの上には出来たてと思われるお粥が乗せられていた。体調が良くなって空腹を覚え始めていただけに思わず唾液が溢れてくる。

 

「これを食べて薬を飲むのを見たらすぐに出てくよ」

「子供ではないのだから見ていなくてもちゃんと食べて飲むわ」

「ダメだ。俺が安心できない」

 

 貴様は我のことを信頼しておらぬのか。

 とも言いそうになったが、立場が逆だったならば我もきっと似たようなことを口にしていただろう。それだけにぐっと吞み込むほかになかった。

 

「ならば食べ終わるまで後ろを向いておれ。今の姿をあまり見られたくはない」

「お前が思ってるよりひどくないんだがな」

「ひどさの問題ではない。我の心の問題だ。いいからさっさと後ろを向かぬか!」

 

 ショウは「やれやれ」と言いたげな顔を浮かべながら我におぼんを渡すと、ベッドを背もたれにして後ろを向いた。

 椅子があるのだからそちらに座ればいいだろう、と思ったが、普段よりも弱っているせいで近くに居てくれることに安心感を覚える。そんな自分に思うところもあったが、我も人間なのだからそういうときもあると割り切ることにした。

 

「……美味いな」

「そうか……よかったよ。最近はあまり料理してなかったし、お粥ってあまり作ったことがなかったから」

「そうなのか?」

「まあな。義母さんは仕事に没頭するあまり貧血や栄養失調とかで倒れることはあったけど、風邪とかには不思議と掛からない人だったからな」

 

 言われてみると確かに不思議だ。あの人の仕事量ならば体調を崩し色々な病気に掛かりそうだが……。またショウの義母になってからは倒れたという話も聞かなくなった。目元の隈と気だるそうな顔は相変わらずだが。

 

「はやてとかも滅多に体調を崩したりしない奴だし、今ではシャマルとかもいるからな。俺の出番はもうないだろうさ」

「ふむ……まあ良いことではないか。そのような出番はないことに越したことはない」

「そうだな」

 

 そこでいったん会話が途切れるが、気まずい雰囲気にはならない。穏やかな時間が流れていると言えるだろう。このように心が安らいでいるのを感じるのは久しぶりの気がする。

 最近は休日もあまり一緒にいることは少なかったからな。我は家事やシュテル達と買い物に行ったりしておったし、こやつはデバイス関連のことで魔法世界のほうに行くことが多かった。それに先週あたりは

 

「……そういえば、貴様はキリエと買い物に行ったそうだな」

「ん、まあ」

「あやつの相手は思ったよりも大変であろう」

 

 あやつが主にからかっておるのは姉のアミタではあるが、何かあれば誰でもからかう輩だ。もう少し真面目ならばアミタのように多くの人間と交流を持てるだろうに。まあ表面上の付き合いだけの者を友と呼ぶタイプでもないので今のスタンスを変えるつもりはなかろう。

 

「ああ……シュテルとレヴィの特性を合わせたような奴だからな。まあ俺よりもフェイトのほうが苦労してたけど」

「ん? フェイトも一緒だったのか?」

「途中で会ってな。そしたらフローリアンが一緒にどうかって誘ったんだよ」

「そうか……」

 

 あやつのことだから何かしら目的があったのだろうが……いや、変に疑うのはやめておこう。茶目っ気があるせいで誤解されることもある奴だが、根は良い奴なのだ。

 キリエは昔から花を育てるのが趣味であったからな。それは今でも変わっておるまい。小悪魔的な言動を取っておるせいか、容姿を褒められても照れたりすることはないが、自分が育てた花を褒められると赤面する。そのような者が悪いはずないだろう。

 

「……音が鳴り止んだが食べ終わったのか?」

「ん、ああ……すまなかったな」

「気にするな。今後立場が逆になることもあるかもしれないんだから」

 

 そう言ってショウは、空になった食器を受け取りながら代わりに水と薬を差し出してくる。我は受け取ると一度水を口に含み、薬を入れて一気に飲み込んだ。それを見たショウは、一度優しく微笑むと立ち上がる。

 

「じゃあ俺は約束通り出てくから。ちゃんと休めよ」

「言われずとも分かっておる。子ども扱いするでない」

 

 まだ学校の課題も終わっていないものがある。それに家事は基本的に我の仕事ぞ。今日中に体調を戻さなければならないであろう。無理なぞするものか。

 体調を悪化させでもすれば恥ずかしい姿をもっと見られることになるし、何より心配や迷惑を掛けてしまう。こやつは別に気にしないだろうが、我はどうしても気にしてしまうのだ。何としても今日中に治さなければ。

 

「何言ってるんだ。俺達はまだ子供だろ?」

「人の言うことを聞けないほど子供ではなかろう」

「それはそうだな」

 

 ショウは静かに背中を向けると扉に向かって歩いていく。家の中にいるのは変わらないはずだが、先ほどまで近くに居たせいか寂しいという感情を覚えた。風邪で弱っているからだろうが、彼が言ったようにまだまだ我は子供らしい。

 

「……ショウ」

「ん?」

「……ありがとう」

 

 ただ感謝の言葉を述べただけなのに、我は異様に自分の顔が熱くなっていくのを感じた。おそらく彼に対して「ありがとう」という言葉をあまり使ったことがなかったからだろう。いつもはすまないといった言葉を使っていたはずだから。

 赤くなった顔を見られたくなかった我は、ふとんに包まるように寝転がった。微笑ましい顔をされているような気配がするが、気にしてはダメだ。

 ショウは「何かあったら呼べよ」と言い残すと部屋から出て行く。流れ始める沈黙に耐えられなくなった我は、静かにふとんから顔を出した。

 

「……何をやっておるのだ我は」

 

 

 



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15 「萌える少女」

 私――月村すずかは知っている人は知っているように無類の猫好きである。家には数多くの猫を飼っているし、最近では猫に触れ合うことのできるカフェを巡るのが趣味だったりする。

 今日も新しく出来た猫カフェに来店している。ひとりで来ることもあるけど、休日ということもあって友達と一緒だ。

 

「ごめんねショウくん、今日付き合ってもらっちゃって」

 

 友達というとなのはちゃん達を想像したかもしれないけど、私が今日一緒に居るのは今言ったとおりショウくんだ。彼とは本や工学系が好きという共通点があるおかげで昔から親しくしている。異性では最も仲が良いだろう。

 何でショウくんとふたりっきりなのかというと、別にショウくんとお付き合いしたいからといった感情じゃないよ。仲良くしているし、異性としても意識してるけど……特別な感情は今はないかな。お姉ちゃんや恭也さんを間近で見る機会が多いから恋愛には興味あるけどね。まあ今後どうなるかなんてそのときになってみないと分からないけど。

 話を戻すけど、ショウくんとふたりっきりなのは単純になのはちゃん達の予定が合わなかったからだ。猫好き仲間であるシュテルちゃんは来る予定だったらしいけど、急に予定が入ってしまったのだとか。電話で「あとで猫達の写メをください」と言ってくるあたり、彼女は私の仲間だと思う。

 

「別にいいさ。どうせ予定もなくて暇だったし」

「本当に? はやてちゃんやディアーチェちゃんとデートとかしないの?」

 

 いじわるな質問だとは分かっているけれど、私も年頃の女の子なので意外と気になるのだ。ショウくんははやてちゃんとは昔から仲が良いし、ディアーチェちゃんとも気が合うようで今は一つ屋根の下。これを知っていて気にならない女の子はいないはず。

 だからげんなりしたような顔をされると分かっていても、ふたりっきりという状況で質問しないというのは無理な話だよね。

 

「あのな……そういう予定があるならここに来てないし、一緒に出かけたからってデートって扱いにされると俺もあいつらも困るんだが」

「そうかな? ディアーチェちゃんはそうかもしれないけど、はやてちゃんは笑顔で自慢してきそうだけど」

 

 まあ本気でデートだとは認識してないから言うんだろうけど。昔と変わらず恋愛モノの本は読んでるみたいだし。

 お茶目な部分というかよくしゃべるからで忘れそうになるけど、はやてちゃんって現在進行形で文学少女なんだよね。最近は図書館とかで会うことも少なくなったからつい忘れそうになっちゃうなぁ。まあお仕事があるから仕方がないとは思うけど。

 

「はやてもすずかみたいな友人を持てて幸せだろうさ」

「言ってることは良いことだけど、今の口調的に素直に喜べないかな」

「喜ばれても困る。悪い意味で使ってるから」

 

 相変わらずはやてちゃんには遠慮がないよね。まあそれだけふたりの距離が近いってことだろうけど。他に今みたいにズバズバ言う相手って……多分シュテルちゃんくらいだろうし。

 こうして考えると、良い意味で言えばよく話しかける。悪い意味で言えばよくからかってくる相手に容赦がなくなるのかな。

 あっでも、アリサちゃんとかとは結構ズバズバと言い合ってるよね。学校じゃあまり話したりはしてないらしいけど、翠屋とかで会ったときは話してるし。

 性格的にふたりの相性が良いのかな? 性格に似たところのあるディアーチェちゃんとも相性良いみたいだし。

 

「ショウくん、親しい仲にも礼儀ありって言うよ。あんまり言ってるとはやてちゃんだって悲しむんじゃないかな」

「俺が言う以上にあっちのほうが言ってると思うんだけどな……というか、猫と遊ばなくていいのか?」

 

 ショウくんの問いかけに今日の本来の目的を思い出す。お茶をするだけなら他の場所、通い慣れた翠屋でいいのだ。わざわざこの店を訪れたのは猫達と戯れるため。

 家にいる猫ちゃん達には何だか悪い気がするけど、それはそれ、これはこれ。家の子達には家の子達の、ここにいる子達にはここにいる子達なりの可愛さがあるんだから!

 

「じゃあ遠慮なく……ショウくんは来ないの?」

「俺は見てるだけでいいよ」

「えぇー猫ちゃん達可愛いよ」

 

 愛くるしい目とかキュートな耳とかプニプニの肉球とか! せっかくお金を払うんだから最大限満喫しないと勿体無いよ!

 

「えっと……表情だけだと言いたいことが読み取れないというか、すずかさん近いんだけど」

 

 言われて気が付いたが、いつの間にかショウくんの目の前まで自分の顔を近づけていた。

 しかし、猫達への興奮――いや愛の強さ故にそんなことは気にならない。今私の中にある想いは、一緒に猫ちゃん達の可愛さを満喫すること。基本受身のショウくん相手に遠慮していてはダメだ!

 

「ショウくん」

「え、はい」

「私と……私と一緒にモフモフしよ?」

 

 疑問系ではあるが、おそらくはたから見た私の顔は有無を言わさないものな気がする。だってショウくんが若干引いてるし。まあショウくんの手を握り締めてるからこれ以上は離れられないんだけどね。

 

「ショウくんは猫嫌い?」

「いや、別に嫌いじゃないけど」

「けど?」

「……男が猫と戯れるのはどうかと」

 

 何を言ってるの!

 誰がいつ男の子は猫ちゃんと戯れちゃいけないって決めたの。良い、凄く良いよ猫と戯れる男の子。私はそういう男の子と仲良くなりたい。デートとかになれば、今日みたいに猫カフェに行って一緒にモフモフしたい。

 あっ……でも、あまり猫ちゃんばかりに構われると少し妬いちゃうかも。「私と猫……どっちが好きなの?」とか聞いちゃったりして……。

 

「あのーすずかさん、黙ってないで何か言ってほしいんだけど。何か考えてるのは表情見てたら分かるんだけど……」

「気にしなくて大丈夫だよ。猫好きの男の子を嫌いな女の子はいないから」

「いや、いると思うけど。猫が嫌いな人はいるわけだし」

「うん?」

「な、何でもないです」

 

 何でショウくんは引き攣った笑みを浮かべてるのかな? 別に怒ったり変なことは言ってないはずだけど。

 ま、いっか。ショウくんも了承してくれたみたいだし、猫ちゃん達がいる場所に行こうっと♪

 

「……すずか」

「なに?」

「逃げたりしないから……手は放してほしいんだけど」

 

 うーん……まあショウくんの性格的に店の外に出たりはしないだろうけど、モフモフしないで見てるだけって可能性はあるよね。

 私も男の子と触れ合うのは恥ずかしいけど、もう少しで猫ちゃん達のいるブースに着くし、ショウくんはおかしなことをする男の子じゃないから別にいいかな。

 

「すぐ猫ちゃん達のところだし、このまま行こう」

「……すずかって見かけによらずたまに大胆なところがあるよな」

「そうかな? ショウくん以外の男の子にはこういうことしてないけど」

「そういうところ限定ってわけでもないんだが……というか、さらりと今みたいなこと言うなよ」

「ショウくんは誤解しないでしょ?」

「まあ……すずかとははやての次くらいに付き合い長いからな」

 

 付き合いが長い=親しいってわけでもないんだけどね。

 確かに私ははやてちゃんの次くらいにショウくんと仲良くし始めたけど、私より仲の良い子はたくさんいるわけだし。この世界にいるメンバーを除いても、例えばシュテルちゃんとかレヴィちゃんとか。

 他にもユーノくんとかクロノくんとも親しくしてるよね。ふたりだけじゃなく、ショウくんもお仕事があったりするから、あまり会えてないらしいけど。でも同性だからか会ったときは会話が弾んでるとか……みたいな話をリンディさんとかエイミィさんに聞いた気がする。

 

「けど誰かに見られたら誤解されるぞ?」

「ふたりで来てる時点でアウトじゃないかな。手とか繋いでなくても誤解する人はするだろうし。でもまあ、たまにはいいんじゃないかな。他の子とも遊んでるって分かれば、はやてちゃんとかも質問されたりすること減るだろうし」

「友達想いなことで……俺に対する配慮は全くないけど」

「だってショウくんよりもはやてちゃん達との方が仲良しだもん」

 

 私だって人間だからダメだとは思うけど、少しくらい贔屓はするよ。するのはこういう風に何気なく話せるときくらいだけど。

 と考えている間に猫ちゃん達の楽園に到着。様々な毛並みの猫ちゃん達が歩いていたり、寝転がっている。何とも幸せな光景だ。

 

「ショウくん、猫だよ猫」

「そ、そうだな。ここで見てないで近くに行ったらどうだ?」

「うん」

 

 お言葉に甘えて1番近くにいた白い猫ちゃんに私は歩み寄る。お店の猫だけあって人に慣れているようで逃げたりはしなかった。

 はぅ……可愛い。目はくりくりしているし、耳の形も良い感じ。肉球もなかなか……撫でてあげたら気持ち良さそうな顔をしてくれるし、幸せ過ぎるよ。

 

「これはシュテルちゃんに教えてあげないと」

 

 シュテルちゃん、ああ見えて猫好きだし、この幸せは私だけで味わうのは勿体無い。でもシュテルちゃんってひとりだとこういうところ見たりしても入ったりはしないだろうから、今度誘ってあげようっと。

 白猫を可愛がっていると他の子達も寄ってきたので、私はまとめてモフモフすることにした。これほどの幸福感が得られるなら毎週のように通ってもいいかもしれない。

 ショウくんは楽しんでるかな?

 そう思って周囲を見渡すと、壁際に腰を下ろしてこちらを見ている姿が見えた。彼の顔は微笑ましい。どうやら猫と遊ぶ私を見てあのような顔をしているようだ。

 ずっと見られていたかと思うとさすがに恥ずかしく思ってしまう。というか、私を見てないで自分も猫ちゃんと遊べばいいのに。そのように頬を膨らませそうになったが、よく見てみるとショウくんの足元に1匹の猫が居た。

 その猫は構ってほしいと言わんばかりにショウくんの足に頬ずりしている。仕方がないと思ったのか、彼は小さく息を吐いた後、優しく猫の頭を撫で始めた。

 

 ……ショウくんのああいう顔、久しぶりに見たかも。

 

 猫に向けているショウくんの顔はとても優しげだ。あのような顔は……前はよくはやてちゃんに向けていた気がする。今では呆れたり、不機嫌そうな顔ばかり向けている気がするけど。

 今みたいな顔してれば、もっと女の子にもモテると思うんだけどな。まあ今でも充分にモテてるんだけど。同年代の子より落ち着いているからクールだって認識されてるし、勉強も運動もできる。料理の腕前も小学校のときの家庭科の授業で知ってる人は知ってるし……言い方はあれだけど優良物件だよね。

 そういえば、前にこの手の話をしたとき、シュテルちゃんが少し違った反応をしてたような……。

 シュテルちゃんとショウくんの関係は、何ていうか友人以上みたいなところがあるけど、恋人って感じの気配はない。シュテルちゃんも前に仕事上のパートナーって言ってたような気がするけど……でも、ひょっとするとひょっとするんじゃ。

 チラリとショウくんを見てみると、じゃれついていた猫が離れて行っていた。自分から甘えていたのに気が済んだら離れていくあたり気まぐれさんだ。まあそこも魅力的なんだけど。

 

「あ……」

 

 今度は別の子が近づいていってる。同じ毛並みだけど兄妹とかなのかな。片方は慎重というか顔色を窺うような感じだ。もう片方は勢い良くショウくんに跳びついてじゃれ始める。

 いきなり顔に飛びつかれれば驚くのは当然だけど、慌てるように体をバタつかせるショウくんというのは少し貴重な光景に思えた。

 

「ショウくん大丈夫?」

「ああ、ひっかかれてはない……」

 

 ショウくんは顔に跳びついてきた猫を掴みあげながら、どこか呆れたような顔を浮かべる。

 

「どうかした?」

「いや……何ていうかレヴィみたいな奴だと思って」

 

 確かに掴み上げられているのにどこか楽しそうな顔をしている猫の姿は、貶されているのに褒められたと勘違いしているときのレヴィちゃんに似ていた。

 その猫の行動を詫びるようにショウくんの手を舐めるもう1匹は、何となくフェイトちゃんのようにも思える。ショウくんがお前を怒っているわけじゃないと言いたげに頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細めた。

 考えておいてなんだけど、実際の人物に置き換えるととてもイケない構図になってしまう。なので脳内変換するのはやめることにした。

 

「ふふ、ショウくん人気だね」

「すずか、人気っていうのはシュテルみたいな状態を言うんだよ」

 

 照れ隠しなのかそう言ってショウくんは、レヴィちゃん似の猫を私の頭の上に乗せてきた。彼がこういうことをする相手は限られているのでほんの少し嬉しかったりもする。まあ私がはやてちゃんとかだったらチョップでもされたんだろうけど。

 まあ……シュテルちゃんは凄いよね。前に私の家に来たときなんか、気が付けば猫で埋まってたし。シュテルちゃんに勝てる人はそういないんじゃないかな。

 

「あれは……ある意味異常なんじゃないかな」

「それは言える……すずかって時たま毒吐くよな。あれか、アリサあたりと話しててストレス溜まってるとか」

 

 確かにアリサちゃんは素直じゃないし、怒りっぽいところがあるからほっぺとか引っ張られることはあるけど、凄く良い子で私の親友なんだから。ストレスなんて溜まってないよ。反応が面白いから偶にからかったりしてるし。

 むしろ、アリサちゃんのほうがストレス感じてるんじゃ……まあ互いにやったりやられたりしてるからお互い様だよね。

 

「ショウくん、そういうこと言うと怒るよ」

「怒ったら可愛い顔が台無しだぞ」

「言うならもっと気持ち込めて言おうよ」

「それ、自分から口説けって言ってるようなもんだぞ」

 

 1秒ほどの沈黙の後、私達はほぼ同時に吹き出した。

 猫がいることで舞い上がってるのもあるだろうけど、みんなと比べれば大人しい私が、男の子とこのような会話をするなんて実に不思議だ。でも嫌な気分じゃない。むしろ、このように自然体で楽しめる異性がいるというのは喜ぶべきことだろう。

 

「……人も多くなってきたみたいだし1回出るか?」

「うん……名残惜しいけど独占はダメだもんね」

「ああ。それに猫と遊んでるときのすずかは心配だからな」

「え?」

「えって、猫と遊んでるときの自分がどれだけ無防備か自覚がないのか?」

 

 ふと先ほどまでの自分を振り返ってみると、猫の目線に合わせるために寝転がったりしていた。夏場ということもあって、私もそれなりに薄着をしている。人様に見せられないような格好にはなっていなかったと思うけど、もしかすると危ない状態だったかもしれない。

 

「そ、そういうのは早く言ってよ!?」

「いや、顔を赤くするほど危ない状態じゃなかったんだけど。というか、その状態だったとして俺が注意するのは、それはそれでダメだろ」

「それは……そうだけど」

「猫が好きなのは分かるが、女の子なんだからもっと周りの目を気にするんだな」

 

 そう言ってショウくんは一足先に猫達がいるブースから出て行く。まるでお姉ちゃんから注意されたような気分だった私は、無意識のうちに唇を尖らせていた。だが周囲にいる人々がカップルばかりになっているのに気が付いた私は、急いで彼のあとを追う。もしカップルだと思われていたのだとしたら、とても恥ずかしい。

 

 

 



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16 「夏、本番?」

 炎天下の中、俺はとあるアトラクション施設を訪れている。この場所を簡潔に言うならば、水に関する様々な遊戯がある場所……一言で言えばプールである。

 今の季節が夏だということを考えれば、どうしてプールに来ているのかなんて質問をする者はいないだろう。

 ただ……正直に言うと、俺はあまり乗り気ではない。

 くそ暑いというのも理由ではあるが、夏が暑いのは毎年のことだ。また俺だって少なからずプールに来たことはあるし、泳ぎもそれなりにできる。

 カナヅチでもないのにどうして乗り気ではないとかといえば……簡単なことだ。男女比が大きく女性側に偏っているからである。

 これまでにそのような状況で遊んだりすることは何度かあった。だが同じ状況でも立場が小学生と中学生では周囲の反応は変わってくるだろう。

 まあこれがまだ買い物や遊園地といったものならまだいいのだが……さすがにプールとなるとあれだ。俺を含め一緒に来ている人間は全員水着。無論、学校指定の水着を着る年齢でもないため、おそらく露出が多い水着だろう。

 ……目のやり場に困るんだよな。

 今日一緒に来ている異性はなのは、フェイト、はやて、アリサ、すずかの5人。加えて、あとでシュテル達も来ることになっている。他の男子は「夜月……羨ましすぎる!」と泣いたりするかもしれないが、立場を変わって同じことを言えるかと言いたい。プールで男女比が偏っていると気まずさは一気に跳ね上がるのだから。

 それに……あいつらは同年代よりも発育が進んでいる。人前で異性のこの部分が良い! といった話はしたりしないが、俺だって健全な中学生だ。異性に興味はあるし、つい体に意識を向けてしまうことがある。

 はやてあたりは自分から感想を求めてきそうなので対応がしやすいのだが、フェイトやすずかあたりは……こういうときに限って大胆だったりする。他のメンツよりも恥ずかしがることが多いのに、どうして大胆な格好をするのだろう。それなりの付き合いになるが、たまに彼女達のことが分からなくなる。

 

「ショウ、どうかしたの? 何だか難しい顔してるけど」

 

 唯一の救いは、今日は男が俺ひとりではないことだろう。

 今話しかけてきたのはユーノ・スクライア。ジュエルシード事件を機に交流のある友人であり、無限書庫の司書を行っている人物でもある。

 探し物があるときはついついユーノを頼ってしまうことがある。彼は毎度笑いながら引き受けてくれる良い奴なのだが、なかなかに忙しい人間だ。クロノに頼られたりすることもあるし、無限書庫にはその名のとおり無数の情報が存在している。整理するだけでも大変なことだ。

 故にあまり遊んだりする機会はない。クロノも執務官であり、あまり休もうとしない仕事熱心な人間なので、3人で集まれるのは極稀である。

 だから恋愛事も進展しないんだろうな。ユーノは……出会った頃はなのはに気が合ったような気がしたけど、いつの間にかこれといった反応を見せなくなった。誰か別の相手でも出来たのだろうか。

 クロノは……さっさとエイミィとくっ付けばいいのに。今でも姉だとか弟だとかお互い言うことがあるけど、フェイトが妹あたりになった頃から異性として意識し始めてたんだよな。最近じゃクロノはともかく、エイミィはクロノが誰かと親しくしてるだけで機嫌を悪くするようになっているし。

 けど本人の前じゃ普段どおりに振舞うし、クロノも気づかないことが多い。気づいても俺に聞いてきたり……なかなか進展しないのも頷ける。

 けどプレゼントとか遊びに行くって話になったらふたりとも相談してくるし……年下相手に相談するなよな。俺はまだ誰とも交際した経験はないっていうのに……。

 

「えっと、ショウ大丈夫?」

「あぁ……少し考え事してただけだ」

「考え事?」

「クロノとエイミィの関係とかな」

 

 俺の言葉にユーノは苦笑いを浮かべる。会う度になのはの使い魔だとかからかわれる関係だけに、彼とクロノの距離感は近い。クロノがからかったりするので良好とは言えない雰囲気を出すときもあるが、まあ俺を含めて同性の友人としては最も親しい部類だろう。

 

「君も大変だよね」

「他人事みたいに言うなよ。友人なら助けろ」

「助けてあげたいのは山々だけど、僕は君ほど女の子に慣れてないから」

「その言い方は周囲に聞かれると誤解を招くと思うんだが?」

 

 俺は女をとっかえひっかえするような男ではない。それに先ほども言ったが、交際経験は未だに皆無だ。

 まあ一般男子よりも異性と話すことはできるかもしれないが、それはあくまでも親しくしているあの子達が主であって、彼女達以外の女子とはほぼ挨拶くらいしかしていない。異性全てに慣れているわけではないのだが。

 

「誤解なんてよくされてるんじゃないの? はやてと付き合ってるとか前から度々聞いた気がするし」

「あいつと付き合ってるように見えるか?」

「親しくしてる僕らはともかく、はたから見た場合は見えるんじゃないかな。一緒に出かけたり、お互いの家に遊びに行ったり、毎年のようにプレゼントのやりとりしてるわけだから」

 

 確かにそのとおりではあるが……はっきり言って、俺とはやては付き合っていない。周囲からそのように見える理由は複数存在しているが、断じて交際しているという事実はない。

 

「まあだからクロノ達にも頼られるんだろうけど。でも君に好きな人が出来たらあっちも相談に乗ってくれるんじゃないかな。もちろん僕も乗るけど……ショウは好きな人とかいないの?」

 

 なぜこのタイミングで聞いてくるのだろうか。思わず言ってしまったのか顔が赤くなっているし、真昼間のプールで話したい内容でもないため、今すぐ取り下げてもらって構わないのだが。でもこの顔を見る限り、この際だからこのまま行っちゃえという感じだ。

 

「Likeって意味なら結構いる」

「Loveの意味で聞いてるんだよ」

「そっちで答えなかったんだから分かるだろ?」

「まあ……本当にいないの? 好きとまでいかなくても気になってる子とかさ。なのは達って全員可愛いわけだし」

 

 最後のは下手をするとお前の人間性を疑われるぞ。まあ本人達の前で言えるほうではないと分かっているが。感想を聞かれたら恥ずかしそうにしながら「うん……似合ってると思うよ」と言う。それがユーノという人間のはずだ。

 

「それはまあ認めるが……というか、よくなのは達って言葉使ったな。お前、なのはに気が合ったんじゃないのか?」

「え、あぁ……まあ昔はというか、ショウが思ってるほど強い気持ちがあったわけじゃないんだけどね。言葉で表すなら……好きなタイプだったっていうか」

「ふーん」

「あのさ、こっちは割と恥ずかしいこと言ったんだよ。興味なさげな返事するなら聞かないでほしいんだけど。というか、罰として君も好きなタイプくらい答えるべきなんじゃないかな」

 

 いやいや、別に無理やり答えさせたわけじゃないだろ。お前が素直に答えてくれただけじゃないか。なのに何で俺までカミングアウトしないといけない。

 直後、背後から「お待たせ~」と声が聞こえた。

 振り返ってみると、そこには水着姿の仲良し5人組が立っていた。

 なのははいつもどおりサイドポニーでピンクのビキニ、フェイトも普段どおりの髪型で黒のビキニを着ている。視線を合わせる前からどことなく恥ずかしそうにしているが、だったら上着くらい着てもらいたい。こちらとしても顔を向けていいものか迷ってしまう。

 はやては短髪なので髪型については言わなくても分かるだろう。水着は水色のビキニだ。アリサの水着は赤となかなかに目立つ。とはいえ、彼女のプロポーションは非の打ち所がなく、また彼女も堂々としているので実に映えて見える。

 すずかは長い髪を動きやすいようにポニーテールにまとめており、水着は白のビキニタイプだ。5人の中でも最も発育が進んでいるだけに、破壊力抜群である。女性は男性の視線にほぼ確実に気づくと聞くので、にこやかに笑っている顔の下では何を考えているか分からない。

 しかし、俺だけでなく男なら誰だって見てしまうものだろう。ビキニを着た異性が目の前にいるならば。

 これまでに彼女達とは何度か海やプールに行ったことがあるし、私用の水着は見たことがある。だがある意味それを見ているからこそ、今回の破壊力が増している気がしてならない。前に見たことがあるのは、ワンピース型のようなものばかりで今回よりも肌の露出が少なかったし。

 

「ショウくん、あんまじっと見られるとわたしらも恥ずかしいんやけど」

「別に見てない」

「またまた~、少し顔赤くなっとるで。ショウくんはむっつりさんやな」

 

 ニヤニヤしながら人の顔を覗き込んでくるはやてに苛立ちを覚える。が、計算しているのか、はたまた偶然なのか、彼女に視線を向けると胸の谷間まで視界に入ってしまう。

 いくら親しい間柄とはいえ、最低限度の異性意識は持っているのだ。また付き合いが長いだけに年々女らしい体つきになっていくはやてに思うところもある。あのはやてが今のような体つきになると誰が予想できただろうか。

 異性意識を持たないレヴィならともかく、こいつに今抱きつかれたりしたらまともに話せるかどうか……。まあ前ほど身体的接触はしてこなくなっているんだが。しかし、性格が性格だけに油断ができない。

 

「正直に言えば、みんなはともかくわたしのはいくら見ても構わんよ」

「お前……そんなに見てほしいのか?」

「当たり前やないか。何のために新しい水着買ったと……冗談、冗談やから。そんな冷たい目で見るんはやめてほしいんやけど。わたしのハートはこう見えて脆いんやで」

 

 そう言って壊れた試しが今までに一度でもあったか。あったとしても、次の瞬間には何事もなかったように復活してただろうが。

 

「まったく……あんた達は相変わらず仲良いわね」

「もうアリサちゃん、そないなこと言わんといて。恥ずかしいやんか」

「……演技だって分かってると妙にイラつくわ」

 

 アリサ、今なら止めたりしないから感情のままにはやてをやってしまってもいいぞ。こいつは少し痛い目に遭わないと理解しない奴だから。

 

「まあまあアリサちゃん、はやてちゃんもああ見えて緊張してるんだよ」

「どこがよ?」

「だってはやてちゃん、着替えてるときに『似合ってないとか言われたらどうしよう……』みたいなこと言ってたもん」

「ちょっすずかちゃん!?」

 

 はやては顔を真っ赤にし、凄まじい勢いですずかの口を塞ぎに行くが、あいにく身体能力はすずかのほうが上であるため、簡単にあしらわれている。

 

「聞かれてたのはともかく、言うのはひどいで。言うたらあかんって分かるやろ」

「うん、でもショウくんに素直になったほうがいいとか言うならはやてちゃんもたまにはね」

「うぅ~、今日のすずかちゃんはいけずさんや」

 

 頬を赤らめたはやては、少しいじけたようにこちらに顔を向けると、誤解せんといてなと言ってくる。なので淡々と分かってるから落ち着けと返しておいた。

 付き合いが長いだけに本心を隠すのが上手いことは知っているし、はやてだって中学生の女の子だ。人並みに異性からの目は気にするだろう。特に俺とは距離感が近いだけに、似合ってなければ即座に切り捨てられてもおかしくない。

 

「あんたって本当にはやてへの反応が淡白というか薄いわよね」

「全力で相手してたら倒れるぞ」

「まあ確かに……フェイト、あんたそんなに人の目が気になるんなら上着くらい着てきなさいよ」

「え……いや、その」

「……濡れてもいい上着持ってきてないの?」

 

 アリサの問いにフェイトは小さく首を縦に振った。アリサは額に手を当てながら呆れたようにため息を吐き、視線をこちらに戻してくる。

 

「ショウ、あんたフェイトに上着貸してやりなさい」

 

 視線がこちらに向いた瞬間に予想してはいたが、まさか命令の形で言われるとは。

 まあ別に貸すのはいいんだけど……思ってたより日陰もあるし、日焼け止めも持ってきてるから。ただ……俺はともかくフェイトのほうは、異性から借りることに抵抗があるのでは。

 

「え……い、いいよ別に。わ、私なら大丈夫だから!?」

「どこが大丈夫なのよ。あんたみたいに変に周囲の視線窺ってると弱気だって思われてるでしょうが。馬鹿な男共が寄ってきたらどうすんの。別に汚くはないんだから借りときなさい」

 

 アリサは上着を寄越せと言わんばかりにこちらに手を出してきた。こちらとしても、あまり恥ずかしがられると目のやり場に困るので都合は良いのだが、別に汚いといった言葉は要らなかったと思う。

 上着を渡すと、アリサは半ば強引に俺の上着をフェイトに押し付けた。彼女の勢いに負けたのか、フェイトはゆっくりとだが俺の上着を着込む。

 

「何かごめんね。アリサちゃんも悪気はないんだけど」

「それは分かってるよ。素直じゃなかったりするけど良い奴だから」

「そう言ってもらえると安心かな……そういえば」

 

 なのはは視線だけこちらを見上げ、再度口を開く。

 

「さっきユーノくんと何を話してたの?」

「え……あぁクロノのこととか……流れで恋愛に関することとか」

 

 ……何を素直に答えてるんだ俺は。最後は完全に余計だろ。

 

「そ、そっか……ショウくんでもそういう話するんだね」

「まあ……同性の間ではな」

「男の子とだけ? はやてちゃんあたりとはしないの?」

「あいつとまともにそんなことができると思うか?」

「にゃはは……相変わらずはやてちゃんには厳しいね」

「甘やかしてもいいことはないからな。余計にふざけるだけだし」

 

 

 



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17 「二度あることは三度ある?」

 今日来ている施設には、ウォータースライダーや波立つプールと数多くのアトラクションが存在している。だが団体行動というか自分の気持ちを優先するタイプはいなかったため、そういうので遊ぶのはシュテル達が来てからということになった。

 そのため俺達は、学校と同じくらいの深さのプールの周りで時間を潰すことにした。ベンチに腰掛けてのんびりしている者、ビーチバレーを行う者、浮き輪を使って水上にぷかぷかと浮いている者と、時間の潰し方は様々だ。俺はというと……

 

「いや~、ゆっくりとした時間を過ごすのもええなぁ」

 

 浮き輪を使ってのんびりとしているはやての近くに居た。言っておくが、別に彼女から近くに居ろと言われたわけではない。泳いでいたら目の前に流れてきただけだ。邪魔に思ったのだが、さすがに転覆させるほどの感情が湧いたわけでもないため、そっとプールの端のほうに押す。

 

「ん? 何やショウく……あわわ!?」

 

 首を反ってこちらを見たはやてだったが、あまりに後ろを見ようとしすぎたのか転覆してしまう。近くに居た俺に水しぶきが掛かったのは言うまでもない。こいつ、わざとやったんじゃないだろうな。

 

「ごほっ、ごほっ……うぅ……鼻に水が」

「…………」

「なあショウくん、何事もなかったように去ろうとするのはどうかと思うで。普通一言くらい声掛けるとこやろ」

 

 自分で水中に落ち、ただ鼻に水が入っただけじゃないか。どうして声を掛ける必要がある。泳げないというなら話は別だが。

 

「それくらい大丈夫だろ」

「ぐす……昔は手を引いて泳ぎ方教えてくれたり、何かあればすぐに心配してくれたんに。あのときの優しさはどこに行ってしまったんやろか」

「お前がそういうことばかりしなければ今でもきっとあっただろうさ」

 

 現状に愚痴をこぼしたいのはこちらのほうだ。茶目っ気は前からあったとはいえ、今ほどひどくはなかった。あの頃の可愛いはやてはどこへ行ったのやら……。

 

「……何笑ってるんだよ?」

「別に何でもあらへんよ。わたしは基本いつもにこにこしとるで」

「あっそ」

「そないな返事するなら聞かんでええんやん。心配とかされるより、今みたいに何でも言いあえるほうが好きって思っただけや」

 

 文句を言う割りに答えてくれるんだな。

 まあ確かに心配されるよりは今みたいな感じのほうが気が楽だ。こいつは何でもかんでもひとりで抱え込む癖があるし。それを悟らせないようにする術もある。またそういう時に限って、普段よりも他人を気遣ったりする。はたから見ている身としては無茶しやしないか不安になる。

 とはいえ、こいつの含めて……俺の身近にいる魔導師達は能力が高いから大抵のことはこなせてしまう。仕事だから、と言われれば簡単にやめるようには言えないし、下手をすると顔を合わせない時期もある。

 ……あのときのような出来事はもうごめんだ。

 これは俺だけでなく、きっと彼女達だって思ってる。だから無理をすることはあっても、無茶をすることはないはずだ。しかし、やはり戦場に立つことを考えると心配になる。

 と思った矢先、誰かに顔を軽く叩かれる感じに両手で挟まれた。意識を向けてみると、やや不機嫌になったはやての顔が見える。

 

「何難しい顔しとるん。せっかくみんなで遊びに来とるんやから楽しまなやろ」

「…………」

「その顔は何なん?」

「いや……」

 

 お姉ちゃんぶってたけど、久しぶりにお姉ちゃんっぽいところ見たなと思って。

 ただ口に出すと機嫌が良くなろうと悪くなろうと絡んでくるのは間違いない。ここは胸の内にしまっておくのが無難だろう。

 

「何でもない」

「嘘つきは泥棒の始まりや。さっさと白状したほうが身のためやで」

「だから何でもないって言ってるだろ」

「あんな……わたしに隠し事できると思うとるんか!」

 

 プールから上がろうとした直後、はやてが横腹を勢い良く触ってきた。こそばゆい感覚はあまりなかったのだが、ちょうど彼女の指がイイところに入ったこともあって俺の体は硬直。水の中に居たのが災いし、足の踏ん張りが利かずに倒れこんでしまう。

 

「え、ちょっ……!?」

 

 はやてを巻き込むように倒れてしまい、俺は彼女と共に水の中へ。ただこれまでの経験か、日頃の訓練の賜物か、すぐさま俺の体は反射し体勢を整える。

 水中に漂っているはやての体にそっと腕を回し、両足は肩幅以上に開いて踏ん張りを利かせ、勢い良く彼女を抱きながら引き上げた。

 

「ごほっ、ごほっ……あぁまた水が」

「自業自得だバカ」

「バカは言い過ぎと思う……うん?」

 

 不意にはやての表情が変わり、彼女は視線を下に落とした。それに釣られるように意識を向けてみると、シンプルに彼女の肩が見える。胸元は多少見えているが水着だから……。

 ――ちょっと待て……普通ビキニなら肩から胸に掛けて紐があるんじゃないか。それに胸元にも布が見えるはず。もしかして今の一件で水着が外れてしまったのだろうか。

 そう思って視線を上に戻すと、ちょうどはやてと目が合った。それとほぼ同時に彼女の顔は真っ赤に変わり始め、胸元を隠すようにしながら首まで水の中に浸かった。

 

「な、何見とるんや!」

「わ、悪い!」

「ちょっ、逃げたらあかんて。背中向けとるだけでええから!」

 

 何を言っているんだ、と思いもしたが、プールサイドを見てみると複数の男子の姿が確認できる。近くになのは達の姿がないことを考えると、はやてだけをこの場に放置するのは危険だ。仕方がないので俺は背中を向けた状態でこの場に居続けることにした。

 水の動きからはやてが近づいてくるのが分かる。彼女は俺にとって最も付き合いの長い異性ではあるが、一緒に風呂に入ったりしたことはないし、看病などで着替えさせたこともない。彼女の裸を見たことはこれまでに一度としてないのだ。

 小学生の頃ならまだ違ったのだろうが、中学生という多感な時期であるため、現状に心臓が悲鳴を上げている。これほどうるさいとはやてに聞こえるのではないだろうか。

 

「何で近づくんだよ……」

「ショウくんの足元近くにあるからや。まだ動いたらあかんで。見たらショウくん相手でも思いっきり叩くからな」

 

 声のトーンからして冗談ではないように思える。ただ胸を見てしまってそれだけで済むことを考えると、はやては何と心が広い人間なのだろうか。模擬戦という形で魔法くらい撃ち込んだとしても、こちらからすれば文句は言えないのだが。

 待てよ、その手の話がはやての家族に伝わると……シグナムあたりからは絞められそうだな。ザフィーラは他のメンツやはやての判断に任せそうだし、シャマルとかヴィータは責任を取れといった話になりそうだ。はやて相手に……いや異性に不埒なことをしてはダメだな。

 

「もうこっち見てもええよ」

「いい……このままプールから上がる」

「そっか……そんな意識されたらやりにくいやんか」

「いつまでも子供じゃないんだから仕方ないだろ」

 

 顔が妙に熱かったので泳いでプールサイドまで戻る。濡れた前髪を掻き上げながら深く息を吐いた直後、俺の名前を元気に呼ぶ声が響いてくる。

 

「ショウ、おっひさ~!」

 

 顔を上げた瞬間見えたものは、全力ダッシュから跳んだと思われる天真爛漫な笑顔を浮かべたレヴィの姿。どのような水着を着ているのか確認する暇もなく、彼女に抱きつかれた俺は後方に倒れ始める。盛大に水面に叩きつけられたのは言うまでもない。

 またなかなかレヴィが離れなかったこともあって、先ほどのはやてのように鼻に水が入ってしまう。水面に出るのと同時に思いっきり咳き込む俺を、レヴィは面白そうに笑う。

 

「あはは、ショウ大丈夫?」

「お前な……」

「レヴィ」

 

 淡々としているが、どこか冷たい響きのある声にレヴィの表情が固まる。その声の主は、プールサイドに綺麗な姿勢で立ち、こちらを真っ直ぐに見つめていた。

 

「ここに来る前にいくつか約束したはずですが?」

「シュ、シュテるん……えっと、その……ごめんなさい!」

「謝る相手は私ではないでしょう?」

 

 言っていることは正しいのだが、いつもより厳しい気がするのは俺の気のせいなのだろうか。まあ付き合いのある人間ならばともかく、ここには見知らない人間も数多く居る。その人達に迷惑を掛けないように、と考えれば普通の対応とも取れるが。

 

「ショウ、ごめ……! ……顔が痛い」

「水面に勢い良くぶつければ痛いに決まってるだろ。お前はもう少し落ち着きを持て」

「うん、分かった……許してくれる?」

「今回はな。次やったらさすがに怒るぞ」

「えへへ、ショウありがとう」

 

 釘を刺すつもりで言ったのだが、どうやらレヴィの中で俺は怖い人間だとは思っていないようで、嬉しそうに笑いながら抱きついてきた。

 今俺とレヴィの体の間にあるものは水着という薄い布1枚だけ。豊満な胸の感触がほぼダイレクトに伝わってきている。

 いつもならば即行で放すのだが、今のレヴィは水着だ。じっと抱きついているわけでもないため、下手に放そうとすると事故が起こってしまう可能性もある。異性意識のないレヴィは気にしないかもしれないが、俺や周囲はそうはいかない。

 

「レヴィ! き、貴様は……!」

 

 シュテルに止めに入ってもらおうと視線を向けると、顔を真っ赤にしたディアーチェが立っていた。彼女はまともな感性を持つ少女だけあって、すぐさまに対応してくれるだろう。

 

「このような場所で何をやっておるのだ。さっさと離れぬか!」

「なんで?」

「何でって……」

「いいですかレヴィ、そのようなことは好きな相手にしかしてはならないものです」

 

 シュテルの物言いに隣に居たディアーチェは驚愕の表情を浮かべる。まあ気持ちは分からなくもない。これまでのシュテルならば、ディアーチェがどうのという発言ばかりだった。まさかここでまともな発言が出るとは予想していなかっただろう。正直俺も驚いている。

 

「え? じゃあ何も問題ないよ。だってボク、ショウのこと好きだし」

 

 嘘偽りない笑顔で放たれた言葉に、恋愛的な意味で言っているわけではないと分かっていたのだが、不覚にもドキッとしてしまう。密着している状態で言われたからかもしれないが。

 

「そうですか……ディアーチェ、あとは任せました」

「え、ここで我に振るの!?」

「あそこまで堂々と言われてしまっては私には難しいです」

「誰に向かって言っておるのだ。貴様、メガネがなくても多少は見えるであろう!」

 

 あのおふたりさん、漫才してないでレヴィをどうにかしてほしいんだけど。仲が良いのは分かるけどさ。

 

「貴様といい、レヴィといい……どうして我の周りには――っ!?」

 

 憤慨するディアーチェだったが、急に声になっていない悲鳴を上げる。何が起こったのかというと、はやてが背後から抱きついて彼女の胸を鷲掴みにしたのだ。

 

「王さま~、何で上着とか着とるん? せっかくの水着姿が台無しやないか」

「耳元で囁くな! というか、このような場所で人の胸を揉むでない!」

「人前でなければええの?」

「そのような意味で言っているのではないわ! さっさと離れぬかこのうつけ!」

 

 即行でここまで弄られるディアーチェは可哀想過ぎるだろ。もう少し彼女に優しい世の中になってもいいのではないだろうか。

 そんなことを考えてないで助けろと思う人間がいるかもしれないが、俺が止めに入るのは色々と不味いだろう。

 

「ショウ、こっちを見るでない!」

「やれやれ、おふたりは相変わらず仲がよろしいですね」

「どこをどう見たらそうなるのだ。我はこやつのことを好きではないわ!」

「ガーン!? ……ぐす」

「あ、いや別に嫌いというわけでもなくてだな……」

「あはは、王さまは相変わらず素直じゃないよね~」

「そうだな……お前もいい加減離れろよ。これ以上引っ付いてるようなら怒るぞ」

 

 

 



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18 「元気な赤と妖艶なピンク」

 シュテル達が来たことで一段と賑やかになった。だがレヴィの元気は一向に失われることがなかったため、彼女の相手を主にしていた俺やディアーチェは疲労してしまう。慣れがあるとはいえ、彼女にペースを合わせるのは大変なのだ。

 疲れが顔に出ていたらしく、なのは達が面倒を見るから休むように促してくれた。ディアーチェは渋ったのだが、彼女はレヴィだけでなくシュテルやはやての相手もしていた。また少し前に風邪を引いたこともあって、俺からも休むように促すとようやく折れてくれた。

 

「むむ……あやつらは迷惑を掛けておらぬだろうか」

 

 軽い昼食と飲み物を注文し、それが来るのをテラスで待っているのだが、目の前にいるディアーチェの意識はウォータースライダーのほうへ向いている。

 なぜウォータースライダーかというと、ここに来る前にレヴィが行きたいと騒いでいたからだ。全員付いて行ったのかは分からないが、おそらくレヴィの意思を尊重したに違いない。

 まったく……休憩しに来たのにこれじゃ全く休憩になってないよな。まあ気持ちは分からなくもないんだけど。

 

「ディアーチェ」

「ん、何だ?」

「心配なのは分かるが、今は休むことに集中しろよ。合流したらまた俺達が面倒見るんだから」

「……それもそうだな」

 

 どうやら納得してくれたようだ。

 と思った直後、今度は急にそわそわし始めてしまった。普段は落ち着きのある性格だけにどうしたのかと思いもしたが、周囲を見てはこちらを見るといった行動から心境を理解する。

 現在、俺達の周囲にはペアになっている男女が多い。雰囲気からして特別な関係またはそこを目指して時を重ねている途中なのだろう。

 はたから見た場合、俺とディアーチェもそのように見えるわけで……シュテルやレヴィと違ってまともな感性をしている彼女が顔を赤くしてもじもじするのは当然だと言える。

 

「……お、遅いな」

「う、うむ……まあこれだけ人がいれば仕方あるまい」

「そうだな……」

 

 普段よりも意識されているせいか妙に気まずい。

 ディアーチェ、周囲からの目は気になるだろうが、どうにかもう少し普段どおりのお前に戻ってくれ。そうしないとこっちまで意識してしまうから。

 といった俺も思いは口にしていないため伝わるはずもなく、沈黙の時間が流れ始める。

 俺は置かれていたお冷をちびちびと飲み、ディアーチェは自分の髪の毛を弄りながら注文した品が来るのを待つ。お互いに顔色を窺ってしまっているため、時折視線が重なってしまい、その度に顔を背けてしまった。

 この場にはやてやシュテルがいなくて本当に良かったと思う。あいつらが居たらほぼ間違いなくからかわれたことだろう。

 じっとできずに待つこと数分。ようやく注文していたファストフードとドリングがやってきた。持ってきたお姉さんの笑みが何を意味していたのかは、あえて考えないようにしておく。

 

「……もう少しゆっくり食べたらどうなのだ。早食いは体に悪いぞ」

「……そっちは逆に全然食べてないじゃないか」

「女子がガツガツと食うべきではないだろう」

 

 別にガツガツと食べる女子もそれはそれでありだと思うが……まあディアーチェにはディアーチェの考え方があるし、一般的に上品に食べたほうがいいのも事実だろう。

 そもそも、彼女はアリサやすずかのようにお嬢様育ちなのだ。ファストフードもあまり食べたことはないだろう。小口で食べてしまうのも無理はない。

 

「まあそうだな。レヴィのように口元汚されたら……それはそれで見てみたいが」

「誰が見せるか。どうしてもそのような姿が見たいなら小鴉にでもやってもらえ」

「いや、あいつのを見ても珍しさがないし」

 

 頼めば案外簡単にやってくれそうだし、前に何度か見たことがある。

 最初口元を拭いてやったときは恥ずかしがっていたが、二度目からは決まり文句のように「いやぁ~出来の良い弟を持ててお姉ちゃんは幸せやな」とか言っていた。見る価値はこれといってない気がする。

 

「あらん? どこかで見た顔と思ったらショウくんじゃない」

 

 聞き覚えのある声に意識を向けてみると、髪色より淡い色の水着を着たフローリアンの姿があった。分かっていたことではあるが、やはりスタイルの良い奴だ。またスクール水着よりも露出が多めなだけに色気も増しているように思える。

 

「キリエ、勝手に動かないで……ショショショショウさん!?」

 

 フローリアンに1歩遅れて現れたのは、彼女の姉であるアミティエ先輩だ。場所がプールであるため、先輩も水着を着ているのだが……それ以上に熱があるのではないかと思うほど赤くなった顔が気になって仕方がない。

 出会った頃からこんな感じだけど少しは慣れてくれないだろうか。毎度のように過剰に反応させるとこちらとしても対応に困るのだが……。

 

「こらこらお姉ちゃん、王さまも一緒に居るのよん。ショウくんばかり見ちゃうのは分かるけど、ちゃんと王さまのことも見てあげなきゃ王さまいじけちゃうわ」

「べ、別にショウさんばかり見てませんよ!? そそそれにディアーチェさんのことだって見てます!?」

「アミタよ……別にいじけてなどおらぬから落ち着け。キリエ、貴様も姉をからかうのはほどほどにせぬか」

 

 俺よりも交流が深かっただけにディアーチェはフローリアン姉妹との接し方に慣れているようだ。俺だけで出会ったいたらどうなっていたか分からないだけに、ディアーチェと一緒に居て良かった。

 

「もう、王様は昔から真面目ね……ところで見た感じふたりだけみたいだけど、もしかしてデートかしらん?」

 

 いじわるな笑みで放たれた言葉にディアーチェの顔色が一変する。

 しまった……そういえばこの手の話題を振られる可能性があったんだ。一緒に居たほうが不味かったかもしれない。

 

「ななな……ディ、ディアーチェさんデートなんですか!?」

「ちち違う! 他の者も一緒に来ておる。わ、我らは先に昼食を取っているだけだ!」

「な、なるほど。キ、キリエ、憶測で適当なことを言うものではありません!」

 

 ふたりの反応を見て満足したのか、フローリアンは笑いながら返事をすると空いていた席に腰を下ろしてしまった。それを見たふたりは再び何か言いそうになる。

 しかし、俺やディアーチェからすれば別の場所に行かせようとすると再び疑われることになり、先輩が気を利かせようとしても似たような展開になりかねない。故に俺達は4人で食事を取ることになってしまった。

 

「ショウくんの美味しそうね。一口ちょうだい」

「いや、自分で頼めよ」

「ケチ。いいじゃない一口くらい」

 

 ケチで結構だよ……あぁもう、近づいてくるなよ。お前、今の自分の格好分かってるのか。いや分かってるよな。お前は分かっててやる奴だもんな。

 こういう奴には、経験上あえて抵抗せずに要求に従うと大人しくなる可能性が高いのだが……ディアーチェと先輩の目があるわけで。絶対このふたりはそういうことは許さない派だよな。

 

「ね、一口だけ?」

「キ、キリエ! わ、私の目が黒いうちはふ、不純異性交遊は認めませんよ!」

「お姉ちゃんは真面目というか冗談が分からない人よね。それに基本元気ハツラツな人だし、だから学校で風紀お姉ちゃん《あみたん》とか呼ばれるのよ」

「人をマスコットキャラみたいに言わないでください!?」

 

 先輩って……フローリアン相手には何でもハキハキとしゃべるんだな。まあ妹だから不思議なことじゃないんだけど。

 

「キリエ、そんなに食べたいのならば我のをくれてやる」

「だから私のショウくんには手を出すな、ってことかしらん?」

「だ、誰がそのようなことを言った! べべ別に我はそいつのことなど何とも思っておらぬわ。どれくらいかと言うとだな……あ、赤の他人レベルだ!」

 

 あ、赤の他人……いやまあ、ディアーチェにはディアーチェの好みがあるだろうし、一緒に暮らせてるわけだから異性として思われないのも仕方がないように思える。

 けど……うん、この何とも言えない気持ちはなんだろう。親しくしていると思っていた異性から言われたのが初めてだからか、妙に心にダメージが……。

 

「王さま、ショウくんとはもう何年もの付き合いなんでしょ? さすがに赤の他人はひどいんじゃないかしら。ショウくんだって年頃の男の子なんだから結構傷ついたと思うわよ」

「え、あ、いや……べ別にショウのことが嫌いとかそういうわけではなくてだな。ショウには手間の掛かる奴らの面倒を見てもらっておるし、愚痴も聞いてもらっているから感謝しておるわけで……!?」

 

 うん、お前の伝えたい事は分かってるから落ち着け。これ以上の発言は、お互いの首を絞めていくだけだぞ。

 

「何かしら……王さまの発言とか聞いていると、恋人というよりは新婚さんに思えてくるわね」

「だ、誰が夫婦だ! そそそのような馬鹿な発言ばかりするでない。そもそも、我々はまだ中学生ぞ。結婚できる年ではないわ!」

「ふふん、なら結婚できる年になったら?」

「するわけなかろう!」

「お、おふたりともそこまでです! 周りのお客さんの迷惑になりますから落ち着いてください!」

 

 先輩の必死の制止によって、どうにか口論にも近い会話は終わりを迎えた。フローリアンは満足げな笑みを浮かべている。一方ディアーチェは、湯気が出そうなほど顔を真っ赤に染めて俯いている。まああれだけ人前で騒げば無理もない。

 ディアーチェを見ていると、フローリアンには羞恥心がないように思えてくる。今も苦笑いの店員さんに何事もなかったように注文しているし。こいつ、もしかするとはやて以上の大物かもしれない。

 

「いや~みんなでおしゃべりすると楽しいわね」

「楽しいのはお前だけだろ」

「そうかしら? 意外とこういうのがあとで思い出として残ったりするものよん」

 

 それはインパクトの問題だろ。で、場を掻き回した奴ほど覚えてないっていう……。

 

「キ……キリエは、ずいぶんとショウさんと親しいようですね」

「あらお姉ちゃん、やきもちかしら?」

「ち、違います!」

「お姉ちゃん、大声出すと周りの人に迷惑よ」

「あなたのせいではないですか!」

 

 小声で怒鳴るなんて先輩も器用な真似ができる人だな。フローリアンみたいな妹を持っていたら自然と磨かれそうな技術なんだろうけど。

 

「別に親しくはないですよ」

「またまた~そんな連れないこと言って。この前デートしたじゃない」

「デ、デート!? キリエ、そのような話を私は聞いていませんよ!」

「あらん? 言ってなかったかしら。この水着もそのときに買ったんだけど」

 

 おいフローリアン、水着はフェイトと一緒に買っただろ。話にフェイトの存在を出してから話せよ。今の言い方だと確実に先輩誤解するだろうが。

 

「な……ま、まさかすでにふたりがそのような仲になっていたなんて」

「そうよ、下の子はいつの間にか成長するものなの。まあ途中からハラオウンさんと一緒になって、水着は彼女と買ったんだけどね。正直に言えば、デートなんて呼べるものじゃなかったんだけど」

「そうなんですか?」

「そうよ。私がお姉ちゃんが悲しむようなことするわけないじゃない」

 

 いやいや。今日だけでもずいぶんと先輩のことからかってただろ。どうしてそんなことが言え……先輩、フローリアンに抱きついてる。すっかり騙されちゃってるよ。

 

「お姉ちゃん、あんまり強く抱きつかれるとポロリがあるかもよ」

「え……そ、そうでした。今は水着を着ているんでした。ショ、ショウさんあまり見ないでください!?」

「今更何言ってるんだか。というか、その水着ってどう考えても見せるようの水着じゃないの」

「そ、それはキリエが学校外でスクール水着はありえないと言ったからじゃないですか。し、しかもこれを選んだのもキリエです!」

「でも~それを着ることを決めたのはお姉ちゃんよ。全部私のせいにされるのは困るわ」

「フローリアン、あんまりいじめてやるなよ」

 

 



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19 「体育祭での一幕」

 残暑が残る中、周囲からは声援や歓声が響いてくる。理由は単純にして明快、今日が体育祭だからだ。

 小学のときと違って中学は3学年しかないが、出る種目が多くなっているため、プログラムの数で言えば小学のものと引けは取らない。むしろ熱気は格段に上だろう。

 まあ当然よね。小学生のときは元気な面を見せるものが多かったけど、中学からは本気の勝負の競技が多い。もちろん全員で協力するものもあるけど、その手のものは得点にならなかったりする。

 今行われているのは男子100メートル走。学年が3年生達に移ろうとしているため、もうすぐ終わりを迎える。

 体育祭はクラス対抗ではなく赤白対抗だれど、やはり勝ちに貢献したいと思うのが普通だろう。しかし、うちの男子の100メートル走の結果はあまりよろしくなかった。

 

「まったく……本気でやったんでしょうね」

 

 始まる前に鼓舞したらやる気は充分だったけど、結果が結果だけにそのように思ってしまう。

 無論、単純に他のクラスの速い人間と同じになってしまった可能性は充分にある。どのクラスも速い人間を選んでるだけに成績が悪くても一概には文句は言えない。本気でやったらならの話だけど。

 

「バニングスさん、顔が怖いことになってるわよん」

 

 視線を向けてみると、うちのクラスでも目立つ存在であるフローリアンさんの姿があった。彼女とは同じクラスではあるが、あまり話した覚えはない。きちんと話し始めたのは、夏に行ったプールで会ったときからだろう。

 お互いにそれほど親しくなった覚えはないと思うけど……よくもあっさりと人に怖いとか言えるわね。

 あたしの家はこのへんでそれなりに知られている。まあ威張るつもりはないけど、一般的に言えばお嬢様になるだろう。それに加えて、あたしの性格もあってか呼び捨てにしたりする子はあまりいない。

 こっちとしては別にもっと気楽に話しかけてもらっていいんだけどね。いつもすずか達と一緒に居るから話しかけづらいってのもあるかもしれないけど。

 

「あのねフローリアンさん、真剣な顔をしてるって言ってほしいんだけど。それだとあたしが怖いみたいじゃない」

「あはは、高町さんに比べれたらあなたは充分に怖いと思うわよ」

 

 この子、いったいどういう神経してるのかしら。普通笑いながら今みたいなこと言えないわよ。まあなのは達に比べれば事実だろうし、ここまで堂々とされるとかえって清々しさを覚えるけれど。

 

「でも~そういうのが良いって男の子は結構多いわよね。バニングスさんに罵倒されたいって思ってる男子は意外といるんじゃないかしら」

「そういうこと言うのやめてもらえるかしら。あにいくあたしの感性普通だから。想像すると鳥肌が立ってくるわ」

「じゃあ、あなたのツンデレが見たいって男子は?」

「誰がツンデレよ!」

 

 別にあたしは普段ツンツンなんかしてないわよ。……そりゃあ、なのは達に比べれば怒りやすかったりするし、割と感情を顔に出しちゃうけど。

 というか、いつあたしがあんたの前でデレたのよ。見たこともないのにツンデレとか言わないでよね。

 

「いやいや、その反応がまさにTHEツンデレね。バニングスさん、よく『別にあんたのためじゃないんだからね!』とか言ってるでしょ?」

 

 そんなこと言ってないわよ!

 と言えればよかったのだが、にやける彼女の顔を見たあたしの脳裏にはあることが浮かんでいた。

 この子……言動から何となく分かってたけど、時折性格悪くなるわよね。ここで否定しても絶対この前の一件を出してくるに違いないわ。

 この前の一件というのは、仕事で学校を休んだショウのためにノートを取ってあげたのだ。これは今年から始まったことでもなく、魔法の存在を知ってからは彼だけでなくなのは達の分も取るようにしている。

 

『別に礼とかはいらないからね。前からやってることだし、テストの平均が悪いと先生の機嫌も悪くなるから。だからちゃんと勉強しなさいよね』

 

 これがそのときに言ったあたしの言葉だ。よくもまあ覚えているものだと自分自身には呆れるが、覚えていた理由は単純。すんなり渡せばいいものを何故か毎度のように覚えてしまう恥ずかしさに耐えかねて、あれこれと言ってしまったからだ。

 こんなんだからすずかとかには素直じゃないとか言われるのよね……でもしょうがないじゃない。恥ずかしいものは恥ずかしいんだから。

 それに相手はショウなのよ。別に特別な感情とかは抱いてないけど、異性であることには変わりないし、普段は何でも言い合えるような感じだから妙に恥ずかしくなるというか……。

 

「……あんたが何で周囲に嫌われてないのか不思議に思えてきたわ」

「ふふ、それは簡単な理由よ。相手はきちんと選んでるから」

「あんた、堂々と言えば許されると思ってない?」

「別に思ってないわよん。ただバニングスさんに関しては、こうしたほうが仲良くなれると思ってるけど。話し方も少し砕けてきたしね」

 

 ぐぐぐ……この女、あたしの敵とまでは言わないけど苦手なタイプだわ。言動が適当だから何を考えてるのか分かりにくいし。ショウ、この女によく絡まれてるみたいだけどよく相手にできるわね。まあはやてやシュテルでこの手の相手は慣れてるのかもしれないけど。

 

「アリサさんって呼んでもいいかしらん?」

「勝手にすれば。あたしは今のままでやらせてもらうけど」

「そうツンツンしないでよ。私にはお姉ちゃんもいるんだし、クラスメイトなんだからキリエって呼んでくれてもいいんじゃない?」

「ちょっ、抱きついてこないでよ!?」

 

 あいにくあたしはなのはやフェイトと違ってそっちの気はないんだから。というか、あんた手つきがはやてとは別の意味でいやらし過ぎるのよ。少しは中学生らしくしなさいよね。

 

「何やってるんだお前ら……」

 

 聞き慣れた声に意識を向けてみると、少し汗ばんだショウが呆れた顔であたし達を見ていた。フローリアンさんの相手をしているうちに男子100メートルが終わったらしい。

 

「何って……愛を育んでいるのよん」

「あっそう」

「育んでなんかないわよ! ショウはどうでもいいみたいな反応しないで助けなさいよね。あんた、あたしの友達でしょうが!」

 

 あんた、人によって対応違いすぎない。あたしがフェイトやディアーチェだったら助けに入ってたはずだし。

 まああの子達は守ってあげたくなるというか、自分ひとりじゃどうにもできなさそうだから分からなくもないんだけど。

 

「友達でも拒否権はあるだろ」

「ショウくん、それは遠まわしに私の相手は嫌と言っているようにも取れるのだけど?」

「……嫌ではない。面倒なだけで」

 

 うわぁ……絶妙な間と言い方するわね。普通に嫌と言われたほうがどれだけ良かったことか。

 そう思ってフローリアンさんのほうに視線を向けてみると多少ダメージはあったように見えたが、すぐさま笑顔に戻ってショウに話し始める。

 

「あはは、相変わらずそういうところは素直に言ってくれるわね。まあ大丈夫よ、接していたらそのうち慣れるだろうから」

「それ……お前が言うことか?」

「細かいことは気にしない気にしない。あ、私そろそろ競技の時間だからまたね」

 

 小悪魔的な笑みを一度浮かべたフローリアンさんは颯爽とこの場から去って行った。

 何ていうか……よくもまああんな風に振舞えるものだわ。きっと並みの男子なら今のでKOされてたんでしょうね。ぐったりしたような顔を浮かべるのはうちの学校じゃこいつくらいじゃないのかしら?

 

「ん、何だよ?」

「別に……あんたも大変ねって思っただけよ」

「だったら今度からあいつの面倒を見てほしいだが」

「それは無理ね」

 

 あの子の面倒を見るにはかなり時間が必要そうだし。

 それにしても、ショウってずいぶんとフローリアンさんには砕けたというか荒めの言葉を使うのね。付き合いの長いあたし達の中でも使ってない相手はいるのに。だからといって問題はない……。

 ……ってわけでもないかもしれないわね。性格によっては自分よりも他の子とのほうが距離感近いんだって思ったりもしそうだし。それが誰かっていうのは確証がないから伏せておくけど。

 

「あぁそれとお疲れ様。うちのクラスで1位取ったのってあんたくらいなんじゃないの?」

「そんなこと言ってやるなよ。お前の言ったとおり、全員全力で走ってたんだから。俺だって組み合わせが良かっただけだろ。実際2位と差はほとんどなかったわけだし」

 

 それはそうだけど……今思えば、こいつも結構変わったわよね。昔は手を抜くというか、この手の行事には積極的じゃなかった気がしたけど、今ではクラスでもやる気があるほうだし。

 

「……今度は何ですかお嬢様?」

「わざわざ嫌味の混じった言い方してくれてありがとう。大したことじゃないわよ、あんたが昔と違って積極的になったって思っただけで」

「積極的?」

「そうよ。あんた、昔は学校行事とかにあまり興味なかったでしょ」

 

 あたしの発言にショウは「あぁ……」と答える。そのあと納得しながら考える素振りを見せ、近くにあったイスに腰を下ろした。

 

「まあ……俺なりに思うところがあるんだよ」

「ふーん、それって何なのよ?」

「興味なさそうな返事した割に聞くのか?」

「まあ暇潰しがてらね」

 

 次の競技にうちのクラスの女子が出るけど、フローリアンさんがいれば男子達を盛り上げてくれるでしょう。それにショウとふたりだけで話す機会ってのも滅多にないし、友達としては交流を深めておくべきだわ。

 

「暇潰しって……大した話じゃないぞ?」

「それはあんたじゃなくてあたしが決めることよ。それになんだかんだでこうやって話すこと少ないじゃない。ある程度仲良くしてないとあの子達が心配するでしょ?」

 

 ショウは微妙な顔を浮かべたが、可能性がないわけではないと判断したのか肯定の返事をしてきた。その後、懸命に競技に励む生徒達のほうを見ながら話し始める。

 

「まあ単純な話なんだけどな……俺は中学を卒業したらあっちに移り住もうって思ってる。だから思い出を作っておきたいだけさ」

 

 さらりと言われたその言葉を聞いたのは、おそらくあたしだけだろう。周りに生徒がいないわけじゃないけど、意識はグラウンドの方に向いており、声援が響いている。そのため近くで耳を傾けてなければ聞こえなかったはずだ。

 

「ふーん……あっちに行くのはやっぱりお義母さんのため?」

「それもある……けど、1番は俺自身のためかな。昔は技術者とパティシエ、どっちの道に進もうか迷ってた」

 

 あぁ……確かこいつのお父さんは技術者でお母さんはパティシエだって前に言ってたわね。

 魔法関連のことは分からないことだからあれだけど、お父さんのほうが凄い技術者だったらしいし、お母さんのほうは桃子さんに負けない腕だったとか。

 こいつって何気にハイブリットよね……なんて思うのは不謹慎かしら。ずいぶんと昔に亡くなってるらしいし。

 ショウの両親は、彼の家に飾ってある写真で見たことがある。父親のほうはどこか女性的な線の細さのある顔立ちをしているが、少年のような目をした優しそうな人だった。母親のほうは長い黒髪を襟足あたりで結んでいて、凛とした雰囲気を感じさせる人だった。身近な人で言えば、シグナムさんに近いだろう。

 多分ショウは……お母さんのほうに似たんでしょうね。目元とか似ているし……でも線の細さとかはお父さん譲りなのかしら。ということはそれぞれに似た部分が……って、あたしはいったい何を考えているんだか。

 

「けど……お前達と出会ってからやりたいことが出来た。進みたい道がはっきりしたからさ」

「何言ってんのよ、メインはあの子達3人でしょうが。あたしやすずかはあんたに大した影響与えてないと思うけど」

「そうでもないさ、お前やすずかからだって学ぶことはあったし。例えば……待つことができるって強さとか」

 

 今言われた強さについては見当があった。

 あたしやすずかには、なのは達と違って魔法という力がない。一般的に他言無用のことも今では理解している。でも昔は抱え込んで何も話してくれなかったあの子に怒鳴ってしまったことがある。

 悩んでたり、辛かったりしても何も話してくれないのが嫌だった。それ以上に力になれない自分のことが嫌だった。

 けどあたしは、待つことを選んだ。

 待つのは本当に辛い。あの子が一度大怪我をしてからはもしかしたら……、なんてことを考えてしまうことも多くなった。

 でもあの子は……なのははやっぱり魔法の道を選んだ。他人から言われたわけではなく、自分で選んだという強い意志が分かる目をしていた。

 正直に言えば危ないことはしてほしくない。

 でもこれを言うのはあたしのエゴだ。あの子が……あの子達が本気で進もうとしている道があるのなら、それを応援してあげるのが友達のはず。

 あの子達だってあたし達に心配を掛けるのは分かってる。それでもあの道を選んだ。だったら友達のあたしは全力で応援するしかないじゃない。

 

「どうだか。……あんたはあたし達側よりはあっち側だと思うけど?」

「大きな括りではだろ? 感覚としてはアリサ達に近いさ」

「あたし達はあんたみたいにシュテルとイチャついたりしてないんだけど?」

 

 いじわるな問いかけだったと自分でも分かっていただけに、ショウは露骨に嫌そうな顔をした。会った頃は感情が乏しかっただけに、こいつもずいぶんと明るくなったものだ。あまり笑ったりしているところは見たことがないけど。

 

「俺としてはイチャついていないし、あっちでのあいつはそれなりに真面目だ」

「へぇー……じゃあ今度シュテルに会ったらそう言っとくわ」

「あのさ、俺お前に何かしたか?」

「別にあんたは何もしてないわよ。あんたは……ね」

「……あいつの分の八つ当たりかよ。理不尽な」

 

 少しいじけた顔をするショウは、ほんのちょっぴりだけど可愛く思えた。まあ口にしたりはしなかったけど。

 

「さてと……もうそろそろあたしの出番ね」

「ん、あぁこれが終わったら200メートル走か。1位目指して頑張れよ」

「当然、やるからにはトップ目指すに決まってるじゃない!」

 

 そう言ってあたしはイスから立ち上がって待機場所へと歩き始める。

 

「あっ……あんた、真面目に取り組むならちゃんと応援しなさいよね」

「善処する」

「まったく……まああんたが大声で応援してたらそれはそれで引くけど」

「お前な……いいや、さっさと行けよ」

 

 

 



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20 「金色の姉妹」

「こうして3人で出かけるのは久しぶりですね」

 

 3人という言葉が誰を指しているのかというと俺、ファラ、セイだ。セイというのはセイバーをさらに縮めた愛称だ。なぜこのように呼ぶようになったかといえば、地球で呼ぶ際にセイバーだと人の名前らしくないからである。

 話を戻すが、今俺は大いに戸惑っている。

 何故ならば……今の言葉を発したのはセイではなくファラだからだ。

 ひとつにまとめられた長い金髪に青い瞳が特に目を惹く端正な顔立ちは、俺の記憶にあるファラに間違いない。アウトフレーム状態なので背丈は人間サイズになっているが、それでも元の彼女が大きくなっているだけだ。

 にも関わらず俺の中に違和感があるのは……ファラのキャラが俺の知るものからずれているからだ。

 いつからこいつはこんなにも大人びた表情や話し方をするようになったのだろう。いやまあ、セイやリインの姉としてシュテルから色々と教わってるのは知っていたけど……親の気持ちというのは今みたいな気持ちを言うんだろうか。

 

「どうかしたのですか?」

「あ、いや……ファラも大分変わったなと思ってさ」

「そうですか? 私はよく会っていたのでそうは思わないのですが……でも昔と比べるとしっかりとはしましたね」

 

 そう……俺の知るファラは、一言で言えばもっと子供っぽい奴だった。人間らしさを求めて作れたデバイスだから稼働時間に応じて性格といったものが変化するのは良いことなのだろう。

 しかし、俺からするとビフォーアフターが激しすぎる。シュテルのところに行っても、基本的にウィステリアのテストばかり。普段シュテルの手伝いをしているはずのファラは、そういうときに限って義母さんの手伝いをしていたりした。

 セイとはユーリに呼ばれて行った時に毎回のように会っていたから問題ないけど……いや、俺はファラのマスターなんだ。成長したと思って喜んで早めに慣れよう。

 

「ふたりで何を話しているのですか?」

「ファラが昔と比べればしっかりしたと話していただけです」

「なっ……ショウ、そういうのをこそこそと話すのは感心しませんね」

 

 ファラが厳しい視線を向けてくる。昔は拗ねた子供のような表情も今ではすっかり大人びてしまって……嬉しいような悲しいような。

 ちなみに俺のことを名前で呼んでいるのはここが地球だからだ。家の中でならともかく、外でマスターと呼んでいると周囲に誤解を与えかねない。そのためファラやセイには前から外では名前で呼ぶようにさせていたのだ。セイは昔から呼び捨てだったけど、ファラはくん付けだった気が……。

 

「セイ、あなたもあなたです。陰口を叩くような真似する子に育てた覚えはありません」

「陰口? 別のそのようなことを言った覚えはないのですが?」

「……その顔からして嘘は言っていないようね。けれど、何気ないことで誤解は生まれるもの。そこは気を付けておかないとダメよ」

 

 あのファラがお姉ちゃんのような発言を……お姉ちゃんぶるわりにセイのほうがしっかりして見えていたのに。

 でも……妹分が出来てからもう2年くらいになるもんな。こんな風にしっかりするのも当たり前なのかもしれない。

 

「何だか……ようやくお前らが姉妹に見えてきた」

「マ、マスター……あなたが1番近くで私達のことを見てきたはずですが、今ようやくですか」

「ファラ、気持ちは分からなくもないですが外でその呼び方はしないと約束したはずです。そのようなことでは姉と認めるわけにはいきませんね」

「セイ……少し前から思っていたが、ずいぶんと生意気なことを言うようになったな。昔は機械的だったが、まだ可愛げがあったぞ」

「言葉が荒くなっていますよ。それと、可愛げに関してはファラも前のほうがありましたよ。今からでも遅くありません。前のようにだらけてはどうですか?」

 

 おいおい、お前らいつからそんなに仲が悪くなったんだ。一応顔は笑っているように見えるが、眉間の険しさや尖った声は露骨に機嫌の悪さを表しているし。頼むから路上でケンカとかはやめてくれよ。

 と思った矢先、ファラが視線をセイから外して俺のほうに向けてきた。

 

「ショウ、このような輩は放っておいて私と買い物に行きましょう」

「笑えない冗談ですね。あなたのような上辺だけ飾ったようなメッキの淑女と一緒では、あれこれ連れ回されてショウも疲れるだけです。なので私はファラを置いて行くことを提案します」

「メッキという発言といい、姉を省こうとする物言いといい……イイ度胸ですね」

「厳密に言えば、あなたと私は姉妹ではありませんので。それに戦って勝てると思っているのですか?」

 

 人間のような容姿をして会話をするふたりだが、厳密にはデバイスだ。自分の意思を持っているだけに魔法を使うことも出来る。

 しかし、魔法世界でもないのに……いや、そもそもこれくらいの口論で魔法を使わせるわけにはいかない。

 魔法を使わずに戦うと……おそらくセイに軍配が上がるだろう。シグナムあたりと仲が良いようだし、似た騎士精神を持っているのか剣を習ったりしているようなのだから。

 でも待てよ、シュテルも戦闘能力はあるからな。なのはのような砲撃主体の魔導師ではあるが、接近戦も騎士相手に引けを取らない奴だし。たまにシグナムとは手合わせしてるらしいからな。

 俺も過去にデバイスのテストで相手したことがあるが……彼女の魔法の精密さや体術、炎熱砲撃を見ていると精神が折れそうになった。まあ色々とレクチャーもしてくれたりしたので、収穫もそれなりにあったのだが。などと現実逃避をしている場合ではないか。

 

「いい加減にしろ」

 

 はやてにやっていたようにふたりの頭を軽く叩く。すると見事に同じような反応をした。同じようなリアクションで、容姿も金髪碧眼、口調も似ているのだから姉妹でいいだろうと思った俺はおかしくないはず。

 

「ケンカするならお前らは帰れ。買い物は俺ひとりで行くから」

「ちょ、ちょっと待ってください。今のはセイが……!」

「なっ――それはあなたのほうでしょう!」

 

 いや、俺からすればどっちもどっちだからな。

 親しい間柄の人間だってケンカするときはするから、ケンカをするなとは言わない。が、こうして久しぶりに3人で出かけるときにしなくてもいいだろう。

 

「はぁ……あぁ分かった、じゃあ俺が帰るからお前らだけで行って来い。付き合いきれん」

 

 そのようにげんなりしながら言ってみると、ファラ達の顔色が変わる。おそらくこのままふたりきりになるよりは、我慢したほうが良いのではないか? と、ふたりとも考えているのだろう。ならばあと一息で問題は解決するはずだ。

 

「ほら、どうするんだ?」

「……まあ私のほうが年上ですし、このようなことでいつまでも口論するのは無意味ですからね。今のことは水に流しましょう」

「今の物言いには思うところがありますが、この人はファラですからね。私も水に流すことにします」

 

 目の前にいるファラとセイは、引き攣った顔で笑っているのだが……まあ落ち着いたのだから触れないでおくことにしよう。

 というか、こうして見ると本当に人間らしくなったよな。リインにはこういう表情はまだ無理なんじゃないだろうか。性格的にこんな表情を浮かべるようにも思えなくはあるが……。

 

「よし、なら3人で行こう。分かってるだろうが、またケンカしたときは俺はお前らを置いて帰るからな。ケンカの度合いによっては家にも入れない」

「そ、それはあんまりでは……」

「お前らはもう子供じゃないだろ。リインの姉として振る舞っているし、自分達の意思でシュテル達の手伝いだってしてるんだから。だから俺も甘やかしたりしない」

「……分かりました」

「やれやれ、テストで会っていた割にはセイは甘えん坊ですね」

「なっ……あなただって似たようなものでしょう。それにさすがはシュテルの手伝いをしているだけあって、性格もずいぶんと似てきたようですね」

 

 言った傍からこいつらは……人間らしくなったことは技術者の目からすれば良いことであり、喜ばしいことなのだろう。だが実際に相手をするとなると面倒臭さがあるな。ケンカの仲裁なんて経験がないし。

 見上げた空は雲ひとつない状態だというのに俺の心は曇り空だ。このふたりが今後どうなっていくのか、俺には全く検討がつかない。だがそれが楽しみにも思え、その一方で不安でもある。

 

「まあ……なるようにしかならないか」

 

 

 



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21 「少しずつ……」

 少し……落ち着かないかな。

 私は今訓練室にいる。といっても、馴染みのあるアースラの訓練室ではない。ショウのようなテストマスターが使うデバイスのデータを取ることに要点を置かれた特別な訓練室だ。

 なぜ私がここにいるかというと、ショウやシュテルに頼まれたからである。何でも魔力変換資質に関するデータがほしいらしいのだ。私は電気の魔力変換資質を持っているので声を掛けられたのだろう。

 

「へいと、今日はよろしくね」

 

 声を発したのは、分かる人には分かるだろうがレヴィ・ラッセル。私に瓜二つの容姿をした元気な女の子である。出会った頃から『へいと』と呼ばれ続け、その度にフェイトだと言ってきたのだが、その効果は全く発揮されていない。

 ……シュテルは『シュテるん』だし、ディアーチェは『王さま』。こんな感じならあだ名だってすぐに分かるけど、『へいと』じゃ言い間違いの類に思われそうなんだよね。

 前にフェイトってきちんと発音できてたのを聞いたことがあるから、レヴィからすればあだ名で呼んでるんだろうけど……別の呼び方にしてくれないかな。年々恥ずかしくなってくるし。

 

「うん、よろしくね。あと私の名前はフェイトだから」

「うん、知ってるよ。でもへいとはへいとだからね」

 

 あはは……いつもこんな感じで終わっちゃうんだよね。私がもっとはっきり拒絶の言葉を言ったら違うんだろうけど、レヴィは別に悪気があって言ってるわけじゃない。なのにやめてって言うのも嫌な感じがするし……このままずるずると行っちゃうのかな。

 そのうちに慣れて気にしないようになったり……まあそれはそれでいいんだけど。

 ちなみに何でレヴィがここにいるかというと、彼女も私と同じで電気の魔力変換資質を持っているからだ。またショウのようにテストマスターとして働いていたり、研究の手伝いをしているらしい。私よりもこの場には馴染みがあるのだ。

 レヴィと談笑していると、訓練室に入ってくる影があった。私にとって最も付き合いの長い友人のひとりであるショウだ。今日は私服でもバリアジャケットでもなく白衣を着ている。

 昔はほとんど変わらなかった背丈も、今ではすっかり私より頭半個分ほど高くなっている。中学1年生という時期を考えれば、もっと高くなりそうだ。あと10センチも伸びれば、間違いなく見上げなければならなくなる。

 でも……それはそれでありだよね。今でも充分だけど、見上げるのも悪くない。いや見上げたい気持ちもある……キ、キスとかするとき背伸びするのって憧れるし。

 

「悪い、最後の調整に手間取った……フェイト?」

「は、はい!」

「……大丈夫か?」

「う、うん大丈夫! ただ慣れない場所だから少し緊張しているというか……!」

「そうか。まあ気楽にやってくれて構わないからな」

 

 我ながら何とも動揺した言い方だと思う。けれど昔からこんなことが度々あっただけに納得されてしまうのが私だ。

 これについては思うところがあるけど……でもありがたくもあるかな。

 お義母さんやアルフには気づかれてしまっているだろうけど……私には好きな人がいる。今もすぐ目の前に。

 淡い想いを抱いていることに気が付いたのは約2年前、偶々ショウを買い物に誘ったのがきっかけでアルフから指摘された日からだ。

 あの頃から私はショウのことを他の異性とは別の目で見ていた。それだけに最初は友達としての『好き』が勝っていたが、現在ではすっかり異性として『好き』だと言わざるを得ない。

 ただ私は、この想いを伝えようか迷っている。

 想いを伝えダメだった時のことを考えると怖くて仕方がない。それももちろんある。でも理由は他にもあるのだ。

 ショウは昔からはやてと仲が良い。ふたりは否定してるけど、はたからみれば付き合っていてもおかしくないほど親しげだ。きっと私には見せていない顔もふたりは互いに知っているのだろう。

 もしかするとディアーチェもそうかもしれない。彼女ははやてほどショウとの付き合いはないけれど、同じような立場になることが多かったせいか、ショウととても気が合っている。また今は一緒の家に暮らしているだけに身近な存在になっているはずだ。ホームステイの話を初めて聞いたときは、おそらく私が1番大きな声を出したのではないだろうか。

 はやてやディアーチェは大切な友達だ……だけど私は嫉妬してしまうときがある。好きな人の隣にいるのは、やはり自分が良い。大切な友達であっても……譲りたくはない。

 そう思っていても、やはり私は何も行動に移すことができない。自分からデートに誘ったりもできないし、積極的に話すこともできない。最近は誰かと一緒じゃなければ話すらできていないような気さえする。

 好きだけど話せない……ショウの周りには私から見ても素敵な異性が多い。いや、私の友達は全員魅力的だ。私のように内気で口数が多くない子よりも他の子と一緒に居たほうが楽しそうに思える。

 

「ショウ、ボクはどんなデバイス使うの?」

「それはこいつだ」

「え、これって……ボクが昔使ってたバルニフィカス?」

「ああ、まあ今の時代に合わせたアップデートというか調整はしてるけどな。もしかすると、シュテルが研究している魔力変換システムのテストもすることに……」

「ショウ、ありがと!」

 

 レヴィは満面の笑みを浮かべながらショウに抱きつく。体は今の私とほぼ同じなのに精神の方は出会った頃から何ひとつ変わっていない。それだけにショウはいつも困った顔を浮かべる。

 ……私とレヴィは似ていない。

 見た目に関してはともかく、中身のほうは全くの別人だ。私にはレヴィのような素直さもなければ、積極性もない。いつも彼女は私にできないことを平気でやってのける。

 異性意識がないからできることなのかもしれない。でも自分によく似た人間が好きな人に抱きついていたら……内心複雑にもなる。もしも私にレヴィの半分……ううん、10分の1でも積極性があったなら、今は違ったのかな。

 私は少し離れた位置からふたりを見ているんじゃなくて、ショウとレヴィの間に入っていて、レヴィの邪魔をしている。そのときにショウは私の恋人だからのような言葉を口にする。

 そんな今があったのだろうか。もしそうならどれだけ幸せなんだろう。嫉妬したならきっとすぐに口に出せる。口に出す権利がある。

 でも現実は……今だ。

 私は嫉妬しても心の内に留めている。嫉妬しても負けじと何かすることもできない。それをしてしまうと、今の関係が崩れてしまいそうで怖いから。

 ショウのことは好きだ。でも……なのはやはやて、他のみんなのことも好きなんだ。嫉妬してしまうことはあっても、今の関係はとても楽しくてかけがえのないもの。それを壊したくない。

 誰にも渡したくないと思っているけど、変える勇気……壊す覚悟がないから私はいつまでも今の私なのだろう。

 もしかすると、アルフの指摘から変に意識してしまい、それを恋だと錯覚。ずっと恋に恋している状態で過ごしてきただけなのかもしれない。本当に好きなのなら一歩を踏み出していそうなだけに……この可能性はゼロではない。

 

「あぁもう、離れろ。ったく、何度言ったらお前は理解するんだ。そういうのはやめろって前から言ってるだろ」

「えー別にいいじゃん。ボクとショウの仲なんだし。それに好きな人はやっていいんでしょ。ボクはショウのこと好きだから問題ないはずだよね」

 

 ……レヴィは本当に素直だ。

 たとえLikeとしての好きだったとしても、恥ずかしがることなく簡単に口にする。異性意識を持っていないからショウもこれといって気にしてはいないけど、でもこのままじゃ……。

 確かにレヴィは会った頃から変わらないように見える。でも……ほんの少しずつだけど、女の子らしくなってきてると思う。

 私とレヴィは似た容姿をしている。それだけに髪型などで区別がつけられるようにしようと話をしたことがあった。そのときに彼女は

 

『ねぇへいと、ショウってどんな髪型が好きなのかな?』

 

 と言ってきたのだ。そのときは何とも思わなかったが、今考えてみればあのときのレヴィの顔は恋をする女の子の顔ではなかっただろうか。本人が自覚していないだけで私と同じような気持ちを彼女は持っているのではないのだろうか。

 だとすれば……レヴィの周りにはシュテルやディアーチェといったしっかりした子達がいる。何かきっかけがあれば、ショウに対する好きが特別なことに気づくかもしれない。そうなれば彼女のことだ。きっと自分の気持ちを素直に伝えるに決まっている。

 もしもそれでショウがOKをしてしまったら……そんなのは嫌だ。もちろん、これは自分の勝手な想像だと分かってる、でも嫌だ。やっぱり自分以外の誰かが彼の隣にいるのは嫌だと思う。

 私は恋に恋なんかしてない。ショウのことが本気で好きなんだ。

 私は執務官、なのはは教導官、はやては捜査官としての道を考えている。ショウは技術者としての道を進もうとしている。アリサやすずかは地球でしばらくは学生としての日々を過ごしていくだろう。時間が経てば経つほど、私達はバラバラになっていく。そうなれば会う機会も減ってしまう。

 中学に上がったと思ったらもう秋を迎えている。楽しい時間なだけにあっという間に過ぎてしまった。きっと残った学校生活もすぐに過ぎてしまうのだろう。

 だったら私のすべきことはひとつだ。

 自分の性格からして急に変わることはできない。でも1日1日を意識して過ごしていれば、少しずつでも変わっていくかもしれない。

 今のまま何もせず望まない未来を迎えるなんて嫌だ。どうせ迎えるなら精一杯努力して、報われなかったとしても泣いた後は祝福できる人間になりたい。そのためにも今は、このテストで怪我をしないようにしよう。心配を掛けるのは嫌だし、気の緩みが事故に繋がる恐れもあるのだから。

 

「俺の精神的に問題があるからダメだ。というか、そろそろ始めるぞ」

「オッケー! ショウ、ボクのカッコいいところちゃんと見ててね!」

「見るのはお前じゃなくてバルニフィカスのほうだから。……フェイト大丈夫か?」

「うん、大丈夫だよ。私は普通にレヴィの相手をすればいいのかな?」

「ああ、そうしてくれればいい……ただ頑丈には作ってるけど、結界とか張ってあるわけじゃないから本気でやりすぎないでくれ」

「あはは、それは分かってるよ」

「頼むな」

 

 信頼してくれているのだと分かる笑みを浮かべてショウは訓練室から出て行った。

 あのような顔をされては訓練室を破壊してしまうような事態は起こしてはならない。彼ならば苦笑いしながら「まあ仕方がない」とか言いそうでもあるけど、好感度を下げるような真似はしたくない。

 

「よーし、じゃあへいと始めようか!」

「準備するのはいいけど戦闘は合図があってからね。それとね、少しずつでいいからフェイトに直してくれると嬉しいな」

 

 

 



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22 「賑やかな八神家」

「……今から……八神家恒例の闇鍋パーティー、背後からあの子の胸を掴め! を開催……あぁ何でそこで電気つけるん!?」

 

 いや……付けるだろ。

 俺は今日久々にはやてに夕食に招待されたのだが、これといって何も聞かされていなかった。これまでの付き合いから訳の分からないことをやろうとしているのだろうと思ったのは言うまでもない。

 とはいえ、俺も伊達にはやてと長いこと友人をやっていない。多少のことなら目を瞑ってやろうと思ったさ。だがな……タイトルのあとのやつはなんだ。完全にセクハラだろ。やるのははやてだけだろうけど。

 

「ショウくん! ショウくんは……シグナムの胸を揉みたいと思わんのか!」

 

 こいつは何を言っているのだろうか……俺がやると犯罪なのだが。

 というか、なぜシグナム限定なのだろう。ヴィータはまあともかく、この場にはシャマルだっているというのに。ザフィーラは男性なので省かれたのは分かるというか当然なので触れないでおく。

 ザフィーラは寡黙だからあまり会話に入ってこないけどいるからな。そもそも、地球では基本犬扱いだから会話に入りにくいだろう。

 かれこれ知り合ってからそれなりに経つわけだが……何でザフィーラは犬扱いされるのだろう。どこからどう見ても狼だよな。まあ当人達が良いのならそれでいいんだが。

 

「主はやて、どうしてそこで私の名前が出るのですか!?」

「そりゃ1番胸がでかいからだろ。それにショウだって男だし」

「ヴィータ、これ以上はやめろ」

 

 お前はシグナムが胸にコンプレックス持ってるの知ってるだろう。そこを弄るようなことは言ってやるな。

 

「そうよヴィータちゃん、シグナムは胸が大きいこと気にしてるんだから言ったら可哀想よ」

「シャマル……それはあたしより傷つけてる気がするぞ」

「お前ら、そのへんでやめろ」

 

 シグナムの言うとおりである。

 親しい仲にも礼儀ありだ。いくら俺が家族のような付き合いがあるとはいえ、性別は男なのだ。胸の話をされても反応に困る。

 下手に反応すればシグナムに気があるといったように取られ、そうなれば彼女がさらに追い込まれる流れになる。

 シグナムは親しい間柄ならたまに弄ったりする奴だし、普段は性格的に弄られるタイプではない。なのできちんと限度を見極めないと取り返しのつかないことになる。

 

「男だっているのだぞ。それに……」

「おやおや~シグナム、今の発言からしてショウくんのことを男して見とるんか?」

「見てるんですか?」

 

 にやけたはやてに続いてリインも真似してシグナムに近づく。必然的にシグナムは顔を赤らめ言葉を詰まらせる。

 シグナムにとってはやては主であり、リインは誰もが可愛がっている末っ子だ。それだけに本気で反論がしづらい。

 

「いい加減にしろ」

「――っ!? ……今のは割りと痛かったんやけど」

 

 はやては両手で頭を押さえながら振り返る。客観的に見れば可愛く見えるのだろうが、俺からすれば見慣れた光景だ。故にここで終わるような真似はしない。

 

「痛くしたんだよ」

「……暴力反対や」

「ショウさん、リインにはないんですか?」

 

 ……はやて、お前がバカなことばかりするからリインがおかしなほうに進んでるじゃないか。

 真似をしたりするのは人間らしくなっていると言えるので喜ぶべきことでもあるが、このまま成長されるのは困る。はやてがふたりになってしまったら堪ったものではないし、何よりファラとセイがどう反応するか……姉代わりとして可愛がっているだけに、はやてのようになってしまったらきっと絶望してしまうだろう。

 

「あのなリイン……別にお前のことを仲間外れにしたわけじゃない。けどお前にも怒ってはいるんだからな。人の真似をするなとは言わないが、本当に嫌がっている相手にはああいうことはするな」

「……分かりました。ちゃんと判断できるように努力します」

 

 感情を素直に表に出すリインは、落ち込むと実にしょんぼりという表現が合う言動を取るので反省しているのが分かりやすい。なので今後は気を付けろと言いながら頭で撫でてやりたくもなる。

 ……しかし、リインの主様は本当に反省しない奴だな。次は自分の番かな、と言いたげな顔でこっちを見てきているし。

 

「はやて、言っておくがお前にはしないぞ」

「何でや、昔は頭撫でたり手を繋いだりしてくれてたんに。最近のショウくんはケチやな」

 

 誰がケチだ。中学生にもなって頭を撫でたり手を繋いでるほうがおかしいだろ。お前だってそう思ってるから前ほど必要以上に近づいてこないんだろうが。

 

「人にセクハラする奴が何様だ。大体自分がされたら嫌なことをするなよな。お前だって……」

 

 はやてが他人から……、ということを考えてしまったせいか、不意に夏の出来事がフラッシュバックする。事故というかはやてのせいではあるのだが、あの日俺は彼女の胸を何もない状態で見そうになってしまった。互いの反応が早かったので見てはいないのだが、それでもあれは刺激の強い出来事だった。

 顔が赤くなってしまっていたのか、はたまた付き合いが長いだけに俺の考えていることを直感的に理解したのか、はやての顔に赤みが差す。彼女は俺の襟元を掴むと揺さぶりながら口を開いた。

 

「ちょっショウくん、何を思い出しとるんや!」

「べ、別に思い出してない!」

「慌てとるってことは思い出しとるってことやないか!」

 

 実際に思い出してしまっただけに言い返しにくい。

 だがここで引くわけにはいかない。はやてに何かしたとあっては、はやて大好きのヴォルケンリッターがどう動くか分かったものではない。

 

「おやおや~はやてちゃん達、何のお話をされてるんですか?」

「シャマル……お前はまったく」

「数少ないシャマルの楽しみなんだろ。まあ聞いたところでいつもどおりイチャついてたってだけだろうけどな」

 

 別にイチャついているつもりはないのだが……何ていうか、ヴィータの奴えらくドライというか反応が薄いな。昔は子供らしいところもあったのに、やはり時間というものは人を成長させるということか。見た目は全く成長していないし、のろいうさぎが好きなところは変わっていないが。

 

「ヴィータちゃん、そんなの聞いてみないと分からないじゃないですか。おふたりだってもう中学生なんです。私達の知らないところであ、あんなこととか……こここんなこととか」

「シャマル! 貴様、時と場所を考えろ!」

「だって最近の子供は早いって話を聞いたんだもの! ふたりは同年代よりも精神年齢高いから私達の予想以上なことしちゃうかもしれないじゃない!」

 

 するか!

 そういう知識は保健の授業やらもあって知ってはいるが、付き合ってもないのにそんなことをするわけがない。大体その手の話は俺達よりも先にクロノ達が話に出るべきだろう。年齢とか関係性的な意味で。

 

「シャマルにシグナム、年長者のお前らが本人達よりも取り乱してどうすんだよ。なあザフィーラ」

「ここで我に振るのか……まあ別に構いはしないが。しかし、実際にシャマルの言ったようなことになっていれば問題はある。一概に責めることはできまい」

「それはそうだけどよ……別にそんときはショウが責任取ってはやてをもらうだけだろ」

 

 すき焼きを食べながらいつもと変わらない口調で言われたため聞き流しそうになったが、今ヴィータはとんでもないことを言わなかっただろうか。俺が何かすればはやてを嫁にもらう的なことを……

 

「ちょっヴィータ、何を言うとるんや!?」

「ん? あたし、そんなにおかしなこと言った?」

「自覚がないんか!?」

「自覚がないっていうか……あたしがはやてをやってもいいって思ってる相手はショウだけだかんな。まああたしだけじゃなくシグナム達も同じだとは思うけど」

 

 な、何だこの外堀から埋められていく感じは……。

 ヴィータはさぞ当たり前のように言っているが、いつから俺はそこまで信頼されていたのだろうか。いや、信頼されている感覚はあったが……これほど言われるまでとは思っていなかった。事故でもはやてに不埒なことをすれば総出でボコられそうと思っていたし。

 

「今日のヴィータはいけずさんや。そういうんは昔からやめてって言うとるやないか。わたしとショウくんはそういうんやないんや。そもそも、わたしもショウくんもまだ結婚できる年やないから!」

「まだってことは……つまりは将来的には考えているんですね!」

「シャマルもいけずさんやな! しばらくシャマルの分だけご飯作ってあげんで!」

 

 何だと……はやて、気持ちは分からなくもないがお前はシャマルに自分で作って食べろと言っているのか。あんな味の表現が難しいものばかり食べていたら一般人は味覚が死ぬぞ。

 しかし、シャマルの料理の性質の悪いところはそのような感想を抱くものの決して吐いたりするレベルではないということだ。はやてが指導しているらしいのでまともになってきていると聞いたことがあるが、今であれだとすると初期はどのようなものだったのだろうか。

 気になりはするが食べてみたいとは思わない。だが……体調が悪いときにシャマルの料理は役に立つのだ。栄養面はパーフェクトなのか風邪ならば大体次の日には治っている。また味覚が正常ではなくなっているので普段ほど刺激はない……それでも不味いのだが。

 

「はやてちゃん、それはあんまりです。というか、何で私だけなんですか。ヴィータちゃんだって同じようなこと言ったのに!?」

「おいシャマル、人のこと巻き込もうとするんじゃねぇよ。お前の料理なんか絶対あたしは食わねぇかんな。お前の食うならインスタント食べる!」

「インスタントははやてちゃんが許しませんよ!」

「だ、だったら……」

 

 ヴィータの視線が宙をさまよった後、この中ではやての次に家事ができる俺で止まった。次に紡がれる言葉は容易に予想できる。

 

「ショウに作ってもらう。それなら文句ねぇだろ!」

「ありますよ。それじゃあショウくんに迷惑を掛けちゃうだけじゃないですか!」

「別に迷惑とは思わないけど……前より下手になってるかもしれないぞ。最近はディアーチェに任せてるから」

 

 言い終った瞬間に気が付いたが、俺は余計なことを口に出してしまった。あのシャマルのことだ。ディアーチェの名前を出せば……

 

「ショウくん……つかぬ事をお聞きしますが」

「あ、あぁ……シャマル、顔が近いんだけど」

「気にしないでください。私とショウくんの仲ではないですか」

 

 どういう仲なんですかね。というか、それははやてとかの専売特許じゃなかったんですか。

 

「ディアーチェちゃんとはどこまで進んでいるのですか?」

「ど、どこまでって……友人のままだと思うけど」

「一つ屋根の下に住んでいるのにですか?」

「シャマルが考えてるようなことがないように気を付けているというか、普通に暮らしてたら起こらないわけで……」

 

 お互い生活習慣は決まっているほうだし、ノックといったことも忘れない。まあ少し気を張っているというか、変に頑張りすぎているように思うときもあるが……最近ははやてとかと出かけることも多くなっているし、気分転換は出来ているはず。俺が気を遣いすぎるのはかえって気を遣わせるだけだろう。

 

「そうですか……では」

「まだあるのか?」

「あります、ありますよ。ズバリ、はやてちゃんとディアーチェちゃんの料理はどちらが美味しいですか?」

 

 なかなかにぶっこんでくる奴だな。今日のシャマルは何だか少しおかしいというか、テンションがハイになっているような……。

 

「えっと……両方美味しいと思うけど」

「そんな逃げはいりません。男らしくはっきり応えましょう、さあ、さあ!」

 

 だから顔が近いって……そもそも、お前らのせいで俺まだろくにすき焼き食べられてないんだけど。それなのに応えろってのは酷な話じゃないのかな。

 はやての料理は昔から食べているから美味いのは知っている。ディアーチェのも前から度々食べていたし、今年の3月の終わりからは毎日のように食べている。彼女の料理の腕前は、おそらく地球にいる人間では俺が最も知っているだろう。

 

「……まあほんの少しの差ではあるけど、しいて言えば」

「しいて言えば?」

「……ディアーチェかな」

 

 最初の頃ははやてのほうに軍配が上がっていた気がするが、ディアーチェはホームステイが始まってからしばらくの間は味付けについてよく質問してきた。最近ではなくなったが、多分食べている様子を観察して判断しているのだろう。そうでなければ、俺好みの味付けを常に出せるわけがない。

 

「はやてちゃん聞きましたか! このままではディアーチェちゃんに負けてしまいます、というか負けちゃってます!」

「別に王さまと張り合ってへんし、一緒に暮らして毎日のように作っとるんならショウくん好みの味付けも熟知しとるやろ」

「そんな冷静に分析していたらショウくん取られちゃいますよ!」

 

 シャマル……もしかして酒でも飲んでるのか。いつものお姉さん的余裕はどこにいったんだ。ドジな一面があるから余裕があると言っていいものか自信もなくなりはするが、あえて今回は気にしない。

 

「シャマル、そのへんにしておけ。お前のせいでろくに食事が進められん。作ってくださった主はやてに対して失礼だ。ショウ、お前も気にしてばかりいないで食べろ」

「そうさせてもらおう。夕食はここで食うって言ってあるから家に帰っても何もないだろうし」

「彼女ならば言えば作ってくれるんじゃないのか?」

「それはそうだろうが……言いにくいだろ。というか、言うくらいなら自分で作る」

「……ショウさんとディアーチェさんって何だか夫婦みたいですね」

「リイン……それをあいつの前では言うなよ。はやてやシュテルみたいなタイプならまだしも、お前みたいなのに言われたら外に発散できなくて困るだろうから」

 

 

 



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23 「聖夜のひと時」

 12月25日。世間で言うところのクリスマスだ。

 私の両親が営んでいる翠屋という店は、このへんではそれなりに有名であり常連客も多いため、毎年大いに繁盛する。だがそれは言い換えれば忙しいということだ。

 これまではフェイトちゃん達とパーティーを行ったりしていたが、私も中学生になった。今までのように甘えてばかりにも行かないと思った。無論、他にも理由はある。

 私と違って……お兄ちゃんには忍さんという素敵な恋人もいるわけで、クリスマスとか特別な日はふたりっきりで過ごしたいだろうし。普段お世話になっているわけだから、こういうときくらいは恩を返さないといけないよね。

 そのような想いから今年は店の手伝いをすることにした。来年も可能ならしたいところだけど、魔導師としての仕事が入る可能性もある。半社会人とも言えるような立場としては、仕事を優先させてしまう可能性が大だ。まあこれは今考えても仕方がないんだろうけど。

 

「ふぅ……」

「ずいぶんとお疲れのようですね」

 

 隣から聞こえた落ち着いた声の主は、知人には私のそっくりさんとして知られているシュテルだ。ちょうど着替えを終えたようでメガネを掛けようとしている。

 なぜシュテルがここにいるかというと……情けない話ではあるが、私ひとりではお兄ちゃん達の分の仕事を処理しきれないからだ。

 本当はショウくんだけだったんだけど……ショウくんがシュテルを助っ人として呼んだんだよね。

 シュテルは今までに翠屋の仕事を手伝ったことがなかったし、あまり感情が顔に出るほうがじゃないから心配だった。だが午前中はたどたどしいところもあったのだが、午後にはほぼ完璧な接客をこなすようになり……。

 もしかすると……私よりも仕事ができてたんじゃないかな。

 いやいや、そんなことはないよね。だって私は昔から手伝ってたし……けど久しぶりだったから何度かミスをしたというか、危なっかしいところがあったと言いますか。でもお皿を割ったり、注文を間違ったりはしてないわけで。

 

「……何を百面相しているのですか?」

「え、いや、別に何でもないよ!」

「そうですか」

 

 ……え、それだけ?

 何だか反応が薄くないかな。普段なら言葉は発しなくても引いたような仕草をしたり、冷たい視線を向けてくるのに。

 あっでも、何だかいつもよりも声に元気がなかったかも。平気そうな顔をしているけど、シュテルも疲れてるのかな。ううん、疲れて当たり前だよね。ただでさえクリスマスで忙しかったわけだし、初めての手伝いだったんだから。

 

「えっと、最初に言うべきだったんだろうけどお疲れ様。今日はありがとうね」

「そちらこそお疲れ様です。別に感謝の言葉はいりませんよ。手伝うことを決めたのは自分の意思ですし、最近研究ばかりで体が鈍っていましたから」

「そっか」

 

 私から見ればとてもテキパキ動いていたように見えるんだけど……あれかな、私が無駄な動きが多かっただけとか。冷静に振り返ると慌てた時間帯もあったし、可能性を否定しきれない。

 はぁ……何で私はシュテルと違って要領が悪いんだろう。私が普通でシュテルが優れてるだけかもしれないけど、やっぱり人から似ていると言われる存在なだけに比較しちゃうんだよね。

 人知れず落胆する私だったが、シュテルがロッカーから出て行くのを見てすぐさま追いかける。言っておくけど、別に寂しいから追いかけたとかじゃないからね。ここは大切なところだから。

 

「ん? ショウ、何をしているのですか?」

 

 先に出たシュテルの発した疑問の言葉が気になった。彼女の肩から覗き込むように確認してみると、仕事着のままのショウくんがテーブルにケーキとジュースを並べていた。

 

「何ってクリスマスだから……って言いたいところだが、実際のところは材料が余ってたから作らせてもらっただけだけどな。ジュースは桃子さんから」

「桃子さんの部分はともかく、ケーキに関する部分は最初のだけで良いでしょうに」

 

 貶すような言い方をした割にシュテルの声はどことなく弾んでいるように思えた。表情も心なしか嬉しそうである。

 テーブルには2人分しか用意されていないようだが、これはどのように考えればいいだろうか。

 多分ひとつはシュテルのだよね。ショウくんが誘ったわけだし、その感謝的な感じだと考えられるわけで。

 問題なのはもうひとつ……ショウくん自身が作ったことを考えると、私の分の用意にも思える。だけど私はショウくんに手伝ってとお願いした立場であってお礼のようなことをされる身分ではない。むしろ私のほうがしないといけないわけで。

 それに……ショウくんはシュテルと仲が良い。これを言ったらショウくんのほうは否定しそうな気もするけど、何だかんだできちんと相手をしているんだから仲が良いって言っていいよね。はやてちゃんとの関係に似ているわけだし。

 他にもふたりの仕事の関係上、一緒に居ることが多いって理由もある。も……もしかすると、ふたりがそういう関係という可能性もゼロじゃないわけで。

 ……いや、落ち着いてなのは。

 普通に考えれば、シュテルよりもはやてちゃんのほうが親しいはず。はやてちゃんと付き合っているわけじゃないんだから、私が考えるような関係にはなっていない気もする。でもでも、可能性としてはゼロではないわけで……。

 

「やれやれ……ショウ、あなたが2人分しか用意していないから1名困っているようですよ」

「そう言われてもな……残ってた材料がそれだけだったし、俺は味見とかしてたからな。別に腹も減ってないし食べる気はないぞ」

「だそうですよなのは。せっかく用意してくれたのですから食べることにしましょう。先ほどあなたの腹の虫も鳴っていましたし」

「う、うん……って、私のお腹別に鳴ってないんだけど!?」

 

 さらりと嘘を付くのやめてくれないかな。ショウくんは男の子なんだよ。シュテルだって異性にそういう話されるの嫌だよね。自分がされて嫌なことは人にはしないでよ!

 なんて言ったところで華麗にスルーされるのが分かっている私は、小さなため息をひとつ。それで気持ちを切り替え、シュテルのあとを追ってケーキとジュースが置かれているテーブルの前の座った。

 

「では……なのは、乾杯の音頭を」

「え、えぇ私が!?」

 

 いやまあやれって言うならやるけどさ。でもやれって言うならさらりとじゃなくて分かりやすく振ってくれないかな。今みたいな振り方されるとテンパるから。

 

「えっと、じゃあ」

「頂きましょう」

 

 綺麗に両手を合わせるシュテルに苛立ちもしたが、目の前に美味しそうなケーキがあるだけに早く食べたいという気持ちもあった。

 生クリームの塗り方といい、フルーツの飾り方といい……何でこんなのが作れるんだろう。私もたまにお母さんから教わって作ってみることはあるけど、不恰好なのしか作れたことがないのに。

 パティシエの娘がそれでいいのかと思ったりもするが、お母さんはお母さんであって私は私だ。作れないものは仕方がないし、今は早く目の前にあるケーキを食べないとケーキに悪いだろう。そう割り切った私はシュテルと同じように両手を合わせて食前の挨拶を行った。

 

「――っ!?」

 

 こ、これは……一言で言って美味しい。

 これまでに何度かショウくんの作ったお菓子を食べたことはある。そのときはやてちゃんがふざけて自分のお嫁さんになってほしいとか言っていたけど、年々腕を上げる彼を見ていると冗談で言いたくなる気持ちは分かる。

 こんな美味しいお菓子を作ってくれる人が居てくれたなら、仕事で疲れきって帰ってきても幸せな気分になれる。そんなことで幸せになれるのかって思う人もいるかもしれないけど、女の子にとって甘いものはそれくらい価値のあるものなんだから。

 でも食べすぎは注意なんだよね。いくらカロリーが低く作ってあっても、これだけ美味しいとついつい食べ過ぎちゃう。フェイトちゃんやレヴィみたいに体質的に太りにくい子はいいんだろうけど……フェイトちゃんはまだ食べる量が少ないから分かるけど、レヴィはおかしいよね。運動量はありそうだけど、それでも食べる量が量だし。

 

「ショウ」

「ん?」

「……はっきり言って、少し腕が落ちましたね」

 

 ……え?

 今のは私の聞き間違いかな。ショウくんの腕が落ちたみたいな発言が聞こえたんだけど。これのどこからそういうこと分かるの。普通にお店で売ってても問題ないレベルだよ。

 シュテルがお菓子作りを趣味にしてるってのは知ってるし、ショウくんと同じくらいの腕前だってことは聞いてたけどさ。でもだからって今みたいにはっきり言えるのかな。

 もしかして……私は昔からお母さんのお菓子は食べてきたから分からないとか。ショウくんは前からお母さんに教えてもらってるからかお母さんと似たような味がしそうだし。

 でも味の違いについて分からないのはパティシエの娘としては思うところがあるといいますか、会話に参加できないのが悔しいというか寂しいというか……。

 

「しょうがないだろ。最近はあまり作ってなかったんだから。それにディアーチェから、つい食べ過ぎるから作るなって言われてるし」

「それは惚気ですか? 相変わらず仲がよろしいようで」

 

 そうやって毎度のようにからかうのやめてあげようよ。シュテルも小さい頃と違って女の子らしくなったんだから、体重を気にするディアーチェの気持ちだって分かるでしょ。

 だって……こんなにも美味しいんだもの。

 私だったらあったら我慢できずに食べちゃうよ。一緒に暮らしてたならおねだりしちゃうかもしれないよ。おねだりしないどころかやめるように言えるディアーチェは尊敬する。

 ……流れ的に仕方がないかもしれないけど、私はいったい何を考えてるんだろう。

 ディアーチェは勉強のためにショウくんの家にホームステイしているだけであって、別にショウくんと云々かんぬん……みたいなことで暮らしているわけじゃない。

 ――もう私のバカバカ。何で一緒に暮らしてたら、とか考えちゃったの。

 というか、ディアーチェって凄いよね。私もアリサちゃんから子供だとか言われることがあるけど、昔よりは異性との距離感とか意識している。一緒に暮らすどころか、お泊りでも緊張で無理かもしれない。

 あれ、だけどフェイトちゃん達の家には何度か泊まったことがある。フェイトちゃんの家にはクロノくんがいるときもあるわけで、はやてちゃんの家にはザフィーラさんがいるよね。

 いや、でもショウくんの場合はレーネさんがあんまり家にいないことが多い。けどみんなの家では誰かしら他に人がいたわけで、つまりは条件が違うというか。あぁもう、何でこんなこと考えちゃうんだろう……そっか、今日がクリスマスだからか!

 

「……なのは、あなたはそんなにもお腹が空いていたのですか?」

「え?」

 

 シュテルの問いかけに意識をケーキに向けてみると、つい先ほどまであったはずのものが完全に無くなっていた。口の中に甘さが残っていることから考えて、私が全て食べてしまったのだろう。

 

「あ、そ、その……これは」

「百面相しながら凄まじい勢いで食べていましたよね。私の食べかけでよければ食べますか?」

「いや、その、だから……別にお腹が空いてたとかじゃなくて」

「遠慮せずに食べてください。……まあ『シュテルの食べかけなんか食べられるわけないじゃん』ということなら無理にとは言いませんが」

「何で途中で私の声にしたのかな!」

 

 ただでさえ声色が似てるんだから意識してやるのはやめてほしいんだけど。使いどころ間違われると私の評判が下がっちゃうから。あまりやるようだと私もシュテルの真似するんだからね……似てるようで似てないって言われそうだけどさ。

 シュテルに言いたいことは山のように浮かんできたものの、そっと前に置かれた食べかけのケーキを私は食べることにした。もちろん、お礼の言葉は言ったよ。何で食べたのかって聞かれたら……美味しいからに決まってます。

 

 

 



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24 「夜月家でのある日」

「……何ていうか、少し落ち着かないね」

 

 そう呟いたのは隣に座っていた紫がかった黒髪の少女――我の友人のひとりであるすずかだ。彼女の他にも向かい側になのはとアリサが座っている。

 なぜすずか達がいるかというと、簡潔な言葉で説明すればお茶会だ。異性がひとりもいないので女子会とも言えるかもしれない。

 お茶会を行っている場所は翠屋……ではなく我が居候している家。つまりショウの家である。すずかが落ち着かないのは異性の家を訪れていること。それに加えて、仕事の関係でショウがこの場にいないからだろう。

 

「気持ちは分からんでもないが、急な仕事が入ってしまったのだから仕方がなかろう。本人からはゆっくり楽しめと言われておる。だから何も気にせず楽しむといい」

 

 と我が言うとすずかは納得したように見える笑顔を浮かべた。のだが……向かい側に座っているアリサが、どことなく意地の悪い笑みを浮かべているのが気になる。

 

「何なのだアリサ、言いたいことがあるのならはっきりと言わぬか」

「あっそう、じゃあ言わせてもらうけど……ディアーチェってあいつの嫁って感じよね」

 

 あいつが指しているのは、流れから考えてショウのことだろう。

 

「き、貴様は何を言っているのだ!?」

 

 わ、我があやつの嫁だと?

 馬鹿なことを言うでない。我とあやつはまだ結婚できる年齢ではないし、仮に結婚できる年齢であったとしても互いのことを愛し合っている関係ではないのだ。

 確かに過去には我やあやつの知らないところで許婚のような話があったらしいが、その話はすでになくなっておる。大体結婚というものは本人達の意思が重要のはずだ。よほど自分の理想どおりだったならば話は別だが、基本的に人から決められた相手と結婚はしたくないだろう。

 

「今日は小鴉やシュテルはおらぬからゆったりとした時間が過ごせると思っていたというのに……!」

「言えって言ったのはディアーチェのほうじゃない。それに実際あんた達の夫婦感っていうのかしら。かなりやばいレベルよ」

 

 何がやばいというのだ。我らは別におかしいことはしておらぬぞ。

 家事は基本的に我がやっておるが、これは居候としての責務のようなもの。たまにレヴィといった大食いが遊びに来るので買出しに付いてきてもらうことはあるが……。だがこれは協力して家事をやっているだけ。我らのように家事を行う子供は探せばいくらでもいるだろう。

 他に我がやっていることなぞ……あやつは我より早く起きてランニングに行くから起こしたりすることはない。着替えを用意して朝食を作るだけだ。学校のある日はついでに弁当も作っておるが、別にこれは家事の一環としてやっているだけで他意はない。

 

「何がやばいというのだ。そもそも、あやつには我よりも親しい間柄の者がおるだろう」

「はやて? まあはやてにも似た感じはあるけど……あれは夫婦って感じじゃないのよね。距離感も何だか前より離れてる気がするし」

「アリサちゃん、それははやてちゃんが大人になったってことじゃないかな。仲が良いと言ってもショウくんは男の子だもん。昔みたいに引っ付くのは恥ずかしいと思うし」

「……あのお子様だったなのはがこんなことを言う日が来るなんて。時間が経つのって早いわね」

 

 しみじみと呟くアリサになのはは驚きと怒りが混じったような声でツッコミを入れる。

 これは我の気のせいかも知れないが、なのはは日に日に我と似たような位置に追い込まれていないだろうか。前までは頻繁に大声を出したりはしていなかったと思うのだが。

 そんなこんなしているうちになのは達が来る前に作っておいたチョコレートが出来上がる時間になった。我は皆に一言言ってからキッチンのほうへ向かい、冷蔵庫からチョコレートを取り出して戻る。無事に完成したようで何よりだ。

 

「これ……ディアーチェちゃんが作ったの?」

「う、うむ」

「何恥ずかしそうにしてるのよ。充分すぎるほどの完成度じゃない」

「うん、私はこんなの作れないよ」

 

 驚いてくれたり、褒めてくれるのはこちらとしても嬉しく自信に繋がる……のだが、なのはよ、貴様に関しては反応に困るのだが。

 我の記憶が正しければ貴様はパティシエの娘であろう。まあ……パティシエの娘だからといって上手く作れないといけないと言うのはいけないことだろうが。しかし、それでもなのははパティシエの娘なわけで……笑顔で作れないよと言われると複雑にもなる。

 

「これ食べていいのよね?」

「アリサちゃん、がっつきすぎだよ」

「ふーん、ならすずかは食べたくないのね? すずかの分は私が食べてあげるわ」

「そんなことは言ってないよ。もうアリサちゃんのいじわる!」

 

 やれやれ、相変わらずこのふたりは仲が良いな。まあなのは達は魔法に関わる道に進もうとしておる。こちらの世界に残るのは5人の中ではこのふたりだけであろう。長年の付き合いもあるのだから強い絆で結ばれておるのは必然か。

 騒ぐふたりを何とか宥め、チョコレートを食べるように勧めた。味見はしているので不味くはないと思うのだが、やはりそれでも不安はある。

 

「――っ!? ……凄くふんわりしてるというか、優しい味だね」

「そうね。料理の腕前は知ってたけど、お菓子までこのレベルとは……ディアーチェをお嫁さんにできる男は幸せものね」

「な、何を言っておるのだ。べ、別に我くらいのレベルならば作れるものはたくさんおるであろう」

 

 身近にもショウやシュテルといった我よりも優れたお菓子を作るものはおるのだから。まあ料理に関しては我のほうが勝っている自負はあるが……。

 

「……ん? なのはよ、あまり食が進んでおらぬようだが……もしや口に合わなかったか?」

「え、ううん、そんなことないよ! その、えっと……美味しいからこそ食べられないといいますか、最近甘いものをよく食べてたから体重が心配でして」

 

 見た感じこれといって変わっていないように見えるが、我も年頃の娘だ。つい体重を気にしてしまうなのはの気持ちは分かる。

 世の中には馬鹿げた量を胃袋に収めても何も変化しない人種がおるが、いったいどういう構造をしておるのだろうか。べ、別に羨ましいなどと思ってはおらぬからな。

 

「心配って別に太った感じはしないわよ」

「そうだね。というか、今の時期にダイエットとかは良くないと思うよ。きちんと食べないと体に悪いし」

「さすがすずか、1番育ってるだけあって説得力が違うわね」

「――っ、どこ見て言ってるの!」

 

 すずかは顔を真っ赤にしながら上半身の一部を両手を隠す。だがなのは達の中で誰よりも発育が進んでいるだけに、隠されると余計に存在に意識が行ってしまう。

 女の我から見てもすずかはスタイルが良いからな。性格も大人しく言葉遣いも良い。世の男の多くはこのような娘が好きなのではないのだろうか。

 ちなみに最も身長が高いのはフェイトだ。その次にすずかであり、なのはとアリサが同じぐらい、最後に小鴉という順になる。

 胸のサイズは、今言われたとおりすずかが最も成長している。他のメンツの順序はアリサ、フェイトと小鴉が同じくらいでなのはの順になる。

 

「別にいいじゃない、ここには私達しかいないわけだし。というか、あんたは見られて困る体してないでしょ」

「良くないよ。じっと見られるのは恥ずかしいんだから!」

「アリサよ、そのへんにせぬか。すずかも困っておる……それ以上するのであれば、貴様の分のチョコは没収するぞ」

 

 我の言葉にアリサは息を詰まらせ、小声でだが謝罪を口にした。すずかから感謝されたが、別に礼を言われるようなことをした覚えはない。普段今のような話題ではないがからかわれている身として気持ちの理解はできるし、何より我とすずかは友達だ。助けるのに理由なぞいるまい。

 

「時になのはよ」

「ん?」

「実際のところどうするのだ? 我としてもすずかと同じ意見ではあるが、無理に食べろとも言えぬ」

 

 なのはにとって最優先すべきものは家での食事だ。桃子殿が作ってくれるだけに残したり食べなかったりするのは心苦しいはず。それをきちんと食べるとなると、ここでの間食はやめておくべきだ。正直に言って、料理に比べてあまりお菓子は作らぬからカロリー計算はほとんどしておらぬし。

 

「うーん……食べる!」

「本当にいいの? 太ってもしらないわよ?」

「だ、大丈夫だもん。そのぶんきちんと運動するから……って、何でさっきと打って変わってそういうこと言うの。ひどいよアリサちゃん」

「だってディアーチェのお菓子美味しいから」

 

 一般的に考えてアリサを咎めるべきところなのだろうが……今のような言い回しをされるとこちらとしては言いづらくなってしまう。

 ……まあこやつらは親友と呼んでも問題のない仲だ。親しい仲にも礼儀あり、といった言葉もこの世界にはあるが、常識を知らない者はいないのだ。本当に傷つけるような真似をすることはなかろう。また必要以上に構ったりしても煙たがれるだけだ。毎度のように口を出すのも悪手であろう。

 

「そういえば、ディアーチェは最近大丈夫なの?」

「何がだ?」

「その、体重とか。この前ショウくんがディアーチェにお菓子作りを控えるように言われてる、とか言ってたから」

 

 ぐ……ショウめ、余計なことを言いおってからに。いやまあ、別に口止めするようなことでもないのだが。

 

「あらそうなの? あたしならそんなこと言わないけどね。外に出なくても美味しいお菓子が食べられるわけだし」

「でも考え方によっては美味しいのが問題だったりするよね。つい食べすぎちゃいそうだし」

「そうなのだ……」

 

 あやつの作るお菓子は試作品であろうと美味い。それに……素直な感想を言ったり、我の食べている姿を見るとあやつは嬉しそうに笑うのだ。

 別に我だから笑っているわけではないが、我らに比べて笑ったりすることがないだけに友人としては嬉しく思ってしまう。

 

「しかもあやつは味見をしていることもあってあまり自分では食べん。レーネ殿は外出している時間が長いし、休みの日は桃子殿やリンディ殿と会うことが多いようだからな。捨てるのももったいない故に必然的に我が食べることになるのだ」

「あはは……それは確かに毎日のように作られると困っちゃうね」

「けどまあ、ある意味贅沢な悩みよね。……あたしもあいつと結婚したらそういうことを考えるようになるのかしら」

 

 アリサのさわりと言った言葉に我だけでなくなのは達も盛大にむせたり過剰な反応を見せた。

 でもそれは仕方がなかろう。アリサがショウに気があるような素振りを見せたことはない。そもそも、昔より話すようにはなっているが我らの中でも会話しない部類に入るはずだ。そんな彼女が結婚などと言い出せば知人ならば誰だって似た反応をするはずだ。

 

「ア、アリサちゃん……そうだったの?」

「は? 何よそのいかにも誤解してそうな顔は。言っておくけど、別にあいつのことなんて何とも思ってないわよ。まあ最低限度の異性としては意識しているし、最も親しい異性ではあるけどね。……そうね、なんだかんだであいつって優良物件だし可能性としてはなくはないわ」

 

 ど、堂々とよく言えるものだ。

 これだけはっきりと言われると何とも思っておらぬのだろうなとは思う。しかし、最後の部分は言う必要があったのだろうか。下手をすると誤解を生みかねない発言のような気もするのだが。

 

「ね、すずか?」

「え、ここで私に振るの?」

「だってあたしよりもあんたのほうが可能性としては高いでしょ。あんたはあいつと同じで機械やら本が好きなんだし。あと……デートもしてるみたいだし」

 

 な、なんだと!?

 いいいやまあデートと言っても一緒に遊びに行ったとかいう意味であって、交際していてどこかに出かけているというわけではないのだろうが。

 し、しかし……あのすずかがデート。大人しそうであまり自分から異性に関わりそうではない印象を持っていたのだが。いやでもアリサの言うとおり、あやつとすずかは興味を持っておるものが酷似しておる。共通の話題も多いだけに会話も弾みそうだ。

 

「へ、へぇ……そ、そうなんだ」

「な、なのはちゃん誤解しないで! た、確かにふたりで出かけたりしたことはあるけど、それはなのはちゃん達の予定が合わなかったときの話であって。さ、最初からショウくんだけを誘ったりしたことなんてないから……もうアリサちゃん、変なこと言わないでよ!」

「別に変なことは言ってないでしょ。あんたは女であいつは男なんだし、好きなものが似てるのもデートの件も事実なんだから。そ・れ・に、あんたにとってあいつは貴重な存在じゃない。試しに告白でもしてみたら? 案外上手くいって忍さん達みたいにラブラブになるかもよ」

「もうアリサちゃん!」

 

 にやけるアリサにすずかは顔を真っ赤にしながら襲い掛かる。といっても、弱々しく叩いているだけなのだが。この世界では猫パンチといった言葉で表現したような……・

 やれやれ、アリサにも困ったものよ。

 だが可能性の話としてはありえない話ではない。すずかは工学に興味を持ち、礼儀やマナーに関する教育もきちんとされている。見た目も実に良く、性格的に大和撫子とでも呼べる存在ではないだろうか。

 ショウはしっかりしているようで抜くところは抜く奴だからな。そのへんに気が付いて世話を焼ける人間が将来の伴侶として良いような気がする。

 

「そんなことばかり言ってたら怒るよ!」

「すでに怒ってるじゃないの」

「すずかの気持ちは分からんでもないが、相性に関しては良いのではないか」

「ディアーチェちゃんまで!? わ、私よりもディアーチェちゃんのほうがお似合いだよ!」

「な、何を言っておるのだ!? わ、我よりも……ア、アリサのほうが良いのではないか。あやつは消極的な部分があるからな。アリサのように引っ張っていく感じとも相性が良さそうだ」

「それ、あたしじゃなくディアーチェにもある要素だと思うんだけど。でも……意外となのはみたいに誰かが見てないといけなさそうなタイプとのほうが相性良いかもね。あいつって何だかんだで面倒見良いわけだし」

「まさかここで私、というかさらりと貶されたような気がする!? 確かにショウくんは面倒見良いところあるけど……!」

 

 

 



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25 「苦悩と女の子」

 ……あぁくそ、どうにも上手くいかない。そう内心で愚痴をこぼしながら俺は背もたれに体重を預ける。

 俺は小さな頃からデバイスマイスターの資格を取ろうと思っていた。シュテルやユーリといったすでに取得していた人物から勉強を見てもらったこともあって取得することはできた。

 だが、恩返しというわけでもないのだが以前からテストマスターを行っていたため、これまではシュテルの行っている魔力変換システムや新型カートリッジシステム、ユーリのユニゾンデバイス関連の研究を手伝うことが多かった。

 最近ようやく自分自身の研究をスタートさせたのだが、これがなかなかに難しい。研究の厳しさについては理解しているつもりだったが、自分自身が主体となってやってみると感じる疲労も段違いだ。シュテルやユーリのことを尊敬してしまいそうになる。義母さんに至っては……越えられない壁のように思えてきた。

 

「お疲れ様です」

 

 柔らかな声と共にコーヒーと思われる液体が入ったカップが置かれる。声と視界に映っていた小さな手から予想は付いていたが、意識を向けてみるとやはりそこにはユーリが居た。出会った頃から変わらない笑みを浮かべてくれているが、体つきは日に日に女の子らしくなっていっている。

 

「ありがとう」

「いえいえ……お仕事のほうはどうですか?」

「正直に言ってあまり進んではないな」

 

 俺が研究しているのはビット系に関するものだ。ビット系というと分かりにくい者もいるかもしれないが、既存のデバイスで言えばクロノが所持しているデュランダルに内蔵されている浮遊ユニットが該当するだろう。俺の記憶が正しければ、あれは凍結魔法を反射し効果を高める機能を持っていたはずだ。

 なぜ俺がこの研究を行おうかと思ったかというと、デバイスがマスターをより助けることが可能になると思ったからだ。

 優れた人工知能を持っているインテリジェントデバイス達は、マスターの意思とは関係なく防御魔法を展開してくれることがあるし、攻撃時においてもサポートを行ってくれる存在。つまりはかけがえのない相棒である。

 無論、デバイス達にとってもマスターはかけがえのない存在であるため、彼女達もマスターを守りたいと考えているのだ。一度マスターの撃墜を経験しているレイジングハートやファラのように感情を表に出すデバイス達から直接聞いたことなので間違いはない。

 

 ただ個人的にレイジングハートにこれ以上火力の強化……使用者に負荷を掛けるような真似はしたくない。

 

 レイジングハートは冷静だが熱い部分も持ち合わせた性格をしている。なのはと一心同体なだけに、なのはが望めば双方に負担が掛かる行為も平気で行うだろう。バルディッシュほどとは言わないが、少しはリスクとか掛かる負担に対して気を遣ってほしいものだ。

 とはいえ、ロストロギアといった存在は強大な力を秘めている。魔法を悪用する者の中にも熟練した腕を持つ者も居るのが現実だ。

 それらに打ち勝つためには、時として無理・無茶・無軌道な行為が必要になる。そうしなければ、黙ってやられてしまうのがオチだ。

 友人として心配してしまうが、技術者や魔導師としては力の必要性が理解できる。それだけになかなか精神的に来る仕事だ。何かしらのピースが欠けていたならばこれほど苦しむことはなかったのだろうが、ひとつでもピースが欠けていれば今の俺はいないだろう。

 

「確かショウさんはビット系とか補助系統の研究をしているんでしたよね?」

「ああ……知り合いのデバイス達はなかなかに厳しい注文をしてくれる」

 

 現在、明確にプランのようなものを出しているのはファラとレイジングハートだ。

 ファラのプランは、ある意味俺の研究の試作となるようなものだ。ビットとしても運用できるが、おれ自身が剣として使用できるというもの。またファラをベースに合体させるというものだ。

 合体させる理由としては、フレームの強度といったものは昔よりも増してはいるが、やはりアームドデバイスに比べると強度に劣る。近接戦闘を行うことを考えると、そこを補うのは必要になるだろう。

 魔導師として現場に出ないのが俺にとっては最善なのだが、状況によってはやらなければならない時もある。過去にロストロギアを巡る事件に遭遇しているだけに、平和な日常が突然崩れることを知っているのだから。

 まあファラのはともかく……現状でレイジングハートから提案されているものは、はっきり言って危険すぎる。使えるようにしたとしても、膨大な魔力に加えてマスター・デバイス共に多大な負担を掛けるのは間違いない。

 あくまでの最後の切り札として求められているわけだが……仮に組み込んだとして使用すれば、確実にエクセリオンモード以上の負荷が掛かるはずだ。エクセリオンモードについては改良を施して負荷の少ないものに変えていると聞いてはいるが。

 なのはの力量を考えれば現状でも充分すぎると言える。だが高い力量を持つということは、必然的に人知を超える危険に遭遇する可能性も高い。

 たとえなのはが魔導師でなくなったとしても、俺は彼女との関係を絶つつもりはない。何より望むことは生きていてくれることだ。それを考えると……たとえ負荷を掛けると分かっていても、切り札と呼べる存在を容認する理由にはなる。

 

「あぁくそ……思い出しただけで無理難題を言ってくれる奴らだ」

「それだけショウさんのことを信頼しているんですよ。お手伝いで皆さんのデバイスのメンテナンスに関わることはありますけど、みんなショウさんの話題になると色々と口にしますから」

 

 人間や技術者としては嬉しい言葉ではあるが、自分のいないところで……しかも人間ではなくデバイスにあれこれ言われているかと思うと複雑ではある。

 AIが成長していると考えれば嬉しいことだが……誰かとの関係を聞いてくるような発言をされるのは嫌だ。ただでさえ俺の周囲にはからかってくる奴が多い。デバイス達にまでされたら身が持ちそうにない。

 

「そうか……人間らしくなってて実に嬉しい限りだ」

「今のは聞いてて嬉しそうに思えないですよ。まあ研究がなかなか進まないと考え込んでばかりで元気がなくなっちゃいますけど。でもそんなときこそリフレッシュが大切です。コーヒーでも飲んで気分転換してください」

 

 ユーリの言うとおりなので、もう一度彼女にお礼を言ってコーヒーを飲む。

 ……うん、甘い。……とても甘い。

 このように言うと誤解されるかもしれないが、別に俺は甘いコーヒーが嫌いではない。というか、甘いのが苦手ならばお菓子作りを趣味になんかしていない。

 ただ……想像していた以上に甘かったのだ。家でもコーヒーを飲むことはあるし、翠屋で飲んだりもするのだが、ここまで甘いものは何年も飲んでいなかったのだ。まあ底に溜まるほど砂糖が入っているわけではなさそうなので、こういう甘さなのだと理解すれば抵抗なく飲めるが。

 そもそも……あれに比べたら大したことはないしな。

 あれというのはリンディさんの作るお茶のことである。昔から面識があるので何度も見たことがあるのだが、あれだけはいつ見ても抵抗が消えてくれない。

 正直に言うと、過去に一度だけ勧められたので試しに飲んだことがある。言ってもお茶に砂糖が入っているだけなのだ。またシャマルの料理を食べた経験があっただけにどうにかなるだろうと思ってしまったのだ。結果的にどうなったかというと……吐いたりはしなかった。それだけは言っておく。

 

「ど、どうですか?」

「うん、美味しいよ」

「本当ですか?」

「ああ……まあもう少し甘くないほうが好みではあるけど」

「そ、そうですよね……味に自信がなかったので味見したんですけど、苦かったのでお砂糖たくさん入れちゃいまして」

 

 ……今の言い分からするとまるで今俺が口をつけているものにユーリも口をつけたように思えるのだが。

 いやいや、試しに自分の分を作ってから俺のを作ったというのが妥当だよな。まあユーリと間接キスしたからって取り乱すようなことはしないけど。その手のことははやてとかと経験があるし。

 

「まあ仕方がないさ。ユーリはまだコーヒーを飲んだりする年でもないだろうし」

「む……わたしだってコーヒーくらい飲みます。いつまでも子供扱いしないでください」

 

 ぷいっと顔を背けるユーリの姿は、どこからどう見ても拗ねた子供そのものだ。それで子供扱いするなと言われても無理があるだろう。まあ可愛らしいとは思うのだが。

 

「そこまで子供扱いはしてないと思うんだけどな」

「いいえしてます。ショウさんはシュテル達と接する時とわたしと接する時で違いますから。わたしのこと、女の子として見てくれてません」

「女の子として見てないって……」

 

 まあ他の子と比べると、異性と意識しているとは言いにくいだけに否定はしにくい。大体ユーリは俺達よりも年下だ。故に誰もが妹のような存在として扱ってきた。異性と見ていたら何かしら言われる気がしてならない。

 

「まあ……見ているとははっきり言えないけど。それに……ユーリをそういう目で見るとディアーチェとかが」

「ショウさんはディアーチェがダメだと言ったら誰でも異性として見ないんですか」

「いや、そういうわけじゃないけど」

「じゃあディアーチェを言い訳にしないでください。別にわたしはつつつ付き合ってほしいと言ってるわけじゃないんです。女の子として扱ってほしいだけです!」

 

 そのテンションで言われると遠回しに告白されているようにも思えるんだが……だがここでそのように解釈して進めると事態がややこしくなる可能性が大だ。それにユーリも思春期を迎える年代なのだ。子供扱いされたくないとか、異性として見られたいと思うのは普通のことなのではなかろうか。

 

「分かった、努力してみる」

「や、約束ですよ」

「ああ」

 

 ユーリは強張っていた顔を緩ませて実に嬉しそうに笑う。こうして改めて見ると、実に魅力的な笑顔だと思う。もしも出会い方が違っていたならば、純粋に女の子として意識していたかもしれない。さすがに今はまだ妹分としての意識が抜けていないが。

 

「えっと……それと今度わたしとふたりでお出かけしてください!」

「え、あ……うん、別にいいけど」

「むぅ、少し反応が淡白過ぎませんか。わたし、デートに誘ってるんですよ……まあディアーチェやなのはさん達とよくお出かけしているショウさんからすれば……」

「ちょっと待て、確かに出かけることはある。けどそんな頻繁に出かけてはないからな」

 

 なのは達は仕事があるし、アリサ達も習い事やお嬢様としての付き合いというものがある。それにどこかに出かけるとなれば、それは基本的に数人規模であってふたりでというのは滅多にない。

 

「だとしてもショウさんは誰にでも良い顔しすぎです。女の子というのはですね、自分にだけ優しくしてほしいものなんですよ」

「そう言われても……特別に想ってる相手はいないわけで。人によって口調が違っているかもしれないが、接している感覚としては同じのつもりなんだけど」

「そんなんだからショウさんは誰とも進展しないんですよ」

「あのさユーリ、話がどんどんおかしな方向に進んでる気がするんだが?」

 

 というか、お互いに研究があるわけなんだしあまり長話するのもどうかと……気が済むまで話します、って顔をしているから当分付き合わないといけないんだろうけど。……まあユーリのストレス発散だと思って付き合うか。

 

 

 



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26 「深夜の贈り物」

「…………ん?」

 

 不意に聞こえた扉を叩く音に俺は意識を向けられた。返事をすると静かに扉が開き、眠そうに目元を擦るディアーチェが入ってくる。

 

「どうかしたか?」

「どうかしたって……もう0時を回っておるのだぞ」

「え……?」

 

 時間を確認してみると、確かに0時を回ったところだった。自分の部屋に篭ったのが21時過ぎだったので3時間ほど研究のことに熱中していたことになる。

 

「あぁもうこんな時間か」

「気づいておらんかったのか……貴様までレーネ殿のようになれるのは困るぞ」

「それは問題ない」

 

 あの人のレベルはもはや異常と呼べるものだからだ。数時間くらいの集中ならできるが、さすがに2桁になってくると難しいだろう。徹夜も1日くらいはできないことはないだろうが、間違いなくやることが終われば死んだように眠るだろう。

 

「なら良いが……明日が休みだからといってあまり夜更かしするでないぞ」

「ああ、もう少ししたら寝るよ」

「うむ……では我は寝るからな」

 

 そう言ってディアーチェは小さなあくびを漏らしながら俺の部屋から出て行った。明日が休みなので別に昼まで寝たとしても問題はない。別に俺のことを気にする必要はなかったのだが、相変わらず面倒見が良い奴だ。

 

「……何だか急に疲れてきたな」

 

 集中が切れたことで一気に疲労が来たのだろうか。ディアーチェにもう少しと言ったが、今の頭で考えても良いものは浮かんでこない気がする。またこのままベッドに入れば心地良く寝られそうだ。この案を実行するのがベストかもしれない。

 そう思った俺は手早く片付けを済ませると部屋の電気を消してベッドの中に入り込んだ。この眠気ならば5分もせずに意識を手放すことができそうだ。

 

「………………ん?」

 

 意識を手放したと思った直後、かすかな振動音が聞こえ覚醒する。振動するものなんて今の俺の部屋にはケータイくらいしかない。振動している時間からしてメールではなく電話と思われる。

 ――こんな夜中にいったい誰なんだ?

 気持ちよく寝れそうだっただけに負の感情が芽生えてしまう。とはいえ、夜中に電話してくるあたりよほどの急用なのだろう。

 ケータイを手に取ると画面には『シュテル・スタークス』と表示されている。義母さんが当分帰れそうにないといった電話かと思ったが、シュテルということは違うだろう。

 俺の記憶が正しければ、明日何かしらのテストを行う予定はなかったはずだ。シュテルは接する時はあれだが、この時間に電話してくるような真似はしない奴だ。急遽予定を繰り上げることにでもなったのだろうか。

 

「もしもし」

『……こんな夜分遅くにすみません。起こしてしまいましたか?』

「いや、ちょうど寝ようとベッドに入るところだったよ」

 

 実際は違うのだが、聞こえてきたシュテルの声には申し訳なさや罪悪感が感じられただけに、ここで本当のことを言うのは悪手だろう。

 

『そうですか……それはすみませんでした。では良い夢を』

「良い夢をって、何か用事があったから電話してきたんじゃないのか?」

『それはそうですが……私用で掛けただけなので。あと1コールして出なければもういいとも思っていましたし気にしないでください』

 

 0時過ぎに私用で電話してくるような奴じゃないって分かってるだけに逆に気になるんだが。

 

「私用でも何でもいいからとりあえず言ってみろよ。このままじゃ逆に気になって寝れん」

『……分かりました。……今から会えませんか?』

「は?」

 

 思わず口に出てしまった。でも仕方がないだろう。シュテルは昔のように俺の家に住んでいるわけでもないし、なのは達の家に泊まっているわけでもない。魔法世界に居ると考えると、会うにしてもそれなりの時間が掛かってしまう。

 

『すみません、このような時間なのに不躾なことを言ってしまって。今のは忘れてください』

「いやだから待てって。今お前どこにいるんだ?」

『それは……』

 

 シュテルの口にした場所は魔法世界ではなく、ここから歩いて10分ほどの場所にある小さな公園だった。カーテンを開けて外を見てみると、夕方まで降っていた雪はすっかり姿を消して月が顔を出している。この明るさならば懐中電灯の類は必要なさそうだ。

 

「シュテル、今からそっちに行くから待ってろ」

 

 返事がきたのを確認した俺はすかさず電話を切って着替えを始める。

 まったく……こんな夜中に電話してくるくらいなら直接ここに来ればいいだろうに。何で風除けもない公園なんかにいるんだ。今はまだ2月なんだぞ。

 寒空の下で待っていると考えるだけで急がなければならないという気持ちが溢れてくる。ディアーチェに一言声を掛けようかとも思ったが、先ほどの様子からして今はすでに夢の中だろう。静かに外に出た俺は玄関の鍵を閉めると、シュテルの待つ公園に向かって走り始めた。

 

「さむ……」

 

 口から出る息は白く、肌に触れる冷気は刺すような刺激を与えてくる。また時間帯が時間帯だけに一部の大人に見つかればややこしいことになるだろう。下手をすれば学校生活に支障が出るかもしれない。

 だが今の俺は魔法世界で生きることを決めている。多少学校生活に支障が出たとしても構いはしない。移り住む時期が早まれば友人達には何か言われるかもしれないが、学校よりもシュテルのほうが大切なのだ。

 接していて面倒に思えることもあるが、あいつはいつも俺の味方で居てくれた。挫けそうになったときは支えてくれた。間違った道を選ぼうとしたときは本気で怒ってくれた。俺にとってあいつは……大切なパートナーなんだ。

 そんな奴が夜中に会いたいと言ってきたのだ。無下にするわけにはいかないだろう。

 それに普段感情を表に出すことが少ないだけに、もしかすると深刻な悩みがあったのかもしれない。そのことに気づいてやれてなかったとすれば、俺はパートナー失格だ。けれどこうして電話してきたということは頼ってくれているということだ。何かしらの力になってやらなければ本当にパートナー失格になる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ろくなウォーミングなしで寒空の下を走ってきたせいか、大した距離を走ったわけでもないのに息が上がってしまった。まあここに来るまで肉離れのような症状は起きなかったこと、何より誰にも会わなかったことは幸福だろう。

 公園の中に入り進んでいくと、中央にある小さな噴水のところにひとつの影があった。淡い赤色のマフラーに白いコート、茶色のスカートにブーツとオシャレな格好をしている人物の顔は、俺の知るシュテルのものに間違いない。

 いつもならばあちらも俺の存在に気づきそうな距離ではあったのだが、考え事でもしているのかこちらに意識を向けようとはしない。

 歩いて近づいていくとようやくこちらに顔を向けてきた。それと同時に俺はある違和感を覚えたが、すぐにその正体に気が付く。

 

「こんばんわ、急な呼び出しに応じてもらって感謝しています」

「そこまで言われることでもないと思うんだが……眼鏡はどうした?」

「あぁ気にしないでください。今日はなくてもあなたの顔が良く見えますから」

 

 まあ見えるだろうな……いつもより距離を縮めて話してるわけだから。

 つまり今のシュテルは普段の距離ならば俺の顔が良く見えてないということになる。何で眼鏡を掛けてこなかったんだと言いたくもなる。が、聞いている話では多少悪いだけとのことなので、眼鏡がなくても問題がないといえばないのだろう。

 

「それで俺に何の用なんだ?」

「それはですね……あなたにこれを渡したかっただけなんです」

 

 シュテルが差し出してきたのは緑色の紙で綺麗に包装された拳大ほどの何かだった。このへんでは見たことがないものだけに、おそらく彼女が自分で作ったものと思われる。

 

「ん? 俺、お前に何かしたか?」

「ふふ、やれやれですね。今日が何の日かお忘れですか?」

「今日? 今日は……あ」

 

 今日は2月13日、いやすでに0時を回っているので2月14日だ。この日は世間で言うところのバレンタイン。それを考えると、シュテルが渡そうとしているものはチョコレートということになる。

 

「チョコレートか?」

「はい。日頃の感謝の気持ちを込めて……受け取ってもらえますか?」

「それはまあ……断る理由もないし」

 

 正直な話、俺は毎年のように異性からチョコレートはもらっている。なのは達からは今シュテルが言ったように日頃の感謝云々という意味合いで、はやてはそこに女の意地を掛けた勝負のような感情が混じってきたりするのだが、まあそこは置いておくことにする。それにしても

 

「別にこんな時間に渡さなくてもよかったんじゃないか?」

「あなたは毎年のように他の方からもチョコをもらいますからね。誰よりも先に渡しておきたかったんです」

「え……」

 

 ま、待て……それはつまり…………そういうことなのか?

 と思った矢先、シュテルが口元が緩む。それを隠すように手を当てながら彼女は話し始める。

 

「ふふ、冗談ですよ。本気にしないでください」

「――っ、お前な……いや、お前相手に勘違いした俺が悪いか」

「その言い方は何だか癪に触りますね。ちなみに何故このような時間に渡そうとしたのかというと、実は今日1日予定が入ってましてこの時間じゃないと渡せそうになかったからです」

「あのな……だったら後日でもいいだろ」

 

 今からあっちに戻って朝から仕事だとすると相当ハードな1日になるぞ。お前はいつからそんなにバカになったんだ。

 

「後日ではいけません。バレンタインにチョコを渡さなければ、ホワイトデーにお返しがもらえないではないですか」

「いやいや、14日以降に渡されたとしてもバレンタインのチョコだって言えばお返しはやるから。ホワイトデー前日とかだとさすがに保障できないというか、バレンタインのチョコじゃないだろって話になるが」

「そんな話は聞いていません。私の睡眠時間を返してください」

 

 聞かれてもないし、別に初めてのバレンタインでもないんだから言わなくても分かるだろ。俺に八つ当たりをするな。というか、状況的に俺が八つ当たりする立場だろ。睡眠時間を奪われたのは俺のほうなんだから。

 そのような感じに言い返そうとした瞬間、シュテルの顔はどこか曇っているように見えた。笑っているようにも見えるのだが、感じれるものは寂しさのようなものに近い。

 

「シュテル?」

「……いえ何でもありません。ただ……最近ふと思うんですよ。私もディアーチェのような選択をしていたなら……あなたやなのは達と楽しい時間を今以上に過ごせていたんじゃないかと。ひとりで何かを黙々とするのは好きでしたし、得意だと思っていたのですが」

 

 いつからこんな風になってしまったんでしょうね。

 そんな風に感じ取れる表情をシュテルは俺に向けてきた。いったい俺はどのような反応をすればいいのだろう。

 シュテルの知能からすれば学校に編入することは充分に可能だろう。だがシュテルは技術者として何年も前から本格的に仕事をしている。仕事量を考えると学校に通うには厳しいのが現実だ。

 お前の人生なんだからお前の好きなように生きればいい。そう言えれば楽だ。けれどシュテルはすでに一人前として扱われ、彼女も途中で投げ出すような性格はしていない。俺がここで何か言ったとしても、おそらく彼女が選ぶ道は変わらないだろう。

 

「すみません、このようなことを言っても困らせるだけですよね。今のは忘れてください」

「……お前がそういうならそうするよ。ただ……困ったこととかがあれば気軽に頼れよ。俺はお前のパートナーなんだから」

「それは新手の告白ですか?」

「お前な……」

「小粋なジョークですよ。あなたの今の言葉、とても嬉しかったです。……ショウ、あなたをパートナーに持てて私は幸せです」

 

 月明かりに照らされるシュテルの穏やかな笑みは、とても幻想的で綺麗だった。

 それに普段が普段なだけに今のように率直に気持ちを言われると凄く恥ずかしくなってきてしまう。鏡がないので確認はできないが、顔が赤くなっている可能性が高い。

 と思った矢先、頬にひんやりとしたものが触れた。何事かと思ったが、シュテルが自分の手を俺の頬に添えてきたようだ。

 

「顔が赤くなってますよ。照れてるんですか?」

「寒いからだ……用が終わったんならもう帰れ。手もこんなに冷えてるし、朝には仕事があるんだろ」

「そうですね、これで風邪でも引いてしまったら皆さんにご迷惑を掛けてしまいますし……今日はありがとうございました。では……良い夢を」

「ああ……そっちもな」

 

 

 



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27 「とある騎士の想い」

 今日あたしはアースラを訪れている。これといって任務は入っていないのだが、1日でも訓練を怠れば勘が鈍ってしまう。そのため訓練室を使わせてもらいに来たのだ。

 地球のほうでやるのは何ていうか気が引けるからな。

 まあシグナムがやってるみてぇに木刀とかでやる分には問題ねぇんだろうけど、あたしが木刀振ってもあんま意味ねぇしな。騎士ではあるけど剣は使わねぇし。

 

「いまさら頼んだあたしから言うのもなんだけどよ、本当に今日良かったのか?」

「都合が悪かったら付き合ってないさ」

 

 あたしの問いに返事をしてきたのは、あたしの中でも最も付き合いのある人物ショウだ。出会った頃はそこまで身長は変わらなかったのに、今ではすっかり見上げなければならない。

 

「ん、どうかしたか?」

「いや別に……何でもねぇよ」

 

 何でもないと言ったが、それなりに付き合いがあるせいか内心を読まれたらしく、ショウはあたしの頭を優しく何度か叩いてきた。

 見た目はこちらのほうが下ではあるが、子供扱いされるのは少々癪に障る。とはいえ、はやてと同様に昔からショウとはこんな関係だったりする。

 任務がない時は一緒にアイスを食べに行ったことだって何度もあるし、まあ人前でなければ子供扱いというか妹のように扱われるのも悪くねぇかな。

 そんなことを考えているうちに訓練室に到着する。前もって使わせてもらう時間帯を伝えていたおかげか、訓練室には誰もいなかった。

 

「さっそく始めても構わねぇか?」

「ああ」

 

 あたしはグラーフアイゼンを起動して騎士服を纏う。室内の奥のほうに進み、ある程度距離が出来たところで振り返った。

 ……何か話してやがんな。

 ショウの相棒であり、リインの姉貴分のデバイスであるファラこと、ファントムブラスター・ブレイブが肩を落としている。人間らしいデバイスだけにあれでは訓練に支障が出るのではないかと考えた矢先、あることが脳裏を過ぎった。

 そういやここに来る前に何か言ってやがったな。確か……リインに昔のファラのほうが良いって言われたんだっけ。まあ最近のあいつはセイバーみてぇに堅苦しい感じだったからな。気持ちとしては分からなくもねぇ。

 だがあたしもリインの姉としてちゃんと振る舞おうって気持ちがある。ファラだってちゃんとしようとしてあんな感じになってたわけだから悪いとは言えねぇ。とはいえ、相手によって距離感や話し方が違ってくるのは仕方ねぇことだ。自力でどうにかしてもらうしかねぇよな。

 

「おい、大丈夫なのかよ?」

「ふふふ、大丈夫だよ。結構ストレスでもあったし、もう堅苦しいのはやめることにしたから」

「お、おぉそうか……」

 

 ファラって確かデバイスだよな……何であんな怖い笑顔が出来るんだ。そのへんの人間よりもずっと人間らしく思えてきたんだが。

 などと思っているうちにショウはファラを起動し、黒のバリアジャケットを纏う。手には漆黒に輝く長剣化したファラが握られている。

 黒衣の魔導師……いや、ショウのスタイルからして魔導剣士って言うほうが合ってるか。まあベルカの魔法も使えるわけだから、はやてみてぇに魔導騎士でも良い気もすっけど。

 ショウと初めて戦闘を行ったのはあの事件のとき。お互いに願いは同じでも刃を交えることになってしまった。事件の終盤にあたしはショウに悪魔といった言葉を使ってしまい、関係は崩れてしまうかとも思った時期もある。

 だが……現実はこうして気軽に会話して偶に一緒に訓練したり買い物に行ったりしている。あたしにとってかけがえのない絆は今でも存在しているのだ。この絆はこの先もずっと……。

 ――なんて考えてる場合じゃねぇよな。

 今のショウは過去のショウとは違う。天才でもなく何か飛び抜けたものを持っているわけでもねぇが、色んな奴にコツとかを教わって魔法全体の熟練度を高めてきた奴だ。それは技術者としての道を進み始めてからも変わらない。

 

「…………」

 

 ショウは剣を下段で構えて緩く立っている。初撃は下方向からの弱攻撃……と読めるが、今回は別に近接戦闘オンリーの模擬戦じゃねぇ。魔力弾をぶっ放してくる可能性は充分にある。

 ったく……ある意味なのはやフェイト、シグナム達とやるより厄介な相手だぜ。あいつらは自分の長所を活かしたスタイルで戦うから予想もしやすいが、ショウは近距離から遠距離までこなしやがる。

 本来、一般の魔導師相手で近接戦ならベルカの騎士であるあたしに軍配が上がる。だがショウはシグナムとまともにやりあえるほどの剣の達人だ。ベルカ式の魔法も使えるため、近接戦でも有利に立つのは難しい。

 またあたしは射撃戦も出来なくはねぇけど、魔法体系的にベルカよりミッド式のほうが有利だ。つまり、保有魔力量くらいしか有利に立てていないことになる。

 だからといって長期戦に持ち込むのも趣味じゃねぇ……何とか懐に潜り込んでデケェ一撃を叩き込んでやる。まずは

 

「行くぜ!」

 

 鉄球を4発設置し、それをアイゼンで強打して撃ち出す。あたしの中距離誘導型射撃魔法《シュワルベフリーゲン》だ。

 上下左右から襲い掛かり、中央に集まるように着弾しようとした矢先、ショウの姿が一気に大きくなる。今日までのトレーニングで鍛えられた身体能力に魔法による身体強化を行っての踏み込み、そこにフェイト仕込みの超高速魔法を合わせてきたのだろう。特化した魔法は持ってねぇが、こんな風に組み合わせられると非常に厄介だ。

 

「シッ……」

 

 全く力感を感じさせないが強烈な威力を感じさせる魔力を帯びた斬撃が向かってくる。だけどこの展開はあたしの予想通りだ。

 ――一撃の重みなら負けねぇんだよ!

 アイゼンを下方から一気に振り抜くと、漆黒の長剣と激突し火花と轟音を撒き散らす。あちらの剣は片手用にしては重たいが、こっちのアイゼンだってハンマー型のデバイスだ。それにこっちは両手で振ってんだから押し負けるようなことはねぇ。

 その証拠にあたしはアイゼンを完全に振り抜くことに成功し、ファラを空高く打ち上げた。

 剣が無くなれば近接戦闘はこちらが有利になる。この隙を逃すつもりはねぇ、と思いながら素早く体勢を整えアイゼンを再度振る――

 

「なっ……!?」

 

 ――その直前、ショウは回避行動ではなく腰を落として距離を測るように右手を前に出していた。腰あたりに据えられた左手には魔力が集約されている。

 やべっ、誘い込まれた。

 冷静に考えれば、先ほどくらいの衝突でファラを弾き飛ばせるわけがない。ショウがわざと弾き飛ばされたように振る舞ったのだ。追撃を行うであろうあたしに攻撃を行うために。

 

「せあ!」

 

 気合の声と共に漆黒の突きがあたしの胴体目掛けて放たれる。アルフやザフィーラといった格闘を行う人物から訓練を受けていただけに付け焼刃の一撃じゃない。

 回避やアイゼンを使った防御は間に合わない。そのためあたしは反射的に胴付近に防御魔法を展開する。間一髪のタイミングで割り込ませることに成功したが、スピードを優先したため強度が低くヒビが入ってしまう。

 ショウは元から今の一撃が決まるとは思っていなかったのか、素早く回転すると3連続の蹴りを放ってきた。2撃目で防御魔法が壊れてしまい、懐ががら空きになる。そこに3撃目が見事にヒットし、あたしは後方に吹き飛ばされた。

 

「こ……のやろう!」

 

 思いっきり蹴り入れやがって、と文句を言う暇はなかった。落下してきたファラを掴んだショウがすでに追撃を仕掛けてきていたからだ。

 刀身に纏っていた漆黒の魔力が弾けて灼熱の炎と化す。確か体術と剣術の合わせ技《メテオフォール》だったか。即座にあたしはアイゼンを両手で持って受け止める。

 

「――ちっ」

 

 思わず舌打ちが出るほど馬鹿げた重さを感じさせる一撃だ。片手でこの重さだとすれば、両手で振ればいったいどれほどのものになるのだろうか。

 いや、今はそんなことを考えている場合じゃねぇ。

 あたしはあえて受けきることをやめ、体を回転させながら徐々に受け流す。この場から通り過ぎようとするショウに、先ほどのお返しと言わんばかりに背中目掛けてアイゼンを振った。だがショウは即座に地面を蹴って空中で前回転すると、アイゼンの一撃をファラで受け止めやがった。

 

「け……今のくらい喰らっとけよな」

「お前の一撃は重いんだ。そう易々ともらうわけにはいかないだろ」

 

 一撃の重さを評価してもらえるというのは嬉しいことではあるが、直撃をもらってくれないのにはストレスが溜まる。今のように防御魔法ではなく剣で防がれればなおさら。

 

「そうかよ。けどあんまし直接防いでるとバキって折れちまうかもしれないぜ」

「おいおい、こいつは俺と一緒にあらゆるテストを行ってるんだ。云わば最先端の技術の結晶、そう易々と壊れたりはしないさ」

 

 確かにファラは最先端のデバイスだろう。だが最先端の技術が全てにおいて優れているわけじゃない。

 ショウ達がやっているのはまだ確立されていない技術……テスト段階のものがほとんどだ。強度といった部分はそこまでないだろうが、カートリッジシステムといったものに関してはあたし達が使っているものよりも危険があるかもしれない。

 けど誰かがやらないといけないことだろうし、ショウ達が自分から選んだ道……ショウ達の戦いなんだ。ならあたしがどうこう言うことじゃねぇ。

 

 何より……ショウには覚悟がある。

 

 なのはが墜ちた時、ショウは自分自身を責めていた。なのはが弱音を吐いたことがあったのに、エースでもそういうこと言うんだなとプレッシャーを与えるようなことを言ってしまったと。

 誰もなのはを止めることができなかったのが現実なだけにショウを責める人間はいなかった。

 けどショウは、今では何事もないように振る舞っているが……きっと心の中ではずっと責任のようなものを感じてるはず。

 だってあたしも……あの日、なのはを守れなかったことを後悔している。だけど過去は変えることができない。だから……絶対同じことは繰り返させはしねぇ。あいつのことはあたしが守るんだ。

 あたしと似た想いをショウも持ってるに違いない。だってなのはが墜ちてすぐ……あたしは聞いてしまったんだ。

 

『何で……何でいつも守れないんだ。……父さん達の時も……プレシアの時も……リインフォースの時も。…………今回はあのときちゃんとあいつの気持ちを考えていたなら止められたはずなんだ。どうしていつも俺は……』

 

 あたしが覗き込んだ時、ショウははやてに抱き締められてた。でも声からしてきっと泣いてたと思う。これを知っているのは、おそらくあたしとショウの傍に居たはやてだけのはずだ。

 ショウがテストマスターや技術者としてデバイスの進化に貢献し、それによってみんなを助けようとすること。戦場に赴く仕事をしているわけでもないのに、今でもずっと魔導師としての訓練を続けているのはそれが関係している。

 ショウは……あたしにとって大切な奴なんだ。愛想が悪いときもあるけど優しくて、どんなことがあっても目を背けずに前に進もうとする凄い奴なんだ。泣いてる姿は見たくねぇ……だからもっともっと強くなる。大切な奴らを守れるくらいに強く……。

 

「そうかよ、けどあたしとアイゼンの一撃は強烈だかんな。油断したら知らねぇぞ」

「お前を含めて油断できる相手は俺の身近にはいないだろ。凡人の俺は常に全力じゃないとすぐにやられる」

「ベルカの騎士と渡り合える奴のどこが凡人だよ」

 

 と言ったものの本当は分かってる。習得している魔法のランクで言えば、ショウはあたしらよりも劣っている。そういう点で自分のことを凡人だと称するのも理解している。

 けどショウは強い。

 今までに才能という言葉を使うことはあっても、それを逃げ道に使ったことはなかった。地道にコツコツと訓練を重ねて今の強さを手に入れたんだ。もしもショウの強さを……努力を軽んじるような奴が居たらあたしは許さねぇ。

 

「あんましそんなこと言ってると恨み買うぞ」

「身近にエース級がたくさんいれば言いたくもなるさ」

「ならお前もそれくらいの魔導師になればいいじゃねぇか」

「無理難題を言ってくれるな。というか、俺は技術者なんだが?」

「お前なら魔導師としても充分通用すると思うけどな。つうか、今でもそれだけの力量があんだ。使わないのは宝の持ち腐れだろ……ま、あたしらのほうが上だから別に問題ねぇけどな。……んじゃ、そろそろ行くぜ!」

 

 

 



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28 「真夏の海辺で」

 肌を焼くような強い日差し、耳に届く波の音。

 これだけの説明でも分かる人間は分かるだろうが、俺は今日海水浴に来ている。俺以外のメンバーはディアーチェ、レヴィ、シュテルの仲良し3人組と彼女達と昔から交流のあったフローリアン姉妹だ。

 

「ショ、ショウさん……その、良ければもう少し持ちましょうか?」

 

 遠慮気味というかこちらの顔色を窺う感じに話しかけてきたのは、パーカーを羽織っているアミティエ先輩だ。彼女と出会って……いや幼い頃に会っていたらしいので再会してからというほうが正しいか。まあとにかく1年以上の時間が流れている。

 再会した頃よりは話せるようになっているのだが、どうにも先輩は俺と話すときは緊張するらしい。今日は水着を着ているのでそれが原因かもしれないが。

 ちなみに今俺と先輩は昼食やら飲み物の買出しに行った帰りだ。じゃんけんの結果、本来は先輩だけ行く予定だったのだが、飲み物を買うとなるとそれなりの重量になる。そのため、俺も一緒に行くことにしたのだ。

 

「大丈夫ですよ、大して重くないですから」

「そ、そうですか。で、でも……本当は私がやるべきことですし」

「気にしないでください。俺が好きでやっていることですし、先輩は女の子なんですから」

「あ、ありがとうございます」

 

 先輩は恥ずかしげに言うと顔を俯かせてしまう。

 妹のキリエに比べるととても良い性格をしているのだが、どうにも純情過ぎるのか俺とふたりで話すときなどは言葉数が少なくなる人だ。キリエやディアーチェ達と話しているときは普通なのだが。

 これは余談だが、先輩は風紀委員長になったこともあって一部の生徒からは風紀お姉ちゃん『あみたん』と呼ばれている。後輩の女子の中には先輩のことを『お姉さま』と呼ぶ人間もいるとか。普段の先輩は下級生ウケしそうなので不思議ではないが。

 

「そ、その……ショウさんはやはり体を鍛えられているんですか?」

「え、あぁまあ。とりあえず毎日走ったりはしてますよ。たまに知人と木刀を使って素振りとかやったりしてますけど」

「なるほど、だから良い体をされているんですね」

 

 俺以上に鍛えている人間はたくさんいるし、あまり言われ慣れてもないので恥ずかしさも感じた。だがまあ、日頃の努力が褒められているような気がして嬉しくもある。

 そのように思った直後、先輩の顔の赤みがどんどん増して行く。何かしら言葉を発しようと口を開いているのだが、考えがまとまっていないのか、それとも感情に体が付いていっていないのか言葉が発せられていない。

 

「ええええっと、その、あのですね、べべべ別にやましい意味合いで言ったのではなく! その、本当に良い体をされているなと思っただけであって……いやいやいや、そうじゃない、そうじゃないでしょ私!」

「先輩、大丈夫です。変な誤解とかしてないんで」

 

 似たような反応をする人間は結構見てきてるから。身近にはからかう人間と過剰な反応をする人間が意外と多いし。

 先輩は少々泣きそうになりながら感謝の言葉を述べて黙ってしまう。毎度のように思うが、よくもまあこんな姉がいるのにあんな妹が育つものだ。騙されやすそうなので、それを補うために妹は妹なりにしっかりしようとした結果なのかもしれないが。

 というか、まだディアーチェ達が居るところまでは距離がある。無言への入り方が入り方だっただけに妙に気まずい。

 だが俺と先輩の間で話せることなんて何があるだろうか。昔のことを聞くと状況が悪化しそうな気がするし。ならディアーチェ達の小さい頃のことを……今とあんまり変わらなそうだよな。話してもすぐに会話が終了してしまうかもしれない。となると……

 

「……そういえば、先輩は進路はどう考えているんですか?」

 

 先輩は俺達よりもひとつ上なので現在中学3年生だ。こちらの世界に残って高校に進むのか、それとも魔法世界に戻るのか選択を迫られている時期だろう。

 

「進路ですか? そうですね……こちらでの生活は楽しいですし、父さんもまだ若いんだから自分の好きなようにするといいと言ってくれています。けれど……父さんは研究の事になるとのめり込んでしまう人なので、生活習慣が不規則になったりするんですよね。それと考えると……」

 

 先輩の気持ちはよく分かるな。俺の義母さんも似たような人だし……まあ昔よりは家に居る時間が多くなってはきてるんだけど、あっちに移り住んでからが心配ではあるな。家が近くなるわけだから帰ろうって意識が低くなりそうだし。

 

「ですが私があちらに戻ってしまうとキリエが……人に騙されるようなことはないとは思うのですが」

「姉としては心配ですよね」

「はい……あの子の性格を考えると人様に迷惑を掛けそうですし」

 

 そうですね……でも先輩が居てもあまり変わらないと思います。あの子は先輩に迷惑を掛けるでしょうから。

 

「現状だとあの子は卒業すればあちらに戻ると言っていますので、あの子が卒業するまではこちらに残るかもしれませんね。こっちからでも父さんの手伝いには行けますし、社会勉強の一環としてアルバイトなどもやってみたいですから。ショウさんは卒業したらどうするか考えられているのですか?」

「はい、考えてますよ。今後何もなければあっちに移り住むと思います。俺も義母さんも仕事場はあっちですから」

「なるほど、ショウさんは優しい方なんですね」

 

 優しげに笑う先輩に俺は顔を背けながら、「そんなことないですよ」といった感じに素っ気無い返事をした。

 優しいと言われるようなことを言った覚えはなかったのだが、自分が気づいていないだけで義母さんあたりの声色が違っていたのかもしれない。

 

「私も父が技術者ですからレーネ博士とは面識がありますが、最近はお会いしてませんね。元気で過ごされてますか?」

「元気……なんじゃないですかね」

「微妙な言い方をされますね」

「いやその……うちの義母は基本的に寝不足でふらついてる人ですから」

 

 面識があるだけに普段のあの人の状況を理解してくれたようで、先輩は苦笑いを浮かべる。

 話し相手に余計な心配をさせてしまうだけに、この手の話題はあまりしたくなかったりする。昔からあの人の健康には気を遣っているのだが、一向に顔色が良くならない。職業病のひとつというか、ワーカーホリックというか……。

 

「私の父も徹夜をしたりはしますけど……あの方ほどでは。凄い方ですよね」

 

 はっきり異常と言ってもらっても構わないのだが……先輩がそういうことを言えるわけないか。それに

 

「そうですね……確かにあの人は凄いです」

 

 本格的に技術者として仕事を始めてから日に日に凄さが分かってくる。あの人は天才だ。

 義母さんと比べれば俺は凡人になるし、シュテルも秀才扱いになる気がする。普通複数の研究を同時に近いペースで進めるのは厳しすぎる。今存在している多種な最先端の技術はあの人が生み出していると言っても過言ではないのではなかろうか。

 

「……まあそこに才能が偏っているのか、生活力のなさも凄いですけど」

「それは……技術者の性ということで目を瞑ってあげては」

「先輩、先輩のお父さん……グランツ博士には奥さんがいるじゃないですか。うちはいないんですよ」

 

 いきなり義父さんと呼ぶ人ができるのはあれだけど、義母さんには幸せになってほしい。というか、俺がいなくなったら……と考えるだけで不安になる。あの人には面倒を見てくれる人物が必要なのだ。

 

「今はまだ俺やディアーチェがいますから大丈夫ですけど……」

「そうですね……今のうちに家事を覚えてもらってはどうでしょう? やはり家族には家族の時間も必要……」

「先輩……あの人に家事ができると本気で思ってるんですか?」

「えっと……できるんじゃないですかね。あの方はとても理解力がありますし」

「じゃあ先輩が教えてあげてください」

 

 多分俺には無理だ……だってあの人の料理スキルとかシャマルと変わらないから。下手したらシャマルよりひどいかもしれない。

 いやまあ、シャマルみたいに料理だけならいいんだけど……見た目とか気にしない人だし、どんな状況下でも寝ようとすれば寝れる人だからなぁ。家と職場でここまで印象が違って見える人は多分いない気がする。

 

「え、あっその……私」

「すみません、冗談です。他人にあの人の世話を頼むのは気が引けるので俺が頑張ります」

「そ、そうですか……」

 

 えっと……俺、何かおかしなこと言っただろうか。何だか先輩の様子がおかしいんだが。

 今の先輩を具体的に言うと、まず俯いたかと思ったら何か決意したかのように両拳を握り締めた。瞳の奥は燃えているように見える状態だ。

 

「先輩、どうかしました?」

「い、いえどうもしていませんよ!? ショウさん、少し急ぎましょうか。あまり遅くなると食べ物が悪くなっちゃいますし!」

「ですね。レヴィあたりが駄々をこねてるかもしれませんし、急ぎましょう」

「はい!」

 

 熱い部分が出てきたということは、少なからず先輩との距離は縮まったかもしれない。あまり先輩のほうを見ていると乙女の部分が出てきそうなので注意しないといけないが。戻った場所にはシュテルやキリエっていう面倒な奴らもいることだし。

 

 

 



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29 「空港火災」

 下ろしていたまぶたを上げた時、そこには紅蓮の炎と黒煙が発生していた。

 いったい何が起こった……状況からして火事か。だがどうして……いや、今は火事が起こった原因を考えている場合じゃない。

 突然発生した衝撃に飛ばされ壁に打ち付けられたことで痛む箇所がある。だが痛みからして、ひどくても内出血しているくらいだろう。

 衣類に関しては多少傷みもあるようだが、焦げたりはしていない。ふと腕時計を見てみると、意識を失う前からそこそこ時間が経っていた。

 意識を失ってたのか……下手をすれば命を落としていた状況だ。火事の発生場所から遠かったこと、何より俺が魔導師、手元にデバイスを持っていたのが不幸中の幸いだな。簡易的だが結界を張ってくれていたようだし。

 元々今日は仕事のついでに指揮官研修をしているはやてに会おうとしていた。今居る場所がミッドチルダの空港。距離的に考えて、彼女が救援に駆けつけている可能性は高い。

 確かなのはとフェイトも休暇を利用してはやてに会う約束をしていたようだし、ほぼ間違いなく顔を合わせることになるだろう。中に居たと知られたら、あとで何かしら言われそうだな。

 とはいえ、今はそんなことに意識を向けている場合ではない。

 俺は技術者として働くことが多くなりつつあるが、魔導師としての力がある。

 ファラやセイはシュテル達の手伝いをすることが多いのでここにはいない。だが俺の手元には、完成したばかりのデバイスがある。今すべきことはここから脱出、または取り残されている民間人の救護だろう。

 

「ある意味……今の状況的に打ってつけだな」

 

 懐から青色の雪の結晶のような形をしたデバイスを取り出す。

 このデバイスの名前は《ブルーローズ》。シュテルが行っている魔力変換システム、それの《凍結》のために組み上げられたデバイスである。

 またクロノの持つデュランダルの流れを一部組み込んであるため、氷結強化能力も有している。まあ魔力変換を補助するシステムがあるため、強化能力に関してはデュランダルに劣っているのだが。

 

「それでも大きな力になってくれるのは間違いない」

 

 ブルーローズのテストも俺が担当だったため起動は至ってスムーズだ。起動するのと同時に、馴染みのある黒のバリアジャケットが展開される。

 コアを中心にパーツが出現し組み上がっていく。全体的な色合いは淡い青色で、一部は白銀で彩られている。何より目を惹くのは、握りの上部あたりのコア付近だ。この部分が最も精緻な細工がされており、まるで薔薇のように見える。

 複数のシステムを盛り込みながら、ここまで美しい長剣を作り上げるのはシュテルくらいではなかろうか。少なくとも俺が主体となって開発していたなら、ここまで装飾に力は込めていなかっただろう。

 臨時の愛剣に近くに管理局の人間がいるか尋ねると、すでに近隣の陸上隊や航空隊が行動していると教えてくれた。

 ならばと思った俺は、指揮を飛ばしている人物に連絡を取るように指示を出す。すると何もなかった空間に半透明なディスプレイが表示された。

 

『はやてちゃん、ダメです。まるっきり人手が足りないですよ!』

『そやけど、首都からの航空支援が来るまで持ち堪えるしかないんよ。頑張ろ』

『はい!』

 

 そこに映っていたのは、制服に身を包んだはやてとリインの姿だった。緊急時なのではやてが指揮を執っていたのだろう。聞こえてきた会話からして状況はかなり悪いようだ。

 

「はやて、聞こえるか?」

『え……ショウくん、急にどうしたん? 悪いけど、今ちょっと立て込んでるんよ。話ならまたあとにして』

「そんなことは見れば分かる」

 

 強い口調で言うと、はやての意識がきちんとこちらに向いた。それを感じ取った俺は、彼女に今居る場所を伝える。その直後に驚愕の声が上がったのは言うまでもないが、状況が状況だけにあちらの切り替えは早かった。

 

『あぁもう、言いたいことは色々あるけどとりあえず無事なんやな?』

「ああ……人手が足りてないんだろ? 俺も動くから指示をくれ」

『ショウくんは技術者やろと言いたいところやけど、今は人手が足らん状態や。遠慮なく使わせてもらうで』

 

 そう言ったはやては、次に簡潔に状況を伝えてきた。

 火事は空港全体に広がっており、なのはやフェイトは取り残されている民間人の救助に当たっているらしい。

 

『ショウくんは確か凍結系の魔法使えたはずやな?』

「消火活動か。中からやってもいいが……お前がやったほうが早いな」

 

 俺は各分野を均等に使えるが、現状は一刻を争う。ならばはやての補助に回ったほうが賢明だろう。何故なら彼女は広域型の魔法を得意する魔導師だからだ。保有魔力量も多く、ランクも管理局では数少ないオーバーSクラス。

 ただはやては高出力の魔法は使えるが微妙な調整を苦手としている。民間人や中で活動している魔導師の存在がなければ問題ないが、今はきちんとした調整が必要な状況だ。

 

「まずは地上に出るぞ」

『了解や。指揮系統の引継ぎが終わったらわたしも空に上がる。遅れるかもしれんけど、そんときは』

「皆まで言うな。それくらい理解してるさ」

 

 俺の返事にはやては笑顔を浮かべる。その直後、彼女は行動している部隊に指示を飛ばす。不意に意識が別のほうへと向いたが、聞こえてきた言葉からして応援部隊の指揮官が到着したらしい。

 ――思った以上にはやてが早く空に上がりそうだな。

 手っ取り早く空に上がる手段は地上までの道を作ることだ。あまり建物を壊すような真似はしたくないが、最優先なのは民間人の救護と鎮火だ。時間が掛かる方法を選択している場合ではない。

 

「ブルーローズ、砲撃を行ってもいい場所を探してくれ。そこに砲撃を撃ち込んで一気に地上に出る」

 

 ブルーローズは俺の指示を速やかに実行し、砲撃位置を割り出した。剣尖をそこへ向け、砲撃に必要な魔力を集約していく。これまでの修練と補助システムによって凍結変換は迅速に行われ、砲撃準備は通常の砲撃と大差のない時間で整った。

 冷気を纏った閃光が疾る。

 発射が終えるのと同時に飛行を始め、砲撃で出来た穴を通って地上へと駆け上る。地上に出ると、煌びやかな光を放っている星空が飛び込んできた。火事が起こっていなければ、ゆっくりと眺めることもできたことだろう。

 

「ショウくん!」

 

 声がしたほうに意識を向けてみると、騎士服を纏ったはやてがこちらに向かってきていた。彼女の近くには男性魔導師が2人ほど確認できる。

 

「運命的なタイミングでの合流やな」

「バカ言ってないでやるぞ」

 

 いつもならば反応が冷たいだの返ってくるところだが、はやてはすぐさま広範囲魔法の準備を始める。おそらく凍結の魔力変換を行うため、発動までには少し時間が掛かるだろう。

 俺はシステムの補助があるので必要な詠唱を考えても少々時間がある。なので近くに居た魔導師ふたりに声を掛けて周辺に生命反応がないか確認する。

 

「仄白き雪の王、銀の翼以て」

 

 はやての魔法の出力を考えると、俺がフォローしなくても消火は完了しそうではある。だが念には念をという言葉があるだけに、俺もやれるだけのことはしておくべきだろう。

 

「凍てつく結晶、集いて剣片となれ」

「眼下の大地を白銀に染めよ」

 

 はやての掲げるシュベルトクロイツの周囲には白い立方体が4個出現する。見た目は地味だが、あれは圧縮された気化凍結魔法に他ならない。着弾すれば周囲の熱を瞬く間に奪い取ることだろう。

 

「万物を止める礎となれ」

 

 俺を中心に青白い光の輪が出現し、凄まじい勢いで回転する。それは徐々に範囲を狭め、ブルーローズの刀身の周りで回り始める。

 

「来よ、氷結の息吹!」

「建て、氷河の楽園!」

 

 はやてがシュベルトクロイツを振り下ろした瞬間、4個の立方体が撃ち出される。ほぼ同時に俺も剣の先端を空港へ向け、回転していた青白い光輪を撃ち出す。

 はやての放った凍結系広範囲魔法《アーテム・デス・アイセス》が着弾した直後、魔法の効果が発動し急激に熱を奪い始め建物ごと凍結させていく。その際、周辺の空気も冷やされるため、結晶化した水分が煌びやかな光を反射する。

 俺の放った《グレイシア・オブ・エデン》はそれを押し付けるように着弾し、より強固に空港を凍結させていく。はっきり言ってはやてだけで充分だっただろう。俺が居たことで変わったことなんて、安全確認を行っていた局員達に冷気が及ばなかったことくらいだ。

 冷気が及んでいたとしてもバリアジャケットを纏っている局員達に大した影響はない。俺の存在意義は冷静に考えれば考えるほどなかったように思える。

 

「すっげー……これがオーバーSランク魔導師の力」

「あの少年のほうも結構レベルの高い魔法を放ってたみたいだけど……何か意味あったのか?」

「意味ならちゃんとあったよ」

 

 はやての言葉に局員達の意識が一気に彼女のほうに向く。

 現在のはやての階級が一等陸尉だったはずだ。局員のほうは年上ではあるが、おそらくはやてのほうが階級は上だろう。普段どおりに会話してしまっていたが、俺は不味いことをしてしまったのではなかろうか……なんて考えるのは全てが終わってからにしよう。

 

「わたしひとりやとどうも調整が下手でな。ショウくんがおらんかったら冷気をふたりに浴びせてたはずや」

「へぇ……って待てよ、ってことは八神一等陸尉の魔法の調整をやったようなもんだよな。余波部分だけを掻き消すようなこと普通できねぇぞ」

「ああ……剣のデバイスってことは騎士なのか。でも彼のような騎士なんて聞いた覚えが」

「そりゃそうやろな。だってこの子、普段はデバイス関連の仕事しとるし……技術者にしとくのは勿体無いなぁ」

 

 はやて、それは暗に技術者じゃなくて魔導師として働けって言ってるのか。あいにくだが、今やってる分の研究が終わるまでは技術者をやめるつもりはないぞ。というか、まだ鎮火が完了したわけじゃないんだから無駄口はこれくらいにしておくべきだ。

 そんな風に思った直後、局員達は別の消火可能なブロックを探しに行った。その後、増援の魔導師達が次々と到着する。はやては彼らに指揮下に入ることを伝えた。

 

「……さて、もうひと頑張りしよか」

「ああ、さっさと終わらせよう」

 

 

 



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Final 「夢に向かって」

 空港火災から数日後の休日、俺ははやてに呼び出されて彼女の家を訪れた。

 そこで話があるのだと思ったのだが、少し街を歩かないかと持ちかけられ、これといって断る理由もなかったのでそれを了承する。今ははやてに合わせてゆっくりとしたペースで歩いている。

 

「いや~今日は良い天気やな」

 

 背伸びをしながら笑っているが、どことなく疲れているようにも見える。それも当然と言えば当然のことかもしれない。

 指揮官研修中に空港火災に出くわし臨時で指揮を任されたんだ。指揮を引き継いだ後は消火活動を行って、完全に鎮火した後も事後処理やらやって帰れたのが夜遅く。まだ学生のくせに半ば高い地位に就いているから仕事量もある。

 うちの義母より仕事中毒とは言わないが、地球の常識で考えれば中学生が行う労働時間ではない。

 正直……最近のこいつは見ていると心配になる。昔から辛いと思っていてもそれを表に出さない奴だった。だが昔と今では感じるものが違っている。

 小学3年の時に起きた闇の書を巡る事件。俺達は闇の書の負の連鎖を止めることに成功した。はやてやヴォルケンリッター達はそのあと保護観察を受け、後に管理局に入局。中でもはやては特別捜査官として様々な難事件を解決してきた。

 加えて高ランク魔導師としての評価もあり、今でははやて達のことを認めている管理局員は多い。だが人間というものは簡単なものではない。闇の書に恨みを持つ者、偏見を持った者は彼女のことを好意的に見ていない。

 はやての性格からして非難や罵倒されても決して言い返したりしないだろう。かつて守護騎士達が犯した罪も自分が背負うべき罪だと思い、一緒に償おうとする奴なのだから。

 

「ショウくん、どうかしたん?」

「別に……空元気に見えて少し心配なだけだ」

「あはは……まあ少し疲れてるのは事実やな」

 

 ここでそれを認めるあたり、まだ大丈夫だろう。もしもここで認めなくなったり、苛立って周囲に当たるような言動を取ったならば……それはかなり追い込まれている証拠だ。いや、まだそのように表に出るならいい。完全に胸の内に隠されてしまった場合、取り返しのつかないことになりかねない。

 

「まったく……だったら家で話せば良かっただろう」

「それはそうやけど、もうすぐこの街とお別れすると思うと急に見となって」

 

 そう言われてしまっては何も言えなくなってしまう。俺もはやてもすでに中学3年生であり、今は5月の頭。ついこの間中学校に上がったかと思っていたのに、気が付けばすでに中学校生活最後の1年を迎えている。

 時間と共に俺やはやてに回される仕事は増えるだろう。まだ時間があると思ってあとに回していれば、ろくに街を見ることなく引っ越すことになっていたかもしれない。このように考えると、今日という日は俺達にとってかけがえのない1日になるのではないだろうか。

 

「……そうだな。残り1年……今日はお前の行きたいところ全部付き合ってやるよ」

「ええの? ショウくんにも行きたいところとかあるんやない?」

「あのな、お前と俺の付き合いの長さを考えろよ。お前の行きたいところは総じて俺にとっても行きたいところなんだよ」

 

 他人に聞かれると誤解されないが、今は俺とはやてのふたりっきりだ。誤解が起こることはありえない。

 はやては「じゃあ遠慮なく」と笑うと、ほんの少しだけ歩く速度を速めた。彼女と出会ったのが小学1年のときだ。それを考えると見て回りたい場所が多いのは当然だろう。俺は何も言わずに彼女の速度に合わせた。

 まず最初に向かったのは、俺とはやてが出会った場所である図書館だ。確か必死に本を取ろうとするはやてを見かけた俺が、彼女の代わりに本を取ったのが始まりだったはずだ。

 こちらとしては別に仲良くなりたいと思ってやった行動ではなかったのだが、その日から会うたびに話しかけてきたはやてに根負けして話すようになったんだっけ。今にして思うと良い思い出というか、今俺がこうしていられる最大の理由かもしれない。

 その後、俺ははやてに連れられて彼女が世話になっていた病院。足が完治してから一緒に出かけたショッピングモールやプール、遊園地といった施設を見て回った。

 プールのときなどは危うく例の一件を思い出しそうになってしまい、はやてに怒られそうになったものの、最後には笑ってくれていた。

 楽しい時間というものはあっという間に過ぎるもので、日もずいぶんと傾いてきた。おそらく次の場所で最後だろう。

 

「次あたりで終わりだな。どこに行く?」

「それはもう決めてる」

「どこだよ?」

「それは着いてからのお楽しみや」

 

 ここで隠す必要があるのだろうかと思いもするが、まあこの街のことなのだ。向かっているうちに予想できるだろう。

 そう思った俺は文句を言ったりせず、先に歩き始めるはやての後を追い始める。ここまでの時間で大分話していたせいか、俺とはやては互いに言葉を発しなかった。はやてと一緒に居て無言の時間というのは、限りなく珍しいことではないだろうか。

 

「…………ここは」

 

 はやてに連れられて来たのは、かつて雪が舞い散っていた夜に俺がある決意をした場所だった。彼女にとっても大切な人との別れをした場所でもある。

 

「大丈夫なのか?」

「大丈夫……あの子は今でもわたしの中で生きとるし、ここはわたしにとって大切な場所や。あの日のことを鮮明に思い出させてくれて、わたしの進みたい道をはっきりさせてくれる」

 

 かつて消えて行った彼女に想いを馳せるようにはやては空を見上げている。

 確かにあの日は悲しい出来事があった。だがはやてにとって、本格的に魔法というものに関わった日でもある。あの日に感じた様々な想いがはやての原動力のひとつなのかもしれない。

 

「……あんなショウくん、わたし自分の部隊を持ちたいんよ」

「部隊?」

「うん。数日前の空港火災みたいな災害救助はもちろん、犯罪対策も発見されたロストロギアの対策も行える少数精鋭のエキスパート部隊を」

 

 ミッドチルダ地上の管理局部隊は行動が遅いため、後手に回ってしまうことが多いこと。今のようにフリーであちこちに呼ばれて活動していても前に進めているような気がしていないこと。結果を出していけば、上の考えも変わるのではないかと、とはやては語る。

 

「やから……もしわたしがそんな部隊を作ることになったらショウくんも協力してくれへんかな? その、なのはちゃんやフェイトちゃんにはすでにお願いして了承をもらってるんよ」

 

 なのはやフェイトが協力……オーバーSランクが3人揃うということだ。

 いや待てよ、はやてが作る部隊ならばヴォルケンリッターも協力するはずだ。シャマルやザフィーラは前線に出ることは少ないが、シグナムやヴィータはランクで言えばAAA~S-あたりの評価を受けていたはずだ。はっきり言って……部隊としては異常なものになるのではなかろうか。

 数日前の火災の時、はやては俺に魔導師としての道を勧めるような発言をしていた。それは今回の話に関連しているのだろうか。

 確かに俺には少なからず魔導師としての力があるし、すぐに部隊を持てるとは思えないので魔導師としての道に変えることは可能だろう。

 とはいえ、なのは達を集めるならば俺の力はあってもなくても変わらないのではないだろうか。ならば技術者として活動するほうが良いのでは……。

 

「も、もちろん……ショウくんにはショウくんの進路とか目標があるのは分かるんやけど。でも、その……」

「あのなはやて、今は無理だ」

 

 と言った直後、はやては一瞬体を震わせて俯く。だがすぐさま顔を上げると、見ているこっちが嫌になる寂しげな笑顔で話し始めた。

 

「あはは、ごめんな。急にこんなこと言われても困るやろうし、自分の我がままに付き合ってなんて虫が良すぎる」

「何か勘違いしていないか?」

「え?」

「俺は今は無理だって言ったんだ」

 

 現状でははやてが部隊を持つことになるのかも分からないし、何より実際にそのときになってみないと俺が手伝えるかどうかは分からない。ここで安易に答えを出すことはできない。

 こちらの言っている意味を理解したのか、はやての顔がやや不機嫌なものに変わる。昔と比べるとずいぶんと綺麗になっているのだが、こういうときの顔は昔とそう変わらない。

 

「もう、紛らわしい言い方せんでくれてもええやん」

「早とちりしたのお前だし、そのときになってみないと分からないことだろうが……そもそも、お前が俺を魔導師として必要としているのか、メカニックとして必要としているかで結構変わってくるんだが」

「えっと、それはその……可能なら両方」

 

 さらりと無理難題を言ってくるバカに俺はチョップを入れる。

 世の中にはメカニックとは別の仕事を兼業している局員もそれなりにいる。だが普通は通信関連といったもので前線には出ないものだ。

 義母さんほどの頭脳も持っていなければ、一撃必殺の砲撃や超高速と呼べそうな機動力、膨大な魔力を持っているわけでもない。技術者としても魔導師としても、俺の能力は周囲の人間と比べると目を見張るものがないのが現状だ。

 ……けどまあ、これは今の俺だ。こいつが部隊を持つのは早くても数年先だろう。これまでの成長速度を考えると可能性は低いが、自分を高められる可能性はある。

 大体魔力量といったものだけで魔導師としての力量が決まるわけではない。なのはやフェイトも昔はクロノにはコテンパンにされていたのだから……あいつは高ランクの魔導師ではあるけど。だが最も大切なのは自分なりの戦い方や役割を見つけることだ。ならば

 

「アホ、簡単に言ってくれるな」

「そうやな、ごめん」

「分かればいい……けどまあ、お前のそういうのは今に始まったことでもないし、可能な限り善処してやるよ。ずいぶんと日も傾いてきた。そろそろ帰ろう」

「あ……ちょっと待って!」

 

 帰ろうとした矢先、はやてに大声で呼び止められてしまった。まだ話が終わっていなかったのかと思ったが、今話す分としてはここまでの分で充分に思える。いったい何を話すつもりなのだろうか?

 

「その……もうひとつ……あとひとつだけ話しておきたいことがあるんよ」

「何だよ?」

 

 保有している魔力量が魔力量だけにはやてはこれまでにいくつものデバイスをダメにしてきた。だがその度にマリーさんが主体となって改善し、問題なく使えるようになったはずだ。

 もしかして何かしらの追加機能がほしいとでも言い出すつもりなのだろうか。最近その手の頼みをしてくる人間……いやデバイスが多かっただけに可能性は低くはないだろう。

 たがはやてが放った言葉は俺が全く予想だにしていなかった言葉だった。今日という日を忘れなくさせるほど強大な。

 

「あんな……わたし、ずっと前から……ショウくんのことが好きやったんや」

 

 はやてが何を言ったのか最初は理解できなかった。しかし、3秒ほど経つ間に何度も頭の中に響き渡り……嫌がおうなく理解させられた。

 間違いない。俺は、八神はやてに告白されている。

 ――はやてが俺を……い、いや落ち着け、今まではやては俺との関係を否定してきたじゃないか。それが急にこんなことになるはずない。

 だが、はやての顔が赤くなっているのも赤みを帯びた日のせいではなさそうだ。どこか怯えたようにも見える潤んだ瞳も、恥ずかしさを押さえ込むように絡められた指も演技には見えない。

 最も付き合いのある俺にそう見えないということは、はやては嘘ではなく本心を語っていることになる。だがそれでも、簡単に気持ちの整理をすることはできない。

 はやては俺にとって友人で……家族のような距離感にもある特別な奴で。姉のように振る舞うくせにふざけてばかりいる。でも肝心な時はいつも俺を支えてくれた。温かな笑みを向けてくれた。励ましてくれた。

 距離感が近かったから異性として意識することは少なかったが、異性として見ていなかったわけではない。好きか嫌いかで言えば……もちろん好きだ。俺は……。

 

「その」

「あぁそれ以上は言わんといて! 返事はせんでええから!」

 

 突然告白されたにも関わらず、返事をいらないという展開に俺の頭は停止しそうになってしまう。いったい目の前にいる少女は何を考えているのだろうか。

 

「あの、いきなり告白したんに返事はせんでとかおかしなこと言ってるんは分かってる。でも、その……今は部隊を作れるようになることに全力を注ぎ込みたいんよ」

 

 部隊を作りたいというのが本気だということは分かる。が、ならどうして告白をしたのだろうか。そのことを尋ねると、はやてはモジモジしながらポツポツと話し始める。

 

「えっと、それはその……一度気持ちを言ったらすっきりしそうやったし。……仮にこの先ショウくんが誰かと付き合ったとしても心から祝福できるかなぁって。まあ……もしそうなったら1日くらいは大泣きしそうやけど」

 

 泣くのかよ。いや、泣くのはまだいい。何でそれを俺に言った。それを聞かされると凄く考えさせられるんだが。

 

「お前な……俺はいったいどうしたらいいんだ?」

「それは…………もしわたしの夢が叶ってやることちゃんと終わらせたときに、わたしが今と変わらん気持ちを持っといたらもう一度告白する。だから……そんときに返事してもらえると」

 

 それを聞いた俺は、思わず片手で頭を掻き毟り始めた。

 将来的にもう一度告白するかもしれない。だからそのときに返事をしてくれって……下手したら告白はされないわけだろ。好きだって告白されて今まで通りに振る舞える自信はないぞ。

 

「あぁもう……俺はな、友人というか家族というかそれらひっくるめた意味でお前のことが好きなんだよ!」

「え、は、はい!」

「最低限ではあるけど異性としても意識してた。そこに突然告白されたらな、これまでどおりの距離感で居られる気がしない。なのにお前は確実じゃない2度目の告白を待てと言う……お前、俺から告白しないとでも思ってるのか?」

「え……そそそれは、その……してもらえるんは嬉しいけど、やっぱり部隊を作るのが1番であって。だから我慢してほしいと言いますか……距離感に関しても女の子として見てもらえることで広がってしまうんなら、わたしは嬉しいと思うし」

 

 何て自分勝手というか人のことを振り回す奴なのだろうか。これまでに散々振り回されてきたが、今日ほどインパクトの大きく未来にまで響きそうなものは初めてだ。色んな感情が絡み合い過ぎて言葉にならない。

 …………けれど、これだけははっきりしている。

 今日という日を境に俺達の道は完全に分かれるのだ。それぞれの目標や夢を目指し、再度交わることになるのは、はやてが夢を実現させたとき。

 その日が確実に来るとは誰も分からない。けれど、間違いなく俺達はそれぞれの道を歩み続ける。時間を決して無駄にすることはないだろう。

 

「……今日ほどお前に対して苛立ちを覚えたことはない」

「……ごめん」

「謝るくらいなら最初からやるな。……許してほしいのなら自分の部隊を作ってみせろ。その間、俺は俺で自分の道を進んでおくから」

 

 俺は言い切るとはやての反応を待たずにこの場から去り始めた。これ以上居ると感情が複雑になり過ぎてオーバーヒートしそうだったからだ。

 はやてが頭を下げているような気がしたが、俺は振り返らない。彼女は関係を壊すことも覚悟で部隊を作ることを選んだのだ。

 ならば俺がすべきことは自分の道を進むこと。

 ここで振り返るような覚悟では、はやてが部隊を作ったときに俺は胸を張って入れるような人間にはなっていないだろう。

 夕日に照らされる中、俺は静かに改めて決意する。

 今後どうなるかなんて分からない。でも……俺は大切なものを守るために努力を惜しまないつもりだ。

 技術者としての道を歩みながらも、魔導師としての訓練をやめなかったのは守りたい気持ちがあったからだ。

 天才ではない俺がどこまでやれるか分からないが……俺は俺なりに夢に向かって進んでいこう。

 

 

 




 今作の空白期中学編はここまでとなります。ですが昔から読んでくださってる方からリメイク前のような話を読みたいと熱い感想を頂き、空白期中学編をメインに考えたアナザー版を執筆を始めています。
 こちらでもアナザー版をsts編終了後に公開していきたいと考えています。
 まだそちらは無印のところまでしか書けてはいませんが、今作では魔法世界寄りでしたのでアリサやすずかにあまり触れられませんでしたが、アナザー版ではきちんと触れていく予定です。
 なので楽しみにしていただけると嬉しいです。
 またアナザー版は読者の皆様からの意見やネタを参考に話を作りたいとも考えていますので、どうぞよろしくお願い致します。


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sts編
第1話 「始動、機動六課」


 無数の道路が入り乱れながらも整頓された印象を受ける施設。ミッドチルダ中央区湾岸地区に建てられたこの施設は、時空管理局遺失物対策部隊(機動六課)の隊舎だ。

 ここにはずっと憧れだった不屈のエース・オブ・エースの高町なのはさんや執務官であるフェイト・T・ハラオウンさん、といった凄い魔導師が所属している。部隊長を務めているのは彼女達と同い年である八神はやてさん。私の記憶が正しければ、まだ20歳になっていなかったはずだけど部隊長なんて凄すぎる。

 けれど、とても気さくな人なようで「長い挨拶は嫌われるから」と、部隊長としての挨拶はとても手短だった。部隊のみんなから感じられる雰囲気も良く、まだ初日だけど凄く良い部隊な気がする。

 ロビーでの話が終わった後、私を含めたフォワードと呼ばれる4人はなのはさんに連れられて移動を始めた。

 

「そういえば、お互いの自己紹介はもう済んだ?」

 

 先を歩いていたなのはさんが振り返りながら尋ねてきた。見慣れない隊舎の内部を記憶するために意識を裂いていたこと、また憧れの人の近くにいる緊張から私は思わず「え?」と漏らしてしまい、隣にいるティアや知り合ったばかりの子供達のほうを見る。

 

「えっと……」

「名前と経験やスキルの確認はしました」

「あと部隊分けとコールサインもです」

 

 ティアは簡潔に返答し、エリオが補足する。

 長年の付き合いがあるティアはともかく、エリオはまだ小さいのに凄くしっかりしている印象を受けた。私のほうが年上なんだし、ちゃんとお手本になれるように頑張ろうと密かに思ってみたり。

 

「そう、じゃあ訓練に入りたいんだけどいいかな?」

 

 なのはさんの問いかけに私達は一斉に返事をする。彼女は笑顔を浮かべた後、着替えて施設内の海辺のほうに来るように指示してきた。それにも私達は素早く元気良く返事をして、速やかに行動を始める。

 着替えを終えてみると、フェイトさんの率いるライトニング分隊であるエリオとキャロとは一部服装に違いがあった。下は同じズボンなんだけど、ふたりのシャツの色は黒。なのはさん率いるスターズ分隊である私とティアのシャツは白色だった。

 分隊のイメージカラーでこのようにされたのかもしれない。でもまあ、たかがシャツの色の違いを気にしても仕方がないだろう。今はこれから始まる訓練に集中しなきゃ。

 指定された場所に向かうと、そこには教導官の制服に着替えたなのはさんと眼鏡を掛けた長髪の女性が待っていた。眼鏡を掛けた彼女とは初対面だけに挨拶があるかと思ったけど、その前に預けていたデバイスが返却された。

 

「今返したデバイスにはデータ記録用のチップが入ってるからちょっとだけ大事に扱ってね。それと、メカニックのシャーリーから一言」

「えー、メカニックデザイナー兼機動六課通信主任のシャリオ・フィニーノ一等陸士です。みんなはシャーリーって呼ぶので良かったらそう呼んでね」

 

 シャーリーさんは一度綺麗に頭を下げてから微笑み掛けてくれる。この人も感じが良さそうだ。

 

「えっと、もうひとり紹介しておきたい人がいるんだけど……シャーリー、何か聞いてる? 元々少し遅れて来るとは聞いてたんだけど」

「あ、はい。ここに来る前に連絡がありました。もうすぐ到着すると言っていましたし、ここに来て頂けるようにお伝えしておいたのでそろそろ来られるかと」

「そっか……あっ、ちょうど来たみたいだね」

 

 なのはさんの視線に導かれるように隊舎側に視線を向けると、手にかばんを持った黒髪の青年がこちらに歩いてきていた。

 180センチ近い背丈があるが、着やせするタイプなのか線は細めに見える。髪はやや長めで尖ったように逆立っている。感じられる雰囲気はとても落ち着いており、あまり感情が顔に出ていないせいか少し冷たい印象を受ける。

 

「ショウくん、久しぶりだね」

「ああ……予定じゃ訓練開始はもう少し後じゃなかったのか?」

「予定はそうだったんだけど……はやてちゃんとかが挨拶を手短に済ませちゃって。ショウくんがいなくても訓練はできるし、時間が勿体無いから先に始めようかなと思ってたところなんだ」

 

 なのはさんと親しげに話すその人に私は心当たりがあった。

 私のお父さんは、機動六課の部隊長であるはやてさんと親しくしている。その延長で今目の前にいる人とも何度か顔を合わせたことがあったのだ。

 この人の名前は夜月翔さん。なのはさん達と同じ世界の出身らしい。

 顔を合わせたことはあっても、きちんと話したことはないので、私が知っているのはこれくらいだ。まあお父さんとかお姉ちゃんにもう少し質問していたらまだ違ってたかもしれないけど。

 

「私やシャーリーの自己紹介は済んでるからショウくんも簡潔に自己紹介してもらっていい?」

「分かった。何度か顔を合わせたメンツが多い部隊なんであれだが……俺は夜月翔。今は特殊魔導技官をやっている」

 

 特殊魔導技官?

 この前はやてさんから機動六課への誘いを受けるときに出たロストロギアのように、局員なら一般的に知られている名称なのかなと思ったけれど、ティア達の顔を見た限り彼女達も分かってないように見える。特殊魔導技官とはいったい何のことなのだろうか。

 

「みんな、よく分かってないって顔してるね。まあ最近出来たばかりだから浸透してないのも無理はないんだけど。簡単に言えば、魔導師としての仕事とメカニックとしての仕事、その両方をする人のことだよ」

 

 魔導師とメカニック……それってある意味相反する仕事じゃないのかな。

 だって魔導師は現場に出て犯罪者とかと戦ったりするわけだし、メカニックはデバイスを作ったりするのが仕事なわけだから。それを両立させるのって凄く難しいんじゃ……。

 

「難しく考えなくていい。両方やってるといっても、頻度としては魔導師としての仕事はそれほど多くない。俺の主な仕事はそっちのシャーリーと同じメカニックだよ」

「なので、デバイスで困ったことがあれば気軽に私やショウさんに声を掛けてね」

 

 私達フォワードは一斉に返事をした直後、不意にショウさんが持ってきていたかばんはもぞもぞを動き始める。何だろうと思っていると、ショウさんが苦笑いを浮かべながらかばんを開けた。すると中からドレスのような黒い衣服を纏った小さな女の子が宙を舞う。長い金髪が日光を反射してとても煌びやかだ。

 えっと……この子はリインフォースⅡ空曹長みたいな感じなのかな。

 いやでも、機動六課の制服は着てないから一緒にするのはいけないような……、そんな風に思っていると、金髪の女の子が話し始める。

 

「もうマスター、六課に着いたのならかばんから出してよね」

「悪かったよ」

「本当にそう思ってる? こっちは大変だったんだよ。マスターが走っている間、かばんの中でひどい目に遭ってたんだから」

 

 流暢な物言いと感情溢れる表情に私はつい意識を持っていかれる。いや、どうやら私だけでなくティア達も一緒のようだ。

 

「えっと……夜月特殊魔導技官、その子は?」

「ん? あぁこいつは俺のデバイスだよ」

 

 デバイス……この小さな女の子がショウさんのデバイスなんだ。いやまぁ……デバイスにも色々とあるし、人型のフレームも開発されてそれなりに経つとか座学で習ったような記憶があるけど。でも……何だろう、ショウさんみたいな人が持っているのは意外だ。

 

「ファラ、これから顔を合わせることが多くなるんだからちゃんと挨拶しとけ」

「言われなくてもわかってるよ。はじめまして、ファントムブラスター・ブレイブです。フルネームだと長いですし、みんなからはファラって呼ばれているのでそう呼んでくれると嬉しいです。今日からマスター共々よろしくお願いします」

 

 口調は親しみやすいが、頭を下げる際の仕草にはとても優雅さが感じられた。一言で言えば、どこぞのお嬢様という感じだ。礼儀正しい性格をしているのか、それともショウさんが教え込んだのか……どちらにせよ、とても人間染みたデバイスである。

 丁寧に挨拶をされたせいか、私達は反射的に頭を下げながら挨拶を返した。

 

「あぁそれと、俺のことは気軽に呼んでくれていい。特殊魔導技官なんて付けられても長ったらしい上に堅苦しいし、知名度もあまりないから」

「ちょっと無愛想に見えるかもしれないけど、こう見えて優しい人だから下の名前で呼んで大丈夫だよ」

 

 直後、なのはさんにショウさんは何か言いたげな視線を向ける。だがなのはさんはそれを笑って受け流した。

 同じ世界の出身で……確か同じ年齢だったはず。普段の仕事は別だっただろうけど、親しい関係にあるのは当然かも。

 

「あとショウくんとシャーリーは、たまにみんなの訓練を見ることになってるから。みんなのデバイスの改良とか調整とかしてもらうことになってるしね。まあショウくんに限っては、たまにって言ったけど基本的に毎日見ることになるだろうけど。訓練の手伝いをしてもらう予定だから」

「ちょっと待て……」

 

 ショウさんは額あたりを触れながら搾り出すようになのはさんに話しかける。

 

「デバイスの件については聞いていたから問題ない……訓練の手伝いってのも補助とかならおかしくはないだろう。だが今の言い方からして、補助を通り越してこの子達の面倒を見るみたいに聞こえたんだが?」

「うん、そういう意味で言ったよ。だってショウくん、ヴィータちゃんと一緒で戦技教官の資格持ってるから。基本的にこの子達の面倒は私が見るつもりだけど、急な用事が入らないとは限らないからね。そういうときのために保険は必要でしょ?」

 

 さらりと言って笑みを浮かべるなのはさんを見て、ショウさんは一瞬呆れたような顔を浮かべる。だがショウさん以上に私の頭の方が複雑になっている。

 メインはメカニックだけど、たまに魔導師としても仕事してて、そのうえ戦技教官の資格も持ってる?

 普通に考えたらそれなりに有名になっててもおかしくないよね。だけどショウさんの名前って聞いたことがない気がする。それともあれなのかな、私がなのはさんばかり注目してて他に興味を持ってなかったとか。可能性としては充分にありえるよ……。

 

「さて一通り話も終わったことだし、さっそく訓練を始めようか。今日は最初の訓練ではあるけど、ターゲットを使った模擬戦をするよ。みんな、元気に行ってみようか」

 

 

 



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第2話 「変わらぬ雰囲気」

 なのはの訓練は夜にまで続いた。しごかれたフォワード達は今頃疲労困憊で、まともに動ける者はひとりとしていないだろう。

 訓練内容も擬似的にとはいえAMFをほぼ再現した標的が相手。ずっと戦っていたあの子達が疲れないわけがない。

 AMFというのはAnti Magilink-Fieldの略である。

 近年目撃情報が増えているガジェットドローンと呼ばれる機械兵器が標準で装備しているフィールド系の上位魔法だ。魔力結合・魔力効果発生を無効にするAAAランクに該当する魔法防御であり、フィールド内では攻撃魔法はもちろん、飛行や防御、機動や移動に関する魔法も妨害される。

 ガジェットドローンは《レリック》といった特定のロストロギアを回収するために行動している。機動六課は設立された理由のひとつにこのロストロギアが関係していると聞かされているため、今後敵対する可能性は極めて高いだろう。

 

「AMFがあるだけに厳しいものがあるが……希望がないわけじゃない」

 

 なのはを始めとした高ランクの魔導師は対AMFの戦術を持っているし、訓練を始めたばかりのフォワード達も格闘術や召喚術、多重弾殻射撃といった方法でターゲットを破壊してみせた。

 スバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター、エリオ・モンディアル、キャロ・ル・ルシエ。

 このうちの何人かと顔を合わせたことはあるが、戦うところを見たのは今日が初めてだ。はやてが選抜し、なのはが認めただけあって高いポテンシャルを秘めているように思える。事態が深刻化する前にきちんと訓練が出来たならば、かなりの戦力になってくれるだろう。

 

「そのためにも……俺はあいつらに最高のデバイスを作ってやらないとな」

 

 無論、フォワード達の担当メカニックにシャーリーも入っている。彼女は年下ながら優秀なメカニックだ。またフェイトの副官として執務官の仕事をサポートもしているようなので、いくつもの才能を持った人物でもある。

 今までにいくつものデバイスの製作やテストに関わってきたが、シャーリーよりも技術者として劣っている可能性は充分にある。魔導師としての道を捨てていれば違ったかもしれないが、今となってはどうこう言える問題ではない。

 そもそも、技術者としての腕を張り合っても仕方がないだろう。

 やるべきことはフォワード達にデバイスを作ってやることなのだ。俺は魔導師の現場を知っている。それだけに、下手なプライドで優れたデバイスを作る邪魔をするつもりは毛頭ない。

 

「とはいえ……」

 

 訓練初日のデータだけでフォワード達に合ったデバイスが作れるわけではない。

 なのはからは戦技教官としても立ち会ってもらうと言われてあれこれ思ったが、実際に見てみないことには……相手してみないことには分からないことも多い。技術者としてのメリットがないわけではないのだ。

 まあどのような教育方針で進めていくのかはなのは次第。今はやれるべきことをやって、そのときが来るのを待つしかないだろう。

 そのように折り合いをつけた俺は、小腹が空いていたので食堂で何か食べることにした。ふと廊下の窓から空を見上げると、満月と星々が輝いていた。時間帯的に考えても、周囲に人気が感じられないのも当然に思える。

 

「……ん?」

 

 食堂に近づくにつれて聞き覚えのある声がいくつも聞こえてきた。そのまま歩いていくと、はやてとヴォルケンリッターが食事をしていた。

 一瞬ザフィーラの姿が見えなかったのだが、どうやらテーブルの下に居るようだ。リインはおそらくはやてのかばんの中で寝ていそうなので、今食堂には八神家が勢ぞろいしていることだろう。

 

「ん? ショウくんやないか。ショウくんもご飯食べに来たんか?」

「まあな」

 

 手短に会話を済ませた俺は注文をしに受付に向かう。

 はやてとは昔とあることがあって一時的にぎこちなくなっていたのだが、今ではすっかり元通りの関係になっている。

 いや……元通りとは言えないか。

 俺もはやてもすっかり管理局の人間だ。階級的にははやてのほうが上だし、距離感も昔よりもほんの少し離れている気がする。だがそれはお互いに家族のような認識がなくなっただけであり、友人としての繋がりは残っている。

 トレイを受け取った俺は、近くのテーブルに腰を下ろそうとした。だがヴィータの声をきっかけに、次々と八神家から声を掛けられ、彼女達の居るテーブルへの移動を余儀なくされた。

 

「何で一緒に座らねぇんだよ」

「何でって……別にどこで食べてもいいだろ」

「それはそうだけど、中学を卒業してからは顔を合わせることも少なくなってたじゃない。せっかく一緒になったんだから昔みたいに一緒に食べましょう」

「お前と一緒のほうが主はやてもヴィータも喜ぶからな」

「シグナム、そこはちゃんと自分やシャマル、ザフィーラの名前も出すべきやと思うで」

 

 こうして全員と顔を合わせるのは久しぶりだというのに、彼女達の出す雰囲気は全く昔と変わらない。テーブルの下に居るザフィーラも目で相席しろと促してきている。

 相席を必死に拒む理由がないだけに、俺はそのへんからイスをひとつ拝借してヴィータとシャマルの間に座った。はやてとシグナムの間に座らなかったのは単純に遠かったからだ。それ以外に理由はない。

 

「そういえば、現場のほうはどないやった?」

「ん? なのはとフォワード隊は挨拶後夜までずっとハードトレーニング。新人達は今頃グロッキーだな」

 

 食べながらしゃべるのはどうかとも思うが、まあこの場には俺とはやて達しかいない。またヴィータは末っ子扱いされるほうなので可愛げもある。これくらいのことは今は目を瞑ってやるべきだろう。

 

「今まであれだけ扱かれたことはなかっただろうからな。だがやる気や負けん気は全員あるようだし、何だかんだで脱落者は出ないと思うぞ」

「そっか、それは良いことやな」

「バックヤード陣は問題ないですよ。和気藹々です」

「グリフィスのほうも相変わらずしっかりやってくれています。問題ありませんね」

 

 この部隊はなのはやフェイト、シグナム達といった魔導師組は経験豊富な人材が多いが、整備や通信のスタッフは新人ばかりだ。なので何かしら問題が起きても不思議ではないのだが、話を聞く限り今のところ無事に組織として機能しているらしい。

 

「そうか……私らが局入りして10年。やるせない……もどかしい想いを何度も繰り返して、やっと辿り着いた私達の夢の部隊や。レリック事件をしっかり解決して、カリムの依頼もしっかりこなして、みんなで一緒に頑張ろうな」

「うん、頑張る」

「もちろんです」

「我ら守護騎士、あなたと共に」

「…………」

 

 ザフィーラ、お前もこういうときくらい発言してもいいだろうに。まあお前の気持ちはみんなに伝わってるだろうけどな。

 にしても……こういう空気になるかもしれないって思ったから別の席で食べようとしたんだけどな。俺ははやての守護騎士じゃないわけだし。

 

「おい、ショウも食べてないで何とか言えよ」

「何とかって、俺はヴォルケンリッターじゃないぞ」

「そうだけどよ」

「安心しろ……はやての努力もお前達の想いも分かってるさ。俺は俺にできることはやる」

 

 俺にできること。まずはメカニックとしての役割……だが緊急時に求められるのは魔導師としての方だろう。

 この4年間、俺なりにメカニックだけでなく魔導師としての力量を高めてきた。とはいえ、なのは達と同様に普段はリミッターが施されている状態だ。

 それなりに経験があるから今のフォワード達を相手にしても後れを取ることはないだろう……が、ガシェットの目撃情報は増えてきている。敵次第ではリミッターの掛かった今の状態では勝てる見込みは低いだろう。まあ今考えても仕方がないことだろうが。

 そんなことを考えていると、はやてのかばんがひとりでに動いた。確かあれはリインの部屋代わりになっていたはずなので、おそらく俺達の会話で寝ていたリインが起きたのだろう。

 

「う~ん……良い匂いがするです」

「匂いで起きたか。意地汚い奴め」

「えへへ」

 

 人懐っこい笑みを浮かべるリインにシャマルがみんなで食事をしていることを伝えると、リインは自分も食べたいと言い出した。

 末っ子だけあって誰もが世話を焼きたがるのは相変わらずらしく、シグナムも顔を拭けとハンカチをリインに被せた。人間用なのでリインには大きく、シーツで化けたような簡易的なお化けのようになってしまっている。

 リインのマスターであるはやてが自分のを分けると言い出し、ヴィータに小皿を取ってくれるように頼んだ。昔から彼女に懐いているヴィータは快く承諾し小皿を取ってくる。

 

「わーい、いっただきま~す!」

 

 そう言ってリインは小皿に盛られていたプチトマトを手に取ると、勢い良く食べ始める。彼女の食べている姿を見ていると微笑ましい気持ちになるのと同時に、自分のユニゾンデバイスの食べる様子を思い出した。

 姉妹みたいな関係だけど……リインは無邪気というか子供らしい食べ方だよな。稼動年数でいえばあいつもそう変わらないけど、食べ方はかなり上品だ。まあ……食べる量はリインとは比べ物にならないのだが。

 

「あ……ショウさんショウさん、そういえばファラの姿が見えませんがどうしてますか?」

「あいつは先に部屋で休んでるよ。ここ何日かバタバタしてたし、今日は来て早々ついさっきまで訓練だったから」

「そうですか……今日はろくに話せていないので話したかったですが、明日以降にするです」

「悪いがそうしてやってくれ。……あぁ、あとセイだけどまだシュテル達のほうを手伝ってる。あっちが一段落したらこっちに来ることになってるから、まあそのうち会えるだろう」

「そうなんですか。えへへ、それはとっても嬉しいです。その日が来るまでリインはきちんと働いて、胸を張って会えるようにするです!」

 

 今の言葉をセイに伝えたら即行で仕事を片付けてこちらに来るのではないだろうか。リインのことは妹分として可愛がってるし。

 不意にセイと初めて出会った日のことを思い出す。あの日の彼女は実に何事にも淡々と返していた。最初は妹扱いしてくるファラにあれこれ言っていたのに、今ではすっかりリインを妹扱いしている。今度そのへんを突いたらどんな反応するだろう……。

 

「ショウくん、その顔は何か考えとる顔やな。はは~ん、さては……シグナムの胸をどうやったら揉めるか考えとるな」

「なっ――」

「慌てるなシグナム、慌てたらそいつの思う壺だ。……久しぶりに会ったが全く成長してないな」

「何を言うとるんや、どこからどう見ても良い女になっとるやろ」

「はいはい、そうですね」

「その反応はひどいと思うで」

「まともな反応をしてほしいならまともな言動をするんだな。というか、明日も早いんだからさっさと食べて休むぞ。俺らが遅刻や倒れたりしたら示しもつかないだろうし」

 

 

 



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第3話 「初出勤」

 機動六課が稼動を始めて早2週間。フォワード達は毎日ボロボロになるまでなのはにしごかれているが、ひとりも欠けることなく訓練に付いて来ている。

 俺はこの日もなのはと共にフォワード達の早朝訓練に付き合った。まあなのはのようにフォワード達と魔法でドンパチするような真似をしているわけではなく、訓練フィールドに不具合が生じていないかといったチェック。フォワード達のデバイスのデータを取るのが主な仕事だった。

 早朝訓練の最後は、シュートイベーションと呼ばれるものが行われた。これは今回の場合で説明すれば、なのはの攻撃を指定時間を回避し続けること。またはなのはに攻撃をクリーンヒットをさせることが勝利というか合格条件だった。毎度の如くフォワード達はボロボロだったが、確実に成長しているらしく、見事になのはに攻撃をヒットさせた。

 のだが、スバルのローラーがオーバーヒートしてしまったり、ティアナのアンカーガンが限界を迎えつつあることが判明。技術者観点から言えば、訓練校時代から自分達で製作し騙し騙しで使ってきたならば当然だと言わざるを得ない。

 ――毎日のように点検はしていたが……なのはの訓練はハードだからな。朝から晩までやっていれば普通に考えられる事態だ。この2週間持ってくれて本当に助かった。

 

「じゃあ一旦シャワーを浴びて、その後ロビーに集まろうか」

 

 というなのはの言葉にフォワード達は元気に返事をする。訓練が終わったばかりで疲労はあるはずだが、やる気は満ち溢れているようだ。

 ふと過去を振り返って彼女達と比較してみると、実に俺は元気溢れる少年ではなかった。とはいえ、俺もまだ19歳の若輩者だ。エリオやキャロとは一回り近く離れているが、これが若さか……などとはまださすがに思ったりしない。

 

「あれ? あの車って……」

 

 前方から黒のスポーツカータイプが走ってくる。それは俺達の近くで停車し、屋根の部分を消した。顔を出したのはフェイトとはやてである。車に乗っているのがふたりだと分かったキャロは驚きの混じった声を出し、彼女を含めたフォワード達は食い気味で近づいていく。

 

「すごーい! これ、フェイト隊長の車だったんですか?」

「そうだよ。地上での移動手段なんだ」

 

 さすがは19歳にしてオーバーSランクと執務官という肩書きを持つ人物である。普通の19歳はこんな車を所持してはいないだろう。

 まあ地球の常識で考えれば、俺も普通の19歳ではなくなってしまうのだが。魔法が使えるわけだし、義母が優秀過ぎる上にワーカーホリック気味だっただけに……あまりこういうことは言いたくないのだが、フェイトの使っている車を買える余裕はあるわけだ。

 しかし、自分が使う車を義母の金で買うような真似はしない。

 あの人は物欲がないというか、金を使おうとしない人だ。昔から俺が甘えたりすることがほとんどなかっただけに、頼めばすんなりと買ってくれそうではある。また金を使ったほうが世間のためではないのかと思ったりもするが……俺も社会人なのだ。きちんと収入がある身としては甘えてはいけないと思うのが当然であろう。

 

「みんな、練習のほうはどないや?」

「えーと……」

「頑張ってます」

「そうか」

「エリオ、キャロごめんね。私はふたりの隊長なのにあまり見て上げられなくて」

 

 申し訳なさそうに言うフェイトにエリオとキャロは大丈夫ですと返す。いやはや、実に子供らしくない対応である。地球の同年代ではきっとふたりのような反応はしなかっただろう……地球とミッドチルダを比べるのはどうなんだ、と内心理解してはいるのだが。

 なのはが訓練は順調であることを伝え、どこかに出かけるのか尋ねると6番ポートに行くという返事があった。どうやらはやてが聖王教会の騎士カリムに会いに行くらしい。

 はやてとカリムはリインが生まれた頃からの付き合いであり、カリムは機動六課設立に大きく貢献してくれているため、云わばはやての上司のようなものだ。ただ付き合いが長く、彼女の性格が性格だけに関係としては姉妹のようなものだろう。

 なぜこのようなことが言えるかというと、俺ははやてと付き合いがあり、はやてが何かと俺のことを話していたらしいので自然と交流が生まれてしまったのだ。最近は顔を合わせていないが、前ははやてと一緒にカリムの元を訪れていた。

 話を戻すが、はやては夕方まで戻ってこれないらしい。一方フェイトは昼には戻ってこれるとのこと。彼女はフォワード達に昼は一緒に食べようと約束すると愛車を走らせて行った。

 シャワーを浴びたりするメンツもいるため、俺達は一度解散する。訓練を見守る立場だった俺はシャワーを浴びる必要もなく、また技術者の一員であるため先に待ち合わせ場所のとある一室に向かった。

 そこではシャーリーがすでに待機してフォワード達の新型デバイスのチェックを行っていた。俺が早朝訓練終了と同時に送ったデータをさっそく活用しているらしい。

 

「その手の作業を任せてしまって悪いな」

「いえいえ、お気になさらずに。この手の作業は大好きですし、何よりやらせてもらえて嬉しいですから」

 

 心の底からそう思っているのだと分かる笑顔で言うシャーリーには助かるという思いを抱くと共に、生粋のメカ好きだと思った。そういえば、一部の人間からは『メカオタ眼鏡』と言われていたような気もする。

 まあこの件に関してはこれ以上は触れないでおくが、もしうちの義母のようになりそうな気配を感じたら止めに入ることにしよう。

 あの人のような真似は本来してはいけないのだ。マリーさん辺りがたまにやっていそうだが、それでもあの人よりはマシなのだから。

 そんなことを考えている間に綺麗になったフォワード達が入ってきた。自分達の新しいデバイスを見た彼女達はそれぞれ違った反応を見せる。

 

「うわぁ……」

「これが私達の新しいデバイス……ですか?」

「そうで~す。設計主任は本来はショウさんだったんだけど、ご好意で私がやらせてもらいました。まあ形だけでショウさんに引っ張ってもらった感じだけど」

 

 最先端の技術の製作及びテストを行う場所に居たので確かにシャーリーよりも詳しい分野はある。だが一般的な部分は大差がないと言っていい。細かいところだけ俺がやっただけで大半はシャーリーがやったようなものなのだから、上げるような言い方をされると思うところがある。

 

「加えてなのはさん、フェイトさん、レイジングハートさんにリイン曹長。もちろんファラさんも協力してくれてるよ」

「はぁ」

 

 微妙な反応ではあるが、ティアナの気持ちは分からなくもない。協力者の名前の中にオーバーSランクとデバイスが同時に上がれば、誰だってどこを目指して作ったんだろうという考えになる。

 それぞれのコンセプトだけ伝えてもらって、あとはデータに合わせて作ろうとしていた身としてもまさかこのようなことになるとは思っていなかった。つい2週間ほど前までは。

 

「ストラーダやケリュケイオンは……変化なしなのかな?」

「うん……そうなのかな?」

「違います。変化なしは外見だけですよ」

 

 いつの間に入ってきたのか、リインがエリオの頭に着地した。リインの大きさ的に人の頭の上に乗ることは問題ないのだが、靴を履いた状態で乗るのは如何なものか。普段浮遊して移動いるので汚れてはいないだろうが……。

 

「ねぇショウさん」

「ああ、エリオとキャロはまともにデバイスを扱った経験がないって聞いてたからな。だから基礎フレームと最低限の機能だけしか使えないようにしていたんだ」

「え、あれで最低限?」

「本当に?」

「嘘付いてどうする。本当のことだよ」

 

 それでもどこか納得していないように見える顔をしているエリオ達にリインがさらに説明する。それを簡潔にまとめれば

 フォワード達のデバイスは、機動六課の前線メンバーとメカニックが技術と経験を結集させて作った最新型。目的やひとりひとりの個性に合わせて作られた最高の機体である。

 といった感じになるだろうか。これに加えてリインは、このデバイス達は生まれたばかりであるが様々な人の想いや願いが込められている。なのでただの道具や武器とは思わずに大切に使ってほしいと続ける。

 無論、大切といっても最大限に活用してもらわなければ本末転倒なのでそのことも注意した。生まれた頃に比べると、リインも言うようになったものである。

 

「ごめんごめん、遅くなっちゃって」

 

 機能説明に入る直前でなのはが入ってきた。何度も説明するのは大した手間でもないが、それぞれ仕事を持っている身だ。二度手間にならないのは実に喜ばしいことである。

 シャーリーが視線で俺に説明するかと問いかけてきたが、やりたそうな顔をしていたので彼女に譲ることにした。すると彼女は良い笑顔を浮かべて、4機をディスプレイに映し出して説明を始める。

 

「まずその子達みんな、何段階か分けて出力リミッターを掛けてるのね。1番最初の段階だと、そこまでびっくりするようなパワーが出るわけじゃないからまずはそれで扱いを覚えてね」

「で、各自がその出力を扱えるようになったら私やフェイト隊長、ショウくん達の判断で解除していくから」

「ちょうど一緒にレベルアップしていくような感じですね」

 

 デバイスに組み込まれているAIも稼働時間に応じてマスターに合わせて成長するはずなので、リインの表現はとても的を得ているだろう。

 一部のデバイスのようにマスターの意思を尊重し過ぎるのも問題ではあるが、まあ今は必要がなければ無茶な真似はしないはずだ。そういう約束であの機能を作ったわけだし。

 

「あ、出力リミッターで言うとなのはさん達も掛かってますよね?」

「あぁ、私達はデバイスだけじゃなくて本人にもだけどね」

 

 本人にも、という言葉にフォワード達は驚きの声を上げる。毎日自分達4人を相手に余裕の姿を見せているだけに、信じられないといった気持ちがあるのだろう。

 

「能力限定って言ってね。うちの隊長や副隊長はみんなだよ。私やフェイト隊長、シグナム副隊長にヴィータ副隊長」

「それにはやてちゃんもですね。あっ、あとショウさんも掛かってましたよね」

「まあな」

 

 俺は隊長でもなければ副隊長でもない。それに本職はメカニックのつもりだ。まあ魔導師としての仕事ではあるのだが。

 なので……というか、俺にもリミッターが掛かるのは仕方がないことではある。部隊ごとに保有できる魔導師ランクの総計規模というものは決まっているのだから。

 これは本来優秀な人材を一箇所に集めすぎないように定められているのだろうが、ここのように能力限定で魔導師ランクを下げることで集めることができる。とはいえ、やろうとすると根回しやらが非常に大変であり、裏技のようなものなのでオススメはできない。

 

「うちの部隊で言うとはやて部隊長が4ランクダウンで、隊長達は大体2ランクダウンかな」

「4つ……はやて部隊長ってSSランクのはずだから」

「Aランクまで落としてるってことですか」

「そうです。はやてちゃんも色々と大変なんです」

 

 武装隊の隊長がAランクほどを考えると充分だと思う人間もいるだろう。だが指揮官やエースはAAランク以上が求められるものだ。はやてのリミッターを外せる者は上の人間であるため、よほどのことがない限りリミッターが外されることはない。

 故にはやてが前線に出るような展開を考えると不安にもある。……まあこの部隊の隊長陣を考えると、彼女が前線に出るというのは深刻な事態になっているケースしか考えられないのだが。

 

「なのはさんは?」

「私は元々がS+だったから2,5ランクダウンだからAA。だからもうすぐひとりでみんなの相手をするのは辛くなってくるかな」

 

 ランクだけで言えばそうなのだろうが、世間で不屈のエースオブエースと称されるだけあって経験は豊富だ。また個人的に今もフォワード達に加減しているように見えるので、当分は大丈夫なように思える。

 まあ今後はそれぞれに役割が出てくるだけに、個別で指導する方が効率は良いと思うし、戦技教官の資格がある人間がいるのだから使わないと損というものだ。……負担が増えるのはあれだが、新人のためと思えば楽しいと思える日々になるだろう。

 

「そういえば、ショウくんも結構ランク下がってるよね。今どれくらいだっけ?」

「お前と同じ量下がってるからAランクだ」

 

 なのでフォワード達の相手は……なんて続けようものなら笑顔で小首を傾げられることだろう。下手をすれば、「ショウくんなら今よりも上のランクの試験に合格するんじゃないかな?」と言われてしまう可能性がある。そうなっては実に面倒だ。

 

「そっか……まあ私達のことは心の片隅にでも置いてもらうとして、今はみんなのデバイスの話をしよう」

 

 すでにこれまでのデータを使って違和感がないように仕上げていること。スバルにはリボルバーナックルを新デバイスとシンクロさせており、自動で収容・装着されることを伝えた。あとは午後の訓練で実際に使ってみて、訓練中に細かな調整をしようという話が出る。

 スムーズに話が進む……が、突然それは起こった。

 高い音が鳴り響き、無数に赤い文字が書かれた画面が現れる。一級警戒態勢の合図だ。

 なのははすぐにグリフィスに状況を確認し、聖王教会から出動要請が出たと返答があった直後、聖王教会に出向いていたはやてから通信が入ってきた。何でも教会側で追っていたレリックらしきものが発見されたらしい。それは山岳レールで移動しているとのこと。この情報はフェイトにも入っているはずだ。

 

「移動中……まさか」

『そのまさかや。内部に侵入したガシェットのせいで制御が奪われてる。リニアレール内のガシェットは最低でも30体。大型や飛行型の新型も出てるかもしれへん。いきなりハードな初出動やけど、なのはちゃん、フェイトちゃん行けるか?』

 

 フェイトとなのはははやてに力強く肯定の意思を示す。次にはやてが声を掛けたのはフォワード達だ。

 

『スバル、ティアナ、エリオ、キャロ……みんなもOKか?』

「「「「はい!」」」」

『よし、良いお返事や……ショウくん』

「分かってる」

 

 短いやりとりではあったが、はやてはこちらの意思を理解したようだ。すぐさまグリフィスやリイン、なのは達それぞれに簡潔に指示を出す。

 機動六課を離れているフェイトは直接向かうということで俺となのは、フォワード達はヘリで先に向かうことにした。別の仕事を任せていたファラともヘリで合流する。

 

「新デバイスぶっつけ本番になっちゃったけど、練習どおりで大丈夫だからね」

 

 その言葉にスターズ分隊は元気に返事をする。フェイトの代わりにライトニング分隊にファラとリインが声を掛けると、きちんと2人分……いや2人と1匹の声が返ってきた。

 

「危ないときは私やフェイト隊長、リイン、それにショウくんがフォローするから大丈夫。おっかなびっくりじゃなく思いっきりやってみよう」

「「「「はい!」」」」

 

 声を聞いた限り極度の緊張はしていないようだが……キャロの表情はあまり良いとは言えないな。

 そう感じられた俺は声を掛けようかと思ったが、隣に座っていたエリオが先に動いた。俺も声を掛けておいたほうがより安心はするかもしれないが、励ましの言葉はなのはが口にしている。

 それに実戦でどれくらい動けるのか知っておく必要もある……だが、ガシェットに撃墜させるような真似はさせない。

 守ってみせる……必ず。

 

 

 



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第4話 「新たな力と目覚める竜」

 私を含めたフォワードメンバーとスターズ分隊の隊長であるなのはさん。それに特殊魔導技官であるショウさんは山岳を走っているリニアレールに向けてヘリで移動している。

 初出動ってことで不安はないとは言えないけど、これまでなのはさんみたいな魔導師になりたくて自分なりに努力してきた。

 加えてこの2週間、なのはさん直々の訓練も受けてきたんだ。なのはさんは訓練どおりにやれば大丈夫だって言ってたし、ティア達だっている。マッハキャリバーっていう新しい相棒も出来た。私はひとりじゃない。やれるはずだよね。

 そう自分に言い聞かせていると、状況に変化があった。何でも航空型のガシェットがこちらを捕捉したらしい。

 航空型……空でも一応戦えなくはないけど、私はなのはさんみたいに自由に空を飛べるわけじゃない。今の実力だときっと足手まといになるだけだ。

 

「ヴァイスくん、私も出るよ。フェイト隊長とふたりで空を抑える」

「うす、なのはさんお願いします」

 

 メインハッチが開かれたことで中の空気が乱れる。一歩間違えれば落下してしまいそうなものだが、なのはさんの顔色は何ひとつ変わることなく穏やかなままだ。

 

「じゃあちょっと出てくるけど、みんなも頑張ってズバッとやっつけちゃおう」

 

 なのはさんの力強い言葉に私達は一斉に返事する。が、キャロだけひとり遅れてしまった。

 戦闘が目前に迫ったせいか不安な気持ちが強まっている。そんな状態になっているのは、ティア達の顔を見る限り私だけではないようだ。キャロは女の子でまだ小さいんだし、一際緊張や不安を覚えるのは仕方がないと思う。

 それを私達以上に敏感に感じ取ったなのはさんは、温かな笑みを浮かべながらキャロに近づくとそっと彼女の両頬に手を添えた。

 

「キャロ、そんなに緊張しなくても大丈夫。離れてても通信で繋がってる。独りじゃないからピンチのときは助け合えるし、キャロの魔法はみんなを守ってあげられる優しくて強い力なんだから」

 

 なのはさんの言葉にずいぶんとキャロの顔色が変わったように思える。心なしか私の中にあった不安も軽くなった気がする。やっぱりなのはさんの存在や言葉は、私達にとって大きいようだ。

 

「それにショウくんも居るから。キャロのこと……ううん、キャロだけじゃなくみんなのことちゃんと守ってくれるよ。ね、ショウくん?」

「当たり前だ。こいつらのことは俺に任せて、お前は自分のことに専念しろ」

「うん」

 

 なのはさんは開いているメインハッチから勢い良く飛び出していく。その姿は見ているだけで勇気が湧いてくるほど勇ましかった。

 とはいえ、いつまでもなのはさんに意識を向けているわけにはいかない。私達には私達の任務があるのだ。今はそれを成功させることだけを考えないと。

 

「今回の任務だが目的はふたつ。ひとつはガシェットを1体も逃すことなく全て破壊すること。それとレリックを安全に確保する……でいいんだよなリイン?」

「はい。ですからスターズ分隊とライトニング分隊、2組に分かれて車両の前後からガシェットを殲滅しながら中央に向かうことを提案するです」

「レリックの保管場所が7両目ということを考えれば妥当だな。今の作戦で行こうと思うが異論はないか?」

 

 ショウさんの問いかけに私達は異論はないことを伝える。

 するとリイン曹長はくるりと回転しながらバリアジャケットに切り替えると、自分も私達と一緒に降りて管制を手伝うと言ってきた。彼女もやはり新人の私達からすると頼れる上司のひとりであるらしい。

 なのはさん達が航空戦力を抑えてくれているおかげで無事に降下ポイントに到着する。ヴァイスさんの激励に近い声を聞きながら、私とティアが先に降下していく。

 

「行くよマッハキャリバー!」

 

 今日出会ったばかりの相棒を起動してバリアジャケットを纏う。事前に説明されていたとおり、リボルバーナックルも同時展開される。マッハキャリバーも無事に足に装着された。ティアも無事に変身出来たようで私に少し遅れる形で降下している。

 スターズ分隊が降下してすぐ、ライトニング分隊のほうも向こう側に着地しているのが見えた。

 ふとバリアジャケットを見てみると私達のはなのはさんのものに、エリオ達のはフェイトさんのものに酷似していた。胸の内に生じた疑問をエリオ側に降りたリイン曹長が説明してくれる。どうやらこのへんに隊長陣の意見が組み込まれているらしい。少し癖はあるそうだが高性能な代物だそうだ。

 なのはさんと……。

 そう思うだけで、しみじみと込み上がってくる感激に自然と顔が緩んでしまう。だが次の瞬間、私は現実に意識を引き戻される。目の前にある人物が着地したからだ。

 

「スバル、感激してもらえるのは嬉しいことだがあとにしろ」

 

 話しかけてきた落ち着きのあるの低めの声の主は、バリアジャケット姿のショウさん。白を基調としている私達は真逆で真っ黒なバリアジャケットだ。右腕には袖がなかったりして気になりはするが、何より意識を向けられるのは腰周りにある無数の剣だ。

 刀身の中に柄を入れ込んだような長剣が一振り。刃の途中にいくつかの溝がある左右対称な長剣が二振り。それらとは刀身の長さは半分ほどしかない短剣が二振り。そして、右手に持たれているファラさんだと思われる肉厚な刀身を持つ両刃の長剣。

 双剣といった両手に武器を持って戦う人間がいるのは知っているが、6本も剣を持って戦う人を私は見たことがない。いったいどのようにして戦うのだろうか。

 

「……来るぞ」

 

 静かに紡がれた直後、目の前の天井部分が歪に変形する。青色の光線が次々と空に向かって放たれたかと思うと、ガシェットが2体顔を出した。

 

「ティアナ、左やれるか?」

「え、はい、やれます!」

 

 ティアがクロスミラージュを構えると魔力弾が生成される。ガシェットにはAMFがあるので、もちろん多重弾殻でだ。新デバイスの補助のおかげか、ティアの努力の賜物か、これまでで最も早い。

 だがそれ以上にショウさんの行動が早かった。剣尖をガシェットに向けたかと思うと、次の瞬間には魔力弾が放たれていたのだ。その魔力弾は敵のAMFをたやすく貫く。ティアが魔力弾を放ったときには、2発目を天井部分に放って内部への進入路を作った。

 ショウさんの視線を感じ取った私は、小さく頷き返しながら走り始め、気合の声を出しながら内部へ侵入する。

 

「うおおぉぉぉッ!」

 

 落下地点にちょうどガシェットが居たため、リボルバーナックルを装備している右腕を思いっきり叩きつけた。木っ端微塵にはできなかったが、行動不能には出来た。私は残骸となったガシェットを掴むと、移動しながら残っている敵に投げつけた。

 即座に2体破壊できたけど、敵はまだまだ残っている。あらゆる方向から飛来する光線を避けながら壁側に向かっていると、私の意志を汲み取ったかのようにマッハキャリバーが速度を上げてくれた。壁を走りながら《リボルバーシュート》を放つ。

 

「え……」

 

 AMFを抜くために思いっきり放ったものの、まさか天井を大きく食い破るとは思いもしなかった。それまでの加速もあって私は空中に舞い上がってしまう。

 

「おっとっと」

 

 このままじゃ敵から良い的にされる、と思った矢先、空中に魔力で形成された道が出現した。私はそれを走り抜け、原型の状態にある車両に着地する。

 

「マッハキャリバー……お前ってもしかしてかなり凄い? 加速とかグリップコントロールとか。それにウイングロードまで」

「私はあなたをより強く、より速く走らせるために作り出されましたから」

「……うん、けどマッハキャリバーはAIとはいえ心があるんでしょ。だったらちょっと言い替えよう。お前はね、私と一緒に走るために生まれてきたんだよ」

「それは同じ意味のように思えます」

「違うんだよ色々と」

 

 まあ生まれたばかりだからまだ分からないかもしれないけど。

 そう思って意識をガシェットに戻そうとすると、マッハキャリバーがぼそりと考えておくと言ってきた。自分のことを理解してくれようとしているんだと思うと自然と嬉しくなる。

 

「マッハキャリバー、この調子でどんどん行くよ!」

 

 ★

 

 わたしはエリオくんと一緒に順調にガシェットを破壊していき、8両目まで進んだ。そこで現れたのは新型の大きなガシェット。わたし達の姿を確認したそれはすぐさま機械の腕を伸ばして攻撃してきた。

 わたしはAMFの影響を受けないよう大きく後ろに下がりながら回避して、追撃しようとしてくる腕に向かって魔法を放つ準備をする。

 

「フリード、ブラストフレア……ファイア!」

 

 フリードから放たれた火球は真っ直ぐガシェットの腕に向かった。だが大型だけあってパワーも装甲も段違いなのか、いとも簡単に跳ね返されてしまう。

 エリオくんがストラーダに電気を纏わせながら斬りかかっていく。だけど破壊するどころか、傷ひとつつけることができなかった。直後、ストラーダに刃に纏っていた電気が消滅。距離を取っていたはずのわたしまで魔力が乱される感覚に襲われた。

 

「これは……」

 

 感覚からしてAMFに間違いない。でもこんな遠くまで届くなんて……これじゃあ上手く魔法が発動できないよ。

 魔法が使えないのはエリオくんも同じらしく、生身で大型とガシェットと交戦している。けど体格的にも彼のほうが不利であり、敵のほうが優勢に見える。助けたいと思うけど、わたしの魔法は補助が中心。近接戦闘が出来るわけでもないため、それが封じられている状態では何もできない。

 

「あの……」

「大丈夫、任せて!」

 

 元気な声が返ってきたけど、攻撃が通らないため防戦を余儀なくされている。

 エリオくんは近距離からの光線は見事に回避したけど、着地した瞬間に機械の腕で殴られ壁に打ちつけられた。それを見た時、わたしの脳裏にある記憶が蘇る。

 わたしは昔アルザス地方に住んでいた。けれど強い力は災いを呼ぶということで部族を追放され、その後は管理局に保護されて育った。けど竜達の力を制御できなかったため、その恐怖からか優しい言葉を掛けてくれる人はいなかった……あの人が来るまでは。

 あの人……フェイトさんと出会ってわたしの人生は変わった。昔のわたしには居ちゃいけない場所があって、しちゃいけないことがあるだけだったけど今は違う。

 

「うわぁぁぁっ!?」

 

 エリオくんの悲鳴に意識が戻される。車両の天井がこじ開けられたかと思うと、機械の腕に包まれた彼が姿を現し、空高く放り投げられた。

 瞬間的に脳裏に走るエリオくんとの日々。出会ったのはほんの2週間ほど前だけど、それでもわたしにとって大切な記憶。

 気を失っているのかエリオくんは風に流され落下していく。わたしは、気が付けば彼の名前を呼びながらリニアレールから飛び降りていた。

 ――守りたい……優しい人達を。わたしに笑いかけてくれる人達を……自分の力で守りたい!

 エリオくんの手を掴んだ瞬間、わたしの意志を感じ取ってくれたケリュケイオンが魔法を発動させてくれて落下速度を緩めてくれる。わたしは彼をそっと抱き締めると、近づいてきたフリードに話しかける。

 

「フリード、不自由な思いをさせてごめん。わたし、ちゃんと制御するから……行くよ竜魂召喚!」

 

 今までは怖くて使おうと思わなかった。

 だけど今のわたしには守りたいっていう強い気持ちがある。なのはさんだって、わたしの魔法はみんなを守れる優しくて強い力だって言ってくれた。今ならきっとできる。

 

「蒼穹を走る白き閃光。我が翼となり、天を駆けよ。来よ、我が竜フリードリヒ。竜魂召喚!」

 

 巨大な召喚魔法陣に加え、周囲に環状魔法陣が形成されていく。召喚魔法陣から巨大な2つの翼が現れたかと思うと、真の姿になったフリードがわたしの前に姿を現した。

 昔みたいに暴走したりしてない。わたしにも出来たんだ……エリオくんを助けることが出来た。

 胸を撫で下ろしながらふと下ろしていたまぶたを上げると、抱きかかえていたエリオくんと視線が重なった。自分で何をしていたのか理解したわたしは、すぐさま彼から両手を退けた。恥ずかしさが芽生えてしまっているため、顔が熱くなってしまっている。

 

「キャロ、よくやった」

 

 第三者の声が聞こえたかと思うと、大きな手に優しく頭を撫でられた。わたしの頭を撫でてくれたのは、優しい笑みを浮かべているショウさんだった。多分わたし達を助けるために飛んできてくれていたのだろう。

 ショウさんと出会ったのは機動六課に来てからだ。いつも訓練を見ているので挨拶はすることがあったけど、きちんと話したことはない。

 ただわたしは、以前からショウさんのことは知っていた。フェイトさんから話を聞いていたからだ。彼女曰く、ショウさんは不器用な部分もあるけど現実に向き合い続ける優しくて強い人らしい。

 

「さて……あいつを片付けるか」

 

 ショウさんに釣られるように視線を移すと大型のガシェットが外に出てきていた。さっきまでのわたしじゃどう足掻いても対抗できなかったけど、今はフリードが真の姿を取り戻している。攻撃に関しては段違いの威力だ。

 

「あの、まずはわたしがやってみていいですか?」

「ん? あぁ、もちろんだ」

「ありがとうございます。……フリード、ブラストレイ!」

 

 先ほどと同様にフリードが火球を形成し放つ。真の姿となったフリードが放つのは小さな火球などではなく炎の砲撃。威力ならAAランクほどの魔導師の砲撃だって負けていないだろう。けれど新型のAMFはこれまでのものより強力なようで抜くことはできなかった。

 

「気落ちするなよ。あの装甲形状だと砲撃じゃ抜きにくい……俺がやる」

「兄さん、僕とストラーダもやるよ」

 

 ストラーダの形状は槍だから一点突破はしやすい……え、お兄さん?

 エリオくんの名前はエリオ・モンディアルだし、ショウさんの名前は夜月翔。どう考えても兄弟ってことにはならない。まさか腹違いの……なんて感じよりかは、エリオくんにとってショウさんがお兄さんみたいな人って考えるのが普通かな。

 

「確かにキャロの助けがあればエリオでもやれるだろうが、まあ今回は任せてくれ。ちゃんと働かないと隊長達から怒られるから」

 

 えっと……別にやるべきことはちゃんとされているので怒られたりはしないと思うんですけど。むしろ、今の発言で怒られる気が。

 

「フリード、ちょっと足場にさせてもらうぞ」

 

 ショウさんはフリードの首元に静かに降り立つ。右手に剣を握っているのに、腰にはまだ5つもの剣が存在している。剣を使う魔導師とは聞いたことがあったけど、こんなに使うなんて話は聞いたことがない。

 長さとか形状が違うみたいだし、要所要所で使い分けるのかな。

 そんなことを考えてすぐ、目の前にあったはずのショウさんの姿が消えた。反射的に彼の姿を探すと、エリオくんを超える凄まじい速度で大型ガシェットに接近して行っているのが見える。

 とはいえ、ガシェットは機械でありまた距離も開いていた。人間相手ならろくに行動させずに攻撃出来たかもしれないけど、敵はいくつもの腕やケーブルを使って攻撃してきた。ショウさんは焦る素振りを見せることなく、右手に持った剣を少し引く。

 

「……え?」

 

 何が起きたのか一瞬理解できなかった。敵の攻撃は様々な方向から一斉に行われていたのだが、その全てが斬り捨てられていたのだ。

 ショウさんは車両に着地すると、肩の高さで剣を構え腕を引き絞りながら両足を前後に大きく開く。刀身に魔力が纏ったかと思うと、それは弾けて紅蓮の炎へと変わった。炎は拡散されることなく集束されていく。

 

「ッ……!」

 

 刹那の静止の後、ショウさんの右腕が消え失せて見えるほどの速さで撃ち出された。

 真紅色の輝く刃はAMFが発生していなかったのではないかと思うほど、簡単に装甲を貫く。剣が刺さったと認識した次の瞬間には、真紅色の刃が背中側から現れ、そこからさらに10メートルほど伸びた。

 これだけですでに勝負は決まっていたのだろうが、ショウさんはくるりと回転しながら前進すると、横を抜けるようにして一閃。彼が剣を切り払うのとほぼ同時に爆散した。

 ショウさんがフリードから離れてからそこに至るまでの掛かった時間はほんのわずかなもの。目で追えない部分もあった。

 

 ショウさんって隊長達と同じでリミッターが掛かっているはずだよね。

 

 それなのにあんな動きが出来るなんて、フェイトさんが言ってた通り凄い人だ。

 わたしと同じような想いを抱いているのか、いやお兄さんと慕っているだけあってわたし以上の想いがあるのか、隣にいるエリオくんは憧れのような眼差しをショウさんに向けている。

 それからすぐスターズ分隊が無事にレリックを回収し、ガシェットの殲滅が確認される。スターズ分隊はその後ヘリで中央のラボまでレリックを護送していくことになった。わたし達ライトニング分隊は現場待機となり、現地の局員に引継ぎを行うことになる。

 わたしは無事に初出動を終えられたこと、竜使役をちゃんと行えたことが嬉しくてエリオくんと一緒に笑いあう。

 そのときチラリとショウさんに意識を向けたんだけど、ショウさんの顔はあまり喜んでいるようには見えなかった。

 でも引継ぎがまだ終わっていないため、気を緩めていないだけなのだろう。そのようにわたしは思うだけだった。

 

 

 



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第5話 「個別指導開始」

 機動六課設立後初めての出動はこれといった問題なく無事に終了した。後見人であるカリムやクロノからの評価も悪くはないらしいので上々の滑り出しだと言えるだろう。

 ただ……俺の中にはある不安がある。

 リニアレールの一件では、これまでのガシェットだけでなく大型のガシェットが出てきた。AMFの発生範囲や強度を考えると、新型と呼ぶにふさわしい性能を持っていると言える。高性能なものを作るにはそれ相応のコストが必要だ。

 しかし、敵は本当にあれだけの戦力しか出せなかったのだろうか。

 カプセルタイプのガシェットⅠ型、飛行機タイプのガシェットⅡ型は数十体投入されていた。それに対して、Ⅰ・Ⅱ型と比べて巨大なガシェットⅢ型は1体のみ。個別の戦闘力を考えればおかしくないようにも思えるが、敵の勢力は未知数だ。まだ戦力を投入できたとしても何らおかしくはない。

 もし増援を送れたのにしなかったのだとすれば……敵はレリックよりも何かを優先したことになる。それは何なのか……敵からすればレリック集めの邪魔になっているのは俺達機動六課だろう。なら必然的に前線メンバーのデータを集めようとするはず。

 

「……いや」

 

 今は考えるのはやめておこう。

 敵の全貌が見えていない以上、考えても答えが出るとは思えない。それに前回のデータが今度の戦闘で役に立つのは一部だけだろう。隊長陣はリミッターを掛けているため、全力のデータが取れているはずはないし、フォワード達も日々成長している。

 今日もポジション別に訓練を行っている。スバルが担当しているポジション《フロントアタッカー》は単身で敵陣に切り込んだり、最前線で防衛ラインを守るのが仕事である。そのため攻撃時間を増加させるのとサポートの必要性を減らすため、防御能力と生存スキルが重要になってくる。それを今頃、ヴィータに熱心に教えられていることだろう。

 ティアナがなのはに教わっている《センターガード》は、チームの中央で誰よりも早く中・長距離戦を制する役目を担っている。あらゆる相手に正確な弾丸を選んで命中させる判断速度と命中精度が必要だ。その為に迎撃の際は、敵の攻撃を避けたり受けたり動いたりせずに、足は止めて視野を広く持つ事が求められる。また、他のポジションへの指示を含む前線での戦術レベルの指揮能力も求められるので大変なポジションだ。

 エリオとキャロはそれぞれ《ガードウイング》と《フルバック》というポジションで、役割も違ってくるのだが、どちらも素早さが求められるポジションだけに一緒に訓練を行うことになっている。一応訓練は俺が見ることになっているが、今日はフェイトが訓練の手伝いに来てくれているので彼女に任せている。

 

「エリオやキャロはスバルやヴィータみたいに頑丈じゃないから、まずは反応や回避が最重要。例えば……」

 

 訓練用に設置しておいた攻撃用のスフィアが発光する。攻撃を準備している合図だ。

 スフィアの放った射撃は低速で直線的。機動六課内でも最速の移動速度を持つフェイトが当たるはずもなく、軽やかなステップで回避する。まあここで当たっては手本にならないのだが。

 

「こんな風に……まずは動いて狙わせない」

 

 動き回るフェイトをスフィアが追いかけるが、設定が低くしているため動きは遅い。これでは説明が進まないため、彼女は障害物の前でわざと止まってスフィアに標準を定めさせる。

 

「攻撃が当たる位置に長居しない」

 

 そう言ってフェイトは、攻撃をギリギリまで引き付けてから簡単に回避して見せた。動きを分かりやすく見せるために回避を遅らせたのだろうが、射撃の弾速次第では今のようなことはできない。だが誘導性がある場合は早めに動くのが悪手になることもあるため、見切りのタイミングが重要になる。

 

「これを低速で確実にできるようになったら……少しずつスピードを上げていく」

 

 フェイトの言葉に連動してスフィアの射撃精度や弾速が上がっていく。だが危なげない動きで彼女は回避を続ける……が、スフィアの囲まれてしまった。スフィアはタイミングを合わせ集中砲火を仕掛ける。無数の射撃が着弾し土煙が舞い上がった。

 

「「あっ……!?」」

 

 エリオとキャロはほぼ同時に声を上げた。フェイトの身を心配したのだろう。

 ふたりはフェイトの動きを追えていなかったようだが、着弾する寸前に高速移動魔法を発動させて動き出すのが見えた。ふたりの背後に移動するのは性質が悪いとも言えるが。

 

「こんな感じにね」

「え?」

「……あっ」

 

 背後に立っていたフェイトに気が付いたふたりは、先ほどまで彼女が立っていた場所に視線を戻す。土煙が晴れると、えぐられた地面が姿を現した。

 それは射撃の着弾視点からフェイトの立っている場所までU字のように出来上がっている。これもエリオ達に動きの軌道を見せるためにわざと作ったのだろう。

 

「す……すご」

「今のもゆっくりやれば誰でも出来るような基礎アクションを早回しにしてるだけなんだよ。スピードが上がれば上がるほど、勘やセンスに頼って動くのは危ないの」

 

 言っていることは最もであるが、フェイトほどの速度で動ける人間はそういない。今のエリオやキャロからすれば、現実味をあまり感じられない言葉だろう。だからといって信じないような真似はしないだろうが。フェイトとの間には確かな絆が結ばれているのだから。

 

「ガードウイングのエリオはどの位置からでも攻撃やサポートが出来るように。フルバックのキャロは、素早く動いて仲間の支援をしてあげられるように。確実で有効な回避アクションの基礎をしっかりと覚えていこう」

 

 微笑みかけるフェイトにエリオ達は元気に返事をする。じゃあさっそく訓練を始めてみよう、という流れになり、エリオ達はスフィアと障害物が待つフィールドに足を踏み入れた。必然的にフェイトは見守る立場になるため、先ほどからはたから見ていた俺の近くに歩み寄ってきた。

 

「ごめんね、本当はショウが指導するはずなのに」

「別に謝ることじゃないだろ。フェイトはふたりの隊長なんだし、俺は楽ができるんだから」

「あはは……私が隊長って部分だけで良かったんじゃないかな」

 

 苦笑いしながらのツッコミはあえて聞き流す。ここで反応するのはフェイトも困るだろうし、エリオ達にもきちんと意識を向けておかなければならないからだ。会話に熱中するわけにはいかない。

 

「……ふたりとも強くなれるかな」

「すでになってるさ。なのはの厳しい訓練にも付いて行っているし、キャロに至っては竜を使役できるようになっただろ。元々高い素質を持ってる奴らなんだ。日に日に強くなっていくだろうさ」

 

 無理や無茶な訓練はしていないし、やけになっている素振りもない。あの子達は言われたことを信じて熱心に訓練に打ち込んでいる。スバルも同じだろう。ただ……ティアナは心配だ。

 ランスターという名前にはひとつ心当たりがある。

 今からおよそ6年前、首都航空隊に在籍していたティーダ・ランスターという人物が任務中に亡くなっている。ティアナのプロフィールを見せてもらったが、彼の妹で間違いないだろう。

 悲しい過去であると思うし、ティアナの魔導師としての道に多大な影響を与えているはずだ。だがそれ以上に今の環境が問題になりそうではある。

 日頃行っている訓練やティアナの個別指導は、おそらく自身の成長を感じにくいものだろう。スバルならばどれほど耐えられるようになったか、エリオ達ならどれほど速い攻撃を避けられるようになったかが見える形で分かるのだから。

 加えて、ティアナを基準にフォワードメンバーを比較した場合、スバルは体力や魔力面で優れている。エリオには電気の魔力変換資質があるし、キャロには竜を操る力がある。このふたりは年齢が年齢だけにこれから伸びていく量も予想がしにくい。

 人が自分よりも才能がある者に出くわしたときに抱く感情は憧れといったプラスのものもあれば、妬みや劣等感といったマイナスのものもある。オーバーSランクとして知られている人物が隊長をしていることもあって、彼女は自分には才能がないと思っていたりしないだろうか。

 もしも思っているとすれば……かつての俺のように無茶な真似をしかねない。

 フォワード達を見る時間が長いのは俺となのはだ。なのはも全員きちんと見るようにはしているだろうが、訓練内容を考えたり、隊長としての責務がある。なら……

 

「ショウ、どうかした?」

「ん? あぁいや、何でもない。ただ……こいつらのことをちゃんと見ててやろうって思っただけさ」

「え? ……ショウは充分に見てると思うけど。エリオには……兄さんって呼ばれてるし」

 

 フェイト……それは俺が自分から呼べって言い出したことじゃないし、羨ましそうな目でこっちを見ないでくれ。というか

 

「あのなフェイト……呼んでほしい言葉があるなら言ったらどうだ?」

「そ、そんなの言えるわけないよ……変な人だとか思われちゃうかもしれないし」

 

 頬を赤らめて指をもじもじさせる姿は普段の凛としたギャップもあって可愛らしくもあるのだが、一体この人物はエリオ達に何と呼ばせようと思っているのだろうか。変な人だと思われる言葉なんてそうないと思うのだが。

 保護者的な立場としてはお母さんとでも呼んでほしいのかもしれないが、エリオ達とは一回りほどしか年齢は変わらない。エリオ達からすればフェイトはお母さんというよりはお姉さんだろう。

 

「それにそういうのって……自分から言うのもあれだろうし」

 

 いやいや、お前の義姉であるエイミィは昔俺にお姉さんと呼んでほしい的な発言をしていたぞ。

 あれこれ考えすぎて何も言えないのは良くない。だからはっきりと言ってしまえ、とも思いはするのだが……フェイトは過保護な面がある。

 エリオやキャロは境遇的にフェイトを邪険に扱ったりしないだろうが、感性が同年代よりも大人びているだけに、構われれば構われるほど早く自立しなければと思うのではないだろうか。それが『フェイトさん』という呼び名に繋がっているような気も……。

 

「なら今のままでもしょうがないな」

「う……そういうこと言わなくてもいいのに」

「はぁ……こっちはこっちで世話が焼けるな」

 

 

 



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第6話 「芽生えゆく焦燥」

 午前の訓練を終えたあたし達フォワードは、スバルの父親であるゲンヤさんに会いに行くというはやて部隊長達を見送った後、全員で昼食を取ることになった。はやて部隊長達を見送りに来ていたシャーリーさんも同じテーブルに着いている。

 テーブルの中央には山盛りのスパゲティが置かれており、それをそれぞれ食べる量取って食事を進めている。私やシャーリーさん、キャロは一般的な分量だけどスバルやエリオは話しながらも凄まじい速度でスパゲティを胃袋に収めていっている。

 ――スバルの食べる量にも驚いたけど、まさかエリオも大食いとはね。まあ時期的にしっかりと食べておかないといけない時期だし、毎日体を限界近くまで動かしてるからちゃんと食べたほうがいいんだろうけど。

 とはいえ、もしも私がふたりと同じ量食べたなら間違いなく体重が増える。いったいどういう体の構造をしているのだろうか。これはきっと私だけではなく、年頃の女性ならば誰もが思うことに違いない。

 

「なるほど、スバルさんのお父さんやお姉さんも陸士部隊の方なんですね」

「うん、八神部隊長も一時期父さんの部隊で研修してたんだって」

「へぇ……」

「しかし、うちの部隊って関係者繋がり多いですよね。隊長達も幼馴染同士なんでしたっけ?」

 

 この中で最も隊長達と付き合いの長そうなシャーリーさんに問いかけてみると、すぐさま肯定の返事がされた。

 

「なのは隊長と八神部隊長、それにショウさんも同じ世界の出身だね。フェイトさんも子供の頃はその世界で暮らしてたとか」

 

 あぁ……だから距離感が近いのか。

 ショウさんが八神部隊長やフェイト隊長と話してるところはほとんど見たことがないけど、毎日訓練に顔を出しているのでなのはさんと話しているところはよく見ている。

 なのはさんは私達の前で話すときはいかにも教官とか隊長って感じだけど、あの人と話すときは少し声色が変わるのよね。女の子らしくなるというか……まあ同じ世界の幼馴染と私達とじゃ話し方が違って当然だろうけど。

 

「えっと……確か管理外世界の97番?」

「そう」

「97番って……私の父さんのご先祖様が居た世界なんだよね」

 

 スバルの発言に真っ先に興味を持ったエリオが質問する。するとスバルは、空になっていたエリオの皿にスパゲティを盛って上げながら返事をした。

 普段は世話を焼かれる側のはずだけどエリオ達の前ではそういうことするわよね……年下の前ではそういうことをしたいって思うのは分かるし、私もなんだかんだで面倒見ちゃってるから何も言わないでおくけどね。

 

「そういえば、名前の響きとか何となく似てますよねなのはさん達と」

「そっちの世界には私もお父さんも行ったことがないし、よく分かんないだけどね。あぁそういえば、エリオはどこ出身なんだっけ?」

「僕は本局育ちなんで……」

 

 エリオの発言に思い当たるものがあった私は、さらに話を進めようとするスバルに制止を掛けようとした。だがスバルのほうが1歩早く口を開いてしまったため、会話は続いてしまう。

 

「管理局本局? 住宅エリアってこと?」

「いえ、本局の特別保護施設育ちなんです。8歳までそこに居ました」

 

 言っているエリオ本人の顔は明るいが、スバルもようやく自分が不味い話をしてしまったことに気が付いたようで顔色が曇る。

 ここで口に出してスバルを責めてしまうとエリオに気を遣わせてしまうと思った私は、彼女にだけ念話で「バカ」と簡潔に伝えた。

 まったく何やってんのよ。この場でエリオの話から事情が汲み取れてなかったのあんただけよ。キャロだって察してたんだからあんたも察しなさいよね。こういうところが抜けてるから私の負担が増えるんだから。

 

「あ、あの……気にしないでください。優しくしてもらってましたし、全然普通に幸せに暮らしてましたんで」

 

 スバルよりもエリオのほうが大人な気がしてきた。今はまだスバルのほうが上っぽくはあるけど、時間が経つにつれて立場が逆転しそうだわ。私の負担は減りそうだけど、年下にスバルの面倒を見せるのもどうかと思うし……私が面倒見るしかないわよね。

 

「あっそうそう、確かその頃からフェイトさんがエリオの保護責任者なんだもんね」

「はい、もう物心ついた頃から色々と良くしてもらって……魔法も僕が勉強をし始めてからは時々教えてもらって。いつも優しくしてくれて、今も僕はフェイトさんに育ててもらっていると思っています」

 

 フェイト隊長のことを話すエリオの顔は、本当に感謝しているのが人目で分かるものだった。

 

「フェイトさん、子供の頃に家庭のことでちょっとだけ寂しい思いをしたことがあるって。だから寂しい子供や悲しい子供をほっとけないんだそうです。自分も優しくしてくれる温かい手に救ってもらったからって」

 

 優しそうな人だってのは分かってたけど、やっぱりこうして人の口から聞くと感じ方が違うわね。

 私とそんなに歳が変わらないのにオーバーSランクの魔導師で執務官。憧れのような気持ちを持つけど、その一方で自分との才能の差を感じてしまう。

 自分の内側に意識が向きそうになったとき、キャロが何かを思い出したかのように話し始めた。

 

「あっ、そういえば……エリオくん、何でショウさんのことお兄さんって呼んでるの? 初めて出動した日より前は言ってなかったような気がするんだけど」

「私も実は気になってたんだよね」

「えっと……別に大した理由じゃないですよ」

 

 少し恥ずかしそうにしながら「それでもいいんですか?」と視線で投げかけてきたエリオにスバル達は即行で頷く。私は興味がないように振る舞ったが、特殊魔導技官何ていう肩書きを持つショウさんに興味がないわけではないので耳だけはきちんと傾ける。

 

「その、兄さんと出会ったのは大分前のことで……フェイトさんがある日連れてきてくれたんです。兄さんがどんな人なのか、どういう仕事をしているとかはフェイトさんから毎度のように話してくれていたんで、恐怖心みたいなのはなかったですね」

 

 私の考え過ぎかもしれないけど、今のエリオの言葉を鵜呑みにして想像を働かせるとフェイト隊長がショウさんに気があるように思えるんだけど。

 多分あれよね、エリオが説明し忘れているだけでなのはさんやはやて部隊長の話もしつつ、その中で出てきただけってはず。確かな証拠もないのに疑うのは良くないし、同じ世界で過ごした時間があるんだから話に出てもおかしくないわけだし。

 

「ただ……兄さんって普段感情を顔に出していない人じゃないですか。だから直接顔を合わせると緊張しちゃって。まあフェイトさんも一緒で気まずい感じにはならずに済んだんですけどね」

「そうなんだ。確かにショウさんとふたりっきりで話すのは私も緊張するかも。何ていうか、ふざけたら怒られそうだし」

「限度を弁えずにふざけたらショウさんじゃなくても怒るわよ」

 

 一般的なことを口に出すと、スバルは笑って誤魔化し始める。

 まったく……もう少し言葉は選んで発言しなさいよ。ふとしたことがきっかけで面倒事に発展したりもするんだから。

 

「それでエリオ、それからショウさんとどうなったわけ?」

「あれ? ティア、興味なさそうにしてたのに本当は興味あったんだ」

「うっさい、私が止めちゃったから話を進めようとしただけよ」

 

 別にエリオとショウさんの関係を知っていようと知らないでいようと、私には大した問題は起きない。私が知りたいと思っている部分はあの人の魔導師やメカニックとしての腕に関すること……言ってしまえば才能に関するところだ。

 

「それでどうなったわけ?」

「あっはい。それからは僕のことを気に掛けてくれていたのか、ひとりでもちょくちょく会いに来てくれるようになったんです。それで少しずつ話すようになって……」

 

 エリオは次々とショウさんとの思い出を話していく。会いに来る度にお菓子を持ってきてくれたこと。魔法のことを知りたいといえば大抵のことは教えてくれたこと。

 それらを話すエリオの顔は本当に心から楽しいと思ってたんだと分かるほどの笑顔で、私にはほんの少し眩しくて辛く思えた。今は兄さんを慕っていた頃の自分を重ねてしまったから。

 

「管理局に入りたいと思ってることを言ったらこう言ってくれたんです。本当にやりたいこと、なりたいものがあるなら全力でやってみればいい。もし間違った道に行こうとしたなら止めてやるから、って。それで……そのうちお兄さんみたいだなって思うようになって、思い切って呼んでいいか聞いてみたらあっさり了承してくれたんです」

「そうなんだ……その話を聞いたら私ももっとショウさんに興味持ってればよかったなぁ。何度か前に会ったことあるし、ちゃんと接してたらお兄ちゃんみたいに思ってたかもしれないから」

「あんたみたいな妹なんてほしいとは思わないでしょ。うるさい上に無駄に元気で鬱陶しいし」

「ティア、それは少し言いすぎじゃないかな。ショウさん落ち着いてるし、元気な妹がほしいと思うかもしれないじゃん」

 

 何でそんなに食い下がってくんのよ。

 あんた、まさか本当にショウさんに妹扱いしてほしいんじゃないでしょうね。キャロが言うなら可愛げもあるけど、あんただと私は引くわよ。

 

「妹がほしいかどうかは分からないけど、スバルみたいな子の相手はショウさん慣れてると思うよ。スバルと同じくらい、いやそれ以上に元気な人と知り合いのはずだから」

「本当ですか!?」

「うん。ショウさんは一見取っ付き難そうな人だけど、どんな話題でもなんだかんだで相手してくれるからね。訓練やデバイスのことだけじゃなく、何でも話してみればいいんじゃないかな。もしくは……今は厳しいかもしれないけど、スバルで言えば格闘技の練習に付き合ってもらってもいいだろうし」

 

 シャーリーさんの言葉にスバルは疑問の表情を浮かべる。以前の出動でショウさんの戦っている姿は見ているが、使っていたのは剣型だったはず。近接戦闘の技術はあるだろうけど、格闘技の相手となると勝手が違うように思えるのだが……。

 

「あらら、見事なまでに何でって顔してるね。まあ使ってるデバイスは基本剣型だし、訓練に顔を出してても基本はなのはさんの手伝いでみんなとは手合わせしてないだろうから分かんないか」

「えっと……ショウさんって本当に格闘技できるんですか?」

「出来るはずだよ」

 

 シャーリーさんが言うには、ショウさんは昔からシグナム副隊長と剣の稽古をしたり、今は前線を退いているフェイト隊長の使い魔と体術の訓練をしていたらしい。そのため近接戦闘の技術はかなり高く、剣の腕前は達人級とのこと。

 

「それにショウさんってミッド式はもちろん、ベルカ式の魔法も使える人だからね。あの人がいればデバイスのテストするとき本当に楽なんだよ。それに私みたいなメカニックと違って実際に使って戦ったりする人だからね。使う側の気持ちとかが分かってるだけに、みんなのデバイス作ってるときもショウさんの心構えというか意気込みには何度も感心させられたものだよ」

 

 話を聞けば聞くほど、ショウさんも遠い存在のように思えてくる。けれど、別に落胆したりはしない。何故なら前回の出動で彼が戦っている姿を見ているからだ。

 多重弾殻の生成の速さや周囲の観察力、大型ガシェットを葬った時の圧倒的な剣捌き。それを見れば自分よりも上の人間だということは察することが出来る。あれでリミッターが掛かっているのであれば、私の予想よりも遥かに凄い魔導師なんだろう。

 A級デバイスマイスターの資格を持っているシャーリーさんが認めるメカニックで……なのはさん達にも負けない力量を持った魔導師。私なんかとは全然違う……私みたいな凡人とは。

 どうして最初会ったときに自分と同じような匂いを感じてしまったのだろう。なのはさんのようにエースオブエースと呼ばれたりしていなかったから? 発せられる雰囲気に圧倒されるものがなかったから?

 ううん、違う……私が弱いから。才能がない魔導師だからだ。

 この部隊の隊長陣は普通に考えれば異常とも思える実力を持った人間が集まっている。まあ新設部隊なのでスタッフは新人が中心のようなので、その配慮かもしれないが。

 でも……才能溢れる人材が集まっているのは確かだ。

 フォワード陣に関してもスバルは私なんかより体力も魔力を優れてる。エリオにはスピードと魔力変換資質があるし、キャロには強大な力を秘めたチビ竜を使役する力がある。……私には、私にはこれといって何もない。

 やり遂げたい目標のために努力してきた。気後れもあったけどこの部隊に入って、なのはさんの厳しい訓練にも付いて行っている。でも……みんなはどんどん成長していくのに私は部隊に入る前と大して変わっていない。差は日に日に開いていっている。

 

「へばって昼飯を食べてないんじゃないかと思ったが、ちゃんと食べてるみたいだな」

 

 第三者の声に意識を向けてみると、そこにはヴィータ副隊長の姿があった。見た目は私よりも小さくて子供のように見えるけど、エースと呼べそうなほどの経験と実力を持つ高ランクの騎士だ。個別指導ではスバルの指導を行っている。

 

「ヴィータ副隊長、どうかしたんですか? ……まままさか訓練の時間過ぎてるとか!?」

「ちげぇから落ち着け。大体な、もしそうならこんな穏やかに来てねぇっつうの」

「あはは……ですよね。すみません。……えっと、それじゃあ何しに? ご飯を食べに来たようにも見えませんけど」

「別に大した用じゃねぇよ。これをお前らに持ってきただけだ」

 

 ヴィータ副隊長がテーブルの上に置いたのは、ケーキでも入っていそうな白い箱。食い気の張っているスバルが何なのか問いかけると、ヴィータ副隊長はすぐに中を見せてくれた。

 箱の中に入っていたのは、見ただけでそのへんで市販されているものではないと分かる綺麗な円形のケーキが入っていた。スパゲティで充分満腹になっていた私でさえ、食べたいと思える代物だった。

 

「ヴィ、ヴィータ副隊長……これ本当に食べていいんですか?」

「ん? 食べていいに決まってんだろ。ダメならそもそも持ってきてねぇ……まあ無理なら食べなくていいけどな」

 

 そんなことを言うヴィータ副隊長に対する返答は、もちろん全員「食べます!」だった。箱に入っている数は6個。ここにいるメンバーはフォワード陣に加えてシャーリーさん、ヴィータ副隊長の合計6人。ひとり当たり1個ずつの計算になる。

 ヴィータ副隊長は最初あたし達でどうにかしろと言ってきたが、スバル達の誘いを断りきることが出来ず同じテーブルに着いてくれた。

 

「これ……とっても美味しいです」

「そうね、ここまで美味しいのは食べたことないわ」

「ヴィータ副隊長! これってどこのお店のですか?」

 

 興奮のあまりやたらと顔を近づけるスバルの首根っこを持ってイスに座らせる。

 気持ちは分からなくもないけど、ヴィータ副隊長の気持ちも考えなさいっての。というか、その元気は訓練に取っておきなさいよね。あんたが動くと私が休憩できないんだから。

 

「こいつは売りもんじゃねぇよ」

「え? ということはヴィータ副隊長の手作りだったり?」

「あいにくこんなもんを作れる技術はねぇよ。これはショウが作ったんだ」

 

 私は一瞬自分の耳を疑った。

 これを作ったのがショウさん? ショウさんってあのショウさんよね。私達のデバイスの製作に関わってて、訓練にも顔を出しているあの……。

 ここでシグナム副隊長やシャマル先生の名前が出ても驚いたと思うが、まだ女性だけに理解もできる。けれどショウさんというのは……別に男女差別のようなことをしたいわけではないのだが、彼がお菓子を作っている光景はなかなかに想像しにくいだろう。

 あの人……メカニックや魔導師だけじゃなく、こんな才能まで持ってるわけ。いったいどんだけ才能に溢れてんのよ。

 こんな風に負の感情を込めつつ疑いを持ったのは私だけだろうけど、スバルやキャロも完全には納得できないようだ。ただエリオだけは疑いを持っていない顔をしている。

 

「あぁやっぱり……見た目とか味的にそうなんじゃないかって思いました」

「え……エ、エリオ」

「何でしょうスバルさん?」

「い、今の言い方からすると……前にも食べたことがあるみたいに思えるんだけど」

「はい、ありますよ。あれ……さっき僕、兄さんがお菓子を持ってきてくれたって言いませんでしたっけ?」

 

 エリオ……確かに言ったけど、普通は市販されてるものを持ってきてくれたって思うから。そこにツッコまなかったこっちにも非はあるし、エリオを責めるような真似はできないんだけど。

 ……って、スバル。あんた、羨ましそうな顔をするんじゃないわよ。どれだけ食い意地が張ってんのよあんたは。……まあ、この憎たらしく思えるほど美味しいものを食べられると思うと気持ちは理解できるけど。ただ私はスバルと違うからね。そんな風に思ってるのもほんの少しだけだし。

 

「よし決めた! 私、もっとショウさんと仲良くなる!」

「仲良くなるのは良いことだが、この流れだと邪な考えがあるようにしか思えねぇぞ」

「あはは……まあ正直に言っちゃうとその考えはありますね。もっとショウさんのお菓子食べてみたいですもん」

「スバル、あんたね……」

「でもスバルさんの気持ち分かります。わたしもまた食べたいです」

「多分言えば作ってくれると思うよ。お菓子作りはショウさんの趣味みたいなものだし、近しい人には時々何もなくても差し入れとして作ってきてくれる人だから」

 

 シャーリーさんの言葉に私を除いたフォワード陣のテンションが上がる。美味しいお菓子をまた食べられるかもしれないと思うと嬉しくもあるが、一応フォワードの中では私が最年長だ。というか、エリオやキャロはともかくスバルみたいにはしゃぎたくない。どう考えても私のキャラじゃないし。

 

「あ、それと……ショウさんってお菓子だけじゃなく料理も出来る人だから女の子達は将来のことを考えて習ってみてもいいかもね」

「へぇ……本当にショウさんって何でもできるんですね」

「本当にそうね。でもまあ一流のメカニックな上に凄腕の魔導師なんだから当然のことかもしれないけど」

 

 私達の訓練に付き合ってくれているし、デバイスのほうも親身に見てくれている。良い人なんだとは思っている。けれど、どうしても苛立ちを覚えてしまう。

 私とショウさんは違う。才能の満ちた人間が周囲に居るせいかつい比べてしまうけど、私はこれといった才能のない凡人。でもあっちは才能を持っている。騒がれていたのはきっと周囲の人の活躍が大きすぎるからだろう。私なんかとは違う……

 

「ようは天才ってことなんでしょうね」

 

 そう言った直後、やけに大きな金属音が聞こえた。音を立てたのはヴィータ副隊長のようで、すでにケーキは食べ終わったようで小皿にはフォークが置かれている。

 一瞬フォークを勢い良く置きすぎてしまっただけかと思ったのだが、ヴィータ副隊長から発せられる雰囲気は先ほどと違って穏やさがなくなっているように思えた。

 

「……あいつは天才なんかじゃねぇよ」

 

 席を立ちながら放たれた言葉には確かな怒気が宿っていた。こちらに向けられている瞳も鋭く、思わず身が強張ってしまう。

 

「てめぇらからすればそういう言葉を言いたくなるのは分かるけどな……あいつのことよく知りもしないで口にするんじゃねぇ」

 

 それ以上言うつもりなら容赦しない。

 そう取れる怒った目をヴィータ副隊長は向けて、静かにこの場から去って行った。

 

「……ティア、どうしよう」

「どうしようって……」

「ヴィータ副隊長って午後の訓練にも参加するんだよね」

「…………私の発言が原因だろうし、あとでちゃんと謝っておくわよ」

 

 

 



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第7話 「募りつつある不安」

 俺は今機動六課の隊長陣とフォワード、シャマルやザフィーラといったバックヤード陣の代表と共にヘリで移動している。

 

「ほんなら改めてここまでの流れと今日の任務のおさらいや」

 

 そう言ってはやては、これまで謎だったガシェットドローンの製作者並びにレリックの収集者と思われる人物をスクリーンに映す。

 スクリーンに映された人物の名前はジェイル・スカリエッティ。違法研究で広域指名手配中の次元犯罪者である。こいつは前にフェイトが捜査対象にしていたことに加え、生命操作や生体改造、そして精密機械に通じていた人物であるため、ほんのわずかばかりではあるが俺も奴に対して知識を有している。

 

「今後は違法研究で広域指名手配されているジェイル・スカリエッティの線で捜査を進める」

「こっちの捜査は主に私が進めるんだけど、一応みんなも覚えておいてね」

 

 フェイトの言葉にフォワード達は元気良く返事をする。初めて出動した日と比べると実に落ち着いたものだ。まあ今回は急な任務ではなかったため、前もって心の準備が出来たのも大きいのだろう。

 ――ただ……ティアナに関しては不安なところだ。

 一見落ち着いているように見えるが、スバルのように感情を簡単に表に出すようなことはしない子だ。もし焦燥感を抱いている場合、訓練を開始してからの時間的に考えて最初の山場を迎えている頃だろう。今回の任務で何かしらミスでも犯せば、一気に危険な道に進みかねない。

 

「……マスター、どうかした?」

「ん? いや別に……」

「そう……考え過ぎても意味がないときはないからね」

 

 あっさりと流してくれたものの、付き合いが長いだけにファラには俺の考えていることは分かっているのかもしれない。

 確かにファラの言うとおり、俺が考え過ぎているだけという可能性もある。それに確たる証拠がない今下手に動けば、かえってティアナの精神状態を悪くしかねない。今はまだ見守るしかないだろう。

 ジェイル・スカリエッティに関してはその手の専門家であるフェイトに今は任せる他にないため、必然的に話は今日の任務に移ることになる。

 リインがスクリーン近くに移動すると、映像が今向かっているホテル・アグスタのものに切り替わる。骨董美術品オークションの会場警護と人員警護、それが今回の任務だそうだ。

 なぜ俺達機動六課がそのようなことを行うのかというと、出展されるものの中に取引許可が下りているロストロギアがあるからだ。それ故にレリックと誤認してガシェットが襲撃する可能性が高いのだ。

 またこの手の大型オークションは密輸の隠れ蓑になることが多いため、様々な方面に気を配っておかねばならない。

 

「現場には昨夜からシグナム副隊長とヴィータ副隊長他数名の隊員が張ってくれてる」

「私達とショウくんは建物の中の警備に回るから、前線は副隊長達の指示に従ってね」

 

 今の心境的には外でティアナを気に掛けておきたいのだが、任務の内容的に内の警備も重要な仕事だ。

 シグナムやヴィータの力量はこれまでに何度も手合わせしてきたから知っているし信頼もしている。キャリア的に考えても周囲から実力は認められているはずだ。

 そう思えるだけにフォワードのことはシグナム達に任せるべきなのだろう。が、どうにも今日は嫌な気がしてならなかった。なので俺はティアナの所属しているスターズ分隊の副隊長であるヴィータに念話を飛ばす。

 

『ヴィータ、少しいいか?』

『別に構いはしねぇけど、急にどうしたんだよ? そっちで何かあったのか?』

『いや、今のところは何もない。もうすぐそっちに到着する』

『そうか……ってことは、あたし個人に対する頼み事か?』

 

 見た目は子供でも歴戦の騎士であり、管理局に入ってから10年目を迎えているだけに話が早い。まあ付き合いが長いのが最大の理由な気もするが……理由はどうであれ、理解が早いことはこちらにとっても良いことだ。

 

『ああ……ティアナのこと少し気に掛けといてくれないか?』

『ティアナ? 分かった』

『……こっちとしてはありがたいことだが、理由も聞かずに承諾してくれるんだな』

『あたしはスターズの副隊長だかんな。あいつらの面倒見んのも仕事だ。それにお前は途中から参加したあたしよりもあいつらと接してる。気にしといて損なことはねぇ』

 

 今言ったことも理由ではあるのだろうが、ヴィータ自身フォワード達のことを常に気に掛けているのだろう。

 昔から不器用ではあるが思いやりのある奴だからなヴィータは。

 こういうことを口にすると照れ隠しで怒鳴ってくるし、今は和んでいい状況でもないだけに返す言葉は感謝の言葉だけにしておいた。

 そうこうしているうちにホテル・アグスタに到着。俺やはやて達は内部の警護を行うため、シャマルが用意していた衣装に着替える。

 あまり人前に出る仕事はしていなかったし、堅苦しい格好をするのは苦手なほうだ。まあ女性陣に比べればスーツに着替えるだけなので、普段着ている制服の色違いを着ているようなものなのだが。

 

「マスター、もたもたしてると怒られるよ」

「分かってる。というか、お前はかばんの中で大人しくしてろ」

 

 外側の警護ならば制服なのでファラを連れていてもいいのだが、スーツ姿で連れて回ると確実に目立つ。人型のデバイスも日に日に増えつつあるようだが、やはりアクセサリー型のほうが携帯に便利だ。それにコスト的にもアクセサリー型が中心になってしまうのは仕方がない。

 初期の頃のファラならよかったのだが、アウトフレーム機構といったシステムを搭載……も理由ではあるが、セイやリインより小さいのが嫌だという彼女の想いもあってポケットに入れるには大きすぎる背丈になってしまった。なのでかばんに入ってもらうしかないのだ。

 準備を終えた俺はかばんを手に持って待ち合わせ場所に向かう。そこにはまだ誰も来ていなかったが、数分もせずに後ろから声を掛けられた。

 

「ごめん、お待たせや」

 

 立っていたのは見事にドレスアップしたはやて達だ。

 なのははいつもはサイドポニーにしている髪を下ろしている。昔から似てはいると思っていたが、やはり髪を下ろした彼女は桃子さんにそっくりだ。さすがは親子といったところか。

 はやては逆に髪を結んでいる。なのはやフェイトほど髪を伸ばしていない彼女は基本的に髪を結んだりしない。それだけに新鮮に思えた。フェイトは髪型はいつもどおりだが、彼女の長い金髪は下ろしているほうが栄えて見える。髪型は弄る必要はないだろう。

 それにしても……この手の衣装を前に見たのはクロノとエイミィの結婚式だっただろうか。ただあれから数年経っているだけに彼女達はより女性らしくなっている。それだけに思わず見惚れてしまった。

 しかし、任務で来ていることが幸いし俺の意識は一瞬にして平常時のものに入れ替わる。

 別にそれほど待っていなかったので、それが伝わるように返事をする。警備をするためにも受付を済ませなければならないので歩き出そうとするとはやてに呼び止められる。

 

「ちょっとショウくん」

「何だよ?」

「仕事熱心なのはええことやけど、一言くらい何か言ってくれてもええんやないの?」

 

 ……こいつは何を言っているのだろうか。

 いやまあ確かにマナーというか礼儀として何かしら言ったほうがいいのかもしれないが、俺達は今仕事でここに来ているわけで私用で来ているわけではない。

 部隊長がそんなんでいいのか、とも思ったりもするが、受付にはオークションに来た客が並んでいる。割って入るわけにもいかないため、俺達の番が来るのに時間があるのも事実だ。周囲に客だと思わせるための話題提供だとも考えるだけに反応に困る。

 

「はやてちゃん、ちゃんと似合ってるから大丈夫だよ。だから今はお仕事に集中」

「それはちゃんと分かっとるよ。ただショウくんは今回私の相手役やからな。おかしなところがあったらショウくんにも悪いやろ。そのための確認や」

「え、そうなの?」

 

 声を発したのはフェイトだけだったが、なのはの顔にも彼女と同じ疑問の色が見て取れる。ちなみに俺も初耳に近いが、長年の付き合いとスーツが俺の分しか用意されていなかったことから何となく予想は付いていた。

 部隊長だから忙しいのは分かるけど、ここに来るまでに伝える時間はあった気がするんだがな。別に仕事でそう振る舞うだけなら、なのは達に変な疑いも持たれないだろうし。こういうやり方のほうが逆に疑いを持たれるだろう。

 

「ほら、若い女がひとりだけってのもあれやろ?」

「それはまあそうだけど……だったら私やフェイトちゃんの相手も用意するべきなんじゃないかな」

「それはそうなんやけど、ショウくんは何かあったら外の応援に行ってもらおうと思ってるから居って居らんようなもんやし」

 

 だったら最初から外の警備に回してよかったんじゃないのか。正直お前ら3人居るだけでも十分な戦力なんだから。

 

「別になのはちゃんかフェイトちゃんがショウくんと一緒でもええよ」

「え、いや、それは……その」

「こっちとしてはその手の準備はしてなかったわけだから、いきなり言われても困るんだけど……まあはやてちゃんは上から急な連絡が入ったりもするかもしれない立場だし、その際の穴を埋めるためにもショウくんと居たほうが良いだろうね」

「というか、元々今なのはが言ったような理由で相手役にしたんじゃないのか? 受付までの時間潰しであんな言い回しをしたような気もするし」

 

 俺の発言にはやては笑いながら本音を見抜かれたことを認めた。彼女が言うには部隊長として緊張を解そうとしたらしいが、俺やなのは達は生きてきた年月の半分以上の時間を管理局員として過ごしている。

 そのため経験はそれなりにあるのだから極度に緊張したりしているわけがない。今のような行動をされると、逆に気が緩みすぎる可能性の方が高いくらいだ。

 ただ……これまでのはやての動きや仕事量などを考えるとストレスの類は俺達の比ではないほど感じてきたはずだ。彼女の気が少しでも休まっているのならば、これくらいのことは認めるべきかもしれない。

 

「あっ、次私達の番みたいだよ」

「後ろにまだお客さんもいるみたいだから急いだほうがいいね」

「そうやな。みんな、気を引き締めて行こか」

「……ふざけてた奴が言ってもな」

「ショウくん、こういうときは野暮なことは言わないもんや」

「はいはい、了解しましたよ八神部隊長」

 

 お気楽な会話をしてはいるが、やはり胸の中にある不安は消えてはくれない。むしろ時間と共に募っていくばかりだ。

 例えガシェットが襲ってきても戦力的には充分に任務を達成できるはずだ。ティアナのこともヴィータに頼んでいる……だが嫌な予感がしてならない。

 何も起きなければいいのだが……。

 

 

 



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第8話 「放たれた1発」

 オークションの開始が刻一刻と迫り空気が張り詰めていく中、事態は一気に動き始める。予想されていた事態のひとつであるガジェットドローンの襲来が現実になったのだ。

 広範囲の索敵を行っていたシャマルとロングアーチからの報告によれば、敵戦力は陸戦Ⅰ型がおよそ35機。大型である陸戦Ⅲ型が4機確認されているそうだ。広域防御戦になるため、シャマルがロングアーチ1と共に現場指揮を取ることになった。

 ショウからティアナのこと気に掛けてくれって言われたけど、フォワード達の今回の戦闘の役割はホテル前での防衛戦。つまりあたしやシグナム、ザフィーラがきちんと迎撃すれば戦闘させることはねぇ。戦闘がなければ、何も起こったりはしねぇはずだ。

 シグナムとザフィーラと合流したあたしはロングアーチにデバイスのロックの解除を求める。すぐさまこちらの要求は満たされ、あたしとシグナムはそれぞれの愛機を起動させる。制服が騎士服に切り替わった直後、あたしとシグナムは敵に向かって飛翔していく。

 

「新人達の防衛ラインまでは1機たりとも通さねぇ。即行でぶっ潰す」

「……お前も案外過保護だな」

「うるせぇよ」

 

 まだ教導が始まったばっかで一人前には程遠いんだから心配なのは当然だし、あたしは副隊長だぞ。なのはがいねぇ間はあたしがスターズを守らねぇといけねぇだろうが。お前は教導に参加してねぇけど、ライトニングの副隊長なんだからもっとしっかりしやがれ。というか

 

「ショウに頼まれただけだっつうの」

「ふ……」

「何でそこで笑うんだよ!」

「いや別に……相変わらずお前はあいつのことが好きだと思っただけだ」

 

 うるせぇよ!

 てめぇだって昔から何かと理由付けてはあいつと模擬戦やってただろうが。中学卒業してからは剣を交える機会が減って寂しそうにしてたくせに。自分だって好きなくせにあたしにだけ言うんじゃねぇ。

 そのように言い返したいところだったが、今優先すべきことはガジェットドローンの破壊だ。機械相手に後れを取ることはねぇだろうが、確認される度に動きが良くなってきている。それだけに油断はできねぇ。

 それに……今日のショウはかなり不安げだった。

 はやてほどあいつのことは理解できねぇけど、あたしにだってそれ相応の付き合いがある。嫌な予感を感じていることくらいは理解しているし、長年の経験から言ってこういうときの予感はよく当たるもんだ。敵をフォワード達のところに行かせるわけにはいかねぇ。

 

「そんなことより今は目の前の敵だ。さっさと片付けるぞ」

「そうだな。……大型は私が潰す。お前は細かいのを叩いてくれ」

 

 昔ならここで自分が大型を潰すと言っていたかもしれないが、今のあたしは昔のあたしじゃねぇ。はやての守護騎士で機動六課スターズ分隊の副隊長なんだ。シグナムよりあたしのほうが射撃戦を行えて複数に攻撃できる以上、シグナムの指示に従うほうが効率が良い。

 あたしが手短に「おうよ」と返事をすると、シグナムは大型であるガジェットⅢ型を叩くために高度を下げていく。あたしは高度を維持したまま進む。

 

「行くぞアイゼン!」

 

 長年の相棒に声を掛けながら空中に制止し、鉄球を4発出現させる。

 10年前のあたしなら射撃の精度や威力の面からこのへんで使ってたが、伊達にこの10年管理局で任務をこなしたり、戦技教官の資格を取ってきたわけじゃねぇ。今のあたしならもっと一度に敵を殲滅できるはずだ。

 あたしはさらに4発出現させ、それらを撃ち出すためにアイゼンを後方へ引く。

 

「まとめて……ぶち抜けぇぇ!」

 

 赤色の魔力を纏った鉄球を4発ずつアイゼンで叩いて撃ち出す。赤い軌跡を描きながら下方に広がっている森の中へと姿を消し、移動していたガジェットⅠ型に命中。一瞬のタイムラグの後、木っ端微塵に爆発する。

 シグナムもきちんと大型を破壊しているようで、少し離れた場所から爆発が起こる。別方向に迎撃に向かったザフィーラも順調に敵を殲滅しているようだ。

 ――よし、この調子ならフォワード達に戦闘させずに終わらせられる。

 そう思った直後、シャマルから通信が飛んできた。どうやら今交戦している場所に向かって新手の戦力が移動しているらしい。タイプは空戦型であるガジェットⅡ型でその数は約20機ほど。

 ちっ、会場にレリックはないってのに今日の敵はえらく張り切ってやがるな。それともこれまでは出し惜しみしてただけってか……まあ何にせよ、あたしのやることは変わりはしねぇ。

 

『ヴィータちゃん、シグナム、もうすぐ新手がそっちの戦闘区域に入るわ』

「心配すんな、1機たりとも抜かせやしねぇ。全部落としてみせる」

『だそうだシャマル。こちらは任せろ』

『でも……いや、そうね。頼りになる戦力も向かってるみたいだし、そっちはみんなに任せるわ』

 

 戦力?

 フォワード達はホテル前で待機しているはずだし、なのは達は会場内の警備をしている。AMFを持っているガジェット戦で頼りになる人間なんて……消去法で考えてあいつしかいねぇな。

 ガジェットⅡ型が目視できた直後、そこへ灼熱を纏った閃光が駆け抜けていく。炎熱変換を行った砲撃は極めて威力が高まるため、一瞬にして敵を駆逐した。

 炎熱砲撃魔法《ブラストファイア》。

 シグナムと同じ炎熱変換の魔力資質を持っているメカニックの主砲であり、そのパートナーであるあいつの主砲でもある高威力の魔法だ。まあリミッターが掛かっているので最大火力には遠く及びはしていないだろうが。

 

「まったく……何でお前まで出てくんだよ」

 

 昔と形は異なるが色合いは変わっていないバリアジャケットと漆黒の長剣。加えて、腰周りにはさらに5本の剣を装備している魔導師なんて滅多にいないため見間違うはずもない。コールサインはロングアーチ07、今では特殊魔導技官なんて珍しい肩書きを持っているショウ本人だ。

 

「人にあいつのこと気に掛けてくれって言ってたくせに。普通は付いとくもんだろ」

「お前達で対応できるか心配だったんでな」

「バカ言ってんじゃねぇ」

 

 本当は戦闘させたくないからこの場で全滅させてしまおうって考えたんだろ。シグナムに知られたら間違いなくお前も過保護だな発言されるだろうぜ。

 

「まあ来たからにはちゃんと働きやがれよ」

「当然だ。そっちも討ち洩らすなよ」

「たりめぇだ」

 

 そこで会話を打ち切って、あたしは先ほどまでと同じ地上付近を移動しているガジェットⅠ型へ攻撃を開始する。空戦型であるガシェットⅡ型はショウに任せることにした。理由としては、騎士と同じくらい武器を扱えるがショウは魔導師。ベルカ式のあたしより射撃戦はお手の物だ。

 それぞれの役割をこなしていっていると、ガジェット達に何かぶつかった気がした。機動もこれまでと違うように思える。芽生えた疑問を解消するために《シュワルベフリーゲン》を放ってみると、直撃コースだったにも関わらず回避されてしまった。

 

「急に動きが良くなった……」

「自動機械の動きではないな」

 

 敵からの反撃を回避して上昇してきたであろうシグナムの発言を肯定するかのように、シャマルとロングアーチから召喚師の存在が伝達される。

 

「ヴィータ、お前はラインまで下がれ。敵に召喚師がいるなら新人達のところへ回りこまれるかもしれん」

「そうかもしんねぇけど……」

 

 急に動きが良くなったガジェットⅡ型にショウは多方向から攻撃されている。見事な空中機動と剣捌きで直撃はもらってはいないみたいだが、はたから見た場合押されているようにも見える。

 気持ちが顔に出てしまっていたのか、戦場では基本的に硬い表情のシグナムが笑みを浮かべながら話しかけてくる。

 

「案ずるな、私に任せておけ。それに……あいつはそう簡単に負けるような男ではあるまい?」

「……そうだな。分かった、こっちは頼んだぜ」

 

 フォワード達の方へ戻ろうとした瞬間、遠目にだがショウと視線が重なった。念話といった魔法を使ったわけではないが、確かな意思疎通が行われる。

 ――あいつらのことはあたしに任せとけ。だからそっちも墜ちるんじゃねぇぞ

 ――ああ、もちろんだ。

 このようなことが出来たのは、長年の付き合いによって築き上げられた信頼と絆が為せる業だろう。人前で口にするとからかわれる可能性が高いので胸の内に留めておくが。

 全速力でフォワード達の元へ戻っていると、召喚師の姿を確認しようと動いていたリインが小さな銀色の虫に襲われているという報告が入る。召喚師の方からも同タイプの虫が多数確認していることから、今彼女を襲っている虫は召喚師の放ったものに違いない。

 

「ちっ、無理な真似しやがって」

 

 助けに行きたいところではあるが、フォワード達の方にガジェットが転送されつつあるという報告も入っている。リインとフォワード、経験から言えば優先すべきなのはフォワードの方だ。とはいえ、リインはうちの末っ子。心配が消えるはずがねぇ。

 そんなあたしの気持ちを直感的にでも理解したのか、はたまた単純に自分が助けに向かう方が効率が良いと感じたのかショウから連絡が入る。

 

『空戦型はあらかた片付けた。残りはシグナムとザフィーラに任せてリインの方に向かう』

『分かったわ。リインちゃん、今からショウくんが向かうからもうしばらく持ちこたえて。それが難しそうならフォワード達のところまで下がっていいから』

『了解しました』

 

 ショウが無事にリインを助けて、リインがフォワードに合流。あたしもそこに向かっていることからショウは召喚師の確認向かうのがベストではある。

 だが確認されている召喚師の魔力はかなり大きい。また護衛が付いていてもおかしくないだけに、リミッターの掛かった状態のショウを独りで向かわせるのは危険ではないだろうか。しかし、今後のことを考えると召喚師の顔を確認出来ておいた方が確実に良いわけで……。

 

「あぁくそ、ごちゃごちゃ考えても仕方がねぇ!」

 

 今あたしが最優先すべきことはフォワード達のところに向かうことだ。有人操作になったガジェットは動きがまるで違う。

 嫌な流れになってきただけに、ショウの予感が当たってる可能性も高い。となると今日の戦闘はティアナにとって鬼門になりかねない。

 それを証明するかのように、シャマルがフォワード達にあたしが来るまで持ちこたえるように指示した直後、ティアナが攻撃に転じて全機落とすと言い始めた。

 ――あのバカ、これまでのガジェット相手ならともかく今日のガジェットは有人操作されてんだぞ。

 強気な発言からしてティアナは強力な魔法をぶっ放すつもりなんだろう。だがあいつの魔法は基本的に魔力弾主体。1発あたりが強力になれば、それに伴って反動も強くなって命中精度が落ちかねない。下手をすれば……。

 

「させねぇ、そんなことには絶対にさせたりしねぇ!」

 

 あたしはスターズの副隊長であいつらを守ってやる立場なんだ。ショウからも念を押される形で頼まれたんだ。それに……仲間が墜ちる姿や傷つく姿は見たくねぇ。

 全速力で向かう中、響いてくる銃撃音と爆発音。ガシェットを葬っている魔力弾は、複数カートリッジをリロードして生成しているのか一撃必殺の威力を秘めているようだ。

 そう感じた矢先、1発の魔力弾が敵に命中しなかったようで空へ昇ってきた。その先には囮になっていたであろうスバルの姿がある。

 スバルは自分に向かってきている魔力弾に気が付いたようだが、彼女の移動速度と魔力弾の速度から考えて避けることは不可能。魔法で防ぐのもタイミング的にシビア過ぎる。

 

「ど……りゃあぁ!」

 

 ギリギリのタイミングで間に割り込めたあたしはアイゼンで魔力弾を叩き落とす。それは行動不能になっていたガジェットが3機密集している近くに落ちる。

 直撃したわけではないのに衝撃でガジェットが吹き飛んだことを考えると、スバルに当たっていれば掠り傷で済んだ可能性は極めて低い。

 

「ヴィータ副隊長……」

「ティアナ、このバカ! 無茶やった上に味方撃ってどうすんだ!」

 

 ティアナの顔には動揺の色がはっきりと確認できるだけにわざと撃ったわけではないのだろう。しかし、だからといって許される行為ではない。

 

「あのヴィータ副隊長……あの、今のもその……コンビネーションの内で」

「――っ、ふざけろタコ。直撃コースだよ今のは!」

「違うんです! 今のは私がいけないんです、避けて……」

「うるせぇバカ共!」

 

 こっちはてめぇらより戦闘経験があんだよ。さっきのはどこからどう見てもティアナの誤射だ。というか、ここでてめぇがあいつを庇っても逆にあいつを苦しめるだけだっつうの。優しさってのは時として相手を傷つけるもんなんだから。

 いや、今はこんなことを考えてる場合じゃねぇ。

 これ以上こいつらに戦闘させるのは危険だ。今のはどうにか防ぐことが出来たが、またないとも言い切れない。戦力的に考えると嫌だが、動揺のある人間を戦場に置いとくほうが危険だ。

 

「もういい、あとはあたしがやる。ふたりまとめてすっこんでろ!」

 

 あたしが本気で怒っているのを理解したのか、スバルもそれ以上は食い下がってこないでティアナと一緒に後退していった。

 嫌な出来事があったばかりで思うところもあったが、あのふたりが戦闘から外れたことで安心できる部分もあった。それだけにその後の戦闘はこれといった問題もなく推移し終了を迎える。

 

「おーし、全機撃墜」

『こっちもだ。召喚師は追いきれなかったがな』

『だが居ると分かれば対策も練れる』

「だな」

 

 次回からは今日みたいにバタバタする場面が減る分、対応もスムーズになるだろう。

 とりあえず一段落したこともあって意識を他に向けてみると、エリオとキャロが近くに立っていた。だがスバルとティアナの姿は見当たらない。スバルはまあともかく、ティアナに関しては聞いておくべきだろう。

 

「おい、ティアナはどうした?」

「あっはい、確か裏手の警備に行ってます」

「スバルさんも一緒です」

 

 スバルの性格的に優しい言葉を掛けそうだが、ティアナの性格を考えると逆に苦しみを感じる可能性が高いよな。今日の一件が今後に……最悪あいつらの魔導師として人生に影響しかねない。

 

「全員無事みたいだな」

「ん? ショウか。そっちも無事みてぇだな」

「ああ……あいつらは?」

「今は裏手の警備に行ってるよ……」

 

 その後、一瞬迷いはしたものの先ほどのティアナ達の一件をショウに伝えることにした。エリオ達に今伝えると余計な心配をさせかねないので念話でショウだけに行う。

 

『……そうか』

『すまねぇ……あたしがもっと早く戻ってれば』

『お前はよくやってくれたよ……もしも直撃していたなら今頃大騒ぎになってたはずだ。……まあかなりやばい状態なのは変わりないだろうが希望はある。やれるだけのことはやってみるさ』

 

 

 



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第9話 「消えない不安」

 見方によっては敵に攻撃が命中しなかったために起きたとも取れるティアナの誤射。だがいつもの彼女ならば指揮に逆らったプレイをしたりはしなかっただろう。

 結果的に言えば……感じていた悪い予感が当たってしまったことになる。

 スバルはヴィータのおかげで無事だった。もしも直撃したならば、ヴィータからの話を聞いた限り軽い怪我では済まなかっただろう。誤射が起きてしまったことは喜べる事態ではないが、怪我人が出なかったに関して言えば喜ぶべきだ。

 だが問題になってくるのはこれからだ。

 ヴィータがかなり怒ったらしいし、今頃なのはからも何か言われているに違いない。素直ではなさそうなところが見られるが、なんだかんだでスバルの面倒を見たりエリオ達の世話を焼いたりする子だ。優しい性格をしているだろう。だから反省していないということはないはずだ。

 ただ、もう同じミスは起こさない。起こすわけにはいかない……、といった想いから過剰な訓練を行いそうな子なので心配だ。

 なのはの訓練は内容が内容だけに疲労はどうしても濃いものになってしまう。魔法の構築やイメージトレーニングの類ならまだ良いが、体を動かす自主練をするとなるとさらなる波乱を呼びかねない。

 

「部隊の方は順調みたいだね」

「うん、アコース査察官のお義姉さんのカリムが守ってくれてるおかげや」

「ボクも何か手伝えたらいいんだけどね」

「アコース査察官も遅刻やサボリは常習犯やけど、基本的に忙しいやん」

 

 はやての言葉にヴェロッサは笑いながら「ひどいな」と返す。人の心境も知らないで呑気なものだ。

 とはいえ、はやての苦労は俺達以上のものがあるのは理解しているので、こういうときに息抜きしてもらっておいたほうがいいのは確かだ。

 今フォワード陣や隊長達は現場検証またはヴェロッサが護衛していたユーノを代わりに護衛しているはずだ。

 にも関わらず俺がこの場にいる理由ははやてとの付き合いが長いため、ヴェロッサとも交流があるから……まあそれがなくてもクロノと友人であるため、彼と親しい関係にあったヴェロッサとは顔を合わせることになったのだろうが。

 

「カリムも心配してるんよ、可愛いロッサのこと……色んな意味で」

「心配はお相子だよ。はやてはボクやカリムにとって妹みたいなものなんだから……だからショウ、君にはこの子が無茶しないように見張ってもらわないと困るよ」

 

 昔からはやてとの関係にちょっかいを出してきたわけだが、今も相変わらずのようだ。実に面倒な話の振り方をしてくれる。

 

「ヴェロッサ、俺ははやての保護者じゃないんだが?」

「それはもちろん理解しているよ。君ははやての騎士様だろ?」

「ちょっロッサ、あんまりそういうこと言わんといてくれる。誰かに聞かれたら誤解されてまうやろ」

「ははは、何を今更。君とショウは昔からラブラブだったじゃないか」

 

 せめて仲が良かったにしてもらいたいところなんだが。今の発言は昔ながらの知り合い以外に聞かれると過去の俺とはやての関係を誤解される可能性が大だし。

 

「遊びに来たときは何かとショウの話をしていたしね」

「もう、本人のおる前で恥ずかしい話せんといて。今日のロッサはいけずや」

「久しぶりに妹分に会ったんだ。コミュニケーションを取りたいと思うのは当然じゃないか」

 

 気持ちは分からんでもないが、もう少しまともな方法でやったらどうなんだ。お前の話に付き合うくらいなら下に行ってユーノと話すか、現場検証をやったほうが遥かにマシなんだが。個人的にティアナの様子を見ておきたいし……。

 

「あっ、もちろんショウともコミュニケーションを取りたいと思っているからね。だからそんな顔をしないでくれ……それとも、はやてが他の男と話しているから妬いているのかな?」

「誰が妬いたりするか」

 

 単純にお前の言い回しに苛立ってるだけだ。まったく……仕事は出来るくせに性格に難がある奴だな。今度カリムやシャッハに会ったときに今日のことは言っておいてやるから覚悟しとけよ。

 

「その言い方だとまるではやてに魅力がないみたいじゃないか……それとも気になる子でも出来たのかな? さっきから外ばかり見ているようだし」

 

 確かに気になっている異性はいる。だがあいにくヴェロッサの言っているような意味で気になっているわけではない。

 

「馬鹿なことを言うのも大概にしろよ。他の連中が仕事しているのにお前みたいな奴に付き合ってるかと思うと申し訳なさが募ってきてるだけだ」

「おいおい、それはボクに対してひどすぎやしないかい?」

「そう思ってるのはお前だけだ」

 

 やや強めの口調で言ったのだが、ヴェロッサに気にする様子は確認できない。俺が静かにため息を吐くと、穏やかな笑みを浮かべたはやてと視線が重なった。お疲れやろうけどもう少し頑張って、と言いたげなその顔により大きなため息が漏れるのだった。

 ヴェロッサとはやての世間話に付き合っているうちに現場検証が終わったようで、撤収準備が完了したと報告が入る。俺がはやてを連れてすぐさま撤収したのは言うまでもないだろう。

 機動六課に隊舎に戻った頃にはすでに夕方だった。戦闘があったこともあって午後の訓練は中止となり、フォワード達には明日に備えて休むようにと指示が出される。

 俺は隊長といった役職についてはいないが、それなりに頼りにされているポジションということもあってフォワード達と別れた後はなのは達と行動を共にする。ティアナのことが気になっているのだが、やることはやらないといけないのが社会人としての責任である。まあ別れる際に少しは顔を見ることが出来たのだが。

 反省していることもあって暗めの顔をしていたが、思ったより平気そうな顔だったな。ただ……弱いところを露骨に見せるようなタイプにも見えないし、かえって心配にもなるんだが。

 

「あのさぁ、ふたりともちょっといいか?」

 

 一緒に歩いていたヴィータが先を歩いていたなのはとフェイトに声を掛ける。ここに来るまでこれといって会話がなかっただけにシグナムやシャーリーも突然のヴィータの発言に意識を向けているようだ。立ち話もなんなので俺達は近くにあった休憩場所に移動して腰掛けた。

 

「訓練中から時々気になってたんだよティアナのこと」

「うん……」

「強くなりたいってのは若い魔導師ならみんなそうだし、無茶だって多少はするもんだけど……あいつの場合、ちょっと度を超えてる。あいつ、ここに来る前に何かあったのか?」

 

 ヴィータの質問になのはは俯きながら肯定の返事をした後、スクリーンに重要な人物を映しながら話し始める。

 

「この人はティアナのお兄さんのティーダ・ランスター。当時の階級は一等空尉、所属は首都航空隊……享年21歳」

「結構なエリートだな」

「そう……エリートだったから、なんだよね。ティーダ一等空尉が亡くなった時の任務……逃走中の違法魔導師に手傷は負わせたんだけど取り逃がしちゃってて」

「まあ地上の陸士部隊に協力を仰いだおかげで、犯人はその日の内に捕まったんだけどね」

 

 そう……この一件でさらなる被害が出ることはなかった。これもティーダ・ランスターが犯人に手傷を負わせていたことが大きい。

 にも関わらず、当時の上司は亡くなった彼に対して暴言を吐いたのだ。それが元で一時期社会的に問題になるほどの……。

 

「事件が悪化せずに済んだのはティーダ・ランスターが命懸けで戦ったことが大きい……が、彼の上司はあるまじき暴言を吐いた」

「暴言?」

「ああ……簡潔かつ直球に言ってしまえば、犯人を追い詰めながら取り逃がして死ぬような奴は無能だってな」

「そのときティアナはまだ10歳……両親はすでに亡くなっていたからあの子にとっては残った唯一の肉親だった。それなのに最後の仕事は意味のないものだって言われて……きっとひどく傷ついて、悲しんだと思う」

 

 だからおそらくティアナの中にはある決意があるはずだ。兄であるティーダの魔法は無能なんかじゃない。彼の為せなかった執務官になるという夢を自分が代わりに実現することでそれを証明してみせる、といったものが。故に彼女は必要以上に真面目で一生懸命なのだ。

 

「なるほどな……そういう経緯なら納得もできる」

「うん……多分今日もそれが理由で起きちゃったと思うんだ」

 

 確かにそれも事実だろう。だが……今回の一件が起こったのはこれだけが理由じゃない。

 もしもそれだけが理由ならば、今よりも腕が未熟だった訓練校時代にも同じようなことを起こしているはず。だが彼女は、記録によればスバル絡みのことで問題にされたことはあっても首席で卒業している。誤射に関しては今回が初めてだろう。

 ならば……やはり以前から考えているように周囲に対して劣等感を感じ、自分に対して無力さを覚え、それを努力することで補おうとしている可能性が高いだろう。

 かつて俺もここにいるなのはやフェイトの才能を目の当たりにして才能の差を感じた。無力さを覚えた出来事だって数多くある。同じような立場を経験したことがあるだけにティアナの気持ちは理解できる。

 しかし、俺には執務官になるなんて目標はなかった。純粋に魔導師としての道だけを歩んできたわけじゃない。俺が思っている以上にティアナの焦りや劣等感は強く、見返そうとする意思も強い可能性がある。また完全に理解してやるのは難しいだろう。

 といって何もしないかと聞かれたら答えは否だ。

 立場を考えればなのはやヴィータあたりが良いのだろうが、10年ほど前からすでにAAAランク以上の実力があったふたりだ。もちろん、これが努力したことで生まれた結果であることはよく知っている。

 けれど凡人の気持ち……ティアナが周囲に対して抱く気持ちに関しては、俺以上に理解することは難しいだろう。

 

「ショウ、どうかしたのか?」

「いや大したことじゃない……俺なりに声を掛けておこうと思っただけさ」

「うん、それが良いと思う。ショウってこういうときの励まし上手だから」

「フェイト、さらりとプレッシャーを掛けるのはよしてくれ。一度注意しているなのはやヴィータだとこじれそうだし、フェイトだと何でもないって言われたらそこまでになりそうだし、シグナムは……」

 

 普段は落ち着いてるけど、下手をすると拳で語りかねない奴だ。それだけに任せるのは不安がある。また普段訓練に顔を出していないため、ティアナもシグナムと話すのは緊張するだろう。

 

「……まあそういうことだからタイミングを見て話しかけてみるさ」

「おいショウ、今のはかえって私に失礼じゃないのか」

「まあ落ち着けよシグナム。あたしらに関する発言はあれだけど、お前の部分に関しては仕方がねぇと思えるしよ」

「どういう意味だ?」

「そういう意味だっつうの」

 

 睨みを効かせながら互いの顔を見つめるふたりになのはは苦笑いを浮かべ、フェイトはオロオロし始める。俺からすると割と見慣れた光景ではあるけど、立場的に考えてお前らがケンカするのは良くない。それに今はティアナのことだけに集中したい。

 

「俺が悪かった。だからケンカはやめてくれ」

「別にケンカはしてねぇよ」

「そうだな。本気でケンカしているのならばテスタロッサがもっと慌てているだろう」

「シグナム、何で私のこと弄ってくるの!?」

「みんな元気だね」

「……なのはが見守る側に? 少し前まであっちの立場だったのに」

「ちょっとショウくん、確かにそうだけど今別に言わなくてもいいよね!」

「あはは、皆さん相変わらず仲が良いですね」

 

 

 



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第10話 「夜のひと時」

 もう今日のような過ちは繰り返さない。そして、絶対ランスターの銃弾は……兄さんの魔法は無能なんかじゃないって証明してみせる。

 その想いを胸に私はホテル・アグスタから機動六課の隊舎に戻ってから独り自主練を行っている。内容はスフィアにクロスミラージュの銃口を向ける、という単純なもの。しかし、精密射撃を行うためには対象にきちんと銃口を向けるのは必要なことだ。

 ひたすら地味な訓練を続けているうちに赤み掛かっていた景色は次第に薄暗いものへと変わる。幸い隊舎が近くにあるので、そこから漏れる明かりはある。また空にもそこまで雲がないおかげで比較的視界は良好だ。これならばまだ自主練を行うことができる。

 

「……ぁ」

 

 そんな風に思った矢先、銃口を向け直そうと体重移動を行った瞬間足元がぐらついてしまった。

 日頃の厳しい訓練での疲労、それに昼間の戦闘に自主練……体が重くなってしまうのも当然といえば当然だ。でもだからってやめるわけにはいかない。才能がない私はその分努力して補うしかないんだから。

 軽く息を整えてから自主練を再開した直後、不意に手を叩いたような乾いた音が響く。音がした方に意識を向けてみると、そこにはヴァイス陸曹が立っていた。

 

「もう4時間も続けてるぜ。いい加減倒れるぞ」

「……見てたんですか?」

「ヘリの整備中にスコープでチラチラとな……ミスショットが悔しいのは分かるけどな、精密射撃なんてそうほいほい上手くなるもんでもねぇし。無理な詰め込みで変な癖つけるのも良くねぇぞ」

 

 私よりもヴァイス陸曹の方が年上だ。そのため私よりも経験があるものはあるだろう。でも彼が行っている仕事はヘリのパイロットが主のはず。精密射撃についてそこまで知っているとは思えないけど、今の口ぶりはまるで経験者のような……。

 

「ぁ……って、昔なのはさんが言ってたんだよ。オレはなのはさんやシグナム姐さんとは割りと古い付き合いでな」

 

 なるほど……確かにヴァイス陸曹は隊長達と親しげに話していたりする。どこか誤魔化すようにも見えたけど、ヘリのパイロットである自分が……といった考えもできるわけで今の言動がおかしいというわけでもない。

 もしも本当になのはさんが言ったことなら……普通に考えればもうやめたほうがいいんだろう。だけど今のままじゃ私はきっとフォワードのお荷物になる可能性が高い。

 

「……それでも詰め込んで練習しないと上手くなんないんです。凡人なもので」

「凡人か……オレからすりゃお前は充分に優秀なんだがな。羨ましいくれぇだ」

 

 励まそうとしてくれてるのは分かるし、自分よりも魔力量や技量で劣っている魔導師が居ることは理解している。でもだからって努力を怠っていい理由にはならない。執務官っていう難関として知られるものになりたいと思っているなら尚更……。

 

「なのにお前もあの人も……もっと上を目指すんだよな。尊敬するぜ」

「……あの人?」

「ん? あぁショウさんのことだよ。お前を見てると昔のあの人がダブって見えるからな」

 

 ヴァイス陸曹は何を言っているのだろうか。

 私とショウさんがダブって見える? そんなことあるはずがない。あの人は私と違って才能に溢れた人なんだから。

 今日の任務だってリミッターが掛かっている状態なのにガジェットを簡単に葬っていた。力量で言えば、あの人は隊長陣に匹敵している。

 凡人であるはずがない。

 そう思っているのに、どうして私はこんなにも苛立っているのだろう。なのはさんやフェイト隊長と比較したときなんかは仕方がないと思えるのに、あの人と比較すると割り切ることが難しい。

 

「……まあ邪魔する気はねぇけどよ。お前らは体が資本なんだ。体調には気を遣えよ」

「ありがとうございます。大丈夫ですから」

 

 自主練を続けながら返事をするのもどうかと思ったが、邪魔する気はないとヴァイス陸曹の方から口にしたし、何より今は1秒たりとも無駄にしたくない。

 そう思って自主練を続けているとここから離れていく足音が聞こえてきた。振り返る動作の中で確認してみると、小さくなっていくヴァイス陸曹の背中が見えた。本当に邪魔するつもりはないのだと安堵した私は、神経をスフィアと自分の体に研ぎ澄ませた。

 黙々と自主練を続け……ヴァイス陸曹が去ってからそれなり時間が経って夜も深くなったきた頃、不意に第三者の足音が聞こえた。疲労から両膝に手を着いて休んでいたので、私の意識は自然とそちらに向いた。

 

「……思ってた以上に深刻そうだな」

 

 立っていたのは呆れた表情を浮かべているショウさん。日頃訓練を見ている人物だけになのはさんに自主練を行っていたことを伝えられると面倒なことになる。彼を見る目に力が入ってしまったのはそれが理由だろう。

 だけどショウさんは気にした素振りも見せずこちらに近づいてくる。手に何か持っているようだが……。

 

「……自主練しちゃいけませんでしたか?」

「良いか悪いかで言えば悪いな」

 

 きっぱりと言い切った割には表情は険しくない。私がこの人に対して苛立ちを覚えるのは、考えていることを読み取りにくいことが原因のような気がしてきた。

 

「ゆっくり休むように言われていたはずだし、何よりお前の教官の訓練はいつもハードだ。疲れがある状態でやれば倒れかねない」

「大丈夫です、問題ありません。自分の体のことは自分が1番分かってますから」

 

 だから放っておいてください。

 そう続けようとした矢先、不覚にも腹の虫が鳴ってしまった。戻ってきてからぶっ通しで自主練したため、夕食を取っていなかったのだから当然とも言える。

 しかし、スバルやエリオのようによく食べる人間ならばともかく、私のようなタイプはこの手のことを恥ずかしいと思ってしまうわけで。異性に聞かれれば尚更……。

 

「そうか、なら最低でも一旦ここで休憩するよな?」

 

 ショウさんは別に笑ったりはしておらず、手に持っていた何かを私の方に差し出してきた。視線で何なのか尋ねると、開ければ分かるといったように返され、疑問を抱きながらも私はとりあえず受け取ることにした。

 

「……これは」

 

 渡されたのはバスケットで、中にはサンドイッチと水筒が入っていた。すぐさま視線をショウさんに戻すと、木にでも寄りかかって食べろと言わんばかりに視線で返事をされる。

 彼から施しというか差し入れをもらう理由はなかったのだが、疲労が溜まり空腹を覚えている今の私に断れるはずもない。なので感謝の言葉を口にして移動する。

 もしも私の心境を知っている人間がいれば感謝するのかって驚いたかもしれないけど、私にだって常識はある。感謝の言葉くらい言うに決まってるわ……小声だったけど。

 

「……美味しい」

 

 空腹は最大の調味料と言われるが、それを抜きにしてもこのサンドイッチは美味しいと思ったはずだ。何となく作った人物に心当たりはついていたのだが、女としてのプライド故なのか確認せずにはいられなかった。

 

「あの……これ、ショウさんが作ったんですか?」

「まあな。育った場所が違うから口に合うかどうか不安だったけど……美味しいと思ってもらえたのなら何よりだ」

 

 一流のメカニックでもあり、隊長達に匹敵する実力を持った魔導師でもある。お菓子作りも上手で、そのうえ料理もできる……どこまでこの人は才能に溢れているんだろう。

 そんな風に思いもしたけど、今の私が文句を言えるはずもなく……口に出るのは料理の感想や感謝の言葉だけだ。

 

「……ショウさんってお菓子もですけど、料理も作るの得意なんですね。どうやったらそんな風に上手くなるんですか?」

 

 元々才能があったんでしょ、とでも言いたげな口ぶりに後半はなってしまった。あちらからあまり話しかけてはこないし、沈黙が妙に気まずいので自分から行ったわけだが……大人しくしておいたほうがよかったかもしれない。

 

「どうやったらか……誰かの喜ぶ顔が見たいからとか、興味があることだったから。そういうのも理由なんだろうけど、最大の理由は自分でやるしかなかったからかな」

「え……それって」

「ああ。俺の両親はもういない……亡くなったのは俺が小学校に上がる前だから、13年くらい前になるかな」

「……すみません」

「別にいいさ。叔母が一緒に居てくれたから独りじゃなかったし……俺みたいな境遇の人間は世の中にたくさんいるよ」

 

 確かに幼い頃に両親を亡くしている人間はこの世界にたくさんいるだろう。私もそのひとりなのだから。

 ただ今の口ぶりからするとショウさんの叔母さんは今もご健在なのだろう。同じような痛みの経験はあるけど、天涯孤独の私とは違う。

 だからといって羨ましく思ったりはしない。そんなことしても意味がないのは理解しているし、私以上に不幸な人間が居ることは管理局で仕事していれば何度も耳に届くのだから。

 そこから少し無言になってしまったけれど、先ほどまでと違ってそれほど気まずさは感じない。似たような過去があると分かったことで、わずかばかりだが距離が縮まったのだろうか。

 ……って、私とこの人じゃ才能が違い過ぎるでしょ。同じように考えたらダメじゃない。比較してしまったときに傷つくのは自分なんだし。

 

「…………ショウさんは凄いですよね。一流のメカニックであるのと同時に魔導師で、精神的な部分も強くて」

「まあ……お前より長生きしてるからな。たった数年でもその分の失敗とそこから学んだことがあるし」

「失敗って……あまり失敗してきたようには見えないんですけど」

「俺はお前が思ってるほど才能を持った人間でもなければ器用な人間でもないさ」

 

 笑いながらそう言ったショウさんは、最初はデバイスのフォローなしではろくに魔法を使えなかったこと。これまでにしてきた失敗。地道に練習を重ねて、上手い人間に教えを請うことで上達したことを語ってくれた。

 私は自分と他人は違う。だから自分の力で上達するしかない、といったように思っていたので上手い人に教えを請うことはあまりなかったけど、ショウさんの語ってくれた内容は共感できるものが多かった。

 

「昔は周囲の人間に劣等感を感じたり妬んだりしたこともある。それが元になったり、変な意地を張って無茶な練習をしたこともな」

「本当ですか?」

「ああ、信じられないなら今度証人に会わせてやるよ。そいつからは思いっきり平手打ちされたから、あっちも忘れてはないだろう」

 

 え……私から見てショウさんは平手打ちされるようなキャラには見えないんですけど。なのはさん達も性格的にそんなことするとは思えないし、いったい誰にそんなことされたんですか。ショウさんにそんなことできる人なんてそうそういないと思うんですけど。

 

「あぁちなみに、そのときに俺はそいつからお前は周囲の人間と比べて才能がないとかも言われた……まあ周囲の人間が人間だけに何も言えなかったわけだが」

「えっと……そうですね」

 

 冷静に考えてみると、ショウさんの周囲の人間ってなのはさんだとかフェイト隊長だったのよね。大分前から高ランク魔導師として有名だったわけし、私よりも厳しい環境に居た気が……。スバルやエリオ達も才能はあるけど、なのはさん達と比べるとまだ身近に思えるし。

 

「けど……俺はそいつのおかげで怪我をする前に止まることが出来たし、気持ち的に前に進むことが出来たんだ。……なあティアナ」

「何ですか?」

「お前は独りなんかじゃない。誰かがきっとお前のことを見てくれてる」

 

 脳裏に浮かんできたのは、無駄に元気で意味がなくても絡んでくるバカだった。でもいつも傍に居てくれる奴で、落ち込んだ時には励ましてくれた。今ももしかすると……私の帰りを待って起きているかもしれない。

 

「強くなりたいって気持ちは誰だって持ってるし、今居る環境的に焦るのも分かる。けどな、お前が無茶をすればお前を見てる誰かは心配するし、お前が怪我でもすれば傷つく。それくらいは分かるよな?」

「……はい」

「なら無茶な練習するのはやめろよ。練習するにしても自分がどういう風になりたいのか、どんな風に動けるようになれば自分の役割を果たせるか、そういう目標がないと無意味だ。……それに」

 

 ショウさんはそこで一度口を閉じて立ち上がり、小さく息も漏らす。渋々といった顔を浮かべながら続きを口にした。

 

「俺も一応お前の教導官だからな。あんまり無茶してると手荒なことをしてでも止めないとならなくなる。だから今日はもう自分の部屋に戻って寝ろ」

 

 いいな?

 という問いかけに私は自然と肯定の返事をしていた。明日の訓練のことを考えるとこれ以上行うのは良くないし、自主練するにしても早起きしてやればいいことだ。

 何より……ここでまだやると言えば、話の流れからして平手打ちとかをされるかもしれない。自分から痛みを感じたいとは思わないのでここは大人しく従うべきだと思ったのだ。

 

「それと、今日カートリッジを4発使ったそうだけどそこも気を付けとけよ。今のカートリッジは昔に比べれば安全だが事故が起こらないってわけじゃないんだ。下手をするとお前とクロスミラージュ、両方吹っ飛びかねないぞ」

「それは……その、すいませんでした。でも扱えるようになってみせます」

「はぁ……真面目な発言も時としては生意気だな。まあ扱えるようになることに越したことはないが、地道にコツコツやれよ。それが守れないようならクロスミラージュは取り上げるぞ」

「それは困ります。……善処はします」

 

 私の発言にショウさんはやれやれといった顔を浮かべると、私の頭を軽く何度か叩いて空になったバスケットを持って去って行った。

 がっつりと話したのは今日が初めてだったように思えるけど、何となくエリオがショウさんのことをお兄さんのように思うのも分かった気がする。

 ――けどまあ、私は兄扱いはしないけど。私の兄さんは兄さんだけだし、兄さんとは年齢が離れてたから歳の近いショウさんを兄のようには思えないし。

 

「……何だか急に眠くなってきたわ。さっさとやること済ませて今日は寝よう」

 

 

 



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第11話 「消え行く不安」

 ショウくんがティアナと話してみると言ってから数日が経過してるけど、何を話したのかティアナは毎日やる気に満ち溢れている。それが伝染しているのか、スバル達もこれまで以上にやる気になっているようだ。傾向としては実に良いと言える。

 今日も何事もなく午前の訓練が終わり、今は午後の訓練に向けて休憩中だ。いつもなら午後の訓練内容の確認をしたりしているけど、少しは息抜きしろということでショウくんに食堂に連れて来られた。

 

「ショウくんって昔からいじわるというか、私に対して少し強引なところがあるよね」

「お前も昔から俺に対してはそういう発言するよな。こっちから言わせてもらえば、どっかの誰かさんがもう少し人の言葉に耳を傾けてくれればいい問題なんだが」

 

 ちゃんと耳は傾けてるよ。私だってもう子供じゃないんだから体調管理やらちゃんと自分で出来てるんだから。ショウくんを含めて、みんなが心配し過ぎなだけだよ……まあ過去が過去なだけに仕方がないとは思うし、心配してもらえるのは嬉しいことなんだけど。

 ドリンクを飲みながらふと意識をショウくんに戻してみると、何やら優しげな笑みでこっちを見ていた。

 

「……その顔は何なのかな?」

「別に何でも」

「理由もなくショウくんは笑わないでしょ」

「お前、それは何気に失礼だぞ」

 

 そうかもしれないけど、実際にショウくんは笑うことが少ないじゃん。基本的に無表情に近いし、感情が出てきても呆れとかそういう類のものばかりだし。

 

「こっちはただ、お前のドリンク飲んでる顔が子供が拗ねてるような感じだなって微笑ましくなっただけだ」

「そっちのほうが失礼だよ。私だってもう大人なんだから子供扱いしないでくれる」

「ほう……まあ確かにこの前のドレス姿はとても19歳のものとは思えなかったな」

 

 もう、そういうところがいじわるだって言ってるんだよ!

 何でショウくんはこうなのかな。昔はからかう側じゃなくて止めてくれる側だったのに……。お母さんとかアリサちゃん達の前ならともかく、ここでの私はスターズの隊長なんだから威厳とかあるわけで。

 いやいや、隊長だからって威張ったりするつもりもないし、出来れば普段は仲良く、訓練中は優しくも厳しくしていきたいと思ってるけど。

 

「相変わらず表情がコロコロ変わる奴だな」

「それはショウくんのせいでしょ……今はまだいいけど、フォワード達の前でからかうのはやめてよね」

「訓練中はしてないだろ?」

「こういうときでもだよ」

 

 ショウくんの中での私のイメージとフォワード達の中での私のイメージは違うんだから、きっと今みたいな私を見せちゃったら幻滅させちゃうよ。あの子達にとっての私は《不屈のエースオブエース》の高町なのはだろうし。

 

「変に肩肘張らずにありのままのお前を見せればいいだろうに」

「見せれない相手だっているものでしょ」

「まあそうだけど……お前も年取った発言をするようになったんだな」

 

 どうしてそこでそういう言葉を選ぶのかな。普通に大人になったとかでいいと思うんだけど。ショウくん、からかう人間が近くにいなくなったからってからかう側に回ろうとしてない? 誰もショウくんにそんなキャラ求めてないからね。

 

「そういえばショウくん、ティアナとどんな話したの? ここ最近ずいぶんとやる気に満ちてるし、今日の模擬戦ではスバルとのコンビネーションも一段と良くなってたよ」

「別に大した話はしてないさ」

「え~気になるよ。大した話じゃないのなら話してくれてもいいと思うんだけどな」

 

 少し子供染みた言い方をしている自覚はあったが、今後のためにも知っておきたいことだ。今のことでからかわれるとしても我慢しよう。

 私が引き下がりそうにないことを感じ取ったのか、ショウくんはやれやれと言いたげな顔を浮かべると話し始めてくれる。

 

「本当に大した話はしてない。ほんの少し昔の話をしてから注意しただけでな」

「もっと具体的に」

「具体的にって……お前は駄々をこねる子供か」

「年齢的に言えばまだ子供だよ」

 

 だって私はまだ19歳。つまり成人してないわけだから子供だよね。それに私だってこの10年で学んだんだから。時として開き直ることも大切だって。

 

「だからもっと具体的にお願い」

「はぁ……俺が昔は魔法が下手だったこととか、お前とかに嫉妬してたこととか話して、それで最後に無茶なことをするなって言っただけだ」

 

 あれ、ショウくんって昔から色んな魔法使えてた気がするんだけど……私の知っている頃よりも前の話になるのかな。あまりそのへんの話は聞いたことがないから聞いてみたい。

 それに私に嫉妬って……時折いじわるなことは言われた覚えはあるけど、別に文句だとか八つ当たりみたいなことをされた覚えはないんだけどな。

 

「さっきより具体的ではあるけど、それでも簡潔すぎるよ」

「お前は一字一句そのときにあったことを言えとでも言うのか?」

「出来れば」

「素直に言ったらやってもらえると思うなよ。こっちはお前みたいに常に仕事のことを考えるような真面目、いや仕事中毒者じゃないんだ」

「そこは真面目でいいじゃん。何でわざわざ言い直すのかな」

 

 というか、私は別に仕事中毒者とかになってないから。与えられた仕事をちゃんとやってるだけで、休みだってきちんと取るときは取ってるし、息抜きだってやってるんだから。

 例えばフォワード達の訓練の様子を見たりとか、そこから訓練内容を見直してみたりとか……これって人に言ったら息抜きじゃなくて仕事してるって言われるよね。

 いやいや、ちゃんと息抜きはしてるもん。フェイトちゃんとかヴィータちゃんとかとお話したりしてるし、キャラメルミルクくらいだったら今でも作ってるし……。

 

「その顔はちゃんと自分のことを見つめられたみたいだな」

「う……別に問題ないよ。体調管理はしっかりしてるし、何より楽しみながらやってるんだから」

「その発言は将来的に不安になるな。理解のある人間と一緒にならないと離婚しそうだし」

 

 な、何で急にそういう話になるのかな。私にはけ……結婚するような相手はいないし、仮に結婚したとしても離婚なんてしないんだから。うちのお父さんやお母さんみたいにいつまでも仲良く暮らすんだもん。

 と、はっきり言い切れる自信もない。

 ショウくんはクロノくんやエイミィさんのことで色々とあったみたいだし、ふたりが結婚して数年経っている今でも時々相談とかされてるらしいから。

 もしかして……私ってずっと仕事が恋人みたいな寂しい女になっちゃうのかな。私だって女の子だし、大好きな人と結婚して子供とかほしいよ。理解がある人と結婚しないと不味いって言われたけど、私の仕事に理解があるとなると同業者とか魔法に関わりのある人だよね。例えば、目の前にいる……。

 ――って何考えるの私は!?

 じょ、条件としては合ってると思うけど私達の関係は友達だったり同僚だったりするわけで。

 休日に一緒に出かけたりすることは、中学を卒業してからはほとんどなかったわけで……落ち着け、落ち着け高町なのは。私はまだ19歳。そんなに焦って結婚だとか考える年齢でもないはず。今は機動六課のために一生懸命お仕事を頑張るだけ……これじゃあ数年後本当に仕事中毒になっちゃってそうだよ!

 

「あれ、なのはさんにショウさん。ふたりも昼食ですか?」

 

 不意に聞こえてきた声に振り返ってみると、そこには綺麗になったフォワード達の姿があった。

 何でみんながここに……って、シャワー浴びた後はいつもご飯食べてたもんね。ここに来るのは当然だよね。

 不味い、今の心境的にこれまで見せていなかった私を見せてしまう可能性が高い。でもここで逃げようとすればショウくんに疑いを持たれて、そこからの流れでアウトになりそう。となると、一緒に食事をして上手く乗り切る他にない。

 ――冷静に考えれば大丈夫。ショウくんはみんなの前ではさっきみたいにからかうかどうか分からないし、いかに内心がこんがらがってても顔に出さなければバレないんだから。感情を表に出さないことだってこの10年で身に着けた。きっと大丈夫のはず……

 

「あの、私達もご一緒してもいいですか?」

「このバカ、邪魔しちゃ悪いでしょうが」

 

 ティアナ、変な誤解しないで。確かに年頃の男女がふたりで食事をしてたらそう思いたくなるのも分かるけど、断じて私とショウくんの関係は特別なものじゃないから!

 

「邪魔?」

「あぁもう、あんたは……」

「まあまあ、午後の訓練もあるんだから元気は取っておこう。ほら、みんな座って座って」

 

 危ない……正直私はあっち方面の話が苦手だ。苦手といっても興味はあるし、単純に感情を隠しておくことが難しいので今はしたくないということだけなんだけど。

 とりあえず、ティアナ以外は誤解というか変な疑問は抱いてないみたいだし、私とショウくんの関係とかがっつりと心を揺さぶってくるような話題は出てこないはず。あとはいつもどおりの感じで乗り切れば

 

「私も座って構いませんか?」

「もちろんだよ……って、えぇぇッ!?」

 

 ふと視界に映った懐かしい顔。澄んだ青い瞳に感情の乏しい表情、メガネに白衣……私のそっくりさんであり、メカニックの間では有名になりつつあるシュテル・スタークスに間違いない。昔と変わっているとすれば、襟足部分だけ伸ばしていることくらいだろう。

 

「シュ、シュテル……何でここに?」

「何で? それはですね……あなたを脅かしに来た、というわけではないのでご安心を」

「それくらい言われなくても分かってるよ!」

 

 昔みたいに地球とかアースラで会ってるわけじゃないんだから、私を脅かすみたいな理由で来れるわけないでしょ。というか、久しぶりに会ったのに再会早々お茶目な部分を出さないでよ。

 

「えーと……なのはさん、この方は?」

「もしかして……なのはさんの姉妹の方ですか?」

「やれやれ、本人だと間違われることはなくなりましたが……未だに姉妹扱いされるとは」

 

 そこまで露骨に嫌そうな顔をしなくてもいいんじゃないかな。私は別に世間でバカにされてたり、批判されたりはされてないはずだけど。

 

「おっといけません、自己紹介がまだでしたね。はじめまして、私はシュテル・スタークスと申します。以後お見知りおきを」

 

 相変わらず挨拶だけは淑女的で素敵だね。茶目っ気がなければもっと素敵な女性になれると思うよ。

 それとみんな、あんまりシュテルに良い印象は持っちゃダメだよ。付き合えば付き合うほど嫌な部分が見えてくるから。

 

「ちなみにそこにいる高町なのはとは一切血縁関係はありませんので、高町なのはとは一切血縁関係はありませんので」

「今繰り返したのは大事なことなので2回言いました的なことなのかな!」

「ふ、さすがはなのは。よくお分かりで」

 

 別に分かりたくて分かるようになったんじゃないよ。この10年の間にやたらとからかわれたりしてきた結果、こんな風に分かるようになっちゃっただけなんだから。

 ……しまった、ついいつもの感じでツッコんだりしちゃったよ。こういうところを見せないようにしようと思ってたのに完全にアウトだよ。

 

「……ショウ、なぜなのはは突然固まったのですか?」

「そこは気にするな。なのはにはなのはなりの考えがあるんだ……ところでシュテル、お前本当に何しに来たんだ?」

「それはもちろん、あなたに会うためですが?」

 

 何を当たり前のことを聞いているのですか、みたいな顔で今言うことじゃないよね。フォワード達が驚いたり困惑してるじゃん。初対面の相手もいるんだからもう少し抑えてよ。

 

「まあ分かっているとは思いますが今のは冗談です。本当は今日ここに来れば面白いものが見れるかと思いまして。例えば……そうですね、フォワードの皆さん。いきなり見知らぬ人間と会って緊張してしまっていることでしょう。距離感を近づけるためにも私という人間を見せておきます」

 

 な、何だろう……不吉な予感しかしない。それどころか、次の瞬間には私にとって不幸な未来が目に見える気がする。

 

「では参ります。はーいみんな、私高町なのはだよ。年齢は19歳でお仕事は魔法少女やってます」

「シュテル、それはいくら何でも悪質過ぎるよ!?」

 

 ただでさえ声色が似てるのに抑揚やら口調まで完全に私と同じにしないで。

 それに私はそんな「自分可愛いでしょ」みたいなアピールしないし、自分の職業を魔法少女とか言わないからね。

 そもそも、目上の人から少女扱いされるならまだしも、年下相手に自分で自分のことを少女だとか言わないよ。

 

「そうですか……では、悪魔でいいよ。悪魔らしいやり方で話を聞いてもらうから。ふふ、これは管理局の白い悪魔の名台詞ですね」

「何の話をしてるのかな! 私はそんな発言したことないし、管理局の白い悪魔だとか言われてないよ!」

「え……あんなに弾んだ声で連絡してきていましたから、てっきり笑みを浮かべるほど新人達のしごきを楽しんでいるのだとばかり」

「久しぶりにシュテルと話せてたから弾んでただけだよ! 大体シュテルの中の私はどんな風になってるの!」

 

 人を鬼教官みたいに言わないでくれるかな……あぁもう、完全に終わったよ。これまでの私のイメージは今の一連のやりとりで完全に崩壊しちゃった。

 

「あのショウさん……なのはさんを弄ってるスタークスさんでしたっけ? いったい何者なんですか?」

「まあ簡潔に言えば、茶目っ気のある俺やシャーリー以上のメカニック。加えて……この前話した俺を叩いた奴だ」

「え……あの人にですか? ……なのはさんと間違ったりしたわけじゃないですよね?」

「あいつとなのはを間違えるのは難しいだろ。やることなすこと大半は270度くらい違うぞ」

 

 ショウくんにティアナ、ふたりは私とシュテルを見ながら何を話してるのかな。もしかして……私について良からぬことを言っているのかな? かな?

 もしそうなら私も少し怒っちゃうよ。ただでさえシュテルのおかげで苛立ってる上にショウくんまでそっちに回ったら私の身が持たないし。

 

「やれやれ、またあなたは少し会わない内に……いつか刺されますよ」

「誤解を招くようなことを言うな、俺とティアナはそんな関係じゃねぇよ。多分気に食わない存在と思われてるだろうし」

「え……いや、そんなことは。良い先輩だと思ってますよ!?」

「本当か? この前話したとき、お前割りと睨んでたぞ。言葉にもところどころトゲがあったし」

「それは疲れがあったり、失敗したばかりで自分に苛立ってたからです!」

 

 あれ……見た感じはケンカしてるように思えるけど、何だかずいぶんとふたりの距離感が縮まってるような。この前までティアナって他の子に比べると、私にもショウくんにも距離感があるというか壁みたいなのがあったよね。

 まあ他の子よりしっかりしてるから、きちんと距離感を測りつつ近づいていくタイプなんだろうけど。ショウくんは訓練以外でもデバイス関連のこともやってる。それを考えると私よりも接してる可能性は高い。

 けど多分……距離が縮まった最大の理由は最初の方に話してたことが関係してるよね。いったい何を話したのか凄く気になる!

 

「そんなことより……シュテル、本当に何しに来たんだ?」

「すでに見当がついているのでないのですか?」

「まあな。時期的に考えて……あいつを連れてきてくれたんだろ?」

 

 あいつ?

 ……あぁそういえば、確かあの子も機動六課で働いてくれることになってたんだっけ。前にショウくんとファラが抜ける分の穴がどうにかなるまでシュテルのところで働くって話を聞いた気がするし。

 

「正解です……とはいえ、ここに来る前にリインと会ってしまったので、今はまだ彼女に捕まっているでしょうが」

「久しぶりに会ったんだからそれも当然だろう」

「あの……いま話に出てる人って誰なんですか?」

「ん? まあ午後の訓練の時には会えるだろうさ」

 

 別にもったいぶらなくてもいいと思うんだけどな、と思った矢先、不意にショウくんの視線がこちらに向いた。

 

『なあなのは』

『え……何? というか、何で念話?』

『あまり人前で話すようなことでもないんでな。……今後のことを考えて頼みがある』

 

 頼み……言い回しから考えて大切な話だよね。今のタイミングでってことは結構早急的に対応しないといけないことなのかな。

 

『それはどんな頼みなの?』

『お前はティアナの調子は改善しつつあるように思ってるみたいだし、実際にそうだとは思う。けれど、お前のやってる訓練は間違いじゃないが成果が見えにくい。特にティアナのはな……』

『うん……そうだね』

『あいつは今の自分に自信を持てていない。だから焦りや劣等感を感じやすくなってる。また嫌な流れになる可能性はゼロじゃない……だからお前がどういう想いで教導しているのかを教えてやってくれないか?』

 

 ショウくんは、暗にあの日の出来事の映像を見せてほしいと言っているのだろう。直球な聞き方じゃなかったのは、あれが私にとって辛い過去だから。

 ……でも必要なことかもしれない。

 今はまだみんな文句も言わずに訓練をしてくれている。でも慣れ始めてきたら、何でいつまでもこんな訓練を……、みたいに思うかもしれない。もしくは今後は任務の頻度が上がる可能性もあるし、そこで失敗しちゃったら焦って無茶なことをしちゃうかも。

 この子達はまだ新人。きちんと私達が守ってあげて導いてあげないといけない存在だ。だけど、新人でも知っておかなくちゃならないことはある。何より……私と同じ道を歩ませちゃいけないんだ。

 

『……私は別にいいけど、ショウくんはいいの?』

『何でそこで俺に聞くんだ? あれで1番苦しい思いをしたのはお前だろ』

 

 確かにそうなのかもしれない……けど、私だけじゃなくみんなが傷ついていたのを私はちゃんと知ってる。

 ショウくんが自分を責めるように訓練をしたり、私の分まで任務を行っていたのを私は知ってる。当時お見舞いに来てくれたシュテルに教えてもらったからだ。

 そのときにもう無茶なことはするなってお説教されたし、とても怖い顔で睨んでたから忘れられるはずないよね。

 

『そっか……なら明日の朝にでも話そうかな。今日の午後はもしかするとシュテルがこのまま居るかもしれないし、午後からはあの子も多分参加するよね。自己紹介とかも必要だろうし』

『そうだな……質問攻めに遭いそうな気がしてきた』

『私はショウくんほどあの子のことは知らないからフォローはしないよ。頑張って』

『この薄情者』

『いじわるな人から言われたくないよ』

 

 

 



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第12話 「過去からの想い」

 午前中に模擬戦が組み込まれたせいか、今日の午後の訓練はいつもより早めに終わった。しかし、いつもよりもバタバタした1日だったような気がする。

 まあ……今日はあの人達とも出会ったから仕方ないのかな。

 今日私達フォワードは昼間になのはさんの姉妹なのではないか、と疑問を持ってしまうほどのそっくりさんであるシュテルさんに出会った。髪型や瞳の色が違うのでよく見れば別人だと理解できるのだが、初見は誰しも間違うと思う。

 声とかは特に似てるみたいだし……あのときは呆気に取られてたけど、今思い返してみるとシュテルさんがやったなのはさんの物真似笑えてくるわね。必死になのはさんが否定してたから実際にはあんなぶりっ子みたいなこともしてないし、物騒なことも言ってないんだろうけど。

 

「ねぇねぇティア」

「何……顔が近い。少し離れなさいよバカスバル」

「あはは、ごめんごめん」

 

 まったく……あんたは犬か何かなの。もう少し距離感を考えて近づきなさいよね。私とかならまだ付き合いが長いからいいけど、嫌がる人は本当に嫌がるんだから。私も最初は嫌だった気がするし。

 

「それで何よ?」

「うーんとね、今日のこと思いだしてたらシュテルさん凄かったなぁっとか、なのはさんでも慌てたりするんだなって思って」

 

 スバルも同じようなこと考えてたわけね……まあ強烈な印象を受ける出来事だったわけだから無理もないだろうけど。

 

「そうね……もしかしてなのはさんに幻滅とかしちゃったわけ?」

「まさか、そんなことあるはずないよ! だって慌ててるなのはさん可愛かったし!」

 

 分かった、分かったら少し落ち着きなさい。興奮しすぎで私との距離縮まってきてるから。それを手で気持ちを伝えると、スバルの興奮は収まっていないようだけど足だけではその場に静止した。

 昔から分かっていたことだけど、本当にこいつはなのはさんのこと好きよね……可愛いとかの言い方から少し危ない気がしないでもないけど。発育は良いから間違われたりはしないでしょうけど、スバルってボーイッシュだし……あっちの道に進んだりしないわよね。

 もしそんなことになってしまった場合、まず最初に私が餌食になるのではないだろうか。……いやいや、馬鹿なところがあったり大食いだったりするけどスバルだって女の子。そのへんの感性だって普通のはず。そうじゃないと一緒の部屋で寝ているだけに……考えるのはやめよう。

 

「はいはい、あんたがなのはさん大好きなのは分かってるから」

「えへへ」

「別に照れるところじゃないわよ。気持ち悪いわね」

「ティア、気持ち悪いはいくら何でもひどいよ!?」

 

 いや、あんたのなのはさんへの愛は度が過ぎてる時があるから。憧れを抱くようになった理由は知っているし、人間としても魔導師としても尊敬できる人なのは分かるけど……。

 

「今日のなのはさんすっごく可愛かったじゃん。午後の訓練の時も最初はご飯の時のこと気にして照れてたみたいだし!」

「うっさいスバル、もう夜なんだから静かにしないよね。というか、私からすればなのはさんよりもシュテルさんのほうがインパクト大きかったのよ!」

 

 はたから見てると、ある意味なのはさんがボケまくってるようなもんなのよ。それにショウさんからは前に思いっきり平手打ちされた相手だって教えられるし。

 場を騒がしくしそうな人のようには思えたけど平手打ちをするような人には見えなかった。だから確認を取ってみたけど……

 

『そんなことも彼は言ったのですか。やれやれ、困ったものですね。1歩間違えれば私が乱暴者だと誤解されるというのに……』

『え、えっと……す、すみません。その、私が悪いんです……私が』

『ふふ、それ以上言う必要はありませんよ。ちゃんと分かっていますから』

 

 このときに浮かべられた顔はデフォルトになっている無表情とのギャップのせいか、とても優しげで暖かい笑みに見えた。このときのシュテルさんは本当のシュテルさんで、なのはさんをからかっていたのは彼女なりに歩み寄ってくれようとしたのではないかと思えるほどに。

 何となくだけど……あの人ってショウさんに似てるところがある気がする。

 そんなことを思った直後、危険を知らせるアラート音が基地中に流れ始める。部屋着になっていた私やスバルは急いで制服に着替えて移動を開始。

 今回は海上でガジェット2型の4機編成が3組と12機編成が1組の計24機が相手とのこと。空戦になるため、私達フォワードはロビーで待機しておくように指示される。なので今回出動するのはなのはさんにフェイトさん、それにヴィータ副隊長だけらしい。

 

「そっちの隊長はシグナムだ。何かあったときはちゃんと言うこと聞けよ」

「はい! ……えっと、ショウさんも待機でいいんですか?」

「うん。今回はガジェットⅡ型だけだし、敵の狙いがこっちの戦力確認の可能性が高いからあまり人を出したくないんだ。それに何かあったときのために戦力は残しておくべきだし」

 

 戦力という言葉のところでショウさんを見ながら言ったあたり、なのはさんは彼のことを信頼しているのだろう。10年以上の付き合いに加え、リミッターが掛かっていても隊長陣と同等の戦果を上げてきた人なので当然とも言えるけど。

 

「ちょっとお願いもしてるから……そろそろ出発しないとね。じゃあみんな、もしものときは頑張ってね」

 

 こうしてなのはさん達3人はヘリに乗り込んで目的地である海上に向かって行った。私達フォワードはショウさんやシグナム副隊長に連れられる形で、指示されたとおりにロビーへと移動する。ロビーにはすでにシャマル先生が待機していて、私達の姿を認識すると笑顔で手を振ってきた。

 私達は4人固まってソファーに腰を下ろし、向かい側に座っていたシャマルさんの横にショウさん達が腰を下ろした。なのはさん達のことでも話題にして沈黙の時間が流れないようにしようかと思った矢先、先に口を開く人物が居た。

 

「よし、確認も出来た……フォワード、お前達に話しておくことがある。本当なら明日なのはから行われる予定だったんだが、こうして待機しておく必要が出来た以上、ただ待っているだけなのも時間が勿体無い」

 

 だから今自分が代わりにやっておく、とショウさんは続けて一旦口を閉じて視線を落とす。視線が再びこちらに向けられた時、身が強張ってしまうほどの真剣さが彼の瞳には宿っていた。

 

「別に身構えて聞く必要もないが……これから見せる映像と行う話は実際にあった現実であり、今後お前らの行動次第ではいつその身に起きても全くおかしくないことだ。そのへんは心して聞け」

 

 いつもならば私達は元気に返事をしていたのだろうが、普段とは別人とも思えるほどの圧力にも似た真剣さに頷き返すことしかできなかった。

 ショウさんが映像を出そうと操作しようとした矢先、彼のデバイスであるファラさん。それに今日機動六課に合流したセイクリッドキャリバー、通称セイバーさんが代わりに操作を行う。長年一緒に居るだけにマスターのやりたいことは理解しているようだ。

 ちなみにセイバーさんは人懐っこくて明るい雰囲気のファラさんとは違って、落ち着きがあって凛とした雰囲気だ。この部隊で言えば、話し方に違いはあるけどシグナム副隊長に近いかもしれない。

 

「今から10年ほど前……ひとりの少女が魔法に出会った。その子は魔法なんか知りもしない普通の少女で、友達と一緒に学校に通って、家族と幸せに暮らしていた」

 

 直後に映り出された映像には、栗毛をツインテールにした女の子が映っていた。明るく温厚そうなその子はとてもなのはさんに似ている。

 

「この子って……」

「ああ、お前達もよく知っている人物……昔のなのはだ。本来なら魔法なんてものを知ることなく、平和な世界で一生を送るはずだった。だがある日、事件は起きた……俺やなのはの住んでいた街の至るところに、色々あってロストロギアが散らばってしまったんだ」

 

 ショウさんも魔法のないその世界で生活していたわけだけど、ご家族に関係者が居たこともあって魔法のことは認識していた。

 街に散らばったロストロギアを集めようとしていた人物の助けを求める念話もあり、まずは状況を確認しようとしたらしい……そして、同じように念話が聞こえていたなのはさんが魔法に出会ったところを目撃したらしい。

 

「俺達の住んでいる世界は管理外世界……言うまでもなく魔法学校なんてものはなかったし、なのはには特別なスキルもなかった。魔法と出会ったのは偶然だった。けれど高い魔力を持っていたこと、助けを求める人を放っておけない性格だったから怖い目に遭いながらも彼女は事件に関わり続けた」

 

 スクリーンには、ロストロギアの力で暴走してしまった原生動物と戦うなのはさんが次々と映し出されていき……不意に戦う相手が人間へと変わった。それはなのはさんと同じくらいの背丈で長い金髪をツインテールにしている。

 

「これ……」

「フェイトさん?」

「ええ……フェイトちゃんは当時家族環境が複雑でね。街に散らばっていたロストロギアを巡ってなのはちゃんと敵対していたの」

「この事件の中心人物はテスタロッサの母……その名前を取ってプレシア・テスタロッサ事件。あるいはジュエルシード事件と言われている」

 

 エリオから前にフェイトさんの過去については少しだけ聞いたことがあるけど、まさかあんなに仲が良さそうななのはさんと敵として戦ったことがあったなんて……。

 スクリーンには本気で戦うふたりの姿が映っている。なのはさんはまだ魔法と出会ってから間もないはずだが、フェイトさんに劣らない力量を持っているように見えた。天才のようにも思えるけど、命懸けの実戦を繰り返していたことを考えると妬みのような感情は湧いてこない。

 ふたりの戦いは終盤へと入ったようで、フェイトさんがなのはさんをバインドで動きを阻害し、そこに大規模な魔法を放つ。雨のような魔力弾にフィニッシュで放たれた雷槍。その威力は実に凄まじいものだった。

 しかし、なのはさんはそれに耐えてみせた。

 今度は逆にバインドでフェイトさんの動きを止めたなのはさんが砲撃を放つ。フェイトさんはそれに耐えてみせた。レベルの高い戦闘に驚きを隠せないが、次の瞬間私達フォワードは思わず息を呑んだ。残留していた魔力が空へと上がり、一箇所に集まっていたからだ。

 

「収束砲!? こんな大きな……」

「9歳の女の子が……」

「ただでさえ、大威力砲撃は体にひどい負担が掛かるのに」

「……その後もな、さほど時も置かず戦いは続いた」

 

 シグナム副隊長の言葉をきっかけに映像が切り替わり、私服姿で魔力弾に対して防御魔法を張っているなのはさんが映し出される。魔力弾が飛来した逆側から襲い掛かってきたのは、ヴィータ副隊長だった。

 

「これは……私達が深く関わった闇の書事件と呼ばれるものの映像よ」

「事件の前半は我らの方が力は上だった」

 

 その言葉を証明するかのように、防御魔法だけでなくレイジングハートまで粉砕してなのはさんを吹き飛ばすヴィータ副隊長。バルディッシュを切断しながらフェイト隊長を撃墜するシグナム副隊長、といった映像が流れていく。

 そして、ショウさんとシグナム副隊長の戦闘が流れ始める。剣による近接戦、距離を取りながらの射撃戦……と凄まじい勢いで戦況は変わるが、常にシグナム副隊長のほうが上手。砲撃を食い破る一撃を受け止め切れなかったショウさんはダウンしてしまう。

 けれどショウさんは立ち上がり、疾風のような連撃を繰り出していく。だがそれもシグナム副隊長には通じず……最後にふたりが選んだのは大技による決着だった。炎を纏った刃同士が交わり、片方が壊れる。結果から言えば、ショウさんはシグナム副隊長に負けたのだ。

 

「だが……彼女達は我らに打ち勝つためにある方法を選ぶ。当時はまだ安全性の怪しかったカートリッジシステムの使用。加えて、闇の書が覚醒してしまった後の決戦では体への負担を無視して自身の限界値を超えた力を引き出すフルドライブまで使用した」

 

 長い銀髪の女性に立ち向かっていく黒と白の長剣を持ったショウさん。彼を援護していたなのはさんも魔力刃を形成して突貫、そこからのゼロレンジ砲撃を行う。

 世界が終わってしまいそうな雰囲気の中で必死に戦い続けるふたりの姿は、見てるだけで辛くなってくる。けれどスクリーンに映っているショウさんやなのはさんの瞳には力強い光があって、決して諦めるようには見えなかった。

 

「彼女達の奮闘もあってこの事件は無事に終結を迎える。この事件を機にショウは戦闘から距離を置いたので問題はなかったが……嘱託魔導師であり、すぐに管理局に入ったなのはは誰かを救うため、自分の想いを通すための無茶を続けた」

「ここまで聞けば想像できるだろうが、カートリッジシステムやフルドライブの使用が体に負担を掛け、それが問題を生じさせないわけがない」

「……事故が起きたのは入局2年目の冬。異世界での捜査任務の帰り……ヴィータちゃんや部隊の仲間と一緒に出かけたんだけど、不意に現れた未確認体。いつものなのはちゃんなら対応できたんだろうけど、溜まっていた疲労や続けてきた無茶が一瞬なのはちゃんの動きを止めたの。……その結果がこれ」

 

 シャマル先生が映像を切り替えると、そこに腹部から胸部、左腕に包帯が巻かれた状態で眠るなのはさんの姿が映った。私だけでなく、フォワード全員から悲鳴のような声が漏れる。

 

「なのはちゃん……無茶して迷惑掛けてごめんなさいって私達の前では笑ってた。けどもう空は飛べないかもとか、立って歩けなくなるかもとか言われてどんな思いだったか……」

 

 シャマル先生の言葉と必死に痛みに耐えながらリハビリを行うなのはさんを見て、私達は思わず目を背けてしまう。だが直後、静かに鋭い声が発せられる。

 

「目を背けるな」

「見てて気分が良いものじゃないのは分かるが、最初にも言われたはずだ。これはお前達の行動次第で現実に起こりえることだとな」

「とはいえ、無茶をしなければならない状況や命掛けの戦いは確かにある。だが……そんな機会は滅多にない」

 

 直接的ではないけど、私はショウさんにこう言われているように感じた。

 この前の一件は、仲間の安全をかなぐり捨ててまで……自分の命を掛けてまでも撃たなくてはならない状況だったのかと。

 

「なのはの行っている訓練は成果が実感しにくいものがある。時として不満や焦りを覚えることだってあるだろう。……けどな、あいつはお前達に自分と同じ思いをさせたくない。お前達が無茶なんてしなくていいように、って心から思って教導している」

 

 数値的なもので見れば、私達は日に日に成長していること。今はまだ実感がなくても、将来的にここでの経験が活きてくるはずだ。だからなのはさんのことを信じて付いて行け。

 と、そのようなことをショウさんは口にする。

 自分達がどれほど大切にされているのか、恵まれた環境にいるのか実感した私達の中には涙を浮かべている者も居た。

 

「ついでだし、あのことも説明しておいたほうがいいかな」

「そうですね。つい先日、無茶な使い方をした人物がいるという話も聞きましたし……マスター、よろしいですか?」

「ああ、どうせするつもりだったからな」

 

 今の会話からして話題はなのはさんの教導のことから他に移るのだろうが、いったい何の話をするのだろうか。シグナム副隊長達は何となく予想が付いているように見えるが……。

 

「さっきシグナムが少し言っていたが、昔のカートリッジシステムは危険性が高い代物だった。今は技術の進歩のおかげで高い安全性が実現されているが……それでも過信や慢心、危機的状況を打開しようとして事故が起きないわけじゃない」

「まあみんなはそんな経験がないだろうし、どんな風になるかは映像を見た方が理解できるかな」

 

 ファラさんは素早く操作を行うと、スクリーンに映像が流れ始める。そこに映っているのは先ほどよりは大きくなっているショウさん。手には紫色の長剣を持っている。色合いからしてファラさんではないのだろう。

 スクリーンに映るショウさんがカートリッジを1発、2発とリロードした瞬間――爆音が鳴り響き紅蓮の炎と閃光が画面中を覆い隠した。

 私の周囲から悲鳴が聞こえたかと思うと、画面には力なく倒れこんでいるショウさんの姿が映る。彼のバリアジャケットの右腕部分は吹き飛んでおり、ところどころ皮膚が焼け焦げていた。

 

「この事故に関して言えば、新型のカートリッジと魔力変換システム……簡単に言えば、属性変化を補助してくれるシステムを同時に使用したことで起きました。予想以上に新型のカートリッジで得られる魔力が多く、魔力変換システムや他の機能がオーバーヒートしてしまって起きたものです」

「だけどカートリッジシステムを使っただけで破損しちゃうデバイスは昔はたくさんあったから、事故が起こる理由はたくさんあるんだけどね」

「まあとにかく、これでお前達もカートリッジシステムに潜む危険性は理解しただろう。それとショウには感謝をしておけ。こいつはこれまでに何度も似たような事故を経験しながらも新型カートリッジのテストを行い続けてきたんだからな」

 

 つまり……今のカートリッジシステムの安全性が高いのは、ショウさんが身を張ってテストをしてきてくれた結果なのだろう。

 ショウさんはこの前軽めの忠告くらいで言ってくれたけど……もしも私がもっと早く生まれていて管理局員になっていたのなら、ショウさんと同じような事故に遭っていたのかもしれない。

 いや、そもそもショウさんがいなかったならばカートリッジの安全性は今ほど高くなく、あのとき私とクロスミラージュは……考えただけで背筋が寒くなる。

 

「あの……何でショウさんは何度も危ない目に遭いながらもやり続けられたんですか?」

「メカニックとして、というのもあるんでしょうけど……最大の理由はなのはちゃんの件があったからでしょうね。カートリッジシステムの安全性が高まって、使用者への負担が減れば必然的に怪我をする可能性は低くなるわけだから」

 

 ショウさんに言わせてあげればよかったのに、とも思うけれど、あの人の場合は照れ隠しとかで誤魔化していた気がする。

 私達のことを考えて作ってもらえている教導メニュー。極めて高い安全を約束された最新式のデバイス……本当に私達はこの人達に大切にされてるんだ。

 話を聞けば聞くほど、ついこの間の自分の行動が愚かであり申し訳なく思ってくる。あんなことは必要がない時は2度としちゃいけない。そう強く思えるほどに……。

 

「あの……よければ教えてもらいたいんですけど、何でショウさんは魔導師の道も歩もうと思ったんですか? 話を聞いていた限り、最初はともかくメカニックの道を選んだように思えたんですけど」

「それは色んな後悔があったからだな。まず最初は両親が死んだ時、俺は魔力はあったが魔法は使えなかった。もしもあのとき魔法が使えてふたりと一緒に居たのなら今は……それが最初の大きな後悔」

 

 ショウさんは淡々と言葉を紡いでいるけれど、彼の瞳には確かな悲しい色が見える。不味いことを聞いてしまったとも思いもしたが、話すことを決めて話してくれているのだからしっかりと聞いて自分の糧にしたい。

 

「次に、俺はジュエルシードを巡る事件でプレシア・テスタロッサ……フェイトの母親を助けられなかった。虚数空間に落ちていく彼女の手を掴むことは出来たが……結局は」

 

 フェイト隊長のお母さんを自分が死なせてしまった。

 ショウさんの声にはそんな想いが感じられた。今の関係から考えてもフェイト隊長はショウさんのことを責めたりしてはいないだろうし、友人として接してくれていることに感謝しているのだろう。ショウさんもそれはきっと分かっているはず……だけど忘れられる過去ではないんだ。

 

「その次に……闇の書を巡る事件。長い間続いた負の連鎖を断ち切ることが出来たわけだが、はやてやシグナム達にとって大切な人を救えなかった」

「待てショウ、あれはあいつが望んだことだ」

「そうよ、ショウくんが自分を責め続けてもあの子は喜んだりしないわ」

「ああ、分かってる……どうしようもないことだって、仕方がなかったんだってのは分かっているんだ。だからこそ、俺はあいつに誓った……はやてやお前達、そしてリインを守れるくらいに強くなる。あの日みたいな悲しみを繰り返させないと」

 

 確かな強い決意がショウさんの瞳にはあった。

 過去の事件がどういう経緯で進んだのかは私には分からない。だけど今のショウさん達やさっき見た映像を見れば壮絶なぶつかり合いや葛藤があったように思える。

 

「それにさっきのなのはの一件……あれが起きるほんの少し前、俺はあいつが弱音を吐いたのを知ってる。けれど……俺の中にも今世間で抱いているようなエースだとかそういう認識があったんだ。だから当時の俺はそれに気づかず、あいつを止めてやることができなかった」

「そのことに関してもお前だけが責任を感じる必要はない」

「分かってるさ……けど俺が再び魔導師の道を歩もうとした理由のひとつではある。……まあ、それ以上に不屈のエースオブエースも人間なんだってことをこいつらに知ってもらいたかったんだけどな」

 

 強い憧れを抱いているスバルだけでなく、私を含めた多くの人間はなのはさんのことを不屈のエースオブエースという認識がある。もしも自分が彼女の立場だった場合、感じるのは喜びよりもプレッシャーなのではないだろうか。それがなのはさんにもあって過去の出来事に繋がったのでは……。

 そう考えると、もっときちんとなのはさんのことを知りたいと思える。今日の昼間に知ったなのはさんのような……不屈のエースオブエースではなく高町なのはとしての顔を。

 

「そして……4年前にはやてから部隊を作りたいと思ってる。実現できた時はメカニックとしてだけでなく、魔導師としても仕事してほしいなんてことを言われてな。なのは達よりも付き合いの長い奴だし、そんなに早く実現もできないと思ったから俺なりのペースで魔導師としての活動も始めたってだけの話さ」

 

 さらりと言っているけれど、今日に至るまでに私の想像以上の努力を続けてきたんだろう。

 私はこの人のことを天才だと思っていたけど違う。映像にも映っていたように小さい頃から地道に練習を続けて……なのはさんやフェイト隊長といった自分以上の力量を持った人に囲まれながらも、腐ることなく自分自身を磨き続けて今の実力を身に付けたんだ。

 この前、ショウさんを天才呼ばわりした私にヴィータ副隊長が怒ったのが少しは分かる気がする。まだ知らないことの多い私でこれなのだから、長い付き合いのある彼女が感じるものは凄まじいものに違いない。

 今後は迂闊な発言はしないようにしないと……そして、なのはさん達を信じて一生懸命日々を過ごしていくんだ。そうすれば、私もこの人のような魔導師になれるかもしれない。ううん、なれるように無茶をせずに努力していくんだ。

 

 

 



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第13話 「六課のとある休日」

 隊長陣に関する過去やそれから来る想いを知ったことでか、フォワード達のやる気は一段に増した。ティアナに関しては焦りや不安もなくなり、以前と違って常に同じ動きではなく、その場に応じた動きをしようという意思が感じられるようになった。

 故に今朝の厳しい訓練と模擬戦も無事に終了した。今回の模擬戦は第2段階クリアの見極めになっていたのだが、結果から言えばフォワード達は無事に合格。まあ日頃からあれだけみっちり扱かれていれば当然の結果ではあるのだが。

 これまでろくな休みもなく訓練ばかりの毎日だったことに加え、なのは達が1日中隊舎で待機することもあって、フォワード達には自由時間を与えられた。明日からは各デバイスのセカンドフォームを中心に訓練していくため、充分に英気を養ってもらいたい。

 訓練が終わった後、俺は隊長陣と一緒に食事を取ることになった。フェイトの代わりにライトニング分隊の訓練を見ることも多いため、デバイス関連の仕事はシャーリーが行ってくれている。彼女との間には技術的には大きな差がないため、俺は技術者としてよりも教導官として働いている今日この頃である。

 

「ショウ、お前最近はフォワード達の面倒ばっか見てるけどよ……他の仕事溜まってたりしてねぇのか? あっ、言っとくけど勘違いすんなよ。一緒に教導してるわけだし、あいつらの教導もお前の仕事だってのは分かってるからな。別にサボってるとか言いたいわけじゃ……」

「大丈夫よヴィータちゃん、ヴィータちゃんが心配してるってことはショウくんはちゃんと分かってくれてるわ」

 

 シャマルの発言に気恥ずかしさを覚えたのかヴィータの顔は真っ赤に染まる。こうなるだろうと分かっていたはずなのに、今のような言い回しをするシャマルは相変わらず時々人が悪い。

 

「べ、別に心配とかはしてねぇよ。ショウは昔からやることはきちんとやる奴だったからな」

「そう思ってるけど一応確認するんがヴィータのええところや。なあショウくん?」

「そうだな」

 

 はやてと俺の追撃でヴィータの顔の赤みはさらに増す。彼女が誤魔化すように食事の進行を早めるが、昔と変わらない行動に俺達は微笑ましい気持ちになり静かに笑った。向こうのテーブルで食事を取っていたなのはやフェイト、シグナムの顔にも笑みが見える。

 直後、流していたニュースが芸能関連から政治・経済へと変わる。

 話題として取り上げられたのは、昨日行われたミッドチルダ管理局地上中央管理局の予算会議について。今回で3度目の申請であり、税制に関することなので注目しているものはしているのだろうが、俺達の雰囲気は変わらずのんびりとしたものだった。ある男の名前が出るまでは。

 男の名前はレジアス・ゲイズ。階級は中将であり、首都防衛隊の代表でもある。

 どうやら予算会議の当日はゲイズ中将の管理局の防衛思想も語られたらしい。アナウンサーのその言葉に、俺達の意識は画面のほうへ自然と向いた。

 

『魔法と技術の進歩と進化……素晴らしいものではあるが、しかしそれが故に我らを襲う危機や災害も10年前とは比べ物にならないほど危険度を増している。兵器運用の強化は進化する世界の平和を守るためである!』

 

 確かに兵器の運用を今以上にすれば犯罪者の数は減るだろう。だがそれは一時的なものではなかろうか。優れた兵器が生み出されれば、それを悪用しようとする者は必ずと言っていいほど現れる。

 それを無くそうとすれば更なる兵器が生み出され、再び悪用されるに違いない。イタチごっこも良いところだ。

 画面では盛大な拍手が鳴り響いているが、ヴィータやシャマルは耳だけ傾けておけばいいと思ったのか食事を再開する。俺もそうしようかと思ったが、とりあえず最後まで聞いてみようと思って残りのメンツと同様に動きを止めたまま演説に耳を傾ける。

 

『首都防衛の人手は未だ足りん。非常戦力に置いても我々の要請が通りさえすれば、地上の犯罪も発生の確率で20%。検挙率においては35%以上の増加を初年度から見込むことができる!』

「……このおっさんはまだこんなこと言ってんのな」

「レジアス中将は古くから武闘派だからな」

「……あ、ミゼット提督」

 

 なのはの声にヴィータは「ミゼット婆ちゃん?」と言いながら画面に意識を戻した。現在画面にはゲイズ中将の奥に3人の人物が映っている。

 まずはヴィータが婆ちゃんと呼んでいる優しげな笑みを浮かべている女性。名前はミゼット・クローベル、本局統幕議長という役割を担っている。

 次に……頬に傷のある貫禄のある男性の名前はラルゴ・キール、武装隊栄誉元帥である。最後に真面目そうな雰囲気の男性、彼は法務顧問相談役のレオーネ・フィルスと言う。

 

「伝説の三提督揃い踏みやね」

「でも……こうしてみると普通の老人会だ」

「もう、ダメだよヴィータ。偉大な人達なんだよ」

 

 はたから見た感じはヴィータの言うようにごく普通の老人にも見える。しかし、フェイトの発言も真実だ。あの方達は管理局を黎明期から今の形まで整えた功労者達なのだから。

 とはいえ、人の良い方達でありヴィータ達は過去に護衛任務を受け持ったこともあるため、ミゼット提督達とは交流がある。特にミゼット提督ははやてやヴィータ達のことがお気に入りらしい。ヴィータが彼女のことを好きだと素直に言うのは、おそらくそのへんが関係しているのだろう。

 

「そういえば、ショウくんはこの後どうするんや?」

「フォワード達のデバイスの調整……と言いたいところだが、シャーリーが任せてくれって言ってたからな。セイも手伝うみたいだし……正直に言えば、これといってすることはない」

「なら街にでも出かけてきたらええよ。今日はなのはちゃん達も居るし、教導とデバイス関連のことでお疲れやろうから」

 

 なのは達がいるから万が一の時も大丈夫なのは分かるが、仕事量に関しては俺よりもお前や他の隊長陣のほうが上だと思う。俺だけ休みをもらうというのも申し訳ないのだが。

 しかし、休める時に休んでおくのは大切なことでもある。移動用としてバイクを持ってきているし、乗らなければ宝の持ち腐れだ。ここは素直に街にでも繰り出すべきかもしれない。

 そんなことを考えた直後、遠慮気味に話しかけてくる声があった。

 

「あ、あの……出来ればでいいんだけど、エリオ達の付き添いしてもらえないかな?」

 

 声の主は、可能ならば自分が一緒に出かけたいんだけど、と言いたげな雰囲気を隠そうともしていないフェイトである。

 エリオ達の保護者なので心配なのは分かるが、少々過保護ではないだろうか。過保護になるのは昔から抱え込む癖があったり、無茶を繰り返してきた幼馴染達くらいで良いとは思うのだが……。

 それにあいつらももう10歳。保護者なしで出かけられる年齢だろうし、保護者がいるとかえって気を遣う気がする。それにそのへんの大人よりも危機に直面した時に対応もできるわけで……とはいえ、心配をする気持ちは分かる。

 

「まあ別に構わないが……動画を取ったりはしないぞ」

「そ、そこまで頼むつもりはなかったよ!?」

「ふ……ずいぶん怪しい返答だな」

「シグナムまで……」

 

 相変わらずシグナムはフェイトのことがお気に入りのようだ。彼女は親しい人間をからかったりするが、頻度で言えばフェイトが断トツで多いだろう。

 

「何つうかあれだな、子供の面倒について話してるとまるでショウとフェイトが親みてぇだ」

「――っ、べべ別に私とショウはそういう関係じゃないよ!? 私はふたりの保護者だからあれだけど、ショウは別にそんなんじゃないし、ふたりからすればお兄さんって感じだろうし……」

 

 ヴィータの言葉の選択についても言いたいことはあるが……フェイト、この手の話題に対する免疫のなさは昔とほぼ変わってないな。

 シュテルやシグナムを除いてもフェイトには彼女をからかう人間が割りと居る。例えば義母であるリンディさんや義姉であるエイミィだ。これまでにエイミィの子供の面倒を一緒に見たことがあるのだが、その時にも似たような発言をされたのを覚えている。

 この10年の間に数え切れないほどからかわれてきたのにこの純情さ……ある意味凄いことだよな。あいつなんて昔の可愛らしさが消えつつあるっていうのに。

 

「ショウくん、その視線は何かな?」

「はやてちゃん、それはきっとあれですよ。家族扱いされるならフェイトちゃんよりもはやてちゃんの方が良いみたいな……」

「いやいや、あの顔はどう見ても違うやろ。それに今の私の恋人は機動六課や。やからショウくんとイチャついとる暇はないんよ」

 

 さらりとそう言えるようになったあたり、受け流しが上手くなったのか、はたまた俺への想いは完全に友人止まりになったのか。あの日聞いた言葉が幻だったのではないかと思えるほどの成長である。

 しかし、まずは目の前のことをきちんとやる。それが終わって気持ちに変化がなければ再び……とも言っていただけに、今はただ待つしかないのだろう。無論、期待したりはしない。期待してしまうと気が付かないうちに意識してしまいそうだから。

 そうこうしている内に食事は終わり、俺はエリオ達の引率を任されたので着替えるために部屋に戻った。エリオ達が私服で出かけるのだから俺が制服で出かけるわけにも行くまい。

 ――多分出発する前にフェイトがエリオ達と話すだろうな。俺の仕事はあくまで引率だし、フェイトにとっては大切な時間だろうから邪魔するのも悪い。入り口のところで待っておくか。

 準備を終えた俺は一足先に隊舎の入り口へと向かう。

 外に出てみると3人の人影。ひとりは先ほどまで一緒だったなのはだ。あとのふたりは、バイクに跨っているティアナとスバルだった。俺の記憶が正しければ、あのバイクはヴァイスさんのだったはずだが、まあ普通に考えて貸してもらったのだろう。

 

「じゃあ転ばないようにね」

「大丈夫です。前の部隊に居たときは毎日のように乗ってましたから」

「ティア、運転上手いんです……あっショウさん」

 

 スバルの声になのはとティアナの意識もこちらへと向く。見慣れた制服姿ではないせいか、スバル達の顔には驚きのような感情が見える。

 

「ショウさんもお出かけですか?」

「まあな……あまりジロジロ見られると恥ずかしいんだが。変な格好してるか?」

「え、い、いえ、とてもお似合いだと思います!」

「そうですよ、すっごくカッコいいです!」

 

 嬉しい返答ではあるのだが……ティアナの慌てたように言う姿はどこかフェイトに似ているし、嘘偽りない笑顔のスバルはかつてのなのはにそっくりだ。

 ティアナはまあ大丈夫だろうが、スバルは世の男子達を困らせないか心配になるな。ボーイッシュだが出るところはしっかり出ているし、割と男って生き物は単純だから今みたいな言動をすれば勘違いする輩もいるだろう。

 

「ありがとう……貴重な休みなんだし、さっさと出発したらどうだ?」

「じゃあお言葉に甘えて……あっ、お土産買ってきますね。クッキーとか」

「気持ちは嬉しいけど、気にしなくていいから楽しく遊んできなね」

「はい」

「行ってきます」

 

 それを最後にティアナ達は颯爽と走り始める。ちらりと聞こえただけだったが、確かにティアナの運転の腕前は良いようだ。あれならばヴァイスさんが泣くような未来は起こらないだろう。

 ――エリオ達の引率がなければ俺もバイクに乗れたんだが……ここに居る間は外に用事がない限り乗れそうにないな。また今日みたいな機会があれば、今度は俺がティアナにバイク貸してやるか。

 ティアナ達の姿が見えなくなってすぐ、後ろから足音が聞こえた。振り返ってみると、そこにはフェイトとエリオ達の姿があった。

 

「ライトニング隊も一緒にお出かけ?」

「「はい、行ってきます!」」

「うん、気を付けて」

「ふたりともあまり遅くならないうちに帰ってくるんだよ。夜の街は危ないからね。それとショウの言うことはちゃんと聞いて迷惑掛けないように」

 

 エリオ達に優しく声を掛けるフェイトの姿は母親に見えなくもない……が、彼女は俺と同年代である。10歳程の子供がいる年ではないだろう。

 とはいえ、母親みたいだと言うと喜びそうな気がする。だが年齢的にはお姉さんのほうがしっくり来るわけで……よし、これ以上は考えないでおこう。

 

「ショウ、ふたりのことお願いね」

「ああ……」

 

 返事はしたものの……服装のせいか、ある意味俺がエリオとキャロのデートを邪魔しているような気がしてならない。とりあえず街まで送って、その後は別行動したほうがいいのでは

 

「ショウ、お願いね。頼んだから」

 

 フェイトさん、分かったのでそんな怖い顔で覗き込むのやめてもらっていいですか。引き受けたからには真面目に引率というか見守らせてもらいますんで。

 

「んじゃ、俺達も出発するか」

「うん、兄さん」

 

 笑顔で手を握ってくるエリオの姿は年が離れていることもあって可愛らしくもある。背後に羨ましそうな目をしていそうな人物が居そうな気配がするが、俺は気にしない。故に振り返らない。エリオの方からやってきたことだし、立場的に手を振り払う理由もないから。

 

「いいなぁ……」

「ん? どうしたキャロ、さっさと行くぞ?」

 

 空いている手をキャロに差し出すと、一瞬固まったように見えたが、すぐさま笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。妙に手を握る力が強いが、そんなに嬉しいことなのだろうか……まあ彼女の年齢を考えればおかしいことではないし、深く考えることもないだろう。

 

「じゃあ行ってくる」

「「行ってきます」」

「うん、行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃい、車とかには気を付けてね。もしも何かあったときはすぐに……」

 

 俺が一緒に居るのにこの過保護っぷり……俺が信頼されていないのか、はたまた心配が過ぎるのか。

 フェイトの精神的ダメージを考えると、エリオ達が反抗期を迎えないことを心から願いたいものだ。すでに大人びてしまっている部分があるので大丈夫の気もするが、それはそれで彼らのことが心配にもなったりする。

 けどまぁ……とりあえずは今日が楽しい1日だったって言ってもらえるようにするのが先決か。帰ったらフェイトに色々と聞かれそうだし。

 

 

 



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第14話 「謎の少女」

 俺はエリオとキャロを連れてレールウェイ乗り場にやってきた。理由はふたりに予定を聞くと、シャーリーから今日のプランをもらっていたからだ。街に慣れていないふたりのためにそんなことをするとは彼女も気が利く。

 

「えっと、シャーリーさんが作ってくれた今日のプランは……まずはレールウェイでサードアベニューまで出て市街地をふたりで散歩。ウィンドウショッピングや会話等を楽しんで……」

「食事はなるべく雰囲気が良くて会話が弾みそうな場所で……」

 

 読み上げられた内容に、俺の脳内に凄く良い笑顔を浮かべて「成功を祈るわ」などと言っているシャーリーの姿が浮かんできた。思わず顔を手で覆ったのは言うまでもないだろう。

 ――あいつはいったい何を考えてるんだ。

 このふたりが大人びているのは分かるが、どう考えても今のプランは10歳の子供にさせるものではない。その証拠にエリオとキャロは顔を見合わせて首を傾げている。

 

「な、何だか難しいね」

「うん……兄さん、どうしたらいいのかな?」

「どうしたらって……俺は付き添いで来てるだけだからな。お前達の行きたい場所に行けばいい」

「じゃあ……キャロ、順番に回ってみる?」

「うん」

 

 興味の向くままに散策すればいいと思っていたのだが、まさかのプランどおりに進もうとするなんて……シャーリーに聞かれた時のことを考えたのだろうか。

 子供に余計な気を遣わせるとは……いや、そもそも10歳の子供にデートプランを用意するあたり馬鹿げている。別にエリオとキャロがそういう関係になるのは構わないが、さすがにまだ早いだろう。シャーリー、帰ったら覚えてろよ。

 そんなことを考えているうちに、俺はエリオ達と一緒にレールウェイに乗り込む。移動の際は自然とふたりに手を握られるあたり、完全に保護者の立場である。まあこの手のことは昔からやってきたし、何よりフェイトから念押しで頼まれている。片方でも迷子にすれば、きっと怒られるに違いない。

 席はふたり分のスペースしかなかったため、エリオとキャロが一緒に座り、俺は彼らの向かい側に座ることにした。楽しそうに話すふたりを見ていると、自然と微笑ましい気持ちになるだけにきっとフェイトは可能ならばこの場に居たかったに違いない。

 

「そういえば、キャロの竜ってフリード以外にもう1匹いるんだよね?」

「うん、ヴォルテール。黒くてすっごく大きな竜なんだ。フリードはわたしが卵から育てたんだけど、ヴォルテールはアルザスの地に憑いてる守護竜なの。だからわたしの竜というより、わたしがヴォルテールの巫女で力を貸してもらってるというか……そんな感じ」

 

 過去の経験から竜達の力を恐れている素振りがあったが、今の声色からして恐怖はあまり感じられない。この前フリードの力を解放できたことでずいぶんとキャロの中の認識が変わったようだ。

 ただそれでも恐怖は残っているのだろう。けれどそれでいい。それがあるからこそ、間違った方向に力を使わないのだから。きっとキャロは優れた竜使いになっていくことだろう。

 

「そっか、フリードみたいに紹介してもらえたら嬉しいんだけど……そんなに偉大な竜ならわざわざ来てもらって挨拶だけってわけにもいかないよね」

「うん、大きさも大きさだし。ヴォルテールの力を借りるのは本当に危険な時だけだから……でもいつか紹介するよ。フリードもエリオくんのこと本当の友達だと思ってるみたいだから、ヴォルテールともきっと仲良くできると思う」

「そっか、なら嬉しいな」

 

 笑い合うふたりを見ていると、多少だが俺の存在が邪魔のように思えてきた。

 10歳という年齢を考えるとフェイトの心配も分かる。だがしかし、エリオ達は魔法文化のある世界で育っていることを考えると、自分達だけで歩き回っても別に問題ないのではないだろうか。

 ……いや、だとしても今日は最後までちゃんと付き添う必要があるよな。急な仕事が入れば別だろうが、フェイトに頼まれて引き受けてしまっているわけだし。もしも何かあれば、彼女だけでなく他の隊長陣からも何か言われるだろう。

 静かに気を引き締め直していると、ちょうど目的の駅に到着した。俺が一声掛けるとふたりは元気に返事をして、再度俺の手を握ってくる。

 周囲の客から温かな視線を向けられている気がするが、俺はこんな大きな子供がいるような年齢ではない。言葉にはしないが、精神の安定のために心の内では言わせてもらう。

 

「……ん?」

 

 のんびりと仲良く歩いていたのだが、不意に左手を違和感が襲う。俺の左手を握っているのはキャロなのだが、何やら顔を俯かせて落ち着きがない。

 最初はこのように手を引かれたりすることに慣れていない。または握り心地が悪くて直しているのかとも思ったのだが、どうにも手の動かし方や握りの強弱からして違うようだ。

 

「キャロ、何か言いたいことでもあるのか?」

「え……えっと、その」

「キャロ、言いたいことがあるなら言っていいよ。行きたいところとかあったのなら僕は反対とかしないから」

「うん、ありがとう……でもそういうんじゃなくて」

 

 どこかに行きたいわけではないとすると何なのだろうか。顔に赤みが差していることを考えると、言葉にするのが恥ずかしいのだろうとは思うが……雰囲気からしてトイレというわけでもなさそうだし、何か食べたいものでもあったのだろうか。

 

「えっと……やっぱりいいです」

「あのな、子供が遠慮とかするな。ダメなものはダメって言うが、即行で言うつもりもない。というか、俺はフェイトほど付き合いがないからな。言ってくれないと分からん」

「……その……ショウさんにお願いがあるんです」

 

 お願い?

 キャロから頼まれそうなことを考えてみるが、竜に関することは彼女の方が知っている。デバイスに関することも考えられるが、別に言うのを恥ずかしがることではないだろう。補助魔法の訓練という可能性は考えられるが、このタイミングで言うことでもない……。

 他の可能性としては以前お菓子の差し入れをしたことがあったので今度また作ってほしい、というものが浮かんだ。しかし、キャロの口から出た言葉は全く別方向のものだった。

 

「あの……わ、わたしもお兄ちゃんって呼んじゃダメですか?」

「は? お兄ちゃん?」

「はい……ショウさんっていつも見守ってくれてる感じがして、それに褒めるときとか頭を撫でてくれるし。その、お兄ちゃんみたいな人いなかったから……」

 

 フェイトのほうが見守ったり、褒めている気がするのだが……この場合はエリオの影響が強いのかもしれない。同い年の子が兄扱いしていたならば羨ましいと思ってもおかしくなのだから。

 キャロのお願いを聞くとある人物がまた羨ましがったりへこんだりしそうだ。が、エリオに許可を出しているのに彼女には許可を出さない理由もない。おじさんだったら許可しなかったが。

 

「何だそんなことか、キャロがそう呼びたいのなら呼べばいいさ」

「本当ですか?」

「ああ、それと変に畏まった話し方しなくてもいいからな。そのほうが兄妹っぽいだろ?」

「うん、ありがとうお兄ちゃん」

 

 実に嬉しそうな笑みを浮かべるキャロを見ると、こちらとしても嬉しく思う。エリオとの共通点が新しく出来たせいか、俺のことを話す彼女達の距離は若干だが縮まったように見える。今後のことを考えると良いことだろう……フェイトさんのことを考えなければ。

 兄貴分がいるのがよほど嬉しいのか、キャロは必要以上にお兄ちゃんお兄ちゃんと呼んでくる。エリオもそれに触発されているのか、普段以上に兄さんと呼んでいる気がする。今の姿を知人に見られでもしたら何と言われるだろう――。

 

「ん? 覚えのある顔だと思えば夜月か」

 

 ――嫌なことを考えるとどうしてこのように現実になりやすいのだろうか。

 話しかけてきたのはたった今すれ違った女性。長い黒髪に狼のように鋭い目、無駄のないすらりとした体をスーツで覆っている人物の名前は織原千夏。中学時代の担任である。

 

「久しぶりだな、元気そうで何より……私の記憶が正しければお前はそのような大きな子供がいる年ではなかったはずだが?」

「ええ、その認識で合ってます。この子達は今同じ部隊に居る俺の教え子みたいなものですよ。ここに来てる理由は、今日はオフになったので遊びに来ただけです」

「なるほど……確かに八神が自分の部隊を作ってお前達を集めたという話を以前耳にしたな」

 

 地球に居たはずの織原先生がこの場に居て、当然のように魔法に関連している話を出来ていることに疑問を抱く者もいるだろう。

 理由を簡単に言ってしまえば、織原先生は地球で教師になる前は魔導師として活動していたからだ。

 今の説明でも分かるだろうが、織原先生はすでに魔導師は引退している。だが彼女は《雪影流》と呼ばれる古流剣術の達人であり、その実力はシグナムに勝るとも劣らない。

 しかし、この評価は正確ではない。

 俺は中学を卒業してから最近まで織原先生に剣の手解きを受けていた。それから考えれば、彼女が魔導師を引退してから長い時間が経過しているのは明白だろう。

 また織原先生が魔導師を引退したのは元々魔力量が少なかったのも理由らしいが、それに加えて負傷によってさらに魔力が減ってしまったかららしい。つまり、全盛期の彼女はシグナム以上の腕前だった可能性が極めて高いのだ。

 

「兄さん、この方は?」

「あぁ……簡単に言えば、この人は俺の中学時代の担任で剣の師匠だ」

「え、お兄ちゃんの?」

 

 ふたりとも興味を持ったようで織原先生に視線を向けるが、織原先生の視線は前線を退いた今でも充分に鋭い。故にふたりが怖がってしまうのも無理がない話だ。

 織原先生は仕方がないといった風に笑みを浮かべてくれている。魔導師引退後に教員免許を取ったのだから子供は好きなはずであり、またよくあることなので当然……のようにも思えるが、実際は少なからず傷ついている気がする。

 

「目つきが怖いのは分かるが悪い人じゃない、大丈夫だ」

「おい夜月、それはフォローになっていないように思えるが?」

「だったらその目つきの悪さを直してください」

「馬鹿者、生まれつきなものを直せるか」

 

 なら、その武人みたいな佇まいというか雰囲気を変えてください。先生が未だに独り身なのはそこに理由があると思います。

 

「何か言いたいのなら素直に言ってみろ」

「いえ別に……」

 

 ここで馬鹿正直に言うのは殴られて快感を覚える変態だけだ。織原先生に剣の手解きを受けた経験のある俺には、彼女の繰り出す技の威力は身に染みて理解している。技を使わなくても鉄拳だけで充分な威力があるだけに話題を変えるのが無難だろう。

 

「ところで、何で今日はこっちに?」

「……まあいいだろう。その質問に答えるなら、お前の義母親に用があったからだ」

「義母さんに? ……刀剣型デバイスの意見でも求められたんですか?」

「まあそんなところだ」

 

 俺の聞いた話では織原先生のデバイスは、義母さんが開発したものだったらしい。故にふたりの間にはそれなりの繋がりがあり、俺が義母さんに師匠になりえる人物を知らないか聞いた時に織原先生の名前が挙がったのだ。

 

「すみません、うちの義母が……」

「気にするな、どうせ今日は暇だった。それに知り合いの元気な姿を見るのは気分が悪いものではない。お前を含めてな」

「俺も先生が元気そうで安心しましたよ。教え子達は元気がない方が嬉しいでしょうけど」

「人を鬼教師のように言うのはやめろ。まともに学校生活を送っていれば私は何も言わん……まあ剣に関しては別だがな」

 

 そんなのは言われなくても分かってますよ。剣を教えてくれている時のあなたは本当に鬼のようでしたから。

 

「せっかくの休日を邪魔しても悪いしな。私はそろそろ立ち去ろう……暇な時は尋ねて来い。そのときは剣の続きを教えてやる」

「それはありがたいですけど、先生の剣を習得するには時間が掛かりますからね。当分は無理ですよ」

「そんなのは理解しているし、こちらにとっても都合が良い。錆び付いた今の腕では大したことは教えてやれないからな」

「いったいどこまで教える気ですか……俺は先生以外にも剣を習った相手がいますから、純粋な雪影流の使い手にはなれませんよ」

 

 俺の剣は元々我流であり、それをシグナムとの訓練で強化してきた。そこに雪影流の教えが加わって昇華されたのが今の俺の剣術だ。

 そもそも雪影流は刀を用いる流派。俺の剣は直剣が主であり、複数同時に扱うこともあれば合体させて使うこともある。雪影流の技を使えたとしても、真の雪影流とは呼べないだろう。

 

「俺とは別の後継者を見つけたらどうです?」

「私は普段はただの教師だ……それに剣に関しては鬼教師だからな。並大抵の根性では逃げ出すのがオチだろう。そのように言うのならばお前が誰かしら連れて来い」

「人の退路を立つような言い方しないでもらえますかね……まあ誰かしら居れば連れて行きますよ」

「そうか、では気長に待っていることにしよう」

 

 颯爽と去っていく織原先生の姿は率直に言ってカッコ良かった。異性には怖気づかれ、同性には黄色い声を上げられそうなほどに。

 会話が終わるまで大人しく待ってくれていたエリオ達の頭を撫でた後、俺達はシャーリーのプランをクリアするために歩き始める。次の課題はウィンドウショッピングである。

 道中ふたりを心配したスバル達から連絡が入ったが、こちらのプランを聞くと呆気に取られた反応をしていた。シャーリーのプランが完全にデート用のプランなため当然の反応だろう。まあ俺が一緒なので変なことにはならないだろうということで落ち着いたが。

 将来的には自分の子供を連れて今日のような1日を過ごすのだろうか、などと考えた矢先、何か重いものがずれるような音が聞こえた。

 

「お兄ちゃん?」

「キャロ、悪いがちょっと静かにしてくれ」

 

 神経を研ぎ澄ませていると、再びかすかにだが同じ音が耳に届いた。

 ――場所は……ここからそう離れてはいない。……だがそれらしい音を発する存在はこのへんには感じられない。一般的に考えて空中じゃないだろう……ということは下か。

 確かこのへんには下水道があったはずだ。音がした方向と入り口の場所を考えると、あそこの建物と建物の間の道の可能性が高い。

 

「あ……今何かゴリッみたいな音が」

「ああ、多分あっちだ。ふたりとも付いて来い」

 

 薄暗い路地に走って向かうと、予想通り下水道への入り口があった。そこに近づいていくと不意に入り口の扉が開き、小さな手が現れる。

 下水道から現れた人影は、顔立ちや背丈からして6歳ほどと思われる金色の長髪を持った少女。これだけならば下水道で遊んでいたとも考えられたが、彼女は地上へ出るのと同時に倒れる。反射的に地面を蹴って滑りこんだことで抱きかかえることには成功した。

 顔色を見て衰弱していることは一目瞭然だった。ボロボロの布を1枚だけしか纏っていないことを考えると、何かしらの虐待を受けていたのかもしれない。

 

「……これは」

 

 俺の視界に飛び込んできたのは小さな腕に巻かれた頑丈そうな鎖。それをずっと追っていくと、レリックのケースと思わしき物体が現れた。どう考えても迷子の保護というもので終わらせていい案件ではない。

 俺は持ってきていたバックを揺する。何でそんなことをしたのかというと、連れてきていたファラを起こすためだ。彼女が出てくるまでの間に俺は一緒に居た彼らに静かに告げる。

 

「エリオにキャロ、悪いが休暇は終わりだ」

 

 

 



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第15話 「本命は……」

 機動六課全体に通信を入れた俺達は、まず始めに少女を楽な姿勢にしつつ、レリックと思わしきケースに封印処理を施した。しばらくすると、こちらに駆けてくる足音があった。

 

「エリオにキャロ、ショウさん!」

「あっ……スバルさん、ティアさん」

「この子か……またずいぶんとボロボロに」

 

 確かにティアナの言うとおり、この少女はボロボロだ。彼女の状態から考えるに、ケースを引き摺りながら地下水路を長距離移動してきたのだろう。

 エリオくらいの年代ならケースを持つこともできるが、この子には持ち運ぶのはきつい重さだ。それにケースに巻きついている鎖から考えて、おそらくケースはもうひとつ存在している。

 

「まだこんなにちっちゃいのに」

「……ケースの封印処理は?」

「兄さんがその子の様子を見ていたのでキャロがやってくれました。ガシェットが見つける心配はないと思います」

 

 エリオの言っていることは正しくもあるが、それは今ここにあるケースに限った話だ。もうひとつのケースは未だに地下水路のどこかにあるはず。ガシェットが現れる可能性は極めて高い。

 

「そう……あれ? その鎖からしてケースはもう1個あるんじゃ?」

「それに関しては今ロングアーチの方で調べてもらってる。それと俺は専門じゃないから正確性には欠けるが、多分この子は意識を失ってるだけだろう」

「なるほど、じゃあとりあえず今の私達にできるのは現状の確保と周辺の警戒ですね」

 

 取り乱すことなく状況把握し、これからの行動を素早く口に出せるようになったあたり、ティアナの指揮官としての能力も上がっているようだ。

 とはいえ、油断はできない。

 こんな小さな少女がレリックを所持していたことも気になりはするが、封印処理をしていないレリックが存在しているのだからほぼ間違いなく戦闘が起こるだろう。

 市街地での戦闘は可能な限り避けたいが、敵がこっちの都合を考えてくれるはずもない。この前の召喚師も出てくれば戦闘の難易度は格段に変わってくる。はやてがそのへんを考慮して動いてくれているだろうが、重要になってくるのは現場の俺達のはずだ。

 少女のバイタルに気を配りながら待機していると、なのは達が駆けつけてくれた。俺は少女をシャマルに任せ周囲の警戒に回る。

 

「…………うん、バイタルは安定してるわね。これといって危険な反応もないし心配ないわ」

 

 専門家であるシャマルが言うのだから間違いないだろう。少女のことを心配していたフォワード達の顔に自然と笑みが浮かんだ。

 

「ごめんねみんな、せっかくのお休みの最中だったのに」

「いえ」

「平気です」

「ケースと女の子はこのままヘリで搬送するから、みんなはこっちで現場調査ね」

 

 なのはの指示にフォワード達は元気に返事をする。機動六課が稼動したばかりの頃に比べれば、ずいぶんと頼れる顔になったものだ。

 

「ショウくん、この子をヘリまで抱いていってもらえる?」

「ああ、分かった。……セイ、お前はフォワード達と一緒に行ってくれ」

「分かりました」

 

 俺が少女に近づき始めるのと同時に、セイはフォワード達と一緒に移動を開始した。リインの姉貴分であり、ユニゾンデバイスでもある彼女は単独でも魔法の行使が可能だ。戦闘になったとしても充分にフォワード達のサポートをしてくれるだろう。

 少女を抱きかかえるために腰を沈めると、不意に少女を見つめるなのはの顔が見えた。彼女の表情は決して良いと呼べるものではない。

 

「なのは、どうかしたか?」

「え、ううん……大丈夫。ただ……ちょっとね」

「そうか」

 

 まあ弱った子供を見れば思うところはあるし、状況が状況だけに考えなければならないことも多い。何も感情を抱かないほうがおかしいだろう。

 俺やなのは達は急いでヘリに戻って搬送を開始する。が、直後に地下水路にガシェットが数機ずつのグループで30機ほど反応があるという報告が入る。また海上方面には12機単位が6グループ出現したらしい。

 現状で敵影は約100機。AMFを内蔵しており、徐々にだが動きが良くなっていることを考えるとなかなかに厳しい数だ。

 だが基本的に地下水路で確認されているのはガシェットⅠ型ばかり。今のフォワードとセイならば充分に対応は可能だろう。海上の方は飛行型であるガシェットⅡ型のみ。リミッターが掛かっているとはいえ、なのは達と一緒ならば何とかやれるはずだ。そのように考えた直後

 

『こちらスターズ02、海上で演習中だったんだけどナカジマ三佐が許可をくれた。今現場に向かってる。それともうひとり』

『第108部隊、ギンガ・ナカジマです。別件の捜査の途中だったんですが、そちらの事例とも関係がありそうなんです。参加してもよろしいでしょうか?』

 

 断る理由もなかったはやてはすぐさま肯定の返事をギンガに伝え、こちらに指示を飛ばす。俺とリインはヴィータと一緒に南西方向を制圧。なのはとフェイトは北西方向から制圧し、ヘリのほうはヴァイスさんとシャマルに任せることになった。

 ギンガはフォワード達の方へ回されるようで、道中で別件の内容を説明してほしいとはやては促した。

 別方向から制圧するなのはとフェイトがヘリから降りたのを確認すると、ヴァイスさんは素早くヘリを発進させる。

 俺はファラを起動してバリアジャケットを纏うと、すぐさまリインも制服から騎士服へと切り替えた。合流ポイント付近に到着するとランプドアが開放され、機内の空気が乱れる。

 

「みんな、気を付けてね」

「ああ……リイン、行くぞ」

「はいです!」

 

 いつもと変わらず元気の良いリインを肩に乗せつつ外に出る。空中に出て体勢を安定させると、リインがヘリの方を振り向き、ヴァイスさんや彼の相棒であるストームレイダーにエールを送る。それを聞き終えると、最高速度でヴィータとの合流地点へ向けて飛翔し始めた。

 

『別件のことですが、私が呼ばれた現場にあったのはガシェットの残骸と壊れた生体ポットだったんです。ちょうど5、6歳の子供が入るくらいの……また近くに何か重いものを引き摺った跡があって、それを辿っていこうとした最中に連絡をもらった次第です』

 

 ギンガの説明と保護した少女の背丈や所持していたケースから考えると、あの子が生体ポットに入っていた可能性が高い。だが普通の女の子が生体ポットに入っている可能性なんて……考えられるとすれば

 

『それから生体ポットなんですが、前によく似たものを見たことがあるんです』

『回してもらった映像を見る限り……私も心当たりがある』

『それは人造魔導師計画の素体培養機……あくまで推測ですが、あの子は人造魔導師の素材として作り出された子供ではないかと』

 

 そう……ギンガの言ったように人造魔導師くらいのものだ。

 人造魔導師とは、優秀な遺伝子を使った人工的に生み出した子供に投薬や機械部品の埋め込みで後天的に強力な魔力や能力を持たせることで誕生する。

 ただ倫理的な問題はもちろん、今の技術ではどうしたって色んな部分で無理が生じる。またコスト的な面から考えても割りに合わない。故に手を出す連中はよほど頭のネジが外れた奴らばかりだ。

 この手の話題はフェイトやエリオには辛いものがある。特にエリオはまだ10歳だ。今も人知れず考え込んでいる気がしてならないが、今俺がすべきことはリイン達と一緒に航空戦力の殲滅。そもそもフォワード達も成長しているのだ。一緒に居るのだから何かあればフォローするだろう。

 

「あっ、ヴィータちゃんです」

「よし、無事に合流できたな。あっちはすでに交戦して順調に撃墜してる。あたしらも負けてられねぇぞ」

「ああ、即行で片を付けるぞ」

 

 俺とヴィータはそれぞれ一度に複数の魔力弾を生成し、リインは俺達のフォローに回る。死角ができないように位置取りながら、俺とヴィータは次々と魔力弾を放つ。これといった掛け合いはないが、次々と敵機を撃墜できているのは長年の付き合いがあるからだろう。

 

「おし、良い感じだ」

「はいです、わたし達のチームワークは今日も絶好調です!」

「よし、この調子でガンガン行くぞ。さっさと片付けて他のフォローに回らねぇと」

「そうだな」

 

 なのはは実力的に心配はないし、フェイトも一緒だから問題ないだろうが……やはり発展途上のフォワード達は心配だ。セイやギンガが一緒だとしても、召喚師や他の敵が出てきた場合のことを考えると不安が残る。またヘリの方に別働隊が向かっている可能性も否定できない。

 ――可能な限り迅速に対応しなくては。

 そのように思った矢先、リインが何かに気づいた声を漏らした。彼女が示した方向には無数の機影が確認できる。あれだけの増援が突然現れるか気になった俺は、すぐさまファラに確認を取ったが、どのようなチェックをしても実機という答えが返ってきた。

 

「しゃらくせぇ! どんだけ来ようが全部まとめて落とすだけだ!」

 

 ヴィータはお得意の射撃魔法である《シュワルベフリーゲン》を放つ。放たれた4発の鉄球は赤い星となって敵影に直撃し、木っ端微塵に吹き飛ばした……のだが、直撃したのは2発だけで残りの2発は敵を素通りしてしまった。

 これは別にヴィータの射撃の腕が悪かったわけではない。鉄球は直撃コースだった。しかし、当たったと思った直後には敵を通過していたのだ。つまり敵の増援は……

 

「実機と幻影の混成部隊か」

 

 戦力的に分析をすれば防衛ラインを割られることはないだろう。だがこれだけこちらに大規模な陽動をするということは、地下かヘリに主力が向かっている可能性が高い。

 くそ……嫌な予感がする。

 今俺達にできる選択肢は大きく分けてふたつ。ひとつは誰かしら残して他の応援に向かうこと。もうひとつは広域魔法を使って一気に殲滅するという方法だ。

 後者は現状ではリミッターが掛かっているので使用は難しい。だが申請すれば許可が下りそうな状況でもある。もしものことを考えるとなのは達には余力を残しておいてもらいたい。ならば俺がやるのが最善だろう。そう思った俺は、はやてに通信を繋いだ。

 

「はやて、ひとつ頼みがあるん……何で騎士甲冑を纏ってるんだ?」

『何か嫌な予感がするからな。クロノくんから私の限定解除許可をもらうことにしたんよ。やから空の掃除は私がやる』

 

 確かにはやては広域殲滅を得意としている。限定解除を行えば、最も最速で状況を打開できるだろう。

 しかし、はやての限定解除を行えるのはクロノやカリムといった限られた人間だけ。解除を行える機会も少ないはずだ。貴重なものを使ってしまっていいのかと考えてしまう。

 ――だが……使えるものを出し惜しみして後悔するような未来を迎えることははやては良しとしないだろう。

 それに何より今は昔と違って上司と部下の関係だ。はやてがそうすることを決めたのならば従うべきなのだろう。

 

『ちゅーことでショウくんとヴィータ、それにリインはフォワード達と合流。ケースの確保を手伝って。なのはちゃん達は地上に向かってヘリの護衛や』

 

 はやての指示に俺達は肯定の意思を示し、それぞれ行動を開始する。

 戦闘場所が場所だけにはやてのリミッターは完全には外れていないだろうし、リインはこの場に居るので真の力は発揮できないはずだ。また彼女はリインがいないと精密コントロールなどに難がある。

 とはいえ、そこはロングアーチの方でフォローしてくれるはずだ。これから訪れる未来は、ほぼ間違いなく予想通りのものになるだろう。ならば俺は、今はフォワード達の下へ向かうことだけ考えるべきだ。

 

「……無事でいてくれよ」

 

 

 



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第16話 「新たな脅威」

 ガシェットを粉砕しながら進んだ先で僕達はレリックと入ったケースを見つけた。けれどその直後、何者かの襲撃を受ける。

 真っ先に狙われたのはケースを真っ先に見つけたキャロ。そいつは周囲の景色と同化できる能力を持っていたようで、僕達の反応は遅れてしまった。

 見えない何かは魔力弾を放った。キャロに直撃こそしなかったけど、衝撃で彼女は吹き飛ばされてしまう。ケースを手放してしまったのは言うまでもない。

 気配からして見えない敵は追撃を掛けようとしているのか、はたまたケースを奪おうとしているのか、キャロの方へと近づいていく。それに気が付いた僕は間に入ろうとした……その矢先、僕よりも先に動いた人物が居た。

 

「せあッ!」

 

 気合の声と薄暗い地下水路にひとつの剣閃が煌いた。周囲に漂っていた煙が同時に吹き飛ばされる。

 姿を現したのは長い金髪を邪魔にならないように結んでいて、青色を基調とした騎士を彷彿させる防護服を纏った少女。手には煌びやかな長剣が握られていて、凛々しい佇まいも相まって聖騎士のような印象を受ける。

 少女は着地すると流れるような動きで剣を構え直す。直後、先ほどの一撃で能力が解除されたのか、敵が姿を現した。黒い鎧のような甲殻や鋭利な羽……まるで虫が武人化したような存在に見える。

 

「透明化に身のこなし……なかなかの強敵ですね」

 

 凛とした雰囲気の丁寧な言葉と容姿からして、今僕達の目の前に居るのは先ほどからずっと一緒に行動してくれていたセイバーさんに間違いない。ただ彼女の背丈は普段はリイン曹長と大差がなかったはず。おそらくアウトフレームと呼ばれるものを使用しているに違いない。

 

「えっと……セイバーさん?」

「はい、そうですが何か?」

「い、いえ……突然大きくなられたのでびっくりしちゃいまして。それに剣を使って戦うんだなぁっと」

「私はあの方のユニゾンデバイスですから」

 

 初めて顔を合わせた日に兄さんのユニゾンデバイスということは聞いていたので、剣で戦うのも納得できてしまう。

 途中で合流したギンガさんは以前から兄さん達と交流があったらしいので驚いたりはしていないようだ。もしかすると、兄さんはともかくセイバーさんとは僕達以上に親しい間柄なのかもしれない。

 

「それと、アウトフレーム状態での戦闘は魔力消費が激しいので長時間の戦闘は避けたいです。また私はマスター以上の力量は持ち合わせておりませんので、皆さんの力を貸してください」

 

 飾らない物言いに僕達はすんなりと肯定の意思を示す。

 まあ僕達は任務でこの場にいるわけだし、何より知り合いが戦っているのに見ているだけなんてできない。セイバーさんから協力の申し出がなかったとしても手伝っていただろう。

 

「あっ……!?」

 

 キャロが驚きの混じった声を上げたかと思うと、彼女の視線の先には同年代くらいの女の子がケースを手にしていた。

 兄さん以上に感情が見えない子だ、と思った直後、慌てて取り返そうとしたキャロに無表情の女の子は攻撃を仕掛ける。キャロも防御魔法を展開したけれど、砲撃じみた一撃に防御魔法は砕かれ彼女は吹き飛ばされる。それを見た僕は反射的に受け止めるけど、空中で受けたことで勢いを殺しきれずに壁に激突した。

 

「エリオ、キャロ!」

「今はふたりよりもケースが先です。スバルとギンガはあちらの動きを止めてください」

「わ、分かりました……うおぉぉッ!」

「…………」

「せあぁぁッ!」

 

 スバルさんの攻撃は避けられてしまったけれど、ギンガさんの攻撃は命中する。僕の一撃とは比べ物にならない破壊力を秘めているようで、防御したはずの黒い虫人は踏ん張っているにも関わらず何メートルも後退した。

 

「そこのあなた、すみやかに止まってケースをこちらに渡してください。さもなくば、私はあなたを斬ります」

 

 剣先を向けながら紡がれたセイバーさんの言葉に女の子は動きを止める。その直後、幻影を用いて姿を消していたティアさんが女の子の元に現れて身動きを封じた。

 これで一件落着、と思った直後、ティアさん達の近くに何かが落下し凄まじい光と爆音を撒き散らす。こちら側の動きは止まってしまい、自由になった女の子は静かに歩き始めた。ティアさんはすぐに銃口を彼女に向けるけど、そこに黒い虫人が襲い掛かる。

 

「させません!」

 

 いち早く体勢を立て直したセイバーさんがティアさんの前に入り込みながら敵の攻撃を受け止める。

 アウトフレーム状態とはいえ、セイバーさんの身長は150センチ半ばほど。体型からしてもそれほど力があるようには見えない。

 しかし、そこを理解し魔法を上手く用いて補っているのか、セイバーさんは吹き飛ばされることなく敵の攻撃を受け切ってみせた。兄さんのユニゾンデバイスだけあって、近接戦闘はお手の物らしい。

 

「ティアナ」

「はい!」

 

 ケースを持ち去ろうとする女の子にティアさんが射撃を行う。真っ直ぐに向かった弾丸は直撃……したのだが、それはセイバーさんの目の前に居たはずの黒い虫人だった。あの距離を一瞬で詰めるなんて凄まじいスピードだ。

 

「ったくもう、あたしらに黙って勝手に出かけたりするから危ない目に遭うんだぞ。ルールーもガリューも」

「……アギト」

「おう、言っとくけど心配したんだからな。けどまぁ、もう大丈夫だぞ。何しろ、烈火の剣精アギト様が来たからな!」

 

 新たな敵の存在に散らばっていたメンバーは僕とキャロの周りに一度集合した。アギトという人の形をしたデバイスらしき少女は、何やらポーズを決めながら周囲に花火を発生させている。格好良く見せようとしているのか、はたまた挑発なのか謎だ。

 何度かポーズを決めて満足したのか、アギトは勝気な笑みを浮かべながら僕達へ話しかけてきた。

 

「おらおら、てめぇらまとめて掛かってこいや!」

「ならば遠慮なく」

「うわっと!? てめぇ、いきなり斬りかかるんじゃねぇよ。危ねぇだろうが!」

 

 自分から掛かってこいと言った割りに切り替えが早い。まあセイバーさんの攻撃も間髪を入れないタイミングだったから無理もないかもしれないけど。

 

「この金髪……ん? てめぇ……そんな身なりしてるけど、もしかしてあたしと同じ融合騎か?」

「そうだとしたら何だと言うのですか?」

「いや別に……ただ自分のみで戦おうっていうその姿を見るとロードを見つける気が失せたのかって思っただけだよ」

「何やら誤解しているようですが、この姿は本来魔法文化のない世界でも活動できるようにあるものです。それに私には生涯を共にすると決めたロードがいます」

 

 セイバーさんの放った言葉にアギトは驚愕の表情を浮かべて固まる。が、すぐさま何やら怒りや妬みのような感情を見せながら口を開いた。

 

「嘘付くんじゃねぇよ!」

「嘘ではありません。私には現マスター以上に相性の良い者はいませんし、必要がなければ彼以外と融合することはないでしょう……何やら嫉妬しているように見えますが、あなたにはロードがいないのですか?」

「う、うるせぇぇッ!」

 

 アギトは炎と化した魔力を次々とセイバーさんに向けて放つ。セイバーさんはそれを華麗にバックステップがかわす。ただ思った以上に爆発の範囲が広いせいで反撃には転じられない。

 命中しないことにさらに苛立ったのか、アギトは僕達ごと吹き飛ばそうと強烈な一撃を放ってきた。僕達は一斉に後方に跳んで回避する。次の瞬間、煙の中からガリューと呼ばれていた虫人が現れた。突き出された右腕には先ほどまではなかった鋭利な爪がある。

 

「っ……はあッ!」

 

 前衛に居て真っ先に気が付いたギンガさんが迎え撃ち、互いの攻撃が交わると衝撃と音が地下水路に拡散する。

 それと同時にギンガさんとガリューは後方に弾き飛ばされて距離が出来る。するとアギトはすぐさま魔力弾を放ってきた。僕達は下がりながら近くにあった柱の影に身を隠す。

 

「ティア、どうする?」

「任務はあくまでケースの確保よ。撤退しながら引きつける」

「こっちに向かってるショウさんやヴィータ副隊長達に上手く合流できれば、あの子達をどうにかできるかもしれない……だよね?」

 

 スバルさんの問いかけにティアさんが力強く肯定した直後、今話題に上がった3人から念話が飛んできた。真っ先に言われたことは、状況を読んだ良い判断をしているという褒め言葉だった。3人の位置を聞こうと僕が念話を飛ばした矢先、アギトは声を漏らすのが聞こえた。

 

「っ……ルールー、何か近づいてきてる。魔力反応……でけぇ!」

 

 アギトが口を閉じた瞬間、天井の一部が崩壊し落下してきた。それによって大量の土煙が発生し、敵の姿が見えなくなってしまう。

 

「リイン、準備はいいか?」

「はいです!」

「捕らえよ、凍てつく足枷……」

「フリーレンフェッセルン!」

 

 ルールーという少女とアギトの足元で水が渦を巻いたかと思うと、一瞬で凍結し氷の牢獄と化した。元々凍結の魔力変換資質があるわけじゃないのに、あそこまで短時間で発動できるのは訓練の賜物なのだろうか。

 

「ヴィータ!」

「おうよ! ぶっ飛べえぇぇッ!」

 

 残っていたガリューにヴィータ副隊長の強烈な一撃が命中し、半ば強引に吹き飛ばした。あまりの威力に柱に当たっても勢いは完全には消えず、その先にあった壁まで壊す。

 僕達に大丈夫かといった意味の声を掛けてきてくれたけど、ほんのわずかな時間で起きた一方的な展開に呆気に取られてしまった。ティアさんからは乾いた笑い声が漏れている。

 

「やっぱりショウさん達って強いね。……でも局員が公共施設壊していいのかな?」

「ま、まあ……このへんはもう廃棄都市区画だし」

 

 何やら現実逃避しているようにも聞こえる会話だけど、抱きかかえていたキャロの体がわずかばかり動いたため、僕の意識はそちらに向いた。目を開けた彼女に声を掛けてみると、ちゃんと返事があったので意識の混濁はなさそうだ。

 

「ちっ……逃げられた」

「こっちもです」

「みたいだな……ん?」

 

 突然大きな音が聞こえたかと思うと、地下水路全体が揺れ始める。キャロが言うには、大型召喚が原因らしい。すぐさま脱出を指示され、スバルさんの作ったウイングロードで地上へと向かう。

 地上に出る際に僕達は別れて行動を開始する。

 キャロは召喚獣の動きを阻害し、スバルさんにギンガさん、それにヴィータ副隊長はキャロのいる方向から強襲する。ティアさんは敵の注意を引きつけ、僕とリイン曹長は最後の追い込みだ。兄さんとセイバーさんはこれが失敗した時のために別行動することになった。

 けれど、結果的に言えばこの作戦が見事に成功し、ルールーとアギトにバインドを掛けることが出来た。

 僕達はふたりを囲みながら僕達は何でレリックを狙っているのか? といった質問を投げかける。でも彼女達は何ひとつ答えようとしない。召喚師の少女に至っては、顔色ひとつ動かさそうとしない。しかし、しばらくすると彼女は独り言のように話し始める。

 

「逮捕するのはいいけど……大事なヘリは放っておいていいの?」

 

 淡々と紡がれた言葉だったけれど、ヘリへの攻撃をほのめかす内容だっただけに僕達の緊張は高まった。調べてみると、市街地に推定Sランクの物理破壊型の砲撃反応があった。状況が状況だけに狙われているのはヘリに間違いない。

 だけどここからではどんなに急いだって間に合わない。そんな考えを持った直後、無表情の女の子はヴィータ副隊長に向けてもう一言言葉を発する。

 

「あなたは……また守れないかもね」

「っ……!?」

 

 ヴィータ副隊長は大きく目を見開きながら悲鳴にも似た声を漏らした。遠くの空にヘリの居る方向へ翔けていく破壊の光が見える。

 ……直撃。

 そうとした思えない爆発が見えた。ロングアーチからも直撃といった言葉が聞こえてくる。僕達からは余裕がなくなり始め、ヴィータ副隊長は無表情な女の子に掴みかかった。

 

「てめぇ!」

「副隊長、落ち着いて」

「うっせぇ! おい、仲間が居んのか。どこにいる? 言え!」

 

 先ほどの一言が効いているのか、スバルさんを振り払いながらヴィータ副隊長は感情を顕わにして捲くし立てる。だけど女の子は顔色を全く変えずに黙秘したまま。

 普段と全く違うヴィータ副隊長の姿に僕の意識は完全にレリックから離れてしまい、地中から現れた新たな敵にケースを奪われてしまう。その後、確保していたはずの召喚師の子も連れて行かれてしまい、アギトという融合騎もいつの間にか姿を消していた。

 

「反応……ロストです」

「くそッ! ……ロングアーチ、ヘリは無事か? ……あいつら……落ちてねぇよな!」

 

 ヴィータ副隊長の叫びから数秒後、ジャミングがなくなり始めたのか通信が入る。けれどそれはロングアーチではなかった。

 

『安心しろヴィータ、ヘリは無事だ』

 

 最初はノイズがあったけれど、回復した後に聞こえてきた落ち着きのある声は間違えようがなかった。

 表示された画面に映っているのは、セイバーさんとユニゾンしたのか金髪碧眼になった兄さん。手に持たれている剣は見慣れた両刃の長剣ではなく、巨大な片刃の剣だった。腰にあった剣がないところを見ると、ファラさんをベースに合体したのかもしれない。

 

『だから泣くなよ』

「――っ、別に泣いてねぇよ!」

『そうか、なら俺は俺の仕事をさせてもらう』

 

 そう言って兄さんは、なのはさんとフェイトさんの名前を呼びながら砲撃を放った敵へ向けて飛翔する。見慣れない兄さんの姿に違和感がなかったわけじゃないけど、それ以上に今の兄さんは普段よりもとても頼れる存在に見えた。

 

 

 



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第17話 「エースオブエースの天敵?」

 ヘリへの一撃を防いだ後、俺はなのはとフェイトと共に追撃戦を行ったが、結果から言えば逃げられてしまった。

 レリックの片方も奪われてしまい、あまり好ましくない結果のように思えた。が、機転を利かせたフォワード達のおかげで奪われたのはケースだけだったことが分かり、最良とは言えないが少なくともプラスの結果で終了した。

 保護した少女は聖王教会の方に預けられたこともあって、なのはがシグナムと一緒に彼女の様子を見に行っている。会った時から気に掛けている様子だったので、何か思うところがあるかもしれない。一方俺はというと、今はフェイトと共に部隊長室ではやてと話している。

 

「臨時査察って……機動六課に?」

「うん……どうも地上本部にそういう動きがあるみたいなんよ」

「おいおい、地上本部の査察は厳しいって有名だぞ」

 

 ただでさえ、この部隊は能力限定で誤魔化しているとはいえ、オーバーSランクが複数存在していたり……と、色々とツッコミどころが満載な部隊だ。

 また後見人がクロノにカリム、リンディさんといった海や聖王教会の人間なだけに地上の人間はより私情を持ち込みかねない。それらをはやても理解しているらしく、深いため息を吐いている。

 

「はやて、分かってるとは思うけど今配置やシフト変更命令が出たりしたら……正直致命的だよ」

「うーん……何とか乗り切らな」

「乗り切るね……そのための対策を練るに当たって確認しておきたいことがあるんだが、六課が作られた本当の理由って何だ?」

 

 はやてが過去の経験から理想の自分の部隊を作りたいということは知っている。しかし、普通に考えれば能力限定を用いてまで緊急時には過剰戦力とも呼べそうなこの部隊を作る理由はないはずだ。

 

「あはは……そやね、まあええタイミングかな。今日聖王教会本部、カリムのところに報告に行くんよ。クロノくんも来る」

「え、クロノも?」

「そうや。やからふたりはなのはちゃんと一緒についてきてくれるかな? そこでまとめて話すから」

 

 はやてのその言葉にフェイトは肯定の返事をしたが、俺は声を発することが出来なかった。

 プライベートなもので集まるならば俺が出席するのも問題はないだろうが、仕事としてとなると俺はフェイト達と違って隊長職に就いているわけではない。そのため、その場に居合わせるのは場違いのような気がしてしまったのだ。

 

「ショウ、どうかした?」

「いや……その、何だ。……俺はお前達と違って隊長とかじゃないんだが、一緒に行って大丈夫なのか?」

「当たり前やろ。確かにショウくんは隊長って呼び名はないけど、役割としてはロングアーチの副隊長みたいなものやないか」

 

 そのような言われ方をすると妙なプレッシャーを感じるが、まあ悪い気分にはならない。

 ただロングアーチは基本的に後方支援が目的であり、はやての補佐はグリフィスが行っている。俺は一応ロングアーチの所属ではあるが、現場に出て戦うことが主なのでフォワード達に近い立場のように思ってしまう。故に副隊長ではないような……。

 

「まあいいや……お前がついてこいって言うなら行くしかないだろうし」

「そこは行くだけでええとこやろ。相変わらずの言い回しするなぁ」

「まあまあ、ショウも悪気があって今みたいな言い方してるわけじゃないし。それに今みたいなところがショウらしさって言えるかもしれないわけで……えっと、何でそんなににやけてるのかな?」

「別に何でもあらへんよ。ただフェイトちゃんはショウくんのことよく分かってるなと思っただけや」

「――っ、はやてだってそれくらい知ってるでしょ!」

 

 それなりにシリアスな雰囲気だったのに一瞬で崩壊してしまった。まあ暗い空気で話すよりはマシかもしれない……が、もう学生ではないのだからこの手の話は本人のいないところでやってもらいたいものだ。下手に反応すれば誤解が誤解を生みかねない年齢になっているのだから。

 フェイトも話題を変えようと思ったのか、単純に今後のためになのはの現在地を知っておきたかったのか、彼女に通信を繋ぐ。通信が繋がるのと同時に聞こえてきたのは、全く予想していなかった子供の泣き声だった。

 

『うぇぇぇ~ん!』

『あぁほら泣かない、泣かないで』

『えっと、ほらお姉ちゃん達と一緒に遊ぼう』

 

 何事かと思ったが、映像を見る限りなのはに保護したあの少女がしがみついている姿を見て状況を理解する。

 経緯までは分からないが、どうやらなのははあの少女に懐かれてしまったらしい。それで六課に連れてきてしまったのだろう。しかし、これからはやて達と共になのはは出かけなければならない。なのでフォワード達に面倒を見てもらおうとしたのだが……。

 

『やだぁぁッ! 行っちゃやだぁぁぁッ!』

 

 なのは以外に頼れるというか心を許せる存在がいないあの子に現在進行形で駄々をこねられ、なのはを含めあの場にいるメンツは手も足も出ないという状況なのだろう。

 俺達は顔を見合わせながら笑みをこぼし、なのは達だけでは事態が収拾しないと思い彼女達の元へ移動を始めた。

 

「……ん? 八神部隊長にフェイトさん、それにショウさんも」

「あはは、エースオブエースにも勝てへん相手がおるようやね」

 

 末っ子で育児の経験もないなのはがあの子に勝てないのはある意味仕方がないだろう。まあ口ではなく念話で俺達に助けを求めてくるあたり、冷静さは失っていないようだが。

 

「とりあえず……スバルとキャロ、お前らは落ち着いて少し離れてろ。今のあの子にはかえって逆効果だ」

 

 俺には弟や妹はいないが、ヴィータといった妹分の相手は昔からしていたし、幼い頃のエリオの相手もしていた。またハラオウン家と親しくしているため、たまにカレルとリエラ……クロノとエイミィの間に生まれた双子の兄妹の面倒を見たりしている。

 そのため、フェイトには劣るがそれなりに子供の扱いは分かっている。……まあただ俺の場合、自分から行くというよりは、あちらから近づいて来ることのほうが多いのだが。子供は何だかんだで好奇心の塊なので、こちらから行かなくてもあちらから来ることが多かったりするのだ。

 

「こんにちわ、この子はあなたのお友達?」

「え?」

「ヴィヴィオ、こちらフェイトさん。なのはさんの大事なお友達」

 

 フェイトは床に落ちていたウサギのぬいぐるみをしゃがんで拾い、目の高さをヴィヴィオという少女に合わせたまま会話していく。それと平行してこの場にいる全員に聞こえるように念話でなのはに話しかけ、これまでの経緯を聞いた。

 

『とりあえず病院から連れて帰ってきたんだけど、何か離れてくれないの』

『ふふ、懐かれちゃったのかな』

『それでフォワード達に相手してもらおうと思ったんだけど……』

 

 結果的に言ってしまえば全滅だったと……実に予想通りの展開だ。まあスバルやティアナに下の子はいないし、エリオ達は年齢で言えばまだ面倒を見てもらう側だからな。それに経験もないだろうし、ヴィヴィオって子の相手ができないのは仕方がない。

 状況を完全に理解したフェイトは、これまでに培った経験を活かしてヴィヴィオを説得していく。

 

「ヴィヴィオはなのはさんと一緒に居たいの?」

「……うん」

「そっか、でもなのはさんはこれから大事な御用でお出かけしないといけないの。ヴィヴィオが我が侭言うから困っちゃってるよ。この子も」

「ぅ……」

「ヴィヴィオは別になのはさんを困らせたいわけじゃないんだよね?」

 

 説得するフェイトを見て、フォワード達は彼女にどこか達人のような雰囲気を感じ取ったように見える。エリオやキャロがフェイトのことに詳しいこともあってか、子供の扱いに慣れている理由は理解できたようだ。

 余談になるが、エリオとキャロの顔が赤くなっている。おそらくフェイトが子供慣れしている理由の中に過去の彼らが入っているからだろう。

 

「だから良い子で待ってよ、ね?」

「…………うん」

「ありがとねヴィヴィオ、ちょっとお出かけしてくるだけだから」

「……うん」

 

 涙を浮かべてはいるが、ヴィヴィオという子は大人しくなのはの帰りを待つことにしたようだ。

 それにしても……報告では人造魔導師の素体の可能性が高いと聞いていたが、フェイトの言うことを理解できたあたり、この子は知識や言語がはっきりし過ぎているように思える。まだ確定ではないだろうが、普通に考えて人工授精児ではこうはいかない。

 しかし、この子に元になった人物の記憶があれば別だ。だがそれはあの計画……プロジェクトFが続いていることを意味する。フェイトやエリオが変に思い詰めなければいいが……。

 それに、仮にこの子が記憶転写型のクローンだとして……いったい何のために生み出されたのだろう。死んでしまった子供の代わり……、そのように考えたいところだが、レリックを所持していたとなると別の可能性の方が高そうだ。

 視線をヴィヴィオに戻すと視線が重なった。偶々目が合っただけなのかとも思ったが、彼女の瞳は真っ直ぐこちらに向けられたまま動こうとしない。

 

「ヴィヴィオ? ……あの人が気になるの?」

「うん」

「そっか。あの人もね、フェイトさんと同じでなのはさんの大事なお友達でショウさんって言うんだよ」

 

 ヴィヴィオは一度なのはを見た後、再びこちらに視線を向ける。

 子供は好奇心旺盛ではあるが、先ほどまで泣きじゃくっていた子が急に他人に興味を持つとは考えにくい。

 また俺は一度も話しかけていないし、普通あの子くらいの子からすれば長身の男性は怖い存在に感じる可能性が高い。どうして俺に興味を示しているのだろうか?

 と考えても答えが出るはずもないため、俺はヴィヴィオにゆっくりと近づく。怖がってなのはの後ろにでも隠れるかと思ったが、そんな素振りは一切見せなかった。そのため俺は彼女と目の高さが同じになるように屈む。

 

「どうした?」

「……一緒」

「ん?」

「帰って来るまで……一緒」

 

 ぼそぼそとした言葉だったが、どうやらヴィヴィオはなのはが帰ってくるまで一緒に居てほしいと言っているようだ。彼女の方からこちらに近づいて制服を手に掴むのが何よりの証拠だろう。

 ――こいつは困ったな。

 自分から一緒に居てほしいと言ってくれている以上、俺がヴィヴィオの面倒を見るのが最善なのだろう。しかし、俺もなのは達と一緒に聖王教会の方へ行かなければならない。

 これを伝えるとまた泣いてしまいでそうではあるが……優先順位で考えると、この子よりも聖王教会のほうが上だ。素直に言うしかないだろう。

 

「ごめんなヴィヴィオ、一緒に居てやりたいのは山々なんだが……俺もなのはさんと一緒に出かけないといけないんだ」

「ぇ……うぅ」

「大丈夫、ここに戻ってくる。帰ってきたらちゃんと顔を出すから、それまで良い子に待っててくれ」

 

 あやすように頭を撫でながら頼んでみると、小さくではあるが「うん」と返してくれた。俺は笑いながらありがとうと言ってからもう一度頭を撫でながら立ち上がる。

 

『……お前らのその顔は何だ? スバル、答えろ』

『えっ、えぇぇぇッ私ですか!? えっと、その、あのですね……ショウさんって子供の扱い慣れてるんだなあっと思いまして』

『あのな……俺は昔からヴィータやリインの相手をしてきたし、フェイトの家とは付き合いが長い。フェイトの甥っ子達の世話もたまに手伝ってるし、ある程度慣れがあるのは当たり前だろ』

 

 言い終わってから思ったが、ヴィータの名前を出すのは不味かっただろうか。彼女はフォワード達からすれば頼れる隊長のひとりなのだから。それに子供扱いしたことを伝えられると、間違いなく後で噛み付いてくるに違いない。

 ……別に嘘を付いてるわけじゃないし、ヴィータも強くは言えないはずだ。深く考えずにいよう。

 

「さてと、じゃあ私達はそろそろ出発だからみんなヴィヴィオのことお願いね」

「「は、はい!」」「ががが頑張ります!」「……努力します」

「あはは……あまり気負わないでね。固くなっちゃうとあの子も緊張しちゃうだろうから」

「そうだな……今の返事を聞く限り、面倒はライトニングが見てスターズはライトニングの分まで仕事した方がいいかもしれないが」

 

 

 



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第18話 「私の大切な……」

 ヴィヴィオって子がどうにか落ち着いたこともあって、私達はヘリで聖王教会に向かった。

 その道中で、ヴィヴィオの面倒は常に見れる状態やないから聖王教会に預けるか、と提案してみたけど、なのはちゃんが戻ってからもう少し話してみるということでその話は終了した。

 聖王教会に到着した私達は真っ直ぐカリムが待っている一室へと向かう。彼女と会ったことがないなのはちゃんやフェイトちゃんの顔にはどこか緊張の色が見える。

 まあ初対面何やし仕方ないかな……カリムと話せばすぐに解ける気もするけど。

 一方ショウくんはというと、昔から私と一緒に何度もカリムと会ったことがあるだけに緊張の色はない。私の知らんところでカリムにお茶に誘われたり、騎士達との手合わせで聖王教会を訪れる機会も多かったから当然といえば当然なんやろうけど。

 そんなことを考えているうちに目的の部屋に到着。扉を叩くとすぐさまが返事があったため、私達は中へと入る。

 

「失礼致します、高町なのは一等空尉であります」

「フェイト・T・ハラオウン執務官です」

 

 なのはちゃんとフェイトちゃんは入室してすぐに綺麗な敬礼をする。カリムはそこまで畏まらんでも大丈夫なんやけどな、と思いもしたけど、最初の挨拶は肝心なので胸の内に留めておくことにした。

 

「いらっしゃい。はじめまして、聖王教会・教会騎士団騎士カリム・グラシアと申します。どうぞこちらへ」

 

 カリムに案内される形で奥にあるテーブルへと向かう。そこには昔ながらの友人であるクロノくんの姿があった。昔は小さかった彼も今ではすっかり大人の男性になっており、提督という肩書きを持っている。

 自分よりも階級が上の人間ということもあって、なのはちゃんは一言断りを入れてから空いている席に腰を下ろした。一方フェイトちゃんは、お兄さんであるクロノくんに敬礼しながら話しかける。

 

「クロノ提督、少しお久しぶりです」

「あぁ、フェイト執務官」

 

 ふたりの固いやりとりを見たカリムは上品に笑い、そのあと普段どおり気楽にしてもらって構わないと告げる。私やクロノくんも同意すると、なのはちゃん達の顔から緊張の色が薄れ始めた。

 

「じゃあ……久しぶりクロノくん」

「お兄ちゃん元気だった?」

「――っ、それはよせ。お互い良い歳だぞ」

 

 久しぶりに『お兄ちゃん』と呼ばれたからか、人前だったからなのかクロノくんは恥ずかしかったようで顔が赤くなる。その直後、私の隣から殺しきれなかった笑いが聞こえた。視線を向けてみると、口元を押さえているショウくんの姿があった。

 

「おいショウ、何を笑っているんだ?」

「いや……昔も似たような反応してたと思ってな」

「だからと言って笑うな。というか、友人なら僕の味方をするべきだろ」

「それは無理な話だな。知り合ってからの時間は大差がないし、今はフェイトと同じ部隊に居るんだ。そっちの味方をしたらフェイトから何か言われるかもしれないだろ。それに兄妹は何歳になっても兄妹なんじゃないのか?」

 

 ショウくんの問いかけにクロノくんは返す言葉がなかったようだ。名前が出ていたフェイトちゃんはフェイトちゃんで、何かしらショウくんに言いたいことがあるような顔を見せたけど、言うほうが不味いと思ったのか結局は何も言わなかった。

 

「クロノ提督とショウさんはとても仲がよろしいのですね」

「まあ……10年程付き合いがありますから」

「ふふ、別に照れなくても……ねぇショウさん?」

「そうだな……親しい故に困ることもあるんだが」

 

 ショウくんのカリムに対する言葉遣いになのはちゃんやフェイトちゃんの顔には焦りが現れる。

 長い付き合いのあるクロノくん相手なら問題ないけど、カリム相手には不味いと思ったんやろうな。まあ一般的には正しいことやけど、ショウくんとカリムは前から交流があるし、普段どおりに話してええって言ったんはカリムやからな。

 そのため私にはショウくんを咎める理由はない。そんなことよりどうして彼の表情が曇っているというか、げんなりしているかの理由を考えたいと思ってしまう。

 クロノくんと親しいだけに困ること……そんであの表情…………あぁなるほどな。ショウくんって何気に大変なポジションにおったし、今もおりそうや。それに場合によっては、矛先がクロノくんだけやのうてなのはちゃん達にも向くかもしれへん。

 

「困ることだと? 僕がいったい何をした?」

「何って……エイミィとケンカした時は必ず相談してくる奴が何を言ってるんだ」

「――っ、おいその話は今……」

「いやする。人間誰しもケンカする時はするから相談するなとは言わない。けどな、お前ら夫婦はたまに面倒臭い」

 

 ふむ……夫婦って言い方からして相談してくる相手はクロノくんだけやないんやろうな。お互いに仲直りしたいと思ってるんに、直接行くんやのうて年下のショウくんを頼る。ショウくんはふたりとは付き合いが長いし、なんだかんだで力になろうとするし……まあ愚痴も言いたくはなるやろな。

 

「リンディさんっていう頼れる母親が居て、相談すれば力になろうとしてくれるであろうフェイトって妹も居る。にも関わらず……」

「えっと、その……ショウ、そのへんで許してあげて。クロノ達も悪気はないと思うし、今度からは私が頑張るから」

「……そうか。……なら今度はフェイト、いやフェイトとなのはに話がある」

 

 自分達に矛先が向いたことにフェイトちゃん達は驚きの声を上げる。これからショウくんが話すであろう内容は想像できるが、止めるべきかというと止めない方が良いものだろう。

 

「えーと……私達ショウくんに怒られるようなことしたかな? これといって失敗したような覚えはないんだけど」

「あぁ、別に仕事に関しての文句はない。お前らが仕事をきちんと捌ける奴らだってのは知ってるからな」

「じゃあ……何を言いたいの?」

「それは……もう少し実家や地球に帰れってことだよ」

 

 その言葉で文句を言われる理由に見当がついたのか、なのはちゃんとフェイトちゃんの目が露骨にショウくんから外れる。

 

「お前らが忙しいのは分かってるけどな、実際のところもう少しくらい休暇は取れるんじゃないのか? 桃子さん達はもちろんアリサやすずか、ディアーチェもお前らのこと心配してるんだからな」

 

 桃子さんやリンディさん達はなのはちゃん達の家族やし、アリサちゃんやすずかちゃんは大切な友達やからな。ショウくんの言うことは最もや。私は家族みんなとこっちに移り住んどるからふたりほど責められはせんやろうけど、休みがあったらアリサちゃん達には会いに行くべきやろうな。

 ……王さまとは特に顔を合わせんと。

 アリサちゃん達とは地球で任務がある際に拠点を提供してもらっとる都合上会う機会はあるけど、王さまはそういう時に限って魔法世界の方に行っとることが多い。

 普段はアリサちゃん達と同じ大学生なんやけど、ショウくんの代わりにレーネさんの面倒を見たりしとるからな。……王さまはショウくんの奥さんかって言いたくなる。

 今の恋人は機動六課。そんな風に人には言うとるけど、一度はショウくんに告白した身。正直に言ってしまえば、彼への想いはあの日から変わらず持ち続けている。表に出したりはせんけど、人並みに嫉妬したりすることはある。

 とはいえ、優先順位で考えるとやはり『自分の恋路<機動六課』なわけで……大体告白したときにあれこれ言ってしまっている以上、最低でも機動六課の試験運用は終わらせんと進展させるのはダメや。

 

「そ、そういうショウくんは……」

「お前らの近況を誰が教えてると思ってる?」

「はい、すみません。可能な限り対処します」

 

 なのはちゃん、こうなることは半ば分かってたやろ。それなのに言うあたり度胸があるというか、分の悪い賭けが好きというか……こういうときくらいは諦めも必要と思うで。

 

「さて、今日は一応仕事も兼ねて来とるからな。おしゃべりはこのへんにして本題に入ろうか。まず昨日の動きについてのまとめと、機動六課の裏表について。それから……今後の動きについて」

 

 

 

 聖王教会での用事を終えた私達は、速やかに機動六課に戻った。時間帯はすでに夜になっているし、ヴィヴィオに会いに行かなければならない人物もいるため、すぐさま解散する。

 

「ほならな、みんな」

「うん」

「情報は充分、大丈夫だよ」

「お前もさっさと休めよ」

 

 そう言ってなのはちゃん達は、ヴィヴィオが待っている部屋へ歩き始める。

 みんなの後姿を見送るのはこれまでに何度もあった。やけど聖王教会で機動六課設立の理由を話したことで、自分の中での扉が開いてしまったのか、不安やみんなを頼りたい気持ちが溢れてきた。気が付けば私はみんなの方へ駆け出しながら話しかけていた。

 

「あのな……私にとってみんなは命の恩人で大切な友達や。六課がどんな結末や展開になるかは分からへんけど……」

「はやてちゃん、その話なら出向を決めるときにちゃんと聞いたよ」

「俺達は自分で考えて納得した上で今ここにいる」

「だから大丈夫だよ。それにはやてや八神家のみんなは、なのはの教導隊入りや私の試験をたくさんフォローしてくれた。今度は私達がはやて達をフォローする番」

 

 みんなの顔はとても温かな感情に溢れていて、思わず目頭が熱くなってしまう。涙を流さずに済んだんは心配を掛けたくないとか、部隊長としての威厳のようなものを考えたからやと思う。

 

「あかんな、それやと恩返しとフォローの永久機関や」

「あはは、そうだね。でも友達ってそういうものだと思うよ」

「それに今のところはやては何も間違ってないと思う。だから何かあった時は、胸を張って命令して」

「部隊長だからって全部抱え込もうとするなよ」

 

 嘘偽りない笑顔を浮かべるみんなを見て、私は本当に良い友達を持てたと幸せな気分になった。なので自然と元気な返事が出た。

 話も一段落したため、みんなはヴィヴィオの居る部屋へと歩き始める。私はみんなを見送った後、部隊長室に戻った。

 部屋の明かりはつけずに窓際にあるイスに腰を下ろし、携帯していたデバイスを取り出す。いつものように一段上の引き出しに仕舞おうとした瞬間、不意にアルバムが目に留まった。私はそれを手に取り、机の上で広げる。

 小学生の時になのはちゃんにフェイトちゃん、アリサちゃん、そしてすずかちゃんと一緒に撮った写真。中学時代のアリサちゃんとすずかちゃんが写っている写真に、なのはちゃんとフェイトちゃんと一緒に撮った写真。シグナム達と一緒に撮った写真、と様々な思い出がアルバムには詰まっている。

 

「…………ぁ」

 

 アルバムを捲っていると、不意に1枚の写真が目に飛び込んでくる。

 それは私にとって誰よりも大切な人……ショウくんと最初に撮った写真だ。そこに写っている彼の顔は嫌そうにしているけれど、アルバムを捲るに連れて表情は明るく優しいものになっていく。

 ほんま……ショウくんは変わったよな。

 冷たく人を寄せ付けようとしなかったのに今では多くの人と普通に接してる。最も近くに居った身としてはとても嬉しい……ことではあるけど、どこか寂しいとも思ってしまう。そう思うのはショウくんのことを独り占めしたいと本心では思ってるからかもしれん。

 

「部屋の明かりくらい点けたらどうなんだ?」

 

 突然聞こえた声に驚きながら視線をドアの方へ向けると、呆れた顔を浮かべたショウくんが立っていた。明かりがどうのと言ったのに彼は何もせずに私の方へ近づいてくる。あえて点けていないと思ったのだろうか……ってそんなことを考えとる場合やない。

 

「ちょっ、何勝手に入ってきとるんや。しし知らん仲ではないとはいえ、一応私部隊長やで。そういうのは良くないと思うんやけど!?」

「あのな、だったら返事くらいしろよ。中に気配があるのに何度呼んでも返事がないと心配になるだろ」

 

 どうやらアルバムに夢中というか、ショウくんのことを考えすぎて聞こえてなかったらしい。

 よ、よかったぁ……シグナム達やったら必要以上に心配されとったやろうし、グリフィスくん達やったら部隊長としての威厳に関わるところやった。別に威張るつもりはないけど、少なからずちゃんとした部隊長としての姿は見せときたい。そうやないと外野から余計なこと言われる機会が増えそうやし。

 そんなことを思った直後、ショウくんが目の前に迫っていた。ふとアルバムに目を落とすと、そこには中学3年生の時に一緒に撮った写真があった。

 それは昔のものと違って引っ付いていたり、手を繋いだりしていない。距離感で言えば、少しばかり離れているとも言える。

 でもそれは私とショウくんが異性としての意識を強めた証でもある。普段の状態で見られても問題はないけど、今見られると間違いなく私はボロを出しそうだ。そのため慌ててアルバムを閉じた。

 

「何を見てるかと思ったらアルバムか。まだ昔を懐かしむ歳でもないだろうに」

「それはそうやけど、今日アリサちゃん達のことが話題に出たからな。会いたいって気持ちが出てもおかしくないやろ?」

「まあそうだな」

 

 ショウくんは窓へ近づいていく。私は人知れず安堵の息を漏らし、アルバムを引き出しの中に仕舞おうとした。直後、彼の口から静かに言葉が出る。

 

「お前……無理してないよな?」

 

 その言葉に私は一瞬動きを止める。無理や無茶といった言葉は周囲からよく出る言葉ではあるが、今の無理には普段とは別の意味合いがあるように思えたからだ。まるで私の中にある覚悟を見透かしているような……そんな意味合いが。

 

「いきなりどうしたんや。というか、ここに居ってええんか? あの子が待っとるんやないの?」

「あの子が1番懐いているのはなのはだ。なのはが居れば大丈夫だろう。仮に大丈夫じゃなかったとしても……お前かあの子かと言われたら迷わずお前を選ぶさ」

 

 さらりとそういうことは言うもんやないで。まあ10年以上の付き合いがあるのに、あの子を選ばれるとそれはそれで癪ではあるけど。

 

「あとで泣かれてもしらへんからな……質問の答えやけど、別に無理しとるつもりはないよ。毎日大変ではあるけど充実しとるって思えるし、体も至って健康や」

「俺が心配してるのは体じゃなくて心の方だ」

「そっちも健康や。隊長としての責任とかあるけど、それはなのはちゃん達にもあるし問題にはできへん」

 

 私の返事にショウくんは大きなため息を漏らし、そのあとゆっくりとこちらを振り向いた。彼の瞳は普段よりも鋭く私を咎めるようなものが感じられる。

 

「まあ……お前の人生はお前のものだ。どういう風に生きるのか、どういう道を選ぶのか……それはお前の自由だよ」

 

 自分の好きにすればいい、そのような言葉のはずなのに私はショウくんの顔から顔を逸らしてしまう。

 私の命は……ショウくんが支えてくれて、うちのみんなが守ってくれて、なのはちゃん達が救ってくれて、あの子――初代リインフォースが残してくれた命。あの日に味わった悲しみや後悔はこの世界の誰にもあったらあかん。……私の命はそのために使うんや。

 誰にも言ってはいないけど、私の中にはそんな想いがある。でもきっとショウくんには見破られてるんやろう。

 本当……ショウくんは昔から察しが良すぎる。それに救われたことも多いから文句は言えへんけど、でも今回ばかりは気づかんでほしかったかもしれへん。

 

「そう言うんやったらお説教みたいなのはなしにしてもらいたいな」

「ダラダラと言うつもりはないさ。ただ……お前は独りじゃない。お前を見てる奴はちゃんと居る。あまり生き急ぐような真似はするな。……それと」

「それと?」

「俺はあいつから……アインスからお前やお前の家族のことを頼まれてる。だからもしもの時は、たとえ命令違反だとしても俺は自分の意思で行動するからな」

 

 本当にそうしてくれるん?

 もしも私だけやのうてなのはちゃんやフェイトちゃんが危ない目に遭ってても、私のこと優先してくれるんか?

 そう言いたい自分は確かに居た。けれど、それを言ったらきっとショウくんを困らせる。彼が私の落ち込んだ顔や困った顔を見たくないように、私も彼のそんな顔は見たくない。だから私は……

 

「部隊長相手によくそんなこと言えるなぁ」

「今は友人として話してるからな」

「友人ね……なら指切りでもしてもらおうかな。口だけなんはもしものときに困るし」

 

 昔みたいに頭を撫でたり、抱き締めたりしてほしい気持ちはある。やけど私は自分から告白しながら我が侭を言った身や。必要以上に甘えるわけにはいかへん。

 

「指切りって……」

「ええからええから……指切りげんまん嘘ついたら集束魔法1発、指切った」

「おい……そこは針千本だろ。集束魔法なんてリアリティがあるというか、下手したらトラウマもんだぞ」

「あんなショウくん……女っていうんは現実的な生き物なんや。集束魔法が嫌なら迂闊な発言はしないほうがええよ。まあこんな指切りするんは私だけやろうけど」

 

 私の言葉にショウくんは肯定の返事をする。顔はどことなく呆れているけれど、こちらが笑うと徐々に明るいものへと変わった。

 

「ところで……いい加減あの子のところに行った方がええんちゃう? 子供は機嫌を損ねるとなかなか直してくれへんで」

「そうだな……そうさせてもらう。…………はやて」

「うん?」

「隊長としての仕事に関してはどうにもできないが、何かあれば頼れよ」

「最初の部分は別にいらんやろ……ちゃんと頼るときは頼るよ。私ひとりで出来ることなんて限られとるからな」

「そうか……おやすみ」

「うん、おやすみ」

 

 

 



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第19話 「時が流れても……」

 今日もこれまでと同様にフォワード達の朝練から幕を開けた。

 訓練中はこれといったミスは確認されず、訓練終了後の様子を見てもちゃんと立ったまま元気な返事を出来るようになったあたり、フォワード陣はきちんと成長していると言える。

 フォワード達を除いて変わったことと言えば、ヴィヴィオという少女の存在くらいだろう。

 ヴィヴィオが保護されるまでの経緯が経緯であり、またなのはにすっかり懐いてしまっていることもあって、機動六課で面倒を見ている。

 今日の朝練前になのはから、自分が起きると服を掴まれていたらしい。着替えている時はもう一度掴もうと寝たまま探していたとか。なのでフェイトに近づけて……、のような話を聞かされた。

 聞いた人間によっては面倒事を押し付けたなどと思うかもしれないが、俺は何よりも思ったのは寝室での出来事を詳しく説明するのはどうなのだろうということだ。長年の付き合いのある気心の知れた相手とはいえ、俺は一応男なのだが……。

 

「ん? ショウくん、どうかした?」

「いや別に」

「別にって……その言い方からして何かあるよね?」

 

 そういう風に決め付けるのはどうなのだろうか。まあ何かあるのは事実ではあるのだが……とはいえ、素直に言ってしまうのはよろしくない。

 

「本当に何でもない。ただ普段はなのはだけど、仕事中はなのはさんなんだなって思っただけだ」

「なのはとなのはさん? ……さんが付いただけで意味合いが変わるものなのかな。距離感とかは変わりそうだけど」

 

 小首を傾げるなのははすでに大人の顔立ちになっているのだが、こういうときの仕草には昔と彼女と被るものがある。

 訓練や任務中は頭が回るというか頼れる存在感が溢れ出ているのに、本当日常になると天然っぽい部分が出てくるよな。前者を『なのはさん』、後者を『なのは』扱いしたことにこいつは説明しないと気づきそうにもないけど。

 

「ねぇショウくん、どういう意味?」

「なのはとなのはさん」

「それ説明になってないからね!」

「そんなことより片付けも終わったんだから俺達も隊舎に戻るぞ」

 

 ツッコミのような怒声を上げるなのはをよそに俺は先に歩き始める。俺は隊長と呼ばれはしないが、同等に扱われる立場上フォワード達の教導以外にも仕事があるのだ。

 例えばデバイス関連のこととか……シャーリーがやってくれるだろって思う奴がいるかもしれないが、シュテルとかから回ってくるものもあるんだよな。他にもはやてとの関わりが深いというか、階級の高い人間とも知り合いのせいか、割とはやての付き添い兼護衛みたいなこともさせられるし。

 

「もう、今日はいつも以上にいじわるな気がする」

「まあ許せ。俺にもストレスがあるんだ」

「私でストレスを発散されたら私にストレスが溜まるんだけど!」

 

 いやいや、あなたは慣れてるでしょ。昔からアリサやシュテルから弄られてきたんだから。あのふたりと比べたら俺のやってることなんて微々たるもののはず。故にもっとやっても問題はないはず!

 などとは思えないのでこのへんでやめておくとしよう。不機嫌なまま朝食を食べに行かれても困るし、機嫌が直らないまま時間が経ってしまうと後々面倒になるに違いないのだから。

 

「ショウくん、人の話は最後まで聞く……あっ」

 

 何か喜ばしい光景でも見たのか、不機嫌そうな顔をしていたなのはの顔が一気に明るくなる。彼女の視線を追ってみると、そこには手を繋いで歩いている大人と子供の姿があった。ふたりとも金色の髪をしていることから、十中八九フェイトとヴィヴィオだろう。

 

「ショウくん、行こう」

 

 どこに?

 と聞き返す必要はない。いや、正確にはその余裕がなかったと言うべきか。笑顔を浮かべたなのはに腕を掴まれ、ふたりに追いつくように走ることを余儀なくされたのだから。

 なのはが声を掛けると、ふたりは振り向いてこちらに歩き始めた。ヴィヴィオにとって現状で最も信頼できる相手はなのはらしく、彼女に抱きつくように近づいてきた。

 

「おはようヴィヴィオ、ちゃんと起きられた?」

「うん」

「おはようフェイトちゃん」

「うん、おはようなのは……えっと」

 

 にこやかな表情を浮かべたフェイトだったが、ある一点を見た瞬間に苦笑いのような反応に困った顔をした。まあ昔ながらの付き合いがあるとはいえ、年頃の男女が手を繋いでいればそのような反応をするのは無理もない。

 

「なのは、俺はいつまで拘束されるんだ?」

「え? ……あっ、そ、その……にゃははは」

 

 あたふたした最後に笑って誤魔化す。学生の頃はそれなりに見ていた光景だが、最近ではほとんど見ていなかっただけに懐かしさを覚える光景だ。ここで突っつくような発言をすると怒りそうなので胸の内に留めておくが。

 

「おはようショウ」

「ああ、おはよう」

「ほらヴィヴィオも、なのはさんとショウさんにおはようって」

「おはよう」

 

 フェイトの言うことは、ヴィヴィオは素直に聞くものだ。自分にとって敵ではないということが分かったからなのだろうが……。

 過保護な一面のあるフェイトはまあ仕方がないとして、なのはのヴィヴィオに向ける表情を見ていると少し不安になる。状況が状況だけに面倒を見るのは止むを得ないだろうが、あまり深入りというか情を持つべきではない。

 ――常に一緒に居てやれるわけではなし、何より俺達の仕事には危険が付き纏う。別れの日が来てしまった場合、情を持ってしまっていると互いに辛いだけ。

 といっても、それはなのはも分かっているはずだ。管理局の魔導師として子供の頃から働いているのだから。今更俺が口に出して忠告することでもない。

 

「ふたりとも朝ご飯食べる時間はあるよね?」

「うん、私はあるよ。ショウくんは?」

「なかったらさっさと次の仕事に移ってる」

「普通にあるって言えばいいのに。本当ショウくんって素直じゃないよね」

「まあまあなのは、ショウのそれは今に始まったことじゃないし。それに昔に比べたら大分素直になってると思うよ」

 

 フェイトの今の言い方はフォローになっていないと思う。彼女の優しさは多くの場合は助けになるが、今回のようなケースはかえって傷つけているだけだ。

 ただ今では立場も役割をそれぞれ違っているが、こうして10年ほど前と変わらない会話をしているあたり、俺達の根っこの部分はあの頃から変わっていないのだろう。これが良いことなのかどうかは、時と場合によりそうではあるが。

 

 ★

 

 朝食を取り終わった後、ファラやシャーリー達と協力してフォワード陣のデバイスやシュテルから回されてきたデータに目を通していると、はやてから部隊長室への呼び出しが掛かった。

 俺の記憶が正しければ、今日もライトニング分隊は現場調査。スターズ分隊はデスクワーク。それぞれの副隊長はオフシフトであり、ザフィーラはヴィヴィオの護衛をしている。シャマルは医療関係の仕事があるはず。

 なので大方俺が呼び出される理由は、誰かしらに会いに行くはやての付き添いだろう。

 そう思った俺はフォワード関連のものはシャーリーに、シュテル関連のものはセイに任せ、ファラを連れて部隊長室へと向かった。

 

「マスター、はやて部隊長はどんな用事で呼んだんだろう?」

「さあな。まあ可能性で言えば付き添いとかが高いだろ」

「まあそうだね。……マスター、隊長ってわけでもないのに大変だね」

 

 昔ならばはやてに敵意を出しながら嫌味のように言っていた気がするが、ファラもずいぶんと大人になったものだ。さらりと言っていたが、はやてのことも名前の後に部隊長を付けているし。自分の言動が何かしらの形で俺へ返ってくることを考えてやってくれているのかもしれないが。

 ――まあ何にせよ、ファラが成長したことには変わりはない。

 ファラと会話しながら部隊長室に向かっていると、その道中でティアナも部隊長室に呼び出されているのを聞いた。一瞬疑問にも思ったが、彼女が将来執務官になりたいと思っていることを考えていると、おのずと答えは見えてくる。

 なので俺は何事もなかったように部隊長室へと足を進めた。

 

「あぁショウくん、いらっしゃい」

 

 部隊長室に入ると、デスクワークを行っていたはやてがこちらを一瞥して話しかけてきた。部隊長だけに目を通さなければならないものも多いのだろう。

 

「八神部隊長、今日はどんなご用件で?」

「他人行儀な言い方する人には教えん」

「あのな……世間では今のが一般的だろうが」

「あはは、まあそうやな。でももう少しだけ待っといて」

 

 そのように言うのは、もう少しでデスクワークが一段落するからなのか。はたまたティアナがこの場に到着するからか……。

 などと考えていると、ティアナが部隊長室に到着した。彼女が中に入ってくると、はやては呼び出した理由を説明し始める。

 ティアナの呼び出された理由は、やはり将来執務官になったときのことを考えて、お偉いさんの前に立つことを慣れさせようと思ったらしい。

 はやてが言うには今日会う相手はクロノという話だ。俺は全く緊張しない相手だが、彼は執務官資格持ちで次元航行艦の艦長。そして六課の後見人でもある。ティアナからすれば充分に緊張する相手だろう。

 もしかすると、今日俺が付き添いをさせられるのはティアナのフォローも入っているのかもしれない。まあ彼女が同行を拒む可能性もあるのだが……。

 

「どうやティアナ、一緒に来るか?」

「はい、ぜひ同行させてください!」

 

 当然こうなるだろう。まあティアナの性格から考えれば、これといって何かやらかす心配はないから大丈夫だろう。

 

「ところで……」

 

 ティアナの視線は俺へと向く。彼女のように他の人間にも聞こえるように呼び出されたわけではないので、別件で呼び出されているのでは? とでも思ったのかもしれない。

 

「あぁ、ショウくんは私の付き添いみたいなもんや」

「なるほど……はやて部隊長はショウさんのこと信頼されてるんですね」

「なのは隊長やフェイト隊長よりも少しばかり付き合い長いし、魔導師としての力量も隊長達に負けてへんからな。まあクロノ提督とショウくんが仲ええから連れて行くってのも理由ではあるんやけど……」

 

 仲が良いという理由だけで連れて行くわけがないだろう。俺達はまだ若いとはいえ、もう子供としては扱われなくなってきているのだから。

 まあそれと非常事態に備えての保険ってところか。前に俺はロングアーチの副隊長みたいなものだって言っていたし、カリムの予言のこともある。

 ティアナの居る前で深い話をするとは思えないが、何にせよ連れて行かれるからには理由があるはずだ。とはいえ、彼女の居る前でそこに触れるのは悪手だろう。

 

「最大の理由は他の隊長陣よりも暇そうだからか?」

「もう、何でここでそんないじわるなこと言うかな。ティアナに誤解されたらどうするんや」

「え、あ、いえ、その誤解とか全くしてませんから!」

 

 俺もはやても冗談のつもりで言っているのだが、慌ててしまうあたりティアナは真面目だ。いや、話すようになってからの期間や立場の差を考えると当然かもしれない。スバルでも似た反応をしていた気がするし。

 

「ティアナ、俺達相手にそんなんだと持たないぞ。もっと気楽に行け」

「気楽にって……できるわけないじゃないですか。ショウさんはまだしもはやて部隊長は部隊長ですし、これから会いに行くのは提督なんですよ!」

 

 さすが俺はまだしもと言うだけあって、俺に対しては口調は丁寧ではあるが大声を出せるものだ。もしかして俺は舐められているのだろうか。考え方によっては親しみを持たれているとも取れるが。

 

「安心しろ、他の提督ならあれだが今回会いに行くのはクロノだ。お前がよほどのミスをしない限りどうにかしてやる」

「ショウくんはクロノ提督の弱みをたくさん知っとるからな」

 

 この野郎、さっきのお返しと言わんばかりにぶっこんできやがって。普段どおりの顔をしているが、内心ではニヤついているんだろ。ティアナに腹黒い人間だと思われたらどうしてくれるんだ。俺はお前ほど腹黒くないぞ。

 

「よし、デスクワークも一段落したし出発しよか」

 

 こちらに反撃をさせる前に話を切り上げてしまうあたり、何とも卑怯である。ただそう思っているのは、きっと俺だけなのだろう。はやてと距離のあるティアナでは、きっとそのような思考はしないだろうから。

 

「べ、別にショウさんの人格を疑うようなことは考えていませんよ!?」

「……怪しい」

「本当ですから!」

「ほらほらふたり共、イチャついとらんではよ行くよ」

「イチャついてなんかいません!」

 

 

 



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第20話 「賑やかな朝」

 ティアナを連れた状態ではやてと共にクロノに会いに行ったわけだが、予想通りティアナは緊張していた。まあクロノだけでなくヴェロッサが居たのも理由かもしれない……彼女の性格が性格なだけにリラックスしろというのは無理だとは思うが。

 俺達が話し合った内容は今後の機動六課の方針といった仕事に関すること。

 そのような真面目なものもありはしたが、アースラが来月廃艦されることになったという世間話じみたものもあった。思い出の詰まった艦だけに思うところのある人間は俺だけではないだろう。だがアースラは長い間働いてくれたのだから休めてやるべきなのだ。

 他にその日にあったことと言えば……ティアナが自分から俺達との距離を縮めようと食事に誘ってきたことだろうか。アースラの話をしているとき、ヴェロッサも席を外していたため大方彼が何かしら言ったのだろう。

 ……なんて考えるのはこのへんにしておこう。

 現在の時間は、太陽が顔を見せてからそう時間が経っていない早朝。場所は海岸にある訓練用スペースだ。今日もいつものようにフォワード達の朝練である。ただ今日はこれまでと違って新しい顔がふたつほどある。

 

「さて、今日の朝練の前にひとつ連絡事項です。陸士108部隊のギンガ・ナカジマ陸曹が今日からしばらく六課に出向となります」

「陸士108部隊ギンガ・ナカジマ陸曹です。よろしくお願いします!」

 

 敬礼しながら覇気のある声で行われた挨拶にフォワード達は元気に返事をする。

 ナカジマという名前から分かっている人間もいるとは思うが、ギンガはスバルの姉に当たる人物だ。彼女は長髪なのでパッと見ではスバルと間違えることは少ないだろうが、顔立ちは似ているためどちらかが髪型を似せれば間違える可能性は大いに増えることだろう。

 

「それからもうひとり……10年前から隊長陣のデバイスを見てくださっている本局技術部の精密技術官」

「どうも、マリエル・アテンザです」

 

 彼女についてはそれほど説明はいらないだろう。俺達が通称マリーさんと呼んでいる優秀な技術者だ。多忙な毎日を送っているのだが、地上に用事があるらしくしばらく六課に滞在することになったらしい。ちなみに時間があれば、フォワード達のデバイスも見てくれるとのこと。

 

「出会ったばかりだけど、そんなの気にせず気軽に声を掛けてね。……といっても、ショウくんに頼んだほうが早いかもしれないけど。私より最新の技術に精通してるし」

「マリーさん、そういうの止めてください。作業速度や着眼点、機転の良さ……その他諸々マリーさんの方が上なんですから。大体義母さんやシュテルと情報交換してるんでしょ?」

「それはそうだけど、ついこの間まであんなに小さかったショウくんが今では立派な技術者。成長の速さからして、もうじき追い抜かれそうだし言いたくもなるよ」

 

 マリーさん、そういう言い方は年齢を感じさせますよ。

 などといった考えも浮かばなくもないが、それ以上にあまり子供の頃の話をしないでほしいという想いのほうが強い。出会った時の年齢が年齢だけに仕方がない部分もあるわけだが、昔から馴染みのあるなのは達ならまだしもフォワード達の前では恥ずかしさを覚えてしまうのだ。

 

「小さい頃のショウさん? ティア、どんな感じだと思う?」

「私が知るわけないでしょ」

「僕、知ってますよ。フェイトさんから色々と話は聞いてましたし、昔の写真を見せてもらったこともありますから」

「わたしもあるよ。何ていうか、今のお兄ちゃんをそのまま小さくした感じだよね」

 

 何やらフォワード達が小さい頃の俺の話で盛り上がっているようだが……まあそこは置いておこう。流れ的にああなってしまうのも無理はないのだから。だが……。

 俺の視線はフォワード達からフェイトへ移る。昔話をするのは別に構いはしないのだが、俺がいないときに話題にされていたとなると気になるのは当然のことだろう。

 こちらの視線に気づいたフェイトは、俺にとってよろしくない話でもしたことがあるのか、露骨に目を泳がせるとぎこちない動きで顔を逸らした。フェイト、お前はいったい何を話した。

 

「あっ、話は変わっちゃうんだけどショウくん最近シュテルちゃんと話してる?」

「はい? ……まあちょくちょく連絡は取ってますけど」

 

 俺とシュテルは、デバイス関連のことで互いに頼んだり頼まれたりしている。話している頻度で言えば義母さんよりも上だ。別にケンカした覚えもないし、心配されるようなことはないはずだが。

 

「どうかしたんですか?」

「いやね、この前会ったときにどことなく寂しそうに見えたからさ。ショウくんとあんまり話してないのかなって思って」

「あの……その発想はおかしいと思います」

 

 確かにシュテルは動物に例えるならネコのような奴だ。意外と構ってほしくてからかってきたりもする。が、だからといって俺に構ってもらえないから寂しがるような奴ではないだろう。

 そもそも俺は仕事の話が主だが頻繁に連絡を取っている。その中で世間話のようなこともしているのだから、それでも寂しいのだとすればレヴィやディアーチェなどと話せてないからではないのだろうか。

 

「おかしくないよ。いつも傍に居た人がいなくなったら寂しいものでしょ」

「マリーさん、その発言は誤解を生みかねないんですが?」

「誤解されちゃったらそのままの流れで本当に付き合っちゃえばいいと思うよ。ショウくんとシュテルちゃんってお似合いだし。ねぇシャーリー?」

「そうですね。昔は一緒に暮らしてたとも聞いてますし、良い夫婦になる気がします」

 

 このメカニックコンビは何を言っているのだろうか。色々と問題発言をし過ぎなんだが。

 まあ確かにマリーさんを始めとした年上の人達が俺達の代にこの手の話をしたがるのは分かる。俺を始めなのはやフェイト、はやて共々誰ひとりとして恋愛経験がないのだから。

 だがしかし、それでもこの場で話すのはどうかと思う。

 この場には恋愛というものがよく分かっていない子供も居るし、恋愛に関する話が苦手な人間も居る。いつもと変わらない顔をしているのはシグナムとヴィータのふたりだけ。朝錬の時間のはずなのに緊張感なんてものは微塵もなくなっている。

 

「うーん、でも夫婦だとシュテルちゃんよりもディアーチェちゃんじゃないかな? ショウくんにお弁当作ったりしてるみたいだし」

「あーそういえばそうですね、私も何度か見たことあります。ショウさん、実のところどういう関係なんですか?」

 

 シャーリー、何でそうもさらりと質問することが出来るんだ。羞恥心が刺激されるには充分なほど踏み込んだ内容だぞ。

 正直この流れはよろしくない。

 適当に答えつつ誰かに手伝ってもらって話題を変えよう……何でスターズとライトニングの隊長さん方はチラチラとこっちを見ているのかな。そんなんじゃ威厳なんて保ててないぞ。副隊長達は……平静を保っているように見えるが、多分助ける気はないだろう。

 ならばフォワード達を頼って……無理だよな。ディアーチェを知らないメンツばかりだし、話を振ったらテンパリそうだから。まだギンガが残ってはいるが、表情からして援護射撃はしてくれないだろう。むしろ話を振ればシャーリー側の発言をする気がする。

 

「どうもこうも友人だ。弁当だって義母さんやシュテルの分を作るときについでで作っていただけだし、シャーリー達が思っているような弁当じゃない。そもそも俺のことよりも隊長陣の恋愛を心配するべきだろ。仕事が恋人みたいになってるわけだし」

「ちょっショウくん、ここでそういう風に振る!?」

「そ、そうだよ。私は休めるときは休んでるよ!」

「フェイトちゃん、その言い方だと私は休んでないみたいだよ!」

 

 なのはの言葉にフェイトはすぐさまそういう意味で言ったのではないと返す。それになのはは本当は分かっているといった言葉を返し、次第にふたりは意識を互いだけに向けていくような気配を醸し出す。

 世の中には同性愛というものは存在しているし、それを否定するつもりもない。しかし、この場でそのように誤解されるのはなのは達も嫌だろう。

 子供達や恋愛に疎そうなスバルはともかく、ティアナあたりは知識くらいは持っていそうだ。またマリーさんやシャーリーは面倒な方向に話を持っていく可能性もある。

 ふたりの隊長としてのメンツ云々の前に人間性を疑われるような流れにはしない方が賢明のはずだ。まあ相部屋かつ同じベッドで寝ている時点でもうアウトかもしれないが。

 

「昔から今のように特別な空気を醸し出す時があったから疑問に思うことがあったのだが、なのはにテスタロッサ……お前達はそういう関係なのか?」

 

 シグナム……お前が気に入っている相手をからかったりするような奴だってことは知っているが、このタイミングでそれはあんまりだろう。確かに俺も似たような疑問を抱いた経験はあるけども……せめてフォワード達のいない時にしてやるべきだ。

 

「――っ、別に変な空気を出したりしてないし、そういう関係でもないよ! 私やフェイトちゃんは至って普通だから!」

「必死なところがかえって怪しいな。素直に認めたらどうだ? そうすれば男を作ろうとしない理由または寄ってこないのも説明が付く」

「作ろうとしていないんじゃなくて出来ないだけだし、寄ってこないとかでもないからね。女の子とばかり話したりしてないし。誤解を招くような発言しないでくれないかな!」

「私は別に……だけが寄ってきてくれれば」

「フェイトちゃんも私と同じ気持ちだよね!」

「え……あぁうん、そうだね!」

 

 どうやら一段落したようだが……完全に手遅れだな。なのはやフェイトの隊長としての威厳は、任務中を除いてほぼ消えただろう。

 ……なのはに関してはこの前のシュテルとの一件ですでに消えていた気もするので、今更気にする必要もないかもしれない。まあこれを機に隊長陣とフォワード達との距離が縮まれば結果オーライだろう。フォワード達もそこまで面を喰らった顔もしていないし。今日から加わる1名は別のようだが。

 

「ギンガ」

「え、あっはい」

「まあ今までのやりとりを見て分かっただろうが、あまり肩肘を張る必要はない。ただ訓練中は限界ギリギリまで大いに扱かれるだろうから覚悟はしておけ」

 

 とは言ってみたものの、現在の力量を考えればスバルよりもギンガの方が上だ。スバルがこなせている内容を彼女が出来ない可能性は極めて低いだろう。

 それにしても、妙にギンガが顔を引き攣らせて笑っているが……原因は今俺の背後に迫っている人物だろうな。確認はしていないが、十中八九怒りを感じさせる笑みを浮かべているはず。

 

「ねぇショウくん、その言い方だとまるで私がみんなの苦しそうな顔を見て楽しんでる鬼のような教官みたいじゃないかな? 何でショウくんは私に対してそういじわるなのかな? 私、ショウくんに何かしたかな?」

 

 いやはや、何でこうなのはの怒ったときの笑顔は怖いのだろう。漫画なら絶対背後に『ゴゴゴ……!』みたいな効果音が入っているはずだ。

 温厚な人間は怒ると怖いというが、なのはの怒り方はまた一段と怖い。シュテルみたいに無言かつ無表情で怒ってますよと圧力を掛けられるのも怖いのだが。まあ本気で怒らせたら平手打ちとかされかねないが……下手をすれば集束砲撃もありえるか。考えただけで恐ろしいものだ。

 

「おいなのは、落ち着けよ。別にショウの今みたいな言い回しは前からあっただろ。確かにお前は弄りやすい奴だからいじわるなことを言ってるかもしれねぇが」

「ヴィータちゃん、ヴィータちゃんもさらりといじわるなこと言ってるよ!?」

「まああんま気にすんなよ。世の中には素直に好意を伝えられないからいじわるをして気を引く人間だって居るんだから」

「気にするなって言うならもっと別の言い方をしよう。それだとこれまでとは違ったことが気になっちゃうから!」

 

 こういう発言が出るようになったあたり、なのはも大人になったということか。

 昔のなのはなら何のことか分からずに「確かにそういう人は居るよね」とか言った後に「でも、それが今のとどういう関係があるの?」みたいな発言をしていたのだから。

 

「まあまあ落ち着こうなのはちゃん。実際のところ、フェイトちゃん以外に気になる子とかいないの?」

「そ、そうですね……って、何を聞いてるんですか!? 落ち着かせる気がないというか、さっきも言いましたけどフェイトちゃんへの好意はそういうんじゃないですから。というか、何で今そんなに深い話をしようとするんですか!」

「あ、それもそうだね。うん、分かった。じゃあ後で聞くことにするよ」

 

 笑顔を浮かべるマリーさんになのはは何か強く言いたそうにしながら頭を抱える。が、上手く言葉が出てこないのか結局は大きく息を吐くだけだった。そんな彼女を見てフォワード達は気の毒そうな顔を浮かべている。

 

「……さあみんな、無駄話はこれくらいにして朝練に入るよ。少し時間を無駄にしちゃったからいつもよりもちょっぴりハードに行くから!」

「「「「え……は、はい!」」」」

「ギンガ、ちゃんと付いてきてね!」

「は、はい!」

 

 なのはさん、強引に話の流れを変えたよ。あまりの変えっぷりにフォワード達も困惑している。というか、言っていることはまともなんだが普段以上にハードに訓練するというのが八つ当たりに思えるのは俺の心に問題があるのだろうか。

 

「ショウくん、何か言いたそうな顔をしてるね。何かな? 素直に言ってくれていいんだよ」

「いや別に……」

「うん、ショウくんがそういう風に言うときって大抵何かあるよね。別に怒らないから言ってごらんよ」

 

 そんなイイ笑顔で迫られて、はいそうですかと素直に言う人間が居るわけないだろう。

 俺はもう澄み切った心を持った子供じゃないし、そもそもまだ19年しか生きていない。義母親よりも先に死にたくはないし、死ぬつもりもないぞ。

 

「言っていることは最もだからさっさと訓練を始めよう、って思っただけだ」

「そっか……そんなにやる気があるのなら後で私と軽く模擬戦でもしてもらおうかな」

 

 ぶつからないと分かり合えないこともあるよね。

 かつてなのははそんなことを言っていた気がする。だがしかし、現状においてそれはおかしいだろう。別に魔法を使ってドンパチやらなくても言葉で分かり合うことはできるはずだ。そもそも、叩きのめしてまで聞くようなことじゃない。

 

「なのは、そういうのは良くないよ」

「(さすがフェイト、ちゃんと止めに入ってくれ……)」

「私もショウと模擬戦したい」

「ならば私も混ぜてもらおうか。ショウとは久しく剣を交えていないからな」

「この戦闘狂共が……」

「おい、朝練始めんだろ? いつまでも隊長陣がしゃべっててどうすんだ。ちゃっちゃと準備すんぞ」

 

 

 



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第21話 「朝練後も賑やか」

 朝練に入る前にギンガにスバルの成長を見てもらおうと、なのはは彼女にスバルとの模擬戦を提案した。

 ギンガの方も自分の妹がどれだけ成長したのか興味があったようですぐさま承諾し、姉妹対決が始まる。結果的には経験や技術の勝るギンガが勝利したものの、スバルの確かな成長を感じ取れたようだった。

 そのあと朝練が始まったわけだが、その内容はギンガを交えたフォワードチームVS前線隊長チームによる模擬戦だった。

 フォワード達はこれまでに何度か経験しているものなので冷静だったが、初めてのギンガは大いに呆気に取られていた。まあリミッターをしているとはいえ、オーバーSランクとして知られる隊長陣を相手にするのだから無理はない。

 ちなみに俺は今回の模擬戦には参加していない。普段はフェイトやシグナムがいなかったりするので入るのだが、今日はスターズ及びライトニング共に隊長陣は揃っている。

 数で言えば俺が入ったほうが5対5でちょうどいいのだが、それだと模擬戦を始める前からフォワード達の心が折れかねないだろう。

 

「はい、じゃあ今日はここまで」

「全員、防護服解除」

「「「「「は……はい」」」」」

 

 余裕のある隊長陣と地面に座り込んでいるフォワード達という光景を見れば、大抵の人間が予想出来たことだろうが、結果を言えばフォワード達は隊長陣に一撃入れることが出来なかった。

 とはいえ、何も出来ずに終わったということはなく惜しい場面は多々あった。特に最後の方はフォワード側のシフトが上手く行っていれば一撃入れられていただろう。

 

「惜しかったな」

「うん、あともう少しだったね」

「最後のシフトが上手くいってたら逆転できたのに」

「あー悔しい」

 

 どうやら実際に戦った隊長陣もフォワード達も俺と似た感想を持っているようだ。

 

「悔しい気持ちを忘れないうちに今日の反省レポート書いて提出な」

「少し休んでクールダウンしたら上がろうか。お疲れ様」

 

 なのはの言葉にフォワード達は疲労の混じった声でだが、可能な限り大きな返事をした。出動があっても動けるくらいの体力は残っているようだ。まあそうなるようにトレーニングメニューを組んでいるのだが。

 

「ショウくん、その微妙な視線は何なのかな?」

「そうやって毎度のように絡んでくるのやめてほしいんだが?」

「絡むとか人聞きの悪いこと言わないでよ。というか、ショウくんが何か言いたそうな目で私を見るのが悪いんでしょ」

 

 確かに俺にも原因はあるだろう。

 だがしかし、俺が見ていたからといってすぐに悪いことを考えていると考えるなのはにも問題はあると思う。

 

「それで今回は何を考えたの?」

「お前の作るトレーニングメニューに感心してただけだ。よくもまあ毎度毎度限界ギリギリをきっちりと見極めたものを作れるなってな」

「それって褒めてる? それとも貶してる?」

「それはお前の受け取り方次第だな」

 

 褒めてると言っても貶してると言っても、言葉は違えど同じような流れになるだろう。ならば濁した方がいい。

 にしても……微妙な笑みを浮かべるのやめてもらえないだろうか。怒るなら怒るで普通に怒ってほしいんだが。何でなのはは怒ると、いかにも怒ってますよ的なオーラを出しながら笑みを浮かべるのか。俺はともかくフォワード達にやったら泣かれてもおかしくないというのに。

 

「お前らも本当飽きねぇよな。トレーニングする度に似たような会話してよ。夫婦漫才的なことは他のところでやってほしいもんだ」

「ちょっヴィータちゃん、別に夫婦漫才的なことしてないよ!」

「そうだぞヴィータ。夫婦的なことで言えば、エリオ達のことをショウに話している時のテスタロッサの方が上だ」

「シ、シグナム、何を言ってるの!? べべ別に私とショウはそういうんじゃ……!」

 

 どちらかといえば、今行われているやりとりのほうが夫婦漫才ではなかろうか。まったく模擬戦が終了して間もないというのに元気な隊長陣である。こんな隊長陣の下で働くフォワード達はある意味不運かもしれない。

 そのように思いながらフォワードの方へ意識を向けると、ある程度動けるようになったらしくクールダウンを始める姿が見えた。日に日に余力が残るようになってきているので、六課の試験が終わる頃には隊長陣と同じくらいの体力は付いているかもしれない。

 

「……ん?」

 

 訓練風景を眺めていたメカニック組に不意に視線を向けてみると、誰かと挨拶を交わしているようだった。特にマリーさんはその人物に困惑した感情を抱きつつ挨拶をしている。

 あの髪色と背丈からしてヴィヴィオか。知らない相手にも挨拶できるようになったのは嬉しいことではあるが……子供相手に少し慌てているマリーさんに意識が持っていかれるな。

 なのは達から聞いた話だが、なのははヴィヴィオの保護責任者になったそうだ。フェイトも後見人として関わっているらしく、まあふたりはヴィヴィオにとって母親代わりということになる。

 ヴィヴィオの出生を考えるとなのは達の気持ちも分からなくもないが、彼女は六課が携われる事件にも深く関わっている可能性がある。

 もしも今後何かしら起きた場合、なのは達は感情だけに身を任せることなく行動することができるだろうか。個人的には深い繋がりを持ってほしくはなかったのだが……今更どうにもできないし、もしものことが起こらないようにすればいいだけか。

 余談になるが、なのは達がママと呼ばれることについては少しばかり思うところはある。

 何故なら俺達はまだ19歳なのだ。ヴィヴィオくらいの子供が居るとなると、中学生くらいの歳で出産していることになる。そこが違和感を覚える理由だろう。まあフェイトが何年も前からエリオやキャロの保護責任者になったりしていたので、ママという呼び方に違和感があるだけなのだが。

 

「ママー!」

 

 マリーさん達に挨拶の終えたヴィヴィオがこちらに駆け寄ってくる。ヴィヴィオが元気な声で呼んだこともあって、なのはやフェイトだけでなく他のメンツも彼女に意識が向いた。

 

「あ、ヴィヴィオ」

「危ないよ、転ばないようにね」

 

 フェイトが注意を呼びかけたが、ヴィヴィオは返事をした直後に盛大に転んでしまう。心配性かつ過保護な面を持つフェイトはすぐさま駆け寄ろうとするが、それをなのはが手で制した。

 

「大丈夫、地面柔らかいし綺麗に転んだ。怪我はしてないよ」

「それはそうだけど……」

 

 なのははその場にしゃがみ込むと、優しい声色でヴィヴィオに話しかける。どうやら自分からは近づかず、ヴィヴィオに立ち上がらせて自分のところまで来させるつもりらしい。

 すぐに甘やかしてしまうフェイトもどうかと思うが、なのははなのはで厳し過ぎやしないだろうか。

 まあ子供のことを考えれば正しい行為ではあるのだろうが、今にも泣きそうな相手に躊躇なく実行できるとは……このへんは育った環境の影響が強いのかもしれない。

 いや待てよ、なのはの家の人達はなのはに優しいというか甘い方だったような。なのはは末っ子のはずだし。……まあいい、俺はヴィヴィオの保護責任者じゃないんだ。育て方にどうこう口を挟むのは間違っているだろう。

 

「ママ……」

「うん、なのはママはここに居るよ。だからヴィヴィオ、自分で立ち上がってみようか」

「うぅ……」

「おいで」

 

 声や表情は優しいけども……かえってそれが怖くもあるな。フォワード達の扱き方を見て鬼教官みたいだなと思うことがあるが、もしかすると子育てにおいてもそういう一面を見ることになるかもしれない。

 多分なのはと結婚する奴は尻に敷かれるだろう。士郎さんや桃子さんみたいになるのは難しいかもな。いつまでも新婚気分で居られるのも子供は思うところがあるかもしれないが。

 

「なのはダメだよ、まだヴィヴィオ小さいんだから」

 

 なのはに言われて我慢していたフェイトだが、限界が来てしまったようでヴィヴィオの元に駆けて行ってしまった。

 フェイトはヴィヴィオを抱え起こすと、服に付いていた草木を落とす。フェイトが来てくれたことでヴィヴィオにも安堵といった感情が芽生えたのか、先ほどよりは涙が収まっているように思える。

 短い時間ではあるが、ある意味なのはとフェイトが面倒を見るのは理に適っているのかもしれない。最もなのはとフェイトを足して2で割ったような人間が面倒を見ればひとりで済むのだろう。

 

「フェイトママ……」

「大丈夫? ヴィヴィオが怪我でもしちゃったらなのはママもフェイトママも泣いちゃうから気を付けてね」

「ごめんなさい」

「もうフェイトママ、ちょっと甘いよ」

「なのはママは少し厳しすぎです」

 

 ……何だろうかこの感情は。昔からあのふたりは一線を越えそうな雰囲気を出すことがあったわけだが、今の光景を見ていると夫婦のようにも見えかねない。なのはが男だったら、なんて考えは身の危険を招きかねないので放棄することにしよう。

 

「ショウもそう思うよね?」

「いやいや、私は普通だよ。フェイトちゃんが甘いんだって、ねぇショウくん?」

 

 フェイトが甘いのは認めるが、なのは……お前を普通にしたら世の中の子供はみんなしっかりとした子供になってると思う。俺の育った環境は一般的ではないし、本格的な子育ての経験もないから断言は出来ないけど、お前は厳しい方だと思うぞ。というか

 

「何でここで俺に話を振る? 俺はヴィヴィオの何なんだ?」

「パパ」

「……は?」

「パパ」

 

 …………。

 ………………パパ?

 何だかとんでもないような言葉を耳にしたような気がするが、こういうときこそ冷静に対応しなければ。まず俺のことをパパと言った人物だが、それはなのはでもなければフェイトでもない。フェイトの腕の中に居るヴィヴィオだ。彼女の視線が真っ直ぐこちらに向いていることからも間違いない。

 加えて、俺が聞き間違ってしまった可能性だが……ほぼ間違いなくそれはありえない。何故なら俺だけでなく、なのはやフェイトまでも驚愕しているからだ。

 いや驚愕しているだけならまだいい。あのなのはでさえ恋愛というものを理解できるようになっているのだ。俺がパパ扱いされるとなると、必然的に周囲からはママと呼ばれる人間とそういう関係に見られるわけで。想像するだけでも何とも言いがたい恥ずかしさが込み上げてくる。故に背後に居るフォワード達の顔は見たくない。

 

「なのは、フェイト……どういうことだ? 俺は保護責任者にも後見人にもなった覚えはないんだが」

「いやいやいや、私達もした覚えはないよ。自分達がママだよ、とは言ったけど!?」

「う、うん。もももしそういうことになるのなら事前にショウに相談するし!?」

 

 ふたりのうろたえ方からして俺をパパ扱いすると決めたのはヴィヴィオの独断。もしくは……俺らが不在の時に彼女の面倒を見てくれている寮母のアイナさんが、なのは達がママなら俺がパパだろうと思って吹き込んでしまったのかもしれない。

 

「ねぇショウくん、何だか取り込んでるようだけどちょっと聞いてもいいかな?」

「マリーさん、出来ることならあとにしてもらいたいんですけど……ここで聞いておく必要がありそうなので聞きましょう」

「ありがとう。……この子はなのはちゃんとフェイトちゃんの子?」

 

 それはどっちの意味で聞いてるんですかね。ふたつの意味に取れるだけに返答に困るんですが。

 

「いいですかマリーさん……一般的に考えてください。なのはもフェイトも女です」

「だ、だよね。それを聞いて安心したよ、ショウくんとフェイトちゃんの子供か」

 

 マリーさんは納得と言わんばかりの顔で笑っているが、俺やフェイトはそれどころではない。なのはとフェイトの子供だという考えを信じそうになったこともさることながら、それ以上に危ない発言をしてくれる。確かに髪色やら人間関係から考えればその組み合わせが最も合理的だとは思うが。

 

「ななななな……!?」

「フェイト落ち着け、俺が話す。マリーさん、落ち着いてください」

「え? 私は至って落ち着いてるよ。ヴィヴィオって子が誰の子なのかもはっきりしたし」

「いやそこで盛大に誤解してますから。いいですか、俺とフェイトの年齢をよく考えてください。ヴィヴィオが2歳くらいならまだ分かりますが、今のヴィヴィオは6歳ぐらいの背丈ですよ」

 

 もし仮に俺とフェイトの子供だとすると、ヴィヴィオが生まれたのは俺達が中学生頃のことになる。あの時代にそんなことになっていれば、こうしてこの場に居る可能性は極めて低いだろう。

 

「あ……」

「分かってくれました?」

「ショウくん達……苦労したんだね。言ってくれれば何でも力になったのに」

「勝手に人の過去を捏造しないでくれますか。俺もフェイトも普通に学生生活送ってましたから。というか、仮眠を取ったらどうです?」

 

 下手をすると寝起きの義母さんよりもひどいんだが。1番怖いのは今したような発言を他の場所でもされることなのだが。

 なのはやフェイトは世間でも認知されている魔導師。恋人が居るくらいならまだしも、子供まで居るとなれば注目を集める可能性は高い。

 いや……まあスキャンダル的なことはまだ対応できる。問題なのはこういうことにグイグイと首を突っ込んでくる友人や親達だ。

 特に高町家からもハラオウン家からもこれまでに冗談とはいえ、うちの娘をもらってくれたらなんて話が出たことがあるだけに……桃子さんやリンディさんは義母さんとも親しいし、積極的な部分があるから考えるだけで頭が痛くなってくる。自分達の相手くらい自分達で決めさせてほしい。

 

「だいじょうぶパパ? あたま痛いの?」

「大丈夫だ……ところでヴィヴィオ、ひとつお願いがあるんだが」

「なに?」

「俺をパパって呼ぶのはやめてくれ」

「ぇ……うぅ」

 

 とりあえずパパ扱いされるのは今後改善するとして、パパという呼び方をどうにかしようとしただけなのに泣かれそうになるとは。

 俺はなのはほど泣いてる子供相手に強く言えないんだが……かといって、パパ扱いされるのは今後のことを考えると困るわけで。

 

「エリオ達みたいにお兄さんくらいにしてくれると助かるんだが?」

「パパはパパ……パパだもん」

「……なのはにフェイト、保護者としてどうにかしてくれ」

「いっそのこと、どっちかと籍を入れちまえばいいんじゃねぇの」

「もしくは第三者とそのような関係になるかだな」

「お前ら、他人事だからって楽しむんじゃねぇよ」

 

 

 



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第22話 「大人達と子供達」

 どういう経緯でそうなったのかは分からないが、ヴィヴィオの中で俺は『パパ』という認識になってしまっている。それを変えてみようと試みたものの泣きそうになるほど頑なに拒むので、しばらくは毎度のように説明することにした。

 せめてもの救いは周りの人間の多くが俺とヴィヴィオの関係をちゃんと理解してくれていることだ。なのはとフェイトの子供だとか、俺とフェイトの子供だとか誤解しそうになったマリーさんもシャーリー達が説明してくれたおかげで理解してくれている。

 とりあえず……ヴィヴィオに間違った認識を植えつけた可能性のあるアイナさんとは後で話しておこう。

 そんなことを考えながら俺を含めた六課メンバーは食堂へと向かう。前線の隊長陣にギンガを加えたフォワード達、マリーさんやシャーリー。そこに途中で部隊長であるはやてやシャマルも合流したため、いつにも増して団体行動である。

 

「えへへ」

 

 周囲から様々な会話が聞こえてくる中、俺はヴィヴィオの面倒を見ている。といっても、手を繋いで一緒に歩いているだけなのだが。これといって何もしていないのに懐かれているのが不思議でならない。

 

「今日のヴィヴィオはずいぶんとご機嫌やな」

「パパと手を繋げてるから嬉しいんだろ」

「なるほどなぁ……何だか私だけみんなに置いてかれてる気分や」

 

 そういうことを言うんならその面白がっていそうな顔をやめろ。ヴィヴィオくらいの子からパパって呼ばれる年齢でもないし、なのはやフェイトとの関係に疑問を持つ人間だって出てくる可能性があるんだから面倒臭いんだぞ。

 そのようなことを考えてしまった故か、俺の視線は自然とはやてからなのは達の方へ移っていた。こちらの視線に気が付いた彼女達の表情は強張る。

 

「な、何かなショウくん?」

「え、えっと……疲れてるならヴィヴィオの相手変わろうか?」

「いや別にこのままでいいけど」

 

 個人的には、その妙に俺のことを意識してます感をやめてほしい。

 そりゃあ……パパママ扱いされれば夫婦みたいだなって考えるのは分かる。俺だって考えてしまったから考えるのをやめろとは言わない。異性と全く思われないよりは意識してもらっていたほうが良い。

 だがしかし、会話に支障が出そうなほど意識されるのも困る。

 こっちだって余計に意識しそうになってしまうし、もう学生じゃなくて社会人なのだ。仕事でミスでもすれば個人の問題では済まない場合もある。

 

「ショウさんも大変よね……」

「そうだね。子供の面倒って意外と大変だから」

「いやそういう意味もあるけどそうじゃなくて……あんたって本当あっちの方面には頭が回らないわよね」

「エリオくん、ティアナさんの言ってる意味分かる?」

「え……そ、その僕やキャロにはまだ早いんじゃないかな。もう少し大人になってからの話だろうし」

 

 フォワード達は……まあ変な質問をしてくることはあるまい。きっとティアナあたりが止めてくれる。

 それとエリオ……言っていることは正しいとは思うが、大人になったからって友人からいきなり夫婦みたいに段階を飛ばした状況には滅多にならないと思うぞ。恋人関係にあったのなら現状のようなパパママ事件が起きる可能性はあるが。

 

「パパ、おなか空いた」

「はいはい……俺は君のパパじゃないんだけどな」

「なにか言った?」

「何でもない」

 

 子供の相手は同年代より慣れていると思っていたのだが、どうにもこの子の相手は苦手だ。

 いや……苦手というより相性が悪いというべきか。何だかんだで俺が相手をしてきたのは、ある程度精神的に成熟してる子だったから。エリオやキャロ……それにヴィータとか。ヴィヴィオのように自分の感情に素直な子は経験不足だ。まあヴィヴィオのように感情をすんなりと出すのが子供らしいのだが。

 ヴィヴィオを連れた状態で食堂に辿り着いた俺だったが、不意に連絡が入ってしまったのでなのは達にヴィヴィオを預けて先に行かせる。

 

「……誰かと思ったら義母さんか」

『ずいぶんな言い方をしてくれるね。反抗期というやつかな』

 

 これが世の中で言う反抗期というものだったらどれだけ世界は平和なことか。まあ適当な言い回しは昔からだし、あまり会話を長引かせるとヴィヴィオあたりが呼びに来る可能性もあるので気にせず話を進めるとしよう。

 

「用件は?」

『……久しぶりに話すというのにつれないな。きちんと時間を弁えて連絡しているというのに……もしやお邪魔をしてしまったかな?』

 

 確かに休憩時間に連絡をよこしてきたあたり……と思いもしたが、どうしてこうも俺の義母親はこのような言い回しばかりするのだろうか。

 ……なのはから度々いじわるだとか言われるが、俺の言動の根源には絶対この人が影響を与えてるよな。義母さんの知り合いからは、最初はともかく話してると似てるって言われることがあるし。義母さんのようなダメな大人になっていってるつもりはないんだけどな。

 

「……用件は?」

『そう私の相手をするのは疲れる……みたいな反応をしないでくれ。私達は親子じゃないか』

「ひとりじゃまともに炊事や洗濯ができない親を持ってる身にもなってくれ」

 

 学生時代はよかったが、今はなのは達のように六課の隊舎で生活しているので義母さんの面倒を見ることはできない。俺よりも顔を合わせる機会が多いシュテルやユーリがたまに面倒を見てくれているらしいが、最も義母さんの面倒を見てくれているのはディアーチェになる。

 俺やなのは達は中学卒業を機に魔法世界中心の生活を始めた。が、ディアーチェは地球に残って勉学に励み、今はアリサ達と同じ大学に通っている。

 彼女の住んでいる場所は今も変わらず地球にある俺の家。つまり、その恩を返すということもあって義母さんの面倒を見てくれているというわけだ。

 

「ディアーチェに結構申し訳ないと思ってるんだからな」

『それは私も同じ意見を持っているし、何度か私の面倒を見る必要はないよと言ったさ。けれど彼女は頑なに聞こうとしないからね』

 

 俺も何度か言ったことがあるが、返ってきた答えは義母さんと同じもの。ディアーチェの性格的にタダで住まわせてもらうことには抵抗があると分かっている。故に彼女がそれで良いのなら、と俺や義母さんも考えてしまうのだろう。

 

『まあそれに……彼女は嫁として申し分ない能力も持っているし、君と結婚してしまえば世間的に疑問も抱かれはしなくなるだろう。リンディには孫は良いと惚気られることがあるし、私ももうイイ歳だからね。早く孫の顔が見てみたいものだよ』

「地球で考えれば俺はまだ成人もしていないし、大学に通ってるか社会人になって間もない年齢なんだけど?」

『恋愛に年齢は関係ないものだよ。故に君の年齢で子供が居てもおかしくはない』

 

 否定はできないが、研究ばかりして灰色の青春しか送ってこなかったであろう義母さんに言われても説得力がない。

 義母さんが誰かと結婚をして家庭を築くのは別に構わない。ダメな部分が多い人だけど幸せにはなってもらいたいし。……20年近く歳の離れた弟か妹が出来るのは違和感があったりするけど。けどそういう未来はないだろうな。完全に孫の顔を見る……息子の幸せが自分の幸せになってしまってるみたいだし。

 

「はぁ……これから食事だし、みんなが待ってるかもしれないから今はこのへんにしてくれないか?」

『ふむ……まあ君にも君なりの付き合いがあるだろうし、みんなと言っているが特定の人物との食事かもしれないからね。その人物が将来的に身近な人間になる可能性を考えると、ここは素直に君の提案を聞き入れた方が賢明かな』

 

 最初の一言以外が蛇足でしかない。とはいえ、ここで迂闊にツッコめば会話を切るタイミングを逃してしまう。それを考えるとここはスルーする他にないだろう。

 

「悪いけどそうしてくれ」

『分かった。けれど最後にひとつだけ……この前言っていたパーツを私の代理が持って行っているから受け取ってほしい』

 

 そう言って義母さんからの連絡は終わる。

 用件はないが家族が話すのに理由は要らない、と言いたげな感じで話していたと思うのだが、ちゃんと用件があるではないか。

 まあ今日とは言っていなかったし、急ぎのものでもないのだろうが。……すでにこっちに向かってるとも取れるような発言をしていたような。

 

「……今は気にしないでおこう」

 

 誰が来るのかは分からないが、義母さんの代理で来るのならば六課には問題なく入れるだろう。可能性としてはシュテルか、彼女よりも義母さんの手伝いをよくしていると聞いているユーリあたりが高い。

 もちろんレヴィという可能性もあるが……可能性の話をすれば顔見知りから初対面の人間まで考えられるだけにそのときになってから考えるのが賢明か。

 そう思った俺は止めていた足を再び動かし始め、カウンターの方へ向かう。もちろんもらうのはヴィヴィオ用の子供向けメニューでもなく、スバルやエリオのような大食い用のものでもない。至って他の隊員と変わらないパンを主食とした食事だ。

 

「パパーこっち」

 

 ヴィヴィオは俺を見つけると同時に手を振って自分の方へ来てほしいとアピールをしてきた。

 俺の姿を見る前の姿は今にも俺のことを迎えに行きたそうにソワソワしているように見えたので、義母さんとの会話をあのタイミングで切ったのはベストだったと言える。単純に目の前に置かれているオムライスを俺が来るまで食べられなかった、という可能性も否定できない。

 ヴィヴィオの居るテーブルにはなのはとフェイト……他はフォワード+ギンガに八神家で座っている。マリーさんやシャーリーは何やらふたりで話しこんでいるようだし、常識的に考えてヴィヴィオのところに座るしかないか。

 なのはとフェイトがヴィヴィオを挟むようにして座っているため、俺はヴィヴィオの向かい側くらいの位置に腰を下ろす。するとヴィヴィオの意識は俺からオムライスに移ったようで、元気に食前の挨拶をすると食べ始めた。

 

「ヴィヴィオ、よく噛んでね」

「うん」

「ショウくん、誰からだったの?」

「義母さんだ」

 

 親への愚痴をここで言うのも悪いので、仕事に必要なパーツを代理人が届けてくるかもしれないとだけ伝える。

 

「そっか……マリーさんがうちに来てるのは別件だし、可能性としてはシュテルが高いのかな」

「普通に考えればそうだな。まあレヴィやユーリって可能性もある」

 

 ユーリは自分の研究をしながらも義母さんの手伝いをしているらしいし、レヴィはあちこちに顔を出していると聞いている。

 まあ主に顔を出しているのはシュテルのところだろう。新型のカートリッジや補助システムを搭載したデバイスのテストを行うのがメインだって前に言っていたし。

 

「しっかしまあ、子供って泣いたり笑ったりの切り替えが早いわね」

「スバルの小さい頃もあんなだったわよね」

「え……そ、そうかな?」

 

 誤魔化そうとしているが、頬が赤くなっていることからして図星なのだろう。

 スバルの奴……小さい頃の話をされて照れるあたり、大人に向かって変化しているということか。大人になっても今ある真っ直ぐな部分は失ってほしくないものだ。

 

「リインちゃんもそうだったわね」

「えー、リインは割りと最初から大人でした」

「嘘を吐け」

「体はともかく中身は赤ん坊だったじゃねぇか」

 

 リインは騎士達の言葉に自分ひとりでは反論できないと判断したらしく、味方になってくれるであろうはやてに声を掛ける。が、はやてもリインの成長過程を知っているだけに素直に味方はできないようで、「どうやったかな」とぼかした返事をするだけだった。

 

「うー……ショウさん、ショウさんなら分かってくれますよね! リインは大人でしたよね?」

「何で俺に振る?」

「何でってショウさんはリインの家族も同然じゃないですか。昔からリインを含めてはやてちゃん達と仲良しですし、何たってわたしの生みの親のひとりなんですから。言ってしまえば、わたしのパパとも呼べる存在なんですよ!」

 

 確かにリインの開発に携わりはした……が、何でパパという表現まで使う必要があるのだろうか。もしかしてヴィヴィオに対して思う部分が……。

 いや、リインは甘えん坊なところはありはするが稼動を始めて間もないわけじゃない。最初は赤ん坊のようなところもあったが、今ではひとりでも仕事ができるくらいに知能は発達している。子供相手に嫉妬のような感情を抱く可能性は低いはずだ。

 

「はやてちゃんが助けてくれないなら頼るのは当然です!」

「ならはっきり言うが……俺はヴィータ達側だぞ。今のリインはまだしも昔のリインを対象にされると否定できないし」

「そんなぁ……リインに味方はいないんですか。ぐす……」

「まあまあリイン、そう落ち込まんと。誰だってそういう時代を経て大人になっていくんや。私に子供が出来る頃には誰もリインを子供扱いせんやろうし、ちゃんと子育て手伝ってな」

 

 家の主だけあって、こういうときのフォローの仕方は心得ているようだ。

 こういう落ち着いた言動を見ているとこいつも大人になったんだなって思うな。いつまでも人のことをからかって面白がる奴じゃないってことか。

 一般的に嬉しいことではあるが、考え方によっては心配にもなる。ただでさえはやては部隊長という立場であるため、俺達よりも苦労がある身。また彼女はひとりで抱え込んでしまうタイプでもある。

 子供の頃ほど一緒に居る時間が長いわけでもないし、組織の中に身を置いて10年も経っているだけに昔よりも心を隠すのが上手くなっている。精神的に成長して言動が大人になっているだけならいいが、そうでない場合……。

 

「分かりました。ショウさんとの子供が生まれた際は頑張ってはやてちゃんのことをサポートするです!」

「えっとリイン、やる気を出してくれるんはありがたいんやけど……今のところ私がショウくんの子供を生む予定はないで。というか、変な噂が立つと面倒なことになるかもしれへんからそういう発言は控えてな」

 

 部隊長としての発言なのか、それとも一個人としてからかわれたくないから言ったのか。はたまたヴィヴィオによって生じるかもしれない誤った関係をさらに悪化させない気遣いからか……何にせよ、こちらに都合が良い発言だったのは確かだ。ここは大人しくはやてに任せることにしよう。

 

「騒がしいからもしやと思ったが、やはり貴様達であったか」

 

 後方から聞こえたはやてに酷似した声に俺の意識は自然と向く。

 立っていたのは白いジャケットに黒のスカートと私服姿のディアーチェ。中学卒業を気に髪を伸ばすことにしたらしく、今ではセミロングほどの長さになっている。

 ディアーチェは知人にはやてのそっくりさんとして認識されていたが、はやてが可愛い系ならば彼女は綺麗系に成長した。瞳や髪の色もはやてとは違うので、今では間違われる可能性は低くなっているだろう。

 周囲のメンツもディアーチェの存在を認識したらしく、ある者は久しぶりの再会に喜びの声を上げ、ある者ははやてがもうひとり!? といった意味合いの声を漏らす。

 

「義母さんの代理ってお前だったのか」

「うむ、シュテル達に用があってな。そのついでにレーネ殿の様子も見に行ったのだ……その流れでな」

「そうか……悪いな」

「気にするな。我が自分から進んでやると言ったのだ……それにここに来れば、貴様だけでなく他の者の顔も見れると思ったのでな」

 

 なのは達に向けるディアーチェの目は優しくもあり実に喜んでいるように見える。シュテル達とは度々顔を合わせる機会があるが、今六課に居るメンツとは今回のようなケースでもない限り難しいだろう。

 久しぶりにディアーチェの顔が見れて嬉しい。

 そのような感情を抱く人間も多かったため、場に穏やかな空気が流れ始める。が、それもある人物が声を発したことで一気に砕け散る。

 

「ねぇパパ、この人だれ?」

「ん? あぁこの人はだな……」

 

 ヴィヴィオだけでなくフォワード達にも説明しようとしたところ、不意に肩に手を置かれた。首だけで振り返ってみると、俯いた状態のディアーチェが静かに立っている。嵐の前の静けさのようなものを感じずにはいられない。

 

「ショウ……今のは我の聞き間違いか? この娘が貴様のことをパパだと言ったような気がするのだが」

「いいかディアーチェ、落ち着いて聞け。断じて俺はこの子のパパではない」

「違うもん、パパはパパ。ヴィヴィオのパパだもん!」

 

 これ以上否定すれば泣きかねない雰囲気で必死に言うヴィヴィオ。普段の状態のディアーチェならば誤解せずに理解してくれるだろうが、今感じる雰囲気からしてスイッチ的なものが入っていそうなので俺は頭を悩ませる。

 

「えっとだな……」

「あのねディアーチェ、この子は」

「フェイト、貴様の娘か?」

「え、あっうん」

 

 フェイト……説明しようとしてくれた気持ちは嬉しいが、完全にこの流れは逆効果だ。

 今回の場合、なのはが説明したほうが絶対に良かった。なのはも自分が行くべきだった、と思っているのか顔を手で覆っているし……。

 

「ただ私は後見人でなのはが……」

「貴様達は何を考えておるのだ!」

「え、な、何が!?」

「何が、ではないわ! わ、我は貴様達がそのような関係になったとは聞いておらぬぞ。こここ恋人という関係くらいならば……まあ周囲に黙っておくのも分からなくもない」

「ちょっディアーチェ、何か誤解……!」

「しかし、娘がいるということは……そ、その…………あんなことやこんなこと……をするほど深い仲になったということなのだろう。結婚も視野に入れておるはず……レーネ殿にもそのような話は行ってはいないようだし、貴様達はいったい何を考えておるのだ!」

 

 からかわれて取り乱す過去の姿が重なって見えるが……何だか昔よりもひどくなっているような。まあ結婚や子供を産むといったことを、より現実的に考えられる年齢になっているのでおかしくはないが。ただ早く誤解を解く必要がある。

 そう考えた俺はディアーチェに声を掛け続け、どうにか落ち着かせることに成功した。ヴィヴィオのことを説明すると、彼女は早とちりで色々と発言してしまったと顔を真っ赤に染める。

 

「まあまあ王さま、人間誰だって失敗するもんや。あんまり気にしたらあかんよ」

「こういうときに優しい言葉を掛けるでない。余計に気にしてしまうであろうが……というか、貴様にそのような言葉を掛けられると寒気がする」

「ちょっ、それはひどいんやない。私だってもう昔の私やないんや。時と場所はちゃんと考える」

「まあ貴様も……って、その言い方は機会があればからかうと言っておるだろ! 小鴉も成長もしたのだな、と思った我の気持ちを返せ!」

 

 はやてとディアーチェの言い争う? 姿に俺を含めた隊長陣は懐かしさを覚えるが、フォワード達は呆気に取られてしまっている。同じ顔の人間が口だけとはいえ喧嘩しているのだから分からなくもない。ただ俺達と前から付き合いのあったエリオだけは大丈夫のようだ。

 

「あっ……ヴィヴィオ、ピーマンも残さず食べなきゃダメだよ」

「うぅ……にがいのきらい」

「ちゃんと食べないと大きくなれないんだからね」

「そうやなぁ……あまり好き嫌いが多いとママ達みたいに美人になれへんよ。なあ王さま」

「うむ、栄養が偏るのは良くはない。好き嫌いせずバランスの良い食事をすることが大切だ。……とはいえ、子供の味覚は我々とは違うからな。無理強いするのも良くはないのだが……って、まだ話は終わっておらぬわ!」

「ちょっ王さま、私も食事中なんやからあとにして!」

 

 ……日に日に六課主要メンバーから威厳というものが消えて行っているような気もする。まあ仕事をするのが息苦しい環境よりはマシだろうが。それにちゃんと仕事をする時はするメンツだ。オンオフが切り替えられていると思っておこう。

 ちなみにこれは余談になるが、どうやらキャロも嫌いというか苦手なものがあったらしく、エリオに食べてもらおうとしていたようだ。なのは達の言葉を聞いて自分で食べることを選んだようだが。そういう部分があるあたり、大人びたところがあっても子供ということか。

 

「ねぇパパ……ピーマン食べて」

「ショウくん、食べちゃダメだよ」

「うん、好き嫌いの多い子に育つのはダメだから」

「はいはい……お前達の子育てに意見するつもりはありませんよ。ただ……ヴィヴィオ、ちゃんと食べられたらあとでお菓子作ってやる。だから今はママの言うこと聞いとけ」

 

 

 



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第23話 「守るべきもの」

 9月11日の午後7時10分頃、俺達ははやてに呼び出された。理由は至極単純、明日は時空管理局地上本部の公開意見陳述会が行われるからだ。

 開会されるのは明日の14時からではあるが、警備はすでに始まっており、そのためなのはとヴィータ、リインそれにフォワード4名はこれからナイトシフトで警備に着くことになっている。はやてにフェイト、シグナムは明日の早朝から警備に着く予定だ。

 ちなみに俺はというと、形式上隊長格にはなっていないがロングアーチの副隊長のようなものであるため、明日はやて達と同じタイミングで警部に着くことになる。機動六課以外からも警備を任されている人間は多く存在しているが、何かあっては困るだけに警備が居て困ることはない。それがたとえ過剰戦力だと思われるほどの人材が居たとしても……。

 先日はやてから聞いた話では、今回の公開意見陳述会があの予言の重要なポイントになっているらしい。予言が絶対的に未来を示しているわけではないが、ここを無事に終えられれば今後の流れが好転する可能性が高くなる。それだけに気を抜くことは出来ない。

 

「さて……事前に説明はしてたけどなのは隊長にヴィータ副隊長、リイン曹長にフォワード4名はこれからナイトシフトで警備開始や」

「みんなはこれから警備だけど、ちゃんと仮眠は取った?」

 

 フェイトの問いかけにフォワードやリインは元気な返事をする。表情を見る限り、眠気のありそうな者はいないのできちんと仮眠は取れていると思われる。まあまだ午後7時を回ったばかりなので、仮眠を取っていなくても眠気が来る者は少ないだろうが。

 

「私にフェイト隊長、シグナム副隊長、それにショウくんは明日の早朝に中央入りする。それまでの間よろしくな」

 

 それを機にナイトシフト組は出発のために、早朝組は見送りのために移動を開始する。

 これは現在のことにほぼ関係ないと言えることだが、どうして他のメンツには隊長だとか曹長だとか付けていたのに俺だけ普通にくん付けだったのだろうか。まあショウ特殊魔導技官なんて呼ばれるのもそれはそれで微妙ではあるが。

 そんなことを考えている間にも確実に足は進み、いつでも出発できるように待機していたヘリにナイトシフト組は順次乗り込んでいく。最後になのはが乗り込もうとした矢先、彼女は誰かの視線に気が付いたのか不意に振り返った。

 

「あれ? ヴィヴィオ……どうしたの? ここは危ないよ」

「ごめんなさいねなのは隊長。どうしてもママのお見送りするんだって」

「もうダメだよヴィヴィオ。アイナさんにわがまま言っちゃ」

 

 言葉としては厳しめではあるが、なのはの表情から言えば仕方がないなぁっと言いたげな感じにも見える。今後は不明だが現状では保護者の代わりを務めているだけに見送りされて嬉しいという気持ちもあるのだろう。ただ立場的に素直に出すわけにもいかないのだろうが。

 

「……ごめんなさい」

「なのは、なのはが夜勤でお出かけするの初めてだからヴィヴィオ不安なんだよ」

「あっ……そっか。ヴィヴィオ、なのはママ今日は外にお泊りだけど明日の夜にはちゃんと帰って来るから」

「絶対?」

「絶対に絶対。良い子で待ってたらヴィヴィオの好きなキャラメルミルク作ってあげるから」

「うん……パパのより美味しい?」

 

 毎度のことではあるが、どうしてヴィヴィオは突発的に俺のことを話題に盛り込むのだろうか。

 いやまあ今日に至るまでに何度かお菓子は作ってやったけれども……ただキャラメルミルクを作った覚えはないのだが。

 それに関してはなのはが作ってやっていたみたいだし、何より俺はヴィヴィオの保護責任者でもない。それに関わり過ぎるとなのは達との関係を本気で誤解する者も出てくるだろうし、ヴィヴィオはレリックを巡る事件に関わっている可能性が高いのだ。

 保護されている状態にある今は問題ないが今後の流れ次第では……それだけに距離感を詰め過ぎると精神的ダメージが強くなってしまう。そのときが来たとき、ママ代わりになっているなのはが心配ではあるが……いや、まずは今回の公開意見陳述会を無事に終えることを考えよう。これを無事に終えなければ、今後の流れが好転しにくくなるのだから。

 

「えっと……うん、パパよりも美味しいの作ってあげる。キャラメルミルクはパパにだって負けないんだから。だから良い子で待っててね」

「……うん」

 

 なのはがいなくなることへの不安は完全には消えていないように見えるが、ヴィヴィオはなのはと指切りを交わした。

 ヴィヴィオが納得したこともあって、なのは達は再度ヘリへと乗り込み始める。その際、なのはがパパとか言ってごめんねと念話で謝ってきたが、先ほどのような場合は仕方がない部分もあるので気にしないように伝えた。皆の搭乗が完了するとすぐさまナイトシフト組は出発する。

 

「…………さ、戻ろうヴィヴィオ」

「うん」

 

 ヴィヴィオはフェイトに手を引かれて部屋へと戻り始める。が、不意に足を止めるとこちらへ視線を向けてきた。

 

「フェイトママ、パパは?」

「え? えっとパパは……」

「戻るに決まってるだろ」

 

 今から9時間もすれば俺達も警部を始めるのだから。

 とはいえ、はやてあたりはまだ仕事が残っていそうなので当分は休むことができないだろう。部隊長を務めているだけに俺達以上にやらなければならないことは多いのだから。

 まあだからといって手伝えることは少ないだろうし、はやての性格的に手伝うといっても大丈夫だから休めと言うに違いない。俺に出来ることがあるとすれば、あとで差し入れでも持っていくくらいだろう。

 

「じゃあパパも一緒に行こう」

 

 と言って、今度はヴィヴィオがフェイトの手を引く形で俺に近づいて手を握ってきた。俺やフェイトは19歳とはいえ、体格的にはすでに大人。それだけにヴィヴィオを挟む形で手を繋ぎあっている今の構図は誤解が生まれてしまっても何らおかしくないだろう。

 俺とフェイトが昔から付き合いがあるというのは知っている人は知っているし、何よりフェイトの髪色が金色というのが不味い。そこがヴィヴィオが娘なのではないかという誤解を生んでしまう。

 しかし、ヴィヴィオの心境を考えるとなのはがいない不安を埋めようとしているとも考えられる。それに六課はヴィヴィオの現在に至るまでの経緯を知っているので誤解するものはほぼいないだろう。

 今日の分の仕事は終わっているし、個人的に任されているものもファラやセイが協力してくれたので慌てる状況ではない。しばらくはヴィヴィオに付き合うことしよう。

 

「分かった、一緒に行く。だからさっさと戻るぞ、ここは風が強いからな」

「うん。ねぇフェイトママ、今日はパパとフェイトママと一緒に寝たい」

 

 別にヴィヴィオはやましい考えなどは一切なく、ただ純粋に安心感を覚えて寝れるからそう言っただけなのだろう。きっと俺はなのはの代わりなのだ。つまり普段なのははママではなくパパをやっていることに……。

 なんてことを考えてどうにか冷静さを保てているが、一般的に考えて年頃の男女が一緒の部屋で寝るのは不味い。ヴィヴィオが居るのでふたりっきりというわけではないが……ある意味ではヴィヴィオが居るから不味いとも言える。

 

「えっと……あのねヴィヴィオ、さすがにパパと一緒は無理かな」

「なんで?」

「それは……その」

 

 あのなフェイト、顔を赤らめながら俺の方を見るんじゃない。お前が考えているようなことをするつもりは一切ないし、一緒に寝れない理由なんて色々と思いつくだろう。例えば夜遅くまで仕事があるから、とか。

 

「ヴィヴィオ、悪いけど一緒には寝てやれない」

「うぅ……なんで?」

「俺にもやらないといけないことがあるし……例えばお菓子作りとかな。ヴィヴィオが当分食べなくていいって言うなら話は別だけど」

 

 適当にでっちあげたように思えるかもしれないが、実際のところ六課に来てからはお菓子は基本的に夜に作っているのだから嘘ではない。そもそも早朝からフォワード達の特訓があり、休憩を挟んでまた特訓。これに加えてデバイス関連のこともやらなければならないのだから当然と言えるだろう。

 ヴィヴィオの表情を見る限り、かなり考えているように思える。俺と一緒に寝たいという気持ちもあるのだろうが、子供なだけにお菓子を食べたいという想いも負けないほど強いらしい。あと一押しすれば決着をつけられるだろう。

 

「ただ……ヴィヴィオが寝るまでは一緒に居る。だからフェイトママだけで許してくれ」

「……絶対寝るまで一緒に居てくれる?」

「ああ」

「……分かった。今日はフェイトママと寝る」

 

 完全に納得しているわけではないようだが、これでどうにか丸く収まっただろう。このあとフェイトとある意味気まずさのある時間を過ごさなければならないわけだが。慣れつつあるとはいえ、さすがにパパママ扱いしてくる子が居て意識するなという方が無理は話なのだから。

 というか……親扱いされなくてもフェイトみたいな美人と一緒に居たら普通に意識する。……いや、この言い方は正確じゃないな。いくら美人でも仕事で会っている相手とかよく知らない相手に異性意識は最低限しか持たないし。フェイトだから意識すると言うべきだろう。

 この言い方だとフェイトだけを特別意識しているように思うかもしれないが、他にもなのはやはやて、ディアーチェ達と昔から交流のあった相手は異性として意識している。だから誤解しないでもらいたい。

 まあ……昔なじみでも現状で言えばなのはにフェイト、はやてが他よりも意識しているとは思うが。だがパパママ扱いされている間柄や過去に告白された相手ということを考えれば仕方がないことだろう。

 

「あはは、パパさんも大変やな」

「パパじゃない、他人事だと思って楽しむな。今後のことを考えると笑い事じゃないぞ」

「そうやなぁ……確かにもしもフェイトちゃんと間違いでも起こされたら笑い事じゃなくなる。別に恋愛禁止や言うつもりはないけど、どこから構わずされるんはさすがになぁ。昔から付き合いがあるとはいえ、私はここの隊長やから問題になれば対応せなあかんし」

「安心してください主はやて。もしそのようなことになれば私がこいつを斬ります」

「真剣な顔で言うのはやめろ。お前が言うと本気で笑い事じゃなくなる」

「ふ、冗談だ。お前がそのような男ではないと知っている」

 

 だったら冗談に聞こえるように言ってほしいんだが。お前はただでさえ普段の立ち振る舞いや口調的に冗談を言うタイプには見えないんだから。

 

「あのなシグナム……からかうのはフェイトだけにしてくれ」

「何で私限定なの!? ただでさえシグナムは私をからかってくるんだからそういうこと言わないでよ」

「テスタロッサ、その言い方もどうかと思うがな。それではまるで私が頻繁にお前のことをからかっているみたいじゃないか」

「実際にからかってるよね?」

「さてな」

 

 とぼけるシグナムにフェイトは不満そうな表情を浮かべる。が、ふたりから感じられる空気に険悪さは皆無だ。まあ昔から気の合う間柄だっただけにこういうのも彼女達のスキンシップなのだろう。戦闘狂みたいな部分が同時に発動すると面倒なので、違った部分が似たほしかったと思ったりすることもありはするが。

 

「ねぇ戻らないの?」

「おっと、そうやったな。私らも9時間もすれば警備に出発やし、さっさと仕事片づけて早めに休まんと」

「そうですね。私の方で交代部隊には指示を出しておきます」

「うん、お願いや」

 

 そう言ってはやては一足先に戻り始める。俺とフェイトもシグナムに一声掛けてからヴィヴィオを連れて戻り始める。

 ちなみに余談になるがシグナムと別れる際にヴィヴィオも「おやすみなさい」と言った。それにシグナムは笑顔で「おやすみ」と返したわけだが……武人である彼女も子供には優しいらしい。まあ優しいからこそ彼女には口うるさい一面があったりもするわけだが。最近ではそうでもないが、昔はよくヴィータに小言を言っていた覚えがあるし。

 

「フェイトママ」

「うん?」

「パパの手おっきい」

「ふふ、うんそうだね。でも昔はパパも小さかったんだよ」

「ほんとう?」

「ああ。もちろんヴィヴィオのママたちもな」

 

 不意にヴィヴィオは俺達から手を放したかと思うと、自分の手を見つめ始める。

 

「……ヴィヴィオも大きくなる?」

「うん、大きくなるよ。そのためには好き嫌いせずに食べなきゃだけど」

「うぅ……」

 

 嫌そうな顔をするヴィヴィオをフェイトは優しく撫でる。六課で誰よりも子育てに慣れているだけにはたから見れば誰もが母親だと思うことだろう。

 だが……あくまでも今のなのはとフェイトは代理でしかない。なのははヴィヴィオを受け入れてくれる家庭を探してはいるらしいが、現状のヴィヴィオの様子からして仮に見つかったとしても納得するかどうか。なのはも説得しようとするだろうが、正直俺はなのはも大分ヴィヴィオに入れ込んでいるように思える。

 それだけにヴィヴィオが再び事件に巻き込まれた時が不安だ。いくらエースオブエースと言われているなのはも人の子。むしろ一般人よりも優れた力を持っているだけに責任を強く感じてしまって自分を責めたり抱え込んでしまうだろう。

 だからこそ、この子は守らないといけない。

 隊長陣に動揺があればそれはフォワードにも伝染しより悪い方向へ向かってしまう。予言に関連したことでそれが起きれば、更なる災難が俺達だけでなく世界中の人々に襲い掛かることになりかねない。

 それに……フェイトが言ったようにヴィヴィオはこれからどんどん大きくなる。大きくなって子供から大人へと変わっていくんだ。かつて多くの大人達に見守られて育った俺達のように。

 今の俺にどれだけのことが出来るかは分からない。

 けれど、ヴィヴィオのような年代の子供達には少しでも希望のある世界で過ごしてほしい。だからこそ、あの予言が実現するような事態にはしちゃいけない。そのためにもまずは明日の警備を無事に終えなければ……。

 

「パパ、どうかした?」

「何でもないさ」

「そっか。じゃあ戻ろう」

「ああ」

 

 

 



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第24話 「地上本部襲撃」

 明朝、俺達も地上本部へと赴き警備を開始した。

 フェイトやはやて、シグナムといった隊長陣はなのはと同様に内部の警備に。俺はなのはが内部警備に移ってふたりになっていたスバルとギンガに合流し、ヴィータと残りのフォワード達とは別グループで警備に入っている。

 

「何ていうか新鮮な組み合わせですね」

 

 唐突にスバルがそう口にしたが、まあ彼女の気持ちも分からなくはない。こちらのメンバーとしては先に警備に着いていたスバルとギンガ、そこになのはの代わりとして合流した俺。そして、俺の相棒達であるファラとセイなのだから。

 

「スバル、今は警備中なんだから無駄口叩かないの」

「まあまあギンガちゃん、別に何か起きてるわけじゃないんだし。それにあんまり気を張り詰め過ぎたままだと、いざという時に動けなくなるよ。抜ける時は抜いておかなくちゃ。ね、セイ?」

「そうですね。抜き過ぎるのは良くないですが」

 

 ファラに返事をするとセイはすぐさま周囲へ意識を向け直す。そんなにセイにファラはむすっとしか顔を浮かべるが、つれない妹に思うところでもあるのだろう。

 六課に居る時も基本的にファラはフォワード達の訓練データのまとめとかやって、セイはデバイス関連の仕事をやってたからな。まったく顔を合わせないとか会話がないということはなかったけど、割とすれ違いの毎日とも言える。

 まあそれは今に始まったことではないのだが。六課に来る以前はファラはシュテル、セイはユーリの手伝いで離れている時も度々あったのだから。故にファラとしてはその部分も少しでも埋めたいのだろう。セイにもその気持ちはあるとは思うが……性格的に仕事中は仕事を優先してしまうだろう。

 

「ファラさん達はスバルに少し甘いと思います」

「そうかもしれないけど、みんながみんな厳しかったらスバルちゃんも参っちゃうだろうし。それに……なのはちゃんの教導を見てると甘やかしたくもなるよ」

「ファラ、あまりそのようなことを言うべきではありませんよ。彼女のメニューは実に無駄のない内容なのですから……まああなたの気持ちも分からなくはないですが」

 

 デバイス達にさえこのように言わせるなのははある意味教導官の中の教導官なのかもしれない。今の話が彼女の耳に入れば、彼女はファラ達に文句を言ったりするだろうが。

 もしくは……俺に笑ってない笑みを浮かべて詰め寄ってくるかもしれない。そうなったら実に面倒である。あいつは俺のことをいじわるだとか強引だとか言うが、俺に対しても似たような言動をしているのだからお互い様なのではないだろうか。

 

「ショウさん、こんな感じで警備して大丈夫でしょうか?」

「まあ周囲への警戒はちゃんと持ってるみたいだし、多少のことは目を瞑るさ。さすがに会話に夢中になったら止めるが」

 

 エリオやキャロの方は一緒に居るのがヴィータなだけに油断せずに警備に集中しろとか言われてるだろうが、こちらに居るスバルとギンガは年齢的にあれこれ言わなくても問題ないだろう。

 まあギンガはともかく、スバルはずっと堅苦しい空気にしておくと空回りするというか逆に何かやらかしそうというのもあるのだが。

 とはいえ、このようなことを口にしてスバルのやる気が下がるのも困る。六課の方で和やかに過ごしている時ならば笑いの種になるだろうが……なんだかんだで何も言われなくても周囲への警戒を強めるあたり心配することもあるまい。そのように思った直後、ヴィータからの念話が聞こえてきた。

 

〔それにしてもだ……いまいち分からねぇ。予言どおり事が起こるとして内部のクーデターって線は薄いんだろ?〕

〔うん、アコース査察官が調査してくれた範囲ではね〕

〔そうなると外部からのテロだ。ただそうすると目的は何だよ?〕

〔うーん……〕

 

 念話をしてきたヴィータと彼女に返事をしたなのは以外の声が聞こえないあたり、どうやら今繋がっているのは俺を含めて3人だけらしい。

 他の隊長陣も混ぜたほうが良い気もするが、ヴィータが個人的に気になっていることについて話したいだけとも取れる。会話をする中で必要なものが出てくれば報告する方向性で考えておこう。

 

〔犯人は例のレリック集めてる連中……スカリエッティ一味だっけか?〕

〔うん〕

〔奴らだとしたらさらに目的が分からねぇ。局を襲って何の得がある……〕

 

 確かにスカリエッティ一味のこれまでの動きはレリックの収集が主だった。今回の公開意見陳述会にレリックが関連しているならばまだ分かる。が、今回話し合われることはレリックに関連した事件のことではなく、以前から本局と地上本部で論争が起きていた兵器アインヘリアルについてだ。

 

〔その疑問は最もだが……スカリエッティは兵器開発者でもある。自分の兵器の威力証明をしたいと思う可能性はゼロじゃない〕

〔確かに……管理局の本部を壊滅させられる兵器や戦力を用意できると証明できれば、欲しがる人はいっぱいいるだろうし〕

〔でもよ、威力証明なら証明できる場所はいくらでもある。わざわざここを狙うのはリスクが高すぎるだろ〕

 

 そう……スカリエッティは無策で事を進めるようなタイプではない。もしもそのようなタイプであるならば、奴はすでに身柄を拘束されているはずだ。わざわざここを狙う理由……あえて強大な戦力のある場所を狙うことで威力証明をしたいとは考えにくいだけに考えが読めない。

 

〔……まあ正直考えていても埒が明かない。俺達には奴らの情報が不足し過ぎてる〕

〔そうだね。今は私達に出来ることは信頼できる上司の命令をきちんと全うすること。余計なことか考えないで動こう〕

〔そうだな〕

 

 ヴィータの返事を機に念話は終了する。

 そのあとは俺達はそれぞれの担当になっている警備区域を巡回。何も起こることはなく時間は過ぎていき、気が付けば公開意見陳述会が開始されてから4時間ほどが経過していた。青かった空も今では赤く染まりつつある。俺を含めた外部警備担当の六課メンバーは集合し、同じ場所を警備していた。

 

「開始から4時間ちょっと……中の方もそろそろ終わりね」

「最後まで気を抜かずにしっかりやろう!」

 

 スバルの言葉にエリオにキャロ、フリードは元気に返事をする。その様子を俺は少し離れたところからヴィータ達と見ているわけだが、フォワード達に緩みはないようなのでこのまま行けば無事に警備は終わるだろう。

 

「そういえば……さっきからギンガの姿が見えないですけど、どこに行ったんですか?」

「ギンガなら北エントランスに報告に行ってるはずだ」

「まああいつなら心配いらねぇだろ。スバルだったなら話は別だけどな」

「ヴィータ副隊長、何もこっちを見ながら言うことないじゃないですか。確かにお姉ちゃんは私よりもしっかりしてますけど、私だって報告くらいできますよ!」

「うるせぇ、最後まで気を抜かずにやるんだろうが。しゃべってないで警備しやがれ」

 

 何とも切断力の高い言葉である。普段はスバルに厳しいティアナでさえ、落ち込んだ素振りを見せるスバルの肩にそっと手を置いている。スターズは何とも厳しい隊長達を持ったものだ。まあ厳しいのはそれだけ愛情があるわけだが。

 

「んだよ、その目は?」

「別に。お前の副隊長らしさを感じてただけだ」

「どういう意味だそれ。もしかして……あたしの見た目的に普段は副隊長らしくねぇって言いてぇのか?」

「誰もそんなことは言ってないだろ。今目の前に居るのが10年くらい前のお前だったら話は違ってくるけどな」

「うっせぇ、いつまでも子ども扱いするんじゃねぇよ」

 

 お前よりあたしの方が生きてる時間は長いっつうの、とでも言いたげな視線を向けられるが、フォワード達がいないときは割りかし子供っぽい言動をしている気がするので説得力に欠けてしまう。

 そもそも、はやてと長い付き合うのある俺からすれば、ヴィータははやてと同じように妹のような存在だ。それは今も昔も変わらない。子ども扱いするつもりはないが、可愛がりたい気持ちがあるのは仕方がないことだろう。

 茜色に染まった空を見上げながら一瞬ばかりの精神的休憩を取った時、まるでそこを狙い澄ましたかのようにこの場に流れる空気は急激に変化する。

 距離はあるが確実に爆発が起きていると断定できる音が響いてきたのだ。

 それに続いて、警備に着いていた局員達の悲鳴に等しい声が聞こえてくる。どうやらガシェットが突如現れたらしい。おそらく前と同じように召喚魔法で転移されてきたのだろう。

 これだけでも局員達の精神を揺さぶるには十分だと思われるが、敵は更なる一手に打って出る。地上本部に目掛けて砲撃を放ってきたのだ。さすがに地上本部だけあって1回の砲撃で崩壊するような柔な造りにはなっていないが、本部だけあって相応の局員が働いている。それだけに死傷者は間違いなく出ているはずだ。

 

「――っ、来やがったか!」

「内部に居るはやてちゃん達と連絡が取れないです!」

「落ち着け、連絡が取れないのはおそらく大量のガシェットによって高濃度のAMFが発生しているからだ」

 

 公開意見陳述会は本部でも安全性の高い場所で行われている。先ほどの攻撃ではやて達に被害が出ているとは考えにくい。

 が、内部警備に着いていたはやて達はデバイスを俺達に預けている。デバイスがなくてもある程度の魔法は使用できる人物達ではあるが、AMFで本部が覆われていることを考えると壁を破壊したりできるほどの威力は出すことが出来ないだろう。

 また局員達に指示が何も飛んでこないことを考えると、通信系がやられている可能性が高い。となると独自で判断して行動する他にないだろう。ならば……

 

「ここに居ても意味がない。まずは本部に向かうぞ」

「ああ、爆発の規模からしてかなり広範囲で色々と起きてやがる。なのは達にデバイスを渡して戦力を整えねぇと対応が追い付かねぇ。フォワード、急いで向かうぞ!」

「「「「――はい!」」」」

 

 俺にヴィータ、リインにセイはそれぞれバリアジャケットを纏う。フォワード達もそれに一瞬遅れる形ではあるが、それぞれデバイスを起動させてバリアジャケットを纏った。臆している様子はないので十分に動くことは可能だろう。

 本部の方へ向かう中、地面に倒れている局員達を度々見かける。ただ外傷らしい外傷は確認できない。どうやら気を失っているだけのようだ。

 

「解析してみたところ、どうやら皆さんはガスによってやられたみたいです。ですがガスは致死性じゃなくて麻痺性、これならバリアジャケットに術式を施せば防げます。今すぐ皆さんに術式を施します」

「頼んだ。……しかし、敵は何を考えてやがんだ。本部の無力化が狙いか?」

「それだけが狙いとは考えにくい。おそらく他にも目的があるはずだ」

 

 それが何なのかまでは現状では予想が付かない。いや、予想できることはあるが決定的な理由に欠けてしまっているというべきか。それだけに迂闊に動くわけにもいかず、また様々な状況に対応するための人材が必要になる。やはりまずはなのは達にデバイスを渡さなければ……。

 

「ちっ……近づいてんのに内部との通信妨害はひでぇままだ。ロングアーチ、そっちで何か分かるか?」

『外の攻撃は止まっていますが、中の様子は不明です! ……本部に向かって航空戦力?』

『速い!? ランク……推定オーバーS!』

 

 オーバーSランクの魔導師……この状況で許可のない飛行で本部に向かっているあたり、敵勢力と考えるのが普通だろう。故に俺達はそれの対応をしなければならない。ここで問題になるのは誰がその対応に当たるかだ。

 まずフォワード達には無理だ。空中戦に不向きというのも理由ではあるが、リミッターの掛かった状態のなのは達にさえ勝つことができないこいつらでは、オーバーSの相手をさせても一瞬にして蹴散らされるだけだろう。順当なのは俺かヴィータか……

 

「そっちはあたしとリインが上がる」

「大丈夫か?」

「伊達にオーバーSの近くで過ごしてきてねぇよ。あたし達に任せな」

 

 その代わりお前はちゃんとフォワード達の面倒となのは達にデバイスを届けろよ、と言わんばかりにヴィータははやてとシグナムから預かっていたデバイスをこちらに渡してきた。

 なのはのデバイスであるレイジングハートはスバルが預かっていると聞いているし、フェイトのデバイスであるバルディッシュは俺が預かっている。隊長陣に渡すべきデバイスはこれで揃ったことになる。

 

「お前ら、無茶だけはするんじゃねぇぞ。リイン、ユニゾン行くぞ!」

「はい!」

 

 ヴィータとリインは高く飛翔しながらユニゾンし、空の彼方へ向かった。

 相手がオーバーSということを考えると不安を覚えてしまうが、ヴィータの実力も確かなものだ。取得しているランクは空戦AAA+であるが、オーバーSであるなのは達とも十分に戦える力を持っている。今はただ彼女を信じて成すべきことを成すのが最善だろう。

 

「俺達も急いで向かうぞ。気を抜くな!」

「「「「――はい!」」」」

 

 

 



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第25話 「人間と戦闘機人」

 航空戦力をヴィータ達に任せた俺達は、地下通路を進んでいた。

 通信妨害でなのは達と連絡を取ることはできないのが現状ではあるが、あらかじめ地下にあるローザリーホールを緊急時の合流地点として決めておいたのだ。

 現在地上本部は大半の機能を失ってエレベーターといったものは使えない状態なのに大丈夫なのかと思うかもしれないが、なのは達ならば問題はなかろう。

 あいつらは9歳の頃から魔導師として仕事をしてきた身であり、様々な訓練も受けてきているのだ。エレベーターが使えなくてもそのケーブルを使うなりして地下に降りてくるはずだ。

 

「――っ、マッハキャリバー!」

 

 先頭を走行していたスバルが突然相棒の名を呼んだ。スバルの意志に応えるようにマッハキャリバーはプロテクションを発動させる。それとほぼ同時に小規模な爆発が彼女達を襲った。

 地上本部内部や周辺で敵の存在を確認できる現象は多々あっただけにこの場での遭遇は予想の範囲内。故にスバルも素早く体勢を立て直し、彼女を追う形で走っていたティアナ達も臨戦態勢に入る。

 直後、不意に凄まじい勢いでローラーが回転しているかのような駆動音が響いてきた。

 それはスバルの相棒であるローラーブレード型のデバイス《マッハキャリバー》から発せられる音に酷似しているが、先ほどの攻撃でふたりは動きを止めている。故に考えられる可能性はひとつしかない。近づいてくる気配を感じた俺は反射的に声を発する。

 

「スバル、上だ!」

 

 俺の声に反応してスバルが視線を上げると、上空の暗闇から人間サイズの影が迫ってきた。現れたのは赤い短髪の少女であり、彼女の装備はバリアジャケットを除いて考えればスバルと同じと言っても過言ではないほど近しい外見をしている。

 赤髪の少女からの飛び蹴りを受けたスバルは防御こそ間に合いはしたが、そのあまりの衝撃に後方へ吹き飛ばされる。が、それを予測していた俺は空中でスバルを受け止めながら体勢を立て直した。

 

「つつ……」

「大丈夫か?」

「え、あっはい」

「なら早く臨戦態勢に入れ。気を抜ける状況じゃない」

 

 俺とスバル、ティアナ達といったようにふたつに分断されてしまっているのが現状である。距離は離れているとも言いにくいものではあるが、俺達の間には無数の設置弾が形成されており迂闊に行動できる状態ではない。

 

「ノーヴェ、何か思いっきり攻撃したように見えたっすけど作業内容忘れてないっすか?」

 

 戦場の緊張感なんて気にもしていないような気楽な口調で現れたのは、濃い桃色の髪を後ろでまとめている少女だ。手には背丈ほどある大きなボード型の武装が握られている。

 

「うるせぇよ、忘れてねぇ」

「捕獲対象3名、全部生きたまま持って帰るんすよ」

「旧式とはいえタイプゼロがこれくらいで壊れるかよ……壁に当たる前に助けも入っちまったし」

 

 ノーヴェと呼ばれた少女……戦闘機人はイラついた表情で真っすぐこちらを見据える。これまでに発せられていた言葉にも苛立ちが混じっていたが、どことなく俺に向けられている視線に含まれた苛立ちはそれらより一層強いように思える。

 ……俺の記憶が正しければ、あの赤髪の戦闘機人と対面するのは初めてのはず。にも関わらず、この俺に対する憎悪にも似た苛立ちは何なんだ?

 

「…………いや」

 

 脳裏に疑問が浮かぶが、だがそれ以上に今考えなければならないのは別の事だ。

 敵は今回の目的が生きたまま3人を捕獲するといった言葉を口にした。ブラフの可能性もありはするが、ブラフではない可能性も十分にありえる。

 口にした目的が本当だとすればいったい誰を捕獲するつもりだ……そう言えばあのノーヴェとかいう奴、旧式とかタイプゼロだとか言ったな。

 前にゲンヤさんから聞かされていた話から考えると、捕獲対象がここに居るスバルやギンガの可能性も考えられる。

 一緒に居るスバルは俺がどうにかすればいいが、ギンガの方は現状ではどうすることもできない。ギンガも襲撃されてから合流地点に向けて移動を始めたとは思うが、俺達と同様に敵と遭遇している恐れは十分にある。

 デバイスがなくてもなのはやフェイトはある程度の魔法は行使できるし、これまでの経験からその場に合った対応をするだろう。ギンガが無事に隊長陣と合流してくれているといいが……

 だがそれ以上に俺が今最も危険視しているのは、六課に居るヴィヴィオだ。

 ヴィヴィオはレリック絡みで保護した存在。故にこれまでレリックを狙ってきた戦闘機人……スカリエッティ一味が彼女を捕獲しようとしても何ら不思議ではない。六課に戦力が残っていないわけではないが、隊長陣を含めた主力はここ地上本部に集中している。敵側には複数の戦闘機人が存在しており、また召喚師といった存在も居ると考えると何かあった場合……最悪のケースが考えられる。

 

「敵側である自分が言うのも何なんっすけど、他の局員と比べるとなかなかに落ち着いてるじゃないっすか。伊達にこれまであたしらの邪魔はしてきてないっすね」

「何言ってんだ、本当に落ち着いてるのはそこの黒衣の魔導剣士(ブラックフェンサー)だけだろ」

「やれやれ……相変わらずノーヴェは黒衣の魔導剣士に対して過敏っすね。熱くなり過ぎて作業内容忘れないでくださいっすよ」

 

 俺に対する苛立ちの強さからスカリエッティから何かしら吹き込まれているのかとも思ったが、もうひとりの少女からは苛立ちは全く感じない。

 現状で俺に対して強い感情を抱いている戦闘機人はノーヴェと呼ばれる赤髪の少女だけ。スカリエッティが意図的に彼女を俺に仕向けるように仕組んだのか、それとも単純に彼女が俺のことを気に食わないだけなのか……。

 

「ずいぶんと嫌われているようだが、レリック関連のことが原因なら俺だけが嫌われるのは納得できないんだがな」

「まあそうっすよね。確かにこれまでのことも嫌ってる理由に入ってるとは思うっすけど、根本的な理由は別にあるっすよ」

「おいウェンディ、人の事ベラベラしゃべってんじゃねぇ」

「別にいいじゃないっすか。黒衣の魔導剣士、ノーヴェはあなたの考えが気に食わないっすよ。デバイスとかを人間扱いするあなたの考えがね」

 

 ウェンディという少女は俺を敵として認識しているのだろうか。何にでもあっさりと答えてくれそうなだけに疑問が湧いてきてしまう。

 だがまあ俺に対する個人的なものだから話してくれただけで、さすがに重要機密まで話すわけではないだろうが。あのスカリエッティがそんな人物を何もせずに野放しにするとは考えにくいのだから。

 

「気に食わないって……いったいショウさんの考えのどこが気に食わないって言うの。デバイスにだって意思はあるんだよ!」

「うるせぇよ、それは人工知能が搭載されているであって人間の意志そのものがあるわけじゃねぇ。仮に意思があったともしても、デバイスの本質は魔導師を補助するための道具……云わば戦うための武器だろうが。それを人扱い? 虫唾が走るぜ!」

 

 なるほど……確かにノーヴェの言うことは一理ある。

 今の時代、多くの魔導師はデバイスの力を借りて魔法を使用している。魔法が犯罪者の確保に使われていることを考えれば、デバイスは戦うための武器と言われるのも仕方がない。

 デバイス側から考えてもデバイスは自分の存在理由のひとつとして武器であることを望むことがある。そのため、ノーヴェの言葉が間違いだとは言いがたい。俺もかつて相棒のひとりから人間としてだけでなくデバイスとして本気で使えと言われたことがあるのだから。

 だが俺は自分の考えが否定されているにも関わらず、ノーヴェに対してそこまで負の感情は抱いていない。むしろ好感のような感情さえどこか芽生えているような気がする。それはおそらく……彼女に彼女の意思がきちんと存在しているからだろう。

 

「……おい黒衣の魔導剣士、なに笑ってやがる? 何か言いたいことがあるなら言えよ」

「なら言わせてもらうが……俺はお前の考えを否定しない」

「へぇ~、自分の考えが否定されてるってのいうのに黒衣の魔導剣士は心が広いっすね」

「別に広いわけじゃないさ。今の世界を考えれば、デバイスが戦うための武器だと言われても仕方がない……まあそれ以上にそいつの考えはそいつのもので、俺の考えは俺のものだ。無理やり自分の考えを押し付けるような真似をするつもりはない」

「――ッ、だからそういう考えが気に入らねぇんだよ! あたしを人間扱いしやがって……あたしは戦闘機人なんだ。戦うために……人工的に生み出された存在なんだよ。人間と一緒にすんじゃねぇ!」

 

 苛立ちを通り越し、殺意にも等しくなった感情をノーヴェは俺に真っすぐぶつけてくる。だが俺はそれから逃げるつもりは一切ない。それは魔導師としての仕事だからとか、フォワード達が見ているからじゃない。それらも理由ではありはするが、何より……ここで逃げてしまえば俺が俺でなくなってしまうからだ。

 

「確かに厳密に言えばお前は人間じゃないのかもしれない。だが俺は……たとえ人工的に生み出された命だろうが、機械が埋め込まれている人間だろうが誰かの代わりや兵器扱いするつもりはない。確かな自分の意思を持っているならば、どんな存在でも人間と変わりはしない」

「だから……あたしは戦闘機人だって言ってんだろうが。人間なんかじゃねぇんだよ!」

「いやノーヴェ、お前は人間さ。人間だからそんなに感情を顕わにして俺の言葉を否定するんだ。人間じゃないなら……」

「うるせぇぇぇッ!」

 

 ノーヴェは跳躍しながら腕の周りに複数のスフィアを生成し、殺意にも等しい怒りの宿った瞳で真っすぐこちらを見据えて迫って来る。隣に居たスバルが迎え撃とうと構えるが、ノーヴェの動きを見たウェンディが動き始めているのを俺は見逃さなかった。

 ティアナ達が自由に動けるならばこのままスバルと共に迎え撃つのも手ではある。だが今ティアナ達は大量の設置弾に囲まれていて身動きが取れない。戦闘機人のスペックを考えればこちらに攻撃しながら設置弾でティアナ達を攻撃することは可能なはず。現状で最優先すべきは戦闘不能者を出さずになのは達やギンガと合流すること。ならばここでの俺の行動は決まっている。

 俺は素早くスバルの元に移動すると、彼女を抱きかかえながらその場を離脱する。直後、地面にノーヴェの一撃が直撃。地面を砕いたかと思うとスフィアが追撃する形で爆発を引き起こした。

 続いて回避した俺達をウェンディがボード型の武器を構えて射撃。それと同時に設置弾でティアナ達を襲う。予想していた展開なだけに俺はスバルを左側に抱きかかえ直し、右手でファラを引き抜いて迫ってきた桃色の光線を断ち切った。体勢を立て直すとすぐさまティアナ達に念話を飛ばす。

 

〔お前ら平気か?〕

〔はい、大丈夫です〕

〔みんなと少し距離が離れましたけど問題ありません〕

〔僕も大丈夫。兄さん、ここからどうするの?〕

 

 どうするかは当然決まっている。ノーヴェとウェンディの無力化、ではなくなのは達との合流だ。

 目の前に居るふたりを無力化できるのが最も良いのだろうが、正直リミッターの掛かった今の俺では使える魔法に限りがある。また施設内を破壊すればそれに伴う災害も発生してしまう恐れもあるため、より制限のある状態での戦闘は避けられない。短時間で片づけられることは不可能だろう。

 これに加えて、嫌な未来が数多く考えられる状況なのが現状だ。隊長陣であるなのは達も真の実力を発揮するにはデバイスが必要不可欠であり、彼女達を欠いた状態では対応できない事態が多くなってしまう。敵の無力化を行うのはそれからだろう。

 

〔まずはなのは達との合流を優先する。敵をどうにかするのはそのあとだ。エリオは遊撃として動きつつ、可能な限りウェンディとかいう戦闘機人の目を惹きつけてくれ。ティアナは離脱と追撃される可能性を少しでも下げるために幻影の準備を。キャロはティアナのフォローをしてやってくれ。必要になる幻影の数的にかなり負荷のある作業になるはずだ〕

〔〔〔――了解!〕〕〕

〔ショウさん、私は?〕

〔スバルは俺と一緒に前衛でノーヴェって奴をやる。だが目的はさっきも言ったようになのは達との合流だ。離脱のタイミングを逃さないためにもあまり俺の傍から離れずにフォローに徹してくれ〕

〔了解です〕

 

 さて、やることが決まった以上あとは実行していくだけだ。

 視線や体の向きなどから判断するにノーヴェはこちらに意識を向けている。俺への感情やスバルが捕獲対象かもしれないことを考えると、優先して狙うのは俺だろう。ウェンディは状況に応じて射撃してくるだろうが、エリオが動き始める以上そちらの対応が優先となるだろう。

 

「ウェンディ、黒衣の魔導剣士はあたしが潰す。手出しすんな!」

「へいへ~い、分かったっすよ。ただ何度も言うっすけどあたしらの最優先事項は作業の完遂っす。必要だと思ったら援護させてもらうっすよ」

 

 そう言ってウェンディはボードを構える。それを見た俺は剣に魔力を集め、あえて目の前に居るノーヴェではなくウェンディに向かって魔力斬撃を放つ。それに気づいたウェンディはすぐさま回避行動に入ったため、魔力斬撃は壁に衝突してしまった。だがそれで構わない。

 

「黒衣の魔導剣士、そんな攻撃に当たるほどあたしはのろまじゃないっすよ」

「そんなの兄さんだって分かってます」

 

 俺の意図を汲み取ったエリオがウェンディとの戦闘に入る。フォワードの中でも最もスピードに優れているエリオならば簡単に被弾はしないだろう。故にウェンディの意識はしばらくエリオに優先して向けられるはずだ。

 

「てめぇの相手はあたしだって言ってんだろうが!」

 

 撃ち出された矢のような蹴りが近づいてくる。ノーヴェの装備はスバルと酷似しているものの彼女と違って足技の方が主体のようだ。

 ティアナ達の準備が整うまでは時間を稼ぐ必要がある。弾いて反撃すれば距離が離れる可能性が高くなる。そうなれば目に飛び込んでくる景色も多くなるため、俺以外に意識が向く可能性が上がってしまう。ここは受け流し続けてチャンスを待つべきだ。

 

「ちぃ……だらぁぁッ!」

「ふ……!」

「この……まだまだ!」

 

 鋭い拳や蹴りが次々と襲い掛かってくる。だが俺にはアルフやザフィーラ、シュテルとの訓練経験がある。ノーヴェの攻撃には確かな威力と速度はあるが捌けないものではない。

 というか……まだ底を出し切ってはいないとは思うが、今のレベルの攻撃をもらってたら確実にシュテルから小言を言われる。

 シュテルは今も昔も俺の訓練に付き合ってくれているひとりではあるが……正直実力で言えば六課の隊長陣に匹敵するだろう。魔力量でこそなのはに劣りはするが彼女に負けない威力の砲撃を放つことができるだけでなく、シグナムと距離を取らずにやり合えるほどの近接技能も持っているのだから。

 

「どうした黒衣の魔導剣士、防いでばっかじゃあたしは倒せねぇぞ。それとも……てめぇの実力はそんなもんかよ!」

「あいにく……倒すつもりはないんでな!」

 

 俺は突き出された正拳をこれまでのように受け流すのではなく上に跳ね上げる。生じた隙を見逃さずに素早く距離を詰めながら剣から手を放し、相手の体を掴んで放り投げる。投げた方向にはスバルが待機しており、飛来してきたノーヴェに勢い良く接近しリボルバーナックルを用いた強烈な一撃を浴びせた。

 地面を何度も跳ねながら飛んでいくノーヴェにウェンディは意識を割いてしまう。エリオはそこを見逃さず距離を詰め、近代ベルカ式に改良されたサンダーレイジを放つ。ボードを使用しての防御が行われたため直撃こそならなかったが、ダメージを与えることには成功したようだ。

 幻影の準備も整っていたこともあって俺達は素早くこの場から離脱を開始。ノーヴェの「この野郎!」という怒りに満ちた叫びが聞こえてきたが立ち止まることはしなかった。

 

 

 



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第26話 「砕け始める今」

 フォワード達と一緒に合流地点に向かっていると遠目に3人の女性の姿が見えてきた。ふたりは機動六課に所属しているスターズ並びにライトニングの隊長であるなのはとフェイトだ。

 もうひとりは聖王教会のシスターであるシャッハのようだ。彼女の本名はシャッハ・ヌエラであり、カリムの秘書的な存在であるため面識がある。

 

「あっ……良いタイミング」

「お待たせしました」

「お届けです」

 

 なのはとフェイトはスバル達からレイジングハートとバルディッシュを受け取る。どうやらはやてとシグナムは本部の人間と話しているらしく、そこにはシャッハが俺達の代わりにデバイスを届けてくれるらしい。

 状況を考えれば俺達は戦闘機人といった敵戦力を鎮圧しなければならないため非常に助かる。途中で敵と相対する可能性もありはするが、シャッハはシスターという肩書きがあるがAAAランクの騎士であり、シグナムとやり合える実力者だ。任せない方が現状では愚策だろう。

 

「こいつらを頼む。正直……状況はあまり良いとは言えない」

「はい、必ずお届けします」

 

 そう言ってシャッハははやて達の元へ移動を始めた。

 残された俺達がするべきことは、まず初めになのは達に先ほどの戦闘機人などの情報を伝えること。それから方針を決めて動くことになるだろう。

 

「ショウくん、状況が良くないって言ってたけどここに来るまで何かあった?」

「ああ、まずここに来る前にオーバーSランクと推定される敵が確認された。それにはヴィータとリインが向かったから今対応しているはずだ。加えて、さっき戦闘機人2人と交戦した。その2人以外にも戦闘機人が居る可能性は高い」

 

 先ほどの戦闘を見る限り、今のフォワード達ならば戦闘機人に全く歯が立たないということはないだろう。無論、これまでに確認されている戦闘機人の特徴は全員バラバラ……最悪の組み合わせで相対してしまうと一方的にやられる可能性はあるのだが。だがそれ以上に……

 

「それに……敵の目的は対象3名を生きた状態で捕らえることらしい」

「それ本当?」

「信憑性が高いとまでは言えないがな。たださっき戦った戦闘機人の性格的に一概に誤情報だとも言えない気がする」

「私やなのははその場にいなかったからあれだけど……ショウがそう言うならそれも踏まえて行動した方がよさそうだね」

「うん、ただそうなると敵が誰を捉えようとしているかが重要なポイントだね」

 

 そう……この場に居るメンバーで複数存在している戦闘機人並びにガジェットの沈静化をしなければならない。

 なのはにフェイトが合流したのだから戦力的には先ほどより格段に増してはいるが、状況的に戦力を分散させて行動させなければ対応は厳しい。まだ本部だけならば良かったのだが……。

 

「ショウ、心当たりでもあるの?」

「ん、あぁ……まあ憶測でしたないが何人かはな」

「今は私達以上に戦闘機人と戦闘したショウくんが1番情報を持ってるだろうし話してみて」

 

 状況を考えれば嘘というか隠し事をせずに全てを話す方が良いのだろう。だがそうなれば……高い確率でスバルの精神状態に影響が出るだろう。

 俺はゲンヤさんからスバルの体のことは聞いてはいるが、おそらくほとんどのメンバーはそれを知らないはず。あのときのゲンヤさんの口ぶりやスバルやギンガの普段の振る舞いを見ても、誰にでも自分の体のことを伝えてはないはずだ。

 とはいえ、完全に隠してしまって何かあってはかえって悪手だ。スバルに俺が体のことを知っていると感づかれる可能性はあるが仕方あるまい。言葉を選びつつ説明する他にないだろう。

 

「まず考えられるのは……スバルとギンガだ」

「え……私とギン姉ですか?」

「ショウくん、その理由は?」

「さっき戦った戦闘機人2人の言動からだ。俺の聞き間違いでなければ、最初スバルに敵が一撃を入れたときにもう片方が注意するように生きたまま捉えるんだと言っていた。目的までは定かじゃないがスバルが捕獲対象に入っていることは考えられる」

「確かに捕獲候補である可能性はあるね……ギンガの方もスバルとの繋がりを考えれば名前が出て当然だろうし」

「だ、だったら早くギン姉と合流しないと!」

 

 スバルの言うことは最もだ。通信状態が悪いこともあってギンガと連絡は取れていない。一足先になのは達と合流していてほしかったが、この場にいないことを考えると最悪敵と交戦していることも考えられる。

 ギンガはスバル達よりも実力はあるので簡単に倒されたりはしないだろう。だがそれでも、戦闘機人を複数人相手にすれば長くは持たないはずだ。早めに合流出来た方が良い……しかし

 

「スバル、考えを口にして不安にさせた俺が言うのもあれだが落ち着け。敵の捕獲対象の候補として考えられるのはお前やギンガだけじゃないんだ。正直俺が最も可能性が高いと思うのは……ヴィヴィオだ」

 

 その名前を口にした瞬間、フォワード達だけでなくなのはやフェイトの表情にも変化が現れる。フォワード達の前ということもあって、すぐになのはとフェイトの表情は戻りはしたが、それでも彼女達の顔に出た感情はあまり良いと言えるものではなかった。

 特になのはの方は……ヴィヴィオに何かあった場合、精神的にかなりダメージを負ってしまうかもしれない。前々から心配していたことではあるが、思ってた以上になのはの中のヴィヴィオの存在は大きくなってしまっているようだ。親子のように過ごしていれば当然の話ではあるのだが……。

 

「お兄ちゃん、敵がヴィヴィオを捕獲しようとする理由は何なのかな?」

「確かにキャロの言うとおり……ヴィヴィオは記憶が定かじゃない部分があるみたいだし、捕獲しても敵にメリットがあるようには思えない。兄さんは何でヴィヴィオが1番可能性が高いと思うの?」

「ヴィヴィオを保護した経緯を考えてみろ。スカリエッティ一味はこれまでレリックを狙っていたんだ。ヴィヴィオを保護した時もレリックが絡んでいる……それにスカリエッティなら俺達の知らない何かを知っていても不思議じゃない」

「うん、そうだね……違法な研究を行わなかったら、間違いなく歴史に名を残していた天才だろうから。……ショウ、他にはまだ誰かいる?」

 

 スカリエッティが生命にも手を伸ばす研究者ということを考えれば、フェイトやエリオも候補には考えられる。だが戦闘機人……ノーヴェやウェンディの言動を考えるとスバル達の方が可能性としては上になるだろう。だが考えすぎればかえって動けなくなってしまうこともある。

 

「浮かばないわけじゃないが可能性を考えればキリがなくなる。それに敵の言葉を信じるなら捕獲対象は3名……なら今挙げた3人が俺の中での最有力候補だ。なのは、フェイト……どうする?」

「とりあえず、まずはギンガとロングアーチと連絡を取ってみよう」

「そうだね、通信状態次第ではあるけど安否確認が出来ればこれからの行動も決めやすいから」

 

 そう言ってなのははギンガに、フェイトはロングアーチと通信を開始する。出来ることならば、通信状態が悪いにしても無事だという言葉だけでも聞こえてほしい。

 

「……不味いね、ギンガとは全く通信が繋がらない。すでに敵と交戦してるのかも」

「そんな……」

「六課の方もガジェットとアンノウンの襲撃を受けてるって。今は持ちこたえてるらしいけど、状況は良くないみたい。早く救援に行かないと」

「二手に分かれよう。スターズはギンガの安否確認と襲撃戦力の排除」

「ライトニングは六課に戻る」

 

 スバルが捕獲対象かもしれないということを考えると不安ではあるが、現状で最も安全なのは隊長陣の傍と言えるだろう。機動性を考えても六課の対応はライトニングが向かうのが適している以上、なのはとフェイトの方針に口を挟むポイントはない。

 問題は……俺がどちらと一緒に行くかだ。

 飛行速度などで考えれば俺はこの中でフェイトに次に速いだろう。だが施設内での戦闘を考えれば、なのはのような砲撃魔導師は攻撃手段が限られてくる。また地上本部のあちこちから爆発が起きていたことを考えると、ノーヴェやウェンディ以外にここを襲撃した戦闘機人が居る可能性は大だ。

 

「ショウくんは……」

「なのは達と一緒に行って」

「フェイトちゃん、でも……」

「確かにショウの機動力を考えれば六課に向かってもらうのも手ではあるよ。でもスバルやギンガが捕獲対象かもしれないことを考えると、少しでもそっちの戦力が多い方が良い。それに……施設内じゃなのはは思いっきり戦えないでしょ?」

「……そうだね。ショウくん、お願いできる?」

「ああ」

 

 とはいえ、戦力は極力均等に分けておいた方が良いだろう。俺には単独でも相応の実力を発揮する相棒が居るのだから。

 

「セイ、お前はフェイト達と一緒に六課に迎え。必要と判断したならこっちの魔力消費は気にせず魔法を使っていい」

「分かりました」

「ショウ、いいの?」

「状況が状況だ。少しでも戦力は均等にしておいた方が良い」

 

 そう口にすると、セイの戦闘力はフェイト達も知っているだけに納得したようだ。

 方針が決まったこともあり、俺達は素早く行動を開始する。だが行動を開始してすぐにある問題が生じる。スバルがどんどん速度を上げて先行してしまったのだ。

 俺やなのはは飛行しているし、ティアナは俺に抱えられる形で付いてきているのだが、施設内の通路は一直線というわけではない。そのため、ほぼ速度を下げずに進めるスバルの方が先に行ってしまうのだ。

 

「スバル、先行し過ぎ!」

『ごめん、でも大丈夫だから!』

「仕方ないね。こういう場所ではスバルの方が早い……でも大丈夫、こっちが急げばいい。ショウくん、スバルに追いつける?」

「今すぐ速度を上げればどうにかな」

「じゃあティアナは私に任せてスバルを追って。私達もすぐに追いつくから」

「分かった」

 

 可能な限り減速せずになのはにティアナを渡すと俺は一気に加速した。曲がり角が多いものの単独飛行ならばより自由に飛べるためコーナリングは滑らかになる。まあほぼトップスピードを維持したままでこのような芸当が出来るのはフェイトのおかげなのだが。

 ……捉えた。

 通路の終わりを告げる光が見えた直後、その先にスバルが立っているのが見えた。減速しつつ着地しようとした瞬間――

 

「返せ……ギン姉を返せぇぇぇぇえッ!」

 

 ――スバルと雄叫びと共に凄まじい魔力の奔流が襲い掛かってきた。吹き飛ばされることはなかったが、それでもスバルが普段の状態ではないと断定するには十分な出来事である。

 通路を抜けるのと同時に視界に飛び込んできたのはノーヴェの放つ弾幕に突貫するスバルの姿。掠めた個所から血が舞っているだけに非常に危険だと言える。しかし、激情に駆られたスバルは痛覚が麻痺をしているのかスピードを緩める気配はない。

 

「うおおぉぉぉッ!」

「く……!」

「ど……けえぇぇぇぇッ!」

 

 ノーヴェを障壁を打ち破った直後、スバルは追撃で蹴りを放つ。体勢を立て直したノーヴェもすぐさま蹴りで応戦。本来ならば蹴り技はスバルよりもノーヴェに軍配が上がると思われた。

 だが今のスバルはリミッターでも外れているのか、一瞬の均衡のあとノーヴェを蹴り飛ばした。敵の装備を破損させる威力を以て……。

 

「ノーヴェ、ウェンディ、あれは姉が抑える。お前たちはここから離脱しろ」

「了解っス」

「でもチンク姉が……」

「案ずるなノーヴェ、姉ならば触れずに戦える!」

 

 眼帯を付けた戦闘機人が複数のナイフを投擲すると、それらはスバルの周囲で急に爆発した。ナイフ自体は特別なものに見えなかっただけにおそらくあの戦闘機人の能力なのだろう。

 

〔マスターどうするの? このままじゃギンガちゃんがさらわれちゃうよ!〕

〔分かってる……だが〕

 

 今のスバルは正気を失っている。ただギンガを取り戻そうと……いや、ギンガを連れて逃げようとしているウェンディ達に向かって行こうとしないあたり、今スバルにあるのは目の前の敵を破壊するという意思だけだ。

 どうする……。

 ギンガを助けに行けば1対2で戦うことになりはするが、ノーヴェはさっきのスバルの一撃でダメージを受けている。リミッターが掛かったままの今の状態でも十分にギンガを救いだせるだろう。

 だがギンガを救いに行くということはスバルを放置することになる。先ほどからスバルは防御魔法を使う気配がない。しかも相手は……最悪殺すつもりで攻撃をしてくるだろう。また先ほどのスバルの攻撃を見る限り、人を粉砕してしまってもおかしくない威力があったように思える。

 これに加えて、マッハキャリバーにもダメージが見て取れる。マッハキャリバーが機能停止すれば、それはつまり完全に防御という選択肢が消えるということだ。そうなればスバルが命を落とす確率は爆発的に高まってしまう。それだけに正気を欠いた今のスバルを放置するのはかなり危険だ。

 

「……スバルを止める」

 

 ギンガを見捨てることになってしまうが、少なくともギンガは生きた状態で捕らえられているはずだ。ならばまだ今後取り返すチャンスはある。しかし、ここでスバルを放置して命を落としてしまうような事態になればどうすることもできないのだから。

 

「スバル、落ち着け!」

「放せ……放せ……邪魔をするなぁぁぁぁッ!」

「――ッ!?」

 

 こちらを振り返ったスバルと視線が交差する。俺の視界に映ったのはノーヴェやウェンディと同じ黄金に輝く瞳。そこにあるのは殺意に等しい破壊衝動のみ。

 それに突き動かされるようにスバルは俺にリボルバーナックルを装着した拳を突き出してくる。反射的に魔力を纏わせた左腕で軌道を逸らす。が……攻撃を逸らした直後、左腕の肘から先の骨が砕けるような感覚に襲われた。

 

〔マスター!?〕

「大丈夫だ……動けないわけじゃない」

 

 とはいえ、痛みからしてほぼ確実に左腕の肘から先は折れている。スバルと何度か格闘戦をしたことがあるが、今までにこんなことはなかった。

 つまり……魔導師としてのスバルの能力じゃなく《戦闘機人》としてのスバルの能力か。

 ノーヴェへのダメージや今の軽い接触だけで体の内部を破壊するあたり、おそらくスバルの能力は振動系の類だろう。触れなければ威力を発揮しないものではあるが、直撃すれば人間だけでなく戦闘機人ですら一撃で葬りかねない能力だ。マッハキャリバーにも影響が出るあたり、自分自身にも幾分か反動を受けていそうなので諸刃の剣でもあるのだろうが。

 

「敵を前にして背中を向けるとは迂闊だな!」

 

 大量のナイフがスバルに対して投擲される。ひとつひとつが爆発物であり、またスバルに防御の意思がないことを考えると迎撃しないわけにはいかない。だがこの行動は必然的にスバルの援護に繋がるため、自分に敵意を向けた戦闘機人にスバルは殺す勢いで襲い掛かる。

 

「ギン姉を返せぇぇッ!」

「ぐっ……」

「う……ああぁぁぁぁッ」

 

 敵の防御魔法を振動を交えた拳とゼロ距離射撃で強引に粉砕し吹き飛ばす。

 軽く触れただけでもバリアジャケットを抜けて骨を砕く威力があるだけに、直接触れられていない戦闘機人にも内部ダメージはあるらしく、立ち上がることができないようだ。

 しかし、スバルのマッハキャリバーにも限界が来ている。これ以上負荷を掛ければ機能停止……最悪大破して修復が不可能になりかねない。

 スバルを止めるにはスバルの意識を刈り取るしかない。意識を刈り取れればマッハキャリバーは今以上にダメージを受けることも防げる。だがそれは必然的に敵に隙を見せることに繋がる……立ち上がれないとはいえ攻撃手段はあるはずだ。

 

「行かせ……るか!」

「だから……邪魔するな!」

 

 敵が倒れたままだったならばスバルもギンガのあとを追っていたかもしれないのに、敵が大量のナイフを出現させてしまった。そのためスバルは敵を仕留めようと最後の一撃を放つ準備に入ってしまう。

 ――くそっ!

 このまま放置すればスバルが敵を殺すか、もしくはスバルが爆発に飲み込まれる。下手をすれば命を落としかねない。前者はスバルが冷静さを取り戻したときのことを考えると避けたい未来であり、後者もスバルの周囲にとって喜ばしくない未来だ。

 故に俺が取った行動はスバルを爆発から防ぎながらも彼女の意識を刈り取るというもの。

 防御魔法を周囲に展開しながらスバルの前に立ち、妨害しようとする俺を排除しようと攻撃を繰り出してきた彼女に俺はカウンターで一撃を放つ。

 それと並行して周囲には爆発が巻き起こり、その煙が晴れた時には俺の視界には幾分か爆発でダメージを受けてしまった自分のバリアジャケットと横たわったスバルの姿が映った。

 

黒衣の魔導剣士(ブラックフェンサー)……どういうつもりだ?」

「教え子を殺させるわけにも……教え子に人殺しをさせるわけにもいかなかっただけだ。動けないんだろうが悪く思うな。今度は俺が相手になってやる」

「くっ……」

「そうはさせないよ黒衣の魔導剣士!」

 

 床から新たな戦闘機人が現れる。反射的に応戦しようとしたが爆発で思った以上にダメージを受けてしまったのか一瞬で遅れてしまう。

 そのため戦闘機人に倒れていた戦闘機人を連れて行かれてしまう形になり、俺の一撃は無残に床を叩き割るだけだった。

 それからすぐ後方からなのは達の声が聞こえた。

 俺は自分の不甲斐なさと無力感に襲われながらも、事態はまだ終息を迎えていないため踏みとどまり口を開く。

 

「悪い……ギンガを連れて行かれた」

 

 

 



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第27話 「力と考え」

 戦闘機人とガジェットによる地上本部の襲撃。時間にして10数分……そんなわずかな時間で管理局側は本部の機能を停止させられた。敵ながら見事とも言いたくなる手際の良さである。同時に敵が施設や警備の全てを知っていたのではないかとも思えるが。

 機動六課並びに六課メンバーにも被害は甚大。主力が出払っていた機動六課は壊滅し、重傷者が多数出ている。シャマルは比較的軽傷らしいが彼女を庇ったザフィーラとヴァイスは峠は越えているものの当分復帰は出来ないらしい。

 またヴィータの相棒であるアイゼンが破損。スバルのマッハキャリバーは大破してしまった。リインの方もヴィータを庇ったことで大きなダメージを受けたらしい。今夜中には目を覚ますだろうと報告は受けているが心配である。

 

「……だがそれ以上に」

 

 スターズ分隊の……正確に言えば、なのはやスバルが心配だ。

 スバルに関して言えば、目の前で姉であるギンガがさらわれ精神的にダメージを負っただけでなく体の方にも重傷と呼べる外傷を受けていた。彼女は身体的なダメージは普通の人間よりも治りやすいのだろうが、これまで周囲に隠していたであろう秘密が今回の一件で明るみになったことを考えると弱っている精神に追い打ちが掛かるのではないかと不安になる。

 ……意識ははっきりしているらしいし、面会も出来るらしいからスバルとはあとで話さないとな。俺は結果だけで言えば、助けられたであろうギンガを見捨てたのだから。

 なのはの方は今もいつもと変わらないように六課施設の現場検証を行っているらしい。これは病院に見舞いに来る隊員や実際に彼女に念話をして確かめたので間違いない。

 

「…………何がショウくんは怪我をしてるんだから休んでて、だ」

 

 確かに俺は左腕を骨折してしまった身ではあるが、折れてすぐに魔法による応急処置を行いそのあと病院で手当てもきちんと受けた。そのため骨は繋がっている。まあ激しく動かすと反動で折れてしまう可能性は残っているのだが。

 とはいえ、負傷したメンバーで言えば軽傷に入る。また利き腕が負傷したわけではないのだから出来る仕事はあるはずだ。今後六課の任務はレリックの捜索からスカリエッティ一味の追跡に切り替わるらしいので、戦力を整えるためにも負傷者は極力休ませようとするのは当然なのだが。

 でも……だからといって病院にじっとしてる気にはなれない。

 これまでの経験に基づく予想だが、なのはは今無理をして仕事をしている。不屈のエースオブエースと称される自分が……六課の隊長のひとりである自分が弱っている姿を見せるわけにはいかない。弱っている姿を見せると他の隊員の士気に関わる、などといった理由で。

 はやてやフェイトも今自分にやれることをやっている。なのはもなのはで今やらなければならないことをやっているだけ。管理局員としては正しいことなのだろう。

 だが……ひとりの人間として考えれば今のなのはがやっていることは自分をさらに追い込んでいるようなものだ。

 今回の一件でギンガと同様にヴィヴィオもさらわれてしまった。なのははヴィヴィオを実の娘のように思い始めていただけに精神的ダメージは六課メンバーの中で誰よりも受けているはずだ。なのはの性格を考えると早めに弱音を吐かせておかないと過去のあの出来事のようなことが起きかねない。

 

「……考えてばかりいても仕方がない」

 

 今は俺に出来ることをやろう。まずは……病院に居るんだからスバルと話しておくか。これに加えて、他の六課メンバーの様子を窺おう。それが一段落したらなのはのところに……。

 そう考えて壁に寄りかかるのをやめて歩き始める。が、すぐさま後ろから俺の名を呼ばれた。

 

「ショウ、こんなところでどうしたの?」

「フェイトか……仕事はするなって言われたからな。俺の治療自体は終わってるからみんなのところに顔を出そうとしてたところだ」

「そっか……ちゃんと今は休んでね」

 

 心配してくれるのは嬉しいが、微妙に俺が言っておかないと仕事をすると思われているように思える。あれこれ考えはするが、よほどのことがない限り念を押されなくても仕事をするつもりはないのだが。

 

「言われなくても分かってるさ」

「本当に?」

「今日はえらく疑うな。俺は仕事をしていないと落ち着かないような仕事中毒者じゃないんだが」

「それは分かってるけど……でも色々と今回のこと考えるよね? 何かに打ち込んでた方がそういうの考えないで済むから、いつもと違って仕事をするんじゃないかって心配にもなるよ。どことなく思い詰めてるような顔してるし……」

 

 フェイトの言葉に俺は反射的に自分の顔に触れる。感情を表に出しているつもりはなかったのだが、隠しきれていなかったのかもしれない。今はフェイトだけなので問題ないが、隊長という肩書きはないにしてもフェイト達隊長陣と同等に扱われる存在なだけに人前では気を付けておかなければ。

 

「そんなに顔に出てたか?」

「ううん、露骨に出てたりはしてなかったよ。多分ほとんどの人は分からないと思う」

「なのに分かったのか……」

 

 元から感情が表に出やすいほうではないし、すっかり社会人になっている今では昔以上に感情を隠すことは上手くなっているはずなのだが。まあ昔から付き合うのある相手にはそこまで隠すことはないのだが。

 

「分かるよ……ずっと前からショウとは一緒なんだから。……私はショウが私……ううん、私だけじゃなくなのは達も含めて弱音が吐けるように振舞ってくれるのも知ってる。それにこれまで何度も甘えたし助けられてきた。でもね……ショウだって甘えていいから。ひとりで強がり続けなくていいんだよ――」

 

 過去に何度も後悔をする出来事があった。

 その度にもう同じような起こさせないと強い思い、自分に出来ることに取り組んできた。

 六課の設立が決まってからはカリムの予言を元に今ある現実が訪れないように動いていた。けど……結局は予言通りの事態が起きてしまい、その中で俺はスバルのためにとギンガを見捨てた。

 その判断が間違っていたかと問われれば間違いではないと答えるだろう。その証拠に他の六課メンバーから俺は責められたりしていない。

 俺ひとりがどんなに頑張ったところでやれることには限界がある。それに最悪の予言を防げなかったことへの責任は俺だけでなく多くの者が感じているはずだ。

 ただ……それでも。

 俺にもっと力があったのならば、スバルだけでなくギンガも救うことが出来たのではないか。そう思わずにはいられない。

 だから今……俺だけを見つめている瞳と優しさに満ちた声の主を思わず抱きしめたくなった。人の肌に触れてその温もりを感じたいと思ってしまった。

 でもそうしてしまうと……それは本当に自分自身で自分が弱っていると認めることになる。

 そうなれば今後何かあったときに精神的に折れやすくなるだろう。平穏な時間を取り戻すにはこれからが正念場なのだ。スカリエッティ一味との一件が終わるまで気を抜くわけにはいかない。

 たとえそれが己の心を痛めつけるのだとしても……きっと俺は耐えられる。俺には俺のことを心配してくれる仲間がいる。守りたいと思う人達がいる。そして……これまでに託された想いと貫くと決めた意思がある。

 

「フェイト……お前のその優しさには救われるよ。でも……今は甘えるわけにはいかない。強がり続けなくちゃいけない。俺なんかより……きっとなのはの方が追い詰められてる。だから俺達があいつを支えてやらないと。スカリエッティ達との決着をつけるためにも」

「……うん、そうだね。……でもショウ、ショウももっと自分を大切にして。私……嫌だよ。傷ついたショウを見たりするの」

「それは俺も一緒だ。身近な人間が傷ついたところなんて見たくない……」

 

 お前もなのは、そしてはやても……ひとりで抱え込んでしまうところがあるんだから。俺だけでなくお前らの周囲に居る人間はみんな心配さ。でもこれは口にしない。

 俺が簡単に変われないようにフェイト達も簡単には変われないだろう。でも少なくとも今の彼女達は自覚した上でその行動を取っているはずだ。ならば過保護・過干渉は煙たがれるだけだろうし、10年の付き合いがあるのだから今の言葉だけでも伝わるだろう。

 

「……じゃあ俺はスバルのところに行くな。あいつとはちゃんと話しておかないといけないから」

「うん……」

 

 フェイトと別れた俺はスバルの元へ向かう。

 記憶が正しければ負傷したエリオも同室だったはずだ。エリオの怪我自体はそれほどひどくはないらしいが怪我をしたことには変わりない。弟のような存在なだけに思うところは多々ある。まあフェイトの様子からすると心配の言葉を掛け過ぎるとかえってエリオの方が気を遣ってしまうのだろうが。

 目的の一室に辿り着いた俺はドアをノックする。すると中から普段より弱々しくあるがスバルの声が返ってきた。

 

「邪魔するぞ」

「あっ……」

 

 俺が部屋に入ると中にはスバルの他にティアナが居た。六課の方で現場検証をしていると聞いていたが、なのはかシグナムあたりが見舞いに行って来いと言ったのだろう。

 エリオの姿はない……ティアナが来たから気を遣って部屋から出たのか。キャロも病院にいると聞いていたから多分エリオと一緒に居るのだろう。動き回れるのならとりあえず心配ないか。

 現状で問題になりそうなのは俺を見た瞬間に露骨に顔を逸らしたスバルだろう。逸らした原因は襲撃時の一件……俺の左腕にある。誰だって自分が傷つけた相手と会うのは気まずさを覚えるものだ。

 

「ショウさん、体の方は大丈夫なんですか?」

「お前が思ってる以上にはな。まあ仕事なんかしようものなら隊長達からあれこれ言われるだろうが」

「当たり前です、怪我人なんですから大人しく休んでてください。ファラさんやセイバーさんが代わりに働いてくれてるんですから」

「分かってる分かってる。ついさっきフェイトから釘を刺されたところだし、お前を始めこういうことには口うるさく小言を言う奴が多いんだから大人しくしとくさ」

「分かってる、だけでいいじゃないですか。後半ははっきり言って余計です。ショウさんはもう少し素直な言い回しをした方が良いと思います」

「そっちも後半は余計だ。素直じゃないところがあるお前から言われても説得力に欠ける」

 

 と言ってしまっただけに気の短いところのあるティアナがムキになり始める。しかし、真面目な性格なのでここが病院だということを言えば大人しくなるのは当然。ただ大人しくなっても機嫌まで直るわけではない。まあそのうち戻りはするだろうが。

 

「スバル、体の方はどうだ?」

「…………大丈夫です。……神経ケーブルが逝っちゃってたので……左腕はまだ上手く動かせないですけど」

「そうか……悪かった」

 

 気まずいだろうが話してくれるスバルに内心安堵しつつ、俺は彼女に対して深く頭を下げた。

 

「え……な、何で頭を下げてるんですか? それは……それは私がショウさんにするべきことのはずです。私の怪我だってギン姉がさらわれたのだって私がティア達の忠告を無視して先行したからで! もしもあのとき……ショウさんの指示を聞いて動いてたらギン姉を助けられたかもしれないのに私は自分勝手に動いて…………その挙句、ショウさんにも怪我させて。悪いのは……悪いのはショウさんじゃなくて私です! 私が悪いんです!」

 

 気持ちが高ぶって動こうとするスバルをティアナが止めに入る。

 確かにスバルが言っていることは最もなのだろう。客観的な見方をすれば誰もが同じ見解を持つはずだ。しかし……

 

「だとしても……ギンガを助けられなかったのは事実だ。それにお前にも攻撃をした」

「だからそれは……!」

「こんなことを言ったところでお前は悪いのは自分だ、と納得しないのは分かってる。でも謝らせてくれ」

 

 これは俺のわがままだ。

 けれど……これをしないまま先に進んでしまうと心の隅にモヤモヤを抱えたまま過ごすことになる。今後の六課を動きを考えれば、それが肝心な時に災いをもたらすとも限らない。その手の芽は今の内に摘んでおく必要があるのだ。自分勝手な考えだとしても。

 

「そんなこと言われても……」

「あぁもう! スバル、ショウさんに申し訳ないとか思ってるんならここはあんたが折れなさい」

「ティア、だけど……」

「うっさいわね。あんたがあんたで思うところがあるようにショウさんだってショウさんなりに思うところがあんのよ。それに要はお互いが悪かったって話になるだけでしょ。あんただって謝ってることにはなってるんだからそれで手を打ちなさい。多分だけど今日のショウさんは自分から折れてはくれないわよ」

 

 心身ともに弱っているであろう相棒に対して何とも容赦のない言葉である。俺に対してもある意味容赦がないわけだが……確かに今回は折れるつもりはないがそれでも多分とは言った割には凄まじく断定している言い方だったわけだし。

 ただまあティアナのおかげで、スバルは納得できないという表情を浮かべながらもどうにか納得しようと思考の方向性は変えてくれたようである。これならば先ほどのような平行線の会話にはならないだろう。

 

「それにしても……何となく予想は出来てましたけど、ショウさんは今日もいつも通りなんですね」

「そう努めようとはしてるが……正直スバルは俺とこうやって話すことに気まずさを感じてるだろうからな。それなりに思うところはあるぞ」

「いえ、それもありますけど私が言いたいのはそこじゃなくてですね……変に気を遣ってると話が進みそうにないので簡潔に言いますけど、ショウさんは今回の一件でスバルの体ことを知りましたよね?」

 

 なのに気まずい空気はあれど、スバルに対する意識はこれまでと変わっていない。そう言いたげな目を今のティアナはしている。これを見れば彼女の言いたいことは理解できる。

 

「その質問に対する答えはイエスだとは言えないな。俺は今回の一件がなくてもスバル達の体のことは知っていた」

「え……スバル、あんたショウさんには言ってたわけ?」

「ううん……ティアから止められてたし、ショウさんに言った覚えはないよ。でもギン姉は前からショウさんと親しくしてたみたいだから聞いてたかもしんない」

「いやギンガじゃない。俺に話してくれたのはゲンヤさんだ」

 

 俺の言葉にスバルとティアナは驚きの表情を浮かべる。が、俺ははやてとの繋がりもあって昔からゲンヤさんと顔を合わせる機会があった。そのことはふたりも理解できるだけに徐々に落ち着きを取り戻す。

 

「ゲンヤさんがですか……でも確か隊長達は夕方にでもゲンヤさんに戦闘機人についての話を聞きに行くって言ってましたよ。スバルやギンガさんのことについても知ってる感じじゃなかったですし。何でショウさんにだけスバル達のことを……」

「理由はそう難しいものじゃない。単純に俺が他の隊長陣……なのはやフェイト達よりもゲンヤさんと親しかったこと。それに加えて、魔導師であると同時に技術者でもあるからだ」

「なるほど……前線に出れば必然的に負傷する可能性は高くなる。もしも現場でスバル達に何かあったときに対応できる人間がいないのは不味い。なら現場に同伴できて技術者としてのスキルを持っているショウさんには話しておいた……そういうことですね?」

「ああ、大体そんなところだ」

 

 もしかするとそれ以外にも理由はあるのかもしれないが。あの人ははやての師匠的な存在なだけに意外と腹の内じゃ何を考えているか分からないところがあるし。まあ他にあったところで私的な理由の可能性が高いだろう。俺の身に何か降りかかる可能性があるのならば忠告といったことはしてくれる人なのだから。

 

「あの……私からも質問いいですか?」

「ああ。何だ?」

「その…………ショウさんは実際のところ私やギン姉のことどう思ってるんですか? あのノーヴェって子に戦闘機人だろうと人間だって言ってましたけど、私達は人間とは体の作りが全然違います。本当は……戦うために生み出された存在とか思ってるんじゃないですか?」

「スバル、あんた……!」

「ごめんティア、こういうこと言ったらティアが怒るのは分かってるし、怒ってくれるのは嬉しい。それに私だって自分の事は人間だって思ってるよ。だけど……私はあの子達と同じ戦闘機人でもあるから。……その力でショウさんには怪我をさせちゃったし」

 

 だからショウさんが本当の気持ちを隠しているのならちゃんと私は聞かないといけない。それがショウさんを傷つけた私の責任だから。

 そんな風に言いたげな顔をスバルは浮かべている。罵倒だって受け入れる覚悟が感じられるだけにティアナも何も言えないようだ。故にここからは俺とスバルで話すしかない。

 ……まあ話すことなんて俺の気持ちを真っすぐスバルに伝えるだけなんだが。

 にしても、今のスバルに六課の隊長達がダブって見えてしまうのか俺の気のせいだろうか。元々の性格もありはするのだろうが、一緒に居る時間が多かったこともあって抱えごみがちになるところまで似てきてしまっているように思えるのだが。

 それもあってか、俺はスバルに近づきながら名前を呼んで彼女の顔を上げさせ……無防備な彼女のでこにでこピンを撃ち込んだ。それ相応に力を込めて。

 

「――ッ……な、何するんですか?」

「ひとりでスムーズに書類を作れない頭でごちゃごちゃと考えるな」

「それが今私に言いたいことなんですか……って、確かに私は書類作るの苦手ですけど今のくらい言葉だけで理解できますよ。でこピンしなくてもいいじゃないですか」

「確かにそうだが……こうでもしないと俺と目を合わせて話さないだろ」

 

 まあ思った以上に力が入り過ぎてしまったのだが。

 なのでその点についてはスバルにきちんと謝り、一段落したのを確認してから話を進め始める。

 

「俺が実際のところどう思ってるかだったな。まあ色々とありはするが、お前が最も聞きたい部分で言えばお前の体のことで特別扱いするつもりはない。俺からすればお前は他のメンバーを変わらない人間だ」

「そう言ってくれるのは嬉しいですけど……でも本当にそう思ってるんですか? 私は普通の人間とは違いますし。別に何を言われても平気ですから本当のことを言ってください!」

「何度言われても俺の答えは変わらない。ただ……このあとまた同じ言葉を言ったらもう一度でこピンをするかもしれないがな」

 

 同じ話を何度もしていては全く話が進まない。先ほどまでは多少の停滞は問題なかったのだが、夕方になのは達がゲンヤさんの元へ行くと分かった以上、あまり無駄な時間を使うわけにはいかないだろう。

 怪我人であるため待機を命じられる可能性はあるが、俺は一応隊長陣と同じように扱われる立場だ。またゲンヤさんとの面識もはやてに次いである。加えて技術者として戦闘機人について分かる部分もあるのだ。そもそも、左腕が使えないだけの状態なのだから仕事はまだしもその場には同席させてもらいたい。

 だからこそ、スバルだけに時間を割くわけにはいかない。スバル以外にもシャマルやエリオといった話しておきたい人物は多く居るのだから。

 

「スバル、お前は俺に怪我をさせたこともあって必要以上に自分を責めているのかもしれないが対応できなかった俺にも責任はある。それに俺はお前のことを別に怖いなんてこれっぽっちも思っちゃいない」

「でも……私には!」

「確かにお前には戦闘機人としての力……触れるだけで外部だけでなく内部さえも破壊する力がある。それは事実だし、それ自体は危険な力として恐怖の対象になりはする。だがそれは別にお前だけに言えることじゃない。俺にだって似たようなことが言える」

 

 スバルは俺の言葉に首を傾げるが、続きを聞けば理解できるだろうと思い気にせずに話を進める。

 

「俺には戦闘機人としての力はないが《魔法》っていう力がある」

「え、でも……」

「あぁ、スバルやティアナを含めて魔導師なら当たり前の力だ。けれど一般人からすれば恐怖の対象になりえる。それに仮の話としてだが想像してみろ……もしも俺が非殺傷設定を切って本気で攻撃してきたらお前らはどう思う?」

「それは……悲しいだとかそういうことを考える前に」

「うん……怖くて仕方がないと思う」

 

 魔法世界で過ごしていると常識や当たり前の力として魔力を持つ者達は忘れてしまいがちになるが、魔法という力も戦闘機人としての力と変わらない人を傷つけることが出来る。ふたりの表情を見る限り、きちんとそのことを再確認してくれたようだ。

 

「なら分かっただろう。スバル、お前の戦闘機人としての力も魔法だろうと所詮はただの力。扱い方次第ではあるが簡単に人を傷つける同じ力になる。だから戦闘機人としての力があるからってあれこれ考えるな」

「でも……それを抜いても」

「人工的な骨格や内臓を持っている人間は世の中に五万と居る。戦闘機人はその延長線上のような存在だ。何よりスバル、お前にはなのはへの憧れやティアナ達への信頼や思いやり、自分の体に対して思うところやそれに伴う気持ち……それらをひっくるめた自分の《意思》がちゃんとあるだろう?」

 

 人形だとか兵器だとか呼ばれる存在に自分の意思なんてものはありはしない。だからこそ生身の人間に対してでもそのような言葉は使われるんだ。

 なら逆説的に言ってしまえば自分の意思があるのならば機械の体を持っていようと、魔導師のサポートを目的として作られたデバイスだろうと人間と変わりはしないだろう。

 

「スバル、俺はお前と同じじゃないからお前が自分に対して思ってることを完璧に理解してやることは出来ない。でもこれだけは言ってやれる」

 

 俺はゆっくりとスバルに近づいてベッドに腰を下ろすと、彼女の頭にそっと右手を乗せる。そして、かつてはやてにしていたように優しく撫で始める。

 

「スバル……お前はティアナ達と何も変わらない。お前のことを戦闘機人だとか兵器だとか言う人間はいるかもしれないが、俺にとってお前は《スバル・ナカジマ》っていうひとりの人間だ」

「ぅ……ショウさん」

「泣きたいときは泣けばいいし、困ったことがあればいつでも相談に来ればいい。お前は知識が足りない部分もありはするが、明るくて元気な俺の大切な教え子のひとりなんだから」

 

 我慢の限界が来たのかスバルは、ティアナが居るにも関わらず俺の右肩にしがみつく形で泣き始める。そんな彼女に俺は言葉は掛けたりしない。ただ優しく頭を撫でるだけだ。昔のはやてがそうだったようにこういうときは泣き止むまで泣かせてやればいい。

 ただはやての時と違って年齢差があるせいなのか、それとも俺があの頃よりも大人になったからなのか恥ずかしさのようなものは感じない。……感じはしないが、ティアナの何とも言えない微妙な顔と視線は気になるのだが。

 

〔ティアナ、何か言いたいことがあるのか?〕

〔いえ特に……ただショウさんが慕われる理由が分かっただけです〕

〔本当にそれだけか? お前の顔からして他にも何かしら考えてるように思えるんだが……〕

〔べ・つ・に……席を外そうかなって思っただけです〕

〔まあその気持ちは分からなくもないが……そこまで不機嫌にならなくても〕

〔別になってませんよ! 今後のことを考えると色々と思うところがあるだけです。変な勘違いしないでください!〕

 

 変な勘違いをした覚えはないのだが、それを言ってしまうと完全にティアナが怒ってしまうと思ったので言葉にはしないでおいた。

 そのあとしばらくして泣き止んだスバルに必ずギンガを取り戻すからと約束を交わし、俺は部屋をあとにする。別の部屋に見舞いに行こうとするが、スカリエッティ達との決着はこれまでとは比べ物にならない戦闘になるだろう。そのことを考えた俺は先にある人物に連絡を入れておくことにした。

 

「……ひとつ頼みたいことがある」

 

 

 



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第28話 「雷光の裏側」

 病院でシャーリーやエリオ達の見舞いを済ませた私はなのは達と一緒にゲンヤさんの元へ向かった。理由は戦闘機人に関連した話を聞くためだ。

 その際、ショウも同行すると言い出した。左腕の骨折と他の局員に比べれば軽傷であるし移動に問題はないけれど、怪我人であることには変わりないため私は止めた。でも彼の洞察力や技術者としての知識は現状において有意義な意見を出してくれる可能性も高い。そのため他の隊長陣に押し切られる形で私の意見は却下され、ショウも一緒に同行することになった。

 なのはやシグナム達だってショウの体のことは心配してるんだろうけど……ゲンヤさんの話は通信でみんなにも聞けるように行う予定だったんだから別に連れて行かなくても。

 このような考えだからフェイトちゃんは心配し過ぎ、などとよく言われるんだろう。でもこれからのことを考えれば、休める時にはきちんと休んでおくべきだと思う。

 

「……病院であれだけ言ったのに」

 

 ショウは私やなのは、はやてと比べればきちんと休みだって取っているだろうし、基本的にいつも私達に仕事ばかりするなと注意する立場だ。

 でも……私は知ってる。

 ショウは強い。どんな現実でも目を逸らさずに立ち向かう強さを持ってる。その強さに憧れを抱いた。悲しみを宿しながらも前を見据える瞳に自然と惹かれた。だから話してみたい、友達になりたいと思った。

 その想いは闇の書を巡る事件でさらに強まったし、事件を通してショウの強さを改めて感じた。それと同時に、なのはと同じように一度覚悟を決めたら命に関わる事態になっても彼は突き進むんだと思わされた。

 

「ずっと……ずっとショウのことを見てきた」

 

 10年前から友達として……自分の気持ちに気づいてからはひとりの異性として。

 いつも冷静で冷たい素振りをするときもあるけど、なんだかんだで優しくて……誰にも負けない才能があるわけじゃないけど必死に自分に出来ることを磨いて強くなった。背中を安心して任せられる……でも必要だと判断すれば自分の命さえ賭けてしまう。そんな風に私は思ってしまう。

 同じ境遇に置かれてもショウは私達のことを見ていてくれる。折れそうになる心を支えてくれる。でもショウにだって私達と同じような傷はあるし、なのはみたいに無茶なことをやるときはやる。だからこそ、いつまでも甘えてちゃいけないと思うようになった。

 

「……でも」

 

 私はショウに甘えてばかりな気がする。……ううん、この答えは多分分かってる。私はショウに甘えてほしいと思う以上にショウに甘えたいって思っちゃってる。

 だって私は……ショウのことが好きだから。

 10年前からこの気持ちは変わらない。いや時間が経つにつれて、ショウとは仕事とかで顔を合わせる機会が少なくなっていったから年々強くなっていったと思う。

 だけど……結局この想いを伝えることは出来ていない。告白して振られるのが怖いから。今の関係でも十分だと思ってしまう自分が居るから。

 でも……本質的なことを言ってしまえば、私に覚悟が……周囲の関係を崩してでもショウと結ばれたいっていう覚悟がないからなんだろう。

 

「…………ダメだなぁ。こんなことばかり考えてちゃ」

 

 ヴィヴィオやギンガの誘拐、戦闘機人やスバル達のことで精神的にくることは短い間に多々発生しているわけだけど、私達六課の戦いは終わったわけじゃない。今後はスカリエッティ一味の追跡が待っている。はやては破壊された六課隊舎の代わりに移動も考えてアースラの使用許可を取ったりしてくれてるわけだし、私もライトニングの隊長として気を引き締めておかないと。

 そう思った私は、なのはの姿が見えないこともあって外へ足を運んでみた。あまり馴染みのない隊舎に出向いていてひとりになりやすい場所を考えると外が最も可能性が高いと思ったのだ。

 

「なのは……変に思い詰めてなければいいけど」

 

 今日の仕事ぶりを見る限りミスと呼べるものはなかった。けれどなのははヴィヴィオのことを可愛がっていたし、ギンガのことも教え子として大切にしていた。そのふたりがさらわれたのに何も感じていないはずがない。むしろ六課の誰よりも深く傷ついている可能性がある。

 隊舎の外には外灯があるが薄暗い景色が広がっている。不安を掻き立てられそうにも思えるが、それと同時に近づかなければ泣いていても気づかないだろうとも思う。

 もしなのはが外に居るとしても私がやみくもに動いてたら入れ違いになる可能性が高くなるよね。……確か隊舎を出て左手に進んだら下町が見下ろせる場所があったはず。なのはも隊舎からそんなに離れようとはしないだろうし、まず探すとしたらそこからかな。

 

「…………あ」

 

 進んだ先にポツンと佇んでいる人影がひとつあった。辺りが暗いのではっきりとは見えないが、背丈と髪形からしてなのはに間違いないだろう。

 何となくだけどなのはの今の背中は寂しげに見える。

 昼間破壊された六課の現場検証をしていたことを考えれば、その中でヴィヴィオに関するものを見た可能性は十分にありえる。人気がないところならエースオブエースだとか、スターズの隊長としての自分を見せる必要はないから十中八九ヴィヴィオのことを考えているだろう。

 変に心配そうに話しかけるとなのはは強がりそうだし、出来る限り自然に話しかけて心の内を聞くようにしよう。そう思って歩み寄ろうとした矢先、私よりも先になのはに近づいていく影があった。

 

「…………っ!? ななな何? ……って」

「よぉ」

 

 聞こえてきた声と視界に映る影の特徴からしてなのはに話しかけたのはショウのようだ。なのはが悲鳴にも似た声を漏らして慌てたのは、おそらくショウがなのはの頬に冷たい缶を引っ付けたからだろう。

 ショウもなのはのこと探してたんだ……まあ昼に自分よりもなのはの方が参ってるって言ってたから当然と言えば当然か。飲み物を用意してるあたり私よりも先に動いてたんだろう。

 

「よぉ、って……びっくりさせないでよ」

「悪い悪い、辛気臭そうな顔してたからついな……ほら」

「それ全然謝ってるように聞こえないんだけど……ありがと」

 

 なのははショウから差し出された感を受け取る。ただすぐに飲む気にはならないようで、それを両手で持つと再び顔を俯かせてしまった。けれどショウはすぐになのはに問いかけはせず、彼女の隣に立つ。

 個人的になのはのことは心配なので出て行きたいところではあるが、空気からしてショウがなのはの話を彼女の話せるペースで聞こうとしているのは分かる。ここはしばらくショウに任せるべきだろう。

 

「……ヴィヴィオのことでも考えてるのか?」

「……うん。……約束守れなかったから」

「約束?」

「私がママの代わりだよって。守っていくよって約束したのに……傍に居てあげられなかった。守ってあげられなかった……」

 

 聞こえてくるなのはの声はいつも聞き慣れたものとは打って変わってとても弱々しい。遠目なので見えないがおそらく涙を流しているだろう。

 

「今……きっとあの子泣いてる」

「なのは……」

「ヴィヴィオがひとりで泣いてるって……悲しい思いとか痛い思いをしているかと思うと体が震えてどうにかなりそうなの。今にも助けに行きたいよ! でも私は……ぁ」

 

 泣きながら溜め込んでいた本心を打ち明けるなのはを、ショウは動かせる右腕で静かに抱きしめた。そのあと優しくなのはの頭を撫で始める。

 それはただ泣いてるなのはを慰めようとしているだけ。きっと他意は存在していない。でも……私の胸の内には黒い感情が芽生えてしまった。何で自分ではなくなのはが抱きしめられて撫でられているのか、と。

 ――っ……私は何を考えてるの。もし私がショウよりも先になのはを見つけてて同じ状況になったのなら、多分震えるなのはを同じように抱きしめてたはず。

 きっと私もショウも今のなのはの立場に違う人物が居たとしても同じようなことをしていたはずだ。だから嫉妬するような事ではない。そのはずなのに……

 

「大丈夫……あいつらは生きた状態での捕獲を目的としていたし、ヴィヴィオはあいつらにとって必要な存在のはず。命を奪うような真似はしないはずだ」

「……うん」

「だから助けるチャンスは必ずある……絶対に助けよう。あの子は俺達にとって大切な存在なんだから」

「うん……うん……」

 

 なのははショウにしがみつきながら声を殺すように静かに泣き続ける。

 少し前の……六課に来る前のなのはなら多分あんな風に泣いたりはしなかっただろう。泣くにしてもそれはショウではなく私の前だったと思う。

 でもふたりは六課が設立されてからフォワード達の教導という名目でいつものように一緒に過ごしていた。私の知らない時間があったんだ。

 ……分かってる、頭ではちゃんと分かってる。なのはがショウに教導の手伝いを頼んだのは自分がいないときのことを考えだったり、フォワード達に適したデバイスを渡してあげるためだって。だけど……ふたりが抱き合ってるところを見て優しく見守られるほど私は大人じゃない。

 

「…………私は」

 

 なのはのことが好きだ。私に本気でぶつかってくれて……友達になろうって言ってくれた大切な存在。今も昔も変わらない私のかけがえのない親友……。

 でも……ショウのことだって好き。傍にいるだけで嬉しくて楽しくて……いつも傍に居たいと思える私の最愛の人。親友であるなのはやはやてにだってショウだけは渡したくない。もし仮にショウが彼女達を選ぶとしても、自分の想いを告げてなかったらきっと私は祝福してあげられない。

 ショウの隣に居たい。

 そう思いながら告白する勇気もなくて……他のみんなも仕事で忙しいだろうからきっと今と変わらない。まだ時間はある。そんな風に思いながらも何かあれば内心で嫉妬したりして……こんな自分が私は大嫌いだ。

 

「……そもそもが間違いなのかな」

 

 なのは達と出会ってからの10年間……悲しいこともあったりしたけど、それでもとても楽しかった。だけど私の中からは消えないことがある。

 私の周りに居る人達は、私をフェイト・T・ハラオウンという人間として扱ってくれる。でも私は……アリシアのクローンとして作られた存在。なのは達とは違ってお母さんから生まれてきたわけじゃない。

 人よりも寿命が短いとか体に問題があるわけじゃないし、子供だって普通に作れる。愛しい人との子供はほしいと思う。そういう意味では私は人間と変わらない。

 だけど……もしもクローンに関連することに恨みを持つ人がいたら。もしも私に子供が出来てそういう人間と会ってしまったのだとしたら……。そう考えるだけで体が震えてしまう。

 考えちゃダメ……考えちゃダメだ。最悪なケースを考えるのは仕事の時だけにしないと。

 今ふたりの前に出て行けばどうなるだろう。なのははともかくショウは私の心配をしてくれるだろうか。なのはと同じように抱きしめてくれるだろうか。

 

「……甘えちゃいけない」

 

 私はこれまでに何度もショウに甘えてきた。でも彼だって私と同じように辛い思いをすることがある。それに……私は昼にショウに甘えていいって言ったんだ。素直には言ってくれないけど、きっとギンガのことで心を痛めてる。今後のことを考えれば嫌なことだって考える。

 だけど……ヴィヴィオのことで苦しんでるなのはの方が辛いって。隊員達の士気にも関わるからって強がってるんだ。あれこれ考えなければ私はふたりに比べれば問題ない。だったら私が弱音を吐くわけにはいかない。

 もう昔の私じゃないんだ……六課のメンバーとして、ライトニングの隊長としてしっかりしないと。スカリエッティ達との戦いが終わるその日まで。

 

 

 



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第29話 「星と交わす約束」

 機動六課の隊舎が壊滅してから1週間が経過した。

 スカリエッティ一味による襲撃で拠点を失ってしまった私達六課のメンバーは、現在はやてちゃんの手配によって廃艦されるはずだったL級巡航艦《アースラ》を新たな拠点として利用させてもらっている。

 私としては整備さえちゃんとすればまだまだアースラは頑張れそうな気はするけど……私が乗るようになる前からアースラは働いてきたわけだし、今回の事件が終わったら休ませてあげるべきだよね。

 子供の頃から乗っていた船なのでどの船よりも愛着があるし、思い出だってたくさんある。あの日……あのとき魔法に出会っていなければ今の私はなかっただろうし、みんなとも出会うことはなかった。私の知る世界は地球という世界だけだった。

 そんな風に考えると、これまでの時間がとても貴重でかけがえのないものだったと思える。

 決して良いことばかりあったわけじゃない。困ったときもあれば辛かったときもある。傷ついて怖くて何も考えたくなくなったときだってある。でも多くの人が私を助けてくれた。その度に私は優しさや勇気といった大切な感情を感じることが出来たと思う。

 だからこそ私は折れることなく魔導師としてやってこれた。日々目標を持って生活することが出来たんだと思う。そして、それはこれからも変えることなく過ごしていきたい。そのためにも必ず今回の事件を終わらせて見せる。

 

「……待っててね」

 

 ヴィヴィオ、必ずママが助けてあげるから。

 血の繋がりがある本当の親子というわけじゃないけど、今の私はあの子の保護責任者。一緒に過ごした時間はわずかだけど私にとって大切な存在だ。

 それだけにあの子が、痛い目に遭っていたり怖い目に遭っているんじゃないかと考えると体が震えそうになる。でもそれは私だけじゃない。みんな何かしらの不安や恐怖を感じている。それに負けない想いや決意を胸に今を過ごしているんだ。

 アルトは療養中のヴァイスくんに代わってヘリパイロットをしてくれるみたいだし、ルキノはアースラの操舵手をやってくれている。他にも多くの人達が今自分にやれることをやろうとしているのだから、私も機動六課のスターズの隊長として務めを果たさないと。

 

「悪い、少し遅れた」

 

 そう言って会議室に入ってきたのは私達と同じ制服に身を包んだショウくんだ。左腕をきちんと袖に通せていることからも分かるだろうけど、彼の怪我は完治している。

 スバルは確かマリーさんのところで最終確認をしてから合流すると聞いている。そのため六課のフォワード達が揃うのは午後になるだろう。

 

「お兄ちゃん、もう怪我は大丈夫なの?」

「ああ、他に比べればそこまで大したものじゃなかったしな」

 

 骨折というと地球では結構な怪我に分類される気がするけど、地球よりも格段に発達した医療技術がある魔法世界で過ごしていれば今のような言葉も出るだろう。

 実際のところ、意識を取り戻してないヴァイスくんやまだ病院での生活を送っているメンバーは何人もいるのが現状だ。もしも私がショウくんの立場だった場合でも似たような言葉を言ったに違いない。

 ……ショウくんの怪我自体は完治してる。それは間違いない。でも筋力に関しては怪我をする前よりも落ちてるはず。

 痩せ細ってる印象は受けないから日常生活には問題ないように思えるけど、戦闘のことを考えると不安になる。

 私みたいに魔力弾や砲撃で戦う魔導師なら懐に入れないようにすればいい。だけどショウくんは近接戦中心の魔導師。合体・分離ができる今の剣の特性上、両手で剣を扱う場合もある。そうなれば筋力の低下による感覚のズレは影響を与えるに違いない。

 剣を扱うようになって間もない人ならあれだけど、今のショウくんはシグナムさんに劣らない達人レベルの技量を持ってる。なら微妙な感覚のズレは常人よりも遥かに大きいものなのではないだろうか。現状ではかけがえのない前線メンバーではあるけど、もしものことを考えると……

 

「ん……なのは、何か俺に言いたいことでもあるのか? あれか、予定していた時間よりも遅れたから怒ってるのか?」

「別に怒ってないよ……ていうか、私の顔って怒ってたかな。私としてはそんな顔をした覚えはないんだけど。前々から思ってたことではあるけど、ショウくんって割と私のことを鬼教官というかそっち方面の印象を付けたがるよね」

「あの実に効率良く限界まで鍛え上げる教導はある意味鬼だと思うがな。あと十分に怒ってる顔をしてるぞ、現在進行形で」

 

 それはショウくんが怒らせるようなことを言ってるからなんだけど。フォワード達が近くに居るから怒鳴ったりはしないけど。一応みんなからは私は大人として見られているし、隊長として見本とならないといけないから。……どこかの誰かさんのせいですでに威厳的なものはなくなってる可能性が高いけど。

 それに加えて……ショウくんはショウくんでフォワード達の前でも割といつもどおり接してくるから締まりに欠けるんだよね。まあピリピリというか気まずい空気にしたいとは思ってないからある意味ありがたくはあるんだけど。でもだからって意地悪な言い回しをしなくてもいいんじゃないかな。

 ショウくんの今みたいな言動は子供の頃からあるけど、何度考えても私にだけ他よりも顕著な気がする。

 はやてちゃんやシュテルに対しても似たようなことは言えるだろうけど、今はともかく昔のはやてちゃんは唐突にボケたり……む、胸を揉んだりしてくる子だったから冷たくされたりするのも自業自得。シュテルも人のことをすぐからかうから当然といえば当然な気がする。

 冷静に思い返してみても、私はふたりほどショウくんに何かした覚えはない。にも関わらず意地悪されるってどういうこと……昔はからかわれたりするポジションではあったけど、でもからかうにしたってアリサちゃん達と顔を合わせたときとかでいいんじゃないかな。

 

「そんな今にも砲撃を撃ち込んできそうな顔で見ないでほしんだが」

「そんな顔してません……それともあれかな、それは撃ち込んでほしいって言うフリなのかな?」

「なのは、なのは落ち着いて。声のトーンが本気っていうか本当に砲撃撃ってもおかしくない顔してるから!?」

 

 フェイトちゃん、私は十分に落ち着いてるよ。あとフェイトちゃんとは親友だからフェイトちゃんの性格はよく理解してるつもりだけど、時折フェイトちゃんってさらりとあれこれ言っちゃうよね。そこに悪気がないのは知ってるし、優しいからこそ割って入ってきたとは分かるんだけど……私も人間だから微々たるものではあるけど思うところはあるんだよ。

 まあ……今私の胸の内にある感情の大半はショウくんに対するものなんだけど。フェイトちゃんに対して思ったこともまとめてショウくんに向けてもいいんじゃないかって思うほどに。

 フェイトちゃんやディアーチェには割かし思いやりがあるというか優しい言動をするくせに……もうちょっと私にも優しくしてくれていい気がするだけど。この前は私が泣き止むまで抱きしめてくれてたんだし。

 そこまで考えた瞬間、私は自分の顔が急激に熱くなるのを感じた。人前で泣いたことへの恥ずかしさもあるが、やはり異性に抱きしめられていたというのは羞恥心を刺激する。たとえその相手が昔から付き合いのある幼馴染とも言えそうな間柄でも。

 ……不味い、今あのときのことを思い出すのは非常に不味い。

 というか、私ってあのとき割と取り乱してたというかヴィヴィオのこと以外のことを考える余裕はなかったはずだよね。なのにショウくんから感じた優しさとか力強さをはっきりを覚えてるし、触れていて落ち着く、頼れる、甘えたいみたいなことを考えちゃう自分が居る。

 

「分かっていたことではあるが、本当お前って時折ひとりで百面相するよな。何考えてるかは知らないが、今後どう動くにしてもあまり気負い過ぎるなよ」

 

 そう言ってショウくんは空いていた私の隣の席に腰を下ろした。別に何か狙いがあって気負うなと言ったわけじゃないんだろうけど、今の私にとってはなかなかに精神に影響を与える言葉である。前触れもなしにアメをくれないでほしい。

 これからが大切って時なのに私を揺さぶらないでほしい。……私が勝手に揺れちゃってるだけなんだけど。

 昔から薄々ではあるけどショウくんに対して他の人にはない感情があるのは気づいていた。でもそれが何なのか、ちゃんと見つめようとはしてなかった気がする。

 それは多分今も一緒だ。見つめようと思えば見つめられるんだろうけど、私はそれよりも優先しようとすることがたくさんある。もしかしたらそれが祟って後々私は傷つくことになるのかもしれない。でもそれで良いと思う。

 だって私が傷つくよりもヴィヴィオやギンガを助け出すこと。今回の事件を終わらせることの方が大切なことだから。

 

「みんなお揃いやな」

「失礼します」

 

 室内に入ってきたのははやてちゃんとグリフィスくんだ。彼女達がここに来たということは何かしらの報告か今後の方針に関する説明があるのだろう。

 

「ショウくんもちゃんと居るみたいやね。腕の方は問題あったりせぇへんか?」

「問題があるなら制服の袖に腕は通してない」

「それもそうやな。完治したばかりであれやけど、今後のことを考えるとショウくんは重要な戦力。頼りにさせてもらうで」

「本業は技術者のはずなんだがな……まあ期待に応えられるように努力はするさ」

 

 昔からの名残を感じさせる会話ではある。でもはやてちゃんとしては本当はもっと言いたいことがある気がしてならない。でも彼女には部隊長としての立場や責任がある。それ故にショウくんに対して戦力といった言葉を使わぜるを得ない。

 ただそれはショウくんも理解してるんだろう。昔からふたりは互いのことをよく理解していた。中学卒業前くらいに一度ギクシャクしてたというか距離が出来たように思えるけど、あの頃は私達が自分達の道を歩き始めた時期でもある。それを考えれば多少距離が出来てしまうのはおかしいことじゃない。

 

「それで……今後の方針は決まったのか?」

「もちろんや」

「地上本部による事件の対策は相変わらず後手に回っています。理由としては地上本部だけの事件調査の継続を強行に主張し、本局の介入を固く拒んでいるからです。よって本局からの戦力投入はまだ行われません。また同様に本局所属である機動六課にも捜査情報は公開されません」

 

 地上本部と本局の仲が悪いのは今に始まったことじゃないけど、今の状況から考えれば互いに協力するのがベストだって思うはず。立場に違いはあれど管理局員ということには変わりはないんだから……それで簡単に事が進むのならそもそも仲が悪くなったりしてないんだろうけど。

 

「そけやけどな、私達が追うのはテロ事件でもその主犯格のジェイル・スカリエッティでもない。ロストロギア《レリック》、その捜査線上にスカリエッティとその一味が居るだけ。そういう方向や……で、その過程において誘拐されたギンガ・ナカジマ陸曹となのは隊長とフェイト隊長の保護児童ヴィヴィオを捜索・救出する。そういう線で動いていく……両隊長とショウくん、何か意見があれば聞かせてほしい」

 

 私達からすれば現状で最も動きやすい理想の状況だ。反対意見はこれといって浮かんでこない。だけど……そう簡単に今の状況が生まれるものではないということもこれまでの経験から分かってしまう。

 

「文句の言いようがない状況だけど……また無茶してない?」

「大丈夫なの?」

「後見人の皆さんの黙認と協力は固めてあるよ、大丈夫。何よりこういうときのための機動六課や。ここで動けな部隊を興した意味もない」

 

 はやてちゃんが部隊を興した理由は知っているし、それに賛同したからこそ私やフェイトちゃんは機動六課が出来た際に隊長を引き受けた。それに彼女の迷いのない目を見てしまってはこれ以上心配の言葉を掛けるのはかえって悪手に思えてくる。

 こういうときのはやてちゃんは相変わらずカリスマ性があるというか、素直に力になりたいとか何が何でも事件を終わらせてみせるって気にさせてくれる。子供の頃はあんな感じだったのに人は変わるものだ。まあこっちが本来のはやてちゃんなのかもしれないけど。

 

「了解」

「なら異存はありません」

「両隊長はOKみたいやな……ショウくんはどないや?」

 

 ショウくんは立場だけで言えば私やフェイトちゃんみたいに隊長職に就いているわけじゃない。しかし、彼は私達と同様に隊長として扱われても問題ない能力を備えている。故にロングアーチの副隊長みたいな扱いになってるわけだ。

 それを抜いたとしても、機動六課の中で最もはやてちゃんの意見に反対できるのはショウくんだろう。その意見は冷静な分析に基づいていることもあって無下に出来るものはほとんどない。もしもそれを無視する形で事を進めれば、今後常に何か引っかかっているような感覚に襲われるはずだ。

 

「何かあるなら素直に言うてくれてええからな」

「……どうもこうも言うことなんてあるわけないだろ。お前が大丈夫だって言うんなら今はそれを信じて進むだけだ」

「そうか……よし、なら捜査・出動は本日中の予定や。みんな万全の態勢で出動命令を待っててな」

 

 私達が一斉に肯定の返事をすると、はやてちゃんはグリフィスくんを連れて部屋から出て行った。フェイトちゃんやフォワード達もそれぞれ動き始める。

 

「さて……」

「あ、ショウくん。ちょっといいかな?」

「何だ?」

「その……フォワード達のデバイスのファイナルリミッターを解除しようかなって思ってるんだ。本音を言えばもう少し慎重に行きたかったけど、状況が状況なだけにそうも言ってられないし」

 

 ショウくんは一瞬考える素振りを見せたけど、すぐに私に視線を戻す。

 

「そうだな……まあ今のあいつらならどうにか使いこなせるだろう。分かった、どうせ全員のデバイスの状態は確認しておきたかったからやっておく。マッハキャリバーに関してはマリーさん達が修理ついてで強化も行うかもって言ってたから頼んでおこう」

「うん、お願い。怪我が治ったばかりなのにごめんね」

「感覚を戻すリハビリにもなるし、何よりそういうのは俺の本職だ。気にするな」

 

 そう言われてしまっては私が返す言葉はありがとうというお礼の言葉しかなくなる。言ったところで彼は仕事だとか言って素直に受け取ってくれないんだろうけど。

 

「……そういえば、ファラ達の姿が見えないけど」

「あぁ、あいつらは今メンテナンスと強化を行ってもらってる」

「強化って試作の? そういうのもショウくんの仕事だってのは理解してるけど、今は安定性を重視したほうがいいんじゃないかな?」

「心配しなくていい。強化といってもブレイドビッドみたいな攻撃や装甲に関するパーツを追加するだけだ」

 

 確かに相手が相手なだけに長期戦になる可能性は十分にありえる。

 ショウくんはスタイル的にはフェイトちゃんと同じようにどの距離でも戦えるオールラウンダーだけど、最も真価を発揮するのは近接戦闘だ。昔よりも格段に良くなったとはいえ、インテリジェントデバイスはアームドデバイスよりも耐久力に劣るのに変わりはない。

 それを補うためにファラは合体剣に姿を変えたわけだし、予備のブレイドビッドみたいなのを用意しておいて損はない。それにブレイドビッドみたいなものなら確立された技術だし、安全性も高いだろうから心配することもないかな。

 

「そっか、なら大丈夫かな。作業の方はシュテル達がやってくれてるの?」

「まあな。今の俺よりはあいつらの方が作業は速いし……可能ならリミッターの解除とかも手伝ってもらおうかな。そうした方がメンテナンスする時間も作りやすくなるし……最低でもお前のレイジングハートは見ておきたいからな」

「あはは……エクシードはともかく、ブラスターは使うつもりないんだけどな」

 

 エクシードモードとブラスターモード。

 これらはかつて使用していたエクセリオンモードの代わりに存在している。

 まずエクシードモードについてだが、このときの外見はエクセリオンモードと酷似している。だけど射撃と砲撃を徹底的に特化させた仕様にしてあるため、常に莫大な魔力を消費していたエクセリオンモードより負荷は少なく、また一点特化させたことで扱いも良くなっている。限定解除時のフルトライブ状態と言えるかもしれない。

 次にブラスターモード……これは私とレイジングハートの《最後の切り札》。

 新システムである《ブラスターシステム》を使用するリミットブレイクモードであり、ブラスタービットと呼ばれる射撃や砲撃を行える遠隔操作機を私とレイジングハートで最大4基稼働させることができる。

 コンセプトは使用者とデバイス、双方の限界を超えた強化を主体にしている。そういう意味ではエクセリオンモードに近い。

 でも……ブラスターはエクセリオンモードを超えた機能を持ってる。強化は段階的に行うけれど、最低限の強化でも負荷はエクセリオンモード以上になり得る。最大強化……ううん、そこまでしなくても少しでも使うタイミングや使い方を間違えば私は魔導師としての道を歩めなくなるに違いない。それくらいブラスターは危険だ。

 

「ただでさえあれは負荷が大きいんだ。そう易々と使われても困る……必要ないのに使っていたらフェイトあたりは泣きながら怒るぞ」

「分かってる、使うつもりはないから大丈夫だよ」

「あいにく俺はお前の大丈夫ほど信用していない大丈夫はない」

 

 これまでのことを考えればそう言われても仕方がない部分はあるけれど、でも最近は無茶な戦い方とかはしていないし、ブラスターモードを使わなくても十分に戦える力量は付けているつもりだ。それはショウくんだって分かってるはずなんだから、そこまで本気のトーンで言わなくてもいいと思う。

 

「だからそういうところが意地悪って言うんだよ。そんな風に言うならブラスターモードの開発に協力しなければよかったのに」

「あのな、知らないところで滅茶苦茶なものを作られる方が困るだろ。それに……無理や無茶をしなくちゃどうにもならない状況があるのも事実だ。どれだけ傷つくことになろうと死なれるよりずっと良い……他は止めるだろうが、もしも必要だと思ったら迷わず使え。その代わり、必ず生きて帰ってこい」

「……うん、約束する。どんなに傷ついても必ず帰って来るよ。だからショウくんも絶対生きて帰ってね」

「当たり前だ。親よりも早く死ぬわけにはいかない」

 

 

 



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第30話 「悪夢の英知」

 なのはと共に艦内を歩いているとリインと合流し、そのあと今後の動きなどを話し合いながら歩いていた。すると突如艦内に緊急事態を知らせるアラートが鳴り響く。

 すぐ傍に表示されたモニターに映ったのは、地上本部が開発を進めていたアインヘリアルと呼ばれる兵器が、戦闘機人達に襲撃され制圧される光景だった。

 

「そんな……こうもあっさりと地上の部隊が倒されるなんて」

「敵にはAMFがあるから魔法が通りにくいし、あの戦闘機人達も出てる。しかも……私の感覚が間違ってないならこれまでよりも動きが良い気がする」

「ああ、間違いなく速くなってる」

 

 インテリジェントデバイスは稼働時間に応じて人間らしくなり、所有者に適した運用をしていくようになる。それと同じように戦闘機人達が得たデータから自身をアップデートさせることは十分に可能だろう。

 いや……だろうなんて予想ではなく可能のはずだ。何故ならあの戦闘機人達を作り上げたのはジェイル・スカリエッティなのだから。

 仮に他の犯罪者が戦闘機人を作ったとしても、あそこまでのスペックはない。アップデート出来たとしても、潜在的なスペックには雲泥の差があるはずだ。故に……

 

「あいつらをこのまま放置すれば……厳しいなんて言葉じゃ足りなくなるな」

「うん。早いうちに手を打ちたいところだけど……嫌な具合に分かれてる。私達が出て行くと何かあったときの対応が遅れかねない」

「だからはやても命令を出せずにいるんだろう」

 

 六課をリミッターを外せばSランク越えやSランクに迫る魔導師達が多く存在している。ランクで全てが決まるわけではないが、単純に考えれば現状で六課以上に戦力を持つ部隊はほぼないに等しい。つまり六課は切り札……俺達の負けはこの戦いの敗北を意味する。

 そう考えていると、ヴェロッサからの直通通信がアースラに届いた。内容は敵のアジトを発見したが、現在ガシェット達の攻撃を受けているというもの。聖王教会の方に増援要請をしたが、こちらからも制圧戦力を投入してほしいそうだ。

 さすがは捜査官……と言いたいところだろうが、現状でそれを伝えるのはナンセンスだ。そもそも、伝えたところであいつはフェイトやゲンヤさん達がこれまでに集めた情報のおかげだ、などと言うだろう。

 

「アジトを見つけるなんてすごいです。そこを制圧出来ればこっちが勝ったも同然……!」

「それはそうだが……あのスカリエッティがこれで終わるとは思えない」

 

 俺が言い終わるのと同時に地上本部に向かう敵勢力の映像が表示される。その中には先日ヴィータ達を退けたあの騎士と炎を操る融合騎の姿もあった。

 こいつらだけ別ルートで向かっているようだが……。

 思考を遮るように続いて廃棄都市に膨大なエネルギー反応が確認される。それは戦闘機人であり、こちらも地上本部に向かっているそうだ。

 

「――っ……あれって!?」

「ギ、ギンガじゃないんですか!?」

 

 なのは達の反応が示すように映像にはギンガの姿が確認できる。他の戦闘機人達が纏っているバトルスーツのような恰好をした状態で。

 映り出された映像から見る限り洗脳状態にあるような顔はしていない。が、ウェンディとか言う戦闘機人や二振りの光剣を持っている戦闘機人と行動を共にしているあたり、俺達の知るギンガとは考えにくい。

 捕獲した相手のデータをただ取って終わらせる、なんて温い事をスカリエッティがするとは思ってなかった。だが覚悟していても身近な人間が敵側に回るというのは精神的に来るものがある。

 

「そ……んな」

「しっかりしろなのは」

「でも……」

 

 確かになのはの気持ちは分かる。もしも戦場で顔を合わせれば、今のギンガは俺達を容赦なく攻撃してくることだろう。

 人質として使われるのも助け出すまでに何かされる恐れがあるので困るが、敵戦力として投入されるのも最悪のケースが考えられるだけに実に嫌な手だ。

 とはいえ、ギンガが生きていてくれた。

 最も考えられた最悪はデータは取れたからもう必要ないと命を絶たれることだった。だが何かしら記憶が改ざんされているとしても生きていてくれたのならば救い出すチャンスはある。

 おそらくスバルもアースラに来ててこの映像を見ているだろう。この前の戦闘で負った怪我自体はスバルもマッハキャリバーも完治しているだろう……が、精神的ダメージが完全に消えているとは思えない。俺やなのはでさえ動揺や不安が過ぎるのだからあいつの精神は今誰よりも揺れていることだろう。

 だが……だからといって俺が成すべきは変わらない。六課メンバーと協力してこの事態を収束させる。そのうえでギンガとヴィヴィオを必ず救い出す。スバルやなのはと約束したのだから。

 

「敵に捕獲された時から考えられたことだ」

「それは……そうだけど」

「今すぐ割り切れとは言わない……だがこういうときこそ前向きにだ。考え方を変えればギンガを助けるチャンスが巡ってきたことになる。悪い事ばかりじゃない。だから少なくともフォワード達の前では顔に出すなよ」

「……うん、そうだね。私はもう子供じゃない……スターズの隊長なんだから」

 

 本当ならなのはにはそんな言葉を言ってほしくはないし、言わせたくもない。

 なのはの日頃浮かべるあの笑顔を知っている者ならば……彼女が魔法と出会ってからの日々を知っている者なら俺のように考える奴は他にも居るだろう。

 けれど……なのはの言うように俺達はもう子供じゃない。

 リンディさんやクロノのように今でも守ってくれる人は存在している。だが俺達が守ってやるべき相手も存在しているのだ。

 守るためには力が居る。力がある者にはそれ相応の責任が伴う。故に俺達はそれを今は果たさなければな

らない。

 

「……ふふ」

「どうした急に?」

「ううん、何でもないよ。ただ……ショウくんの言うとおりだなって思って。気持ちで負けてたらダメだよね」

 

 そう言って笑うなのはの瞳には力強い意思が宿っている。

 これまでに何度も見てきた真っ直ぐで不屈の心を感じさせる目。どんな状況でも諦めないこいつが居たから……こいつに出会えたから今の俺はあるのだろう。

 もしもなのはが居なかったならジュエルシードを巡る事件に深く関わることはなく、いつまでもただ変わらなければと思うだけの子供だったかもしれない。闇の書を巡る事件では、はやてやヴィータ達を助けたいと望みながらもアインスに敗北したことだろう。あのとき隣になのはが居てくれたから……俺ははやて達を救い出すまで戦えたんだ。

 出会ったことで傷ついたこともある。けれどその傷があったから……それに負けない幸せな時間があったからこそ今の俺はある。

 スカリエッティ一味との抗争は終盤を迎えているだろうが、終止符が打たれるまでに次々と心が折れるような出来事があるだろう。ただそれでも俺は諦めたりしない。大切なこいつらとの繋がりを守ってみせる。

 だがスカリエッティは、狡猾さを出し惜しみするつもりはないのか、管理局側の気持ちを砕くかのように更なる一手を投じる。

 例の召喚士の少女が確認されたかと思うと、彼女が召喚した無数の虫達が地鳴りを起こし始める。それと同時にスカリエッティからの映像も流れ始めた。

 

『さあ……いよいよ復活の時だ。私のスポンサー諸氏、こんな世界を作り出した管理局の諸君、偽善の平和を謳う聖王教会の諸君……見えるかい? 君達が危惧しながら恐れていた絶対的な力……!』

 

 スカリエッティの言葉に呼応するかのようにモニターに映る地面は次々と裂けていき、繋がりを絶たれた一部の大地が浮かび始める。

 数キロメートルはあるであろう大地を持ち上げたつつ姿を現したのは……蒼色と金色を基調とした装甲の空中戦艦だった。

 

『旧暦の時代……一度は世界を席巻し、そして破壊した古代ベルカの悪夢の英知!』

 

 名前は《聖王のゆりかご》。

 確か旧ベルカ時代に劣勢に立たされていた聖王軍が使用したとされ、見事勝利へと導いた超大型質量兵器……あれがスカリエッティの切り札か。

 

『見えるかい? 待ち望んだ主を得て古代の技術と英知の結晶は今その力を発揮する!』

 

 そこで画面は切り替わり、聖王のゆりかごの内部と思われる映像を映し出す。

 玉座のような場所に浮かぶひとつの小さな影。目を閉じて玉座に座っている幼い顔立ちと金色の髪の少女は、つい先日まで俺達の傍に居たヴィヴィオに他ならない。

 

『……――ッ!? 痛い……いや、怖いよ! ママ、ママぁぁッ!』

 

 泣き虫な一面のあるヴィヴィオだが、それでも今味わっている痛みが転んだ程度のものでないことくらいは分かる。顔を歪ませて泣き叫ぶヴィヴィオの姿に誰もが悲痛の表情を浮かべている。

 特に愛情を注いでいたなのはの瞳からは先ほどまでの力強さは消え失せ、今にも心が壊れてしまいそうな顔をして体を震えさせている。それでもレイジングハートを固く握り絞めモニターから目を離さないのは、彼女の胸中に必ずヴィヴィオを救うという強い想いがあるからだろう。

 

「ヴィ……ヴィオ……」

『うぅ……痛い、痛いよぉぉぉッ! ママぁぁぁッ、パパぁぁぁぁッ!』

『さあ! ここから夢の始まりだ。フハハ……フハハハハハ……フハハハハハハハハッ!』

 

 ……スカリエッティ。

 何が夢の始まりだ。貴様の自分本位で自分勝手な欲望を満たすためにあの子を……ヴィヴィオを利用するのか。

 俺はなのはやフェイトのようにヴィヴィオの保護責任者でもなければ、特別子供な好きな奴でもない。正直なところ、ヴィヴィオにパパと呼ばれることに困っていた。

 俺はあんな大きな娘が居る年齢でもないし、昔と違って俺達にはそれぞれの立場がある。別に管理局は恋愛を禁止しているわけではないが、俺と違ってなのはやフェイトは世間にも認知されている有名人だ。

 六課のメンツはともかく、世の中には好き勝手あることないこと捏造して騒ぎ立てる連中も居る。夢に向かって進み続けるあいつらの障害になる可能性は少しでも低くするべきだろう。いや、この言い方は正しくない。俺がそうしたいだけだ。

 

「……だが」

 

 それでも、自分の事をパパだと呼んで慕ってくれた子供を無下にするつもりはない。

 俺にとってあの子は……ヴィヴィオは娘というわけじゃない。今後の流れ次第ではそうなる可能性がないわけではないが、少なくとも今はそれはない。

 ――けれどこれだけははっきりと言える。

 ヴィヴィオは俺の中ですでに大切な存在だ。笑ってくれれば嬉しいと思うし、泣いているところを見れば辛いと感じる。出来ることなら今すぐにでもあの子の元に駆けつけて助け出し抱きしめて安心させてやりたい。

 スカリエッティ……このまま貴様の思うがままに物事が進むと思うなよ。貴様の野望は止めてみせる……必ず!

 

 

 



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第31話 「決戦の始まり」

 状況の解析が進む中、俺を含めた前線メンバーは会議室に集められた。そこで艦長席に居るはやてから今後の方針についての話を受ける。

 

『理由はどうあれレジアス中将や最高評議会は、異形の天才犯罪者ジェイル・スカリエッティを利用しようとした。そやけど……逆に利用されて裏切られた。どこからどこまでが誰の計画で何が誰の思惑なのか、それは分からへん』

 

 それはそうだろう。はやての前にミゼット提督が話をしていたのだが、それによれば最高評議会の3人は旧暦の時代……まだバラバラだった世界を平定した者達であり、その役割を継いで現在も活動している時空管理局を見守るために評議会制を作った連中だ。

 最高評議会の連中がどういう奴らなのか俺は知らない。だがスカリエッティなんて男を利用して平和を築こうとしたあたり、心から信用できる善人ではないだろう。考え方によっては、自分達の描く平和を作り出したいと考えるエゴイスト達なのではなかろうか。

 ……いや、今はそんなことは些細なことだ。組織の上の人間がどうであろうと、目の前の現実が変わるわけじゃない。俺達がすべきことは……

 

『そやけど今、巨大船が飛んで街中にガシェットと戦闘機人が現れて市民の安全を脅かしてる。これは事実……私達は止めなあかん』

 

 はやての言葉になのはとフェイトが代表するかのように力強く頷く。

 そう、俺達が成すべきことは今起こっている事態を終息させること。俺は全ての人間を助けたいと思う善人でもなければ、窮地に必ず駆けつける正義の味方でもない。

 俺の両手はふたつしかないし、その届く距離も限られている。昔と比べれば遠くまで届くようになってはいるが、だとしても助けられるのは全体から見ればごくわずか。……それでも助けられるのならば俺は手を伸ばす。ここに居る多くの仲間のように。

 

「ゆりかごには本局の艦隊が向かっているし、地上の戦闘機人やガジェット達も各部隊が協力して対応に当たる」

「だけど高レベルのAMF戦をできる魔導師は多くない。私達は3グループに分かれて各部署に協力することになる」

 

 各グループの目的は聖王のゆりかごへの対応、地上の防衛、スカリエッティのアジトの制圧になるだろう。ここでの采配ミスはあとで致命的になりかねないわけだが、だからといって慎重に慎重を期すだけの時間もない。

 故に編成は次のようになった。

 聖王のゆりかごへの対応はなのはにヴィータ、はやてと空戦と殲滅力に長けた隊長陣、地上の防衛にはフォワード達に加えてシグナムが当たる。スカリエッティのアジトへはフェイトが向かうことになった。

 戦力の均等さを考えるならば、俺はフェイト共にスカリエッティのアジトへ向かうべきなのだろう。だが聖王のゆりかごは超大型の質量破壊兵器。迅速に対応しなければならない。そのため俺も聖王のゆりかごへの対応に当たることになった。

 会議は終了を迎え、それぞれ最終決戦に向けての行動を始める。そんな中、最後の方に出ようとしていたフェイトに近づく3つの影があった。それはエリオにキャロ、そしてフリードだ。

 

「フェイトさん」

「あの……」

「……別グループになっちゃったね。ごめんね……私、いつも大切な時にふたりの傍に居てあげられないね」

「そんな……」

「フェイトさん……ひとりでスカリエッティのところへなんて心配で」

 

 エリオやキャロが不安に思うのは無理もない。ふたりよりも付き合いが長くフェイトの実力を知っている俺だって心配なのだから。フェイトのことを母親……とは思っていない気がするが、それでも大切な存在に思っているふたりが心配するのは当然と言える。

 

「緊急事態のためにシグナムには地上に残ってもらいたいし、アコース査察官やシスターシャッハも一緒だよ。ひとりじゃない」

 

 そう言ってフェイトはエリオ達を優しく抱きしめ、頑張ってと声を掛ける。エリオ達も幼いとはいえ局員の一員であり、フェイトの実力も知っているため、引き下がることを決めたらしく最後に無理はしないように告げた。

 

「ふたりも無理しないようにね」

「「――はい」」

「……ぁ、ごめんねショウ。道塞いじゃって」

「別にいいさ。これから六課が始動してから最も過酷な戦いに身を投じるんだから……まあフォワード達には出発前になのはから話があるようだし、一応俺もあいつの補佐としてお前達を見てきたからな。あまり長居されると小言を言われるから困るんだが」

 

 俺の言葉にフェイトは苦笑いを浮かべ、そういう事を言うからなのはから小言を言われるんだと返事をしてくる。

 とはいえ、それがちょうどいい区切りになったらしくフェイトは俺やエリオ達に一言言うと部屋から出て行った。俺はいつまでも会議室に留まっても意味がないのでエリオ達を連れて移動を開始する。

 時間は刻一刻と進み続け、アースラは第1グループ降下ポイントまで3分の位置まで移動した。俺の目の前にはフォワード達が並んでおり、隣には共にフォワード達の教導を担当してきたなのはとヴィータが立っている。

 

「今回の出動は今までで一番ハードになると思う」

「それにあたしとなのは、それにショウもお前らがピンチでも助けに行けねえ」

「だけど、ちょっと目を瞑って今までの訓練の事を思い出して…………ずっと繰り返してきた基礎スキル、磨きに磨いたそれぞれの得意技、痛い思いをした防御練習、全身筋肉痛になっても繰り返したフォーメーション、いつもボロボロになるまで私達と繰り返した模擬戦……」

 

 目を瞑っているフォワード達はなのはの言葉にこれまでの記憶が鮮明に蘇っているのか、誰もが見ても苦虫を噛み潰したような顔をしている。まあそれも当然だろう。教導側からしてもなのはが課してきた訓練はハードだったのだから。

 

「ふふ……目開けていいよ。まあ私が言うのもなんだけどきつかったよね」

「それでも、ここまで4人ともよく付いて来た」

「そうだな。4人とも誰よりも強くなった……とはまだ言えない。だがどんな相手が来たとしても、どんな状況になったとしても負けないように俺達は教えてきた」

「うん。守るべきものを守れる力、救うべきものを救える力、絶望的な状況に立ち向かって行ける力……ここまで頑張ってきたみんなにはそれがしっかりと身に付いてる。夢見て憧れて必死に積み重ねてきた時間、どんなに辛くてもやめなかった努力の時間は絶対に自分を裏切らない……それだけは忘れないで」

「きつい状況をビシッとこなしてこそのストライカーだからな」

 

 隊長陣の鼓舞にフォワード達は元気に返事をし、出動の号令に敬礼を返すと行動を始める。ついこの間までは頼りなかったのにずいぶんと頼もしくなったものだ。

 そう感じる中で走っていくティアナ達とは対照的にその場を動こうしないスバル。表情から察するに何か言いたいことがあるようだ。

 

「……あたしは先に行くぞ」

「うん」

「ショウ、ちゃんとスバルを行かせてなのはを連れて来いよ」

「そこまで心配することはないと思うが……分かった」

 

 ヴィータは軽く手を挙げて意思を示すと足早に去って行った。この場に残されたのは俺になのは、そしてスバルの3人。スバルの曇った顔から考えるにギンガのことで不安でもあるのだろうか。

 

「スバル、ギンガのこともあるしきっと……」

「あの、違うんです! ギン姉は多分大丈夫です。私がきっと助けます。今は……なのはさんとヴィヴィオのことが」

「……ありがとうスバル、でも大丈夫だよ。1番怖いのは現場に行けないことだったんだけど、八神部隊長がそこをクリアしてくれた。現場に行って全力全開でやっていいんだったら不安なんて何もない。ヴィヴィオだって大丈夫。私がきっと助けてみせる」

 

 ヴィヴィオの泣き叫ぶ姿を見た時には今にも崩れそうだったわけだが、今のなのはの瞳にはいつもの力強い輝きが戻っている。俺が発破を掛けたこともあって強がっている可能性もありはするが、それでも心が折れそうなほど脆い状態ではないのは分かる。こういうところが俺が憧れた昔から変わらないなのはの強さ……心の強さなのだろう。

 

「だから心配ないよ。スバルが憧れてくれたなのはさんは、誰にも負けない無敵のエースなんだから」

「……はい」

 

 いつものような元気のある返事ではなかったが、スバルの目からは先ほどまでの不安は消えている。涙は浮かんでいるもののそれは負の感情から来ているものじゃない。心配することはないだろう。

 

「あの……ショウさん」

「悪いな……ギンガを助けるって約束したのに一緒に行ってやれなくて」

「いえ、いいんです。ショウさんの想いは私の胸の中にありますから。ギン姉のことは私に任せてください。絶対助けてみせます!」

「そうか……そっちのことはお前達に任せる。だからこっちのことは俺達に任せておけ。お前は俺達が育てた自慢のフロントアタッカーだ。マッハキャリバーと一緒に頑張って来い」

「はい!」

 

 スバルは涙を拭うとしっかりとした足取りでヘリと向かって行った。見送りを終えた俺となのはは、他の隊長陣が待っている出動場所へと移動する。そこには先に行っていたヴィータの他にはやて、途中まで共に行動するフェイト、そして最終調整を終えたファラとセイの姿があった。

 

「よし、これで全員揃たな。ほんなら隊長陣も出動や!」

 

 はやての声に俺達が一斉に返事をすると、床が開き大空へと飛び出して行く。それと同時に聖王教会に居るカリムが俺達に掛かっていたリミッターを全て解除。制限から解放され本来の能力に戻った俺達はそれぞれデバイスを起動しバリアジャケットを纏う。

 

「エクシードドライブ!」

 

 掛け声と共になのはのバリアジャケットがミニスカートのものからロングスカートのものへと変化する。長時間の活動を考えて使っていた形態から戦闘重視の形態に戻したようだ。

 俺にもなのはのようにバリアジャケットの形態は存在しているが、今の形態は合体剣を扱うために調整したものであるため、切り替えるのはかえって悪手だ。

 それに……バリアジャケット云々の前に俺にはセイが居るわけだしな。

 ただ今はユニゾンはしていない。万全を期すならばユニゾンしておくべきなのだろうが、聖王のゆりかごの周りには大量のガシェットが存在している。それを効率良く排除するならはやての広域魔法がベストだ。

 ただそれを行うには護衛が必要になる場合もある。セイの単独での戦闘力は十分期待できるため、今は臨機応変に動けるように別々に行動しておいたほうが良いだろう。

 

「……なのは」

「フェイトちゃん?」

「レイジングハートのリミットブレイク《ブラスターモード》。なのはは言っても聞かないだろうから使っちゃダメとは言わないけど……お願いだから無理はしないで」

「何か似たようなことショウくんにも言われたけど……私はフェイトちゃんの方が心配。フェイトちゃんとバルディッシュのリミットブレイクだって凄い性能だから危険や負担だって大きいし」

 

 お互いのことが心配なのは分かるが、戦場に向かっているのに学校にでも居るかのような雰囲気で話すのはどうなのだろうか。まあ変に硬さがあるよりは良いのだが。

 正直……友人かつ技術者としてはなのはにもフェイトにもリミットブレイクは使ってほしくはないんだがな。リミットブレイクの言葉が意味する通り使用者・デバイス共に限界を超えた力を引き出すわけだし。

 とはいえ、あれこれ言ったところで聞くような連中じゃない。それは今までの付き合いははっきりしている。それに最も大切なのは生きて帰って来ることだ。決戦と呼べる戦いなだけに多少の無理くらい目を瞑ってやるべきだろう。

 

「私は平気、大丈夫。なのはと違ってショウからそういうこと言われたりしないし」

「む……はぁ、フェイトちゃんは相変わらず頑固だなぁ」

「なっ……なのはだっていつも危ないことばっかりしてるくせに」

「だって航空魔導師だよ? 危ないのも仕事だもん」

「そうだけど、でもだからってなのはは無茶が多すぎるの!」

 

 高速飛行しながらこのふたりは何をしているのだろう。もしもここにフォワード達が居たならば間違いなく呆気に取られる会話なのだが。はやてやヴィータが呆れるくらいで済んでいるのはひとえに10年来の付き合いがあるからだろう。

 

「私が……私達がいつもどれだけ心配してるか」

「知ってるよ。ずっと心配してくれてたことよく知ってる。だから今日も必ず帰ってくる……ヴィヴィオを連れて、一緒に元気に帰ってくる」

「……うん」

 

 最近は大分なかったように思えるが……今でもこのふたりだけの空間は健在のようだ。俺は彼女達にとって近しい異性だと思われているだろうし、そのへんの局員よりも親しい関係だと思ってはいるが……それでもこれまでに彼女達に浮いた話がなかったのはこういう部分も関係しているのではなかろうか。

 

「あの……フェイトちゃんそろそろ」

「あ……あ、うん」

「フェイト隊長も無茶すんなよ。地上と空はあたしらがきっちり抑えるからな!」

「うん、大丈夫」

「頑張ろうねフェイトちゃん」

「うん、頑張ろう」

 

 なのはの突き出した拳にフェイトも同じように拳を突き出す。地球で考えれば男性同士でしそうなことではあるが、今居るのは魔法世界であり俺達は魔導師だ。戦友同士でやっていると考えれば性別なんてものは気になりはしない。

 

「……ん?」

「え、えっと……それじゃあ行ってくるね。ショウも頑張って」

「ああ。気を付けてな」

「うん」

 

 笑顔で返事をしたフェイトは、すぐさま意識を切り替えて速度を上げて高度を下げていく。姿が見えなくなるまで見送った後、俺達も速度を上げて聖王のゆりかごが居る空域へと向かう。

 飛翔し雲を抜けた先には移動し続ける巨大な戦艦。それを守るように様々な型のガシェットが無数に存在している。俺達はすでに戦闘に入っていた魔導師達と合流し、ガシェットを撃破しながら内部への突入口を探し始める。

 

「――せあッ!」

 

 相棒であり愛剣でもあるファラを振るってガシェット達を次々と斬り伏せる。リミッターが掛かっていた状態ではAMFを突破するために技術をフル稼働させていたが、今の状態ならば他の部分にも意識をより回すことが出来る。

 

「それにしても……凄まじい数のガシェットが出ていますね」

「ああ。見た限りゆりかごから次々と出てきてるみたいだからな。早いとこ突破口を見つけないとジリ貧も良いところだ」

「マスター」

「この空域には思っていた以上の数の魔導師が戦ってくれている。なのはやヴィータは一騎当千、はやても指揮能力には長けている。周囲に魔導師が居ることを考えればフォローに回る必要もないだろう。……行くぞセイ!」

 

 俺の意思を汲み取るようにセイは同じタイミングで「ユニゾンイン!」と言葉を紡ぎ、俺達はひとつになる。金色の髪と碧い眼がその証だ。

 左手で腰から刀身の中に柄を入れた長剣型ブレイドビッドを引き抜く。左右の手に剣を持った状態で俺は空域を飛び回り、襲い掛かってくるガシェット達を次々と斬り捨てる。

 

『……フフフ、さすがは黒衣の魔導剣士(ブラックフェンサー)。技術者だけでなく魔導師としても一流のようだ』

「――っ!?」

 

 突如背後から聞こえた覚えのある声に反射的に振り向くと、そこにはモニター越しに映る天才犯罪者の姿があった。

 

「……ジェイル・スカリエッティ」

『フフフ……こうして話すのは初めてだね。とはいえ、君のことは色々と調べさせてもらったから一方的に知ってはいるのだが』

 

 命を何とも思っていなさそうな奴に一方的にあれこれ知られているかと思うと生理的な嫌気が体中に走る。

 とはいえ……ノーヴェやウェンディとか言う戦闘機人達は俺の事を知っているようだった。その親玉であるこいつが知らないということはまずない話か。

 

「どうやら俺だけに話しかけているようだが……いったい何のつもりだ?」

『そうだね……簡潔に言ってしまえば、私は君に興味があるのだよ。人型のインテリジェントデバイスや現代で初めて作り出されたであろうユニゾンデバイスの主であり……Fの遺産であるあの子達とも親しい間柄にある君にね』

 

 人型のインテリジェントデバイスはファラのことだろうし、ユニゾンデバイスはセイのことだろう。ただFの遺産というのは……。

 ――F……そしてあの子達。……プロジェクトFか。

 ならばスカリエッティの言うあの子達というのはフェイトとエリオのことだろう。考えるだけでも気分は悪くなるが、生命操作を行うこの男がフェイト達に興味を持つのは理解できる。しかし、そこと繋がりがあるからと言って俺にまで興味を持つだろうか。

 フェイト達のこと以外にもファラやセイといった一般からすれば特殊なデバイスを所持し研究もしているが……だとしてもこの3つではこの男が興味を持つには材料が足りないように思える。

 何か特殊な技術でも求めているのか? 確かに俺には技術者の知り合いも多いが……しかし、それなら義母さんやシュテルを狙う方が手っ取り早いはずだ。そもそも、奴は犯罪者とはいえ知能指数で言えば義母さんも上回るだろう。自分以外の技術者を欲しがる必要はないはずだ。

 

「適当なことを言うな。本当の狙いは何だ……俺を捕まえてフェイト達を屈服させる材料にでもするつもりか?」

『フフフフ……なかなか鋭い読みだ。しかし、あいにく私は君を捕まえたりするつもりはないよ。君の持つデバイスのデータは手に入れたくもあるがね』

「貴様……」

『そうカッカしないでくれたまえ。こうやって君に連絡したのは君にあるプレゼントを渡すためなのだから』

「プレゼントだと?」

『ああ、そのとおり。さあ……受け取ってくれたまえ!』

「――っ!?」

 

 背後に気配を感じた俺はファラ達の呼び声と同時に振り返り、現れた影に向かって剣を振るう。ガシェットⅢ型は真っ二つになり沈んでいくが、その向こう側に暗い青色の結晶が見えた。ジュエルシードかとも思ったが、あれよりも二回りほど大きい。

 ――何だ……あれは?

 次の瞬間、結晶から強烈な光が放たれる。視界の全てが光に包まれたことで俺の視界はゼロになり、それと同時に体の中を探られるような感覚に襲われた。

 体の制御を奪われるのかと思い後方へと動く。感覚に狂いがないか瞬時に確かめるが、手足はきちんと動き問題なく飛行できる。光によって視界が遮られていること以外は問題がないようだ。

 

「いったい何が…………なっ……」

 

 光の収束と同時に俺は言葉を失った。回復した視界に非現実的な存在が映ったからだ。

 長い銀色の髪に寂しげな赤い瞳、黒衣の騎士甲冑に背中にある6枚の黒翼……これらの特徴を持つ人物は俺の知る限りひとりしかいない。

 だが俺の脳はそいつであるはずがないと否定する。何故ならそいつは……彼女は10年も前に空へと還っているのだから。

 あの日をことを忘れるはずもない。忘れたこともない……だからこそ俺の思考は錆びついた歯車のように上手く回らずに停止する。

 

「どうして……どうしてお前が居るんだ? ……アインス」

 

 

 



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第32話 「崩れ落ちる雷光」

 なのは達と別れた私はひとりスカリエッティのアジトへ向かい、入り口で待機していたシスターシャッハ達と合流した。私はシスターシャッハと共にアジト内部へと侵入しスカリエッティの捕縛へと向かう。

 

「…………これは!?」

 

 アジト内を進んでいるとシスターシャッハの目があるものに止まった。それはナンバーが振られている無数のカプセル。中に見える人影からしてこれが何なのかの推測は簡単だ。

 

「人体実験の素体?」

「だと思います。人の命を弄び……ただ実験材料として扱う。あの男がしてきたのはこういう研究なんです」

 

 ここにある素体が研究の成功体に入るのならば、これらの素体達が出来上がるまでにどれだけの犠牲が出たのか私には想像もつかない。ただあの男の性格から考えれば、罪もない人を罠に嵌めたりして実験材料にすることもあっただろう。

 命を扱う技術――人工の臓器といったものに関しては私達の命を繋ぐためのものだ。だけどあの男は戦うための道具……兵器を作り出すために命を弄ぶ。向ける方向性を変えれば多くの人々を救えるというのにどうして他人を傷つけるような道を選ぶのだろうか。

 

「……1秒でも早く止めなくてはなりませんね」

「はい……っ!?」

 

 突然アジトに振動が響き渡る。爆発音のようなものも聞こえてくるが、いったい何が起こったのだろう。

 この場所は必要ないと判断して崩壊させるつもりなんじゃ……ううん、ここにもまだガジェットといった戦力は残っているはず。ならそれを使って私達の余力を少しでも削ってから手を打った方がより良い結果に繋がるだろう。

 そう考え冷静に周囲を観察すると、天井にガジェットⅢ型の姿があった。ただ柱が邪魔でこちらに来ることが出来ないでいる。先ほどの振動はこれが原因のようだ。

 

「――ッ」

 

 視線を上から戻した瞬間、床から手が出てくるのが見えた。敵の戦闘機人の中には壁などを通過できる能力を持つ個体が居たのを瞬時に思い出した私は、すぐさまその場から後方へと跳ぶ。

 床から強襲してきた戦闘機人の攻撃を私は回避に成功するが、シスターシャッハは一瞬反応が遅れてしまい敵に足首を掴まれる。アジトに侵入したときからバルディッシュをザンバーフォームで起動していた私は反射的に助けに行こうとするが、そこにブーメラン状のはものが飛来する。

 とっさにザンバーで防御したのでダメージはなかった。シスターシャッハは自分を掴んでいる戦闘機人に反撃を行って床を砕く。だがそこに先ほどのガジェットⅢ型が落ちてしまい、瓦礫で砕かれた床は塞がってしまった。

 

『シスター、大丈夫ですか!?』

『フェイト執務官……はい、こちらは無事です。大丈夫……ただ戦闘機人を1機補足しました。この子を確保してからそちらへ合流します』

 

 アジト内で分断された状態で居るのもよろしくないが、アジト内に居る以上は敵戦力との戦闘は避けられない。またスカリエッティと同様に戦闘機人達の確保も今回の任務だ。ならばここはシスターシャッハを信じるべきだろう。

 ――きっとシスターは大丈夫。だってあのシグナムの訓練が務まるほどの騎士でもあるんだから。私は目の前にことに集中しないと。

 シスターシャッハに了解しましたと返事をした私は、ザンバーを構え直す。すると間髪入れずに新手の戦闘機人が2機現れた。以前私にあれこれ言ってかく乱してきたトーレとか言う戦闘機人も確認できる。

 

「フェイトお嬢様」

「く……」

「こちらへいらしたのは帰還ですか? それとも……反逆ですか?」

 

 帰還や反逆……前に話しかけてきたときもそうだったが、まるで私が管理局ではなくスカリエッティ側の人間のような言い方だ。

 確かにスカリエッティの研究がなければ私という存在は生まれなかったのかもしれない。でも……だからといってスカリエッティが生みの親だと納得することもできない。フェイトお嬢様などと言われるのも虫唾が走る……けれど。

 

「……どっちも違う。犯罪者の逮捕……ただそれだけだ」

 

 心の隅にはびこる不安を振り払うかのように私はザンバーを構えながらトーレへと接近。気合と共にザンバーを一閃する。しかし、簡単に直撃をもらってはくれなかった。

 そこへもうひとりの戦闘機人がブーメラン状の武器を投擲。私はそれを最小限の動きで回避しながら距離を詰める。敵は新たなブーメランを出現させながらバリアを発生させるが、私はそれごと破壊する勢いでザンバーを振り下ろした。

 

「はあぁぁぁッ! ……っ!?」

「IS……スローターアームズ!」

 

 その掛け声によって後方へと飛んで行っていたはずのブーメラン達の軌道が変化し、再度私に襲い掛かってきた。投擲したブーメランの軌道を自在に修正するのがこの戦闘機人の能力なのだろう。

 私はブーメランを次々と回避するが、タイミング的に余裕がなくなってきたこともありひとつを思い切りザンバーで弾き飛ばす。

 だがトーレはこちらの移動速度が遅くなったその瞬間を逃さず襲い掛かってきた。昔と違ってザンバーの取り回しには困らなくなっているが、それでも一瞬で振り戻すのは難しい。高速戦闘ならなおさら。

 故に長年の相棒であるバルディッシュは、私の意思を汲み取るように魔力付与防御魔法である《サンダーアーム》を左腕に発動させる。

 

「くっ……!」

「ぬ……!」

 

 こちらの防御とあちらの攻撃は拮抗。しかし、ザンバーとガードで両腕が塞がっている私と違ってトーレには片腕が空いている。故に彼女はすかさず魔力弾を生成し始めた。

 このままじゃ不味い……っ!?

 トーレへの対応を考え始めた矢先、後方から風を切る音が聞こえてきた。どうやら先ほどのブーメラン達が再度軌道を変えて襲い掛かってきたようだ。挟撃を避けることができない私は全力で防御する。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 どうにか直撃はもらわなかったものの私は堪らず空中から降りてしまった。周囲に魔力弾を生成して牽制したこともあって追撃はなかったが状況的に良いとは言えない。

 ……AMFが重い。……さっさとこのふたりを倒して先に進まないといけないのに。だけどソニックもライオットもまだ使えない。あれを使ったらもうあとがなくなる。スカリエッティに辿り着けなくなったら最悪だし、逮捕できても他の人の救援や援護に回れなくなる。

 先の事を見据えながら対応策を考えていると、不意に目の前にモニターが現れた。そこに映っていたのは管理局の人間ではなく、憎き天才犯罪者だった。

 

『いやーごきげんよう、フェイト・テスタロッサ執務官』

「――スカリエッティ!?」

『それと……私の作品と戦っているFの遺産に竜召喚士、聞こえてるかい?』

 

 Fの遺産に竜召喚士……それってエリオとキャロのこと?

 突然私に対して通信を入れてきた理由も定かではないのにどうしてエリオ達にまで通信をするのだろうか。この男はいったい何を考えている……。

 

『我々の楽しい祭りの序章は今やクライマックスだ』

「何が……何が楽しい祭りだ。今も地上を混乱させている重犯罪者が!」

『重犯罪? 人造魔導師や戦闘機人計画のことかい? それとも……私がその根幹を設計し、君の母君プレシア・テスタロッサが完成させたプロジェクトFのことかい?』

「――全部だ」

『やれやれ、いつの世でも確信めいた者は虐げられるものだね』

 

 虐げられる? ふざけるな。虐げられてきたのはお前じゃない。罪もない人々のはずだ!

 

「そんな傲慢で……人の命や運命を弄んで!」

『貴重な材料を無差別に破壊したり、必要もなく殺したりはしていないさ。尊い実験材料に変えてあげたんだよ。価値のない……無駄な命をね』

「ッ――この!」

 

 ザンバーの魔力を込めて斬り掛かる。近くに居た戦闘機人達がすぐさま動き出そうとするが、それ以上に私の動きを疎外するものがあった。モニターのスカリエッティが指を鳴らすと同時に床から出現した紅い糸のような魔法だ。

 私は空中へ逃げようとするが、予想以上に紅い糸の速度は速く両足とザンバーの刀身を絡め取られてしまった。

 身動きが取れずにいると、そこに近づいて来る足音があった。

 

「フフフフ……普段は温厚でも怒りや悲しみにはすぐに我を見失う」

 

 現れたのはジェイル・スカリエッティ本人。手には爪型の装備を付けており、それを握り締めるのと同時に刀身に絡みついていた糸が締まりザンバーの刀身を砕いた。

 それに一瞬気を取られた私は、スカリエッティに魔力弾を撃ち込まれて地面へと落下する。落下した衝撃で目を閉じてる間に無数の紅い糸によって取り囲まれ完全に身動きが取れなくなってしまった。

 

「君のその性格は実に母親譲りだよ、フェイト・テスタロッサ」

「…………」

「……以前トーレが伝えたかい? 私と君は親子のようなものだと。君の母親プレシア・テスタロッサは実に優秀な魔導士だった。私が原案のクローニング技術を見事に完成させたのだから……だが肝心の君は彼女にとって失敗作だった。蘇らせたかった実の娘アリシアとは似ても似つかない……粗悪な模造品だったのだから」

 

 確かに……姉であるアリシアとは容姿は似ていても利き腕や性格は違う。だけど……!

 

「フフフ……ずいぶんとイラついているようだね。だがこれは事実だろう? 何故なら君にはまともな名前が与えられなかった。プロジェクトの名前をそのまま与えられたのだから……記憶転写型クローン技術プロジェクトフェイト。それが……君の名前の由来だろう?」

 

 ……そうだ。

 私の名前は母さんがきちんと考えて付けてくれたものじゃない。アリシアの代わりとして生み出されたのにアリシアじゃなかった。最初は優しく接してくれた母さんも次第に私がアリシアとは違うと分かって冷たくなっていった。

 母さんはリニスを使い魔に変えて……私を魔導師として育てることにした。私はアリシアと違って魔法の資質に恵まれていたから。アリシアを生き返らせるための手段を見つけるために必要だったから。

 …………私はアリシアじゃない。

 アリシアの記憶を持ってはいるけど、アリシアにはなれなかった。スカリエッティの言うとおり、私はアリシアの模造品なのかもしれない。

 でも……私はアリシアじゃない。アリシアの失敗作なんかじゃない。私は私なんだって言ってくれた人が居る。

 

「ほぅ……その目を見る限り、君の心は折れそうにはないようだね」

「当たり前だ。それくらいで折れるようなら私は今こんなところにいない」

「フフフフ……」

「何がおかしい!」

「いや失礼、別におかしくて笑ったのではないよ。今のは嬉しくてね……君のために用意した余興が無駄にならずに済んだ」

 

 スカリエッティは欲望に塗れた笑みを浮かべたかと思うと、エリオ達を映している映像以外にもうひとつモニターを出現させた。そこに映し出されたのは黒衣を纏った剣士と今は亡き空へ還った騎士が争う姿だった。

 

「なっ――!?」

 

 な……何でショウとアインスが戦ってるの。

 ショウがあの空域に居るのは分かる。だけど……アインスがあそこに居るはずがない。だってアインスはあの日……私やなのは達の手で空に還したんだから。

 けどどう見ても映像に映っているあの姿はあの日見たアインスに他ならない。

 スカリエッティが作った偽物なのかもしれないが、もしそうならショウがあそこまで顔を歪ませながら防戦一方にならないはずだ。あそこまで感情を表に出して自分から攻撃しないのはあれがアインスであるということ……

 

「スカリエッティ、何をした!」

「フフフ……先ほどよりも冷静さを失った声だ。実の母親の話以上に精神が揺らぐとは……フェイト・テスタロッサ、やはり君にとって彼は大きな存在だったようだね」

「黙れ、ショウに何をした! 何でアインスがあそこに居るんだ!」

 

 ショウ達に私の声は届いていないようだが、エリオ達の方には聞こえているらしく、激昂する私にエリオ達が何か言っている。しかし、今の私にエリオ達の声は全くといっていいほど聞こえていない。

 

「そうカッカしなくとも教えてあげるさ。結論から言えば、あそこに居る彼女は偽物さ……まあ本物でもあるのだがね」

「どういう意味だ?」

「フフフ……ロストロギア《ペインメモリアル》。元々は訓練用に使用者の記憶から敵を再現する物だったらしいが、いつの時代にかその特性が変わってしまってね。対象になった人物の記憶から最も強く、それでいて精神的に負荷の掛かる相手を選んで再現する。その再現度は本物に等しいほどでね、記憶も本人と変わらないのさ。まあ言ってしまえば、最も強いトラウマの相手と戦わせるロストロギアなのさ」

「なっ…………」

 

 あのアインスはロストロギアが作り出した幻影……だけど私達の知るアインスの記憶があるということ。

 モニターを見る限り、アインスの表情は悲しげで私やショウが戦った時よりも感情がより表に出ている。ショウに対してあれほどの感情が出るということは、あのアインスはあの日空に還る直前までの記憶を持っているのだろう。

 ただ姿を再現されたアインスなら抵抗はあっても戦える。意思を封じられて戦っているのならば、解放してあげるために戦える。でも……体は勝手に動くけど意思を封じられているわけじゃないとしたら。

 アインスははやてにとって大事な人のひとりであり、はやてはショウにとって大切に想っている人間のひとりだ。ショウは闇の書事件の時も崩壊を止めるためやはやてを救うために戦ったけど、剣を振るうことに抵抗を感じていたように思える。

 またアインスもショウを傷つけたいとは思っていないだろう。何故ならアインスははやて達を大切に想っていたし、そのはやて達にとってショウは大切な人間だったのだから。

 

「スカリエッティ……貴様ぁぁッ!」

「フフフ、実に……実に良い反応だよ。用意した甲斐があったというものだよ」

「黙れ!」

 

 今すぐ奴の口を閉じてやろうと切り札を切ろうとした矢先、スカリエッティは憎たらしい笑みを浮かべながら私を絶望へ落とす言葉を紡ぎ始める。

 

「黙れ? 先ほど言っただろう、これは君のために用意したものだと。私はね、先ほど彼に興味を持っているといったことを伝えたが……正直なところ、大して興味など持っていないのだよ」

「何? なら……」

「ただし……彼はFの遺産である君やもうひとりの少年と繋がりを持っていた。特に君は彼との繋がりをとても重要視しているようだったからね。それに君は自分よりも他人のことに対しての方が感情が揺さぶられる。だから私は彼に対してあのロストロギアを使うことを思いついた……彼は君との繋がりがあったから今ああして彼女と剣を交えているのだよ」

 

 つまり私が……私が居たから……私がショウと親しくしていたからショウは今苦しんでいるということなの。

 スカリエッティが言ったことがどこまで本当なのか分からない。全て違うかもしれない。だけど……全て本当という可能性もないとは言えない。

 私が……私がアリシアのクローンだったからショウが苦しむことになったの? 私がアリシアのクローンではなく普通に生まれてきて出会っていたなら今ショウが苦しむことはなかったんだよね。

 ショウのことは私が守る。

 そんなことを小さい頃に私は口にした。だけど守れたことなんてないに等しい……それどころか、私の方がいつも守られていた気がする。ショウが居なければ私の心は砕けていたかもしれないのだから。

 それどころか……魔導士としての力も昔は私の方が上だったのに今では大差はないだろう。もしかすると私の方が劣っているかもしれない。だとすれば……私は彼にとってお荷物でしかないのではないか。

 

「フフフフ、理解したようだね。そうだよ、君が居たから彼は今苦しんでいるだ。君がいなければ……いや君が彼と出会っていなければ、今彼が苦しむことはなかったのだよ」

「ち……ちが……わ、私は」

「現実から目を背けるのかい? まあ私は別にそれで構わないがね。君が現実から目を背けようが背けないが、君の存在によって彼が苦しんでいるという事実は変わらない。……フェイト・テスタロッサ、君は彼にとって邪魔な存在でしかない。所詮はアリシア・テスタロッサという人間の模造品でしかないのだから」

 

 胸に強烈な痛みが走ったかと思うと、何かが砕けて零れ落ちていくような感覚に襲われる。それはまるで過去に母さんから見捨てられたときのような自分という存在を保っていられない状態。先ほどまでスカリエッティに感じていた怒りさえも消え失せ、ただ私はその場に力なく座り込むことしかできない。

 私は…………私は……。

 

 

 



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第33話 「心の中で」

 容赦のない正拳が俺の顔目掛けて繰り出される。

 俺は首だけ傾ける形で回避し、反射的に反撃を繰り出そうと右手に持つ黒剣を振り抜こうとする。が、それはすぐさま停止させて後方へと下がった。左右に持つ剣を構え直すがそれは自分の意思というよりは体に染み込んだ動きに他ならない。

 

『マスター、どうしたのですか? 先ほどから受け身になって避けるばかり。それでは目の前の敵は倒せませんよ』

 

 俺の中に居るセイが言うことは実に正しい。目の前に居るのは聖王のゆりかご攻略を邪魔する敵だ。聖王のゆりかごが本来の力を発揮できる衛星軌道上に達するまでの時間も残り3時間とないだろう。一刻も早く敵を倒して攻略戦に復帰しなければ……しかし

 

『分かってる……そんなことは分かってるんだ』

『ならば何故……』

『セイ、あの人はリインフォース・アインス。リインの先代なの』

『リインの先代? あの方が……』

 

 セイが生まれたのは闇の書を巡る事件が終了してからだが、リインの姉貴分のひとりであり、はやてやシグナム達がアインスの話をする機会も多くはないが何度かあった。そのため、アインスがどういう最後を迎えたのかは知っているというわけだ。

 

『……なるほど、マスターが戦おうとしない理由は理解しました。ですがマスター以外にも多くの魔導師が戦っているのです。マスターだけ逃げることは許されませんよ』

『セイ、言ってることは正しいけどもう少し言い方を考えなさいよ。あの人を助けられなくてマスターがどれだけ悩んで、苦しんで、今日まで頑張ってきたと思ってるの!』

『そんなことは理解しています。……いえ、確かにあの方が消えた日にいなかった私には理解が及んでいない部分もあるのでしょう。ですが……あの方は融合騎であり、私も融合騎です。このような形で現代に呼び戻され戦わされるなど……』

 

 セイの声には悲痛な想いが籠っている。

 ファラには及ばないにしろ、セイだって俺と一緒に過ごすようになってもう大分経つ。性格的にも人のことを気遣える奴だ。俺の気持ちだってファラと同じくらいに理解しているだろう。

 いや……もしかすると同じ融合騎としてアインスの気持ちを理解できる分、俺よりも苦しい思いをしているのかもしれない。

 着々と近づくタイムリミットへの焦りや目の前に居るアインスへの戸惑い、相棒達の不安などに俺の思考は安定さを欠いている。

 やることは単純……目の前に居るアインスを打ち倒し、攻略戦と復帰する。ただそれだけなのだ。そう頭では理解しているというのに……俺は手に握る剣に力を込めることが出来ない。

 

「……その顔立ちに剣捌き。一目見た時からもしやと思っていたが……君はあのときの少年か?」

「――っ……アインス、お前しゃべれたのか?」

「ああ」

 

 アインスの浮かべる笑みは、あの日俺にはやてやシグナム達を見守ってくれと言ってくれたものと変わらない優しいものだ。しかし、それは一瞬にして悲しげなものへと変わってしまう。

 

「しかし……今の私は私の中にあるロストロギアによって再現された存在。消えた日までの記憶もあり、こうして話したり出来はするが……体が言うことを聞かない」

 

 その言葉が嘘でないことを証明するかのように、アインスは今にも泣きそうな顔をしつつも槍射砲をこちらに向けると魔力弾を放ってきた。

 すかさず剣を斬り捨てるが、次は接近し槍射砲で攻撃してくる。避けてばかりいては話すこともままならないと踏んだ俺はそれを受け止め競り合いに持ち込んだ。

 

「アインス……本当にどうにもならないのか?」

「どうにかなるのなら君に攻撃など仕掛けるものか。主や……騎士達が愛した君の事を」

「く……」

 

 対象となった人物の記憶から特定の人物を再現する。再現された人物は自分の意思を許されているが、体の自由は利かずに戦うことを強要される。対象となった者も再現された者も苦しめられるロストロギア……あの屑は最低な物を用意してくれたものだ。

 

『ショウくん、どうしたんや? さっきから妙な動きで飛んでるようやけど。それにそっちに突然出現した巨大な魔力反応は何なん?』

『はやてか……どうにもあのくそったれな犯罪者に気に入られたらしくてな。余計なプレゼントを与えられただけだ』

『ちょっ大丈夫なん!? 単独で戦ってるようやけど助けに行った方が……』

『ダメだ!』

 

 今目の前に居るのは闇の書が覚醒した時に出てきたアインス。格闘戦も魔法戦も高いレベルで行える。並みの魔導師では歯が立たないだろう。下手な増援は被害を増やすだけだ。

 それに……何よりはやてをアインスと戦わせるわけにはいかない。

 あの日、アインスが消えて1番悲しんだのははやてだ。会話した時間は少なくてもアインスははやてにとって大切な家族のひとり。家族と戦わせるなんて出来るはずがない。

 

『何でや? ショウくんが墜ちでもしたらそれこそ問題なんやで。私のこと心配してくれてるんかもしれんけど、私なら大丈夫や。どんな相手でも戦える』

 

 大丈夫じゃない。戦えるわけがない。俺でさえこいつと剣を交えるのにこれほどの抵抗を覚えるんだ。お前がこいつと……アインスと戦えるはずがない。もし戦えたとしても自分の手で家族を葬ったとなればお前の心が……。そうなるくらいなら俺が……。

 

『お前がそこを抜けたら指揮系統が混乱するだろ。敵は今俺の前に居る奴だけじゃないんだ。お前は今お前に出来ることをしろ』

『それはそうやけど……何か今のショウくん少しおかしいで。私に何か隠しとらん?』

『戦闘中であまり余裕がないだけだ』

 

 言い切るのとほぼ同時に半ば強引にアインスから押し飛ばされる。俺は体勢を整えながら左手に持っていた剣をファラに合体させた。10年前ほど筋力に差はないが、片腕で競り合うよりは両腕でやった方が良い。

 とはいえ、まだ1本ファラに合体させただけだ。残り4本合体させて初めて最大重量かつ最大強度になる。隙を見つつ残りの4本を合体させていなければ。

 

「……少年。いや、今はもう少年と呼べる年ではないかな」

「お前がそう呼びたいのであればそう呼べばいいさ。どうせお前やシグナム達から見れば、俺はまだまだ子供なんだから」

「ふふ、そうだな。ではそうさせてもらうよ……先ほどまで雰囲気が変わった。いや覚悟を決めたように思えるが、何かあったのかい?」

「別に何も……ただお前だけを相手してるわけにもいかない状況なんでな。腹を括ったってだけさ」

 

 口ではそう言ったもののただの強がりだ。本当はアインスと戦いたくなんてない。アインスに向かって剣を振りたくないと思っている。

 しかし、ここで覚悟を決められずに戦闘を長引かせればはやてがこちらへ来てしまうかもしれない。下手をすれば、あいつにもアインスと戦うことを強いてしまう。

 はやては強いようで強くない。魔導士として高い能力があろうと、19歳という若さで部隊長になれるほどの手腕があろうと、あいつだってどこにでも居る女の子なんだ。俺はそれも分かってる。なのはよりもフェイトよりも……ヴォルケンリッター達よりも長くそれを見てきた。

 それに俺は……あの日アインスと約束した。はやてやシグナム達を見守ると。そして、俺は彼女に誓ったはずだ。はやてや騎士達を守れるくらい強くなると。

 

「ふふ……ありがとう」

「これから自分を痛めつける相手に礼か?」

「私がここに居ることによって君はすでに痛めつけられているし、私は私の意思とは関係なく君を痛めつけてしまう。君から痛めつけられることに対して文句は言えない……いや、そもそも文句を言う気にさえならないさ。君は私を救おうと……解放してくれようとしてくれているのだから」

「アインス……」

「君と触れ合った時間は短いとはいえ、君がどういう人間は知っているよ。それに今の君はあの日主や騎士達を救おうと……私さえも助けると言ってくれた時と同じ目をしている。きっと主達のために私を打ち倒すことを決めてくれたのだろう?」

 

 優しい笑みを浮かべて問いかけてくるアインスに、俺は腰にある左右対称である長剣型のブレイドビッドを一振り抜き放つことで答えた。アインスの中にある悲しみを断ち切るために、俺の中の覚悟を確固たるものに変えるために。

 

「ふふ……君に対して拳を振るうことに先ほどまでは抵抗しかなかったが、今は少しばかり楽しもうとしている自分が居るよ。昔も……今も……主達のために戦ってくれている少年がどれほど成長したのか、この私に見せてくれ!」

 

 先ほどまでよりも格段に早い動きで放たれた魔力弾を俺は斬り捨てながら前に出る。魔力弾で相殺できないこともなく、10年前と違って魔法戦でも今では引けを取るつもりもない。

 しかし、アインスは騎士でありどれだけ成長したのか見たいと口にした。ならばあの日から磨き上げ続けてきた剣で応えるのが道理というものだろう。

 高速魔法である《ソニックムーブ》を発動させて加速し一気に懐へ入り込む。アインスのその速さには驚きを隠せていない。

 それも当然と言えば当然だろう。かつてはフェイトの動きさえ捉えていたアインスだが、10年の月日でフェイトはさらに速くなった。その彼女と俺は同じ魔法を使用し、また直接高速魔法のレクチャーも受けたのだから。

 ――出し惜しみするつもりはない。この10年で磨いた全てをアインスにぶつけてやる!

 いや、そうしてなければアインスを倒すことなど不可能だろう。何故なら10年前はなのはと二人掛かりでも一撃入れるのが限界だったのだから。あの時はやてが覚醒しなければ俺達は遠くない未来負けていただろう。

 

「はぁぁぁッ!」

 

 腕の振りやフットワークといった体全体の動きを加速する魔法《ブリッツアクション》を発動させ、左右の剣を連続で振るう。その速度はかつて相対したときよりも格段に早く雷光にも等しいだろう。

 主導権を握られたアインスは反撃する機会を見つけられないどころか防戦一方を余儀なくされ、徐々にだが体勢を崩されていく。

 ――……ここだ!

 連続攻撃によってわずかに生じたガードの隙間。それを崩すべく俺はカートリッジを1発リロードし、爆発的に高まった魔力を炎熱を変換する。

 

「紫電……一閃ッ!」

 

 フェイト仕込みの超加速かつシグナム仕込みの炎熱斬撃。雷光の速さで振るわれた灼熱の刃はアインスの腕を弾き上げる。だがここで終わりではない。

 俺は左手に持っていた長剣をすかさず逆手に持ち替えると、右手の剣と同様に魔力を纏わせて炎へと変える。俺はひとりで強くなれたわけじゃない。みんなが居てくれたからこそ強くなれたんだ……

 

「――双牙!」

 

 再度繰り出した《紫電一閃》がアインスの横腹を捉える。10年前とはいえ破格の威力を持っていたなのはの砲撃を受けてもアインスはほとんどダメージがなかった。故にそこまでのダメージは期待できないだろう。

 しかし、10年前の俺では一撃さえ入れることができなかったのだ。だが今の一撃は他の魔導師の協力を得ることなく入れることが出来た。これは大きな意味を持つ。

 

「……君の太刀筋にシグナムの影が見えていたが、まさかその技を伝授されているとは」

「まああいつは俺の剣の師匠だからな」

 

 シグナムの他にも剣術を教えてくれた人は居るのだが、あちらの方は俺に染み付いた剣術があったこともあって技や魔法を昇華させるために使ってるものがほとんどだ。

 それにアインスに言ったところであの人の事は伝わらないだろう。俺の太刀筋にシグナムを感じたのならば、他にも師が居ることに気づきそうでもあるが。

 俺は距離が開いたこともあって左手に持っていたブレイドビッドをファラに合体させ、再び同じタイプのブレイドビッドを引き抜く。

 

「ふふ、シグナムが師か……主や君達と出会えたことは本当に喜ばしいことだ。出来ることなら傍で見ておきたかったが……」

「そう簡単にお前を倒せるとは思っちゃいない。お前を倒すまでに……お前の知らないこれまでのことを教えてやる!」

 

 再度2つの高速魔法を使って接近戦を始める。しかし、先ほどとは違い主導権は握れていない。

 一度見ただけでこちらの動きにアジャストしてくるあたり、さすがはアインスと言ったところだろう。とはいえ、こちらが劣勢に立たされているわけでもない。

 雷光の斬撃と疾風の拳打。並みの騎士では割って入るどころか、目にさえ見えていない一進一退の攻防が俺達の間では続く。

 

「少年、君は私のことを何度もアインスと呼んでいるが……主に頂いた祝福の風の名を受け継ぐ者は生まれたのか?」

「ああ。八神家の末っ子としてみんなに可愛がられているよ。それでいてみんなのために頑張ろうと局員としての仕事も頑張ってるさ。今はシグナムと一緒だからここにはいないがな」

「そうか。騎士達はあれからどうなった?」

「はやてと一緒にこれまでの罪を償うために人々を救ってきた。最初は色々とあったようだが、今では立派な局員として認められてる。特にヴィータはあいつらの中で最も成長した」

「主は?」

「はやては……辛いことや悲しいことから目を背けず、自分自身の夢を見つけたよ。その夢の第一歩として踏み出せた証が今俺が所属している部隊だ。その部隊の隊長をちゃんとしてる……とは言いにくい部分もあるが、まあ親しみやすい隊長として部下から信頼されてるさ」

 

 嵐のような舞を舞うかのように俺とアインスは空中を移動しながら激しくぶつかり合う。

 不思議なことに俺はアインスと刃を交えるごとに、言葉を交わすごとに胸の中から抵抗のようなものは消え失せ高揚感を覚え始めている。これが強者と戦うことで得られる気持ちなのならば、俺にはフェイトやシグナムに感化された部分があるのかもしれない。

 アインスも俺と似たように高揚感を覚えているのか、拳を振るうその顔は実に喜々としたものだ。まるで剣を交えている時にシグナムが見せる笑顔のように。

 これといった直撃を与えることも与えられることもなく戦いと対話は進んでいく。俺はそんな中どうにか残っていたブレイドビッドを合体し続け、ファラをバスターモードにすることが出来た。

 

「長剣に短剣、二刀流……そしてその大剣。私も色んな武器を扱えはするが、少年の剣術はすぐには出来そうにないよ」

「我流だったものにシグナムの剣が混じったりした結果が今だからな。……それにしても、いい加減少しはもらってほしいところなんだが。大分話のネタも尽きてきたし、最初に言ったようにあまり悠長にしてられないんでな」

「それについては悪いとは思うが、始めに私も言ったはずだ。自分の意思ではどうにもならないとな」

 

 最初の方はともかく今は自分の意思で戦っていそうな気もするのだが。

 だがそれ以上に……これ以上戦闘が長引くのは不味い。この戦いだけで魔力を使い切るわけにはいかないのも理由だが、アインスの対応力は化け物だ。戦闘が長引けば長引くほど俺の切れるカードがなくなっていく。

 アインスは自分の中にロストロギアがあると言った……つまり内部にあるロストロギアを破壊出来ればアインスを解放してやるということだ。しかし、それを成すにはまずアインスの攻防を搔い潜る必要がある。加えて、ロストロギアを破壊できるほどの威力を持った攻撃を行わなければならない。

 そう考えていた矢先、再びはやてから通信が入った。しかも今度は念話ではなくモニターを開いてだ。

 

『ショウくん、出来れば今すぐゆりかご内部に入ったなのはちゃんとヴィータを追ってほしいんやけどどないな感じ……な…………何でアインスが居るん?』

 

 よりによってこのタイミングで……いやはやてを責めることはできない。はやては俺の身を案じ、また今後の考慮した采配をしようとして通信してきたのだから。

 

『まさか……ショウくんの言うとったスカリエッティからのプレゼントって……でも何で』

「主……今の私はロストロギアによって少年の記憶から再現された偽りの存在です。この世に再び生を受けたわけではありません。それに……こうして話すことは出来ますが、私の体は私の意思に関係なく動きます」

『それって……つまり』

「はい、私はあなた方に敵対するしかないのです」

 

 悲しげな笑みを浮かべたアインスの返答にモニターに映るはやては俯いてしまう。前髪で表情を窺うことは出来ないが、震えているところを見ればその胸中がいかに様々な感情で満たされているかは理解できる。

 

『なあショウくん…………何で……何でアインスと戦ってることを黙ってたん。……何でさっき言わんかったんや!』

「主、落ち着いてください。少年は主のことを想って……」

『そんなこと分かっとる! やけど……やけどショウくんだってアインスと戦うんは嫌なはずや。ショウくんだけ戦わせて……背負わせてええものやないやろ。私は……昔も今も……アインスの主で家族や。アインスが悪いことしとるんなら……私が責任取らなやろ?』

 

 大粒の涙を浮かべ泣きそうな声でそう語るはやてだが、彼女の目には決意の色が見えた。

 俺ははやてのことをよく知っている。一緒に暮らしているヴォルケンリッター達よりも知っている部分もあるだろう。だからこそ、はやてはアインスとは戦えないと思った。戦っても迷いを抱いたままで……またあの日のように泣き叫ぶだろうと思ってしまった。

 しかし、今モニターに映るはやてにはなのはやフェイトに見てきた強さが感じられる。泣きながら戦うことになっても自分の手でアインスを解放することを願っているだろう。

 ――俺は……ちゃんと今のはやてを見てなかったのかもな。

 いや、はやて以外にもきちんと見てなかったものがあるかもしれない。全力で全てのものと向き合ってなかったのかもしれない。

 

『……ファラ、セイ。……あれを使う』

『マスター……うん、分かった』

『なっ……正気ですか!? 確かにあの方の防御を抜きつつ内部のロストロギアにダメージを与えるとなると最大の手ではありますが……使えばマスターの体が』

『セイ、マスターだってそれは分かってるはずだよ。でもこのままあの人は自分じゃ自分を止められない。戦闘が長引けばあれを使う以上に危ない目に遭う可能性だってある。何より……私達はマスターのデバイス。マスターがあの人の解放を望むのなら、それを全力で助けるのが仕事でしょ?』

『ファラ……そうですね。私はマスターの融合騎であり、生涯マスターに仕えると決めています。マスターの決めたことならば、それに全力で応えるまでです』

 

 普段はダメな子扱いされたりするファラではあるが、こういうときは実に頼もしい。さすがは長年連れ添ってきた相棒であり、セイの姉さんだけある。

 俺はファラとセイにあれの使うための準備を進めるように指示し、アインスを警戒しながらはやてに話し始める。

 

「はやて、お前の気持ちは分かった。だけどここは俺に任せろ」

『ショウくん……でも』

「でも、じゃない! お前は六課の隊長だろ? だったらドーンと構えとけ。というか、今すぐそこを抜けるのは無理だろ」

『それは……』

「俺に任せとけ。必ず……アインスをロストロギアの呪縛から解き放つ!」

 

 ソニックムーブを発動させてアインスへ斬り掛かる。これまでより強烈な一撃ではあるが、それで決まるような相手ではない。雷光の斬撃と疾風の拳打による乱舞は再び幕を開ける。

 ――あれを一度発動すれば、終わった後に俺はすぐには今のような動きには戻れない。それに体へファラ達への負担を考えると何度も使えるものじゃない。チャンスは一度……必ず決めなければ。

 焦りと不安を押し殺しつつアインスの拳打を捌いていく。が、さすがに二刀流で五分五分だっただけに大剣一本だと切り返しが間に合わなくなってくる。そのため刀身の前側を覆うように装着していたブレイドビッドをファラから外し、すかさず左手に持って二刀流で応戦。

 激しい攻防の中、わずかな隙を見つけて半ば強引にアインスを上空へと跳ね上げる。分離させていたブレイドビッドをファラに再び合体させながらアインスを追いかけ、渾身の一撃を与えるために肩越しで何度も回して遠心力を付ける。蓄えられたエネルギーを殺さないように肩に担ぐ軌道に変え一気に振り抜く。

 

「……はあッ!」

「――っ!?」

 

 アインスの表情が驚愕染まる。それは渾身の一撃を受け止めようとガードを固めた瞬間、こちらの剣の刀身が分離して散らばったからだ。

 無論、これまでの戦闘による反動で連結が外れたわけではない。俺が意図的に合体していた5本のブレイドビッドをアインスを取り囲むような位置目掛けて分離させたのだ。

 

「これで――」

 

 ファラをフルドライブ状態へ移行しカートリッジを3発リロード、それと同時にセイも最大稼働で俺の肉体強化を行う。爆発的に発生した魔力を全て刀身に集束させつつ高速魔法に全て注ぎ込んで加速し、アインスへ一太刀浴びせる。これまでの速度を遥かに凌駕した一撃は、アインスでさえガードが遅れるほどだ。

 アインスを横を抜けるように一撃を浴びせた俺は、空中を漂っていたブレイドビッドを手に取ると体の向きを変えて再度加速。同じように横を抜けるようにしながら今度は左右の剣を用いて超高速の斬撃を浴びせる。そのあとは手に持つブレイドビッドを合体させ、まだ空中に存在するブレイドビッドを手に取る。

 大剣を分離させ、分離させたブレイドビッドを回収しながら超高速で斬撃を浴びせる。大剣になるまでその動作を繰り返し、最後は大剣による最大の一撃を叩き込む27連撃。俺のリミットブレイクに当たる技であり、名は《ジ・アルテマ》。

 超高速の加速と制止によって体は悲鳴を上げるが、最後の一撃を放つまで止まるわけにはいかない。アインスを解放するためにも!

 異常な速度で駆け回りながら浴びせられる斬撃にアインスもガードが間に合わないようになり、次々と必殺の斬撃を浴びせられる。

 

「――決める!」

 

 大剣状態に戻ったファラの刀身に高密度の魔力を纏わせる。この魔力の密度はフェイトの使うザンバーの魔力刃でさえ楽々打ち砕くほどだ。彼女がリミットブレイクを用いた場合は対等に等しくなるが。

 最上段からの渾身の一撃。

 それはアインスの体に吸い込まれるように叩き込まれた。彼女の中の何かがひび割れるような感覚を感じ、俺はさらに力を込める。

 すると現実には一瞬にも等しい長い時間の後、何かは完全に破壊された。同時にアインスの体も断ち切られた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……ッ!?」

 

 全身を駆け巡る痛みに危うくファラを落としそうになるが、左腕で特に痛む右腕を押さえることでどうにかそれに耐える。

 ――やはり……簡単に使える技じゃないな。

 俺の体もそうだがファラに合体させているブレイドビッドも半壊または全壊に等しい状態になっている。リミットブレイクを行う前の戦闘の影響もあるだろうが、それがなくてもおそらく使い物にならない状態になったことだろう。

 いや……今はそんなことはどうだっていい。それよりもアインスは……

 視線を上げるとロストロギアの呪縛から解放されたアインスが光へと変わり始めたところだった。その姿はまるであの日空へと還った彼女を彷彿させる。

 

「ありがとう……私を解放してくれて」

「気にするな……前に言っただろ? 俺は……お前のことも助けたいって」

「ふふ……そうだったね。…………君に頼みたいことがあるのだが」

「構わないよ」

「ありがとう……君は強くなった。きっと君が主の傍に……主達の傍に居てくれるなら私は何も心配せずに済む。だからどうか……これからも主達のことを見守ってほしい」

「ああ、約束するよ」

 

 俺の返事を聞いたアインスは満面の笑顔を浮かべる。そして、本当に何も心配することがないような幸せな笑顔を浮かべたまま空へと昇り光となって消えて行った。

 ……リインフォース。

 俺はこれからも強くなる。お前との約束を果たしていくために……俺にとって大切な人々を守っていくために。お前のことは忘れない。お前はずっと俺の……俺達の心の中に居る。

 

「だから……そこからずっと見守っててくれ」

 

 

 



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第34話 「想いを胸に」

 私は……どうしたらのいいのだろう。

 最初は母さんのためにジュエルシードを集めようとした。母さんに褒めてほしかったから。私の事を認めてほしかったから……そんな気持ちもあった。でも1番に願ったのは母さんの幸せ……。

 そのためにひどいことをした私をなのはは受け止めてくれた。必死に声を掛けてくれた。友達になってくれた。そして……ショウは母さんに見捨てられた私を立ち上がらせてくれた。

 私は過去に罪を犯してしまった。それは変えようがない事実……だけどなのはやショウに出会えた。私を私として見てくれる人達に会うことが出来た。

 

 あの頃は悲しい気持ちもあったけど……本当の私を始められた気がした。嬉しさや期待が胸の中にあった。

 

 そうして……義母さんやお兄ちゃんが色々と根回しをしてくれたことで私は管理局の嘱託魔導師になり、なのは達と同じ世界で暮らせることになった。なのはやショウ、それにビデオレターでやりとりしていたアリサ達に出会えることが嬉しかった。

 だけど闇の書……夜天の書を巡る事件が幕を開ける。あの頃は苦しむショウに何もしてあげられなかった。ただ守るとしか言えなかった。でも結局は守れず……アインスとの戦闘の時も自分を犠牲にする形になってしまってショウを傷つけてしまった。

 優しさは時として人を傷つける。

 私の優しさは他人を想っているようで自分が嫌だから行う偽善なのかな。エリオやキャロへの想いも過去の自分を見ているようで……そこから来るものなのかな。だったら私は偽善に満ちてる。スカリエッティの言うようにアリシアになることも出来なかった粗末な模造品……いや人間ですらないのかもしれない。

 

 人間? ……私は人間なの?

 

 私はクローン。つまり人工的に作られた存在だ。お母さんのお腹から生まれたわけじゃない。そんな私を人間と呼んでいたのだろうか。

 違う……私は人間だ。だって……細胞の劣化が早くて長生きできないわけでも、子供を作れないわけでもない。でも……だけど

 

『……君は、アリシア・テスタロッサになれなかった失敗作なんかじゃない』

 

 不意に過去に言われた言葉が脳裏を過ぎる。

 

『……君の見た目がどんなにアリシアに似ていようとも、君はアリシアとは別人だよ』

 

 心が壊れそうな私を繋ぎ止めようとしてくれた言葉。……は否定するけど、私はあのとき……が言葉を掛けてくれたから踏ん張ることが出来た。

 

『……君はものじゃなくて人間だ。そして、この世に同じ人間はいない。だから……君はアリシアの失敗作なんかじゃない』

 

 深い闇の底に落ちていく私にとってどれだけの光だったか……

 

『作られた命だろうと、人間は人間だよ。君には……自分の意思だって、フェイトっていう名前だってあるだろ?』

 

 私を私だと認めてくれる。たとえ人工的に作られた存在だとしても人間だと言ってくれた。

 

『……それに自分が誰なのか決めるのは自分だけど、他人が自分を誰か決めてくれるときもある。君には、君をフェイト・テスタロッサだって認めてくれている人達がいるはずだよ』

 

 ショウが……ショウが居てくれたから私は私を保っていられた。母さんと向き合って話そうと思えた。

 最初見た時に悲しい目をしていると、もしかしたら自分と同じような経験があるのかもしれないと思った。それでも俯かずに生きている姿に興味を持たずにはいられなかった。だから友達になろうと言ってくれたなのはと同じくらい気になったんだ。

 再会できた時は嬉しかった。素っ気ない感じもあったけど話しかければちゃんと答えてくれた。

 闇の書を巡る事件でショウの強さを見た。どんなに苦しくても傷ついても現実から目を背けず歩き続ける。不条理な世界と戦う姿に憧れた。

 そうしている内……いつからか気が付けばショウの姿を追うようになっていた。ショウと少しでも一緒に居たいと思うようになっていた。ショウのことを……好きになっていた。

 

 日に日にその想いは強まって……正直に言えば、はやてがショウに引っ付いたりするのを見ると笑ってたり、慌てて止めたりしてたけど内心では嫉妬ばかりしてた気がする。

 

 でも……学校の頃は今ほど辛くなかった。みんなのことも好きだったから。みんなで過ごす時間が嫉妬を覚えたとしても良い思い出だと思えるほど楽しかったから。

 

 ――違う……本当はそう思って現実から逃げてただけだ。

 

 私はショウのことが好きだ。だけど告白する勇気なんてなかった。振られるのが怖かったから。関係が変わってしまうのが怖かったから。

 友達のままで良いと思ったことも何度もある。けど……そう思う度に胸が苦して……痛くなった。

 恋に恋しているわけじゃない。私はショウのことが好きだ。ひとりの男性として愛している。でも……だからこそ

 

「……私は」

 

 ショウと一緒に居ちゃいけない。

 だって私が……私が居たからショウはスカリエッティのターゲットにされてしまった。アインスと再び剣を交えることになってしまった。私が……私さえいなければショウが傷つくような事態は起こりえなかったんだから。

 

「フフフ……まさか容赦なく斬り捨てるとはね。さすがは黒衣の魔導剣士(ブラックフェンサー)と言ったところか」

 

 ふと落としていた視線を上げると、スカリエッティと2つのモニターが見えた。

 モニターのひとつには懸命に召喚士の子を止めようとするエリオとキャロの姿が見える。バリアジャケットを見る限り、激しい戦いを繰り広げているのが分かる。

 もうひとつのモニターには……真っ二つに斬られて消えて行くアインスとそれを見つめるショウの姿が映っていた。これといった傷は見当たらないが、右腕を押さえているあたり体の内部にはダメージがあるのだろう。

 私の……私のせいだ。

 ショウが光になって空に還るアインスの姿を見るのはこれで二度目。しかもあのときとは違って自分の手で破壊した。たとえそれが彼女が望んだことだとしてもショウの心に傷が付かないはずがない。

 

「やあ黒衣の魔導剣士、私からのプレゼントは堪能してくれたかな?」

『……スカリエッティ』

「そんなに怖い目を向けないでくれたまえ。私が君が思う以上に小心者なのだから」

 

 数多くの犯罪を犯しながらも長年管理局の追跡から逃れてきた者が何を言っているのだろうか。貴様によって怯えてながらいなくなってしまった人達がどれだけ居ると思っている。

 そう思いつつも感情がすぐに霧散してしまい体に力は入らない。それどころか、モニターに映るショウさえ見ることができないでいる。

 

『ふざけるなクソ犯罪者……余裕で居られるのも今だけだぞ』

「今だけ? フフフフ……それはあれかい? フェイト・テスタロッサ執務官が私を捕縛しに来るからかな?」

『ああ』

「フフフ……フハハハハ! 黒衣の魔導剣士、残念だけどそれは叶わないよ。何故なら……すでに彼女は私の傍に居る。捕縛しに来たのに逆に捕縛されているのだから!」

 

 スカリエッティが位置を変えたことであちらにも私の姿が映ったようで、モニター越しにショウと視線が重なる。彼の表情に驚きが走ったようにも見えたが、私はすぐさま視線を落としてしまった。スカリエッティの言葉に反応して視線を上げるべきではなかった。

 

『スカリエッティ……!』

「フフフ……黒衣の魔導剣士、君の強さには正直恐れ入ったよ。魔導士としての能力もだが、トラウマであるはずの彼女をあそこまで容赦なく斬り刻んで叩き斬るとはね。精神面においても実に強い……まあ敵であるならば関係ないと言わんばかりにドライなだけかもしれないが」

 

 違う……ショウが辛いはずがない。

 ショウはあまり感情を表に出そうとしないだけだ。誰かを傷つけることも誰かが傷つくことも本当は恐れている。成せなければならないこと、歩みを止められない理由があるから立ち止まりはしないだけで心は傷だらけなんだ。

 スカリエッティ、お前がショウの何を知ってる。過去の出来事や生まれを知っているくらいで人を理解できると思ってるのか。

 

「いやはや、君がそちらに行ってくれて実に助かったよ。君がこちらに居てはフェイト・テスタロッサの心をこうも容易く折ることはできなかっただろうからね」

『貴様……フェイトに何をした』

「これといって何もしていないさ。ただ……所詮君はプロジェクトFから名前を与えられたアリシア・テスタロッサの粗末な模造品だと言っただけでね」

 

 スカリエッティのいやらしい笑い声が妙に木霊する。そう感じるのは私の心が弱っているからなのか……

 

「フフフ……黒衣の魔導剣士、君もなかなかに人が悪い。フェイト・テスタロッサを始めとしたFの遺産達は君に大分心を許しているようだが、本当は君だってクローンは作られた存在だと理解しているのだろう? いや理解しているはずだ、何故なら君は技術者でもあるのだから!」

 

 ……そうだ。私がアリシアのクローンであることは覆しようがない事実。ショウだって私がクローンだって知ってる。

 かつてショウは私は私だと言ってくれた。

 でも……もしもそれがあのとき私に同情して言ってくれた甘い嘘だったのなら。そう考えるだけで今にも崩れそうになる。

 ショウのことをずっと見てきた……誰よりも見てきて……色んなことを考えてきた。

 だけど……ショウの本心が分かるわけじゃない。ショウが本当はどう思ってるのかなんて理解できていない。もしもショウの口から存在を否定される言葉を言われたら……私は

 

『……確かにフェイトはアリシアのクローンだ』

「――ッ!?」

『そんなことお前に言われるまでも理解している』

 

 その言葉に胸が張り裂けそうになり体が震える。大粒の涙が次々と溢れ出して床へと落ちて行く中、私の心の中は様々な負の思考で満たされ闇に飲まれていく。

 もう……嫌だ。

 何も考えたくない……考えたくないのに心が壊れてくれない。母さんの時は壊れてくれたのに……何で今は壊れてくれないの。

 

「フフフフ……壊れかけている彼女を見ているのにも関わらず非情な言葉だ。だが現状彼女は意思のない人形にも等しい。その割り切り方は実に合理的で素晴らしいと言える。どうだい黒衣の魔導剣士、私の元に来ないか? 君となら共に良い夢を見れそうだよ」

『――黙れ。……勘違いするな、俺にとってフェイトはフェイトだ。たとえ何度貴様がアリシアの模造品だと言うと、周囲の人間がクローンだと蔑もうと俺の考えは変わらない』

 

 否定できようのない真摯な想いが乗せられた言葉は、私の中にすんなりと入り込み崩壊しかけていた心を優しく繋ぎ止め始める。

 

『フェイト、お前が自分の名前が嫌だというのなら好きに変えればいい。名前が変わったところで俺の想いは変わらない。出会ってから少しずつ積み上げて……築き上げてきた繋がりを断ち切ったりしない』

「……ショウ」

『お前の全てを知っているとは言わない。きっと俺の知らないところでお前は苦しんだりしたんだと思う。だけど俺は知ってる……お前の優しさも強さも。そこに何度も助けられて憧れた』

「でも……私は……」

『お前が自分を認められないとしても俺はお前を……お前だと認めるさ。俺にとってはお前はかけがえのない大切な存在なんだから』

 

 バラバラになっていた心がひとつになっていく。それと同時に脳裏を過ぎるこれまでの日々……。

 母さんに見捨てられアリシアのクローンだと突きつけられた私は、闇に飲まれそうになる中でショウと話した。あのときの悲しみを理解し優しさに満ちていた言葉を忘れたことはない。

 ショウはなのはのように何事にも真っすぐぶつかって気持ちを伝えるような存在じゃない。なのはを太陽だとするなら、きっと夜空に浮かぶ月だ。

 常に人を元気にするような素振りは見せない。でも……苦しい時、辛い時はいつも傍に居てくれる。こちらが自分のペースで立ち直るまで優しく静かに支えてくれる。そんな彼のことが……私は大好きだ。

 ……私って単純だな。さっきまであんなに揺れて悩んで苦しんでたのに今はこんなにも満たされてる。

 

「フフ……誰が否定しても自分は認める? 大切な存在? 何とも薄っぺらい言葉だ。言葉だけなら何とでも言えるものだよ。優しい言葉で悪戯に気持ちを弄ぶとは……優しさは時として人を傷つけるいうのに」

「薄っぺらくなんかない……ショウの言葉をお前と一緒にするな。それに……私は傷つけられたって構わない」

 

 本当の優しさっていうのはその人のために自分が傷つくことも恐れずに言ってあげることだ。傷つくことを恐れて相手を甘やかすのは優しさとは違う。そのことを私は知っている。

 

『フェイト……』

「大丈夫だよショウ……もう迷ったりしない。私は私――フェイト・テスタロッサ・ハラオウンなんだから」

 

 今私が成すべきこと。それはスカリエッティと戦闘機人を捕まえることだ。

 なのは達も戦ってる。エリオやキャロだってあの子を救おうと頑張ってるんだ。ふたりの保護者として……隊長のひとりとしてここで負けるわけにはいかない。

 

「ショウ、みんなのところに行って。スカリエッティ達は私が倒すから」

『本当に大丈夫なんだな?』

「うん」

『……分かった』

 

 ショウはそれだけ言うとボロボロになっていたブレイドビッドを分離させて放棄。手にしている相棒に一声掛けると、バリアジャケットとデバイスの形状が変化する。

 黒いロングコートに同色のパンツ。それは出会った頃からブレイドビッドを使うようになるまで使用していた馴染みのあるデザイン。右手に持つ剣もかつて使用していたものに酷似しているが、より洗練された漆黒の長剣に姿を変えた。その姿は私のよく知る黒衣の剣士に他ならない。

 空いている左手を伸ばしたかと思うと、そこに金色の長剣が現れる。さらに紫色と蒼色の見慣れないブレイドビッドが出現し、それぞれ左右の剣に装着された。

 

「ショウ……それって」

『念のためにあいつらに作ってもらったのさ』

 

 あいつらというのはおそらくシュテル達のことだろう。色合いから予想するに漆黒の長剣に装着された紫色のブレイドビッドはシュテル、金色の長剣に装着された蒼色のブレイドビッドはレヴィが製作したものだろう。ユニゾン時の運用も考えてユーリも手を貸しているに違いない。

 ショウは重さを増して二振りの剣を一度くるりと回して切り払い感触を確かめると、こちらを一別して空を飛翔し始めた。

 

「……ライオット!」

 

 私の声に応えるようにバルディッシュがカートリッジを2発リロードし、ザンバーをより小型化した形態に姿を変える。

 バルディッシュのフルドライブでありフォースフォームに当たる《ライオットブレード》。ザンバーフォームよりも高密度に圧縮された魔力刃を発生させ高い切断力を誇る。またガードされたとしても刀身に纏う高圧電流がダメージを与える二段構えの形態だ。

 

「――はあッ!」

 

 気合と共に横向きに一閃。ライオットブレードはザンバーを砕いた紅い糸を容易く斬り裂いた。しかし、私は肩が上下してしまうほど息が上がってしまう。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「それが君の切り札かい? ……なるほど、このAMF状況下では消耗が激しいようだ。しかし、使ってしまっていいのかい? たとえここで私を倒したとしてもゆりかごも私の作品達も止まらんのだよ」

 

 確かにAMFのある場所でのライオットは発動を維持するだけでも大量の魔力を使ってしまう。時間を無駄に使えば、すぐに私の魔力は枯渇してしまうだろう。

 だけど私が今やるべきことは目の前に居るスカリエッティと戦闘機人の捕縛だ。ゆりかごや他の戦闘機人はみんなが対応してる。なら私はみんなを信じて自分が今すべきことをするだけだ。

 

「プロジェクトFは上手く使えば便利なものでね。私のコピーはすでに12人の戦闘機人全員に仕込んである。どれかひとつでも生き残ればすぐに復活し、1月もすれば私と同じ記憶を持って蘇る」

「……馬鹿げてる」

「旧暦の時代……アルハザード時代の統治者にとっては常識の技術さ。つまり君はここに居る私だけでなく各地に散った12人の戦闘機人、その全員をひとり残らず倒さなければ……私もこの事件も止められないのだよ!」

 

 スカリエッティが爪型の装備を付けた右手を動かしたかと思うと、私の周囲に再び紅い人が出現した。それは奴が右手を握り締めるのと同時に私を捕縛する。

 

「くっ……」

「心は彼のおかげで立ち直ったようだが、それ故に頭も回るだろう。フフ、絶望したかい?」

「私を……甘く見るな」

「フフフ、口ではそう言っても心の片隅では不安なのではないかね? 君と私はよく似ているんだよ」

 

 私とスカリエッティが似ている? そんなはずがない。こんな命を……人を何とも思っていないような奴と同じであるはずがない。

 

「私は自分で作り出した生体兵器達……君は自分で見つけ出した自分に反抗することが出来ない子供達。それも自分の思うように作り上げ、自分の思うように使っている」

「黙れ……!」

 

 身動きが取れないこともあって私は周囲に魔力弾を複数生成しスカリエッティへ発射する。しかし、AMF状況下かつスカリエッティに防御魔法を使用されたこともあってダメージを与えることはできなかった。

 

「自分は違うのだと言いたげなようだが……君もあの子達が自分に逆らわないように教え込み戦わせているだろう? 私もそうだし、君の母親も同じさ。周りの人間は自分のための道具に過ぎん。そのくせ君達は自分に向けられる愛情が薄れるのは臆病だ。実の母親がそうだったんだ……いずれ君もああなるよ」

「…………」

「間違いを犯すことに怯え、薄い絆にすがって震え、そんな人生など無意味だと思わんかね?」

 

 スカリエッティと母さんには確かに似たような部分があるかもしれない。もしかすると私もいつか母さんのように道を踏み外すかもしれない。もしもさっき言われていたなら私の心は完全に壊れていただろう……しかし。

 ――私にはショウへの想いがある。ショウが私にくれた言葉がある。それがある限り、私は私を見失うことはない。

 

『『違う!』』

「――っ!?」

『無意味なんかじゃない』

『僕達は自分で自分の道を選んだ』

 

 声の主はモニターの向こうに居るエリオとキャロだった。ふたりはフリードの背中に乗っている。キャロが召喚士の子を抱えているということは、ふたりの勝負は一段落着いたのかもしれない。

 

『フェイトさんは行き場のなかった私に温かい居場所を見つけてくれた』

『たくさんの優しさをくれた』

『大切なものを守れる幸せを教えてくれた』

『助けてもらって、守ってもらって、機動六課でなのはさんや兄さんに鍛えてもらって』

『やっと少しだけ立って歩けるようになりました』

『フェイトさんは何も間違ってない』

『不安ならわたし達が付いてます。困ったらわたし達が助けに行きます!』

『もしも道を間違えたら僕達がフェイトさんを叱ってちゃんと連れ戻します。フェイトさんには僕達が……みんなが……何より兄さんが付いてます!』

『だから負けないで。迷わないで』

『『――戦って!』』

 

 守ってあげないといけないと思っていた子供達。周囲からは過保護過ぎると言われたりしたけど、確かにそのとおりかもしれない。だってあの子達はちゃんと自分達で考えて行動してる。自分の意思を言えるようになっているのだから。

 ――大丈夫だよエリオ、キャロ。だって私にはみんなが……エリオやキャロが……ショウが付いてくれてるんだから。

 

「……オーバードライブ《真・ソニックフォーム》!」

 

 マントやコートを排除し最大限身軽になる。この状態は魔力の全てを速度に費やすため、装甲はないに等しい。一度でも攻撃をもらえばそこで終わるほど、速さのみを追求した超高機動特化形態だ。

 

「ありがとう……エリオ、キャロ。……大好きだよショウ」

 

 私は弱いからきっとふとしたことで迷ったり悩んだり……きっと、ずっと繰り返す。でもそれでいいんだ。だってそれも私なんだから。

 ライオットブレードを抱くようにしながらカートリッジをさらに1発リロードし、リミットブレイクフォームである《ライオットザンバー》を起動させる。

 それに伴ってライオットブレードが一振り増加し、私は二刀流の状態になる。ライオットザンバーの形態のひとつで両手にライオットブレードを持つ《スティンガー》。二振りのライオットブレードの柄は魔力ワイヤーで繋がれており、左右のブレードの魔力比を自在に変更することが出来る。

 ショウ……ありがとう。

 ショウが居たからこそ、二刀流を教えてくれたからこそ私のリミットブレイクフォームは完成した。もちろん模擬戦に付き合ってくれたシグナムのおかげでもあるけど、これだけ早く実戦で使えるほどに二刀流を覚えられたのはショウのおかげだ。

 

「装甲が薄い……一撃与えれば落ちる!」

 

 確かにトーレの言うとおり一撃でも直撃すれば私は墜ちる。だけど……一撃ももらうつもりはない!

 噴煙が巻き上がるほど爆発的な超加速でブーメランを扱う戦闘機人に接近し、二振りのライオットブレードを振り抜く。高密度の魔力刃は敵の武器を容易く破壊し意識を刈り取った。

 

「――っ」

 

 スカリエッティの右手が動くのを見逃さなかった私はすぐさま体勢を整える。

 空中を飛びながら次々と迫り来る紅い糸を一閃で斬り捨てて行きトーレとの距離を詰める。彼女の繰り出す正拳突きに怯むことなくライオットブレードで応戦。強引に押し切ろうとはせず一度距離を取る。

 

「ライトインパルス!」

 

 こちらを追うようにトーレが加速する。超高速で飛び回りながら私達は何度も刃を交え、直撃こそないものの掠り傷を負う。

 ――ライオットブレードじゃない抜けない。だったら……!

 雄叫びを上げながら迫ってくるトーレを迎え撃つように制止を掛けながら二振りのライオットブレードを連結させる。連結させたライオットブレードは大剣と貸す。これがライオットザンバーの重攻撃専用形態《カラミティ》だ。

 

「はあぁぁぁッ!」

 

 より高密度になった巨大な魔力刃を伸ばしながら叩き斬る。トーレは防御するが圧倒的な攻撃力の前に打ち砕かれ地面へ叩きつけられた。十分なダメージも入ったらしくそのまま気絶する。

 あとはスカリエッティだけだ!

 ライオットザンバーを構え直しながら接近し、渾身の一撃をスカリエッティへ振り下ろす。スカリエッティは避ける動作は見せず両手で受け止めてきた。その直後、こちらの攻撃の威力を物語るかのように床が砕けながらへこむ。

 

「フフフ……フハハハハ、素晴らしい。やはり素晴らしい……あぁこの力ほしかったな。だが私をここで捕らえる代償に君はここで足止めだ。私がゆりかごに託した夢は止まらんよ!」

「確かに私はここで終わるかもしれない。だけど私はひとりじゃない。お前のくだらない夢は私の仲間がきっと止める!」

 

 一度距離を取って構え直し、最速かつ最大の一閃をスカリエッティに叩き込む。ただ高密度の刃を当てる形で直撃させると危険だったため、当たる瞬間に刀身の角度を変えて腹の部分叩き飛ばした。凄まじい勢いで壁に叩きつけられたスカリエッティはそのまま力なく横たわる。

 

「はぁ……はぁ……広域次元犯罪者ジェイル・スカリエッティ、あなたを……逮捕します」

 

 

 



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第35話 「星光と聖王」

 私はヴィータちゃんと一緒にゆりかご内部に突入した。

 ただしゆりかご内部にはAMFが発生しており、私達には負荷が掛かる状態にある。AMF状況下での魔法使用はお互いに可能ではあるけど、それでも必要以上に魔法を使っていては長くは戦えないだろう。

 にも関わらず、ヴィータちゃんは私の魔力を温存させるために率先して遭遇するガジェット達を粉砕してくれた。ポジションで言えばセンターなどの魔力を温存させるのも前衛の仕事ではあるけど、無茶はしてほしくない。

 しかし、ゆりかご内部を進む内に聖王の玉座と駆動炉が真逆の方向にあるのが判明した。

 突入隊の編成にはまだ40分以上掛かると報告が入ったため、残り時間も考えて私とヴィータちゃんが分かれて対応することになったのだ。

 

「ヴィータちゃん……」

 

 ゆりかご内部を飛行して進みながら彼女の身を案じる。

 駆動炉はゆりかごのエンジンに等しい。それだけに敵も必死に防衛してくるはず。もしかするとこっちよりも何倍も厳しい戦いを余儀なくされるかもしれない。

 なのにヴィータちゃんは嫌な顔をするどころか笑いながら駆動炉の破壊を引き受けてくれた。自分とグラーフアイゼンは破壊の方が得意だからって……。

 でもきっとそれだけじゃない。私がヴィヴィオの保護責任者で……誰よりも本当はヴィヴィオのことを心配しているのを分かっているから。だから私をヴィヴィオの方へ行かせてくれたんだ。

 

「……必ず……私がヴィヴィオを連れて帰る」

 

 玉座に向かって飛行しているとそれを邪魔するようにガジェットⅢ型が続々と現れる。

 しかし、今の私は全リミッターが外れて本来の能力に戻っている。また限定解除のフルドライブモード《エクシード》も発動させた状態だ。強力な射撃と大威力砲撃に特化させたこのモードの前では通常のガジェットより強いAMFを持つガジェットⅢ型でも敵ではない。

 その証拠に私は魔力消費の激しい砲撃は使用せず魔力弾のみでガジェット達を撃ち砕いていく。先に進むにつれて次々と現れるガジェット達を破壊しながら進んでいると、相棒であるレイジングハートからもうすぐ玉座であるという報告を受けた。

 ――もうすぐだ。ヴィヴィオ待ってて、今すぐ私が助けに行くから!

 気持ちを引き締めながら曲がり角を左折すると、前方に砲撃を敢行しようとしている戦闘機人の姿が見えた。手にしている武装と砲撃から察するに前にヘリを狙撃した子に違いない。私はすぐさま制止を掛けながらレイジングハートを構える。

 

「2……1……」

「エクセリオン――」

「ゼロ!」

「――バスター!」

 

 レイジングハートから放たれる桃色の閃光と敵が放ってきた真紅の閃光は、空間を飲み込むようにしながら突き進み衝突する。

 砲撃の威力はほぼ互角……このまま撃ち合ってても無駄に魔力を消費するだけ。それに聖王のゆりかごが衛星軌道上に達するまで時間もそう残されてないはず。ここは躊躇してる場合じゃない……

 

「っ……ブラスターシステム、リミット1リリース!」

 

 リミットブレイクモードにして私とレイジングハートの最後の切り札。その第1段階を発動する。それに伴い私とレイジングハートの能力は限界値を突破し、先ほどよりも格段に大きな魔力が溢れてくる。それを私は迷うことなく砲撃へと注ぎ込む。

 

「ブラスト……シュートッ!」

 

 大量の魔力を注ぎ込まれさらに威力を増した砲撃は、敵の砲撃を飲み込むようにしながら突き進み敵の本体ごと撃ち抜いた。それによって爆煙が発生し敵の姿が一時的に見えなくなる。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 ブラスターシステムを使用した反動によって私の息は上がってしまった。もしも今の一撃を受けてなお敵が動けるようならば正直不味い。

 きっと玉座にも敵戦力は存在するはず。ここで力を使い過ぎれば……ううん、ここで必要以上に魔力を消費したとしても私は諦めたりしない。たとえブラスターシステムの反動で体にガタが来たとしても最後まで戦い抜いてみせる。

 煙が晴れていくと武器を手放した状態で横たわる戦闘機人の姿が見えた。意識はあるようだけど戦闘続行は不可能のようだ。

 

「抜き撃ちで……この威力…………こいつ人間か――ぐっ!?」

「じっとしてなさい。突入隊があなたを確保して安全な場所まで護送してくれる。この船は……私達が制止させる!」

 

 敵にはバインドを掛けたのでそれだけでも十分な気もしたが、念には念を入れて私は転がっていた武器にバインド型の封印魔法《シーリングロック》を掛けてからその場を飛び去る。

 玉座に向かって進む中、私は左腕を押さえていた。多少出血もしているようだけど、それもこの痛みもブラスター1による反動によるものだと分かっている。こうなることは覚悟していただけに問題はない。

 

「……っ」

「……マスター」

「平気。だからブラスター1はこのまま維持……急ぐよレイジングハート!」

 

 痛みが顔に出ていたんだろう。だけど私は止まるわけにはいかない。それはきっとレイジングハートも分かってくれるはず。だって私の相棒なのだから。

 先に進みながら私は小型の光球を複数散布していく。これは広域遠隔目視観察魔法である《ワイドエリアサーチ》のサーチャーだ。敵を……特に戦闘機人は逃すわけにはいかない。そのため、もしもの場合に備えて準備はしておくべきだろう。

 最大速度で進んでいると閉じている扉が見えてきた。位置情報から予測するに玉座の間に間違いない。簡単に開きそうもないと判断した私は、レイジングハートを構えると砲撃を撃ち込んで扉を破壊する。

 

「いらっしゃ~い、お待ちしてました」

 

 私を出迎えたのはヴィヴィオではなく戦闘機人。緊張感のない声で話しかけてきたけど、表情を見る限り狡猾なものを感じる。何を考えているか分からないだけに油断はできない。私はいつでも攻撃できるようにレイジングハートの先端を彼女に向ける。

 

「こんなところまで無駄足ごくろうさま~」

「く……」

「フフ、各地であなたのお仲間は大変なことになってますよ」

 

 表示された複数のモニターには敵と交戦中のみんなの姿が映し出されている。戦闘機人や召喚獣、大量のガジェットと戦っているだけに苦戦を余儀なくされているようだ。

 みんなのことが心配になるけど、みんな戦っているんだ。ヴィータちゃんだって今きっと駆動炉を止めるために頑張ってる。なら私も今やるべきことをやらないと。

 

「大規模騒乱罪の現行犯であなたを逮捕します。すぐに騒乱の停止と武装の解除を」

「フフ、仲間の危機と自分の子供のピンチにも表情ひとつ変えずにお仕事ですか。いいですね、その悪魔じみた正義感……」

 

 そう言って戦闘機人は玉座に拘束されているヴィヴィオへと手を伸ばし頬を撫でようとする。

 私に対する侮辱や煽りは冷静さを保っていられる自信はあったが、ヴィヴィオに触れようとした瞬間に私の中はざわつき反射的に砲撃を敢行した。しかし、その場に立っていたのはホログラムだったらしく一瞬にして掻き消えてしまう。

 

『でも~これでもまだ平静でいられます?』

 

 モニターに映った戦闘機人の笑みは実に憎たらしいものだ。だけどそれ以上に今のセリフからして何か仕掛けてくるつもりだろう。

 そのように考えた直後、玉座の周りにある球体から電気が発生し始めヴィヴィオが苦しみ始める。彼女の名前を呼びながら近づこうとするが、突如七色の光が突風のように吹き荒れ前に進むことが出来ない。

 

『フフ……良いこと教えてあげる。あの日、ケースの中で眠ったまま輸送トラックとガジェットを破壊したのはこの子なの。あのときようやくあなたが防いだディエチの砲撃……』

「…………ッ」

『たとえその直撃を受けたとしてもものともせずに生き残れたはずの能力。それが古代ベルカ王国の固有スキル《聖王の鎧》……レリックと融合を経てこの子はその力を完全に取り戻す。古代ベルカの王族は自らその身を作り替えた究極の生体兵器《レリックウェポン》の力を!』

「――っ、ママぁぁッ!」

「ヴィヴィオ!」

「ママ!? 嫌だよママぁぁぁぁッ!」

 

 泣き叫びながら視線で助けを求めるヴィヴィオに近づこうとするが荒れ狂う七色の光のせいで思うように前に進めない。

 

『すぐに完成しますよ。私達の王が……ゆりかごの力を得て無限の力を振るう究極の戦士』

「ママぁぁぁッ!」

「ヴィヴィオぉぉッ!」

 

 必死に手を伸ばすが私を押し戻す力は一段を強さを増し、室内に漂っていた七色の光はヴィヴィオへと集まっていく。爆風にも衝撃が室内を駆け巡った後、私の目に飛び込んできたのは七色の光に包まれたヴィヴィオの姿。圧倒的な力に包まれているからなのか、どんなに叫んでも私の声は聞こえていないように思える。

 包み込んでいた光が闇色に変わったかと思うとヴィヴィオが再び苦しみ始める。だがしかし、その姿は強烈な七色の光で覆い隠され……再びヴィヴィオが姿を現した時にはそれはもう先ほどまでのヴィヴィオではなかった。

 圧倒的な魔力を放つ黒衣の少女。年齢は17歳前後といったところか。けれどサイドポニーに纏められた金色の髪と、緑と赤のオッドアイは私の知るヴィヴィオと同じものだ。

 

「あなたは……ヴィヴィオのママをどこかに攫った」

「ヴィヴィオ違うよ、私だよ。なのはママだよ!」

「――っ!? 違う……あなたなんてママじゃない!」

 

 憎悪にも等しい鋭い瞳と共に放たれた言葉に私の心はズタズタに斬り裂かれる。

 確かに私はヴィヴィオの本当のママじゃない。だけど……それでも私はヴィヴィオのことを娘のように思ってる。私のように危険な仕事をする人間じゃなく安全な仕事をしてる人に……ヴィヴィオを引き取ってくれる人を見つけるとか周囲には言いながらも娘のように思うようになってしまっていた。

 

「ヴィヴィオのママを……返して!」

「――ヴィヴィオ!」

『フフ、その子を止めることが出来たらこのゆりかごも止まるかもしれませんね~』

 

 ヴィヴィオは聖王のゆりかごを起動するための鍵のような存在。そのため、あの戦闘機人が言っていることは十分に考えられる。

 だけど……あの憎たらしい狡猾な笑み。心の中で何を考えているか分からない。彼女を放っておくのは危険だ。

 しかし、どこに居るのか不明だ。おそらくゆりかご内部には居るのだろうが、ゆりかごの大きさは数キロメートルにも及ぶ。当てずっぽうで探すのは時間の無駄だ。故に私はここに来るまで散布しておいたワイドエリアサーチをフル稼働で発動させておくことにした。

 

『さあ……親子で仲良く殺し合いを』

「ママを……返して!」

「っ――ブラスターリミット2!」

 

 ヴィヴィオの纏う圧倒的な魔力に対抗するためにブラスターシステムをブラスター2直前まで引き上げる。

 攻撃なんかしたくない。だけどこのままじゃ話し合うこともできない。どうにかして動きを封じないと。

 そう考えた私は魔力弾で牽制しながらバインドを掛けられる隙を窺う。しかし、ヴィヴィオの動きは私の予想を遥かに超えていた。

 

「そんなもので……!」

 

 あっさりと魔力弾を避けたヴィヴィオは七色の魔力弾を次々と放つ。その威力はリミットブレイク状態にある私と同等……いや今の私以上の威力を秘めていた。

 移動速度も速い……それにあの威力。手加減してどうこう出来るレベルじゃない。だけど……

 次々と迫り来る魔力弾を回避し続けるが私はフェイトちゃんほどの機動力があるわけじゃない。それに室内という限定された空間では回避に仕える空間も限られてしまう。ついに回避が間に合わないと判断した私は防御魔法を使ってガードする。

 だがそれを見越していたかのように発生した爆煙が晴れるのと同時にヴィヴィオが突っ込んできていた。莫大な魔力を纏わせた正拳突きが繰り出される。どうにか防御は間に合ったものの威力を殺し切ることは出来ず、私は壁に打ち付けられた。

 

「くっ……ヴィヴィオ」

「――勝手に呼ばないで!」

 

 ヴィヴィオは両手に魔力弾を生成し投げつけるようにしてこちらへ放つ。私は着弾するギリギリまでその場に留まり、絶妙なタイミングでその場から移動する。

 たとえ純粋な戦闘力に差があったとしても戦闘の経験値で言えば私の方が上だ。爆煙に紛れる形でヴィヴィオの背後を取った私は《チェーンバインド》を発動させてヴィヴィオを拘束する。しかし――

 

「こんなの……効かない!」

 

 ――圧倒的な魔力を持つせいか拘束できたのは一瞬だった。ヴィヴィオは新たに魔力弾を4発生成し放ってくる。それと同時に私は身構えたものの飛来する魔力弾はこれまでとは違って私から逸れて行った。

 どういう意図が……なっ!?

 私から逸れて行った魔力弾は拡散するように弾け空間を制圧するかのように襲い掛かってきた。回避もガードも間に合わなかった私は直撃をもらい地面へと落下する。

 

「はあぁぁぁぁッ!」

 

 ヴィヴィオは続けざまに魔力弾を放ってくるが、それは私を意思を汲み取って《ラウンドシールド》を発動させたレイジングハートのおかげで完全に防ぎきる。

 

『WAS、エリア2終了。エリア3に入ります。あともう少し』

 

 レイジングハートがサーチの進行状況も教えてくれるが、今はあまりそちらに意識を割いているわけにはいかない。ヴィヴィオが背後に回ったことに感づいた私はすぐさま回避行動に移る。

 ……今のままじゃヴィヴィオを止めるどころか先に倒される。もっと力を上げないと!

 

「ブラスター2!」

 

 ブラスターシステムを次の段階へと引き上げ魔力を増大させる。それに伴って発生した余波によりヴィヴィオは吹き飛ばされる。が、ダメージと呼べるものはなく彼女はすぐに体勢を整えて着地した。

 私はそのわずかな隙を逃さずブラスタービッドを2基呼び出しヴィヴィオへ向けて射出。ヴィヴィオの周りを旋回させるのと同時に彼女の体をバインドで固定した。しかし、まだこれで終わりじゃない。

 

「くっ……」

「ブラスタービッド、クリスタルゲージ……ロック!」

 

 今度のバインドは私が最初に覚えた行為魔法かつ最大最強の拘束魔法《レストリクトロック》。指定空間内を固定する機能を持ち、密着状態で発動されれば極めて高い強度を持つ魔法だ。

 

「これは……もう覚えた!」

 

 ヴィヴィオは自身に掛かっていたバインドを打ち破ると、すぐさまレストリクトロックへ向けて正拳を繰り出してきた。

 

「はあぁぁぁッ!」

 

 次々と繰り出される正拳は、その一撃一撃は凄まじく一瞬でも気を抜けばすぐにでも破壊されてしまいそうだ。

 ――このままじゃ押し切れられる。だけど……

 ヴィヴィオを止めるだけじゃこの戦いは終わりじゃない。先ほどまで私を翻弄していたあの戦闘機人も戦闘不能にしなければ……エリアサーチの索敵範囲からしてここから大分離れてる。そこまで撃ち抜くにはそれ相応の威力が必要になるだろう。だからまだブラスター3は使うわけにはいかない。

 

「ふ……!」

「あっ……!?」

 

 ついにレストリクトロックは破壊されてしまい、ヴィヴィオは一瞬で距離を詰めてくる。ブラスター2の反動もあるため回避は不可能に近い。しかし、あの正拳をレイジングハートで受け止めるのも悪手だ。レイジングハートも私の体と同様にブラスターシステムの反動が蓄積しているのだから。

 

「これで……終わりだ!」

 

 唸りを上げながら突き出される拳。やむを得ずレイジングハートで受け止めようと身構えようとした矢先、私とヴィヴィオの間に雷光のような速度で何かが割り込んできた。直後、激しくぶつかり合う拳と何か。凄まじい音を撒き散らしながら発生した衝撃波に一瞬目を閉じそうになってしまう。

 ――……あ

 長身を包み込む黒のバリアジャケット。右手にはヴィヴィオの拳を受け止めている紫色のパーツで強化された漆黒の長剣。左手には右の剣同様に蒼色のパーツで強化されている金色の長剣が握られている。

 私が見慣れているのは黒髪だが今はユニゾン状態にあるせいか金髪だ。だけどそんなのことで誰かのか見間違ったりしない……

 

「少し会わないうちにずいぶんと大きくなったな……ヴィヴィオ」

 

 

 



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第36話 「親として」

「ショウくん……どうして?」

「どうしてって……普通に増援として来ただけだが?」

 

 確かにそうなんだろうし、前衛が居ることで私は真価を発揮するタイプなので非常にありがたいんだけど……ここまで絶妙なタイミングで来られると呆気に取られると言いますか。というか……

 

「何でこっちに来たの。ヴィータちゃんの方が……」

「安心しろ、そっちにははやてが向かってる……それよりも悠長に話してる場合じゃないだろ」

 

 ショウくんの視線は真っすぐ黒衣の少女……聖王として覚醒したヴィヴィオに向けられている。対するヴィヴィオは私に向けていたものと同様にショウくんにも敵対の意思を向けていた。

 

「……なあヴィヴィオ」

「――っ、馴れ馴れしく私の名前を呼ぶな!」

 

 爆発的な踏み込みからヴィヴィオは正拳を繰り出す。フェイトちゃんとも渡り合える機動力を持つショウくんならば回避することは可能だったろうが、あえて彼は両手を剣を交差させて真正面から受け止めた。

 

「俺達がいないと泣きそうだったのに……今は反抗期か?」

「ごちゃごちゃとうるさい!」

 

 ヴィヴィオは一度距離を取ると次々と魔力弾を放つ。それに対してショウくんは慌てることなく右の紫黒の長剣を回しながら肩に担ぐと上段から一閃。その勢いを殺さないまま1回転し再度上段から斬り下ろす。左右から切り返しながら剣に導かれるようにバク宙し、着地するのと同時に流れるように3度剣を振るう。

 確か7連撃技《デッドリー・セブン》だったはず。私は剣を使うわけじゃないけど、何度見てもよく重そうな長剣を軽々と振るうものだと感心させられる。

 ……だけど。

 どうしてショウくんは回避行動を取らないのだろう。後ろに私が居る状態とはいえ、私は動けない状態にあるわけじゃない。故に必要以上に守る必要はないはずだ。今のヴィヴィオは圧倒的な魔力を持つだけにたとえ魔力弾でも十分な威力を誇るのだから。

 そう思った直後、ショウくんの口元からわずかだが血が垂れていることに気づく。今の攻撃の余波で床の欠片が舞って切ったのかとも思ったが、見た限り外傷はなさそうだ。彼は左手で口元を拭うと剣を構え直す。

 

『ショウくん……大丈夫なの?』

『大丈夫じゃないなら戦えてないと思うが?』

『そういう意味じゃなくて!』

 

 あぁもう、何でこういうときでも素直に答えないのかな。普段の会話でならそれでも別にいいけど、今は戦闘中……しかも私も万全な状態じゃないし、ヴィヴィオも加減なく攻撃してくるのに。

 

『もう、ちゃんと答えて。無理させるわけにはいかないんだから』

『すでに無理してるお前にだけは言われたくないんだが……俺のことは気にするな。ところどころ痛めてるだけで問題はない』

 

 いやいや普通に問題あるから。それってつまり外傷らしい外傷は負ってないけど内部はボロボロってことだよね。平然とした顔してるから動けるんだろうけど……むしろ平然としてるから心配になる。

 何でこう……私にはいじわるというか強がるというか。話すようになってから10年くらい経つのにどうしてこんなにも私達の関係は変わらないんだろう。

 とはいえ、ショウくんに言われたように今の私はブラスターシステムを使用しているので無理をしていないと言ったら噓になる。それに今回の戦いは誰もが傷つきながらも動ける限り懸命に戦っているのが現状だ。もしも戦いに敗れてしまった場合、多くの人々の命が危険に晒されるため多少の無理や無茶には目を瞑るべきだろう。

 

『その言葉信じるからね。嘘だったらあとで怒るから』

『何で俺だけ怒られないといけない。ブラスター使ってるお前の方がボロボロだろうに』

『そ、それは……そうかもしれないけど』

『……仕方ない、一緒に怒られてやるよ。その代わり、何としてもやることやって帰るぞ』

 

 暗にヴィヴィオと一緒に帰るぞと言われた私は力強く頷き返した。そのあと念話でサーチャーで戦闘機人を探していることを伝え、発見次第ブラスター3を使用し壁抜きで戦闘不能にするつもりだと伝えた。

 相変わらず馬鹿げたことを……、なんて言われるかと思ったけど、ショウくんは肯定の返事をするとヴィヴィオへと近づいていく。

 

「ヴィヴィオ、どうすればその拳を納めてくれる? できればこれ以上戦いたくはないんだが」

『陛下、騙されちゃいけませんよ。その男……黒衣の魔導剣士(ブラックフェンサー)は敵対する者は容赦なく斬り捨てる非情な人間なんですから。そもそも~戦いたくないって人間は剣を持って話したりしないでしょうし』

 

 今のヴィヴィオは洗脳状態にでもあるのか、戦闘機人の言うことを信じるかのように構え直す。ショウくんはモニターに映っている彼女を一瞥するが、すぐさまヴィヴィオに視線を戻した。

 ――やっぱり先にこの女をどうにかしないと。

 私達がヴィヴィオと話そうとしてもあの戦闘機人が居ては茶々を入れられてまともに会話することが出来ない。それどころか、現状だとヴィヴィオは私達よりもあちらの言葉を信じてしまうようなので状況は悪化してしまうと言える。早く何とかしなければ……

 

『……ショウくん、出来ればヴィヴィオのこと足止めしておいてくれないかな。私はその間に全力であの戦闘機人の位置を特定するから』

 

 ショウくんは念話で返事をすることはなく、その代わり大きく一度ため息を吐いた。彼の性格を考えると、保護者のくせに保護者でもない俺に丸投げかよとでも思っているのかもしれない。

 

『その……ごめん。ショウくんもヴィヴィオとは戦いたくないよね……保護者でもないし』

『それもなくはないが……お前がやろうとしていることを考えれば呆れもするさ。どうせここから壁抜きでもするつもりなんだろ?』

『……うん』

『やれやれ……1歩でも間違えればあの世行きでもおかしくないってのに。だがまあタイムリミットを考えればその方法がベストなのも事実か』

 

 現実を受け止めるようにショウくんは静かに両手の剣を構える。ヴィヴィオを本気で叩きのめすつもりはないんだろうけど、それでも今のヴィヴィオの戦闘力を考えると加減を間違えば自分がやられてしまう。

 

『おいなのは』

『は、はい』

『人のこと心配してそうだが自分の心配してろ。ヴィヴィオの足止めよりもブラスター3を使用して壁抜きするほうがダメージは大きいんだから』

 

 ぶっきらぼうな言い方ではあるけどショウくんが私のことを心配してくれているのはよく分かった。それと同時に先ほどまで不安や焦りで重く感じていた心が軽くなる。

 ……もう……ショウくんはずるいよ。

 私にはいつも厳しいというか意地悪な物言いをするくせに……今みたいに心が折れそうな状況の時はいつも傍に居てくれる。駆けつけて声を掛けてくれる。私のことを支えてくれる。

 本人からすれば支えてるつもりはないのかもしれない。だけど私にとってショウくんは……魔法と出会った頃から親しくなり始めた人。一緒に事件を解決していく中で心の強さ……誰かを守りたい、助けたいっていう想いの強さを感じさせてくれた人だ。

 ――ううん……そんなんじゃない。

 そんなのは最初の頃の印象……私にとってショウくんはそれだけの人じゃない。本当はずっと……ずっと前から私は…………ショウくんのことが好きだったんだ。

 明確に好きになったのがいつなのか……それはよく分からない。最初は友達になりたいと思ってた。友達になってからはもっと仲良くなりたいって思うようになった。

 

「……だけど」

 

 いつからか他の子と話したりしてると胸の奥がざわつくようになっていた。

 よく噛みつくように私には意地悪だとショウくんに言ってしまう衝動は、そこから来ているのかもしれない。

 ……あーあ、本当はまだ認めるつもりなかったんだけどな。

 この事件を解決してからじゃないと意識が拡散してしまいそうだと思っていた。認めてしまったら確固たる自分がブレてしまいそうで不安だったから。

 だけど……認めてしまった今だからこそ分かる。今の自分は先ほどまでの自分よりも強気で冷静だ。大好きな人が傍で支えてくれる。それほど心強いことなんて他にない。

 

「はあぁッ!」

 

 痺れを切らしたかのようにヴィヴィオが気合を発しながらショウくんへと向かって行く。ショウくんは逃げようとはせず真正面から迎え撃つもりのようだ。

 今のヴィヴィオの攻撃力は私の装甲や防御魔法でさえ抜いてくる。ショウくんは私よりも脆いだけに心配だ。出来ることならフェイトちゃん仕込みの高速移動で回避してほしい。

 でもそれじゃ……きっとヴィヴィオの意識は私にも向いちゃう。

 ヴィヴィオを足止めしてほしいと頼んだのは私だ。それを嫌な顔せず……いやしてたような気はするし、呆れられたような気もするけど、私がサーチに専念できるように危ない橋を渡ってくれようとしてくれているんだから私は今やるべきことを全うしよう。

 

「――ッ……大した威力だな」

「その口、すぐに開けないようにしてやる!」

「やれるものならやってみるといいさ」

 

 次々と高速で繰り出される拳打。それを可能な限り最小限の動きで避け、回避が難しいと判断したものは両手の剣を使って弾いたり受け流す。

 私もショウくんと同じ魔導師ではあるけど、私とショウくんとでは近接戦闘の技術に明確な差がある。スバルやギンガとかならまだ対応できるけど、ショウくんクラスになると反撃よりも防御と回避に専念して距離を取るのが最善だろう。

 

「く……ちょこまかと」

「どうしたヴィヴィオ」

「だから……勝手に呼ぶな!」

 

 攻撃が当たらないことに苛立っているのかヴィヴィオの顔は険しい。対するショウくんは至って冷静だ。

 今のヴィヴィオは確かに身体能力も高いし保有している魔力も馬鹿げたレベルだ。学習能力も高いのか、魔法への対応力も凄まじい。それが攻撃にも活かされているのか、魔法の扱いだって長けているように思える。

 だけどショウくんはシグナムさんを始めたとした近接戦の猛者に鍛えられてきた。それだけに達人級の技術を持っている。ヴィヴィオの拳は速くて重いのかもしれないけど、ただそれだけじゃ彼を捉えることは出来ないだろう。

 

『陛下、遊んでないでさっさとそのふたりやっちゃってください。強がってますけどすでにボロボロなんですから。手伝ってあげたいところですけど、私は私でやらなくちゃいけないことが…………っ!?』

「……見つけた」

 

 戦闘機人が居たのはゆりかごの最深部。何やら色んな対応に追われているのか、先ほどまでよりも余裕がない顔をしている。

 

『これは……エリアサーチ。まさかずっと私を探してた!? ……だ、だけどここは最深部、ここまで来られる人間なんて』

 

 確かにここから戦闘機人が居る場所までの距離は簡単に行けるものじゃない。今すぐ向かったとしても何かしらの対応をされてしまうだろう。

 だけど……!

 私が壁側に向こうとした矢先、ショウくんと一瞬視線が重なる。彼にはそれで十分に伝わったらしく、ヴィヴィオに邪魔をさせないよう急遽攻めへと転じた。突然の変化にヴィヴィオも困惑したらしく、防御や回避する度に私との距離が広がっていく。

 壁を向いた私は大きく1歩踏み込み、ブラスタービッドを4基周囲に対空させる。そして、ブラスター3を起動し魔力をさらに増大させた。それをレイジングハートの先端部に集束させる。

 

『まさか壁抜き!? でもそんな馬鹿げたことが……ぁ』

 

 私が以前壁抜きをした際の記録でも見てことがあったのか、表に現れていた不安はさらに大きくなり戦闘機人は顔を引き攣り始める。

 レイジングハートから戦闘機人までの通路に味方がいないことの確認が入るのと彼女はファイアリングのロックを解除した。それ同時に私は残っていたカートリッジ5発を全てリロードし、すぐさま新しいマガジンを装填してさらに2発リロード。

 

「ディバイィィン……バスタァァァアッ!」

 

 圧倒的な魔力の奔流が解き放たれ、ゆりかごの壁を次々と貫いていく。一瞬にも等しい時間で戦闘機人の居る最深部へ到達し、悲鳴を上げて逃げようとしていた戦闘機人を飲み込んだ。

 必殺の一撃によって目的通り戦闘機人を戦闘不能にすることは出来たが、私とレイジングハートはブラスター3を使用しての集束砲撃によってダメージを負ってしまう。ところどころから煙が出たり、焦げてしまっているのがその証拠だ。

 ただ私にとってはここからが始まりと言える。まだヴィヴィオを取り戻せてはいないのだから。

 急にうめき声が聞こえたかと思うと、ヴィヴィオが頭を両手で押さえながら苦しんでいた。ショウくんも状態の変化を感じ取ったのか動きを止めている。私は反射的に彼女の名前を呼びながら近づいていく。

 

「ヴィヴィオ、ヴィヴィオ!」

「……なのはママ……ダメ、逃げて!」

 

 私に向かって繰り出される渾身の一撃。それはヴィヴィオの意思が伴っていないというのに確かな威力が籠っていた。

 反射的にレイジングハートで受け止めようとした矢先、黒い風が私を抱きかかえるように舞うとヴィヴィオの一撃を受け止める。が、完全に殺すことは出来ず後退させられた。

 

「……ショウくん」

「パパ……ごめんなさい。……お願い、ふたりとも逃げて」

「逃げる? 違うだろ。お前も一緒に帰るんだ」

「ダメなの……ヴィヴィオもう帰れないの」

 

 泣きながら呟かれた言葉の意味を私達はすぐに理解させられる。

 ヴィヴィオが戦意を喪失したことによって聖王のゆりかごが自動防衛モードを起動。それによって彼女は自分の意思とは関係なく戦うことを余儀なくされたらしい。また自動機械がゆりかご内部に続々と投入され始めたようだ。

 涙を流しながらも高速移動魔法を使用して襲い掛かってくるヴィヴィオをショウくんが率先して受け止める。だが彼の体も私と同様にガタが来ているにダメージを隠し切れなくなってきている。

 そのためヴィヴィオが砲撃体勢を入ろうとした矢先、私はショウくんの元へ駆けつけ砲撃をぶつけることで相殺しようとした。

 

「ヴィヴィオ、いますぐ助けるから!」

「ダメなの、止められない!」

「ダメ……じゃない!」

 

 カートリッジを1発リロードしてヴィヴィオの砲撃ごと撃ち抜く。

 しかし、ヴィヴィオはすぐさま私の後方へと移動していたらしく両手に七色の魔力を纏わせて殴りかかってきた。ショウくんがそれを受け止めるがボロボロなこちらと違ってあちらの出力は落ちていない。そのため、ショウくんのガードを崩したヴィヴィオは渾身の2連撃によって私達を地面に叩きつけた。

 

「もう……来ないで」

 

 再び言われる拒絶の言葉。だけどそこにあるのは私達の身を案じての心配や傷つけることへの罪悪感であり、本当に拒んでいるようには思えない。

 それだけに私もショウくんも諦めるような真似はせず、互いにデバイスで体を支えるようにしながら起き上がった。

 

「もう分かったの私……私はずっと昔の人のコピーで…………なのは……なのはさんもフェイトさんも本当のママじゃないんだよね。ショウさんも本当のパパなんかじゃなくて……私はこの船を飛ばすためのただの鍵で……玉座を守る生きてる兵器」

「ヴィヴィオ……」

「違う……違うよ」

「本当のパパやママなんて元からいないの……守ってくれて……魔法のデータ収集をさせてくれる人を探してただけ」

「違うよ!」

 

 たとえそれが本当のことだとしても、それでも私は……!

 

「違わないよ! 悲しいのも痛いのも……全部偽物の作り物。私は……この世界に居ちゃいけない子なんだよ!」

「……違うよ。生まれ方は違っても今のヴィヴィオは……そうやって泣いてるヴィヴィオは偽物でも作り物でない。甘えん坊ですぐ泣くのも……転んですぐ起き上がれないのも……ピーマン嫌いなのも……私が寂しい時に良い子ってしてくれるのも――」

 

 脳裏に蘇るヴィヴィオとの日々。それは期間にしてみればとても短い……けど私にとってそれはかけがえのない大切な思い出になってる。失いたくないものになってしまっている。

 

「――私の大事なヴィヴィオだよ。……私はヴィヴィオの本当のママじゃないけど、これから本当のママになっていけるように努力する。だから……居ちゃいけない子だなんて言わないで!」

 

 私は泣きながら本当の気持ちをぶつけながら近づいていくけど、ヴィヴィオはその分だけ離れてしまう。

 ヴィヴィオの本当の気持ちが知りたい。それが知れれば私は絶対にやり遂げられる……やり遂げてみせる。でも……それにはあと1歩足りない。

 

「ヴィヴィオ、いい加減諦めたらどうだ?」

「ショウさん……何を諦めるの?」

「強がって本当の気持ちを言わないのをだ。なのはは頑固だ……一度決めたら最後まで折れたりしない。そして俺も……今回は折れるつもりはない。お前を連れて帰る」

 

 静かだけど明確な強い意思が宿った言葉にヴィヴィオの目からはさらに涙が溢れる。

 

「何で……何でそこまでして私を」

「何で? そんなの決まってるだろ。俺達だって何度も悪いことをしたりしてその度に怒られて育ってきた。俺達が正しい道を歩けるように大人達が導いてきてくれたんだ。そして今はもう……俺達も大人だ。子供が悪いことをすればそれを叱って正す立場に居る」

「でも……でも私は」

「でも、じゃない。お前は……俺の娘なんだ。子供の間違いを正してやるのは親の務めだろ?」

 

 ショウくんはパパじゃない、と。

 私やフェイトちゃんと違ってヴィヴィオから親扱いされることを嫌がっていた。ヴィヴィオが泣いてしまうから容認していただけで。そのことは今のヴィヴィオならば理解しているはずだ。

 それでも……今のショウくんの言葉は嘘なんかじゃない。今この場をやり過ごすためだけに出ている適当な言葉なんかじゃない。それは私だけじゃなくてヴィヴィオも分かってるだろう。

 

「だけどショウさんは……」

「確かに俺はお前のパパじゃない。お前みたいに大きな子供が居る年齢でもないからな……だけど親がいないことの寂しさも、繋がりが出来たことの幸せも知ってる。だからこそお前を孤独になんかしない。絶対にさせない」

「う……ぅ……」

「ヴィヴィオ、お前が何と言おうと……どんなに否定しようと俺は意見を変えるつもりはない。お前が悪いことをすれば叱って正してやる。痛い思いをしたときはお前が泣き止むまで傍に居てやる。好き嫌いせずに何でも食べればおやつにお菓子を作ってやる。……お前に居場所がないって言うのなら俺やなのはがその居場所になってやる」

「……パ……パ」

「なあヴィヴィオ、お前は本当はどうしたいんだ? 本当の気持ちはどうなんだ?」

 

 夜を照らす月のように静かにだけど優しい問いかけにヴィヴィオの強がりも限界に来たらしく、ポツリポツリと自分の気持ちを話し始める。

 

「私は……私はなのはママが……大好き。パパのことが大好き……ママやパパとずっと一緒に居たい。ふたりと一緒に帰りたい…………ママ……パパ……助けて」

「……うん、助けるよ」

「ああ……いつだって、どんなときだってな」

 

 次の瞬間、ヴィヴィオが神速の踏み込みで殴りかかってきた。ショウくんもすかさず前に出てそれを受け止める。

 

「ヴィヴィオ……これから痛い思いをするけど我慢できるか?」

「うん」

 

 ヴィヴィオの確かな返事を聞いたショウくんは私の方をチラリと見る。私は頷き返して空へと上がると、室内に滞留している残留魔力と自身に残っている魔力を集束させ始める。私自身とブラスタービッドそれぞれにだ。

 その一方でショウくんは半ば強引にヴィヴィオを弾き飛ばすと、カートリッジをフルリロード。爆発的に高まった魔力を両手に持つ紫黒の剣と蒼金の剣に注ぎ込む。すると漆黒の魔力は姿を変え、燃え盛る焔と轟を上げる蒼雷と化す。まるでシュテルの炎とレヴィの雷を纏っているかのようだ。

 

「ミーティアストリーム……」

 

 ショウくんは爆発的な踏み込みで距離を詰めると、二振りの長剣を撃ち出していく。

 右の剣で薙ぎ払うと間髪を入れず左の剣を叩き込む。右、左、右……と絶え間なく続く流星群のような斬撃の速度はかつて見たそれを遥かに凌駕している。一閃するごとに紅蓮と稲妻の軌跡が描かれ、星屑のように飛び散る魔力が彼の周囲を荒れ狂う夜空のような色に染め上げる。

 ヴィヴィオも応戦しているが超高速の斬撃に徐々に対応が遅れ、10連撃を超えたあたりから直撃をもらい始める――

 

「スターライト……」

 

 ――11撃目、12撃目。炎と雷を纏った剣閃がひとつずつ疾る。

 13撃目、14撃目、15撃目。ヴィヴィオの動きを止めるかのように次々と斬撃が撃ち込まれるが、ヴィヴィオはショウくんとの約束を守るように必死に痛みに耐えている。

 そして最後の16撃目。本来ならば左上段斬りのところをショウくんは下段に変える。蒼の軌跡が描かれるのと同時にヴィヴィオの体は空中へ飛ばされる。

 ショウくんは右の剣を肩に担ぐのようにしながら腕を畳んでやや体を捻ると、周囲に滞留していた魔力を前方へ集束させていく。

 

「……ブレイカー!」

 

 私は4基のブラスタービッドと共にほぼ同時に集束砲撃を撃ち出す。それはヴィヴィオを全方位から飲み込むと、ヴィヴィオの体内にあったレリックをあぶり出した。

 

「ブレイク……シュート!」

 

 レリックを撃つ砕くために私はさらに魔力を込めて撃ち出す。同時に反動でレイジングハートに亀裂が入った。けれどスターライトブレイカーを止めるつもりはない。何故なら想いを最後まで貫くのが私とレイジングハートのスタイルだからだ。

 

「ブレイカー!」

 

 ショウくんも集束させていた魔力に右の剣を突き出した。漆黒の魔力は鋭い閃光へと変わり、旋風を纏いながらヴィヴィオへと突き進む。

 双方のブレイカーがヴィヴィオを中心に激突したことで室内は莫大な光と音に包まれる。視界に映るのは桃色と黒色の光だけ。耳に届くのは激突音や爆発音、そして微かに聞こえるヴィヴィオの声だけだ。

 爆発と静寂。

 ほとんどの魔力を使い果たした私は地面に倒れ込むように突っ伏してしまう。爆煙が晴れてくるとどうにかレイジングハートで体を支えて起き上がった。ヴィヴィオが居た地点には大穴が空いており、そこに体に鞭を打つようにしながら歩いていく。

 

「……ヴィ……ヴィオ…………ヴィヴィオ!」

「来ないで!」

 

 拒絶の言葉に体を震える。普段ならどうということはない揺れ幅だったはずだが、今の私はそれすら耐えられる体力はなかったらしく後ろへ倒れ始めてしまう。が、倒れ始めた瞬間に誰かに抱き留められた。ここに居るのは私とヴィヴィオを除けばひとりしかいない。

 

「ショウ……くん」

「大丈夫だ……ヴィヴィオをよく見てみろ」

 

 その言葉に導かれるように覗き込むと必死に起き上がろうとしているヴィヴィオの姿が見えた。レリックが壊れたことで子供の姿に戻っている。

 私の脳裏には以前ヴィヴィオが転んでしまったときの出来事が過ぎる。その直後、目頭が熱くなるのを感じた。

 

「ひとりで……起き……られるよ。……強くなるって……約束したから」

 

 こちらに来るまで待とうかと思ったけど、変わろうとしているヴィヴィオを見て……成長した娘を見て私は待っていることが出来なかった。私は痛みを忘れてヴィヴィオへ駆け寄って行き感情のままに抱き締める。

 ――本当に……本当に無事で良かった。

 自分の腕の中に居る存在に安堵と愛おしさを覚える。しかし、まだ全てが終わったわけじゃない。このままこの場に留まっていては危険だ。早く脱出しなければ……。

 そう思い立ち上がるとまたふらついてしまった。けれど力強い腕に抱き留められる。

 

「気持ちは分かるがボロボロだってこと忘れるなよ」

「ご……ごめん」

「分かればいいさ……ヴィヴィオも頑張ったな」

 

 ショウくんはヴィヴィオの頭を優しく何度か撫でると、ファラ以外の武装を全て収納してヴィヴィオを抱きかかえた。

 それとほぼ同時にゆりかご内に聖王消失を知らせるアナウンスが流れ始める。早く脱出しなければ何が起こるか分からない。

 

「ショウくん、なのはちゃん!」

 

 声の主は私達の隊長にして親友のはやてちゃん。髪や瞳の色を見る限り、リインとユニゾン状態にあるようだ。どうやらこちらにも駆けつけてくれたらしい。私もショウくんもボロボロなだけに非常にありがたいと言える。

 しかし、次の瞬間。

 魔力リンクが消滅したのか飛行魔法は消失し、ユニゾン状態だったセイバーとリインは強制的にユニゾンを解除させられた。

 何が起こったのか分からないけど、脱出と戦闘機人の確保を行う必要があるため、最も動けるはやてちゃんが戦闘機人の回収へと向かい、私達は現状の把握を始めた。

 

「いったい何が……」

「この船自体がロストロギアで館内には高濃度のAMFが発生してたからな……魔法が使えなくなっても不思議じゃない」

「ショウさん、なんでそんなに冷静なんですか。魔法が使えないと飛ぶこともできないですし、通信もできないんですよ!?」

 

 リインの言うことは最もだけど慌てても意味がない。セイバーが慌てふためくリインを落ち着かせ始めてしばらくするとと、私が破壊した壁の奥の方に人影が見えた。はやてちゃんが戦闘機人を回収して戻ってきたらしい。

 

「その様子やと良い案は浮かばんかったみたいやな。しゃーない、歩いて脱出や」

「はいです……あ、でもショウさんやなのはさんが」

 

 正直に言えば、歩くだけでも相当な痛みが走る状態にある。ショウくんも私ほどではないにしても似たような状態にあるだろう。だけどヴィヴィオを助けることが出来た。それ故に体力を補うだけの精神力が溢れている。

 

「私は大丈夫」

「何度もふらついてた奴が何が大丈夫だ」

「う……ショウくんだって似たようなものでしょ」

「少なくともお前よりマシだ。だからお前を支えてやる」

 

 そう言ってショウくんは私を半ば強引に引き寄せる。支えてもらったほうが歩けるのは確かだけど、あちこち痛いのでもう少し優しくしてほしかった。それ以上にドキッとしてしまった自分にあれこれ思ってしまったわけだけど。こんな状況でときめいてる場合じゃない。

 私達は玉座から移動を始め出口へと向かう。しかし、私やショウくんはこれまでのダメージがあり、はやてちゃんも意識のない戦闘機人を運んでいるために足取りは重い。

 このままでは艦隊砲撃の時間までに脱出できないかもしれないと不安を募らせつつあると、不意に近くの壁が爆発するかのように吹き飛んだ。敵かと思い身構えるが姿を現したのは私の教え子……スバルとティアナだった。

 

「お待たせしました!」

「助けに来ました!」

「……うん」

 

 

 



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最終話 「それぞれの道へ」

 事件終了後、時間というものはあっという間に流れてしまった。

 理由として怪我の治療や事務処理といったものが挙げられるが、最大の理由としては今回の事件によって管理局の体制が見直されることになったからだろう。そこに試験運用中だった機動六課の再始動……フォワードの育成が再開したことで時間が足りない日々が多く続いたというわけだ。

 けれど、それも今日――4月28日を以って終了を迎える。機動六課が始動してから1年……つまり解散の日が来たのだ。今日を機に六課に所属していた隊員達はそれぞれの道を歩むことになる。

 

「長いようで短かった1年間、本日を以って機動六課は任務を終えて解散となります。みんなと一緒に働けて、戦えて……心強く嬉しかったです」

 

 壇上に立っているはやてが隊長として最後を挨拶を行っていく。

 本当に長いようで短い1年だった。考えてみれば1年前、俺ははやての六課始動の挨拶を聞くこともなく、来て早々なのはに付き合わされる形でフォワードの訓練を見ることになったんだったな。

 教導官の資格。それは俺にとって技術者として必要と思ったから取ったものだ。教えられるということはそれだけ物事に精通しているということ。その人間の魔法の特性を理解し、それに合わせたデバイスに調整することが出来る。取ろうと思った理由はそれだった。

 故に六課に来てすぐは仕事が一気に増えたような気がして教導官の資格なんて取るんじゃなかった、と思った気もする。が、今では取っておいてよかったと言える。技術者の方にも活かすことが出来ると実感出来たことも理由だが、教え子達が日々成長して逞しくなっていく姿は見ていて嬉しい。なのはが教導官をやり続ける理由が分かった気がした。故に……

 

「次の部隊でもみんなどうか元気に頑張って」

 

 はやての締めを兼ねた励ましの言葉に隊員達から盛大な拍手が送られる。別れを悲しんでいる者はチラホラと見えるが、嫌な顔をしている者は誰ひとりとしていない。六課がいかに居心地が良く働きやすい職場だったかを示していると言えるだろう。

 次の……部隊か。

 集まっていた隊員達が散らばっていく。このあとお別れ会を兼ねた二次会が予定されているのでそれまで各々の時間を過ごすつもりなのだろう。

 今回の事件をきっかけにはやてはより上へと昇り、自分の夢をより確固たるものにしていくことだろう。ヴォルケンリッター達は言うまでもなくはやてと共に今後も過ごして行くはずだ。まあ背負うものが増えてしまっているだけに時折自分の道も歩むのだろうが。

 なのはは功績を認められて出世できるチャンスだったのにそれを蹴り、教導官及び空戦魔導師として現場に残ることにしたと聞いた。決戦での傷は完治しているがブラスターシステムによる後遺症は残ってしまった。だというのに現場に居る道を選ぶあたりなのはらしい。

 フェイトは執務官としてこれからも次元世界を渡り歩く。以前から補佐官だったシャーリーに加え、執務官志望だったティアナも新たな補佐官として実務経験を積むそうだ。

 

「……考え事してて遅れたらまた怒られるな」

 

 事件後に俺ははやてを始めとした多くの人間から怒られたというか小言を大量にもらった。ジ・アルテマを始めとした体へ負荷の大きい魔法を使用したことで体の内部がボロボロだったからだ。状況が状況だっただけに使う必要があったと相手側も理解はしてくれはしたが、理解したからといってそれだけで割り切れないのが人間というものだろう。

 シュテルやレヴィといった戦闘に参加してなかった奴に言われるのは分かる。はやても部隊長故に注意する責務はあるだろう。医者であるシャマルから言われるのは仕事上当然だろうが……同じように無理していたなのはやフェイトから言われるのは心外でならない。

 そう思いながら挨拶の後に集まるように言われていた場所に歩き始めるが、小言を言われた時間を振り返っても嬉しい事なんてない。そのため別のことを考えることにした。

 残るフォワード達……スバルは確か災害救助を主に行う特別救助隊に転属するんだったか。キャロは自然保護隊に復帰して、エリオは竜騎士としてキャロと一緒に自然保護隊に行くんだったな。

 こうして考えるとみんな自分の道を歩もうとしている。にも関わらず、俺はこれからどうして行くか迷っているのが現状だ。

 特別魔導技官故に魔導師としても技術者としても働くことが出来る。これまでは技術者としての仕事をメインに行ってきたが、管理局の変革によって情勢は大きく変わるだろう。そうなれば魔導師がひとりでも多く必要だ。俺はいったいどうしたら……

 

「ショウくん、難しい顔しとるけどどないしたんや?」

「ん? あぁはやてか。別に大したことじゃないさ……ただ今後どうしていくか考えてただけで」

「ふむ……確かにショウくんは魔導師でもあり技術者でもある。今後の管理局を考えればどっちも必要な仕事や。……でも少し意外や、てっきりショウくんは技術者に戻るとばかり」

「俺も1年前はそう思ってたよ」

 

 父さんから目指し、義母さんから託された研究だって終わりを迎えたわけじゃない。シュテルやレヴィ、ユーリ達と一緒に研究に明け暮れる日々は大変だろうが充実した毎日だろうし、きっとこれからの魔導師達の助けになるはずだ。……でも

 

「ただ……俺の手も昔よりは少し遠くまで届くようになった。だから守れる力が……救える力があるのなら使っていくべきなんじゃないかって思ったりもするんだよ」

「なるほどなぁ……あのショウくんがそないなことを考えるようになったなんて。……うんうん、ええことや」

 

 何だか隊長感が抜けているように感じるんだが、それは俺の気のせいだろうか。凄まじく俺のよく知る昔のはやてに近しい雰囲気が出ているようでならないのだが。

 

「ちなみにその手の届く範囲の中に私は入ってるん?」

「時と場合による」

「ちょっ、そこは入ってるに決まってるだろとか言うとこやろ。相変わらずショウくんは女心が分かっとらんなぁ」

 

 そういうお前も男心が分かってないけどな。そもそも……俺の周りにまともというか基準となるような普通の異性が居る気がしないんだが。

 はやてはこんなんだし、なのはとかは一度決めると折れることを知らないし、フェイトは過保護気味だったりするし。普通っていったい何なんだろうか……

 

「別に分かりたいとも思ってない。特にお前の言う女心はな」

「なっ……それは何でも言い過ぎやろ。少し前までは私が無茶なことしたら絶対止めるみたいなこと言うてたくせに、六課が解散ってなった途端それとかひどすぎや」

「解散ってなった途端に昔のノリに戻ってるお前に言われたくないんだが。というか、それとこれとは話が別だ。お前が無茶をすれば止めるし、危ない目に遭えば助けるに決まってるだろ」

 

 そうアインスと約束したんだから。たとえそれがなかったとしても、はやてやヴィータ達は俺にとって大切な存在だ。守れるなら守りたいし、守れるように強くなりたいと思う。

 とはいえ、これを口にするのは恥ずかしいので言葉にはしない。意識を切り替えてはやてに戻すと先ほどまでと打って変わって豆鉄砲を食らったような顔をしている姿が見えた。俺と視線が重なると彼女の顔に赤みが差し始める。

 

「はやて?」

「――っ、ショウくんのバカ! 不意打ちは卑怯や。というかさらりとそないなこと言うの禁止!」

「何でそこまで照れる? 割かし似たようなことは今までにも言ってきただろ」

「時と場合によるんやボケ! 乙女心ってもんが分かってなさ過ぎや!」

 

 確かに乙女心を理解しているかと言われると交際経験はないので理解していないと言わざるを得ない。しかし、バカだのボケだの言われたくはないのだが。というか……何かこいつ前よりも口悪くなってないか?

 顔を真っ赤にしながら突っかかってくるはやてを落ち着かせるために適当に相手しながら歩いていく。最初こそこちらの態度にも感情を顕わにしていたが、どうやっても対応が変わらないと理解したのか徐々に落ち着きを取り戻し始めた。

 

「はぁ……今日のショウくんはいつにも増してドライ過ぎや。私だけ騒いでバカみたいやんか」

「こっちがおかしいみたいに言ってるが、おかしいのはお前であって俺じゃないぞ」

「そういうことは黙っとくんが優しさや……まあええ、ショウくんがどういう人間かは誰よりも理解しとるつもりやし。それでどないするん?」

「ん?」

「今後の方針や」

 

 そういえばそんな話をしていたな。完全に不真面目な方向になってたから忘れていたが……正直いまさら真面目な話はしずらい。だがしなかったらまたはやての機嫌が悪くなりそうな気がする。

 

「さて、どうするかな……」

「さっきまでの真剣さはどこへ行ったんや」

「真剣な話をぶった切ったのはお前だろうが」

「そ、それはそうやけど……別にこれからも私のこと手伝ってくれてもええんやで」

 

 普段と変わらない口調で言われたものの捉え方によっては色々な解釈が出来る言葉だ。

 

「それはあの日言ってた二度目の告白か?」

「え……いやいやいや、それとは別や。単なるお誘いであって深い意味は……!? というか、こないなところでその話せんといて。誰かに聞かれたらどうするんや!」

「こっちの気持ちも考えてほしいんだが?」

「……少し……もう少しだけ待っといて」

 

 もう少しね……いつになることやら。約束した以上は可能な限り守りたいと思うが俺だって人の子で、昔みたいに他人と繋がるのを恐れてるわけじゃない。異性として気になる相手もはやて以外にも居るわけで……

 下手にしゃべるとより流れる空気が微妙なものになりそうなので黙っていると、曲がり角で同じ目的地に向かっているであろう集団と合流した。なのはにフェイト、それにフォワード達だ。

 

「あ……今から行くところだよね? ショウとはやても一緒に行かない?」

「う、うんそうやな。行く場所は同じなんやから一緒に行こか」

「……はやてちゃん何かあった?」

 

 漂っていた微妙な雰囲気を感じ取ったのだろうか。昔からそういうところには敏感な方ではあったが、こちらとしては話していた内容が内容だけに答えにくいものがある。今日くらい六課解散ということで気持ちがいっぱいになって鈍感になってもいいだろうに。

 

「え……まあ今日で解散かと思うと思うところもあってな」

「……本当にそれだけ?」

「何や今日のなのはちゃんはえらく疑うんやな。うーん……正直に言えばあったわけやけど、それはなのはちゃん達には言えへんかな」

「何で?」

「何でって……そんなん私とショウくん、ふたりだけの秘密やからに決まっとるやないか」

 

 ……あのーはやてさん、何でそんな誤解を生みそうなこと言うんですかね。確かにあの件に関しては何かしらの結果が出るまでは他言できないしするつもりもないわけですが……今の言い方は非常によろしくないと思います。

 フォワード達も「え……?」って顔してるし、雷の隊長さんは凄く視線で何か訴えかけてきてる。星の方の隊長さんに至ってはどんどんイイ笑顔になっていってるんだけど。

 

「へーそうなんだ。まあ確かにふたりは昔から仲良しだし、私達にも言えないことはあるよね。だけどもう子供じゃないんだし、時と場所くらい選んだ方がいいんじゃないかな? かな?」

「いやいや、十分に配慮はしとると思うで。選んでないっていうんは……こういうことを言うんや」

 

 何をするつもりだ、と思った直後、はやての顔が近くにあった。他にも程よい弾力のあるものが押し付けられてる感触もあるわけで……どうやら俺ははやてに抱き着かれたらしい。ただひとつだけ分からないことがある。どうしてこのタイミングで抱き着く必要があるのだろうか。

 

「なっ……なななな何やってるのはやて!?」

「何って……見たまんまやけど。言葉にするならハグや」

「そ、そういう意味で言ってるんじゃなくて何でそんなことをしてるのかってこと!」

「なのはちゃんの質問に分かりやすい回答をするためや」

「だからってそういうことするのは良くないっていうか間違ってるから。私達はもう子供じゃないんだから意味もなくそういうことしちゃダメでしょ!」

「あんなフェイトちゃん、ハグは親愛の証やで。意味ならちゃんとある」

 

 はやて、お前の言ってることは間違ってないけどこの場の対応としては大いに間違ってるからな。小学生や中学生の頃ならまだしも、今はもう俺達完全に社会人だから。というか、相手はフェイトなんだからそれ以上はやめてやれ。下手すると泣いてもおかしくないから。

 

「はやて、ふざけてないで離れろ」

「別にふざけてるつもりはないで、ある意味ではやけど」

「ねぇ……はやてちゃん」

「――っ!?」

 

 肩をガシッと掴まれたはやては顔を凍り付かせる。ぎこちない動きで首を回して振り返ると、そこにはとてもイイ笑みを浮かべているなのはが……。きっとはやてには悪魔……いや魔王にでも見えているのかもしれない。

 

「な……なのはちゃん」

「うん、何かな?」

「その……掴んでる肩が痛いんやけど。それ以上に顔が怖いかなぁ……なんて」

「大丈夫だよ、それくらいで私達魔導師は倒れたりしないから。というか、私が怒ってる理由分かってるよね? 確かに今日で六課は解散だけどまだ解散したわけじゃないし、これからフォワード達とのお話とかお別れ会とかまだやることはたくさんあるんだよ。まだふざけていい時間じゃないよね?」

 

 絶対零度の微笑みと言葉にはやては涙を浮かべながら何度も首を縦に振る。階級で言えばなのはよりもはやての方が高いわけだが、日常的なノリを出してしまっただけにはやてはこういう状態に陥ってしまったのだろう。

 昔はなのはがはやてに圧倒されていたような気がするが、いつの間にか立場は逆転しまったようだ。まあ今回の場合は圧倒的になのはの方が正しいからなのかもしれないが。

 

「ショウくんも嫌なら嫌だってはっきりと言わないとダメだよ。別にはやてちゃんと付き合ってるとかなら文句は言わないけど、今はそういう関係じゃないんだから。将来結婚したとき、今みたいにはやてちゃんに抱き着かれてるとこ見られたら大抵の人は嫌がるんだから。ね、フェイトちゃん?」

「え、あぁうん。わ……私も結婚したとして……旦那さんが他の人に抱き着かれてるの見たら嫌だし」

 

 いやまあ……ふたりの言っていることは最もだとは思うのだが、必要以上に責められている気がするのは俺の気のせいなのだろうか。

 チラリとフォワードに視線を向けてみると真っ先に見えたのはなのは達の味方をしているスバル。キャロはよく分かっていない顔をしてエリオに訪ねており、エリオはどう答えたものかと苦笑いをしている。最も頼りになりそうなティアナは厳しい目をこちらに向けているわけで……スバルのようになのは達の味方をしているならともかく、それ以外のものも感じられるだけに俺がお前に何をしたと抗議したくなる。

 

「とりあえず、この話はここまで。ヴィータちゃん達が待ってるだろうし、みんなさっさと行くよ」

 

 なのはの言葉にフォワード達は一斉に返事をする。さすがは仕事に真面目ななのはさん。はやてと違って隊長としての風格がきちんと装備されている。

 ……こんな風にこいつらと騒げる日々も今日で終わりなのか。

 そう思うと寂しいと感じる俺が居る。しかし、それはそれぞれが自分の道を見つけて歩んでいるということでもあるのだ。歩む道は違えど俺達の目的は変わらない。ならばたとえ道が今日分かれてしまおうと、交わるときは自然に交わる。会おうと思えばいつだって会えるんだ。

 正直……今の俺はこれからどう歩むか迷ってる。

 だけど今はそれでいい。迷いに迷って納得の行く答えを出そう。そうすれば……俺はどんな道であっても自分を見失わず進んでいけるはずだ。

 

 

 出会いと別れを繰り返しながら俺達は生きていく。1日1日を胸に刻みながらそれを思い出に変えて前へと進む。これからどうなるかなんて分からない。それでも俺は……俺達は自分達の道を歩み続ける。

 

 

 




 今回でsts編終了になります。
 次からはIFエンド編に入ります。それぞれ違ったシチュエーションで書いていますのであれこれ妄想しながら読んでくださると嬉しいです。

 またsts編まで公開が終わりましたので、この作品のアナザー版を公開し始めました。そちらのURLも載せておきますので、興味があるからは覗いてみてください。

 https://syosetu.org/novel/155313/1.html


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IFエンド
01 「高町なのは」


 とある休日。

 目を覚ました私は時計を見た瞬間に自分の目を疑った。予定していた起床時間よりも1時間近く押し時間が表示されていたからだ。

 休日なので仕事はない。だけどある意味仕事以上に大切なことが今日はあるわけで……隣で寝ていたヴィヴィオを起こさないように無言で悶えながら私は足早にキッチンへと向かう。

 ――どどどうしよう、何で今日に限って寝過ごしちゃったの!?

 ヴィヴィオと一緒に生活を送るようになって仕事量を減らして可能な限り早く帰るようにしているし、ヴィヴィオに合わせて早めに寝ることが多くなった。昨日だって機動六課で働いていた頃に比べれば早めに寝たはず。それなのにどうして……

 いや、理由自体は分かってるんだけど。今日はヴィヴィオと一緒にピクニックに行く日……さらにここ最近お互いの都合が合わなくて会えてなかったショウくんとも会える。

 

「今日が楽しみでなかなか寝付けなかったとか……」

 

 私、どれだけ子供なの。もう子供扱いされるような年齢でもないんだけど!?

 でもこれだけは言わせて。あの事件後、私には最愛の娘が出来た。加えて、ずっと好きだった人にどうにかこうにか全力全開で告白して恋人になれたの。だけどお互い片づけないといけない仕事とか多くて最近は会えてなかったんだよ。久しぶりに会えるとなったら色々と考えちゃうものでしょ、私だって女の子だもん!

 

「えーと……あれとあれを作って……それから……うん?」

 

 リビングに入った瞬間、とても美味しそうな匂いが漂ってきた。この家で暮らしているのは私とヴィヴィオのふたりだけ。ヴィヴィオのもうひとりのお母さんであるフェイトちゃんが来ているのかと思ったが、少し前から別世界に足を運んでいるはずなので彼女ではないと思う。となると……

 

「ん? おはよう、なのは」

 

 いつもと変わらない素っ気ないというか簡潔な挨拶をしてきたのは、エプロン姿でテキパキと作業をこなしているショウくん。恋人であり……将来的に結婚の約束もしている彼にはここの合鍵を渡している。なのでたまにご飯を作りに来てくれたりしてくれることはあるわけで……って、こんなことを考えてる場合じゃない!

 

「ごごごめんショウくん、本当なら私が作らないといけないのに!?」

「別にいいさ。ここ最近忙しそうだったから疲れてるだろうなって思ってたし、ヴィヴィオに負けないくらい熟睡してたからな」

「でもショウくんだって疲れて……熟睡? もももしかして寝てるとこ見たの!?」

 

 いや、まあ私が寝てて起きる気配がなかったから代わりにご飯を作ってくれてるんだろうけど。でもだからって寝顔を見られるなんて恥ずかしすぎるよ。

 

「何で起こしてくれなかったの!」

「緊急事態でもないのにぐっすり寝てる奴を起こすのは気が引けるだろ。まあ気にするなよ、ちゃんと報酬は前払いでもらってるから」

「え……私、何かあげたりしたっけ?」

「いや何ももらってはない。ただお前とヴィヴィオの可愛い寝顔を見てただけ」

 

 …………ななな何言ってるのバカ!?

 か、可愛いって言ってもらえるのは嬉しいけど、そういう風にさらりと言われるのはこちらの心の準備が出来ていないのでよろしくないと言いますか。そもそも、寝顔をずっと見られていたと思うととても恥ずかしくなるわけで。でも可愛いと思ってもらえたのは……

 

「なのは」

「――は、はい!?」

「今日は予定通り出かけるんだろ? さっさと着替えてヴィヴィオを起こしてくれるとこちらとしても助かるんだが」

「…………もうちょっと早く言ってよ!」

 

 ショウくんのバカ! と言わんばかりに私はリビングの扉を閉める。

 寝起きで寝癖が付いているかもしれないパジャマ姿を見られたかと思うと非常に恥ずかしい。どうして私は朝からここまで恥ずかしい思いをしなければならないんだろう……私が寝坊したからですね。うん、私が悪い。

 で、でも……もっと恥ずかしい思いは経験したことあるし。

 ショウくんと私は恋人同士……今はまだ籍は入れてないけど将来的にヴィヴィオのパパになってくれると約束してくれているわけで。だからその……ハグとかキスとか…………それ以上のことも経験したんだから。

 あの夜のことを思い出すと今でも顔が熱くなってしまう。それと同時に幸せも感じるし、ここ最近会っていなかったことを考えると今日の夜また……と期待しちゃう自分も居る。

 わ、私別にエッチな子じゃないからね。大好きな人とそういうことがしたいって思うのは普通のことだろうし。お母さんとかからもヴィヴィオの弟か妹を見たいって言われたりしてるんだから。……仕事のスケジュールがまだ安定しなかったりするから全力全開で子作りはまだしてないんだけど。

 

「……って、こんなこと考えてる場合じゃない。さっさと着替えてヴィヴィオも準備させなちゃ」

 

 気持ちをどうにか切り替えつつ私は寝室へと足を運び、すやすやと寝息と立てていたヴィヴィオを軽く揺すった。

 まだ寝ていたいと言いたげな声を漏らすヴィヴィオを見て可愛いと思ってしまうのは母親としては当然だと思う。寝顔をずっと見ていたいという想いもあるけど、ショウくんとのピクニックのためにも心を鬼にして起こすことにした。

 

「ヴィヴィオ……ヴィヴィオ、起きて」

「う~ん……なのはママ?」

「眠たいのは分かるけど頑張って起きよ。今日はショウくんとお出かけするんだから」

「――パパ!」

 

 一瞬で上体を起こしたヴィヴィオの顔に眠気はすでにない。

 ヴィヴィオがショウくんのことをパパとして慕っているのは知っているし、大好きなのも分かってるけど……まだショウくんは正式にヴィヴィオのパパになったわけじゃない。

 だからかな……こういう反応されると母親である私よりもショウくんの方を好きな感じがしてもやもやするんだよね。

 とはいえ、私ももう子供じゃないので何でもかんでも感情を表に出したりはしない。ヴィヴィオと一緒に顔を洗いに行って目を覚ますと、部屋に戻って出かける準備を済ませる。

 これは余談になるけど、私は普段の私服よりもオシャレなものを選んだ。ヴィヴィオにとってはお出かけかもしれないけど、私にとってはショウくんとのデートでもある。手を抜くのは何か嫌だし、女の子なら誰だって彼氏から可愛いと言ってほしいよね。

 

「ショウくんお待たせ。ヴィヴィオ、ショウくんに挨拶」

「パパ、おはよう」

「あぁおはよう……朝食も軽めに作ってるから食べていいぞ。というか、片づけ終わらせて出かけたいから食べろ」

 

 ショウくんはそう言うと調理に使った道具を片づけ始める。

 お弁当だけでなく朝ご飯も作ってくれたのは嬉しいことだし感謝すべきことなんだろうけど、もう少しこっちを見ながら言ってくれてもいいんじゃないかな。私はショウくんのこ、恋人なんだし……ヴィヴィオだって将来的に娘になる子なんだから。

 ただそんな風に思うのは私だけのようでヴィヴィオはパパのご飯などと言いながら普段座っている椅子に腰を下ろす。

 

「いただきま~す……おいしい!」

「ヴィヴィオ、あんまりはしゃぐとこぼすよ。それとよく噛んで食べないとダメだからね」

「はーい」

「なのはもさっさと食べろよ。あと……ヴィヴィオに言ったからには自分もちゃんと守れよ」

「言われなくても分かってます!」

 

 もう、前々から分かってたことだけど本当ショウくんって意地悪だよね。別に言わなくてもいいじゃん……まったく言ってくれなくなるのも寂しいというか、他の子にしてたらやきもち焼きそうだけど。

 ショウくんのことが好きだと自覚した日から分かったことだけど、私は自分で思っていた以上に独占欲が強いらしい。なのではやてちゃんやシュテルみたいに距離感を考えずにショウくんと接しているのも見ると非常にイライラする。というか、ショウくんもショウくんだよね。私が居るんだからもっとビシッと言ってほしい……

 

「……なあなのは、何でお前そんなに睨んでるんだ? 今日は何もした覚えないんだが」

「別に睨んでなんかないよ。ただ……ショウくんに対して思うことはあるだけで。私より料理もお菓子も作れて良いなぁとか……」

「それはお前が子供の頃にやってなかったからだろ。俺が悪いように言うな……まあ暇な時にでも教えてやるよ」

 

 普段と変わらない口調で言われたことではあるけど、私は凄まじい勢いで脳内シミュレーションを始める。

 ショウくんが教えてくれる……それってふたりでキッチンに立つってことだよね。ということはショウくんが手取り足取り教えてくれるわけで……長袖着てたりしたら後ろからそっと袖を捲ってくれたり、試しに作ったものを味見するときにアーンとか出来ちゃうわけだよね!

 

「パパー、なのはママが何か変」

「気にするなヴィヴィオ、お前のママは時々ひとりで百面相するから」

「分かった……パパ、ひゃくめんそうって何?」

「今のなのはみたいに表情がコロコロと変わることを百面相って言うんだ。それと言い忘れてたが、俺はまだお前のパパじゃないからな」

「む……」

 

 視界の隅にむくれているヴィヴィオが見えた私はふと我に返る。何故急にヴィヴィオの機嫌が悪くなったのだろうかと思ったが、ヴィヴィオの視線や性格的に判断してショウくんが自分はパパじゃないとでも言ったんだろうと推測する。

 そもそも……ヴィヴィオは前よりも泣き虫じゃなくなったし、わがままを言ったりすることが減ったからここまで機嫌を悪くすることってそのことくらいしかないんだよね。

 

「あのときパパはわたしのこと娘って言った」

「確かに言ったな。ただあのときと今じゃ状況が違うだろ。今のお前は高町ヴィヴィオなんだ。そしてお前のママは世間でも有名な高町なのは。今俺のことをパパって呼んでたら面倒臭いことが起きてもおかしくない」

 

 六課に居た頃は身内が多かったし、ヴィヴィオに両親がいないこともあって私達を親扱いしていても問題になるようなことはなかった。

 でも今はヴィヴィオは私の娘であり、ショウくんが言ったように私は世間的にもそれなりに知られてる存在。あの事件をきっかけに管理局は変わろうとしているし、それに伴ってマスコミの動きも活発になってる気がする。マスコミの中には現実を歪めて面白可笑しく書く人だっているわけだし、気を付けておいて損はない。下手をしたら私だけじゃなくてヴィヴィオにも飛び火するかもしれないし。

 

「うー……でもヴィヴィオのパパはパパだもん。パパだけだもん」

「やれやれ……なのはの娘だけあって頑固だな」

 

 私の娘だから頑固って……確かに私は一度決めたことを曲げるのは嫌いだし、出来るなら曲げたくないと思う。まあそのせいでみんなに心配を掛けたりすることもあったわけだけど……でもだからって何でもかんでも自分の思い通りにしようとか思わないもん。というか

 

「ショウくん、ショウくんにだけは言われたくないんだけど。そっちだって変なところで頑固なんだから」

 

 誰かのためだったら自分が辛い想いをするって分かっても最後までやり通しちゃうし。ま、まあそこがショウくんのカッコいいところというか強い部分ではあるんだけど。でも自分のためだって分かってても大切な人には傷ついてほしくないのが本音……。

 そのへんを度外視しても私と恋仲で将来は結婚する約束もしてるのに、未だにヴィヴィオにパパ呼びは認めてない。ショウくんが言ったように面倒事が起きるかもしれないけど、起きたら起きたで対応すればいいだけだと思う。仮にそういうことでインタビューとかされたら堂々とショウくんが私の彼氏で将来を約束してる人だって言ってやるんだから。

 

「ヴィヴィオが頑固なのは私が原因じゃなくて私とショウくんが原因なんです」

「はいはい、分かったからさっさと食べてくれ」

 

 むむむ……いつもの対応ではあるけどもう少し愛想良くしてくれたっていいと思う。ヴィヴィオの今後に関してはふたりで話し合っていくことだろうし、子育てだって夫婦できちんと話し合ってしていくべきなんだから。

 ……って私のバカ、夫婦なんてまだ気が早いよ!?

 そりゃ結婚の約束はしてるよ。でもまだお互い仕事が忙しいわけだし、親への挨拶も済ませてない。まあこっちの方は昔から付き合いがあるし、お母さんなんてショウくんに翠屋を継いでほしいとか言ってた気がするからすんなり良い返事をもらえそうだけど。

 ショウくんの方は……レーネさんだったらあっさりと結婚を認めてくれそうな気がする。リンディさんに孫は良いとか聞かされて自分も早く孫が……とか言ってるらしいし、ショウくんが決めた相手なら文句言わなそうだから。

 こう考えるとすぐにでも結婚できそうな気がする。けど……個人的にもう少し恋人としての時間を楽しみたいと思ったりもするわけで。もちろんショウくんの奥さんっていう関係も素敵だし早くなりたいなって思うよ。でも一度そうなったらもうそのままになるわけだから……

 そんなことを考えながらも私は食事を進め、食べ終わるとピクニックに必要なものをまとめ始める。言っておくけど、別に洗い物をしたくなかったわけじゃないからね。ショウくんがするって言ったから任せただけで……いつか必ずショウくんよりも料理だってお菓子作りだって上手くなるんだから。女の子として、恋人として、将来のお嫁さんとしてショウくんに作ってあげたいし!

 

「なのはママ、パパ、早く早く~!」

「ヴィヴィオ、そんなに慌てなくてもちゃんと行くから」

「なのは、忘れ物はないか? まあ弁当さえあればどうにかなるけど」

「ちゃんとマットや水筒だって準備してます。もう、子供扱いするのはヴィヴィオだけにしてよね」

 

 私はもう周囲からは大人として扱われる年代だし、何よりヴィヴィオのお母さんなんだから。私のお母さんとかから子供扱いされるならまだしも、同年代から子供扱いされてたら立つ瀬がないよ。

 

「むぅ……ヴィヴィオだって子供扱いされたくないもん」

「何言ってるの、ヴィヴィオはまだ子供でしょ。それに子供扱いされないとショウくんの娘にならないよ」

「うー……なら別に娘じゃなくていい。ヴィヴィオ、パパのお嫁さんになる」

 

 ……こ、この子は今何て言ったのかな?

 私の聞き間違えじゃないならショウくんのお嫁さんになるとかどうとか……確かにあと10年と少しくらい経てば法律的には問題ないし、お父さんのお嫁さんになるって言葉は小さい娘は結構言う気がする。だけど

 

「それもダメ」

「何で?」

「何でって……ショウくんのお嫁さんになるのはなのはママなの」

「うぅー……だったら早くなってよ!」

 

 ヴィヴィオは拗ねたように唇を尖らせると玄関を勢い良く開けて外に出てしまった。反射的に追いかけそうになってしまったが、途中で立ち止まっている姿がすぐ目に入ったので私の勢いは失速する。どうやら本気で拗ねたわけではないようだ。

 

「もう……少し良い子になってきたかなって思い始めてたのに」

「お前は少し厳し過ぎると思うがな。それ以上に良い大人が子供相手にムキになるなよって言いたいが」

「う……そうだけど」

 

 私はヴィヴィオのお母さんでもあるけど、ショウくんの彼女でもあるんだよ。ヴィヴィオばかりに構って私に構ってくれなくなったら寂しいし。本音を言えば……ショウくんと手を繋いだり組んだりしてお買い物に行ったり、膝枕してあげたり、一緒にお、お風呂とかにも入って……その流れで。

 次々と脳内に出現する妄想という名の強敵に私の頬は熱くなっていく。やることは最後までやってしまっているだけに内容も生々しく過激になってしまい、最近会えてなかったこともあって大分欲求不満らしい。今日1日でどれだけのことを考えてしまうのだろうか……

 

「ショウくんは……私の彼氏だもん。結婚の約束だってもうしてるし……ヴィヴィオにだって渡したくない。あの子にはあの子の大切な人が今後出来るはずだし」

「娘のことを敵視してるのか大切に想ってるのか分からん発言だが……俺がお前に向ける気持ちとヴィヴィオに向ける気持ちが全く同じなわけだろ。あいつは娘で……お前は女なんだから。将来的には嫁だけどな」

 

 少し照れながら言うショウくんに私の胸がときめいてしまう。それに伴ってどんどん鼓動は高まり、ショウくんにも聞こえるんじゃないかと思うほどの大きさになる。

 ――もうショウくんのバカ、何でそんなこと言うの。そんなこと言われたら我慢できなくなっちゃうよ!

 自分の気持ちを抑えきれなくなった私は、ショウくんの両肩に手を置くと背伸びして彼の唇に自分の唇を重ねた。一気に襲い掛かってくる幸福感に舌まで入れそうになってしまったけど、残っていた自制心がそれを止める。

 

「な……なのは」

「ショウくんが……悪いんだからね」

 

 幸福感や恥ずかしさが混じり合ったあった何とも言えない感覚。多分一般的に女としての幸せと呼ばれるものを私は感じているんだろう。恋愛が人を変えると聞くが、この感覚を知ってしまうと納得が行く話だと思ってしまう。

 

「……帰ったら……絶対この続きしてもらうんだから」

「あ、ああ……」

「約束だからね……最後にもう1回だけ」

 

 先ほどのように強引にではなく、互いに距離を詰めての優しいキス。想いが通じ合ったキスに私の身と心は満たされていく。

 この人が……ショウくんが一緒なら私は大丈夫。どんなに辛くても負けたりしない。最後まで諦めずにやっていける。ヴィヴィオとはケンカすることもあるかもしれない。だけど逃げたりせずちゃんと向かい合いって良い子に育てるんだ。そして、私の隣には……

 

「ショウくん……いつまでも一緒だからね」

 

 

 



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02 「フェイト・T・ハラオウン」

 …………うん?

 近くから聞こえてきた音に私の意識は覚醒し始める。何の音だろうと寝起きの頭で考え始めると、毎朝聞いている音なのですぐさまアラームが鳴っているのだと理解した。

 何でだろう……いつもと変わらない時間に起きてるはずなのに体が重い。

 体調が悪くなってしまったのかと思いもしたけど、熱があるときの重さとは違う。つい昨日まで執務官としてあちこち飛び回っていたのでその疲れが出たのかな……

 

「…………え?」

 

 上体を起こした私の口から思わず声が漏れる。視界に予想外のものが映っていたからだ。

 垂れてる金色は私の髪で白いのはベッドとかだけど……何で自分の胸が見えてるの。というか、この感覚からして下も履いてないよね。

 普段はパジャマを着て寝ているし、緊急招集などがあった日は下着姿で寝てしまったりすることもありはする。でも裸で寝るようなことはないはずだ。

 

「ななな何で……!?」

 

 自分以外に部屋には誰もいないけど、恥ずかしさのあまり布団を手に取って体を隠す。パニックを起こしそうになる自分をどうにか宥めつつ昨日のことを思い出し始める。

 た……確か昼くらいにミッドチルダに帰ってきてシャーリーやティアナと別れたよね。それから必要な書類をまとめて……それが終わった後は街を見て回った気がする。そして夕方に……

 

「…………っ!?」

 

 一瞬にして何で今自分が裸になっているのかを理解する。

 まず初めに私はあの事件が終了してしばらくしてショウくんに告白した。義母さんや義姉さん達の手助けもあったりしたわけだけど、このへんよりも大切なのは結果のはず。……結果だけで言えば、無事に交際がスタートすることになりました。

 それからまたしばらくが経ってるし、色々とあったりもしたわけだけど……今大切なのは昨日のこと。だから昨日のことだけ考えよう。

 正直誰かに言うととても恥ずかしいことなんだけど、昨日私は夕方に仕事が終わったショウと合流した。それからふたりで夕食の買い出しに行って、一緒にご飯を作り、食べ終わった後は久しぶりに会えた嬉しさもあって一緒にお風呂に……。

 それで……ショウの体を洗ってあげたり、一緒に湯船に入ったり……。

 そういうことをしてると体が触れ合ったりするわけで……そのまま1回しちゃったんだ。

 で、でも仕方ないよね。だって私の仕事の関係上、簡単には会えない距離に行ったりもするんだし。通信で話せたりできるけど、お互い相手のことを考えてあまりしなかったりするし。そうすると必然的に会いたいって気持ちも膨れ上がるわけで……

 

「……でも……そのあとは問題かも」

 

 思い出すのも恥ずかしいけど、お風呂で1度しちゃったにも関わらずベッドに入ってからもしちゃったんだよね。それも一度じゃなくて何度も……今感じてる疲れはそれが原因かもしれない。

 何にも考えられない時間もあったりしたから分からない部分もあるけど……それがあるってことは間違いなく私は激しくショウを求めてしまったはず。朧気に残っている記憶を遡ってもかなりの乱れようだ。もしかするとほんの1、2時間前まで私はショウとヤッていたんじゃないだろうか。

 

「あぁもう……!」

 

 昨日の私はどうにかしてた。仕事の都合で会えないのは分かってことなのに。ショウも私のこと求めてくれてたけど、私の方が多分求めちゃってた気がする。絶対エッチな子だって思われてるよ。

 ショウと付き合い始めてから少しして義母さんとか義姉さんに子供のこととか夜の営みに関することについて話したことがある。最初は何を聞いてるのって思ったけど、末永く幸せに暮らしていくには大切なことだって言われて正直に話したわけだけど……そのときも意味深な顔で若いって良いみたいなこと言われた覚えがある。

 

「私って……エッチなのかな?」

 

 毎日のように会えないからなのかもしれないけど、ショウと毎日のようにキスとかハグして……その体も重ねたいと思ってしまう。重ねるとなれば1回じゃ満足しない。こう考えるとかなりエッチな子だと思ってしまう……

 けど、ショウだって1度じゃ満足しないし。たくさん出しても元気なままだったりするんだから。

 大好きな人が抱きたいと思ってくれてるのなら満足するまで相手したいと思うし、してほしいと思うことは何でもしてあげたい。こんな風に思うのはきっと私だけじゃないはず。

 それに……その、体の相性って言うのかな。それが良すぎるのも問題だと思う。

 初めてのときもそこまで痛くなかったし、割とすぐに気持ち良いなって思い始めた。今では……具体的に言うのはやめておこう。多分言ったら凄く生々しくて過激なものになりそうだし。

 でも義母さん達は体の相性が悪いと夜の営みもしなくなっちゃうし、浮気もされやすくなるって言ってたから悪い事じゃないよね。ショウは私のことを女として見てくれて興奮してくれるし、何度も求めてくれるんだから。逆に私もショウに対して同じ気持ちを抱くわけだし……

 

「……って、ダメダメ!?」

 

 無意識の内に伸びかけていた両手を元あった場所に戻す。昨日散々したというのに朝っぱらからまたしたくなってしまうなんて、それこそエッチな子扱いされてしまう。というか、どれだけ私は欲求不満なんだろう。

 女性は年を重ねる度にそういう欲求が強くなるって聞くけど、あまりそういう欲求が強いと嫌われてしまうこともあると言う。ショウに嫌われたら私は立ち直れる気がしない……そもそも、彼に嫌われるなんてことを考えたくない。

 

「……とりあえず、シャワーでも浴びてすっきりしよう」

 

 ショウが寝ていた場所は大分冷たくなっているので私よりも早く起きているはず。私のことも起こしてくれればよかったのに……とか、早めに起きてショウの寝顔を見たかったなと思ったりもするけど、それはまたの機会に。

 ……ど……どうしようかな。

 体のあちこちがベタついてるから服とか着たくない。でもバスルームに行く前にショウとばったり顔を合わせる可能性もあるわけで……裸のまま家を歩く奴だなんて思われたくないし。

 今更何をと思う人もいるかもしれないけど、何度もあられもない姿を見られているとしてもそれとこれとじゃ話が違う。人によっては違わないかもしれないけど私は違うと思う方なので意見は受け付けない。

 

「……どうせ昨日着てたのは洗濯…………そうだった」

 

 昨日はお風呂から上がったらそのままベッドに行っちゃったんだ。

 どうして一度休憩を挟まなかったんだと昨日の私に言ってやりたい。ショウに強引に連れて行かれる形だったわけだけど、少しテレビでも見てからにしようとか言えたはずだ。

 ……なんて今は思うけど、昨日は私も抱かれたいって思っちゃってたんだよね。まあ恥ずかしいからバスタオルだけは巻いたけど。でもベッドに寝かせられるとすぐに剝がされて……考えてないでシャワーに行こう。そのままじゃ逆に悶々とするばかりだし。

 覚悟を決めた私は落ちていたバスタオルで体を隠すと、必要な着替えを持って寝室から出る。ショウとばったり遭遇、なんてことにはならなかったけど、静かな雰囲気に不安も覚えた。ショウも今日は休みだと言っていたはずだけど、もしかして急な呼び出しでもあったのだろうか。

 

「……考えるのはあとにしよう」

 

 今はとにかく早くバスルームに行かなくちゃ。

 そう思って移動はするものの頭の中からショウのことは消えてくれない。ショウに今の姿を見られることよりもショウがいないことの方が私は嫌なんだ。

 だって……10年以上想い続けてた人とやっと付き合えたんだよ。世界が違って見えるくらい私は幸せを感じてる。だから何も言われずに姿が見えなくなっちゃったら不安で堪らない。

 そのため、いつもよりも短い時間で私はバスルームから出てしまった。ショウはこれまでに何度も私の髪を綺麗だと褒めてくれたので手入れは入念にやることにしているのだが、今は彼の姿を見たいという気持ちが勝ってしまっている。姿を見れないにしても何らかの情報がほしい。

 

「ショウ……どこにいるの?」

 

 リビングやキッチンにも姿は見当たらない。もちろん寝室にも……いつもなら急な用事が入ったとしても一声掛けていくか置手紙をしてくれるのにどうして今日は何もないのだろう。

 リビングにあるソファーに腰を下ろして不安を募らせていると、不意に玄関が開く音が聞こえた。この家に入れるのは基本的に私とショウだけ。義母さん達にも念のために合鍵は渡してるけど、事前に連絡を寄越すかインターホンを鳴らすはずだ。

 すぐさま玄関の方へ向かうと、ビニール袋を持ったショウがこちらに向かって歩いてきていた。どうやら何かしらの買い出しに行っていたらしい。

 

「ん? フェイト、起きたのか……そんなに慌ててどうした?」

「えっと……その、起きたらショウが居なかったから」

「あぁ……もう少し寝てるかと思って何も言わずに出かけたんだが、置手紙くらいするべきだったな」

「う、ううん別に良いの。ショウが無事ならそれで……」

 

 ショウとは長い付き合いなんだから少し考えれば分かることなのに、必要以上にあれこれ考えちゃった私が悪いわけだし。

 はぁ……こんなだから人から過保護だとか過干渉だとか言われちゃうんだよね。エリオやキャロに対してならふたりが子供だからまだ理解は得られるけど、ショウ相手にしてたら煙たがられそう。危ない事するとき以外は気を付けないと……。

 

「……フェイト」

「うん?」

「ちょっとこっち来い」

「え……ショウ!?」

 

 私はショウに強引に手を引かれる形である場所に連れて行かれる。そこは先ほどまで座っていたソファーだった。ショウは私にじっとしてろと言うとどこかに行ってしまうが、すぐにまた戻ってくる。手にタオルを持った状態で。

 

「まったく……何できちんと乾かしてないんだ。季節の変わり目じゃないとはいえ、仕事の疲れはあるんだから風邪引くぞ」

「ちょっ……ショ、ショウ!?」

「こら、じっとしてろ」

 

 自分で髪くらい拭けると言いたかったけど、強く言われて何も言えなくなってしまう私は意思が弱いのだろう。……本音を言うと、ショウが拭いてくれるのなら拭いてほしいという甘えもあるんだけど。

 

「…………ショウって拭き方丁寧だよね」

「そうか?」

「うん…………その……はやてとかにしてあげてたからかな」

「あいつにそういうことをした覚えはあんまりないけどな。むしろ俺の方がされてた気がするし……多分義母さんのせいだろう。あの人は研究のこと以外は基本的にがさつだから」

 

 自分のお母さんのことを悪く言うのはやめたほうがいい、と言いたくもあったけど……ショウの義母さんであるレーネさんがどういう人か知っているだけに何とも言えない。直接話したことは多くないけど、私の義母さんがレーネさんと友達だからあれこれと話は聞いたことがあるのだ。

 

「まあそれを抜きにしても……フェイトの髪は綺麗だからな。乱暴にはしたくない」

「――っ……もう、さらりとそういうこと言わないでよ」

「なら今後言わないようにする」

「それもダメ……ショウの意地悪」

 

 私は急に言われると嬉しいけど恥ずかしくもあるから言わないでって言ってるのに今みたいな返しするとか……何か付き合い始めたから少し意地悪になった気がする。まあ嫌いになったりはしてないんだけど……むしろ距離感が縮まった気がして嬉しいというか。

 

「……ねぇショウ」

「ん?」

「私と付き合ってて楽しい? ……嫌とか思ってない?」

「急にどうした?」

「その……私、なのは達に比べたら大人しいというか内気で口数も少ないし。それにあれこれ考え過ぎて必要以上に心配しちゃったりもするし……下手したら何か月も会えなくなる仕事してるから」

「……あのな」

 

 やれやれと言わんばかりに声を漏らしたショウは、髪を拭くのをやめると私を後ろから抱き締めてきた。急な展開に私の体は硬直して体温も上がる。

 ショショショウ、なななな何してるの!?

 と、言おうと思うが口が自分の思うように動いてくれない。簡潔に言えばパニック状態にあると言えるだろう。ショウもそれを分かっていそうだが、気にする素振りは見せずに落ち着いた優しい声で話し始めた。

 

「いいかフェイト、お前と出会ってからずいぶんと経つ。同じ学校にも通ったし、同じ部隊で仕事もした。休日には一緒に出掛けたことだってある……お前の性格はよく知ってる。お前の仕事のこともな。俺はちゃんと理解した上でお前と付き合うことにしたんだ」

「……だけど……あんまり会えなかったりするし。……ショウも私みたいに仕事で会えないことが多い子よりも会える方が良いでしょ?」

「確かに会える回数が多い方が嬉しいが……会えないからこそより会いたいと思える。もっとフェイトと深く繋がりたいって思えるんだ」

 

 ショウの言葉にきつく締め付けられるような感覚に襲われていた心は解れていく。それと同時に温かくてふわふわとした気持ちはきっと幸福感なのだろう。

 私の不安が和らいだのを感じたのか、ショウの腕が私から離れていく。名残惜しさを感じたのもつかの間、ショウは私の前の方に回ってくると視線の高さを合わせてきた。

 

「ただ……それでもフェイトが不安に思うのなら……言葉が足りないのならもっと言葉を紡ぐ。これは俺の独りよがりかもしれないし、時期として早いのかもしれない。だけど俺の本心だ……なあフェイト――」

 

 艶のある黒い瞳が私を真っすぐに見つめてくる。その剣のような美しくも力強い輝きに私は目を離すことができない。

 

「――俺と結婚してくれないか?」

 

 言われた言葉を理解した瞬間、私の頭は真っ白になる。

 え……結婚? 結婚ってあの結婚だよね。誰と誰が結婚? ……私とショウが? というか……私、今ショウからプロポーズされてる!?

 いやいやいや、落ち着いてフェイト。もしかすると私の聞き間違えというか妄想が生み出してしまった幻かもしれない……

 そんな風に思ったりもするけど、私の手を握ってるショウの手の体温とか私を見つめる真っ直ぐな目が幻のわけがない。今起こっていることが現実だと理解した私は……自然と涙を流していた。

 

「今の……本気なんだよね?」

「ああ」

「……私……普通の人間じゃないんだよ?」

「普通とか普通じゃないとかそんなのはどうでもいい。俺にとってフェイトはフェイトさ……他の誰かが何と言おうと俺はお前のことをお前として見続ける。お前のことをずっと守るよ……」

 

 涙を流す私の頬にショウはそっと手を伸ばし、そのあと私の唇にそっと自分の唇を重ねた。優しい誓いの口づけに私の心は幸福感で満たされる。

 

『いつか君のことも守れるようになりたい。そうすれば心配はされても大丈夫だって思ってもらえるだろうから』

 

 不意に蘇るその言葉。闇の書を巡る事件が終わった後にショウが私に口にした言葉だ。あのときはそうなったら私が折れるしかないと言い、それにショウはいつまでも自分が守られる立場かもしれないと言った気がする。

 でも結果的に私が折れることになってしまった。ショウのことは心配するだろうけど、大丈夫だとも思う自分が居るようになってしまったのだから。そもそも、アリシアのクローンとして生まれた私を私として見てくれて愛してくれている人を信じないわけにはいかない。

 

「……約束だよ?」

「ああ……お前の義母さんからは会う度によろしくねって言われてるし、あの人……プレシアからもお前のことは頼まれてたからな」

「え……?」

 

 母さんが……ショウに。確かに虚数空間に落ちる前にふたりは何か話していた気がする。でも……

 

「何で母さんが?」

「さあな……もしかすると俺達がこうなることが分かってたのかもな」

 

 ショウは私と出会う前に親との別れを経験した。私はあの日、母さんとの別れを経験した。同じ傷を持つだけに他よりも理解し合える関係なのかもしれない。

 母さんの話を出したからか、ショウは今まで胸の内に秘めていたことも話してくれる。母さんがあのとき時間があるのならやり直したいと思っていたように思えること。母さんを助けられなくて私に対して罪悪感を感じていたこと……。

 

「今にして思えば……もっと早くフェイトに言うべきだった。……ごめん」

「ううん……いいの。今こうして話してくれただけで私は嬉しいし……私はもう母さんに縛られたりしてないから。だからショウも自分の事を責めないで」

「……ありがとうフェイト」

「お礼を言うのは私の方だよ……ありがとう、あの日私を立ち直らせてくれて。私の心の支えになってくれて……私のことを愛してくれて。……まださっきの返事ちゃんとしてなかったよね」

 

 今度は私が涙を拭いながらショウと頬に手を添える。これから行うのはこれまでのキスとは違うキス。私達のこれからが始まる誓いのキスだ。

 

「ショウ、私も愛してる。これまでも……そしてこれからも、ずっと。……不束者ですが末永くよろしくお願いします」

 

 

 



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03 「八神はやて」

 茜色に染まり始めていた空。

 それを見上げたのは、かつて大切な家族を空へと還した場所。そこに足を運ぶだけで……ううん、あの日のことを思い出すだけで今でも悲しみや寂しさを覚える。

 せやけど……過去があるから今がある。

 あの出来事を通して管理局に入り、様々な経験を出来たからこそ私は自分の夢を見つけ歩んで行こうと決めた。だからこそ……その想いを折れることがない強固なものにするために私はひとつの覚悟を決める。それがあの人に向けて言ったあの言葉――

 

『あんな……わたし、ずっと前から……ショウくんのことが好きやったんや』

 

 ――正直今も昔も自分勝手な告白だったと思う。

 突然自分の想いを伝えたというのに返事はしないでほしい。もしも自分の夢を叶えることが出来て、そのときも今と変わらない想いを抱いていたなら再び告白する。そのときに返事してほしい。

 そんな内容の告白をされれば普通なら怒られてもおかしくない。もしも私が告白された立場だったなら、ショウくんのような返答をすることが出来ただろうか。もしかすると頬を引っ叩いて帰っていたかもしれない。

 

 でも……ショウくんは気持ちのやり場がなくて怒ってたけど激励の言葉をくれた。

 

 それがあったから私はどんなに辛いことがあっても逃げずに前だけを見てやってこれた気がする。もしもあのとき絶交なんてされていたら……多分自分の部隊を作れたとしても六課ほどのものには出来なかったかもしれない。

 告白してからしばらくはお互い距離感が分からなくなってもうてギクシャクもしたんやったなぁ。穏やかな気分で思い返せるということは私が大人になったのか、それとも私を成長させてくれたひとつの糧だったのか……。まあそのへんは置いとくことにしよ。

 

 最も大切なんは……ショウくんが私にとってかけがえないのない人ってことや。昔も今も……そしてこれからも。

 

 でも私の中で変わったこともある。

 初めてショウくんを見た時は私と同じで寂しい目をしてる子やと思った。表情は人から心配されるのが嫌で笑顔を作っていた私と違って無表情やったけど。それでも似たような傷があるのは何となく分かったのを今でも覚えてとる。

 それから図書館で何度か見かける内に話しかけてみたくなった。本が好きな者同士なら何かしら話せると思ったし、自分のことを理解してくれると内心期待しとったからや。まあ最初の方は嫌がられたりしとったけど、根負けしたのか気が付けばショウくんとはよく会うようになっとった。

 年下ということが分かってからは弟みたいに思うときもあった。私よりもしっかりしとったからこっちが甘えてばかりやったけど……。

 

 けどそれも闇の書事件……壊れてしまった夜天の書を巡る事件がきっかけで変わり始める。

 

 あの事件がきっかけで私には新しい家族が出来た。ショウくんは疑問を抱いたはずやけど、それを口には出さずにヴォルケンリッター達を受け入れてくれた。

 せやけど……私の体が蝕まれてたことでヴォルケンリッター達は罪を犯してしもうと。ショウくんともそれでぶつかることになってお互いに悲しい想いをさせてもうたんや。

 結果的に言えば、これまでの中で最善の終わり方を迎えた。でもあの子達が犯した罪が消えるわけやないし、私はあの子達の主。ならあの子らの罪は私の罪でもある。

 あの事件がきっかけで私は1歩踏み出すことを決意した気がする。それに悲しい出来事ではあるけど、それだけやない。魔法と出会ったことでヴォルケンリッター達に出会って……なのはちゃんやフェイトちゃん達とより親しくなれた。親友と呼べて仲間とも呼べる人達と出会うことが出来たんや。

 

 まあ……そのせいと言ったら失礼なんやろうけど、ショウくんの周りに可愛い子が増えたのも感じた。

 

 ショウくんの性格が性格やから友達が出来たことは嬉しいと思った。でもなのはちゃん達とどんどん仲良くなるのを見て……それまで感じてなかった気持ちが出てきたんや。アリサちゃんやシャマルとかにからかわれた時は否定しとったけど、本当は早い内からやきもちを妬いてたと思う。

 でも仕方がないやろ。年々ショウくんは男らしくなっていくし、信念みたいなもの持ち始めてからはよりカッコ良くなった。それに自分以外の女の子が次々と仲良くなっていくんやで。しかも全員可愛いわけやから気が気でないんは当然のはずや。

 だからといって行動に移ったんは中学3年生の時やけど。……よう考えてみたらあの頃からショウくんのことを好きとまではいかんでも気になっとる子は多かった。よく誰とも恋愛に発展しなかったもんや。

 まあ中学卒業してからは私らは魔法世界に移ってもうたし、仕事ばかりしてあんまり交流らしい交流がなかったからやろうけど。

 

 だからちょっと安心しとったわけやけど……ショウくんは昔からさらりとときめくこと言ってまう。六課が解散したあの日のみんなの反応見て正直焦ったわ。

 

 今思い返してみても六課が解散してからの私はこれまでで最も仕事を捌けていたと思う。恋は人をダメにするって言われたりもするけど、人それぞれってことやな。

 事件の後処理を速攻で片づけた私は、どうにか勇気を振り絞りショウくんに連絡した。可能な限りいつもどおりに振舞ったつもりやったけど、多分ショウくんには感づかれてた気がする。

 私がショウくんを呼び出したのはアインスが空に還って場所。時間帯はあの日と同じ空が茜色に染まり始めた頃だ。

 覚悟を決めてその場に立ったはずなのに私は長い時間沈黙したままで……それでもショウくんはただ静かに私の方を見つめて待ってくれた。どれくらいの時間が経ってから口を開いたのかはよく覚えていない。

 

『…………あんなショウくん。……あの日、自分勝手な告白して……それで長い事待たせてもうてごめん』

『……そうだな、あの日からずいぶんと経った』

『うん……正直私がこないなこと言うていい資格はないんかもしれへん。せやけど……せやけど聞くだけ聞いてほしいんや』

 

 このときほどショウくんの目を見るのが怖いと思ったことはない。長い間振り回し続けてきた相手に再度告白なんて自分勝手にほどがある。そう自覚しとったからや。

 でも……言わないでいたらきっと後悔する。前に進んでいくことが出来なくなる……そう思ったんや。やから私は……

 

『私は……ショウくんのことが好きや。正直気が付けばショウくんのことを考えてまうくらい大好きなんや。もしも……もしも許されるのなら私のことをお嫁さんにしてください!』

 

 

 

「…………あれ……ショウくん?」

 

 先ほどまで目の前に居たはずの愛しい人の姿が見えない。それどころか、頭がぼんやりとしている。まるで寝起きのように……

 ……あぁー私、寝てしまっとったんやな。

 今日は休日なのでいくら寝ても問題ないんやけど、寝落ちしてしまったんはええことやない。そのへんで寝て風邪でも引いてもうたら社会人失格。というか、そないな人間が自分の部隊を持つなんて夢のまた夢や。

 

「……まあ体調は問題あらへんし、気持ち良かったから良しとしよ」

 

 それにええ夢も見れたしな。あれからそんなに時間が経ったわけやないのにずいぶんと前のことに感じる。それだけあの日からの日々が濃密やったってことなんやろうな。

 左手の薬指に煌く指輪。これだけ言えば大抵の人は理解してくれるだろう。

 そう……私こと八神はやては無事ショウくんと交際をスタートさせた。正直に言えば、告白の際に付き合ってくださいやのうてお嫁さんにしてくださいと言い間違えたりもしたんやけど。ただそれが功を奏したのか、交際を始めて初めて迎えた私の誕生日にショウくんは指輪をくれた。

 

「ほんと昔からそういうとこ大胆というか……1番嬉しいと思うものをくれるんやから」

 

 左手の指輪見ながらにやける私は、見る人によってはおかしな人に見えることだろう。これまでにヴォルケンリッター達にも見られてしまったことがあるのだが、ヴィータにはにやにやし過ぎだと言われてしまったことがある。まあ私が幸せならそれで良いとも言ってくれたわけだけど。

 

「……って、もうすぐお昼やないか。昼には帰って来るって言うてたしご飯作って待っとかんと」

 

 ソファーから起き上がりながら一度大きく背伸びをし、私はキッチンへと足を運ぶ。冷蔵庫の中を確認して、残っている材料で作れる料理を考えながら昼食を作り始める。

 

「毎日のようにやっとることやけど……やっぱりショウくんに作ってあげると思うと幸せや」

 

 シグナム達に作ってあげてるときも幸せな気分ではあったわけやけど、やっぱり抱いている愛情が違うだけにまた違った気持ちになる。

 ただ今私がしている指輪は婚約指輪でもある。つまりショウくんは結婚も視野に入れてくれてるわけや。結婚したら今の気持ちもシグナム達と同じような感じになってまうんやろか。出来ればずっと今の気持ちを持って生活していきたいんやけど。

 

「でも……いつまでも恋人気分ってわけにもいかんやろな。なのはちゃんとこは今も昔も新婚みたいにラブラブやけど、誰もがあのふたりみたいに過ごせるわけやないし。多分やけど子供が出来たら変わってくる部分があるやろうしな」

 

 ショウくんにはまだ言うてないことやけど、私は今すぐにでも子供が欲しい。

 キスとかあっちの方の初体験はすでに終わってるけど……まだ籍は入れとらんからなぁ。私は別にいつでもショウくんのお嫁さんになって《夜月はやて》になる準備は出来とるんやけど。

 ただ……ショウくんはともかく私の方の仕事が落ち着いてなかったりするからな。子供が出来たら今よりも格段に気を遣わんといけんごとなるやろうし……すぐには言えんやろうな。

 

「でもやっぱり子供ほしいと思ってまう……出来れば最低でもふたり。男の子ひとり女の子ひとり……」

 

 男の子はショウくん似で口数は少ないけど優しい子。女の子は私に似てよくしゃべる活発な子がええな。でも逆に男の子が私似で女の子がショウくん似でもええ気がする。ただどっちがお兄ちゃんお姉ちゃんになっても、多分私に似た子はショウくん似の子が大好きでべったりなんやろうな……

 

「双子とかやったら最初は大変やろうけど、育ててる内に昔の私とショウくんを見るような感覚になりそうやし……母親と恋人、ふたつの意味で幸せを感じられそうや」

 

 まあショウくんとの子供なら何人でも欲しいんやけど。

 今はシグナム達がしばらくショウくんとのふたり暮らしを楽しめと気を遣ってくれてるわけやけど、そのうち一緒に暮らすはず。そのときはみんな八神やのうて夜月になっとるかもしれへんな。

 私にショウくん、シグナムにヴィータ、シャマル、ザフィーラ……それにリインとアギト、ファラとセイバーも居るわけやからすでに大家族やな。

 

「そこに何人も子供が生まれたらテレビに取り上げられてもおかしくないなぁ……せやけど手間が掛かるんは生まれてくる子供だけやろうし、みんな可愛がってくれそうやから幸せな日々が過ごせそうや」

「まあそれは否定しないが……シグナムとかはあやすのに苦労しそうだがな」

「せやな……それに普段は厳しいやろうけどああ見えて甘いから私らに黙ってこっそり何か買ってあげたりしそうや。まあそれはヴィータとかシャマルも同じやろうけど……」

 

 ……ちょい待ち、今私は誰と会話したんや?

 さっきまでこの家には私しかおらんかったはず。私がひとりで会話した……なんて可能性はゼロや。だって聞こえてきた声は低かったんやもん。というか、聞き慣れた声やから誰かと間違えたりするわけない。

 

「――ショ、ショウくん!?」

「よう、ただいま」

「う、うんおかえり……って、いつ帰って来たんや!?」

「いつと言われても……お前が俺に料理を作るのが幸せだとか言ってたあたりにはすでに居たが」

 

 …………。

 ………………。

 …………………大分前から居るやないか!?

 ちょっ……ということは子供がほしいとか私が思い描いている未来図みたいなのを聞かれたってことに。な……何ですぐに声を掛けてくれへんのや。めっちゃ恥ずかしいやないか!

 

「ショウくんのバカ、アホ! 帰ってきてんならさっさと声掛けてくれてもええやろ。放置して独り言聞くとか趣味悪すぎるわ!」

「怒鳴る割に調理を止めないのはさすがだな……まあそれはいいとして、言っておくが俺は声は掛けたぞ。それで反応がなかったから近づいて声を掛けたんだ」

「う、嘘や!?」

「否定するのは勝手だが紛れもない真実だ」

 

 ショウくんの目を見つめるがそこには全く揺らぎのようなものはない。それ故に昔から付き合いのある私にはショウくんが嘘を言っている可能性はほぼないということが分かってしまう。

 

「そ……その、今聞いたことは適当に流しといて。こうなったらええなっていうただの妄想であって……別に深い意味はないから!」

「まあ……そう言うならそうするが。俺は別に現実にしてもいいんだがな……子供がほしくないと言ったら嘘になるし」

 

 一瞬ショウくんが何を言っているのか理解できなかった私はフリーズする。

 私の聞き間違いでないなら……今ショウくん私との子供ほしいって言ったよな。それってつまりあんなことやこんなことをして愛を深めたいということで……

 

「ショ、ショウくん今のほんまか!?」

「お、おう……まあ世間的なことを考えて籍は早めに入れた方が良いだろうし、お前の仕事に支障が出ないならだが。子育てに必要な貯蓄はあるし、シグナム達も居るから不安もそうないから……」

「じゃあ今すぐ役所に行って結婚届出そ……って、その前にレーネさんに挨拶に行くべきやな。いや、でもあの人ならあっさりと認めてくれそうやし……というか付き合い始めてから孫はまだかいって聞いてくるからなぁ。別に行かんでもええような気はする……」

 

 今の言葉を知人に聞かれたらそんなあっさりと結婚していいのかって言われそうやけど、よう考えてみてほしい。私は二度目の告白で付き合ってほしいやのうてお嫁さんにしてくださいって言うたんやで。つまりプロポーズは済ませとるんや!

 

「とはいえ、今後は親子になるわけやから自分勝手に進めるのは悪手や。幸せな結婚生活のためにもそのへんの関係はちゃんとええものにしとかんと。となると今すぐにでも出来ることは……」

「はやて……少し落ち着いたらどうだ?」

「ショウくん、私は至って冷静や。……せやから……今日から子作りに励もうな」

「……あのな……恥ずかしいならそういうこと言うなよ」

 

 そうやけど……言わんと伝わらんこともあるし、そもそも私は本音を聞かれてもうたんやで。それなんに遠慮するとかバカみたいやん。というか、ショウくんかて顔真っ赤なくせに……

 

「それは嫌や……ショウくんの子供ほしいんやもん」

「お前な……だったら遠慮しないからな」

「え、ちょっ……さすがに今からは。せめてご飯食べてから……あと出来れば少し遠慮してほしいかなぁなんて。足腰に力入らなくなってまうから」

「本気でやれって誘ってきたのはお前なんだが?」

「そ、それは……いや、女は度胸や。私も覚悟決めた。今日はショウくんのが出なくなるまで徹底的にヤるで!」

 

 

 



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04 「アリサ・バニングス」

 人生何が起こるか分からない。

 なんて誰かが言っていた気がするけど、確かにそう思えることは人生の内に一度はある気がする。例えば……それは長年の夢にしていた仕事をできる場所にダメだと思ったのに就職できた時。マイナス面で言うなら歩道を歩いていたのにそこに車が突っ込んできて怪我をしてしまった時なんだろう。

 まあ……あたしの場合、どちらかといえばプラスの方なんでしょうけど。

 こんな言い方をしてしまうとあいつに悪いのかもしれない。だけど多分この話をすれば、あいつもあたしと同じ感想を抱く気がする。

 夜月翔。あたしの親友であるなのは達よりは付き合いは数年くらい短いけど、それでも幼馴染と呼べるくらいには交流が続いている人物。そして……あたしの恋人でもある。

 

「……本当不思議よね」

 

 あいつと話すようになったのは小学3年生の時からだ。

 正直な話をすれば、あたしはそれよりも前からあいつの名前だけは知っていた。あたしも含めてあいつもテストの成績でいつも上位に入っていたからだ。

 だから初めて同じクラスになった時、あいつがあの夜月なんだと思った気がするわ。他には……愛想がないというか無表情な奴だって思ったわね。あの頃のあいつってあんまり笑ったりしなかったし。

 あの頃のあたしは今よりも子供で負けず嫌いな部分を表に出してしまっていた。まああいつとの会話なんてないに等しかったから露骨に嫌な顔をしたり、テストの成績で負けて悔しがったりしてたわけじゃないけど。密かに若干ライバル視してたくらいで。

 

「いつからかしら……あいつと普通に話すようになったのって」

 

 最初は口を開くにしても挨拶や事務的な会話だけだったはず。でもいつの間にかなのはがあいつと仲良くなってて、すずかも趣味が合うということで交流を深めていた。

 なのはは誰とでも仲良くなる子だからすぐに納得した。あんな無愛想な奴とよくやるわ……、なんて思った気もするけど。すずかの方は……内気な方で異性とすぐに仲良くなることが出来る子じゃないから良い機会かもとか思ってたかしら。

 そんなことを思ってる内にフェイトやはやてと出会って、そのふたりもショウと交流があって……一緒に居ることが多かったあたしも必然的にあいつと話すことが増えたのよね。中学に上がった頃には何でも気軽に言い合える感じになってて……

 

「……それでも他と比べたら話した回数は少ないでしょうけど」

 

 あいつと話すことに抵抗があるわけでもなければ、楽しくないわけじゃない。それでもなのは達と差が出てしまったのは性別による違いからなのか、それともあいつがなのは達ほど心配する必要がなかったからなのか……。

 多分……その両方でしょうね。

 あいつは在学中から言っていたようになのは達と同じように中学を卒業してから魔法世界に移った。いつものように顔を合わせていたのになかなか会えなくなるのは寂しいことだけど、それでも自分の夢のために選んだことなのだから止められるはずもない。

 だけどなのはもフェイトもはやても……滅多にこっちに戻らないのよね。

 仕事が忙しいのは分かるし、あの子達の仕事が多くの人達の助けになっていることも知っている。でもあの子達だって普通の人間だ。笑いもすれば泣いたりもする。魔法なんて力を持っているだけのただの女の子。休まずにずっと頑張れるはずがない。

 それに……ひとりで抱え込む癖があるから余計に心配になる。話してもらったところであたしが力になれることはないのかもしれない。でもだからって友達が苦しんでいるのに何もできないのは嫌だ。たとえ待つことしかできないのだとしても、ここがあんたの帰って来る場所なんだと言うくらいのことはあたしはしたい思ってしまう。

 

「…………だからなのかしらね」

 

 最初は定期的にこっちに帰って来るあいつを経由してあの子達に気持ちを伝えるのが主な目的だった。

 だけど、あいつにも辛い過去がある。こうだと決めたらそれを貫き通す意思がある。誰かのためなら傷つくことを厭わない強さがある。それに……弱みを見せずに抱え込んでしまう脆さがある。

 それが話す度に分かってきて、気が付けばなのは達と同じように放っておくことができない存在になっていた。いや……あの子達よりも休みを取る真人間なだけに余計に心配していた気がするわ。

 そのせいかこっちから連絡を取るようになったし、定期的に帰って来ないと不安に思うようになった。だから顔を合わせた時は安心したし、別れる時は寂しさも相まって心が揺れた。

 そんな日々を過ごす内にふと自分の気持ちに気が付いた。

 気が付けばあたしはあいつのことを誰よりも心配していることに。あいつからあいつやあの子達の話を聞くことを楽しみにしていることに。そして……

 

「――あたしがあいつのことを……」

 

 ショウのことを……好きになってしまっているということに。

 それが分かった時、とても恥ずかしくてむず痒くて……それと同時に嬉しくもあり、悲しくもあった。好きになってしまった自分を責めもした。だって……あの子達の中にはショウに想いを寄せている子が居たから。それも昔から分かっていたから。

 そのとき、不意に体に振動を感じる。揺れ方からしてマナーモードにしていたケータイが振動しているようだ。この揺れ方からして着信中なのだろう。ケータイを取り出すとそこには《月村すずか》と表示してある。

 

「もしもし?」

『あ、アリサちゃん。今大丈夫かな?』

「ええ、問題ないわ。それでどうしたの?」

『えっとね、簡単に言っちゃうと暇だからどこかに遊びに行こうってお誘いなんだけど……』

 

 長年の付き合いなのだから顔色を窺うように訪ねるんじゃなくビシッと言いなさいよ。

 そんな風に思わなくもないけど、ビシッと言われるとそれはもうあたしの知るすずかじゃなくなるのよね。フェイトに似て内気な方だし、1歩引いて相手を立てる大和撫子みたいな子だから。

 故にまあこれがすずかよね、ということに結局落ち着いてしまう。

 

「いいわよ……って言いたいところだけど、あいにく今日は先約があるのよね」

『そうなんだ……あ、ふふふ』

「何で急に笑うのよ?」

『ううん、別に何でもないよ。ただ今日のアリサちゃんはイチャイチャするんだろうなって思っただけで』

 

 笑いながら言っているであろう声からしてすずかはあたしが会う人物が誰か分かっているんだろう。しかし、だからといって……

 

「別にイチャイチャなんかするつもりないわよ。というか、何であんたの脳内ではあたしがショウとそういうことすることになってんの!」

『ふふ、私はショウくんとなんて一言も言ってないんだけどなぁ。それにアリサちゃんはショウくんの彼女でしょ。イチャイチャする理由はちゃんとあると思うんだけど?』

 

 揚げ足を取られる言葉にあたしの羞恥心はさらに増し言葉が詰まって反論できない。

 あぁもう……何であいつの名前を口にしちゃうのかしら。これじゃあ本当にあたしがあいつとイチャつくことを考えていたみたいじゃない。……まあ全く考えてなかったかと言われたら嘘になるけど。あいつはあっちに住んでるし仕事もしてるからなかなか会えないし。

 けど、そもそもすずかが茶目っ気を出さなければいいだけなんだけど。冷静に考えると昔からそういうところはあったにはあったけど、あたしがショウと付き合うようになってから頻度が増した気がするわ。

 

「あのね、外で会うんだからあんたの思ってるようなことはしないわよ」

『ならどこかに入ったらするんだ』

「しないわよ!」

 

 ……あいつがしたいって言うなら別だけど。甘やかすつもりはないけど、今は毎日顔を合わせられるわけでもないし。腕を組んで歩いたり……周りに誰もいないならキスをしても。あいつがゆっくり出来るのなら……その…………それ以上のことも。

 すでに何度かしてるわけだし、あたしにだってそういう欲求はあるわけで。あっちにだって同じようにあたしを求める欲求はあるわけだし、望むのなら応えてあげるのが道理というものでしょ。

 そもそも、あたしとあいつは遠距離恋愛……地球とミッドチルダっていう一般人からすれば考えられない距離での恋愛をしているのよ。

 しかもあっちには今でもショウのことが好きそうな子達が結構居るわけで……あいつが浮気なんてするなんて思ってないけど、酒に酔った勢いでとか禁欲し過ぎで爆発しそうな時に誘惑されたら間違いが起こる可能性は十分にある。

 

「そろそろ待ち合わせの場所に着くから他に用がないなら切るわよ」

『うん、ショウくんとのデート楽しんでね。あっ、ついカッとなってケンカとかしちゃダメだよ。落ち込んでるアリサちゃんを励ますより惚気話を聞く方が楽なんだから』

「うっさい、一言余計よ。じゃあね」

 

 そう言ってあたしは通話を切る。

 怒鳴りはしなかったけど、最後のはどう考えても余計だと思うのはあたしだけだろうか。あたしのためを思って忠告してくれているんだろうけど、正直に言って素直に喜んだりはできない。

 ……と言っても、あいつへの気持ちで悩んでたあたしの背中を押してくれたのってあの子なのよね。

 すずかが居たからあたしはあいつに告白することが出来た。だからこそ今がある。そう考えるとすずかへの悪口を言うのに罪悪感を感じるわ。

 そんなことを感じている内に待ち合わせ場所へと到着する。ほぼ待ち合わせしていた時間になっているけど、他にも待ち合わせしている男女が多数居る。この中からあいつを探すとなると地味に骨が折れるかもしれない……

 

「よう、久しぶりだな」

 

 聞こえた声に反応して後ろを振り返ると、そこにはあたしの彼氏の姿があった。昔から分かっていたことだけど、相変わらず感情が表に出ていない。

 前から分かっていたことではあるけど……何というか微妙に癪に障るわね。毎日のように会ってるのなら別に良いけど、久しぶりに彼女に会ったんだからもう少し嬉しそうにしてもいいでしょうに。

 

「ええ、久しぶり」

「……何か怒らせるようなことしたか?」

「別に何もしてないわよ」

 

 素直に言えば変わる気はしないでもないけど、それは何だかあたしが会えなくて寂しがってたというか、もっとあれこれしたいと思われそうで負けた気になる。

 こういうところが人から素直じゃないとか言われるところなんでしょうけど、ただあたしはあたし。自分を偽ってまで人に好かれようとは思わないわ。まあ仕事とかなら話は別だけど。

 

「ならいいが……何かあれば言ってくれよ。鬱憤を溜められてすずかとかに当たられでもされるのは困るし」

「なら言わせてもらうけど、今の一言は余計よ」

 

 あんたが隣に居るんだからあんたへの鬱憤はあんたにぶつけるに決まってるじゃない。というか、何でそこですずかが出てくるのよ。子供の頃から付き合いがあるのは分かってるけど、まるでよく話してるみたいな口ぶりで言わなくてもいいと思うんだけど……。

 もしかしてすずか……あたしがこいつへの愚痴とかこぼしたり、惚気と思われるようなことを言っちゃってるからこいつに連絡してるんじゃないでしょうね。

 あの子大人しそうな顔してるけど、割と茶目っ気があるというかイイ性格してるから不安になるわ。……こいつのこと狙ってるとかじゃないわよね。……うん、さすがにこれは考え過ぎだわ。あの子はあたしの親友だし、そんなことするはずない。そもそも、あたしはいつの間にこんなにも独占欲が強くなったのかしら。

 

「さて……無事に会えたんだし、そろそろ行きましょうか」

「ああ。……そういや今日はお前がプランは考えるって話だった気がするが、現状どういう予定を立ててるんだ?」

「現状で言うならこれといって立ててないわよ」

 

 あっさりとした口調で正直に答えると、ショウの表情に呆れが現れる。

 話は逸れてしまうけど、昔からこいつって呆れとか嫌悪みたいな感情は素直に顔に出るわよね。まあはやてとかシュテルみたいな連中に絡まれてたからだってのは分かってるけど……ただ今でも仲良くしてるんでしょうね。

 別に遊ぶなとか言うつもりはないけど、昔みたいに距離感を考えてなかったら…………こんなことを考えるのはあとでもいいわね。

 

「あのね、あんたがどれくらいこっちに居れるのか分からないのに明確なプランなんて作れるわけないでしょ」

「まあ、それもそうだな」

「それで今日はいつまで居れるわけ?」

「いつまででも構わないぞ。有給も溜まり気味だったから数日分の休みは取って帰ってきたから」

 

 それはつまり……一夜を共に過ごしても問題ないってことよね。って、これじゃあまるであたしがこいつとしたいって思ってるみたいじゃない。したいかしたくないかと言われたら……だけど。

 というか、ゆっくりできるように休みを取ったのならこいつだって今日じゃなくても休みの内にしたいと思ってるはず。そうよ、そうに決まってるわ……もしこの考えが間違ってるなら若いのに枯れつつあるのか、あたしに女としての魅力がないか。はたまた……どこぞの女狐共に誑かされたか。

 

「おいアリサ、顔が怖くなっていってるんだが?」

「うるさいわね、今日のプランも考えてるだけよ」

 

 まったく、こいつは人の気も知らないで。いつも一緒に居るわけでもなければ、すぐに会える距離に居るわけでもないのよ。これに加えて、こいつの近くには可愛かったり綺麗な幼馴染達が居るわけで。あたしだって不安になったりもするんだから……言葉にはしないけど。

 

「……そうね、ついこの間出来たばかりの大型デパートがあるからまずはそこを見て回りましょ。そのあとはそのときの流れで決めていくわ」

「何ていうか……今日はずいぶんとアバウトだな」

「たまにはのんびりとするのもいいでしょ」

 

 あんたと一緒なら行く場所なんてどこでもいいのよ、と口に出しそうになってしまったのはここだけの秘密だ。

 フェイトやすずかみたいに大人しい感じの子が似たようなことを口にしたのなら男としても胸を打つものがある気がする。あたしが言うとなると……何というかタイプじゃないって感じよね。というか、そもそも恥ずかしくてまともに言える気がしない。

 そんなことを思いつつあたしは、ショウの腕に自分の腕を絡ませながら彼を引く形で歩き始める。

 手を繋ぐ形でも良いと言えば良いんだけど、個人的には腕を組む方があたしは好きだ。世間で言うところのお嬢様的な教育を受けたり、これまでにパーティーに何度も参加したことがあるので手を繋ぐことよりも腕を組むことの方が抵抗がないだけかもしれないけど。

 

「……やれやれ」

「どうかしたの?」

「いや別に……今日はやけに人の目がこっちに集まってるな、と思っただけさ」

 

 周囲を一瞥してみると確かにこちらをチラ見する人間は何人も確認できた。まあその中にはあたしが視線を向けたからそれに反応した人も居るでしょうけど。

 

「別にガン飛ばしてる人はいないようだし気にしないでいいんじゃない」

「まあそうなんだがな……」

「何よ、言いたいことがあるならはっきりしなさいよね」

「言えって言うなら言うが……あまり見られるのは気分として良くない。大分温かくなってきたからお前も肌を出してるし」

 

 その言葉にあたしの思考はわずかな時間だけど停止する。

 今の言葉の解釈は……目立つのが嫌ってのもある可能性はあるけど、それ以上にあたしが他の男に見られたくないってことで良いのよね?

 束縛どころか嫉妬すらしなさそうに見え、また口数が多いわけでもない奴なだけに今の発言はなかなかの破壊力だ。そう感じるのはあたしくらいかもしれないけど、正直他人の場合なんてどうでもいい。重要なのはあたしがどう感じたかってことなんだから。

 

「た、確かに前に会った時よりは薄着だけど別におかしくないでしょ。というか、あたしの彼氏ならそんなこと気にせずに堂々としてなさいよね!」

 

 なんて言ったけど、顔に感じる熱からしてあたしの顔は赤くなってるはず。それに今の声をあたしを知っている人に聞かれてたら嬉しそうだとか言われてただろう。

 つまり……ただでさえ人の感情の変化に敏感があるところがあるこいつには、あたしの内心がバレバレのはずだ。そもそも、顔は背けてるものの腕を組むのやめてないのだから怒ってないのはバレる……

 

「そうだな。お前と付き合う時点で予想出来てた状況でもあるし」

「そういう風に言われると……何か癪に障る者があるわね。厄介事に巻き込む女みたいな意味で」

「アリサは綺麗だから人の目を惹くのは仕方がないって解釈にしてくれ」

 

 ――き、綺麗って……さらりと何言ってんのよバカ!

 べべ別に嬉しくないんだからね。綺麗とか美人だとか今までに何度も言われてきてるんだから。ただ綺麗って言われただけでデレデレする女とか思わないでよ。

 というか、何であんたはさらりとそんなセリフが吐けるわけ? 前々から時々そういうことを言うのは知ってたけど、ここぞってタイミングで言うのやめてほしいんだけど。嫌ってわけじゃないけど、こっちとしても心の準備が出来てないから破壊力が凄まじく感じるし。

 それに……人の目を惹くのはあんたもでしょうが。長身で顔だって悪くないんだし、鍛えてるから全体的に引き締まって見えるんだから。ここに来るまでにあんたをチラ見する女が何人居たと思ってんのよ。

 まあどこの馬の骨とも分からない女が近づいてきたところで敵じゃないけどね。あたしにとって敵になるのはあの子達だけよ。可愛い顔してやると決めたら何でもやりそうだし。

 

「……ところで」

「ん?」

「あんた今後どうしていくつもりなの?」

 

 今ショウは技術者としての仕事をメインでやってるらしいけど、こいつはあの子達と同じように危ないこともする。

 本音を言えば危ないことはしてほしくないけど、人のためになる仕事なのは理解しているし、自分で選んだ道なのなら応援してあげるべきだろう。あの子達もだけどこいつも言って聞くようなタイプじゃないし。

 

「前になのはみたいに教導だっけ? そういう道もありかなって言ってたでしょ」

「まあな。とはいえ、俺には技術者としてのキャリアはあってもそっちのキャリアはほとんどないからな。前になのは達と一緒にやったことがあるだけで……資格は持ってるし、なのはあたりに頼めばどうにかなりそうな気はするが」

 

 やろうと思えばやれるチャンスはありそうなのに実行に移してはいない。それって本当はやりたいと思ってるの? それとも思ってないの? まったく……

 

「はっきりしないわね」

「仕方ないだろ。派遣として一時的にやるならともかく、仕事をがらっと変えるのは難しいんだから。急に技術者をやめるなんて言ったらシュテルに何されるか分からんだろ……いや、される方がまだマシか。無言で拗ねられるのが1番面倒だし」

「相変わらずあの子のことはよく分かってるわね。さすがはあの子のパートナーだわ」

 

 皮肉ではなく呆れの口調になったのはシュテルがどういう性格をしているか知っているからだろう。

 日頃からすぐからかってくる相手が傍に居るのは疲れるし、他にもショウの周りにはレヴィやユーリも居たりする。元気でうるさいのと何でもストレートに言葉にする子の相手をするのもなかなかに体力や精神力を使ってしまうだろう。

 単純に仕事のパートナーはあの子でもプライベートのパートナーはあたしだっていう自負があるから余裕なのかもしれないけど……でもそれほど強いものでもないのよね。すぐあれこれ考えてやきもち妬いちゃうし。

 

「……というか、あんたの周りって異性が多すぎない? 話に出てくるのが知ってる子達ばかりだからあれだけど、普通なら彼女から質問攻めとか小言を言われてもおかしくない状況よ」

「それは……まあそうなんだろうな。アリサも本当は何か言いたいのか?」

「あの子達とのことをあんたに言っても仕方ないでしょ」

 

 昔から付き合いがある子達ばかりなんだから距離を取れなんて言いにくいし、社会人が多いから会える機会だって多くはないんだろうから。

 

「浮気しなければとやかく言うことはないわ……してないわよね?」

「してるわけないだろ……アリサもそういうこと言ったりするんだな」

「あんたのこと信じてるから言いたいとは思ってないけど、あたしだって人の子よ。知り合いとはいえ……ううん、知り合いだからかしらね。あんたの口から異性の名前ばかり出てたら少しは間違いが起こるんじゃないかって考えもするわよ」

 

 なのは、フェイト、はやて……はやてのところは下手をすれば八神家全員で何か仕掛けてくるかもしれない。さっき言ってた教え子の中には割と年齢の近い女の子がふたり、確かスバルとティアナだっけ。あのふたりが居たはずだし。

 他にもシュテル、レヴィ、ユーリといった技術者としての仕事仲間。同じ大学に通っているすずかやディアーチェあたりも内心どうなのか分からないわ。

 本音としては全員疑いたくはないんだけど、ショウと親しい関係だし……学生時代はショウに気があるんじゃないかって反応をしていた子がチラホラ居る。それに全員可愛かったり綺麗だったりすれば普通に考えて心配にもなるわ。

 

「大学を卒業したらそっちに行こうとは思ってるし、そうしたら安心するかもしれないけど」

「別にこっちに居てもいいんだぞ」

「は? 何よ、あたしが近くに居たら嫌なわけ?」

「いやそうじゃなくて……正直こっちに来てくれるのは助かるし、嬉しいことではある。ただアリサは大学で勉強もしてるわけだし、将来の目標とかあるだろ?」

 

 確かになのは達が自分の道を見つけたようにあたしも自分の道を見つけて歩んできた。そのために大学に入って勉強してた。でも今は……

 

「心配しなくていいわ。あたしはあたしの意思でそっちに行くって言ってるんだから」

「お父さんの会社とか継いだりできなくなるぞ?」

「大丈夫よ。確かに前は会社を継いでとか思ったりしたこともあるけど……どうせやるなら自分の会社を持ちたいし、ここよりももっと広い世界でやりたいじゃない」

 

 地球以外にも世界は存在しているわけだし、あっちの世界は色んな世界と貿易してるんだから。それを知ってるなら、こんなちっぽけな世界で頂点を目指すより色んな世界が繋がってる世界で頂点を目指したいしね。

 

「まあ……あ、あたしとしては大学を卒業する前に迎えてに来てもらっても構わないんだけど。そ、その……誰かのお嫁さんっていうのも立派な就職だと思うし」

 

 …………あたし何言っちゃってるの!?

 今の完全に自分を嫁をもらえって言ってるようなものじゃない。そそそりゃ将来的には結婚してあれやこれやしたいって願望がないわけじゃない。けど何も今このタイミングで言う必要はないでしょ。何やってるのよあたしは……恥ずかし過ぎてショウの顔が見れない。

 というか、今すぐこの場を立ち去りたくなってきたわ。

 なんて思った直後、不意にあたしはショウに両手を顔に添えられる。強引に視線を合わせられたかと思うと、次の瞬間にはショウの顔がすぐ近くにあった。唇に何か触れているけど、何度も味わったことのある感触からして……あたしはキスされたらしい。

 

「…………ななな何やってんのよ!?」

「あ、いや……悪い。……今のお前が可愛かったからつい」

「なっ――!?」

 

 あれこれ言いたい気分なのに何も言葉にできない。こんなにも恥ずかしくて、嬉しい気持ちで溢れているのに気持ちを出せないというのは何てもどかしくて苦しいのだろう。というか、こいつはあたしのことを感情を高ぶらせて殺す気なのかしら。

 

「だ、だからって…………も、もう少し……場所くらい考えなさいよね」

「そ……そうだな。今後気を付ける」

「……今のは突然でよく分からなかったからもう一度しなさい」

「え……」

「どうせ一度したんだから……変わらないでしょ」

 

 あたしはショウに近づくと彼の肩を両手を置く。そのまま背伸びをすると、静かに自分の唇を重ねる。人前でするのはどうかと思ったりする自分も居るけど、いつかは人前でする日が来る。それの予行練習だとでも思えば問題ない。

 ううん、それ以上に今はこの気持ちを止めることはできない。だってあたしは、こいつのことがこんなにも好きなんだから。

 

 

 



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05 「月村すずか」

 モニターに映る複雑な文字式の羅列。それらは全て魔法世界の言語で書かれている。

 私が生まれ育ったのは管理外世界に分類されている地球。魔法なんてものを使える人はほぼいないし、私も魔法を使うことはできない。

 にも関わらず私が魔法世界や魔法のことを知っているかというと、一緒に育った友達達が魔法に関わる人間だからだ。

 なのはちゃんは魔導師の先生みたいなことをしているし、フェイトちゃんは犯罪者を追いかけたりする仕事らしいから警察官かな。でもはやてちゃんは捜査官って言ってた気がするから、執務官のフェイトちゃんは裁判官とか弁護士寄りなのかな?

 なんて思ってしまうのは、私が魔法を使える人間じゃないので同じように感じるからかもしれない。

 

「私も魔法が使えたら……ううん、多分無理な気がする」

 

 たとえ魔法が使えたとしても私にはみんなみたいに戦うことは出来ないと思う。自分が傷つくのも怖いし、犯罪者や危険生物が相手だからとはいえ傷つけるのも嫌だから。私にはやっぱり今の仕事が合ってると思う。

 ――仕事って呼ぶにはまだ早い気がするけど。

 私が今行っていることはデバイスのプログラミング。何故そんなことをやっているかと言うと、デバイスマイスターになって仕事をすることが今の私の目標だからだ。

 どうしてデバイスマイスターになろうと思ったのかと聞かれたら昔から工学系に進もうと考えていたからだ。その夢の実現のために大学でも工学系を専攻していた。だけど勉強すればするほど魔法世界の科学技術に意識が向くようになった。

 

「地球と同じくらいの技術もあるけど、魔法に関して言えば本当に言葉通りみたいな技術だよね」

 

 こんな技術が昔から幾つもの世界にあったと思えると、人という生き物は凄いと感じる。その一方で進み過ぎた技術故に滅んでしまった世界もあるらしいので、傲慢になり過ぎちゃいけないとも思う。

 まあ今の私にはどうあがいても凄いものなんて作れないけど。デバイスマイスターに必要なことも今勉強してる真っ最中だし。

 魔法世界の言語はそれほど複雑な文字を使っているわけじゃないけど、地球育ちの私からすれば外国語に等しい。だから覚えるのも時間が掛かったし、それを用いてのプログラミングともなれば効率の良い作業なんてできない。

 

「大分マシにはなってきてるけど……まだまだだよね」

 

 独学でやっていたなら多少自信を持つことが出来たのかもしれないけど、私には先生が居る。

 その人は私と同じように昔から工学系に興味を持っていて、デバイスに関することはすでに10年以上勉強している。他に特徴を上げるとするなら感情が表に出にくいとか。あまり面と向かって言えることじゃないけど、優しい人だから許してくれる気もする。

 

「ショウくん、今頃何してるのかな……」

 

 時間を確認するともうすぐ夕方だ。ショウくんはわざわざいつも私の家に足を運んでくれて勉強を見てくれてる。だから私としてはお礼に晩御飯くらいはご馳走したい。

 何時に来るのは知りたいけど……仕事中かもしれないし、電話をするのは気が引ける。それに外で食べてくる可能性もあるし、勝手に作るのも良くないよね。一度に二人分も食べれるほど大食いじゃないし。

 余ったら次の日に回せばいいと思わなくもないけど、もしもショウくんに見つかって変に気を遣わせるかもしれないと思うと、彼が来て確認が取れるまでは勉強を続けていた方が良い気がしてくる。

 

「…………私って……ショウくんの何なんだろう?」

 

 不意に自分の口から洩れた言葉にドキッとし手を止める。

 私、急に何を言ってるんだろう。今までそんなこと考えたことなかったというか、友達って思ってたはずなのに。

 ショウくんは私にとって友達のはずだよね。

 小学生の時に出会った口数が少なくて無表情気味な男の子。それが私のショウくんの第一印象。だけど学校の図書室や図書館で見かけてる内に工学に興味があることが分かった。

 

「でも確か……」

 

 話すようになったのは……あのときからかな。

 今の私なら楽々届く高さだけど小学生の頃は台を使ったりしないと届かないこともあった。あの日も確か図書館で届きそうで届かない本を取ろうとしてて……ショウくんが取って渡してくれたんだっけ。

 近くにあった本を手に取ってから私のはついでだったんだろうし、本人にもお礼を言ったらそんな感じの素っ気ない返事をされた気がする。ただそれでも子供の頃から機械の話が出来る子は少ないだろうし、せっかくの機会だからってことで勇気を出して話しかけたんだよね。

 

「それから顔を合わせる度に少しだけど話すようになって……ただ学校だとなのはちゃんやアリサちゃんと一緒に居ることが多かったからちゃんと話してたのは図書館で会った時くらいだっけ」

 

 冷静に思い返してみると、実に物静かな会話をしていた気がする。内容もアニメやゲームみたいに子供らしいものじゃなくて、こういう機械に興味があるんだよねみたいな感じだったし。はたから見てた人達はこの子達は何だろうって思ってたかも。

 だけど……あの頃はそんなことを気にしたりはしてなかったなぁ。ショウくんと話すの楽しかったし。男の子と話してあんなに楽しいと思ったのはショウくんが初めてだったかな。

 少しずつ距離感が縮まる内にフェイトちゃんが転校してきて、気が付けばなのはちゃん達も含めてショウくんと話すようになってた。それで図書館ではやてちゃんと出会って仲良くなると、それまで以上にショウくんの話をするようになったんだよね。

 

「もうあの頃から10年以上も経つんだ……何だかあっという間に過ぎちゃった気がする」

 

 それだけ楽しい時間だったのかもしれない。ううん、楽しい時間だった。

 アリサちゃんがなのはちゃんとギスギスしちゃったり、お仕事で大怪我をしちゃったり……悲しくて辛いこともあったけど、それがあるから今がある。こんな風に思えるのなら決してダメな時間じゃないよね。

 ただ……この前の一件に関しては消化できてないかも。

 その一件というのはショウくん達の入院だ。大変な事件があってその解決のために頑張って怪我をしちゃったわけだから責めるわけにもいかないけど、やっぱり友達が怪我をすれば心配になる。特にこうと決めたら曲げないなのはちゃんとか、普段は止める側なのに大事な時に限って相手優先になるショウくんとか……。

 

「……まあ結果的に言えば、ふたりとも無事に退院して元気に仕事してるから良いんだけど」

 

 ただもう少し細目に色々と話してほしいな。私に出来るのは待つことだけだし、何も知らないで心配するよりは知った上で心配したい。

 あっちからしたら余計な心配をしてほしくないだろうけど、待つ人の気持ちも考えてほしいよね。それが分からないと将来結婚とかしたときにすれ違いの原因とかになるかもしれないんだし。

 ……あれ? 仕事の話は聞いたりしてるけど、プライベートの話ってあんまり聞いてないような……もしかして私の幼馴染達は仕事が恋人っていう悲しい人生を歩んじゃうのかな。みんな可愛いのにそれは……私はちゃんとみんなの結婚式とかに行って祝ってあげたいよ。

 

「何で浮いた話のひとつも聞かないだろう?」

 

 なのはちゃんやフェイトちゃんは子供の頃から仕事してたわけだから貯えだってあるだろうし、魔法世界ではエリートって呼ばれる職業に就いてるはずだよね。まあエリートだから近づきにくいと思う人も多いのかもしれないけど。はやてちゃんとかはこういう理由以外に家族が認めた相手じゃないとダメってのがありそうな気がする。

 そういうことを考えると……ショウくんとかがベストな相手なのかな。昔から付き合いがあるから対等な会話ができるだろうし、仕事の苦労とかも理解し合えるわけだからすれ違いみたいなものはないと思うし。

 

「それに……」

 

 フェイトちゃんは昔からショウくんのこと好きだったように思えるというか、あれは絶対好きだよね。ショウくんの話題になると過敏に反応してた気がするし、ショウくんのことを話してるフェイトちゃんの顔はまさに恋する乙女って感じに見える。

 誰よりも付き合いの長いはやてちゃんも否定はしてたけど、多分ショウくんのことを好きな気がする。小学生の時は友達って感じに見えてたけど、中学生……特に3年生の頃かな。それくらいから距離感に変化が現れて微妙な感じになってたし。まあ割とすぐに気まずい雰囲気は消えたわけだけど。

 なのはちゃんは……私達の中でも色恋に疎かったけど、今ではどうなんだろう。昔ほど疎くはない気がするけど……誰とでも仲良くしちゃうから判断しにくいんだよね。でもよく思い返してみるとショウくんに対しては素直にあれこれ言ってた気がする。人一倍溜め込んじゃうところがあるからショウくんみたいな人が傍に居る方がいいんじゃ……

 

「……あれ…………何で」

 

 何で……私は泣いてるの?

 別に悲しいことだとか辛いことを考えるはずじゃないのに。友達の幸せに繋がることを考えてるはずなのに、どうしてこんなに涙が出るんだろう。これじゃあ……まるで……

 

「私……ショウくんのことが……」

 

 そこから先の事は口にすることが出来なかった。自分の気持ちに気づいてしまったから。

 本当はずっと前から……下手をすれば子供の頃から私はショウくんのことが好きだったのかもしれない。断定じゃないのは私の初恋がショウくんだけどその恋はすぐに冷めちゃったから。

 いや……冷めたというよりは身を引いたって言う方が正しいのかな。ショウくんと話すみんなを見ていると自分よりも仲が良いのが分かってしまったから。

 

「相談されてたら本気で自分なりの意見を言ってただろうし、誰かがショウくんと付き合うことになっていたなら心から祝福したいと思ってた……でも、もう無理だよ」

 

 昔はお姉ちゃんや恭也さんの姿を見て恋に恋する感じでショウくんのことを好きになってたんだと思う。だからすんなりと他人の事を応援しようと思えた。

 だけど今は違う。あの頃よりもずっと強くて大きい気持ちが芽生えてしまった。誰にもショウくんを渡したくない。ずっと傍に居てほしい。そんな風に思ってしまう。

 

「私って……嫌な子だ」

 

 みんなのこと応援しようって思ってたのに……。今になってショウくんのこと好きになって……友達としての関係じゃ満足できなくなるなんて。

 別にショウくんは今誰とも付き合ってるわけじゃないけど、他の子が……友達が好きな人を好きになるなんて最低だ。いったい私はどうしたら……

 そのとき不意にインターホンが鳴る。時間帯的に考えてショウくんがやって来たのだろう。しかし、私はすぐに動くことが出来ない。

 どどどうしよう、こんな状態で会ったら確実に心配されるよ。ショウくんじゃなかった場合でも今の顔を見られたら何かしら思われるだろうし……だけど多分ショウくんだよね。以前に約束して来てもらってるわけだから居留守を使うわけにもいかないし。でも今のままで会うのも……

 あれこれ考えている間に何度かインターホンが鳴り響く。

 このまま何もしないで居るとショウくんは帰ってしまうだろう。そうでなくてもケータイに連絡が来るに違いない。そうこうしている内に約束を破ることへの罪悪感に耐えかねた私は、気が付けば玄関に向かって動き出していた。玄関に着くと覗き口から相手を確認することもせずに扉を開けた。

 

「――っと」

「ご、ごめんなさい!」

「いや、別に怪我はしてないから」

「え、えっと……それもだけど待たせちゃったから」

 

 我に返った私は恥ずかしさや罪悪感のような感情によって視線を外して俯いてしまう。ただショウくんはある程度のことはスル―してくれる人ではあるけど、落ち込んだりしている時の変化には敏感だ。

 だからきっと私が何を考えてるまでは分からなくても、私がいつもどおりじゃないのは分かってしまう気がする。

 

「すずか、どうかしたのか?」

「ううん……何でもないよ」

「何でもないって……目元が赤くなってるぞ」

 

 ショウくんが覗き込んできたことで必然的に距離が縮まってしまう。これまでは問題なかったわけだけど、気持ちの整理がついていない今の状態でそれは非常に不味い。羞恥心が一気に込み上げてきた私は慌てて背中を向ける。

 

「だだ大丈夫! その……これはさっき頭ぶつけて涙が出ただけだから!」

「なら……まあいいけど。血とかは出てないんだよな?」

「う、うん。大丈夫、大丈夫だから心配しないで」

 

 出来るだけ明るい声で返事はしているけど、誤魔化せているかは怪しい。

 しかし、私のことを信じることにしたのかショウくんはそれ以上何も言わなかった。それはありがたいことではあるけど、その一方で嘘を吐いてしまった罪悪感も覚えてしまい私の内心は複雑だ。

 ただいつまでも玄関で話すわけにもいかないのでショウくんを中に通す。その際、夕食を食べたか確認するとまだだという答えが返ってきた。料理をすれば気分も変わるかもしれないと思った私は、ショウくんをリビングに通してキッチンに立つ。

 

「すずか、何か手伝えることあるか?」

「ううん、ショウくんはそこで待ってて。お仕事で疲れてるだろうし、そもそもお客さんなんだから」

「だが……来る度にご飯を作ってもらうのも」

「いいの。私が好きでやってることだし、いつも勉強教えてもらってるわけだからお礼もしたいから。それにショウくんの作ったもの食べたら自信なくしそうだし……」

 

 それなりに料理は出来る方ではあるけど、冷静に分析しなくてもショウくんの方が私よりも料理が出来るのは分かっている。これまでに何度も口にしたことはあるし……

 はやてちゃんやディアーチェちゃんとかが出来るのは分かるし、負けても納得が行くけど……ショウくんに負けるのはあれなんだよね。女のプライドって言うのかな? そういうのが刺激される。

 

「はぁ……分かったよ。……昔からときどき思ってたが、すずかって優しそうに見えて割とイイ性格してるよな」

「そういうショウくんもイイ性格してると思うけど。根は優しいのに今みたいなこと言っちゃうわけだし」

「前言撤回だ。お前は割とじゃなくて凄まじくイイ性格してる」

「もう、そういうこと言うからみんなからあれこれ言われるんだよ。まあショウくんが荒めの言葉を使ったり、毒を吐いたりするのは気を許してる相手だけだから本気で気にしてはないだろうけど」

「うるさい、黙って料理しろ。指を切ってもしらないぞ」

 

 ふふ、素っ気ないけど多分照れてるんだろうなぁ。

 基本的に落ち着いてて感情の起伏があまりないように見えるショウくんだけど、付き合いが長くなると意外と随所に感情を出してるのが分かるんだよね。それが分かると可愛いって思える時がある……こういうのをギャップ萌えって言うのかな。

 なんて思った直後、指先に痛みが走る。反射的に口から悲鳴が漏れ、指先を確認してみると薄っすらとだが血が滲み始めていた。そこを口に含ませて私は絆創膏を取りに行く。

 

「すずか……切ったのか?」

「えっと……ちょっとだけ」

「笑いながら言うことじゃないだろ……絆創膏とかどこにある?」

「え? だ、大丈夫だよ。これくらい自分でやれるし」

「今日のお前は何かやらかしそうだから言ってるんだ。そもそも、お前がいつもどおりなら指切ったりしてないだろ。それに綺麗な手してるんだから傷でも残ったらどうする」

 

 反論したいところだけど、確かにいつもの私なら今回のようなミスはしてないと思う。というか、さらりと綺麗とか言わないでほしい。好きな人からそんなこと言われたら何も言えなくなっちゃうんだから。

 そう思った私は絆創膏が入っている救急箱の場所を教える。するとショウくんはすぐさま救急箱を持ってきて私の手を手に取った。

 

「……深くは切ってないみたいだな。少し沁みるだろうが我慢しろよ」

 

 言い終わるのとほぼ同時に消毒液が掛けられ傷口に痛みが走る。しかし、その痛みよりも私の意識はショウくんの手の方へ行ってしまっていた。

 昔は同じくらいだったのに……大きくてゴツゴツとしてる。でも指は長くて細い……。

 ショウくんは私の手を綺麗だと言ってくれたけど、私としてはショウくんの手も綺麗だと思う。それに大きくてゴツゴツしてるけど、優しく触れてくれるから安心する。子供の頃にお父さんに頭を撫でてもらったりしたとき似たような感覚だったかも。この手に頭を撫でてもらったら同じように思うのかな……

 ふと脳裏に昔の記憶……ショウくんが女の子の頭を撫でている姿が蘇る。それは落ち込んでいたり、泣きそうになっている時にやっていただけで特別な気持ちがあってやっていたものじゃない。だけどそれにすら今の私は嫉妬を覚えてしまう。

 ……私は……嫌い。今の自分が大嫌い。

 目の前に居るのは初恋の人……自分から身を引いたのにまた好きになってしまった人。でも親友が好きな人でもある。それを考えると、こうして手当てしてもらっていることに……優しくしてもらって嬉しいと思ってしまっている自分が嫌で仕方がないよ……。

 

「……これでよし。まあすずかの言ったようにちょっと切っただけだろうからひどくなることもないだろう」

 

 私からショウくんの手が離れる。名残惜しいように彼の手を向かってわずかに動いた自分の手を私は見逃さなかった。

 ――私は……ショウくんが好き。だけどみんなのことも同じくらい好き…………私の気持ちは誰にも気づかれてない。だったら私が我慢すれば今までと同じ関係で居られる。そうすれば……

 ――でもそれって、これまでと同じようにショウくんに勉強を見てもらうってことだよね。ふたりだけの時間を過ごして幸せを感じるってことでしょ? このまま誰もショウくんにアタックしなければデバイスマイスターになった一緒に仕事も出来るかもね。それにショウくんに相談すれば仕事を回してくれるかもしれないし、ちゃんとやれてるか定期的に見に来てくれるかもしれないよ。

 心の中で白い私と黒い私が語りかけてくる。

 それはみんなを想う私と幸せになりたい私。どっちも嘘偽りじゃなく存在している私の気持ちだ。だからこそ私は自分がどうしたいのか決めることが出来ない。

 

「……おい……すずか?」

 

 ショウくんが心配そうにこちらを覗き込んでいる。その理由は分かってる。私がまた涙が流しているから。

 

「いったいどうした?」

「ショウくん……分からない…………分からないよ」

「何がだ?」

 

 私は……自分の気持ちが分からないの。今の私じゃショウくんへの気持ちを抑えることが出来ない……だからといってショウくんのことをずっと思い続けていた友達のことを考えると今の状態でこれまで通り過ごすのはダメだと思う。

 そう言えたならどれだけ楽なんだろう。でもそれは人の想いを勝手に伝えてしまうことにもなる。それはしちゃいけないこと……。

 ……なら自分の気持ちだけ伝えればいいんじゃないかな。それで振られれば気まずくなるだろうし、傷ついて泣くとは思う。だけど時間が過ぎれば気持ちの整理がついて友達に戻れるかもしれない。

 

「私……私ね…………ショウくんのことずっと友達だと思ってた。機械とか本の話が出来る仲の良い友達だって」

「あぁ……それで?」

「でもね……デバイスマイスターになろうと思ってショウくんに勉強を見てもらってたのに、いつの間にか一緒に居れることが嬉しくてもっと一緒に居たいって思うようになってた…………ショウくんのこと好きになっちゃったの」

「…………」

「最初は……なのはちゃん達とも前より会えるようになるし、魔法が使えない私でも…………みんなのために何かできると思ってデバイスマイスターを目指したのに……」

「もういい……もういいから」

 

 ショウくんは泣いている私を頭に手を回すとそっと抱きしめる。泣く子供をあやすように優しく頭を撫でてくれて……それが嬉しくて、同時に辛くて…………私はしばらく彼の胸の中で泣き続けた。

 

「…………すずか」

「うん……」

「俺はお前が何でそこまで苦しんでるのか分からない。……でもこれだけは言える。俺も……お前が好きだ」

「……え?」

 

 今なんて……私の聞き間違いじゃなかったらショウくんも私のこと好きだって言ったような気がする。

 

「嘘……でしょ?」

「嘘じゃない。俺もお前のこと最初は友達と思ってた。でも一緒に過ごすことが多くなって、笑ったり怒ったりするお前を……頑張るお前を見てる内にお前のことばかり考えるようになってたんだ」

「でも……だけど…………私なんかで本当にいいの?」

「お前が良いんだ。……もしかするとこれがきっかけで関係が変化する相手も居るかもしれない。だけど俺はお前と一緒に居たいんだ」

 

 関係が変わる相手……それが誰なのか私に特定することはできない。だけどこれだけは分かる。ショウくんにも私と似たような気持ちがある。それでも私のことを選んでくれた……好きだと言ってくれたんだって。なら私はもう迷わなくていい――

 

「私も……私もショウくんと一緒に居たい。今後のことを考えると不安なこともあるけど……それでも私はショウくんのことが好き……大好き。ショウくんが一緒に居てくれるのならどんなことだって……」

「すずか……」

「……ショウくん」

 

 少しずつショウくんの瞳の中に映る私が大きくなり…………唇が重なる。

 泣いていたせいか少ししょっぱい味がしたけど、心は甘くて幸せな気持ちでいっぱいだった。お姉ちゃんが恭也さんに抱いている気持ちはこういう気持ちなのかもしれない。

 ずっと唇を重ねていたかったけど、さすがに息が持たずに離れてしまう。だけどこれからは遠慮なんかしなくていい。何度だって自分の気持ちを出していいんだ……

 

「ショウくん……もう1回しよ?」

 

 

 



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06 「シュテル・スタークス」

 ふと空を見上げるとあの日と同じように満月が優しく夜を照らしている。

 今日は2月14日。私――シュテル・スタークスにとって特別な日。日付を聞けばお気づきの方も居るでしょうが、一般的にはバレンタインデーとして知られていて女性が男性にチョコを渡す日です。

 その際に告白が伴うことが多かったらしいですが、最近ではお世話になっている人に対してチョコを渡すことも多くなっているようです。年月と共に考えや価値観が変化しているのでしょうね。それ故にジェネレーションギャップというものが発生するのかもしれません。

 話を戻しますが、先ほども言った通り今日は私にとって特別な日です。私が女性だからというのも理由ではありますが、最大の理由は少しだけですが心の奥に秘めた気持ちを出すことが出来るからです。

 

「…………寒いですね」

 

 冬であることを考えれば当然のことですが、今感じる寒さには別のものが混じっています。それはきっと不安なのでしょう。

 何故不安を抱いているかというと、仕事中に盛大に失敗して怒られその謝罪をしなければならない……というわけではありません。研究を進めるための試行錯誤はあれど、パーツの発注ミスやプログラミングのミスといったことは働き始めてから一度たりともしたことはないですから。えっへん!

 そもそも……仮にそういうことになったとしても、それは私に非があるわけですから当然の行動です。申し訳なさは感じるでしょうし、不安も覚えなくはないですが……今ある不安と比べれば微々たるものです。

 ならば何に対して不安を抱いているのか、と疑問を持つでしょう。それは……私がこれから取る行動の先にです。

 正直に言ってしまいますと……私はとある男性が好きです。

 いえ、好きでは私の胸の内にある気持ちを現すには足りません。大好き……これは何だか子供っぽいですね。すでに私も大人扱いされる身ですし、年齢的にも子供として見られることはありません。ここは愛しているという言葉が的確でしょう。

 

「……自分で考えておいて何ですが……恥ずかしいですね」

 

 顔がとても熱く感じます。体が温まることは状況的に良いことではありますが、精神的には負担に思えてなりません。

 今なら世の中のカップルを心から尊敬します。男性からにしろ、女性からにしろ……どちらからか告白したわけなのですから。

 これまでに様々な問題にぶつかって頭を悩ませたこともありますし、魔導師として犯罪者と相対したこともありますが……この気持ちが私にとって最大の難敵かもしれません。いったいどうすればこれに打ち勝つことができるのでしょうか。やはり今年もただ日頃の感謝の気持ちとしてチョコを渡すだけで告白はしないでおいた方が……

 

「…………いえ、それは出来ません」

 

 何のために今日こうしてチョコを用意したと思っているのですかシュテル・スタークス。もう迷わないと、逃げないと決めたはず。だからこそ、彼を……ショウをここに呼び出したのではありませんか。

 私が今立っているのは、かつて日付が変わったばかりの時間帯に呼び出したことがある公園。私が初めて自分の本当の気持ちを表に出した場所。あのときはまだ今ほど彼への想いはありませんでしたが、それでもあの頃は私は彼のことを想っていたのでしょう。

 

「ですが……」

 

 私は自分の気持ちを言葉にすることが出来なかった。ショウと共に暮らし、同じ場所で仕事をして隣に居ることが多かったというのに……。

 最初出会った頃は私と似てあまり話さない子だと思っていました。

 けどレーネの計らいで共に過ごすようになってから、ショウにも大切な人が居るのだと分かり……その人に危険が迫れば自分の身がどうなろうと突き進む強さを感じた。友のため、家族のために行動を起こせるのは素晴らしいものです。

 しかし、同時に私は怖かった。

 この人は血反吐を吐くことになったとしても、心は擦り切れそうになったとしても前だけを見据えて進んでしまう。人のためならば自分のことを度外視して行動してしまう。

 それは心が強いからこそ出来ることではあります。ですが、もしも命を落とすようなことになってしまった場合……残された者はどうなるのです。誰もが傷を負った状態で上を向いて歩いていけるわけではありません。

 

「……もしもあのとき……シグナムがショウを手に掛けていたとしたら私はどうしていたのでしょう」

 

 私の呟きに返事をする者はいない。ただ月が優しく照らしているだけ。

 ……言葉にするだけ無駄ですね。すでに過去の出来事であり、そもそも私の気持ちが私以外に分かるわけありません。故に……きっとあの日、もしもシグナムの行動が違っていたなら私は全力を持って彼女を滅していたでしょう。

 そう思うのは、あの日以上に私が怒りで我を忘れそうになった日がないからです。まあ感情の波が大きい方ではないので滅多に怒りという感情は湧かないわけですが。知人には湧かせているとは思いますが、それはスキンシップの一環なので今は考えないでおくことにしましょう。

 

「……やれやれ、何故こうなってしまったのでしょう」

 

 もしもショウがレーネと繋がりがなかったのなら。もしも私がスタークス家に生まれていなかったのなら。もしも私が技術者ではなく魔導師としての道を選んでいたのなら……今日という日はなかったのでしょうか。

 ……いえ、きっと私はどんな道を選んだとしてもショウと出会い……そして、彼に惹かれたのでしょうね。

 ショウに対する私の想いの強さ。それは私の想いではないのではないかと思えるほど強い感情です。例えるならば激しく燃える炎でしょう。何故こんなにも彼に惹かれてしまうのかは分かりません……直感的に運命の相手だと感じているのでしょうか。

 そういうことなら非科学的ですが……一応納得は出来ます。というより、そうでなければ説明が付きません。自分で言うのもなんですが、私は自制心に関して人よりも優れていると自負しています。にも関わらず、ショウのことになるとそれが外れそうになってしまうのですから。

 いや、この言い方は正しくはありませんね。これまでの過去を振り返ると、別に言う必要がないことを言ってしまったり、ちょっかいを出すような真似を何度もしてしまっているのですから。

 このことを冷静に分析すれば、私は好きな子に意地悪したくなるタイプということに……これは少し違うかもしれませんね。ショウだけでなく、ショウの周りの人間にもしていましたから。しかし、嫉妬からやっていたのだとすればまた話が変わって……

 

「……考えるのはやめましょう」

 

 今いくら考えてもこの答えは出そうにありません。というか、今はそんなことよりもやることがあるのです。そう遠くない未来にショウがここに来るのですから。

 ショウがここに来たら告白……ほ、本当に告白するのですか。確かにするつもりで呼び出しはしましたが、毎年のようにバレンタインにチョコは渡しているわけで。告白をしなければ今年もこれまでと同じように終わるだけです。そうすればまた1年彼の隣に居られる……

 

「…………何を弱気になっているのですか」

 

 告白すると決めて呼び出したのにそれを決行しないどころか、あまつさえまた1年隣に居られる? そんな甘えは許されない。いえ存在していません。何故ならば今日何もしなければ、私の大切な親友が……ディアーチェがショウに想いを告げると言ったのですから。

 ディアーチェ・K・クローディア。自分の世界に閉じこもっていた私に外の世界の素晴らしさを教えてくれ、導いてくれるように接してくれた私にとっての王。そして、かけがえのない友……故に今日の結果がどう転ぶにしてもあの日の出来事は忘れることはできないでしょう。

 

『シュテル……貴様はいつまで自分に嘘を吐くつもりなのだ?』

『何のことです?』

『惚けるな。貴様、ショウのことが好きなのであろう?』

 

 普段と変わらない口調で放たれた問いでしたが、ディアーチェの目には確信の光があった。心の隅の隅に追いやっていた感情でさえ見透かしているようで私は……

 

『……まさかディアーチェからそのような言葉が出るとは驚きです』

『そのような御託は良い。我の質問に答えよ』

『今日はずいぶんと強引ですね。まあ構いませんが……今の質問の答えですが、答えはイエスですよ。付き合いも長くなっていますし、同じ仕事をしているパートナーですから』

 

 と、思わずいつものようにはぐらかすような返事をした。私は知っていたから。ディアーチェがショウのことを想っていることを。

 私にとってディアーチェは恩人であり、誰よりも幸せになってほしいと思う相手。なら自分の中にあるショウへの想いは邪魔になる。

 故に私が自分の気持ちを表に出さなければ、このまま未来永劫に隠し続ければいいだけなのだと。これでディアーチェは幸せになれる。きっと恥じらいながら近いうちにショウへ想いを伝える話をするだろう、と思った。けれど……

 

『シュテルよ……我は惚けるなと申したはずだが?』

 

 向けられた目には憤怒の光が宿っていた。どんなに記憶を辿っても、ディアーチェからこれほど鋭い視線を向けられたことはない。ディアーチェが怖いと思ったのはこの日が初めてだ。

 

『そちらこそ何を言っているのです……惚けてなんかいませんよ』

『ならば何故目を背ける? 本心で言ったことならばその必要はないはずであろう。……まあ良い、貴様がそのつもりならばそれで構わん。……シュテル』

『……何です?』

『我は、ショウへ想いを告げる』

 

 ずっと待ち望んでいた言葉。なのに……私の心に響いたのは何かが割れるような音だ。喜びなんてない悲しくて切ない痛み……それでも

 

『そう……ですか。良いと思いますよ。私の目から見てもお似合いだと思いますし、何よりディアーチェは昔からショウのことが気になっていましたからね。手伝えることがあれば何でも手伝います……』

 

 それ以上言うことは出来なかった。

 何故なら……私の左頬に鋭い痛みが走ったからだ。一瞬何が起きたのか分からなかったが、視界に映っていたディアーチェの右手を見て状況を理解する。私は彼女に思いっきり頬を叩かれたのだと。

 

『……何を……するのですか?』

『決まっておろう、貴様との決別だ』

『決別……?』

『そうだ。今日限り貴様は我が友ではない』

 

 ディアーチェの言葉が理解できない。いや、理解したくなかった。だって彼女は私にとって大切な友達なのだから。

 

『何を……言っているのですか? 冗談にしては性質が悪すぎますよ?』

『冗談ではない』

『なっ……何故? 何故なのですか! どうして急にそのような話に……!?』

『何故? どうして? ……だと。……ふざけるのも大概にしろ、このうつけ!』

 

 鋭利な視線が私を射抜く。自分が弱者なのだと理解させられそうな絶対王者の雰囲気に私は身動きを取ることができない。

 

『貴様は、我を己が想いもひとりでは伝えることができない情けない女だと思っておるのか!』

『そ、そのようなことは……』

『それだけではない! いや、我が怒っておるのはむしろこちらの方だ。シュテル、貴様は我に本心を隠すだけでなく……己が想いを偽り、我の恋を応援すると言ったのだ』

『…………』

『貴様は負けず嫌いだが肝心な部分は我を立てようとする。それを嫌だと思ったことはないが、今回に関しては別だ。我に遠慮し自分の気持ちも伝えぬなぞ、我にとって侮辱でしかない。我が友であるならば全力で向かってこんか。それが出来ぬのならば、貴様は我が友ではない!』

 

 ディアーチェが王で私は彼女の右腕。

 明確に言葉にしたことはないが、私達の間には主従関係にも似たものがあった。故に友ではありますが友ではない。対等の存在として立つことはできないという想いが私にはあった。

 ですが今のは完全に私を対等の存在として認めている言葉。私にとって常に上の存在だったディアーチェが隣に立っていると認めた言葉と言える。

 

『最後にもう一度だけ問う……シュテル、貴様はショウのことをどう思っておるのだ?』

『私は……私は彼が…………ショウが好きです。……ずっと……ずっと前から好きでした』

 

 いつからショウのことを想うようになっていたのだろう。私がレーネの元で働き始めた頃だろうか、それともホームステイをしていた頃だろうか。

 最初はただレーネの甥や同じ道を目指す同年代の少年といったくらいにしか思っていなかった。でも気が付けば、ショウに目を向けることが多くなっていた。彼と仕事のことでもいいから話したいと思うようになっていた。彼のすぐ傍に居たいと思うようになっていた。だから……

 

『たとえディアーチェだろうと……彼の隣に私以外が立っているのは堪えられません』

『ふん、最初からそう言っておれば良いのだ。……シュテルよ、自分の気持ちを素直に口にしたのだ。我が本格的に動くまでに行動するのだぞ』

『ディアーチェ、それはどういう意味ですか? それでは……』

『勘違いするでない。別に貴様に塩を送るつもりはないぞ。我は貴様と違って大学に通っておる身。学生は遊べると思う部分もあるかもしれんが、意外とやらなければならぬことも多いのだ。故に我は次の春までは余裕がない』

 

 今が1月の半ばであることを考えると、春が来るまで残り2か月半といったところ。猶予はありそうに思えるが、ディアーチェは春が来れば告白する。当日は非常に恥ずかしがりそうな気はするが、一度決めたからには確実に行動に移すだろう。

 そう考えると私はディアーチェが行動を起こす前に覚悟を決めて己が気持ちを伝えなければならない。ショウが初恋の相手であり、また自分から告白しなければならないとなると2か月半という猶予は長いようで短く思える。

 それに普段同じ職場に居ることが多いだけに私の言動に変化があれば怪しまれる。それがきっかけで亀裂が生まれてしまうかもしれないと思うと非常に不安だ。

 

「まあ……その不安を乗り越えて今日という日を迎えたわけですが」

 

 冷静に振り返ってみてもショウから怪しまれた様子はない。今日まで私は自分の気持ちを悟られることなく、またこれまでの自分を演じきれた。ショウを呼び出しもすでに終えている。ならば……残るは自分の気持ちを伝えるだけです。

 

「……それが最大の難関ですけど」

 

 落ち着きなさい、落ち着くのですシュテル。あなたは常に冷静沈着で自分を制御出来る女のはず。これまで冗談とはいえ何度か好きに近い言葉は口にしてきたではありませんか。ただ今回もそうすれば良いだけです。別に緊張する必要はありません。

 そんな風に自分に語りかけるが、これまでのように言ってしまうと本気なのだと思われないかもしれない。また今回の告白が理由で今後の関係が壊れてしまうかと思うと、一向に緊張が解ける様子はない。むしろ刻一刻とより強くなっている。

 

「ですが……私は逃げません」

 

 私の王に……大切な友達に勇気をもらったのですから。

 そう思った直後、不意に頬にこれまでとは別の冷たさを感じた。視線を空へ上げると白い結晶が次々と降ってきている。手の平で受け止めると、それはすぐに溶けてなくなり水へと変わった。

 ……まるでこれからの私みたいですね。

 覚悟は決めたもののショウが私のことを異性として見てくれているのか。好意を持っていてくれるかは正直分からない。一緒に仕事をしてきたので嫌われてはいないとは思うが、友人へ向ける行為と異性へ向ける行為は別物だろう。

 私もこの雪達のように玉砕して別のものに変わってしまうのでしょうか……まあそれはそれで仕方がないことなのかもしれません。形あるものはいつかは崩れると言いますし、何かを得るためには何かを失うのが世の常。ならば……

 

「私の人生において最初の最終決戦……全力で臨むまで」

「シュテル……お前はこんな夜中に何と戦う気でいるんだ?」

 

 思いがけないタイミングで心に描いた相手の声が背後から聞こえたことで私は体を震わせる。

 こちらが周囲に気を張ってなかったこともありますが、もう少し気配を出して近づいてほしいものです。昔ならばまだしも今では私以上に卓越している部分もあるのですから。

 と冷静な自分は思っていますが、焦りに満ちた私が居るのも現実。急な展開に付いていけるほど今の私には余裕がありません。

 

「べ、別に何でもありません。ただ今後の意気込みを口にしていただけで!?」

「いやいや、どう考えても何かあるだろ」

 

 どこか呆れた顔を浮かべたショウはこちらに近づいてくると、すっと右手を伸ばしてきた。それは私の前髪を優しく上げるとそっとおでこに触れる。

 私の知る限り彼は末端の冷え性だった気がしますが、今は心地の良い温度ですね。ポケットにカイロでも入れているのでしょうか? はたまた私の体温が低くなっているだけなのか……って、そんな場合ではありません!?

 

「な、何をするのですか!?」

「何って……お前が馬鹿みたいに慌てるから熱でもあるのかと。触った感じ熱はなさそうだが」

 

 と、当然です。慌てているのは体調が悪いからなのではなく……あなたが傍にいるから。まったく、人の気も知らずにおでこに触れないでほしいものです。

 そもそもの話になりますが、あなたは私が自分から触れるのは問題なくても人から触れられるのが苦手な方だと知っているでしょう。特に今のように不意打ちでされるのが最も良くありません。想い人という追加要素もあって非常に効果抜群なのですから。

 

「あのなシュテル、お前とも長い付き合いになるからある程度のことは目を見れば分かる。けどな、だからって全部理解できるわけじゃないんだ。言いたいことがあるならちゃんと口で言え」

 

 あなたの言っていることは至極最もではありますが、言いたくても言えないことは意外とあるものなのですよ。

 大体……全部理解していたのだとしたら、私はあなたを滅殺してます。私の想いに気づきながら気づかないフリをしているということなのですから。まあ気づいていないでしょうからルシフェリオンの出番はありませんけど。

 

「なら言わせてもらいますが……いいですかショウ、いくら近しい相手だからといって気軽に女性に触れるものではありません。親しき中にも礼儀ありという言葉があるでしょう」

「シュテル……お前の言うことは最もだとは思うが、俺としてはお前にだけは言われたくないんだが」

「それはそれ、これはこれです」

 

 女性から男性に触れたりする場合、基本的に男性側にデメリットは皆無。むしろメリットが多いと言えるはずです。

 しかし、逆の場合はそうとは限りません。好きな相手からなら良いですが……いえ、それはそれでドキッとしてしまうのである意味良くありませんね。

 

「はぁ……どこかおかしいと思ったが、お前は今日もお前みたいだな」

「何を当たり前のことを言っているのですか。私が私以外になれるわけがないでしょう……まさか、あなたは私になのはを重ねているのですか」

「ありえないことを言うな。お前となのはじゃキャラが違い過ぎる。出会った頃ならまだしも、今重ねて見たり間違うことなんてあるわけないだろ。というか、なのはとは少し前まで同じ部隊に居たんだぞ」

 

 確かにそうですね。なのはやフェイト、そしてはやて……加えてその守護騎士達とキャッキャウフフしていましたものね。さぞあんなことやこんなことがあったんでしょう。

 フェイトに関しては昔からショウに対して矢印が伸びていましたし、はやてもなんだかんだで好意を持っている感じでした。なのはも同じ部隊になって一緒に居る時間が増えたからなのか、戦場を共に翔けたことで絆が深まったのか、ここ最近は妙に色気づいていました。

 あなたが魅力的なのは認めますがもう少し相手を絞ったらどうなんですか。私はあなたをそんな男に育てた覚えはありませんよ。

 

「だから言葉にしろって言ってるだろ。機嫌が良くないのは目を見れば分かるが、何でそこまで機嫌が良くないのかは……いや、やめておこう。寒空の下でこんな話ばかりしてても体を冷やすだけだ。シュテル、今日は何の用で呼び出したんだ?」

 

 私達らしい楽しい会話をしているというのに本題に入るとはいけずな人です。確かに寒さは感じますが、私は緊張のせいでぽかぽかしているというのに。まあ一応心配してくれている気もしますので今回はあちらに華を持たせてあげることにしましょう。

 

「やれやれ……毎年のように今日は顔を合わせているはずなのに分からないのですか?」

「毎年? ……あぁ、チョコか。普段はあれなのにお前ってそういうとこ律儀というか真面目だよな」

 

 普段はあれ……私の振る舞いも悪いのは認めますがこの人に言われるのは何だか癪です。そっちだって普段からそんな言い回ししかしないのですから。過度な緊張から解放されたので感謝しないでもないですけど。

 

「そういう言い方をされると渡す気がなくなるのですが?」

「それならそれで俺は一向に構わないが?」

 

 ……そうですよね、あなたはそういう人ですよね。

 これまでならば本当に必要ないんですか、などとあっさりと返答できていただろう。しかし、今年に関しては今まで胸の内に秘め続けていた想いを伝えるために作ったチョコ。渡さなければ今日という日にショウを呼び出した意味がない。

 

「まったく……今までに何度も言われてきたとは思いますが、あなたのそういう発言は意外と人を傷つけているのですよ。無論、私だって例外ではありません……し、市販のものではないのですよ」

 

 おお落ち着きなさい、落ち着くのです。別にまだ告白をしたわけではありません。

 ある意味告白に取られてもおかしくない発言をしていますが、これまでにその手の言葉は口にしてきました。まだ告白と取れることはないはずです。それはそれで面倒というか緊張する時間が延びるので嫌なのですが……まあ悪いのはこれまでの私でしょう。

 

「だ……誰のために作ったと思っているのですか」

 

 や、やばいです。これは非常に不味いですよ。

 このまま告白みたいな流れになっているだけに私の緊張がピークに達しようとしています。想い人にここ告白することがこれほどまでに大変なことだとは……予想はしていましたが、これは予想を遥かに超えています。

 

「シュテル?」

「――っ!?」

 

 私の様子がおかしくなったことを心配したショウが近づいたことで、私は思わず後ろに下がってしまう。ただ運悪く、寒さによって地面が凍っていたらしく足を取られてしまった私はバランスを崩して転倒。チョコは守りきることが出来ましたが、衝撃で付けていたコンタクトが落ちてしまった。

 

「おい、大丈夫か?」

「は、はい……すみません」

 

 差し出された手を取った瞬間……彼に触れるのと同時に私の中でこれまでの思い出がフラッシュバックする。

 嬉しかったことに楽しかったこと、怒りを覚えたことや悲しく思ったこと……どれも私の想いを作り上げたかけがえのないピース。告白すればこれが粉々に壊れてしまうかもしれない。

 だけど、告白しなくても遠くない未来に私以外の人間がショウに気持ちを伝える。昔と違って彼は人と深く繋がることに怯えたりしていない。ならば誰かの手を取るだろう。もしそうなった時、今ここで想いを伝えなければ私は偽りの笑みと賛辞を送って後悔と妬みをいつまでも抱き続けるかもしれない。

 そう思った私は……気が付けばショウの手を握り締めて立ち上がると、その勢いのまま彼の胸へと飛び込んで両手を背中に回して抱き締めた。

 

「お、おい……シュテル? もう……子供じゃないんだから悪ふざけならさっさとやめろ」

「悪ふざけではありません」

 

 私はきっぱりと言い切り、さらにショウに密着する。

 ディアーチェやレヴィ達には負けてしまいますが、別に私は貧乳というわけではありません。私やなのはの周りに居る人物が成長が良すぎるだけで、私達だってそれなりにあるのです。その証拠にショウだって困惑しながらも顔を赤らめていますし。

 

「わ、私は……あなたのことが好きです」

 

 言い終わるのと同時に一気に体中が熱くなる。それとほぼ同時に私に何を言われたのか理解したショウの体が震えた。私は胸の内に芽生え始めた恐怖を搔き消すように彼にしがみつくとそのまま想いの丈を伝える。

 

「初めて顔を合わせたから今まで色々なことがありました。最初はテストマスターとデバイスマイスターとして一緒に仕事をして……レーネの発案で一緒に暮らして。はやてを助けるためにあなたが必死になる姿を見て……傷つきながらも懸命に前へと進むあなたを姿を見ていると私の感情が停滞することはありませんでした」

 

 もしもショウに会うことがなかったなら私はそれなりに楽しい時間を過ごしていたでしょうが、きっと今ほど交流関係は広くはなかったでしょうし、感情の起伏も乏しかったでしょう。

 

「事件が終わりを迎えて……ショウ達が学生生活を送るようになってからはふとしたことで感情が揺らぐようになっていました」

 

 気が付いた時にはショウのことを目で追うようになっていた。ショウが他の異性と話していると嫉妬している自分が居た。それが溜まりに溜まって抑えきれなくなったから私は……あの日、ショウを深夜に呼び出してチョコを渡したんだろう。

 

「あなたがデバイスマイスターの資格を取って一緒に働くようになってからは毎日楽しかったです。意見を出し合ってより良いものを作っていく。そんな日がずっと続けばいいと願いました……けれど、あなたは魔導師としての道も捨てなかった。正直に言えば、あなたが六課に出向すると聞いたときは悲しかったんですよ」

 

 すぐに話すことができなくなるから。……いえ、それもあるでしょうが最大の理由は別にあります。

 

「もしもあなたが怪我をしたらと思うと……怖くて怖くて仕方がありませんでした。最終決戦に臨む時も本当は止めたい気持ちがありました。一緒に戦場に赴きたいと思いました。ですが……あなたはそんなことで止める人ではありませんし、ブランクのある私が戦場に赴いても場合によっては邪魔になるだけ」

 

 だからこそ……ショウからファラ達の強化パーツを用意してほしいと頼まれた時、私は持ちゆる技術を全て使ってあれを作った。結果的に言えば、その甲斐もあって彼は最後まで戦い抜くことが出来ました。

 

「けれど……あなたが決戦後に入院した時は自分の判断を後悔しました。たとえブランクがあったとしても、戦場に出ていればあなたの負担を減らすことはできたんじゃないか、と。……まあ、今から言っても仕方がない事なんですけどね」

 

 でも……そんな風に思うのと同時に、他の誰よりもショウにいなくなってほしくない。そう思いました。多分あの日が私が私の想いから目を背けることが出来なくなった日なのでしょう。だからディアーチェに気づかれてしまって喝を入れられてしまった。

 とはいえ、それは感謝すべきことなのですがね。……思いっきり叩かれたことに関しては今にして思うと思うところがないわけじゃないですが。

 自分の気持ちを吐き出すことで冷静さを取り戻した私は、ショウから静かに離れる。

 すると視界の中に白い何かが映った。コンタクトレンズが外れてしまっているのでぼやけているが、状況からして考えるものはひとつしかない。

 天から舞い散る雪が増えていく様は、私にはこの最終決戦の幕引きを伝えているように思えた。

 

「あれこれと言ってしまいましたが、私が伝えたいことはただひとつ。私があなたのことを想っているということです……私の想い、受け取ってくれますか?」

 

 両手でしっかりとチョコを持ってショウへと差し出す。はにかみながら出すことが出来たのは、全てを吐き出したことですっきりしているからなのかもしれません。たとえ受け取ってくれなかったとしても私は立ち直ることが出来るでしょう……少しの間は泣いてしまったりするかもしれませんが。私だって女の子なんですから。

 

「冗談じゃ……ないんだよな?」

「はい」

「俺なんかで良いのか?」

「あなたが良いんです」

 

 交わる視線。

 私の瞳に映る漆黒の瞳には、戸惑いや緊張といった色が見える。でもそれは当然のことだ。もしも立場が逆だったなら私だって似たような感情を抱くことだろう。

 永遠にも等しいわずかな静寂の後――私の手からチョコが消えた。ショウの手の中に移ったからだ。それはつまり私の想いを彼が受け入れたことを意味する。

 

「……今日のお前はやっぱり変だ」

「そうですね。雪が降っているのに体も心もポカポカしてます……それだけ私の中にあるあなたへの想いが激しく燃えているのでしょうね」

「バカ、あんまり燃やすな……燃え尽きられでもしたらこっちが困る」

「バカと言った方がバカなのですよ。そんなことを言うなら……あなたが静めてください」

 

 そう言って私は目を瞑る。

 すると……そっと頬に手を添えられ、次の瞬間にはショウの唇が私の唇に重なっていた。寒空の下に居たせいか、それは冷たい口づけ。けれど、とても心地良く感じられ……私の想いという名の炎はさらに激しさを増す。きっとこれからもそれは増して行くのだろう。

 

 

 何故なら……これからは公私ともに私はショウのパートナーなのだから。

 

 

 



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07 「レヴィ・ラッセル」

 とある休日。

 ボクは昔行ったことがある遊園地に向かっていた。今はバスの中でボクの隣には穏やかな顔をしているショウが座っている。反対側にはショウと比べると格段に小さなふたつの影。ひとりはショウをそのまま小さくしたような黒髪の男の子、もうひとりにはボクによく似て青みを帯びた髪をセミロングくらいで整えている女の子だ。

 この子達はボクやショウの従兄妹や親戚じゃない。ボクとショウの大切な子供達だ。

 これを昔のボクを知っている人が聞けば驚くかもしれないけど、ボクだってもう大人なんだぞ。好きの違いだって分かるようになってるんだから。というか、そうなってないとショウと結婚して子供なんて出来てないし。

 

「ねぇねぇ、遊園地にはまだ着かないの?」

 

 元気な声で訪ねてきたのは女の子。ボクの娘で名前はライカって言う。漢字で書くと雷華だ。夜月雷華って字面も響きもカッコいいよね。ボクに見た目も性格も似てるし、運動も得意だからきっと将来はカッコいい子になるぞ。

 

「ライカ、それはさっきも聞いただろ。ちゃんと着くんだから大人しくしてろって」

 

 ぶっきらぼうな感じに返事をしたのはショウではなく息子のアオバだ。漢字で書くと蒼葉。

 アオバはショウに似て大人しい方だけど、運動も勉強も出来るしっかり者。ライカとか仲の良い友達には口調が荒くなるところもあるけど、いつもライカの面倒を見てくれる優しいお兄ちゃんだ。

 ちなみにこのふたりは二卵性の双子なんだ。初めての出産で双子なのは大変だったけど、そのぶん無事に生まれてきてくれた時には予想の何倍も嬉しくて幸せだった。きっとパパやママがボクを産んだ時も同じように思ったんだろう。

 あとこれは余談になるかもしれないけど、ふたりの名前はショウがボクとの繋がりを意識して考えてくれたんだ。

 ボクは結婚して夜月レヴィになったわけだけど、ショウ達と比べると血筋が違うのは丸分かりの名前だよね。でも苗字は夜月なわけだからそっちに近づけた方が字面や響き的に自然。だからボクの髪色とか魔法資質とかから連想してふたりの名前に蒼と雷が入ったんだ。アオバはともかくライカの方は将来的に何か言われる可能性はありそうだけど、でもきっと大丈夫。ボクの娘なんだから何か言われても逆にカッコいいだろって言えるはずだ。

 

「む……ライカは大人しくしてるもん!」

「いやお前が思っている以上にしゃべってるからね。というか、現在進行形で騒がしいんだけど」

「騒がしくない!」

「ライカ、分かったからもう少し声小さくしようね。アオバもあんまりライカのこといじめない」

 

 ボクが注意するとふたりとも静かにはなったけど、お互い納得してないのか頬を膨らませたりしている。こういうところが似るあたり兄妹なんだろう。もうちょっと別のところで似たほしい気もするけど、まあ可愛いからいっか。

 

「ふ……」

「ショウ、どうかした?」

「いや何でも」

「何でもないってことはないでしょ。いいから言ってよ、気になるじゃん」

「本当に大したことじゃないんだがな。あのレヴィがちゃんと母親出来てるって改めて思っただけで」

 

 優しいけどどこか意地悪な笑みにボクは恥ずかしさの混じった怒りが沸き上がる。

 母親出来てるって……大したこと云々の前に今更言うことでもないよね。というか、ショウはボクがちゃんとママ出来てないって思っての!?

 そりゃ確かにアオバ達が生まれたばかりの頃は初めての子育てで苦労したし、周りに迷惑も掛けちゃったけど。でもふたりが物心ついてからは結構ママとしてやれると思うんだけどな。ま、まあ……ふたりの精神年齢が同年代の子よりも高いから他のところよりも楽な部分はあるけど。ただそれでも……

 

「ボクはいつだってママしてるよ。そ、そりゃボクよりもショウの方が料理とか上手だけどさ。だけど毎日一生懸命やってるんだぞ!」

「分かってる、分かってる。お前がちゃんと母親として努力してるのは分かってるさ。だから落ち着けって。ライカに静かにしろって言ったばかりだろ?」

「うぅ……」

 

 何か適当に相手をされた感じがして言い足りないところだけど、正論なだけにここで言っちゃうのはママとして示しがつかない。

 

「母さんってさ……本当にライカの母さんだよね」

「うん? アオバ、何言ってるのさ。そんなの当たり前だよ」

「いや、そういう意味じゃなくて……父さん、よく母さんと結婚したよね」

 

 呆れたようにため息を吐きながらショウに話しかけるアオバは本当に昔のショウみたいだ。

 抱き着きたい気持ちが込み上げてきただけど、さすがにもう空気が読めないほど子供じゃない。大体息子からバカにされているような発言をされたのに喜びながら抱き締めたらそれこそ本当に呆れられてしまう。

 

「大人の割に落ち着きがないように思える母さんにだって良いところはあるからな」

「ふーん……父さんの性格からすればシュテルさんとかディアーチェさんの方が合ってる気がするけど」

 

 子供は時に残酷だって言うけど……アオバはそれが顕著だと思う。悪気はないんだろうけど、ボクもこれまでに何度か思ったことがあることを口にしちゃうだけになかなか精神的にダメージが……。

 こんなことでショウがボクのことを捨てたりするとは思わないけど、それでもやっぱり気にしちゃうよね。だってボクはショウの奥さんなんだから。

 

「アオバは分かってないね。パパみたいな人だからママみたいな人が良いんじゃない。人っていうのは自分にないものを求めるらしいし」

「確かに父さんと母さんは正反対な人ではあるけど……まあふたりが良いなら良いんだけどさ」

「アオバ、ボクとショウの関係っておかしく見える?」

「ううん、別にそんなことはないけど。たまに母さんが子供っぽく見えることはあるけど、僕達にはちゃんと母さんとして接してるし」

 

 さらりと子供から子供扱いされるような発言があった気がするけど、ママとして認めてくれてるようだから黙っておくことにしよう。

 そうこうしてる内に目的地である遊園地に着いたようでボク達はバスから降りる。その際、バスの運転手にきちんとお礼を言っていくあたりアオバもライカも良い子に育ったと思う。

 

「早く早く~!」

「ライカ、落ち着け。もう遊園地は目の前にあるんだからどこにも逃げやしないって」

「だから早く遊びたいの。遊べる時間は限られてるんだから。アオバは遊びたくないの?」

「遊びたくないわけじゃないけど……これまでの経験上、ライカと一緒に回ると疲れそうなんだよなぁ」

 

 ふたりのやりとりを見てると昔のボクとショウを見ているみたいだ。まあアオバは多少なりともボクの影響を受けているのか、ショウよりも口数が多い気がするけど。それに表情も年相応に表に出るし。

 

「むぅ……アオバはライカのこと嫌いなの?」

「は? 別に嫌いじゃないけど」

「じゃあ何で今みたいなこと言うの。ライカは何を言われても傷つかないバカじゃないんだよ。アオバのことだって大好きなのに!」

「いや、だから嫌いとは言ってないだろ」

「ちゃんと好きって言って!」

 

 前から分かっていたことだけど、ライカは本当にアオバのことが好きだよね。まあちょっと好き過ぎる傾向にあるというか、今はまだともかくこのまま大きくなると将来的にブラコンになりそう。ボクとしてはブラコンでも良いとは思うけど、アオバはショウに似てるからなぁ。距離感が近すぎたりするのは苦手なんだよね。

 

「何で言わなくちゃいけないのさ」

「うぅ……アオバなんて大嫌い! もうアオバのお嫁さんになってあげないんだから!」

「お嫁さんって……兄妹じゃ無理だろ。双子なんだから血だって繋がってるんだし」

 

 アオバはどうにかして、と言いたげな顔でボク達を見てくる。

 うーん……一般的にアオバの言っていることは正しいんだけど、ママとしてはもうちょっと妹の気持ちを考えて発言してほしいかな。優しいのは知ってるけど、ショウと同じでその優しさが分かりにくいというか素直じゃないところがあるし。恥ずかしがらずに愛情表現をしてほしいな。

 そう思っているとショウがライカに近づいていき、彼女の傍まで来るといったん腰を落としてそっと抱き上げた。

 

「泣くなライカ」

「泣いてないもん……」

「別にアオバはお前のこと嫌ってない。恥ずかしくて好きだって言えないだけさ」

「……ほんとう?」

「ああ。普段から接してるライカならよく知ってるだろ。アオバは嫌いなものとかにははっきり嫌いだって言う奴だって」

 

 ショウはライカを抱きかかえながら空いている片手で優しくライカの頭を撫でる。それにライカは安心感を覚えたのか、徐々に表情は落ち着いたものに変わっていく。

 

「パパはライカのこと好き?」

「ああ、大好きだよ」

「えへへ……ライカもパパのこと大好き。だから大きくなったらパパと結婚する~♪」

「なっ……!?」

 

 ラ、ライカは何を言ってるのかな。さっきアオバと結婚するって言ってたよね。そそそりゃ小さい子供はパパのことが好きだろうし、その場のノリみたいので今みたいな発言するだろうんけど。だけどショウはすでにボクと結婚してるんだぞ!

 

「ダ、ダメ! ショウはもうボクと結婚してるんだからライカとは出来ないの!」

「何で?」

「何でってそういう決まりなの。重複婚を認めてる世界もあるだろうけど、ボク達のところじゃダメなんだから」

「ライカ、難しいこと言われても分かんない」

「こういう時だけ子供ぶるなんて卑怯だぞ!」

「子供ぶってないもん。ライカは子供だもん!」

 

 一般的な子供はこういうときにそういう返しはしないから。

 もう……ショウ側の血筋は頭良い人が多いし、ボクも数学に関しては人よりも出来るからなのかライカもアオバも頭良い方なんだよね。

 悪い事じゃないんだけど、凄まじい勢いで言葉を覚えたりしてるからママとして日に日に不安になっちゃうよ。中学生に上がる前にボクよりもマセてる子になっちゃったらどうしよう……ママとしての威厳が保てなくなるというか、相談とかに乗ってあげられなくなるかも。って、今はそんなことはどうでも良かった!

 

「だったら結婚するとか言わない。結婚できるのは大人になってからなんだから。そもそも、ショウはボクと結婚してるんだからライカとは出来ないの!」

「うぅ……」

「落ち着けレヴィ、子供相手にムキになるなよ。ライカが泣きそうになってるだろ」

「あ……でも」

 

 ショウの奥さんはボクだもん。そりゃライカ相手に嫉妬するのはダメな気もするけど、好きとかならともかく結婚するのは奥さんとして見過ごすわけにはいかないよ。ショウが本気になるわけないとは思うし、ライカは大切な娘だけど……1番好きな相手はボクであってほしいもん。

 

「でも、じゃない。お前はライカのママなんだし、自分が大人だって言うなら我慢も覚えろ。大体今日はライカ達のためにここに来たんだろ?」

「それは……うん、分かった。ボクが悪かったよ……ライカ、ごめんね」

「ライカ、ママが謝ってるんだから許してやれ。お前も少しわがままが過ぎたからな」

「わかった……パパがそう言うなら。ママ、ごめんなさい」

 

 ショウに言われたから仕方なくみたいな感じがするけど、そこを突っ込んでたらまたケンカしそうなのでやめておくことにした。ただボクらの雰囲気が元に戻ってないとショウは察したのか、抱きかかえていたライカをボクに渡してきた。

 ケンカしたばかりでライカは体を震わせる。それを見たボクは大人げなかった反省し、優しくライカを抱きかかえると頭を撫でながら口を開いた。

 

「ごめんねライカ、ライカは何か壊したりしたわけじゃないのに怒り過ぎちゃったね。ボクが悪かったよ、本当にごめんね」

「ママ……ううん、ライカも悪い子だった。ごめんなさい」

「やれやれ……まだ遊んでないのに疲れた気がする」

「子供が何言ってるんだ。疲れて寝るくらいちゃんと遊べ」

 

 ショウはそう言ってアオバの頭を撫でる。それに対してアオバはブツブツと何か言ってるみたいだけど、抵抗しないあたり嫌がってるわけじゃないようだ。顔が少し赤くなってるところを見ると嬉しいけど恥ずかしくもあるのだろう。

 入場券を買ったボク達は仲良く遊園地の中へと入る。ボクやショウが子供の頃から続いている遊園地なだけに何度か改装されたようで前はなかったアトラクションもあるようだ。

 

「ライカ、アトラクションがいっぱいだね。どれから乗ろっか!」

「えーとね、全部!」

「父さん、ライカはともかく母さんは落ち着かせるべきなんじゃないの? あのままだと本当に全部乗ろうとするよ」

「お前の母さんはライカよりはるかに元気だからな。疲れて眠ったりしないさ。仲直りしたばかりなんだから好きにさせておけ」

 

 ショウとアオバが何か話してるみたいだけど何を話してるんだろう? あれかな、アオバもああ見えて遊園地を楽しみたいとか。うん、そうだよね。子供は遊ぶことは仕事だし、いつもお兄ちゃんとしてしっかりしてるアオバだって遊ばないと。

 

「あ……ママ、ライカこれに乗りたい!」

「おっ、コーヒーカップ。さすがはライカ、ボクの娘だけあって良いもの選ぶね!」

「……父さん、嫌な未来しか見えないんだけど」

「いいかアオバ、時として嫌な未来だろうと立ち向かう必要があるんだ」

「ふたりとも何やってるの、置いて行くよ」

 

 何だかアオバの様子がおかしいけど……ボクの記憶が正しければ別に体調は悪そうにしてなかったよね。まだ遊んでもないし、移動で疲れちゃったのかな。

 

「アオバ、どうかした?」

「いや別に……何でもないよ。慣れないところだから落ち着かないだけ」

「本当?」

「うん……大丈夫だから。父さん……達も居るし」

「そっか。でも何かあったらすぐに言うんだよ」

 

 アオバが頷くのを見たボクはライカを連れて目的のアトラクションに向かって歩いていく。

 休日だけあって多くの家族連れやカップルが訪れているけど、手を繋いでいればライカ達が迷子になることはないはず。ライカにはボクが付いているし、アオバにはショウが付いてるから大丈夫だよね。

 と思った直後、ボクの空いていた手を誰かが握ってきた。誰だろうと思ったけど、ボクの手を包み込めてまた握ってくる相手なんてひとりしかいない。というか、今までに何度も手を繋いできたんだから分からないはずがない。

 振り向いてみると、そこには予想していたとおりショウの姿があった。彼の向こう側にはアオバの姿も確認できる。手を繋ぐのが恥ずかしいのか少し顔が赤いけど、まあそこは気にしないで大丈夫だろう。

 

「ショウ、どしたの?」

「迷子になられたら面倒なんでな」

「む……ボクだってもう大人なんだから迷子なんてならないよ。いつまでも子供扱いしないでよね」

「これまでに何度迷子になったと思ってるんだ? ……ま、そうだな。いつまでも甘やかすのもダメだろうし、ここはレヴィを信じるか…………レヴィ、手を放さないのか?」

「子供扱いされるのと手を繋ぐことは話が別なの」

 

 ただでさえアオバ達が生まれてからは前よりもスキンシップが減ってるのに……ショウはボクとスキンシップ取りたくないのかな。ボクはいつでも手を繋いだり抱き締め合ったりしたいのに。あ、もちろんショウの膝に寝転んで頭を撫でてもらうのもありだよね。ショウは撫でるの上手いからね!

 

「よし、着いたよ!」

 

 目的のアトラクションであるコーヒーカップにはそれほど人は並んでいない。これならすぐに順番が回ってくるだろう。ちなみにこれまでに何度もコーヒーカップって言ってるけど、それが正式名称なのかはボクは知らない。

 そんなことを考えている間にボク達の順番が回ってきた。家族全員で乗ろうと思ったけど、恥ずかしいからなのかアオバはライカと一緒に乗るのは気が引けるらしく、またライカはショウと一緒が良いと言う。後ろに並んでいる人も居たのでライカはショウに任せてボクはアオバと別のカップに乗ることにした。カップが動き出したのを見計らってアオバに話しかける。

 

「アオバ、今日は何だかライカのこと避けてる感じだけど具合でも悪いの?」

「別に悪くはないよ……ただいつもよりライカはテンション高くなってるから一緒に遊ぶと疲れそうってだけ」

「うーん……ボクとしては仲良く遊んでほしいところだけど、それでアオバが楽しめなくなるのも嫌だね。けどライカとしては多分アオバと一緒に遊びたいと思ってるだろうし、大丈夫そうな時は一緒に遊んでほしいな」

「言われなくてもそうするつもりだよ。構わないでいると駄々こねそうだし……泣かれでもしたら面倒臭いから」

 

 素っ気ない言い方だけどアオバをよく知るボクからすると優しいお兄ちゃんだと思う。正直ボクでもたまにライカの相手をすると疲れることがあるのに、アオバはなんだかんだ言うけどライカの面倒を見ないことはないから。

 凄く私的なことまで言っちゃうと、アオバの言動はショウによく似てる。だからショウのことが大好きなボクからするとすっごくキュンと来ちゃうんだよね。正直に言えば、今も抱き締めてなでなでしたい!

 

「アオバ!」

「っ……そんなに大声出さなくても聞こえるんだけど」

「そこについてはごめんなさい」

「別に謝らなくてもいいけど……それでどうしたの?」

「ママはアオバをなでなでしたい!」

「なでなで……まあ良いけど」

 

 恥ずかしそうにしながらもオッケーを出してくれるアオバ超可愛い!

 その感情のままに距離を詰めるとボクはアオバを抱き締めて頭を撫で始める。顔立ちや性格だけじゃなく髪質までショウに似てるから愛おしい。

 ――いやはや……1日こうしてても飽きる気がしないよ。

 ちなみにこれは余談になるけどショウに凄く似てるアオバだけど、瞳の色はボクと同じで赤色なんだよ。ライカは見た目はボク似だけど瞳の色はショウと同じ綺麗な黒色。ボク達の特徴がどっちにもあるから本当自分達の子供って感じがするよ。

 

「あぁーこうしてると落ち着く~」

「僕としては落ち着かないんだけどね……というか母さん、アレ大丈夫なの?」

「アレ?」

 

 アオバの視線を追ってみると……凄まじい勢いで回転しているカップが目に入った。そこには太陽のような笑顔で回転速度を上げようとしているライカと、徐々に弱りつつあるショウの姿がある。まるで昔のボク達を見ているようで懐かしい気持ちが込み上げてくる。

 

「……って、懐かしんでる場合じゃない!?」

「ここで母さんが慌てても意味ないからね。アレを見て何を懐かしんでいるのかは知らないけど、アトラクションが終わるまでは懐かしんでていいから」

「アオバ、アオバのその冷静なところは良いところだよ。でもさ、アレを見るように言ったのはアオバだよね? パパのことを心配してボクに見るように言ったんだよね?」

「それはそうだけど、ここで母さんに動かれる方が周囲に迷惑掛けそうだし。父さんはああ見えて鍛えてるんでしょ? というか、父さんも覚悟してライカと乗ったんだろうから今は見守るしかないよ。母さんの仕事はこれが終わってから」

 

 日に日にショウに似てきてママはすっごく嬉しいぞ。その一方で……年不相応に冷静過ぎて周りからドライな子って思われないか心配になるけど。下手したら子供の頃のショウよりやばい気がする。ボクの遺伝子が混じってるせいか、こういう時は割と素直に何でも言っちゃうから。

 なんて思っているとアトラクションは終了の時間を迎える。まったく回転速度を上げていなかったボク達は何事もないけど、最高速度に到達していたであろうあちら側は予想どおりショウが気分を悪くしていた。テンションが上がっていたライカもショウの具合が悪そうを見て不安そうな顔を浮かべる。

 

「パパ、大丈夫?」

「これが大丈夫に見えたらライカの目は腐ってるよ」

「な……ライカの目は腐ってないもん!」

「はいはい、分かったからここは母さんに任せるよ。母さん、僕らは父さんに水でも買ってくるからお金ちょうだい」

 

 常識的に考えるとふたりに見てもらってボクが買いに行く方が良い気はする。かといって……ショウに何かあった時、ふたりがボクよりも対応できるかというと怪しい。

 うーん……でもアオバと比べるとボクの方が対応できないんじゃないかって思うボクもいるぞ。ここはアオバに任せてボクが買いに行くべきなんじゃ。けどライカが慌てちゃったら……ここはアオバを信じよう。しっかりしてるのは知ってるし、可愛い子には旅をさせろって何かで言ってたしね!

 

「別に大丈夫だから。少し休めば良くなる……」

「どうせ休むならちゃんと休むべきでしょ。今日はまだ終わらないんだから早く良くなってもらわないと僕らも困るんだから。それにすぐそこの自販機で飲み物買ってくるだけなんだから僕らだって出来るよ。ね、母さん?」

「うーん……よし、任せた!」

「おいレヴィ……」

「大丈夫、大丈夫。一応目の届く距離に自販機はあるし、ふたりはボク達の子供でしょ? 親としてここは信じてあげるべきだよ!」

「……まあそうだな」

 

 うんうん、ショウも納得してくれたみたいだ。何かボクに任せた方が面倒臭い展開になりそうだなぁ……みたいな顔を一瞬してた気がするけど、きっと気のせいだろう。

 アオバはボクからお金を受け取るとライカを連れて歩いて行く。ショウが大好きなライカは残ろうとしたけど、アオバに不安そうにしているライカが居ると父さんは逆に心配すると言われて渋々一緒についていくことを決めた。

 別にライカが居てもショウは気にしないと思うけど……いや、気にしちゃうかな。ショウは自分よりも他人の辛そうな顔を見たりするのが嫌に思うタイプだし。それに……多分アオバはボクに気を遣ってくれたのかな。あまりショウとふたりだけの時間って最近なかったし。

 ボクはいつまでもふたりの背中を見守ろうとしているショウの手を引いて、近くにあったベンチに腰を下ろす。

 

「……アオバにはもう少し子供らしくしてほしいんだがな」

「それは否定しないけどショウの子供だからね。……ほら、横になって。ちゃんと休んでないと戻ってきた時に何か言われるよ」

 

 ボクが自分の膝をポンポンと叩くと、やれやれと言いたげに大きく息を吐いたショウはゆっくりと頭を下ろしてきた。普段は逆の立場になることが多いし、恥ずかしがって乗り気じゃなかったりするけど、今みたいに体調が悪い時とかは素直に甘えてくれるから個人的に嬉しかったりする。

 

「……俺が子供らしくなかったのは認めなくもないがあいつの方が上だと思うぞ。下手に溜め込んで友達とケンカとかしなければいいが」

「うーん……ショウよりも素直だと思うし、割と何でも言うから大丈夫な気もするけど。ボクは感情を爆発させちゃうライカの方が心配かな?」

「ライカは周囲から好かれるタイプだろうし、意味もなく怒ったりする奴じゃないから大丈夫だろう。まあスポーツとかで熱くなって怪我をさせるとかはありそうだが」

 

 ちょっと不安そうな顔を浮かべるショウをボクは優しく撫で始める。

 人を撫でるよりも人から撫でられることが多かったボクだけど……ショウと付き合って、結婚してアオバ達を産んでからは撫でることも多くなった。だから今では力加減だって熟知してる。

 

「……そういえば、昔もこんな風にショウの頭を撫でたことあったよね」

「ん? ……あぁ、中学生の時か。そういえばそんなこともあったな。あの頃はお前とこういう関係になるとは思いもしなかったけど……」

 

 そういう言い方をされるとムッとするボクが居るけど、まあ確かにあの頃のボクは好きの違いなんて分かったなかったし、異性との距離感も同性と変わらなかったからな。

 ショウだけじゃなくシュテるんや王さま、なにょはやへいととかにも何度も注意された覚えがあるし。あの頃はよく分からなかったけど、今ではちゃんと理解してる。それにみんなには感謝してるんだ。

 ボクがショウへの好意が特別だって気づけたのはみんなが色々と世話を焼いてくれたからだしね。みんなが好きにも色んな好きがあるんだって教えてくれなかったら……きっとボクは今こうしてショウと一緒に居ないと思う。

 ただそれでも……今だから言えることだけど、ボクは昔からショウのことが好きだった。一緒に居たシュテるん達よりも構ってほしい、一緒に居てほしいって思ってたんだから。子供の頃からボクはショウに恋をしてたんだと思う。それを恋と気づいてなかっただけで……。

 

「ボクとこういう関係になったこと後悔してる?」

「してたら家族全員で遊園地になんか来ないだろ?」

「質問を質問で返すのは良くないよ。じゃあ……ボクのこと好き?」

「嫌いじゃない」

 

 むぅ……ショウの性格は知ってるけど、何でこういう言い方をここでしちゃうかな。結婚だってしてるんだからもっと素直に愛情表現しても良いと思うんだけど。

 

「たまには素直な言い回しもしてよ。ライカには好きだって言うくせに」

「拗ねるなよ。というか、娘相手に嫉妬するな……ライカに言うのと違ってお前に言うのは恥ずかしいんだよ」

「そ、そういう風に言うのはずるいぞ。……それでも言ってほしい時はあるんだから」

 

 あぁもう、恥ずかしいなぁ。全身がムズムズするというかソワソワして落ち着かない。ショウを膝枕してるから耐えるしかないんだけど。さすがに大好きな人を突き飛ばしてまで動きたいとは思わないし。恥ずかしいけど幸せだし……。

 なんて思っていると、そっと頬に手を添えられる。

 意識を向けた時には、ボクの唇にはショウの唇が重ねられていた。突然の展開にボクの思考は止まり、その間にショウはまたボクの膝の上に頭を下ろした。

 

「……これで勘弁してくれ」

「……ダメ。……今のは不意打ちだったから……あとでもう1回しないと認めてあげない」

「はいはい」

 

 投げやりの返事だなぁ……まあショウらしい返事と言えばそうなんだけど。

 こんなことを思うようになったのは……こういうことを考える自分が居ることに気づいたのっていつだったっけ? うーん……まあいっか。大切なのはそこじゃないし。

 大好きなショウに愛する子供のアオバとライカ。もしかしたらもっと家族が増えるかもしれないけど、それでもボクは幸せな毎日を過ごすんだろう。だってみんなと居るだけで幸せだし、困った時は友達が力を貸してくれるんだから。

 

「……ねぇショウ、今も楽しいけどもうひとりくらい子供が居たらもっと楽しくなりそうだよね」

「否定はしないが、子育ては楽しいだけじゃないぞ?」

「何言ってるのさ。そこを含めて楽しいんだよ」

 

 

 



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08 「ディアーチェ・K・クローディア」

 ここ最近思うことがある。

 それは充実した日々を過ごしておると時間の経過が早いということだ。

 ついこの間アリサ達と共に大学に入ったかと思えば、今はもう卒業して魔法世界へと帰ってきておる。魔法世界で生まれ育ったというのに懐かしさを覚えるあたり、我は地球に慣れ親しんだのであろうな。

 いや……それも当然といえば当然。思い返してみれば、中学生の頃からホームステイをしておったのだ。中学、高校、大学……とこれまでの人生の半分近くは地球で過ごしたことになる。

 

「……今にして思えば、ずいぶんと長くあの家を使わせてもらったのだな」

 

 最初こそあやつの家という感覚であったが、高校に入ってからはほぼ自分の家のように思っておった気がする。まあショウやレーネ殿が魔法世界の方へ拠点を移してしまった故に使っていたのが我ひとりだったからであろうが。

 

「……いつまでも懐かしがっておれんな」

 

 我はもう大学生ではない。するべき仕事があるのだから手を動かさなければ。

 そう思った我は開店の準備を進める。分からぬ者も居るだろうから説明しておくが、我が働いておる店は喫茶店。名前は《翠屋ミッドチルダ店》。地球の海鳴市にある翠屋の2号店だ。我はここの責任者でもある。

 なぜ我が2号店を任せられたかというと、簡単に言ってしまえば地球で過ごした日々の結果と言えるであろう。

 我は翠屋でバイトをしておった。手伝い自体はなのは達とも知り合いだった故に中学時代からしておったが、バイトとして働くようになったのはあやつらが魔法世界へと移ってからになる。

 バイトを始めた理由としては、生活自体は親や夜月家の援助もあって金銭的に困ることはなかったのだが、さすがに友と遊んだりする分の金をそこから出すのは我の精神的に許容出来なかったからになる。

 バイトとして働いている間に桃子殿からお菓子作りを教わり、いつしか自分も店を持つことが出来たらと思うようになった。それが大学卒業を機に運良く叶うことになり、今に至るわけだ。

 店の名前が翠屋になったのは桃子殿に話したところ我は自慢の弟子であり、また魔法世界には愛すべき娘達が居る。忙しくてなかなか帰って来れない彼女達のためにも集まる場所、故郷を懐かしめる場所に我の店がなってくれたらという話になったので我から翠屋という名前を使わせてほしいと願い出たのだ。桃子殿はそれを快く承諾してくれたため、晴れてここが翠屋2号店になったのである。

 

「あちらと比べると小さいのだがな」

 

 まあここは海鳴市ではなくミッドチルダ。開店したのがごく最近で周囲への認知はほぼないに等しい。この先の未来が成功すると確定されていないのだから最初から大きな店を構えるのは悪手だろう。今後この店がどうなっていくかは我とここで働く者の手に掛かっておるのだから。

 

「……ん?」

 

 開店準備を進めていると不意に来客を知らせるベルが鳴り響いた。

 店前の掃除などをしていたのでドアは開けたままにしておいたがきちんと準備中という札は書けておいたはずだ。シュテルやレヴィを始めるとする友が来るという連絡は受けてはいない。注意不足かおちょっこちょいな人物が札を見らずに入ってしまったのだろうか……。

 

「あ……おはよう王さま」

 

 営業時間外に入ってきたにも関わらずにこやかに挨拶をしてきたのは同年代の女性。髪色は茶色であり、長さは肩甲骨あたりまである。他に特徴を上げるとするならば髪留めがあることくらいだろう。

 我のことを愛称で呼び、なおかつ悪びれた様子を見せない茶髪の女……ここまで言えば分かる者には分かるのであろうな。はぁ……何故朝っぱらからこやつの相手をしなくてはならぬのだ。

 

「小鴉……いったい何の用だ?」

「ちょっ王さま、その面倒臭さを全く隠してない顔はどうかと思うんやけど。今日はまだ何もしとらんやん!?」

「開店もしておらぬのに入ってきておる時点で何もしとらんことはないであろう。それにこれから何かするに決まっておる」

「あんな王さま、そういう決めつけはあかんと思うで。私達ももうええ年や。いつまでも昔のままじゃないんやで」

「確かに子供の頃とは環境も生活も変わっておるのは認めるが……貴様の胡散臭い物言いはあの頃と何も変わっておらんぞ」

 

 なのはやフェイトと比べても出世しておるこやつだが、何故こうも仕事から離れると甘えたがりの構ってちゃんになるのであろうか。

 まあ……こういう一面まで見せておるのは親しき者だけなのであろうが。しかし、親しき中にも礼儀ありという言葉があるのだから少しは成長してほしいものよ。

 

「ところで……先ほども聞いたが貴様は何をしに来たのだ?」

「うーん……一言で言えば出社前の暇潰しやな。今日はちょっと早く起き過ぎてもうて」

「だったら早めに出社して仕事でもすれば良いであろう」

「残念やけど昨日一段落してもうたんや。それに最近は管理局も労働時間にうるさいんやで」

 

 貴様は注意されておる人物のひとりであろうが。

 こう言いたくもあったが管理局は今も昔と変わらずに人材不足。これに加えて、数年前にジェイル・スカリエッティ一味が中心となって引き起こした事件がきっかけで大きく体制が変わった。

 小鴉を始め我の友人の多くはエリートに分類される人材なだけに仕事量は我が予想するよりも多かったのだろう。人よりも働いておったこやつらが休めと言われるようになったのは喜ぶべきことだ。

 

「開店準備が残っておるが……まあ良い、適当に座って待っておれ。準備をしながらで良いのなら話し相手くらいなってやろう。……飲み物はコーヒーで良いか?」

「さすが王さま、愛しとる!」

「貴様に言われても嬉しくないわ」

 

 本当に嬉しくないのかと問われると答えはノーなのだが……こう言うと素直ではないなどと言うものがいそうだが冷静に考えてみよ。友から好きだと言われて嫌に思うものはいないであろう。それで嫌だと思うならば、そやつは貴様にとって真の友ではないということだ。

 

「いやはや、今日も良い味出しとるなぁ」

「何をしみじみと言っておるのだ。というか、今日もと言えるほど貴様はここに来ておらぬだろう」

「それは仕方ないやろ、私だって社会人なんやから。……お客さんの方はどうなん?」

 

 開店してから間もないが故に客足は多くない。来てくれているのも小鴉のように繋がりがある者がほとんどだ。我としてはコーヒーや紅茶、お菓子類も含めてそのへんの店には負けておらぬと自負しておる。が、結局は情報が広がっていかなければ新規の客は望めない。

 とはいえ、我の知り合いには顔の広い者も多い。開店して日も浅いにも関わらず多少なりとも黒字が出ておるのだから上々と言えるであろう。

 

「まあぼちぼちといったところよ」

「ならすぐに店仕舞いとかにはならなそうやな。……ところで王さま、さっきから私の顔ばかり見とる気がするんやけど何か付いとる?」

「ん、いや別に何も付いてはおらぬが……大分髪が伸びたなと思っただけよ」

 

 我がそう言うと小鴉は自分の髪に触れて軽く弄ると少し恥ずかしそうに笑みを浮かべる。

 

「自分ではええかなぁって思っとるんやけど……おかしい?」

「誰もそうは言っておらぬ」

 

 大体こやつに似合わぬのなら我も似合わぬことになる。血筋故か体格こそ今では我の方が大きいが、それでも顔立ちなど似ておる点は多い。一緒に居れば姉妹と勘違いする者も居るだろう。

 どういう心境で髪を伸ばし始めたのかは知らんが……昔はともかく今ではこやつに間違われることはあまりない。我と似たような髪型にするな、と言うのは良くないであろう。

 

「そもそも貴様ももう子供ではないのだ。付き合いや仕事柄パーティーに参加することもあるのだろう。自分の容姿を気に掛けるのは悪い事ではない。むしろ当然だ……何だその顔は?」

「いや……何か今日の王さまはえらい優しいなと思って」

「怒鳴り散らしておったのは貴様が人のことをからかうからだ。それに……我とてもう大人だ。すぐにムキになったりはせん」

 

 と言ってみたものの……こやつが本気でからかってきたら抑えられるかどうか分からぬ。

 最近はこやつやシュテルといった茶目っ気の多い人間と顔を合わせることが少なかったが故に穏やかな気持ちで居ることが多かった。そのため今も前よりも落ち着けているのだろうが……からかわれた瞬間に反動で一気に爆発しかねんな。奥ではあやつが作業しておるし、どうにか平常心を保たなければ。

 

「そっか……何か少し寂しいなぁ」

「何故そうなるのだ。貴様は我の親か?」

「あはは、私が王さまの親のわけないやろ。だって私は王さまの妹なんやし」

「まあそれもそう……って、いつから貴様は我の妹になったのだ。貴様を妹だと認めた覚えはないぞ!」

 

 我とこやつでどちらが妹かと言われたらこやつだと答えはする。

 こやつが姉なんて思えるわけがないからな。姉として振舞うには私生活での自制心に欠けておるし……かといって口にもしたが我はこやつの姉になった覚えはないのだからな!

 

「大人になったんならそのへんも許容してくれてもええと思うんやけど?」

「それとこれとは話が別だ。というか、ニヤニヤしながら問いかけるあたり我のことをからかっておるだろ!」

「まあ多少はそうやけど……王さまも折れへんなぁ。いい加減認めてくれてもええやないの? 見た目から服の好み、好きな相手まで一緒なんやから」

「多少ではなく全力でからかって――」

 

 ちょっと待て……こやつ今さらりととんでもないことを言った気がするのは我の気のせいだろうか。

 

「――小鴉」

「うん?」

「今のは我の聞き間違いか? 貴様が最後にとんでもないことを言った気がするのだが……」

「そうやって確認するなんて王さまは野暮やなぁ。まあ気持ちも分かるからもう一度はっきりと言っとこか。王さま、私はショウくんのことが好きなんや」

 

 すすすすすすす好き? そ、それはそういう意味で言っておるのか?

 友として好きといった意味で言っておるのならば慌てる必要はない。しかし、どう見ても小鴉の目は異性として好きだと言っておる。

 

「なな何を言っておるのだ貴様! あ、あやつは我と……!」

「せやな。私の好きな人は現在進行形で王さまとラブラブ。私が入る隙間なんてないかもしれへん」

「だ、誰と誰がラブラブだ! べべ別にそんなにイチャついとらんわ!」

「このタイミングでそこにツッコむん?」

 

 小鴉が何やら呆れたような顔をしておるがそんなことはどうでも良い。そんなに我はショウとイチャついてはおらぬのだからな。一緒に出掛けたりすることはあれど、手を繋いだり腕を組んだりすることはほぼない。唇を重ねることだって滅多にせんからな。何故しないのかって? 馬鹿者、頻繁にできるわけないであろう。恥ずかしくて我が死んでしまうわ!

 

「貴様こそ何故そんな冷静にそこにツッコんでおるのだ。貴様は自分が何をしておるのか分かっておるのか!」

「分かってるから冷静なんやん。あんな王さま」

「待て、ちょっと待て!」

 

 何となく状況的にこやつが言おうとしておることは予測できる。だがどうしてこのタイミングでそれを言うのだ。奥の方で作業しておるとはいえショウもここにおるのだぞ。

 そもそも、我とショウが付き合い始めたのは昨日今日ではない。あやつがこやつと一緒に機動六課で働き、あの事件を無事に解決。その後もあやつは魔導師として仕事を続け……難事件に何度も当たってしまったが故に体がボロボロになってしまった。あと一度でも無茶をすれば魔導師どころか日常生活にさえ支障が出てしまうほどに。

 あやつが無茶をして入院する度に我は本気で怒鳴った。人を助けることは素晴らしい行いだ。しかし、それで貴様がいなくなるようになれば貴様を知る者は悲しむのだと。

 六課が担当したあの事件の後……ショウは入院した。命に関わるほどのものではなかったが、事前に事件のことを知らされていなかった我にとっては心臓が止まるほどの衝撃があったものだ。余計な心配はさせたくないというあやつや他の者の気持ちも理解は出来る。

 しかし……魔導師としての道を選ばなかった我が出来ることは待つことだけ。心配することだけなのだ。我の事を心配させたくないというが、何も知らずに後で結果を聞くのと知らされて心配して待つのとでは心境が違う。

 

 待つ者は何もしてやれぬ。ならば……せめて心配だけでもさせてほしい。それはいけないことなのか?

 

 この言葉はショウが入院する度に言っていた気がする。ただ……何度目かの入院で次はない、と医者から言われた時はさすがに口にすることは出来なかった。

 

『もう……魔導師はやめてくれ。……もしも……また何かあれば…………何かあったなら』

『ショウ……貴様が…………お前がいなくなるのだけは堪えられん。……もう……心配もしたくない』

『頼む……頼むから…………我の隣に居てくれ。……ずっと傍に居ってくれ』

 

 これまでの人生で最も感情が高まっていただけに自分が何を口にしたのかはっきりとは覚えておらん。しかし、このようなことを泣き崩れながら口にしたのは確かだ。今振り返ってみると……我にとって人生最大の汚点かもしれん。

 いやしかし、あれがあったからショウは魔導師をやめ我のものになってくれた。個人的には技術者としての仕事はやめなくとも良かったのだが……

 

『ん? まあ喫茶店は子供の頃の夢のひとつではあったし、技術者の方は手伝えって言われたらそのときはやるさ。というか、お前がずっと傍に居ろって言ったんだろ。俺は少しでもお前の傍に居られる選択をしただけだ。後悔なんかないさ』

 

 と言われてしまっては我ではもう何も言えぬではないか。簡潔にまとめれば何よりも我の事を優先してくれておるのだぞ。愛しておる者からそのようなことを言われたらときめきはすれど、邪険に扱うような真似は出来るはずがないではないか。

 そんなこんなあって我とショウは付き合うようになったわけだ。周囲の者からは祝福……からかってくる連中が多かったように思えるが、まああれはあれで祝福してくれたのであろう。母上やレーネ殿が最も面倒ではあったが……それは置いておくとしよう。

 今大切なのはそこではない。我とショウが付き合っておると知っているにも関わらず小鴉が想いを打ち明けてきたことだ。これまでの関係を破壊しかねないというのに何故このタイミングで……六課解散から我らが付き合うようになるまで時間があったのだから言うタイミングはあってであろうに。

 しかし、これだけは言える。小鴉は何かしらの覚悟を決めておる。ならば我は最後まで聞くしかあるまい。今後どうするかなぞそれから決めれば良いのだから。

 

「……よし、今の状況に納得しておらぬがあれこれ言うのは後回しだ。言いたいことがあるなら最後まで言うが良い」

「怒られるかなって思ったけど、こういう時の王さまは男前やな。私が女やったら惚れてまうかも」

「怒るだけならあとでも出来る。聞いてからでも遅くはなかろう……って、それを言うなら男ならであろう。すでに貴様は女だ。というか、貴様が惚れておるのは我の恋人であろう。ふざけてないで話を進めんか!」

 

 こやつ、真面目に話をするつもりがあるのか。大体誰が男前だ。そのへんの女子よりも我は女子力があるであろうに。それでも我が男前というのならそれは男共が女々しいだけよ。我が悪いわけではない。

 

「話を進めろと言われてもなぁ……本当に進めてええの?」

「くどい。進めて良いと言っておるのだからさっさと進めぬか」

「ならまあ進めるけど……さっきも言うたけど私はショウくんが好きや。王さまのことも好きやけど、ショウくんの隣には自分が居たい。やからチャンスがあれば奪うつもりでおるんやけど……」

「貴様、もう少しシリアスに話さぬか!」

 

 人の恋人を略奪すると言っておるのに何故そんなにも普段通りというか、世間話をするかのようなリラックスした顔で話すのだ。

 

「えー」

「えー、ではない! 貴様は自分が何を言っておるのか本当に分かっておるのだろうな。普通ならばこれまでの関係が壊れてもおかしくないのだぞ!」

「確かに普通ならそうなんやろうけど……王さまの対応が普通やないやん。私をここから叩き出すどころか、きちんと話聞いてくれるし。シリアスにならんのは私だけやのうて王さまも悪いと思うんやけど」

 

 ぐぬぬ……それはそうかもしれぬが。

 しかし、どこに真正面から普段通りの口調で友人に恋人を奪うと言う奴がおる。……目の前に居るのだが、こやつは常識的に考えておかしい。もしかすると我もおかしいのかもしれぬが、こやつよりはおかしくはないはず。

 

「あと王さま」

「今度は何だ?」

「コーヒーのおかわりもらってもええ?」

「……はぁ、貴様相手に真面目に対応しようとしていたのがバカらしくなってきた」

 

 こやつはどういうつもりでショウを奪うなどと口にしておるのだろう。これでは空気的にただの談話と変わらんではないか。

 まあこやつのペースに負けてコーヒーを注ぐ我も我なのだが……やはり我もどこかおかしいのだろうか。

 自分の恋人を奪うと言ってきた相手に普通に接客するのはよほどのうつけか、奪われない自信がある奴だけだろう。

 我の場合……どっちなのであろうな。

 変にくすぶられて我らとの関係に亀裂が入るくらいならば、我は正々堂々と奪いに来いと言うだろう。ショウは我が選んだ男であるから信じておるというのもある。だが我が選んだ男が違う女になびいてしまったならば、我がその者よりも魅力がなかったというだけの話……などと思ってしまう我も居る。

 

「小鴉、先に言っておくがこれ以上飲むようなら金をもらうからな」

「あのな王さま、私だってそこまでがめつくないで。というか、さすがに3杯目行けるほどの時間は残ってへんかな」

「だったらさっさと飲んで仕事に行かんか」

「えぇー、そこは時間ギリギリまでゆっくりしていけって言ってほしいんやけど」

 

 開店準備が全て終わっておるなら口にしても良いが、あいにく貴様が来たタイミングがタイミングなだけに微妙に残っておるのだ。相手をしてやってるだけでもありがたいと思わんか。

 

「それに……まだショウくんに会っとらんし」

「小鴉……分かっておるとは思うがまだ開店時間にはなっておらぬのだ。昔なじみ故に開店前に入れてやっておるのだから少しは遠慮したらどうだ? 大体あやつは我のもの、略奪すると口にした者に簡単に会わせるわけなかろう」

「でもここから呼んだら顔くらい出してくれるやろ?」

 

 それは…………出すであろうな。あやつの性格的に。無愛想なようで面倒見は良いし、面倒臭くてもなんだかんだで相手にしないなんてことはしない奴なのだから。

 ぐぬぬ、相変わらず不必要なことには頭が回る奴よ。昔から分かっておったことだが、年を重ねたことで一段と腹黒くなりよって。

 

「あやつはケーキの準備やらで忙しいのだ」

「どうしたん王さま? 急にカリカリし始めて。余裕があるように見えて本当は私にショウくん取られるって不安なん?」

「ええい、ニヤニヤするな! だれも貴様に取られるなどと思っておらぬわ。貴様のそのにやけ面と人をおちょくるセリフが気に入らぬだけだ!」

「じゃあ、そこを直せばショウくんをデートに誘ってもええってことやな? まあこれまでに何度かしとるんやけど」

「な、何……!?」

 

 どうして今の流れでそうなるのだ。人の揚げ足を取るような真似をするでない。

 と言いたいところではある。が、それ以上に重大なのは小鴉がショウとデートをしていたという部分だ。我の知る限りそんな話は聞いておらん。小鴉の作り話という可能性はあるが、逆に言えば本当にしていた可能性もある。

 

「さっきから騒がしいと思ったら……やっぱりお前だったのか」

 

 と、店の奥から長身の男が現れる。まあこのような言い方をしたもののこの店で働いているのはまだ我とショウのみ。故に消去法でショウということになる。我の立場からすれば実にタイミングの悪い登場だ。

 

「あ、ショウくん。久しぶりやな」

「久しぶりって言うほど期間は空いてないと思うんだが?」

「ちっ、ちっ、ちっ。甘いでショウくん、私からすれば3日くらい顔を合わせなければ久しぶりの範疇や」

「それってお前の価値観だろ。俺の認識がおかしいみたいに言うな」

 

 小鴉は笑っておるし、ショウはどこか呆れが混じっておるが嬉しさもある顔をしている。実に昔から見慣れたこやつらだ。

 しかし、昔とは違うことがひとつある。それは今やショウは我のもの……我だけのものだということだ。別に昔からの友人を無下に扱えなどと言うつもりはない。ないが我とてひとりの女だ。多少なりとも嫉妬してしまう。顔には出さぬように務めはするが……

 

「いやいや、前までは私のことちゃんと分かってくれてたやん。そんなんじゃ、はやて検定1級から降格してまうで」

「そんな試験を受けた覚えはない」

「私と話してる段階で自動的に受ける試験なんや」

「本人の意思を無視して勝手に採点するな腹黒タヌキ」

 

 そう言ってショウは小鴉にでこピンを放つ。そこそこ力が込められていたらしく、なかなかの音が鳴り小鴉は額を手で押さえた。そこから始まる昔ながらのじゃれ合うようなやりとりに苛立ちを覚える。

 

「もう、痛いやないか。女の子には優しくせなあかんやろ」

「あのなはやて、お前はもう女の子って呼べる年齢じゃない」

「事実やけどそういうのは言わない約束やろ。まあ女の子扱いされても困るんやけどな。女として扱ってもらわんと何か癪やし」

「前から分かってたことだけど、お前ってそういうところ面倒臭いよな」

「面倒臭いところがあるんはお互いさまや」

 

 …………。

 ………………小鴉、これも貴様の作戦か?

 貴様とショウが昔から親しいのは知っておるし、このようなやりとりは今までに何度も見てきた。嫉妬めいた気持ちを抱いたことも何度もある。とはいえ、貴様を含めショウと親しい女子は我の友人。故に胸の内に抱いた感情を爆発させることはなかった。

 だがしかし、我とショウの城とでも言うべきこの店で我を蚊帳の外にしてショウと話すのはどうなのだ。我とて人の子であり、何よりショウの恋人なのだぞ。自分と瓜二つの女が奪い取る発言をした挙句、目の前で堂々と恋人と楽しそうに話しておる光景を見せられておる我の気持ちを貴様は分かっておるのか。

 

「そういやコーヒーだけなのか。試食用に作ったやつがあるけど食べるか?」

「食べる、って言いたいとこやけど……そろそろ仕事に行かないけん時間や。また今度来る時にご馳走して」

「ああ、営業中なら金もらうけどな」

「ちょっ、そこはおまけしてな。じゃあ、そろそろ行くなぁ……あ、ショウくん。今度デートしよな」

「バカなこと言ってないで行くならさっさと行け」

 

 ショウの返しに小鴉は唇を尖らせたが、すぐに笑みを浮かべると手を振りながら出て行った。その際、我と目が合ったわけだがウインクをしながら念話で我に「さっさと身を固めんと本当に取ってまうよ」と言われる。

 さっさと? ……あやつ、もしや我の危機感を煽って先に進ませようとしておるのだろうか。ショウと付き合い始めてそれなりに経つだけに可能性がないわけではない。母上やレーネ殿からも結婚はいつだの、孫の顔はいつ見れるのかなどと会うに度に言われておるし。

 しかし、発破だけでなく本当に奪おうとしている可能性もある。そう考えると、あやつは我の友人の中で最も腹芸が得意なだけに楽観的に捉えておくのは危険に思える。

 

「ディアーチェ、難しい顔してるがどうした?」

「別に何でもない」

「何でもないのにお前が人を睨むわけないだろ?」

「……少し考えれば分かるのではないか?」

 

 我の目つきが鋭くなっていると理解しておるのならば、我がどうしてそのようになっておるのかも貴様ならば推測できるであろう。我は意味もなく人を睨むような真似はせんのだから。

 

「まあ……単純に考えればやきもちだろうな」

「それが分かっておるのならどうして貴様はあのような態度なのだ?」

「それについては長年の習慣というか……素っ気ない態度を取ったらそれはそれでお前は怒るだろ?」

 

 それは……否定はせぬが。

 我のこのような性格が面倒だと思わせておるかもしれぬが、このような性格なのだから仕方があるまい。我は勝負事は基本的に真正面から受けるタイプなのだから。まあ勝負内ではあれこれ策を巡らせたりするがな。相手を不戦敗に追い込むような手段を取らぬだけであって。

 

「別に……怒りはせぬ。ただ……小言を言うだけだ」

「それは多少なりとも怒ってるってことだろ」

「……うるさい」

 

 確かに我も悪い。が、貴様だって悪いのだぞ。我の恋人のくせに誰にでも優しくというか同じように接しよってからに。我から我を特別扱いせよとは言わぬが、さらりと特別扱いしてくれても良いであろうに。我は貴様の恋人なのだぞ。

 

「あのな……拗ねるなよ」

「拗ねてなどおらん」

「だったら何で顔を背ける? ……なあディアーチェ、俺が悪かった。頼むから許してくれ」

 

 正直なことを言ってしまえば、我とショウのどちらが悪いかと言われれば我だろう。

 何故なら我は、我のことを特別扱いしてほしいと心では思いながらも、他の者を無下に扱うことは望んでおらぬ。故にショウは友人達への態度をこれまでと変えはしない。にも関わらず、やきもちを妬いて拗ねてしまうのだから。

 今回の原因の大元は小鴉にあるのだろうが、我らの関係が進展せぬのは何よりも我が素直に自分の気持ちを口にしないからであろう。

 また今日もうやむやにしてしまえば、本当に今後小鴉にショウを取られてしまってもおかしくない。学業や喫茶店の店主としての力量などで負けるのは構わん。だがショウだけは……こやつだけは誰にも譲れん。こやつは我のだ。我だけのものなのだ。こやつの隣に我以外が立つなど許せるはずもない……

 

「……許してほしいなら…………にせぬか」

「えっと……肝心な部分が聞こえなかったんだが?」

「――っ。……えぇい、ならばはっきり言ってやる!」

 

 凄まじく恥ずかしくて爆発しそうだが、女は時として度胸。というか、ここで言わねば今後言える気がせぬ。それにこやつを誰かに取られるくらいならば死ぬほど恥ずかしい想いをするほうがマシだ!

 

「我を貴様の……お、お前だけのものにしたら許してやると言っておるのだ!」

 

 よ、よし、よく言ったぞ我! やればちゃんと出来るではないか……む? 何ならショウの顔が真っ赤になっておる。何故こやつまで顔を赤らめておるのだ……

 

「ディアーチェ……今のは…………その、お前からのプロポーズってことで受け取って良いのか?」

「な、何を言って……!?」

 

 我とショウは現在友人同士ではなく恋人。その状態で我をショウだけのものにせよ、という発言は我を嫁として受け取れという意味と同義であると言える。

 いやいやいや、待て待つのだ。確かにゆくゆくは結婚も考えて交際しておる。こやつに言ったことはないが、子供が何人ほしいとか将来こういう生活をしたいということに想いを馳せることも多々ある。し、しかしだ、今日明日に夫婦になる覚悟は出来ておらぬぞ。

 でも勘違いするでない。夫婦になるのが嫌というわけではないぞ。恋人としての期間はそれなりにあったし、段階的に次に進んで良い時期だからな。だが……やはり急にショウが恋人から夫になるというのはあれなわけで……えぇい、我はいったいどうしたら良いのだ!?

 

「そそそその、そのだな……い、今のは!?」

「あぁ分かった、分かったからとりあえず少し落ち着け。落ちたら割れるものも近くにあるんだから今の状態は危険だ」

「急に自分だけ冷静になるでない、このうつけ!」

 

 と言いはしたが、ショウの顔には赤みが残っている。冷静に振舞おうとしているだけで決して普段通りというわけではないのだろう。まあ我の方が格段に普段通りではないのだがな。ショウに対して背中を向けておるのが良い証拠よ。

 ……顔を見ろだと? 何を言っておるのだ、このたわけ。そんなことをしたらまともに話せなくなるではないか。今の我ならば恥ずかし過ぎてこの場から走り去るぞ!

 

「……まあ、なんだ。……俺の考えとしては、そろそろそういう段階に進んでも良いのかなとは思ってたよ。子供が居てもおかしくない年齢にはなってるし、正直結婚を考えられる相手はお前しかいないから」

「――っ」

「……その、今の言葉は嬉しかった。ただするとなれば親に報告しないといけないことだし、そっちにも挨拶に行かないといけない。だから籍を入れるのは少し待ってほしいというか……」

 

 我の親は昔からショウを婿として迎えるつもりでおったし、レーネ殿も我にショウの嫁になれと言うお人なのだから了承はあっさりと得ることが出来るであろう。だが物事には何事にも順番というものがある。結婚するにしてもショウの言ったことはせねばならん。我が嫁に行くのか、ショウが婿養子で来るのかといったことも決めねばならぬしな。

 

「ディアーチェ、聞いてるか?」

「……聞いておるに決まっておるだろ。……ショウよ」

「ん?」

「今の言葉……嘘ではないであろうな?」

「ああ」

「ならば……」

 

 あぁもう、これから口にする言葉を考えると今日の我はどうにかしておる。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。

 けれど……ここで素直にならねばいつなるというのだ。恥ずかしがって自分の気持ちを殺していては更なる幸せは望めん。ディアーチェよ、覚悟を決めるのだ!

 

「その……我を抱き締めろ」

「……正面からか?」

「うつけ……後ろからに決まっておる。……正面からでは恥ずかしいではないか」

 

 

 



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09 「ユーリ・エーベルヴァイン」

 人型フレーム。

 それはショウさんのお父様が作ったデバイスのフレームのひとつであり、人と同じような体を持つことでデバイスはより人間らしい思考を持つようになるのではないか、というコンセプトで作られたと聞いている。

 これまでのデータを元に結果を言ってしまえば、従来のアクセサリー型やカード型のデバイスよりも格段に早いスピードで人工知能は人間らしさを身に付けると言える。このように断言できるのは、私が最も人型デバイスに接してきた人間のひとりだからです。

 

「ユーリ、そろそろ休憩したらどうです?」

 

 と、声を掛けてきたのは金髪の凛々しい女性。名前はセイクリッドキャリバーですが、親しい人はセイと呼んでいます。名前で分かるかもしれませんけど、彼女はショウさんのデータを元に作られたユニゾンデバイスの試作型であり、人型フレームを採用した2番目の子です。

 前は少女と呼べる背丈と体型だったセイですが、今は大人の姿になっています。彼女の人間性と私達の技術が向上したこともあってそれに合った姿に変えたというわけです。……その、胸に関しては成長し過ぎな気もしないでもないですけど。

 ちなみに余談ですが今のセイはアウトフレーム状態なので人間の大人と変わらないサイズです。アウトフレーム状態は燃費が悪いのに使っていいのかと言われると、昔よりも燃費は良くなっていますし、何よりショウさんは現場に出ていません。加えてセイは仕事をする私達の代わりに家事をしてくれているので、むしろ使ってもらった方が良いと言えるでしょう。

 

「うん? どうかしましたか?」

「ううん、何でもないよ。セイも大きくなったなぁって思っただけで」

「今更何を言っているのですか。私が今の姿になったのは結構前のことですよ。というか、昔の姿と比べるなら私よりもユーリの方が大きくなっているではありませんか。会った頃なんて……」

「そ、それ以上は言わなくていいから!」

 

 自分のことは自分がよく分かってる。昔の私は今と比べると背も低かったし、胸だって小さかった。もちろん年齢的にそれが普通だとは理解していたけど、周りにスタイルの良い人が多かったから思うところはあった。

 昔から一緒だったシュテルやレヴィ、ディアーチェはもちろん……なのはさんやフェイトさん、はやてさん等々、私が出会った人達は皆さん綺麗で可愛い人ばかり。出会った頃は皆さんの妹みたいな感じで可愛がってもらって嬉しかったですけど、皆さんが中学生になる頃からどんどんスタイルも良くなって私との差は開くばかり。あの頃は自分も皆さんともっと年が近ければ、ととてももやもやしたものです。

 なのはさんも私と似たようなことで悩んでいた気もしますが、正直お友達の皆さんがあれなだけでなのはさんくらい胸があれば十分だと思います。はたから見れば十分にスタイル良いんですから。今でこそ背丈はあまり変わりませんし、胸に関しては私の方が大きくなってるかもしれませんが、あの頃の私からすれば贅沢な悩みだったと言えます。

 

「もう……何だか年々セイは意地悪になってる気がする」

「そこは人間らしくなっていると解釈してほしいところですね。まあ私の仕えるマスターがマスターなので似てきただけかもしれませんが」

「ショウさんにそういうところがあるのは私も知ってるけど、そういうところは似なくていいの」

 

 大体生まれたばかりの頃はまだしも、一緒に研究をするようになってからショウさんよりも私と一緒に居た時間の方が長いと思う。ショウさんは新作のデバイスのテストを行うことが多かったし、シュテルはファラと一緒に新システムの開発とかやってたわけだから。

 だからいつの間にかセイに対しては口調が大分砕けたというか、何でも話せる対等な関係になったわけだけど。今も丁寧に話すのはなのはさんとか年上の人くらいかな。

 

「あの子達まで真似したら大変なんだからね。セイはお姉さん……もしかするとお母さんかもしれないけど、とにかく年上なんだから見本にならないとダメだよ」

「それは私よりもリビングでだらけながらテレビを見ている姉に言ってもらいたいのですが。それと私とあの子達との関係に関しては姉妹でお願いします。私達の元になっているのはあの姉なので私が母親扱いされるのは違うと思いますので……あれが母親というのも嫌ですが」

 

 そんな露骨に顔をしかめながら言ったらファラが可哀想じゃないかな。確かにセイと比べたら仕事がない時はだらしないというか、スイッチを切った状態で過ごす子だけど。でもセイやリインを含めてみんなのことを可愛がってくれる良いお姉さんだよ。お母さんと呼べないってのは分からなくもないけど。

 

「ちょっといつまで待たせる気よ」

「こらオルタ、待つように言われたではありませんか」

「うるさいわね。戻ってこないあの女が悪いんでしょ」

 

 声がした方に意識を向けると、そこには金髪の少女がふたり立っていた。顔立ちは瓜二つと言っていいほど似ている。

 濃い金髪の少女は長い髪を綺麗にまとめていて礼儀正しい印象を受けるのに対し、もうひとりの淡めの金髪の少女は肩に掛からない程度に整えているが機嫌が悪そうな表情を浮かべているせいか真逆の印象を受ける。

 彼女たちの名前はジャンヌとオルタ。私とショウさんで作った双子の人型インテリジェントデバイスです。容姿はファラやセイの流れを汲んでいるところもありますが、地球のお話に出てくるとある聖女様を参考にしたりもしています。名前を単純化しているのは制作コンセプトが戦闘よりも日常――人間らしさをメインにしているためです。

 言っておきますが、別に面倒くさかったとかじゃないですからね。大体私を含めて私の周りのスタッフはデバイスを人と同じように扱うので正式名称よりも略称や愛称で呼びます。なら最初からそのような名前にしておいたほうが効率が良いのです。

 

「オルタ、セイさんに向かってあの女とは何です。ちゃんとさん付けするか、もしくはわたしのことを呼ぶみたいにお姉ちゃんにしなさい」

「別にどう呼ぼうとわたしの勝手でしょ。というか、勝手に人のこと捏造しないでくれる? わたしはあんたのことをお姉ちゃんなんて呼んでる覚えないんだけど」

「確かに普段は呼んではくれていません。ですがわたし達が起動して間もない頃、もしくは寝ている時に割と言ってました」

「は!? な、何言ってんのよ。そそそんなはずないじゃない!」

 

 顔を真っ赤に染めながら怒鳴るオルタ。それを微笑みを浮かべているジャンヌの姿は、まるで昔のアリサさんとすずかさんを見ている気がしてほっこりする。

 とはいえ……この子達は仲が良いのか悪いのか判断に困るんだよね。確かに性格は初期設定から似ないようにしたけど、ここまで差が出るとは予想外だったし。まあそれはそれで良いデータだし、オルタも口は悪いけど法に触れるような悪さはしないから良いんだけど。

 

「こら、喧嘩はやめなさい! 何故あなた方はいつも何かあれば言い争うのですか。別に喧嘩をするなとは言いませんが、時と場所を考えなさい。ユーリがミスをしたらどうするのですか!」

「セイ、別に何も起きてないわけだしジャンヌ達はまだ子供なんだからそれくらいにね。私がすぐに動こうとしなかったのも悪いみたいだから」

「ユーリがそう言うのであれば構いませんが……前々から思ってはいるのですが、ユーリは少しこの子達に甘い気がします」

 

 あはは……それは否定できないかな。生みの親ってことで私にとってこの子達は子供みたいなものだし。それにセイが代わりに怒ってくれるから甘やかしてもいいかなって……なんて言ったらセイに怒られるだろうから口にはしないけど。

 みんなで仲良くリビングへ向かうと、そこにはこたつに入ってだらけきっているファラの姿があった。今では見慣れた光景ではあるけど、最初見たときはキャラが壊れてないと思ったりもした。

 

「みんな~おそかったね~」

「はぁ……ファラ、もういい加減に言うのが面倒臭くなってきましたが少しはそのだらけきった顔を引き締めたらどうです? ジャンヌやオルタだって居るんですよ」

「うーん……いまさらなきがするからやめとく~」

 

 だらけきった……というより緩きった顔のファラを見てセイは大きなため息をこぼす。

 言っても無駄だとは思っているんだろうけど、口にしないのもストレスに感じてしまう性分なんだろうなぁ。まあ仲が悪いわけじゃないし、これがふたりなりのスキンシップなんだろうから何も言うつもりはないんだけど。

 

「まったく……こんなのがわたしの原型になった人物なんて何だか癪に障るわ」

「オルタ、確かに私達の知るファラさんは大体こういう方ですがそういうことを言ってはいけません」

「ジャンヌ……あなたの言っていることは正しいですが、優しさは時として人を傷つけるものです」

「え? あ、すみません! ほら、オルタも謝って!」

「は? 何でわたしまで謝るのよ」

「いいから謝りなさい」

「いいよいいよ。そんなことでおこるとしでもないし、こどもはすなおがいちばんだから。それに……」

 

 ファラはオルタに向かって手招きをする。

 稼働時間を比較しても年の離れた姉妹くらいと思うけど、今のファラはのんびりとした雰囲気を多大に醸し出してるせいなのかお婆ちゃんに見えなくもない。これは口にしても今のファラなら許してくれそうな気がする。

 

「何よ? ……ちょっ、何するのよ!?」

 

 何が起きたのか簡潔に説明すると、ファラがオルタを包み込む形で自分の前に座らせました。つまりオルタはこたつとファラに挟まれている、ということです。

 最初こそ抵抗していたオルタだったけど、次第にこたつの温もりに負けたのかおとなしくなる。

 

「いや~だれかをだきしめてるとよりおちつくね~」

「ふん……誰でも良いのならわたしじゃなくてあっちにしなさいよ」

「あはは、やっぱりおるたはかわいいね~」

「――っ、急に何言ってるのよ!? わわわたしがか、かわいいだとか殺すわよ!」

「ころす、とかいうわりにここからにげようとしないのがおるたのかわいいところだよね~」

 

 確かに言葉と行動が伴わないのはオルタの魅力のひとつだよね。ツンデレと言ってしまえばいいのかな。でもアリサさんとは違って抵抗とかはしないんだよね。まあベクトル的には同じだろうから同じ分類で良いとは思うけど。

 そんなことを思っていると、キッチンからお茶セットとケーキを持ったひとりの男性が現れる。私が昔から好きだった人で今では一緒に暮らしている大好きな人。名前は言わなくても分かりますよね。

 

「マスター、運ぶときは呼んでくださいと言ったではありませんか。手伝います」

「わたしも手伝います」

「別に大した量じゃないし、今日は休みなんだから気にしないでいいんだけどな」

「休みだからこそ気にしてるんです」

「そうです、お休みはちゃんと休まないとお休みになりません」

 

 ショウさんから一式を受け取ったセイとジャンヌはテキパキとこたつの上にお茶とケーキを並べる。実に礼儀正しくて働き者な姉妹だ。

 このふたりならお嫁に出しても何も問題ない気がする。まあジャンヌはともかく、セイはショウさんに忠誠を誓ってるというか愛を捧げてるから他の人のところに行ったりしないだろうけど。

 配膳を終えるのを見計らって私もこたつに入る。私の向かい側にはセイが腰を下ろし、ファラとオルタの向かい側にはショウさんが座った。ジャンヌがどこに入ろうか迷っていると、ショウさんがそっと抱き寄せて自分の膝の上に乗せる。ふたりをはたから見た人はマスターとデバイスではなく、父親と娘に思うに違いない。

 

「す、すみません。ありがとうございます」

「気にするな。お前は俺の娘みたいなもんなんだから。もっと甘えてくれていいんだぞ」

「それは、その……善処します」

「ふん、わたしには強気なくせにマスターにはデレデレしちゃって」

「まあまあ、おるたもますたーにしてほしいのはわかるけどきょうはわたしでがまんして」

「べ、別にそういうわけじゃないわよ。勘違いしないでくれる!?」

 

 オルタは睨んでいるけれど、ファラは全く気にしてはいないどころか可愛いと言いながらオルタの頭を撫で始める。それに対してオルタがさらに文句を口にするけど、顔を真っ赤にして抵抗しないところがさらにファラのツボにはまっているようだ。

 ショウさんと付き合う前……ただ片思いしてた頃に将来のことを考えたことがあったっけ。ショウさんと私が居て、私達の子供をファラやセイが可愛がってる……そんなことを。

 でも今の光景を見てるとそれはすでに叶ってしまっている気がする。私とショウさんの間にまだ子供は生まれてはないけど、ジャンヌとオルタは私とショウさんで作った。ならばデバイスであれ私達の子供と言っていい存在のはず。

 

「やれやれ……もう少し静かに出来ないのでしょうか」

「まあまあ、ご近所に迷惑を掛けるほどでもないんだし。それに家族って感じがして温かくて楽しいよ」

「それはまあ……否定しませんが。ただ私としてはマスターもユーリももう良い年齢なんですから研究ばかりせずに子供でも作ってもらいたいものです」

 

 こ、これでも頑張ってるもん。週に1回は必ずやってるし、レーネさん……じゃなかった。お義母さんからも早く孫の顔が見たいって言われるから。でも子供は天からの授かりものなんだよ。急かされて作るのは少し違うというか……もうちょっと恋人気分も楽しみたいというか。

 

「マスター、わたしたちはマスターを始めとしたマイスターの手によって生み出されます。それに対して人間の子供はどのようにして生まれるのですか?」

「そんなことも知らないの? 人間の赤ちゃんはコウノトリが運んでくるよ」

「オルタ、子供らしくて可愛い回答です。ですがそれは真実ではありません」

「え、嘘だって言うの!?」

「はい。厳密には……いえ、今はやめておきましょう。ふたりが年を重ねていけば次第に分かることです」

「まあ~わたしたちはわかったとしてもあかちゃんはうめないけどね~」

「ファラ、一言多いです」

「きょうにかぎってはせいのほうがおおいとおもう」

 

 セイは黙りなさい、と言いたげにファラに鋭い視線を送る。ショウさんと一緒に何度も戦場を駆けたせいか、はたまた体が大きくなったからなのか常人なら怯んでしまいそうだ。

 その証拠にファラの近くに居るオルタは強がってはいるもののファラを手をそっと握っている。そよ風のように流せてしまっているファラはある意味大物なのかもしれない。単純に今は脱力しきっているので気にしてないというか、気が付いてない可能性もあるけど。

 ケンカになってもオルタ達が怖がるだろうし、一言注意しておいたほうがいいのかな。でも割とファラとセイってこういう感じだったりするし、どうするのが正解なんだろう……。

 と、困った私はふたりの主であるショウさんへ意識を向ける。けど私の目に映ったのは、ふたりのことなんか気にせずにジャンヌにケーキを食べさせているショウさんだった。その姿はやっぱり親子にしか見えない。それ以上に恥ずかしそうに顔を赤らめているジャンヌが可愛すぎる。

 

「マスター、ジャンヌに構うのは良いですがユーリのこともちゃんと見てあげてください。自分にもしてほしそうな目で先ほどから見てますよ」

「え……あのねセイ、別に私はそういうつもりで見てたんじゃないよ。ジャンヌ可愛いなって思ってただけで」

「では、してもらいたくはないのですか?」

「それはしてもらいたいし、してあげたいに決まってるよ」

 

 だって私とショウさんはそういう仲なんだし。セイ達のことももちろん好きだけど、ショウさんはそれ以上に大好きだし。本音を言えば、ショウさんに膝枕してもらって頭を撫でたりしてほしいもん。

 

「ゆーりはきょうもじぶんのきもちにすとれーとだね」

「まったくね。少しは自重ってことを覚えないのかしら」

「オルタ、ユーリさんは自分の気持ちに素直なだけです。あなたも少しは見習ったどうですか」

「それはジャンヌにも言えることですがね。あなたはもう少し私達に頼ったり甘えるべきです。それが子供の特権なのですから」

 

 同じ顔の子はいないし、性格もそれぞれ違うけれどやっぱりこの子達は姉妹と呼べる関係……人間と変わらないと改めて思う。

 人間は老いてしまうし、ふとしたことで怪我をして元通りの生活を送れなくなることもある。危険な仕事も多い魔導師は私みたいな技術者と比べるとそれが顕著だ。けれどこの子達みたいな相棒と一緒だったなら戦場だけでなく私生活も支えてもらえるのかもしれない。

 もしかすると、ショウさんのお父様はそういう未来も見越して人型フレームを作ろうとしたのかな。

 そう考えると改めて私が携わった研究は意味のあるものだと思える。たとえこの解釈が違ったとしても、そういう解釈だってありなはず。だってデバイスは魔導師の道具じゃなくて相棒なんだから。私がこのように迷わず思えるのは、きっと隣に居るショウさんが居てくれたから。

 出会った頃からだけど、私はこの人の目に惹きつけられる。

 だってショウさんの瞳には悲しみを知りながらも、それから目を背けずに前へ進もうとする輝きがあるから。色んな経験をしたせいか、今の瞳は前よりも深い悲しみの色を帯びている。だけどそれ以上に私には強い光が宿って優しい色彩を放っているように見える。

 

「……ユーリ、別に近づくなとは言わないが急にどうした?」

「いえ、何でもありません。相変わらずショウさんの目は綺麗だなって思っただけです」

「そう思うのはユーリだけだと思うけどな。俺からすればユーリの目の方が綺麗に見えるし」

「目だけなんですか?」

「……綺麗になったよお前は」

 

 少し恥ずかしそうにしながらショウさんは私の頭を撫でてくれる。照れ隠しなのか昔よりも優しくない撫で方だけど、逆にそれが愛おしく感じてしまった。だって妹じゃなくて女の子として見てくれてる証だから。

 

「あ……もう終わりなんですか?」

「あぁ終わりだ。もうユーリは子供じゃないからな」

「むぅ、何でここでそんな意地悪するんですか。照れたからってひどいと思います。お互いに愛し合ってるんですからもっとしてくれてもいいじゃないですか」

 

 ショウさんの背中にしがみつくようにして駄々をこねる。そんな私をセイはどこか呆れた顔で見つめ、ファラは今日も平和だねと言わんばかりにのんびりとお茶を飲んでいる。

 

「あぁもう、じゃれあうなら他のところでしなさいよね。ゆっくりと食べられないじゃない!」

「何を言っているのですかオルタ。ここの主はこのおふたりです。それに好きな者同士がこのように触れ合って何が悪いのですか。あなたこそ食事中に大声を出してはしたないですよ!」

「あんただって大声出してるじゃないのよ。大体そこに居づらいなら素直にそう言えばいいじゃない。わたしならいつでも変わってあげるわよ!」

「べ、別に居づらいなんて思っていません。というか、本当はあなたがここに座りたいだけでしょう!」

 

 こたつを挟んで火花を散らすジャンヌとオルタの姿は、正直止めるべきなんだろうけど見ていて微笑ましくなる。これがファラとセイだったなら冷ややかな視線を交えて言い争うのでダメだけど。

 ファラとセイもジャンヌ達と稼働時間が同じくらいの頃は……ファラはともかくセイはまだ機械的というか淡白な反応が多かったかな。まあ今でも感情的に反応することは少ないけど。

 でも裏を返せば、ジャンヌとオルタはより短時間で人間らしさを習得していることになる。これは実に貴重なデータだ。……けど今は

 

「ふふ、見てて幸せな光景ですね」

「ケンカしてるのにその言い方はどうなんだろうな。……まあ確かにこういう日常が送れるのは幸せなことなんだけどな」

「相変わらずの言い回しですね。まあ私はそういうショウさんが大好きですけど……いえ、大好きじゃ私の気持ちを表すには足りません。愛してます」

「わざわざ言い直さなくていい……聞いてるこっちが恥ずかしい」

「ショウさんは言ってくれないんですか?」

「言わない……今はな」

 

 

 



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10 「スバル・ナカジマ」

 試験的に運用されることになり、1年間で解散されることになった部隊《機動六課》。毎日のように早朝から訓練があって、体が動かなくなる一歩手前のような状態まで訓練に明け暮れた日々。今振り返ってみても実に大変な1年間だったと思う。

 だけど……あの1年間があったから今の私があるんだと思う。

 なのはさんの考える訓練メニューは正直に言えばきつい……ううん、きついという言葉が生ぬるく思えるくらい自分を痛めつけるものだった。でもそれは確かな成長に繋がったし、個々のスキルを磨くのと同時に仲間という存在がいかに大切なのかを教えてもらったと思う。

 ティアにエリオ、キャロは私にとってかけがえのない存在。きっとそれはこれからも変わらないと思う。六課が解散してからはそれぞれの道を進むことになったからなかなか顔を合わせる機会はなくなったけど、私は信じてる。どんなに離れていてもみんな自分の夢のために今日も頑張っているって……

 

「……なんて現実逃避をしてる場合じゃないよ~!」

 

 急がないと大変なことになっちゃう。下手したらジェイル・スカリエッティが起こしたあの事件よりも今の方が大変かもしれない。

 今私が立ち向かっているのは鏡に映る自分。手には服やスカートを持っているけど、着替えの真っ最中なので付けているのは下着だけだ。事実だけを伝えるならかれこれ1時間は今の状態のままどの服を着ようかと悩んでいる。

 

「これがいいかなぁ……でも何だか子供っぽいような。じゃあ……こっちは何ていうか女の子らしすぎて私っぽくない? あぁもう、全然決まらない……何を着るのが正解なの」

 

 ティアに相談したいところだけど、今日が休日とは聞いてないからきっとフェイトさんの手伝いをしてるだろうし。ギン姉も仕事……他に頼れる同性はキャロとかなのはさん達だけど、どう考えても普通に仕事してそう。特になのはさんとかは前と違ってヴィヴィオを育てたりしてるわけだし。

 

「でもこのままじゃ一向に決まらない……決まらないということは待ち合わせの時間になっても出かけることができないわけで。そうなれば必然的に一緒に居られる時間が減るどころか、一般人としての常識も疑われかねない」

 

 ここまでの流れで分かる人は居るとは思うけど、私にはもうすぐ予定がある。それは……ショウさんとのデートだ。

 何でって思う人もいるかもしれないけど、その理由は単純にして明快。私がショウさんの彼女だから。

 ついこの間までは休みが重なったりしたときに一緒に出掛けるくらいだったんだけど……その、何ていうかいつの間にかショウさんのことが好きになってたんだよね私。それでこの前、別れ際にあれこれ考えている内に頭がこんがらがってきて……気が付いたら告白してました。

 

「今思い返してみてもまともに告白できた気がしないし、ショウさんもよくOKしてくれたよね……えへへ」

 

 経緯はどうであれ私がショウさんの彼女に変わりはない。それだけで自然と笑顔になってしまう。

 ティアからは恋愛に疎いだとか、そっち方面は本当に駄目ねとか馬鹿にされてたけど、今ではティアよりも上だ。だってティアには彼氏がいないし、できる気配もないんだから。というか……

 

『は? ……あんた今何て言ったの。私にはショウさんが好きだとか聞こえたんだけど』

『そう言ったけど?』

『……その、友達とかそういう意味でよね?』

『ううん、そういうのじゃないよ。男の人として好き……大好き』

 

 なんて流れが過去にあったんだけど、この次に言われたのが「馬鹿なのあんた、あの人達に勝てると思ってるわけ!?」だった。

 当時はティアこそ何を言ってるんだろうって思ったけど……今冷静に考えてみると、確かに私は凄い勝負に臨んだんだよね。不屈のエースオブエースであるなのはさん、執務官として働いているフェイトさん、そのふたりよりも出世してるはやてさん達に挑んだようなものだし。

 子供の頃から管理局員として働いてて経験も実績も上の人達ってことだけでもあれなのに、ショウさんとは長年の付き合いがある。それぞれの家を訪れたり、一緒に遊びに行ったりと青春を共に過ごした過去があるんだから。普通に考えたら私が入り込む隙間なんてありそうにない。

 

「……でも! なのはさん達って私以上に恋愛面はヘタレというかダメだったわけで。勇気を出した私が勝利したんだからなのはさん達のことなんてどうでもいいはず!」

 

 長年ショウさんのことを想ってきたかと思うと申し訳なさも感じたりもするけど、ショウさんを渡したくはないし。そりゃ私よりも可愛いし、綺麗だし、料理とかもできる人達だけど……何で私はショウさんと付き合えてるんだろう。

 というか、私なんかがショウさんと付き合っててもいいのかな。他の人と付き合った方がショウさんも幸せなんじゃ……

 

「…………はっ!?」

 

 今は仮定の話を考えてる場合じゃない。ありえる話ではあるけれど、少なくともショウさんの今の彼女は私なんだから私がちゃんとしていれば問題ないはず。そのためにもまずはデートに着て行く服を決めないと。もうすぐショウさんが迎えに来る時間だし。

 ……だけど、決められる気がしない。付き合う前は問題なかったのにどうして付き合い始めた途端にこんなことになっちゃったんだろう。

 私は正直ティア達に比べたら女の子らしくはないと思う。髪の毛は短いし、スポーツとかも男の子に交じってやるのも平気な方だし。体つきに関しては女の子らしいけど……これまでに女の子らしい恰好とか、胸元とかを強調する服とか着てこなかったから恥ずかしいと思っちゃう。

 

「ショウさんから可愛いって思ってもらいたいけど……でも急に女の子らしい恰好したら変に思われるかもしれないし。というか、下手したら似合ってないとか思われるかも。それだけは絶対に嫌だ。私だって女の子なんだから好きな人には可愛いって思ってもらいたいもん!」

「……おめぇ、服も着ねぇで何やってんだ?」

「――っ!?」

 

 反射的に振り返ると、そこには呆れた顔を浮かべているお父さんが立っていた。身内だったと安心したのもつかの間、私の中に凄まじい羞恥心が湧いてくる。

 

「な、何でドア開けてるの。用があるときはちゃんとノックしてよ!」

「おいおい、責任転嫁はやめてくれ。ドアを開けっぱなしにしてたのはおめぇの方じゃねぇか。それに……いくら育ったからって娘の裸見ても何とも思わねぇよ」

「お父さんが思わなくても私は思うの!」

 

 子供の頃ならまだしも私だって今じゃ年頃なんだから。そりゃお父さんからしたらまだまだ子供なんだろうけど、もう少しそういうところを考えてほしい。というか……

 

「何か私に用なの? ないならドアを閉めてほしいんだけど……」

「別におめぇに用ってわけじゃねぇが、もうすぐ坊主が迎えに来る時間だってのに姿が見えなかったんでな。寝てるかと思ったが……こりゃ寝てる方がまともなだったかもな」

 

 ぐ……、と言葉に詰まってしまう。何故なら部屋には大量の洋服が散乱しているから。腹芸が得意とされるお父さんからすればどういう状況なのか理解してしまうだろう。

 

「何となく分かるが……おめぇは何を悩んでんだ?」

「……着て行く服。……いつもみたいにラフすぎるとショウさんにあれこれ思われるかなって。でも気合を入れすぎても重いとか思われるかもしれないし」

「はぁ……おめぇが女らしくなってくれんのは親としても嬉しいことだが、別に結婚式だとかそういうんじゃねぇんだ。変に洒落っ気出さずに適当に着ちまえ。別にあいつは変な恰好しない限り気にしたりしねぇだろ」

 

 確かにそうだとは思うけど……娘の今後に影響するかもしれないんだからもう少し真剣になってくれてもいいと思う。お父さんだってお母さんとデートするときはあれこれ考えただろうから。

 

「しっかし……よくよく考えてみると、何であいつはおめぇなんかを選んだだろうな。近くにもっと良い女はいるだろうに。教導官や執務官の嬢ちゃんだとか、はやてだとかよ。オレの目が間違ってなけりゃ、あいつらは坊主のこと好きだと思ったんだがな」

「う……」

「経済的なことを抜きにしたってあいつらの方が料理だってできるだろうに……何で坊主はうちの娘を選んだんだ? 落ち着きはねぇ方だし、馬鹿みたいに飯は食べる。色気があるかつったら昔よりはマシだがねぇほうなのによ」

「あぁもう、それ以上言わなくていいから!」

 

 そんなことはお父さんに言われなくても分かってるから。というか、何で娘の私よりもはやてさん達の味方するの。お父さんは娘の幸せよりも元部下だった人達の方が優先なわけ。大体私だってそういうこと考えて不安になるんだから言わないでよ!

 

「いいから早く出てってよ!」

「そんなにガミガミ言わなくても出ていくさ。さっさと準備終わらせとけよ。じゃないと坊主が迎えに来ちまうからな」

 

 お父さんの姿が見えなくなるまで見送った後、即行でドアを閉める。

 私は大きく息を吐くと視線を散らかった室内へと戻し、もう一度大きくため息。我ながら服を選ぶのにいつまで掛かっているんだろう。少し前までは服装なんてすぐに決まっていたのに。

 

「はぁ……何だか色々考え過ぎて頭痛くなってきた。いったん落ち着こうか……なっ!?」

 

 ふと視界に入った時計の時刻は、約束の時間まで30分もないことを告げていた。

 ままま不味いよ、まだ服も決まってないし。それに服が決まったとしても他にもやることが……私だって女の子なんだから多少なりともやることはあるんだから! って、そんなことを言ってる場合じゃない。早く服を決めて準備を終わらせないと。

 

「えっと……これとこれを組み合わせて! でも、こっちとこっちの方が……あぁもう、時間もないしこれにしよう!」

 

 青系のノースリーブに白のパーカー付きのジャケット、それにベージュのハーフパンツ。いつものようにボーイッシュな感じなものを選んでしまったけど、下手に女の子らしくて変だと言われる方が私の精神的に辛い。

 着替え終わった私は財布といった必要なもんをバッグに詰めて部屋を出る。残り時間は刻一刻と迫ってきているけど、念のためにもう一度歯を磨いたりして髪の毛とかも整えておかないと。やっぱり女の子は身だしなみが大切だよね。

 そうこうしているとインターホンが鳴る。

 時間帯から考えてもショウさんが迎えに来たのだろう。鼓動が高鳴っているけど、テンパって挙動不審になったら不味い。何が不味いかというと私の精神がね。少しずつでもいいから大人の女性って思われたいし!

 そんな風に意気込んで玄関に向かうと、そこには白いシャツの上に黒のジャケットとシンプルに決めているショウさんが立っていた。普段通りの着こなしなんだろうけど実にカッコいい。

 

「ショショショウさん、おはようございます!」

「あぁおはよう」

 

 普通に返してくれたけど……恥ずかし過ぎる。たかが挨拶するだけなのにあんなに嚙んじゃったし。でも仕方ないと思う。だってショウさんカッコ良すぎるんだもん。前から雰囲気が大人だったけど、今ではさらに大人っぽくなってるし。

 それに……きっとショウさんはこれといって服装とか迷ってないんだろうなぁ。いつも自然体で居る人だし。だからこそ一緒に居るとこっちも自然体で居れるんだけど……なのはさん達もそういうところに惹かれたんだろうな。立場があったりすると色々と大変だろうし、可愛いし綺麗だから昔からモテただろうから。

 あ、別に自然体で居られること以外にもショウさんの魅力はあるから。冷たいように見えて優しいし、面倒見も良くてお菓子作りも上手い。それに魔導士としても一流で色々と教えてくれるし!

 

「スバル、どうかしたのか?」

「――っ、なな何でもないです!?」

「本当か?」

 

 本当、本当です。ただショウさんのことを考えていただけで……何でそこで近づいて来るんですか。まあ私のことを心配してってことは分かってますけど、今の私にとっては逆効果というか……もちろん嬉しくもあるけど。

 

「坊主、あんまりうちの娘をイジメてくれるな。色恋はお前さんが初めてだからな。色々と初心なんだからよ」

 

 何でここでお父さんが出てくるの!

 いやまあ、はやてさんとの繋がりでショウさんとは昔から親しくしてただろうけどさ。これから娘が彼氏と出かけるって時に出てこなくてもいいと思う。大体私のことを初心とかいうのやめてよ。確かにショウさんが初めての相手だし、あんまりそういうの得意じゃないけど何か恥ずかしいじゃん。

 

「別にイジメてるつもりはないんですけどね」

「ふむ、まあそれもそうか。正直スバルが勝手に自爆してるだけだからな……さっきも何を着て行こうか部屋を散らかすくらい」

「お父さん、そういうことは言わなくていいから!」

 

 どうして私の恥ずかしいところばかり言おうとするの。ショウさんに知られたら恥ずかしいのに……六課の頃から付き合いあるからすでに知られてそうな部分でもあるけど、今は部下と上司って立場じゃない。彼女と彼氏の関係なんだから知られてることでもさらに知られたくはないんだから!

 

「馬鹿言ってんじゃねぇ、大事な娘を預けようってんだ。ちゃんとお前のことを知ってもらわねぇと坊主にも悪いだろうが。お前はギンガと違って器量が良いってわけでもねぇんだからよ。坊主に捨てられたら今後男が出来ねぇかもしれねぇだけにオレがどんだけ心配してることか……」

「何で娘よりも相手に対して配慮するの。確かに私はギン姉よりあれだけど……というか、ショウさんは理由もなく捨てる人じゃないし!」

「おいスバル、それは理由があれば捨てるって言ってるようなもんだぞ」

 

 …………。

 ………………お父さんが悪いんじゃん!

 ショウさんが来る前ならともかく、すでに来てるというか本人目の前にして言っちゃった。これがきっかけで別れることになったりしたら、私はお父さんのこと一生恨むからね。

 

「ゲンヤさん、それ以上やられるとこのあとが大変なんですが」

「おっと、それもそうだな。だがよ坊主、お前さん本当にこいつでいいのか? はやてだとか教導官や執務官の嬢ちゃんとかスバルより良い女は居るだろう?」

 

 な……何でこのタイミングでそんな話をするの!?

 確かに私も何度も考えたことではあるし、お父さんが毎度のように疑問としてることだけど……今しなくてもいいよね。せめてショウさんとふたりっきりで酒の席とかでやってよ。ショウさんの答え次第というか、反応によっては私は身を引こうとさえ思うよ多分!

 

「確かにあいつらとは付き合いも長いですし、周囲も認めてるように美人ですからね。それに経済的な面だけでなく性格的な面でも良い女だとは思いますよ……時折面倒臭いですけど」

「それはお前さんには素を出せてるってことだろ。あの子らは誰かに甘えるのが苦手というか何でも自分でやろうとするタイプだからな。お前さんみたいな奴は貴重だろうさ」

「まあそうなんでしょうけど……」

 

 私(彼女)がいるのにこの満更でもない感じ……ううん、ショウさんは悪くない。だってなのはさん達は私の目から見ても良い人達だもん。美人だけど話しかけづらい雰囲気とかないし、何事も真剣で訓練とかは厳しかったりもするけど、そのぶん日頃優しく接してくれるわけだから。

 私があの人達に負けてないところなんてあるのかな……魔導士としては経験や立場を考えても劣ってるし、女としての魅力とかもあっちが上だよね。正直に言って私はあんまり女子力ある方じゃないし……負けてないところなんて元気と胸の大きさくらいかな。でもそれだけで勝てるような人達じゃないよね……

 

「スバルは俺に真摯に向き合って……それでいて好きだって言ってくれましたからね。だから俺もこの子に真剣に向き合おうと思ったんですよ。スバルの気持ちが変わるまで……修復できない亀裂が出来るまでは」

「ほぅ……なら順調に事が進めばお前さんはスバルを嫁にもらうってことだな?」

「えぇもちろん。そのときが来たら改めて挨拶に来ますよ」

 

 何だかショウさんとお父さんの間に良い雰囲気というか男だけの空間みたいなのが出来上がってるけど……凄まじいことになってる気がする。主に私の今後に関することで……。

 今お父さんはショウさんに私を嫁にもらうつもりでいるんだなって聞いて……それにショウさんは肯定の返事をしたよね。ということは……遠回しにプロポーズをされたというか、結婚を約束されたようなもの。つまり遠くない未来に私はショウさんから指輪を…………

 

「ショ、ショウさんから……アハハ、何か凄いことになってきたよ。こここれからデートなのに……だ、だだだ大丈夫かな」

「はぁ……我が娘ながら情けねぇ。普段は男っぽいってのに初心すぎて困る。坊主、わりぃがこのあとは任せていいか?」

「いいですよ。これくらいどうにか出来ないと将来困りますから」

「へ、違いねぇ。んじゃ頼むぜ」

 

 あれーお父さんがどっかに行っちゃった。まあこれから私とショウさんは出かけるわけだから当然と言えば当然なのか。

 ……って、しっかりスバル。こんな調子じゃ変だと思われるんだから。よーし、ショウさんとのデート楽しむぞ……デ、デート。楽しみにしてたし緊張もしてたけど、これまでの比じゃないくらい心臓がバクバク言ってる。将来的に私のこともらってくれるって言ったし……今日はど、どこまでするんだろう。

 

「スバル」

「は、はい!?」

「こうしてる時間も勿体ないし、さっさと行こう」

 

 私に向かって差し出された手。男らしく大きくて何度も私を救ってくれた優しい手だ。

 私は人間だけど戦闘機人でもある。戦闘機人であることを昔の私は嫌に思っていた。でもこの人が私の心を救ってくれた。

 戦闘機人の力は魔法と変わらない。大切なのは扱う人の心なんだって……心があればそれは機械じゃなくて人間なんだって。この人の言葉があったから私は今も折れることなく前に進むことが出来る。この人が居れば私はどこまでも真っ直ぐで居られる。

 だからこそ、私はショウさんが好きだ。

 憧れのなのはさんにだって渡したくないし、渡すつもりもない。ずっとずっと私がショウさんの彼女で居続ける……将来的にお嫁さんにもらってもらうからこれは無理なのか。でもいつまでも今の気持ちを忘れずには居たい。そのためにも今は今という時間を大切にしよう。

 そう思った私は、ショウさんを手を握って真っ直ぐに彼の目を見た。

 

「ショウさん」

「ん?」

「今日も……そして、これからもよろしくお願いします!」

「ああ、こちらこそよろしく」

 

 

 



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11 「ティアナ・ランスター」

 機動六課。

 私の人生の分岐点になったと言ってもいい部隊であり、今はもう解散して思い出になっている。今思い返してみても色々とあって大変だったけど、そこでの出会いは私を変えてくれた。

 長年コンビを組んでいたスバルとの別れには思うところもあったけど、それぞれの夢のために歩みだしたのだから仕方がないし。まああいつとは割と休日には顔を合わせたりするし、私がこんなこと言ったら調子に乗りそうというかウザそうだから言わないんだけど。

 

「それに……」

 

 今の私にとって夢に向かって走ってるスバルは悩みの種じゃない。心配してないというわけでもないけど、あの子だって機動六課での1年で成長したんだから。エリオやキャロは年齢的に不安もありはするけど、ある意味ではスバルよりもしっかりとした子達だし大丈夫でしょう。

 故に……今の私にとって最大の悩みの種はショウさんだ。

 フルネームは夜月 翔。特殊魔導技官という魔導師と技術者、そのふたつの分野で活躍しており、機動六課に所属していた頃は私を含めたフォワード陣の教導を務めた人だ。

 教導はなのはさんが主体だったけれど、デバイスのことや心構え……精神的ケアに関してはなのはさん以上に私は世話になった。あのときのことを振り返ると自分の未熟さが分かるので恥ずかしい。

 

「……って、問題なのはそこじゃない」

 

 私が今問題視しているのはショウさんの女性関係だ。

 なのはさん、フェイトさん、はやてさん……と、あの人の周りには魅力的な異性が溢れている。それに私の目に狂いがなければ、全員に好意を持たれているはず。日頃の雰囲気を見る限り、機動六課設立よりも前……下手をすれば、地球に居た頃からの想いな気がする。

 女の私から見てもあの人達は人柄も魔導師としての腕も問題なし。それなのにどうしてショウさんはあの人達と付き合いたいと思わないの? もしかして異性よりも同性を……って、さすがにこれはないわよね。そういう噂は聞かないし、それならあの人達が想いを寄せ続けるのも変だから。

 と考えると……両親が幼い頃に亡くなったって言ってたし、大事な人を作るのに抵抗があるとか。可能性としては考えられるけど……でも今は振り切れてるというか、完全に乗り越えた感じはある気がする。ならいったいどうして……過去の経験が元で自分への好意に鈍感だとか、区別がしにくくなってるとか?

 

「…………考えても無駄な気がしてきたわね」

 

 正直あの人の考えは読みにくいところがあるし、何より私は女。性別が違う時点で考え方に違いは出てくる。ならば女性側の視点で物事を考えた方が解決策が浮かぶ気がする。

 そもそも、何であの人達はショウさんのことを好きなのかってことだけど……このへんは考えなくてもいいわよね。

 私には知らない時間があるわけだし、ショウさんは愛想に欠けるところもあるけど魅力はある人だから。魔法関係を抜いてもなんだかんだで面倒見は良い人だし、料理とかもできる。仕事をしたい女性にはある意味理想かも。

 となれば……私に出来る行動はふたつ。

 今の関係がずっと続くならともかく、あの人達は一途だけどヘタレでもあるだろうから年々想いは募るばかり。年を重ねれば同年代は結婚だとかしていくわけだからきっと焦りとかも出てくるはず。下手をすればこじれにこじれてショウさんの命が危ないかもしれない。

 

「つまり……」

 

 そんな未来を回避するためにはさっさとこの恋愛に決着をつけること。具体的に言えば、ショウさんが誰かと付き合えばいい。さすがにヤンデレはいないだろうし……大丈夫よね多分。

 となると誰の背中を押すか……私にとって身近なのは機動六課で知り合った人達だけど、シュテルさんとかともちょくちょく会ってるのよね。あの人の周りにもショウさんへ好意を持っている人も居るみたいだし、もしかして私が考えているよりも事態は深刻なのかしら。

 ……いえティアナ、ここで迷ったらダメよ。今のままだと仕事にだって支障が出るかもしれないんだから。

 何故なら私は今フェイトさんの下で執務官になるという夢のために補佐官として活動しているわけだけど、フェイトさんはショウさんのことが好きだ。いや、好きなんて生温い。あれはもう大好きだとか愛してると言っていいレベル。

 だって……ショウさんの名前が出るだけで反応するし、シャーリーさんが冗談で休日とかデートしないんですかって聞いたら顔を真っ赤にしてもじもじするわけだから。美人でスタイル良くて優しくて可愛いとか……ある意味反則よね。

 にも関わらず浮いた話は聞かない。高嶺の花過ぎて恋仲まで近づこうとする人が少ないのか、はたまたショウさん一筋なのが知れ渡っているのか……まあ今は置いておこう。

 

「とりあえず……私が応援するとなればフェイトさんね」

 

 日頃お世話になってる人だから応援してあげたいって思うし、ショウさんとの好みも結構合うらしいから。黒系統のものが好きだとか、ショウさんの今使ってる車もフェイトさんの勧めで同系統のものを買ったらしいし。

 フェイトさんが保護者になってるエリオやキャロも、ショウさんのことは慕ってる。ふたりの関係が進展しても何もないというか、むしろ喜びそうなんだからいっそのこと付き合えば良いのに……。

 

「ショウさんだってフェイトさんは満更じゃないというか……好きか嫌いかで言えば好きよね。はやてさんみたいなノリはないから言動も優しいし……フェイトさんが告白すればあっさりOKするんじゃないかしら」

 

 ただフェイトさんに告白させるのは最大の問題ね。

 あの人は仕事中や戦闘中は凛とした雰囲気になるけど、普段はどちらかと言えば内気な方だし、純情……でもきちんと知識もあるから質が悪いと言えば質が悪い。あれこれ妄想して勝手にオーバーヒートしそうだから。でも聞いた話では水着とか普通にビキニとか着るらしいし、やるときはやる人なんでしょうね。

 ということは……良い雰囲気で気持ちが盛り上がれば告白まで行くんじゃないかしら。思い出話も色々と聞いたけど、フェイトさんは子供の頃からショウさんのこと好きなみたいだし。それだけ長い時間掛けて育まれた想いなら最後まで突き進むだろうし。

 となると……意外と今日は大切な日になるわね。今日私はショウさんと会う予定だから今もカフェで待ってるし……言っておくけど、別にデートとかそんなんじゃないからね!

 その……ショウさんはお世話になった人だし、会える時には会って近況報告とかするべきだと思ったからであって。断じて私が会いたいと思って会うわけじゃないんだから。

 

「ようティアナ」

「――っ、ショショショウさんご無沙汰してます!?」

「大丈夫か?」

 

 だだ大丈夫ですから不用意に近づかないでください。私達は元上司と部下、今は……友人と言えるのかよく分からない気もするけど大体そんな感じなんですから。同性ならまだしも異性なんですから距離感っていうのを大切にしてくださいよね!

 

「待たせてたんだとは思うが、そんなに睨むなよ。約束の時間までには来たんだから」

「別に怒ってるわけじゃないんで……というか、睨んでないですから」

「いや、お前は割と前から俺に睨むことがあったぞ」

 

 だから……睨んでないですから。

 私が本気で睨んだらこんなもんじゃないですからね。スバルに怒った時くらいしかそんな覚えないですけど……というか、ショウさんにだって非があると思います。今回に限ってはまあ私の方が悪いですけど、前のは公共の場だっていうのにはやてさんとイチャついてたりとか……

 

「まあいい……それで今日はいったい何の用なんだ? デバイスの関連か、それともスバルとかの愚痴か?」

「そのへんのこともしたくはありますけど、本題は別にありますから。先に言っておきますけど、少し長くなると思うので覚悟しておいてくださいね」

 

 フェイトさんのためにも頑張らなければ、という思いで意気込む私に対してショウさんは、いつもどおり自然体で店員にコーヒーを注文する。

 

「覚悟ね……まあ今日は休みだから気が済むまで付き合ってやるよ。ただし徹夜はなしだからな」

「そんなに長く話しませんから。……最近顕著になりつつありますけど、ショウさんって親しくなればなるほど口が悪くなるというか人のことからかいますよね」

「まあそうかもな」

「自覚があるなら直してほしいんですけど?」

「それは無理だな。ある意味俺にとってストレス発散だし……大きくなった小狸とか無表情なメガネを真っ当な人間してくれたら解決するかもしれないが」

 

 狸とメガネって……はやてさんとシュテルさんのことですか。

 確かにあのふたりは茶目っ気があるというか、よくショウさんに絡む人達ではありますけど。でもあれはあの人達なりの愛情表見というかスキンシップなんじゃないですか。

 

「私が思うに本気で解決したいならショウさんがはっきりと嫌だって言えばいいと思うんですけどね。別に本気で嫌がってるわけでもないのに人にどうにかさせようとするのはどうかと思います」

「正論と言えば正論だが……何だかいつにも増して刺々しいな。……もしかしてあれか、髪型とか服装に関して何も言わないから怒ってるのか?」

 

 私の言動も少し刺々しかったので指摘されるのも仕方ないですけど、何でそういう見解になるんですか。昔からはやてさんとかにそういうことを言われてきたって話は聞いたことがありますけど、別に私はそういうところに気を遣われなくても大丈夫なんですが。

 というか……改めて言われると気になってきたわ。

 普段はツインテールのままだけど、フェイトさんとかと一緒に過ごしてると子供っぽいかなって感じることもあるし。だから最近はたまに髪を下してるというか……今日も下ろしてるんだけど。もしかしてフェイトさんの真似をしてるって気づかれた?

 その可能性は十分にありえる。ショウさんは人があまり気が付いてほしくないこととか、本当に気が付いてほしい時には人一倍の観察眼を発揮する人だから。服装に関してはまあ私らしい感じのだから特に問題ないだろうけど。

 

「私をはやてさん達と一緒にしないでください……変ですか?」

「聞くんだな?」

「何でそこでそういうこと言うんですか! だからはやてさんとかに乙女心が分からないとか言われるんです。こういうときは素直に答えればいいんですよ。もう少し大人らしい対応してくれても良いと思うんですけど!」

 

 全て言い終わってから我に返る。

 周囲には人も居るというのに立ち上がって大声を出してしまうとは失態だ。穴があれば入りたいと思うくらいには羞恥心が刺激されている。

 目の前に居る人は涼しげというか優しい感じでこっちのこと見てるけど。あなたのせいでこうなってるの分かってるんですか。

 

「分かった、分かったから落ち着け。……まあそういうのも良いんじゃないか」

「適当ですね。そういうのなら言わない方が良いです」

「言えって促したのはお前だろうに……個人的な意見で言えば、俺は髪を下ろしてる方が好きだぞ。お前はしっかりしてるから大人びて見えなくもないし」

 

 …………何でこの人はさらりと好きだとか言えるんだろう。いやまあ私に対して特別な想いがないというか、あくまで自分の思ってることを言っただけなんだろうけど。

 きっと誰からでも聞かれたら素直に言うんでしょうね。そう考えると落ち着いてはくるけど……微妙に苛立つというかムカつく自分も居る気がする。

 別に問題を起こしたわけじゃないけども、ショウさんはもう少し相手を選ぶべきだと思う。男は黙られやすいだというか言うけど、経験を積んでない女だったストレートに好きだとか言われるとときめいたりするんだから。

 きっとフェイトさんとかはこの手の言葉を今までに何度も受けてきたんでしょうね。その度に顔を真っ赤にさせて挙動不審になり……普通ならあの人の想いに気が付くでしょ。そうでなくても少しは自分に気があるんじゃないかって考えるのが普通じゃない。ショウさんの神経どうなってんの……

 

「黙ったと思ったらまた睨むのか……お前、仕事でストレスでも溜まってるのか? フェイトもなのはに似てワーカーホリックなところがあるし、無理もないだろうけど」

「確かに大変な時もあるけど、フェイトさんは私より何倍も働いてるんですから文句とかはありません。それに執務官になろうとしてるんですから良い経験です。それと何度も言うようですけど別に睨んでないです」

「それで睨んでないのか。知らない間に成長するんだな……今のお前に本気で睨まれたら泣くかもしれん」

 

 何なら本気で睨んであげましょうか?

 言っておきますけど、こちらが一方的な思考で苛立ってる部分もあるとはいえ……ショウさんも十分に私の神経を逆撫でてますからね。元上司というか恩人というか、先輩だから手は出しませんけど。

 

「堂々と嘘言わないでください。私に睨まれても平然とするくせに……そんなことより最近はどうなんですか?」

「どうって言われてもな……基本的に職場と家との往復だし、休日はのんびり過ごすか今日みたいに誰かと会うことが多いぞ」

「もっと具体的にお願いします。職場や家でのことは分からない部分もあるので、主に後半部分を」

「そこまで聞きたがることか?」

「はい、今日はお互いの近況報告も兼ねてるんですから」

 

 今言ったことは嘘ではないけど、本音はショウさんの女性関係の把握だ。私がきちんと把握できているのはフェイトさんくらい。仕事内容を考えてもなのはさんやはやてさんの方がショウさんと予定は合わせやすいだろう。

 クロノ提督とかユーノさん、エリオやキャロとかと会ってるなら問題はない。だけどなのはさん達なら要注意だ。ふたりにも恩はあるけど、今お世話になってるフェイトさんを応援すると私が決めた。

 極論を言ってしまえば、正直誰でもいいからショウさんと付き合えばこの問題は解決する。一定期間失恋で大変な人も居るだろうけど、きっと乗り越えてその後は良い人生を送れるはずよ。間違っても傷害沙汰にはならないはず……多分だけど。

 そういう意味では私やスバルがショウさんの恋人になってもいいのだろう。……ま、まあスバルはそういうのに鈍感というか疎いから無理だろうし、私もショウさんはそういう相手に見てはないんだけど。

 別に今日の髪型や服装だってそんなに迷ったりしてないし、別にショウさんから褒めてもらいたいから頑張ったとかそういうのはないんだから。だから勘違いしないでね!

 

「そうだなぁ……この前なのはとは会って遊園地に行ったな。ヴィヴィオの面倒を見るというか、あいつが俺と行きたいってのが主な理由だったけど」

「まあ……ヴィヴィオにとってショウさんはパパみたいなものでしょうからね」

 

 ヴィヴィオ本人は今も昔もショウさんをパパだと思ってるでしょうけど。

 それにしても、今のだとヴィヴィオのわがままをなのはさんが叶えたとも言える。でもきっとなのはさんからすればデートに等しいというか、結婚はしてないけど結婚生活を体験してるようなものよね。

 六課の頃の印象では、ショウさんときちんとした距離感を保ってたように見えるけど……まあ今は置いておきましょう。恋仲に発展するにしてもまだ時間は掛かるでしょうし。

 

「他には?」

「他ね……そういやはやてとは買い物に行ったな。シグナム達の服とか新調したいから荷物持ちしてくれって頼まれて」

「へぇ……デートですか」

「それは定義にもよるとは思うぞ。まあアウトフレーム状態のリインも一緒だったから可能性は低くなるだろうがな」

 

 確かにリインさんが一緒だとそうなりますが……それはそれでなのはさんの時と同じことが成り立つのでは?

 ショウさんがパパではやてさんがママ、それでリインさんが娘。そういう構図に周囲の人からは見えるだろうし。それにリインさんの誕生にはショウさんやはやてさんが関わっていると聞いた。となると……考え方によっては本当にふたりの子供とも言えるわけで。

 何より……はやてさんは気さくな人だけど、なのはさん達以上に腹芸が得意というか頭が回る。それだけにショウさんも振り回せたりもするわけだけど、親しさで言ったらショウさんの中ではトップクラスのはず。もしもはやてさんが本気で覚悟を決めたら……これはうかうかしてる時間はあまりないかもしれない。

 

「他にはあるんですか?」

「この他にもか……ヴィータやシグナムとはちょくちょく会って飯に行ったりもするし、流れではやての家で夕食をご馳走してもらうときもあるが」

「六課の頃から分かってはいましたけど、本当に仲良しですね……もしかして外堀から埋めてる? その可能性は十分にあるわね」

「どうかしたか?」

「いえ、何でもないです。続けてください」

「そうか……他だとシュテルだな。あいつとは職業から顔はよく合わせるから飯は食べる。話す内容はデバイス絡みだが……ユーリもそんな感じだな。レヴィはデバイス以外にも遊びに行こうとか言ってくる。最近はロボットとか少年向けの映画にハマってるみたいだな。ディアーチェは地球の大学に通ってるからあまり会わないが、こっちに用事で来たときは弁当を作ってくれたり、夕食を作ったり家のことをしてくれてるかな」

 

 なるほど、なるほど……あまり関わりのない人の名前も出たけど、誰なのかは一応分かる。

 ショウさん、気づいてます? あなたが今口に出した人って全員異性なんですよ。これだけ知り合いの名前を出して同性の名前が出てこないっておかしいとは思わないですが。クロノ提督とかユーノさんと仲良しだって情報があるというのに。

 不味い、不味いわよティアナ。あなたが思っていたよりショウさんの周囲には女性が溢れすぎてる。この状況下でフェイトさんとショウさんをくっ付けるのは至難の業な気がするくらいに。

 職業柄仕方がないと言っても、この状況フェイトさん不利すぎるでしょ。下手したら何か月も別世界に行ったりもするわけだから。ショウさんに会いたい衝動を見せることはあっても、たまにショウさんに連絡を取って満足しちゃうし。

 まあ本音としてはもっと話したいんだろうけど、あんまり長話すると面倒って思われるとかショウにも仕事があるし……みたいに考えて自分の欲望は我慢しちゃうのよねフェイトさん。ショウさんへの衝動で仕事が疎かになることは今のところないけど、この状況をしたら失敗とかもし始めるんじゃないかしら。

 そう考えると私も迂闊に動くのは危険な気がしてきたわ。フェイトさんに付き合ってほしいけど、下手に背中を押すと崩壊しかねないし。魔導師として活動するときと同じくらい恋愛にも凛として臨んでくれたら楽なんだけど……それが出来るなら今みたいな状況は生まれてないわよね。

 

「なあティアナ……お前は何で百面相してるんだ?」

「――っ、べべべ別にしてませんよ!? 人を変人みたいに言わないでください!」

「変人……つまりお前はなのはを変人だって言うんだな。あいつはよく百面相するっていうのに……まあはたから見たら変か。よし、今度なのはに会った時に伝えておこう」

「やめてください、そんなことしたら私がなのはさんに殺されるじゃないですか!」

「おいティアナ……さすがにあいつはそんなことで法を犯すような真似はしないぞ。恐怖しか感じない笑顔で『ねぇティアナ、今日は時間もたっぷりあるから限界ギリギリまで自分を追い込んでみよっか』みたいなことを言うだけだぞ」

「それが死刑宣告なんじゃないですか!」

 

 ショウさんだって知ってるでしょ。あの人の特訓は見事なまでに限界を見極めたハードメニューなんですよ。今そのテンションで特訓をするなら六課の頃よりもきっと過酷なはず。なら私は絶対と言っていいほど倒れる気がする。

 あぁもう……あの人の絶対零度の笑顔だけは死んでも見たくない。想像するだけでも気分が憂鬱になるし。もしも本気でなのはさんがショウさんを狙ってたりしたら、私がフェイトさんを応援してるの知られたら露骨ないじめ……じゃなくて特訓という名の扱きに遭うんじゃ。

 そんなことをする人じゃなさそうな気もするけど、今は完全にヴィヴィオのママなわけだから今後のためにも父親は必要だって考えるはずだし。

 それにあの人の座右の銘は『全力全開!』って感じがするから一度決めたら最後まで突き進みそう……私はいったいどうするのが正解なの。というか、何で私がここまで悩まないといけないわけ。別にこの人達がどうなろうと私には……関係するところはあるけど、何か起こってもその後のケアに回るほうが楽なんじゃないの……

 すっかり落ち込んでしまった私はぐったりと倒れこむ。すると誰かの手が私の頭の上に乗った。この感触は覚えがあるし、状況からしても考えられるのはひとりしかいない。その手の主は、私が言葉を発する直前に優しく頭を撫で始めた。

 

「俺が悪かった。なのはに言ったりしないし、仮にそんなことになったとしても助けてやるから元気出せって。ティアナみたいに真面目な奴にそんなに落ち込まれるのは俺としても嫌なんだから」

 

 …………。

 ………………。

 ……………………ななななな何でそういうことをさらりとやるんですか!?

 ままままったくあなたって人は普通女の子の頭に気安く触りますか。それなりに親しい関係だとは思いますし、私にとっても最も親しい異性と言える人ではありますけど。でもだからって何でこのタイミングでそういうことをやっちゃうんですか!

 嬉しいか嬉しくないかで言えば……嬉しくないこともない。でもショウさんを異性として意識している自分に対する怒りのおかげで不甲斐ない顔をすることもない。

 あぁそうよ、そうですよ、フェイトさんのこと応援するとか言っておきながら心の隅では私がショウさんの……って考えたりもしたわよ!

 でもしょうがないじゃない。この人は今みたいなことを自然にやっちゃう人だし、今よりも自分で自分を追い込んでダメになりそうだった六課の時に私を救ってくれた人なんだから。

 

「……そういうこと誰にでもやってるといつか刺されますよ」

「別に誰にでもやってるつもりはないんだが。俺は自分にとって大切な奴以外にはそこまで興味は持たない方だし」

 

 大切な人の中に女性が多いから言ってるんです。本当に刺されても知りませんからね。

 ……でも、あれこれと考えてみたけどこの人を巡る争いはなるようにしかならない気がしてきた。なら私ももう少し気楽というか、好きなようにしても良い気がする。なら……

 

「いい加減機嫌直してくれないか?」

「いいですよ……その代わり今度から私のこと――って呼んでください」

「何だって?」

「だから……今度から私のことはティアって呼んでくださいって言ったんです!」

 

 確かに言い淀んだ私も悪いですけど、剣の達人とか周囲に言われるんですからそれくらい読み取るなり予想して汲み取ってくださいよね。聞き返されて答えるのって恥ずかしいし、勇気も必要なんですから!

 

「それは別に構わないが……」

「何か文句でもあるんですか?」

「文句ってほどじゃないが……呼び方を変える必要があるのかと思って」

「だったら気にしないでください。今後も顔を合わせることはあるでしょうし、デバイスのこととかで困ったら頼るだろうから私なりに歩み寄ってみようと思った結果です。他意はないですから……本当にないですからね!」

「何も言ってないし、分かったから落ち着け」

 

 落ち着け……気になってる異性が目の前に居て心の底から落ち着ける人間が居るわけないでしょ。何で私はこの人のことこんなに気に掛けるのよ。好意を持つならもっと別な人に持ちなさいよね。自分のことながらどことなく呆れるわ。

 ……でも。

 そんな風に思う一方でこういうのを悪いないと思ってる自分も居る。きっとそれはあの馬鹿……スバルのせいで騒がしい感じに慣れちゃったからに違いない。そう、きっとそうよ……。

 

 まあでも……今は目の前に居る人のことだけ考えよう。私の中にある想いがこれからどうなっていくのかは分からないけど、後悔のない結果を迎えるためには目先のことをきちんとしていくことが大切なはずだから。

 

「あんまり子ども扱いしないでください。私はもう子供って呼べる年でもないんですから」

 

 

 



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外伝
黒衣を狙いし紅の剣製 00


 外伝はsts編後~Vivid編前までの内容となり、基本的にVivid編から1年ほど前くらいの気持ちで書いています。ただ今話に関してはそれよりも前の話と考えてくださると違和感なく読めると思います。
 mstssts編であまりスポットが当たらなかったキャラ、Vivid編に関わるキャラが出てくる予定です。



 私は秀才だ。 

 家の中では最も頭脳明晰である。両親や先祖と比べても私ほどの者はそうはいないだろう。その証拠に私は昔から科学者として活躍してきた。

 

 だが……私は断じて天才ではない。

 

 周囲は私のことを天才だと言うだろう。

 だがそんなものはその者達が私よりも能力が劣っているからに過ぎない。真に天才と呼べる者は、周囲が比べることすらしないほどの高みに存在するのだから。

 

 そんな天才を私はふたり知っている。

 

 そのひとりは故人だ。

 この人物は私の親戚に当たり、自分の興味があること以外はダメな典型的な科学者のような男だった。あらゆるジャンルで比べれば私の方が勝っている。

 だが幼い頃からあの男が興味を持ったことで勝てたことは一度としてない。

 大人になってもそれは変わらなかった。どうしてもその男に勝ちたかった私は、デバイスマイスターの道に進んだ。あの男よりも優れた物を作り、勝利を味わうために。

 だが……開発に関わるようになってからも注目を浴びるのはあの男ばかり。

 あの男に……あいつに私は勝てなかった。私がどんなに優れたものを作ろうともあいつがその上を作り上げる。周囲から評価をもらったとしてもそんなものは一時的なものであり、結局はあいつが全てを持って行った。

 あいつはまさしく天才だ。

 あいつが居たからこそデバイスの性能は格段に良くなり、それに伴って故障などによる事故も減って結果的に魔導士の負傷率も下がった。

 今の時代、数多くのデバイスが作られている。その根幹を作ったのはあの男だ。

 

 しかし……もうあいつはいない。

 

 亡くなったのは確か今から20年ほど前になる。

 私の記憶が間違いでなければ、あいつが亡くなった時にあいつの妻も亡くなった。残された子供はあいつの妹が引き取ったと聞いている。

 

『なあグリード、君はデバイスに何を求める?』

 

 一度あの男にそう問われたことがある。それに対する私の答えはこうだ。

 

『何をだと? そんなもの決まっている。デバイスに必要なのは情報処理や耐久性といった使い手を支える性能だ。それはストレージやインテリジェント、アームドに置いても変わらん』

 

 デバイスが優れているならば魔導士はより真価を発揮できる。それは私だけでなく多くのデバイスマイスターが考えている正論だ。

 だがあいつは違った。

 最初こそより良い性能を持ったデバイスを作ろうとしていたが、徐々に情報処理や耐久性ではなく《人間らしさ》を求めるようになった。

 確かにデバイスに搭載されるAIの知能レベルが上がればマスターとの意思疎通もしやすくなるだろう。

 しかし、知能レベルが上がれば上がるほどマスターとは異なる考えを持つようにもなる。マスターに対して従順な性格なら問題ない。だが反発する性格だった場合、マスターに危険を及ぼす可能性が出てくる。

 それがデバイスマイスターならば誰もが考えうることだ。私よりも優れている頭脳を持っていたあの男が分かっていないはずがない。そう理解できていても指摘せずにはいられなかった。

 

『何を言っているんだ貴様は! 確かに多少なりとも人間性は必要だ。インテリジェントデバイスは持ち主に合わせて最適化されるべきものだからな。しかし、必要以上の人間性などいらん。デバイスは魔導士の武器であり、犯罪者を取り締まっていく上で欠かせないものだ』

『それは……まあそうなんだろうけど。でも』

『でも、ではない! もしも必要以上に人間らしいデバイスを作り、それが原因で使用者に反発でもしてみろ。危険に晒されるのは使用者なんだぞ!』

 

 最もらしいことを口にしたが、このときの私の本心は別にある。

 私よりも優れた頭脳を持ちながらそれを正しい道で発揮しようとしない天才へ嫉妬があったのだ。

 いや、今にして思えば憧れていたのかもしれない。この男ならばきっと後世にも名を遺す発明が出来る。自分が技術力で敵わなくてもこの男と張り合い、それで己の名が広まらなかったとしてもそれは本望だと。

 だからこそ私は声を荒げたのだ。

 だが……やはりあの男は天才だった。私を含め多くのデバイスマイスターは目先のことしか考えていないことを痛感させてきたのだから。

 

『確かにその可能性はあるよ。でも……魔導士が任務中に負傷するなんて話はよくあるし、もしかするとそれが原因で魔導士として仕事ができなくなるかもしれない。そうなった時、家族が居ればいいけど居ない人はどうやって生活するんだい?』

『それは……』

『それに退職していく魔導士は毎年のように居るんだ。もしもデバイスが人間らしくなって……人間と同じように活動ができるようになったのなら救われる魔導士も多いはずだよ。グリード、オレはね……』

 

 恐れなんてない。

 ただ自分が思ったことを思ったままに為す。

 そう意思が感じ取れる昔と何ひとつ変わらない輝いた瞳であいつは言うのだ。

 

『デバイスを兵器として扱いたくないんだよ。人工とはいえ知能を有しているんだ。ならデバイスは家族のような存在になれると思う。だからオレは少しでもデバイスが人間らしくなるように研究していくよ。まず最初は……人型のフレームでも作ってみようかな』

 

 馬鹿げている。そんなことをして何になるというのだ。たとえその研究が上手くいったところでデバイスに革命的進歩は訪れない。

 人間らしいデバイス……それに人型フレームだと。

 人型のデバイスが出来たところで何になる。負傷して魔導士でいられなくなった者などタダの役立たずではないか。退職した魔導士も同じように役立たずだ。

 にも関わらず……そういう人間のために研究をするだと?

 私よりも優れた頭脳を持ちながらくだらないことのためにそれを使う。

 

 ふざけるな!

 

 才ある者はそれを使う義務がある。それを放棄するとは貴様はろくでなしだ。

 そのように心の中で罵った。そうしなければ目の前の天才に心が砕かれそうだったからだ。

 その日を境に私はあの男と顔を合わせなかった。あの男が亡くなった際も葬式には顔を出さなかった。あいつの顔はたとえ写真でも二度と見たくなかったからだ。

 いや……ここでだけ本当の胸の内を語ろう。

 あいつが死んで私は嬉しかった。これで私以上の頭脳を持つ者はいない。ならば私の時代が訪れる。今まで私が輝く日はなかったが、これからは私の時代が訪れるのだと。

 だが……!

 そう思ったのもつかの間、あの女が……あの男の妹が私の前に現れたのだ。

 兄以上にズボラで研究以外のことに興味のない女。けれど頭脳は兄よりも劣っている。それが私の抱いている印象だった。

 

 だが……だがだがだがだがだがだがだが!

 

 結果的にはどうだ。

 兄の研究していた人型デバイスの研究を引き継ぎながら他の分野でも結果を残していく。いくつもの論文や技術を世間へ発表し、兄よりも遥かに他を避け付けない勢いで天才の称号を手にした。

 しかも……兄の方はまだ私のことを認識していたというのにあの女は私に対して何の興味も抱いていない。興味があるのは研究のみ。

 他に興味が抱いていたことがあるとするならば、それは兄達が残した幼い子供の事だけ。

 あの女こそ真の天才。他人などに興味はなく自分が思うがままに進み続ける。それで結果を残し続ける者を天才と呼ばずに何と言う!

 

 あぁそうさ……私はどう足掻いても天才にはなれない。

 

 どれだけ努力しようと秀才としか呼ばれない。

 あの兄妹……ナイトルナの血筋には勝てないのだ。それが我がナハトモーント家の宿命。血筋で全て決まるとは思っていないが、少なくとも技術者としては勝ち目がない。

 そう心の底から理解させられた私は、それからこれといった目的もなくただ生きていくだけの日々を送っていた。あの日……テレビに映るナイトルナ家の息子を見るまでは。

 最初こそ誰だか分からなかったが、あの男に似ている気がした。あの男の連れの要素もあったものの気になった私は徹底的にその男を調べ上げた。

 そしたらどうだ。思った通りあの男の息子ではないか。

 技術者として大成功を収めているナイトルナ家が魔導士としても成功を収める?

 

 ふざけるな……ふざけるなふざけるなふざけるな!

 

 天は二物を与えないものだろう。

 それがどうしてナイトルナ家だけ。私はこれまで血の涙を流すほどの努力をし、それでもナイトルナ家には敵わなかったというのに。

 ナイトルナ家は私に恨みでもあるのか。私に再び絶望を味合わせようというのか。

 

 許さない

 許さない許さない許さない

 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない……

 許してなるものか!

 

 不公平、不公平すぎるだろう。なぜ私はここまで苦しまなければならない。どうしてあの家に負け続けなければならないのだ。

 そもそもどうしてナイトルナ家の小僧には魔導士としての資質がある。

 あの家は技術者としては優秀な血筋だが魔導士としては二流どころか三流も良い家系なのだぞ。だからこそ同じ血が多少なりとも流れている我が家からも優秀な魔導士は生まれていないのだ。

 それがどうしてあの家だけ……私から全ての栄光を奪って行ったあの男の息子だけ魔導士として活躍できる。しかもあの時あいつが言っていたことが正しかったかのように人型のデバイスと共に。

 叔母のコネか? それとも金か?

 あぁそうだろう。そういう汚い手段を使って相応の立場を手に入れたのだろうさ。あの叔母が面倒を見ているのだ。さぞあの人型デバイスも素晴らしい性能を持っているのだろう。

 そうだ……そうに違いない。

 ならば騙されている世間に気づかせなければ。

 ナイトルナ家の息子は魔導士として優秀なわけではない。父や叔母が関わったデバイスが優秀なだけなのだと。

 だがどうする。

 私には魔導士としての資質はない。デバイスの優劣ならば様々なデータを取れば証明される。だが魔導士としての能力を問うとなると……

 

「……そうか」

 

 簡単な話じゃないか。

 私はデバイスマイスターだ。だがその腕はあの叔母に劣る。ならばそれを逆手に取ればいい。

 私が作ったデバイスであの小僧を倒す。そうすれば魔導士としての無能さは証明されるだろう。それに……

 

「模擬戦という形であるならば……不幸な出来事が起きてしまう可能性はあるのだからな!」

 

 私がこれから起こそうとしているのは正義の執行。騙されている民衆の目を覚ますための行いだ。

 

「フフフ……フフフフフ……フハハハハハハハハハハッ!」

 

 待っていろナイトルナ家の息子よ。

 私が貴様に正義の鉄槌を下してやろう。自身が大切にしていたものが傷つき崩壊していく様を楽しみに待っているがいい。

 

「まあ……私は悪魔ではない。だから最後は……きちんと楽にしてあげよう」

 

 そうと決まればさっそく行動しなければ。

 やることが決まった以上、時間を無駄にするのは愚の骨頂。時間というものは有限なのだから大切に使わなければ。

 

「まずは……魔導士を調達しなければな」

 

 しかし、ただの魔導士ではデバイスの能力差で負けてしまうかもしれない。

 それに私に反抗的な態度を取るような者はダメだ。そのような者に私のデバイスを扱う資格はない。いや、私の正義に加担していいわけがない。ならば

 

「……フフフ。まさに打ってつけな技術があるじゃないか。人形を作り出すのに素晴らしい技術がな」

 

 

 



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黒衣を狙いし紅の剣製 01

 時間というものは自分で思っている以上に早く流れていく。

 最近そのように思うようになったのは、学生という身分から社会人に変わったからだろうか。

 我の名前はディアーチェ・K・クローディア。親しい者からは王さまという愛称で呼ばれておる。

 今年大学を卒業した我は長年過ごした地球から魔法世界に戻り、ミッドチルダで一人暮らしを始めた。実家に戻らなかった理由は、ミッドチルダで自分の喫茶店を始めるからだ。

 喫茶店の名前は《翠屋ミッドチルダ店》。

 名前から分かるものもおるだろうが、高町夫妻が地球で経営している喫茶店の2号店だ。

 我は長年翠屋でバイトをさせてもらっていたのだが、高町夫妻にコーヒーの入れ方やお菓子作りをご教授いただき、将来自分の店を持ちたいと相談したところ翠屋の名前をぜひ使ってほしいということになったのだ。

 断る理由がなかった我は無論それを承諾した。

 多くの客に安らぎを与えたいとも思っているが、何より働いてばかりの我の友人が少しでも休みに来てくれたら嬉しいからな。中学生の頃などは共に地球の翠屋で何度も茶会をしたのだから。

 

「……ん?」

 

 洗い物をしていると、来客を知らせるベルが鳴る。

 翠屋の名前を使わせてもらっているとはいえ、魔法世界では馴染みはない。そのため開店して間もない今、ここに来る客は多くない。まあ我ひとりしかいないような状態なので繁盛し過ぎるのも困るのだが。

 店の中に入ってきたのは我の古くからの友人達。いつもデバイスの研究に打ち込んでいる者達だ。ただひとつおかしいことがある。

 我の記憶が正しければ、まだ昼休みの時間には早い。早めに休憩を取ることにでもなったのだろうか。まあこやつらが仕事をサボるとは思えんから深く考える必要はないのであろうが。

 

「ディアーチェ、お邪魔します」

「王さま、お邪魔するよ~!」

「レヴィ、あんまり大きな声出しちゃダメですよ。お邪魔しますねディアーチェ」

 

 店内に入ってきたのは3名。

 まずは短めに整え襟足付近だけ伸ばしている茶髪の女性。名前はシュテル・スタークス。メガネを掛けていて周囲からはクールな性格だと思われていそうだが、無表情の割に人のことをからかう茶目っ気のある奴だ。まあ意外と人に構ってほしい可愛い奴なのだが……頻繁にからかわれると苛立ちしかしないが。

 元気に挨拶をしてきたのはレヴィ・ラッセル。青い長髪と赤い瞳が特徴的でスタイルも良い。他の者が悪いわけではないのだが、身長が高い分良く見えてしまうのが人の性というものだろう。子供の頃とあまり変わらないように思えるが、社会人として生活は出来ているので多少は落ち着いたのかもしれない。

 最後はユーリ・エーベルヴァイン。彼女はウェーブの掛かった金色の長髪に金色の瞳が目を惹く我やシュテル達の妹のような存在だ。昔は小柄で小動物のような印象もあったが、さすがに今ではすっかり大人びた外見をしている。まあ背は我らの中で最も小さいのだが。

 

「今日はずいぶんと早い来店だな」

「王さまがお客さんいなくて暇にしてそうだな~って思ったからね」

 

 確かに来客が少ないから暇ではあるが、我は店長なのだぞ。そもそも人手がないのだから接客以外にも仕入れや事務作業といったものも全部我がやっておるのだ。別に暇にはしておらん……それらも終わったら暇だがな。

 

「レヴィ、そういうことを言うものではありません。たとえ事実でも人は傷つくものです」

「シュテルよ、貴様のような言い回しが最も人は傷つくのだぞ」

「そうですシュテル。ディアーチェはああ見えて意外と傷つきやすいんです。だからそういうことあまり言っちゃダメです」

 

 ユーリ……貴様は善意で言ってくれておるのだろうが、時折貴様のストレートな優しさは人の心を傷つけておる。優しさも人を傷つけるものなのだ。だからどうか……それ以上は言わないでくれ。

 我ももう大人……昔みたいに怒鳴り散らすような真似はしたくないのだ。店長としての風格や店の雰囲気にも影響が出かねんからな。まあ今くらいのことなら流せるようになっておるが。

 そんなの王さまじゃない!

 などと思った奴がおるかは知らんが、さすがの我も多少なりとも慣れるし成長する。これまでにどれだけからかわれてきてと思っておるのだ。

 我が学友であったアリサやすずかもああ見えて意外と人のことをからかってくるのだぞ。中学から大学まで同じだったのだから……我が最もからかわれたのではなかろうか。回数だけで言えばなのは達も多いとは思うが、年を重ねるほどからかってくる内容が変わるものだ。どれだけ我があやつのことでからかわれたことか……

 

「ディアーチェが本気で怒ったら怖いんですから謝りましょう。私も一緒に謝りますから」

「別に謝らんでよい。その程度のことで目くじらを立てたりはせんからな。それより……今日は何かあったのか? 普段ならまだ働いておる時間だろう」

「それはですね、機材の大型メンテや実験室の改修などが重なりまして」

「ボクらを含めて大抵の技術者は何もできない状況なんだよね。予定では新デバイスのデータ取りするはずだったのに……」

「まあまあ、元気出してください。実験室が使えないことには魔法を使うわけにもいきませんし、明日には再開できるんですから」

「そうだけど……うん、そうだよね。考え方を変えれば明日もシュテるん達と会えるわけだし」

 

 何気ないことで喜んでおるように思えるが、互いに仕事をするようになると会える機会は減る。レヴィ達は同じカテゴリに分類される仕事をしているわけだが、研究している内容が違うだけに普段は別の場所で仕事をすることが多い。

 特にレヴィはデバイス開発にも関わっておるが、新デバイスのテストマスターでもある。それ故にあらゆる研究室に赴くこともあるだろうから、下手をすれば我よりもシュテル達と顔を合わせておらんかもしれん。

 シュテル達のことも説明しておくと、我の知る限りシュテルは主にデバイス用新システムの開発をしておったはず。昔から魔力資質変換を補うシステムや新カートリッジシステムの研究をしておったからな。ユーリはユニゾンデバイスに関わることを中心に研究しているはず。

 そこにあやつが加わることで人型フレーム採用デバイスの研究チームのようなものが出来上がるわけだが、今は昔ほど一緒には仕事はしておらぬだろうな。それぞれ任せられる仕事も増え、自分がしたい研究も分かれておるから。

 

「……ところで貴様らだけなのか?」

「大丈夫ですよディアーチェ。ショウさんならもう少ししたら来ると思います」

 

 いや……別にあやつに来てほしいという意味で言ったわけではないのだが。貴様らが一緒に仕事をするならあやつも一緒なのではないかと思っただけで。

 断じてあやつに会いたいとかそういうのではないからな。あやつとはそれなりに顔を合わせておるし、この店の準備やお菓子の試食に協力してもらったからな。

 か、勘違いするでないぞ。

 別に貴様らが思っているようなことはなかったのだから。普通に過ごしただけだ。断じて鼓動が高まるような展開はなかったぞ。そもそも普通にしていればそのような展開になるわけがない。

 

「やれやれ……大人になってもディアーチェは相変わらずのようですね」

「それはどういう意味だ? 昔から言っておるだろ。別に我はあやつのことなど……大体貴様にだけは言われたくないわ。本心を語らん割合は貴様の方が上であろうに」

「いえいえ、こう見えて私は素直ですよ。日頃彼に会ったら素直に最低3回はちょっかいを出すようにしていますから」

 

 そんな素直さはあやつからしたら邪魔なだけだろう。そもそも我が言っておるのはそういう素直さではないな。

 我の見立てが間違っておらぬなら貴様も我と同じで……ううん、何でもない。我と同じという部分に他意はないからな。あったとしてもそれは我と似て素直でないところがあるというだけよ。別にあやつに対してどうこうというものではない。

 

「ずるいぞシュテル、ボクだってショウと遊びたいのに!」

「レヴィ、一言断っておきますが別に私はショウと遊んでいるわけではありませんよ。仕事をしながらスキンシップを取ってるだけです」

「それでもずるいよ。ボクなんて年々ショウと一緒に仕事する回数減ってるのに」

「それを言ったらみんな減っていますよ」

「そうですね。ショウさんは魔導師としても活動されていますから」

 

 笑ってはおるが我には少しユーリが寂しそうに見える。

 ユーリは昔からショウに懐いておったからな……いや、この言い方はユーリに失礼か。

 あの小さかったユーリも今は一人前の女性だ。そしておそらくあやつに想いを寄せておるだろう。まあ独占欲がないのか、みんなで仲良くという感じもしなくはないのだが。

 実際のところどうであろうな……この手の話を本人に聞くのも抵抗があるし、あやつに聞くのは筋違いな気がする。かといって話題的にシュテルやレヴィでは頼りにならんだろうし……。

 消去法で思い浮かぶのはあやつのユニゾンデバイスであるセイだ。

 我の記憶が正しければ、あやつのデバイス達はシュテルやユーリと仕事をする日も多いと聞く。ショウが参加できぬ日にフォローで入っていたと聞いているが、今では並の技術者よりも知識を有しておるだろう。ユーリと仕事をすることが多いのはセイであったはずなので、機会があればゆっくり話してみたいものだ。

 

「ボクも魔導師の仕事もしようかな……そのへんの魔導師より強い自信あるし。魔導師になればショウと一緒に仕事できるかもしれないから」

「決めるのはレヴィ自身ですが、ショウと一緒に居たいという意味で言うならオススメはしません。魔導師は常に人手不足。しかもレヴィは資質的に言えば高ランク認定されるでしょう。ショウも高ランクの魔導師ですから別の仕事をさせられる可能性が高いです」

「それに今でもレヴィはテストマスターや研究のお仕事してるんです。魔導師のお仕事まで始めたらお休みが少なくなってショウさんと一緒に居れる日も減っちゃいますよ」

「うぅ……よし、決めた! ボクは魔導師なんかにならない。今のお仕事を頑張るよ!」

 

 世の中のためを考えるとひとりでも優秀な魔導師が居たほうがいいのだが……。

 まあ我の立場からすれば正直魔導師の仕事はしてほしくはない。人のためになる仕事だと理解してはいるが、常に危険と隣り合わせの仕事でもある。現状で魔導師として活動しておるあやつらも何度も怪我をしてきた。

 信念を持って仕事をしておるからやめろとは言えぬが……心配事がこれ以上増えるのは正直に言って嫌なものだ。

 それに……我の周りには心配を掛けたくないから黙っておる者も多いからな。待つ方からすれば、あとで報告される方が嫌だというのに。心配しかできぬ身なのだから心配くらいさせてくれても良いだろう。

 

「レヴィは本当にショウさんが好きなんですね」

「うん! でもそういうユーリだってショウのこと好きなくせに~」

「え……えっと、まあそうですけど」

 

 だらけきった顔のレヴィと恥ずかしそうに赤面しているユーリ。

 これを見てふたりが恋敵と思う人間がどれだけいるだろうか。正直我には恋敵には見えん。ユーリはともかく、レヴィが同じ土俵に居るようには見えんからだ。

 まあ……レヴィらしいといえばレヴィらしいのだが。

 身体こそ大きくなったが精神的には昔からあまり変わらんからなこやつは。散々あやつや我などから言われた結果、多少は男女の距離感を考えるようになったというか、過度なスキンシップは控えるようにはなったが。

 しかし……今日の様子を見る限り、あやつが来たら抱き着きそうだ。あやつはレヴィに対しては厳しく言えんからなぁ……そうなれば我が言うしかあるまい。

 

「……む?」

 

 ふと耳に車のエンジン音が聞こえてくる。

 店の隣には小さいが駐車場はある。なので来客や業者の車両はそこに止まるだろう。

 だが……エンジン音からして一般的なものとは異なる。この音からしてスポーツカーに搭載されているようなエンジン音だ。

 この店にそのような車で来そうな者は……

 

「悪い、野暮用で遅れた」

 

 店の中に入ってきたのは先ほどから話に出ていた人物。

 我らとも10年以上の付き合いになる夜月翔である。180センチほどの長身であり、落ち着いた雰囲気のある男だ。まあ我を含めた身近な者からは無愛想だの冷たいだの言われたりもしているが。

 

「ショウさん、大丈夫ですよ。私達もまだ来たばかりですから……それにしても今日は車で来たんですね。一度家に帰られると言っていたのでバイクで来るかと思ってました」

「確かにバイクの方が乗り慣れてるし、楽なんだが資料やらを届けないといけなかったからな」

「やれやれ……そこは素直に言わずに私達が居るから帰りは送ってやろうと思ったんだ、とでも言えば好感度を稼げたでしょうに」

「前は素直になれって言っておきながら今度は逆かよ。お前って本当捻くれてるよな」

「えっへん」

「褒めてねぇよ」

 

 まったく……仲睦まじくしよってからに。

 日頃我の知らんところでこのような雰囲気で話しておるのかと思うと……少し思うところがある。まあ別々の道を選んだのだから仕方がないことではあるが。

 にしても……真っ先に行動しそうだったあやつの声を聞いておらんな。あやつはいったい何を……何をしておるのだあやつは。

 我が探した人物は窓際に移動していたかと思うと、旅行中の子供のように目を輝かせた状態で駐車場の方を見ている。

 

「レヴィ、貴様は何をしておるのだ?」

「王さま!」

「何だ?」

「あの車ってショウの車なのかな? 黒でスタイリッシュでカッコいい!」

 

 ああそういうことか。

 一緒に仕事をする機会の多いシュテル達や我は店の手伝いの時などで見たことがあったが、レヴィはまだ見たことがなかったようだ。 

 レヴィは昔からスポーツだけでなく、ロボットやメカといった男が好きなものが好きだった。あのように騒ぐの無理はない。

 

「ねぇねぇショウ、ボクあとであれに乗ってみたい!」

「ん、あぁいいぞ」

「やったー!」

 

 子供のようにはしゃぐレヴィにショウは温かい笑みを向けている。

 普段からそのような顔をすればもっと女も寄ってくるだろうに。まああやつの周りには良い女が集まっておるから大抵の女は身を引いてしまうだろうが。

 

「ねぇショウ、あの車いつ買ったの? 何で買ったこと教えてくれなかったのさ!」

「少し前に買ったばかりだからな。それに普段はバイク使ってるし、お前とは今日久しぶりに会っただろ」

「そうだけど……電話とかで教えてくれてもいいじゃん!」

 

 他に客がおらぬから構わんが……少しハイテンション過ぎる。

 まったく…あれで成人しておるのだから質が悪い。世間的に見ればまだ若手に見られるだろうが、職場的にこれからは後輩も入ってくる。そうなれば先輩として教える立場になったりもするだろう。

 明るくて元気なのはあやつの長所ではあるが、もう少し大人になってもらいたいものだ。昔と比べたら大人にはなっているのだろうが。

 

「仕方ありませんよレヴィ。あの車はフェイトが愛用している車の後継車。フェイトと一緒に買いに行って選んだものなのです。ショウ達も年齢的にそういうことは隠したいものですよ」

「何で? 別に車を買いに行っただけなら隠す必要なんてないと思うんだけど?」

「それはですね……」

「そのへんにしとけ。変な誤解を与えようとするな。俺達の中でフェイトが1番車に詳しそうだから話を聞いただけだ」

「……それであの車を買ったのですか? 高いのに? 彼女の愛用しているものに似ているのに?」

 

 シュテルよ、貴様はどういう目線でそのようなことを言っておるのだ。

 嫉妬から来ているのなら理解できるが……正直今の貴様にはそれよりもからかいたいという思いが勝っているように思えるのだが。

 

「フェイトとは好みも似ているし、仕事で使おうと思って買ったんだから金は別にいいんだよ」

「まあそうですね。あなたもレーネも貯めてばかりで派手に使おうとはしませんから。世の中の景気によくないですし」

「仮に俺や義母さんが財産を使ったところでそこまで景気は変わらねぇよ。そもそもお前だって似たようなものだろうが」

「いえいえ、私はこれでも色々と散財していますので。美容や健康、娯楽と女の子はお金が掛かりますので」

 

 我が友はいったい何を言っておるのだろうか。

 美容や健康はまあ良い。こやつもショウ達と関わるようになってからは服などに興味を持ち始めたし、元々食事などは健康志向だ。それがなくとも凝り性が故に何かしらにハマったのなら費用は惜しまんだろう。

 しかし……女だから娯楽に金が掛かるというのはおかしくはないだろうか。

 まあ娯楽といってもこやつのことだから本を買ったりしているくらいなのだろうが……何というか表現的によろしくない。

 

「シュテル、そのような物言いだと我らにも偏見の目で見られるかもしれん。それ以上は口にするな。これでも飲んで落ち着け」

「ふむ……ディアーチェにそう言われては仕方がありませんね。ですがディアーチェ」

「何だ?」

「私はコーヒーより紅茶を希望します」

 

 メガネを外してキリッとした顔で言うでないわ!

 何で貴様は要所要所でボケないと気が済まんのだ。危うく他の者のコーヒーをぶちまけそうになってではないか。まったく……少しは仕事中の時のように真面目に振る舞わんか。

 この店は貴様らにくつろいでほしいと思って開いた場所ではあるが、それとこれとは話は別なのだからな。いくら我が我慢強くなったとはいえ、琴線に触れれば容赦はせぬぞ。

 

「だったらもう少し早めに言わんか。準備しておるのは見えておっただろう」

「こういうのはタイミングが重要ですので。今日のディアーチェはまだ元気な姿を見せてくれていませんので」

「叫んでる姿が元気な姿ではなかろう! 貴様の頭はいったいどうなっておるのだ!」

 

 ……ぐぬぬ。

 今日は怒鳴らんと決めておったのにやってしまった。シュテルの思惑通りに動かされた自分に腹が立つ。それ以上にシュテルのしたり顔に苛立ちを覚えるが……。

 

「まあまあ落ち着けよ。こんなのはいつものことだろ」

「うるさい……落ち着いておるわ。……何を笑っておるのだ」

「お前がすんなりと人前で拗ねた顔するなんて珍しいと思って」

「っ……べべべ別にそんな顔しておらん!」

 

 というか、仮にしてたとしても笑うようなことではないであろう。

 我だってそういう時だってある。まあ……少しばかり昔よりはそういう感情も素直に顔に出るようになったと思わなくもないが。昔から見せておったのは怒ったものばかりであったし。

 だが我とて高校・大学を経て変わったのだ。大きく変わったわけではないが、我なりにあれこれ考えて過ごしておるのだぞ。別にアリサやすずかにあれこれ言われてきたからではないからな。

 

「そんなことより……最近どうなのだ? 何やら忙しくしているようだが」

「まあぼちぼちってところだな……研究に関してはシュテルやユーリに丸投げのところもあるけど」

「仕方ないですよ。ショウさんは魔導師としての仕事もあるわけですから……」

「まあそうですね。3年前のJ・S事件……あれをきっかけにあなたの世間的に認知されましたから。技術者じゃなく魔導師として売れたのはあなたにとっては嫌かもしれませんがね」

 

 嫌味のようにも思えるが、ショウの性格を考えるとあまり表舞台に立ちたいとは思っておらぬだろう。技術者よりも魔導師の方がニュースに取り上げられることも多いだけにシュテルの言葉は的を射ているかもしれない。

 

「私としては……もう少し一緒にお仕事したいですけど。あの子達のことに関しては私だけで進めるのもどうかと思う部分も多いので」

「あの子達? ユーリ、それはどういう意味だ?」

「えっと、まだ詳しくは言えないんですけど……私とショウさんで新しい人型デバイスを作ってるんです。ファラやセイはショウさんの仕事の都合で居ない時もありますし、彼女達も長年一緒に研究してきたからか自分なりに興味のあることを見つけ始めてるみたいなので」

 

 つまりファラ達に代わってデータを取っていくデバイスを作っておるということか。

 確かにあやつらはデバイスではあるが、考え方は人間と変わりない。たとえ相手がマスターであるショウであろうと間違っていると思えばそれを口にする。

 それにしても……デバイスが自分の興味のあることを見つけるか。

 それをサポートする環境や尊重するこやつらが居るから出来ることなのだろうが、そう遠くない未来にデバイスが人と同じように人の隣を歩む日が来るのかもしれんな。

 

「確かに……ファラはシュテルと新システムの開発とかをしてきたし、セイはユーリとユニゾンデバイスや人型フレームに関して研究してきたからな。それに……なのはやヴィヴィオを見てて思うところもあるみたいだし」

「む? それは母性的な意味でか?」

「ああ多分な。ユーリと作ってるデバイスにはあいつらの意見を取り入れたりしているところがあるし。今度は妹じゃなくて娘のように思うかもな。年齢差で言えばなのはとヴィヴィオとそう変わらないことになるから」

 

 な、なるほど……デバイスが娘か。

 我が思っておる以上にあやつらは人間らしくなっておったのだな。数年前から外見を大人らしく変えたのは知っておったが……。

 少しばかり我よりも先に行かれているような気がするのは気のせいだろうか。

 確かになのは達を見ていて我もいつかはあのように自分の子供と……、と考えなくもない。だがまだそういうことは考えられぬからな。子供の生むにも相手が必要であるし、その相手も……

 

「……どうかしたか?」

「べ、別に何でもないわ。予想以上に人間らしくなっておったから思うところがあっただけよ。それより……ユーリがああ言っておるのだから少しは都合をつけられんのか?」

「ディアーチェ、そういうこと言わないでください。ショウさんも大変なんですから。それにもう私は子供じゃないです」

 

 それはそうだが……我からしてみれば今も昔もユーリは可愛い妹分なのだ。顔を合わせる機会も減っておるし、世話を焼きたいと思ってしまうのも無理はないだろう。

 

「まあ俺としても善処したいんだが……」

「何か問題あるの? ボクももっとショウと仕事したいのに」

「そう言ってくれるのは嬉しいし、やろうと思えばやれると思う。けど……」

「はっきりせぬか。何か出来ぬ理由でもあるのか?」

 

 ショウは少しばかり時間を使って考え始める。

 ダメならダメだとはっきり言える方なだけにこのように迷うのは珍しい。仕事の都合ですぐには無理な場合もそのように言うはずだが……

 

「……確証があるわけじゃないんだが、最近誰かに見られてる気がするんだ」

「え……そ、それってストーカーですか!?」

「まあ……世間的に認知されてきているだけにそのような者が出てきてもおかしくはありませんね。技術を盗もうとしているスパイという線も考えられますが」

「ああ……ただ個人的にそういうのとは違う気がするんだが。何というか、技術云々より俺個人に対して何かあるような……そういう視線をたまに感じる」

 

 ふむ……。

 ショウは長年に渡って剣術や体術を鍛錬してきた。それ故に人の視線や気配には敏感なところがある。それ故に安易に片づけていいものではないだろう。

 しかし、現状では確証がないのも事実。

 この漠然とした状況では管理局といった組織も動けんだろうし、仮にそのような動きを取れば何が起こるか分からない。

 

「無視してよい問題ではないが……現状は様子を見る他にあるまい。勘違いということもありえるのだからな」

「そうですね。ただ各々気を付けておいた方が良いでしょう。仮にその人物が居るとして、ショウだけを観察しているとは限りませんので」

「とはいえ、俺を狙っている可能性が高いのは事実だ。だからお前らと必要以上の接触は避ける。まあ今後の予定的に仕事で顔を合わせることは多いわけだが」

 

 ショウが我らを巻き込みたくないのは分かるが……我らとしてはショウだけ狙われるのも嫌なものだ。

 しかし、この中で最も戦闘に慣れているのはショウだ。

 シュテルやレヴィは仕事でデバイスを扱うことがあるからまだマシだろうが、研究中心のユーリや魔法から離れて過ごしてきた我は足手まといだろう。故に……最善を考えるならばショウの言うとおりにするしかあるまい。

 

「ディアーチェ、どうかお気を付けて。私達はまだ働く場所が場所なので襲撃されたとしても対抗する手段がありますが、ここには何もありませんので。……念のため今度あなたのデバイスをお持ちします」

「我が狙われる可能性は低い気もするが……備えておいて損はないからな。しかし、貴様らも気を付けるのだぞ。特に……」

「言われなくても分かってるさ。迷惑だとは思うが万が一が起きても困るしな。だからフェイトやはやてに連絡を入れておくよ」

 

 人からすればそこまでする必要はないと思うかもしれん。だが……事件というものはある日突発的に起こるものだ。

 それに……ショウは普通の魔導師ではない。

 人の視線や気配に敏感なことはもちろんだが、魔導師だけでなく技術者としても若いながらも成功を収めている。また親であるレーネ殿は技術者で知らぬ者はいないであろう天才。妬みや恨みがある人間は世の中に無数に居るだろう。暴挙に出る者は多くはないだろうが。

 

「まあまあ、この話はここまでにしておこうよ。話したところですぐに解決する話じゃないし。これからあまり会わないようにするならボクは今日くらいパ~とやっておきたい!」

「……そうだな。あまり悪い方向に考えても気持ちが塞ぐだけだ。……しかし、貴様らそんなにゆっくりする時間があるのか?」

「それなら大丈夫です。早くてもメンテや工事が終わるのは夕方になるそうなので。それに何かあれば呼び出しが掛かりますから」

「そうか、なら良いのだが……とりあえず準備するとしよう」

「あ、私も手伝います!」

「一応立場は店主と客なのだが……したいのならば好きにするといい」

 

 

 



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黒衣を狙いし紅の剣製 02

 明くる日、俺はメンテナンスの終わった研究室に居た。

 ストーカーのような存在が居るかもしれない状況ではあるが、仕事場で不審な視線を感じたことはない。今日もこれといって何も感じないのでとりあえずここは大丈夫だろう。

 まあ……ここには警備の人間も居たりするわけだから、仮に俺に恨むがある人間が襲ってくるにしても別の場所を選ぶか。

 感じた視線も複数ではなく単独だった。協力者がいるにしても組織と呼べるほどの数にはならないだろう。

 考え過ぎなだけかもしれないが、日頃荒事に関わらないシュテル達や他の研究者を巻き込まずに済みそうなのは精神的に助かる。

 

「ショウさん、ふたりを連れてきましたよ」

 

 そう言って部屋に入ってきたのは、今日一緒に仕事をする予定のユーリだ。彼女の手の上には2体のデバイスの姿がある。まあ俺や俺の周囲の人間は人と同じように扱うのでふたりと言い直させてもらうが。

 

「おはようございますマイスター」

 

 今挨拶をしてきたのはユーリの右手に乗っているデバイスだ。

 この子はファラをモデルに新しく作った人型フレーム採用のインテリジェントデバイス。名前はジャンヌと言う。

 これまでと違って人と同じ名前にしているのは、どうせ愛称でしか呼ばないし、より人らしいデバイスを目指しているためこのような名前にしたのだ。

 ファラの後継機なので彼女と同じで長い金髪をしている。瞳の色は青で性格は優しく真面目だ。戦闘時などに展開するバリアジャケットは白を基調としたものになっている。

 このようになった理由としては、コンセプトのひとつには聖女が入っていたからだ。まあファラのようにだらしない性格にならないように願掛けをしたところもあったりするのだが。

 マイスターという呼び方から分かると思うが、俺はジャンヌのマスターではない。

 今後はファラに変わってデータ取りに協力してもらおうと思ってはいるが、所有者は俺が剣を教えている人物にしようと思っているのだ。俺がやれば汎用的なデータは取りやすいが、偏ったもの……つまり特化した分野のデータが取りにくい。そのための配慮でもある。

 まあ……弟弟子というか愛弟子でもあるからプレゼント的な意味合いもなくはないのだが。

 無論、このことに関してはユーリ達の了解も得ている。これまでに何度か顔を合わせたりしているからな。ただ最近会えていないし、ジャンヌもまだ調整段階なので伝えてはいないが、近いうちに報告しようとは思っている。

 

「今日は何をする予定なのだマスター」

 

 次に話しかけてきたのは、左手に乗っていたもうひとりのデバイス。

 この子はセイをモデルに作ったユニゾンデバイスだ。ジャンヌはファラと違う部分も多いが、この子の容姿に関しては大人の姿に変わる前のセイに瓜二つになっている。

 唯一違う点があるとすれば瞳の色だ。セイは青色だがこの子は金色をしている。

 この子の名前はアルトリア。

 最初はセイグリッドオルタという名称だったのだが、元々これはコンセプトのような意味合いで付けられたものであり、またセイの希望とジャンヌと同時期の開発だったこともあって人らしい名前に変えたのだ。

 ちなみに何故セイがかつての自分と似た姿にしてほしかったというと、なのはやヴィヴィオを見て思うところがあったからだろう。精神的に成熟したせいかこれを言うと否定するが、恥ずかしそうにするあたり間違いないと思う。

 まあ……信念や考え方の部分はセイに似ているけど、口調とかは尊大な感じなわけだが。セイの別ベクトルの性格や性能にしようとした結果であり、また口が悪いのも人間らしいと言えば人間らしい。なので気にしている者はこれといっていない。

 

「アルトリアさん、まずは挨拶をするべきです。それにマイスターはアルトリアさんのマスターではないはず」

「ふん、確かにこいつは正式な私のマスターではない。だが私の元になったあやつのマスターであり、私を使う資格は有している。それに私のデータを取るのは現状ではほとんどこいつだ。ならば別にマスターと呼んでも問題はあるまい」

 

 まあ俺はアルトリアのテストマスターなので言い分としては筋は通るし、俺としてもマスターでもマイスターでも好きに呼んでくれて構わないのだが。

 ただアルトリアはセイとは違って俺以外にもユニゾンできる者は多い。試作型でもあるセイは俺のデータを元に作られたので汎用性に欠けるわけだが、次世代型を目指したアルトリアはそのへんがある程度改善されているのだ。

 

「そういう問題ではない気がするのですが。私達にとってマスターは代替わりや指示がなければひとりのはず。仮の使用者をマスターと呼ぶのはいかがなものかと」

「それは貴様の考えだろう。誰もが一緒の考えだと思うな。私は私の考えに基づいて行動する。貴様にとやかく言われる筋合いはない」

「まあ……それもそうですね」

 

 相手の考えもすんなりと受け入れられるのはジャンヌの良いところだろう。まあ受け入れられない場合もあるのでそのときは激突してしまうが。真面目で素直、それでいて稼働時間が短いだけに抱いた疑問は全て口にしてしまいがちだし。

 

「ところで……ユーリはさっきから何を笑ってるんだ?」

「いえ……この子達を見てるとセイ達に似てるなって思いまして。まあアルトリアはセイと違ってショウさんのことを独り占めしたいタイプみたいですけど」

「な、何を言っておるのだ貴様は。べ、別に私はこやつを独り占めしたいとは思っておらん! って、えぇい何をする。頬を摺り寄せてくるな!」

「もう恥ずかしがちゃって。可愛いですねアルトリアは」

 

 ユーリはアルトリアの製作者のひとりなので娘のように思う気持ちは分からなくもない。

 しかし……今のような愛情表現はせめてアウトフレーム状態の時にしてやれと言いたい気持ちにもなる。普段の大きさで人間から一方的に頬摺りされるのはデバイスも困るだろうから。

 まあこれといって何もするつもりはないのだが。

 アルトリアが素直じゃないのは見ていて分かるし、今後もユーリと少なからず関わっていくのだ。それにあれはユーリなりのスキンシップであり、レヴィのように勢い良く抱き着いて来たりするわけではない。放っておいても問題はないだろう。

 

「……ジャンヌはしてもらわなくていいのか?」

「え……は、はい大丈夫です。褒められるようなことはしていませんし……それに私から見てもアルトリアさんは可愛いですから。何ていうか大きくなったあの子みたいで」

 

 ジャンヌが言うあの子というのは、ジャンヌの妹に当たるデバイスのことだ。名前は現状だとオルタということになっている。

 何故断定ではないかというと、会話といったことは出来るがまだ完全には完成していないからだ。なのでこの場にもいない。

 見た目はジャンヌに酷似しているのだが、性格は真逆に近い。まあ人型デバイスのデータ取りも兼ねているため、あえてジャンヌとは反対の性格でやってみようということになった結果なのだが。

 とはいえ、まだ自我を持って間もないため素直なところもある。今後どうなるかは分からないが……アルトリアとは違った性格になる気がする。

 アルトリアは傍若無人といった感じの印象だが、あの子は……捻くれたアリサみたいな感じだろうか。

 

「……ん?」

 

 ジャンヌと一緒にユーリ達を眺めていると通信が入ってきた。

 それに出るとここの受付をしてくれている職員が映る。こっちの映像が見えた瞬間に表情が曇ったように見えるが……

 

『あっ……すみませんお取込み中でしたか?』

「いや別に……騒がしいのはユーリがデバイスと戯れてるからですよ。だから気にしないでください。それで要件は?」

『はい、それはですね……夜月さんにお会いしたいという方がいらっしゃってるのですが。レーネさんのお知り合いだそうで』

「義母さんの?」

 

 義母さんの知り合いならば直接義母さんの元を訪れれば良い気がするが……まああの人は多忙だしな。

 それに義母さんは仕事ばかりしているイメージではあるが、俺の母親になってからは別のことにも目を向けることも多くなった。まあ一般人よりは少ないのだが。

 それだけに知り合いが全て仕事の関係者とは限らない。関係者だったとしても義母さんが自分の代わりに俺を勧めた可能性もある。手が離せない状況でもないし、会わないわけにはいかないだろう。

 

「分かりました。すぐにそっちに行きます……ユーリ、悪いけど少し席を外す」

「はい……あの」

「ん?」

「気を付けてくださいね」

 

 ストーカーが居るかもしれないという発言をしてからなのだろうが、ここまで心配そうな顔をされると言わない方が良かったかもしれない。まあ今更言っても遅いのだが。

 

「大丈夫さ。集団が来ている雰囲気はないし、俺のことを狙うにしても警備の居るここよりも他で狙う方が自然だ。それに……俺はそんなにやわじゃないよ。だから心配するな」

 

 そう言って頭を撫でてやると、ユーリは恥ずかしそうにしながらも笑顔になった。彼女は普段笑っていることが多いので、やはりこっちの方が似合う。

 

「む……その顔は何だか子ども扱いされてる気がします。ショウさんに撫でられるのは好きですけど、そういう風に撫でられるのは嫌です。もう私だって子供じゃないんですよ」

「そう怒るなよ。子供だとは思ってないから」

「本当ですか? ショウさんは私に対しては他の人より簡単に触れてくる気がするんですけど」

「まあお前やレヴィは昔から懐いてたというか距離が近かったからな。その名残だよ。触れるなって言うならやめるさ」

「それは……ダメです。その……スキンシップは大切ですから」

 

 そこで別にいいですよって言えなかったり、ちょっと拗ねたような顔をするのが子供っぽいんだけどな。背丈は大きくなってもそのへんが変わらないから俺もつい撫でたりするんだろうけど。

 

「じゃあ行ってくる」

「はい、行ってらっしゃい…………何か奥さんっぽかったです」

「口に出すならマスターに直接言ったらどうなのだ?」

「アアアアルトリア、聞いたんですか!?」

「抱かれている状態なのだから聞こえるのは当然だろう」

「アルトリアさん、いったい何の話をされているのですか?」

「な、何でもないですから。だからジャンヌも気にしないでください!」

 

 部屋を出る瞬間に何やらユーリが騒いでいたみたいだが……まあユーリだから気にすることはないか。またアルトリア達と戯れてるんだろう。

 そう完結させた俺は受付の方に向かう。

 昨日もろくに仕事できなかったし、可能な限り早めに切り上げよう。あまり待たせるとユーリも拗ねるかもしれないし……さすがにこれはないか。シュテルやレヴィなら機嫌を悪くしていたかもしれないが、今日は別件で外に出てるし。

 さて……義母さんの知り合いってのは誰なんだろうな。

 

「おや? やあショウくん、久しぶりだね」

 

 受付近くの待合席を通りかかると、白衣を着た痩せ気味の男性が声を掛けてきた。年齢は義母さんと同じくらいか少し上に思われる。

 義母さんほどではないが目には隈が出来ており、髪の毛もここ最近は切りに行ってないのか伸び切った感じがする。いかにも働き過ぎ一歩手前の技術者という風貌だ。

 

「えっと……」

「あぁーすまない。君と会ったのは物心もついてない頃だからね。知らないのも当然さ。私はグリード・ナハトモーント。君の親戚だよ」

「は、はぁ……」

 

 親戚と言われてもこれまでに会ったことがないだけにピンとこない。義母さんもそのへんの話はしないし、俺が知っていた知り合いもリンディさんといった一部の人間だけだ。

 ただこの人の目を見た限り、嘘を言っているようには見えない。

 また俺が地球育ちなので父さん側の血筋に関してあまり知らないのも事実。義母さんに聞いたところで、昔のあの人はあまり人に興味を持っていなかったから聞くだけ無駄な気もするし。

 まあ現状で敵意のようなものは感じないし変に疑うのはやめておこう。長年会おうとしなかった親戚が急に顔を出したのだとしても。

 

「どうも夜月翔です。今日はいったいどういうご用件で?」

「あー大した用件じゃないんだよ。長年研究ばかりしていたわけだが、数年前から君のことをちょくちょくテレビで見るようになってね。うちの娘も君に会ってみたいっと言っていたから今日訪ねてみたんだよ。いきなりは申し訳ないと思ったのだが、あいにくなかなか都合がつかない日が多いものでね」

 

 理由としては納得出来るものではある。

 研究者は自分の研究がゴールを迎えないことには報われるものではないし、研究内容によっては数年も結果が出ないこともざらだ。根っからの研究者なら今こうして話している時間さえも勿体ないと感じてもおかしくない。

 

「さて……おや? まったく……自分が会いたいと言っておきながら。おーいクロエ、こっちに来なさい。ショウくんが来てくれたよ」

 

 グリードさんが声を掛けた先には、ヴィヴィオと同じくらいの女の子の姿があった。義母さんと同じ年代の人の娘にしては若い。まあなかなか子宝に恵まれない人も居るのもいるわけだが。

 しかし、こちらに近づいてくる少女の肌は褐色で髪はピンクが混じった白色。髪色はグリードさんも義母さんに似て銀色っぽいのでそこまでおかしくはないが……母親が褐色の肌の持ち主なのだろうか。顔立ちもグリードさんに似ているようには思えないし。

 

「ほんとに来てくれたんだ。パパって研究ばっかりしてる人じゃなくて結構凄い人だったのね」

「そういうことは言わなくていい。それより……ちゃんと挨拶しなさい」

「はーい。どうもはじめまして、クロエ・F・ナハトモーントです。よろしくね、お兄ちゃん♪」

 

 お……お兄ちゃん?

 まあ確かに俺のこの子の年齢差はなのはとヴィヴィオのようなものだ。一回りくらいの年齢差なら兄として扱われるのはおかしくない。話が本当なら俺とこの子は親戚なわけだし、それがなくても年下の子がお兄ちゃんと呼ぶのはおかしいことではないのだから。

 それに……おじさんだとか言われるよりはマシだ。呼ばれ慣れない呼び方だから少し恥ずかしさもありはするけど。

 

「あぁよろしくクロエ」

「ク・ロ」

「ん?」

「お兄ちゃんにはクロって呼んでほしいな。お兄ちゃんとは仲良くなりたいし、将来的に色々とあるかもしれないから」

 

 色々……確かに可能性の話をするならば適した言葉ではある。

 だが……どうしてだろう。ヴィヴィオと変わらない年代のはずなのに言葉に妙な色気を感じるのだが。最近で言うところの小悪魔系なのだろうか。だとすると同年代の男子達は大変な目に遭うかもしれない。

 しかし……一瞬この子から不穏な視線を感じたのは俺の気のせいか?

 口調こそフレンドリーというか気さくな感じではあるが礼儀は弁えているように思える。それ故に本当は緊張しているのを隠しているだけかもしれない。これくらいの年代の子が初対面の大人と会話するのに緊張感を覚えるのは無理のない話なのだから。

 まあ……いたずらをしてくる気配もないし、深く考える必要はないか。下手に警戒して余計な荒事を招く方が愚の骨頂だし。

 

「あまり気にしないでくれ。この子も私に似たのかデバイスに興味を持っていてね。将来は君のようにデバイスを開発したりしたいと思っているんだ。さっきのも一緒に仕事をしたいとかそういう意味だと思う」

「もうパパ、こういうのは秘密にしておくから良いことなのに。まったく女心が分かってないんだから」

「仲良いんですね」

「まあね。今はこの子だけが私の家族だから……」

 

 そう言ってグリードさんはクロの頭を撫でる。

 ただその姿が演技じみているというか……ぎこちなく見えるのは俺の気のせいなのか。クロの顔も微妙な感じに見えなくもないし。

 ただ……単純に普段撫でたりしていないからかもしれない。また女の子は早熟だ。故にクロがそういうことを嫌がってもおかしくない。まあ今日会ったばかりの親子の関係にどうこう言うのはおこがましい。気にしないでおくことにしよう。

 

「……っと、そういえば仕事の途中だったね。あまり長居するのも悪いし、今日はこのへんで失礼するよ」

「えーもう帰っちゃうの? もっとお兄ちゃんと話したいのにー」

「我が侭を言うんじゃない。今日はアポなしで来ているんだから。また今度連れてきてあげるよ」

 

 グリードさんは立ち上がると、意識をクロから俺の方へと移す。

 

「と言ったものの……見学とか構わないかい? この子をダシに使うような言い回しだったが、私も技術者の端くれだからね。最新技術に興味があるんだ」

「まあ……きちんとアポを取ってもらえれば構いませんよ。俺のやっているものは秘匿するより広げていきたいものですから」

 

 人型フレームを使ったデバイスなんて扱ってるのは俺を含めても身近な技術者ばかりだからな。

 父さんの想いや俺達の願いが叶うためにも多くの人に知ってもらいたい。そのためには興味を持ってくれた人間を無下に扱うのは間違いだろう。

 

「……そうか。……ではまた今度。行くよクロエ」

「はーい……じゃあねお兄ちゃん♪」

 

 クロはグリードさんに連れられる形でこちらに笑顔で手を振りながら去って行く。

 最後また不穏な空気を感じたような気がしたが……もしかしてあの人は過去にうちの家と何かあったのだろうか。

 父さんはともかく……義母さんは数々の結果を残してきた人だからな。同業者の中に恨みや妬みを持つ人間が居てもおかしくはない。

 

「やれやれ……義母さんへの当てつけで絡まれたりしなければいいんだが」

 

 

 



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黒衣を狙いし紅の剣製 03

「ティア~、こっちこっち!」

 

 店内に入ってすぐ私を呼ぶ大きな声が聞こえた。これまでに何度も聞いたことがある声だけど、ある意味未だに慣れない。

 呼んでくれるのはまあいいけど、大声で呼ぶ必要があるとは思えないからだ。店の中に居る客は私が見た限りではあんたしかいないんだし。

 

「大声出さなくても聞こえるわよ。ここには私とあんたくらいしかいないんだから」

「あはは、ごめんごめん」

 

 笑顔で謝られても反省しているように見えない……わけでもない。

 スバルとの付き合いも訓練生の頃から考えれば長いものだ。今では別々に働いてはいるけど、機動六課で過ごした1年は私やこの子にとっても大きな1年だったと思う。エリオやキャロ達も含めて強い絆で結ばれたはず。それは今も変わらない。

 そう心では思いながら素直になれないのが私だ。スバルの向かい側の席にため息を吐きながら座ったのが良い証拠だろう。

 もう少し素直になってもいいんじゃないかって言われるかもしれないけど、親しい関係にあるからこそ恥ずかしいこともあるのと声を大にして言いたい。

 

「ティアナよ、今のは言葉は少し聞き捨てならんな」

 

 水を出しながら話しかけてきたのは、ここ翠屋ミッドチルダ店の店主さんだ。

 そう振り返ることもなく断定できた理由としては、この店はまだバイトを雇っていないと聞いていたこと。それに聞き覚えのある声というのが大きい。

 

「我の店が繁盛しておらんと言っておるのか?」

「ディ、ディアーチェさん!? いいいえ、そういうわけで言ったんじゃ……!」

 

 正直に言っておくと、私はディアーチェさんが少し苦手だ。

 いや苦手というのは語弊がある。頭が上がらない人として認識してしまっているのだ。

 はやてさんに似ていることも理由だけど……それに加えてディアーチェさんって近づきがたいというか、近づいちゃいけない雰囲気があるのよね。

 気さくに話せる人だっていうのは理解しているけど、何ていうか……カッコ良くて綺麗な大人って感じだし。それに王者の風格というか、自分よりも上の存在のように思ってしまう自分が居る。それだけに今みたいな反応をしてしまいがちだ。

 

「ふ、冗談だ。それに……実際今のところ客足は多くない。貴様らを含めて訪れているのは知人ばかりだ。繁盛してるとは言えん」

「何でお客さん増えないんでしょうね。立地だってそんなに悪い場所でもないですし、お菓子だってすっごく美味しいものばかりなのに」

「まあ……急に増えても困るのだがな」

 

 客足を気にするような発言をした割にディアーチェさんの今の顔に焦りはない。

 まあ無計画にお店を開く人でもないし、しばらく客が来なくても問題ないくらいの貯蓄はしてるんでしょうね。何年も前からなのはさんのご両親が経営している店で働いていたらしいし。

 

「バイトとか雇わないんですか?」

「雇いたいとは思うが……そうなれば面談の時間も用意せねばならぬからな」

 

 誰かが手伝いにきている時ならともかく、普段はディアーチェさんひとりなわけだし営業中だと面談の時間が取れないでしょうからね。客が居るのに奥で面談をするわけにもいかないし。

 

「貴様らの紹介ならばそのような手間も省けるのだが」

「うーん……でも私達の知り合いって大体ディアーチェさんも知ってますし」

「そうね……私達も休日ならともかく普段は仕事があるわけだから」

 

 どうにかしてあげたいとは思うけど、なかなか難しい問題よね。

 比較的ヴィヴィオとかなら時間は取れそうだけど……年齢的にお手伝いはともかくバイトとして働かせるのはどうかと思うし。そもそも……いくら魔法世界の就職年齢が低いとはいえ、あのなのはさんがバイトを許すわけないもんね。

 あの人の収入だけで十分な額があるわけだし、散財しているイメージもないから貯蓄はあるだろうから。

 

「あ……ノーヴェとかは? 確か前に新しいバイト先探してるってあんた言ったなかった?」

「そういえば……言ってたかも。救助隊で技能訓練とか格闘技以外はバイトしてたし、ノーヴェなら適任かもね。ディアーチェさんが良いのなら私から話しときますよ?」

「ふむ、あやつか……」

 

 微妙な表情を浮かべてるディアーチェさんは何を考えているのだろう。

 元々はあの事件の首謀者側だから思うところが……って、そんな心が狭い人ではないわよね。大抵のことは怒りはしても許してくれる人だろうし。そうでないならはやてさんとかシュテルさんが顔を合わせる度にからかったりしないだろうから。

 となると……単純にノーヴェの性格とか言葉遣いを気にしてるのかもしれないわね。男勝りというか強気な子だから。

 でも……まあ昔と比べたら敬語とかも使ったりすることはあるし、大丈夫な気もする。そもそも、そのへんのことを言ったらディアーチェさんの方があれかもしれないし。

 

「どうしたティアナ? 我に何か言いたいことでもあるのか」

「い、いえ! その、ノーヴェならいいんじゃないかなって。あの子も大分大人になったというか、割と素直になりましたし」

「まあ……毛嫌いしていたショウへの態度も変わったと聞いているからな。そうなのだろう……スバル、悪いがノーヴェに話をしておいてくれるか? ただ無理強いをするつもりはない故、気が向いたらバイトせぬか程度の勧誘で構わん」

「はい、分かりました……あのディアーチェさん」

「ん?」

「ティアも来たんで……そろそろ注文してもいいですか?」

 

 あ……あんたね。

 私が来るまで待っててくれたんでしょうけど、もっと自然な顔で言いなさいよ。真顔で言うから何事かと思ったじゃない。ほんとあんたは……まあスバルらしいと言えばスバルらしいんだけど。

 

「やっほ~! 王さま、一仕事終わらせたから遊びに来たよ!」

 

 スバル以上に大きな声で現れたのはフェイトさん……のそっくりさんであるレヴィさんだ。

 髪色や瞳の色は違うけど、体格や髪の長さはほぼ同じ。髪型もなのはさんとシュテルさん、はやてさんとディアーチェさんの組み合わせより差がなく、声も似ていることもあって実に凄まじい違和感がある。

 まあ……知り合いの中では普段フェイトさんと一緒に居る私くらいかもしれないけど。というか、フェイトさんを見慣れている私がここまで既視感を覚える方がおかしい気がする。この人、見た目フェイトさんにそっくりなのに性格が真逆過ぎ……

 

「王さま王さま、今日はシュークリームが食べたい!」

「えぇい、入ってくるなり無駄にクルクル回りながら近づいてくるな。鬱陶しい!」

「ガーン!?」

 

 あぁ……フェイトさんが芸人みたいな反応を。

 って……違うでしょ私。今目の前に居るのはフェイトさんじゃなくてレヴィさん。断じてフェイトさんではないわ。そう、私の目標としているフェイトさんとは別人。見た目が似ているだけでフェイトさんではない。

 

「お? 誰かと思えばスバるんにティアなん。こんなところで会うなんて奇遇だね~」

「こんにちわレヴィさん。はい、奇遇ですね」

「奇遇……なのかしら。互いの知人がやっている店だから会う確率は高い気がするんだけど……というか、そのティアなんっていうのやめてもらっていいですか?」

「何で? ティアなんって可愛いじゃん」

 

 いや別に可愛さがどうこうっていうわけじゃなくて……単純にそういうあだ名で呼ばれるのが恥ずかしいんです。ティアとかなら別にいいんですけど。

 

「そうだよティア、ティアなんって可愛いよ。私も呼んでいい?」

「ダメに決まってるでしょ。もし私のことをそれで呼んだらあんたのことは今後ナカジマさんって呼ぶわ」

「ちょっ、いくら何でもそれはひどくない!?」

 

 うっさい。何であんたからティアなんなんて呼ばれないといけないのよ。

 あんたは……私の親友でしょうが。あんただからティアって呼び名だって許してるって言うのに。それを今更変えるってのはどうなのよ。

 大体……この手の呼び方はレヴィさんだから許容できる部分があるわけで、普通の人が呼んだら普通に拒否するに決まってるじゃない。

 

「今日もふたりで元気で仲良しで元気だね」

「元気なら貴様も負けてはおらぬではないか」

「まあね! それくらいが取り柄みたいなものだし!」

 

 あの……その言い方だと自慢しているどころか自虐してるような気がするんですけど。

 まあこの人相手に深く考えたら負けというか無駄なんでしょうけど。フェイトさんもレヴィさんには苦労してるって言ってたし。特に呼び方とかで

 

「そんなことないですよ。レヴィさんは頭だって良いじゃないですか。私達魔導師のために毎日デバイスとかの研究をしてくれてますし。私、レヴィさんのこと尊敬します!」

「スバるん……スバるんは良い子だね! よし、今日はボクがおごっちゃおう。好きなだけ食べると良いよ!」

「え、いいですか?」

「漢に二言はない!」

 

 いやいや、レヴィさんはどこからどう見ても女でしょ。その大きな胸じゃどう頑張っても性別を逆に見せるのは無理でしょうから。

 

「どったのティナなん? そんなにボクのこと見て……あっ、スバるんだけにおごるって思って拗ねてるんだな。ティアなんの分もおごるに決まってるじゃん。拗ねるな拗ねるな」

「いえそうではないんですが……でもありがとうございます」

「うんうん、素直が1番。シュークリーム何個食べる? 10個くらい?」

「1個……2個でいいです」

 

 ここのシュークリームが美味しいのは知ってますし、他のお菓子も美味しいですけど……レヴィさんやスバルと違って私は普通なんです。10個も入るわけないじゃないですか。

 大体……そんなに食べたら太っちゃうし。別に誰かに綺麗になったとか言ってほしいわけじゃないけど、色んな人と顔を合わせるだってある仕事だし。私だってあと何年かすれば20歳迎えるわけだしね。少しは見た目も気にしないと……

 

「ティアって本当少食だよね。レヴィさん……ちなみに10個以上行っても?」

「オッケー! ティアなんは本当に2個でいいの? もっと食べてもいいんだよ?」

「いえ、2個で大丈夫です。あまり食べると……太りますし」

「そっか。ティアなんは大変だね~、ボクは体重なんて気にしたことないよ」

 

 うぐ……

 この人は悪気はないんだろうけど、別にそういうこと言わなくてもいいと思うのは私だけ?

 フェイトさんもそこまで体重を気にしたことないって言ってたような気がするけど、あの人の場合は食べる量も少ないから別に良いと思う。

 だけど……この人の食べる量はスバルにも負けない。なのに何で太らないわけ? 摂取したカロリーはいったいどこに消えてるって言うのよ。まあ可能性としては……

 

「ティアなん? その視線からして……ボクのおっぱいを見てるんだね!」

「え、あっいえ別に……あのレヴィさん、女性しか居ないとはいえ……そういうことを堂々と言うのはどうかと」

「えー別にいいじゃん。元はと言えば、ティアなんが見てたのが原因なんだし。というか、ティアなんは凄いね」

「はい? 何がですか?」

「何って……ボクのおっぱいが大きくなったのに気が付いて見てたんじゃないの?」

 

 ……はあぁぁぁぁあッ!?

 そりゃあ食べた分の栄養は胸に行ってるんじゃないかって思ったわよ。でも大きくなってるとか微塵も思ってない……というか、まだ大きくなってるんですか。

 おかしい。おかしいでしょ……レヴィさんは年齢的にもう成長期は過ぎてるでしょうし。妊娠したりしたら大きくなるって話は聞くけど、スバル以上に異性意識がないというか恋愛を理解してなさそうなこの人が妊娠なんてありえない話だし。

 私はスタイルが悪いとか言われたりしたことないし、人並みにはあると思うけど……何だろう。いざ自分よりも美人な人がさらにその能力を上げてると聞くと精神的に来るものがある。

 地味に落ち込んでいると、誰かが大量のシュークリームを持って現れる。

 

「ティアナよ、貴様の気持ちは分かるがあまり気にするな。そやつはそういう奴だ」

「ディアーチェさん……そうですね。気にしないようにします」

「そうそう、気にしないことが1番だよね。大きくても割と邪魔になることが多いし、下着だって買い換えないといけなくなるんだから」

「レヴィ、そこまでにしておけ。貴様に悪気がないのは分かるが、人というものは己が知らない内に相手のことを傷つけたりするものだからな。それより……飲み物はどうする?」

「ボクはカフェオレ!」

「えっと……じゃあ私も」

「私はアイスコーヒーで」

 

 それぞれ注文すると、ディアーチェさんは肯定の返事をしてまたテーブルから離れて行った。

 気づいたらレヴィさんも同席することになってるけど、まあ別の席で食べろっていうのも人が悪いわよね。別に何かされたわけでもないし。

 

「そういえばティア、ショウさんの件ってどうなったの? 確かストーカーがいるとかいないとか聞いたんだけど」

 

 私が知るわけないでしょ……って言えたら当たり障りもなく会話が終わるんだろうけど、実際のところ私の担当なのよね。

 本当はフェイトさんが私が調べる! って感じになってたけど、別に疑惑があるだけで証拠があるわけじゃない。それに何か問題が起こったわけでもないし、他に優先しないといけない仕事も多い。それだけに泣く泣く諦めたというか……

 六課の頃から思ってはいたけど、フェイトさんって本当に仕事では頼りになるし出来る人なのに恋愛に関しては奥手よね。元々内気な方ではあるんだろうけど、普通子供の頃から好きなら告白とかしそうなものだけど。

 一緒に仕事するようになってからは、フェイトさんがいかにショウさんのことを好きなのか理解したし。ショウさんのことを話すフェイトさんの顔はまさに恋する乙女って感じだから。我が上司ながら可愛い人よね。

 それだけに……早く結ばれて幸せになってほしいとは思うけど、一向に進展する気配がない。仕事柄会うのが難しいのは分かるけど、もう少し努力しても良い気がするのよね。なのはさんやはやてさんとかもあの人のことは狙ってるんだから。

 

「お、ティアなんが調べてくれてるの? ボクもその話聞きたい!」

「別にいいですけど……仕事の合間に調べてるだけなので大したことは分かってませんよ?」

「それでもいいよ。大したことでなくても何も知らないよりは安心だから。ボクはまあショウが強いの知ってるし、そこまで気にしてないけど……ユーリとか王さまは心配ばかりしちゃうからね」

「レヴィ、ユーリはともかく我まで含めるな。別に我はそこまで心配しておらん。あやつはただのストーカーにどうこうされる男ではない」

 

 そこまで心配してないって……つまりは心配してるってことよね。

 まあフェイトさんほど気にしてはないんだろうけど。あの人は自分で調べられないってなったときにどうしようって狼狽えてたし。私に任されたのだって誰かがやってないと仕事が手に付かなくなりそうだからって理由もあるだろうから。

 心配症というか過保護というか……まああの優しさがフェイトさんの魅力ではあるんだけど。

 

「ディアーチェさんって……前から思ってましたけど、ショウさんへの信頼凄いですよね。何ていうか……戦場に送り出しても無事に帰ってくると信じてるって感じがして」

「スバるん、ディアーチェはああ見えてすっごく心配症なんだよ。J・S事件だっけ? あれが終わった後ショウは少し入院してたわけだけど、入院したって聞いた時は誰よりも慌ててたんだから。動けないってわけでもないのに毎日病院に通ってたしね」

 

 何ていうか……それって恋人とか奥さんの域だと思うのは私だけかしら。

 まあその頃のディアーチェさんは私達よりも時間があったからなだけな気もするけど。フェイトさん達だって見舞いに行きたかっただろうけど、事後処理とかあってなかなか行けなかったし。あの頃は私達でさえ忙しかったわけだから。

 

「それ聞くと……何ていうか、ディアーチェさんってショウさんの奥さんみたいですね」

「なっ……スバル、貴様はいきなり何を言っておるのだ!」

「え? 私そんなにおかしなこと言いました? 私の記憶が正しければ、今の話を除いてもディアーチェさんがショウさんにお弁当を作ってあげたりしてるって話もあったような気がするんですけど」

「た、確かに作ったりしたことはあるがそれはそこに居るレヴィやレーネ殿達に作るついでだ。別にあやつのためだけに作っておったのではない!」

「なるほど。あはは、何かすみません」

 

 とりあえず一段落なんでしょうけど……普通の人なら今のタイミングで納得はしないわよね。

 だってどう考えてもディアーチェさんってあの人に対して特別な感情を抱いてるわけだし。私と同じであまり自分の気持ちを素直に出せないところがある人だから今みたいに否定するんでしょうけど。

 やれやれ……この先どうなることなのやら。

 私としてはフェイトさんに結ばれてほしいとは思うけど、他の人が少しでも頑張ればその人が結ばれそうな気がするし。中でもはやてさんはなのはさんやディアーチェさんと違って自分から動ける人だからなぁ。デートとかも自然に誘いそうだし。

 

「それよりもショウの話だよ。ティアなん、早く早く」

「分かりました、分かりましたから顔を近づけてこないでください。あと出来ればティアなんって呼び方もやめてほしいです。呼ぶにしてもティアにしてください」

「うん、分かったよティアなん」

 

 全然分かってない……何かフェイトさんの言ってたことが理解できた気がするわ。

 でもまあ……フェイトさんよりはマシなのかも。確かあの人はレヴィさんから「へいと」って呼ばれてるらしいし。子供の頃は上手く発音できないと思って何度も訂正してと言ったらしいけど、今はもう受け入れてるらしいし。

 私が言おうものなら怒られる……まではいかなくても注意はされそうだけど。まあなのはさんをなにょはさんって呼ぶよりはハードル低いとは思う。あの人にそんなこと言ったら何をされるか分からないし……もう考えるのはやめておきましょう。

 

「えっと……現状分かっていることですけど、結論から言えばストーカーらしき人物は特定できてません。ショウさんからナハトモーントっていう親戚が訪ねてきたって話を聞いて本人は親戚がどうか分からないということだったので確認を取りましたが、間違いなくショウさんの親戚でした」

「ショウさんの苗字って確か夜月だよね? 親戚なら普通それに近いというか、なのはさん達みたいな感じの苗字になるんじゃないの?」

「あんたね……ショウさんは地球育ちだけど、ショウさんの父親は魔法世界の人で母親は地球の人。云わばあの人はハーフなの。父親側の苗字はレーネさんと同じナイトルナだから別にナハトモーントって名前の親戚が居てもおかしくはないでしょ?」

「あ、それもそっか」

 

 まったく……勉強とかは出来るくせにこういうときの考えは回らないというか。

 まあショウさんがご両親の話することはあまりないだろうし、家族環境の敬意とか知らないと結びつかなくてもおかしくはないんだろうけど。

 

「レヴィさんやディアーチェさんは昔からショウさんとか……義母さんであるレーネさんとも親しくされてましたよね? ナハトモーントって親戚について何か知ってたりしますか?」

「うーん……正直ボクらが付き合い会ったのってそのふたりくらいだしね。それにレーネは色んなこと教えてはくれたけど、家族とか親戚みたいな話はショウのことくらいしか言わないし」

「そうだな。あの方は今は大分改善されたが昔はあまり他人に興味を持つ方ではなかった故……」

 

 さすがはあの人の教え子……よく分かっていらっしゃる。

 私はショウさんの教え子ということもあって集まりがあったときに何度か顔を合わせたことがある。そのおかげで今回のことで連絡した時もすんなりと私のこと理解してくれていた。

 だけどナハトモーント家に関すること聞いた時、大分思い出すまでに間があったのよね。親戚に対してそれはどうかとも思ったけど……親しい人以外に興味を持つような人でもないし。それにあまり親しくしてたわけでもないみたいだから仕方がないと言えば仕方がないんでしょうけど。

 

「悪いが我らでは力になれんだろう」

「いえ、気にしないでください。過去に犯罪歴があるわけでもありませんから。その人がショウさんに言っていたように娘が会いたいというから挨拶に来たってだけなのかもしれませんし」

「娘?」

「はい。ショウさんの親戚……グリードって人らしいですが、クロエっていう娘さんが居るみたいです。年はヴィヴィオと同じくらいですね。ショウさんが言うには容姿は父親のグリードさんとはまったく似てないそうですけど」

「まあ……母親に似ておるのかもしれぬし、遺伝子というものは複雑だからな。父親と母親のどちらにも似ておらぬ顔立ちになるときもあろう」

 

 そう……ディアーチェさんの言うとおり、顔立ちがあまり似ていない親子なんていくらでもいる。

 

「ですが……ショウさんはクロエって子のこと気にしてるみたいなんですよね。母親がすでに亡くなっているらしいので、父親と上手くやれているのか……とか考えてるだけかもしれませんが」

「あやつは失う悲しみを知っておるからな。多少なりとも昔の自分を重ねておるのかもしれんな……」

「ですね……ただもうちょっと調べてみるつもりです」

 

 まだきちんと調べたわけじゃないけど、クロエって子に関しての情報が少なすぎる。ヴィヴィオの年代まで生きていれば、多少なりとも容姿や性格に関して周囲に認識されているはず。それらが父親に比べて不足し過ぎだ。

 ショウさんやレーネさんの証言から考えれば、あまり人と関わらずに生活をしていた可能性もある。それに……親がいない子供を最近養子にしたという線もある。

 だけどそれなら養護施設にクロエって子の痕跡はあるはずだし……何ていうか直観的にこの親子のことは気になる。

 

「あまりショウさんの親戚を疑うような真似はしたくないですけど……現状では他に有力候補もいませんし。調べることで無実だと分かればそれに越したことはありませんから」

「そうか……すまんな嫌な仕事をさせて」

「いえ、この手の仕事は犯罪者を追う上でやったりもしますから。それにショウさんは私にとっても大切な人なので……」

「大切な人? ティアがショウさんに対してそういうこと言うのって何か珍しいね」

「な……べべ別に大した意味はないんだから勘違いしないで! あの人は私の師匠のひとりみたいなものだし、今でもデバイスの事とかでお世話になってるからそう言っただけで。……他意はないんだから!」

「分かってる。そんなに言わなくてもティアの言うことは信じるよ。私だってショウさんは大切な人だし」

 

 あんたと一緒にしないで……って、これじゃあ私がショウさんに対して特別な想いを持ってるみたいじゃない。

 確かに素敵だなって思う人ではあるけど……あの人にはフェイトさんとか私よりも素敵な人がたくさん居るわけだし。別に今以上の関係になりたいとか思ってるわけじゃないんだから。

 

「はぁ……あんたって本当に変わらないというか成長しないわよね。あと数年で20歳になるとは思えないわ」

「ティア、それはちょっとひどくない!? 私だってちゃんと成長してるよ!」

「……どのへんが?」

「えっと……前よりは髪の毛とか手入れしてるよ。私も一応……女の子だから」

 

 だったらもう少し髪を伸ばしたらどうなの。

 私くらい伸ばせとは言わないけど……スバルは短髪ってイメージが出来上がってるから。まあ顔立ちがギンガさんにそっくりだし、髪を伸ばしたらギンガさんみたいになるんだろうけど。

 

「あんたの努力って……一般的に努力してるとは言われないわよ」

「そんな……」

「うんうん、せめてボクくらいは努力しないとね」

「え……レヴィさんって努力してるんですか?」

「もちろんさ! こう見えても髪の毛の手入れとか毎日してるし、新しい服とか定期的に買ってるんだぞ」

 

 え……もしかしてあの私服ってレヴィさんが自分で買ってたの。

 てっきりシュテルさんやディアーチェさんとかに選んでもらってるんだと思ってた。失礼だとは思うけど、フェイトさんと真逆の性格だから食い気くらいしかないと思っちゃう人だし。

 

「ティア、どうしよう……私、レヴィさんより女の子として負けてる気がする!」

「気がするじゃなくて負けてるわよ。あの私服をレヴィさんが自分で買ってるっていうのはあれだけど、髪型とかは会う度に違ったりしてるし」

「えへへ、それほどでも……まあ本当のことを言えば、ショウが褒めてくれるからやってるだけなんだけどね~」

 

 それってまさか…………それこそまさかよね。

 こんなのほほんとした顔で笑う人がショウさんを異性として意識してるとは思えないし。人から聞いた話でも異性を意識してる素振りはなさそうだった。

 さすがに……レヴィさんは違うわよね。単純にショウさんのことが好きというか、懐いてるだけで。

 ないとは思うけど、こういう人がその手の気持ちを自覚したら突っ走るだけな気がする。そうなったら内気で消極的なフェイトさんが勝てる見込みがさらに低くなる。どうかそういうことにはならないでほしい。

 なのはさん達だけでもあれなのに……知り合いがバチバチしてるところなんて見たくないから。

 

 

 



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黒衣を狙いし紅の剣製 04

「……もうじき……もうじき計画は最終段階に移せる」

 

 クロエの戦闘技術はそのへんの魔導師を遥かに凌ぐレベルに到達している。

 あの小僧は一部では黒衣の魔導剣士(ブラックフェンサー)と称され、一流の魔導師なのだろうが……クロエには勝てるはずがない。

 

「何故なら……」

 

 クロエはただあの小僧に勝つため。あの小僧を倒すためだけに作った存在なのだから。

 しかもただ倒すわけではない。あの小僧が最も得意としているのは近接戦闘。そこで倒してこそ、私が完全に勝利したと言える。

 そのために……私は高い金を払い、絶技を持つ名もなき英雄の遺伝子を手に入れたのだ。

 最初は性別が女だったことに驚き、落胆もしたが……あれはオリジナルを超える素質を持っていた。故に絶技は回避不可能の技へと昇華したと言える。

 金も時間も掛かる高い買い物になってしまったが、結果的に言えばあの小僧を倒すには最高の作品になったと言えるだろう。

 

「まあ……何度も襲えば対応されてしまうのだろうがな」

 

 戦闘経験に関してはあの小僧の方が上だ。

 何度も手の内を見せれば対処されてしまう可能性は高いだろう。だが……クロエとあの小僧が戦うのは一度だけ。故に小僧がクロエに攻略することは不可能に近い。

 

「あとは……私のデバイスが完成すれば準備は終わる」

 

 しかし、デバイスを完成させるには……憎たらしいがあの小僧の研究を見学しなければならない。

 デバイス研究においてナイトルナの血に劣っているのは理解している。が、だからといってあの小僧にまで劣っているなどと……そう考えるだけで腸が煮えくり返りそうだ。

 

「自分が行っている研究は秘匿するようなものではない? ふざけるな! こっちが下手に出ていれば調子に乗ったことを言い寄って。貴様も心の中では私のことをバカにしていたのだろう。自分よりも長生きしているにも関わらず、結果も残せていない無能だと嘲笑っていたのだろう!」

 

 許さん……許さんぞ小僧。

 必ず貴様を痛い目に遭わせてやる。父親や叔母の力を借り、何の苦労もなく今の地位に就いている貴様がどれだけ無能なのかを骨の髄まで教え込み、これまでのような生活ができないようにしてやる。

 そのためには……苦汁を舐めることになるが、貴様のデバイスの見学だってしてやろう。

 聞いたところによれば、《人間らしさ》などという父親のくだらん思想を継いでそれを1番にしているそうだが……研究する環境だけで考えればトップレベルなのは間違いない。あの小僧が無能でも他がアシストすれば良い作品が出来上がるだろう。

 入手した情報によれば、あの憎き魔女の教え子達と一緒に研究しているそうだからな。あの女の教え子となれば、無能と一緒だろうと結果を残すだろう。あの魔女は……そういう類の人間なのだから。

 

「現在作っているデバイスは、私の作ってきたデバイスの中でも最高傑作。戦闘に特化させているため、あの小僧のものに負けているとは思えん。……が、この計画に失敗は許されない。成功の確率を上げるためには出来ることは何だって行わなければ……」

 

 それに……苦汁を舐めたとしても、あの小僧を叩きのめすことが出来ればそれらは快感へと変わる。苦労せずに叩きのめすよりも遥かに有意義なものとなるだろう。

 ククク……実に楽しみだよ。その日が来るのがね……

 

「パパ、入るわよ。今日の訓練終わったわ」

「……そうか」

「……毎日毎日ほんと飽きないわね。デバイスなんかなくたって私は魔法使えるのに」

「何……だと」

 

 デバイス……私のデバイスをなんかだと?

 私は小娘を半ば強引に振り向かせると、頬を思いっきり張り飛ばした。小娘は微かに悲鳴を漏らしたが、何をするんだと言いたげな眼差しをこちらに向けてくる。

 

「何だその目は……」

「……別に」

「口答えするな!」

 

 今度は平手打ちではなく、握り拳で同じ場所を強打。さすがに先ほどのように耐えることは出来なかったようで、小娘は地面に倒れ込んだ。

 

「いいか! 貴様はただあの小僧を倒すだけに生み出された存在。私のデバイスを使うための人形だ! 人の形をした紛い物風情が私に指図するんじゃない。分かったかこの贋作!」

「っ……」

「分かったらさっさと小僧やその関係者の監視に行け。ノロノロするなこの無能が!」

 

 力いっぱい蹴り飛ばすと、ようやく理解したのか人形はゆっくりと立ち上がって部屋から出ていく。

 まったく……強い魔導師を製造する上ではあのプロジェクトに価値はあるが、どうせ人間の紛い物を作るのならば人間性などなくせばいいものを。道具に感情なぞ必要ないのだ。持ち主を言うことを素直に聞いて実行出来ればそれで。

 

「……まあいい」

 

 この計画が成就すればあの人形も必要なくなる。仮にまた必要になったとしても、また別の人形を用意すればいいだけのことだ。今度は私なりの手直しも加えて完璧な人形を作り上げるとしよう。

 

「フフフ……フハハハハ……フハハハハハハハハ! もうすぐ、もうすぐだ。我が願いの成就は近い。夜月翔、憎きナイトルナの血を引く者よ。今しばらく幸せの時間を送りたまえ!」

 

 

 ★

 

 

「ショウくん、あの服ちょっと見て。タヌキさんパーカーやで!」

 

 分かった、分かったから人の背中を叩くのはやめろ。そんなことしなくても言えば普通に視線は向けるから。

 まったく……こいつってこういうところ変わらないよな。昔からタヌキは好きだったし、知り合いからは小狸と呼ばれたりすることもある奴だけど。

 でももう年齢で言えば成人している。人目もあるというのに堂々とタヌキのパーカーが欲しいと言うのはどうなのだろうか。別に似合わないとは思わないが……

 

「ちょっとショウくん、聞いとるん?」

「隣に居るんだから聞いてる決まってるだろ。というか……欲しいのか?」

「え、買ってくれるん?」

 

 期待の眼差しを向けるな。どんだけ欲望に素直なんだよ。

 大体……お前の方が給料良いだろうが。階級で言えば俺らの中でお前が最も上になってるんだから。それにお前の騎士達は家に絶対金を入れてるだろうし、普通に考えれば十分すぎるほどの貯金はあるだろ。人にせびるな。

 

「あのな……俺はお前と違って休憩で外に出ているだけであって休みじゃないんだよ」

「ショウくん、その答えは答えになってへんやろ。買ってくれるんか後日買ってくれるんか、そのどっちかが答えや」

「何ではいとイエスみたいな選択肢かないんだよ。大体……本気でほしいと思ってるのか?」

「うーん……」

 

 そこで考え始めるってことは本気では欲しくはないってことだろ。

 お前のことだからすでに答えが出てるのに考えてる振りをしてるのかもしれないが、もしそうなら時間の無駄だから今すぐやめろ。

 

「欲しいと言えば欲しいけど、今日みたいにろくにデートする時間もない日にもらうよりはきちんとデートした日にもらいたい」

「別に今日はデートじゃないだろ」

「ちっ、ちっ、ちっ……甘い、甘いでショウくん。なのはちゃんの作るキャラメルミルクくらいに甘いで」

 

 何でそこでその例えが出てくる。甘さの表現としては分かりやすくあるけど。

 

「ちょっと会える? って連絡して貴重な休憩時間を使って会いに来てくれたんや。それでこうして街を一緒に歩いてるんやから、私からすればどんなに短い時間でもデートに決まっとるやないか。まったく、いつまで経っても乙女心っていうのが分からんなぁ」

 

 はいそうですか……それは悪うございました。

 そもそもの話……これまで交際経験なんてないんだから分かるわけないだろ。特にお前の言う乙女心が1番分からねぇよ。

 六課が解散してからは会う回数が減ったとはいえ、今日みたいに顔を合わせる日はある。

 六課解散前にあのことを聞いたらもう少し待っておけと言っていた気がするが……未だに再アプローチはない。もうなかったことにされているのならそれはそれで構わないのだが……。

 けど……俺の気のせいかもしれないが、前よりも積極的というかグイグイ来ている感じはあるんだよな。今度どこかに遊びに行こうって連絡は割と来るし。

 そういう意味では学生の頃の感覚に近くなってるかもな。こっちの世界に移ってからはどこか距離が出来てた部分もあるし……そういう意味では再アプローチのために準備をしているのかもしれない。

 とはいえ、深く考え過ぎたら俺がこいつの相手を出来なくなりそうだし今はこのへんで考えるのはやめておこう。

 

「分かるわけないだろ。お前が乙女がどうかも怪しいし」

「ちょっ、それはいくら何でも言い過ぎや。いくら社会の荒波に揉まれてる私かて傷つく時は傷つくんやで。もう少し優しくしてくれてもええやないか」

「余裕がある時ならともかく、あれこれやらないといけない時期にふざけられたら優しく出来るわけないだろ」

 

 ユーリと行っているアルトリアやジャンヌといった人型デバイスに関する研究に、レヴィがシュテルから引き継いで行っている魔力変換補助の新システム。それにシュテルと進めている新カートリッジの研究……とやらなければならないことは山ほどある。

 はやてに弱音を漏らしても仕方がないとは分かっているが、俺は義母さんのようないくつもの研究を同時に順調に進められる天才ではないのだ。この世界に居るとあの人の凄さが身に染みて分かってくる。日常生活においてはダメ人間だが。

 

「私の誘いに乗ってくれたからあれやと思ってたけど、あんま上手く行ってないみたいやね」

「否定はしないが……何でお前の誘いに乗ったら上手く行ってないことになるんだよ?」

「そんなん決まっとるやん。上手く行ってるなら休憩でも研究所から離れんやろうし。むしろ休憩なんかせんで一段落するまでやりそうやしな」

 

 私のこと誰やと思ってるんや。ショウくんの幼馴染やで。

 みたいな顔で見るのはやめてほしいんだが。人っていうのは自分のことを理解してもらっていると嬉しいと思う生き物ではあるが、時として理解されていると恥ずかしいと思う部分もあるから。

 

「ショウくん、何や顔が少し赤くなってる気がするんやけど~」

「うるさい。というか、前を見て歩け。誰かにぶつかったら……ぁ」

 

 その瞬間――。

 不意に建物の影から小さな人影が現れたのが見えた。後ろ向きに歩いているはやてに気づいている素振りはなく、このままではぶつかる。そう思った俺は反射的にはやての手を握ると自分の方へ抱き寄せた。

 

「っと……」

「え……ちょっ、きゅきゅ急に何するん!? こ、こういうんはせめて人目の付かないところで……!」

「バカ、とりあえず落ち着け。そういう意味でやったんじゃない。人とぶつかりそうだったんだよ」

 

 どうやら理性は残っていたらしく、はやては「人と……?」と呟きながら小首を傾げると後ろを振り返った。

 そこに居たのは、黒のニーソックスに丈の短いデニムパンツ。黒のノースリーブの上に白いジャケットを着崩している褐色の少女。桃色を帯びた白髪と褐色の肌、その特徴からしてあの少女に間違いなかった。

 

「クロエ……」

「あらお兄ちゃん、こんなところで偶然ね」

「ああ……お前、こんなところで何してるんだ?」

「何って見たまんまよ。パパは普段は研究ばっかだから街をブラブラして遊んでるの」

 

 そう言われると……同じように研究者の保護者を持って育っただけに納得せざるを得ない。

 俺は図書館などインドア派だったが、クロエは女の子だから服などを見て回ってもおかしくはない。むしろちゃんと女の子してると安心できる。俺の知り合いには今はともかく、出会った頃はオシャレに興味がない奴も居たし。

 

「お兄ちゃんの方は……何かお邪魔しちゃったみたいね」

「そのにやけ面は今すぐやめろ。別にそんなんじゃない」

「またまた~、別に隠さなくていいのに。お兄ちゃんだって年頃なわけだし、デートのひとつやふたつ……まあ私としてはちょっと面白くなかったりもするけど」

「何で面白くないんだよ?」

「そんなの決まってるじゃない。私がお兄ちゃんのこと好きだからよ♪」

 

 可愛らしい声と笑顔ではあるが……正直この手のからかいはこれまでに何度も受けてきた。この程度ではどうとも思わなくなっている。

 それどころか可愛げがあるとさえ思ってしまっているのが現実だ。

 俺の周りに居たのは近くに居るはやてを始め、手の付けようがほとんどない奴ばかりだったからだろう。まあ単純に一回りほど年下だからというのも理由だろうが。

 

「ショ、ショウくん……誰なんやこの子。しかもお兄ちゃんやとか好きやとか……ダ、ダメやで。いくら小さい子が好みや言うてもこの子は行き過ぎや。それにお金とか払ってるんなら職業的にも友人としても見過ごすわけにいかへん!」

「そんなんじゃない」

 

 というか、真っ先に援助交際みたいなことが浮かぶあたり……お前そこまで俺のこと信用してないというか、俺が思ってるよりも好意持ってないだろ。

 もしもそれが愛情の裏返しだったいうのなら、そんな人に迷惑を掛けるような愛情は捨ててしまえ。

 

「この子はクロエ、俺の親戚だ」

「な……何やて!? ショウくんに親戚っておったん? 初耳なんやけど」

 

 あー……そういえば、ストーカーが居るかもしれないって話ははやてにもしたけど、クロエ達のことはまだ伝えてなかったな。

 ティアナは色々と調べてくれてるみたいだから伝えておいたけど、はやては他の仕事があって手が回りそうにないって言ってたし。

 

「まあ俺もこの前会ったばかりだからな。義母さんもこの子の家とは長いこと連絡取ったりしてなかったらしいし。この子達と出会って後に尋ねてようやく思い出してたくらいだから」

「な、なるほど……まあレーネさんやからな。普通人としてどうかとも思うけど、仕方がないと言えば仕方がない」

 

 家族でもない人間にそう断言されるあたり……はぁ、我が義母親ながらダメ人間だ。

 六課に配属された頃から家を出て今も一人暮らししてるけど、ちゃんと生活できているのだろうか。最近では仕事先でも会うことはほとんどないし。

 ……ディアーチェあたりがよく様子を見に行ってくれてるみたいだけど。

 自分の店を持ち始めて忙しいだろうに昔からよく面倒を見てくれるよな。正直俺が行くから自分のことに専念してくれていいんだけど。まあ……あいつの性格からして、そう言ったとしても好きでやっていると一蹴されるのがオチなんだろうが。

 見た目といい性格といい能力といい……あいつって非の打ち所がない良い女だよな。あいつみたいな人と結婚したら安定した生活を送れる気がする。子育てもきっちりしそうだし。

 

「って……今はレーネさんよりもこの子やな。はじめまして、私は八神はやてって言うんよ。ショウくんとは……今のところお友達や♪」

「おい、そこでふざけるのはやめろ」

「別にふざけてへんもん。今後どうなるかなんて分からんわけやし~」

 

 クロエ以上に子供じみた態度を取るんじゃない。

 お前がそんなだから本質が掴みにくいというか、こっちもどう接したらいいか分からなくなる時があるっていうのに。

 

「はじめましてはやてさん。私はクロエ・F・ナハトモーント、今後お会いすることもあるでしょうからよろしくお願いします」

「お、礼儀正しい子やな。礼儀正しい子は私好きやよ」

「私もはやてさんみたいな人好きですよ。テレビで見るよりも美人ですし、気さくで人が良さそうな感じがしますから」

「ショウくん、今の聞いた? 気さくで人の良い美人やて。照れてまうわ~」

 

 両手を頬に当ててクネクネするな。クロエは何とも思ってなさそうだけど、はたから見れば割と気持ち悪いと思われる動きしてるからな。

 というか、お世辞をまとも受けるなよ。お世辞じゃなかったとしても今のお前を見たら幻滅されてもおかしくないぞ。

 

「ふふ、はやてさんって楽しい人ね」

「まあ……それは否定しないが。……ん?」

 

 はやてに意識を裂いていたので今まで気づかなかったが、クロエの左頬が腫れているように見える。それに唇も少し切っていたような跡が……

 

「クロエ、お前その傷……」

「――っ……触らないで!」

 

 頬に触れようとしていた手が思いっきり払われて乾いた音が響く。

 突然のことに意識が止まりかけたが、俺よりも一瞬早く我に返ったクロエが慌てたように話し始めた。

 

「ご、ごめんなさい!? その、そういうつもりはなかったというか……!」

「いや、俺も悪かった。触ったら痛いよな。悪い」

「ううん、悪いのは…………ごめんなさい」

 

 何やら大切なことを言いかけたようにも思えたが……今のクロエの顔を見る限り、聞いたところで答えてくれるようには思えない。

 もしかして……グリードさんと何かあったのか?

 何やらぎこちない空気はあったし、母親もいないと言っていたから上手く行っていない部分もあるのかもしれない。

 グリードさんは研究一筋って感じの人だ。根っこは義母さんに近いだろう。そう考えれば、クロエは同年代よりも親と過ごした時間は少ないはず。

 それに女の子は早熟だ。年齢的に思春期を迎え始めていてもおかしくない。そうなれば父親とのすれ違いも多くなるだろう。

 そう思った俺は、俯くクロエの方に手を伸ばしゆっくりと彼女の頭に手を置いた。そして、優しく撫で始める。

 

「クロエ……何をしてやれるかは分からないけど、困ったことがあったりすればいつでも連絡してきていいからな。親戚だから本当のお兄ちゃんってわけじゃないが、少なくとも俺はお前よりお兄ちゃんだからな」

「お兄ちゃん……ありがと。…………ところでお兄ちゃん」

「ん?」

「地味にはやてさんのお兄ちゃんを見る目が冷たいみたいだけど。何だかブツブツ言ってるみたいだし」

 

 クロエ……それは俺も気が付いていたよ。

 しかも何を言ってるのかも大体聞こえてる。内容的には

 

 ショウくんって小さい子には優しいよな。私にも昔は優しかったんに今では頭撫でたりしてくれへんし。もしかして……ロリコン? ロリコンなんか?

 もしそうならなのはちゃんに伝えとかんと。ショウくんがヴィヴィオを性的な目で見てるかもしれへんって……

 

 みたいな感じだったよ。

 まったく……誰がロリコンだっつうの。俺は付き合うなら普通に同年代くらいを選ぶわ。大体自分のことをパパって呼んでくる子を性的な目で見れるわけないだろ。

 

「クロエ、お前が良ければ少しの間ではあるが一緒に回るか?」

「え、いいの? お兄ちゃん達デート中なんでしょ?」

「こいつがちょっと面貸せって言ってきたから休憩中に出てきてるだけさ。まあクロエがひとりの方が良いっていうなら無理にとは言わないが」

 

 俺の言葉を最後まで聞いたクロエの視線が、俺からはやての方へと動く。

 どうやらはやての答えで決めるようだ。素直に自分の気持ちだけを言った方が子供らしくはあるが、このへんをしっかりできているから気さくな口調でも礼儀正しく思えるのだろう。

 

「どうするはやて?」

「どうするって……そんなん決まっとるやろ。こうして会ったのも何かの縁や。クロエちゃんがええんなら私は別に構わへんで。ショウくんとふたりっきりやと冷たい言葉ばかり吐かれそうやし」

「それはこっちのセリフだ。すぐ人のことからかってくるくせに」

「それは……そういうのが私達のスキンシップやないか」

 

 だからクネクネするな。それとそんなスキンシップを俺は望んでないからな。もっと普通のスキンシップをしてくれよ。そしたら今以上にお前のこと好きになれるから。

 などと思ったが、似たようなやりとりが続きそうなので俺はクロエと一緒に歩き始めた。それを見たはやては慌てながら追いかけてきた。

 

「ちょっと、昔からのことやけどそういうんは直した方がええで。クロエちゃんもそう思わんか?」

「うーん……確かにそうだけど、多分お兄ちゃんって好きな人にはちょっかい出したいタイプというか。仲の良い人にしかそういう態度取らないだろうし、私としてははやてさんが羨ましいと思うわ」

「え、い、いや……それはそうなんやけど」

 

 照れたような顔でこっちをチラチラと見てくるな。別にそんなつもりでやってるわけじゃないから安心しろ。……まあ誰にでもするのかと言われたらしないとは思うが。

 

「クロエ、あんまりはやてをからかってやるな。ふざけてるように見えて意外と純情なところもあるんだから。元文学少女だしな」

「誰が元やねん。今でも文学少女や」

 

 いや……本は読んでいるのかもしれないが、少なくとも少女ではないだろ。すでに成人しているわけだし。

 

「もう、お兄ちゃんから誘ったくせにすぐにはやてさんとイチャつくんだから。もう少し私にも構ってほしいんだけど」

「別にイチャついてるつもりはないんだが」

「本人達はそうでも周りからはそう見えるの。それに……私のことはクロって呼んでって言ったのに全然呼んでくれないし」

 

 顔を背けてしまうあたり、どうやら機嫌が悪くなっているらしい。何というか……パパ呼びを毎度否定している俺に見えるヴィヴィオの顔に似ている。

 ただヴィヴィオの場合は毎度のことであり、あの子はすぐに機嫌が直るのだが……この子の場合はどうしたらいいか分からない。ただ少なくとも呼び方に関しては要望に従うべきだろう。

 

「分かった。悪かったよクロ……だから機嫌直してくれ」

「……もう、仕方ないな~。今回までは許してあげる。でも……今度また違った呼び方したら怒るからね」

「はいはい」

「あのねお兄ちゃん、私はそこまで気にしないけどそういう返事はやめておいた方がいいわよ。女の子ってお兄ちゃんが思ってるよりデリケートなんだから」

 

 おっと……クロにまで乙女心を説かれるようなことを言われ始めたぞ。

 ただなクロ、一般的にはデリケートなのかもしれないが……俺の周りに居る異性っていうのはトラウマになってもおかしくない威力の砲撃を撃ったりする連中なんだぞ。中には模擬戦をしたがる戦闘マニアもいるし。俺の心の方がデリケートだと思うんだけどな。

 

「……あ」

 

 不意にクロの視線が俺から外れる。

 その視線を追ってみると、そこにはアクセサリーを売っている露店があった。ネックレスからブレスレットまで色んな形のものが売られている。

 

「このハートの可愛い~」

「同年代よりも大人びとるけど、クロエちゃんもまだまだ子供やな……このタヌキさん、めっちゃええやん!」

 

 何でここにもタヌキがあるんだよ……まあリアルじゃなくて可愛いイラストタイプではあるけど。

 というか、クロに子供と言っておきながら彼女以上にはしゃぐあたりお前の方が子供に見えるぞはやて。年齢が年齢だけに余計にな。

 

「あのすみません、このハートのやつください」

「え、お兄ちゃん? 私、別にそういうつもりは……」

「お近づきの印みたいなものだから気にするな。俺がプレゼントしたいからしてるだけなんだから」

「ショウくん、私は?」

「お前は自分で買え。金は持ってるだろ」

「持っとるけど……この差はちょっとあんまりや」

 

 どこかだよ。年齢的にお前とクロは大人と子供だし、収入の話なんかしたら比べるのも馬鹿らしいくらいお前の方があるだろ。クロの場合、収入なんてあっても小遣いくらいだろうし。

 そうこう思っている間に店員がハートのアクセサリーを包装して手渡してきた。それを受け取る代わりに俺は代金を払い、受け取ったものをクロへと渡す。

 

「ほんといいの?」

「良いから渡してるんだ」

「……ありがとう、お兄ちゃん」

 

 クロは子供らしい無邪気な笑顔を浮かべると、さっそくアクセサリーを取り出して眺め始める。

 キラキラしているように見える瞳は、プレゼントをもらった時のヴィヴィオにそっくりだ。こういうところは子供全て似ているのかもしれない。

 

「ねぇお兄ちゃん……ひとつお願いがあるんだけど」

「何だ?」

「これ……お兄ちゃんに着けてほしいな。……ダメ?」

 

 断る理由はないのでオーケーなのだが……子供の上目遣いというのはある意味反則ではないだろうか。大人がついつい子供を甘やかしてしまうのは、きっとこの手の可愛さに負けてしまうからに違いない。

 まあ俺は甘やしても甘やかし過ぎるつもりはないのだが。

 というか、俺の周りには我が侭な子供というのが少ないだけに甘やかしたくなることが多い。エリオやキャロは年齢の割にしっかりしていた、フェイトへの恩義から早く自立したいと思っていたりするし。

 

「ダメなわけないだろ」

「やった! お兄ちゃん大好き!」

「おっと……まったく、急に抱き着いてくるなよ。というか、離れて後ろ向いてくれないと着けられないんだが?」

 

 そう言うとクロエは少し離れて俺にアクセサリーを渡すと、自分の髪を持ち上げながら後ろを向いた。幼いながら仕草に色気のようなものが出ているあたり、この子は将来的に異性の心をかき乱す存在になるかもしれない。

 まあ……意図的にかき乱したりしなければ、それはクロのせいでもないんだが。

 それにあと数年もすればヴィヴィオも含めて本当の意味で思春期を迎えるだろう。そうなれば俺への態度も変わるかもしれない。特にクロに関しては今後どう関わっていくは分からないのだ。今は親戚のお兄さんとして接しておくのがベストだろう。

 

「ほら、出来たぞ」

「ありがと。……どう、似合う?」

「ああ。……っと、そろそろ戻らないと休憩時間内に戻れなくなるな。はやて」

「あーごめん。私も今急な呼び出しが入ってもうたんよ。悪いけどクロエちゃんの相手は出来へんな」

「ふたりとも別に気にしないで。少しの時間だったけど、一緒に居られて楽しかったから。でも……また機会があったら遊んでね」

 

 素直に受け入れるあたりしっかりしているというか……少し無理をしているようにも見えなくはないが。

 デバイスに興味があると言っていたから研究所に連れて行くのも悪くはないのだが、今日の作業量的に構ってやれるかどうか分からない。俺以外に頼れる人がいない空間にひとりで居るというのはきついかもしれないし、今日はここで別れることにしよう。

 

「ああ、また今度な。暗くなる前にちゃんと帰るんだぞ」

「それと変な人とかに付いて行ったりしたらダメやからな」

「分かってる分かってる。いいからふたりとも行って。大人が遅刻なんかしたら大変でしょ」

 

 

 ★

 

 

 ショウ達と別れた後、クロエはひとり街を歩いていた。その足取りは軽く、首に掛けられたハートのアクセサリーを時折見ては笑みを浮かべている。

 

「よーお嬢ちゃん。今ひとりかい? 暇だったらオレらと遊ばねぇ?」

「おいおい、どこから見ても小学生じゃねぇか。確かに可愛い顔はしてるけどよ、お前ってやっぱロリコンだろ」

「はは、違いねぇ!」

「うっせぇ! たまには良いだろうが」

 

 髪を染めて鎖型のアクセサリーをジャラジャラと身に付けているいかにもゴロツキと思われる男達。この手の輩がどんなことを目的にしているかクロエは察することが出来ただけに……彼女の口元には笑みがこぼれた。

 

「いいわよ。お兄さん達は私をどこに連れて行ってくれるのかしら?」

 

 チョロいぜ、言わんばかりに男達の顔に邪悪な笑みが浮かぶ。

 クロエは男達に言われるがままに人気のない場所に移動する。移動した場所は建設途中で工事が中止しているとあるビルの工事現場。周囲に人の気配はなく、大きな声を出したとしても助けが来る可能性は極めて低いと言える。

 

「あら……もっと素敵な場所に連れて行ってくれると思ったんだけど」

「へへ、そう心配すんなって。ちゃんと素敵な場所に連れて行ってやるからさ。まあ……少し痛い思いをするかもしんねぇけど」

「うわぁ、小学生相手に堂々とそんなこと言うとかお前変態だな」

「そういうお前だってヤろうと思ってるくせに」

「それはてめぇだった一緒だろうが」

 

 幼い獲物を前に男達は声を大にして笑う。

 その姿に笑みを浮かべてついて来ていたクロエの表情も険しくなる。いや、正確には偽りの感情を消して本性を表に出したというべきか。

 

「おいおい、今更そんな怖い顔すんなよ。嬢ちゃんが付いて来るって言ったんだからよ。ちゃんと気持ちよくしてやっから。何なら順番も決めさせてやろうか?」

「そんなもの決めなくていいわ。全員まとめて掛かってきなさい」

 

 その強気な発言に男達は一瞬動きを止めるが、すぐに下衆な顔を浮かべた。だがクロエは表情ひとつ変えず、冷たい眼差しを向けると――

 

「トレース……オン」

 

 ――静かにそう呟き、男達の前から姿を消した。

 いや……男達の目では彼女の動きが終えなかったのだ。それ故に気が付いた時には……最初に声を掛けてきた男以外は地面に伏していた。出血などは見当たらないが完全に気を失っている。

 

「な……な、何だよてめぇ!?」

「何って……ただの可愛い小学生だけど?」

「ふ、ふざけんな! てめぇみたいな化け物がただの小学生なわけあるか!」

 

 そう言って男が逃げようと背中を向けた瞬間、クロエは男の目の前の上空に居た。

 思いっきり男を踏みつけて地面に倒すと、両手に持っていた白と黒の夫婦剣を逆手に持ち替えて勢い良く振り下ろす。

 

「ひ……!?」

 

 二振りの剣は男の顔ギリギリを掠めただけで直撃はしなかったが、あまりの恐怖に男は泡を吹いて気絶していた。

 一方的にやられた男達をクロエは冷たいめで見下しながら、手に持っていた剣を遊ぶように回転させて投げる。

 

「まったく……せっかく良い気分だったのに。どうせ社会的にもいらない人間だろうし……いっそ殺しちゃおうかな」

 

 そう呟いたクロエの目には、一切の呵責も良心も見当たらない。平気で人を殺せる目をしている。

 

「でも……こんな人間でも殺したら騒ぎになるし、返り血でせっかくお兄ちゃんが買ってくれたアクセサリーが汚れたら最悪ね。だからこれくらいで勘弁してあげるわ」

 

 遊ぶように剣を投げながらクロエは歩き始める。その顔は先ほどまで変わって穏やかだ……だが

 突然左手に持っていた黒い剣を壁に向かって放った。しかし、深々と突き刺さった剣には目もくれずクロエは首元にあるアクセサリーを強く握り締めている。

 

「ほんと……運命って残酷よね。知り合って間もない私にあんなに優しくしてくれるお兄ちゃんを……夜月翔を私は殺さないといけないんだから」

 

 

 



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黒衣を狙いし紅の剣製 05

 あたしは今翠屋に来ている。

 翠屋と言ってもなのはの両親が経営している地球の方の翠者じゃねぇかんな。ミッドチルダに出来たディアーチェが店長の翠屋だ。

 今日は休みだけど、さすがに地球に行かねぇ……というか、何かあれば呼び出されるから行けねぇって言った方が正しいか。前もって連休とか申請してたら管理局もよほどの事態が起きねぇ限り呼び出したりはしないだろうけどな。

 

「貴様が来るというか……貴様だけが来るというのも珍しいものだな。迷わずに来れたか?」

「あたしらだって社会人なんだ。いつでも家族一緒ってわけにもいかねぇだろ。つうか、あたしを子供扱いすんじゃねぇ。てめぇよりも遥かに年上だっつうの」

 

 見た目が昔から変わらねぇというか、人間じゃねぇから成長しねぇけどよ。

 まあ……今更デカくなっても困るんだけどな。この身体に慣れちまってるし。それに……シグナムみたいに乳魔人みたいになっても困るだろうからな。

 昔はバカにするというか、からかったりもした気がするが……シグナムの奴、よくあの胸で剣とか振れるよな。女らしいって点では羨ましいとは思うが、戦闘のことを度外視してもすげぇ邪魔そう。

 まあ……あたしの知り合いは基本的に女らしい奴ばっかだけど。前になのはがフェイトやはやてより胸が小さいって言ってた気がするが、てめぇくらいあれば十分だろうに。

 あたしくらいだったら言ってもいいだろうけどな。

 子供と変わんねぇあたしは、胸がなくても別におかしくねぇ。この成りで胸だけがデカくてもアンバランスつうか変だ。けどなのはの背丈であたしの胸なのは……正直可哀想に思える。周りの連中がデケェのばっかだし。

 

「実際はそうなのだろうが……貴様は小鴉やショウの妹分という感覚が強いからな。言ってはなんだが、見た目的にも上とか思いにくい」

 

 それはそうだろう。

 昔のあたしは今よりも考えが子供だったし、欲望に素直だった。まあ今でもその名残りはあるんだが。はやての料理とかショウのお菓子とか見たら食べたいって思っちまうし。

 

「怒らせてしまったか?」

「いや。別に嫌味で言ってるわけじゃねぇのは分かるし、露骨にガキ扱いされないなら構わねぇよ。……それよりまだか?」

「そう慌てるな。もうすぐ出来る」

 

 ホントかよ……って、まだ注文してから数分も経ってねぇんだけどな。

 ただここのお菓子はショウにも負けないっていうか、ショウのよりも美味いもんが多い。さすがは桃子さんの弟子って感じだ。

 そんなことを思ってる間に頼んでいたシュークリームとキャラメルミルクが出てくる。

 甘いものと甘いもの……子供じゃないとか言ってなかったか?

 と思った奴、細かいことは気にするんじゃねぇ。あたしは見た目はガキのように見えても社会人として日頃生活してんだ。多少なりとも疲れはある。疲れた時は甘いもんがほしくなるだろ。

 

「む……!? 思ってた以上にギガうまだな! あたしとしてはショウのよりも美味いぞ」

「そう言ってもらえるのは嬉しいが、我はこれが仕事だからな。あやつよりも下だとプロとして店は出せんさ」

「まあそれはそうなんだけどよ……今のくらい素直に受け取っても罰は当たらねぇと思うぜ」

 

 大体そのへんの店よりも美味いお菓子を作るショウの方がおかしいわけだし。

 技術者の仕事がメインとはいえ、魔導師としても仕事してんだし。全部努力の賜物なのは理解してるけど、色んな方面で優れてるってのは凄いよな。あたしなんて魔法関連しか出来る気しねぇし。ゲートボールとかは出来るけど。

 にしても……ディアーチェって日本人でもねぇのに謙虚というか、これだけ美味いもん作れても満足してねぇんだろうな。まあ自分でプロとか言うあたりプライド持ってるんだろうけど。ちなみにあたしはそういう奴嫌いじゃない。むしろ好きだ。

 

「そういや……はやて経由で聞いたけど、何かショウにストーカー居るんだって?」

「うむ。と言っても……姿を確認できたわけではないがな。居るかもしれんという話だ」

「その話詳しく聞かせて!」

 

 あたしでもなければディアーチェでもない声が店内に響いた。

 誰かと思って意識を向けると、真剣な顔をしたフェイトがこちらに向かって歩いて来ている。制服を着ているということは休憩にでも立ち寄ったのかもしれない。

 

「フェイトよ、店に来るなとは言わんが唐突に大声を出しながら現れるな。心臓に悪いではないか」

「え、あ、ごめん」

「まあまあ、仕方ねぇだろ。フェイトがあいつのことで熱くならねぇことはねぇんだから」

 

 あたしの知る限り、ガキの頃からショウに惚れてるしな。

 だけど……一向に進展しねぇよな。何度か一緒に海水浴とか祭りとかに行った覚えはある。そのときは割と大胆な恰好したりして攻めるのに、あいつを目の前にしたらダメになるからな。

 うちのはやてとはそのへんが大違いだ。……まあはやての奴も肝心なとこまでは行けねぇんだけどな。あっちから来られたら純情なとこが出ちまうし。

 

「わ、私べべべ別にそういうんじゃ……!?」

「それだけ動揺したら認めてるようなもんだろ。ったく……心配なのは分かるけどよ、あんまり過保護なのも良くないと思うぜ。あいつも子供じゃねぇんだし」

 

 子供でもフェイト並みに心配性で過保護な奴を相手したら堪らなくなる時があるだろうけどな。

 優しさから来てるものだってのは見てたら分かるんだが。でも人間誰しも機嫌の浮き沈みってのはあるもんだし、あそこまでやられると爆発しちまう時もあるに違いない。

 

「ディアーチェもそう思うだろ? って……ディアーチェも似たようなもんか」

「こやつと一緒にするな。確かに我も似たようなところはあるが、こやつほど過保護ではない」

「……ユーリやレヴィとかには割と過保護だと思うけど」

「だとしても……貴様ほどではない」

 

 おいおい、大丈夫とは思うがこっちは休みなんだからもっと気楽に話そうぜ。知り合いの言い争いなんて見たいもんじゃねぇんだし。

 

「まあ良い。見たところ貴様は仕事の合間に来たのだろう。仕事でヘマをされても困るからな。聞きたいことには答えてやる」

「ディアーチェ……ありがとう。えっと……注文もいいかな?」

「ここは喫茶店だ。高収入の人間が水だけで居座られても困る」

 

 素直に肯定すればいいってのに……ま、これがこいつらのやりとりなんだろうし気にしないでいいか。ピリついた嫌な感じも一瞬だけだったし。

 そのへんがあたしとは違うところだよな。今ではそう多くねぇけど、シグナムが本気で言い争いになった時は下手したら模擬戦レベルの荒事になるし。はやてとかが仲裁してくれたらいいけど……割とはやても模擬戦なら許すところがあるしな。

 時として譲れんこともある。下手に仲裁するよりも全部ぶつけた方がお互い納得できるやろ。

 みたいな感じで。あたしとしては譲れない時はそうするけど、バトルマニアのシグナムとあんまり模擬戦とかしたくねぇんだけどな。あいつ熱くなりやすいし。隣に居る金髪も似たようなとこあるけど。

 そんなことを思っている間に、フェイトの元にシュークリームとコーヒーが出される。彼女の容姿も相まってはたから見れば実に栄えて見えそうだ。

 話したらあれだけどな。つうか……戦闘中は凛としてんだから普段からそうしてればいいだろうに。まあそれはそれでフェイトらしくなくなるけど。

 

「それで……何を聞きたいのだ?」

「ショウの周りで起きてること全部」

「何つうか……それだけ聞くとフェイトがストーカーみたいだよな」

「ぅ……今日のヴィータ、何だか意地悪だよ」

 

 別に意地悪で言ってるつもりはねぇんだけどな。思ったことを素直に口にしてるだけで。

 実際にやってるかもしんねぇしな。街で偶然見かけた時とか自分から積極的に話しかけに行くのは恥ずかしい。でも気が付いてほしい。そうこうしてるうちに尾行して……なんて流れが割と想像できる奴だし。ストーカーとは少し違う気もするけど。

 

「わりぃわりぃ。でもよ、聞いた話じゃそのへんのことはティアナが調べてんだろ? お前のところには真っ先に報告行くんじゃねぇのか?」

「それはそうなんだけど……今のところ大丈夫ですって連絡来たから何もなくて」

「まあ仕方あるまい。元々居るのかも分からんのだ。それに居ったとしても、あやつも今ではそこそこ名の知れた人物になっておる。調べるとなると時間も掛かるだろう」

「それに……フェイトは下手に報告すると仕事が手に付かなくなりそうだからな。まあ報告がなくてもこんなになってんだからどっちもどっちなんだろうけど」

 

 そこまで言って気が付いたが……やっぱりフェイトが肩を落としていた。

 意地悪をするつもりはなかったのでまた怒られるかと思ったが、今のに関しては自分でも理解しているらしい。理解しているのなら直せばいいのにと思わなくもないが、簡単に直るのならとっくの昔に直っているだろう。

 

「そういや……ショウに親戚居たんだってな」

「うむ。確か名前はナハトモーントと言っておったな。父親と娘のふたりらしいが……よく知っておったな」

「つい先日、はやてがそこの娘と会ったみたいだからよ。礼儀正しい良い子って言ってたぜ。見た目も可愛いらしいし」

「そうなんだ。ティアナからは親戚の話は聞いてたけど……可愛いんだ。私も会ってみたいかも」

「ショウの親戚だし、それを抜いても子供好きなのは分かるが……やめといたほうがいいと思うぞ」

「え、何で?」

「だってよ……お前って割とやきもち妬く方だろ。聞いた話じゃそいつショウのことお兄ちゃんって呼んでるらしいし、抱き着いたり好きとか普通に言ってるらしいし」

 

 まあやきもち妬いてショウに対してツンケンするなんてことはしねぇだろうけど。フェイトはそんなことして嫌われたらどうしようって思うタイプだし。

 ちなみに余談だが、この話をはやてからされた時……あたしは声を荒げたよ。だってよ……

 

『ヴィータ、何そんな呑気な顔しとるんや!』

『え、いや……何ではやてが慌ててんのか逆に分かんねぇんだけど』

『そんなん決まっとるやないか……ショウくんをお兄ちゃん呼びする子が現れたんやで。しかも愛情表現も素直やし……このままじゃヴィータの居る妹ポジションをその子に取られてまう!』

 

 なんてことがあったんだ。

 別にあたしはあいつの妹ではないし、そこを誰かと争うつもりもねぇ。あいつから冷たくされたら……それはそれで嫌だけど。これまでの過ごし方があれなだけに兄貴分というか、頼ったり甘えたりしてる部分はあるし。

 

「べ……別にそんなにやきもち妬いたりしないよ。ヴィヴィオと同じ年代にそんなことしてたら大人気ないし」

「どうだかな。エリオやキャロのことでショウに対して嫉妬してたりしてたし、素質はあると思うけど」

「もう、そんな素質いらないよ。というか、今日のヴィータは本当に意地悪だね。はやてから悪影響受けすぎ」

 

 いや、別にあたしはからかってるつもりはねぇんだが。だからはやてからってよりは……多分ショウの方だと思うぞ。あいつって身内には割と言葉選ばないところあるから。

 

「おいおい、そんなにむくれるなよ。もう大人なんだから。それに……あたしはあたしなりに情報提供しようとしてんだぜ」

「え……」

「その娘……クロエとか言ってたな。まあ名前はそこまで重要でもねぇんだが、聞いた話じゃ殴られたような跡があったらしいんだ」

 

 その話詳しく。

 と言わんばかりにフェイトの顔つきが変わる。事件性があると分かると表情が変わるあたり、一種の職業病だよな。まああたしも任務とか教導ってなったらこんな風に変わってんだろうけど。

 

「鈍器で殴られた、とかそういうひどいもんじゃなかったらしいが……案外その親子上手く行ってねぇのかもな。母親もいねぇって話だし」

「そっか……でも気になるね。しつけの一環で叩いたりしたのかもしれないけど……あまりひどいようなら保護するべきだろうし」

「まあな。でもよ……ヴィヴィオと同じ年代ってことは思春期を迎え始めててもおかしくねぇ」

 

 女の子は早熟って言われてるらしいし。キャロは何ていうかなのはに似て鈍感なところもあったし、今もそんなに変わってないみたいだが。ヴィヴィオは大分変ったしな。

 礼儀正しくなったってのもあるが、色恋にも興味持ち始めてるみたいだし。

 まあ自分のよりはパパ達に関することみてぇだが。うちの主も頑張ってるが、いったい誰があいつの隣に居座ることになるんだか。本音としてはうちの主に居て欲しいが……あんまり他人が口出すことでもねぇからな。シャマルみたいに口出しして怒られるのも嫌だし。

 

「母親もいねぇ環境ならケンカのひとつやふたつありそうだけどな。世の中ヴィヴィオ達みたいに聞き分けの良い子供ばかりでもねぇし」

「それはそうだけど……でもやっぱりケンカは良くないよ。何でも素直に聞いてくれるのは嬉しいけど、もっと我が侭言ってほしいと思ったりするときもあるし」

「フェイトよ、前々から思っておったのだが……貴様は結婚には向かなそうだな」

 

 尊大な態度や口調だけど良心の塊みたいなあのディアーチェが悪口を……言っちゃなんだが少し面白くなりそうだ。やばくなったら止めるけど、それまでは見守っとくか。

 

「ディアーチェまで意地悪なの……」

「いや、別にそういう意味で言っておるのではなくてだな。貴様は自分で認めるほどの過保護かつ心配性であろう?」

「それは……そうだけど」

「それに貴様の仕事は時として長く家を空ける。家庭を持つだけならともかく、子供も産めば今よりもあれこれ考えるようになるだろう。専業主婦になれば問題ないかもしれぬが……貴様は力があるが故に仕事をやめることも躊躇うだろうからな。そういう意味で向いておらんと言っておるのだ」

 

 まあ聞いてた限り正論だな。

 フェイトの仕事で救われる人間は多いだろうし、フェイトもそれを望んでいる。子供が出来たら今以上にあたふたするようになりそうだが、守るものがある人間は強い。そういう意味ではプラスに働く可能性もあるだろう。

 けど……結婚相手が出来た奴じゃないとダメだろうな。

 すれ違いから離婚なんて可能性だってあるわけだし。管理局の仕事は大きな括りでは公務員だろうが、拘束時間が長い仕事もあるし、危険な任務もある。互いに仕事を尊重できる関係じゃないと上手くいかねぇだろうな。

 まあそれに関しては……

 

「散々あれこれ言ったあたしが言うことでもねぇけどさ、あんまフェイトいじめてやんなよ。結婚に向かないって点じゃなのはやはやてだって一緒なんだから。お前やシュテルとかもだけど」

「我も入るのか……他の者とは使える時間も違うのだが」

「そうだよ。それ以外でもはやてやディアーチェは家庭的だし、シュテルも凝り性なところはあるけど一通りできるよね。なのはも昔はともかくヴィヴィオと暮らすようになってからは家事全般上手くなったし……」

「いや、そういうんじゃなくて……別に能力的には問題にしてねぇよ。ただお前らってはたから見たら美人で性格も良くてエリートだろ? それで怖気づいちまう男も多いだろうし、局で働いてる連中に関しては人間が出来た奴じゃないとすれ違いから破綻とかしそうだしな」

「ディアーチェは? ディアーチェは局員じゃないし」

「ディアーチェはあれだ。口調とかはともかくお前らの中で最も完璧だし、求める理想も高い。まあそれは自分にだけかもしんねぇが、相手側が自分はこれだってもんがないと押し潰される気がする。そういう意味で向いてねぇ」

 

 何であたしが恋愛相談みたいなことしてんだろうな。その手の経験なんて皆無だってのに。

 慕ってくれる野郎どもはいるが、あれは上司とかに対するやつだからな。まああたしみたいな成りが好きな奴ってそうはいねぇだろうけど。

 それに……人間の姿はしてるけど、人間と違うところも多いしな。怪我をしてもはやてから魔力もらえば人よりも早めに回復するし。まあ……大分ガタが来てんのか、傷の治りも遅くなってきてんだけど。

 でも……それでいいんだよな。

 はやての次の主なんてあたしを含めてヴォルケンリッター達は考えてねぇし。それに……人間と同じ身体になってきてるようなもんだからな。傷の深さで治る早さも変わってくるし、場合によっては死ぬ。兵器として生きてたあの頃に比べたら……いや比べられないくらい幸せなことなんだし。

 

「まあそもそもの話なんだけどよ……そういうの抜きにしてもお前ら一途過ぎっからさ。他の男も寄りづらくなってるし、寄ってきたところで結果は見えてる。いつまでも今の関係が続くとは限んねぇんだから……まあ後悔のないようにしろよ」

「ヴィータ……」

「今日の貴様は……その、何というか大人だな」

「だから子供扱いすんじゃねぇ」

 

 お前らよりも遥かに長い時間生きてるっつうの。あの頃を生きてたと言っていいかは微妙なとこだが。

 というか……ふたりにお前らショウのこと好きだろって暗に言った割に反応が薄いな。あたしが普段こういうこと言わないからか?

 それとも別のことに意識が向いてやがんのか……何か今日のあたしはどうにかしてる。はやての味方だけど、何つうか発破を掛けたくなってるし。

 

「ちなみに……うちの主は時折あいつとデートしてっからな」

「え……ヴィータ、その話もうちょっと聞かせて!」

「べ、別に羨ましいと思ってはおらんが小鴉はすぐ人に迷惑を掛けるからな。今度注意するためにも知っていること全て話せ!」

 

 え、えっと……このふたり怖ぇんだけど。

 あいつのこと好きなのは知ってるし、はやてに対して思うところもあるのは分かるけど……そんな鬼気迫る顔をしなくてもよくね?

 別にあたしが悪いわけでもねぇし。大体あたしははやての味方なわけだから。見ていらんねから少し発破掛けるような真似したけどよ。でもそれは結果的によりはやてが積極的になればいいかと思ってやったこともであるし。というか

 

「お、落ち着けよ。別に話すのはいいが……フェイト、お前仕事の合間に来てんだろ? 時間の方はいいのか?」

「……大丈夫」

「ホントかよ?」

「飛ばせば間に合うからもう少し行ける」

 

 いやいや、お前取り締まる側だろ。飛ばせばって……それは法定速度ギリギリって意味だよな。そこを違反するとかじゃないんだよな。

 

「そ、そうか……休憩でここに立ち寄るくらいならショウのとこに直接行けばいい気もするが」

「いきなり行ったら迷惑だよ。それに……ショウ達もここで休憩することあるらしいし」

 

 そういう乙女な顔はあたしの前じゃなくてあいつの前でやれよ。

 昔からそういう顔は何度か見てるかもしんねぇけど、あいつだって鈍感ってわけじゃねぇんだ。お前があと1歩踏み込めば、恥ずかしがってるだけじゃなくてその先の感情まで考えるだろうに。まあその1歩が踏み出せないから現状なわけだが。

 

「じゃあショウもここに呼ぼうぜ。あたしははやてから聞いただけだし、あいつから聞いた方が詳しいこと分かるだろうからよ」

「あいにくだが、あやつは今日来客があると聞いている。それに割く時間もあるから今日は夜遅くまで研究所から出られんそうだ」

 

 な……何か外堀を埋められていってる気分だ。

 おかしい。せっかくの休みのはずなのに……全然気が休まってる気がしない。下手したら任務とかよりも精神的に来るものがあるぞ。

 

「さあヴィータ」

「時間もあまりないし、ちゃっちゃと話して」

 

 あ、あたし……今日無事に帰れっかな。

 

 

 



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黒衣を狙いし紅の剣製 06

「あの、ディアーチェさんいますか?」

 

 そう言って店の中に入ってきたのは、短い赤髪の女性。見た目はどことなくスバルに似ており、年齢も同じくらいだ。

 彼女の名前はノーヴェ・ナカジマ。

 数年前に起きた事件に関与していた戦闘機人であるが、他の姉妹達と共に今はナカジマ家に世話になっている。事件後しばらくは口が悪く礼儀知らずなところもあったが、この数年で大分改善された。まあ露骨に態度が悪かったのはショウやスバルに対してなのだが。

 

「ここに居るぞ。客も居らんのだから少し探せば分かるだろうに」

「いや、それはそうですけど……自虐めいたこと言われると反応に困るんですが」

「ふ……」

「えっと、何でそこで笑うんですか?」

「いや……ただあれだけ口が悪かったお前に敬語を使われてるかと思うとおかしくてな」

 

 我の言葉にノーヴェは少し顔を赤らめる。どうやらあの頃の自分は黒歴史のようなものになっているようだ。

 

「そういうこと言わないでくださいよ。あの頃のあたしは……その荒れてたんで」

「そうだな。特にショウにはひどいというか、なかなか今みたいになれていなかった」

「だからやめてくださいって。ショウさんには……その悪いことしたっていうか、全面的にあたしが悪かったって思ってるんですから」

 

 心底申し訳なさそうな顔を浮かべるあたり嘘ではないのだろう。

 まあ……そうでなければまだ荒れてた状態だろうからな。あの男に何を吹き込まれていたのかは知らんが、ノーヴェはショウを目の敵にしておったようだし。

 

「まあ立ち話もなんだ。適当に座れ……何か頼むか?」

「ありがとうございます。じゃあ……シュークリームとコーヒーで」

「コーヒーで良いのか? 甘いものなら別にあるが」

「ヴィヴィオとかじゃないんで子供扱いしてないでください。コーヒーくらい飲めますから」

 

 そうやって少しムキになってるあたり子供っぽいのだがな。

 まあ姉であるスバルと比較するとあやつの方が幼く思えるが。なのはの弟子故か元々の性格なのか特定のことは鈍いようだし。

 

「それで今日は何用なのだ? 入ってきてすぐ我を呼ぶあたり、ただ来ただけではあるまい?」

「それはその……スバルがディアーチェさんがバイト探してるから行けって言うもんで」

「別に言いにくそうに言うことでもないと思うが? ……前のバイト、クビにでもなったのか?」

「クビになんかなってない! 真面目に働かない奴が居たから注意したら何かあたしが怒られて……だからこっちからやめてやったんだ。……あ、その、やめたんです」

 

 別に無理して敬語を使わんでも良いのだがな。

 我はそこまで相手を威圧するとまでは言わんが、多少身構えさせてしまう雰囲気でもあるのだろうか。長年の友人であるすずかもディアーチェで良いというのにちゃん付けは取れんかったし。まああやつの場合は性格的に仕方ないのかもしれんが。

 

「そこに都合良く我の話が来たというわけか。……それでいつから来れるのだ?」

「え……面談とかしないんですか? 一応履歴書とかも持ってきたんですけど」

「そういう手間を省くために知人を雇おうとしているのだ。それに……久しぶりに話してみたが、まあ今の貴様なら客商売もどうにかなろう」

 

 口調に関しては我も似たようなものだからな。自分よりも年上などには敬語を使うが、基本的にそこまで口調は変えぬし。そもそも、人を不愉快にさせなければ口調などどうでも良いのだがな。口が悪くても客から愛されておる店員などは世の中に数多く居るのだから。

 

「何か……ディアーチェさんが優しいとか身内には甘いとか言われるのよく分かった気がします」

「別に我くらい普通……誰がそんな恥ずかしい話を貴様にしておるのだ?」

「え、割とみんなから聞きますけど。スバルとかはやてさんとか……ショウさんも言ってたような」

「もうよい。それ以上は言うな」

 

 スバルはまあ良いとして問題は小鴉とあやつよ。

 小鴉はすぐ人のことをからかいよるからあることないこと言っておる可能性がある。もう大人であり、ヴィヴィオという我らを見て育つ者も居るのだからしっかりせいと言いたいところだ。

 あやつは……その手のことは割と素直に口にしよるからな。おかしなことは言ってはおらんだろうが、それが逆に恥ずかしく思えてくる。

 ……な、何を変に意識しておるのだ我は。少し前にヴィータがおかしなことを言われたからといって、これではまるで恋に恋する女子のようではないか。我はもう大人なのだ。ちゃんと大人としての振る舞いをしなければ……

 

「ディアーチェさん、何だか顔が赤いようですけど」

「な、何でもないわ! これでも食べて少し黙っておれ!」

「え、えー……まあ、いただきますけど」

 

 今のは理不尽な気がする、のような顔をしておるがここはあえてスルーする。

 確かに急に大声を上げた我も悪いが、ノーヴェも悪いからな。ここぞとばかりのタイミングで我の赤面を指摘してきたのだから。時としてスルーすることも優しさなのだぞ。

 

「王さま王さま~! 今日も来たよ!」

 

 馬鹿でかい声と共に現れたのは白衣を纏っているレヴィ。無駄に回転したりしているのは、白衣がはためいてカッコいいとでも思っておるのかもしれん。

 そんなレヴィに少し遅れる形でシュテルとユーリも店の中に入ってくる。レヴィと同様に白衣を着ていることから休憩でここを訪れたのだろう。

 

「レヴィ、うるさいですよ。客がほぼいないとはいえ、必要以上に大声を出すのはやめてください」

「シュテルよ、注意しつつ我にケンカを売るのはやめぬか」

「何を言っているのですか。私は別にケンカなど売ってはいません。ちゃんとそこに居るノーヴェもカウントした発言をしたはずです」

 

 確かにそうだが……注意する上で客の数も言葉の中に入れる必要があったのかと我は思うのだが。

 客が多いのなら他の客の迷惑になるということで入れても良いとは思うが、その逆は別に入れなくても良いのではないか。もっと声を出していいと肯定しているのならまだ理解も出来るのだが……付き合いも長いが未だに分からんところがある奴よ。

 

「まあ良い。適当に……ノーヴェの近くにまとまって座れ」

「じゃあボクはノーベの隣!」

「じゃあ私は反対側の隣です」

「では私は……ノーヴェの膝の上ですね」

「いや、それはおかしいというか……体格的に無理です。あたしが食べれなくなるんで」

 

 ノーヴェよ、もっと声を大にして言って良いのだぞ。それだけのことをシュテルは言っているのだから。まあ実行しないあたり本気ではないのだろうが。座っていたのがショウだったらやっていた可能性はあるが。

 

「ふざけてないでさっさと注文せぬか。何時間も休憩があるわけではあるまい」

「そうなんだよね。今日はショウがいないからボク達がやっておかないといけない仕事も多くて嫌になっちゃうよ。デバイス達のまとめ役のファラもショウと一緒に行っちゃってるし」

「レヴィ、私達の仕事は未来の人ためになることなんだから嫌だとか言っちゃダメです。それにセイが残ってるから大丈夫です。ファラが居ても妹達を可愛がるだけでまとまりませんし」

 

 昔から素直な奴ではあったが……一緒に仕事をする相手もあってか容赦のない言い方だ。

 親しい関係にあるが故に言っておるのかもしれないが、天然で言っておる可能性もあるだけにたまにユーリのことが怖くなる。さらりと爆弾を投下しかねんから。そういう意味では成長したのは見た目だけかもしれん。

 そんなことを考えている間にそれぞれの注文が入ったので、すぐさまそれを用意する。

 ただ……ここに来る連中はシュークリームばかり頼み過ぎではないかと思う時がある。桃子殿直伝であるが故に味も保証されておるし、懐かしさも覚えるだろうがもう少し別のものも食べてくれても良いだろうに。我とて色々作っておるのだから。

 などと漏らそうものなら逆にシュークリームを食べなくなるのだろうがな。まあ客足が増えれば別のものも売れるようになるだろう。それまでの我慢というだけか。

 

「やれやれ、前から思っていましたが……ユーリ、あなたは少しファラよりもセイを贔屓する傾向にあります。確かに彼女にはだらしない面もありますが、仕事中は真面目ですよ」

「む……それは分かってます。でもセイの方が真面目で色んな手伝いしてくれてますよ」

「そういうところが贔屓していると言っているのです」

「そういうシュテルだって贔屓してるじゃないですか。セイはファラと違ってアルトリア達を可愛がるだけでなく、悪いことしたら怒ったりしてるんですよ」

「どうどう、ふたりとも落ち着きなよ。ボクから言わせればどっちもどっちだし。別に贔屓するなとは言わないけどさ、ボク達はみんな仲間みたいなもんなんだからどっちが悪いみたいな言うのはやめようよ。ファラにもセイにも良いところもあれば悪いところはあるんだし。人間らしくなってる証拠なんだから」

 

 レヴィの言葉に我を含めてその場に居た者達は固まる。

 シュークリームを食べながら言っていたので深くは考えていないのだろうが、実に正論かつ的を得た言葉だった。

 我やシュテルなどは大抵のことをこなす。それは万能であるように思えるが、人よりも優れておるだけで人並み外れたものは少ない。天才というよりも秀才と称されるレベルが多いだろう。

 だがレヴィは万能ではないというか、興味を持ったものしかやろうとはせん。その代わり、その分野では全て人並み外れた結果を残す。

 それも含めて考えると普段はバカみたいに騒いだりしておる奴だが、我らの中で最も天才と称されるべきはこやつなのかもしれん。

 

「部外者のあたしが言うのもあれなんですけど……そもそも社外秘とかないんですか? 仕事柄知り合いに教えちゃいけないことってあると思うんですけど」

「そのへんは問題ありません。確かにそういうものも中にはありますが、私達は行っている人型デバイスの研究などは秘匿しようとは考えていませんから」

「少しでも研究してくれる人が増えれば、そのぶん人間らしいデバイスも増えますからね」

 

 さらりと口にしよったが、世の中の同業者がどれだけ同じことを口にできるだろうか。

 より良いものを作りたい。その思いで研究している者は大勢居る。だが莫大な費用が掛かることだけにそれ以上の利益を欲するのが人の性というものだ。

 だがこやつらは目先の利益よりも未来への希望を大切にしておる。同業者からは尊敬される一方で蔑まれることもあるであろうな。たとえ何があろうとこやつらが歩みを止めることはないのだろうが……

 そう思った直後、店のドアが勢い良く開いて来店を知らせるベルが鳴る。

 中に入ってきたのは、走ってきたのか息が上がっておるティアナ。休憩に来たようには思えぬし、良い知らせを持ってきたようにも見えない。

 

「ティアナ……そんなに慌ててどうしたのだ?」

「あの……研究所の方に行ったら皆さんがここに行ったって聞いて。……その……ショウさんは?」

「それは……先ほどこやつらから今日は居らんと聞いたが。あやつはどこに行っておるのだ?」

「えっとね、ナハトモーントだっけ? その人の家に行くって言ってたよ。何でもショウに自分の開発してるデバイスを見て欲しいんだって」

 

 そういえばナハトモーント家の主もショウ達と同様に技術者であったな。より良いものを作りたいのでレーネ殿に聞いた方が良い気もするが、あの人は急に予定が変えられるほど仕事がないわけではないからな。むしろ詰め過ぎなくらいだ。

 

「な……不味いですよそれ!」

 

 ティアナは血相を変えたかと思うと、こちらに近づいてきた。そのただならぬ雰囲気に我らの動きは止まり緊張感が流れ始める。

 

「ティアナ、何が不味いんだよ?」

「何がって……ノーヴェあんた居たの」

「おい、確かに左右を挟まれてる状態だがそれはねぇだろ」

「ちょっと黙って。あんたに構ってる時間が惜しいから」

 

 ティアナの態度にノーヴェの表情が不機嫌になる。が、さすがに水を差していい空気ではないと思ったのかノーヴェは何も言わなかった。

 

「ティアナよ、いったい何があった?」

「ディアーチェさん達にはこの前ナハトモーント家についてもっと調べてみるって言いましたよね?」

「ああ……まさか」

「そのまさかです。十中八九、ショウさんが感じてた視線の正体にはナハトモーント家が関わってます」

 

 ティアナはそう言うと、これまでに掻き集めた資料を次々とテーブルに並べる。

 

「色々調べて分かったんですが、グリードという男は結婚も離婚もしてません。そのうえ誰か養子に引き取ったことも確認できませんでした」

「え、でも確かクロエって子供がいるんだよね?」

「はい、それは間違いないと思います。ただ今言ったようにグリードという男の子供ではありません」

 

 実子でもなければ子供でもない。となれば……考えられる答えはふたつ。

 ひとつは身寄りもない子供や他人の子供を誘拐し、身体・精神的に負荷を与えることで言うことを聞かせている可能性。そして、もうひとつは……

 

「それとこのグリードという男、これまでに犯罪歴はありませんが数年前……具体的に言えばJ・S事件終了後あたりから人気のない研究所に足を運んでいました。その研究所はすでに破棄されていましたが……そこで行われていた研究は」

「……人工的な生命に関わるものか?」

「はい」

 

 不味い……これは非常に不味いぞ。

 今聞いた話だけでもグリードという男は数年前からショウのことを狙っていたと考えられる。詳しい理由まで分からんが、人工的な生命に関する研究は倫理的に禁忌とされているものだ。

 研究に携われる人間ならその研究が犯罪であることは知っているはず。これまでに罪を犯していない者がそれを犯すとなれば、私怨だとしても強い感情だろう。

 

「私が調べた限りではグリードという男に魔導師としての力はありません。ですが……」

「人工的に作られた……クロエという少女は魔導師としての力がある可能性が高いか。このことをショウは知っておるのか?」

「いえ……報告しようとしたんですが連絡が取れなくて。なので研究所の方に行ったんですが」

 

 今に至っているというわけか。

 さて、これからどうする。ショウはなのは達にも負けぬほどの魔導師でもあるし、ファラも一緒に居る。大抵のことは自力でどうにか出来るだろう。

 だが……あやつが向かったのは云わば敵の本拠地。どんな罠が張り巡らされているかは予想も出来ん。

 それに魔法という力は子供であろうと大人を叩きのめすことは可能だ。故にクロエという少女の実力次第では……ショウに万が一のことも起こりえる。

 

「ティアナ、あなたにふたつ聞きたいことがあります。ひとつはナハトモーント家の場所は分かっていますか?」

「は、はい。そのへんもちゃんと調べてます」

「分かりました。次に……あなたはここまでどのようにして来ましたか?」

「それは……バイクですけど」

「2人乗りは?」

「大丈夫ですけど……まさか」

 

 そのまさかだろう。

 シュテルは白衣を脱いでメガネを外すと、それらをユーリへ預け持っていたコンタクトに切り替える。

 

「ティアナ、私を連れてナハトモーント家に向かってください」

「で、でも……シュテルさんは」

「問題ありません。実戦こそ長い間行っていませんが模擬戦なら定期的に経験しています。なのは達とやったとしてもも負けるつもりはありませんよ」

 

 絶対的な自信と……何より普段と別人と思えるほど真剣みを帯びた瞳に意を唱えられる者は誰も居ない。

 まったく……いつもこのようにしておればもっと人から尊敬されるであろうに。これは我のよく知る真のシュテル・スタークスなのだから。

 しかし、少々不安なこともある。

 シュテルは冷静沈着。それ故に本気で怒りを覚えた時、人よりもストッパーが効かぬ恐れがある。今のシュテルの瞳には冷たい炎が宿っているように見えるだけに、何かあれば必要以上に敵のことを責めかねん。

 

「ティアナよ、管理局への連絡はこちら側でしておく。あとでそちらに連絡が行くかもしれぬが、今はとにかく貴様はシュテルと共にショウの元へ迎え。何かあっては遅いからな」

「分かりました」

「シュテル……分かっておるとは思うが、何があっても道を間違えるなよ」

「ご心配感謝しますが私はもう子供ではありません。ディアーチェを悲しませるような真似はしませんよ」

「約束だからな……ティアナ、大丈夫だとは思うが何かあった時はそのときは頼む」

「はい。……シュテルさん、行きましょう」

 

 ふたりが出て行ったのを見届けると、我は残っている者達に意識を向ける。

 

「ユーリにレヴィ、それにノーヴェ。貴様達は管理局に連絡を入れて詳しい事情を説明してやってくれ。我が行うより関わりのある貴様達の方が管理局が動くのも早かろう」

「分かりました」

「ディアーチェさんはどうすんだよ?」

「我は……とりあえず閉店作業だ。そのあとはレーネ殿などに連絡を入れておこう。我に出来るのはそれくらいだからな」

 

 それを聞いたノーヴェ達は頷くと店の外に出て行った。

 我は局員ではないため関わることが出来ぬのが残念ではあるが、あやつらと違う世界へ進むと決めたのは己自身。心配することになろうと待つ立場に居ようと決めたのだ。後悔はない。だが……

 

「もしも……この世界に本当に神が居るのであれば」

 

 我はその神を打ち倒したいと思うかもしれん。

 あやつはこれまでに何度も傷つく悲しい想いをしてきたのだ。ようやく平穏な日々を過ごし始めた矢先にこの始末はあんまりではないか……

 

「ショウ……無事に帰ってくるのだぞ。……我は待っておるからな」

 

 

 



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黒衣を狙いし紅の剣製 07

 俺は先日見学に来たグリードさんの頼みもあって、彼が作ったデバイスを見るためにナハトモーント家を訪れている。

 まあグリードさんが迎えに来てくれたので訪ねたというよりは招かれたという方が正しい表現かもしれない。

 

「マスター、ずいぶんと大きな家だね。家というか屋敷?」

「そうだな」

 

 敷地面積や建物の大きさで言えばその表現が正しいだろう。

 道中はずいぶんと都市部から離れるのでどういう場所なのかと思ったが、個人でこの規模の建物を持っているとなると都市部から離れて正解かもしれない。

 そのように思った理由は、内部を見たわけではないが、これだけ資金があるのなら設備もそれなりに充実しているはず。なら人里から離れた方が騒音や工事に悩まされることも少ないため、研究に没頭できると思ったからだ。

 

「研究に必要な設備ばかりで大したものはないが、まあとりあえず中に入ってくれ」

 

 グリードさんに促されて屋敷の中に入る。

 外観は古風な印象があったが、中は最近の作りになっている。最新の設備を準備するに当たって何度かリフォームが行われたのかもしれない。

 

「分かってたことではありますけど、やっぱり広いですね」

「昔は名のある家として知られていたようだからね。そのときの名残りさ。今ではすっかり君の家の方が世間的には知られている」

「それは俺の家というよりは義母さん個人のことだと思いますけどね」

 

 俺も知られるようにはなってきているけど、シュテルやユーリの方が知られてるしな。まあ技術者一本のあいつらと違って魔導師としての仕事もしてるから当然と言えば当然なんだろうが。あまり注目されたいとも思わないし。

 

「お茶でも飲むかい?」

「いえ、お構いなく……そういえばクロは?」

「あぁあの子か。あの子なら君が来ると分かって嬉しかったんだろうね。もうテスト室に居ると思うよ」

「テスト室?」

「一般的には訓練室と呼ばれているよう部屋さ。デバイスのテストにはそれ相応な環境が必要だからね」

 

 それは最もな言葉だ。

 最新の技術というのは人々に提供できるまでに時間が掛かる。その過程で失敗が起こることは何度もあることだ。俺自身も何度も経験した覚えがあるし。

 そういう事故のようなものがなくてもデバイスの使用はある意味魔法の使用と同義。そのため安全に魔法を使える環境が必要になる。

 クロがグリードさんのデバイスのテストマスターをしていたことには驚いたが、もしかするとそこがこの親子のケンカの原因になっているのかもしれない。

 先日の見学で分かったことだが、クロは年の割にデバイスの知識に長けている。その証拠に見学の際は知識がなければ質問できないことをいくつも聞いてきていた。率直に言って着眼点も悪くないため、将来は優秀な技術者になるのではないだろうか。

 それ故にグリードさんと考えの違いが生まれて熱くなってしまうこともありえる。さすがに叩いたりするのはやり過ぎな気もするが……その場に居合わせたわけではないからグリードさんばかり責めるのも良くはないだろう。

 

「クロが待ってるならテスト室に案内してください。お茶はやることを終えてからで大丈夫です」

「そうか。では、ついて来てくれ」

 

 言われるがままにグリードさんの後に付いて行くと、これまでの空間とは一風変わった部屋に到達する。

 機械が乱立していて整頓性には少し欠けてはいるが、そこの除けば研究所にある部屋に似ている。この部屋の奥にある空間が魔法を使用しても問題ないテスト室なのだろう。

 

「散らかっていてすまないね。基本的に私しか使わないから自分の良いように置いてしまっていて」

「いえ、別に気にしないでください。家の散らかり方はうちの義母の方が上ですし」

「はは、あの人は昔から研究一筋という方だからね。それ故に……いや、やめておこう。あの子も待っているようだからね。さっさと始めた方が機嫌を悪くせずに済む」

 

 一瞬不穏な空気のようなものを感じたが……まあ今は触れないでおこう。

 血の繋がりがある相手にさえ人は嫉妬といった負の感情を覚える。俺だってなのはやフェイト達に魔導師として嫉妬したことはあるし、義母さん達に技術者として負けたといった感覚を覚える時はあるのだ。グリードさんの中に義母さんへの負の感情があったとしても、それはある意味仕方がないことだろう。

 

「分かりました。俺は何をしたらいいですか?」

「君のデバイスと一緒に中に入ってあの子と本気で戦ってほしい。普段は訓練用のターゲットなどを使っているのだが、あの子も慣れてきてるのかデータの伸びがイマイチでね。格上と戦った方が良いデータが取れると思うんだ」

「分かりました」

 

 子供とやり合うのは少し抵抗があるが、魔法を使ってくる以上は油断してはいけない。子供であろうと俺よりも強い人物は存在しているのだから。

 それに……グリードさんのデバイスを最も使いこなせるのはクロだろう。それに俺は技術者でもあるが魔導師でもある。故に実際に刃を交える形で彼女の戦い方を見れば、はたから見ているよりもデバイスに対して見えてくるものもあるだろう。

 そういう意味でグリードさんの案は理に適っている。最近模擬戦などはしていないので少し不安もあるが、まあどうにかなるだろう。

 気楽に考えながらテスト室の中に入ると、入り口のドアがロックされた。少し気になりはしたが、クロの実力次第ではテスト室を縦横無尽に駆け回る内容になるかもしれない。万が一に備えてロックしたのだと考えればそこまでおかしくはないように思えた。

 

「ようクロ…………俺が来て喜んでるって聞いてた割りには浮かない顔をしてるな」

「別に……思っていた以上にあなたがお人好しというか人を疑わない人だったから呆れてるだけ。そんなことより……早く始めましょう」

 

 クロは手に持っていた血のように赤いカード型デバイスを構えると、すぐさま起動させる。

 紅色の光に包まれたかと思うと、それが収束すると共に赤い外套と黒いプロテクターなどを身に纏った状態で現れた。身軽にしていると言えば聞こえは良いのだろうが、ずいぶんと露出度が高めである。

 

「ちょちょちょちょっと!? そのバリアジャケットは何なの!?」

「何って……どこかおかしいところでもある?」

「どこってどう見ても肌を出し過ぎでしょうが! 年頃の女の子がそんなに露出しちゃいけません!」

 

 珍しいというわけでもないが、真面目に説教するファラなんて久しぶりに見た気がする。最近はだらしない面がよく表に出ていただけに。まあ昔からシュテルの教育のせいか、割と根っこは淑女的になってはいたんだが。

 

「別に大事なところは見えてないんだからいいじゃない。これが私は動きやすいんだし」

「ちょっと君は性に開放的というか、女の子としての自覚が足りないんじゃないかな。同年代が見た時に目の毒というか、目のやり場に困るでしょ!」

「同年代に知り合いなんていないし……大体そっちの知り合いにだって露出の多い人は居るでしょ。確かフェイト・T・ハラオウンさんだったかしら? あの人もなかなか攻めた格好してたと思うんだけど。身体が育ってる分、私よりも遥かに色気をばら撒いてたんじゃないかしら?」

「うぐ……それはその」

 

 まあ確かにそこを指摘されると何も言えなくなるわな。

 フェイトの切り札であるソニックフォーム関連は速さに全てを注ぎ込むからかなり薄着になる。はたから見ればレオタードとスパッツのみに見えるし。

 それの今の年齢でも使うわけだから……クロの方がマシなのかもしれない。年齢的な発育の違いを除いたとしても、お腹や太ももが見えるファッションは街でも見かけるものだし。

 

「そっちもセットアップしたら? その状態で始めるっていうなら別に構わないけど」

「マ、マスター……何かあの子見学に来た時と感じと違うんだけど。礼儀正しくないというか、挑発的というか」

 

 ファラの言うようにこれまでのクロとか雰囲気が異なる。

 手加減されるのが癪でそのように振る舞っている可能性はあるが、人懐っこい笑みを浮かべていたことを考えるとこれまでのように手加減なしでやってと言うのではないだろうか。

 

「ファラ、とりあえず準備だ……セットアップ」

 

 嫌な予感がするがそれを回避するためにもいつでも動ける状態にしておくべきだろう。もしも何か罠のようなものがあったとしても、生身の状態でいる方が危険なのだから。

 ファラが起動し黒い光が身体を包み込み、昔から愛用してきた黒のロングコートを基調としたバリアジャケットが展開される。

 さらに身の丈ほどある洗練された漆黒の長剣が形成される。機動六課の頃はブレイドビッドも搭載していたので仕様が変わっていたが、今は新しいカートリッジシステムを検証していることもあって新しい仕様に変わっている。

 人から見れば長剣というよりも大剣と呼ぶだろう。だが昔のものより剣が巨大化しているのは新型カートリッジの負荷に耐えるためだ。まあ単純に大剣にもなる合体剣を使っていたこともあって、そちらに慣れてしまったというのもあるのだが。

 

「わーお、あなたのってすっごく黒くて大きいのね」

「だから女の子がそういうこと言わないの! それに無駄に息を混ぜない。小学生くらいの子が出していい色気じゃないでしょ!」

 

 ファラ……言いたい気持ちは分からなくもないが、そういうことをいちいちツッコむお前の方がある意味問題だぞ。クロが自覚していない可能性もあるんだから。

 

「分かってたことだけど……あなたのデバイスって本当に人間染みてるわね。まあどうでもいいんだけど……始めましょうか。……殺し合いを」

「クロ……お前今何て」

 

 その瞬間、赤い閃光が頬を掠める。微かな痛みを覚えた直後、掠めた場所から血が流れ始めた。

 赤い閃光の正体は魔力によって生成された魔力弾。だが魔法は犯罪者でもない限り、基本的に非殺傷設定で用いられる。身体的ダメージは全て対象への魔力干渉に変わることで衝撃や痛みは生じても外傷は生じない。

 つまり……微々たるものとはいえ傷口が出来たということは、今の攻撃は非殺傷設定が行われていないということになる。

 

〔マスター、今の攻撃……!?〕

〔ああ……〕

 

 意識をクロへ向け直すと、彼女は先ほどの攻撃に用いたであろう黒い弓を構え直しながら新たな魔力矢を生成していた。

 

「クロ……どういうつもりだ?」

「どうもこうも今ので分からなかった?」

「意図的に非殺傷設定を切ってるってことなんだな?」

「ええ。だって殺し合うのにそんなものがあっても邪魔なだけでしょう?」

 

 クロの表情は感情が希薄でこちらに向けている目は冷たい光を宿している。嘘を言っている可能性はゼロに等しい。

 だが……クロが俺の命を狙う理由が分からない。

 たとえ今回のことが目的で近づいてきたのだとしても、あの時見せてくれた笑顔は本物だった。本当に彼女がこんなことをしたいと思っているようには思えない。

 

「クロ、お前は……」

「無駄口を叩く暇があるの?」

 

 その問いかけと同時に赤い魔力矢が発射される。

 見た限り先ほどのものと同種だ。俺の推測が間違いでなければあれは魔力弾の1種であり、速度重視の性質。防御魔法を使わなければ防げないような高威力のものではない。非殺傷設定が切られているため、直撃すれば危険だが、逆に言えばきちんと防ぐことが出来れば関係とも言える。

 そのためいつものように剣で斬り払う。それと同時にクロに話しかけようと思ったが、気が付けば無数の魔力矢が迫ってきていた。

 魔法で防ごうかとも思ったが、俺はなのはほど防御力が高いわけではない。1発あたりの威力は弱くても雨のように降り注ぐ攻撃を受けていれば防御が砕ける可能性は大だ。殺傷性があるだけに被弾するわけにはいかない。

 

「くっ……」

「思ってたよりも速い……だけど」

 

 クロはさらに魔力矢の連射と速度を上げる。

 普通なら連射や魔力弾の速度を上げれば命中精度は下がるものだ。だが今俺に次々と向かって来ている魔力弾は少しずつではあるが、確実に俺に近づいてきている。驚異的な集中力がなければ実現できない芸当だ。

 

「クロ、何でこんなことをする?」

「あら、こんな状況で話しかけれるなんて……さすがは黒衣の魔導剣士(ブラックフェンサー)

「こっちの質問に……答えろ!」

 

 魔力矢をかわしながら身を捻ると、それを利用して剣を振るって魔力で生成した斬撃を飛ばす。クロはそれに対して反応を示すが、自分に直撃しないコースだと理解したのか身動きひとつしなかった。

 

「……クロ」

「……分かったわよ。答えてあげる。何でこんなことをするかって? それはね…………私があんたを殺したいからよ!」

 

 その宣言が嘘でないことを証明するかのように、先ほどまでよりもさらにギアの上がった攻撃が始まる。

 クロの鋭い光を宿した瞳は真っ直ぐこちらを射抜いており、飛来する魔力矢は全て何もしなければ直撃コースだ。

 魔力弾の回転的にこの距離でやってもこちらが不利だ。砲撃で撃ち抜く手もあるが、多少なりとも溜めが必要になる。さっきの斬撃の見切りからして直撃コースでなければ避ける素振りも見せないだろうし、少しでも大技を出そうとすれば早々に気づくはずだ。

 高速魔法で接近すれば雨のように降り注ぐ魔力矢を止められるだろうが……こう的確かつ継続的に連射されるとその隙を見極めるのも厳しい。

 

「ちょこまかと……なら、これならどう!」

 

 今度クロは発射したのはこれまでのような魔力で生成された矢ではない。螺旋状に捻じれているドリルを彷彿させる実体を持つ矢だ。手に何も持っていたことだけに彼女のレアスキルの類なのかもしれない。

 しかも飛来する軌道からして、俺が魔力矢を回避した先に撃ち込んできている。剣や魔法で防ぐ手段もあるが、立ち止まれば一瞬にして雨のような矢が降り注いでくるだろう。

 だがそれ以上にあの螺旋矢に関しては防ごうという気が起こらない。徹甲弾のように全てを撃ち抜きかねないからだ。

 そのため、半ば強引に身体に制止を掛けて一瞬移動遅らせる。それが功を奏し、螺旋矢は俺の目と鼻の先を通過した。

 直後、壁に衝突したそれは爆発を引き起こす。その威力からして直撃していれば木っ端微塵になっていてもおかしくない。非殺傷設定を切っている状態で人に向かって代物ではない。

 意識を一瞬とはいえクロから外したことに不味いと思ったが、先ほどまで雨のように飛来していた魔力矢が止まっている。意識をクロに向け直すと、少し驚きを覚えている顔を浮かべていた。

 

「今のも避けちゃうんだ……やれやれ、今ので当たらないとなるとこのままやってもジリ貧ね」

「やれやれなんて口にした割にまだ余裕がありそうだが……」

「まあね。正直私としては射撃戦ってそこまで得意じゃないし」

 

 一歩でも判断を誤れば俺は間違いなく死んでいる。

 そう思えるだけ技量を披露しておきながら得意ではないというのは嘘だと思いたくなる。が、クロの態度からして嘘ではないのだろう。

 クロは手にしていた黒弓を消したかと思うと、両手を広げながら交差させる。

 

「トレース……オン」

 

 クロの両手に赤色の魔力は集まり始めたかと思うと、それは剣の形へと姿を変える。

 姿を現したのは片刃の剣が2本。右手にあるものは刀身が白く、左手に持たれているものは逆に黒い。おそらく2本1組にデザインされたものだろう。

 俺はデバイスの名前や形を決める際の参考として、聖剣や魔剣といった伝承にある武器の資料などを見ることがある。クロの持つあれは……その中で夫婦剣と称されていたものに酷似していると言ってもいい。

 武器を生成する能力にあの夫婦剣……よく覚えてはいないが、昔見た資料の中にそういう能力を持つ名の無き英雄が居たと書かれていた気がする。

 もしかしてクロは……いや、可能性の域を出ない。だが古代ベルカ時代に生きていた聖王の遺伝子だって残っていた。それに……もしもそうならあの男との関係が良好でなかったことにも納得が出来る。

 

『フフフ……フハハハハハ! いいぞ、その調子だ。もっと黒衣の魔導剣士(ブラックフェンサー)を痛めつけてやれ!』

「グリードさん……いやグリード。全てはお前の差し金か?」

『呼び捨てとは生意気だな小僧。年上にはもっと敬意を払ったらどうだ。まったく……さすがはあの研究ばかりしていた男の息子で、あの女が育てた男だよ。反吐が出る』

 

 反吐が出る?

 それはこっちのセリフだ。俺の父さんや義母さんがあんたとの間に何があったのかは知らない。特に義母さんは性格が性格だけに人から恨みを買うこともあるだろう。

 だからその罵倒に関しては甘んじて受け入れてやる。だが……自分自身の手を汚さないどころか、子供に対象を襲わせる。その考えだけは気に入らん。

 

「あんたが俺や義母さん達にどんな恨みがあるのか知らないが……自分の手でやったらどうなんだ? クロを……子供をこんなことに使って良心が痛んだりしないのかあんたは」

『良心? フハハハハハ! 何故私がそんなものを痛めたりしなければならない。そこに居るのは私の子供ではない。人の形をした私の人形だよ!』

 

 グリードの言葉にクロの表情が一瞬曇った。

 人形……その言葉と今の言い回しから察するに俺の予想はほぼ間違いなく当たっているだろう。

 

「グリード……お前まさか」

『そのまさかさ! 貴様の目の前に居るのは、名も無き英雄の遺伝子で作ったクローン。人の贋作だ!』

「贋作……だと?」

『そうだろう? 人と同じ成りはしているがソレは人工的に生み出した生命だ。母親から生まれてきた生命ではない。それを贋作と言わずに何と言うのかね? まさか君は……ソレを人だとでも言いたいのか?』

 

 過去に自分の愛した娘を生き返られるためにクローンを生み出した人を俺は知っている。

 だが結果としてそのクローンは愛娘とは見た目は同じでも別人であり、そのことに絶望したその人は別の方法を探すためにクローンの少女を酷使した。

 けど、この男は……あの人より……プレシアよりも格段に劣るクズだ。

 プレシアがフェイトにしたことは許されるものではないだろう。だが……あの人はフェイトを道具と言いながらも根っこではアリシアとは別の生命、もうひとりの娘だと思っていた。

 だがアリシアに固執してしまったが故に、それに気づいたのは虚無の奈落に消えて行く間際。それを知るのはプレシアを助けることが出来なかった俺だけ……。

 

『ハハハハハ! さすがは戦闘の道具であるデバイスに人間らしさなどという余計なものを求める愚か者だ。贋作であろうと人として扱うか。いやはや、全くもって理解できないね』

「理解できないのはそっちの言い分だ」

『ずいぶんとイラついているようだ。それに私の言い分が理解できない? ならもっとソレについて教えてあげよう。何故私がソレの名前にFを付けたか分かるかね?』

「そんな意味のない問いに興味はない」

『聞けよ小僧! 勝手に意味がないなどと決めつけるな。意味のないことを私がするとでも思っているのか? ソレにFを付けたのは用いた技術のプロジェクト名からというのもあるが、本質はフェイク! 偽物という意味を込めたかったからさ!』

 

 この男は……人として狂ってる。

 何がこいつをここまで駆り立てるのか分からない。いや理解したくもない。今こいつにあるのは人として最も醜い感情だけだ。ある意味ではあの事件を起こしたクズな天才にも劣る。

 何より……この男とは話すだけ無駄だ。話したところで不愉快な感情を抱くだけ。俺が真に話すべきは……

 

『おい、何をよそ見している? この私が話しているのだぞ。人が話している時は目を見て話せと教わらなかっ……!』

「黙れ」

 

 グリードが居る部屋に向けて魔力斬撃を放つ。こちらの様子が見えるように透明になっているが、強度は室内の壁と同じ。それ故に本当の意味で黙らせることはできない。

 だがあの男は戦闘訓練なんて受けたこともないだろう。だから大丈夫と分かっていたも自分に魔法が飛んでくれば少しの時間は怯むはずだ。

 その予想通り、魔力斬撃が着弾と同時に奴の悲鳴が聞こえたかと思うとそれから先は聞こえてこなくなった。

 

「クロ……お前は本当にこんなことがしたいのか?」

「ええ」

「それは本当にお前の意志なのか?」

「……ええ」

「本当にお前は……俺のことを殺したいと思ってるのか?」

「そうだって言ってるでしょ!」

 

 声を荒げて否定するクロだが、彼女の目元には涙が浮かんでいて表情も悲しげだ。

 こんな顔を俺は昔見たことがある。よく知っている。自分が必要とされていないと分かっていたも、必要とされたくて頑張ってる。そういう人間が浮かべる顔だ。

 

「あんただって聞いたでしょ! 私は……私はあんたを倒すためだけに作られた生命なの。それだけに今まで生きてきたのよ!」

「だとしても、それはお前の意志じゃないだろ」

「うるさい! 分かったようなこと言わないで。あんたに私の何が分かるっていうのよ? 悲しい想いをしてきたのかもしれないけど、あんたにはいつもあんたを必要としてくれる人が居たじゃない。私にはそんな人いないの……誰からも必要とされてないのよ!」

 

 確かに俺にはお前のことは分からない。

 お前が生み出されたからこれまでどんな風に生きてきたのか。どんな毎日を送ってきたのか……想像なんて出来やしない。だけど……

 

「お前の言うように俺にはお前のことは分からない」

「だったら……!」

「だけど、俺と一緒に居た時のお前が浮かべた笑顔が偽物じゃなかったのは分かる。お前は本来ああいう風に笑う奴だってことは過ごした時間が短い俺でも分かる」

「…………」

「それに……誰からも必要とされてない? ふざけるな。あの男がどうだか知らないが、俺はお前のことをひとりの人間だと思ってる。可愛い妹だって思ってる。俺はお前をこれからも必要してる」

「っ――うるさい! うるさいうるさいうるさい!」

 

 感情を爆発させるようにクロは叫ぶと、涙を拭って剣の切っ先をこちらに向ける。

 

「あんたは……私が倒すべき敵。敵なの……あんたを倒さなきゃ私が生まれてきた意味も……生きてきた意味もなくなる。私はあんたを倒す……たとえ殺すことになっても!」

 

 

 



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黒衣を狙いし紅の剣製 08

「くっ……」

 

 次々と襲い掛かってくる白と黒の斬撃。

 子供の体格で放つ斬撃だけあって重さこそ軽めだが、鋭さは一流のそれと変わらない。また容赦なく的確に急所目掛けて放たれているだけに一太刀でも受け損ねれば必殺の一撃になりえる。

 

「クロ……こんなことして何になる?」

「そんなの決まってるわ。私の存在の証明よ!」

 

 右の上段、左の突き、右の突き、左の切り払い……。

 2本の剣をぶつかることなく絶え間なく連続で振るにはそれ相応の技術が必要だ。俺も二刀流を行うことがあるだけにそれは身に染みて理解できている。

 プロジェクトF……元になった人間の記憶を転写されたクローンなだけにクロにはその技術の根幹は最初からあったのかもしれない。

 だがたとえ記憶を転写されていたとしても元の人間と同じにならないのは明白だ。それはアリシアとフェイトの例を見ても間違いない。

 それだけに……誕生してから数年しか経過していないのだろうが、ここまでの戦闘技術を身に付けたのはクロ自身の努力があったからだろう。どれほどの想いで……どれだけの訓練を積めば数年でここまでの技術が身に付くんだ。

 

「クロ、本当に俺を倒すことがお前の存在を証明することになるのか?」

「なるわ。例えならないとしても……少なくとも私がこれまでやってきたことは報われる」

 

 先の事なんか分からない。だけどこれまでの自分を認めることが出来る。そうしたら……過去は意味のあるものになる。

 目の前に浮かべられている悲しみの表情には、そんな言葉が隠されているように思えた。

 グリード……お前はこの子のこんな顔を見ても人ではないと。贋作だと言えるのか。必要されてないと、俺を倒すために育てられているのだと理解しながらも……今日までお前の指示に従ってきたこの子を娘じゃないと言うのか。

 

「ち……」

 

 次々と襲い掛かってくる斬撃は基本的に回避できているが、どれも紙一重。危ないものは剣を使って防いでいるが、そこから身軽な動きで追撃を行ってくる。

 そのどれもこれもが的確に急所に飛来し、隙さえあれば足を払おうとしてくる。少しでも距離が出来そうになれば、剣状の魔力弾を生成して攻撃。それに対応している間にまた距離を詰めてくる。

 シグナムのような騎士が相手をすれば邪道な剣だと言いそうだが、どうしても勝たなければならない命のやり取りの場においてはそれこそ王道と呼べるのだろう。

 

『何をやっている! さっきから防がれてばかりではないか。何のために高い金を払ってその小僧の動きを模したターゲットを制作し、貴様に訓練させてきたと思っている。真面目にやらんか贋作!』

「黙れ!」

『な……』

 

 クロの重ね斬りを行った際、回避も出来たが俺はそれを受け止める。彼女は回避後の追撃を想定していたのか、一瞬であるが動きが止まった。それを見逃さず半ば強引にクロを弾き飛ばして距離を作る。

 

「グリード、貴様はこの子の何を見ている? 何を見てきた?」

 

 この子くらいの年代なら友人と遊んだり、オシャレをしたりとやりたいことはいくらでもあるだろう。

 だが……貴様はこの屋敷に閉じ込め戦闘訓練ばかりさせてきたんだろう。褒めることもせず、ただ俺を倒すためのマシンにするために日に日に困難な課題を押し付けてきたのだろう。

 クロはそれに不満を感じながらも応え続け……これだけの強さを身に付けた。きっとお前に認めてほしかったからだ。別に嫌われてもいい。嫌われていてもいい。ただ自分は必要とされていると。ここに居てもいいのだと……そういう実感が欲しかったんだ。

 

『何をだと? 偉そうに……何も見てきていない貴様が何を語れるというのだ!』

「確かにお前がこの子に何をしたのか、この子がどういう想いを胸にして生きてきたのか。それは俺は分からない。だが……この子の戦いを見ていれば想像することは出来る」

『想像だと? 笑わせるな! 想像なんて不確かなものだ。そんなもので説教を垂れるなこの偽善者が!』

 

 そのとおり……俺の考えなんてクロから真実を聞いてもいないただの仮設。当たっている可能性があるだけで、俺のしようとしていることをクロは望んでいないのかもしれない。だがそれでも……

 

「たとえ偽善者であったとしても……この子の中にある悲しみくらいは察してやれる。生命を道具としか思わず、この子を偽物だと吐き捨てる貴様の方が人の形をした贋作だ!」

『なん……だと。この私が……贋作? フフフ……フハハハハ……ほざくなよ小僧! この私がこれまで貴様の父親や叔母にどんだけ侮辱されてきたと思っている。贋作なのは貴様の……興味のある者しか人として見ないナイトルナの血筋だろう!』

 

 確かに父さんも義母さんも研究第一であまり他人に興味に持つ人ではない。

 だからお前を自覚なく傷つけていたことはあるのだろう。親戚であれば年に数回は交流があってもおかしくない。お前が傷ついた数は一度や二度ではないのかもしれない。だが……

 

「少なくとも……俺の父さんや義母さんは人の道から外れたことしない。生命を道具として扱うような真似はしない。お前と一緒にするな」

『く……その目だ。貴様らの血筋はいつもその自分は間違っていないのだと。他人から何を言われても曲げるつもりはないのだと。そう言いたげな目を私に向けてくる……そうやって私を蔑んでくる。鬱陶しいのだ、貴様達は!』

 

 頭を掻きむしりながら血走った目を向けてくるグリードの姿は、まるで怨念で姿が変わってしまったかのような化け物のように見える。これが人間の業……人の最も醜いものが表に出た状態なのかもしれない。

 

『クロエ、さっさとその男を殺せ! これ以上その男の姿も声も視線さえも感じたくない。今すぐ肉片に変えろ!』

 

 グリードの怒声にクロは一瞬身体を震わせる。

 おそらくクロの中には迷いがあるのだ。俺の命を絶つと覚悟を決めていても、心の底ではそれを望んでいない。良心の呵責が彼女にはある。

 そうでなければ、俺がグリードと話している間ずっと動きを止めていたことの理由が説明できない。俺の意識は少なからずグリードに割かれていた。もしも襲い掛かっていたならば、俺は反応が遅れ窮地に立たされていたことだろう。本当に殺したいと思っているのなら狙わない理由がない。

 だが……クロは静かに左右の剣を構え直し始めた。俺の命を絶つために。

 

「……クロ」

「ごめんなさい……あなたが悪い人じゃないのは分かってるし、間違ってるのはあの人だと思う」

「なら……」

「でも……! それでも……あの人は私のパパだから。私を作ってくれた人だから……今だけは必要としてくれてるから。だから私は……あなたを殺すわ」

 

 泣きそうな顔で告げられる死刑宣告。

 クロは手に持っていた夫婦剣をさらに2組生成し、両手に3組6本の剣を握り締める。両腕を交差させたかと思うと、勢い良く振るって2組の剣を投擲。投擲された剣達は回転しながら俺を中心にする形で前後左右から襲い掛かってくる。

 そこに夫婦剣を握り締めたクロが前から突撃。この状況下で最も安全な策は全方位の防御を展開すること。しかし、それを見たクロは突撃をやめて射撃戦にシフトしてもおかしくない。そうなれば蜂の巣にされてしまうことだろう。

 となれば……活路はクロへの特攻。幸い投擲された剣にはタイミングさえ合えば抜けられるスペースはある。ここは覚悟を決めて……

 

「な…………」

 

 意識をクロに戻した瞬間、そこに彼女の姿はなかった。

 迫り来る剣に意識を向けたのは事実だが、それは時間にすれば一瞬の事。たとえフェイトほどの機動力があったとしても動きがあれば見逃すはずがない。

 それにも関わらず、俺はクロを見失った。それをつまり彼女にはまだ他に隠し玉があったことを意味する。

 

「――瞬翼三連!」

 

 静かに紡がれた言葉を耳にしたとき、すでに俺の身体は瞬く間に翼が三度羽ばたくかのように斬り裂かれていた。

 何が起こったのか理解する間もなく、重傷を負った俺はその場に倒れ込んでしまう。

 

〔マスター、マスターってば!〕

 

 ファラが慌てた声で話しかけてきているが、頭の中に直接聞こえているはずのその声も少し遠く感じてしまう。視界に映る赤い水たまりからしてかなり出血しているようだ。痛みから考えてもかなりの深手だろう。即死しなかっただけマシかもしれない。

 

『フフフ……フハハハハ……フハハハハハハハハハハハ! やった、ついにやったぞ! 私の作品がナイトルナに勝ったのだ。フハハハハ! 思い知ったか、これが私の力。人間らしさなどを捨てて戦闘のみに特化させたものの力だ!』

 

 何とも癪に障る声だ。

 作品? 作品だと? それは……クロのことか。あの子を人間らしさのない戦うための道具だと貴様は言ったのか。

 ふざ……けるな。

 あの子には心がある。意思がある……あの子はあの子自身のもので俺を今の状態にしたのあの子の力だ。断じてお前のものじゃない。お前の力が生んだ結果じゃない。

 

「黙……れ。……お前が……勝ち誇るな……」

 

 四肢に力を入れてどうにか立ち上がる。出血が多少なりとも減っているあたり、俺が倒れ込んだのとほぼ同時にファラが治癒魔法を行ってくれたのだろう。

 今も続けてくれているようだが……おそらく完治はしないだろう。俺の治癒魔法のレベルがシャマルほどでないのも理由だが、それ以上に負った傷が深すぎた。出来て応急手当レベル……早めに片付けなければ命に関わりかねない。

 

『なぜ……何故その状態で立てるのだ!? まさか……クロエ、貴様その男にわざと手心を加えたのではないだろうな!』

「そ、そんなのことしてない!? わ、私は確かに……殺すつもりで」

「あぁ……確かにクロは殺すつもりで攻撃してきたさ」

 

 正直に言えば目の前が霞んでいるし、立っているのもやっとの状態だ。時間が経てばさらに悪化し、遠くない未来……俺は意識を失うだろう。そうなれば助けが来ない限り死ぬのは避けられない。

 けれど……たとえそうなったとしてもここで逃げるわけにはいかない。クロを放っておくことなんてできない。クロを止めること……それが今俺が果たすべき使命だ。まあ……単純にクロをどうにかしないと逃げきれないというのも理由なのだが。

 

「なら……何で」

「そんなの……簡単なことさ。……どんなに覚悟を決めていても……心の中に少しでも迷いがあれば太刀筋に出る」

 

 斬られた個所からして、あとほんのわずかでも傷が深かったならば致命的だった。意識を保てたとしても立ち上がることはおろか、言葉を話すことも出来なかったことだろう。

 

「クロ……お前はこんなこと望んじゃいない。……俺がこうして立っていられることが……その証明だ」

「ち……違う。わ、私は……あなたを……たまたま偶然致命傷にならなかっただけで。別に私が……」

「たとえそうだとしても……もうお前は俺を斬れない」

「な、何を証拠に……ふざけないで! 今度こそあなたを確実に……ぁ」

 

 俺に剣を向けたことでクロは自分の異変に気付いたようだ。

 クロの手に握られている剣にはべったりと俺の血が付いている。だが注目すべきはそこではない。

 先ほどまでは連続で振り抜いていても微動だにしていなかった剣先が今は目に見て分かるほど震えている。頭では俺のことを殺そうとしていても、心がそれを拒否しているからだ。

 今のクロではまとも剣は振るえない。それどころか俺に近づくことも出来ないかもしれない。そう思えるほどにクロの表情が平静さが欠けている。

 

「クロ、もうやめよう? お前は本当は人を傷つけれるような奴じゃない」

「そんなこと……来ないで。来ないでよ。来ないでって言ってるでしょ! それ以上来たら本当に……!」

「ならやってみろ」

「え……」

「今の俺じゃお前には敵わない。殺したいなら殺せ」

「きゅ、急に何言ってるの……言ってること真逆じゃない」

「ああ、だけどお前は俺を殺さない。殺せないって信じてる」

 

 何故なら俺とクロの間には、わずかばかりではあるが絆も思い出も存在している。だからクロは俺を殺せない。一度は覚悟で斬ることが出来たとしても、二度は覚悟があっても出来やしない。人を斬る感覚を覚えてしまっただけに。

 

「信じてる? 私は今日のためにあなたに近づいたのよ。そんな相手を信じるってバカじゃないの? 大体私とあなたとの間に絆や思い出なんて……」

「あるさ」

 

 たった1日の……ほんのわずかな時間だったが、一緒に過ごしてお前が本気で笑った日がちゃんとある。

 

「だから……今日も俺が買ったあれを付けててくれたんだろ?」

 

 ハート型のアクセサリー。

 それが俺とクロを繋ぐ確かな証。今はバリアジャケットを纏っているので見えないが、俺の見間違いでなければデバイスが起動される前……私服姿の時は彼女の首元にあるのが見えた。 

 何より……クロが今自分の首元に手を持って行っているのが証拠だろう。今はそこになくても、確かにそこに存在していなければそんな行動をするはずがない。

 俺がゆっくり近づいてもクロは逃げようとはしなかった。ただ黙って俯いていた。そんな彼女に俺は剣を持っていない左手を伸ばし……そっと頭の上に乗せる。

 

「クロ……もういい。強がる必要もなければ、したくもないことをする必要もない」

「でも……私には」

「今まではそれしかなかった。でもこれから違う。お前が自分でやりたいこと、好きなことを見つけていけばいい。他の誰かがお前を否定しても……俺はお前を認めてやる。クロエっていうひとりの女の子だって。ひとりの人間なんだって」

 

 大粒の涙がいくつも床に落ちていく。

 ゆっくりと上げられた顔は、必死に涙を我慢しようとしても出来ていない子供のそれで。本当のクロエという少女が居る気がした。

 

「ほんとに? 私は……あなたを傷つけるために生まれてきた。実際にあなたを傷つけた……それでもあなたは…………私のこと認めてくれるの?」

「ああ、認めるさ。今回のことだって……少し兄妹ケンカが行き過ぎただけだ。お前が望むのなら本当に兄にだってなってやるよ。俺は一人っ子だったから兄妹に憧れたこともあるしな」

「お兄……ちゃん。……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい」

 

 溢れ出す涙と一緒にクロは剣を手放し、俺にしがみついてきた。

 正直に言えば怪我をしているだけに痛みもあったのだが、クロエというひとりの少女を救うことが出来たからか、傷みよりも安らぎの方が強く思えた。彼女の綺麗な顔が血で汚れるのは少しばかりあれだったが……

 

『何を……何をやっているのだこの贋作! さっさとその男を殺さないか。その位置なら武器を出して一突きするだけだろう。茶番をしてないでさっさと殺せ!』

「嫌、嫌よ!」

『何だと……』

「私はもうあんたに従いたくない。人を傷つけたくなんかない。この人を……お兄ちゃんを斬りたくなんてない!」

 

 クロが初めて行うであろう明確な反抗。

 それにグリードは呆気に取られたのか、あちらから聞こえる声が止まった。

 これで事態は収拾される。あとはどうにかここを出て……管理局にでもあいつらにでも連絡を入れなければ。この施設に居ては通信が妨害されて行えないようだし。

 

「グリード……今すぐ扉のロックを外せ。もう終わりだ」

『グフフ……グヘヘヘヘヘ……フハハハハハハハハハハハ!』

「何がおかしい? 気でも狂ったか?」

『狂ってなどいないさ! 小僧、貴様は何も分かっていない。その贋作を止めれば終わりだと思っているのか?』

 

 どういう意味だ?

 クロに戦わせたのはグリード自身に戦う力がなかったからのはず。ならばクロが戦うことをやめたのなら、もうあいつに戦う力は残っていないはずだ。

 

『貴様にも言ったはずだがな。今日は私のデバイスを見に来てほしいと。貴様と真逆の考えを持つ私が……この優秀な私がこのような事態を想定しないとでも思ったか!』

「……まさか」

『そのまさかだよ! ここからが本番だ!』

 

 グリードが何かの装置を取り出し、そのスイッチを押した。それと同時にクロが胸元を押さえて苦しみ始める。まともに呼吸すら出来ていない苦しみ方なだけにただ事ではない。

 

「グリード、お前この子に何をした!」

『何をだと? 貴様も技術者の端くれなら予想くらい出来ているのではないのかね。それでもあの天才どもの息子か! やはり貴様は親の七光りで今の地位に居る無能だな。まあいい、最後の手向けに教えておいてやろう!』

 

 グリードが部屋にある設備を操作したかと思うと、俺の目の前に半透明なモニターが現れた。そこに表示されているのは、人を道具としてしか考えていない倫理的に反するデバイスの説明。

 本来デバイスというのは基本的に魔導師が魔法を行使する際に補助してくれる装置。主動なのは魔導師側にあって、デバイスはそれに従う。

 だがこのデバイスは違う。

 これは……デバイスが戦うために魔導師を補助として使う。魔法を行使するための動力源として使うような仕様になっている。

 つまりクロは、今グリードのデバイスに侵食されているということだ。

 

 

「グリード……こんなことが許されていいと思っているのか!」

『黙れ! 魔法はクリーンな力ではなく人を痛めつけるための力だ。デバイスとは本来それを強めるためのもの。戦うための力なのだよ! それに人間性? ふざけるな! そんなものがあって何になる? その人間性が災いして敵を見逃すなんてことが起こってもおかしくないだろうに!』

「だからといって人間性がなければ、そこに歯止めを掛ける意思がなければ争いが増えるだけだろう! それに人間性は必要ないと言ったな? 今の俺を見てもそれが言えるのか!」

 

 もしもファラに人間性がなかったのならば、マスターの指示がなければ行動できないデバイスであったのなら俺はすでに出血多量で命を落としているだろう。

 

「確かにお前が言うこともデバイスの本質だ。だが、いつまでも戦うためだけの力を追及して何になる。争いの火種になって平和から遠のくだけだ」

『平和なんてものが訪れるわけがあるまい! 人が人である限り、人は争い続けるのだよ。己と他者を比較し、その者よりも上でありたいと望む。その傲慢かつ醜い感情がある限り、人は争い続け、そして文化は発展していくのだ!』

「その先には破滅だけだ。そういう歴史を辿った世界がこれまでに何個滅んだと思っている。何個のロストロギアが生まれたと思ってるんだ」

『そんなこと知ったことか! 自分が死んでしまった後のことなど興味もない。私は……私が生きている間にこの時代に生きていたのだと名を残したいのだ。結果を残したいのだ! たとえそれがロストロギアと称されるものだとしてもな!』

 

 それが技術者としての本懐だろう!

 そう言いたげなグリードは……ある意味技術者の鏡なのかもしれない。だが俺はこの男と相容れることはない。そう思えた。

 

『行けデスペラート! その小僧を根絶しろ!』

 

 グリードの言葉に従うように、苦しんでいたクロがゆっくりと起き上がる。

 今のクロの目は虚ろで、彼女の意志があるようには思えない。その代わり……血のような色のデバイスのコアが俺の息の根を止めると言わんばかりに何度か瞬く。

 クロ……いやデスペラートは、クロの身体を操って白と黒の夫婦剣を生成。それを手にした瞬間、その場から姿を消した。

 

〔マスター、上!〕

「っ――くっ……!」

 

 ファラのおかげでどうにか上段からの二刀を防ぐことが出来た。

 今ので確信した。クロは……武器を作り出す以外に転移系の能力も持っている。魔法なのかレアスキルなのかは分からないが。

 クロが連発していなかったことを考えると、転移は回数制限があるのか、魔力消費が激しくここぞという時にしか使えないのかもしれない。

 だが……それはクロが使う場合だ。

 今はクロの意識はない。デスペラートという名の殺戮兵器がただ俺を殺すためだけにクロの身体を使っている。あの男が作ったデバイスだけに、もしも転移にデメリットがあったとしても回数など関係なく使い続けるだろう。早めにどうにかしなければ……

 

「ち……ぐっ」

 

 だが……今のクロには精神的なストッパーがない。また転移を頻繁に使われるせいで目ではどうしても追いきれない攻撃がある。容赦のなさで言えば、これまで戦ってきた中で今のクロが最大と言える。

 

〔マスターどうするの?〕

〔どうするもこうするも……今は耐えるしかない〕

〔耐えるしかないって……このままじゃ身体が〕

 

 そう……ファラが懸念しているように動けば動くほど身体にガタが来ている。目の前が霞みつつあるだけにそんなに長くは戦えない。

 それに……今は回復に魔力を回している。それはファラに任せているわけだが、少しでも緩めれば俺の動きは致命的に鈍るだろう。それだけに攻撃にも防御にも魔力は回せない。回すなら……それはここぞという時だけだ。

 

〔ファラ……必ず勝機を見出す。そのときは……回復に使ってる魔力を攻撃に回せ。カートリッジもフルでだ〕

〔分かった……って、フルカートリッジ!? ただでさえ今搭載しているカートリッジは従来のものより強力なんだよ。それをフルで使ったりなんかしたら私はともかくマスターの身体が持たないよ!〕

〔そんなこと分かってる。だが……どうせ長くは持たないし、攻撃するなら一撃が限度だ〕

 

 今のクロは意識を失っているようなものだ。故に普通に攻撃してもデスペラートが操っている限り、戦うことをやめないだろう。

 このまま防戦を続けていても先に倒れるのはこちらの方だ。反撃出来るのも一撃が限界。その一撃でクロを止めるとなれば……クロを操っているデスペラートを破壊するためには確実な一撃が必要となる。そのためには身体への反動なんか気にしていられない。

 

〔どうせこのままじゃこちらが先にやられる。ならリスクを背負っても全力全開に掛けた方がまだ助かる見込みがあるはずだ〕

〔それはそうだけど……マスターに何かあったら絶対にセイとかから私が責められるんだからね。やるのは止めないけど、死んだりしたら怒るから!〕

 

 死んだ相手に怒っても意味はないと思うのだが。

 そう思いはしたが、ファラも覚悟を決めてくれたのだ。そんな良いパートナーに無粋な返事をするほど間抜けではない。

 右の上段、左の切り払い、後方に転移からの右突き……。

 そのように絶え間なく攻撃は続く。だが……少しずつ俺の被弾率は下がり、剣で防ぐ回数も減っていく。最小限の動きで回避できるようなってきているのだ。

 

『何故……何故攻撃が当たらん。数値はあの贋作よりも上なのだぞ……なのにどうして攻撃が当たらなくなっていく。あの小僧はもう死に体のはずだ! なのに何故……!?』

「そんなことも分からないのか?」

『何……?』

「確かに今のクロは攻撃、移動、反射……どの速度を取ってもさっきよりも上だ。だが……所詮それだけのこと」

 

 最初こそ驚異的な速さに対応できなかったが、冷静に観察していれば今のクロの動きにはある特徴があった。それは

 

「お前のデバイスに読み合いなんてものは存在していない。ただ次の手を最善で打つだけ。目先の勝利に食らいついて来るだけだ。ならこっちがどういう行動を取るか誘導してやればこの結果も当然」

 

 もしもこのデバイスに多少なりとも自分で考える力があったのならば、俺はすでに倒されていたことだろう。まあそんな仮定に意味はなく、現実は今なのだが。

 

「人間性がないということは、自分で考える力もないということだ。ただ与えられた命令に従うだけ。そんなものに……負けるどおりはない!」

 

 前方に居たクロが姿を消した瞬間、俺は全力で反転しながら剣を肩に担ぐようにして絞る。

 それと同時に装填されていたカートリッジ7発全てがリロード。爆発的に魔力が高まり、それらは全て紅蓮の炎へと変わった。

 デスペラートならば、この状況なら背後から上段斬りを選ぶ。

 その予想通りに振り返った俺の視界には二刀を上段に構えているクロの姿が映った。紅炎を集束させながら彼女の胸元――デスペラートのコアに向かって全力で剣を撃ち出す。

 ブレイズストライク・エクステンション。

 幼い頃から愛用してきたブレイズストライクの発展型。元の魔法よりも威力、貫通力共に向上している。また集束された紅炎を数十メートル先まで伸ばすことも可能であるため、近距離でなくとも使用が可能だ。

 紅炎の刃は的確にデスペラートのコアを捉え、壁の方へと押し込んでいく。その際、凄まじく軋むような音が響き渡り……クロの身体が壁に直撃したのと同時にコアは砕け散った。

 それに伴ってクロの身体からバリアジャケットは消え失せ、意識のない身体は床へと落下。手荒い救助になってしまったが……非殺傷設定で放った攻撃である以上、彼女の命の別状はないだろう。

 

「うっ……!?」

 

 回復を止めフルカートリッジでの一撃を放った代償が容赦なく襲ってきた。

 吐血した俺はその場に立っていることも出来ず、そのまま倒れ込んでしまう。視界の掠れ具合といい、身体中に感じる寒気といい……非常に不味い状態だ。意識を保っているのがやっとと言える。

 

「よくも……よくもよくもよくも私のデバイスを! 絶対に許さんぞ、私自ら貴様をあの世に送ってやる!」

 

 室内に入ってきたグリードは懐から銃を取り出すと、その銃口を俺に向けた。

 普段なら防御魔法を使えば銃弾なんて防げるが、今の俺には魔法を発動するどころか指先ひとつ動かす体力も残っていない。こうしてまだ意識があるのは、ファラが今も懸命に回復魔法を行使しているからだ。それが途切れればどうなるか……

 

「醜く命乞いでもしてみたらどうなんだ? グリード様、どうかこの無能で愚かな私をお許しくださいってな!」

「…………」

「まあ、そんなことしても貴様は殺すがな! フハハハハハハハハハハハ! 助けが来るなんて期待しても無駄だ。来たところでここの防壁は並の攻撃ではビクともしない。残念だが貴様はもうここまでなんだよ!」

 

 そのとき――。

 刹那の静寂の後、爆音が響き渡り室内に埃や煙が舞い上がった。いったい何が起こったのか分からなかったが、天井に空いた穴からひとりの女性が舞い降りてきたことで全てを理解する。

 紫色の装束に同色のデバイス。澄んだ青色の瞳には怒りの炎が宿っており、表情はいつになく激昂している。そんな顔を俺は見たことがなかったが……間違いない。彼女はシュテル・スタークスだ。

 

「な……何が起こった? き、貴様は……あの女の。きき貴様も魔導師だったのか? だがここの壁はそう簡単に敗れるはずが……」

「あなたが……あなたがやってのですか?」

「何? あ、あぁそうさ! 全てはこの私が仕組ん……ぐぉッ!?」

 

 何が起こったのか簡潔に説明すると……シュテルが思いっきりグリードを殴ったのだ。

 ただ一般人を魔力で強化した身体で殴ればどうなるか、そんなのは言うまでもなく分かるだろう。最低でも数メートル飛んだ後、その勢いのまま何度も転がって行く。

 下手をすれば殺しかねない一撃だったわけだが、犯罪を起こす者というのは悪運が強いのか。はたまたシュテルの絶妙な加減のおかげでどうやら意識を失っただけで済んだようだ。

 

「何を寝ているのですか? まさかこの程度で許されるなんて思っていませんよね?」

 

 グリードが意識を失っているのも分からないのか、シュテルはルシフェリオンをグリードへと向け先端に魔力を集束し始める。炎熱変換資質を持つ彼女の魔力は紅蓮の炎へと姿を変えた。おそらく砲撃魔法であるブラストファイアを撃つつもりでいる。

 さすがにないとは思うが、今のシュテルにいつもの冷静さはない。もしも非殺傷設定を切っていたりすれば、間違いなく命を奪う。それだけは何としても止めなければ……!

 

「シュテルさん、ストップストップ! それ以上はダメです。いくら何でもやり過ぎですって!」

「ティアナ、放してください! あの男が……あの男がいなければこんなことにはならなかったのです。私はあの男を許せません!」

「許せないのは私も同じです! でも、ディアーチェさんと約束したじゃないですか!」

 

 どうやらシュテルだけで来たのではないらしく、懸命にティアナがシュテルにしがみついて止めようとしてくれている。

 身体を動かすどころか言葉を口にするのも難しい状態なだけに助かった。……やばい……安心したら急に意識が

 

「それに……今はあんな男よりもショウさんですって!」

 

 その言葉でシュテルは我に返ったのか、半ば強引にティアナを振り解くとこちらに駆け寄ってきた。もしも余裕があったならば、もう少しティアナに優しくしてやれと言っていたかもしれない。

 

「ショウ……ショウ、しっかりしてください!」

「ぅ……あまり揺するなよ。…………こっちは……」

 

 怪我人なんだぞ。

 と続けようと思ったのだが……涙を流すシュテルを見て何も言えなくなってしまった。

 こいつと出会ってから人生の半分以上の時間が経過しているわけだが、こんな顔を見たことは一度としてなかった。これまでに何度か入院するような怪我を負ったことがあるが、俺の記憶にあるのはいつもの無表情でからかってくるこいつの姿だけ。

 もしかすると、これまでも俺が怪我をする度に人知れず泣いていたのかもしれない。そう思うと……普段のことも含めて何も言えない気持ちになってくる。

 

「シュテル……泣いてるのか? ……お前も…………泣いたりするんだな」

「当たり前です。……私だって……悲しいことがあれば涙をこぼします」

「そっか……でも…………お前のそういう顔は……見たくないな」

 

 見慣れないだけにこっちまで悲しくなってくる。

 いや……きっとシュテルだけでなく、あいつらが泣いていたなら俺は同じような想いを抱くのだろう。だけど今はそのことを考えられるほど余裕はなくて……。

 多分……次に起きた時には小言や説教を色んな奴からされるんだろうな。……まあ……甘んじて受けるしかないか。

 

「……ショウ? ……ショウ、聞こえていますか? しっかりしてください! ショウ!」

 

 必死に俺の名を呼ぶ声もどこか遠く……俺の意識は闇へと消えて行く。

 ただそれでも……強く握り締められた手から伝わってくる温かさは、意識が完全に消えるまで俺の心に安らぎをくれていた。

 

 

 



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黒衣を狙いし紅の剣製 FINAL

 グリードが計画した俺への襲撃事件は、彼の逮捕によってどうにか幕を下ろした。

 それから数日が経過しているわけだが……俺にはまだ平穏な生活は戻っていない。重傷を負っただけに入院生活を余儀なくされたのはまあ良いのだ。無理やり回復させて退院してもあとでその代償が来ることもあるのだから。問題なのは……

 

「まったく……お仕事で危ないことに首を突っ込まないといけないことがあるのは分かるけど、もっとパパは自分のことを大切にすべきだよ。怪我をしたって話を聞く時はほとんど大怪我だし」

 

 のように俺のことを父のように慕っている小学生から説教を受けていることだ。

 無論、俺に説教するのはこの子だけではない。意識を取り戻してから毎日のように知り合い達が見舞いに来てくれているのだ。その中にもこの子以上に説教や小言などを言って来る奴は居た。

 レヴィやユーリには泣かれるし、ディアーチェには目を赤くした状態で短い時間だけど小言を言われた。俺の前では泣いてないけど、絶対泣いてたんだろうな。

 シュテルは……泣き顔を見られたのが恥ずかしかったのか、いつも以上に澄ました顔してたけど。ただ珍しく説教とかはなかったな。無事でよかったみたいなこと言うだけだったし。からかってきたり、小言を言われると思っていただけに拍子抜けした気分だ。俺としてはありがたいことではあるけど。

 

「パパ、私の話聞いてるの!」

「まあまあヴィヴィオ。ショウくんも反省はしてるだろうし、ショウくんが悪いってわけでもないんだからそれくらいにしてあげたら? それと、あまり大きな声出したらダメだよ。他の人に迷惑だから」

「……なのはママはパパには少し甘いよね」

 

 ヴィヴィオ、お前は何を言っているんだ。

 お前のママはむしろ俺には人一倍厳しいぞ。お前が居るから母親らしい顔をしているが、お前がいない時なんて誰よりも俺に対して説教というか小言を漏らす奴だし。

 

「私はこういう時はちゃんと言っておかないとダメだと思うよ。なのはママ、パパが入院したって聞いた時泣きそうになってたんだから」

「ヴィ、ヴィヴィオ、べべべ別に私は泣きそうになんかなってないよ!? ショウくん、勘違いしないでね。泣きそうになってたのはヴィヴィオの方だから!」

「もう、何でそこでそういうこと言うかな。確かに私も泣きそうだったけど、なのはママの方が泣きそうになってたのに」

 

 なのはとしては弱っている自分の話をされるのは恥ずかしいだろうから隠したくなるだろう。だがヴィヴィオとしては、そのへんを言っておいた方が俺が反省すると思っているに違いない。

 ある意味この親子は漫才のようなやりとりをしているようで、俺に最もダメージを与えてくるから質が悪い。それだけに今後怪我はしないようにしようと思えるわけだが。……それにしても

 

「……あのなのはが綺麗にリンゴを剥けるようになってるなんてな」

 

 俺の記憶が正しければ、魔法の訓練ばかりしていて家事スキルはほとんど身に付いていなかったのに。

 まあ……ヴィヴィオの母親になったこの数年の間に、愛する娘のために精一杯努力したんだろうな。何度か料理とか教えてって言われたこともあるし。こうやって成長を間近で見ると……何というか感慨深いものがある。

 

「ショウくん……ショウくんは何でそんなにさらりと私にイラつくようなことを言えるのかな?」

「逆に聞くが……お前はどうして俺の言うことの大半をマイナスで受け取るんだ?」

「そう聞こえるような言い回しをしてるのはそっちだよね? 私に対して他の人よりも意地悪してる自覚ある?」

「意地悪しているという意味ではお前も俺に対してしてると思うんだが?」

 

 心配を掛けたのは悪いとは思うが、そうツンケンした態度をしなくてもいいと思うのだが。それは俺だけだろうか……。

 

「あのね、パパもなのはママもどっちどっち。どっちが悪いじゃなくてどっちも悪いから」

「ヴィ、ヴィヴィオ……確かに私も悪いけど、ショウくんが意地悪なのはヴィヴィオも知ってるよね?」

「それはもちろん知ってるよ。一度はパパだって認めてくれたのに未だにパパって呼んだら一度は違うって否定してくるし」

 

 そりゃあそうだろ。

 その場の流れというのもあるが、正式になのはの娘になったんだから俺が認めてたら余計な誤解だって生まれるだろうし。

 まあ今でも生まれる可能性は十分にあるわけだが。なのはは有名人だし、記者の中には好き勝手に記事を書く奴も居るだろうから。

 ただそれでも、こういうことは少しでもリスクは下げておくべきことだ。俺はなのはと付き合って将来的に結婚する可能性が出てきたならパパ呼びを許しても問題はないが。

 

「だよねだよね」

「でも……私だってもうあの頃とは違うし、パパの言ってることも一理あるってことは分かってるから。それになのはママがパパに対して素直じゃないのも事実。家ではもっと……」

「ごめん、ごめんヴィヴィオ! 私が悪かったからそれまでにして!?」

 

 なのはの立場からすれば止めるのは当然なのだろうが……自分に対して何か言っているわけだから気になりはする。必死になってヴィヴィオを止めるあたり、いったい何を言っているのだろう。

 

「なのは、お前いったい何……」

「何でもない!、何でもないから。あったとしてもヴィヴィオがショウくんと今度どこかに行きたい、みたいなそういう話だから。そんなことより、せっかくリンゴ剥いたのに食べないの勿体ないから食べて!」

 

 あまりの必死さというか剣幕に触れないでおいたほうが良さそうなので、俺は大人しくベッドに置かれたリンゴの乗った皿を受け取ることにした。

 今は聞かないでおくけど……なのはの奴、俺のいないところで何を言ってるんだ?

 ヴィヴィオに聞けば教えて……くれる可能性もあるが、なのはに直接聞けと言われる可能性の方が高いだろうな。事件が終わって間もない頃はともかく、今は前ほど甘えてこないし。部分的にはなのはよりもしっかりしている気がしないでもないしな。

 

「パパ、もしかして自分で食べるの辛いの? じゃあヴィヴィオが食べさせてあげる」

「は? ……いや、自分で食える」

「む……ヴィヴィオが食べさせてあげるの。あ~ん」

「だから……」

「あ~ん!」

 

 これは……絶対俺が食べるまでやめるつもりがない。

 今のヴィヴィオの顔は、こうと決めたら最後まで貫き通すなのはの顔にそっくりだ。さすがは親子。こういうところは似てくるらしい。

 なのはの見ている前でするのは恥ずかしさもあるんだが……下手に抵抗するとリンゴを口の中に押し込んでくるかもしれない。それで怪我をしたとなれば実に面倒だ。拗ねたり泣かれた方が面倒だけど……元を正せば入院することになった俺が悪いのか。諦めてヴィヴィオの好きなようにさせてやるか……

 

「えへへ……美味しい?」

「……まあな」

「だってなのはママ。良かったね」

「な、何でこっちの振るのかな!? わ、私は皮を剥いただけで……別に料理とかしたわけじゃないし」

「そういうところが素直じゃないって言ってるのに。本当は自分でパパに食べさせたりしたいんでしょ?」

「そそそんなこと思ってないよ!? だってショウくんは絶対食べてくれないし!」

 

 なのは……お前さ、俺のこと何だと思ってる?

 確かに自分で食べれるなら自分で食べようとはするし、現状自分で食べられる。だからされても断るだろう。しかし、別になのはからあ~んとされて絶対に食べないなんてことはないのだが。時と場合によるだけで。

 

「それよりヴィヴィオ、今日はノーヴェと約束があるんだよね? そろそろ出ないと約束の時間に間に合わないじゃないかな?」

「え? あぁうん、そうだね」

「じゃあ途中まで一緒に帰ろうっか」

「なのはママはまだパパのお見舞いしててもいいような……」

「あのねヴィヴィオ、なのはママにも色々とやることがあるんです」

「例えば?」

「夕食の買出しとか準備とか!」

 

 あぁうん……ドヤ顔で言うことではないけど、確かにお前がすることではあるね。

 ただ時間的にまだ昼を回ったくらいだからずいぶんと早い気もする。まああれこれ見て回ったり、他にも買い物をするならおかしくはないのだが。

 ヴィヴィオも娘として思うところがあるのか、なのはの方を向いて深いため息を吐いている。

 その姿を見ていると、この数年でヴィヴィオもしっかりしてきたと思えるのは俺だけか? それともヴィヴィオは普通で母親の方が年齢の割に子供っぽい……うっかり口から漏れたら睨まれそうだし考えるのはやめておこう。

 

「ショウくんまたね。時間がある時は顔出すから」

「パパ、バイバイ。明日も来れたら来るから」

「はいはい、またな。ただ無理してまで来なくていいから。それとパパじゃない」

「「もう、何で最後に意地悪するかな!」」

 

 親子だけ合って感性から怒った顔まで同じだ。まあハモったのがツボに入ったのか、最後にはふたりは笑いながら去って行ったのだが。

 ふぅ……とりあえずこれで一段落か。毎日誰かしら見舞いに来てくれるのはありがたいが、申し訳なさやらで精神的に来るところもあるんだよな。

 とはいえ、何もすることがないので時間を潰すという意味では困る。

 今寝てしまうと夜に眠れなくなってしまうだろうし、パソコンといった機材は仕事しそうだからということで頼んでも却下されてしまった。それどころか俺の仕事は相棒達が責任を持ってやるとのこと。優秀な相棒達を持ったのは良いことなのだが……本当に暇だ。

 毎日休まず仕事がしたいと思うほどワーカホリックというか、仕事が恋人と思うほど仕事をしたいわけではない。ただ数日何もせずに過ごすというのは退屈だ。俺のような人間は多少なりともストレスのある時間とのんびりと過ごす時間が両立しておいた方が良いのだろう。

 まあ……単純に普段仕事してるから生活リズムが変わって違和感があるだけかもしれないが。

 

「どうするかな……」

 

 はやてあたりに連絡して何かしら本でも持ってきてもらえば暇も潰せる。

 だが……散々小言を言われてしまっただけに私をパシリにするとはええ御身分やな! なんて態度で来る可能性も十分にある。年々あいつの性格が可愛くない方へ進んでいると思うのは俺だけだろうか? でもあいつの師匠も師匠だからな。今はその人以上に腹芸が得意かもしれんが。

 そんなことを考えていると、病室の扉がノックされる。ここに来るのは知り合いくらいだ。また誰かが見舞いに来てくれたのだろう。もしかするとなのは達が忘れ物でもして戻ってきたのかもしれない。まあ何にせよ、入れることに問題はないだろう。

 俺は入室許可の返事をすると、ゆっくりと扉が開く。

 

「失礼する」

「お邪魔します」

 

 病室に入ってきたのは、私服姿のシグナムと制服姿のフェイト。

 昔からふたりはライバルのような関係なので組み合わせとしては珍しくはない。まあ昔と違って今は別々の仕事をすることも多いので、そういう意味では珍しいと言えるのかもしれないが。

 ふたりの服装が違うということは、模擬戦をしていたというわけでもあるまい。普通に考えればシグナムは休日で、フェイトは仕事の合間に来てくれたのだろう。

 

「主はやて達に散々説教されて落ち込んでいると思ったが、思ったよりも元気そうだな」

「もうシグナム、心配するのは身体の方だよ。かなりの重傷だったんだから」

 

 確かにフェイトの言っていることは正しいのだろうが、今の状態からすると精神的な心配をしてくれる方が嬉しかったりする。日に日に小言や説教はなくなっているとはいえ、毎日のように聞いているとさすがに参ってくるのだから。

 

「そういうお前は心配のし過ぎだ。こいつはここを抜け出してまで任務に出ようとするバカなのか?」

「そ、それは……しないとは思うけど、何かあれば無理も無茶もする性格だし」

「そうそうその何かが起こるとは思えんがな」

 

 シグナム、お前がフェイトのことを好きなのは分かるがそういじめるようにからかってやるなよ。そんな性格だからヴィータと折り合いが付かない時があるんだぞ。今はヴィータも大分大人になったから滅多にないだろうけど。

 

「む……さっきまで誰か来ていたのか?」

「ん? ああ、なのはとヴィヴィオがな。よく分かったな?」

「その食べかけのリンゴを見れば分かる。お前ならそのまま食べてもおかしくないし、皮を剥くにしてももっと綺麗だろうからな。あのなのはにしては成長していると言うべきだろうが」

 

 そう思うなら口にするなよ。あいつはあいつなりに頑張ってるんだから。

 それに……お前のとこの少しドジな医者と比べたら遥かにマシというか、比べられないくらい上手いからな。一緒に作ればまともなものが出来るだろうけど、ひとりで作らせると栄養満点だけどそれ故に味が凄まじいものを作ってしまうし。

 

「……ところでシグナム」

「何だ?」

 

 俺が言いたいことが分かっていそうなのに平然と聞き返すな。お前は本当に親しい間柄の奴にはちょっかいを出したい奴だな。

 

「言わなくても分かってるだろうが……何でそんなに近くに座る?」

「愚問だな。自分で食べるのがきつそうだから食べさせてやろうと考えているだけだ」

 

 その流れはさっきやった。

 何より何でお前から食べさせてもらわないといけない。ヴィヴィオはまだ可愛げがあるし、恥ずかしさを我慢できるがお前からされるのは普通にご免だぞ。腕が動かないわけでもないし。

 

「結構だ。普通に自分で食べられる。大体フェイトも居るんだぞ。そんな状況でこんなことして楽しいのかお前は」

「テスタロッサがいなければ良いのか?」

「そういう意味で言ってない」

 

 そもそも、笑ってるってことはお前理解してやってるだろ。説教や小言を言わないと思ったらお前はこっちで俺に抗議してくるのか。正直に言って、普通に説教やらされたほうがマシだぞ。

 

「グリードなんてクソ野郎、あたしがぶっ飛ばしてやる! と怒り狂っていたヴィータを止めたのは誰だと思ってる?」

 

 ここでそんな切り札を切るんじゃない。

 口から出まかせを言っているという可能性もあるのだろうが、はやての説教や小言の中に似たような話題があった。

 それに見舞いに来てくれたヴィータはグリードに対してかなり苛立ちを覚えていた。それだけにシグナムが言っていることが出まかせである可能性の方が低いように思える。

 

「…………」

「……ふ、冗談だ。テスタロッサ、そんな羨ましそうな顔をするな」

「べべ別にそんな顔してないから!」

「そうか? 私にはお前があれこれ考えて顔が赤くなっているように見えるのだが」

「シグナムがからかうから怒ってるの! もう……何でシグナムは私の事すぐにからかうかな」

 

 それは間違いなくフェイトがからかいやすく反応が素直な人間だからだろう。

 俺のような人間は大抵のことはスルーするか反応が薄いし、はやてのようなタイプはからかわれるとむしろ乗ってオーバーな反応をする。そういう人間より慌てたり、顔に出てしまうタイプの方がからかう側は面白いに違いない。

 まあ……シグナムはいつも凛としているからか、悪い人間とは思われないだろうが他の騎士達より取っつきにくいとは思われているだろう。本人も必要がなければそこまで自分が話しかける方ではないし、シャマルやヴィータよりも口数は少ない。

 からかってくる主な相手が俺やフェイトあたりなことを考えると、親しく気軽に話せる相手を中心にからかっているのだろう。

 

「そうだぞシグナム、そのへんにしてやれ。お前は好きな子にちょっかいを出す子供か」

「失礼だな。確かにテスタロッサは私にとっても親しい相手だが、そのような感覚でやっているつもりはない。それにお前は本当にテスタロッサには甘いな。その甘さをなのはや主はやてにも分けてやったらどうだ?」

「なのははともかく、お前の主は甘くしたら調子に乗るだろ」

 

 この前だって休憩中に呼び出されてあれこれ買ってと言われたのだから。まあ本気で言っていたわけではないが……。

 

「主はやてなりにお前に甘えているんだ。お前くらいにしか甘えないのだから甘えさせてやれ」

「だったらその甘え方を年相応に変えさせろ」

 

 心も身体ももう大人なんだから学生の時のノリでこられると俺も困るんだよ。あいつとは中学の時に色々あったし。

 平行線なだけに話が長引くと思ったのか、シグナムは立ち上がると窓際に移った。どうやらフェイトに会話の主導権を譲るようだ。仕事の合間に来てくれているだけに妥当な判断だろう。あとで主への対応について話すかと思うと億劫な気持ちにもなってくるが。

 

「昔からだけどふたりは仲良いよね」

「まあ……ある意味家族ぐるみ付き合いだからな」

 

 義母さんとシグナムとの間は最初こそ平手打ちなんかあったけど、そのあとは普通に和解して交流があったし。最も義母さんと話が弾んでいたのはシャマルだけど。俺とはやての関係についてとか孫の話だとか……

 シャマルの見た目は20歳前後だが完全に思考は母親の年代と変わらないよな。まあ桃子さんやリンディさんとかと気が合うみたいだし、昔からご近所付き合いを最もしていたのはシャマルだろうからな。そういう意味では当然のことなのかもしれない。

 

「……その、悪いな」

「え……」

「いや、心配掛けたし……忙しいのに毎日のように見舞いに来てくれてるから」

「ううん……私がしたくてしてることだから」

 

 何というか……なのはやはやてに比べるとフェイトは苦手だ。

 いや、この言い方だと誤解が生まれる。あいつらほど強く出れないというべきだろう。

 あいつらはツンケンした態度や説教や小言を平気で言ってくるけど、フェイトは性格的に説教というよりはお願いという感じで言ってくる。その際は泣きそうな顔もされるので……無下に扱えるわけがない。

 それに……今みたいに優しい笑みを浮かべられると、何というか嬉しさや恥ずかしさが混じった感情が湧いてきて顔を見ていられなくなる。

 

「ショウ……何だか顔が赤いけど大丈夫? 熱でも出てきた?」

「いや、大丈夫だ……シグナム、お前は何を笑ってる?」

「気にするな。大したことは考えていない」

 

 それは何かしら考えているということなんだが。

 どうせ「お前もずいぶんと変わったな。昔はそこまで意識はしてなかっただろうに」とか「お邪魔なら出ていくが?」なんてこと考えていたに違いない。

 まったく……脳内がはやて一筋だったお前もずいぶんと柔らかくなったもんだよ。今でも根幹ははやて一筋なんだろうけど。

 

「それよりも意識をテスタロッサに戻してやれ。お前と話したいから仕事の合間に時間を見つけて来ているんだからな」

「だ、だからそういう言い回しはやめてよ」

「違ったか?」

「違う……とまでは言わないけど、話すべきこともあるから来てるの」

 

 それは考え方によっては……いや、下手に突っ込むのは危険か。フェイトは性格的になのは以上に取り乱しかねない奴だし、話すべきことということは真面目な話があるんだろうから。

 

「話すべきことって……クロ達のことか?」

「うん。これは私の推測だけど……グリードは今回の事件の首謀者だし、違法研究も行ったわけだから有罪は間違いないと思う。銃を使ってショウを殺そうとしたって証言もシュテル達から挙がってるしね」

「そうか……クロは?」

「あの子に関しては本人も凄く反省してるし、過酷な訓練もさせられてたみたい。それに身体のあちこちに虐待されて出来た跡も確認されたから……多分だけど保護観察処分に持って行けるとは思う。ただそうなるまで少し時間が掛かるかも。一歩間違えてたら人を殺めてたわけだから」

 

 まあ……そこは仕方がないだろう。

 被害者である俺が別に良いと言ったからといって、クロが自分の意志で非殺傷設定を切り俺を攻撃したことは事実。負わせた傷の深さからして殺人未遂として扱われるはずだ。さすがに無罪放免というわけにはいかないだろう。

 

「……悪いな。嫌な事件を担当させて」

「ううん。あの子は……昔の私に似てるから。でも私は……なのはやみんなに助けてもらって今ここに居る。今も自分らしく生きてる。だから今度は私があの子を助けてみせるよ。あの子の未来のためにも」

 

 フェイトの中には今もジュエルシードを巡り争った事件が残っているのだろう。そのとき犯してしまった罪もまだきっと背負っている。でも……だからこそ、フェイトは間違えることなくこれからも執務官としての仕事をこなすのだろう。

 

「ただ……あの子の今後のことを考えると色々と決めないといけないことも出てくるし。ショウにも相談に乗って欲しいかな。グリードは生きてる内に外に出られるか分からないし、元の家に住ませてあげられるかも分からないから」

「ああ、そのへんのことは協力する。義母さんにも話しておくさ。今回のことに多少なりとも責任を感じてるみたいだし……桃子さんとかにヴィヴィオの話をされる度にあれこれ言ってきてるからな」

 

 ヴィヴィオはなのはの娘になったし、桃子さんからすれば孫なのは間違いない。

 しかし、年齢的なことを言えばなのはとヴィヴィオは一回りほど離れてるようなものだ。それは親子というよりは年の離れた姉妹。普通に考えれば娘がもうひとり出来たようなものにも思える。

 故に……義母さんの気持ちも分からなくもないが、早く孫の顔が見たいということをあまり言わないでほしい。そう簡単に結婚相手なんてできないし、結婚したとしても子供が産まれるまで時間は掛かるのだから。

 

「だから多分……クロのことを引き取ってもいいって言うかもしれない。娘が欲しそうなことを言ってたこともあるし……昔はそれをシュテル達で発散させたんだろうがあいつらももう大人だしな」

「あはは……何というかレーネさんらしいね。まあ研究ばかりに目が行かなくなったという点では良いことだとは思うけど」

「そうだな。お前やなのはよりも仕事中毒だし」

「私はちゃんと休みは取ってるよ。なのはもヴィヴィオを引き取ってからはちゃんと取るようにしてるし。そこまで心配しなくても大丈夫だから」

 

 確かにそうなんだろうが……割と大変だと思うラインが人とずれてそうだからなお前となのはは。

 我慢強いんだろうけど、それ故にはたから見ると無理をしているようにも見えるわけで。まあ今言ったように昔よりは休んでるみたいだから安心はしてるけど。

 

「そんなに心配ならお前がテスタロッサの休日に付き合ってやればいい。事前に話しておけば、休みを合わせるのも可能だろう」

「シ、シグナム!? べべべ別にそこまでしなくてもいいんじゃないかな。私もショウももう大人だし、お互い仕事があるわけで。た、確かに昔みたいにみんなと遊んだりできる時間ってないから……そういうことが出来たら嬉しくはあるけど」

「だそうだが?」

 

 だそうだが? じゃねぇよ。

 何で今日のお前はちょくちょく余計なことを挟んでくるんだ。いや別に言うのは良い。今回の事件で最も迷惑を掛けることになった相手はフェイトだ。裁判やら事後処理をやってもらうわけだから。それに対するお礼はするべきだろう。

 だがしかし、そんな茶目っ気が見える顔で言われるとさすがに腹が立つ。お前……年々主に毒されてきてるんじゃないか。これ以上あいつに似てきたら俺のお前への対応は冷たくなるぞ。ほぼ間違いなく。

 

「まあ……今回の事で礼はするべきだろうし、俺としては構わない」

「ほほほ本当に!?」

「あ、あぁ……フェイトにはこれからもしばらく面倒掛けるわけだし」

 

 というか、少し離れてくれませんかね。

 さすがに目の前にフェイトの綺麗な顔があるのは困る。子供の頃ならまだ今ほどの感情は湧いてこなかったわけだが、今はすでに大人。異性として見てる相手の顔が至近距離にあるのは精神的によろしくはない。

 

「というか……フェイト、時間は大丈夫なのか?」

「え……あぁうん、そろそろ戻らないといけないかな。えっと……また来るから。色々と報告や相談もしたいし。その……今の話の続きもしたいから」

「ああ。当分は暇だし、そっちの都合の良い時に来てくれ」

「うん。じゃあまたね」

 

 笑顔で俺に手を振るとフェイトは足早に部屋から出て行った。俺が思っている以上にここに来るために時間を作ってくれているのかもしれない。

 そう考えると無視してまで来ないでいいと言いたくもなるが、フェイトの性格的に迷惑なことをしていたと考えそうなだけに躊躇われる。

 

「行ってしまったな」

「仕事なんだから仕方ないだろ。……それはお前はいつまで居るつもりなんだ?」

「帰れというならすぐにでも帰るが?」

「別にそんなことを言うつもりはない。やることがなくて暇だからな」

 

 はやてやシュテルみたいに頻繁にからかってくる相手だと、さっさと帰れと言いたくもなるが。シグナム程度の頻度であるならまあ許容範囲内だ。

 

「そうか……では私が帰った後のためにお前にこれを渡しておこう」

 

 シグナムが取り出したのは数冊の本だ。表紙を見た限りこっちの本もあるが、地球の本もいくつかある。

 

「……いつからお前は読書家になったんだ?」

「分かってて惚けるのはやめろ。それは主はやてからだ。私はお前が暇だろうから持って行ってほしいと頼まれただけだ。感謝するなら主はやてにしろ」

 

 確かに正論ではあるが……素直に言いたくない気持ちも芽生えてしまっている。素直に言って調子に乗られても面倒だし、ついこの間あいつのことを元文学少女だと言ったりばかりだ。それを根に持っていて絡んでくる可能性も十分に考えられる。

 かといって……受け取った本を読まなかったらそれはそれで絡んでくるだろう。何故こうもあいつが絡むことはどっちに転んでもあいつが主導権を握れそうな展開になっているのだろうか。

 

「はぁ……年々あいつの腹の内が黒くなってる気がしてならない」

「だったら……さっさと主はやてと身を固めるんだな。あまりこのことに口を挟むつもりもないが、我らが主の相手に今のところ認めているのはお前だけだ。それに見ていてむず痒くもあるからな」

「あのな……その手のことは俺よりもお前の主に言って欲しいんだが」

 

 俺だってお前の主の言動に振り回されてるところはあるんだから。俺はあいつの二度目の告白をいったいいつまで待ってればいいんだよ。六課が解散するときにもう少し待っておけと言っていたが、一向にないんだが。前以上にデートとかには誘われているけども……

 

「言いにくいからお前に言っているんだ。別にテスタロッサやなのはを選んでも構わんが、あまり時間を掛けられると次の相手を探すのも難しくなる。私としてはヴィヴィオが独り立ちできる年齢になる前には決着をつけてほしいところだ」

「ヴィヴィオが独り立ちって……急かしてるようで大分期限があるんだが」

「何年お前達の関係を見てきたと思っている? 何かきっかけがない限りそう簡単に変わらんのは分かっているさ。だからそれなりに気長に待つと言っているんだ」

 

 反論しにくい状況ではあるが……はやてとしてはお前やシャマルの未来も心配しているのだが。

 美人で胸も大きいのにちっとも男が寄ってこん。私の自慢の家族やのに世の中の男は何見とんねん! と前に一緒に酒を飲んだ時に言っていたし。

 

「そいつはどうも……ただ俺達は俺達のペースで進むだろうさ。同年代と比べたら俺も含めて仕事に偏ってるだろうしな」

「……そうだな……まあ私としてはお前達が幸せになってくれればそれで良い」

「その言い方だとお前がその輪の中に入っていないように思えるんだがな。お前の主はお前も幸せじゃないと幸せにはなれないって言う奴だぞ」

「ふ……それもそうだな。まあ今こうして生きているだけで幸せなのだが……私も私なりに更なる幸せを探してみるさ」

 

 ああ、そうさ。

 俺もお前も……これからまだまだ長い人生を歩んでいく。その中で多くの出会いと別れを経験するだろうが、それでも前を向いて歩いて行くんだ。

 悲しいことや残酷なことにも巻き込まれるかもしれない。だけど喜びや幸せを感じる時間もある。それを重ねながら俺達は成長し変わっていくんだろう。

 これからがどうなるかなんてそれは誰にも分からない。だけどこれだけは言える。

 俺達は精一杯今日という日を過ごして明日に向かう。自分らしく生きていくのだと……。

 

 

 



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蒼雷の恋慕 01

 ボクには昔から分からないことがある。

 その人のことが好きか嫌いか。その違いは分かるし、判断もできる。

 

 だけど友達に向ける好きと特別な人に向ける好き。その違いはよく分からない。

 

 シュテるんや王さま、ユーリとは小さな頃から友達だし、あの頃はボクの言動にあれこれ言われた覚えはない。うるさいだとかそういうことは除くけど。だって元気なのはボクの取り柄だし。

 話を続けるけど、今から10年くらい前にボクはとある男の子に出会った。

 その子はレーネが面倒を見てた……というか、レーネの面倒を見てた子でボクらとは同い年。名前はみんなもご存知、夜月翔。ボクはショウってずっと呼んでる。

 最初ショウの家には、仕事の関係でホームステイしていたシュテルに会うために行った。先に王さまだけ行ったのがずるいと思ったりしたような気もするけど。まあそのへんはどうでもいいかな。

 

 ショウとは出会ったからずっと友達。

 

 まあ多分だけど、今にして思えばそう思ってたのはボクだけだろうけどね。ショウが人との距離を一気に縮めないタイプなのは理解しているし。

 まあ明確な拒絶がなかったというか、なんだかんだで何でも付き合ってくれる性格だったからボクは遠慮しようと思わなかったけど。

 だって仲良くなってればシュテるん達が仕事とかしてる時に遊べるし、美味しいお菓子を作ってくれたりしてくれるしね。それがなくても友達が増えることは良いことだし。

 

 ただ……ショウが中学生に上がった頃くらいかな。

 

 シュテるんや王さま、なにょはやへいと……みんなしてボクにもっと女の子らしくしろだとか、ショウに抱き着くなって言うようになったのは。手を繋ぐくらいならあまり言われなかったけど。

 後ろから抱き着いてショウの頭の上にボクの頭を乗せる。そういうことは昔からやっていたことなのに何で急に言われるようになったのか、その頃のボクはよく分かってなかった。

 ショウが露骨に嫌がってるならやめるけど、別にショウからやめろとはそこまで言われたことがないし。さすがにやり過ぎたときは言われたけど。

 

 ボクとショウの問題だから別にいいじゃん。

 

 そう思うことはあった。

 だってボクとショウは昔からの友達だし、友達ならスキンシップを取るのは当たり前だよね。シュテるんや王さま達にもボクはショウにしてることと同じことをやってるし。

 

 今はどうなんだと聞かれたら、正直に言ってあまり変わってない。

 どうして世の中にはボクのように男の人に抱き着いたりしている人は居るのに、どうしてボクはショウに抱き着きたりしたらいけないのか。

 

 誤解が生まれる? そういう関係じゃないしたらダメ?

 

 分からない。ボクにはよく分からないよ。

 ボクはショウのことが好きだ。ショウだってボクのことはボクと同じくらい好きかは分からないけど、少なくとも嫌ってないはず。友達だって言ってくれるくらいには好きなはずなんだ。

 なのに……何でボクはみんなからショウと仲良くするなって言われるのかな。

 

 

 ★

 

 

「レヴィ、ちょっとこっちを向いてください」

「え、何で?」

「顔にクリームが付いてます」

 

 シュテるんはそう言うとボクの返事を待たず、取り出したハンカチでボクの口元を拭く。おそらく今食べてるクレープのクリームが付いてんだろう。

 シュテるんとは昔から一緒に出掛けることはあったけど、何か毎度のように口を拭かれてる気がする。まあ毎度のように何かしら食べてるからだろうけど。

 普通の人は恥ずかしいと思うことなのかもしれない。でもボクは昔からこういうことには慣れっこだから問題ない。むしろボクらのスキンシップって感じがして嬉しいくらいだ。

 

「えへへ、ありがとう」

「礼には及びません。慣れていますから……まあ少しずつですが私達にも職場での後輩も出来てきましたし、ヴィヴィオのような子供も身近にいますのでもう少し大人らしさを身に付けてほしいとは思いますが」

「これでも大人っぽくなったと思うんだけどな~」

 

 背だって大分伸びたし、おっぱいだってママみたいに大きくなったわけだから。

 ちなみにボクはパパかママのどっちに似てるかと言われたらママ似だぞ。まあシュテるんも王さまもママの方に似てるんだけどね、性格の方は似てなかったりもするんだけど。特にシュテるんは小さい頃はひとりで黙々と本を読む子だったから心配されてたし。

 

「ふふ、見た目は大人になりましたがレヴィの言動は昔のままですよ。まあ……多少はマシになったかもしれませんが」

「まあシュテるん達にあれこれ言われてきたからね~。いくらボクでも多少は成長するよ。そういうシュテるんは昔と比べると大分変わったよね」

「そうですか?」

「うん。何ていうか……人間味が増したよね。昔はあまりボクら以外に興味を示さないというか、研究とか本とかばっかりだったし。でもショウと出会ったくらいから女の子らしくなったかな。ちゃんとオシャレするようにもなったし」

 

 昔のシュテるんは本当にひどかった。服なんて別に着られればいいみたいな感じでさ、女の子らしくない格好だって平気でしてたし。

 それを知っているボクが言ったからなのか、シュテるんの顔が赤くなってる。普段あまり感情が表に出ない子なだけにこういうときは分かりやすい。

 

「どうしたのシュテる~ん?」

「何でもありません」

「またまた~、恥ずかしがってるくせに」

「……分かってるなら言わないでください」

 

 いや~だって恥ずかしがってるシュテるん可愛いんだもん。滅多に顔を赤くしたりしないから余計に。

 まあ王さまやへいとみたいにすぐ顔を赤くする子も可愛いとは思うんだけどね。王さまは照れ隠しで素直じゃない言い回しするし、へいとは必死になるところが可愛いよね。

 だけどショウとの関係がどうたらってときの反応に関しては、ボクはさっぱり分からない。ふたりともショウのことは好きそうには見えるけど、なら何で隠そうとするのか分からないし。好きなら好きだって言えばいいのに。

 

「ごめん、ごめんってシュテるん。お願いだから機嫌直してよ」

「分かりました。分かりましたからそんなに引っ付かないでください」

「何で? 別に女の子同士なんだし恥ずかしくはないと思うんだけど?」

「それはレヴィの価値観です。私は恥ずかしいと……それ以前にクレープが服に付いたら危ないでしょう」

 

 まあ服に付いてシミになったら面倒だもんね。お気に入りの服だったりしてシミが残ったりしたらショックもハンパないし。

 

「分かった。じゃあ食べ終わってからにするよ」

「それは分かったとは言わないのでは……まあいいのですが」

「ところでシュテるん、今日は何をする予定なの?」

「待ち合わせ場所で会った時に言ったような気がしますが……」

「ごめん、あんまり聞いてなかった」

 

 久しぶりにシュテるんとお出かけってことでワクワクしてたし、クレープ屋を見つけたから意識がそっちに行っちゃってたんだよね。

 

「まったく……別にいいですが、仕事だけは真面目にしてくださいね。迷惑するのはあなただけではないのですから」

「それは大丈夫!」

 

 ボクだってもう何年も仕事してるんだから。

 けど……分からないことを聞かれた時にボクが答えると苦笑いされたりするんだけどね。

 前にショウに相談したことがあるけど、ボクの説明は抽象的というか擬音語とか混じってるから分かりづらいんだって。お前は天才肌だからなって褒められちゃったよ、てへへ。

 

「みんなも助けてくれるから!」

「いや、ですから……まあいいです。問題なく回っているのも事実でしょうし……話を戻しますが、今日は服を買いに行く予定です」

「おぉ~」

「私が服を買いに行くなんて、のような反応しないでほしいのですが。昔はともかく今は別に珍しいことでもないでしょう」

「まあね」

 

 同じ服を着ているのはあまり見ないし、ボクが知らないだけでちょくちょく買い物はしてるんだろう。

 もしかするとボク以外と一緒に行ってる時もあるのかも……王さまとふたりだけで出かけたりしてないよね。ボクだけ仲間外れにされたりしてないよね。みんな社会人だから打ち合わせしてないと休みを被らせるのは難しいし、その日ボクだけ仕事ってことなら仕方がないとは思うけど。

 

「それでどんな服を買うの?」

「どんなと言われましても……」

「ボクとしてはシュテるんはシンプルなデザインの服が多いし、もっとフリフリしたのとか買ってもいいと思うんだけどなぁ」

 

 女の子の服は男の子のと違って色んな種類があるわけだし、似合う似合わないはあるにしてもたまには冒険もしてみるべきだよね。

 

「そういうのはちょっと……可愛いとは思いますが、私には合わない気がします」

「そうやって着る前から決めつけるのはシュテるんの悪い癖。髪だって昔と違って長いんだし、その辺弄れば雰囲気は結構変わるんだから」

 

 ボクだって「レヴィさんってそういう人だったんですね」とか言われるし。まあへいとみたいに髪を下ろしてる時とか、シグにゃむみたいにポニーテールにしてる時に言われるけど。

 多分あのふたりは凛としているというか、落ち着いてる印象を人に持たれそう。そんな風に見られたらボクの性格的に違うって思っても仕方はないよね。あのふたりがボクみたいな感じだったらボクでも驚きそうだし。

 

「そうかもしれませんが……レヴィはよく髪型を変えてますよね」

「うん。最初はへいとと見分けが付きやすいようにしてたけど、今は単純にオシャレとしてやってる方が強いかな」

 

 せっかく髪の毛長いんだから服や目的に合わせて髪型弄ったりしたいし。

 へいともあれだけ伸ばしてるんだからもっと髪型とか弄ればいいのに。ボクから見ても綺麗な髪をしてるんだし、ショウとか褒めてくれると思うんだけどな。まあへいとは恥ずかしがり屋だからあえてしてないのかもしれないけど。

 

「ちなみに今日はハーフアップにしたみたんだ。お嬢様結びとか言う人も居るね。アリりんは髪の毛短くしたからあれだけど、すずたんとかは今でも出来そうだし似合いそう」

「まあ彼女はお嬢様ですし、そういう雰囲気もありますからね」

「シュテるんもしてみる?」

「私の髪では長さが足りないように思うのですが……仮に出来たとしてもしませんけど」

「何で? ボクは似合うと思うんだけどな」

「今の状態が楽ですから……それに誰かに見られたら余計な詮索をされるかもしれませんし」

 

 シュテるんシュテるん、頬が少し赤くなってるよ。

 ボクが思うに髪型を変えた自分を知り合いに見られた時のことを考えて恥ずかしくなってるんだね。もうシュテるんは可愛いな。誰も似合ってないとか言わないだろうし、むしろ今のボクと同じように可愛いと思うと思うんだけど。

 

「えぇ~いいじゃん。今とは言わないからもう少し伸びてからしてみようよ。ショウも呼ぶから」

「もう大人なんですから駄々をこねないで……何故そこでショウの名前が出てくるのですか」

「え? だってショウはボクが髪型変えるといつも何かしら言ってくれるから。可愛いとか似合ってるって言われると何だか幸せな気分になるよね」

 

 王さまやユーリも言ってくれたりするけど、性別が違うからなのかな。ショウから言われると一段と嬉しいと思っちゃうんだよね。正直髪型や衣服に興味があるのはショウに褒めてもらえるからっていうのも理由かも。いやはやボクって現金だよね。

 

「レヴィ……前から薄々思っていたのですが」

「うん?」

「いえ、何でもありません」

「え~そう言われると逆に気になるよ」

 

 何でそういう風に一度言いかけたのにやめちゃうかな。まあ今みたいな言い回しをするのはシュテるんだけじゃないけど。ショウとかも割とするし……本人達は否定するけど、本当ふたりって似てるところ多いよね。

 

「怒ったりしないから言ってよシュテるん」

「別に怒りそうだからやめたわけではないのですが……分かりました。素直に言いましょう」

「うんうん、さすがシュテるん」

 

 もしもショウや王さまが言ってたら多分「えっへん」とか「そうでしょう」みたいな反応をしてたんだろうな。前から思ってたけど、シュテるんってボクにはあまりそういう姿を見せてくれないよね。ボクよりもショウ達にしたほうが反応が面白そうとは僕も思うけど。

 

「それでシュテるん、シュテるんは何を言おうとしたの?」

「それはですね……レヴィはショウのことが好きなのでは? ということです」

「え……シュテるん、言っている意味が分からないんだけど?」

 

 ボクがショウのことを好きなのは昔からだし、そんなの今更聞くこともでないと思う。

 

「ボクは昔からショウに対して好きだって言ってたと思うんだけどなぁ」

「それは知っています。ですが……レヴィはもっとその《好き》に対して考えるべきだと私は思います」

「好きを考える?」

 

 好きって気持ちは好きって気持ちなんじゃないの?

 この手のことは昔から言われてきた気がするけど、さっぱり分からない。好きの反対は嫌い。そういう感じなら理解できるけど。

 

「好きは好きなんじゃないの?」

「好きにも色々な形があります。レヴィ、あなたはそれを大きなひとつの好きとしてしか見ていない。だから好きの違いが分からないのです」

「好きの違い? 好きの度合いとかじゃなくて?」

「はい、違いです」

 

 違い。

 それって本当に考えないといけないことなのかな。ボクはシュテるんが好き、王さまが好き、なにょは達が好き。過ごした時間に差があるから度合いは違うけど、それでも好きだって気持ちは変わらない。それじゃダメなの?

 

「何か……今日のシュテるんはいつもと違うね。これまではこういう話になっても割とすぐにやめてたのに」

「これまで確信がありませんでしたので。ただ最近のレヴィを見ていてあなたの今後のためを考えれば、ちゃんと理解するまで言い続けることが必要だと判断したのです」

「そっか……よく分からないけど、シュテるんがそこまで言うからには大切なことなんだろうね。ひとりじゃ分かりそうな気がしないけど、ボクなりに考えてみるよ」

「はい、今はそれで十分だと思います。何より……今日は私の買い物に付き合ってもらわないと困りますから。考え事をされて変な服を勧められたりしたら大変ですし」

「そういうこと言われると変なのを勧めたくなるよね」

「勧めてきたら私でも怒ります」

「そ、それは勘弁してほしいな」

 

 王さまは普段から怒ったりしてるからあれだけど、シュテるんは冷たい目で淡々と怒るから心底怖い。なにょはみたいな怒り方ならボクも怖くないんだけどな。これを言ったら怒りそうだから言わないでおくけど。

 

「無駄話はこのへんにして行くとしましょう。時間は有限ですので」

「ねぇシュテるん、シュテるんに悪気はないんだろうけど……仲良く話してたのを無駄って言われると地味に傷ついたボクが居るよ。……って、置いてかないでよ。変な服勧めたりしないから。シュテるんってば~!」

 

 

 



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蒼雷の恋慕 02

「いや~遅くなっちゃったね」

 

 そう言ったのは隣を歩いているレヴィだ。今日は一緒に研究を行っていたのだが、切りの良いところまでやろうとしているうちにすっかり夜も深くなってしまった。

 まあ明日は顔を出すところはあっても仕事があるわけじゃないし、別に構わないんだがな。それに当分は寝れないだろうし。

 何故なら今日レヴィは俺の家に泊まるつもりだからだ。

 ここ最近は俺も車で通勤しているのでレヴィを家まで送ることは出来る。だがレヴィがお腹が空いた。だから久しぶりに俺のご飯を食べたい、と言ってきたのだ。

 レヴィも明日は休みらしく、また俺の家には義母さんやシュテルが泊まることがある。それがなくてもファラやセイがアウトフレーム状態で外出する際には女性ものの下着や衣服が必要になるので、異性の着替えはあるのだ。

 

「そういやファラ達って今日はいないんだっけ?」

「ああ。あいつらも今じゃ俺達と変わらないからな。シュテル達と話すことがあるから今日は泊まりだそうだ」

「じゃあボクと一緒だね」

 

 男の家に女が泊まるのと女の家にデバイスが泊まるのとでは話が大分違うように思えるのだが。

 まあレヴィが泊まったところで何か間違いが起こる可能性はないので問題はないのだが。はしゃいで物を壊される可能性はあるかもしれないが……それでも精神的にはシュテルが泊まるよりマシか。あいつは事あるごとにちょっかいを出してくるし。

 

「ところで……ご飯は何を作ってくれるの?」

「何って……冷蔵庫にあるもので適当に作る」

「え~」

「お前を泊めることになるなって思ってなかったんだから仕方ないだろ」

 

 大体お前は明日はやてに家に呼ばれてるんだろ。鍋とかするから食べに来ていいってことで。美味い飯は明日食えるんだから我慢しろ。

 

「そもそも、作ってもらう立場の奴が文句を言うな」

「それはそうだけどさ。最近ショウはボクに構ってくれないじゃん。シュテるん達とばかり仕事もするし」

「あいつらとは昔から一緒に仕事してたんだから同じ研究をする日が多いのも当たり前だろ。それにちゃんとお前にも構ってる」

「会った時にこうやって話すだけじゃん。昔みたいに手を繋いだりしてくれないし、仕事のこと以外で電話とかもしてくれないし。正直に言ってボクへの構い方が足りないよ」

 

 昔よりは落ち着いて迷子になる可能性はなくなったし、昔やっていたことを今やると周囲に誤解されるのだが。職場の連中はレヴィの人間性や俺との関係が分かっているので問題はないだろうが、他の場所ではそうもいかないだろうし。

 大体……レヴィの言ったような構い方は友人を通り越して恋人の域だと思うのは俺だけだろうか。本人にはそのへんの自覚は皆無なんだろうけど。それだけに質が悪いとも言えるが。

 そうこうしているうちに自宅に到着した俺達は、鍵を開けて中に入る。俺が一人暮らしのために借りている場所ではあるが、ファラ達にも部屋があるので一人暮らしの家としては大きい部類に入るだろう。

 

「レヴィ、お前は先にシャワーでも浴びてこい」

「ボクからでいいの?」

「お前の食べる量を考えたら料理してから浴びた方が効率が良いんだよ」

 

 2人前じゃ全然足りないし。最低でも4人前は必要だよな……冷蔵庫にそれだけの材料が残っていたかは怪しいところではあるが、最善を尽くすしかないだろう。

 

「それもそっか。でもショウ、ボク着替え持ってきてない」

「客用の部屋にあるから適当に使え。場所は何度か来てるから分かるだろ?」

「うん。あっ、だけど上着はショウのが着たいな」

 

 深い意味はないのだろうが、さらりととんでもないことを言い出す友人である。

 

「理由は何となく分かるが……とりあえず言ってみろ」

「ショウの服ってボクにとっては大きいから楽なんだよね。寝るときは楽な格好で寝たいし」

「だと思った。じゃあ俺の部屋から……いやいい。俺の服はあとで持って行ってやるからとりあえず着替えを取りに行け」

「りょーかい!」

 

 レヴィは元気に敬礼をすると颯爽と走って行った。

 流れ的にレヴィの裸を覗くつもりか、と勘繰る奴が居るかもしれないがそういうわけではない。単純にレヴィに俺の部屋に入られると散らかってしまう気がするからだ。

 それに……レヴィの場合、人に裸を見られても平然としていそうな気がする。それどころか一緒に入る? なんて爆弾発言をしかねない奴だ。

 故に今回の提案は俺の方がリスクを負っている。普段はあまりレヴィに対して異性意識はないが、それでも最低限の意識はあるのだから。抱き着かれたりすれば思うところはあるし、裸なんて見ようなら反応してしまう部分があってもおかしくない。

 

「……俺も上着を取りに行くか」

 

 レヴィの裸を見ないためにもレヴィが服を脱ぐ前か、シャワーを浴び始めた直後に用意するしかない。

 ラッキースケベと呼ばれる事象を喜んだり羨ましかったりする者も居るかもしれないが、あいにく俺はその手のものは望まない。

 仮に今回それが起きてしまったとして問題なのはレヴィではないのだ。レヴィは異性意識が欠けているため、おそらく気にはしないだろう。

 だがしかし、その話がシュテルやディアーチェといった人間に漏れると実に面倒なことになる。事あるごとに弄ってきたり、真面目に説教されるからだ。本当に見てしまった場合、こちらに非があるのでどちらも受け入れはするが。

 上着を持って浴室に向かっていると、鼻歌混じりに歩いているレヴィが見えた。先ほどまで働いていたのによくもまああれだけ高いテンションを維持できるものだ。

 

「レヴィ」

「うん?」

「ほら、上着だ」

「あ、ありがとう。……えへへ、ショウの匂いがする――ッ!? 何で叩くのさ?」

「お前がおかしなことをするからだ。さっさとシャワー浴びてこい」

 

 まったく……もう少しでいいから異性意識を成長させてほしい。

 そうじゃないと俺を含めた男性陣が苦労する。レヴィを好きだと思っている人間が居るとすれば、実に大変な道のりになるだろう。真剣に告白しても友人として好きといった返事しかこなさそうだし。

 居るかも分からないレヴィの将来の相手に同情しながらキッチンへと向かった俺は、冷蔵庫の中身を確認する。セイが買出しをしてくれていたのか、材料は十分にあると言えるが……大半のものを使わないとレヴィを満足させることはできないだろう。

 冷蔵庫の中身のことで話が上がった時は素直に謝らないとな。

 一度息を吐いて意識を切り替えた俺は、適当に材料を取り出して調理を開始する。今回は質よりも量が求められるため、あまり時間を掛けずに作れるものを作っていく。単純に疲れているので調理時間を短くしたいという俺の願望も理由なのだが。

 

「ショウ~お風呂上がったよ~」

「そうか。こっちもあらかた出来……」

 

 意識をレヴィに向けた瞬間、俺は思わず絶句した。

 シャワーを浴びただけとはいえお風呂上がりの女性というのは色気がある。レヴィも中身はあれだが外見は大人。見た目から来るものはあるのだ。

 いや、むしろ中身があれだからこそ……下はパンツ以外何も履いていないのだろう。しかも上は俺の服なのでレヴィには大きい。ブラジャーは着けていないのか、胸の谷間が見え隠れしている。

 

「ショウどうかした?」

「どうしたってお前な……」

 

 今の自分の服装を考えろよ。それと屈みながら上目遣いでこっちの顔を覗き込むな。付き合いの長い俺じゃなかったら襲われててもおかしくないぞ。まあ並の男なら返り討ちに遭うだけだろうが。

 それは置いておくとして……これから食事をしたら寝るということを考えれば、ブラジャーを着けろとは言えない。寝る時は楽な格好で寝たいというのは分かるし、迂闊に突っ込めばセクハラ扱いされる案件なのだから。

 だがそれでも……これだけは言いたい。言わなければならない。

 

「とりあえず下を履け」

「えーまだ熱いよ~。もう少ししてからじゃダメ?」

「ダメだ。履かないならご飯抜きだ」

「そんな~!? 分かった、今すぐ履くから許して!」

 

 そう言ってレヴィは慌ててリビングから出ていく。

 欲望に素直な性格をしているだけにこういう時は扱いやすい。最初から人前に出ても恥ずかしくない格好をしてくれればより良いのだが。ああいう姿は家族と呼べる関係になるか、異性のいない環境だけにしてもらいたいものだ。

 

「ショウ、履いてきたよ! これでいいよね?」

 

 確かに履いてはきたが……どうしてそこで短パンを選ぶんだお前は。

 レヴィらしいと言えばレヴィらしくはある。だがそれでも言いたい。うちには長ズボンの寝間着があるし、まだそんなに暑い季節でもないんだから長ズボンを履けと。もう子供じゃないんだから自分の色気を自覚してほしいものだ。

 

「まあいい……って、髪の毛くらいきちんと乾かせよ」

「いや~ショウのご飯が早く食べたくて」

「ご飯は逃げないだろ。さっさと乾かしてこい。風邪でも引いて明日はやての家に行けなくなるのは嫌だろ?」

「うん、嫌だ。……ねぇねぇ」

 

 何か思いついたみたいな顔をしているな。

 流れからして何となく察しは付いているが、ここで先回りして答えるともっと自分に構えと言っていたので拗ねる可能性もある。はやてやシュテルとは違い、レヴィが拗ねた場合は本心から拗ねているので最も厄介だ。面倒臭いとか思わずに聞くのがベストだろう。

 

「何だ?」

「出来ればショウに髪の毛乾かしてほしいな。昔泊まった時にしてくれたみたいに」

 

 確かにレヴィの髪を乾かしてやったことはある。

 昔のレヴィは今よりも落ち着きがなかっただけに、泊まりに来たときは一段とテンションも上がってはしゃぐことが多かった。髪が長いこともあった乾くのにも時間が掛かり、半乾きのまま引っ付かれるのも場合によっては不愉快に思う。なので半ば強引に乾かしていただけなのだが……

 

「はぁ……分かった分かった。乾かすの手伝ってやるよ」

「やった!」

「こら、もう夜なんだから大きな声出すな。というか、さっさと鏡台のところに行け」

 

 俺はお前ほど元気は残っていないんだ。個人的にさっさと食事を終えて、洗い物を済ませて、シャワーを浴びて寝たい。

 そう思う俺とは裏腹にレヴィは嬉しいのかニコニコしている。見た目は大人になったのにこの手の笑顔は昔と何ひとつ変わらない。

 誰もが時間と共に変わっていく中、自分を変えずに今も居られるレヴィはある意味幸せなのかもしれない。変わらなくても周囲に認められているということなのだから。

 

「何ていうか、こう女の子らしい部屋を見るとファラ達がデバイスってこと忘れそうになっちゃうよね」

「俺達の周りにはデバイスとして扱う連中も少ないからな。そんなことよりさっさと座れ」

「ほ~い」

 

 鏡台の前にレヴィが座ると俺はドライヤーを手に取って乾かし始める。

 

「いや~楽ちん楽ちん」

「あのな……もう子供じゃないんだからこれくらい自分でしろよ」

「普段はやってるよ。今日はショウと一緒だからしてもらってるだけ」

「まったく……こら、身体を揺らすな。乾かしにくいだろ」

「だって嬉しいんだも~ん」

 

 だったら言葉で表現しろよ。あまりドライヤーを使い過ぎると髪の毛が痛むんだから。

 まあそれ以上に……動かれると胸の谷間がチラチラ見えるのが問題なのだが。見えない位置で乾かそうとしているのに動かれたら意味を為さない。

 ちなみに鏡を見たら意味がないのでは、なんて疑問はあえてスルーさせてもらう。俺はレヴィの谷間を見るために髪を乾かしているわけじゃないんだから。

 

「えへへ……」

「どうした?」

「ううん別に。ただこうしてると何だか新婚さんみたいだなって」

「新婚って……お前結婚の意味分かってるのか?」

 

 異性に対する意識が人並み以下なのに正しく理解できている気がしない。

 

「む……それくらいボクだって分かるよ。パパとママが結婚してなかったらボクは生まれてないんだし」

 

 それはそうだが……俺が言っているのは結婚の定義だとか方法じゃなくて、そこに至るまでの感情の流れを含めた過程なんだがな。

 

「ちなみにママもパパから今のボクみたいに髪の毛を乾かしたりしてもらってたらしいんだ」

「ふーん……仲良いんだな」

「そりゃあボクのママ達だし」

 

 俺はレヴィと出会ってそれなりの時間が経っているわけだが、彼女のご両親ときちんと話した覚えはない。面識がないわけではないが、義母さんと一緒に挨拶行ったことがあるくらいだ。

 なのでレヴィのご両親について知っていることはレヴィに聞いたことくらい。だがそれでも、レヴィの性格が性格なので今の言葉で納得できる自分が居る。

 

「ねぇショウ」

「今度は何だ?」

「ボク達も結婚しちゃおっか?」

 

 あまりにもさらりととんでもないことを言われたため、思わず動きどころか思考まで止まってしまった。

 ……このバカは今なんて言った?

 俺の聞き間違いでなければ結婚しようと言われた気がするんだが。幼稚園や小学生が結婚しようというなら可愛げもあるし理解はできるが、すでに成人した奴が軽く言っていい言葉じゃないだろ。

 

「アホ、するわけないだろ」

「何で? 別にいいじゃん。ボクはショウのこと大好きだし……ショウはボクのこと嫌いなの?」

 

 捨てられた子犬のような目をされるとこちらとしても困る。

 とはいえ、レヴィのことを考えればここで適当に終わらせるのもよくはないだろう。もうレヴィも大人なのだ。昔のようにレヴィなら仕方がないで終わらせてしまうのはレヴィのためにもならない。

 

「嫌いだからしないって言ってるんじゃない」

「なら何で?」

「それはな……お前が好きって意味を理解出来てないからだ」

「ボクだって好きの意味くらい分かってるよ」

「分かってない。お前の中にある好きは種類分けできるのか? 結婚っていうのは特別な好きって気持ちを抱いた相手とするものなんだ。お前のパパとママは互いを好きだから結婚したんじゃない。互いに特別に好きだったから結婚したんだ」

「好きじゃなくて……特別に好き?」

 

 小首を傾げるあたり理解は出来ていないようだ。

 まあ異性への意識もないのに理解できるはずもないのだが。ただ好きの違いや異性への意識を考えなければレヴィが変わることはないだろう。

 でも今すぐレヴィに必要なのは理解することじゃない。分からないものにきちんと目を向けて考えさせることだ。そうすればきっと……いつかは理解する日が来るのだから。

 

「うーん……」

「今は分からなくてもいいさ。だけど……分かるまで考えることをやめるな。将来的にお前のパパやママみたいに幸せになりたいならな」

「うん……分かった。シュテるんにも同じようなこと言われたし、ボクなりに考えてみる。答えが出るかどうかは分からないけど」

「だったら色んな奴に話を聞いたりしてみるんだな。少なくともちゃんと答えが出るまでは、さっきみたいに結婚しようって言われても俺はノーしか言わないぞ」

「むぅ……ショウって優しいようでそういうところ意地悪だよね。ボクはショウくらいにしか言ってないのに」

「お前のために言ってるんだよ」

 

 お前は好きだとか結婚しようとかその言葉の持つ意味も責任も理解してないんだから。それを理解したなら今みたいに簡単に口には出来ないさ。

 

「それよりもう髪の毛乾いたぞ。さっさと飯食べに行くぞ。俺はお前と違って午前の内に出かけないといけないんだから」

「あ、ちょっ……一緒に行こうよ。そんなんだからボクが寂しく思うんだぞ!」

「人に飯を作らせた奴が文句言うな。それに髪の毛乾かしてやっただろ。十分に構ってやった」

「ボクからしたらまだ足りないの……って、だから一緒に行こうって行ってるじゃん!」

 

 

 



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蒼雷の恋慕 03

 現状の説明をするね。

 まずボクは昨日ショウの家に泊まった。ショウから特別な好きについて考えてみろって言われて考えてみたけど、気が付いたら寝ちゃってたんだけどね。

 ボクが起きた時にはショウはすでに出かけていて姿がなかった。その代わりリビングにボクのための朝食とその横に食べたら好きな時に帰れ。帰るときは合鍵で戸締りはしていけって内容の置手紙があった。

 

「やっぱりボク思うんだ……ショウってなんだかんだで優しいよね」

「いやまぁそれは認めるけどよ……それを聞いたあたしは何て答えればいいんだ?」

 

 返事をしたのははやてんの家族であるヴィーたん。

 どうしてヴィーたんと一緒かというと、ボクは今日はやてんの家にお呼ばれしてる。何でも良いお肉をもらったそうなんだけど、賞味期限やらの問題で今日中に食べ終えたらしいんだ。だけど今日はお仕事の都合ではやてんとヴィーたんくらいしか家にいないらしい。

 そこで今日予定の空いていたボクがお呼ばれしたわけなんだ。シグにゃむやシャマるんの分までボクは食べられるからね!

 

「うーん……まあ肯定だけでいいんじゃないかな?」

「そこで質問で返されるとさらに返事に困るんだが……まあいいか。深く考えるだけ無駄な気がするし」

 

 何やら気の抜けた顔をしているけど……まあヴィーたんもお疲れなんだろう。魔導師としての仕事だけじゃなくて教導やらの仕事もあるみたいだし。

 ちなみにどうして今ヴィーたんと一緒かというと、ヴィーたんと一緒に買出しに行ってたんだ。今日はやてんはすき焼きを作ってくれるらしいけど、野菜やうどんがなかったりしたから。

 家で待ってていいとも言われたけど、早めに家にお邪魔してたのに何もしないで待つのも何か悪いしね。ボクだってもう子供じゃないんだから。

 ショウの作ってくれてたご飯の片付けもちゃんとやってから家に帰ったし。あっ、家に帰ったのは着替えるためだからね。さすがに昨日の服のまま人の家にお邪魔するのはあれだし。

 

「つうか……あんまショウの家に泊まったとか言わねぇようにしとけよ」

「何で?」

「何でって……別にあたしとかは誤解しねぇからいいけどよ、お前らだってなのは達ほどじゃないにしても世間に知ってる奴は居るんだ。写真とか取られてゴシップにされたら面倒だろ?」

「うーん……」

 

 別に友達の家に泊まっただけで騒ぐようなことないと思うんだけど。ボクとショウは昔から付き合いがあって仲良しなんだし。

 

「そういうものかな?」

「お前な……世の中優しい人間ばっかじゃねぇんだ。まあお前は気にしなさそうだけど、ショウは割とそのへん気にする。嫌われたくなかったら気を付けるんだな」

「ヴィーたん……ヴィーたんって本当ショウのこと好きだよね!」

「――っ!? ちょっ、いきなり何言ってやがんだ!」

 

 あれれ? 何だかヴィーたんの機嫌が悪くなったぞ。おかしいな……別にボクはおかしなこと言ってないんだけど。

 

「心当たりがないような顔してんじゃねぇ! 今言ったことを思いだしたら分かるだろうが!」

「うん? うーん……ボクはおかしなことは言ってないと思うよ?」

「お前って本当そういうところ抜けてるっていうか理解力ねぇよな……悪気がないだけに質も悪いし。あたしが言ってんのはな……何で唐突にあたしがあいつのことが好きって話になったかってことだよ。あたしはお前に忠告しただけだろうが」

「でもヴィーたん、それはボクだけじゃなくてショウのことも考えての発言だよね?」

「いや……まあ……否定はしねぇけどよ」

 

 昔はここでも否定してた気がするけど、ヴィーたんも大人になったんだね。まあ恥ずかしそうにしている姿は今も昔と変わらず可愛いけど。

 

「時にショウのことが好きなヴィーたん」

「んだよ? って、いちいちあいつのこと好きとか言うな。あと今更だけどその呼び方どうにかできねぇのか?」

「え……ヴィーたんってダメ?」

「別にダメとか言わねぇ……というかやめろって言ってもやめねぇ気がするから諦めてる。ただ今みたいにプライベートで会ってる時はいいが、仕事で会った時はやめてくれ。あたしにも立場ってもんがあったからな」

「あーなるほど……ヴィーたんも今じゃなにょはと同じで人に教えたりする立場だもんね。だけどボクの呼び方でヴィーたんの評価が変わるとは思えないよ?」

 

 ヴィーたんって言葉遣いはあれだけど、面倒見の良い性格してるし。それに見た目も可愛らしいから厳しくても耐えられるって人もいるだろうから。

 

「単純に教え子の前でそう呼ばれんのが恥ずかしいんだよ」

「大丈夫大丈夫、ヴィーたんって可愛いから……ところでヴィーたん」

「何が大丈夫なんだよ……何だよ?」

「ヴィーたんってショウのこと好きだよね?」

 

 お……何だかヴィーたんの顔が唐突に何言ってんだこいつ? みたいな感じになってきてるぞ。ボクは何度もショウのことが好きなとか前置きしてたと思うんだけどな。まあ気にせずに続けるけどね。

 

「ショウのどういうところが好きというか……ショウへの好きはどういう好きなの?」

「えっと……どういうってお前」

「特別な好き?」

「と、特別? ま……まあ特別と言えば特別とも言えなくはねぇけどよ」

 

 何か微妙な顔をしてるけど、何で微妙な顔をしてるんだろう。

 というか、特別と言えば特別? もしかして特別な好きにも色んな種類があるのかな。それだと余計にボクの中の疑問は大きなものになるぞ。

 

「あたしのあいつに対する好きは……多分お前の求めるもんとは違うと思うぞ」

「違う? じゃあヴィーたんの好きはどういう好きなの?」

「そりゃあ……あいつはあたしにとってははやての次に付き合いの長い奴だし、家族の一員みたいなとこあっからな。もっと詳しく言えば兄貴っていうか……とにかくそういう意味での特別ってことだ。多分お前の知りたいものとは別だろ?」

 

 ヴィーたんにとってショウは本当の家族ってわけじゃない。だけど家族みたいに好きって気持ちは理解できる。ボクにもシュテるんや王さま、ユーリみたいに古くから親しみのある人が居るから。

 あれ……それでいけばショウだってその枠に入るはずだよね?

 時期で言えばへいと達とも同じくらいに会ったわけだけど、ショウの方が仕事とかレーネの関係で顔を合わせることが多かった。それは今でも変わらない。

 だから何度も家に泊まったりしたこともあるし、一緒にご飯を食べたこともある。

 なのに……何でボクはショウのことを家族みたいだって思ってないんだろ? ボクにとってシュテるん達の方が特別だから? ショウが友達だから? でもシュテるん達も友達ではあるし……

 

「うーん……ヴィーたん、好きって何だろうね?」

「そんな哲学あたしが分かるか。あたしに分かるのは好きにも色んなのがあるってくらいだ」

「じゃあさ、特別な好きってどういうことをいうの?」

「それは……その……えっと」

 

 何やら複雑な表情を浮かべてるけど……もしかしてヴィーたんもボクと同じように特別な好きは分かってないのかな?

 

「悪い。あたしじゃ説明できねぇ……お前の知りたいことを経験してことがねぇからな」

「そっか……まあヴィーたんだし仕方ないよね」

「おい、その言い方は癪に障るぞ。言っとくがお前よりもあたしの方が年上だかんな。つうかそれを抜きにしてもお前には言われたくねぇ」

「それはボクに対して失礼だと思うぞ」

「好きに違いも分からないお子様が言える立場かよ」

 

 ぐぬぬ……確かにボクは好きの違いがよく分かってないけど。でもボクだってもう大人なんだぞ。

 

「ボクのどこがお子様なのさ。背だってヴィーたんより高いし、胸だってこんなにあるんだぞ!」

「当てつけみたいに胸を張って見下ろすんじゃねぇ! あたしはそういう解釈するお前の精神がお子様だって言ってんだよ!」

「……そんなに怒らなくてもいいじゃん」

「あっ、いや、その……これくらいで泣くなよ。お前もう子供じゃないだろ……悪かった。言い過ぎた。だから泣くなって」

「な、泣いてないもん……」

 

 こ、これくらいで泣いてたら王さまやシュテるんの説教とか堪えられないし。

 

「いや泣きそうな顔してる……あぁもう、あとであたしのアイス分けてやったから。それとその……お前の知りたい好きを知ってる奴も教えてやるから機嫌直せって」

「え……ヴィーたん、それ本当!?」

「お、おう……切り替え早いな」

「元気だけがボクの取り柄だからね!」

「確かに元気なのはお前の取り柄だけどよ……別にそれだけじゃないと思うんだが。まあいっか」

 

 何やらヴィーたんが一安心したみたいな顔をしているけど……まあ安心したのなら聞く必要もないよね。聞いてまた不安になる方が問題だし。

 

「それでボクの知りたい好きを知ってる人って誰なの?」

「それはだな……あたしが言ったとかいうなよ?」

「うん、ヴィーたんから聞いたとか言わない!」

「すげぇ言いそう……まあ進展しない方も悪いだろうし別にいいか」

「ヴィーたん早く早く!」

「分かった、分かったから落ち着けって。お前の教えてくれそうなのはな……」

 

 ★

 

 皆さんお久しぶりや。みんなのアイドルこと八神はやてや♪

 今日はショウくんとレヴィを呼んでのすき焼きパーティーや。男の射止めるには胃袋を掴めって言うし、久しぶりに一緒に食事やから今日は一段と頑張るで。

 

「……ヴィータ達の帰り待ちとはいえ、なかなかに痛い言動やったな」

 

 口には出さんかったけど、心の中では本気でやってもうたし。動き付きで。

 まあ誰かに見られたところで私なら私だからってことで終わるやろうけど。いや~普段からのキャラって大切やな。昔と違って今はヴィヴィオとか子供も居るし、仕事上の立場もあるから馬鹿げたことも控えようかと思ったりもするけど。

 

「でもなぁ……自分を曲げてもうたらそれは私やなくなるし」

 

 やっぱり……好きな人にはありのままの自分を好きになってもらいたいやないか。

 中学生の時は告白したのに保留にした? 六課解散の後はどうなったのかって? ははは、そんなん決まっとるやん……どうにもなってへんよ。

 いやな、私かて自分のヘタレ具合に思うところはあるんや。

 けど……自分の夢も大切というか困ってる人が居ると思うと助けたいと思うわけで。ショウくんのことが大事やないって言うつもりはないんやけど。やっぱり最近思うんよ……昔の私は子供やったなって。

 

「だって……」

 

 よう呼び出した挙句に告白したって思うもん。

 今考えたらあの頃の自分を称えたいというか尊敬するで。私がヘタレなだけ? 今はまあそれは否定できんけど……ただ人ってもんは年を重ねるごとに自分の気持ちを素直に言えなくなったりするやん。

 けど、これでも一応頑張ってはおるんやで。

 ショウくんの休みとか聞いてデートに行くことはあるし。なのはちゃんやフェイトちゃんに比べたらデートの回数だって多いんやからな。

 というか……あのふたりはずるいと思うんや。

 だってヴィヴィオっていう娘が居るんやで。正式な母親はなのはちゃんの方やけど、ヴィヴィオはふたりともママ扱いしとるし。ショウくんのことはパパ扱いかつパパ呼び。関係を知らない人間からすれば一緒に居るとこ見たら夫婦って思うやん。

 ショウくんはそんなんで流されるタイプやないけど……なんだかんだでヴィヴィオのことは娘みたいに可愛がってるからなぁ。リインやって私とショウくんの娘みたいなもんなんやから……もっとこっちにも構ってくれてもええと思う。

 

「というか……ショウくんもショウくんや」

 

 そりゃあ私がもう一度告白するって言ったのが悪いけど、自分から来てくれてもええやないか。

 私は最も付き合いの長い異性なんやし……自分で言うのもなんやけど、私そこそこええ女やと思うし。家事だって出来るし、お金だって同年代と比べたらある。愛嬌だってそのへんには負けるつもりないし、好きな相手には尽くす方や。まあ……甘えたりすることが多いかもしれんけど。

 

「あぁもう……何か年々こじらせてる気がする。もういっそのこと今日押し倒して既成事実を……いやいや、それは奥の手。あまり強引に行って嫌われる方が問題やし……かといって何もせんかったら現状から変わらんわけで。とりあえずまずは美味しいものを作ってポイントを……」

「はやてん、どうかしたの?」

「――っ!? レレレレレヴィ……」

 

 も……もしかして今の聞かれとった?

 ま、不味い。これはある意味私の人生終了的な流れや。レヴィ自体は悪意もないけど、今のを他の人に言ったりしたら……

 

『お、押し倒して既成事実……とかはやてちゃん最低だよ。赤ちゃんってそういうので作っていいものじゃないんだから!』

『はやて……バカなことはするときあるけど、人の道を外れるようなことはしないって思ってたのに』

『小鴉……貴様のこと見損なったぞ。貴様はもう我の友ではない。今後一切話しかけるな』

『既成事実……その手がありましたか。あっ、いえ何でもありません。合意と取らずにやるなんて最低ですよ。せめてお互いに酒で酔っぱらってやったりすれば……』

 

 私の交流関係が終わってまう。

 ショウくんに受け入れられんのは嫌としても仕方がないけど、それで友達まで失うんは勘弁や。恋敵として争ってその結果失ってまうんは……まあ仕方ないと思うけど。

 ちなみに今のは私の想像での話やからな。誤解がないように言っとくけど……って、今はそれどころやあらへん。

 

「い、いつからそこに居ったんや!?」

「え、今だけど? はやてんが何か深刻そうな顔してたから話しかけたけど……もしかしてボク邪魔しちゃった?」

 

 申し訳なさそうな顔をしとるけど……本当に聞かれてないんやろか。

 でもレヴィはイタズラならともかくこういう時に嘘を吐くタイプやないし。それに下手に聞いたら逆に墓穴を掘る気がする。

 けど……既成事実云々のところから聞かれてたらと思うと怖くて堪らん。だって夕方にはショウくんもこの家に来るし。ちなみに朝からはなのはちゃんのとこに行ってるんやで。まあ目的はヴィヴィオらしいけど。父親否定する割に父親らしいことしとるよなぁ。

 ってショウくんのことは後回しや。あんまり後回ししたいことでもないけど、大切なのはレヴィの口を封じることなんやから。

 ……待て、待つんや私。

 こんなんじゃレヴィが全部悪いみたいやないか。最も悪いんは迂闊に言葉に出した私や。まずはレヴィを信じなあかん。あんまり友達を疑うもんでもないしな。

 

「別に邪魔とかしてないで。急にやったから驚いただけや……ちなみにどこへんから聞いとった?」

「え? 特に聞いてはないけど。あっでも……」

「で、でも!」

「美味しいものを作ってどうたらってのは聞いたかな」

 

 ……よ……よかったあぁぁぁぁぁッ!

 嘘を吐いてるようには見えへんし、これで私の人生は安泰や。まあついさっきまでの安定ラインに戻っただけやけど。本当に安泰なのはショウくんとゴールしてからやからな。たまにケンカとかしそうやけど……まあそれも楽しみというか、お互いの気持ちをぶつけあうのもたまには必要やし。

 

「ど、どうしたのはやてん? 急に座り込んだと思ったら百面相し始めるし。なにょはほどじゃないけど」

「大丈夫、気にせんといて。仕事柄お偉いさんとか相手することも多いからな。顔の運動とかしとっただけや。あと……親切心から言っておくで。今のなのはちゃんに言ったらアカンよ」

 

 なにょはって呼び方に関しては怒ったりせんやろうけど、百面相してて変みたいに言ったらすぐ怒るからな。する方がある意味悪いんに……。

 というか、なのはちゃんって年々怖くなってへん?

 昔はからかったりしても「やめてよ~!」とか可愛らしい反応やったはず。それなんに今では絶対零度の笑みで「やめようか?」なんやから。

 まあ昔と違って教える側になっとるし、後輩だけでなく娘も居るからな。しっかりしようとしてるんは分かるけど……あそこまで怒らんでもええのに。フェイトちゃんとかにはあんな顔せんのやから……冷静に考えてみると、あの笑みを向けられてるのって私だけやない?

 

「分かったよはやてん……はやてん、何だか顔色悪そうだけど大丈夫?」

「大丈夫……ちょっと思い出したくないもんを思い出しとっただけや。レヴィもなのはちゃんを怒らせたらアカンで」

「はやてん……割と怒られてるから言われなくても大丈夫だよ。まあヴィヴィオと一緒に夜騒いでたらダメでしょ! って感じだからあんまり怖くはないけど」

 

 あんなレヴィ……それは私からすれば全然怒ってへん。なのはちゃんは怒れば怒るほど作り笑顔が輝くんや。怒ってる顔をしてる時はそこまで怒ってないか、相手を計画的に追い詰めようとか思ってないから大丈夫なんやで。

 

「ところではやてん」

「うん?」

「言われたもの買ってきたけど、これで大丈夫かな?」

「えーっと……うん、問題あらへんよ。というか、ヴィータはどうしたん? 一緒やったやろ?」

「ヴィーたんなら電話してるよ」

 

 電話……まあ管理局から何かしらの確認か、あの子達から相談でもされとるのかもしれへんな。レヴィは手伝ってくれてるけどお客様なんやって注意しようかとも思ったけど、家までは一緒やった感じやし今回は許したろか。

 

「それよりはやてん!」

「お腹でも空いたんか?」

「それも少しあるけど、すき焼きのために我慢する」

「じゃあどうしたん? ……デザートも作って欲しいんか?」

「出来ればほしい! ……って、そうじゃなくて。ボク、はやてんに聞きたいことがあるんだ」

「聞きたいこと?」

 

 何やろ?

 レヴィとふたりっきりで話すことってあんましないけど、レヴィの性格とかは大体把握しとる。料理とかは自分よりも人のを食べたいって思うタイプやし、私とレヴィじゃ仕事内容が違う。それだけに私に聞きたいことが浮かんでこん。

 

「まあ私に答えられることやったら答えるよ。夕食の準備しながらでええならやけど」

「うん、全然構わないよ。それにボクも準備手伝う!」

「レヴィはお客様なんやけどな……まあ本人がしたいって言うならお願いしよか。買ってきた野菜洗ってくれへん?」

「イエッサー!」

 

 テンション高いなぁ。

 まあ私もこういうときあるからうるさいとかあんまし思わんけど。でも落ち着いて話すのが本当の私なんやで。ショウくんとかフェイトちゃんとか大人しい友人が居ったりすると、私が盛り上げないかんって思いで頑張るけど。

 

「それで……レヴィは何が聞きたいんや?」

「えっとね……はやてんってさ。特別な好きって気持ちを抱いてる相手居るよね?」

 

 

 



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蒼雷の恋慕 04

 勢い良く振り下ろされた包丁がまな板にぶつかった。

 ……危なかった。下手したら指がばっさり切れとったで。ふぅ……危ない危ない。

 なんて考えてる自分も居るけど、思考の大半は唐突に爆弾発言をしてきたレヴィのことでいっぱいだ。

 い、今レヴィ何て言うた? 私の聞き間違いでなければ私に好きな人おるよねって聞いてきた気がするんやけど。しかもほぼ断定というか居ること前提で。

 私の記憶が正しければレヴィはそういうことになのはちゃん以上に疎いはず。そもそも好きの違いも分かってないお子ちゃまのはずや。それなのに何でこのタイミングでこういう展開になるんや? シュテルとかの差し金やったりするやろか……

 

「はやてん?」

「――っ、大丈夫。大丈夫ちゃんと聞いてるで。私に……す、好きな人が居るかって話やろ」

「違うよ。好きじゃなくて特別に好きな人」

 

 それが一般的に思春期を迎えた後の年代の好きな人なんや!

 まあレヴィはそのへんが分かってないのは分かっとるやけど。そもそも分かってるならこんな質問してこんどころか、これまでの言動も別人になっとる気がするし。

 

「はやてんには居るよね?」

「え、えっと、その……」

 

 確かにいる。います。子供の頃からずっと想い続けてる人が私にはいます。

 せやけど……家族や私達の親の世代に話すならともかく、同年代に話すとか超恥ずかしい。こういうのはお泊り会や旅行の時にみんなで話すもんやろ。

 ここは適当に誤魔化して……うっ、レヴィの純粋な目が眩しい。そんな目で見らんといて。そんな澄んだ心で聞いてるって分かる目で見られたら私の汚れた心には会心の一撃なんやから。

 

「ま、まあ……私もええ歳やからな。居るには居るで」

「お~! ねぇねぇはやてん、特別な好きな人が居るってどんな感じなの? どんな気持ちになるの?」

 

 てっきり好きな人が誰なのか真っ先に聞かれるかと思ったけど、まさかの感情の方とは……。まあレヴィが知りたいのは好きの違いについてみたいやし、ある意味当然なのかもしれんやけど。

 これで私も答えやすく……はなるけど、恥ずかしいことには変わりない。下手したら好きな人って誰? って流れになるかもしれんし。

 でも……レヴィでも私の交流関係は大体分かっとるからなぁ。私と親しい異性とかショウくんにユーノくん、あとクロノくんくらいやし。その中で誰が私と親しいのかは質問するまでもなく分かるやろうしな。ある意味悟りを開けるくらいレヴィの質問に答えるって決めた時点で詰んどる。

 

「どんなって言われても……人それぞれと思うで。一緒に居りたいなとかもっと話したいなとか」

「……それって友達と変わらないような気がするんだけど」

「甘い! 甘いでレヴィ!」

 

 友達と変わらん?

 そんなわけないやろ。確かに友達と一緒に居る時も同じ気持ちを抱くことはある。けど好きな人に抱く想いは友達に抱くものとは比べられへんのや。

 

「ええか、特別な好意を抱く相手の場合はそんなに単純な気持ちやない。一緒に居りたい、話したいと思っても恥ずかしかったりして自分の気持ちに素直になれなかったりするんや」

「それじゃあ仲良くなれないんじゃないの?」

「ちっ、ちっ、ちっ……己との戦いに勝って相手と話すことが出来たり、不意に相手から近づいてきてくれたりして話せたとき、もどかしかった時間が吹き飛ぶくらい幸せを感じるんや。特別な好きって気持ちを抱いてる相手のことは……気が付いたらその人のことばかり考えたりしとるもんやからな」

 

 その証拠にレヴィにこんな話しながらショウくんのこと考えとるし。

 久しぶりに手料理を振る舞うわけやけど、ショウくん美味しいって言ってくれるやろか。美味しいって言わせる時間はあるけど……ショウくんは王さまのご飯も食べとるからなぁ。

 王さまの方が私よりもショウくんの好み知っとるから……私の被害妄想みたいなものやけど、女として負けてる気になってまう。

 ショウくんのお嫁さんを目指してるんやから誰よりもショウくんの好きな味を目指したい。それは恋する乙女として当然の想いのはずや。

 そこまで考えて私の頭に不意に過ぎる疑問。どうしてレヴィは好きという気持ちを知りたいと思ったのか。これまではよく分からないで終わらせていたというのに……質問に答えたんやから理由を知る権利はあるはず。

 

「ところで……何でレヴィは突然こんな話を聞きたくなったんや?」

「え……それはね、最近ショウやシュテるんに好きの違いとか考えろって言われたりしたからかな」

 

 ショウくんはともかくシュテルも……って思うあたり、私の中のシュテルの印象も大分偏ってもうてる。ちゃんと思い出すと異性に対する振る舞いに関しては割と指摘しとったわけやし。

 レヴィももう大人なんやから今後のことを考えると大切なことやな。レヴィだっていつかは結婚するわけやし。

 

「でも珍しいなぁ。前も似たようなこと言われてた気がするけど、そんときはよく分からんって考えようとせんかったのに」

「まあね。正直分からないことを考えるのって疲れるし……でもちゃんと理解出来た方がもっとみんなと仲良くなれる気がするからね。それに理解しないとショウに結婚してって言ってもダメみたいだし」

「まあ話せる幅は広が……うん?」

 

 今のは私の聞き間違いやろか。今レヴィがとんでもないことをさらりと言うた気がするんやけど。

 

「なあレヴィ……最後の方って何て言うたん?」

「ん? 好きって気持ちをより理解しないとショウが結婚してくれないって意味合いのことを言ったよ」

「……どどどどどういうことや!?」

 

 話の流れがよく見えんのやけど。

 ショウくんと結婚? 何でそんな話になるんや。というか、今の口ぶりだとすでにレヴィはショウくんにプロポーズしたみたいやないか。

 好きの違いも分かってないのに何てことしとるんやこの子は。いやいや、ここで考えてばかりおっても材料が不足しとる。今大切なのは冷静にレヴィから情報を聞き出すことや。

 

「何で急にけ、結婚とか急展開になるんや。しかもレヴィとショウくんが……!?」

「えっとね、流れを説明すると昨日仕事で帰るの遅くなったからショウの家に泊まったんだ」

「と、泊まった!?」

 

 う……羨まし過ぎるぅぅぅぅぅッ!

 これが同じ職場で働くことが出来る者だけに許された展開か。私なんてショウくんとひとつ屋根の下で過ごしたのなんて子供の時くらいやで。こっちに来てからも度々合宿とかキャンプしたりすることはあったけど、私以外にも女の子は居るわけやし。

 というか……ショウくんもショウくんや。実家ならレーネさんも居るからまだいいとして、今はアパートに一人暮らししとるんやで。普通年頃の女の子を泊めたりせんやろ。間違いがあったらどうするんや……まあ自分で言っといてなんやけど、レヴィとそういう風になる展開は想像できへんやけど。

 

「そ、それで……」

「うーんとね……まずシャワーを浴びて」

「ちょい待ち……一応念のために聞いとくけど、何もなかったやろな?」

「うん、何もなかったよ。ショウの家にはボクとかが使える着替えはあるし……まあ寝やすいように上はショウのを借りたんだけどね」

 

 な…………何やて。

 そそそそれはつまり借りシャツ的な? そ、そんな如何わしい展開になって何もないってことが普通ありえるやろか。まあありえる。だってレヴィやもん……だからといって恋する乙女としては嫉妬してまう!

 私もショウくんの上着とか借りて「何かショウくんの服着とるとか新鮮やな……」とか言ってみたい。ショウくんの匂いをつい嗅いでまうことは否定せんで。だって私の好きな匂いやし。

 

「シャワーを浴びた後は……髪の毛をちゃんと乾かしてなかったからショウに怒られて、ショウに髪の毛を乾かしてもらったりしたよ」

 

 ……どこのギャルゲー乙女ゲーなんやあぁぁぁぁぁッ!

 現実で考えても普通そんなええ雰囲気の展開になったら何かあるやろ。何もないって普通ありえんやろ。ショウくんはともかくレヴィが普通じゃないからありえるんやけどな!

 でも私にはクリティカル過ぎる。無邪気な笑顔で何言ってくれてんねんこの子……その無邪気さが私の乙女のハートと汚れてしまった部分を刺激して痛みを覚えるんや。聞いたのは私やけど……私、昔よりも打たれ弱くなってる気がする。それか昔以上にショウくんにぞっこんや。

 

「そ、そうなんや……相変わらずレヴィはショウくんと仲良しやな」

「まあね!」

「それで……そっからどう結婚みたいな流れになったんや?」

「それは……ボクのママもボクがショウにしてもらったみたいによくパパに髪の毛を乾かしてもらってたらしいんだ。だから結婚する? みたいな」

 

 いや……いやいやいや、それはおかしいやろ。

 確かにやってることは恋人がしそうなことやけども、レヴィの中にもショウくんの中にも愛が存在しておらんやん。いやショウくんはレヴィに対して妹とか娘に近い愛情は持っておるかもしれんけど……もしかして私がショウくんに対して抱いている愛情をレヴィに抱いとるとか?

 ……いやいや、それこそありえんやろ。

 だってショウくんは誰にも特別な好意を持っとるようには見えんし。持ってたとしてもそれは少なくてもレヴィだけはありえんやろ。だって異性意識を理解してないんやから。

 だからあったとしてもなのはちゃんやフェイトちゃん……このふたりはヴィヴィオやエリオ達っていうショウくんを慕っとる子供が居るから有利なところあるしな。

 シュテルも内心はよう分からんけど、特別な好意を抱きそうな相手はショウくんくらいのもんや。他にちょっかい出しとる異性とかおらんし。

 王さまは……ほぼ間違いなくショウくんのことが好きやろうな。昔からそれっぽい反応しとったし。それを除いても王さまは私と似た感性をしとる。同じ相手を好きになるのも道理や。

 

「なあレヴィ……レヴィの中で結婚はどういうもんとして認識されとるんや?」

「う~ん……仲良しなふたりがひとつ屋根の下で暮らす?」

 

 漠然として定義としては割と合っとる。けど……

 

「レヴィ、世の中には結婚してなくても一緒に暮らしてる人はたくさん居るんやで。結婚っていうのは好きって感情が目に見える形で現れたゴールみたいなもんなんや。結婚する前に大抵の男女は恋人って関係になるんやから」

 

 まあ……恋人って関係がゴールな場合もあるんやけどな。

 誰かって? そんなん私に決まっとるやろ。片思い何年目やと思ってるんや。自分でもよくもまあこんな長い期間やってると思う時あるんやで。でも関係が進まない最大の原因はどこにあるかって言ったら自分にある。

 私も積極的に行動しているように見えて甘えてるんやろうな。デートとかは出来ても肝心な言葉はいつも言えんわけやし。なのはちゃんやフェイトちゃんよりも有利だろうってことで安心しとるんかな。

 

「恋人?」

「何となくは分かるやろ。街とか歩いてたら手を繋いだ男女とか見かけるやろうし」

「あーうん、確かに見かけるね。あれって全員恋人なんだ」

「いやそれは分からんけど……結婚して夫婦ってこともあるやろうし、恋人になるために仲良くなろうとしてるかもしれんやろうから」

「……面倒臭いというか分かりにくいんだね」

 

 人の心は複雑やからな。互いに相手のことが好きでデートを重ねて付き合うカップルより、片思いで必死にアピールして想いが成就して出来るカップルの方が多そうやし。

 

「まあ関係的に言えばや。最初が赤の他人でその次が知り合い。そこから交流が深まると友達になって、その中で特別な好きって気持ちを抱いてその想いが実れば恋人になる。それで最後が結婚って感じや」

「なるほど……恋人から結婚に進む時の目安とかはあるの?」

「えっと……それは人によるとは思うけど、ひと時も離れたくないとかその人の子供を産みたいとか思うようになったらええんやないかな」

 

 私だって出来ればショウくんとひとつ屋根の下で暮らしたいし。子供の頃はお泊りとかあったけど、今では遠出するときくらいしかないし。そのときも一緒の部屋なんてならんしな。

 可能ならショウくんの家に行ってご飯とか作ってあげたりしたいんやけど……仕事が噛み合わんかったりするし、疲れて帰ってくるシグナム達のご飯とかも作ってあげたいしな。結局私って優柔不断なのかもしれん。素直に言えばシグナム達は応援してくれるかもしれへんのに……。

 

「ふむふむ……それでいくとボクはショウとは友達って関係だけど、結婚してもいいかな」

「……うん?」

「だってボクはショウのこと好きだし、一緒に居たいって思ってるからね。ショウの子供なら産んでもいいかなって思うし」

「ちょちょちょちょっ……!? レヴィ、自分が何言うてるんか分かってるんか? というか、子供がどうやって出来るか分かっとるん!?」

「うん。男性の精子が女性の卵子に授精して胎盤に着床することで子供が出来るんだよね」

 

 おふっ……まさかの正解。もしかして私が思ってるよりもレヴィって大人やったんか。子供扱いし過ぎるばかりにこの子の成長を邪魔しとったんやろか……

 

「でも……何をどうしたら精子が女性の身体の中に入るんだろう? 器具とか使って体外で受精させてからやってるのかな……だけどそれだと病院が子供のほしい人達で溢れかえりそうだし」

 

 前言撤回。子作りに必要な知識はなかったんやな。まあ安心したけど。

 レヴィがもしも知っとったら下手したら裸でショウくんに迫ったりしそうやしな。羞恥心なんてないようなものやろうし。だからといってショウくんがそれに応じるとは思えんやけど。精神力はある人やし……。

 でも……でもやで。レヴィはフェイトちゃんと同等にナイスバディな身体をしとる。それが目の前に裸であったら普通の感性なら抱こうとしても不思議やない。私が男やっても多分抱いてまう。ショウくんも仕事で……その……欲求の発散を出来とるか分からんし、そういう時が来たらもしものことが起きるかもしれん。

 ショウくんって性格的にはあれやけど、その手の欲求は強そうやからな。手の薬指が長い人は男性ホルモンが活発やから性的欲求が強いとかどこかで聞いたことあるし。ショウくんも薬指の方が長いからなぁ……。

 初めての時はあれやけど……いやもしかしたら初夜から激しいかもしれへんな。まあ……私はそれで全く構わへんのやけど。

 割とショウくんから激しく求められる感じでひとりでやっとったりするしなぁ……べべ別におかしなこと言ってへんからな。女だって性的な欲求はあるんやし!

 そ、それに別に私はそういうことがしたいからそういうことをしとるんやあらへん。将来的にショウくんとの子供は男の子と女の子、ひとりずつはほしいっていう将来設計の元でやっとるんや。ま、まあ……結婚する前に恋人としての時間はほしいけどな。色々と……経験したいとは思うし。

 って、こんなこと考えてる場合やあらへん。今はレヴィの対応をせんと!

 

「ねぇはやてん、子供ってどうやって出来るのかな!」

「大声で何言ってるんや! ま、まあ聞かれて困る相手は今は居らんけど……」

 

 末っ子のリインやJ・S事件後に家族になったアギトとかも今日は仕事やらで帰って来んし。ヴィータはリビングの方から「何の話してんた……」みたいな呆れた感じに顔を出しとるけど、別に見た目は子供やけど中身は十分に大人やからな。

 というか……レヴィをけしかけたのってヴィータなんやないやろか。

 シュテルやショウくんがレヴィに好きって気持ちを教えようとするのも分かるけど、だからってあのレヴィが私に対して好きな人居るよねって断定の形で聞くのはおかしいし。多分この調子ならヴィータにも似たような話をした可能性が高い。それで私に振った線は十分に考えられる。確証はないけども……

 

「えっとな……それはその恋人が出来れば自然と分かるというか、調べたら分かることやし」

「そうなの? よし、なら……!」

「あぁでも! そういうのは特別に好きな人が出来て、想いが実って恋人が出来てからでも遅くはないで。今のレヴィには必要のない知識やし」

「そっか……でも知ってて損はないよね? 前もって知ってたの方が物理的にも精神的にも準備できるし」

「た、確かにそうやけど……それよりもまずは好きの違いを理解してからやな。それが理解できんとその知識も意味がないし。どうしても知りたいなら……王さまに許可を取るというか聞いたらええよ」

 

 ごめん王さま……王さまだって聞かれたら説明に困るやろうけど、これ以上私には説明できへん。知識はあっても経験はないし。まあそれは王さまも同じやろうし、言動は違えど感性は私に似とるからレヴィに質問されても今の私みたいに困るだけやろうけど。

 でも……王さまの方が付き合い長いし、こういうときのレヴィの対処法も知っとるやろ。これがなのはちゃんとかに聞かれてたら私が頑張って答えるけど、レヴィはそっちの担当なんやから頑張って。多分レヴィはそのうち王さまのところに聞きに行くやろうから先に謝っとく。ごめん王さま。

 

「もうそろそろショウくんも来るやろうし、さっさと夕食の準備しよか。レヴィも手伝えば愛情2倍でさらに美味しいものが出来上がるやろし、きっとショウくん褒めてくれるで」

「本当!? よし、ならボク頑張る。お腹も空いてきたし、今日ははやてんのご飯を食べるために頑張ってるようなものだから!」

 

 よし、何とか誤魔化せた!

 これであとは話題に気を付ければ平穏な時間が流れるはず。何か普段の仕事するよりも神経使ってる気がするけど、今後のためや。どうにか乗り切ってみせる。

 

「何かお疲れだなはやて」

「……ヴィータ、よくもまあそう平然とした顔でアイスを取りに来れたものやな」

「え、い、いや……べべ別にあたしは悪いことしてねぇし。アイスだってこれだけしか食べねぇから夕食だってちゃんと食べるし」

「ならええけど……このあとの流れ次第ではどうなるか分かってるやろな」

 

 もしもショウくんに嫌われるような展開になったらご飯抜きとかじゃ済まさへんで。

 

「まあとりあえず……今はリビングでゆっくりしとき」

「お、おぅ……あたし頑張る」

「うんうん、ええ心がけや」

 

 

 



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蒼雷の恋慕 05

「……今日は少しばかり疲れたな」

 

 仕事を終えた帰り道、我は気が付けばそう呟いていた。

 まだまだ桃子殿達の店のように繁盛しているわけではないが、日に日に我が店も客足が増してきている。

 今はまだ我ひとりでもどうにか出来るが……このペースで行くと休日は苦しいかもしれんな。かといってノーヴェはバイトであって正社員ではないし、あやつにもあやつの都合がある。現状でもシフトは入っておるのだから単純にバイトを増やすしかないか。

 

「しかし……」

 

 単純にバイトを増やしてもすぐにやめられては困る。また増やし過ぎてもまだ軌道に乗っているとはいいがたい時期だ。

 働きに見合う給料を支払うことが出来なければ働いてくれた者にも悪い。また何よりそんな状況を作った自分を許すことができない。他人に迷惑を掛けるならば自分がそれだけ苦労した方がマシだ。

 

「……かといって」

 

 我はこれまで散々注意や小言を言ってきた立場だ。自分は働き過ぎて倒れるようなことになれば説得力がなくなってしまう。

 いやそれ以上にあやつらのように生命に関わる仕事でもなく、完成品を納める期限があるわけでもない。それなのに心配を掛けるような事態になるなど……申し訳なさと恥ずかしさで堪えられぬ。

 

「…………さて、どうしたものか」

 

 バイトの数は増やすべきだ。これはノーヴェからも言われている。

 

『ディア姐さんの提供するもののレベルはそのへんの店より上なんだし、絶対客足は増えるって。今はまだあたしらだけでもどうにかなるけど、早めにバイトは増やしてた方が良いと思う。あたしも可能な限りここのシフトは入れるつもりだけど……チビ共の相手しなくちゃいけない日もあるから』

 

 先日このように言っておったからな。

 ちなみに共に働いておることもあって少しは距離が縮まったぞ。まあ下手に敬語を使われてもボロが出たりするからもっと砕けて構わんと言ったのだがな。

 ただ一言言っておく。別に姐さんに関しては我が付けろと言ったわけではないからな。むしろ我は呼び捨てで構わんと言ったぞ。さすがにそれは無理と言われてしまったがな……。

 昔……すずかにもディアーチェで良いと言ったような覚えがあるが、結局ちゃん付けのままだったな。すずかの性格を考えるとおかしくないことではあるが、我は無意識に人を威圧してしまっておるのだろうか。学生時代に呼び捨てにしてきた者など数えるほどしか居らぬし。

 

「やはり言葉遣いが悪いのだろうか……しかし、これが原因で人から嫌われたことはない。あくまでの我の知る限りでだが……小鴉などの影響もあるが王さま王さまと慕ってくれておったよな? 別に我の思い違いではないよな? そのはず……」

 

 大体昔のことを今更思い返して嘆いても意味がない。今見るべきは未来のことだ。

 バイト……バイト……元々の性格もあるのだろうが、責任者という立場のせいか余計に信用できるか否かを気にしてしまう。

 そういうことを考えると知り合いを雇った方が手っ取り早いのだが、我の知り合いは大体社会人としてすでに自分の仕事を持っておるわけで……。

 ヴィヴィオ達がたまに手伝ってくれておるがあやつらは友人の娘とその友人。職業体験といった理由があるのならば手伝ってもらうのも快諾するが……学生時代というものは大切で後戻りできぬ時間だ。話すための場などで我の店を利用してくれているのだから普段は客として扱いたい。

 

「……仕方がない。ここはひとつ、バイト募集の張り紙でもしてみるか」

「え……人手が足りてないの?」

「いや現状は問題ない。だが今後のことを考えるとあと数人は……」

 

 ちょっと待て。我はいったい誰に対して話しておるのだ。我の記憶ではずっとひとりで帰宅していたと思うのだが……

 

「そうなんだ。じゃあボクが手伝ってあげよっか?」

「――っ!? レレレヴィ、貴様いつからそこに居ったのだ!?」

「割と今だよ。今日は王さまの家に泊まろっかなと思ってちょうど向かってたから」

 

 ならば普通に話しかけてこぬか。自然と独り言が会話になるように入って来られると我の心臓に悪いであろう。唐突に背後から大声で話しかけられた方が驚きそうな気がしないでもないが……。

 

「王さまどうかした?」

「いや何でもない……が、これだけは言っておく。今後泊まりに来るなら事前に確認を取るようにするのだぞ」

 

 我が実家に帰省する日であったならば無駄足になるのだから。世間的にはレヴィも技術者として知られておるだろうが、シュテルと同様に優れた魔導師でもある。故によほどのことがない限りは危険はないとは思うが、それでも夜道を女性ひとりで歩くのは危険だ。

 まあ……デバイスを持っておらず、日頃魔法の鍛錬もしていない我の方が襲われたりすれば危険なのだが。今でも多少は使えるであろうが……出来れば使う日が来ないことを祈りたいものだ。必要な際は力は振るうべきものだが、誰かを傷つけることを我は好きではないのだから。

 

「あはは、ごめんごめん。いきなり行って王さまを驚かそうと思って」

「……はぁ。一部を除いては大人になったと思っておったのだがな」

 

 根っこの部分は早々変わるものではないということか。……まあシュテルや小鴉も人前ではともかく、知り合いだけの空間では昔と変わらぬしレヴィだけにとやかくは言えぬのだが。

 

「一部? ねぇねぇ王さま、その一部って好きの違いとかに関すること!」

 

 近い近い近い近い近い……!?

 一部が何を指していることのか気が付いたことにも驚きではあるが、それ以上に真剣な顔つきで迫られて来る方が心臓に悪い。

 レヴィのことだから前者の方が驚くだろうと思う者も居るかもしれんが、腕に抱き着く程度ならまだしも少しでも顔を前に出せば、せ……接吻してしまうような距離まで一瞬で来られるのは誰だって驚くであろう。わ、我はまだ誰にも唇を重ねることを許していないのだからな。

 

「ねぇ王さま、ボクね王さまにそのことを聞きたくて今日会いに行こうとしてたんだ。だからボクに……!」

「待て、待たぬか! 話はあとでゆっくりと聞いてやる。だからとりあえず我から離れろ!」

「ボクは今すぐ聞きたいの!」

「こっぱずかしい話になりそうな話題をこんな場所で話せるわけなかろうが! いいから離れろ、離れぬか……えぇい、離れろと言っておるだろうに。大体すでに辺りも暗くなっておるのだから大人しくせんか!」

 

 レヴィを突き飛ばすようにして半ば強引に引き離す。古くからの友人にこのような真似はしたくはないが、今回ばかりは仕方がない。間違っていることを正してやるのも友としての役目なのだから。それ以上に……

 

「ふぅ……危なかった。もう少しで我の初めてがレヴィになるところであった」

 

 レヴィに抱き着かれたりするのは嫌ではない(人前でされるのは恥ずかしいので別である)が、いくら竹馬の友であるレヴィでも我が唇を奪うことは許さん。

 王である我の寵愛は安くはないし、そもそもは、初めての相手は我が許した相手……我が望む相手でなければならぬからな。

 しかし……あやつとの仲は一向に進展してはおらんのが現実。

 親戚との一件以前はよく店に顔を出しておったが、最近はあまり顔を出しておらんな。あやつも今では立場があり、任させる仕事も今後必要なものばかりだ。元気でやっておるならばそれだけで十分……十分ではあるのだが、少しくらいは休憩の合間にでも顔を見せてくれても良いと思うのだが……

 

「い、いや何を女々しいことを言っておるのだ我は。仕事量などを考えれば我よりも遥かに忙しい身なのだぞ。にも関わらず自分の都合の良いことを考えるとは……我はいつから自分勝手な女子になってしまったのだ!」

「あの~王さま~」

「何だ! 我は今大切なことを……!」

「ボクも悪かったとは思うけど、いくら何でも強く突き飛ばし過ぎじゃないかな。おかげで頭ぶつけたし……まあそれはいいとして、王さまどんどん声が大きくなってるからボリューム下げた方がいいんじゃないかな?」

 

 …………。

 ………………そういうときにこそ先ほどの勢いで来ぬか!

 いやまあ我にも責任があるわけだが。しかし、事の発端はレヴィにあるわけであって……だがレヴィも自分の非は認めておるようだし、普段くらいにはテンションも戻っておるようだ。ここは我も落ち着かねばならんだろう。

 

「レヴィよ……貴様は何というか相変わらずマイペースよな」

「まあボクはボクだからね!」

 

 別に褒めるような意味で言ったのではないのだが……。

 まあわざわざ否定する必要もないであろう。このままにしても困る人間は誰も居らぬし、こういうポジティブなところこそこやつの良いところでもあるのだから。

 

「それよりも王さま」

「待て、その話は後だ。立ち話でするようなものでもなかろう」

「それはそうだけど……ちゃんと話を聞かせてくれるまで寝かせないからね」

 

 もし小鴉やシュテルがこの場に居ったなら夜を楽しめといった馬鹿げた発言をしそうだ。この場にあやつらは居らんのだから仮定の話をしても意味はないのだが……本当にこのへんには居らぬよな。

 

「王さま、どうかした?」

「いや……泊まりに来るのはレヴィだけか心配になってな」

「そうだと思うよ。今日はショウとシュテるんと一緒に仕事してたけど、ふたりはまだ残るって言ってたし。多分シュテるんはショウの家に泊まるんじゃないかな」

 

 レヴィとしては友達が友達の家に泊まるくらいの感覚で言っておるのだろうが、普通は笑顔で言えることではないからな!

 我らはすでに成人しておるのだぞ。確かに仕事柄遅くなって知り合いの家に泊まることはあるだろうが……シュテルを始め技術者組は少しショウの家に泊まり過ぎだと我は思う。いくらファラやセイといった監視の目があるとはいえ、あのふたりもショウとは別行動することも多くなっておるし。何か間違いがあったらどうするのだ。

 ま、まあ……あやつがそのような間違いを起こすとは思わんが。それならば我がホームステイしておった頃に何かしらあったであろうし。

 しかし……しかしだぞ。あの頃よりもショウの身近に居る異性は心身共に魅力的になっておる。小鴉やなのは達に誘われて出かけるといった話は耳にする以上、ショウとて人並みに異性への関心はあるはず。酒を飲む機会もあるかもしれぬし、間違いが起こる可能性はゼロではないわけで……

 

「王さま~、王さまってば。ボクの声聞こえてる? さっきから何かなにょはみたいな顔になってるよ」

「誰もあやつほど百面相なぞしておらんわ!」

「まあ確かに王さまは基本的に眉間にしわが寄ってる感じだしね。表情の幅で言えばなにょはやへいとには敵わないよ」

 

 確かに険しい顔をしておったのだろうが……レヴィよ、さりげなく人を苛立たせるような発言をするものではないぞ。今回は流してやるが我とて人間。いつも流してやれるわけではないのだからな。あやつらの表情がコロコロ変わることに関しては一切否定はせぬが。

 

「レヴィ、今後のために言っておくがフェイトはともかくなのはにはあまりその手の話はしない方が良いぞ」

「何で?」

「あやつは元々溜め込みやすい性格をしておるし、我らと違って子育てもしておるからな。何気ないことでついカチンと来てしまうこともあるやもしれん」

 

 別に言っておくが小鴉のように冷たく輝く笑みを見たから言っておるのではないぞ。なのはは意味もなく人に怒りを向ける人間ではないし、我もあやつの気に障ることをしようとは思っておらんからな。

 しかし……あやつは妙に小鴉やシュテルの標的にされる。学生時代も振り返ればアリサなども時折あやつのことを弄っておったよな。

 そういう星の元に生まれてしまっておるのかもしれんが、よくもまああやつらはなのはのことを頻繁に弄れるものだ。普段温和な人間ほどキレると怖いというし、あやつはトラウマを植え付けるような砲撃を撃てる魔導師なのだぞ。怒らせていい人種ではないはずだ。

 

「大丈夫大丈夫、割となにょはには怒られてるから。まあはやてんはボク以上に怒られてるみたいだけど。その手の話をしたとき顔が青ざめてたし」

 

 レヴィは笑って話しておるが……あの小鴉が思い出すだけで青ざめるというのは相当なものだと思うのは我だけだろうか。

 我がどんなに怒鳴ってもあやつは平然な顔をしておるし……我が舐められておるだけかもしれぬが。今後のために今度きちんと話し合うべきかもしれんし。

 

「そんなになにょはって怖いかな? ボクからすればショウや王さまに怒られる方がよっぽど怖いけど」

「ほぅ……」

「あっ……い、いや別に普段怖いとか思ってないよ!? おお王さまは色々と気を遣ってくれるし、怒る時もちゃんとボクのために怒ってくれてるのは分かるから。だからその、あの、ご……ごめんなさい!」

 

 ただ慌てているだけなのか、それとも我の事を心の底から怖がっておるからなのか……後者だと我の心が痛い。

 い、言っておくが痛むといっても少しだぞ。ほんの少しだからな。別にこれ以上好かれたいとは思っておらぬし……嫌われたくもないが。

 

「もうよい……別に怒っておらん。それよりもさっさと帰るぞ。出来れば今日の内に仕込みを済ませておきたいのでな」

「仕込み? お店の?」

「いや店とは別件だ。明日は店は休みだからな」

「じゃあ何の?」

「それは……」

 

 レーネ殿がちゃんと栄養のある食事をしておるか心配であるし、最近は店を持ったこともあって前のように弁当を差し入れしてやることも出来ておらん。それに店の方に来てもらうばかりの何か悪いのでたまにはこちらから顔を見せに行くか。

 そう思っておるだけだからな。べ、別に特定の誰かに会うためだとかそのための口実だとかそういうのではないぞ。断じて違うからな。我は純粋な気持ちで弁当を差し入れするつもりであって……。

 

「あっ、ショウへの差し入れか」

「べべべ別にあやつだけにするつもりなどない!」

「え……でも明日ボクとシュテるんは休みだよ? ユーリはどこかに出張で研究所の方にはいないし。居るのはショウくらいだよ?」

「レ、レーネ殿も居るだろうが。我の本命はそちらだ。だだ断じてショウではない。そちらはついでだ」

「そっか」

 

 どうやらレヴィは納得したようだな……何か今日の我って打たれ弱くない?

 下手したら学生時代並かそれ以上に打たれ弱くなってるように思えるのは我の気のせいだろうか。で、でも仕方ないであろう。だってあのレヴィが唐突に現れて好きの違いを教えてなどと言ってきたのだぞ。しかも我の心を読んだかのような絶妙に発言もしてきたりするし……

 

「なら早めに帰らないとね。ショウ達の弁当のためにも。ボクの聞きたいことを聞くためにも! よし、そうと決まれば帰るよ王さま!」

「え、きゅっ急に引っ張るでない。危ないであろうが!?」

「あはは、大丈夫大丈夫。だって王さまだし」

 

 貴様の中で我は何でもできる完璧超人なのかもしれんが、現実の我は出来ないこともそれなりにあるからな。大抵のことは努力でできるようにしてきたが……

 

「分かった、分かったから走るでない」

「急いで帰るんだから走らないと」

「貴様ほど我は体力バカではないのだ。それに買い物もして帰らねば弁当の仕込みが出来ぬであろうが!」

「むぅ……なら仕方ないかな。じゃあまずは買い物だね」

「うむ……レヴィよ、手は放してもいいと思うのだが?」

「別にこのままでもいいじゃん。ボクと王さまの仲なんだし」

「……まったく貴様という奴は。まあ迷子になられても困るから別に構わんがな」

「王さま、いくら何でももう迷子なんかならないぞ。いつまでも子供扱いしてほしくない」

「ならばされないように努力するのだな」

 

 

 



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蒼雷の恋慕 FINAL

 家に帰宅した我はレヴィを先に風呂に入れ、その間に明日必要な仕込みに取り掛かった。

 朝一で弁当を渡したりするわけではないが、昔からこの手の作業をしていた身としては明日すればいいとは思えぬ。食べてもらうならば少しでも美味しいものを食べてもらいたいと思うのが人の性だ……別に他意はないぞ。

 仕込みが終わりに差し掛かった頃、風呂からレヴィが上がった。ずいぶんと時間が掛かったようにも思えるが、レヴィの髪は我よりも長い。昔から異性に対する意識はあれだが、身なりには気を遣っておったのだ。そのへんを考えれば別に風呂が長くなるのもおかしくはない。単純に風呂場で寝ぼけていた可能性も否定はせぬがな。

 その後。

 今日のレヴィの話は長くなりそうであるが故、我も仕込みを終えるとすぐに風呂に入ることした。その前に小腹が空いた言ったレヴィに軽く余り物で作ってやったが……まあこれはそこまで詳しく説明することもあるまい。もしも泊まりに来たのが小鴉だったならば、部屋の中を散策されないために全力であれこれするがな。

 

「……よし」

 

 明日の準備を終わった。風呂にも入った。本来なら読書をするなり、テレビを見るなり個人の時間を過ごして寝るだけだ。

 だが今日はレヴィが居る。

 しかも昔から彼女を知っている身としてはいったいどうしたのだ? と言いたげなことを聞きたいと泊まりに来たのだ。聞くまで寝かせないと言っておったし、一度決めたらなかなか折れぬ奴だからな。ここは我も覚悟を決めなければ……

 

「ふぁ~…………ん? べ、別に眠たくはないからね。ちゃんとまだ起きてるから!」

 

 いや……今確実に貴様はあくびをしておっただろ。しかもかなり大きなあくびを。これは寝させようと思えば寝るのではないだろうか。

 正直我も疲れておるし、あまり生活習慣を壊したくはない。明日は仕事がないとはいえ、ここでの狂いが体調に影響を与える可能性はゼロではないのだ。バイトならばまだしも店の店主……ろくに従業員もいない状態の今、営業日に我が休むなんてことあってはならぬだろう。一般常識的に考えても……。

 

「レヴィよ、本当に今日聞かねばならぬことなのか? 我の記憶が正しければ、貴様も明日は休みなのだろう。ならば明日でも良いのではないか?」

「そ、それは……でも早めに知りたいし、王さまは堂々としているようでこの手のことではヘタレ。昼間だとあれこれ理由を付けて先延ばしにするかもしれないから聞くなら夜に……って、はやてんが言ってたし」

 

 ……誰がヘタレだぁぁぁぁぁぁッ!

 別に我はヘタレなどではない。小鴉、貴様は我の何を知っておるのだ。確かに明るい内にこの手の話題を振られたら恥ずかしいが、夜でもするのは恥ずかしい。だが我が友が真剣に聞いてきたらならば時間など関係なくちゃんと話すわ。さすがに場所は選ぶがな。誰にでも聞かれて良い話でもないが故に。

 大体ヘタレなのは貴様の方だろう。

 昔は散々否定しておったくせにずっとあやつに片想いしておって、そして今では自分の家に招いたり、デートに誘ったりとアプローチはしておるくせに未だに告白には至ってはおらぬ。ヘタレというなれば貴様の方であろう。

 ……まあ……アプローチするだけ我よりはヘタレではないかもしれぬが。

 我はデ、デートに行こうなどと誘えぬし、言えても買出しを手伝ってもらったり……弁当を差し入れてやるくらいだ。あやつと同じ土俵に立っているとも言えぬ。

 そういう意味ではあやつの積極性(一部ヘタレだが)は認めておる。しっかりとした恋バナなんてせぬし、あやつを目の前にしたら意地でも言わぬ気がするがな。

 しかし……どうしたものか。

 もう我らは学生ではない。早いものならばすでに結婚し子供が居てもおかしくない年齢だ。まあ結婚せずとも子供が居てきちんと育てておる者なら我の共にも居るのだが。

 我の見立てが正しければ……小鴉以外にもあやつに気がある者は多い。面と向かって聞くと否定しそうだがなのはやフェイトはそうであろうし、シュテルも気があるように思える。確信が持てぬ部分もあるが……あやつのショウに対する態度は他の者と比べて明らかに違う。

 だがあやつは仕事柄誰よりも有利な立場に居る気がするし、なのははヴィヴィオがショウを父のように慕っていて実際に父親になってほしいと願っておるだけに何かと誘える立場だ。フェイトは仕事が仕事だけに会えぬ時間も多いが、本気で会いたいと思えば凄まじい速さで仕事を終わらせそうではあるし、一部ではあやつも積極的だからな。昔から水着などは大胆なものが多かったし……覚悟を決めたら最も手ごわいかもしれぬ。

 

「王さま?」

「べ、別に何でもない。百面相だってしておらぬぞ!」

「ボクは何も言ってないよ。百面相はしてたけど」

「しておらんと言ったらしておらん!」

「分かった、分かったから落ち着いて。ボクが悪かったよ!」

 

 まったく……どうして貴様はそうさらりと余計なことを言うのだ。悪気がないのは分かるが、悪気がないからこそ余計に悪い時もあるのだぞ。我は貴様の今後のために怒っておるのだからな。

 ……いや正直に言おう。迂闊に何か言われるとポロリと変なことを言ってしまいそうだったが故に誤魔化したのだ。今のはレヴィよりも我が悪い。

 

「いや……我こそすまぬ。……こほん、気を取り直して話をするとしよう。眠気のない内に答えた方が良いだろうからな」

「うん、眠たくなったらせっかく聞いても頭の中に入って来なかったりするし」

 

 それも理由ではあるのだが……寝ぼけて変なことを言ってしまっては取り返しがつかぬからな。レヴィは一般的なことならともかく、今から話そうとしているような話題のことはどれは話していいのか話してはならぬのか判断がまだつかぬであろうし。

 

「それでレヴィよ……貴様は好きの違いがどうとか言っておったが、具体的に何を聞きたいのだ?」

「えっとね、これまで色んな人に好きの違いとか聞いたきたんだけど……まだ自分の中でしっくりきてないんだよね。はやてんのおかげで何となく好きにも色々あるんだなってところまでは来てるんだけど」

「あやつとはそのような話をしたのだ?」

「それは……はやてんには特別な好きな人が居るみたいだから普通の好きとの違いとか、特別な好きって気持ちを抱いた相手のことをどう考えるかとか、結婚がどんなものかとかそこに至るまでの経緯とかかな?」

 

 小鴉、今度貴様が店に来たときは何かサービスしてやろう。

 そう我は人知れず決めた。我はレヴィがどのような性格なのかをよく知っておる。故に小鴉の話した内容がいかに大変で恥ずかしかったのか想像するのは容易い。

 認めたくはないが、あやつはあれで我と似た感性のところがある。普段は自分勝手というか気さくに振る舞っておるが、相手にペースを握られると途端に打たれ弱くなるはずだ。レヴィは性格的に何事にも真剣に訪ねてくるが故に嘘を吐くのも心苦しい。そのため恥ずかしいが素直にあれこれ言ってしまうだろう……

 

「なるほど……ん? 時にレヴィよ、ひとつ確認したのだが」

「何?」

「貴様はどうして小鴉に特別な想い人が居ると知っておったのだ?」

 

 好きの違いを明確に理解しておらぬ今のレヴィが他人に想い人が居ると理解できるはずがない。分かっても誰かと仲良しだとか、誰かと話す時は何だか調子がおかしくなるねといったくらいのものだろう。

 にも関わらず小鴉に想い人が居ることを知っておった。小鴉に質問して居ると答えただけかもしれぬが、普通に考えれば誰かに聞いたと考えるべきだろう。あやつが自分のペースを乱すようなことをおいそれと言うとは思えぬし。

 小鴉に想い人が居ると知っていそうな者……真っ先に上がるのはなのはとフェイトだ。あやつらは小鴉と長年の友であるのだから。しかし……ふたりとも性格的に他人に許可なくその手のことを言うとは思えぬ。アリサやすずかはレヴィと頻繁に顔を合わせておらぬだろう。

 ならばシュテルか? ……いや、あやつは確かに人の事をからかいはするが、他人の想い人が誰かあっさりというほど腐ってはおらん。大事な一線は守る奴だ。無論、我もレヴィにその手のことを言った覚えはない。となれば……考えられるのは小鴉の家族達か。あそこはショウを小鴉の婿にと考えてる者が多そうだからありそうな話ではある。

 

「それは……その言わないって約束だから」

「ふむ……まあ良い。貴様にも貴様の付き合いがある。故に我もこれ以上は追及すまい。しかし……貴様は我に何を聞きたいのだ? 聞いた限り小鴉があらかた話しているように思えるのだが?」

「それはそうなんだけど……まだボクの中でしっくり来ないことも多くてさ。王さまと話したら良い感じにまとまるかなと思って」

 

 なるほど……まあ線は通る話だ。知識を得たところで自分ひとりでは落とし込めぬ部分もあるであろうし、落とし込めるのならば色恋に疎くはないであろう。

 故に我がすべきことはレヴィの話を聞いて考えをまとめさせてやること……本来ならばレヴィの母君が行うような立場のように思えるが、我は昔からこのような立場に居たのも事実。また家族よりも友の方が話しやすいこともある。あまり立場がどうのと考えぬようにしよう。

 

「あっ……」

「どうしたのだ?」

「いやその……はやてんが唯一教えてくれなかったというか、王さまに聞けって言ってたことがあって」

 

 小鴉が我にだと?

 長年の経験からか嫌な予感しかせぬがレヴィにとって大切なことかもしれぬし、レヴィが納得するためには必要な話なのかもしれぬ。ここは覚悟を決めて聞くしかあるまい……

 

「疑問が残ったままでは考えをまとめるのに余計に時間が掛かるかもしれん。故にさっさと申してみよ。我に答えられることなら答えてやる」

「ほんと!? じゃあ遠慮なく。えっとね、子供って何をしたら出来るの?」

「……うん?」

「だからね、子供ってどうやったらできるのかなって。精子と卵子と出会って受精卵になる。それで着床したら徐々に子供になる……みたいなことは分かってるんだけど、どうやって女性の身体の中に精子が入るのかなって。器具とか使ってやってる人はそんなにいない感じだし……」

 

 レヴィの顔を見る限り本気で悩んでいるようだが、我の方が頭を悩ませているのは言うまでもないだろう。

 話を聞く限り……レヴィが聞きたいのは男と女の営みに関してということ。つまりセッ……いやいやいや別に言葉にする必要はない。言葉にしたところで英語では性別という意味でしかないのだからな!

 し、しかし……我はどうしたらよいのだ。

 レヴィの今後を考えれば教えておくべきことだ。レヴィもいつかは恋をし、結婚して子を産む。相手側がリードしてくれるかもしれぬが、それでも全く知識がない状態で臨むのは恐怖心が増すかもしれん。一般的に初めての時は痛みを伴うと聞くからな。

 だが……これを説明するのは死ぬほど恥ずかしい。我が母君のような年代ならば営みに関しても出産に関しても経験があり、なおかつ子供の成長のためだとすんなりと説明できるのかもしれん。

 けれど我はレヴィとは同い年……しかもまだセッ……どころかキスの経験すらない生娘なのだぞ。

 小鴉め……何てことを我に放り投げてくれたのだ。まあこちらに投げる気持ちは理解できるし、立場が逆だったならば我もそうしていたとは思うが。

 それでも……前もって一言くらい教えてくれてもよいではないか。事前に準備が出来て居ればこれほど羞恥心が刺激されることもなかったであろうに!

 

「ねぇ王さま、どうやったら出来るのかな!」

「大声でそのようなことを言うでない。今の時間帯を考えろ!」

 

 夜中に騒いだらご近所に迷惑であろう。この手の話をする時間帯としては正しいのかもしれぬが、そういう意味では絶対に正しくない。

 酒宴の席だとかなのはの家のように一軒家ならばまだ良いかもしれぬが……いや我が居る段階で良いとは言えんが。

 

「ご、ごめん……それで子供ってどうやったら出来るの?」

「それはだな……その…………男と女が」

「男と女が!」

「互いに……になって……してだな。それで……をしたり……」

「王さま、何て言ってるか聞こえないよ?」

 

 分かっておるわ。聞こえないように言っておるんだからな!

 でも仕方ないであろう。我は保険の教師でもなければ医者やその手のカウンセラーでもないのだぞ。男女の営みを事細かく堂々と説明できるわけないであろうが。経験したことだってないのだし。

 ま、まあ……経験があったからといってすんなりと説明できるかと言われたら微妙ではあるが。しかし……前に母君が営みは最も幸福を得られる時間のひとつだとか、夫婦間では大切なことと言っておったからな。経験すると価値観や考えも変わるのかもしれん。

 とはいえ、すぐに経験できるわけではないが。我には恋人は居らぬし……き、気になる者が居らぬわけではないが。だがあやつとの関係は友であって……それ以上になりたい気持ちはあるが我は素直になれぬ。

 そう……結局我は小鴉よりも遥かにヘタレなのだ。普段どんなに尊大に振る舞っていても意中の男のことになると踏み込む勇気のない小心者よ……。

 

「王さま? 何だか泣きそうな顔してるけど大丈夫? お腹でも痛いの?」

「いや、そうではない……己の不甲斐なさが嫌になっただけだ」

「そんなことないよ!」

「……レヴィ?」

「王さまはどんなことも一生懸命努力するし、口うるさいところもあったりするけど、人のために怒れる優しい王さまだもん。今日だって突然のボクのお願い聞いてくれて、言いにくいことも頑張って教えてくれようとしてて……はっきりしないところもあったけど、でもその王さまはボクの憧れなの! 不甲斐なくなんてない!」

 

 どうにも勘違いされているような気もしないでもないが……そう言われてしまってはいつまでも女々しくしているわけにはいかんな。ちょくちょく気に障りそうなことを言われた気がしたが、そこをネチネチと指摘するのは人が悪いというものだろう。

 

「レヴィ……我が悪かった。ここからは誠心誠意お前の質問に答えることを約束しよう。ただ……子供に関してはその……またあとにしてくれ」

「何で?」

「いや、そのだな……我の中で考えをまとめたいというか、貴様に分かりやすいように考えておきたいのだ」

「そっか、ならそうするべきだね。ボクとしても分かりやすい方が良いし」

 

 すまんレヴィ……恥ずかしさのあまり時間を稼ぐ我の弱さを許してくれ。多分今から話すと我は貴様に好きの違いなどを教える前に力尽きてしまう。それ故の配慮でもあるのだ。ちゃんとあとで説明する……貴様が寝たりしなければ。

 

「それでレヴィよ……貴様は小鴉から色々と聞いたようだが、どのへんがはっきりしておらんのだ?」

「えっと……何て言ったらいいのかな。好きにも違いはあるんだなってことは理解できたんだけど、ボクはその違いが分からないというか……」

「ふむ……」

 

 さて、どうしたものか。

 言おうとしていることは何となく分かったが……そもそもレヴィの中に特別な好意が存在しておらなければ違いを自覚するのは難しい。とはいえ、前に進もうとしておるのだからやれることはやってやりたい。まあやれることは限られているが……

 

「ならばひとりひとり考えていくことにしよう。まずは貴様の両親だ。貴様は父君や母君が好きか?」

「もっちろん。パパもママも大好きだよ」

「ならば今の気持ちをはっきりと心に刻め。それが家族への好きだ……次に行っても良いか?」

「ま、待って! ……うん、大丈夫」

「よし、ならば次は……そうだな。我やシュテルのことを考えてみよ」

 

 なのはやフェイトなどもレヴィにとっては大切な友であろうが、付き合いの長さだけで言えば我らの方が長い。なのは、フェイト、小鴉がそれぞれを親友だと思えるように我らも互いを親友に思える間柄だ。友への好きを自覚させるならば我らを例にするのが適当だろう。

 言っておくが別に他意はないからな。

 他の者よりも友として好きであってほしいという願望があるわけではないぞ。全くないかと言われたら……少々答えづらくはあるが別に我はレヴィを独占するつもりはない。だから別にレヴィの1番になれなくても寂しくなんてないのだからな。

 

「我やシュテルは貴様と最も付き合いが長い。我らに対する好きは友へ向ける好きでは最大級と言えるだろう」

「確かに……なにょはやへいとのことも好きだけど、ボクにとっては王さまやシュテるんが1番好きだからね……王さま、何か顔が赤いけどどうかした?」

「べ、別に何でもない。気にするな!」

 

 この場に小鴉やシュテルが居たならば「王さまどうしたん? 何か嬉しいことでもあったん?」とか「どうしたのですか? あぁ……レヴィから好きと言われたのが嬉しかったのですね」などと言われていただろう。

 べ……別に嬉しくても良いではないか。レヴィは我の大切な友のひとりなのだぞ。自分から親友だからな、みたいな発言はしていたが面と向かって笑顔で直球で好きだと言われてみろ。誰だって嬉しさや恥ずかしさが湧いてくるものであろう。故に我は悪くないし、おかしくもない。

 

「レヴィよ、今貴様は抱いた好きは友へ向ける好きだ。先ほどの家族へ向ける好きとの違いは理解できるか?」

「う~ん……そう言われると微妙かな。違うってのは分かるんだけど、どっちも大切だからどっちかを選べとか言われても選べない気がするし」

「まあ今はそれで良い」

 

 明確には違うのだろうが、親への好きも友への好きも大きく括れば親愛と言える感情だ。

 特別な好き……恋愛とは分類から異なる。レヴィにはっきりと理解させるべきは親愛と恋愛の違いだ。故に大切なのはここからの話を理解できるかだろう。

 

「次に進むぞ」

「うん」

「よいか……大切なのはここからだ。次に我が言う好きを理解できるかどうかはとても重要だ」

「ご、ごくり……」

 

 緊張感は伝わってきたが別に口でそのようなことは言わぬで良い。かえって真剣みがなくなるかもしれぬからな。慣れておる我は別に気にはせぬが。

 

「では……レヴィ、貴様はショウのことをどう思う?」

「え……ショウのこと?」

「何でここであやつが? という顔をしておるから説明しておくが、特別な好きというものは一般的に異性に対して抱くものだ。故にあやつを例に挙げておるだけよ」

 

 我の知る限りレヴィと最も親しい異性はショウであろう、レヴィが異性というものを意識出来ておるかは怪しいところだが。昔よりも人との距離感はちゃんとしておるようだが、それでも人との距離感が近いのは変わってはおらん。

 もしもこれで我などに向ける好きとの違いが分からなければ、まだレヴィに恋愛を理解するのは無理だろう。

 ただもしも少しでも理解できたならば……着実にレヴィは成長しているということだ。今すぐは無理かもしれんが、そう遠くない未来にレヴィは特別な好きを理解できるであろう。

 もしも同じような話を他の者にしておったならば、こやつはあやつのことが好きなのでは……といった事実が発覚してしまったかもしれぬ。

 だがまあ……レヴィならばそのようなことにはなるまい。こやつの発する好きはLikeでしかないのだからな。

 

「それで……我らへの好きと何か違いを感じたりするか?」

「う~ん……ちょっと待ってね。…………う~~ん……む~……うん? ……むむ……いや、何か」

「そこまで悩むほどのことではないと思うのだが……」

「いや、ボクもそう思ったんだけど……考えれば考えるほど何か違うような気がしてきた。ショウのことは友達だし、好きなんだけど……何かそれだけじゃないような気持ちになるんだよね」

 

 ……今のは我の聞き間違いか?

 何やら我の予想とは違った方向の言葉が返ってきたのだが……真剣に悩んでおるレヴィが目の前に見えるのだから聞き間違いではないのであろうな。

 って、そうなるとやばくね!?

 完全に我の思い描いていた展開と違うんだけど。口調が変わるほど慌てる事態なんだけど。ねぇ我はどうしたらいい?

 って聞いたところで答えが返ってくるはずもない。どうにか自分で乗り越えなければ……

 

「具体的に……どう違うのだ?」

「具体的に言えるほどはっきりしてないんだけど……ショウのことを考えると胸の奥がポカポカしてくるというか、あんなことしたいな~とか、どんな服着たら褒めてくれるかなって王さま達のことを考えるよりも色々と考えちゃうんだよね。何でだろ?」

 

 そんなの……貴様が無意識にあやつに恋をしておるからに決まっておるではないかぁぁぁぁあッ!

 いや待て、落ち着くのだディアーチェ・K・クローディア。ここで感情に流されては元もこうもない。こういう時こそ冷静に判断せねば。

 今の言葉を聞く限りはレヴィはショウに恋をしておると言える。

 しかし、レヴィはあのレヴィなのだ。一般的な解釈で良いかと言われると迷いが出る部分も出てくる。もしかすると異性というより兄といった感じで慕っておるだけかもしれぬからな。

 

「何でと我に聞かれてもな……貴様はショウとどうなりたいのだ?」

「えーっと……ボクのパパ達みたいな関係になりたいかな?」

「何故疑問形なのだ? というツッコミは置いておくとして……貴様は自分が何を言っておるのか理解しておるのか?」

「うん、何となくだけど……ボクはショウと結婚して、ショウの子供を産んで幸せに暮らしたいんだと思う」

 

 曇りのない笑顔からして嘘偽りはないのだろう。それ故に……我の心は痛んだ。

 レヴィはほぼ間違いなくショウに恋をしておる。自分が恋をしている自覚はないであろうが、おそらく今後ショウへの好きが普通とは違うのだと日に日に自覚していくだろう。そうなればきっと……レヴィは今よりもショウへ自分を気持ちを伝えるに違いない。

 ……レヴィが……我が友が恋をすることは喜ばしいことだ。我はレヴィの友……それ故に素敵な恋をして幸せになってほしいと願う。

 

 

 だがあやつを……ショウを渡したいとは思えぬ。

 

 

 あやつには我の傍に居て欲しい。出来ることならば魔導師のような危険のある仕事はやめて、我と一緒に喫茶店を営んで欲しい。

 なのはやフェイト、小鴉が相手ならば……これまでと同じ関係で居られなくなるとしても我は自分の気持ちを優先するだろう。

 しかし……レヴィが相手でそれが出来るのか。いやレヴィだけではない。シュテルもおそらく我と似たような想いを持っておるだろう。

 レヴィは元気でも泣き虫だ。少し本気で怒ればすぐに泣きそうになってしまうほど打たれ弱い。それに自分の気持ちに素直でも他人が傷つけば自分を責めてしまう。

 

 

 そのような相手から……大切な親友から最初で最後かもしれぬ恋を我は奪うのか?

 

 

 きちんと恋愛が理解できておる我はまた別の恋をするかもしれん。

 だがきちんと理解できておらぬレヴィは、もしかすると今後特別な好きという感情に目を向けなくなってしまうかもしれぬ。ならば……

 

 

 ここで我がショウへの想いを自覚させぬようにすれば……

 

 

 待て……何を考えておるのだ!?

 友を傷つけないように誘導しつつ自分が甘い汁を吸えるようにする? ふざけるな。そんなことが許されるはずがない。

 もしも仮にそれで上手く事が運んだとしても、きっと我は後悔するはずだ。

 我の恋は複数の友を傷つけなければ成就はせん。ならば成就した際に少なくとも我が心から幸せそうに笑っていなければ、敗れた者に顔向けが出来ぬだろう。

 我はディアーチェ……ディアーチェ・キングス・クローディア。

 どんなことも正々堂々真正面から……などと言うつもりはない。だがこの戦いに関してはぶつかり合って勝たねばならぬ。そうでなければ我は幸せにはなれぬし、敗れた際にも心から祝ってはやれん。

 

「レヴィよ……貴様は本気でそうなりたいと望むのか?」

「え、うん……そうなったら嬉しい。まあ今すぐは無理なんだろうけど。この前ショウに結婚しようって言ったら今のボクじゃダメって言われたし」

「え……そんなこと言っちゃったの?」

 

 さすがの我もびっくり。思わず素で普通に聞き返してしまった。

 いや落ち着け、落ち着くのだ。さすがにこれ以上突拍子もないことは言われないはず……言われんよな? さすがにプロポーズしたってことよりも上のことなんて言われないはずよな。

 それよりも上のことなんてあやつと身体を重ねたとかくらいしか思いつかんし……もしもそうなってたら子供の作り方がどうとか聞かないはず。故にそのような事実はあるはずがない。

 

「その話はあとで聞くとして……よいかレヴィ、貴様が思っておるほど結婚までの道は簡単ではない」

「大丈夫、それは分かってるから」

「分かっておらん! よいか……貴様がショウと結婚したいと思うように貴様以外の者もそのように思っておるかもしれぬ。それは貴様の身近な存在かもしれぬし、赤の他人かもしれん。だが少なくとも覚悟が必要になる」

「覚悟……?」

「そうだ。あやつに選んでもらえるのはひとり……」

 

 住む世界によっては複数かもしれんがあやつは性格的に選ぶのはひとりであろう。

 

「故に時としてあやつか他かを選ばなければならんことにもなるかもしれん。今まで付き合いがあった者とぶつかって傷ついたり傷つけたりするかもしれん。場合によっては今後顔を合わせることさえなくなるかもしれん。そんな苦難を受け入れ乗り越えていく覚悟が必要になるのだ。レヴィ……貴様にはその覚悟があるか?」

「それは……そんなこと急に言われても」

「確かにすぐには無理かもしれん。だが忘れるな……貴様が望むことはそのような道のり末にあるかもしれんのだ。故に誰もは結婚とは簡単に口に出来ぬし、してはならん言葉なのだろう」

 

 だが同時に……苦難や困難の果てに愛し合うふたりが結ばれるからこそ、結婚とは尊く幸せな出来事として認識されるのだ。

 

「そっか……ならボクは」

「諦めるのか?」

「だって……」

「まあ……諦めるのなら我は止めん。貴様の人生は貴様自身が決めることだ。それにこの程度のことで諦められるのであれば、それは特別な好きではなかったということにもなる。特別な好きという感情は……止めようと思って止められるほど弱い気持ちではないからな」

 

 そういう意味では……我の想いはまだ特別な好きではないのかもしれん。

 いや、それは我だけでなくあの者達もそうなのだろう。多くの葛藤の末に全てを捨てる覚悟が出来た者が1歩先に進めるのだ。そして、その者がきっとあやつの隣に……

 

「レヴィ……貴様のショウへの想いは特別な好きに分類できる。だが今はまだ芽が出たばかりのものなのだろう。今後どうなるかは貴様次第で我にも分からぬ。だがこれだけは言える……もしもその芽が成長し花を咲かせたならば、その時は自分の思うがままに進め。それがきっとどう転んでも後悔のない道だ」

「王さま……うん、分かったよ。ボク、これからもショウのこと考えてみる。それでいつか自分なりの答えを出してみせるよ!」

「うむ……さて、夜も深くなってきた。そろそろ寝るとしよう」

「うん。……あれ、でも子供の作り方に関して教えてもらってないような?」

「――っ!? そ、そそそれは……布団に入ってから話してやる。部屋が明るい状態では我が堪えれぬし……」

「え、最後何て言ったの?」

「ちゃんと教えてやるからさっさと布団に入れと言ったのだ! 分かったか、このうつけ!」

 

 

 

 そのあとのことは説明はせん。

 どうしてだと? そんなこと聞かずとも分かるであろう! ただまあ……レヴィが理解したかはともかく、我が逃げずに語ったことだけは言っておこう。

 

 

 



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乙女達の宴 ~開幕~

「今日も1日お疲れ様! 宅飲みやし面倒な挨拶はいらんやろ? 乾杯!」

 

 はやての言葉に合わせて私となのははそれに応じる。

 今の言葉から分かるとは思うけど、私達は宅飲みをしている。場所はなのはの家であり、宅飲みをすることになた経緯ははやてがしようと提案したからだ。

 ちなみに今日ヴィヴィオはショウの家に泊まるらしい。まあヴィヴィオが居る状態で宅飲みは出来ないというか、したくはないんだけど。酔ってきたら大きな声出しちゃうかもしれないし、酔っ払いに絡まれるのって嫌だろうから。そこまで飲むつもりもないし、そこまで私は酒癖悪くないと思ってるけど……

 

「あ~……このために生きてるって感じや」

「立場的に仕事が大変なのは分かるけど、それは少し言い過ぎじゃないかな。はやてちゃんまだ若いんだし」

「そうだよはやて。私達なんて管理局全体で見ればまだまだ若手なんだから」

 

 今年でみんな22歳になるわけだし。まあ……9歳の頃から管理局で仕事をしているんだって思うと色々と思うところはあったりするけど。

 

「さやけど……せっかくお酒を飲めるようになったんやし、気楽にお酒飲める場所なんや。やってみたい気持ちにもなるやろ?」

「仕事の付き合いとかで外で飲む時もあるけど、そういう時はあまりふざけたりできないしね。まあ……はやてちゃんみたいにボケたい気持ちはないから共感はできないけど」

「あんななのはちゃん、人を芸人みたいに言わんでくれへん? 私は身を削って場の空気を和ませる努力をしとるだけや」

「スバル達がこの場に居るなら分かるけど、私達だけで飲んでるのにその努力って必要?」

「フェイトちゃ~ん、なのはちゃんが冷たい!」

「ちょっはやて……!?」

 

 お酒持ったまま急に抱き着いて来ないでよ。私だってお酒持ってるんだし、こぼれたらなのはに怒られるんだから。仕事の時は先のことまで考えて行動するのに何でこういうときはノリで行動しちゃうのかな。

 でも……はやての場合、こういうところでしかストレス発散できないのかも。

 シグナム達の前では仕事場ほどじゃないだろうけど、弱いところは見せないようにするだろうし。そう考えると私達に甘えてるというか、気を抜いてくれるんだって思えるなら強くは言えないかな……

 

「――っ。は、はやてどこ触って……!?」

「いや~フェイトちゃん相変わらずええもん持っとるね。大きさといい弾力といいええ感じや。にしても……前より大きくなってへん?」

「べべ別に大きくなったりしてないから!」

 

 下着のサイズとか変わってないし……はやてがこういうことしてくるのは久しぶりだからその頃から考えると大きくはなったかもしれないけど。

 

「いや……これは大きくなっとる。私の目は誤魔化せても私の手は誤魔化せへん!」

「それどっちもはやての主観だから……もういい加減……っ」

「お、今ええ反応したなぁ。フェイトちゃんって結構感度ええんやね……もしかしてひとりでやっとったりするん?」

「そ、それは……」

 

 正直なところ……私だってもう大人だし、そういうことに興味がないと言ったら嘘になる。それに女性だってそういう欲求はあるわけだし、一定の周期でその欲求は強まったりもするものだろうし……。

 何より私には好きな人が……昔からあれこれ考えることはあったけど、今は昔よりも先のことまで想像しちゃってる。デートのこととか初めてのキスとか……結婚とかその初夜とか。

 

「その反応からして……月に何回というよりは週に何回って感じやな」

「そそそんなにして……な、なのは!」

 

 自分では墓穴を掘るばかりでどうにもならないと思った私は、はやてを止められるであろうなのはに助けを求める。

 だけど視線の先に見えたのは、自分の胸に手を当てて何か考えている親友の姿。あまり私の方に興味を持っているようには思えない。

 これでは私ははやてから更なる恥辱に遭ってしまう。そう思った矢先――

 

「な~の~はちゃん」

 

 はやては、私に向けてたものよりもより悪い輝きが増した笑みを浮かべながらなのはに近づいて行った。どうやら彼女の中で私よりもなのはの方が面白いと思われたようだ。

 解放されて嬉しいとも思うけど、まだ乾杯したばかりでビールを1本目。お酒が入ってるのは間違いないけど、言動が不安定になるほど誰も酔ってはいない。

 にも関わらず……はやてがここまでやってくるなんて。この先また自分が標的にされたとき不安だなぁ……そのときは怒ればいいんだろうけど、多分私じゃ上手く怒れなくていいようにされるだけだろうし。なのは、このあとのためにガツンと言ってくれたりしないかな……

 

「地味に深刻そうな顔していったいどないしたんや?」

「べ……別にどうもしてないよ」

「なのはちゃん大丈夫や。なのはちゃんのおっぱいも十分に大きいんやから気にせんでええよ」

「どうもしてないって言ったんだけど! ……でも――」

「まあ私達の中では小さいんやけど」

「――ありがと……って、今のやっぱなし! というか、はやてちゃんは私にケンカ売ってるのかな!」

「まさか~、全力全開でトラウマになりそうな砲撃するなのはちゃん相手にケンカ売るはずないやないか」

「どう考えてもケンカ売ってるじゃん!」

 

 なのはも我慢の限界の来たのか、はやてを追いかけ始める。それに対してはやてはお酒を持ったまま笑顔に逃げる。

 楽しそうに追いかけっこをしているようにも思えるけど、多分この場で楽しんでるのははやてだけだと思う。あとで振り返れば私やなのはにとっても良い思い出になってるのかもしれないけど。

 

「はやてちゃん、人の家でドタバタしないで!」

「いやいや、走ってるんはなのはちゃんが追いかけてくるからやん」

「追いかけられるようなことしたのはそっちだよね!」

「私は事実を言っただけや! それに……別になのはちゃんがちっぱいとは言ってない。私やフェイトちゃんの方が大きいって言っただけやん!」

 

 さらりと私の名前を出すのやめてくれるかな!?

 別に私はなのはのおっ……胸が小さいとは思ってないし、小さいって言ったこともないわけだから。まあアリサやすずかも含めて私達の中でなのはが1番小さいのは本当のことだけど。

 でも本当になのはが小さいわけじゃないし……アリサやすずかが大きいだけで。ふたりとも私より背は小さいのに胸は大きいんだよね。この考えていくと私達の中で最も背の低いはやてが私と同じくらいってことが問題になってるのかもしれないけど。

 

「あのねはやてちゃん、上げて落とされる方が人は傷つくんだからね!」

「それは否定せんけど、別にそこまで怒ることでもないやろ。なのはちゃんがまな板とか絶壁って呼ばれるほど小さかったら仕方ないけど、十分な大きさは今でもあるやん!」

「十分だけどはやてちゃんの言い回しが気に入らないの。何でそんな風に私の気に障るような言い方ばかりするかな!」

「今も昔も私の言い回しはこんなんやろ。なのはちゃんが打たれ弱くなったというか、単純に短気になっただけやん。子育てで大変かもしれへんけど、私に当たるんはやめて!」

「昔はもう少し優しいというか遠慮があったけど、最近は何でもかんでも言い過ぎだから怒ってるの!」

 

 えっと、えっと……私が止まるべきなんだろうけど、正直私じゃ止められる気がしない。

 ここにアリサとかが居ればビシッと「あぁもう、うるさいわね。あんた達いい加減にしなさいよね!」とか言ってくれるんだろうけど……。

 って、弱気になってばかりじゃダメだ。止まる気は正直しないけど、しないうちから諦めるわけにもいかないよね。……よし、私がふたりを止めてみせる!

 

「ふたりとも落ち着い……ちょっとはやて、何で私の後ろの隠れるの!?」

「そこにフェイトちゃんが居ったからや!」

「それ理由になってないよ!?」

「なのはちゃんもフェイトちゃんにはひどいことせんやろうし、壁にしたら行けるかな~って」

 

 理由にはなってるけど私で防ごうとしないでくれるかな!

 確かになのはは私にはあまり怒ったりしないけど、それは私が怒らせるようなことをしてないからであって。むしろなのはをよく怒らせてるはやてよりも耐性ないから。

 

「フェイトちゃん……今すぐそこ退こっか?」

 

 じゃないとはやてちゃん殺せない……。

 みたいな目でなのはがこっち見てるんだけど!? なのはってこんなに怖かったかな。こんなに怒る子だったかな。というか、何で私巻き込まれるの? 私は別に悪いことしてないよね!

 

「落ち着いてなのは、私はすぐに退くから……ね?」

「フェイトちゃん! フェイトちゃんは私のことを……友達を見捨てるっていうんか! 確かになのはちゃんとの方が仲良しやけど。たまに私のこと除け者みたいな空気出すけど!」

「別にそんなことないというか、はやてのことも好きだよ。友達だと思ってるよ! でも今回ばかりは悪いのははやてだよ! なのはの胸が私達の中で1番小さいのは確かだけど」

「……フェイトちゃん?」

 

 あわわ……!?

 慌て過ぎて余計なことまで言っちゃった。どうしよう、どうしよう……このままじゃはやてだけじゃなくて私までなのはの標的にされちゃう。

 最善の展開としてはどうにか収拾して宅飲みに戻ることだけど、今の私はそこまで望まない。とりあえず私が標的にされない展開になればそれでいい。だってそう考えてしまうくらいなのはが冷たい笑顔浮かべてるから!

 

「ななななのは、お、落ち着こう? せっかく今日は3人で集まれたわけだし、こんなことしてないで楽しく飲もうよ。む、無理なら……やるのははやてだけにして」

「ちょっフェイトちゃん!? 完全に私のこと見捨てる発言が聞こえたんやけど。私達は友達やなかったんか!」

「元はと言えば、はやてが悪いんでしょ!」

 

 私の胸とか揉んだりもしたし、はやては一度痛い目に遭うべきなんじゃないかな。

 

「ぐぬぬ……ええもん、ええもん。フェイトちゃんが味方になってくれなくても私にはショウくんが居るんや。ショウくんに助け求め……あの~なのはちゃん、冗談やからそのイイ笑顔やめてくれへん?」

「やめてほしい? ならすべきこと分かってるよね? ね?」

「は、はい……この度はろくに酔ってもないのにふざけすぎました。ごめんなさい」

 

 はやて……確かに悪いことをしたのははやてだけど、いくら何でも土下座までしなくても。

 仕事で頭を下げた回数も多くて慣れてるのかもしれないけど……そんな簡単に土下座はするべきじゃないというか、簡単に土下座しすぎじゃないかな。まあそれくらい今のなのはは怖いけど……。

 

「まったく……次やったら本気で怒るからね」

「いやいや本気で怒ってやろ。あれより上があるん?」

「うん?」

「ごめんなさい。何でもないです。飲み直しましょう」

 

 管理局では私やなのはよりもはやての方が上司なのに……プライベートでのはやてって何だかなぁ。こんな姿をシグナムとかが見たらため息ものだろうに。ヴィータあたりは悪いのははやてだし、なのはに逆らえる奴なんていないとか言いそうだけど。

 

「なのはさんなのはさん、何かおつまみでも作りましょうか?」

「はやてちゃん、その露骨な態度はかえって不愉快なんだけど。おつまみはほしいけど」

「了解や。じゃあ冷蔵庫にあるもん適当に使うからな」

「……そういう切り替えの早さも割と気に障るんだけど」

 

 あはは……はやてがキッチンの方に行ってから言うあたり、なんだかんだなのはも楽しんで飲みたいんだね。このあとも言い合いはしそうだけど。

 

「……フェイトちゃん、さっきから飲んでないよね?」

「え、うんまあ……ふたりのやりとり見てたから」

「ダメだよ飲まないと……明日朝早いの?」

「ううん、今日で一段落したから休みだよ」

「じゃあ飲まないとダメ! これから酔うであろうはやてちゃんの相手を素面でするのは大変なだけなんだから」

 

 それはそうだけど……雰囲気からしてなのはも結構飲むつもりだよね。

 酔い潰れてそのへんに寝られるのも困るし、ごみだって出るわけだから誰か動ける状態で居た方が良いと思うんだけど。明日の昼間で寝ちゃって帰ってきたヴィヴィオにその惨状を見られるのは私としても嫌だし。だって……

 ママ達さ……お酒を飲むなとは言わないけど、もう少し綺麗にしてベッドで寝ようよ。

 みたいなこと呆れた顔で言ってきそうだもん。泣き虫だったヴィヴィオも最近ではすっかりしっかり者になってきてるし。

 そんなことも思いながら少しテンションの上がったなのはの相手をしていると、はやてがキッチンから戻ってきた。

 キュウリの塩揉みといったシンプルなものからレンコンのハムチーズ焼きといった居酒屋にありそうなものまで次々とテーブルに並んでいく。これを3人で全部食べるとなると結構飲まないと厳しそうだ。

 

「お~さすがはやてちゃん」

「そうやろそうやろ、もっと褒めてくれてもええんやで」

「それはやめとく。調子に乗られても面倒だし、見た感じ冷蔵庫にあったもの結構使ってるよね? 明日買出しに行かないと」

「うーん何やろ……冷たい返しやけど納得せざるを得ないこの感じ」

 

 はやては善意で色々と作ってくれたんだろうし、今の気持ちも分からなくもない。でもここはなのはの家で家主はなのはなわけで……もう考えないようにしよう。私が考えても仕方がないことだし、目線が合ったりして絡まれると面倒だから。今日は楽しく飲むために来てるんだし。

 

「そんなことよりおつまみも出来たわけだし、仕切り直そうよ。そういうわけではやてちゃん」

「え、また私なん?」

「今日宅飲みやろうって言いだしたのははやてちゃんでしょ」

「それはそうやけど……まあええか。これからが本番やで、乾杯!」

 

 ハイテンションなはやてに釣られる形で私となのはも乾杯と叫ぶ。

 やっぱり友達と一緒に何かするのって楽し……

 

「ちょっなのは、一気に飲んだら身体に悪いから。はやてもそれ対抗して一気に飲もうとしないで!」

「大丈夫だよフェイトちゃん、私達そんなにお酒に弱くないし」

「それにまだ1本目やで。さすがに酔ったりせえへんよ。ウォッカみたいな度数の高いお酒飲んでるわけやないんやし」

「そういう問題じゃなくて……飲むなとは言わないから飲むペースだけは考えて。救急車だけは呼びたくないから」

 

 私達それぞれ立場もあるし、世間的にも名前知られてる方なんだから。管理局の方もようやく落ち着き始めてるのに私達が騒がせるようなことするのは不味いんだから。

 それを抜きにしても飲み過ぎで病院に運ばれるとか大人として恥ずかしいし……ヴィヴィオにも連絡が行くだろうからダメな大人と思われちゃう。しかも今日はショウの家に泊まってるわけだから必然的に彼にも知られるわけで……

 

「フェイトちゃんは真面目さんやな。大丈夫や、さすがにそこまで飲むつもりはないし……ふたりにしたい話もあるしな」

 

 にこやかだったはやての顔が真面目に変わったこともあり、私となのはは手を止めて自然と姿勢を正した。はやてがこういう顔をするときは決まって大事な話をするときだと知っているからだ。

 

「はやてちゃん、私達にしたい話って……」

「もしかして……部隊を再建するの?」

「いやいやいや、そういう話やないから。確かにそれくらい大事な話はするかもしれんけど、決して仕事とは関係のない話やから真面目な雰囲気出さんといて。かえって話しづらくなってまう」

 

 まあ確かに部隊とかに関わる仕事の話ならお酒を飲みながら話したりはしないよね。

 でも……部隊再建に匹敵するほど大事な話? それも仕事が関係ないことで…………まさか……いやまさかね。

 

「じゃあ気楽に聞くけど、はやてちゃんは私達に何の話したいの?」

「私達の今後についてや」

「今後? ……部隊とか仕事関係なくて?」

 

 首を傾げるなのはを見てはやては盛大にため息を吐く。

 

「なのはちゃんが鈍感なのは今に始まったことやないけど……その仕事中心の思考はどうかと思うで」

「べ、別に仕事のことばかり考えてないし! ヴィヴィオのこととかも考えてるんだから……その呆れたような目は何かな!」

「いや……仕事の他が娘って年頃の女としてどうなんかなって。なのはちゃん、私達確かに管理局員のキャリアとしては10年超えとるけど……まだ今年で22歳になるうら若き乙女なんやで。成人はしとるけど世間から見ればまだまだ若手や。それが1に仕事、2に娘って……」

「う……どっちも私にとっては大切なことだし」

 

 仕事もやりがいのあるものだし、それが人助けにも繋がる。愛する愛娘は日に日に成長していて楽しい。そんななのはの気持ちは理解できる。

 でも……はやての言うように私達ってまだ今年で22歳なんだよね。一般的に考えれば仕事に付き始めて苦労してる時期かもしれないけど、興味のあることとかに打ち込んだり、友達と遊んだりもしているだろうし。何より……好きな人とかとデートしたりしてるよね。

 

「大切なのは分かっとるよ。けど……他にも大切なことがあるやろ?」

「他……えっと……効率的な飛行や砲撃の撃ち方とか?」

「何でそこでそんなことが出てくるんや! わざとか、わざとやっとるやろ。言っとくけど、今日は誤魔化しとか一切させへんからな!」

「別に誤魔化して……」

「人が話してるんやから黙って聞きや!」

「は、はい!」

 

 はやては近くにあった缶ビールを手に取るとすぐさま開け、なのはへの言いたいことを飲み込むように一気に飲み干す。

 

「ええか! 今日話すことは他でもないショウくんのことや。なのはちゃんもフェイトちゃんもショウくんのこと大好きやろ!」

 

 

 



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乙女達の宴 ~閉幕~

 予想していた展開とはいえ、あまりにも直球の物言いに私となのはは固まってしまう。

 でもそれは仕方ないと思う。だって私はショウのことが好きというか大好きなわけで。しかもそれは子供の頃からで年々想いも募っているし。

 このことはなのははともかく。周囲には気づかれてるんだろうなとは思ってた。

 なのはの気持ちに関しても六課が解散になった頃からなのはもショウのこと……とは思う機会は割とあったし。多分六課で1年一緒に仕事したことで自分の気持ちを自覚できたんだろう。それ自体は鈍感なところがあるなのはにとっては良いこと……好きになった相手が一緒じゃなければ。

 はやてに関しては昔度々指摘されてそのときは否定してたけど、好きなんだろうなって感じだったし。今はもう隠そうとしないあたり……今後はやては本気でショウにアタックするつもりなんだろう。

 そう分かってても……ショウのことが好きだって直球で言われると私は恥ずかしいと思うし、恋敵が親友だということを再認識させられると思うところもある。それでもショウのことは渡したくはないんだけど……

 

「は……ははははやてちゃん、きゅ、急に何言ってるの!?」

「何が急にや。ちゃんと前置きはしとったやろ……なあフェイトちゃん?」

 

 え、ここで私に振るの!?

 話の内容的に私もなのはみたいに慌てるところだと思うんだけど。こうなるんじゃないかって予想出来てたからなのはよりも冷静さは残っているけど。

 

「えええっと、その、あの……!?」

 

 ごめんなさい。冷静な私も居るのは確かだけど、慌てている私も確かに居るみたいです。多分表面上はなのはと同じくらい慌ててるんだろうし、なのはよりも冷静だとか言ったの訂正します。

 

「まあええ……それじゃあ話を進めるで」

「ちょっ、ちょっと待って!」

「何やなのはちゃん?」

「そ、その……何でこういう話になってるのかな」

「何でって……そんなのなのはちゃんとフェイトちゃんがショウくんのことを好きやからに決まっとるやないか」

 

 何か微妙にはやての顔が険しい。

 まあはやても覚悟を決めてこの話題を持ち出したんだろうし、この話題から逃げようとしているなのはに思うところがあるんだろうけど。なのはって人のことになると一生懸命だけど、自分のこと……特にこの手のことになるとヘタレだったりするし。ヘタレなのは私も同じだけど……

 

「わ、私はやてちゃんにショウくんのことが好きって言ったことないよね。いくら友達だからってか、勝手に人の気持ちを決めるのは良くないと思うんだけど」

「ほぅ……ということは、なのはちゃんはショウくんのことが好きじゃないんやな?」

「それは……その……好きじゃないわけじゃないけど、別に好きってわけでも」

 

 顔を赤くしながらモジモジするなのはの姿は実に可愛らしい。普段こういう姿を見せないから余計にそう思えるんだと思う。

 でも……何だかこれまでの自分を見ているようで思うところもあるんだよね。

 この手の話題になったら私も必死に誤魔化してたりしてたし。絶対好きなくせに否定する人を見てると苛立ってくる気持ちが分かるかも……エイミィやアルフも私に対してこんな気持ちを抱いてたりしてたのかな。

 まああのふたりはそんなんだから未だに進展しないんだってはっきりと言ってきたこともあるんだけど。ハハハ……本当に私ってヘタレだよね。もう何年片想いしてるんだって感じだし……。

 

「ふーん……ならええよ。この話は私とフェイトちゃんだけでやるからなのはちゃんは適当にお酒でも飲んで待っといて」

「え……」

「何やその顔は……なのはちゃんは別にショウくんのこと好きやないんやろ?」

「だからそれは…………その、好きじゃないとは言ってないわけで。でもその……というか、大体話を進み方が一方的過ぎるよ!」

「どこが一方的なんや。ちゃんと話聞いて進めとるやないか」

「聞いてないよ。だって……フェイトちゃんがショウくんのこと好きだって決めつけてるし!」

 

 な、なのは……確かにはやての言い方は決めつけてるかもしれないけど、でも事実だから間違いじゃないんだよ。

 というか……今の言い方からしてなのはって私がショウのこと好きだって考えてないよね。慌ててるから鈍くなってるだけかもしれないけど……でも多分私の気持ちに関しては、昔からの知り合いなら誰でも知ってる気がする。だって私って分かりやすい反応しちゃうタイプだし……自分じゃどうにもできないことでもあるんだけど。

 

「いやいやいや、どこからどう見てもフェイトちゃんはショウくんラブやろ!?」

「はははやて、そういうことあんまり大きな声で言わないでよ!?」

「事実やないか!」

「はやてちゃん、そんな風にフェイトちゃんを追い込むのは卑怯だよ。フェイトちゃんはそういうことさせると何も言えなくなるんだから!」

 

 確かに勢い良く来られるとそのまま押し切られちゃったりするけど……今回においてははやてよりもなのはにそれをされている気分かな。善意で言ってくれてるのは分かるんだけど……

 

「それは否定せんけど、今回ばかりはどう考えても私の言い分が正しいやろ。フェイトちゃんはショウくんラブや!」

「ライクかもしれないじゃん!」

「このアンポンタン! なのはちゃんはこの十数年、フェイトちゃんの何を見てきたんや!」

 

 感情が高ぶったはやてはその内に秘めた気持ちをぶつけるように勢い良くテーブルを叩いた。

 そこにははやてが作ってくれた料理だけでなく、飲みかけのお酒もある。強い振動を与えればどうなるか説明する必要はないよね……どうにかギリギリのところでキャッチ出来たから被害は出てないけど。

 

「何をって色んなところを見てきたよ。優しいところとか、恥ずかしがり屋なところとか!」

「な、なのは……とりあえず落ち着こ。お酒とかもあるんだし、こぼしたら大変だから」

「そうやったらフェイトちゃんがショウくんに対して好意持ってるんは分かるやろ!」

「はやても落ち着こ。あまり騒ぐと近所の人の迷惑になるし。ね?」

「「フェイトちゃんは黙ってて!」」

 

 えー……私のこと話してるのに何でそうなるの?

 今話してるのって私がショウのことを好きかどうかってことだよね。それって私が答えればすぐに解決する話だと思うんだけど。

 かといって今の私がどうこう言っても止まりそうにないし……いや逃げちゃダメだ。

 今ここでふたりを止められるのは私しかいないし、今日は云わば本音をぶつけ合うために用意された席。お酒の力だって借りれる状況だし、ショウのことだけは誰にも譲りたくない。……よし!

 

「あぁもう、なのはちゃんと話してても埒が明かん。フェイトちゃんとだけ話すからちょっと黙っといて」

「な……それはこっちのセリフだよ。何でもかんでも分かってる感じで勝手に決めつけてさ。そんなだからショウくんから呆れた顔ばかりされるんだよ」

「何でそこでショウくんが出てくるんや。というか、そう見えるんはなのはちゃんが鈍感やから理解出来てないだけやろ。仕事できるんに人のそういうところには疎いからショウくんから仕事中毒とか言われるんや」

「仕事中毒なのはそっちも……!」

「あぁもう、いい加減にして!」

 

 最大限怒気の混じった声を発すると、なのはとはやては動きを止めた。恐る恐るこちらに視線を移してくるふたりをよそに……私は飲みかけだったお酒を一気に飲み干す。

 

「……さっきから聞いてれば、何で私に関する話をしてるのに私に黙れって言うのかな。それにどんどん本筋から離れてただの悪口の言い合いになっていくし」

「えっと、それは……はやてちゃんが」

「ちょっ、どっちかと言えばなのはちゃんが悪いやろ!」

「どっちが悪いじゃなくてどっちも悪いの! ただ悪口を言いたいだけなら私のいない場所でやって。聞いてて不愉快だから!」

 

 私にここまで言われると予想してなかったのか、なのはとはやては身体を小さくさせながら一度顔を見合わせた後……申し訳なさそうに謝ってきた。

 その姿を見ていると少し言い過ぎたような気持ちにもなるけど……ううん、さっきのふたりの言動を考えると仕方がないことだよね。話はまだ続くんだろうし、心を強く持っとかないと。

 

「それで……何ではやては急にこんな話をしようと思ったの?」

「それはその……私達ってショウくんのこと好きなのに互いに遠慮してるというか、まだ相手は踏み込めてないから大丈夫って考えがあるんやないかなって。そんなんじゃ一向に進展せんというか、一歩踏み出す覚悟が出来ない気がして……」

 

 まあそうだよね。

 今はやてが言ったことは私も思ってたことではあるし……自分以外もそう思ってたと思うと安心する一方で今後のことを考えると不安にもなるけど。今日を境にこれまでの均衡が崩れることになるわけだから……こう考えるあたり私ってヘタレなんだろうなぁ。

 

「あのさ……はやてちゃんってそんなに遠慮してる? 割とショウくんにちょっかい出してるように思うんだけど」

「ちょっかいって言い方やめてくれへん? 確かにはたから見たらそう見える時もあるやろうけど、私とショウくんの昔ながらのスキンシップなんや。せめてアピールと言ってほしいんやけど」

「アピールって……嫌そうな顔ばかりされるアピールなんて意味あるの?」

「あはは……なのはちゃんだってショウくんとはケンカばかりしとる気がするんやけど? よく意地悪だのなんだの言ってた気がするし。よくケンカするってことは相性が良くないんやないの?」

「そ、それは……実際ショウくんは私に対して厳しいというか意地悪なだけだし!」

 

 確かにショウは意地悪な言い回しをすることもあるけど……なのはの場合、なのはにも問題があると思うのは私だけなのかな。ショウが言うことって割と的を得てるというか事実なことも多いし。それになのはの受け取り方も悪い方ばかりな気がするし……

 というか、またふたりがケンカ腰になってきてる気がする。話す内容が内容だけにぶつかるのも仕方がないとは思うけど、意味のない言い合いはしてほしくないし聞きたくもない。一緒にヒートアップしたらこんなことも考えないんだろうけど。

 

「それに……私はヴィヴィオのことで相談しないといけないことも多いし」

「うわぁ……そこで娘を引き合いに出すとか」

「し、仕方ないじゃん! せ、籍とか入れたわけじゃないけど前からショウくんはヴィヴィオのパパみたいなものだし。ショウくん自分はパパじゃないって言ってるけど、なんだかんだでパパみたいなことしてるし。ヴィヴィオも今も昔と変わらずショウくんのことをパパと慕ってるわけで……」

 

 なのはは親子3人で過ごす未来でも想像しているのか、照れたように顔を赤らめている。

 その姿は共通の相手を好きになっていなければ可愛らしく思えたのだろう。だけど現実は私だけでなくはやてもショウのことが好きなわけで。言わずもがな今のなのはを見て内心がざわついている。

 

「フェイトちゃん……もう私達の知る純粋で真っ直ぐやったなのはちゃんはおらんのかもしれんなぁ」

「そうだね……まあなのはも大人になったんだよ」

「相変わらずフェイトちゃんは優しいな。素直に汚い大人って言ってもええんやで」

「ちょっとはやてちゃん、お酒が入ってるのは分かるけどもう少し言葉を選ぶべきじゃないかな。大体流れからして言わなくても分かることなんだし! というか、はやてちゃんは本当は私のこと嫌いなのかな!」

「別に嫌いやないよ。むしろ好きやし、大切な友達と思ってるで」

「はやてちゃん……」

 

 すんなりとした言葉になのはは驚きの顔を浮かべた後、少し言い過ぎてしまったと思ったのか申し訳なさそうな顔をする。その直後、はやては普段話すのと変わらない態度で……

 

「でも恋愛面の誤魔化すところとか、言い逃れようとするところは嫌いやな。あと急に妄動し始めてひとりニヤニヤするところとか嫌いや。見てて不愉快やし」

「――っ……私ははやてちゃんのそういうところが大嫌いだよ! 大体妄想くらい好きにさせてよ。別に迷惑掛けてないんだし!」

「迷惑なら掛けとるやろ。同じ相手好きになっとるんやし、目の前でされたら癪に障るに決まっとるやん!」

「妄想なんてはやてちゃんだってするじゃん! というか、そっちは本人が目の前に居たらこれ見よがしに腕に抱き着いたりするくせに。そっちの方が迷惑だよ!」

「だったらそっちも抱き着けばええやん」

「そそそそういうのはちゃんと段階を踏んでからというか……あぁもう、はやてちゃんはもう少し遠慮というか慎みを持つべきだよ!」

「慎みばかりじゃ進展せんやん。それにせっかく女の武器として使えるもんがあるんやから使わなそんやろ」

「使っても進展しないくせに……」

「何やてこの貧乳!」

「ひ、貧乳……? なのは貧乳じゃないし! 人並みにはあるんだから。デタラメ言わないでくれるおチビさん!」

「誰がチビ――っ!? ……え、えっとフェイトちゃん?」

 

 うん? どうしたのかなはやて?

 私は別に持ってた缶を勢い良くテーブルに置いただけだよ。何でそんなことしたのかって? あはは……そんなの決まってるじゃん。

 さっき注意したばかりなのにふたりとも熱くなって悪口の言い合いするからだよ。それを聞く私はちっとも面白くないし、大好きな人も話に出たりするからさらに面白くないよね。

 

「その不愉快な話ってまだ続くのかな?」

「えっと、その……」

「まあ話題が話題だからケンカになるのも分かるけど、私達はもう大人なんだよ。もう少しまともな話し合い出来るんじゃないかな? 私としてはこの前ショウと一緒に出掛けた、みたいな話を聞く方がまだマシなんだけど」

 

 私達がただの同級生で同窓会とかで出会って飲んでるとかならまだ分かるけど、私達って十数年の付き合いのある友達だよね?

 それで今後のためにこれまで触れてこなかった話題に今日手を出したんだよね?

 ならちゃんとお互いが先に進めるように話そうよ。私の考えてること間違ってるかな?

 そう続けるとなのはとはやては項垂れながら間違っていませんと返事をしてきた。これでようやく話が進みそうだ。まったく……お酒飲んでないとやってられないよね私の立ち位置。ふたりのやりとり見てると癪に障ること多いし。

 

「な、なのはちゃん……何か今日のフェイトちゃん怖いんやけど?」

「そ、そうだね。でも、ほら……普段優しい人が怒ると怖いって言うし。フェイトちゃんっていつも優しいから……」

「ふたりとも何こそこそ話してるのかな?」

「「な、何でもないです!」」

 

 何でもないのに何で敬礼してるのかな?

 別にさっきみたいに問い詰めるように言ったわけじゃないんだけど。出来るだけ笑顔を心がけて言ったつもりだし……もしかしてあのときのなのはみたいになってたのかな。それだったら……気を付けよう。あんな怖い笑顔を浮かべる人にはなりたくないし。

 

「えっと……ふたりに任せるとまたケンカしそうだから私が進めさせてもらうね。色々と話が逸れたけど、今日話し合う内容は私達の今後……ショ、ショウとの今後についてでいいんだよね?」

「そうやな。このままやと特に進展することなく気が付けば見知らぬ誰かに奪われて私達の恋が終わる……なんて未来になる可能性もゼロやないし」

「さ、さすがにそういうのはないんじゃないかな。ショウくんってそんなに人と仲良くなるの早い方じゃないし……付き合うにしても私達の知っている誰かだよ。多分……」

 

 なのは……そこはもう少し力強く断言しようよ。

 確かに可能性としては否定できない話ではあるけど、ショウとの付き合いの長さを考えれば私達は最も彼のことを知ってる人間のひとりなんだろうし。……自分で言ってて恥ずかしくなってくるけど。

 

「私もそう思う……せやけど、ショウくんは案外モテるのも事実や」

「まあ……一見取っ付きにくそうに見えるけど、話せばそうでもないからね。子供の頃は人と話したくなさそうな雰囲気があったりもしたけど、今はそういうのもなくなってるし」

「それに……冷たいこと言ったりもすることもあるけど優しいから」

 

 自分が本当に言って欲しいことを言ってくれるし、ひとりになりたくない時は黙って傍に居てくれたりするから。

 それに……なんだかんだ言いながらも誰の相手でもするし、子供にはお菓子作ってくれたりするんだよね。気が付いたら自分よりもショウの方に懐いててあれな時もあるけど……それはショウの優しさをその子達が認めてるってことなわけで。

 私……子供の世話してる時に見せるショウの笑顔が好き。もっと詳しく言うなら頭を撫でてる時に優しい言葉を掛けてる時の笑顔が大好き。エリオ達やヴィヴィオとかにしか見せてくれないのが少し残念だったりもするけど……まあ私に向けられたら嬉しくて恥ずかしくて何もできなくなりそうだけど。

 

「フェイトちゃん、散々進行を邪魔してきた私が言うのもなんやけど……進行役を買って出たなら乙女モードはほどほどでお願いするで」

「べ、別にそこまで考え込んでないよ!? ……ごめんなさい」

「その素直さはフェイトちゃんのええところやな……性欲が強そうなところはまあショウくん次第やろうけど」

「な……きゅきゅ急に何言ってるの!?」

 

 せ、性欲って……たたた確かに私ももう子供じゃないし、そそそそういうのに興味がないかって言ったら嘘になるけど。でもこのタイミングで言うことじゃないよね!

 

「べ、別にそんなこと今考えてないから!」

「でも考える時はあるやろ?」

「そ、それは……ひ……人並みには」

「ふむ……フェイトちゃんの性格とさっき触った時の反応からして一般的な回数よりも上やろうな。具体的には月にやのうて週に……」

「ストップストップ! そういう話をするのが目的じゃないよね。私の……の回数とか関係ないよね!」

 

 何でそういう流れにするのかな。べ、別に下ネタを言うなとか言うつもりもないけど……お酒の席でそういうことを言われたことはあるし、気楽に話せる人間しかこの場にはいないわけだから。

 でも今日は私達の今後について話すのが目的であって……私達のそういうことを暴露するのが目的じゃないはずだよね。それぞれに恋人が出来たり家庭を持ってるなら分からなくもないけど……

 

「もう、そうやってはやてちゃんがふざけるから話が進まないんだよ」

「それについては謝るけど……やっぱり気になるやん。自分が人と比べるとどうかとか……これまでこの手の話はしてこんかったし」

「それは……そうだけど」

「ちなみになのはちゃんは週に何回しよるん?」

「それは……その…………って言わないからね!」

 

 顔を真っ赤にするなのはを見てはやては意地悪な笑みを浮かべる。

 これは私の推測だけど多分はやてはこう考えているんだと思う。してないじゃなくて言わないと言ったってことは……つまり回数は少ないのかもしれないけどヤッてはいるんだなと。

 

「え~なのはちゃんのケチ。ヴィヴィオに弟か妹が欲しいって言われて、その度にひとり妄想してモンモンとしてきてしとるくせに」

「な、何で知ってるの!? もしかしてヴィヴィオが言ったの?」

「え……あぁうんごめん。適当に言っただけや」

 

 その言葉になのはの顔はさらに真っ赤に染まり、それを見たはやては心底申し訳なさそうな顔を浮かべて再度謝った。

 まあそうだよね。友達のその手の事情を今の流れで聞いたら誰でもそうなるだろうし……というか、なのはもそういうことしてるんだ。大人にはなったけどそういうところはまだあれかなって思ったりもしてたけど、なのはももう大人なんだね。

 

「うぅ……死にたい」

「いやいや、これくらいのことでそんなこと言ったらダメやろ。その、女性だってそういう欲求はあるもんし。誰だってやってるやろうから……その本当にごめん。謝るから機嫌直してや」

「……じゃあはやてちゃんも答えて」

「え……」

「私やフェイトちゃんばっかり恥ずかしい思いをするのはフェアじゃないし、はやてちゃんも答えて。そしたら許してあげる」

 

 その気持ちは分からなくもないけど……話を進めた方がこのあとのことを考えると良かった気がする。

 だって絶対真面目な話が続くわけないだろうし。私も含めてなのは達もお酒を飲みながら話してるわけだから……酔い潰れて散らかしたまま寝る、なんてことにはならないようにしないと。

 

「え、いや、その……」

「答えるまで許さないから。ほら、さっさと答えた方が楽になるよ。というか……誰だってしてるって言ったんだからはやてちゃんもしてるんでしょ?」

「それは……えっと…………ます」

「うん? 聞こえないよ?」

「……あぁもう! しとる、してますよ。多いときは週に4回くらい!」

 

 回数まで言っちゃった!?

 えっと、そのはやて……多分なのははそこまで言えとは思ってなかったと思うよ。してるかどうか聞ければいいくらいで。だってそうじゃないと今パニック起こしそうな顔するわけないし。

 

「えええっと……そ、そんなにしてるんだ。……一人暮らしでもないのにみんなにバレないの?」

「みんなが眠った後とか……入浴中とかにしとるから大丈夫のはずや。……声も出来るだけ我慢しとるし。……バレてる可能性はなくはないけど」

「ま、まあみんな言わないよね……そっか、はやてちゃんは4回も」

「勢いで言ってもうたけど回数を復唱するのやめてくれへん……超恥ずかしい」

「ご、ごめん……」

「……ちなみになのはちゃんは?」

「え、私!? それはその……2回くらいかな」

 

 はやてへの罪悪感でもあったのか、なのはまで回数を言ってしまった。

 流れ的にふたりの視線はこちらに向けられるわけで……え、私も言うの? 本当に言わないとダメ? 私何もしてないし、言うなんて一言も言ってないんだけど。

 

「……答えないとダメ?」

「いや強制はせんけど……」

「その……気になるかなって」

「……あぁもう、分かった。分かったよ、言えばいいんでしょ! ……平均……3回くらい」

「……多い時は?」

「…………5回とか」

 

 5……5回も。

 そう言いたそうな顔をなのはとはやては浮かべている。その顔を見て正直に答えたことを後悔した。というか、穴があったら今すぐ入りたい。恥ずかしくて死にそうだし……

 

「そ……そんな目で見なくてもいいでしょ! 私はなのは達と違って数ヶ月もここから離れることもあるし、その間ショウとは会えないんだから……その、あれこれ考えてるうちに悶々としちゃうこともあるし。仕方ないというか……あぁそうですよ、どうせ私はみんなの中で1番エッチだよ! 悪い!」

「い、いや悪いとか言わへんけど……というか、まず落ち着こ」

「そうそう、お酒でも飲んで」

 

 落ち着かせるためにお酒を勧めるのはどうかと思うんだけど……まああれこれと考える方が抜け出せなくなりそうだし、ここは大人しく飲むことにしよう。

 

「ちょっフェイトちゃん、そんな急に飲むのは身体に良くないで!?」

「大丈夫……そんなに弱くないから。というか……飲まないとやってられないし。とりあえず話を進めて」

「ま、まあそれが妥当やな……えっと、どこまで話したんやったっけ?」

「私に聞かれても……元々逸らしたのはやてちゃんだし。仕切り直してもいいんじゃない?」

「それもそうやな……では」

 

 はやては一度咳払いすると、先ほどまでとは違って少し真面目な雰囲気を醸し出しながら話し始める。

 

「今後の私達に関してやけど、今日のことがきっかけで自分以外の気持ちをはっきりしたはずや。あとはそれを知った上で今後どうしていくかってことになるんやけど……とりあえず言えることは遠慮はせんでええってことや」

「うん、これからのことは自己責任な部分になるし……まあ誰かがショウくんと付き合ったらギクシャクしちゃう時期も来るかもしれないけど」

「でも……前に進むために今日この話をしたんだもんね」

 

 このままじゃいつまでも先に進めずに時間だけが流れるだけかもしれないし。

 それにショウと付き合えるのはひとりだけなんだし、将来的なことを考えれば失恋してもまた恋をすることはあるはず。もう20歳を超えちゃってるし、切り替える時期は早めに来た方が今後のためだよね。今の恋を実らせたい気持ちが遥かに強いけど……

 

「……だけどはやてちゃん、何で急にこんな話をしようと思ったの? まあ前からしようとは思ってたんだろうし、別におかしいとまでは思わないけど」

「でもはやては突発にするタイプじゃないよね。何かきっかけでもあったの?」

「それは……まあ単純に言えば、ライバルはここにいるメンツだけやないってことや」

 

 はやては深刻そうな顔で大きなため息を吐く。彼女はここまで露骨に感情を出すということは、私が思う以上に私達の今後は波乱の可能性に満ち溢れているのかもしれない。

 

「え、そうなの? ……あぁでも、確かにシュテルやディアーチェはショウくんのこと好きそうだよね。シュテルは昔からショウくんにちょっかい出すことが多かったし、ディアーチェは気が合いそうなところあるから」

「王さまはああ見えて私と感性似とるからな。服の好みとかも似とるし……好きなタイプも同じやろうから十中八九好きなはずや。ただそれ以上に……」

「はやて……?」

「私としては……シュテルや王さまよりも最近はレヴィの方が怖くなってきとる」

 

 その言葉に私となのはは驚きを声を漏らす。

 

「レヴィ? レヴィってあのレヴィだよね?」

「そのレヴィで合っとるで」

「えっと……なら大丈夫なんじゃないかな。確かに昔からショウくんに抱き着いたりしてたけど……でも恋愛のことは分かってなさそうだし」

「うん。ショウも抱き着かれたからといって押し倒したりする人でもないし……大丈夫のような気がするんだけど?」

「私もそう思っとった……けどこの前、特別な好きってどういう気持ちなのか聞いてきたんや」

 

 特別な好き……つまりそれって

 

「も……もしかしてレヴィってショウのこと」

「好きやと思うで。……まあ今はまだ友達としてやろうけど。ただシュテルとかが今後のために異性意識を持たせようとしてるみたいやし、ショウくんに特別な想いを抱く可能性は十分にある」

「そ、そうなんだ……まあレヴィのことを考えると必要なことだとは思うけど」

「でも……」

「そうや。もしも特別な好きって意味を理解して、尚且つ今のまま行動出来るんやったら最強の恋敵になる。割とショウくんの家に泊まったりしてるらしいしな……借りシャツとか髪の毛乾かしてもらったりとかも」

 

 え……。

 た、確かに同じ職場で働くこともあるだろうし、夜遅くまで仕事してたら泊まっていくなんて流れになるのも分からなくはない。

 でも……だけど、これだけは言える。

 凄く羨ましいんだけど! 私なんてショウの家に行ったことは何度かあるけど、泊まったことはないし。ヴィヴィオは何度もお泊りしてるけど、それはヴィヴィオだから出来ることであって私じゃ無理だろうし。というか、借りシャツって……私だってショウの服とか着てみたいのに!

 ううん、もうショウの服とかに顔をうずめて匂いを嗅ぎたい。ショウの匂い……私好きだし。ベッドとかに寝られたら色々と満喫できるというか、脳内がフィーバーする気がするけど。

 それに髪の毛を乾かしてもらうって……私だってしてもらいたいよ。昔から髪の毛には気を遣ってるし、それはショウから褒めてもらえたから続けていることであって。まあそれがなくても少しでも綺麗に思われたいから気は遣うけど……。

 

「はやて……それ本当なの?」

「こんな嘘を吐いて私に何のメリットがあるんや? 本当のことやから言うとるし、今日この席を設けたんや」

「うぅ……正直フェイトちゃんやはやてちゃんと争うだけでも大変なのに。もう少しこのままでも大丈夫かなってもう思えないよ」

「だからこそ、私達は今後のことについて話し合わんといかんのや。どんな結果を迎えてもお互いが後悔せずにその結果を受け入れられるように……そんなわけで今日はとことん飲んで語り明かすで!」

 

 さすかに朝まで飲むのは厳しい気がするけど……でもこれまで溜め込んでたこともあるし、それくらいの気持ちで話した方がいいかもしれない。

 

「うん、分かった。今日は最後まで付き合うよ。なのはもそれでいいよね?」

「え……ま、まあ。片付けとか考えるとあれだけど、今日みたいに話せる機会も多くはないだろうし。……うん、とことん飲んで話そう!」

「よし、決まりや! それじゃもう一度……乾杯!」

「「乾杯!」」

 

 

 



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人として生きていく ~過去のあたし~

 黒衣の魔導剣士(ブラックフェンサー)

 黒衣のバリアジャケットに身を包み、射撃や補助を始めとしたあらゆる分野の魔法を高水準で扱える魔導師にして、ベルカ式の魔法にも適性があり剣の腕前は歴戦の騎士に匹敵する。

 

 本名は夜月翔。性別は男で11月11日生まれ。魔法世界出身の父親と管理外世界のひとつである地球出身の母親との間に生まれた。

 

 父親の方は優秀な技術者として一部では知られていた存在であり、人型フレームを用いたインテリジェントデバイスを生み出した第一人者でもある。

 

 そのため夜月翔は魔法文化のない地球で育ちながらも魔法やデバイスといった魔法に関する知識は幼い頃から有している。

 ただ平穏な生活は続かず、夜月翔が幼い頃に彼の父親と母親は不慮の事故により死亡。そのあとは父親の妹であるレイネル・ナイトルナに引き取られる。

 

 レイネル・ナイトルナが優秀な技術者であり、また本人にも技術者としての道を歩む意思があったこともあり、夜月翔は時折研究の手伝いをしながら学生生活を送る。父親が残した人型フレームを用いたデバイスの研究に関しても少しずつ任されるようになる。この研究の目的はより人らしいデバイスを作り上げること。

 

 小学3年生の時に海鳴市にジュエルシードが散らばり、そのあと高町なのはと共に事件に介入。管理局と協力し事件解決に貢献。

 そのあとしばらくして闇の書と呼ばれるロストロギアを巡る事件が発生し、友人であった八神はやてのために事件解決を目指す。事件発生前から八神はやてと共に生活していた守護騎士と交流があったこともあり、事件中は会合後に密かに協力体制を結ぶ。だが最終的に剣を交えることになった。

 

 その後は技術者としての道を本格的に目指し始め、ユニゾンデバイスや新しいカートリッジシステムといった研究を行う。それに平行して昔から行っていたより人間らしいデバイスを作るという研究も継続。その間、ロストロギアを巡るような大きな事件には遭遇していない。

 

 だが魔導師としての訓練を怠ることはなく、中学を卒業してからは魔導師としての仕事も行い、徐々に力量を高めていき特殊魔導技官になる。

 そして、部隊長になった八神はやてにスカウトされる形で機動六課に出頭……

 

『ただいまっす……って、ノーヴェだけなんすか?』

『悪いかよ?』

『いやいや、別に悪くはないっすよ。ところで何見てるんすか? ……また黒衣の魔導剣士の資料見てたんすか。ノーヴェは本当に黒衣の魔導剣士が好きっすね』

『は? てめぇ……ぶち殺されてぇのか?』

『冗談、冗談っす!』

 

 必死に謝ってるようにも見えるが、普段の言動を考えるととりあえず謝ってるだけのように思えなくもない。

 とはいえ、ウェンディもあたしと同じ戦闘機人。ここで本気でやり合ったら無傷では済まないだろう。それ以上にドクターや姉妹達から説教されるだろうから面倒だ。

 

『ちっ……次言ったら容赦しねぇからな』

『了解っす。出来るだけ言わないようにするっすよ』

『出来るだけじゃなくて絶対に言うんじゃねぇ!』

『この世に絶対なんてことないっすからそんな約束はちょっとできないっすね。そもそも……ノーヴェは黒衣の魔導剣士のこと気にし過ぎな気がするんすけどね。ちょっと執着し過ぎじゃないっすか?』

 

 別に執着なんかしてねぇ!

 あたしは……あたしはただこいつのことが気に入らないだけだ。デバイスを人間として扱うこの偽善者が。

 より人間らしいデバイスの作成。それはインテリジェントデバイスの研究の一環だと言える。別にこれだけならどうとも思わない。

 だけどこの男は……デバイスを人間として扱い、時として独自の行動を許している。魔法を補助するためのデバイスではなく、ひとりの人間と同じように。

 人型フレームを使っていようとデバイスはデバイスだ。デバイスは魔導師の補助をするために道具であり力。あたしを始めとした戦闘機人と同じように戦うために生み出された存在なんだ。人間として扱うのは間違ってる。

 

『そんな苛立った顔してると可愛い顔が台無しっすよ』

『茶化してんじゃねぇぞ。本気でぶっ飛ばされてぇのか』

『別に茶化してはないっす。だからそんなに怒らないでほしいっすよ。もしくはあたしじゃなくて黒衣の魔導剣士に向けてほしいっすね。まあこっちの動き方次第じゃ顔を合わせるかどうかは分からないっすけど』

『ふん……てめぇに言われなくても会ったらボコボコにしてやるよ。こいつだけは……見てるだけでイラつくからな』

 

 ★

 

「………………夢か」

 

 重たさの残るまぶたをどうにか下りないようにしつつ、眠気を振り払うかのように目元を擦る。時間を見る限り眠っていた時間は30分ほどだが、机に突っ伏す形で眠っていたせいか身体が強張っている。

 

「ふぁぁ~……地味に疲れが残ってんな」

 

 肩甲骨を回したりして身体をほぐすが、身体全体に感じる微妙な倦怠感は消えてくれない。

 まあ……ここ数日結構ハードだったからなぁ。ディア姉のところのバイトにヴィヴィオ達の指導というか面倒見たり、資格を取るための勉強とか色々やってたし。

 あたしよりもスバルとかの方がハードな仕事してるんだろうけど、スバルはいつも元気だよな。性格の違いなのか、それとも鍛え方が違うのか……まあどちらかといえば後者だよな。

 あの人……不屈のエースオブエースとして認知されてる有名教導官に鍛えてもらった時期があるんだし、年に何度か合同でトレーニングもしてるんだから。

 あたしもたまに救助を手伝ったりすることあるけど、さすがに差は出ちまうよな。ま、別に出たところで気にすることでもねぇんだけど。よほどのことがない限りあたしが戦場に赴くなんてことはないんだし。

 

「……にしても」

 

 懐かしいというか……何で今更あのときの夢を見たんだろうな。

 前日にウェンディとあの頃のことを話したのなら分からなくもねぇけど、そんなことを話した記憶はないし、そもそも話す理由がない。

 今のあたしはノーヴェ・ナカジマだ。

 ドクターの元で動いてた頃の……荒れていた頃のあたしじゃない。

 戦闘機人だって事実は変わらねぇけど、誰かの命令じゃなくて自分の意思で行動してる。戦ったり目的を果たすための道具としてじゃなく、ひとりの人間として生きてるんだ。

 まあ……こんな風にちゃんと決められたのは割と最近のことだけど。あの戦いが終わった後、しばらくは上手く馴染めないつうか……恥ずかしくて義父さんのこと義父さんって呼べなかったし。あの人に関しても上手く話せなかったんだよな。今も話せるかっていうと微妙かもしんねぇけど。あっちは気にしてなさそうだけど、前は一方的に敵意ぶつけまくりだったわけだから……

 

「……ん?」

 

 微かに来客を知らせるインターホンが聞こえる。

 今日は全員仕事などで家を空けているはずなのであたしが対応するしかない。時間帯が昼間なのを考えると宅配便でも来たのか、ヴィヴィオ達が近くに来たから寄った可能性もある。

 ヴィヴィオ達ならいいけど……義父さんやスバル達の関係者だと少し面倒というか緊張する。あたしに分かる話なら対応も出来るけど……。

 まあ宅配便とかの可能性の方が高いとは思う。義父さん達の関係者ならこの時間帯なら直接本人のところに行くだろう。仕事上ではなくプライベートでの付き合いがある人物だと別だろうけど……とりあえずまずは誰かが来たのか確認しよう。

 

「はいはい、どちらさん……え?」

「よう」

 

 気軽な挨拶をしてきたのは配達員でもなければヴィヴィオでもない。

 黒を基調とした私服を纏っている長身の男性。手にはお菓子が入っていそうな箱を持っており、きっと手作りのものを持ってきてくれたのだろう。手作りだと推測できるのは目の前に居る男性が知っている人物だからだ。

 

「な……ななな何しに来たんですか!? って……うわぁぁあ!?」

 

 予期せぬショウさんの登場に驚いたあたしは、無意識に後ろに下がったために足をもつれさせ盛大に尻餅を着く。

 もしも家族が全員家に居る状態だったなら置いてあった靴などで更なる痛みがあったことだろう。ヒールなどの上にやってしまったら壊してしまったかもしれない。そう考えると不幸中の幸いと思えなくも……

 

「おいおい、大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。ひ、ひとりで立てますから!」

 

 普通なら差し出されていた手を掴むんだろうが、あたしはそれが出来なかった。

 だって……超絶恥ずかしいし。あたしは姉であるスバルほど鈍感でもないし、ショウさんは異性なんだから。それに思いっきり尻餅を着くところ見られたわけで……それがなくても荒れてた時に1番絡んでた相手なんだから色んな感情が沸き上がるし。

 

「何か騒がしいっすけど何かあったんすか~?」

 

 背後から聞こえた声に振り返ってみると、髪の毛を拭いているウェンディの姿があった。半袖に短パンをラフな姿だが、下着姿ではないのでまあ良しとしよう。

 

「ウェ、ウェンディ……お前居たのかよ?」

「そりゃ居るっすよ、ここは自分の家なんすから。まあ帰ってきたのはさっきすけど。ノーヴェは寝てたみたいっすから気づいてなくても無理ないっす」

「そうか……ってまだ髪の毛乾いてねぇじゃねか。ちゃんと拭けよ、風邪でも引いたらどうすんだ」

「これくらいで風邪なんて引かないっすよ。まったく日に日に面倒見が良くなるというか、世話を焼くのが板に付いて行ってるすね。ノーヴェはあたしもママなんすか?」

「んなわけねぇだろ。大体てめぇみたいな娘ほしくねぇよ」

「それは少し言い過ぎじゃないっすか? 付き合いの長いあたしでも傷つくことはあるんすよ。まあ何とも思ってないっすけど……そんなことより」

 

 ウェンディはするりとあたしの脇を抜けるように移動すると、ショウさんの目の前で止まる。そして満面の笑みを浮かべるといつもより高めなテンションで口を開いた。

 

「ショウさん、いらっしゃいっす!」

「ようウェンディ、相変わらず元気だな」

「場を賑やかにするのがあたしの役割っすからね。今日はどんな用件っすか? 今あたしとノーヴェしかいないっすよ」

 

 年上にはもっと敬語とか使って話せねぇのか。

 ナカジマ家に引き取られてから3年ほど経つこともあり、社会常識なども勉強した。故に誰とでも変わらない態度で話すウェンディを見ているとそう思ってしまう自分が居る。

 

「あぁ、今日はこれを渡しに来たんだ」

「何すかこれ? まあショウさんのことっすから手作りのお菓子とかだとは思うっすけど」

「ご名答。ここの家族にはヴィヴィオが世話になってるからな。そのお礼だ。みんなで食べてくれ」

 

 確かにあたし達はヴィヴィオと関わることが多いけど……この人って今もヴィヴィオに父親扱いされると否定してたよな。

 にも関わらずこういうことするって……そんなんだからずっと父親扱いされるんだろって地味に言いてぇ。まあ正直なところヴィヴィオに父親扱いされるのは満更でもねぇんだろうけど。

 

「それはどうもありがとうございますっす!」

「別に礼はいいさ。……じゃあな」

「えーもう帰っちゃうんすか?」

「残る理由もないだろ?」

「いやいや、それならあるっすよ。あたしらと少しお話しましょうっす!」

 

 は? ……こいつ何言ってんの?

 

「頻繁に顔を合わせてるわけでもないんすし、今日は暑いっすからね。お茶くらい飲んでいってほしいっす。帰り道で倒れられても困るっすから」

 

 いやいや、ショウさんどう考えても車で来てるだろ。まあバイクも持ってるらしいし、今日はひとりだからそっちかもしんねぇけど。

 でもどっちにしろ歩いて帰るわけじゃないだろうし、わざわざ上げる必要はない気がする。お菓子もらったわけだから茶くらい出してもいいとは思うけど。

 

「ノーヴェもショウさんとゆっくり話したいっすよね?」

「いや、別にあたしは……ディア姉のところにショウさん割と来るし。……まあショウさんがいいんなら別に構わねぇけど」

「それはつまり話したいってことっすね。というわけでショウさん、どうぞ上がってくださいっす!」

 

 いやだから……もういいや。これ以上何か言っても無駄な気がするし。ショウさんもウェンディの勢いに押されてか為すがままにされてるし。

 ……今思ったけど、あたし大丈夫か?

 さっきまで寝てたわけだし、寝癖とか出来てるんじゃ……別に知らない仲じゃねぇけど、むしろ知らない仲じゃないからこそ気になるというか。

 

「あれ? ノーヴェどこに行くんすか?」

「顔洗ってくんだよ」

「あ~……了解っす。じゃああたしはショウさんを案内しとくっすね。ささ、ショウさんこっちっすよ」

「初めて来たわけじゃねぇんだから案内とか要らな……って、何でてめぇはショウさんに抱き着いてんだよ!」

 

 そそそそういうのははやてさんとかがやることだろ。何でお前がやってんだ。案内するにしたってそういうことをやる必要はねぇだろ!

 

「別にいいじゃないっすか。知らない仲でもないんすし」

「親しき中にも礼儀ありって言うだろうが!」

「今以上に親しくなるためにやってるんす!」

 

 グッ! じゃねぇんだよ。

 そりゃ親しくもない相手に密着したりはしねぇだろうが、親しくなるために密着する必要はねぇんだよ。

 

「もっと別のやり方でやりやがれ! お前には慎みってもんがねぇのか!」

「慎みを持たないといけない場でもないっすし、別に減るもんじゃないんすからいいじゃないっすか。それとも~ノーヴェがやりたいんすか?」

「なっ――ぶ……ぶっ飛ばされてぇのかてめぇ!」

 

 誰がショウさんに抱き着いたりするかよ!

 そんなことしたら恥ずかしくて顔合わせられなくなるだろうが。大体あたしとショウさんの過去を知ってるくせに茶化してくるんじゃねぇ。

 

「ショウさん、助けてくださいっす!」

「おい、ショウさんを盾にしてんじゃねぇ!」

「盾にしないとあたしの身が危ないじゃないっすか。あっショウさん、あたしお腹空いてきたんで出来れば何か冷蔵庫にあるもので作ってほしいっす」

「自業自得だろうが! って、何さらっと昼飯頼んでんだよ。ショウさんは客人だろうが!」

「俺は別に構わないぞ。どうせ今日は予定もないしな」

 

 予定がないなら作ってくださいよ!

 ヴィヴィオと一緒に遊ぶとか、ディア姉のところに顔を出すとかやれることはあるでしょ。ショウさんはもっと自分の時間というか、今後の幸せに繋がるような時間を作るべきです。特にディア姉との……あの人は素直に甘えるというか、デートに誘ったりできる人じゃないんですから。

 大体……ショウさんは厳しいけど甘いんですよ。自分より年下の人間には特に。ヴィヴィオとかにする分には分かりますけど、ウェンディとかにはしないでくれませんかね。すぐに調子に乗るんですから!

 

「なあウェンディ」

「何すか?」

「凄まじくノーヴェに睨まれ始めたんだが」

「まああたしのこと庇った感じっすからね。それに……ノーヴェも素直じゃないところがあるっすから。特にショウさんにはそういうのが顕著……これ以上は本気で危なそうなんでやめとくっす」

 

 懸命な判断だな……あれ以上好き勝手に言ってたら本気で1発ぶん殴ってたぞ。ショウさんが帰ったらやるかもしんないけどな。

 

「そんなことよりさっさとリビングの方に行こうっす。ショウさんからもらったお菓子も冷やさないといけないっすし、ご飯も作ってもらわないといけないっすから」

「はいはい、すぐに作ってやるよ。本当お前って色々と軽いよな」

「それがあたしの長所っすから」

 

 いや、どう考えても短所であることのほうが多いだろ。全ての場合に置いて短所とは言わねぇが……。

 

「ほらほら、ノーヴェもさっさと顔を洗ってくるっす。ぼやぼやしてるとショウさんのご飯全部食べちゃうっすよ」

「うっせぇ、お前に言われなくても行くっつうの」

「じゃあ、またあとでっす」

「何で家の中でそんなこと言われないといけな……だから引っ付くのやめろって言ってんだろうが!」

 

 

 



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人として生きていく ~今のあたし~

 すっかり眠気の覚めたあたしは、リビングに居る。

 隣にはテンションが高くなっているウェンディが居るが、これだけなら別段おかしい光景じゃない。問題なのは、キッチンで手際良く作業をしているショウさんだ。

 

「……はぁ」

 

 何でこんなことになってんだか。

 ショウさんとしてはお菓子を持ってきただけですぐに帰るつもりだったわけだが、隣に居るバカが呼び止めたのが原因だけど。

 いやまぁ……百歩譲って家に上げるのは良いよ。お茶の1杯くらい出すのは礼儀としても間違ってねぇし。

 けどよ、どう考えても昼飯作ってもらうのは違うよな。相手から言い出したならともかく、言ったのは隣に座ってるバカだし。

 確かにショウさんの飯は美味いし、腹も減ってるわけだが……何でこう常識に欠けた行動が出来んだろうな。このバカを甘やかすショウさんもショウさんだけど……

 

「どうしたんすかノーヴェ、料理してるショウさんの姿に見惚れてるんすか?」

「なっ……バ、バカなこと言ってんじゃねぇ!」

 

 確かに良いなとは思うけど……それはあたしもあんな風に料理出来たらなって思うからであって。

 本当に他意はないんだからな。あたしだって将来的には結婚とかするかもしんねぇし、あの人くらい家事が出来たらそのとき困んねぇだろうなって思うのは普通だろ。断じてショウさんだから見てたわけじゃねぇ。

 

「小声で怒鳴るなんてノーヴェも器用になったっすね」

「いきなり大声出してショウさんが指でも切ったら危ねぇだろうが」

「さすがノーヴェ。気配りが出来る女っすね」

 

 その憎たらしい笑顔を今すぐ引っ込めやがれ。それ以上煽ってくるなら、容赦なくその顔面に1発ぶちかますぞ。

 個人的に人様に暴力を振るいたくはねぇが、理由があるなら別だ。まあ……あたしとお前は姉妹だし、姉妹がケンカしたらところで問題はねぇだろ。ちっとばかし一般的な姉妹よりも良い打撃が飛び交うだけだ。

 

「ノーヴェ、何だか顔が怖くなってるっすよ? そんなんじゃ意中の相手は落とせないっす」

「べべべ別にあの人を落とそうとか思ってねぇよ!?」

 

 あの人の周りには不屈のエースオブエースだとか、雷光の執務官だとか歩くロストロギア等々……そうそうたる顔ぶれが居るんだぞ。あたしみたいな前科持ちで可愛げもねぇ奴が敵う相手じゃねぇだろうが。

 

「今少しだけっすけど、キッチンの方に視線が向いたっすよね。あたしは別に誰とか指定した覚えはないんすけど?」

「――っ……このクソ野郎!」

「急に大声は出さないって言ったじゃないっすか! それにあたしは女っす。クソはともかく野郎って発言は撤回してほしいっすね!」

 

 そこを指摘してくる余裕が余計に腹立つんだよ!

 家の中で暴れたら後で面倒なことになるかもしれない。それは分かってる。だが……今あたしの胸の内に湧いてる感情は目の前のバカをどうにかしないと落ち着く気がしねぇ。

 そこを動くんじゃねぇぞ。1発だ……1発で仕留めてやるからよ。

 

「おっと、この目つきはやばいっすよ。ショウさん、ヘル~プ!」

「昼飯作ってくれてる人に助け求めてんじゃねぇ!」

「だって今のノーヴェ、目がマジじゃないっすか!」

「誰のせいだと思ってんだ!」

「そんなのあたしに決まってるじゃないっすか♪」

 

 本気でぶっ殺されてぇのかてめぇぇぇぇッ!

 さすがにあたしもそろそろ我慢の限界だぞ。ショウさんの見ている前でケンカするのもどうかと思うが、これ以上こいつを好き勝手させてたら絶対面倒なことになる。その前にあたしがその元凶を打ち砕く!

 直後――包丁がまな板にぶつかる音が一際大きく響いた。

 反射的に身を震わせたあたしとウェンディは、恐る恐る音がした方へ視線が動かす。視界に映ったショウさんの背中は動きを止めていたが、数秒もするとまた何事もなかったかのように動き始める。

 その姿を確認してから数秒後、ビクついた顔をしたウェンディが小声で話しかけてきた。

 

「ノーヴェ、今のはどういう意味なんすか!?」

「いや、あたしに聞かれても……」

「ショウさんはおこなんすか? 激おこなんすか? 激おこぷんぷんまるなんすか?」

 

 なんすかなんすかってうるせぇな! 

 そんなに気になるなら自分で確認すればよいだろうが。言っとくけど、あたしは確認しねぇからな。

 あたしはお前みたいに気軽に話しかけられねぇし、正直あたしも今話しかけるのは怖い。タイミング的に絶対怒ってた気がするし。

 つうか……今の状況で考えることでもねぇけど、こいつってどこから激おこぷんぷんまるなんて言葉を仕入れてきたんだろうな。

 

「いいから黙ってろ。そうすればこれ以上何も起きはしねぇんだから」

「それもそうっすね。分かったっす、あたし大人しくしてるっすよ!」

 

 うわぁ……ノリと勢いだけで言ってる感じがしてならねぇ。信用性に欠ける返事にしか思えねぇな。

 また騒ぎ出すんじゃないかという不安があったが、意外にもそのあとウェンディは料理が出来上がるまで大人しくイスに座って待っていた。

 ずっと姿勢を正していたことから察するに、よほど怖いと思ったのだろう。

 まあ基本的にショウさんはこれまであたし達に怒ったりしたことなかったから当然と言えば当然だけど。だって正直に言えば、あたしも似たような状態で待ってたから。

 そうこうしている内にテーブルに次々と料理が運ばれてくる。思わずよだれが出てくる料理の数々に腹の虫が鳴ったのは仕方がないだろう。

 

「おぉ~さすがショウさん、実に美味そうっす!」

「あるもので作っただけだから大したものは作ってないぞ」

「大したものじゃないものを大したものに見せるのが腕なんすよ」

 

 身を乗り出して褒めるウェンディに対してショウさんは若干苦笑い気味だが、今回ばかりは我が姉妹の肩を持とう。

 何故ならあたしでさえ空腹なのも相まって衝動的に食べたいという欲求が湧き続けている。ならあたしよりもテンションが高いウェンディが普段通りに振る舞えるだろうか。いや、そんなわけない。

 多分……冷静に「いやはや、美味しそうっすね」くらいな発言をしていたら体調が悪いのかと疑う。

 

「じゃあ、さっそくいただくっす。むっ!?……これは……超絶に美味いっす!」

「こらウェンディ、じたばたすんな。危ねぇだろうが」

「ギガうまなんすから仕方がないじゃないっすか。条件反射っす!」

 

 確かに美味いのは認めるが……子供じゃねぇんだからもう少し大人しく食えよ。ヴィヴィオとかヴィータさんなら可愛げもあるけど、お前がやってもバカっぽくが見えないからな。

 あと……ヴィータさんの前で意味もなくギガうまとか言わないでくれよ。

 あの人、見た目はあれだけど中身は普通に大人だから。そういう部分を突かれると普通に怒るだろうし。一緒に美味いものを食べてる状況とかなら問題ないだろうけど。

 

「いや~こんなご飯が食べれるなら一家に一人はショウさんが欲しいっすね」

「俺はひとりしかいないんだが?」

「ふむ……それもそうっすね。ならこの家に居てくれたら良いっす。うちに居る美人姉妹はまだ誰も結婚してないどころか、お付き合いしてる殿方もいないっすからね!」

 

 何でそうなんだよ!

 反射的にそう叫ばなかった自分を褒めてやりたい。もしもそうしていたら口の中に含んでいたものが飛び散っていただろうから。

 バカというか適当な奴だとは思ってたが、何で今みたいなことをさらっと言えんだよ。

 一家に一人居てくれたら助かるって発言は理解できるし、うちだけに居てくれたらって部分もまあ良しとしよう。

 だけどさ、そのあとに恋愛面の話に進んだら意味が違ってくるだろ。まるでこの家の誰かと結婚しろって言ってるみたいにも聞こえるわけだし。

 

「ちなみに……あたしなんてどうっすか? こう見えて相手には尽くすかもしれないっすよ」

「かもしれないって、自分を売り込むつもりがあるのかないのか分からん発言だな」

「そりゃ~まともに売り込むなんて恥ずかしさマックスじゃないっすか。あたしにだって羞恥心はあるんすよ」

「羞恥心ある奴はそもそも堂々と自分と結婚しないか? なんて発言はしないと思うんだが?」

「ちっ、ちっ、ちっ……甘い、甘いっすよショウさん。ショウさんの作るお菓子よりも甘いっす。具体的に言えば……いや、さすがにフェイトさんのお母様が飲むアレよりは甘くないっすね」

 

 甘いのか甘くないのかどっちだよ。確かにあの人のアレは普通の奴は飲めたもんじゃないし。

 聞いた話では緑茶に砂糖を入れて飲む地域もあるらしいし、紅茶に砂糖を入れる奴だっている。別に砂糖を入れることはいいんだ。

 問題なのはその量だけで。

 液体に溶ける量って決まってるもんだろ。あの人の場合は、もう解けない状態になってようとさらに砂糖をぶち込んでるわけだし……まともな味覚してたら甘すぎて飲めたもんじゃない。

 

「とりあえず話を戻すっす。いいっすかショウさん……今の世の中、草食系という名の受け身が多いんす。多くなってしまったんす。故に女であろうと時として肉食系にならないといけない時代なんすよ!」

 

 何を格言のようなことを言っているんだろう。あたしの知る限り、お前はまだ誰とも交際経験のない恋愛素人だと思うのだが。

 まあノリと勢いだけで言ってるだけだろうし、聞き流しながら飯でも食うか。せっかく作ってもらったのに冷めたら勿体ねぇし。

 

「その証拠に……ショウさんの幼馴染さん達は、美人で仕事も出来てお金もあるのに未だに独身じゃないっすか! 交際している相手もいないじゃないっすか!」

 

 ウェンディの力強い発言を思わずむせてしまう。

 こ、こいつ……何てことを口にしてやがんだ。確かにあの人達は、はたから見れば全てを兼ね備えているように見えるが普通の人間だぞ。いや、むしろ恋愛面においては一般人よりも劣っていそうな……

 だってあの人達って……あたしの目の前に居る人のことが好きなんだろ。はやてさんとかは直接聞いたことはないけど、少なくともなのはさんやフェイトさんは確実だし。

 こう言える理由は単純にして明快だ。たまにヴィヴィオがママ達がパパのことになるヘタレ過ぎて困る

そう愚痴をこぼしているから。

 それに対してあたしは特に何も言ってねぇけどな。他人にどうこう言えるほど恋愛経験なんてあるわけじゃねぇし、下手なことを言ってあのママ達の耳に届いたら怖いしな。

 

「あの完成されたヒロイン達でそれだと、あたしらみたいな脇役は受け身ではいられないんすよ!」

「言いたいことは分からなくもないが……何であいつらが中心みたいな言い方なんだ? 別にウェンディはあいつらと一緒に居ること多くはないだろ?」

「それはほら、やっぱりあの人達は世間的にも認知されてるじゃないっすか。故にあそこが自分の知る最高点というか、色んなステータス的に女としての基準かと思ったわけっすよ。ちなみにショウさんはいつ結婚するんすか?」

 

 唐突に話を変える奴だな。というか、何で結婚が先に来るんだ?

 まあ色恋の話になってるし、流れ次第では結婚という話題になってもおかしくはない。だが順番的に誰かと付き合うって話じゃないのか。ショウさんがすでに誰かと付き合ってるのなら問題ないが、あたしの知る限り交際している相手はいないわけだし。

 

「結婚って……それ以前に俺は誰とも付き合ってないんだが?」

「逆に聞くっすけど、何で付き合ってないんすか?」

「何で付き合ってないのがおかしいみたいな言い方なんだ」

「え、いやだって……」

 

 こっち見るんじゃねぇよ。

 お前の言いたいことは何となく分かる。でもあたしを巻き込もうとするんじゃねぇ。あたしはお前みたいにこの手の話をさらっと出来るタイプじゃねぇんだから。気にならないかと言われると……気になるけど。

 

「なのはさんとはヴィヴィオのことで夫婦みたいなもんですし、フェイトさんとは家族ぐるみの付き合いしてるじゃないっすか。フェイトさんのお兄さんとはマブダチなわけですし、その奥さんからは頼りにされてるわけっすから」

「ニュアンス的には否定しないが最後のだけは違うぞ。あれは頼りにされてるんじゃなくて、愚痴を聞かされてるだけだ。良く言っても相談相手……」

「そのへんのことは聞いてないっす。あたしには関係のない話ですし、ある意味ショウさんの身から出たサビじゃないっすか」

 

 ド直球に言う奴だな。

 普通もう少しオブラートに包んだりするだろうに。まあショウさんみたいな相手には逆に有効なのかもしれねぇけど。

 

「他にも八神家の皆さんとも仲良しっすよね。ちょくちょく一緒にお出かけしたり、夕食をご馳走になってるって聞いてるっすよ。あとシュテルさんとかとは一緒に働いたりしてるわけですし、ディアーチェさんの店にはよく顔を出してるみたいじゃないっすか。そうっすよねノーヴェ?」

「え、あ……まあな」

 

 突然こっちに振るんじゃねぇよ。

 話は聞いてるけど、あたしとしてはこういう話にはあまり首を突っ込みたくないんだから。個人的にはディア姉の味方をしたい気持ちはあるけど、直接的に何かやるとヴィヴィオあたりがうるさそうだし。

 あいつ……ショウさんのこと正式なパパじゃないって認めながらもパパなのは変えねぇからな。パパじゃないのにファザコンってのもおかしな話だぜ。まあショウさんが本気で否定しないのも理由だろうけど。

 

「ショウさん、ざっと挙げただけでもこれだけの異性がショウさんの周りには居るんすよ。なのに誰とも何もないというのはどういうことっすか!」

「どうもこうも……逆に何かないといけないのか?」

「いけないとは言わないっすけど……ショウさん達はまだ20前半っすよ。それなのに誰も恋愛してないってどういうことなんすか?」

「それは……仕事が楽しいからじゃないのか?」

 

 それもあるでしょうけど、好きな相手が相手だからってのが最大の理由なんですけどね。

 大体そこまで鈍感じゃないんだし、あの人達とも付き合い長いんだから少しはもしかして自分がって考えても良いだろうに。

 正直この人を含めたあのメンツって、外野が何もしなかったらいつまでも仕事が恋人の人生を歩みそうだよな。

 

「まあそれもあるとは思うっす……というか、この場であの人達の話をしても仕方ないのでショウさんに絞るっすね。ショウさんは良いなって思う人いないんすか?」

「ずいぶん直球だな」

「回りくどく聞いてもしょうがないじゃないっすか。こういうのはストレートが1番っす。それでいないんすか?」

「……良いと思う定義にもよる」

 

 適当に誤魔化すかとも思ったが、話す内容によっては話してくれるようだ。

 これはディア姉のことをどう思っているか聞くチャンスなのでは。けど余計なことして逆鱗に触れるのも怖い。だけどあの人って普段の振る舞いに反比例してこの手のことにはヘタレだから何かしてあげたい。

 そういう考えがあたしの中で渦を巻く。そんなあたしを気にすることなく、ノーヴェは笑顔を浮かべて話を続けた。

 

「そうっすね~、じゃあ可愛いなとか思う人くらいにするっす。それでショウさんは、あの人達の中で誰が良いんすか?」

「そうざっくりとされると……全員可愛いとは思ってるんだが」

「その中で誰が最も可愛いかってことっすよ~」

 

 こいつ……我が姉妹ながら怖いもの知らずだな。

 ま、まあ聞きたくないかと言われると普通に聞きてぇけど。あたしはディア姉派ではあるけど、この人に特別に想ってる相手が居るのなら尊重したい気持ちもあるし。

 昔のあたしはこの人を認めたくなかった。

 だってあたしは戦闘機人。戦うための道具として生み出された存在だ。これは接して未来永劫変わることのない事実に他ならない。

 だからこそ、かつてのあたしは戦って結果を残す。それを誇りとして生きていた。そうすれば姉妹や博士が喜んでくれるから。姉妹と博士が認めてくれるなら他のことなんてどうでも良かったんだ。

 そう思う一方で……今にして思えば、あたしは姉妹の中で最も人間らしかった。人間として扱って欲しいと願ってたんだと思う。

 それ故にデバイスという人間ではない存在を人間と同じように扱うこの人を……ショウさんのことを敵視していた。認めたくなかった。

 

 

 認めてしまったら戦闘機人としての自分を……自身の存在を保つための誇りを失ってしまうと思ったから。

 

 

 だからあたしは姉妹の中で人一倍ショウさんに攻撃的だった。

 それは事件が終わった後も変わらず、あたしを含めた姉妹を気にかけてくれていたこの人の好意を素直に受け取れず、反抗的な態度を誰よりも長く取ってしまった。

 本当は分かってた。この人は誰にでも態度を変えない人なんだって。偽善で人間のように扱ってくるのではなく、自然にそうしていて間違っているのは自分の方なんだと。

 今にして思えば、あの頃のあたしはあたしの中の黒歴史に等しい。

 でもその過去はあるからこそ、今のあたしがあるんだと思う。

 

 

 戦闘機人ではなく、ひとりの人間として生きて行こう。

 思い込みで判断するんじゃなく、自分で見て聞いて感じて判断しよう。

 感情的になってしまったとしても、あとで反省して自分が悪いのなら素直に謝ろう。

 

 

 そんな風に思えるんだ。こんな風に思えるようになったのは、もちろんスバルを含めた多くの人のおかげだって分かってるけど……あたしが大きく変われるきっかけになったのはこの人だ。

 この人があたしが変われるまでの間、変わることなく何度も接してくれた。話しかけてくれたからなんだ。だから……この人が幸せになれるのならそれを応援したい。

 

「さあさあ、どうなんすか?」

「……この場では言いたくない」

「え~そりゃないっすよ。何で言ってくれないんすか?」

「俺の経験上、お前みたいな奴に言うと誰かれ構わず言いふらしそうだからだよ」

 

 これに関しては至極真っ当な意見だ。

 ウェンディも仕事とかに関わるものなら秘密にと言われたら守るだろうが、私生活面の秘密に関してはふとしたことでポロっと言ってしまうかもしれない。

 本当はそうではないかもしれないが、こればかりは普段の言動で決まってしまう部分なのだから仕方がないだろう。

 

「心外っすね。これでも口は堅い方っすよ。だから気兼ねなく言っちゃってくださいっすよ」

 

 笑顔に言うウェンディに対して、ショウさんはその笑顔が信じられないんだよなと言いたげな顔を浮かべる。はやてさんやシュテルさんのような相手が身近に居ただけに胡散臭いものに関しては人一倍敏感なのだろう。

 

「娘公認で疑似的夫婦であるなのはさんすか? 家族ぐるみで親しくしてるフェイトさんすか? それとも誰よりも一緒に居た時間が長かったであろうザ・幼馴染のはやてさんすか?」

「凄まじく腹立たしい顔だな。お前がはやてとかなら容赦なく殴ってるぞ」

「むむっ!? そこではやてさんの名前が出るということはやっぱり……! ッ……!? ノ、ノーヴェ……いきなり何するんすか?」

「何ってショウさんが困ってんだろうが。本人が言いたくないって言ってんだから引き下がれよ」

「ノーヴェだって気になってたくせに……ここで良い子ぶるとか卑怯っすよ!」

 

 卑怯で結構だよ。

 あたしはこの人に嫌な思いはさせたくねぇんだ。昔やっちまったことへの詫びってのも理由だけど、単純にそう思うのが今のあたしなんだよ。文句あっか。

 そういう目でウェンディを睨むと、しぶしぶといった感じではあるがウェンディはイスに座り直す。くちびるを尖らせながら食事を再開したのを見届けたあたしは、少ししてから止めていた手を動かし料理を口へと運び始める。

 その直後――。

 

『悪いなノーヴェ、助かった』

 

 と、ショウさんから念話が届いた。

 嬉しさやら恥ずかしさが一気にこみ上げてきたあたしは、ついテンパってしてまってこう返してしまう。

 

『べ、別に……昼飯作ってもらったわけですし、大したことしたわけじゃないんで』

 

 素直じゃないな。

 そう言いたげな笑みをショウさんは浮かべたが、あたしはそれを見続けるのも恥ずかしかったので食事に集中することにした。

 だってそうしないとあたしの心が持ちそうにない。だってこの人は……あたしの恩人なんだから。

 

 

 



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教え子たちの休日

「まだかな……まだかなぁ」

 

 私の目の前に座っている人物がそわそわしながら独り言を漏らす。

 その人物の名前はスバル・ナカジマ。機動六課以前からの相棒である。まあ今はそれぞれ別の現場で仕事をしているけど。

 まあそこはいいのよ。問題はこいつの態度なんだから。

 スバルは私にとってよく知った仲だ。いや、よく知っている仲であるからこそ、今私は呆れにも似た感情を覚えてしまっているのだろう。

 

「スバル、あんたね……少しは落ち着きなさいよ」

 

 今私とスバルは、ディアーチェさんが経営しているお店《翠屋ミッドチルダ店》に居る。

 どうしてかというと、少し前に久しぶりにフォワード陣で集まろうという話が上がり、晴れて今日集まれることになったからだ。

 集合場所はここになった理由は、見知った人間のお店の方が気楽なのもあるが、単純にここのお菓子などが絶品だということも否定できない。

 まあ店主であるディアーチェさんが良い人というのもあるけど。最近は客足も伸びてきてるらしいのに私達のために予約席を設けてくれたわけだから。フェイトさん達みたいに危ない現場に出る人じゃないけど、それでも私からするとカッコいい大人のひとりだと思う。

 

「待ち合わせの時間まではまだあるんだし、あの子達から遅れるって連絡が来たわけでもないんだからそのうち来るわよ」

「それはそうだけど……でも」

「でもじゃない。いいから大人しく待ってなさい」

 

 ここのケーキとかも早く食べたいのは分かるけど、さすがにそういうのはあの子達が来てからよ。年齢で言えば、あの子達よりも私達の方が先輩なんだし先に食べるのは何か違うでしょ。

 まったく……六課の頃よりは多少女らしくなったように思えるけど、未だに色気より食い気って感じね。唐突にこの子から好きな人が出来た。だからティア相談に乗って! みたいに言われても驚くけど。

 スバルよりもそういうことを理解してるって自負してるけど、正直私も未だに彼氏いない歴=年齢の恋愛初心者。相談されたら自分なりの答えは言うけど、それが正解だっていう自信はない。

 大体私には親しく異性がそもそも少ないし……。

 六課解散後も定期的に顔を合わせてるのなんてエリオとかくらいのような……ま、まああの人とも顔は合わせてるけど。

 ただあの人に対して色恋の考えを抱くのには抵抗がある。悪い人じゃないのは分かってるし、その……素直に言えばカッコいいとは思う。

 だけどあの人の周りには、私の上司を始めとした恋する乙女達が居るの。私としては最も身近な存在である上司を応援したいわけで……でも迂闊に突っ込める案件でもないのよね。変に突くと関係がややこしくなって全員が全員自分のこと責めそうだし。何ていうか下手な事件よりも難題だわ。

 

「スバルさん、ティアナさん」

「お久しぶりです」

 

 そう明るい声で話しかけてきたのは、待ち合わせをしていたエリオ達だ。

 六課に居た頃はそれほど体格に差はなかったふたりだが、今ではずいぶんとエリオの方が大きくなっている。具体的に言えば、キャロとは頭ひとつ分ほど違う。まあエリオの年齢的に伸びる時期なのでおかしいことではないだろう。

 でも……何ていうか会う度に大きくなってる気がするわ。

 別に悪いことじゃないんだけど、あの小さかった子がこうなるのって思うところがあるわね。子が育つ親の心境ってこういうことを言うのかしら。

 

「エリオにキャロ、久しぶり。エリオ、また背が伸びたんじゃない?」

「最近測ってないので詳しくは分からないですけど、多分伸びてるとは思います」

「キャロの方は相変わらずみたいね」

「ティアナさん、わたしだってちゃんと大きくなってるんです。エリオくんが伸び過ぎなだけで!」

 

 そう言われても出会った頃からさほど変わったように思えない。

 女にとって1センチとかが大きいってのは分かるんだけど、それだけで背が伸びたと分かるかと言われたら厳しいものがある。

 キャロが嘘を言ってるとか見栄を張ってるようには見えないし、多分本当に伸びてるんでしょう。ただエリオほど見ただけで分かるほど伸びてないのは確かよね。

 割と気にしてるみたいだし、あまりこの話題に触れるのはやめておきましょう。

 エリオ達が空いていた席に腰を下ろすと、スバルは店内でテキパキと働いている店員のひとりに声を掛ける。

 

「ノーヴェ~」

「うん?」

「注文したいんだけどいいかな?」

 

 呼び鈴押せば誰かしら行くだろ。何でわざわざあたしなんだよ……。

 ノーヴェはそう言いたげに一瞬顔をしかめたが、モタモタしているとディアーチェさんが動いてしまうとでも思ったのか、小さく息を吐くとこちらに歩いてきた。

 

「ご注文は?」

「ノーヴェ、一応私達もお客さんなんだよ? そういう不機嫌そうな態度はやめた方がいいとお姉ちゃんは思います」

「そういうのがあたしの癪に触ってんだよ。大体……わざわざあたしを指名する必要もねぇだろ」

「それはほら、ノーヴェが話しかけやすいから」

 

 笑って誤魔化すスバルにノーヴェは何か言いたそうだ。

 だが私達に対して知り合いとはいえ客であるという理解はあるのか、ぶっきらぼうにではあるが何を注文するのか聞いてきた。そのため私達はそれぞれケーキや飲み物を注文する。

 知っている人は知っているだろうけど、スバルとエリオは人一倍……いや人の数倍は食べる。

 故にこういうときも注文する量はひとりだけで数人前に達するわけで……注文を聞き終わったノーヴェが注文を受けたのが自分で良かったとボソッと呟いた気持ちは理解できるだろう。

 

「エリオにキャロ、見た感じ元気そうだけど元気にしてた?」

「はい、わたしもエリオくんも元気にしてましたよ」

「スバルさん達は元気にしてましたか?」

「もちろん、毎日のように現場に出て頑張ってるよ。ねぇティア?」

「私はあんたほど現場に出てはないんだけどね。書類整理とかも多いし……まあ忙しくはあるけど、充実した日々を送ってるわ」

 

 頭を悩ませることなんて身近な人達の色恋くらいだし。

 なのはさんもフェイトさんも昔よりは休みを取ってるって話は聞くけど、その大半が愛娘のために消えてるのよね。一般的には良いことではあるんだけど、もう少し自分の時間を持ってもいいんじゃないかしら。ヴィヴィオだってもうずっと面倒見ないといけない子供でもないんだし。

 特に……フェイトさんはエリオ達も大きくなって一人前の局員になりつつあるんだし、仕事の都合で数ヶ月ここから離れるなんてこともある。同行した場合は何度もあの人に会いたそうな顔を見たりするわけで、もう少し積極的になって欲しいものね。

 でもフェイトさんって……普段内気な分、一度覚悟を決めてたら人よりも突っ走る可能性がある気がする。

 それが俗に言うラッキースケベ的なものになればまだ望みもあるけど、単純に空回りしそうで怖いわ。そういう意味では今のままの方が安全のような……私とかがデートのお膳立てするのが良い気もするわね。

 

「ティア、さっきから何か難しい顔してるけど……もしかして今日の集まり無理して来たとか?」

「別にそんなんじゃないわよ。私はちゃんと休みは取るようにしてるし、今日までに大体のことは片付けてるから。ちょっと考え事してただけよ」

「考え事? 今の言い方からして仕事以外だよね。何か悩みでもあるの?」

 

 何でこうもずけずけと聞けるのかしらね。

 別に言えないことじゃないけど……ジャンル的にスバルに理解できるか微妙よね。人よりも鈍いところあるし。まあキャロよりはマシでしょうけど。この中でこういうことを普通に話せるのってエリオくらいかしら。同性よりも異性の方が話が出来るってある意味不思議だわ。

 

「別に何でもないわよ」

「そういう言い方する時は大体何かあるときだよ。ティア教えてよ~」

「あぁもう、鬱陶しいわね」

 

 少しは大人になったかと思ってたけど、この子は相変わらずね。何で年下のエリオ達よりも手間が掛かるのかしら。

 一般的に言えば、エリオ達が手間が掛からなさ過ぎるんでしょうけど。だからフェイトさんはもう少し甘えて欲しそうな顔をしたりするわけで……今はどうでもいいことね。

 

「大したことじゃないって言ってるでしょ。なのはさん達は最近集まったり出来てるのかなって思っただけよ」

「確かに大したことじゃないけど、別に隠す必要もない気が……でもどうなんだろう? 私も最近はなのはさん達と会ってないし。仕事でバタバタしてるのかな……」

「それなら大丈夫だと思いますよ」

「この前フェイトさんがなのはさんの家に集まってお酒を飲んだ言ってましたから。色々とお話したみたいですよ」

 

 色々……まさか本音のぶつけ合いみたいなことをしたんじゃ。

 もしそうなら今後の展開が非常に気になる。でもあの人達ってそのへんの話を避けてる気もするし、平和的に終わった可能性が高いわよね。

 だけどお酒が入ったら理性も緩むわけで……何で私がこんなに頭を悩ませてるんだろう。あの人達の恋路はあの人達がどうにかすべき問題なのに。

 大体……あの人が誰かしら選ばないからこういう状況になってる気がするわ。10年以上付き合いがあれば、誰かしら良いなって思うんじゃないの。女の私から見てもあの人達ってそれぞれ魅力があるわけだし……。

 

「ティアナさん、僕達何か気に障ることでも言いましたか?」

「え?」

「その……険しい顔をされてたので」

「ううん、別にふたりに対してどうこうってわけじゃないわ。ふたりが兄さんって慕ってる人に思うところがあるだけで」

「ティア、ショウさんとケンカでもしたの?」

 

 いや別にしてないから。たださっさと誰か選んでって思ってるだけで。

 まあ私が口を挟む問題でもないんでしょうけど。でも自分の上司が何年も前から片想いしてるの知ってたらどうにかしたくなるじゃない。もどかしいって思うじゃない。

 だって……このままの関係が続いて全員還暦なんて未来は見たくないし。あの人達は今の関係が崩れるなら今のままで……って考えてるかもしれないけどね。

 

「別にしてないわよ。ただ私としては思うところがあるってだけで」

「ティア、そういうのはちゃんと言わないと伝わらないよ。だから今度会ったら伝えよう!」

「は? 嫌に決まってるでしょ」

「何で!?」

「あのね……誰だって人に言えないことのひとつやふたつはあるでしょうが」

 

 親しい相手に対する愚痴だって抱くのが人間なんだし。

 その証拠に私はスバルに言ってないこともたくさんあるしね。多分それを全て吐き出したらスバル泣くかもしれないし。振り返ればいくらでも愚痴れることあるから。

 

「そもそも下手にちょっかい出していい話題でもないのよ」

「なら……仕方ないけど。前々から思ってたけど、ティアってショウさんに対しては冷たいというか厳しいところあるよね。本気でケンカとかしないでね?」

「心配ご無用。あんたが思ってるよりずっと親しくしてるわ」

 

 口が悪くなるのはそれだけ気を許してるってだけだし……別にあの人に対して特別な想いがあるわけじゃないからね。上司というか先輩というかそんな感じってだけで。大体あの人達と張り合うのはさすがに無謀だし。誰に言い訳してるか分からないけども。

 

「そうですね。兄さんにこの前会った時にティアナさんとは割と会ってるって言ってましたし」

 

 エリオの顔を見る限り悪いことを話してたようには思えない。

 だけど……職業病なのかしら。どうしても今の言葉に何かあるんじゃないかって考えてしまうわ。あの人ってさらっと毒のある言葉を言ったりするし。心を許してる相手くらいにしか言わないと分かってるけど、それでも気になるわ。

 

「もしかして……私に対して変なこと言ってた?」

「いえ、そんなことは。キャロ、頑張ってるって感じのことしか言ってなかったよね?」

「うん。抱え込んで無茶しなければいいって心配はしてたけど」

 

 それはそれで恥ずかしい気持ちになるんだけど。無茶してた時に止められたことがあるだけに。ま、まあ……嬉しくもあるけど。

 

「うんうん、ティアってあれこれ考えちゃうからね。ショウさんの気持ちはよく分かるよ」

「あんたの方が心配されてそうだけどね。日頃から無茶しそうなタイプだし」

「そんなことないよ。ね、エリオ?」

「それはその……あはは」

 

 その乾いた声が全てを物語り、スバルは盛大に肩を落とした。次の瞬間には心配されないように頑張ると張り切りだしたけど。

 そのやる気が空回りしそうだから私や周りは心配になるのよね。本人は自覚していないだろうけど。とはいえ、そこがスバルの良いところでもあるわけだし。見方を変えれば何とやらって感じよね。

 

「あんたって本当に前向きよね」

「悪い方に考えても良くないからね! ……ショウさん、他には何も言ってないよね?」

「あ、あんたね……堂々と言っておきながら何で急に後ろ向きになんのよ」

「だ、だって……ショウさんってうちの家族と親しくしてるし。もしかすると私が知られたくないことまで知ってそうだから」

 

 あぁ……まあ確かにあんたのお父さんとは昔からはやて経由で交流があったわけだし、ノーヴェ達とも仲良くやってるみたいだしね。あんたの知らないところであれこれ知られてる可能性はあるか。

 まあでも日頃から気を付けてればいいだけの話なんだけど。

 

「大丈夫ですよ。スバルさんを責めるようなことは言ってませんでしたから。それにリョウも来てましたし」

「リョウ? ティア、誰か分かる?」

「どこかで聞いた覚えはあるわ……」

 

 流れからしてショウさんの知り合いなんでしょうけど……そういえば、ショウさんって何人かに剣を教えてるとか前に言ってたわね。

 

「もしかしてショウさんの弟子?」

「はい。リョウは僕やキャロとは年が近いんで兄さんがたまに連れてきてくれるんです」

「そうなんだ。どんな子なの?」

「そうですね……年齢以上に落ち着いてるというか穏やかな感じです」

「でも兄さんや兄さんの師匠の織原先生から剣を習ってるからか、剣を持った時は雰囲気が変わるんです。軽く模擬戦とかもしたことありますけど、本気でやったら勝てるかは分かりませんね」

 

 へぇ、エリオの実力は騎士としてもかなりのレベルのはずよね。

 そのエリオがここまで言うってことは相当な実力者なのね。まあショウさんやショウさんの師匠って人から剣を習ってるのならおかしい話じゃないけど。ショウさんの師匠である織原って人に私は会ったことないけど。

 

「へぇ~、私もその子に会って手合わせしてみたいかも」

「スバル、何であんたは会うだけでなく戦おうとしてんのよ? あんた別に剣とか習ってないでしょ」

「それはほら、私もショウさんの教え子だし。剣は習ってないけど格闘技ならやってるし!」

 

 確かにショウさんは格闘技も出来るし、あんたはショウさんとたまに手合わせしてるでしょうけど……そのリョウって子まで格闘技やってるわけじゃないと思うんだけど。

 それに剣と格闘技じゃ通じる部分はあっても同じとは言い難いんじゃ。まあやるかやらないか決めるのは当人の自由だけど。

 

「なら今度ショウさんにでも頼んで会わせてもらえば」

「うん、そうする。そのときはティアも一緒ね」

「は? 何で私も一緒なのよ?」

「え、だってティアも会いたいでしょ?」

 

 何でそんなきょとんとした顔してんの。

 確かに今後のことを考えると早めに会っておいた方が良い気はする。でも私はスバルみたいに武術とか嗜んでるわけでもないし、そこまで興味は惹かれていない。

 

「まあ……会いたくないわけじゃないけど。でもあんたとはもう職場が違うんだから休みを合わせるのも大変なんだからね。こっちは長期間ここを離れることだって割とあるんだし」

「それは分かってる。分かってるけど、せっかくならティアも一緒がいいの」

 

 な、何でこの子はそういうことをさらりと言えるのかしら。本当に大人になってる? ちゃんと年を重ねてるのか不安になるわ。

 

「まあ……休みが合えばね」

「ありがとうティア!」

「ちょっ、何で抱き着いてくんのよ!? 休みが合えばって言ったでしょ!」

「それでも嬉しいの!」

 

 六課の頃なら相部屋だったから人に見られる心配はない。でもここは一般人も居る喫茶店だ。大声を出せば視線を集めてしまうわけで。

 それがなくても年下であるエリオ達に微笑ましい目を向けられると、色々と沸き上がるものがある。

 

「分かった、分かったから離れなさい鬱陶しい!」

「ふたりは変わらず仲良しみたいで安心するねキャロ」

「うん。でもわたしとエリオくんも仲良しだよ」

「――っ……そ、そういうのはあまり言わないで欲しいかな」

「何で?」

「それは……その」

 

 エリオ、何でそこで私の方を見るのよ。

 お互いパートナーに困ってるわけだけど、あんたの方はあんたがどうにかしなさい。私はフェイトさんの恋路だけで精一杯なの。あんたのことまで面倒見きれないわ。

 

「ティア、私達もそのうち弟子とか取っちゃう?」

「何で急にそんな話になんのよ」

「だって私達もなのはさん達の弟子みたいなものだし、ヴィータさん達も教室みたいなの開いてるらしいし」

「だからって私達までやる必要ないでしょ。大体私達にはまだまだ経験が足りない……」

「うるせぇぞお前ら! 他にも客は居るんだから少しは大人しくしやがれ!」

「「「「す……すみません」」」」

 

 

 



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