ナイトローグの再評価を目指す話 (erif tellab)
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ナイトローグの再評価を目指す話


こういう意味の再評価じゃないと思った貴方は正常です。自信を持ってください。


 世間のナイトローグの評価は、次のような感じである。

 

  弱い。くそ雑魚ナメクジ以下。性能で負けて経験で負ける。過去の栄光。ブラッドスタークに接待させられていた。リストラ。ブラッドスタークは現役なのに情けない奴。内海の手に渡っても地上波には出ていないから、実質のクビ。トランスチームガンの霧を出すやつしか実用性がない。ホテルおじさん。

 

  こうして見ると、ナイトローグの再評価を目指していくのは結構辛いのではないのだろうか? 大体が氷室幻徳のせいでマイナスイメージが厚塗りされているため、ちょっとやそっとでは限りなく不可能に近い。

  まぁ、再評価してやる義理はこちらにないのだけども。しかし生まれてこの方、ナイトローグに変身する事やサバイバル術以外に取り柄を覚えた事がない。他にも生き方は知っているが、ナイトローグの再評価活動をするのが何かと楽だった。

  そんな訳で、取り敢えず川に溺れたお婆ちゃんを助けようと思う。

 

「ありがとね~。おかげで助かったよ~」

 

「いえいえ、当たり前の事をしただけです。それじゃ」

 

  やや呑気なお婆ちゃんを川から上がらせ、遠くから見守っていた野次馬たちに後を投げる。タオルとかは持ち合わせていないので、誰かが用意してください。

  ナイトローグの格好はやたらと悪目立ちするので、急いでその場から飛んで逃げる。背中に生やしたコウモリの翼は短距離しか飛翔できないにしても、慣れれば一キロ以上は余裕で稼げる。

 

「最近の若い子は飛べるのね~。あら? 違うかしら?」

 

  後ろの方からヘルメット越しに、お婆ちゃんのそんな声を拾う。呑気と言うよりは天然だったようだ。

 

  ナイトローグとは、トランスチームシステムによって装着・変身できるパワードスーツだ。カテゴリーは一応、軍事兵器。多分、宇宙には行けると思う。

  そんな兵器が社会に平和的な貢献をするなんて、どれだけ最高な皮肉だろうか。ゴミ拾いをしたり、泥にタイヤが捕まって抜け出せない車を助けたり、街に迷い込んだイノシシや鹿を森に帰したり。モノは使いようとは良く言ったものだ。

 

「おーよしよし。今降ろすからねー」

 

「にゃー」

 

  木の上に登って降りられなくなった猫を助け、飼い主であろう少年の元へ返す。

 

「わー! ありがとう、お兄ちゃん! ……お兄ちゃん?」

 

「私の名前はナイトローグだ。覚えなくてもいい。それじゃあね」

 

  俺はそれだけ言い残し、上半身に設けられた複数の筒――セントラルチムニーから黒い霧を噴出させ、その中に紛れて姿を眩ます。これは移動手段にもなり、空間転移の真似事ができる。原理は知らない。

  これを使って日本各地で無差別に活動する事により、世間に対するナイトローグの匿名性を倍増させる。どんな組織が相手でも、こうでもされれば俺個人の特定は極めて難しくなるだろう。ただし、一定回数の使用後はインターバルが必須となる。どんな銃も銃身が焼ければ使えなくなるのと似たようなものだ。

 

  トランスチームシステムとは、大型拳銃型の専用機器“トランスチームガン”にフルボトルと呼ばれる手のひらサイズの小物を挿し、色々な効果を発揮させるものである。一に変身、二に単体武器としての使用ぐらいしか幅はないが。

  ナイトローグの変身に必要なフルボトルはコウモリの名を冠する“バットフルボトル”。全体的に色は紫だ。また、フルボトル単体でもシャカシャカと振れば、ボトルに込められた成分による特殊技を扱えるようになる。

  今回のはコウモリだから、理屈上は生身でコウモリごっこができる訳だ。日常で使うものではないな。それなら変身した方が楽だし強い。

 

「万引きよぉー!! 誰かー!」

 

「引ったくりよー!!」

 

  例えば、こんな時。一ヶ所で泥棒が二人同時で現れたとする。万引き犯は走りだが、引ったくり犯はバイクで逃走している。この二人を捕まえるつもりなら、まず生身では無理だ。

 

「はーい、お縄につきましょうねー」

 

「「はあっ!?」」

 

  変身している状態なら、走りでいとも容易くバイクに追い縋れる。こうして二人組の犯人を捕らえ、簀巻きにした上で交番に届け出るのだった。

  その際、警察官からものの見事に職務質問されたのはここだけの話だ。

 

「君、仕事は一体――」

 

「年は十五! 仕事はボランティア! これは趣味のコスプレです! それでは!」

 

「あっ、待ちなさい!!」

 

  しかし、百メートル四秒くらいの走力で警察官を振り切ったのは失敗だったと後悔している。そんなパワードスーツ擬きのコスプレセットなんてどこにあるんだ。

  また、非力な学生を集団リンチしているふたちの仲裁に入った後の帰り道。とあるビルの壁面のアレで流れるニュースで、俺の事が取り上げられていた。

 

『――ここ数週間の出来事です。日本各地で、まるで特撮に出てくるようなコスプレをした不審者が、人助けをおこなう事件が発生しました。不審者は“ナイトローグ”と自称しているようです。多くの目撃証言や防犯カメラの映像が寄せられていますが、足取りは掴めておらず――』

 

  この時、俺は人混みの中でのんびりとニュースを見ていた。溶け込みはできずとも、警察官以外に余計なちょっかいを掛けてくる人なんてそうそういないと思っていたからだ。しかも、コスプレイヤーと一見しそうな格好だ。通報も簡単にはされないだろう。

  周囲の視線は気にする事なく、遂に俺の再評価活動が表立ったのだと感慨深くなる。仮面の下で、頬がものすごく緩みそうだ。モチベーション維持にも繋がる。

  だが、その考えは非常に甘かったと思い知らされた。

 

『なお、出現位置に度々ISの反応があるとして、政府よりナイトローグの指名手配がされました。日本製のISとは異なった特徴により、アメリカや中国、ロシアなどに関与が疑われていますが、各国は今のところ否定しています』

 

  一体誰が、ナイトローグがIS扱いされるなどと予想できたのだろうか。女性にしか使えないはずのパワードスーツだと。

  インフィニット・ストラトス――略してIS。元々は宇宙空間で活動するものを、世界がこぞって軍事兵器とか競技用とかに改造したものだ。総生産台数は四桁も越えていないが、空戦だとべらぼうに強い。水中戦とかも地味に強い。誘導兵器の対策をしていれば、ラプターなどの最新鋭戦闘機に舐めプで勝てるポテンシャルを秘めている、実に宇宙的な存在である。これでミノフスキー粒子とかもあった日には、世界中の軍隊が赤ん坊のようにヤメテと泣き出す事だろう。

  すなわち、俺がこうして歩道のど真ん中で突っ立っているだけで、結構ヤバめな国際問題や混乱をもたらす事になる。何の罪もないナイトローグに更なる風評被害をもたらすとか、なんという事だろうか。IS絶対に許さねぇ。

  一先ず、俺は急いでその場から立ち去った。常に変身していては位置が特定されるらしいので、大人しく変身解除しようにも奇襲とか怖いから明け暮れる。近くの海辺で夕日を眺めながらじっと体育座りしていたら、ヘリや戦闘機が俺に向かって飛んで来たのは貴重な経験だった。

  そうして追っ手が来る度に、霧を噴き出すあの空間転移で振り切る。一時は再評価活動を中止しようかと思ったが、もはや生き甲斐になっている以上は手放すのが惜しくなる。中途半端で終わらせるのも、何だか癪で嫌だった。どうせなら、バカにする人がいなくなるぐらいにまで活動したい。

  それに、ISを勝手に所持しているという罪を背負ってしまったのだから、後戻りはできない。自然と俺に残された道は、たった一本しかなくなった。

 

「すみません。沖縄に住み着いたマングースとかお魚とかの外来種の駆除をしたいんですけど、これって無断でやったらダメですよね? 許可とかはどうすれば下りるのでしょうか?」

 

「は、はぁ……」

 

『ナイトローグに告ぐ。君は完全に包囲されている。無駄な抵抗はやめて大人しく出てきなさい。お国の母さんが泣いているぞ。こんなナイトローグにするために育ててきたんじゃないって』

 

  これは沖縄県の市役所での出来事だ。窓口の女性事務員に話を伺っている最中に、いきなり外から拡声器で通告されたのだった。きっと、役所内にいる誰かが通報をしたのだろう。

  むやみやたらと迷惑を掛けるつもりはないので、俺は素直に外へ出る事にした。敵意がない事を示すため、丸腰の状態で両手を上げる。トランスチームガンなどは気付けば消えていたが、まぁよくある事だ。

 

「はい! 大人しく出てきました!」

 

「確保ぉぉぉぉ!!」

 

「すみません!! 逃げさせてもらいます!!」

 

  セントラルチムニーから霧を噴き出し、その場を後にする。ナイトローグになった事への贖罪ならば、刑務所や研究所にぶち込まれるのではなくボランティアや人助けで償いたい。

  公務執行妨害や逃亡罪も背負う事になる? 上等だ。その倍の量の再評価活動をするのみ。俺はもう止まらない。止まれない。止まってはいけないんだ。

 

「スクープです! 見てください、ナイトローグがホームレスへの炊き出しを手伝って……あぁ!? 警察が駆け付けてきました! ナイトローグを捕まえに来たのでしょうか? ヘリや特殊部隊、ISである打鉄も確認できます。あ、ナイトローグが背中にコウモリの翼を出して空を飛びました! 打鉄が必死に追い掛けていきます!」

 

  とある炊き出しの手伝いにて。テレビカメラがやって来たり、野次馬が集まってきたりと、周りは騒動になっていた。それでも、料理を盛った紙皿を受け取るホームレスたちの綻んだ表情は、俺にとってはかけがえのない思い出になるのだった。

  できる事なら、NPO団体と協力してこの人たちの社会復帰を手伝っていきたい。だが、この国の政府がそれを許さなかった。セントラルチムニーの酷使で空間転移は一時的に使えなくなったので、代わりに大空へと羽ばたく。

  その直後に、バカデカイ専用アサルトライフルを構えた打鉄が俺にピッタリと追従してきた。ヘリは完全に置いてきぼりになり、二人だけの逃走劇が始まる。

 

「そこのナイトローグ!! こちらには発砲許可が下りている! 停止命令を聞かないのであれば、撃ちます!」

 

「私にはナイトローグ再評価という使命がある! 日本が俺を排するのであれば、世界中を駆けずり回って貧困者を助ける募金を呼び掛ける作戦に移らせてもらうぞ! 他にやる事ないから!」

 

「やめなさい!?」

 

  そんなやり取りをしながら、どうにか目の前の打鉄を振り切る。背後に街を取るようにして逃げたのが功を奏した。迂闊に流れ弾を出せない相手の心理を突く随分と卑怯な逃げ方だったが、甘い事は言っていられなかった。

  ただ、この手が通用するのは一度までだった。俺を呆気なく絶望させる者が襲来してきたのは、学校の屋上から飛び降り自殺を図ろうとした男子学生をちょうど助けた時だった。

 

「待たせたな」

 

「ブリュンヒルデ来た! これで勝てる!」

 

「……へ?」

 

  助けた男子学生にケガは一切ない。それどころか、助けた本人から感謝の念と憧憬の眼差しを受ける始末。なのにこの仕打ちだ。

  普通のパイロットが操る打鉄一機だけなら、セントラルチムニーのインターバル中でも逃げれる自信があった。今もインターバルの真っ最中だし、男子学生が二度も自殺を試みるかもしれないから放っておけない。相手も相手で、応援が来るまでは一人だけだったから、睨み合いになるだけで手を出してこなかった。まさか……まさか織斑千冬がやって来るなんて。

  織斑千冬とは、端的に言うとISバトルの世界大会で優勝した強い人だ。二十代前半と若く、相対するのがテレビを介してなら、ちょっと関心を持つに留まっただろう。この人から真っ向に出会って、無事に逃げ切れる自信がない。

  そして案の定、男子学生の保護は先に来た人に任され、織斑千冬が俺の追撃に出た。霧ワープが依然として使用不可だからとても辛く、焦って背を向ければブレード片手に一瞬で肉薄してくる。

  俺と彼女の技量差と戦意の差は一目瞭然だった。こちらは必死にスチームブレードを振り回すが、得物の扱い方なら彼女がダントツで上。そもそも、俺は相手をしっしと追い払う気でいたから、重たい斬撃を受け止めたスチームブレードがあっという間に手元から弾かれる。

  ダメ元でトランスチームガンを使おうと思い至るが、スチームブレードを放したばかりの利き手が痺れている。本格的な戦闘なんて初めてだった。素人でもわかる。彼女は、織斑千冬は俺を殺す勢いで攻めかかっている。

  そうこう戸惑っている内に腕を取られ、肩の関節が極められる。ついでに地面へ強く押し付けられ、万事休すとなった。セントラルチムニーはまだ休息している。

 

「はぁ……はぁ……。わかった、大人しく捕まる。だがその前に、ユニセフ――」

 

「ダメだ。貴様を連行する」

 

「う、うわああぁぁぁぁ!?」

 

  せめてもの望みを告げるも空しく、そのまま変身解除されるまでボコボコにされる。かくして俺、日室弦人は捕まってしまうのだった。

 

 





Q.このナイトローグは他にどんな事をしているの?

A.基本的に餅は餅屋に任せるスタイル。タバコの吸殻を拾ったり、掃除をしたり、災害や事故現場に向かって怪我人の応急手当てを手伝ったり、迷子になった子供の親を懸命に探したり、ぎっくり腰の年寄りを運んであげたり、カツアゲ現場を差し押さえたり、まぁ色々ですね。




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ナイトローグのビギンズナイト(お昼)


ネビュラガスを受けて怪人化しなかった人は、ムダ毛が生えにくくなる説を提唱します。ローグ受領前は長い間牢屋にぶちこまれていたはずのげんとくんに、無精髭が目立っていなかったからです。

え? 立派なお髭を生やしている理由? そこだけ育毛剤を塗っているのでしょう、多分。とても綺麗に整ってますよね、あれ。威厳があります。


 あの後、捕まった俺は牢屋や病院などに散々たらい回しにされた挙げ句、トランスチームガンとバットフルボトルなどを没収された上で取り調べを受けていた。

 

「日室弦人」

 

「……はい」

 

  淡々と名を呼ぶ取り調べ役の男に、俺は力なく答える。ぶっちゃけると取り調べは自衛隊、警察、日本政府と何度も相手の所属が変わっている。大体は、ナイトローグの素性が知れなかったせいだ。

  国籍不明。身元不明。ナイトローグの製造元も不明、と言うよりもナイトローグが地味にオーバーテクノロジーの塊。自業自得と言えばそれまでだが、これは仕方ない。

 

「貴様の名だが、戸籍情報を調べたところ該当するのは九件。最近のものでも、五年前の航空機事故で亡くなった十歳の少年しかない。どういう事だ? 見たところ君は中高校生くらいか。何故、未登録のISコアなんかを所持している?」

 

  これも何度も聞かれた。特に警察。俺の証言をそちらの方で裏付けに尽力し、証拠や当時の目撃者を揃えたにも関わらず、耳を終始疑わさせているせいで同じ質問を繰り返すのと、まるで変わらない。

  そんな彼らが度々ウソ発見器を持ち出す姿は、意外と滑稽だった。そして俺がウソを言っていないとわかるや否や、誰もが死んだ魚のような目をする。

  しかし、だからと言って「物理的に説明不可能で不思議な事が起きました」との一点張りをする訳にはいかない。取り調べをする人たちは全員、納得の行く回答を求めている。わざわざ黙秘権を行使する理由もないのだから、俺は快く話を切り出す。

 

「わかりました、話します。あれは今から五年前の事……」

 

  今でも昨日の事のように思い出せる。あれは個人的に、戦いとは呼びたくないものだった。ノーカウントでお願いしたい。

 

 

 ※

 

 

  全ての始まりは五年前。おそらく当時十歳だった俺は、気がつけば無人島に放り出されていた。その時に一緒だったのはストロングスマッシュと、着替えとナイトローグ変身道具一式が入ったスーツケースだった。

  最初は訳がわからなかった。何の脈絡もなく幼い子供になっていて、隣にはストロングスマッシュがいるのだから。夢かと思って頬をつねってみれば痛く、ストロングスマッシュを着ぐるみだと思って背中のファスナーを探してみれば、そんなものは見つからない。

  まさに悪夢の一言。理解が追い付かなかった。ストロングスマッシュに“本物の怪人”というブランドが付く時点で、思考回路がショート寸前だった。問答無用で襲ってこなかったのが、せめてもの救いだ。

  さらに、スーツケースの中から取り出したバットフルボトルを振ってみると、数式が質量を持った物体としてフワフワ飛び出してくる始末。この事実を素直に受け止めるのには、時間が掛かった。

 

『やりなさい……ナイトローグの再評価をやりなさい……』

 

  しかも幻聴か、エコーの掛かった天の声みたいなのが聞こえてくる。違法ドラッグとか使ってないんだけど、おかしいな。病院に行かないと。

  だが、病院に行きたくても浜辺から見える景色は地平線のみ。人がこの島を出入りしている気配や跡もなく、たくさんの漂流物が行き着いている。隅々まで探索しようにも、この体格では探索範囲に限界がある。また、何よりも食料の調達が最優先だった。

 

『あげなさい……ハザードレベルをあげなさい……』

 

  幻聴は鳴り止まず、遂にぶちギレた俺は手にしたトランスチームガンを咄嗟に空へ向ける。

  トランスチームガンまで本物の訳がない、オモチャに決まっている、バカな事をしているとか、そんな事を一々考えていられるほど気持ちに余裕はなかった。がむしゃらにトリガーを引く。

  すると、トランスチームガンに小さめ反動が起きたと思いきや、銃口から一発の光弾が発射された。光弾は空高く飛んでいき、やがて見えなくなる。途中で光弾自体のエネルギーが減衰し、消滅したのだろう。

  ここまでされると、俺は唖然とするしかなかった。煩わしい天の声もそれを最後に聞こえなくなる。次に待っていたのは、希望や幸せを見出だせない明日を生きていくための苦行だった。

  サバイバルナイフの代わりはスチームブレード。工作面での不便さはいくらか解消されたものの、十歳の身体では大きすぎて持て余してしまう。後で色々調べてみたが、案の定これも本物だった。

 

  いきなりの無人島生活に耐えられたのは、一週間だけだった。ストロングスマッシュは飲まず食わずでただいるだけ。どんなに頼んでも、何の手伝いもしてくれない。両親や友人がいるかどうかすら定かでないのだ。生きる気力を脆くも失った俺は、拳銃自殺ならぬトランスチームガン自殺を試みる。

 

「いっでぇぇぇ!?」

 

  しかし、こめかみに少し血が出る程度で死ぬには至らなかった。それから首吊りや毒物摂取などを試すも、死ねない。首吊りは首が異様に頑丈すぎたせいで失敗し、毒物摂取は長時間気を失うだけに留まる。

  その次は入水に挑戦するが、そんな時に限ってストロングスマッシュが食い止めに入り、何度も失敗に終わる。

 

「ふざけるなよ! こんな時だけ助けてさぁ! 人生のやり直しなんていらない! 返せ!! 俺の日常を返せ!! 人生を返せ!! 俺を殺せぇぇ!!」

 

  そして、そのまま殴り合いに発展。バットフルボトル片手にストロングスマッシュを殴るが、まるで効かない。屈強に肥大化した上半身と堅牢なボディを持つだけあって、防御力は並外れていた。

  その硬さは怒りで我を忘れていても伝わり、俺は拳を痛めて悶絶してしまう。今度はストロングスマッシュが俺に殴り掛かり、重体にならない程度にボコボコにしてきた。

  この時点で俺は色々と察した。ストロングスマッシュに俺を死なせるつもりはなく、首吊りや毒物摂取を黙認していたのは死なないと理解していたから。そして、どういう訳か俺の肉体にはネビュラガスが注入されており、キン肉マンみたいな超人になっていると。

  ボコボコにされた後は、大の字になって地面の上に転がった。次第に頭が冷えていき、今までの考えが反転する。

 

「……生きるか」

 

  まだ絶食や投身自殺を試していないが、どうせ失敗するのは目に見えていた。逆に、死なないという事実は、俺の心を勇気づけるのに十分だった。

  それからは心機一転し、前向きに無人島生活を謳歌する。気持ちを切り替えれば、周りの景色も輝いて見える。無人島で暮らす事に、楽しさを覚えてしまった。

  超人化の影響はすこぶる健康でいられたり、快眠ができたり、ムダ毛がなくなったり、把握しているだけでも様々だ。些細なケガなら、あっという間に完治する。超人としての豪快な新しいサバイバルの術を見つけられて、これまた楽しい。まだナイトローグへの変身はできなかったが。

  トランスチームガンなどの道具は、損傷が勝手に直ったり、捨てても独りで戻ってくる仕組みを持っているのがわかった。海の彼方に投げ捨てたはずのバットフルボトルがズボンのポケットの中に入っていたり、ホラーさながらだったのは良い思い出。呪いとか言っちゃダメ。

 

「ちくしょー、負けた! 明日こそ勝つからな!」

 

「――! ――!」

 

  また、ストロングスマッシュとの組手も日課となっていった。ストロングスマッシュもこうして俺とふれ合う事に心踊っているようで、とうとうサバイバル生活の手伝いを打って出るようになる。怪人も時が経てば変わるものだ。

 

  ただし、それと同時に転換期も訪れる。五年近く経過した頃、この無人島に一隻の小型船がやって来たのだった。乗船者は全員、日本人だ。

  きっとテレビ番組の無人島企画とかの下見に来たのだろう。それよりも俺は、この無人島が日本国内にあると知れて歓喜した。

  このまま彼らについていけば本土に上がれる。孤島ではない日本の地を踏み締める。柔らかい布団に巡り会える。そう考える、いても立ってもいられなくなった。

  だが、喜びに浸っているのも束の間、乗船者たちを見つけたストロングスマッシュの目の色が瞬く間に変わり、突如として彼らを襲撃する。

 

「やめろ!! この人たちは敵じゃない! 襲うな!」

 

「――!!」

 

  いきなりの蛮行を俺は必死に止めようとするものの、暴走したストロングスマッシュの圧倒的な怪力の前には歯が立たない。過去の組手で、俺がコイツに勝った事は一度もなかったのだ。

  俺が目の前に立ち塞がれば、片手間で殴り飛ばされる。ガッシリと腰にしがみつけば、容易く振り落とされる。バットフルボトル込みで殴ればダメージが入るぐらいにまで成長したが、まだ相手の方がダントツに強い。その上、今回のストロングスマッシュは本気を出していた。

  やがて重たい腹パンをもらい、俺は痛みに耐えかねて敢えなく地に伏せる。どうにか立ち上がるが、当の下手人は乗船者の一人にちょうど追い付いた時だった。今から駆け付けても、もう間に合わない。

 

「嫌だぁ! 死にたくない! 死にたくなぁい!?」

 

  ストロングスマッシュが最初に狙いを付けた人は、かなりの臆病だったようだ。それゆえにか、ボコボコにされた俺を見た後で大いに悲鳴を上げる。尻餅をつき、無様な逃げ方をする。他の乗船者は、我先にと小型船に戻っていた。

  あぁ、見捨てられたんだなぁ。仕方ない、だってストロングスマッシュなんだもん。贔屓目に見ても、怪人のコスプレをした不審者なんだもん。それが俺みたいな子供を遠慮なく巨大な拳で殴り倒すのだから、とてつもない恐怖感を抱いてしまうのはしょうがない。

  ここで俺がピストルでも持っていれば、それを撃って注意を俺に向けさせる事ができたかもしれない。しかし、無い物ねだりしても意味はない。

  すると、いつの間にか俺の手にはトランスチームガンが握られていた。この瞬間移動の詳しい原理は、相変わらず意味不明だった。だが、おかげで一縷の望みが拓かれた。

  トランスチームガンをストロングスマッシュの無防備な背中に向けて発射。数発の光弾が相手の装甲を僅かでも穿ち、乗船者に馬乗りしようとした奴の意識が一気に俺へ向く。同時に、殺意の篭った無慈悲な眼差しも向けられた。

  標的を俺に変更したストロングスマッシュは、全力疾走してくる。このままでは、単に殺される順番が変わるだけになるだろう。だから俺は、咄嗟にバットフルボトルをトランスチームガンにセットし、トリガーを引いた。

 

 《Bat》

 

「うわあああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 《Mist match!》

 

  トランスチームガンの銃口より黒い霧が大量にまろび出る。俺はそれに包まれながら走り出し、ストロングスマッシュとお互いに拳を交わした。

 

 《Bat. BaBat. Fire!》

 

  霧に紛れて花火が散らされる中、ストロングスマッシュの振り抜かれた剛腕は俺の頭の横をすり抜ける。代わりに、ナイトローグへの初変身を果たした俺の左ストレートが、奴の胸部に深くめり込んだのだった。

 

「――!?」

 

  殴った反動でストロングスマッシュの身体が浮かび上がり、後ろに倒れる。この隙を逃さず、俺は心を鬼にしてトランスチームガンにバットフルボトルを再度セットする。

 

 《スチームブレイク!》

 

  間髪入れずにトランスチームガンの照準をストロングスマッシュに向け直し、必殺技を放つ。通常よりも威力が数倍以上に膨れ上がった光弾は、ストロングスマッシュの胸を真っ直ぐ撃ち抜く。

  スチームブレイクの直撃を受けたストロングスマッシュはその場で脱力し、静かに横たわる。行動不能に陥っただけで、まだ生きているのは確かだった。

 

「ひぃぃぃぃぃぃ!?」

 

  乗船者たちの方を見てみると、置いていかれた人も無事に小型船へと乗り込み、たちまち無人島から離れていった。あの悲鳴が耳に残り、頭の中から離れない。

  あの人たちの跡を辿れば、日本に問題なく辿り着けるだろう。唯一、気掛かりな事と言えば……。

 

「――」

 

  先ほどの暴走が嘘のように収まり、黒くてつぶらな瞳に戻るストロングスマッシュ。時間が経てば元気に復活するだろうが、また誰かを襲ってしまえば話にならない。

  コイツと平和に過ごしたいのであれば、無人島生活の続行するべきだ。だが、俺は何がなんでも本土に上がりたい。コイツ以外の誰かと、人の繋がりや温もりを手にしたい。ここだけの世界で俺自身を完結させたくなかった。

  だけど、それを求めると必然的にストロングスマッシュを倒さなくてはならない。連れてはいけない。今まで苦楽を共にしてきたのに、酷すぎる話だ。悲劇を生まないために徹底して芽を摘むべきなのは理解できても、躊躇がどうしても生まれてしまう。

  すると、気を落とす俺に応じるかのようにして、ベルトの横にエンプティフルボトルが一本生まれた。これが何の意味を指すのかは、嫌でもわかった。ストロングスマッシュの成分を抽出しろ、という訳だ。それはある種の死を意味する。

  無造作にエンプティフルボトルを手のひらで転がす。使おうにも決心が付かず、ついついストロングスマッシュに目で尋ねてしまう。俺はどうすればいいんだ? と。

  これに対して、ストロングスマッシュは何も喋らなかった。ただ、表情では「お前の望みを優先しろ」と語っていたような気がした。自分の生死が掛かっているのに、優しく微笑んでいた。

 

「……ごめん」

 

  その日、ストロングスマッシュは跡形もなく消え去った。

 

 

 ※

 

 

「……本当にその当時の目撃者がいるとは」

 

「だから言ったじゃないですか」

 

  今度の取り調べ室では、織斑千冬さんとの対面が待っていた。手元の資料も参考にしながら事実確認をおこなう千冬さんは、どこか遠い目をしていた。

  わかるよ。クライシス帝国の皆さんも、キングストーンの奇跡にはしょっちゅう仰天させられていたから。本当に話の前半部分が不思議すぎるのに、後半部分でいきなり裏付けが取れているから混乱するのも無理はない。結局、ナイトローグの出所は明かされてないし。

  え? トランスチームガン以下が勝手に戻ってきていない理由? 勝手に戻るのは紛失とかの条件に当てはまった時に限り、今回は他人の手によって没収されているからナシ、と解釈している。正しい事は知らない。

 





Q.ストロングスマッシュの成分を閉じ込めたフルボトルの行方は?

A.テープでぐるぐる巻きにして封印しています。浄化できるアテがないので。


Q.この世界におけるナイトローグの扱いは?

A.トランスチームガンとバットフルボトルのセットで初めて運用できる、ジョイント型のISコア。分離状態ではろくに機能を持たない上、扱うのに最低ハザードレベル3は必須。

……すみません、さっき適当に考えました。



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ナイトローグに対する世間の反応


ナイトローグのインナーは屋内や日陰だと黒、太陽の下だと茶色に変わるらしい。


 ナイトローグ逮捕の報は、世間で良い意味でも悪い意味でも賑わっていた。

  まず、ナイトローグの装着者が男性である事について。実質、世界で二人目の男性IS適合者の出現により、日本だけでなく世界が騒然とした。中には、ナイトローグの慈善活動は日本のマッチポンプだと批難する国もいたが、大半が日本の技術力でナイトローグを作り上げるのは不可能だと主張している。この主張の原因は、主にナイトローグの霧ワープによるものだ。アメリカやロシアすら、解明に匙を投げ掛けている。

  次にISの生みの親である篠ノ之束の仕業だと考えられたが、これは政府だけでなくテレビ番組の方でも「慈善活動や人助けをさせている意味が不明」として、瞬く間に一蹴される。

  また、とある報道番組による街の聞き取り調査では、ナイトローグに対して肯定的な意見が多く占めていた。いくつかの例を上げると、次のようになる。

  一人目、母親と手を繋いで歩いている幼い少年。

 

「ボク、ナイトローグとまた会おうって約束したんだ。握手もした。なのに逮捕されちゃって……もうナイトローグには会えないの? 処刑されちゃうの? うえぇぇぇん!」

 

  二人目、不良男子。

 

「えっと……俺、仲間と一緒にこの間オヤジ狩りしようとしてたんですけど……そこにいきなりナイトローグが現れて『オヤジ狩りはよくない。やめなさい』って言われました……。その、最初は単なるコスプレ野郎って思って殴ったんですけど……殴ったこっちが痛かったです。あれはコスプレじゃなく本物だと気づきました。不気味で怖かったです。……あ、今は別に悪い事してないっすよ! 心入れ替えました!」

 

  三人目、メガネを掛けたサラリーマン。

 

「ナイトローグ? あー、この前助けてもらったよ。メガネをうっかり池に落としてさ、代わりに拾いに行ってくれたんだ。いやー、まさかアレがISとはねー」

 

  四人目、何か怪しい人。

 

「ナイトローグの中の人が美少女じゃなかったので幻滅しました。ナイトローグのファンをやめます」

 

  五人目、もはや高校入学を待つだけの女子中学生。

 

「ええ! 自動販売機の下に小銭を落とした時にやって来たのよー。あんな格好してたけど、ものすごく親切だったわ。スーツ越しでもわかったの。心がイケメンで、イイカラダをしてて……あら? 見劣りするけど意外とイケメンなのね。キライじゃないわ!」

 

  六人目、すらりと背が伸びている元気なお爺さん。

 

「助けてくれたお礼にかりんとうをあげたら食べてくれてねぇ。今時の若い子は見向きもしないのに、あの子は美味しい美味しいって。かりんとうの良さを知ってもらえて嬉しかったよ」

 

  七人目、自転車通学の学生。

 

「えー、この前、財布を落としまして。朝の時間だったのですけど、財布を拾ってくれたナイトローグがダダダっと走って追い掛けてきました。初めは、何故か自分の財布を天に掲げてるヤベー奴だと思って自転車を全力で漕いだのですが、あっさり追い付かれました。彼が落とし物を届けに来ただけだと知ったのは、その後です」

 

  このように反応は様々であり、確認されているだけでもナイトローグの慈善活動の件数は二百を突破している。活動期間はほんの一ヶ月だ。その上、拘束されたナイトローグを守るために、数千人規模のデモ行進が国会議事堂前で発生した。

  これに先立って、公開されたナイトローグの装着者“日室弦人”の親族の名乗り上げが続出。公的機関による親族捜索に呼応する形であるものの、本人と推定されるものは事故死で処理。家族も他界しており、親族を騙ったウソの申告が多いために政府は彼の身柄を保護するとの発表を示す。だが、混乱は未だに収まらないのだった。

 

 ※

 

  拘束されてから何日経過したのだろうか。ここ最近、取り調べ室ばかりにいたから体内時計が狂っている。居眠りしたいのに一睡すら許さないとか、人間の扱いではない。あ、俺ネビュラガス注入されているんだった。そもそも人権が適用されない。

  ……いかんいかん。暗い事を考えてはダメだ。ナイトローグ再評価活動は生き甲斐でもあり、やり甲斐でもある。俺、この取り調べが終わったらカンボジアに行って、地雷の除去を手伝うんだ……。

  すると、千冬さんから次の宣告が言い渡される。

 

「日室。身寄りのないお前には二つの選択肢しか残されていない。一つは自発的にIS研究の手伝いをするか、もう一つは強制的に研究の――」

 

「はい! 快く手伝わせていただきます!」

 

「では決まりだな。IS学園入学の手続きを済ませるぞ」

 

  ごめん、カンボジア。変身道具一式を没収されているから、脱走してでも地雷除去を手伝えそうにないや。本当にごめん。己の命の危険を感じ取ってしまったんだ。

  男性IS適合者の希少性は耳にたんこぶができるほどにまで聞かされた。IS平等化や女尊男卑の社会を変えたい人々にとっては、俺はまさしく目に鱗、宝の山、最高のモルモットである。社会的に世界を破壊できるだけの危険性を秘めているので、慈悲はない。多くの偉い人に目をつけられるのだった。

  ただし、ナイトローグの再評価活動をしていた甲斐もあって、いくら身寄りのない俺でも日本政府は世間体を気にした待遇にせざるを得なかったそうだ。情けは人のためにならずがここで実証されるとは、世の中わからない事ばかりだ。

  その待遇とは、IS学園の強制入学。後々に髪の毛でのDNA鑑定で俺が日本人である事が証明されるようなので、場所が国際的な学校でも一応は日本国籍になる訳だ。

  そして、気が遠くなるような書類手続きを済ませた後、千冬さんから直々にバットフルボトルが返還された。他はない、まさかのこれだけ。返却物の不備に俺は言及する。

 

「えっと、トランスチームガンとテープ巻きにしたボトルはないんですか? どうしてこれだけ……」

 

「ナイトローグの逃走能力を分析した結果だ。逃げ出さないように爆弾付きの首輪を着ける案も出ていたが、人道的な観点からして却下された。当たり前だがな」

 

「いや、こうなったからにはもう逃げませんよ? 高校生活の休日、祝日は校内のクリーン活動に参加するつもりです」

 

「それは用務員に任せておけ。それと、ストロングスマッシュの成分とやらを閉じ込めたボトルの件だが、あらゆる意味での貴重なサンプルだ。解析が済めば返却される予定のトランスチームガンと異なり、こればかりは厳重な管理下に置かれる。構わないな?」

 

「……はい」

 

  ストロングスマッシュの扱いの是非は、現時点では素直に頷くしかなかった。いきなり暴走して人を襲った原因は未だに不明だが、解決策が浮かばないのなら封印措置でも取った方が、おそらくストロングスマッシュにとっても幸せだと思う。俺はアイツを、人殺しにさせたくない。

  一応、トランスチームガンとかの説明はできる限りおこなった。ただ、何だか事故が起きそうでとてつもなく不安だが、俺にできるのは安全を祈る事だけだ。自分の手の届く範囲に取り戻そうにも、保管場所を知らないし。

 

  そうして季節は三月下旬。入学そのものは決定事項であるので、入試は完全に形だけのものとなっていた。だからといって手を抜くつもりはなく、筆記試験は全力で取り組ませてもらった。しかし、IS関連の問題がてんでダメだったのは苦い記憶である。

  ISに搭乗する実技試験は、内容が模擬戦からバットフルボトルの運用試験に変更された。研究員曰く、持ち主本人の運用データが欲しいとの事。この口振りだと、自分たちでもフルボトルをシャカシャカ振ったのだろう。高校入試が完全に他者に介入されているが、深く考えない事にする。

  また、実技試験担当官は千冬さんだったので、次から彼女の事を織斑先生と呼ぶ。先生呼びを忘れると怒られるので注意だ。

  場所はIS学園のアリーナ。広場の周りはシールドエネルギーのバリアで常時保護され、脱出も侵入も難しい。電力さえあれば、とにかくずっとバリアを張れる仕様だ。観客席への安全にも配慮している。

 

「生身はもういい。次はISに乗り込め」

 

「はい!」

 

  織斑先生の指示の元、ISスーツを着た状態でそそくさと打鉄に乗り込む。ネビュラガスの恩恵だろうか、ナイトローグ以外のISでも普通に乗れるのだった。……浴びた覚えがないのにネビュラガスのおかげってどういう事だ?

  バットフルボトルはパワースーツ越しでも効力を発揮した。しかし、飛び出す数式の量は生身の時とあまり変わらない。それからは、時たま入ってくる研究員のオーダーも叶えながら、コウモリごっこに興じるのだった。

 

「すごい……飛び出す数式の数が平均値の三倍だ! 本人と別人だと、ここまで差がでるのか……」

 

  途中で研究員のこんな発言も飛んでくるから面白い。取り敢えず全員でフルボトルを振ったのが、言外に窺える。この人もバットフルボトル片手に、天井にぶら下がって忍者の真似事とかしたのだろうか?

 

「次だ。今度はこの鉄の塊を殴れ。ボトルを握った状態でな」

 

「わかりましたぁ!!」

 

  織斑先生に言われた通り、用意された鉄塊に渾身の右ストレートを決める。鉄塊の殴られた箇所は砕け散り、握り拳が浅く埋め込まれる。しかし、真っ向から受け止めるには踏ん張りが足りなかったようで、ボルト付き固定台もろとも鉄塊は大きく後ろに吹っ飛んでいった。

  鉄塊が宙から地面へと落ちていく様子は、まるで山道から崖へ飛び出す自動車のようだった。端から見ているだけでは、それぐらいに鉄塊の重量感は伝わってこない。実際に殴りでもしなければ、薄っぺらくにしか思えないだろう。

 

「なんて事だ! 加速していない状態の打鉄にあれほどのパンチ力はないはずなのに……!」

 

「比較データ出します。あ、数値上の威力では戦車の装甲が凹みますね。パンチで。普通なら打鉄の拳が先に破損するからありえませんが」

 

  横では研究員たちの会話が飛び交う。確かに、打鉄の右拳には外見上でもシステム上でも損傷は見受けられない。打鉄から眼前に映される立体映像では、状態は緑色を示している。

  今思えば、ナイトローグに変身している時もこんな立体映像が見えていた。画面端にはシールドエネルギーの残量値も表示されていたり、二つの相似性に後で気づく。ナイトローグにおけるシールドエネルギーの意義が気になるところだ。もしかして、霧ワープの回数制限の原因ってこれか?

 

「これにてテストは終了だ。打鉄から降り次第、直ちに更衣室へ戻れ。研究員たちとのミーティングが待っているからな」

 

「はい。ありがとうございました!」

 

  指示された事を片っ端からこなしたところで、織斑先生から試験終了の合図を出される。その後はそそくさと着替えを済ませて、バットフルボトル運用のまとめ講座を聞く羽目になった。ほとんどの内容はナイトローグ時代の氷室幻徳の活躍を見ていればわかる事だったので、語るまでもない。活躍ではなく醜態の間違いとは、一言もつっこんではならない。いいね?

  しかし、トランスチームガンとバットフルボトルのセットでISコアの扱いかぁ……。フルボトルに込められたガス成分が変身プロセスの根幹であるのは、かなり特殊すぎる例らしい。つまり、普通のISコアは固形物? まぁ、考えてもわからないからいいや。細かい事は気にしない。

 

 





Q.キン肉バスターの予定は?

A.いや、ISに乗ってても女の子にかましてもいいのか、すごく悩んでいます。ダメだよね? 対象は悪党限定だよね?


Q.この世界における霧ワープの説明を詳しく。

A.使用可能回数はトランスチームガンとセントラルチムニーで共有。独立していません。霧ワープのエネルギーは、トランスチームガンからコネクタ経由で云々です。

まぁ、何も決めておかないと普通のチートになるから仕方ないね。

トランスチームガンで霧ワープしなかった理由? 敵意がない事を徹底的に示すためです。日本ならともかく、アメリカでトランスチームガンを呑気に出してしまうと先制的防衛として撃たれる可能性が……ナイトローグの再評価活動でそれはマズイです。


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入学式は欠席するナイトローグ

ハードスマッシュの変身に必要なフルボトルはおそらく成分未浄化。すなわち、内海印の改良版カイザーシステムのギアボトルは未浄化フルボトルから成分抽出してアレコレ説を提唱します。技術流用ですね。

改良とか抜かすなら、せめてバグスターウイルスの抗体がなくても使えるようにしないと……。あと、量産して売りつけようとしていた節もありますし。誰にも使えない武器ほど、要らないものはない。

なお、この問題の争点は、ファウストに囚われていた頃の美空がどれだけの数のボトルを浄化したかによります。ファウスト時代は一週間に一本のペースで、単純計算で当たり外れも含めて年に五十四本いけます。その中にリモコンボトルやエンジンボトル、クロコダイルボトル等があるのかは不明。でも未浄化説の方が、ダントツに量産が利くよなぁ……。


 もはや形だけの合格通知書がやって来た。まるで自分だけズルい事をしているようで世界中の受験生に対して罪悪感を抱いたが、この償いは再評価活動で果たそうと思う。蜂の巣駆除とか、地域清掃とか。今は取り敢えず、学生寮入りのための荷造りを優先だ。

  着替え等は、あらかじめ与えられたもので完結している。問題はパソコンとその周辺機器で、研究チームだけでなく自分もナイトローグ(現状はバットフルボトルのみ)のデータ集めしておくように言い付けられたのだ。理由は簡単、IS学園に研究チームの長期滞在は無理だから。

  妥協案として俺がIS学園と研究所を往復する方法も提案されたが、監視と要人警護の手間が掛かりすぎるので可能な限りはIS学園に篭っていろとの事。いくらIS学園が広い人工島でも、これはあんまりだと思った。しかし、反対意見を出せるはずもなく、おめおめと受け入れるしかなかった。

  課されたお題は、まさしくド素人に京都科学捜査研究所に配属させるようなもの。IS関連の知識と並行して、パソコンの本格的な勉強もしなければならなかった。織斑先生からは、ISの分厚い参考書を最低でも読破しろと申し付けられているので、この浮気は辛い。

 

  また、色々あって入学式は欠席する事になり、遅刻するかのようにIS学園へ直接急行した。学園へ到着するまでは常に俺の周りにSPが配置され、事前の登校ルートの打ち合わせを何度もやったりと、やたら手の込んだ登校だった。

  寮入りさせる荷物は別の先生が運んでいった。俺は教材やその他を入れたカバンを背負い、大人しく織斑先生の後ろに付き従う。玄関をくぐり、上履きに履き替え、トントン拍子で一年一組の表札がある教室の入口前へ着く。

  先導して織斑先生が入口のスライドドアを開く直前、振り返りながら俺にこう告げる。

 

「今は朝のSHMの時間だ。私が中に入った後に名を呼ぶから、それから来い」

 

「はい。転校生みたいな感じで良いんですよね?」

 

「ああ、そうだ」

 

  それから織斑先生は先に教室内へ入る。次の瞬間には黄色い悲鳴が上がったりもしたが……きっと大丈夫だろう。怖くない怖くない。まだ拝見していないが、このクラスを信じよう。

 

「入れ、日室」

 

  ようやく織斑先生に呼ばれたので、俺は「失礼します」と一言置いてから教室の扉を開く。すると――

 

「「キャアーー!!」」

 

「やっぱり二人目の男なのね! キライじゃないわ!」

 

  教室はたちまち、女子たちの歓声で沸き上がった。あまりにもうるさく、突然の出来事だったため、入室の瞬間に肩がピクリと跳ね上がる。

  端から端まで見ても、席に着いているのは女子ばかり。唯一の男子かつ、世界初の男性IS適合者である織斑一夏は教壇のすぐ前に座っている。なんて居眠りのできなさそうな位置なのだろうか。心の中で十字を切っておく。

  ざわめきは一向に収まる気配を見せず、どこか呆れた顔をした織斑先生は他のものを無視するように俺へ自己紹介を振る。刹那、女子たちの視線が一気に俺へと集中した。

 

「日室、自己紹介をしろ」

 

「初めまして、日室弦人です。その時、不思議な事が起こってIS適性があるのがわかりました。ナイトローグをやっています。一年間よろしくお願いします」

 

  俺は皆へ無難にそう告げて、一礼する。再び女子たちが沸き上がる中、織斑先生は淡々と指示を出してくる。

 

「まぁ、良いだろう。席はそこに座れ」

 

  指定された席の位置は、窓側から縦二列目。前から三番目の席だ。一夏とはいい具合に離れている。四方八方女子に囲まれるというのは気後れするが、諦めて席に着く。

 

  そんなこんなでSHMは終わり、一時間目の授業が始まる前の休み時間が訪れる。現状は予習しておかないと皆に置いてきぼりされるほどヤバイ気がするので、他がワイワイ談笑しているのを他所にぱっぱと勉強道具を出す。

  一方で俺をチラチラと見ている女子たちは話し掛けてくる素振りを見せず、まるで様子見をしているようだった。大丈夫、初対面の異性となら大体そうなるのはわかるよ。俺もイマイチ、自分から話し掛けていこうとする気概が出ない。むしろ授業に対する危機感で一杯。

  そんな中、溌剌とした様子で一夏がやって来た。いや、溌剌と言うよりも暗闇の中に一筋の光を見つけたような感じか。

 

「日室弦人、だったよな? 俺は織斑一夏。肩身が狭い者同士、仲良くしようぜ」

 

「うん、よろしく。やっぱり息苦しい?」

 

「そうだなぁ。知り合いはほとんどいないし、女子しかいないし、日室がいて助かったよ」

 

  そうして握手を交わした後、互いに苦笑する。実質の女子校に放り込まれて戸惑うのは一種の真理だ。同じ悩みを持つ、もしくは一番に自分の気持ちを理解しえる存在がいるというのは心が救われる。

  その時、黒髪ポニーテールの女子が俺たちの間に割って入ってきた。あの子は確か、一番窓際で先頭の席にいた……。

 

「ちょっと良いか? その、一夏の方に用があるのだが……」

 

  我が強めながらも、おずおずとした態度。その女子――篠ノ之箒は視線の先に一夏の姿を捉える。一夏はきょとんとした表情をしていたが、俺は気兼ねなく答える。

 

「どうぞ。二人でいってらっしゃい」

 

「よし、恩に着る。一夏、せっかくだから二人きりで話そう」

 

「あっ、おいちょっと――」

 

  それから篠ノ之は一夏を引っ張るようにして教室の外へ連れていった。二人が戻ってくるまでは、女子たちの好奇の目線が一斉に俺に突き刺さる事になるのは言うまでもない。

 

  次に始まった授業は、辛うじて付いていく事ができた。一夏の方は全然内容を理解できていなかったり、参考書を電話帳と間違えて捨てていたりなど、結構な回数で織斑先生に怒られて散々だった。

  そして、俺が予習・復習バッチリだとわかるや否や、一夏に勉強を教えてやるように織斑先生から振られるのだった。拒むつもりはないので快く引き受けるが、一夏が少し哀れに思えてきた。

  授業終了直後、そそくさと俺の元までやって来た一夏は早速教えを乞いできた。

 

「つまり、こういう事」

 

「へー、そういう事か」

 

  一週間以内にISの基本知識を覚えろと強く言われたためか、ノートを開きながらの解説を一夏は熱心に聞いていた。地頭はすこぶる良いのか、丁寧に説明すればあっさりと理解する。

  すると次の瞬間、横から誰かが口を挟んできた。

 

「ちょっとよろしくて?」

 

「ん?」

 

  真っ先に反応したのは一夏だった。彼が振り向いた先には、まさしく英国淑女といった感じの女子がいた。長い金髪ロールと青いカチューシャ・イヤリングが特徴だ。

 

「まぁ! なんなのでしょう、その口の聞き方は。わたくしが何者かご存知なくて?」

 

「へ? いや、えーと……」

 

  いきなり捲し立てられた一夏は敢えなく口ごもる。彼女が誰かわからないようなので、俺はすかさず助け船を出した。

 

「イギリスの代表候補生、セシリア・オルコットさん……ですよね? お初にお目にかかります」

 

  起立して一礼するのも忘れない。これにオルコットさんは気を良くし、フフンと誇らしげな顔をしながら話を続ける。

 

「そちらの方はご存知のようですね。なら話は早いですわ。貴方の先ほどの授業風景に見かねて、わたくしが直々にISの事を教えて差し上げてもよくってよ? 何せわたくし、優秀ですから」

 

「それは願ったり叶ったりだけど……代表候補生って何だ?」

 

  そう聞き返す一夏に、今度のオルコットさんは静かに目をつむって俯いた。苦い表情で人差し指を額に当てている事から、彼に無知具合に頭を悩ましているのが伝わる。

  はいはい、フォローフォロー。ノートを手にした俺は代表候補生について纏められた部分のページを開き、それを一夏に見せる。

 

「エリートだよ。人によっては国家代表になる前からISの専用機が渡される」

 

「へー、すごいんだな」

 

「……バカにしてますの?」

 

  あまりにも軽い一夏の反応に、ついついジト目になって言葉を返すオルコットさん。それ以前に、代表候補生の凄さを一夏はわかっていないようだった。

 

「オリンピック出場を目指す選手みたいなもん」

 

「あっ、なるほどな! それならスッゲーわかる」

 

  ここで俺が補足すると、一夏はすんなりと納得した。こうしてみると、ISの参考書を捨ててしまった話の信憑性が余計に増すというものだ。逆にすごい。

  対してオルコットさんは、俺の例えに微妙な顔をしていた。代表候補生とオリンピック選手を同列に扱うなと言いたげだが、意外と適切な例えだと思ってか反論しかねている節がある。

  その時、二時限目開始を告げるチャイムがなった。オルコットさんはまだ言いたい事が残っているようだが、「また後で来ますわ!」とだけ述べて自分の席に戻っていった。俺たちも早く次の授業に備えないと。

 

 ※

 

  ある日、一人の研究員がパソコンで日記を書いていた。その内容とは、トランスチームシステム絡みに対する感想だった。詳細は次のようになる。

 

 ~ ISコアの代わりとなるバットフルボトルを起動させるトランスチームガンの構造は、それなりにシンプルなものだ。CTスキャン等をした結果、単体でエネルギー弾も発射できる事が判明した。システム回りも、特にブラックボックスはなかった。ただ、分解しようとしたら謎の力が働いてネジの一本すら回せなかったのが不可解だった。

  トランスチームガンの複製自体は可能だと思われる。しかし、バットフルボトルの起動はともかく、第三者が単にトリガーを引いてもエネルギー弾が不発した事から、個人認証とは異なる方法で持ち主を識別している模様。組まれたシステム自体が既存のISと比べても簡単なため、こればかりは初期化でどうにかなる問題ではないだろう。装着の方も後述しておく。

  また、肝心のフルボトルの解明が進んでいない。スマッシュフルボトルも、バットフルボトルも単純明快すぎたのだ。ボトルの中身に未知のガスが込められている。それだけだ。IS研究者なめてんの?

  ナイトローグの装着プロセスも解明済みだが、試しにテストパイロットがやってみてもエラーとトランスチームガンから音声が流れるだけ。上手く行くのはバットフルボトル装填時のみだ。条件さえ合えば、誰にでも使えるような雰囲気はある。

  解析の鍵となるのは、ネビュラガス・ハザードレベル・ボトルの浄化の三本。どれも情報源が日室弦人少年の証言のみで信頼性は低いが、何も手がかりがないよりはマシだ。ネビュラガスは真っ先に存在を証明できそう。どうせスマッシュフルボトルの中身だろ?

  スマッシュフルボトルと言えば、迂闊に中身を開けたら近くに人間に成分が飛び出し、スマッシュという名の怪人にしてしまうらしい。なんて眉唾物なんだ。ぜひ確かめてみたいが、もちろんネズミスタートだな。……ネズミの怪物化とか、かなり予想できないけど。少し怖い ~

 

「はぁー、肩こった……。トイレ行こっと」

 

  そうして研究員はトイレ休憩を挟みに行った。その傍らでは、この研究チームの主任が部下から一つの報告書を受け取っていた。

  主任は報告書を読みつつ、部下の説明を耳にする。そして眉間にシワを寄せながら、ゆっくりと溜め息を吐く。

 

「そうか。スチームブレードの解析も済んだか。だが案の定、安全装置が働いていたのかバルブを回しても特に変化はなかったと」

 

「はい。日室くんの証言が正しければ、スチームブレードからネビュラガスとやらを出せるようなのですが……」

 

「少しでもわかるだけマシだ。当面はスマッシュフルボトルでのマウス実験となるな。摂取した微量の成分が地球上に存在しないもの、というのも非常に気になる」

 

  普段のIS研究と比べれば、驚くぐらいにトランスチームシステムは解析できた。まるで子どもの宿題みたいだと主任は感じるとともに、頑張ればモノにできそうな未知なる技術へ思いを馳せる。

  ボトルの成分を検索した時、データベースに該当するものが一件もなかった衝撃は今でも鮮明に覚えている。実質、地球の中ではISをゼロから組み立てる事など不可能だと言っているようなものだからだ。だが、諦めるには早すぎた。

  トランスチームガン本体はあらかた調べ終えた。後はフルボトル・ネビュラガスの研究のみで、これさえ上手く行けば別アプローチでのISコアの生産が可能となる。それが意味するのは技術停滞からの脱却と進歩、革新。ISの生みの親である篠ノ之束に依存せずとも、独自での開発が叶うのだ。

  また、トランスチームシステムによって男性もISを使える可能性も開拓される。そうなれば女尊男卑の社会は元の形へ逆転し、少なくとも女から男への差別は消えうる。夢を見ずにはいられなかった。

 

 




Q.京……水……?

A.いいえ、彼……じゃなくて彼女はれっきとした女です。立派な乙女です。漢女ではないのがミソです。


Q.動物にネビュラガス……?

A.そんな描写は未だに確認できていませんが、できるんじゃないかなぁ……。ファウストもマウス実験は必ず通っていたと思います。


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ナイトローグの戦績をまとめる

その頃、ブラッドスタークは出世するのであった。別に払い下げられていないのでセーフ。


 次の授業で教壇に立ったのは、副担任の山田先生ではなく担任の織斑先生だった。ISの各種装備の特性について教鞭を振るうそうだ。だが、その前に――

 

「その前にクラス代表を決める。一度決まれば一年間変更なしだ。自他推薦は問わない」

 

  そういう事を言ってきた。ここでのクラス代表とは普通の学校でのクラス委員長の仕事に加えて、ISを使ったクラス対抗の代表試合とかやるらしい。戦い事はナイトローグにとって非常に縁起が悪いので、個人的には辞退しておきたいものだ。

  そんな俺の思惑とは対照的に、他のクラスメートは楽しそうにざわめき始める。そして、誰よりも先んじた女子が声高らかに他薦した。

 

「はい! 私は織斑くんがいいと思います!」

 

「あっ、私も! 織斑くんを推薦します!」

 

「お、俺!? いやいや、辞退するって!」

 

  不意を打たれたと言わんばかりの様子で、一夏はしどろもどろになりながらも辞退を宣言する。しかし、それを許してくれるほど織斑先生は温くなかった。

 

「他薦された者に拒否権はない。こうなったからには覚悟は決めておけよ」

 

「そんな……よし、じゃあ俺は弦人を推薦します!」

 

  一夏は落胆するのも束の間、躊躇なく俺へと矛先を向けた。

 

「あっ、コイツやりやがった」

 

「すまん、道ずれだ。許してくれ」

 

  口を尖らせる俺に、合掌して謝罪の意志を伝える一夏。こうなってしまったからには、もう周りの空気は変えようがない。

 

「はいはい! 私は日室くんで!」

 

「あぁん、ワタシも! ワタシも日室くんがいいわ!」

 

  次々に俺を推薦する声が飛び交う。今のところ立候補は俺と一夏の二人だけだが、最終的には多数決で決まる事だろう。この場合の多数決で負けるために重要なのは、印象操作だ。自分で自分にマイナスイメージを押し付けて、周りからの評価を下げる寸法だ。

  もしもこのまま事が進んでしまえば、おそらく一夏も俺にクラス代表の座を押し付けようと策を練るだろう。己の印象を下げるなりして。なんて最低な戦いなんだ。

 

「ちょっと待ってください! このような選出方法は納得いきませんわ!」

 

  すると、机をバンと叩いて立ち上がったオルコットさんが声を荒げさせた。確かに、本人の意志を不意にするような真似は納得いかない。彼女の言う通りだ。

  それから間を置かずに己の主張が始まる。ぜひ、この調子で自ら立候補してほしいものだ。ついでに、全員が多数決でオルコットさんを選んでくれるように話を誘導してくれると助かる。静かに拝聴させていただきます。

 

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのが当然! それを珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!」

 

  ……極東の猿? 鼻につくような態度と自信はこの際置いておくとして、いきなり雲行きが怪しくなってきた。悪口がまるでエスカレートしそうで、嫌な予感がする。

  いや、まだ信じよう。伊達にオルコットさんは代表候補生ではない。己の身分の高さを弁えているのなら、そんな下手な発言はしないはずだ。素晴らしいご高説を期待しています。

  しかし、俺が勝手に抱いた期待はすぐに裏切られるのだった。

 

「いいですか? クラス代表は実力トップがなるべき。そして、それはわたくしですわ! そもそも、文化としても後進的な国で暮らさなければならない事自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で――」

 

「イギリスだって似たようなもんだろ。世界一不味い料理で何年覇者だよ」

 

「サブカルチャーは偉大だと思います」

 

  オルコットさんの聞くに耐えない演説を妨げるようにして、一夏と俺が口を挟む。すると、面食らったオルコットさんはたちまち口を閉ざした。次に彼女は俺と一夏を交互に見やり、迷わず一夏の方に鋭い視線を飛ばす。

  あからさまに怒っている。長い金髪が逆立ちそうな勢いだ。わなわなと肩を小さく震わし、一夏へ明らかな怒声をぶつけた。

 

「あっ、あなたねぇ! わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

 

「朝食を三回食べればいいと思います」

 

  そして、俺が再び喋るとオルコットさんの怒りはたちまち消沈する。その傍らでは、一夏は俺へばっと振り向き、意外そうな表情をしていた。

  やがて冷静さを取り戻したオルコットさんは、おそるおそる俺に話し掛ける。

 

「日室さん……でしたわよね? あなた、一体どちらの味方ですの?」

 

「できる事なら愛と平和を重んじたいです」

 

「答えになっていませんわ」

 

  特に意味もないのでどちらも敵に回したくないだけだ。穏便に済ませられるものなら、とりわけ中立を保つのに越した事はないだろう。ここで喧嘩しても、どうせお互いに後で平和が一番だって思うのだから。

 

「織斑、オルコット。互いに口を慎め。ここがどこだと心得ている。世界中から人が集まる場だぞ? 特にオルコット、候補生の自覚があるなら他国を貶める発言はやめておけ。品位と礼儀を問われる」

 

  その時、織斑先生が仲裁に入ってきた。ようやくといった感じだが、教師であるために発言力は絶大だ。オルコットさんは途端に黙り込み、すぐにハッと我に返った顔になる。

  気が付くと、オルコットさんに向ける日本人クラスメートの目が厳しくなっていた。だが、一夏はばつの悪そうな顔をしている。オルコットさんを直視する事はなかった。まぁ、お互い様だからな。人の事を言えない。

  失言してしまったオルコットさんは慌てふためきながら左右を見渡し、最後に織斑先生を真っ直ぐ捉えて頭を下げる。

 

「あっ、いえ、その……申し訳ありませんでした」

 

「私だけに謝っても意味はなかろう。だが、選出方法の主張には一理ある。これ以上、立候補者がいないようなら、この三人でISを用いた勝負をおこなう。日時は来週の月曜の放課後。場所は第三アリーナ。三人はそれぞれ用意しておくように」

 

  織斑先生によってこの場は収められ、一夏とオルコットさんの間に起きそうだった対立は音もなく消えていく。口をぎゅっとつぐんだオルコットさんは、ゆっくりと自分の席に戻るのだった。

  さて、図らずともクラス代表の選定は俺の予想していたものの斜め上を越えてしまったぞ。例え大勢にとって納得が行くような処置だとしても、どうしてこうも多数決で物事を解決できないのだろうか。誠に遺憾の意である。

  なので、織斑先生が授業再開を宣言する前に俺は咄嗟に挙手した。

 

「はい! 自分、辞退したいんですけど勝負には強制参加ですか?」

 

「そうだ」

 

「内容変えましょう! 無人島脱出とか――」

 

「ダメだ」

 

「オセロ!」

 

「ダメだ」

 

「チェス! 囲碁! 将棋!」

 

「ダメだ」

 

「かるたぁ!!」

 

「いい加減にしておけよ」

 

  織斑先生のドスの入った声に恐れを成してしまった俺は、自身の身体に金縛りが起こったような感覚を抱きながら、すごすごと引き下がる。この決定事項は覆せないと察するのに、それほど時間を要さなかった。

 

  それではパンドラの箱を開くが如き行為……ナイトローグの過去の戦績を振り返ってみよう。

 

  華やかな結果を納めた第一回戦。相手は仮面ライダービルド、ハリネズミタンク。ビルドの攻撃を簡単にいなし、強者の風格を見せつけて退却。比較的ボコボコにされたのはビルドであるので、ナイトローグの勝利とする。

  第二回戦目。相手はビルドと生身の万丈龍我。比較的優勢だったが、北都へ向かう二人の追撃をブラッドスタークに邪魔される。別に負けていた訳ではないので白星としておこう。

  第三回戦目。再び相手はビルドと万丈。USBメモリを巡って交戦したものの、スタークに邪魔された事もあって二人に持ち逃げされる。目的のものを取れなかったけど、肝心なのは中身のデータで新型のライダーシステムやその他を完成させる事なので結果オーライ。一応、白星で。

  第四回戦目。ビルドの所持しているフルボトルのほとんどを奪うものの、途中でキードラゴンフォームに変身される。割りと痛手を受けたが、フルボトルをそのまま持ち逃げする。……前半戦は優勢だったので、白星でお願いします。

  第五回戦目、VS仮面ライダークローズ。ここでまさかの敗北。ドラゴニックフィニッシュの直撃を受けた後は、霧ワープで撤退するのであった。

  第六回戦は、変身者がスケープゴートにされた内海くん。海賊レッシャーにぼろ負けする。これは仕方ない。素直に黒星だと認めるべし。

  第七回戦目。クローズとビルド海賊レッシャー、スタークとの乱戦。スタークにパンドラボックスを奪われたりと、かなり散々だった。勝敗は特についていないので引き分けで。

  第八回戦目。誰もが愕然としたであろう、ブラッドスタークとの戦い。文字通り、完全敗北を喫した。

 

  遂にここまでやって来た第九回戦。気合いでクローズを変身解除まで追い込むものの、ビルドのラビットタンクスパークリングフォームには敵わず敗北。一勝一敗。

  そして、悪あがきとも呼べる最終戦。パンドラボックスを持ち逃げしたナイトローグは、追撃に出たビルドに対して飛翔斬を発動。しかし、スパークリングに片手で受け止められてしまい、変身解除されるまで打ちのめされる。

  ここまでの戦績をまとめると、五勝五敗一分け。なんと、勝率五割を切っているのだった。さらにストロングスマッシュとの戦いをノーカウントとする俺の分も加算すれば、五勝六敗一分けとなる。落ちぶれた時が非常にハッキリしていたので、これは本当に酷い。敗北数を更新してしまった俺にも責任がある。

 

  これ、俺はどうすればいいと思う? 勝とうにも対戦相手には代表候補生のオルコットさんがいる。一夏はさておき、まず彼女には微塵として勝てないだろう。年季が違いすぎる。

  いや、逆に考えるんだ。負けちゃってもいいのさと。幸い、手元にはバットフルボトルのみ。ナイトローグに変身できない以上、俺が乗るのは訓練機であるのは必定。すなわち、そこで負けてもナイトローグの名に傷をつける事にはならない。よし、やったぞ……!

 

「弦人? おーい」

 

「……あ」

 

  そんなこんなで、気がつけばお昼休み。一夏に呼び掛けられた俺は、ふと思考の海から浮上してきた。

 

「あっ、覚醒したな。昼飯食いに行こうぜ」

 

「え、あ、うん」

 

  そのままの流れで彼からの誘いを受ける。親睦を深めるにはちょうど良い機会でもあったから、好都合だ。

  だが、この時の俺は知らなかった。まさか翌日になって、織斑先生の口からあんな言葉が出るとは――




Q.やめろぉ! ナイトローグの戦績なんて見たくなぁい!

A.真実から目を背けてはいけません。これをバネにしましょう。


Q.ナイトローグどブラッドスターク。一体どこで差がでたのか……

A.やはり戦闘技能もダイレクトに反映されますね。


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鳳凰はすでに飛ばないでぇ。ワニムはツバサを捻って問い詰めたのだ。

誰が呼んだか、部屋割りガシャ。


 初めての放課後。山田先生から寮の部屋番号の書かれた紙と鍵をもらった俺と一夏は彼女に言われた通り、道草せずにまっすぐ寮へ帰っていった。

 校舎から学生寮までは五十メートル足らず。自分たちのそれぞれの部屋を目指す道中で、一夏は首を傾げて疑問を述べる。

 

「なぁ、どうして俺たちの部屋が別々なんだろうな?」

 

「さぁ……ガガとギギの腕輪でも揃ったんじゃない?」

 

「何言ってるんだよ」

 

「冗談。俺への処遇はわかるとして、どういう事なんだろうね?」

 

 俺の場合はトランスチームシステム解明の手掛かりとして、ISコア生産の可能性とかも割りと高く秘めている。恐らくISのバリエーションとしてはトランスチームシステムが初なので、重要度では言えば一夏よりもオプションで上回っている訳だ。こんな金の卵を誰が逃すのだろうか。

 ただ、それでも最初から俺と一夏が同室ではない理由にはならないし、弱すぎる。単に書類審査とかで部屋割りに手こずって間に合わなかった可能性は、あまり考えないでおく。きっと、誰かに直接監視を任せる手筈なのだろう。

 結局、何もわかっていないので俺の答えは曖昧なものに留まっていたが、今度は一夏が考える番となった。

 

「へ? 処遇って……どういう事だ? 俺だけに後から個室用意されるってのは引っ掛かるけど……男子同士の共謀とか脱走とか恐れてるのか? 保護と監視兼ねるなら、纏めた方が何かと楽だろ」

 

 その通り。個室用意は一夏だけというのも、山田先生のお言葉だ。俺の分を追及したら「ご、ごめんなさい!」とおどおどしながら謝っていたのが目に新しい。

 その直後に織斑先生も来たのだが、二人は会議を間近に控えていたので細かい質問は最後までできなかった。ただひたすら、山田先生の謝罪の一点張りだった。

 

「理由はわからないけど分断させたいのは確かっぽいな。……ヤバい、社会の闇に触れてるような気分で怖くなってきた。どうしよう、俺の部屋のもう一人の住人と会いたくねぇよ。変に推測するんじゃなかった……」

 

 そこまで言ったところで、俺は目に見えない恐怖に怯える。よく考えれば気づく事だったけれど、不安になるのなら頭の中お花畑の状態がずっとマシだった……。

 

 ナイトローグは霧ワープでお手軽に長距離移動を可能とする。それはトランスチームガンでも然り。俺を常に手元に置いておきたい人たちにとっては、逃がさないようにしておきたいと当然考えるだろう。その方法としては色々あるのだろうが、彼らが一番回避したいのは俺と一夏、両名の失踪だ。トランスチームガン一丁あれば実現できるのだから、部屋割りにまで神経質になるのは間違いない。いつまでもトランスチームガンが返還されないと、大勢の研究員が求めているナイトローグのデータ収集ができなくなるし。

 偉い人たちの仕事は、想定外の出来事を想定しておく事も含まれている。逃げませんとは口でどうと言える。肝心なのは最悪の事態を回避したり、未然に防ぐ事だ。別に手段を問わないのであれば、それはもう恐ろしい事まで想像できてしまうのが人間だった。

 すると、俺の言葉から色々察した一夏は顔を青ざめさせた。それでも精一杯、俺を勇気づけようと声に出す。

 

「安心しろ、弦人。俺も少し怖くなってきた」

 

 安心できるかよ、バカ野郎。皆で行けば怖くない理論が当てはまるものか。

 しかし、いい加減に部屋を訪れないと休めないのも事実。荷物もそこに置かれているので。

 実際、俺たちは既に一年生寮の廊下に到着していた。それぞれに割り当てられた部屋番号を再度確かめてみれば、T字路を進んだ先で二手に別れてしまう事になる。同居人が判明していない現状で別行動を取ってしまうというのは、何かと心寂しかった。

 

「いいか、どんなに離れていても俺たちの心は繋がっている。境遇は似た者同士。この学園で唯一、お互いの真の理解者になれるからな。……じゃあな、逝ってくる!」

 

「グッドラック」

 

 そうして覚悟を決めた一夏は、そそくさと自分の部屋へ向かっていったのだった。彼の部屋の同居人が、怖い人ではない事を切に祈る。

 さて、そろそろ俺も目的の部屋へ進もう。口八丁で頑張れば、きっと同居人とも仲良くなれる。そう悲観する事はない。上手く行ったら、例え相部屋でも住めば都と化すのだから。

 敢えて前向きに思考し、とうとう扉の前で佇む。何度も深呼吸を繰り返し、初めにノックをしてから「失礼します」と言って入室を果たす。鍵が空いていたのが無性に俺の恐怖心を掻き立てるが、迷いはどうにか振り切った。

 

 

 トランスチームシステム以外にもたくさん望むって言うなら上等だあぁぁぁ!! エイリアンがなんぼのもんじゃい! デビルスチームぶちこむぞコラぁ! 悪い子はしまっちゃうぞぉ!

 

 

「あー! ヒムロンだー!」

 

「布仏、さん……?」

 

 だが予想に反して、中にいたのはクラスメートである布仏本音その人であった。のほほんとした緩い雰囲気を常に醸し出し、袖が長い制服から袖の長いゆったりめの私服に着替えている。

 

「もしかしてヒムロンが私の同居人? やったー! 」

 

「え、マジ?」

 

 俺が目を疑っている側で、両手を上げて喜びを表す布仏さん。相手が怖い人でなくて助かったが、この突拍子のなさそうな人選がにわかに信じがたかった。

 見ればわかる、この人に監視とかそういうのに向いていないと。むしろ下手な隠し事はせずに開き直り、堂々とするタイプだ。伊達にのんびりとしている感じではない。

 

「ねぇねぇ、あそこのベッドの隣の荷物がヒムロンのだよね?」

 

 布仏さんにそう言われ、急いで確認を取る。部屋の中に置かれたベッドは二つあり、窓際の方のベッド脇に見覚えのある荷物が放置されている。

 

「……マジか」

 

「うん、そーだね」

 

 唖然とする俺に相槌を打つ布仏さん。もっとこう……絶対に仲良くなれなさそうな人がいるかと思っていた。だから、意外と予想外な相手に空いた口がなかなか塞がらない。

 

 この後、一先ずさっさと荷ほどきを始めるのだが、作業が終わる寸前で布仏さんの友達が訪問してきた。俺のクラスメートで髪の毛を後ろだ二本に纏めているのが特徴の谷本癒子と、ロングヘアーでヘアピンを留めている鏡ナギの二名だ。そして、布仏さんと三人交えてお菓子を片手に雑談するのであった。

 居心地は微妙だ。荷ほどきをしている間はそちらに集中できたので良かったものの、全部済めば気まずさに向き合わなければならない。楽しく話している三人を他所に、俺はじっと自分の机の前で座っていた。頬杖を立ててバットフルボトルを凝視しながら、次にどうするべきか決めあぐねる。

 その時、谷本さんが声を掛けてきた。

 

「ねぇ、日室くんもお菓子食べない?」

 

「いや、遠慮しておきます。夕食前だし、場違いだし……ちょっと空けるんで三人でどうぞ」

 

 夕食の時間まで適当に歩き回って時間を潰そう。そう思った俺は彼女の誘いを断り、部屋からとっとと出ようとする。

 しかし、寸でのところで布仏さんが正面に立ち塞がる。ニコニコと笑顔を絶やさない彼女は、のびのびとした調子で俺の前にお菓子を差し出す。

 

「まぁまぁ、そんな事は言わずに。美味しいよ?」

 

「じゃあ、一つだけ……」

 

 気後れしながら、布仏さんの持つ箱の中からラングドシャを一つ摘まむ。別方向からは谷本さん、鏡さんの妙に耐えがたい視線が飛んでくるので、ぼけっとしている場合ではなかった。一気に口の中に放り込み、黙って咀嚼する。

 サクサクとした食感に、二枚の薄焼きクッキー生地の間に挟まれたチョコがちょうど良い味のアクセントを生む。最初に味わうのがクッキー生地なので食べごたえがあり、途中で飲み物が欲しくなるだろうが何枚でもイケそうだ。美味しい。

 あぁ……お菓子なんて何年振りになるのだろうか。無人島生活では絶対に叶わない美味しさと甘さだ。過去に甘味を求めていた人々の気持ちも、今ならわかる気がする。これは、良いものだ……。

 

「日室くん!? 急にどうしたの!?」

 

 ラングドシャをしっかり噛んでから飲み込むと、いきなり谷本さんが慌てふためく。気がつけば、俺は涙を流していた。

 たかがお菓子一つでここまで涙が溢れてしまうなんて。感極まるにも程がある。しかし、いくら堪えようとも止まりそうにない。咽びそうになるのを我慢して、どうにか三人に説明する。

 

「ごめん、五年ぶりにお菓子食べたから感極まっただけ……本当にごめん。お菓子食べて泣くなんておかしいよな」

 

「ううん、美味しいもの食べて感動するのをおかしく思わないよ! ……ところで、五年ぶりって?」

 

 即座に鏡さんが励ましつつも、ちゃっかり質問を投げてくる。なかなか抜け目がない。

 

「十歳の時から五年間無人島暮らし」

 

「「えぇっ!?」」

 

 何気なく答えてみれば、三人とも案の定のリアクションだ。とても信じられないといった顔をしている。わかるよ。

 

「うん……それじゃ、外行ってきます」

 

「あっ、待って待って! せっかくだからまだ食べていかない? お菓子たくさん残ってるよ!」

 

「こっちのもどうぞ!」

 

「ヒムロンってラングドシャが好きなの?」

 

 早く部屋から立ち去ろうとした瞬間、谷本さんたちに容易く引き留められる。同情も入っていたのだろうが、それでも彼女たちの親切心に感謝すると同時に、俺がもらってばかりで申し訳なく感じた。この恩はいつか返そう。

 ちなみに、布仏さんに愛称である“のほほんさん”と呼んでほしいと言われたのはここだけの話。

 

 

 ※

 

 

「ああ、そうだ。織斑、お前のISだが学園で専用機を用意する事になった。日室も合わせてナイトローグを返還される。だから少し待て」

 

 翌日の四時限目の授業中、織斑先生はふと思い出したかのようにそう告げる。一年生で専用機を与えられるなんて事は非常に珍しいので、この直後で教室が騒がしくなったのは語るまでもない。その他にも篠ノ之さんの姉がISの生みの親である事実も明かされたりするが、割愛しておく。

 そしてお昼休み。ナイトローグ参戦確定にうちひしがれていると、瞬く間にオルコットさんがやって来た。俺と一夏に用があるみたいだった。ちょうど俺たちが正面に見据えられる位置まで移動し、話を始める。

 

「安心しましたわ。まさか訓練機で対戦しようとは思っていなかったでしょうけど。まぁ、フェアではありませんよね? わたくしも専用機を持っているのですから」

 

「え!?」

 

 オルコットさんの専用機所持宣言に面食らう一夏。先日とは反応は違い、その範囲まで勉強を教えた甲斐あってかなり驚いていた。相応のリアクションだ。

 一方の俺は、学園に来る前から世間の事を知ろうと調べものをしていたので、彼女がISを持っているのを事前に把握している。今更そんな情報がなんだって言うんだ。

 

「ちょっとお待ちになって? 人の話は最後まで聞いてくださらない?」

 

 俺がおもむろに席を離れようとするや否や、オルコットさんに呼び止められる。振り返ってみれば、彼女の表情に余裕の色が一切なく、どこか鬼気迫るものがあった。真剣な話をしているのだと、伝わってくる。

 しかし、俺にも余裕がないのは確かだ。このまま悠長としていては、ナイトローグの汚名を返上するどころか挽回してしまう。一刻の猶予もなかった。早く昼食を食べて、来週の勝負への備えをしたい。

 

「ツバサを捻って問い詰められる……」

 

「へ?」

 

「このままじゃ、コウモリのツバサを捻って問い詰められるんだよぉ!」

 

 小首を傾げたオルコットさんに思わず叫んでしまった俺は、そのまま教室を飛び出る。だが理性は僅かながら残っていたので、廊下は走らずに早歩きするのだった。

 

「おい、弦人!?」

 

 一夏の制止を振り切り、大急ぎで学食へ移動する。こうなってしまったからには、やる事は一つ。食事を終えた後に訓練機使用の受付に行って、バットフルボトル片手にハザードレベルを上げる。

 やはり甘かったんだ。戦わずしてナイトローグの再評価を目指そうだなんて。できれば限界集落の農業のお手伝いとかをしたかったが、もう覚悟を決めるしかない……!

 

「日室くん? もしもーし!」

 

「ハッ!」

 

 急に聞き覚えのある声が間近にしたので、俺ははからずも急に立ち止まる。いつの間にか、鏡さんが俺と並走していたようだった。その後ろには、谷本さんとのほほんさんが遅れて付いてきている。

 

「もー。急に教室出るんだからびっくりしたよ。せっかくお弁当作ったのに」

 

「あっ、そうだった……。ごめんなさい、うっかりしてた」

 

 そう言って眉をひそめる鏡さんの両手には、一つの弁当箱が収まっている。思い出してみれば昨日、彼女に弁当を作ってあげると言われていたのだった。その時に昼食をともにする約束もしていた。ナイトローグ参戦に取り乱して約束事を危うく放り投げかけるなんて、恥ずかしい限りだ。

 俺が早くも謝罪すると、鏡さんは「いいよ」と快く許してくれる。ありがとうございます。

 

「早歩きに追い付けないなんて、さすが男の子……」

 

「ヒムロン、待って~!」

 

 それから谷本さんとのほほんさんも、ようやく俺に追い付く。その後は三人たちと一緒に学食へと移動するのだった。

 




Q.アカン! まだ勝負は始まっていないのにナイトローグが負けてしまう! 敗北因子が発動するぅ!?

A.大丈夫。死亡フラグを乱立すれば生存フラグに変わるように、敗北フラグを乱立すれば勝利フラグに変わります。きっと。彼の勝利を祈ってあげてください。


Q.ヒロイン誰?

A.一夏ハーレムは維持しておく方針です。アレは放っておいた方が見ていて面白いので。



Q.おい内海。ローグが反乱したぞ。消滅スイッチ使わずにお前もナイトローグに変身して戦えよ。

A.トランスチームガンしか出さなかった内海、絶対許さねぇ!!


以下、茶番。


出してぇぇぇ!! ナイトローグをまた地上波に出してぇぇぇ!! 俺は目に焼き付けなくちゃいけないんだ、ナイトローグの活躍を!

……はっ! 内海さん、内海さん! みーたんからエボルドライバー奪ってないで蒸血してくださいよ、内海さーん!




なんで……なんでこうなるんだよ。俺はただ、ナイトローグのカッコいいところを見たいだけなのに……(サラサラ……


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波動球。ナイトローグの場合……


タカ、フェニックス、ユーフォー。とりあえずこの三本の内のどれかをディスチャージボトルすれば、クローズチャージたちも現行のISとまともに空中戦できると思います。

第四世代? よし、エボルの出番ですね。


 放課後。篠ノ之さんと剣道をしに行った一夏とは別行動を取る俺だったが、訓練機を借りようと受付に赴くと来週の月曜日まで予約一杯だと告げられたのだった。アリーナの使用は普通に認められるとの事だが、実質ぶっつけ本番でクラス代表決定戦に挑めという訳だ。

  昼休みの半ばに三年の先輩が直々にやって来て、わざわざ貴重な時間を割いてまでISの使い方を俺に教えてくれようとしていた。しかし、こうも訓練機が使用できないとなると、実技方面で教えてもらう事はほぼ不可能。その旨を告げた上で俺は先輩の申し出を差し当たりのないように断り、独自の手法で訓練に取り組む事になった。

  早速体育着に着替えた俺はテニスボールとフライパン、バットフルボトルを持って、グラウンドに堂々と降り立った。目の前にはやや高めの段差が連なるコンクリートの階段がある。その一段目の壁に目掛けて、フライパンでテニスボールを打つ。

 

「波動球! 壱式ぃ!」

 

「いや、なんで!?」

 

  瞬間、谷本さんのツッコミが炸裂するが気にしない。雑念は捨てて、波動球のために全神経を集中させる。

  谷本さんの他には鏡さんとのほほんさんが揃って、横から俺の練習を見守っている。また、俺たち四人からやや離れた位置で多くの野次馬が集まっていた。この程度の視線の量で、俺は挫けはしないぞ。 恥ずかしくない! 恥ずかしい!

  右手にはフライパン、左手にはバットフルボトルを持っている。事前にボトルを振ったおかげで全身に力がみなぎり、壁にぶつかったテニスボールは勢いを殺さないまま真っ直ぐ俺の元へ跳ね返る。スタートとしては上々の威力だと思う。

  しばらくは壱式波動球のラリーを続け、慣れとコツを覚えたところで谷本さんたちに今回の目的を教える。まだ壱式までしか打っていないため、その余裕はあった。

 

「波動球を極めれば河村先輩を三千六百メートルぐらい飛ばせる!! すなわち、波動球はISの戦いでも通用する!!」

 

「ちょっと待って! 何かおかしくない!?」

 

「波動球、弐式ぃ!」

 

  大丈夫です、谷本さん。何もおかしくありません。K.O制導入式のテニスの試合なら、こんな技はざらにあります。

  次にテニスボールを打ち返した感触から、確実に威力が上がっていると察する。ラリーを続ける右手に負担が掛かりっきりだが、まだまだ行ける。

 

「うわぁー! 私、本物の波動球なんて初めて見たよ!」

 

「本物って何!? そもそも実現できるの!?」

 

  のほほんさんから感嘆の声が溢れ、谷本さんは俺が現在習得中の波動球に対して懐疑心を抱く。どうしても信じられないというのなら、最後まで刮目せよ。百八式波動球を見事ものにしてみよう。

 

「ハッ! 駄目だよ、日室くん! フライパンじゃあ本物の波動球には至れない! しかもやってる事がむしろ手塚ゾーンだよ!」

 

「ナギ!?」

 

「いや、行ける! フライパンでも行けるぞ! 参式! 肆式! 伍式!」

 

「うわあぁぁぁ!! 音があぁぁ!?」

 

  波動球の威力上昇に比例し、コンクリートの壁とフライパン交互にぶつかるテニスボールの衝撃音が重くなる。誰よりも身近に波動球に接しているせいか、腹にずっしりと響きそうだ。

  しかし、なんのこれしき。こんな危険は最初から覚悟の上だ。波動球すら習得できないようでは、専用機を自由自在・縦横無尽に操るであろあろうオルコットさんに打ち克てないからな。

  ナイトローグ再評価活動中に起きた織斑先生との戦いで、俺はベテランのIS操縦者の実力の片鱗を身に染みるほど思い知った。とにかく、生半可な努力ではちっとも勝てまい。今日の練習が終われば、バットフルボトルの性能を最大限引き出すためにコウモリの勉強をする予定だ。

  やがて波動球は拾玖式のレベルまで昇華する。そろそろ片手で打ち続けるのが苦しくなってきたが、ここが耐えどころだ。弐拾式へと至るために、全身全霊のスマッシュを決めようとする。

 

「弐拾式ぃ!!」

 

  しかし、そうは問屋が卸さなかった。次に右手で感じたのはテニスボールを返した手応えではなく、忽然と軽くなったフライパンであった。それにコンマ数秒遅れて、右手の方から何かが壊れる音が聞こえてくる。

  改めて確認してみると、フライパンは握っていた柄以外が綺麗になくなっていた。咄嗟に後ろに振り向けば、テニスボールを最期まで健気に受け止めつつも地面に横たわる平たい鍋の姿が見えた。

 

「フライパァァァン!!」

 

「柄が折れたぁ!?」

 

  その時、俺と谷本さんの叫び声が辺り一帯に木霊する。居ても立ってもいられなくなった俺は鍋の元へ急いで駆け寄り、膝を下ろして胸元まで手繰り寄せる。

  フライパン……お前は頑張ったよ。元々、廃棄予定だったのを俺が譲り受けた形だけどさ、波動球特訓に付き合ってくれた事には感謝している。こんなにボロボロになってしまった責任は全て俺だ。自惚れる事になるのかな? もっと上手く使えればと、ついつい仮定の話を考えるのは。

  ごめん、フライパン。本当にごめん。こんな風に散らせた命を俺は無駄にしたくない。だけど、弐拾式波動球が失敗して怖くなったんだ。波動球を極められない可能性を垣間見たような気がして、俺は……僕は……私は……自分は……。

 

「ダメだ……こんなんじゃ代表候補生に……オルコットさんに勝てない。一夏にすら勝てない。せめて足元に炎を噴き出して大空に羽ばたくか、津波を纏って空を飛ぶくらいしないと……」

 

  そんな風に茫然自失する俺の前に間髪入れず、谷本さんが立ってきた。彼女はすかさず俺の肩を掴み、前後に身体を揺さぶって喝を入れる。だが――

 

「しっかりして日室くん! そこまでのレベルはテニスに愛された人達だけの次元だから! 私達には無理な話だから! 来週の勝負はテニスじゃなくてISのバトルなんだよ!?」

 

「なら……どうしろって言うんだ? 俺に残されているのはバットフルボトルと波動球、それとイクササイズのみ。もう……もうこれしか……」

 

「どうしよう。この子、すごい迷走してる」

 

  依然として俺はとてつもない動揺に襲われ、気持ちがどん底まで沈む。揺さぶるのを止めた後の谷本さんの発言も、右から左へと聞き流してしまう。

  脱力しきった身体はとうとう、フライパンを抱き抱えたまま地に伏せた。フルボトルを持っても活力は失われたままで、立ち上がる気力が湧いてこない。

  すると、谷本さんが俺を諌めるような調子でゆっくり語り掛けてきた。

 

「ねぇ? やっぱりオルコットさんに頼んでハンデをもらおう? 波動球を極めれば勝てるかもしれないけど、相手はバリバリの代表候補生なんだよ?」

 

「いや、それだけはダメだ。もしもハンデをもらって、極めた波動球で勝ったりしたら相手に言い訳ができる。後腐れなくすには完全勝利か完全敗北の二つしかないんだ! 俺は……あの人に勝ちたい……!」

 

「日室くん……」

 

  俺はその場に横たわりながら、ギリリと歯軋りする。波動球の習得に早くも躓いてしまうのがとてつもなく悔しい。せっかくの一筋の光を見失った気分だ。次に何をするべきなのが、考えが纏まらなくなる。

  ナイトローグ再評価の使命もある。男としてのプライドもある。敗北は気分的にも嫌だから自然と勝利を望んでしまうのもある。だが、そこまでの道筋がハッキリと立てられない。

 

「話は聞かせてもらったわ!」

 

  突如として第三者の声が飛んでくる。谷本さんたち三人の誰でもない。どうやら、野次馬たちの中から飛び出してきた人のようだ。

 

「泉さん? どうしてここに……」

 

  顔を動かして相手の顔を確認する元気がないので、せめて耳をじっと傾ける。代わりに谷本さんが応答した。

  泉さんと言えば、確か俺と同じクラスにいた子のはず。名字までしか知らないが、廊下側の席に座っていたのを覚えている。一体、どういう風の吹き回しだろうか。

 

「ワタシも野次馬たちの中に混ざっていたの。彼の涙ぐましい努力に感動して、居ても立ってもいられなくなったわ! とにかく弦人ちゃんの特訓のコーチは任せなさい、この泉京水に!」

 

「……京水?」

 

  その名を聞いた俺はオウム返しのようにふと呟き、心当たりのある人物像を密かに思い浮かべる。

  不死身の傭兵部隊の副隊長であり、男性であるリーダーを慕う正真正銘のオカマ。関節技と鞭の扱いが得意で、T2ガイアメモリの使用でルナ・ドーパントへと変身を果たす。やたらと名言も残していた。

  しかし、頑張って視線をそちらの方に向けても、ショートボブの小柄な少女の姿を見つけるだけだった。傭兵の方と比べると容姿と性別が随分欠け離れている。面影があるのは服装ぐらいだ。上下ともにジャージを着ている。

  きっと同性同名のだけだな。フルネームを知って嫌な予感がしたが、思い過ごしだろう。

 

「本当にできるの? 少なくともデュークホームランは欲しい気がするかな。波動球と打ち合うなら」

 

  そう言う鏡さんに対して泉さんはフフンと鼻を鳴らし、意気揚々と言葉を返す。

 

「大丈夫、これでも関節技と鞭の扱いは得意だから! テニヌもイケルって! 行くわよ、弦人ちゃん!」

 

「あっ、ちょっ、待ってぇ!?」

 

「くよくよしないの。さぁ、まずは元気を出してちょーだい!」

 

  いきなり襲われると認識するや否や、俺の身体は一気に力を取り戻す。だが、立ち上がった次の瞬間には足を彼女に掴まれ、彼女が地面を転がると同時に前転の勢いを利用されて放り投げられる。

  俺はとりあえず受け身を取って体勢を整えるが、まるで訳がわからなかった。狐に化かされたような気持ちだ。荒療治すぎる。

  また、変に考え事をしたせいで泉さんが繰り出す次の一手の反応に遅れる。フライングボディプレスをもらった直後、仰向けに倒れた俺は彼女に腕の関節を極められた。

  その刹那、彼女に泉京水――男の方――の姿を重ねてしまって仕方がなかった。まだ判明されていないネビュラガスの副作用なのかなぁ……?

 

「ねぇねぇ、きょうちゃん。もしかしてそれってキン肉バスター?」

 

「えぇ、そうよ! でもガードが固くてちょっと難しいかしら……!?」

 

「わぁ! やっぱり!」

 

「キン肉バスターまではやらせないぞ!?」

 

  ついでに、危うくキン肉バスターも掛けられそうになった。華奢な身体のどこからそんなパワーが出るんだ。

 

 

 ※

 

 

  とある研究施設の奥深く。体育館のようにだだっ広い試験ルームでは、科学の鎧を全身に纏う一人の戦士が佇んでいた。右手に巨大な紫の銃を持っており、ピクリとも動かない。まるで屍のようだ。

  戦士の赤い双眼が映すものは何もない。常にうろんな目付きをしていて、一体何を考えているのかは図れない。ただ、ぼおっと正面を見据えるだけである。

  また、戦士の外装は非常に貧しく、内装剥き出しとも呼べる。全体的に黒く、顔付きは見る者の恐怖心を煽るが打たれ弱そうだ。実際、未完成であった。

  その戦士を見守る人たちは全員、試験ルームを見下ろせる部屋にいる。彼らを隔てる強化ガラスは、滅多な事ではヒビは入らない。

  そこでは一人の研究員がパソコンを操作し、室内のモニターに映像を映す。映像の主役はナイトローグとトランスチームシステムの図面であった。映像を目にしたリーダー格の男性が、近くにいた研究員にふと尋ねる。

 

「ナイトローグ、か。これをどう見る?」

 

「開発中のカイザーシステムと酷似しています。ただし、工作員から送られたこのデータを見る限りでは、カイザーシステムに劣るところが幾つか散見されます。コピーにしては、トランスチームガンの独自性が強すぎますね」

 

「兎博士に悟られたにしては不可解な出来上がりだ。かと言って、こちら側のデータの流出の可能性はなかったはず……」

 

  そうしてリーダーは物思いにふける。

  彼らの目的は、独自路線によるISの量産と汎用・実用化。篠ノ之束がカイザーシステムの流用でトランスチームシステムを開発したとしても、元来の彼女の目的に沿わない代物だ。宇宙進出に重きを置いている以上、自ずからナイトローグを生み出すのは考えにくい。そもそも、ナイトローグが日本各地で精力的に人助けや慈善活動をしていた時点で意味不明だった。

  ナイトローグと篠ノ之束が協力関係にあれば、日本政府相手に白昼堂々と間抜けな捕まり方をするのはおかしい。捕まったとしても迅速に脱走したりするのが自然だ。

  つまり、両者は元から赤の他人だと判断できる。ナイトローグ逮捕から結構な時間が経過していても、日本政府や諸外国が“未知のシステム”との見解を示すのも納得が行く。流石の技術大国である日本も、瞬間移動の術は確立させていなかった。

  そのため、データ流出は特になかったと考えても良いだろうと結論付ける。外部からハッキングを受ければ必ず侵入に気付ける上に、内部からデータを取得しようにもごり押し以外では限りなく不可能に近い。それぐらいにセキュリティを徹底的に施しているとの自負が、彼らにあった。

  しかし――

 

「ネビュラガス、スマッシュ。それに“フルボトル”だと?」

 

  映像はやがて内容が進み、新たなデータが映し出される。前者二つはともかくとして、フルボトルという単語にリーダーは目を見開かせる。反応は周囲の研究員たちも同様だった。

  初めて耳にする単語だった。ネビュラガスやスマッシュ等の名称が自分たちの所属以外にも知れ渡っているのには驚きだったが、とりわけフルボトルの存在がダントツの衝撃をもたらした。敢えなく目線がフルボトルの説明文に釘付けとなる。

  その時、ガラス越しにカイザーシステムの集大成と一人向き合っていた研究員が、タブレット端末片手にリーダーへ声を掛ける。

 

「チーフ。そろそろ定期テストの時間です」

 

「ん、わかった。それではガーディアンとスマッシュを投入しろ」

 

  すると、試験ルームの開け放たれたゲートからゾロゾロと、機械兵“ガーディアン”や怪人スマッシュが登場する。それに呼応して戦士の瞳が強く発光し、起動した。戦士が改めて見渡すのは、大半がセーフガードライフルを装備した仰々しい軍団だ。

  まさしく多勢に無勢。それでも戦士は臆せずに立ち向かい、銃の照準をまっすぐ敵勢に合わせる。

  銃の正式名称は駆麟煙銃、ネビュラスチームガン。それから放たれるエネルギー弾の威力はアサルトライフル等を遥かに凌駕し、重火器に相当する。

 

 

 ――素体カイザー無人仕様、戦闘開始――

 

 




Q.カイザーシステム……一体、何難波重工なんだ? 一体、何最上なんだ?

A.トランスチームシステムのお兄さんですね。すなわち、既にこの世界におけるカイザーシステムが開発中であれば、弟分であるトランスチームシステムのナイトローグが周りからIS扱いされるのもおかしくありません(屁理屈)

この兄にして、この弟あり。某○○、狂気の小型化偏重主義と高性能化。




Q.まんま京水ですね。とち狂ったか。辞世の句を読め。介錯してやる。

A.他人の空似です(白目)






元ネタは某YouTubeにて、ビルドドライバーにガイアメモリを挿してみた動画がありまして……ルナティック(狂気)繋がりという事でここは一つ、どうでしょう?

へ? 狂気が足りない?


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反撃の狼煙。皆の元気をナイトローグに分けてもらってよろしいでしょうか?

全てはここから始まる。もう戦闘力最低なんて言わせない。


 勝負の日がやって来た。まず初めに一夏がオルコットさんと戦うため、俺は更衣室のベンチの上で試合終了のアナウンスが響くまで待機している。

  今の格好は半袖半ズボンの体育着だ。ナイトローグの変身にわざわざISスーツを着る必要はないので、非常に楽だ。一応、特注で作られたISスーツを渡されているが、別に訓練機に乗る予定はないのでスルーしておく。

  トランスチームガンは既に返却されている。ただし、GPSが組まれた細いブレスレットを手首に巻く事の条件付きでだ。ブレスレットは着替えや入浴には邪魔にならない程度に細いが、一度着けたら外れなくなった。俺は天才物理学者ではないので、破壊以外に外す方法なんて思い付かなかった。

  これはきっと、俺に対する信用度を表しているのだろう。要するに、逃げないと口で約束しても偉い人たちは信じないという訳だ。それも全部、ゴルゴムやクライシス帝国のせいにしておこう。

 

  そんな訳で、特にする事もないのでしばらく瞑想していると、ようやく試合終了を伝える放送が流れた。結果はオルコットさんの勝利との事。

  時計を確認すれば三十分近く経っていたので、一夏はなかなか粘った方だろう。専用機を受領したとはいえ、初心者の域から抜け出していないのだから。瞬殺されていないだけすごい。俺も瞬殺だけは回避しないと。

  中身の入ったビニール袋とトランスチームガンを持って、更衣室を出る。そのままピットへ向かう途中、織斑先生と出会った。

 

「日室。織斑とオルコットとの試合が終わった。次の試合は十分後だ。準備をしておけ」

 

「わかりました」

 

  織斑先生から指示を受けるや否や、大急ぎで移動を再開する。勝負は目前にまで迫っていた。

  移動した先のピットには誰もいない。アリーナ・ステージへ続くゲートは未だに閉じたままだ。否応なしに緊張感を持たざるを得ない。深呼吸を繰り返し、心を落ち着かせる。

  キリの良いところで右手にはトランスチームガン、左手にはバットフルボトルを構える。片手でフルボトルを振りながら上部の蓋を動かし、勢い良くトランスチームガンに装填する。

 

《Bat》

 

「蒸血」

 

《Mist match!》

 

《Bat. Ba,Bat. Fire!》

 

  銃口より黒い霧が放たれ、瞬く間に俺の身体を包む。この感覚は久しぶりだ。二十数日ぶりに俺は、ナイトローグへと変身する。

 

 

 ※

 

 

  一年一組のクラス代表決定戦が繰り広げられる第三アリーナの観客席は、学年を問わない大勢の生徒によって大半を占められていた。一年一組の面々以外は大体、この日に勝負が始まる事を聞きつけてやって来ている。先ほどセシリアと一夏の試合が終わったばかりだが、観客たちの熱は冷めていない。

  それもそのはず。十分も経たない内に次の試合が始まるのだから。しかもマッチングはセシリア・オルコットのブルー・ティアーズと、日室弦人のナイトローグ。世界中を騒がしたナイトローグの戦いが見られるのだと、ある者は期待を膨らませ、ある者は冷静に事の成り行きを見守る。

  その頃、空いている席を探しに三人組の女子が歩いていた。谷本、ナギ、京水の三人だ。

  二人を先導している京水はプリプリと怒りのオーラを己の身に顕現させ、あからさまに不機嫌な表情で道を進んでいく。ある程度の距離を稼いだところで、彼女の不満が爆発した。

 

「もぉー! 弦人ちゃんのいるピットに立ち入り禁止って何よ!」

 

「仕方ないよ。真っ向から織斑先生に言われたらさ」

 

「でも一夏ちゃんのところには篠ノ之さんが直接応援に行ってたじゃない! あんのブラコン女教師めぇ……」

 

  諦め気味に言葉を返す谷本に対し、京水はその事実を素直に受け止めずに千冬へ憤りをたぎらせる。それは胸の内に留まらず、たちまち動きに怒り度合いが現れていた。いつもよりも感情的な、くねくねとした動きだった。

  ブラコン女教師とは誰の事か、京水が言わずとも谷本とナギは瞬時に察した。谷本は思わず周囲を見回して千冬がいないかどうかを確認し、ナギはおずおずと京水を諌める。

 

「泉さん、口は慎もう? その呼び方は流石にちょっと……」

 

「きっと調子乗ってるんだわ。人一倍おっぱい大きいから。でもねぇ、ワタシの方がおっぱいが大きいわ!」

 

  その時、京水の叫びを近くの観客席にいた人々が聞き取った。まるで周りを憚っていない発言に多くの女子が京水を二度見し、三度見たところで唖然とした表情になる。

  一気に視線がこちらに集中して居たたまれなくなった谷本とナギは、大慌てで京水を食い止める。谷本が羽交い締めにし、ナギが両手を京水の目の前に出して行動を制する。

 

「どーどー!」

 

「落ち着いて、泉さん!」

 

「ワタシの方が、おっぱい大きいわっ!!」

 

「「二度目!?」」

 

  そうして二人はどうにか京水を連行し、先ほどいた場所から遠く離れた位置へ移動する。その間、ナギが口を押さえていないと京水がすぐさま大声を出そうとしていた辺り、往生際はかなり悪かった。

  しばらくすると京水の怒りのボルテージは鎮静化し、ナギから解放されても騒ぎ出す事はなくなる。ただし、両腕を前に組んでむすっとはしていた。幼げながらも元々の容貌が整っているので、不機嫌な姿を見せても逆に可愛らしい事を彼女は気づかない。

  ようやく三人が都合の良い席に座った頃、彼女たちの元に二人の影が近づいてくる。影の主は片方がのほほんと駆け寄り、もう片方が億劫となっている。

 

「みんなー!」

 

  呼び掛けを耳にした三人が一斉に振り返った先には、とててと小走りしてくる本音の姿があった。大人しい雰囲気を持った水色の髪の少女の手を取って、元気よくやって来た。

  本音の癒される雰囲気に当てられた京水は笑顔になり、快い気持ちで彼女に応える。

 

「あら、本音じゃない。その子は?」

 

「紹介するね。かんちゃんだよ。更識簪だから、かんちゃん!」

 

「……はじめまして」

 

  明るい本音たちと比べるとやや暗めな簪は、静かに挨拶を述べてペコリと頭を下げる。これを受けて京水は決して眉をしかめたりはせず、愛想良く自己紹介をする。

 

「はじめまして。私は泉京水。更識さん、と呼べばいいかしら?」

 

「名字はやめてほしい」

 

「そう。それで、本音が彼女を連れてきたのは? お友達の紹介?」

 

「それもあるけど、最近のかんちゃん整備室に籠りっぱなしだから。少しは息抜きさせないとね」

 

  そう言って本音は「ねー!」と簪の方を見やる。当の本人は戸惑う様子を隠しきれていなかった。

 

「本音。やっぱり私……」

 

  簪は声を振り絞り、本音の誘いを断って整備室へ帰ろうとする。しかし――

 

「でもかんちゃん、一度でも良いからナイトローグに会ってみたかったんでしょ?」

 

「それは……」

 

  以前語っていた事を本音に指摘されてしまい、簪は言葉に詰まる。整備室で待っている己の私用に早く戻りたいところだが、生のナイトローグを見てみたい願望も否定できなかった。二者択一に簪は頭を抱えて、身体をもじもじとさせる。

  それと時を同じくして、観客たちの声が沸き上がる。彼女たちがステージの方に目を向ければ、ピットゲートより歩いて出現するナイトローグの姿が見えた。ただ、格好がともかく普段と異なっていて、観客のほとんどが呆然とした。

 

「あぁ……」

 

  そんな中、谷本はおもむろに天を仰ぎ、ステージからそっと目を逸らした。

 

 

 ※

 

 

  ナイトローグとして再び活動するのにブランクはなかった。俺が以前に乗った打鉄とは異なり、単なるスーツを纏っているようでめちゃくちゃ動きやすい。浮くという前動作はいらなかった。しっかり地を踏み締めていく。

  ピットゲートを出ていくまでに、ナイトローグの仮面越しに投影される情報を素早く再確認しておく。ISとは勝手が違うが、多くの基本は恐らく変わらない。画面片隅にあるシールドエネルギー量の表示も、もう少し詳しく調べればわかる事だろう。この値がゼロの状態で大ダメージを受ければ強制的に変身解除されるとか、きっとそんなところだ。

  時間がないので、ナイトローグのこれらの謎を追求するのは後回しにしておく。今は勝負の時だ。余計な思考はやめて、目の前の事に集中するべきである。

  薄暗いピットゲートを抜けて、視界が一気に明るくなる。コウモリの成分が元であるためか、ナイトローグは普通に夜目が利く。しかし、明るいに越した事はない。

  ばっと開いた景色の先には、オルコットさんの操るブルー・ティアーズが空中を漂っていた。格好や武装は事前に調べた通りだ。英国淑女らしく、気品が高い。

 

「日室さん、始めにお話が――え?」

 

  ナイトローグの集音機能が優れているおかげで、数十メートルは離れているのにオルコットさんの言葉がハッキリ聞こえる。途中で間の抜けた声を出していたが、何だか物腰が柔らかくなっているように感じた。上から目線といった感じがなくなっている気がする。

  明らかに決定的な変化だ。さっき一夏と戦って、彼女の心境が変わったのだろうか。だが、この瞬間でそんな事を考えても仕方ない。俺はそそくさとゲート出入口から飛び降りて、地面の上に着地する。

 

「日室さん、何ですかその格好は!?」

 

  それも束の間、オルコットさんから怒声混じりの質問が飛んでくる。ここで、今の俺の格好を確認してみよう。

  夕暮れ前の太陽に照らされているため、ナイトローグのインナーが黒から茶色に変化している。しかし、彼女が聞きたいのはこれの事ではないはず。今のナイトローグが身に付けているものだ。

  首元と手首には、それぞれサイズをキッチリ合わせた紫色の数珠。上半身には帯で腰に留めた羽織を纏い、背中側にはうちわを差す。極めつけは麦わら帽子を被り、これらにありったけの御札を貼りつけている。

  これすなわち――

 

「ご利益を重ねて縁起を担いだ」

 

「ふざけていますの!?」

 

「大真面目だ! これも全て勝利を得るために! こちとら大変だったんだぞ。数珠とか手作りだし、羽織や御札は谷本さんたちに手伝ってもらって――」

 

  ブゥー!

 

  その時、試合開始のブザーが鳴った。ご利益装備の解説を中止した俺は咄嗟にトランスチームガンを構え、オルコットさんへ発砲する。

  放たれた光弾は命中する事なく、空中機動を取ったオルコットさんにふわりと避けられる。ただ、俺の問答無用な初撃に彼女は面食らったようだった。

 

「ええい、行きなさい! ビットたち!」

 

  オルコットさんがそう叫ぶと、ブルー・ティアーズの肩部ユニットより計四基のビットが射出される。それに応じて俺はステージの壁際へ急いで移動し、ビットの攻撃位置を制限させる。

  周りが遮断シールドで囲われているアリーナ・ステージの特性をとことん使わせてもらう。場所が広大な宇宙空間ならまず不可能な戦術だが、常に背後に壁を侍らせれば全方位攻撃だけは回避できる。相手からの火線の集中ぶりは相変わらずだが、こちらが対処できる範囲内に収まるだけマシだ。数が四基だけで助かる。

  レーザービット時々、レーザーライフルによる狙撃。既に百メートル以上も俺から離れたオルコットさんは、主な攻撃をビットたちに任せていた。レーザーライフルはいつでも撃てるように構えているが、何故か照準を俺に捉えるだけでなかなかトリガーを引かない。舐めプなのだろうか、それとも彼女なりに与えるハンデなのだろうか。

  怒涛の勢いで襲い掛かってくる大量のレーザーを、俺は次々に避ける。ナイトローグの装甲が割りと堅牢なため、スレスレ回避でもシールドエネルギーの消費はない。装甲だけでレーザーの莫大な熱量を耐えてくれる。流石ナイトローグだ、何ともないぜ。

 

  この時、俺は思い出す。泉さん……いや、京水との特訓の内容を。昨日までの特訓を通して俺は、殺気を感じて相手の行動を先読みする力を養った。それはもう、組み手をしすぎたせいで彼女が次に何を仕掛けてくるのかがわかるぐらいに。俺がカウンターでロメロスペシャルをやけくそ気味にかましたら「あぁん♪ いいわよぉ♪」と悦ばれたのには、ドン引きした。

  これにより、見てから回避する癖が強かったとのお言葉をもらった俺の戦闘スタイルが、一層に洗練される事になった。だが、あくまで養っただけで完璧には程遠い。そのため、バットフルボトルの特性をフルに引き出してみる事にした。

  その要となるが、コウモリの持つ反響定位。エコーロケーション。オオコウモリの場合は完全に視力依存だが、これは置いておく。

  つまり、超音波を常時流して相手の位置や障害物、地形などを把握。ソナーみたいな使い方をする事で、俺の先読みの力を十全に補わせる。

  サメバイクフォームのビルドだって、透明化したクローンヘルブロス相手にサメの特性を引き出して戦ったんだ。ブラッドスタークも毒やコブラ召喚など、やりたい放題していた。同じフルボトルを扱うナイトローグに、何もできない道理はない!

 

『コウモリよ! コウモリになるのよ!』

 

『たぁーっ!』

 

  ついでに、京水とのそんなやり取りを脳裏で甦らせる。そう、今の俺はコウモリ。ナイトローグの名誉を挽回しようとするコウモリだ。

 

  レーザーの回避は小さな動作で十分だ。頭を傾げ、上半身を僅かにずらし、時には軽めのステップを刻む。直撃なんて一度も受けなかった。

  回避行動を取りながら、慣性を無視した軌道を自由に描くビットをトランスチームガンで狙う。ただし、トランスチームガンも一応は拳銃らしく、有効射程距離はせいぜい五十メートル程度だ。それ以上離れたビットを狙い撃とうにも、その頃には立派な流れ弾となる上に簡単に避けられる。

  それでもトランスチームガンを撃って破壊を試みようとすると、ビットの動きの良さが格段に上がった。より素早く飛び回る様は、さながら蜂のようだ。

  一方のオルコットさんは、ビットの操作が結構な負担になっているのか顔を僅かに歪ませている。その手に持つレーザーライフルを撃つ気配をまるで見せない。

  しかし、自分に向かってきだ光弾をかわすだけの余裕は残されていた。俺が然り気無く発射した一発分を、ひょいっと避ける。それと同時にビットの動きが途端に悪く――否、その場で一度停止した。一瞬の出来事だ。

  これは絶好のチャンスだと思い、間髪入れずにそちらへ光弾をばらまく。光弾が目前にまで迫ってきたビットたちはすかさず動き出すが、俺に一番近かった一基が敢えなく被弾した。被弾箇所から煙を立てながら、ポトリと地面へ落下する。

 

「なっ!?」

 

  オルコットさんから驚きの声が上がる。だが、ビットの扱いは全く衰えさせていない。やはり強敵か。

  ビットの数が減ったので少しは攻撃の圧力が弱まるかと思いきや、そうでもない。むしろビット操作の負担が軽くなったようで、一々肉眼で追おうとすると訳がわからなくなるぐらいに速い。とうとう彼女本人からの狙撃も加わり、ここからが正念場となった。

  トランスチームガンを左手に持ち変えた俺は、利き手にスチームブレードを出現させる。どこからともなく武器やゴツいベルトが現れるのは仮面ライダーではよくある事なので、気にしてはならない。きっと量子格納されていたのだろう。念じたら出てきたのだ。

  やがて四方八方からビットとライフルによる正確無比な一斉砲火が俺に放たれる。ビットによるレーザー攻撃はギリギリ避けたが、オルコットさんの狙撃の回避まで難しかった。

  なので、盾代わりにスチームブレードの刀身でレーザーを受け止める。圧倒的な頑丈さを誇るスチームブレードはレーザーを浴びても変形せず、逆に受け止めたレーザーを辺りに小さく散らさせた。威力分散されたレーザーは三十センチも飛ばずに消滅していく。

 

  戦えている。俺は……自分は……ナイトローグは戦えている。今までよりも、ずっと!

 

  次に俺は壁走りを敢行した。遮断シールドの内側表面を問題なく駆け抜け、飛来するレーザーの雨を切り抜ける。コウモリには、壁や天井に掴まるだけのパワーがある。バットフルボトルを使いこなした俺に隙はなかった。

  ぐるりと回るようにしてオルコットさんに接近する。彼女の表情は明らかに焦りを滲ませていた。

  その間にもレーザーは相変わらず降り注ぐが、俺は一切の有効打を許さない。トランスチームガンでビットやオルコットさんを牽制し、火線を掻い潜り、スチームブレードで受け流す。

 

「見える、見えるぞ! 俺にも敵が見える!」

 

  そして俺は背中にコウモリの翼を生やし、翼の発生の際に噴出した黒の煙幕と共に勢い良く飛翔した。

 

《ライフルモード》

 

  スチームブレードとトランスチームガンを連結させた後、俺はようやくまともな応射を叶実現させた。有効射程距離が伸びた光弾がオルコットさんに飛んでいき、返事としてレーザーライフルを二、三度撃たれる。

  射撃、回避、接近。俺がこれを繰り返す頃には、ビットの攻撃がだいぶ優しくなっていた。引き撃ちを徹底しているオルコットさんだが、遂に俺が彼女へ肉薄する。バレルロールの要領で避けながら、スチームブレードの間合いに届かせる。

 

「掛かりましたわね!」

 

  刹那、オルコットさんに応えるようにして、ブルー・ティアーズの残った肩部ユニットが俺に向けられた。そこからミサイルが計二発発射される。これを避けるには、あまりにも近づきすぎていた。

  それでも、ここで怖じ気づいては勝利は掴めない。こんなチャンスが二度も訪れてくるとは思えない。全力で勝ちに行くと決めたのだから、前に進むしかなかった。

  ダメ元で翼を前面に出し、俺の身体を大きく包む。直後、間近でとんでもない爆発音と衝撃が走ってきた。翼の中で激しく揺さぶられ、うめき声が出る。

 

  だが、それだけだった。ミサイルに当たって大ダメージを負うどころか、シールドエネルギーの残量値は少ししか減っていない。まだ全然、身体が“動いた”。

  やがて俺を閉じ込めた翼が開かれるが、その様子がスローモーションのように感じる。翼の隙間からは、爆発で渦巻いている赤い炎が見える。

  ミサイルを食らっても飛翔する勢いは削がれていない。そのまま爆発の中を突き抜けて、かねてより狙っていた例の蒼い機体を真っ直ぐ捉える。ほぼ無意識に、スチームブレードを前に振る。

 

「キャッ!?」

 

  聞こえたのはオルコットさんの悲鳴と、金属が斬り裂かれる音。利き手に伝わる手応えは、ブルー・ティアーズ本体に当たったものではない。レーザーライフルの銃身をオシャカにしただけだった。

  二撃目を出す暇はなかった。彼女の横を猛スピードで通り過ぎた俺は敢えて振り返らず、スチームブレードのバルブを回す。

 

《エレキスチーム》

 

  程なくして、俺の後方からビットより三本のレーザーが放たれる。生き残っているビットたちの銃口の向きは、この寸前から把握済みだ。俺は冷静に努めながら、セントラルチムニーで黒煙を噴かす。

  黒煙に飲まれた次の瞬間には、俺はオルコットさんの頭上へワープしていた。短距離間の霧ワープでは、一秒近くの時間の誤差があるようだった。丸腰の彼女は、突如として出現した俺に目を見開かせている。

  容赦や情けは掛けてやらない。擦れ違い様に電気を纏わせたスチームブレードで斬りつけ、再び霧ワープ。残り八。

  上下左右、とにかく至る方向に霧ワープして斬り掛かり、相手のシールドエネルギーを削る。ついでにビットも全て破壊しておく。残り一。

 

「っ、インターセプター!」

 

  流石に何度もやられれば、相手も霧ワープに対応するのは容易のようだ。本日最後の霧ワープの位置を予測し、ショートブレードを構える。しかし、甘い。

  セントラルチムニーの状態は限界値ギリギリ。気がつけばナイトローグのシールドエネルギー残量もほぼ空。うっかりだが、メカニズムが少しわかったから良しとしておこう。今度の俺はそっとテニスボールを取り出し、空中で遠心力を加えながらスチームブレードの腹に叩きつける。

  京水とテニヌした末に身に付けた奥義、ここで見せよう。その名も――

 

「弐拾壱式波動球ぅ!!」

 

  またもや不意を突かれたオルコットさんは、波動球を胴に受けた反動で吹っ飛ばされていった。

 

『試合終了。勝者、日室弦人』

 

  直後、アリーナ中で試合終了のアナウンスが響き渡る。それを聞いて緊張の糸がほぐれた俺はおもむろに着陸し、翼を閉じる。

  勝者として俺の名前が呼ばれても、すぐには実感できなかった。荒くなった息を整えて、早まった心臓の鼓動を静めさせる。胸に手を当てなくても、激しくなった血の脈動は認識できる。

  まさに燃え上がるような戦いだった。口を動かす暇なんてものはなく、ただ己の気持ちを一撃に込める。とにかく相手の対応に忙しく、一つ一つの動作や攻撃にどういう意味を持っているのか見極めるのが大変だった。

  傍目では、オルコットさんが何か言いたげな顔をしていた。そう言えば、試合が始まる前にも話そうとする素振りを見せていたな。何だろうか?

 

「日室さん……その、燃えていますわよ?」

 

  ……燃えている? 不思議に思った俺は、ついつい己の身だしなみを確かめる。

  そして、恐らくスレスレ回避の時にでも着いたのだろう。伝わるはずの熱は遮断されていて今まで気づかなかった。まさか、羽織や麦わら帽子が炎上しているなんて……。

 

「ああぁぁぁっ!?」

 

  この後、必死に消火するものの、ご利益装備の壊滅を確認するのだった。

 

 




Q.バカな! ナイトローグには装着者に関係なく、ナイトローグそのものに負け癖がついているんだ! 勝てるはずがない!

A.そのためのご利益装備です。


Q.嘘だ! ナイトローグが勝ったなんて信じないぞ! ナイトローグは負けなくちゃいけないんだ! だってクローズに負けて、スタークに負けて、ビルドに負けて……!

A.敗北という名の運命の鎖は、たった今断ち切られました。


Q.あり得ない! ホークガトリングにボコボコにされたナイトローグが、まともにISと空中戦できるはずがない! あり得ないんだよぉー!

A.初期スペックの時点で100メートルを4秒で走れるぐらいの能力があります。つまり、飛翔時のスピードがこれ以上のものになるのは道理だと思われます。ハザードレベルも上げれば余裕余裕。


Black RX「人が生身で空を飛ぶ? 物理法則もあったものじゃない」

スカイライダー「そうだな」

クウガ「モーフィングパワーなんてあり得ないよな」

アギト「不可能殺人もあり得ない」

龍騎「時間を巻き戻すなんてあり得ないよな」

ファイズ「一度死んで生き返るのもあり得ないよな」

ブレイド「不老不死なんてあり得ないよな」

響鬼「妖怪なんているわけないよな」

カブト「ドッペルゲンガーなんているわけないよな」

電王「タイムマシンなんてあり得ないよな」

キバ「核弾頭に耐えられる鎧なんてあり得ないよな」

ディケイド「世界を破壊できるなんてあり得ないよな」

ダブル「地球の記憶を読めるなんてできっこないよな」

オーズ「欲望の化身なんてあり得ないよな」

フォーゼ「俺は一度死んで生き返った」

ウィザード「魔法なんてあり得ないよな」

鎧武「人間が神様になれる? ないない」

ドライブ「ベルトさぁぁぁん!!」

ゴースト「幽霊もあり得ないよ」

エグゼイド「コンピューターウイルスが人間に感染するのもあり得ないよな」

???「仮面ライダーがウルトラマンみたいに戦う? ……ジャンボフォーメーション!」

ナイトローグ「コウモリには体重5gしかない種類もいる。つまり、バットフルボトルの特性を発揮した効果として飛行時の体重が5gになっている可能性も……よし、先輩たちと違って言い訳できるぞ!」




Q.何故だ! 何故、ナイトローグが勝ったんだ!? 何故なんだぁ!?

A.勝ちました。


Q.認めない! ナイトローグが勝ち星を得るなんて認めない!

A.勝ちました。


Q.ダメじゃないか。不遇ライダーは不遇ライダーらしく不様に負けないと。

A.そちらに大勢の不遇ライダーがバイクに乗って向かっていくのが見えました。パッと確認しただけでもG-3マイルド、シザース、デルタ、レンゲル、裁鬼、ドレイク、ザビー、サソード、G電王、リイマジ勢、ナスカ……骨は拾います。ご健闘を。


Q.特訓の内容を詳しく

A.弐拾式波動球の壁が越えられなくてヒムロンの心は一度ポッキリ逝きました。

京水「あなたが波動球を覚えられずにクラス代表決定戦に出ないのは勝手よ? けどそうなった場合、誰が代わりに波動球を覚えて決定戦に出ると思うの?」クネクネ

日室「……」

京水「一夏ちゃんよ。一夏ちゃんは今回の件であなたに負い目を感じているはずよ。だからあなたが挫けてしまえば、自分から手を挙げるわ。

だけど、今の彼ではオルコットさんに勝てない。そうなれば彼に期待していた子たちがよってたかって彼を責める」ピタッ

日室「……!」

京水「弦人ちゃんが波動球で戦うしかないのよ! あなたもわかってるはず。だから何かを期待して私との特訓に応えたんでしょう!?」クネクネ


谷本「あれ? 来週の月曜でやるのテニスだっけ?」


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Q.ナイトローグにパワーを! A.いいですとも!


最初のIS、白騎士の全長は大体二メートルぐらいで、世代を重ねるごとに巨大化しています。これ、宇宙世紀のモビルスーツの恐竜的進化に軌跡が似ているので、最終的には小型化に行き着くと思います。

つまり、惑星破壊できて宇宙航行もできる仮面ライダーエボルはISの理想的完成体……? なんだ、エボルもISだったのか(白目)


 モニター室。リアルタイムモニターの映像では、ブルー・ティアーズとナイトローグとの決着がついたばかりだった。コンソール席に座ってモニターを凝視していた山田真耶は、ついつい感嘆の声を漏らす。

 

「はぁぁ……。日室くん、すっごく頑張りましたね! あんな格好をしていたから、一時はどうなるかと思いました」

 

  インチキ臭いご利益装備に、突拍子もなく繰り出された弐拾壱式波動球。弦人とセシリアとの試合が始まるまで不安しか抱いていなかった真耶だったが、ナイトローグの戦闘技能の高さを知るや否やすっかり手のひらを返した。

  顔を綻ばし、弦人の勝利に心から喜ぶ。彼を馬鹿にする思いは、最初から彼女の中になかったのだった。敗北してしまったセシリアを悪く言うつもりも毛頭ない。互いの健闘を称えるばかりだ。

  直後、羽織や麦わら帽子が炎上して大慌てになるナイトローグの姿をモニター越しで見つめて、思わず苦笑する。専用機を持つ代表候補生相手に勝利を飾ったにしては、何とも締まらない終わり方だった。

 

「山田先生。ナイトローグの戦闘データを纏めるように」

 

「あっ、はい!」

 

  横から千冬の声を耳にした真耶は、我に返るようにして正面のコンソールパネルとディスプレイに向き合う。

  一方の千冬はナイトローグをじっと見つめて、先ほどの試合の内容をそっと振り返る。二人の決着までに掛かった時間は十分にも満たなかった。

  ビットの全方位攻撃を防ぐため、壁際に寄る。これは無難な対策だ。特に注目すべき点は次となる。

  レーザーを一撃も食らわない、目を見張るほどの回避能力。いくらナイトローグが他のISと比べて的が小さくとも、多方向からの正確な射撃をほとんど避けきるなど至難の技だ。しかも、ナイトローグはあまりその場から離れずスレスレにかわし、千冬がよく目にするISの回避機動を取らなかった。

  ここで気になるのが、ナイトローグの素の防御力の高さだ。仮にも避けたレーザーとはほぼゼロ距離まで近かったにも関わらず、ろくにバリアーが余裕を持って発動していない。まるで、必要ないと言わんばかりである。羽織などはレーザーの熱を浴びて燃えたが。

  ナイトローグを初めて捕らえた瞬間を千冬は昨日のように思い出す。あの時はいつ霧ワープされて再び逃げられるかわからない状況だったので、ナイトローグの迅速な無力化が求められた。

  しかし、絶対防御を発動させて相手のシールドエネルギーをゴッソリ削ろうにも、手応えが明らかにいつもと異なっていた。絶対防御そのものを突き抜けているような気分に襲われたのだ。後にナイトローグの絶対防御が装甲表面に薄く、硬く、頑丈に発動しているのを確認したが、強制的に変身解除させるまでは生の感触の嫌悪感は拭えなかった。

 

「千冬さん――」

 

「織斑先生と呼べ」

 

  その時、うっかり名前呼びをしてしまった箒に千冬が一喝する。一瞬だけすくんだ箒は咄嗟に謝る。

 

「っ、すみません織斑先生。その、一夏は……」

 

「ラッキーパンチでもない限り、今のあいつでは日室にほぼ確実に勝てない」

 

「……っ」

 

「私が以前に日室を捕まえた時、あいつから生き残ろうとする力をひしひしと感じた。きっと無人島生活の賜物だろう。まぁ、逃走に徹するなら相当の実力を持っていた」

 

  逃走に徹するならば。千冬がこう断言するのは、ナイトローグとの戦闘でフェイントなどが思いのほか効いたからである。当時の弦人の戦闘技能はちぐはぐだった。みっちりと体系化された格闘技を完璧なレベルで習得していれば、とりあえず返り討ちにできる程度に。

  しかし、だからと言って手加減するほど弱くはないのも事実。ナイトローグを非常に使い慣らした弦人を捕まえるには、わりかし全力で挑めばならなかった。

 

「だが、その時と比べて今は我流の戦闘スタイルが洗練されている。あれほどの見切りと勘の良さはなかった」

 

  そしてモニターを見てわかる通り、ナイトローグは視覚だけでなく他の感覚もフルに用いてレーザーの雨を避けた節がある。例えハイパーセンサーが全天周囲三百六十度の視界を操縦者にもたらそうとも、人間である限りは文字通り全ての方向を同時に見る事はできない。

  肝要なのは、何度も経験を培って戦闘勘などを養う事。物理的に背中に目をつける事は無理でも、似たような事は鍛えれば誰にもできる。さながら、第六感とでも呼ぶべきか。ナイトローグはその技術を半ば身に付けていた。千冬から見ればまだまだの一言だが、今の一夏が同じ事をできるかどうかは語るまでもない。

 

 

 ※

 

 

 ご利益装備の大半がなくなり、残ったのは数珠だけとなった。それだけではご利益装備の意味がないと考えた俺は紙袋に戻す。

  次の試合が始まる前に一度ピットへと戻った俺は、試しにナイトローグの再変身をおこなう。するとシールドエネルギーの残量値が元の量に回復していた。フルボトル本体に、外部に流れた成分を自動回収する機能でも備え付けられているからだろうか。不思議である。

  ただし、セントラルチムニーの状態がレッドゾーンであり、これを使った霧ワープはできないまま。トランスチームガンでも霧ワープは一応可能なのだが、インターバルとの表示が出ていた。

  つまり、あの霧ワープ殺法は休息を挟まないと不可能な訳だ。正直不安だが、俺にはまだトランスチームガンとスチームブレードがある。自分を信じろ。

  十分間の休憩は必要なかった。俺はそそくさと外に出ていき、腕組みしながら相手の登場をじっと待つ。温まった身体が冷めないうちにとっとと戦いたいものだ。

  すると、向こう側のピットゲートから一つの白い影が飛び出す。雰囲気からして訓練機ではない。正体は専用機を装着した一夏だ。

 

「ようやく来たか……!」

 

「ああ。待たせたな」

 

  待ちかねていた俺の言葉に一夏は応答し、同じく地面の上に降り立つ。元々のISの全長が高いため、一夏の方が目線が高くなっている。

 

「手加減はしない」

 

「望むところだ。真剣勝負にこそ意味があるからな」

 

  俺がやや冷淡にそう告げると、一夏は強気に答えて静かに近接ブレードを取り出す。試合開始の合図が下りていないので、構えるだけだ。

  手加減しなくてもいいなら助かる。容赦はいらない。合わせて俺もスチームブレードとテニスボールを手元に出現させて、来たるべき瞬間に備える。

  そして、ブザーが鳴った――

 

「弐拾壱式波動球ぅ!」

 

「はあっ!?」

 

  俺は開幕早々に波動球を放つ。ブザーが鳴る前から少しテニスボールに気を取られていた一夏は面食らっていて、回避行動に遅れる。このまま行けば、まさに直撃コースだ。

  対して一夏は思いきったのか、近接ブレードで波動球を打ち返そうと試みる。ただ、俺がスチームブレードの腹で打ったのに対して、彼がボール側に刃を向けているのが非常に気掛かりだ。

  そして案の定、俺の危惧していた事が起こった。テニスボールは容易く真っ二つにされ、上下に分かれたそれぞれは明後日の方向へ飛んでいく。

 

「ボール破壊!? なんてタブーを!?」

 

「いやテニスじゃないし」

 

「……それもそうか!」

 

  俺は即座に気を取り直して、スチームブレード片手に一夏へと走り出す。反撃として繰り出された刺突を顔を横にひねる事で回避し、一気に肉薄する。

  しかし、ISの背の高さは同時に間合いの長さへと直結していた。近接ブレードとはいえ、本体の長さは人間大だ。その上、一夏の剣技は明らかに型があると感じたため、接近には少し苦しかった。

  身体を逸らし、軽く跳ねて、スチームブレードでどうにか受け流す。おまけに一夏は器用にホバリングして何度か後ろ走りするものだから、お互いの距離は絶妙な感じで保たれている。

  必死に剣を振る一夏の顔に、焦りが徐々に見えてきた。だが、それは俺も同じ事。これではキリがない。

  背中を大きく後ろに反らして、近接ブレードの横一閃を避ける。それから間髪入れずに左手でトランスチームガンを握り、一夏に向けて引き金を引く。発射された光弾はたちまち彼の顔面に当たった。

 

「うっ!?」

 

  光弾は寸でのところでバリアに遮られ、尚且つ相手のシールドエネルギーを確実に削ってから霧散する。それでも一夏は眼前にまで迫った光弾を前についつい目を閉じてしまい、背中側に浮かしている一対のウィングスラスターを前面に吹かして、俺から急いで距離を取る。見事なバックステップだ。

  俺はすかさずトランスチームガンで追撃の手を打つ。ひたすら連射するが、六メートルも離れれば斬り払いできるようだ。我流ではない分、剣の腕前は俺よりもずっと上なのかもしれない。

 

「うおおぉぉぉ!!」

 

  次に突撃するのは一夏だった。ウィングスラスターより青い炎を焚き付け、俺目掛けて真っ直ぐ飛ぶ。途中から光弾の斬り払いを止めた様子から、肉を切らせて骨を断つ覚悟らしい。多少の被弾をものともしない。

  そのスピードが乗った一撃はとても重たそうだ。受け止めたくない。なので俺も駆け出して、一夏の股の下を滑り抜ける。彼の攻撃は空振りに終わり、俺に背中を呑気に晒した。

  間を置かずに立ち上がってスチームブレードを叩き入れる。この斬撃はバリアを突き抜けて絶対防御を発動させるに至り、一夏は小さく呻いた後に方向転換。負けじと俺に剣を振るう。

  極力つばぜり合いは回避したいので、次々と迫りくる白銀の刃を避けまくる。遂に切っ先が真っ直ぐ突き出されると、そのタイミングで俺は近接ブレードの上に飛び乗る。刹那、一夏の表情が固まった。IS元来のパワーにより、俺が乗っかっても剣を持つ彼の手は下がらない。

  動きも止まり、致命的な隙が出来上がる。チャンスだ。スチームブレードを逆手に持ち直す。

  一夏の頭上を小さく飛び越えるようにして、その場から跳躍。すれ違い様に銃撃と斬撃を与える。光弾は顔に、スチームブレードの刃は肩口に当たった。

 

《Bat》

 

  それから着地するまでの間、手際良くバットフルボトルをトランスチームガンに再装填。スチームブレイクの待機状態にしておく。

  その時、背中合わせになっていた俺と一夏はほぼ同時に後ろへ振り返った。二つの視線が交差し、己の得物を相手へ向ける。よく観察すると、一夏の近接ブレードが変形して棒状に青いビームを発振していた。近接武器としてのリーチが倍以上に伸びて、俺を絶対に必殺の間合いの中に収めようとする意志が伝わる。

  流石にこれは確実に回避できない気がした。それでも、スチームブレードで受け止めればいい。既にスチームブレイクを放つ寸前なのだ。この至近距離では、相手も同じように回避が間に合わないはず。勝機は十分ある。

 

  だが、この時の俺は完全な思い違いをしていた。そして、スチームブレードでビームサーベルを防ごうとした直後に気づく。この世には力場云々で固めてつばぜり合いができるビームサーベルと、そもそもビームを棒状に発振しているだけだからつばぜり合いが成立しないビームサーベルの二つがある事を。今回のは間違いなく後者であった。

 

 ……ミスったあぁぁぁ!!

 

「うぐっ!?」

 

《スチームブレイク》

 

  ビームサーベルは防がれた部分から先がすっぽりと消滅。スチームブレードを通り抜けると再び元の長さに元通り。俺は敢えなく光の斬撃を浴びてしまう。

  それほど痛くはなかったが、装甲越しでもビームサーベルの圧倒的な熱量が伝わってきた。焼かれたとついつい錯覚してしまうほどだ。パラメーターを確認すれば、最初から三百近くあったシールドエネルギー残量が二桁にまでゴリゴリ減っていた。

 

「ぐわあぁっ!?」

 

  同時刻。スチームブレイクの直撃をもらった一夏は着弾時の衝撃で後ろに大きく吹き飛ぶ。宙に身を投げ出され、受け身を取れていない。

 

《アイススチーム》

 

  俺は大急ぎでスチームブレードのパルプを回し、ようやく受け身を取った一夏の足元へ投合する。スチームブレードは勢い良く地面に突き刺さり、そこから巨大な氷柱を瞬時に発生させた。

  気づいた一夏は逃げ出そうとするが、もう遅い。氷柱は一夏を飲み込み、彼の身体をあっという間に凍結させる。上半身だけが凍らないのは、恐らく絶対防御に守られているおかげだ。

 

『勝者、日室弦人』

 

「あー……チックショウ」

 

  試合終了のアナウンスが響き渡り、氷柱から抜け出そうジタバタ暴れていた一夏は途端に大人しくなる。首をガクリと項垂れさせ、ひっそりと声を漏らす。

  一方の俺は、まんまとビームサーベルの罠に間抜けにも引っ掛かった事もあって、あまり釈然としていなかった。完全勝利にはびっくりするほど遠い有り様だった。

 

 ※

 

  試合終了後、俺と一夏はそれぞれピットへと戻った。俺のところには相変わらず人がいないと思いきや、そこでは山田先生が一人で待っていた。

 

「日室くん、お疲れ様でした! 二連勝もするなんてすごいですね!」

 

「あっ、いえ。まさか山田先生に出迎えに来てもらえるなんて光栄です。ありがとうございます」

 

「へ!? あの、それってお世辞じゃなくて……ですか? あ、ダメですよぉ! 先生を口説くなんてぇ……」

 

  こちらが謙虚に対応すれば、顔を真っ赤に染めて急にもじもじとする山田先生。とんでもない勘違いぶりだ。

  間髪入れずに「口説いてません」とキッパリ告げると、山田先生はシュンとしながらも「アハハ……すみません」と苦笑する。この男性の免疫の無さは今に始まった事ではないと思うので気にしないでおく。それなのに胸元の開いた服を着ているのは、逆に根性があってスゴい。

  さて、そろそろ変身解除するか。そう思うのも束の間、突如として奥の扉が開かれる。うっかり肩をびくらせた俺はそちらに振り向き、山田先生も相手がわかるや否や声を上げる。ピットに入ってきたのは京水とのほほんさん、それとメガネを掛けた少女であった。

 

「あっ、いけませんよ! 一般生徒はここのピットに立ち入り禁止です!」

 

「山田先生、彼女を通してあげて! ナイトローグのファンなのよ!」

 

「へ?」

 

  有無を言わせぬ勢いで叫ぶ京水に、山田先生はきょとんとした表情になる。この隙にメガネの少女は山田先生の横をそそくさと通り抜けて、俺の前に立ち止まる。

  雰囲気からして、少女は普段から大人しい事がわかる。そんな彼女はおずおずとしながらも、勇気を振り絞るようにして俺の名前を呼ぶ。

 

「ナイトローグ、さん……」

 

「はい?」

 

「その……サインください!」

 

  大声になったのは恥ずかしさを誤魔化すためだろうか。少女はばっと色紙とサインペンを前に出した。それら二つを持つ手は震えていて、少女は目と口を固く閉じる。

 

「わかった。サイン初めてだけど頑張る」

 

  俺は少し戸惑いもしたが、特に断る理由もないので少女から色紙とサインペンを受け取る。

  サインの書き方など知らない。テレビで見たの真似するだけだ。ただ、カタカナで記すのは格好がつかないので英語表記の筆記体にしたら、良い感じのものが出来上がった。出来上がりに内心満足しながら、少女に手渡す。

 

「どうぞ。これでいい?」

 

「ありがとうございます! その、握手も!」

 

「うん」

 

  そうして握手を交わすと、少女の顔がますます明るくなる。その嬉しさは計り知れなかった。

 

「えっと……写真もいいですか?」

 

「もちろん」

 

  その瞬間、カメラを持ったのほほんさんがやって来た。少女は俺の隣に並び立ち、俺と腕を組んでピースサインを作る。俺も彼女のノリに乗っかり、カメラに向かってピースする。

 

「はい、チーズ!」

 

  パシャッ! のほほんさんがカメラのシャッターを切ると、フラッシュが焚かれる。次に俺たちと一緒に取れた写真を確認しようと、トテテと歩み寄ってきた。

  写真はピントのズレもなく、良く撮れていた。一切ぶれておらず、くっきり写っている。少女とナイトローグが仲良く並ぶ姿はなかなかシュールなものを感じるが、初めてにしては上々だった。遠くからスマホをかざされる事はあっても、こんな身近に写真撮影をする機会はなかった。

 

「やった……やったよ、本音!」

 

「よかったね、かんちゃん!」

 

「うわーん!」

 

  とうとう感極まった少女は、よしよしとのほほんさんに優しく抱き寄せられる。なんて純真な子なのだろうか。見ていて微笑ましい。

  視線を横にずらすと、京水も二人の様子を前にして、コクコクと満足げに頷きながら感動していた。対して山田先生は未だにポカーンとしている。

  よし、決めた。俺はおもむろに山田先生に話し掛ける。

 

「山田先生」

 

「な、なんですか?」

 

「第三アリーナで僕と握手! 東京ドームシティ! ……という訳で今回不問にしてくれませんか?」

 

「えぇっと、その……じゃあ、厳重注意に済ませましょう」

 

「ありがとうございます」

 

  その後、京水は「ブラボー!」と高らかに叫びながら、精一杯の拍手をピット内に響かせた。

 

 





Q.ラッキーパンチ刺さったあぁぁ!?

A.ライアーゲームのプレイヤーが叫んだりする時のアレ


Q.零落白夜受け止めたのにスチームブレード硬くね?

A.ライダーウェポンでは良くある事。きっとビームコーティングされていたのでしょう。


Q.ナイトローグの翼のデカさってどれくらい?

A.人間サイズのモンシロチョウの羽の長さが三メートル、幅が四メートルくらいなので、恐らくそれぐらいあると思います。あれ? 飛翔形態のサイズが他のISと遜色ないぞ?


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座学においてもナイトローグを使おうとする鋼の意志


オウルハードスマッシュって、飛ぶだけでなく明らかに浮いていますよね。完全に航空力学で空を飛べる体型ではないですよね。反重力でも使っているのだろうか……。



 一年一組のクラス代表決定が終了したその日の夕方。学生寮の帰り道を歩く一夏の足取りはトボトボとしていた。表情に影が落ちている。

  その隣を歩く箒は彼の顔色をチラチラと窺っては、気まずそうにする。しかし、どうにか声を振り絞って話し掛ける。

 

「一夏。その、なんだ……負けて悔しいか?」

 

「そりゃぁなぁ……悔しいさ。二連敗だし」

 

  二連敗という単語を聞いたところで、箒は声を詰まらせる。掛けるべき言葉がすぐには見つからなかった。

  その一方で一夏は今日の試合の出来事を振り返る。特にナイトローグとの戦いで彼に一矢報えた分もあって、負けた時の悔しさはセシリア戦と比べると倍となっていた。すんなりと気持ちの整理がつかない。

  また、見せ付けられたナイトローグとの実力差に愕然とした自分がいた。セシリアには遊ばれていた事があっても相手の弱点を看破し、逆転の目を掴めたおかげでイイ気になっていた部分もある。錆びていたために一から研ぎ直した己の剣をことごとく避ける様は、一周回って惚れ惚れとした。雪片弐型の上に立たれた瞬間は、しばらくは忘れられそうにない。

  自分が初心者だから。ナイトローグが的としては小さすぎて、セシリア戦とは完全に勝手が違っていたから。言い訳ならいくらでもできる。だが、言い訳してしまうのはどうにも性に合っていなかった。

 

「そ、そうだな。では、次からはISの訓練も取り入れなければな」

 

  偶然にも一夏の心情に合わせて、箒はおずおずとそう告げる。一夏は何も答えないが、心の中では彼女の意見に同意している。自分には決定的にIS操縦の基礎力が足りていない。試合までの時間は全て剣道に費やしてしまったが、ISの練習はやはり必要だった。

  無言を貫いてしまった一夏に、箒はたちまち黙り込んでしまう。彼の暗い表情をなかなか直視できず、あらぬ方向へ顔を背ける。

  しかし、彼女がそうしている間にも一夏の曇った顔が徐々に晴れていった。まず最初に脳裏に思い出すのはナイトローグ、次にセシリア。男としての尊厳もあって女に負けるのは精神的に堪えてしまうが、同性の場合だと別のベクトルで心が燃える。弦人に勝ちたいという純粋な思いが密かに生まれる。

 

(ますます負けてらんないな。弦人にも、セシリアにも)

 

  試合中に白式が第一次移行を果たした時、目の前にいたセシリアだけでなく姉にも思いきって啖呵を切ってしまったのだ。ここで中途半端に終わらせてしまえば、男が廃る。

 

「箒」

 

「ん?」

 

「俺、絶対に強くなるからさ。無理にとは言わないけど、もしも手伝ってくれたらすっげぇ助かる」

 

「わ、私でいいのか? なら、受けてやらん事もないが……」

 

「そうか。ありがとう」

 

「礼には及ばん!」

 

  一夏が心から感謝すると、箒は照れ隠しに腕組みしてプイッと顔を逸らす。それでも真っ赤に染まっている耳たぶが一夏に丸見えだったが、特に思われる事はなかった。精々、まるでサボテンの花が咲いているのを何気なく見つけるのと同じぐらい、素っ気ない感想しか抱かなかった。

  そして一夏は後々に気づく。箒のISの操縦の教え方は擬音だらけで、贔屓目に見ても下手くそだという事に。セシリアに至っては箒の対極に位置するように、理論や数値尽くしのわかりにくい指導である事も。ついでに弦人も。

 

 

「白式だ! 俺がコウモリになるのと同じくお前も白式になるんだ! 内なる小宇宙を燃やせ! 命を燃やせ! 魂を燃やせ! 心火、心の火だ! ハヴォック神の加護を味方につけろ! 水上走りの特訓で師範からタカになれって言われたみ○ぞんっているだろ? 要領はそれと何も変わらない! たぁーっ!」

 

「ちくしょう! 何となく通じるのが悔しい!」

 

 

 ※

 

 

「では、一年一組のクラス代表は織斑くんに決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」

 

「すみません、先生。どうして連敗した俺がクラス代表なんですか?」

 

  翌日の教室にて。山田先生がそう告げると一夏は疑問を口にして、俺の方へ視線を向ける。いきなりクラス代表の座に収まって困惑するのは当然の事だろう。

  ここは説明責任を果たすのが道理。俺はまず挙手をしてから、丁寧な口調で一夏に話す。

 

「えー、一夏が出してきたビームサーベルの特性を見抜けずに間抜けなやられ方をした自分に、クラス代表を務める資格はないと考えました。あと、クラス代表が面倒そうなのでオルコットさんに丸投げしました。戦い事はやっぱ縁起悪い」

 

「おいコラ、最後の本音」

 

  そこまで言い終えると、即座に一夏に突っ込まれた。ナイトローグにとって縁起が悪いのは本当の事だ。

  昨日の試合を通して俺は悟った。負け癖の強いナイトローグには、依然としてご利益装備……開運フォームが必要だという事に。しかし、戦う度にご利益装備の大半を失ってしまうのは痛すぎる。できる事なら、なるべく平和にやっていきたいものだ。五月に開催されるクラス対抗戦とか、もれなく地獄になるだろ。

  次はオルコットさんが発言する番だ。静かに起立し、ゆっくりと口を開く。

 

「その前に。まずこの場を借りて、先週の件で失礼な発言をした事を深くお詫び申し上げます」

 

  そうしてオルコットさんが頭を下げると、教室が瞬く間にざわつく。俺は昨日の内に彼女へクラス代表を譲った際に知る事ができたから落ち着いていられるが、この場の雰囲気はたちまち不祥事を起こした人の記者会見に似たものへと包まれる。誰に言われるまでもなく、悪ふざけは到底起こせない。

  先週の件とは、周りを憚らずに日本をさりげなく罵った事だ。ほとんどの生徒が自然と合点し、神妙な面持ちでオルコットさんを見守る。のほほんさんは相変わらずのんびりと聞いていた。

 

「先日の一夏さんと日室さんとの試合の後、どうしようもなく傲慢だったわたくしはようやく己の過ちに向き合える事ができました。頭を冷やしてみれば、専用機を預けられ、将来的に国を背負っていく身としてはかなりの愚かさです。あの失言の重さをしっかりと受け止めて、これからも気を付けていきます。大変な迷惑をお掛けしました」

 

  真摯に、粛々と述べられる彼女の言葉。生徒だけでなく、山田先生たちも静かに耳を傾けるばかりだ。謝罪はまだ終わらない。

 

「なお反省の意味も込めまして。一夏さんには是非ともIS操縦の鍛練を積んでいただきたく、クラス代表を譲る事にしましたが……」

 

  そう言ってオルコットさんは恐る恐るクラス全員の反応を窺う。初対面の時と比べれば、随分と柔らかくなっているものだ。

  本人がキッチリ反省しているなら別に構わない。だが、確かに他の人の反応は気になる。出来事がこの空間で完結しているだけマシなのだろうが、公の場なら確実に週刊誌界が誇る精鋭たちに社会的生命を刈り取られかねない。いくら女尊男卑な社会でも、限度はあるはずだから。

  しかし、俺が思っていたのと反して生徒たちの反応は意外と軽かった。

 

「なーんだ、そんな事か」

 

「いいよいいよ。それよりもセシリアわかってる~♪」

 

「え? え? そんな簡単に許してもらっていいのですか?」

 

「うん。せっかく男子がいるんだから、同じクラスになった以上持ち上げないとねー」

 

「私たちは貴重な経験を積める。他のクラスの子に情報が売れる。一粒で二度おいしいね」

 

  中にはわりかし現金だったりする人もいる模様。これには耳を澄ましていた一夏も辟易としている感があった。

  重たい空気は一気に和気藹々なものへと入れ換えられる。なんだか気持ちが沈んでいたオルコットさんも徐々に元気を取り戻したようで、「ゴホン」と咳払いしながら言葉を続ける。

 

「そ、それでですわね! わたくしが一夏さんにIS操縦を教えて差し上げれば、それはもうみるみるうちに成長を遂げ――」

 

「待った! あいにくだが一夏の教官は足りている。私が直接頼まれたからな」

 

  途中で篠ノ之さんが立ち上がり、オルコットさんの言葉を遮る。自信ありげな表情をしながら、威嚇するが如くオルコットさんを睨み付ける。オルコットさんは一度萎縮するが、負けじと反論しようとする。

 

「座れ、馬鹿ども」

 

  二人の間で一触即発の空気が漂う中、織斑先生の凜とした声が彼女たちを制した。これは二人も流石に何も言えなくなり、すごすごと着席する。

 

「用件が終わったのなら授業へと早速移る。クラス代表は織斑で決定だ。だが、その前に……日室」

 

「はい!」

 

「そのお面を外せ」

 

  突然名指しされたかと思いきや、ここでようやくその事を指摘されてしまった。そう、今の俺はナイトローグを模したお面を被っているのだった。

  お面をわざわざ作った理由としては、専用機の展開に限らず変身しようにも許可のない勝手な行為は、学校側で決められた規律に抵触するためだ。学校生活を送る上で守り事を破らないようにするのは当然だが、それでもナイトローグとして色々とやりたい事がある俺にとっては死活問題であった。

  一応、規律を破る分だけ再評価活動をするのもアリなのだが、それは世界最強の織斑先生二十四歳を正面から敵に回す事になるので、自爆などと同じく最後の手段として残しておく。それに、高校生活の謳歌するのに損はない。たかが三年でも貴重な経験だ。今は比較的大人しくしておきたい。

  規則破りや法律違反は今に始まった事ではない? そうだな。それをやる時は今度こそ、全てを振り切る覚悟で望ませてもらう。アフリカのサバクトビバッタを駆逐したり、密猟者を引っ捕らえたりとか。世界が敵になるのは少し怖いからな。

  しかし、そのままではナイトローグではなく俺自身としての高校生活の軌跡を描くだけだ。軌跡にナイトローグがたくさん入っていなければ、何の意味もない。なので、せめてお面を被る事にした。

 

「ダメです! これはナイトローグに変身して授業を受けたくても規律があるからと考え抜いた苦肉の策なんです! どうかお慈悲を! ナイトローグに教育を受ける権利をぉ!」

 

「外せ」

 

  刹那、織斑先生からプレッシャーと殺気が俺に集中して放たれた。全身に冷や汗が止まらなくなり、我が身の危険を察してしまう。

 

「哀れ、弦人……」

 

  すると、一夏からそんな言葉が零れてきた。そう言えばお前、クラス代表の推薦に道ずれとして俺を選んでたっけな? よし。

  バットフルボトルを握り締めた俺は跳躍し、天井に逆立ちする。クラスの皆が目を見開いているがスルーで。それから一夏の席へとひとっ跳びし、代わりにナイトローグのお面を無理やり被せる。

 

「死なばもろとも!」

 

「あっ、おい! 何被せてんだ!? 千冬姉に怒られるからやめろぉぉぉ!!」

 

  必死にお面を外そうとする一夏に対し、俺は頑なに彼の頭を押さえる。お前だけは……死んでも離さないっ!!

 

「織斑先生、だ」

 

  そして、俺たちの頭に出席簿が叩き落とされた。小気味良い音が鳴り響き、結構な痛さに悶絶する。一夏はともかく、少なくともハザードレベル3以上ある俺にも通じているとはどういう事なのだろうか。

 

 




Q.フライングスマッシュもあれで滑空に留まらずどうやって飛んでいるんだ?

A.ライダー世界ではよくある事。バイオライダーがゲル状になっただけで飛行するとか、不思議な事が起きすぎですから。


Q.ライダーバトルは相手を変身解除に追い込むか、仕留めるかが礼儀。

A.このナイトローグはシールドエネルギーがゼロでも戦闘続行可能です。存在意義としては、あくまでも変身者を守るというもの。あとは装甲に頼る。なお、この状態で大ダメージを受ければ皆さんのお察しの通り。

やったね、神崎くん! ライダーバトルが捗るよ!

攻撃用エネルギーとかは完全に別枠用意になってます。ファイズはベルトが外れまくるからわかるけど、ゼロ距離でトランスチームガンを背中に撃たれただけで変身解除されるクローズってどうなんだろうね? デバイス変身系ライダーたちの強制変身解除の基準がイマイチです。



Q.クローズって成分があからさまに幻想種である西洋のドラゴンなのに、最初から翼を生やして飛べなかったのはなぜ?

A.クローズドラゴン(ヒナ)→クローズチャージ(子ども)→クローズマグマ(大人)

恐らく、こんな感じの理由でしょう。いや、グリスみたいにスクラップフィニッシュ&ブレイクのコンボを使えば実質的に飛行は可能でしょうけど。


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実技でテンション爆上げナイトローグ


ナイトローグがスーツ改造されてこの世に存在せず、文字通りのリストラを受けた説は提唱したくありません。


 四月下旬。とうとうISの実技も始まり、テンション爆上げの俺はとっとと体育着に着替えて、集合場所である第三アリーナへ向かう。ちなみにISスーツも下に着ているが、これは念のためだ。織斑先生から訓練機に乗れと振られるかもしれないから。

  いやぁ、楽しみだ。実技においては自由にナイトローグに変身しても大体はお咎めなしだから、授業の始めから最後までナイトローグの姿で受けていられる。校則の抜け穴だ。いくら織斑先生でも、お堅い事はもう言えまい。

  今思えば長かった。一時はナイトローグのコスプレセットを用意して是が非でも再評価活動しようと躍起になっていたが、実技の時間があるなら必要なくなる。これが飴と鞭か。なかなか悪くないじゃないか。

 

「イヤッフッフー!」

 

  走ってはいけない廊下は校舎だけ。テンションが上がりまくった俺を止められるのは、この世で恐らく一人だけ。気分は最高だ。

  そしてダメ押しに、アリーナのグラウンドへ出た瞬間に変身しておく。アリーナ内なら特に何も問題はないはず。やったぜ。

 

《Bat》

 

「蒸血!」

 

《Mist match!》

 

《Bat. Ba,Bat. Fire!》

 

  グラウンドにはまだ誰もいない。どうやら俺が一番乗りのようだ。ダメだな、皆。ちゃんと五分前行動しておかないと。俺なんて一夏を更衣室で置き去りにしたんだぞ?

  その時、後ろから京水がやって来た。一足遅かったじゃないか。

 

「あら、弦人ちゃん! 早いのね!」

 

「お、京水じゃないか。二番手だな」

 

「ええ。弦人ちゃんが一番乗りになるような気がして。女の勘ね」

 

「ハッハッハ、面白い事を言う」

 

「ウソじゃないわ! 本当よ!」

 

  ムッとした京水は頬をプクリと膨らませ、己の不機嫌の具合を俺にとことん知らしめる。俺が一方的に知っているお方とは何の面影がないので、怒っていてもそこはかとなく可愛らしい。

 

「あー怒るな、怒るな。茶化して悪かったから。お詫びにハグでも何でもしてやるから」

 

「え!? 本当かしら!?」

 

「ああ、限度はあるけどな」

 

「やったわ! やったやった! やったわ!」

 

  そうやって俺がすぐさま謝ると京水はいきなり気を良くし、大はしゃぎで抱き着いてきた。飛び付かれた勢いで俺は少し後退り、京水を抱えたままゆったりとその場で回り始める。京水の足は完全に地から離れていた。

  すると、グラウンドの出入口の方から続々とやって来る足音と会話の声を拾う。三番目に到着したのは鏡さんだった。いやはや、陸上部に所属しているだけはあるな。

 

「あー! 泉さん、何やってるの!?」

 

「何ってわからないかしら? 抱き着いてるの」

 

「ずるいなー。ねぇ、日室くん。私にもやってくれないかなー?」

 

「え? 鏡さんも?」

 

「うん」

 

  てへへと笑いながら、おずおずと頷く鏡さん。京水に引き続き、積極的にアプローチしようとしているのが目に見える。

  そこまで考えて、俺は改めて冷静になった。テンションがおかしくなっていたとはいえ、仮にも女子を抱きかかえているのだ。なんて恥ずかしい事をしているのだろう。若さゆえの過ちだと気づくのだった。

 

「あ、待って弦人ちゃん。目が回ってきた。目が回ってきた。ねぇ聞いてる? 聞いてる? ちょっ、加速しないでぇ! いやぁぁぁん!!」

 

「えっと……やっぱり遠慮しとこうかな……」

 

「うん、わかった」

 

  人力絶叫マシーンをわざと披露すれば、自然とあちら側から折れてくれる。京水を解放した後は彼女だけでなく、回りすぎた俺も頭が少しクラクラした。

 

「あぁ、クラクラ……クラクラ……クラゲ姫……」

 

  この京水の発言は敢えて無視しておこう。

 

  そんなこんなでクラス全員が集まり、授業が始まる。一人だけナイトローグに変身している俺に周りから視線が集まったが、あの織斑先生にすら何も言われずに済んだので万々歳だ。トントン拍子に授業が進んでいく。

 

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、オルコット、日室は前に出ろ。だがその前に……日室」

 

  と、思っていた昔の自分を殴りたくなる。スルーを決め込んでいた織斑先生から、まさかのタイミングで突っ込まれてしまった。

 

「はい、なんでしょうか」

 

「ナイトローグの再変身をしろ」

 

「え? それって二度手間じゃ――」

 

「いいからやれ」

 

「アッハイ」

 

  ああも語気を強くされてしまえば、素直に従わざるを得ない。そそくさと変身解除する。

 

「ルールル♪ ルルルルールル♪ ルルルルールールールールールルー♪」

 

「ようこそ、日室の部屋へ。今日のゲストはトランスチームガンとバットフルボトルです」

 

「ノリがそのまま徹○の部屋だ!?」

 

  歌う京水とともにナイトローグのプレゼンテーションをする俺に、今日も谷本さんのツッコミが冴え渡る。そして、俺と京水の頭に織斑先生の出席簿が炸裂した。

 

「いったぁい! 酷いわ、織斑先生!」

 

「誰がそこまでやれと言った。静かにできんのか」

 

  京水が抗議するものの、織斑先生の凄まじい剣幕に押し黙ってしまう。俺の出席簿の攻撃は痛かった。この人、教師よりも軍の教官の方が天職だと思う。

 

「ナイトローグを紹介するんじゃないんですか?」

 

「手短に済ませろと言っているんだ、この問題児ども」

 

  俺が質問すれば端的にそう返される。せっかくのナイトローグのアピールチャンスが半ば無駄になってがっかりだ。

  しかし、織斑先生を前にしているのなら、いつまでもくよくよしている暇はない。どうにか気持ちを切り替えて、ナイトローグへ再び変身する。

 

「全員、参考程度に見ておくように。日室のナイトローグは既存のISと欠け離れている完全なバリエーション仕様だ」

 

  その織斑先生の一言で、全員の意識が一気に俺へと集中する。この程度のプレッシャーなど何のこれしき。押し潰されたりはしない。

 

《Bat》

 

「蒸血」

 

《Mist match!》

 

《Bat. Ba,Bat. Fire! 》

 

  ヒューンと花火が飛び散る音を耳にしながら、俺はナイトローグの変身を果たす。生徒たちは「おおー」と感嘆の声を漏らし、一夏は「かっけぇぇぇ!!」と騒いでいた。やはり同士か。

  織斑先生の方を見てみれば、うむと一回頷くだけだった。次にオルコットさんと一夏の方へ見やり、彼らにもISを展開するように促す。

 

「織斑、オルコット。日室に続けてISを展開しろ」

 

  しかし、一秒も経たずにすんなりとブルー・ティアーズを纏ったオルコットさんとは対象的に、一夏は悪戦苦闘していた。

 

「何をしている、織斑。熟練者は展開に一秒も要らんぞ」

 

「ええっと、来い! 白式!」

 

  かくして、一夏も白式の展開に成功する。

 

「よし、三人とも試しに飛んでみせろ」

 

  織斑先生から指示が下りると、俺たちは一斉に飛び立った。二人がスラスターを吹かす中、俺はナイトローグ自慢の跳躍力でジャンプしてから翼を展開。跳躍時の勢いに乗って加速し、二人の後ろをぴったりと追従する。

  まぁ、流石に超音速飛行までは無理だろうけど。霧ワープがあるから要らないよな? 要らないな。

  ある程度の高度まで到達すると、一番先に静止していたオルコットさんに合わせて一夏と俺は止まる。

  随分と途中の頃から判明していたが、翼を生やした時のナイトローグはかなりの時間で浮遊できる。この性能の上がり具合は変身者のハザードレベルや技量に依存しているらしい。最初の頃は無人島から日本列島まで羽休みも挟んで到達するのが限界だったが、成長してみるものだ。

  そのため、今ではこうして空中で昼寝するという荒業もできる。舞空術とは、男のロマンがくすぐられるな。

 

『日室! 空中で寝転がるな!』

 

  通信を通して、織斑先生のお叱りの言葉が飛んでくる。内海さんはビルドのラビットラビットハザードフォームの攻略データを仮面ライダーローグに送信していたのだ。オマケとして通信機能があっても何らおかしくはない。この回線はナイトローグの専用チャンネルだな。

  それから姿勢を直すと、隣から一夏にふと話し掛けられた。宙に漂う彼の姿は、まるで危なっかしい。

 

「飛ぶの未だに慣れないなぁ。なぁ、弦人。お前、どんな感じで空飛んでるんだ?」

 

「コウモリになる」

 

「悪い。聞いた俺がバカだった」

 

「一夏さん、イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ」

 

「そう言われてもなぁ……」

 

  オルコットさんの助け舟があっても、一夏はまだ頭を抱える。こいつには理論尽くしで説明するよりも、絵やイメージなどを交えて教えた方が良いのは既にわかっている。後でまたノートでも貸しておくか。

 

『織斑、オルコット、日室。急下降と完全停止をやってみせろ。目標は地表から十センチだ』

 

「了解です。では一夏さん、日室さん、お先に」

 

  そうこうしていると次の指示が入ってきた。先にオルコットさんが地上にぐんぐんと降りていき、やがて完全停止をおこなう。

  その次は俺が急下降した。翼で身体をくるまい、回転を付けながら槍の如く落下する。

 

  飛翔斬!! ただし誰にも当てない!!

 

「……次、織斑!」

 

  そうして俺も地上スレスレで完全静止を決めた矢先、翼を開くとそこに呆れ果てた表情をした織斑先生を見つけた。彼女は俺に何も言わず、一夏の方へ目を向ける。

  そんな訳で最後に一夏が急下降するのだが、勢いをつけすぎた彼は静止をミスして地面に大激突する。自動車よりもずっと重たいISが加速状態でまっ逆さまに落ちたのだ。彼が落ちたところにはクレーターが出来上がり、その中からもぞもぞと力なく起き上がる。絶対防御のおかげで無傷ではあった。

  一夏の醜態を見た女子たちの間からクスクスと笑い声が生まれる。地面から離れた彼は参った顔をしていた。

 

「織斑。授業が終わった後にクレーターを埋めておけよ」

 

「……はい」

 

  すかさず、織斑先生に冷たくそう告げられる一夏。こればかりは少し可哀想だったので、クレーターの埋め立ては俺も手伝った。ナイトローグの翼の操作は案外融通が利くので、翼をドーザー代わりにして頑張った。

 

「弦人ちゃん! 一夏ちゃん! ワタシも手伝うわ!」

 

「助かる!」

 

「泉さん……ありがとぉぉぉ!」

 

  それでもって、他に手伝ってくれた子といえば京水だけであった。三人で取り組めばクレーター埋め立てもあっという間に終わり、そのまま帰路につく。一夏が道中で「箒ぃ……セシリアぇ……」と恨み節を残していたのが非常に印象的だった。

  京水はあくまでも例外。埋め立ては力仕事だから仕方ないが、彼の心中を察する。そう言えば、オルコットさんの一夏に対する呼び方は名字から本名に変わっていたな。俺は未だに名字呼びだが……まぁ、いっか。

 

 

 




Q.超音速飛行状態での戦闘、ナイトローグには無理じゃね?

A.スマートブレインに頼んでジェットスライガーを作ってもらうしかありませんね。そもそも移動や逃走手段としては霧ワープで完結しているので、必要性は薄いですけど。


Q.最近、西都の最終兵器たちの影が薄いです。もしかして彼らもリストラされる運命なのでしょうか?

A.これも全部、大人の身勝手な理由でリストラされたゴールドスコーピオンってやつの仕業なんだ。おのれディケイド。おのれポルナレフ。


Q.もしもエボルが愛と平和のために戦っていたら?

A.なんでベルナージュたち火星人に肉体滅ぼされたん?
……みたいな感じ。


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乙女に生まれ変わった泉京水


ある日の夜。千冬はIS学園の全校生徒がナイトローグの仮面を被るという夢を見て、かなりうなされていたりする。

そして内海。エボルにパンドラボックスを閉じるように詰め寄る際にナイトローグに変身しなかった件について、君とじっくりお話をしたい。


「織斑くんクラス代表決定おめでとう!」

 

「「おめでと~!」」

 

  夕食後の自由時間。寮の食堂にて、『織斑一夏クラス代表就任パーティー』が開かれていた。クラスメートが乱射したクラッカーは、主役である一夏の頭の上にのっかかる。

  しかし、祝わってもらっているにしては彼はあまり嬉しそうではなかった。むしろ溜め息をつき、気後れしている。

 

「いやー、これでクラス対抗戦も盛り上がるねぇ」

 

「ラッキーだったよねー。同じクラスになれて」

 

「ほんとほんと」

 

  その原因はよくわからないが、きっとクラス代表めんどくさいと心の中で思っているのだろう。できれば文句は俺ではなくオルコットさんにお願いします。

  俺たちにできるのはせいぜい、食べ物で釣って彼に元気を出させる事だろう。何故か一組だけでなく二組の面子がこの場に揃っている事は気にせず、京水と一緒にクッキーを乗せた皿を差し出す。

 

「クッキーです。焼いてみました」

 

「「わーい!」」

 

「ナイス! 日室くん!」

 

  すると大勢の女子たちに押し寄せられた。テーブルの上に置いておくと、凄まじいスピードで数を減らしていく。一応、自分たちの分は取ってあるので心配事はない。

  焼いたクッキーに卵やバターは使わず、カロリーは控えめに抑えている。味はあっさりとしていて、コクやまろやかさはなくなってこそいるが美味しい事に変わりはない。

  もちろん菓子作りは初めてな上に、京水や谷本さんたちを手伝った形だ。俺一人でできる自信はなかった。

  やがて、のほほんさんもクッキーを一枚手にする。しかし、それは他のと比べて紙のように薄かった。

 

「ヒムロン、これかなり薄いね?」

 

「あー、それ薄く切りすぎたんだ。スティック状に冷凍してたんだけどさ」

 

「もー聞いてよ本音ー。弦人ちゃん、ギリギリまで薄く切っちゃうものだから大変だったのよ? 手伝ってくれたのはいいんだけどクッキー作るの初めてなのに、そのまま『Ready go! Voltaic finish!』って叫んでオーブンに無理やり入れてちゃってー」

 

  横から京水による補足が入り、俺はぐうの音も出なくなる。その時の俺は間違いなく、英雄症候群やトリガーハッピーみたいなものに襲われていた。

  だが、その失敗は是非とも次の挑戦への糧にしよう。まずは事実を受け止めて、相槌を打つ。

 

「うん。テンパってとち狂った」

 

「わぁ、素直だね~」

 

「普段から妙に狂ってるって突っ込んじゃダメかな?」

 

  そうして気楽に反応するのほほんさんと、やや辛辣な言葉を吐く谷本さん。狂っているのは否定できないが、これでも理性はしっかり残してあるつもりだ。

  次に俺は別に用意してあるクッキーを持って、一夏の元へ持っていく。見てみれば、彼の隣に篠ノ之さんが座っていた。二人とも飲み物だけを手にしていて、篠ノ之さんに至ってはジュースではなくお茶だった。

  ただし、当の彼女は何故か不機嫌で、嫌味の込もった調子で一夏に話し掛ける。

 

「人気者だな、一夏」

 

「……本当にそう見えるか?」

 

「ふん」

 

  おっとこれはいけない。せっかくのパーティーなのだ。二人にも楽しんでもらわないと大損となる。

 

「どうも、お二方。ナイトローグです」

 

「よっ、弦人。てかまたお面かよ」

 

「おう。ナイトローグそのものでクッキー作りは少し無理だからな」

 

  一夏と挨拶を交わし、冗談混じりに答える。この頃になると、俺のお面に突っ込む人はクラスメートの中でほとんどいなくなっていた。きっと慣れたのだろう。

  だが、冗談抜きにしてもナイトローグに変身した状態では調理に色々と不都合が起きるのは確かだ。まず味見ができない。これはかなり致命的である。

  それはさておき、俺はヘコヘコとしながら一夏たちにクッキーを差し出す。

 

「どうぞどうぞ。クッキー焼きました。パーティーの主役が暗くしてちゃ何も始まらない」

 

「いや、周りを見ればどっちかと言うと、騒ぎたいキッカケが欲しかっただけなような……まぁ、いいや。サンキュー」

 

  皿ごと快く受け取ってくれた一夏は、そのまま一枚を口の中に放り込む。ある程度咀嚼したところで何度も頷き、まだ飲み込んでいないにも関わらず味の感想を述べる。

 

「ん、美味いなコレ。箒も食べるか?」

 

「いや、私はいい」

 

「遠慮するなよ。お前、さっきからお茶しか飲んでないだろ? これ多分、カロリー低いクッキーだぜ。味がなんか淡いし」

 

「口の中飲み込んでから喋れ。行儀が悪いぞ」

 

  そんな風に一夏が接するが、篠ノ之さんはツーンと受け答えるばかり。機嫌の悪さを直すのはなかなか難しそうな雰囲気だ。ここは一夏に任せておこう。

 

「それじゃあ、俺やる事あるから二人でごゆっくり……」

 

  それだけ言い残して、おれば二人の元から尻尾を撒くようにして立ち去った。

  ああは言ったが、やる事など何もない。強いて言うなら、自分の分のクッキーを完食する使命だろうか。ほとんどが薄く切りすぎて焦げかけたものばかりだ。少し悲しくなるが、まだ食べられる代物ではあったので甘んじよう。

  ついでに飲み物も何にしようか。麦茶を飲みたい気分だが、はてさてあったものかどうか。

  そうしていると、いきなり正面に京水が飛び込んできた。ニコニコとしながら、そっと俺の頭からお面を外そうとする。俺は咄嗟に京水の手を掴んで逃れようとするが、意外と抵抗が強かった。

 

「弦人ちゃん。今日のお詫び、まだ済んでないわよ♪」

 

「え? もう済んでなかったっけ? ほら、人力絶叫マシーン」

 

「あれはノーカン。嬉しさのあまりについやっちゃったの。この瞬間までどんなお願いを聞いてもらおうか考えてて、ワタシずっと期待してたんだから」

 

「……もしかして無理やりお面取ろうとしている理由ってそれ?」

 

「ええ! 時は来たわ!」

 

  はっきりと肯定する京水。その目はキラキラと輝いていて、俺のお詫びをまだかまだかと待ち望んでいる。チクショウ、元々の容貌のあどけなさも相まって小動物のように可愛く見える。

  これは少々、嫌な予感がしてならない。彼女は異性が相手でも特に抵抗はなく、スキンシップがかなり積極的なのだ。その上、今もなおクネクネとした動きをしている。これが格闘技の動きも混ざっているというのだから、たちが悪い。

  京水は改めて俺を見据えると、おもむろに口を開く。さぁ、来るなら来い。即刻、提案を蹴るだけの覚悟は出来ている。その勢いでお詫びの件を人力絶叫マシーンの奴で完結してみせよう。

 

「ワタシを抱き締めてちょうだい! ぎゅっと! はぐっと! 力強く!」

 

「さて、この話は終わりだな。人力絶叫マシーンで勘弁してくれ」

 

「酷い! ワタシとは遊びだったのね! あんなにも熱い抱擁を交わしあったのにぃ!」

 

「おい待て! その言い方はズルすぎるぞぉ!?」

 

  刹那.周囲からの視線がいきなり俺に突き刺さる。京水が急に叫び出すものだから、そうなるのは当然だ。

  図らずとも事情を把握している鏡さんは苦笑いを、谷本さんは驚き呆れては見てみぬフリをしていた。彼女たちの助けは期待できそうにない。わかったよ、一人でどうにか解決してやるよ。

 

「ちっ、上等だ!」

 

  複数の視線に堪えるのがそろそろ苦しくなってきたので、俺は早期決着を狙う。無造作に外したお面は近くのテーブルの上に起き、京水と再び対峙する。

  それと同時に俺たち二人を見守る人々が固唾の飲んで静かにしていた。騒ぐものばかりだと思っていたが、そうではない。まるでガンマンの決闘を真剣に眺めるような空気が辺りに漂ってきた。なんだこれ。

  一方の京水はキラキラと顔を輝かせながら、いつでも抱き着かれていいように両腕を大きく横に開き、身体の正面を無防備に晒し出す。どうしてこの子はこんなにもノリノリなのだろうか。

 

「さぁ、こっちよ、こっちよ! こっちこっち!」

 

「一瞬で終わらす……!」

 

「あぁ♪ その怖い凄みも大好きだわ!」

 

  しかし、京水ほど楽しく騒ぐほどの余裕は俺になかった。あるのは危機感と緊張感、申し訳程度の羞恥心だ。温度差が激しい。

  この場でずっと躊躇していれば、逆に居たたまれない思いを長引かせるだけだ。根本的な解決にはならない。一度深呼吸した俺は、思い切って京水に近寄っていく。

  ここで目指すのは無我の境地。G3-XのサポートAIに従うが如く、彼女を抱き締める。手を背中に回し、数秒間だけ離さない。

 

「「キャー!!」」

 

「ズルい! 泉さんズルい!」

 

「日室くん、やっぱりお面取った方がイケテるよ!」

 

  そして、たちまち大勢の女子から歓声が沸き起こった。つんざくような黄色い悲鳴に、思わず耳を押さえたくなる。中にはコレを羨ましく思う発言も飛んできた。

  三……二……一。目を瞑って黙々と数字を数えた俺は、京水の様子を確認する。恐る恐る目を開けてみれば――

 

「……キュン」

 

  俺の腕の中で、幸せそうな顔で気を失っている京水の姿があった。目覚める気配は感じられない。

 

 ※

 

  ワタシの名前は泉京水。花も恥じらう年頃の女子高校生。今日もIS学園で青春を謳歌しているわ!

  それとここだけの話。実は、前世は乙女じゃなくてヤクザだったの。仁義を忘れた奴らにお腹をグッサリ刺されて死んじゃったけど、その時にワタシを変えるキッカケになる彼がやって来たの。そう、ワタシの初恋の相手!

 

「あっ……誰、このイケメン?」

 

「こんな連中、忘れちまえ。お前は俺のもんだ」

 

「素敵。できれば、貴方に刺されたかった……ス……テ……キ……」

 

  彼の名前は大道克己。ワタシは克己ちゃんと呼んでいるわ。あの告白を聞いて本当の気持ちに気づいたワタシは、死の超越者……ネクロオーバーとして蘇って彼に着いていく事にしたの。まぁ、あんなにスゴいイケメンに間近で告白されたら、落ちない人なんていないわよね。

  でも、何故かしら。正真正銘の乙女に生まれ変わってからは全然覚えていなかったのに、途中からふと思い出すなんて。不思議よね。あれは十歳の頃だったわ。

 

  あの日のワタシは夢を見ていた。いつものように夢で終わって、朝日が昇れば起きるものだと思っていたの。

  だけど、その時の夢はいつもと違っていたわ。もやもやと曇っている、知らないはずなのに知っている記憶がまるで掘り起こされるみたいで。

  気がつけばワタシは澄み渡った青空の下、月の紋様が描かれている黄色のパジャマ姿のままで草原の上に立っていた。最初から裸足だったので歩いてみれば、足元の草が柔らかくて楽しかったのを覚えている。

  しばらく歩いた先には小さな丘があった。そこには一本の木が生えていて、日陰では木に寄り掛かって腰を下ろしている人影を見つけたわ。無性に気になって仕方なかったワタシは、その人――彼の元へそのまま近づいてみたの。

  じっと瞼を固く閉じて、上げた片膝の上に片腕を乗せている。纏っている赤いラインが入った黒の戦闘ジャケットは、胸元が大きく開かれていた。キチンと締めるのは息苦しいからイヤだっていうのが、ひしひし伝わる。

  次に顔を確かめてみる。青いエクステンションをしたイケメンだった。そして彼の顔を目にした瞬間、もやかかっていた記憶が突如として呼び覚まされたわ!

 

「あ……あ……」

 

  ワタシは彼を知っている。顔も、名前も、人柄も、とにかく全て!

  途端に涙が出てきて止まらなくなったワタシは、大急ぎで駆け寄りながら彼の名前を叫んだ。

 

「克己ちゃん!!」

 

  ワタシの声にピクリと反応する克己ちゃん。彼はそっと顔を上げて目を開くと、ちゃっかり隣に座り込んだワタシをチラリと見て呟く。

 

「京水……な訳ねぇか」

 

「どうして……どうして忘れてたのかしら、克己ちゃんの事! あんなにも好きだったのに!」

 

「……おい」

 

「ごめんなさい! ごめんなさい克己ちゃん! うおおぁぁぁぁん!!」

 

  ダメね、ワタシ。思いっきり泣いてしまうなんて。だけど、そのまま泣きついてしまったワタシを克己ちゃんは決して突き放さずに、優しく受け止めてくれたわ。頭や背中をポンボンとされて、むしろ嬉しくなっちゃった。

  もちろん、そんな克己ちゃんの行動に驚いたのも事実。以前の彼なら、こんな事は絶対にしてくれなかった。目の前にいる克己ちゃんは偽物なんじゃないかとついつい疑ったけれども、それも杞憂で終わった。彼の瞳を見ればわかる、確かに風都を恐怖のどん底に陥れた大道克己その人だと。

  それからは克己ちゃんといっぱいお話したわ! ほとんどワタシが話題を振るばかりだったけど、克己ちゃんが相槌を打って真摯に聞いてくれたのが堪らなく最高だった! もうここが天国だって錯覚するぐらいに!

  だけど、そんな幸せは長く続かなかった。そして、夢の中で克己ちゃんと出会うのはこれっきりになるのだった。

 

「え? 何? 空がいきなり赤く……」

 

「……!」

 

  突如、血に染まるかのようにして赤くなる大空。ワタシは一人で困惑していると克己ちゃんはばっと立ち上がり、怖い顔つきで草原の向こう側を睨み付ける。

 

 ――我ら来たれり――

 

  すると、そんな声がどこからともなく響き渡り、おぞましい雰囲気を漂わせる。不死身の傭兵時代を過ごしていたワタシでも、こんなに恐怖心が煽られるのは初めてだった。

  いつの間にか草原の景色は消えてなくなり、代わりに仄暗い空間が広がっている。僅かに残っているのは、ワタシと克己ちゃんがいる緑の丘だけだった。

  次の瞬間には雷鳴が轟き、ワタシたちの前に稲光が落ちる。光は一瞬の出来事で、ワタシは眩しさのあまりに腕で光を遮った。そうして徐々に腕を下ろすと、信じられない光景が飛び込んできた。

 

「「ライダー大車輪とかいう間抜けなのか真面目なのかわからない技にやられた自分たちが許せない!! この恨み、お前らで晴らす!!」」

 

「何故だ! 何故ことごとく大ショッカーとか作っても組織崩壊するのだ!? おのれディケイドぉぉぉ!」

 

「十面鬼の出番が……ない……? ……お前もアマゾンにしてやるぅぅぅ!!」

 

「コマサンダーは強いのだ! スーパー1より強いのだ!」

 

「こんな事になるなら、立花なんかにコーチングしてもらうんじゃなかった!」

 

「おのれRX! 自爆してやるぅぅぅ!」

 

「もっと強くなって僕を笑顔にしてよ」

 

「人は人のままであればいい……」

 

「戦え……戦え……」

 

「アークの名を冠しているのに、最近だと戦闘員扱いしかされていません」

 

「いいほのぼのだ。感動的だな。だが無意味だ」

 

「俺はもう! 鬼の力を制御できないっ!」

 

「おかげで最強のネイティブになれた……」

 

「……」

 

「ウェーイクアップ! Go to hell!」

 

「「おのれディケイドおおぉぉぉ!!」」

 

「では、良き終末を」

 

「フォーゼの初期フォームなんかに負けて悔しい」

 

「ウィザードじゃなくてエターナル? エターナル? ……インフィニティを思い出すからムシャクシャするなぁ!」

 

「そうだ! 全て私のせいだ! それで気が済むのなら初めからそうしておけ! フハハハハハ!!」

 

「何がイッテイーヨだぁぁぁぁ!!」

 

「どうして私があんなにもあっさり敗れて……」

 

「俺が裏ボスの前座? 幻夢コーポレーションの三大ヤバい社長たち絶対許さねぇ!!」

 

  ヤバいのはむしろコイツらね。ドーパントみたいなヤツもいれば、明らかに仮面ライダーっぽいのも混ざっている。とにかく、ワタシの想像を絶するような出来事が起こっているのは間違いなかった。他にもコックローチドーパントの親戚みたいな怪人がうようよと湧いていた。

  一方で、いつもと変わらぬ調子の克己ちゃんは堂々と奴らの前に出る。ついでに懐から取り出したのは、ロストドライバーとエターナルメモリ。

  いけない! ワタシも戦わなくっちゃ! ビンッビンに立たなくっちゃ! あ、ルナメモリがないけどどうしましょう! 鞭もないわ! あと不死身じゃないわ!

  しかし、克己ちゃんはこちらに背を向けたまま、一緒に戦おうとするワタシを言葉だけで力強く制する。

 

「京水。今すぐこっから逃げろ」

 

「え!? そんな、克己ちゃんを一人にはしておけないわ!」

 

「そんなガキの身体で何ができる。邪魔だ」

 

「でも! やっと克己ちゃんと会えたのよ!? 簡単に別れられる訳ないじゃない! 次があるかわからないのに!」

 

  今のワタシでは完全に足手まといになるのはわかってる。だけど、克己ちゃんは仲間を平気で切り捨てられるぐらいの冷酷さと残忍性を持っている。例え戦えなくても、肉盾ぐらいにはなれるから何も問題ないはずだ。ワタシの全てを彼に捧げるって、昔から決めていたの。

  ワタシはすぐさま彼の隣に並び立とうとする。だが、途中で不可視の壁に遮られて克己ちゃんの元に行くのは無理だった。叩けど叩けど、壁は壊れない。この瞬間だけ、非力な女の子でいるのが憎らしかった。

 

「このっ! このっ! どうして? どうしてこうなるのよ!? どうして……!」

 

  何もできないと悟るや否や、その場でがくりと崩れ落ちる。不可視の壁にすがるようにして、再び涙を流す。

 

「新しい人生を歩んだお前と縁はとっくに切れてるんだ。俺なんか忘れろ」

 

「無理よ……! だって、ワタシは……!」

 

「NEVERの面子で地獄に残ってるのはもう俺だけだ。お前が来る場所じゃない」

 

「……っ!」

 

「それに、俺はこの地獄を楽しんでる。分かち合うつもりはさらさらねぇ」

 

  瞬時に理解する。乙女になったワタシと違って、依然として克己ちゃんは地獄に堕ちた死者だという事に。いくら鮮明な夢であっても、彼の言葉一つ一つが非常に現実味があり、説得力を持っていた。

  ワタシと克己ちゃんは、生きる次元が初めから異なっている。ワタシはこの世で、克己ちゃんは地獄だ。一緒にはいられない。どうしようもない真実を前にして己の無力感に際悩まされる。こんなにも乗り越えるのが不可能な障害、ガイアメモリ無しで一体どうすればいいのよ……?

  その時、ふと全身が抱き締められる感覚に襲われる。はっと我に返ってみれば、克己ちゃんが不可視の壁を抜けてワタシを抱き締めていた。

 

「元気でな、京水。強く生きろよ」

 

  そして、ドンと後ろに押し出される。尻餅を着いてしまったワタシは頭の回転が追い付かず、ただぼおっと克己ちゃんの振り返る姿を見つめるだけだった。

 

「克己ちゃん!!」

 

  数秒遅れてワタシが叫んだ頃には、身体がフワリと浮き上がる。どんなに抵抗しても、この謎の浮力には歯が立たなかった。どんどん後ろの方へ引き寄せられる。

 

《エターナル》

 

「変身」

 

  この間にも克己ちゃんは、仮面ライダーエターナルへと変身する。黒いローブがたなびく後ろ姿が、とても懐かしかった。

  次第に意識が遠退いていく。夢のはずなのに、なんだか眠たい気分。

 

《ゾーン!》

 

《アクセル! バード! サイクロン! ダミー! エターナル! ファング! ジーン! ヒート! アイスエイジ! ジョーカー! キー! ルナ! メタル! ナスカ! オーシャン! パペティアー! クイーン! ロケット! スカル! トリガー! ユニコーン! ヴァイオレンス! ウェザー! エクストリーム! イエスタデイ! ゾーン!》

 

「さぁ、地獄を楽しみな!」

 

  最後に耳にしたのは、どこか上擦った克己ちゃんの声だった。

 

 

  克己ちゃんとの夢での再会はこれで終わり。ベッドから起きた私は静かに涙を流していて、克己ちゃんとの別れに未練がましくなっていた。だけど、元気にやらないと克己ちゃんに怒られちゃうし、きっとどこかにいるレイカにも笑われちゃう。

 

「さよなら、ワタシの初恋……」

 

  涙を拭い、過去への想いを完全に断ち切る。あんな風に別れ話を出されたら、逆に清々しく感じたわ。初恋は叶わないと誰かが言ってたような気がするけど、少し悲しかった。

  元気なのがワタシのモットー。失恋から立ち直るのも早く、心機一転して乙女の人生を謳歌する事を決めた。必死に勉強したり、関節技を極めたりとかして。

  そんな時だった。ナイトローグ……弦人ちゃんに出会ったのは。

 

「どうしました? 小銭落としちゃったんですか? 拾うの手伝いますよ」

 

  エターナルとは真逆の色をした黒のコウモリ男。その瞬間、ワタシの身体にビリリと電流が走ったわ。彼は克己ちゃんとほぼ同じタイプ。優しくとも一歩道を踏み外せば、たちまち悪魔の仮面ライダーになれるって。

  運命とは皮肉なものね。またもや仮面ライダー(で良いのかしら?)に惚れちゃうなんて。しかも一目惚れ。本能が疾走してしまった。

 

  あれはワタシが自動販売機の下に小銭を落とした時の出来事よ。いつもなら同年代よりも成長している自慢のおっぱいが邪魔して、上手に地に伏せて手を伸ばす事ができなかったの。

  そうしたら、いきなりやって来た彼が自動販売機をちょっと持ち上げてくれて、なんとか小銭を取り戻す事ができたわ。

  その後、弦人ちゃんはあっという間に立ち去っていった。自己紹介する暇もなかったけと、後にIS学園で再会するとは夢にも思わなかった。ただし、ワタシがあの日助けた子だとは気づいていないみたい。

  でも無理はないわ。あの時のワタシ、ロングヘアーで全然印象が違っていたから! がっかりしたけど、全然悔しくないから!

 

 ※

 

  ふと目が覚めると、食堂の天井が見えた。どうやら、ソファーの上に寝かされていたようだ。一気に覚醒したワタシは跳ね上がり、狼狽する。

 

「ああっ! ヤバい! また人生振り返っちゃってる! ハッ、これ走馬灯だわ、走馬灯! 死んでしまう! あっ、でもワタシ死んでた。死んでたのに生きてるってどういう事!? デスとデス!! 死んでしまうんデス!!」

 

「うるさいっ!」

 

「むぎゅっ!」

 

  間髪入れず、誰かに片手で両側の頬を挟まれる。そちらに視線を向ければ、もう片方の手で自分の耳を押さえている弦人ちゃんがいた。あからさまに嫌そうな顔をしている原因は、きっとワタシのさっきの発狂のせいに違いない。ごめんなさいね?

  弦人ちゃんはワタシのほっぺをおもむろに解放すると、手短に用件を告げる。

 

「てか復活早いな。さっき新聞部の人が来て集合写真取るってさ。どうする?」

 

「はい! 行きます、行きます!」

 

  それを聞いたワタシの行動は早かった。咄嗟に弦人ちゃんの腕を掴み、カメラの前で人が集っている場所へと走る。

  クラスの思い出だけでなく、弦人ちゃんとの思い出もたくさん作らないと。あと、アプローチも欠かさずに!

 

 

 




Q.おい後半。

A.地獄の浄火に長年当てられていたせいで、克己は徐々に元々あった優しい心を取り戻しています。ただし、ネクロオーバーになった後の人格は消えていないので、悪しからず。


Q.ダグバどうすんの?

A.ダグバは隣にいたドラス相手に喧嘩吹っ掛けました。そして乱戦状態に。

変身アイテムはイエスタデイとエターナル、エクストリームの三本使って、《壊れていない昨日の状態》を保つというごり押しで保険を掛けてたりして。まず、みんな死んでるから殺せないですけど。

地獄にいる連中が早く成仏しないからメガリバース装置が使われるんだ。


Q.もしもヒムロンが悪魔の魂に目覚めたら。

A.具体例を挙げると次のようになります。

・害虫退治や人助けのためだけに不法入国を何十回も繰り返す。

・バスジャック犯を勝手に捕まえて人質を無事助けるが、警官たちの公務執行妨害の現行犯に。

・放置された地雷源をすみずみまで練り歩き、片っ端から爆発させる迷惑行為。

・どこぞのミタゾノさんみたいに誰かさんの不祥事や悪事を白日の元に曝すが、プライバシーの侵害。

・一々確認取るのがかったるいので、まさに瀕死の状態の野生動物を保護・治療する。後は専門の機関などに丸投げするが、れっきとした鳥獣保護法違反。

・違法薬物や武器の密輸現場をおじゃんにし、取引用の資金は没収しては持ち主に返さず、全てユニセフとかの募金に溶かす。立派な強盗罪。

・戦争介入し、両側陣営の偉い人を片っ端から取っ捕まえて無理やり終戦させる。ただのテロリスト。

・トランスチームガンとスチームブレード両手に、真正面からいじめられっ子を護衛する。あと、いじめっ子たちとネチネチと着いていってイジメが悪い事を必死に説く。あと、イジメ現場の証拠も手に入れて警察とかにつき出す。

ナイトローグ「悪い子はデビルスチームかけちゃおうね」



なんて大罪人なのでしょう。


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ナイトローグのお面がバージョンアップしました


少なくともベルトがないと仮面ライダーに分類されない風潮。ザビーやドレイク、サソードに謝るべき。いや、自称したもん勝ちかな?


  本日より、ナイトローグのお面は普通の仮面へとバージョンアップした。素材はヘルメットであるので、防御力はそれなりにある。視界の問題はISに使う資材をちょいちょいと費やし、万全の状態を保たせている。普通では真似できない芸当だ。

  早朝に起きた俺は早速仮面を被り、色々と支度を済ませてから部屋を出る。その前に目覚めし時計を手にして、まだベッドの中に潜っているのほほんさんの顔の隣に置いておく。

 

「それじゃ、のほほんさん。ちゃんと一人で起きてくださいよ」

 

「う~ん。むにゃむにゃ……」

 

  返事なのか寝言なのか判別がつかないが、心地好さげに惰眠を貪るのほほんさんを尻目に外出する。時刻は六時前。まだ食堂は朝食の準備ができていないので、暇潰しと再評価のためにホウキを手にする。

  そのまま寮の玄関に移動し、掃き掃除を敢行。次に外回りまでやっていると、陸上部の朝練なのだろうか。体育着姿で走り込みをしている鏡さんと遭遇した。

 

「わっ!? もしかして日室くん?」

 

「うん。おはよう、鏡さん」

 

「おはよう。ていうか、お面が進化してるよね」

 

「バージョンアップしたのはつい昨日なんだ。これで織斑先生の出席簿にも耐えられる」

 

「あはは、まだ懲りてないんだ……。それじゃ、また後でね!」

 

「うん。それじゃ」

 

  ほんの少し会話を交わして、鏡さんは走り込みへと戻っていく。俺も走り込みは最近しているが、時間帯はいつも放課後だ。前回まではお面を被って呼吸量を制限させて肺活量を鍛えるアホな訓練をしていたが、今日辺りは外してみようかな。

  七時頃になると朝食が食べられる時間帯となるので、俺はそそくさと食堂に向かっていく。まだ人はおらず、貸し切りの雰囲気が楽しめる。

  食事中は流石に仮面は外しておく。俺が箸をつっついている数分後には、出入口から先生方が数名入ってきた。中には織斑先生の姿が見受けられないので、ほっと胸を撫で下ろす。お互いに目があっては、「おはようございます」と軽く挨拶した。

 

「ごちそうさまでした」

 

  食後は、とっとと仮面を被り直して食堂から出ていく。だがその時、運悪くも織斑先生と鉢合わせてしまった。

 

「日室」

 

  無理やり彼女の横を通り過ぎようとすれば、あっさりと呼び止められる。ここで無視して逃げるのは愚かな行動なので、大人しく対応するしかない。

 

「はい、なんでしょうか」

 

「授業中は仮面を外しておけよ。でないとグラウンドを十周走らせるぞ」

 

「確かグラウンドって一周五キロでしたよね? なら多分余裕です。ウェルカム」

 

「よろしい。ならば追加で百周だ」

 

「すみません。授業中は外しています」

 

「わかればいい」

 

  織斑先生から鬼のようなお言葉が出た瞬間、俺は思いっきり頭を低くして答える。いくらハザードレベル3以上の無人島育ちでも、五百キロは無謀であった。

  それから織斑先生と別れた後は、カバンとかを持って教室に一番乗りで到着。自分の席に荷物を置いた上で、新たに雑巾とバットフルボトルを用意する。これからやるのは窓拭きだ。

  無論、優先するべきは色々と難しい外側である。バットフルボトル片手に壁の上に立った俺は、黙々と窓ガラスを綺麗に拭いていく。

  すると、教室の中から一人の女子が声を上げた。

 

「なんかシュールだ!?」

 

「あっ。おはよう、谷本さん」

 

「うん、おはよう。とにかくいつにも増しておかしな事してるよね。何この窓拭きの新スタイル?」

 

  今日も谷本さんのツッコミは衰える事を知らない。さらりと通常の会話と織り混ぜる高等なテクニックだ。

 

「バットフルボトルの特性は前にも説明したよな?」

 

「うん。コウモリの真似が大体できるって」

 

「つまり、世界一人身事故の起こらない窓拭きを今やっている。ナイトローグに変身した方がずっと安全だけど」

 

「いや、いくら壁も歩けるからって……山田先生に見つかったらびっくりされちゃうよ? それこそ、口から心臓が飛び出る勢いで」

 

  谷本さんにそう言われて、窓拭き最中の俺を目撃する山田先生の姿を想像してみる。確かに、あの頼りなさげな先生にとっては心臓と悪い事この上ないだろう。

  止まっていた手を再度動かし、ペースアップさせる。谷本さんの言う事には一理ある。織斑先生は普通にスルーしてくれるだろうが、山田先生の場合はどうしてもスルー力に期待できない。

 

「それは……そうだな。じゃあ早く終わらせるか」

 

「うん、そうした方がいいよ」

 

  そうして俺と谷本さんはお互いに相槌を打つ。窓拭きも八時をちょうど迎えた頃には終了し、次はフローリングワイバーで天井を拭く。逆立ちしたまま直接拭いた方が早いが、頭に血が溜まって苦しくなるのでオススメできない。

  次第に教室へ入ってくる女子の数が増え、SHMの時間が刻一刻と迫る。天井拭きは十分程度で終わらせ、テキパキと掃除用具を片付ける。その最中にも周囲の視線が俺に突き刺さってくるが、仮面がどうしても気になるようだ。まぁ、ほんのサプライズだと思ってほしい。

 

「おはよう、弦人。……ん? なんかお面が変わってないか?」

 

  遂には一夏とも遭遇する。仮面をまじまじと見つめる彼の表情は、なんだか間抜けだった。

 

「バージョンアップした。つい昨日の話」

 

「そう! ワタシも手伝ったのよ!」

 

  仮面について説明すると突然、視界の中に京水がひょっこりと飛び出してくる。本当にいつの間にか登場してくるよ、この子は。

  次に京水は俺の後ろに立ち、仮面に両手を添える。特に細かな操作をしていないが、ちょっと工夫をした触り方をする事で仮面後頭部がしゅっと開放される。G3などの仮面を意識したハイテク仕様だ。

  京水が仮面を手にした後、一部始終を静かに見ていた一夏は途端に興奮し始めた。

 

「おおっ!? なんかそれカッケェな! すっげぇ!」

 

「こいつのロマンがわかるようだな。同志よ」

 

「ああ!」

 

  共感を得た俺たちはガッシリと握手を交わす。やはり、男のロマンは男同士でないとわかり合えないからな。京水は例外。

 

「ねぇねぇ、一夏ちゃんもコレ被ってみる?」

 

「え? いいのか、泉さん!?」

 

「どうぞどうぞ! 良いわよね、弦人ちゃん!」

 

「もちろん!」

 

  俺が快く許可を出すや否や、仮面を京水から受け取った一夏は早速被る。それと同時に後頭部が自動で閉じる音は、いつ聞いても気持ち良かった。

 

「織斑くん、おはよー! ……あれぇ?」

 

  ふと横から女子が一夏に挨拶をするが、俺と彼を交互に見比べながら、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。完全に困惑しきっているのが丸わかりだった。

  当の一夏は仮面を被ったまま、女子に言葉を返す。しかし、こうして客観的に見てみると、首から下のスーツまで揃えないと少々物寂しい気がするな。追加で今度作ってみるか。

 

「ナイトローグの仮面だってよ。弦人と泉さんが作ったって。コスプレっぽいのに視界が被ってない時と全然変わってないんだ」

 

「へ、へぇー。そうなんだ……」

 

「それよりもさ! 転校生の話聞いた? 隣の二組だって。しかも中国の代表候補生らしいよ」

 

「転校生? この時期にか?」

 

  もう一人の女子から情報をもらった一夏もといナイトローグは、きょとんと首を傾げる。

  まだ四月なのに一年生の転校? 正しくは転入の間違いだろうか。伝言形式の噂話に尾ひれがついているみたいだ。

 

「一夏。今のお前に女子を気にする余裕があるのか? 来月にはクラス対抗戦があるだろう。あと仮面を外せ。見ていて恥ずかしい」

 

「そうですわ、一夏さん。クラス対抗戦に向けて、より実戦的な訓練をしましょう。相手ならこのわたくし、セシリア・オルコットが務めさせていただきますわ。今のところ専用機持ちのクラス代表は一組と四組だけですから、みっちりと訓練を積めば十分に勝てます。あ、できれば仮面は外していただきたいのですが……」

 

「箒、セシリア。俺、この仮面のカッコ良さを理解してもらえないのが悲しい」

 

  篠ノ之さんとオルコットさんに仮面を外せと言われた一夏は、大きく肩を落とす。俺も理解されなくて内心ガッカリとしている。

 

「その情報、古いよ!」

 

  突如、教室の入り口から誰かの大声が聞こえてきた。教室にいた人たち全員の注意がそちらに向き、その人物の姿を目にする。

  茶髪のツーサイドアップテールに、肩口を切り開いた改造制服。ドアにカッコ良くもたれている少女は、言葉を続けた。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

 

「何やってんだよ、鈴。すげぇ似合わないぞ」

 

  しかし、一夏のその一言で雰囲気は台無しになる。鈴と呼ばれた少女は先ほどの気取った喋り方を大きく崩し、普通に反応する。

 

「んな!? アンタにも言われたくないわよ、ヘンテコなマスクを着けて!」

 

「弦人、聞いたか!? ナイトローグがバカにされたぞ!」

 

「ヘンテコ……」

 

  あんな真正面から言い放たれるのは初めてだった。ナイトローグをバカにしたのはとても許せないが、それよりも深く心が傷付く。ビルド本編がもたらした事実が、俺に重くのし掛かる。

  いや、ナイトローグのデザインはカッコいいはずなんだ。それでも戦闘力最低というレッテルがナイトローグのイメージを大きくマイナスへと振り切らせている。ヤバい、俺の中でナイトローグが朽ちていく。気持ちを沈ませていく。

  気が付けば黒板の前まで移動していた俺は、見事なまでの体育座りを決め込んでいた。顔を俯かせて、盛大に落ち込む。

 

「弦人ぉ!? 鈴、なんて事言うんだ!」

 

「知らないわよ! 私、そんなのに興味ないし!」

 

  その間にも二人は口論を始める。いや、いいんだ。俺が立ち直ればいいだけの話だから。

  それでも、早々な精神的復活はまだ叶いそうにない。ナイトローグがカッコいいなら、どうしてマッドローグと造形が被っているんだ? やっぱりスーツ改造? ナイトローグがスーツ改造されて、文字通りこの世から永遠におさらばされたの?

 

「まぁまぁヒムロン。元気出しなよ~」

 

「ヘンテコ……」

 

「意外と繊細なんだね。よしよし」

 

  後からやって来たのほほんさんと鏡さんに頭を撫でられる。手間を掛けさせてごめん、二人とも。気にしないでおくよ。

  その頃、京水はあの不届き物の前へと躍り出ていた。自分よりも頭一つ分だけ小さい相手を睨み付けて、俺の代わりに怒ってくれる。

 

「素人はお黙り! アンタなんかに弦人ちゃんの崇高なセンスはわからないわ!」

 

「誰よアンタ! 私は一夏と話してるの! これ見よがしに腕組んで胸を押し上げて、私への当て付けのつもり!?」

 

「あら、嫉妬? 嫉妬なのかしら? ふふーん」

 

「上等ぉ! 私にもその成長分を寄越しなさい!」

 

  だが、早くも話の主旨がナイトローグから胸の成長へと脱線していった。これが女子か……。

 

「おい」

 

「「なによ!?」」

 

  その時、不思議な事が起こった。いつの間にか、彼女たちの横に織斑先生が立っていたのだった。まるで審判者のように厳かな雰囲気を醸し出し、目だけで二人を沈黙させる。

 

「ち、千冬さん……」

 

「織斑先生と呼べ。もうすぐSHRの時間だ。自分のクラスに戻れ」

 

「は、はいっ!」

 

  そうして、あのにっくき少女は隣の二組へと走っていった。俺も悠長にはしていられない。織斑先生に怒られる前に、意地でも自分の席に戻らなければ。

  この後、阿吽の呼吸で一夏から仮面を返却してもらった。織斑先生の厳しさは弟が一番知っているためか、彼女が教室に入って以降の動きは非常にキビキビしていた。

 

 

 ※

 

 

  スチームブレードを手にした素体カイザーが、プレススマッシュを滅多切りにする。某研究所の試験ルームで繰り広げられている戦いは、最後まで素体カイザーの優勢だった。

 

《エレキスチーム》

 

  ささっとバルブを回して刀身に電気を纏わせた素体カイザーは、迷わず一閃。胴体を容易く両断されたプレススマッシュはその場に崩れ落ち、パッと肉体を消滅させる。素体カイザーが相手にしていたのは、実体を持った模擬戦用ホログラム体であった。

  戦闘終了後、素体カイザーは両手をぶら下げて立ち止まる。返事はない。正真正銘、依然としてマシーンの状態である。

  戦闘の様子を別室でモニタリングしていた研究員たちは、大急ぎで戦闘データの解析とまとめ作業をおこなう。端末に繋がっているキーボードをタイピングする音が小気味よく鳴り響く。

  その中でチーフは、モニター越しに素体カイザーの姿を品定めする。そして、一番近くにいた研究員に話し掛けた。

 

「ふむ。リモコンブロスの方はどうしている?」

 

「現在、稼働率は八十パーセントを越えています。完成予定後のカイザーより性能を抑えているにしても、凄まじい成長速度です。ハザードレベルもぐんぐん伸びています。後は飛行ユニットのクラフトギアを搭載させれば、完成率は百パーセントとなります」

 

「そうか」

 

  そう言って頷いたチーフが片手間で手元の端末を操作する。その指示に従い、室内にある中央モニターの映像が切り替わる。

  そこには、左半身に水色の歯車型装甲を身につけた戦士が、大量のガーディアンや強化型スマッシュと必死に戦っていた。初期装備であるネビュラスチームガンの存在を忘れて、ほぼ肉弾戦で荒々しく挑んでいる。

  音声は流れてこない。あくまで戦いの様子を写し出すだけだ。それでも、敵を片っ端から殴り潰す痛々しさはひしひしと伝わってくる。

 

「クラフトギアの搭載の順番はどうしますか? 流石に閉鎖空間では試験内容の限界があります」

 

  一方で研究員は映像の結果以外に何の感慨も抱かず、淡々とチーフに質問した。彼は少しの間だけ顎を撫でて、答えを出す。

 

「カイザーを優先しろ。被験体も使って装着試験もおこなう」

 

「よろしいのですか?」

 

「ああ。そうだな……確か、IS学園の元用務員の奴がいたな? AIに従うだけで意識がなくとも、場所を知っていれば空間転移が可能になる。戦闘データの収集にはちょうど良い。時期は来月のクラス対抗戦がある日で構わないだろう」

 

  そこまで言って、チーフはニヤリとほくそ笑む。勝手な理由でIS学園に武力介入するなど国際問題に発展するが、そんなものは彼に関係ない。そもそも、国際問題になろうが下手人の所属さえわからなければ意味がない。

  こうして出撃予定を組まれた素体カイザーには、被撃墜時にネビュラスチームガンによる強制帰還を命令信号として刻ませておく。帰還方法はナイトローグの霧ワープと何ら変わらない。

  その際に装着者を置いてきぼりにする可能性があるが、ネビュラガスの特性により前後の記憶が失われる。浴びた時間と量に比例して記憶喪失の度合いは酷くなる。まず身柄を拘束されても、ペラペラと自分たちの事を話される心配はなかった。もしもの場合が起きても、その時は処分すればいい。

 

「さて、そろそろ間欠泉の定期点検だな」

 

  次にチーフは手元の端末へと本格的に集中する。端末の画面には監視カメラの映像が映されており、その中で真っ赤に光る泉がある方を注視する。

  ――否、正確には泉ではなかった。水は一滴もない。ただ単に穴から赤い光が灯され、そこからネビュラガスが溢れ出ている。穴の周囲は人が落ちないように壁で囲われ、厳重な管理下に置かれていた。




Q.クラフトギア?

A.飛べないカイザーはただのカイザー。飛べないブロスはただのブロス。飛べない豚はただの豚。一応コイツら、ISという分類なので。


Q.間欠泉? 赤い光? これって……

A.推して知るべし。


Q.被験者の調達方法は?

A.死刑囚優先、時々一般人。後者は嗅ぎ付けられた場合にのみ、拉致るついでにましましのネビュラガスで記憶を消す。ハザードレベル2未満ではない事を祈ってください。


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前門の無人機、後門のカイザーシステム。間にいるのはナイトローグ


京水がヒロインになっている作品は、恐らくここだけ。(20180520現在)


 夜の八時過ぎ。コスプレナイトローグの事で色々と野暮用を済ましていた俺は、門限が迫る前にとっとと部屋へと戻る。

  勢い良く前屈みになり、地面に両手をしっかりついて側転。時々バック転。これを平地だけでなく階段の上でもひたすら繰り返し、学生寮の廊下を転がり抜ける。

  やがて自分の部屋が見えてきたところで、背負っていたカバンを外す。扉の前で着地すると同時に扉を開き、カバンを部屋の中に滑り投げて俺も飛び込む。

  ガチャン。前転して起き上がると、後ろの方から扉が独りでに閉まる音が聞こえる。

 

「ヒムロン、スタイリッシュお帰りなさ~い」

 

「スタイリッシュただいま、のほほんさん。ところでそこの人は?」

 

  のほほんさんに迎えられたのでそちらの方に視線をやると、ベッドの上で毛布にくるまっている第三者を発見する。顔は見えない。

 

「鈴々だよ」

 

「あぁ、ナイトローグをバカにした人か」

 

「どういう覚え方よ! あとその呼び方はやめてって言ってるでしょ、本音!」

 

「えー? 可愛いのに~」

 

  毛布の中にいたのは凰鈴音さんだった。咄嗟に顔だけ出しては本音に抗議する。この二人、もうこんなにも仲良くなっているのか。昼休みに篠ノ之さんとオルコットさんを相手にしていた時とは大違いだ。

  しかし、こうして部屋に転がり込んでいる理由が腑に落ちない。毛布を被ってじっとしていたのであればなおさらだ。俺はすかさず凰さんに質問する。

 

「で、凰さんは何の用件ですか? またナイトローグをバカにしにきたの? なら表に出ろ、キン肉ドライバー掛けてやる」

 

「名前呼びで良いわ。ナイトローグをバカにしたのは、その……悪かったわね。私、他の国の事はあんまり興味ないし」

 

「オーケー、鈴音さん。次バカにしたらシャイニングウィザードが来ると心得てください」

 

「……あんた、もしかして根に持つタイプ?」

 

「できればバネにしたいと思ってる」

 

「まぁまぁ二人とも~。落ち着いて、ね?」

 

  場の雰囲気が悪くなる予感を察知したのか、いきなり仲裁に入ってくるのほほんさん。一応、鈴音さんから謝罪の言葉をもらったので、俺は取り敢えず怒りを鎮める事にする。

  それから、鈴音さん本人の口からここまでの経緯を話してくれた。全ての始まりは篠ノ之さんと部屋を代わって一夏と同室になろうとしていた事が始まる。この時点で何やっているんだと突っ込んでしまったが、彼女曰く「幼なじみならオーケーなの」らしい。俺は細かい事を気にしない事にした。

  篠ノ之さんと案の定揉めた後、鈴音さんは一夏に昔交わした約束……と言うよりもまだるっこい告白の事を切り出した。しかし、唐変木であった一夏には意味を間違って覚えられており、玉砕して泣きながら怒り狂ってしまったと。

  その後に部屋から飛び出すと、のほほんさんと遭遇。彼女の涙を流す姿から並々ならぬ出来事があったのだと悟ったのほほんさんは、放っておけないとして部屋に招き入れたという。

  俺はのほほんさんと一緒に彼女の話を真剣に聞き、何度も相槌を打つ。のほほんさんに至っては二度目となるが、俺も事情は大体把握した。しかし――

 

「直球ストレートで言ってた方が間違いなく成功してたよね」

 

「うんうん。そうだよね~」

 

「バッ……!? 言える訳ないじゃない! ただでさえ恥ずかしいのに!」

 

  俺たちがそう言うと、鈴音さんはたちまち顔を真っ赤にして言葉を返す。

 

「大体、一夏も一夏よ! 私が勇気を出して告白したのに、毎日酢豚を奢ってくれるって勘違いしてさ! 同じ男の日室は一発でわかってるのに!」

 

「甘いわね、あなた」

 

  そして己の不手際を棚に上げて一夏に責任転嫁していた直後、部屋の入り口の方から一人の声が飛んでくる。

  突然の乱入にハッと驚いた俺たち三人がそちらに振り向くと、そこには扉を少しだけ開けた隙間から顔を覗かせる京水がいた。真顔を貫き通しているため、彼女に某女装家政夫のイメージを幻視してしまう。

  そそくさと部屋に入ってきた京水は、物怖じしない態度で鈴音さんの前に立つ。

 

「申し遅れました、泉京水です。凰鈴音さん。弦人ちゃん、これ忘れ物」

 

「あっ、どうも」

 

  自己紹介のついでのようにして、京水から筆箱を渡される。それは見紛う事なく俺の物であった。危ない危ない。まさか、忘れ物をするなんて。

 

「甘いってどういう事?」

 

  朝の件を引きずっているのか、京水をギロリと睨む鈴音さん。きっと、京水から恋愛心得を説かれたくない気分なのだろう。もしかしたら、単に胸の大きさで敵視しているだけなのかもしれないが。

 

「そのままの意味に決まってるじゃない。好きな人に大好きって伝えるのに、どうして曲がりくねった表現をする必要があるのかしら? ノンノン。告白ってのはね、こうするの。……大好きよ、弦人ちゃん!!」

 

  すると、京水は俺をいきなり抱き締めてきた。完全な不意打ちに一瞬我を忘れてしまい、夢や何かではないかと錯覚してしまう。

  突然の事で取り乱した俺は、全力で京水を剥がそうとする。しかし、相手も負けじと俺に力強くしがみ続ける。なんてごり押しなんだ。今もなお、彼女の豊満な胸が肩の辺りに押し当てられている。

 

「待て待て待て待て!?」

 

「きょうちゃん、大胆~!」

 

「できるかああぁぁぁ!!」

 

  これを受けてのほほんさんは上擦り声で俺たちを見守り、鈴音さんは耳まで真っ赤に染めて叫びだす。

 

「そう! その恥ずかしがる癖! ダメよ、ダメダメ! そんなんで一夏ちゃんに想いが届く訳ないじゃない! 見ればわかるけどあの子、どうしようもなく朴念人だわっ! 幼なじみならそれぐらいわかる事でしょう!?」

 

「うぐっ……」

 

  京水は俺を抱き締める片手間で鈴音さんに説教する。鈴音さんは痛いところを突かれてしまったようで、途中で言葉を失って見事に押し黙る。心当たりはあるみたいだ。

  それにしても、京水の観察眼は逆に惚れ惚れとする。一夏を朴念人判定するとは……いや、よく見れば誰にもわかる事だったか。アイツ、いつか自分の背中を刺してくるヤンデレも引き寄せそう。

  その一方で、京水は問答無用で話を続ける。ふざけているように見えて、実はふざけていないのが悠に伝わってくる。これが乙女の力だと俺は密かに悟る。乙女がクネクネしてていいかどうかは知らない。

 

「とにかく、本気で好きなら気持ちを直接伝えなきゃ。もちろん、ワタシは冗談抜きで弦人ちゃんが好きよ?」

 

「ごめん、京水。今でもなんでこんなに好かれてるのか自分でもわかってないんだ」

 

「いいの! ゆっくり時間を掛けて、お互いの好きなところを増やしていけばいいから!」

 

「あれ? もしかして勢いでごり押すつもり?」

 

  まるで周囲を気にしていない京水のスキンシップを前にして、俺はガンガン攻められる気分になってくる。割りと正論なので、すぐには反論できそうにもない。

  その時、鈴音さんから不穏なオーラが流れてきた。顔を俯かせ、「ハァァ……」と気合いの篭った息の吐き方をする。そして握り締めた手の指の骨をポキポキ鳴らし、少女とは似つかない声の調子で口を開く。

 

「……私の問題が解決してないのに、何いちゃついてんのよ?」

 

「わぁ~!? 鈴々落ち着いて~!」

 

「だから、その呼び方はやめなさいって言ってるでしょーがぁぁぁ!!」

 

  この後、俺と京水、のほほんさんの三人掛かりで鈴音さんの怒りを鎮める事になった。そして改めて、彼女の抱える問題について話し合う。

  結果的には何の解決策も出せなかったが、愚痴には付き合えたから良しとしよう。愚痴を存分に吐いた鈴音さんは比較的晴れやかな表情で、自分の部屋へと戻っていくのだった。

  ちなみに、俺たちが出した鈴音さんの告白の案とは次の通りになる。

 

 ・一夏の写真を持って、全校放送でひたすら愛の言葉を叫びまくる。

 

 ・クラス対抗戦の試合当日、アリーナに集まった大勢の観客に見守られながら「一夏、好きだ! お前が欲しいぃぃぃ!!」と叫ぶ。

 

 ・月面にデカデカと一夏との相合傘を描く。

 

  絶対、この三つの選択肢の内どれかを実行して方が百パーセントの効果を望めるだろう。これら全てを速攻で蹴るとは、鈴音さんも恥を捨てきれないものだ。

  え? もしも自分がやる事になったら? 恥ずかしいので全力でお断りする。

 

 ※

 

  とうとう学校生活も五月を迎え、クラス対抗戦の日が訪れる。クラス代表たちは第二アリーナで試合をおこなう事となり、多くの生徒が観客席に詰めかけている。満席であぶれてしまった人たちは、別室にあるリアルタイムモニターで試合を観戦する手筈だ。

  十分前行動を心掛けていた俺は、難なく席を獲得するに至る。他にも京水、のほほんさん、谷本さん、鏡さんもおんぶに抱っこの如く俺に付いてきていたので、彼女たちの席も確保された。

  そんな中、目を見張った様子の谷本さんが俺に話し掛けてくる。

 

「日室くん、今日は仮面してないんだね」

 

「ん? ああ、うん。観戦するだけで特にやる事ないし。あ、一夏の応援があったか。仮面取りにいかないと」

 

「いやいや。もう試合始まっちゃうよ?」

 

「まだ終わらん!」

 

  そう言って俺はトランスチームガンを取り出す。ナイトローグに変身しなくとも、コイツで霧ワープすれば大体バレない。事情がわかっていない近くの人々はかなり驚いているが、遭えて無視だ。

  目撃者? 監視カメラとかの映像に残されていなければ平気。多分。証言だけでなく物的証拠も手にする事が大事だからな。

 

「ヒムロン、あそこに防犯カメラがあるよ?」

 

「チクショウ」

 

  しかし、のほほんさんの俺の心を読み取ったかのような発言ですごすごと諦める事になる。彼女が指差しした方向には、確かに防犯カメラが存在していた。

  今から観客席出入口まで走って密かに霧ワープしようにも、その間に試合が始まってしまう。少なくとも、仮面を取るのは試合開始まで間に合わなくなるだろう。遅刻覚悟で移動するのは、試合を始まった瞬間から見届けたいという拘りがあるのでご免被りたい。

  すると、隣にちゃっかり座っている京水が俺と手を重ねてきた。やたらと慈愛の込もった瞳で、揚々と語り掛ける。

 

「気を落とさないで。素顔を晒しているあなたも素敵だから」

 

「そんな事だと思ったよ」

 

  ナイトローグである事そのものに意味がある。やる事なす事は大体、俺自身ではなくナイトローグとして名を刻みたい。そして、永遠にナイトローグの栄光を後世に語り継がせる。そう、アンパンマンやドラえもんに負けないくらいに。

  ……いや、アンパンマンたちに勝つのはあくまで目標である。ゴミ拾いとか応援団長をやろうとしているナイトローグが、そこまでの存在になれる訳がない。隕石を押し返そうとしたり、鉄人兵団と戦ったりして何度も世界を救っている実績のある彼らに、どうやって勝てというのだ。

  なるのではなく、目指す。それだけだ。

  ここで鏡さんが便乗し、京水が一度口を閉じればすかさず話に割って入ってくる。やや焦り気味だ。

 

「元気出してよ日室くん! ナイトローグがなくたって日室くんは最高だよ!」

 

「そうじゃないけどな。でもありがとう。元気出る」

 

  まさに隙あらば、という感じがする。励ましは純粋にありがたいが、できれば俺ではなくナイトローグを見てもらいたいのが本心だ。ナイトローグはカッコいいぞ。

  そうこうしている内に、クラス対抗戦第一試合が始まる。マッチングは一夏の白式と、鈴音さんの甲竜だ。最初から山場を持ってくるなんて大丈夫なのかと不安がよぎるが、楽しみであるのも事実。決着の瞬間まで刮目させてもらう。

  試合の経過は、鈴音さんがやや優勢。のほほんさんの解説もあって、先ほどから透明な攻撃をぶっ放している両肩の非固定浮遊ユニットは衝撃砲と言うらしい。つまり、ドラえもんの空気砲の完全上位互換である。

  だが、やられっぱなしでいられるほど一夏は大人しくなかった。タイミングを見極めた彼は瞬時加速を発動。一気に甲竜へ距離を詰めて、雪片弐型の切っ先をまっすぐ突きだそうとする。

 

  そんな時だった。刃が相手に届く直前に、ステージの真上からビームが降ってきたのは。ビームは遮断シールドを容易く貫通し、その際の衝撃をアリーナ中に響かせると同時にステージ中央へ着弾。ビームに追従するかのようにして、謎の機影がもくもくと土煙が上がった場所へすっ飛んでいくのも目にする。

  ざわざわ、ざわざわ。たちまち観客たちの間に動揺と困惑が走る。そして――

 

『緊急事態発生。生徒の皆さんは急いで避難してください。繰り返します――』

 

  間髪入れずに避難指示のアナウンスがやって来た。周囲からのざわめきは余計に煩さを増し、逃げ惑う人が大半を占めている。すぐ実行に移せていない。

  よし、やる事は一つだな。

 

「皆さん、出入口まで避難を! 急いで焦らず慎重に!」

 

「皆さ~ん! 閉店の時間よ! 死にたくない人は帰ってちょうだい! 帰ってちょうだい! 帰ってちょーだぁぁぁぁぁぁい!!」

 

「「京水/泉さん、もっと優しく!!」」

 

  俺以外にも京水が避難誘導の役を買って出てきてくれたが、どこからともなく手にした鞭を振り回して逆に怖がらせる始末。俺と谷本さんが突っ込み、のほほんさんと鏡さんはどうにか彼女を自重させる。

  バットフルボトルを片手に持った俺は、観客席の背もたれの上を足場にして軽々と移動。こうして少しでも目立つ事で、生徒の皆を上手く避難誘導させる。

  そんな中、左手首に巻いてある腕輪から通信が入ってきた。仕組みはビルドの本編のアレと恐らく同じ。右手で軽く触れて、通信に答える。

 

『こちら織斑。日室、応答しろ』

 

「はい、日室です! 今、生徒を避難誘導して――あ、なんか詰まってる!?」

 

  ふと前に視線を動かせば、大勢の人々が出入口の前で集っていた。こんな非常事態にも関わらず、扉は固く閉じられたままだ。

 

『何者かの手によって扉が固く電子ロックされている。現在、こちら側でクラックを試みているが、壊しても構わん。ナイトローグで――』

 

《Bat》

 

「蒸血」

 

《Mist match!》

 

《Bat. Ba,Bat. Fire!》

 

『……人の話は最後までと言いたいが、まぁいい。急げ』

 

「了解!」

 

  走りながら変身を済ませた俺は、あっという間に扉の前へ到着する。通常サイズのISでは、こんな人混みの中に入り込むなんて不可能だろう。ナイトローグが人間サイズそのままで本当に助かる。

  突如として隣をナイトローグに立たれた女子の表情が、驚きの色に染まる。

 

「ナイトローグ!?」

 

「すみません! 俺が抉じ開けます! 織斑先生から許可もらいました!」

 

  そうして周りの人を退かせた俺は、目の前の扉を思いっきり横に動かす。ナイトローグのパワーを以てすれば、例え電子ロックされていても物理で開放させるのは容易だった。

 

「……っ!?」

 

  しかし次の瞬間、廊下の奥側からとんでもないものを目にする。カチャカチャと足音を遠慮なしに立てているそいつの姿は黒く、鋼の鎧を纏っている。鎧といっても機械的なもので、胸部の露出している内蔵パーツが生々しい。

  人の姿をしており、頭部の双眼は常に赤く光る。その目で見据えているのは俺か、それとも後ろにいる非力な女子たちか。とにかく、解放された避難ルートが半ば使用不可となった事実に、俺は少しの間だけ身動きが取れなかった。

  その間にも、そいつは右手に持った紫の銃に見慣れた形状の小物を装填する。間違いない。その武器は……コイツは……

 

《Gear engine!》

 

  ネビュラスチームガンとカイザーシステムの戦士だ。

 

《ファンキードライブ!》

 

  まさかの展開に驚愕する俺の気持ちを知らずして、素体カイザー(ネビュラヘルブロス? ネビュラバイカイザー?)は開幕ファンキードライブを発射する。嘘だろ……。

 

 







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ナイトローグによる合理的な井上ワープ


京水ヒロイン流行れ


 ネビュラスチームガンより放たれたエンジンのパーツを模した光弾を、俺はコウモリの翼を盾代わりにする事で受け止める。着弾時にとてつもない衝撃が襲い掛かってくるが、しっかり踏ん張りを利かせて耐えきる。

 

「キャアァァァ!?」

 

  防御時の光弾と翼との弾けるような衝突音に、近くにいた女子たちは頭を伏せて悲鳴を上げる。このパニックは留まる事を知らず、周囲へと伝染してしまう。早期解決を目指さねば。

  コウモリの探知能力により、翼ガードで視界が塞がれても素体カイザーの行動がある程度あかる。次弾発射はまだしなかった。

  次の攻撃が飛んでくる前に俺は、翼ガードしながら素体カイザーへ突進する。翼を展開すれば浮遊できようになったので、助走がなくともISのような急発進は可能だった。

  翼越しに体当たりが決まる感触を覚える。翼を格納して着地すると、宙を舞って廊下に滑り落ちる素体カイザーの姿を目にする。まだ相手に猶予を与えてはならない。

  次に俺はトランスチームガンを取り出し、素体カイザーへ肉薄。そのまま掴み掛かり、トランスチームガンで霧ワープを実行する。銃口より灰色の煙幕が発射され、俺と素体カイザーを中に閉じ込める。

 

  そして煙幕が晴れるや否や、俺たちは学園の庭へとワープしていた。想定通り、周りに人はいない。霧ワープの勢いで俺と素体カイザーはそれぞれ反対方向へと転がり、即座に立ち上がる。

 

「バカ野郎! 俺の後ろに一般人がいたのにファンキードライブとかどういう了見だ!」

 

  そうして俺が怒鳴り散らすも、素体カイザーは何も答えない。代わりにスチームブレードとネビュラスチームガンの二つを構え始めたので、俺も応じて真似をする。最初に動き出したのは向こうだった。

  右手に持つネビュラスチームガンを撃ちながら、俺へと接近する。対して俺は落ち着いて、迫り来る敵の光弾をトランスチームガンで全て真っ向から撃ち落とす。相手の射撃は実に単調だった。

  スチームブレードの間合いに入り、互いに斬り結ぶ。ただし、パワーは明らかに素体カイザーの方が優っていた。受け止める一撃が重い。

  つばぜり合いをやると早速押し込まれそうになったので、受け流すのに精一杯努める。力勝負では完全に負けているから、ここはナイトローグらしく手数の多さと速さを活かそう。ついでに開運フォームに変身できていれば文句はなかった。

 

『日室、どうなっている! 状況を伝えろ!』

 

  素体カイザーの斬撃をひたすら避ける中で、織斑先生から通信が入ってくる。しかし、即答する余裕はない。

  ようやく隙を見つけた俺は、咄嗟に回転斬りする。脇腹にこちらのスチームブレードをモロに受けた素体カイザーは、後方に軽く吹き飛んだ。

 

「二体目の侵入者です! バカイザー!」

 

『バカ……? こちらも二体目のISコア反応をキャッチしている。だが遮断シールドを破った個体と違い、そいつはアリーナ内にいきなり現れた』

 

「今、霧ワープで校庭に連れ出しました! 倒します!」

 

『わかった。そちらへ急いで救援を回すから、無理はするな』

 

「合点!」

 

  無理やり通信を切り上げた俺は大急ぎで素体カイザーに斬り掛かるが、後ろへ跳躍されて回避される。

  瞬間、素体カイザーの腰の両側に、エネルギー状の歯車が組まれているバーニアみたいなものが現れた。歯車をせわしなく回して、滞空を始める。機構が完全にジェット噴射などとは異なっていた。

 

「飛べるんかワレェ!?」

 

  俺が面食らっていると、素体カイザーは急降下を開始。俺へスチームブレードの刃を突きつける。

  反射的に身体を逸らした俺はそれを間一髪で回避する。一方の素体カイザーは再び急上昇し、高い場所から俺を見下ろす。空から襲われては敵わない。

 

「はぁっ!」

 

  俺は駆け声を放つと同時に跳躍し、翼を展開して飛翔した。狙うは素体カイザーのみ。本格的な空中戦を繰り広げてしまうと周りの及ぼす被害が大きくなるのを簡単に想像できるので、とっとと地面に落とす。

  ネビュラスチームガンで迎撃に出る素体カイザー。自動小銃ではないので弾幕としては非常に薄い。それを必死に掻い潜り、俺のスチームブレードを届かせる。

  ガキィィン!! 擦れ違い様に繰り出した一撃だが、同じく相手のスチームブレードに防がれてしまう。だが、まだ攻撃の手を休ませない。

  擦れ違った瞬間に静止、反転。視界の真ん中に捉えたのは、素体カイザーの無防備な背中。相手の反応が遅れている内に、何度もスチームブレードを叩き付ける。

 

「うおおぉぉぉぉぉ!!」

 

  気が付けば、俺は叫んでいた。ようやく俺と向き合った素体カイザーと剣を交わせ、ほぼゼロ距離の状態で互いに銃を撃ち合う。それでも、今回優勢なのは俺だった。

  顔に向けられたネビュラスチームガンの弾丸をかわし、そのまま回し蹴りをする。回避行動を取る素体カイザーだが、利き手に持っていたスチームブレードを蹴り落とされてしまった。更にダメ押しにと、俺はトランスチームガンの銃口を相手の腹にピッタリと当てて引き金を引く。

  素体カイザーは光弾を受けた反動で仰け反り、ただでさえ俺が地上へと押し込めていたのに頭上から落下していく。激突寸前のところで姿勢制御して体勢を立て直すが、遅い。瞬時に距離を詰めた俺が、仰向けの姿勢で奴の胸に蹴りを連続で放つ。

  一撃目。上斜め方向から蹴ったため、浮遊していた素体カイザーに地に足を付けさせる。

  二撃目。しっかり地を踏みしめた素体カイザーは、真正面から蹴りを耐えきる。負けじと俺は三、四、五、六と絶え間なく蹴りまくる。

  七撃目。遂に耐えきれなくなった素体カイザーが後退りを始めた。我慢して連続蹴りを受け止めるのが精一杯のようで、左手にあるネビュラスチームガンで反撃に出てこない。キックの衝撃で全身を細かく揺さぶられる。

  八、九、十。勢いまでは殺せず、どんなに踏ん張っても素体カイザーは引き摺られるように後ろへ下がっていく。そして十一撃目で足を地面から離し、身体をくの字にして吹き飛んでいく。

 

 《エレキスチーム》

 

  それを見た俺は宙で止まり、逆手に持ち直したスチームブレードのバルブを回す。これでトドメにしたい。

  素体カイザーはやや四つん這いになる形で着地。もちろん、俺は情けを掛けずに素体カイザーに向かって突撃。スチームブレードの威力を飛行速度に乗せる事で底上げし、横を通り抜けながら斬り付ける。

  雷を付与した斬撃をもらった素体カイザーは、仰向けになって力なく倒れた。翼を格納して地面に降り立った俺が振り返ると、その鋼の鎧はたちまち消失する。素体カイザーの変身が解除された。

 

  そこにいたのは、シャツにズボンと簡素な服装をした見知らぬ男性だった。気絶しているようだが、ネビュラスチームガンだけはぎゅっと握り締めている。これは……まんまアレと状況が酷似しているな。内海がネビュラヘルブロスの実験をしていた時と。

  そんな矢先、ネビュラスチームガンが独りでに霧を放つ。これはもしかしなくてもアレ。俺もお世話になっている霧ワープである。

 

「あっ!? ストップ!!」

 

  俺は大急ぎで駆け付けるが、もう遅く。霧に紛れ込んだ男性とネビュラスチームガンは跡形もなく消え去ってしまった。

 

 

 ※

 

 

  ビームを撃つ奴と素体カイザーの乱入により、クラス対抗戦は結局中止となった。生徒たちの話題は大体がビームを撃つ奴――長いからビーム野郎――の事で持ちきりだったが、素体カイザーの件もあの時近くにいた人たちを中心にゆっくり広がっていた。同時にナイトローグの活躍も少し語られる訳だが、話題性で前者に負けているのが少し悲しい。目立ちたいとはあまり思っていないけど。

  また、アリーナ・ステージの方では一夏と鈴音さんがビーム野郎と戦って勝ったらしい。ただし、その際に怪我をしてしまった一夏は医務室送りに。命に別状はなく、ISのおかげで比較的軽傷だそうだ。今頃は篠ノ之さん辺りがお見舞いに行っている事だろう。

  一方で避難した人たちの中に怪我人は一人として出していない。素体カイザーが別の出入口から登場を果たしていれば、どんな地獄絵図を見る事になったのやら。とにかく、早々に素体カイザーをアリーナから離れた場所に霧ワープさせて正解だった。身柄の拘束には失敗してしまったが、人の命を守れたのだから構わない。

  あの戦いの後、素体カイザーが元々持っていたスチームブレードを回収した俺は、そのまま織斑先生に事情を聞かれる事になった。

  ついでに、パソコンとトランスチームガンをケーブルで繋いで、記録されている戦闘データの確認も兼ねる。俺が織斑先生に質問されている傍らで、山田先生がせっせとキーボードをタイプしていた。

 

「織斑先生、準備ができました」

 

「よし、次をやってくれ」

 

「はい」

 

  そうして織斑先生が山田先生に指示を出すと、俺たちは一旦パソコンの画面へと集中する。山田先生が幾つかの操作をおこない、やがて映像が流れる。

  最初に映し出されたのは、ストロングスマッシュとの戦い。それから次々と映像が切り替わり、ナイトローグの数々の勇姿を織斑先生たちに見せつける。こうして振り返ってみると、二月から三月にかけての再評価活動が懐かしく感じるものだ。

  しかし、この映像について不可解な点が一つ。視点がナイトローグではなく、三人称である事だ。その上、カメラワークがびっくりするほど素晴らしい。ビルドドライバーと共通だったか。

  そうしていると、俺が初めてISからの逃走劇を繰り広げた時の映像がやって来る。ここで山田先生が、ふと興奮した様子で騒ぎ出す。

 

「あっ! ここ知ってます! 日室くんが初めてISに追いかけ回された時の出来事ですよね? テレビで見ました!」

 

「ところで山田先生。これ、明らかにナイトローグ視点じゃないですよね? 誰かが撮影してる感がすごいんですけど」

 

「それは……ええっとぉ……」

 

「早送りするぞ」

 

  いきなりの俺の質問に山田先生がお茶を濁すのも束の間、織斑先生が勝手に操作をおこなう。質問の答えはうやむやにされるのだった。

  切り替わる映像は、最後に素体カイザーとの戦闘シーンで留まる。織斑先生は軽く目を見張り、女傑とも言うべき表情で素体カイザーを見据える。特に注目したのは、ネビュラスチームガンであった。

 

「ふむ。にしても、トランスチームシステムとほぼ同型か……」

 

  トランスチームガンとネビュラスチームガンが似ている事など、誰にだってわかる。織斑先生は言わずもがなだ。

  そうなると、自然とネビュラスチームガンの出所が疑われる。これがそのままカイザーシステムであれば教えられるが、納得できる説明ができないのが現状だ。トランスチームが先なのか、それともネビュラスチームが先なのか。生まれた順番が違うだけで、どちらがパクりやなんやのとややこしい事になる。

  トランスチームガンの場合? 不思議な事が起こったとの一点張りで通した。ただし、この素体カイザーの出身次第でそんな言い訳は灰塵に帰す可能性がある。

  そして早速、織斑先生から再び質問を投げられた。

 

「日室。こいつの事をバカイザーと呼んでいたが、単に即興で名付けたんだよな?」

 

「はい」

 

「こいつの存在を最初から知らなかったんだよな?」

 

「はい」

 

「この紫の銃とトランスチームガン。それとフルボトルに似たコレか。ここまで両者がそっくりだとは、不思議な事があるものだ。トランスチームシステム自体、未だに使える者は一人しかいないと言うのに。おい見ろ、この映像を。中から男が出てきたぞ。三人目の男性IS適合者だ」

 

「はい。これもきっと妖怪の仕業だと思います。おのれクライシス」

 

  俺が淡々とそう答えていくと、織斑先生は眉をしかめた表情になる。それから視線を俺から外して、自分の眉間をぎゅっと抑える。

 

「……ハァ。もういい。後はしかるべき機関に確認を取るだけだ。戻っていいぞ」

 

「はい。失礼しました」

 

  かくして、トランスチームガンを返却された俺はその場を後にした。誤魔化しは完全に通用していなかった節があるが、織斑先生が出席簿を構えて脅さなかったのは意外だった。

  これは何かある。もしかしたら、明日は槍の雨が降ってくるかもしれない。念のため、上手い具合の説明を考えておこう。

 

 

 ※

 

 

  夜。一人で職員室に残っている千冬は、コピーしたトランスチームガンの戦闘記録をパソコンで眺めていた。優先して確認したいのは、素体カイザーの変身者の顔である。

  映像を拡大・補正し、その男性の顔をくっきりと写し出す。次に学園のサーバーへとアクセスして、情報を照合させる。

  結論から言って、男性は元々IS学園に用務員として勤めていた者だった。昨年には仕事をやめており、それ以上の足取りはわからない。どうして素体カイザーに変身していたのか、どうしてクラス対抗戦当日に襲撃してきたのか。それは、もう一体の乱入者よりも謎に包まれていた。

  アリーナ・ステージに侵入した機体は即座に学園地下へと回収されている。真耶に解析を頼んだ結果、こちらはISの無人機である事が判明。心当たりがうっすらとある分、素体カイザーよりはマシだった。

 

(外見が明らかに異なる事から、最低でも二つの勢力が今回の事件に関わっている。無人機の方は仮にあのバカだとして……)

 

  千冬はそこまで考えるが、まるで見当がつかなかった。トランスチームシステムの技術が流れたとしても、装着者も合わせて実用化させるのは極めて難しい。ナイトローグが慈善活動である意味暴れていた時期に、伊達にアメリカなどの大国が解明や推察に匙を投げた訳ではない。日本ですら、現在進行形で他所にすがろうとしている始末だ。

  それが別の形として生まれ変わり、あまつさえ空間転移の技術も確立されているのだ。これはハッキリ言って異常である。ワープができるのなら宇宙進出など容易い。ISの生みの親である篠ノ之束が、何よりも望むに違いない代物だ。

  そして、依然としてブラックボックスの塊であるISコアを作れる束ですら、まだ恐らく空間転移の領域まで至っていない。それはあの無人機の侵入方法を見れば、簡単に予想できる。天災と称されるほどの彼女と対等に肩を張れる科学者が他にもいるのだろう。千冬は適当にそう考えると、頭が痛くなってきた。

 

 ――バカが二人もいる――

 

 ※

 

 ここ最近のトランスチームシステムの研究の進み具合について、少し記録しておく。

 伊坂先生に葛城リョウ博士(可愛いが無表情なので怖い)が合流してきたおかげで、ネビュラガスによるマウス実験が大いに捗った。実験に使われた百八体の内、九十体が消滅・スマッシュ化直後に死亡と散々な目に合っていたが。

 しかし、曲がりなりにもスマッシュのサンプルが用意できたので、良しとするべきか。その後にサンプル体の検査をした結果、スマッシュ化のプロセスや条件がだいたいわかった。生物学や遺伝子工学まで引っ張る事になるとは、天才物理学者がいる訳ではないから大変だ。

 スマッシュ化に最低限必要なのは、健康な身体とネビュラガスへの抵抗力。抵抗力はもう少し頑張れば、遺伝子検査による被験者の確実で安全な選定が可能となる。そこまで来れば、あとはトランスチームシステムを実用化させるだけだが……。

 問題は、スマッシュ化した個体が総じて凶暴になる事だ。おかげでネズミスマッシュたちには常に麻酔を掛ける羽目となった。確か、同僚の泉が言ってたな。えっと……

 

「まるでT-ウィルスみたいだな」

 

 そう、それだった。某バイオハザードのウィルスみたいなのだ。それならば、ウロボロス的なアレを目指せば良いのではないだろうか。なんだ、言うだけなら簡単じゃないか。

 まぁ、この話は置いておこう。現在、俺とその仲間たちはボトルの浄化方法を模索していた。博士たちとは別枠だ。日室少年のバットフルボトルは浄化済みであるから、トランスチームシステムの量産にはボトルの数も合わせなければならない。浄化できなかったらどうしよう。スマッシュボトルでごり押す? わーい、面倒だぞー。

 

「で、どうする? 個人的には変身一発という飲み薬でだな」

 

「あー、ちょっと待ってろ。今百均グッズで浄化装置作ってくるから」

 

「じゃあ自分は娘と会いに……レプリカでも月のフルボトルをプレゼントしたら喜んでくれるかな?」

 

「いや、知らねーよ」

 

 なお、話し合いは終始こんな感じだった。和気あいあいにも程がある。

 こんな事をしている内に、日室少年からは定期的にナイトローグの稼働データが送られてくる。ナイトローグ本体には整備しなくてもいいのか戸惑うところだが、気にしない方が吉なのかもしれない。カッコいいよね、ナイトローグ。戦闘映像がドラマみたいでワクワクしてしまった。トランスチームシステムをパクったと思われる敵の件は目から逸らしておく。どこから情報漏れたんだろーなー。

 

 そんなこんなで、エンプティボトルの試作品開発には何とか漕ぎ着いた。成分を回収するだけだから、そこは量子格納の技術なども少々使った。ISがあって助かった。

 その一方では――

 

「よし、できたぞ。浄化装置だ!」

 

「ただの電子レンジじゃねーか、このクマ野郎」

 

 浄化装置という名の電子レンジが出来上がっていた。いや待て。百均グッズでどうしたら電子レンジが出来るんだよ。おかしいだろ。

 しかし、後にこの電子レンジには良い意味で期待を裏切られてしまった。防護服を着用した上で試しに使ってみれば、ネズミスマッシュから成分回収したエンプティボトルの形状がフルボトルのものへ変化していたのだった。これには研究チームの全員が発狂し、祝杯を上げるまでに至った。

 だが、使ってみればわかる事だったのだが、それはフルボトルの皮を被ったスマッシュボトルに過ぎなかったのだ。その時の俺たちは総出で、クマ野郎をハリセンで袋叩きにしたものだった。

 

「いや、待ってくれ! 俺を誰だと思っている! 小学生の頃は科学使いのレオナルド・ダヴィンチと呼ばれていたんだぞ!?」

 

「知るか、そんなもん!!」

 

「やはり私の変身913発の方が優れている! なのに誰も飲んでくれないのが辛い!」

 

「メモリが良かったって! 『ルナ!』って鳴るメモリが良かったって! どうすればいい!?」

 

「わ、わかったから……ハリセンはやめてくれぇぇぇ!!」

 

 この後、電子レンジ産のスマッシュボトルの中身をマウスに振り掛けてみれば、なんと理性と自我を保ったままスマッシュ化する事が判明するのだった。一体どういう事だってばよ。

 

 

 

 

 

 




Q.その頃のウサギさんは?

A.カイザーシステムが気になって特定を試みるも、電子空間で追い返されました。


Q.クラフトギアのイメージは?

A.ガンダム試作三号機の腰バーニア。


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ナイトローグとリモートコントロールギア君


ブロス兄弟の変身音はリモコンの方が好きです。ピポピポパーポーの電子音がたまらない。


 

  その日の朝、俺は小型テレビをつけながら支度を整えていた。時刻としては六時前。のほほんさんは例の如く、目覚まし時計が鳴り響くまですやすやと眠っている。

  普段はテレビは見ずにさっさと支度を済ませるのだが、今日に限っては虫の知らせなのだろうか。とにかく、テレビのニュース番組を見ずにはいられなかった。

  そして、なにやら大きな事件が生中継されているのに気づく。どうやら、大雨の影響で堤防が決壊し、とある地域が大洪水に見舞われているようだった。その辺りは住宅が密集しているため、消防や自衛隊のヘリが総出で民間人の救助に出ている。また、ISも出動していた。

  しかし、氾濫した水位は二階建て一軒家を容易く飲み込むほどで、救助のアプローチ方法は空からしかない。IS込みでも短時間で全ての人を助けるのが不可能なのは、目に見えていた。

 

 ――助けて! ナイトローグ!――

 

  その時、誰かが俺の脳内に直接語り掛けてきたような気がした。一瞬、幻覚だと疑ってしまうが、よくよく考えれば大洪水は見過ごせてはおけない事態。俺が理想的なナイトローグを目指すナイトローグである限り、助けに行かないのはナイトローグのポリシーに反していた。

  まさか、入学して二ヶ月も経たずに学園に抜け出す事になるとは思いも寄らなかった。だが仕方ない。織斑先生に許可を取りに行こうとしても、現地の人に任せろと言われるのが関の山。一々規則に縛られて、人助けができるものかよ。

  俺は一人の学生である前にナイトローグである。以前は社会のしがらみに縛られず、好き放題に人助けや慈善活動をしてきた。躊躇うなんて今さらだ。

  それでも何も言わないで外出するのは後で恐ろしくなるので、書き置きだけはしておく。主に織斑先生宛に。

  とっとと制服を着た俺は、大急ぎで学生寮の外に出る。周りに人がいない事を確認すると、おもむろにバットフルボトルをトランスチームガンにセットする。

 

《Bat》

 

「蒸血」

 

《Mist match!》

 

《Bat. Ba, Bat. Fire!》

 

 さぁ、人命救助の始まりだ……!

 

 ※

 

  朝の六時頃からIS学園に出勤しているのは、ほとんどが早番の教師や事務員たちだ。こんなに朝早くから多忙になる事などほぼあり得ないので、当番の人数は少ない。

  そんな中、真耶に叩き起こされた千冬は大急ぎでスーツに着替えた後、問い合わせが続発している事務室をスルーして職員室へ急行する。すると、室内に設置されている液晶テレビからとんでもない放送を目にする。

 

『見てください! ナイトローグです! ナイトローグが消防や自衛隊の人命救助を手伝っています! コウモリの翼を生やして飛んでいます! お年寄りや子どもを抱えてヘリに送っています!』

 

  そんなニュースの生中継を目撃した千冬は天を仰ぎ、真耶は敢えなく言葉を失う。他の教員たちは、事務室から度々寄越される電話に応対している。

  その時、職員室に本音が飛び込んできた。肩で息をつきながら、一枚の紙を片手に千冬の姿を探す。

 

「はぁ……はぁ……織斑先生! 織斑先生はいますか!?」

 

「……どうした、布仏」

 

「あの、ヒムロンがこんな書き置きを!」

 

  本音から書き置きの手紙を静かに受け取った千冬は、おもむろにそれを読む。内容は次の通りだ。

 

『○○県○○市にて大洪水が起きているようなので、人助けしに行ってきます。もちろん、霧ワープで。俺を探すのは大洪水が収まった後にしてくれると幸いです。 日室弦人』

 

  刹那、千冬は手紙をクシャクシャに握り潰した。

 

 ※

 

  早速現地へと到着した俺は多忙に追われていた。堤防が決壊したのが早朝という事もあって、多くの人が家の中に閉じ込められている。水位が高いせいで、二階へと避難している人ばかりだ。

  どうして事前に避難指示が出されなかったのかが気になるが、今はその事を考えている場合ではない。一秒でも早く民間人を助けて、安全な場所へと避難させなければ。

  IS学園の実技の時間などで散々飛んでいたおかげで、ナイトローグの飛行可能時間はとんでもなく上がっている。慣れが一番の要因だろうか。少しの時間だけ羽休めを挟めばすぐに飛べるので、余分なタイムロスはほとんどない。

 

「そこのナイトローグ! 誰の許可があってここにいるの!?」

 

  次の一軒家の屋根の上に降りて、二階の窓にノックをする。すぐさま窓を住民に開けてもらうと、そこには一組の夫婦と子どもたちの四人家族がいた。

 

「ナイトローグだぁー!」

 

  中でも一番幼い子が俺を見つけるや否や、喜びの声を上げる。キラキラとした視線がとても眩しい。

 

「すみません、ナイトローグさん! 子どもたちを先にお願いします!」

 

「わかりました! お二人もすぐに助けますから!」

 

  子ども二人を纏めて抱えた俺は、再び羽ばたく準備をする。最初からハイスピードで飛ばせば子どもたちの負担が大きくなるので、ゆっくり慎重に気をつけなければ。

  また、俺がガンガン救助したおかげでヘリの中も、救命ボートの上も近くにいるものは満員だ。このまま直に避難所へ連れていった方が、もしかしたら早いかもしれない。

 

「ナイトローグ! さっきから話聞いてる!? 無断でしょ? 政府どころか市の要請もなしに無断で出動してきたんでしょ!?」

 

「あっ、そちらの方。この子たちの両親がまだ残っているので、良ければ手を貸してくれませんか?」

 

「……あぁ、もう! 話は後にすればいいんでしょ!」

 

  ついでに打鉄を纏った女性が都合良く近くを訪れていたので、俺は彼女に手伝ってもらうように頭を下げる。彼女は渋々としながらも、この子たちの両親も抱えてきた。

  そう、話は後回しにしてくれれば大いに助かる。これでも織斑先生の雷が怖すぎて、内心ではとてもビクビクしているのだ。今はとにかく、救助活動に専念して恐怖心を誤魔化したい。

  トントン拍子で避難所へ到着し、家族たちを下に降ろす。彼らはしきりに抱き合い、俺たちへ何度も感謝の言葉を告げる。キリの良いところで俺たちはその場を立ち去り、活動場所へと戻ろうとする。

  その時だった。避難所の出入口付近にそいつの姿を見つけたのは。そいつは俺たちと同じように家族をここまで運んできたようで、小さな子とお別れの挨拶をしていた。

 

「ありがとうね、お兄ちゃん! ……お兄ちゃんで合ってる?」

 

「おう、じゃあな。お兄ちゃんで構わねぇ」

 

  左右非対称にボディデザインに、左半身は歯車の形をした水色の装甲が張られている。右半身は首から下が武骨な雰囲気を醸し出しており、顔は右のリモコンみたいなパーツと左の歯車みたいなパーツに別れている。

  間違いない。アイツは……アイツは……。

 

「リモコンブロス君!? リモコンブロス君じゃないか!」

 

「へ? げぇっ、ナイトローグ!? え、何で? 名前バレしてんの何で!?」

 

  俺に突然呼ばれたリモコンブロス君は激しく動揺する。この様子からして、自分の名前を誰にも名乗っていないパターンらしい。

  しまった。いくらリモコンブロス君の事を知っているからと言って、それは余りにも一方的すぎていた。ついつい迂闊な真似をしてしまった自分を愚かに感じる。

  彼は西都の最終兵器とは別人。精神的動揺を与えないとクローズチャージに勝てなかった最終兵器とは違う。全くの赤の他人。仮面ライダーと自称しておいてマトモな活躍もせず、株が大赤字の彼とは到底似つかない存在。これをしっかり念頭に入れておかなければ。

  この間にもリモコンブロス君は俺に駆け寄り、逃げられないように肩を掴んで問い詰めてくる。

 

「おい、どういう事だ? どうして俺の名前を知ってる? どこで知った? どこで知ったぁ!?」

 

「お、落ち着いてリモコンブロス君! こんなにも取り乱すなんてらしくないじゃないか、リモコンブロス君!」

 

「いや、俺としてはまるっきり初対面なんだけど! そんな言われ方されるぐらいにお前と交流なんてないんだけど!」

 

「ごめんね、リモコンブロス君! 悪気はなかったんだ! まさか名前を呼ぶだけでこんなにも怒られるなんて思いもよらなかったんだ! 本当にごめん、リモコンブロス君!」

 

「リモコンブロス君しつこい! 何そのデモキンを正義くんって呼ぶ感じは!? てかリモコンブロスって呼ぶなぁ! もう周りにバレバレじゃねーかぁぁぁ!!」

 

「静かにしなさい!!」

 

  すると、打鉄の人から一際大きな怒声が上げられた。びっくりした俺とリモコンブロス君は、自ずとだんまりになる。

 

「……喧嘩するのは後。私だって聞きたい事が山ほどあるんだから。ほら、救助に戻るよ!」

 

「「い、イエッサー!」」

 

  何故か彼女に指揮下に組み込まれる事になった俺たちは、すごすごと彼女の後を付いていった。その際、リモコンブロス君が腰に二基の歯車スラスターを出して飛んでいたのには、思わず目を見開いた。

  そうして救助活動は午前九時過ぎまで続いた。リモコンブロス君の協力や自衛隊、消防の皆さん殿様連携がなければ、三時間足らずで終わらせるなんて無理だっただろう。残すは行方不明者の捜索だけだが、このタイミングでIS学園から帰ってこいとの通達がやって来たので断念。目の前にいる打鉄の人を振り切るならともかく、後々に織斑先生本人に追われると考えるとすんなり諦めがついた。熾烈な鬼ごっこをやるだけの気力は湧かない。

  それに、曲がりなりにも俺には帰る場所がある。いつまでも放浪するのは頂けない。リモコンブロス君も、これからどうするのかが気になる。

 

「ところでリモコンブロス君。君はどうするの?」

 

「ああ、俺? ええっとな……」

 

  そうやってリモコンブロスは数瞬、考え込む。それから両手をポンと叩くと、ネビュラスチームガンを素早く取り出して俺と打鉄の人に銃口を向ける。突然の事に打鉄の人は驚き、武器は出さないまでも咄嗟に身構えた。

 

「ちょっと!? やっぱり危害を加えるつもりなのね!?」

 

  彼女の必死の問いにリモコンブロス君は答えない。周りに緊張が走り、俺も気が気でなくなる。光弾を避ける自信があっても、俺がトランスチームガンを抜くより早く撃たれるのは確実。しかし、お互いに手を出すのは我慢して、じっと様子見するのに留めた。

  数秒後、リモコンブロス君は気だるげにネビュラスチームガンの銃口を上にした。次に恥ずかしそうな仕草をして、己の真意を告げる。

 

「冗談だ。悪かったな。それじゃーな」

 

  瞬間、ネビュラスチームガンの引き金を引いたリモコンブロス君は霧ワープを実行した。全身が霧の中へと隠され、晴れた先には忽然と姿を消している。

 

「空間転移!? ウソでしょ……!」

 

  対して打鉄の人は、愕然とした表情に包まれていた。口に手を当てて、まるで信じられないといった様子だ。

 

「……じゃあ、自分も失礼します」

 

「あっ!? ちょっと!?」

 

  俺は彼女の呼び止めを聞かず、リモコンブロス君と同じくそそくさと霧ワープする。行き場所は当然、IS学園だ。ただし彼とは違ってトランスチームガンは出さない。セントラルチムニーよりワープ用の黒い霧を発射する。

  そのまま校舎の玄関前に着いた俺は変身を解除。もうここまで来たら織斑先生に怒られるのは確実なので、学生寮へカバンを取りに行くついでにのんびりと歩く。これ以上の物怖じはしなかった。

  だが、まだ悪い事をした分の倍だけ良い事をこなしていないと感じたため、いっそのこと校庭を片っ端から清掃する事に決めた。一人だと時間がどうしても掛かってしまうが、ナイトローグに変身して作業効率を上げる事で解決。一度や二度の無断変身など、大して差はないだろう。気持ちは吹っ切れた。

  かくして更に一時間が経過し、校舎一階の外側の窓吹きが全て完了したところで背後に人の気配を察知する。振り返ってみれば、怒髪天を衝かせた織斑先生が仁王立ちしていた。彼女から放たれるプレッシャーは俺の足をすくませ、間接的に逃げられないようにする。加えて俺は彼女の姿に、火星を滅ぼさんと起動するパンドラタワーのおぞましい姿を垣間見た。

  もうダメだ。おしまいだ。俺がそう察した直後、織斑先生は固く閉じた口を重々しく動かす。

 

「日室。細かい話は昼休みにする。今は授業を大人しく受けろ」

 

「……はい」

 

  肯定の意志を示す他になかった。もちろん、昼休みを迎えれば彼女の怒りを一心に受ける事となる。

  ちなみに、今日から一年一組にフランスとドイツの転入生二人がやって来たのはここだけの話。一夏の奴、訳も分からずにドイツの人にビンタされたってよ。もう女難と呼ぶレベルべきではないな。

 

 

 

 





Q.エンジンってどういう特性なのだろうか……?

A.単純に考えて馬力が上がったりだと思います。リモコンはテレビの奴をイメージすれば良いかと。……理論上なら透明化以外にも消音、電源オンオフとかできるはず。


Q.リモコンブロス君の正体は?

A.IS世界の住民であるのは確かです。あっ、某最上さんではないですよ? あの人は例外。

Q.この世界について一言。

A.電王スタイル。すなわち、IFルートは存在せず未来は一つだけの世界。IFルートは文字通り消滅して最初からなかった事にされるが、イマジンの首領であり特異点でもあるカイのようなイレギュラーは時々ある。

つまり、イマジンたちはIFルート未来の元人間だったりする。横暴な奴ばかりなのは、完成したパーソナリティー剥き出しだから。多分。例外はデネブやテディ、キンタロス。それでも我の強い奴ばかりである。

それと、平行世界そのものは時の運行に関係なくちゃんと存在している。ディケイド理論。


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ナイトローグ的なベストマッチの相手


Leave all behind (現世からのサヨナラ的な)


 織斑先生の説教から解放された俺は、一夏の誘いもあって昼食を共にしようと屋上へ移動した。階段を駆け上がり、屋上への扉を開く。するとそこには、大勢の人たちが待ち構えていた。

  まず見つけたのは篠ノ之さん、鈴音さん、オルコットさんの三名。次に京水、谷本さん、鏡さん、のほほんさんの四名。最後に男性のシャルル・デュノアさん。かなりの大所帯だ。

 その中でも、わなわなと震えていた篠ノ之さんが一夏に向けて大声を出す。

 

「また人が増えたぞ! どういう事だ、一夏!」

 

「どういう事って、皆でワイワイした方が楽しいだろ。なぁ、弦人?」

 

  流れ作業のように俺へ話を振る一夏。純粋な眼差しをしている辺り、どうやら正気だな。篠ノ之さんたちにとっては、余計な人がいない方が恋敵たちとの競争に集中できるというのに。

 

「私たちは遠慮したんだけどね……」

 

「織斑くんが日室くんも呼ぶって言ったから」

 

「スタンバってたわ!」

 

 ふと視線を横にずらせば、谷本さんと鏡さん、京水からそんな返事をもらう。一夏の奴、なんか攻略がごり押し以外だと難しすぎるだろ。面倒な。

 しかし、こうなったからには仕方ないので、そのまま昼食を取る事にした。デュノアさんは少々居たたまれないような表情をしながらも、場の空気を少しでも盛り上げるためか俺に話し掛ける。

 

「へぇー。弦人ってお弁当自分で用意してるの?」

 

「うん。最初は鏡さんに作ってもらってたんだけど、もらいっぱなしは悪いし。今はおかずの交換とかに落ち着いた」

 

「私は別に構わなかったんだけどね。あ、ハンバーグ食べる?」

 

「よし、じゃあこっちはガチのだし巻き卵を……」

 

 そうして鏡さんと弁当の具を交換する。彼女が渡してきたのは一口サイズのハンバーグに対し、俺が出すのは焦げ目なし・白身なしのだし巻き卵だ。

 次の瞬間にはハンバーグを口にする。冷たくなっているが、美味しさは別に損なわれていない。冷たくても美味しいのが弁当の良いところだ。いつもは食堂の定食で済ませている谷本さんやのほほんさんも、今日は珍しく弁当を持ってきていた。二人のは小さくて可愛らしい。

 その一方で京水は、さりげなく俺にご飯を食べさせようとしていた。これはいつもの事なので、華麗にかわして自分の分の弁当に集中する。京水はムッとなったが、すぐに機嫌を直して話を切り出す。

 

「ところで弦人ちゃん。織斑先生に怒られたにしては、解放されたのが早くないかしら?」

 

「いや、怒られたって言うか……怒ってたのは間違いなかったんだ。ただ、織斑先生に『弁明は?』って聞かれたから“ナイトローグとして当然の事をしました”って答えると……無言で頭に出席簿を落とされただけだった。あと、反省文の用紙を押しつけられた」

 

「あら? 織斑先生にしては珍しいわね?」

 

「驚き呆れたんじゃない? 俺、問題児だから」

 

「とうとう認めちゃったよ」

 

 最後に谷本さんから突っ込まれた。ノリの良さでは俺とかなり仲良しな京水はニコニコと微笑み、谷本さんと鏡さんは苦笑する。のほほんさんは、モグモグとご飯を食べていた。

 

「一夏、今日は唐揚げを作ってきたのだが……」

 

「私は酢豚よ!」

 

「わたくしも、今日は腕によりをかけてきましたわ!」

 

 その傍らでは、篠ノ之さん以下二名が一夏に弁当を差し出す。一夏はそれらを順々に食べていった。のほほんさんもちゃっかり、篠ノ之さんから唐揚げをもらっている。

 瞬間、どこからともなく洗剤の香りが微かに漂ってきた。いきなりの事に訝しんだ俺は辺りを見回すが、それらしいものは特に見当たらない。

 

「一夏さん、どうぞ。サンドイッチです」

 

「おっ、セシリアのも美味そうだな」

 

 そのやり取りを目にしたのは偶然だった。バスケットに納められている大量のサンドイッチと、一夏がセシリアから受け取った一つのサンドイッチ。鼻を利かしてみれば、サンドイッチの方から洗剤の香りがしてきたような気がする。

 そんなバカな事があるものかと、自分で思う。しかし一度疑ってしまうと、頭から離れなくなる。なので、試しに俺はこの場にいる全員に確かめてみた。

 

「……なぁ? なんだか洗剤の匂いしない?」

 

「え? そうかなぁ?」

 

 真っ先に答えるのはデュノアさん。だが時すでに遅く、一夏はサンドイッチを頬張った後だった。顔が青くなり、これを見ていたのほほんさんが彼の名を呼ぶ。

 

「オリムー? 顔青いよ?」

 

 一夏は何も答えない。顔を青ざめさせたまま、強迫観念に駆られたような雰囲気で咀嚼を続けて、飲み込む。気がつくと、俺以外の人も様子が急変した彼を見守っていた。

 それから一夏はオルコットさんと向き合う。

 

「セシリア」

 

「は、はい? なんでしょうか?」

 

「……洗剤」

 

 彼の言葉はそこまでだった。気を失った一夏はそのまま後ろへと倒れ込む。手にはサンドイッチを固く持っていたままだった。

 

「ど、毒殺だぁぁぁ!? スタァァァァク!!」

 

「日室さん!? 人聞きの悪い事をおっしゃらないでくれませんか! わたくしはただ、洗剤を入れただけで……」

 

「洗剤!? アンタ、洗剤なんて使ったの!?」

 

 オルコットさんのカミングアウトを耳にした鈴音さんが、たちまち彼女へと掴み掛かる。オルコットさんはアタフタしながら、見当違いな言い訳を続ける。

 

「え? 洗剤は使いませんの!?」

 

「大バカね! 使う訳ないじゃない!」

 

「そ、そんなぁ……!」

 

 鈴音さんにそう断言されたオルコットさんは愕然し、大きく肩を落とす。この間にも篠ノ之さんが一夏を呼び掛けていたが、目覚める兆しが感じられなかった。

 

「一夏? 死ぬんじゃない! 一夏ぁぁぁ!」

 

 この後、急いで彼を医務室へと運ぶ事になったのだが、起きた彼は一時間前後の記憶を綺麗さっぱり失っていた。俺はお前を、女の子のメシマズ料理を懸命に食べてあげる勇者だと称えよう。

 ちなみに、京水がオルコットさんに料理を教える事になったのはオマケの話だ。ついでに己の恋愛論も説いていたが、直球で好意を伝える戦法は恥ずかしくて無理だったそうだ。

 

 ※

 

 今月中に開催されるISバトル学年別トーナメントがタッグ形式へと変更されたため、ベストマッチな相方探しに誰もが奔走していた。その中でも一夏、デュノアさんを相方にしたがる人が多くを占めていて、競争率はとんでもなく跳ね上がっていた。篠ノ之さんたちの健闘を祈る。

 俺の場合? 審議の結果、じゃんけんで京水が勝ち残ったのですぐに決定した。専用機を持っている人と組むのが優勝の前提だと思うが、相棒が京水ならベターなチョイスだと思われる。せっかくナイトローグの勝ち星を荒稼ぎできるチャンスだ。とことん勝ちに行く。

 優勝の障害となるのは、まず専用機持ち全員であるのは確か。ドイツから転入してきたボーデヴィッヒさんも含めて、敵の戦力は五。ISコアが世界で合わせて五百個未満なのにどうして一年でこんなに数が集中しているんだ。

 だが、事前に相手のISの特徴はあらかた知っているので、恐るるに足りず。一夏の頼みで訓練に時々付き合っていた甲斐があった。加えて、ナイトローグの開運フォームがあれば万全だ。

 なんだ、行けるじゃないか。勝算が十分にあるじゃないか。良いだろう。トーナメント当日こそ、ナイトローグの戦闘力最低の風潮を払拭させる時だ。わくわくが止まらない。

 

 しかし、放課後の半ばになるまで俺は知らなかった。まさか、オルコットさんと鈴音さんがボーデヴィッヒさん相手に私闘騒ぎを起こして、逆にぼこぼこにされてしまうなんて。

 

 夕方の医務室。大勢の女子から抜け出していった一夏とデュノアさんと擦れ違うようにして訪れた俺は、果物ナイフでリンゴを切っていた。さっと出せる見舞いの品がこれぐらいしかなかった。

 まだ相方探しをしている女子たちは、俺が既に京水と組んだ事を知っているため、もれなくスルーしてもらった。誰かが一夏とデュノアさんが組んだと言っていたのだが、果たして本当かどうか。

 適当に切り分けたリンゴの皮をウサギに模して皿に乗せる。爪楊枝も添えて目の前にいる二人に差し出す。

 

「どうぞ、オルコットさん。鈴音さん」

 

「怪我人の見舞いぐらいは仮面を外しなさいよ」

 

「これは失礼」

 

 鈴音さんの指摘にコクりと頷いた俺は、すぐにナイトローグの仮面を外す。確かに、変身状態でなければ仮面オンリーで見舞いに赴くとかどうかしている。

 彼女たちは二人して包帯を身体のあちこちに巻き、ベッドの上で安静にしている。一個のリンゴを俺も含めて三人前にしたのだから、食べ残される事はきっとないだろう。

 さて、リンゴがそれぞれの手に渡ったところで早速いただこう。まず、俺の分のウサギリンゴたちにはありったけの爪楊枝をぶっ刺す。ラビットタンクスパークリング絶対許さない。

 

「日室さん? それはちょっと、残酷すぎなのでは……?」

 

「え? いや全然。ウサギには個人的な恨みがあるだけです。あと戦車と炭酸飲料」

 

「はぁ……」

 

 ふと尋ねてきたオルコットさんだが、生返事に終わる。ラビットタンクスパークリング絶対許さない。

 この後、二人から事の経緯を詳しく聞かされた。半分が手持ちのISのダメージが大きすぎてトーナメントに出れず、一夏の争奪戦に遅れてしまう事による愚痴であるが。それと、ボーデヴィッヒさんに対しても恨み言をのたまっていた。

 

「それよりもさ、弦人って京水とペア組んだんだって? 割りと即決じゃない。あの子とどういう関係なのよ? どこまで進んだ?」

 

「あっ。わたくしも気になりますわ! 泉さんにはだいぶお世話になっていますもの」

 

 すると、二人からそんな事を聞かれてしまった。他人の恋愛模様がそんなにも気になるのだろう。やはりれっきとした女子である。

 とは言え、彼女たちが聞きたいような事は何一つない。強いて言うなら、気が合いすぎてめちゃくちゃ仲が良いだけだ。京水は相変わらず、ほぼ一方的に大好きアピールをしてくるが。

 

「特に……ないな」

 

「ハァ!? 嘘でしょ!?」

 

「ありえませんわ! あんなにも泉さんに抱き着かれておいて!」

 

 俺がそう答えると、二人に信じられないといった顔をされる。そんな事言われてもなぁ……。

 

「まずどうしてそうなったのかが身に覚えないしなぁ。いつの間にか、あんな調子の京水が当たり前になってるんだけど。俺からの返事とかはなぁなぁになってる感じ。不思議な事が起こった」

 

「で、アンタはどうするの? あの子の気持ちに答えるの? 答えないの?」

 

「うーん……別に悪く思ってないけど、ナイトローグと比べると本気で好きって言える自信が……」

 

「おいコラ。比較対象」

 

 瞬間、鈴音さんに軽く怒られる。失敬な。これでもナイトローグを愛しているのは真実だ。もちろん、男女の関係と切り離して考えるべきなのはわかっている。恋愛? 耳にしただけで会った事はないですね。知らない子です。

 

「まぁ、仮に付き合うとしても、もう少し時間と交流ときっかけが必要になるな。てか、なんか鈴音さん急かしてない?」

 

 ギクリ。鈴音さんが身体と表情を強張らせると同時に、そんな擬音が聞こえてきたような気がした。

 そして鈴音さんは、途端に下手くそな口笛を吹きながら何かを誤魔化す。目がせわしなく泳いでいて、なかなか見るに堪えない。

 

「い、いや? 別に~?」

 

「鈴さん? もしかして日室さんと泉さんをくっつけさせて、一夏さんを焦らせるなんていう杜撰な作戦ではありませんよね?」

 

「バレたか」

 

 オルコットさんに容易く思惑を看破されてしまった鈴音さんは、テヘヘと笑って済ませる。オルコットさんはむすっとしながらも呆れていた。

 そうこうしている内にリンゴを食べ終えた俺は、そそくさと立ち上がる。二人がこんなに元気であれば心配はない。長居は無用に感じられた。

 

「それじゃオルコットさん、鈴音さん。また明日」

 

「ええ、ごきげんよう」

 

「うん、じゃあね」

 

 そうして俺は医務室から立ち去る。二人がトーナメント欠席する事に、なんだか素直に喜べない自分がいた。堂々と戦いたかって勝ちたかった思いがあるからかもしれない。現状、一番に気をつけたいのはボーデヴィッヒさんだな。気を引き締めよう。

 ……ところで京水って、入学するよりも前に俺とどこかで会っていたか?

 

 ※

 

「……」

 

「カガミン、まるでFXで有り金溶かした人のような顔してる~」

 

「こら本音。触れるんじゃないの」

 

 ナイトローグのタッグ枠争奪戦のジャンケンに負けたナギ、本音、谷本の三人は、のんびりと校庭のベンチの上に座っていた。爽やかな風が吹き、青空を漂う雲はたちまち移動していく。

 そして、結果的にナイトローグのベストマッチな相棒が京水に決定した事によるショックは、ナギが人一倍大きかった。心なしか表情がゼリーのようにグニャリとし、瞳が虚ろになっている。まさしく、本音が例えた通りの顔だ。

 現在のナイトローグのヒロインレースは、まずナイトローグが再評価活動に執心であるために混迷を極めている。一見して積極的でストレートなアプローチを仕掛けている京水が独走しているように見えるが、振り向いてもらえないのが実情だ。ちなみに、ナイトローグのヒロインという単語に違和感を覚えてはいけないのはここだけの話である。少なくとも二名の乙女が、明確な想いをナイトローグに抱いているのだから。

 虚空を見つめる先でナギが脳裏に甦らせるのは、ジャンケンを勝ち抜いて高笑いする京水の姿だ。その様子は彼女にとって非常に腹立たしい事であり、遂には己にのし掛かるショックを打ち消して怒りの感情を込み上げさせる。怒りとは心を動かす上で最もな原動力となり、疲れるという点を考慮しなければ行動の爆発力に長ける。

 次に思い出すのは、ナイトローグ……弦人との毎日の学校生活。お互いに作った弁当を一緒に食べたり、勉強を教えてもらったり、超次元サッカーに挑戦してみたり。二人きりになれる機会こそ恵まれていないものの、良い気分しかしなかった。

 それなのに、タッグという絶好の機会を京水が全てかっさらっていった。加えて、ジャンケンの敗北者たちを笑っていった。暴力で訴えようにもキン肉バスターを再現できる相手に勝てる自信がない上に、世間一般にも弦人にも嫌われる行為であるから憚られた。そもそも、穏便に解決するためのジャンケンでもある。

 

「……私、決めた。日室くんを後悔させる」

 

「「へ?」」

 

 次の瞬間、タッグトーナメントを本気で勝ち進める決意をしたナギの言葉に、本音と谷本は間の抜けた反応を返した。しかし、ナギは決して眉をしかめたりはしない。胸中にあるのは打倒京水と、弦人を振り向かせる事だけだった。

 

 

「ところでユッコ~。どうしてヒムロンとタッグ組もうと思ったの?」

 

「それは……まぁ、日室くんとなら優勝できそうかなーって。本音は?」

 

「ラングドシャで釣ろうとしたよ~。でも『賄賂は俺に通用しない』だって。食べられるだけ食べられちゃった」

 

「……」

 

「ナギ、落ち着いて。日室くんは犬や猫じゃないんだよ? だから目をキラーンとさせながら餌付けしに行っちゃダメ。あっこら、クラウチングスタート待ってぇぇ!!」

 

 

 

 




Q.AICってエレキスチームの電撃止められる?

A.わかりません。実体限定ならいいな……。


Q.AICならエボルにもワンチャン……?

A.ワープで逃げられるでしょう。


Q.ハードガーディアンってEOSより強くね? ガトリングにミサイルに、クローズのパンチを真正面から受け止められるだけの踏ん張りと強固な装甲。

A.EOS開発中の国連が可哀想なので言わないであげましょう。






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学年別タッグトーナメント 前編 やっぱり橘さんは一流だな


ドリーミングガール♪ 恋のシミュレーション♪ 乙女はいつもときめきクライシス♪


 学年別トーナメント当日。準備のためにアリーナの廊下を早走りで進んでいると、ボーデヴィッヒさんと出会った。俺はすかさず彼女の横を通り抜けようとするが、呼び止められる。

 

「貴様。そう言えばナイトローグだったな」

 

「……何の用ですか?」

 

 相手の冷ややかな口調に、俺はプレッシャーを覚える。これから始まるのは笑って済むような話ではない事が、容易に想像できた。

 

「随分とくだらない事に使っているのだな。一々装着しなくても済む仕事にまで使うとは。ゴミ拾いは誰だってできる」

 

「誰だってしない事です、逆に言えば。気がつけば、タバコの吸殻とかがたくさん落ちてる」

 

「……ふん。兵器を平和ボケに使うとは、貴様も底が知れるな」

 

「愛と平和のために使えば争いの道具も喜ぶさ。結局、綺麗事を目指していくのが一番だ」

 

 会話はそれっきりだった。ボーデヴィッヒさんは何も答えず、俺を一瞥して去っていく。嫌な感じだ。タッグが決まっていない人用のくじ引きがなければ、今回のイベントはもれなくボッチだぞ。コミュニケーションは大事にするべきだ。

 それから俺は京水と合流し、自分たちの出番が回るまで試合を見ようと観客席まで移動する。今日は珍しく、他の馴染みの三人はいなかった。

 

「なになに? ラウラと会ったの? それで?」

 

「軽く挨拶を交わしただけだ。それ以外はなんにも」

 

 その際、京水にボーデヴィッヒさんと出会った事を告げたが、この話題はあっという間に終わった。あの歳で軍人をやっていて法的に大丈夫なのかとお互い疑問に思ったが、きっとどこぞの研究所の所属で形式上は軍に保護されているのだろうと適当に考えた。

 試合のトーナメント表は、シード込み四つのブロックに分かれている。俺たちと一夏・デュノアさんペア、ボーデヴィッヒさん・篠ノ之さんペアは同じブロックに位置し、順調に勝てば彼らの内のどちらかと決勝の部隊に上がれる。また、彼らが衝突できるのは準決勝の時だった。ボーデヴィッヒさんと少なからず因縁がある一夏は、なおさら負けていられないだろう。

 ではこれより、俺たちが準決勝までいい感じに勝った分をダイジェストで送ります。

 第一回戦目。京水は打鉄を装着し、俺はナイトローグ開運フォームに変身する。相手は二人とも、ラファール・リヴァイヴを装着していた。

 

「ドロップ、ファイア、ジェミニ! 全て私のパクりじゃないか!!」

 

「サクヤちゃん、落ち着いて!?」

 

 サクヤちゃんと呼ばれたハーフ顔の少女が、相方の子に何度も諌められる。トーナメント表にはサクヤ・タチバナと書かれていたが、恐らく俺の考えすぎだろう。橘ギャレンと同一人物のはずがない。

 

「逃げたわね? ナイフ振り回して。刃物は危ないからダメ! ぜぇぇぇったい、ダメ!」

 

「ひぃ!? ご、ごめんなさい!?」

 

「かにばさみ……ニーホールド!」

 

「きゃあぁぁぁぁ!?」

 

 相方の戦闘力は語るまでもなく低かった。京水が終始優勢を保ち、彼女にかにばさみニーホールドを決める。

 しかし、問題はタチバナさんだった。相方がやられるや否や、俺たち二人相手にとてつもない粘りを見せる。更には自作だろうか、ギャレンラウザーそっくりな小銃を使いつつ肉弾戦を挑んできた。

 

『ドロップ、ファイア、ジェミニ。バーニングディバイド』

 

「ザヨゴォォォォォォ!!」

 

 その上、ラウズカードみたいなものの使用でタチバナさんが二人に分裂。空高く跳躍しながら、脚に炎を纏わせる。

 

「気をつけて、弦人ちゃん!」

 

「わかってる!」

 

《エレキスチーム》

 

 スチームブレードにエレキスチームを発動させた状態で、俺は飛翔斬を発動。タチバナさんのバーニングディバイドに対抗するため、コウモリの翼にバチバチと電流を纏わせた。

 

「フワァァァァン!?」

 

 結果、正面からバーニングディバイドを撃ち破った俺の勝利だった。

 第二回戦。相手は打鉄二人組。タチバナさんほどの強敵がいないので楽勝だと思われたのだが――

 

「木手さん……あなた、どうして!?」

 

「最初に忠告しておきます。強い方につく。それが私のモットーです」

 

 どういう訳か、相手ペアから裏切り者が出るのであった。裏切り者の少女はメガネをくいっとしながら、俺たちに与する。

 しかし、このトーナメントはそういう戦いではない。俺と京水は無言で裏切り者を張り倒すと、裏切られた子も一緒に彼女をゲシゲシと蹴りまくるのだった。

 

「これそういうのじゃないから!」

 

「なんて事!? 見捨てるならともかく裏切るなんて!! キライだわ! トラウマを思い出すからキライだわ! 仁義はどうしたのよ!?」

 

「酷いよ、木手さん! 私信じてたのに!」

 

「アダダ! ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

 第三回戦目。そこには、目を疑うような光景が広がっていた。

 

《レ・ディ・ー》

 

「変身」

 

《フィスト・オン》

 

 相手ペアの片割れの女子が急にイクサナックルみたいなものを腰に巻いたベルトに装填させれば、打鉄が瞬く間に真っ白に染まり、法衣のような全身装甲を追加で纏う。さながら、ただの仮面ライダーイクサだ。初っぱなからバーストモードである。追加パッケージって試合的にOKだったっけ?

 視線を横にずらせば、同じく打鉄を使っている子が目を輝かせながら「ナゴさんは最高です!」と称賛している。そうか、タチバナさんに引き続いてナゴさんとも巡り合わせるか……。俺が真っ先に思い出したのと別人なのは当然だが、感慨深いものを覚える。

 

「キバ、お前のボタンは要らない。その命、神に返しなさい!」

 

「俺はキバじゃない。ナイトローグだ!」

 

 かくして、ナゴさんとの激闘が始まった。ナゴさんの相方は京水が早々に撃破してくれたので、二対一で優勢に勝負を進められるかと思いきや ――

 

「キャアアアアア!?」

 

「京水!!」

 

 京水がイクサナックルの電磁弾をゼロ距離でもらった上に、彼女が使っていたビームウィップを奪われてあっという間に全身を縛られる。さらに京水の打鉄のシールドエネルギーがほぼゼロにまで減らされていた。戦闘続行は期待できない。

 そのまま倒れ込む京水をナゴさんは一瞥し、俺と対峙する。京水を倒しておかないのは余裕から来るのだろう。ちなみに京水はビームウィップしか武器を持っていないので、援護射撃とかはまず来ない。なんて事だ。

 

「弦人ちゃん気をつけて! その子手強いわ! 特に縛りが」

 

「だろうな!」

 

 ISの怪力でも京水が必死にもがく事しかできていない事から、縛りのキツさは簡単に想像できる。

 そのまま俺とナゴさんは激突する。彼女もイクサカリバー銃形態と近接ブレードを持っているのが妙に癪だ。トランスチームガンとスチームブレードを構える俺と変わらない。

 また、心なしかパワーが従来の打鉄よりも上がっているような気がした。力勝負なら負けるつもりはないが、油断はできない。

 迫り来る刃と弾丸を度々避けて、何十合も剣をぶつける。小柄なナイトローグの相手は通常のISバトルより勝手が異なるはずなのに、微塵たりとも手間取る様子を感じられない。当たり前かのように、ナゴさんは俺に地上戦を臨み、近距離で仕掛けてくる。

 やがて、俺は真横から近接ブレードの刀身を蹴り折った。しかし、ナゴさんも負けじと銃撃する。イクサカリバーの弾丸はトランスチームガンに当たり、その衝撃にうっかり手から落としてしまう。トランスチームガンは遥か後ろへと吹き飛んでいった。

 ナゴさんは間髪入れず、イクサカリバーを剣形態にした上でフエッスルをベルトの挿入口に入れる。その手際の良さは、とても俺の邪魔が入れられるものではなかった。この瞬間での相手の必殺技キャンセルは厳しい。

 背筋がぞっとする思いをしながらバックステップし、スチームブレードのバルブを大急ぎで回す。こうなれば、俺も応じるまでだ。

 

《イ・ク・サ・カ・リ・バー・ラ・イ・ズ・アップ》

 

《エレキスチーム》

 

 二つの必殺技発動の音声が鳴り響き、アリーナ・ステージはおどろおどろしい雰囲気に包まれる。背中にどこからともなく太陽を顕現させてイクサカリバーをじっと構えるナゴさんに対し、すぐにでも駆け出す俺。そして擦れ違い様に互いの得物が振るわれ、つばぜり合おうとした瞬間――

 

「っ!?」

 

 イクサジャッジメントとエレキスチームの限界まで高めたエネルギーがぶつかり、とんでもない衝撃波を生み出す。それに俺たちは為す術もなく、激しく揉まれながらそれぞれ後ろに飛ばされていった。

 その中で俺はすかさず翼を小さく展開し、どうにか浮きながら着地。ナゴさんの方も受け身には成功していたが、いかんせん辺りが砂煙で酷く視界が遮られている。スチームブレードも飛ばされた弾みで明後日の方向に行っている。近くにあるのは、たまたま足元で見つけたトランスチームガンのみだ。

 その時、俺に向かって何かが投げつけられてきた。容易くそれをキャッチしてみると、とても見慣れたフォルムが目に写る。クリアな薄紫色の筒に満月のレリーフ。上部のフタには、Nの表記。どう考えてもフルボトルだった。

 

「え? なんで?」

 

「弦人ちゃん、それを使って!!」

 

 ばっと声がした方向を見てみれば、ようやくビームウィップの拘束から抜け出せた京水の姿があった。肩で息をしていて、今にも倒れそうだ。まさか、コレ投げたのお前?

 すぐに質問したいところをやまやまだが、よくよく状況を確認すれば時間がない。ナゴさんを畳み掛けるなら、今が好機だ。咄嗟にこの謎フルボトルをトランスチームガンにセットし、ナゴさんに向かって引き金を引く。

 

《フルボトル! スチームアタック!》

 

 その時、不思議な事が起こった。銃口から何も発射されないかと思えば、いきなり空が真っ暗になったのだ。赤黒い霧がアリーナ中を覆うや否や、消えていく。上空には太陽の代わりに月が浮かんでいた。

 そして俺は、このスチームアタックの意味と効果を瞬時に察する。トランスチームガンをそっと仕舞った後は腰を落とし、X字を意識しながら両腕を前に出して力を溜める。改めてナゴさんを見据えると、彼女は突然の夜の来訪に動揺していた。キョロキョロと見回し、俺に向ける注意は散漫となっている。

 十分に力を溜め終えれば、おもむろに片足を頭の位置まで上げながら高く跳躍。翼も併用し、勢い良く上昇していく。キリの良いところで静止しては、飛び蹴りの要領で急降下する。狙いはただ一人、ナゴさんだけだ。彼女は避けようともせず、無防備に立ち尽くすばかりだった。

 

「たぁりゃあぁぁぁっ!!」

 

「ぐわあぁぁぁぁぁ!?」

 

 いとも容易くダークネスムーンブレイクが炸裂する。蹴りを胸に受けたナゴさんは背中から強く地面にぶつかり、俺に踏まれる形となる。即座に足を離した俺は、数歩だけ後退る。地面にはナゴさんを中心にして、キバの紋章が出来上がっていた。空は明るさを取り戻し、試合終了のブザーが鳴る。俺たちの勝ちだ。

 この後、使ったフルボトルを確かめると中身の成分がスッカラカンになっていた。ついでに京水を追及するが、いい感じにはぐらかされた。

 第四回戦。ラファールを纏った鏡さんと、打鉄の谷本さんと激突。一回戦・三回戦に優るとも劣らない戦いが繰り広げられた。

 

「波動球!」

 

「光る球【デストラクション】!」

 

「皇帝ペンギン一号!」

 

「ファイアトルネード!」

 

《アイススチーム》

 

「飛天御剣流、土龍閃!!」

 

「はいアウト! それマヒャデドスだから日室くんアウト!」

 

「ねぇ二人して何やってるの!?」

 

「よそ見はいけないわよ、癒子! くーねくねーくねくねー♪」

 

 俺と鏡さんは空中戦を挑んでいた。お互いにテニスボールやサッカーボール、ラケットを出し合い、必殺技を繰り出す。その際、アイススチームで氷塊を作った空中版土龍閃を放ったのだが、鏡さんにダメ出しされてしまう。

 一方で京水たちは地上戦をしていた。アサルトライフルで引き撃ちしながら逃げ惑う谷本さんに、ウィップを持った京水が肉薄する。やがて谷本さんはウィップで身体を縛り付けられ、京水から関節技をもらう。

 

「キャー! 待って! 泉さん待って!」

 

「実はワタシ……女には厳しい」

 

「えっ!?」

 

「女には……厳しいのよぉぉぉ!!」

 

 これで谷本さんは完全に無力化された。京水が彼女を抑えている内に、こちらも早く決着をつけなければ。鏡さんが瞬時に出現させたライフルの銃身を破壊し、徹底的に近接戦を強いらせる。バーニアを吹かしてどんなに距離を取ろうとも、決して楽はさせない。

 鏡さんに残されている武装はCIWSナイフ一本のみ。俺に一発も当てられなかったグレネードランチャーは全弾撃ち尽くされたので、当に地へ捨てられている。スチームブレードより少し短い程度のナイフを構える彼女を見て、俺は心に余裕ができた。

 しかし、それは大間違いだった。絶対防御の範囲を装甲や肌スレスレにまで調整していた彼女は、ギリギリ回避を実現する。完全なるコウモリたらんとしている俺とは比べるほどではないが、必死に食らいついてきた。

 ただ、ラファールの的のデカさが完全に密接した状態の戦闘で足を引っ張っていた。小柄なナイトローグが懐に潜り込めば、ナイフの間合いよりも内側の位置となる。反応が一瞬遅く、逆手持ちにしたスチームブレードで容赦なく切りつける。

 刃が目前にまで迫った事により、鏡さんは絶対防御越しに目を閉じる。だが、その表情からは闘志がまったく消えていない。普通の女子なら泣き出してもおかしくないというのに。

 鏡さんは歯を食い縛り、この場を離脱しようとする俺の右足を咄嗟に掴んだ。掴んでいる手を破壊しようとトランスチームガンで攻撃するも、絶対防御で守られて叶わない。ヤベーイ!?

 

「もらったぁ!!」

 

 鏡さんが叫ぶと同時に下からナイフが鋭く斬り上げれられ、一閃を身に受ける。正中線をなぞるようにしたその斬撃は、手首に巻いてある数珠以外のご利益装備を損傷させた。

 すかさず俺はセントラルチムニーで霧ワープを使い、鏡さんの拘束から脱出する。一矢報いられてしまった。

 

「ハァ……ハァ……どう? 日室くん」

 

「鏡さん、あなた……」

 

 振り返ってみれば、鏡さんの息が荒くなっているのが確認できる。俺はまだ元気だが、彼女は既に体力が限界だろう。むしろ、ナイトローグにここまで善戦したのは称賛に値する。

 それから鏡さんは俺をじっと見据えて、ゆっくり言葉を連ねた。何やら覚悟を決めたような顔だった。

 

「私ね、ずっと勇気が足りなかったんだ。日室くんにお弁当作ってあげるので満足してて、泉さんみたいに素直で行くのが恥ずかしかった」

 

「え? なんだ? 戦いの真っ最中ですよ!?」

 

《ライフルモード》

 

 突然の出来事に俺は戸惑いを隠せない。ライフルモードにしたスチームブレードの銃口をかざしても、鏡さんは臆する事なく話を続ける。

 

「今の勢いに乗らないとダメなの! じゃないと、ずっと踏ん切りがつかなくなっちゃう!」

 

「精神攻撃のつもりか!」

 

「初めは変な人だなって思ってた! 無人島暮らしだったり、開運フォームとか、ナイトローグのお面とか作ったり、この人は私たちとは全然違うんだなって!」

 

「ぐはあっ!?」

 

 鏡さんの無情な言葉が俺の心に突き刺さる。こうも真正面から言われれば、簡単に傷付いてしまう。それでも俺は負けじと、苦しみながらも耐えて彼女の話に耳を傾ける。これさえ乗り越えられれば、俺はまた一歩成長する。強くなれる。

 

「でも! あなたのやってる事の本質はバカにできない、しちゃいけないって事はわかる! おかしいかな? 私、日室くんの何か一生懸命に打ち込む姿がキライじゃないの!」

 

「っ!?」

 

 刹那、雷の如き衝撃が俺の身に走る。ナイトローグの再評価活動を、こんなにも叫んで肯定的に見てもらう経験なんてなかった。一時は日本政府に指名手配され、警察に追われ、自衛隊に追われ、織斑先生にも追われた俺なのに。今思えば、まともに誉めてくれた人なんて京水以外にいないのではないのか?

 まずい。涙腺が緩み、心が乱れそうになる。平常心を保つため、即座に手にしたバットフルボトルをひたすら振りまくる。シャカシャカという音が、俺の心を落ち着かせてくれる。

 

「はっ!? ダメだわ、弦人ちゃん! ナギとの戯れ合いはやめて!」

 

「泉さんは黙ってて! それから私は、頑張る日室くんにどんどん引き込まれていった! 気づいたら、日室くんの事を考えるだけでドキドキするようになった!!」

 

 シャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカ!!

 フルボトルの音では、鏡さんの言葉をちっとも遮ってくれない。大量の数式が飛び出し、アリーナ・ステージの至るところへ浮遊していく。その光景に観客席がざわざわとなり、一気に騒がしくなる。

 それでも、大声で力強く喋る鏡さんを止める事はできない。俺は何度も首を横に振り、悶えながら次に備える。

 

「これね、アレなんだと思う! 日室くんの事……私……私……」

 

 そこまで言って鏡さんは息を吸い込む。呼吸を整え、次第に真剣な面持ちになる。ただし、頬は完熟トマトのように真っ赤に染まっていた。そして――

 

「大好きなの!!」

 

 それを聞くのも束の間、俺の頭の中は真っ白になった。ほとんど何も考えられず、先ほどの告白を脳内に反芻させる。とうとう涙腺が崩壊し、好意をまっすぐぶつけられた事で感極まる。

 しかし、身体の方はどんな答えを出すのかが決まっていた。泣きたくなる気持ちに逆らい、流れるようにしてバットフルボトルをスチームブレードに装填する。客観的かつ合理的、悲観的で冷静な思考が彼女にとって酷であろう解を導き出す。

 

《Bat》

 

 答えが最初から決まっているのなら、どんなに苦しくても言わなければならない。俺は引き金を引きながら、全力で声を振り絞る。

 

「……ごめんなさあぁぁぁぁぁぁい!!」

 

《スチームショット!》

 

 その時、スチームブレードより超高速の光弾が発射された。鏡さんは避ける間もなく、胴に超高速弾をもらった反動で後ろに大きく吹き飛び、仰向けで地面にバタリと落ちる。どう見ても姿勢制御はできていなかった。倒れた後はピクリとも動かない。

 俺は急いで鏡さんの元に駆け寄る。最初は目を瞑っていた彼女だが、俺が近くに来たのを察すると力なく瞼を上げる。どこか儚げな雰囲気が漂っていた。

 放り出された手を優しく握れば、鏡さんは笑って俺に話し掛けてくる。

 

「私……フラれちゃったね」

 

「ダメなんだ、鏡さん。俺はナイトローグなんだ。一番大切な人が出来てしまったら、色んな偉い人がよってたかって人質にしてくる。その時、人質の命と脅迫を天秤に掛けられたら、要求には飲んじゃいけなくなる。そうしたら……そうしたら俺は……十のために一を捨てて……!」

 

「うん。私、泉さんみたいに強くないもんね。あの人、この前の模擬戦でセシリアをぬるぬるにしてたし……」

 

「ごめん……ごめん……!」

 

 そのまま俺は項垂れる。とにかく謝罪の言葉しか出てこなかった。それぐらいに人質の効果は抜群。少なくとも、京水ほどの手練れでなければ容易に捕まってしまう。将来を考えても、身分不詳で天涯孤独の俺は一人のままでいる方がベターだ。京水はあくまで例外で、鏡さんはか弱い一般人の域を出ていない。

 すると、彼女は仮面越しの俺の頬にもう片方の手を添えてきた。その微笑みはいつまで経っても崩れない。

 

「悔しいな……友だち以上の関係になれないって。諦めが全然つかないや」

 

「鏡さん……」

 

 彼女の瞳には、俺の姿がはっきりと写される。変なところで自信がなくてごめん。人質取られても容易く奪還するだけの気概と実力が俺にあれば……。大切な人に求めるハードルを高くするなんて、俺は最低すぎる。

 

「日室くん、名前で呼んでいいかな?」

 

「何を今更……もう好きに呼んでいいよ」

 

「じゃあ弦人くん。私も名前で呼んで?」

 

 少し悩む。だが、ここで迷っていてはナイトローグとして、男として廃る。よそよそしさなど全て捨てて、俺はしっかり彼女の名前を口にする。

 

「ナギ……さん……」

 

 返事はない。気がつけば彼女は目を閉じて、俺の頬に添えていた手をがくりと落としていた。軽く揺さぶっても起きる様子がない。

 

「ナギ? ナギ? そんな、起きろよ。なぁ? おい。おい! ……ぅうわぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 そんな俺の叫びは虚しく木霊し、ただ現実を知らしめるかのように試合終了のブザーが鳴り響く。勝者は俺・京水ペアであったが、こんなにも空っぽな勝利は味わった事がなかった。

 

「……このノリなんだぁぁぁぁ!? てか、乗り遅れたぁぁぁぁ!?」

 

 そして、谷本さんのツッコミが遅れてやって来るのだった。

 

 




Q.カガーミーン!!

A.ウンメイノー

……もちろん、生きてます。


Q.ゲゲゲー!!

A.

サクヤ・タチバナ 女 15歳

アメリカ国籍で日本とのハーフ。金髪のオカッパヘアーだが可愛い。タッグ組んだ子の名前はサヨコで、この子は日系人。元々は不老不死を解除する方法を探すついでにギャレンの開発をしていたが、IS適性ランクがEからSSSとブレッブレなため、原因究明にIS学園へと入学。

好きなものはスパゲッティだが味音痴。モズク風呂も大好き。人をおちょくってるとぶっ飛ばすぞ!

なお、他にも「好きなものはなんですか?」と聞かれて「ニンジンのヤツですね」と返したりするなど、アホな一面も。しかし、頭は良い。


Q.7538315です!

A.小説版でキバに倒されてしまった名護さんとは何も関係ない……はず。風紀委員を設立しようにも生徒会で却下され、ひょんな事から楯無と生徒会長の座を賭けて戦った経歴がある。もちろん結果は……

「嘘だ! 私が……イクサが負けるなんて!」

後に、楯無から遊び心を伝授される。


Q.京水の女の姿が思い浮かばない。

A.お前が支援絵でも何でもいいから乙女の京水を描かないのは勝手だ。でも、そうなった場合、誰が支援絵を描くと思う? 作者だ。だが、作者には絵心がない。そうなったら皆が寄って集って作者を責める。イメージで補うしかないんだよ。

イメージは、一組教室の廊下側中央に座ってる子です。


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学年別タッグトーナメント 中編 ブロス兄弟

それでも世界三大恥ずかしい告白には及ばない


 人目が届かないアリーナ内の廊下にて、ナギは悶絶していた。積極的すぎる京水に習って一世一代の告白を弦人にしたのだが、人質にされた時がアレだからという理由でフラれてしまったのだ。あの試合の様子は観客席にいる人だけでなく、モニター越しに観戦していた人も見ていたのだ。常識的に考えて、恥ずかしいなんてものではなかった。

 もちろん、人生で初めて告白されてしまった弦人も試合終了直後にのたうち回っていたのだが、それはさておき。フラれてしまった事で悲しむよりも先に、ナギは恥ずかしさを滲み出していた。壁側に向かって体育座りをし、頭を抱える。

 

(どうしよう、どうしよう……もうバレバレだよね? みんなに筒抜けだよね? 次からひむ……弦人くんにどんな顔すればいいの?)

 

 動転しきったままの頭では、何も良い案は浮かばない。むしろ、己の羞恥心をエスカレートさせるだけだった。

 玉砕してしまった以上、残された道は限られている。しかし、すんなり諦められるほど弦人に対する気持ちは軽くない上、彼がナイトローグであらんとしすぎていたために振り方があまりにも不完全燃焼だった。いっそのこと、「だいっ嫌いだ! アンポンタンのバーカ!」と罵ってくれた方が清々しかった。

 諦めずに執着するのは見苦しいとわかっている。それでも、こんな形で恋が叶わない事を認められない。あまりにもあっさりしていて、とても悔しい。京水と自分を比べて、スペック的に弦人の隣に立つに値していない事実を受け入れたくなかった。

 

「なら! 強くなればいいのよ! 簡単な話じゃない!」

 

 その時、横から京水の叱咤が飛んできた。ナギは彼女を一瞥し、皮肉も込めた調子で話す。

 

「泉さん? 私を笑いに来たの?」

 

「オーホッホッホッホ! オーホッホッホッホ!」

 

「っ、やっぱり笑いに来たんだ! 負け犬だからって!」

 

 京水から咄嗟に顔を背けたナギは、目尻に涙を溜めながらぎゅっと目を閉じる。すると京水の笑い声が不意に止み、間髪入れずに凛とした言葉が投げ掛けられる。

 

「負け犬? ええ。あなたは今、自分から負け犬に成り下がったのよ」

 

「……へ?」

 

「わからなかったのかしら? 弦人ちゃんはね、大切なものはなるべく遠くにしておきたい派なの。悪魔の魂に目覚めれば話は別だろうけど、どこか臆病なところがあるわ。だから、怖い事が起きないように全力でナイトローグを頑張っている訳」

 

 大切なものは遠ざける。それはナギにも理解できる部分があった。だが、自分で自分を負け犬足らしめてしまったという京水の発言には少し引っ掛かるものがある。自分には端からそんなつもりはなかった。

 

「まだわからないの? 自分がどれだけ本気で弦人ちゃんが好きなのかを。それなのに諦めたら、弦人ちゃんを裏切る事になる。あの告白は、始まりに過ぎないのに」

 

「そ、そんな……でも私は、泉さんみたいに強くないし……」

 

「だーかーら。強くなればいいのよ。今の弦人ちゃんに必要なのは、身近で自分を支えてくれる人。彼の夢を叶うにしてもそう。戦う理由に愛があるなら、弦人ちゃんはもっと強くなれる! そう、いっそのこと……NEVERでも何でも作ればいいのよぉぉぉぉぉ!!」

 

 そう大声を出しながら、ちょこんとナギの隣に座る京水。恋敵の意外すぎる柔らかい態度にナギは目を白黒させ、戸惑いながら彼女に尋ねる。

 

「ねぇ? どうして私にここまでしてくれるの? 泉さんにとっては、邪魔な恋敵な訳だし……」

 

「それは簡単な話。弦人ちゃんがまだ本気の恋をしていないから。良くも悪くも彼の心を射止めるには競争が必要だから」

 

「へ、へぇー……」

 

 自身の予想斜め上を越えていた京水の持論に、ナギはおずおずと頷く。とりあえず連想したのが、激しい競争に伴って発展する科学技術であった。

 

「あと、何のアテもなしに強くなれって言わないわ。光る球やファイアトルネードを使えるナギなら、きっとこれだって!」

 

 そう言って京水が胸の谷間から取り出したのは、トランスチームガンだった。面食らったナギは口をパクパクとさせて、すかさず京水に問う。

 

「い、泉さん? それって……」

 

「弦人ちゃんのとは違うわよ? お父さんとその仲間たちが作ってくれたの。これ以上は禁則事項だから言えないけど……ホラ!」

 

 次に京水が取り出したのは、円筒状の黄色のケースでカバーされているスマッシュボトルだった。表には月の絵が刻まれている。正式名称はルナスマッシュボトル。スマッシュ化防止機能を付けてある未浄化品だった。

 瞬間、京水がルナスマッシュボトルをトランスチームガンに装填すると「Luna!」という音声が出る。しかし、それから引き金を引いても何の反応もなかった。京水はおもむろにボトルを外し、ポケットにしまう。

 

「うん。まだレベルが足りないみたいね。弦人ちゃんへのサプライズには早いかしら。それで、ナギはどうしてみる? 遺伝子検査の内容次第で使えるかどうか変わるらしいけど」

 

 それを聞いてナギの表情が変わった。未だに呆然としているが、迷いなんてものはとっくになくなっている。答えは決まっていた。

 例え一縷の望みでも恋が叶うなら。弦人に認めてもらえるのなら。ルナティックな空気に心を染められた彼女はもう止まらない。京水の顔をじっと見つめて、口を開く。

 

「……やる! 弦人くんの隣に立てるなら!恋はパワー!」

 

「……そう。それがあなたの答えなのね。いいわ! こうなったらワタシも、とことん付き合ってあげる!」

 

 かくして、二人の間に熱い握手が交わされた。恋のために迷走を極めすぎているとは、決して口にしてはならない……。

 

「「恋はパワー!」」

 

 ※

 

 学年別トーナメントにはお偉い人たちも観戦に来るとはわかっていたが、まさかトランスチームシステムの研究チームが数名来るとは思わなかった。主任がいないのは、あくまで彼らが代理だからだろうか。来賓が多く集まるモニター室の近くに来てほしいと連絡を受けたのだ。

 

「こんにちは、レオナルド博士!」

 

「おう、弦人くんか! さっきの試合見てたぞ! 大活躍じゃないか!」

 

 このクマみたいな人は、愛称を込めてレオナルド博士と呼んでいる。博士号はまだ取っていないようだが。

 出会い頭に俺が挨拶すると、レオナルド博士は他愛もなさそうな話を振ってくる。なお、ナギの突然の告白によるダメージはまだ癒えていないので、なるべく掘り返されないようにしてほしい。

 

「おいおい、レオ。君は日室くんに博士と呼ばせているのか? ダメじゃないか、博士にはまだなっていないのに」

 

「黙れ泉。俺はな、自分の事は自分がよく知っているんだ。すなわち、俺自身が博士と名乗ってもノープロブレムだ」

 

「ムチャクチャだ……」

 

 そうやってレオナルド博士に突っ込んだのは泉元気さん。奇しくも京水と同じ名字である。これは気にしないでおこう。

 

「ところで日室くん。娘の京水の事で話があるんだが……」

 

「えっ」

 

 今、京水の事を娘って言った? やっぱり親子なの?

 

「おいこら泉。お前こそ関係ない話しようとしてんじゃねーよ。この親バカめ」

 

「何を! 娘の将来を案じて何が悪い! あっ、そうだ、日室くん。ガイアメモリってなんだかわかるかい? 京水のプレゼントにしたいと思ってるのだが……」

 

「よし、このバカは放置するぞ。用件はナイトローグのパワーアッププランだ」

 

 泉さんを無理やり押し退けて話を進めるレオナルド博士。前触れもなく告げられたナイトローグのパワーアッププランとやらに、俺は思わず食い付いてしまった。

 

「パワーアッププラン!?」

 

「ああ、そうだ。速攻型とか耐久型とかの要望は後から聞くとして、基礎はもうできているんだ。それに必要なアイテムも持って来ている。じゃーん!」

 

 次にレオナルド博士は懐からこそこそと一つのドライバーを取り出す。それは黒を基調としたデザインで、右側には回転式のレバーが備え付けられている。左側には、フルボトルを二本装填できる箇所があった。

 なんだろう、ものすごく身に覚えがあるぞ。目の錯覚ではない。確かに俺の前には、例のアレが差し出されていた。そう、これはまさしく……。

 

「ゴマだれー♪ 試作品ビルドドライバー♪ 名付け親は俺だ」

 

「……ふん!」

 

 次の瞬間、レオナルド博士からビルドドライバーを奪った俺はそれを宙に投げて、トランスチームガンで狙い撃ちにする。所詮は試作品だったのか、光彈一発で破壊される。

 

「あぁ!? なんて事をしてくれるんだ!! 俺の世紀の発明を!?」

 

「ビルドドライバーって……ビルドドライバーって! 俺にナイトローグを浮気しろって言うんですか!?」

 

 突如として沸き上がった怒りに任せて、俺はレオナルド博士にひたすら叫ぶ。ナイトローグの仇敵であるビルドドライバーを出してくるなんて、まさしく俺の琴線に触れるおこないだ。故意がなくても許せそうではない。

 ナイトローグは幻徳に捨てられ、内海に払い下げられ、そして肝心の内海は一向に変身しなかった。仮面ライダーローグが二度も反抗してきた時や、エボルドライバーを奪う時や、パンドラボックスを開けようとするエボルトを止めようとした時も。ナイトローグは……常に所有者に裏切られ続けてきた!

 こうして一人ぼっちになったナイトローグには味方がいない。だからこそ、俺はナイトローグを裏切ってはダメなんだ。俺がナイトローグの側に居てやらないと、やがてナイトローグは唯一の自分自身すら裏切ってしまうから。それはとても可哀想な事だ。

 

「浮気!? お前、ナイトローグを愛してるとか、そういうタチか!?」

 

「そうですよ! 悪いですか? 俺は、デザインのカッコいいナイトローグが好きなんです。そんなナイトローグを裏切るなんて、できる訳がない! この……クマ野郎ぉぉぉ!!」

 

 思い切りレオナルド博士を罵倒した後、俺はすぐさま彼らの元から走り去る。頭を冷やしてみればとんでもない無礼を働いてしまったが、ナイトローグのためを思えばなんて事はなかった。

 ビルドは敵。クローズは敵。ブラッドスタークは敵。ビルドドライバーは敵。ナイトローグを捨てた幻徳と内海は憎き相手。これは絶対。俺は……ナイトローグを守りたい……。

 気がつくと、俺はアリーナの観客席までやって来ていた。ステージの方を見れば、一夏・デュノアペアとボーデヴィッヒ・篠ノ之ペアが激戦を繰り広げている。

 ……呼び捨てにするなんて荒れているな、自分。

 当初はボーデヴィッヒさんのシュヴァルツェア・レーゲンが押していたが、連携を怠ったスタンドプレーのせいで篠ノ之さんがやられる。結果、数の差と連携力で一夏たちに徐々に押されていった。二対一になった瞬間から、一夏たちの有利に運ばれた感じだ。

 そしてボーデヴィッヒさんが負けそうになった時、彼女の機体に謎の変化が訪れる。急に泥に飲まれたかと思いきや、別の機体を模したものへと変身を遂げた。あれは……織斑先生泥人形バージョン?

 

『緊急事態発生! 観客席にいる生徒の皆さんは急いで避難を――』

 

 立て続けに避難指示のアナウンスも流れる。周りの女子たちにとっては二度目の経験であるので、次の行動に移るのが非常に早かった。さて、俺もとりあえず避難誘導はしておかないと……。ステージ側は一夏たちは先生方に任せる。俺は俺の仕事をするだけだ。

 その時だった。俺の背後から彼たちの声が聞こえてきたのは。

 

「あれがVTS……まんま千冬さんじゃね?」

 

「おいおい、一夏の奴。突っ込んだのはいいけど返り討ちにされたぞ? 大丈夫か? なんかキレてるように見えたけど……」

 

 振り返って見れば、そこには歯車の戦士が二人もいた。片方は右半身が白い歯車型の装甲を纏っており、もう片方はお馴染みの――

 

「エンジンブロス君、リモコンブロス君……」

 

 二人とも、どうしてここにいるんだ……?

 

 

 




Q.エンジンブロスゥ!!

A.IS世界の住人です。ご安心ください。


Q.ここにバット、エンジン、ビルドドライバーがあるだろ?

A.ナイトローグではないので却下。


Q.このクマ野郎ォー!!

A.本名は石倉レオ。クマ野郎と言われても怒り狂いません。詐欺グループを生身で壊滅させたり、誰かをディナーにしたりはしません。れっきとした大人なのです。


Q.仮面ライダーポッピーって、使ってるオリ主を全然見かけないです。ナイトローグも然り。

A.良いネタを思い付いたぞ!

スマイルプリキュアの世界 × 仮面ライダーポッピー

オリ主「たった一つの命を投げ捨てて、生まれ変わったこの身体……悪の軍団を叩いて砕く。キャシャーンがやれねば誰がやる? (キャシャーンもやんねーよ)」

キュアハッピー「えっと、あなたは……?」

オリ主「変身」

『ドリーミングガール♪ 恋のシミュレーション♪ 乙女はいつもときめきクライシス♪』

仮面ライダーポッピー「……敢えて名乗らん!」← やけくそ気味

さぁ、君も男主人公で仮面ライダーポッピーが主役の話を書くんだ! もれなくカオスになるぞ!


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学年別タッグトーナメント 後編 (システム的に)兄より優れた弟などいない


戦闘BGM……Dead or Ali○e 石○慎一

本編の前に、橘さんが強敵や雑魚に対してどんな活躍をしたかを思い返してください。フラグは立ってしまいました。


「へ? 何あれ?」

 

「あっ! リモコンブロスだわ! 白いのは知らないけど!」

 

「何でリモコンブロスがいるの?」

 

 突拍子もなく登場してきたブロス兄弟たちに、たまたま近くにいた女子たちがどよめく。彼らから距離を取っていてくれるものの、おかげで避難か野次馬か、どっち付かずの足取りになっていた。

 それは仕方ない。エンジンブロス君はともかく、リモコンブロス君は水難事故の救助活動でニュースになっていたからだ。ナイトローグという前例を考えれば、敵かどうかの判断はつかなくなる。

 しかし、目の前にいる二人の放つ雰囲気は実に物々しい。それぞれ一丁ずつ、右手にネビュラスチームガンを持っているものだから油断大敵だ。銃口こそ下を向いていても、いつ近くの人にかざされるかは不明だ。その点では、常に丸腰で再評価活動をしていたナイトローグと異なる。

 

「おい、リモコンブロスだってよ。モテモテじゃねーか、ちくしょう」

 

「バカ。そんな場合かよ。お前も名前バレしてるぞ。エンジンブロス君って」

 

「は? ……ああー!?」

 

 名前バレの件で大声を上げるエンジンブロス君。しまった! いつもの調子で呼んでしまった!

 

「おいナイトローグ! いや、日室弦人か? まぁいいや。なんで俺の名前を知ってる!?」

 

「キャーッ!?」

 

 俺に質問を投げたエンジンブロス君は、脅しにとネビュラスチームガンを向けてくる。すると辺りから悲鳴が飛び交い、身の危険を察知した女子が我先にとここから離れていく。

 

「っ、何やってる!?」

 

「あっ、悪い。あーもういいや。周りの女子が邪魔だから逃がすぞ。ハーレム絶対許さねぇ」

 

 バン!!

 リモコンブロス君に叱られたエンジンブロス君だったが、そう言うと空に向かっていきなり発砲した。発砲音に少しだけ驚いた俺はついつい姿勢を低くし、女子たちは頭を抱えながら一目散に逃げていく。やがて、付近には俺たち三人しか残らなかった。ついでにエンジンブロス君はリモコンブロス君から拳骨を一発もらった。

 俺はトランスチームガンとバットフルボトルを取り出し、いつでも変身できるように構えた上でエンジンブロス君に語り掛ける。

 

「エンジンブロス君……一体、何をしにここへ……?」

 

「いや、まず先に俺の質問に答えろよ」

 

「野生の勘」

 

「嘘つけ」

 

「じゃあ野獣の勘」

 

「……そういう事にしといてやるよ。俺たちの目的はな……」

 

 そして、問答無用で俺にネビュラスチームガンを撃つ。幸いにも光弾は威嚇目的のもので足元に着弾しただけだったが、咄嗟に座席の陰へと隠れた自分としては穏やかでないものを感じた。

 

「――ナイトローグの実力を測る事だ!」

 

「早く変身しておけ。ケガじゃ済まないぞ」

 

 言われなくても。もう攻撃されたんだ。腕輪からの連絡はないが、無断で変身させてもらう。

 

 《Bat》

 

「蒸血」

 

 《Mist match!》

 

 《Bat. Ba,Bat. Fire!》

 

 ナイトローグへ変身し、物陰から堂々と現れる。向こうが襲ってくるなら応戦するしかないのだが、それでもどうして戦わなければならないのかが腑に落ちない。俺は根気よく二人に尋ねる。

 

「……最初に聞きたい。何故、俺と戦う? 誰の指示だ?」

 

 しかし、二人は答えない。代わりにリモコンブロス君が、俺に殴り掛かってきた。階段の上で、俺はリモコンブロス君の右ストレートを片手で受け止める。

 

「いいから黙って戦え……!」

 

「……っ!」

 

 リモコンブロス君の鬼気迫るような発言に、俺は固唾を飲む事しかできなかった。戦う事でしかわかりあえないなど悲しい事この上ないが、仮面越しでも相手は本気なのだと伝わる。もう、応戦は回避不可能だった。

 階段上の攻防で最初に始まったのは、リモコンブロス君との殴り合いだ。繰り出される拳を互いに回避しつつ、時には防御も織り交ぜて上半身へ攻撃を集中する。

 まさしく一進一退。これだけでは決着がつかない。そこにエンジンブロス君も加わり、俺に対する攻勢を一気に強める。俺はだんだん、後ろ歩きで階段を降ろされる形になった。コウモリになりきっているおかげで、不安定な姿勢になっても転げ落ちる真似はせずに済む。地から足を離さない。

 

「だぁりゃあ!」

 

 エンジンブロス君から蹴りが放たれる。つま先から歯車状の白いエネルギー刃が展開されるオマケつきだ。リーチが伸びた事でナイトローグの装甲まで簡単に届き、火花を上げながらガリガリと削っていく。肉体にまでダメージはないが、衝撃は相当なものだった。

 

「……くっ!」

 

 一度距離を取るため、俺は後ろへと迷わず跳躍。着地した瞬間に平地である席側へと移動し、トランスチームガンとスチームブレードを構える。

 この間にもリモコンブロス君……いや、君付けはもうやめよう。リモコンブロスは悠々と俺に近づき、スチームブレード一本を手に持つ。

 対してエンジンブロスは俺と同じようにネビュラスチームガンとスチームブレードを持ち、高くジャンプしては俺の後ろに陣取る。挟み撃ちとか最悪だ。

 数メートルぐらいの余裕はあるが、これでもすぐに詰められてしまう距離だ。ブロスたちは俺の出方をじっと窺っている。警戒心がなかなか強い。

 先手必勝。彼らを素早く交互に見た俺は、トランスチームガンをリモコンブロスに向けて発砲。合わせてエンジンブロスが俺に発砲しつつ、突進してきた。リモコンブロスも俺みたいに片手間で襲い掛かってくる光弾を捌きつつ、肉薄する。

 対処が苦しい。押し潰されるのは勘弁願いたいと、俺はひたすら暴れた。背を低くして転がり、リモコンブロスの足元へ潜り込む。スチームブレードを横に一閃させたエンジンブロスの一撃は辛うじて空振らせ、俺は左手に持つ剣でリモコンブロスを下から斬り上げる。ついでに肩越しに右腕を後ろに回し、後方のエンジンブロスへ適当に発砲。視界に収めずとも狙いはつけられる。

 

「げっ!?」

 

 顔面へと飛んできた光弾を、エンジンブロスは面食らいながら避ける。片やリモコンブロスは俺の斬撃を容易く受け流す。すかさず俺はスチームブレードの切っ先を突き出し、リモコンブロスの顔辺りを狙う。

 だが、それは軽く首を横に傾けられる事でかわされた。さらにリモコンブロスは一歩下がり、間髪入れずにエンジンブロスが背後からやって来る。横薙ぎにスチームブレードが振られる。

 これは避ける暇はない。ギリギリでスチームブレード同士をぶつけさせて、肘鉄を相手の腹にかます。それを受けたエンジンブロスは呻きながら後ろによろめくのも束の間、今度は二人同時に動き出してきた。リモコンブロスの袈裟斬りを正面からスチームブレードで防ぐものの、瞬時に背中がエンジンブロスに斬りつけられる。完全にこちらが劣勢だった。

 

「うぐっ!」

 

 次にリモコンブロスの腹パン、腰辺りにエンジンブロスのゼロ距離銃撃、二人合わせての回転蹴りを側頭部に食らう。回転蹴りの勢いで俺はたちまち横に吹き飛び、観客席から抜け出される。

 それでも負けじと翼を展開し、空中で停止。一先ずランダムに飛びながら、スチームブレードをライフルモードにさせる。

 

 《ライフルモード》

 

 《ライフルモード》

 

 重なる二つの音声。ふと視線を動かせば、エンジンブロスがネビュラスチームガンとスチームブレードを連結させていた。

 それとほぼ時を同じくして、リモコンブロスがネビュラスチームガンを左手に俺へ撃ってくる。加えて腰に歯車スラスターを展開し、彼まで飛んできた。俺は二本目のスチームブレードを取り出し、彼を迎える。二本目は素体カイザーから拾ったものであるのは言うまでもない。

 

「二対一……だっるい!!」

 

 リモコンブロスとの近接戰に加え、観客席からエンジンブロスの援護射撃。数の利がここまで響いては、苦戦は必至だった。どんなに避けても、徐々に被弾していく。リモコンブロスが俺から離れようとしてくれない。

 俺はリモコンブロスと空中で剣戟を繰り広げながら、隙を見てエンジンブロスを狙撃する。照準を合わせるのは一瞬だけ。高速で回転しながら、タイミングが測れないようにブロス兄弟交互に銃口を向けて引き金を引く。

 発射されたライフル光弾をエンジンブロスはひょいっとかわし、リモコンブロスは切り払う。リモコンブロスも一夏や織斑先生、石川五右衛門と同類だったようだ。ふざけるな。

 

「ナイトローグぅぅぅ!!」

 

「っ、重い……!?」

 

 そして、勢い良く懐に潜り込んできたリモコンブロスと、真正面からつばぜり合ってしまう。パワーは段違いで、俺は二刀流でリモコンブロスのスチームブレードを受け止めるのが精一杯だ。

 

 《Gear engine!》

 

 《ファンキーショット!》

 

 その時、エンジンブロスがギアエンジンをスチームブレード銃形態に装填して必殺技を発動させた。彼の姿はちょうどリモコンブロスの背中側に隠れており、エコー以外では把握できない。目の前のリモコンブロスが邪魔すぎた。

 次の瞬間、リモコンブロスは咄嗟に身体を傾ける。彼の脇の下には、一発のエネルギー弾が通過していった。その弾丸の先には、俺がいて――!?

 

「っ、うぐぅぅ!!」

 

 ファンキーショットの直撃を受けた俺はエネルギーの奔流と爆発に揉まれ、その衝撃で吹っ飛ばされた挙げ句に遮断シールドに叩き付けられた。加えて、リモコンブロスは素早くスチームブレードのバルブを回し――

 

 《デビルスチーム》

 

 剣ビームにも似た霧状の斬撃を飛ばしてきた。斬撃は肉を抉らんと俺の身に襲い掛かり、ついでに周りの遮断シールドを破壊する。

 

 ※

 

 

「っ、何だ!?」

 

 VTSからラウラを助けた後。気絶したままの彼女を抱えていた一夏は、突然やって来た轟音の方に振り返る。近くにいたシャルルも、ISを纏って駆け付けてきたばかりの教員チームもそちらに意識を集中させた。

 よく見てみれば、観客席側の遮断シールドの一部に穴が抉じ開けられていた。そこから三つの人影がやって来て、内一つはアリーナ・ステージへきりもみ落下していく。その正体は、まるで力尽きたかのようにぐったりしているナイトローグであった。

 ナイトローグが不様に地面へ倒れ伏すのに対し、残りの二人――エンジンブロスとリモコンブロスは悠々と降り立つ。

 

「一夏。あれって日室くんと……」

 

「ニュースでやってたリモコンブロスだ。白いのは知らないけど……」

 

 一難去ってまた一難。シャルルの疑問に答えるようにして言う一夏だが、状況の整理が追い付いていなかった。教員たちの方を見れば、あまりにも訳がわからない出来事に彼女たちも身動き一つ忘れている。

 

 ――どうして、ナイトローグとリモコンブロスたちが戦っている?――

 

 まず浮かんだのがそれだった。リモコンブロスに至っては、依然としてナイトローグと一緒に人助けをしていたイメージに引っ張られている。

 しかし、横たわったナイトローグの背中をリモコンブロスが思い切り踏んづけた事で、考える暇は半ば打ち消された。間違いなく敵。そう感じた一夏はナイトローグの窮地に焦り、ラウラをシャルルを任せて突っ走る。

 

「シャルル、ラウラを頼む!」

 

「えっ!?」

 

 次にシャルルの「ダメだ、一夏ぁ!」と呼び止める声が発せられるが、彼は制止を振り切った。片腕だけとはいえ、この場で専用機を展開できる余裕があるのは自分だけ。遅れて教員たちも行動に出てきたが、何よりも友のピンチを黙って見る程、冷たくはできなかった。

 白式のエネルギー残量は、シャルルのラファールからもらったなけなしの分を含めてもごく僅か。まずエネルギー消費の激しい零落白夜は使えないが、片腕で近接ブレードを持つなら余裕だ。リモコンブロスたちまでの距離も短い。全力で駆ければ、すぐに一夏の間合いに入る。

 

「弦人から離れろぉ!!」

 

 迷いはない。一夏は叫ぶや否や、リモコンブロスの胸元へ雪片弐型の切っ先を突き出した。

 だが、そんな彼の渾身の一撃も指二本で容易く白羽止めされてしまった。間髪入れずにネビュラスチームガンを格納させて左手を空かした事で対処したリモコンブロスは、怪力を以てして雪片弐型を固く掴む。一夏がどんなに引っ張ろうとも、うんともすんとも言わなかった。

 それからリモコンブロスは一夏をじろりと睨み付け、ゆっくりと話し掛ける。

 

「そんなものか、一夏」

 

「……なっ!?」

 

 突然の名前呼びに一夏は動揺し、一瞬だけ我を忘れる。リモコンブロスに向けるのは、信じられないものを見るような目付きだった。

 刹那、リモコンブロスの指に込められた力だけで雪片弐型の刀身がポッキリと折られる。不意に武器拘束から解放された一夏は、大きく目を見開かせた。

 

(雪片が……折れた……?)

 

 ふわりと浮くように彼は後退り、折れた刃が適当に放られる。くるくると宙を回った刃は、やがて地に突き刺さる。

 すると、先ほどから背中を踏まれて呻き声を漏らすばかりだったナイトローグが、一気呵成にとリモコンブロスの足を無理やり払う。リモコンブロスは一度下がり、二刀流に構え直したナイトローグは這う這うの体で起き上がる。しかし、ブロス兄弟に立ち向かおうとする彼の姿は、どこか弱々しかった。

 この間にも、教員チームがナイトローグの救援に入ってくる。シャルルとラウラは教員の指示で既にアリーナ・ステージから避難しており、放心していた一夏は強制的に連れていかれる。現場に残っているのはブロス兄弟とナイトローグ、たった二名の教員であった。

 

「来るぞ!」

 

「おう!」

 

 リモコンブロスの掛け声に応じて、エンジンブロスがスチームブレード片手にナイトローグへ突撃していく。教員たちがすかさず張ってきたアサルトライフルの弾幕をあっさりと掻い潜り、ナイトローグとお互いに剣を振るい合う。

 

「日室くん! あなたも早く逃げて!」

 

 《Gear remocon!》

 

「……っ!? よそ見しないで!」

 

 《ファンキードライブ!》

 

 教員の叫び声を聞き入れるよりも早く、エンジンブロスの攻撃を避けながらナイトローグは注意を呼び掛ける。しかし、リモコンブロスがネビュラスチームガンにギアリモコンを装填するや否や、その姿を消されてしまう。

 光学迷彩すら赤子同然であるリモコンブロスの透明化は、ISのハイパーセンサーでも音や空気の流れ以外で拾うのは困難だった。まず、どう足掻いても目には見えない。唯一、リモコンブロスの位置を常に把握していたのはナイトローグたけだった。

 そうして、リモコンブロスの不可視の攻撃が一人の教員に襲い掛かる。殴られ、蹴られ、切り付けられ、歯車状のエネルギー刃が削る。教員は悲鳴を上げる暇もなく、バリアー残量がゼロになっても殴られたため、気を失う。あっという間の出来事だった。

 

「くっそ!!」

 

 一部始終を見ていたナイトローグは、がむしゃらに回転剣舞を実行。エンジンブロスにいくつか斬撃を与えるが、遂には片腕で二刀流を防がれてしまった。教員による援護射撃は、どこからともなく飛んできた水色の歯車の盾により、きっちり遮られる。

 このままパワー勝負を挑んでも埒が明かないと判断するナイトローグだったが、エンジンブロスからスチームブレードの銃口を腹に突きつけられ、敢えなくゼロ距離射撃を受けてしまう。逃げる時間を与えられなかった。

 

「ぐあぁぁっ!!」

 

 吹き飛ばされるナイトローグ。地面に転がる頃には変身が解除され、弦人が生身の身体をさらけ出す。弦人は歯軋りしながら再び立とうとするが、全身に負ったケガの痛みに堪えかねてできない。あくまで、目の前にいるエンジンブロスを見据えるだけだった。

 次にエンジンブロスは、腰に計四基のスラスターを展開する。目標は、上空からアサルトライフルを撃ってきていた訓練用ラファールであった。装着者である彼女は弦人の姿を目にすると、彼を救助しようと形振り構わず急下降する。途中で妨害してくる歯車や、エンジンブロスからの射撃を歯牙にも掛けない勢いだ。絶対防御を頼りにごり押す。

 弦人たちの元に新たな救援が来る気配はない。もはや戦えるのは、依然として教員一人だけだ。せめて、戦場に飛び交う凶器たちに生身で晒されている生徒を守ろうと動いた。

 あと数メートルで、弦人に手が届く。そんな時、エンジンブロスがいきなり叫び出した。

 

「ブーストォ!!」

 

 同時に、四基の腰部スラスターが一斉に煌めく。それは圧倒的な加速力を生み、PICによる姿勢制御で簡単に宙で片足を前に出した彼は、猛スピードで教員に突っ込んでいった。さらにだめ押しとして、つま先には白い歯車状のエネルギー刃を顕現させている。

 

 エンジンブロス、ライダーブレイク。瞬時加速により繰り出されるその威力は、まず計り知れない。

 

 真っ白な一陣の風が辺りを吹き抜けた。教員は何が起こったのかわからないまま、横っ腹にライダーブレイクを受けて大きく蹴り飛ばされる。懸命に姿勢制御をおこなっても勢いは殺しきれず、そのままアリーナの堅牢な壁へと激突した。ライダーブレイクの衝撃にISの重量が加わり、ラファールの巨体が壁の中に陥没させられる。

 数秒が経過しても、ラファールが壁の中から抜け落ちる事はなかった。ピクリとも動こうともしない。屍のようだ。苦しい表情をしていた教員は、そのままがくりと項垂れる。

 かくして、戦闘はブロス兄弟の圧勝に終わった。リモコンブロスはおもむろに透明化を解除し、エンジンブロスは片腕をぷらぷらさせながら彼の元に赴く。

 

「……こんなものか」

 

「なぁ、聞いてくれよ。ノリでスチームブレード二刀流を片腕でガードしたらめちゃくちゃ痛かったんだけど。まだジンジンしてる。あー、くっそー……いってぇ」

 

「知るかよ。それよりも撤収だ。千冬さんが駆け付けてきたら流石に俺たち終わるぞ」

 

「そうだな」

 

 二人はそんな軽い会話を交わしつつ、それぞれネビュラスチームガンを取り出す。その傍らでは、地に這いつくばったままの弦人が彼らをギロリと睨み付けていた。

 リモコンブロスと弦人の視線がふと交差する。弦人は何か言いたげだが、息が荒くなっていて言葉を出す余裕がない。全身汗だくで、ケガも相まって身なりを酷くしていた。

 

「じゃあな、ナイトローグ。ハザードレベルは3.4ってところか」

 

 リモコンブロスはそれだけ言い残すと、エンジンブロスと共にネビュラスチームガンで霧ワープする。その様子を最後まで見届けた弦人は、とうとう意識を放した。




Q. ……わぁーっ!?

A.ナイトローグぅぅぅ!!


Q.カイザーシステムって戦闘中でもハザードレベル上がったりしない……よね?

A.この作品においては上昇可能です。トランスチームシステムはムリ。




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しょんぼりナイトローグ

それは、あまりにも吹いてしまう真顔だった……


 

 今、この地を大量のスマッシュハザードが覆い尽くしている。味方は一人としておらず、ナイトローグに変身した俺だけが孤軍奮闘している。

 手頃なプレススマッシュハザード――長いからハザードは省略――の体をスチームブレードで切り裂き、ストレッチスマッシュを蹴り飛ばす。複数のニードルスマッシュが神経毒持ちの針を一斉に伸ばしてくれば、咄嗟に展開したコウモリの翼でガード。トランスチームガンを連射して薙ぎ払う。

 しかし、倒しても倒してもキリがない。アイススチームを発動させた状態でブレードを地面に刺し、俺の周囲にまとわりつくスマッシュたちを一網打尽。たちまち氷漬けにしては跡形もなく粉砕させる。空間がスッキリするのは一瞬の出来事だった。間もなく、次のスマッシュたちがやって来る。

 絶え間ない敵の侵攻に、俺の身体は徐々に重くなる。手足の筋肉はパンパンとなり、少し動かす事さえも苦しい。正直なところ休みが欲しいが、スマッシュたちはそれを許してはくれなかった。まるで「戦え……戦え……」と言わんばかりに。

 スチームブレードを握るのが辛い。トランスチームガンの引き金を引こうとすると、指が痛くて敵わない。圧倒的な物量の前に、ちょっとやそっとの戦術は一蹴される。

 がむしゃらに戦うのも限界が訪れる。終わりの見えない戦いに心が挫けそうで、泣き出しそうだ。誰も見てくれない。誰も知らない。誰も覚えていない。こんなにも一人ぼっちなのに、ここまで頑張る意義が見出だせなくなる。

 もういい。空を飛んで逃げよう。そう思った矢先に、空を無数のフライングスマッシュが飛んでいた。フライングスマッシュの群れは地上のスマッシュたちに構わず、炎弾を発射して絨毯爆撃を開始する。頭上からは炎の雨がスコールのように降り注ぎ、俺を重点的に狙う。これを全て避けきる元気すら、残されていないのに。

 すごすごと翼を全身に纏い、ひたすら空爆を耐え忍ぶ。辺りに響いていた爆音が止み、しんと静かになる。そっと翼を閉じてみれば、巨大化済みのスクエアスマッシュの大部隊が降下してくるのが見えた。サイズは明らかに、ウルトラマン出動案件ものだ。

 

「……こなくそぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 奴らが着地すると同時に俺は飛翔。すっかり通常サイズのスマッシュが見当たらなくなった荒野を下にし、近くにいたスクエアスマッシュに向けて飛翔斬を放つ。渾身の一撃は容易く頭部を貫通し、爆発四散させる。だが、俺にできたのはそこまでだった。

 残る全てのスクエアスマッシュが一斉に俺へ右腕をかざす。直後、エリアカットペンによる空間切断に俺は何十回も巻き込まれ、とうとう変身が解けて地面に伏す。ボロボロになりすぎて、もはや立つ力すらなかった。

 そして気がつけば、今度はスマッシュたちにわっしょいされていた。どこかへと運ばれ、やがて一体のバーンスマッシュの前に投げ出される。

 

「力が欲しいですか?」

 

 突如、バーンスマッシュの口からそんな言葉が流れてきた。ふと見上げると、その手にはスクラッシュドライバーとクロコダイルクラックフルボトルが収められている。

 一体何なんだ? すると、他のスマッシュたちに身動きを封じられる。それから無理やり上半身を起こされ、スクラッシュドライバー片手にバーンスマッシュが近づいてくる。 ま、まさか……!?

 

「さぁ、スクラッシュドライバーを着けちゃおうね」

 

「ダッ、ダメだ! よせぇ! 嫌だ! ローグにはなりたくない! ローグにはなりたくないぃぃぃ!!」

 

 一生懸命暴れるが、うんともすんとも言わない。どんなに拒もうとも、生身ではたかが知れている。

 瞬間、バーンスマッシュは何を思ったのか、その手を止める。とても俺の意思が伝わったとは考えにくい。いくつか考える素振りをすると、次には――

 

「あっ。そう言えば君のハザードレベルは四未満だったね。じゃあ、このエボルドライバーにしよう。大丈夫。ベルトの力に身を委ねなさい」

 

「あぁ……あぁ!?」

 

 エボルドライバーどバット・エンジンエボルボトルを取り出してきた。悲痛な声を出す俺の気持ちを知らずして、強制的にエボルドライバーを腰に着けさせる。

 

「はなせぇぇぇ!! イヤだぁ、マッドローグもイヤだぁぁぁぁ!! 恥知らずの内海のヤツなんてぇぇ!!」

 

『コウモリ! 発動機! エボルマッチ! Are you ready?』

 

「やめろおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 どれだけ叫ぼうが、勝手に回されるレバーは止まらない。エボルドライバーから乱雑に伸ばされるランナーが俺の周りを取り囲み、突撃してくる。視界は一時的に真っ白に染まり、電流が全身に流れる感覚に襲われながら音声を耳にする。

 

『バットエンジン! フハハハハハ!』

 

 それを皮切りにして、スマッシュたちは忽然と姿を消す。景色は荒野のまま。おもむろに自分の姿を確かめれば、残念な事にあのマッドローグへと変身してしまっていた。

 

「あなたも私を捨てるのね」

 

「えっ?」

 

 突然の女性の声に振り返ってみれば、そこにはナイトローグが立っていた。膝をついている俺を見下ろしている。

 

「……あっ、いや、待ってくれ。これは違うんだ! 俺は、無理やり変身させられて――」

 

「氷室幻徳も、内海成彰も私を捨てていった。ブラッドスタークはまだ石動惣一が持っているのに」

 

「そ、それは……!?」

 

「さよなら。私はもう、一人で生きていくから」

 

 そう言ってナイトローグは立ち去っていく。俺は戦闘のダメージが残っていて、儚げに手を伸ばす事しかできない。呼び止めようとしても、込み上げてくる涙が邪魔をする。

 

 待って……御願いだから待ってくれ、ナイトローグ。

 

 だが、俺の願いは届かず。ナイトローグは一度も振り返らず、遂に霧ワープをして姿を眩ました。

 こうして独りになった俺は、だらりとその場にうずくまる。活力はなくなり、悲しみのあまりに絶叫する。

 

 

 

 

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 起きてみれば、自分がベッドの上にいる事に気づく。どうやら、今のは夢だったようだ。

 

 ブロス兄弟の襲撃後、ケガを負って気絶した俺は医務室送りにされたが、たった一日でどうにか歩ける程度にまで回復。打撲や擦り傷だけに留まっていたのが幸運だった。また、ハザードレベルがそれなりにあるせいか、回復力がおかしい事になっている。医務室の先生には大層驚かれた。お見舞いに来てくれた京水たちにも驚かれた。

 だが、ブロス兄弟に完膚なきにまで敗北した事実に心が打ちのめされ、何とか登校を果たす俺の足取りは非常におぼつかなった。再評価活動をしようにも、やる気が一向に出ない。まるで氷室幻徳に捨てられたナイトローグの気分だ。

 

「よっ。おはよう、弦人。ケガはもう大丈夫なのか?」

 

「……おはよう、一夏。へーきへーき……」

 

 教室に入ると一夏に声を掛けられるが、どうにも元気が出ない。否応なしに目線が下に落ちてしまう。

 

「なぁ、本当に大丈夫か? 明らかに元気ないぞ? いつもの仮面もしてないし……」

 

「……」

 

「もしもし?」

 

 こんな俺を気に掛けてくれる一夏だが、比例して俺の元気が次第になくなっていく。彼の言葉には答えられず、トボトボと自分の席に座るだけだ。

 

「……やっぱり、この前の二人組の事を引きずってんのか?」

 

 コクリ。的を射た発言に俺は力なく頷く。それから一夏としっかり目を合わせて話そうと試みるが、どういう訳か視線が目の前の黒板に固定される。心なしか、俺の肩は震えていた。

 

「別に弦人は悪くない。むしろ情けないのは俺の方だ。助けに入ろうにも、手も足も出なかった……」

 

「……」

 

 そこまで呟き、一夏は途中で敢えなく言い淀む。励まそうとしてくれている彼も、ほぼ生身でリモコンブロスに挑んでは雪片弐型をポッキリ折られてしまったのだ。その様子は目に収めていなくても、反響定位で把握していた。

 しかし、同情や慰めは要らない。必要なのは、完全敗北を喫してしまった事実をバネにして次に繋げる事だ。敗北ならストロングスマッシュとの組手や織斑先生との鬼ごっこで経験しているから何ともない……はずだった。

 やはり、完全なる敵に負けたというのは、比較的仲の良い人と比べると衝撃が全然違うらしい。彼らは俺の心にとんでもない傷をつけていった。

 

「あの時、何もできなくてめちゃくちゃ悔しい。お前も悔しいんだろうな。でもさ、逆に考えれば……なおさら強くならなくちゃって思えるだろ?」

 

「……」

 

 ああ、そうだ。その点に関して、お前は俺よりも前に進めている。羨ましいな、そこまで気持ちの切り替えができてて。俺も早く、立ち直らないと……。

 

「俺、お前に負けないぐらいに強くなるからよ。だから、せめて……そのシュールすぎる真顔だけはやめてくれないか?」

 

「……ごめん」

 

 それは本当に済まない事をした。だけど、気落ちしたままではどうにも表情が作れなかった。

 それから、SHRの時間でデュノアさんが実は女だとカミングアウトしてきたり、昨日の男子に解放された大浴場の件で教室が騒がしくなったり、鈴音さんが教室に乱入してきたり、ボーデヴィッヒさんが一夏にキスをしたりとハプニングが多かったが、俺は依然として落ち込んだままだった。ただ静かに、周りの話を聞くだけだ。

 

「弦人ちゃん? もしもーし」

 

「……!」

 

「あら!? 弦人ちゃん、どこ行くのー!? なんで天井走りしてるのー!?」

 

 京水に話し掛けられれば、バットフルボトルを持って走り逃げる。今はとにかく、そっとして欲しかった。廊下を走るのはイケないので、天井走りに留める。

 

「ヒムロン、元気出して? ほら! ヒムロンの大好きなラングドシャだぞ~」

 

「……」

 

「……あれ?」

 

 のほほんさんにラングドシャを差し出されば、そそくさと受け取ってその場を大急ぎで離脱する。まさに有無を言わせない勢いでだ。

 

「げ、弦人くん。お弁当持ってきたけど食べる? 病み上がりだから、食べやすいのを作ってきたんだ」

 

「……」

 

「あ、ごめんね! 図々しいよね、フラれちゃったのに私。だけど……へ?」

 

「……」

 

「あ、うん。美味しい、かな? だったら嬉しいかな。えっと……弦人くん? えっ、ちょっ!?」

 

 昼休み。屋上でつれづれに立ち尽くしていると、ふと鏡さん……ではなくナギさんがお弁当を持ってきてくれた。その中で適当なおかずを口にした後、バットフルボトルを肌身離さず、屋上の柵を越えて校舎の壁走りを敢行する。ごめん、ナギさん。

 そして午後の授業をサボった俺は、砂浜の上に体育座りをして海を眺めていた。さざ波の音が心地好く、少しでも心が空く。このままずっと、海を見ていたかった。

 

「弦人ちゃーん! どこなのよー! 織斑先生がヤバいわよー! なんかね、ものすごい形相で飛天御剣流の素振りを始めちゃったのぉ! 早く帰ってきてぇぇぇ!!」

 

 遠くで京水が俺の名前を呼んでいる。探しに来てくれたところを悪いが、まだしばらくは一人でいたかった。ここにいれば、過去の無人島生活の思い出に浸れるから。

 

「探さなくっちゃ! ビンビンに探さなくっちゃ! 他の女じゃ見つけてくれるかどうか不安よ! 全然期待できない! あっ、弦人ちゃんとそのまま愛の逃避行も良いかもしれないわ! エイリアンがなんぼのもんじゃい! 織斑先生がなんぼのもんじゃい!」

 

 やがて、京水の大声は遠ざかっていった。そうか、他にも俺を探している人がいるのか。なら、なおさら一人でありたいな。織斑先生の落雷を延々と先伸ばしにしたい。

 

「日室くん……?」

 

 すると、谷本さんがやって来た。俺は彼女がこちらにゆっくりと近づいてくる音に耳を傾けるだけで、海を眺め続ける。言葉を交わす気にはなれなかった。

 無視された谷本さんは、次に俺の隣に座り込む。それからチラチラと俺の顔を窺ってくるが、そんな事では微塵たりとも動揺しない。反応が欲しいのであれば、天翔龍閃を誰彼構わずにぶっ放す織斑先生でも連れてくるべきだ。

 海の方に視線を固定しても、横で谷本さんがあたふたしているのがわかる。そして、深呼吸をして落ち着きを取り戻すと、慈しむようにして語り掛けてきた。

 

「くよくよしてるなんてらしくないよ。いつもの調子はどこに行ったの?」

 

「……」

 

 いつもの調子はブロス兄弟によって木端微塵に砕かれた。修復にはまだ時間が掛かりそうだ。だからこうして、海の景色に心を癒してもらっている。

 結局、何も答えない俺に谷本さんは溜め息をつく。しかし、それで諦めたような感じはなく、むしろ悠然として言葉を列ねた。

 

「あなたが落ち込んでるのは勝手だよ。でも、そうなった場合、誰がナイトローグをやるの?」

 

「……」

 

「ううん、誰もやらない」

 

「っ!?」

 

 じっと待ち構えていれば、俺の予想の斜め上を超えた万丈構文にドキッとした。うっかり谷本さんに振り向くや、慌てて海を見つめ直す。この動作に彼女は「フフッ」と笑い声を漏らす。

 

「日室くんがいつまでも暗いままだと皆が心配しちゃうよ? あの時は私も遠くにいたんだけどね、この前の騒ぎで織斑くんも負い目を感じてるかも。目の前で日室くんがやられるの、黙って見る事しかできなかったみたいだから。だけど、あなたが逃げるばかりだと何も始まらない。そうなったら、とうとう愛想も尽かされて本当にほっとかれちゃう」

 

 聞いてて耳が痛い。見方を変えれば、確かに今の俺は周りから逃げている。多くの人の親切を無下にしている。自分は何も頼んでいないのに、彼らはわざわざ俺に歩み寄ってくれているのだ。きっと、打算とかそういうのは考えていない。とりわけ京水は確実だと思われる。

 あぁ、俺はなんて悪い事をしているのだろうか。ナイトローグの再評価を目指さなければという使命と自尊心のせいで、できる限りは何でもかんでも一人で解決しようとしている。まず、誰かを頼ろうとはしていなかった。一人でできる限界などたかが知れている認識は持っているのに。理想的なナイトローグを目指していたあまり、そんな当たり前な事ですら気づかずに、目が曇っていた。

 愚かしい。自分を呪いたくなる。もはや、自分にナイトローグの資格すらないのではと思えてくる。ローグに浮気しろ、マッドローグにも浮気して三股掛けろという悪魔の囁きが心なしか聞こえる気がする。俺、もうダメなのかな……。

 その時、自然と涙が溢れてきた。しゃくり上げるほどではないが、止まる気配は感じられない。ただ静かに、無性に悲しかった。

 

「もうっ……何泣いてるの」

 

 そう言って谷本さんは呆れたようにしながら、そっと俺を抱き締めてくる。同年代の異性に密着しても邪な感情は全然湧かない。聖母に慈しまれるような、とにかく安心する暖かみを感じた。

 

「あなたには守るものがあるんじゃないの? 自分の信じた正義のために戦うんじゃないの? それとも全部、ウソだったの? ……あ、ダメだ。込み上げてきちゃう」

 

 一生懸命に言葉を口にした後、彼女は啜り泣きを始める。俺の泣く姿を見て、気持ちが伝播してしまったのだろうか。

 守るもの……信じた正義……人助けは生き甲斐……。俺は、ナイトローグの再評価活動の傍らで、ほとんど何もなかった今世で生き甲斐を見出だした。ゴミ拾いや川で溺れたお婆ちゃんを助けるだけに留まらなくなったのは、自己満足では到底完結し得ない。人の輪に入り、嬉しさや喜び、幸せを共有できる事が何よりも純粋に嬉しかった。

 それに戦闘面で再評価をすると決めた以上、遅かれ早かれ経験する事だった。俺は本気で、今後一生ナイトローグに敗北の二文字は存在しないと思っていたのだろうか? だとしたら能天気にもほどがある。

 最悪だ……こんなに苦しくても、結局は戦わなくてはいけないなんて。

 

 それから俺たちは、枯れ果てるまで涙をしきりに流した。谷本さんがずっと側にいてくれたので、心細くはなかった。

 

 ちなみにこの後、訓練機で織斑先生から戦闘実演という名のシゴキを受ける羽目になったのは、ここだけの話。ハザードレベルを上げたいから上等だと意気込んだのは良いものの、まだケガが完治していないので辛かった。

 

 




Q.そして翌日……。

A.ヒムロンは仮面だけでなく、コスプレナイトローグを完成させた。もちろん、織斑先生相手に「改造制服です」と言い張ったら怒られた。さらば、一日だけの静かで平和な教師生活よ。


Q.もう一声。

A.ナイトローグのお悩み相談室が不定期で開かれる事に。もちろん、織斑先生に怒られる。山田先生はナイトローグに悩みを打ち明ける。

ナイトローグ「ようこそ、ナイトローグのお悩み相談室へ。お祈りですか? 懺悔ですか?」

真耶「私、困ってるんです。どうすれば日室くんを正しく指導できるのか……」

ナイトローグ「ごめんなさい、山田先生。でも止まる訳にはいかないんです」



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ナイトローグのお悩み相談室

ナイトローグとは、弱い人に手を差し伸べられる心優しいコウモリのフレンズである(当社比)

……内海? 幻徳? ははっ、なんの事でしょう。


 ようこそ、ナイトローグのお悩み相談室へ。ここでは皆さま方の悩みと真摯に向き合い、解決へのアドバイスをする事をモットーとしています。どうか、お気軽に御越しくださいませ。なお、織斑先生はお悩み相談室の存亡を揺るがす大変恐ろしい人なので、バレないようにひっそりとやらせていただきます。

 先日よりバージョンアップしたナイトローグの仮面ですが、めでたくコスプレ一式を整える事ができました。皆さまの応援には深く感謝しております。

 

 そんな訳で、俺は校内の隅っこでこっそりとお悩み相談室を運営する事になった。前回のアクティブ相談室――ゲリラ的に各所へ訪れては悩みを聞いてあげる――の反省を活かし、織斑先生にバレないようにする。

 この日のための準備はバッチリだ。コスプレ一式はトランスチームガンのバススロットでスチームブレードと一緒にぶち込めるので、持ち運びは苦ではない。後は適当にイスと机を用意するだけだ。

 

「すまない。日室はいるか?」

 

「ようこそ、ナイトローグのお悩み相談室へ」

 

 早速、悩みを抱えし者がやって来た。入り口の暖簾が上げられ、そこから篠ノ之さんの姿が露になる。そのまま彼女はイスに座り、机を間に挟んで俺と対峙する。

 

「お祈りですか? 懺悔ですか?」

 

「いや違う。そんな教会ではあるまいに……ゴホン」

 

 わざとらしく咳をした篠ノ之さんは、場の空気を仕切り直して己の悩みを打ち明ける。

 

「実はだな……とてつもなく迷っているんだ。姉さん……篠ノ之博士に私の専用機を作ってもらうように頼むかどうか」

 

「なるほど。コネですか」

 

「うぐっ!? ひ、否定はしない。誠に遺憾ながら、一夏の周りにいる女たちは全員専用機持ちだ。このままでは訓練の時間でも、持っている力の方でも大きく出遅れてしまう……」

 

 そこまで言って視線を落とす篠ノ之さん。言われてみれば、確かに一夏グループの中で専用機を持っていないのは彼女だけだ。おまけにデュノアさんとボーデヴィッヒさんまで恋愛競争に参戦したとなれば、ますます苦しくなる。

 訓練機を借りるにしても、専用機と違って手間と時間も掛かる。整備や点検もしなければならなくなるので、一夏となるべく時間を共にしたいと考えているのならば辛いところだ。

 

「しかし、この間の千冬さんと日室の模擬戦を見て、気持ちが揺らいだんだ。専用機が欲しいなんて甘えなのではないのだろうか。訓練機でも勝てるように邁進すればいいのでないのだろうか。それと……姉とは連絡が取りづらい」

 

 そうして篠ノ之さんは口をつぐむ。どうやら、自分の欲望と自制心の間に挟まれているようだ。今にも暴走しそうな自分を理性が縛っている。

 それに対する俺の答えは――

 

「良いと思いますよ、専用機作ってもらうの」

 

「っ!? だが、それではっ!」

 

「軽く国際問題に発展しますね。日本のISコア保有数が増えちゃいますから。他の国が文句言います。しかし、その前にあなたは篠ノ之博士の妹。要人みたいなものです。誘拐とかされないように護身として持っておくのであれば……多分、平気だと思います」

 

「多分って……ハァ……」

 

 溜め息をついた後、篠ノ之さんは項垂れる。だが、おもむろに姿勢を正しては再び口を動かす。

 

「……なるほど、そういう考えもあるのだな。力欲しさに視野が狭くなっていた。何より……専用機が欲しいなんて誰にも言えやしなかった……」

 

「ご安心ください。ナイトローグはあなたのプライバシーをきっちり守ります」

 

「うむ、そうしてくれると助かる。……何だか胸のつっかえていた部分がなくなったようだ。感謝する、日室」

 

「いえいえ、大した事ではありません」

 

 篠ノ之さんは頭を下げて礼を告げると、「それではな」と言い残して相談室を去っていった。また一人、悩みが解決されたのだった。

 本当にこれで良かったのかだって? バカ野郎、日本はスパイを取り締まる法がないスパイ天国だぞ。日本版CIAすら出来てないのに、要人保護はしていても現状で他国のスパイに拐われたらどうするのだろうか。霧ワープとかで。この前も素体カイザーやリモコンブロスに会ったり色々物騒だから、未然に防げるものは徹底して防ぎたい。

 そうこうしている内に、本日二人目の来訪者がやって来る。その人は簪さんであった。

 

「ようこそ、ナイトローグのお悩み相談室へ」

 

「……どうも」

 

 挨拶を交わすと簪さんはとててと駆け寄り、イスに座る。心なしか、ワクワクとしているように見えた。

 

「あの、話しても良いですか?」

 

「はい、どうぞ」

 

「最近、嫌な人に付きまとわれてるんです。姿はいつも見えないけど、妙に視線を感じて……」

 

「ほうほう」

 

 まさか、学園内でストーカー紛いの事がおこなわれているなんて。言葉を選んでいる節があるが、加害者はおそらく簪さんの知人だと思われる。とはいえ話の筋がまだ見えないので、もう少し詳しく聞いてみないとわからないな。

 

「その人、ものすごく勝手なんです。あんな風に私を突き放して、傷付けた癖に……いきなり手のひら回してのうのうと仲良くしようとか……。その……ナイトローグなら、あのストーカーをどうにかできるんじゃないかと」

 

「うん。遂にストーカーになったね。ところで心当たりとか、その人の特徴とか教えてもらえるかな? 直接的な被害を未然に防ごうにも、相手がわからないとちょっと……」

 

 ガタン!! タタタタタタ……。

 

 その時、どこからともなく大きな物音が聞こえてきた。俺と簪さんがそちらに振り向いた頃には、急いで走る足音が遠のいていく。簪さんは気を取り直して話を続けた。

 

「えっと……特徴を教えるのはちょっと嫌だと言うか、口にするのも憚れるぐらいに嫌いと言うか……取り敢えず、ナイトローグが私の側にいてくれたら解決すると思うんです」

 

「あー、そうくるかぁ……。ところで、さっきの足音立てた人ってもしかして?」

 

「そうだと思います。私の嫌いな人です」

 

 瞬間、遠くの方から誰かが発狂するような叫び声が聞こえた。これは気のせいだろうか。目の前に簪さんは、特に気にするような素振りを見せない。

 しかし、これはむしろ――

 

「これはあくまで自分の推測だけどさ、そのストーカーって簪さんと仲直りしたいんじゃ――」

 

「あり得ない」

 

「断言するの早いよ。てか、喧嘩してるのは確定っぽいな」

 

「あっ……」

 

 発言を見事に遮られたが、誘導尋問を仕掛けてみればこの通り。プイッと顔を逸らされる。

 この調子で頑なにストーカーの人を嫌うのならば、ちょっとやそっとでは仲直りなど限りなく不可能に近いだろう。簪さんがひたすら拒んでいる。まるでこの前の俺みたいだ。

 ストーカーの人がずっとこそこそしている事から見るに、どういう訳か知らないが謝るのは苦手だと窺える。気まずいとかそういうのはさておき、このままではどう足掻いても真正面からの土下座だけでは仲直りの道が切り開かれないのは必定。ここは俺が、ほんの少しでもいいからキッカケを与えない事には何も始まらない。でないと平行線で両者の関係が終わる。

 

「プライバシーの事は心配しないで。秘密にするから。それはそうと……ストーカーの人がそんなにも嫌い?」

 

「はい」

 

「殺したいぐらい? 中身の火薬が湿気て使えなくなった無価値な弾のようにしたいぐらい?」

 

「えっと、それは……言い過ぎ、かな?」

 

「そうか、良かった。絶交一択じゃなくて安心したよ。それじゃ、簪さんが良ければ仲直りの可能性が生まれてくる訳だ」

 

 しかし、俺がそう言うと簪さんの表情が苦くなる。これ以上は踏み込んで欲しくないといった感じだ。ならば、ギリギリを踏み留まるだけだ。

 

「別に無条件に許せとは言わない。だけど相手が本心で謝ってくるなら、せめて耳だけでも傾けるべきだ。それからどうするかは簪さん自身で決める事になるけど……」

 

 簪さんは未だに表情に影を落としたままだ。とても俺の言葉をすんなり聞き入れているように見えない。やはり、仲直りには相応の抵抗があるらしい。溝が深すぎだろ。

 

「とんでもなく怒ってるなら言ってもいいと思うよ。『土の下に座って詫びろ』とか、『お前なんてタンスの角に小指を全力でぶつけてしまえ』とか、『デスノートに名前を書かれればいいんだ』とか」

 

「へ?」

 

 俺が決め手の言葉を投げれば、きょとんとした様子でたちまち顔を上げる簪さん。見るからに、何を言っているのだろうかと混乱している。だが、数秒経過した頃には腑に落ちる仕草を示し、おずおずと俺に尋ねてくる。

 

「……そんなキツい事、言ってもいいのかな?」

 

「君たちが以前にどれだけ仲良かったかによる。親友っていうぐらいの間柄なら、全力でぶつけてもいいんじゃあ……ちょっと後が怖いから加減はしようか?」

 

「……はい」

 

 すると、簪さんはコクりと頷いた。ほんの少しだけ、纏っているピリピリとした雰囲気は和らいだ気がする。かくはともあれ、少しは力になれて良かったと思う。

 

「あっ、最後に写真撮影いいですか?」

 

 その後、ナイトローグの撮影会が始まり、たらふくの決めポーズをカメラに収めていった彼女はホクホク顔で帰っていった。それから入れ替わるようにして、三人目が訪れる。

 

「えっと、日室くんはいますかー?」

 

「山田先生じゃないですか。ようこそ、ナイトローグのお悩み相談室へ。答えなら前回で出しましたよ? 指導は素直に受けるけどナイトローグとして戦う事はやめないって」

 

「あっ、いえ。そうじゃなくてですね! 失礼します」

 

 一言断りを入れた山田先生は、そのままイスに座って俺を見据える。俺が素顔を晒している時とは違って、恥ずかしがらずに随分と直視してくれていた。ほっと一息ついてから、話を切り出す。

 

「日室くんは手芸部所属でしたよね?」

 

「はい。週に二、三回参加して、ナイトローグの手芸を作ってます」

 

「あれ? それ以外にも何か作っていませんでしたっけ? えっとぉ……思い出しました! ルリオオカミ!」

 

「コイツの事ですか?」

 

「はい、それです。あっ、動いてる……」

 

 何気なく手のひらにルリオオカミを取り出せば、山田先生は感心しながらそれに見入る。コイツは気分転換にと試しに作ってみたものだ。モデルはディスクアニマルたちだが、流石に戦闘力は猟銃装備の農家のおじさんには及ばない。多分、束になっても生身の万丈には勝てない。ISに使われるような精密機械をわざわざ投入したのは、この一体のみである。ラジコン化させたけど校舎の壁にぶつかってシャカれたアカネタカを忘れてはならない。

 直後、山田先生はブンブンと首を横に振り、「そうではなくてですね……」と話の路線を戻す。

 

「特別教育室は知っていますよね? 日室くんの場合、織斑先生に怒られては時々入ったりして」

 

「はい。あの独房みたいな部屋でしたよね。でも些細な事です」

 

「できれば校則はきちんと守ってほしいんですが……あっ、いえ! 校内清掃とかは良い事ですよ? ただ、それは一先ず置いておいて、日室くんが入った後の特別教育室の事で話があるんです」

 

「話……と言いますと?」

 

「特別教育室の内装をナイトローグに何度も染め上げるのは、やめてくれないでしょうか?」

 

「嫌です」

 

「そんなっ!?」

 

 刹那、愕然とした山田先生の背後に雷が落ちたような気がした。彼女は依然として面食らったまま、しどろもどろに話を続ける。

 

「お願いします! 勘弁してください! アレを見る度に織斑先生が凄まじく静かに怒るのを間近で見るの、もう堪えられないんです! すっごくピリピリしてて、でも私副担任だから同行の拒否もできなくて……日室くん、私を助けてください~!」

 

「先生。自分は特別教育室にこれからも入れられるであろう生徒たちの希望になりたいんです。ナイトローグも入った事あるから悲観する事はないって」

 

「だったら……先生の希望にもなって……校則違反もやめて……!!」

 

 気がつけば、俺の両手がぎゅっと握られる。すがるようにして懇願する彼女の目尻には涙が溜まっていた。瞳はうるうるとしていて、このままでは一気に泣き出すに違いない。途中で言葉が霞んでいったのが根拠だ。

 “先生の希望にもなって”。それを聞いた俺の頭の中に、とある一人の魔法使いの姿が現れる。赤い宝石を象った戦士に変身している彼は、そっと口ずさむ。

 

 ――俺が最後の希望だ――

 

 その際、まるで点眼薬を使って目が潤うような気持ちに襲われた。俺が特別教育室にしてやった事は、先生たちにとっては独り善がりに過ぎないものと遅れて気づく。ナイトローグならば生徒だけでなく先生の希望になれというのは、実にもっともだ。

 どうしてこんな簡単な事を意識できていなかったのだろうか。ナイトローグであろうとするあまり、再評価活動に焦りを感じてしまったからか? もしかして、マッドローグにスーツ改造されてしまった疑惑が拭えていないナイトローグの怨念に、俺は取りつかれていて……。

 ハッ! いけない、いけない。そんな過去の事に引き摺られるのはナンセンスだ。大事なのは今、未来、この瞬間、何をするべきなのか。その答えはとっくに決まっている。善は急げ。

 

「……それもそうですね。じゃあ、片付けてきます!」

 

 この後、元の姿を取り戻した特別教育室の内装に山田先生は感極まり、俺に感謝しながら再犯しないように言い含めるのであった。校則の遵守に関しては善処します。

 そして――

 

「弦人ちゃん! 今週の日曜、一緒に買い物に出掛けましょう!」

 

 四人目が来たかと思えば、買い物に誘う京水に詰め掛けられるのであった。

 

 

 

 




Q.コスプレナイトローグのスペックは?

A.生身そのままです。


Q.浮気の数ならザビーもクローズも負けていないぞ!

A.浮気回数はザビーがトップ。デルタ? 彼はベルトとケータイでしょう?


Q.ディスクアニマルぅ!

A.すまんな。贋作だ。アームドセイバーの転用どころか、オリジナル以下のオモチャだ。



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京水と出掛けるナイトローグ


最初に言っておく。私は狂っていません。


 日曜日。IS学園の校門前で待っていると、トテテと京水がやって来た。出会って早々、自分の私服姿を見せてくる。

 

「どう? どうかしら? 下手に悩まずシンプルに決めてきたわよ!」

 

「えっと……」

 

 その場を元気よく回る彼女が着ているのは、純白なTシャツとカナリアイエローのスカート。まさしくシンプルに完結していて、白と黄色のコントラストが眩しい。加えて彼女の笑顔により、輝きは一層増している気がする。

 助かったかな。一方の俺は紫を基調としたナイトローグのスタイリッシュでカッコよく、外に出しても恥ずかしくないシャツと普通のジーンズだ。京水がほどほどのオシャレに留めてくれたおかげで、気後れしない。彼女の格好は無性にルナメモリを連想させ、スーパーベストマッチしていた。

 

「まんま京水って感じ。文句なしに似合ってる」

 

「ホントに!? あぁ、嬉しすぎて嬉しさが身体に染みちゃうわ~!」

 

 そう言って京水は己の歓喜を示すようにして小躍りを始める。くねくねとした動きを取り入れているのはご愛敬だ。

 

「それじゃあ行くか」

 

「ええ! あっ、どうせだから手繋ぎましょう?」

 

「いいけど」

 

「やった!」

 

 これに京水は大喜びし、進んで俺と手を繋ぐ。彼女の手は柔らかく、ルナ・ドーパントもこれぐらいの柔らかさだろうかと頭に巡らせる。チラリと視線を横にすれば、もれなく上機嫌にフンフンと鼻唄を奏でる彼女の姿が目に写る。身長が百五十前半と低く、こうして肩を並べるとまるで可愛らしさが潰れる・溢れる・流れ出る小人だ。その頭を撫でたくなる。

 そうしていると、駅前のショッピングモールへと到着する。IS学園とはモノレールで直通なので利用に優れている。

 なお、京水とは未だに手を繋いでいる。俺が何気なく離れようとすれば、頬をプクーッと膨らませながら腕に抱き付いてくる。さながら、地獄の底までくっつく勢いだ。

 試しに、離してほしいと目で訴えてみる。そんな様子の俺をふと目にした京水は、ニコリと微笑みながら声を発する。

 

「当ててるのよ♪」

 

「……」

 

 なんという事だろうか。まさか、京水にドキリとする日が訪れるなんて。その一言で、腕に当てられている彼女の胸をついつい意識してしまう。それは年頃の乙女と済ませるにはあまりにも大きく、魅惑的だった。全ての男たちの帰りつく、命を育む約束の大地を体現したと言っても過言ではない。

 世の中の男たちを女性を見る時、まずどこを見るのだろうか。脚、首、ニーハイなどと多数の意見が出る事は間違いないが、ここでハッキリ言えるのはただ一つ。本物に飾りは要らないという事だ。どんなに迷い、対立し、同志を作っても、やがて彼らは皆、同じ答えに辿り着く。聖なる探索の果てに得るものは、誰だって違わない。

 

 それはすなわち、おっぱい! 女性の象徴!

 

 ……ハッ!? いけない、こんな事を考えては! 俺はナイトローグ……ナイトローグなんだ! 京水の胸が大きく柔らかいから何だ。そんなのは俺に関係ない。思い出せ、ナイトローグの今までの軌跡を。ラビットタンクスパークリングはとんでもないものを盗んでいった。それはナイトローグの栄光だ。マッドローグに走った内海を許すな。

 その時、見慣れた三人の後ろ姿を見つける。尾行している素振りの彼女たちの遥か前方には、一夏とデュノアさんが歩いていた。

 

「あら? あの二人はもしかして一夏ちゃんとシャルロットちゃん? デートかしらー?」

 

「ハッ!? その声は京水!? てか弦人もいるし!」

 

「皆さん、こんにちは」

 

 三人組の正体は鈴音さん、オルコットさん、ボーデヴィッヒさんだ。俺たちは静かに彼女たちの背後に立つと、挨拶を交わす。真っ先に振り返った鈴音さんが驚きの声を上げた。

 京水のデート発言に大いに取り乱すのはオルコットさん。一夏の事だからデートはあり得ないのだろうが、その動揺ぶりは目も当てられない。どもりながらも、自分の意見を述べる。

 

「い、いえ。まだデートと確定した訳ではありませんわよ? 現にこうして、二人の関係を見極めている最中ですし」

 

「そうね。そもそも、相手が唐変木の一夏だし……で、そのくっつきぷりは何? 当てつけ? 当てつけなの?」

 

 オルコットさんに相槌を打つ鈴音さんは、次に話の矛先を俺たちに向ける。若干、怒気を孕んでいるように見えた。

 それもそのはず。現在進行形で京水は俺の腕に抱き付いている。これではイチャツキを見せびらかしていると勘違いされる。恋愛競争真っ只中の三人にとって、相当な刺激だ。弁明しなければ。

 

「買い物です」

 

「デート♪」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 瞬間、互いに食い違った発言に動きが止まる。それから何度も京水と目を合わせていると、有無を言わせずに彼女が叫ぶ。

 

「……細かい事はいいのよ!」

 

「そうそう。細けぇこたぁいいんだよ」

 

「いいんかい!」

 

 取り敢えず便乗。鈴音さんのツッコミが炸裂する。ともあれ、今はこの状況を深く考えるつもりはなかった。常にナイトローグを念頭に置いておかねば、例の感触がダイレクトに伝わってくるのだから。

 これにオルコットさんはほとほと呆れ、ボーデヴィッヒさんは納得したような表情を示す。恐らく、その納得の意味は俺が予想しているものより斜め上を越えているであろう。公開キスをやってのけた凄まじさは、伊達ではない。

 

「やはり積極的なアプローチに間違いはなかったようだな。しかし、京水たちも認識に齟齬が出ているような……」

 

「いいえ、ラウラ。あなたはそれで良いのよ。行きなさい! ヤりたいと何度も思う事は必ず遂行するっ! 絶対にっ! それが恋する乙女の掟よ! 掟を破ったら私たちにチャンスは二度と訪れない!」

 

「その事について迷いはない。ついこの間も一夏に夜這いを掛けた」

 

 直後、鈴音さんとオルコットさんが吹き出す。夜這いとか、もう京水よりもレベル高すぎだろ。唐変木で芯のある一夏なら、きっと過ちなんて犯していないはず。ボーデヴィッヒさんの口ぶりからして、成功した感じではなさそうだ。

 しかし、どんどん煽っていく京水にはヒヤヒヤさせられる。妙に熱意が込もっており、小動物のように愛くるしさを覚える顔をしている癖して、気迫は十分だ。

 

「……あ。一夏たち、そこの角曲がったんだけど」

 

 鈴音さんたちがボーデヴィッヒさんを問い詰めようとした時、俺は遠くで姿を眩ます一夏たちの姿を垣間見たので、そっと全員に呟く。鈴音さん以下三名は一斉に顔を同じ方向に振り向かせ、ボーデヴィッヒさんがそそくさと前進していく。

 

「ではな。私は追跡を続行する」

 

「あっ、待ちなさいよ!」

 

「そうですわ! まだ聞きたい事が山ほどありますもの!」

 

 そうして、三人は一夏たちの尾行を再開するのだった。デュノアさんがとても京水並みに猛烈なアタックをしそうにない以上、尾行する必要性は薄い気がするが、その事を告げるのは無粋だな。幸運を祈る。

 

「いってらっしゃあぁぁぁぁい!!」

 

 彼女たちを見送る京水は盛大に手を振る。その暖かい目は、確実に今回の尾行の行く末を見守っていた。報告は後日となるな。

 この後、午前中は買い物の前にゲームセンターや飲食店などを歩き回った。京水は知らないが、俺はネットオークションで流したナイトローグの手芸品売却の資金で財布が潤っているので、今日ぐらいの浪費は問題ない。道中でフルボトルのガシャポンを目にしたが、これを提案したのはどこのどいつなのだろうか。政府主導なら笑える。

 

「よーし、行くわよ~。えぇーい!」

 

「フルボッコだドン!?」

 

 ゲームセンターで始めにプレイしたのは音撃の達人。太鼓とバチを使ったリズムゲームで、二基の太鼓で対戦も可能。京水とは何度も熾烈な勝負を繰り広げる事になった。もちろん、俺はべらぼうな初心者だったので、一回戦目はぼろ負けした。

 その次は、押し寄せるゾンビたちを倒すガンシューティングだ。リロード時にライフルを縦に振る動作が少々苦しく、フルボトルとは勝手が違った。ずっと片手持ちだと腕が疲れてしまい、途中で両手持ちとなった。

 

「あぁ~ん! ダメよぉ、ダメダメ! もう私は身も心も弦人ちゃんのものなの! あなたたちにはあげられないわ! キャア、出たぁぁぁぁ!? モンゴリアンチョップ!」

 

 また、隣で京水が終始騒がしかったのも記憶に新しい。笑ったり、困ったり、怖がったり。表情がコロコロと変わっていき、眺めるだけでも楽しかった。

 他にもゲームセンターにて散々遊び倒し、昼頃になると飲食店探しへと向かう。小腹が空いたと感じた頃にちょうど良くアイス屋は見つけたので、京水と一緒に迷わずチョコアイスを注文した。その小さな口で溶けない内に急いで食べる様子は、なんだかハムスターを彷彿させた。可愛い。

 そんなこんなで時間は過ぎ去り、午後は買い物に費やす。今月中にある合宿では海で泳げるそうなので、俺と京水はそれぞれ水着を用意したかった。生憎と、京水の水着は当日のお楽しみとして先送りされたので、彼女がどんなデザインのものを買ったかは知らない。俺? 水着以外にも色々購入させてもらった。

 そして、締めにはハートストロー入りのジュースを持った京水が、キラキラと目を輝かせながら迫り来る。

 

「弦人ちゃん、一緒にこれ飲みましょう!」

 

「正気かよ」

 

「本気の本気! マジなんだから!」

 

 どこまで後退ろうとも、彼女は逃がさないと言わんばかりに詰め寄る。気がつけば、周囲に野次馬が少しずつ集まってきていた。

 

「ママー、ナイトローグに彼女さんが出来てるー」

 

「あら、本当ねー」

 

 そんな会話が飛び交い、俺は敢えなく言葉に詰まる。この外堀を埋められていく感覚は、あまり心地好くなかった。

 まだかまだかと待っている京水。意を決して、この奇妙な空間を抜け出すためにハートストローに口をつける。合わせて京水も飲み始め、あっという間にカップの中身がなくなる。ここまで顔を近づけるのは気恥ずかしい。

 飲み終わるや否や、京水は頬を真っ赤に染めながらピョンピョンとその場を跳ねた。

 

「幸せ! とっても幸せ! 愛してるわ、弦人ちゃん!」

 

 それからガッシリと俺の胸元へと抱き着く。その時の表情は、最高の一言に尽きた。自然と周りから拍手が生まれ、その中で俺はついつい彼女の頭を優しく撫でてしまう。俺の手が頭に触れた瞬間、ハッとしたかのように彼女は「あっ……」と声を漏らす。

 しまった。そう思って手を下げようとする俺よりも早く、京水は口を動かす。

 

「もっと撫でて?」

 

 それを機に、不覚にも俺は一時的にやられてしまった。この日見た京水の喜んでいる顔を、なかなか忘れられそうにはない。

 

 





Q.京水可愛い。

A. welcome!


Q.京水がこんなにも可愛いはずがない。

A.彼女は最初から可愛いですよ?



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サイコローグ

 ここは日本の某先端物質学研究所。そんな今日、石倉レオ――通称レオナルドはエントランスへと客を迎えに行っていた。クマみたいな彼の足取りは、見た目に反して人間らしい。

 

「ようやく来たか、お前たち!」

 

「こんにちは石倉さん! パパは来てないの?」

 

「アイツなら出張だぞ。伊坂もいないし、つーかチームで居残りなのは俺だけだ」

 

 エントランスで待っていたのは京水、ナギの二人だった。京水の質問をレオナルドは雑に答え、やれやれと肩をすくめる。

 なお、その頃の伊坂は――

 

「ヘシン!」

 

『ターンアップ』

 

「ギャレンだとぉ!?」

 

 そんなこんなで二人を奥へ案内した彼は、オフィスへと招き入れる。トランスチームシステムの研究チームが使っている部屋だが、中には誰もいない。レオナルドのパソコンだけが寂しく起動している。

 客人たちをソファに座らせ、粗茶と菓子を用意するとともにタブレットを取り出す。それから画面を見せびらかし、テレビ電話を繋げる。映像に出てきたのは一人の若い女性、遺伝子学に長けている葛城リョウであった。心理学にも通じているのはここだけの話。騙し合いの某ライアーゲームとは何ら関係はない。

 

『こんにちは、泉京水さん。鏡ナギさん。葛城リョウです。本日は急な予定が入って不在ですので、録画で挨拶させていただきます。詳しい事は石倉くんに聞いてください。では最後に……人の繋がりは固いんですよ? お金があれば』

 

 そうして、映像はぷっつりと途切れた。

 

「……え? それだけ?」

 

 首を傾げて尋ねるナギに、レオナルドはゆっくりと頷。

 

「ああ。これがあの人の遊び心だ。ぞっとしたか? 無表情なのが怖いだろ」

 

「もぉー、いやぁ~な感じね。お金があればって発想、何だか冷たいわ!」

 

 それを聞き、京水はクネクネとしながら感想を述べる。しかめっ面な辺り、あまり受け付けられる言葉ではなかったのが窺える。

 レオナルドはそんな京水を気にせず、タブレットをしまって次の話をぱっぱと切り出した。

 

「ジョークだけどな。さて、話を早速進めるぞ。試作品ビルドドライバーと、トランスチームガンについてだ」

 

「あの、弦人くんは先に来てるんじゃないんですか? 私たち、そういう連絡もらったんですけど」

 

「弦人くんならナイトローグに変身した状態で電脳ダイブしてもらってる」

 

 すかさず手を上げてそう質問するナギに、即答するレオナルド。それから有無を言わせず二人を自分のデスクまで招き、パソコンを手早く操作して映像を映す。

 そこには、薄い毛布を被って仰向けになっているナイトローグの姿があった。少しも身動きを取らず、胸の安らかな上下運動を繰り返すばかり。とどのつまり、もう寝ているようなものだった。

 これを見たナギは目を丸くし、京水は口元を手で隠すようにしながら一言呟く。

 

「あら、すっごくシュール。でも電脳ダイブして何の意味があるの?」

 

「説明しよう! 実はトランスチームガンのブラックボックス解放のために、急遽電脳ダイブが必要となったのだ!」

 

「急に来た」

 

「電脳ダイブするならパソコンでやれって? やったさ! でもな、途中から急にアクションゲームやシューティングゲームになっちまったり、とにかくコントローラーじゃ難易度がクソすぎて投げ出した!」

 

 そんなナギの些細な言葉をスルーし、レオナルドはやや興奮気味に話を続ける。何気に綻んだ表情をしているのは、ここだけの話だ。この説明タイムに一種の愉悦を覚えている。

 もちろん口だけでなく手も動かし、映像を切り替えさせる。次に流れてきたのは、ナイトローグの後ろ姿を見守る三人称視点だった。ほとんどゲーム画面で、端にはレーダーマップや体力ゲージなどが表示されている。

 

「見ろ、これを! 俺が詰んだ最終ステージを弦人くんが攻略中だ!」

 

『マザーシップだ! マザーシップが降りてきたぞ!』

 

『こちら作戦司令本部。恐ろしい数のスマッシュが押し寄せてくるぞ。撃って撃って撃ちまくれ!』

 

『ナイトローグ、聞こえるか! 助けに来たぞ!』

 

『レーザー砲、射撃用意!』

 

『ナイトローグ。出会えて光栄だ。最期まで派手にやろうぜ』

 

『いや、光栄つーかお前らハードガーディアンじゃん』

 

 空に浮かぶのは銀色に輝く球体状の星船。その周りを数体のフライングスマッシュ通常体が巡回し、低空位置に留まる円盤型キャリアーからは地上戦型のスマッシュたちが投下されている。

 これらとナイトローグが戦う一方で、彼の味方はハードガーディアンの一個小隊などで構成されていた。他にも通常のガーディアンの部隊が点在するが、赤いヘルメットを被った隊長の指示の元、何故か敵の大軍へ無謀にも突撃していく。

 

『突撃だぁーっ!』

 

『おおーっ!』

 

《デビルスチーム》

 

『ぐおおおっ!?』

 

『隊長がやられたぞー!』

 

『ちくしょう、仇は取ってやる!』

 

『ナイトローグ! お前が指揮をしろ!』

 

『EDF! EDF!』

 

 それをナイトローグは暗殺もとい峰打ちをしてやる事で、赤ヘルの魔の手から次々と味方を救っていく。こうして、ナイトローグによるマザーシップ攻略が始まるのだった。

 

「まるでわからないといった顔をしているな。まぁ、無理もない。大事なのはここからだ。ブラックボックスを解明し、戦闘中でもハザードレベルが上がるようにする!!」

 

 そう強く断言したレオナルドの声が室内に響き渡る。だが、彼の予想に反して二人は無反応であった。ハザードレベル云々よりも、ナイトローグの攻略動画に意識が向いている。

 

「ノーリアクションかよ、チクショー!!」

 

「だって、これ地球防衛軍ですよね? ただの地球防衛軍ですよね?」

 

「うるさい。これはお前らも他人事じゃないんだぞ。ほら、ボトルだ」

 

「わわっ!?」

 

 もはや、レオナルドはナギの突っ込みを聞き入れようとはしなかった。有無を言わせず、白衣のポケットから取り出したフルボトルの一本を彼女に投げ渡す。

 慌てて受け取ったナギの手の中には、蛇のデザインが刻まれているフルボトルがあった。レオナルドとそれを交互に見て、驚きの声を上げる。

 

「ええっ!? これって、弦人くんと同じヤツですよね!?」

 

「いいや、改良型の電子レン……装置で作った新作だ。弦人くんのバットフルボトルとまでは行かないが、何度使っても成分が空にならない……はず」

 

「ねぇ、ナギ。今ワタシ、電子レンジって聞こえた気がするわ?」

 

「ううん、空耳じゃないよ。電子レンジって言い掛けてた」

 

 フルボトルに関する一番重要な説明を隅に置いた疑問に京水とナギは互いに頷き、同時にレオナルドを見つめる。レオナルドは動きを固めたが、すぐにでも話を進めた。

 

「……トランスチームガンとビルドドライバーで変身するにはハザードレベル3以上が必要となる。また、ハザードレベルは戦闘中に上げる事ができる。ドラクエみたいなものだな。ただし、トランスチームシステムは例外。弦人くんがビルドドライバー嫌いとごねてるのもあって、今に至る訳だ」

 

「へぇー、そうなのね。そのビルドドライバーってのをワタシたちに使わせるつもりかしら? ワタシ、先にトランスチームガンもらってるのだけど」

 

「違う違う。完成されたトランスチームガンと違って、試作品をお前たちに使わせる訳には行かない。使うのは俺だ。どうだ、身体を張ったぞ? 褒め称えろ」

 

 京水の疑問を解決し、己も実験に命懸けで臨んでいる事を誇らしげに胸を張るレオナルド。腰に両手を当てて、顎を上げる。ついでに流れ作業の如く、どこからともなく取り出したトランスチームガンをナギに再び投げ渡した。

 

「本当にさりげなく渡して来ますね。あっ、こっちも弦人くんと同じだ」

 

「じゃーん! ハザードレベル測定器ー! ナギは2.4! 京水は2.9! ちっ、ダメか……」

 

「もう突っ込みませんよ?」

 

 戦闘力測定器スカウターの模造品を耳に装着した彼を見て、とうとうナギは突っ込みを放棄する。どんなに彼がクマのようであっても、舌打ちの際の物凄い表情を目撃すれば苦笑せざるを得ない。瞬く間にクマの可愛さが灰塵に帰した。

 その一方で、京水は間髪入れずに次の質問を出す。

 

「科学者なのに、そんなに身体を張って大丈夫なの? その手の実験って別に被験者が用意されるものではなくて?」

 

「それな。でも用意した三百人の内、遺伝子検査をパスできたのは三名。内一人はネビュラガスが怖いからとドタキャン。残るは俺と葛城博士だった。けどまぁ、ガスの注入実験を葛城博士にやらせるのは男が廃るからな」

 

「見掛けに寄らずイケメンなのね。キライじゃないわ!」

 

 原則、被験者と科学者は完全に住み分けされている。今回のレオナルドの行動は、周りにとってもあまり褒められたものではない。あくまで実験であるのだから、ネビュラガスの危険性を考慮すれば辞退するのが合理的だった。

 だが、そんな事はお構い無しにと漢気を発揮。これには京水も共感し、思わず彼を尊敬した。結果論で助かったのが幸いである。

 

『緊急事態発生! 施設内B棟に襲撃! 各自、外へ避難を! 無理なら最寄りのシェルターまで!』

 

 その時、研究所の至るところに警報が鳴り響いた。避難指示をアナウンスも出され、レオナルドは驚愕の表情で立ち上がる。

 

「B棟ってここじゃねぇか!? おい、避難するぞ!」

 

「待ってください! 弦人くんはどうするんですか!?」

 

 直後、ナギの言葉が割って入ってきた。ただし、この状況下では誰もが当然のように思い至る。レオナルドはナギたちを部屋の外へ誘導しながら、捲し立てるようにして口を動かす。

 

「俺が起こしてくる! 途中で警備員に会ったらお前らを預けるから、急ぐぞ!」

 

 のんびりとしている場合ではない。襲撃を受けている理由が不可解だとしても、現に警報はいつまで経っても止まないのだから。釈然としなくても二人は頷く他にない。

 部屋を飛び出した後に遅れて、微かな爆発音と振動が遠くから伝わってくる。来た道を逆走しているだけだが、背後から無性に来る未知の恐怖というものは、彼らの逃げ足を急き立てる。

 すると、角を曲がった先でとある男性研究員と遭遇した。非常時であるにも関わらず、彼はレオナルドたちの行く手を阻むようにして佇んでいる。

 

「野座間じゃねぇか。おい、コラ! 何ぼさっと――」

 

 男性の名前を呼んだレオナルドだが、ふと言葉が止まってしまう。前進しようとした足を止めて、後ろにいる京水たちを制する。野座間の手には、マウス実験にて用いられていたスマッシュボトルが握られていた。

 まだ浄化していないスマッシュボトルは、外部に漏れないように全て厳重に保管されている。それが持ち出されているという事は、何らかの異常が発生している事の証。瞬時に野沢から嫌な予感を覚えたレオナルドは、そっとビルドドライバーと二本のフルボトルを取り出しておく。

 そして、その予感は的中した。野沢のスマッシュボトルのふたを開けて、中身の成分を自身に掛ける。姿が異形へと変わっていくのを見ながら、レオナルドは咄嗟にビルドドライバーを装備した。ベストマッチ先のイニシャルが存在していないフルボトルを振り、ベルトに装填する。

 

「ちっ! 二人とも、離れてろよ!」

 

『コオロギ! サイコロ! ロストマッチ!』

 

『Are you ready?』

 

「変身!」

 

 手早くレバーを回し、間を置かずに叫ぶ。秒未満でドライバーから展開されたランナーがレオナルドを包み隠し、蒸気を吹かしながら創造の名に連ねる戦士を誕生させる。

 

『双六チチロ! サイコローグ! イエーイ!』

 

 二つのハーフボディの色は白と黒。頭部の右目にはコオロギ、左目にはサイコロの意匠が存在する。後頭部から背中側に繋がれているドレッドヘアー型のパイプが、戦士が試作に過ぎない事をあたかも知らしめていた。

 その戦士――サイコローグは、野沢を依り代に現れたプレススマッシュと対峙する。彼の後ろ姿は、京水たちに「今にもバイクに変形しそう」と思わせた。

 




Q.サイコローグ?

A.元ネタは仮面ライダー龍騎のミラモン。


Q.ロストマッチ!?

A.みーたんが……みーたんさえいれば……!!


Q.ハードガーディアンがEDFにいたら、ベガルタ以上の戦果を挙げそう。

A.人型の無人ミサイル車両みたいなものですから。


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烈火+星船+星喰らい+クローズチャージ = 難易度インポッシブル

「ナイトローグ、ベガルターを使え!」

「リミットブースターもあるぞ! ミニッツシールドもだ!」

「バットエンジンとエボルドライバー持ってきました!」

「ナイトローグが命じる! マッドローグを薦めてきたこのたわけを撃てぇー!」

「「サー、イエッサー!」」

「う、うわあぁぁぁぁ!?」



 荒廃した街の中を、俺は指揮下に加えたハードガーディアンたちと共に駆け抜ける。低い位置に滞空しているキャリアー下部の投下口が開かれる瞬間を狙い、ライフルモードのスチームブレードを撃つ。

 

《スチームショット!》

 

 たった一撃でキャリアーは大破。船体各所より爆発を上げて落下。地面に激突し、跡形もなく消え去る。押し寄せてくるスマッシュの群れは、なるべくハードガーディアンに任せた。引き撃ちを徹底すれば楽に殲滅できる。

 これで残すは、丸裸にされたマザーシップのみだ。先ほどからあらぬ方向へ放っているジェノサイド砲を狙撃して破壊する。もはや流れ作業だ。

 しかし、マザーシップ本体下部の大気吸収口にある程度のダメージを与えれば、船体表面より新しく砲台が展開される。大量の赤いレーザーと紫のプラズマ弾が、一斉に降り注いできた。俺はひたすら砲台を撃ち落としていくが、ワンショットで破壊できない。こうしている間に味方が次々と倒れていく。定期的に来るフライングスマッシュがウザイ。

 いくらハードガーディアンと言えど、空戦能力は皆無。俺が一人で空を飛んでも、彼らは地上を走って付いてくるだけ。ぶっちゃけると、コイツらは俺の命令を聞かずにただ近くにいるだけだ。肉盾になれとか、俺を放っておいて突撃してこいとか、言っても全然従わない。

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!」

 

「弾が! 弾が!」

 

「装弾不良! 援護頼む!」

 

「お前らのせいで皆死んだんだ! ちくしょう! ちくしょう!」

 

「墜ちろ! 墜ちろぉー!」

 

「よくも街を、俺の家族を!」

 

「アーマー損傷!」

 

 また、比較的紙装甲な通常型のガーディアンたちが先にやられる。火力も乏しく、何よりうるさい。

 そうこうしている内に砲台を全て撃破。当分は散発的なフライングスマッシュの襲撃しかなかったので、大気吸収口への狙撃を続行。一定のダメージを与えれば、マザーシップは第三形態へ移行する。新たな巨大砲台を七基ぐらい生やし、緑色の弾幕を形成する。

 ここからは完全な我慢比べだった。早急に巨大砲台を落としても、比例して味方が死んでいく。俺と違ってローリングなどの回避行動を取らない点も悩みどころだった。

 

「ナイトローグ! 地球の平和は任せたぞぉ!」

 

 そうして、ハードガーディアンは全滅した。だが巨大砲台を何とか殲滅させ、残りの人数が五人足らずになったところで突撃しようと思った矢先、通信が入ってくる。

 

『こちらスカウトチーム! ナイトローグを援護します!』

 

 まさかの援軍だった。彼らは狙撃銃を装備し、空中にいるフライングスマッシュに攻撃を加える。フライングスマッシュが散り散りになっている今が好機だ。コウモリの翼をはためかせ、空を駆ける。

 

《Bat! スチームショット!》

 

 瞬く間にマザーシップの真下へ移動し、スチームショットを大気吸収口に炸裂させる。一発の光弾は星船を貫き、たちまち黒煙と爆発を起こさせる。

 

『マザーシップ、大破!』

 

 オペレーターからの連絡を受けて、落下するマザーシップから俺は大急ぎで待避。寸後、地に沈んだマザーシップは爆発四散するのであった。

 終わった。そう思って地面に降り立つ俺だったが、こんな時に限ってヤツがやって来た。

 

《ドラゴンインクローズチャージ! ブルゥアァァァァ!!》

 

 振り返ってみれば、晴れていく爆炎の中に青いゼリーの戦士の姿が窺える。どこからどう見ても、立派なクローズチャージであった。お前もタカフルボトルなしに空飛んだりしないよな?

 ここまで攻略させておいて、嫌がらせとも取れる真打ち登場。勝ち目が薄くても俺は戦うしかなく、咄嗟に身構える。しかし、相手の出方を見ていれば、何だか様子がおかしいのがわかった。クローズチャージはプルプル震えて、唐突に叫ぶ。

 

「教えてくれ……俺は一体、誰なんだ? 俺は……何のために生まれてきたんだぁァァ!!」

 

《ビームモード》

 

 左手のツインプレイカーをビームモードにして、がむしゃらにビームを乱射しながら走って来た。ビーム使うとかお前万丈龍我じゃないな? クローズチャージの亡霊か。

 射撃はまるでなっておらず、俺は軽々とかわしながらクローズチャージへと駆け寄る。

 わかるよ、お前の気持ち。せっかく強くなったのにろくな勝ち星を上げられず、捨てられて、負けて、挙げ句の果てにはゼリーを燃やされて。悔しかっただろう? 怒りたかっただろう? ナイトローグも気持ちは同じだ。何度も主人に浮気されて、捨てられた。

 だが、ナイトローグと比べてもお前はまだ救われている方だ。少し悲しいかな、お前はどんなに丸焦げにされても、最後は再び主人の手に舞い戻った。新たな力をその身に宿して――

 至近距離まで詰め寄り、がっしりとクローズチャージの両肩を掴んで大声を出す。

 

「クローズマグマに出世するためだよ!! 目を覚ませ! クローズチャージ!」

 

 刹那、嘘のようにクローズチャージの動きが止まる。それから言葉にもならない声を出し、天へ顔を向けて静かに喋る。

 

「ぁ……ぁ……そうだ。俺は、クローズマグマに……」

 

 その時、不思議な事が起こった。クローズチャージの身体が光に包まれたかと思いきや、いきなりクローズマグマへと変貌を遂げたのであった。ベルトもいつの間にか、スクラッシュドライバーからビルドドライバーへと変わっている。

 クローズマグマは驚くぐらいに大人しかった。敵意は見せず、俺としばらく見つめ合う。そして、大気圏を突破して天空に舞い降りる星喰らいの訪問者へと視線を動かすのだった。正六角形のプレートがパズルのように合体し、空を覆い隠していく。

 

「ナイトローグ」

 

「ん?」

 

「ちょっくらエボルトの野郎をぶっ飛ばしてくる」

 

「エボルトじゃなくてアースイーターだけどな」

 

「細かい事はいいんだよ。行くぜ! 俺のマグマが迸る!」

 

 この後、俺とクローズマグマは空を飛んで、速攻でアースイーターを操っている司令塔ブレインを破壊した。

 

『ゲームクリアー!』

 

 直後、そんなアナウンスがどこからともなく響いてくる。気が付けば、このエリア一帯が徐々に金色に粒子化していった。真っ先にガーディアンたちが蒼天の彼方へと消えていく。荒れた街はたちまち、青空を鏡のように写し出す大地へと姿を変える。

 再度クローズマグマを見てみれば、彼が一番粒子化に遅れていた。ポツポツと全身が霞んでいく中で俺と向き合う。そして、ぼっそりと呟いた。

 

「ありがとな、ナイトローグ。お前も頑張れよ」

 

「……ああ」

 

 俺はそれだけ答えると、黙ってクローズマグマと握手を交わす。仮面で隠されているものの、彼は笑っているのだと何となく伝わった。

 無言の握手が最後となり、やがて彼も消滅する。遅れて、頭の奥で誰かの声が響いた気がした。

 

 

 

「弦人くん? もしもしー! 起きてぇー!」

 

 

 

 ※

 

 

 

 サイコローグは京水たちを逃がした後、廊下の壁を破ってプレススマッシュを強引に外へ連れ出した。プレススマッシュは地面に転がり、サイコローグは華麗に着地する。

 クマのようなシルエットは健在だが、レオナルドが元々小柄なだけあってプレススマッシュの鈍重な攻撃はなかなか当たらない。颯爽と足払いを駆けてやった次の瞬間には、ベルトのレバーを素早く回していく。

 

《レディゴー! ボルテックフィニッシュ! イエーイ!》

 

 必殺技発動。サイコローグの右足にエネルギーが溜まり、その場で高くジャンプする。遅れてプレススマッシュが立ち上がった頃には、サイコローグが飛び蹴りにと急下降してきた。

 プレススマッシュは避ける間もなく、飛び蹴りをみぞおちに受けて大きく吹き飛んでいく。それから全身に電流をビリビリと流しながら、死んだように地面へ倒れ伏す。

 まさしく速攻撃破。サイコロフルボトルによる運・クリティカル率変動効果と、コオロギフルボトルの脚力増強が噛み合わさった結果だった。サイコローグはエンプティボトルを取り出せば、そそくさとプレススマッシュの成分を回収した。怪人態が解けて、野座間の生身の姿を取り戻す。彼は気絶していた。

 

「こんにゃろ!」

 

「ん?」

 

 すると、よそから誰かの掛け声が聞こえてきた。センサーチェックもしながらサイコローグがふと視線をやると、そこには別のスマッシュに攻撃を加えているエンジンブロスの姿があった。

 すかさずエンジンブロスは右腕より歯車状のエネルギーを放ち、スマッシュの胴を激しく削っていく。それが決め手となり、エネルギー自身が爆発を起こしてスマッシュを巻き添えにした後には、見事地面に背中を付けさせていた。スマッシュはピクリとも動かず、おもむろにエンプティボトルで成分を回収される。中から出てきた人間も、野座間同様に気絶している。

 ここで一段落すれば、両者が互いに気づくのは自然の道理だった。首を傾げたエンジンブロスは、おもむろに呟く。

 

「……ん? ぬいぐるみ、か?」

 

「失礼だぞ、お前」

 

「えっ、喋った」

 

 かくして、サイコローグとエンジンブロスは邂逅を果たした。

 

 




Q.今気づいた。内海ってナイトローグに変身したくてもフルボトルがエボルトに取られてたから無理だと。

A.ごめんなさい、内海さん。だけどマッドローグに走ったのは許しません。


Q.ブラッドスタークのスーツって残ってるんだろうなぁ。それに比べてナイトローグは……

A.ナイトローグがマッドローグにリペイントされているはずがない(頑固)


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誕生のL。昔は夜中に不穏な事が起きると月のせいにされてきた


ふとサイト内でナイトローグと検索すると、当たったのは六件。一方、ビルドの場合は279件(20180620現在)

……


 ネビュラスチームガンで研究所敷地内に霧ワープを果たしたエンジンブロスは、始めに外で暴れているスマッシュと遭遇した。スマッシュは見境なく、近くにあるものをひたすら壊していく。その背後には、研究所の壁に大穴を空けた跡があった。

 今回の研究所侵入の目的は、フルボトル及びボトル浄化装置の強奪であった。同じく指令を受けたリモコンブロスとは現在、別行動を取っている。侵入の前段階として、こちら側に内通している研究員が先に動く手筈だ。

 無論、内通者のデータ提供によって、ボトル浄化装置やその他の設計図は手に入れている。だが、素材が百均グッズで電子レンジ擬きの機械を作る前提の時点で、深刻な技術不足により代替の材料集めに奔走しなければならなくなった。

 そのため、再現に時間を要するならと、とっととパワーで奪った方が早いと結論付けた。幸い、ネビュラスチームガンの空間転移能力により、座標さえわかっていれば短時間での作戦完遂を可能としている。

 エンジンブロスの姿をスマッシュが目にすると、たちまち彼に向かって突撃していく。実際のところ、スマッシュ化する前の人間は内通者――要は彼の味方なのだが、完全に意識がなくなっていた。あまりにも本末転倒な結果に、エンジンブロスは呆れると同時にスマッシュを軽くいなす。

 

「……ちっ、ナンセンスだな」

 

 エンジンブロスの周りに人影は見当たらない。人的被害が一応出ていない事に安堵しつつ、怒涛の勢いでスマッシュを攻め立てる。常日頃から訓練でスマッシュを相手取っている彼からしてみれば、まさしく朝飯前だった。

 やがてトドメを決めて、おもむろに取り出したエンプティボトルでスマッシュの成分を回収。素体となった人間は、気絶している点を除けば五体満足である。

 その直後、サイコローグに変身したレオナルドと出会ってしまった。見知らぬ戦士の姿に思わず困惑したエンジンブロスは、さらに喋れる事も知って目を白黒とさせる。どこからどう見ても、サイコローグの全長が小さすぎてぬいぐるみにしか思えなかった。

 コオロギとサイコロのデザインが含まれているつぶらな瞳。人並みの長さの指がこれっぽっちもない、むしろ獣のものだと彷彿させる手先。されども腰にはビルドドライバーとフルボトル。これは耳にしている。戸惑いながらも、本当にぬいぐるみではないのだとエンジンブロスは無理やり納得する。

 すると、サイコローグは手をポンと叩いて声を出す。

 

「あっ、思い出した。お前、エンジンブロスだな? よくもトランスチームガンをパクりやがって」

 

「そんな事俺に言われても……」

 

 少なくとも冤罪であった。エンジンブロス本人も詳細は把握していないが、ナイトローグの存在が世間に知られた最初の頃にはネビュラスチームガンは完成の目処が立っていた。彼が紫の駆麟煙銃を手にした日は、ナイトローグがIS学園にぶちこまれた当日である。パクるにせよ、トランスチームシステムの上位互換足らしめるにはいくらなんでも時間が足りなすぎる。

 それに彼の視点でものを言うのなら、トランスチームガンこそネビュラスチームガンのパクりだった。明らかに性能面では上回っていて、ハザードレベルも戦闘中に上げられる。総合力でもカイザーシステムの圧勝、トランスチームシステムが敵う余地はない。強いて劣っている点を述べれば、フルボトルの存在だろう。

 しかし、エンジンブロスがその事を言及するつもりはなかった。敢えてサイコローグの注意を引き付ける事を念頭にし、無言を貫く。

 もしISがここへと駆け付けてくるものなら、スクランブル発進込みでも恐らく十分とも掛からないはず。たとしても、霧ワープの優位性はこれっぽっちも揺るがない。ネビュラスチームガンの引き金を引くだけで良いのだから、後は別行動中のリモコンブロスが上手くやってくれる事を祈るのみ。焦る必要はなかった。

 

「こっちはな、パクられたパクられたって騒がれて大変だったんだぞ! おかげでスパイ探しする羽目になって……ちくしょう! マザーシップのレーザー攻撃絶対許さねぇ!!」

 

「あれ? 最後の、俺らと関係なくね?」

 

「死ねぇー!」

 

「無視かよ!?」

 

 加えて、サイコローグが問答無用で飛び掛かってきたのは嬉しい誤算だった。陽動や囮だとバレないように演技する必要もなくなる。

 サイコローグの的の小ささは色々な意味で驚異だ。相手も間合いの問題で同じ事が言えるが、まず攻撃が当てにくい。

 しかし、宙にいる時を狙えば、PICがない限りは無防備だ。ろくな回避行動も取れず、見切れば対処するのは簡単。サイコローグが振り抜いた右ストレートを両手で受け止めて、そのまま背負うようにして地面に叩き付ける。

 

「うおぉぉぉぉ!!」

 

 次いで、寝技を掛けてサイコローグの動きを完全に抑える。その際に相手のハザードレベルが自動的に測定されたが、視界に投影される画面端が映した数値は3.1であった。

 

「ハザードレベル3.1! ひっく!?」

 

「アダダ!? 余計なお世話だ! アダダっ! うぐぐ……ハザードレベル4.0!? 化け物じゃねぇかぁ!?」

 

「化け物上等ぉ!」

 

 それからは、終始エンジンブロスが優勢であった。挙げ句の果てには、頭を抱えて地面に臥すサイコローグをひたすら蹴りまくる事になる。

 

「この! この! この! この!」

 

「痛い! 痛い! 痛い! 痛い!」

 

 まさしく一方的。サイコローグは反撃はおろか、自分の身を守る事で精一杯だ。耐久限界が来て強制的に変身解除されないのが不思議なくらいである。

 しばらくすると、エンジンブロスはふと蹴るのをやめて、足元にいるサイコローグではなく正面の方を向く。そこには、大きく開かれた漆黒の翼が迫ってきていた――

 

 ※

 

 

「オーケー! レオナルド博士のとこに行ってくる! 二人は早く逃げてろ!」

 

 京水たちに起こされる形で電脳ダイブから帰ってきたナイトローグは、身体に掛けていた毛布をどけるや否や部屋を飛び出していった。彼女たちが現在の状況を端的に伝えたがための出来事だ。

 二人はあっという間に置いてきぼりを受けてしまった訳だが、ナイトローグが電脳ダイブしていた部屋にいつまでも留まっている場合ではない。誰の許可も得ず、勝手にここへ訪れてしまったのだから。ちなみに、間取りを把握していない彼女たちが迷子にならず真っ直ぐそこまで辿り着けたのは、京水の乙女の勘のおかげだったりする。

 避難するのはそれほど苦ではない。来た道を引き返すだけで済む。ナイトローグを心配するよりも信じる事にした二人は、脇目を振らずに大急ぎで廊下を駆け抜ける。

 その時、ふわふわと空中に浮いている電子レンジと遭遇した。束の間、電子レンジの動きはピタリと止まる。京水たちも立ち止まった。

 

「電子レンジ……」

 

「……あっ、もしかして」

 

 ナギがおもむろに電子レンジの名を呟けば、京水がハッとする。電子レンジと聞いて思い出したのは、レオナルドの話であった。

 

 ――浄化装置――

 

 無論、実物の姿や、どのように稼働してフルボトルを作るのかも二人は知らない。それでも電子レンジが単体で浮遊しているという不思議現象に出会えば、すぐさま浄化装置と結びつけるのは簡単だった。

 直後、百八十度方向転換した電子レンジは尻尾を巻くようにして逃げていった。

 

「「あっ!?」」

 

 ふとした拍子で二人から驚きの声が上がる。しかし、それと同時に京水はすかさず鞭を取り出していた。慣れた手つきで鞭を振るい、電子レンジへと届かせる。

 そして、鞭は途中で遮られるようにして目に見えない何かに巻きついた。目線としては上辺り。もしも透明人間が電子レンジを持ち逃げしているのであれば、確実に首を引っ張っているであろう高さ。京水はグイグイと鞭を引くが、程なくして足を引き摺られそうになった。

 

「ナギ!」

 

「はい!」

 

 叫ぶ京水に応えて、ナギはどこからともなくテニスボールとラケットを手にする。そして――

 

「光る球【デストラクション】!!」

 

 必殺打球を放った。金色の光を纏ったテニスボールはナギの尋常ではないパワーで振られたラケットにより、拳銃の弾丸顔負けの速度で飛んでいく。

 

 パァン!!

 

 光る球は目に見えない何かに直撃する事はなかった。あくまで掠り当たりに留まり、凄まじい威力を以てして向こう側の壁に埋め込まれる。瞬間、電子レンジを持った者の姿が顕になった。

 

「……なんで? テニヌなんで?」

 

「「リモコンブロス!?」」

 

 そこにいたのは、光る球に戦慄した様子を見せるリモコンブロスであった。ただし気持ちの切り替えは早く、左半身より飛ばした歯車状の小さなエネルギー刃を巧みに操り、自分の首を絞めている鞭を切断させる。拘束から解放され、役目の終えたエネルギー刃は消失する。

 それから再び逃げ出そうとする彼だったが、突如として銃声が響く。背中に弱くない衝撃を受けて、そのまま電子レンジを抱え込むようにして前に転ぶ。

 

「うおっ!?」

 

「あ、当たっちゃった……」

 

 撃ったのはナギだった。その手にはトランスチームガンを持っており、転んだリモコンブロスの姿を目の当たりにして震える。思い切りが良かったのも最初だけで、ISに乗っている時とは違う感覚に引き金が引けなくなる。明らかに動揺していた。

 リモコンブロスは彼女を一瞥し、電子レンジを腕の中に隠しながら立ち上がる。相変わらず背中を向けたまま、一言告げる。

 

「邪魔すんな。テニヌはともかく銃を撃ってビビるなら止めとけ。俺も余計に人を傷付けたくない」

 

 何を今さら。発砲の恐怖を無理やり押し殺して反論しようとするナギだったが、それを京水が制した。クネクネとしたステップを刻みながら、一歩前に出る。

 

「殊勝な言葉ね。キライじゃないわ! だけど、それとこれとは話が別」

 

「ちょっ、クネクネすんな。なんか寒気が――」

 

「あなたがどうして電子レンジを持ってるのか、それは簡単に想像つくわ。十中八九、浄化装置でしょ? それ」

 

「いや、だからクネクネしながら近づいてくんな!? 背筋がぞっとしてくる!」

 

 端から見れば、京水の動きは己のスタイルを十全に活かした魅惑な所作そのもの。しかし、どういう訳かリモコンブロスはじわりじわりと後ずさっていく。その赤い隻眼は、まるで気持ち悪いものを見ているような目をしていた。

 これにナギは頭が追い付かず、呆然としながら成り行きを見守る。リモコンブロスが拒絶反応を一心に示している一方で、京水は新たにトランスチームガンとルナフルボトルを取り出した。

 そんな彼女の出方にリモコンブロスは驚愕。咄嗟に逃げようとするが、あの謎の嫌悪感と悪寒が未だに抜けておらず、足元がもたつく。そうこうしている内に京水は、ルナフルボトルを片手で振ってフタを開ける。

 

「さぁ、乙女の力を見せてやるのよ、ワタシ! 来なさぁぁぁぁぁい!!」

 

 《Luna》

 

「変身! ――あっ、間違えちゃった」

 

 《Mist match》

 

 蒸血ではなく変身と言い間違えた頃には、既に引き金が引かれていた。トランスチームガンの銃口より深い霧が京水の姿を覆い隠し、その中で専用のパワードスーツを纏わせていく。

 

 《Lu,Luna. Luna. Fire!》

 

 程なくして花火が上がり、霧が晴れる。中より現れたのは、頭部のゴーグルと胸部のクリアパーツが下弦の月を模している黄色の戦士だった。ナイトローグと比べれば丸みを帯びており、女性らしさに溢れたラインを保っている。しかし、頭部の角は共通していた。

 その名もホールドルナ。決して痩せたルナ・ドーパントとかではない。まさしく自分自身のイメージカラーに合った姿に、彼女はノリノリでポーズを決める。

 

「太陽に代わって、お仕置きよ!」

 

 瞬間、辺りに静寂が訪れる。ナギはどんな反応を示して良いかわからず、口をあんぐりと開けるばかりだ。リモコンブロスも動きが一瞬固まり、恐る恐るといった風体で言葉を投げる。

 

「……なんだろう、オッサンの影が見える」

 

「そう、オッサ――オッサン!? レディに対してなんて最大の侮辱を!! ムッキィィィィィィィィ!!」

 

 聞き捨てならない単語にホールドルナは憤慨し、ハンカチを噛み引っ張る代わりに地団駄を踏む。

 すかさずリモコンブロスは電子レンジを片手で持ち直し、利き手でネビュラスチームガンを構えてホールドルナに発砲する。しかし発射された光弾は、突如として鞭のように変形・伸長したホールドルナの腕で払われた。

 

「ちっ!」

 

 仮面の下で舌打ちし、射撃を止めてそそくさと逃げ出すリモコンブロス。ホールドルナは彼の後を追い掛ける寸前、未だに動かないナギに一言言い残した。

 

「危ないからナギは先に逃げて! いいわね!」

 

「う、うん……」

 

「よ~し、イッテきまぁぁぁぁぁぁぁす!!」

 

 そうして、どこか緊張感が抜けた追走劇が始まるのであった。

 

 

 

 

 




Q.ホールドルナの姿は?

A.丸みの点ではややブラッドスターク寄り。手足はちゃんとしている。腕の変形はまんまWやルナ・ドーパント。Rナスカやタブー・ドーパント的なエロさがある。顔のイメージはジムやドムの(凸)


Q.ルナフルボトルって特性は月? 狂気?

A.月です。月にまつわる話を含めたらカオスになるけど。最近だとクロノスとゲンムが宇宙空間に行きました。数年前は不死鳥さんが月をスルーして太陽にぶちこまれました。さらに数年前は、シャドームーンが貴重な変身シーンを見せてくれました。さらにさらに数年前は、キバが月面キックしました。さらにさらに前は、シャドームーンが甦りました。


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電子レンジ争奪戦


デーデーデーデー♪

ナイトローグショックから早十年(大嘘)。ボトルを浄化する強大なエネルギーを秘めた電子レンジを巡り、新たな戦いが幕を開けた。

コノーママー♪


 ぬいぐるみサイズのビルドを足蹴にしているエンジンブロスに向かって俺は突撃する。翼を展開し、擦れ違い様にカッター代わりとして斬りつけようとするが、間一髪で避けられてしまった。

 急いで無反動旋回し、ビルドの隣に着地する。そっとスチームブレードとトランスチームガンを構えれば、相手も同じ事をする。ビルドが話し掛けてきたのはそのタイミングだった。

 

「弦人くんか! 星船はクリアしたのか!?」

 

「えっ、レオナルド博士? あの地獄なら乗り越えました」

 

「グッジョブ!」

 

 ビルドの正体はレオナルド博士だった。サムズアップしてきたのを皮切りにし、エンジンブロスが駆け出す。ネビュラスチームガンの発砲にこちらも応射し、光弾を相殺。ビルドは今すぐにでも殴りたいところだが、それよりもエンジンブロスだ。ぐっと抑えて、肉薄してきた彼と剣戟を繰り広げる。

 この前のリベンジと行かせてもらう。リモコンブロスが見当たらないのが不可解だが、複数対一にならないだけマシだ。以前とは随分と楽なマッチングなのだから、これで負けたら酷すぎる。

 手始めに、エンジンブロスとは徹底的に力勝負を回避する。至近距離での銃撃は互いに軽々とかわしていき、彼が力任せに振る重たい斬撃をなるべく受け流す。もしくは見切って避ける。助けに入った時点でレオナルド博士は満身創痍のようだったから、割り込まれる事はないだろう。このままタイマンを張らせてもらう。

 

「くそっ! ちょこざいすぎる!」

 

 俺が流れる水の如き戦術を意識していれば、エンジンブロスはそう悪態をついた。

 スペックの次に大切なのは技量、経験。この程度の高速戦闘は、織斑先生怒りのシゴキでもう慣れた。臆する事なく判断をつけられる。

 次にエンジンブロスの横一閃が胸部に迫る。それを俺はバッタのように跳ねる事で回避し、ややうつ伏せの姿勢で空中に浮く。それから落下が始まる直前、トランスチームガンでネビュラスチームガンを撃つ。

 

「いっ!?」

 

 手元がやられたエンジンブロスはすっとんきょうな声を上げ、俺は四つん這いに近い形で着地。間髪入れずにスチームブレードを前方左右に振りまくり、相手の小足を狙っていく。目標は脛への直撃だ。

 しかし、そう簡単に一撃を入れてくれるほど甘くはなかった。咄嗟にエンジンブロスはスチームブレードを足元に差し出し、防御する。ついでに低姿勢で前進しながら攻撃を続ける俺に応じて、彼も素早く後退していく。

 刃同士がぶつかる音が何度も響く。しつこく攻撃しても一向に入る気配がない。キリが良いところで脛狙いをやめて、一思いに斬り上げる。

 右足をぐっと前に出し、大きく踏み込んでは懐にスチームブレードを目掛ける。案の定、これも捌かれた。俺たちは一度、少しの距離を保ったまま見合う。

 

「一対一だとお前こんなにしんどいのかよ……」

 

 そう言って溜め息をつく彼だが、こちとら話し掛けるつもりは毛頭ない。トランスチームガンを仕舞い、両手で持ったスチームブレードを腰の左側へ運ぶ。鞘はないが、抜刀術のイメージだ。腰だめになり、機を窺う。

 対して、エンジンブロスはスチームブレードを左手に持ち直すと、右半身から白い歯車状のエネルギー刃を顕現させる。エネルギー刃は宙に浮かび、同じく射出のタイミングを測っていた。

 辺りはしんと静まり返る。張り詰めた緊張感が襲い掛かり、早まる気持ちを頑張って我慢する。まだ絶好の機会ではない。見極めろ。相手の意表を突け。

 そして、真っ先に俺は動いた。踏み込んだ右足にすかさず、左足を前に出す。既にスチームブレードは振り抜いた。

 

 刹那、眼前にエネルギー刃が飛び込んでくる。気合いで姿勢をさらに低くし、頭頂部スレスレでかわす。次に視界の中に入ってきたのはエンジンブロス本人だ。

 

 まずは横に一閃。左足を出した絶妙な瞬間に抜刀したおかげで、剣のスピードは今まで以上に昇華する。

 一撃目はスチームブレードで防がれた。だが、昇華したスピードで生み出された初撃は、そんな事もお構い無く空気を弾く。真空領域が出来上がり、僅かながらもエンジンブロスの動きを阻害する。

 必死に下がろうとするエンジンブロスだが、何故か俺に引き寄せられる。防御が疎かになり、無防備な顎を完全にさらけ出した。決めるのはここだ。

 特異な踏み込みによって、エンジンブロスとの間合いを瞬時に詰める俺。彼が何かしようにも既に遅く、凄まじい速さで振り上げられる二撃目の刃が彼の顎にあっさり入った。頭をカクンと後ろに曲げさせ、その衝撃で身体ごと空中へと吹き飛ばす。力なく地面の上に落ちるのは、数秒後だった。

 

「……飛天御剣流奥義、天翔龍閃」

 

「……か……かめはめ波を目指してる俺より先に……完成してるだと……?」

 

 ぼそっと技名を呟く俺と反して、エンジンブロスは半ば呻き声を上げていた。かくはともあれ、苦しくて立ち上がれないままなら結構だ。勝負は俺の勝ち。無力化にも成功した訳だから、後は適当にボコボコにして変身解除させるだけ。

 さぁ、覚悟しろ。便利アイテムのネビュラスチームガンも、明後日の方向に飛んでいったままだ。逃げられまい。

 

「よくやったぞ、弦人くん! このやろ! このやろ! のわぁっ!?」

 

 すると、後ろからレオナルド博士がすっ飛んできた。ゲシゲシとエンジンブロスを蹴っていくが、零距離でエネルギー刃を撃たれて大きく仰け反る。そのまま尻餅を付き、今度は仰向けに倒れたままのエンジンブロスに何度も叩かれる。

 この隙にネビュラスチームガンを回収した俺は、スチームブレードの代わりにトランスチームガンを出して二丁持ちを実現させる。ギアエンジン自体はエンジンブロスが持っているのだろう。そうそう都合良くないか。

 その時、横から水色のエネルギー刃が複数飛来してきた。割りと尋常ではない弾幕で、スチームガン二丁の引き金を一心に引き続けて撃ち落とす。弾幕は全て俺に向かっていた。逃げようとすると追尾してくる。

 片や、レオナルド博士はエンジンブロスから這う這うの体で距離を取っていた。

 

「待ちなさ~い!!」

 

「ついてくるんじゃねぇ!! このっ!」

 

「アァン、切れちゃった~!! あうっ!」

 

 京水とリモコンブロスの声が聞こえてくる。弾幕をどうにかやり過ごした先には、ネビュラスチームガンと電子レンジを持っている彼と、それを追い掛けるルナ・ドーパント擬きがいた。後者に至っては、可愛らしくなったブラッドスタークの色違いにしか見えない。

 リモコンブロスの背後に迫るクネクネとした黄色の触手は、エネルギー刃によって容易く切断される。先ほどまで女の子走りを見せていたルナ・ドーパント擬きは、多大なショックを受けてか何もない場所で大きくつまずいた。

 それからリモコンブロスはエンジンブロスの元へ駆け寄ろうとする。それを阻止せんと俺は発砲しながら接近するが、エネルギー刃を盾代わりにされた上に腰部スラスターを出される。こちらも慌てて翼を展開するよりも早く、彼は全速力で飛び去った。

 その際、エンジンブロスは見事なタイミングで彼の足に掴まり、十数メートルは低空飛行したところで一緒に霧ワープしていく。俺が持っているネビュラスチームガンは完全に捨てられたみたいだ。しくじった……。

 

「ハァ……ハァ……ごめんなさい、石倉さん。弦人ちゃん。電子レンジ守れなかったわ……」

 

「何だと!? くっそぉ、ブロス兄弟めぇ……パクるだけでなく盗みも働くとは!」

 

 変身を解除しながら走ってくる京水に合わせて、レオナルド博士もビルドの形態を解く。クマみたいな姿が再び現れ、眉間にシワを寄せながら歯軋りした。一方の京水はばつの悪そうな表情で、たちまちへたれ込む。

 電子レンジ……以前にレオナルド博士から聞いた浄化装置の事だろう。そうでなければ、研究所をブロス兄弟が襲撃してきた目的にしてはやる事が小さすぎる。

 

「だが、こちらも弦人くんのおかげでトランスチームガンのパクり製品を奪えた! 完全敗北ではない!」

 

「あっ」

 

 レオナルド博士は俺からネビュラスチームガンを奪い取り、さながら黒いノートで新世界の神を目指す人間の顔をしながら高笑いする。しまいには小躍りを始め、一人で騒がしくネビュラスチームガンを天に掲げる始末だ。目も当てられない。

 ふと京水と目が合う。彼女は「てへへ」と照れくさそうに笑うが、ひとまずルナ・ドーパント擬きの件は後回しだ。それよりもやりたい事が一つある。

 俺はレオナルド博士の腰に巻かれているものに注目し、存分に怒りをたぎらせる。そのまま殺意の波動に目覚める勢いで、思いっきりそれを掴んだ。

 

「ビルドドライバァァァァァァァァ!!」

 

 ベルトは簡単に剥ぎ取れた。まさかの展開に目を白黒させるレオナルド博士は放置し、罪のないフルボトルを外して地面に置く。片手には、空高く掲げたスチームブレードを持つ。

 

「よ、よせぇ! なんでボトルは律儀に外してビルドドライバーを――」

 

「イッテイーヨォォォォォ!!」

 

「あああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 問答無用で振り落としたスチームブレードは、ビルドドライバーを一刀両断させた。切断面から覗ける限り、くっつけるだけでは直らない有り様だった。

 

 だが、慈悲はない。最後に勝つのはナイトローグだ。

 

 

 ※

 

 

 南波重工。財団BやZECT製薬、鴻上ミュージアム、スマートXユグドラシルコーポレーションといった企業に名を連ねる、日本国内最大級の重工業メーカーだ。その圧倒的な技術力を駆使して、日本の国防の一翼をも担っている。主な防衛兵器は戦闘用アンドロイド“ガーディアン”であり、その汎用性の高さから人員不足を解消するだけでなく、災害派遣時などの人命救助に大きく貢献している。

 また国連軍にも一部採用されているが、国連主導で開発中のEOSと対立。ガーディアンの性能は世界的に高く評価されているものの、政治的問題もあって本格的な国外輸出には至っていない。ちなみに南波重工が最近、無重力空間でしか精製できない特殊な合金の開発に成功したのは、ここだけの話である。

 現在の南波重工の会長の座にいるのは、南波重三郎。メガネを掛け、人の好さそうな顔をしている老人であるが、未だに現役だ。

 ところ変わって南波重工の会長室。外から入る日光が反射しているおかげで、室内は真っ白に明るく照らされている。会長の名前が刻まれたネームプレートが置かれるデスクには、南波重三郎本人が座っていた。デスクを挟んで彼の前に立つのは、黒いスーツをきっちりと着こなす青年秘書だ。

 秘書はタブレット端末を片手に持ち、恭しく重三郎に用件を話す。これから告げるのは、決して電話やメールなどで済ませてはならないものだった。

 

「会長。つい先刻、任務を完遂させたブロス兄弟が帰還してきました。奪取した装置は現在、解析に回されています。明日には結果が出るかと思われます。しかし、エンジンブロスがネビュラスチームガンを奪われるという失態を犯してしまいました」

 

 最後に秘書は唇を噛み締めて、そっと口を閉ざす。しかし、重三郎の悠々な様子は全くといって変わっておらず、優しく微笑みながら言葉を返す。

 

「いや、構わんよ。ネビュラスチームガンはギアを使わなければ、ただの銃に等しい。浄化装置さえ手に入れたのであれば、ブロスたちのさらなる強化も可能になる。十分にお釣りが来るさ」

 

 次いで、「はっはっはっ」とゆっくり笑い声を上げる。口角はすっかり上がっており、笑顔の印象が一転する。途端に悪どさが増した。

 秘書はそれを見咎めはせず、ただ無表情を貫く。重三郎の笑い声が一段落すれば、場の雰囲気を切り替えるようにして話を続ける。

 

「それと、亡国企業の方が会長との面談を求めてきています。アポは取られていませんが、いかがしますか?」

 

「ふん、来たか。下手に追い返せば後日、実力行使に出てくるだろうな。だがアポなしなら……相手も文句は言えんか。面談はお前に任せよう、最上」

 

 重三郎の表情が一気に怖くなり、秘書――最上の顔をまっすぐ見据える。最上は特に嫌がる素振りも見せず、サイボーグの如き挙動で「かしこまりました」と頭を下げた。用件が終われば、そそくさと会長室から出ていく。

 それから最上はエントランスから電話を貰いつつ、客人を待たせている応接室へと急行する。ドアを数回ノックし、「失礼します」と一言置いて入室を果たす。

 室内でソファーに座っていたのは、見目麗しい金髪の女性だった。女性は一度立ち上がり、最上とお互いに会釈する。先に切り出したのは女性の方だ。

 

「はじめまして。スコール・ミューゼルと申します」

 

「秘書の最上です。会長はご多忙の身ですので、私が代理を務めさせていただきます。ご了承ください」

 

「はい。本日はお忙しい中、面談の機会を設けさせていただき、ありがとうございました」

 

 そうして二人は挨拶をほどほどに済まし、ソファーに座り改めて対面する。彼女から微かに漂う香水の匂いは、特にクドサを感じさせるものではなかった。むしろ緊張感がほぐれそうだ。

 だが、最後に述べた言葉に白々しさを覚えずにはいられなかった。それでも最上は冷静さを保ちながら、おもむろにスコールへ話し掛ける。

 

「では早速、本題に入りましょう。会長には何のご用件で?」

 

「そちらが開発に成功したカイザーシステムを、こちらに融通してもらいたいのです」

 

「ほう」

 

 上辺だけを見ていれば、人に頼み事をするには相応の態度であった。誠実さが見受けられる。しかし、あまりにも図々しい上に、カイザーシステムの名が知られていた。

 後々にカイザーシステムはガーディアン同様売り捌く予定であるので、知られる事自体に慌てる必要はない。問題なのは、目の前にいる女性が所属する組織だ。

 裏では南波重工は、多くの中に混ざって亡国企業のスポンサー役を買って出ている。普通に考えれば資金提供される側がこうも厚かましくするのはあり得ないのだが、亡国企業そのものの特異性を考慮すれば不思議ではない。暗躍していく彼女たちは、ISコアの強奪にすら成功している。

 すなわち、現在の地球上で最強の機動兵器を手にした亡国企業は、武力を以てして相手を脅す事が可能。通常戦力によるISの撃退は、それこそ本気で陸海空軍を揃えないと並大抵では叶わない。スコールはおしとやかに出ているものの、もはや言外に脅迫していた。要求を飲まなければどうなるかと。

 まるで面談の形を取り成していない。加えて、確たる証拠がなくともスコールがISを待機状態で持っている可能性もある。下手な行動一つで、南波重工に損害がもたらされてしまうのは目に見えていた。

 無論、すごすごとカイザーシステムを渡す訳にもいかない。タダで寄越せと言われて、素直に頷けるものでもなかった。

 

「お断りします。あれはまだ、世に出せる代物ではありません」

 

「ご冗談を。IS学園での騒ぎは世界中が耳にしていますよ?」

 

「存じ上げています。ですが、あれはあくまで実践テストの延長に過ぎません。それに使い手が限られます」

 

「IS反応があったそうですね、リモコンブロスたちに。つまりは、そういう事なのでは?」

 

 念を押すようにしてそう言うスコール。少なからず世間で騒がれた以上は、ブロス兄弟の秘密を誤魔化しようがなかった。

 形こそ違えど、南波重工はISコアの製造に実質漕ぎ着けたとも言えた。篠ノ之束製作のものと比べればデメリットは多いが、それを補うほどのメリットも確かに存在する。そもそも、コア製造のアプローチが違う事など最上はとっくにわかりきっていた。

 南波重工が持つ研究所で厳重に保管された、残骸と思わしきキューブ状の物体。それによって生み出された極小規模な地殻変動と赤い光、ネビュラガス。これらの姿を最上は一通り脳内に巡らせると、ゆっくりと笑顔を浮かべた。

 

「そう思っていただいて構いません」

 

 その時、スコールの背後より何者かが突如として彼女の肩に手を置いた。はっとしたスコールは急いでそちらに振り向く。

 黒い煙が霞むように消えていく。そこには、右半身に歯車型の装甲を持つエンジンブロスの色違いが立っていた。瞳と同じ赤色で、凄むようにスコールを見下ろす。肩に置いた手は一向に離さない。また、利き手にはネビュラスチームガンを持っていた。

 瞬間、驚愕の表情に包まれたスコールは最上の顔を再度見る。今の彼はすっかり、寡黙な青年のイメージから脱却していた。

 

「ご紹介しましょう。彼はカイザーリバース。呼びにくいようでしたらRカイザーでも構いません。もちろんステルス状態にしているので、コア反応を探知される心配はありません」

 

「……彼、という事は……」

 

「はい、お察しの通りです。ちなみに私も」

 

 まさに余裕綽々。そのまま最上は、懐よりボトルを取り出してスコールに見せつけた。そのボトルには、青い小さな歯車が刻まれている。

 それにスコールは目を見開かせた。声を出す事すら忘れて、最上とRカイザーを交互に眺める。最上の勢いは留まる事を知らず、頼まれてはいないのにどんどん喋っていく。

 

「ナイトローグの空間転移能力はご存知ですよね? それを我々は曲がりなりにも実用化しています。例え貴女がここでISを展開しようにも、それより早くRカイザーが貴女を強制的に転移させる。あの煙を用いたアレは、理論上は惑星間移動も可能です。流石のISも、太陽や木星の重力は振り切れまい」

 

 脅しに脅しで返した。普通なら悪手極まりなくとも、カイザーシステムというれっきとした対抗手段があるなら話は別だった。

 そもそも、長距離空間転移の時点で現行全てのISを一笑に付している。惑星間移動はネビュラスチームガンの出力不足で空論の域を越えないが、それでも地球上なら深海の底へ送り込む事はできる。相手がISを纏いきる前に送れれば、水圧によってあっさり倒せる。脅しとしては、十分に機能していた。

 一方でスコールは、最上に冷たい目線を向けながら沈黙を貫く。太陽や木星に閉じ込めるなど、いくらなんでも嘘八百だとバレる。それでも異様に大人しいのは、霧ワープの脅威がしっかり伝わっているからだと最上は判断した。これで立場は対等に持ち込めた。

 直後、スコールが不意に微笑んだかと思いきや、まるで意に介していないという風に口を開く。

 

「それは脅しでしょうか? 最上博士」

 

「博士は余計ですね。プレゼンテーションの一環です。これは決して脅しではありません」

 

 しらを切る最上。謝罪をしていない時点で、建前であるのが相手にもわかる。だが、彼は有無を言わせずに次の言葉を投げた。

 

「カイザーシステムは渡せません。しかし、我々が保有している強化型スマッシュと、新型ガーディアンをいくつか提供しましょう。対価はそちらで取得した実戦データで構いません」

 

「……よろしいので?」

 

「はい。幸い、貴社はグローバルに商品を扱っていらっしゃる。抜け目なく処置すれば、ガーディアンも盗難品とされるでしょう」

 

 そうして、起動したタブレットをスコールの前に出す。そこには新型ガーディアンの詳細情報が載っていた。ばっと流し読みするだけでも、グレネードランチャー・ミサイル・ガトリングといった重火器が大人一人分のサイズに集約されているのがわかった。

 

「時期が経てば、さらなる兵器を提供しようかと考えています。いかがでしょうか?」

 

 そんな最上の言葉にしばらくの間、スコールは考え込む。それから首を縦に振るのに時間は掛からなかった。

 

 

 





Q.可哀想なEOS……

A.フルボトルを動力源にすればワンチャン


Q.エボルト……

A.ボックスではなくキューブなのがミソ。お察しください。


Q.電気的に中性かつ、電磁波吸収しまくってレーダーに一切映らないガンダムの合金があったような……

A.ファイズとかブレイドとかの装甲材って、謎に包まれていますよね。響鬼に至っては筋肉である。ライフル通さない巨大ワニとかがいるから不思議でもないですけど。


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ナイトローグの海の日





 あの後、奪取したネビュラスチームガンは解析に回され、俺は京水の言い分を静かに聞いた。ネビュラガスは投与されたが、時期的にはレオナルド博士より後との事。遺伝子検査をパスしたから実験段階まであっさり踏み切ったらしい。

 

「てへ♪ ワタシ、頑張りました!」

 

「うん、お前はすごい子だ。叱っていい?」

 

「ウェルカム! できるなら激しく! 優しくじゃなくて激しく!」

 

「はぁ……」

 

 カイザーシステムはともかく、俺とナイトローグが捕まった時点でこうなるのは自明の理だ。トランスチームシステムの魅力の証明である。

 科学の発明そのものに罪はない。だがG-4然り、スクラッシュドライバー然り、扱う者や開発者に相応の責任が生まれる。ネビュラガス投与の時点で十二分に人道から逸れているが、安全重視で臨んでくれただけマシか。俺もけじめの付け方をそろそろ考えておかないと。もしもの時は……。

 それはさておき、話によるとナギさんもやってしまっていたらしい。その人の決意をとやかく言うつもりはないが、取り敢えず二人には無言のデコピンで済ませた。危険な真似をよくする。事前にIS学園へ通達済みとか、怖すぎだろ。本当にサプライズだよ。

 ひとまず、お世話になった先端物質学研究所の被害が出ていても、怪我人や死傷者がいなかったのは幸いだった。スマッシュ化から解除された二人の研究員は捕まり、取り調べを受けている。だが、記憶の混濁が酷いそうだから時間が掛かるようだ。仕方ない。

 

 そんなこんなで数日が経過し、現在。待ちに待った一学年の合宿が訪れる。目的地へ移動するバスから見えるのは、どこまでも広がっている青い海だ。

 季節は夏。プールでも泳いで涼みたいと思うこの頃。年甲斐もなくはしゃぎそうだ。

 だが、その前に一学年全員泊まるために貸し切った旅館へ。エントランスで女将さんと軽く挨拶を交わした後は、生徒たちは各々に当てられた部屋に向かっていく。ちなみに俺と一夏は、まさかの織斑先生と同室であった。

 

「これアレだよね? 俺がコスプレナイトローグやったら織斑先生に目をつけられるパターンだよね? 至近距離で」

 

「そう考えると生きた心地しないよな。これじゃボチボチみんなで楽しくUNOもできねぇ。初日は自由時間なのに」

 

「聞こえてるぞ、貴様ら」

 

 部屋の隅で一夏とひそひそ話をするが、あいにく織斑先生は地獄耳だったようだ。二人で苦笑しながら、場の空気をうやむやにする。

 それからは着替えを持って、別館の更衣室へと移動した。途中で地面に刺さった人参を見つけたりしたが、俺はそんな事よりも早く海に行きたい気分だったので、人参に興味を抱いた一夏を放置する事になった。奥へ奥へと進み、さっさと水着に着替える。水着のイメージはナイトローグだ。

 例のブツも取り出し、準備完了。男子更衣室から飛び出し、すぐ近くにある女子更衣室の前をローリングで素通りする。

 

「ヤダー! イユの水着大胆すぎるよー! それで千翼くんをイチコロにするつもり?」

 

「そ、そんなんじゃないよ!」

 

「カーッ! どいつもこいつも色気づきやがって!」

 

 中での女子同士の会話なんて聞こえない。聞こえない。耳に悪いからな。

 

「うおっ!? お前弦人か!? その装備何だ!?」

 

「先に行ってるぞ、一夏! 海が俺を呼んでいる!」

 

 その調子で一夏と擦れ違い、瞬く間に外へ。視界に飛び込んでくるのは、サンサンと照らされる日光を反射して眩しくなっている砂浜と、その先にある海だ。一歩踏み込めば、足の裏から砂の熱がジンジン伝わる。

 海で遊ぶなんていつぶりだろうか。泳ぐ前に準備体操をするが、突如として横から水を掛けられる。水は外気にさらされていたせいか、少しぬるかった。

 即座に振り向いてみれば、そこにはトランスチームガンを模した水鉄砲を持っている京水がいた。ニコニコと幻想世界の月のように笑っている彼女が着ているのは、黄色のワンショルダー水着だった。肩に掛かる紐が片方ないだけで、やけに露出度が高いと錯覚してしまう。

 

「当たった当たった。まんまと食らったわね? 弦人ちゃん――きゃっ!?」

 

 俺はお返しに、腰に提げていたポンプアクション式ショットガン仕様の水鉄砲――適当にガバナーとでも呼ぼう――を撃った。ショットガンの特性上、近距離でダントツに威力を発揮する。銃口より大きな水球が放たれ、真正面から京水に当たった。

 その時、身を庇うようにして両腕を回す彼女が、なんだかセクシーに感じた。たわわと実っている胸に目が行きそうになるのを堪えて、ガバナーを仕舞う。

 

「弾丸の味はどうだ」

 

「水鉄砲だけどね。それにしても弦人ちゃん、スッゴい装備ねー。腰のベルト脇のホルダーの中身は?」

 

「本物のトランスチームガン。安全装置はちゃんとしてある。あと、バススロットを悪用して他の水鉄砲も入れてる。例えば、ホラ」

 

「あら、ロケットランチャー」

 

「ブラズマボンバー改めアクアボンバー。さぁ、掛かってこい! 海に向かって突撃だぁー!」

 

「あぁ、弦人ちゃんだけズルいわ! ワタシにも分けてよー!」

 

 そうして京水との水の撃ち合いが始まった。海には足の付け根に届く程度の深さまで近づき、海岸線に沿って彼女から後ろ走りで逃げる。俗に言う引き撃ちだ。

 アクアボンバーから発射されるのは大量の水球。それは真っ直ぐ飛ばず、放物線を描きながら下の水面へたちまち落ちていく。着弾時に水飛沫が発生し、射手の俺ごと京水を巻き込む。

 

「「のわーっ!?」」

 

 次いで、天高く飛んだ水飛沫の勢いがなくなり、ちょっとした小雨が降り注ぐ。それは浴びていてなかなか気持ち良く、冷たくて最高だった。

 直後、その場にへたりこんだ京水と一緒に笑い声を上げた。

 

「「アハハハハハハハハハ!」」

 

 お互いに指を差し、さりげなく京水が水鉄砲を撃つ。対して俺は、地面に垂直となるようにしてアクアボンバーの砲口を上げて、引き金を引く。俺たちの頭上から水が落ちてくるのは一秒にも満たなかった。

 

「きゃー! 冷たーい!」

 

「まだだ! チタニアバトルキャノン!」

 

 アクアボンバーをしまった次の瞬間、俺は機関砲仕様の水鉄砲とチューブで繋がっている貯水バッグを背負う。難点は移動速度の低下だが、射程距離がその分だけ伸びているので楽しい。あと、長射程を実現するには放水タイプでないと限界があったのはここだけの話。

 だが間髪入れずに、どこからともなく無数の水滴が俺たちを襲ってきた。明らかに人為的な攻撃に周囲を見渡せば、水風船をこれでもかと運んでいるナギさんを発見した。

 髪型はいつものロングヘアーではなく、サイドテールで纏めている。水着は緑のチューブトップだ。京水に負けじと言わんばかりに胸元を強調しているが、その差は歴然。なお、身長は余裕で勝っている。

 何やら怒っている様子だが、この貼り付いてくる感じは好きになれない。よくよく注視すれば、嫉妬の眼差しで京水を睨んでいるのがわかる。ゆっくり水風船を片手の中に収めれば、京水に話し掛ける。

 

「泉さん……抜け駆けは良くないと思うんだ」

 

「何言ってるの? 女なら奪うくらいの気持ちでなきゃ!」

 

「……それもそうだね!」

 

 刹那、京水に焚き付けられたナギさんは問答無用で俺たちに水風船を投げつける。水風船は途中から割れて、中から水の散弾が出てくる。

 避ける間もなかった。足元が小波に捕まり、一歩一歩が重くなる。散弾は全て当たってくる事はなくとも、冷たい水を浴びる事に変わりはない。水飛沫が辺り一面に飛び散り、俺と京水はナギさんから逃げ出す。

 

「かんしゃく玉だ! これかんしゃく玉だ!」

 

「弦人ちゃん! 真後ろ真後ろ!」

 

「ダメだぁ! バトルキャノンが重すぎる!」

 

 真っ先にナギさんから距離を取ったのは京水だった。俺は装備品の重量のおかげでドン亀となり、悠々と追い付いてきたナギさんに何度もかんしゃく玉をぶつけられる。

 

「ちょっ、冷たい!」

 

「えいえい」

 

「無慈悲!?」

 

 完全に遊ばれていた。俺が海方面へ転んでも、追い打ちを掛けてくるばかり。京水が近づこうとすれば、ナギさんが標的を変えて追い払う。京水の水鉄砲では、射程距離で彼女の投擲物には叶わない。

 

「ナギさん、落ち着いて! めっちゃ落ち着いて!」

 

「私は落ち着いてるよ、弦人くん?」

 

「嘘だ! あっ、水着似合ってるよ! サイドテールも新鮮で、普段と違った可愛らしさがある!」

 

 すると、新たにかんしゃく玉を持った手がピタリと止まった。最初は呆けた顔をしていたナギさんだが、徐々に照れ始める。

 チャンス到来。俺はすかさずバトルキャノンを構え直して、放水を決める。

 

「今だ!」

 

「わっ!? ズルい!」

 

 至近距離からの放水にナギさんの身体が飲み込まれる。どんな抵抗も虚しく、彼女は尻餅をついた。

 

「ふぅー、ようやく立ち上がれる――」

 

 そう呟きながら俺が浜辺へと戻ろうとする寸前、気がつけば京水に這い寄られていた。いきなりの事態に俺は上半身を水面を出したまま固まり、京水はむすっとした表情でさらに近づいてくる。さらりと両腕を前で組んでいるものだから、押し出されるようになっている部位を余計に意識してしまう。

 これはいけない。どうにか彼女と目を合わせるようにする。まるで、俺から話し出すのを待ちわびているようだった。

 数秒も経てば、一体何を言ってほしいのか合点がいく。俺は恐る恐る、口を動かした。

 

「……すごく着こなしてると思う。背伸びしてるって感じじゃなくて、なんて言うか、その……セクシー」

 

「ホント? えへへ♪」

 

 そして、ニンマリと喜びの色を見せるのだった。可愛く見えてしまった自分に、どこか不覚を覚える。

 

「弦人くん! 私も忘れないでよね!」

 

 そうこうしているとナギさんも来て、京水の隣にちょこんと座る。それから俺と互いに視線を交わすが、何故か恥ずかしくて顔を背けてしまった。

 

「よし! 私の勝ち!」

 

「あれ? これ、そういう勝負?」

 

「うん!」

 

 ナギさんは大きく頷くと、程なくしてガッツポーズを見せる。してやられた。

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 水鉄砲合戦が一段落すれば、少し休憩を挟む。我ながら柄でもなくはしゃぎすぎた。戦闘以外で疲れるなんて久しぶりだ。

 

「ヒムロ~ン!」

 

 その時、キグルミを着たのほほんさんが簪さんを連れてやって来た。彼女も相変わらずの格好である。一方で簪さんはワンピースタイプの白い水着だ。

 

「どうも。のほほんさん、それ暑くないの?」

 

「平気だよ~。それよりも、ホラ! 変身!」

 

「……あっ、そういえば」

 

 のほほんさんに言われて、俺はようやく思い出す。バスに乗った最初の頃の話だ。簪さんにナイトローグの変身シーンを見せてほしいと頼まれていたのだった。

 

「でもさ、それって課外授業がある二日目の話じゃなかったっけ? 今はダメでしょ」

 

「だけどかんちゃんが『海に行きたくない~』って。『ナイトローグがいないと旅館に引きこもる~』って」

 

「……本音。私そこまで言ってない」

 

「ホラ、しょんぼりしてる~。ね、ヒムロン。お願い!」

 

 おもむろにジト目になる簪さんと、袖が長すぎて隠れている両手を合わせて頭を下げるのほほんさん。俺の名前が呼ばれた時点で簪さんの機嫌が悪かったのは察せたが、悪化させたのは恐らく君の不用意な発言のせいだ。

 しかし、簪さんをじっと観察すれば、その手にビデオカメラを持っている事から期待感を抱いているのが窺える。ただ、それに応えようにも本物ナイトローグに変身すれば再び法を破る事になる。どうするべきか。

 もちろん、こんな事もあろうかと別の手段を用意してある。それで彼女が満足してくれるかはわからないが、せっかくの海だ。ナイトローグならば、楽しい思い出の一つや二つを与えられなくてどうする?

 そこで俺は、れっきとした玩具である方のトランスチームガンとバットフルボトルを取り出した。目の前の二人に視線をやり、確認を取る。

 

「取り敢えず今はコスプレ用しかできないけど……許してくれる?」

 

「私は構わないよ、明日もあるから~。かんちゃんは?」

 

「……コスプレ用?」

 

 のほほんさんに話を振られ、簪さんは首を傾げる。見当が付いていないようだ。

 

「じゃあ実演した方が早いな。カメラ回しといて。本物と遜色ない自信あるから」

 

 次いで、俺はバットフルボトルをシャカシャカ振りながらフタを開ける。簪さんが慌ててビデオカメラを構えるのを待てば、早速トランスチームガンにセットする。

 

 《Bat》

 

 流れる電子音声と待機音は、本物と比べて質が低い。これが玩具の宿命、手短な完成を目指すには妥協するしかなかった。

 

「蒸血」

 

 《Mist match!》

 

 トランスチームガンから発射されるのは、何の変鉄もない普通の黒い煙。全身がたちまち隠れていくが、このままスーツを形成していく訳ではない。

 なので、この隙にコスプレナイトローグの仮面を装着する。最近のアップデートで、仮面を被るだけで首から下のスーツが自動的に出現するところまで漕ぎ着けた。あっという間に水着から着替えて、やがて煙が霧散する。

 

 《Bat. Ba,Bat. Fire!》

 

 なお、花火の打ち上げ機構までは余裕がなくて再現できなかった。打ち上げ音がないのが物寂しい。

 視界が晴れた矢先、俯きながら肩を震わしている簪さんの姿が目に写る。

 期待に添えなかったか? 俺は一抹の不安を抱きつつ、彼女に話し掛ける。

 

「えっと、簪さん? ごめんね。花火まではちょっと無理だったんだ。本物ナイトローグなら明日で存分に披露するから――」

 

 しかし、ばっと顔を上げた彼女は予想に反して表情を輝かせていた。

 

「いえ! できれば他のポーズとかも撮らせてください!」

 

「アッハイ」

 

 こうして、簪さんの気が赴くまでビデオ撮影が続いた。スペックは生身のままな上、この暑さの中でコスプレナイトローグをするのは結構キツかった。

 

 しばらくして、再び水着姿に戻った俺は近くにあったパラソルへと避難。日陰の下でのんびり腰を下ろした。試しに耳を澄ませてみれば、砂浜に流れる波の音が周りの喧騒で掻き消される。風情もあったものではない。

 

 

「待ちなさい。泳ぐ前にイクササイズをしなさい」

 

「みんな! 海の家があるぞ! ウニもだ! これ食っていいかな?」

 

「サクヤちゃん。それ、もしかして素潜りで取ってきたヤツ?」

 

「ああ、ギャレンの特訓ついでに見つけたウニだ。よくわかったな」

 

「潮風が気持ちいい……風都の風が一番だけど」

 

「邪魔なんだよ……私の思い通りにならないものは全て!」

 

「マコトちゃん! スイカ割りでミスしたからってそんなに怒らなくても!」

 

 

 ……まぁ、はしゃいで騒ぐのが正解なのだろうけど。風都の名前が聞こえたけど空耳か? 気にしないでおこう。

 休憩もほどほどにして、今度は気ままに歩き回る。途中でビーチバレーが繰り広げられているのを見つけたので、気になって確かめてみれば織斑先生が参戦しているのがわかった。

 触らぬ神に祟りなし。静かにスルーしようとする俺だったが、ビーチバレーを観戦していた谷本さんに運悪く声を掛けられてしまう。

 

「日室くん? なんでライフセーバーの格好に水鉄砲?」

 

「一体いつから俺を日室弦人だと錯覚していた?」

 

「その言い訳は無理があると思う」

 

 誤魔化そうとするも、谷本さんの冷静なツッコミを前にして撃沈する。ちくしょう。

 ビーチバレーの試合の様子を眺めていると、織斑先生のスパイクを顔面に受けたボーデヴィッヒさんが奇声を上げながら海へと駆け出していった。何が起こったんだ。

 

「ん? なんだ、日室も来ていたのか」

 

 そして、恐れていた事態が発生する。とうとう織斑先生に俺の姿を見られてしまったのだった。それでも見て見ぬフリでこの場を離れようとするも、寸前に一夏に助けを求められる。

 

「弦人! ラウラの抜けた分埋めてくれないか! 千ふ……織斑先生が強すぎる!」

 

「一夏……お前、本気で勝ちに行くつもりか?」

 

「当たり前だろ! このまま負けっぱなしでいて堪るかよ!」

 

「……ならばよし!」

 

 彼の瞳に宿った炎を見れば、その熱意は容易に伝わる。俺の投げた問い掛けもあっさり返された。

 ここまで覚悟完了しているのであれば、もはや止めるのは無粋。俺も今回のナイトローグではなく、一人の男として力を貸そう。織斑先生と正面から戦うのであれば、コスプレナイトローグは色々な意味で足枷となる。暑苦しいのがイヤな訳ではない。

 そそくさと俺はコート内に入り、織斑先生チームと対峙する。一方でこちら側は一夏とデュノアさん、合わせて三人の構成となる。

 

「よろしく、デュノアさん。ところで、ボーデヴィッヒさんはなんで唐突に抜け出したの?」

 

「あはは……ラウラって意外と照れ屋さんなんだよね。一夏から真正面に言われたのが随分効いてるみたい」

 

「あー、なるほど」

 

 デュノアさんは苦笑しながら答え、俺は一瞬で腑に落ちる。軍人とは聞いていたが、水着姿を誉められる事が無縁すぎて耐性がなかったところか。

 

「二人とも! サーブが来るぞ! 山田先生だけど気を抜くな!」

 

「あっ! 織斑くん、今先生を馬鹿にしましたね!?」

 

 一夏の注意を促す声が飛び、俺とデュノアさんは気持ちを切り替えてビーチバレーに臨む。ちなみに、デュノアさんがこっそり「一夏も日室くん並みに察しが良かったらなぁ……」と呟いたのはここだけの話。

 この間にも、相手コートより山田先生がボールをサーブする。ISの扱い方は教師らしく目を見張るものがあるが、ビーチバレーは人並みといった感じだ。これなら、先制速攻を決めさえすれば勝ち目はある。

 まずはデュノアさんがボールを拾い、俺のところに回される。一夏は既にアタックの準備が出来ていた。筒がなくトスをし、

 それに合わせて、俺は腰より抜いたガバナーの水球を相手陣地へと放った。慌ただしくブロックに来た山田先生が犠牲となる。

 

「食らえー!」

 

「キャーッ!?」

 

「没収ぅーっ!」

 

 それも束の間、谷本さんが俺からガバナーを奪おうとコートに乱入してきた。横から銃身を固く掴まれ、簡単に振りほどけない。

 

「谷本さん、放して! 織斑先生が撃てない!」

 

「いや、ルール守ろうよ!? てか、その水鉄砲威力おかしくない!?」

 

「実を言うとルールはよくわかってない!」

 

「ウソでしょ!?」

 

 信じてもらえないかもしれないけど、本当なんだ。ルールブックに水鉄砲を使ってはいけないと記載されているかどうか、これっぽっちも把握していない。

 

「ほぉ?」

 

 その時、コートを隔てるネット越しに織斑先生の眼光が俺に突き刺さった。気分はさながら、蛇に睨まれた蛙のようだ。瞬間的に身動きが取れなくなり、谷本さんがこの隙にガバナーを取ってコート外へ退散していく。

 一夏のスパイクは決まっていたようで、先生チームの一人がせっせとボールを拾いに行っていた。織斑先生の睨み付けはまだ終わらず、俺は観念してアクアボンバーを取り出した。

 

「ストップ。弦人ストップ。それなんだ? ロケラン? ロケラン水鉄砲?」

 

「止めるな一夏。俺も覚悟を決めたんだ。プレイヤーへの直接攻撃がダメでも、マップ破壊ならぬコート破壊なら……!」

 

「そ、それだけは不味い! よせ! 正々堂々でいこうぜ!? 千冬姉にルール無用で挑んだら地獄にしかーー」

 

 スパァァン!!

 

 一夏に止められた次の瞬間、織斑先生が放ったボールが俺の顔面に直撃した。さらに、アクアボンバーの砲口を下げたまま引き金をうっかり引いてしまい、そのまま自爆する。水球が激しく地面へ衝突し、怪人栽培男の特攻に破れた戦士の如く俺は崩れ落ちた。

 

「弦人ぉぉぉぉぉ!? む、無茶しやがって……」

 

 一夏の慟哭が虚しく響く。この後、俺は谷本さんに引き摺られるようにしてコート外に連れ出された。オマケにそっとレッドカードを見せつけてきたものだから、ショックは倍増した。

 それからの試合は一方的だった。まず、織斑先生の強さが突出していたのだ。ところどころでドジを踏む山田先生を余裕でカバーし、必死に食らい付く一夏とデュノアさんを一蹴する。

 そういえば俺、授業におけるIS訓練機での模擬戦で結局勝ててなかったな。ストレス発散のサンドバッグ代わりにされている感もある。山田先生も射撃の腕がおかしかったな。投げたグレネードを撃ち抜いて爆発させるとか。いつかビームコンフューズしそう。

 かくして、試合は織斑先生チームの圧勝で終わった。後に京水とナギさんと合流し、谷本さんとも一緒にかき氷を突っつく。メロン味のシロップが、僅かばかりに俺の心を癒してくれる。

 

「ほらほら弦人ちゃん、元気出して? なんなら食べさせてあげようかしら?」

 

「わ、私も食べさせてあげるよ? 泉さんには負けてられないもん」

 

 また、京水とナギさんも俺を慰めてくれた。気持ちは嬉しいが、そのかき氷は君たちのものだ。俺の分はきっちりあるから、自分たちで食べてくれ。

 

「日室くん、ルールなら私が教えてあげるから。ね?」

 

 そう言うのは、苦笑いしながらかき氷をパクパク食べていく谷本さん。ありがとう……本当にありがとう……。

 

 

 




Q.マッドローグの不様っぶりに笑ってやった自分がいました。

A.やはり、クローズドラゴンを気合いで変身解除に追い込んだナイトローグは伊達ではなかった。内海さんのおかげで、相対的に幻徳とナイトローグの株が上がりました。ありがとう、救世主内海さん。へっぴり腰になったり、スマッシュを肉盾にしたあなたの活躍は忘れません。


Q.千翼ォ!

A.

星座イユ、15歳。幼馴染みである鷹山千翼とは恋人同士。通う学校が違うので、完全に遠距離恋愛。



鷹山千翼、15歳。アマゾン的に嵐を呼ぶ五歳児とは何ら関係はない……と思われる。親はできちゃった婚で、二人ともZECT製薬で働いている。幼馴染みはイユ以外にも、大の親友である長瀬裕樹がいる。


Q.913、ENTER

A.

草加マコト、IS学園に通う高校一年生。園田真理を聖母だと捉えていた人との関連性はない……はず。スペクターなライダーは言わずもがな。自身がマリアになってしまったとかで錯乱した過去がある。

割りと文武両道で、フェンシングと合気道が得意。馬にも乗れる。中学時代の渾名は「マコトお姉ちゃん」

また、木村沙弥というヤンデレの男の娘に追われている。だけど草加マコトなら大丈夫。


Q.ナスカ!

A.

園咲霧子。どこぞのホトムズ乗りとは関係ない。風を愛する15歳の少女。好きなものは風都くん。将来の進路は鴻上ミュージアムに就職。


Q.タチバナさんと753の水着姿は?

一年三組クラス代表のタチバナさんは仮面ライダーギャレンみたいな柄のモノキニ。背中が大胆に露出していて挑発的。やっぱりタチバナさんは一流だな。

一年五組クラス代表の753は手堅く競泳水着にパーカー。しかし、水着の柄がどう見ても仮面ライダーイクサ。最近、生徒会長の楯無からボタンをむしりとった。


この後、簪を除いてビーチバレーのクラス対抗戦が勝手に勃発。三組はチーム人数の不足を補うため、タチバナさんが二人に分裂した。



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ナイトローグのアップデート


美空ロストスマッシュ、可愛かったです。


 合宿二日目の午前。今日は夕方まで徹底的に課外授業が続く。ISの訓練と考えると嫌気が差しそうだが、その分だけ昨晩はしゃいだから良しとする。温泉上がりの卓球でテーブルテニヌをしてはならないと俺とナギさんは学習した。まず、卓球のボールの耐久力が低くて壱式波動球で壊れる。

 専用機持ちはそれぞれ本国から送られてきた大量の装備の試験運用とデータ取りをしなければならないので、てんてこ舞いだ。一般生徒は打鉄やラファールを使うだけである。

 ナイトローグの場合? レオナルド博士から「葛城博士が装備持って出向くから待ってろ」との連絡はあったが、当の本人はまだ来ていない。ナイトローグに宛がわれる装備ってなんだろうね。ナイトローグ自体が通常のISの規格に合っていないから、普通に見当が付かない。一応、IS用のライフルとかはロケランみたいな担ぎ方で使えなくはないが。

 

「それでは各班、ISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツの試験だ。迅速にやれ」

 

 織斑先生の指示に、クラスごと綺麗に整列している一学年が一斉に返事をする。場所はISを動かすのに適したビーチだ。俺はこの時点で既にナイトローグへ変身している。

 

「その前に篠ノ之、こちらに来い」

 

 次いで、何故か織斑先生に呼び出しを受ける篠ノ之さん。それを尻目に俺も移動しようとすると、隣で京水から声を掛けられる。

 

「ねぇ弦人ちゃん。ワタシには石倉さんから何の連絡もなかったけど、何か言ってなかった?」

 

「なんか専用装備はナイトローグの分で手一杯だってさ」

 

「あら、そうなの? ショック~。ワタシも変身できるのに……」

 

「それも最近の話だからな。時期が悪かったと引き下がるしかない」

 

 くよくよする京水の頭にポンポンと優しく手を置けば、心なしか表情が少し明るくなったような気がした。あっという間に機嫌を直し、「それじゃ行ってくるね!」と言って立ち去った。トランスチーム組は俺を除いて班行動だ。早く葛城博士来ないかな。

 葛城と聞いて最初に思い付くのは悪魔の科学者である例のあの人だが、そもそも性別が違っていた。名前も巧ではなく、リョウである。これはこれでとてつもなくデジャヴを感じるが、マッドというよりも無表情が逆に恐ろしいだけだから気のせいだろう。人格的に問題はない……はず。

 

「ちーちゃあぁぁぁぁぁん!」

 

 その時、ウサミミヘアバンドを着けた女の人がビーチを駆け抜けていった。何やらISらしきものを使っており、周囲の目を気にせずに織斑先生へ抱き着こうとする。

 だが、真正面から織斑先生に頭をアイアンクローされ、敢えなく食い止められる。走行中の自動車を正面から片足で止めた名護さんと張れる御技だった。

 

「痛い! 痛いよ、ちーちゃん! せっかくの再会だからハグハグしよーと思ったのに!」

 

「うるさいぞ。それよりも自己紹介しろ。生徒たちが困惑している。早くしないとここから叩き出す。慈悲はない」

 

「わ、わかったよ! もー、せっかちなんだからー。はぁ……」

 

「何故溜め息なんだ? そんなに自己紹介が嫌なら私も手伝おう」

 

「あわわ! 無理やり頭を下げさせないで!? このままだと束さん土下座しちゃうよ!?」

 

 かくして無慈悲な織斑先生のアイアンクローから解放されたウサミミの人は、気を取り直して俺たちの方に顔を向ける。ただし、雰囲気からしてやる気は感じられず、面倒くさそうにしていた。

 

「はろはろー。てぇーんさい! 科学者の篠ノ之束さんだよー。終わり」

 

「もっと真面目にできんのか……。まぁいい、一年はこいつを無視して早く持ち場につけ。山田先生もこいつは無視して生徒たちのサポートへ。時間がもったいない」

 

「へ? あ、えっと……はい、わかりました!」

 

「ちーちゃん酷い! こいつ呼ばわりなんて!」

 

 そんな簡潔な自己紹介に織斑先生は苦言を呈しつつ、未だにボケッとしている生徒たちにテキパキと指示を飛ばす。

 そうか、あの人が篠ノ之さんのお姉さんか。妹さんとは何から何まで大違いだ。織斑先生に抗議するが、まるで聞く耳を持たれていない。一方で山田先生は何か言いたげにしつつ、おろおろしながら織斑先生の指示に従う。

 

「やほやほー、箒ちゃん! お久しぶりー! おっぱい大きくなったねー!」

 

「下世話に話し掛けないでください、姉さん。殴りますよ。早く本題に移ってください」

 

「わぁ、箒ちゃんも酷いよー! シクシク」

 

 早くも気持ちを切り替えた篠ノ之束博士は次に妹さんへ話し掛けるが、納刀された日本刀を構えられてあっさり撃沈する。姉妹仲は存外、冷たいみたいだ。

 

「ウソ泣きは結構です」

 

「ばれちゃった♪ うん、じゃあ早速本題に入ろっか! カムヒア、紅椿!」

 

 そして、どこかともなく宙にコンテナが出現し、落下する。着地と同時に開かれたコンテナの中身からは、真紅に輝くISの姿があった。エボルや憎きブラッドスタークを思い出す。

 

「束さんお手製第四世代IS、紅椿だよ! ささっ、箒ちゃん。フィッティングとパーソナライズを始め――」

 

 ザバアァァァァァァン……!!

 

 瞬間、束博士の言葉を遮るかのようにして、海から一つの大きな轟音がやって来た。これに生徒たちの視線は再び一ヶ所に集まり、目を白黒させた束博士はゆっくりと振り返る。

 海上には大量の水飛沫が生まれていた。しかし、それは上空から何かが落ちてきたというよりも、水中から一気に飛び出された感じだ。次第に目線を上にしていくと、空中に身を踊らせる人型のマシーンの姿を捉える。

 丸みのあるずんぐりとした四肢に、つぶらな瞳。それはクマのキグルミと見紛う代物だったが、全長が明らかに三メートル近くあった。本体サイズは現在運用されているISの素体と遜色なく、非固定浮遊ユニットなどの装備はない。

 クマロボットはくるくると前転を繰り返しながら、やがて砂浜に危なげなく着地。そのまま可愛らしく体育座りを決め込むと、頭部が上方向へと開放された。その中には、白い半袖ドレスに黒いハットを被った葛城博士が搭乗していた。彼女はスーツケースを持ち出して、せっせとクマロボットから降りる。クマロボットの頭部も応じて、元に戻る。

 

「遅れてすみません。葛城リョウと申します。日室くんはどちらに……あっ、そこですね。失礼します」

 

 周りの反応など、どこ吹く風。俺の姿を見つけるや否や、葛城博士は淡々と歩み寄ってくる。

 

「こんにちは、葛城博士。ところであれって……」

 

 俺が先んじて挨拶しにいくと、葛城博士はどこか飄々とした調子で答える。

 

「後ろのはベアッガイと言います。可愛いでしょう? 襲撃などを警戒した結果、色々な方と協力して密かに水路を取らせていただきました」

 

「そうですか……」

 

 もはや何も言うまい。どの世界の学者も必ずどこかおかしいのだ。この人、遺伝子学と心理学専門だけど。

 

「おい、誰だよ。束さんの説明タイムを邪魔したのは。誰なの君? 静かにしてくんない?」

 

 大半の観衆が黙って見守る中、声を上げたのは束博士だった。葛城博士の登場の仕方に気が触ってか、口調にトゲがある。

 しかし、言われている葛城博士は表情を微塵も変えない。束博士の顔を見て、端的に述べる。

 

「それは大変失礼しました。気にせずにどうぞ続けてください」

 

「……ふん、まぁいいや」

 

 それから束博士は先ほどの態度が嘘のように反転させ、ニコニコと妹さん――呼称区別したいから以降は箒さん――にあのISの説明を再開する。俺たちはまるで眼中になかった。

 

「日室くん。私たちも用事を済ませましょう」

 

「は、はい!」

 

 葛城博士のその言葉に俺は慌てて返事する。通常のISを使っている他の人たちと、ようやく同じ時間を持てた。

 最初に葛城博士が取り出したのはノートパソコン、タブレット、簡易イスだ。言われるがままにトランスチームガンを預けて、ノートパソコンとケーブルを繋がられる。

 

「何が始まるんです?」

 

「ナイトローグ強化のためのアップデートです。先日鹵獲した……日室くんはネビュラスチームガンと呼んでましたね。あれの解析が済んで、トランスチームシステムに取り入れられるものができました。一分も経たずに終わるので、再変身をお願いします」

 

 そんな訳で、アップデート後に俺はナイトローグに再変身した。着心地は以前と変わりはなく、仮面越しに映される周りの景色やセンサー、スーツのコンディションといった見慣れたものが飛び込む。煩わしいと思っていた最初の頃が懐かしい。

 だが――

 

「すみません。これ、前との違いは……?」

 

「外見の変化はありません。いじったのはソフトなので。トランスチームガンに特定のフルボトルを装填してから真価が問われますが……どのみちテストは必要です」

 

 そう言って葛城博士は、どこからともなくビルドドライバーを取り出す。俺は破壊衝動をぐっとこらえて、ひとまず様子見を決め込む。

 

「ビーチの一部を借りて模擬戦するのは事前に通達してあります。せっかくですから、ビルドドライバーのデータ収集もやりましょう」

 

 事前通達? ふと辺りを見回せば、ぬいぐるみサイズのベアッガイが大量に出没していた。生徒たちがいるビーチ側に向けてビームバリケードを張る作業をしていて、その中でも黒服の個体が警備に当たっている。

 

「あれはベアッガイファミリーです」

 

「えっと、そのファミリーの意味ってマフィア的な?」

 

「いいえ。むしろシルバニアファミリーです。さて、ではこちらも準備を」

 

 葛城博士は続けて、有無を言わせぬ勢いで俺に一つのフルボトルを手渡してくる。それにはエンジンを模したレリーフがあった。フタの表記にも、Eという頭文字が刻まれている。

 人工タイプのエンジンフルボトル? 先日に研究所へ訪れた時は、こんなものは紹介されていなかった。いつの間にか作ったのか、それとも最初から隠していたのか。

 エンジンフルボトル。その名に俺は良い印象を抱いていない。バットとエンジン、エボルドライバーが揃えば、あの泥棒猫であるマッドローグが誕生するのだから。

 これを渡されたという事は、言外に使えという事。だが、気が進まない。別のと交換してもらおう。そう思って俺は、おずおずとしながらも葛城博士に頼み入れる。

 

「……博士、別のフルボトルでお願いできませんか?」

 

「ダメです。ナイトローグとの相性検査で優れた結果を残したボトルはそれだけでした。といっても作ったボトル自体の数が十にも……石倉くん、聞こえますか?」

 

『あー、あー、背番号9091、0108。ピッチャー、レオナルド』

 

「聞こえてるみたいですね」

 

 片手間でビルドドライバーを腰に装着した葛城博士は、とことこやって来たミニベアッガイに持たせたタブレット越しにレオナルド博士と連絡を取る。彼は相変わらずだったが、特にツッコミもしなかった。

 また、レオナルド博士も画面の向こうで何故かビルドドライバーを巻いていた。この光景に、ある種の既視感を覚える。

 この間にもベアッガイファミリーによって戦闘場が構築されていき、生徒たちがいるところには途中でしっかりビームバリケードに遮られている。見るからにバリアタイプなので、流れ弾対策はできていると思われた。

 そして、葛城博士は俺から数歩だけ距離を取り、タブレットに映るレオナルド博士と同じタイミングでフルボトルを取り出した。あれ? これって……。

 

 《コオロギ!》

 

 まず、レオナルド博士がコオロギフルボトルを装填。すると、それが目の前にいる葛城博士のベルトへと転送された。程なくして、レオナルド博士は糸が切れた人形のように倒れる。

 

 《サイコロ! ロストマッチ! Are you ready?》

 

 葛城博士が間髪入れずにサイコロフルボトルを装填すれば、素早くドライバーのレバーが回される。それから彼女はポーズを取る事なく、そっと呟いた。

 

「変身」

 

 その一言に呼応して、周囲に形成されたランナーが彼女の身体に纏わっていく。ランナーは瞬時にれっきとしたパワードスーツとなり、装着を果たせば結合部より蒸気を吹き出す。

 

 《双六チチロ! サイコローグ! イエーイ!》

 

 現れたのは、どこからどう見てもビルドであった。サイコローグの要素と言えば、未だに見える首周りのケーブルや片眼のデザインぐらいだろう。

 

「「さぁ、実験を始めましょう / さぁ、お前の罪を数えろ!」」

 

 そして、ビルドの中から葛城博士とレオナルド博士二人の声が聞こえる。息は完全に合ってなかった。

 

 

 





Q.それ、ガイアドライバーG2の……

A.アレックス・ウェスカーがいたのでしょう、きっと。ならば、他人の肉体に自分の意識を転送するのは、前例があるからよゆーよゆー。


Q.ナイトローグの翼って爆撃飛行ユニット扱いらしい。マッドローグも然り。

A.爆撃ってどうやるんでしょうね、 あのナリで。もしかしてライフルを空から撃つだけ……? それともクローンフライングスマッシュみたいに火炎玉とか?


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ブリーフィング

終盤まで日陰者になっていたビルドの初期フォームの再評価をした葛城忍は偉大だと思います。つまり、ベストオブベストのナイトローグ足り得る人間がいさえすれば……? 無論、内海は論外。


「……石倉くん?」

 

『いえ、ここはビシッと決めないといけない気がして……。それよりも葛城博士、やっぱりやめましょう? ビルドドライバー使うなら、別に俺だけでも事足りたんです。それなのに貴方まで』

 

「その件は後にしましょう。それに戦闘力なら石倉くんよりも私の方が高いので。今はこの状態のメリットを活かすべきです」

 

『トホホ……』

 

 ビルドの複眼が左右それぞれ独立して点滅し、何とも奇妙な会話の風景が繰り広げられる。感じからして、あのレオナルド博士が葛城博士のペースに引っ張られていた。

 ポディサイドは葛城博士、ソウルサイドはレオナルド博士。まさかの展開に俺は驚きを隠せない。もう戦闘を始めてもいいのか?

 

「それでは日室くん、実戦形式でお手柔らかにお願いします」

 

「あっ……は、はい。わかりました」

 

 彼女はそう言うが、どうも調子が狂う。見た目はあのビルドなので憎しみは消えないが、やっている事が完全に二人で一人の仮面ライダーだ。なかなか気持ちが切り替えられない。

 それも束の間、ビルドは左脚を使って一気に飛び込んできた。間合いを詰めるまでの時間が短い。次に右拳を放ってくる。

 ロストマッチであろうと、やはりビルドだった。スピードは侮れるものではなく、試しに右拳を受け止めればぐっと力が押し掛けてくる。静止状態からのパンチの威力は、他のISとは比にならない。

 しばらくは肉弾戦の応酬が続き、互いに直撃をもらわないように立ち回る。ここまでわかったのは、先ほどからビルドのサイコロ部分による攻撃力が安定していない点だ。威力変動が激しいが、特性を考えればクリティカルを受けるのは気を付けたい。ヒヤヒヤする。

 すると、何の前触れもなくレオナルド博士が説明をしてきた。

 

『説明しよう! ビルドドライバーを介する事で、フルボトルに内臓されたトランジェルソリッドに特殊パルスを放出! これがパワードスーツの元となる! 事前にボトルを振る事で成分を活性化させておけば、筒がなく変身ができるぞ!』

 

 今さらそんな情報がなんだっていうんだ。俺は目の前に集中し、さっとトランスチームガンを構えて発砲する。ビルドはかわそうとするも、至近距離での完全回避は無理と考えてか後方にステップを何度も刻む。その踊るような動きはコオロギと呼ぶよりも、乱暴に坂道へ放り投げられた賽だ。

 

『フルボトルには成分吸収装置、マテリアルアブゾーバーがある! これにより、変身解除の際にはその装備を回収する事ができる! ISの待機・展開状態と似てるぞ! 後付け装備はまだ試してない!』

 

 距離を稼いだビルドは無造作に左腕を横に振る。瞬間、左腕からサイコロの形をした小型ミサイルが六発放たれた。

 まさしく初見殺しだ。俺はうっかり下がり、翼を広げて空に逃げる。小型ミサイルはとことん追尾してきて、うざい事この上ない。

 

『ナイトローグの爆撃飛行ユニット、マッドナイトフライヤー! 普通に考えて飛べるはずがないサイズだが、なんか弦人くん自身が成長するにつれて性能が上がっているぞ! 滞空もしていたな!』

 

 ナイトローグの翼の正式名称なんて初めて聞いた気がする。それはさておき、小型ミサイルをトランスチームガンで撃ち落とそうとするものの、一発一発が自我を持ったかのように回避運動を取ってくる。ミサイルにあるまじき所業だ。

 

「ちっ!」

 

 舌打ちした俺はスチームブレードも取り出し、小指で器用にバルブを回す。

 

 《エレキスチーム》

 

 すかさずスチームブレードから電撃を放ち、ミサイル群を横薙ぎする。電撃が当たれば、たちまちミサイルは総じて爆散した。

 

 《ペリカン! プラズマ! ロストマッチ!》

 

 遅れて下から音声が流れる。急いで確かめれば、既にビルドはフォームチェンジを始めていた。

 

「ビルドアップ」

 

 《翼の戦姫! ペイルウイング! イエーイ!》

 

 ペリカンとプラズマの名の通り、カラーリングも白と青に一変しており、背中には折り畳まれている飛行ユニットが存在していた。俺が嫌な予感を抱けば、案の定ビルドも飛翔する。

 展開された飛行ユニットの造形は細かった。両翼の小さな推進機からは、オーロラに似た光が噴射される。そのくせ、ナイトローグと同じく飛ぶのに不自由はしていない。

 

『弦人くんに対抗してこっちはブラズマ飛行ユニットを背負ったぞ! ペリカンとプラズマが合体して最強に見える!』

 

 突撃してくるビルドは左手をかざし、青く光るプラズマの弾丸を絶え間なく発射した。

 

『プラズマフェイスモジュールはプラズマの威力を高め、ペリカンフェイスモジュールは飛行時の運動性能を上げる! プラズマライトアイと――』

 

「うっ、うるせぇぇぇぇぇ!?」

 

 よくよく考えれば、レオナルド博士の一方的な説明は戦闘の邪魔でしかなかった。一番近くにいるのは葛城博士なのに、彼女は平然としていた。とんでもない人だ。

 プラズマ弾はスチームブレードで切り払い、トランスチームガンで反撃する。こちらが放った光弾はビルドに真っ直ぐ吸い込まれていくが、彼女の左腕が突如としてプラズマ化を果たした。腕としての原型は留まらず、一種のエネルギーシールドとなって光弾を防ぐ。彼女はそのまま、シールドタックルを仕掛けてきた。

 

 《アイススチーム》

 

 銃撃では決定打にならない。トランスチームガンを仕舞い、バルブ回転も済ませて両手でスチームブレードを構える。

 刹那、ギリギリでビルドのタックルを避けた。すれ違い様にスチームブレードを一閃させる。

 だが、ブレード部分が相手の身体に触れる直前、プラズマのシールドが割り込んできた。高熱エネルギーの塊と超冷却された刃が接触し、視界を遮るほどの水蒸気を大量に生みながら反発する。

 その反発力は俺とビルドを一気に引き離すほどだった。とはいえ吹き飛ばされたのは数メートルほどで、翼を上手に使って空中に静止。水蒸気で肉眼では見えなくとも、コウモリの力を使えば相手の位置は把握できる。このビルドのセンサー性能がどれくらいかは知らないが、チャンスだ。

 

 そう思って手にしたのはトランスチームガンと、エンジンフルボトルだった。

 

 バットフルボトルと交換しよう。そんな考えが脳裏に浮かぶが、そもそもの目的がこれの使用である事を思い出す。辛酸を舐める思いだが、ここでごねても先延ばしになるだけ。とっとと終わらせたいのであれば、やるしかなかった。

 嫌悪感を我慢して、がむしゃらにエンジンフルボトルをトランスチームガンに装填。すると――

 

 《Engine》

 

 流れた音声は、明らかに他のフルボトルとは違っていた。俺が既に変身しているにも関わらず。

 どういう事だ? そんな風に疑問を抱いた矢先、白煙の向こう側からも音声がやって来た。

 

 《レディゴー!》

 

 戸惑っている暇はなかった。ビルドよりも先に行動しなければ。咄嗟にトランスチームガンの銃口を向けて、引き金を引く。

 

 《ボルテックフィニッシュ!》

 

 《スチームドライブ!》

 

 聞き慣れない単語を耳にした直後、トランスチームガン――正確にはエンジンフルボトルを起点に、凄まじい電流が俺の身体に襲い掛かってきた。空中にいるため、電流の逃げ場はどこにもない。

 

「ぐああぁぁぁっ!!」

 

 ナイトローグのスーツの防御力を貫通しているのではないかという錯覚を覚えた。とてつもない痛みに悲鳴を上げてしまう。トランスチームガンからは何の特殊弾も出なかった。

 電流が消えた後も満足に身動きが取れず、墜落を始める。煙の中から飛び出してきたビルドは全身にプラズマを纏っていたが、墜落途中の俺の姿を見るや否や必殺技を解除した。大急ぎで俺の手を掴み、ゆっくりと地面に降ろしてくれる。

 

「ハァ……ハァ……!」

 

 苦しみのあまりに変身解除し、俺は仰向けになる。隣に立つ葛城博士も変身を解くが、特に疲れは見受けられない。考える仕草をしながら、俺を見下ろす。

 

「確かにスチームドライブと発動した。なのにこれは……やはり心理状態も作用しているのでしょうか? 日室くん、大丈夫ですか?」

 

「な、何とか。ビリビリもいい感じに抜けて……よいしょ」

 

 取り敢えず上半身だけ起こし、息を整える。今の葛城博士の呟きに、心当たりは盛大にあった。クローズドラゴンの初変身しかり、ローグの初変身しかり、ジーニアスの初変身しかり。

 つまり、そういう事なんだろうな。ちくしょう、嫌いなボトル相手で気持ちの問題は壁が高すぎるだろ。世の中には死んでも消滅しても、ナマコ嫌いや椎茸嫌いを直せなかったヤツもいるのに。

 その時だった。織斑先生の怒号が鳴り響いたのは。

 

「全員注目! 現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼働は中止。各班、ISを片付けて旅館に戻れ。連絡があるまで各自室内待機する事。以上だ!」

 

 突然の指示内容に、生徒たちの間で困惑が伝播する。しかし、続けて織斑先生が「早くしろ! 以後、勝手に部屋を出た者は我々で身柄を拘束する!」と脅し混じりに叫んだ事で、そそくさと片付けが進められる。あれは怖い。

 確かに意味がわからない。それでも何かしらの緊急事態が発生したというのは窺える。よし、俺も皆の片付けを手伝うか。

 

「専用機持ちは全員集合!……日室ぉ! 片付けは他の生徒たちに任せてお前も来い!!」

 

 その数秒後、俺は織斑先生の呼び出しを食らうのであった。

 

 ※

 

 照明を薄暗く灯している旅館の大広間。そこで専用機持ちと教師陣が集まり、立体投影型のディスプレイを使いながらブリーフィングを始めていた。織斑先生の説明を短くまとめると、次のようになる。

 

 アメリカ・イスラエル共同開発した第三世代の軍用ISが暴走して日本の領海まで何故かすっ飛んでくるから、近くにいるIS学園に対処を求めようぜ! なお、機密に触れるので外部に情報を漏らさないようにしろとの事。

 

 ここは自衛隊の仕事だろとツッコミたくなったが、戦力を考えれば普通に合理的だった。学園側に専用機持ちが集中しているし。アメリカが日本政府に裏回しをして黙らせている可能性もなくはない。これが政治の世界か。

 そして性能的にも技量的にも、専用機持ちにアタッカーとして白羽の矢が立つのは当然だった。教師陣は訓練機を使っていくが、海域の封鎖を担当してくれるだけ。いや、織斑先生ならともかく、軍用とされているISにスポーツ前提運用の量産機で挑むのは、さながらハードガーディアン一個師団が本気の仮面ライダーエボルと戦うものだ。初手ブラックホールで詰む。

 戦いは数? 深刻な性能差があればどうしようもない。合理的に行こう。幸い、目標である銀の福音は超音速飛行している程度だ。タイプはオルコットさんのブルー・ティアーズと同じく、全方位攻撃ができる特殊射撃型。ワープしない・ヤムチャ視点にしない・ブラックホールしない・未知の毒を使わないだけ優しい。

 それから作戦会議は代表候補生を中心に進んでいき、ボーデヴィッヒさんが織斑先生に向かって挙手する。

 

「偵察は行えないのですか?」

 

「目標は現在も超音速飛行中だ。普通の方法ではアプローチも一回きりだろうが……。日室、ナイトローグの空間転移はどこまでやれる?」

 

 正直に言って作戦会議には一夏と箒さんと同じく置いてきぼりにされていたが、唐突に話を振られてしまった。背筋を改めて伸ばし、返答する。

 

「座標さえわかっていれば知らない場所でも行けるらしいです。やってみた試しはありません。機会がなかったので」

 

「ならぶっつけ本番という訳か……。ちなみに超音速下での戦闘時間は?」

 

「それもやった事ないです。必要なかったので」

 

「そうか」

 

 そこまで言って、特に落胆する訳でもなくキッパリと答える織斑先生。もしかして今の質問はわざと?

 

「ねぇ弦人。その霧ワープって、一人しか移動できないのかしら? 専用機持ち全員運べれば待ち伏せもできるんだけど」

 

 横から鈴音さんがそう尋ねてくる。複数での移動は可能だが、上限は不明だ。

 

「できるけど人数の上限がわからない。これも試してないから」

 

「ちょっと。それって杜撰すぎない? アンタが一番ナイトローグとの時間が長いくせに」

 

「面目ないです……」

 

 彼女のダメ出しに少しショックを受けてしまう。正論であるのは確かだが、振り返ってみればナイトローグの全てをまだ見極めていないのは恥ずかしかった。必要がなかったと後回しにしていたせいだな。要反省だ。

 

「偵察にしても高速戦に備えなければ話にならん。超高感度ハイパーセンサーも必要になる。この面子で最高速度を出せるのは?」

 

 そうこうしている内にも織斑先生が話を引っ張る。すかさずに声を上げたのはオルコットさんだ。

 

「それでしたら、わたくしのブルー・ティアーズが。ちょうど強襲用高機動パッケージのストライク・ガンナーが送られていますし、超高感度ハイパーセンサーも付いています。超音速飛行時の戦闘訓練時間は二〇時間です」

 

「ふむ……よろしい、ならば作戦は――」

 

「はーい! ちょっと待ったー!」

 

 その時、天井からひょっこりと束博士が出現してきた。そのまま畳の上に降りてきた瞬間、織斑先生に蹴り倒される。

 

「山田先生。こいつの室外退去を」

 

「はっ、はい! えっと、篠ノ之博士? 起きれますか? 大丈夫ですか?」

 

「待って! ちーちゃん待って! いちいち偵察しなくても相手をワンパンできる作戦があるんだよ!」

 

「……話だけは聞こう」

 

 山田先生を振り払いながら立ち上がる束博士の発言を、織斑先生は渋々許可する。結果、彼女の作戦を分かりやすくすると次のような感じになった。

 

 パッケージ無しで超音速飛行できる紅椿に白式乗せて、バリア・ガード貫通の零落白夜でワンパンしようぜ! なるはやで!

 

 清々しいまでの短期決戦思考である。名指しされた一夏は「えっ? 俺!?」と困惑し、一方で箒さん以外の専用機持ちはなるほどとでも言うように頷く。しかし――

 

「よし、わかった。却下だな」

 

「えぇーっ!? なんでさ、ちーちゃん!」

 

 そんな束博士の提案を織斑先生はあっさり跳ね除けた。束す博士は自分の作戦が採用されるのが当然と踏んでいたのか、しどろもどろになって声を荒げる。

 

「他にベターな選択肢があるのに、そんなハイリスクハイリターンな真似はさせられるか。こちらの戦力をしっかり整えておけば作戦成功率も上がる。前提として、ナイトローグのワープは最大限活用するぞ」

 

「ぶーぶー!」

 

 よほど気に入らないようで、束博士は頬を膨らませながら織斑先生に向かって中指を立てた。それにより彼女からアイアンクローが放たれるのは道理で、片手だけで頭部を固く極められる。

 

「もぉー! さっきからナイトローグナイトローグって! 束さんですらまだ実現できてないワープだけが取り柄のポンコツ鈍足クソザコナメクジにどうして――痛い痛い痛い!? ちーちゃん握力ヤバイよ! ごめんなさい!」

 

 束博士が咄嗟に謝罪の言葉を述べれば、おもむろにアイアンクローから解放される。だが、それはどう考えても謝る対象が織斑先生であるのは確実だった。

 捨てられたナイトローグは常に孤独。最弱のレッテルを依然として張られている。ゆえに、ナイトローグであろうとする俺にその罵倒はかなり効くものがあった。気がつけば、俺は部屋の隅でひっそりと体育座りをしていた。ちなみに、今はコスプレナイトローグを着ている。

 

「ポンコツ……鈍足……クソザコ……」

 

 あぁ、心が折れてしまいそうだ。あんなにもボロクソに言われるなんて……。

 

「気に病む事はないぞ、日室。私のシュヴァルツェア・レーゲンもやや砲戦寄りの鈍足だ。カラーリングが同じナイトローグには親近感を抱いている」

 

「ボーデヴィッヒさん……」

 

 そっと俺の肩を叩いてくれるボーデヴィッヒさん。いつ近づいてきたのかは謎だが、その励まそうとする意志に感謝の念が覚える。

 

「……ありがとう。でも、ナイトローグは素早い近距離戦もこなせるんだ……」

 

「あ」

 

 しかし、そうは言ってもナイトローグとシュヴァルツェア・レーゲンでは仕様が異なる。それを忘れているとは、ボーデヴィッヒさんはなんてうっかり屋なのだろうか。でも許す。

 すると、俺がへこたれている内にも作戦が決定したようだった。大広間に織斑先生の凛とした声が響く。

 

「よし、作戦は二段構えだ。まず初めに織斑・篠ノ之両名で一撃必殺を試みる。それが失敗すれば、専用機持ち全員による長期戦だ。前衛、中衛、後衛に別れて連携を密にしろ。移動はナイトローグのワープを用いて、各自のエネルギーを可能な限り節約する。作戦開始は四十分後。直ちに準備に取り掛かれ!」

 

 

 




Q.超音速飛行できない? それじゃあ……

A.

ロケットパンダ「それなら俺に任せろ!」

クジラジェット「おっと、ここは俺の出番だろ?」

ホークガトリング「ちょっと自分の限界確かめてくる」

フェニックスロボ「俺は……多分できると思う」

ローズコプター「ごめん、ヘリコプターだから無理。代わりに砂漠を緑地化してくるから」

トラUFO「うるせぇ、横方向にキャトルミューティレーションするぞ」

エボル「俺はワープだな」


Q.ファンキードライブ、ファンキーブレイク、ファンキーショット、ファンキーアタック。ここで弟くんの必殺技を再確認してみたら……

A.はい、スチームドライブがありませんでした。なので、やっちゃいました。


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銀の福音フェーズ1


使用者によってビルドの使い方に特徴が出ていて最高です。葛城巧ならゴリラモンドで神殺し、葛城パパはコミック忍者とホークガトリング大好き、戦兎は……スパークリング許さない。

どうしてゴリラモンドハザードフォームで誰もエボルトの低確率即死を狙わなかったのだろうか……


 時刻は午前十一時前。ナイトローグに変身した状態で俺が砂浜に佇んでいると、誰かから通信が入ってきた。

 

『もしもし? ねぇ弦人ちゃん、聞いて! ワタシも戦えるのに織斑先生と葛城博士に止められるっておかしくない? おかしくない!?』

 

『あわわっ! 泉さん、いけませんよ!? 自室待機って言ったじゃないですか!』

 

 相手は京水だった。何気なく山田先生の声も聞こえてくるので、きっと作戦本部にカチコミに行ったのだろう。なんて女子だ。

 ホールドルナの場合は、オリジナルのナイトローグと違ってテストしなければならない事が山積みになっているはずだから、ある意味では性能保証されている箒さんの紅椿のように実戦にはすぐ出せない。

 これはブーメランになるが、まだよくわかっていないものを無理に使うべきではない。葛城博士と織斑先生が止めたのは適切な判断だと思われる。

 

『弦人ちゃん! 弦人ちゃーん! あれ? 返事がない。た、大変だわ!?』

 

『Luna』

 

「すぐ返事しなくてごめんな」

 

『ほっ、良かった……。あぁっ!? 放して先生! ワタシは弦人ちゃんの出陣を見送らなきゃ――』

 

 俺がそう答えるや否や、突如として通信途絶する。無茶をしたか、京水。

 それから出現メンバーの全員が集結し、ISを展開して空中に浮かぶ。目の前には、霧ワープ直後の突貫のために一夏の白式が紅椿の背中に掴まって準備していた。

 

「それじゃ箒、よろしく頼む」

 

「本来なら私のプライドが許さないが、今回だけは特別だぞ」

 

 そう言って断りを入れる一夏に、箒さんが機嫌良さげにと答える。

 そんな二人の隣にいた鈴音は、今の箒さんの様子に見かねてか一言呟いた。

 

「なーに浮かれてんのよ、アンタは。仮にも実戦なんだから気を引き締めなさいよ」

 

「いや、そんな事はない」

 

「大アリなんだけど。何そのしたり顔? これ見よがしな感じで腹立つんだけど?」

 

 鈴音の指摘には同意するが、どんどん目くじらの立て方がずれていく。一夏の肩と並べられなくて悔しいのが妙に伝わってくる。これが女の嫉妬か。くわばらくわばら。

 箒さんと鈴音さんの間に流れる空気が重たくなる。そこに、仲裁せんとばかりにデュノアさんが割ってきた。

 

「ストップ、二人とも。喧嘩なら後でもできるでしょ? 今は作戦に集中しないと」

 

「そうだぞ、鈴。そんなに箒に突っ掛かるなよ。箒も箒だ。実戦で何が起こるかわからないんだから、十分に注意しろよ」

 

 デュノアさんに応じて一夏も二人に言い聞かせる。しかし、箒さんの浮かれた調子はなくならず、むしろ自信満々に言葉を返した。

 

「無論、それはわかっているさ。ふふ、どうした? 怖いのか?」

 

「そうじゃねぇけど……」

 

「安心しろ。大船に乗ったつもりで私に任せてくれ」

 

 これは大丈夫なのか? すぐに決着がつくかどうかは一夏と箒さんに掛かっているが、もう少し緊張感は持ってほしいところだ。戦闘が始まればすぐにでも気持ちを切り替えてくれるかもしれないが。

 箒さんが太鼓判を押す一方で、一夏の表情は心配の色に包まれている。ふと視線を横に動かせば、トホホと溜め息をついているオルコットさんの姿が見える。

 

「箒さん……あの調子では、わたくしに代わってもらった方が良かったのでは……あっ、そうしたら一夏さんがわたくしの背中に……」

 

 すまない、オルコットさん。俺もあなたが心配になってきた。

 

「全員口を慎め。間もなく作戦開始時刻だ」

 

 それとは対照的に、しゃきっとした調子でボーデヴィッヒさんが声を出した。軍人なのは伊達ではなく、その一声で俺たちにちょうどよい緊張感をもたらす。直後、織斑先生からオープンチャンネルでの通信がやって来た。

 

『全員、聞こえるな? これより作戦を開始する。諸君の健闘を祈る』

 

 間髪入れず、ナイトローグに人工衛星からの情報が送り込まれる。標的の現在位置と霧ワープの目的地を把握した俺は、回転しながらトランスチームガンの引き金を引く。銃口からおびただしく流れる黒い霧は、あっという間に俺たちを包んでいく。

 

 

 ※

 

 

 機械的ながらも美しい翼を持った銀の機体が、超音速で海上の空を駆け抜ける。名は《銀の福音》。実質的な軍用ISだ。

 搭乗者の意識は現在不明。その人を守るかのように、半ば自律稼働で暴走の一路を辿っている。まるで逃げるかのようにして飛んでいても当てはなく、かといってハワイから日本の領海までわざわざ向かっているのは、恣意的な何かを感じずにはいられない。

 地平線には陸地が一向に見えず、同じ景色が続いていく。ハイパーセンサーの存在も相まって、《銀の福音》の近くには確実に人影はない。あったとしても、秒未満で通り過ぎるだけだった。

 異変はいきなりやって来る。遥か数十キロ――今の《銀の福音》にとっては一分足らずで到達できる距離にて、何の前触れもなく現れた機影を捉えた。数を正確に把握していると、紅と白の二機が同じく超音速飛行で接近してきた。

 そうなると、相対した両者の接触までの時間は十秒にも満たない。ぐんぐんと相手の姿が肉眼でも見えるくらいになる頃には、青く輝く光の刃が《銀の福音》に迫り掛かった。

 

「うおおぉぉぉぉ!!」

 

 一夏が叫びながら零落白夜を振るう刹那、《銀の福音》は僅か数センチの差で光刃をかわす。一夏を背に乗せた箒の紅椿とはそのまますれ違い、くるりと反転して迎撃の姿勢を取った。

 

「くそっ! 外した……!」

 

『敵機確認。迎撃モードへ移行。《銀の鐘【シルバーベル】》稼働』

 

 一夏の舌打ちと共に、オープンチャンネルで《銀の福音》は人工音声を流す。筒抜けであっても、それを隠そうとはしなかった。

 

「一夏! もう一度――」

 

「いや、次の段階に移ろう!!」

 

 一夏は箒を制しつつ、零落白夜の使用を即座に中止する。燃費が悪い一撃必殺の技である以上、乱用は控えられた。

 依然として高機動状態の《銀の福音》は、一夏たちに向けて肩部ウィングスラスターの砲口をかざす。瞬間、超音速の砲弾が《銀の福音》の不意を突いた。胴体に着弾し、爆発する。

 その砲撃位置は一夏たちから十キロ先。そこには、シュヴァルツェア・レーゲンの大型砲戦パッケージを装備したラウラがいた。二門のレールガンが絶え間なく火を吹き、《銀の福音》を精密に狙う。

 しかし、レールガンの攻撃をもらうのは最初だけだった。次第に《銀の福音》は回避し始め、一夏たちには目もくれずに標的をラウラに変更する。遅れて箒が追撃するが、明らかに《銀の福音》がラウラと接触するのが早かった。

 ラウラの用いているパッケージは仕様上、機動力が大きく削がれている。ゆえに四枚の物理シールドを機体左右と正面に備えて防御力を上げているが、接近された時の脆さの改善策とはなっていない。このままでは砲火に晒される。

 

「――ふっ」

 

 寸前、ラウラが口角を上げたかと思いきや、一筋のレーザーが《銀の福音》の頭部を穿つ。絶対防御はしっかり発動しているので、少し仰け反って体勢を直すだけだ。

 レーザーの出元は、ひっそりとステルスモードで待ち構えていたセシリアだ。彼女のブルー・ティアーズは通常時よりも機動力が増した分、両手で構えたレーザーライフルが貴重な火力源となっている。ビットはスラスター用に全て回した。《銀の福音》の上空を素早く飛び回り、強襲する。

 前、後ろ、頭上。三方向からの敵襲に《銀の福音》は、まず逃走を優先した。

 

「逃がしませんわ! 鈴さん、シャルロットさん!」

 

 レーザーの牽制で相手の逃げ道を妨害しつつ、セシリアは二人の名を呼ぶ。程なくして《銀の福音》に追い付いた一夏たちに加わり、鈴音とシャルロットが包囲する。それぞれのパッケージを装備した甲龍とラファールのスラスターの軌跡には、微かに黒い霧が残っていた。

 

「鈴は一夏たちと前衛に! 支援するから!」

 

「手間は掛かせないわ!」

 

 シャルロットがアサルトカノンを放ち、合間を縫って鈴音が双天牙月を手に前へ。二手に別れて両面攻撃を仕掛ける一夏と箒と一緒に、《銀の福音》に斬り掛かる。

 これにより、急激な回避運動を繰り返す《銀の福音》の速度が最高時と比べて格段に低下した。満足に逃げる余裕は与えられず、相手の攻撃をかわし続けるのも限度はある。やがて防御行動も織り混ぜて、反撃する。

 

『《銀の鐘》最大稼働――』

 

 頭部に接続されている翼の砲口から、数多なエネルギー弾が発射される。触れれば爆発し、被弾した一夏たち三人はすぐさま距離を取った。

 

「うっ、まず――!?」

 

「一夏! 僕の後ろに!」

 

 すかさず、二枚の物理シールドを持ったシャルロットが一夏の前に出た。エネルギー弾はやや一夏に集中しており、彼女の盾で防がれる。

 

「こんのぉぉぉぉ!!」

 

 《アイススチーム》

 

 エネルギー弾の雨を真っ先に掻い潜ったのは鈴音だった。彼女が《銀の福音》の懐へ飛び込むのに合わせて、直下より氷弾が高速で飛来。着弾箇所の砲口は絶対防御で守るものの、強烈な冷気も残留しているので一時的な射撃の妨げとなる。

 《銀の福音》の真下には、トランスチームライフルを構えたナイトローグが背面飛行していた。スコープを覗く彼の援護射撃は止まず、鈴音にチャンスを与える。

 刹那、鈴音は双天牙月で《銀の福音》の頭部の翼を両断。お返しにと《銀の福音》に回し蹴りをもらって吹き飛ばされるが、代わりに箒が躍り出た。

 

「もらった!!」

 

 一気呵成に突撃し、両手に持つ二本のブレードを振る。しかし、それは辛くも白刃止めされてしまった。力勝負は膠着し、《銀の福音》の腕部からエネルギー弾の光が灯される。

 

「っ!? しまっ――」

 

「箒ぃー!!」

 

 それも束の間、瞬時加速を使った一夏が《銀の福音》にタックル。その勢いで相手を退かせ、ブレードを一閃。零落白夜を瞬間的に起動させ、青いビームの刃が《銀の福音》を切り裂いた。

 勝った。それからヨロヨロと落下する《銀の福音》の姿に、誰もが勝利の確信を覚える。いや、普段から零落白夜に慣れているだけあって、覚えてしまう。

 ゆえに、まだ反撃しようと砲口を動かす《銀の福音》に全員の反応が遅れる。

 その時だった。

 

 《Gear remocon. ファンキーショット!》

 

 一発の光弾が背中に吸い込まれ、《銀の福音》は今度こそ海へと落ちていく。射手はそこから二キロ離れた船の上に立っていた。

 

「えっ!?」

 

 まさかの事態に一夏が声を出す。船には、リモコンブロスとエンジンブロスが乗っていた。

 

「こっち見んな! 福音はまだ倒してない!」

 

 一夏たち七人の視線がそちらに集まった直後、リモコンブロスが注意を促す。次の瞬間には、姿を大きく変えた銀色の機体が、真っ白に輝きながら海面から飛び出してきた。

 

 それが示すのは第二形態移行。新たなる力。福音はまだ鳴り止まず――

 

 





Q.三羽ガラスはハードスマッシュではなく、トランスチームガンで変身させておけば生き残れた気がする。霧ワープできるし。

A.よし、ハザードレベルのカンスト機能を解除しましょう。キャッスルのトランスチーム版は個人的に見てみたいです。ビーム砲とか絶対強い。


Q.トランスチームガンのライフルモードの射程距離は?

A.精密射撃で三キロらしいです。世の中には弓矢で四キロ狙撃できるヤツもいるからまだまだですね。詳しくはFF零式で。


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銀の福音フェーズ2

ビルドやクローズのおかげでライダーシステムが宇宙空間でも活動できると証明されました。しかもクローズマグマは単独で地球の重力を振り切れる模様。


 その時、不思議な事が起こった。リモコンブロスのファンキーショットを受けた福音が水落ちしたかと思えば、青い雷を纏いながら海面から飛び出てきたのだった。おまけに頭部、胸部などに小さな光の翼を生やして。

 

「――まずい、第二形態移行だ!」

 

 ボーデヴィッヒさんが叫び、福音の目線が彼女へ。次の瞬間には、彼女の眼前に福音は立っていた。有無を言わせずに、ボーデヴィッヒさんのIS本体をエネルギーの繭に包む。中の様子は見えなくとも、聞こえてくる着弾音で何をされているのかはわかった。

 数秒後、解放された漆黒の機体はボロボロになり、ぐったりと落下。合わせて砲撃パッケージも消失する。

 

「よくもラウラを!」

 

 激昂したデュノアさんがショットガンを構えて突撃。速攻を決められた事に動揺している俺よりも行動は早かった。

 だが、放たれた散弾は光の翼で容易く防がれる。それから福音は素早く彼女の背後を取り、再びエネルギーの繭に包んだ。程なくして繭から、傷だらけのラファールが捨てられる。

 俺は急いでデュノアさんを拾いに行くが、彼女は気を失っていた。一方でボーデヴィッヒさんはまだ自力で動けているが、損傷が酷い。彼女とも合流し、スチームブレードからトランスチームガンを外そうとする。

 

「ぐっ、エネルギーが……! 目標に変化――全員、ここは一時撤退だ!」

 

「その必要はない。私が倒す!」

 

「っ!? 待て箒!」

 

「怖じ気ついたか、ラウラ!」

 

 撤退指示を出したボーデヴィッヒさんを無視し、福音に単身突撃していく箒さん。いささか蛮勇すぎる気が……。

 

「おい、箒ぃ! くそっ、ラウラとシャルは先に行ってくれ! 箒を連れ戻す!」

 

 遅れて一夏が箒さんの後を追い掛けるが、そもそも白式では高速に飛び交っている紅椿と福音に付いていけない。二機のスピードに振り回され、右往左往している。

 

「お待ちください、一夏さん!」

 

「セシリア、タクシーになって! あのバカ二人を追うわよ!」

 

「ちょっ、鈴さん!? あぁ、もう……わかりましたわ!」

 

 次にオルコットさんが鈴音さんを背に乗せて飛び立つ。高速戦仕様のブルー・ティアーズで追い付けなければ、かなり不味い。暴走気味の箒さんを物理的に止められる人がいなくなる。

 残された俺たち三人はその場で立ち尽くし、ボーデヴィッヒさんが厳しい表情になる。

 

「箒……やはりこうなったか……!」

 

「ボーデヴィッヒさん、霧ワープ行きますよ? デュノアさんを頼みます」

 

「ああ、すまない日室。先に撤退させてもらう」

 

 デュノアさんを担ぐ役を代わったボーデヴィッヒさん。程なくして俺はトランスチームガンを使い、二人を霧ワープで撤退させる。これで残るは前線組だ。なるべく全員で一斉に撤退できるタイミングが欲しいな。

 無反動で方向転換し、箒さんと猛スピードで何度も激突している福音の元へ目指す。オルコットさんがレーザーライフルを射つ以外に、誰も箒さんを捕まえられていない。

 すると、福音が突如として狙いをオルコットさんに変えた。箒さんの横を難なくスルーし、一夏の頭上を越え、お返しと言わんばかりのエネルギー弾を前面乱射。鈴音さんとオルコットさんは二手に別れて回避行動に移るが、福音は多段瞬時加速でブルー・ティアーズに肉薄。回し蹴りで唯一の射撃武器であるレーザーライフルを破壊し、返す刀の如く次の狙いを鈴音さんへ。横から一夏が加勢しようとするが、間に合うかは疑わしかった。

 瞬間、忽然と姿を現した水色の歯車に福音は寸前で急ブレーキ。それに合わせて黒煙が真下に出現し、そこからエンジンブロスがライダーキックの姿勢で飛び出してきた。

 

「おうりゃあああぁぁぁぁぁ!!」

 

 腰バーニアの勢い込みのライダーキックは福音の背中にクリーンヒットし、ものすごい勢いで百メートル以上も蹴り飛ばされる。加えて、対称的に距離を取っていたリモコンブロスがネビュラスチームライフルで淡々と福音を狙撃する。

 

「あんた……」

 

「よっ! 福音なら俺たちに任せて撤退しとけ。んじゃ!」

 

 歯車越しに言葉を交わす鈴音さんとエンジンブロス。呆ける鈴音さんにエンジンブロスはそれだけ言い残し、福音の追撃へ向かう。そんな中、やっけになった表情の箒さんが再び福音へ突出する。

 

「邪魔だ!」

 

「うおおっ!?」

 

 エンジンブロスの隣に並ぶや否や、ブレードを振り回して彼を押し退ける。もはや連携のれの字すら残っていない。

 この間にも鈴音さんはもう一度オルコットさんの上に乗り、負けじとウイングスラスターを焚かせる一夏の横にリモコンブロスが並走。彼を一瞥した一夏は、箒さんから目を離さないようにしつつ話し掛ける。

 

「お前ら一体何なんだ! この前のトーナメント戦、忘れてないからな!」

 

「あの時はゴメン! マジでゴメン! でも今は福音倒せって無茶振りされて来てるんだ! その話は後にしてほしい!」

 

「……わかった。後で覚悟しとけよ」

 

「助かる!」

 

 切羽詰まった声を出しているリモコンブロスの頼みに、一夏は渋々頷く。かくはともあれ、聞きたい事があれど集中するべきは福音の撃破、もしくは箒さんを引っ張って撤退の二択だ。前者は割りと相手が未知数に強化してリスキーだが、早い内に倒したいという欲が出る。

 やがて福音が全方位へエネルギー弾を発射する。なかなかに近寄り難い弾幕だが箒さんは展開装甲を盾に、エンジンブロスは右腕から出した白い歯車を盾に前進。二振りの剣は日射しを反射しながら踊り、合間に強烈な白の拳と蹴りが炸裂する。

 あっ、これイケるかも。次いで、オルコットさんをタクシーにした鈴音さんが衝撃砲を撃ちまくり、リモコンブロスも援護射撃の手を休めない。一夏もようやく福音との近接戦に参加する。

 だが――

 

「はあぁぁぁぁ!!」

 

「いっ!?」

 

 箒さんがエンジンブロスごと、福音を串刺しにしようとしていた。

 刹那、割って入った一夏が箒さんを受け止める。それをカバーするように俺はスチームパイプとセントラルチムニーを吹かし、福音の背後へ霧ワープ。スチームブレード片手で、意にせずエンジンブロスと共に福音を苛烈に攻め立てる。

 

「一夏、何故邪魔をした!? 犯罪者もろとも倒す好機を――」

 

「何言ってんだ、箒!! そんな事するなんて、お前さっきからおかしいぞ! らしくない……全然らしくないぜ!」

 

「バカ! なにケンカしてんのよ!」

 

 突然の二人の口論に、遠くから鈴音さんが叫ぶ。こっちも福音を抑え込むのに限界が来ているので、ケンカは後にして欲しいのが本音だ。

 それからハッとなってブレードを落としてしまう箒さんを尻目にし、俺は福音にトランスチームガンを零距離で発射。直撃は与えたが、余程のエネルギーバカなのか仰け反るだけだ。

 直後、福音の後ろでエンジンブロスがネビュラスチームガンとフルボトルを取り出す様子を目にした。その意図をなんとなく察し、ギリギリまで福音に食らい付いてから離脱。エンジンブロスの射線上から逃れるや否や――

 

 《フルボトル! ファンキーアタック!》

 

 銃口より紅蓮の炎が放たれ、それを纏ったエンジンブロスは不死鳥のように福音をタックル。ものの見事に轢き逃げし、全身の炎は自然消滅。代わりに、福音が発動している絶対防御に延焼していた。

 

「よっしゃあ!」

 

 エンジンブロスは歓喜し、振り返った矢先にネビュラスチームガンから自動的にフルボトルが排出される。海に落ちていくボトルの中身は空になっていた。

 この隙を見逃さず、一先ず箒さんを後回しにした一夏は福音に突撃。日頃の練習の賜物により、必殺技の零落白夜はエネルギー節約のために瞬間的に出せるようになっていた。限界まで踏み込み、福音が逃げられない間合いで雪片弐型を一閃する。

 

「当たれえぇぇぇぇぇ!!」

 

 一夏の叫びに応じるかのように、青い光の刃が解き放たれる。本日二度目の零落白夜は、容赦なく福音の身体を切り裂いた。

 加速のあまりに一夏はそのまま通り過ぎ、福音は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。既に炎は消え去り、けれども僅かながらのシールドエネルギーをやりくりしているのか、ISの展開維持だけはしてあった。

 このままでは真っ逆さまに落ちていくだけなので、俺が彼女の手を掴みに行く事に。だが、その寸前で何者かが福音をキャッチした。周囲に微かな黒煙を漂わせて。

 

「っ!?」

 

 右半身に赤い歯車の装甲。紛れもなくソイツはエンジンブロスの色違い、立派なカイザーリバースだった。腰バーニアの存在はもはや言わずもがなだ。

 

 ……へ? カイザーリバース?

 

「赤いエンジンブロス……誰だ?」

 

 俺が茫然としている一方で、ふとリモコンブロスがそう呟く。彼も知らないって……え? どういう事?

 

 《デビルスチーム》

 

 しかし、その音声が響いてきた事で俺は我に返る。気が付けばカイザーリバースは片手にスチームブレードを持ち、刀身にネビュラガスを纏わせていた。

 

「っ、させねぇ!!」

 

 間髪入れず、エンジンブロスが突進。俺も咄嗟にトランスチームガンを発砲するが、光弾はカイザーリバースの全身から放たれた謎の赤い波動にぶつかって消滅。エンジンブロスも波動に揉まれ、そのまま弾かれた。

 

「キャアアアアアアア!!」

 

 そして、ネビュラガスは独りでに福音へ注がれていく。肉声に近いマシンボイスの悲鳴が上がり、カイザーリバースがその場を離れると次第に変貌を遂げていった。おまけに巨大化も果たす。

 やがてネビュラガスが霧散すると、その中に隠れていた化け物が俺たちの前に姿を現す。

 漆黒の巨体に、特徴的な右手のペンと四角い頭。全長は軽く二十メートルはあり、どこからともなく出した四角形のブロックを足場に宙を浮かぶ。

 

 ――仮称、スクエアスマッシュハザード――

 

 割りと甦ってくるビルド本編での活躍と、俺が見た悪夢。その権化の強化体はさっとエリアカットペンを振ると、空間断切により生み出した無数のブロックやピラーで俺たちにオールレンジ攻撃を仕掛けてきた。

 

「嘘だろ、オイ!? げっ!?」

 

「あっ、これヤバ――」

 

 間もなくして、頭上にワープゲートを作られたブロス兄弟はその中へ強制的に吸い込まれていく。対して俺は連続霧ワープを決行し、手始めにオルコットさんたちの元に跳んではトランスチームガンをかざす。有無は言わせず、次に一夏たちの元へ向かう。

 

「箒、動け!!」

 

 視界を覆う霧が晴れ、一夏が箒さんの名を呼ぶ。どういう訳か放心していた彼女は、ぼさっとその場に浮かんでいたままだった。襲い掛かってくるブロックより早く一夏に引っ張られたので事なきを得たが、すぐに新たな攻撃がやって来る。悠長にしている暇はない。

 的が減った事で降り注がれる火線の量がどっと増す中、俺たち三人はようやく一ヶ所に合流した。すかさずトランスチームガンの引き金を引き、一夏と箒さんを優先的に逃がす。

 それも束の間、今度は俺も霧ワープしようとしたところで、横から勢い良くブロックをぶつけられた。その衝撃で霧の範囲外に軽く吹き飛ばされ、息つく間もなくブロックの波が押し寄せる。

 

「コイツっ……!?」

 

 とにかくブロック弾幕の厚みがおかしかった。全ては避けきれずにトランスチームガンは弾き飛ばされ、翼を展開したままではナイトローグの被弾面積が大きくなるだけ。スーツのダメージを教えてくれるアラートが非常にうるさい。

 迅速に全身のパイプから霧を吹かす。もうトランスチームガンは回収しない。危ないから。

 

 だが、そんな俺の企みは叶わなかった。四方をワープゲートで閉じ込められ、霧を纏ったにも関わらず景色が変わらなかった。

 

(ワープキャンセル!?)

 

 俺が驚愕するのに合わせて、ワープゲートよりブロックの軍団が吹き出てくる。霧ワープを無効化された俺には、素直に翼で防御体勢を取る他になかった――

 




Q.最近暑いですね。

A.はい。扇風機しかないので筆が進みません。気温三十度以上もある部屋で書くのはキツすぎます。どうか気長に待っててください。


Q.スクエアハザード強すぎない?

A.福音の性能を踏襲しています。スマッシュ化ってどんな個体になるかは人それぞれっぽいので。機動力はビグ・ザムやビグ・ランデ、サイコガンダムのように死んでいますが、相当レアな特殊能力を持っているスクエアが弱い訳がない。レア故に、ハイコストだから難波重工の主力として採用されなかったのでしょう。



毒持ちのニードル? 奴はスマッシュの恥さらしである。


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銀の福音フェーズ3

こんなのは嫌だ。エボルトの攻略法。

・巨大なタコに襲われる悪夢を見せて寝不足などの健康被害を誘発。そこで一気に畳みかける。

・オクトバスオクトバスフルフルボトルを作って戦う。

とにかく精神的に攻めるのが大切。戦いはノリのいい者が制する。


『作戦は失敗。以後、状況に変化があれば招集する。各自現状待機だ』

 

 ナイトローグ以外の作戦メンバーが旅館前に帰投した後、待っていたのは千冬のその言葉だった。最後に戻ってきた一夏は紅椿のエネルギー切れを起こした箒を横に降ろし、通信越しに声を荒げる。

 

「待ってくれ、千冬姉! 弦人がまだ帰ってきてない!」

 

『こちらでも日室のシグナルロストを確認した。すぐに捜索隊を向かわせる』

 

「ロストって……それじゃ……」

 

『とにかく今は休め。白式のエネルギーも尽きかけているだろう? ……戦場に予想外はつきものだ』

 

 最後の千冬の憂いを孕んだ言葉に一夏は途端に口をつぐみ、何も言えなくなる。すぐにでも日室を助けに行きたいという思いと合理的な思考がぶつかり、結局は理性が己の突発的な行動を押し留めた。白式を待機状態にし、ぎゅっと拳を握りしめる。

 千冬の言う通り、ブロス兄弟とエンジンブロスのレッドカラーの乱入は予想外だった。加えて、せっかく撃墜まで追い込んだ銀の福音が更なる変身を遂げて、凶悪な巨大兵器と化した。ここまで来れば、憤りを通り越して呆れ果ててしまう。やるせなさがとてつもなかった。

 ともかく、今の自分のコンディションでは何も成す事ができない。半ば殿として自分たちを逃がしてくれた日室の捜索及び救助は、大人たちに任せるしかなかった。

 

「ちくしょう……!!」

 

 歯を食い縛った一夏は、一言だけ吐き捨てる。その表情には悔しさが滲み出ていた。

 

 

 ところ変わって作戦室。各自ディスプレイと向き合っている教師たちの顔は暗く、気丈に振る舞っている千冬も目付きが少し鋭くなっていた。その視線の先には、人工衛星からのカメラを映す大型モニターが設置されている。画像と映像の主役は、既に原型を留めていない銀の福音の巨大な変異体だった。

 

「現在、目標は本州へとゆっくり進行中。今までのが嘘みたいに遅くなってます」

 

 沈んだ空気の中、一人の教員オペレーターが呟く。それにより、やや停滞気味だった全員の作業速度が速まっていく。

 一番最初に撤退してきたシャルロットとラウラに手当てを施すよう指示し、現地の教員部隊にはとっくにナイトローグの捜索命令を出している。後は変異体の解析を済まし、再度の作戦行動を完遂させるのみ。

 しかし、今の銀の福音はもはやISと呼べる姿なのか。そう疑問に感じた千冬は、近くにいた真耶へと話し掛ける。

 

「山田先生。君はあれがISに見えるか?」

 

「ええっと、どうでしょうか? 先日のVTシステムに似てますけどサイズが全然違います。あれだと俊敏性と機動力も欠けて、ISの強みが死んじゃいますね」

 

「だろうな。では、葛城博士を呼んできてくれ。もちろん機密に触れさせるのでその説明もな」

 

「へ? あのっ、よろしいんですか?」

 

「ああ、頼む」

 

 突拍子もない事に戸惑う真耶。それでもおずおずと了承し、作戦室から出ていった。

 その真意はただ一つ。以前に日室から話を聞いた身として、“怪人スマッシュ”と関連付けるのは容易かった。

 

「……それとそこのダンボール。何をコソコソしている?」

 

 そして、千冬は背後にあるダンボールに声を掛けた。ダンボールは存在が不自然ながらも気配を消し、千冬が言うまでほぼ完璧に作戦室内に溶け込んでいた。他の教師たちもようやくダンボールに気づき始める。

 だが、いくら待ってもダンボールは微動だにしなかった。痺れを切らした千冬は容赦なくダンボールに掴み掛かり、適当に投げ捨てる。

 

「あっ」

 

「……鏡か」

 

 ダンボールの中に潜んでいたのはナギだった。千冬から見下ろされる形になったナギは、まるで狼に睨まれた兎のように怯えた。

 

 

 ※

 

 

 ふと目を覚ませば、ナイトローグの変身が解けた状態で俺は砂浜に横たわっていた。身体の節々が悲鳴を上げるが、それを我慢して起き上がる。右手には知っての通り、紛失したはずのトランスチームガンが握られていた。半ズボンのポケットにはバットとエンジンのフルボトルが入っている。

 しかし、発信器付きの腕輪はすっかり外れていた。浸水で中身がやられたのか、オートロックが死んでいる。

 辺りを見回してみるが、どことも知れない島だった。地平線には陸が一切浮かんでおらず、陽射しは午後を迎えている感じだ。

 

 あの後、俺は巨大化スクエアスマッシュハザード――長いからギガントスクエア――の弾幕にやられて水落した。記憶はそこで途絶えているが、ろくに腹を空かせていないので一日も経過していないはず。腕輪が壊れた事で、生身でずっと気絶していた俺の居場所が作戦室に把握されていないと考えられる。あの怪獣がまだ生きているなら捜索も難しいだろうし、この瞬間まで誰にも拾われていないのは不思議ではないか。

 いや、そう言えばカイザーリバースは――

 

「目覚めたか?」

 

 突如、年季の入った男性の声が聞こえてきた。周りには誰もいなかったはず。警戒心を跳ね上げた俺は急いで方向転換し、トランスチームガンをしっかり構える。

 そこには科学者らしく白衣を纏った壮年の男がいた。背はすらりと伸びていて、黒い短髪の中に混ざる白髪が目立つ。

 そして、彼の姿にとんでもなく見覚えがあった俺は、驚きのあまりに思わずその名前を口にしてしまった。

 

「最上……魅星……?」

 

「ほう。私の名前を知っているか、日室弦人」

 

 俺は慌てて片手で口を塞ぐがもう遅い。名前を当てられた最上は、感心したような口振りで俺の名を呼ぶ。適当にオーケンとでも呼ぶべきだった、ちくしょう。

 

「そう警戒するな。私は君に一つ質問したいだけ。君の使うトランスチームシステム……それをどこで手にした? 誰がカイザーシステムのマイナーチェンジを作った? システムだけがあっても環境が整ってなければ、そもそも変身すらできないはずだ」

 

 それも全部葛城巧って奴の仕業なんだ……とバカ正直に答える訳にも行かず、天の声のせいにしても納得してもらえる回答ではない。目の前にいる最上が平行世界の存在をきっちり証明できているなら話は別だが、間違いなくややこしくなる。この最上の左半身がサイボーグ化されていないから、余計にその見当が付きにくい。

 まず、下手な受け答えは躊躇してしまう。例えバグスターウイルスがなくともカイザーシステム自体は成立するみたいだから、平行世界融合するマンの最上だと確信するには至らない。そもそも、ネビュラガスとスカイウォールの源泉がこの世界にあるかどうかも疑わしい。あっても同時にブラッド族の存在を示すから困るけど。

 

「だんまり……か」

 

 結果、俺はひたすら無言を貫く事にした。そっと溜め息を着いた最上は、渋々といった様子でネビュラスチームガンとギアエンジンを取り出す。よくよく考えたら、この壮年最上は青ではなく赤いカイザーに変身していたから、根本から俺の知っている人物とは違っている。余計な事は喋らないで正解だった。

 最上がギアエンジンをネビュラスチームガンにセットしようとしたところで、俺はすかさず発砲。ネビュラスチームガンを打ち落として変身キャンセルを狙ったが、人間とは思えない反応速度で光弾を回避される。

 

 《Gear engine!》

 

 ダメかっ……! 遅れて俺もバットフルボトルを取り出し、トランスチームガンにセットする。

 

 《Bat》

 

 それでも俺よりも一歩早く行動していた最上は、素早く引き金を引いた。向けた銃口の位置は自身の頭上だった。

 

「潤動」

 

 《ファンキー!》

 

「蒸血!」

 

 《Mist match》

 

 不意にも同時変身が決まり、どこからともなく鳴らされるエンジン音が煩わしい。すっかり全身を霧に覆われた俺とは対称的に、最上の方には赤く光る歯車が幾つも霧の中で連動していた。

 

 《Engine running gear》

 

 《Bat. Ba,bat. Fire!》

 

 砂浜でカイザーリバース――長いからRカイザーで――とナイトローグが対峙する。ともかく万全な調子ではない俺はまともにRカイザーと戦ってられないので、隙を見てから霧ワープで逃げる。わざわざ変身したのは、一夏たちを助けた時のワープ妨害(物理)をもらったばかりだから慎重になった。もし生身でやられたら簡単に死んでしまう。

 霧ワープの残弾はまだ一回分残っている。織斑先生とも通信を取りたいが、何故かノイズが酷いので却下。Rカイザーも俺とは見合うばかりで動かない。ならば――

 

「逃げる!」

 

 全身の煙筒から黒い霧を噴き出す。視界は真っ黒に染まり、次の瞬間には旅館前に移動している――はずだった。

 

「っ!?」

 

 景色が変わっていない。目の前にいるのは変わらずRカイザーただ一人。ワープキャンセルと認知するよりも早く、俺は容赦なくトランスチームガンを連射する。放たれた光弾をRカイザーは、瞬時に顕現させたスチームブレードで全て捌く。これだから銃弾切り払い民族は嫌だ。

 

「あぁ、ワープができなくて困惑しているか? その答えを教えよう」

 

 そう言ってRカイザーが片方の手で取り出したのは、特徴的な紋様が刻まれている黒い小板だ。手のひらサイズで、そこから天に目掛けてほのかな赤い光が走る。心なしか、この島の周囲に透明な赤いバリアが張られている気もする。

 その装置を壊そうと俺は照準を定めるが、Rカイザーも応じて構える。接近しない限り、無理に狙っても厳しいか。

 いや、それよりも黒い小板の既視感がすごい。あの禁忌の箱に似た匂いがプンプンする。デザインとしては見るのは初めてだが、もう嫌な予感しかしなかった。

 ダメ元で聞いてみよう。そう思った俺の気持ちを察してか、Rカイザーが喋り始める。

 

「あらゆる特殊兵装の能力を抑制する試作ジャマーだ。偶然の産物だが、ISにもよく効く。絶対防御までは無理でも十分な性能だ。ちょうど広範囲にバリア……スカイウォールが張られ、外部からの侵入を固く拒む。今回はドーム状にした事で通信妨害にも成功している」

 

 スカイウォール!?

 そのキーワードに俺はもう一度、辺りを見回す。ドーム状に展開されているが、空から地にかけてバリアの色度・彩度が濃くなっているところは確かにスカイウォールっぽさがある。というより、注意しないとドーム状とは認識できない。

 

「だが」

 

 すると、ネビュラスチームガンを使ったRカイザーが俺の背後に霧ワープしてきた。タイムラグは体感でコンマを切っている。いきなり聞いた話と違っているぞ、おい……!!

 慌てて振り向けば、そこには拳をかざすヤツの姿が。試作ジャマーと銃、剣は仕舞い、俺に殴り掛かる。

 避けられない。俺はすかさず腕で防御するものの、威力が重すぎて大きく後退ってしまう。以前味わったブロスたちとは比較にもならなかった。スーツ越しに衝撃が骨まで響き、腕が痺れる。

 

 防御は苦しすぎる。一気に追撃を仕掛けてくるRカイザーの猛攻をかわし続けるが、回避速度も足りていない。剛拳がナイトローグの装甲に掠り、すぐに被弾してしまう。

 俺の顎を狙った回し蹴りを避けた直後、回転の勢いを保持したままスチームブレードが繰り出される。その切っ先はバイザーにギリギリ届き、斬られた反動で頭が回りそうになるのを堪える。

 防戦一方だと埒が明かないのはわかっている。せめてトランスチームガンで牽制するが、あろう事かRカイザーは被弾上等で突き進んできた。効いている様子がないのが嫌らしい。俺も咄嗟にスチームブレードを出し、あくまで受け流しに努める。

 

「すぐに刃こぼれするナマクラのように」

 

 Rカイザーの戦い方のキレは、まるで老いぼれといった感じはしなかった。最高にまで研がれたナイフのように鋭く、破壊力は抜群だ。気を抜けば瞬殺されるだろう。疲労感に襲われている身体に鞭を打ち、歯を食い縛りながら攻撃を捌く。

 

「まっすぐ飛ばない銃弾のように」

 

 しかし、限界はすぐに来てしまった。スチームブレードの柄底で勢い良く手首を殴られ、俺は同じブレードを落としてしまう。それからは、地に倒されるのが早かった。

 一瞬で剣に腹を突かれ、貫通しないものの衝撃がダイレクトに伝わる。痛みは身体の芯まで深く残り、立っているのがやっとというぐらいに苦しい。悶絶している暇もなく、今度は胸の辺りを全力で殴り抜かれた。身体が軽く吹き飛び、背中から砂浜の上に落ちる。

 

 《エレキスチーム》

 

「ぐああぁっ!?」

 

 そして、Rカイザーからの苛烈な放電にしばらくいたぶられた。ヤツは悠々と近づき、放電したままのスチームブレードを俺の首元に突き付ける。負けじと俺はブレード部分を掴んでやるが、びくともしなかった。

 

「ナイトローグ、君のスペックが低すぎる。だから逃げれない。だから勝てない」

 

 Rカイザーの口からキッパリとそう言い放たれる。だが、そんな事で挫けたりはしない。仮面越しに、もはや防ぎ切れていない高圧電流を浴びながらギロリと睨み付ける。そんな辛辣な言葉は真に受けて堪るものか……!

 

「ちなみにさっきの質問は私の知的好奇心を満たすもので、深い意味はない。だからこのまま君を殺しても構わない訳だ。しかし……」

 

 Rカイザーが口を閉ざすのも束の間、ふと俺たちの隣に立体映像が現れた。内容は海上に佇むギガントスクエアだ。

 

「正直に話してくれれば、この巨大型スマッシュを街に放つのを止めよう。不都合がなければ、何も問題ないはずだが?」

 

 その時、仮面の裏に隠された最上の目は笑っていると何となく思った。本当に俺が払う対価が安い。絶妙すぎて後先考えずに飛び付きたくなる。

 それでも話すには不都合が極まりすぎてならない。まず、納得が得られない可能性が高すぎなんだ。あと、カイザーシステムやその他色々引っくるめて、そもそも最上にこんな譲歩するメリットや信用はなかった。デビルスチームを使っておいて、白々しいにも程がある。絶対に嘘だ。

 わかりやすくて結構。恐らくこいつは、俺が拒否する前提でわざと茶番をしている。俺が弱いからと年甲斐もなく遊び、楽しんでいる。そこに高尚な目的や意図はない。ほとんど自由気ままな実験だ。

 だったら、俺の答えは一つだ。ここで悪魔の誘惑に負ければ、ナイトローグに汚名が掛かる。Rカイザーに勝てなければ、ナイトローグは弱いと揶揄されたまま。そして何より……。

 

 

――こいつは、ナイトローグをバカにした――

 

 

 

「いつまでも……バカにしてんなコノヤロォォォ!!」

 

 怒りを原動力に心を奮わせ、両手を使って再度渾身の力を絞り出す。電流に必死で抗い、ようやくスチームブレードの切っ先を横にずらせた。力勝負がまともに始まり、ナイトローグとRカイザーの怪力が拮抗する。

 

 《アイススチーム》

 

 ところが、Rカイザーのスチームブレード片手持ちは最後まで崩せていなかった。電流が消えたかと思いきや、急速に冷気が流れ込んでくる――




Q.グリスブリザード、プライムローグ、ブラッド、クローズマグマ、ジーニアス……

A.バットロストフルボトル省られたなぁ……。あ、マッドローグはノーカン。






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銀の福音フェーズ4

「前回までのナイトローグ。水落ちした日室弦人は無人島に漂流し、発信器付きの腕輪も外れてヒャッホイと喜ぶ暇もなく、カイザーリバース略してRカイザーと遭遇。ギガントスクエアの初見殺し技で受けたダメージを引き摺りながら戦ったら、ボコボコにされた」

「なぁ。長い事漂流してたんなら熱中症とか脱水症状にかかってもおかしくないよな?」

「当たり前だろ。だがナイトローグを目指す者が、命に関わる病気ごときで立ち止まっていられるか」

「おいバカ! なにやってんだ!? マジで死ぬからやめとけよ!」

「バカなのはお前だ、一夏。ナイトローグは不滅。死なない。例え死んでも皆の心の中で生き続ける。そうしてナイトローグは伝承されていくんだ!」

「……ごめん。それがお前の平常運転だったな。自分は二の次。でも熱中症なら立ち止まれ」


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 紆余曲折あって作戦室へと招かれた葛城リョウは、生物の怪人スマッシュ化現象について一通りの説明を行った。石倉レオとの通信も交えて、過去のマウス実験で得たスマッシュたちのデータを開示する。ちなみに、束は既にどこかへと消え去っていた。

 データにはシンプルに怪力となっている個体もあれば、空間断切などの特殊能力を持つ個体が運良く記載されていた。その大半がスマッシュ化直後に死亡してしまっているが、トランスチームシステムその他の解析で何気なく命を張った甲斐はあった。

 目標は福音の性能を踏襲しているスマッシュの超強化個体、ギガントスクエアハザード。スマッシュ化に併せる巨大化も実験データは織り込み済みであり、ある程度の計算で相手の戦闘力は推し測れた。

 無論、ネビュラガス関連で眉をひそめ、その事で非難を上げる者もいたが、葛城たちが根気よく回答する事で難なく終息した。

 

「ネビュラガス投与については遺伝子検査をパスできたごく僅かな者のみと、安全面を徹底して厳正に臨んでいます。それと被験者第一号の石倉くん以降は改良した装置により、ほとんどナノマシン投与と大差なくなりました」

 

『その名も‘’快適にネビュラガス浴びようぜカプセル”!! ネビュラガスを特殊な液体に溶かしてヌクヌクに気持ち良くさせて、一切の苦痛を味わせないようにしたぞ! 代わりにネビュラガスをゆっくり優しく馴染ませるから、めちゃくちゃ時間掛かる! 壊されたら困るからスマッシュ化耐性のない人間はお断りだ!』

 

「それ、ドラゴンボールで見た事あるデザインなんだが。大怪我した悟空が入っていた回復ポットまんまなんだが」

 

 モニターに写る投与装置の姿に千冬の突っ込みが入る。しかし、暢気に話している場合ではない。次の瞬間には気持ちを切り替え、ずれた話の線路を元に戻す。

 

「それがどうしてISもろとも作用したのかは気になるが、この話は後だ。問題はどうやって撃破するか……」

 

 ギガントスクエアがシールドエネルギーを動力源にしているなら、集中放火なり何なりでエネルギー切れを起こせばいい。だが、語られたナイトローグの初陣内容から考えれば、絶対防御は使わずに純粋な物理的・圧倒的防御力で終始耐えようとする可能性が高い。それはもはや倒す・無力化などという生ぬるいものではなく、殺すつもりで臨まなければならない段階だ。通常のISバトルとは一線を科す。

 そのため、再び一夏たち専用機持ちをぶつけるべきか迷う。曲がりなりにも彼らは未成年の生徒。軍人のラウラなら覚悟をあっさり決めて任務に従事するだろうが、生憎とシャルロットと同じく機体ダメージは深刻。怪獣退治に送るにはリスクが高すぎる。今回のケースは最悪、倒せば福音の搭乗者が消滅するかもしれないのだから。

 ISの強みである搭乗者の保護機能。これがギガントスクエア変異時に消え失せていれば、前線に出る者には人命を奪う覚悟を確実にしてもらわなければならない。今の福音に生命のセーフティネットがあるかどうかは疑わしい。

 

 ならば性能が落ち着いている量産機部隊で挑むべきか、高性能かつ数が揃っている専用機部隊で挑むべきか。幸い、ギガントスクエアが鈍足になったおかげでISバトルで重要な機動力の差は解消されている。これならパッケージなしの量産機でもまともに戦える。火力も補いようはある。

 数瞬、千冬は帰還したばかりの教え子たちの姿を思い出す。特に独断専行が目立っていた箒は、出撃前とは打って変わって気持ちが深く沈んでいた。一夏も弦人の未帰還に酷く衝撃を受け、その気持ちはセシリアや鈴音などの面々も抱いていた。優しい心のケアが壊滅的に下手だと自覚している分だけ、スパルタ以外の方法がなかなか思い浮かばない己を激しく呪う。

 しかし、まだ自分にできる事は残されている。それもお得意の筋力方面で。まずは直面している危機から払い除けようと、彼女は声を響かせた。

 

「次の出撃、私も出させてもらう。今度は我々の番だ」

 

 専用機がないだけで何もできない時間は終わった。

 

 

 ※

 

 

 箒は一人、砂浜で静かに立ち尽くしていた。特に何かを眺めたい訳ではない。先ほどの福音との戦闘を思い出しては、何度も自己嫌悪に陥る。

 世界で唯一の第四世代IS、紅椿というわかりやすい強大な力を手にして浮かれていたのは言わずもがなだ。色々な建前を抜きにして一夏と共に戦えるというのが嬉しく、恋の争いで置いてきぼりを食らう事もない。その力を自覚して心を律しようとするよりも先に、存分に振るいたくなる衝動にも駆られた。これでは律するための剣道をしてきた意味がなくなる。

 極めつけはエンジンブロス撃破寸前に一夏に止められた事と、殿になった弦人が帰って来なかった事だ。もっと理性が働いていれば醜態を見せなくて済んだと後悔しても遅く、ただただ自分が嫌になる。強さには憧れているが、暴力をしたいのではない。暴力がどれだけ容易に人としての貴賤を決めるのかをよく知っている。

 

(私は……最低だ……)

 

 非は自分にあるが、どうしても紅椿を手に入れなければと仮定の話を考え、責任を他者に押し付けたくなる。気を楽にしたかった。いっその事、ほとんど姉のコネで得た紅椿を返上しようとさえ思える。どのみち、自力で得たものではないのだから。

 

「はぁー、わっかりやすいわねぇ」

 

 その時、後ろからあからさまな口調で鈴音がやって来た。咄嗟に振り返っては困惑する箒に構わず、彼女は言葉を続ける。

 

「一人で突っ走って、勝手に棒立ちになって、弦人も帰って来なくて、それで落ち込んでますポーズ? ……ざけんじゃないわよ!」

 

 箒の胸ぐらを掴み、無理やり顔を近づかせる鈴音。箒は心苦しさのあまりに、鈴音の目を直視できなかった。

 

「こっち見なさい! 気持ちは私たちだって同じよ! でもね、まだやるべき事は残ってる。弦人を探しに行ったり、仇を取りに行ったりとか。メソメソしてたって何の意味はないの!」

 

 捲し立てる鈴音の言葉は至極真っ当だ。箒もそれを理解しているが、すっかり怖じ気ついていた。竦む声をどうにか絞り出し、自分の後ろ向きな意志を示す。

 

「……私は……もうISには乗らない」

 

 パァン!

 

 すると、全力で頬を叩かれた。箒は叩かれたところを抑えながら、瞳の奥で真っ赤な炎を燃やす鈴音の顔を窺う。

 

「専用機持ちってのはね、相応の務めがあるの。遊びでやってるんじゃない。アンタ専用機もらえて喜んでたけど、本当にそんなワガママが許されると思ってるの? だとしたら……能天気にも程がある」

 

 代表候補生の言葉は説得力に溢れており、それが余計に箒を黙らせる。現実問題を突きつけられ、反論の余地もない。

 

「それとも何? アンタは肝心な時に戦えない臆病者なの? なら別にいいけど、誰がアンタの代わりに戦うと思う? ……一夏よ」

 

「――っ!?」

 

「アイツはバカで、お人好しで、朴念人で、空気読めない時もあるけど、人一倍仲間思いなの。だから福音が化け物に生まれ変わった時、何もできないまま弦人を置き去りにしたのを誰よりも後悔してる。悔しく思ってる。二人は親友なんだから当然よ。でも、一夏だけじゃどうしようもない。弦人が死んだかすらわかってないのに、アタシたちがぼさっとしててどうするの!?」

 

 遂に一夏の名前も出され、黙るのにも限界が訪れる。半ば開き直るようにして、箒は溜めていた思いを吐き出した。

 

「なら……どうすればいいのだ!? 私は力に溺れた。簡単に我を見失った! ……同じ過ちは繰り返さない、汚名返上とは誓える。しかし敵はまた進化した。仲間もやられた。本当の意味で戦えるなら、私だって戦う!」

 

 それは怒りへと変化していき、ようやく鈴音と真正面から向き合う。互いに睨み続けるのも束の間、ほっと息をついた鈴音はダルそうに表情を変えた。

 

「あぁー、やっとやる気になったか」

 

「な、何?」

 

「じゃあいいや。一夏! セシリア! いつまで隠れてんの?」

 

 呆気に取られた箒をよそに、鈴音は明後日の方角へ呼び掛ける。しばらくすると、近くの岩陰から二人が出てきた。

 思わず箒は面食らい、そこに一夏がよそよそしい様子で話し掛けてきた。

 

「箒?」

 

「な、あ……ぬ、盗み聞きとはけしからんぞ一夏ぁ!!」

 

「わ、わりぃ!」

 

 ふと我に返った箒が頬を赤らめさせながら怒り、反射で一夏は謝る。それから箒は気まずくなって顔を背けるが、一夏が目の前に立つとうっかり振り向いてしまう。

 

「言いたい事は鈴にほとんど言われちまった。その調子なら、もう大丈夫っぽいな」

 

 そう言って優しく微笑む一夏に箒は何も答えられず、恥ずかしそうにコクりと頷いた。それでもシンプルに「すまなかった」と口にするが、それ以上は言葉が綴れない。

 そして、二人だけになりつつある空間をセシリアは咳払いしながら破壊した。間に割って入り、話を本題へと移す。

 

「ゴホン! ……お二人とも、時間が惜しいですわよ? 今、シャルロットさんとラウラさんが情報収集に出ています。もうすぐで敵の位置情報も掴めて――」

 

「ほう? それでどうするつもりだ?」

 

 その瞬間、馴染みのある鬼女教師の声に全員が凍り付いた。ゆっくりと声がした方向を見てみれば――

 

「ううぅ……」

 

「すまない……皆……!」

 

 軽傷とはいえ包帯を巻いている怪我人のシャルロットとラウラにアイアンクローを決め、その二人をまじまじと見せつけるかのように連行する千冬の姿があった。瞬く間に一夏たちは戦慄し、千冬は冷たく告げる。

 

「安心しろ。逃げられない程度に手加減している。怪我人なのに何やら不審な動きをしていたからな。ダメじゃないか、大人しく身体を休めなければ。勝手に出撃など言語道断だ」

 

「ち、千冬姉、違うんだ! これには訳が――」

 

「ん?」

 

「すみません! “織斑先生”でした! すみません!」

 

 一夏の弁明虚しく、千冬に威圧されるや否やすごすごと引き下がる。

 終わった。もうダメだ、おしまいだ。自分たちの目論見がバレていると察した彼らは、そんな真っ暗な思いを抱いた。

 しかし、次に千冬が放った言葉は彼らの予想を越えたものだった。

 

「織斑、篠ノ之、オルコット、凰は作戦室に集合。デュノア、ボーデヴィッヒは部屋に戻れ。どのみち機体ダメージCなら戦いに出せん」

 

「えっ、それって……」

 

「次の作戦に参加できるかどうかは貴様ら次第だ。状況は変わったが、せめて福音の第三形態について話は聞いておきたい。急げよ」

 

 思いがけない言葉に反応した箒に、千冬はそれだけ言い残すとシャルロットたちを連れ去っていった。しばらくは全員、狐につままれたように微動だにしなかったが、内容をしっかり理解し終えると真っ先に作戦室へ駆け出した。

 

「ところで鈴。バカとか空気読めないとか、さすがに言い過ぎなんじゃないのか?」

 

「何よ、朴念人は本当の事でしょ」

 

「確かにな」

 

「それだけはどうも否定しようがありません」

 

「何だよ、二人まで!?」

 

 

 ※

 

 

 七月七日、十四時○○分。弦人の捜索と並行して、陸地から百キロ以上離れた沖合いをゆっくりと進むギガントスクエアの討伐作戦が決行された。予定している戦闘区域の周囲の封鎖などに人員を割かれているため、実際に戦うISの数は六機。一夏、箒、セシリア、鈴音。そして千冬の打鉄と、真耶のラファール・リヴァイヴである。今回の作戦に当たって、ラファールにはありったけの重火器を装備させている。

 もしも彼らが負ければ後方で申し訳程度の防衛ラインを張っている部隊に任せる事になるが、その時は世界最強の属するチームを敗北させた化け物に敵うとはとても考えにくい。そんな事態は絶対に回避しなければならなかった。

 

 一夏たちの参戦は、ブリーフィング時にしっかりとスマッシュ化――これまた機密事項なので漏らしたら人生が詰む――を説明した上でだ。

 ギガントスクエアを倒したら、福音の搭乗者ごと消滅するかもしれない。そんな可能性に生徒一同は始めこそ躊躇っていたが、このまま放置しても状況が悪くなるだけなのは確実。また、悪い未来を恐れて何もしない・スマッシュ化した人間を助けないという愚行は誰しも看過できるものではなかった。

 動かなければ始まらない。ならば、その生命を助ける事を諦めない。つい先ほど辛酸を舐めたばかりの一夏はとにかく前向きに考え、勇気を以て覚悟を決めた。弦人の事も含めて、良い未来を掴めるなら全力を尽くす。他の三人もそんな一夏に釣られつつ、確たる己の芯を胸に参戦を決意した。

 

 

 かくして、本日二度目の出撃が果たされた。一方その頃、旅館の一室にて。

 

「チーズ蒸しパンになりたい……」

 

「大丈夫、弦人ちゃんは死なない。あっ、でも酵素がないわ! どうしましょう! どうしましょう!? 困りすぎてもう、エクストリィィィィィィィム!!」

 

 一般生徒に敷かれた待機命令を破ったナギと京水は、身柄の拘束として同じ部屋に突っ込まれていた。本当なら機密の情報取得量が多いナギは別の部屋に行くべきなのだが、一ヶ所にまとめた方が監視も楽だと判断された。そもそも、教員の多くが《銀の福音》の対処に追われているので、割く人数は最低限にしたいと言うのが本音だった。

 

 無論、ナギが京水に話をすれば機密も何もなくなるが、そうなれば情報量の格差がなくなるだけで結果的には変わらない。この二人にしっかりと釘を刺しておけば、機密漏洩は今度こそあり得ないのだから。

 しかし、そんな二人を室内で見張っている教師はまさに頭を抱えた。ナギは「チーズ蒸しパン」と呟きながら畳の上に死体の如く倒れ、作戦経過を彼女から伝えられた京水は情緒不安定になっている。もちろん、こんな厳戒状況下で騒ぎ立てれば他の生徒たちにも不安を煽らせるだけなので、暴れる京水の口を塞いで静かにさせた。

 

「ムゴゴっ!」

 

「静かにしなさいよ、全く。鏡さんを見習いなさい」

 

 京水が抵抗しなくなるのを見計らって、呆れ果てながら解放する。ナギを見習えとは言ったものの、ほとんど死体ごっこをしている彼女には困惑を隠せなかった。

 すると、突如として部屋のドアがノックされた。暇を持て余している三人の意識はそちらに集中し、特に何の声も掛けられない事に教師は首を傾げつつも、応じようとドア前まで歩いていく。

 その時だった。ドア越しに教師の耳がシャキンという金属音をキャッチしたかと思いきや、あっという間にドアが一刀の元に斬り捨てられる。その剣の間合いは幸い教師まで届いていなかったが、予想だにしない出来事に他の生徒二人も思考がフリーズする。

 

 だが、ドアが崩れた先に現れた者を目にした京水は、直ちに気持ちを切り替えて誰よりも先に身構える。

 剣を振るった人型の異形はチェスのような風貌をしていた。機械的なボディは青く、およそ生物には見えない。

 その名もミラージュスマッシュ。ただし、こことは違う世界にいた個体とは異なり、ドアの残骸が全て床に散乱するまで姿を綺麗に消していた。いわゆる視覚的なステルス能力を有しており、突拍子のない怪人の登場に全員が絶句する。

 そして、狙いを教師の背後にいるナギたちに澄ましたミラージュスマッシュは、教師を押し退ける形で部屋の中に突進した。

 

「「「うわあぁぁぁぁぁぁ!?」」」

 

 三人の悲鳴がたちまち上がり、偶然にも窓を開けっ放しにしていたのでナギは大急ぎでそこから逃走。部屋の角に追いやられそうになった京水も同じく窓へ。彼女らのいた部屋は建物の三階に位置していたが、二人は難なく飛び降りた。

 続けてミラージュスマッシュも勢い良く窓から飛び出すが、いくらなんでも力を溜めすぎたようでナギたちの頭上を大きく通り過ぎる。相手の間抜けっぷりにナギたちはうっかり足を止め、唯一部屋に残った教師が上から声を掛けた。

 

「えぇっ!? ちょっ、どうなってるの!? 泉さんたち大丈夫!?」

 

「あ、大丈夫ですー!」

 

「ウソでしょ!?」

 

 けろりと答えた京水に愕然とする教師。しかし、この間に着地したミラージュスマッシュがUターンしてくる様子を目撃したナギが、慌てながら叫ぶ。

 

「こっち来るよ!? 逃げないと!」

 

「あら、本当。――キャアアアァァァァ!?」

 

 剣をかざしながら迫るミラージュスマッシュに京水は目を見開き、ナギと一緒に旅館から離れるようにして走っていった。二人とも靴を履いていないが、不思議な事にミラージュスマッシュには追い付かれていない。

 その見事な走りぶりに教師は感心しつつ、自身の役割の本分を思い出しては通信機を取り出す。

 

「は、速い……。じゃなくて応援呼ばないと!」

 

 ただし、使った通信機は終止ノイズまみれで、とても誰かと連絡を取れるような状態ではなかった。

 

 そうこうしている内に、ナギたちとミラージュスマッシュとの距離は縮まりつつあった。いくら陸上部所属のナギでもほぼ素足でアスファルトや舗装されていない道を走るのは辛く、そもそも普段から馴れていないので限界は早い。京水も似たようなもので、逃げ切れないと悟るや否や立ち止まり、トランスチームガンとルナフルボトルを構える。

 

「泉さん!」

 

「ナギは下がってて。それじゃあ行くわよー!」

 

 《Luna》

 

「蒸血♡」

 

 《Mist match》

 

 《Luna. Lu,Luna. Fire!》

 

 あどけない外見に合っていない艶かしい声を発しながら、京水はトランスチームガンから放出される霧に包まれてホールドルナへと変身する。

 直後、ミラージュスマッシュに振り下ろされた剣を白羽取りした。スーツより生み出されるパワーアシストの効果は、止めた剣を頑なに放さない。

 

「刃物を振り回すなんて、イケない子ね!」

 

 そう言ってホールドルナは、腕部に収納されているチューブを射出。チューブは一本の黄色い極太触手に変わり、ミラージュスマッシュを殴り飛ばす。その際に剣を辺りに放り捨てて、さらにポーズを決めた。

 

「太陽に代わって、お仕置きよ!」

 

 次に両腕を触手に変形させて、ミラージュスマッシュの身体をヌルヌルクネクネする。相手が隠し持っていたもう一本の剣を器用に絡め取り、また捨てる。ホールドルナに成す術がなくなった怪人は彼女に思う存分、肉体的にも精神的にも蹂躙されるのであった。

 何度も地面に叩き付けられ、振り回され、投げられてはキャッチされて。この一方的な戦いを物陰で見守るナギは、もしも自分がやられていたらと考えるとぞっと青ざめた。クネクネはまだしも、ヌルヌルはキツイ。

 そうして、ミラージュスマッシュを解放して地面に転がしたホールドルナに、とどめを決めるためにトランスチームガンを向ける。もう片方の手でルナフルボトルを数回振り、素早く装填した。

 

 《Luna》

 

「銃は好きじゃないけど、今は我慢!」

 

 《スチームブレイク!》

 

 引き金を引き、銃口から黄色の誘導弾が連射される。それらは湾曲な軌道を描きながら、ミラージュスマッシュを撃ち抜く。

 刹那、爆発が起きた。爆炎と熱風が出るのも一瞬の事で、すぐに跡形もなく消え失せる。

 

「……え?」

 

 あまりにもあっさりしていた事に加えて、手応えの弱さにホールドルナは何となく怪しんだ。自身に宿る乙女の勘が、まだ不穏を訴えている。

 何気なく辺りを見回し、ナギを見る。気が付けば彼女の後ろには、もう一体のミラージュスマッシュが忍び寄っていた。

 

「――ナギ、危ない! 後ろ!」

 

 咄嗟に呼び掛け、左手を文字通り伸ばす。呼ばれたナギは脇目も振れずに横へ跳ねて、触手の伸びる先を確保する。二体目が突き出した剣は空振りに終わった。

 だが、触手が二体目の眼前に迫った時、突如現れた三体目によって一刀両断される。ミラージュスマッシュたちの凄まじい隠密性にナギとホールドルナは恐々とした。

 

「ウソッ!? まだいたの!?」

 

 ホールドルナがそう言った矢先、一体のミラージュスマッシュの肩部ユニットが作動。二人の前で分身してやる事で、意図せずに種明かしを披露した。本体も含めた計四体のミラージュスマッシュは黙ってナギとホールドルナを包囲する。それぞれ、一対の剣を両手持ちにしている。

 数的優位を制したのはミラージュスマッシュ。個別の戦闘力も対人にしては軽くネジが飛んでいて、この中でも生身のナギが真っ先に狙われるのは定石だ。ナギも一応トランスチームガンを持ってはいるが未だに苦手意識が強く、こんな時に限ってテニスボールとラケットを持ち合わせていない。必殺打球も打てず、ホールドルナが彼女を庇う。

 

「ちょっと参ったわね。ナギ、ワタシが頑張って逃げ道作るから、先生たちの助け呼んでくれる? もしかしたら全部倒せるかもしれないけど」

 

「え? 通信しないの?」

 

「それがさっきからノイズばかりなのよ。不思議よね? 使い方合ってるはずなんだけど」

 

 ふるふると首を横に振るホールドルナ。緊張感は足りていないが、包囲しているミラージュスマッシュたちはじっと二人の出方を窺っていた。

 

「とにかく、今から張り切っちゃうわよぉー! 出血大サービス、やってみる――」

 

 その時、ホールドルナの頭上から不可視の存在――六体目のミラージュスマッシュが無音で踵落としをしてきた。強烈な一撃にホールドルナは昏倒しなかったものの、そのまま地面に倒れてしまう。合わせて六体目が透明化を解除し、他の四体も駆け寄ってゲシゲシとホールドルナを蹴り始めた。

 

「イタっ! イタっ! 痛い! ちょっと男子ぃぃー!?」

 

「泉さぁぁぁん!?」

 

 今度は立場が逆転して一方的にやられる番になったホールドルナに、不意打ち気味に出てきた六体目にびっくりして尻餅をついたナギが悲痛な声を上げる。

 すると、内一体の注意がナギへ向いた。分身体と目が合ったナギは、剣をちらつかせながら近づいてくる相手から逃れようと必死に後退る。尻餅をついたままで。

 

 しかし、依然としてミラージュスマッシュたちに蹴られているホールドルナの姿を視界に収めて、逃げたくなる衝動をぐっとこらえた。至近距離で未知の脅威に晒されては震える身体を気合いで抑えて、歯を食い縛ってトランスチームガンを右手に持った。

 そして甦るのは、初めて生身で発砲した時の形容し難い恐ろしさ。それで一気に印象を塗り替えられた銃器の感触。それに伴って実感した重み。あくまで競技としてしか受け止めていなかったISの授業では思い知る事もなく、何もかもが初めての経験だった。

 初めて故に戸惑い、どうして恐怖心を覚えているのか頭の整理も全然追い付かない。トランスチームガンの照準がぶれる。意識しないと、力が抜けてトランスチームガンを下ろしそうになる。

 

 それでも、ボコボコにされているホールドルナを見れば我慢できた。何よりも友達を見捨てたくないという、かえって単純な思いかつ一種の我が儘がナギを突き動かした。合理性や打算などは含まれていない。小難しい事を抜きにして、ナギは震える手に渇を入れようと一心に大声を出した。

 

「右手動けぇぇぇ!!」

 

 カチリという音に遅れて、ナギに近づいた分身体の眉間に光弾が直撃する。腹の底から出した彼女の声に負けじと着弾音が響き、かといって分身体は軽く仰け反っただけ。次の瞬間には背筋を正し、容赦なく双剣を繰り出した。

 

「ダメ! ナギ!?」

 

 それを横目で見ていたホールドルナは逃げろと促そうにも、集団で蹴られているので言葉が途中で遮られる。凶刃が一人の少女を貫くまで、刻一刻と時間が迫る。

 対してナギは最後まで諦めなかった。分身体の攻撃が速くて避けられそうにないのは確かだが、先んじてフルボトルをトランスチームガンに装填するぐらいはできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 《Cobla》

 

 《Mist match》

 

 《Co, Cobla. Cobla. Fire!》




Q.スタァァァァァク!!

A.“かがみ”繋がりでスタッグでも構いませんでした。しかし、ウンメイノーとハザードフィニッシュに定評があるクワガタは死にそうで縁起が悪いのです。あと、名前考えるのが面倒。スタッグゼニスとか安直かなぁって。レベル上昇タイミングはテニヌやテーブルテニヌ、合宿一日目の自由時間時だったり。


なお

城→フォートカノン

フクロウ→オウルシーカー

CD→超時空火星アイドル“みーたん”

これが限界


Q..アムロが乗ったガンダムに量産機のザクで挑むか、アクトザク・ゲルググJ・ジオング・バニザクの最新機で挑むか。なお、味方パイロットの搭乗機変更は不可。

A.本来の福音事件は例えると対応選択肢がそんな感じ。難しく例えると、ウッソが乗るV2アサルトバスターにザクで挑むか、ザンスパインで挑むか。更に難しくすると、ガンダムTR-6サイコ・インレやクインリィにザクで挑むか、EX-Sガンダムディープ・フォビドゥンで挑むか。しかし、相手がビグ・ザムになればザクでもジムでもやりようはある。




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銀の福音フェーズ5

「前回までのナイトローグ。日室弦人が作戦行動中行方不明になった中、織斑千冬は自分も出撃すると決意。なんやかんやで凰鈴音に発破をかけられてやる気を取り戻した篠ノ乃箒も、織斑一夏たちと共にナイトローグの仇討ちに臨むのであった。一方で旅館の方に異変が起きているとは知らずに……」

「サヨコ、大変だ! 急にWi-Fiが繋がらなくなった! ラジオとテレビもだ!」

「えぇ? そんなはずは……あ、ホントだ」

「ん? これは……アンデッドの反応だと!? いけない!」

「サクヤちゃん、どこへ!? 部屋で待機してって先生に言われてるんだよ!?」

「旅館にいる皆を傷付けるなど私が許さん! 変身!」

《ターンアップ》

「サクヤちゃあぁぁぁん!?」




 ここは不思議な草原地帯。立っているだけでも心地よく、大きな木の下でナイトローグが俺を膝枕していた。日陰によってナイトローグのアンダースーツが黒く染まっている。よくよく観察してみると、ナイトローグの身体のラインはどこか女性的だった。

 まぁいいや。きっとこのナイトローグは装着者云々関係なく、ナイトローグそのものを体現しているのだろう。だからこそ、敢えて女性的になる事でナイトローグの固定観念を破壊し、極めて理想的な偶像に近くなろうとしているに違いない。

 

 ……いや、これに似た状況を以前に夢で見た事あるぞ。

 

 すると、おもむろにナイトローグが話し掛けてきた。

 

「あなたは、どうして私を使い続けるの?」

 

 どうしてって……ナイトローグが人一倍好きだからに決まっているからだ。好きでなければ、再評価なんてせずに暮らしていた。ナイトローグが捨てられて憤慨する事もない。スーツ改造論には反応しない。

 

「でも、あなたは何度も負けてる。性能の低い私を使い続けたら、いつかは戦いの中で命を落とす。それが、戦闘力の再評価も決めたあなたの運命。今だってそう。あなたは氷漬けにされて、いつ死んでもおかしくない」

 

 あぁ、そう言えばそうだ。ギガントスクエアはおろか、Rカイザーに一矢報いる事すらできなかった。誰よりもナイトローグであろうと目指しているのに恥ずかしい限りだ。変身するのがエボルトなら、まず負けてなかったな。……自分で言ってて悔しすぎる。

 

「私に再評価なんて必要ない。どうせ誰も認めてくれないもの。人々が見るのはローグ、マッドローグ、プライムローグ。私よりも強い人がいるのに、わざわざ弱者を見る必要はない」

 

 どうしてそんな簡単に自分を傷付ける? お前まで自分の味方をしなくなったら、それこそ絶望がゴールになる。自分から辛い目に遭うなんて馬鹿げているぞ。

 

「私を使った人は、どちらも最終的には死んでしまった。これもきっとナイトローグに定められた呪い……手遅れになる前に私を捨てるのが合理的よ。ビルドドライバーがあるのでしょ? 大丈夫。捨てられるのは慣れたから」

 

 いいや、俺はナイトローグを捨てない。一度決めた事を放り出して中途半端に終わらせるのは、ライダーシステム欲しさでナイトローグを捨てた氷室幻徳以上の最低な行いだ。そんな事をすれば、ナイトローグが余計に傷付く。俺も悲しい。

 それに一方で、コブラロストフルボトルはバットロストフルボトルを差し置いて仮面ライダーブラッドへと出世を果たした。歩んだのは王道の道だ。普通のフルボトルを使っているマッドローグとは違う。結局、あちらは一度も捨てられずに使い続けられた。こうしてみると、負けっぱなしのままは悔しくないか? 泣き寝入りなんてやってられるか?

 

「でも死んだら全てが終わる。志し半ばで倒れれば、本当に誰も覚えてくれなくなる」

 

 そうなったら、所詮はそこまでの男だと完結できる。もしもの時は受け止めるしかないだろう。ナイトローグ戦闘力最弱というレッテルを剥がせないまま、死んでいく。全力を尽くしてもそうならば、諦めがつきやすい。

 

「……そう」

 

 ナイトローグは項垂れるようにして俺の顔を覗く。すると、突拍子もなく人工フルボトルが俺の腹の上に落ちてきた。取ってみればエンジンフルボトルだとわかったので、無造作に投げ捨てようとする。

 瞬間、ナイトローグがその手を掴んで止めた。握力は尋常ではなく、このまま握り潰されそうな勢いだ。まるでエンジンフルボトルを守ろうとしているように見える。

 

「……死ぬのが怖くないの? 死んで未練はないの? 何か……ないの?」

 

 ナイトローグにそう問われ、エンジンフルボトルの事も忘れて答えに悩む。

 死ぬのは……怖い。近い死期を悟れているなら尚更だ。そのままナイトローグごと皆に忘れ去られるのも、ずっと怖い。出来れば死にたくない。未練もある。

 ナイトローグを人助け・戦闘力の両面で再評価したい。最初は人助けやボランティアばかりしていたのは、もはや負け癖に定評のあるナイトローグを戦わせるのを恐れていたからだ。ファウスト時代の栄光は泡沫に消え、内海に至っては十全に性能を引き出せていない。というより戦うのが下手くそ。なら俺の場合はと聞かれれば、自信なんてこれっぽっちもなかった。

 俺のせいで負け恥を晒してしまえば、ナイトローグに今まで以上の汚名を被せる羽目になる。しかし、戦わずして人助けをしていけばナイトローグの名を落とす事はまずない。楽な逃げ道があるのだから、そちらの方に進んでしまうのは仕方なかった。

 おかげでそのツケは、再評価活動二ヶ月目辺りでの織斑先生との鬼ごっこという形で支払う羽目になった。あの日が人生の分岐点だと容易で決めつけられるし、あそこで負けなければズルズルと人助けの道に逃げていた自信がある。

 

 だからこそ、こんな肝心なところで負けたのかもしれない。何も成せず、何も守れず……否、弱ければ当然の結果だ。強さに飢えなければ、助けられる者も助けられない。

 数ヵ月前から本格的に鍛えたにしては、そこそこ強くなった方だと思う。それでも限度はあったが、一人だけでは無理だったな。一夏や京水、皆がいてくれたおかげだ。

 織斑先生との鬼ごっこで醜態を晒して、捕まって、IS学園に強制的に入れられたのに皮肉な話だ。ナイトローグを兵器として見られて、それを個人のいいようにしておくのは政府的によろしくないのは理解できるけど。

 ナイトローグを作ったのは俺ではなく、葛城巧だ。だけど、今のナイトローグの姿は俺と皆が作った。それは幻でもなく、仮初めでもない。

 

 あぁ、死にたくないなぁ……。せっかくの高校なんだから、もっと一夏たちとバカしたかった。 波動球を百式まで極めたかった。京水に音撃の達人のリベンジをしたかった。ナギさんが俺の知らないところでネビュラガスを浴びていた事について、説教はなぁなぁにしていたな。しっかりお話ししないと。

 

「なら、なおさら生きなくちゃ」

 

 知らない人の声。ふと視線をやれば、そこにはストロングスマッシュの幻影を纏っているエンジンフルボトルの姿があった。……え?

 

「彼は罪滅ぼしをしたいと望んでいる。兵器としての衝動に呑まれて、人間を襲ってしまった事を悔やんでいる。そして……」

 

 ――あなたと一緒に戦いたいと、訴えている――

 

 ……そうか。エンジンフルボトルの元、お前の成分を回収したスマッシュボトルだったんだな。テープぐるぐる巻きにしていたけど、まさか生まれ変わっていただなんて。思いも寄らなかった。

 

 

 同時に思い出す。あの辛くも途中から楽しくなった無人島生活を。スマッシュなのに料理に挑戦し、焚き火が怖くて魚の丸焼きすら億劫になっていた姿が懐かしい。力の加減が難しくて家作りのツルを何度もうっかり千切っては、すっかり落ち込んでいたよな。それを俺が隣で慰めて、そこで初めてストロングスマッシュに涙腺がある事に気づいた。本当なら怪人が静かにポロポロ泣くのはシュール極まりないはずなのだが、その時の俺はどうも変だと思えなかった。むしろ、こいつには心があるのだと察した。心には種族の壁は存在しないと、改めて認識させられた。

 

 

 なら、エンジンを毛嫌いするのもバカバカしい。お前は五年来の友だ。蔑ろにする訳には行かないな。

 今度はエンジンフルボトルを優しく握り締める。辺りは光に包まれ、俺の意識が覚醒した。

 

 

 ※

 

 

 氷漬けになったナイトローグを見て、Rカイザーはゆっくりと背中を向けた。アイススチームによる致命的なダメージを受ければ、待っているのは凍結死。数秒経っても氷を内側から破ろうとしないナイトローグに、彼は落胆しながらもこの程度かと納得した。

 やがて試作ジャマーの機能を停止させ、仕舞っておく。もはやこの島でするべき事はなく、後は帰るだけだ。それでもナイトローグが氷もろとも砕け散る様を見届けようと、気だるげに振り返る。

 

 《Engine》

 

 その時、不思議な事が起こった。氷によって完全に身動きが取れていないはずなのに、どうしてかナイトローグの握るトランスチームガンにエンジンフルボトルがセットされていた。音声が氷越しに震えて、外にいるRカイザーにまで伝わる。そして――

 

 《スチームドライブ! Fire!》

 

 氷が真っ赤に爆ぜた。普通に考えて中のナイトローグは無事ではすまないのだが、生じた爆煙が晴れていくと五体満足に仁王立ちしている姿が見て取れる。また、シルエットやゴーグル等にも変化があった。

 コウモリを象った頭部と胸部の黄色いゴーグルは真っ赤に染まり、両腕に装備されている二対の小さなコウモリ羽はなくなっていた。代わりに赤い腕甲が生まれ、脚部にも装甲とスラスターが追加されている。端的に言って、全長に変化はないがロボット感が増した。アンダースーツも日に当たっているにも関わらず、黒色を維持している。

 一先ず、新しいナイトローグの姿を爪先から頭まで眺めたRカイザーは、一つの推論を立てた。

 

(奪ったネビュラスチームガンから、カイザーシステムの合体プログラムを取り入れたか。拡張性が低いのによく詰める)

 

 それも束の間、ナイトローグが一気に間合いを詰めてきた。ゼロ距離でトランスチームガンを数発撃ち、先ほどとは随分と威力が増しているそれにRカイザーが後退る。続けて、渾身の左ストレートを放たれた。

 今度は両腕でガードするRカイザー。防いだ拍子に衝撃波が走り、軽く浮き上がってしまう。この隙にナイトローグは、自身が落としたスチームブレードを回収。それを右手に、トランスチームガンを左手に切り替えて、改めてRカイザーと向き合った。

 そして、目に留まらぬスピードで両者は激突する。ブレード同士がぶつかる金属音が何度も鳴り響き、やがて戦いは空中にまで広がった。各自の飛行能力は使用しておらず、あくまで空気を蹴っている。それでいて三次元機動を実現し、高速移動による残像はないに等しい。ISと違って常識的な推進力に頼っていないのが、この戦いの異様さを物語っている。

 

(ハザードレベルが3.7から4.1へ急上昇している。強化変身した影響か……!?)

 

 初期スペックではカイザーシステム系列の方が上。ハザードレベル成長によるスペックの伸び幅も、基本的にトランスチーム系列は兄に敵わない。しかし、剣戟の最中でRカイザーは冷静に相手の分析を行うが、先ほどのように単純パワーのごり押しが通じなくなっている事に舌を巻いた。

 やがてナイトローグがRカイザーに一太刀入れて、相手のスチームブレードを蹴り飛ばす。次いで地上と水平にした身体を回転させながら、ブレードの峰でRカイザーを真下に叩き落とした。

 Rカイザーが不様に砂浜に落ちた頃、ナイトローグはトランスチームガンを仕舞って彼のスチームブレードを拾い、二刀流となって降り立つ。しかし突然、ナイトローグの身体に電流が走る。

 

「うぐっ!?」

 

 追撃を掛けようとした足が止まった。ゆっくりと立ち上がったRカイザーは、それを見て自分なりの答えを導き出した。

 

「初変身故の抵抗だな。だが二つのボトルを掛け合わせた力がここまでとは……サンプルデータにちょうどいい。嬉しい誤算だ」

 

「うぅっ……! ハァ……ハァ……! サンプルなんかにするな……これは、俺とアイツの力なんだよっ!!」

 

 Rカイザーの何気ない言葉が、ナイトローグの琴線に触れた。剣の柄を握る力が強まり、その感情を知らしめすようにバイザーが発光。全ての煙筒から真っ白な蒸気が強く噴出される。

 刹那、腰部スラスターを展開したRカイザーが真上へ大きく急上昇した。ナイトローグもそれに反応して、四枚に増えた翼を広げて跳躍。Rカイザーは片足蹴りの姿勢に、ナイトローグはドリルのように翼を纏って、一斉に衝突。スラスター噴射を用いたライダーブレイクと、赤熱している飛翔斬がせめぎ合う。

 その結果、力勝負に勝ったのはナイトローグだった。押し負けたRカイザーに飛翔斬が命中し、爆発が起きる。それからナイトローグが着地した後ろの方で、Rカイザーが大の字になりながら倒れ落ちた。

 ナイトローグは振り返るが、Rカイザーにもはや戦う力は残っていない。ぐったりと両手両足を放り出し、笑い声を漏らす。

 

「フッフッフ……そうか。ナイトローグがここまで強くなるのなら、ヘルブロスやバイカイザーも期待できる……」

 

「お前は、やっぱり……」

 

 ヘルブロス、バイカイザー。その名に聞き覚えのあるナイトローグは、とうとうRカイザーを問い詰めようと近づく。

 だが、それは突如として割って入った立体映像によって妨げられる。今度の内容は、複数のISと交戦状態に入っているギガントスクエアであった。

 

「歯車は動き出した。後は……」

 

 ナイトローグの目を盗んだRカイザーは、それだけ言い残してはネビュラスチームガンで姿を眩ました。彼を覆った霧が収束し、跡形もなく消え去る。

 

 

 ※

 

 

 血色に似たワインレッドのアンダースーツに特徴的な装甲。宇宙服を彷彿させるデザインだが、既存のものと比べればずっとスリムだ。首回りや肩回りは蛇の胴体のようで、とりわけ頭部のゴーグルと胸部のクリアパーツはコブラを象っていた。ただし、ここから限りなく近く果てしなく遠い世界にも存在していたものとは少し異なり、それらは毒々しい水色ではなく明るい緑色であった。

 

 ――誕生、愛と平和を知るブラッドスターク――

 

 辛うじて博打の変身を成功させたナギは、肩口でミラージュスマッシュ分身体の双剣を受け止めていた。頭の中が真っ白になるのも一瞬だけで、双剣を跳ね除けるや否や相手のみぞおちを殴る。容赦ない拳に分身体を吹き飛び、後方にあった木にぶつかって消滅。その拍子に木は真っ二つに折れた。

 

「……あれ、変身できてる」

 

 変身を自覚して真っ先に出た言葉がそれだった。いきなりの事態にミラージュスマッシュたちの動きが止まり、先ほどまで蹴られていたホールドルナもスタークへ視線をやる。

 付け入る隙が出来上がった。彼らと顔を見合わせたスタークは、訪れる静寂を破るようにしてトランスチームガンを連射した。横薙ぎに銃口を移動させ、ミラージュスマッシュたちをホールドルナからどかす。願ってもない助けにホールドルナはハッとし、急いで立ち上がる。

 

「やったわね、ナギ! 遂に……遂にあなたも……!」

 

「うん! 何かよくわかんないけど!」

 

 そうして握手を交わした二人は、持ち前の明るさのまま怪人たちと対峙する。立て続けに分身が二体も撃破されたミラージュスマッシュは、スタークの誕生に警戒して出方を窺うばかりだ。数的優位は覆っていないが、スタークばかりは戦闘力が未知数のためである。

 そんな利口な判断を下している彼らの心理は露知らず、ホールドルナとスタークはすぐに決着をつけようと構えていた。ホールドルナは全身に力を込め、スタークはコブラフルボトルを再度トランスチームガンにセットする。

 

「そーれっ!」

 

 《Cobla》

 

 ホールドルナが両手を上げて顕現させたのはマスクを被った黒服の傀儡たち、幻想のマスカレイド十人隊だ。骨とムカデを合わせたデザインのマスクが実に印象的だが、肝心の生産元が本来とは違うためか、怪人スマッシュのように全身が装甲化している。さながらアンドロイドだ。

 

「イッテらっしゃああぁぁぁぁぁぁい!!」

 

 《スチームブレイク!》

 

 ホールドルナの掛け声に応じて、マスカレイド十人隊は手のひらと足裏から炎を噴射して上昇。スタークの放った特殊弾とタイミングを合わせ、猛スピードで突撃する。瞬間、奇想天外なマスカレイド十人隊に茫然としていたミラージュスマッシュたちは直撃を受け、大爆発した。後に残されていたのは、力尽きて仰向けに倒れる本体のみだった。

 

「やったー!」

 

「よっし! それで……」

 

 クネクネした動きで喜びを示すホールドルナ。スタークも一件落着と胸を撫で下ろしたかったが、依然として倒れるミラージュスマッシュを不安げに見ては隣の彼女に質問する。

 

「この後どうすればいいの? もう動かないっぽいけど、放置は不味いよね?」

 

「あっ、ワタシとした事が。ウッカリウッカリ♪ でも、コンクリ詰めにして東京湾に沈めるのは違うわね。ドーパントって訳でもないし……」

 

「ドーパント?」

 

「ううん、こっちの話」

 

 あろう事か、二人は目の前の怪人がどんな生態なのかをよく理解していなかった。エンプティボトルでスマッシュの成分を回収するだけで済むのだが、そもそもスマッシュとの遭遇自体が二人にトランスチームガンを託した者は想定しておらず、そこの説明はろくにされていない。スチームブレードの開発がまだできていない上、習うよりも慣れろを実行されていた。

 そのため、ホールドルナとスタークは互いに頭を抱えた。ともにスマッシュ戦は初めて・トランスチームシステムを使ってから日が浅すぎる故の停滞だ。目の前にいるのがスマッシュとわかっていない辺り、知識に乏しいのは明白だった。

 すると、その場に一人の戦士が早歩きで彼女たちの横を素通りしてきた。左半身に青い歯車が装着されているリモコンブロスの色違い、Lカイザーだ。あまりにも静かすぎる登場に二人はきょとんとし、Lカイザーが代わりにミラージュスマッシュの成分を回収してくれるまでボサッと見ていた。

 

「……へ? そうやるの?」

 

 ふとスタークが呟き、Lカイザーの使ったエンプティボトルがないか自身の懐を探る。この間にもLカイザーはネビュラスチームガンをあらぬ方向へと向けて、どこかへ霧ワープしていった。

 こうして残ったのは、スマッシュ化が解けて気絶している見知らぬ男性ただ一人。それで何か思い至ったホールドルナは、弾けるようにして声を上げた。

 

「さっきの人、中身イケメンの予感がした」

 

 割とどうでも良かった。

 

 

 ※

 

 

 海上に立つギガントスクエアは、指揮するようにエリアカットペンを振る。その一動作だけで広範囲の空間が抉られ、弾幕用のブロックが無数に生産される。おまけにこのブロック、当たれば炸裂する仕様である。

 その扱いは自由自在。懐にさえ潜り込まれなければ、機動兵器に対して従来のオールレンジ兵器を上回る凶悪さだ。さらにワープゲートをバリアのように張る事で、相手の遠距離攻撃を実質無効化できる。

 加えて、随伴の味方も存在すれば完璧な布陣だった事だろう。ギガントスクエアの致命的な弱点と言えば、自身の死角を補ってくれる味方がいない事・機動力が大幅に低下した事に尽きる。連携と数を以てして挑めば、まず怖くなかった。

 

 全方位からばらまかれるブロックを、射撃武器を持つ人たちが専念して撃ち落とす。一発落とせば、その後の連鎖爆発で一辺に弾幕を片付けられる。ここで一番役に立ったのは、鈴音だった。

 パッケージ装備『崩山』で衝撃砲が計四基に増え、それを火力抑えめ・極低燃費で広範囲に乱射する事により、ブロックの迎撃を簡単なものとした。僅かな衝撃だけで炸裂するブロックの特性を利用した形だ。さらに甲竜の性能も遠近バランスの良さから、前衛から中衛を難なくこなせる。そのままギガントスクエアに突っ込む事など、訳ない。

 ギガントスクエアがワープゲートをバリア代わりに使う事で、真耶のラファールを主軸とした重火器による遠距離撃破プランは頓挫した。しかし、デカイ的になったギガントスクエアの近接対応力の低さは一目瞭然であり、ブロック弾幕や時折放たれるピラーを乗り越えさえすれば、勝利の芽は十分に残されている。

 

「真耶、援護!」

 

「はい!」

 

 先陣を切ったのは千冬だった。打鉄を駆り、近接ブレードとアサルトライフルを持ってギガントスクエアに肉薄する。次々と迫り来るブロックをギリギリでかわし、進路上を邪魔するブロックは手元の自動小銃で撃破。それでも厳しい場合は、真耶のロングライフルによる的確なエイム力で援護する。

 また、ブロック弾幕は近い順で濃度の差はあれど、ギガントスクエアに敵対している全員に降り注がれていた。これら全てを避けきりながら千冬の援護をするなど至難の技なので、真耶は無難にセシリア、一夏とペアを組んで対応している。自分たちの背中はお互いに守っていく。

 なお、一夏は白式の機体特性の都合上、千冬と同じように突撃させるのはきついので、真耶から借りたアサルトライフルで素直に中衛~後衛へ。箒は鈴音と背中を預け合っていた。

 

 やがて弾幕が千冬へと大きく偏り、とうとう取り付かれるのを許してしまう。ギガントスクエアの意識が千冬に集中し、他への対処がおざなりになる。

 

「遅い」

 

 五本の指が鋭くなっている左手を千冬へ伸ばすギガントスクエア。それより早く彼女はスラスターを全開にし、遠心力を最大限まで利用した回転斬りをエリアカットペンへ放つ。耐久力の足りなかった近接ブレードが折れるが、ほんの少しの傷と亀裂は出来上がった。

 同時に、ギガントスクエアの攻撃の手が止む。ならばとセシリア、真耶の射撃が一点に集まった。

 レーザーに貫徹弾、ミサイル。慌ててワープゲートで防いだギガントスクエアだが、更なる敵の接近を許してしまう。箒、鈴音、遅れて一夏だ。

 

「ハァッ!」

 

「こんのぉー!」

 

 展開装甲による急加速を得て、紅椿が突進。エリアカットペンの亀裂を狙い、右刀の雨月で打突。刀身から攻性エネルギーが鋭く発射され、亀裂は更に深まる。

 甲竜は双天牙月を持ち、ギガントスクエアの左手へ。衝撃砲も撃ちながら相手の注意を分散させ、その細長い指を思い切り斬り付ける。両断まで行かないが、ひしゃげる程度には損傷を与えた。

 次に白式が弾切れになるまでアサルトライフルを撃ち、ギガントスクエアの頭部へ向かう。途中でライフルを投げ捨て、千冬と合流して左右に散開。千冬は二本目の近接ブレード、一夏は雪片弐型を取り出して、両目を刺し貫く。脆い箇所をやられてギガントスクエアが頭を振る前に、とっととその場を離脱する。箒と鈴音も後に続いた。

 

 ここまでは順調。身体をブンブンと動かすギガントスクエアに構わず真耶がガトリング砲を撃つと、負荷に耐えられなかったエリアカットペンが遂に半分折れた。ペン先はそのまま海に沈み、ギガントスクエアの目の色が変わる。

 赤い稲妻が一瞬だけ全身に走るや否や、背中から一対の輝く純銀の翼が生えた。同時に全身から赤黒い衝撃波を放出し、さながら天に咆哮するかのように顔を挙げ、拳を握り締める。

 次の瞬間、半壊したエリアカットペンが執拗に前へと突き出された。それに合わせて空間が一直線に切断され、空飛ぶ斬撃が大量に生まれる。

 

「全員、当たるなよ! 予測しやすい攻撃だ! 特に織斑!」

 

「俺だけ名指し!?」

 

 千冬の指示の元、ギガントスクエアの空飛ぶ斬撃を回避する全員。発狂したギガントスクエアはその巨体に似合わない美しいスピンも披露し、竜巻の如く空間が裂かれる。その衝撃でギガントスクエアを中心に海が荒れ、大きな水柱が発生する。

 

「一体なんですの!? これでは怪獣ではありませんか!?」

 

「オルコットさん、落ち着いてください! 傷が与えられるなら、勝ち目はあります!」

 

 乱舞するギガントスクエアの姿は、遠くにいるセシリアにも満足すぎる恐ろしさを感じさせた。隣で真耶がセシリアをなだめるが、その表情は覚束ない。

 無理もない。全長二十メートルほどの巨大な物体が、移動以外での一挙一等足の速度が並外れているのだから。動作の素早さだけなら、ISにも劣っていない。繰り出す剣檄によって身体が激しくぶれているのに顔だけはじっと固定されている様は、不気味の一言に尽きる。

 

「だが、死角はちゃんとある!」

 

 そう意気込んだ千冬が、もう一度ギガントスクエアへ接近していった。海面スレスレを這い、そのままギガントスクエアの足元に潜り込む。見た目の攻撃は派手だが、ISならではの柔軟な機動によって斬撃を掻い潜るのは可能だった。

 次に股下へと上昇し、武器の高速切り替えで接着式の爆弾をつけさせる。今さらながら爆弾一つでギガントスクエアを倒せるとは思っていないが、やらないよりはマシというもの。急いでギガントスクエアから離れて、爆弾を起動させた。

 その時、ギガントスクエアの下半身が丸々爆発に飲み込まれた。爆音は辺り中に轟き、ゼロ距離から受けたギガントスクエアは身体をよろめかせた。海に向かって倒れ込む寸前に足場を拡大させる事で溺れずに済むが、不様に倒れた事に変わりはない。

 

 それでも、ギガントスクエアを活動停止にさせるまでには及ばなかった。無造作にエリアカットペンを海中に浸からせたかと思いきや、上空にて複数のワープゲートが出現。戦闘区域いっぱいに旋回を始め、ゲートから膨大な量の海水がなだれ込んできた。重力に引っ張られた海水は水面に接し、延々に続く暴力的な滝となって彼女たちを襲う。

 ワープゲートの移動速度自体は恐ろしくない。肝心なのは、遥か天空から落ちてくる水の塊だ。ここまでの規模だと、威力は隕石にぶつかるのと変わらない。

 ギガントスクエアの生み出した光景は、視覚的効果が抜群だった。少なくとも人智を越えている技に、戦場にいる誰もが勝てるのかと疑念を抱いてしまう。

 しかし――

 

「いや、こんなんで諦められねぇ!! 諦められるかぁ!!」

 

 啖呵を切った一夏が、伏せたままのギガントスクエアへと駆けた。あっという間にうなじへと到達し、何度も斬る。首を動かしたギガントスクエアに振り落とされるが、必死に食い下がる。

 初戦でのブロック攻撃は滅多に使われなくなった。攻撃の規模こそ跳ね上がっているものの、付け入る隙も格段に大きくなっている。この瞬間こそが、乗り越えるべき山場だった。

 おもむろに立ち上がろうとするギガントスクエアだが、足に力が入らない。そうこうしている内に、一夏の奮起に感化された他の人も攻勢に出た。

 

 一斉攻撃が始まり、大滝の移動も追い付かない。ギガントスクエアが自滅覚悟で大滝を集結させるが、それよりも一夏が脳天に零落白夜を落とす方が早かった。高出力のエネルギー刃が深々と突き刺さる。

 そして、魔境の海をもたらす四角形の怪人はその身を痙攣させた。エリアカットペンを天へかざし、膝から崩れ落ちる。そのまま仰け反り、ようやく敗北の兆しを見せた。

 

 ただ一つ。ワープゲートを自身に透過させるという悪あがきをして――

 

 

 ※

 

 

「ぐぅっ……!?」

 

 一夏はとてつもない衝撃に揺さぶられ、白式の各部が悲鳴を上げるかのように軋む。先ほどの零落白夜の分も足して、残りのシールドエネルギーが大幅に減った。機体の損傷レベルも高く、ホログラフ化された計器がレッドゾーンを示す。

 そのままきりもみ落下しそうになるのを堪えて、何とか姿勢制御に成功する。そして足元のすぐそこに地面があるのに気付き、咄嗟に辺りを見渡す。

 場所はどこかの自然公園だった。広い草原の中に木が疎らに立ち、少し歩けば森が見える。

 

(ここ……どこだ? もしかして!)

 

 さらに遠くを見れば、いくつかの高層ビルが確認できた。夢ではない。意図せずワープしてしまった事に戸惑いを隠せず、視界の端でたまたま捉えた巨大物体が否応なしに彼の思考を働かせる。

 

「マジかよ……」

 

 そこには、満身創痍ながらも依然として立ち上がるギガントスクエアの姿があった。あれほどまで攻撃を加えたにも関わらず、戦闘不能に至っていないのがつい感心してしまう。

 見るからにあと一息で倒せそうだ。しかし、ここまで来て白式の稼働状態は最悪。ウイングスラスターも破損しており、ブースト移動ができない。また、近くに自分以外の味方が見つからなかった。

 

(ワープしちまったのは俺だけか!? くそっ、何がどうなってんだ!)

 

 まさしく絶対絶命のピンチ。ギガントスクエアがエリアカットペンを向けてくるのを目にし、その場を跳ぶ。直後、先ほどまで立っていた場所が勢い良く弾けた。土砂が激しく飛散する。

 

「うっ!?」

 

 移動手段が脚だけでは回避にも限度がある。ワープゲートに巻き込まれたのが原因か、通信障害も出ている。これでは救援要請すらできない。正直に言って、手詰まりだった。

 やがて、一夏の頭上に巨大なピラーが落ちてくる。とてもではないが、避けられるものではなかった。

 空間を削って作ったもののため、ピラー自体に色は存在しない。精々、写真のように景色がボヤけて写っているだけだ。端から見れば凶器とは思えないが、真上から凄まじい勢いで落下してくるなら話は別。来たるべき柱状の質量兵器に一夏はダメ元で雪片弐型を構え、防御の姿勢を取った。

 

「――一夏!!」

 

 その時、横から箒が割り込んできた。ピラーを受け止める負担が分散される。

 白式と同じくボロボロになりながらも、まだ機能が生きていた展開装甲をスラスター代わりにしていた。だが、その勢いはあまりにも弱々しい。ピラーを押し退けるには力不足だった。

 

「箒……!? ダメだっ、逃げろ!!」

 

「そうはいかん! また誰かを見捨てるなど、私自身が許さない!」

 

「だけど!」

 

 即座に飛び出た一夏の願いも虚しく、箒は頑なに首を縦に振らない。このままでは二人ともピラーに押し潰されるのは明白だった。

 

(こんな……こんなところで……)

 

 歯軋りする一夏。その際に脳裏に甦ったのは、曲がりなりにも殿になってくれたナイトローグの最後の姿だった。

 それだけではない。クラス代表決定戦での敗北や、リモコンブロスに一蹴された時の記憶も駆け巡ってくる。敗北を喫した後は強くなろうと決意するのは良いが、実際にはどうか。学園で唯一同性の友は守れず終い、クラスメイトの同じ専用機持ちよりも実力に劣る、紅椿を手にして浮かれていた箒を制する事にも失敗した。自分はまだ何にも変わっていない。

 

(俺は……俺は……)

 

 悔しさが滲み出る。こんなはずではなかったと。今まで仲間と一緒に特訓を積んできたのは、こんな風にやられるためではない。暴力、不条理、色々な事から仲間を守るためだ。一緒に戦う仲間を。

 

(あぁ、俺ってそんな風に思ってたのか)

 

 この瞬間になって、一夏は己を再認識する。未だに目の前の絶望は払えていないが、箒もまだ諦めていない。ならば心の火を燃やし、この化け物をぶっ潰すだけだ。もっと身体から力を振り絞らせるつもりで、心の底から叫ぶ。

 

「ぜああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 箒も負けじと大声を出す。

 

「うおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 その時、不思議な事が起こった。いきなり二人の機体が輝き出したかと思いきや、白式の損傷がゼロに戻ったのだった。奇跡はそれだけで飽きたらず、白式の全体像が変化。土壇場で第二形態移行を果たし、増設スラスターと左腕の複合兵装《雪羅》を手に入れた。雪羅の砲口を上にして、強力な荷電粒子砲を放つ。青いビームがピラーを完全に貫き、粉々に吹き飛ばす。これに驚いたギガントスクエアは尻餅を着いた。

 また、残っていないはずの白式のシールドエネルギーが回復していく。それを実現していたのは、彼の隣にいる箒だった。偶発的に紅椿の単一能力《絢爛舞踏》を開花させ、白式にエネルギー回復をもたらせた。最初は唖然としていた彼女も、程なくして真剣な眼差しとなる。

 そして次の瞬間、二人の後ろにナイトローグが現れた。ハイパーセンサーでその存在をきっちり掴んだ彼らは、一瞬だけ呆けた顔をしながら視線をそちらに動かす。足はきちんとある。細部に変化があるが、幽霊ではなかった。

 ナイトローグの生存に喜ぶのも束の間、彼が一歩前に出るや否や感動の再会は置いておく事にした。それからは阿吽の呼吸でギガントスクエアにトドメを差す。

 

「これで……」

 

 《アイススチーム》

 

「最後だああぁぁぁ!!」

 

 空裂・雨月二刀流、凍気を纏った飛翔氷斬、全力の零落白夜が放たれる。それら全てを真正面から受けたギガントスクエアは大爆発し、粛々と成分回収されて福音の搭乗者を解放するのであった。

 

 




Q.ナイトローグ強化体

A.やっとスパークリングど殴り合える感じ


Q.移動経路

A.情報を得るためにナイトローグは一度旅館へ帰り、ギガントスクエアの位置情報を把握してから霧ワープ。



ブラッドスターク「弦人くん無事だったんだね!!」

ナイトローグ「スタァァァク! スタァァァク! スタァァァク! スタァァァク!」

ブラッドスターク「キャアァァ!?」

ホールドルナ「落ち着いて弦人ちゃん! その子はナギよ!」

ナイトローグ「へ?」




ナイトローグ「……タコ焼き奢るよ。タコの入った鯛焼きも」

ブラッドスターク「本当に? やった! ありがとう!」

ナイトローグ(あっ、こいつエボルトじゃないや)



Q.発狂スクエア

A.参考にルルサスの戦士【2】の暴走状態と戦おう。



Q.ジェミニ

A.他にもスマッシュが攻めてきていたが、そちらはタチバナさん、ナゴさん、葛城博士がきっちりと倒しました。


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流れ着きし災厄のカケラたち

「前回までのナイトローグ。言いたい奴には言わせておけ。念願の純粋なナイトローグの強化形態が登場。零戦とラプターぐらいに離れているらしい深刻なスペック差を埋めてRカイザーに勝利。しかし、一瞬の隙を突かれて逃走を許してしまう」

「零戦とラプターは言いすぎじゃね? せめてザクとガンダムにしろよ」

「ザクマシンガンしか持ってなかったらザクに微塵も勝ち目ないだろ。……その頃、旅館の方もラブ&ピースを胸に抱ける善良なブラッドスタークが生まれたり、ギガントスクエア狩りも成功したりと、色々結果オーライ。一夏のISも土壇場で強くなるのであった。羨ましいぜ」

「対してこっちは量産を意識してるのか、かなりシンプル。合体して強くなれるけど、片方が生身晒しちまうんだよな。なぁ、俺のギアエンジンと交換しない? かめはめ波の色は水色なんだよ。最近になってマトモな光球を維持できるようになったけど、白じゃモヤモヤする」

「変なところで力入れてるよな、お前……。てか、リモコンとエンジンじゃ使い勝手変わるぞ? パソコンで微調整なんて真似、できんのか?」

「あー……面倒くさいからやっぱりパスで」




 ギガントスクエアの撃破及び、銀の福音の無力化に成功した日の夜。作戦終了後は旅館にいるIS学園の教員たちは後片付けに追われ、一夏たちも報告書を出さなければならないなど、山場を乗り越えてなお忙しかった。ちなみに弦人は帰投直後に脱水症状で倒れ、直ちに保健室の先生の元へ運び込まれた。

 そんな中、人気の感じない静かな場所にて、束は空中投影されるディスプレイを見ながらキーボードを弄っていた。

 

「ふむふむ。紅椿の稼働率四十二%かぁ……。まぁ、こんなものかな?」

 

 その結果にある程度の満足を示し、次の作業に移る。今の彼女の興味を惹いているのは、ISごとスマッシュ化を果たした先の現象についてだった。

 

「不思議だなー。細胞変化どころか金属の成分まで変わっちゃうなんて」

 

 スマッシュ化に関する知識はずっと前から、先端物質学研究所のネットワークに侵入した際に得ている。その時は「ふーん」と反応するだけで記憶の片隅に追いやってしまったのだが、ISとここまでの化学反応を起こすのであれば話は別だった。

 キリがいいところまでの解析と推論を済ませ、作業の手を休めるとおもむろにポケットから一つのキューブを取り出す。手のひらサイズのそれは玩具には見えず、かといって無機質さはない。人間では生で感じ取る事のできない莫大なエネルギーが、その中に胎動しているのだから。束が把握している時点でそれに気づいている者は、まだ誰もいない。

 

 束がキューブを拾ったのはずっと昔の出来事だ。ある日、気紛れで作ったダウンジングセンサーにそれが引っ掛かったのである。場所は山の中だ。しかも、束が解析終了して丁寧に加工するまでは、当初はキューブ状ではなく隕石のような形に過ぎなかった。

 また、各地にも似たような反応が出ていたので探索にも出たが、見つけたのは小石程度の破片ばかり。それらを全て綺麗にくっつけてもサイズはキューブと比べて小さい。されども、そんな小さなものが含んでいる未知のエネルギーに心が踊った束は、偶然にも安全に利用する術を確立させた。エネルギーを結晶体にする形で。

 

「ここにいたか。束」

 

「お? やぁやぁ、ちーちゃん」

 

「ああ」

 

 すると、暗闇の中から千冬の姿が現れた。月の光に照らされながら二人は出会う。

 ニコニコと笑っている束とは対称的に、千冬の顔つきは相応に厳しかった。それでも束は顔色一つ変えないまま、彼女が何の用で来たのかを話すまで待つ。

 

「お前、一体どこまで仕組んでいた?」

 

「んん? 何の事?」

 

「とぼけるな。自身の妹に第四世代の専用機を渡し、タイミング良く軍用ISが暴走してたまるか。でないと、わざわざお前が作戦室に乗り込んでくる理由がない。そこまで妹を活躍させたかったか?」

 

 千冬に問い詰められ、最初は知らん顔を貫き通していた束もアイアンクローの飛来を察するや否や、根負けした。

 

「別に箒ちゃんといっくんなら問題なく勝てるように調整してたから平気平気――いぎゃあ!?」

 

 しかし、運命は変えられなかった。頭を固く掴まれ、それ以上の申し開きが強制的にスキップされる。マッチポンプだとわかれば、千冬も執拗に責めたりはしない。ただ、腕力で語るだけである。

 

「ほう? 少なくとも二人の生徒が戦闘不能にされたのに“問題なく”か。その神経の図太さだけは見習いたいところだ。では、もう一つ聞こう。今回乱入してきたあの正体不明機について、何か知ってるか?」

 

「ううん、あの歯車についてはノータッチ! だからアイアンクローのパワー上げないで!」

 

 いつものおちゃらけた様子がなくなり、切羽詰まった束は涙目で懇願する。それをしばらく見つめていた千冬だが、嘘は言っていないようだと判断すると拘束を解除。束はへとりと座り込んだ。

 

「んもー、酷いよちーちゃん。束さんだって、ISとスマッシュ化の親和性が高いなんて思いもしないもん。でも、おかげで少し謎が解けたかな?」

 

「謎?」

 

「うん」

 

 オウム返しをした千冬に束は首を縦に振り、よっこらせと立ち上がる。スカートについた土をはたき落とし、改めて彼女と向き合う。

 

「実はね、ナイトローグとISコアは反応が極めて似てるんだ。あの歯車コンビもね。同じじゃないんだよ? あっ、次点は大きく離れるけどスマッシュ。いやー、一時は急に通信が死んでびっくりしたね。唐突にスマッシュが出てくるんだもん、ちーちゃんたちが留守の間にさ」

 

「旅館での事件は聞いている。だが、それが本当なら……」

 

「どこのどいつなんだろうね。束さんが心血注いだ我が子同然の可愛いISのパチモン作ってくれたの」

 

 束にとって、トランスチームシステムやカイザーシステムをISと同列以上に並べさせる事などおこがましかった。そもそも、今も昔もISを作れるのは自分だけ。自分にしか気付けなかったはずの物を他人が気付き、それを全くの別物としたのが自身の発明を穢されたような気持ちになって純粋に認められない。

 本当なら、それらの存在を看過しておく事自体が耐えられなかった。ナイトローグの存在が世間に知れた時は容赦なく潰そうと目論んでいたものの、やっている事が人助けや慈善活動の連続で気持ちが萎えた。自分が初めて無人のISを送り込んだクラス対抗戦の日、その時に現れた素体カイザーを確認した次の瞬間には追跡で躍起になっていたが、電子空間で弾かれて結局は叶わず。口惜しい事この上ない。

 

 だが反面、自分勝手な憎悪が優っているが嬉しさもあった。束にとって親友や肉親以外は見分けもつかないどうでもいい他人だったのに、もしかすると自分以上に天才なのではという片鱗に触れて、カイザーシステムの開発者の見る目が変わった。

 ISを初めて発表した時に一笑した連中とは違う、顔も知らない人。進む道は完全に別れているが、ISの根源にはしっかり接しているはず。ならばナイトローグを安易にISと決め付けた政府関係者みたいに、ろくに本質をわかっていない訳ではない。もしも会っていれば、互いに互いの技術を理解し合える同格の存在だと初めて気付けた。

 それでも、仮定の話に意味はない。束がトランスチームシステムやカイザーシステムを毛嫌いするのは変わらないまま、時間だけが過ぎていく。本日の事件は本当に、彼女にとっての想定外が連続した。それによって得られたものもあるが、自分の思い通りにならなかった事が大いに不満だった。

 その勢いで愚痴を吐きそうになる束だが、手に持つキューブの存在を思い出しては話を脱線させるのを我慢する。次に彼女が話したいのは、そんなくだらないものではない。

 

「あっ、そーだ。ちーちゃん、これ何だかわかる?」

 

 キューブを見せつけ、皆目見当がつかない千冬は首を傾げる。そして――

 

「いや。だが、どうせマトモな物ではないのだろう?」

 

「もー、少しは悪ノリしたっていいのに。それはそうと、私にもこれが何なのかちょっとしかわかってないんだよね。元の形がこれよりずっと大きな箱っぽくて、その破片って事。地球上に存在してない物質と未知のエネルギーが含まれてる。地球に落ちてきた時、大気圏でバラバラになって燃え尽きたりでもしたのかな? それとも最初からバラバラで、宇宙空間をさまよっていたり?」

 

 そこまで自分の推論を述べた束は、キューブを早速スカートのポケットへと仕舞った。先ほどの苛立ちを滲ませた様子はどこ吹く風。千冬も内容にピクリと眉を動かすだけで何も答えない。

 

「ねぇ、ちーちゃん」

 

 くるりと背を向け、顔だけを合わせようとする束。彼女が柔らかく笑顔を浮かべている一方で、千冬は素っ気なく返す。

 

「そこそこにな。お前はどうなんだ、束」

 

「私? 私はね――」

 

 突如、風がうなり声を上げて二人に吹いた。束の言葉は風に掻き消され、千冬が瞬きした次の瞬間には忽然と姿を消していた。

 千冬は溜め息をつき、夜空を見上げる。最後に見た束の表情は天真爛漫な笑顔だった。

 

 

 ※

 

 

 引率として来ていた保健室の先生が言うには、俺は熱中症と脱水症状がベストマッチして倒れたらしい。目が覚めれば、旅館の一室で俺は寝ていた。倒れる前の記憶はしっかり残っている。

 最初に目覚めた時間は夕方頃。一夏たちが見舞いに来てくれたが、特に京水がうるさかった。

 

「うんうん! 息がある、足もある、脈もある! 良かったぁぁぁ~!!」

 

「――ハッ! スタァァァァァク!!」

 

「ちょっ、弦人くんストップ!?」

 

「落ち着け弦人! 点滴してるんだから安静にしろ!」

 

 あと、ナギさんを見つけた時の俺も条件反射でうるさかった。

 一度旅館に戻った時に見つけた人影は何の冗談かと疑ったものだ。何故かブラッドスタークがホールドルナと行動を共にしていて、視界の端とセンサーでイクサやギャレンの幻覚を目にし、路傍にはプレススマッシュやニードルスマッシュ、アイススマッシュやらの成れの果てが転がっていたり。空にはドーム状のスカイウォールがあったのも少しの間だけだった。

 なんやかんやで銀の福音は倒し、搭乗者も救出できたが、不可解な点はたくさんある。仲が悪そうなRカイザーとブロス兄弟。スカイウォールを生み出す装置の出所。未だにこの目で確認できていない青いカイザー等々。この感じからして、例え俺とナイトローグがいなくてもカイザーシステムは存在していたみたいだ。すなわち、この世界における異物の影響を一切受けていない純粋な産物という可能性が……。

 

 いや、確証がまだ足りないので推理の域を出ないな。骨折り損になるのもあれだから程々にしておこう。

 

 そんなこんなで合宿が終わり、三日目の午前中で迎えのバスに乗り込む。ハザードレベルが高いおかげで次の日には体調もある程度は回復した。とはいえナギさんと真っ向からお話ししてやるだけの元気はなく、大人しくするのが関の山だった。なお、新しい発信器付の腕輪はまだ渡されていない。IS学園に戻ったら織斑先生が着けに来ると思うので、今だけの解放感を味わうべし。逃げ切るのはまだ難しいと思う。海外に高飛び? 鬼側にCIAとか増やすだけ。再評価活動よりも逃走がメインになりうるから却下。

 さて、それでもカイザーシステムは非常に気になるので、一学期の期末テストが終われば一念発起してみようか。それまでは一人の学生として、ナイトローグの再評価だけでなく日常も謳歌させてもらう。自己犠牲の余りに自身の日常が守れなければ本末転倒。ナイトローグ失格だ。いくらナイトローグでも過労死は超越できない。命はいつだって一つだ。最初の頃? 居場所なんてあってないような孤独状態だったからいいんだよ、あれはあれで。

 

「織斑一夏くんっているかしら?」

 

「あっ、はい。俺ですけど」

 

 一方その頃、見知らぬ金髪の女性がふと乗り込んできた。何やら一夏に用事があるようで、先頭の座席で幾つか言葉を交わしていく。

 すると女性はいきなり、一夏の頬に軽くキスをした。それからさよならを一言告げると、まるでからかうかのようにしてバスを降りていく。

 

「浮気者め」

 

「本当に行く先々で幸せが一杯ですこと」

 

「一夏ってモテるんだねぇ」

 

「はっはっはっ」

 

 直後、彼に想いを寄せている四人の美少女から、嫉妬が込められた合計四本のペットボトルが投げられる。鈴音さんは二組なのでいない。ペットボトルは全て綺麗に一夏へ命中した。

 なるほど、手始めはペットボトルか……。本当にいつか背中を刺されそうだな、アイツ。

 

 





Q.つまりどういう事だってばよ?

A.ちょっと火種は残ったけど明日の火星は守られました。


Q.夏休みどうする?

A.悩んでます。だが、夏休みこそナイトローグの本領発揮でもある。さすがに前回酷い目 (ナイトローグの元にブリュンヒルデが襲来。これは初戦のローグvsエボルコブラに相当しうる) に遭ったので、反省して自重モードになりますが。しかし、ナイトローグ出現初期の対応に追われていた内閣や高官たちの胃はまた死ぬ。ナイトローグをISと決め付けてしまった手前、肝心の人は政府の管理下を離れて無許可でやりたい放題するからね。仕方ないね。国会が盛り上がって内閣倒れそう。




Q.もしもあの時、ナイトローグが捕まっていなければ

A.世間が味方してもナイトローグには頼れる強力な味方がいないので、何気に近い将来詰んでいたりする。以下は具体例。

・指名手配の上、高額な懸賞金がかけられる。これによってナイトローグを通報する人や、無謀にもナイトローグを捕まえようとする人が続出。さらに情報操作でナイトローグの根も葉もない悪評が流され、実際にナイトローグに助けられた人々と政府その他が対立。

・国会でナイトローグ取締法案が出されて却下される。

・ナイトローグ追跡に本気を出す日本警察の公安。屋台でラーメン食べたり日向ぼっこするナイトローグの安息が奪われる。

・多くの店舗でナイトローグが出禁にされる。

・ISと誤認したまま、なんとかこちら側にナイトローグを帰属させたい日本。隙を窺うアメリカや中国。

・やがてナイトローグ撃墜・捕獲命令が本格的に下ろされる。なお、完全な敵対を決定付けたくないナイトローグは反撃を最低限に。エボル並みの絶望として立ちはだかる千冬から逃げられるかどうかが分岐点。なお、海外に飛んでも同じ事が起きる模様。


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始まるナイトローグの夏休み。終わる誰かの胃。

「前回までのナイトローグ。篠ノ之束と織斑千冬の密談で軽く明かされる真実。不穏な動きばかりを見せるカイザーたち。そして林間合宿は終わり、日室弦人は取り敢えず身体をゆっくり休める事にした。そう、来るべき日に備えて」

「……って、いつもとやる事変わってないじゃない! むしろエスカレートしてるし!」

「待て鈴。お前は知らないかもだけど、これでも最初のテレビで騒がれた頃と比べれば大人しくなってるんだ」

「どこが?」

「本物のナイトローグに変身しないところ。弦人が“臥薪嘗胆”連呼してたの、今でも思い出す……」

「へ? へ? じゃあ、あれとかあれとか……うっそぉ……」


 七月下旬。本日よりIS学園は終業式を終え、長期夏期休暇を迎えた。ある者はそそくさと実家に帰ったり、部活動に励んだりと事情は様々だ。

 そんな中、一年一組の生徒である布仏本音も大した事ではないが一つの事情を抱えていた。学生寮のルームメイトである弦人が頭痛を訴えて病欠したため、終業式後に教室のHRで配られたプリント等を届けに寮部屋へと戻っていた。

 

 一夏と同じ男性であるにも関わらず依然として彼と同室になっていないのは、本人とトランスチームシステムの出自の特殊性故だ。保護という名目でIS学園に入れさせているのだから、霧ワープという身も蓋もない手段で二人同時に脱走されるリスクと機会を僅かでも減らすためである。結果としては有事を除いて杞憂に終わっているが、人道的に対処すればどうしても爪が甘くなるのは仕方ない。

 もしも弦人を実験用モルモット扱いして某所の研究施設に監禁・拘束すればどうなるか。日本全国に住むナイトローグの支持層から日本政府に対して非難の声を浴びせるだけに留まらず、下手すれば政権交代は待ったなしである。国会の討論は白熱し、政府ぐるみでの非人道的な所業にナイトローグに助けられた事のある人たちの怒りが爆発する。既に静かに隠し通せる程の存在ではなくなっているのだ。

 なお、現在の弦人の処遇は端的に表すと『酷い事しないから俺たちの言う事を大人しく聞いて』という司法取引の形に収まっている。特にナイトローグがやらかしても悪事ではなく人命救助とかだったりするので、この約束はギリギリのところで常に守られている。

 

 そんな弦人と同じ屋根の下でのほほんと暮らす少女は、一応は特異性全開な生徒会庶務として、IS学園内最強と謳われている暗部な生徒会長の指示の元、彼が何か盛大にやらかさないように見張る任を与えられていた。それすらも大体が杞憂に終わっているが。

 また、それ以前に本音は弦人を監視対象ではなく、一人の友だちとして接してきた。こればかりは彼女元来の性質から来るものだった。

 

「ふんふーん♪ ヒムロン具合はどお~?」

 

 鼻歌も奏でながら、本音は弦人の渾名を呼びながら部屋へと入る。室内は冷房が効いており、病人が休むには適した気温だ。

 のんのんと弦人が寝ているベッドへ歩いていく本音。しかし、その肝心の男の姿がどこにも見当たらない。

 

 ならトイレにいるのか。そう思いつつ辺りを見回せば、弦人が使っている勉強デスクの上にナイトローグTシャツと腕輪が置かれているのを見つける。前者は弦人の手作りで、後者は彼の位置情報を常に掴んでおくための代物だった。

 本音はついつい訝しみながら、プリントの束を置いて呑気にそれらを手に取る。腕輪はあっさり外せるものではないはずなので、まず何かが起こったのだろうと察する。次にナイトローグTシャツを確認すると――

 

『ちょっとナイトローグとしての役割を果たしてくる。必要ならケジメも。夏休みの自由研究はそれでいいよね?

 

 追伸、ナイトローグの辞書に自制・自重という単語が追加されたので心配しないでください。探さなくていいです。免許・知識がないし勝手な医療行為で罰せられるから胃薬までは出せないけど、織斑先生とか色々な人の胃は遠くからできる限り守ります。穴が空かないように。もしかしたら、富士山を世界文化遺産から自然遺産へと昇格させるために不法投棄物をスチームブレイクとかで駆逐してくるかもしれない』

 

 以上の事が白文字で書かれていた。

 これに本音は言葉を失い、しばらくその場に佇む。本当ならすぐにでも千冬に報告すべきなのだが、例のごとく予想外な真似をしてきたので思考回路がショートしている。見た目に反して優秀な頭脳が復活するのは、まだ時間を要した。

 

 

 ※

 

 

 今年の夏は例年にも増して酷暑の連続。西欧出身のIS学園生徒はまっすぐ故郷に戻っていくであろうレベルだ。この危険な暑さはどんなにハザードレベルが高くても脅威で、真っ白な帽子にタオル、水筒の常備が強いられている。外でのアイスはすぐ溶けるので、できればかき氷を選びたい。

 こんな真夏日に学園を飛び出して何をしているのかって? 個人的に調べたい事ができたので、早まる気持ちを抑えられずに仮病で終業式をパスしてきた。帰った後の出来事は想像しないでおく。

 

 それはさておき、今は調べ物の時間だ。事前に学園の方でネットサーフィンとかしてきたが、やはりこういうのは足で稼がなければ。警察や探偵任せにしては時間がもったいない上、内容がもう頼めるヤツではない。

 本命はズバリ、カイザーシステムの出所調査。相手によっては国家権力の手すら及ばない可能性があるので、かなりヤバい。以前にレオナルド博士の元を訪れて先端物質学研究所に所属していた人の名簿とかを見せてもらったが、そこに最上魅星の名は見つからなかった。やはり俺の知っている人とはとことん違うらしい。謎が深まるばかりだ。あと、研究所で自らスマッシュ化して暴れたという二人の人間が、ある日を境に留置所から跡形もなく姿を消したという話も聞いた。きっとネビュラガス自害とかで消滅したのだろう。もう危ない匂いしかしない。

 そこで最初に、あからさまに怪しそうな企業の名前を片っ端から探してみた。めぼしいものは次の通りである。

 

 南波重工、ZECT製薬、鴻上ミュージアム、スマートXユグドラシルコーポレーション、幻夢黎明エンターテイメンツ、財団B、クライシス社、ゴルゴム書店。

 

 これは酷い。

 まず、名前からして全てが世界規模でトンでもない事をしでかすぐらいの野心が見えてしまう時点で、かなり酷い。世界融合とか帝国作りの話どころではない。コイツら一体どんなネーミングセンスだよ。わざとなの? これ全部わざとなの?

 

 そんな訳で早速、壁にぶつかった。最悪、これらの企業が揃って結束しているかもしれないので、俺の予想通りなら捕まりでもすれば間違いなく死ぬだろう。企業それぞれの目的は恐らく違うから、スーパーショッカーや大ショッカーみたいに構成員がアレすぎて互いが互いの足を引っ張ってしまう短命組織だと断言できても油断は絶対にできない。

 大穴は南波重工。ここの企業の会長の名前が“南波重三郎”なので、正解確率としてはずば抜けている。ただし、時事ネタ集めで火星探査に関する情報も集めてきたが、パンドラボックス的な何かを回収してきた話はなかった。確信を得るための材料が足りていない。

 しかし、それは他の企業でも同じ事。いずれにせよ、詳細を知るために内部へ潜入しなければならないのだ。ナイトローグの力に頼らないでどこまで行けるか……。

 

『見てください、この光景! 海辺に溜まっているゴミの山を、ナイトローグTシャツやナイトローグのコスプレをした人々が一丸となって片付けています!』

 

 すると、通りがかった家電ショップ店頭に置かれたテレビより、とあるニュースが放映された。人数はざっと二百。人海戦術でゴミを回収していく。ゴミ拾い、俺も行きたかったなぁ……。

 だが、彼らには彼らの役割があるように、俺も相応の務めを果たさなければならない。優先順位はゴミ拾いよりもずっと上だ。ここは彼らに任せるべきだ。

 そう思うのも束の間、遠くの方で悲鳴が聞こえてきた。

 

「キャアァァァァァァ!!」

 

 咄嗟に視線を動かせば、複数の男たちによって大型車に無理やり連れ込まれる女性の姿を見つけた。明らかに犯罪臭しかせず、近くを通る人々も目を白黒させているばかりだ。誰も動けない。

 やがて大型車は急発進し、俺の目の前を通りすぎようとする。刹那、コスプレナイトローグの仮面だけを被った俺は急いで車道に飛び出し、片足を前に突き出した。遅れて、全身にコスプレスーツが自動的に装着される。

 

 そして、俺を跳ねると言わんばかりの速度で走ってきた大型車は、こちらがしっかり踏ん張りを利かせると容易く食い止められた。出した片足は車体前面に少し埋まり、フロントガラス越しで俺と運転手の目が合う。運転手の男は驚愕の表情に包まれていた。

 本物のナイトローグに変身していないので、頭の硬い人たちの決めた刑法的にもセーフ。対向車が十分な加速を得る前に止められたから、大きな事故に繋がらなかったのでセーフ。コスプレスーツの破損も見られない。ハザードレベルが高くなったおかげで、生身の身体能力も徐々にナイトローグへ近づいていっている。

 

「「う、うわあァァアア!?」」

 

 それから男たちが次々に車から降りていくが、俺をまるで化け物とでも見るような目をしながら逃げ去っていった。連れ込んだ女性は完全に無視である。

 

「もしもし? 大丈夫ですか?」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 俺が優しく呼び掛ければ、ハッと我に返った女性はお礼を告げてくる。目立った怪我もなく、目尻に涙を溜めた顔はすっかり明るく綻んでいた。

 さて、ここからは警察に任せておこうか。俺は女性と別れて、野次馬が集まりつつある現場から大急ぎで離れる。路地裏でコスプレスーツも外し、ほっと息をつく。

 久々の人助けにすっかり心が暖かくなってしまった。しかし、今何を一番先にするべきなのかを忘れてはならない。再評価活動はまた今度だ。

 ――と考えていたのだが、後で振り返ってみるとその見積りは随分と甘かった。

 

「あー! 風船がー!」

 

「ふん!!」

 

 バットフルボトル片手にジャンプし、空へ召されようとしていた風船をキャッチ。それを持ち主の子どもに返す。

 

「下着泥棒よ! 誰かぁぁぁ!」

 

「へへっ、泥棒歴十年のこの俺がしくじるとか、とうとうヤキが回ったか……?」

 

「成敗!!」

 

「なにっ!? ぎゃあぁぁぁぁぁ!?」

 

 下着泥棒を取っ捕まえて、警察に突き出す。

 

「もしもし母さん? 俺だけど。実は会社の金使い込んでさー」

 

 ポンポン

 

「ん?」

 

「やあ」

 

 俺俺詐欺を未遂に終わらせ、犯人を自首させる。

 

「おい、例のブツは持ってきたか?」

 

「はい。このアタッシュケースの中に」

 

「そういうのは良くないと思います」

 

「「え」」

 

 違法ドラッグ取引の現場をカメラに収めた上で、このグループを警察に突き出す。

 

「うえーん! お前たちなんてナイトローグに滅ぼされてしまえばいいんだ!」

 

「俺知ってるぜ! 保護なんて大人たちは言ってるけど、本当はナイトローグは捕まって、もう表に出られないぐらいグチャグチャに人体実験されて死んでるって。だから本物のナイトローグなんて、お前のとこに来る訳ないんだよぉぉぉぉぉ!!」

 

「そいつはどうかな」

 

「で、出たァァァ!?」

 

 小学生のいじめの現場に介入する。

 そんな感じで、道行く先で発生する事件の頻度の高さを前にして、一番やらなければならない事に手をつけられないでいた。加えて、コスプレナイトローグだと炎天下の活動は苦しすぎる。キリのいいところで休まなければならなかった。

 

 再評価活動の分には問題ないが、それでナイトローグにすっかり頼りきるような世界になるのは好ましくない。人々から物事の解決能力を奪っておいて良いはずもなく、そもそもナイトローグは一代限りで終わる。継承させられる代物ではないので、活動期間ばかりはどうにもならない。上手くやらねば。

 そんなこんなで私服状態に戻り、水分補給と休憩を取る。早い話、南波重工所属の研究所に潜入すればいいのだが、どうしてこんなに道草を食ってしまうのか。取り敢えず、ディケイドのせいにしておこう。

 

「ねーねー。さっきナイトローグがいたってさー」

 

「ふーん、コスプレか何か?」

 

「違うよ多分。五メートルぐらい垂直ジャンプしてたって話。本物じゃないと無理でしょ」

 

「マジで?」

 

 道すがら、そんな会話を繰り広げる学生とすれ違う。念のために伊達メガネを着けてきたが、全国に顔バレしていても案外バレないものらしい。

 さてと。気持ちを切り替えて、無難に聞き込みから始めてみるか。こんな事もあろうかと専用の衣装と名刺、装備は作ってある。風都の探偵に習って、地道に行ってみよう。

 




Q.原 点 回 帰

A.なお、大人の事情がそんなナイトローグの足を全力で引っ張る模様


Q.織斑先生。内閣組織の何某からお電話があります。

A.

千冬「いいえ、本物は学園内にいます。それは偽物です。コスプレに違いない」

某官房「バカを言うな! 壁走りしたり車を押し返したり五メートルジャンプできるコスプレイヤーなんていて堪るか! どうせ無断出動だろう! これでは国としての面子が――」

千冬「それぐらい私も生身でできますが何か?」

某官房「」

そんな感じで誤魔化す千冬の図。

世の中には仮面ライダーの腹パンを受けても気絶で済む人がいたり、二階ぐらいの高さから平気で飛び降りたメイド所長がいたり、変身ベルトをを拳で破損させるドクターがいたり、幹部怪人に殴られても死なない刑事がいるのでセーフ。正面から走行中の車を片足で止める名護さんは最高です。


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一般人からしてみれば、コスプレナイトローグが本物っぽく見えてしまう

「前回までのナイトローグ。一学期の終業式を抜け出して街に出た日室弦人は、カイザーシステムの出所を暴くために探偵スタイルで調査を開始。その道中でコスプレナイトローグで人助けもしながら、地道に調査をしていった。本物のナイトローグに変身しては騒ぎになるからと、敢えてグレーゾーンすれすれを進んでいくとはな……。これも遊び心というやつか。私も見習おう。だが、生身の片足で対向車を止めるのなら私もできる……!」

「スゴいです! ナゴさんは最高です! ……あっ、いましたよ! 指名手配中の窃盗犯! 呑気にお茶してます!」

「よし、早速捕まえるぞ。私についてきなさい」

「はい! ボタン集めのために!」

「違う! ……これは、訓練も兼ねた正義執行だ……!!」

「ひっ!? し、失礼しました!」





『今週のニュースランキング第一位は、荒ぶるコスプレナイトローグ』

 

『先週水曜に街中で目撃されたコスプレナイトローグ。そのコスプレとは思えないスペックを発揮し、次々とトラブルや事件を解決していきました。政府によればIS反応は確認できずとの事。本物ではないと否認しています。渡辺さん、これをどう思いますか?』

 

『いやー、先ほどの大規模ゴミ拾いもそうですが、ナイトローグは凄まじい人気ですよね。本物は悪用されたらと考えて、個人によるこういった活動は依然として賛否両論なのですが、コスプレなら特にIS特務機関とかは動かないでしょうね。偽物なんですし、政府としては国防上の重大な過失として追及される事にもなりません』

 

『ええ。ナイトローグが初めて世間に知られた時は日本国内だけでなく、アメリカや中国、ロシアなどの反応も大変でしたよね。外交問題にまで発展して――』

 

 とあるニュース番組がそんな事を言っている傍らで、俺は織斑先生と対面していた。場所は日曜のガラガラな職員室。目の前の世界最強は、そこはかとなく怒りのオーラを滲ませているようだった。職員室は俺たち以外に人はいないので、織斑先生の怒気に当てられる被害者は出ない。俺を除いて。

 

「……貴様が自重してくれたおかげでこの程度に済んだ。いや、それは別に構わない。南波重工の探りについて協力しようと互いに決めたのだからな。腕輪を外していった件も良しとしよう。ただし、仮病で外出となれば話は別だ。なぁ?」

 

「反省しています。気持ちが先走りしてしまいました」

 

 頭を深く下げ、心を込めて謝罪の言葉を口にする。案の定、その直後に出席簿が頭に叩き落とされた。ダメージは低いが、痛いものは痛い。

 

「頭を上げろ。さっさと本題に移る。貴様が独自に動いたように、こちらも幾つか情報を仕込んできた」

 

 そうして、お互いに知り得た情報の擦り合わせを行う。一人ではキツいので前から学園――主に織斑先生と協力する事にしたが、百聞は一見に如かずとも言う。なんやかんやで情報の一つや二つは伏せられそうな上、鵜呑みにする真似は避けたかったから単独行動を取らせてもらった。

 まずは俺。聞き込みを重点的にやったら、興味をそそられる噂話や都市伝説を幾つか入手した。確証はないが、どれも不穏な感じがする。

 夜な夜な街に現れる謎の怪人。刑務所に隣接する謎の施設。神隠し。前後数時間の記憶を失った行き倒れの人、あとその他。二つ目については、とっくに目星がついている。腕力による解決は最後の手段という事で。

 

 次に織斑先生。やはり組織力の差か、こちらの方が情報の精度が高く感じられた。南波重工への探りは俺よりもずっと深くやれている。名簿データの取得とかほれぼれする。

 彼女の口から語られる南波重工の裏事情。会長は政財界に様々な繋がりを持ち、集めた身寄りのない子どもたちに洗脳教育を施し、社会の各分野へと放っているそうだ。他にもこれはまだ未確定だが、とんでもない実験をしている話もある模様。

 そして何より――

 

「最上魁星という名は南波重三郎の青年秘書官しか該当しなかった。壮年の男性については調査中だ」

 

「そうですか……」

 

 最上魁星が検索ヒットした。これも相変わらず俺の予想斜め上を越えていたので気落ちしてしまうが、冷静になればかなりの収穫と言えよう。

 

「だが腑に落ちないな。なぜ最初に、南波重工がカイザーシステムの出所だと決め付けられた? 怪しさならスマートXユグドラシルコーポレーションも負けていない」

 

 そんな疑問を発した織斑先生に、俺はついつい言葉が詰まる。勘で選んだと言えばそれまでだが、企業名から滲み出る黒さで見ればスマートXユグドラシルコーポレーションがダントツの勝利だ。対抗馬の南波重工などという名前は平凡すぎる。

 そこで、前に南波重工のHPを眺めて見つけたあの存在の事を思い出す。

 

「一番目に付いたんです。ガーディアンっていう、わかりやすい無人兵器を作っているので」

 

 まさかのテレビの向こう側で見慣れたアンドロイドの画像があったのである。その時の衣装は軍服や警備服ではなくレスキュー隊員や安全第一のヤツだったが、あの特徴的な逆三角形の頭部メインカメラは間違いない。ガーディアンだ。

 

「死の商人という噂か。そちらの裏付けはまだだが……一理あるな。人が死なない殺し合いが簡単にできるものだ。あれは」

 

 ガーディアンに心当たりがあるのか、言わずとも織斑先生は独りでに納得する。

 ガーディアンというよりは無人機に共通して言える事だが、戦場におけるそれらの有効性はすこぶる高い。少なくとも味方が完全に死なない戦術が編み出せるのだから、その価値は一定以下にまで下がる事はほとんどない。自衛隊の方でも防衛兵器として試験的に導入されているぐらいだ。

 

「それでもカイザーシステムをあんな風に晒す意味が不明だがな。新商品の紹介にしてはやり過ぎている」

 

 でしょうね。普通に考えれば過去の素体カイザーやブロスの乱入は行き過ぎている。あれではむしろ敵を作るだけで、取引先が日の届かない裏社会に限定されてしまう。どこかのヤバい社長のようにARMMOゲームソフトの世界進出など、夢のまた夢だ。

 しかし、南波重三郎がゴルフしながら「未来永劫に続く南波帝国を築き上げる」と宣う人物であれば、別におかしくない気がする。でも、この事は言わないでおこう。余計だから。

 

「日室。わかってはいるだろうが――何が出てきても絶対に一人で動くなよ?」

 

 すると、凄んだ表情の鬼教師に強く念押しされてしまった。その凄みは俺を金縛りにさせ、肯定以外の返事は一蹴するという意志がひしひしと伝わる。

 

「スマートな解決法は確かに存在している。警察組織とも癒着している線が浮かんでいるが……法と秩序の下に動けばわざわざナイトローグを出す必要はないんだ。世論の力だけでどんなヤツも大抵は崩せる」

 

「……善処します」

 

 俺がおずおずとそう答えれば、そっと溜め息をつかれる。軽く眉間を押さえた後、改めて俺と向き合った。

 

「ぜひそうしてくれ。頭と胃が痛くなるお偉方を増やさないようにな」

 

「あっ、そうなったらもう病院に行けとしか言いようが……」

 

「ほう、ナイトローグもさすがに医療行為は無理か。少し安心したよ。調査に進展があれば追って伝える。今の内に夏休みの課題でも片付けておけ」

 

「はい。失礼しました」

 

 俺は席を立つ前に一礼し、その場を後にする。廊下はしんと静まっていて、数日前の休み時間の喧騒が懐かしく感じる。IS学園に残っている生徒はせいぜい勉強か、部活動に来ている子ぐらいだ。

 暴力に頼らないで問題解決できるなら、俺としても願ったり叶ったりだ。ただし、相手は容赦なく力を振るってくる輩だ。その事は織斑先生もわかっているはずだが、穏便に済ますのは限りなく難しいだろう。圧倒的かつ原始的な力の前には、人間たちが築き上げてきた法や権力は塵に等しい。例えば首相官邸を飲み込むブラックホールとか。

 

 そもそも話が通じる相手なら、周囲に多大な迷惑と甚大な被害を端からもたらそうとはしない。良識を弁える。俺? 山の遭難者を助けたり、気軽に大火事の中を突入できて逃げ遅れた人を救出したり、ゴミ拾いをしたりするナイトローグが多大な迷惑だと言われたら悲しむ。そんな、人の顔を変えたり、記憶を消したり、暗殺したり、毒殺したり、不法建築したり、贈収賄したり、ブラックホールで惑星滅ぼしたり、何千何万の命を奪ったりした宇宙人ではあるまいし。

 最上魁星……目的はイマイチ測りかねるが、とにかく悪事を働くつもりなら見過ごす訳にはいかない。もしもの時は刑法無視の覚悟で愛と平和とナイトローグの礎にしてやる。地球を滅ぼすのはノーサンキューだ。

 

 あっ、そうだ。手芸部の方でも夏休み中に何か作ってこいと言われていたんだった。素材が余っているし、クローズチャージとグリスのぬいぐるみでも作っておこう。

 

 

 ※

 

 

 真夜中の住宅街にふらっと現れる幾つかの影。とても人間とは思えない姿をしているそれらの正体は、怪人スマッシュだ。近くにある明かりは街灯のみで、その身体はすっかり暗闇の中に溶け込んでいる。暗闇の度合いは、明らかに人が多く住む場所に似つかわしくない。さながら光の届かない深い森や海底のようだった。

 原因は内一体のスマッシュにあった。それぞれの両肩から突き出している装置から、何やら怪しげな黒い霧を散布している。その霧は広範囲に渡って住宅街を覆い、ちょっとやそっとでは消える事のない不思議な闇夜をもたらしていた。普段とは違う夜に訝しむ者がいても、これに気づける者はほとんどいない。視界が悪くなる以外に害はないのだから。

 住宅街をうろつくスマッシュたちは、一向にその場を離れない。目撃者には気をつけており、夜道を走る自動車が来れば上手にやり過ごす。

 人間、非常識な存在を目にした時は何かしら己の耳や目を疑うもの。例えスマッシュの姿が一瞬だけ見えても、錯覚などと安易に結論づけるのが関の山だ。結果、スマッシュ目撃の都市伝説が誕生していたりする。

 

 スマッシュたちはやがて、とある食堂屋の付近へと身を潜ませた。身近な建物の屋根の上に登っておくという昼間なら目立つ行為も、夜なら特に問題はない。さらに息を殺せば、ダメ押しに背景とも同化できる。そんなスマッシュたちの様子はまるで、十分な訓練を積んだ特殊部隊のようだった。

 食堂の監視を始めた彼らはじっと動かない。休みの要らない肉体の恩恵により、何日でもぶっ通しで監視する事が可能だ。もちろん、戦闘面においても実質メンテナンスフリーでもあるので、デビルスチームで手軽に強力な生物兵器として投入できる点は正当に評価されよう。

 

 気配を絶ち、彼らは与えられた役割をひたすら遵守する。そんな時だった。一体のスマッシュが何者かに背後から襲われ、一撃で後頭部を殴り抜かれたのは。

 首は本体から離れず、そのままアスファルトの中に顔面を深く埋めて戦闘不能になる。仲間が静かにやられた事に気づいた残りのスマッシュ二体は、咄嗟にそちらへと振り向く。

 

「「……ッ!?」」

 

 二体が共通して視界に収めたのは、リモコンブロスただ一人。闇夜に沈んだ戦士の特徴的な歯車の色は、近くに光がないためにダークグリーンに見えている。

 一体が彼へ、もう片方が食堂へ赴こうとするよりも早く、リモコンブロスは駆けた。それぞれ一発の拳を与えるだけで容易く鎮圧せしめ、エンプティフルボトルを取り出す。

 

「――ううっ!?」

 

 瞬間、彼の全身に電流が走る。電流にとうとう耐えられなくなった彼はがくりと膝を着き、一方で自分に近づいてくる足音を耳にする。そちらへ顔を動かすのと、変身が強制的に解けるのは同時だった。

 リモコンブロスの変身者は、赤みがかった長い茶髪の少年。頭にバンダナを巻き、荒くなった息を整えながら暗闇の中からやって来る者を鋭く睨み付ける。

 現れたのは、悠長に歩くLカイザーだった。右手には遠隔操作式のスイッチがある。

 

「ダメじゃないか、スマッシュを勝手に倒しては。いいか? 私はいつでも君を見ている。裏回しが面倒なのもあるが、君を監禁・拘束しないでいるのは温情なのだよ。本当なら体内に消滅チップを埋め込むのを、ネビュラスチームガン本体に自壊装置を備えるだけに留めているのが証拠だ。君が言う事を大人しく聞いていれば、我々は君の家族に危害など与えはしない」

 

「っ、どの口が……!」

 

 白々しさが滲み出ているLカイザーの言葉に少年は噛みつく。電流のダメージは抜けておらず、額には冷や汗が流れている。

 

「元気はあるようだな。ならいい。次の召集があるまで、日常でも謳歌しておけ。……我々のレッドラインを越えない程度にな」

 

 そうしてLカイザーは自分のネビュラスチームガンを構え、噴射させた霧の中に姿を消す。一人残された少年は歯軋りしながら、思い切り地面を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……弾?」

 

 

 ふと名前を呼ばれた少年は、深く潜っていた記憶の底から意識を現実に引き戻される。今は昼間だった。

 

 五反田弾は親友の一夏と一緒に遊びに来ていた。待ち合わせ場所は最寄りのゲームセンターの前。せっかくの夏休みであるのと互いの都合が良かったため、こうして集まっていた。

 どうやらぼぉっとしていたらしい。そう思った弾は屋内のベンチから立ち上がり、隣にいる一夏へと顔を向ける。

 

「へ? あぁ、悪い。ぼぉっとしてた」

 

「何だよそれ。んじゃ早速やろうぜ」

 

「ああ」

 

 飄々と答えた弾に一夏は軽く笑う。それから弾は何でもない様子を装い、気さくに首を縦に降った。

 まずは格闘対戦ゲームから始まり、ガンシューティング、レーシング、リズムゲームと順々に回っていく。やはり一人でやるゲームよりも盛り上がりは格別で、普段ならすぐに飽きてしまうようなものでも満足に楽しめる。

 特に音撃の達人というゲームでは、難易度最高の譜面を弾が選択し、早々に二人のスコア差が広がっていった。コンボが繋げられない一夏の表情は苦しく、反して弾は今のところミスはなかった。二人のバチ捌きに、明確な違いが出ている。

 

『空洞虚無ゥ!!』

 

「うおぉ!? 何だこれムッズ! 弾、お前何選んでくれたんだ!」

 

「うるせぇ! 勝てればいいんだよ、勝てれば!」

 

「そっちはフルコンボかよ!? 」

 

『それは君が……○○だからさぁー!!』

 

 この楽しい時間は弾にとって、枯れそうになる心を麗してくれるものだった。うっかり手放してしまいそうな日常を辛うじて繋ぎ止められる。そんな気がした。

 弾がリモコンブロスに変身する羽目になったきっかけは、ある日怪しい男たちの謎の取引現場を偶然見てしまった事である。始めは好奇心が優っていたものの徐々に恐ろしさが芽生え、すぐに逃げ出そうとした。しかし、その時背後から近づくもう一人の人間の存在に気づくのが遅れ、なんやかんやで今に至る。

 弾の不運であったのは、希少なスマッシュ化耐性を持っていた事だ。おかげでカイザーシステムを生み出した組織には目をつけられ、仮初めと化した日常の対価に数々の脅迫を受けている。家族に危険が及んでしまうのなら、ぼちぼち警察に相談する事も叶わない。また、警察が素直に自分の話を信じてくれるかすら疑わしかった。

 

 無論、これより以前にも反抗は試みている。しかし、相手がこちらの変身を強制解除させる術を持っているので当然の如く失敗に終わった。生身ではいくらハザードレベルが高くても、弱いスマッシュやガーディアンを倒すのが限度だ。あの憎きLカイザーには勝てない。機械知識に乏しければネビュラスチームガンを弄る事もできない。打つ手無しだった。

 フルコンボを目指していく片手間、一度画面から視線を外す。横で太鼓を打つのに悪戦苦闘している親友を見て、僅かに打ち明けて助けを求めようかという思いが涌き出る。だが、それは胸の内に押し込んだ。

 あまりにも単純で幼稚。相手は世界でも貴重な男性IS適合者だ。元々身内にIS世界大会モンド・グロッソの優勝者の姉がいる事が拍車を掛けて、すっかり存在が遠くなってしまった。電話一つにしても政府のIS特務機関などが傍聴している可能性も拭えず、残されている手段としては手紙などのアナログ式。しかし、送り方に気を付けなければ検閲されるだけで終わる。今もこうして、怪しい黒服の連中がどこかで自分たちを監視しているかもしれない。

 

 何か困った時は誰かに頼るべきなのは、弾も重々に承知している。一人で背負い込む必要はないと。

 それでも、自分の周りに複雑に絡みついている状況が決意の程を鈍らせる。家族を危険に晒せない。余計な心配は掛けさせたくない。どう考えても両立が限りなく不可能で片方たりとも捨てられない願いが、弾の心を縛っていく。誰にも言いようがない悩みだ。

 結局、前にも同じ事を考えては弾き出した結論へと辿り着いてしまった。どうにかして自力で解決しなければ。でなければ――

 

『フルボッコだどん!』

 

「あーくそっ、やっぱ無理だ……」

 

『フルコンボだどん!』

 

「やったぜ」

 

「うわぁ……お前、いつの間にそんなに上手くなったんだ?」

 

「いや、こんなもんだろ」

 

 だからこそ、異変を悟らせないように演じる。いつもと変わらない姿を見せる。本当の気持ちが出てしまっている顔に仮面を付け、全力でにへら笑いした。

 

「よし、じゃあ次エアホッケーな」

 

「あっ、自分が絶対勝てるヤツ選んできたな!?」

 

 この後、一夏が提案してきたエアホッケーの勝負で弾は惨敗するのであった。その瞬間、自分と違って比較的自由に動けるナイトローグを思い出し、羨ましく思った。

 

 




Q.何気に瞬殺されたオリジナルスマッシュ。しかも名無し。

A.本当にすまないと思っている。だが私は謝らない。ベースはミラージュ。

スマッシュの戦闘力って個体差激しいからなぁ……。一個分隊あればプレススマッシュの一体や二体は圧倒できる感じ。ただ、キャッスルが通常スマッシュとして出たら薙ぎ払いビーム砲でワンパンされる。フライングスマッシュはヘリの天敵。


つまりスマッシュ一体で最低でも武装化した兵士十二人分……?


Q.その後のナゴさん

A.犯人が人質取ってきたけど、不意打ちに例のボタン攻撃で形勢逆転。無事捕まえました。



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ブラッドスタークの夏休み

「前回までのナイトローグ。やっぱり織斑先生に怒られる弦人。それでも南波重工の悪事が徐々に明かされようとしていく中、その頃の一夏は親友の五反田弾とゲームセンターへ遊びに行っていた。彼の抱える闇に気づかず、一見して変わらない日常を謳歌して……」

「ゲームセンター……馴染みありませんわ。一体どのような場所ですの? 箒さん」

「あ、いや、私もろくに行った事はなくてだな。あくまで主観だが、ただ喧しいだけだった。それなら剣道をしていた方がマシと言うぐらいに」

「そうですの……やはり、わたくしのイメージに沿いませんわね。ならビリヤードか……」

(よし。これでセシリアが一夏をゲームセンターへ連れていく事はなくなるだろう。プリクラだけは絶対に阻止せねば。加えて夏休みはセシリアたちも帰国しなければならない日がある。この時期が勝負どころか……!!)

なお、その絶好の機会だったお盆の夏祭り




 ここは森林が大きく生い茂る国道の一つ。歩道はあまり使われるものではなく、常に無数の自動車が走り抜けていく。また、アスファルトの固め具合が粗い箇所もあり、地味に足場としては悪かったりする。

 そこで、透明なプラ袋とゴミハサミを持ったブラッドスタークが、ポイ捨てされている空き缶やタバコの吸殻などを回収していた。しっかりゴミの分別もして。

 

「よいしょ……よいしょ……」

 

 発せられたのは可愛らしい女の子の声。これは別のブラッドスタークを知っている人々からすれば、第一に似合わないと断言するだろう。そして、それが一切ボイスチェンジャーを通していない素の声だと知れば、なにわの天才物理学者や元格闘家、農家、政府関係者、火星人などは絶句する事間違いない。

 変身者はご存知の通り、鏡ナギその人だ。ナイトローグに習ってみた彼女は夏休みが始まるや否や、予定が空いていれば行動を早速起こした。その第一歩がゴミ拾いである。

 

 ナギは、ナイトローグ再評価活動の発端をよく知らない。しかし、ひたむきにボランティアや人助け、世のために動いては自分も相手も笑顔になっていく姿に心打たれるものを感じたのは確かだ。

 その裏側で弦人が見返りを求めているとしても、それはナイトローグの再評価――すなわち地位向上。承認欲求が大きいと言えばそれまでだが、厳密には弦人は自分自身ではなくナイトローグそのものを世間に認められてほしいと思っている。

 

 とどのつまり、ナイトローグという“他人のため”が行動原理の第一となっていた。ある意味、理想的なヒーローに近い。自分自身がナイトローグになるなどと言っているのは、そうする事で実際に誉められるのはナイトローグではなく中の人問題を解決するという図り方をしているから。わからない人にはとことんわからない論理的思考である。

 ナギがこうしているのは、少しでもそんな彼を理解するためだ。同じ事をすれば自ずとわかるかもしれないという希望的観測を以て臨んでいる。

 

 ブラッドスタークに変身を果たして以来、弦人とは妙に距離が離れてしまった。自分から逃げていく節があり、交わす口数も当然減る。この前に稼働データ収集のためにやった模擬戦では、どういう訳か呼び捨てかつタメ口で話し掛けられた。ちなみに、呼び名は本名ではなくスタークの一点張りである。

 出来る事なら本名で。そう思って彼に頼んでみるも、こちらの言葉はことごとくスルー。模擬戦も彼が持っているスチームブレードの内一本を渡されるものの、結果は敗北。試合中は一言も話さず、まさしく冷徹。手加減はなかった。

 その時に見たナイトローグの後ろ姿を見て、ナギは哀しみと虚無感を感じ取った。理由はわからなかった。しかし、それと同時にいつの間にか自分と彼の間に溝が出来ているのだと悟った。隣に並び立ちたい思いと、それを受け入れられない複雑な思い。互いの気持ちが擦れ違っている。未だに弦人から厳しい言葉はもらっていないが、仮にきつく言われてもナギは食い下がる気でいる。妥協なんて、難しかった。

 

 閑話休題。ブラッドスタークに限らずトランスチームシステムその他は宇宙空間での活動能力も備わっているので、コスプレナイトローグのように酷暑で悩まされる事なく快適に昼間からゴミ拾いができている。しかし、ゴミを拾う度に一々中腰にならなければいけない以上、足腰の疲労はどうしても溜まる。馴れない事をやってみせるナギは三十分過ぎたところで、一休みのついでに大きく背伸びした。

 

「う~ん……大変だなぁ……」

 

 そして、ナイトローグが過去に成し遂げた数々の業績の苦労を僅かに思い知った。少なくともゴミ拾いの他に多くの事をやっている上に、普通に考えて簡単に継続できるものではない。ついついナイトローグに感服してしまう。

 

「何してるの?」

 

 その時、後ろからスタークに声を掛ける人物が現れた。彼女が振り返ってみると、一時停止した車の運転席から顔を出している男がいる。

 善行を積んでいるとは言え、端から見ればナイトローグの親戚みたいなヤツに話し掛けるのはなんという勇気か。そう思ったスタークは戸惑いながらも、どこか冷めているこの男に言葉を返す。

 

「えっと、ゴミ拾いです。ほら」

 

「あっそう」

 

 次の瞬間、スタークに向かって中身の入ったビニール袋が放り投げられた。突然の事にスタークは思わずそれをキャッチし、実はゴミを押し付けられたのだと把握した頃には車は走り去っていた。

 

「……えぇェェェェェ!?」

 

 自身がゴミ箱扱いされた事に叫んでしまうスターク。 信じられないものを見る目で車の後ろ姿を眺めていると、いつの間にか近くを通っていた子どもたちが大声を出す。

 

「あーいけないんだー! ゴミポイ捨てしたー!」

 

「悪い大人だー! バチ当たりー!」

 

「悪い人だよ! やっちゃえナイトローグ! ……ナイトローグ?」

 

「わぁー! 赤いナイトローグ!」

 

 幼げながらも正しく倫理と道徳を覚えている子どもたちの言葉に、スタークはうっかり面食らう。その数秒後には情報の整理がつき、子どもたちに諭されるかのようにして気持ちを奮わせた。

 

「ううん、私の名前はブラッドスタークだよ。ブラッドスターク。んじゃこれからあの人追い掛けるから、このおっきなゴミ袋とハサミいじらないでね? ブラッドスタークとの約束だよ」

 

「「「「はーい!」」」」

 

 朗らかに自己紹介と釘打ちを済ませるスタークに、子どもたちは元気よく返事をした。それからは自分の使っていたゴミ袋とゴミハサミを歩道の奥側に置き、男がポイ捨てした中身入りビニール袋を抱えて綺麗にスタンディングスタートを決める。

 

「すみませーん!! 待ってくださーい!!」

 

 陸上部所属は伊達ではなく、スターク本来のスペックも相まって時速四十キロ近く出している車にあっさり追い縋る。サイドミラーを介してスタークと目が合った男は、瞬く間に驚愕の表情に包まれた。たまたま男の後ろを走る車の運転手も、脇目でスタークの姿を見つけるや否や絶句した。

 されども車は止まらない。むしろ驚きのあまりに男はアクセルを思い切り踏み、法定速度を超えようとしていた。

 

 これは不味い。こちらの呼び掛けを無視した男を前に、スタークは追跡の方法が適切ではないと判断。大きな事故に繋がってしまうのを避けるため、一旦歩道側に立ち寄って目標の車が遠くなるまで見送る。ゴーグル越しで補正された映像により、遠目からでも車は徐々にスピードを抑えていくのがわかった。

 そしてトランスチームガンを取り出そうとして――やめた。これでは相手を不用意に威嚇してしまう。あのナイトローグでさえ再評価活動中に人前で武器を曝す事はほとんどしなかった。なので、頭部の煙突ユニットからワープ用の霧を吹かした。霧は瞬く間にスタークの身体を飲み込み、気づけば彼女は男の車の助手席に座っていた。

 

 また、運が良い事に男は赤信号の前で行儀良く一時停止させていた。突如として隣に現れた赤い戦士に目を白黒させるが、おかげで暴走運転へ発展する事はない。ただひたすら、彼にとって得体の知れないスタークに戦慄するばかりだ。

 

「ダメですよ、自分で出したゴミはちゃんと持ち帰らなきゃ。誰かに押し付けるのももっとダメです。ほら」

 

「……あ……あ……す、すみませんでした……」

 

 かくしてスタークは自分にポイ捨てされたゴミを返却し、再び霧ワープで車内から立ち去る。そんな彼女を待っていたのは、律儀にゴミ袋とゴミバサミを預かっていた子どもたちだった。

 

「わっ! ブラッドスターク!」

 

「あれ? 皆待っててくれたんだ? ありがとうね、預かってくれてて。もう用事は終わらせたから」

 

「ホントに!? スゴいや! 何かワープもしてきたし!」

 

「ねぇねぇもう一回見せてー!」

 

 無邪気に興奮してはスタークに群がる子どもたち。その視線はキラキラとしており、その断り辛さにスタークはたちまち困惑してしまう。

 それでも意を決して、 口を開く。

 

「ごめんね。私これからこの辺りのゴミを無くさないといけないんだ。忙しいの」

 

「えぇ~」

 

「ぶーぶー!」

 

 案の定、駄々をこねられてしまう。しかし、スタークは子どもたちに目線を合わせて根気良く説得を続ける。

 

「ほら、ゴミ袋の中身見て? いっぱいゴミがあるでしょ? これ全部、近くでポイ捨てされてたものなんだよ。このまま放置してたら、悪い大人たちが皆ポイ捨てしていくの。皆がポイ捨てするんだから、自分だってしてもいいって。それって良くないよね? 悪い事だよね?」

 

 返してもらったゴミ袋の中身を見せびらかし、わかりやすく伝えるように努める。子どもたちもそれを見て、自然と黙り込んで彼女の話を真摯に聞き始めた。

 

「でも、綺麗にしておけばポイ捨てが続けられる事はなくなる。ここでポイ捨てしちゃダメだって皆に伝えられるの。わかるかな? 私がこうする事で、悪い事がなくせるんだよ」

 

 周りにはわからないが、仮面の下でニッコリと微笑むスターク。すると、理解を得た子どもたちは大きく頷いた。その中の一人が勢い良く手伝いを申し出る。

 

「わかった! じゃあ僕も手伝う!」

 

「ありがとう。でも気持ちだけ受け取っておくね? こんなに暑い日に手伝わせるのは子どもに大変だから。今日の気温三十四℃だってさ」

 

「えっ、でも……」

 

「大丈夫。私、暑いのへっちゃらだし。君たちが応援してくれたら私も元気が出る。この辺りのゴミなんてすぐに片付けられるんだから」

 

 やんわりと断りを入れながら諭してくるスタークに子どもは口をつぐむ。言葉とは裏腹に、子どもたちの身体には汗がびっしょりだ。どんなに繕っても身体は正直。定期的に水分補給が必要である。

 数秒後、遂に根負けした少年はこの善良な赤蛇に頭を垂らしながらも、次には朗らかな様子で応えた。

 

「……うん。それじゃあ、ブラッドスタークを応援する」

 

 これにスタークは満足げに頷き、その場で百八十度回る。子どもたちに背を向け、その期待と応援に全力で心から応えようと張りきりだす。

 

「よーし! 本気出すぞぉー!」

 

 スタークが両腕を上に伸ばすのも束の間、胸部アーマーのクレストから緑色のエネルギー体であるコブラが何匹も召喚された。サイズは一メートルほどで、スイスイ這いずり回りながら地面に捨てられているゴミを次々と喰らっていく。スターク本人が動くよりも作業効率はダントツに跳ね上がっていた。

 

「「「「すっごーい!!」」」」

 

 一見して魔法としか思えない現象にあっさり魅力された子どもたちは歓喜の声を上げる。満更でもないスタークはコブラたちから回収したゴミを袋へまとめると、再び表へ解き放った。

 

 なるほど、悪い気はしない。誰かのために何かをするのが、こんなにも素晴らしく感じる時が来るなんて。少しだけナイトローグの気持ちがわかった気がする。

 そんなナイトローグが今まで頑張ってきたおかげで、少しずつだが世の中は良い方向に変わっている。誰かに頼りきるのではなく、自分たちができる事から何かを始めていく。ナイトローグが活動を自重していなければ、先日にテレビで騒がれた件の大規模地域清掃は発生しなかっただろう。たった一人のナイトローグが皆の意識を変えた。

 

 そうして、本気を出したスタークによる辺り一帯のゴミ拾いは完了する。集めたゴミは誰もいない開けた場所にて、トランスチームガンのスチームブレイクで爆発四散・跡形もなく消滅させるという方法で処理した。缶類やペットボトルなどはリサイクルに回して。奇しくも、かつてナイトローグが取っていた方法と同じである。

 

 

 




Q.ブラッドスターク、お前もか


A.宣誓! ブラッドスタークはビルド本編で散々やらかした悪行の精算や悪名返上のため、心清らかになって社会貢献する事を誓います!

へ? ならエボルト本人にやらせろって? アイツには無理だ。王蛇が綺麗な正義の味方になったり、ゴルドドライブが家族や親友を大切にする非の打ちようがない立派なお父さんになるぐらいに。


Q.とある新聞の見出し『ナイトローグの色違い出没!?』

A.政府はIS認定しているブラッドスタークを無断使用された事を隠蔽。法による威嚇が通用しない相手 (大体がナイトローグ) への対抗策として、織斑先生が出動。その裏側でナイトローグは、アイアンクローされるブラッドスタークを嘲笑した。されども無性に虚無感に襲われる。


Q.エボルトならオーバー・ザ・エボリューション

A.以下、ゴミをスタークに投げ捨てた人の話

「実は、以前にもナイトローグにゴミを押し付けた事があるんです。あの時はまだ有名じゃなかったし、ゴミ拾いしてるレイヤーさんお疲れ様ーって感じに嫌がらせも兼ねて……そしたら、泣きを見ました。

んで数ヶ月経って、思い返してみれば俺なんにも学習してなかったですね。ナイトローグが捕まったって聞いたから大丈夫という思いもありました。まさか赤色もコスプレじゃなくて本物だったなんて……。俺が車を乗り捨てた後も追いかけてきたナイトローグと同じぐらいに怖かったです。

あと、この事件の後にナイトローグとふと出会いました。『エボルトにゴミ投げてなくて良かったね』って。その瞬間、二人以外にもエボルトっていう奴がいるんだと理解した俺は清く正しく生きる事を誓いました」


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生徒会長とナイトローグの夏休み

「前回までのナイトローグ。ブラッドスタークが良い事をしているという前代未聞の事態に、多くの人間が度肝を抜いた。その上、特に何か悪さを企んでいる訳ではないのでなおさらだった。……あ、カラーミソのCM」

『火星で発見されたタチバナさん!? が引き起こしたコレクッテモイイカナ? の悲劇より――』『ごちゃごちゃしたのは好きじゃない』 『ヤベーイ!』

「……今、三組のクラス代表がチラッと出たような……」

「お邪魔しまーす……簪ちゃん、いる?」

「っ!」

「あぁっ、逃げないで! お願い、お姉ちゃんの話聞いて?」

「……なら、相応の態度があるはず」

眼鏡をくいっとしながら人差し指を下に向ける簪の図

「へ? う、嘘でしょ……? そんな……あの簪ちゃんが……頑なに土下座要求……?」

「それじゃ」

「待って簪ちゃん! カムバーック! ………………おのれナイトローグぅぅぅ!!」






「おのれディケイドぉぉぉ!!」


 今日で八月。本日も晴天。ただしゲリラ豪雨には気を付けるべし。とある街の中を俺は歩いていく。本人だとバレないように伊達メガネと帽子をした上で。先程かき氷を買ってきたが、店員は俺を見ても特に目立った反応をしなかったので変装は上手く行っている……はず。腕輪はまた外させてもらった。

 この辺りの地理は徹底的に頭の中に叩き込んである。ここから二キロもない場所には例の謎施設が存在している。刑務所に隣接している場所だ。さすがに内部構造まではわからなかったので、バットフルボトルの特性を利用したぶっつけ本番の潜入となる。シャカシャカ振って超音波センサーの真似事をし、狭い範囲ながらも中を把握する。実際にこれで移動している物や人もわかるのだから、なかなか便利だ。

 

 なので、随分前から俺を尾行している不審者たちの存在も早くから感づけられた。仮病外出の時とは違って正規にモノレールや電車を使ったから、足取りを掴むのも容易いか。一般人に扮している黒服の皆さんにはお疲れ様と労いたい。

 

 きっと監視だけでなく俺に不審者が寄り付かないように守ってくれているのだろう。むしろそうであった方が気が楽だ。だから俺が木から降りられなくなった猫を助けたり、重い荷物を持つおばあちゃんを助けたり、カツアゲ現場を押さえたりする度にいちいちビクビクするのはやめてほしい。まだナイトローグにならないから平気だ。

 さてと、夜まで時間が残っているから適当に暇を潰してくるか。昼間だと行きがどうしても目立つ。帰りは霧ワープで解決するが。

 すると、背後から何者かが忍び寄ってくる感じがした。気配は音はない。たまたま、ポケットの下でバットフルボトルを握っていたおかげで察知できた。

 

「だーれだ――」

 

 女の声だ。そのまま後ろから俺の視界を塞ごうと手を伸ばしてきたので、咄嗟に前へ一歩大きく逃げる。

 

「んもう。せっかくお姉さんが仲良くしようと思って来たのにー」

 

 振り返ってみれば、そこにはIS学園の夏制服を着た女子がいた。ネクタイの色からして二学年。不服そうにしている女子は、俺の顔をマジマジと見ているところりと表情を変えた。

 

「あらやだ。そんなに警戒しなくてもいいわよ? はじめまして、日室弦人くん。私は二年生の更識楯無。IS学園の生徒会長です♪」

 

 次いでパッと開かれる扇子。生徒会長と聞いて安堵……するはずもなく、完全に気配を絶って近づいてきたなら話は別だ。とても一般人とは思えない。方向性は違うが、まるで織斑先生のようだ。

 警戒心を持ちつつ、俺も挨拶を交わす。生徒会長のフルネームは前にも耳にした覚えがあっても、実際に姿を確認した事はない。黒服の皆さんの動きにも注意。

 

「……どうも。日室です」

 

「顔が硬いわね。お姉さんの美貌を前にして緊張してるのかしら? ほら、もっとリラックスー」

 

「いえ、結構です。どうぞ本題へ」

 

 やんわりと断れば、途端に泣く仕草を始める会長。嘘泣きなのはわかりきっていた。

 

「うう……何だか辛辣。お姉さんショック……」

 

 だが次の瞬間、嘘泣きが通じないと判断したのか気を取り直す。それでもどこかムスッとしているが、今から始まる話に支障はきたさなかった。

 

「キミって結構マジメなんだね。なら良いわ、話も早いし。ここじゃなんだから、あそこの喫茶店に行かないかしら? こんなに暑いと流石にお姉さんもへばっちゃう」

 

 そう言う会長の額には汗が流れている。今日はムシムシとした暑さだから当然か。少なくとも人間みたいで良かった。……何故か、比較対象で地球外生命体と織斑先生を思い浮かんでしまった。

 いつまでも猛暑に晒されたくない気持ちはわかる。俺もその提案に応じ、そそくさと会長が指差しした喫茶店の中へと避難する。注文も互いに冷たい飲み物を頼み、奥の方の席で改めて彼女と向き合った。

 

「じゃあ改めまして、日室くん。まずはこの封筒の中身見てもらえる? あ、ババ抜きしてるみたいに他の人には見えないようにしてね」

 

 そうして手渡された封筒の中身を確認する。そこには何枚か写真が入っていて、写しているのはどこかの工場の内部だった。ベルトコンベアやエレベーター、見慣れないものなどが様々。流し見していると、視界の端で珍妙な物体が見つかる。

 それはどこか、ガトリングとかの銃身パーツに見えた。組み立ては手作業。続けて写真を変えて、中身の配線やフレームが剥き出しとなっているガーディアンの姿を目にする。今までネット上とかで見たものとは異なり、四肢や関節がゴツい気がする。

 

「武器……?」

 

「それね、スマホの部品とか建築材とか作ってる工場で撮ったの。言わなくても通じると思うけど、何かおかしいよね?」

 

 口を挟んできた会長の言葉に俺は頷く。写真を封筒へと戻し、それを彼女に返却する。

 

「それは……かなり黒いですね」

 

「うん、私もそう思ったよ。でもね、もっと不思議なのは、どうしてキミの山勘がこんなにも的中したのかって事。そう言えば、あの夜の悪党の出自もかなり謎に包まれてるよね? もしかしたらって想像すると、お姉さん気になるなー。そこのところ、どうなの?」

 

 少し小悪魔気味な雰囲気を醸し出す会長は、にぱーとそう言ってのけた。それは個人的にもあまり触れて欲しくない部分ではあるが、確かにカイザーシステムとトランスチームシステムの繋がりは疑りかねない。これほど成果が出るのは出来すぎている。

 まず俺が南波の人間とかに思われるのが自然だな。残念ながら、それを完全に否定するだけの証拠はない。忘れがちだが、無人島生活していた俺はこの世界において死んだと思われていた人間なんだ。そんな奴がナイトローグを手にしたのだから、どう足掻いてもグレーから抜け出せない。

 はぁ……。溜め息が出るが、上手い事やっていくしかない。こんな喫茶店でそんな話ができるならと信じるが、敢えて言葉を選んで口を開く。

 

「どうも何も、全てそっちに伝わってる事の通りだと思いますよ? どんな家電品やゲームだって取扱説明書は付き物です」

 

 そうやってしばらく見つめ合い、先に会長がふっと笑って緊張感が解けていく。しかし――

 

「そう。それじゃ良いわ。次の話をしましょう。実はキミが外出する際に、織斑先生から面倒事を起こさないように見張ってろに言われてるの。わかる? 今にも関羽や呂布、本多忠勝を霊媒しそうな織斑先生の顔」

 

 ヒエッ……はい来た、織斑先生の手先。と言うより先生、あなたがそう指示したのであればこの会長は本当に裏社会の人間系だと認識しても良いんですね? 差し支えないんですね? 疑惑がもう確信に変わったぞ。

 

「ウフフッ。ようやく表情が変わった。それでね、キミがどうしても悪い事しちゃうなら、私もそれを全力で追って止めないといけないの。例えば謎の施設に不法侵入とか、潜入とか、調査とか」

 

 ふと脳内に浮かんだ織斑先生に戦慄していたのをからかわれ、釘も刺される。おまけに開かれた扇子には、俺の今の心情を当てるかのように“戦慄”と書かれていた。名護さんやホテルおじさんに通じる何かを感じた。

 俺の反応を楽しんだ会長は「しかし」と一拍起き、扇子を仕舞って余裕さを崩さずに話を続ける。

 

「それは日室くんが一人になる時の話。私も一緒にいれば……そうね。ガクンと行動範囲は広がるわ。それはもう、エベレストの山頂や地の底でも。なんなら二人で本格的な怪盗ごっこもやってみない? お姉さん、キミの力を頼りにするかも?」

 

 直後、妖艶的にポーズを決めた会長は不敵の笑みを浮かべる。それとは裏腹に言葉に含めた何かしらの意は、奇妙にも冗談とは思えなかった。話の前後を考えて、脳内では次第に彼女の目的が鮮明にされつつあった。もしかして――

 

 

 

 

 

 

 

 午後七時になれば、流石に夏でも陽は完全に沈む。周りを見れば、数多の街灯や営業中の店の光で夜空の星たちは輝きが霞んでいる。悠々と昇る真っ白な月の自己主張がとりわけ激しかった。

 そんな中、俺は会長と一緒に人気がない場所へと移動していた。謎の施設への潜入予定時間は刻一刻と迫っており、俺たち二人以外にも別動隊がクラッキング等でサポートしてくれるとの事。彼女の口から暗部だと言われた時は唖然としたが、ここまでの流れが実に鮮やかだったので現実味が増す。

 そして、俺の同行が許された一番の理由が霧ワープである。身も蓋もない。潜入中、プロである彼女から常にサポートされるのは間違いなしだ。足を引っ張るような真似はしたくない。全力で臨もう。

 

「会長、こっちの準備はできました」

 

「待って。なにその格好」

 

 そう申告すれば、すかさず会長から突っ込まれる。

 格好だと? いや、何もおかしいはずがない。会長だって潜入直前にも関わらず、衣装はIS学園の制服のまま。おまけに専用機持ちだと聞いている。ならば、黒いマスク・シルクハット・スーツでバッチリ決めた俺もセーフだ。トランスチームガンを片手でクルクル回しながら取り出し、手短に弁明する。

 

「快盗スタイルです。予告状も出しときますか? “貴社の知的財産権をいただきます”って」

 

「うん、わかった。それじゃ暗部のスペシャリストからアドバイスしてあげる。マントとシルクハットが邪魔になるから今すぐ着替えて来なさい。それは玄人向けよ。キミには無理。あと、予告状は出さないから」

 

 間髪入れずに会長が一刀両断してきた。心なしか声の調子が冷たい。トランスチームガンを見た瞬間に目が怖くなった気もする。

 そうか。プロがそこまで言うのなら大人しく従おう。快盗スタイルからシアン色イメージのカジュアルな格好にとっとと着替え、最後にコスプレナイトローグの仮面を被る。

 

「そのサンレッドスタイルもやめなさい?」

 

 これも駄目、か……。相変わらず会長は怒っているような感じだった。渋々仮面を仕舞い、落ち込みそうになる気分を変えようと夜空を見上げる。それはかつての無人島で見た景色と違って、そこにあるはずの星の大半が息づいていなかった。真っ暗すぎて、これはこれで悲しくなりそうだ。

 

「ほーら。そんなにショボくれないの!」

 

 すると横から俺を元気づけてくる会長。どの口がと存分に言いそうになるのを抑えるが、それでも少しは口から零れてしまう。

 

「……別にいいじゃないですか。ナイトローグだって……ナイトローグだって……。ナイトローグを見るなり目付き変えて、何か恨みでも持ってるんですか?」

 

 次の瞬間、会長は不意を突かれたような顔をした。すぐに笑顔を新しく張り付けるものの、とても暗部とは思えない呆気なさだ。気まずい空気がやって来る。

 俺が不可解に思っていると、やがて会長は苦笑する。それから、ばつが悪そうにしながら話始める。

 

「えっーとね……いえ! あくまで勝手な理由なの! だけどね……」

 

 そんなこんなで聞き始める事、数分。結論から言わせてもらうと、決定的な仲違いの原因はずっと昔の会長の失言にあった。加えて、最近の簪さんの変化についても言及し、何と言うか俺は呆れるしかなかった。

 

「とうとう妹が無言で土下座要求してきたのはナイトローグが悪いって何ですか? あなたに非があるならとっとと謝るべきですよ。てかさりげなく簪さんと会長って姉妹だったんですね」

 

「うっ……。そ、それはわかってるわよ。でも簪ちゃんの方から逃げてっちゃうし、ようやく話す機会出来たかなーって思ったら、メガネくいってしながら人差し指下に向けるんだもの。もうびっくりしすぎてお姉さん怖くて――あ、この話は簪ちゃんに言わないでね? お願い!」

 

 そう言って頼み込む会長の姿から、やはり人の子だという一面が見えた。これが妹に対して口下手を働かせて傷付けたなんて、全く想像もつかない。

 

「他人の秘密はしっかり守るので安心してください。それと、事をいつまでも先伸ばしにするのはオススメしませんよ? 仲直りは早いに越した事はありません」

 

「ぜ、善処するわ……。でも、土下座かぁ……」

 

 その呟きの後に会長はしょんぼりとなる。まるで愛孫に嫌われたおじいちゃんのようなオーラを出していた。

 しかし、それも一瞬だけの話だった。俺が瞬きした直後には背筋を伸ばし、顔付きも仕事人のものへと変わる。

 

「……よし! それじゃわだかまりもなくなったところだし、そろそろ行くとしますか!」

 

 かくして、俺たちの潜入作戦が始まった。目標が謎の施設なのでやる事はガサ入れに極めて近くなるが、それでトントン拍子に物事が進められれば儲けものだ。

 

 

 




Q.おのれディケイドぉぉぉ!!

A.姉に対する簪ちゃんの我が少し強くなりました。ナイトローグ相談所のおかげで。



Q.遠くから見守るSPやらの人たち

A.

黒服その一「変身するなよ……変身するなよ……」

黒服その二(変身させたら俺たちにとばっちりくるんだろうなぁ。でも変身理由のことごとくが不起訴ものだから地味に嫌らしいんだよなぁ。てかなんでアイツ外出させた)

黒服その三(変身しないよな? 木から降りられない猫助けるために変身しないよな? 泣いてる子どもを泣き止ますために変身しないよな? 街に出た鹿を山に帰すために変身しないよな? コンビニに行く感覚で不良グループ同士の抗争の介入はしないよな? 太平洋ど真ん中に集まってるマイクロプラスチックを殲滅しに行かないよな? スバル島の海抜増やしに行かないよな? カンボジアの地雷回収しに行かないよな? どうか遵法してくれ、お願いだ )

黒服その四(サインどうやって貰おう……)



Q.みーたんの精神年齢、よくよく考えれば12歳ぐらいだと今更気づいた。おのれエボルト。

A.エボルトのプロデュースのせいでみーたんを見る目が変わってしまいそうです。



Q.ブラッドスターク、スーツ改造されてないってよ

A.やめてください。ナイトローグが発狂してしまいます。

ナイトローグ「嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁ!!」


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Lカイザーの夏休み

「前回までのナイトローグ。一人で謎の施設に潜入しようとした日室弦人の元に、IS学園最強を称する生徒会長、更識楯無が現れる。そんなこんなで話し合った結果、二人で潜入する事に……。よくよく考えれば、俺が勝手に動くものなら監視役も着いて来ざるを得ないから、この会長との巡り合わせってかなりラッキーなんじゃないか? よし、そうと決まればガンガン――」

「ひぇぇ~……織斑先生にガッツリ叱られたよぉ~……」

(いや、どのみち織斑先生がいるなら無理だコレ。肉弾言語されたら勝てないし)

「あっ、弦人くーん! 」

「……」

「弦人くん? もしもし? おーい。 そんなにそっぽ向かないでよー」

「……スタークと語る舌はない」シュダッ

「ちょっ!? もー、どうしても逃げるって言うなら追い掛けるからね! 全力で走って追い掛けるからね! 答えは聞かない!」

(逃げるコウモリを捕まえようと赤蛇は追い掛ける。だが、この赤蛇は赤蛇にあらず。地球外生命体ではなく、ただの人間。己にとってガワに等しい血染めの蛇は、俺にとてつもない虚無感をもたらしてくる。それに俺はどう向き合えばいい? わからない。彼女に言いたい事もすっかり、その虚無感に飲み込まれてしまった。……それでは本編、どうぞ)


 とある刑務所の隣には、所有者不明の謎の施設がある。外周はフェンスと有刺鉄線、鉄格子などで囲まれ、入り口の正門から覗ける手入れのない夥しい草むらに反して警備は厳重に見える。建物から正門までの空き地に人影はなく、あるのは数台の監視カメラだけだ。

 この施設は地図上でも在日米軍駐留基地と同じように空白となっている。世間ではすっかり都市伝説の仲間入りを果たしてしまっているが、地図での扱いから判断するに調べるのはとても容易ではない。

 だが夜の七時を下回った頃には既に、施設内へと静かに侵入している二人の姿があった。弦人と楯無である。通信は主に楯無が受け持ち、施設外部の協力者から監視カメラの映像すり替え・警報装置の沈黙などのサポートを受ける。弦人は楯無の後をついていくだけだった。彼女がしっかり先導してくれるおかげで、する事はほとんどない。会話はなく、ハンドサインによる意志疎通を徹底している。

 

 やがて二人は地下へ続く道を進んでいく。暗い地下通路はまさしく重要な施設といった感じで、壁のあちこちで緑色に光るランプが唯一の頼みだ。

 普通に歩いては足音を出してしまう。常に抜き足差し足を意識し、息も殺す。目も暗闇に慣れ、念のため監視カメラにも注意する。

 すると、通路の奥から誰かの足音が響いてきた。弦人と楯無が立ち止まった瞬間、ぬっと人影が見えるや否や姿を隠す。楯無は近くにあった配管の裏側へ、弦人はバットフルボトル片手に天井へピタリと張り付いた。その技に楯無がぎょっとしたのはここだけの話である。

 やって来たのは灰色の警備服を着た男――否、ガーディアンだった。剣が付いた自動小銃、セーフガードライフルを両手で持っている。単なる警備にしては、銃器が装備されているだけで不自然。侵入者に対する殺意しか感じられない。

 しばらくして、ガーディアンはその侵入者たちに気付く事もなく通り過ぎていく。頃合いを見て、二人は潜入作戦を再開する。

 

(ガーディアンが武装化……これは完全にアタリね)

 

(ライフルか……見つかったらますます不味いですね)

 

(逃げられないなら即戦闘よ。IS展開するつもりで行くから、キミも承知しといて。刑法とかあまり気にしなくていいから)

 

(了解)

 

 小声で短く会話も済ませ、行く先にあった自動ドアを通り抜ける。開閉時の動作音は極めて小さい。

 そこで広がっていたのは、一つの研究ルームだった。出入口からL字状に通路が続き、突き当たりで内角側へと階段を降って部屋に出る。通路の部屋側には、強化ガラスが端から端まで張られていた。

 おかげで、ガラス越しに内部の様子を窺えた。目に映ったのは幾つかのデスクとパソコン、そして壁にはめ込まれている巨大なモニターだ。楯無がハイパーセンサーだけを取り出して確認してみても、人はいない。

 それなら好都合と、二人は堂々と現れた。楯無がパソコンの中身を物色している横で、弦人は何やら一つのガジェットを取り出す。コウモリのロボット――オートバットへと変形できる小型カメラだ。

 元々はかの風都探偵が使っているものをモデルに弦人が自力で作ったものだが、ボトルの装填部位は一応ある程度。マシンピストルのようにトランスチームガンに付けようにも、容量オーバーで変身などには使えない。カメラ以外の用途としては、単独行動の他にフルボトルを挿せば成分に応じた攻撃が可能となる。クローズドラゴン並みのクオリティを求めるなら、改良が必須である。

 カメラを録画モードにし、とにかく証拠映像を撮しておく。画像は後でパソコンのソフトなりで取ればいい。スピードが肝心だ。

 

「日室くん、これ見て」

 

 早速パソコンで一山当てた楯無が弦人を呼ぶ。二人揃ってディスプレイを確認すれば、ネビュラガス注入実験というとんでもないデータを見つけてしまう。結果はもれなく、スマッシュ化か消滅の二択だ。

 

「ネビュラガス……こんなところでか……」

 

「でも不可思議な点はいくつかあるわ。その肝心のネビュラガスはどこで得たのかとか。他の細かい情報はメモリでコピーしておくとして……間取り図発見!」

 

 データを流し読みしていき、この施設の間取り図を手に入れる。よく見てみれば、研究ルームの先に道はまだ続いている。

 データコピーが完了すれば、その場を後にする。データの中身次第で関係者とその組織を揺らせる有効なカードとなり得るが、まだ潜入の余裕がある。これが政府ぐるみでやっていても良し。南波重工が独自でやっていても良し。決定的な証拠を揃えれば、単なる告発一回でも効果は絶大だ。この機会は逃せない。

 しかし、そんな考えは儚くも破綻する事となる。

 

『すみません! これ以上は流石にバレました!』

 

 以上の味方からの秘匿通信が楯無たちに伝わり、間髪入れずに施設内で警報が鳴り響く。次の目的地がすぐ先というところで、前からどっとガーディアンの部隊がなだれ込んできた。先頭の横一列から順番に片膝立ち、中腰、気を付けの姿勢を取り、銃器のファランクス陣形を完成させる。

 そして一斉に十数挺のセーフガードライフルが火を吹く寸前、楯無は自分の専用機を高速展開させた。全長二メートル以上もあるIS、ミステリアス・レイディが狭い通路の天井に頭をぶつけそうになりながらも、身体中を覆う水のヴェール

 を盾代わりに前へつき出す。いくら火線が集中しているといっても、自動小銃程度では微塵も傷が付かない。その背後で弦人は、楯無が弾幕を防いでいる間にナイトローグへ変身した。

 

 《Bat》

 

「蒸血」

 

 《Mistmatch》

 

 《Bat. Ba,bat. Fire!》

 

 やがて敵は前だけでなく後ろからも。だが、二人は動じる事なく行動に移した。前の敵は蒼流旋の四連装ガトリングガン乱射、後ろの敵はトランスチームガンの正確無比なヘッドショットの連続で瞬く間に殲滅する。撃破されたガーディアンたちの死屍累々な姿が出来上がった。

 

「そっちはなかなかの腕前のようね。ヒュー!」

 

「それはどうも。ところで作戦は継続ですか? 撤退ですか?」

 

「もちろん継続。最下層がもうすぐだから、このまま行くわよ。でも最後までスマートに行かなかったのは残念ね」

 

 軽口を叩いて余裕を見せる楯無は、素っ気ないナイトローグにそう応えてはアンドロイドの屍をどんどん越えていく。ナイトローグもそれに続き、やがて目的の部屋の前まで辿り着いた。扉は脇のパネルを用いたパスワードロック式で、厳重に閉められている。

 無論、そんなものはISにとって紙屑にも等しい。だが、楯無は敢えてパスワードをおもむろに打ち始めた。ISの小指で。

 

 《5103, rebirth gottobestrong. Karamiso!!》

 

 《Error》

 

 そして、パスワードなんてものは調べていないので彼女の勘は外れた。その後ろでナイトローグはジト目になる。

 

「……何を?」

 

「うーん、やっぱり当たらないわね~。仕方ない、ぶち破りましょう」

 

 ナイトローグの冷やかな言葉を気にせず楯無が小首を傾げるのも束の間、彼女が蒼流旋を構えるよりも早く扉が勝手に開かれた。中は真っ暗で肉眼では何もできないが、センサーを介せば誰か一人いるのがわかる。二人は一度顔を見合わせ、罠の可能性を念頭に入れながら慎重に進む。

 直後、先程くぐり抜けた扉が自動的に閉じられる。咄嗟に彼らが構えると同時に、この暗い部屋に灯りが突如もたらされた。パッと明るくなり、ちょっとしたホールのど真ん中で椅子に座っている者の姿を露にする。

 それを目撃した楯無は、訝しげにその者の名を言い当てようとした。大胆不敵な座り方に、脇のテーブルには一つの白い怪しげな箱が置かれている。見た目だけでも左半身が歯車で覆われているのに、こんな佇まいで不審者ではないと決めるのは無理だ。

 

「……青いリモコンブロス?」

 

「それは訂正していただきたい。私の名はレフト――Lカイザーだ」

 

 そう応えたLカイザーは、白い箱の上に手を軽く置きながら悠然と立ち上がる。

 瞬間、白い箱が発光したかと思いきや、ホールの内壁が赤い光を隙間なく纏っていく。ナイトローグ、次に楯無がその意味を把握するものの、白い箱は既にLカイザーの懐へ仕舞われた。

 

「外との通信途絶……これが話に聞くアレかしら?」

 

 楯無はその光壁に軽く触れてみるが、マニピュレーターがカキンと弾かれる。彼女にしてみれば報告書経由でしか知らなかったものだが、実際に経験すると余裕が幾分か薄れてしまう。これでこちら側の手立ては限られた。

 光壁を突き破って脱出するか、Lカイザーを倒すか、霧ワープするか。前者は利口ではなく、二つ目は相手を貴重な情報源だと思えば捨てがたい。つまるどころ、霧ワープは自然と最後の手段として決まる。

 

 だが、悠長にしていたLカイザーが突然攻撃に転じてきた事で、楯無がその旨をナイトローグに伝えるのを遮られた。即座に繰り出されるネビュラスチームガンの銃撃がナイトローグを襲い、楯無に向けて青い歯車が連射される。

 この時、楯無たちは脇目を振らずそれぞれ左右に散った。壁沿いに疾走するナイトローグは銃撃をかわしきる。一方で宙に浮いた楯無は蒼流旋をくるくる回し、追尾してくる歯車を叩き落としては応射を開始。ナイトローグとは反対回りに狭い室内を飛行し、その手に持つ槍の内蔵機関砲を放つ。

 それを受けてLカイザーは、防御用の歯車を展開して対処した。ガトリングガンは一発も通さず、執拗にナイトローグを狙い撃ち続ける。

 

『日室くん、あの人倒すわよ! よくて?』

 

『上等!』

 

『ならお手並み拝見。足引っ張らないでね?』

 

 二人は通信でそれだけ話すと、まずナイトローグがLカイザーへと肉薄した。逆手持ちのスチームブレードで相手の銃撃を捌き切り、ガトリングガンを防ぐ歯車の内側へ飛び込む。

 接近戦へもつれ込んだ両者は、それぞれ攻防に偏りを見せる。ナイトローグがひたすら斬撃を重ねてくるのとは対称的に、Lカイザーは己の四肢とネビュラスチームガンを使うのみ。何度か斬り付けているものの、Lカイザーの防御力がイカれているために有効打は今のところない。左腕を盾にし、体術も織り混ぜてナイトローグの隙を突いた。

 気付けば額に突き付けられる銃口。Lカイザーが引き金を引くより早く、ナイトローグは頭を横に曲げる。発射された光弾はどこぞへと飛んでいく。

 

「ハァッ!!」

 

 そこで、いつの間にか応射を止めていた楯無が蛇腹剣《ラスティー・ネイル》を間髪入れずに振るった。

 ムチのように素早く動く連結刃は、この閉鎖空間において相手に逃げ場を与えない。もれなく巻き添えコース待った無しだったナイトローグは、器用に身体を横にしながら後方へジャンプ。それは見事ラスティー・ネイルの凶刃をくぐり抜け、ついでに次の着地まで高速スピンしている間はトランスチームガンをLカイザーへと発砲する。

 これが従来のISであれば、サイズの問題で成し得ない芸当だった。最初の一撃を避けたナイトローグは変わらず楯無の前に出ながら、後方から次々放たれる鞭撃を上手にかわして発砲を継続する。

 その即席とは思えない連携攻撃にLカイザーは、立て続けに被弾しては仰け反った。ただし、それだけだ。次の瞬間には天井まで跳躍し、逆さになって天井を蹴る。彼の次の標的は楯無だった。

 

 《Gear remcon! ファンキードライブ!》

 

 合間にギアをネビュラスチームガンにセットし、勢い良く楯無の懐へ着地するや否やファンキードライブを発動する。かざされた銃口から、リモコンを象るエネルギー弾が飛び出す。

 

「うっ!?」

 

 横方向へスラスター全開にして辛うじて避ける楯無だが、装甲として機能しているアクア・ナノマシンのドレスの片隅がかすっただけで容赦なく抉れる。

 

 《Gear remcon!》

 

 その間にもギアの再装填を完了させるLカイザー。させるものかとナイトローグたちは行動するが、まだ消えずにその場で残留していた盾用の歯車が楯無の元へと飛来する。楯無はそれの対処に追われ、Lカイザーはナイトローグよりも先んじた。

 

 《ファンキードライブ!》

 

 瞬く間に透明となり、超音波センサーに頼らざるを得なくなったナイトローグに意識の齟齬をもたらす。透明人間との戦闘経験がないのが仇となり、敵の位置がわかっていても違和感が拭えなかった。

 結果、最初に勢いで優っていたのが一気に形勢逆転された。見えない手にスチームブレードを掴まれ、トランスチームガンを使う暇もなく地面に叩き付けられる。受け身を取ろうとするが、横っ腹に蹴りを入れられて今度は光壁まで吹き飛ばされた。背中が光壁と接触する瞬間に弾け、忙しなく前へと転ぶ。

 

「うぐっ……!? ハァ……ハァ……こなくそ!」

 

 悪態をつきながら、ナイトローグは急いで立ち上がる。目を向ければ、楯無も蒼流旋でやたら硬い歯車をようやく粉砕していたところだっだ。

 やがて透明化が解けたLカイザーは再び部屋の中央へ移動する。そこには先程まであったテーブルとイスが戦闘の余波でジャンクになっていたが、まるで気にしない。今まで閉じていた口を開く。

 

「ナイトローグとミステリアス・レイディのデータは取得済みだ。そもそもパワーと防御力に差があるのに挑んでくるなんて、ファンキーな奴らだなぁ」

 

 軽口を述べるLカイザーに反して、楯無の表情は優れない。より真剣な眼差しでLカイザーと見合い、ナイトローグとの通信を開く。

 

『意外にしんどい相手ね……。日室くん、例の赤目ナイトローグになれる? 』

 

『なれますけど長く持ちません。あれ、体力がゴリゴリ削られるので』

 

 それを聞いて楯無は「あらら」と一瞬しかめっ面になる。特に本人は嘘をついている訳ではなく、事実だ。福音事件以後に訓練などで何度か強化変身していたが、この日までそのデメリットを克服する事はなかった。もはや仕様として割り切っている。

 とにかく決め手に欠けていては、撃破は敵わない。そもそも長期戦に臨むつもりもない。次に二人は作戦会議をぱっぱと済まし、注意を逸らそうと楯無がLカイザーにふと微笑み掛ける。

 

「あら? データ取得できているなら、逆にこの限定空間は不味いんじゃない?」

 

「なら、試せばいい」

 

 売り言葉に買い言葉。Lカイザーにそう言われ、楯無は遠慮なく指パッチンした。

 すると、Lカイザーを中心に強烈な爆発が突如発生した。爆破範囲は狭いが、その威力はこの部屋を轟かせるほど。アクア・ナノマシンの応用技、クリア・パッションだ。

 しかし、爆発が止んだ先にいたのは、全く堪えた様子を見せないLカイザーだった。爆発前と変わらず佇んでいる姿に、楯無は目を白黒させる。

 

「うっそーん……」

 

 《Engine!》

 

 《スチームドライブ! Fire!》

 

 だが、この隙にナイトローグはさっさと強化変身を完了させてしまっていた。トランスチームガンの銃口から溢れ出す爆炎が彼の身体を包み、新たな力を誕生させる。

 そして、バイザーと同じく赤く染まったコウモリの胸パーツより、真っ赤に光る巨大コウモリを一匹召喚させる。巨大コウモリはLカイザーへと突進し、その両側からナイトローグと楯無が駆け出す。

 まず、巨大コウモリの牙がLカイザーの左腕を盛大にくわえた。振り回されまいとしたLカイザーは、左腕から歯車状のエネルギーを相手の口内に発射・爆発させる。

 これにより巨大コウモリは呆気なく消滅していった。それでも、Lカイザーの身動きを封じる時間稼ぎには十分だった。息をつかせる間もなく、雷を纏うスチームブレードと水の刃を高周波振動させる蒼流旋がその胴体を穿つ。

 

「っ!? ぐぉっ……!!」

 

 装甲の貫通までは行かずとも、その重い同時攻撃はLカイザーを吹き飛ばした。

 Lカイザーは光壁と激突する寸前に、腰部スラスターを顕現させてギリギリ空中で止まる。それから赤い隻眼をギロリと鋭くさせて二人を見るが――

 

『警告。自爆装置が起動しました。自爆まで、残り三十秒――』

 

 そんなアナウンスが何の前触れもなく流れ、今までの戦闘の空気をぶち壊してくれた。警報器がうるさく鳴り響き、楯無とナイトローグはともかくLカイザーもしどろもどろな動きを見せた。

 

「ここでいきなり自爆って嘘でしょ? え? ホントに自爆するの?」

 

「……ちっ。おい、最上」

 

 困惑する楯無をよそに、ナイトローグは己の焦りを声に滲ませないようにしながらLカイザーへ尋ねる。

 

「Lカイザーと言ったろうが。これは私も知らん。他の誰かがやったのだろう。しかし都合が良いのか悪いのか……とにかく私は最後まで付き合ってもいいが?」

 

『自爆まで、残り二十秒――』

 

 最上の名をさりげなく否定しつつ、落ち着きも取り戻して戦意を示すLカイザー。もちろん、こんな状況になってまで戦うつもりは楯無たちにない。現在の居場所は地下。自爆が本当だとすれば、そのまま地下の崩落に巻き込まれかねなかった。

 

「あぁ、もう! 日室くん!」

 

 判断は即決。とても残念がる楯無がそう叫べば、隣に立つナイトローグがトランスチームガンをトリガー引きっぱなしで横に一閃させる。同時に銃口より溢れ出す黒い濃霧が二人の全身を覆い隠し、この赤い結界を飛び越えて謎の施設の敷地外へと無事ワープした。振り向いた先では、それらの施設をちょうど一望できる。

 

 

 

 

 そして十秒近くが経過した時、隣接する刑務所を巻き添えにしない程度に謎の施設は跡形もなく爆発していった。

 

 

 

 

 

 





Q.強化型ナイトローグまとめ

A.
・ラビットタンクスパークリングと殴り合える基本スペック
・コウモリ召喚可能
・赤くなった翼が二枚から四枚へ。飛行性能の上昇。イメージはクロバット。
・内蔵されているスチームジェネレータの強化。最大稼働時は常に煙突から白い蒸気が噴出され、目が光り、一時的にスペックが上がる。
・脚部スラスターの増設
・腕部の小さな羽根は廃止。代わりに牙状の吸血器官を格納した赤い装甲小盾へ。

腕の羽根はアマゾンズ戦法向けですが、使う機会がないので背中に引っ越しました。トカゲフルボトルやピラニアフルボトルがあれば、違っていたかもしれない。


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かのMasked Rider muscle brainはこう言った……人が喋ってる時に爆発すんじゃねーよ!

「前回までのナイトローグ。謎の施設に忍び込んだ先でLカイザーと戦闘する事になった弦人ちゃんと楯無会長。互いに一歩も譲らず戦いは熾烈を極めて……でも爆発オチなんてサイテー!」


「やったか?」

「勝った! 第三部完!」

「へっへっへ、施設もろとも吹き飛んだんだ。無事では済まないだろう」

「次回、Lカイザーの最期」

「ダイナマン! ダイナマン! ダイナマン!」


「誰なの!? あからさまにフラグ立ててる子は! そんな子はオシオキしなくっちゃ! お尻ペンペンの刑よ! エイッ、エイッ、エーイ!」

《Luna》




 夜中に爆発四散した謎の施設の件は、翌日にニュースや新聞で取り上げられた。原因究明のために警察の捜査が入っているが、残されているのは瓦礫の山。あの怪しい研究ルームと地下室を発掘するなんて、なかなか難しいだろう。俺は警察に期待しない事にした。いや、超常犯罪対策課でもあれば望みはある……のか?

 もしもLカイザーがあのまま爆発に巻き込まれて死んでいれば安心だが、それは絶対にありえない気がするのが実情だ。白いパンドラボックス擬きを持っていたくらいだし、俺と同じように霧ワープもできるはず。

 それに加えて、俺たちがあの潜入で得た収穫は実験データと動画、画像ぐらいだ。武装化したガーディアンをあれだけ用意していた時点で南波の疑惑は深まるが、「それは盗まれたものなんです!」とでも言い訳できよう。警察の腰を上げるほどの確証には至らない。単純に潰すだけなら腕力で本社に乗り込めばいいが……相手が黒だと言える証拠を示さなければ世間体が悪すぎる。下手をすれば、ナイトローグの評価が急落してしまう。

 よって、とにかく詳しい罪状は置いておき、社会的に南波重工の息の根を確実に止めるために証拠をまだまだ掴んでいく必要がある。それで黒幕が違っていたら、その時はその時。クライシス帝国のせいにしておこう。

 

「うーん、ついでだから南波重工の数々の不正の証拠も掴みましょっか? 完全に息の根断つスタイルね。あっ、あの実験に用いたとされるガスとかの行方はこっちで探っておくから、キミはゆっくり夏休みを過ごしなさいな。それじゃ、バイバーイ♪」

 

 以上が、IS学園に帰った後の会長からのお言葉。一緒に行動してみれば、その頼もしさは当初とは抜群に違って感じられる。

 しかし、そうは問屋が卸さない。パンドラボックス擬きを見てしまった以上は、個人的にもナイトローグとしても捨て置く訳には行かなかった。あれが本物のレプリカのようなものだとしても、かなり脅威であるのは間違いない。人の手で災厄の箱を作るという事実はあってはならないと思う。はてさて、どうしてくれようか。

 製造技術があるとしても、その価値は一目瞭然なので流出の可能性はあまり考えなくていいだろう。つまり、最上がそこのところをしっかりしていれば、奴を倒すだけで大体が丸く収まる。

 何だ、簡単な話じゃないか。問題は、いつも通り誰にも打ち明けにくいし信じられにくい情報である点だが、織斑先生も慣れてくれたっぽいから取り敢えずは耳を傾けてくれるかもしれない。それでも話すなら、白いパンドラボックス擬きを手に入れるなりしてからの方がベターだが。

 ……あー、ここでじっとしていてもどうにもならないな。果報は寝て待てと言うが、訓練ばかりするのも違う。今からでも無線機傍受やハッキングのスキルでも培っておくべきか? いや、器用貧乏になってもダメだ。やはり足で稼ぐ方向で、南波重工に関わる施設を片っ端から――

 

「日室」

 

「はい」

 

 廊下の窓から誰もいない校庭を眺めながら考え事をしていると、ふとやって来た織斑先生に話し掛けられてしまった。条件反射で返事をし、回れ右をしてきっちり向き合う。

 

「楯無が生徒会の仕事を残して出掛けていった。どうせだから貴様も、仕事処理している他の役員の手伝いに行ってこい」

 

「え? 残してって……え?」

 

「いいか? 確かに私は言ったからな? 返事はイエス以外に受け付けん。学園から勝手に抜け出すなよ。ではな」

 

 そうして織斑先生は立ち去っていった。突拍子もない事に戸惑う俺だったが、次第に釘を刺されたのだと察する。

 確かに昨日の今日だ。これでIS学園をまた飛び出すものなら、織斑先生が怒りの刃を俺に叩き付けかねない。それに、そう言われてしまえば生徒会の件もスルーできなくなる。これは手伝いに行くしかないだろう、ナイトローグとして。てか会長……。

 

 そんなこんなで生徒会室。事前に織斑先生が人手を呼んでくると伝えていたようで、話はすんなりと行った。入室の際に見た、高く積み重ねられている書類の山が少しエグかった。

 

「ヒムロン、いらっしゃ~い」

 

 また、そこにのほほんさんがいる事に驚きを隠せなかった。聞けば、三年生の姉である布仏虚先輩と一緒に生徒会に所属しているそうだ。現在の役員数は会長含めて三人だけと、人手が欠けているのは明らかだった。基本は七、八人いるものだろうに。

 

「今まで三人だけで生徒会やってきたんですね。大丈夫なんですか?」

 

「ええ。生徒会と言っても行事とか絡まなければ、それほど忙しくないわ。それが例え、会長が故意でサボる時があってもね。でも、全校生徒の声を聞かないといけないから……」

 

「見てみてヒムロン~。これの三分の一が『オリムーを部活に入れろ』っていう嘆願書だって~」

 

 その虚先輩の後ろで、デスクでのんびりとしているのほほんさんが書類の山を指し示す。虚先輩の雰囲気が仕事のできる人すぎて、この姉妹の正反対さが印象深くなる。

 それから虚先輩はのほほんさんを見やり、少しこめかみの部分を押さえて俺に告げる。

 

「週によってはどっさり来る事もあるの。これは先月のまとめた分ね。優先順位の高いものは終わらせてあるから、残りは後回しの分だけよ。アンケートもあるから、あなたには集計お願いできる?」

 

「はぁ……わかりました」

 

 俺はその嘆願書の内容とやらに呆れ、うっかり生返事になってしまう。入部の勧誘で生徒会頼りって……そう言えば、以前に一夏とこんな事を話していたな。

 

 

『なぁ弦人。お前、何かの部活に入った?』

 

『手芸部。そっちは?』

 

『いやさ、初めは剣道にしようかと思ってたんだけどさ。よくよく考えたら周り女子しかいない訳だろ? それって何か気まずくて、精神的に辛くなる気しかしないんだ。時々、箒たちもそうなんだけど擦れ違う女子たちの視線が変て言うか、なんて言うか……。てか、お前はよくそんな女子の群れの中に飛び込めたな。しかも手芸部』

 

『ああ、それならナイトローグの世界に入り込めば何の問題もなくなるよ。ナイトローグのぽんぽん作ったり、ナイトローグのブローチ作ったり、ナイトローグのつまみ布作ったりしてると、そんなの気にならん』

 

『ナイトローグばっかじゃねぇか』

 

『いや、他にも山のように積み重なったスパークリングの頂上に立つナイトローグも――』

 

『それただのガレージキット』

 

 

 ……さて、今はとにかく手を動かそう。数瞬『ビルドのくせになまいきだ。』の構想が浮かんだが忘れるんだ。

 

「あっ、そうだ。ヒムロンも食べる?」

 

「俺はこれ終わった後にいただくから、のほほんさんは作業ペース早めてくれ」

 

 あと、マイペースを極めたかのように彼女の作業速度が遅かった。

 

 

 ※

 

 

 白い箱を持ったLカイザーは、誰もいない地下の通路を歩いていく。そこで、どこからともなくRカイザーの姿が現れた。互いに横を通り抜けようとしたところで、Lカイザーがふと喋る。

 

「施設の爆破は事後承諾。誰にも言わないなんて、なかなかファンキーじゃないか」

 

 それを受けて、赤い方はピタリと止まった。間を置かずに一言申し立てる。

 

「あそこは所詮、相手を誘き寄せるための餌場だ。本来ならそこまでせずとも、ガーディアンでの排除は容易かった」

 

 一瞬、Lカイザーの眼光が揺らぐ。しかし、咄嗟に反応しようとする己を制止し、返事の調子は冷静であるように努めた。

 

「……まぁ、いいでしょう。データ採集の機会だと思えばいくらでも」

 

 そうして自身を納得させて、昨日のもはや即時起爆と変わらない自爆装置発動の件は水に流す。これから成す事のためには、いついかなる時でも協力が重要だ。スタンドプレーでできる事など、たかが知れている。

 特に今回は、いくらカイザーシステムであろうとも油断大敵というのが骨身に染みた。カイザーの力はまだ絶対的ではなく、敵であったナイトローグとミステリアス・レイディに戦術・戦略の幅を残してしまっている。文字通りの一蹴には程遠く、ロシアの国家代表を相手に善戦した結果に彼はあまり満足していない。結果に関して、かなりの貪欲さである。

 かくして話が止み、二人が再び歩き出す直前、今度はRカイザーが何かを思い出すようにして口を開いた。

 

「例の計画は予定通り開始する」

 

「そうですか。各国の専用機が一極集中されていない今がチャンスですからね。この機はやはり見逃せない。では――」

 

 淡々と呟く前者に対して、後者は少し興奮気味に言葉を返す。それから溜めを入れると、Rカイザーも察して心臓の位置に拳を構えた。

 

「「全ては南波重工のために」」

 

 声が廊下を反響し、二人はその場を立ち去る。語った言葉は短く、逆にそれが二人の意志の強さを示していた。迷いはなく、決して中途半端に成し遂げようとはしないその覚悟。既に、対話で止められる段階が過ぎ去っていた。

 

 

 八月上旬。世界に星雲の煙が放たれる。

 

 

 

 





Q.muscle brain?

A.意訳すると、筋肉バカ


Q.星雲?

A.ぜひ、英訳してみてください。


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ハザードは止まらない

「前回までのナイトローグ。施設潜入から帰ってきた日室くんは束の間の休憩に。更識さんはそのまま暗部の仕事を続行。ですから、決して生徒会の仕事をサボッた訳じゃありませんよ! 多分……。それと、今日もどこかでカイザーたちは暗躍。もう私は嫌な予感しかしません。お、織斑せんせぇ~!」

「落ち着け、山田先生。こういう時こそ冷静にならなければならない。例え、また日室が勝手に飛び出しそうと思えてもだ。ほら、アイツが作ってみたジオラマを見てみろ。なかなかの出来栄えじゃないか。死体の山の上に立つナイトローグが良くできている。これで問題行動をしない生徒なら、なお良しなのだがな……」

「し、死体ですか? この、赤青白のシュワシュワっとした感じの人型がですか?」

「ああ。アイツ曰く、ナイトローグのにっくき相手らしい。それとこちらはぬいぐるみだが……」

『ドラゴンインクローズチャージ!』

『ロボットイングリス!』

『『ブルァァァっ!!』』

「ベルトが喋る」

「た、多才なんですね。改めて実感させられます……」


 ここは日本の某県沢芽市。今、この街にて可視性のガスがモクモクと立ち込めていた。その量は尋常ではなく、すぐにでも街一つを覆ってしまいそうだ。ガスの色は酷く淀んでいて、一目で有害であると判断がつく。

 また、ガスは不思議にも一定以上の距離からは拡散せず、さながらドーム状になっていた。一粒一粒が小さな粒子でも、まとまってしまえば奥は何も見えなくなる。

 その結果、ガスのドームと街の間に確固とした境界線が出来上がっている。晴天の中、いくら風に吹かれようとも流される気配がない時点で、異質さは誰にも伝わる。

 そして、この状況でパニックが発生するのは無理もなかった。ましてや、ガスの中から災厄由来の生物――否、怪物が溢れるようにして現れるのならば。街は騒然とし、一瞬で交通網が麻痺し、各地で黒煙と火災が生まれる。頭の整理が追いつかない人々は、それぞれ己の危機感に従うや否や逃走を始めた。

 

「化け物だ!? 逃げろーっ!」

 

「キャアーッ!!」

 

 ガスの向こうから飛び出してきたのは、スマッシュの大群だった。飛行型は次々と空を羽ばたき、その辺をうろついては目につく人間に襲い掛かる。二足歩行型も逃げる人々が目につき、獲物を狙う猛獣の如く追走していく。

 丸腰の人間にとって、これらの存在から逃げる術や対抗する術はほとんど持ち得ていない。そもそも、こんな事態は想定外にも甚だしい。突然の非日常の来訪に、どうやって冷静に正しく対処しろと言うのだろうか。自我を失い、ただひたすら暴力を周囲に振りかざすスマッシュの蹂躙により、惨状が瞬く間に作り上げられていく。

 

 被害にあった住宅やビル、店舗は容赦なく瓦礫と化す。配管がやられ、そこから漏れだした家庭用ガスが派手に引火する。自動車は次々と乗り捨てられ、中には衝突事故を起こしたものさえ。スマッシュが本気を出せば逃げられる人など無いに等しい。あっさり綺麗に殴殺される者もいれば、腰が抜けて命乞いする甲斐もなく無惨に潰される者もいる。男だろうが女だろうが、子どもだろうが老人だろうが関係ない。繰り広げられるのは血の匂いと粉塵漂う、あまりにも残酷で超自然的な世界だった。人々に平等な死が、降り注ぐ。

 結局、警察や消防、遂には自衛隊などが現場に駆け付けたのはガス発生から三十分から一時間も経った後だった。それでも襲来してくるスマッシュの数が多いため、ガス発生地点から遠く離れた場所でも住民の避難誘導にすら苦戦を強いられている。せめてもの救いは、遠くにいるおかげでスマッシュの襲撃が実に散発的である事ぐらいだ。

 しかし、それで楽観視してはならない。並の銃火器では歯が立たず、倒そうにも必ず一対多で望まなければならないほどの相手である。実際、市民を守るために最初にやって来た警察が、殴るしか脳のない一体のスマッシュに甚大な被害を被っている。満足に戦えるようになったのは、迅速に派遣された自衛隊が来てからだった。

 

 彼らが火力を集中させる事で、アサルトライフルでもスマッシュにようやくダメージを与えられる。そうして避難する住民たちを守っていき、ガス地帯の包囲・封鎖も着実に進めていく。この事件が発生して数時間後にニュースで報道される頃には、初期の慌ただしさもなくなって落ち着きが得られようとしていた。

 だが、それもふと現れた一体のスマッシュにより、あっさり破られてしまう。そのスマッシュは上半身が肥大化しており、何よりの特徴は頭がない事だった。それなのに歩き方には何の迷いもなく、人影を見つければ真っ直ぐ突き進んでいく。遠距離攻撃の手段は持たず、路傍でとっくに倒れ伏している他のスマッシュと同じ運命を辿るものだと、前線にいる誰もが思った。

 横一列になって一斉に銃を取り、引き金を引く。このシンプルな戦法で、今まで近づいてきたスマッシュは絶大な弾の浪費を対価にして倒してきた。スマッシュに関する情報は彼らに知れ渡っていないが、そんな彼らにとっての未知の存在の対処法がすんなり出来上がるのは不幸中の幸いか。生身の人間がこうも戦えるのなら、必要以上の兵器の投入は必要あるまい。

 

 そして、その僅かな油断が仇になった。

 

「膨れ上がった!?」

 

 誰かがそう叫ぶ。事実、件のスマッシュは弾丸の雨を浴びた際に上半身がいきなり風船のように膨らんだのだった。膨張は止まらず、依然として接近してくる。やがて鉛弾を浴び続けるのにも限界が来たのか、とうとうに地に膝を付ける。

 その時だった。スマッシュが破裂し、内部に充填されていた濃密度・多量のネビュラガスが一気に飛び出し、彼らに襲い掛かったのは。

 

「う、うわあぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 突然のネビュラガスに何人かの逃げ遅れた自衛官が飲み込まれ、スマッシュ化を経ずに即消滅する。ネビュラガスは途中で進撃の勢いを失ってその場に滞留を始めるが、いかんせん現場にいた者たちの装備が問題だった。

 出動要請とついでに受けた連絡で急遽用意したのは、ガスマスクのみ。ネビュラガスの性質上、例え吸引を回避しても一度浴びてしまえば終わり。きちんとした防護服でなければ、意味がない。

 

「あぁ……!! あぁ……!?」

 

「おい、大丈夫か! しっかりしろ!」

 

 一人の男が意識朦朧としながら、仲間たちに大急ぎで運ばれていく。男は運悪く、ネビュラガスに触れられてしまったのだった。

 

「あ……あ……ぅああアアァァァ!?」

 

 瞬く間に肉体が変異していき、強化型のストレッチスマッシュとして再誕する。人間が化け物になった出来事に周りは動揺を隠せず、士気の低下へと直結する。かつて仲間だった者が牙を剥き、対応が遅れる。新たな犠牲者が一人増えようとしていた。

 

 刹那――

 

「ハッ!」

 

 颯爽とナイトローグが割り込み、その拳を軽々と受け止めた。次いで、凄まじい勢いでストレッチスマッシュにラッシュを叩き込み、胸を穿つようにして吹き飛ばす。

 そして間髪入れずにバットフルボトルとトランスチームガンを持ち、必殺技を発動する。

 

 《Bat》

 

 《スチームブレイク!》

 

 避ける暇もなかったストレッチスマッシュはそのまま直撃を受け、鮮血を噴き出すが如く全身から深い緑色の爆発を起こして倒れた。指一本ピクリともせず、低迷しかけていた自衛隊の面々の士気は沸き上がる。

 

「ナ、ナイトローグだ……。ナイトローグが来たぞぉぉぉ!!」

 

「やった! 百人力だ!」

 

「作戦本部、聞こえるか! 現場にナイトローグが来たが、一体どうなって――」

 

 その傍ら、彼らの歓声に耳を傾けるだけのナイトローグは、目の前に広がるおびただしい量のネビュラガスのドームを見つめていた。

 

「……チッ」

 

 うっかり漏れた舌打ちは、周りの喧騒に掻き消される。トランスチームガンのグリップを握りしめる手は普段よりも強くなり、それが素肌であれば爪が食い込んで血が流れそうな勢いだった。

 

 ネビュラガスが大量発生したのは沢芽市に限った事ではない。他にも二ヶ所ほど日本で発生している。おまけに海外へと目を向ければデトロイト、タウンズビル、パリ、アマゾンなど、世界二十ヵ国以上が同様の事件に遭遇していた。

 この今世紀最大の出来事に、各国が次々と非常事態宣言を出すのは時間も掛からなかった。

 

 

 ※

 

 

 ネビュラガス発生より六時間後。ガスは依然として霧散せず、自衛隊が現状できる事といえば周辺地域の封鎖と時折やって来るスマッシュたちの迎撃ぐらいである。核兵器でもろとも滅却させるほどの思い切りの良さがあれば早く片付けられるのだが、自衛隊の指揮監督権を有しているのは内閣総理大臣。仮に核兵器を日本が持っていたとしても、そんな決断は軽はずみにしない。

 加えて、本日を以て国際社会共通の問題と化し、ネビュラガスに関わる情報も条件付きで開示された。結果、スマッシュ化した人間を救う術があるという事実に誰もが頭を抱えた。

 これなら、既に死人として比較的簡単に処理できるゾンビの方がマシというもの。救える命がスマッシュに存在している時点で、少なくとも人命第一を怪人にも適用しなくてはならないのだ。この事実はまだマスコミに知られていないが、内閣の会議室は現在進行形でスマッシュたちの命を捨てるべきか否かで紛糾している。

 

 それも現実性を考えれば仕方のない事だった。スマッシュ化の解除に必要なエンプティボトルは、そこまで数を用意できていない。今から生産しようにも短期間で何千、何万も揃えるの不可能だろう。仮にできるとしても、次にその大量のスマッシュボトルの扱いが問題となる。保管場所、警備、処分方法。全くキリがない。

 真実を知る者が限られているのを良い事に隠蔽し通すか、人道を貫き通すか。

 ただし、フライングスマッシュによって民間のヘリや航空機などが落とされたという報告も上がっている。ネビュラガスをどうするかの方策がない以上、通常戦力でいつまでも膠着状態を維持できるものではない。福音事件の事もあって、ネビュラガスに触れる万が一を恐れて多くの国がISの出動を渋っていた。

 

「日室弦人だな? 同行を願おうか」

 

 また、現地の自衛隊となし崩し的に共闘していたナイトローグの元に複数機の打鉄がやって来た。ちょうどナイトローグがネビュラガスのドームの中へと突入する直前だった。行く手を遮り、ライフルの銃口を向けて威嚇する。

 

「……何の用だ?」

 

 返答するナイトローグの声に苛立ちが混ざる。彼にとってみれば、わかりやすい脅威を目の前で放置しながら自分を包囲しているのである。煩わしい事この上ない。

 

「坂田竜三郎首相補佐官より、君へ直々に伝えたい事がある。通信では済ませられないものだ。こんなところであまり時間を取られたくない。素直に了承してくれると助かる」

 

 首相補佐官。この肩書きだけで、タダ事ではないのが伝わる。こうしてライフルを突き付けられているのは日頃の行いのせいだと納得し、静かに頷く。

 

「……わかった」

 

 ハッキリ言って嫌な予感しかしないが、時間がないのも確かだ。ならばその用事とやらを迅速に片付ければいい。ナイトローグは後ろ髪を引かれる思いになりながらも、すぐさま飛び立つ彼女たちの後を着いていった。

 

 そんなこんなで場所は首相官邸へ。ここではネビュラガス発生による対応策を大忙しで練られている。変身解除した弦人は、特にボディチェックを受ける事もなく中へ案内された。

 中には武装している警備兵がいるだけでなく、外には先程の打鉄の部隊が待機している。そこまでのショートカットができたのは弦人の人柄を多少たりとも信用しているためだ。もしもの場合でも、IS数機があれば問題ないと判断された。

 辿り着いたのは、多くの職員がパソコンの作業と電話に追われている一室。その端にて、弦人は一人の男と出会った。

 

「よく来てくれた。私は首相補佐官の坂田だ。君の活躍はよく耳にしている、日室弦人くん」

 

「用件とは何でしょうか? 大した事ではないのなら、すぐに現地へ戻ります」

 

 室内の様子を傍目に、弦人は臆する事なく真っ先に切り出す。坂田の後ろに黒服が控えているのは気にしない事にした。

 

「ふむ、では単刀直入に言おう。本日を以て、超法規的措置でナイトローグを軍……いや、防衛兵器と起用する事を決定した。同時に表向きのISコア登録も抹消する。ただし、この事は公表しない」

 

 一瞬、弦人の身体が硬直する。いざ聞いてみれば、爆弾発言にもいいところだった。思わず感情的に反論しそうになるのを理性で抑え、頭の中で順序よく情報整理を行う。

 まず、“防衛”兵器と言った訳。これは、政府がこの状況を災害ではなく攻撃だと判断したのが簡単に推察できる。むしろそう考えた方が自衛隊の動きに制限はなくなり、比較的難しい状況にも対応可能だ。加えて、報道規制で上手に働きかければISの出動も人命救助のためという建前がおおっぴらに言える。

 

 次にナイトローグが選ばれた理由。単純に戦力としてでもあるが、一番なのは副次的に運用が好き勝手になるという事だ。ISではないと遂にハッキリ認めてしまえば、アラスカ条約を律儀に守る必要はない。現代戦争において天下無双・一騎当千とも呼べるISに匹敵し、高度なCIWSやミサイル防衛をガラクタ以下にするワープ持ちの兵器として世に君臨しうる。

 しかし、そんな事をしておいて諸外国が黙っていないはず。銀の福音のようにアラスカ条約の穴を突くだけならともかく、これは限度がある。せっかくISという事にしているのに、使い方次第で危険な力になる物を国際社会の中で自由にさせておくなど何処も認めない。

 

「あらかじめ言っておくが、この件は既にアメリカ・ロシア・中国などからも賛成をもらっている。篠ノ之博士が各国にISコア複数個を無償提供し、仲介してくれたおかげだ」

 

 静かに耳を傾ければ、坂田が勝手にペラペラと喋ってくれる。それは言葉の上辺からでも、国家が国際指名手配されている個人の言う事を聞いたのだと窺えた。

 

「……それは、テロリストの要求を飲んでいるのと何が違うんですか? どう考えてもISコアを餌にされているようにしか聞こえない」

 

「言葉は選びたまえ。もちろんテロリストの要求とは違う。篠ノ之博士はあくまで善意で 、ISコアを提供してくれただけだ。いいね? それに今回の騒動に対する戦力の増強となる。あまりにも都合の良さに思わず疑ってしまいそうだが、それは今気にする事ではない」

 

 すなわち世界ぐるみ。もはや質問しなくても弦人は理解する。よほどナイトローグが、篠ノ之博士に好ましく思われていないと。非ISと認めてもらう分には悪くないが、いかんせん現在の状況が最悪すぎる。

 兵器扱いに反抗しても、どのみちネビュラガス発生の対処に向かわざるを得ない。加えて、それによってナイトローグが命を落としたりしても、世間にとっては何ら不思議ではなくなる。彼を正義の味方と見ている人が多いのだから。今まで散々ナイトローグの再評価を目指してきた結果だ。

 

 そのおかげで、政府がナイトローグを死地に送っても平気な顔ができる。言い訳が立つ。弦人自身には相変わらずIS適合があるが、そこはせめて一夏が残っていれば何の問題はない。安定性が皆無で危険度がずば抜けているが、ナイトローグの研究による成果は出ている。それを敢えて使うかどうかはさておき、もはやナイトローグは現状にとって都合の良い駒の一つに過ぎない。

 それでも、こんな風にされるのは慣れっこだった。世界最強と初めて対峙したあの日から、しょっちゅう脱走しては捕まる籠の中の鳥だという自覚はしている。悪質な鳥極まりない。

 

「……言われなくても守るための戦いはやります。ですが、兵器と呼ばれるのは不愉快です……!!」

 

 最後に語気を強める。理想的なナイトローグであろうとする意味を尋ねられるなど今更愚問であるが、兵器呼ばわりはどうしてもナイトローグの侮辱だと受け取ってしまう。素直に流せそうにない。

 また、今はまだいいがブラッドスタークたちの事もある。ここを上手く乗り越えてみせなければ、やがて――

 

「君は何を言っているんだ? 人は賢い。そしてそれが戦いに使えるとわかれば、たちまち兵器転用する。飛行機然り、ダイナマイト然り、歴史の常じゃないか。それが人間という生き物だ。つまりISもナイトローグも、遅かれ早かれ兵器となる宿命なのだよ。そんなのも理解できないのなら……小学生からやり直した方がいいぞ?」

 

 だからこそ、(偏見で) 不老不死欲しさに某悪の秘密結社に魂を売りそうなこの男に、いつまでも好き勝手に言わせる訳にはいかなかった。先程の神経逆撫でにする台詞はとても許せそうにない。また、坂田の表情はまるで弦人の言葉を理解していない風だった。

 だが暴力で訴えたりはしない。むしろ、有意義な話し合いに持ち込んだ方が後々にも役に立つ。交渉術の程は自慢できないぐらいだとしても、この場で頼りになるのは自分だけ。意地を貫き通したいのなら、やらなくてはならなかった。

 

 

 

 

「なら、最後に一つだけ――」

 

 

 

 





Q.沢……芽市……?

A.スマートXユグドラシルコーポレーションの本社があります。地下シェルター付きなので、籠城すれば社員たちは無事でしょう。


Q.おのれゴルゴム!

Aこの坂田はEP党とは何の関係もない……はず。そっくりさん。


Q.今回のオリスマッシュ

A.パルーンスマッシュ。上半身が風船のように肥大化し、目標に近付くと破裂して周囲に無差別デビルスチームしてくるだけの嫌なヤツ。本体は下半身で、数分後には破裂した上半身を再生させる。場合によっては近くにいる他のスマッシュを強化する可能性アリ。なお、紙装甲。

元ネタは、バイオハザードリベレーションズ2の敵クリーチャーより。6のヤツではない。


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前哨

「前回までのナイトローグ。夏休みの間に起きた世界規模の騒動。ネビュラガスの流出に、ナイトローグの兵器起用。狭い土地で三ヶ所もネビュラガスが発生している日本も大変だが、我らの祖国であるドイツも危機に瀕していた。帰国早々これか。嫁の加勢に行けないのが口惜しいが、私も軍人だ。今は目の前の事に集中しよう」

「隊長!」

「どうした、クラリッサ?」

「前方にスマッシュらしきものを確認しました! 距離は一千!」

「ドイツノカガクリョクハセカイイチー!!」

「何だ……あのドイツ軍人の誇りと魂が具現化したような怪物は……? っ、腹部から機関砲を展開した!? 避難民を守るぞ!! 流れ弾には気を付けろ!!」


 世界各地でのネビュラガス発生とほぼ同時刻。機を図るかのようにして、篠ノ之博士より装着者及び装甲変異耐性プログラム――とどのつまり、ISのスマッシュ化を防ぐ修正パッチが各国に提供された。これは裏回しに渡したISコアの時とは異なり、普通にマスコミに伝わるものだった。

 しかし、ネビュラガス発生事件はそれを上回る勢いで世間の関心と恐怖をかっさらい、真に意味を理解しているのは政府や国家代表といった一部のみだ。加えて、一緒に渡された実用データも無条件で信じられるものではないと言う者が多く、未だにネビュラガスの除去法が思い付かなければISによるスマッシュ殲滅作戦も躊躇ったままだ。

 毒ガス――化学兵器の廃棄方法は幾つか確立されている。だが、肝心の量がおかしい。水に溶かして分解・無毒化できるものならありがたいが、残念ながらネビュラガスは違った。汚水しか出来ない。

 

 しばらくすれば土壌に還って無毒化する・光によって分解されるという研究結果が出ているものの、そんなのを待っている時間すらない。ましてや、この時期は台風とゲリラ豪雨、夕立が多い。一度雨で流されてしまえば、たちまち海や川が魚介類スマッシュの養殖場となる可能性もあり得る。そもそもネビュラガス自体が未知の塊であり、研究の日にちも浅い。むしろ、半年足らずでそこまでの結果を出せたのが奇跡であった。

 そんな訳で、事件発生から一日が経過しても積極的に攻勢に出ているのはナイトローグだけだった。そんな彼でさえ、星雲の煙の奥からワラワラと湧いてくるスマッシュの逐次撃破に手こずり、せっかくネビュラガスの中でも活動できるというのにガス発生の中心地点には到っていなかった。倒しては安全地帯まで運び、原理不明ながらもベルト脇に自動セットされるエンプティフルボトルでスマッシュ化を解除させるの繰り返しである。こればかりは流石にナイトローグも一度切り上げて、作戦を練り直す必要があった。片っ端からスマッシュ化を解除していくのは愚直すぎる。

 

 そして事件発生から二日目。IS学園では、ネビュラガスとスマッシュの脅威に立ち向かうため、教員部隊の派遣準備以外にも専用機持ちが召集されていた。集められたのはたったの三人だが。

 

「夏季休業中に呼びつけて申し訳ない。だが、件の騒動は貴様たちも耳にしているはずだ。今や世界中がパニックに陥りながらも、懸命にこの危機に抗っている。事態は非常に深刻だ」

 

 ブリーフィングルームにて、モニターを用いながら千冬が場を取り仕切る。それを静かに拝聴するのは教員複数名と、一夏、箒、シャルロットだ。休業中という事もあって、福音事件時よりも対応に当たっている人数が少なかった。

 

「現在、関東・中部・四国の三ヵ所にネビュラガスが大量発生している。自衛隊、警察、消防などが対処に当たっているが、住民の避難を優先していてまだ根本的な解決に至っていない。また、発生初期のどさくさ紛れに遠出してしまったスマッシュたちが少なくない。相手は人型にしては非常に堅牢で、中には対戦車兵器に耐えた個体がいるとの報告も出ている。そこで、学園は逃走したスマッシュの捜索・撃破のために援軍を出す事を決定した」

 

 映像が日本地図に切り替わり、ネビュラガスの発生地点が光点で示される。その他には、スマッシュの画像が幾つか上がっていた。

 

「部隊を三つに分け、連携を取りつつ目標を確実に撃破する。ネビュラガスをばらまくという個体には気を付けろ。なお、ネビュラガス発生地点への接近は原則認めない」

 

 すると、一夏が席からいきなり立ち上がる。その不用意な行動に千冬は注意しようと口を開くが、彼の顔面蒼白ぶりを見て動きが一瞬止まった。

 その間にも、一夏は千冬へ食って掛かる。

 

「ちふ――織斑先生、 何でですか!? 少なくとも専用機があれば、早急な事態解決にも繋がりますよね!? 生身で防衛戦張ってる人たちの方が負担でかいのに!」

 

「先日の福音事件で政府はISのスマッシュ化を危惧している。ネビュラガスが絶対防御を浸透するかどうか定かでない以上、ハイリスクになるような手は取れない。いや、アイツがわざわざ修正パッチを送り付けてきたなら……」

 

 千冬は天災の姿を思い出しつつ、個人的な見当をつけてみる。普段はアレでも曲がりなりに旧知の仲であるため、束にはある種の信頼は持っている。自ら他人へと進んで接触するなど無に等しい彼女がそうしたのだ。つまり、千冬が口にした推測があながち間違いではない可能性が高い。

 修正パッチはコア・ネットワークを介して、押し付けるような形で全てのISに行き渡った。とはいえ束が行ったのはダウンロードのみで、インストールは各自で済ますものとなっている。

 そのため、修正パッチの存在を知っている一夏はそれを材料に反論を試みる。実際のところ、束への先入観のあまり修正パッチが胡散臭すぎてインストールまではしていないのだが、この時ばかりは形振り構っていられなかった。

 

「じゃあ問題ない。束さんの発明なら――」

 

「ダメだ。仮に試そうにも貴重な専用機は使えん。そもそも修正パッチとやらの信頼性が本人以外にわかっていない。政府が尻すぼみしている限り、実際のテストの許可にはまだ時間が掛かるだろう」

 

 しかし自分の意見が一蹴され、隣にいる箒から「落ち着け」と諌められるとおずおずと座り直した。

 千冬はそれを尻目に話を続けようとするのも束の間、今度はシャルロットがビシッと挙手した。千冬から手短かに発言許可をもらい、質問を遠慮なく切り出す。

 

「すみません。弦人は先に出てるんですか? あの、いつもみたいな感じに……」

 

「ああ。日室は今、単機でネビュラガスのドームに挑んでいる」

 

「えっ!? じゃあ、ナイトローグはガスの中でも平気って事ですか……?」

 

「それについては政府もナイトローグの戦闘データに基づいて判断している。以前にネビュラガスの斬撃を受けた事があるそうだが、ガスそのものは装甲で遮断したらしい。白羽の矢が立つのも当然か。しかしナイトローグはあくまで例外だ。依然として接近禁止は変わらん」

 

 シャルロットの疑問に有無を言わせず、千冬は話をどんどん進めていく。まだナイトローグがIS認定されている現時点では要領を得ないものだったが、例外と聞いてシャルロットは渋々引き下がってしまった。彼女もまた、「ナイトローグだから」と自然に納得してしまう一人であった。

 それからブリーフィングが終了し、作戦開始前の空き時間に箒とシャルロットは一夏へと詰め寄った。どこか物憂げな彼の表情に、二人も思わず心配を掛けてしまう。

 

「どうしたのだ、一夏。あんなにも取り乱しておいて」

 

「そうだよ。あの感じ、タッグトーナメント時以来だと思うよ?」

 

 二人に優しく声を掛けられる一夏はすぐには答えなかった。視線も下を向いたまま、彼女たちの姿は目に映していない。

 やがて沈黙の空気が流れ、されども一夏の行動に変化が生まれた。目を強く瞑りながら天井を見上げ、ゆっくりと一息吐く。次いで、暗い顔で箒とシャルロットとの視線を合わせる。

 

「……箒には前言ったっけな? 弾っていう男友達がいるんだ。ちょうど、今回のネビュラガスが出たところの近くに住んでるんだ。ソイツとは、この前遊びに出掛けたばかりで……」

 

 瞬間、箒たちの表情が強張った。それが一体何を意味するのか、想像に難くない。

 ましてや、一夏が弾と遊びに出掛けたのはほんの数日前だ。最近まで元気だった友人が突如として居なくなったりもすれば、そのショックは計り知れないものとなる。動揺と困惑しか生まれないだろう。

 

「その……弾との連絡は どうなのだ?」

 

「……てんで……連絡がつかない」

 

 恐る恐る尋ねる箒に、一夏は力無く言葉を返す。きっと弾やその家族は無事だと前向きに彼が決めるには、もう少し時間が必要だった。

 

 

 ※

 

 

 何度も激しくぶつかり合う剣撃と、飛び交う光弾。赤い影と黒い影は瞬時に擦れ違い、互いに拳を繰り出す。だが、その一撃は容易く受け止められ、少し肉弾戦を交わした後に両者は距離を取る。

 彼らはトランスチームの戦士であった。若干息が上がっているブラッドスタークとは対称的に、ナイトローグは余裕を見せる。

 直後、ナイトローグが翼を展開するや否や、斜め後方へ飛翔しながらトランスチームガンを連射する。それらをかわすブラッドスタークは姿勢をぐっと倒し、蛇の如き這いずりで地上を高速に駆け回る。その片手間に応射も行う。

 やがて旋回機動を取り始めるナイトローグに、現時点でのブラッドスタークに接近する手段はほぼなかった。加えて、高速移動が可能になる代わりに、空からの攻撃に対する被弾面積が上がる這いずりを選んだのが失敗となった。ナイトローグの正確無比な射撃が、ブラッドスタークの腹を穿つ。

 

「うっ!?」

 

 呻き声を上げ、這いずりを中断。高速移動時の勢いを殺せず、そのまま地面に身を投げ出される。

 ブラッドスタークの防御力が他のとよりも並外れているため、変身者のナギにダメージは全くない。しかし、精神的な負担は除く。今まで慣れ親しんできたISとは違った触りに、未だ慣れないでいる。

 

(ダメ! パワーとガードはスゴいけど操作とかが全然親切じゃない!)

 

 ナイトローグが静かに見下ろす中、彼女は心の中で悪態をつく。地に足着けた時の動きやすさなら体型にフィットしているトランスチームシステムが優位だが、その他は完全にISとは特性が異なってしまっている。起き上がり一つでもPICでサクサク済ます訳には行かず、ついついもたついてしまう。

 

『お困りのようだね?』

 

 その時、ナギの視界端に一つの映像が開かれた。映っているのは、足を組んで黒い椅子に座っているレオナルドだ。格好付けの空回り感が嫌でも目立つ。

 

『このブラッドスタークに隠された機能を解放する前に、一つ君に尋ねよう。日本の蛇神信仰は知っているかな? ああ、鯉が滝が登るヤツでも構わない。それらの逸話には、蛇が龍となって空を飛んだりする逸話などがある』

 

 だからどうした。一先ず戦闘に集中したいナギはこの煩わしい映像の消し方を模索しようとし――結局わからなかったので無視を決め込む。

 

『ご存知の通り、ブラッドスタークのモチーフはコブラだ。空を飛ぶ生き物じゃない。しかし、蛇である事に変わりはないだろう?』

 

 しかし、その思わせ振りなセリフを聞いてしまうと、途端に気になり始めて仕方がなくなった。こうしている間にもナイトローグが傍観を止めようとしているのに、集中力が削がれる。

 

『なので付けました! 飛行能力! 飛べない蛇はただの蛇! お前はそれで終わるのか!? 否!! さぁ、今日から君も龍になるんだ、ブラッドスターク! 』

 

 そして、レオナルドの叫びに呼応するかのようにして、ブラッドスタークの背部にある円形部分が作動した。僅かに展開され、中身の露出した外縁部から真紅の粒子が勢い良く放出される。粒子は途切れる事なく溢れ続け、その意味を直感で理解した彼女は全力で地面を蹴った。

 

「――ふっ!!」

 

 ナイトローグ目掛けて真っ直ぐ飛び、空を舞う。背部から噴射される粒子がブラッドスタークの飛行・姿勢制御を担い、既存の航空力学を越えた自由な飛び方を可能にさせていた。

 

 ※

 

 

「――うはっ!?」

 

 奇声を発した後、ナギは思わずVRカメラを外す。額には汗がびっしょりで、頬は先程までの興奮が冷めきらないまま紅潮している。心臓の鼓動も早い。

 誰かに指摘されるまでもなく、身体が熱くなっているのはわかった。十中八九、耳まで真っ赤に染まっているだろう。ナギは適当に自身の状態を確認しながら、近くに置いてあるタオルとドリンクを手に取る。水分補給を挟んだ。

 彼女が今いる場所は、トランスチームシステムその他を任された先端物質学研究所だ。訪問の目的はブラッドスタークの調整。先程外したVRカメラは、ブラッドスタークが蓄積させた戦闘データの振り返り用に使っていた。なお、あの後の戦いの結果は惨敗である。

 悔しさは当然あった。せっかく望んだ力を得たというのに、このままではナイトローグの足を引っ張る事しかできない。また、彼との間にぐっと距離を置かれたまま。自分が成し得たい事は一つも実現できていなかった。口惜しさ全開だ。

 そして何より――

 

「あぁ!! ああぁぁぁっ!?」

 

「うるさい泉! 黙って手ぇ動かせぇ!!」

 

「ハァーっ、苦手! こういう作業は苦手なのに!」

 

「ちくしょーっ! 勝手にどっか消えた伊坂絶対許さねぇ!」

 

「頑張ってパパ! 山城さん!」

 

 トランスチームシステム解明専門のはずの研究室は今、謎の製造ラインをたらふくこさえるという混沌を極めていた。レオナルドが黙々と不思議な現象を起こして百均商品を様々なパーツに変換し、ベルトコンベアに流れてくるそれを元気と山城が途中まで組み立てていく。

 京水はそんな二人を横から応援するだけ。さらには人手不足を補うためにロボットが複数台設置され、室内は物々しさを増大させていた。

 事の発端はつい昨日。世界中にネビュラガスがばらまかれ、安全のためにと家に直帰せず寝泊まりする羽目になった時だ。ブラッドスタークの調整は後回しにされ、研究チームは総出で今回の事件の対処に追われる事となった。ナギのトランスチームガンは中身剥き出しの状態で預けられたままなので、そのまま持ち去る事は叶わない。ちなみに、京水もナギと同じ用件で研究所に訪れていた。

 

「うーん、手伝おうにも……」

 

 かといって、組み立てを手伝うにもスペースがなかった。そもそもの謎の製造ラインが小さすぎなのである。加えて、山城たちの手元が変に発光して作業内容の詳細が不明というのも拍車に掛けていた。作り方が意味不明では、手の出しようがない。

 現在の研究チームは二名ほど不在だ。伊坂は山城が言っていた通り、行方不明。葛城リョウは同窓会で長野に向かっていたところを音信不通に。後者は最悪、特殊変身方式によるビルドドライバー腰巻きでレオナルドと連絡が取り合えるので問題ない。それよりも大事なのは、彼らが作っているものである。

 ベルトコンベアの先に行き着くのは、改良されたエンプティボトルの数々。ボトル一本に様々な技術を詰め込み、結果として一本で約四千体分のスマッシュ化解除ができる大容量を得た。ボトルのフタもうっかり使用者が間違って中のネビュラガスを解放しないよう、きちんとロックしてスマッシュ化解除に特化させている。

 当初はスマッシュの人命救助を絶望視していた政府からの一応な要望であるが、あろう事かレオナルドのおかげで完成・生産に漕ぎ着けた。改良エンプティボトル第一号を作った深夜帯、レオナルドから連絡をもらったナイトローグがそれを受け取りに来たのはここだけの話である。

 

「弦人くん来てたの!? なんで言ってくれなかったんですか博士ぇー!!」

 

「ぐえぇ!! わ、悪かったから放せ! 作業ができない!」

 

 また、その事を後々にナギへ伝えたレオナルドは全力で身体を揺さぶられる事になった。

 

 さて、そんな訳で多くの人々の命を救う希望が現れたが、徹頭徹尾都合の良い話で終わらなかった。生産効率の悪さである。

 今までの通常タイプとは異なり、改良型につぎ込む資源と手間が大幅に増加してしまった。第一号完成以降は製造ラインを用意するものの、やはり急拵え。そもそもボトルからトランスチームガンに至るまでレオナルドありきのハンドメイドであるので、作るパーツが多い割りに完成形が手のひらサイズの改良型は良くても一日十五本ペースなのが実情だった。

 その上――

 

「あっ、ヤベッ!? ベルト来た!! 葛城博士ピンチっぽいからお前ら後は任せた!!」

 

 《コオロギ!》

 

「嘘だろオイィィィ!? 石倉ァァァ!!」

 

 タイミング悪く、リョウから変身要請をもらったレオナルドはコオロギフルボトルを装填。挿したボトルと意識を現地にいる彼女のところまで転送し、残された肉体はイスの上でぐったりとなる。それを見た山城は慟哭した。

 ご覧の通り、改良型エンプティボトル生産の要はレオナルドである。彼がいなければ製造ラインも一気に止まる。世界どころか、日本中のスマッシュ化した人たちを助ける分まで満足に用意できていない。こうなれば幾ら絶叫しようとも、待つしかなかった。

 このプロトタイプビルドの特殊な変身方式は、二人のハザードレベルの低さを補うためを目的としている。レベル3前半しかないボディサイドとソウルサイドが一体化する事によって、一時的に4相当まで上昇させるというものだ。

 

 また、それぞれ偏ったボトルの相性問題を解決する狙いもある。リョウが無機物系統のボトル一筋に対し、レオナルドは有機物系統のボトル。別に単独でも変身可能だが、ロストマッチ時のボトルの力を限界まで引き出したければ一体化するのが望ましかった。ただし、自然にそれが求められるという事は、かなり危険な事態にリョウが直面していると暗に示す。

 

 作業が中断し、山城たちはなし崩しに休憩を取り始める。実のところ、彼らは徹夜していた。励む分には構わないが、それで過労死を招いてしまうなど今の状況では笑えない話だ。

 

「……どうせだから割り切って、この瞬間はありがたく休もう」

 

「そうだな。せっかく娘が来てるんだ。親子の時間を大切にしないと」

 

「休むんだよ、親バカ」

 

 山城のそんな呟きに元気も同意する。直後、京水が父の肩を揉んであげたりと、忙しい空気は一転してのどかになっていった。

 

「あっ、そういえば。山城が連れてきた見学の子は?」

 

「甥っ子の数馬なら昨日ココに泊まらせて……今日は一度も顔見てないな。後で連絡取るかー」

 





Q.今回のオリジナルスマッシュ

A.シュトロハイムスマッシュ

名前はやっつけ。腹部に重機関砲を仕込んでおり、その射程距離は約三〇〇〇メートル。戦車が溶ける程の威力。流れ弾が危ないので要注意。

この後、たまたま通り掛かったバルーンスマッシュのおかげで強化。弾丸、エネルギー弾、ミサイル、ロケット、グレネードなどの射撃武器を百八十度反転させる全身装甲、ミラーシールドを得た。殴って倒す羽目になったラウラたちは、頑丈なコイツ相手にかなり手間取る事となる。


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悪魔 / 天災の科学者

「前回までのナイトローグ。弦人が戦いに向かっている一方、IS学園でスマッシュ撃滅作戦のブリーフィングを受けている一夏たち三人。京水とナギはトランスチームガンの整備待ちだから戦いに出られらるかどうか微妙。本人自体に出番はなかったわね。それはそうと……」

「魂ィィィーっ!!」

「アタシの方は呑気にあらすじやってる場合じゃないのよ!! 迂闊に出てった中国のISがネビュラガス浴びて来て、何か呂布っぽい化け物になったから相手する羽目になったんだから!!」

「魂ィィィーっ!!」

「方天画戟から竜巻連発するって頭おかしいんじゃない!? 福音の時と違ってISの動きできてるし、面倒なヤツ!! いい加減、墜ちなさいよ!!」


 人の気配がなく、これっぽっちも開拓されていないどこかの山奥。その中に、自然を利用して巧妙に隠されている施設がある。無論、それだけに留まらず光学迷彩といったカモフラージュに過剰すぎる技術までふんだんに使われている。

 そこが今、複数体の無人機IS《ゴーレムⅡ》によって襲撃を受けていた。肩に搭載されたビームランチャーから桃色の粒子を何十発もばらまき、迎撃ミサイルや対空砲火を潜り抜けて破壊活動を行う。途中、突然の地響きと共に地中から飛び出してきた巨大な壁に何機かが巻き込まれ、壁から放たれる赤い光に取り込まれるようにして爆散。世界がネビュラガスで騒然としている傍で、混沌とした風景が何気なく繰り広げられていた。

 そんな中、水色の機影が山肌の上を疾走する。それを追走するのは三機のゴーレムⅡ――

 

「一体全体、何がどうなってるのよ~!?」

 

 専用機《ミステリアス・レディ》を展開した楯無が、混沌を目の前にして叫ぶ。だが、無情にも叫び声は山彦と化するだけ。後ろを着いてくるゴーレムⅡは、腕部と一体化しているハンドレールガンを容赦なく撃ってくる。

 泣き言を言いながらでもゴーレムⅡたちの攻撃をヒョイヒョイ避けている辺り、楯無の実力が窺える。内一機がスラスターを思い切り吹かして彼女に肉薄すると、左腕から長大な貫徹針弾を至近距離で噛ますよりも早く蒼流旋で殴られた。受けた衝撃は殺し切れず、派手に地面に衝突する。

 一方の楯無はバレルロールを披露しつつ、視界の両端で見つけた景色の変化に気づく。瞬時加速で一気に突き抜ければ、コンマ数秒遅れて放たれたネットを無事かわす。よく確認すると、そこには光学迷彩で透明になっていたガーディアン二体がいた。

 楯無を追っていたゴーレムⅡたちは、突如目の前に現れたネットを避け切れずに飛び込んでしまった。ネットは合計百トン近くある金属の塊を容易く受け止め、間髪入れずに捕らえた獲物に高圧電流を浴びせる。脱出させる暇も与えず、たちまち二機を沈黙させた。

 

「初見殺し……ちょっとエグくない?」

 

 楯無がそう呟くと、先程殴り飛ばしたゴーレムⅡが復帰を果たしてきた。相手が弾幕を張りながら接近するのに対し、楯無はアクア・ナノマシンの盾を展開しながら突撃を敢行する。弾丸は全て水の防壁が受け止め、相対距離がほぼゼロになったところで蒼流旋を一突き。ゴーレムⅡの胸部を貫通せしめ、破損箇所から爆発を起こす敵機をそこらに振り落とす。

 すぐさま撃破確認を行い、目的地の施設へ向かう。上空には未だに地上へ砲撃を続ける機体が残っているため、極力見つからないように気を付ける。ビーム砲によって穴が空いた箇所から施設内部に潜入し、ある程度奥まで進んでいった。

 それから一時停止し、ハイパーセンサーでこまめに索敵。すると、遠くで誰かの話し声が聞き取れた。

 

 

 

 

 

 

 

 広く余裕のある地下空間。その奥にはぽっかりと空いた一つの穴があり、そこからネビュラガスと赤い光を吹き出している。穴の周囲は強化ガラスなどで隔離されており、ガラス越しに二人のカイザーが何気なく見つめていた。白いパンドラボックスは、青い方が持っている。

 そして、カツンカツンと何者かがそこにやって来た。カイザーたちが振り返ると、始めにウサミミのカチューシャと青白のエプロンドレスが目に映った。

 

「来たか。派手な訪問だな、天災よ」

 

「うん、来ちゃった。もっくん」

 

 Rカイザーがそう言った通り、姿を現したのは束だった。ニコニコと愛想を振り撒いているが、後ろに侍らせているマシーンやゴーレムⅡの存在が、どうも敵意を感じさせる。

 

「馴れ馴れしい呼び方だな。私たちを消すつもりの癖に」

 

 唐突な束のアダ名呼びに、Lカイザーは仮面の下で眉をひそめる。そのアダ名がさりげなく己の本名に近い事も相まって、目の前の兎への気に食わなさが加速する。

 だが一方で束はどこ吹く風で、そんな事はお構い無しに自分のペースで話を続ける。

 

「だって、私の作ったISに変な事してごめんなさいするようなタマじゃないでしょ? じゃあ仕方ないよね! 元々許すつもりなんてないんだけど。でもその前にさ、もっくんに聞きたい事があるの。質問いいかな? 拒否権はない!」

 

 彼女の芝居がかった動きと唯我独尊ぶり、カイザーたちは内心呆れる。二人が警戒しながら黙っていると、束がピタリと動きを止めて、真顔で次の言葉を放った。

 

「なんでクローンでもないのに同じ人間がいるの?」

 

 その問に二人のカイザーは答えない。代わりといっては、束が勝手に自分の立てた推論を述べていく。

 

「若いもっくんベースなら老いた方がいる理由がわからないし、戸籍上も偽造された形跡はない。テロメアに異常があるとしても、最近のクローン技術でそんな失敗してる方が不自然。なら逆を考えたけど無理げだよね。二十年以上前のクローン技術なんてたかが知れてるし」

 

 すると、Lカイザーが白いパンドラボックスの力を発動させた。背後の穴がみるみる内に塞がっていき、ネビュラガスの源泉に蓋がなされる。

 

「じゃあ後は平行世界の同一人物か、過去と未來のもっくんがそろってるかになるね。前者は空間の歪みとか今のところ見つかってないし、後者はタイムパラドックスが気になるけど。ねぇねぇ、答えはどっち?」

 

 束は白いパンドラボックスにやや目が惹かれつつも、興味の視線をカイザーたちに向ける。Lカイザーは沈黙を貫くが、Rカイザーは間を置いてから反応を示す。

 

「……これは数少ない私の研究成果の一つだが、時間とは人々の記憶によって築かれていく。独学でこの結論に至るまで、長い時を費やした……」

 

 直後、二人は手のひらからパッと黒いカードをそれぞれ一枚ずつ取り出した。その表と裏に刻まれているのはEを象った赤い文字と、Rを象った青い文字。

 そんな謎のカードに天災が可愛らしくきょとんと首を傾げるのも束の間、カイザーたちは己の胸に向かってそれを突き付けた。コツンと触れる間もなく、カードを溶けるようにして肉体の内側へと入っていく。

 その時、地下空間に大量のガーディアンが突入してきた。全て重装備かつ、その重さを感じさせない程の迅速な動きで束を半包囲する。しかし――

 

「キラキラ☆ポーン」

 

 束が懐から魔法少女チックなステッキを出すや否や、突如として全てのガーディアンが見えない何かに押し潰された。あっという間にガラクタと化し、装備していた武器が誘爆を起こす。

 

「空間圧作用兵器試作五号~♪ ISでもないとミンチより酷い事になるよ! ……のはずなんだけどなぁ」

 

 彼女の振りかざすステッキの効果適用範囲は、自分たちを包囲している敵全て。想定ではISすら地べたに這いずらせる程なのだが、カイザーたちを見ればケロッとしていた。

 不満げに口を尖らせる束をよそに、カイザーたちは各々にネビュラスチームガンを持つ。束の背後にいるゴーレムⅡが自動迎撃するより早く、いつの間にか持っていた自身とは色違いのギアをスロットに装填し、引き金を引いた。

 

 《Gear engine! / Gear remocon!》

 

「「バイカイザー」」

 

 《ファンキーマッチ! フィーバー!》

 

 一瞬、二人の最上たちの姿が露になり、ゴーレムⅡのビームランチャーが火を吹く。彼らの身体は瞬時に閃光に呑まれたが、聞こえてくる変身音は絶えなかった。

 すぐさまビームが霧散し、健在である変身者を中から披露する。二人の最上はそれぞれ半身が消え失せ、歯車と黒い煙に守られながら融合を果たす。歪な融合シーンも僅かな出来事で、瞬きする頃にはとっくに戦闘スーツを身に纏っていた。

 赤と青が混ざり合い、互いに欠けていた物を補完し合う。新たに生まれたカイザーは以前のような非対称の姿ではなく、バイザーの形をU字に転換した完全体としてこの場に君臨した。

 

 《Perfect!》

 

 ――その名を、バイカイザー――

 

「……フェーズ1、完了」

 

 そう呟くバイカイザーを見て、束は敵愾心をたぎらせるよりも目をキラキラさせるのを優先した。その様子は二十を過ぎたというのに年甲斐もなく子供っぽく、ワクワクとした期待感が滲み出ている。

 

「うわぁー! なにそれー! フュージョン? ドラゴンボールみたいにフュージョンしちゃったの!? 皆の夢を実現するなんてさすがもっくんだね!」

 

 しかし、その彼女なりの純真無垢な感想を、バイカイザーは素直に聞き入れる事はしなかった。彼にとっては煽っているとしか感じられない声色を棄却し、ネビュラスチームガンの銃口を前に向けて臨戦態勢を取る。

 そして問答無用で発砲し、束に当たる直前で不可視の障壁に防がれる。攻撃を受けた束は特に動じる訳でもなく、笑顔を絶やさずに粛々と対応を取った。

 

「もう、ちーちゃんみたいに堅物でせっかちだなー。いいよ? もっくんがその気なら私も本気で行くから。束さんは細胞単位でオーバースペックなんだぞ~?」

 

 右手にスパナ、左手にドライバー。周りには複数の無人機IS。依然として生身を晒している束だが、パワードスーツ無しでの戦闘参加に躊躇はなかった。それどころかノリノリで、まさに鼻歌も奏でそうな雰囲気だった。

 

「ほざけ」

 

 バイカイザーがそれだけ言い捨てると、間もなくして武力衝突が発生した。数分も経たずに地下空間は崩壊の兆しを見せ、つい近くを通り掛かった水色のISを巻き込んでいく――

 

 

 

 




Q.今回のオリジナルスマッシュ

A.呂布スマッシュ

名前は適当。モデルは呂布トールギス。スマッシュ化してもISの機体特性が生きたままで、コイツ一体に艦隊一個が海に沈んだとか。ISスマッシュ化の理想系。この後、鈴音と激戦を繰り広げた後に撃破される。鈴音曰く、理性なく暴走していたからギリギリ勝てたとの事。


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天然物の run away 上

「前回までのナイトローグ。かの天災篠ノ之束博士と、悪魔の科学者最上魁星が日本の某所、だいたい関西の辺りで激突。さらっと更識楯無会長も巻き込まれて――」

「セシリアお嬢様。“さらっと”……何ですか?」

「チェ、チェルシー? 急に出てきて一体なんの……あっ、えっとあのその……ダジャレではありませんわ!! これは決して!! 言われるまで気付かなかったのだからセーフです!」

「正直すぎなのもいかがなものかと。それよりもお嬢様、続きをお願い申し上げます」

「えぇ。わたくしたちの祖国であるイギリスも、たった今騒ぎの渦中にありましてよ。ロンドン市街にネビュラガスが散布され、溢れてくるスマッシュが市民を襲う始末。わたくし、セシリア・オルコットも要請を受けて市民の救出に向かったのですが……」

「ゾンビドモォー! 酒ヲ持ッテコーイ!」

「「「DIO様バンザーイ!!」」」

「見覚えのない変な城に、一日中夜になっている摩訶不思議な区域に突入。そこにいる統率の取れたスマッシュやリーダー格にわたくしとブルー・ティアーズは苦戦を強いられます。不覚ですわ……!」

「人間讃歌ハ勇気ノ讃歌!!」

「しかもわたくしを助ける謎のスマッシュも現れて、謎が深まるばかり。あぁ、一夏さん……どうかわたくしに力を貸してくださいまし……」




 ナイトローグが突入している場所とは異なるネビュラガス発生地域の近郊。そこで急造された自衛隊の拠点では、とある任務遂行のための準備がされていた。

 事の始まりは、比較的ネビュラガスの濃度が低い場所にあるシェルターに籠もっている民間人からの救援要請だった。元々は核弾頭飛来時の放射能対策にと作ったものに数名がおり、スマッシュがドアバンしてくるという危機に陥ったという。現在は応答側の指示でとにかく息を潜めさせているが、民間で用意できる核シェルター程度の防御力でスマッシュの侵入を阻めるかも怪しい。

 これを放置などできるはずもなく、かといって頼りのナイトローグは別のところで掛かり切り。ISの突入も未だに渋られており、白羽の矢が立った自衛隊は独自での救出作戦を余儀なくされた。

 出撃人数は分隊規模。ネビュラガス対策に丈夫なマスクと防護服を纏い、基本装備はアサルトライフルではなく機関銃。移動は高速車両で迅速に行い、早期救出を図るというものだ。

 無論、これだけでは死にに行くようなものである。スマッシュを一体倒すのに機関銃程度の火力では乏しく、弾薬の消費も激しい。理想としては、装弾数二十発連射可能のロケットランチャー(非実在)や高速飛翔体を軽々落とせる装弾数三桁のサブマシンガン(射撃時の反動で肩が抜ける)、個人携行型四連装巡航ミサイル(重くて無理)、連鎖雷撃銃(実用化されていない)などをデフォルトに装備したい。まず戦闘回避を念頭に入れなければ、救出など夢のまた夢。無謀すぎる。

 

「チッ、生身で突っ込めとかイカれてやがる」

 

「殲滅が目的じゃないだけマシだろ。それにアレがいる」

 

 とある隊員二名が不満を零す傍らで、この作戦のために用意されたガーディアンの集団が整列していた。ポリス、土木用、警備、消防などと細部のデザインやカラーリングに統一感はない。性能も各分野に応じて異なっている。

 今回の作戦に先当たり、高性能アンドロイド“ガーディアン”の使用も決まっている。人的被害を極力減らすのが目的で、わざわざ自衛隊で運用している試験部隊が投入されていないのは、ナイトローグと同じ理由だったりする。

 

「ガーディアンならウチでも使ってるだろ。なのに数足りないからってこれは酷くねーか?」

 

「でも無いなら無いで、上手くやるしかねぇよ。話に聞くと、土木用ガーディアンが工事現場に来たスマッシュ殴り倒したって話だし」

 

「えっ、マジ?」

 

「本当かどうか知らん。なんか警備用も南波本社に襲撃掛けてきた飛行型を無力化させたりとかも聞いたけど、民間用の性能まではサッパリだ」

 

 確かに、性能を落とされている民間用ガーディアンでは軍用に及ばない部分もある。しかし、土木作業にとパワーに特化した機種や、足りない警備員の穴埋め・補強程度にしか任されていない機種が想像以上の戦果を上げれば、非常時に追い込まれてもそれを使わないでおく手は存在しない。

 事実、この二人にとっては知る由もないが、民間用ガーディアンがスマッシュを倒したという話は本当の出来事であり、逆にそれが自ずと軍用ガーディアンの有用性も示す事となる。

 もちろんISと比べればアリのように弱いが、そんな事は当たり前である。それでもISは空、ガーディアンは陸という住み分けが自然に出来上がっている以上、需要がゼロという事は決してあり得なかった。

 

 そして何より、南波重工脅威のメカニズムの結晶である。複雑な人型の構造をしたロボットであるにも関わらず、整備無しで一年間通しての運用が可能。耐久年数は十年以上。下手をすれば兵士一人分を雇うよりも安く、理論上では師団規模の編成が余裕で可能。生身の指揮官が必要ではあるが、性能的にはそれでもお釣りが来る優秀ぶりだ。

 さらに無人機という決定的なアドバンテージが、余りにも強すぎた。徐々にではあるが、ガーディアンの流通は日本全国に広まりつつあった。試験の域を超えない生産当初の細ボソとした売れ行きが嘘のようにひっくり返り、奇しくも今回の事件が南波重工の利になろうとしている。

 

 

 

 ※

 

 

 

 深いネビュラガスの中を俺は静かに突き進んでいく。ナイトローグのスペック上、例え全力疾走しても足音は微塵も立てずに済む。流石ナイトローグだ、何ともないぜ。

 そのおかげで、上手く行けばスマッシュの後ろを素通りする事も可能だ。こうも背中を見せられていると何となく蹴りたくなるが、今はこの街を覆っているネビュラガスをどうにかするのが先決。無用な戦闘は避けて、予想されるガス発生地点まで移動する。

 また、途中から不意に通信障害が発生したので、スニーキングが楽勝でも油断はできない。生物の変異だけでなく電波すら乱すとなると、実はまだ俺の知らないネビュラガスの特徴があるのではないかと思えてくる。実際、先日のリモコンブロスのデビルスチームによる飛ぶ斬撃に物理的攻性があった。伊達にあの時ボコボコにされてはいない。

 

 ふと登ってきたショッピングモールの屋上から、恐る恐る景色を見下ろしてみる。姿勢を低くし、頭だけを少し出してみると、ショッピングモール前のビル街には有象無象のスマッシュたちが蠢いていた。まるで、ゾンビパンデミック中のラクーンシティに来た気分だ。普通に悪夢である。

 

 そんなこんなで地下駐車場へ。ここまで奥に来れば見掛けるスマッシュの姿が途端に減る。その理由がわかってしまうのが、地味に辛いところだ。

 トランスチームガンを両手で構えて、ゆっくり慎重に探索していく。この地下駐車場自体がスマッシュの化けた姿とも考えられなくはないからだ。こんなにナメプができないのも、ライダーの敵がどんどん多彩化していくせいである。本当に化けてそうなのが困る。

 

「……何だ?」

 

 すると、そこで地面に刺さっている一本の大剣を見つけた。長さ地下駐車場の車高制限ギリギリ。外見からしてスチームブレードにそっくりだが、スコープやライフリングが存在していない。

 以後、これをスチームソードと呼ぶ。柄の辺りには赤いバルブが存在し、両刃の刀身からプスプスと断絶的にネビュラガスが微量に漏れている。どうやらガス切れを起こしているようだ。

 さて、どうするか。壊すのは簡単だが、それは幾つか調べてからにしよう。依然としてバルブが開放状態であるので、特に期待もせず、まずダメ元で閉じてみる。

 

 その時、不思議な事が起こった。バルブを閉じた瞬間、辺り一帯に込もっていたネビュラガスが物凄い勢いでスチームソードの元に吸引されていったのだった。刀身の近くまで吸い寄せられればガスは小さく凝縮され、物理法則を無視したかのような動きでソード内にどんどん収まっていく。

 思わず驚いた俺はスチームソードから数歩下がって様子を見る。スチームソードのその絶大な吸引力はネビュラガスにしか適用されないみたいで、近くに立つ俺には吸引力が少しも働いていない。吸引速度も頭がおかしく、目視できる限りでは地下駐車場内のネビュラガスが確認できなくなった。 

 しばらくすると、スチームソードはガス吸引作業を完了してバルブを完全に閉じる。なるほど、再利用可能という訳か。こんな非道な代物を作るのは……わかりきっているな。奴が俺の知っているのとは別人なだけあって、最終目標が不明瞭だが。

 この調子だと、外の方もネビュラガスはなくなっていそうだな。真っ先に確認したいが、このスチームソードはどうしてしまおうか。持ち帰りにしても安全な管理が難しい。破壊しようにも、先程吸い込んだものがアレなので不安要素がある。実に悩ましい。

 

「――ン!?」

 

 瞬間、スチームソードの前で頭を抱える俺の横から、眩いばかりの灼熱の球が襲い掛かってきた。規模は大型トラック程で、スチームソードを抱える暇もなかった俺は身一つで咄嗟に飛び退く。

 そこまでは良かったものの、射線上にあったスチームソードは案の定火球に飲まれた。火球が過ぎ去った後には、原型もなく溶解していた大剣が鎮座するだけ。ネビュラガスを漏らしている様子はない。

 

 威力が半端じゃなかった。現に今の火球が飛んだ直線上にはコンクリートに真っ黒な跡が出来上がっている。おもむろに発射元を見てみると――

 

「……フゥ……フゥ……! 今さら……ナイトローグなんて……!!」

 

 噴火口に似た窪みを持つ球体状の頭、肩、胸部。右腕にはバーナーが生えており、漆黒の上半身とは対象的に下半身は青い。ソイツが喋っている事も加えて特徴は例のアレに沿っているが、ならばと装填されているはずのフルボトルがどこにも見当たらない。

 まさか……いや、それは有り得る話なのか……?

 

「うわあああぁァァァァっ!!」

 

 肩で息をしていたソイツ――バーンスマッシュは、どこか発狂染みた叫び声を上げながら俺に突撃していく。だが、そのがむしゃら過ぎて単純な動きは、俺にとっては全く脅威とは成り得ない。

 適当に足払いをし、あっさり倒れたバーンスマッシュをそのまま地面に押さえ付ける。どうしてボトルも無しにハード超えてハザード化しているかは不明だが、そこまでわかっているならコイツの容態は深刻だ。しかも声からして子供である。

 浴びすぎたネビュラガスを中和しなければ、助けられない。少々手荒になるが、まずは落ち着かせよう。ビルドジーニアスがいなくても、中和剤的なものを作ればチャンスはある。

 

「落ち着け。危害を加えるつもりは――ッ!?」

 

 しかし直後、押さえ付けられたバーンスマッシュの肉体が突然粒子化を始める。まさかの出来事に俺は面食ってしまい、一瞬の隙を突かれてバーンスマッシュに振り払われる。

 瞬時に受身を取り、再びバーンスマッシュを見る。粒子化は収まったかと思えば、再発したりと不安定だ。何もかも最悪すぎる……!

 

 バーンスマッシュは俺を一瞥した後、急いでその場から逃げ出す。俺も次いで追い掛けるが、奴が左腕にもバーナーを新しく生やすや否や、発射口を下に向けて蒼炎の噴射を開始した。ジェット機の要領で推進力を得たバーンスマッシュは、その圧倒的な初速を以てして地下駐車場の天井を容赦なく突き抜けていく。

 俺は慌てて飛翔し、バーンスマッシュが開けた穴を高速ですり抜ける。あっという間に空へ駆け出し、眼下の街からネビュラガスはなくなっているのが見える。

 ネビュラガスが消えたならいい。急を要するのはこちらだ。バーナーから生み出される莫大な推進力頼りで空に直進し続けるバーンスマッシュは、やがてコツを覚えたのか航空力学完全無視の直角的なハイマニューバを派手に披露する。アイアンマンかよ。

 スピードもあちらが圧倒的に上。まるでハザードレベル7以上のビルドホークガトリングを追い掛けているような切なさと悲しみを覚えると同時に、既に後ろ姿が小さくなっているバーンスマッシュが市街地へ急降下していくのを見て、途轍もない焦りに駆られそうになる。

 

 あの辺り一帯はネビュラガス発生地域と近いのもあって、住民の避難は完了しているはずだ。だが、ここまで速いと活動領域も格段に広まり、迅速に捕まえなければ人的被害が生まれるのは必定。こういう時にこそ霧ワープは輝く。

 ならばよろしい。待ち伏せだ。何度だってやってやる。

 霧ワープで一気に距離を詰め、道路上を飛ぶバーンスマッシュの先頭に忽然と移動する。そのままタイミングを合わせて相手に掴み掛かり、激しい取っ組み合いへともつれ込んだ。

 

 




Q.今回のオリスマッシュ

A.
・DIOスマッシュ
名前はやっつけ。他のスマッシュたちを統率できる他、気化冷凍したり、ナイフ投げたり、物理的攻性がある背後霊を使ったり、空を飛んだり、時を止めたりとかなり強力なスマッシュ。最後はカッシスワームみたいなやられ方をしてセシリアに敗れる。

・ツェペリスマッシュ
名前は適当。セシリアの味方として活躍し、タルカスみたいなスマッシュに二人とも負けそうになったところで捨て身の奥義を発動。自身の命を引き換えにブルー・ティアーズを一時的に形態変化させ、勝利に貢献する。

元ネタはもはや、言うまでもない。


Q.土木用ガーディアンって……

A.ハードガーディアンのパーツを使用してたりします。装甲を抜きにしてもクローズの素パンチを受けて身じろぎしない程の踏ん張りが利かせられる=パワフルという解釈です。

なおかつ、劇中で大量生産できるぐらい安いだろうという事実。


Q.天然…物…?

A.香澄しかり、生方直進(グリスvsクマテレビの奴)しかり、フルボトルを用いない自我持ちが生まれる可能性は決してゼロではないと思います。

生方に至っては浄化済フルボトルを使ったせいか、スマッシュ化しても美空をそのまま襲わず誘拐したり、ビルドクマテレビフォームの番組アナウンサーに対してビルドと一緒にお辞儀したりする事から、ある程度の意識や知性は保っていると考えられます。

つまり、フルボトルで制御チップみたいな使い方をすれば、完全かつ安定して自我を保てるのでは……? そんな感じにハードスマッシュの考察も兼ねて主張します。





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天然物の run away 中 人に邪心ある限り

「前回までのナイトローグ。対スマッシュの戦闘能力を評価されたガーディアンが足を着実に伸ばしていく一方、沢芽市に潜入するナイトローグはネビュラガス散布の根源、スチームソードを発見。しかし、スチームソードは乱入してきた漆黒のバーンスマッシュに溶かされ、ナイトローグは相手を警戒。途端に空を飛んで逃げるバーンスマッシュを追い掛ける事になった。そして私、仮面ライダーギャレンのタチバナはチベットにいた」

「跪きなさい……」

「Gyaaaaaaaaaa!?」

「また、日本からの国外逃亡犯を追い掛けていた仮面ライダーイクサのナゴと遭遇。共にチベットに蔓延るスマッシュを倒す事となる。さぁ、刮目しろ。ギャレンの新たなる力を!」

《アブゾーブクイーン。フュージョンジャック》

「ン、私も彼女には負けられないな。来い、パワーイクサー!!」


※今回、井上味強めです。


 その少年は、小学六年になった時からイジメを受けるようになった。相手は女子グループで、イジメられる理由はごく単純。報復を受ける恐れがないと思われるほど少年自身が気弱だったためと、ISの登場以来、女尊男卑の風潮が広まっているせいだった。

 しかし、そんな女子グループの思惑とは反対に、真っ先に少年は親や担任の教師にこの事を告げた。イジメられていると告発すれば、大人たちが助けてくれると考えて。

 だが、不幸にも少年の言葉に耳を傾けてくれる者は誰一人としていなかった。イジメっ子の女子グループが全員、表では良い子だと思われるように普段から振る舞っていたからだ。

 逆に少年には、特に親しい友達はいなかった。有力な証拠や証言がある訳でもなく、ほとんどのクラスメイトや教師が良い子の振りをしている彼女たちの味方をしている。受けているのが表面化しにくい陰湿なイジメである事も、彼の孤独化に拍車を掛けている。力になってくれそうな男子からは、興味すら持たれずに離れていく。

 さらにダメ押しと言わんばかりに、女子グループの親が教育委員会やPTAなどに大きな影響力を持っていたのが運の尽きだった。警察やチャイルドラインに泣きながら逃げ込んでも、ふとすれば何事もなかったかのように送り返される。

 

 ここまで来たら、少年に残された手段は僅か。自殺するのは簡単だが、学校側はおろか自分の話をまともに聞いてくれなかった親が、本気で向き合ってくれるかすら怪しい。「仮にイジメられているとしても、弱いお前が悪い」と母親にキツく言われたぐらいなのだから。

 だから途方に終わるだけになる自殺は選ばない。しかし、イジメに打ち勝てる程強くなれる自信もない。

 引き籠もりも考えたが、後少し我慢すれば小学校を卒業する時期でもあった。もしかしたら、進学する中学校がバラバラになってイジメは自然消滅するかもしれない。そう考えれば、幾らか気は軽くなった。

 

 そんな淡い期待を抱きながら忍耐を続けたが、現実は非情である。イジメっ子の女子グループとは再び同じクラスとなり、遂には担任の教師やクラス全員が参加してくる始末。そこに倫理のブレーキなんてものは存在しない。皆が皆、弱い者をいたぶるのを楽しむ。入学僅か一ヶ月目で、少年は引き籠もりを決めた。

 そして、あらかじめ設置していた隠しカメラを使い、イジメ現場の様子をネット上にバラ撒いた。案の定、ワイドショーでも扱われるほど炎上する事態になったが、それでも想定外だったのがイジメの真相究明に四ヶ月以上も掛かった事だった。学校側やクラスメイトが全員、口裏を合わせていたせいである。

 また、ここまで事態が悪化したにも関わらず、母親はしつこく「学校に行け」と言うばかり。父親は完全に静観を決め、静かに仕事へ向かうだけ。誰も自分を守ってくれやしない。少年は自室の鍵を硬く閉じ、辛い現実から逃げ続けた。

 

 特に非行に走った訳でもないのに、どうして。少年はどんどん人間不信に落ちていく。

 

 ある日の夜。何か飲み物が欲しいと機を窺って部屋を出た少年は、リビングの方でとんでもない会話を耳にした。

 

「そんな……お願いだ! 考え直してくれ!」

 

「うるさいわね! もうアンタといるのはコリゴリなのよ!!」

 

「そういう訳だ、おっさん。観念した方が苦しまずに済むぜ?」

 

 悲壮な声を上げる父と、怒声を浴びせる母。それと知らない男の声。

 

「あ……あ……せ、せめて! 息子だけでも!」

 

「ダメよ。保険金はあの子の分までキッチリもらうわ。本当は女の子が良かったのに、あんなの産むんじゃなかった」

 

 瞬間、盗み聞きしていた少年はとてつもないショックを覚えた。怒っていいのか、悲しんでいいのかわからず、その母の耳を疑うような発言に茫然せずにはいられなかった。

 それも束の間、不意に父の声が途絶えた。声が一人分欠けた事で少年は我に返り、次に殺されるのは自分だと察して玄関から外へ大急ぎで飛び出す。直後に知らない男がこちらに気付くが、追い付かれる前に自転車へ乗って逃走を果たす。

 

 もう頭の中がグチャグチャだった。とにかく遠くへ逃げる事だけを考えて、必死に深夜の街中を自転車で駆け抜ける。

 

 そうして疲れ果てて、適当なところで休息を取ると、巡回していた警官に呆気なく補導された。近くの交番にまで連れて行かれ、半ば泣き顔にもなっている少年に警官は訝しく思った。涙えぐむ彼の背中を優しく撫でて、事情を確かめようと慰めてくる。

 しばらくして、少年は静かに先程の事件をこの警官に告げた。殺人と聞いて警官の顔付きが変わり、真摯に少年の言葉を聞き始める。

 イジメられて以来、こんなにも人に優しくされるのは少年にとって初めてだった。それと同時に、人を信じられなくなった心が抑えようのない怒りを爆発させんとする。

 自分が散々イジメられても何もしなかった癖に、殺人となると手のひらを返す。所詮、自分自身はそんな程度の価値しか認められていないのだと感じ、イジメで歪んだ精神が警官の温かい厚意を素直に受け付けなかった。

 

「何だよ……人がイジメられてるって叫んでも無視した癖に……人が殺されたって聞くと顔色変えて……」

 

「……君?」

 

 ふとそんな事を呟く少年に、警官は首を傾げた。すると――

 

「そんな!! そんな風にされても今さら信じられるかよ警察なんて!! どうせ何もしないんだろ俺みたいに!!」

 

「あっ!? ま、待ちなさい!」

 

 少年は急に立ち上がり、警官を跳ね除けて自転車へ。今度は交番から逃げ出し、沢芽市の中心まで漕いだ頃にはとうとう夜が明けた。

 今の季節は夏。がむしゃらに逃げたので、これから訪れてくる酷暑を凌ぐ計画性はない。午前八時を過ぎれば気温がどんどん上がり、身一つで逃げて来た少年は自分の衝動的な行動に酷く後悔する。

 その時、どこからともなく発生したネビュラガスが街を覆い、少年はその中に飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 気が付くと、少年だったものはアスファルトの上で伏せていた。本当なら日射を浴びて火傷する程の高熱を帯びている地面だが、不思議な事に平気でいられた。それどころか、心地良さまで覚える始末だった。

 一体、何が? とりとめも無く起き上がると、街は毒々しい色のガスで満たされていた。近くにある建物は火事に遭っており、ところどころで自動車の残骸やらが散らばっている。

 こんな光景はゲームなどでしか見た事はない。尋常ではない出来事に、元少年は軽くパニックになる。

 そして、忽然と目の前を横切ってきた人型の化物――スマッシュを見て、思わず叫び声を上げてしまった。

 

「う、うわァァァーっ!?」

 

 元少年は腰を抜かし、無様に這いつくばりながらスマッシュから逃れようとする。対してスマッシュは彼の慌てふためいた様子に一度意識を向けるものの、すぐに興味を無くしてどこかへ去っていく。

 こうしてスマッシュから逃げ切った元少年は、一軒の美容院の前へと辿り着いた。この時の彼は動転していた余り、自身に起きた変化に未だ気付けないでいた。そして、美容院前に置かれている看板の、鏡のように綺麗な銀色の土台に顔を向けて、現実を知る事となる。

 先程出会った化物とは、全く違うタイプの姿。一瞬呆気に取られる元少年だったが、実際に自分の身体を確かめるや否や、その揺らぎようのない事実を認識してしまった。

 

「え……あ、え、あ……あ……ああ!?」

 

 両手で顔を覆うようにして嗚咽を漏らし始める少年は、バーンスマッシュになっていた。

 スマッシュに涙腺は存在しない。だが、例え涙が流れなくとも今のバーンスマッシュは泣かずにはいられない。深い悲しみが心をグッサリと抉り、どうしようもない絶望が降り掛かる。

 それから泣き疲れては眠り、起きては泣いて疲れて眠ってを繰り返し、一日が終わる。もはや判断能力が低下しきって思考回路がイカれたバーンスマッシュの身体は、いつの間にか漆黒へと染まっていた。さながら、今の彼の心情を周囲に訴えているようだ。見てくれる者は誰もいないにも関わらず。

 

 

 

 

 

 

 

 スマッシュ化して二日目の早朝。街に蔓延るネビュラガスはまだ晴れない。

 二日目にもなると、流石にバーンスマッシュは落ち着きを取り戻していた。化物になってしまったのだと改めて自覚をするが、もう悲しくない。人間ではなくなって惜しい気持ちがあっても、イジメられていた日や親に見捨てられた時の事を思うとどうでも良くなった。

 

 次にバーンスマッシュは、おもむろに自分の力を確認する。本能で自らの能力を理解し、右腕のバーナーの試し撃ちや身体能力のテストを行う。どの結果も実に人間離れしたもので、意図せずに強くなった事に無性な喜びを感じる。

 自分は強くなった。これで誰も自分をイジメる事はない。ようやく弱い故の罪から、あの地獄から解放された。そんな風に思うと、次第にこの沢芽市の惨劇が楽園のように見えてきた。弱肉強食の原初に立ち返り、世間という概念に囚われる事も、必要とする事もない素晴らしい世界。代わりに助けてくれる者はいないが、もうそんな存在には期待しない。自分一人でやって行こう。ここには真の自由がある。

 

 そして、古い自分の記憶を思い返していると、あの女子グループに明確な殺意の意志が目覚める。これほどの力があれば、確実に復讐する事が可能だ。一度邪心が芽生えれば最後、スマッシュとして新しく生きようとする彼を思い留まらせるものは何もない。

 何故なら、正義や悪という概念は人間が勝手に決めた事だからだ。本来なら、彼が先程生きたいと願った自然界には存在しない異物である。法律もスマッシュになった以上は守る義務もなく、そもそも法律は人外の類を裁く事はできない。

 ならば問題無し。派手に暴れれば警察などから射殺許可が降ろされるだろうが、そんなものはゴジラも通った道。どんなに時代が経てもこの世は純粋かつ原始的な力が制すると信じて、バーンスマッシュは動き出した。

 

 

 

 

 だからこそ、それを邪魔してくるナイトローグが煩わしかった。こんなにまで取っ組み合いになるのなら、あの時に苛立ち紛れでちょっかいを出すべきではなかった。所詮は全てを救えやしないのにヒーロー気取りでいて、自分みたいに不幸な人間の存在を知らずにそのまま素通りしていくのだから、より偽善染みているようで吐き気がする。

 もちろん、そこまでの完璧超人が実在しないのはわかっている。仮にいるとすれば、もはや全知全能の神の領域だ。

 だが、理性でその独善的な憎しみを抑えられるのであれば、最初からスマッシュ化して歓喜する事はなかっただろう。バーンスマッシュは纏わりつくナイトローグを払おうと、音速で飛ぶには狭すぎる住宅街で幾度となく機動を細かく変える。

 

「どけぇ!!」

 

 そう言いながら無茶苦茶に地上スレスレを飛び回るバーンスマッシュにナイトローグは必死に食い下がり、やがて一緒に近くの民家に盛大に衝突する。推進機構となっているバーナーにより民家は着火し、二人が派手に真っ直ぐ通り抜けた直後に炎上。この調子で三軒ほどが、この民家と同じ末路を辿る事になる。

 

「もう止せ!」

 

「うるさい!」

 

 これ以上はさせんとナイトローグは蹴りを入れるが、手応えはない。それも束の間、バーンスマッシュが飛行の勢いに乗ったまま、怪力を以てしてナイトローグを地面に叩きつけた。黒い戦士の身体は二転三転し、脇腹から電柱に当たってようやく動きは止まる。その際、電柱は粉砕した。

 一方でバーンスマッシュは器用にバーナーを操り、華麗にスピンをしながら減速。道路にピタリと着地し、ナイトローグの方を見やる。彼は脇腹を擦りながらようやく起き上がったばかりだった。

 すると、自分の横に人影を見つける。それはテレビでもよく見かけていた。第二世代型のIS、打鉄だ。数はニ体。いきなりやって来た自分を見て、搭乗者の女性は呆気にとられていた。

 しかし、それも一瞬だけ。すぐさま臨戦態勢に入った彼女たちは、専用の巨大アサルトライフルの銃口をバーンスマッシュに向ける。

 

「スマッシュだ! 攻撃開始――!」

 

 たちまち鉛の雨を浴びせられるが、既に危険域まで強化されている彼にとっては痛くも痒くもない。それよりも、目の前で自分に攻撃を加えてくるISを見て、ただでさえ良い思い出がない女たちの記憶が掘り返される。

 

「IS……ISは……」

 

「えっ!? コイツ、喋って――」

 

 そして自分に対する攻撃行動という逆鱗を触れられ、彼の怒りは一気に爆発した。

 

「敵ィィィーっ!!」

 

 今までとは比べ物にならない程のスピードで一体の打鉄に詰め寄り、まるで反応しきれていない彼女の顔にバーナーをかざす。瞬間、灼熱の極光が住宅地の一画ごと打鉄を飲み込んでいった。

 

「っ、お前!!」

 

 すかさずもう一体の打鉄が、背後から近接ブレードで一閃する。しかし、刃はバーンスマッシュの首に一ミリも通らず、バキリと折れた。

 その相手の防御力に搭乗者は絶句し、さらにバーナーの火炎放射が止んだ後の景色を目にして、表情を固く強張らせた。

 射線上にあった建物は全て灰燼に帰し、まるで爆弾が落とされたような様子をしている。その中で直撃を受けた打鉄はというと、見るに堪えない無残な姿で横たわっていた。

 装甲は焦げるどころか融解を始めていて、握っていたはずのアサルトライフルは跡形もなく消滅。肝心の人間は、酷い全身火傷を負って瞳を閉じていた。

 

 建物が瞬時に全焼している中で、唯一原形が残っているのはISの絶対防御のおかげだろう。ほんの僅かだが、ハイパーセンサーで生命反応が確認された。

 本当ならその女性の生存を喜ぶべきなのだが、生き残った彼女にその余裕はなかった。先程まで筒がなくスマッシュを倒していたというのもあって、ISを纏った事による絶対的な自信があっさり打ち砕かれた。絶対防御も出力さえ確保できれば完全な物理攻撃無効化が可能だが、使っている打鉄は競技用のリミッターが掛けられている。ここまでバーンスマッシュの攻撃力が高いのなら、絶対防御も塵に等しいかもしれない。

 そんな事を悟らせるほどにまで、このバーンスマッシュの異常性は彼女に伝わった。ゆっくりと振り返るバーンスマッシュに小さく「ヒッ」と悲鳴を上げ、足を震わせながら後退る。次いで折れたブレードを捨ててアサルトライフルを再度撃つが、丸焼きにされた仲間の姿を脳裏にチラつかせてしまい恐怖心に駆られる。全弾撃ち終わり、命中した弾丸全てが有効打にならなかった後も、リロードを忘れて引き金をずっと引き続ける。

 

「ヤダ……ヤダ……近寄らないで!」

 

 そして後ろを向き、バーニアを吹かす彼女だったが、それをバーンスマッシュが許さなかった。ビームと形容するのに等しい直線状の青い炎を片手間で撃ったと思いきや、見事打鉄のバーニアを熔融させる。

 結果、メインの推力源を失った彼女は空への逃亡に失敗した。垣根の高さもない中途半端な位置で宙に溺れるように浮かび、すっかり恐慌状態に陥った。バーンスマッシュの二つのバーナー口が不気味に揺らめき、打鉄に向かって迸る。

 

「イヤァァァァァァァ!!」

 

 攻撃が効かない。仲間がやられた。逃げ切れない。目をギュッと閉じた彼女は悲鳴を上げ、恐怖に堪えずに自身の肩を強く抱く。

 すると、霧ワープしてきたナイトローグが両者の間に割って入ってきた。流石に火炎放射までは止められず、自分よりも一回り大きな打鉄を抱き抱えた直後に翼を展開。それをマントのように全身を覆わせ、相手の攻撃から身を守ろうとする。

 

 バーナーから放たれた炎の規模は、そこらにあるガソリンスタンドの爆発四散など可愛く見えるものだった。むしろ火災旋風と呼ぶのが正しく、二人を飲み込んだ炎は空高く天へと昇っていく。

 バーンスマッシュが放火を止めた後も、火災旋風は一向に消える気配はない。中に捕えている人間を完全かつ徹底的焼き殺さんと状態を維持され、その場から立ち去っていくバーンスマッシュはほくそ笑む。追撃の手がなくなった事による余裕から、今度のバーナーで飛ぶ時の速度は最初よりもゆったりとしていた。

 

 

 




Q.バーンハザードスマッシュ…だと…?

A.厳密には、天然由来(排出率0.1%未満)のボトル無しハザードスマッシュです。攻撃力だけならクローンスマッシュの領域に片足突っ込んでいます。

また、ローリングツインバスターライフルの真似ができる模様。キャッスルハザードスマッシュのビル薙ぎ払いビームと張り合えます。


それと、スマッシュ化耐性があってもロストボトル使えばいいなら、通常スマッシュが自力でレベル上げするという奇跡にも近い裏技とかあってもいいと思います。

天然当てたいなら回し続けるか、リセマラしましょう(外道) 
お金(ネビュラガス)さえあれば


Q,親が子供殺すのかよぉっ!?

A.親だから……殺すんだよ……(用途と状況が違う)


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天然物の run away 下 陰我が蠢く

「前回までのナイトローグ。誰にも救いの手を差し伸べられず、陰湿なイジメを受け続け、イジメを跳ね除けるほど強くなれる自信もない少年は引き籠もりの先で母に見捨てられる。やがて少年はバーンスマッシュとなった己を受け入れ、復讐という邪心に目覚めた」

《Sword vent》

「そしてここはアメリカ。俺、キッドはモバイルネットニュース配信会社に務める新人社員だったが、ある日を境にミラーワールドを舞台としたライダーバトルを止めるため、仮面ライダードラゴンナイトとして戦う事になる」

「おい、ドラゴンナイト! よそ見するな! まだレイドラグーンが現実世界に溢れ出てくるぞ!」

「こいつの名前はレン、仮面ライダーウィングナイト。最初会った時はイヤな奴だったけど、今じゃ頼りになる仲間ってところかな。待ってろ、ウィングナイト! すぐ戻る!」

「祭りの場所は……ここかぁ?」

「げっ、ストライク!?」

スマッシュ、ミラーモンスター、仮面ライダーストライク(王蛇)と三重苦のアメリカ。想定していたゾンビマニュアルみたいな事になったので、取り敢えず熱核攻撃で浄化はしない模様。



 チームを組んだ一夏、箒、シャルロットの三人は、他のチームと共に沢芽市近郊のスマッシュ撃滅作戦に参加していた。数自体はそこまでではないので主に索敵に時間を要し、交戦に入るにしても三人でしっかり連携を取れれば苦戦する場面はそんなになかった。

 だが同時に、スマッシュという怪人のエグさやその真価を味わう事になるのは、意外にすぐだった。

 

「あーぶ。だーだー」

 

「ん?」

 

 低空飛行で無人の街中を進むシャルロットは、どこからともなく赤ん坊らしき声を耳にした。動きを止めて、辺りを見渡す。

 

「どうしたシャル?」

 

 ふと止まった彼女の姿に、一夏は訝しげに訪ねた。先行していた白式の向きを変えて、気が付いた箒も続けてシャルロットの元へ戻る。

 

「いや、気のせいかもしれないけど、さっき赤ちゃんみたいな声が聞こえたような……そっちは何か聞こえた?」

 

「赤ちゃん? 俺は何にも。箒は?」

 

「私もだ。だが、気のせいにしておくには少々怖いな。仮に本当に赤ん坊が近くにいるだとすれば……」

 

 冷静な箒のその言葉に、嫌な予感が拭えない二人は固唾を飲む。

 三人のいる地域は既に避難が完了し、無人状態となっている。沢芽市から流れてきたはぐれスマッシュたちによって、ところどころが無残にも荒らされ、倒壊している家屋もある。もしもそんな場所で赤ん坊が放置されているのだとすれば、一大事だ。

 一夏も周囲を確認し、いくつもの倒れた家を尻目にしながら一言呟く。

 

「二日目なのにこんな真夏で放置されても生きてるってのが無理っぽいけど……風通し良くて涼しい場所にいればギリギリ有り得そうか? このどこかの家の中とか」

 

「だとしたら尚更マズイよ。早く見つけないと」

 

 やや血相を変えながらそう返すシャルロット。一夏も一夏で、自分で言い出したぶっ飛びな可能性をすっかり否定し切れなくなる。

 そこで、二人の迷いを断つようにして箒が凛と提案してきた。

 

「ならば、しばらくはこの周辺を徹底的に探索しよう。訳あって避難できていない子連れの線も有り得る」

 

 そうして三人は念入りな探索を開始。どこかで潜伏しているスマッシュにも警戒しつつ、ハイパーセンサーを駆使して瓦礫の下や倒壊した家屋を調べていく。

 

「まーま! キャッキャッ!」

 

 その時、赤ん坊の喜ぶ声を三人ははっきりと捉えた。静かに顔を見合わせ、声がした方向へ慎重に移動する。

 ISのサイズでは、住宅街の一本道をスレスレに通るのさえ一苦労だ。かと言って思い切り空にいれば、他のスマッシュに見つかるリスクが高まる。赤ん坊の保護を最優先にする以上は、襲撃を誘発させるような目立つ行動は抑えるべきだった。

 極力音を抑えたホバリングで進み、とある二階建ての民家に辿り着く。外見からして無傷で、電線も繋がっている。自動車はガレージに停められたまま。窓は開けっ放しで、カーテンは閉じられていない。

 おかしい。本当に赤ん坊がここにいるのなら、妙な点がいくつも浮かび上がる。しかもハイパーセンサーが稼働した扇風機の音を、民家の中から拾ってきた。シャルロットは通信を介して、一夏と話を始める。

 

「この音……扇風機、だっけ?」

 

「そうだな。でも仮に避難した後だとして、扇風機つけたままってのは少し考えにくいよな。火事場泥棒も……スマッシュがチラホラいるんじゃ命懸けすぎる。くっそ、奥が見え……見え……」

 

 すると、リビングにて何やら人影を目にした。生後一年は迎えている赤ん坊と一緒にオモチャで遊んでいる。微笑ましい光景だと思わせるのも束の間、明らかになっていく赤ん坊の遊び相手の姿が実に衝撃的だった。

 丈の短いワンピースかと思えば、れっきとした硬い外殻。全体的に細身で、まるで麦わら帽子のような無機質の被り物をしている。赤ん坊の面倒を見ているのはCDスマッシュだった。両腕部に填められているディスクユニットは無くなっており、晒した素手には赤ん坊と同じくオモチャを持っている。

 

「怪人が……子守り……?」

 

「一体どうなっている? 事前に聞かされたスマッシュの特徴とは違いすぎるぞ」

 

 信じられないものを見た一夏と箒は、思わずそんな事を口にする。

 それもそのはず、彼らが今まで見てきたスマッシュは全て人間だった頃の欠片が一つもなく街にたむろしていた。人を見るや否や襲い掛かり、そこに人らしさは微塵も感じられない。哀れにも変異してしまった化物の一言に尽きる。

 だが、目前で繰り広げられているのは余りにも微笑ましく、先例が散々なものだったばかりに自身の目を疑わざるを得ない。まさかの不意打ちに三人は放心するのも束の間、どうしようかと考えを纏めてみるが答えはなかなか決まらない。

 

「一夏、箒!」

 

 瞬間、いち早く背後からの敵襲に気付いたシャルロットが叫ぶ。名を呼ばれた二人は後ろを振り返り、上空から真っ逆さまでこちらに落ちてくる物体を確認する。肥大化した上半身に頭の無い相手は、バルーンスマッシュだった。

 まさに迫撃砲も驚く衝撃。バルーンスマッシュの特徴をブリーフィングでしつこく言われた記憶のある三人は、とてつもない切迫感に包まれた。

 相手は自爆して、周囲に見境なくネビュラガスをばらまく個体。彼らの纏っているISはスマッシュ化されないように処置はされているものの、その実証データと保証はアレなせいで世界的には納得と信用を得られず。

 しかし、それに限っては一夏と箒は不本意ながら誰よりも信用しているので問題ない。一番の懸念は、このまま避けてしまえば家にいる赤ん坊がネビュラガスを浴びるという事だ。バルーンスマッシュがばらまくネビュラガスは範囲こそ最大半径ニ十メートル程度であるものの、拡散速度はISでも油断はできない素早さだ。例え赤ん坊がCDスマッシュに子守りされているにせよ、それが浴びないという事へ確実に繋がる保証はない。

 

 なら、どうするべきか。三人の中で咄嗟にその行動を取れたのは、シャルロットだった。

 バルーンスマッシュの姿を目にした瞬間、ショットガン二丁持ちに切り替えて連射する。一発で人体をミンチにするほどの威力を二、三発もらうだけでバルーンスマッシュは破裂。空中で飛散したネビュラガスが地面に降り注いでいくところを、さらに連射を決め込んで霧散させていく。

 

 遅れて箒が、近接ブレード《空裂》を振って帯状の攻性エネルギーを発射。これにより一定空間におけるネビュラガスの密度が極めて少なくなり、完全に打ち消せずとも各々のISに変異が起きる様子がない。赤ん坊がいる家は風上にあり、やがて霧散した全てのネビュラガスがどこぞへと流れていった。

 だが、後ろにいる生身の赤ん坊のために取ったその行動が、否応なしにCDスマッシュを警戒させてしまう。赤ん坊をリビング奥のベビーベッドに置いてきたCDスマッシュは、密かに唸りながら庭へと姿を現す。両腕にディスクユニットを顕現させ、異変を感じ取った一夏たちは間髪入れずにそのスマッシュと向き合う。

 直後、踊るように回転するCDスマッシュは家の周囲にまんべんなく円盤を射出。まるで家を守るかのように滞空する円盤は、容易く侵入者を寄せ付けない。

 

 その行動に一夏たちの間で動揺が走る。そして束の間、舗装道路に生えてきた白く細い触手が紅椿の足を掴み、有無を言わせずアスファルトの中へ引き摺り込んできた。

 

「何っ!?」

 

「箒!?」

 

 隣で叫ぶ一夏に、見計らったようにして飛び出すCDスマッシュ。CDスマッシュの背中と足裏には円盤が張り付いており、途方もない推進力を生み出して超重量の白式に体当たりを決めた。隣の家まで一緒に吹き飛び、瓦礫の山を築き上げていく。

 

「二人とも! ――キャッ!?」

 

 シャルロットは二人を助けに行く暇を与えられず、絶え間なく円盤に襲われる。高速回転する縁は凶悪な光刃となり、逃げるオレンジ色のラファールをどこまでも追い掛けていく。

 一方で箒は縛ってくる触手の本数を増やされ、紅椿の出力を以てしても地面にぐんぐん飲み込まれていくばかり。即座に近接ブレードで触手を斬ろうとするものの、鋼の如き硬さを誇っていた。ここまで来るとワイヤーと呼ぶに相応しい。

 

 こうして箒はあっという間に地面の中へ消えていき、一夏はCDスマッシュの相手に拘束される。そのまま空中戦へともつれ込み、追次射出してくる円盤の群れに翻弄される。

 

「ああっ、クソっ!!」

 

 悪態を付きながら円盤を真正面から叩き斬ると、次いでCDスマッシュが両腕を押し付けてくる。つばぜり合えば、ディスクユニットの盤面が雪片弐型の刀身を粉々にせんとする。 

 刹那、一夏はリモコンブロスに剣を折られた時の事を思い出した。

 

「っ、二度も折られて溜まるかよ!!」

 

 そう意気込んでは腹部に蹴りを入れ、CDスマッシュから一度距離を取る。しかし、そんなやすやすと相手は息つく間も与えない。

 円盤光刃、グレアスライサー。実体刃、エネルギー刃、爆弾刃を織り交ぜ、いつの間にか包囲させたそれを一夏に向けて解き放った。

 自分より小さくパワーが強い相手との戦いは、過去のナイトローグとの対戦で心得ている。覚悟を決めた一夏は被弾覚悟の上で、円盤光刃の包囲網から瞬時加速で突っ切った。ウィングスラスターが掠り、爆発を浴び、絶対防御も発動してシールドエネルギーが削られていくが、まだ余裕はある。

 一気に包囲網を抜けてCDスマッシュに斬り掛かる寸前、ふと赤ん坊がいる家が目に映った。その付近では弾丸すら断ち切る円盤光刃の処理に手こずるシャルロットと、下水道の天井を派手に壊しながらニードルスマッシュハザードの群れを斬り伏せていく箒がいる。

 

(どうしてお前が子守りしてたかなんてわからない。けど――)

 

 CDスマッシュが赤ん坊を守ろうとする姿には、薄々敬意を覚えそうになる。しかし、そちらが赤ん坊を守るように、こちらにも譲れないものがあるのも確か。気持ちの踏ん切りをつけて、剣を繰り出す。ISの攻撃程度でスマッシュが死なない事は、わかっていた。

 

(仲間を傷付けられて黙ってられるかよ!!)

 

 二度、三度。斬り結んでは互いの得物を弾かせ、反動で姿勢が崩れ掛ける。その点、PICで姿勢制御の取れるISに一丁の長があった。ほんの僅かに生まれた隙を見逃さなかった一夏は、零落白夜を発動。青い光刃を横一閃させ、CDスマッシュの胴を斬り裂く。致命傷を受けた怪人は緑色の爆発を起こし、力無く地面へ落ちていった。

 

 

 ※

 

 襲撃してきたスマッシュの撃破はあらかた完了し、家を囲む円盤光刃は消滅。最後にシャルロットが、上半身を再生させている途中のバルーンスマッシュにグレネードランチャーを撃ち込んで倒した。

 撃破したスマッシュたちは後々に改良型エンプティボトルを使うとして、まだ危険を取り除けていない現地でスマッシュ化を解除させる訳にも行かなかった。後々に大半をガーディアンで編成された回収部隊が赴く手筈だ。

 その旨を通信で伝えた後、一夏たちは赤ん坊の事で話し合う。腕部と胸部の装甲だけを消したシャルロットが大事そうに赤ん坊を抱え、他の二人が覗き込む構図だ。

 

「よしよし、良い子だねぇ〜」

 

「意外と泣かないんだな。むしろニコニコしてるし」

 

「うむ、たくましいな。ところでどうする? 一応、この子と一緒にこのスマッシュを連れて行くか?」

 

 赤ん坊を愛でるのも程々にして早速本題へ移る箒。眉をひそめた一夏が脇に抱えているのは、既に行動不能となっているCDスマッシュだった。

 

「あー、やっぱもしかしなくても……だよな? あんまり考えたくないけど、スマッシュ化したこの子の親が……」

 

 そこまで言って、あまり考えたくない可能性と現実に向き合う。スマッシュ化を解くには倒すのが必要不可欠だったとは言え、刃を向けた事に対して少しも罪悪感が生まれないとは言い切れなかった。

 一夏が口を閉ざしたところで、次にシャルロットが意見を述べる。

 

「うん。そうするに越した事はないと思う。僕もさっきので武器が斬られちゃったし、弾薬補給も兼ねたいかな?」

 

「それなら俺もそろそろシールドエネルギーがヤバイんだ。紅椿の《絢爛舞踏》も、あれ以来訓練で試してもすっかり発動しないし」

 

「す、すまない。私が不甲斐ないばかりに……」

 

「あっ、悪い。責めてるつもりはないんだ。これから上達すればいいんだから、そんなに気にしなくてもいいぜ。ん? 箒、なんで顔背けるんだ? おーい」

 

 急にそっぽを向いた箒に声を掛ける一夏。しかし、一向に正面に直す気配はない。

 余談だが、紅椿のワンオフ・アビリティ《絢爛舞踏》発動の一番簡単なコツは、一夏を強く想う事。この時の箒にはそれができておらず、仮にできたとしても福音戦時のように切羽詰まっているならともかく、いざ意識すると気恥ずかしさが勝ってままならなくなるだろう。

 かくはともあれ、今回との遭遇戦で各々かなり損耗したため、補給も無しに戦闘区域に居続けるのは危険だ。足元を掬わねかねない。よって三人は赤ん坊とその親と思われるスマッシュを連れて、そそくさと一時撤退する事に決めた。

 

 その時、遠くの方で極太の火柱が天に昇っていくのを目撃した。大気はたちまち乾き、火柱の熱量に当てられた付近の建物が延焼を起こす。

 

「今度は何だ!?」

 

 立て続けに起きる異常事態に、一夏は何度目かもわからない叫び声を発する。昼間にしてはやけに炎が明るく照らされ、周囲にあちこち浮かぶ黒煙がちっぽけな印象を受ける。

 直後、三人の元に千冬から通信が飛んできた。

 

『こちら作戦本部。展開していたIS一個分隊の連絡と信号が途絶えた。付近にいるのは織斑、篠ノ之、デュノア、お前たちだ。現地に向かう余力はあるか?』

 

「なら私が行きます。一夏とシャルロットは先に戻っててくれ」

 

「おい、箒!」

 

 咄嗟に名乗り出た箒を、不安げな様子で制止してくる一夏。だが、紅椿に乗り始めた頃とは違って彼女に浮ついた雰囲気はなかった。

 

「様子を見るだけだ、心配しないでくれ! 無茶はしない!」

 

 それだけ言い残し、箒は大急ぎで火柱の元へと向かう。紅椿の性能であれば、駆け付けるのに一分も掛からない。

 しかし、到着した頃には火柱はすっかり無くなっていた。跡に残されているのは、灰と塵ばかり。そんな中、何やら黒い翼でくるまっているものを見つける。防御態勢を取っているナイトローグだ。やがて翼を解くと、その中からナイトローグ以外にも打鉄が出てきた。

 ただし、打鉄の搭乗者は酷く泣きじゃくっている。それが気になった箒はナイトローグの元に駆け寄り、問い詰める。

 

「日室か? ここで何があった? その人は?」

 

「……いや待て。その前に、俺たち以外の人を見なかったか? 打鉄を纏っている。さっきまで、あそこに倒れて……」

 

「え?」

 

 そう言われて、ナイトローグが指差す方向へと振り返る箒。だが、そんなものはどこにも見当たらない。強いて言うならば、やけに大きな黒い塊が――

 

「打鉄……だと……? ――ッ!? な、何だ……? い、いや、そんな事が有り得るのか?」

 

 箒は戦慄した。何故なら、その黒い塊がまるでISのシルエットを象っているように見えたからだ。しかも、何度も訓練機で使用していた縁もあって見覚えしかなかった。

 間違いない。この塊は打鉄だったもの。そう察した箒は、遺体とも呼べるのか疑わしく惨たらしい姿を前にして立ち尽くす。遠目からでもハイパーセンサーのおかげで詳細がわかる。目を離す事がないのは、危うく頭の中が真っ白になり掛けているから。とにかく信じられない光景だった。

 そして、地面が殴られる音が鈍く聞こえるとハッと我に帰る。振り向いてみれば、そこには地面に強く拳を当てているナイトローグの姿があった。拳は地面を陥没させ、小さく震える。

 しばらくすると、ナイトローグはやり場のない拳を納めて静かに立ち上がった。それから箒を見つめ、一言だけ告げる。

 

「すまない、この人たちを頼む。俺は……」

 

 束の間、箒に背を向けて翼を広げる。その並々ならない様子に箒が「ま、待て! 日室!」と呼び止めるものの、飛翔した後すぐに煙を吹かして何処に消えていく。箒は手を伸ばすが、宙を掴むだけに終わった。

 

 

 




Q.赤ちゃん何者?

A.世の中、某嵐を呼ぶ幼稚園児の妹(0歳)やパンの戦士たちと一緒にヒーロー活動している赤ん坊、千翼、万丈とかいるので、これぐらい別に問題ないと思われます。







この異常性を分かりやすく例えるなら、女の子になったエボルトとキルバスが破壊や殺戮を止めて戦兎とラブ&ピースするようなものです。

そして井上なら、中身赤ん坊のハイハイしているスマッシュと戦わせる。


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混迷/教示

「前回のナイトローグ。子守りしているCDスマッシュその他と交戦し、勝利する一夏たち三人。結構な痛手をもらったので、保護した赤ん坊とその親(CDスマッシュ)を優先的に安全圏へ逃がすついでに補給に向かうところを、遠くの方で炎の嵐が発生。余裕のある箒が駆け付けてみれば、そこには惨状が広がっていた。打鉄の搭乗者一名を守れなかったナイトローグは、やって来た箒に後を任せて何処へと向かう」

「一方その頃、俺ことレオナルド博士と葛城博士は、敵スマッシュの術中に嵌っていた。リアルライアーゲームとか聞いてねぇ!!」

「私たちを含めた同窓会メンバーでのマネーゲーム。この謎空間からの全員脱出は可能ですが、その場合だと高額賞金が手に入りません。特に優勝者には二億円渡されます。また、その時はマネーゲームで勝った人だけが謎空間から脱出でき、負けた人は置き去りにされる仕様。皆が皆、生存欲求と金銭に目が眩んでいます」

「だがチーム戦の流れに持ち込めたのは不幸中の幸いだ。しかし葛城博士、相手チームの友情ブレイクする作戦はエグかったと思います!!」

「そうでしょうか? 誓約書を使っただけなんですが。でも、これで証明されましたね。人の繋がりは確固たるものだと。お金さえあればね」

「ただし例外アリ!」



 飛行するバーンスマッシュはかつての自分が通っていた学校を通り過ぎると、緩やかに速度を落として着地する。この地域も避難が完了していて、人通りはない。

 ここからどうやってあの女子グループを探し出すか。心当たりはあった。

 小学生の時、各地区ごとに集団登校が徹底されていた。だいたい一班ぐらいの構成で、高学年の者が班長となって横断旗が渡される。その際、担任がクラスメイトの住む地区の確認をホームルーム中にする事がある。なので正確な住所がわからなくとも、相手の住んでいる地区なら今でも思い出せた。

 そこからは、該当する地区の各所にある避難所を白み潰しに探す事になるが、手間は惜しまない。

 

「キャアアアーっ!!」 

 

 いきなり自分のような化け物が避難所に湧いてくれば驚かれるのは当然の事。たまたまいた警官などが邪魔してくるが適当に殴り倒し、進む。いなければ次の場所に向かい、この作業を繰り返す。

 そして、とある市民会館でようやく女子グループの一人を見つけた。堂々と正面玄関から入っていけば、自分が何者かと気付いた者からパニックが広がっていく。一度だけ軽くバーナーを吹いて見せれば、たちまち会館内は阿鼻叫喚の渦に包まれた。我先にと避難者が一斉に逃げ出し、中には人混みに押されて逃げ遅れた人もいる。

 また、バーンスマッシュの目当てである少女も、その中に含まれていた。派手に転んだ少女を助ける者は親以外におらず、その親もバーンスマッシュに投げ飛ばされて気を失う。

 

「お母さん!」

 

 悲鳴を上げる少女に構わずバーンスマッシュは歩み寄る。とうとう腰が抜けた少女は壁際まで追い込まれ、涙ぐみながら壁に這いつくばる。恐怖から逃れるように目を閉じて必死に身体を背けさせるが、耳まで塞ぐ余裕はなかった。静かにバーンスマッシュが語り掛けてくる。

 

「やぁ、三ヶ月ぶり」

 

「イヤ……イヤ……」

 

「ん? どうした? 俺の声を忘れたのか? 今まで散々イジメてきたのに心外だなぁ。ほら、いつものように俺をイジメろよ? それともグループのリーダーがいなきゃやらないのか? できないのか? 別に新しいイジメる相手見つけたからどうでもいいのか? どちらにせよ最低だな」

 

「知らない! お前なんて知らない! あっち行けぇ!」

 

 苦し紛れにそう言い放った少女に、バーンスマッシュは深く溜め息を付く。目の前にいる彼女は生まれたばかりの小鹿のように弱々しく、儚い。強気で自分をイジメている時とは大違いだった。

 こんなに呆気なく折れるのは、バーンスマッシュにとって非常に期待外れだった。最初こそは殺そうとまで思っていたのだが、殺すまでの価値が無いのではないのかという疑問が浮かび上がる。余りにも手応えが無く、同じようにイジメ返してもつまらない。

 しかも、少なくとも声は人間の頃とは変わっていないはずなのに、この少女は怯えるばかりでいつまで経っても自分の正体に気が付かない。仕方なくバーンスマッシュは、少女の耳元でそっと自分の正体を明かした。

 通っていた小学校、中学校。自分だけでなく世話になった教師たちや、少女とその友達の名前まで告げる。すると、じっと彼の話を聞いていた少女は次第に言葉を失い、泣くのも忘れるほど顔を青ざめさせる。

 

「助けてほしい?」

 

 ふとバーンスマッシュがそう呟くと、少女はうんうんと頷く。

 

「でも俺には無理だ。イジメっ子を助けるイジられっ子なんていると思うか? 普通」

 

 瞬間、少女の表情が絶望の色に染まった。口をあぐあぐと動かし、命乞いにすらなっていない言い訳を小さく零していく。

 

「わ……悪くないもん。私は……悪くない……悪いのは……皆……だから……」

 

 それを聞き、呆れたバーンスマッシュは少女から数歩離れる。

 

「もういい。友達に責任転嫁するなんて、とことん見下げ果てた」

 

 次いで、バーナーから炎を滾らせる。出力は火傷を負う程度。ナイトローグを撃退できるほどの威力はない。

 しかし、この場でのバーンスマッシュの望みを叶えるのには十分だった。

 

「気分が変わった。殺しはしない。でも、前の俺と同じように引き籠もらせてやる。その顔を焼いてな」

 

 もはや、少女に為す術はなかった。声を出して誰かに助けを求める事すら、目前まで迫る恐怖に押し潰されてできない。

 そしてバーナーが彼女に向けられる直前――

 

「やめろ」

 

 突如黒い霧の中から現れたナイトローグが、照準が少女に被らないようにバーナーを強く掴んでいた。バーンスマッシュがナイトローグを睨み付けるのも束の間、筒から噴出された霧に全身がたちまち巻き込まれていく。

 

「男のクセに女に逆らうなんて生意気なんだよ!! 男のクセにィィィィィ!!」

 

 まるで頭が引っ張られるような錯覚に陥りながら最後に聞いたのは、絶叫にも近い少女の言葉だった。ナイトローグと一緒に霧に包まれ、ここではないどこかへとワープする――

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 山間部の工事現場。ある程度の広さまで木が伐採されているそこに、ナイトローグとバーンスマッシュはワープしてきた。黒い霧の中から両者は派手に飛び出し、即座に身構える。

 

「邪魔するな! 全部を救えやしないクズのクセに!!」

 

 復讐の邪魔をされたバーンスマッシュは、怒髪天の勢いでナイトローグに捲し立てる。だが、僅かに残っている冷静さが目の前にいる戦士に攻撃するのを思い留まらせて、逃走を優先する。目的は別にナイトローグを倒す事ではない。すぐさま、両腕のバーナーによる飛行準備に移る。

 

 《アイススチーム》

 

 すると、有無を言わせぬ勢いでスチームブレードを手にしたナイトローグが、強烈な冷気をバーンスマッシュに振り掛ける。冷気は瞬時にバーンスマッシュを透過し、見事バーナーだけを凍らせた。

 すっかり飛ぶ気でいたバーンスマッシュは面食らい、氷漬けにされたバーナーを溶かそうと一心に火を灯し続ける。氷はだんだん溶けて行くが、その間にもナイトローグは手を休めずにエンジンフルボトルをトランスチームガンにセットする。

 

 《engine》

 

 《スチームドライブ! Fire!》

 

 トランスチームガンの引き金を引けば、放たれた爆炎にナイトローグの全身が包み込まれる。強化形態の証である赤目を得たナイトローグは、全身の円筒から勢い良く蒸気を吹き出した。蒸気は消える事なく、やがて白い煙がナイトローグとバーンスマッシュを閉じ込める。

 一方、バーナーの解凍を終えたバーンスマッシュは、やはりナイトローグを無視して逃げ出す。背中を見せ、白い煙を突っ切ろうと飛んでいく。しかし、白い煙の中を抜けたかと思えば、ナイトローグの後ろ姿がそこにあった。

 

「はっ!?」

 

 驚いたバーンスマッシュはぶつかる寸前で急停止し、反転。もう一度白い煙の中から抜け出そうとするが、次に待ち受けていたのは腕を組んでこちらをじっと見つめるナイトローグの姿だった。

 訳がわからない。理解が及ばない事象にバーンスマッシュは目を白黒とさせる。そして、少しの間だけ宙を浮いたまま無防備となる。バーナーを吹かす勢いそのままで前進し、次の瞬間には肩を掴まれて地面に叩き付けられた。

 顔面が地面と接吻し、派手に転がる。一度バーナーの炎を止めて起き上がるが、間髪入れずにアイススチームの冷気をお見舞いされる。再びバーナーだけが凍り、バーンスマッシュは苛立ちをだんだん抑えられなくなる。

 

「何だよ……何がしたいんだよお前ぇ!!」

 

 そう言って地団駄を踏み、両腕から生み出す高熱でバーナーの解凍を急ぐバーンスマッシュ。ナイトローグがゆっくり近づいてくると、終始沈黙を貫いた漆黒の戦士を前にして徐々に気圧され始める。

 一秒、二秒、三秒。遂に我慢できなくなったバーンスマッシュが、がむしゃらにナイトローグへ飛び掛かった。バーナーは凍り付いたままだ。

 

「う、うおォォォォォ!!」

 

 最初に繰り出したのは大振りの右ストレート。お世辞にも上手いとは呼べる一撃ではなく、あっさりいなされては反撃の蹴りをもらう。仰け反る程度の軽い攻撃だったが、それがバーンスマッシュの怒りを誘った。

 舐められている。そう感じたが最後、復讐に取り憑かれるだけある彼の弱い心から自制の文字が消え去る。怒り一色に染まった頭で冷静な判断や思考などできるはずもなく、ただ愚直に、しぶとく、執念深く襲い掛かる。

 しかし、どう足掻いてもナイトローグに一撃を与える事はできなかった。全ての攻撃が捌かれ、お返しの弱いキックを受けてしまう。こちらがバーナーを使おうとすれば、すかさずアイススチームを放たれて封じられる。まず、戦闘経験値が違いすぎた。

 

 ナイトローグ相手に勝機を見い出せないバーンスマッシュは、後先考えずに動いたせいでほとんどのスタミナを浪費した。復讐心や怒りが生む力は虚しくとも絶大だが、その反動は大きい。ぜぇぜぇと肩で息をし、地に膝を着ける。そんな自分とは対称的に平然として佇むナイトローグを見て、否が応でも自分がイジメられている錯覚に陥る。

 人間では到達し得ないレベルまで強くなれたはずなのに。ナイトローグの邪魔さえなければ、筒がなくイジメっ子たちへ報復ができたはずなのに。あの憎き女子グループの一人は、自分を見てただ泣き喚くだけだったのに。かつてイジメられていた嫌な記憶は忘れておきたいのに、ナイトローグがこうして自分相手に遊んでいるせいでフラッシュバックしてしまう。

 

 だからこそ、滅多打ちにされて壊れそうになる身と心を保つために、思っている事は全て吐き出した。一時の休息を挟みたがっている身体を、怒りのエネルギーで無理やり動かす。

 

「ハァ……ハァ……楽しい、か? 自分より弱い奴を甚振るのは? 気持ちいいか? じゃなきゃ起きないよなイジメなんて。あぁ、そうだよ。いつだって世界は弱い奴が犠牲になるんだ。俺みたいに人間やめないと強くなれなくて……なのに――!!」

 

 次第に連ねていく言葉に痛々しさが増していく。それでもナイトローグは沈黙を続けて、耳を傾けた。

 

「本当は正義や悪なんてないんだ。それは人間が勝手に決めたんだから、化け物が従う義理や義務はない。ようやく苦しいだけの社会から抜け出せた。待ってたのは自由だ。人を殺しても裁かれやしない。だけど、それをお前が邪魔する。雑魚がどう思ってるか関係ない、強い奴がどう思ってるか! せっかく強くなったのに、また俺は虐げられる!!」

 

 咆哮にも近い叫びが辺りに響く。それを間近で聞く者はナイトローグただ一人。バーンスマッシュが捲し立てる反面、ナイトローグはゆっくり口を開いた。

 

「俺は今、自分の至らなさにとても怒りを感じている。それは、お前が人殺しになるのを防げなかったからだ。あの時、俺が庇えなかった方は炎の嵐の巻き添えで死んだ」

 

「だったら何だ! 俺に銃を向けて殺そうとした奴が死んだだけだろ!? 人が一人死んだくらいで世の中は変わらない、少しもすれば無関心な奴から忘れてく!! 弱さとは罪!! 弱い奴が悪いんだよ!! だから俺はイジメられた! 親に殺されそうになった! 化け物になった!! 誰も助けずに見捨てる!! もうわかったんだ、許す許されないじゃあない。できるんなら、やらない手はないって! 今度は俺が!! 弱い奴らを食い物にする!!」

 

 人を死なせたと言われてもできる、バーンスマッシュの傍若無人な物言い。先程の件で見るからに虚勢を張っているが、反省どころか人の死を悼む意志も見受けられない。ある意味、清々しいと言えた。

 そのバーンスマッシュの言動に、ナイトローグは拳をより強く握り締める。赤目の煌めきも心なしか強くなり、モクモクとスチームパイプから立ち込めている蒸気が今一度激しく噴射される。

 ナイトローグは全く微動だにしない。しかし、突然の蒸気音にバーンスマッシュは肩をビクつかせ、ナイトローグの顔を見たまま硬直する。その後、不意に全身に痺れが訪れてきた。あっという間に感覚が失われていき、四つん這いに倒れ込む。

 

「え……?」

 

 力が入らない。四つん這いになるのが精一杯で、遂には眠気もやって来る。どうしようもなくなったバーンスマッシュは、せめてと顔を上げて憎しみに満ちた表情をナイトローグに見せ付ける。

 ここまで来ると、バーンスマッシュの心は挫ける直前だった。余裕と自信は瞬時に砕かれ、原因不明の状態異常に陥り、まさに死ぬような思いに包まれているからだ。頭の中で言いようのない不安が広がり、ナイトローグの次の言葉を聞いて動揺する。

 

「いいや、そんな事は許されない。何故なら、これからお前を人間に戻すからだ」

 

「う、嘘だ……嘘だ!!」

 

「嘘じゃない。これさえあれば簡単だ」

 

 そう言って取り出したのは、エンプティボトル。それが何なのかわからないバーンスマッシュでもただ一つ、スマッシュ化した事による優位性が揺らがされる事を直感で理解した。

 

「イヤだ、イヤだ……人間に戻りたくない……! 人間に戻りたくないぃ……!! 戻りたく……やぁぁ……あああぁぁぁぁぁ!!」

 

 刹那、完全敗北を悟ったバーンスマッシュは泣き崩れた。身体の自由が効かなくなっているのも相まって、嗚咽は止まらない。気を付けなければ、そのまま泣き疲れて眠りそうにもなる。

 人間に戻りたくないという無駄な懇願はいつまでも続く。呪文のようにそう呟き続ける彼に、ナイトローグはそっと腰を落とした。視線の高さをなるべく合わせ、強化形態を解いて優しく語り掛ける。

 

「お前の意見に反対する言葉を、俺は持ち合わせていない。確かにそうかもしれない。特に“正義“は人間が決めた言葉だ。人工芝のように、手入れをしなければすぐ枯れてしまう。だが、この世にそれがなければたちまち、より多くの弱い人々が犠牲になるだけだ。涙と悲しみに溢れた世界なんて、俺は正しいとは思えない」

 

「ああぁ……!! ああぁ……!! ぐすっ……ううぅぅぅ……!!」

 

「イジメの辛さは当人しかわからないし、俺も推察しかできない。でも苦しかったんだろう? 助けてくれる人がいなくて、社会がイヤになって、人を憎しみで殺そうとするぐらい。復讐の権利もあるかもしれない。だが、方法が間違っている。本当ならイジメた人たちに罪を償わせるべきなのを、君まで手を染めたら意味がなくなる」

 

「ひぐっ……うぐっ……」

 

「いいか? 君は人を殺した。その事実は揺らぎようもないし、罪と向き合って行かなければ前に進めない。自分自身を変えられず、またいつか、誰かにイジメられる。君の言う通り、日本全国四十七都道府県各地に大量の分身体を配置すらできないナイトローグには全部を救えない。だけど、この機会を逃せば今度こそ君を救えなくなる」

 

 気付けばナイトローグは、バーンスマッシュの背中を擦っていた。慰めようとできる限り尽くし、深呼吸してから最後まで言い切る。

 

「だから俺は君を助けたい。生きて罪を償って、新しく生まれ変わってほしい」

 

 すると、次第にバーンスマッシュは泣き止んだ。涙を流そうと絶望に打ち震えていた身体は落ち着き始め、ボソボソとナイトローグに疑問を口にする。

 

「なんで……なんで俺を、助けようとするんだよ……? 俺も、俺をイジメたアイツも、そんな価値なんてないのに……」

 

「価値があるかどうかは俺が決めるし、人は変われる。俺もそうだ。五年間無人島にいなければナイトローグはしていない」

 

 そう言ってナイトローグは、バーンスマッシュの手を取った。とうとう睡魔に負けたバーンスマッシュは、ナイトローグの手を握ったまま眠りに着く。同時に独りでに怪人体から元のヒトの姿に戻っていくが、消滅はしない。ネビュラガスを浴びた影響で黒く浮き出た血管の不気味さを考慮しても、どこか和らいだ寝顔だった。

 

 

 パチパチパチパチパチ……。

 

 

 その時、どこからともなく拍手の音が聞こえてきた。ナイトローグが咄嗟に振り返ると、晴れていく白い煙の向こう側から一つの影がやって来る。

 

「なるほど。シーカーシューズから生み出した特殊な蒸気を麻酔代わりに使用したのか。生身にしか効かないものをよく活用する」

 

「バイカイザー……!!」

 

 現れたのは、白パンドラボックスを持ったバイカイザーだった。それとほぼ時を同じくして、白パンドラボックスから放たれる光で周囲の景色が目まぐるしく変わっていく。閑散とした工事現場から一転して、あちこちに独特な鏡が落ちている砂浜へと出た。海は澄み渡り、空は綺麗だ。

 即座に少年と一緒に霧ワープするナイトローグだが、間に合わず。前回の不発と違って砂浜の見えない壁にぶつかり、少年を抱えたまま転ぶ。

 

「殺さずにその少年を助けるとは運が良い。その幸運には嫉妬を覚える。だが……守るものが多い正義のヒーローには全く憧れんな」

 

 そして、ネビュラスチームガンを構えたバイカイザーは狙いを少年に澄まし、発砲した。

 

 

 

 




Q.ヒーロー?

A.いいえ、ナイトローグです。正義のヒーローではなく、ナイトローグなんです。

Q.今回のオリスマッシュ

A.ライアースマッシュ
・喋れないが高度な知性持ちスマッシュ。会話には人工音声を用い、本物の金塊や銀貨などの金銭を生成。直接的な手を下さずに相手――特に集団を自滅させる戦法を得意とする。人間だった頃の影響が強めに出ている。元ネタはあのドーパントたち。

また、普通に戦っても強い。正義と公正さにあふれた審判役のモブスマッシュの召喚が可能。マネーゲームで負けた人間は硬貨になってコレクションされる。

この後、葛城らプロトビルドに撃破される。生きているだけで世界中の金、銀の価値を下落させるので、早急に倒すべし。誕生罪に値する。


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悪魔が微笑む

『ライム!』

『ロックオン! ソイヤ!』

『ライムアームズ! 腹ペコ・オンテーブル!』

「前回までのナイトローグ。どうにか運良く少年を消滅させずに眠らせたナイトローグ。そこに現れたのがバイカイザーだった。咄嗟に少年を連れて逃げようとするが、今度はドーム状のスカイウォールではなく物理的な閉鎖空間に閉じ込められて失敗。わかる人にはわかる、パンドラタワー内部のアレみたいな感じだ。そして俺、仮面ライダー頼武(ライム)はパリで食べ歩きしていたところを、スマッシュの大群と出くわした。ちなみに豆腐は売ってなかった!!」

「待てーいっ!!」

『Henshin. Change! Kettack Beetle!』

「お前は……謎の男! 仮面ライダーケタック!」

「俺は誤字より生まれし者……。食を愛し、B級グルメの文化と平和を守る! 行くぞ頼武! 飲食店を荒らす怪人どもをのさぼらせてはいけない!」

「ああ! ここで誰かを見殺しにするっつーのは、フードライダーとしても示しがつかねーぜ!」

この後、二人の仮面ライダーによってフランスは窮地から救われた。


 バイカイザーの凶弾から少年を守るナイトローグ。ダメ押しの翼展開で防御を固めるが、威力が合体前とは段違いだった。あっさり風穴を開けられ、防ぎ切れないダメージに呻く。

 立て続けにネビュラスチームガンを撃たれ、背を向けたまま少年を庇うのが苦しくなる。翼が折れたナイトローグは両腕を横に広げた次の瞬間、スチームパイプから計六発の特殊弾を放った。特殊弾はバイカイザー目掛けて飛ぶものの、容易く撃ち落とされる。だが、少年に加えられる攻撃に間が生じた。

 

 《Bat. スチームブレイク!》

 

 守っては負ける。攻めろ。瞬時にナイトローグは振り向き、いつの間にかボトルをトランスチームガンにセットした早技を披露する。高速光弾は真っ直ぐバイカイザーの眉間を狙い――空いている左手に遮られた。着弾時の爆発がバイカイザーを襲い、されども堪えた様子はない。

 無論、そんな事はナイトローグも予想していた事だ。抜けてしまったなけなしの翼は少年の上に被せ、僅かでも戦いの余波から避けさせる。同時に駆け出し、再度の強化形態へ変身した。

 

 《Engine!》

 

 《スチームドライブ! Fire!》

 

 この場合の赤目ナイトローグの制約は訓練時に確認済みだ。ナイトローグのスーツに与えた負荷やシステム負担が消えていないので、時間制限はリセットされずに引き継がれる。今の彼には、カップラーメンを作る程度の猶予しか残されていなかった。

 それでも彼は逆境に立ち向かう。身と心がナイトローグであろうとする限り、少年を見捨てはしないし敵前逃亡もしない。凄まじい気迫を放ちながら、右手に持ち構えたスチームブレードでバイカイザーに斬り掛かる。

 

 一閃、二閃。斬撃は避けられ、あるいは腕で受け止められる。ひたすら距離を詰め込んでは肉弾戦を欠かさず、少年を狙わせる余裕を相手に与えない。

 しゃがんで下方向からトランスチームガンを撃つと、バイカイザーが飛び退く。光弾はバイカイザーのツインアンテナを掠るだけだった。

 瞬間、トランスチームガンを仕舞ってブレードのバルブを回す込みの一動作で、右腕部から二本一対の牙を射出。ワイヤー付きのそれはバイカイザーの利き手に噛み付き、そのまま勢い良く巻き取った。

 

 《エレキスチーム》

 

 次にスチームブレードを左手に持ち替え、ワイヤー牙で器用に相手の動きを制限しながら突撃。バイカイザーが小手部分から射出した歯車で邪魔なワイヤーを斬った直後、電気を纏った鋭い突きが繰り出される。

 しかし、渾身の突きが貫いたのはネビュラスチームガンのみだった。紫色の駆麟煙銃は貫かれた後に跡形もなく爆散し、すかさずバイカイザーが刀身を掴んできた。それは並の怪力ではなく、瞬時に抜けないと判断したナイトローグは放置を決定。敢えて素手となり、ガラ空きの胴体に思う存分拳をぶつける。

 殴られたバイカイザーは少し後退り、すぐさまスチームブレード二刀流へ。略奪品と手持ちの二本を巧みに振るい、簡単にはナイトローグを近寄せない。

 

 そこで、ナイトローグは頭部のセントラルチムニーから閃光弾を発射。至近距離で強烈な光を弾けさせ、相手の視界を潰す。仮面越しでも貫通する光は案の定、バイカイザーに片腕で顔を守らせた。隙が生まれ、すかさずタックルし、流れるようにしてスチームブレードを一本掠め取る。

 やがて閃光は消え去り、両者は息つかせる間もなく走り出した。何度か剣で打ち合い、熾烈な鍔迫り合いを繰り広げる。

 

「そんなに人を助けたいか! 無駄な事を飽きずによくやる!」

 

「何を……!?」

 

「救えない者は救えないとキッパリ捨てるべき! 地球の重力に人類がまだ縛られているこの時代、そんな非効率な考えは好きになれんよ!」

 

 力比べは徐々に、バイカイザーの方に軍配が上がった。ナイトローグのスチームブレードが押し込まれ、バイカイザー側の刃が顔面に触れそうになる。

 

「とりわけ正義のヒーローは癪に触る! 貴様のその配色も、忌々しい!」

 

「正義のヒーロー? 違う。俺は……ナイトローグだ!!」

 

「意味がわからん!!」

 

 バイカイザーの投げ掛けた言葉にナイトローグは啖呵を切り、鍔迫り合いの逆転勝ちを果たした。一気に押し上げ、敵の空いた胸に薙ぎ払い。斬られたバイカイザーはそのまま回るように仰け反る。

 攻撃の手は休めない。ナイトローグは畳み掛けるチャンスと踏み、迷わず突進――

 

「っ!?」

 

 だが、気付けば赤いスチームガンを腹部に突きつけられていた。銃身は長く、銃口とボトル装填部分はそれぞれ二つ。ナイトローグの知らない、ショットガンタイプの新しい武装だった。

 誘い込まれたと判断するも遅く、したり顔のバイカイザーに引き金を引かれる。二つの銃口からエネルギーの散弾をフルオート連射され、身体が吹っ飛ばされる。

 そして、ナイトローグは砂浜の上に背中から倒れ落ちた。四肢は千切れていないが、ダメージの受けすぎで立ち上がれない。その無防備な身体に向けて、バイカイザーが無情にも赤いスチームガンを撃とうとする。

 

 《Gear engine! / Gear remocon!》

 

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 そそくさと二本のギアをセットし、必殺技を発動。リモコンとエンジンを象るエネルギー弾が数十発も同時に放たれ、ナイトローグへと襲い掛かる。

 刹那、ナイトローグも諦めまいと二体の赤い巨大コウモリを召喚。一体が盾役となって爆発四散し、もう片方がバイカイザーに攻撃を仕掛けた。

 バイカイザーの周囲を飛び回り、当たると火花が激しく散る怪音波を発射する。堪らずバイカイザーはその場から飛び退き、右肩の歯車を射出。実体刃として放たれた歯車は意思を持つかのような動きをし、巨大コウモリの全身をズタズタに切り裂いては元に戻っていく。

 すると、頭上からナイトローグが霧ワープしてきた。冷気を纏わせたスチームブレードの切っ先を下に向けて、猛スピードで落ちる。

 それを直視するまでもなくかわすバイカイザー。着地したナイトローグが間髪入れずに凍える斬撃を飛ばそうとするが――

 

「ぐあぁっ!?」

 

 突如電流が走り、強化形態が強制的に解かれる。制限時間を越えてしまったのだった。

 負担の大きい強化形態の影響で、通常の姿に戻った後は驚くほど動きに精彩を欠いている。先程までと比べれば、鈍すぎる。苦しげにスチームブレードを振るよりも早く、バイカイザーが赤いスチームガンを零距離で撃った。モロに強烈な銃撃を受けた身体は軽く宙を舞い、地面に叩き付けられた挙げ句に変身も解ける。

 

「ふん、その程度か。低スペックなトランスチームシステムに無理強いさせているのだから道理だな」

 

 倒れた弦人を見下ろすバイカイザーは一笑し、彼に背を向けて少年の元に歩き出す。その後ろ姿と足取りには、戦いの勝者に相応しい余裕が現れていた。

 直後、弦人はトランスチームガンを握り締め、ボロボロな身体に鞭を打って起き上がる。すぐに立つのは無理だが、上半身だけなら辛うじて動かせた。鬼気迫る表情でバイカイザーの背中を何度も撃つ。効いていないと頭でわかっていても、甘んじて敗北を受け入れるのだけは我慢ならなかった。

 最初は弦人の発砲を無視していたバイカイザーだったが途中で煩わしく感じ、一発だけ赤いスチームガンで反撃する。銃口を見て即座に半身をズラした弦人に、散弾が掠っていく。

 

「うぅっ!?」

 

 利き腕を掠め、かつ光弾で焼かれた痛みの余りにトランスチームガンを落とす。もう一度取ろうとするが、血で爛れている右手に力が入らない。仕方なく左手にすると、今度が狙いがブレて話にならなかった。

 この間にも、バイカイザーは少年を隠しているナイトローグの翼をどかし、彼に触れる。その様子を目の当たりにした弦人は、うわ言のように「やめろ」と言い始めた。

 

「ハザードレベル2.1。スマッシュ化したという事は、自我を失った状態からレベルを上げたというのか? これは貴重すぎるサンプルだ」

 

「やめろ……」

 

「元々、上司からの要請がなければスマッシュの研究はしていなかったからな。カイザーシステムに熱中していたものだから、立ち遅れているスマッシュの解明が助かる」

 

「やめろ……」

 

「やはり正解だったよ。浄化済のボトルから抽出したネビュラガスでスマッシュ化すれば、知性や感情が比較的残るという仮説は。実験場を沢芽市に限定したから期待薄だったが、思いの外大収穫じゃないか」

 

「やめろおぉぉぉーっ!!」

 

「さらばだ。仮面ライダーのなり損ない」

 

 そして、赤いスチームガンから煙を吹かしたバイカイザーは少年を連れて姿を消した。同時に砂浜の景色が解除され、一人残された弦人は山間部の工事現場で静かに項垂れた。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

 白騎士事件。当時十歳だった最上魁星は両親を亡くし、親族が他にいなかったという事で最終的には南波重三郎の元に引き取られた。それから南波チルドレンとしての教育を受け、飛び級して大学を卒業する才覚を見せる。その後、重三郎の秘書兼研究者となった。

 だが、幼少から並外れた頭脳を持っていた最上は、真の意味で重三郎に忠誠を誓っている訳ではなかった。育ててもらった恩はあるものの、その欲にまみれた人間性を尊敬していない。

 時々、すっかり洗脳されている他の南波チルドレンを見て可哀想だと思う事もあるが、すぐ興味は失せる。されども科学の研究に関してはひたむきで、南波重工という都合の良い研究施設を逃さんがために表向きは全力で重三郎に尽くした。その結果がガーディアンなどのロボット工学の躍進である。

 

 また、研究成果を他人のものにされるのを気にしない。最上が望んでいるのは科学を突き詰める事、その一心だ。だからこそ、南波重工の依頼をこなしつつも自分の研究に熱を入れていった。

 しかし、もう一人の老いた自分が接触してきた事で転機が訪れた。「このままでは将来的に研究が阻まれて完成しなくなる」と聞かされた彼は最初は半信半疑だったが、しかる後に真実を証明されて認めざるを得なくなる。

 そうして、研究が妨げられるという危機回避のために動く事とした。手始めに、もう一人の自分が手土産に持ってきた幾つかの発明を使用。若い自分のネビュラガス投与に成功し、特定の人物にはパンドラボックスの欠片からエネルギーを増幅させた赤い光を浴びさせ、邪悪に染めさせる。おかげで軍事開発に注ぎ込む資金が増え、カイザーシステムの量産化に漕ぎ着けた。

 ここまでは順調。ナイトローグやブラッドスタークというイレギュラーが現れたが、計画に支障を来たすほどではない。着々と戦力増強は進み、史上最高の発明品の艦装も間もなく終わる。

 

 後は、故郷を旅立つ前の片付けを済ますだけ――

 

 

 

 

 場所は南波重工本社ビル。吹き抜けの広いエントランスでは、黒服の集団――警視庁特捜部によって重三郎が連行されていた。

 

「は、放せ! これは何かの間違いだ!! 私は何もしていない!!」

 

「暴れないでください。詳しい話は署の方でお願いします」

 

「そ、そうだ!! 最上は!? 最上はどこにいるーっ!? 私を助けろぉーっ!!」

 

 両脇をガタイの良い男性に固められている重三郎は、なおも見苦しい抵抗を続ける。勿論、若い者に勝てるほどの力がその老体に残っているはずもなく、そのまま外に停めてある自動車の中に閉じ込められた。やがて特捜部の面々は立ち去り、南波チルドレンが過半数の社員たちの間に動揺が走る。

 その一部始終を最上は、エントランス最上階から見下ろしていた。怪我をした額には包帯を巻き、頬には絆創膏も一枚貼られている。また、黒い髪の中に一房、白髪がメッシュのように生えていた。

 

「御機嫌よう、南波会長……」

 

 最後まで醜態を晒していた南波会長の姿に、最上はふと笑みを零す。滑稽すぎて自然と頬が緩んでしまう。

 今回、内部告発をしたのは紛れもなく最上自身である。この日まで絶大の信頼を得られるほど忠誠的なイエスマンを演じてきたのもあって、重三郎に与える心理的なダメージはもはや計り知れないだろう。重三郎本人も、徹底的な教育を施したはずの南波チルドレンに裏切られるとは思いもしていない。

 一先ずはこれでいい。自分が南波重工から抜け出したとしても、しばらくは重三郎の保釈が優先されるだろう。他の南波チルドレンによる粛清の手が本腰になるのは、その後だ。もっとも、どんなに最速で対応しても一月近く掛かるであろうのは言うまでもない。

 

 思い返してみれば、赤い光を浴びさせた一人でもある重三郎が「南波帝国を築き上げる」と言った日には、言いようのない薄ら寒さを覚えた。余りの荒唐無稽さに心の中で嘲笑すると共に、そこまで人間の精神を捻じ曲げるパンドラボックスの力に畏怖する。例え欠片だけしか実存していなくとも、秘められたパワーは侮れない。初めてパンドラボックスの欠片からエネルギーを抽出する実験では、うっかり極小規模の地殻変動と地震を起こしてしまったぐらいなのだから。

 

 南波重工本社は未だに混乱から抜け出していない。その間に最上はビル屋上へと向かうが、途中で怪我の痛みに堪えた。歯軋りしながら壁に寄り掛かり、忌々しげに独りごちる。

 

「篠ノ之束……やはり楽に勝てる相手ではなかった。くそっ、割に合わん」

 

 そして振り返るのは、束との戦いの最後。彼女が瓦礫の下に埋まった後に死体確認をしないまま立ち去ったので、間違いなく生きているだろうと見当付ける。むしろ、ほぼ生身で真正面からバイカイザーと殴り合ったぐらいなのだから、あの状況から生還できない方が不自然とも言えた。盾にした無人機の残骸を、スパナとドライバーで瞬く間に解体するような超人だ。細胞単位でオーバースペックというのも、何ら間違っていない。本当は地球外生命体にでも寄生されているのではと勘繰るほどである。

 その一方でナイトローグはと言うと、倒すのがものすごく楽に感じた。ダントツに強力なスマッシュ反応が確認できた地点に駆け付けてみればの出会いだったのでひやりとしたが、全て杞憂に終わった。得られた収穫も大きく、直前の激戦と比べれば相応に見合っている。

 

 一度深呼吸した後、最上は歩を進める。誰もいないビル屋上まで辿り着くと、バイカイザーに変身した。

 

 《Gear engine! / Gear remocon!》

 

「バイカイザー」

 

 《ファンキーマッチ! フィーバー!》

 

 《Perfect!》

 

 装着・合体する青と赤の歯車が火花を散らしながら回転し、やがて止まる。次の瞬間、ネビュラスチームガンによるワープでその場から忽然と姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 《デビルスチーム》

 

 場所は変わって首相官邸。スチームブレードは常時ネビュラガスを纏わせたまま、バイカイザーは進撃する。駆け付けてくる警備兵などは鎧袖一触。ネビュラガスを過剰に浴びせられて消滅する。

 瞬く間に首相官邸は地獄絵図と化した。バイカイザーに立ち打ちできる戦力など端から持ち合わせておらず、次々に人が消えていく。

 最後に残ったのは、坂田竜三郎ただ一人。血の一滴すら零れていない綺麗な会議室の隅で、突如侵入してきたバイカイザーに追い詰められる。

 

「お久しぶりです、坂田代議士。いえ、今は首相補佐官でしたね」

 

「そっ、その声は最上君か!? こんな事をしてタダで済むと思っているのか! わ、私がいなければ、南波会長の望む防衛兵器輸出は……!!」

 

「南波会長は逮捕されました。やがて、あなたの後ろめたい事実も明らかにされるでしょう。その夢は叶いそうにありません」

 

「なっ……!?」

 

 最上の口から語られる事実に坂田は言葉を失い、ズルズルとへたり込む。一方、バイカイザーは鞭のような持ち方で、スチームブレードの腹で空いた手のひらをペチペチと叩く。

 その動作がまるで死刑宣告と錯覚した坂田は、あっさりプライドを投げ捨てて土下座した。何度も頭を下げて、命乞いをする。

 

「頼む……!! 私は今の立場を失いたくないし死にたくない……死にたくないっ!!」

 

「すみません。こちらは一時的に政府機能を落としてでも、時間を稼ぎたいものなので。では、さようなら」

 

「イ、イヤだァァァァァァ――!!」

 

 だが、現実は非情である。坂田の絶叫が木霊し、ネビュラガスを浴びた肉体はスマッシュ化する事なく消えていった。

 

 

 




Q.赤いスチームガン

A.イメージはウイングゼロのツインバスターライフル。ただしグリップは一つ。エネルギー散弾三十発のフルオート連射可能。射程は二百メートルぐらい。ライフルモードは不可能。


Q.坂田……

A.これも、どこかのBlackを敵に回したEP党党首の名前に似ていた因果です。


Q.内閣総辞職デビルスチーム

A.シンゴジラより物理的な被害はないです。



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消せない悪夢の街

「前回のナイトローグ。スチームドライブの限界時間を迎えた事で、最上魁星ことバイカイザーに敗北を喫するナイトローグ。そのまま少年を拐われてしまった。そして南波重工に戻った最上は、南波重三郎を内部告発。その勢いで首相官邸に殴り込み、内閣総辞職デビルスチームを果たした」

「そして青羽のあらすじ紹介が終わったところで始まり! 北都三羽烏生存戦略〜!! 壮絶な戦死を遂げた俺、赤羽が行き着いたのは三途の川の待機室。そこで待っていた青羽と黄羽に『何死んでんだよ!!』だの、『負けちまったら意味ねーだろ!!』だのボロクソに言われ。そこで迎えにやって来た死神と話をすると、どうやら来た道戻ればこの世に帰れると判明。せっかくだから三人で死神を張り倒して、現世に蘇ったのさ!!」

「赤ちゃんの説明補足。戻れる時期は北都と東都の紛争開戦時。記憶も引き継げるから楽勝だと思ってたけど、暴走したビルドハザードフォームが強すぎてだいたい青ちゃんがやられる始末。もしくは死ぬ順番が変わるだけ。最近になって西都との代表戦越えたと思ったらね……エボルトで全滅した。ねぇ、二人とも。僕たちコレで何周目?」

「え? 覚えてないや。青羽ー」

「俺も三桁超えた辺りから数えるのやめたぜ。死神曰く死の運命は変わらないそうだが、そんな事で俺たち三羽烏はめげやしねぇ。カシラだって頑張ってんだからよ。千回死ぬまでは楽勝だ」

「そうそう、勝つまでレンコンだ!」

「それを言うなら連コインだよ、赤ちゃん。あと、あの世を脱出する度に邪魔してくる死神さんもどんどん手強くなってるんだよねー。もっと別の事しないとヤバイかも?」

「あっ、良い案浮かんだ。今度トランスチームガン貰いに行こうぜ。そして俺は今度こそ、完全に、ハザードフォームに殺される運命から抜け出す」

「青ちゃん……ファイト」

以上、異次元宇宙の地球よりクマテレビが中継しました。死神は千回張り倒される。




 バイカイザーによる首相官邸の襲撃から翌日の朝。世界から何の前触れもなく、ネビュラガスが嘘のように消え去った。同時に、ネビュラガス散布エリア内に蠢いているはずのスマッシュの群れが失踪。世界は意図せず、事態の収束へ大きく一歩前進した。

 この事件で誕生したスマッシュは推定四万体。二次被害を含めると死傷者は軽く二十万を超える。経済被害も見れば、目も当てられない。なお、そこまで被害の増大を阻止できたのは、初期に迅速な対応が行えたのが要因だ。

 スマッシュ四万体の内、三万を撃破。残す一万は行方知れず。早急に世界中へ配布された改良型エンプティボトルで、前後数時間の記憶が欠落するものの多くの人々がスマッシュ化を解かれた。使われたエンプティボトルは後に、国連の下で厳重に保管される事となる。

 その一方で、スマッシュ化解除後に消滅する人間も少なからずいた。また、ネビュラガスを浴びて生き残れた動物や昆虫は極僅か。植生にも若干の変異が起きている。

 

 

 あの後、大怪我を負った弦人は自力でIS学園に帰還。手当てを受けるとすぐさま現場へ逆戻り。止めてくる千冬を決死の覚悟で振り切り、二日目の内に全ての地域で発生しているネビュラガスを取り除き、世界で唯一スチームソードを鹵獲する。溶けた分を含めた三本のスチームソードを持ち帰ったところで気を失い、最寄りの聖都大学付属病院まで運ばれた。

 

 かくして、日本で総力を上げたスマッシュ一斉撃滅作戦が開始。内閣メンバーほぼ全員が死亡を遂げたという世間にとって前代未聞の事態に陥りながらも、程なくして成功を迎える。

 

 

 

 

 

 

 ネビュラガス発生事件から四日。高いハザードレベル由来の驚異的な回復力で立てるようになった弦人は即退院。まだ包帯は外せないが、軽く運動する分には問題なくなっている。

 IS学園へ戻る前にレオナルドから連絡を受けた彼は、寄り道に先端物質学研究所へ訪れた。内容は、預けていたカメラガジェットの改良が済んだという事だ。コウモリ形態時の飛行速度上昇に加え、ビルドドライバーやトランスチームガンにも使えるようになったと、レオナルドに電話越しで散々聞かされた。

 到着すると早々、エントランスでナギと出会った。疲れが滲み出ている彼とは対称的に、彼女は明るく話し掛けてくる。

 

「おはよ弦人くん! 怪我大丈夫?」

 

「おはよう。怪我は平気。ところでレオナルド博士は?」

 

「今ね、泉さんのトランスチームガン調整とエンプティボトル製造の同時作業中で忙しいって。泉さんもシミュレーション受けてて、だから私にコレ渡してほしいって頼まれたんだ。ほい」

 

 カメラガジェットはナギに軽く宙に放られ、弦人の手のひらへ綺麗に収まる。見た目は変わっていないが、重量感がレオナルドにイジられる前よりと違う。何気なく、生まれ変わったのだと改めて感じた。

 お礼を言おうと弦人はカメラガジェットから目を離し――ナギの頭上をフワフワと飛んでいる赤い物体が気になってしまう。

 

「ありがとう……そっちの赤いのは?」

 

「へ? あっ、コレね。ブラッドスタークの毒が危なすぎるから石倉さんが作ってくれたんだ、万能解毒係」

 

『説明しよう! 私の発明、ブラッドドラゴン――』

 

 瞬間、レオナルドの音声を再生する赤い物体をナギは掴み、キャンセルした。

 よくよく見ると、ブラッドドラゴンなるものは弦人の知っているクローズドラゴンと形状が酷似していた。異なるのは配色だ。頭部と尻尾が黒でなければ、グレートクローズドラゴンに近い。

 

「まぁ、うん……石倉さんの声が収録されてるんだよね。キャンセルできるけど」

 

 そう言ってナギはブラッドドラゴンをポケットの中へ仕舞う。新たなレオナルド製ガジェットを見れた弦人は、それ以上の興味は示さずに帰ろうとする。

 

「それじゃ、俺帰るよ」

 

「あ……」

 

 後ろに振り返った時の弦人の目が唐突に死んでいく様子に、気付いたナギはふと小声を漏らした。完全に誤魔化されているのだと確信を得て、咄嗟に彼の手を掴む。

 ナギにグイッと引き止められた弦人はおもむろに立ち止まり、顔を彼女の方へ動かす。目に映ったのは、すっかり心配してくれている彼女の表情だった。

 

「ねぇ? ホントに大丈夫? なんか、こう、あれ……すごく辛いのに耐えてる感じ。やっぱり――」

 

「だから平気だって。……少し疲れてるだけだから、休めば元通りになる。それじゃ」

 

「弦人くん!」

 

 束の間、ナギの手を振り払った弦人はそそくさと立ち去っていく。負けじとナギも通せんぼしてくるが、醸し出されるとてつもない威圧感と拒絶感を前にやがて茫然と立ち尽くしてしまう。

 単純に身長差で見下されるだけなら、ナギも怖気づかない自信はある。だが、自分が変身している時にナイトローグでしか示さなかったものを、今回初めて生身で突きつけられた。それはナイトローグという仮面を被っている時は異なる、ひしひしと肌に鋭く突き刺さってくるような感覚。不意に緊張感に襲われ、冷や汗が止まらない。

 こうして弦人は、まるで金縛りにあったかのように止まった彼女の横を通りすぎていった。後ろ髪を引かれる思いすら抱かず、先端物質学研究所を去る。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 有言実行がとことん成し遂げられない俺は実に不甲斐ないと思える。ナイトローグの戦績に傷を付けただけに飽き足らず、あの少年を人殺しにし、なおかつ最上に拐われた。これ以上までにない屈辱と敗北感、挫折を覚える。

 そして、自分を心配してくれたスタークを拒絶してしまった。頭では本物のスタークではないとわかっているつもりだったが、うっかりその影が何の関係もない彼女の上に重なってしまった。例え坊が憎くても袈裟まで憎まずに我慢できると前々から思っていた自分が笑える。彼女には悪い事をした。

 

 まだIS学園には直帰したくない。頭を冷やすついでに、しばらく適当に街をふらつこう。今日ばかりは、ナイトローグに変身する気が起きなかった。

 炎天下の中、暑さ対策は白い帽子一つで歩いていく。この街近辺の被害はほとんどなく、夏休み中という事もあって今まで通りの賑わいが戻っている。一方でネビュラガスを散布された都市は帰宅困難区域と指定され、まだ大勢の避難民が存在しているという。さっき入ったコンビニの新聞で流し読みしてきた。

 

 平和だ。ここには、昨日までの惨劇の様子が一欠片も残ってはいない。

 

 だからこそ、脳裏で蘇るこの間の出来事が鮮明に映えてくる。先日のネビュラガスにまみれていた空は、こんなにも綺麗に晴れていなかった。

 

 特に病院を訪れた時は最悪だった。やけに荒らされた様子がないかと思いきや、テーブルに放置されたままの食事の数々。後片付けがされていない無人の手術室。廊下で倒れている点滴。そして、病院のエントランスの真ん中で堂々と鎮座していたスチームソード。荷物の残り具合からして、何があったのか押し測れる。

 どうしてそこを選んだのかは知らない。だが、ギリギリまて騒ぎにならずに設置するために、直前の深夜帯を狙ったのだろうか。十分な人手と霧ワープがあれば可能だ。危険物を大っぴらに持ち運ぶような思い切りの良さに、ある種の戸惑いを感じる。

 血塗れの死体なんてものはどこにもなかった。無差別なネビュラガスの過剰投与で病院内の人間がほとんど消滅したのは明らかだ。無惨な光景が広がっていない分だけ心的負担は軽くなるはずが、もたらされる異様な静けさのせいで怒っていいのか、悲しんでいいのかわからないイライラを煽がれる。不思議と感情の爆発はなく、一方で何かの感覚が麻痺していくようだった。

 

 

 

 ……あと、今まで目にしてきた破滅と救いが複雑に絡み合って、心が息苦しい。自分は何もできていないようで、無力感に打ちひしがれる。

 そう言えば、バイカイザーに完膚なきまで叩きのめされるまでは、目の前にいる誰かを助け損ねた経験なんて一度もなかった。なるほど、道理で精神が深く削られる訳だ。納得。

 

 

 すると、前触れもなく雨が降ってきた。勢いはやがて強くなり、ゲリラ豪雨と化する。

 

「げっ、また雨かよ……」

 

「ギャアー!? 洗濯物ー!!」

 

 歩道にいる人々が各々に雨を避けようと急ぐ中、傘を持っていない俺は瞬く間にズブ濡れになる。鉄砲水が俺の身体を激しく打ちつけ、間を置かずして雷鳴が轟く。

 これは……あの忌々しい天の声が俺をしばいているとでも言うのだろうか? 心無しか、雨粒の攻撃力が上がっている気がする。

 それからトボトボと歩き続けるが、ゲリラ豪雨にしては止む気配がない。むしろ、俺の後ろを雨雲が追い掛けているように思えてくる。それを気のせいと済ますには、いささか俺の気力が足りなかった。ふと笑いが込み上げてくる。

 

「ハハハ……アハハハハ……」

 

 気が付けば、雨だけでなく涙も流れてきた。しばらく泣き笑いしながら歩いていく。

 

 あの時、俺はスタークたちを軍事起用するなと坂田に言い放った。口約束までしか持ち込めなかったので信用できないが、やらないよりはマシ。レオナルド博士にも、二人が戦いに出ないように協力してほしいと頼み込んだ。

 決してナイトローグ一人で行けるなどと自惚れていないが、あの凄惨な現場を経験させずに済んだのだから誤った判断とも言えないはず。酷い目に遭い、それに抗おうとするのはナイトローグの十八番だ。ただ、もしスタークたちと一緒に最上と戦っていたらとついつい考えてしまうのが、とても悔しい。後悔しか生まれてこない。

 

 ナイトローグの道を選んだ以上、今更終わりのない戦いを恐れやしない。しかし果たして、本当にナイトローグである資格など俺にあるのだろうか? 人の命を助けるのに失敗するのは、とても許される事ではない。

 

 

 

 

 

 

 

「……日室くん?」

 

 その時、不覚にも傘を差している谷本さんと出くわしてしまった。顔見知りと会いたい気分でもないのだ。少しの間だけ目が合い、とにかくスルーを決める。

 

「No, I'm not」

 

「何故英語。え? スルー? ちょ、ちょっと!!」

 

「ヘクチッ」

 

 だが素通りは失敗。谷本さんに呼び止められ、すっかり冷えた身体で俺はくしゃみをした。

 

 

 

 

 

 谷本さんに引っ張られ、彼女の自宅まで強制的に招かれる。俺は偶然にも近くを通っていたようだ。彼女がタオルを持ってくると言うので、せっかくの善意を無駄にする訳には行かず、玄関口で待機しておく事にした。

 

『白いナイトローグが助けてくれたんです! ……あれ? 白だっけ?』

 

『ばっかお前、ナイトローグは黒だぞ。黒いナイトローグが助けてくれたんだよ』

 

『え、待って。ナイトローグってガンダムヘッドでしたっけ? この写真、ナイトローグじゃないですよね? パチモンですよね?』

 

『カメラ止めてぇ!!』

 

 リビングの方から、テレビの音がここまでダダ漏れで流れてくる。そうか、遂にナイトローグにも著作権を賭けて戦う時がやって来たのか……。心が沈んでいるのに、無性に喜ばしい。

 

「はい、お待たせ。て、うわぁ……全身びっしょりだね。包帯もズブ濡れじゃ取り替えないとだし、ウチにあったかなぁ?」

 

「いや、そこまでしなくても大丈夫。本当ならすぐにでも寮に帰れるから……」

 

「風邪引いちゃうでしょ? あ~あ~、もう着替えないといけないレベルだし……」

 

 そうして頭を抱える谷本さん。その間に俺は濡れたところを拭いていく。夏場でなければ冷水シャワーなんてものは気持ち良くもない。だが、浴びすぎも考え物だな。体調を崩す。

 

「おやまー、癒子。お客さん? あら、ズブ濡れ」

 

「あっ、お婆ちゃん。知り合いだよ。ちょうどそこで会ってね、傘持ってなくてズブ濡れになってたから」

 

 やがて奥から、俺の来訪を嗅ぎ付けた谷本さんのお婆さんがやって来る。……てか、以前川で溺れていた人じゃないですか。

 

「知り合いってこの子、ナイトローグじゃあなかった? しかも生身。あぁ久しぶりだねぇ〜。この間は助けてくれてありがとう〜。ささ、身体冷やすとマズイから上がってどうぞ〜」

 

「あっ、いえ、そこまでしていただかなくても……」

 

「そんな事言わずに、命を救われたこの老い先短いババァに恩を返させてください。ささっ! ささっ! ささーっ!」

 

 そんなこんなで、本格的に家の中まで連れ込まれた。もしかしたら、今度の週刊誌にナイトローグが民家に招待されたという記事が載るかもしれない。必要とあれば日本国民をやめて無人島生活する覚悟はできているが、どんな内容になるかだけが少し不安だ。

 

「お風呂沸かしてきますね」

 

「いえ、このままで結構です。すみません」

 

「それじゃあ、飲み物とお菓子持ってきますね。ごゆっくりどうぞ〜」

 

 俺がひたすら謙虚でいると、やたらと世話焼きなお婆さんは台所へと姿を消す。リビングでは俺と谷本さんの二人きりとなり、たちまち沈黙が訪れる。それでも喧しく音を立てているのは全力で動いている扇風機と、外で激しく降っている雨だけだ。室内がジメジメとしている。

 

「えっと、ごめんね。お婆ちゃんが無理やり上げて」

 

「気にしてない。気持ちだけでもありがたいから」

 

 懸命に谷本さんが話し掛けてくるが、俺が一言返すだけで会話が続かなくなる。今、この場には気まずい空気しか流れていなかった。一秒がとても長く感じてしまう。

 ものすごく居辛い。何かこの状況を打開しようと言葉を探してみると、不覚にも見つからない。普段なら何気なく話せるのに、今日ばかりはナイトローグスイッチが弱にもならない。

 

 ちくしょう。最上はこうなる事を見越した上で、餓狼の如く俺から完全勝利をもぎ取ったというのか。なら完敗の一言に尽きる。ぐうの音も出ない。お前の計算通り、譲ってはいけないものを奪られてしまった俺は絶賛、地の底に落ちて苦しんでいるよ。鳴滝の気持ちがわかってしまいそうだ、おのれディケイド。

 リビングのソファで向かい合うようにして座っている俺と谷本さん。顔も合わせづらく、俺の視線はついつい庭側の開け放たれた窓の方へ動いてしまう。

 庭側は網戸を閉じているだけの状態。雨の勢いは衰えず、雨樋から大量の水が溢れ落ちる。

 そこに、赤い両耳とグレーの毛並みを持つ一匹の子猫がやって来た。足が高い木製のデッキの上に飛び乗り、網戸を開けようとするが上手く行かない。すると、つぶらな青い瞳で懇願してきた。

 

「ニャー」

 

「ん? あ!」

 

 子猫に気付いた谷本さんが、タオルを持って急いで駆け寄る。網戸を開けて、外にいる子猫をタオルで包みながら抱き寄せた。

 

「お帰り〜。もぉ、揃いも揃ってズブ濡れになるんだから〜」

 

 谷本さんのその言葉が俺に刺さる。困り顔になった彼女はぶつくさ言いながらも、丁寧に子猫の濡れた身体を拭いてあげた。

 

「……谷本さん。猫、飼ってるの?」

 

「うん。始めは家の前で瀕死だったのを獣医さんに診せたんだけどね、いつの間にか保護先を脱走してウチの庭とか屋根裏に住み着いちゃったの。特に迷惑掛けないし、水浴びが大好きでお風呂に行きたがるからついつい……名前はロットロね」

 

「ロットロ? ……コケ地獄で倒せる勇者?」

 

「そうだよ。元ネタよくわかったねー。図鑑の説明がアレだし、見た目がまんまだったから」

 

 そう言って谷本さんは、ロットロを扇風機の風で乾かすついでに愛で始める。首回りを撫でられて目を細めたロットロは、俺を見て挨拶でもするかのように片手を上げた。なかなか人間臭い子猫だ。

 

「ところで日室くん。どうして大雨の中でボサっと歩いてたの?」

 

「それは……」

 

 不意に答えにくい質問をされて、言葉に詰まる。質問した本人は特に悪気を持っているようではないが、俺の反応を訝しんでか顔色をまず窺ってくる。

 すると――

 

「はいお待たせ〜。ぬるめの麦茶とお菓子。栗饅頭で良かった?」

 

「あっ、はい。ありがとうございます」

 

「あら、ロットロちゃんも帰ってきたのね。それじゃあ後は……二人でごゆっくり」

 

 絶妙なタイミングで割って入ってきたお婆さん。すぐにまた二人きり+一匹にされるが、笑顔で去っていくお婆さんを見ていたら気分が少し軽くなった。

 改めて実感した。誰かを助けるという事はその人の笑顔を守る事に繋がり、最後には様々な可能性の秘めた大切な未来を守る事になるのだと。最上に敗れた衝撃が大きすぎて、そんな簡単な事をうっかり忘れていた。

 お婆さんは老い先短いと言っていたが、例え残された命が僅かでも未来は確かに存在している。その未来を長いとするか、短いとするかは人次第。けれども、どの未来も尊く大切で、決して理不尽な理由で奪われるような安いものではない事に変わりはない。人やナイトローグを守るというのは、そういう事なんだ。

 

「谷本さん、俺……」

 

「何?」

 

「絶対に諦めない。絶対に、ビルドドライバーには走らないから」

 

「うん。……うん?」

 

「ニャー?」

 

 おもむろに谷本さんとロットロは疑問符を浮かべるが、俺は気にしない。一口で栗饅頭を食べ、麦茶を一気に飲んでいく。厚意で頂いたものだからか、すごく美味しく感じる。

 

 そして気付けば、雨は止んでいた。

 

 

 

 




Q.ビルドドライバーの方から走ってこないとは言っていない。

A.はい。唯一の懸念材料がそれです。アランに友情されたマコト兄ちゃんの例がありますから。あと以前に夢オチでマッドローグにさせられました。ローグにもされかけました。


Q.北都三羽烏、生存戦略失敗要因ランキング

A,
一位……マックスハザードオン → ハザードフィニッシュ

二位……クロコダイルインローグ

三位……ギアエンジン / ギアリモコン

四位……エボルトォ!!

五位……ロストスマッシュ

六位……ドラゴンインクローズチャージ

七位……ヘルブロス

八位……究極体を諦められてブラックホール

九位……初手、ブラックホール

十位……パンドラタワー建築の巻き添え

十一位……エボルトは倒せたけど月がブラックホールで消されたため、直後に天変地異が起きて地球は人の住めない星と化した ←New!


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破滅のテクノロジー

「前回のナイトローグ。えー……くーちゃん変わってー。面倒くさーい」

「仕方ありませんね、わかりました。えー、ネビュラガス発生事件終結後、己の無力さのあまりにナイトローグには相応しくないとか考え出す日室弦人。そんな彼の心を立ち直らせたのは些細なもの。されども大切な、今まで自分が助けてきた人の笑顔だった。街の傷痕はまだ癒えないまま。しかし、これ以上は最上魁星の好きにさせまいと彼は密かに心火を燃やす。……どうでしょうか、束様」

「よくできたね、くーちゃん! 偉い偉い。DNA採取に必要なもっくんの毛髪回収とかもしてくれるし、束さん自慢の可愛い娘だよぉ〜。ナデナデ〜」

「束様。それよりも怪我の手当を。最上魁星に左腕の骨を折られたのでしょう? 重体ではっちゃけないでください」

「そうなんだけどおかしいな〜。これぐらいの怪我なら、束さん特性の回復ナノマシン風呂で一発なんだけど……全然治らないや」

「ベホマのような即時回復は束様だけです。普通の人なら数日掛かるのですが……」

「うーん、ちょっと折られるのは不味かったかな? 『拳に地球の記憶の一部を内包させた』とかもっくん言ってたけど……それは後回しにしよーっと。ISの改造プラン閃いたから急いで形にしないと!」

「やはり最上魁星の仕業ですか。ところで束様、新造のISコア百個を追加で各国に提供したのは?」

「自己満足だよ♪ いやー、それだけでナイトローグがISじゃないって認めてくれるなんて、政治家って現金な奴らばかりだねー。とにかく、認めさせるのが簡単で大助かり!」

篠ノ之束、全治一ヶ月の大怪我(照井竜なら半年のところ)

ヒント……ガイアメモリ、ツインマキシマム、負傷



 世界的なネビュラガス発生事件は一旦の区切りが着いた。まだ終結から日は浅く、各都市にはその爪痕が残っているが、徐々に元の日常を取り戻そうとしていた。たった一つ、失踪したスマッシュの群れ――多くの人間たちを置き去りにしたまま。

 スマッシュ一斉撃滅作戦終了後、一夏たちは戦闘報告などの事後処理を終えるとあっさり解放された。他にも帰宅困難区域の復興などやるべき事が残されているが、小難しいのは大人の仕事。そもそも未成年なのだから、彼らには戦ってもらうだけでも十分だった。

 

 今日の天気は曇り空。直射日光がない分だけ気温はいつもより低くなるが、夏なので暑い事には変わらない。せいぜい、日焼けせずに済む程度だ。

 そんな中、一夏は一人で五反田食堂を訪れていた。親友の弾とは連絡が取れず、こうして自宅に来ても人がいる様子がない。平日にも関わらず閉店していた。

 ここはあの沢芽市に近い。ならば避難所に行ったのだろうと考えるが、とっくに避難警報が解除されたのだから戻っていてもいいはず。今日まで連絡が取れないという事に、一夏は不安をよぎらせる。

 

 もしかしたら、あの子守りをしていた怪人と同じくスマッシュ化したのだろうか。そのスマッシュが誰か気付かないまま、どこかで倒したのかもしれない。決してあり得ないとは断言できないのが心苦しい。

 物心ついた時から一夏は、実の姉である千冬以外に親族がいないのを少なくともコンプレックスに感じていた。今こそ親の愛情に飢えるなんて事は無いが、それも幼馴染や親友たちがいての事。自分の知っている人がいなくなるのについては人一倍、敏感だった。

 だからこそ、たった一人でも自分と繋がりのある人の事は、例え遠く離ればなれになっても忘れやしない。箒がその最もたる例だ。IS学園で再会するまで長い間音信不通だったのに、新聞で彼女が剣道の大会で優勝した記事が載ったページを一目で見つけるぐらいである。普通なら縁が自然消滅するところを、彼は大切に繋げてきた。

 

 連絡と言えば、LINEでの応答もない。もう一人の親友である御手洗数馬がコラ画像で生存報告してきたぐらいだ。その画像で一時、中学時のクラスメイトのLINEグループが笑いに包まれた。

 

 いつまで同じ場所に留まっても仕方ない。食堂前から立ち去った一夏は、近くにある噴水広場へ行く。噴水の前で涼み、次にどうするか思案する。

 

「困るよなぁ……こんな夏場に災害が起きるのは。今頃、避難所が地獄だ」

 

「……弾?」

 

 そこに、一夏が心配している本人が忽然とやって来た。弾は仏頂面で彼の隣に立ち、同じく涼む。一夏の知っている、いつものヘラっとした明るさがない。

 人が深刻に考え始めたその矢先で。しれっと出てきた弾に一夏は怒りを少し覚えた。相手を詰ろうとする口調が僅かに荒々しくなる。

 

「お前なぁ、無事なら連絡の一つぐらい寄越せよ。全然電話繋がらないし、厳さんたちの安否もわからないしさ。どれだけ心配したと思ってるんだよ」

 

「悪い。ちょうど宇都宮の辺りまで家族全員出掛けててな。餃子が美味かった」

 

「そっか」

 

 だが、その怒りはすぐ収まるほどのもの。悪びれた様子で言い分を語る弾を見て、一夏はあっさり引き下がった。こくりと頷き――違和感に気付く。

 

「……ん? まだお盆休みでもないのに食堂屋が日帰り旅行か? 近くで工事してるところあったから、作業員がたくさん来て繁盛ぐらいするだろ? ほら、お前んちの定食美味いし安いし」

 

 瞬間、弾を纏う雰囲気が重くなった。その変わりように一夏は思わず動きを固め、事の成り行きをじっと見守る。

 

「……あー、ダメだ。口は災いの元だな。慣れない嘘はするものじゃない」

 

 弾は重々しく口を開き、自身に呆れる。一夏は嘘と聞いて、すぐさま問い詰めようとするが――

 

「地震? 昨日の今日だぞ、おい!?」

 

 突如として大地が揺れ始めた。体感では震度四。スマッシュとの大規模な戦闘から帰ってきたばかりの身である一夏には、とても平静さを貫けるものではない。最悪な状況をいくつも想定し、揺れる地面の上をしっかり踏み締める。

 

「いいや、違うぜ一夏。始まったんだ」

 

 その時、弾の一言が地震から一夏の意識を逸らした。次第に揺れは収まり、意味深な言葉を聞いた一夏は恐る恐る耳を傾ける。

 すると、遥か西の方角で一筋の赤い光が天に放たれた。

 

「赤い光……何だ?」

 

「あの方向だと富士山だな。今、環太平洋火山帯から噴火エネルギーを空になるまで集めてる。あの光はそのエネルギーを変換させたもの……らしい」

 

「弾? いきなり何言って……」

 

 次から次へと起きる出来事に、一夏は戸惑いを隠し切れない。目の前にいる親友が、まるで別人のように見えてきた。

 直後、上空で大量の煙が疎らに出現した。一夏も見覚えがあるそれは、ナイトローグが霧ワープする時のモノと酷似している。実際、雲のように形を維持している煙の中から怪人が飛び出してきた。

 気流操作能力を持つフライングスマッシュハザードが空を駆け、その背中には飛べないスマッシュを背負っている。キャッスル、ミラージュ、ストロング、プレス、ニードル、ストレッチ。多種多様だ。フライングスマッシュの群れの中には時々、自ら希少であると訴えんばかりにオウルスマッシュが数体混ざっている。

 

「スマッシュ!? 嘘だろ、こんな……くそっ!!」

 

 やがて遠くへと飛び去る個体もいれば、そのまま街に降下する個体もいる。険しい表情の一夏は白式を展開しようとして――足元を撃たれた。

 明らかに相手への命中を意識していない威嚇射撃。咄嗟の銃撃音に一夏は訳もわからず飛び退き、ゆっくりと射撃手がいる方へ顔を向ける。

 冷や汗と動悸が止まらない。特徴的な赤みがかった長髪にバンダナを目にして、それ以上は見たくないと心で拒む。しかし、危機的状況に晒されていると判断している頭がそれを許さない。とうとう、相手の全体像を確認する。

 

「おい待てよ。弾、今は何だ? その手に持ってるヤツも……。冗談だよな? 嘘だよな? そうだよなッ!? じゃないと、その見覚えのある銃は……俺は……!!」

 

「あのスマッシュたちは、状況を混乱させるための捨て駒だ。そして俺とアイツも……」

 

 弾の右手にあるのはトランスチームガンの兄的存在、ネビュラスチームガン。受け入れがたい事実に一夏は歯軋りし、弾はそれに構わずギアリモコンを取り出し、ネビュラスチームガンにセットする。

 

 《Gear remocon!》

 

「潤動」

 

 《ファンキー!》

 

 《Remote control gear》

 

 銃口から放たれた黒煙と水色の歯車に全身が隠れる直前、弾は冷徹な瞳をしていた。

 いくら親友と言えど、一夏は弾としばしば喧嘩する事はあった。しかし、先程のような瞳は生まれて初めて。本気で喧嘩した時でさえ、そんな極端な冷たさは存在していなかった。その印象が強烈に残り、本当に弾なのかと疑いそうになる。

 それでも、目の前にいるリモコンブロスの変身者は紛れもなく弾本人と確信している。確信しているだけあって、現実を直視するのが辛い。なかなか割り切れない一夏に、リモコンブロスは淡々と話し掛ける。

 

「ISを出せ、一夏。俺は、戦わなければいけない」

 

「じゃあ、なんだ……? 今まで、ずっと隠してきたのかよ……自分が何してきたのか……」

 

「ああ」

 

「だったら!! なんで今まで言ってくれなかったんだ!! お前がトーナメント中に襲撃したりするなんて、よっぽどの理由があるんだろ!? 一緒に騒いだり、バカしたり、たまたま帰ってきた千冬姉に怒られたり、今まで長く付き合ってきた親友だ。普通ならそんな事、絶対しない奴だって――」

 

「いいから早く着替えろ。白式に」

 

「っ!?」

 

 問答無用で言いたい事を遮られ、銃口を向けられる一夏。わなわなと身体が震え出し、首を横に振り――堪えた。

 

「……うおおおぉぉぉぉぉ!!」

 

 刹那、白式を即時展開した一夏は激昂し、リモコンブロスに斬り掛かった。雪片弐式を上段に振り、リモコンブロスは両腕を交差させて真正面から受け止める。

 

「そうだ、それでいい。だが……」

 

 そのリモコンブロスの小声は、ハイパーセンサーで聞き取れる。白式のウイングスラスターを全力に吹かした一夏は攻勢に乗ったまま、地面を陥没させるレベルまでリモコンブロスを押し込める。このまま相手の防御をゴリ押しで破るつもりだった。

 

「動きが単調になってるぞ、バカ」

 

 リモコンブロスにそれを指摘されるのも束の間、渾身の斬撃は綺麗に受け流される。有り余った力で振り落とされた刃は地面を容易く刻み、その隙にネビュラスチームガンを腹部に突き付けられ、ゼロ距離射撃をもろに受けた。並の拳銃を凌駕した威力により、その白い巨体は吹き飛ぶ。

 

「ぐっ……!!」

 

 宙で姿勢制御し、停止する一夏。間髪入れずにリモコンブロスがエネルギー状の歯車を飛ばし、それを左腕に備え付けられた雪羅で打ち消す。

 

 《ライフルモード》

 

 とにかく得意の近接戦に持ち込ませる。一夏はリモコンブロスに射撃の暇を与えまいと、彼に肉薄した。ライフルモードでもIS視点では短いリーチのスチームブレードと、大太刀の雪片弐式が激しく鍔迫り合う。

 だが、そんな一夏の全力でもリモコンブロスはサイズ差をものともしないパワーを誇る。スラスターの推進力で押されそうになれば、同じく腰部に光体推進ユニットを展開して持ち堪える。

 そして、リモコンブロスが白式の剣を跳ね除けた。すかさず恐ろしく速い突きを繰り出し、穿たれ掛けた一夏の胸部に絶対防御が発動。事なきを得た一夏は即座にリモコンブロスの刺突を捌き続けるが、片手間でギアリモコンを装填されるのまでは食い止められなかった。

 

 《Gear remcon! ファンキードライブ!》

 

 一夏が荷電粒子砲の照準を合わせるよりも一寸早く、スチームライフルの音声が鳴り響く。次の瞬間、両者はほぼ同時に引き金を引いた。

 青い閃光はリモコンブロスの顔を半分焼き、リモコンに具現化した水色の光弾が一夏の鳩尾に命中・爆発。リモコンブロスがよろめく一方で、一夏はものすごい勢いで吹き飛んでいった。

 白の機体が近くの林に転がり込む。苦悶の表情を浮かべる一夏だが、心はまだ折れていない。必死に立ち上がり、シールドエネルギーの残量を確かめる。実に心許ない数値だった。ファンキードライブの威力が高すぎた事と、燃費の悪い兵装を使ったのが要因だ。もはや連発は厳しい。

 

「もっと冷静になれ。それじゃ前戦った時と何も変わってないぞ?」

 

「どの口が!」

 

「はぁ……もういい」

 

 親切心で助言するが、熱くなりすぎて聞く耳を持たない一夏に溜め息をつくリモコンブロス。するとネビュラスチームガンをスチームブレードから外し、手を振る。

 

「残りのシールドエネルギーはもう少ないだろ? ならお開きだ。じゃあな」

 

「待て!! まだ俺は負けてねぇ!!」

 

 叫ぶ一夏の声を、リモコンブロスは無視する。ネビュラスチームガンの引き金を引き、瞬く間に黒煙に覆われては姿を消す。

 

「弾!! ……チックショオオオォォォォ!!」

 

 相手にまんまと逃げられた一夏は跪き、悔しさの余りに地面を叩き殴った。ISの腕で殴られた地面は軽く凹み、一夏の叫び声が虚しく木霊する。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 空母一隻を中心に編成された空母打撃群。アメリカ第七艦隊に所属する彼らはネビュラガス発生事件当日、中国やロシアなどの動きに警戒するために航行していたが、司令部からの指示を受けて日本救援に駆け付けた。既に現地では、他の在日米軍が動いている。

 しかし、ナイトローグが死ぬ気で頑張ったおかげでスマッシュ一斉撃滅作戦が早々に開始。急いで着いた翌々日にはとっくに戦闘行動が終了したという事で遅刻する形となり、人道的物資の提供や救助支援などに留まるだけになった。

 

 そして再び日本を出港した矢先、空母打撃群から数百キロ先に不審な大型船を発見する。

 初めは民間船だろうと判断して無視するが、不思議な事に相手は空母打撃群の進路を遮るように近づいてくる。次に通信で進路から外れるように求めるが、応答無し。飛んで行った早期警戒機からの報告で、ようやくその不審船の全貌が明らかとなった。

 意図的に模しているとしか思えない、巨大な人の手。丁寧で鋼で構築されたそれは、実際には海上スレスレを浮かんで佇んでいた。

 しかし、そのような奇妙な造形でも通信を繋げる事ができたのだから、誰の手も加わっていない自然物のはずがない。

 

 すると、不審船からIS反応が検出された。数は――三十あまり。

 

「三十!? 何かの間違いじゃないのか!?」

 

「いいえ、計器に故障は見受けられません! 本当です!」

 

 戦闘準備に移行していない空母のブリッジでは、三十機のISが出現というセンサー長の報告に艦長が耳を疑う。IS一機だけでも小編成の空母打撃群程度は殲滅できうるポテンシャルを秘めているのだから、それが事実だとすれば絶句するしかない。現在のアメリカのISコア保有数を上回っている。

 直ちに戦闘配備の指示を飛ばし、空母以下全艦の武装を起動させる。そして攻撃前の勧告をしようとして――

 

「……は?」

 

 艦長がCICに移動しようとする直前、ブリッジの中央で黒煙が発生した。成人男性ほどの大きさの煙はすぐに晴れ、その中から一人の戦士の姿を露わにする。全身に迷彩色の歯車を纏った、ネビュラスチームの戦士だった。

 白く光るU字のバイザーが特徴的で、鋭い眼光で睨まれたブリッジ内の空気が一瞬凍り付く。それも束の間、戦士が放つ四枚の巨大な歯車によって、ブリッジは爆発四散した。

 

 

 

 

 

 

 

「目の前のマシンをISとしか判断できないというのは、哀れでしかない。いや、真相究明を放棄してUFOや幽霊の存在を認めない人間が世の中いるのだ。到底、無理な話か」

 

 瞬時に空母打撃群が航行不能になった頃、バイカイザーは海上に浮かぶ大型マシン《エニグマ》内の一室で佇んでいた。送り込んだ戦士たちが中継する現地の映像を目にしながら、眼前に広がる大量の白いパンドラボックスを眺める。その数、十九×十九並びで計三百六十一個である。

 それでも、パンドラボックスの欠片が埋め込まれているのは、今バイカイザーが持っている一つのみ。唯一品である白箱を起点に、他の白いパンドラボックスに赤い光を連動で灯させる。

 

「白いパンドラボックス同士が生み出す感応現象により、埋め込まれた欠片の力はどんどん増幅していく。それでもブラックホールを作り出すまでには行かないのが、オリジナルの末恐ろしさを物語っているが……それでも十分だ。さぁ、エニグマよ。祝う時が来たぞ。惑星級戦闘体として生まれ変わる、新たなお前の姿を!!」

 

 

 この日、最初は単なる平行世界観測装置に過ぎなかったマシンが、再誕を迎えようとしていた。間を置かず、ネビュラガスとスマッシュから解放されたばかりの世界を震撼させて。

 

 

 

 

 

 




Q.パンドラボックス361

A.最高の課金アイテムにブラッド族全国民歓喜。それはさておき、最初エボルトは感情がないとは言っていたけど、厳密には喜楽の感情ぐらいしかハッキリ発露していないのだと思います。

劇場版のブラッド族三人組も、割りとコレに該当している気がします。特にスマッシュ組。やはりエボルトは異端。


Q.感応現象?

A.エボルトがハイになっている時に万丈が破壊衝動に駆られたアレみたいなものです



Q.リモコンブロス

A.ネビュラガスの影響で冷静さが三割増ししています。特に戦闘だとより顕著になる。

多少な性格や精神の変化は赤い光を浴びなくても、ロストスマッシュ製造でも起きているのでギリギリあり得るかと思います。ライダーシステムさえ使わなければ。

でないと農家の人間をハードスマッシュにし、恐らく一ヶ月にも満たない訓練期間で最前線に送って、PTSDやトリガーハッピーとか微塵も発症させずにガンガン敵兵を倒させるなんて普通なら難しい話。

勿論、単純に三羽ガラスの精神が鋼だったなら破綻します。



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宇宙(ソラ)のファントム

「よぉ! 俺はトランスチームシステムモデルNo.3のブラッドスタークだ。番号付けはナイトローグ、ホールドルナの順だな。それはさておき前回のあらすじだ。遂に正体をバラしたリモコンブロスこと五反田弾。頑なに事情を話すのを拒んだ彼は一夏に戦う事を迫り、両者は激突! 結果はまぁ、怒りで猪突猛進になってる一夏に弾が呆れてなぁ、お開きになっちまった。その一方、ブリッジとCICにワープ攻撃されて無力化されたアメリカ第七艦隊一部の空母打撃群。これも全部、バイカイザーの仕業っていうんだから頭を抱えるぜ」

「……」

「おっと、ナイトローグじゃないか。何そこでじっとしてるんだよぉ? 一緒にあらすじ紹介したいなら隠れてないで――」

《エレキスチーム》

「うおおぉぉっ!? 日室くん!? 急になして!?」

「スターク、今すぐそのダンディなボイスをやめろ……。でなければ、俺は貴様を『エボルトォ!!』と呼びながら殺しに掛かるのを抑え切れなくなる……」

「呼び方コロコロ変わるね。ごめんなさい」ペコリ

「素直でよろしい」

「でも『ナギ』ってまだ呼んでくれないんだ」ションボリ

「……すまない」



 酷暑で熱せられたアスファルトの温度は、生に肉球を晒す猫や犬にとっては火傷を負いかねない大敵である。そのため世の中の飼い主たちは対策として、犬の散歩の時は専用の靴を履かせたりする。

 無論、靴を履かせると歩き方がぎこちなくなるが、肉球を守りたいのであれば致し方ない。冬の時でも、路面にばら撒かれた凍結防止剤が肉球を損傷させるケースがある。良くも悪くも、犬や猫たちは現代社会への適応を求められている。

 

 そして子猫、ロットロ(♂)。例にも漏れずに火傷する仲間入りのところを、意外にも平気でアスファルトの上を歩いていた。首輪の鈴を鳴らしながら、今日も街をブラブラ行く……はずだった。

 このロットロ、かなりの放浪癖あり。キチンと毎日帰宅するものの、一日の大半が外出に費やされている。余りにも子猫外れた行動力と元気である。

 ある日、この酷暑で肉球をやられないかと彼の心配した谷本癒子が気を利かし、ペット用品店に連れて行かれた。ケースの中に入れられ、悲しみを訴える眼差しを向けても癒子に「ごめんね。少しの我慢だから」と言われた。

 確かに、靴のサイズ合わせには同行も必要かもしれない。そのついでに専用の服を買うつもりなら尚更だ。観念したロットロは、ケースの中で考えるのをやめた。

 それからあれよあれよと時は過ぎていき、買い物が済む癒子とロットロ。用事を済ませたので真っ直ぐ帰ろうとしたところ、空の異変に気付く。

 

「え? え? えぇ!?」

 

 上を向いた癒子が慌てふためく。何故なら、空から複数のスマッシュが降下してきたからだ。色彩豊かな通常体もいれば、漆黒の強化体もいる。一瞬にして街はパニックに陥り、癒子の目の前にプレススマッシュハザードが盛大に着地する。

 突然の襲来に癒子は腰を抜かし、尻餅をつく。そんな状態で満足に逃げられるはずもなく、凶悪なプレス機の権化が彼女を殺さんと歩み寄っていく。近くに癒子を助けようとする人間は、いない。全員、他人を心配する暇もなく逃げ出した。

 しかし一匹、彼女を見捨てなかった者がいた。ロットロである。近づいてくるプレススマッシュハザードを睨みつけるや否や、全身をスライム状に変化させて癒子に憑依した――

 

 

 

 

 

 

「ナイトローグだ! 白いナイトローグだぁ!!」

 

 そんな子供の大声を耳にし、癒子の意識が覚醒する。気付けば彼女は、剣片手にスマッシュの屍の山を築いていた。厳密にはタコ殴りにしても戦闘不能になるだけで全く死なないのだが、とにかく死屍累々のスマッシュたちが地面を転がっていた。

 癒子は咄嗟に辺りを見渡そうとして――自由に身体を動かす事ができなかった。

 

(……ん?)

 

 喋る事もできず、頭の整理が追い付かない癒子はきょとんとする。

 確か、自分はあの黒い怪人に襲われる寸前だった。そこまで順調に思い出すものの、不思議と記憶が途切れている。なら夢を見ていたのかと言われれば、それは違うと断言できる。あの時も、今の状況も現実だ。明晰夢でも何でもない。

 そして身体が勝手に動き出し、子供がいる方へと振り返る。顧みるに、どうやら自分はこの子供を庇っていたようだった。路地裏の行き止まりに追い込まれ、鍵の掛けられたフェンスを背にしている。

 

(あぁ、びっくりしたぁ〜。何かと思えば大丈夫なんだね。怪我とかなさそうだし。なら一安心……じゃないよ)

 

 ほっとするのも束の間、癒子はどうにかして自身の置かれた状況を確認しようとする。そうでないと何も始まらない。

 再び身体が動き、表道へと歩き出す。やはり身体の自由が効かない。口惜しく感じた癒子だったが、程なくして窓ガラスを見つけた。ちょうど、自身の身体を映している位置取りだった。

 漆黒のボディスーツに、白いブーツと籠手。両腕部には鋭利な刃が装着され、白と紫の配色パターンには上半身にも見られる。左右ショルダーアーマーにはそれぞれ二本のパイプ、胴体には一対の湾曲した長めのパイプ。特に胸部と頭部のデザインが羽ばたくコウモリという、癒子にとっても馴染みのあるものだった。

 

(……ほわぁっ!?)

 

 頭部のコウモリがツインアンテナのように鎮座し、紫の双眼が窓ガラスの中を覗く。エボルドライバーを着けていないマッドローグの姿に――名称は本人の預かり知らぬところだが――癒子は面食らった。唐突な出来事に頭が混乱するが、身体は変わらず動いていく。

 

(待って! 待って! 私の身体待って! つまりどういう事なの!? ストオオオォォォォォップ!!)

 

 悲しいかな。心の叫びは届かず、気付けばマッドローグに変身していた癒子は強制的に恐怖と混乱が渦巻く地へと駆け出す。殆ど見た目が同じなスチームブレードを構えて、目にしたスマッシュを斬り伏せる。一撃でスマッシュは爆散、戦闘不能になる。

 

(うわああぁぁぁぁぁん!! もう訳がわからないよぉぉぉ!! なんで私戦ってるの!? なんでスタイリッシュに動いてるの!? ISでもこんなに激しく動いた事ないのにぃぃぃぃ!! ボディがぁぁぁぁぁぁ!!)

 

 一つ、二つ、三つ。次々にスマッシュを撃破し、ついでに逃げ遅れた人を助けていくマッドローグ。時には強烈な素手のクローで穿ち、時には疑似スチームガンで撃ち抜く。終いには――

 

 《Bat engine! スチームブレイク!》

 

 《Bat engine! ボルテックアタック!》

 

 敵に当たった一発の光弾が派手に爆発し、腰ベルトに備えられているスロットに専用ボトルを挿せば必殺キックが炸裂する。どんなに上手に戦えても、身体には何の負担も存在しない訳がない。半ば生きたインナーフレームと化した癒子は、死にそうな思いになっても死なないように動かされていると直感で察し、無性に泣きたくなった。

 そして、周囲にいるスマッシュはあらかた殲滅。やっと身体が止まると思った癒子は、目が遠くなっていた。冷静に考えてみれば人を助けるためにこうして戦うのは間違っていないが、全然生きた心地がしない。先日起きた例の事件のニュースでナイトローグが活躍したという報道があったが、そこまで人のために戦える弦人をついつい称賛したくなる。命を賭けた戦いとは、かなり疲れるものだった。

 

(そう言えば、前にも記憶が飛んだ時があったっけ……。電車で沢芽市に行ってたら、いつの間にか家に戻ってて……)

 

 のんきに別の記憶を呼び起こす癒子。その日はちょうど、世界中でネビュラガスがばら撒かれた日だった。当初は何故という疑問よりも、事件現場に行かずに済んで良かったという安堵が強かったので考えるのはずっと後回しにしていた。

 

(あっ、日室くん!!)

 

 すると、道の角を曲がった先でナイトローグを見つけた。やられたスマッシュの山を築き上げていた彼は、丁寧に一体ずつ横にしてから連続でスマッシュ化を解いていく。実に手慣れた作業だ。改良型エンプティボトルのおかげで、ナイトローグがそそくさと通り過ぎるだけで被害に会った人間たちからネビュラガスが回収される。

 元の姿に戻った人々は総じて前後数時間の記憶を失っている。だが、最初に起き上がった人からナイトローグの作業を目にし、助けてもらったのだと察して喜びと感謝に打ち震える。スマッシュ化を解かれた中には兄弟や姉妹、親子もいたようで、お互いの無事を喜び合った。

 

 しばらくして、その場にいる全員のスマッシュ化を解除する。手短に「ここは危険だ」と伝えたナイトローグは、ふと頭上から強襲してきたフライングスマッシュを軽く倒し、避難を促す。この一連の様子を目の当たりにした人々は、それ以上彼に言われるまでもなく逃走を開始した。

 それから一人になったナイトローグ。避難する人々を襲うスマッシュの影がない事を確認し、遂にマッドローグと対面する。

 

「お前は……!!」

 

(おーい日室くーん!! 私だよ私私!! 届けこの声、君に届け! 助けてぇー!!)

 

 身体の自由が奪われている癒子は、先程の一部始終を電柱の裏でじっと見守っているだけだった。それでも諦めずに、明らかに不可能でも思念を飛ばさずにはいられなかった。しかし――

 

「マッドローグぅぅぅぅぅ!!」

 

(ぴゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?)

 

 問答無用でナイトローグに襲い掛かられた。尋常ではない執着心と憎しみ、怒り、妬み、恨みを一斉に感じ取った癒子は、危うく発狂しかける。

 だが、一方で独りでに動くボディは、ナイトローグの猛攻を全力で防いでいる。まさしくラッシュの速さ比べ。互いに得物を投げ捨て、拳を交わす。

 これも現実。言葉だけでは変わらないし、変えられない。時に人は全力でぶつかり合わねば、分かり合えやしないのだ。ナイトローグが叫び、癒子は歳悩まされる。

 

「ナイトローグのぉ……パーツを返せぇぇぇぇぇ!!」

 

(よくわからないけど冤罪ぃぃぃーっ!?)

 

 しかも、その怒りの声がナイトローグ本人しかわからない、癒子からしてみれば完全なとばっちりであった。徐々にラッシュ戦が劣勢になり、半歩下がったマッドローグは姿勢を落として足払いを試みる。

 その時、グキッとした重たい衝撃が癒子の足裏を貫いた。

 

(切れたっ……! 今、私の中で決定的な何かが……!)

 

 厳密には、足が吊っただけ。とは言っても、この場面で身体に支障をきたすなど致命的である。その拍子で仰向けに倒れ込み、ナイトローグの脚にもたれ掛かると同時に変身が解けた。

 

「……!? 君は……!?」

 

「ううっ……ううっ……酷いよ日室くん……」

 

 そのままナイトローグにしがみつき、ポロポロと涙を流す癒子。しかし、先程までマッドローグに変身していた者に対するナイトローグは、例え相手が知り合いとよく似た顔をしていても非情である。忘れかけていた忌々しい悪夢を思い出し、癒子に怒鳴りつける。

 

「内海ぃぃぃぃぃーっ!!」

 

「谷本だよっ! 谷本癒子だよっ!! うええぇぇぇぇ〜ん!!」

 

 そして、とうとう癒子は号泣した。彼女の凄みのある名乗りと、それとは真逆な泣き顔を前にして、ナイトローグは狼狽する。金縛りになったかのように指先一つ動かさず、癒子に泣きつかれたまま固まっていた。

 

 少しして。停止した思考回路を復活させたナイトローグは、未だに泣き続ける癒子の頭を優しく撫でる。それから宥めさせようと言葉を優しく掛けるが――

 

「ごめん、谷本さん。俺、すっかり我を忘れてて――」

 

「ニャア」

 

「……」

 

 癒子の頭からスライムが生えたかと思いきや、顔だけのロットロが出てきた。これにはナイトローグも真顔で黙り込み、自分の頭上にいる存在に気付いた癒子は途端に泣き止む。

 すると、癒子の頭から完全に抜け出したロットロは、スライム形態から猫の姿へと戻った。彼女の肩へと降り立ち、器用にその上で身体を預ける。次の瞬間には、すやすやと眠っていた。

 

「Seeds of life universe……? コイツが下手人か」

 

「ストーップ! ストーップ!」

 

 淡々とトランスチームガンでロットロを狙うナイトローグと、それを大慌てで制止する癒子。この後、癒子とロットロはナイトローグに任意同行された。

 

 

 

 




Q.忠誠をぉ……誓おぉぉぉぉぉーっ!!

A.杖を折る音

このマッドローグはナイトローグ目線ではエボルドライバーを着けていないのでマッドローグもどきですが、この世界においては初めて観測された存在であるのでマッドローグに落ち着きます。ドライバーを使わない、仮面ライダーという称号を持たないただのマッドローグです。
ドライバー使いの仮面ライダーマッドローグではありませんし、恥知らずのマッドローグでもありませんし、スーツ流用でナイトローグをこの世の亡き者にしたマッドローグでもありません。あしからず。



以下、武装とか

・疑似スチームガン
変身デバイス兼武器。黒一色。

・スチームブレード
デビルスチームが使えない以外はオリジナルとほぼ同じ。

・疑似ボトル“バットエンジン”
ノウスブリザードボトルのそっくりさん。

・腰部ボトルスロット
一つだけ。ライダーキック可。マキシマムドライブリスペクト。




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兎と呼ばれた天災

「前回のマッドローグ。いや、ナイトローグ曰くマッドローグそのものではないらしいから、マッドローグもどきなんだろうな。俺からしてみれば大して変わらんし知らんけど。スマッシュの魔の手から谷本癒子を守ろうとした子猫のロットロは、彼女に憑依してマッドローグに変身! その後、色々あってナイトローグに泣かされる癒子であった。女の子泣かすとかナイトローグサイテー!!」

「ここにいたか、エンジンブロス。さぁ、大人しくこちらに来い」

「おっと、あのバカイザーがとうとう迎えに来たみたいだ。だが、俺も素直に頷く訳にはいかねぇー。ここは敢えて! 反逆してやんよゴラァーっ!!」

ポチッ

「アババババババババババーっ!?」

「強制変身解除のスイッチを持っているというのに、バカの一つ覚えも大概にしろ。頭の悪いヤツはあまり好きではないが、ここで始末するのももったいない。最大限まで有効活用させてもらう」

「ああ……やっぱり今回もダメだったよ。俺はついつい熱くなりすぎるからな……」ドナドナー

「ところでエンジンブロス。監視していた貴様の家族はどこにやった? リモコンブロスのは宇都宮で見つけたが……」

「絶賛エジプト旅行だバカめ! 捕まえられるもんなら捕まえてみろ! ウチの家族はなぁ、かのマイナーな王国旅行ついでに謎の組織壊滅させたり、親父がロボになってきたり、焼き肉食うだけで命懸けになったり指名手配されたり、戦国時代にタイムスリップしたり、妹が他惑星の姫様にされかけたり、平行世界をヒーローと一緒に救ってきたり――」

「エジプト……そこにはネビュラガスを散布していなかったな。南波の手の者もちょうど届いていない。ちっ」

「ざまぁ!」

(腹パン)



 篠ノ之束と最上魁星の激しい戦闘に巻き込まれて以来、ボロボロの姿でIS学園に帰還してきた楯無は、一日中医務室で安静にしていた。その間にバイカイザーに敗れたナイトローグが一時帰還し、再び出ていったりしたが、後はご存知の通りである。

 存分に力を発揮した白いパンドラボックスがもたらす余波は、ゴーレムⅡが大破してしまう程のものだった。当然、命懸けでギリギリの研究データ取得をしていた楯無も被害を受け、ミステリアス・レイディは中破。自己修復機能に任せてもたかが知れており、メンテナンスの必要ができてしまった。

 加えて、別働隊のゴーレムⅡ三機小隊に追われてしまう事となる。辛うじて敵小隊を殲滅し、戦域から急いで離脱するが、部は弁えている。ナイトローグのような無茶まではしなかった。

 

 その日、十分な治療と休息によりほとんど完治した楯無は、今まで巻いていた包帯や絆創膏たちとおさらばした。ISの絶対防御がなければ、数日で治せるどころの負傷では済まなかった事だろう。

 それから医務室を立ち去る準備をしている最中に、千冬が訪れてきた。

 

「更識、調子はどうだ?」

 

「はい、お陰さまで大丈夫です。ところで日室くんが重体なのに飛び出したって聞きましたけど……」

 

「つい先日、聖都大学付属病院から退院したばかりだ。見張っていた山田先生を振り切ってな。そして本日未明、スマッシュが再び各地に出現した。確認できた数は二百ほどだ」

 

 見舞いのついでに、火急の用事を告げる千冬。未だに実物のスマッシュを見ていない楯無だったが、一切の奢りもなく脅威性は十分に伝わっている。

 ベッドの上で寝ている間も回収した研究データの閲覧や、部下の暗部からの報告などを受けてきた。無論、こちらが証拠を掴むまでもなく南波重三郎が警察に捕まった事も。唯一残念なのは最愛の妹が遂に見舞いに来てくれなかった事だが、今は私情を挟まない。世間を恐怖のドン底に突き落とした、あのガスの名称を口にする。

 

「つまり、またネビュラガスが?」

 

「いいや、違う。ナイトローグと同じワープらしい。日室からの通信でな。そろそろ情報が集まる頃だ。貴様は準備を終えてから来い。特に専用機のチェックを念入りに済ませておけ。いつ出撃を掛けるかわからん」

 

「そうさせていただきます」

 

 それだけ言い残し、千冬はそそくさと退室していく。楯無ものんびりしていられないと、修理に預けられたミステリアス・レイディの元へと急いで走る。

 

 

 

 ※

 

 

 

 突如出現した二百体あまりのスマッシュ。それらを関東圏から一体も逃さずに即全滅させるなど、ナイトローグたる俺には造作もなかった。ハードスマッシュ以上の個体がいなかったので当然だが。ナイトローグは賢く強い。仕事も早い。

 また、何故かマッドローグもどきに変身していた谷本さんも何体か倒していたようだった。おのれマッドローグ。

 

 いや、この非常時に諍いを起こすのはよそう。それに、マッドローグもどきに変身したのは谷本さんの意思ではなく、むしろロットロが良かれと思って行った事らしい。聞けば、スマッシュに殺されそうになったとか。マッドローグの癖に生意気な。

 そしてスライム状に変化していたロットロを見て、俺はあの宇宙生命体の事を思い出した。肝心のコズミックエナジーとかどこにあるのかと問われれば答えられないが、その推測はあながち間違っていない気もする。ブラッド族にしては、いくらなんでも優しすぎる。

 だって……ね? ネビュラガスの時点でブラッド族とパンドラボックスの存在が確定しているし。宇宙人の一人や二人、増えても今更である。しかし、相変わらず最上の使うパンドラボックスが白であるのが奇妙だ。オリジナルはどこ行った?

 

 だが、わからないものを考えても仕方ないので、俺は谷本さんとロットロを連れてIS学園に訪れた。マッドローグもどきを見つけて、まずそのまま帰すのもあり得ない判断ではあるし。織斑先生から一度戻ってこいとも通信で言われた。絶対にマッドローグもどきの事がばれている。

 この調子だと、日本に残っている他の専用機持ちも招集を掛けられているだろう。もしかしたら、スタークたちも呼ばれているかもしれない。せっかく乗り掛かった船だと気持ちを切り替えた俺は、早速二人と一匹で霧ワープしていった。

 なお、谷本さんはまだグズっていた。うっかり殴り掛かった俺の責任だ。ハンカチを渡すと、また涙が溢れそうになってこちらの気が休まない。しばらくは宥めるのに努める事になった。ナイトローグキャンディーを上げ、そっと隣に寄り添う。

 

「……癒子?」

 

 そんなこんなで、校舎内の作戦室の一画。ちょこんと一緒に座っている俺たち二人を見た鏡さんは、眼力がとてつもなくなっていた。足元でボール遊びしているロットロには目もくれない。

 

「落ち着け、スタ……鏡さん。今は彼女をそっとして上げといてくれ。泣かせてしまったんだ。あっ、ナイトローグキャンディーいる?」

 

「いる」

 

 このスターク、ちょろい。ナイトローグキャンディーを渡せば、さっと彼女も空いている俺の隣に座り込む。男女三人揃ってキャンディーを舐める不思議な構図の完成だ。

 その一方、デスクに半身を隠しながら俺たちを見つめる影が一つ。京水である。歯軋りしながらゾッとするオーラを出しているが、あの端正な容姿ではリスとのにらめっこにも負けるだろう。微妙に可愛さ勝ちしている。

 

「ふ……増えた……!! 弦人ちゃんを取り巻く女が増えた……!! でもわかる。イケメンで危険な男の人に、ついつい近づきたくなるのは。だけどぉ!! 数日会ってないだけでライバルが増えるなんて、あぁ〜んまりよぉぉ〜っ!!」

 

「えぇ……」

 

 物陰で好き放題言った挙げ句に、俺目掛けてダイブ。思わず呆れ声が出てしまう俺だが、体型で言えば京水の方が鈴音さんとタメを張れるほど圧倒的に小柄。あっさり受け止められた。

 

「ねだるな勝ち取れ! さすれば与えられん!」

 

「京水、邪魔」

 

「ヤーダヤーダー! 離れたくなーいー! あと、弦人ちゃん成分足りてなーいー!」

 

 その勢いでギュッと抱き着かれ、頑なに放してくれない。いや、ゴリ押しすれば引き剥がせた。

 

「え、えっと、ごめんね泉さん。私がどくから」

 

「ニャア」

 

 すると、恥ずかし気な素振りを見せる谷本さんが隣の席を京水に譲ってあげた。声を上げたロットロと共に別の席へ移動し、キャンディーを舐め終えた後はロットロをおもむろに愛でる。

 そうして嬉しそうに俺の隣に座る京水。静かにキャンディーを渡せば、喜んで受け取る。織斑先生が来るまでの僅かな時間は、これで潰した。

 

「あの……仲良くキャンディー舐めてるとこ悪いけどさ、誰か説明してくれ。なんで谷本さんも?」

 

 その時、後から箒さん、デュノアさんと一緒にやって来た一夏がそう尋ねてきた。答えは勿論、ただ一つ。束にしたキャンディー三個を投げ渡すついでに言い放つ。

 

「マッドローグだったから」

 

「マッド……? え、俺にもキャンディーくれるの?」

 

「ああ。そこのお二人にも分けてやって」

 

「おう、サンキュー」

 

 これで全員分にキャンディーが行き届いたか。デュノアさんがボソリと「美味しい」と呟く声が聞こえた。ナイトローグはデネブキャンディーをリスペクトする。

 

「可愛いねこさんだね。名前は?」

 

「ロットロだよ。ちょっと訳アリだけど……」

 

「ニャー」

 

 気付けばロットロに挨拶しているデュノアさん。初めて見る人間相手にも関わらず、ロットロのあの人懐っこさはやはり尋常ではない。

 しばらくして、織斑先生がタブレット片手に入室してくる。タイミング的にも、全員がキャンディーを食べ終えた後だ。ゴミは俺が責任を持って回収した。

 

「さて、全員集まったな。谷本もいるな? 貴様はここで待機、後にその子猫と一緒に検査だ。第二のナイトローグになってもらっては困るからな」

 

「は、はい……」

 

 授業中など普段とは雰囲気が違うからだろうか。今の織斑先生に怖気づいた谷本さんは、おずおずと返事をする。

 しかし、待って欲しい。第二のナイトローグ発言については聞き捨てならなかった。間髪入れずに挙手した俺は、織斑先生に指名されるよりも速く口を開いた。

 

「先生、第二のナイトローグではありません。マッドローグです。マッドローグのもどきです。訂正してください」

 

「善処しよう。だが、とっくにニュースやらで白いナイトローグとして定着した世間に通用すると思うなよ? さて、本題に移るぞ」

 

 そして、軽く受け流された。やはり白いナイトローグと世間で言われていたのは、あのマッドローグもどきらしい。名称の細かいところに拘るのが俺だけなのは当然。マッドローグを知らない人にとっては詮無き事だが、口惜しさはある。

 

 それはさておき、織斑先生の語った本題を次の通りにまとめよう。

 

 本日未明。環太平洋地域にて軽い地震が発生した直後、世界各地に再びスマッシュが出現。ネビュラガス散布は確認されておらず、またスマッシュの数も先日の事件と比べて少なめ。現状で早期殲滅に成功したのは日本のみである。

 そして共通点は、あの霧ワープで現れた事。これによりテロ組織やそれに類する何者かの攻撃が確定し、前回の事件の同一犯だと予想する各国が一番疑いがありそうな日本政府を本格的に追及。内閣全滅のダメージから回復しきっていない日本は、代理がリーダーシップのない人たちであるのも相まって胃が空きそうになっている。

 

 なお、俺たちが招集された目的の一つには、スマッシュが再度出現した時に即時対応するためも含まれている。だが一方で、IS学園は独自に黒幕の正体へと辿り着いた。決め手は南波重工の会長、南波重三郎の逮捕と一人の秘書の失踪である。そこでようやく、最上魁星の名前が出てきた。

 

 立体映像で若い方の最上の写真が経歴と共に映し出される。飛び級で大学卒業した人とか、初めて見た。

 

「最上魁星……ですか? 至ってどこにでもいるような青年にも見えますが……」

 

「だが、ナイトローグたちのものと酷似したあの変身デバイス……カイザーシステムの開発者でもある。他にもガーディアンや作業用重機《パワーダイザー》なども作っていたが、それらは表向きだ。日室も先日、彼と思しき敵と交戦した」

 

 若い最上の印象をそのまま口にした箒さんに、織斑先生は次の画像を提示する事で答える。現れたのは、ナイトローグの戦闘ログから引き出したバイカイザー以下、ネビュラスチームの戦士たちであった。その中でもバイカイザーがより大きくアップされる。

 ブロス兄弟やRカイザーについて、福音事件の出撃メンバーは全員知っている。ふと視線を動かせば、リモコンブロスを見る一夏のやや険しい表情を垣間見た。知らずか、拳を強く握りしめている。

 

 そう言えば一夏も、雪片弐型を折られたりと因縁があった。とはいえ、その入れ込み具合にどこか妙な違和感を感じるが……。

 

「南波会長についての捜査は警察に投げるとして、肝心なのは最上だ。依然として世界中の火山から謎の赤い光の柱が発生している原因も――」

 

「……」

 

「織斑、どうした?」

 

「――へ? あっ、いや、何でもないです」

 

「……そうか、ならいい。続けるぞ」

 

 いつの間にか心ここに非ずの状態だった一夏に気付く織斑先生。きょとんとした様子で言葉を返す彼を見て、何か聞きたげな先生はそれを飲み込んで話を戻した。

 瞬間、作戦室の天井からウサ耳を生やした人影が舞い降りてきた。

 

「やっほーちーちゃ――あばぁ!?」

 

 挨拶代わりに織斑先生に尻を蹴り飛ばされる束博士。てか……。

 

「もはや気配を隠すつもりもないだろ貴さ……束? その怪我はどうした?」

 

「はぁっ☆ ちーちゃんが私の心配をしてくれて……あぁぁぁぁ!! 左腕は折れてるから掴まれるとぉぉぉぉぉ!?」

 

「バカな……本物の怪我だと……!? お前がそんな玉のはずでは……!」

 

 左腕骨折。額だけでなく服の隙間からも窺える巻かれた包帯。どういう訳か、束博士は大怪我をしていた。信じられないものを見たという風に織斑先生が絶句する。

 

「うふふー、サプライズだね。束さん、そんなつもりなかったけどちーちゃんを驚かせたからブイブイ♪」

 

 なお、織斑先生から手加減のない蹴りやアイアンクローを受けた束博士は変わらずニコニコと笑い、俺たちに向かってVサインをする。確かに、ここまで動転している織斑先生を見るのは何気に初めてだ。貴重すぎる。

 突然の乱入者に誰もが驚きを隠せない中、次に束博士が顔を合わせたのが妹の箒さん。箒さんが彼女の心配をすると、束博士はたちまち感極まって抱き着いていく。

 

「姉さん……? その怪我は一体……?」

 

「箒ちゃん……!! お姉ちゃんは信じてたよ、怪我した姉を気遣ってやれる心優しい妹だって……!! およよ〜」

 

「はっ、離れてください!? 傷に障りますよ!?」

 

 この仲睦まじさ。とても親しい人間以外にはとことん興味を示さない人とは思えない。

 

「合宿の時も思ったけど、なんかやっぱり態度が違うよね。仲良いのとそうでないのと」

 

「ホントホント。冷たくあしらわれたセシリアちゃんがますます可哀想」

 

 俺を挟んでコソコソ話をする鏡さんと京水。俺の陰で本人に聞き取られないように気を付けるが、想像以上に束博士が地獄耳だった。バッと箒さんから離れては、奇妙な立ちポーズをして二人に喋る。

 

「ヘイ、そこのブラッドスタークとホールドルナ。束さんはちーちゃんといっくん、箒ちゃん、あと両親ぐらいしか人間の区別がわからないだけだよ? さぁ、訂正してもらおうか」

 

「「え、そっち呼び?」」

 

 意外、それは変身時の名前。まさかの呼び名に二人は俺を挟んで抱き合い、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。

 でもいいじゃないか。スターク呼びでも、ホールドルナ呼びでも。誇りに思っていいと俺は考える。

 それも束の間、我に帰った織斑先生が背後から束博士の頭を掴んだ。心なしかメシメシと音が鳴り、不味いと感じた一夏とデュノアさんが叫ぶ。

 

「ち、千冬姉ぇぇーっ!?」

 

「織斑先生! 怪我人相手にそれ以上は不味いですよ!?」

 

「いや大丈夫だ、問題ない。コイツの身体は電車に跳ねられても平気なぐらいにヤワではないからな」

 

「アイヤーっ!? ちーちゃん!? 束さん、電車に跳ねられても死なない自信あるけどイヤだよ! 轢かれるのは! 助けてナイトローグ!!」

 

 ハッ、助けを求める声が目前にっ!? 気付けば考えるよりも先に俺の身体は動き出し、実力行使で織斑先生を止めようとする。

 だが、相手が相手。束博士を障害物として咄嗟に後ろへ回り込むものの、羽交い締めを試みる寸前で織斑先生のアイアンクローを食らう。強靭な握力で頭を掴まれ、俺は動けなくなった。

 

「日室。貴様は例え相手が罪人やクズだとしても、助けを求められたら行動に移すのか?」

 

「悪は許せないが、ナイトローグは裁く者ではなく守りし者でありた――イデデっ!?」

 

「弦人ぉーっ!! そんなっ……千冬姉怒りのアイアンクローなんて……むごすぎる!」

 

 言い分を最後まで言わせてもらえずに俺は鎮圧させられる。青ざめた一夏の叫び声が儚くも室内を反響し、隣では箒さんが俺に向かって合掌していた。ここまでだった……。

 こうして両手に人の頭を掴んだ織斑先生は、俺を一瞥するや否や束博士を厳しく睨んだ。

 

「茨の道を進むとは殊勝なヤツめ。さて、はたまた事前連絡もなしに来た貴様の処遇はどうしてくれようか、束? イタズラに周りを引っ掻き回して私の胃に穴を空けるつもりなら、私刑しか待っていないぞ?」

 

「ひーっ! 怖いよー! ちーちゃん怖いよー! このナイトローグ使えないよー! でもいいんだ。ちゃんとした大事な話をするから。ほら♪」

 

 散々に怯えた顔を見せた後、ナイトローグを侮辱するついでに懐から何かを取り出す束博士。その程度の口撃では、既に成長した俺の心はもう傷付きやしない。やるならアマゾンネオ並みにする事だな。確実に病む自信があるから。

 

「それは?」

 

 束博士が持ったものを見た織斑先生が、訝しげに問い掛ける。すると――

 

「もっくんこと最上魁星の研究データやら居場所やら入ったメモリ。それと真似して作った束さん自家製のフルボトル! 消しゴムとユニコォォォォォォン!!」

 

 元気一杯な束博士の声が響き渡り、直後に静寂が訪れた。不意に織斑先生の握力が抜け落ち、俺は意図せずアイアンクローから解放される。

 観察してみるに、束博士の持つフルボトルはエボルボトル寄りの造形だった。キャップには二つのイニシャルが刻まれており、ボトル部分がクリアパーツではなくなっている。しかし、一角獣と消しゴムを模した装飾はそのままであり、ボトル下部の稼働パーツは存在していない。それはとにかく、どうやってそんな代物を作り出したんだ、この人。

 だからこそ、織斑先生がだんまりになるのも無理はなかったのだろう。次いで束博士の頭を解放し、両腕をぶらりと下げて真顔となり、彼女を見つめる。

 

「あひゅぅん!」

 

 そして、ウキウキと何かを期待していた束博士のみぞおちを躊躇なくグーで穿った。無言で。

 

 




Q.妖怪鬼ババア

A.束や千冬の頑丈さは魔戒騎士クラスだと独自解釈しています。殴られても蹴られてもビルから落ちても死ななかったり、走っているモノレールから落ちて柱に胴体を強く叩きつけられても生きていたり、とにかくそんな感じかと。

もう素でハザードレベル3以上ありそうな面子です。千冬が変身したら全て解決します。あとマドカもかなり高そう。









なので、本作におけるトランスチームシステムの独自設定はこのまま突っ切らせていただきます(ネビュラガス投与が必要な点)。タイムベントやリセットは無力と化した。

それなのにトランスチームシステムの要求ハザードレベルが高めなのは、色々と謎である。結局ネビュラガス浴びてレベル上げやすくした方が合理的で、副作用の身体能力上昇がお得な辺り。




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開幕のベルが鳴る

「前回までのナイトローグ。マッドローグもどきをIS学園へと連れてきた日室弦人。スマッシュ出現だけに留まらない非常事態の中、鏡ナギや京水、一夏たちが着実に集まり、織斑先生の元でブリーフィングが開かれる。そこで乱入してきたのは天災科学者、篠ノ之束であった」

「俺も束さんの乱入にはびっくりしたぜ。しかも大怪我した状態なんて初めて見た」

「そうなんだ。ナイトローグ的にはフルボトルの件が気になるが……。一夏、試しに『ユニコーン!』って叫んでみてくれ」

「なんだよ弦人、急に振ってきて。ユニコーン? そう言えば、なんで消しゴムとユニコーンなんだろうな」

「一角消去ユニレイサーだからだよ! ほら、Harry! Harry!」

「あーもう、わかったわかった。行くぞ……スゥ……ユニ(ry 」






 気を取り直して織斑先生の話が再開される作戦室。急所を打たれた束博士はしばらくの間は悶絶し、たちまち復活すれば織斑先生の眼光に萎縮して自ずから正座する有り様。織斑先生からフルボトル等の件に触れるまで、口にチャックをしていた。俺たちも黙っていた。

 束博士から譲り受けたUSBメモリを端末に挿せば、次々に割れていく最上の隠れ家の数々。中には亡国企業とかいうテロリストの拠点もとばっちりで束博士に殲滅されたようで、日本の至るところでバツ印が刻まれている。

 さらにダメ押しとして、GPSを利用した最上の位置情報の把握。さすがは天災と言われるだけが、ここまでできたのなら最上の追撃を単独でしていても良いはずである。だとすると、あの怪我は……。

 

「――そして、このフルボトルの事だが……」

 

「ハイハイ、待ってましたちーちゃん! 説明させて!」

 

 ようやく話題が変わると、束博士は目の色を変えて立ち上がる。その変わり身の速さに織斑先生は溜め息をつきつつも、軽い手の仕草だけで発言許可を示した。

 

「ジャジャーン♪ 消しゴムフルボトルとユニコーンフルボトル〜。ナイトローグとかもっくんのを参考に独学で完成させたけど、どうして消しゴムとユニコーンになったのかは束さんでも意味不明なのだよ。えっへん」

 

「胸を張る事か」

 

「ちーちゃん焦らない焦らない。スゴイのはここからだよ。なんと!! このフルボトル!! 白式に二本同時で挿せばとんでもなく強化されるのだ〜!! やったね、いっくん! 今よりもっと強くなれるよ!」

 

「え……?」

 

 二本……挿し……? まさかの発言に一夏は間の抜けた声を出す。それもそうだ。白式にフルボトル二本を挿すなんて、俺も耳を疑った。直挿しはハード系列のスマッシュに変身する印象として強すぎる。

 

「んでこの映像見て。フルボトル挿した後のビフォーアフター。ここじゃ狭すぎるから出来ないけど、ホラ。外見とサイズがこんなにも変わるよ?」

 

 続けて立体型ディスプレイの操作を行う束博士。指し示されるのは今の白式の姿と、変身後とされる新たな姿だ。

 変身後の白式は全身装甲と化し、身長は二メートル以下まで小型化を果たしている。ウィングスラスターや近接ブレード、左腕の複合盾(ツインブレイカー感が強くなっている)は健在だが、ほぼ疑似ライダーと呼んでも差し支えないだろう。顔にはライダーらしい複眼があり、まるで羽根のついた兜を被っているようだ。

 また、フルボトルの装填部位は左腕部。イメージはビルドジーニアスの腕デザインだ。

 

「これって……どこかで……」

 

 その二つを見比べた一夏はぼそっと呟く。俺はこの姿を見て、同じ疑似ライダーであるオルタナティブを連想した。オルタナティブっぽいと言うには、余りにも純白すぎるが。

 

「姉さん、このアフターの姿……白騎士では?」

 

「いいね、箒ちゃん。スゴクいい。でも白騎士とは全然レベルが違うんだ。左腕部にスロットされる二本のボトルと、左手甲には据え置きの複合兵装《ツインブレイカー》。雪羅みたいにビームシールド張ったりビーム撃ったりする他にも、レイジングピーマーの操作でナックルに! さらにツインブレイカーにボトルをセットすれば、ボトルに応じた特殊攻撃が可能!! さらにさらにっ!!」

 

 箒さんの質問でさらに気を良くした束博士は、どんどんテンションを上げながら説明をしていく。遂にツインブレイカーと言ってしまったか……。だが野暮な事は言わないでおこう。

 白騎士。全てのISの始まり。不思議な事に、フルボトルを直挿しするISとしての第一号たる白式は、教科書などに載っている白騎士の姿とびっくりするほど似ていた。

 

「フルボトルの力で、攻撃用エネルギーと防御・活動用エネルギーがそれぞれ独立! シールドエネルギーがゼロになっても戦闘続行可能! すなわち、エネルギー切れを気にする事なく零落白夜とかが常時使えるのだ〜!! うーん、清々しくチートだね!!」

 

「マ、マジか……」

 

 その決定的な一言に強い衝撃を受ける一夏。自分からチートだと認めた束博士には、俺は呆れを通り越して声も出ない。サラリと問題解決できる科学者が少し身の回りに多いのではないだろうか。

 すると、ここまで黙って拝聴していた織斑先生が、顔をしかめさせながら束博士に尋ねる。

 

「待て、束。ボトルの直挿しだと? 中身には恐らくネビュラガスを浄化したものを詰め込んでいるのだろうが、IS越しでもとても無事に済むとは到底思えんな。日室たちのトランスチームシステムとは違いすぎる」

 

「心配ご無用! この前、白式を見せてもらったでしょ? その時のデータで消しゴムとユニコーンの相性がいい事もわかってるし、ネビュラガスを浴びたスマッシュ化とも違う。厳密に言うなら、ネビュラガス浴びてなくても変身できる安心安全のISハーフスマッシュってところかなー? でも機体特性はISから逸れないし、素でボトルの力も引き出せる。

 あっ、シールドエネルギーゼロになっても戦えるって言ったけど、その状態で大ダメージ受けたら強制変身解除に大怪我ね。そこからは物理的防御に依存してるから。核シェルター並みの防御力だけど」

 

 その回答に織斑先生は釈然としていない様子だったが、じっと束博士を見つめても相手は顔色一つ変えない。渋々といった感じで引き下がり、また溜め息をつく。

 確かに見方次第では、一夏がれっきとした実験台である。デメリット無しというところが逆に胡散臭く、信用できなく感じてしまうところもある。だが、相手は何やかんやで天災と謳われるほどの科学者。このタイミングで絶対的な戦力増強を見込めるなら、リスクの一つや二つは飲むしかない。

 それから「はい、いっくん」と束博士にフルボトル二本を渡される一夏。半信半疑といった感じだが、満更でもなさそうな気持ちが顔に薄っすらと出ている。ISハーフスマッシュとやらの仕様が魅力的であるのは、俺も内心認めざるを得なかった。本来ならこういった武装転用はあまり望ましくないと、わかっているとしても。

 

「これがあれば……。あっ、束さん。シャルや箒たちの分はないんですか?」

 

 ハッとしたかのように、一夏はボトルから視線を上げて彼女にそう聞く。しかし、当の本人は悪びれる様子のない表情で頭を下げた。

 

「ごめんね〜、二本作るだけで必要な資材使い切っちゃたんだ☆ 試作一号かつ完成品とでも言うべきだし、確保できたネビュラガスも元々少なかったし……そうだ! ナイトローグ〜、デビルスチームでネビュラガス分けてちょーだい♪」

 

 思い立ったが吉日と言うが、なんて頼み事だ!? しかもいつの間にか、俺に対する態度もやや軟化しているッ!

 勿論、そんな恐ろしい願いを叶えてやるつもりは毛頭ない。このフリーダムに生きる人は、フリーダムすぎる故に科学者としての当たり前の責任――ISを作った責任を半ば放棄している気がする。例え俺がデビルスチームを使う時があるとしても、こんな人にはおいそれとネビュラガスを一ミリリットルたりとも渡せやしなかった。

 

「だが断る」

 

「何っ!? じゃあ――」

 

「だが断る! この鏡ナギの最も好きな事の一つは、自分より強いと思ってる奴にNOと断ってやる事だ!」

 

「右に同じく! ワタシ、スチームブレード持ってないけど!」

 

「ウ~ン、ジョジョ立ちぃ〜っ!! まぁいっか」

 

 悔しがる素振りを見せるかと思いきや、束博士は意外にも簡単に諦めた。その手応えのなさにうっかり肩透かしを食らう。

 そんなこんなで、とんでもない事を言い出した束博士は直後に織斑先生から制裁のグリグリ攻撃をもらった。一応、頭部の負傷を考慮して手加減をしている模様。……ん?

 

「弦人ちゃん?」

 

 咄嗟にトランスチームガンとバットフルボトルを取り出した俺を訝しむ京水。だが、悠長に説明している場合ではなかった。

 何故なら、ディスプレイの端に示されている最上の現在位置が、まるでワープしたかのようにIS学園まで到達していたから――

 

「来た……!」

 

 《Bat . Mist match!》

 

 《Bat, ba, bat. Fire!》

 

 スパークは散らさない省エネ変身。視界の中で、激しくブレる赤い残像を目にする。ものすごく嫌な予感しかしないが、近くにはデュノアさんと谷本さん、ロットロがいた。俺以外、赤い残像の出現に気付けていない。

 ナイトローグに変身し、とにかく一気に駆ける。デュノアさんたちの頭上を飛び越え、人の形になりかける赤い残像の顔面へと蹴りを入れる。だが――

 

「うっ!?」

 

 蹴りは空振りに終わり、瞬時に俺の背後を取った残像は容赦ない肘鉄を一発かます。それだけで吹き飛ばされた俺の身体は作戦室の壁を破り、盛大に廊下へと転がり落ちた。

 

「んーっ!!」

 

「フシャァーッ!!」

 

 くぐもった声をする谷本さんと、威嚇するロットロの声。急いで見てみれば、彼女の口を押さえて捕まえているバイカイザーの姿があった。

 瞬時にスライム状へと変化したロットロは谷本さんに憑依し、マッドローグもどきとなる。間髪入れずに俺もバイカイザーに立ち向かうが、間に合わない。

 

「フン……」

 

 バイカイザーが鼻で笑ったかと思いきや、次の瞬間にはマッドローグもどきと一緒に姿を消してしまった。唯一俺が捉える事ができたのは、やはり赤い残像のみ。谷本さんがいた場所に残っていたのは、ヒラヒラと床に落ちていく一枚の手紙だけだった。

 

「くそっ! やられた……!!」

 

「束!!」

 

「わかってるよ、ちーちゃん。ほほいのほいと」

 

 織斑先生の一声で、切り替えた束博士は端末を操作。片手となっても凄まじい速度のタイピングで、忙しなく映像を変えていく。

 

「ごめん弦人。僕、一番近くにいたのに……!!」

 

「いや、あれは無理もない。それよりもコレは……」

 

 歯を食い縛らせたデュノアさんが、申し訳なさそうに謝ってくる。周囲に目を回せば、何が起こったのか理解できていない面子がほとんどだった。

 デュノアさんの謝罪をやんわりと聞いた俺は、次にこの謎の手紙を拾う。すると手紙は独りでに変形し、最上魁星の声を再生した。

 

『拝啓、諸君。この度、エニグマのリニューアルを記念して、君たちをこの機動要塞に招待しようかと思う。内部構造がわからなければ、ナイトローグによる直接ワープ侵入も不可能だろう。誰か一人を攫えば、君たちが招待を断らない理由付けにもなる。こちらも大量の戦力を用意して待っていよう』

 

 内容はそれだけ。最後にエニグマらしきヒトの手の形をした人工物をホログラフで示せば、とりとめもなく手紙は静かに焼失していく。

 

「これはアメリカの空母打撃群か? いや、真ん中にいるヤツが奇妙だ」

 

「あれがもっくんの言うエニグマっぽいね。艦の間に繋がれている赤い光は……もしかして操ってるのかな? うわー、だとしたらIS以外で真正面から艦隊の弾幕突っ切るの難しいね、こりゃ。数百キロ先からいつでもミサイルで一発KOされかねないよ、IS学園」

 

 その一方で、目の前のディスプレイと向き合っている大人二人。後ろから画面を覗いてみれば、幾つもの映像が飛び出てくる。衛生写真だけでなく、一体どうやって撮っているのかが不思議なアングルでの艦隊航行映像もある。映っている限り、何やら色々な艦のブリッジが軒並みやられているようだった。

 

「第一種戦闘配備! これをIS学園に対する攻撃と認定! 専用機持ちは出撃準備急げ!」

 

 織斑先生の号令の元、戦いの火蓋が切って落とされる。

 

 




Q.白式ハーフスマッシュ(以下、白式HS)

A.普通に考えて試合だと禁止指定される代物です。疑似ライダーのポジションなので、スペックが必然的に高くなりました。ビルドライダー並みに。



以下、スペックとか

・雪片弍型改
滅多に壊れないライダーウェポン並みの耐久力をゲット。ビームサーベルの仕組みは威力向上のため、レーザー系から粒子固めた系に変化。つまり鍔迫り合い可能

・雪羅(半分ツインブレイカー)
ツインブレイカーの能力そのまま追加。バリア、ビーム砲、ナックルと化する

・専用フルボトル《消しゴム》、《ユニコーン》
ツインブレイカーに挿さずとも、ある程度のスマッシュとしての能力を使用可能。消しゴムの能力はグリスが披露した通り。

・ライダーバトルの領域にようやく入門(丸腰での殴り合い)

・キバの鎧と同じく核爆発に耐えうる



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Ready Go!!

「ニャー。ニャーニャニャニャ、ニャーニャー。ニャー! クルル、ミャーオ。ウニャウニャ」

(ロットロ、猫語じゃあらすじ伝わらないから無理だよ……。でもなぁ、私も今の状態だと喋れないし……)






(仕方ない。心の声しか出なくてもやろうか。さて、前回のナイトローグ。篠ノ之束博士から新たな力の源である二本のフルボトル、消しゴムとユニコーンを手に入れた織斑くん。するとバイカイザーが残像ワープでやって来て、即ナイトローグに変身して迎撃に出た日室くんの甲斐なく私が連れ去られてしまう。咄嗟にロットロが私に憑依したけど、誘拐された身としては不安しかなくなるのだった)

「ニャーオ」

(え? 心配ないだって? この前、足が吊ったばかりなのに? 私のボディが結局戦う事になるのに? ……もう勘弁してよ〜!)





 エニグマを中心とした空母打撃群は人工島のIS学園に向かって進行中。当然ながら学園側の、即時撤退を要求する通信を受け入れず。戦闘機の類は一切飛ばされていないが、着々と距離を詰められつつあった。

 その頃、日本政府の他に在日米軍もこの事態を把握。ただでさえ艦隊を乗っ取られるという失態を犯したのだから、これ以上は彼らの沽券、果てには外交問題にまで発展する。IS学園と連絡を取り合った後に迎撃部隊を回すが、列島と太平洋側沖合を分断するかのように、海中から赤い光の壁が出現。その上にも不可視の障壁があり、全高は大気圏にまで相当する。突然の出現に一機の偵察機が衝突・大破し、在日米軍も簡単に手出しができなくなった。

 後の報告によると赤い光の規模の長大さ故に抜け穴が数ヶ所確認できたが、その大きさは小型船舶がギリギリ通り抜けられるほど。とてもではないが、戦闘機部隊を送り込むのは難しかった。

 

 

 一方でIS学園。ミサイル対策に電子戦装備を用意する他、砲撃を防ぐためにアリーナ用シールドエネルギーを利用し、人工島外縁部に沿って一方向に集中させたバリアを展開。出力上の限界で全方位を守れる訳ではないので非常に使い道の限られる代物ではあるが、今日に限って陽の目を見る事となった。

 IS学園に残っていた教員たちは、総出で戦闘配備に着く。訓練機のISはほぼ全て出撃し、実働部隊が防衛ラインを形成。エニグマ中心艦隊からの先制攻撃がまだ来ていないのが幸いだ。後方では千冬を中心とした作戦本部が迅速に立てられる。

 

「今回の作戦目標は、IS学園の防衛と人質の救出の二つ。だが優先すべきは人質、谷本癒子の救出だ。そのため、早急にも《エニグマ》の突入を果たさなければならない」

 

 次に立体映像で映し出されるエニグマが拡大される。横に並ぶ空母に負けず劣らずと、元の用途とはかけ離れた巨大な姿をしている。

 

「しかし、映像で見る限りでは侵入口がどこにも見当たらない。また、大型でありながらレーダーで感知できていない事から、電気的に中性な難波重工の新型特殊合金を使用している可能性もある。破壊係数は存在するが、取得した試験データから逆算するに通常ミサイル数十発程度の火力では傷一つつけられ――」

 

「ちょーっと待ったー!!」

 

 そこで束が、千冬の言葉を遮って乱入を果たす、だが、臨海合宿の時と合わせて二度目の事であったので、千冬は彼女に自由を許さず頬を片手で掴んだ。

 

「どうせ紅椿に単騎突貫させるとかなのだろう? 篠ノ之がワンオフアビリティを使いこなせていない時点で却下だ。敵の戦力が見た目空母打撃群一個だけとは考えにくいし、下手すればエネルギー切れを起こして孤立する」

 

「違う違う! 今回はいっくんのISハーフスマッシュの超絶パワーでゲロビ――」

 

「そこまでだっ!!」

 

 束がそう言いかけたところで、今度は違う誰かが割って入ってきた。性別を判断するには絶妙すぎる声質で、ドカドカっと作戦本部に上がり込んでくる。

 

「地獄からの使者、サイコローグ!!」

 

 二人の前に現れたのは、二等身プロトビルドに変身しているレオナルドだった。見た目からぬいぐるみなのか判別できないほとんどの人間が、少しだけ呆気に取られる。

 しかし、背後からスタスタと歩いてきた葛城により、ビルドドライバーとボトルは没収。不覚を取ったレオナルドは強制的に変身解除させられた。

 次いで、葛城が全員に向かって頭を下げる。

 

「助手が失礼しました。今回の作戦について、私たちからも意見を具申させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

「葛城博士、いらしたのですか? しかし、ここは関係者以外立ち入り禁止です」

 

「それは承知の上です。ナイトローグたちの専用ビークルを搬入していた途中だったのですが、このままでは帰宅できず戦火に巻き込まれかねないので」

 

「専用ビークルですか? ですが――」

 

 葛城たちとは以前にも、福音がスマッシュ化した際の意見を求めた事がある。専用ビークルの名が気になる千冬だが、今回に至ってはスマッシュとの戦いがメインではない。できる限りなら民間人には避難してもらいたいと、言い淀んでしまう。すると――

 

「プレゼンテーションはこの俺、レオナルドにお任せを……」

 

「クマちゃん!」

 

「ぐわばぁ!?」

 

 説明する寸前にレオナルドは横から束に抱き着かれた。

 

「今、一目見た瞬間にびびっと来たよ! 仲のいい友だちになれるって! 私は束さんだよ? 篠ノ之束、天災科学者。クマちゃんの名前は?」

 

「なっ、なんだぁ貴様ぁ!? 今いいところなんだから放せぇーっ!!」

 

 そうして、うるさくて敵わないので二人を作戦本部の外に追い出す葛城と千冬。葛城を避難させるなら話を聞いてからでも遅くないと判断した千冬は、レオナルドの代理で説明してくる葛城の言に頷いた。

 

「私が代わって説明します」

 

「はい。一応、お聞かせ願います」

 

 葛城の持っているノートパソコンから、立体映像を介して専用ビークルのデータを示す。

 

「型式コード《SB‐VX0》。正式名称は超高速アタッキングビークル《ジェットスライガー》。主な開発者は先程の石倉くんです。搬入した数は三台。スペックは次の通りです」

 

 全長4.3メートル、全幅1.64メートル、全高2.1メートル。最高時速は音速を超えた1300キロメートルで、飛行も可能。新型ジェットエンジンを推進機関として使用し、重量は525kgに抑えられている。

 武装は左右のカウル部に搭載された追尾式光子ミサイルを収納、合計32発同時発射可能。車体前方にはビームランチャーが変形展開する仕様である。

 また、車体後部と側面に設けられているスラスターのおかげで、とてつもない自由度で縦横無尽に機動を変える事ができる。遠くからコールできる機能もあり、正式名称の名に恥じない性能と呼べよう。

 

「最初はホイールを付ける予定でしたが、無免許運転させる訳にもいかないので完全なエアバイクにしました。水上は問題なく走れます」

 

「なるほど、火力に関しては申し分なさそうだな。ナイトローグたちも例の煙幕さえ使えば、孤立しても戦域離脱は可能。戦力としてはアリだが、もちろん効果的に打撃を与えたいなら肉薄する必要がある。ぶっつけ本番か……」

 

 ジェットスライガーの性能を把握した千冬だが、懸念する事がいくつがある。紅椿の時とは違い、試運転の機会がない事だ。同じく、白式のISハーフスマッシュをいきなり実戦投入するというのは、逆に命の危険に関わりかねない。普遍的な教師であろうとするなら、まず取れない選択肢だ。

 ならばと遠距離攻撃を仕掛けようとしても、空母打撃群のミサイル迎撃システムが生きているなら簡単に解決しない。艦載砲無力化を狙おうにも機動部隊を突撃させる必要があり、一方で弾の撃ち合いの果てに切り札として光子ミサイルを使おうにも、学園側がジリ貧になるのは明白。そもそも艦隊と機動兵器、互いの保有弾数がそもそも違いすぎる。IS学園は曲がりなりにも教育施設であって、れっきとした軍事基地ではないのだ。今回のような敵の大攻勢の反撃手段が乏しい。

 しかし、相手は曲がりなりにも空母打撃群を引っ提げて来ている。在日米軍から乗っ取られた艦隊との交戦承認こそ得ているものの、通常なら大戦力である空母と戦うなど国家間戦争モノである。彼らは今にもIS学園へ進行し、いつ総攻撃を仕掛けてくるかもわからない。対地攻撃されれば学園側は圧倒的に不利なのだから、予断は許されなかった。

 

「バイク……?」

 

「バイクだ、一夏」

 

 その一方では、ジェットスライガーに何やら思うところがあった一夏とナイトローグであった。

 

 かくして、散々の議論の後に作戦が決定した。エニグマ突入部隊はこちらも最大戦力である専用機を中心に編成。援護として、選りすぐりの教員部隊が先行して敵艦隊の砲台潰しに徹する。撃沈させては後々の政治や環境汚染などに響くので、なるべく無しの方向となった。

 その際エニグマの装甲を貫く要となるのは、ジェットスライガーに乗るブラッドスタークとホールドルナであった。始めにナイトローグが霧ワープでエニグマに取り付き、持ち前の超音波センサーで装甲材質、内部構造を調査。それから接敵し、決め打ちした侵入口に向かって光子ミサイルを一斉に放つ。

 トランスチームの戦士たちにはワープがあるので抜群に生還率が高く、これが失敗しても強行偵察になるだけで無駄にはならない。その頃には必要最低限の艦載砲無力化が済んでいる。慌てずに対処すれば問題なしの一言に尽きた。

 

「京水、スターク。ジェットスライガーは任せた」

 

「かしこまり! 弦人ちゃんも気を付けて! さぁーて、弦人ちゃんの期待に応えるわよ〜!!」

 

「またスターク呼び……でも頑張る」

 

 作戦開始の合図が降りるまでの待機時間。それぞれジェットスライガーに乗り込む二人をナイトローグが見送る。スタークは相変わらずの名前呼びに気落ちするが、彼から期待されていると察して元気を取り戻す。ホールドルナはノリノリとクネクネの平常運転だった。

 

 それから二人の元を去ったナイトローグは、作戦開始まで瞑想しようとしたところで葛城から通信が繋がった。

 

『日室くん、聞こえますか?』

 

「葛城博士?」

 

『最新のアップデートでブラッドスタークたちのワープ可能回数は増えましたが、それでもまだナイトローグの方が多いです。気負わずにお願いします』

 

「……了解」

 

 通信を開いてみれば何気ないエール。言われなくともそれを理解していたナイトローグは、にべも無く答えた。

 

『そう言えば、石倉くんはワープの事を《姿晦まし》の呪文みたいだと言っていました。気を付けないと身体がバラバラになるという、あのハリー・ポッター作品の呪文です。日室くんは読んだ事ありますか?』

 

「ありますけど……急にどうしたんですか?」

 

『いえ、ただの他愛ない話です。それでは気を付けて』

 

 葛城は最後にそれだけを告げて通信を切る。唐突な雑談に困惑するナイトローグだったが、すぐに戸惑いの念は消え去る。むしろ、肩が少し軽くなったかに感じた。

 

 

 

 そして、IS学園の岸辺から臨める海の遥か地平線の彼方。バリアが張られた前方には多くのISが幅広く展開し、ミサイル迎撃や撹乱などに備えている。先行部隊が出るタイミングは、敵艦隊を十分に引き付けてから。後の先を制するつもりだった。ISの力なら、それが可能だった。

 しばらくすると、徐々に地平線の下から艦船の姿が顕わになる。それと同時に、敵艦隊から一斉にミサイルが放たれた。大量の飛行機雲を一直線に描き、IS学園に向けて飛んでいく。

 飛翔物はそれだけには飽き足らず、空母から戦闘機が、数百体のフライングスマッシュが次々に発進していく。海中からは水陸活動ができる新種のスマッシュ群が前進していき、千冬の想定通りの敵戦力動員となった。なお、戦闘機にはガーディアンが搭乗する形で、半ば無人機と化している。

 

『作戦開始!』

 

 敵艦隊からの攻撃が確認された直後、オープンチャンネルで千冬からの合図が出た。既にミサイル迎撃は始まっており、電子障害を食らって明後日の方向に飛んでは自爆するミサイルが続出する。

 そんな中でも学園へと向かってくるミサイルを優先的に教員部隊が落としていき、とりわけ足の遅い巡航ミサイルは絶好のカモであった。敵艦隊が通常弾頭しか載せていないという情報は手にしているので、心置きなく撃ち落とせた。弾頭が一発の狙撃弾で貫かれると、たちまち空中で大きな火球が浮かび上がる。

 

 第一派のミサイル群はこれにて終了。滑り出しは上々だが、山場はこれから。間を置かずに第二波の機動混成部隊の襲来である。

 ISにとって、固定銃座に死角の多い戦闘機はそれほど脅威ではない。問題は、群れを成して飛んでくるフライングスマッシュであった。戦闘機ほど素早くは飛べていないが、パワーと防御力は段違い。加えて両翼の気流操作能力により航空力学を無視した飛行が可能な上、旋回率もISに追随するほど極めて高かった。

 そのため、遠距離砲火で倒し切れなかった分は防衛ラインを敷くISや実戦用ドローン、ダミーバルーンなどに乱戦を持ち込んでいく。実戦用ドローンはISの訓練などで使われるものを少し改造した程度なので、固定砲台以外の仕事は望めない。ダミーバルーンは言わずもがな。結局のところ、ISを操縦する人間たちが踏ん張りを利かせるしかなかった。

 また、敵艦隊からの砲撃もチマチマとやって来る。やすやすとISに当たるものではないが、IS学園を守るバリアには容赦なく命中していく。破られる様子はなくとも、守る側の人々の不安を煽がせるには十分だった。

 戦力比は歴然の差。しかし、スマッシュが通常個体というのもあって少数のISたちに苦戦はない。合間を見計らい、遂に先行部隊の三機一個小隊が敵艦隊に向けて猛スピードで突撃していく。小隊を率いているのは山田真耶。全機訓練カラーのラファール・リヴァイヴである。

 それに合わせてナイトローグも、後方からスチームライフルでの支援攻撃を切り上げ。エニグマへと直接霧ワープした。

 

 筒がなくエニグマの真上に着地した瞬間、エニグマ周囲に展開している艦船からCIWSによる弾幕が張られる。毎秒数千発の勢いで放たれる凶弾はエニグマに取り付いたナイトローグを仕留めんとするが、彼が少ししゃがむだけで射線が通らなくなる。ミサイルまでは撃ってこなかった。

 

(取り付いたが、エニグマ本体からの攻撃はない? そんなに誘い込みたいのなら上等だ)

 

 自身の知っているものとは随分と変わっているエニグマの手甲を駆け抜けながら、そんな風に少しだけ訝しむナイトローグ。即座に思考を切り替え、内部構造把握に意識を向ける。

 超音波の反射の強さ、速度の違いに気を配り、ヒートエッジを最大出力まで上げたスチームブレードで装甲に突き刺す。刺さったスチームブレードを基点にし、何度か位置を変える事で少しずつエニグマの内部が明らかになっていく。

 

(中空にしては広すぎる。なら、見かけの体積よりも内部が広め? いや、それは別に驚く事じゃない。パンドラタワーみたいな可変さえなければ……いける!)

 

 人類史上に存在した最も厚い装甲は、大和型戦艦の主砲正面装甲560ミリから650ミリほど。一メートル級の装甲は未だに存在せず、エニグマの表面もスカイウォールの岩板とは違うれっきとした金属。スチームブレードのギリギリのリーチで装甲を貫通し、超音波の侵入口が出来上がった。

 そこからはトントン拍子で作業が進み、僅か一分足らずで破壊予定箇所が決まる。全体的な装甲厚に違いがなければ、残す問題は装甲の材質のみ。手応えとしては、並大抵の実体弾やミサイルでは抉じ開けるのに苦労する程度。話に聞いたジェットスライガーの追尾式光子ミサイルならば、十分に達成できる。

 

『こちらナイトローグ、決め打ち終了。どこを狙っても問題ないが、わかりやすく手の平で』

 

 決め打ちを終えたナイトローグが作戦本部へ報告するのも束の間、そそくさとIS学園にと霧ワープ。それと入れ違うようにして、二台の超絶マシーンが出撃していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激しい水飛沫を散らしながら、ジェットスライガーが海上を疾走する。スマッシュと教員部隊の混戦区域の左右から展開し、ブラッドスタークとホールドルナの両名は焦る事なくハンドルを操る。生身の人間なら耐え切れない加速でも、強化服を纒っている彼女たちには関係ない事。平然と運転に臨んでいた。

 

「……ぬッ!?」

 

 右から敵艦隊に迫るブラッドスタークの元に、海からの使者が襲い掛かる。サメを思わせる風貌をした、ネイルスマッシュだ。CDスマッシュのディスクユニットと形状が似た両手には、それぞれ四本の鋭利な爪が生えている。蟹の鋏のようにクイッと動き、相手を挟み込む事も可能である。

 強襲するネイルスマッシュは、研ぎ澄ましたかのようなタイミングで水上をジャンプ。見事にジェットスライガーを車体側面から飛び越え、爪を振り落とす。

 それをブラッドスタークは辛うじて回避。首を横に傾げ、事なきを得る。だが敵襲は止まず、次々にネイルスマッシュの軍団が発生した。

 

「このっ!!」

 

 ブラッドスタークがハンドルを切れば、高速回転するジェットスライガーにネイルスマッシュの一体が激突。そのまま轢かれて海の藻屑と化す。

 そして思い切ったブラッドスタークは片手運転を敢行。右手にトランスチームガンを持ち、海中から猛追撃してくるネイルスマッシュを撃つ。光弾は面白いように命中し、ネイルスマッシュの群れを完全に振り切った。

 次第に敵艦隊が見えてくる。チラリと視線を横にすれば、遠くに黒いエアバイクの姿が見える。ホールドルナも無事にここまで辿り着けた。

 

 そろそろ敵艦隊からの迎撃を気を付けなければならないが、所詮は小規模の空母打撃群。真耶たちの小隊が砲台のほとんどを破壊し、守備隊である大量のフライングスマッシュを引き付けている最中であった。水面スレスレを駆け抜ければ、難なくエニグマの目の前まで到達できる。実際、それは成功した。

 

「泉さん!!」

 

「ハ〜イ!!」

 

 息を合わせた二人は、同時にジェットスライガーのカウル部を展開させる。何の躊躇もなく光子ミサイル全弾を放ち、近距離に捉えられたエニグマの手の平が大爆発に巻き込まれる。分厚い装甲が崩れ落ち、舞い落ちる粉塵や残骸と共に巨大な穴が出来上がった。

 

「「よし!」」

 

 安全よりも確実性を選んだ戦法は功を奏し、喜ぶ二人の声が重なった。直後、ジェットスライガーを自動運転に切り替えてIS学園へ戻させると、一足先にブラッドスタークたちはエニグマに侵入を果たす。

 

 

 

 

 

 

 エニグマの侵入口完成の報がナイトローグにも伝わると、防衛ライン後方にいた彼は一夏たち専用機持ちと合流した。近接タイプで燃費の激しい一夏と箒は、シャルロットから借りた実弾ライフルによる援護射撃に今まで徹していた。

 

「やったな弦人!」

 

「ああ、わかってる。行くぞ」

 

 素直に表情を綻びさせる一夏にナイトローグは軽く頷き、三人に近くに来るように促す。煙幕の間合いに入ってくれれば、そそくさとトランスチームガンでエニグマまで霧ワープしていった。

 

 

 

 

 

 





Q.今回のオリスマッシュ

A.ネイルスマッシュ
・要するに、バーザムの頭が生えたズゴック。そして楯無は専用機の整備性がアレだったので遅刻。ネイルスマッシュの群れを相手取る事となった。


Q.エニグマ

A.サイズが増えました


Q.IS学園の防衛設備

A.縦バリアは独自設定。津波対策にこれぐらいあってもいい気がしました。無人機に乱入されるなどの防衛力の低さは、きっと事実上の軍事基地化に世界中が反発したからでしょう。


Q.光子ミサイル

A.フォトンミサイルの和訳。フォトンブラッド自体はない



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幻想の闘士

「前回までのナイトローグ。空母打撃群を引っ提げて登場するエニグマ。防御陣を形成するIS学園に向かって先制攻撃のミサイルを放ち、戦闘が遂に勃発する。スマッシュの大群も投入されるが学園側は気合いで持ち堪え、ナイトローグら突入部隊がエニグマに侵入。拠点防衛と人質救出の二つをこなさなければならないから、彼らも大変だね」

「巧さーん! 博士ー! 葛城様ー! お願いだー! パンドラパネル材料にしてジーニアスフルボトル作ってくれぇー! じゃないとブラッドとキルバスで詰むんだよぉー! 俺たち洗脳されるんだよぉー!」

「何だ、赤羽か。近所迷惑になるからギャーギャー騒ぐんじゃない。品性を問われるよ?」

「だったらぁ! エボルト倒した後でも呑気にしてないでさぁーっ!」

「ハイハイ。……しかし、三羽ガラスはどうしてそんな発想やら知識が浮かび上がるんだ? 時々変な事を言うかと思えば、妙に的を射ている時もある。万丈を始末するなとヤケにうるさいし、謎だな……」

異次元宇宙の地球より中継。北都三羽ガラス生存戦略、神殺し葛城ルート突入。エボルトはフルフルゴリラハザードによる低確率即死ガチャで撃破。







 エニグマ侵入口に集まったナイトローグ一同。奥へ続く通路は、さながら地下神殿のようだった。巨大な柱に高い天井。それでいて、照明が通路全体を明るく照らす。

 ここからは一本道しかないが、外見上のエニグマと比べて明らかに内部が広すぎる。その事をシャルロットが冷静に指摘した。

 

「ねぇ、空間が広すぎない? 見かけは空母と同じぐらいの大きさだったのに」

 

 同意を求めるように面々の顔を見渡し、最後に光子ミサイルで開いた出入り口の方を一瞥する。出入り口に変化はなく、常にポッカリと穴が空いたまま。塞がれる気配は感じられない。

 

「軍艦ではないから……という訳でもなさそうだ。非戦闘向けだとしても、スペースに余裕を持たせるはずもなく有効活用するはずだし……」

 

「ハイパーセンサーで見ても変哲のない一本道が続いてるだけだな。弦人はどう見てる?」

 

 訝しげに箒が推測を述べ、通路の奥を確かめた一夏がナイトローグに話を振る。誰よりも慎重に歩を進めていた彼は、周囲の観察を程々にして淡々と答える。

 

「待ち伏せは端からわかっている。単純に多くの戦力で突入する訳には行かない事も。京水」

 

 そう言ってナイトローグがホールドルナに差し出したのは、一本のスチームブレードであった。鹵獲してある二本の内一本はブラッドスタークの手に渡っているので、彼女が唯一スチームブレードを持っていない者となる。

 しかし、ホールドルナがキョトンするのも束の間、両手を横に振りながら断った。

 

「え? ワタシに? いいわよ〜刃物は。遠慮する」

 

「だが……」

 

「ヘーキヘーキ。ナギと弦人ちゃんとは違って、専用の武器持ってるし。ささっ、先急ぎましょう!」

 

 渋るナイトローグを押し切り、ホールドルナは珍妙なステップを踏みながら先に進む。一見して緊張感のない動きだが、格闘技の型も組み込まれているので地味に隙がなかった。そのクネクネとした舞いは故意なのは、そうではないのか。見る者を脱力させる。

 だが次の瞬間、突如光り出したパネルの上に立ってしまったホールドルナが姿を眩ます。一筋の光となって消え行くその様子に、ナイトローグは咄嗟に腕を伸ばした。

 

「京水!?」

 

 当然、彼女に手は届かなかった。早速罠が発動したと彼が理解するのも遅く、ホールドルナを発端に光るパネルが次々と侵入者全員の足元に現れる。

 そして、激しく燃焼するマグネシウムのように強く光が輝いたかと思いきや、その場には誰もいなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「きゃっ!?」

 

 エニグマ内部のどこかへと空間転移させられたホールドルナは、可愛らしい悲鳴を上げながら尻餅を着く。アタフタと尻をさすりながら、「よいしょ」と呟いて立ち上がる。

 次に辺りを見渡すが、誰もいないと考えるのは最初だけ。遅れて箒も転移させられ、重々しい音を立てながら危なっかしい着地を果たす。

 

「ぬあっ!?」

 

 ズンズン……ギュピギュピ。総重量が戦車レベルの紅椿の足音が、二人のいる長大な通路に響き渡る。やがて反響音が静まると、途端にホールドルナが吹き出した。

 

「ププッ」

 

「ん、泉?」

 

 同じく状況確認をしていた箒が、急に笑い出したホールドルナに首を傾げる。訳がわからなかった彼女だが、プルプルと震えるホールドルナの弁解を聞けば、ついつい面食らった。

 

「いえ! 今の足音でおデブちゃんだとか、全然そんな事思ってないから! 思ってないから!!」

 

「急に何を言い出すんだ!? 今のは紅椿が重たいからであって、お、おデブとか――って!! 私たちは一体何を話している!?」

 

「体重」

 

「私は断じて太っていないっ!! さて、この話題は終わりだな!! 話を戻すぞ!!」

 

 年頃の女子にとってはあまりにも禁忌である話題を強引に叩き斬った箒は、すっかり顔が真っ赤になっていた。その反応の濃さにホールドルナは察してしまうが、それ以上は何も言わなかった。

 気を取り直した二人は先程引っ掛かったトラップの類に注意し、ホバリング移動を慎重に実行する。ホールドルナの飛行は、ルナフルボトルの成分を応用した内蔵フローターユニットで実現している。これにより、空中移動法はISを操縦している時と然程の違いしかなくなった。

 

「まったく……。泉、貴様はやる気があるのか? そんな事をしている場合ではないと言うのに」

 

「あるわ。こうして分断させられたから、ピンチになってる事も自覚してる」

 

 眉をひそめる箒に、急に声のトーンを落とすホールドルナ。しかし、直後に「でもぉ〜」と言葉を溜めると、再びはしゃぎ始めた。

 

「だからこそ、希望を捨てずに前向きにならなくっちゃ!! あ〜、地獄の中東サバイバルを思い出すわぁ〜。不死身ならまだしも、よくわからないものを食べちゃダメ!! 目にした不思議な果物をものすごく食べたくなっても!! なんてね♪」

 

「顔に似合わない事を言うんじゃない。一理あるのが逆に腹に立つ……」

 

「そうそう。箒ちゃんもワタシの事、名前で呼んでも構わないわよ。もっと仲良くしましょう、箒ちゃん?」

 

「だから呑気に――」

 

 刹那、雑談をする箒たちに目掛けて一本の光が迸った。狙いはホールドルナで、攻撃を察知した箒が彼女を突き飛ばそうとするが――

 

「イナバウアァァーっ!!」

 

 別に助けるまでもなく、思い切り上半身を反らしたホールドはビームを回避した。外れたビームはそのまま直進し、ホールドルナの遥か後方で着弾、爆発する。

 

「何? ビーム? 誰!? ビーム撃つイケない子は!!」

 

「スマッシュだ。脚部の特徴が一致している。そして――!!」

 

 元に姿勢に戻り、やや熱くなっているホールドルナとは対照的に、箒が即座に顕現させた二本のブレード《雨月》と《空裂》を両手に構える。

 彼女たちの前に、霧散していく煙幕と共に二体のスマッシュが現れる。自我を持たない個体であるキャッスルスマッシュとオウルスマッシュだ。既にキャッスルの代名詞とも言える頭部の砲撃ユニット《カタプルタキャノン》はエネルギー充填を完了し、有無を言わせず次弾が放たれた。今度は横一閃に薙ぎ払うビーム砲撃だった。

 

「キャアァーっ!!」

 

 甲高い悲鳴を上げるホールドルナは姿勢を低くし、箒は機体を天井に張り付かせる。またもや空振ったビームは辺り一面に降り注ぎ、爆発を引き起こす。

 それでも木っ端微塵に吹き飛ばない通路の異常な耐久力はさておき、スラスターを焚いて爆発の中を一気に駆け抜けた箒がキャッスルスマッシュに突進する。その驚異的な火力は彼女が今まで見てきたスマッシュの中でも上位に君臨した。真っ先に倒すべき敵だと認識し、刺突を繰り出す。

 対してキャッスルスマッシュは、慌てる事なく両肩部に装着されて防壁《グランドランパート》を前面に可動。紅椿のブレードから放出されるエネルギー弾を容易く受け止めるが、そのまま勢い良く体当たりされると流石に衝撃を殺しきれない。どんなに踏ん張ろうが、紅椿の推進力を前にしてはズルズルと後ろに押し出され、オウルスマッシュから大きく距離を離された。

 

 キャッスルスマッシュを遠くに連れて行く箒を見て、すかさず追い掛けようとするオウルスマッシュ。だが、飛び去る寸前に伸ばしてきたホールドルナの腕が自身の足を掴んでいた。なかなか振り切れず壁に叩き付けられる。

 

「箒ちゃあぁーん!! そっちは任せたわぁー!!」

 

「相分かった!!」

 

 声が通路を反響するため、通信を介さなくともホールドルナの言葉が箒に届く。それぞれ一対一の盤面に持ち込んだ二人は、威勢良く戦闘に挑む。

 

「さぁて、あなたの相手はワ・タ・シよ♪ スマッシュもあざとイエローの時代なのかしら? でも! とにかく! その座だけは譲ってあげないわッ!!」

 

 オウルスマッシュから一旦腕を離したホールドルナは、その場で可憐とした決めポーズを取り始める。腰に手を当て、額にVサインを添えて――

 

「愛と正義の強化服美少女戦士!! ホールド――」

 

 その時、起き上がったオウルスマッシュが両腕に装備している球体ドローン《フォレストシーカー》を放ってきた。二機のドローンは臆する事なく、ホールドルナへと突撃する。

 

「アァン! 決め台詞の一つや二つぐらい待ちなさ……あ、ちょ、らめぇぇぇぇぇ!!」

 

 縦横無尽に動き回るドローンにホールドルナはひたすら回避に徹し、休む暇の無さに嫌気が差してしまう。加えて、オウルスマッシュの突進攻撃をやって来る。

 アクロス、エルビス、L字サポート。エアロビクスの動きを踏襲した動きでヌルヌルとかわし続けるホールドルナ。身体の柔らかさが彼女の売りだが、これでは攻め手に欠ける。思い切ってドローンニ機を正面から胴体で受け止めると、トランポリンのように勢い良くオウルスマッシュへ跳ね返した。

 これにオウルスマッシュは一瞬驚き、跳ね返されたドローンを落ち着いて両腕でキャッチし、再発射。この間にホールドルナは、一本の武器を取り出していた。

 

「もーいいわ! ワタシ激おこ! 太陽に代わってお仕置きよ!!」

 

 両手で振り回すのは鋼鉄のロッドかと思えば、ムチのようにしなやかになり始める。専用武器《メタルシャフト》を片手にホールドルナが決め台詞を言い放つや否や、それを激しく振り回した。

 

「エイ! エイ! エーイ!」

 

 程よい硬さと柔らかさを両立した奇跡の鋼鞭が、ドローンを床に激しく叩き落とす。次に飛行するオウルスマッシュの姿を捉え、その頬を正確に打ち抜いた。

 十分に遠心力を得た一撃は相手に失速を誘い、オウルスマッシュを墜落させる。そのまま容赦なくムチを螺旋状にし、持ち手を胸の前に出してひたすら浴びせた。

 そして相手がうずくまったところで、メタルシャフトを仕舞ったホールドルナは駆け出す。オウルスマッシュの両脚を掴み、関節技を極める。

 

「この前テキサスバーガー初めて食べてみたの! テキサス……クローバーホールド!!」

 

 バンバンバンバンバンバン! 

 

 やられたオウルスマッシュは途端に地面を手で叩きまくるが、残念ながらこれは試合などではない。現実は非情である。どんなにギブアップの意志を示そうが、ホールドルナはそんな事を気にも留めない。今の彼女の中にあるのは、スマッシュからあざとイエローの称号を守り抜く事のみ。まさに今、オウルスマッシュの背骨が折れようとしていた。

 すると、叩き落とされたドローンが復帰。故障はなく、極めている最中のホールドルナを横殴りにする。側頭部と二の腕を強く殴られ、痛みに悶絶した彼女は派手に床へ転がり落ちた。

 

「イッタ〜い! セシリアちゃんのとは違ったビットなの? でも全然怖くないわ!」

 

 ドローンは大きく旋回し、ホールドルナの元へと戻っていく。殺意全開の速度で突進していくが、依然として戦意を失わない彼女がトランスチームガンを発砲してきたため、即座に回避。銃撃の狙いは本体に変わり、オウルスマッシュは一度ホールドルナから距離を取った。

 次いで宙を舞い、ドローンを帰還させてホールドルナの周囲をグルグル飛ぶ。様子見をするのも最初だけで、次第に全身に黄色く光るエネルギーを帯びていく。帯びたエネルギーの一部は激しく散り、安定して滞留させる事ができていない。

 かくはともあれ、その急激な変化は危険の印。そう感じ取ったホールドルナは、瞬時にルナフルボトルとメタルシャフトに持ち替えた。

 

「ワタシが一番嫌いなのは刃物! お腹に刺された事あるから! 銃も好きじゃないけど我慢はできる! これで終わりよぉーッ!!」

 

 《Luna》

 

 《ボルテックブレイク!》

 

 オウルスマッシュが体当たりを仕掛けてくる刹那、メタルシャフトに備えられた装填部にルナフルボトルを挿し込む。そして素早くスナップを利かせて振り出せば、閃光を纏ったムチ先がオウルスマッシュを弾き飛ばす。

 体当たりの軌道が逸れ、背中がガラ空きになる。隙が出来た。そのままの勢いで横を通り過ぎていったオウルスマッシュにホールドルナは振り返らず、その場で軟化状態のメタルシャフトを左右交互に忙しく振り始めた。

 すると、瞬く間にいくつもの円陣がホールドルナの周りに形成されていく。円陣は夜空に浮かぶ満月のような輝きを放ち、不思議な紋様を浮かべる。

 

「ムーンプリズム〜、じゃなくてぇ……決めた! メタルイリュージョン!」

 

 同時に技名を思案するホールドルナ。そう叫ぶと共にムチを後方に打ち、円陣を一斉に発射する。Uターンしてきたオウルスマッシュは真正面から円陣を突破しようとするものの、一発目で敢えなく撃沈。立て続けに被弾し、爆発四散した。

 

 

 

 

 

 

 キャッスルスマッシュ相手に一撃離脱を心掛けた箒は、紅椿の持ち前の機動力を活かして何度も斬りつけていく。やや鈍重なキャッスルスマッシュでは紅椿に追い付くのは不可能で、なし崩しにビームを乱射されるのは至極当然の成り行きであった。

 乱射するビームは先程までお見舞いしたものと性質が異なっており、爆発は起こさずに対象を高エネルギーで熔融させていくタイプだった。合わせて、そんな省エネ法の成果か、連射速度も抜群に上昇。派手な乱射攻撃が箒を撃ち抜かんとする。

 

 なお、普段から高速戦を経験している身である箒としては、そのキャッスルスマッシュのビーム射撃にやや生温く感じてしまう。ただでさえ三次元的な移動が可能だから、簡単に避けられる。

 しかし――

 

(刃が通らん……!!)

 

 圧倒的なまでの高い防御力。相手がバリアを張らないので、なおさら分かる手応え。模擬戦でナイトローグを斬る時でさえ、さながら不可視の波動がやんわりと受け止めて威力を全力で削いでくるような感覚を覚えた。

 やはり、スマッシュというのは異様にも硬すぎる。いっその事、殴りに行くのも有りだと考えたがやめておく。マニピュレータの耐久力が足りずに損壊してしまうのが目に見えた。実際、度々ISの実技授業で千冬にサンドバッグもとい指導を受けさせられている弦人が、打鉄で激しい肉弾戦を仕掛けてはよく腕や脚部を故障させたのを目撃している。いくら自動修復機能があろうとも限度はあった。

 このままでは埒が明かない。だが、半端な火力ではシールドエネルギーの無駄遣いとなる。ホールドルナがオウルスマッシュを倒してくるのを待つのが安全牌ではあるものの、まず自力でどうにかできなければ、この先話にならない。実力不足にも程がある。

 

 また、キャッスルスマッシュがすっかり守りを固めて不動を貫いているのも要因だった。特に肩のシールドが堅固すぎて、なかなか破れない。

 

(一か八か……押し通す!!)

 

 こうなれば方法は一つ。相手の守りを崩すため、グランドランパートの可動部分を正確無比に切断する。もちろん、キャッスルスマッシュが防壁をこちらに向けたままでは斬鉄以外に叶える術はない。その斬鉄もやや実現不可であるので、近接戦闘からの被弾は覚悟しておく必要がある。

 ヒットアンドアウェイはやめ、大胆不敵に懐へと踏み込む。油断もしていなければ、過信もしない。例え弱くともスマッシュは恐ろしい怪人というのは、とっくの前から理解している。決断する箒の瞳の奥で闘志が燃え盛った。

 

 まず多段のエネルギー弾を放つと同時に、片方のブレードを投げ飛ばす。エネルギー弾とビームがぶつかると互いに相殺され、衝撃波が発生。それでも投げられたブレードは勢いを削がれず、まっすぐキャッスルスマッシュへ向かっていく。

 そしてキャッスルスマッシュは安定の防御姿勢を取る。ブレードは呆気なく弾かれて粒子化するが――

 

「ハァ!!」

 

 瞬時に横へ降り立った箒が、残りのブレードで横一閃する。研ぎ澄まされた狙いは寸分狂わず可動部分を両断し、悩まされた防壁の一枚がようやく地に墜ちた。

 もはや、これだけでも防御力はガタ落ち。展開装甲も使い、ありったけの斬撃を曝け出された上半身に叩き込む。剣がキャッスルスマッシュの肩口を斬った。

 

「よし! ……ン!?」

 

 だが、途端に剣が抜けなくなる。すかさずキャッスルスマッシュに腕を掴まれ、簡単に逃れられない。ビーム充填は既に完了した。この至近距離では当たる。

 

「うっ……くぅぅ!!」

 

 キャッスルスマッシュの頭部が光るのも束の間、箒は掴まれた腕部を収納させて自由となり、咄嗟に上半身を反らす。顔を狙ったビームは外れ、明後日の方向へ飛んでいく。

 息着く間もない箒。今度は瞬間的に脚部装甲を仕舞った右足を高く上げ、キャッスルスマッシュの脳天にカカト落としを決めた。トン越えの重量が生み出す破壊力はキャッスルスマッシュを地に伏せさせ、仕留める絶好の機会を彼女に与える。すかさず箒は粒子化させた近接ブレードを逆手に持ち、うなじを刺した。

 直後、ピクリと跳ねたキャッスルスマッシュの身体はそれっきり動かなくなり、箒が剣を二本とも回収して離脱すると爆発四散。跡形もなく消え去った。

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

 ブレードを鞘に納め、息を整える箒。爆発が止むとおもむろに視線をそちらに動かすが、普通なら倒されても残っているはずの戦闘不能体がない事に戸惑いを覚える。

 もしかして、勢い余って……。不意に嫌な想像をよぎらせるのも束の間、同じくオウルスマッシュを倒したホールドルナが手を振りながら駆け付けてきた。

 

「箒ちゃーん! こっち終わったわよぉー!」

 

「あ、ああ。そうか、無事で何よりだ。ところで、スマッシュの肉体が残らず爆発したんだが……」

 

「え? そっちも?」

 

「何?」

 

 その事実に箒が眉尻を下げると、辺りは静寂に包まれる。そして、沈黙を先に破ったのはホールドルナだった。

 

「普通じゃないなら、そういう事なんでしょうね。証拠隠滅に自爆なんてよくある話だわ。深く考えるのは後にして、先急ぎましょう?」

 

「う、うむ……」

 

 どこか割り切った様子で告げるホールドルナに、箒はぎこちなく頷く。彼女の言う通り、今は任務遂行に集中するべき。雑念を捨てて、ホールドルナと共に駆け出した。

 

 




Q.低確率即死ガチャ

A.こんな感じの戦いが繰り広げられました。

葛城「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」

エボルト「無駄無駄無駄無駄ぁ!! ……あっ」チーン

人間を見下しすぎて、戦兎だけでなく巧にも足をすくわれるエボルトの図。


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血染めの赤蛇

「前回までのあらすじ。エニグマ突入早々、分断されてしまうナイトローグたち一行。二人きりになってしまった箒と京水は、突如出現したキャッスルスマッシュとオウルスマッシュと交戦。無事、撃破する」

ナイトローグスイッチ、キミノハドコニアルンダロー♪

「そして俺、仮面ライダーガオウがナイトローグスイッチの事を教えてしんぜよう。弱の時は少しやばめ、中の時は危ないヤツ、強の時はガチシリアスモードだ! Hmm, 実にわかりやすい説明なんじゃあないだろうかぁ。さぁ、君のナイトローグスイッチはどこかなぁ〜?」

「……ガオウだと?」

「ぬっ、ナイトローグか。はじめましてだな。俺は仮面ライダーガオウ。貧乏クジ同盟もとい、スーツ改造された同盟の構成員だッ! スーツ改造されてこの世を去ったガオウを一から再興するため、日夜平和を守っているッ! そしてぇ!! ナイトローグゥ!! スーツ改造された君も我々の仲間、同志だぁ!!」

「黙れガオウ! ナイトローグはスーツ改造など断じてされていない! 俺はナイトローグのVシネマが出る事を信じている!」



「ナイトローグ。デリケートな部分になると途端に現実逃避する癖……それは良くないと思う」



「誰だ!」

「紹介しよう! 彼は風雲騎士バド! 仮面ライダーではないが、彼も我々と同じ志しを持つ気高い魔戒騎士だぁッ!! バドのスーツは既にこの世に存在しないぃぃぃー!!」

「バド再興を目指す俺のいる世界に、魔獣ホラーなんてものは存在しなかったけどな。せいぜい、世間に認知されすぎていて記憶消去の必要性がほぼないモンスターだ。そんなもの魔戒騎士に非ずと笑いたければ笑え。それでも俺は闇に忍んで闇を切り裂き、ヒトを守る」

「風雲騎士バド……お前とは友になれそうだ。ああ、確かに俺は痛いところを突かれると誤魔化す癖がある。その通りだ。反省するよ。いつまでも真実と向き合わなければ、人は前に進む事ができなくなる。だからこそ(ry」

長いのでカット。元々CG処理だけのネガ電王はスーツ新造されたそうなので同盟から追放されました。



 まるで小惑星の中身をくり貫いたかのような、ゴテゴテとした岩肌が露出している一本道。そこを疾走するのは二つの影。ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡを駆るシャルロットと、召喚した巨大コブラに乗るブラッドスタークであった。

 

「うおおぉぉぉ!?」

 

「ナギ! キリがないから極力戦闘回避!」

 

「アイアイサー!」 

 

 スラスター光を存分に煌めかせるシャルロットに、力強く答えるブラッドスターク。彼女たちの背後には、怪しげな影たちが猛スピードで追い掛けていた。影の姿形は様々だが、間違いなくシルエットはスマッシュのそれだ。

 飛行するラファールとは対照的に地を這う巨大コブラは、意外にもシャルロットと並走できるほどの速度で怪しげな影から逃げている。これなら大抵の追跡者は振り切れるものだが、影たちは違う。航空機も真っ青な顔をするぐらいに、さながら生き血を求める亡者の如く大地を駆け抜ける。薄気味悪い咆哮が、この暗い通路に迸る。

 

「「「Voooooooooooooooo!!」」」

 

「なんとぉぉぉ!!」

 

 そして、ちょうど巨大コブラが通りかかる地点に、新しく大量の影たちが湧いて出た。形状はニードルスマッシュ。針弾の一斉射が間もなく訪れ、驚いたブラッドスタークはすかさずジャンプした。

 直後、乗り手がいなくなった巨大コブラは針まみれになって地に伏せ、そのエネルギー体を消滅させる。九死に一生を得たブラッドスタークは、胸を撫で下ろす暇もなく飛行モードへ移行。背部の中心にある円状装甲を開き、赤い粒子を放出させながらシャルロットと共に飛ぶ。

 しかし、敵の攻勢はそんなものでは留まらない。さらに四方八方、壁や天井から怪しげな影が誕生し、彼女たちに向かって降り注いだ。シャルロットが巧みに避けている一方で、ブラッドスタークはトランスチームガンで邪魔な敵を撃ち落としていく。

 

「どこもかしこも怪しげな影! 影! 影! 正面邪魔ぁ!!」

 

 実弾型のシャルロットは自然と弾丸の節約を求められるが、弾切れについてはほぼ問題ないブラッドスタークは遠慮なく引き金を引く。銃撃で捌き切れない場合は、蹴りや殴打を相手に叩き込む。

 その様子を傍目で確認していたシャルロットは、何とも言えない表情になる。ブラッドスタークに変身して以降、ナギの戦闘センスは日を追う度に磨きが掛かっていた。ナイトローグと並び立ちたいという心のキッカケが、そこまでの爆発力を生み出している。

 しばらくすると、影の雨は次第に止んでいく。彼女たちの一旦の余裕が出来上がると、ダメ元と言わんばかりに最後の集団が前方に湧いた。

 瞬間、緑色のバイザー光をおどろおどろしく揺らめかせたブラッドスタークが、反射で敵集団を撃ち抜き――

 

「――ダメ!! ナギストップ!!」

 

「ん? あ――」

 

 咄嗟のシャルロットの静止も虚しく、紛れ込むようにして隠れていたバルーンスマッシュの上半身が光弾で破裂する。刹那、半径十メートルに渡って濃密度のネビュラガスが散布された。通路の広さにぴったりなガスの防壁が生まれる。

 だが、ここで怖気づいて急停止している暇はない。二人はそのままガスの中を突っ切った。

 

「さっきのネビュラガス? なんだ」

 

「び、びっくりした……。えっと機体のコンディションは……異状なし。ふぅー」

 

 けろりとそう呟くブラッドスタークと、生きた心地のしないシャルロット。シャルロットは手短に機体チェックを済ませると、呑気に先程の件を受け流したブラッドスタークに一言告げる。

 

「ナギ、さっきの破裂するスマッシュには気を付けてね。ネビュラガス対策する前だったら今ので僕、ラファールごとスマッシュになってたから」

 

「へ? そうなの? ごめん。次から気を付ける」

 

 ブラッドスタークは素直に謝罪する。反省の色は普通に見えていた。わだかまりは大して生まれず、気付けば二人を追う怪しげな影たちがいなくなる。

 そうして大広間に飛び出ると、どこにも道が見当たらないので二人は一時停止した。背中合わせとなり、周囲を警戒する。

 

「行き止まりだ……どうするデュノアさん?」

 

「出口がない? だったら、トランスチームガンのワープ使うしか――」

 

 その時、岩肌しかなかった大広間が地下神殿風味の空間へと瞬時に切り替わった。いきなりの出来事に身構える彼女らだが、やはり出入り口は見つからない。

 かと思いきや、奥の方で一つの大扉が生成される。ちょうどISがくぐり抜けられる大きさだ。徐々に扉が開かれ、まさに都合の良い展開にシャルロットはもちろん、ブラッドスタークも疑う。

 その結果は彼女たちの予想通りだった。何か来るかはわからないが、何かが来る事は確信していた。だからこそ、扉の先の暗闇で閃光が焚かれるよりも先に、横へと飛び退けた。

 閃光の正体はマズルフラッシュ。毎秒数百発単位の弾丸が放たれるが、狙われた二人は軽々と避けていく。続けて、一体のスマッシュが飛び出してきた。

 

「コイツら……!?」

 

 落ち着いて敵戦力を確認するシャルロットの元に、足元を凍らせたアイススマッシュがスケートの要領で滑走する。上空にいる彼女目掛けて、氷の高台をハイペースで創成していく。

 先手必勝とシャルロットは、高台を崩すついでにアイススマッシュをアサルトライフルで撃つ。IS用の自動小銃は容易に氷の高台に亀裂を入れ込み、崩壊させる。

 次いで、高台が崩れるタイミングで空高く跳躍したアイススマッシュに弾丸が次々と吸い込まれる。そのまま敢えなく、大理石の床の上に落ちた。無論、まだ戦闘不能には陥っていない。

 

 すると、もう一体のスマッシュが重装備を携えて扉の方からのっそりと現れてきた。手にしているガトリングガンの引き金を引き、アイススマッシュの援護射撃を行う。回避行動に移るシャルロットは、絶え間ない弾丸の嵐に追われる。

 

 現れたスマッシュは全身を青い甲冑で身に包み、頭部にはノコギリクワガタのように特徴的な角が二本食い込んでいる。背中には大きな兵装担架を背負い、片手だけでそれぞれ保持している二丁のガトリングガンの弾薬庫を担う。

 武装はそれだけではなく、両肩にはミサイルポッドが装着されていた。腰に二本の刀を提げ、大して苦もなく重装備の身体をやすやすと動かす。身体中に武器を纏ったスタッグスマッシュは、登場して早々にミサイル全弾発射する。

 ミサイルはブラッドスタークとシャルロットへと飛んで行き、数自体は二十にも満たないので銃撃で全て撃ち落とされる。間髪入れずにスタッグスマッシュがガトリングガンをばら撒こうとするが、ヘビのように低姿勢で這ってきたブラッドスタークに強襲された。

 

「要するに門番か! やってる事エンターテイメントだねぇ! そらぁ!」

 

 ガトリングガンの照準がブラッドスタークに向けられるも、撃つ際の反動は計り知れず。加えて、彼女の不規則な高速移動を前にして正確な狙いが付けられない。あっという間に懐まで潜り込まれ、迅速に起き上がってからのアッパーを顎にもらう。重たい兵装ごと、スタッグスマッシュの身体が打ち上げられた。

 それも束の間、トランスチームガンによる追撃を実行される。無防備の身体を痛めつけられ、とうとうスタッグスマッシュは頭から床に落ちた。

 

 

 

 

 トランスチームガンの光弾によって、ガトリングガンの弾薬庫は誘爆を起こした。小爆発を浴びる事になったスタッグスマッシュは、それでも慌てずにガトリングガンを放棄。素早く腰の刀を抜刀し、両肩のミサイルポッドを勢いよくパージした。

 

「うおっ!?」

 

 捨てられたミサイルポッドはブラッドスタークの顔面に向けて飛ばされる。大急ぎで顔を横に逸らす彼女だったが、次の瞬間には迫り来る二本の刃を垣間見た。

 スタッグスマッシュの高速移動。それを理解した直後に袈裟斬りにされ、ブラッドスタークの赤い装甲に火花が散る。致命傷には全くなっていなくとも、十分な驚異だ。反撃にブラッドスタークはスチームブレードを取り出し、一閃する。しかし――

 

「――っ、速い!?」

 

 気が付けば背後に回られ、そのまま剣戟を受ける。咄嗟にスチームブレードを振ってもかわされ、再び高速剣技をお見舞いされる。

 

「ぬわっ、とっ、とぅってぃいえっ!」

 

 四、五度も喰らえば、徐々にではあるがブラッドスタークはその高速剣技に食らい付けるようになる。苦しげにスチームブレードで捌き続け、それだけでは厳しくなると腕を使ってガードもする。合間を見ての銃撃は、簡単に斬り払われた。

 スタッグスマッシュが足払いを仕掛け、ブラッドスタークが避ける。立て続けに鍔迫り合いするのも一瞬、相手の体当たりでブラッドスタークがよろめいた。

 その隙をスタッグスマッシュは見逃さない。目に止まらぬスピードで刀にブラッドスタークの腰を挟み込み、そのまま背中側へ。反撃されにくい位置で、なおかつ両断せんと言わんばかりの勢いで彼女を頭上へと持ち上げた。

 

「ぐあぁぁぁぁ!? あっ、ちょ、あぁ!?」

 

 二本の刀は鋏のようにブラッドスタークを固く捕らえ、今にも胴体が斬られそうな尋常ではないパワーと拘束力に彼女は悲鳴を上げる。手や足ではスタッグスマッシュには届かず、トランスチームガンの通常攻撃では決定打になりにくい。フルボトルを装填しようにも、それでは間に合わないと感じた。

 よって、頭部の煙突ユニットから黒煙を放出。たちまち全身にそれを覆わせ、スタッグスマッシュから離れた位置へとワープする。

 

 《ライフルモード》

 

 その間にスチームブレードとトランスチームガンを合体させ、休む暇なく襲ってくるスタッグスマッシュを迎える。近距離になるまでスコープ越しに狙撃していくが、やはり斬り払いで済まされる。

 そして、互いに斬り結ぼうとして――スタッグスマッシュが足をぬかるみに取られた。

 

(決まった! 崩壊毒をちょびっと目の前の床に出したのが成功した!)

 

 次に隙が出来上がったのは、スタッグスマッシュの方。さり気なく試した小細工が成功した事にブラッドスタークは内心ほくそ笑み、容赦なくブレードで相手のみぞおちを穿つ。

 その一撃でスタッグスマッシュは吹き飛ばされるが、それだけでは終わらない。ブラッドスタークが左腕の伸縮ニードル《スティングヴァイパー》を放ち、スタッグスマッシュの右腕をぐるぐる巻きにして拘束。相手がスティングヴァイパーを斬り裂こうとするより速く、コブラフルボトルをライフルにセットする。

 

 《Cobra. スチームショット!》

 

 奇怪な弾道を描く一発の光弾が、スチームライフルから発射された。スタッグスマッシュが空いた刀で防御する手前で弾道が曲がり、盾代わりの刀を無視して顔面に命中。凝縮されたエネルギーの塊が着弾の衝撃で爆発を起こす。

 

 《エレキスチーム》

 

 同時にブラッドスタークは切断されたスティングヴァイパーを手元に戻し、地に膝を着けて満身創痍なスタッグスマッシュを目にするや否や、電撃を纏わせたスチームライフルを全力で投げる。

 スチームライフルはスタッグスマッシュの目の前の床に突き刺さり、そこから流れる高圧電流で全身を痺れさせる。それこそ、金縛りになったかのように指一本一つ動せない程に。

 絶好の狙い目に、力強く己の両拳をぶつけるブラッドスターク。即座に胸部から巨大コブラを召喚させ、それを後ろに侍らせると大きく跳躍する。体操選手さながらの動きで回転しながら、待ち構えていた巨大コブラの顔面の前へと舞い降りた。

 

 そして、大きく口を開いた巨大コブラは激しく発光。ブラッドスタークを飲み込んだかと思いきや、奔流するエネルギー体と化した。蹴りの姿勢になった彼女を補助し、とてつもない勢いでスタッグスマッシュに突進していく。

 

「せいやぁぁぁぁぁ!!」

 

 蛇を象った新緑の光と共に、掛け声を発したブラッドスタークは強烈な蹴撃を相手に与えた。絶え間なく激しい攻撃を受けたスタッグスマッシュは盛大に吹き飛び、壁に激突した直後に爆発四散。着地後にブラッドスタークはスチームライフルを回収し、それを肩に掛けて静かにその散り様を見届けた。

 

 

 ※

 

 

 氷の弓《アイシクルチルアロー》を構えたアイススマッシュは、足底に形成させたブレードで滑走しながら氷柱の矢を放つ。それと並行してブラッドスタークとシャルロットを分断させるかのように、大広間の中心から分厚い氷の壁を生成させる。

 その生成速度と冷気は異常なまでに凄まじく、遠くからアイススマッシュと射撃戦を繰り広げていたシャルロットは危機感を覚える。矢の発射速度も弾丸並みで、この閉鎖空間では全速力で動き回るのは難しい。左腕に盾を召喚して防御も欠かさないようにするが、いかんせん的としてのラファールが大きすぎる。どんなに素早く避けようが、完全回避は至難の技だった。

 

「この……!!」

 

 アイススマッシュに急接近したシャルロットは、その顔面に回し蹴りを入れる。アイススマッシュの身体は軽々と宙に舞うが、併せてラファールの蹴った部分が凍結する。凍ったのは表面だけ。されども、こんなにいとも容易く凍りつくのであれば、不用意にアイススマッシュと触れる訳にもいかない。

 床に転がったアイススマッシュが起き上がる頃、シャルロットは生成途中の氷の壁を通り抜けようとする。ブラッドスタークと合流し、ニ対一の流れを作って早期決着を狙う算段だった。

 

 しかし、現実はそう甘くはなかった。塞ぎきっていない壁の穴を通ろうとする寸前、突如として巨大な氷柱が生えてきた。巨大氷柱は突っ込んでくるシャルロットを迎え撃とうとし、ハッとなった彼女は急停止して反転。巨大氷柱から放出される冷気に触れた装甲表面が、たちまち凍結した。

 その際に高速切替で持ち替えたアサルトカノンで巨大氷柱を一発撃ち、対象を砕けずに防がれては凍っていく様を一瞥する。

 

(そんな氷河期みたいなのって!!)

 

 危うく罠にハマるところだった。アイススマッシュの能力の恐ろしさを再認識し、その下手人の方へ視線を動かす。

 両手を床に置いたアイススマッシュは、氷の結界の生成に熱を入れていた。周囲に伝わる凍結速度は格段に上昇し、寒冷地仕様の処理を施していないラファールの調子が少しずつ悪くなっていく。凍結防止で稼働しているシールドエネルギーの消費量も僅かながら増える。

 

 もしもここでシールドエネルギーをゼロにされれば、たちまち生身の身体が冷凍されてしまうだろう。シャルロットの顔に焦りが滲み出る。

 それから即座にアサルトカノン二丁持ちへ切り替えて、ボサっとうずくまっているアイススマッシュを狙い撃つ。弾倉が空になるまで連射し、無防備なアイススマッシュに命中する度に氷の粉塵が撒き散る。相手の様子がわからなければ本末転倒なので射撃を一時中断し、じっと出方を窺った。

 

 カキンカキンカキンカキン……。

 

「これは……何の音?」

 

 すると、先程の一斉射撃で掻き消されていた奇妙な音を拾った。瞬間、粉塵から飛び出してきた飛来物を目にして、反射的に盾を構える。

 

「うぅ!?」

 

 まるで重撃化した弾丸を受けるような強い衝撃にシャルロットは呻く。しかも、衝撃は一度だけではない。数十回は立て続けに起こり、踏ん張りを利かした機体が後ろに後退ってしまう。

 

(この威力、まさか!?)

 

 先程シャルロットを襲った衝撃の正体は、今まで撃ったアサルトカノンの弾丸であった。粉塵が晴れた先には、周囲に浮かばせている無数の氷で弾丸を反射させているアイススマッシュの姿があった。加えて、自身の身体を分厚い氷で覆って守りを固めている。

 アイススマッシュが手に入れた弾丸はまだ残っている。それらは程なくして放たれ、シャルロットが盾でカバーしきれていない足元や肩を穿っていく。

 無論、その程度では戦闘不能には陥らない。あらかたアイススマッシュが全弾撃ち尽くすのを見計らい、宙を駆けようとして――

 

「え!?」

 

 いつの間にか、脚部が氷漬けにされていた。全力で吹かしたウイングスラスターで離脱を図ろうにも、床ごと凍りついた氷は強固。スラスターの炎ですぐさま溶かせるものではなかった。

 

(しまった、このままだと……!!)

 

 氷漬けにされる。そう思った次の瞬間、正面にアイススマッシュが降り立つ。腹部に触れようとする両手は絶対防御に遮られるものの、可視化した膨大な冷気が溢れ出る。もはやジリ貧どころの話ではない。敗北直行ルートを突き進んでしまっている。

 

「くっ、まだだぁッ!!」

 

 負けてたまるかと精一杯怒鳴りつけるシャルロット。刹那、逃げられないようにアイススマッシュを抱え込み、腕部パイルバンカーを押さえ付ける。この一撃でダメなら、これ以上の有効打は持ち得ない。一か八かの賭けに出た。

 盾殺しの異名を持つパイルバンカーが、アイススマッシュの腹部に炸裂する。それは堅牢な装甲を容易に貫通せしめ、怪人の身体は間もなく爆発四散した。

 

 

 

 

 

 

「デュノアさーん! 生きてるー? 大丈夫ー?」

 

 アイススマッシュ撃破により、自壊を始める氷の結界。ボロボロに朽ちていくそれを、ブラッドスタークが外側からスチームブレードで破壊して中に侵入してきた。

 一方のシャルロットは足元の氷を砕き、凍結による拘束から脱する。おもむろにブラッドスタークの方へ振り返り、苦笑した。

 

「うん。少しドジ踏んじゃったけど」

 

「なら急ご! あの大扉閉まっちゃうからさ!」

 

「え? 敢えて潜り抜けるの? 明らかに罠なのに?」

 

「でも前に進まなきゃ何も始まらんし、はよはよ!!」

 

「そうだけどさ……よし、行こっか」

 

 そうして二人は、爆発四散したきりの二体のスマッシュを気にも留めずに、大急ぎで扉の向こうに進んで行った。

 

 

 




Q.アイススマッシュ

A.能力強化させました。このアイススマッシュは荒巻く海をも凍らす事ができる。


Q.グレートクローズ「俺もスーツ改造された同盟に入れてくれ!」

A.リペイント勢はお断り





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切り裂け、白の騎士

「前回までのあらすじ! 分断されたシャルロット・ナギペア! 割りと殺意高めの通路に転移してしまうが、迫り来る敵をそつなく撃破! やはり俺の作ったブラッドスタークの出来は上々だ! これを誰かに説明したい……邪魔される事なく説明したい!」

「あーん、クマちゃん逃げないでよー!」

「クマクマうるせぇー!! いい加減ブチ切れるぞゴラァーっ!!」シャカシャカ

コオロギ サイコロ ロストマッチ!

「俺のジェットスライガーのプレゼン邪魔するとか、篠ノ之束ぜってぇ許さねぇ! お前はディナー! 俺のディナー!」

「あっ、スマッシュだ」

「Kisyaaaaaaaa!!」

「「邪魔ぁ!!」」

「Abaaaa!?」

なんやかんやで戦いには参加している二人の図。ベアッガイ軍団も参戦済。



 およそ外からの砲撃などの被害が届かないであろう、エニグマ中枢部付近。最上魁星印の空間圧縮技術により、その区画には一通りの生活環境はおろか、工業施設まで完備している。

 ここで活動しているのは、警備服仕様のガーディアンたちであった。住居区画にいる人間など皆無に等しいが、安定した警備に当たらせるのであればスマッシュよりも有用な存在となる。その他のセキュリティも完備しており、下手な軍事施設より守りが固い。

 そして中枢部付近が唯一、エニグマの構造変化が効かない場所でもある。現在進行形でエニグマは白いパンドラボックスの力によって魔改造の真っ最中だが、核や心臓、脳といった貴重な部位は容易に変化させるのが困難なもの。また、外部からの侵入阻止をまず優先しているのも理由の一つだ。

 

 そんな中、明らかに挙動がおかしいガーディアンが一体、廊下を歩いていく。素人からしてみれば違いはわからずとも、機械に詳しい人間なら何かしらの違和感を覚えるのは確実。それでも、怪しまれないように極力成り済ましている様子ではある。

 その不審ガーディアンが行く先には、独房が存在する。設置されている監視カメラには臆せず堂々と進み、入り口の前で警備している門番のガーディアンの横を素通りしていく。

 

「……」

 

 すると、門番に肩をガシッと掴まれた。それから頭部の無機質な視線が交差し、しばらくの間静寂が続く。

 その後、肩に置かれた門番の手を機械的な動作で振り払った不審ガーディアンは、遂に独房へと続くドアを勝手に開けた。これに門番はすかさず、持っていたセーフガードライフルの銃口を不審ガーディアンに突き付ける。

 

「……!」

 

 驚いた不審ガーディアンは動きを止め、門番を凝視し始める。しかし、いつまで経っても門番は銃を下げてくれない。試しにドアを閉めてみると銃は下げられるが、もう一度開ければ同じ事が繰り返される。

 これで物事は並行線となった。繰り返しの作業については門番は別に苦とも思わない訳だが、一方で不審ガーディアンは全く違う。まるで門番を挑発するかのようにドアの開閉をひたすら連続して行い、されども無駄だと悟ればグッと握る拳の力が強くなる。それは単純な機械には見られない、実に人間味のある素振りだ。

 

 バゴォッ!!

 

 そのため、いつの間にかフルボトルを手にした拳で門番を殴り倒しても、大して驚かれるような出来事ではなかった。突然殴られた門番は即座に戦闘態勢へ移るものの、不審ガーディアンにライフルを奪われては銃剣で頭部を一閃。銃剣の適していない技で、頭部はあっさり斬り裂かれた。

 半分になった頭と共にボディは崩れ落ち、損傷箇所からスパークが散る。

 

「斬鉄……遂にできてしまった……」

 

 それから、とうとう言葉を漏らした不審ガーディアンは独房エリアへと進んでいった。奪ったライフルを両手持ちで、そそくさと早歩きする。中には他のガーディアンが見当たらなかった。

 なら都合が良いと言わんばかりに、不審ガーディアンの動きが良くなった。使われていない独房は次々とスルーしていき、鍵が掛けられている部屋を探していく。

 

「もしもーし、誰かいますかー? ドアバンしますねー?」

 

 目当ての部屋を見つけるや否や、スライド式のドアをうるさく叩く不審ガーディアン。程なくして、中から「だ、誰!?」と慌てふためく声が出てきた。

「ビンゴ!」と心の中で叫んだ不審ガーディアンは、ゼロ距離からライフルで施錠部分を撃ち抜き、破壊する。中で悲鳴が飛んだとしてもお構いなし。ドアを突破すると、ズケズケと独房内へ入っていった。

 

「ひぇ……!」

 

 独房――と言ってもスイートルーム並みの豪華さ――にいたのは、赤みがかった黒髪にバンダナを着けていた少女だった。少女は武装している不審ガーディアンを目にして怯えている。逃げ場はどこにもなく、武器になりそうなものも近くにはない。壁の端まで逃げ惑い、青ざめる。

 しかし――

 

「あっ、ごめん。仮面外すわ」

 

「え?」

 

 そう言って不審ガーディアンはおもむろに頭部を外す。晒された素顔と聞き覚えのある彼の声に、少女はふと呆けてしまった。

 

「か、数馬さん?」

 

「どうも、弾妹。数馬です。助けに来たから準備よろしく」

 

 不審ガーディアンの正体は、御手洗数馬だった。少女の名は、弾の妹である蘭。予想だにしなかった助っ人の登場に、彼女は思わず話に食い付いた。

 

「助け!? 本当ですか!?」

 

「ああ。弾から聞いた話だとおじさんおばさんたちも捕まってんだろ? このバカ広い部屋にいないの?」

 

「はい! 多分、私とは別々の部屋に。あの、ところでバ……兄さんは?」

 

「俺とは別行動。詳しい話は後でしようぜ。こちとら急いで脱出したい気分なんだ。ここだとワープもできんし。荷物は?」

 

「ありません」

 

「よし。じゃあ次は親御さんたちの独房を訪問しよう。着いてきな」

 

 蘭にとっては緊迫した状況であるのに、あまりにも平然としていられる数馬の様子に彼女は戸惑いを隠し切れない。だが、その普通ではない雰囲気が逆に、この状況下において頼り甲斐があるように感じた。本物のライフルを持った数馬におずおずとしながらも、意を決して彼の後ろを着いていく。

 廊下に出た二人は、周囲に誰もいないとわかって一安心する。警報の類も作動していない。

 次に駆け足で移動し、前方を数馬が走る。ライフルの持ち方は、武器に関して詳しくない蘭にも上手だと印象を与えるものだった。

 

「あの、数馬さん」

 

「何?」

 

 突然、彼に言葉を投げ掛ける蘭。数馬も素っ気なく返事をしながら、彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「さっきの明るさ、以前の兄さんみたいでした。今じゃ落ち着いているけど、雰囲気が入れ替わったような……数馬さんもこんな感じじゃなかったですよね? 気付いたら宇都宮に飛ばされたりもするし……いえ、そもそもなんで数馬さんがこんなところに……」

 

「……」

 

 数馬は黙ったまま答えない。やがて施錠された独房の前に到着すると、重々しく口を開いた。

 

「……それは、生きて帰ってからで。もしもーし! 誰かいませんかー! 私メリーです! ドアバンしに来ましたー!」

 

 そして誤魔化すかのように、目の前の事に集中した。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 IS学園のアリーナを模した決闘広場に、リモコンブロスは静かに佇む。そこにやって来たのは、ピットから姿を表す一夏だった。

 

「弾……」

 

 このエリアに飛ばされた突入チームは一夏のみ。彼がリモコンブロスを見つけると早速、会話を試みる。

 しかし、リモコンブロスの返答は言葉ではなく銃撃だった。百メートル以上先からネビュラスチームガンを数発撃ち、一夏はそれを避けて広場に降りた。

 

「弾、話の一つや二つぐらい待てよ!」

 

「語る舌は持たない」

 

「それって余裕がないからか!? 実力差の話じゃない。もっとこう精神的に追い込まれたり、誰かを人質に取られたり!!」

 

 一夏がそう言い放った瞬間だけ、銃撃が止む。程なくして連射が再開され、戦闘ではなく会話をしたい一夏はひたすら回避に徹した。

 

「だったらどうする」

 

 《フルボトル! ファンキーアタック!》

 

 リモコンブロスは淡々とフルボトルをネビュラスチームガンに装填。引き金を引けば、銃口から一発の誘導ロケット弾が放たれた。

 さっと雪片弍型を構えて斬り払いの姿勢を示す一夏だが、ロケット弾がたちまち子弾をばら撒くのを見て即座に横へとステップ。それから大量の散弾が追尾してくるのを把握し、大きく空中を舞って全弾をかわしきった。当たらなかった爆発物は全て、役目を果たせなかったミサイルのように失速しては自爆する。

 

 直後、リモコンブロスは中身の成分が無くなったフルボトルを捨てた。もう片方の手で静かにスチームブレードを構え、急接近してきた一夏の斬撃を受け止める。

 振り落とされた雪片弍型は十分な威力と加速が込められていた。思わずリモコンブロスはスチームブレードの峰部分をネビュラスチームガンの持ち手で支え、しっかりと地に足を着けて踏ん張る。

 

「親友が困ってたら力になりたいと思うのは普通だろ! くだらない事は抜きにして!」

 

 そう叫ぶ一夏は反撃の暇を与えまいと、立て続けに剣を繰り出していく。巧みにホバリングを駆使し、アドバンテージであるリーチを活かす。並みの歩術では不可能な動きで、どんどん相手の死角を突く。

 だが、対するリモコンブロスは己の身体一つでことごとく一夏の攻撃を避け続けた。距離を離そうと踏むステップは、高速ホバリングする白式の速度と容易に並び、何よりも被弾面積が小さい。彼の滑らかな身体捌きも相まって、回避率は格段に高くなっていた。

 

「絶対にあり得ないはずなんだ! お前がナイトローグと同じ、ISのバリエーション機を使ってるなんて! 絶対に何かあったに違いないって!! IS適性のある俺と違って、普通の人間なんだから!!」

 

 一夏の断言が辺りに木霊する。そして、渾身の上段斬りを――スチームブレードで受け流された。

 間髪入れずに跳躍したリモコンブロスは、一夏の顔面を二、三度蹴っては刺突を繰り出した。圧倒的な怪力によって白式は後ろに転がり飛ばされ、受け身を取って起き上がるまでネビュラスチームガンの光弾を数発受ける。その後、何食わぬ顔で立ち上がるとリモコンブロスの銃撃を次々と斬り払った。

 ひとたびリモコンブロスがネビュラスチームガンを下げると、二人の間はたちまち嫌な静寂に包まれる。しばらく睨み合い、リモコンブロスの方から口を開く。

 

「……もっともな推察だな。だが、コレをISだと勘違いしているのが聞いてて笑える。絶対防御とか、搭乗者保護とか、カイザーシステムはそんな親切なものじゃない」

 

「何?」

 

「一夏、いきなり日常であり得ない出来事が起きたらどうする? 悪霊に祟られたとか、一度死んで蘇ったとか。それを信じる人間なんてそうそういない。荒唐無稽だからだ。現に街でスマッシュが出た時、誰かが実際に殺されるまでコスプレか何かだと誰もが信じて疑わなかった。俺はその一部始終を見たぜ。空想と現実の線引きが強すぎたんだ。殺された人の危機感が薄かったのも無理はない。呑気にスマホで写真を撮ってて……」

 

 ようやく向こうから語り掛けられ、一夏はリモコンブロスの動向に注意しながら話を聞く。一度息継ぎを挟んだリモコンブロスは若干、俯いた。

 その仕草と言葉に、彼の心を推し測った一夏の表情に少しだけ曇りが浮かぶ。戦闘中に雑念など命取りではあるが、隠し事をしていた友人がようやく打ち明けてくれるのだ。否応なく余計に多く考えてしまう。

 それも束の間、スチームブレードを仕舞ったリモコンブロスは、代わりにギアを手にしていた。白い歯車が埋め込まれている。

 

「そして、名探偵コナンよろしく背後から黒の組織の一員に殴られて気絶したなんて、どうして信じられる? 例えお前に打ち明けても無駄になるくらいなら……」

 

 《Gear engine!》

 

 おもむろにギアエンジンをセットするリモコンブロスの姿を見て、一夏は唇を噛んだ。表情も険しくなり、先程の彼の言葉が嘘ではないと直感で認識する。悔しいという思いが、胸中を占めた。

 そして、銃口を自身に向けて引き金を引かれるや否や、次なる攻撃に備えた。だが、それは予想していたものとは違っていたと後で思い知る事になる。

 

「潤動」

 

 《ファンキーマッチ! フィーバー!》

 

 ネビュラスチームガンから音声と共に大量の黒煙がリモコンブロスの身体を包み込んだ。併せて白い歯車と青い歯車のエネルギー体が黒煙の中で連動を始め、激しい火花を散らす。それらがリモコンブロスと合体するまで、秒にも満たない。

 

 《Perfect!》

 

 やがて黒煙は霧散し、前とは全く異なる戦士の推参に一夏は面食らう。全力で回転する歯車たちは止まり、ボディだけでなく左右対称となったバイザー光を揺らめかせた。

 

 ――参上、ヘルブロス。驚きと動揺を隠せない一夏に、彼は冷たく告げる。

 

「――結局、自力でどうにかするしかない。一夏、悪い事は言わないから今すぐ帰れ。邪魔だ」

 

「帰れと言われて、素直に頷くと思ってるのかよ……!!」

 

「いいや」

 

 歯軋りして答える一夏と、冷静に佇むヘルブロス。刹那、瞬時加速を以って両者は激突した。

 

「ガハッ……!?」

 

 懐に潜り込まれた一夏の腹部に、ヘルブロスの拳が突き刺さる。絶対防御が致命傷を防いでくれるが、殴られる衝撃まで削り切れない。雪片弍型は敢えなく届かず、膝が地面に着きそうになった。

 ヘルブロスもまた、それを黙って見ているタチではなかった。嗚咽を漏らし、蹲りたい身体を必死に鞭打つ一夏を容赦なく殴り続ける。

 一夏を上空へと蹴り上げ、ジャンプ。両拳で握った鉄槌打ちを行うが寸手でかわされ、白式は空中で姿勢制御。すかさず回転斬りしてくるものの、その場に滞空したヘルブロスにいとも容易く切っ先を握られる。ヘルブロスが空を飛ぶのに、既に外付けのスラスターは必要なくなっていた。

 

 このままでは折られてしまうと感じた一夏は次いで、雪羅を撃ち込む。強力無比であるはずの荷電粒子砲は、軽々と片手で防がれた。

 

「ハァ!!」

 

 それを目の当たりにして絶句する暇もなく、一夏は大きく蹴り飛ばされた。次の瞬間には背後にヘルブロスが超スピードで回り込み、再び蹴り飛ばされる。

 そうして遂に真上から背中にロケットキックを決められ、押し込まれる形でそのまま地面と衝突した。地面には大きなクレーターが瞬時に出来上がり、崩落する土砂の中に白式が置き去りにされる。ボロボロの姿で一夏が出てくるのは数秒後だった。

 一方でヘルブロスは、全く手を休めなかった。クレーターの前で待っていた彼はボディから四枚の歯車を外し、エネルギーを滞留させた状態でそれらを宙に浮かべさせる。

 

「エネルギーを打ち消す白式のワンオフアビリティは面倒だ。だから――」

 

 そう言ってヘルブロスが睨むのは、肩で息をしながらヨロヨロと剣を構える一夏。闘志は消えていないが、尋常ではないダメージの蓄積で満身創痍だ。既にシールドエネルギーの容量も底を尽きかけている。

 されども、それがヘルブロスの手加減する理由にすらならない。むしろ徹底したダメ押しを実行し、明確な敵意を一夏にぶつけた。

 

「――実体物をぶちかますッ!!」

 

 前に出される両腕の動きに従って、射出される白と青の歯車たち。実体であるそれらは回避の余裕がない一夏には斬り捨てる他なく、最後の抵抗も虚しく全てをその身に受けてしまう。

 

「ぐああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 大爆発を起こし、悲鳴が上がる。機体は遥か後方の壁まで吹き飛び、勢い良く叩き付けられた。射出された歯車がヘルブロスの元へ戻ると同時に、一夏は地面にゆっくりと倒れる。その際、エネルギー切れを起こした白式は粒子化して消えていった。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 苦しげに身体を起こそうとする一夏に、ヘルブロスは「勝負あったな」と呟く。それ以上は彼に攻撃する意思はなく、そそくさと広場から立ち去ろうとした。

 すると、ふと一夏が笑い声を上げ始めた。散々にまで打ちのめされたにも関わらず、笑いが溢れるなど妙に狂気染みている。

 

「ハハ……アハハハハ……アハハッ!!」

 

 徐々に気になり始めたヘルブロスは、足を止めて何気なく振り返った。「壊れたか?」と考えるのも束の間、顔を上げた一夏は二本のフルボトルを手にする。消しゴムとユニコーンのボトルだ。

 

「変わっちまったよなぁ、弾。最近まではバカって感じだったのに、気づけば落ち着いてる。クールでカッコイイと思うぜ、高校デビューか?」

 

 途端に軽口を叩く一夏からヘルブロスは視線を外さない。彼が特段に注視するのは、一夏の持つフルボトルだった。フルボトルがどういう代物かは、一夏よりもずっと理解していた。

 やがて一夏はフルボトルの蓋を開け、すっと息を整える。崩壊しかける涙腺を堪え、心を落ち着かせる。ヘルブロスとの間に随分と深い溝ができてしまったとしみじみに実感するのも程々にし、悲しみや絶望を打ち払う。

 代わりに胸の内に宿すのは不屈の意志と諦めないひたむきさ。覚悟を決めた一夏の瞳には、ヘルブロスが息を飲むほどの凄みを帯びていた。

 

「弾、戦わなくちゃいけないって言うなら俺も同じだ。仲間が傷付けられて、黙って見過ごす訳にはいかない」

 

「やめろ。何をする気だ?」

 

 ヘルブロスの制止を一夏は聞かない。それは逆に、彼をほっとさせた。

 

「心配してくれてるのか? だったら嬉しいけど……さぁ!!」

 

 残り僅かなシールドエネルギーで部分展開できたのは、白式の左手だけだった。手の甲にフルボトルを突き刺し、ボトルの成分内容を示す光の刻印が二つ浮かび上がる。

 

 《ユニコーン! イレイサー!》

 

 その時、一夏は光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一夏。これはどの兵器にも言える事だが、まだ試運転も信頼性も証明していないそのフルボトルを極力使うな。例え束が作ったものだとしても、細心の注意を払っておくに越した事はない。それに頼った結果死ぬのは洒落にならんからな。わかったな?』

 

 

 フルボトルを挿した瞬間、千冬に言われた事を思い出す。そんなのは当然だと端から理解していたし、クラス代表決定戦のように生易しいぶっつけ本番が許される訳でもない。命を賭けるのだから当然だ。それならむしろ、慎重に慎重を重ねてから覚悟する方が望ましい。

 そして、今がその時だった。ヘルブロスには完全にパワー負けし、一矢報いる事すら叶わない。これでは仲間を守るなど、口先だけで終わってしまう。

 

 未知のものを使うなという千冬の言葉は一般論としてもっともであり、実の姉として我が身を案じてくれているとも受け取れる。ただでさえIS学園側は短期決戦の余裕しかないのだから、立場が上の彼女にとって完全防衛と生徒救出の両立をしなければならないのは、どれほど面倒で大変なのか。大人の都合が現場に無理難題を押し付け、非情な現実が生徒を動員しないという選択肢を潰していく。

 この場合は、学園陥落阻止が絶対条件だった。欲をかけば、無傷に済ませる。そして、防衛戦開始直後に明らかになった単純な戦力比はおよそ15:1。普通に考えて、援軍もなしに守り切るのは不可能である。ISがなければ防衛など成立し得ない。

 

 今頃、千冬も予備の訓練機で出撃しているであろう。人質救出に千冬が直々に向かうのも一つの手で確実性は高いが、世界最強の称号を持つ人間が防衛ラインで鼓舞している方が味方全体の士気は下がらない。帰る場所を守っていると考えると、不思議と心強かった。

 だからこそ、ここで倒れて姉を悲しませるのは死んでも免れたかった。僅かでも成功率を上げるために、私情を抜きにしてポテンシャルの高い専用機組を突入チームに起用させたのだ。教師ではなく生徒。大人ではなく子ども。言われずとも伝わっている彼女の思いは裏切れない。分断された仲間たちも、どこかで戦っている。

 

(ごめん、千冬姉。でも俺、男だからさ。譲れないものの一つや二つあるんだ)

 

 心の中で千冬に謝り、己を包む暖かい光がやがて終息していく。ゆっくりと瞼を開いた一夏は、最初に自身の状態を確認した。トランスチームやカイザーシステムの戦士たちと同じように、白式の面影が残っているレベルまで形状が変化していた。

 スマッシュ化の完了。しかし、本来の変化とは異なるアプローチで、上位存在である白式ハーフスマッシュへと至った。変身者の自我と意識は保ったまま。手のひらを何度も閉じ開きし、蒼玉の複眼をヘルブロスに向ける。

 

「弾、これだけは言えるぜ。ネビュラスチームガンを見せてくれれば、少なくともお前の話は信じられたって」

 

 通常のスマッシュでは考えられない白式HSの流暢な言葉に、ヘルブロスは驚く。そして、地を駆けた二人はそれぞれの拳を真正面からぶつけ合った。激突した拳同士から、二人の周囲にブワッと衝撃波が走る。

 

「スマッシュみたいな姿で自我があるのか、一夏!?」

 

「第二ラウンドだ!! 俺はまだ負けてない!!」

 

 疑問を口にするヘルブロスに対して、白式HSは啖呵を切った。単純な力勝負で負ける事なく、そのまま互いに激しく殴り合う。もはや殺し合いにも等しい過激さだが、この二人の意地の張り合いはもう収まりが付かない。どちらかが倒れるまで、とことん拳を交わす――

 

 

 






Q.ヘルブロス

A.スペックはそのまま。むしろバイカイザーがそれより強めに設定されている感じ。


Q.その頃の葛城女史

プロトビルド(ペリカン+プラズマ)「ミラージュ、ガイスト、サイブレード、フェンリル、ゴーストチェイサー、マスターレイビア、イクシオン、ダイナスト、サンダーボウ、イズナー、グローム、プラズマランチャー、アルマゲドンクラスター」

スマッシュ「Gyaaaaaa!?」


柱の上に突っ立ち、思念誘導するビーム兵器とかをひたすら連射するプロトビルドの図。狙われたスマッシュはビームのお手玉されて爆発四散する。


なお、アルマゲドンクラスターで海が一時的に燃えた模様。その際、使い勝手の悪さから盛大に自爆してしまい、何事もなかったかのようにケロリと立ち上がるが二度と使わないと心の中で誓った。あと、千冬に怒られた。



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作る、形成する /【ネガ】 前編

「前回までのあらすじ。一夏たちがエニグマに突入した一方で、独自に人質の救出に向かっている御手洗数馬。そして、ヘルブロスへと変身した五反田弾に打ちのめされる一夏はとうとう、二本のフルボトルを挿してハーフスマッシュへと変身した。戦闘力が格段に上昇し、ようやく相手と同じ土俵に立ったようだが……」

「織斑先生。私が海中のスマッシュと戦っている時に海が大爆発したそうですが、一体何が?」

「生きてたか、楯無」

「はい。危うく巻き添えを喰らうところでした。まさかの出来事にスマッシュたちもあーんぐり。もちろん、その隙を見逃さずに撃破していきましたけど」

「ならいい。その件は既に済ませてある」

「え、教えてくれないんですか? いけずぅ。ところで、その近接ブレードぼろぼろですね」

「ああ、スマッシュを三十体斬り伏せただけでコレだ。交換するのは二本目になる。私も腕が鈍った……」

「そんなご謙遜を」





(つまり、この人は単独で九十体も倒してるって事? 量産機で? わぁ化け物)

「一応、私は人間なんだがな」

(心読まれた!?)





 気づけばナイトローグは、一人で閑静な夜の住宅街にいた。味方とは離れ離れとは言え、寂しさに際悩まされないが。

 ここは敵地。罠の一つや二つは想定の範囲内。すぐさま気持ちを切り替え、人質の救出を遂行しようとする。

 手早く通信障害を確認し、ここが少なくとも普通の街ではないと把握する。エニグマ内部がパンドラタワーのように変化するのであれば、これほど面倒なトラップはそうそうない。最上に招待の意志がなければ、とっくに追放されているだろう。彼のその遊び心に不本意ながら、ナイトローグは感謝した。

 まずは出口を探し、周囲を歩き回る。自動車や人の通りは一切なく、並び立つ住宅が明かりを灯しているぐらいだ。実体はあり、ホログラムではない。

 

「キャアアァァー!!」

 

 すると、近くで悲鳴が聞こえた。急いで駆け付けると、目の前の民家から慌てて走り去るマスクの男を見つける。大事そうにバッグを抱え、右手に持つナイフには真っ赤な血が大量に付着している。

 明らかに事件だ。これが最上の用意した罠の一種だと念頭に置きつつも、今は何かしらの手掛かりや情報は欲しい。男を捕まえるついでに、可能ならば接触を試みるのだった。

 そうと決まれば話は早い。全力疾走すれば、あっという間に男の前へと回り込む。突然のナイトローグの登場に男は、酷く狼狽しながらナイフを振り回した。

 

「な、何だテメェ!? コスプレイヤーが邪魔すんなぁ!!」

 

 一瞬、コスプレイヤー呼ばわりに懐かしさを覚えるナイトローグ。正面にいる男の行動や仕草は機械的ではなく、その怯えようも過去に見てきた小悪党たちのそれと同じだった。

 それから問答無用で男を捕まえようとして――伸ばした手が男の身体をすり抜けた。

 

「へ?」

 

 間抜けな声を出した男は何度かナイトローグにナイフを突き刺してみて、それらが全て透き通るとわかるや否や、したり顔で彼の身体を通り抜けた。

 すかさずナイトローグが男の肩を掴もうとするも、やはりすり抜ける。男は「ざまぁ!!」とナイトローグを馬鹿にしながら、暗闇の中に消えていった。

 モノには触れられるが、人間とは会話できるだけ。そんな薄気味悪さにナイトローグは僅かにゾッとし、先程男が出ていった民家の方へ向かってみる。開け放たれたままの玄関から、並々ならぬ雰囲気が漂ってきた。

 

 バラエティを流しているテレビ以外に一切の物音がしない。あの男が持っていたナイフの状態から、悲惨な光景が広がっている事は間違いない。頭の中でここがエニグマの内部だとわかっていても、ついつい固唾を飲む。

 恐る恐るリビングへ訪れる。そこには、刺殺された母親と少女の死体があった。テーブルの上には誕生日ケーキが置かれてあり、チョコのプレートには平仮名で少女のものと思われる名前が書かれていた。

 庇うようにして倒れている母親は背中に一撃。少女は胸部を一突き。それ以外の外傷は見当たらず、即死だった。呼吸や心臓の鼓動が聞こえない。身体にも触れられない。

 

 気分が最悪になった。これが作り物のまやかしだとしても、趣味が悪い。さっさとリビングから出たナイトローグは、奥のキッチンの方で誰かが倒れているのに気づく。ふと行ってみれば、キッチンの床に横たわる男性の死体があった。首元が掻き切られている。

 恐らく父親だろう。そう見当付けて、街の探索を再開する。後味悪い事この上ないが、この作り物の空間でしてやれる事は何一つなかった。これはただひたすら、訪れる人間の精神を攻めているだけだ。

 民家から出て、取り敢えず住宅街を直進していく。軽々と屋根を飛び越え、着地しては走るを繰り返す。

 

 

 その時、再びマスクの男を見つけた。しかし、先程の余裕とは打って変わって、恐怖の顔を浮かべている。あの慌てぶりは決してナイトローグから逃げているのではない。もっと違う何かから、男は追われていた。

 今にも転けそうな走り方で男は、偶然出会ったナイトローグに縋り付く。向こうから自分に触れてきた事にナイトローグは驚くが、男はお構いなし。持っていたナイフは真っ二つに折れており、バッグを持つ手には斬り傷があった。

 

「ハァ……ヒィ……! 助けっ、助けてぇ! 化物がぁ! 化物がぁ!」

 

 しがみついては一向に離れない男にナイトローグは頭を抱えるが、男がやって来た方向から現れるスマッシュを見ては態度が変わる。低い唸り声を上げながら剣を持って突撃してくるスマッシュに対して、トランスチームガンを連射した。

 正面から光の弾丸を浴びるスマッシュは、大きく仰け反っては爆発四散する。あんまりな相手の脆さにナイトローグは肩透かしを受けた気分になるが、助けを乞うた男はたちまち邪悪な笑顔を浮かべた。

 再び二人は互いに透き通るようになり、バッグを手に男は全力疾走していく。

 

「あばよぉ! この恩は忘れるぜ!!」

 

 その行為は、まさしく最低のクズ。静かに男への怒りを募らせるナイトローグはそっと息を吐き、せめて路傍の小石を男の足にぶつけようかと画策する。

 

 そして拾った小石を投げて――周りの景色が一瞬で変化した。

 

 これで最上の罠という事が半ば確定した。取り乱さないようにと脳内で念押しし、深夜の大きな公園の中を歩いていく。

 やがて遠くから若者たちの楽しそうな騒ぎ声が聞こえてくる。遠目から見ても、到底作り物とは思えない完成度だ。テーマパークでそれらの技術を使えば、子どもから大人まで楽しめる一時を提供できる事だろう。

 ただし、それは性悪な出来事が繰り広げられていないに限る。

 

「ううっ……」

 

「おっさん! 俺たちはただお小遣いが欲しいだけだぜ? ほらほら、そんな蹲ってないでさぁ! オラァ!」

 

「ギャハハハハハハ!」

 

「や、やめ……財布返し――ぐへぇっ!?」

 

「んー、何だってー? 聞こえませーん!」

 

 事案発生。仕事帰りだと思われる中年男性を、五人の若者たちがこぞってカツアゲしていた。その中でも偉そうな女子がグループリーダーのようで、隣にいるもう一人の女子と共に男たちへ指示を出しては大笑いしている。

 男の一人が奪った財布をリーダーが受け取り、手にした大量をお札を目にして興奮する。その間にも、中年男性はリンチを受けていた。

 先を急ぎたいナイトローグはぐっと歯を食い縛る。本心ではここはどうにか無視したかった。所詮作り物の世界では、一々介入するのも時間と労力の無駄だ。しかし、彼がナイトローグである以上、見て見ぬふりを貫くのは難しかった。

 悩んで数瞬、ナイトローグは現場に駆け付けた。突然の彼の登場に、驚愕した若者たちの間で沈黙が訪れる。だが、それも少しだけ。何のためらいもなしに雑言を浴びせてくる。

 

「何こいつ、いきなり出てきて。キモくね?」

 

「コスプレとかマジないわー。てっ、あれ? コイツ触れねーんだけど」

 

「ホントだー! こんな幽霊初めて見たよ私! おい。今おっさんサンドバッグにして楽しんでんだけどさ、ついでにコイツ祟んね? ほらー! 泣き面とか最高にウケるんだけどー!」

 

 素行が悪い若者たちに囲まれるナイトローグと、絶望に打ちひしがれる中年男性。ナイトローグは素っ気なくリーダーの前に進み、手早く財布を取り戻した。

 

「あ!?」

 

 リーダーは素っ頓狂な声を出し、たちまちグループのナイトローグを見る目が変わる。幽霊と一方的に決め付けている割には物怖じしていなかった。

 

「おいテメー、財布返しやがれ」

 

 そう言って一人の若者がナイフをちらつかせるが、そんなものはナイトローグの指二本で容易く折られた。パキリという小気味良い音が鳴り、敵意があっさり恐怖に変わっていく。

 ナイフの残骸は適当に捨てられ、中年男性の元へ近寄るナイトローグから若者たちは徐々に距離を取る。ナイトローグは黙って財布を持ち主に返すと、苛立ち紛れに一つ言い放った。

 

「素直に生き方を変えるんだな。前科持ちになってからだと遅いぞ」

 

 振り向きざまに伝えた言葉は作り物の世界において、結果的には何の意味も持たない。されど、何も言わずにこの場から立ち去るには、ここにいる人間たちがあまりにも本物と遜色なさすぎた。

 

 

 

 

 

 

 《Hummer》

 

 

 

 

 

 直後、ナイトローグの後ろでフルボトルの音声が流れる。咄嗟に振り返れば、スマッシュへと変身しながら巨大ハンマーを構える中年男性の姿があった。左腕には一本のフルボトルが挿され、狂気的な眼光が闇夜に煌めく。

 よもや、ハードスマッシュに変身してくるなんて。それでもナイトローグは相手より一歩早く先んじて攻撃するが、前に出した手刀がスマッシュの身体を透過する。相手も同じようにナイトローグをすり抜けて、近くにいた若者二人を巨大ハンマーで殴り飛ばした。か弱い生身の肉体は一撃で死を迎え、十数メートルは軽く放物線を描いていく。

 

「うわあぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「――ッ!?」

 

 間髪入れずに、三人目の男が頭部を粉砕される。スマッシュにも物理的干渉が無理という事実にナイトローグは絶句し、この怪物の凶行を止めようとトランスチームガンを撃つ。

 しかし、先程通用したはずのこれも何故か透き通ってしまった。近くにあったベンチを叩き付けてみると、大したダメージを与えられずに自壊してしまう。

 残された女子二人は腰が抜け、まともに逃走もできなくなっていた。お互いに身を寄せ合い、ナイトローグを無視して歩み寄ってくるスマッシュに縮み上がる。

 

「ヤダ……! ヤダ……! 死にたくない!」

 

「イヤァァァァァー!!」

 

「やめろッ!!」

 

 両者の間に割って入り、女の子たちを庇うナイトローグ。無論、その行動は水泡へ帰した。まるで純粋無垢な幼子が深く考えずに踏み潰していくアリのように、二人は振り下ろされたハンマーで上半身が潰れた。悲鳴を上げる暇もない、無惨な死だった。

 潰れた上半身の肉片や血液が飛び散り、間に立つナイトローグを透過してスマッシュの身体が赤く染まる。呆然と立ち尽くすナイトローグの隣を、スマッシュが悠々と並んだ。

 

「ゴミは片付けしないとなぁ、特に社会のゴミは念入りに。それと、そんな社会のゴミを助けようとするお前も物好きだよなぁ? 何もできない癖に」

 

 スマッシュはナイトローグの耳元でそっと囁き、込み上げてくる笑いを我慢しながら立ち去っていく。聞き捨てならなかったナイトローグが怒髪天の勢いでスマッシュにハイキックを入れてみると、こんなタイミングに限って攻撃がしっかり決まった。

 背中を思いきり蹴られ、無様に吹き飛んでいくスマッシュ。それと入れ替わるようにして、またもや周囲の景色が変わる。今度のナイトローグの居場所は、高級レストランの中だった。

 

 

 レストランは経営中。そんな時にナイトローグが客に混ざって存在するなど、浮いて仕方がない。だが、置かれた状況は意外にも緊迫していた。

 銃を持ち、一階にいる客を人質に取る男。二階へと続く階段には、黒服の人間が男に向かって銃を構えていた。ナイトローグは黒服の横に立っている。

 少し変わった展開にナイトローグは首を傾げ、突如男が喚き始めた。

 

「先生……二階にいる先生と話をさせろ! さもなきゃ人質を撃つ!」

 

「待て! 私が代わりに話を聞く!」

 

「ダメだ! SPが代わりになったって何の意味もない!」

 

 SPと呼ばれた黒服は聞こえない程度で舌打ちし、ナイトローグに視線を送る。ナイトローグも何となく状況を掴んでくると、取り敢えずSP役になって成り行きを見守る事にした。

 今までの流れから考えるに、今回の出来事もやはり誰かに触れる事ができないだろう。トランスチームガンを使っても、スカしてしまう可能性が高い。例えこの場にいる人々が仮想だとしても、無闇に血を流すのは御免被りたいところだった。とてもではないが、誰かが死ぬのを許す決意が固まらない。

 しばらくして、この膠着状態に痺れを切らした男が、人質を取った真意をポロポロと吐露する。今にも泣きそうな顔で、悲壮感に包まれていた。

 

「香川先生はなぁ、収賄罪の身代わりになれば捕まった後でも面倒を見てくるって約束したんだ……。なのに四年前、あの人は俺の事を切り捨てた! 秘書として頑張ってた俺を、まるで再利用もできないゴミクズのように何の躊躇いもなく!! 俺は……俺は……先生が謝罪してくれればそれでいいんだよ!! 土下座すれば済む話なんだよ!! なのに何で出てこないんだチクショオォォォォォ!!」 

 

「落ち着いて。土下座なら私が代わりに」

 

「違うんだよ! そうじゃないんだよ!」

 

 だんだん荒れていく男を、SPが懸命になだめていく。二階の方も慌ただしくなり、カツカツと階段を降りていく音が響く。

 

「謝るのは貴方の方です」

 

 凛とした女性の声がピシャリと放たれた。声がした方向にナイトローグたちの意識が向き、階段から降りてきた一人の女性が注目を浴びる。

 また、その女性を止めようと他のSPがぞろぞろとやって来た。男の射線を阻もうとSPたちが前に立つが、女性は歯牙にも掛けない。進んで自分を守る肉盾から顔を出し、男を睨み付ける。

 

「今更こんな騒ぎを起こして……この恥知らず! 綺麗に死んで詫なさい!!」

 

 鬼のような形相でそう言った女性に、SPの一人が「先生、いけません!!」と叫ぶ。それはいくらなんでも、露骨に男を刺激しすぎていた。

 

「こ、このやろおぉぉぉーッ!!」

 

 女性の物言いに男は遂に激高し、三発連続で発砲する。いきなりの銃声に人質は揃って悲鳴を出し、SPたちが要人である女性の身を庇う。

 しかし、その凶弾が誰かの命を奪う事はなかった。女性を狙った弾丸は全て、ナイトローグがキャッチして事なきを得ていた。

 普通なら考えられない事象に誰もが驚き、言葉を発するのを忘れる。射撃手の男もナイトローグのやってみせた芸当に空いた口が塞がらず、銃を構える手がワナワナと震える。

 次いで、キャッチされた弾丸が床に捨てられた。カランカランと転がり落ち、真っ先に女性がSPたちへ淡々と告げる。

 

「今、私に向かって撃ちましたね? ほら、SPの皆さん! あの犯罪者を捕まえなさい! もしくは射殺! 相手はまだ銃を撃ち尽くしていないはずですよ? 早くしなさい!!」

 

 自分が殺されそうになった事実に対して怒りを表面化させる女性は、男に向かって養豚場の豚を見るような目をしていた。厳しい訓練を受けてきたSPたちですら動揺と困惑が抜け切れず、女性のいきなりの射殺命令に戸惑う。

 そして、ただ突っ立っているのはナイトローグも同じだった。一か八かで試した弾丸キャッチに成功して安堵するのも束の間、ヒステリックになった女性の発言に耳を疑う。男を捕まえたいのはやまやまだが、弾丸は掴めても人間にはまだ触れない事は簡単に予想できた。

 つまるところ、SPたちが動いてくれないと決め手に欠ける。とは言え、男の持つ銃の残弾が残っているのも確かだ。この一瞬にできあがった間を逃したせいで、迂闊に一歩踏み出せないのは変わらずとなった。

 その後、男は発狂する。

 

「なんで……なんで素手で弾丸キャッチするんだよぉぉぉぉぉぉ!? うわあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 酷く表情を歪ませ、懐から取り出したのはスマッシュボトル。それを目にしたナイトローグがスマッシュボトルを奪おうとするのも刹那、開封された中身のネビュラガスが男の身体に纏わり付いた。

 もはや男のスマッシュ化は止められない。ダメ元でナイトローグがそのままタックルすると、運良く接触ができた。スマッシュと共に窓ガラスへと突っ込み、外へ出る。

 よし、このまま。触れるならやる事は一つ。ナイトローグは一切の躊躇もなく、地面に押さえ付けたスマッシュの顔面を殴った。バキリと生々しい感触が拳に伝わる――

 

 

 かと思いきや、目の前にいたはずのスマッシュが忽然と姿を消した。自分が殴ったのは顔面ではなくコンクリート。またもや居場所が変わり、いつの間にか彼は高層ビルの屋上に移動していた。

 完全に弄ばれている。やるせなさにナイトローグは嫌気が差し、屋上から飛び立とうとしたところで人影を見つける。元気の無いサラリーマンが、柵を越えた屋上の縁スレスレの位置に立っていた。ナイトローグの脳裏に嫌な未来が駆け巡り、とうとう屋上から飛び降りたサラリーマンの後を追い掛ける。

 力無く落ちていくサラリーマンの元へそそくさに辿り着き、その身体を抱える。だが、条件反射で実行したのは良いものの、人間に触る事ができないという事を彼は頭の隅に追い払ってしまっていた。伸ばした手がサラリーマンをすり抜けた時点で結末を察し、着地と同時に至近距離で人間が飛び降り自殺する様子を目撃してしまう。高所からの落下で身体はバラバラとなり、扁平した頭部から飛び出た脳が辺り一面に散らばる。

 

 

 

 

 ハッと我に返るナイトローグが次にいたのは、直視する事が憚られる陰惨な街中だった。そこかしこに横たわる遺体にスマッシュとは異なった怪人がたかり、それぞれ好きな部位に齧り付く。人間が怪人に食われていた。

 その捕食スピードは尋常ではなく、完食するや否や別の場所へと移動していった。すり抜けてしまうナイトローグは完全に無視し、人間たちがいるところへと。

 遠くの方で数々の悲鳴と銃声、怒声が聞こえてくる。怪人たちの姿に見覚えのあったナイトローグは、虚ろになりかけた目で「あぁ……」と納得した。こんな状況であればリアリティはまだ欠けている方なので、むしろ正気を保てた。

 そこに、一体の青い怪人が満身創痍の姿でやって来た。生えている六本腕は全て千切れかけ、息も絶え絶えだった。

 

「俺は……俺はただ……生きたいだけなのに……!」

 

 振り絞って出した声は悲痛さで一杯。今にも死にそうな青い怪人はナイトローグの元まで近寄ると、次に涙声で彼にこう訴えた。

 

「どうして……どうして俺が殺されなくちゃならないんだ!? 生きる事すら許されないなんて、もうどうすればいいんだ!?」

 

 その問いにナイトローグは答えを導き出す事ができなかった。なぜなら眼下にいる青い怪人が、自分がよく知る怪人パンデミックの根源の一つであると理解しているからだ。それは人間に感染し、ゾンビのように食人衝動を宿らせては立派な化物に変異させていく。

 もちろん、その出典の都合上、逆にここが完全に作り物の世界だと割り切る事ができた。この絶望と無力感に覆われている青い怪人を、救う事はしない。仮に現実だとしても、天才物理学者や指輪の魔法使いではない自分にしてやれる事は何一つなかった。

 

「俺にはどうする事もできない。同情するが……死んでくれ」

 

 そうして冷たく突き放したナイトローグは、唖然とする青い怪人の額にトランスチームガンをかざす。相手に有無を言わせず引き金を引き、一発の光弾が眉間を撃ち貫いた。

 

 

 

 

 

 

 それから場面は切り替わり、幻想的な荒野が広がる。ナイトローグは辺りを見渡し、頭上に浮かんでいる物体に気付く。

 赤い兎と青い戦車を模した瞳。耳と砲身がちょうど角のようになっており、容貌はまずまず。仮面ライダービルドラビットタンクフォームの巨大な顔が宙に浮き、粛然とナイトローグを見下ろしていた。

 変哲な巨大生首の登場にナイトローグはどうしていいかわからなくなった。驚き呆れて言葉がでない。お巫山戯にも程度はあるもので、ツッコム気力が失せていく。

 だが、向こうから話し掛けてくれば無視する訳には行かなくなる。開口一番、生首ビルドが発したのはナイトローグへの煽りだった。

 

「可哀想じゃないか。助けを求めていたあの怪人を殺すなんて。人間のクズは助けたクセして、どうして見捨てた?」

 

「アレは俺には無理だ。作り物の世界だとしても、放置するだけで確実に大勢の人が犠牲になる」

 

 ここで黙りこくれば敗北感が凄まじい。加えて相手は生首の状態でもビルドだ。ビルドに一方的に抱いている劣等感を少しでも拭うため、ナイトローグは即座に反論する。

 

「だから彼を捨ててその他大勢を救ったと? おいおい、それは“正義”じゃなくてむしろ“悪”って言うんじゃないのかぁ? お前は誰かを犠牲にしないと、自分の正義を貫けないのか?」

 

「俺はナイトローグだ。正義の味方ではない。その口を閉じろ、ビルド」

 

 そこまで言って、ナイトローグはビルドに発砲する。見事脳天に命中するが、傷一つ付いていない。

 

「ビルド……そういえば、そんな風にかつて呼ばれていたか……。だが今は違う」

 

 脳天を撃たれたビルドは物ともせず、自身の名を呼ばれた事に感傷に浸っていた。トランスチームガンを構えたままナイトローグが警戒し続けると、生首形態から元サイズの人型へ縮小していく。

 それから悠々と地面に舞い降りて、一本の缶を取り出す。その缶を見たナイトローグの目の色が変わり、トランスチームガンを下げてビルドの行動を待ってやった。

 

『ラビットタンクスパークリング! Are you ready?』

 

「ビルドアップ」

 

『シュワッと弾ける! ラビットタンクスパークリング! イェイ! イェーイ!』

 

 前後に張り巡らされたランナーが合体し、ビルドを包み込んだ刹那に大量の泡が弾ける。スパークリングへとフォームチェンジを果たしたビルドは、身体の調子を確かめながらナイトローグに語り掛ける。

 

「俺のこの姿はお前の意識が生んだ。何故ならお前がナイトローグだからだ」

 

 自分の意識が生み出したと聞き、ナイトローグは遂に傍観者でいるのをやめた。スチームブレードを取り出し、両手持ちでビルドの様子を窺う。

 指先一つの動きすら見逃さない。対してビルドは飄々とした態度で、敵意をぶつけるナイトローグに気さくに接する。

 

「そう怖い顔するなよ? 俺はお前の味方だ。お前の事なら何でも知っている」

 

 スパークリングが味方など虫唾が走る。そう思った瞬間のナイトローグの速さは、これまでの戦いとは比にならないほどだった。ビルドの懐へ詰め寄り、スチームブレードを振るう。

 すると、その斬撃は空振りに終わった。親切にビルドが囁いてくれなければ、背後に回った事さえ察知できなかった。

 

「都合の悪い事からは現実逃避か?」

 

 腕だけを動かしてトランスチームガンを撃ち、当たる寸前にビルドの姿が消える。

 

「都合のいい力は信用して、利用して。そのトランスチームシステムは誰が与えたものだ? わからないよなぁ、気が付けば手元にあったんだから」

 

 目の前に現れたビルドに、ナイトローグは立て続けに斬り掛かる。それをビルドはことごとくかわしていき、大きく跳躍してナイトローグから距離を取る。

 ビルドからは遊んでいる節が真っ先に感じられた。されども実力自体は本物で、愚直に行動してはならないとナイトローグに冷静さを与える。ちょうど良い大岩へ着地したビルドは、大袈裟で芝居がかった仕草で言葉を続けた。

 

「ナイトローグナイトローグと、言葉遊びはもう止めにしないか? 自覚しているはずだ、お前のやっている事はただの自己満足に過ぎないって」

 

「黙れ……」

 

「世の中に善悪の概念がある理由を考えろ。そう遠くない日、吐き気を催すような邪悪の人間をスマッシュから助けるかもしれないぞ? さっき体験したようにな。そんな奴を必死漕いて助ける必要あるか、なぁ? もしもソイツがクズ親で、命を助けた次の日に自分の子どもを虐待死させたなら、いっその事見殺した方が幼い生命を守れる。悲しむ人間が少なくなる。確か、お前が助けたあの女はハザードスマッシュの少年を虐めていたそうだな。しかも殺されかけて反省した様子もなく、罵声を浴びせてきた」

 

「だからと言って、それが助けない事の免罪符になる訳じゃない。未来はかけがえの無いもの。未来ある限り、ヒトは変われる……俺もその一人だ!」

 

 その程度のネチネチとした言葉でナイトローグの心は折れない。ビルドがあの日の事を指摘した事で嫌な記憶が蘇るが、それは既に糧となった。自分は諦めないとハッキリ断言し、それに呼応してバイザーが力強く発光する。

 

「ヒトは変われるぅ? ……どこかで聞いたセリフだなぁ!!」

 

 すると、ビルドの纏った空気が豹変した。ラビットハーフボディ側から放出する泡の力で、残像を残すほどの速度でナイトローグに飛び掛かる。

 真っ直ぐ突き出された左ストレートをナイトローグは防御し、仰け反る。内部から破壊されるような衝撃を受け、小さく声がくぐもる。間髪入れずに打ち込まれる右拳を、そのまま後ろに倒れる事でギリギリ回避した。

 倒れる瞬間、手を地面に着いて素早く後転。振り上げた足がビルドの顎を狙うが、寸手で踏み留まられる。接地とほぼ同時に放ったトランスチームガンの光弾は、交差させた両腕で容易くガードされた。

 

 咄嗟に翼を展開したナイトローグは、後方へホバリング飛行していく。これにビルドは足底で生成する泡を次々割っていく事で、圧倒的な推進力を獲得。飛行するナイトローグに追い付き、両腕の付いている刃《スパークリングブレード》を繰り出す。右腕の赤い刃は切断力に優れ、左腕の青い刃は刺突力に優れる。ビルド本人が高速回転する事で生み出されるパワーは、スチームブレードで捌くナイトローグの防御を崩した。

 銀の装甲が火花を散らしながら斬り裂かれる。そのまま地面に叩き落とされると思われたが、逃げずに懐へ潜り込んだ彼にビルドは虚を突かれた。ダメージを臆さないその行動が、ビルドの腰を抱えて地面に投げ飛ばす事に成功する。姿勢を大きく崩したビルドは、土煙を上げながら派手に転がっていった。

 

 《Bat. スチームブレイク!》

 

 急上昇しつつ、スチームブレイクを放つナイトローグ。光の高速弾はビルドを狙い、ギリギリでかわされた。

 直後にビルドも空高く跳躍。脚部から放出されては破裂する泡が足場となり、ナイトローグと共に空を駆けていく。自由に飛行できる彼と遜色ない機動で、激しい空中戦を披露した。

 

 しかし、実際に行っているのがジャンプである限り、あくまで空中は直線的な移動でしかないビルドとナイトローグに歴然とした差が生まれていく。そろそろビルドの高速移動に目が慣れたナイトローグが偏差射撃をすれば、見事命中する。

 互いに高速移動している時に受ける攻撃の威力は、単純に考えて通常よりも加算される。光弾を一発受けただけでビルドは盛大にきりもみ落下を始め、体勢を直させまいとナイトローグが突進する。

 スチームブレードの切っ先が、吸い込まれるようにビルドの腹部へと向かう。

 だが次の瞬間、スチームブレードはビルドの脇の下に挟まれてしまった。すかさず腕を掴まれ、ドライバーのレバーを回す。

 

『Ready go!』

 

 ビルドドライバーから、ナイトローグにとっては死刑宣告にも等しい音声が流れる。霧ワープを用いてビルドから離れるが、瞬きする間もなく追い付かれ――否、引き寄せられた。

 ビルドの胸部アーマーから生成される泡《ディメンションバブル》が空間を歪ませ、瞬間移動を成立させた。すかさずビルドはナイトローグの首根っこを掴み、嘲笑う。

 

「人間ってのはどいつもこいつも、心と頭が違う事を考えているらしい! もっとぉ!! フハハハッ――」

 

『スパークリングフィニッシュ!』

 

 ナイトローグは再度霧ワープするも、後方に出現したワームホール状の空間から逃れる事はできなかった。立ち位置を維持され、ライダーキックを喰らう。

 

「気楽に生きろよ」

 

 ビルドが冷淡にそう呟いた直後、全力で蹴られたナイトローグの身体はワームホールの中を通り抜け、無尽蔵の泡に纏わり付かれながら吹っ飛んでいく。破裂した泡の衝撃波は重く、そのまま半身が地上の岩盤に埋め込んだ。

 陥没する岩盤の中、小さな呻き声を漏らしながら地面へ転がり落ちていくナイトローグ。武器だけは死んでも離さなかった。スチームブレードを杖代わりにし、立ち上がる。

 頑丈なスーツに目立った損傷箇所はない。だが、変身者への直接的なダメージは十分すぎるほどに与えられていた。ボロボロの身体になってもなお、戦意を衰えさせないナイトローグの元へ、ビルドは呑気に歩いていく。

 

「いいか? 生身のままじゃお前が救える人数も減るし、できる事もなくなる。それに現にお前は、生きたいと願った青い怪人の意思を尊重せず、問答無用で撃ち殺した。お前は自分自身で、今までの自分の行いを否定した。要するに中途半端なんだよ、お前はぁ!!」

 

 ケタケタと笑い蔑むビルドに、ナイトローグは力を振り絞って駆け出す。ビルドがさっとかざした両手からシャボンが砲撃のように放射され、避けられないと地面にまた転ばされてしまう。

 

「それに強者として君臨する事に爽快感を覚えている。敵を倒した時、悪党をひれ伏した時、誰かに感謝される時。そう!! 本当は楽しいんだろう!? 守るよりも戦う事がぁ!! 誰かをいたぶるのがぁ!! もっと自分に素直になれ、ナイトローグ!! 気高くあり続けるなんて疲れるだろう? 楽になろうぜ」

 

「お喋りが過ぎる奴だ。忌々しい……」

 

「ちなみに俺のハザードレベルはお前と同じ。つまり、スペックと経験においても俺が上という訳だ。ナイトローグがスパークリングに勝てる道理なんてあるはずない。それが負け犬……いや、負け蝙蝠の宿命だ。良かったな、どう足掻いても結果が変わらないから頑張る必要がなくて。もう休め。ここで諦めたって誰もお前を責めやしない。端から期待なんてされていないんだ。頑張った結果が余計に汚名を被るだけになるなら、何もしない方がいいし皆のためにもなる」

 

 忌まわしげにビルドを見つめながら、ナイトローグはもう一度立ち上がった。荒くなった息を整えつつ、両手に持つ武器を組み替える。

 

 《ライフルモード》

 

「俺の夢の一つは、スパークリングと戦って汚名返上する事。だが、それは貴様では何の意味もない……」

 

「何?」

 

 そして静かに言葉を紡げば、おもむろにビルドが首を傾げる。一方でナイトローグは、並々ならない因縁をつけているビルドの姿をしっかり見据えた。敗北を受け入れた様子は、微塵もない。

 

「大体わかった。お前は……スパークリング本人に果てしなく劣る!!」

 

 《アイススチーム》

 

 闘志を再燃させ、ライフルから冷気の弾丸を連射する。ビルドがそれに応じて放った泡の群れは、弾丸を防ぐ事なく凍結していき、何の破裂音も残さずに砕ける。

 その隙にナイトローグはビルドへ肉薄し、いつの間にか持ち替えたスペアのスチームブレードを投合する。投げられたブレードはクルクルと回り、ビルドにあっさり頭上へと高く弾かれた。

 同時にナイトローグはスライディング。迅速に背後を取り、素早く反応してきたビルドと組み合う。拳は次々と受け流されるが、落ちてきたスチームブレードをキャッチするや否や、それをビルドの爪先に思いきり突き刺した。

 

「ッ!?」

 

 赤熱化したスチームブレードが爪先を貫通し、地面にまで刺さる。その激痛にビルドは堪え、これを機に殴りまくってくるナイトローグを突き放そうとする。数発の殴打は甘んじて受け、膝蹴りを何度も腹部に当てては頭突きをかます。

 たちまちナイトローグは大きく後退り、ビルドはおぞましくも苦しげな声を上げながらスチームブレードを引き抜いた。併せてドリルクラッシャーを手にし、二刀流でナイトローグに襲い掛かる。

 

「貴様ぁ!!」

 

 ビルドの叫び声に怒気が帯びる。そのためか、ナイトローグに防がれる斬撃は精密さに欠いていた。ドリルクラッシャーはスチームライフル、奪われたスチームブレードは片腕で受け止められ、二人は間近で向き合う。今度はナイトローグが頭突きをする番だった。

 その一撃で首が仰け反るビルド。刀身に冷気を帯びたままのスチームライフルが一閃され、深い斬撃が胸部に刻まれる。続けて回し蹴りが側頭部に入り、身体が横に回転した。

 ビルドは背中から地面に倒れ、切っ先を顔面に向けるナイトローグの姿を目にする。ドリルクラッシャーで落とされる刃の軌道を咄嗟に逸らし、スチームブレードを突き出した。それはかわされ、鋭い手刀がみぞおちに決められる。

 されど、そこは防御が高い部分。貫通までには至らず、ドリルクラッシャーを振るったビルドは飛び跳ねるようにして起き上がった。

 全てを抉らんと回転するドリルをナイトローグは回避。スチームライフルは地面に刺さったまま手放した。華麗に宙に舞いながら両足でビルドの持つスチームブレードを捕らえ、勢い良く足を横に回す事で奪還に成功する。

 手首が捻られかけたビルドは、あっさり奪い返されるのを良しとする。代わりにホークガトリンガーを片手に召喚し、タカの姿を具現している数多の弾丸をばら撒いた。

 ナイトローグは急いでスチームライフルを抜き取り、冷気を放出させながら弾丸を切り払っていく。後に二刀流となり、撃ち切ったガトリングの充填を行うビルドと見合う。

 

「一矢……いや二矢か? いずれにせよ、ナイトローグのくせに生意気だッ!!」

 

 《Ten! Twenty! Thirty! Fourty! Fifty!》

 

 ホークガトリンガーのリボルバーを回転させると、ナイトローグの周りを特殊なフィールドが囲った。スチームブレードで斬りつけてみるが、見かけによらず強固な不可視のバリアが張られている。破れそうにもない。

 

 《Sixty! Seventy! Eighty! Ninety! Hundled!》

 

 弾丸の嵐が刻一刻と迫る。仕方なしにナイトローグはエンジンフルボトルを取り出し、迷わずスチームライフルにセットした。

 

 《Engine!》

 

 《Ready go! ボルテックブレイク!》

 

 《スチームドライブ! Fire!》

 

 ナイトローグが引き金を引くと、突如としてスチームライフルが爆発炎上。それに構わずホークガトリンガーの最高火力が叩き込まれ、爆発は更に規模を増した。

 戦車隊の砲火の如き爆発具合に、ビルドはニヤリと笑みを浮かべた。もはやタダでは済まないと判断し、武器を持った腕をだらりと下げる。

 しかし、次第に止んでいく爆発の中から現れる人影が五体満足で立っているところを目撃すると、思わず不意に打たれた。

 

「百……否、九十九秒でケリをつける……!!」

 

 刹那、瞳を赤く染めたナイトローグが駆け抜ける――

 

 




Q.ネガビルド

A. cv:桐生戦兎(漆黒の精神)

座右の銘『俺は選ばれた』、『他人の不幸で飯が美味い』、『この世に正義は存在しない』、『孤独、才能、勝利』



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作る、形成する /【ネガ】 後編

「前回までのあらすじ。極めて現実に近いAR空間での悪質なシチュエーションで神経を逆撫でされたナイトローグ。ようやくそれが終わったかと思いきや――」

「おい戦兎! なんであそこにお前がいるんだよ!? しかも言ってる事が正義の仮面ライダーと真逆じゃねぇか!」

「ちょっと万丈、人があらすじやってるのに邪魔しないの。それにあのビルドは俺じゃないし。どう見たって偽物だってわかるでしょうが」

「えっ? でもスパークリングに変身してるし、専用武器もちゃんと出してるし、声もお前だし……」

「お前、俺をなんだと思ってるんだ。いやさ、気持ちはわからなくもないよ? だって万丈だし」

「あ。その言い草、さては俺をバカにしてんな? なめんなよ。最初はわからなくても戦えば見破れる自身はあるぜ。伊達に付き合い長くないからな」

「はいはい。あと“自身”じゃなくて“自信”な。誤字注意」

「うっせぇ。わかってるよ、んな事」

以上、異次元宇宙の地球より中継。

「ほらぁー! お前と駄弁ってるせいであらすじの時間なくなったじゃん!」

「知るか! てか俺にもあらすじ紹介させろ! いいだろ少しぐらい!」

「だからその時間すらないの! あーもー! 三羽ガラスがトランスチームシステム使ってるから試しに覗いてみたのに、結局あっちの世界の仕様はわからず終いだ!! 俺のワクワク返してぇぇぇぇぇ!!」

北都三羽ガラス、トランスチームの戦士ルート突入。何百周も掛けて機械類を勉強したため、ハザードレベル固定仕様は解除済。











 ナイトローグの全身のパイプから高温の蒸気がビルドに吹き付ける。二刀のブレードはホークガトリンガーを容易く切り捨て、ビルドはビートクローザーを代わりに召喚。だが、ナイトローグの猛攻に徐々に押し込まれる。

 けたたましく剣を斬り結び、ビルドがナイトローグを蹴り飛ばした。踵を引き摺りながら吹き飛ぶ彼を追い掛け、袈裟斬りしようとしたところでカウンターを受ける。

 一足早く、ニ振りのヒート刃がビルドを斬り付ける。しかし、ビルドは怯まない。ナイトローグの腹部を深々と殴り、そのまま頭上に持ち上げてはドリルクラッシャーでかっ飛ばす。次いで跳躍するが、宙で姿勢を直したナイトローグに蹴り返される。追撃は不発に終わった。

 

 よろめきながらも着地し、フルボトルをドリルクラッシャーにセットするビルド。瞬間、ナイトローグが投げてきたスチームブレードに妨害された。さっと避けるものの、背後にナイトローグが霧ワープしてくる。宙に舞うスチームブレードを掴み、ビルドに斬り掛かる。

 それをビルドは、後ろを振り向かないままビートクローザーで受け止めた。目にも止まらぬスピードでドリルクラッシャーを一閃する。ふとフルボトルを放り捨ててしまうが気にしない。機械仕掛けの最凶の錐が、ガラ空きになったナイトローグの脇腹に命中する――はずだった。

 

「何ッ!?」

 

 白煙に紛れたかのように姿を消すナイトローグ。次の瞬間には、彼はビルドの隣に現れていた。咄嗟にビルドは反応し、薙ぎ払ったビートクローザーが空振る。今度は何の前触れもなく頭上から降りてきた。

 ビートクローザーの刀身は踏み倒され、面食らうビルドをナイトローグが全力でブレードで穿つ。ビルドの身体はくの字に曲がり、間髪入れずに剣を投げ捨てたナイトローグは殴打を叩き込む。

 

 その拳一発が先程食らったものとは比べものにならず、重たく響く打突でビルドは思うように動きが取れなくなる。体の良いサンドバッグとなり、次に背中を肘打ちで打たれ、地面に崩れ落ちる。その際、ビートクローザーが奪われた。

 呻くビルドはすぐに立ち上がれない。そこを容赦なく蹴り飛ばしたナイトローグは、またもや武器を後ろに投げ捨てる。

 赤青白のトリコロールの戦士は無様に地面を転がっていく。遂にドリルクラッシャーを手放し、舌打ちしながら起き上がると禁断のトリガーを手にする。

 

「ハァ……ハァ……だったらぁ!!」

 

『ハザードオン!』

 

 ハザードトリガーをビルドドライバーにセットし、最初から飛ばしていく。

 

『ドンテンカン! ドーンテンカン! ガタガタゴットンズッタンズタン!』

 

『Are you ready?』

 

「変身!」

 

『アンコントロールスイッチ! ブラックハザード! ヤベーイ!』

 

 レバーを回し、周囲を囲む漆黒のプレス機がビルドを挟み込む。その中から現れたのは、スパークリングのハザードフォームであった。唯一黒く染まっていない双眼は憤怒で輝き、再度トリガーのスイッチを押しながらナイトローグへ迫る。

 

『マックスハザードオン!』

 

『オーバーフロー!』

 

 ビルドの渾身の右ストレートがナイトローグの頬に炸裂する。右拳に纏う毒々しい溶剤は装甲を徐々に浸徹していく。

 だが、ドライバーから衝撃を受けると共に、身動きが途端に取れなくなる。いつの間にかドリルクラッシャーを回収していたナイトローグが、その柄をハザードトリガーに強くぶつけたのだった。

 

「う、動けない……だとぉ!?」

 

 これにビルドは慌てふためき、四枚翼を広げたナイトローグは大きく後退する。ドリルクラッシャーを捨て、スチームブレードとライフルを拾っていく。

 

「その状態で自我を保つのは流石だ。しかし……」

 

 やがてナイトローグは空に羽ばたき、ビルドを一瞥した。順にスチームブレードのバルブを回し、二本ともアイススチームを発動する。

 

「勝負を焦ったな、スパークリング!!」

 

 そして、下方向へ螺旋状に包まった翼に冷気を纏わせ、急降下。凍てつく一陣の風となり、ビルドに飛翔斬を放った。

 避けられないビルドは真正面から飛翔斬を食らい、炸裂する氷霧を全身に散らしながら大きく吹き飛んだ。その威力にハザードトリガーはあっさりドライバーから外れ、ビルドの元から離れていく。

 ハザードフォームが解け、元のスパークリングの姿に戻る。うつ伏せの状態で地面と激突し、よろよろと起きる足元は覚束ない。

 

「俺が……スパークリングがナイトローグに……負ける? そんな……そんな事……」

 

 信じられないという風に、ビルドは口ごもる。両手で顔に触れ、次に激しい感情を露わにする。

 それは憎悪だった。絶対的優位性が破綻し、間を置かずにドン底へと落とされる。底辺の存在に下剋上された事が、ビルドに激しい憎悪を抱かせた。そんな事は傍から見ていたナイトローグも瞬時に理解できており、かと言って無用な情けは掛けなかった。ブレードとライフルを仕舞い、テニスボールとラケットを持つ。

 一瞬、ナイトローグのその行為にビルドは唖然とした。しかし、いざ球が打たれると仮面越しでも伝わるほどに顔を青ざめさせる。ショットの瞬間に衝撃波が走り、球は波動を帯びてビルドを空の彼方まで乱暴に運んでいく。

 

「ネガの世界に帰れ! 偽りの仮面ライダー!」

 

「ナ、ナイトローグ風情があぁぁぁぁーっ!?」

 

 過去最高の威力で放たれた波動球がみぞおちに入り、空を映す壁に張り付けられたビルドは断末魔を上げる。すぐに波動球は力を失うが、完全に埋め込んだ胸部の穴から零れ落ちる事はない。

 まさに死に体。指一本すら動かず、俯く顔に影が落ちる。陥没穴が出来上がった壁から徐々に身体は剥がれ落ち、力無く落下しようとしたところでボソッと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう……だ……殺すのは……楽しい、だろ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 するとビルドの身体がスマッシュに変化し、爆発四散。合わせて、地上に放置されたビルドウェポンも消滅した。

 それを見届けたナイトローグは、颯爽と強化形態を解除した。ほっと一息つき、ラケットを仕舞う。形だけでもスパークリングに勝利した事に思いを馳せた。

 

 スパークリングとの勝負の理想は、できるなら本人が良かった。だが、それは当然叶わない夢。ならば、曲がりなりにも実現した事に良しとする他ない。初めから実現性皆無に等しかったのだ。仮に中途半端だとしても、こうして機会を設けられた事に喜びが少しだけ込み上げる。

 なるほど、たしかに中途半端だ。ビルドのあの言葉が嫌にも突き刺さるが、省みるのは後からでもできる。今、優先すべきは――

 

「おめでとう、ナイトローグ。まさかアレを倒すとは、なかなかやるではないか」

 

 そんな賛辞と共にバイカイザーが出現した。ナイトローグは武器を構え、相手を威嚇する。

 

「マッドローグをどこにした?」

 

「そう慌てるな。まずは感想を聞かせてもらいたい。一度に六十四人の命をその手で奪った感想を」

 

「何だと?」

 

 何の事だかわからない。初めはそう疑問に感じるも、少し想像を膨らますだけである程度察してしまう。

 あの時、ビルドに化けていたスマッシュは爆発四散し、跡形もなくなった。ハザードスマッシュの死亡ケースとは差異こそあるが、さほど想像に難くない。まさかと思って耳を傾けると、案の定バイカイザーが暴露してくれた。

 

「あの新型スマッシュは通常種六十四体を合成して作り上げた、いわばキメラだ。六十四人分の命が注ぎ込まれる訳だから、意識と人格が融合して知性と戦闘力も上がる。彼らは集合体となってまだ生きていたのだ。それを貴様は……」

 

 その口振りはどこか、ウキウキとした感情が含まれているように感じる。目の前に立つ悪魔の科学者にナイトローグは戦慄するのも束の間、力の限り地面を蹴り出していた。

 凄まじい勢いで義憤が湧き上がる。確かにあのスマッシュに手を掛けたのは紛れもなく自分自身だが、話が真実であれば救いようがなくなる段階まで押し上げたのはバイカイザー本人である。怒りとは裏腹に冷静さは欠けておらず、そのわざとめいた揺さぶりにも動じない。

 あっという間にバイカイザーへ詰め寄り、二本のブレードを交差させながら斬る。対してバイカイザーは、スチームブレード一本のみで受け止めた。

 

「ふむ、中途半端なヒーローというのは紛れもない真実のようだ。私は人間観察も研究の一環でやっているが……貴様の行動には散々笑わされたよ。例え仮想空間だとしても、己は貫くものだろう? でなければリアリティを高めた甲斐がない」

 

「どの口が言う!!」

 

「しかし、仮面ライダーとやらはどこまでやっても心が折れないのが不思議だ。これから行う実験に私は不安を感じずにはいられない」

 

 少しの鍔迫り合いの後、バイカイザーが剣を押し返す。ナイトローグの繰り出す刺突を次々と防御し、最後に身を屈めると刀身を地面に叩き付ける。その強力な一撃で半径数メートル以内のものが一斉に浮かび上がり、砂塵に巻かれながら足が地面に離れてしまったナイトローグを殴った。

 辛うじてバイカイザーの拳を防いだナイトローグは大きく後ろへ飛ばされ、筒がなく着地する。その時、二人の間に何者かが乱入してきた。機敏な動きでナイトローグを翻弄し、激しく掴み掛かる。

 その特徴的な白いシルエットを、ナイトローグは見間違う事はなかった。相変わらず寡黙を貫くマッドローグは、一度は和解したにも関らず襲い掛かってくる。数度だけ肉弾戦を交わし、バイカイザーの元へと寄り添った。

 

 自然とニ対一の状況が出来上がり、救出対象が敵対行為をしたからと言って慌てず、ナイトローグは冷静になるよう努めていく。次にバイカイザーによって明かされる種は、なんて事はなかった。

 

「貴様の予習を前提として解説を進めよう。彼女に憑依しているのは宇宙生命体SOLU。しかし、そのSOLUも別の生命体に寄生されていてね。まぁ、結果的に寄生は失敗して逆に取り込まれたようだが……星を狩る種族として名高いブラッド族の遺伝子を有している」

 

 SOLU、ブラッド族。それらは大体知っているため、驚きはあまりない。予想が確信に変わっただけだ。取るべき手段も明確化していく。

 一旦バイカイザーが言い切ると、先程まで虚ろ気だったマッドローグが活動再開。もう一度ナイトローグへ殴り掛かってきた。二人のローグが剣や拳を交える間にも、バイカイザーの話は続く。

 

「故に、同じ星狩りの力を宿した身としては、彼を洗脳するのは非常に簡単だった。どうやらブラッド族の中でも下級だったらしい。既に意識が消滅して器官にも等しくなっていた遺伝子を取り込んだ私とは、偉く大違いだ。さて、君は彼女と満足に戦え――」

 

「オラァ!!」

 

 しかし、バイカイザーに締めの問題提起を最後まで言わせる事なく、何の躊躇いもなしにナイトローグはマッドローグを殴り飛ばした。

 マッドローグの身体はバイカイザーの頭上を飛び越え、放物線を描いていく。この出来事にバイカイザーは一瞬だけ固まり、マッドローグを付け狙うナイトローグの素通りを許してしまった。数秒後、隠し切れない動揺で声を震えさせながら振り返る。

 

「貴様……! やはり人質にも容赦なかったのか!!」

 

「マッドローグを殴るのに罪悪感なしッ!! しっかりしろマッドローグ! 正気に戻れ!」

 

 困惑の混じったバイカイザーの非難をサラリと流し、マッドローグを往復ビンタするナイトローグ。されど、見た目はマッドローグでも変身者は女子。多少の心苦しさはある。

 

「……ハッ! チェリーが食べたい! ……てあれ?」

 

 だからこそ、時間も掛からずにマッドローグの洗脳が解けた事に安堵した。不思議な事に、彼女の声の不自由もなくなっている。

 

「そして互いの遺伝子の取り込み方が異なるから、洗脳も浅かったか……!!」

 

 驚きの連続に、バイカイザーは二人の姿をしばらく遠目で見ている事しかできなかった。彼がこめかみを抑えている間にも、ナイトローグたちは撤退の準備を進める。

 

「ひ、日室くん!? 助けに来てくれたんだ!! あ、身体が勝手に動いちゃう」

 

「よし、なら長居は無用だ。マッドローグ、動けるな?」

 

「いや、動くっていうより動かされる……え? マッドローグ? そっち呼び?」

 

 思わず聞き返すマッドローグをナイトローグは気にせず、彼女の手を掴むや否や全身のパイプから黒霧を吹かした。それはたちまち二人の身体を包み込み、この空間から離脱させる――はずだった。

 霧が晴れた先で、壁に頭をぶつけるナイトローグ。居場所は依然として変わらず、バイカイザーがいる荒野だ。マッドローグは怪訝な様子で、おずおずと彼に尋ねる。

 

「……日室くん? 今のは?」

 

「すまないマッドローグ。霧ワープが防がれた」

 

 端的にそう言って、即座にナイトローグは戦闘態勢に移行。マッドローグの前に立ち、既に気持ちを切り替えて余裕綽々と佇むバイカイザーの出方を窺う。

 

「エニグマは絶賛改装中だ。中心部から徐々にワープ対策を構築している。直接外に逃げられると思わない事だ」

 

 したり顔で原因を教えるバイカイザーは仰々しく両手を横に広げ、わざと背中を見せた。あからさまな隙の露出にナイトローグは警戒し、チラリと後ろにいるマッドローグを見やる。

 ここまでは順調だが、救出作戦の帰り道でさっそく暗礁に乗り掛かろうとしている。数的優位が保てていても、マッドローグを戦力とするのは初めからなるべく考慮すべきではない。それで万が一負けてしまえば、本末転倒だ。

 

「フン!」

 

 バイカイザーが瞬時に構えたネビュラスチームガンを彼らに向けて放つ。同時にナイトローグもトランスチームガンで応射し、多少の被弾は覚悟でバイカイザーに肉薄していく。近距離戦の間合いまで近づくと、両者はスチームブレードを手にして斬り結んだ。

 




Q.今回のオリジナルスマッシュ

A.トレーススマッシュ
相手の意識によって姿を変え、ある程度の特殊能力の再現が効く。再現できるスペックの限界値はエボルフェーズ1相当。場合によっては千冬やエボルト、キルバス、テラードーパント、ダグバ、Black RX、皆をアマゾンにする青い怪人になったりするので、その時は潔く絶望しよう。
なお、量産は難しい模様。


立ち位置的にはロスト寄りのクローンスマッシュに近い。以下、戦闘力の独自解釈

クローンスマッシュ=ハザードスマッシュ×4
         =ハードスマッシュ×8
         =スマッシュハザード×32
         =スマッシュ×64

単純にずっと4乗させると、時速50キロで散歩するタカシ君みたいな事になるのでやめました


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歯車 / 騎士

「前回までのあらすじ。無事ネガビルドを撃破したナイトローグ。しかし、それはビルドに扮した六十四人分の命が詰まった合成スマッシュだった。ヒトの命を合成したのはバイカイザー本人にも関わらず、自分自身にまるまる責任転嫁するのに義憤を募らせ、勢いでマッドローグの洗脳を解除。攫われたマッドローグを救い、後はエニグマを脱出するだけとなる」

「すみません、スーツ改造された同盟に入りたいんですが……」

「俺はもうこの世に存在しない……」

「それはそれは、ご愁傷様です。……って、ダークドライブさんにタイプスペシャルさんじゃないですか。どうしたんです、急に?」

「いえ、つい最近ボクも仮面ライダーハッタリに改造されまして。タイプスペシャルくんもボク流用だから道連れになったんです。ところでフィフティーンさんもスーツ改造されてたんですか? 知りませんでした」

「そうなんですよ。鎧武のファイナルステージに出てくる仮面ライダー魔蛇にされちゃいまして。所詮、映画のぽっと出ですから」

「そうだったんですか……すみません、辛い事思い出させてしまって」

「大丈夫です。気にしてません」





「よしよしタイプスペシャルくん。飴をあげるから元気出そうね」

「……お前は?」

「俺は閃光騎士ロード。スーツは一切作られず、CGだけで済まされた哀れな存在さ。劇中の活躍は皆無に等しい」

「……苦労してたんだな」

「ああ」



 激しい攻防を繰り広げるヘルブロスと白式HS。爆ぜた広場は崩落し、鉄骨で組まれた奈落の底へと二人は落下していく。ひとたび得物を打ち合えば、喧しい金属音が奈落の底で大反響した。

 暗闇の中を進んでいくとしても、この二人には支障はない。ぶつかる剣から散らされる火花はよく輝き、すぐに消える。ヘルブロスは自由落下に身を任しているため、もっぱら白式HSが彼を追走していた。僅かにスラスターを焚くだけで、凄まじい速度が叩き出せる。

 白の騎士が突撃し、鍔迫り合い、歯車の戦士が突き放す。変化した雪羅から惜しみなくビームが連射され、やすやすと躱されていく。流れ弾の青い粒子が鉄骨を蒸発させ、徐々に黒鉄の城を揺らさせる一因を作り上げる。

 

 ヘルブロスもスチームライフルで応射した。正確無比な射撃が白式HSを襲い、彼にセシリアのブルー・ティアーズを彷彿させた。バレルロールで華麗に回避し、それでも被弾しそうになると雪羅で防御。光弾を打ち消す。

 圧倒的パワー、枯渇知らずのエネルギー、尋常ではない防御力。ハーフスマッシュに変身してからほんの少し。その計り知れない機体のグレードアップに一夏は舌を巻く。サイズダウンによる装着の違和感はまだ残っているが、じきに慣れるだろう。不足のない進化でヘルブロスと対等の立場になれた事に、ある種の高揚を覚える。

 束の間、うっかり調子に乗ってしまったと諭される事となる。

 

 《Gear remocon! ファンキーショット!》

 

 スチームライフルから放たれた光弾を斬り払った次の瞬間、ヘルブロスの姿が消える。それから何もないところから殴られ、吹き飛ぶ白式HSを受け止めた鉄骨が千切れていく。

 

(ハイパーセンサーに反応なし!? いや、音と空気の流れから位置を割り出せきれるか!?)

 

 そう考えて空中で姿勢を正し、両手で雪片弐型改を持って五感を研ぎ澄ます。

 刹那、背後から迫り来るものを感知した。即座に一閃するが、手応えからしてスチームライフルの光弾を弾いただけだ。

 

「くそっ、弾丸の類も不可視か!!」

 

 射撃地点と思しき位置に雪羅を撃ちまくるが当たらない。すると、腹部に強い衝撃を受ける。近くの鉄骨に押し付けられ、振った剣が空振る。ヘルブロスは一撃離脱の戦法だった。

 これでは埒が明かない。もう一度集中し、不可視の敵を探す。

 ちょっとした空気の音も聞き逃さない。じっとしていれば、周りの景色がセピア調に染まったかのように感じる。

 その時、目の前に飛び込んでくる人影が歪んで浮かび上がった。

 

「――見えた!」

 

 スチームライフルを振りかぶるヘルブロス。それよりも一歩速く白式HSは動き、擦れ違い様で胴を斬った。返す刃で脳天を叩き斬り、ヘルブロスを下に落とす。

 そして追撃し、ライフル光弾と射出した歯車群で牽制される。特に歯車はどこまでも追尾してくるので、急旋回でも振り切れなかった分は零落白夜で全て消滅させた。ヘルブロスがボソッと喋る。

 

「不可視の世界に入門したか……」

 

「おかげさまで、そっちが隠れていたからな!」

 

 一夏の意気込みは十分。間を置かずに二人は真正面からぶつかり合っていく。ヘルブロスが大きな鉄骨を投げ飛ばし、その上に乗る。無難に白式HSは躱すが、そこからヘルブロスは動かずに堂々と構えているため、自然と空中戦から接地戦へと移行した。

 鉄骨の上で斬り合い、時々仕掛ける足払いを跳躍して回避する。肉弾戦では、白式HSの方がやや押され気味だ。ここから状況を打開しようと思った直後、暗闇が闇夜へと変わり、二人は鉄骨ごと高層ビルのど真ん中に突っ込んでいった。

 

 オフィスの壁を容赦なく粉砕し、床の上を滑る鉄骨の勢いは止まらない。調度品やデスクなどは軽々と飛び跳ね、散乱する。居合わせた人々が社内でパニックになる。

 無論、彼らはエニグマの作り出した、限りなく本物に近い偽者にすぎない。その極まりない不自然さから大体を察した戦士たちの視線は、刃を交える相手から一度たりとも外れなかった。そもそも、彼らに気遣う余裕がないほど互いを追い込んでいる。

 やがて鉄骨は突き抜け、風穴が空いた高層ビルの破片の大半が地上へ降り注ぐ。すぐ落ちなかった分は二人が立つ鉄骨と随伴し、緩やかな軌道で飛んでいく。彼らを取り巻くガラス片が、まるで祝杯時の花びらのように舞い散った。

 その最中、ヘルブロスの全身から発せられる歯車が、四方八方へ疎らに散りばめられる。水色と白に光るエネルギーの塊たちが宙を浮かび、闇夜を明るく照らす。

 同時に水色の歯車から作用する力で、鉄骨やコンクリート片などの飛散物がその場に留まり始めた。ヘルブロスの鋭い蹴撃が白式HSの腹部を穿ち、鉄骨から吹き飛ばす。

 吹っ飛んでいく事、十数メートル。軽やかに静止し、ヘルブロスが無数の浮遊物を指揮する様子を垣間見る。破片程度なら問題ないが、攻防一体エネルギーである歯車群の数が多すぎた。計測せずとも、目測で百枚以上はある。

 

(これはヤバイ!)

 

『ツイン!』

 

 危機を察した白式HSは、本能で左腕のフルボトルを雪羅にセットした。ついぞ放たれる弾幕を前にし、神がかった手際で間に合わせる。

 

『ツインフィニッシュ!』

 

 そしてトリガーを引き、雪羅の銃口二つからそれぞれ異なった性質のビームが飛び出す。砲弾のように強化された青い光線が連射され、白の全方位バリアが白式HSを包み込む。

 ユニコーンフルボトル由来の光弾は何重にも張られた歯車の盾を貫通し、ヘルブロスに命中した。襲来する弾幕は全方位バリアによってあっさり掻き消されていく。バリアが役目を終えて消えるまでの間を置かず、白式HSが駆け出す。

 

 真っ直ぐ突き出した雪片弐型改が刀身で防御するヘルブロスを押し退け、二、三度打ち合った後に強烈なタックルをかました。

 クルクルと投げ出される身は、さっと受け身を取られる。襲い掛かる白式HSを間髪入れずに背負い投げ、広々とした公園の路上に揃って難なく着地した。

 睨み合う両者。程なくして頭上から落ちてくる鉄骨の残骸を片手間で払う。剣で弾き返された残骸はあらぬ方向へ飛んでいき、アスファルトにグッサリと刺さる。

 気が付けば、セピア調の世界は元の色に戻っていた。ヘルブロスの透明化も効果が切れている。それを合図に、再び踏み込んでは剣劇に演じる。

 

 何十回も響く金属音は、三桁を越えようとしたところで不意に止んだ。激しい応酬の末に、二人とも得物が弾かれたの、だった。二本の剣が手元を離れて空を飛び、直後に肉弾言語が始まる。

 装甲がひび割れ、バイザーや複眼に亀裂が走り、ウイングスラスターから黒煙が出る。どんなに打ちのめされようが、どちらも引かない。ここを譲り合えない。妥協はできなかった。

 しばらくして、ヘルブロスの拳が白式HSの顎を打ち抜いた。重たそうな白い甲冑はふわりと浮き、次に足を摑まれて地面に強く投げ落とされる。

 白式HSが地面と接吻する刹那、逆さまに浮かび上がってヘルブロスと対面した。すかさず――

 

『アタックモード』

 

「うおおぉぉ!!」

 

 雪羅で相手の顔面を殴打。大きく背中を地面に引き摺らせながら、ヘルブロスは殴り飛ばされる。

 その隙に雪片弐型改を拾いに行く。ヘルブロスの方も滑った先で偶然、放置されていたスチームライフルを手にした。

 この時、両者の間に余韻が生まれた。すぐさま攻めに行く事はしない。痛めつけられた身体を休めながら、大技の準備を進めていく。

 

 《エレキスチーム》

 

 《Gear engine》

 

 スロット部にギアエンジンを填めたスチームライフルに、雷光が迸る。ヘルブロスは確実に当てんと、スコープ越しに目標を捉える。

 対して白式HSは零落白夜を発動させる。無尽蔵のパワーから生み出されるエネルギー量は、ISより二回りも三回り大きな青い刃を形成した。進化を遂げた刀身は、その尋常ではない熱量をしかと受け止める。微塵も融解したりはしなかった。お互い、技を繰り出すタイミングを窺う。一秒、二秒、三秒――

 

『待て待て待て待て待て待て待て待てえぇぇーッ!?』

 

 その時、スピーカーを全開にしたパワーローダーが乱入してきた。続いてホールドルナと箒も現れ、止めに入る。

 

「待った一夏! 剣を下ろせ!」

 

「箒!? 邪魔だ、どいてくれ!」

 

「はーい。一夏ちゃん落ち着きましょうね〜」

 

「あっ、ちょっ、そこはぁ!?」

 

「遊ぶな泉ぃ!!」

 

 ホールドルナの伸びされた腕が全身に巻き付き、こそばゆい感覚を覚えながらも背筋がゾッとする。意表を突かれたのはヘルブロスも同じで、パワーローダーの搭乗者と言葉を交わすとおもむろにスチームライフルを下げた。

 

「一夏、休戦だ。俺たちはこれから最上のところへカチコミに行く。着いてくるかどうかは好きにしろ」

 

「待ってくれ、急に何がどうなってるんだ……?」

 

 箒の一喝でホールドルナの抱き締めが未遂に終わり、げんなりとしながらも態度の変えたヘルブロスに尋ねる。生憎と背中を向ける彼から返答は無かったが、チラリと一瞥すればパワーローダーのコクピットが開放される。

 コクピットから出てきたのはガーディアン――否、数馬であった。ヘルメット代わりの仮面を外し、その素顔を見せる。

 

「よっ、一夏。なんか姿変わってるな」

 

 思いがけない知人の登場に、うっかり変身を解除した一夏は言葉が出なかった。あっけらかんとした様子でガーディアンの格好をしているのも、可変作業用機械を操縦しているのも、どうしてここにいるのかも、まるで夢現のように感じた。

 直後に「あっ、コイツ変身解けた」と数馬が零す。それをキッカケに放心した意識が戻り、これっぽっちも腑に落ちていない形相で口パクしながら、一言だけ呟いた。

 

「……なんで?」

 

「それはかくかくしかじか、ゴニョゴーニョゴニョゴーニョ」

 

「いや、わかんねぇよ。ちゃんと言えよ。事と次第じゃキレるぞ俺」

 

 数馬の適当な説明を前に、眉間に皺を寄せながら拳を鳴らす一夏。その威嚇に数馬は苦笑いし、そっとパワーローダーの姿勢を上げた。そのままコクピットに乗り込まれそうな勢いから、難を逃れる。

 それから、気を取り直した数馬から改めて説明がなされた。

 

 

 

 

 

 今から十数分前。人質たちを独房から抜けさせた数馬は、彼らを引き連れてエニグマからの脱出を計っていた。パワーローダーを数台奪い取り、自ら搭乗する以外の物は遠隔操作。ついでにガーディアンを指揮下に入れて、容赦なくそれらを盾として活用する。

 その際、通常の指揮官の命令を受け付けない洗脳プログラムが起動されても困るので、あらかじめ用意していた装置を顔面に張り付けた。

 

「数馬さん、私これ知ってます。フェイスハガーですよね?」

 

「いーや、ガワだけだね。作り込む暇も必要もなかったし」

 

「ひゃあ!? ちょっとぉ! うねうねしてるんですけどぉ!?」

 

 その装置を仮称、フェイスハガーとする。フェイスハガーを張り付けられたガーディアンは数馬の忠実な下僕となり、時にはバンザイ突撃、爆弾を抱えて特攻、肉盾となって活躍した。フェイスハガーさえ健在であれば、例えボディが破壊しつくされていても新たなボディに寄生するだけで復帰が可能となる。

 このため、人質逃走に気付いた敵部隊に対応する戦力には困らなかった。無人パワーローダーも突撃していくので、打撃力は十分。大して苦労もせず、エニグマ中枢付近から遠く離れる事ができた。

 その時、偶然にも箒・京水ペアと遭遇。スチームガンによる撤退は有効の位置にいたので、幻想のマスカレイドたちを護衛にIS学園へ一足先に逃した。メッセージボイスもしたためているので、伝達の不足もなかった。

 

 

 

 

 

 そんな直近の出来事を静かに聞き終えた一夏は、うんうんと頷く。手で招き寄せる仕草をして、言外に近づくようにと数馬に要求する。

 

「おい、もうちょっと下に」

 

「ヤダよ殴るんだろ?」

 

「当たり前だろ。逆に何で怒らないと思った? 揃いも揃ってそんな大事な事を隠して」

 

 口を尖らせる一夏の声質は、なるべく怒りを表面化させないように気を付けていた。それでも怒っているのは確かに相手側に伝わり、その視線に居たたまれなくなった数馬は顔を背け、「悪かったな」と小声で呟く。

 しかし、そうと聞けば簡単に打ち明けられるようなものではないと渋々理解できた。家族が人質にされたなら、おいそれと積極的に誰かに助けを求めるのは憚れる。同時にそんな弾と数馬がつるんでいる訳も、自ずと悟ってしまう。ブロス兄弟の片割れ、エンジンブロスの変身者は彼であると。

 

「あっ、そうそう。ちなみになんだけど――」

 

「いや、いい。もうなんとなく全部わかってきたからさ。まだ話があるなら終わった後にしよう」

 

「……おう」

 

 気まずげに話し掛けてくる数馬の声をやんわりと遮る。呆気にとられる数馬だが、すぐ意にも介さなくなる。パワーローダーを動かし、一足先にエニグマの奥へ向かっているヘルブロスの後を追い掛けた。

 次いで、突入チームの三人も動き出す。ホールドルナが鼻歌を奏でながらステップを踏んでいる後ろで、箒は一夏の側に駆け寄った。

 

「一夏、白式は?」

 

「エネルギー切れ。けど、フルボトル挿せばまだ戦える」

 

「そうか。……ちょっと待ってくれ」

 

 そう言われ、一夏は立ち止まる。待機形態となった白式のブレスレットに箒が神妙な面持ちでそっと手を添えると、ほのかに金色の輝く光が灯された。

 その光のエネルギーは白式へと注がれ、空となっていた動力源が満たされる。やがてシールドエネルギーが満タンとなり、白式を再展開した一夏は感心する。

 

「これは……《絢爛舞踏》? すごいじゃないか、箒! 助かる!!」

 

「それほどでもない。だがマグレだ。まだコツは掴めてない」

 

「でも運も実力の内って言うだろ。とにかく、ありがとうな」

 

「あ、ああ……」

 

 最初こそ雰囲気が暗めだった箒だが、一夏の純粋で素直な感謝を耳にして恥ずかしそうに照れる。頬と耳たぶが若干赤くなり、ニコッと微笑んだ彼の顔が直視できなくなる。

 

「お二人さーん! イチャイチャも程々にねー!」

 

「そーだそーだー! こんな時に死亡フラグ立ててんじゃねーよ! 縁起悪ぃーからよー!」

 

「イ、イチャついてなどいない! それに死亡フラグとはなんだ!」

 

「別に普通に話してただけだろ。なぁ箒?」

 

 そして、足を止めた彼らを数馬たちが茶化すついでに先を急かす。咄嗟に箒が反論し、一夏も何気ない様子でそう返すが――

 

「あれ?」

 

 ツーンという風に、同意を求めたはずの彼女にそっぽを向かれてしまった。そんなこんなで一行は、さらなるエニグマの奥へと突き進んでいく。

 

 

 





Q.消しゴム

A.『不可視の世界』という効果は拡大解釈です。グリスと三羽ガラスの消え方が特徴的だったので。しかし同じ透明系でも、当たり判定も消えるディエンドの『インビジブル』の方が優秀である。


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バイカイザーの最期

「前回までのあらすじ。1.白式HS vsヘルブロス。2.それと止める篠ノ之箒たち乱入者。3.一時休戦。バイカイザーの元へ侵攻開始」

「初めまして、数馬の父です。現在、エジプトで長い眠りから目覚めたスコーピオン・キングとやらの手勢と交戦中です。始皇帝も何故かいます。一時はエジプトに飛ばされてどうしようかと思いましたが、エジプト語を喋れて助かりました。今、攫われた娘を救いに母と一緒に立ちはだかる敵を次々と蹴散らしています」

「あなた、途中でこんなものを拾ったわ。これ何かに使えるかしら?」

「お前、その石仮面は捨てなさい。その奇妙な弓矢もだ。なんだか私たちの手に負える代物ではなさそうだからね」

「わかったわ。あっ、これはどうかしら?」

《メガウルオウダー》

《ネクロムアイコン》

「それなら平気っぽいな。よし、ちゃんと二人分あるね。では行こう!」

「ええ! 娘を助けたら日本に戻って、私たちをこんなところに飛ばした数馬を叱らないと!」

エジプトもヤベーイ!!




 今や荒野は砂塵と炸薬の香りが舞うばかり。おびただしいほどの烈波が繰り返され、あちこちには抉れた大量の土砂が無秩序にばら撒かれている。ここが街中であれば、死屍累々の光景が出来上がっていてもおかしくない。

 静かな空気の流れと共に煙は消え行く。呻きながら膝を付いているマッドローグの目の前には、バイカイザーに首を締められているナイトローグの姿があった。すぐにでも首の骨が折れそうな勢いだ。

 片手で首を掴むバイカイザーの拘束は、ジタバタと暴れる程度では解けない。苦悶の中でナイトローグが繰り出す膝蹴りを顔面に浴びて、ようやく力を緩めた。

 その隙を逃さず、全力で蹴り飛ばす。首締めから解放され、バイカイザーは大きく踵を引き摺らせながら退いた。

 

「日室くん!!」

 

「駄目だマッドローグ! 下がれ!」

 

「でもぉ!」

 

 危うい目に遭った彼の元へ、マッドローグが這う這うの体で駆け寄る。頑なに共闘を許さない彼に痛ましい声が掛けられ、直後にバイカイザーが距離を詰めてきた。

 真上から振り落とされるスチームブレードを、お互いの剣を交差させた二人は咄嗟に受け止める。その斬撃は大地に伝わるほどにまで重たく響き、容易に押し返させない。対峙する狂気の科学者のバイザー光が妖しく輝く。

 

「またあの時と同じ状況になったな。リベンジと行きたいか? だが無駄に終わる。再び私の手で!!」

 

 バイカイザーとの鍔迫り合いは、両手で剣をしっかり保持していなければ至難の技。されど、バイカイザーは片手でスチームブレードを振るっている。他者を圧倒する怪力だけでなく、空いた手があれば次の攻撃を仕掛けるのは至極当然。歯車を胴に撃ち込まれ、二人は吹き飛ばされた。

 間髪入れず、揃って受け身を取る。ロットロの補助によりマッドローグの戦闘力は、隣にいるナイトローグに優るとも劣らない。彼よりも一足先に飛び出し、バイカイザーに斬り掛かる。

 続けてナイトローグも走り、バイカイザーの横側から攻めていく。時折隙を見つけてはマッドローグを退かそうとするが、彼女は引き下がるどころか果敢に敵へ立ち向かうばかりだ。

 

「ハァ……ハァ……大変だけど……私だって戦える! ロットロと一緒だもん! 一人きりで戦うなんてそんなの痛々しいよ!」

 

「何のために命を賭けて来たと思っている! あと俺だけじゃない! 一夏や織斑先生、皆がお前を助けに来ている!!」

 

 戦いに参加するのはロットロだけの意思ではなかった。明らかに無理をしている彼女の姿に、ナイトローグは苛立ちを抑えられない。共にバイカイザーを殴り飛ばし、間近で怒鳴りつける。

 

「それに、ここで死なれたら全てが無駄に終わる!! つべこべ言わず黙って逃げろ!!」

 

 すかさず彼女を後ろに押し退け、バイカイザーの前へ躍り出る。高速剣技と銃撃で押し込むのもほんの僅か、相手方の剣圧一つで軽々と身体が宙を舞ってしまう。

 そのまま勢い良く後方へ飛んでいくかと思いきや、マッドローグに背中を受け止められた。

 

「だったらあなたも! 殻を閉じてないで一緒に戦おうよ! 少しぐらい戦わせて!」

 

 同時に大声でお叱りをもらう。耳元で叫ばれただけあって、一瞬だけ放心してしまった。

 

「閉じる……俺が……? ――ッ!?」

 

 息つく間もなく、赤いスチームガンによる弾幕が張られる。百メートル以上飛んでも減衰する事のない散弾の嵐に二人は左右へと散らばり、的をバラけさせて少しでも被弾しないように努める。

 結果、集中砲火を受けたのはナイトローグの方だった。黒霧を纏ったマッドローグがバイカイザーの背後へ瞬間移動し、渾身の蹴りを放つ。あっさり蹴り飛ばせば弾幕は止み、彼女の元へ駆け出したナイトローグは擦れ違いざまにバイカイザーに一太刀入れていく。

 

「だってそうでしょ!? 今の私と同じ気持ちのナギの事、受け入れきれていないんでしょ!? どうしてなのかわからないけど、ダメだよそんなの!! もうあなたは独りぼっちじゃない!! 一人で戦わなくていい!!」

 

 すぐさま隣に並べば、開口一番に怒りの声の続きが始まる。互いに視線はバイカイザーから離れていないが、戦闘と並行して彼女の言葉が心に突き刺さっていく。ナイトローグは咄嗟の否定もできず、黙って息を呑むだけだ。

 言いたい事はわかる。知った風にと逆ギレするつもりは毛頭ない。しかし、ブラッドスターク嫌いが足を引っ張っている以上に、ネビュラガスの投与を受けたという事実を直視したくなかった。

 

 それが意味する事はどこでも散々に言われている。ある人からしてみれば変わらず人間のままで、またある人からすれば人間をやめた化け物。真っ二つに意見が割れるのは世の常。自分一人が彼女を人間と言い張る程度で貫けるほど、世界は甘くはない。下手をすれば、容易く人生を台無しにしかねないのだ。肩を並べてくれる存在の出現に対する喜びよりも、この一種の外道から追い出せなかった責任感が大きい。

 これが見知らぬ赤の他人ならマシだったのかもしれないが、知人であれば尚更居たたまれない。加えてそれが善意による考え抜いた選択なのだから、どうして今更になって全否定できようか。彼女と会うたびに、多少なりとも気まずさが出来てしまう。一から十まで強く当たりきれない。

 ならば、最初からナイトローグの再評価など目指さなければ良かったのではないのか。あの偽りのビルドの言葉がふと脳裏によぎるが、振り払う。

 とは言え、結局それらは自分の心の問題だ。既にやってしまった事は仕方ないと割り切る必要もある。そうでなければ前に進む事は叶わない。未だにそのキッカケは見つからないままだが――

 

 《ライフルモード》

 

 《Bat》

 

 《Bat engine》

 

 三人一斉にスチームライフルを構え、ナイトローグとマッドローグはそれぞれフルボトルを装填する。対してバイカイザーは、おびただしい量の歯車を周囲に展開していた。赤と青の歯車の美しい輝きは、決して素肌で触れてはならない灼熱の光だ。

 

 ()()()()()()()()() 

 

 放たれた歯車の一部――それでも大量の弾幕を一点突破で迎え撃つ。二つのスチームショットは立ち塞がる数多のエネルギー塊などものともせず貫いていき、混ぜ合いながらバイカイザーへと突き進んでいく。

 混ざり合ったエネルギー弾は融合し、威力を増幅させる。翼を広げたコウモリのように形状を変化させ、寸手でバイカイザーが張った歯車の盾を激しく穿った。高エネルギー同士のぶつかり合いは、眩しいほどに閃光を煌めかせ――

 

 刹那、マッドローグへと真っ直ぐ弾き返された。

 

「キャアァァァァァァー!!」

 

「マッドローグ!!」

 

 反射物の飛来があっという間で、躱す暇などなかった。エネルギー弾に飲み込まれたマッドローグは爆発を浴び、吹き飛んではゴロゴロと地面に転がっていく。

 そしてナイトローグが余所見した次の瞬間には、浮遊していた全ての歯車がスチームライフルと赤いスチームガンの弾幕と共に襲来してきた。その面制圧の密度は洒落にならず、避ける事はままならない。すぐ後ろには、横たわったマッドローグがいる。弾幕全てが降り注がれる直前に翼を全身に纏い、彼女を庇った。

 

 頑丈な翼に風穴が次々と空き、やがて跡形もなく削られる。爆発が起きる度にゴーグルがひび割れ、胸部の装甲には亀裂が走る。それでもなお、彼は倒れない。全力で踏ん張りを利かせ、敵の攻撃をどこまでも耐えていく。それから赤いスチームガンの弾幕が止むのを見計らって、遂に地面を蹴った。

 がむしゃらに弾丸の嵐を掻き分け、斬り捨てる。どんなダメージにも臆せず、ひたすらバイカイザー目掛けて走った。

 しかし、ようやく剣が届くところで逆にこちらが伏せられてしまった。腹部を深く殴られ、荒々しく地面に叩き付けられる。

 

「勝負ありだ。刻限のある赤目は渋るか……」

 

 背中を踏み付けられ、後頭部には赤いスチームガンの銃口が触れていた。無理に起き上がろうとすれば、有無を言わせず左手の甲が串刺しにされる。気を失う事すら許されない激痛がナイトローグを襲った。

 必死に歯を食い縛り、悲鳴を押し殺す。ヒート刃でスーツの内側から瞬時に焼き尽くされないのは、バイカイザーが手加減しているからに他ならない。相手に弄ばれ、ナイトローグは己の無力さを酷く呪った。

 

 

 

 

 

『あーあ、だから言ったろう? これが現実だ。身の丈に合わない事をするから』

 

 その時、仄かにビルドスパークリングの顔が浮かび上がった。心なしか、ビルドだけではなく他の幻聴も聞こえてくる。

 

『どうせ俺たちは、日向の道を歩けない……』

 

『人殺し』

 

『ナイトローグいらない』

 

『お前よりもジーニアスに来てほしかった』

 

『そうすれば俺たちは死なずに済んだ』

 

『絶対許さない』

 

 それは先程殺したスマッシュの怨嗟を伝えるかのように、おぞましさを声に秘めていた。一度聞くと頭の中から離れず、いつまでも反芻する。

 

『さっさと諦めて楽になろうぜ? ほら、こっちだ』

 

 次にビルドが、穏やかな川を挟む彼岸から手を差し伸べてきた。ビルドの周りには多くの人々が心地良さげに佇んでいる。そこには悲しみや絶望などが欠片たりとも存在していない。

 思わずその光景を羨望の眼差しで眺めてしまう。自身に絡まりつく面倒な事は全て振り払ってでも行きたいという衝動に駆られる。嫌いなはずのビルドが一瞬、心優しい天使のように見えた。背に腹を変えられない誘惑に、串刺しされたまま動かせないはずの左手を伸ばしかける。

 頭を空っぽにしてこの誘惑に応じられれば、どれほど楽だろうか。自分の周囲では、変わらず怨嗟の慟哭が続いている。このままでは慟哭する彼らの手によって、真っ暗闇の無限地獄に引きずり込まれそうだった。終わりのない暗黒の世界へと。

 

 

 

 

 

 

 

 すると、彼岸のずっと先で懸命に立ち上がろうとするマッドローグの姿を見つけた。

 否、彼女は彼岸にはいない。立っているのはこの荒野だ。スチームブレードを杖代わりにして立つのがやっとなのに、紫の瞳に宿る闘志は砕けていない。そんな彼女の瞳に、光を掴み取ったような気がした。

 

「ああ、わかってる。全ての人間を救えやしない事なんて。けど、それを目指すのを決して諦めてはいけないんだ」

 

 気が付けば、細々とそんな事を口にする。だが、背中を踏み付けるバイカイザーを退かすほどの力は出なかった。

 

「でも悔しいな……いつもいつも、誰かを頼りたくなるなんて。一人で何でもできないなんて……」

 

「遺言はそれだけか? 別に構わんが安心しろ。サンプルとなる遺体までは消さん」

 

 バイカイザーがそっと引き金に指を掛ける音が小さく鳴る。凶弾がナイトローグの頭を粉砕するまでのカウントダウンは現状、誰にも止められようがなかった。刻々と迫る処刑を阻もうとマッドローグは届かない手を伸ばし、悲鳴を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《Cobra. スチームブレイク!》

 

「ぬっ!?」

 

 その時、一発の光弾が二体の巨大コブラを引き連れてバイカイザーを襲った。這い寄る蛇の如く軌道が複雑な光弾にバイカイザーはなす術なく食らい、宙を舞って巨大コブラの追撃を受ける。

 思わぬ展開にナイトローグは取り敢えず、左手に刺さったままであるバイカイザーのスチームライフルを抜き取った。苦悶の声が僅かに漏れ、苦しくもライフルの二丁持ちを実現させる。その奪取品の持ち主は絶賛、巨大コブラに身体を締め付けられている最中だ。様子からして、さほどの時間は稼げそうにない。

 次に先程の光弾がやってきた方向に視線をやれば、這いずりに似た高速スライディングで近付いてくるブラッドスタークと、駆け飛んでくるシャルロットの姿を見た。

 

「私が来た! 弦人くん生きてる!?」

 

「弦人! あと……えっと、白いナイトローグは癒子でいいんだよね? うん」

 

「ナギ! デュノアさん!」

 

 このタイミングでやって来た増援に、マッドローグの口から歓喜の声が飛び出す。それから慌てて彼女たちの元へ合流し、ブラッドスタークと一緒にナイトローグの肩を支える。

 それも束の間、ナイトローグは軽い動作で二人の手を払う。助けを借りずに立ち上がる事で大丈夫だと周囲に示し、そろそろ慣れてきた左手の怪我の痛みは堪え忍ぶ。程なくして怪我の方に周りの視線が突き刺さるが、その気まずさを押し退けてブラッドスタークに礼を告げた。

 

「スタークに助けられる自分が腹立たしい。でも礼を言おう――ナギ」

 

 すると自分でも驚くほど、すんなりと彼女の名を呼べた。

 一方でブラッドスタークは、いきなりの名呼びに不意を打たれる。照れているのが一発でわかる挙動不審な仕草が徐々に目立ち、ナイトローグに頭を小突かれてようやく気持ちを切り替えた。

 バイカイザーの怪力によるゴリ押しで、二体の巨大コブラはバラバラになって飛散。散り行くエネルギーは消滅し、改めて彼女らと向き合う。

 直後、空に穴がカッポリと開いたかと思えば、ビークルモードのパワーローダーがバイカイザーの頭上へと勢い良く落ちていった。

 

『パワーローダァァァァァァァァァッ!!』

 

 なお、その叫び声で落下地点にいる者に顔を振り向かせる事なく、赤いスチームガンで淡々と撃ち落とされた。被弾したパワーローダーが爆散する間一髪で、コクピットからパイロットが空中に大きく身を投げ出す。

 それから高所から落ちたにも関わらず、何事もなかったかのようにパイロットの数馬は着地。サッとネビュラスチームガンを構え、後を続いてくる相棒の名を呼び掛けた。

 

「弾!」

 

 《Gear engine!》

 

 地面へ舞い降りるヘルブロスが投げたギアエンジンが、綺麗に数馬のネビュラスチームガンにセットされる。後続の一夏、箒、ホールドルナの三人も駆け付け、二本のフルボトルを取り出す一夏を数馬は見やった。

 

「同時変身いくぜ、一夏!」

 

「ああ!」

 

「潤動!」

 

 《ファンキー! Engine running gear》

 

 《ユニコーン! イレイサー!》

 

 ヘルブロスの半身から白い歯車群が分離し、数馬の元へ飛んでいく。スマッシュ化する白式と合わせてエンジンブロスに変身し、身体をほぐすかのようして両腕を思い切り振り上げた。短く「よっしゃ」と気合を入れて、ファイティングポーズを取る。

 分断させていたはずの彼らに集合を許し、包囲されるバイカイザー。おもむろに手に取ったスイッチをブロス兄弟に向かって押すが、何の変化も起きない。

 

「おっと、強制変身解除のスイッチはいい加減に攻略させてもらったぜー? もう自力じゃ無理だから取られた方のデータ暗記したからな、研究所に滞在して」

 

「ほう。まぁ、裏切られる事に関してはどうも思わんが……」

 

 あっけらかんと答えるエンジンブロスに、バイカイザーは溜め息をつく。そして周囲にいる彼らを見回し、威勢良く啖呵を切った。

 

「仮面ライダーの紛い物が六人、ISが二体。……その程度の障害、乗り越えさせてもらう!!」

 

 右足を軸にしてその場に回転し、赤いスチームガンを連射する。全方位に渡って強烈な弾幕を形成し、接近を許さない。各々は回避に徹し、唯一ホールドルナが伸縮する両腕によるなめらかな弾幕捌きを披露している。

 

「ワタシが先陣切るわね! イッテきまぁぁぁぁぁぁす!!」

 

 一発一発の威力は油断できないものの、全方位をカバーするために弾幕の密集度は高くない。弾丸に対しては滅法に強いホールドルナが突撃し、伸ばした両腕で中距離からバイカイザーを拘束した。

 だが、相手を縛る両腕は回転した全身の歯車によって切断される。立て続けに白式HSと紅椿が攻め掛かっても、振られる刃をいなされては手痛く殴り飛ばされた。

 それと入れ替わるようにして、ブロス兄弟が駆け抜ける。繰り出す拳は容易く受け止められた。バイカイザーの両手を塞ぐのもほんの僅か。そのまま乱暴に振り回され、シャルロットらの援護射撃の盾に扱われてしまう。

 次いで放り投げられ、バイカイザーが歯車を射出しようとしたところで――いつの間にか懐に潜り込んでいた幻影のマスカレイドたちが彼をガッチリホールドしていた。

 

「今よ! 今今!」

 

 ホールドルナの号令で一斉射撃が始まった。彼女以外の全員が銃器を構え、バイカイザーを狙い撃つ。

 荷電粒子砲、光刃、炸裂・貫徹弾、光弾。しばらくの間はこの凶悪な銃火が雨あられと撃ち込まれ、しれっと身をロットロに任せて参加しているマッドローグが叫ぶ。

 

「何これすごいリンチなんだけど!?」

 

「大丈夫だ! この程度では倒せない!!」

 

「えぇ!?」

 

 スチームライフル二丁持ちで連射しながら答えたナイトローグに、まだ戦闘経験が浅いマッドローグは驚く。

 そうこうしている内に、ダメ押しと言わんばかりに幻影のマスカレイドは全機自爆。ナパームかと見紛うほどの大爆発をゼロ距離で披露し、真摯に一斉射撃を耐えていたバイカイザーに目にものを言わせる。

 しかし、これしきの火力でバイカイザーは倒れない。一跳びで大爆発の中から抜け出し、おどろおどろしい真っ赤な光を纏いながらシャルロットへと襲い掛かった。

 

「そらぁ!!」

 

「このぉ!!」

 

 瞬間、ブラッドスタークがシャルロットと力を合わせて受け止める。気付けば素手のみのバイカイザーは突進の威力を削がれる事なく彼女たちを押し込み、二人のローグの挟撃を受けて一旦下がった。追撃の光弾を次々と躱していく。

 すかさず、箒がバイカイザーの回避先に横入りする。瞬時に通り過ぎれば、微かにだが胴体を斬り裂いた。

 余裕は与えない。上空から再度、ブロス兄弟によるスチームブレードの斬撃が落とされる。相変わらずあっさりと受け止めるが、両手を塞ぐのは失敗だとバイカイザーが悟るのは直後だった。

 

『ツイン!』

 

「うおおぉぉぉぉぉ!!」

 

『ツインブレイク!』

 

 白式HSが合間を縫って、そのガラ空きなみぞおちに雪羅を叩き込む。高エネルギーを迸らせるパイル先端が、バイカイザーを容赦なく穿った。

 吹き飛ぶバイカイザー。その後ろには、ネビュラスチームガンで空間転移したブロス兄弟が待ち構えていた。阿吽の呼吸で空に蹴り上げられ、新たな影を垣間見る。

 

「今だ箒!」

 

「ああ、出し惜しむなよ!」

 

 赤と白、二つの機体がスラスターを全力で吹かして交差する。力を打ち消す蒼光の刃と、力を増幅させる金色の刃がバイカイザーを十字に刻んだ。そして――

 

 《エレキスチーム》

 

 《Bat engine. ボルテックアタック!》

 

 バイカイザーの遥か頭上には、ナイトローグ、マッドローグ、ブラッドスタークの三人が飛翔していた。コウモリの翼をはためかせる二人はそれを全身に包まい、ブラッドスタークに至っては背後に巨大コブラを侍らせている。奔流する緑のエネルギー体と化した巨大コブラが突撃するのを皮切りにして、三人同時に必殺キックを放つ。

 負けじとバイカイザーは手短に歯車を数枚放ち、重ねて盾としながら右足の底へ。頭上から襲来する三人の戦士を真っ向から打ち破らんと、同じく蹴りの姿勢となっていった。段階的に練り上げられた力が、激しく火花を散らしながら衝突しあう。

 四つの力が空を明るく照らし、空気を揺らす。彼らを中心に風が同心円状に吹き荒れ、地上では砂塵が撒き散らされる。一秒がとても長く感じるような時間の中、最初は拮抗していた力のぶつかり合いにやがて変化が訪れた。

 バイカイザーが更にパワーを込めた次の瞬間、側頭部に一発の弾丸が当たる。さしてダメージはなく、ふと視線を動かせばシャルロットによるものだと判明した。

 そして、それがナイトローグたち三人に突かれる致命的な隙となった。

 

「「「ハァァァァァー!!」」」

 

 三人揃って掛け声を発し、形勢が一気に逆転。トントン拍子に数重となった歯車の盾を粉砕させ、バイカイザーと正面衝突。キックを直撃させ、この大空にド派手な爆発を引き起こした。

 

 

 

 





Q.エジプト

A.他にも不動産王、チェリー院、不良、占い師、柱のような男、黄色い奴、家出少女、犬といった心強い八名が味方に付いております。


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進化する皇帝

「前回のナイトローグ……スピーzzz」

「寝るな寝るな。赤羽起きろ。あっ、だめだこりゃ」

「じゃあ僕が代わり。えー、バイカイザーに苦戦を強いられるナイトローグとマッドローグ。その窮地を救うかのように続々と仲間たちが現れ、ブロス兄弟も味方に。始まったライダーリンチにバイカイザーは数の利で劣勢となり、トドメのライダーキックで大爆発するのであった」

「そして俺たち北都三羽ガラスはというと……可愛い女の子になっていた」

「うん。この周回だけ、なんだかいつもよりもカオスになってるし。赤ちゃんは現実逃避しちゃうし。もう散々だよ!! これならいつものようにエボルトと戦って死んだ方がマシだったよ!! なんで僕たちでアイドルプロデュースしてるのアイツ!?」

「もしかしたら、この周が一番生存率が高いのかもしれないな……」

「青ちゃんも目を遠くしないでさぁ!! ダメだよ、身体は女の子でも心が男なの忘れちゃあ!! ほら、エボルトにこの怒りをぶつけて!! せーの!」

「「「エボルトォォォォォォォ!!」」」

北都三羽ガラス生存戦略、女の子ルート突入。なお、これが一番生存率高い模様。




 今から数十年後の最上魁星は、不老不死の研究に没頭していた。まだ観測器にしか過ぎなかったエニグマで覗き込んだ数多の並行世界から発見した、数々の不老不死の生命体に触発された形である。なんて事はない。どのようにすれば不老不死を実現できるのか、研究対象として興味を持っただけである。

 単なる不老と長命に限れば、その種族は両手では収まりきらない数になる。ウルフェン、マーマン、フランケン、レジェンドルガ、ファンガイア。キバの世界だけでこれだけが揃っている。

 

 一方でブレイドの世界にいるアンデッドは文字通りの不死。一応、血は流れるので執拗な熱核攻撃などを行えば滅却する可能性も否定できないが、まず現実的ではない。これは事実上の不老不死と捉えても問題なかった。一部の絶望した人間から生まれる、怪人ファントムの一体である《フェニックス》も然りだ。ファントムに関しては怪人化を経由してしまうが、曲がりなりにもヒトが不老不死を得た貴重な証例となる。

 しかし、どの世界を観測しても、ヒトをやめないまま不老不死に至った者が存在しなかった。ある者は禁断の果実を食べて神となり、ある者は魂を情報化させて生物にも感染する新型コンピュータウィルスの統制者となった。純粋なヒトのままでの不老不死が存在しない事に最上はふと疑問を覚え、失望し、ならばと自力で編み出す事にしたのだった。

 そうして試行錯誤の果て、二つの異なる並行世界同士を融合させて不老不死になるプランが生み出された。不老はともかく不死の概念、ヒトとは何かをどう解釈するかで他にも様々な方法が考えられたが、とにかく効果が一番高いと推測されるのがそれだった。

 

 その原理を掻い摘まんで説明すると、それぞれの地球の記憶にある自身同士を融合させるのに莫大なエネルギーが必要、という事になる。記憶とは時間。時間とは歴史。これにより、タイムパラドックスによる消滅を逃れる事ができる。第一段階であるタイムパラドックスの攻略は、それで解決する。

 だが、時の運行云々の事象は大抵ヒトに拠るもの。まだヒトが進化しきっていない太古の時代では地球そのものの記憶が頼りになると考察した。実際、時の列車の駅が人々の記憶で紡がれた場所に限るのであれば、恐竜のいる時代まで遡れるはずがない。いくら特異点が存在しようとも、たった一人では周りから忘れられた見知らぬ他人をタイムパラドックスによる消滅から戻す事が叶わないのだから。もはや学術的観点から推し量るしかない・実際の光景など知らない太古の時代に、どうしてアクシデントという形でも駅として通過できようか。

 

 それは地球が記憶していたからと仮定すれば、すんなりと納得できる。同時に地球そのものが特異点ではないが、確かに情報は詳らかに残されている。地球の本棚だ。ガイアメモリが内包された記憶とも、密接に関係している。

 すなわち、地球の記憶から個人の情報を抽出するのは不可能ではない。抽出したそれを莫大なエネルギーで補えば、より強く鮮明な人々の記憶に頼らずとも存在が確立できる。その補い方は、記憶の内包者を擬似的な特異点にする《ゼロノスカード》を参考にした。

 

 こうして理論は整い、後は実証するのみとなった。過程で自分以外の生命が全て犠牲になるが、結果的にそれらの世界は最初から無かった=犠牲なんて出なかったという事に落ち着くので、とりわけ良心の呵責は小さかった。全人類を短命のオルフェノクに進化させて絶滅させるのとどちらがしたいと問われれば、間違いなく不老不死のための並行世界融合を選択する。

 手始めに、最上は対象の並行世界に半身を送り込んだ。ここでは自身の感情のどれかを代償にしている。今回は比較的取り戻しやすい喜の感情を欠落させた。

 

「ヒャハハ、ファンキー!」

 

 しばらくすると、巨大組織と接触した半身はみるみるうちに高い地位を獲得。その頭脳と技術で組織に貢献する一方で、エニグマ建造などの準備を進めていた。

 しかし――

 

「とおっ!! ライダーキック!!」

 

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 志半ば、半身の野望はその世界の仮面ライダーの手により潰えた。やたらと強い、腹部に大いなる石を埋め込んだ漆黒の仮面ライダーだった。

 これは少し楽観視していた。始めは生身の人間であればこの典型的な仮面ライダーに手を下される事もないだろうとタカを括っていたが、それを盾に機動兵器に乗り込んで一方的に追い詰める戦法が通じず、意外と容赦なかった。

 

 このままでは行けない。もっとコンパクトで、仮面ライダーにも引けを取らない自衛手段を確保しておく必要がある。それを発端に開発したのが《カイザーシステム》であった。プランにも修正を加え、バグスターウィルスの抗体を自身の肉体に投与する。

 これで半身を送り込む際にカイザーシステムを持ち込ませれば、いざという時の自衛力不足は解消された。巨大組織に頼っておんぶに抱っこでは、仮面ライダーというイレギュラーに対処しきれない。見縊っていたと反省し、次は障害排除を徹底的に実行した。すると――

 

「俺は銀河の王子! RX、コスモライダー!」

 

 どういう訳か敵の強化に一役買ってしまった。しかも自分の知らない未知のフォームである。まだ世界融合できない段階で、再び半身はこの仮面ライダーにやられた。

 しかし、まだ二度の失敗である。科学とはトライ&エラーの繰り返し。ついでに対象の並行世界は、なるべく自分の住んでいる世界と限りなく類似していなければならない。手強そうな相手がいない世界を探すとなると、それは既に死の星になっているか、猿の惑星になっているか、惑星要塞になっているか、実に極端である。こうなると歪な融合のリスクは回避できない。

 なので彼は諦めず、三度目の挑戦に挑んだ。しかし――

 

「Black!」

 

「Black RX!」

 

「ロボライダー!」

 

「バイオライダー!」

 

「シャドームーン!」

 

 次に待ち受けていたのは、真の地獄絵図であった。ただでさえ倒すのも宇宙に追放するのも一苦労なのに、やや簡単な《変身能力強奪》を行っただけでこのしっぺ返しである。もちろん、Lカイザーに変身した半身はあっさり死んだ。

 以下、再挑戦のダイジェストとなる。

 

『ファイナルカメンライド』

 

「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 総勢二十名以上の仮面ライダー最強フォームの必殺技を受けて死亡。

 

「我が名は牙狼ッ!! 黄金騎士だッ!!」

 

「こんなはずではぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 ようやく仮面ライダーのいない手頃な世界を見つけた折、魔獣ホラーに憑依されてしまう。自我は保ったままだが人外になってしまったので見切りをつけて観察していると、さんざん世界を混乱に陥れた上で黄金騎士に討滅された。

 

「レオパルドン! ソードビッカー!」

 

「ぎょええぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 地獄からの使者スパイダーマンが召喚した巨大ロボにより、秒殺。

 

「プリキュアオールスターズ!!」

 

「五十五対一だとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 横浜みなとみらいで騒ぎを起こしたら、偶然居合わせた彼女たちと戦う事になって敗北。浄化技で死亡。

 

「ティガァー!!」

 

「ダイナァー!!」

 

「ガイアァー!!」

 

「アグルゥー!!」

 

「ジャンボフォーメーション!!」

 

 光の巨人が参上。仮面ライダーJを倒し、今回は上手く行きそうだと調子に乗り、強化したフォッグ・マザーを支配下に入れていたら死亡。仮面ライダーJは一度死んで蘇る。

 そして――

 

「人々の心に光ある限り、俺は何度でも蘇る!!」

 

 物理的に時間的に抹消しても復活する仮面ライダーが出てきたので、とうとう嫌気が差した。

 

 

 

 

 その頃、最上の住む世界はブラッド族の生き残りによって支配されていた。彼らの目的は、地球に焼け落ちたパンドラボックスの欠片の回収と修理。修理の役割は最上に任せられ、それが完了した時こそがブラックホールで地球が消滅する日である。正直に言って、乗り気ではなかった。

 南波重工の会長の座は、遂にサイボーグ化して永い寿命を得た南波重三郎のまま。最初は社内侵略してきたブラッド族に対抗しようと南波重工の結晶たる兵器を送り込んだが、どれも返り討ちにされて傀儡化の処分を甘んじた。ブラッド族の擬態能力を顧みれば、そのまま消されなかったのはどう考えても気が変わったとしか思えない。その南波会長のヘタレぶりに、形だけの忠誠を全力で示してきた最上は完全に愛想が尽きた。

 

 また、他者によって自分の研究が妨げられるというのは、あまりにも面白くない。大人しくパンドラボックスの修理を請け負う一方で、どうすればこの状況を打開できるかとアレコレ策を張り巡らした。最近になって出発した高官御用達の地球脱出用の艦が、ブラッド族によって撃沈されたという情報も耳にしている。あの黒い仮面ライダー並みに理不尽だ。

 結果、純粋なヒトのままでは勝ち目がないと悟り、パンドラボックスの欠片に残されていた遺伝子を取り込み、後天的なブラッド族への変異を試みた。単純に不老不死になっただけでは敵わない存在もいるので、もはやなりふり構っていられる場合ではなかった。

 

 遺伝子自体の持つ意識や人格は既に消滅していたので深刻な副作用はなかったが、完全に遺伝子を肉体に馴染ませるには最低でもハザードレベル5.0以上が要求される。それまではブラッド族固有の能力を使う事すら満足に行かず、後天的なのも相まって本来できるはずの寄生や遺伝子分離などは不可能となっていた。

 ハッキリ言って、これでは下位互換でしかなかった。ハザードレベルを上げようにも時間は足らず、生殺与奪を握られてはパンドラボックスの修理を手抜く事もできない。さらにスマッシュ製造を要求され、数々の変異した被験者たちがブラッド族に吸収されて力となっていく。実力差は開いていくばかりだ。この世界に、あの黒い仮面ライダーはいない。

 仕方ないので、世界融合プランは破棄。タイムマシンで過去の世界に渡り、過去の自分と合体する妥協案に打って出た。全ては思うがままに、誰にも邪魔される事なく、己の欲求を満たすために――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おのれベルナージュぅぅぅぅぅぅぅぅ!!』

 

 エボルドライバーを破壊され、パンドラボックスの中に逃げ込むのを阻止され、火星圏を追放。瀕死でしがみついたパンドラボックスが破損していたのが要因で、地球への大気圏突入の最中でとうとう命尽きた地球外生命体。焼かれたパンドラボックスは数多の破片となって大地に散らばり、残された彼の遺伝子は抜け殻にも等しい残滓となっていった。

 

 これは、取り込んだ遺伝子に刻まれた死の直前の記憶。こうして脳裏に流れるのは初めての事ではない。競り合いに押し負け、爆発に飲まれ、変身が解けた最上はこの記憶を思い出しながら地面に落ちていく。

 明らかに落下死しそうな高さだったが、ネビュラガスも投与しているこの肉体。数十メートル程度では致命傷にならず、ただ痛みに苦しみながら静かに横たわる。バイカイザー用のギアは遠くに放られ、ナイトローグたちに回収されてしまった。

 

「終わりだ、最上」

 

 誰よりも一歩前に出て、最上の前に立つナイトローグ。その眼差しは、罪人を裁く処刑人のように冷たかった。実際、最上には後がほぼ残されていなかった。

 IS以外に立ち並ぶトランスチームの戦士、ひいてはハーフスマッシュ。未来ではナイトローグどころか、トランスチームの存在さえ確認されていなかった。預かり知らぬところで起きたバタフライエフェクトの盛大さを噛み締め、忌まわしげに睨みを利かす。当然、誰も怖気づかない。

 ヨロヨロと膝立ちとなり、肩で息をしながら俯く。深い絶望に襲われる気分だ。

 だが、ふと自分の胸に手を当ててみると逆に笑いが込み上げてきた。最初はくつくつと笑い、その不気味さから次第に彼らを近寄り難くさせる。バッと上げた顔の表情は、狂気に染まっていた。

 

「遂になったぞ……ハザードレベル5.0ぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 そして、薙ぎ払うように取り出した赤いスチームガンを連射。瞬間的にナイトローグたちを牽制し、ようやく不自由なく使えるようになった残像ワープで大きく距離を取った。

 彼らの遥か後方に移動し、この隙に二本のギアを取り出す。フタは既に開封済み。すぐさま赤いスチームガンに装填すると、不穏な音声が流れた。

 

 《バイカイザー! ライダーシステム! エボリューション!》

 

 ようやくこちらに気づいたナイトローグが「奴に変身させるなぁ!!」と必死に叫ぶが、もう遅い。引き金を引くと思った次の瞬間には、とっくに全てが終わっていた。

 

「EVOLカイザー」

 

 《フィーバー!》

 

 銃口から飛び出したのは黒煙と、天球儀のように回転する赤・青・金の歯車。それらに包まれた最上の姿は、光が弾けると共に露わとなる。

 

 《Perfect!》

 

 生まれ変わった装甲は、王侯貴族の如き綺羅びやかさを誇るものへ。歯車の意匠は残しつつも、どこか宇宙的。頭部はバイカイザーの頃と同じだが、それ以外が完全にカイザーシステムとは特徴が異なっていた。

 

「フェーズ2、完了」

 

 変身が完了し、進化の名を冠する赤いスチームガン――エボルスチームガンを手にしたEVOLカイザーは誇らしげに呟く。

 刹那、ナイトローグたちの内輪へと瞬間移動した。驚愕させる暇を与えず、強力な爆風を発して全員一斉に吹き飛ばす。

 

「そして立て続けにフェーズ3!!」

 

 次いで、赤と青のシンメトリーな顔面が紫に染まった。他にも装甲のカラーリングが白・紫・金と変色し、星雲のイメージがより一層強まる。

 おもむろに手を空に翳せば、そこからとてつもないエネルギーを秘めた光体が浮かび上がる。その光体を箒に向けると、極太の高出力ビームとなって放たれた。キャッスルスマッシュのカタプルタキャノンとは、比べ物にもならない。

 

「箒!!」

 

 倒れ伏す箒を白式HSが咄嗟に庇う。雪羅で高出力ビームを防ぐのも束の間、全員の頭上に四角形の小さなワープゲートが出現した。そこにEVOLカイザーがエボルスチームガンを連射し、分けられた散弾が彼以外の者へ均等に降り注ぐ。

 その突然の出来事に対処できた者はいなかった。それどころか理解が追い付いていない。なす術なく被弾し、地に伏せる。

 やがて、最終的に立ち上がっているのはEVOLカイザーのみとなった。清々しくもどこか釈然できない逆転劇に彼は余韻に浸る事や満足を覚えず、聞く耳を持たれてなかろうが構わずに淡々と講釈垂れた。

 

「原初のバグスターウィルスの恩恵で、過去に存在したスマッシュの能力を再現可能となった。不老も会得し、残すは完全なる不死性だけである。後は……」

 

 そこまで喋り、蹲っているマッドローグの元へ歩み寄る。途中で呻いているナイトローグには見向きもしない。彼女を無理やり起き上がらせ、お互いの顔を近づけた。彼女の顎を持ち上げて。

 

「マッドローグ。貴様と同化するだけで、私のフェーズ4は完了する」

 

 その時、一室に過ぎないはずの偽りの荒野が大きく震撼した。

 

 

 





Q.赤いスチームガン

A.名称はエボルスチームガンに決定しました


Q.世界融合理論

A.独自解釈全開です



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マッドな世界

「前回までの仮面ライダービルド。え、違う? まぁ堅い事はいいじゃねぇか。さて、とうとうブラッド族の遺伝子を身体に馴染ませた最上魁星。変身デバイスのおかげでハザードレベル5のままでもフェーズを上げる事が可能。本場のフェーズ4と比べたらスペックは低いが、安定性・多様性じゃあっちの方が軍配が上がるな。トリガー無しであれほどのエネルギーを維持・管理するなんて、俺にもできん芸当だ」

地獄より中継。あらすじ紹介に協力してくれたEさん。

「やっと見つけた。ここにいたんだね。もっと僕と戦って、僕を笑顔にしてよ」

「おっと、白い闇のお出ましだ。いくら俺でも、細胞の一つ一つがプラズマにされて燃やされるのは勘弁だぜ。チャオ!」

「あっ、待ってよエボルト」

「だぁぁぁ!! お前も瞬間移動でついてくるんじゃない!!」

彼らの邪悪な魂が完全に清められるのはまだ先の模様。





 ふと地球に辿り着いた、とある宇宙生命体SOLUの一体。生き残りのブラッド族に寄生された彼は、逆にその力を取り込んで事なきを得るという荒業に成功した。

 その反動ゆえか身体はボロボロとなり、地球に降り立った後は満足に活動する事もできず。擬態能力の低下も見られ、意識不明の状態で谷本癒子に拾われた彼は、地球到着直後の事を何も覚えていなかった。

 

 気付けば子猫の姿に擬態していた彼は、たった一晩看病されるだけで復活。なんやかんやで癒子の家に居座り、後にロットロと名付けられる事となる。急速に知性が芽生えたのがその頃だった。

 拾われた時期は二月。ちょうどナイトローグが世間に姿を現して一ヶ月の時だ。アレコレ辺りを散策したりなどするがSOLUとしての能力面で本調子になる事はなく、むしろ何ヶ月経ってもあまり成長しない子猫としての生活を過ごす事となった。

 飼い猫として扱われる事に不満はない。キチンと帰れば外出制限は設けられず、暖かい風呂やご飯にもありつける。すっかり精神が猫として変遷していくが、特に癒子に愛でられるのは満更でもなかった。顎を撫でられて、あれ程心地良いと思った事は一度もない。それと、拾ってくれた事について恩も感じている。

 

 四月になると癒子は寮制のIS学園へと行ってしまうので、連続した休日がない限りは家を空ける事が続いた。その時は寂しくもあったが、すぐに気持ちは埋まった。金と銀の兄弟猫と会ったり、饅頭のように丸く巨大な黄色の猫と遊んだり、迷子の子猫を飼い主の元へ送り届けたり、額に小判を付けた人語を解す猫と勝負したりと、のびのびと暮らす日々が続く。

 

 そんなこんなで夏休み。癒子が帰ってきていつになく心を踊らせるのも束の間、宇宙生命体としての勘が働いた。彼女が出掛ける先でトラブルに巻き込まれると。居ても立ってもいられなくなったロットロは、こっそり彼女の後を着いていく事にした。

 尾行については問題ない。気配を消し、自身のサイズを縮めて、癒子のバッグの中に忍び込んだ。自分でも驚くほど上手くいったと今でも覚えている。

 その時だった。沢芽市にネビュラガスが散布され、スマッシュが街中に解き放たれたのは。危機を察知したロットロは癒子を守ろうと彼女に憑依し、マッドローグへと変身した。

 

 ここでどうしてマッドローグの姿を象ったのか。理由は簡単、テレビを賑わしていたナイトローグが印象深かったからである。結果として、変身後の姿がナイトローグに似てしまった。

 それからは彼女を助けるだけでなく、逃げ惑う人々をスマッシュの魔の手から救った。事件発生直後のその行動が、より多くの人命が助かる事に繋がった。数時間後に警察・消防・自衛隊などが駆け付けると、後は彼らに任せてコッソリ姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 EVOLカイザーに掴み掛かるマッドローグから、癒子の身体が分離される。彼の後ろで尻餅を着いた彼女は、まるで理解していない様子でおずおずと尋ねた。

 

「ロットロ……?」

 

 マッドローグは振り向かない。彼女に危険が及ばないよう、EVOLカイザーを前に押し出すだけだ。それも触れた箇所から融合が始まり、無駄になってしまったが。

 上昇中の荒野は忙しなく揺れ、生身の人間では立つ事すら満足にできない。かと言って、満身創痍のナイトローグたちは融合の瞬間を口惜しく眺める事しかできなかった。マッドローグの身体が徐々に、EVOLカイザーの中へと融けていく。融合速度が遅いのは、ロットロが精一杯抵抗しているからだった。

 

 時に誰が言ったか、人助けのために罪作り。よもやナイトローグだけでなく自分も同じ事をするとは、ロットロは思いもしなかった。癒子を悲しませてしまうのは容易に想像がつく。

 そう考えるとついつい後ろが気になってしまうが、もう振り返る余裕がなくなる。既に全身の八割がEVOLカイザーに飲み込まれた。できる事と言えば、背中から自分の力を込めたフルボトルを彼女の元へ放り投げるだけだ。

 小気味良い音と共に、一本のフルボトルが放たれる。緩やかに落ちていくそれは癒子の手のひらに収まり、反射光で真っ白に輝く。その光はさながら、彼の命の灯火であった。

 

「ロットロぉ!!」

 

 涙の混じる叫び声が木霊し、マッドローグは完全にEVOLカイザーと融合した。ベースボディはEVOLカイザーのまま、全身から黒く禍々しいオーラを放ちながら空高く浮かび始める。ゆっくりと両腕を開きながら宙に浮かぶ所作は見た目に反して美しく、嘲笑が響き渡った。傲慢な佇まいで地上を見下し、エニグマの屋上まで辿り着いた荒野の空がパッカリと開く。代わりに映り込んだのは、真夏の空に漂う大量の白い浮雲たちだ。ギラギラと眩しく照りつける太陽の明るさは、酷く沈んだ彼らの面持ちを変えてくれない。

 

「フハハハハハハ!! 馴染む、馴染むぞぉ!! ブラッド族の遺伝子が!! 数多の星を滅ぼしてきた破壊の力がッ!! 私の身体によく馴染むッ!! これでようやく、奴らと同じ土俵に立てた!!」

 

 目的を果たして存分に酔いしれるEVOLカイザー。その声はこの大海に轟き、苛烈な攻防を繰り広げていた戦場が静まる。戦闘を中断したスマッシュはその場で動きを止め、交戦していたIS部隊もつられてエニグマの方へ視線を動かす。

 ひとしきり喜びに打ち震えたEVOLカイザーは次第に落ち着きを取り戻し、ナイトローグたちと向き合う。

 

「さぁ慄け、跪け、命を乞え!! だが安心しろ、私も一介の科学者だ。この実証の責任を取って、今後百年は地球を守ってやる。地球だけをな。歯向かう者に容赦はせん」

 

 直後、EVOLカイザーの肉体に異変が起きた。

 

「ぐぅっ!? なんだ、急に力が……ッ!?」

 

 みるみるうちにフェーズ2へと弱体化していく。バイカイザーまで戻ってしまうのを堪えるEVOLカイザーは、苦悶の声を漏らした。

 

「ええぃ、何たる不測の事態!! SOLUの意識は完全に消滅したはずなのにッ!!」

 

 それは最上の誤算、ロットロの抗いが化学反応を起こして出来た奇跡だった。どうにか弱体化の現象を止めようとするEVOLカイザーだったが、何度やってもフェーズ2以上への進化はできなかった。

 ロットロは最後まで諦めずに戦っている。そんな彼のひたむきな姿勢に、癒子の目に涙が溢れた。荒野に這い蹲っていた面々も諦めまいと懸命に立ち上がり、癒子の隣にナイトローグが並んだ。

 

「くそっ!」

 

 すると、EVOLカイザーの悪態を合図にナイトローグたちの足元がすり抜けた――否、エニグマが大きく浮上した。床や天井は次々と透過していき、気が付けば彼らは何もない空中に身を投げていた。

 

「あわわっ、わあぁぁぁぁぁ!?」

 

「谷本さん!」

 

 影が掛かった頭上には、幅広いエニグマの底面。空を飛べる者はともかく、生身の癒子は危うく海へと真っ逆さまに落ちるところだった。間一髪でナイトローグに抱きかかえられていなければ、この高さだ。海目掛けての自由落下は、硬いコンクリートの床にぶつかるのと等しい。取り敢えず本来の目的を達成したエニグマ突入チームは、優先的に癒子をIS学園へ連れて行った。

 

 

 

 ※

 

 

 

 一向に浮上を続けるエニグマ。エニグマと赤い光で繋がれている空母打撃群はそのまま引っ張られ、融合。原型が消えてなくなるレベルまでエニグマに融け込み、更なる巨大化を促進させる。

 合わせて、戦域にいる全てのスマッシュがエニグマに引き寄せられていった。既に撃破されている個体も独りでに浮かび上がり、エニグマへ向かう様は出荷される養豚場の豚のようだった。ある程度まで近づくと肉体は霧散し、その中で現れた小さな光がどんどん吸収されていく。それは命の光だ。スマッシュ化解除という救いを与える慈悲など、EVOLカイザーにはなかった。

 やがて全スマッシュの命の吸収が終わると、次に太平洋沿岸沿いに展開していた赤い光の壁が消滅する。その展開分のパワーが余った事により、エニグマは新たな段階へと一歩進める。

 火山という地球の持つ地殻エネルギーの一部をもらった上で、増幅された白いパンドラボックスのエネルギーが再度、世界中に解き放たれた。

 

 

 アメリカとメキシコの国境。地続きだったその場所は、突如として真っ二つに割れた。天から降りてきた赤い光が大地に突き刺さり、国境の端から端まで地割れを引き起こし、多くの移民志願者を巻き添えにする。割れた箇所からは大量のスカイウォールが精製され、何処かに飛んでいく。

 国境に物理的な壁は築かれない。その代わりに、スカイウォールの材料として深く抉られた溝の部分に海水が雪崩込む。程なくして、国境に広大な大河が作られた。

 また、環太平洋地域の活火山が軒並み活動を休止。モクモクと煙を昇らせていたはずの阿蘇山や浅間山は、いつしかひっそりと息を引き取った。

 地球の悲劇はそれだけでは済まない。主に領土問題で取り扱われている多くの島々が、スカイウォールの素材として世界地図から消滅した。日本だけでも竹島、尖閣諸島、択捉島、国後島などが犠牲となり、その損失は計り知れない。

 

 東西南北より、不義のための礎となった黒壁の群れがエニグマを中心に集結していく。集まったスカイウォールの一枚一枚はまだ合体せず、全体的に球状を維持しながら全てのスカイウォールの集結を待ち侘びる。遠くから猛スピードで風を切ってくるのがほとんどなので、時間はそれほど掛からなかった。

 エニグマを心臓部に据え置き、やがて巨人の姿を形作る。胴から手足の順にスカイウォールが合体していき、ただでさえ元から堅牢な壁の表面に強固な装甲板が張られていく。壁画が刻まれただけの地味な風貌が、観賞用に調達された高級フルプレートメイルかのように生まれ変わる。綺麗な銀色の装甲が日光を反射し、辺りを眩しく照らす。

 繊細に組み込まれたスカイウォールは、そのサイズも相まって角張った見た目にはならなかった。用いたのは壁だと言うのにスタイルは整っており、下手すれば立派な御神像にも見えるだろう。その一見した神々しさは、見る者を惑わせる。普通なら明らかに自重で潰れる程のスケールという事を忘れさせて。

 

 手足をよく確認すれば、SF風味の宇宙戦艦といったシルエットをしていた。サイズ的にはただの戦艦のカテゴリーには含まれない、名前の最初に《弩級》という称号を持つのに相応しい姿だ。

 右腕の戦艦は、艦首下に主兵装の艦載ビームソードを装備した近接戦タイプ。左腕はシールドを兼ねた大型空母。脚部には円状に合体した弩級戦艦群が贅沢にもバーニアとして運用され、バックパックも戦艦同士で構築されている。どこからどう見ても、非現実的な様相だ。

 しかし、それを体現させたのは地球のエネルギー。本来なら惑星滅亡が用途のパンドラボックスで――例え欠片を使用した下位互換でも――別の使い方をしたのだ。出力で考えれば、パンドラタワーとブラックホールを作り出すよりも確実に弱い方。この程度、さして不思議ではない。

 全長42000メートル。空に浮かぶ鋼鉄の要塞が、IS学園付近の太平洋上に降臨した。エニグマを核とした惑星級戦闘体の完成である。

 

 先程まで激戦を繰り広げていた海上は、しんと静まり返っていた。海にプカプカと浮かぶ残骸など、僅かな戦いの跡が残されているのみ。スマッシュの大群を返り討ちにしたIS学園は、この惑星級戦闘体に接触する事なく静観を決めていた。

 しばらくして、惑星級戦闘体の頭上に巨大な正方形のワープゲートが出現する。ワープゲートは独りでに下降を始め、つま先まで降りた頃になると惑星級戦闘体は影も形もなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって、南緯47度9分 西経126度43分。太平洋のど真ん中。ワープゲートをくぐり抜けたエニグマは、その場に下半身を海に沈めてじっと佇んだ。一つ一つの動きには、あり得ないほどの軽快さがある。

 

「ようやく完成した、新たなエニグマが……」

 

 管制室にやって来た最上は、エニグマの状況を確認しながら恍惚な表情を浮かべる。EVOLカイザーだけでなく、続けて成功した実験に喜びを隠し切れない。そこには執拗なまでの研究欲求だけではなく、年甲斐もなく抱いた男のロマンがあった。

 もちろん、単なるロマンで終わらせるつもりはない。実用性はそれなりに確保してあり、特に最高の目玉はブラックホールを消滅させる装置を搭載している事だ。ブラッド族というものは、ほんの少し力を得ただけでもブラックホールを生み出しかねない危険な地球外生命体。仮にパンドラボックスに依存せずとも、その気になれば簡単に惑星一つを滅ぼせる。自分の研究が妨げられるのであれば、そんな奴らをいつまでものさばらせる訳にはいかない。多くの研究が未完のまま殺されるなど、以ての外だ。

 だからこそ、人間をやめる覚悟も辞さなかった。不老だけでなく、極めて高い不死性を手にした。後悔は最初からこれっぽっちもしていない。

 

 次はどうしようか。世界融合プランでも再挑戦しようか。そんな明日への期待に胸を膨らませる一方で、混迷を極めるであろう世界情勢に思考を巡らせる。

 各国の領土問題を物理的に解決したので、世界の敵として糾弾される事は間違いない。軍事的な処置が下される事も十分あり得る。何をしてこようと所詮はただの人間なので歯牙にも掛けないが、核弾頭をエニグマに毎日撃ち込まれる生活は御免被りたい。EVOLカイザーの弱体化という問題も抱えているのだ。

 

「人の世は……煩わしいな」

 

 長考を終えた後、最上はボソリとそう呟く。

 

 





Q.惑星級戦闘体エニグマ

A.打倒、光の巨人。ブラッド族。仮面ライダーBlack RX。ハイパームテキ。ムゲン。レオパルドン。



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プログラムされた悲劇

「前回までのあらすじ。ロットロという犠牲を払い、谷本癒子の救出に成功したナイトローグ一行。しかし最上の企みを阻む事は叶わず、世界中の大地を抉り取り、素材とした惑星級戦闘体エニグマの完成を許してしまう。奇しくもEVOLカイザーの弱体化には成功したが、地球へのダメージは小さくなかった」

『20xx年。止まる事を知らず崩壊を続けた白い巨塔は遂に崩れ落ち、大学病院は本来あるべき姿を取り戻そうと動き出した。旧態依然の権力構造を一掃し、患者第一を考えた患者のための医療である。そんな中、どこの大学医局にも属さない、いわゆるフリーランス。すなわち一匹狼のドクターが現れた』

「……おい、何だこのナレーションは?」

『例えばこの女。群れを嫌い、権威を嫌い、束縛を嫌い。専門医のライセンスと叩き上げられたスキルだけが彼女の武器だ』

「無視? 無視なのか? おい、誰かナレーション止めてくれ」

『外科医、木野薫。またの名を、仮面ライダーアナザーアギト』

「言ったな? 遂に言い切ったな? ……もういい、ツッコむ気が失せた。オペに行ってくる」

テレテレテレテレテレ〰♪





 巨人になったエニグマが去った後、織斑先生から作戦終了の通達が送られた。個人的にはかなり釈然としない決着だったが、とにかく人質の救出とIS学園の防衛には成功した。

 厳戒態勢は未だ続いており、いつまた敵が来ても即座に対応できるようにしている。一応、ローテーションが組まれているので休憩は満足に取れる。もちろん、ナイトローグである俺は二十四時間戦えるよう常に準備していた。そのせいで織斑先生に「休め」と脅されたのはここだけの話だ。

 手当を受け、追い返される。エニグマから帰ってきた面子の中で一番の重傷者は俺だった。左手の甲が串刺しにされるも大事には至らず、包帯ぐるぐる巻きにした左腕を吊るだけで済んでいる。一歩間違えれば左手喪失だったらしい。スタークにはもう一度お礼を言っておこう。

 他の皆は軽傷。それぞれ纏っているスーツが守ってくれたおかげだ。変身組はともかく、ISの絶対防御も燃費が悪いにしては意外に侮れない。

 その一方、なんやかんやで俺達と一緒に来たブロス兄弟はというと――

 

「……」

 

「どうも」

 

「なるほど、事情は大体わかった。この愚弟にして、この悪友ありとな」

 

 取調室にて、織斑先生に尋問されていた。バンダナを着けたロン毛の男がリモコンブロス、五反田弾。少し馬鹿っぽい方はエンジンブロス、御手洗数馬。一夏と交友を持つ人間はトラブルに巻き込まれる呪いでも掛けられているのだろうか。飛び火ってレベルではない。

 ブロス兄弟になった経緯は、わかりやすく言うと工藤新一がコナンになったような感じだ。普通なら取引現場を見られたギャングのように即殺しているところを、先天的にハザードレベル2.0以上あったので運が良かったらしい。ブロス兄弟の試験運用の実験台として扱われ、表沙汰にならないよう警察などは手回しを済ませて無力化。大企業である南波重工だからこそ可能な技だ。他にも監視や、ダメ押しの報酬金を二人に与えて事を有耶無耶にするなど、色々黒い事をしていたそうだ。

 金について織斑先生が尋ねると、数馬の方がやたらとキョロキョロしていた。もう反応だけでわかる、金に魅了される寸前だったと。

 そんなやり取りを、俺はマジックミラー越しに見ていた。近くには京水とデュノアさんもいる。

 

「なんだかワクワクするわねー、こういうの。ねぇ弦人ちゃん、シャルロットちゃん?」

 

「そ、そうかなぁ? マジックミラー越しでも織斑先生のプレッシャーが凄いから、あまり覗きたくないんだけど……」

 

「俺は最後まで耳を傾けよう。ここで織斑先生に怖気づいて逃げたらナイトローグ失格だからな」

 

「二人とも、山田先生が後ろで困ってるから程々にしよ? ね? 詳しい話なんて後でも聞けるんだからさ」

 

 困った顔をした山田先生を見ながら、俺と京水を引っ張るデュノアさん。しかし、身体を休める以外にやる事がない身としては、情報取得も兼ねて最後まで尋問の内容を聞いておきたい。このぶつかってくる織斑先生のプレッシャーは試練と考える。

 すると、室内からは見えていないはずなのに、織斑先生の正確無比な鋭い眼光が俺と京水を貫いた。これは完全にばれている奴だ。流石に生命の危険を感じ取り、京水と一緒にこの場からそそくさと離れる。

 

「ありがとうございます、デュノアさん。流石に長居させると私が織斑先生に怒られますから。本当はいけないんですからね? 泉さん、日室くん」

 

「「すみませんでした」」

 

 山田先生にやんわりとお叱りを受け、素直に頭を下げる俺たち二人。隣で京水が「不死身じゃなかったの忘れてた」と小声で呟いたのが耳に新しい。ネクロオーバーとでも言うつもりか、お前は。

 

「じゃあ僕は一夏と箒の様子見てくるね」

 

 そう言ってデュノアさんも、一夏たちのところへ向かって行った。帰還直後にハーフスマッシュの変身が解けた一夏は反動のためか、そのまま気絶。命に別状はなく、今は箒さんが付きっきりで看病している。

 それと時を同じくして、俺たちも谷本さんの元へ。彼女にはナギさんが付き添っていたが、今はどうしているだろうか。谷本さんの寮部屋に訪れる直前まで、緊張は解れなかった。

 数回ノックして入室する。そこには、傍に寄り添うナギさんに優しく背中を撫でられ、流れる涙をハンカチで拭きながら慰められる谷本さんがいた。うっかり刺激しないよう、無難に声を掛ける。

 

「谷本さん、気分は?」

 

「……もう大丈夫。日室くんたちに比べたら全然……」

 

 その強がりは満更嘘でもなさそうだが、精神的な方でまだ心配だ。大切な者を失った時の傷は、案外浅くない。子猫とスマッシュを比較するのもおこがましいかもしれないが、経験者だからわかる。他人にとってはただの猫で、俺にとってはSOLUでも、彼女にとっては家族のようなものだ。

 あの時、進化したバイカイザー――以後、EVOLカイザーと呼称しておく――に吸収されたマッドローグことロットロは、素直に奴の強化素材になるどころか弱体化を促進させるという大挙を成し遂げた。それが最上の虚を突いたのか、エニグマ巨人共々IS学園付近から撤退させる事となる。

 

 無論、それは長続きしない予感しかせず、早急に手を打つべきなのは百も承知。俺の知らない最上の強化フォームが現れた以上、手をこまねいてはいられない。あれは明らかにエボルやブラッド、キルバスなどと同じ次元に身を置いている奴だ。仮面ライダーブラッド程度なら刺し違えて倒す自信はあるが、変身デバイスはベルトではなくショットガン。ベルト破壊戦法が通じないだけでも頭が痛い。

 あの時、不謹慎ながらロットロが吸収されていなければ確実に詰んでいた。最上がその気なら、一夜で世界融合されて消滅していた。恥ずかしながら力及ばずだった。

 そして高望みをするならば、ロットロも谷本さんと一緒に助けるべきだった。スーツ改造されたナイトローグの仇討ちをしたいという思いは今もある。だが、ナイトローグとして生きる俺は全ての人を守りたいと考えている。目の前の谷本さんみたいに、一粒も涙を流させる事がないように。だからこそ、仇討ちはしないと決めた。そもそも相手が違う。

 守る相手が猫だろうと宇宙人だろうと関係ない。それでも結果が実らなかったのは事実なので、谷本さんに謝らずにはいられなかった。

 

「……ごめん。ロットロ、助けられなかった」

 

「ううん、あの子が自分の意志で決めた事だから。私を守るって。猫の恩返しって訳じゃないけど、ちょっと誇らしい」

 

 そう答える谷本さんはぎこちなく微笑む。こちらとしても胸が空くわれるが、やはり無理だけはしないでほしい。今はひとしきりに泣いても良い時間だ。

 

「その左手……」

 

「俺は平気。京水とナギさんも」

 

 すると、目線が左に移動した谷本さんに俺が逆に心配された。京水たちの容態も告げ、吊られた左腕を動かして大した怪我ではないとアピールする。

 その時、名前を呼ばれたナギさんがピクリと眉を動かした。何やら不満げな様子だ。ジト目で見つめながら、俺に口を尖らせる。

 

「ウソ言わないでよ、この中で怪我が一番悲惨なのに。私見てたんだから。左手にスチームブレード突き刺さってたの」

 

「むくれないの、ナギちゃん。男の子ならこの程度の傷は勲章物よ? てんやわんや騒ぐには手足が吹き飛ぶぐらいじゃないと」

 

 京水、それは本当にただの女子かと疑うぐらいに肝が座り過ぎているぞ。いや、今更か。ナギさんも大概だった。一夏を取り巻く五人の乙女たちもだ。

 まだジーッと見つめ続けるナギさんから俺は少し顔を背け、「まぁ、すぐに治るからいいんだけど……」と小さく呟く。無言で額を小突かれる程度に怒られたのは言うまでもない。すぐにごめんと謝った。

 谷本さんの涙がそろそろと枯れてきた頃、彼女はそっと何かを握りしめる。それはロットロが最後に残した白いフルボトルだった。外見はノウスブリザードボトルのように、コウモリと発動機二つの紋章が刻まれている。

 

「そのフルボトルは谷本さんが持ってて。織斑先生が何か言うかもしれないけど、きっと無害だ。お守りになる」

 

「うん……」

 

 俺のその言葉に、谷本さんはゆっくり頷く。悲しみから癒えるには、まだ時間が掛かりそうだ。

 

 

 

 ※

 

 

 

 アメリカ合衆国ワシントンD.C.、ホワイトハウス跡地。バイカイザーの襲撃は日本の官邸だけに留まらず、世界各地へと狙われた。ホワイトハウスもその尊い犠牲の一つであり、たった一撃で爆発炎上。既に影も形もなく、政務機関は別の場所へと移された。

 そんな新たな執務場所にて。一人の秘書が仮設の大統領室へと入室した。

 

「大統領、会議の時間で――大統領? 大統領!?」

 

 しかし、室内にいるはずの当人はどこにも見当たらない。慌てた秘書は室内の捜索を始め――机の下に隠れていた男を見つける。

 

「あっ、いた。なに机の下で震えているんですか、出てきてください」

 

「……秘書君」

 

「何ですか?」

 

「どうして議事堂が大爆発したのかな?」

 

「謎のテロが起きましたから」

 

「どうして、国会議員が全滅したのかな?」

 

「議事堂が爆破されましたから」

 

 男と淡々と問答をこなす秘書。その素っ気なさに男の身体は徐々に震え始め、おずおずと次の問いを投げかけた。

 

「どうして、こんな時に限って俺が臨時大統領になったのかな?」

 

「あなたが唯一の指定生存者だからです。辞任は他の官僚たちが許しませんよ。誰も大統領をやりたがらないので」

 

「いや待って! それはおかしい! 国の一大事なのに愛国心なさすぎ! もっと熱意持とうよ、元住宅都市開発長官の俺なんかよりもさぁ!!」

 

「大丈夫です。あなたが大統領を辞めないよう、皆が全力で支えますので。さぁ、立ってください」

 

 そんなこんなで、不運にも臨時大統領の座に収まってしまった男は秘書に無理やり連れて行かれる。

 大統領になれてラッキーという思いは微塵もなかった。何せ今は非常事態。都市部に散布されたネビュラガスとスマッシュの群れが忽然と消滅した矢先に、アメリカ第七艦隊の一部が強奪され、メキシコとの国境に天変地異が発生。いくら周りが支えてくれるといっても、ただ普通に仕事をしていれば良かったこの男に大統領という任は重すぎた。

 襟を掴まれ、廊下に引き摺られる男の「何故死んだんだバレンタイン大統領ぉー!!」という叫びが、この奥行きのある広い一本道に虚しく響き渡る。自分よりもリーダーシップと能力に優れていた前大統領はこの世にいない。政治的空白を生み出してはならないという民主主義の力が、男を苦しめる。

 

「大統領、火急の報せです!!」

 

 その時、一人の部下が大急ぎで報せを持ってきた。それを見た男はものすごい表情のまま固まり、代わりに秘書が部下に発言を促す。

 

「メキシコとの国境の掘られた土地を吸収した未確認巨大飛行物体が南緯47度9分、西経126度43分にワープ!」

 

「やめてぇー!! 頭のおかしい真実突き付けるのやめてぇー!! 荒唐無稽なのに真実なのが質悪くて胃が痛くなるぅー!!」

 

「その一時間後、現在! ロシアが未確認巨大飛行物体に向け、三波に渡る核攻撃を実行! 数十発の核弾頭を受けても目標は健在。それどころか、撃った数発分が命中直前にワープゲートらしきものをくぐり、ロシアに撃ち返されました! ロシアのあらゆる核保有基地が焦土となっています!!」

 

「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 次から次へと聞かされる大事件に、そろそろ脳内が容量オーバーしかけた男は愕然とする。本日未明、ロシアは自らが所有している核弾頭によって、被爆した。

 

 





Q.ロシア

A.日本やアメリカと同じく、訳アリで臨時政権となっております。その結果がエニグマへの報復核。


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(擬似)ライダーウォーズ開戦

「前回までのあらすじ。エニグマから帰還したナイトローグたち。戦いの傷は癒えきらぬまま、遠方のロシアでは叡智の炎が牙を向く。彼らに与えられた安らぎの時間は、本当にほんの少しだけだった」

「おい、蘭。何かしこまって言ってんだ?」

「あっ、おじいちゃん。今ね、あらすじ紹介のお仕事中なの。一夏さんから手伝って欲しいって言われたから」

「おお、そうか。ところでよ、弾の奴どうしてあんな格好に変身してたんだ? 俺たちに黙っててよ」

「ううん、私も何が何だか……」

「チッ、仕方ねぇ。こりゃあアイツと会えたらまず説教だな」

「うん、思いっきりやっちゃって!」

「だってよぉ、弾!! 孫娘に期待かけられちゃあ、応えない訳には行かないよなぁ!!」






「……」

〈プシュー

「あっ、コイツ!? 厳さん! 弾の野郎逃げやがりました!!」

「何ぃ〜!? 数馬、捕まえてこいッ!! 捕まえたら後で飯を奢ってやる!!」

「マジっすか! じゃあー、チャーハンと餃子と回鍋肉で! 行ってきまーす!」



 ロシア被爆の報は、瞬く間に世界へ広がった。どうやら、撃った核弾頭がエニグマの展開したワープゲートで反射されたらしい。スクエアスマッシュの能力応用によるものと見て良いだろう。これでエニグマ破壊を狙うなら、近付くしか方法が限られる。それでも数十に渡る核攻撃に耐えた辺り、それも非現実的だ。

 素直にIS学園で待機していたおかげで、この事実が世間に知らされるよりも早く察知する事ができた。普通なら情報統制されているようなものを、一体どこのマスコミが嗅ぎ付けたのか。案の定、世間は大騒ぎである。

 これを受けて、つい先日までエニグマと関わりのあった学園側は緊急会議を開始。引き続き厳戒態勢は敷かれ、勝手に出て行かないようにと織斑先生が俺に釘を刺すと、そそくさと会議室へ向かっていった。一夏たちにも俺が勝手な真似をしないよう見張れと言い付けているので、自由行動は思いっきり制限されていた。怪我の事もあり、だいたいナギさんか京水が隣にいる。

 

 わかっているじゃないか。俺が契約書や法といった紙切れ・言葉一つで抑えられる男ではない事を。無論、回復優先でエニグマに殴り込むつもりは当分ないが、こうなったら一人で何でもかんでもやろうとは思わない。皆と一緒に戦おう。ソロの限界を思い知った。

 その数時間後、人気のないラウンジでたむろする俺たちの元に、山田先生がブロス兄弟を連れてやって来た。人質にされていた弾の家族は念密な健康診断がなされ、今は別の場所で泊まってもらっているとの事。まだ彼は家族と会えていない。

 一方で数馬は、頭の悪い事に家族を霧ワープでエジプトに逃がしていたらしい。目下、彼の家族は捜索中である。

 

 そんなこんなで本人たちも交えながら山田先生の説明が続く。タッグトーナメントや福音事件などの乱入の件で二人は頭を下げて謝罪したりもしたが、事情を知った今となっては誰もその事をあまり気に留める事はなく。割りと裏切りのダメージが大きいはずの一夏が快く許した事もあって、皆が彼に免じたりとギクシャクとしていた雰囲気は容易く打ち砕かれた。弾と一夏曰く、喧嘩やら殴り合いは十分すぎるほどやったらしい。エニグマで。

 俺? リベンジでエンジンブロスに圧勝したし、もうそれほど恨んでもいないので過去の事は水に流した。死者が出ていれば、また違っていただろうが。

 そうして、ようやく自己紹介がなされる。

 

「――という訳で、監視付きでしばらく厄介になります。御手洗数馬です」

 

「五反田弾だ。よろしく」

 

 続けて、二人とは初対面となる箒さんたちも名乗りを上げていく。一通り互いの自己紹介が済ますと、仰々しいように数馬が嘆き悲しんだ。

 

「あぁ……まさか、かの有名なIS学園に訪れる事ができるなんて。しかし今が夏休みかつ非常時で誰もいないのが悲しい。ものすごく悲しい! 女の花園見れないとか、最上ぜってぇ許さねぇ!!」

 

「数馬、静かにしてくれ。知り合いが恥晒すのはちょっと……」

 

「何言ってんだ! お前も前はIS学園に入る事になった一夏を羨ましがってたくせに! 本当にいきなり変わったよなぁ〜」

 

「いや、随分前に遊びに行ってた時の弾は今の数馬みたいな感じだったぞ。まぁ十中八九、ウソだったんだろうけど。てか数馬もこんなんだっけ? むしろ逆転してない? もしかして入れ替わった?」

 

 喜怒哀楽の激しい数馬と素っ気ない様子の弾に、一言呟く一夏。それに反応した数馬が真顔になった瞬間、格好良く次の言葉を言い放った。

 

「どうせ入れ替わるなら女の子がいい」

 

「いい声で言えば良いってものじゃない」

 

「あっ、いつもの調子に戻った」

 

 いや、まだ俺にはその違いはわからない。だが、今のが一夏の知っている二人なのだろう。一見しただけでも、かなりの仲であるのが十分に伝わる。

 そうして男友達の雑談がとりとめもなく始まり、横で眺めていたデュノアさんと箒さんが顔を見合わせる。

 

「一夏の男友達って聞いていたけど、仲良さげだね。本当にさっきまで敵だったのが信じられないぐらいに」

 

「それに生き生きとしている。やはり同性と異性では接し方も変わるらしい。正直、いささか疎外感を覚えるな」

 

「うん」

 

 彼女たちの話している事は至極当然だろう。普段の学校生活のテンションとは異なり、弾と数馬に質問責めされている一夏の横顔は満更でもなさそうに綻んでいる。俺と他愛のない話を交わしていた時以上だ。付き合いの長さと、友情度の違いである。

 やはり、女性ばかりという環境は相当なストレスになるものだ。ナイトローグである俺はともかく、思春期の男子にはキツイものがある。下世話な話すら、ままならないのだから。

 すると、一旦質問責めを区切った数馬が箒さんたちに話し掛けてきた。

 

「あぁ〜、えーっと、篠ノ之さんにデュノアさん。コイツ本人だけから普段の学校生活聞くのもアレだから、補足する感じで話してくれない? きっと何か面白い事やらかしてるはずなんだよ、一夏の事だから。何でもいい、聞かせてくれ。コイツの黒歴史を暴く」

 

「数馬お前な! 待て箒、シャル。数馬の言葉に耳を貸すな。頼む、俺だって知られたくない秘密が――」

 

「七月の初め頃、ラウラに全裸で夜這いされていた」

 

「箒ぃーッ!?」

 

「えっ、ラウラが!?」

 

 意外にも箒さんが非情に徹してきた。一夏の異様な鈍感ぶりに業を煮やすのはわからなくもないが、これは少しあんまりな仕打ちの気もする。と言うよりラウラさんの夜這いとか、俺も初耳だ。

 悲壮感に包まれた表情の一夏と、驚きのあまりに呆然とするデュノアさん。すぐ近くで静かに耳を傾けていた山田先生も、目を白黒とさせている。箒さんのカミングアウトに、数馬がここぞとばかりに騒ぎ立てた。

 

「弾! 今、ここにいない知らない女子の名前が出たぞぉー!! 限りなくギルティだぜ、こいつぁー!!」

 

「耳元で叫ぶな。てか……」

 

 嫌そうに数馬から離れた弾は直後、神妙な面持ちで一夏の顔を見つめる。その目は何やら、呆れを通り越して笑っているようだった。

 

「おい何だ弾、その顔は。笑うなら堂々と……シャル? どうした急に? だんだん目が怖くなって……」

 

「うん、わかってるよ。ラウラの事だから本当に寝てただけで、別に一線は超えてないんだよね? ……ソッカ、ソッカ」

 

「イケない! シャルロットちゃんが病む呪文を唱えだしたわ! ダメよぉー!! 一夏ちゃんを背中から刺すのはぁー!!」

 

「待って、それは勘違いだよ京水! 一夏にそんな事しないから!」

 

「ああ、その件に関しては私が既に成敗した」

 

「やめろぉーっ!! 聞かれてる人数少なくないからやめろぉーっ!!」

 

 白昼堂々と暴露される秘密に一夏は大きく項垂れた。山田先生がこっそりと「後でボーデヴィッヒさんは指導ですね」と小声で漏らしたのを俺は聞き逃さない。あの銀髪眼帯少女がIS学園に戻ってきた時には、ささやかに菓子類でも送ってあげよう。ヒヨコのサブレとか。

 それにしてもこれは、一夏に対してとてつもない罰ゲームである。程なくして一夏は数馬に掴み掛かり、その口を閉じようと何度も揺さぶる。最初はゲラゲラ笑っていた数馬も徐々に余裕がなくなり、弾たちが仲裁するまで一夏にひたすら“ごめん”と呪文のように連呼していた。

 空気の軽さが、先日の事件を思わせないほどにまで明るく一変した。ムードメーカーが京水以外にも増えたおかげだ。いつまでも暗く気落ちしている場合ではないが、傍から見ているだけのこちら側も気分が和らぐのはありがたい。その様子にナギさんが、俺へ言葉を投げ掛ける。

 

「だってさ、弦人くん」

 

「流言飛語はしないと約束する。ところで煙銃戦隊スチームレンジャーなんてどうだ? 谷本さんのゴライダーは却下」

 

「そんな! 仮面戦隊ゴライダーのどこがダメなの!?」

 

 提案された命名を一蹴した俺に、谷本さんが狼狽える。

 一方で俺、ナギさん、谷本さんの三人は、安静にしている間の暇つぶしとして、未だペーパープランであるナイトローグの一般社団法人化の設立案を煮詰めいていた。NPO法人ではダメだ。どうしようもなく救いのない悪人や怪人の参加を法的に拒む事ができなくなる。

 アレコレと誰かを助けるために何度も法(大半が軽犯罪)を犯してきたのだ。突き詰めれば無国籍、無戸籍でも生きていける自信はあるが、社会を味方に付けられた時の心強さは否定できないし、捨てたものでもない。いくら明日のパンツと少しのお金さえあれば生きていける人だって、誰かとの繋がりを断った人生を送る訳ではないのだ。むしろ、自ら手を取り合っていくスタイルである。

 

 その傍らで給与やら事業費、管理費などの金銭問題も浮かび上がるのは、実に悩ましい。曲がりなりにも仕事として成立させる場合の弊害だ。無人島ゼロ円生活を五年も続けていた身としては、とっくの昔に金銭に頼らない生き方が染み付いている。

 すなわち、モノが無ければ買うのではなく作る。お金を作るのは二の次、既に無人島生活から抜け出しているので効率的にできる事は割り切って行う。贅沢を言うなら、ゼロ円で人助け専門のボランティア企業を建てたい。社員は俺一人でも構わない所存だ。

 その前段階として、こうして三人で企業名を考えていた。ゴライダーという名前に拘る谷本さんに、俺も同じく拘りを以って反論する。

 

「ゴライダーを勝手に名乗るのは俺自身が許さないから。と言うより、谷本さんのネーミングセンス色々な意味ですごいな!?」

 

「癒子が出したのを纏めると、未確認生命体対策班、アギトの会、ライオトルーパーズ、BOARD、猛士、素晴らしき青空の会、仮面ライダー部、ビートライダーズ、etc。……なんだろう、ものすごく採用しちゃいけないっていう心のブレーキが働く」

 

「うぅ、真面目に考えたのに……じゃあ炎神戦隊――」

 

「それもダメ」

 

「救急戦隊キュウレンジャー!」

 

「九人もいない」

 

「あと何か混ざってる気もする」

 

 しかし、名前決めの時点で話し合いは早速暗礁に乗り掛かった。特に俺が知っているスーパー戦隊が作品として存在していないのにも関わらず、こうもピンポイントで思い浮かんでくる谷本さんにはある意味、畏敬の念を覚える。ロットロの件から一段落、気持ちを落ち着かせただけでこうなるとは。

 このラウンジにはテレビ番組を流すモニターが置かれており、とある報道番組がちょっとしたBGMにもなっている。記事にするだけならネットニュースの方が速さで軍配は上がるが、フェイクの可能性も懸念しなければならなくなる。しかし、ここは日本だ。報道の自由が行き過ぎているアメリカなら話は変わるが、信憑性においては確実な信用を置いても構わないだろう。

 この時間帯では、バラエティー番組などでダラダラとロシアの核攻撃について取り上げられている。無論、どのチャンネルも同じ事をしている訳ではなく、いつも通りの平和と日常を見せていたりする。

 平和なら良い。一人では限界のある俺が歯軋りしている間に、最上がどこかで新たな犠牲者を生み出してさえいなければ。最上の非道な行いは、例えどんな大義名分が彼にあっても食い止めるべきだ。流石に世界中の国々も、指を咥えて最上の凶行を眺めているだけではないと思うが……。

 

 すると次の瞬間、とうとう恐れていた事態がモニター画面全体を占領する形で現れた。

 

『緊急放送です! 現在、佐世保基地にて未確認勢力との交戦が勃発! 戦火はそのまま市街地にも及び、在日米軍や自衛隊だけでなく住民たちにも甚大な被害がもたらされています! 次にドローンからの中継です!』

 

 現場のキャスターがそう言うと、映像が上空から撮影されたものへと切り替わる。佐世保基地と住宅街の境界線を主に映しているが、それだけでも現地の悲惨さが伝わる。あちこちに黒煙が漂い、火災まで発生している。その規模は決して、個人が引き起こせるようなボヤ騒ぎではなかった。

 画面の端で小爆発が起きる。テールローターがやられて姿勢制御が効かなくなった軍用ヘリが突如、空中で爆発四散した。ドローンに搭載したカメラが高性能のおかげか、その残骸が地上へと降り注ぐ様子が鮮明に撮られる。

 そして、佐世保基地の開けた出入り口のど真ん中で、堂々と一人の戦士が佇んでいた。心無しか、アスファルトの地面にくっきりと残っている数多の黒い影は人の形をしている気がする。

 

 その戦士の姿は間違いなく、ヘルブロスそのものだった。カラーリングは青赤でも、白と水色でもない。どこか量産チックな雰囲気のある二色の迷彩カラーだ。徹底的に基地を破壊し尽くすその個体の他にも、新たな二体の迷彩ヘルブロスが合流してきた。

 ハザードレベル2以上ある人間など、ごく僅か。後天的に上げるとなると、よく訓練された兵士程度でもレベル2未満に終わる。それは先日のネビュラガスが散布された件で証明されている。俺が遭遇した限りでは、スマッシュ化しなかった生身の人間は見つからなかった。他の国々はよく知らないが。

 つまり、あのヘルブロス小隊の変身者全員が人間であると考えるのには、少し無理がある。あんな戦火を引き起こした最上に律儀に従う人間がいる方が驚きだ。ブロス兄弟が反逆してきたばかりなのに。

 俺なら決して裏切らないクローンに変身させる。そして最上ほどの科学者であれば、クローンヘルブロスを生産する事など造作もないだろう。一万人のクローンヘルブロス部隊なんて冗談ではない。

 

 やがて一体の量産ブロスがドローンに向けて、ネビュラスチームガンを撃つ。マズルフラッシュが起きるのも束の間、中継された映像は真っ白になった。

 この一部始終を見ていたラウンジの皆は、誰もが愕然としていた。早速の敵の行動に俺は、知らず知らずの内に握り拳を強く作っていた。

 それを見かねてか、隣にいたナギさんが無言で俺の手を掴む。言いたい事はわかる。彼女と目を合わせた俺は、衝動的になるのを押し殺してキッパリと答えた。

 

「わかってる。一人で飛び出さない」

 

 この後、織斑先生から召集が掛けられた。

 





Q.中継

A.ジオウのアギト編でも、G3ユニットがアナザーアギトに襲撃される映像が報道番組にリークされていたので、これしきのジャーナリズムはセーフ。



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高貴な毒針


「前回までのあらすじ。クローンヘルブロスの量産部隊が在日米軍基地を中心に襲撃を開始。目的は不明だけど、日本の防衛力を削いでるのは明らかね。てか、これもうただの戦争じゃない! ナイトローグ駆け付けて来るヤツじゃん!」

「つまりケルベロスのようなものか、面白い。凰、私は先に日本へ戻る。中国は任せた」

「ちょっと待ったサクヤ。戻るってバイクで? と言うより、そのバイクどっから出したの?」

「レッドランバスは私の愛車だ。ギャレンの意思を受けて海すらも走破する」

「海ぃ? 冗談キツイわよ」

「嘘じゃない。こいつには超小型原子力エンジンが搭載されている。それほどの馬力なら、水上バイク以上のスピードは叩き出せるからな」

「うん、今なんて? 原子力? その成りで?」

「ああ」

「……ハァ!? バイクにどんだけオーバーテクノロジー積んでるのよ!?」

「お前の甲龍と比べればずっと遅い」

「空と海とじゃね! てか、そういう問題じゃない!」

「では行ってくる!」ターンアップ

「あぁー!? ちょっとサクヤー!! そのナイトローグみたいな格好も知らないんだけどぉー!!」





 突如、佐世保基地に現れた量産ブロス部隊は配備戦力や施設に対して徹底的な攻撃を施した後、忽然と姿を消した。多くの航空機がスクランブル発進できる事なく大破し、量産ブロス部隊の奇襲に辛うじて対応できた兵士たちも、反撃の甲斐なく全滅。奇襲から三十分も満たず、佐世保基地の保有している戦力が軒並み壊滅した。

 この事件は地元の報道番組や取材班が偶然居合わせた事により、政府が情報規制を掛けるよりも早く日本中に伝わり、騒然となった。インターネット上のニュースサイトを次々と政府の介入でブロックさせるも既に遅く、ツイッターなどのSNSで情報が拡散。ジャーナリズムの執念で一度着けられた炎は留まる事を知らなかった。

 佐世保基地壊滅から更に一時間後。普天間、嘉手納、横田、厚木と、ことごとくの軍事施設──しかも在日米軍駐留──が量産ブロス部隊に襲われ、例外なく壊滅させられた。たった一個小隊規模に、あっさりと。出動したIS部隊が返り討ちに遭ったという報告もある。この短時間で日本は、あっという間にその防衛力を低下させた。

 

 そして横須賀基地。厚木の次に近い場所と言えば、ここである。量産ブロス部隊出没の報に戦闘配備を迅速に済ませていたが、ネビュラスチームガンの煙幕を纏えば空間跳躍が可能な彼らの敵ではない。いとも容易く防衛網の内側に侵入され、中から食い破られる。戦術クラスの火器を用いれば一縷の望みはあるが、それを基地内で使用するなど下策もいいところ。付近には住宅街がある。どの道、守備隊の蹂躙は免れなかった。

 遭遇する兵士たちに量産ブロスは寸分の狂いもなくヘッドショットを連続で決める。死屍累々の光景は瞬く間に完成し、最後に歯車を射出して爆発四散。死体は一つ残らず灰燼に帰し、港の方で炎上中の艦船が湾岸に沈む。

 

「オォラァァァァァーッ!!」

 

 その時、殺戮を続ける量産ブロスの顔面に、颯爽と駆け付けたエンジンブロスのドロップキックが炸裂した。後方にあった大破済み戦車の中へと蹴り飛ばされ、ケロリと立ち上がる。

 

「ピョンピョン日本中移動しやがって!! RTA気分か、コノヤロー!!」

 

「もしそうなら虫唾が走る。片を付けるぞ……」

 

 エンジンブロスの隣に、リモコンブロスがさっと並び立つ。合わせて量産ブロス部隊も集合し、三機一体となって彼らと退治する。

 

「俺も忘れるなよ! 弾、数馬!」

 

「わかってらぁ! 連携急拵えになるけどミスんなよ!」

 

 続けて、ブロス兄弟の元に白式HSが駆け付けた。その後ろには、ナイトローグの率いるトランスチームの戦士三人衆がいる。現時点で横須賀基地の救援に来たIS学園側の面子は、この六人だけである。

 

 一時期ネビュラガスが世界中に散布されて騒然となっていた頃、各国のIS出動は表向きであるものの、災害派遣という名目で行われていた。実質的に防衛出動であったが、そうだと公的に認めてしまっては軍事運用のアピールに他ならず、国連が取り決めたアラスカ条約を破ってしまえばここぞとばかりに他国からの批判や制裁は免れない。足の引っ張り合いに注意しつつ、体裁を保つための方便だ。

 しかし、今回の軍事施設襲撃は明らかに災害という言い訳が通用しないもの。相手が国家でなくともテロ組織であれば、武力による防衛行動は成立し得る。ましてや相手はカイザーシステムの戦士、兵器なのだ。ここで堂々とISが助けに入ってしまえば、ただの軍事運用ではないかと周囲から咎められる。ただでさえ日本は臨時政権を立てるほど切羽詰まっているのに、更なる面倒事を抱えるのだけは絶対に避けたかった。

 そのため、常任理事国を中心とした多数の国家ぐるみでIS認定解除を認めたナイトローグたちに、白羽の矢が立った。ブロス兄弟もこの戦闘参加に志願し、白式HSは厳密にはスマッシュというカテゴリで誤魔化せる。

 

 その他の面々は、政府の強い圧力もあって学園での待機を余儀なくされた。この量産ブロス部隊が陽動という線は建前であったとしても否定できない。とは言え、戦力が豊富なIS学園が落ちる事などそうそうないだろう。

 

「弦人くん、無茶しないでね」

 

「ああ」

 

 スチームライフルを構えるナイトローグに、ブラッドスタークが声を掛ける。彼の怪我は完治していないため、鎮痛剤も使用してここに来ている。普段のようなスタンドプレーは自重するつもりだった。

 

「俺はサポートに徹する。スタークと京水は心置きなく戦え」

 

「もぉー!! またスターク呼びなんだからぁーっ!!」

 

「ウフフ♪ これが今のワタシとあなたの差ね。モチベーションアゲアゲよぉぉぉー!!」

 

 騒がしい二人にナイトローグは敢えて耳を傾けない。量産ブロスたちが動き出すや否や、ブラッドスタークとホールドルナの行動が切り替わった。

 互いに走り出し、双方は激しく入り乱れる。最初は戦力差を思わせない量産ブロスたちの戦いぶりも、徐々にナイトローグたちに押されていく。白式HSとエンジンブロスの激しい切り込みが小隊の連携を崩し、各個分断。ホールドルナと組んだブラッドスタークが安定して一体を攻め立て、残りの敵を彼らが叩く。

 直後、ホールドルナが召喚した幻影のマスカレイド軍団によって、量産ブロス小隊は袋叩きに遭った。

 

 

 

 ※

 

 

 

 いつからそのチョーカーを身に着けたのかは覚えていない。写真や周りの人の話などを調べる限りでは今年の四月下旬からだが、入手の経緯となるとハッキリと思い出せない。ただ、これは決して外してはならないという取ってつけられたような義務感が心の中にあった。

 蘭はそっと自身のチョーカーに手を触れる。それには極小な赤い宝石が装飾されていた。遠目ではわからない程度に、とても丁寧に形状が蜘蛛のように加工されている。その上から保護膜が被せられてあり、ちょっとやそっとでは傷はつかない。

 

 家族と共にIS学園に保護された彼女は事態が一段落着いた後、健康状態のチェックなどを受けて専用の部屋を与えられた。家族ごと誘拐された事もあって自由行動の利かない厳重な保護下に置かれ、外の状況を知る術は限られている。兄の弾が大変な事になっていると聞かされた時はやはりそうかと誰もが思い、何の事情を話さずにいきなり宇都宮に飛ばされた時よりもパニックはなかった。むしろ祖父の厳が冷静に、弾に再会できたら取り敢えず説教しようと決めていたぐらいである。

 

 すると、ズシンと地面が少し揺れた。この不自由はあまり感じられない部屋は地下シェルターの機能も兼ね備えている。地下にここまで震動が伝わるというのは、地上では今とんでもない状況になっているに違いない。先ほど、部屋の外でアラートらしき音が響き渡っていた。

 今頃、兄はどうしているのだろう。親友の数馬と一体何をつるんでいたのだろうか。家族の前で突然紫の銃を向けてきた後から、その姿は一度も目にしていない。人伝に様子を聞くばかりだ。

 思い返してみれば、弾の態度も四月になってから急に鳴りを潜めていた。変に静かになった分、数馬が多少騒がしくなった気さえする。時期的には、自分がチョーカーを着ける直前の事である。妙な憶測ばかりが浮かび上がり、気になって仕方がない。

 

 いつもの弾にならば跳ねっ返りな対応が取れていたのに、ここまで変わられると逆に困惑し、柄でもなく深く心配してしまう。親は大して気にしていなかったが、自分は違う。残しておいたデザートを盗み食いされる事や、茶化される事がめっきりなくなった。一夏の前での戻りようは、久しく思うと同時にぎこちなさを感じた。

 

 弾が何かに巻き込まれているのは確実。なら、自分は? 普段は特に気にも留めていなかったチョーカーが、ここに来てその存在感を増してきている。異様な不安が胸中で一杯になった。

 

「兄が心配か?」

 

 知らない男の声に蘭は咄嗟に振り返る。背後に立っていたのは黒いスーツ姿の青年だった。初対面のはずなのに既視感を覚える。

 危機意識から蘭が逃げようとするよりも早く、男は彼女に手をかざす。叫ぶ暇などなかった。途端に蘭の動きは止まり、徐々に虚ろとなる瞳の代わりにチョーカーの宝石が一際赤く輝き始める。

 やがて男が手を下げると、蘭は無言で彼と顔を合わせた。今の彼女に、自我とも呼ぶべき意識は残っていなかった。その機械的な所作は、さながら脳改造を受けた洗脳兵士だ。

 そして何も言われないまま、一丁の赤いショットガンと二本のボトルを渡される。支給品を確認した蘭は即座に次の行動を開始した。

 

「さて、テスト開始だ……」

 

 男はそれだけ呟き、ホログラムのように姿を消す。

 

 

 ※

 

 

 遂にIS学園にも量産ブロスの襲撃がやって来た。数は三体と少なめだが、他にもガーディアンなどの無人兵器も密かに投入されている。最上によるクラッキングとシステムダウンは既に解消されたが、よく訓練された特殊部隊にも引けを取らない動きのガーディアンたちにすっかり内部への侵入を許してしまった。

 量産ブロスは外でIS部隊の陽動・足止め。内部破壊はガーディアン。とりわけ量産型と言っても強力なヘルブロスに多くの人手が向かっているため、ガーディアンを迎撃する戦力が限られてしまう。中にはより戦闘に特化したハードタイプも確認されており、同じく無人機のガードボットで対抗しても火力・防御共に敵わない。

 そのため、限られた戦力の一人である千冬が生身でガーディアンの掃討に向かう事となった。最大の障害である量産ブロスは全力で排除しなけれぱならず、ISは全て出払っている状態。先の戦闘から修理必須の訓練機が少なくなく、予備は残されていない。これが並の兵士なら、間違いなく厳しい戦いを強いられるだろう。そう、並の兵士なら。

 

 閉じられていた隔壁が爆破される。穴が空いた場所からガーディアンが雪崩込み、クリアリングをこなして前進していく。各種センサーを搭載した頭部が忙しなく動き、敵影無しと判断した。

 その時、天井の通気路から一つの影が颯爽と舞い降りてきた。それは何の躊躇もなくガーディアン部隊の中に飛び込み、隊列と行動を狂わせる。もはや銃を撃つよりも、ナイフを使った方が早い距離だった。一体のガーディアンの首が断ち斬られる。

 影の正体は、黒の戦闘スーツに身を包んだ千冬だった。長い髪はポニーテールで一纏めにし、振るった右手にはIS用のショートブレードが納められている。立て続けにショートブレードを後ろに振り、また一体を両断した。

 

 敵の奇襲にガーディアンたちは近接戦闘へ移行する。射線上に味方が多いため発砲はしない。各々、銃剣を千冬に繰り出す。

 前後からガーディアンが一体ずつ迫る。正面から振り落とされた銃剣をショートブレードで受け止め、背後の刺突は身体をズラして回避。強烈な裏拳一発で後ろにいたガーディアンの顔面が粉砕され、銃を奪われると同時に肘鉄で大きく吹き飛ばされた。

 すかさず千冬は奪った銃で目の前のガーディアンに発砲。その胴体に風穴を開け、機能停止に追いやる。

 直後、新たなガーディアンが飛び掛かってくる。腰を低くし、彼女の背後から勢い良くタックルを仕掛けた。しかし、タックルを甘んじて受けた千冬はそのまま倒れる事なく、そのガーディアンの背中の上を華麗に後転した。今度は自分が、ガラ空きとなった相手の後ろを突く番だ。

 

 着地するや否や銃を捨て、両手に構えたショートブレードでこのガーディアンを刺突する。機械のボディはあっさりと貫通し、股下まで斬り落とされる。これで、この場にいる残りのガーディアンは一体だけとなった。

 千冬の視界を遮るジャンクが地に伏せ、尚も変わらず襲い掛ってくるガーディアンの姿が露わになる。銃弾がバラまかれるより一歩早く、千冬は剣の間合いへと詰めた。

 肉体スレスレで弾丸が飛ぶが、掠り傷にもならない。やがて千冬の位置が銃口よりも後ろとなり、床に叩きつけられた刹那にガーディアンは首を掻かれた。引き金が引かれたままの銃が、程なくして弾切れを起こす。

 

「これで三十……あらかた片付いたか」

 

 報告にあった侵入者は殲滅。懸念されていたハードガーディアンも、装甲に守られていない関節狙いで近接戦に持ち込めば訳はなかった。こことは別の場所でその残骸が転がっている。

 残すは外の量産ブロスのみ。千冬は早速その場を離れようとし──何者かに死角から急襲された。

 前に突き出された拳を受け流す。感触からしてガーディアンのような機械の身体ではない。チラリと相手の顔を確認したところ、その思い掛けない人物に千冬の目が僅かに開く。

 

「お前は──」

 

 言葉の続きを襲撃者が遮った。絶え間なく千冬を攻め立てる様は、既に彼女が手加減してあしらえるものではない。明らかにこちらを殺そうとする意志が、虚ろな表情と裏腹に存在した。

 相手の猛襲に千冬はつい、強めで反撃する。放った回し蹴りが相手に命中し、宙に浮かせる。

 しかし、大して苦も見せずに襲撃者は綺麗に着地し、その髪と同じ色をした赤いショットガン──エボルスチームガンをどこからともなく取り出した。迷う事なく引き金を引き、千冬が間一髪で襲撃者の懐へ無理やり入る。明後日の方向に飛んでいった散弾は、分厚い廊下の壁を深々と穿つ。

 相手に掴み掛かった千冬は反撃をもらわないように押し込み、その襲撃者の名を呼んだ。

 

「蘭。貴様、一体何をしている?」

 

 襲撃者の正体は蘭だった。蘭は何も答えず、輝きを増していくチョーカーの光に応じて全身の力を跳ね上げさせる。徐々に千冬の怪力に迫り、自己主張の激しいチョーカーを彼女に気付かせる。

 

「仕掛けはそのチョーカーか!」

 

 ならばとチョーカーの奪取を試みる千冬。元々一般人であるはずの蘭も、負けず劣らずの格闘術で彼女に喰い付いていた。咄嗟にぶつけ合った右ストレート同士も、全く力負けしている様子がない。

 蘭を救わなければならないだけあって、こうも一方的に殺しに掛かれると非常に戦いにくい。チョーカーの光によって、単純な戦闘力は自分に匹敵していた。明らかに鍛錬不足な身体つきなのに、ここまで機敏に動くとは。このまま長引かせれば、酷使された蘭の肉体が保たない。

 蘭が一度飛び退き、銃口を向ける。直ちに千冬も飛び下がり、物陰へと身を隠した。散弾が数発、頬や腕に掠る。

 

 そして──

 

《Gear gold! Gear scorpion!》

 

 その隙に、エボルスチームガンに二本のギアを装填されてしまった。最悪な予感に千冬が再び表に出るも時既に遅く、蘭は相変わらず口を閉じたまま変身に移行する。

 

《ファンキーマッチ! フィーバー!》

 

 発射された煙幕と金・銅の歯車が蘭の身体を包み込む。組み合わさった歯車が火花を散らしながら高速回転し、スーツを形成する。

 

《Perfect!》

 

 やがて現れたのは、真紅の双眼を持つ金色の槍士だった。通常のヘルブロスやバイカイザーとは異なり、U字のバイザーではない。後頭部にサソリの尾を小さく垂らし、淡麗な甲冑には金と銅の混じった数珠が掛けられていた。

 右手には長柄のソード、スチームランサーを持っている。石突部分に銃身があり、柄の中央部に専用のトリガーとスロットが付けられている。肩もスリムになっているため、長物を扱うのに邪魔にならない。エボルスチームガンは腰の後ろに提げられ、向き合ったままでは奪い取る事も難しい。

 その槍士の仁王立ちは威風堂々としており、とても少女の変身体とは思えない雰囲気だった。一度変身されてしまえば、遠慮する必要はなくとも生身での対抗では勝算が薄くなる。少なくとも、ショートブレード一本では心許無かった。

 槍士が力強くスチームランサーを振り落とすと、激しい衝撃波が千冬目掛けて発せられる。その四肢が高貴な毒針となって、彼女に襲い掛かった。

 

 




Q.逆襲のゴールドスコーピオン

A.地獄少女と名付けたいが英語で直訳するとダサくなるので、ギリギリまで名前悩んでます。


Q.量産ブロス

A.サメバイクの弱点無し。内蔵ユニットで飛行可能。速い、硬い、強い。取り敢えず、ビルド本編よりも優遇。

唯一のデメリットを挙げるならば、感情を排したクローンのために120%のスペックを発揮できない事。




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ヘルブロス乱舞


「前回までのゴールドスコーピオン! 遂に私の出番がやって来た! 怯えろ財団B! 震えろ大人ども! 貴様らの身勝手な事情で私は歴史の闇に葬られ、その座をサンタケーキに奪われた! この恨み、晴らさずにはいられようか!」

「待つんだ、ゴールドスコーピオン君! 復讐は何も生まない!」

「いいや。それは違うぞ、F1ザウルス。復讐は自己満足を満たしてくれる。生産性がない? スカッとするのも最初だけ? 復讐の後は虚無しか待ってない? だからどうした! 人間だって今の幸せを存分に享受するためなら全てを犠牲にできるだろ!? いいじゃないか、堕ちた生き方を選んだって!!」

「でも……でも……やっぱり復讐は――」

「もういい、黙れ。否定の一点張りで他の答えを出さずに思考停止するヤツと話しても無意味だ」


「まぁ、そうカッカとするなよ、ゴールドスコーピオン。F1ザウルスが可哀想だろう?」

「君は……メタルビルドのタンクタンク君! 君もゴールドスコーピオン君を止めに来てくれたのかい!?」

「いいや、俺は君を連れに来たのさ。復讐の道にね。君だって歴史の闇に葬られただろ? なら彼の気持ちがよくわかるはずさ。そもそも復讐をやっちゃいけないルールなんて、元から俺たちフルボトルにはないんだ。憎くないのか? あの楽しい時を創る企業、財団Bが」

「え……え……?」

「俺は我慢できないね、同じ事されたら。それに俺はベストマッチ先のラビットをあのドラゴンに寝取られた。捨てられたんだ、アイツに。だからメタルビルドとして生まれ変わったのは運命なんだよ、きっと。これでラビットとドラゴンに復讐できる。さぁ、君も復讐に走ろうか」

「あ……あ……」

「「さぁ! さぁ!」」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」








 数馬が道端に落ちていたスマッシュボトルを拾ったのは偶然だった。その場でフタを開けたらネビュラガスを放出してきたのには驚くものの、ガスを浴びても奇跡的にスマッシュ化はしなかった。訳がわからなかった数馬はエンプティボトルを放り捨て、そのまま帰路へ着く。後日、南波重工の人間に目を付けられるのは当然の事であった。

 落とし物のスマッシュボトルは、深夜にスマッシュを外で活動させる実験の際にヒューマンエラーで起きたものだった。制御下から外れたスマッシュの暴走により、いくつかのスマッシュボトルが紛失。回収漏れの一つが、数馬が拾ったそれである。

 もはや運が悪いとしか言いようがなかった。澄まし顔で生物兵器を開発する大企業に捕まり、しかも自分の預かり知らぬところで弾も同じ目に遭っていたのだから。一方で一夏は花園であるIS学園に(強制的)に入っているものだから、一時は彼の待遇を呪いたくなった。後にそれは違うと考え直すが。

 

 こんな事をされれば警察に通報しただけで簡単に終わると思っていたが、実際は違った。気が付けば、提出した被害届の存在がなかった事にされているのだ。もちろん馬鹿正直に真実をありありと書いた訳ではなく、シンプルに現実味のある暴行罪で。明らかに権力が働いた予感しかしなかった。

 それからは、普通の男子高校生でしかない数馬の日常が一変した。目に見えないところに家族への監視を置き、必要ないはずの口止め料で心を¥色に揺さぶり、まるでバイトのように量産へ向けたカイザーシステム開発の実験台にされる。普段の日常生活を壊さないスケジュール管理と匙加減の良さが、ネビュラガス投与の影響もあって精神的にタガが外れかかっている数馬をおかしくさせた。

 

 結果、家族を人質にされた事やモルモット扱いに憤慨するよりも、むしろこの状況を楽しもうという気持ちが徐々に強まった。そうしなければ毎日のスマッシュやガーディアンとの死闘に近い模擬戦に耐えられなかったのもあるが、漫画やアニメでしかありえないような力を手にし、どこか喜ぶ自分がいたのは事実だった。

 同時にそんな楽観的な自分を嫌う部分が確かにあって、さらにそれを誤魔化そうと享楽的な部分がエスカレートする連鎖が続く。弾のように、どうにかして南波重工の掌の上から逃れようとは考えなかった。このISに比類する力が悪用されるのは明白だったにも関わらず。

 

「よっし、ISに勝った! なんだ俺ってやればできんじゃん! ハハハハハ! ハハ……」

 

 IS学園のタッグトーナメントに乱入した日の事。自宅の部屋に戻った数馬は、ようやく自身の力に恐怖した。食事も喉に通らず、ベッドに潜り込んでも全く寝付けない。

 機械でも怪人でもない、生の人間を初めて傷付けたという罪悪感が深く根付いていた。ISには絶対防御があるからという理屈は関係ない。シールドエネルギーがゼロになれば、防御をバリアに依存しているISは酷く脆弱となる。それこそ、エンジンブロスの手刀で軽く殺せるほどに。ナイトローグだけでなく、ベテランであるはずの教員が乗ったISを容易く鎮圧させたのだ。一歩間違えれば、殺していた。

 

 その後悔から、反旗を翻す機会を狙っている弾に進んで協力する事に決めた。せめてもの贖罪と、これ以上南波重工の好きなようにさせてはいけないという義憤、使命感からだ。この頃になって、やっと自分の愚かさを思い知ったのだった。

 二度と同じ過ちを犯して溜まるかと、しかと心に刻んで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにゃろッ!!」

 

 エンジンブロスがスチームソードで量産ブロスを袈裟斬りにし、破壊する。大ダメージを与えても量産ブロスは変身解除に追い込まれる事なく、活動不可能となるや否や爆発した。無傷のはずのネビュラスチームガンやギアも、証拠は残さんと言わんばかりに自壊する。

 最初の敵小隊を撃破した後、やって来る敵の増援は尽きる事を知らなかった。一つの波を超えるごとに量産ブロスが一体ずつ増え、今や十一体にまで膨れ上がっている。今しがたエンジンブロスに撃破されたのが、その第八波最後の一体である。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 荒く息を上げながらエンジンブロスは膝を着く。「戦力の逐次投入とかバカじゃねーの?」と笑っていられたのも序盤だけ。他の面々も酷く消耗しており、白式HSに至っては剣を杖代わりにして立っているのがやっとだ。

 そして、間を置かずに第九波が煙幕を纏って登場する。十二体の量産ブロスが横一列に並んでいた。

 

「ウソだろ、おい……」

 

「耐久地獄だな。遊ばれてる」

 

 白式HSが絶句する一方で、リモコンブロスは冷静さを貫く。かれこれ六十体以上の量産ブロスを撃破してきたが、流石に限界だ。トランスチームガンを手にしたブラッドスタークが、皆に声を掛ける。

 

「皆、一度撤退しよ!!」

 

 そうして黒煙を振り掛けるが、身体がワープしない。まさかの事態に理解が追い付かないブラッドスタークは慌てふためき、その横でナイトローグが静かに空を見上げる。

 

「チッ」

 

 赤い光のドームが横須賀基地一帯を包み込んでいた。よくよく見れば、十二体の内一体が白いパンドラボックスを持っている。

 次にナイトローグは、素早くバットフルボトルをカメラガジェットに装填した。それを今度はスチームライフルのスロット部分と接続し、スコープで狙いを付けて撃つ。

 

《Bat. スチームショット!》

 

 放たれた高速弾は一発だけではなかった。機関銃のように光弾が吐き出され、白いパンドラボックスを持つ量産ブロスへ一直線に飛んでいく。咄嗟に張られた歯車のシールドを打ち砕き、その白い箱に光弾を命中させる。

 しかし、吹き飛ばされた白いパンドラボックスを破壊する事は叶わなかった。それどころか、傷一つ付きやしない。赤い光のドームは展開されたままだ。霧を纏って逃げる事は不可能である。

 瞬間、量産ブロス部隊が一斉に駆け出してきた。白いパンドラボックスには目もくれず、ナイトローグたちに殴り掛かる。どちらが優勢なのかは明白だ。疲弊した戦士たちを、疲れを知らない兵士たちが蹂躙する。

 

「キャアァァァァァ!? やめやめ、やめてぇーッ!? もうパワーないのよワタシィー!!」

 

 無様に地面に転ばされるホールドルナ。幻影のマスカレイドは召喚した側から即座に倒されてしまい、余力を浪費してしまう。誰かが彼女を助けに行こうとも、数の差がそれを許さない。それぞれ二対一に持ち込まれ、限界が近い方から倒れていく。

 巨大コブラがあっさり斬り刻まれ、ブラッドスタークはゼロ距離から銃撃を受ける。白式HSはウィングスラスターを破壊され、羽交い締めに。赤目になろうとしたナイトローグはエンジンボトルを叩き落とされ、殴り飛ばされる。既に横須賀基地に配属された部隊は撤収しており、味方の増援も望めない。彼らに為す術はなかった。

 

「ぐあっ!?」

 

「弾!!」

 

 やがてリモコンブロスが強制的に変身解除され、倒れ伏す。白式HSが叫ぶも、彼と対峙していた二体の量産ブロスはその歩みを止めない。全ての量産ブロスたちの中にあるのは、命令を忠実に遂行する事。目標を仕留めないという考えは彼らになかった。

 

 無慈悲にも、生身の弾に刃が落とされる――はずだった。

 

「っ!?」

 

 間一髪で割り込んだエンジンブロスが、その刃を受け止める。無理矢理にでも力を振り絞り、目の前にいる量産ブロスの顎を殴り抜いた。すかさずの相手方の銃撃には、白い歯車の盾を張って弾を庇う。

 

「弾、ギアリモコン!!」

 

「え」

 

「いいから早く!  Hurry up!!」

 

 一瞬呆ける弾だが、有無を言わせずに急かす。そそくさとギアリモコンを手渡されると、前方に張っていたシールドに亀裂が走った。

 時間がない。迅速にギアリモコンをネビュラスチームガンに装填すると、崩壊したシールドの中から二体の量産ブロスが飛び出してきた。後ろの弾に危険が及ばないよう、真正面から二体に掴み掛かる。

 

《Gear remocon!》

 

「潤動ッ!!」

 

《ファンキーマッチ! フィーバー!》

 

 全身全霊の掛け声と共に、二体を押し返す。追加で水色と白の歯車が弾き飛ばし、オリジナルの地獄兄弟誕生のファンファーレを奏でる。

 

《Perfect!》

 

 数馬がヘルブロスとなった瞬間の行動は速かった。素手となり、未だ宙に吹き飛んだままの量産ブロス二体の頭部を掴み、握り潰す。潰れた頭部からはみ出したのは、人間のものとは思えない緑色の血と有機パーツの数々だ。頭を失った二体は地に崩れ落ち、装備ごと自壊する。

 その時、場にいた全ての量産ブロスの意識が彼に向いた。ここにいる誰よりも脅威だといち早く察知し、いつでも倒せるナイトローグたちを置き捨てる。ヘルブロスが動いたのは直後だった。

 ネビュラスチームガンで空間転移し、白式HSを羽交い締めにしていた個体の背後に立つ。彼から引き剥がし、容赦なく投げ飛ばした。量産ブロスは呻き声一つ漏らさずに受け身を取ったが、掴まれた腕がひしゃげかけている。

 次いで、歯車を数発射出。遠くにいる量産ブロスたちを狙い、相手の注意をこちらに引き付ける。運良く、こちらが空に飛ぶと全ての量産ブロスが釣られて来た。螺旋状に上昇する彼の下を追従し、弾幕を張る。

 

「そうだ! 全員こっち来やがれッ!!」

 

 地上に残されたメンバーは全員ボロボロで、肩で息をしながらぐったりとしている。黒と緑に光る派手な弾幕に晒されながら、誰も死なせまいとヘルブロスは死に物狂いで奮起した。

 ある程度の高さまで浮かび上がったところで、余計な武器は仕舞う。己の拳一つで十対一の乱闘へ挑んだ。

 勢い良く敵の集まった部分に突進すると、そこに固まっていた量産ブロスは四方へと散らばる。一度包囲される形となり、周囲からファンキードライブ・ショットの一斉砲火が放たれる。着弾の拍子に大爆発が発生した。激しい爆炎と共に、モクモクと黒煙が空中に立ち込める。

 

 しかし、ゆっくりと晴れていく煙の中にヘルブロスの姿はなかった。木端微塵になった様子もなく、量産ブロスたちは即座に索敵を行い――その内の一体が頭上から強襲された。

 両手を握り締め、量産ブロスの頭に鉄槌を落とすヘルブロス。容易く粉砕せしめ、息つく間もない敵の攻撃からの肉盾とする。既に死体にも等しいそのガラクタは、手足をぶらぶらさせながら献身的にヘルブロスを守り、爆散していった。

 次いでヘルブロスは近くの敵に肉薄し、格闘に持ち込む。正面切っての殴り合いではやすやすと譲ってはもらえず、後ろからも別の量産ブロスが迫ってきたが、根負けするつもりは毛頭ない。正面の量産ブロスに掴み掛かり、それを後ろの個体に押し付ける。繰り出した手刀は、二体の身体をあっさり貫通した。

 

 胸部を穿たれ、爆散。ゼロ距離で自爆に巻き込まれるものの、ヘルブロスは全く堪えない。歯車から放出したエネルギー刃を二枚操作し、背後に侍らせながら突撃した。すれ違った量産ブロスへの殴打は掠るだけで終わり、間髪入れずに飛び込んだエネルギー刃がその両腕を断ち斬った。一瞬にして両腕を喪失した量産ブロスは、程なくして胴体も真っ二つにされてエネルギー刃共々爆発する。

 残り七体。連携されないよう掻き乱していくが、とうとう順序良く対応されてしまう。二体の量産ブロスに両脇を固められるや否や、エレキスチームを発動したスチームブレードを突き刺された。高圧電流が簡易的な拘束具と化し、痺れを通り越した激痛にヘルブロスが身動き取れずに呻く。

 

「うぐぅぅぅッ!?」

 

 他の個体が延々と遠くから光弾を撃ち込む。近接戦に持ち込まれるのは得策ではないと判断したのだろう。ヘルブロスを捕まえる二体以外は、一ミリたりとも近付こうとしない。我慢比べなら、機械から生まれた感情や痛覚のない量産兵士に分がある。

 だが、彼はそこで終わりやしなかった。右手から水色、左手から白のエネルギー波を放ち、隣にいる二体を吹き飛ばす。二体はたちまち全身を焼かれ、真っ黒焦げとなった。足や腕に刺さったスチームブレードを抜き、ブーメランの要領で敵集団に投合する。

 無論、スチームブレードは撃ち落とされるが、少しでも相手に近づく盾にはなった。僅かに集中砲火が逸れた瞬時に加速し、一気に空を駆け抜ける。一体の量産ブロスに接近できれば、両手でその首を軸に回転。へし折らせる勢いで背後を取り、背中を上空目掛けて膝で蹴り飛ばした。吹き飛ぶ方向を先回りし、今度は大地にまで殴り飛ばす。

 その殴打の威力は、量産ブロスをアスファルトの中にあっさり陥没させるほどだった。まだ戦おうとする量産ブロスの挙動はぎこちなく、ところどころでスパークを引き起こしている。あと一押しでトドメとなる。

 

 すると、ヘルブロスも同じようにして他の個体が放った大量の歯車で地面へ叩き落とされた。高速で装甲を刻まれ、振り払ってはそのエネルギーの塊を掻き消す。ぶつかってくる歯車の生み出す衝撃が凄まじい。

 再度飛翔しようとすると、足元から半壊の機械兵が亡者のようにしがみつき、離れようとしない。先程の仕留めきれていなかった個体だ。

 

「邪魔!」

 

 ほんの一撫でで、その首をもぎ取る。ふと空を見上げると、残り四体の量産ブロスが一箇所に密集していた。揃ってスチームライフルを構え、同時にギアを装填する。

 

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 狙いは全て自分。銃口にエネルギー弾が最大限まで充填され、間もなく引き金が引かれようとしている。精密射撃となれば、スチームライフルは並の狙撃銃よりも遥かに高性能である。直撃は不味い。

 しかし、ヘルブロスは回避や防御といったものを選択しなかった。むしろ逆に、真っ向から打ち破る気概だった。とっくに悲鳴を上げている己の身体にさらなる鞭を打ち付け、奮い立たせる。静かに両手に光を集めた。

 光は球体へ。歯車状のエネルギー刃を発射する要領で、されど形状は球体のまま維持する。次いで左右の光球を一つにし、両手の中に大きなエネルギー塊を納めさせる。今にも大量なエネルギーが辺りに溢れ返ろうとするが、必死に保った。

 そして、量産ブロスたちと同じタイミングで、そのエネルギー塊を直線状に解き放った。

 

()()()()()()()()()()()()》》

 

「波ァァァァァーーーーーッ!!」

 

 四発のファンキーショットが融合した巨大な光弾と、両手を突き出したヘルブロスが放つエネルギー波が衝突する。それから数秒も満たず、完全にヘルブロスのエネルギー波が相手方の攻撃を飲み込んだ。水色に輝くその光は射線上にいた量産ブロスを消し炭にし、間一髪躱して逃げようとする生き残りもあっという間に薙ぎ払う。

 それだけに留まらず、エネルギー波は天を貫くまでその勢いを削がなかった。たまたま通り掛かった積乱雲を蹴散らし、空の彼方まで光芒を走らせる。全てのエネルギーを撃ちきったヘルブロスは、ヘトヘトになりながらも満足げに叫んだ。

 

「ハァ……ハァ……どうだ! かめはめ波撃ってやったぞゴラァ!! ハァ……ハァ……」

 

 喜びに打ちひしがれるのも少しの間だけ。まだこの赤い結界が解けていない。あれで敵の増援が終わったのも考えづらく、継戦できる力も残っていない。白いパンドラボックスをどうにかして、早急に撤退する必要がある。

 

 

 

 その時、視界の端で例の煙幕が発生するのを確認した。やはり敵襲は終わらないと戦慄するが、その煙の数がたった二つと極端に少なくなっている。警戒してみれば、現れたのはEVOLカイザーと見知らぬ金色の槍士だった。

 

「諸君、クローンヘルブロス先行量産型の実戦テストは終了だ。協力に感謝する。さて……」

 

 開幕早々、厚かましい物言いのEVOLカイザー。瞬きした次の瞬間には赤い残像を残しながら高速移動するEVOLカイザーの攻撃によって、ヘルブロスと弾以外の人間が変身解除に追い込まれる。ワープ中の接触は不可能のようだが、それを込みにしても攻撃を叩き込み終えるのは数秒にも満たなかった。

 

「あぐっ……!!」

 

「い、今何が……?」

 

「あれ!? トランスチームガンがない!」

 

 EVOLカイザーの方を見れば、彼は白いパンドラボックスだけでなく、三丁のトランスチームガンを奪取していた。オリジナル以外の二丁を、手に触れる事なく破壊する。

 

「命までは取らない。だが、この破壊できないオリジナルは没収だ。ボトルの回収は次の機会としよう」

 

 これほどにまであっさり変身手段を奪われた事に、三人は愕然とした。

 

「くそっ! だったら……ッ!?」

 

 そう言って一夏が再変身を試みる。しかし、白式の待機状態のブレスレットにフルボトルを挿せば、それを拒絶するかのように全身に激しい痛みと電流が走った。

 

「よしたまえ、織斑一夏。その状態での再変身はただの負担にしかならない。今の私が望んでいるのは、敵対ではなく彼女の実験の仕上げだ。その相手にはぜひヘルブロスにしてもらいたい。さぁ、前に出ろ」

 

 高慢な口調は変わらず、EVOLカイザーは後ろにいる金色の槍士にそう促す。槍士は特に返事を返さず、静かにヘルブロスの前へ踊り出た。

 

「紹介しよう。彼女の名はゴールドスコーピオン《インフェルシス》。変身者はリモコンブロスの妹、五反田蘭だ」

 

 それを聞き、誰よりも驚愕の表情に包まれたのは弾だった。唇を噛み締めるや否や、ネビュラスチームガンの銃口をEVOLカイザーに向ける。

 だが、発砲する事は叶わなかった。インフェルシスが振るったスチームランサーから刃の如き衝撃波が放たれ、地面に強く叩き付けられる。ネビュラスチームガンも、手の届かない距離まで大きく落としてしまう。

 この間にも、EVOLカイザーの解説が進む。

 

「今回の変身システムは、ネビュラガス未投与でもIS適性が高ければ変身可能としてみた。無論、それだけでは高い戦闘力を望めないので、外部装置による洗脳強化を施している。彼女がしていたチョーカーを奇妙に思わなかったか? 五反田弾。珍しくファッションしていると思っていただけなら、とんだ間抜けだな」

 

 弾は何も答えない。無言を貫き、睨み付けるだけだ。その滲み出る悔しさをこれっぽっちも隠さない。

 

「だから何だよ」

 

 そこで、唯一戦える力を残しているヘルブロスの声がハッキリと辺りに響き渡った。我流喧嘩スタイルのファイティングポーズを取り、インフェルシスと対峙する。

 

「要は変身解除させて、そのチョーカーとやらを取ればいいんだろ? 簡単じゃねぇーか、おい」

 

「その通りだ、ヘルブロス。しかし、既に死に体の貴様に、インフェルシスの偉大なる肥やしとなる以外の結末があると思うか? 私は手を下さんが、断言しよう。貴様は彼女の踏み台として死ぬだけだ」

 

「ほざいてろッ!」

 

 ヘルブロスの叫びを皮切りに、両者は互いに踏み込んだ。今回ばかりはヘルブロスもブレードとガンを取り出し、攻撃リーチの長い彼女と何とかして渡り合う。

 繰り出されるスチームランサーの一撃は、どれも非常に重たい。軽く振るだけでも衝撃波を生み出し、いとも簡単に強力な斬撃を飛ばす。歯車の射出量ではヘルブロスに分があるが、身体スペックにおいては目を見張るものがあった。スチームランサーを高速回転させる事で擬似的な盾とし、こちら側の弾幕を防ぐ。手加減するという甘い考えでは、決して勝てやしない。

 鍔迫り合うと、インフェルシスの後頭部からサソリの針が伸びてきた。それはサイズや流さが伸縮自在で、ひたすらヘルブロスの顔面を貫こうとする。辛うじて躱すヘルブロスだが、次に相手の両肩から巨大なサソリの爪が生えると乾いた笑いしか出せなくなる。一対の巨大爪がみぞおちを穿ち、ヘルブロスの身体が宙に舞う。

 続けて、インフェルシスは槍を逆さにして引き金を引いた。発射される光弾はヘルブロスの応射で迎撃され、迫り来る敵の銃撃を前に金色の歯車をそっとかざす。

 光弾を防いだかと思いきや、それを百八十度反射。自分が撃った光弾が返ってきた事にヘルブロスは驚く。

 

「アリかよ、んなもん!?」

 

 インフェルシスがスチームランサーの穂先を突き付けながら突進する。バルブは自動で回され、刀身に電撃を纏う。ヘルブロスも急いで、自身のスチームブレードのバルブを回した。

 

()()()()()()()

 

 また鍔迫り合いとなり、電撃同士のぶつかり合いが強い反発を生み出す。得物が弾かれた二人はもう一度斬り掛かり――リーチの差でインフェルシスが一瞬早くヘルブロスを袈裟斬りにした。

 

「ぐっ、こんのッ……!!」

 

 肩口に掛けて装甲が破壊されるヘルブロス。されども、生身にまでダメージを負おうが関係なく剣を振るい続ける。

 しかし、どの攻撃もいなされるばかりで、今度は流れるようにして全身を斬り刻まれた。スーツは身を守る意味が為さぬほどに損傷し、思わず膝を着く。

 

「数馬!」

 

 仲間の声がする。それだけで手放しそうになる意識を取り戻し、インフェルシスの懐に潜り込んで最後の一撃を避ける。それから彼女の腰に提げられているエボルスチームガンを目当てに、ひたすら喰らい付く。

 

「いくら、いい加減に生きてもよぉ――」

 

 武器は捨てて全力で殴り掛かる。相手の変身デバイスさえ破壊できれば、勝機はあった。ネビュラガスさえ関わっていなければ、倒す=消滅のリスクも平気で切り捨てられる。何も問題はない。

 

「大切なモン捨てるのだけは駄目だな!!」

 

 インフェルシスの手首を捻らせ、スチームランサーを落とさせる。まず相手を自分と同じ土俵に引きずり込ませる。

 針と爪の猛襲はスウェイで躱しきり、アッパー。反撃させる暇を与えず、攻撃の手を休ませない。サソリの爪が邪魔をすれば、腕部の歯車でチェーンソーのように斬り捨てた。

 完全に手荒になるが致し方なし。どのみちエボルスチームガンを奪えなければ、単純に相手に大ダメージを与えて変身解除に追い込むしかなくなる。

 

「上等だッ! 助けてんやんよ、友達の妹一人や二人!! だりゃあああぁぁぁぁ!!」

 

 そうしてインフェルシスが盾にした金色の歯車を壊し抜けようとし――その壊したダメージが真っ直ぐ自分に返ってきた。

 

「なッ――!?」

 

 金色の歯車が跳ね返すのは光弾だけではなかった。拳をぶつける事ですら、例え粉砕されようとも丁寧にダメージを百八十度転換させる。跳ね返された殴打の威力が腕から全身へと伝わり、途端に動きを止めたヘルブロスはその場でよろめく。

 まるで全身を殴られたような感覚が自分を襲った。身体が言う事を聞かず、とうとう強制的に変身が解ける。目と鼻の先で相手に隙を晒すなど、致命的だった。

 

「蘭!! やめろおぉぉぉーッ!!」

 

 兄の叫び声一つでは彼女は止まらない。無情にもその手で、数馬を地に伏せさせた。

 

 





Q.インフェルシス

A.inferno(地獄、地獄さながらの光景、大火)+ sis(妹、お嬢さん)

スチームランサーの元ネタは、フェダーインライフル。

金色の歯車の元ネタは、シールドベアラー(地球防衛軍2)、アカツキ(ガンダム)、その他。
ビームだけでなく実弾、ミサイル、ロケットすらも反射してみせるが、一応反射不可能なものも有り。反射能力にパワーを注いでいるため、射出できる量はごく僅か。






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禁断のアイテム

ガラガラガラガラ……

シュー

「彼の容体は?」

「血圧が低く、心音も微弱です。心臓損傷の恐れがあります」

「心エコーを始めます……酷いな。この手術は木野先生でないと……」

※※※

「では、これより心嚢ドレナージ術、及び上行大動脈人造血管置換術を始める。メス」

「はい」

「という訳で急患が入った。前回までのあらすじはカットだ」








 

 実戦テストに満足した最上が弾の妹と一緒に姿を消した後、俺たちは急いで数馬を近くの病院へと運んだ。ネビュラスチームガンが残っていたので搬送の手段には困らない。

 霧ワープで病院に緊急搬送された数馬は、そのまま真っ直ぐ手術室へと入れられた。最上たちが帰った時点では辛うじて意識は残っていたが、あの大怪我では応急処置も施しようがない。内臓がやられているのは確実で、吐血もしていた。

 後は手術で無事助かるのを祈るだけ。この病院のドクターたちの腕前を信じるしかなかった。

 

 その後、数馬と比べてずっと軽傷だった俺たちは通信で帰還命令が出されたのもあって、後ろ髪を引かれる思いで病院を去った。IS学園に戻ってみると、そこでも悲惨な状況が待っていた。クローンヘルブロスの襲撃があったらしい。

 しかし、投入された数は三体だけ。他はガーディアンと言った雑魚だったので危なげなく殲滅する事はできた。問題はその直後。内側から食い破ってきた、五反田蘭が変身する“インフェルシス”とやらである。

 洗脳されたと思わしき彼女の戦闘力は、明らかに戦い慣れたものを感じさせた。当然、俺と同じように何の訓練もしていない平和な少女がいきなり強くなれるはずがない。洗脳ついでに戦闘サポート能力とかも付与されたのだろう。事実、変身した彼女はあの織斑先生を跳ね除け、IS学園脱出の際に邪魔してきたデュノアさんや箒さん、他の教員部隊らを一蹴したと言う。死者は出ていないが、生身で攻撃に晒された織斑先生が一番手酷くやられていた。現在、重体の彼女はメディカルルームで医療用ナノマシンによる回復を待っていた。

 IS学園にも医療設備が整っているがあくまで試験性が強く、専門性やレベルではそこらに医療センターに大きく劣る。難しい外科手術が必要ならば、やはり病院で行なった方が良いという具合だ。

 その設備の数も大して用意されておらず、織斑先生でメディカルルームが満員という事態に陥っている。奇しくも、数馬を真っ直ぐ病院に送って正解となった。

 

 受けた被害はそれだけではない。箒さんの紅椿、デュノアさんのラファールを筆頭に多くのISがダメージレベルC。ライダーシステムやトランスチームシステムと違い、大掛かりな修理をしなければ戦闘にも出せない状況だ。もう一度クローンヘルブロスの量産部隊に攻め込まれれば、ろくな抵抗もできずに全てが終わる。俺やナギさん、京水もトランスチームガンを失い、状況は悪化の一途を辿っていた。

 

 こっそり校舎から抜け出した俺は、日陰の下で遠くの海を眺めていた。激戦の跡がよく残っており、多くの残骸が浜辺に打ち上げられている。人手がないので、今は片付けられる事はない。

 それとは対称的に、敷地内の損壊はあまり見受けられなかった。主戦場は、とにかく頑丈な事に定評のあるアリーナだったのだろうか。守る戦いは周りに気を遣わないといけなくなるから、一人でやろうとすると大変だ。こういう時だけ、頭の硬いお偉方は人命だけでなく建物も守れと抜かしたりする。少し聞き耳を立てたが、織斑先生の代わりに山田先生が政府高官との通信で横須賀基地が機能不全になった事を責められていた。山田先生にあれは、いくら何でも荷が重すぎる。

 

 弾は数馬や妹の事で思うところがあるのだろう。手当を受ければ、そそくさと一人でどこかに消えた。一夏は姉への心配や、怪我で医務室に運ばれた箒さん、デュノアさんの元へ訪れている。掛けるべき言葉は、今の俺に持ち合わせていなかった。

 

 ナイトローグに変身できなくなった。あまり考えたくなかった悪夢が、現実のものとなって心にのし掛かる。トランスチームガンを再び取り返せば済む話だが、その手段がとても思い付かない。真の意味で、自分の本当の実力が問われる。

 これ以上、後手に回る訳には行かない。戦える人が限られた今、最上のところへ直接殴り込む必要性が出てくる。

 そのためにどうすればいい? バットフルボトル片手で万歳突撃? 生身でジェットスライガー搭乗?

 いや、それらはただの無駄死にしかならない。とは言え緻密な計画を立てたところで、純然たる科学者である最上と知略勝負する事自体が無謀なので、いっそ漠然とした感じで考えた方が良いのかもしれない。ナイトローグという職業柄、シンプルに腕力で訴えた方が遥かに楽だ。

 敵の襲撃頻度はどんどん多くなっている。明日になれば、世界中に完成されたクローンヘルブロスの量産部隊一万人が解き放たれるという未曾有の事態だってあり得るのだ。ISでは機動力が十分でも、決定打となる火力が足りない。かのてんこ盛りフォームの先駆者たちのようなフルアーマーで決めていかなければ、必須戦闘力の最低ラインにも満たないだろう。肝心のそのISでさえ、余裕のある機体が残されていないが。

 

 ここまで追い詰められるのなら、かの合法的なコスプレナイトローグをれっきとしたパワードスーツに改造するべきだった。今から作業を始めても徹夜になるのは必至。間に合いやしない。

 装備はどうにかなる。スチームブレードは回収したし、ジェットスライガーの攻撃力もバカにならない。ただ、残像ワープ使いたい放題のEVOLカイザー対策となると――

 

「弦人くーん!」

 

 遠くからナギさんが俺を呼ぶ。視線をそちらに動かすと、元気に駆け寄ってくる彼女の姿が見える。ネビュラガス投与を受けたにしては、生身の走力に関しては以前と変わっていないように思える。

 

「何?」

 

「生徒会長の楯無さんが一度来てほしいって!」

 

 今度の呼び出しは会長からだった。

 

 

 場所は変わって生徒会室。この前来た時とは違い、会長以外の役員の姿がない。会長はと言うと、多少の怪我を負っていた。頬や腕の絆創膏、包帯が目立つ。

 俺やナギさん以外に京水も集まっていた。この面子の関係性からして、こうして呼び出された理由が何となくわかる。会長がおもむろに口を開いた。

 

「生徒会へようこそ。と言っても今いる役員は私だけ、だけどね。改めて自己紹介するわ。私は更識楯無。生徒会長にして学園最強と謳われし高校二年生よ」

 

 バッと開かれる、白地に“学園最強”と黒文字で書かれた扇子。会長は話を続ける。

 

「集まってもらったのは他でもないわ。あなたたちがトランスチームガンを失った件で話があるの、石倉さんが」

 

 そう言って、デスクの上に一つの小さな装置を置く。六角形のプレートとなっているそれは、中心部に埋め込まれたレンズからレオナルド博士の顔を立体で映し出す。

 

『やぁ諸君。無事で何よりだ』

 

「レオナルド博士、用件とは何ですか?」

 

『俺の方でキャッチしていたトランスチームガンの信号が消滅してな。まさかとは思ったが全滅らしいな。俺の叡智の結晶を紛失するとか情けないぞ! 特にナギ、京水!』

 

「うぇっと……それはぁ……」

 

「テヘペロ♪」

 

 どうやらレオナルド博士はご立腹のようで、ナギさんは気まずそうに顔を下に向ける。一方で京水は完全に開き直っていた。

 

『そんな訳だから、困ったお前たちに俺からプレゼントを贈る事にした! プレゼントは既に楯無に渡してある!』

 

「そういう事。研究所に戻る葛城博士たちの護衛ついでに頼まれちゃって」

 

 そして、会長はどこからともなくスーツケースを取り出した。すかさず鍵が開けられ、その中身が俺たちの前に披露される。

 特徴的な赤のレバーに、配管とギアが組み合わされたバックル部分。スロットは二つ用意され、特に一番目立つ円形の発動機の姿を忘れやしない。この忌まわしくも輝かしい希望の光に、俺は目を疑った。

 

「これ! えっと、何だっけ? ……そう! ビルドドライバー!」

 

「しかもちょうど三人分! ……あら? ちょっと待ってくれないかしら。これ使うのにボトル二本必要よね? ワタシそんなに持ってな〜い!」

 

『ナギはコブラフルボトルをブラッドドラゴンに填めてセット! 京水は日室少年から分けてもらえ! 彼はバットフルボトルと改造ガジェットの合体で行けるようにしてあるから!』

 

 ナギさんと京水は各々にビルドドライバーを手にする。そのはしゃぎぶりには、俺もそんな風になれればという鬱屈とした感情が芽生えてくる。

 わかっている。それを掴めば周りの世界が変わる事を。力を求めるなら合理的にもその選択が正しく、普通の人ならば後悔する事はまずない。愛と平和のために使えば、どんな相手とだって戦える。悪党を体現するコウモリの翼をへし折り、無様に地へ落とす事も可能だ。ナイトローグをボロボロにした、かのラビットタンクスパークリングのように。

 やがて、唯一ビルドドライバーを取っていないのは俺だけとなった。不思議に思った京水が、きょとんと首を傾げる。

 

「弦人ちゃん、どうしたの?」

 

 そんなものは端から決まりきっている。これは俺にとって特典でも何でもなく、とてつもなく残酷な仕打ちだ。どうして両手を上げて喜べようか。思わず俺は、レオナルド博士に追及する。

 

「博士、トランスチームガンがないのはわざとなんですか?」

 

『トランスチームシステムより俺のライダーシステムの方が優れているからだ。さぁ、受け取りたまえ』

 

 彼の容赦ない正論に俺は一言も言い返せない。自分もそうだと認識してしまっているからだ。

 いくら序盤で優位に立とうとも、元々トランスチームシステムはライダーシステムの仮想敵として用意されたもの。拡張性や自由度では逆立ちしたって敵わず、下手すればカイザーシステムの劣化コピーという謗りだって受ける。少なくとも根気や愛情、拘りがなければ、相手がパワーアップしてもなお使い続けるのは精神的にも肉体的にも辛い。瀕死のエージェントがナイフ一本で生物兵器を有するカルト教団を「超余裕!」と言いながら殲滅させるぐらいに、俺が貫きたい意志は世間一般で言うところの“無謀”なのだ。

 最上に対抗するためには受け取るのがベスト。しかしナイトローグの事を想えば、このまま真っ直ぐ手を伸ばす事さえ億劫になる。ここで折れてしまえば、もしかしなくとも捨てられたサガークのようにナイトローグを綺麗サッパリ忘れてしまう事だろう。ビルドドライバーの魅力に取り憑かれて。こんなにまで気持ちが揺らいでいるのだ。そこまで自分が精神的に強いとは、明らかに断言できない。

 ならば、ここは何も言わずに立ち去ろう。ビルドドライバーに頼らない方法を直ちに模索しなければならない。

 

『どこへ行くんだ?』

 

 すると、レオナルド博士が俺を呼び止めた。ここで足が止まってしまうのは、ビルドドライバーからの魅力を断ち切れていないからだろう。あの力に甘えてはいけない。ビルドになるぐらいなら、コスプレナイトローグで戦う事を選ぶ。

 

『生身で戦おうとするつもりならやめた方が良いな。いくらネビュラガスの副次効果で頑丈になっているとは言え、君が人間である事に変わりはない。それに頑丈になっただけで君はバランス重視、ナギは耐久力、京水は柔軟特化と肉体に変化を及ぼしているに過ぎない。と言うか、ここまで極端に尖った個人差が出るとは思わなかったがな。お前らおかしすぎ』

 

 それは初耳だ。二人に分けられたボトルの相性とやらも、それで決まったのだろうか。

 

『それに、いかにも量産タイプというカラーリングのした歯車野郎がゾロゾロと研究所の方にも出てきたんだが……あれはヤバかった。ちょうどリニューアルしたドライバーと護衛の楯無がいなかったら、死んでたかもしれん』

 

「ええ、出てきたのは横須賀基地やIS学園を襲ったのと同じ無人機タイプだったわ。流石に七十体も攻めてきやしなかったけど、現行のISやトランスチームシステムでは対抗するのは厳しいと言ったところだわね」

 

 新たな事実が、レオナルド博士と会長の意見と共に突き付けられる。これから一切の予断も許されないのが、嫌と言うほど伝わった。レオナルド博士はともかく、学園最強の名に恥じない実力を持つ会長がそう言うのだ。間違いない。

 あの織斑先生だって、生身のところをインフェルシスに襲われて敗れたと言う。生身では彼女よりもずっと弱い俺が変身せずに戦いに出たところで、精々倒せるのはスマッシュ程度だと誰に言われなくても理解している。

 だからこそ悔しい。こうしてモノに頼らなければ弱いまま何もできないのもそうだし、守りたいものがあるのならビルドドライバーを手にしなければならないのが悔しい。ナイトローグで生涯戦い抜くのを諦めるという、過酷な選択肢が目の前で立ちはだかる。

 

 ふと周りを見れば、期待と困惑の混ざった眼差しをしたナギさんと京水の顔が視界に映る。二人にまでトランスチームシステムを使い続けろと強要はしないが、ビルドドライバーを拒否する事は彼女たちを守れない事にも直結する。

 もしも守れなければ、その事を悔やみ続けるだけではない。娘を失った家族に激しく非難され、大切な人一人も守れない愚かな敗北者という決して降ろす事ができない罪の十字架を背負う事となる。

 守る者が弱ければその分だけ犠牲も多くなり、当然それを周りに咎められる。非情な事に、世の中には完璧な結果しか求めない人間もいるのだ。被災地で消防士が死を恐れず、今にも崩れそうな建物の中に閉じ込められた人を助けに行くといった過程などは考慮しない。誰かを死なせればここぞとばかりに責め立て、完璧な結果を残せば例え助けられた当人であろうとも、さぞ当たり前かのように済ませて感謝の一言も言わない。

 最悪、弱いならどんなに守りたいものがあっても戦うなという冷たく無関心な声も飛び出してくる事だろう。それはスバリ、ナイトローグを失った俺の事を指している。このままでは、本当にその通りになってしまう――

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付くと、俺は真っ白な空間の中にいた。やけに見覚えがあるなと思うと同時に、目の前でナイトローグが現れる。

 

「よく来たわね」

 

 発せられたのは聞き覚えのある女性の声。このナイトローグは、俺が以前に出会っていたのと同じナイトローグだった。

 

「ここは?」

 

「ここはあなたの内なる世界。あなたは今、氷室幻徳や内海成彰と同じ道を辿ろうとしている」

 

 すると、何の前触れもなしに俺の手元にスチームブレードが握られた。突然の事に目を白黒させるのも束の間、同じく剣を手にしたナイトローグが斬り掛かってくる。

 肩口が斬られるところを、上半身を反らしてギリギリ躱す。しかし、恐ろしく研ぎ澄まされた斬撃は風さえも断ち、衣服が僅かに斬り裂かれた。俺は数歩飛び退き、スチームブレードを一度下げたナイトローグと見合う。

 

「あなたは今日まで、どんな苦難が立ち塞がってもめげずにナイトローグとして戦ってきた。だから、あなたにビルドドライバーを使う事を赦すわ」

 

 急に何を言い出すかと思えば、俺がビルドドライバーで変身するのを赦すだなんて。ナイトローグが直々にそんな発言をかますなど、そんな自分で自分を否定するなど予想外の出来事だ。

 

「そのために、ここで私と戦って打ち克つ事。それがあなたに課せられた試練よ」

 

 試練? ナイトローグに勝つ事が? このスチームブレードでナイトローグを斬れと?

 意味がわからない。こんなもの、まるで踏み絵じゃないか。自分の好きなものを自分で傷付けるなど、理解に苦しむ思考だ。

 

「……試練は受けない」

 

「背を向けないで。これは氷室幻徳たちも辿った道。……私をボロ雑巾のように捨てて、ライダーシステムに走った彼らのね」

 

 自虐してまで俺の注意を引っ張ろうとするや否や、ナイトローグは再び襲い掛かる。迫り来る剣戟を俺は必死に受け流しながら、ナイトローグに尋ねる。

 

「だからどうして! そんなに自分を傷付ける!」

 

「いいえ、私は自分を傷付けてはいない。これはあなたにとって必要な事なのよ」

 

「ますますわからない! ナイトローグを倒す必要なんてないだろう!?」

 

「わかっているはず。もうトランスチームシステムでは力不足という事を。それでは最上魁星に勝てない」

 

 痛いところで突かれ、防御に徹する剣先が鈍る。次の瞬間にはスチームブレードを頭上に弾き飛ばされ、俺は胴を蹴られる。

 地面に突っ伏し、急いで立ち上がる。クルクルと落ちるスチームブレードをナイトローグはキャッチすると、丁寧にもそれを俺の元へ返した。刃が綺麗に地面に突き刺さり、ナイトローグの発する鋭いプレッシャーが俺にスチームブレードを抜き取らせる。

 直後、ナイトローグは俺への攻撃を再開した。遠慮はまるでしてくれない。腕や足に斬撃が及び、俺が倒れると再び立ち上がるまで不動の姿勢を貫く。不思議と出血はないものの、斬られた痛覚は神経を通してダイレクトに脳へと伝わっている。痛みでショック死するのは十分にありえた。

 

 ナイトローグが戦意を高めている一方で、俺はどうしてもこの試練に意味を見出せなかった。変身デバイスの乗り換えにこうした試練を受けた人物など、心当たりがない。歴代ナイトローグが辿った道と言うが、共通項がナイトローグに変身した事だけで先人たち二人は何の躊躇いもなしにライダーシステムへ乗り換えた。エボルトだって乗り換えた。ここで立ち止まっている俺とは全然違いすぎる。

 もちろん、それは乗り換え=ナイトローグへの裏切りという許しがたい行為である。どんなにボロボロになろうとも、どんなにこちらが傷付けられようとも、ナイトローグの味方でありたい限り裏切る事もない。この生死の狭間で感情的になりすぎた余り、激しく斬り結んでいるというのに俺は饒舌に叫んでいた。

 

「嫌だ! 俺はナイトローグを裏切れない! 裏切りたくない! 捨てたくないんだ!」

 

「なら、もしも私が何の罪のない人々を殺したら、あなたはそれを止めずに眺めるだけなの? 人々を殺し続ける私を止めないの?」

 

「そんな起きもしない仮定はどうでもいいッ!!」

 

「どうでも良くないわ。あなた、真のナイトローグになるのではなかったの?」

 

 刹那、ハッとさせられた俺の胸をナイトローグは容赦なく刺し貫く。それから乱暴に剣を引き抜かれ、地面に押し倒される。

 呼吸ができなかった。スチームブレードの太い刃で肋骨が破壊され、心臓の辺りに鈍い痛みがずっと残る。ようやく息が吸えるかと思いきや、喉が酷く咽る。流れるはずのおびただしい量の血は一向に出てこないが、視界に入っているナイトローグは冷たく俺を見下ろすだけで、決して救いの手は差し伸べて来なかった。

 のたうち回ろうとする痛みが増すので、ひたすら我慢する。全身に気持ち悪い汗がぶわっと吹き出て、何も考えられなくなる。

 やがて痛みは引き、自然と胸の傷が消えていく。額から汗が垂れる。とても気が狂いそうな時間だった。

 それでもナイトローグは終始狼狽えなかった。顎をクイッと動かし、戦うように無言で促す。

 先程のナイトローグの言葉が俺の中で反芻する。次にスチームブレードを構えると、少しだけ軽くなった気がした。

 

「理想を目指すなら、いずれ来るわ。情を捨て、親しかった者や大切な人を斬らなければならない日が」

 

 正眼の構えをしながら、静かに耳を傾ける。

 

「もしも鏡ナギがロストスマッシュになって暴れたら、あなたはどうする? ヘルヘイムの実を食べてインベスになったら? 本能のままに人を喰らうアマゾンになったら? ラッキーは続かない。普通の人には殺す事でしか救えないのよ。そう、どんなに強くても、どんなにハザードレベルが高くてもあなたは普通の人なの」

 

 もう、言いたい事はわかった。感覚を研ぎ澄まし、初めて俺の方から動き出す。自分が最も恐れていたものと向き合い、その覚悟を乗せた刃はブレる事なく前に突き出される。

 その後、俺は自分でもどう発したのかわからないほどの叫び声を出しながら、ナイトローグの身体を貫いた。そのまま強引に横へ一閃し、致命傷でよろめくナイトローグに膝を着かせる。スチームブレードは死んでも放さない雰囲気だったが、指先の力は弱っていく一方だ。遂に手からスチームブレードを地面に落とす。

 それに合わせて、俺もガクリとその場に座り込んだ。相手はもう動く様子はない。緊張の糸が解け、荒くなった息を静かに整える。

 

 とうとう、ナイトローグを手に掛けてしまった。一度落ち着いた時間が訪れれば、いくら頭で理解していようとも心が悲しみや罪悪感で満ち溢れる。とても笑って済ませる事はできない。

 

「ビルドドライバーを使えば、それはもうナイトローグじゃない。ただの仮面ライダービルドなんだ。ビルドに似た何かなんだ。仮面ライダーの称号は、俺には重すぎるんだよ……」

 

 つらづらと本音をぶち撒ける。気分はさながら、死刑囚を殺すボタンを一人で押した執行人のようだ。今まで重ねた罪を囚人が悔い改め、潔く死刑を受け入れようとした瞬間にやはり死にたくないと情けない涙声で命乞いする様子を間近で目に焼き付けたような、そんな感じだ。

 例え周囲が仮面ライダーと呼ばなくとも、他ならぬ俺自身がそう呼んでしまう。その称号を背負った途端に圧し潰されるのは想像に容易いから、やはりナイトローグのままでありたい。ナイトローグであった方が気が楽だ。ナイトローグである方が、ナイトローグのためである方が、これからもずっと戦える。ビルドドライバーを使えば最後、ただのナイトローグと名乗れなくなる。

 

「名乗り続ければいい。例え外見やシステムが異なろうとも、ナイトローグと名乗ればいい。他の人が赦さなくても、私が赦す」

 

「そんな中途半端な事ができたら、最初から悩んでない……」

 

 もしもビルドに変身すれば、変身者を失ったナイトローグは再び永遠を彷徨い続けるだろう。受け継いでくれる者は一人もいない。受け継ぐくらいなら、誰だってライダーシステムに走る。

 

「やっぱりあなたは変な人。他の人は簡単に捨てたのに、どうしてそこまで私に入れ込むの?」

 

「良いところも、悪いところも好きだから」

 

 傷を両手で押さえながらも俺を見つめてくるナイトローグの表情は、どこか穏やかそうだった。

 

 

 





Q.スクラップドライバー

A.今回のVシネ『グリス』でスクラッシュドライバーも完全にナイトローグの仲間入りです。でもボトル三本使って必殺技使ったり、エボルラビットの必殺キック直撃しても破損しないぐらい、兵器として完成されているから良いのです。ナイトローグより優遇されていたので。


……されていたので。






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Imitation rider → Masked rider


「前回のあらすじ。トランスチームシステムを失った弦人たちの元に、石倉レオから三つの新型ビルドドライバーが送られる。しかし、頭では理解しても、ナイトローグを裏切りたくない一心でそれを拒絶してしまう弦人。その時、概念的存在に近い方のナイトローグにより、内なる世界へと招かれた。そこで真のナイトローグ足らしめるための試練を、つまりナイトローグになるためにナイトローグを斬る事を強いられる」

「葛城博士。俺も何度も原稿読んだんですが、後半の下りがやっぱり意味不明です」

「安心して下さい、石倉君。私もです。命名方式に関しては、例え中身や見た目が違っても同じ名前を継ぐケースが多いのですがね」

「ところで怪我の具合はどうですか? どてっ腹をあの歯車量産機に貫かれた」

「はい。サイコロフルボトルの出目のインチキ効果がなければ、間違いなく手遅れでした。それでもベッドの上から動けませんが」

「そこのところはご安心を! このレオナルド、全身全霊を以て貴方をお守りします! 私の作った新型ビルドドライバーは世界一! 一万人の歯車野郎どもが押し寄せても、サイコローグでひと捻りにしてやりますから! 平行して地球脱出用の超時空戦闘母艦マザー・メタトロンも作っておきます! さぁ、ディナータイムだ! 死んで喰われろ!」シュシュッ

「テンション高いですね。一応、期待しないでおきます」





 医務室に漂うアルコールの匂いが鼻に突き刺ささる。大勢を収容できるほどのスペースではないので、集められているのはより重傷を負った者に限られている。箒とシャルロットは、ベッドの上で静かに眠っていた。

 命に別状はないとの事。見舞いに来た一夏は以前にもセシリアと鈴音が同じような事になっていたと思い出すが、今回はその比ではない。いくらこの学園の医療技術が優れ、傷一つ残さず完治できると言っても、限度はある。自分が大切に思っている人が傷付くのは、見るに堪えない。

 一方で千冬の方は案の定、面会を断られた。全身に渡って大量出血し、意識不明の重体と言う。数馬の時とは異なり、異変を察知した教員部隊が助太刀に入った事で止めをもらう事はなかった。

 

 箒たちの寝顔は人形のように美しく、硬かった。生気はあまり感じられず、白雪姫もこんな風に一度死んでいたのだろうかと、とりとめもなく考える。こうして、じっと誰かの寝顔を見つめる事はあまりなかった。

 毒リンゴを食べて死んだ人がキスで蘇るのはお伽話だけだ。実際に必要なのは現場の医療で、専門医でも何でもない、戦うだけが取り柄の自分が彼女たちにできる事は一つもない。無事に回復を祈り、見守るしかなかった。

 今もまだ、数馬は手術を受けている最中だろう。見た目の怪我では彼の方がずっと重い。あの時、変身解除された反動で戦えなくなった自分は黙って眺める事しかできなかった。その悔しさが未だに残り、吐血する友が目の前で死ぬかもしれない瞬間がとても恐ろしく感じた。そして自分がいないところで、守りたいと思っていた人々が倒れている。

 

「箒……シャル……」

 

 当然、呼び掛けても二人は目を覚まさない。唇を噛み締めると、鉄の味が口の中に広がる。

 蘭の人となりはよく知っていた。決して誰かを傷付けるような悪い人間ではなく、むしろ周りに優しく接してあげられる子だ。女子学園に通っているにしては、女尊男卑に染まった性悪さもない。兄の弾とは喧嘩するほど仲が良かった。

 だからこそ、蘭が敵対した事に驚きを隠せないでいる。何かの間違いだと信じたかったが、現実は違った。金色の槍士に変身した彼女に大勢がやられた。死者が出ていないのは奇跡である。

 最上魁星が言っていた。外部装置のチョーカーで彼女に洗脳を施したと。弾もその言葉にどこか思い当たる節があったようで、もしも真実であれば無力な自分以上に許せない悪辣な行為である。洗脳による心身喪失状態であろうが、一度誰かを殺めればその事実は一生消える事なく付き纏ってくる。蘭を人殺しにはさせられなかった。

 

 やがて医務室を出ていく。特に当てもなく歩いていると、途中で弾と出会った。

 冷めた表情とは裏腹に、その瞳には並々ならない熱いマグマのような意志を感じる。かつての軽かった雰囲気がもはや懐かしくなるほど、彼は変わっていた。

 

「弾。俺――」

 

 一夏が話し掛けた瞬間、弾がネビュラスチームガンを出した。銃口は自分ではなく、上を向いている。弾はその紫の銃を横目で眺めながら、淡々と口を開く。

 

「幸い、ネビュラスチームガンなら残ってる。これさえあれば敵のところにひとっ飛びだ。俺は最上を倒して蘭を助ける。お前はどうする?」

 

「行くに決まってるだろ。蘭がまた誰かを傷付けるなら、人殺しになる前に救いたい」

 

 それは願ってもない誘いだった。

 

「止めないのか?」

 

「なんでだよ」

 

「勝ち目もないし、独断行動だ。負ける戦いにわざわざ参加するのもバカバカしい」

 

「でも負けるつもりはないんだろ? 俺もだよ。それにここで塞ぎ込んだら、守れるものも守れなくなる」

 

「……そうか」

 

 しばらく間を置いてから、弾は頷いた。乗り気な一夏を拒否する事なく、意外だという風な顔も元の素っ気ないものへと戻っていく。

 トランスチームガンを失った弦人たちはもう満足に戦てる力がなく、自分たち二人だけでは勝算もない。それでも譲れないものが、わざわざ言葉にしなくとも互いにあるのだと確認し合えた。次にどこかが襲われない内に、敵を叩かなければならない。

 

「あっ、いた! 一夏ちゃーん! 弾ちゃーん!」

 

 その時、どこからともなく京水が駆け寄ってきた。何気なくそちらに振り向く一夏の傍らで、ちゃん付けされた事に激しく動揺した弾が危うく転びかけた。オウム返しでボソリと「弾……“ちゃん”……?」と困惑気味に眉尻を上げるが、彼女は気にせず言葉を続ける。

 

「ちょうど良かったわ、二人揃ってて。特に弾ちゃんにお願いがあるの!」

 

「そ、そうか……」

 

 戸惑いながら答える弾は、思わず小声で一夏に話し掛ける。

 

(おい、ちゃん付けって何だ?)

 

(これが泉さん。俺も最初は変に思ってたけど、もう慣れた。本人も悪気はないみたいだし、嫌いになれない)

 

 彼のもっともな疑問を率直に返す一夏。渋々といった形で弾が納得すると、二人のそんな様子に興味を持った京水が子犬のように付け回る。

 

「なになに? いきなりコソコソ話してどうしたの?」

 

「何でもない。それより弾の用事って?」

 

「あっ、そうそう! ちょっとね、一緒に戦ってくれるのならぁーって思って……ハイ!!」

 

 そう言って京水はビルドドライバーを取り出した。

 

 

 

 

 

 

 傷はのんびり治す暇がない。生傷が癒えないまま、ナギは彼と同じように飲み薬で痛みを誤魔化す。人体実験の影響で遥かに丈夫になっていなければ、命はなかったかのようにさえ思える。

 ここになって今更、黒を基調にした戦闘ジャケットで身に包む。変身すれば服装は関係なくなるとは言え、変身解除させられるほどの大ダメージを受けてからは反省した。ISに乗る時のように、戦いやすい格好でいた方が色々楽で済むという事を。ボロボロになった私服の自分を親が見れば、間違いなく良い顔をしない。

 

「じゃーん」

 

 弦人の前で、彼とお揃いの戦闘ジャケットを着こなしたナギは披露する。ホットパンツに膝当て、太ももにナイフベルトを巻き付け、走りやすさを重視している。邪魔な布地を取り払った脚部の健康的な肌が露出し、上着も脱げば陸上の時と変わらない格好となれた。

 笑顔で明るく振る舞う様は、頭に巻かれた包帯などの悲惨さを感じさせない。Vサインを決めて、目だけで語り掛ける形で弦人に感想を求める。彼もまた、長袖長ズボンとキッチリ決めていた。

 

「……夏に長袖って暑くない?」

 

「うん、暑いね。――って、違う!!」

 

 期待していたのとは違った言葉に自分もそう感じていただけあって、うっかり頷いてしまった。くわっと否定すれば、弦人は「似合ってる」と軽く口にするだけでそそくさと横を通り過ぎようとする。

 求めていたのは正にそれであるが、あまりにもあっさりしすぎであった。状況が緊迫しているだけにナギはそれ以上の我儘や贅沢は言わずに、一応はそれで満足して彼に付いて行く。着ている戦闘ジャケットは夏仕様であるので、そこそこ風通しは良かった。

 

 あの後、弦人は苦い表情でビルドドライバーを受け取った。どうしてトランスチームガンにそこまで入れ込むのかは不明だが、その愛着や拘りようは他人から見ても普通ではない。何か、自分が想像しているものよりずっと深く大きな闇がそこにあった。

 それはきっと、誰かにあまり知られたくない事なのだろう。自分だって、プライベートな情報を赤裸々に語れるほどの図太さはない。そう解釈したナギは取り敢えず彼の内に秘めた事情には触れようとはせず、向こうから話してくれるようになるまで待つ事にした。個人的に気になっているのは事実である。

 

「ナギさん、本当に最後まで付いて来る気?」

 

 すると、何食わぬ表情でそう尋ねてきた。すかさず「うん」と首を縦に振れば、今度は立ち止まって互いの顔を見合わせる。

 いつもよりも距離が近い。一瞬ドキリとするが、どこか暗く沈んだ面持ちに気をしっかりさせる。どう考えても自分の予想とは違う話が飛んでくると、何となく察した。

 

「さっきの戦いで、数馬がやられた。次も、もしかしたら俺はまた力不足で誰かを守れず犠牲にするかもしれない。俺は、ナギさんにはこの戦いから抜けて欲しいと思ってる。京水もだ。ハッキリ言って勝算は――」

 

 彼の唇にわざとらしく人差し指を当てて、言葉を遮る。少しだけ面食った弦人は、ナギの指先から逃れようと僅かに顔を逸らさせた。

 

「どんなに言われたってやる事は変わらないよ、私は。泉さんもそうだと思うし」

 

「お前が残ってくれれば、心置きなく俺は戦えると言っても?」

 

「それって確実に死んでくるヤツだよね。自分が負けても次の人がやってくれるって。ならダメだよ、死ぬ前提で行かせるのは」

 

 それこそ自分の望まない結末である。ナギが弦人と肩を並べたいのは共に死ぬためではなく、まだ見ぬ明日を生きて掴む事だ。ここで二人の青春を終わらせるには早すぎる。

 特攻隊のように命を投げ捨てるつもりなら、尚更この人を止めなければならない。誰かのために命を賭けられるのは美徳だが、死んでは未来の分まで務めを果たすのは不可能である。自分は彼に死んで欲しくなかった。

 

「それに、私はじっとしたくない。何の力もなかったら遠くから無事を祈るぐらいしかできないけど、今の私は戦える。ここで何もしない方が一番最悪な選択肢だから」

 

 彼に惹かれていなければ、こうして一緒に戦おうとも思っていない。本気で想うのならば、有言実行を貫くのならば必然の行動だ。誰にだって止める事はできないだろう。

 一度自分の思いを伝えると、考えるように弦人は目を閉じる。それから真剣な表情でナギと見つめ合えば、ナイトローグに変身している時と変わらない厳かな口調で一つ問う。

 

「じゃあ覚悟が出来てるんだな?」

 

「うん」

 

「なら約束しよう。お互いに背中を守り合って最後まで生き残る、誰も死なせないって」

 

 そうして二人は指切りした。二人の顔つきには、決して負けはしないという固い決意が込められている。正真正銘、次の戦いで最後にするつもりだった。

 

 その道中、格納庫からジェットスライガーを出そうとする時に癒子と出くわした。

 

「日室くん? ナギ?」

 

 独断行動の真っ只中を目撃されてしまった。このまま帰せば、話を聞き付けた千冬が古代の眠りから目覚めた戦闘民族のように蘇り、自身の負傷を押してまで止めてくるかもしれない。かと言って、親しい間柄であるので口封じするのも憚られる。トランスチームガンで変身できれば、麻痺を使うという選択肢さえあった。

 しかし、やってみなければわからない事もある。素直に事情を話せば、渋い表情をしながらも秘密にしてもらえるように頼めた。その際、彼女は弦人にロットロの形見である銀のフルボトルを渡した。

 

「谷本さん、これって……」

 

「お守り。これを貸すから、ちゃんと無事に帰ってきてね? でないと祟るから」

 

 “祟る”の部分を少々洒落にならないほどの真顔と語気で放つ癒子に、大切な物を預かる事になった弦人はその気持ちを受け止める。それにホッとした様子の癒子は、「それじゃ、またね」と言い残してその場を去っていった。

 第三者の登場もあっという間に過ぎ去り、準備が再開される。癒子から受け取ったフルボトルを懐に仕舞う弦人を見て、ふとナギは一つ彼にお願いをしてみた。

 

「弦人くん。この戦いが終わったら、私の事“ナギ”って呼び捨てで呼んでくれる?」

 

「わかった」

 

 その予想だもしない即答に己の頭が理解を示すまで数秒を要した。その間は平然と準備を進め、ようやくイエスと答えられたのだと気付くと彼の顔をつい二度見してしまう。

 そして俄然、志半ばで倒れてしまうものかと胸に誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 地平線の下へと太陽が沈み、茜色の空を海が綺麗に映し出す。さざ波に乗った船舶が漁から戻り、餌を求めて海面上を飛び回るカモメやうみねこの姿もいなくなる。もうすぐ夕方から夜へ時刻は進もうとしていた。

 まだ陽が沈みきっていない内に、既に東の空には月が朧げながらも健気に昇っていた。月食でも何でもない、ただの月だ。まるで吉兆を報せない、いつも通りの姿にいちいち気に掛ける者などおらず、横須賀や佐世保、沢芽市での事件を対岸の火事としか思っていない人々は普段の日常を当たり前のように過ごしていく。ある人は部活で、ある人は残業で、ある人は帰りの電車で身体を揺らされながら、夜を過ごそうとする。

 

 しかし、時に火事は対岸にまで火の粉を飛ばし、遥か遠くまで燃え移る事もある。アメリカの森林地帯を一気に焼き尽くすような大火事なら尚更だ。例え人の手で起こされなくとも、自然の猛威が火を生み出す。

 神奈川県に面した相模湾に、一隻の黒船が訪れる。黒船の全長は島一つ分と言わんばかりで、その仰々しい外見は明らかに艦船のそれである。誰がどう見ても、自衛隊の船とは思えないサイズと武装だ。ここまで自己主張が激しい艦船が世論や議会で一切取り上げられていないのもおかしく、極秘に開発を進めてきたにしては、とても秘匿しきれるようなものではないと素人目でもわかる。

 第一、それは本当に船なのか。島の間違いなのではないのか。謎の黒船の登場に、海岸線沿いでその姿を目にした人々が珍しさで集まり始める。黒船の出現は、まるでテレポートしたかのように唐突だった。

 

 そんな野次馬たちに遠くから写真を取られながら、やがて黒船は横須賀の浜辺へと真正面から接舷する。全高だけで、東京スカイツリー六本分は悠に下らない。こんな巨大すぎる建造物が実在し得るのかと、より間近で黒船を見ていた人々が思う。宇宙空間でなければ、自重で潰れるのが関の山だ。

 

 それほどの質量のほんの少しでも何かにぶつかれば、鎧袖一触で相手を破壊できる。されど黒船は浜辺を荒らさないよう、船にしてはあり得ない動きで優しく泊まる。

 その時だった。左舷側のキャリアーから、何かが一斉に飛び立ったのは。

 

 

 

 

 巡航形態となったエニグマが横須賀に到着する直前、弦人、ナギ、一夏、弾の四人は海を一望できる場所で待ち構えていた。衛星写真からエニグマが相模湾にワープしたと聞き付け、独断でここまでやって来た。

 近くに人の気配はない。すぐ後ろには、二台のジェットスライガーが停めてある。エアバイクというカテゴリだが、ロケットのように空を一直線に飛ぶ事が可能だ。わざわざこのモンスターマシーンを公道に走らせずとも、その上を飛び越えてエニグマの元まで行ける。搭載武器も単純火力だけなら十分に頼もしい。

 

 見下ろす街はエニグマが近付いているにも関わらず、信じられないほどの賑やかさだ。IS学園に艦隊が大挙した一件は日本中に知れ渡っているが、エニグマの存在自体は見事に情報規制で秘匿された。何も知らない市民が初めてエニグマを見て、どうして事前に避難しようと思えるのか。既に県庁や政府にも、この事が耳に入っているはずである。

 

「こんなに近いのに避難警報の一つもない……? どうしよう!?」

 

「その時は俺たちで避難誘導させるしかない。最初向こうから来るなら待ち構えればいいって思ってたけど、そんなに甘くなかったな……!」

 

 慌てふためくナギと一夏。エニグマのその常識外れのサイズから、なかなか距離感を掴めさせない。今、海岸沿いでエニグマを目にしている大衆たちは実際の巨体を認識できないまま、呑気にエニグマの写真をSNSなどに上げている事だろう。

 先制攻撃されれば、想定される被害は尋常ではなくなる。

 すると、おどろおどろしい音が四方八方から夕闇に響き渡る。このタイミングでようやく避難警報が発せられた。エコーで「こちらは消防横須賀――」という声が些か聞き取りにくいが、四人だけで駆けずり回るよりも効果はある。後は時間との勝負だ。

 

 エニグマの巡航速度は巨体に反して素早い。数分もしない内に横須賀へと到着する。多大な犠牲を周囲に強いた忌むべき存在を弦人は見据えながら、その手に握り締めたフルボトルを見やる。

 人工型のバットフルボトルとエンジンフルボトル。思えば長い付き合いとなったその二本に感慨深いものを抱く。バットだけを一生使い続けるのかと思いきや、案外そうでもなかった。

 ポケットからは、コウモリに変形したガジェットがぴょっこりと踊り出た。同じガジェット仲間であるブラッドドラゴンと一緒に飛び回り、それぞれの持ち主の手のひらへと収まっていく。できる事なら、ビルドドライバーで変身するのは一度限りだと願いたい。

 

『『Wake Up!』』

 

 二人同時に、ガジェットにフルボトルを装填させる。変身形態となった二体の起動音がよく響く。

 この場にいるドライバー使いは一夏を除いた三名。無理に数を合わせるよりも個人を尖らせた方が良いと判断した京水は、自分のドライバーを弾へと譲って辞退した。ネビュラスチームガンのデータも入っている最新型であるため、ギア使用でも問題なく変身できた。現在、京水は鹵獲したバイカイザー用のギアとネビュラスチームガンを手に、万が一のためIS学園に残っている。

 隣で一夏は自身のボトルをよく振り、弾はギアリモコンとギアエンジン両方を取り出す。彼らより一足早く、弦人とナギはガジェットをビルドドライバーにセットした。

 

『ナイトローグ!』

 

『ブラッドドラゴン!』

 

 陽気でネイティブな男性の発声が、これから先の不安や心配を払拭させて装着者をそこはかとなく勇気付ける。

 

『ユニコーン! イレイサー!』

 

『Gear engine! Gear remocon! ファンキーマッチ!』

 

 次いでレバーを回転させる。音声だけでなく、ドライバー本体が奏でる軽快な工場音も相まって実に騒がしい。トランスチームシステムのように変身シークエンスは簡潔に済まず、シンプルにISをスマッシュ化させる一夏の傍ら、弦人たちの前後にはそれぞれドライバーから“スナップライドビルダー”が色鮮やかに延びていた。

 

『『Are you ready?』』

 

 ビルドドライバーがそう問い掛ける。肯定の代わりとして、三人は一斉に「変身」と呟いた。すかさずスナップライドビルダーが彼らを挟み込み、前後に分離されていた変身スーツを合体させていく。

 

『The king of darkness, activation “night-rouge”……yeah……』

 

『Wake Up burning!  Get, blood-dragon! Yeah!』

 

『Perfect!』

 

 変身システムを一新させた彼らの姿は、手足や頭部にビルド系列の特徴が浮きつつも元の面影をしっかり残していた。

 ナイトローグのスチームパイプは尚も健在。一見マッドローグを黒くしたような姿だが、頭部の角やコウモリ状のゴーグルはそのまま。ビルドをベースにデザインが上手に噛み合わさった三本角となっている。

 ブラッドスタークは全体的に蛇竜へと昇華した姿に変貌していた。かのクローズのように羽織ったボディアーマーには真紅のコブラの意匠が装飾され、背中には翼が小さく折り畳められている。左腕の毒針はそのまま。かつての宇宙飛行士然とした格好から、より戦闘的なイメージを抱かせた。

 ヘルブロスはナイトローグと同じく変化性に乏しい。しかし、機械が人間性を得たような瑞々しい活力を全身に漲らせていた。それに合わせて、歯車のアーマー表面に新しく描かれた金色の紋様が律動するように光る。

 四人の戦士が集い、事前に打ち合わせた通りの行動をする。ナイトローグとブラッドスタークが乗ったジェットスライガーに残りの二人がそれぞれ後ろに乗り、エニグマへ向けてアクセルを思い切り踏み締めた。

 

 





Q.新型ビルドドライバー

A.ネビュラスチームガンのデータ入りなので、ギアにも対応。


Q.バイク

A.取り敢えずアニメや漫画なら、道路交通法を気にせず公道にバイクを走らせ放題になれます。あの首都高ですらも。



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平成ジェネレーションズ Parallel


「前回までのあらすじ。横須賀沖に突如出没したエニグマの元へ、独断で向かっていく弦人たち四名。三人の仮面ライダーと一人のISハーフスマッシュが、EVOLカイザーに変身する最上魁星との再戦に挑もうとしていた」

「一人だけベルト無しというのはどうなのでしょうか? 仲間外れにされているようで、一夏さんが少し可哀想ですわ」

「そう言うな、セシリア。嫁がああして白式を使う事で、ISの面目躍如に買って出ている。それよりもだ、箒たちだけでない。教官の仇もある」

「ラウラさん、織斑先生はまだ死んでなくてよ?」

「わかっている! だが、尊敬しているからこそ信じられないのだ! 洗脳兵士如きに教官がやられるなど!! 教官なら素手でISを圧倒するぐらいに相手を鎮圧できたはずなのだ!! かつての私と嫁が私闘した時のように!!」

「確かにそのぐらい化け物染みたイメージはありますわね。しかし生身では限界があるのも当然ですわ。訓練機を使っていれば、勝てずとも負けない戦いにはできたかと」アノトキハ、ブレードモッテマセンデシタッケ……?

イタリア、ヴォルガノ島

「ノコルハコノカーズノミカ……。ダガ、チョウテンニタツモノノハツネニヒトリ!」

「ハッ! そうだ、我々は今このスマッシュと戦闘中だったのだ!? うっかりしていたぁッ!?」

「しっかりしてください、ラウラさん! えー、わたくしたちが何故ここにいるのかと言うと、時空の狭間に吸い込まれて気付けばとしか……それと――」

「JOJO! キサマダケハイマ、コロサナクテハナラナイ!!」

「どうしてなのかは不明ですが!! あのスマッシュはわたくしばかりを狙ってくるのです!! 誰がJOJOですか!?」






 市街地の真上をジェットスライガーが飛翔する。エニグマから羽ばたく無数の黒いスマッシュに向けて、遠距離からビーム砲撃を放つ。

 爆発エネルギーも秘めた光弾は、一発命中するごとに数体のスマッシュを巻き添えにして撃破する。通常なら生身の人間はおろか、戦車すら木っ端微塵にしかねない火力で五体満足なのは流石の耐久性であるが、既に再起不能となっていた。力なく地上へと落ちていくかと思いきや、不時着直前に完全消滅する。

 それをナイトローグの後ろで見ていたヘルブロスは、通常のスマッシュとは違う倒れ方を疑問に思う。しかし、スチームライフルで次々と敵を狙撃していく辺り、掛けられた命の天秤の傾き方は当に決まっていた。迫り来るスマッシュの大群に人々が悲鳴を上げながら逃げていく。彼らを守る事が最優先事項だった。

 

「即消滅だと……?」

 

「恐らく強化されたクローンだ。ハザードレベル1未満もそうそういない」

 

 健康的であれば子供でも、成人より負担が大きいが無事にスマッシュ化を果たせる。それに今更、普通のスマッシュで自分たちを止める事などできやしない。戦い慣れているナイトローグとヘルブロスなら、動きの違いで相手が通常タイプや亜種よりも強いという事が瞬時にわかった。

 飛行しているのは全てフライングスマッシュと統一されている。ボトルが装填されている様子もなく、ロストスマッシュなら狂化しても統率された動きを見せられるはず。連携で言えば、レベルは量産ブロス未満であった。

 

「キリがない……! 弦人くん、アレしよう!」

 

 スマッシュの数に辟易したブラッドスタークが、ハンドルから一瞬手を離す。ナイトローグと併走させているジェットスライガーの上で、輝き出した胸部より二体の巨大コブラを天に放った。同じくして、ナイトローグも二体の巨大コウモリを召喚させる。

 すると、それぞれ異なったエネルギーの塊が空中で融合を始め、光の翼竜へと変化する。二体の翼竜は自由自在に空を飛び、二台のジェットスライガー目掛けて突撃してくる大群をブレスや牙、爪、尾で蹴散らす。

 翼竜の援護で驚くほど簡単にエニグマへと接近する事ができた。次に光子ミサイル全弾を発射し、エニグマの一点に風穴を開ける。そのまま穴の中へビークルを疾走させれば、果てしなく続く一直線の大通りへと出た。

 

 

 大通りの景観は、さながら宇宙戦艦を格納させる軍事施設のようだった。途中に小さな出入り口などは見当たらない。しばらく走っていると、周囲に人一人分のハッチが無数に開かれた。

 ハッチから現れたのは、上半身だけを露出させているハードガーディアンだ。近接戦は考慮されておらず、両腕ともガトリングガンを装備している。白一色の殺風景だった大通りのあちこちに、緑色の斑点がモグラのようにひょっこり出てきた。直後、上下左右からとてつもない弾幕の嵐が降り注ぐ。屋内である事にも構わず、両肩に装備されているミサイルを遠慮なく飛ばした。

 

「ヤバイ!?」

 

《シングル!》

 

《シングルフィニッシュ!》

 

 白式HSが消しゴムフルボトルを雪羅に装填する。砲身から放たれた光弾はジェットスライガーごとナイトローグたちを包み込むドーム状のバリアとなり、敵方の弾幕をことごとく防ぐ。一方でバリア内からの味方の射撃は通すので、間違いなく無敵の盾と化していた。

 車線上にいるハードガーディアンは容赦なく轢く。やがて大通りを抜け出し、ジェットスライガーでは通れない入り組んだ空間へと出た。幾つもの並び立つ柱の先には、上へと続く階段が用意されている。

 ブレーキを踏み、ジェットスライガーを停める。罠は承知の覚悟で突き進むだけだ。ジェットスライガーから降りた彼らは、周囲に警戒しつつ前へと進み――突如、立体映像が頭上に浮かび上がった。

 

 映像に映っているのは、スマッシュの大群を駆逐する翼竜たち。しかし、エニグマから新たに現れた量産ブロスの部隊が二体をズタズタに斬り殺す。猛スピードでスチームブレードを振るう一撃離脱を繰り返し、前後左右とすれ違ってくる量産ブロスに翼竜は為す術なく霧散する。

 翼竜の肉体を構成するエネルギーが、桜の花びらのように儚く散り行く。街を守る者がいなくなった今、無防備となった市街地に生き残りのスマッシュが雪崩込むのは道理だった。

 避難警報により、既に近隣住民はエニグマから離れている。されど、高速で空を飛ぶ敵から逃げ切る事はできない。懸命に地上を移動している人々とは対称的に、何もない夜空を悠々自適に動き回れる事がどれほど爽快で、どんな悪逆無道にひっくり返せるか。これでは空襲と変わらない。

 

 直後、先ほど彼らが通ってきた道が隔壁で閉じられる。隔壁が全力を出しても破壊できないほどの硬さなら、言われるまでもなく可及的速やかに元凶を倒していくしかない。これは最上の挑発だ。

 

「街が……!?」

 

「止まるな、一夏。ここまで来たら一歩でも早くゴールを目指すしかない」

 

 狼狽える白式HSをナイトローグが諌める。こちらの手札が限られた以上、欲張って全てのものを守り通す事は不可能。当然、ワープ対策もしているはず。彼らには、ひたすら前に進む事しか許されなかった。

 

 

 

 

 そんな彼らがエニグマ内部に侵入してくる様子を、最上は中心部の研究ルームで監視カメラ越しに見ていた。研究ルームは一般的な体育館よりも広く、平行世界融合装置として機能する本体を厳重に守っている。何枚もの障壁に囲われ、据え置きのパネルで遠隔操作を行う。

 そのすぐ近くの区画分けされている培養室にて。溶液で満たされたカプセル群には量産ブロス用のクローンたちが半分有機パーツの状態で静かに眠っている。量産ブロスのインナーフレームとして機能させるなら必ずしも全身が生の肉体である意味はなく、脳などの重要な器官以外は徹底して半機械化がされていた。人間と変わらない柔軟な動きを損なわないように求めた結果の一つだ。

 クローン人間に対する倫理観はとっくの昔に投げ捨てた。理性に縛られては、成し得られるはずだった研究にも辿り着けないからだ。他者が外道と呼ぶ道を突き進もうとも、最上は端から気にしない。研究のためなら平気で周囲に犠牲を強いる。

 

 いつから狂気的になったのかと問われれば、それは初めてパンドラボックスの欠片の光を浴びた時だ。しかし、人を狂わす赤い光を抜きにしても自分が科学者として、人として禁断の領域に踏み出すのは時間の問題だと断言できた。伊達に生涯を研究で終わらせたいと思っていない。

 その点では、自分のしたい事を貫く篠ノ之束と通じるところがある。独りよがりに相手の気持ちを考えられず、己の研究成果に他者が手を加えただけで殺しに掛かってくるようなクレイジーさには理解し難いが。後天的なブラッド族に進化した最上としては、自分に危害を加えるつもりがなければ同じようにされても問題ないと許せるほどの心広さはあるつもりだ。思い入れこそあれど、科学は芸術ではない。

 そのため、束とは互いに競い合えるような仲になれても、仲良くするのは無理だった。元々研究重視で、自身の成果がしばしば他人に掻っ攫われる事に無頓着だったせいもある。ある意味、自分も相手の気持ちを考えられないでいた。

 

 実験台の上には、蘭が洗脳装置のチョーカーを着けたまま眠っていた。その隣で最上はパソコンをいじり、蘭に掛けた洗脳具合の微調整をしていく。

 不思議と、洗脳したはずの蘭は誰も即死させる事はなかった。生身の千冬との戦いでは変身した時点でいつでも即殺できたはずなのに、重傷で済ませた。数馬にトドメを刺した時もそうだ。ネビュラガス投与された高ハザードレベルの人間を、手加減して殺せるはずがない。洗脳と共に、身体能力を限界まで強制的に引き上げさせているのだから。

 調べてみると、彼女に残った僅かな自我が微力ながら洗脳に抗っているのが判明した。このサイズの洗脳装置ならば十分実用に耐えうる結果だが、キングストーンフラッシュなどの理不尽を目にしてきた身としては油断できない。この際なので、とことん完璧に洗脳しきってみせる。

 

 やがて微調整が終わり、虚ろな表情の彼女が目覚める。アンドロイドと変わらない忠実な洗脳兵士に最上は愉悦し、チョーカーの信号を通じて蘭に指令を与える。側に置いてあったエボルスチームガンとギアを回収した蘭は、研究ルームを後にした。

 すると、近くに置いてあるモニターに変化が起きた事に最上は気付く。出撃させた量産ブロスたちのデータリンクだ。緑色の光点が次々と、大破の意味を示す赤色に変わっていく。何事かと思い、急いで現場の映像を回した。

 遠方に映る街の景色を拡大させる。あちこちに火が出ているが、部隊を出したのは侵入者の挑発以外に被験者の拉致も含まれている。データを確認するが、未だに一人もエニグマに連れ込めていない。

 よく映像に目を凝らす。その時、信じられないような光景が飛び込んできた。

 

『とりゃぁぁぁーッ!!』

 

 深緑の超戦士、女型のアナザーアギトがライダーキックを放つ。

 

『イ・ク・サ・ラ・イ・ザー、ラ・イ・ズ・ア・ッ・プ』

 

『イクサ……爆現ッ!!』

 

 決して消える事のない輝く太陽、ライジングイクサが量産ブロスを一掃する。

 

『スイカアームズ! 大玉ビッグバン!』

 

『横須賀海軍カレーの聖地を荒し、人々からグルメを奪うヤツは絶対許さねぇ!!』

 

『Hyper cast off』

 

『グルメを滅ぼす事はすなわち、人々の笑顔を滅ぼす事。そんな人々とグルメを守るために今、俺はここにいる』

 

 二人のフードライダー、頼武スイカアームズとケタックハイパーフォームが豪快に現れる。スマッシュたちが面白いように吹き飛んだ。

 

『あなた! ようやくエジプトから帰ってこれたと思えば、こっちも大変な事になってるわ!』

 

『仕方ない。ついでだからコイツらも倒して行こう。全く、どこにいてもトラブルに巻き込まれるのは一緒じゃないか』

 

『お父さん、お母さん、行ってらっしゃーい。わたし先にお兄ちゃんのとこに向かうねー!』

 

 ダークネクロムに変身している家族が、さも当然の如く激戦の中へと入っていく。特に夫婦が異様に強く、例え世界がゾンビパンデミックで崩壊しても平気で生き抜いていけるような逞しさを持っていた。小学生の娘が変身したダークネクロムも、イグアナゴーストライカーに乗って邪魔な敵を蹴り飛ばす。

 

 いつの間にか、自分のすぐ近くに仮面ライダーたちが続々と集まっていた。しかも一人一人の戦闘力が高すぎる。確実に勝てるようになるまでは決して彼らに接触せず潜伏を続けてきたが、このようなイレギュラーが発生するなら事前に手を打っておくべきだったと辛酸を舐めさせられる。

 かの太陽の子によって刻まれたトラウマが、無意識下で仮面ライダーと戦う事を極端に避けさせていた。例え勝てる相手だろうとも、どうせ蘇るのだろうという根拠のない、しかし妙に現実味を帯びている予測がストンと思い付いてしまう。

 もちろん、そんな奴らに何十回でも勝てるように自分は進化したのだ。何も恐れる事はないはず。吸収したSOLUによるフェーズ抑制を早急に解決すれば、たかが仮面ライダーの一人や二人。詮無き相手と放置できる。

 

 どうして普段からチャレンジグルメや大食い・早食い大会を挑んでいるばかりのフードファイターがここまで戦えるのかとか、この世界と眼魔世界に繋がりがあったのは初耳とかは関係ない。エネルギー消費の激しいスイカロックシードの予備を頼武が何個も持ち、ひたすら交換してスイカアームズを維持しているのも別に大した事ではない。“過去”には存在していなかったはずのナイトローグのように、エニグマへ乗り込んでくるのならば、重要な実験体として仕立て上げるために迎え撃つまでだ。

 

 

 

 

 

 

 弦人たちが行ってしまった。ネビュラスチームガンとギアを手に、黒の戦闘ジャケットを着た京水は寂しく佇む。

 IS学園をガラ空きにする訳には行かなかったので、自分のビルドドライバーを弾に託した彼女は一人残っていた。度重なる敵の襲撃により、防衛の要である訓練機の可動率は大幅に低下。敵がIS学園の陥落を狙うなら、こんな後一歩のところで諦めずに攻撃の手を休めないはず。量産ブロスを使えば、学園の保有している訓練機全てを丸々強奪する事も可能だ。せめて同じカイザーシステムの戦士がいなければ、守り切る事も難しい。

 カイザーへの変身は一応可能だ。しかし、使用するギアの特性がルナフルボトルと違いすぎるので、体操選手のように柔軟すぎる動きは無理だろう。一度変身して確かめたが、取れる動作が硬かった。個人的にも、あまり好きになれない。

 

 IS学園にはちょくちょくワープで抜け出すナイトローグたちへの予防策として、ワープ反応を拾う試作センサーが夏休み前に用意されていた。当然、弦人たちが黙って出て行った時にネビュラスチームガンのワープを使用したので学園側にバレている。それでも誰も何も言わなかったのは、千冬の不在と事務処理やらで多忙なのが大きかった。止められる人間がいなければ、こんなものである。

 正直に言うなら、ナギと同じように自分も弦人に付いていきたかった。しかし、時には感情を抑えて合理的に行動しなければならないのを理解している。同時にそれが弦人の期待を応える事となり、彼を支える事に繋がる。一生懸命戦っても帰る場所がなければ、待っているのは虚しさだけだ。

 

 昔とは違って、今の自分は不死身の肉体ではない。生身でクネクネしながら銃を持つ相手に近付く事さえ至難となっている。

 失われた生命は戻らない。ネクロオーバーとなって死を超越する事自体が異常だったのだ。覚悟や度胸はあっても、微塵も死が怖くないと言えば嘘となる。死ねば二度と弦人たちと会えないのだから。

 じっと待つのも性に合わないので、陽気に鼻歌を奏でる。身体の動きでリズムを取り、緊張をほぐしていく。大丈夫、いつものようにすれば下手にしくじる事もない。

 すると、視界の端で黒いマントを羽織る白い影を見た。敵かと思ったが、この隠れる場所のない廊下で姿や気配はない。変ね、と首を傾げると共に、その白い影にどこか懐かしさを感じた。

 気にする事なく校舎の屋上へと出ていく。まだ太陽が沈みきっていない空には、すっかり一番星が輝いていた。

 

「――マキシマムドライブ!」

 

 幻聴か否か。その時、ハッキリと耳元に聞き覚えのあるノスタルジックな男性の声が響いた。ふと視線をやるが、そこには誰もいない。誰かが横を通り抜けていった気がしたので、さっと後ろを振り向く。

 そこには、背中を向ける白い仮面ライダーの姿があった。間違いない、自分は彼を知っている。その頼り甲斐のある逞しい後ろ姿や、頭部にあるトライデントのような三本角を見紛うはずがない。しかし、この世界に彼がいるはずがないのも事実である。思わず京水は、彼の名を呟いた。

 

「克己ちゃん……?」

 

 瞬間、幻のようにエターナルは消え失せる。目をパチクリさせた京水は、次に何気なくネビュラスチームガンとルナフルボトルを取り出しては驚く。

 

「これって……」

 

 気が付けば、二つとも外見が変化していた。ネビュラスチームガンはエターナルが巻いているロストドライバーのような真紅のデザインへと変わり、ルナフルボトルに至ってはクリアな胴体に黄色の紋章と配色が明るくなっている。

 とんでもない奇跡が起こった。地獄の住人から喝を入れられたのだと思うと、情けなさよりもこそばゆさを強く感じる。かくはともあれ、ますますネガティブになっている場合では無くなった。弦人だけでなく、死者からにも応援されている。

 

 しばらくして、屋上から気ままに暗視スコープで周囲を見渡していると、遠くの方に煙幕がいきなり現れるのが見えた。その中から量産ブロスが出てくるのと同時に学園中で警報が鳴らされ、京水はルナフルボトルをネビュラスチームガンにセットする。起動音はトランスチームガンの時と変わらず、トリガーを引けば筒がなく変身していく。

 黒煙を纏い、全身黄色の戦闘スーツが形成される。特徴で言えばトランスチームシステムやカイザーシステムのどれにも属さず、強いて言うなら仮面ライダーの風貌に近かった。可愛らしく収まった小さなフォルムに、垂れ目となっているカラメル色の複眼が魅力的である。

 

「見える見える、団体様のご案内ね♪ 迷惑行為を働くお客様にはお仕置きの上に出禁よぉ〜ッ!!」

 

 いつにも増して絶好調。身体をくねらせながら腰に手を当て、鞭と化したメタルシャフトを何度もしならせる。

 

「やはりそういう事か!」

 

 そして、遥か上空から一つの影がホールドルナの隣に颯爽と降り立つ。その正体は、ジャックフォームとなっていたギャレンであった。

 

「あら。その声って、あなたもしかして一年三組のサクヤ・タチバナ? ウッソー!? あなた仮面ライダーだったのぉ〜!?」

 

「そういう君は泉京水だったか。いや、余計な話は後だ。ナゴの野獣の勘とやらで来てみれば、まさかあんなに多くの敵が集結しているとは……。向こうが本腰を入れると言うなら、私も出し惜しみはしない!」

 

 そう言って拳を握り締めるギャレン。次の瞬間には、左腕に備え付けていたアブゾーバーに二枚のカードをセットした。

 

『Absorb queen』

 

『Evolution king』

 

 ディアマンテゴールドの装甲が全身を覆い尽くし、重厚感のある金色の戦士が誕生する。各部に散らばるダイヤレリーフは足に六枚、左腕に二枚、右腕に三枚の計十一。胸部にはギラファの刻印があり、頭部にある雄々しく尖った二本の角や昆虫の翅にも似たマントも存在し、まさに王と呼ぶのに相応しい佇まいだ。

 その名も仮面ライダーギャレン、キングフォーム。人知れず時空を越え、数多のダイヤスートという運命を乗り越えし王者が生誕した瞬間である。

 

「まぁ、とっても大きな銃♪」

 

 横でホールドルナが感嘆の声を上げる。

 ギャレンラウザーは“重醒銃キングラウザー”へと変化し、黄金のロングライフルと化す。とても片手では持てないような代物をギャレンは軽々と持ち上げ、苛烈な戦場の中で怯える事なく陣頭指揮を取る将軍のように叫んだ。

 

「IS学園での思い出はまだ数えるほどしかない。だが、ここで得たものは全て私にとってかけがえのないものばかりだ! 友と巡り合うこの場所を、人々を、私は必ず守ってみせる! 過ちは二度と繰り返させやしないッ!!」

 

 開戦の鐘を鳴らす代わりに、キングラウザーから一筋の閃光が発射される。猛々しいと言わんばかりの特大の砲火は、遥か遠距離にいる量産ブロスを数体纏めて悠に撃ち抜く。直撃を受けた相手は灰燼に帰し、ギャレンは屋上から飛翔した。綺麗な夜空を背景にマントを美しく翻す。

 

 




Q.究極生命体カーズロストスマッシュ

A.イタリアに潜伏していた個体が、奪取したスマッシュボトルを吸収して進化した姿。スペックがぶっ飛んでいるあまりに現状のセシリアとラウラでは倒せなかったので、マグマに落として地球に閉じ込めた。


Q.御手洗一家ファイヤー

A.イグアナゴーストライカーはバイクではなくイグアナなので、自転車と同じ軽車両扱い。つまり免許は要らないので小学生の妹は法的にセーフ……だといいな。





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少年A ―Hell fire―


「前回までの仮面ライダーナイトローグ。すごいね、かんちゃん! ヒムロン以外にもたくさんの正義の味方が集まってきたよ! 特にあの金ぴかになった仮面ライダーが一番かっこいいよね?」

「うん、あの最高最善の王という感じが堪らない。ライジングイクサやハイパーケタックもなかなかだったけど」

「でも意外だったよね〜、三組のさーやんと五組のなごっちが変身するなんて。もしかしたら、もっと他にも身近にヒーローいるのかなぁ?」

「だとしたら皆の集合写真を撮りたい。撮影会したい……!!」

「わぁ〜! かんちゃんの目がかつてない程にまでキラキラしてる〜!」





 

「ようこそ、エニグマへ。私は君を歓迎する」

 

 そう言われ、少年は最上から一本のボトルを渡された。彼が言うには、これで自由にバーンハザードスマッシュへ変身できるようになったとの事。つまり、彼は命の恩人だった。

 命が助かれば儲けもの。例え相手が自分を拉致した犯人だとしても、一々犯罪などは気にせず素直に感謝を告げた。まだヒトの身体をしている自分も、既に同じ穴のムジナだからだ。

 初めは手酷い監禁地獄を味合わされるかと思いきやそうでもなく、豪華な部屋を貸してもらえたりと不自由のない生活が暮らせた。復讐したい人間がいると言うと、文句一つも言わずに叶えてもらった。あっさりと憎い相手を誘拐していき、磔にされた状態で目の前に突き出してきた。

 

 それからネチネチと陰険な復讐を実行し、自分がずっと抱いてきた願いは相手全員の凄惨な死という形で終わる。充実感や胸が空く思いをしたのも最初だけで、いざ終わってみるとやりたかった事が何も無くなった事に気付き、頭の中が空っぽになった。

 自由に生きるのは良いが、自由すぎて何をすればいいかわからない。誰もそれを教えてくれない。人間をやめた今、これから無意味に毎日を過ごすのだと考えると苦痛で仕方がなかった。それでは自分にまるで価値がないと逆説的に証明しているようなものだ。

 それは嫌だ。ようやくイジメから解放されたのだ。自己否定される日々に幕を閉じさせたのに、結局自分という存在を残せないまま死んでいくのはおかしい。何か生産性のある事を、有意義な事を、自分を肯定できる事・される事をしたい。

 

 いくら悪目立ちする犯罪を犯したところで、それは結局メディアに消費されるだけで人々はやがて忘れていく。見向きもしなくなる。一時しのぎで持て囃されるだけでは意味がない。

 そうなると、自分が化物になった事に今更忌避感を覚えてしまう。法や倫理、道徳に縛られずに生きようと誓ったのに未練が断ち切れないでいた。平気な顔で人を殺したり、あるいは救ったりするような図太さでいようとあれほど胸に刻んだのに、誰かに必要とされたいと思うと選んだ生き方に矛盾が生じる。

 

 とどのつまり、少年は自分が頭の足りていない子供だった事に気付き、短絡的だった己を酷く嫌悪した。人間社会に戻りたくとも、明らかな化物を普通の人々が受け入れるはずがない。未だに人々は肌の色や生まれが違うだけでこぞって争い、互いにとって異端となるものを排除し合うのだ。

 すると、タイミングを図ったかのように最上が自分に実験の手伝いをお願いしてきた。曰く、エニグマは惑星間移動できる宇宙要塞を兼ねており、この中で培われた研究成果は半永久的に残されるという。すなわち、自分の生きた証が科学の貢献という形で残せる。自分の存在が証明できる。

 最上の願いを二つ返事で了承した少年は早速、実験の手伝いを行なった――のだが。

 

「よくもお姉ちゃんを殺したな、男の分際で!! 許さない許さない許さないッ!!」

 

 殺したイジメっ子の妹と対面する事となった。随分と姉に愛されてきたようで、仇を前にしても男という理由で見下しがち。スマッシュ化したまま自我を保っている。とても子供とは思えない行動力でナイフを振りかざしてきたが、逆に返り討ちにした。その後、遺体は綺麗さっぱり消滅する。

 流れ作業のようにやってしまったが、続けてイジメっ子の両親も出てくると実験に疑問を抱かざるを得なくなる。その親も自我のあるスマッシュになっていたのだ。娘たちを殺されて号泣しながら怒り狂う彼らを、取り敢えず少年は他人事のように始末していく。少年からしてみれば、子をイジメ側として教育する事しかできなかった家族も同罪。その瞬間まで思い付きもしなかったが、彼らにも復讐を決めた。

 この実験の意味を最上に問うと、より優れたスマッシュの開発に必要だと答えられる。少年はひとまず納得し、復讐を再開する。

 

 それから淡々と、スマッシュ化させられたイジメグループの家族全てを惨殺していく。ひたすら泣き叫ぶ赤子も関係ない。親の望み通りにならなければ子は捨てられ、親が歪めば子も歪んで育つ。不幸な家庭からは決して幸福が生まれる事はなく、永遠に不幸の連鎖を築き上げていく。ならば、そんな子が自分のような誰かをイジメる前に間引いた方が世のため、人のためとなる。その時点で歪んだ成長が運命付けられているのだから、まだ何も罪を重ねていない綺麗真っ皿な状態で死んだ方が救いにもなる。

 子は親の背中を見て育つ。弱者を嬲り優越感に浸るような人間は、落ちるとこまで行けば死の直前に追い込まれない限り、それを反省する事は一生ない。あっても形だけだ。

 

 もはや殺戮者と成り下がった少年の心に、人の未来や可能性に希望を抱く余地はなかった。イジメとその先にある悲劇を無くしたいのであればしっかりとした教育を施せばいいだけの話に対し、ズルズルと楽な道へと引き摺り込まれた彼にそういった根本的解決を目指す意欲などは湧き上がらず、独善的に命の芽を摘んでいく。そこで思考停止している辺り、ある種の現実逃避であった。

 

 しかし、平然としていられたのも序盤だけだった。復讐を終え、やはりスカッとするのは一瞬だけで虚無感が後味になると改めて思い知らせた次の瞬間に、新たなスマッシュたちが登場する。その内の一体は、かつての自分を投影するかのように怯えるばかりだった。

 

「ヤダ……! ヤダ……! ヤメて……!!」

 

 その時、上げようとするバーナーの動きが不意に止まった。先ほどの一家惨殺のように仕事をこなすだけなのに、ここに来て迷いが芽生える。

 振り返ってみれば、スマッシュ化した復讐対象はどれも仇討ちと言わんばかりに憎悪を滾らせながら自分に襲い掛かってきた。まるで間近で愛する人が殺されるのを目撃したように、我を忘れて。

 このスマッシュは自分に立ち向かうどころか、生まれたての小鹿のように弱々しく肩を震わせていた。こちらが少しでも動きを見せると、相手は短く悲鳴を上げては頭を抱えて縮こまる。どんなに周りに訴えても誰も何もしれくれなかった自分の時のように、抵抗を諦めていた。他のスマッシュたちに盾にされて。

 

 ようやくわかった。これは同族嫌悪なのだと。何もしない姿勢に苛つくのと同時に、このまま手を下せば、それこそ自分もイジメ側の人間と大して変わらないという事を。自分が最も嫌うはずのイジメを実行するなど、それこそ本末転倒だ。本能でそれだけは譲ってはならないと警鐘が鳴らされる。いくらヒトを止めても、自分が自分であるために決めた大切な一線を破る事は許されない。

 

 そして、この調子では何の力もない弱者を殺すのは無理だと自覚させられる。以前のイジメられる自分と否応にも重ねてしまう。目の前のスマッシュは姿形が変わっても、自分と違って中身はそのままなのだ。化物ではなく、人間のままでいるつもりなのだ。

 

「ほら、こっち来ないでちゃんと盾になりなさいよ! 役立たず!」

 

「男だったら女の言う事聞け! イジメられるド低脳のゴミ虫のくせに!! 死にたくない死にたくない死にたくないッ!!」

 

 一方で、肉盾を突き出している二体のスマッシュは女だった。この光景にますます、少年に嫌な記憶が掘り起こされる。長く直視してしまうと、養豚場の豚のように相手を無感情で殺す事ができなくなる。少年はうっかり、この肉盾にされたイジメられっ子に入り込んでしまった。

 イジメられっ子を持ち上げ、反対側へ突き飛ばす。肉盾が遠退いた事に女たちは互いに身を寄せ合うのも束の間、我が身可愛さにどちらかを新たな盾にしようと押し付け合う。

 少年はそれを一瞥し、イジメられっ子と向き合った。ずっと床に倒れ込んだままの彼を起き上がらせる。

 

「おい、何塞ぎ込んでるんだよ。今ならやり返せるチャンスだぞ。散々お前をイジメてきた奴らに報復するんだ。人をイジメる奴は殺される直前にもならないと反省しやしない。まずは相手の腕や足を千切ってだな」

 

「うぅ……」

 

「俺をイライラさせるな、もう人間じゃないんだぞ。化物が人を殺しちゃダメなんてルールはない。復讐で殺したって、何も罰せられない。ほら、俺も手伝ってやるから。だから立てよ……立てよぉッ!!」

 

 ここでイジメられっ子が立ち上がらなければ、化物として吹っ切れた自分の生き方が否定される事になる。それだけは絶対に避けたかった。何としてでも、自分の選択は正しかったのだと証明したい。

 なよなよとした相手に怒鳴り散らし、ようやく立ち上がらせる。無言の圧力で促せば、おずおずとしながらもイジメられっ子は二人組の女の前へ移動した。戦い方を知らない二人組は途端に怯み、どちらかを生贄にしようと醜く揉める。ぎゃーぎゃー騒ぎ立ててはイジメられっ子にも何か叫ぶが、彼の後ろにいる少年がバーナーをちらつかせると恐怖のあまりに口がすぼむ。

 場は整った。後はイジメられっ子の気が済むまで二人組に復讐するだけだ。恐る恐る右腕のハンマーを掲げるイジメられっ子に、少年は安堵と満足感を覚える。

 しかし、いつまで経ってもイジメられっ子はハンマーを振り下ろそうとはしない。それどころか、ヘタリとその場に座り込む。

 

「……でも、ダメだよ……人殺しは……人を傷付けるのは……」

 

 そのボソリと呟く言葉が少年の琴線を刺激する。

 それではダメなのだ。スマッシュというれっきとした化物になったのに、未だに人間の価値観を引き摺るのは誤っている。既存の生物を超越した生命体には、純粋な力によって原始的に回帰した世界を支配する事も、ただひたすら自由に生きる事も許されている。感情のままに生きるのが正解だ。

 でないと、自分の足場が呆気なく崩れ去っていくような感覚に襲われてしまう。せっかくの同類が現れたのに違う生き方をされたら、自分がしてきた事は何だったのかと激しく絶望してしまう。

 お願いだ、復讐してくれ。復讐し、殺す権利はやはり正当なのだと他ならぬ自分の目の前で示してくれ。希望は要らないが、絶望も要らない。少年はイジメられっ子を説得する。

 

「安心しろ。ソイツらも人間じゃなくなってる」

 

「……嫌だ、できない……」

 

「いいからやれ」

 

「嫌だ……」

 

「やれ」

 

「嫌だ」

 

「おい」

 

「嫌だッ! したくないッ!! 殺す事なんてないじゃないかぁ!!」

 

 その瞬間、少年はブチ切れた。衝動のままに両腕を上げ、二本のバーナーを全開に焚かす。嫌いなものには蓋をするのではなく焼却炉に捨てるように、この世から三人の命を消し去った。災害クラスの業火が通り過ぎていく。

 

 すると白い閉鎖空間の中に、命の存在を示す三つの黒焦げの影がハッキリとへばり付いていた。たかが三人と本来なら何とも思わなくなったはずの少年は、ふと我に返って放心する。それからじっと己の手を見つめれば、スマッシュとなって動かせないはずの表情筋が不思議と歪むような気がした。

 思いがけず勢いでやってしまった。今回ばかりは復讐や仇討ちは関係ない。正真正銘、イジメ側と同じような過ちを犯した。少なくとも今の自分を確立させているルールを真正面からブチ破り、似た境遇の相手を自分と違うと決め付け、駄々をこねる幼稚な子供のように全力で目を逸した。

 後悔しても遅い。死んだ命は戻らないのだ。世の中、白と黒の二択で決められるほど簡単ではないのを知っている。数学のように不変絶対的な解答が必ずしも存在する訳ではなく、人の数だけ違った答えがあるのを理解している。しかし、彼は報復をしないと選んだのだと受け入れようとすると、まるで胃の中にあるものが全て逆流するかの如く身体が苦しむ。彼の選択の意味を頭がわかろうとしない。ひたすら拒絶反応を示していた。

 

 その理由はただ一つ。復讐を果たした自分は本当に正しかったのかと大きく揺るがされる形で問われたから。精神的な自己防衛にまで関わる以上、歯牙にも掛けない方が無理な話だ。周囲の人間に存在を否定され続けてきた反動は、極端にまで周りに肯定を求めてしまう。それは自分一人の中で完結させるだけでは満足には至らず、ようやくわかり合える同士に巡り会えたかと思いきや、自分を認めてくれたかもしれない貴重な外部の要素を消してしまった。内に秘める不安や怒りを抑えきれずに暴発させて。心の余裕がなかった。

 

「あぁ……ああ……!?」

 

 酷く取り乱し、自動的に自分が甚振られてきた日々が脳内に再生される。その映像は瞳の中にも映り込み、瞼を閉じても消す事が叶わないビデオテープと化す。

 そして、イジメの主犯格があの憎たらしいクラスメイトから自分へと刷り変わる。とんでもない思い込みに頭を何度も床にぶつける事で対処するが、額がどんなに痛くなっても悪夢は終わらない。やがてイジメられる側の姿があのスマッシュとなり、この空間内で舞台を繰り広げるかのように映像が流れる。それに歳悩まされた少年は、とうとう絶叫した。

 

「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 この後、こんな悪趣味な真似をしてきた最上を八つ当たり気味に殺そうとするが、バイカイザーに変身した彼に手も足も出ずに叩きのめされた。先の一連の実験で少年のハザードレベルが上がったと最上は嬉しげに言ったが、こちらはちっとも喜べやしない。最上だけでなく、自分が殺したスマッシュたちへの見世物にされていたと言うのだ。消滅する寸前まで痛め付けられれば、傷付いた身体が回復するまで大人しくする他なかった。

 

 

 

 それから偽りの自由な日々を過ごす少年はこの日、工場区画の一つの守りを任された。その役割を果たせるかどうかで、自分に付いていけるか決まると最上は行っていた。そんなものはこちらから願い下げだったが、エニグマから脱出もできなければバイカイザーを倒す事もできない。少年は渋々、彼の命令に従った。

 侵入者が出る訳ないのにどうして守備なんかを。モチベーションが上がらずにサボろうと思った少年を留まらせたのは、この工場区画で開発されている代物が自身のパワーアップに役立つというものだった。最上の言う事なので鵜呑みにはできずとも、仮に真実であれば今の状況の打開へと繋がる。隙あらば出し抜こうという思いで、彼は指定された場所に向かう。

 建造物の内部なのに空があるというのは、SFに登場するスペースコロニーを彷彿させて不思議に感じる。それとは対称的に、やって来た工場の外見は至って普通であり、少々肩透かしを食う。面白味がない。

 

 中に入ると、取り仕切っていたのはもっぱらロボットやガーディアンたちだ。警備タイプがしっかりいるので、とても自分が遣わされるほど人手が足りないとは思えない。せっかくなので、少年は暇潰しに工場見学を始めた。ちょうど良いところにガイド用のロボットもいたので、てけてけと自分を案内しようとするロボの後ろに付いていく。

 時折ガイドロボの解説も聞きながら、より奥の方へと進んでいく。とある境界線を越えた辺りからガラリと雰囲気が変わり、悪の組織の秘密基地に潜入するようなワクワク感が生まれる。

 だが、平気で人体実験するような奴が必要とする工場がまともなはずがなく、パワーアップアイテムというワードに抱いていた真っ当なイメージが容赦なく打ち砕かれた。窓ガラス越しに製造ルーム内からの悲鳴が絶え間なく伝わり、その最中をガイドロボは淡々と解説を進める。

 

「うわあぁぁぁぁぁぁ!? イヤだイヤだ!! こんなのbbbbbbbbbbbbb!?」

 

『ここは次世代型のフルボトルを製造している場所だよ。ハザードレベル2未満の人間でも自我を残したままスマッシュに変身できるようになるよ』

 

「たすけてママぁー! ママぁーっ!! あびゅっ!?」

 

『次世代型ボトルの材料は、一度ネビュラガスを浴びた事のある人間の血肉と魂だよ。集められた材料たちは皆、スマッシュ化した個体から一回人間に戻したりと手間を掛けてるんだ。あと、覚醒させたままの方が変換効率も高いからね。ハザードレベルと感情の起伏は密接に関係しているから』

 

「あっはっはっはっは!! 死ぬ! 皆ガスに溶かされて死ぬんだよ! あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ――」

 

『また、次世代型ボトルは既存のスマッシュのパワーアップアイテムにもなるよ。ちょうど完成品が出来上がってるから、君の分を取りに中へ入ろうか』

 

 言われるがまま製造ルームへと入る。足はいつ転けてもおかしくないほど竦んでいる。肩の震えが止まらない。自分は今、何の力もない弱者たちが次々と死んでいくところを目撃した。どんなに泣き叫ぼうが助けを乞おうが、老若男女問わず機械に屠殺される。ゲームの中でしか行われないような悪辣すぎる工程が現実に現れ、少年はおもむろに催した吐き気を懸命に堪える。

 生きたままの人体を運ぶベルトコンベアーは止まらない。ギャグ漫画のように、運ばれる人が無事に済む事はない。死ぬ直前の人々の顔が、目に焼き付いて離れなかった。

 

 ここで少年はまた一つ気付いた。弱肉強食という言葉と弱い奴が悪いというのは同じようで、実は意味が全く違うのだという事を。この景色は自然の摂理にも劣る畜生以下の、誰もが忌むべき命の冒涜行為だ。

 自分がここまで弱者が理不尽にも虐げられる光景に抵抗がなく、いざ目にすると看過できなくなるなんて思いもしなかった。あれほど簡単に人を殺してきたのに、本当に今更である。

 

『あれが最後の材料だね。もう在庫がないから、今夜中に新しく材料が追加される予定だよ。さぁ、最新のボトルを受け取って――』

 

《Burn》

 

 スマッシュ化し、ガイドロボを破壊する。目の前に陳列されている新型ボトルは言わば、材料にされた人々の命の結晶だ。とても使う気にはなれず、仮に使用するものなら死んでいった魂たちの負の思念に祟り殺されるような予感もした。

 最後の材料と言われた人間は、バーンハザードスマッシュと同い年ぐらいの少年だった。明らかに気弱そうな見た目で、イジメる相手としても復讐される恐れがないような雰囲気だった。固く目と口を閉じ、誰かの救いを諦めてブルブル震えながら死の瞬間を待つ。拘束具が全身に巻かれているため、自力で逃げ出すのは不可能だ。

 バーンハザードスマッシュは悩む。このまま少年の死を眺めても、待っているのは明らかな自己嫌悪と後悔だ。再び自分の影を相手に重ねてしまう。平気な顔をしていられなくなる。無視できなくなる――

 

 そして取り返しが付かなくなろうとする刹那、バーンハザードスマッシュはベルトコンベアーを破壊した。ガスの魔の手から少年を救い、乱暴に拘束具を解いていく。

 解放された少年は、目の前の怪人が助けてくれたという事実に理解が及ばず唖然とする。尻餅を着き、状況を整理するまでしばらくの時間を要した。

 しかし、晴れて自由となったのに少年は一歩たりともその場から動こうとしなかった。むしろこのまま生きても仕方がないといった表情で、バーンハザードスマッシュに恐れつつも恨ましげに言い放つ。

 

「……なんで、僕を助けたの……? 生きてたって、またイジメられるだけなのに!!」

 

 瞬間、バーンハザードスマッシュはあの時の自分を思い出した。以前にもこの少年と似たような言葉を吐き捨てた覚えがある。よもや、自分がこうして誰かを助けるとは想像もしなかった。

 

「お願い殺して自殺するのは怖くてできないんだ。殺して殺して殺して、頼むから僕を殺してよぉ!!」

 

 そう必死に懇願しながら少年はバーンハザードスマッシュの腰に抱き着く。既に殺戮者として染まったはずの心は冷徹になりきれず、言われた通りに殺してあげるのが非常に憚られる。

 とにかく、少年の願いを叶える事はできない。忘れたいナイトローグの姿が脳裏にチラつき、苛立ち紛れに少年を軽く突き飛ばす。

 

「うるさい!! さっさと逃げないとぶっ殺すぞぉ!!」

 

 バーナーの炎を天井高く吹かして、少年をビビらせる。炎の出現に報知器が起動し、外の廊下ではスプリンクラーの雨が降り注ぐ。じわじわとバーンハザードスマッシュがにじり寄ると、少年は青褪めながら逃走する。

 だが、その先には武装したガーディアンが待ち構えており、相手の銃器に恐れを成した少年の足が止まる。死にたいと願っているにしては、清々しいまでに死を怖がっていた。

 こんな状況で逃げろなど、我ながらとんでもない無茶振りだ。少年の怯え様からして、死んで解放されたいができれば死にたくないというのがハッキリ伝わる。とうとう完全に見過ごせなくなったバーンハザードスマッシュは、少年の逃げ先を遮るガーディアンたちを薙ぎ倒しに行った。

 

 まともな逃走経路は考えていない。行き当たりばったりだ。しかし弱者が虐げられるのが大嫌いだと自覚した今、この少年を見殺しにするつもりは毛頭なかった。自分を助けてくれなかった正義のヒーローやナイトローグと同じ真似をしている事に反吐が出るが、その反面悪くないという感情も芽生える。

 バーナーの炎でガーディアンを一掃し、少年を抱えて工場を飛び出す。工場区画から各ブロック移動用のステーションへ一直線に向かうと、その先にハードガーディアン三十体相当が駆け付けていた。一体ごとの戦闘力は通常スマッシュを遥かに凌駕する。ここからが正念場だった。

 

《Gear gold! Gear scorpion! ファンキーマッチ!》

 

 

 

 

 

 

 階段を駆け上がり、近未来的な雰囲気を醸し出す地下列車庫へと飛び出す。放置されている車体はどれも貨物線で、余った資材が荷台の上に放置されている。続く二つの路線の内一つは上から鉄格子が降ろされ、道が塞がれている。

 人はいない。代わりに警備中のガーディアンが侵入者感知で飛び出し、ナイトローグたちはそれらを蹴散らす。一段落すると、ここまで一本道だったために行く先が別れると精査に足を止めてしまう。

 すると、空いている線路の奥から何かが爆発したような轟音が反響してくる。敵の攻撃が来たかと身構えるが、音が響く以外に何も起きない。全員は意を決して、空いた線路の道を進む事にした。

 

 その先は鍾乳洞のように空間が縦に広がっていた。線路が四本通っていたりと横幅は大きく取られているが、列車一つを走らせるにせよ縦の空間が余剰すぎる。パイロットの腕が良ければ、この広大な地下鉄にヘリコプターを進ませる事も可能だろう。

 光源は壁面に埋められているランプのみ。しかし、日光をよく取り入れている昼間の屋内と同じ程度に視界は悪くない。肉眼でも、線路の上をトボトボと歩いている怪人の姿を遠くから捉える事は可能だった。

 

「ハァ……ハァ……!!」

 

 右腕を斬り落とされた怪人の息が荒い。辺りには爆発の跡と、無数の残骸が残されている。上半身だけとなって地面に転がった一体のハードガーディアンが、例え半壊しようとも機能停止直前になるまで怪人に攻撃を加えようとする。

 ヨロヨロと腕を伸ばして放ったガトリングガンの弾丸は、怪人のバーナーから形成される豪炎の盾によって全て蒸発。弾切れになるや否や、反撃の火炎放射を浴びせられて大破した。

 それと同時に、怪人――バーンハザードスマッシュは崩れ落ちる。既に肉体はボロボロで、今まさに消滅しようとしていた。ネビュラガス特有の、全身の粒子化が始まっている。

 

「お前は!?」

 

 忘れるはずもない。時間が経ちすぎていて、もう助けるのは無理だと思っていた。見覚えのある相手にナイトローグは大急ぎで駆け寄る。続いて彼に追い付いた面々も、このスマッシュに自我がある事を察して驚愕の表情に包まれる。

 粒子化が止まらない。優しくバーンハザードスマッシュを抱きかかえるナイトローグだが、こうなってしまえば最後、手の施しようがなかった。抱える感触や温もり、重量感が徐々に失われる。せっかく会えたのに、まるで霞のように命が消えていく。

 

「おい、しっかりしろ! 死ぬな!」

 

 それでもナイトローグは懸命に声を掛ける。よくよく見れば、バーンハザードスマッシュの左腕には紫のフルボトルが装填されていた。前回まではなかったその特徴に、彼がここで何をされていたのか想像が働く。

 すっかりナイトローグの腕の中で項垂れていたバーンハザードスマッシュは、ハッと気付くかのようにして顔を上げた。しかし、その視線はナイトローグたちの方を向いていない。ひたすら虚空を見つめ、儚げに呟く。

 

「誰……だ……? 誰か……そこにいるのか……?」

 

「俺だ! ナイトローグだ!」

 

「何で喋らない……? 敵、じゃないのか……? トドメ刺すならとっとと……ぐふっ」

 

 バーンハザードスマッシュの目から光が失われていた。どんなにナイトローグが呼び掛けてもまともな返事をせず、聴力も機能していない事がわかる。

 やがてスマッシュ態が解除され、人間の姿が露わになる。全身傷だらけの少年に誰もが絶句し、その衝撃的な瞬間に身体が微動だにしなくなる。

 

「あぁ……最初から強ければ……こんな事にならなかったのに……あいつも……守…………」

 

 それだけを言い遺した少年は、とうとうこの世を旅立つ。衣服ごと身体は完全消滅し、唯一の遺品であるバーンフルボトルが虚しく地面に落ちた。カランカランと乾いた音が響き渡り、人の死を黙って見守るしかなかった彼らのもどかしさを増長させる。

 何も抱えるものがなくなったナイトローグは、そっとバーンフルボトルを拾う。それをギュッと握り締めて哀悼する姿は、とても赤の他人同士では出せないような痛ましさに溢れていた。その様子に、白式HSが恐る恐る彼に尋ねる。

 

「弦人、知り合いだったのか?」

 

「……ああ。何もできず最上に攫われて以来だった」

 

 それから沈黙が流れる。ナイトローグが大事にバーンフルボトルを仕舞うと、前方からツカツカと足音が近付いてきた。すかさず全員、臨戦態勢に移る。

 現れたのはインフェルシスだった。後ろには六体のハードガーディアンを引き連れている。どうして少年がハードガーディアンと戦っていたのか、一目でその理由に見当が付いた。

 ナイトローグたちを見つけたインフェルシスは、ハードガーディアンを横一列に並べさせて前へ出す。明らかに統率している様子だ。ガトリングガンを向けたハードガーディアンはまだ発砲せず、ギリギリまで相手を引き付けようとする姿勢であった。半端な火線の集中ではライダーシステムとISハーフスマッシュの攻略は難しいと判断している。

 

 ハードガーディアンがインフェルシスの指揮下に入っているという事は、少年への攻撃も彼女からそういう指示が下りたから。この状況では、まずそう推理する方が妥当だ。例え洗脳という名の心身喪失状態にあろうが、誰かに危害を与えた事実に変わりはない。右腕の切断面は、ハードガーディアンの武装では考えられないほど綺麗だった。

 諸悪の根源はさておき、直接的に少年を死に追いやったのは紛れもなく彼女たちだ。ナイトローグの中で憤りとやりきれなさが度を越え、目の前の敵を殲滅せんと無性に動き出したくなる。しっかり理性でブレーキを掛けなければ、洗脳された蘭を助けるという目的の一つが忘れそうになるぐらいに。

 コウモリのバイザーが今まで以上にギラつく。それは獲物を狩る猛禽類の比ではなく、復讐だけに生きる熊犬のように凶暴さに満ち溢れている。一切声にはしないが、身に纏う雰囲気には果てしない怒りが織り交ぜられていた。

 その時、ヘルブロスがナイトローグを制した。彼の前に腕を出し、静かに答える。

 

「ここは俺が引き受ける」

 

「何言ってるんだ弾! 全員で戦った方が一番いいだろ!? 数馬がやられてるんだぞ!!」

 

 即座に白式HSが反論する。しかし、ヘルブロスは頑なに引き下がらない。ナイトローグと同じように怒りの炎を目に宿し、視線だけで彼を押し黙らせる。程なくして、力強く言葉を放った。

 

「外の事もある。時間が惜しい。それに……最上は俺の逆鱗に触れた……!!」

 

 その並々ならない迫力に、周囲の人間たちは彼の憤怒を感じ取る。怒りという点ではナイトローグも引けない部分があったが、眉をひそめたブラッドスタークが仲裁に入る。

 

「織斑くん、弦人くん、行こう?」

 

 彼女はヘルブロスの意思を尊重した。多数決にしろ票が五分になり、白式HSも渋々同意する。こうしている間にも、守りが無くなっている外部が危険に晒されている。悠長にはしていられない。

 

「死ぬんじゃないぞ、どっちも」

 

「ああ」

 

 別れ際の白式HSの言葉にヘルブロスは頷く。ナイトローグも彼の隣に並ぶと、耳打ちするように自分の思いを彼に託す。

 

「……任せた。ヘルブロス」

 

「任せろ」

 

 交わした言葉はそれだけだった。四人一斉に散開すると、ハードガーディアンらの迎撃がやって来る。最初から手を緩めず、一気に全弾使い尽くす勢いだ。

 激しい弾幕の中をナイトローグ、ブラッドスターク、白式HSは潜り抜ける。まるで針の穴に糸を通すような器用さで一発も被弾を受けず、ハードガーディアンとのすれ違い様に置き土産の一撃を残しておく。一番端にいた個体が斬撃によって大破した。

 防衛ラインを通り抜けた三人に追撃しようとするハードガーディアンたちだったが、その場に残っていたヘルブロスに敢えなく妨害される。エネルギー刃を撃たれ、爆発四散する。

 唯一無傷だったインフェルシスは、長く伸ばした尻尾を全身に包ませる事で難を逃れていた。尻尾の動きは淀みなく滑らかで、シュルシュルと後頭部へ収納されていく。既にナイトローグたちは遥か遠くまで離れていた。

 

「お前の相手は俺だ」

 

 スチームライフルを構えるヘルブロスに対し、インフェルシスは一切の返事もなしにスチームランサーを両手で持つ。ナイトローグたちを逃した今、お互いに見えているのは目の前の敵のみだった。じっと睨み合う様は熟練の剣士たちの決闘のようで、されどほんの一瞬だけでは決着はつかない。瞬きするのも束の間、両者は激しく鍔迫り合った。

 

 





Q.バーンハザードスマッシュ

A.カットした戦闘シーンの悲惨度はアマゾンネオ vs C4以上


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乱 ―Kaiser―


「前回までのあらすじ。復讐の業火は真っ白に燃え尽き、何も残す事なく、何も生み出す事なく消えて行った。しかし、ヘルブロスたちは違った。少なくとも彼を人として看取ったのだった。だからこそ、洗脳兵士のインフェルシスの凶行が彼らの――特にヘルブロスの琴線に触れたのだ」

「青ちゃん。今の感じ、ものすごく戦争ドキュメンタリーのナレーションみたいな声だったよ。滅茶苦茶渋かった!」

「黄羽と赤羽が棒読みすぎるんだよ、大根役者みたいに朗読して。何だお前ら、小学生か」

「うるせぇな、堅苦しい文章読むとそうなるんだよ! 俺と黄羽も! それよりもおい、こっちも生存戦略を大詰めにしようぜ」

「キルバスも攻略してようやく平和になったかと思えば、メタルビルドにファントムクラッシャー。……こりゃ俺死ぬな、真っ先に」

「まぁた青ちゃんがネガティブになってるー。大丈夫だよ、三人で行けば何とかなるって!」

「そうそう! いい加減ハザードフォームのトラウマなんて吹っ飛ばせ! 東都と戦争するよりもずっと楽なはずだから! ナイトローグたちも最終決戦に挑んでんだし、俺たちも最後まで頑張るぞ! えいえいおー!」

「「「えいえいおー!!」」」







 次の階層へと向かったナイトローグたち。貨物用のエレベーターを上がっていった先には、さながら宇宙を舞台とした亜空間が広がっていた。廃墟となった高層ビルの街がデブリ帯のように漂い、少しでもボロボロのコンクリート足場から踏み外すと、遥か下方には美しい星雲が待っている。

 宇宙に数多の星々が煌めく。無人のビル街には人工的な灯りは点いておらず、普通なら視認が難しい六等星の朧気な輝きも見つけられる。太陽のように亜空間を一つの星系と見た場合の恒星は間近になく、強いて言うなら足元の星雲が非常灯のような明るさでデブリ帯を仄かに照らす。

 亜空間の遥か前方には、未だ現実世界でもペーパープランに留まっている軌道エレベーターのような柱が、星雲の中から亜空間の天辺を突き抜けて真っ直ぐ繋がっていた。この景色が最上の趣味であれば、マッドサイエンティストでなければどれほど友好的に打ち解けられた事か。

 

 三人は高速道路の上にいた。途中で道が崩れており、下を覗けば地上のない星雲の底が見える。軽々と飛び越えると、軌道エレベーターまでの中間地点の辺りで二体のスマッシュと接触した。

 そのスマッシュの特徴はスッキリとした、まるで素体とも言うべきようなボディをしていた。よくあるような上半身の肥大化はなく、人間だった頃の面影が非常に残っている。

 同一個体のスマッシュたちはそれぞれネビュラスチームガンを所持していた。ナイトローグたちの姿を見つけるや否や、そそくさとギアを装填して引き金を引く。

 

《Gear engine! ファンキー!》

 

《Gear remocon! ファンキー!》

 

 銃口から撃たれたのは、赤と青の歯車。何の故障もなく、カイザーシステムはスマッシュの全身を戦闘スーツで覆っていく。

 

《Engine running gear》

 

《Remote control gear》

 

 かくして、スマッシュが変身するRカイザーとLカイザーが現れた。共にエネルギー刃やネビュラスチームガンを撃つだけでなく、スマッシュとしての能力である雷撃や風刃までも絶え間なく放つ。その正確無比な射撃に、迂闊に軌道エレベーターへ近寄れなくなったナイトローグたちは各々回避に徹する。

 コンクリートの壁やフェンス程度では盾にもならない。たちまち敵の攻撃に粉砕され、隙を見てナイトローグが単身突っ切ろうと試みるが、二体は抜け目なかった。スチームショルダーより放つ煙でコンマ数秒のラグもなく、ナイトローグの目前へ瞬間移動する。咄嗟に防御した彼を容赦なく、二体同時に拳をストレートにぶつける。

 大きく吹き飛ばされるナイトローグ。それと入れ替わるように、雪羅のビームシールドを前面に押し出した白式HSがカイザーたちに突撃した。

 

「うおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 雪羅は敵の放つエネルギー兵器をことごとく打ち消す。餓狼の如く斬り込む彼の勢いに、カイザーたちは纏めて押し込められる。エネルギー切れを気にしない乱射と、ハーフスマッシュ化による普通の人間では負担大で実現不可能な超機動力で二体を翻弄した。

 

「弦人、鏡さん、先行ってくれ! こっちは一人でどうにかなりそうだ!!」

 

 口を開く暇がない白式HSが、通信越しで大きく叫ぶ。一方で敵の注意が薄くなったブラッドスタークとナイトローグは、見事な立ち回りを見せる彼に惚れ惚れとしながら、その勇敢な姿に感謝して先に進む。

 

「わかった!! 気を付けてね!!」

 

「武運を祈る……!!」

 

 赤と黒の翼を広げた二人が宇宙を素早く駆ける。それを追う形で白式HSと戦うカイザーたちは、結局彼に阻まれたまま二人の侵入を防ぐ事ができず終いだった。

 

 

 

 

 

 

 ヘルブロスはインフェルシスと武器を高速で交えながら、地下路線を一直線に疾走する。低い前傾姿勢で走る両者は速度を緩める事なく、慣性操作の姿勢制御も駆使しつつ生身では成し得ない打ち合いを繰り広げた。

 やがて行き止まりに差し掛かり、突如インフェルシスが前方の壁へ跳躍する。ぶつかる直前でブレーキを掛けるヘルブロスの一方で、壁を足場に跳んだ彼女は真正面から彼へと斬り掛かる。剣と槍が勢い良くぶつかり、そのとてつもない衝撃が周囲に伝播する。夥しい量の塵があっという間に舞い上がり、近くにあった線路が軋み、噴火に遭ったかのように辺り一帯のランプやガラスが割れる。

 

「ぐうっ……!!」

 

 苦悶の声を上げるヘルブロス。実の兄であるにも関わらず、スチームランサーを振るう妹は洗脳の影響で全ての攻撃に殺意しか乗せていない。厳密に本人の意識は預かり知らぬところなので殺気などは存在しないし感知できないが、こちらも本気で戦わなければ数馬の二の舞になるだけだ。舌打ちまでしたくなる。

 インフェルシスが恐ろしく鋭い刺突を放つ。それをブレードの腹で受け止めたヘルブロスだが、凄まじいパワーに踏ん張りが利かせられない。そのまま猛スピードで押し出され、何枚もの分厚い壁を瞬時に貫通していく。

 身体をパイルバンカーの杭代わりにさせられ、ふわっと宙に吹き飛んだヘルブロスは地上へと踊り出ていく。辺りは純白のビルに金、翠の印がよく映える大都市となっていた。電線や信号機の類いは見当たらず、区画ごとに道路下から飛び出す隔壁が設けられている。と言っても壁の上が空いているので変身さえしていれば越えるのは可能だが、何の道具もない生身の人間では突破が不可能なほどの高さだ。

 貨物を運ぶモノレールは、周囲にそのエネルギーを伝達させている。送電線代わりだ。翠色に発光するエネルギーが伝播し、無人の街を都心並に明るくする。

 

 ヘルブロスは窓ガラスを割りながら、近くのオフィスビルの一室へと飛び込んだ。そうして受け身を取りつつ、外から銅のエネルギー刃が数枚飛来してくる事に気付く。スチームライフルで撃ち落とす。

 金の歯車のように攻撃の反射能力はなかった。しかし、撃ち落とされる瞬間に近くのエネルギー刃も巻き込んで連鎖爆発を引き起こし、ヘルブロスは咄嗟に後退せざるを得ない。彼が再び窓ガラスを破って外に出た直後、その大きな爆発はオフィスビルを瞬く間に倒壊させた。背後で粉塵と瓦礫が飛び舞う。

 

 それから目の前のビルの屋上へ転がるように着地する。さっと振り向けば、まだ煙たい粉塵が止まない倒壊したビル跡の向こうよりインフェルシスが現れる。彼女もゆっくりと屋上に降り立てば、仕切り直しと言わんばかりにスチームランサーを構える。ヘルブロスもそれに応じた。

 

「おい、蘭。兄貴だぞ」

 

 そう問い掛けるが、彼女は答えない。代わりにスチームランサーを振るう。

 

「いい加減……目を覚ませッ!」

 

 斬撃を受け止め、何度も打ち合う。鍔迫り合った先に偶然にも二人は息を合わせるよう、揃って相手の武器を宙へ弾き飛ばした。

 それぞれ武器が交換される。しかし、それを受け取るつもりはない。さながら矢が装填されたボウガンのように、ヘルブロスとインフェルシスはほぼ同時に剣と槍を蹴り飛ばす。脚で放たれた二つの刃物はそれぞれの持ち主に命中する寸前で、見事キャッチされた。 

 

 それも束の間、彼らはもう一度鍔迫り合う。インフェルシスが両肩からサソリの爪を放つのに対し、ヘルブロスは歯車の盾を召喚してガード。すかさず、互いにギアを武器に装填させる。

 

《Gear scorpion!》

 

《Gear engine!》

 

()()()()()()()()()()

 

 鍔迫りから弾かれるようにして飛び退き、銃口からエネルギー弾を撃つ。威力は双方共に負けず劣らず、どちらか一方を打ち破る事なく強烈な対消滅が発生した。行き場を失い爆発するエネルギーに、ヘルブロスとインフェルシスは屋上から身を吹き飛ばされる。

 

 空中に浮かんで受け身を取ったヘルブロスは、そそくさとギアエンジンをビルドドライバーに入れ直してレバーを回す。ドライバーから音声が流れるよりも一歩早く、彼は突撃した。

 

『Ready go! ボルテックアタック!』

 

 同じく宙で身を翻したインフェルシスは、前面に金色の歯車を何枚も展開させる。次いでエボルスチームガンを歯車に向けて撃ち出し、自分が歯車の後ろに隠れている一方で散弾をヘルブロスの元へ綺麗に反射させていった。

 迎撃の反射弾が猛威を振るう。だが、ヘルブロスは怖気付きはしない。飛び蹴りの姿勢で急加速し、射出した水色のエネルギー刃は金の歯車に命中する直前に自爆。爆発の巻き添えとなった盾は、それを反射する事なく静かに消滅していく。

 

「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 遮断物がなくなったインフェルシスに、ヘルブロスがライダーキックを繰り出す。彼女が慌ててスチームランサーで真っ向からぶつかろうとするものの、敢えなく穂先が力負けしてしまう。ガラ空きとなった彼女の胴に、渾身の一撃が炸裂した。

 インフェルシスの身体が飛んでいく。背中から落ちたアスファルトの道を激しく削りながら二転三転し、その変身が解除された。受けたダメージに見合わず生身に目立った外傷は特になく、その柔い肌には傷一つ付いていない。ヘルブロスは急いで彼女の元に駆け寄る。

 その時だった。目を閉じて倒れていた蘭が急に起き上がり、至近距離まで近付いてきたヘルブロスを撃ったのは。所持者と同様に無傷のエボルスチームガンが連射される。思わず胸部に直撃を受けたヘルブロスは、後ろから大きく倒れ込んだ。

 

《Gear gold!》

 

 蘭がエボルスチームガンにギアをセットした瞬間、負担のある再変身による拒絶反応が起きる。しかし、エボルスチームガンから電流が全身に流れても彼女は顔色一つ変えず、挙動をカクつかせながらも次のギアをセットしようとする。

 

「やめろ蘭!!」

 

 間髪入れずに立ち上がったヘルブロスが蘭と組み合う。生身のままでも蘭の戦闘力は健在で、とても人間技とは思えない。並のスマッシュよりも殴る力が強く、非常に格闘術に精通している。エボルスチームガンを鈍器に見立て、隙あらば関節を極めようとまでしていた。ヘルブロスと戦う度に、蘭の首元にあるチョーカーの光が強まる。

 

 最上に言われるまで、蘭のしていたチョーカーはお洒落なのだろうと適当に考えては一切何も気付かなかった。既に魔の手が伸びていたのだと知らず、悔しい以外の言葉が見つからない。この瞬間まで、自分は相手に先手を打たれるばかりで何もできていない。

 やめれば良かったのに、南波重工の黒い取引現場を覗いてしまった。

 不運にもハザードレベル2以上あったせいで、兵器の被験体にされた。監視という体で家族を人質にされた。

 その嫌な気持ちを誤魔化してくるように、甘い蜜滴る暗黒の中へとズルズル引き摺り込んでくるように、バイト代という名の口止め料が渡された。

 人質を突き付けられて、IS学園での実戦テストを拒否できなかった。

 ダメ元でもいいから誰かに助けを求めようともしなかった。

 親しい友が妹に殺されかけた。

 そして先程、妹が人殺しになった。実際に手を下したのがハードガーディアンだったとしても、人殺しに加担したのは間違いない。本人の意志関係なしに、彼女なら忌避する事は確実な殺人に手を染めさせてしまった。

 

 例えどんなに自分が変わってしまっても、バカなところは相変わらずだ。大事な場面で何も成せずに終わってしまう。

 しかし、だからこそ、ここで諦めてはならない。絶対に蘭を助ける。その一心で彼は、彼女が着けているチョーカーに手を伸ばした。

 

「……っ!!」

 

 一度掴めば、後は簡単。蘭の首元からチョーカーを外すと、彼女は糸の切れた人形のようにその場で崩れ落ちた。ヘルブロスは慌てて彼女を片腕で受け止める。

 一方でチョーカーは、握り締められた彼の片手の中で生物のようにジタバタと暴れていた。蜘蛛のような細長い八本足を生やし、無謀にも蘭の元へ戻ろうとする。それを見たヘルブロスは――

 

「コイツが……!」

 

 声に怒気を交えながら、赤い宝石ごとチョーカーを粉々に握り潰す。全体を破壊し尽くされたチョーカーは、二度と動く事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 迫り来る赤熱刃を左腕で受け止め、相手の胴を殴る。大きく退いたRカイザーと入れ替わるようにして、Lカイザーが間髪入れずに白式HSへと攻撃を仕掛ける。スラスターや翼も無しに浮かび上がる二体は、徐々にだが彼との空中戦に対応していっていた。

 銃撃とエネルギー刃がやって来る。白式HSはそれらを華麗に躱しつつ、回避できない分は雪羅で防ぐ。

 

「こいつら、徐々に学習してるっ……!?」

 

 微かにだが、カイザーたちと何度もぶつかり合ってはそんな直感が働いた。連携の精度も厄介と感じるほどにだんだん上がり、ナイトローグたちを先に行かせたときのような優位性が失われつつある。こちらが決め手を使おうとすれば、必ず敵はその妨害に走ってくる。考え無しのゴリ押しは最早、通用しなかった。

 長期戦に持ち込まれれば、不毛な体力勝負となる。早期に決着を着けるべきだ。あまり時間も掛けていられなかった白式HSは、多少のダメージは覚悟の上で斬り掛かっていく。

 

 Lカイザーのスチームブレードを上に弾き、相手の膝の上を走るようにして後転。上下逆さまになったまま、後ろから迫るRカイザーにビームを撃って牽制。ほんの少しの間だけ背中を無防備にしていると、ここぞとばかりにLカイザーが刺突を仕掛けてきた。

 

《アイススチーム》

 

 咄嗟に白式HSが身をよじらせると、脇腹に氷結した刀身が掠る。次の瞬間、逃がすまいとLカイザーの腕を掴んだ彼は、雪片弍型改を逆手に構えて背後に突き出す。同時に刃から吹き出した煌めく蒼光が、Lカイザーを飲み込むや否や彼方に吹き飛ばした。くの字に折れ曲がった青いボディがいくつもの廃ビルを貫通していく。

 

「まずイチ!」

 

 残すは正面のRカイザーのみ。一対一となれば負ける要素も少なくなる。ここで一気に畳み掛けた。

 勢い良く前進していく白式HS。剣を振る彼の猛攻にRカイザーはどんどん後ろへと下がっていく。ネビュラスチームガンとスチームブレードを叩き落とされ、素手で攻撃を捌きながら壁を破って無人のショッピングモールに入る。

 すると、Rカイザーの手のひらに電撃が纏われた。肩口への斬撃を甘んじて受け、手のひらを白式HSに触れさせる。食らった損傷は小さくないが、ゼロ距離から電撃を浴びた白式HSの動きが止まる。

 

「うぐっ!?」

 

 次にRカイザーは、深く抉るようにして彼の腹部を殴打。そのまま彼の身体を持ち上げ、空いた腕で天井目掛けて全力で殴り抜く。打ち上げられた白式HSはあっさりとショッピングモールの天井を突き破り、それをRカイザーが追撃していく。

 白式HSが宙を舞う。何とか姿勢制御してその場に留まり、休む暇もなく突進してくるRカイザーの姿を目にする。その腕に纏う電撃の量は、明らかに増している。

 

「でやあぁぁぁぁぁ!!」

 

 放電に耐え、間近まで肉薄してきたRカイザーの頭部を蹴り飛ばす。

 蹴られる形で屋上まで戻っていったRカイザーは、見事なまでに首が折れ曲がっていた。それを見た白式HSが青褪めるのも束の間、平然としたまま自力でその首を元通りにする。一瞬、やってはいけない罪の意識を覚えた自分がバカバカしくなった。

 しかし、通常のスマッシュがカイザーシステムで変身したにしては、頑強性や戦闘力が先日の事件で現れた個体群よりも遥かにずば抜けている。普通なら、今の首の骨折で戦闘不能になるものを。ナイトローグとヘルブロスの会話で出た“クローン”という単語が、ふと頭の中によぎる。

 

 その時、Rカイザーの隣にLカイザーが空間転移してきた。青色の歯車の装甲は五割近くが焼け落ち、それでも戦闘不能にならないタフネスに白式HSは僅かに慄く。とても自分が戦った経験のあるスマッシュとは思えない化物ぶりだった。

 

《Gear engine!》

 

 Lカイザーにギアエンジンが渡された。距離が離れすぎているため、斬ろうと思えばフォームチェンジの阻止は間に合わない。すかさず白式HSは雪羅を放つが、展開されたエネルギー刃に全てのビームが防がれた。Lカイザーは遠慮なくネビュラスチームガンのトリガーを引く。

 

《ファンキーマッチ! フィーバー!》

 

 瞬間、引き寄せ合うようにして二体の身体が融合する。通常の合体とは異なる変身シークエンスを経て、赤と青共に無傷の装甲へと生まれ変わったバイカイザーが現れた。

 

《Perfect!》

 

 景気よく回転する歯車から火花が散るだけでなく、バイカイザーの周囲に風雷が迸る。ぐっと全身に力を込めると、一回り分の巨大化を果たす。同じく大型化の進む第三、第四世代型ISとさしてサイズの違いはなかった。

 

「そんなのアリかよ……!?」

 

 融合、巨大化と軽く物理法則を無視したバイカイザーの行為に絶句する白式HS。驚きで瞬きするや否や、両手で印を結んだバイカイザーから稲妻を帯びた竜巻が勢い良く直進してきた。竜巻の規模はIS学園のアリーナを簡単に覆い尽くす程で、あっという間に竜巻の中へと囚われる。

 

「何っ!?」

 

 頭上にあった竜巻の出口は、すぐさま網目状の稲妻の結界によって閉じられた。ここまで来れば稲妻も、高出力レーザーとあまり変わりやしない。竜巻の中は航空機を容易く墜落させる程の風で吹き荒れ、うっかりすると風に攫われそうだ。

 そんな中、この竜巻を使役する張本人は何の苦もなく、白式HSの元へと駆けていく。何の武器も手にしていないが、IS並の巨体で殴り掛かられるのは普段以上の驚異となる。ナイトローグと散々模擬戦していたからわかる。右ストレート一つでも、通常のISからすれば大幅にシールドエネルギーを削られる必殺の質量攻撃だと。

 まさにこちらを押し潰さんとするバイカイザーを、白式HSは真っ向から迎え撃つ。竜巻の動きに沿いながら、両者は二重螺旋を描くような機動で何度も激突する。時折四方から飛んでくる雷撃を避け続け、アタックモードの雪羅とバイカイザーの拳がぶつかれば、力の強い方が押し勝つ。白式HSが殴り抜かれた。

 

 次にバイカイザーが踵落としを繰り出し、真下に吹き飛ぶ白式HSは竜巻を抜けて廃ビルに激突。そのまま貫通し、荒れ果てた高速道路の上へと転がった。

 急いで立ち上がると、スチームショルダーから黒煙を吹かしたバイカイザーが傍に空間転移する。至近距離での遭遇は即座に肉弾戦へと発展し、白式HSをバイカイザーが圧倒していく。多少殴ったり蹴ったりした程度ではビクともしない。零落白夜の一閃も、掠り傷止まりだ。

 その圧倒的防御とパワーを活かして、一瞬の隙を突いたバイカイザーは再び白式HSを殴り飛ばす。ピンポン玉のように白い騎士の身体は放物線を描き、背中から瓦礫の山を何度か突き破った上でちょうど良い足場に受け身を取る。バイカイザーがやって来たのはすぐだった。

 

「っ!?」

 

 直ちに雪片弍型改を振ったが上手い具合に捌かれてしまい、背後にあったコンクリートの壁に深々と突き刺さってしまう。簡単には抜けず、こうして剣に執着している間にもバイカイザーはその拳を叩き付けようとしてくる。一貫の猶予もなかった。

 

 この抜き差しならない状況で、今日までの記憶が走馬灯のように蘇る。楽しい思い出もあれば、それと比例するかのように辛く苦しい事もたくさんある。

 特に最近は辛い事の連続だ。ここまで執拗に平穏を脅かされる事も初めてで、自分の知らないところで実は親友が苦しい目に遭っていた。どんなに守りたい人がいる・守りたいと豪語しても、そもそも知るきっかけがなければ簡単に通り過ぎてしまう。どんなに戦う力を得ても意外と無力であるのを酷く痛感し、悔しく思った。

 気が付けば、親友二人がネビュラガスの被験者にされていた。洗脳された蘭が千冬や数馬、箒、シャルロットたちを傷付けた。身近な人間すら守れないのかと打ちひしがれそうになる。

 

 瀕死になった数馬がを見た時は生きた心地がしなかった。死んだようにベッドの上で眠る、傷付いた箒とシャルロットの顔が焼き付いて離れない。横須賀基地での戦い以降、重体の姉とは一度も顔を合わせていないまま。ここで自分も倒れるには、あまりにも未練と不屈の精神が残りすぎていた。

 

「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 守るという事は明日へと繋げる事。依然として諦める事を知らない彼は、負けて堪るかとひたすら叫ぶ。これから来たるであろう最悪の未来への不安や恐怖を誤魔化す意味もあったかもしれない。されど、誰かを守るために戦うのだという意志は本物だった。

 ここで敗北してしまえば、エニグマに突入した他のメンバーの足を引っ張るだけでなく、即全滅に繋がってしまう可能性さえあるのだ。自分が死ねば、守ろうとする意志と行動はそこで潰える。未来に続ける事は叶わない。例え負けが見えていても、剣だけは絶対に放しはしない。偉大な姉を世界の頂点にまで登り詰めさせた“雪片”の名を継いでいるのだから。最後まで、その業物を持つ身として恥じぬ生き方を貫く。

 

 無我夢中になりながらも、全力で雪片弍型改を壁から引き抜く。その次の瞬間の自分の行動はよく覚えていない。どう足掻いても頭を潰してくる敵の攻撃を、誰かが防いでくれたような気がした。自身と同じく全身を装甲が包み込む、力強くも華奢な身体付きの白い騎士が――

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、白式HSを中心に閃光が生まれる。その光にバイカイザーは大きく後ろに押し出され、ある程度離れたところから受け身を取りつつ彼の方を見やる。光は徐々に収まり、一つの騎馬が露わになった。

 それはブラッドスタークの召喚するコブラのように、全身を青いエネルギーで構築していた。純然たる熱の塊にしては、不思議とその背に人を跨がらせている。頭から背にかけた毛並みや尻尾は優雅にたなびき、美しくも鋭利で攻撃的な一本角を主張する。

 幻想的な雰囲気さえ纏う光のユニコーンは背中に主人を軽々と乗せながら、蹄を何度か地面に蹴り付けて甲高い鳴き声を上げた。

 

「ヒヒィィィ―ン!!」

 

 それを皮切りに、両者は互いに動き出す。手刀と雪片弍型改の切っ先同士の激突は白式HSが制した。仰け反ったバイカイザーを、華麗にユニコーンが後ろ脚で盛大に蹴る。

 砲丸のように飛ばされるバイカイザー。間を置かずに白式HSはユニコーンの手綱を引き直し、正面へ向くと同時に蹄音を響かせる。それを行ってどうなるかは、誰に説明されるまでもなく心で理解していた。

 

「ハッ!!」

 

 蹄から放たれた波動が、雪片弍型改を斬馬刀へと変化させた。斬馬刀を片手で持ちながら、吹き飛んでいったバイカイザーの追撃に打って出る。

 宇宙を駆けるユニコーンのスピードは高速で飛翔する戦闘機にも劣らない。邪魔な障害物は斬馬刀の一太刀の元で粉砕し、廃ビルの内部も滞りなく疾走していく。一度振る度に斬馬刀から零落白夜の刃が飛び出し、高層ビルすらも縦に両断してみせた。

 射出される高出力の零落白夜をバイカイザーは何度も受ける。一発ごとに込めた莫大なエネルギーは、対抗してエネルギー刃の盾を何枚も展開する程度では相殺にも至らない。次にバイカイザーが眩しいほどの雷撃や風刃、赤と青の歯車を撃ってくるが、例え本体に当たってもユニコーンが常時発動しているバリアに全て阻まれる。白式HSに懐まで潜り込まれるのは、あっという間だった。

 

「行っけえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 斬馬刀がバイカイザーの胸部を穿ち、突進の勢いのまま背中まで串刺しにする。ダメ押しに肉体の内部から零落白夜を奔流させて、一息にその巨人の胴体を真っ二つに断ち切った。

 力強く踏ん張りながら、近くの足場へユニコーンが着地する。ブレーキを掛けた蹄の接地部分から軽く火花が散り、白式HSが斬馬刀の重心を利用して素早く制動させる。その後ろで、上半身と下半身に断たれたバイカイザーは程なくして爆発四散した。肉片は一つも残らず消滅し、僅かな稲光と風が燃えカスのように散っていく。

 

 





Q.北都三羽ガラス生存戦略

A.結果はVシネグリスにて


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光芒 ―unite― 前編

 しばらく歩を進めると、夕闇の空が広がる頂上へと出た。辺り一帯は均一に切り整えられた芝生の景色が続き、その先に柱やアーチなどの巨大で簡素なオブジェが複数存在する。ナイトローグとブラッドスタークが向かうそこに、EVOLカイザーは佇んでいた。

 

「来たか。早速で悪いが、バーンハザードスマッシュの遺したフルボトルを返してもらおうか」

 

「断る」

 

 EVOLカイザーの要求には応じない。ナイトローグは即答する。

 

「そのフルボトルから、あの少年を生き返らせてやろうと言ってもか? 私ならそれが可能だ」

 

 それこそ、命を大事にする者なら唾棄すべき言葉だった。

 

「それ以上、人の命を安くするな……!!」

 

 怒りで語気が強まる。どんなに時代が移り変わろうとも、破壊と比べて創造は格段に難しい。生命を作り出す事さえ、クローン技術が登場したのは歴史全体で見て最近の出来事だ。

 おおよそ全ての生命は、割りと呆気なくその生涯に幕を閉じる事がしばしばある。単なる風邪でも正しく処方をしなければ命の危険に繋がり、大切な器官が一つでもダメになるだけで長く生きられなくなる。無邪気で純粋無垢な子供たちに踏み潰される蟻のように、たちまち死んでしまう。それは他の動物たちに置き換えても結果は変わらない。

 自然の摂理で見れば、そんな事は日常茶飯事に過ぎない。地球全体で見れば、例え大量虐殺が引き起こされてもちっぽけな命たちがポツンと消えた程度の感想だ。感じる事は何もないはず。しかし、自分たち人間は知性や感情を得ている。善悪という概念が生まれたりもすれば、あらゆる物事をシンプルに帰結させる事はない。むしろ、ちっぽけでかけがえのないものだからこそ、大切に守らなければならないという考えもできる。エニグマに突入してきている面々は間違いなく、その中の一員と言えた。

 静かに怒るナイトローグに、EVOLカイザーをそっと溜息をつく。やれやれと言う風に肩をすくめ、常人とは逸した思考を以てしてナイトローグたちの琴線を何気なしに撫で回していく。

 

「交渉のつもりだったのだが、あっさり蹴るか。救える人間を即座に諦めるとは、これではどちらが命を冒涜しているかわからないな。いや、他者からの承認がなければ自己も保てない脆弱な者を救う価値などないか」

 

「一度死んだ人間の命は戻らない。生き返る手段があるからって、簡単に誰かを殺せるあなたの方が異常よ! どうせクローンってオチなんでしょ? わっかりやっすい!」

 

「バグスターウイルスを応用すれば、正真正銘の本人が蘇生できる。……と言っても、ブラッドスタークには説明してもわからん話か」

 

 声を荒上げるブラッドスタークへの説明を中途半端に切り上げるEVOLカイザー。無論、キッチリ説明しても正しく理解できるのはナイトローグのみ。死者蘇生などという、そんな都合の良いものを実証もなしに信じる事のできる人間など、そうそういやしない。

 当然、そんな彼の譲歩を聞き入れるつもりはナイトローグには毛頭なかった。ただでさえ、あの少年を救う事ができなかったのだ。せめて、化物でありたがった彼を突き放すのではなく、人間として引き留めさせてあげたい。バグスター化させてしまえば、今度こそ少年は元に戻れなくなる。殺す事でしか救えなくなる段階まで真っ逆さまに落ちてしまう。

 最初から成立の目処は立ってはいなかった交渉が決裂し、三人は一斉に戦闘態勢に移る。揃ってビルドドライバーを腰に巻いている彼らを見て、EVOLカイザーは嘲笑した。

 

「白式以外の侵入者はドライバー使いに成り下がったか。それを破壊すれば攻略は容易い」

 

「行くぞ、スターク」

 

「おう!」

 

 ナイトローグはスチームブレードを、ブラッドスタークはビートクローザーを手に突撃を開始する。対してEVOLカイザーは己の余裕と優位を誇示するかのように、素手で迎え撃った。

 手刀と剣がぶつかり合う。腕部の非常識な耐久力を前に切断は叶わず、単に真正面から攻めるだけではEVOLカイザーの防御は崩せない。ナイトローグたちが交差させた剣を片手であっさり受け止め、逆に数発の殴打と蹴りを素早く放つ。僅かに後退りした二人は左右に散り、周囲にある柱を足場にし、とにかく不規則に跳び回ってEVOLカイザーに攻め掛かる。

 若干、戦闘の優劣が変化する。背後から迫るブラッドスタークをEVOLカイザーが地面に叩き落とした刹那、ナイトローグがスタンプのように何度も蹴り付けてきた。それを受け流せば、今度は真下からブラッドスタークのアッパーが飛び出る。顎と拳が微かに触れ、ビートクローザーが振られるよりも早く彼女を殴り飛ばす。

 

 ブラッドスタークがそそくさと受け身を取るのも束の間、EVOLカイザーの全身が赤い残像となって激しくブレる。瞬きした瞬間には、二人の身体が転がされる。受け身を取る暇もなく、揃って宙に大きく舞う。EVOLカイザーが残像ワープを止める気配はない。

 この時、不意にもナイトローグとブラッドスタークは背中合わせとなった。浮遊感に包まれた中、EVOLカイザーが接近してくるのを辛抱強く待つ。ナイトローグの目前に赤い光が高速で詰め寄ってくるや否や、拳を振りかぶってくる寸前に朧げだったEVOLカイザーの肉体が実体化する。相手の攻撃よりもコンマ数秒早く、ナイトローグはスチームブレードを突き出した。

 みぞおちを穿たれ、EVOLカイザーは大きく仰け反る。即座に残像ワープを再開するものの、次の狙いであるブラッドスタークにも反撃をもらってしまう。三度目、今度は二人同時に叩き潰さんとするが、やはりカウンターを決められる。地に落ちたEVOLカイザーの元へ、ナイトローグたちが降り立った。

 

「ぐっ……! 見切っただと……!?」

 

「もう目が肥えた!」

 

『スペシャルチューン!』

 

 そう答えたブラッドスタークは、ナイトローグから渡されたエンジンフルボトルをビートクローザーにセット。柄部分のレバーを二回引く。

 

『ヒッパレー! ヒッパレー! ミリオンスラッシュ!』

 

 刀身から翠炎の火炎弾が放たれる。EVOLカイザーは間一髪でそれを腕で弾くと、突如としてナイトローグに後ろを立たれてしまった。近くを黒い煙がゆっくりと霧散していく。

 いつの間にかエレキスチームを発動させた刃を、真上に跳躍して避けるEVOLカイザー。そこを間髪入れずに柄を三回引いたブラッドスタークが、自身の身体にも翠炎を纏わせながら斬撃を連続で放った。

 

『メガスラッシュ!』

 

 数多の物質を焼き斬る業炎は両腕でガードされる。しかし、二発目の斬撃はナイトローグの方へと向かった。EVOLカイザーとは対照的に、その翠炎は彼を燃やし尽くす事はない。それどころか、炎を受け入れたナイトローグはブラッドスタークと同じようにブレイズアップモードへと移行していた。纏った炎の色も、翠から紫へ変化する。

 炎の加護を得た二人の身体能力が強化され、ほんの一瞬でEVOLカイザーに近づき、すれ違い様に斬り付ける。それは単に斬り傷を与えるだけでなく、じわじわと獲物を弱らせる猛毒の如くEVOLカイザーの装甲を浸食していく。

 

「チッ……舐めるなぁっ!!」

 

 ナイトローグたちが再び攻撃を加える直前、EVOLカイザーは周囲に赤いバリアを張る。炎を帯びる剣とバリアが衝突しあい、やがて力負けした二人の身体が大きく弾き飛ばされる。その勢いでブレイズアップモードも解けてしまった。

 二人が起き上がる最中もEVOLカイザーはバリアを張ったまま、その中に閉じこもる。互いに顔を見合わせたナイトローグとブラッドスタークがもう一度立ち向かって来た時に、バリア内部に変化が訪れた。

 おぞましい漆黒の稲光が迸る。バリア解除と共にそれは周囲に衝撃波を飛ばし、辺り一帯に建てられているオブジェをあらかた破壊し尽くす。身を屈めて衝撃波を忍んだナイトローグたちが顔を上げると、そこにはフェーズ3へと進化したEVOLカイザーがいた。同時に、彼の身体から液状の何かが一つ放出される。

 

「ロットロ!?」

 

 目の前に転がってきたそれを見て、ナイトローグが驚愕する。スライム状態でありながらも猫の面影を残しているそれは、まさしくロットロであった。以前に会った時とは大きく違い、酷く衰弱している。命は風前の灯火かのように思えた。

 

「SOLUからブラッド族の遺伝子を完全に引き抜いた。直にそいつは息絶え、そして私は再び進化を始める」

 

 そう言うEVOLカイザーに、ナイトローグは優しくロットロを手のひらに乗せる。目と鼻の先で小さな命が死んでいく事に、彼の隣に立つブラッドスタークも動揺を隠せない。ナイトローグの手の中で鼓動を続けるSOLUの生命が、だんだん消え去っていく。

 

「急激な進化の先には死しか待っていない。だから私は敢えて緩やかな進化を選んだ。そのために必要なのは現在開発中のロストスマッシュと、死亡した所有者が限界まで力を引き出したフルボトルの吸収。殺せる場面があったのに貴様たちを生かしたのはそれが理由だ」

 

 特に求められている訳でもないのに、淡々と話し続けるEVOLカイザー。その声に並々ならない憤りが込められているのは、誰が聞いても明白だった。

 

「だが、やはり仮面ライダーを放置するのはリスクが大きすぎる。飼いならすならスマッシュで十分。……理不尽な奇跡などうんざりだッ!! 二度と正義だなんだとほざけないよう痛めつけてくれるッ!!」

 

 そして、間を置かずにフェーズ4へと至った。それに応じてエニグマも上昇しながら、人型の戦闘形態へと変形していく。一気に頂上の傾斜が高くなり、遂に足が地面から離れたナイトローグとブラッドスタークは一緒に翼を広げる。

 

「弦人! 鏡さん!」

 

 その直後、遅れて白式HSが現場に駆け付けてきた。ヘルブロスも気絶した蘭を大事に抱えながら、この外へと出てくる。

 

「白式、ヘルブロス、インフェルシス。まだ貴様たちは要らん。ここで退場だ」

 

 だが、EVOLカイザーにあっさりと冷酷な宣告を下される。赤い光の壁が彼ら三人をエニグマから追い出し、スカイウォール内に自身諸共ナイトローグとブラッドスタークを閉じ込めた。遥か上空まで勢い良く上り詰めたエニグマは、頭上に展開したワープゲートを爪先まで下ろして日本の地から消え去る。

 

 

 

 エニグマの新たな空間転移先は、太平洋のど真ん中。おもむろに海の中へ脚を沈めていくエニグマの内部で、改めてナイトローグたちはEVOLカイザーと対峙していた。足場などどこにもない、無限に距離が続く暗黒空間へと導かれて。

 瀕死のロットロを、ナイトローグはエンプティボトルの中へと逃がす。それを懐へと仕舞えば、一先ず安心だ。

 

「スターク。もう一度ブレイズアップモードできるか?」

 

「できるよ。けどちょっと疲れる」

 

「死ななければ安い」

 

 ブラッドスタークと短く言葉を交わし、再度ブレイズアップモードを発動した彼女から炎を受け取る。暗黒空間に二つの灯火がほんのりと現れ、闇を仄かに照らす。

 

「無駄だ! その程度で星狩りの力には敵わん!」

 

 構えるEVOLカイザーの背後に無数の光球が現れる。光球を基点にし、夥しい量のビーム砲撃が降り注がれた。咄嗟に回避行動を取ったナイトローグたちは、弾幕の中を掻い潜りながら敵の元へ着実に近付いていく。

 しかし、EVOLカイザーは彼らに近付かれる事を良しとしなかった。自身も後ろへ下がっていく一方で、大量のフォレストシーカーを放つ。偵察機に過ぎない球体状のそれは正方形のワープゲートを潜り抜けて射出されるだけでなく、たちまちプレス機の姿へと変化していく。

 正面の砲撃。四方八方から無尽蔵に襲い掛かってくる飛来物。衝突しようとするプレス機の威力は尋常ではなく、一度当たれば攻撃の荒波に飲み込まれかねない。

 ブラッドスタークの全方位をプレス機が囲む。彼女はスティングヴァイパーを器用に扱い、さっと自分の周りに崩壊毒を撒く。その中目掛けて飛んでいくプレス機が次々と自滅していくが、崩壊毒の量が足りない。物量で容易く突破され、胴に直撃を受けた彼女の身体が跳ねた。

 

「あぅっ!」

 

 前後左右より飛来する、ペアを組んだプレス機が立て続けに彼女を何度も押し潰す。執拗にビルドドライバーを狙い、破壊を試みる。

 どうにかこのパターンから抜け出そうとするブラッドスタークだが、立方体の形でワープゲートに全方位を大きく囲われる。全てのワープゲートの先には、鏡写しのように自分の姿があった。加えて、この結界内に一つだけ出現した新たな小さい出入り口から、ビーム弾幕が乱反射される。

 遠慮なしにビームやプレス機の飛び交う景色が俄然うるさくなり、狭苦しさは倍増する。躱す度に弾幕密度は引き上げられ、煙幕を纏った空間転移を実行しても元いた場所に留められる。一秒経過する度に、密閉された強化ガラスの水槽に水没させられる人間のように、逃げ場が奪われていく。どれほど弾幕を叩き落としても、焼け石に水だった。

 

「スターク!」

 

『Ready go! ボルテックアタック!』

 

 急速に引き返してきたナイトローグが、ビルドドライバーのレバーを回す。漆黒の翼から紫炎の刃が限りなく伸ばされ、ワープゲート同士を結び付けるラインを正確に斬り裂く。

 その僅かな隙間からブラッドスタークが一目散に飛び出してきた。それを追い掛けるかのように、結界内部を延々と彷徨っていた弾幕が一斉に溢れ出す。とにかく弾幕密度は更にえげつなくなり、今度は二人ともワープゲートの結界に閉じ込められる。

 休む暇もない。ナイトローグはブラッドスタークを抱えたままその場を回転し、光の翼を振り回す。ほとんどの弾幕をあっという間に蹴散らした。

 その後、どこからともなく光球がゆったりと送られてくる。それを無視して外に出ようとした矢先、途端に融解を始めた光球にナイトローグが舌打ちした。

 

「くそっ!」

 

 光球が大爆発を起こしたのは、その直後だった。爆発の規模はワープゲートの結界をあっさり崩壊させ、紅蓮の炎を巻き上がらせながら十字架状に広がる。容赦なくナイトローグたちを焼き払って――

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒焦げとなった翼が折れ落ちる。新しく予備の翼が生成されるが、実際に使えるようになるまで時間が掛かった。翼に包まってブラッドスタークを庇ったナイトローグは、防ぎ切れなかったダメージでボロボロになりながら、無数のデブリが漂う中にいた。

 二人とも、全身に纏った炎を再び失っていた。ナイトローグと比べて、決して受けたダメージは少ないブラッドスタークが彼の心配をする。

 

「弦人くん! 生きてる!?」

 

「……ああ、だが――」

 

 彼女の両手が優しくナイトローグの頬に触れる。既に両者は満身創痍で、ブラッドスタークに至ってはビルドドライバーの損傷具合が不安だ。過去に変身デバイスの破壊で命を落としていった仮面ライダーの数は、そう少なくはない。もしも生身でこの暗黒空間に放り出されれば、ほぼ宇宙と変わらない環境で一瞬にして死に絶える事だろう。

 その遥か彼方、遠方にてEVOLカイザーは二人を見下ろす。絶対に近付かないという鋼の意志が見て取れた。彼がさっと手を動かすと、周囲に数多な映像が浮かび上がる。そこに映るのは全て、一体ずつ形態が異なる仮面ライダービルドたちであった。

 

「これはエニグマが観測している平行世界の映像だ。どの世界にも害虫のように仮面ライダーが存在している」

 

 ファイヤーヘッジホッグが火事現場の沈静化や被災地などの救命活動に勤しむ。

 キードラゴンの設立した信用金庫が一躍有名となり、絶対に破る事が不可能な金庫として世界中に知られる。共に活動するゴリラモンドは、全ての人々が宝石を手にできるようにダイヤを大量に生み出し、供給過多でダイヤの相場を大幅に下落させた。

 海賊退治する海賊電車。命懸けな海難事故に立ち向かうオクトバスライト、ハチマリン、サメバイク。タートルウォッチとコンビを組んだライオンクリーナーは見事な手腕で、海のど真ん中に溜まっているゴミを全て片付けた。

 どんな過酷な戦場であろうとも生還率120%で知られる戦場カメラマンのビートルカメラ。

 空の事故に迅速に対処するクジラジェットとホークガトリング。

 世界中に散らばる貧しい子供たちのために夢と希望を送り、そのための支援に一切手を抜かないサンタケーキ。

 自身が描いた漫画がアニメ化するほどまで大成功し、それで成した財産を躊躇なく募金に投じるニンニンコミック。アシスタントは分身。コミックマーケットに出す同人誌の価格は全てワンコイン。

 密猟者から絶滅危惧種の野生動物を守るために、シカピラミッドやキリンサイクロンが日夜奔走する。砂漠化が進む大地にローズコプターが緑を取り戻す。その頃、サイドライヤーは野生動物保護の仕事と平行して一流トリマーとなっていた。

 地球温暖化の影響で氷河が溶け、海面が上昇し、小さな島々が沈没する事を嘆いたスパイダークーラーとペンギンスケーターが、これ以上の氷河の溶解を死守する。

 ロケットパンダ、トラUFOが宇宙開発に勤しむ。異星人の侵略戦争が引き起こされた際は、フェニックスロボが先陣を切って宇宙を駆ける。終いにはドッグマイクの歌でミンメイアタックを敢行し、星間戦争を終結に導いた。

 サイバー犯罪と戦うスマホウルフ。守りたいものもなく、ただ仕事のために変身していた彼は相棒のクマテレビを通じて、多くの仲間たちと絆を深めていく。

 

 用いられるフルボトルは六十本だけではない。レジェンドミックスのボトルも使われており、動画配信サイトを通して無数の人間に呪いを掛けた貞子を倒すために、マグゴーストとおばけパーカーが協力する。

 街の事件を解決する探偵USB。人体に感染するコンピュータウイルスを完治させるゲームドクター。友情ロケットはトランスチームガンで変身したゼブラ、シザース、ハンマー、スパナと共に月面基地を組み立てていた。

 

「こんな連中に私の不老不死の実験が尽く邪魔された。どんなに殺しても、人々の心の中にある希望という漠然としたもので蘇ってくる……!!」

 

 誰もが自分の信じる道を突き進んでいる。そんな彼らの様子が気に食わなかったEVOLカイザーは、握り潰すようにして映像を次々と消滅させていく。

 

「近い将来、パンドラボックスの欠片を求めてブラッド族の残党が地球に訪れる。大国の主要者は軒並み寄生され、パンドラボックス修復の先に待っているのは地球の滅亡だ。彼らを殲滅するために不老不死を目指す私の方がよっぽど世界のために動いているのに、何故それを邪魔する? 元から命の値段は安い。全ての人間を救う事も最初から不可能だ。そしてわざわざ救う価値も必要性もない」

 

 新たに追加された未来の映像を背景に、EVOLカイザーの声が響き渡る。流される映像はどれも悲惨な争いの景色ばかりで、救いというものを微塵も感じさせない。ひたすら人間の愚かさを強調し、見る者全てをドン底まで絶望させる勢いだ。

 それを地獄と呼ぶにはレベルが高すぎる、何と形容すべきか困るほどのものだった。一から十まで都合の悪い事しか起きないように運命付けられているのかと疑ってしまう。

 そんな理解に苦しむディストピアを見せつけられ、されどナイトローグの心が揺らぐ事はなかった。ただ単純に、先程EVOLカイザーが漏らした疑問を回答していく。

 

「それは結局、お前が己の欲望と幸福だけを願っているからだ」

 

「ブラッド族のように地球は滅ぼさん」

 

「でも誰かを殺していくんでしょ? 自分のために、今ここで私と弦人くんを」

 

 即座に言葉を返すブラッドスターク。そこから会話は止まり、辺りは静寂に包まれる。しばらくして、EVOLカイザーは攻撃の手を再開した。

 

「私は貴様たちに近付かない。有史以来、人々が選んだ最適解を取るだけだ。遠くから安全に、一方的に叩きのめす」

 

 そして砲撃の嵐が猛威を振るう。今度は継続して一直線上に放たれる光線だった。数百本もの細長い光線がナイトローグたちを襲い、絵描きの筆のような動きで滑らかに素早く照準を合わせてくる。

 空振った分の光線はその先に開かれたワープゲートを通じて、上下左右から注がれる。やがて火線を集中しすぎた光線は一枚のバリアとして形成され、懸命に弾幕を避け続けるナイトローグたちの行く手を阻む。後方からもバリアが生まれ、逃げる暇もなく二枚に挟まれた。

 衝突したバリア同士は勢い良く爆ぜる。閃光が激しく煌めき、その中から二つの影が果てなき闇の向こう側へと墜落していく。それでも砲撃は止む事はなかった。

 

「フハハハハハハ! そんな無様なやられようでは私はおろか、低級のブラッド族にも敵いやしない!! さぁ、情けない声を出しながら命乞いをしろ! さすれば例え達磨になろうとも、生命維持装置に繋げて生かしといてやる!!」

 

 EVOLカイザーの口から邪悪な笑い声が溢れ出る。それに合わせるかのように弾幕の苛烈さが増していく。

 しかし、どんなに絶望的な状況に立たされようとも、ナイトローグたちの言う事は変わらなかった。圧倒的強者という立ち位置で愉悦に浸る彼の期待を裏切る形で、二人は叫ぶ。

 

「俺はナイトローグを裏切ってまでここに来た!! 今更、引き返せるものかッ!!」

 

「どんなに辛くたって、大切なものは最後まで守り切る!! 私たちはこんなところで絶対に死なないッ!!」

 

『『Ready go! ボルテックアタック/ドラゴニックフィニッシュ!』』

 

 押し寄せる極光の波を打ち破ろうと、二人合わせてライダーキックを繰り出す。ちっぽけな人間二人を光が覆い尽くしてくる中を、蛇竜と蝙蝠が一心不乱に足掻き続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、不思議な事が起こった。 

 

 

 

 

 

 

 



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光芒 ―unite― 後編

 その時、不思議な事が起こった。ナイトローグの持っていた銀のボトルと、ロットロが避難したエンプティボトルが共鳴を始めたのだった。不屈の魂を持つ彼らに間近で触発されたロットロが、瀕死であるにも関わらず力を振り絞る。二人のライダーキックが一つになり、真っ向から極光に打ち勝つ。

 

「何っ!?」

 

 目を見開かせるEVOLカイザー。ワープゲートで返させるには、翼竜共々突撃してくる彼らの火力が高すぎる。潜らせる直前にワープゲートは崩壊してしまい、あらゆる迎撃も容易く突破された。気付けば目前にまで迫られたEVOLカイザーは、辛うじてその一撃を避けた。

 天へと繋ぐ光は闇を明るく照らす。戸惑いを隠し切れないEVOLカイザーの目の前に、一人の融合戦士がゆったりと降りてきた。

 全身が白銀に輝き、腰からローブを垂らす。ビルドドライバーにセットされるのは、コブラとコウモリを目の形にした独特の缶。右肩にはナイトローグ、左肩にはブラッドスタークの仮面が備え付けられ、背中には青い炎の翼を一対生やしている。各部位の特徴も左右非対称となり、以前の状態とは全く異なる新しい戦士が誕生した。コブラとコウモリの複眼がEVOLカイザーの顔を覗き込む。

 

 その名も双烈融身、ユナイトローグ。目の前で起きた奇跡にトラウマを刺激されたEVOLカイザーは、癇癪を堪えて冷静に努める。それから黙って五十体ほどの分身体を生み出し、本体である自分は下がって攻撃を彼らに任せた。

 

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 五十丁のエボルスチームガンが一斉射される。だが、ユナイトローグから放たれる波動に弾幕が触れた瞬間、凍り付くや否や消滅する。エネルギーの塊が凍結するという奇天烈な現象に本体は面食らい、ユナイトローグに側を通りすがられた分身体たちが為す術なくどんどん凍っていく。

 やがて分身体が全滅し、拳と拳がぶつかり合う。ユナイトローグの凍て付く波動には、EVOLカイザーは同じくアイススマッシュの凍結能力を以てして対抗した。分身体のような急激なダメージが大きく抑制される。

 

 即座に残像ワープで大きく距離を取ろうとすれば、余裕だと言わんばかりにユナイトローグが霧ワープで追撃してきた。ワープ同士が接触した刹那、反発する力が働いて互いに弾き飛ばされる。その際にワープは解除され、もう一度逃げようとするEVOLカイザーの周囲に山のように立ち昇る巨大な雲海が発生した。発生源はユナイトローグのパイプからで、とてつもない濃度のスモークが暗黒空間内に出現する。

 巨大雲に覆い被されたEVOLカイザーは残像ワープを試みようとするものの、周りの浮雲たちがそれを阻害するように力場を放つ。次いで、猛スピードでユナイトローグが彼を追い掛けてきた。

 

 雲の中にいるだけでも、身体が凍結していく。究極の変身として完成させた戦闘スーツに発生した信じられない不具合に、EVOLカイザーは困惑してしまう。彼としても、そんな軟な作り方はしていないと自負していた。アイススマッシュの能力を全開にし、冷気を操作して自身が凍り付いてしまうのを防ぐ。

 程なくして吹雪が吹き荒れる。接近してきたユナイトローグと何度も肉弾戦の応酬をする。ワープとは関係ないスタッグスマッシュの純粋な高速移動にすら追い付かれ、劣勢を強いられる自分のパフォーマンスが低下している事に気付く。ビームを放とうとエネルギーを手のひらに込めるが、たちまちそれが冷却されてしまう。

 熱というのは下げるよりも上げる方が遥かに簡単だ。それなのに、結局作り出せたのはちっぽけな光一つだけ。ビーム照射は中断し、エボルスチームガンを取り出す。

 

 その赤い銃に目を光らせたユナイトローグが、執拗にそれの破壊を仕掛けてきた。せっかくなので、あっさりとエボルスチームガンを彼に上げる。案の定、動きが一瞬止まった。

 すかさずEVOLカイザーは、もう一つのエボルスチームガンを取り出して引き金を引いた。ゼロ距離でユナイトローグのどてっ腹に散弾全てが命中し、相手を突き放す。

 

「バカめ!! 戦闘に使うのは全て予備に決まっているだろう!!」

 

 捨てたエボルスチームガンはワープゲートでこっそり回収する。ワープゲートの大きさも、銃器一つを持ち運べる程度までしか展開できなかった。

 この雲の中では、どうやらブラッド族の力が抑制されるらしい。己の身体の中にそう短くない期間居続けたSOLUが抗体のような性質を得たと考えれば、あの融合したナイトローグがここまでの能力を発揮するのはさほど不思議ではない。つくづく仮面ライダーが忌まわしくなる。

 二丁持ちとなり、ユナイトローグに向けて計六十発ほど連射する。近寄らせないのも束の間、突如EVOLカイザーの付近に雪の腕が複数伸びてきた。雲から生える形で、雪の腕はEVOLカイザーを殴り飛ばす。

 

 すると、雪腕のラッシュを耐え忍ぶEVOLカイザーの全身が発光を始めた。そこから途方もない熱エネルギーが生み出され、巨大雲を霧散させる勢いで胸部からビームをそこら中に照射する。熱を浴びた雲や雪は破裂音を轟かせながら一瞬で気化し、ありったけの蒸気が生まれて視界が更に酷くなるのも少しの間だけ。遂に雲は晴れ、EVOLカイザーはとある場所から数十本のフルボトルを手元に転送させた。

 そのフルボトルは全て、ネビュラガスを浴びた人間たちの血肉と魂が込められたもの。憎悪と怨嗟に満ち溢れているため、耐性のない者が使用するとボトルに心身を食い殺される。あくまでスマッシュ用として開発したが、使いようでは攻撃にも使える。それを全部、ユナイトローグに放り投げた。

 

 フルボトルがバラバラに飛んでいく。ユナイトローグを囲む位置まで落ちていくと、フルボトルを起点に黒い雷撃が彼を穿った。雷撃は対象をその場で捕縛し、霧ワープで逃がす事も許さない。たちまち身の回りを黒くおぞましい液体で包み込む。多くの負の想念を添えて。

 幽霊のように人々の幻影が浮かんでは、ポツンと消えていく。ボトルに詰められた無数の声がおどろおどろしく木霊し、身動きの取れないユナイトローグの身体を蝕んでいく。白銀の輝きも次第に奪われていった。

 

 

 

 恋人が出来た。プロポーズに成功した。明日は結婚式だった。妻が妊娠した。子どもが生まれたばかり。ようやく孫に恵まれた。最期は笑って逝きたかった。

 テストで満点取ったから、家に帰れば親が褒めてくれる。部活動の大会で優勝した。やっと会社の面接に受かった。遂にここまで出世したのに。

 長い時間を掛けてドナーを見つけた。重たい病気から回復した。最後に美味しいものを食べたかった。喧嘩別れした友達と仲直りをしたかった。冤罪を晴らしたかった。

 親の愛が欲しい。本当は自殺したくない。救われたかった。普通の人生を謳歌したかった。学校に通いたかった。煙たがれたくない。人身売買されるなんて嫌だった。

 騙されて借金を背負わされた。植物状態から目覚めたら、家族・友人・恋人・財産の全てが奪われていた。わざとバイクで轢かれて、音楽が弾けなくなった。話を聞いてもらう事すら許されず、見た目だけで全てを否定された。クラスメート全員に校舎の窓から落とされた。

 葬式で死んだ兄弟を下卑たく笑う奴がいた。親が危篤の時、人の命より仕事だと強いられた。車が店に突っ込んできて家族が死んだ。事故で足が潰れた。瓦礫に埋もれた。誰も助けてくれない。見殺しにされた。

 死にたくない。死にたくなかった。許さない。まだ生きたかった。

 

 

 希望と読み取れるものさえ絶望に反転し、そんな声ばかりが暗闇の中に反響する。言葉だけでは何の力も持たないし、意味もない。陰惨な死を遂げた彼らの無念をEVOLカイザーは仮面の下で嘲笑いながら、エボルスチームガン二丁にギアを四本装填させる。独りでに浮かんだギアは、彼の意思に沿うままに動いた。

 

「終わりだな」

 

 そうして狙いを定める次の瞬間――

 

「〜♪ 〜〜♫ 〜〜〜♬」

 

 どこからともなく、歌が流れ始めた。音楽に通じていなくとも曲調でなんとなく理解できる。これは鎮魂歌だと。いきなりの出来事に原因を探るEVOLカイザーは、頭上に人知れず映像が流れている事を知る。自分はそうした覚えがないのに、勝手に鎮魂歌が歌われていた。

 歌うのはドッグマイク。映像を繋げているのはトラUFO、マグゴースト、おばけパーカーの三人。EVOLカイザーが閉じようとしても映像は切れず、為されるがまま。あの一箇所だけが、エニグマと完全に切り離された別次元のように感じられた。

 一体どういう事なのか。それを考えるまでもなく、マグゴーストが画面の向こう側から話し掛けてきた。

 

『オカルトパワーならこっちの分野だ! 負けるなナイトローグ! 世界の壁を越えて、多くのビルドたちがお前を応援している!』

 

 無論、エニグマに平行世界の住人と会話できる機能も許可していない。まさかの身も蓋もない超常現象に頭が痛くなるが、すぐに詮無き事だと気持ちを切り替える。

 

「……ふん、ふざけた事を。たかが応援と歌だけで強くなれるなら苦労はしない。所詮、ヒトではな」

 

 人間の限界を超えなければ、この先やって来る異星人にすら歯が立たない。そもそも純粋な人間であり続ける必要性もない。ナイトローグたちが人間であろうとする限り、端から自分が負ける要素など何もなかったのだ。以前なら違っていたが、今なら自信を持って断言できる。仮面ライダーなど、恐るるに足りぬと。

 何度でも奇跡を起こすなら、何度でも奇跡を破ろう。何度でも蘇るのなら、何度でも殺そう。お前の事だ、Black RX。

 例え無敵でも血が流れるのなら、生物であるのなら殺す事ができる。ブラックホールにでも放り込めば、あらゆる生命は瞬時に消滅する。ゆっくりと進化していけば、やがて自分もブラックホールを生成できるほどの力を得るだろう。惑星を食らうほどの規模はいらない。

 

 気を取り直してエボルスチームガンを構える。すると、ユナイトローグを囲む負の想念に何らかの変化が起きようとしていた。だが関係ない。そんなものは原始的な暴力で木っ端微塵に粉砕せしめる。

 

()()()()()()()()()()()

 

 立て続けにエネルギー弾がユナイトローグに命中する。フルボトルも巻き込んでしまうが些細な損失だ。派手に爆発し、宇宙で発射された描く弾頭のように大きな火球が生まれる。これで目の前の障害は取り除かれた――かのように思えた。

 

 爆発が止んだ先から、金色の光が差し込む。ユナイトローグの抹殺は失敗していた。彼を捕らえていたフルボトルが黄金に輝き、封じられていたネビュラガスを一斉に外へ解き放つ。ガスは解放された瞬間に浄化され、その中から大量の生命のカタチが飛び立った。

 死んでいった者たちの魂にレクイエムを。ドッグマイクの奏でる歌が奇しくも死者を慈しみ、慰める。もはや全ての生きとし生ける者にまで留まる事を知らなかった怨念を鎮め、安息へと着かせていく。

 EVOLカイザーは思わず息を飲む。とにかく、これから起きるのはかつてない程の理不尽であると頭に浮かんで離れない。光の中から飛び出してきたユナイトローグの後を、光球となった無数の魂が追従する。まるで彼を天から迎えに来た使者と捉えるように。

 その一方で、自分に仇なす奇跡をとことん嫌う進化の皇帝が、成仏するはずの魂たちが報復と言わんばかりに牙を剥いてくるのではないかと気が気でなかった。光球を纏って金色に輝くユナイトローグが、地獄から来た断裁者のように錯覚してしまう。

 この胸の内に抱く恐怖は、世界を越えて集結した四人の世紀王と対峙する時の比ではない。光の戦士に蹂躙された時のケースとも違う。闇を無くすほど照らす強い生命の輝きに、ドス黒く染まった自分がゼロまで掻き消されるような気分だった。

 

「ぐおおぉぉぉぉぉぉッ――!?」

 

 金色の嵐に飲まれる。ユナイトローグの突き出した拳が、暗黒空間を貫いてEVOLカイザーをエニグマの外へと殴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エニグマの外へ盛大に抜け出した生命の輝きは、未だ勢いを衰えさせない。惑星級戦闘体の真正面で物怖じせず、人工ボトル以外から集まってきた光も引き連れて更なる変化を巻き起こす。金色の嵐は人の姿を織り成し、やがて細部もユナイトローグのものへ形成される。エニグマに負けず劣らずの光の巨人と化した、ユナイトローグが誕生した。

 その輝きの中に、ナイトローグとブラッドスタークはいた。何事もなかったかのように平静さを装うが、内心は合体した事や光の巨人になった事で驚きが一杯である。特にブラッドスタークが、隣にいる彼を何度もチラチラ見たりとそわそわしていた。

 

「弦人くん、あの、その、私ね……」

 

「言うな、スターク」

 

「言わせて! ここで吐き出しておかないと悶々とするもん! あの、いきなり合体しちゃったりしたけど……弦人くんとだったからイヤじゃなかった、よ……?」

 

 気まずい空気が流れ出す。恥ずかしがりながら指をもじもじしさせて小首を傾げるブラッドスタークを、ナイトローグは最後まで直視する事はなかった。あくまで前を見据え、それでも傍目で彼女のそんな素振りを確認してしまい、とうとう片手で頭を軽く抱える。小さく溜め息もついた。

 この合体現象に類似するケースは他にもクローズビルドやブラッド、クローズエボルがある。しかし、その前提条件として要求されるのは、人間の限界を遥かに超えたハザードレベル7以上とブラッド族の遺伝子だ。自分とブラッドスタークは、どんなにネビュラガス投与を受けているとしても人間の範疇は越えていない。一人の人間に誰かの意識を転送するならまだしも、普通なら何の触媒もないのに生身同士の合体など不可能だ。

 

 考えられるに、切っ掛けはブラッド族と同じ宇宙生命体であるロットロの存在である。二人同時にライダーキックした時に、懐に仕舞っていたロットロ入りエンプティボトルと銀のボトルが共鳴・発光現象を引き起こした。SOLUには優れた学習能力と擬態、そしてレアケースと思われる進化速度を持っている。EVOLカイザーに取り込まれていた際にそのメカニズムを我が物としていたなら、この不思議な事は仮定だらけだが説明できる。本当に奇跡だった。

 加えて、光の巨人にもなっている。クマテレビが投影する“熊出没注意!!”の看板よりも大きい。そうしてナイトローグは適当にこの合体の原因を考えた後、次にブラッドスタークへ何の言葉を投げ掛けようかと数瞬悩む。

 

「……責任は取る」

 

 結果、一瞬だけ間の抜けた表情になったブラッドスタークを見る事になった。仮面で素顔が隠れていても、今どんな風になっているかは想像に難くない。

 

「へ? ……えぇっー!? あっ、ちょっ、待った! タンマタンマ! 合体って言っても別に聖なる営みとかじゃないからセーフ!! セーフ!! ……セーフだよね?」

 

 不安げになりながら、そう尋ねてくるブラッドスターク。しかし、ナイトローグは違った。

 

「だが初めての合体という事に変わりはない。俺もナイトローグだ。ナイトローグとして最低の行為だけはしたくない」

 

「……えっと、不本意でそうするつもりなら私、全然嬉しくないよ? てか、そんな気持ちで責任取ってほしくない」

 

「……大丈夫だ。俺も、お前と合体できて悪い気はしなかった。そもそも、嫌いなヤツとは共闘すらお断りだ」

 

 若干照れつつ、しっかりと言い切る。この方向性がねじ曲がったナイトローグとしての真面目ぶりが、戦闘中にも関わらず奇妙な化学反応を起こして、どこか緩んだ空気を生み出した。

 その言葉を聴いたブラッドスタークが、途端にわなわなと震え出す。まるで羞恥に堪えきれない様子で首をふるふると横に振り、顔を真っ赤にしながら精一杯叫んだ。

 

「そう言ってもらえると嬉しいけどぉ! 嬉しいけどさぁ! ものっっっすごく恥ずかしいっ!! キャアァァァァァァァァー!!」

 

 彼女の口から黄色い悲鳴が飛び出た。その場で子兎のようにピョンピョンと小刻みに跳ね、喜びと恥ずかしさが混ぜ合わった姿を表現する。しばらくそれを眺めるナイトローグだったが、エニグマが行動を始めた事に気付いて彼女に告げる。

 

「来るぞ」

 

 実に騒がしかったブラッドスタークが、その一言だけで静まり返る。次に正面のエニグマを確認して、素早く気持ちを切り替えた。

 EVOLカイザーが投げ付けたフルボトルの闇に飲まれた時、死を凝縮させた多くの人々の怨嗟を四方八方ぶつけられた。それはたちまち身と心を蝕むほどで、ドッグマイクの鎮魂歌で安らかな光へ変わってもその事実は変わらない。ここでEVOLカイザーを倒さなければ、理不尽にも命を奪われた彼らが完全に報われる事はないだろう。既に人外となった奴が生きている限り、戦う力を持たない人々が犠牲になり続ける。片手間で星を滅ぼせる力に綺麗事での対抗は無意味だ。

 そんな生命の輝きが、こうして力を貸してくれる。その使い方は決して復讐の代行ではない。一つの命に繋がる多くの人間たちと、その未来を守るためだ。ナイトローグとブラッドスタークは一度目を合わせる。

 

「スターク、この光の意味がわかるか? 最上に連れ去られた全ての人間の命の結晶だ。何千もの命が、小さなボトルに掻き集められた」

 

「うん。あの時、色んな人の声を聴いた。英語とかごちゃまぜだったけど、確かな悲しみが心に伝わった。それだけで私も死にそうになった。でも今は違う。今ならわかる。守るのは誰か一人だけじゃないって」

 

「ああ。悪い事ばかりじゃない。守った先に人々の想いが紡がれていく、永遠に。それこそが俺の力の源だ。それでもスターク、俺に着いてくるか?」

 

「愚問すぎない? ここまで来たんだから、最後までひとっ走り付き合うよ!」

 

 これから成すべき事は決まりきっていた。ただでさえ、ビルドたちにナイトローグとして応援されてしまったのだ。悩んでいる時間も、その必要もない。

 

 EVOLカイザーはエニグマの頭頂部に立っていた。憤りが収まらない彼の手振り一つで惑星級戦闘体が起動する。

 エニグマの右腕より、海すら両断する長大なビームソードが発振された。その有り余るエネルギーは空気を破裂させ、成層圏を突き破り、雷鳴のような轟音を響かせる。炙られるだけで海は沸騰を始め、そこに生きる魚たちがどんどん死滅し、燃えていく。これが陸上で放たれれば、それ以上の被害が出るのは一目瞭然だった。

 エニグマが勢い良くビームソードを突き出す。それは容易く光の巨人の身体を貫くかと思いきや、ユナイトローグがさっと左手をかざすだけで受け止められた。その力場同士の超絶な反発力により、ビームソードを弾かれたエニグマは大きく仰け反る。

 ナイトローグたちのいる光の中は、謂わばコクピットのようなものだった。彼らの息の合った行動に合わせて、ユナイトローグがドライバーのレバーを回す。

 

『Ready go!!』

 

 その場で跳躍し、三位一体となってライダーキックのフォームを取る。エニグマの攻撃行動とは違い、どんなにユナイトローグが派手に光のエネルギーを迸らせても、それが周囲の環境を乱す事はない。エニグマが左腕の空母を盾にするが、その程度で彼らは止まらなかった。

 

『ユナイトフィニッシュ!!』

 

「「うおおおぉぉぉぉぉぉぉーっ!!」」

 

 空母の甲板を粉砕し、エニグマの胴体にライダーキックが炸裂する。宇宙創生のビッグバンもかくやと言わんばかりの光芒が煌めき、大地を抉り取って得たそのボディが崩落を始める。無数の残骸が激しい水飛沫を上げながら海に落ちていく。その勢いはやすやすと高波を生み出し、潮水に揉まれながらも広大な海のど真ん中で徐々に列島が無造作に築かれていったーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光の巨人が消えて、ナイトローグたちの変身が解かれる。過剰なまでの融合はビルドドライバーの限界を超えてしまい、とうとう二つとも破損してしまった。

 弦人とナギがいるのは、エニグマの残骸が形成した荒地の中だった。遥か下を見下ろした先には怒り狂うかのように波が打ち、ここを船舶が通ろうとするものならば即刻転覆するような大荒れ具合だ。その上空を、ユナイトローグに集まっていた光が静かに上っていく。やがて天まで届くと、その光の姿は見えなくなる。

 それを見届けたナギはホッと一息ついた。そして、弦人に話し掛ける。

 

「終わった……のかな?」

 

「ああ。見ての通り、エニグマは破壊した」

 

「帰りどうする?」

 

「……どうするか」

 

 ビルドドライバーが壊れたため、変身は不可能。トランスチームガンも奪われたままなので、この絶海の列島から日本へ帰る手段は残されていない。このまま誰にも迎えに来てくれなければ、もれなくサバイバル生活の突入であった。

 

「取り敢えず衣食住を確保しよう。一応、スチームブレードが出せるから――」

 

 バン!!

 

 その時、銃声が響いた。ナギが前に倒れ込む。弦人は咄嗟に彼女を抱えて、近くの岩陰へと身を隠す。

 

「ナギ!!」

 

 ナギの容体を確かめる。後ろから一発、脇腹が撃ち抜かれていた。苦しげな表情で傷口を抑える彼女だが、出血が止まらない。すると、彼女のビルドドライバーに納まっていたブラッドドラゴンが独りでに動き出す。

 

「ド、ドラゴン……」

 

 覚束ないナギの声に応えて、口から軽く火を吹く。火は傷口を軽く焼き、強引だが止血させた。彼女は苦悶の表情で酷く歪む。一気に顔から汗が吹き出した。

 弦人が短く「動ける?」と尋ねると、無理に立ち上がろうとしたナギから呻き声が上がる。呼吸も荒くなり、顔色がどんどん悪くなっていく。見かけによらず重傷だった。

 次に岩陰から辺りの様子を窺う。程なくして、そう遠くない距離で射撃手の声が聞こえてきた。

 

「よくも……よくもやってくれたな……!」

 

 全身傷だらけで満身創痍の最上魁星が、ネビュラスチームガンを構える。弦人が様子見を続けると、彼はこちらに向けて発砲しながら騒ぎ立てた。

 

「何だったんだ、今の一撃は……。何故、ブラッド族の遺伝子が消えている? 何故、白いパンドラボックスが全て消滅した? 何故、私は人間に戻っているッ!? ふざけるなぁッ!!」

 

 岩陰に顔を引っ込める弦人。ネビュラスチームガンの光弾は、元々エニグマの一部だった岩陰を貫通する事はない。しかし、こうも延々と連射されると攻めようがなくなる。相手が一方的に弾切れしない銃撃戦ほど、嫌気が差してくる状況はない。

 手立てがない。その時、飛行モードに変形したカメラガジェットが、そのコウモリの羽で器用に弦人の肩を叩いた。釣られた弦人はカメラガジェットの示す方向に視線をやると、そこに信じられないものが落ちている事に気付く。それを取りに行くには相手の射線上に一度生身を晒す事になるが、迷いはしなかった。

 颯爽と駆け出し、光弾を掻い潜る。目先の岩陰へ一思いに滑り込み、しっかりとそれを拾い上げた。まだ失って一日も経っていないにも関わらず、握るグリップの感触が懐かしくなる。対抗手段はここに生まれた。

 

 再び岩陰から飛び出す。最上の放つ光弾は、弦人の研ぎ澄まされた集中力でどんどん撃ち落とす。

 その間にも最上の元へ駆け付けた弦人は、追従してくるカメラガジェットから渡されたバットフルボトルを素早くトランスチームガンにセットした。

 

《Bat》

 

《Gear engine!》

 

 対して、鬼気迫る形相でギアエンジンをセットする最上。次に引き金を引くのは同じタイミングだった。

 

「「蒸血 / 潤動ォッ!!」」

 

《Mist match / ファンキー!》

 

《Bat. Ba,bat. Fire! / Engine running gear》

 

 黒煙を纏い、すかさず振るったスチームブレードで斬り結ぶナイトローグとRカイザー。両者共に疲弊しており、一つ一つの動作に精細さを欠く。決着は直後に決まった。

 

「うぐぉ!?」

 

 ナイトローグが繰り出した剣が、Rカイザーの胸を背中まで貫く。ピクリとRカイザーが身じろぎするのも束の間、力無く自分の武器を地面に落とす。

 それから弱々しい雰囲気でナイトローグのスチームブレードを掴み、喉から恨み節のような声を絞り出した。

 

「貴様ぁ……! ただの人殺しに、成り下がる気かッ……!?」

 

「その罪を一生背負って生きていくだけだ。お前の言う未来も守ってみせる」

 

「……ふっ、どうせ貴様も……人間に失望するだけだ……!! ――グフッ」

 

 一回咳き込んだRカイザーの身体が粒子化していく。遂に変身が解除され、口元から大量の血を垂れ流す最上の姿が露わになった。粒子化は生身にまで進行し、地面にポタポタと落ちた血液すらも消滅させる。

 そうして自身の肉体が消えるまで、最上は終始狂った笑顔をナイトローグに見せつけるばかりだった。くつくつと相手の耳に強く焼き付けるような笑い声を漏らし、それでどんなに吐血しても余裕で耐える。心臓を貫かれているはずなのに、消滅する最後の瞬間まで己の生き様を刻み残そうとしていた。

 しばらくして、一人の人間を串刺しにしていたスチームブレードが不意に軽くなる。その場に残っていたのは、寂しげに地に転がる最上の僅かな遺品だけだった。

 

 



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エピローグ

 八月も下旬を迎えた頃。手術が成功に終わった数馬は、割り当てられた病院の個室で夏休みの課題に追われていた。長ったらしい記述が求められる数学の問題に、物凄い形相でシャーペンを走らせる。ずっとベッドの上に座っていても疲れるので、時々立ったりと姿勢をよく変える。

 答えの丸写しはしない。問題と解答を交互に見ていくよりも、何かと自力で解いていった方が早いからだ。途中でそれを察し、解答はカバンの中に仕舞った。ただでさえ机のスペースが限られているので、余計に圧迫はさせたくない。それと、例え入院していようが課題免除といった慈悲もない。現実は非情である。

 ハザードレベルが高いおかげで、普通なら死んでいてもおかしくない一撃を耐え切るのみならず、治癒力も人並外れていた。既に胸の傷は癒えているが、担当医が定めた完治日数にはまだ足りていない。頑なにドクターストップが掛かっているため、まだ退院はできていなかった。

 

 致命傷で意識を失ってから、初めて目覚めた時の事。その時は両親や妹だけでなく、親戚たちにも話が行き届いていたので、数日間は実に大変な騒ぎに包まれた。最初は家族に物凄く心配されたが、落ち着いた頃に変身していた件やエジプトへ飛ばした件などを激しく追及され、説教を食らった。何度謝った事か。

 部屋を出れば、廊下側には複数の黒服が警備についていた。どうして厳重に守られているのかは語るまでもない。自分だけでなく、父・母・妹の三人も“メガウルオウダー”なるもので

 変身していたのだから忙しい。まだ一夏と交友関係がある程度の時は、こんな露骨さはなかったような気がする。精々、自分が住んでいる地域での不審者情報ゼロが数年間維持されていたぐらいだ。

 ちなみに、ピンク色のダークネクロムに変身した妹がその写メを自分に送りつけてきた。その後、今度は両親も揃ってダークネクロムに変身して自撮りしたものが送られた。変身状態を見てみたいとは口ずさんだが、よもや家族全員がやってくれるとは思わず、かなり驚いた。

 

 テレビでは二週間以上も前に太平洋の中心で生まれた、謎の列島について飽きずに報道されている。一夏や弾などの話によると、弦人とナギが吹き飛ばしたエニグマの残骸で出来上がったものとの事。そんな二人は今、京水も混ざって被災地のボランティアに参加している。ナイトローグがいるとニュースになっていた。

 最上魁星の死亡も確認され、自分と同じく意識不明の重体だった千冬も復帰。それを聞いて安心したのは当然だが、やはり世界最強と言っても人の子だったかと妙に安堵した部分もある。それは畏怖と畏敬の念から来るものだった。

 

 記述問題を最後の文章まで一気に書ききる。すると、不意に五反田兄妹が部屋に訪れてきた。数馬は課題のノートを閉じ、彼らを迎える。

 

「お邪魔します、数馬さん」

 

「見舞いに来たぞ、数馬」

 

「よっす、お二人さん」

 

 容体が回復してからは、面会謝絶といった制限はなくなっている。いつもは家族が毎日見舞いに来てくれるのもあって、知人や友人がこうしてやってくるのは相対的に珍しさを覚えてしまう。もちろん、無理に来いとは言わない。

 

「蘭は何気に来るの初めてだっけ? ごめんな、入院したのが一夏じゃなくて。来てくれてサンキュー」

 

「縁起悪い事言わないで下さいよ、怪我しないに越した事ないんですから! 後、まだ大したお礼もしてないですし」

 

「いいよ、お礼は。夏休みの課題は全部一人でやるし」

 

 礼とは、エニグマから弾の家族を脱出させた件についてだ。特に恩着せがましくするつもりはないので断るが、なかなか彼女は引こうとはしない。そこに、弾が一言割って入ってきた。

 

「数馬。食べ物の制限とかなければ購買で何か買おうか? 俺が行くから」

 

「あっ、待ってお兄ちゃん。それなら私が代わりに行く」

 

「食べ物は全然オッケー。じゃあー、チーズタルトで。お金出すからちょいと……」

 

「いえいえ! 怪我人にそこまでしませんから! ここは私にちょっとだけでも奢らせてくだ……さい!」

 

 財布を出そうとしていた数馬を、慌てて制する蘭。気持ちだけでは感謝し足りないと言わんばかりだが、奢るの部分で若干の間が空く。どこか迷っていそうな顔をしていた。

 しばらく眺めていると、蘭の瞳が揺らぎ出す。やがて彼女はそれとなく視線を兄の方へとやる。静かに一度目を瞑った弾は、妹の懇願を叶えるようにして二千円をそっと彼女に渡した。

 

「ありがとう、お兄ちゃん!」

 

 そう言って、蘭は自身のスッカラカンな財布に千円札二枚を入れて購買に出掛ける。一部始終を見ていた数馬は、物珍しげな表情で弾に話し掛けた。

 

「野口二枚上げるとか優しい兄貴だな」

 

「この間の買い物で金欠になっていたはずだからな。それで傷の具合は?」

 

「もうすぐ退院。昨日は一夏で、今日は兄妹か。ニアミスだなぁ〜」

 

 見舞いするタイミングの悪さに内心笑えてくる。蘭が一夏に惚れ込んでいるのは、随分前からわかりきっていた。この調子では進展の芽がない事も。とは言え、それは突き詰めれば他人事でしかないので、昼ドラを見るような気分で面白可笑しく傍観者を貫くつもりだった。事件沙汰にもならなければ介入もしない。

 一夏が来た事を聞いて、弾も苦笑する。その表情からして、妹の恋路を応援してやるという感じが全くしない。むしろ、どうせ玉砕するだろうと冷たくも優しく悟った顔だ。見守る方向性が明後日になっている。

 それから二人は沈黙する。その時間は数秒にも満たないが、たちまち真剣な顔つきに変わった弾を見て、数馬は粗方察して耳を傾けた。

 

「……しばらく経つが、やっぱり最上の言いなりになっていた間の蘭の記憶がない。戻る様子もだ」

 

「……そっか。じゃあ、いーじゃん。引き摺らなくて済むし、未来の笑顔も守れたって事で」

 

「それでも誰かを殺めた事実は変わりやしない。だが、取らせようがないのに責任を突き付けるのは酷だ。だから……」

 

「だから?」

 

「その罪は代わりに俺が背負って行くしかないんだ。弱いというだけで、大切なものがどんどん手の中から溢れる」

 

 淡々と呟かれていくが、その意志の硬さは本物だと感じられた。己の手の平を見つめた弾は、そのまま視線を下に落としていく。

 彼の言う“弱い”という罪は、数馬にとってもぐうの音が出ない正論だった。聞けば、最上との決戦の最中、洗脳状態の蘭が変身したインフェルシス率いる部隊によって、一体の自我あるスマッシュが目の前で殺害されたとの事。怪人とは言え、スマッシュの元は人間。そのスマッシュの最期は、少年の姿に戻りながらの消滅である。とてつもなく痛ましい出来事だ。

 本来なら、あの時自分が彼女を助けなければならなかったのだ。弱かったから何もかも取り返しがつかなくなり、罪を犯させてしまった。少なくとも抗う力が無ければ、理不尽には屈服する他に道がなくなってしまう。

 すなわち、過ちが起きる前に蘭を救えなかった自分たちは、目の前の悪事をやすやすと見過ごしてしまった共犯者のようなものだ。誰かが厳正に法の下で裁いてくれる事もなく、ぶっと心の中に残り続ける。罪を背負って生きていくの弾だけではない。自分もだ。

 

「それ、俺も一緒に背負っていい? あの時止められなかったし」

 

「……一夏や弦人も同じ事言っていたな。ああ、もちろんいいさ。好きにしろ」

 

 気が付けば数馬の口が動いていた。弾は素っ気なくも快諾し、近くにあった丸椅子に腰をぽとんと落とす。溜め息はつくが、俯いていた顔は自然と上になっていた。

 

「ところでさ、そのクールな感じから前のに戻らない? なんか一夏みたいにモテそうで腹立つし、知らん内に楽器上手くなってるし。何? 俺への当てつけ?」

 

「無理だ、もう自然体のレベルで戻らない。それと楽器は反復練習だ。サボるヤツが悪い」

 

「ちぇー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自宅の部屋に籠もっていた一夏は、おもむろに立ち上がって背中や腕をぐいっと伸ばす。ようやく夏休みの課題が終わったところだった。その量や難しさは、流石IS学園と言わんばかりのもの。マメに毎日、予習・復習を習慣づけて正解であった。

 自室にある扇風機のスイッチを弱から強にし、至近距離からその涼しさを堪能する。勉強中だと、不用意に風を強くすればノートや参考書などのページが勝手に捲れてしまい、オチオチ集中できやしなくなる。

 この真夏の中、気温二十八度設定のエアコンで冷やされた室内のように、弱でもそれなりに涼しくは感じる。しかし、思いきり堪能したいのであるのなら話は別だ。遂にこの瞬間が来たと、一夏の頬が緩む。

 

「夏休みもそろそろ終わりか……」

 

 ちらりとカレンダーを覗き、この長期休暇に幕が閉じ掛かっている事に切なく感じる。久しぶりに我が家に戻り、たくさん遊び、たくさん勉強した。中旬の始め頃から続いた激戦も、たった数日間しかなかったのだから驚きだ。短い間に衝撃的な事件が連続起こり、心が休まる瞬間と言えばほんの少ししかない。あの数日間が、とても遅く時が流れたように思えた。

 

 ピンポーン。

 

 すると、玄関のチャイムが鳴らされる。早足で一夏がそちらに向かうと、ドアを開いた先にはラウラがいた。

 

「ラウラ?」

 

「私が来たぞ、嫁よ。ふむ、これが通い婚というやつだな」

 

「(また何か言ってる……)まぁ、せっかくだし上がれよ。お茶も用意するから」

 

「感謝する。あと、これはドイツからの土産だ。受け取ってくれ」

 

「おぉ……わざわざありがとうな」

 

「それほどでもない」

 

 そうした短いやり取りの後、彼女を家へと上げる一夏。予定にはない訪問だったが、一日中一人でいるよりは遥かに賑やかになるから良い。リビングのエアコンは起動させずに放置のままだったので、そそくさとリモコンを操作して冷房を吹かす。ちなみにラウラの持ってきた土産はバウムクーヘンだった。

 急いで冷房を効かすなら、最初から強くするのが一番。短い時間で一気に冷やし、それから弱くした方が結果的に効率良く、電気代も抑えられる。ダメ押しに扇風機も使い、室内の空気の流れを循環させるのもよろしい。蒸し蒸しとしたリビングも、気が付けば快適に過ごせるまでの温度に下がっていった。

 ソファにちょこんと座り込むラウラの一方で、一夏は冷蔵庫から麦茶を取り出す。コップに麦茶を注ぐ最中にも会話は弾んだ。

 

「最初はチョコレートにしようと思っていたのだがな、この暑さだろう? 溶かしてしまうのも何だから、奮発してバウムクーヘンにしてみたのだ」

 

「そうか。確かドイツのチョコレートって美味いんだっけな?」

 

「味ならクリスマスの高級菓子とされるバウムクーヘンも負けていない。唯一の心残りは、全くの時期外れになってしまった事だが……」

 

「いいさ、気持ちだけでもありがたいんだし。でも凄いの買ってきたんだな」

 

 そう言って一夏は感嘆の息を洩らす。口では妥協してしまったと零すラウラだが、彼が素直に謝意を示すと満更でもない顔をしていた。

 麦茶の入ったコップが二つ運ばれる。まず初めにラウラへと渡し、一夏は自分の麦茶を一口飲んでから話を続けた。

 

「ところで、日本にはいつ戻ってきたんだ?」

 

「つい昨日だ。教官が凶刃に倒れたと聞いてようやく来れたのだが、全く以って無事だった」

 

「まぁな。すぐにナノマシンで傷跡残さず完治だ。俺も意識不明の重体って聞いた時は、本当に生きた心地がしなかったよ」

 

「わかるぞ、その気持ち。教官には返しても返しきれない恩が私にはある。報せを耳にして、居ても立ってもいられなかった」

 

「ラウラ……」

 

 若干、ラウラの表情が曇る。自分の手が届かない遠いところで大切な人が倒れる時の辛さは、よく理解できた。自分はIS学園のすぐ近くにいたが、当時の彼女はドイツ本国に戻っていた。自分よりも悔しさがあるのは悠に察せられる。

 

 エニグマから帰ってきた後、千冬は全身包帯まみれからになりながらも何食わない表情で起き上がっていた。説教もあったが、それ以上に心配もされた。それから程なく傷を完治させて、いつものように仕事へ戻っていった。姉の事をよく知っている人が見ても、その驚きの回復力に空いた口が塞がらなくなるだろう。

 一番の重傷者だった千冬が復活した時、誰もがそれを喜んだ。比較的軽傷ながらもまだ癒えきっていない箒とシャルロットが、多少無理してでも祝ったぐらいなのだ。どちらかと言うと教師より軍人が似合っている人だが、学び舎でも人望が表れている。

 そして、洗脳された蘭にやられた事を気にも留めず、恨むのはお門違いだとハッキリ割り切った。箒たちも同じような意見で、むしろインフェルシスを食い止められなかった事について物凄く後悔していた。

 当たり前だ。他人に優しくできる人なら誰だって、目の前の人間が人殺しになるのを快く思わない。自分の親友の妹ほどの関係なら尚更だ。例え殺されるのが化け物であろうとも、元の人間に戻せるなら命を奪う事もない。訪れた最悪の結果は、あまりにも残酷すぎた。

 

 あの時、一夏は犠牲のない戦いなど存在しないと酷く突き付けられた。クラス対抗での無人機乱入や福音事件もそうだが、今まで誰も命を落とさなかったのは運が良かっただけに過ぎない。ネビュラガス事件での戦闘参加をあっさり決められたのは、心のどこかで万能感を抱いていたから。裏打ちされた自信が気付けば、油断や慢心・過信に変わっていったからだ。

 だから一向につい昨日の事のように思い出せる。スマッシュやバイカイザーとの戦いが。真の意味で戦う事を理解していなかったツケだ。本当に覚悟を決められていれば、この手で彼らを爆発四散させたのをこうして後に引き摺る事もなかった。

 そんな一夏はつい、ラウラに問いを投げかける。

 

「なぁ、ラウラ。もしも自分の大切な人を傷付けた相手がさ、記憶に残らないような洗脳を施されていたらどうする? あるいは元々人間で、もう殺す事でしか元に戻せなかったり、救えなかったりしたら?」

 

「何だ、急に」

 

「お願いだ。答えてくれ」

 

「……そうだな。以前の私なら怒りと憎しみしか持ち合わせなかっただろう。だが、相手の事情を理解する大切さを知った今では、その本人よりもそんな悪辣な行為を働かせた元凶に矛先を向けるに違いない。後者に至っては、私は軍人だ。その覚悟はできている」

 

「俺が千冬姉を傷付けたりしてもか?」

 

「……? 嫁はそのような事をする人間ではないだろう?」

 

 まるでわかりきっている風な顔をして、小首を傾げるラウラ。そのスラスラと出せる模範のような一連の回答には、すっかり脱帽してしまう。やはりそういうものなのかと、心の重荷が少し軽くなったような気がしてきた。

 

「ただ、もしも任務で誰かを手に掛ける事になるなら、それを抱えて生きながら最後に死なねばならない。殺さずに済むに越した事はないが、やるからには背負って生きていくだけだ」

 

「……まぁ、そうなるよな。――ありがとう、何だか気持ちが整理できた」

 

「そうか? よくわからんが、嫁の力になれたなら嬉しいぞ」

 

 感謝を告げる一夏に、ラウラは照れ隠しをしながら満足げに頷く。かくはともあれ、戦う事が罪なら背負っていくしかない。蘭を止められなかった己の非力さという罪も引っくるめて。ラウラと話して、ようやくそれをハッキリさせる事ができた。

 

 ピンポーン。

 

 すると、再び玄関のチャイムが鳴らされる。一夏が向かってみれば、玄関先に待ち受けていたのはセシリアだった。

 

「セシリアじゃないか! 久しぶり。どうしてここに?」

 

「お久しぶりですわ、一夏さん。ちょうど近くを通りがかりましたので、つい。お土産も持ってきたので是非」

 

「ありがとう。取り敢えず中に上がってって」

 

「ではご厚意に甘えまして、失礼しますわ」

 

 すんなりとセシリアをリビングまで通していく一夏。彼女がラウラの姿を目にすると、気分らんらんと綻んでいた表情が一転した。

 

「む、セシリアか」

 

「ラ、ラウラさん!? どうしてここに……!?」

 

 何気なく反応するラウラと、驚くセシリア。確かに、民宿でもない普通の我が家にドイツ人が訪問しているなど、この日本では実に珍しい事である。イギリスの貴族令嬢が来るのもレアケースだが、そんなセシリアの反応を見て一夏はそう解釈した。ちなみに彼女が持ってきてくれた土産は老舗ブランドの高級クッキーだった。

 それからラウラが手短に説明するのも束の間、数分置きに来客が一人ずつ訪れてくるという偶然の出来事が引き起こされた。誰一人呼んでもいないのに勝手に集まってくる辺り、引き寄せ合う何かがこの家に仕組まれているのかと根拠もなく勘繰ってしまう。

 

「お邪魔しまーす」

 

「邪魔するぞ」

 

「何で全員揃ってんのよ!」

 

 シャルロット、箒、鈴の順番でやって来る。閑散としていた我が家があっという間に騒がしくなったが、一夏は全く悪い気がしなかった。女子校に一人で放り込まれるのはともかくとして、見知った仲間たちとこうしてふれあうのが一番楽しい。仲間のありがたみが自然と体感できる時間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 先日のネビュラガス事件を受けて、日本で行われていたトランスチーム解析プロジェクトは凍結が決定した。研究成果が生み出す実利が非情に少なく、コストや人道を顧みても割りに合わなくなったからである。

 わかった事と言えば、男性でもIS適性(ネビュラガスによる遺伝子改造)を得るために最低限必要なハザードレベルはほぼ先天的に委ねられ、その数は世界中で1%にも満たない。後から上昇させるにしても肉体的に類まれなる鍛錬が要求され、現実的ではないとして頓挫。女性の場合はIS適性が上がるが、やはりスマッシュ化せずに適合できる者がほぼいない始末であった。

 とは言え、すぐさま研究チームが解散する事はなかった。曲がりなりにもISを強化させる力を秘めているので、再びスマッシュが現れた時のためのより優れた対応策を構築させる、という名目で研究は細々と続く事になる。これは日本だけでもなく、国連の呼びかけで各国から研究者を集めた専門委員会が設置された。曰く、二度とこのような悲惨な事件が起きないよう、世界平和維持に貢献するためとの事だ。

 

 研究チームのほとんどのメンバーは、それぞれの道へと戻っていく。唯一残ったのはレオナルドだけで、用意されていた研究室から引っ越す準備を着実に済ませていた。最初はダメ元で結成された予算も人手も少ないチームでも、ここまでの成果が残せたのは彼の存在が大きい。ティッシュペーパーから原子炉を作り出すというトンチンカンな科学者でなければ、もっと正当に評価されていたであろう。

 今日は私用のメディカルチェックを済ませていた。データ入力を完了し、ドックから出てくる者を待ち受ける。

 

「ニャー」

 

「こらこら、歩き回っちゃダメ」

 

 メディカルチェックを受けていたのは子猫のロットロだった。ただしサイズは手の平の上に収まる程度まで減少し、それでもその身体能力は成長した猫と変わらない。トテトテと床の上を歩くロットロを、後ろから癒子が抱き抱えた。

 

「どこも異常なしだ、谷本。ほれ」

 

「ありがとうございます。うおっ」

 

 癒子がお礼を言うと、レオナルドが銀色のフルボトルを投げ渡す。ボトルは綺麗の彼女の手の中に収まり、ロットロに近寄らせるとたちまちスライムに変化し、ボトル内部へと溶け込んだ。ボトルの中から、ロットロが顔だけをひょっこり出す。

 

「その擬似ボトルの解析も終わったぞ。普通のフルボトルと違ってネビュラガスが入ってないから、不用意にフタを開けてもスマッシュ化の心配はない。代わりに含まれているのは未知の元素とエネルギーの塊だ。その宇宙ネコやばすぎだろ」

 

「ニャアー」

 

「あの、本当にモルモット送りとかないんですよね? いつものように一緒に暮らせるんですよね?」

 

 物憂げな表情でそう尋ねる彼女。レオナルドは要らぬ心配をさせてしまったと思い、すぐさま言葉を返す。

 

「大丈夫だ、研究するにしてもクローンでやりくりするからな。でもこれから別の仕事で忙しくなるんだよなぁ……。あぁ、仕事辞めてぇ……」

 

「ど、どうしたんですか、急に?」

 

「この数ヶ月、俺の生き甲斐はあの美人な葛城博士だった。だが彼女はもうここにはいない。元の居場所に戻ってしまった。つまり仕事のモチベーションだだ下がりさ……ハァ」

 

 相手の不安を拭わせるのは良かったが、逆に考えたくない事が頭の中に浮かび上がってしまった。既にこの研究所を立ち去った葛城リョウの後ろ姿が脳裏に蘇り、レオナルドはイスの上で項垂れる。そのままデスクの上に突っ伏した。

 

 サイコロフルボトルの出目効果の恩恵もあり、リョウは後遺症もなく無事退院する事ができた。予想されていた襲撃もなく、気が付けば太平洋の中心で決戦が着いたなどと色々杞憂に終わった。後の報告で新型ビルドドライバーが活躍した事に胸が踊りもしたが、肝心のトドメがトランスチームシステムのナイトローグと聞いてガッカリした部分もある。

 最上との戦いから帰ってきた彼らの無事を真っ先に祝うべきでも、やはり己は天才と自負する科学者。とんでもない奇跡を起こそうが、最後の局面で弦人とナギの新型ビルドドライバーが故障してしまう不具合が発生した。全身全霊を込めて作ったロケットが発進失敗したのを目の当たりにした下町技術者のように、悔し涙を流さずにはいられない。

 また、レオナルドがもう一度ビルドドライバーを改良しようとすると、それよりもトランスチームガンを作ってくれという声がナギと京水から強く出た。その勢いに負けじとビルドドライバーの良さを説明するものの、向こうが折れる様子は微塵もない。結局、武器の一つや二つは必要という事で新しく二丁用意したが、最後まで弦人とナギにビルドドライバーを受け取られる事はなかった。その日は悲しみのあまりに枕をよく濡らしたと、鮮明に覚えている。

 

「弦人たちも結局トランスチームガンに戻ったし、マザー・メタトロンはメタトロン止まりになったし、どうすっかなー。世界征服でもしよっかなー……」

 

「冗談でもやめてください。こっちはもう誘拐されるのとかコリゴリなんですよ? ねぇー、ロットロー」

 

「ニャムニャムフシ」

 

「冗談だ。てか何だ、今の鳴き声。フシギダネか」

 

 普通の猫とは常軌を逸した声帯を持つロットロを、レオナルドはジト目で見つめる。ともあれ、ネガティブな気分には変わらない。

 

「ところで石倉さん。弦人くんが私とロットロの変身した姿をマッドローグって言っていたんですけど、どうしてそんな呼び方だったのかわかります?」

 

「わからん。前からアイツ、エスパーみたいに名前言い当てる事あったからな。前に無言でコレ出したら、『クラックフルボトルぅぅぅぅぅ!!』と一発で名前当てて壊された。ローラビットフルボトルもだ。考案途中だったスクラッシュドライバーのデザインも、何かアイツの作ったぬいぐるみのと被ってたし」

 

「へぇー。不思議な事ばかりだね、ロットロ」

 

「ニャン」

 

 互いに顔を見合わせる癒子とロットロ。可愛らしくキョトンと首を傾げる様に、レオナルドは何気なくナイトローグとブラッドスタークのコンビを思い出す。ホールドルナでも良いが、ペアを組むならこの二人が一番という印象がある。

 今、トランスチーム組はどうしているのだろうか。特にナイトローグの方が神出鬼没だ。被災地復興ボランティアだけでなく、裏で悪の秘密結社と戦っているような予感さえしてくる。海底に沈む莫大な財宝を見つければ、世界の恵まれない子どもたちのためにそれを全て基金に出すような人間だ。ナイトローグ狂いとしては、右に出る者はいない。動向を予測しても無駄だと悟り、「ふぅ」と溜め息をついた。

 

『ピコーン』

 

「お?」

 

 自分のスマホから着信音を耳にするレオナルド。SNSからの通知を開けば、そこには「火星ナウ」とISを纏って自撮りしている束の写真が送られていた。束の隣には、おおよそ人間とは思えない姿をした碧眼の美しい女性が立っている。

 

「何してんだ、こいつ」

 

 後で調べてみた結果、決して合成や捏造の類いではない本物の火星現地である事が判明した。自撮り写真は次々に送信され、遂には「兎は寂しいと死んじゃうんだよ?」と催促し、レオナルドが返事を寄越すまで着信は続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ての人を救う事はできない。それをよく理解していても、心ではついつい欲張ってしまう。ナイトローグとして、その事実を受け入れては駄目なのだと抗ってしまうのだ。

 もちろん、理想を諦めない事は良い。それでも俺一人だけでは救える人数もたかが知れているし、器用貧乏になるぐらいなら無戸籍児支援組織や慈善事業団体、万能薬開発など、何かに特化した方が根本的解決にも結び付きうる。個よりも集団の力が、時には大きく優る。

 だが、ナイトローグにしかできない事を考えた時、それは一体何なのだろうかと悩む事がある。超然的な力があれば、普段から大変な事が簡単に解決できる場合も当然ある。火の中、瓦礫の中にいる救助者の元へ消防士が向かうよりも、ナイトローグが一人突っ走る方が早いし安全だ。自動車も運べる。

 

 ただ、それはどこまで行っても普通の人ができる事の延長線上に過ぎない。もしかしたら、本当にナイトローグを必要としない時代が来るかもしれない。そんな未来はナイトローグとしても本望だ。自分にも、一般人として幸せに暮らせる選択肢が出来上がるのだから。

 しかし、現実はそうも行かない。誰かが助けを求めるなら手を伸ばすし、近い将来ブラッド族に平穏を壊されるなら尚更だ。例え救えなかった命があるとしても、決して折れたりはしない。

 

 なので今日も、薄暗いビルの密室に囚われていた不良少年を救出する。施錠されたドアを破れば、そこには不良少年を複数で囲んでいる強面の男たちがいた。

 

「何だぁ! テメェ!?」

 

 一人が銃を取り出す。瞬時に間を詰めた俺が銃口に指を突っ込んだだけで、発射されるはずの弾丸はライフリング内部で行場を無くして爆ぜた。

 暴発した銃を手元から落とした男は、唖然としながら俺の顔と指を綺麗に二度見する。現実から向き合わせたところで、俺はこの人たちに軽く麻痺効果付きのスチームキックを素早く当てた。ほんの掠り当たりでも、効果は抜群。俺を囲んできた全員が痺れ、無力化される。

 残す男は一人のみ。イスの上に縛り付けられている不良少年の背後に立ち、ナイフをチラつかせて人質にする。

 

「くそっ!! マジもんのナイトローグなんて聞いてねぇよぉ!?」

 

「た、助けてぇ!! もう詐欺の受け子なんてしないから助けてぇ!!」

 

「うるせぇ黙ってろクソガキ!!」

 

 男に怒鳴られ、不良少年が涙ぐむ。近くにあるテーブルの上にはバーナー、ノコギリ、ハサミなどといった、何に使おうと思って用意したのか不明瞭な物がズラリと並んでいる。十中八九、拷問殺人に使おうとしていたのだろうが。

 どんな状況でも、人質を使われた時の戦いは厳しいものである。人質戦法に屈せず、かつ人質を無事救出しなければならないのがナイトローグの辛いところだ。俺が静かに両手を挙げると、切羽詰まっていた男の顔が途端にニヤリと歪む。

 

「よ、よし! それでいい! じっとしてろよ! じゃないとこのガキの首を掻っ切る! えーと、そうだな。まずナイトローグから生身の姿に戻れ。それから、そこに転がってるナイフを拾って自殺しろ! いいな!? ちゃんとやれよ!?」

 

 すると、とんでもなく頭の悪い要求が男の口から飛び出た。完全に譲歩できない内容に、この男が内心パニックになっているのが丸わかりだ。人質を連れながら自分の身の安全を確保する方が、より現実的なのに。相手に武器を持たせるのはありえない。

 無論、要求は飲まない。そのまま背中を見せてやれば、男が僅かに笑いを零す。完全に油断したその時が命取りだ。

 

「あぶっ!?」

 

 コウモリ形態に変形したカメラガジェットが、横から男の顔面に体当たりを決める。男は大きく仰け反り、背中から大きく転がり込んだ。カメラガジェットの活躍ぶりに、ついついバットショットという名前を授けたくなる。

 ここまで来れば後は簡単。男たち全員を逃がさないようにロープで縛り付け、不良少年を解放してやる。不良少年はポロポロと涙を流しながら、縋り付くようにして俺に感謝を告げてきた。

 

「あ、あ、ありがとう……!! ありがとうナイトローグぅぅぅ!!」

 

「良かったな、助かって。じゃあ受け子をしていた君も警察に自首しようか」

 

「え」

 

 不良少年の動きが固まる。勘弁して欲しそうに恐る恐る顔を見上げてくるが、罪は生きて償ってこそだ。俺は彼の肩に優しく手を置いて、ゆっくりと語り掛ける。

 

「もう悪さはしないんだろ? 大丈夫。君は死刑直前にしか反省しないような、それでもあくまで命乞いにしか過ぎないクズじゃないと信じてるから。違わないよな?」

 

 俺の問いに、目尻に涙を溜めた不良少年は無言のまま首を縦に振る。そして、声を上擦らせながらもハッキリと宣言するのだった。

 

「じ、自首します……」

 

「よろしい」

 

 こうして、後から駆け付けてきた警察によって彼らの身柄は拘束されるのであった。

 

 人が悪になれる限り、戦いはなくならない。それでも守るに値する光は存在する。根絶できない犯罪や戦争、表沙汰にならない悪事が全ての人間を悪と決め付ける証明にもならない。○✕クイズの二択で決まるほど、人は簡単ではないのだ。

 守りたいものを忘れさえしなければ、どんなに人間の闇に触れすぎても最上のように失望する事はないだろう。一緒に支え合ってくれる仲間も出来たし、俺の知らないところにも仮面ライダーはいる。今後数年はかの赤い蜘蛛男のような個人的活動しか行えないだろうが、俺はもう一人きりではない。皆がいる。

 

「おかえりなさい、弦人ちゃん! ご飯にする? お風呂にする? それともワ・タ・シ? キャッ!」

 

「おかえり弦人くん。お寿司あるけど食べる? ウニもあるよ」

 

 ただいま。取り敢えず、完全に能動的にポロリを狙ってくる裸エプロンの京水は着替えて来ようか。その格好は油跳ねに弱すぎる。ついでに寿司は美味しく頂くとするよ、ナギ。

 

 

 



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