ViVid Contrail (にこにこみ)
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鬼を宿した兎 前編

“軌跡を探して”の続編です。 待っている人がいたかどうかは確認しようがありませんが……とりあえず、ゆっくりとまた始めていきます。

自分が考えているオリジナル展開と原作ViVidの展開の構成が恐らくかなり違っていて、変になりそうですけど……そこは温かい目で見守りながら訂正をお願いします。

それに書いている途中……いや前作の時点で自覚していましたが……またかなり混ざっています。


新暦76年、12月ーー

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

第1次元管理世界、ミッドチルダ……その都会から北へ、ベルカ自治州よりも更に北に行った場所にある辺境・アルマナック地方の広大な高原にポツンと、1人の少年がいた。

 

少年はその身に身体を隠す外套を着て凍てつくような冷たい風から身を守り、その背には身の丈以上の荷物が入ったリュックを背負って高原を歩いていた。

 

「ふう、ふう……あともう少し……」

 

リュックを背負い直し、少年は小高い丘を登り切ると……目の前の平な土地にいくつもの移動式の家屋(ゲル)が連なる集落があった。

 

「……やっと着いた……」

 

少年は集落の前まで歩き、そこで荷物を降ろしながらようやく息をつく。 外套を取払うと黒髪が外気にさらされ、初等部の上学生くらいの少年の顔が姿を見せた。

 

と、そこで集落の人たちが少年が帰ってきた事に気付き、次々と集まってきた。

 

「皆さん、ただいま戻りました」

 

「お、帰ってきたか」

 

「往復1日ちょっとか……また早くなったんじゃないか?」

 

「はは、鍛えてますので」

 

「大変じゃなかったかい?」

 

「はい、大丈夫です。 今からお配りしますので、ちゃんと並んでくださいね」

 

少年はリュックの中身、消耗品を取り出すと集落の人たちに配っていく。 その途中、この集落の長老らしきご老人が少年に歩み寄り労いの言葉をかけてくる。

 

「おお、よく帰った。 また物資を運んでもらって本当に助かった、苦労かけて悪かったな」

 

「いえ、無理を言ってここに住まわせてもらっている身、これぐらいしないと申し訳が立ちません」

 

「気にせんでもよい。 あの者は基礎を教えた後は放任主義じゃからな。 おおよそ、後はこの集落に押し付ける気じゃんたんだろう」

 

「……老師……」

 

タバコを吹かせながらそういう長老に、少年はガックシと項垂れる。

 

「ーーあ、にいちゃんだ!」

 

「イットにいちゃんが帰ってきた!」

 

子ども達が黒髪の少年……イットの元に駆け寄る。 イットは囲まれてしまい、苦笑いしながらお菓子を配り始める。

 

「はいはい、ちゃんと皆の分もあるから慌てない」

 

「わぁ! お菓子だぁ!」

 

「やったあ!」

 

「コラ! もらったら先に何を言うの!」

 

「あ、うん! ありがとう、イットにいちゃん!」

 

『ありがとうー!!』

 

「どういたしまして」

 

一斉のお礼の言葉を子ども達からもらい、イットは嬉しくなった。 それからリュックが萎むまで配り続け……ふと、イットは気付いた。

 

「長老、そういえばエディは……」

 

「今日、あの子は南の少し下にある森で狩りに出ると言っていた。 もう昼も過ぎておるが……まあ心配ないじゃろう」

 

「そう思います。 でも、1度呼んできますね」

 

萎んだリュックに懸架していた反りがある剣……太刀を取り出して腰に佩刀し、イットは1度長老に礼をして踵を返し……猛スピードで駆け出した。

 

高原を駆け抜け、下り坂を飛び降り、スピードを落とさず森に入って木々の合間を縫って進み……

 

「ーー見つけたよ、エディ」

 

「ん?」

 

いくつもの木々が道を作るようになぎ倒され、その突き当たりには巨大なイノシシが横たわっていた。 そしてその上に褐色肌の少女が座っていた。

 

「もう帰って来てたのカ。 早かったナ」

 

「少し頑張ってみただけだよ。 そういうエディはまた大物を仕留めたね」

 

「うーん、イットから戦い方を教わって狩りが楽になったのはいいけど……少し退屈になったヨ」

 

少しおかしな口調で、溜息をつきながら話す少女……エディ。 イノシシから飛び降りると懐に潜り込み……腹を持ち上げて頭上で抱えた。

 

「さ、帰るヨ。 今日は猪鍋だヨ〜♪」

 

「やれやれ……」

 

猪を運び、ウキウキになりながらエディは歩き始め、その後をイットが苦笑しながら着いていった。

 

この時期、日に日に気温が下がる中、イット……本名、神崎 一兎はとある理由で都会から離れ、この地で剣の修行をしていた。

 

自身の身に刻まれし剣……八葉一刀流を極めるため。 彼の心臓に呪われし力……鬼神の怨念を制するため。 彼は今日も生きていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

半年前、6月ーー

 

高原の中腹にある大きめな池……その中の水面の上に転々とする岩の上にイットが黙祷しながら立っていた。

 

「………………」

 

真っ暗な視界でイットが感じ取れるのは肌を撫でる風の感触、風によって凪ぐ木々の音、岩を踏むしめる足。 その時……不意にイットに向かって無数の飛来音が聞こえてきた。

 

「ーーッ!」

 

開眼、それと同時に岩を蹴って跳躍。 目で認識し、飛んできた小石を紙一重で避けるが……

 

カッ!

 

「痛ッ! うわっ!?」

 

小石の1つが足場の岩の上で跳ね返り、イットの頰を掠める。 それによりバランスを崩し、イットは池の中に落ちて行った。

 

「ふむ……まだまだじゃな」

 

岸の方で手の中にジャラジャラと小石を玩ぶ老人が水飛沫を見ながら嘆息気味に言った。

 

「勘はいいが、ワシの模倣された動きと合っておらん。 先ずは身体と心を合致させんとな」

 

「はあはあ……はい……」

 

岸に上がってきたびしょ濡れのイットにそう言い、イットは息を荒げながらも返事をした。

 

イットと老人……八葉一刀流の開祖、ユン・カーファイ、2人はこの地で剣の修行をしていた。

 

「視覚に頼るでない。 心の目で察知するんじゃ」

 

「……気配、というか事でしょうか?」

 

それからも鍛錬は続き……焚火に当たりながらイットは手に持つ太刀に目を落とした。 生まれて目が覚めた時から持っていた太刀、風切……だが、今は鞘の飾り紐で鍔が縛られて抜けないようになっている。 と、イットが太刀を見る目に気づいた老師は口を開いた。

 

「……刃物は相手を選ばない。 使い手が未熟者なら、未熟な切っ先のまま……要らぬものまで斬る事になる。 例えば……己自身」

 

「………………」

 

「例えば……守るべき者」

 

「………………」

 

「お主が斬るべき者のみ斬れるようになるまで……それは解くなよ」

 

「…………はい」

 

イットは老師の言葉が重く聞こえ、しっかりと受け止めた。 過去の過ちを思い出し、繰り返さないように。

 

今日は早めに修行を切り上げたが……老師はイットにある事をさせた。

 

「イット。 お主には改めて一から八の型を教えた」

 

「はい」

 

「じゃが……この地で剣を振るうに当たってしなくてはならぬ事があってな。 この地に住む民族に挨拶しておらんのじゃ」

 

「…………え」

 

実際、ここの民族がこの地を所有しているわけない。 が、イット達がこの地で修行をしている以上、断りを入れなくてはならない。 つまり、老師は面倒ごとをイットに押し付けたのだ。

 

「ゆえにイット、今からその民族の住む集落に行ってこい」

 

「………………はい……」

 

かなり間があったが、イットは項垂れるように頷くしかなかった。

 

「ああ、それとコレをつけて行け」

 

「え……これって……」

 

老師から手渡されたのは白い布、網目が際まで縫われていて丈夫そうだが……イットはこれで何をするのかと頭を捻る。

 

「それで目隠しをしてそのまま集落に迎え」

 

「え……!?」

 

「お主は目で反応する、気配で反応する……この2つにバラつきがある。 それを矯正するに当たって、見える前に反応するしかないと至った」

 

イットはよく分からないようだが、いつになく真剣な表情の老師は嘘を言ってないだろう。

 

「途中で休んでも良い。 じゃが、気配を感じられるようになるまで……決して目隠しは取るな」

 

「はい」

 

そう言い切ると、老師は持ってきていた最低限の荷物を持って踵を返した。

 

「ワシはこの辺りの龍脈を探ってから向かう」

 

「……分かりました」

 

確かに剣と身体、心の修行をつけてはくれたが……最後の最後で老師はイットに面倒ごとを丸投げして去って行った。

 

「………………」

 

残されたイットは両手にある目隠しを見つめ……目に当てて解けないようにキツく縛った。

 

そして世界は暗くなり、イットはしばらくの間そのまま棒立ちになる。 風だけが感じとられ、時の流れも曖昧になりかけた時……黒い世界に僅かな色がついた。

 

(これは……葉っぱ……)

 

決して見えているわけではない。 だが確かにイットは周りに舞っている葉っぱを認識していた。 次いでその先にある木も……

 

「ーーフッ!」

 

手を前に伸ばし、落ちてきた葉っぱを掴む……が、葉っぱは手から滑り落ちる。そして再び前を見ると……地面が、茂みが、木々が見えてきた。 いや、正確にはそれら全ての気配を感じ取れた。

 

イットはしばらく思案し、歩み始めた。 オロオロせずに迷いなく、恐れずに……目を開けている時と同じように歩く。

 

(……集落まではまだ遠い。 でも、少しだけ分かって来た)

 

歩きながら周りに意識を向ける。動き回っている小動物の気配、そして木々の気配を感じ取る。

 

(生きているものと、そうじゃ無いもの……全然違うけれど、どちらにも確かに気配があるんだ)

 

進行方向に木があり、このままでは衝突してしまう。 だがイットは木にぶつかる一歩手前で足を止め、まるで見えているかのように横に逸れて木を避けた。

 

しばらくその状態が続いていると……一際大きな生きている気配がイットの道を塞いだ。

 

(ッ……大きな気配……生きている物……)

 

「ーーオオオオッ!!

 

咆哮と共に気配がイットに飛来してきた。 危険と判断したイットは横に跳躍して回避する。

 

(生き物が襲い掛かってくる! 肉食系……でも一体なんの……!?)

 

次々と襲い掛かる危険な生きている気配から避け続ける。 その時……

 

「ーー何してるヨ!!」

 

「ッ……」

 

背後から走ってきた人物の声と共に目隠しが取られた。 夕日の明かりで目を細め、すぐに目が慣れると……目の前に、襲い掛かってきている身の丈以上の大熊がいた。

 

「! ……はあっ!!」

 

イットは完全に目視すると振り下ろされた爪を咄嗟に飛び上がって躱し、熊の頭上を取り……

 

「はああぁ……破甲拳ッ!!」

 

落下速度がプラスされた掌底が脳天に振り下ろされ、熊は脳を揺らされ……その大きな巨体を地に伏せて気絶した。 イットは突然の事に驚き、大きく息を吐いた。

 

「もうちょっとでコイツに殺やれる所だったんだヨ! なんでこんな事してるノ!?」

 

突き出された目隠しを見て、手を伝って助けてくれた人物の顔を見る。 褐色肌で長くて白い髪をした同年代くらいの少女だった。

 

イットは事情を説明するため、ここにいる経緯と一緒に目隠しの意味を説明した。

 

「剣の修行でネ……ゴメン、邪魔しちゃったヨ……」

 

「気にしなくていいよ。 あのままだったらその熊にやられていたかもしれないから」

 

倒れた熊に乗りながら頭を下げる少女にイットは気にしてないと手を振る。

 

「そういえば……君はどうしてここに?」

 

「!? う、ううううっ!?」

 

なぜここにいるのかを聞くと……まるで悪寒がしたように少女は身震いを起こした。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

「君ぃなんて言われたらゾワゾワしてむず痒いヨ! ワタシはエーデルガルド・バルカス、エディって呼んでネ!」

 

「分かったよ。 俺は神崎 一兎、よろしく頼むよ、エディ」

 

2人は右手を差し出し、握手をした。これが、鬼を宿した兎と高原の狩猟者との初邂逅だった。

 




親にしてこの子ありパート2……早速1人目?


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鬼を宿した兎 後編

エディとの邂逅から半年……イットは長老に謝り倒しながらも、強引ながらもそのままバルカス集落に住ませてもらう事になり。 1日も鍛錬を怠らずに集落の人々と共に日々の生活を支え合っていた。

 

「イット! 今日こそ一歩取るのカラな!」

 

「そのセリフは一体何度目だろうね……」

 

瞬間、イットに飛びかかってくるエディ。 エディは姿勢を低くして潜り込むように接近し、固く握られた拳を地面スレスレで振り上げ……

 

「ーーフッ!」

 

「アウッ!」

 

エディの渾身の拳はアッサリと払われ、そのまま地面に投げられた。

 

「……うん、良くなってるよ。 動きに理が出ている……これなら最強も夢じゃない」

 

「……軽くあしらっておいてよく言うヨ……」

 

淡々と評価を言うイットを見てエディは草の上で寝転びながら不貞腐れる。 イットは苦笑しながらそのまま続けて言う。

 

エディはイットが強者と分かってから毎朝試合をしており、その度にエディは転ばされていた。

 

「いいかいエディ。 エディには攻撃を全て受ける癖がある。 耐久力があるから問題ないとは思うけど……その慢心はいつか、文字通り身を滅ぼす事になる。 受けるべき攻撃か、避けるべき攻撃か……しっかりと見極めないと」

 

「うう〜……そういうのは難しいヨ〜……」

 

「はあ……エディは身体で覚えるタイプだからね。理屈を並べても意味はないか……」

 

そこでイットは手を叩き、朝の鍛錬を終わりにした。

 

「さて、朝練はこれくらいにして……今日は北の森に行くんだったよな? 何を狩るんだ?」

 

「フッフーン! 今日は角牛を狩りに行くヨ!」

 

それを聞くとエディは地面から跳ね上がって立ち上がり、途端に元気になる。

 

「了ー解。 それでは長老、行ってきます」

 

「うむ。 イット、エディをよろしく頼んだぞ」

 

「長老、酷いヨ〜……」

 

「はは、分かりました。 ですが……」

 

不意に、イットは空を見上げた。 その目は鋭い目をしており、丸で空を睨みつけているようだった。

 

「……異常が、この地に紛れ込んだようですね」

 

「………………?」

 

2人は不審に思うが、イットは首を横に振って誤魔化した。

 

「なあなあイット、さっきのは一体どう言う事ダ?」

 

「……エディもいずれ分かるよ。 この世界の裏側の現実をね」

 

また誤魔化され、エディは頰を膨らませて不機嫌になる。 しばらく北の森に到着し、角牛の捜索を始めると……

 

「ーー待て。 何かおかしい……」

 

森の中腹でイットが手を横に出してエディをとめる。 エディは眉をひそめるが……ふと一陣の風が吹き、その匂いを嗅いだ。

 

「…………(スンスン)。 風に流れて血の匂いがするヨ……」

 

「ああ、そうみたいだな……」

 

緊張感を出しながら薄暗い森の中を進む。 すると……段々と何が蠢く音が聞こえてきた。

 

(ア、アレは……!?)

 

(ーー怪異……角牛を喰らっているのか……)

 

2人が視界に捉えたのは……巨大な二本の角を有している牛のような動物が血を流しながら息途絶え、その腹わたを喰い散らかす黒い獅子の怪異がいた。

 

(……エディ、集落の皆に避難誘導をお願い)

 

(え!? イ、イットはどうするヨ……!)

 

(見た感じA級グリムグリード……討伐は無理でも、ここで食い止めるくらいは……)

 

エディはイットの提案に納得がいかないが、気にせずイットは腰の太刀に手を添えた。

 

(まだ未熟な俺では、この太刀は扱いきれない。 でも、抜かないままでは万に一つも勝ち目はない……だからーー)

 

太刀を縛る飾り紐に手をかけ……紐を解き、そのまま刀身を抜いた。

 

「僅かな可能性があるのなら……それにかける」

 

「あ……」

 

エディが止める間もなく茂みから出る。 気配に気づいたのか、獅子は角牛から身を離し、ゆっくりと振り返った。 その口元は血で濡れており、鋭い犬歯は咥えていた骨を砕いた。

 

「八葉一刀流・初伝……神崎 一兎、参ります」

 

だがイットは怯まず、心を落ち着かせて名乗り……飛び出した。

 

「はあっ!」

 

イットは獅子型のグリムグリード……怨獅子に斬りかかる。

 

(ッ……硬い!)

 

だが怨獅子の体表は硬く、刃を通さなかった。 怨獅子はイットを一瞥すると前脚出し、タックルしてきた。

 

「ぐうっ……!」

 

太刀でガードしたが吹き飛ばされしまい、空中で受け身を取り木に足をつけて勢いを落とすが……木の幹に足をつけた瞬間、既に怨獅子が回り込んでおり、その先端に鉄球を付けたような尾を振り回した。

 

その一振りで周囲の木々が根元から折られる。 イットは宙に舞う木の上で屈んで跳躍……同じく宙に舞う木を足場にして怨獅子の頭上を取る。

 

「でやあああっ!!」

 

首筋を狙って振り下ろされた太刀は浅く皮膚を斬りつけた。

 

「ッ……ガッ……!!」

 

刃が通らなかった事に歯軋りをするが……悔やむ暇もなく怨獅子がその場で回転し刃を弾き、右脚を振り上げながらイットの方を向いて腹部を殴りつけた。

 

「カハッ!」

 

地面に叩きつけられ、転がりながら肺から息が吐き出る。 余りの衝撃にイットは悶え苦しみ……その間にも怨獅子は地面を揺らしなら迫ってくる。 殺られまいとイットは太刀を杖にして立ち上がろうとした時……

 

ーードックンッ!!

 

「ッ!?」

 

突然異変が起き、イットは苦しみながら胸を抑える。 するとイットの身体から赤黒い焔が漏れ出るように出てきた。

 

(マズい……出て、くるな……!)

 

抑えよ込もうと必死になるが……その間にも怨獅子は倒れるイットの前に向かい、上げられた毒の爪がイットを切り裂こうとし……

 

「ーーだあああああっ!!」

 

掛け声と共に怨獅子が横に吹き飛ばされ、爪はイットの横の地面を切り裂く。 イットは異臭を放つ爪に冷や汗を流すが……そんな事よりも、イットの目の前に来たのは……

 

「大丈夫カ、イット!?」

 

「エ、エディ……! 何で戻って来たの!」

 

「イットを……友達を置いて逃げるほど、ワタシはヘタレてないヨ!」

 

イットに教えてもらった構えを取りながらエディは怨獅子と向かい合う。

 

「それよりも……イットのソレは何なノ? とても怖い感じがするヨ……」

 

「ご、ごめん……今抑え込むから……!」

 

イットは立ち上がりながら胸を抑え、しばらくして……赤黒い焔は静かにイットの身体の内に収まった。

 

「ッ! ……はあ、はあ……呑まれてたまるもんか……」

 

「大丈夫カ?」

 

「……ああ、問題ない……」

 

脂汗を拭いながらエディの隣まで歩き、再び怨獅子に太刀を向けながら構える。

 

「エディ、これは命を賭けた狩りだ。 一瞬の気の緩みが死に繋がると思え!」

 

「ハッ……ワタシはいつでも狩りに命を賭けてるヨ! そんなの今更ネ!」

 

「……ああ、そうだな!」

 

次の瞬間、怨獅子は爪を立てて前脚を振り下ろし、斬撃を飛ばしてきた。 2人は軽く横に跳んで避け、そのまま走り出して左右から接近する。

 

「行くよ、エディ!」

 

「うん!」

 

2人はジグザグと幾度も交差する事で怨獅子を撹乱し、背後に回り怨獅子がイットの方に向くと……

 

「テアッ!!」

 

反対側のエディが急接近、脇腹に食い込むくらいの蹴りを入れた。

 

「そこだ……紅葉切り!」

 

激痛が走り怨獅子は振り返りながら禍々しい魔力溢れ出るが……その隙を狙いイットがすれ違い側に抜刀、一瞬で何度も斬り裂いて溢れ出る魔力を止めた。

 

「……ダメだ……決定打がない……このままじゃジリ損だ!」

 

「じゃあどうするヨ!?」

 

「……攻撃力のある技が1つある。 けどそれを発動するには時間がかかる……時間稼ぎ、行けるエディ?」

 

「うん、任せてヨ!」

 

「頼むよ……」

 

目を閉じて集中するイット、その前に彼を守る為に身構えるエディだが。 突然、怨獅子はその場で高速で回転を始め……急停止と同時に鞭のように放たれた尾が迫ってきた。

 

(コレは……!)

 

迫る尾を見てエディは悟った。 コレを防いでも、受けた瞬間命はないと……だが、避けたら背後にいるイットを殺してしまう。受ければ致命傷、だが受けなければならない……瞬間、エディが出しまた答えは結果となった。

 

「ーー受け……流ス!!」

 

エディは自身を回転させる事により、回転により放たれた尾を払いのけるように受け流した。 続けて流れるように懐のに入りながら両手を組んで振りかぶり、軸足に全体重を乗せ……

 

「フンッ!!」

 

ハンマーを振るうように振り下ろし、その強烈な衝撃で怨獅子の四肢は地面にめり込んでいく。

 

「焔よ……!」

 

そして怨獅子の正面にいたイットが太刀に手を添え、刀身に焔が纏われる。 そのまま上段に構え……

 

「業炎撃…………滅ッ!!」

 

燃え盛る太刀を振り下ろした。 刃は硬い皮膚を斬り裂き、さらに焼き切る事で深く斬りつけ……完全に斬ることが出来た。 怨獅子が痛みを感じて怯む中……

 

「……ワタシが戦うのは、狩りをするのは生きる為、皆と日々を過ごす為……ケド、お前からは殺す事への愉悦しか感じられナイ……命を貰う事を楽しんジャいけない……だからーー」

 

エディは目を閉じてながら眼前で拳を握り……魔力が急激に高まっていく。 そして開眼と同時に飛び出した。

 

「これが、ワタシが生きる為の力ダ……!!」

 

戦って勝利を得る戦いではない……狩りで生き残る戦いを、それが今1つの拳となって形となり、振り下ろす。

 

「ーー虎皇拳(こおうけん)!!」

 

撃たれた拳は怨獅子の脇腹を撃ち抜き、次いで衝撃波が炸裂し……脇腹に拳より大きな凹みが出来た。 そして……

 

「ーー二の型……疾風!!」

 

高速の一刀が怨獅子を斬り裂き……とうとう力尽きて倒れ伏し、消えて行った。

 

「はあはあ……た、倒したのカ?」

 

「な、なんとか、ね……」

 

2人は緊張が解け、そのままへたれ混んでしまう。 呼吸を整えていると、突然エディが笑い始めた。

 

「フフ……アハハ……」

 

「どうしたの、エディ?」

 

「倒せた事に喜んでいたケド……それよりも世界にはあんなに強い獣がいて嬉しいんダ。 ワタシは……もっともっと強クなれる……!」

 

寝そべりながら腕を上げ、開いた手を握りしめてエディはそう言う。 イットは苦笑し、それから視線を横に移した。 そこには無残に命を散らせた角牛の亡骸があった。

 

「この角牛も不運だったな……こんな目にあって……」

 

「でも、それが自然ヨ。 化物であれなんであれ、弱肉強食……でも世界が、自然が厳しけれバ弱い者は強い者の肉にすらならナイ……ダカラ、私は強くサイキョーになりたい」

 

だが、せめてもの弔いとして、角牛の命に感謝を込めてその血肉を頂こう。 集落から男手を呼んで角牛を解体していると……そこへ、2人の男性が息を上げながら歩いてきた。 キチンとスーツを着て身なりはいいが、アウトドアに慣れてないのか、かなり疲労している。

 

「……ん? あんた達、誰?」

 

「こらエディ、失礼でしょう」

 

「いや、気にしなくていい。 君がエーデルガルド君だね?」

 

「そうだケド……ワタシに何の用だ?」

 

「単刀直入に言おう。 僕らの街で1番女の子になってみる気はないかい?」

 

彼らはミッドチルダで格闘技のジムをやっており、逸材を探すべくこの地方で育った人材をスカウトしに来たそうだ。 そして先ほど集落で長老の話を聞き、エディに白羽の矢が立ったようだ。

 

「エディが1番? 無理無理、素質はあるけど今のままじゃ絶対無理ですよ」

 

「えええッ!?」

 

「それは一体どういう意味だい? えっと……」

 

「自分は神崎 一兎と言います。 昔ならいざ知らず、今のミッドチルダは魔法だけではなく武の方にも力を入れています。 勘や直感、フィジカルだけが頼りのエディでは、良くて中の上止まりと言った所です」

 

「それは……」

 

「無いと言い切れますか?」

 

「……実際、いつもイットにはボロクソ言われてるから言い返せないヨ……」

 

今朝も直球で非難された事を思い出し、エディはガックシと項垂れる。

 

「……あれ、神崎? 神崎ってもしかして……蒼の剣聖、神崎 蓮也の……?」

 

「え、ええ……神崎 蓮也は俺の父です」

 

「やっぱりそうか! ミッドチルダ最強の魔導師、その息子に会えて光栄だよ!」

 

「ええっと……」

 

「ーーオッホン!」

 

と、そこでもう1人の男性が態とらしく咳払いをし、聞こえたのか眼鏡の男性は顔を赤くして頭をかきながら身を引いた。

 

「で、どうする? 色々と非難はしたけど決めるのはエディだよ」

 

「う〜〜ん…………」

 

頭を抱えて悩むエディ、するとイットの顔を見て……

 

「ねえイット、一緒に来てワタシをサイキョーにしてくれないカ?」

 

「え? そうだね……もう確実に老師は帰ってこないだろうし、家族も心配しているから帰ろうかと思ったけど……だが俺もまだ初伝、教える立場にはないんだが……」

 

「それでも! ワタシはイットに教えてもらいタイ! イットと一緒にサイキョーになりタイ!」

 

拳を握り、エディは大きな声でそう言う。 今度はイットが悩み……ゆっくりと頷いた。

 

「……分かった。 でも覚えておいて、最強を目指すならいずれ立ち塞がる……至高の存在がね……」

 

「至高……」

 

イットは脅したつもりだが……むしろエディをその気にさせてしまい。 彼らのスカウトを受ける事になった。

 

「あ……あの出来れば充電器を貸してもらえませんか? もう俺のメイフォンの充電が無くなってしまって……」

 

「ああ、構わないよ」

 

イットはほぼ1年前に充電が切れたメイフォンを取り出して見せた。 男性から充電器を受け取って充電し……数分で電源が付いた。

 

「えっと……うわ、凄いアップデートの数。 後メールとーー」

 

そこでイットは目を疑った。 着信履歴とメールを見ると……着信履歴はビッシリとヴィヴィオの名で埋まっており、同様にメールもヴィヴィオの名で埋まっていた。 時折親達のメールもあるが……

 

ピリリリリ♪

 

「うわっ!?」

 

驚愕して言葉も出ない時に来た着信、不意を突かれてメイフォンを落としそうになりながらも画面を見ると……そこにはヴィヴィオの名前が。 イットは少し唾液を嚥下し、恐る恐る出ると……

 

「も、もしーー」

 

『お兄ちゃん!!!』

 

応答を言い終わる前に、耳に当てる前に大音量で音がイットの鼓膜を揺さぶった。 イットは耳がキーンとなりながらもメイフォンを持つ。

 

「……はい……お兄ちゃんですよ……」

 

『今の今までどこに行ってたの!? ヴィヴィオはもうかなり心配したんだからね! いつまで経っても連絡が返って来ないし、パパとママ達は“大丈夫だろう”って放置するし!』

 

「あー……そうだね」

 

父達を思い出しながらイットは納得してしまう。

 

「……老師はどっか行ったし、目的も出来たから近々帰るよ。 お土産、期待しておいてくれ」

 

イットは木々の合間から見える空を見上げた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

翌日……身支度を整えたイットとエディは集落の前におり、集落の人達が2人を見送りに来ていた。

 

「ううぅ……にいちゃん、ねえちゃん……」

 

「行かないでよぉ……」

 

「あ〜、泣かないでヨ〜……ワタシまで行きたくなるなるカラ〜……」

 

子ども達に泣き付かれてエディは慰めるように頭を撫で、苦笑いしながら決心が揺らいでしまう。

 

「皆さん、この半年間……本当にお世話になりました」

 

「いいのよ、こっちもイット君にはお世話になったわ」

 

「馬と羊の世話とか、家の修復とか、狩りとかでこっちも世話になったからな。 お互い様だ」

 

「ええ、月にあなたが遠く離れた町から買い出しに行ってくれて……それだけでもありがたかったのよ」

 

「そう言っていただけると」

 

そして出発の時間……2人は別れを惜しみながらも荷物を背負った。

 

「じゃあ皆……行ってくるヨ!」

 

「うむ、イットに面倒や迷惑はかけるなよ」

 

「ちょ、それどう言う意味ヨ!?」

 

「はは。 心配しないでください、エディは責任を持って面倒を見ますので」

 

「イットはイットでヒドイ!?」

 

エディがガーンとなると、辺りから笑い声が立ち込める。 そして、今度こそ2人は歩き出し……集落が一望できる丘で振り返った。

 

「皆、待っててネー! すぐにお金を稼ぐけど……次会うときはサイキョーになって帰ってくるカラ!」

 

「聖王のご加護を! 今度は家族を連れて来ます!」

 

手を大きく振りながら進み、遠くに見える集落の皆も返すように手を振るのを見送り……2人は集落を後にした。

 

するとすぐに、エディの目元に涙が出てきた。

 

「ウ〜……グスッ……」

 

「エディ、泣かないんじゃなかったのか?」

 

「だって〜、皆と離れバなれになるのは寂しいヨ〜……」

 

「その気になればいつでも会えるさ。 エディは夢を叶えるために行くんだろう? だったら……!」

 

「ウワッ!」

 

イットは喝を入れるようにエディの背中を叩き……

 

「胸を張って、真っ直ぐ前を向いてこの高原を出よう」

 

「イット……うん!」

 

空を見上げて少しボーッとなりながらも涙を拭い、エディは笑顔になって勢いよく頷く。 そして高原を抜け、整備された舗道に出ると、そこには1台の車と2人の男性がイット達を待っていた。

 

「あ、来たね」

 

「お待たせしたヨ」

 

「道中、よろしくお願いします」

 

「では行くとしよう。 ミッドチルダに」

 

4人は車に乗り込み、車は走り出した。 しばらくイットは遠くなっていく高原を見つめ……不意にある事を聞いた。

 

「すみません。 まず、エディは何をすればいいのですか?」

 

「ん? そうだね……先ずはフィジカルチェックをして、キチンと実力を把握してから試合を組むかな。 まあいきなり試合になる事はないよ」

 

「ふうん? ワタシは最初から戦いたいけどナー」

 

「そんな調子ならミッドチルダの武術の世界では生きていけないよ。 ここ最近の魔導師はマジカルよりフィジカルの方が強いんだから」

 

「あはは、でも気合いがあっていいね。 そうだ、先ずは都会に慣れるためにもでもあるけど……イット君も含めてある大会に出てみる気はないか?」

 

『大会……?』

 

何故がイットも含まれおり、2人は揃って疑問に思い聞き返してしまう。

 

「そう、18才以下の子ども達によるチームバトル……年々強豪ぞろいだけど、参加してみる気は無いかい?」

 

よく分からないのか、2人は揃って首を傾げたが……内心ワクワクしていた。 まだ見ぬ相手と戦える事に。

 

ーーこれは1つ目の軌跡……鬼を宿した臆病な兎が仲間と共に歩む道……

 



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蒼き翼 前編

新暦77年、4月ーー

 

第1次元管理世界、ミッドチルダ……その中央区から北上した場所にある大型ドーム、DSAAでも使用されるドームで今宵はライブが行われていた。

 

『叶うなら その手の温もり 覚えて……いたいよ溢れているーー』

 

その中で今回の主役たる少女が電子的な青い蝶の羽を広げ、ドーム内を歌いながら飛んでいた。 少女は人間ではなく、AIによって投影され、いわゆる電脳アイドルといった存在だ。 大胆な青を基調とした和服に似た服を着て。 長い金髪を上に一纏めにしシンボルたる大きめな蝶の髪留めをカチューシャのように止めているAI……名を“電子の謡精(サイバーディーヴァ)” ユリシスと言う。

 

「これまでの状況は?」

 

そのライブを中継している放送室で、どこかの制服を着た少年が画面に映るライブを見ながらこの場の監督に状況を聞いていた。

 

「現状、9名を確認。 個人情報との照合を行なっています」

 

「くれぐれも慎重にね」

 

「ええ。 しかし……どういう感じなんです? あなたも何かこう……特殊な高揚感とか、そういうものを感じてたりするんですか?」

 

監督は少年に恐る恐る質問する。 年は監督が上なのに、まるで少年が上司なような対応だ。

 

「ユリシスの歌を聴いたレアスキル保有者は干渉波を出してしまうわけでしょう?」

 

「聖具で力を封じられている僕には、よく分からないな」

 

「時々思いますよ。 私にもレアスキルがあればってねえ」

 

ユリシスの歌には特殊な効果があり、レアスキル保有者と干渉する事が可能。 その能力を利用して彼らはなにかを始めようとしていた。 と、そこで少年は踵を返して出口に向かった。

 

「………後は任せたよ」

 

「え、見ていかれないのですか?」

 

「第一ビルに向かう。 妙な胸騒ぎがするんだ」

 

そう言い残し、少年は振り返りもせずその場を後にした。 それを確認すると監督はホッと一息吐いた。

 

「脅かさないでください……()()は替えがないんですから」

 

彼らの目的はユリシスの能力を利用した無自覚のレアスキル保持者の検索……及び捕獲だった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

同時刻ーー

 

『ーー事前調査通り、ユリシスのコアはヴァンデイン第一ビルにあります。直ちに急行してください』

 

この地区の摩天楼の上から夜景をその青い瞳で見ていた少年がいた。 腰まである長い金髪を三つ編みにし、青い特徴的な戦闘服を身に纏っている……そして彼の耳に付けている通信機から少女の声が聞こえていた。

 

『現在も次々にレアスキル保有者が特定されています。 コアを見つけ次第破壊、もしくは機能を停止させてください』

 

そこで少女は一呼吸置いて、通信機越しで口を開いた。

 

『コードネームGV、ミッションを開始してください』

 

「了解。 これよりミッションを開始する」

 

少年……GVは蒼い雷撃を身体から放ち、その場から消えた。 その数秒後、ミッドチルダ中央区、その一角にあるビル……ヴァンデイン・コーポレーションのビルから爆発音と共に黒煙が立ち上っていた。

 

そしてそのビル内の通路を1人の少年……GVが蒼い雷撃を迸らせながら駆け抜けていた。 背後からは武装したこのビルの警備隊が追っている。 GVすれ違い様にパネルに針を撃ち込み電撃を流し込み……シャッターを下ろして追っ手を振り切った。

 

だがすぐに正面から同じ武装の警備隊が現れ、GVは飛び上がり手に持っていた銃を構え……針を打ち出した。 針は警備隊に当たると何も起きなかったがマーカーのようなものが浮き出ていた。 それを警備隊の合間を流れるようにすり抜けながら全員に撃ち込み……

 

「ふっ!」

 

警備隊を抜けると同時に身を翻して左手をかざし、蒼い雷撃を針を通して警備隊に浴びせた。 警備隊は悲鳴も上げられず、GVは地に倒れる警備隊を見向きもせず先に進んだ。

 

そして指定された地下にあるポイントに辿り着き、GVは厚い鋼鉄の扉を開き中に入った。 GVは暗がり中を見渡すが……中には彼が目的とする物は無かった。

 

「こちらGV……コアが見当たらない」

 

『ポイントに間違いは?』

 

「間違いない。 どこかに移されたのかも……」

 

『……留まっては危険です。 ミッションを中止しその場から離脱してください』

 

ガチャ……

 

撤退を指示をした時……GVの背後で銃を構えられた音がした。 GVは振り返らず気を向ける。 いつの間にか警備隊が後ろにいたようだが、来るのが早過ぎた。

 

「……動きが読まれたみたいだ」

 

『! すぐに離脱してください!』

 

「…………………」

 

『? 聞こえていますか、GV!?』

 

通信機越しで少女は返答を願うが、GVは無言で両手を上げ……降伏を示した。 それを確認すると警備隊の1人が近付き、銃のグリップでGVの後頭部を打ちつけた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「うわあああああっ!!」

 

昔、僕は何かの組織に攫われ、どこかの研究所で自分のレアスキル……電流・電子を制御する蒼き雷霆(アームドブルー)に関する人体実験を受けていた。 毎日身体中に電流のような強烈な痛みが走る日々が続いていた。

 

もう日付も分からなくなったとある日、僕は何かのコンテナに入れられた。 その後コンテナは何かの乗り物に乗せられて走行した。 その中には何故か小型の冷蔵庫があった。 しばらく揺られていると……突然、コンテナが大きく揺れた。 ボーッとしている時に起こった事で額を強く打ってしまったが、そのおかげでコンテナの扉が開いた。

 

僕は日頃の痛めつけられている身体を酷使して立ち上がり、外に出た。 そこはどこかの貨物室の中で、不自然にコンテナ前にあった2つのトランクに目を止めた。 近付いて開けてみると片方には戦闘用みたいな服が、もう片方には銃があった。 訳もわからず、けど無我夢中でボロ切れを脱ぎ捨てその服に着替え、手にズッシリくる銃を手に取った。

 

「うっ……」

 

「誰!?」

 

突然、コンテナから銀髪の……同い年くらいの少女がフラフラになりながら出てきた。 咄嗟に扱い慣れない銃を構える。

 

「た、助けて……」

 

「……………………」

 

その言葉に、僕は銃を下ろし。 少女に駆け寄った。 その間に、どこからか戦闘音が聞こえてきた。 ここにいてはまた捕まる……少女を優しく横たえ、脱出路を確保しようと通路を進む。 どうやら列車の中のようで、辺りを警戒しながら中を進み後部車両に出ると……そこでは丸いロボットが同い年くらいの男女を襲っていた。 もう何が起きているのかわからないが、無意識に銃を構え……引鉄を引いた。 すると弾丸ではなく針が射出され、狙い通りロボットのレンズに当たり、自然と左手を前に出し……

 

「迸れ、アームドブルー!」

 

自然とそう叫び、左手から蒼い電撃が迸り、電撃は誘導されるかのようにガジェットに直撃。 ガジェットは中からショートし、爆発した。 何で助けたのかは分からない……何で使い方が分かるのかも。 けど姿を見られる訳にもいかない。 銃を壁にあるパネルに向けて射出し蒼い電撃を流し来た道の隔壁を下げた。 元の場所に戻り、貨物室を改めて見回す。 目を止めたのは脱出カプセル。 瓦礫と偽装させてここから脱出しようと考えた。

 

「行こう。 生きる為に……」

 

「はい……」

 

僕はその少女と共脱出カプセルに入り、谷に落ちていった……

 




かなり短いですが、切りがいいのでここで切りました。
後編は直ぐに投稿します。


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蒼き翼 後編

後頭部がズキズキと痛みながらGVは目を覚ました。

 

(まさかこんな状況であの時の夢を見るなんてな……)

 

少し微笑みながらGVは辺りを見回す。 そこは薄暗く個室で……痛々しい拷問器具がそこら中にあった。 そして耳に入るのはこの場所で一際明かりを放つ空間ディスプレイで投影されたユリシスのライブだった。 GVは椅子に座らされ、後ろに手を組まれ鎖で拘束されていた。

 

「ーーあーらお目覚め〜?」

 

入り口から長身の男性……だが。 その手に拷問用の鞭を持ち身体をクネリクネリと捻りながら歩き、オネェ口調と相まってGVの背筋に怖気が走る。

 

「ホントに来ちゃうもんだからビ〜ックリしたわぁ〜ん。 アタシ達に刃向かうなんておバカねぇ〜」

 

オカマはGVの前に来て、挑発するように眼前に鞭の先をを揺らす。

 

「2つ、教えてあげるわぁ〜。 ユリシスちゃんはこれから列車の旅を満喫するの残ァ〜念〜。 もう1つ、これから始まるのは尋問じゃない……」

 

オカマはGVに顔を近づけ……

 

「可ァ愛い子を痛ぶるのはアタシの純粋な……シュミッ! さぁ〜、少年! いい絶叫(コエ)で鳴いてプリィーズ!」

 

気色悪くウインクし、鞭を張ると電撃が流れ出す。 それと同時にGVの腕が蒼く発行し……自分を拘束していた鎖を砕いた。 立ち上がるとオカマが持っていた電撃が流れる鞭を掴んだ。 GVは顔を俯かせ、オカマを睨みつける。

 

「ヒ、ヒィイイ……! あ、蒼い……雷! まさか、アナタは……ガンヴォルトォオオ!?」

 

「情報提供感謝するよ。 変態なオジサン」

 

「くぅ〜〜〜〜っ!!」

 

変態なオジサンは気色悪く顔を歪め、GVはそれを無視して部屋から出て、耳に手を当て通信を開いた。

 

「コードネームGV、ガンヴォルトよりスノウピー、回線開いて」

 

『ーーこちらスノウピー! 無事だったんだね、ガンヴォルト』

 

「問題なく……情報の修正を。 ターゲット電子の謡精は別のポイントに移動中。 これから施設を脱出、ミッションを継続してターゲットを追いかける」

 

『……罠の可能性も低くないけど……それではミッションを再開します! どうか気をつけて!』

 

それと同時に走り出し、ビル中に警報が鳴り響きながらもGVは警備隊を倒しながら急いで通路を走っていた。

 

「侵入経路はまだ、セッカ!?」

 

『今やっているから急かさないで!』

 

列車という事は、どこにいようが地上1階のビル内にいる……そこに向かいながらGVが敵を倒している間に通信が届いた。

 

『ーー見つけた! 研究施設行き……自動輸送型自動列車! もう出発しているけど加速はまだ、誘導する……急いで!』

 

「了解!」

 

『速度を維持。 その突き当たりを右に……見えるはずだよ!』

 

通信の通り突き当たりを右に曲がると線路に出て、GVは目標が乗せられている列車と並走する。 並走はしているが次第に加速していく列車に突き放されていく。 その前にGVは柵を乗り越え……列車に飛び移った。

 

列車にへばりつき、トンネルを抜けビル施設から出た。 風が収まるとGVは足に電撃を流して身体を固定し、スクッと立ち上がった。 そして前に進もうとした時……目の前に2機の自立型戦車……マンティスが道を塞いだ。

 

「第九世代の自立型戦車か……」

 

『GV、戦車にダメージを与えて非常冷却装置を作動、コアを露出させて。 それを破壊すれば倒せるから』

 

「了解」

 

マンティスは両腕の機関銃を向け、警告もなく発砲してきた。 GVは生体電流を活性化して運動神経を強化し、銃撃を避けながらマンティスに接近する。 飛び上がり、腰から銃を抜き避雷針(ダート)を射出してマンティスのコアに電撃を流してコアを露出。 すぐにマンティスに飛び乗りコアに手を添えて高圧の電撃を流し……ショートさせて爆発させた。

 

「ふうっ……」

 

爆発する前に列車に飛び乗り、もう一機のマンティスに振り返り両手で銃を持ち雷撃を球体状に展開……雷撃鱗を発動し、避雷針を超電磁砲の原理で高速で、連続で射出。 マンティスは蜂の巣にあい、爆発した。

 

『先のポイントを切り替えて列車を埠頭に向かわせるよ』

 

「了解」

 

スノウピーはハッキングで列車の進路を切り替える準備を始め、GVは先頭車両に向かった。 そこで待機していた警備員を倒し……目標のコアがある部屋のロックをアームドブルーの電子を操る能力でハッキング。 ロックを解除して中に入った。

 

『ーーだれ?』

 

「……あ……」

 

不意に少女の声が頭に響いた。 そして真っ暗闇の部屋に明かりがつき、その明かりは正面のカプセルから発光されており……その中を見ると、GVは目を見開いた。

 

カプセルの中には目を閉じている短い薄紫色の髪をした少女が椅子に座らせれて拘束されており、身体中をコードで繋がれていた。

 

「まさか……君がユリシスなのか……?」

 

『彼女は私のレアスキル』

 

GVの呟きに答えるように、少女は念話と似て非なる能力で答える。

 

『あなたは……誰? どうしてここに?』

 

「……ーーこちらGV。 コアを発見した」

 

『あ、やったんだね』

 

「ただ……ユリシスはプログラムデータじゃない。 レアスキル保持者の女の子だ」

 

『え!?』

 

「ここにいるのは……小さな女の子だ……!」

 

『本当ですか!?』

 

「ーーミッションの変更を要請。 これより少女を救出する」

 

『了解。 周辺の警戒をしつつ埠頭で合流しましょう』

 

『ーー私を……殺して』

 

「!?」

 

不意に聞こえた少女の願いにGVは驚きを表す。 カプセル内を見ると……少女が赤い瞳でGVを見ていた。

 

『もう……あの人達の為の唄は……皆を苦しめる歌は唄いたくない』

 

(……この子……同じだ。 あの頃の僕と……スノウピーに……)

 

今の彼女の状況と、過去の自分の境遇を重ねる……GVは無言でカプセルに手を添えた。

 

「聞いてくれ。 もし君が自由を望むなら……僕達が(チカラ)を貸す。 教えて欲しい、君の本当の願いは何?」

 

『……私の……願い……』

 

「ーー勘弁してよもぉ……」

 

少女から返答を待っていると……いつの間にか誰が入り口の扉に寄りかかっていた。 GVは振り返ると、そこには若干年下のヘッドフォンを付けた少年がいた。 その少年が身に纏っているのは……ヴァンデインの制服だった。

 

「何で僕が戦わなくちゃいけないルートに来るかなぁ……」

 

「ヴァンデインの構成員か……」

 

「メラクだよ。 はぁ……外に出ようか。 コッチとしても彼女を傷付けるわけにはいかないからねぇ」

 

そう言いメラクはその場を後にし、GVも後に続き列車の上に出た。 GVは身構える中、メラクはブローチのような物を掲げると……ロボットのような装甲に身に纏い、後ろに丸いゲートのような物が開くと……中から1人用のソファーのような座席と巨大なアームで構成されたロボットが出てきた。

 

「面倒くさいからサクッとやるよ。 こっちはネトゲのフレンド待たせてるんだから」

 

ロボットの両アームの手の平からミサイルを発射してきた。 GVは首に下げているペンダントで電磁結界カゲロウを発動。 ミサイルをまるで幽霊のようにすり抜けて回避、跳躍して避雷針を打ち出した。

 

それをメラクは先程のゲートを背後に展開して、そこに飛び込んで回避し。 GVの背後にゲートが現れ……掴み取ろうとした所を電磁移動で避ける。

 

メラクのレアスキルは亜空孔(ワームホール)。 空間を歪ませ、異なる場所を繋ぐ穴を生成するレアスキル。

 

「あの子の姿を見て何も思わないのか!?」

 

「うわぁ……そう言う暑苦しの、勘弁してよ」

 

GVの言葉にメラクは嫌な顔をし、自身とロボットの右手を横に突き出し……その先にゲートが開きロボットのアームを射出した。 同様にGVの背後に転送し、GVは振り返らず跳躍さて避けた。

 

「っ………うわっ!?」

 

その時、どこからともなく赤い魔力レーザーが飛来し、後ろからGVの左肩に直撃した。

 

「ん?」

 

「ぐわっ!!」

 

メラクはその攻撃を疑問に思いつつも射出したアームを操り、GVの背を殴って列車に叩きつけた。 すると先程の赤い魔力レーザーがメラクの背もたれに当たり、メラクは鬱陶しそうにアームでレーザーを払った。

 

「だぁれだよ、勝手に侵入してんのは?」

 

第三者からの攻撃にイラつきを覚えるが、その前にGVがメラクの眼前に現れ、避雷針を射出した。 避雷針はメラクの頭の左右にあった触覚のようなアンテナ、その片方を射抜いた。

 

「お互い敵が多いみたいだな?」

 

「コソコソ隠れているバグも、僕が修正するよ。 君の次にね」

 

「……お前はどうして戦っているんだ?」

 

GVは唐突にメラクに問いかける。 2人は目的は違えど……同じ力を持つ者、GVはどうしても聞いておきたかった。

 

「ハァ? 僕が働くのはただゲームを買いたいからさ」

 

「そういう願いが、あの子にだってある!」

 

『もしも許されるのなら……私は……』

 

不意に少女の念話がGVに届く。 自分と同じ年頃……やりたい事と聞けばキリがないはず。 だが少女には無理やり歌わせられる以外ない……それを理解して欲しかった。 だが相容れぬように、メラクは顔を怒りに歪める。

 

「だから……激ウザなんだよ! そういうのがさ!!」

 

怒りに比例するようにメラクの背後に無数のゲートが開いた。 すると座席から砲身が飛び出し……砲撃がゲートに向かって放たれた。 砲撃は何度もゲートを潜り抜け、連続でGVに放たれる。 GVはカゲロウを駆使して避ける。

 

『外の世界で……』

 

「フリーズしちゃいなよ!!」

 

これで終わりとばかりに、メラクはGVに向かって4方向から砲撃が放ち……

 

『ーー私の唄を歌いたい!』

 

「!! 迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)! その猛き雷撃を持って、明日への道を示せ!!」

 

少女の願いを聞いたGV……全身から蒼い雷撃を迸らせ、自身が雷となり駆け抜け、砲撃をかいくぐる。

 

「嘘だろ!? そんなのチートだ!」

 

「ーー煌めくは(いかずち)纏いし聖剣! 蒼雷(そうらい)の暴虐よ敵を貫け!!」

 

イメージを明確にする詠唱を口ずさみ、GVは両手を天に掲げ……巨大な蒼き雷剣をその手に掴んだ。

 

「スパーク……カリバーーー!!」

 

雷剣を振り下ろし、振り抜いた軌跡が雷撃として残された……メラクを縦に一閃した。

 

「こりゃリスポーンは無理かなぁ……」

 

最後の最後までゲーム言語を言い残し……聖具の影響か、メラクは爆散してしまった。

 

「ハアハア……」

 

疲労が今になって現れ、GVは列車の上で膝をついて息を上げた。

 

その後、列車はスノウピーによって切り替えられたポイントを曲がり埠頭に向かって進路を進めた。 その間にGVは戦闘車両に戻り、少女の元に戻った。

 

「……聞こえたよ。 君の願い……名前を教えて」

 

『セピア……』

 

「セピア、君も自由を選べる」

 

すると、GVの前に電子が集まり……セピアのレアスキル、電子の謡精(ユリシス)が現れた。

 

「ユリシス……」

 

『……………………』

 

セピアの心を表すかのように、ユリシスは笑顔になり、その目尻には涙が浮かんでいた。

 

『本当に……本当にこの子と私が自由に……?』

 

「ああ……」

 

その時……セピアを照らす薄青い光が少しずつ赤に変色していき、その色と同色の電撃がGVに飛んできた。 だがGVは片手で受け止め、苦も無く振り払った。 GVのレアスキル、蒼き雷霆(アームドブルー)に電気系統の攻撃は効かない。 だが、問題はセピアに起こった異変……すると明かりが落ちてしまい、セピアは倒れかけ……ビクンと、跳ね上がるように身を起こした。

 

「!? どうした!」

 

『ーーGV! 聞こえる!?』

 

「スノウピー! これはどういう事だ!?」

 

『分からない……けど、非常用の送信装置が作動しているみたい。 ライブのユリシスもラグっているし……その子が信号を拒絶しているのにも関係あるみたい』

 

恐らくセピアの意志が彼女を拘束している装置に反応し、不測の事態が起きてしまったようだ。

 

『いや……もう歌いたくない……!』

 

「!」

 

『「いやあああああ!!」』

 

念話と声帯の発声による悲鳴が重なり、超音波となって強烈な音量と衝撃を放った。 たまらずGVは耳を塞ぐ。

 

『じ、GV! ライブが大混乱だよ! しかもこれがミッド中に放送されている。 このままじゃ不測な事態が起こるし……()()()も出てくる!』

 

「う、うううっ……『唄え……ない』」

 

「この部屋事態が送受信装置になっている……信号そのものを止めないと……!」

 

『私を……殺してください……!』

 

「ーーダメだ!! こんな所で終わったら!」

 

『私の唄で……皆が……死んじゃうよ……! これ以上、唄を嫌いになりたくない……私は大丈夫だから……お願い』

 

諦めている、しかしそう願っている……セピアは後悔のないように笑顔でGVに懇願した。

 

「セピア……!」

 

だが、GVは見逃さなかった。 セピアの頰に……涙が伝っているのに。 彼女の本心は……生きたいと、夢を叶えたいと願っている。

 

「……ごめん、セピア……その願い……聞けない!」

 

カプセルに両手を当て、渾身の蒼い雷撃を迸らせる。

 

「うおおおおおおっ!!!」

 

残りの力を振り絞り、最大出力で雷撃を放出する。 その威力は蒼い雷を地上から打ち上げているようで……余波で首都全域が停電になるほどだった。 そして停電した事により……ユリシスの唄は止まった。

 

その後、GVにより自動運転が停止していた列車を慌てて手動で埠頭に停車させた。 GVは気絶しているセピアを抱きかかえ列車を降りる。 それと同時に車が猛スピードで接近し、目の前で急ブレーキで止まるとドアが開き……長い銀髪の少女が慌てて出てきた。

 

「GV! 大丈夫!?」

 

「問題ない。 それよりこの子の容体を見てくれないかな?」

 

GVは抱きかかえていたセピアを地面に下ろして、スノウピーが軽く診察し。 体力が落ちている以外問題ないと分かった。

 

「……GV、今回のは流石にヤバすぎだよ。 管理局に足を掴まれそうだし、他の組織にも目をつけられそう……このミッドにヤバい連中はウヨウヨいるからね」

 

「そうだろうな。 管理局にはオーバーSの魔導師が数名、魔乖術師、異編卿、ヘインダール、プラトン……数えてもキリがない」

 

「改めて多いね……すぐにここから離れましょう。 グズグズしてたら捕まっちゃう」

 

「了解だ」

 

スノウピーは駆け足で車に乗り込み。 GVはセピアをもう1度抱きかかえ、車に向かって歩みを進める。

 

「それで、その子は……」

 

「うん。 今度はこの子の(チカラ)になる、この子の自由のために」

 

「GV……その子の……私達の自由は戦いの遥か先にある。 それはとても苦しくて孤独な戦い……GVはそれでもーー」

 

「ーー僕はあの列車から解放された時……決めたんだ。 奴らに復讐なんてしたら、僕は僕でいられなくなる。 だから逆を選んだ。 人を憎しむ事しか出来なってしまうなら……僕は自分と同じ境遇を作らないように」

 

「……愚問だったね。 いいよ、私も付き合うから。 私があなたの剣となれる……その日まで」

 

と、そこでGVはセピアが目を覚ましているのに気が付き。 彼女に笑顔を見せた。

 

「もう心配ない。 行こ」

 

「…………………」

 

セピアは抱きかかえられている事に少し困惑しながらも。 ジッと、GVの事を見つめていた。

 

 

 

後日ーー

 

ミッドチルダ東郊にある街……ルキュー。 そこに彼らの隠れ家の家があった。 そこに置いてあるテレビでは、昨晩のニュースが流れていた。

 

『ーー犯人は昨夜起こした国民的バーチャルアイドル、ユリシスに対する襲撃、略奪事件。 及び都市部一帯におよんだ大規模停電と同じ、管理下にない魔導師、もしくはレアスキル保持者の少年とみられ。 管理局はその行方を追っています』

 

画面に放送されているニュースには、バッチリとGVの後ろ姿が映っていた。

 

『この状況を受け、被害にあったヴァンデイン・コーポレーションは会見を開き、声明を発表しましーー』

 

プツン……

 

話の途中でリモコンを持っていた短髪でアホ毛がある少女……セピアがテレビの電源を切った。 続いて視線を横に向け、ソファーで眼鏡をかけて読書しているGVことソウ・コルベットを心配そうな目で見た。

 

(……世間で人がどう言おうと……私は知っている。 あの人が本当にしてくれた事を。 私はそれを……絶対に忘れない)

 

セピアは目を閉じ、ソウがしてくれた事を思い出し……涙を流しながら感謝した。

 

「………………」

 

「ーーセピア、どうしたの?」

 

「え?!」

 

いつの間にか夕食の時間になり、目を閉じて思いにふけっていたセピアをソウと、スノウピーこと雪華(せっか)が見ていた。

 

「ちょっと辛かったかな?」

 

「確かに雪華の好みは中辛だけど……」

 

「ち、違う違う! 雪華の料理は本当に美味しいよ!」

 

涙を出されたカレーの辛さと勘違いして心配するソウと雪華。 セピアは両手をワタワタと振り、否定しながら涙を誤魔化した。

 

ウーウゥーーー……!

 

「! ………………」

 

不意に遠くから聞こえたサイレンの音、それが自分を探しているとは思わなくても……セピアは顔を俯かせてしまう。

 

「大丈夫。 食べよ」

 

「もしもの事があっても守るから……ソウが」

 

「そこは自分って言うんじゃないのかな……?」

 

「ふふ……うん」

 

2人の会話にセピアは笑ってしまった。 そして気を取り直して3人で手を合わせ、カレーを口に運んだ。

 

(私は絶対に忘れない。 あの時、私に自由をくれた蒼い翼を……たとえその自由が束の間であったとしても。 そして……この人達が戦い続ける限り……私は……この人達の為の唄を……唄い続ける……!)

 

そう胸の中で決心し、セピアは今日という日を毎日続くように、確実に歩み始めた。

 

ーーこれは2つ目の軌跡……ボロボロな蒼き翼が嵐の空を飛ぶための道……

 



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復讐鬼 前編

新暦77年、8月ーー

 

薄暗い、日の光も届かない牢獄の底。 そこに……一体の人狼の怪異が落とされた。 怪異は辺りを見回すと……その場には先に誰がいた。 その人物は軽く左手を振るうと……異形の手に変貌し人狼に襲いかかった。

 

「がああああっ!!」

 

顔面を鷲掴みにし、襲いかかった勢いのまま壁に叩きつけ、そのまま左手で怪異を掴んだ。 左手が生きているように脈動し……怪異を喰らった。

 

ーー薄汚れた地獄で、凍りついた心が感じるのは……血に塗れた肉の味……そして、()()の憎悪……

 

堕とされた闇の底で、俺は喰らい続けた……怪異の血と肉を。 生きるために……生きて、あの男供をーー村の、家族の、妹の仇を殺すために。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「……………………」

 

ミッドチルダ南西、本土から遠く離れた遠海に一台のモーターボートが走っていた。 その船首に、黒いトレーニングウェアを着た人物が目深くフードをかぶって水平線の向こうを見つめていた。 その後ろから動きやすく、綺麗な服を着た髪の長さが胸まである金髪の少女が近寄ってきた。

 

「ジーク、方角はこのままでよろしいですか?」

 

「うん。 なんとなくやけど、こっちであってると思う」

 

「思うって……もっと自信を持ってもらわないとこちらも困りますわ」

 

操縦士の執事服を着た男性に目線を合わせ、ハンドジェスチャーでこのまま前進を伝えると男性は頷いた。

 

「全く、あなたが昨日いきなり船を借りたいなんて言ってきた時は何事かと思いましたが……」

 

「別に着いてこんでもよかったんよ?」

 

「あなた、ボートを操縦できるんですか?」

 

「……………………」

 

それを指摘されると、ジークと呼ばれた人物は黙り込んでしまう。 それを見た少女は嘆息する。

 

「それで、いい加減目的地を言ってもらいたいのですが? 地図を見てもこの先は何もありません。 さらに先の大陸に行きたいのならそれこそ飛行船で向かった方が建設的でしてよ」

 

「ううん、ええんや……そろそろ見えてくるはずや」

 

「見えてくるって……」

 

『ーーお嬢様。 前方に何か見えます』

 

執事……エドガーが拡声器を使ってそう言い、2人は先を見ると……水平線に浮かぶ小さな大地、島が見えてきた。 金髪の少女……ヴィクターはメイフォンのマップアプリで確認を取るが、現在地の先の海には何も載っていなかった。

 

「地図にない島?」

 

「あそこに……あそこにおるのか……ベル……」

 

フードを被った少女……ジークは空を見上げ、独り呟く。 雲行きが怪しくなる中……数分後、島に到着し。 島の南側にあった埠頭にボートをつけ、3人は無人島上陸した。

 

「埠頭があるという事は人の手が加えられていますね。 なぜ地図に乗っていないのでしょうか?」

 

「ジーク様がここを突き止めた事も含め、この島には何かあるようです」

 

「……………………」

 

「あ! 待ちなさい! 1人で行くのは危険よ!」

 

「ならヴィクターとエドガーは待っているとええ。 ウチは1人でも行く」

 

ジークはサッサと先に進み、ヴィクターとエドガーは1人で進むジークを追いかけて島の中に建てられた建築物の中に入った。

 

中は明かり1つ無く、ヴィクターが魔力球を浮かして明かりをつけた。

 

「古い様式ですが……教団が建てたものではありませんね。恐らくは古代ベルカ時代に……

 

「………………(スタスタ)」

 

「あ!? ジーク、お待ちなさい!」

 

ヴィクターはキョロキョロと辺りを見て考えこむ中、ジークはそれを無視して迷いなく前に進む。 まるでこの場所の道を知っているかのように。

 

ジークはこの建物の各部屋……牢屋を1つ1つ確認しながら下に向かっている。

 

「牢屋が多いようですね」

 

「どうやらここは監獄だったようですね。 しかもここまでの規模を……これは私の手に余ります、一度すずか様に連絡をーー」

 

「それはアカン。 それだけはアカンのや」

 

メイフォンを出したヴィクターの手を、ジークが抑えた。 ヴィクターはジークのその真剣な目を見て……嘆息しながらメイフォンをしまった。

 

「後でキッチリと説明してもらいますからね」

 

「もちろんや」

 

何故ここに来たのかの説明をジークは確約し、3人は監獄の最下層に到着した。

 

「ここは……」

 

「どうやら監獄の最下層のようですね。 かなり月日が経っているようですが、今もこの場には嫌な空気が充満しています」

 

「ーーよいっしょ」

 

その時、重苦しい音がすると……ジークが床にあった重鈍な金網を持ち上げていた。 金網を退けると、そこには地の底にまで続きそうな縦穴があった。

 

「ジーク!?」

 

「2人はここで待ってて」

 

それだけを言い残すと、ジークは迷いなく暗闇の中に飛び込んで行った。

 

「ああもう! いつも以上に勝ってですわね! 私も行きます、エドガーはここで待ってなさい」

 

「かしこまりました、どうかお気をつけて」

 

ジークの後に続いてヴィクターも縦穴の中に飛び込み、ジークは両手に黒い手甲を出現させると……

 

「はあああああっ!!」

 

虚空に向かって拳を振るい……何かに衝突した。 浮かび上がってきたのは縦穴に黄色い線が張り巡らせる事で構成されていた結界。 それをジークによって破壊され、2人は縦穴の底に着地した。

 

「っ……今のは結界? しかもグリードだけに作用するものですね。 どうしてそんなものがここに……」

 

「ーーシッ! 静かに……」

 

ジークは自身の口元に人差し指を当ててそう言うが……ヴィクターは縦穴の反対側に誰がいる事に気がついた。

 

「? 誰かいるのですーー」

 

「ウアアアアアアッ!!」

 

獣のような咆哮を上げながらヴィクターに襲いかかり。 異形の腕がヴィクターの頭を鷲掴みにして吊り上げ、壁にぶつけた。

 

「ぐっ!?」

 

突然の攻撃にヴィクターは驚くが、すぐに対処し異形の手を掴むと雷撃を流した。

 

「ガアアアアッ!!」

 

痛みの咆哮を上げながらその人物はヴィクターを後ろに投げた。 ヴィクターは受け身を取りながらデバイスを起動し、その手にハルバードを掴んだ。

 

そして、襲いかかってきた人物が日の明かりに照らされ……そこにはボロボロの服を着た、左腕の全体に包帯を巻いた少年が立っていた。

 

「い、いきなり何をするのですか!?」

 

「………………」

 

「ーーベル! ベルベットなんか!?」

 

「…………お前は…………リッドか」

 

ヴィクターが警戒する中、ジークは少年の事をそう呼んだ。 そして少年はジークの顔を見て、ジークとは違う名で彼女を呼んだ。

 

「良かった……本当に良かったんよ……」

 

「ーー本当に良かった思っているのか? これを見て」

 

2人に見えるように、少年は左手を突き出す。 包帯に巻かれた左手を見て、ジークは目を見開いた。

 

「また、なんか……?」

 

「リッド、俺が聞きたい事はただ一つ。 それは今も昔も変わらない」

 

少年は背を向け、壁に寄りかかった。 そしてその壁の上には……大きな爪で抉られた跡があり……

 

「答えろ…………ジェイル・スカリエッティとホアキン・ムルシエラゴはどこだ」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

第76管理外世界、エルダーアイランド。 この世界は魔法文化、近代的な文化もなく、中世時代と同じ暮らしをしていた。

 

そしてエルダーアイランドにある小さな村の1つ。 コノエ村……そこに1人の少年がいた。

 

「ーー起きろ、ネロ。 もう朝だぞ」

 

「う……うん……」

 

ごく普通の一軒家、そこで燃えるような目をした黒髪の少年が妹と思われる少女を起こしていた。

 

「ようやく起きたか、この寝坊助」

 

「も〜、子ども扱いしないでよ。 私はもう10歳なんだから〜」

 

「俺からすればまだまだヨチヨチ歩きの赤ん坊だ」

 

少年は妹……ネロの頭を乱雑に撫でる。 と、そこに外から誰かが家に入ってきた。

 

「ーーネルエル。 あまりラルクを困らせないで、はやく起きなさい」

 

長い黒髪を三つ編みにし、両手にいくつもの卵が入っている籠を持った女性がネロが起きるのを促す。

 

「はーい、おかーさーん」

 

「母さん、もう鳥達の世話を?」

 

「後はお父さんに任せてきたわ。 さあ、朝食にしましょう。 2人とも、顔と手を洗ってきなさい」

 

『は〜い』

 

2人揃って返事をし、その後帰ってきた父親と朝食を食べた。 何の変哲もない村のごく普通の4人家族……この光景を見ながらラルクはこの平和がいつまでも続くと思っていた。 そう、思っていた……

 

朝食後……ラルクは狩りをしに家を出た。 ラルクの家は養鶏場で、基本卵を売って生計を立てている。 だがラルクは育ち盛りの13歳……肉、特に猪肉を欲していた。 それを想像したラルクは少し口から涎を垂らしながら村の外に出ようとすると……村長の家の前に人だかりが出来ていた。

 

「何かあったのか?」

 

「ん? ああ、ラルクか。 なんでも都会からここの祭壇を研究しに考古学者が来ているらしいんだ」

 

「ふーん、あの古臭い場所をねえ……」

 

コノエ村の外れには遥か昔に作られた祭壇がある。 何を祀り、何を崇めていたのかはわからないが……祭事の時に使う時以外に使い道がない場所だった。

 

「ーーあ、そう言えば村長がお前の事呼んでたぞ?」

 

「ええ!? これから狩りに行こうと思ってたのに……」

 

「頑張れよ」

 

ラルクは軽く嘆息しながらも空を見上げ、人混みをかき分けて村長の家に入った。

 

「失礼します……」

 

「おお、来たか」

 

ラルクがまず目にしたのは村長と対面するように座っていたのは白衣を着た男性。 後ろには数人の女性達が控えている。 恐らく彼らが都会から来た考古学者なんだろう。

 

「村長、俺に何かようですか?」

 

「ラルク、お前には彼らを祭壇に連れてってはくれないだろうか?」

 

「祭壇に? 他に適任な人がいるでしょう、なぜ俺が?」

 

「ここ最近獣が荒れている。 護衛の意味もあるのだ。 他の者には荷が重いが……村一番の強さを持つお前なら安心だ」

 

「……そういう事なら、まあ……」

 

一応ラルクは案内を了承すると、白衣の男性が立ち上がってラルクの前に立った。

 

「初めまして、ジェイル・スカリエッティと言う。 今回は案内、よろしく頼むよ」

 

「あ、はい。 ラルク・エスパーダです。 ……彼女達は、助手ですか?」

 

「まあ、そんな所だ。 私の娘達でね」

 

「……随分と子沢山で……」

 

2人は握手をし、ラルクは視線をスカリエッティの後ろに向けて女性達を見る。 女性達ら全部で3人……その中の1人、メガネをかけた女性が手を振る。

 

「では早速行きましょう。 祭壇は村を東門から出て森を抜けた先です」

 

「ああ、よろしく頼むよ」

 

ラルクはスカリエッティ達を引き連れ、村を出て東に向かった。 この地帯はそろそろ寒気を迎え、緑生い茂っていた木々は紅葉に彩られていた。

 

「あの、スカリエッティさんはどうしてこんな辺境に?」

 

「先に言っていた通り、ここの祭壇を調べにね。 なんでも古代ベルカ時代に作られたようなんだ」

 

「古代ベルカ時代……聞いたことないですね。 なんだか凄そうですけど……」

 

1体の猪を発見した。 その猪もラルク達を視界に捉えると……前脚で地面を軽く掘り、威嚇してきた。

 

「おや?」

 

「猪か……」

 

「下がってください。 ここは俺が」

 

ラルクは前に出て彼らを下がらせ……猪が突進すると同時に地面を踏みしめて走り出した。 ラルクは突進してきた猪を飛び越え……右手を振るうと同時に籠手から刃が、刺突剣が飛び出して猪の背を斬り裂いた。

 

「せいやっ!」

 

着地して地面を踏みしめると同時に1回転し、靴底から仕込み剣を出しながらその勢いで回し蹴りを放ち……猪の喉元を切り裂いた。

 

「よし、夕食ゲットだ」

 

「お見事、村長が村一番というだけはあるね」

 

「ふうん……なかなか、やるじゃねえか」

 

戦いが終わり、スカリエッティは近付きながら拍手でラルクの戦いぶりを賞賛する。 赤毛の少女もチラ見でラルクを賞賛する。

 

「少し待っててください。 血抜きをしますので」

 

ラルクはナイフを取り出し、手際よく解体し。 猪を木に吊るして血抜きをした。 流れた血に女性達の内2名が不快な顔をしたが……赤毛の少女はラルクに近寄った。

 

「もういいか?」

 

「ああ、帰りに取りにくる時には終わっているだろう。 さ、気を取り直して行きましょう」

 

ラルク達は再び森の中を歩き始める。 と、そこで赤毛の少女がラルクに近寄ってきた。

 

「さっきの戦い方、誰から教わったんだ? 手と足の仕込み剣なんて普通思い浮かばないだろ」

 

「全部我流だよ。 不思議と頭に思い浮かぶし……でもなぜかしっかり来るんだよ」

 

「そうか……」

 

再びラルク達は歩き出し……しばらくして崖に面した、海が見える場所に出た。 そして例の祭壇は崖の側に立っていた。

 

「見ての通り、祭壇は石造り以外特徴はないです。 ただ、ここの景色は良いんですけどね」

 

「そうだな。 この景色はいいもんだ」

 

赤毛の少女が海原を見つめながら同意し、スカリエッティ達は早速調査を開始した。 ラルクはやる事がないので木に寄りかかって座り、暇を持て余していた。 そして数分後……ふと、ラルクはスカリエッティに近寄る。

 

「あの……あなたは……鳥がなぜ飛ぶのか分かりますか?」

 

「……ふむ?」

 

唐突な質問に、スカリエッティは手は休まずとも眉を釣り上げる。

 

「と、突然変な質問してすみません。 やっぱり忘れてください」

 

「ふふ、いや、とても興味深い質問だ。 鳥がなぜ飛ぶのか、だったね? 普通に考えれば生きるためだ。 翼をもがれた鳥は生きてはいけない……当然の帰結だ。 だが……」

 

「だが?」

 

「私は鳥の本能と考えている」

 

動かしていた手を止め、振り返りながら答える。 ラルクはスカリエッティの目にほんの僅かに本性と、狂気の色が見えるのを感じた。

 

「親鳥が雛鳥に飛び方、餌の取り方を教えるか? 例え教えられなかったとしても雛鳥は餌を与えられ成長すれば勝手に飛び方を覚え、生きる為の本能で餌を取る……鳥が飛ぶのに理由なんてないのさ」

 

「……………………」

 

この質問に意味はない、答えもないが……正しいのかもしれない、ラルクはスカリエッティの答えにそう思ってしまう。 だがラルクは頭を振り払い、お礼を言って逃げるようにその場を離れた。

 

その後、調査は終わり。 ラルク達は来た道を引き返して村に戻った。 スカリエッティ達は村のすぐそばで野営をしているらしく、ラルクは猪を担ぎながら村の中で別れた。 そしてラルクはこの村で商業を行なっている家に向かい、食べない分の猪肉を売りに行った。

 

「おじさん。 これいらない分を売ってくれる?」

 

「お、そうか。 使う部位はいつもと同じか?」

 

「それでお願い」

 

解体を任せ、テーブルに無造作に、大雑把な種類別に分かれた商品を見る。 顎に手を当てて流し見すると……ラルクはオレンジの鈴を見つけた。 すると、横から誰が近寄り、ラルクは隣を見ると……先ほどの赤毛の少女だった。

 

「お前は……」

 

「ーーお前じゃない、ノーヴェだ」

 

「あ、そっか。 自己紹介をしてなかったっけ……改めて、ラルクだ」

 

「ん」

 

「……あの人に着いて行くのにあんまり乗り気じゃなさそうだな?」

 

「まあな。 でも、あいつが決めた事だからアタシは従うだけだ」

 

「ふうん? 考古学者も大変なんだな」

 

「………………」

 

何気なく言ったが、ノーヴェは暗い表情になる。 それを見たラルクは少し悩み……

 

「ウチに来るか?」

 

「え……」

 

「この後猪肉で夕飯なんだけど、いつも余っちまってな。 良ければどうだ?」

 

「…………じゃあ、遠慮なく」

 

「よしきた」

 

ラルクは猪肉と売却分の料金を受け取り、ノーヴェと一緒に自宅に向かった。 家に入ると、中には誰もいなかった。

 

「誰もいねぇ……」

 

「ウチはここからちょっと奥に行った所に養鶏をやっているんだ。 家族は今そこにいるんだろう」

 

「ここから離れてんのか? なんですぐそばでやらない?」

 

「そうなると臭いがここまで届くんだ。 行ってみればわかるが、初めての人にはキツイぞ」

 

お茶を出しながらノーヴェの質問にラルクは答える。 ノーヴェは納得しながら出された紅茶と、茶菓子のプリンを食べた。

 

「! うめぇ……!」

 

「卵が毎日出るウチだからこそやつでな。 村からも評判は良い……って、聞いてねえか」

 

パクパクとプリンを食べ、あっという間に平らげてしまう。 しまいには「ん」と言いながら空になった容器をラルクに出し、ラルクは図々しなと思いながらもお代わりを渡した。

 

と、そこで家の玄関が開き。 ネロが入ってくると、ラルクとノーヴェを視界に捉え……

 

「よお、ネローー」

 

「ああーー!! お兄ちゃんが女の子連れ込んでるー!」

 

大声を上げて兄を指差した。 その声に2人の両親も駆け足で家に入り、ノーヴェを見ると同じ反応を示した。

 

「おー、マジかよ!?」

 

「あら、今日はお祝いかしら?」

 

「そ、そんなんじゃないからーー!!」

 

その後も、ノーヴェが夕食を食べている間でもラルクは家族にイジられ続け。 その光景をノーヴェはただ羨ましそうに見ているだけだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

翌日ーー

 

ラルクは日の登らないうちに目を覚まし、養鶏場に向かい毎日行っている仕事をこなした。 ちなみに昨夜ノーヴェはそのまま家に泊まる事になり、ネロの話し合い手になり一晩を過ごし……早朝にぶっきらぼうにお礼を言いながら帰って行った。

 

「く……ふあぁあ〜……」

 

ピヨピヨピヨピヨ!!

 

欠伸をしながらも手を休めず、餌を求めてラルクに群がるひよこを見て……ラルクはホッコリとした顔で餌を撒いた。

 

「さて……ん?」

 

日は完全に登り、家に帰ろうとした時……いつもと違う光景を目にしたラルクは不審を感じる。

 

(鶏達が怯えている……?)

 

いつも世話をしているラルクだからこそ、鶏達が怯えている事に気付いたが……なぜ怯えているのかはわからなかった。

 

その後、残りの仕事を両親に任せ。 昨日狩りをしたため暇をしていたラルクは村の中をブラブラしていた。

 

「ーーなあ知っているか? 今日は()()()()なんだってよ」

 

「あの薄気味悪い夜か……来ると分かっていてもあまり気持ちのいいもんじゃないな」

 

(……緋の夜……)

 

ラルクは村の中を歩いていた時、男性達の会話を耳にした。 緋色の夜とは周期的に起きる赤色月蝕(せきしょくげっしょく)、この村ではあまり良い印象を持っていない現象と言われている。

 

「ーーッ……!」

 

その時、突然頭痛が起き、ラルクはよろけながら近くの木に寄りかかった。

 

「またか……緋の夜が近づくいつもこうだ……」

 

前回の緋の夜の時、ラルクは緋の夜が起こる1週間前から頭痛に悩まさられる時期があった。 それは緋の夜が過ぎればパタリと消えたが……今回もまた頭痛が起きていた。

 

「たっく……なんだってんだ」

 

胸にあるペンダントを服越しに握りしめながら頭を振り払い、ラルクは頭を抑えながら再び歩き出す。

 

(ふう、やっと収まった……ってあれ……? あの鈴がない……)

 

昨日の家の前に差し掛かると、テーブルに置いてあったラルクが気に入ったあの鈴がなかった。 そこでラルクは店主に誰が買っていったのか確認を取った。

 

「なあ、おじさん。 昨日あった鈴は売れたのか?」

 

「ん? ああ、売れたぞ。 ネロちゃんが買っていった」

 

「ネロが?」

 

「ああそうだ。 その後ネロちゃんは1人で祭壇のある方に行ったんだが……何か知っているか?」

 

「! ネロが1人で外に!? そんな事……聞いないぞ!」

 

「あ、おい!」

 

店主が止める間もなくラルクは走り出し、昨日来た道を……祭壇に向かう道を走り抜けていると、その途中で蹲っている少女……

 

「ネロ!」

 

「あ……お兄ちゃん……」

 

ラルクは急いでネロの元に向かい、膝を下ろして怪我をしてないか慌てて確認する。

 

「全く心配したぞ! ここ最近は動物達が騒いでいるから村の外に出るなと言っただろう!」

 

「……ごめんなさい……」

 

「……はあ……まあ、無事でよかった」

 

ラルクはネロがシュンとしながら謝るのを見て……額についた汗を拭い、息を吐きながら一安心する。

 

「もしかして、祭壇からの景色を見たかったのか? それなら連れて行ってやるから一言ぬらい言えっての」

 

「うん、次からはそうする……」

 

ラルクに言われ、ネロは反省した。 それが分かったラルクは頷き……

 

「よし、ならこのまま一緒に行くか」

 

「え、いいの!?」

 

「ああ。 久しぶりなんだし、問題ない」

 

ラルクとネロはそのまま祭壇に向かう事にし。 森を抜け、祭壇のある崖に到着した。 ネロは崖の手前にある原っぱに座り、陽の光と潮の風を心地よく感じる

 

「ふう……」

 

「……お兄ちゃん、今日は連れてきてくれてありがとう」

 

「なんだよ、あらたまって」

 

ピイイィ……!

 

その時、2人の遥か上空を鳥が鳴き声を上げて飛んでいた。 それを見たラルクはあの質問を口にする。

 

「なあ、ネロ……鳥がなぜ飛ぶのか知っているか?」

 

その質問に、ネロは立ち上がりながら考える。

 

「え……うーんっと……餌を取るためかな? そうしないと生きられないし」

 

「まあ、そうだな……」

 

「でも、私は思うんだ。 翼をもった鳥はーーあ……!」

 

その時、ネロはラルクの方に振り返ると何かを見つけて声を上げる。 ラルクもその視線の先に振り返ると……狼、しかし二足歩行で歩く……人狼がそこに立っていた。

 

「あ、あ……あれって……まさか!?」

 

「化け物……!?」

 

なぜこんな場所にと考える前にラルクは身構え、右手の手甲から刺突剣を抜く。

 

「……ネルエル。 俺が引きつけるからその間に走れ」

 

「お兄ちゃん!?」

 

「怖がるな。 お前にならできる。 それに、俺はここでくたばるような男じゃないからな」

 

「やめて! ダメだよ!」

 

グルアアアッ!!

 

「逃げろ!」

 

それと同時にラルクは人狼に向かって飛び出し、人狼に刃を向ける。

 

ラルクは一進一退を心がけ、常に距離を取って人狼と戦う。 だが、いくら攻撃しても人狼は一向に倒れる兆しが見えない。

 

「なんでこんなのが……まさか動物達が怯えていた元凶!?」

 

「お兄ちゃん!」

 

「ーーさっさと走れ! お前を庇っていれば共倒れだ!」

 

「でも!」

 

「行け!!」

 

振り降ろされた爪を避け、ラルクは地面に突き立てられた足を左足で踏み潰し、右足の仕込み剣で腹部を刺したが……

 

「ガアアアア!!」

 

「ッ……! 全く効いてない!? だからって!!」

 

後退しながら刺突剣を抜き、怪物に向かって斬りかかるが……ラルクは腹部を殴られ、祭壇の側面に吹き飛ばされてしまう。

 

「がっ! ぐうう……っ!」

 

ラルクは苦痛に身悶え、ゆっくりと彼の元に人狼が歩み寄ろうとしたその時……人狼の頭に石がぶつけられた。 投げられた方向に人狼は向くと……

 

「やめて! お兄ちゃんを傷つけないで!」

 

そこにはネロがいた。 だがネロは恐怖で足が震え、立っているのもやっと……だが人狼はそんな事御構い無しにネロに近付き、爪を立てて無造作に手を振るってネロを吹き飛ばした。

 

「あああ……!!」

 

ーーシャン……

 

「ネロ!!!」

 

裂傷は負ってないもののネロは軽く吹き飛ばされてしまい、ラルクはネロの名を叫ぶ。

 

「お兄……ちゃん……」

 

ラルクは地面を這いずりながら近付き、ネロの手を掴む。 その手には、ラルクが欲しがっていたオレンジの鈴が握られていた。 先ほどの衝撃で音止めが外れ、鈴は音を鳴らしていた。

 

「これって……!」

 

ラルクは鈴がネロの手にある事に驚きつつも差し出された手を握る。 だが、その間にも刻一刻と怪物は2人に近付き……その爪を振り上げる。

 

「……っ!!」

 

咄嗟にラルクはネロに覆いかぶさり、ネロを守ろうとした時……

 

ドスッ……!!

 

肉が貫かれた音がした。 ラルクはおそるおそる顔を上げると……そこにはスカリエッティの娘、短い紫髪の女性が人狼の胸を貫いていた。

 

命からがら助かったと安心する。 しかし、それを最後にラルクの意識は途絶えた。

 



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復讐鬼 後編

 

「ーーうっ……く……」

 

気絶したラルクが目覚ました時、まず目に写ったのは見慣れた自室の天井。

 

「……俺は……一体……なんで家に?」

 

ラルクは意識と記憶が混濁し、家のベットで寝ている理由とそこからの記憶が思い出せなかった。

 

「う……痛! ……夢……ではなさそうだけど」

 

ベットから起き上がり、腹部の痛みが怪物に襲われるた出来事を現実と教える。 ふと、ラルクは月明かりが赤いのに気がついた。 窓の外を見ると……そこには赤い満月が浮かんでいた。

 

「緋の夜!? なんで?」

 

ーーシャン

 

「この鈴……ネロ!!」

 

いつの間にか手に持って鈴を見て、ラルクはネロの身を案じベットから飛び降り。 慌てて家を出た。

 

家の外はいつもと同じ光景なのに、赤い月明かりのせいで地獄に思えるような光景だった。

 

グルルルル……

 

その時、背後から唸り声が聞こえ、ラルクは振り返ると……そこには先ほどの人狼が、しかし何体もの人狼がいた。

 

「化物が……こんなに!?」

 

先の戦いで勝てる相手ではない事は身にしみ、踵を返して逃げる。

 

「一体なにが……コノエ村になにが起きているんだ!!」

 

村の中心に向かうと……そこは既に化物の巣窟であり、その足元には村人の死体が無残にも横たわっていた。

 

「あぁ……村は、もう……」

 

村の惨劇を見て、ラルクは悲観する。 だが、まだ諦める訳にもいかず、祭壇の元に走り続ける。

 

「はぁ……はぁ……」

 

ーーズキン

 

「うっ!? クソッ!!」

 

前回より酷くなる頭痛。 だが休まず、振り向かず走り続けるラルク。 背後からは人狼の怪異が追いかけてくるも……

 

「諦めるな……諦めるな!」

 

そう自分に言い聞かせ、グネグネした道を通って怪異を振り切り……祭壇に到着した。

 

そこには避難していたネロと……この村に訪れていたスカリエッティと先ほどラルク達を助けてくれた紫色の髪をした短髪の女性がいた。

 

「お兄ちゃん!」

 

「……ラルク君か」

 

「ああ、よかった……あなたが妹をーー」

 

祭壇の上に立っている3人を見てラルクは安堵する。 が、昨日とは違うスカリエッティの狂気に満ちたような表情……そしてネロの暗い表情を見てラルクは混乱する。

 

だが、それよりも目を疑うような光景を目にする。 それは……女性がネロを拘束している事。

 

「な、なに……しているんです……?」

 

「ーーかつて、この場所、この世界である1人の鬼神が誕生した。 私はね、それを再現したいんだよ」

 

ラルクの質問にスカリエッティは答えず、ただ淡々とこの場所の歴史を口にする。 だがラルクはその意味が分かるわけもなく、ただあの男の側にネロを置いては置けないと3人の元に向かおうとすると……

 

「うわっ!?」

 

突然足が何かに絡みついて転倒、さらに両手と両足を動かせなくされ……四肢に焼かれるような痛みが走る。

 

「うああああっ!!」

 

「お兄ちゃん!

 

「フフフ、ごめんなさいね」

 

「この場所、この緋の夜の瞬間、鬼神の因子を持ってかの鬼神を今世に呼び起こす」

 

「な、なにを……言っているんだ?」

 

スカリエッティの言葉を理解できず、ラルクは呆然としていた。 それを見たスカリエッティはその疑問に答えるように……懐からナイフを取り出した。 だが、その刀身の色はとてもこの世のものとは思えないほどの色をしていた。

 

「おいよせ、なにを……」

 

この後起きる事を予想したラルクはやめろと言うが、スカリエッティはナイフをネロに向ける。 ネロは抵抗するも、拘束されて動けず。 ゆっくりと刃が近付いて行き……

 

「やめろおおぉぉっ!!!」

 

「あら?」

 

ラルクは無理や拘束を破壊し、立ち上がると同時に右手を振り払って刺突剣を抜き、スカリエッティを止めるべく全速力で走り出す。

 

ザクッ……

 

「ーーあ」

 

「……あぁ……」

 

だが、一歩間に合わず。 ネロの胸に刃が突き立てられた。

 

「あ、ああ…………あああああああっ!!!」

 

刺突剣を振るって2人をネロから離れさせ、ラルクは血だらけのネロを抱きかかえる。

 

「ネロ! ネロ!!」

 

「お兄……ちゃーー」

 

その言葉を最後に、ネロの身体全体が瘴気に呑まれた。 ラルクは渦巻く瘴気によって跳ね飛ばされ、呆然と渦を見つめると……中から蛇と人間が混ざったような怪物が現れた。

 

「ネ、ロ……?」

 

「ゴアアアアアッ!!」

 

「がっ!!」

 

丸太のように太い尻尾がラルクの腹部に直撃し、骨が軋みながら崖際に吹き飛ばされてしまった。

 

「フフフ……さあ、ネロ。 お兄さんを喰らいなさい」

 

「グルル……」

 

「ネ、ネロ……そんな……ネロ……」

 

ラルクに向けて牙を向けるネロ。 その時……ラルクの目にネロを異形へ変えたナイフが目に入った。 ラルクは意を決してそのナイフを掴み……左手の甲に突き刺した。

 

「ぐああああああぁぁぁ!!!」

 

激痛が全身を内側の至るところか発生し、ラルクは絶叫をあげる。 ネロは再びラルクに襲いかかった。 そして、瘴気が膨れ上がり……

 

ザシュッ!!

 

5つの赤黒い刃がネロの身体を貫き……崖から落とした。 ラルクは呆然とネロが落ちていくのを目に写し……短髪の女性の蹴りによって祭壇の前に吹き飛ばされながら正気戻る。

 

「ぐっ……がはっ! はぁ……はぁ……」

 

「フフ、フフフ……フハハハハッ!! 成功だ! 鬼神の因子を打ち込む事で、今!! この世に鬼神は再臨した!!」

 

ラルクが苦痛に耐えるように異形の左手が地面を握りしめ、それを見たスカリエッティが狂うように笑う。

 

すると、辺りに人狼型のグリードが湧いて出てきた。 その一体が背後からラルクに襲いかかり……

 

「ーーふんっ! ああっ!!」

 

異形の左手で顔面を掴み、地面に叩きつけた。 そしてその異形の左手で握りしめ……血を吹き出し返り血を浴びながらその手で喰らった。

 

「ふううう……っ!!」

 

「左手で怪異を喰らう怪異……伝承通だな」

 

「はぁ……!! 貴様ら……ッ!」

 

「スカリエッティィィ〜〜〜ッ!!」

 

「あらあら」

 

ラルクは怒りに満ちた目でスカリエッティを睨み、彼を殺そうと走り出そうとするが……行く手を怪異が塞ぐ。

 

「ッ!! そこをどけええぇぇぇっ!!」

 

ラルクは左手をデタラメに振るい、握りつぶし、切り裂き……邪魔をするものは左手で喰い殺した。

 

「うおおおお〜〜〜っ!!!」

 

そこに理性はなく、怒りに血に塗れたラルクは怪異を嬲り殺す。

 

「なんでこんな事をした!? あの子の血が……こんなに……なぜっ!! なぜっ!! なぜぇぇっ!!」

 

「勘違いしないでもらいたい。 最後にとどめを刺したのは……君だ」

 

「うあああああ!!!」

 

スカリエッティに向かって叫びながらも、その怒りを怪異にぶつける。 それに対してスカリエッティはただ、ただ笑うだけ。

 

「ネルエルが! ネロが! 何をしたって!! どけえぇぇぇっ!!」

 

「……っ!!」

 

次々と怪異を喰らっていくラルク。 その悲しみと、殺戮に満ちた光景に、近くで見ていた赤髪の少女はラルクから目を背ける。

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

「ほう……見事だ」

 

「ですが、周りをよく御覧なさい」

 

「? ………………!!」

 

ラルクは不振に思いながら周りを見ると……ラルクの周りには村の人々の死体が転がっていた。 そこには、両親の姿もあり……ラルクは目を見開いてそれらを見下ろし、無意識に左手を握る。

 

「誰が鬼神の子孫か分からなかったから。 全員に鬼神の因子を打ち込んだら……皆、醜い化物になっちゃったのよ」

 

「まさか当たりは1人だけとはな。 全く、割りに合わない……」

 

「フフ、まあそう言うな。 これも貴重なデータだ。 ホアキン君には感謝しないとね」

 

「ーーう、うあああ〜〜〜〜っ!!」

 

後悔、憎悪、憤怒、それらが混ざり合い……ラルクは叫びながら再びスカリエッティに向かって走り出す。

 

「ふむ?」

 

「ああーーぐはっ!」

 

スカリエッティに左手を向けて襲いかかったが……横から赤髪の戦闘機人が割って入り、ラルクを蹴り返した。 その際にラルクの懐からオレンジの鈴が落ち、シャンシャンと音を響かせながら赤髪の少女の足元に転がった。

 

「ぐっ……ノー……ヴェ!?」

 

苦痛に悶えながら彼女を見ると……次々と周りに女達が現れてラルクの周りを取り囲む。

 

「あ……あ……」

 

苦悶の表情を浮かべる中、赤毛の戦闘機人は足元に転がった鈴を拾い上げ……ラルクの元にスカリエッティが近寄る。

 

「君は言ったね? 『鳥はなぜ飛ぶか?』と……これが私の答えなんだよ、ラルク君」

 

「ジェ……イル……」

 

「許さなくてもいいよ。 これはただの通過点に過ぎないのだから……ジェイル・スカリエッティとホアキン・ムルシエラゴ。 この2人の名を……憎悪に満ちた心で覚えておくとといいよ」

 

そう言いがら、スカリエッティはラルクに向かって鉤爪を振り上げ……

 

「スカリエッティッ!!!」

 

その直前、怨念に満ちた叫び声で目の前の男の名を呼び……ラルクの意識は途絶えた。

 

ーーお前は……お前だけは……!!

 

次に目を覚ました時、ラルクは日の光も届かない牢獄の底に入れられた。 こうして……彼女と重なり合わせるようにラルクの世界が終わり、それから3年……ラルクは生きるために怪異を喰らい続けた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

監獄島、最下層ーー

 

さらにその底にある牢屋で、ラルクはジークとヴィクターと不穏な空気を出しながら対面していた。

 

「答えろ」

 

「……………………」

 

ジークは答えられなかった。 変わりにヴィクターが前に出てラルクの質問に答えた。

 

「ホアキンという人物は知りませんが……ジェイル・スカリエッティは2年前の事件の折に逮捕、どこかの無人世界にある拘置所にいるはずです」

 

「……そうか」

 

その時、上から梯子が降りてきた。 どうやら上にいるエドガーが降ろしたようで、ラルクは梯子に向かって歩く。

 

「どこに行く気ですか?」

 

「居場所が分からないのなら、まずは人形供を殺しに行く。 そいつらなら何か知っているだろう」

 

「ベ、ベル……」

 

「俺はラルクだ。 その名はまだ生きている……口にしない方がいい」

 

「…………それなら自己紹介をしておきましょう。 私はヴィクトーリア・ダールグリュンと申します。 彼女はジークリンデ・エレミア」

 

「雷帝と黒鉄が一緒とは……随分と面白い組み合わせだな」

 

思いがけない組み合わせだったのか、ラルクは少しだけ笑った。 それから上にいたエドガーによって牢屋に梯子が降ろされ。 3人は梯子を登って牢屋を出た。

 

「お嬢様、ご無事ですか?」

 

「ええ、見ての通りよ」

 

「それで、彼がジーク様が探していた……」

 

「ラルク。 別に覚えなくてもいい」

 

エドガーがラルクの方を向き、ラルクは背を向けながら愛想悪く名前だけを名乗った。

 

「どちらに?」

 

「先ずは俺の武器を探しに行く。 ま、ここにあるといいんだがな……」

 

「あ……それならここに来る途中で見たんよ」

 

「案内しろ」

 

1つ上の階にあった部屋に入り。 ラルクはそこに置かれていた荷物を漁った。

 

「…………俺以外の荷物もあるな」

 

「恐らくここはラルク1人の為にスカリエッティが作った監獄島……一体誰のやろう?」

 

「どうでもいいか」

 

ラルクは突然、上に着ていたボロ切れ同然の服を破り捨てて脱いだ。

 

「キャッ!?」

 

「わわっ!?」

 

それを見た女子2人は慌ててラルクから背を向ける。

 

「ッ〜〜〜〜〜///」

 

「き、着替えるなら着替えると先に言ってくださいまし!」

 

「そこで突っ立ているのお前らが悪い」

 

「ではラルク様、私がお着替えをお手伝い致しましょうか?」

 

「いらん」

 

ジークとヴィクターは顔を赤くしながら背を向け、ラルクはボロボロの服を文字通り脱ぎ捨てながらエドガーの手助けを断る。

 

そしてラルクは黒を基調としたワザとボロボロにしたような服に着替え、右手と靴底にこの世界では質量兵器と呼ばれる装備を身につけた。 ラルクは右手の籠手から刺突剣を抜き、納刀して感触を確かめる。

 

「ラルク君……やっぱり復讐を辞める気にはーー」

 

「辞める訳ないだろ。 リッドにも、クラウスにも言ったはずだ。 道を阻むのなら誰であろうと喰らい殺すと」

 

「せ、せやけど……」

 

「フン、見た目が随分女らしくなったと思ったら……さらに女々しくなったようだな」

 

そう言いながらラルクは首に掛けていたネックレスを取り出した。 無骨な鎖に繋がれていたのは1つの指輪……それを自身の右手の中指に嵌める。 そしてラルクは唐突にジークに質問する。

 

「……ジーク。 お前には歴代エレミアの記憶が500年分を持っているらしいな?」

 

「そ、そうやけど……」

 

「俺は良くてたったの最初の20年分しかない。 けどな……彼女の憎悪と、今の俺の憎悪が交わって……復讐するしかこの絶望から逃れる術はないんだ」

 

「………………」

 

いつも以上に気力が無いジーク。 ラルクの復讐を止めることは出来ないが、ヴィクターは納得しなかった。

 

「そ、そんな事をしたところで、何の解決にもーー」

 

「ならないだろうな。 復讐を遂げだ所で後は虚しくなる……よくある話だ。 だから復讐を忘れて静かに暮らす事もいいだろう。 だがな、この憎悪はもう心の奥底にまで根付いているんだよ。 復讐を成し遂げなければ……前に進めない事だってあるんだよ」

 

「……………………」

 

「…………皆様。 ここでは落ち着いて話も出来ません。 まずはここから出る事をお勧めします」

 

「そ、そうね。 ここは息苦しくて仕方がないですし」

 

ラルクは先に進み、後にジーク達が後に続いた。 先ほど通った道だが、ラルクがいるだけでまるで違う場所に思え……唐突にラルクは足を止めた。

 

「ラルク?」

 

「……来るぞ」

 

次の瞬間、前方の通路から無数の化物……怪異が湧いて出てきた。

 

「えっ!?」

 

「な、何故誰もいない無人島に怪異が!?」

 

「俺が3年間、何を喰らって生き延びてきたと思っている。 ここは見た目はボロくてもスカリエッティの手が入っている島……たった1人の囚人の為の島だ。 脱獄くらい視野に入れているのは当然だ」

 

「………………」

 

「このグリードは地脈から送られ、いくらでも湧いて来る。 俺を閉じ込めていた檻が壊れるのをスイッチに、こいつらが留めておいた蓋が壊れたようだな」

 

「ッ…………」

 

グアアアッ!!

 

無数の咆哮をあげながら襲いかかる怪異共、ラルクはそれらを前にしても怯まず、

 

「面倒な警備共だ」

 

ラルクは左手を怪異の手に変え、薙ぎ払うように目の前の軍団に突っ込んだ。 そしてその中の一体、悪魔の怪異を鷲掴みにし……喰らった。

 

「邪魔だ……ジェット・ブリザード!!」

 

喰らった怪異の力を右手の刺突剣を抜きながら刀身に纏わせ、左右に振る度に鋭利な氷を作り出して怪異を串刺しにした。

 

それからは一方的な蹂躙と、空腹を満たす狩りだった。 その光景を後ろからジーク達が黙って見ていた。

 

「な、なんですか、あの力は……」

 

「あれが鬼神と呼ばれた人物と同じ力……左手で喰らったものを放出することが出来るんや」

 

「聖王、覇王と並んで語り継がれた鬼神の存在……その真実の一端ですか……」

 

ベルカ時代の歴史を調べているヴィクターは内心驚きながら目の前の鬼神を畏怖した。 だがラルクは彼女達を無視して先に進んだ。

 

「……………………」

 

「あ……待ってえな!」

 

3人はラルクを追いかけ、ラルクが放つ殺伐とした空気に感化されて無言のまま階段を登り……

 

「地上に出たようやな……」

 

「はあ……ようやく広場まで戻って来れましたわね」

 

「怪異がまだいる。 気を抜くと死ぬぞ」

 

「わ、分かってます!」

 

ギャアアアアアッ!!

 

ラルクがヴィクターに軽口を言っていた時……前方の扉の先から咆哮が聞こえ、扉を蹴破るようにして広場に入って来たのは小型のドラゴン型のグリードだった。

 

「こ、これは……!?」

 

「ドラゴンパピー。 ドラゴン型では最低ランクだが、リハビリには丁度いいだろう」

 

「それを言うのはラルク君くらいやで」

 

「お嬢様、ジーク様、ラルク様、どうかお気をつけて!」

 

エドガーが後方に下がる中、ヴィクターはハルバードを構え、ジークは拳を上げて構え、ラルクは身構えて左手を上げる構えを取った。

 

「はあっ!」

 

ヴィクターが飛び出し、ハルバードを振るいドラゴンパピーの腕を殴りつけるが……ハルバードの刃は硬い鱗に阻まれ、途中で止められていた。

 

「っ……やはり通常の怪異とは違いますね。 いつものならこれで通るのですが……!!」

 

ヴィクターはその状態のままさらに踏み込み、腕に力を入れハルバードを大きくしならせた。 そして後退と同時にハルバードが元に戻る力でドラゴンパピーの腕を斬り裂いた。

 

「流石ヴィクター、やるなあ!」

 

「ふっ、分校とはいえこれでもレルムの学生。 当然です」

 

「ウチも負けてられんなぁ!」

 

「ーー割砕竜閃(かっさいりゅうせん)ッ!!」

 

意気込むジークを他所にラルクがドラゴンパピーに向けて冷気弾と炎熱弾を連続で放ち、その急激な温度差によって竜の鱗を砕いた。

 

「ちょ、危ないやないか!?」

 

「戦闘中に賞賛なんてする方が悪い。 どうやら慢心もあるようだな」

 

「そ、そんな事あらへんよ!」

 

慌てて否定しながらもジークはドラゴンパピーを見据え、落ち着きながら呼吸を整える。

 

「ふう……鉄腕」

 

するとジークの両腕に肘まで覆う黒い小手が装着された。

 

「ふっ……!」

 

飛び出し、ジークはドラゴンパピーの爪や翼を使った攻撃を避けながら懐に入り……

 

「シュバルツ・ヘルツ……!!」

 

ドラゴンパピーの左胸……心臓に位置する部分に掌底を撃ち込んだ。 それによりドラゴンパピーはヨロけながら後退し……

 

「リヒト・ヴァルト!!」

 

追撃をかけ、ジークは目にも留まらぬ速さで自身の足元の地面を何度も殴り……魔力弾を流してドラゴンパピーの足元から発射した。

 

「はああぁ!」

 

そしてラルクがドラゴンパピーに向かって正面から接近し……怪異の左手を出しながら頭を鷲掴みにし、地面に叩きつけた。

 

「喰らい尽くせ!!」

 

ラルクはそのまま怪異の左手を振るい、ドラゴンパピーを投げ飛ばしながら魔力を奪い取り取り込んだ。

 

「ラルク……」

 

「……俺は……どんな犠牲を払ってでも……この復讐をやり遂げてみせる……邪魔をするな!!」

 

殺気に満ちた目でドラゴンパピーを睨みつける。 その迫力にドラゴンパピーは怯み、ゆっくりと後退する。

 

「……魔導師だろうが、怪異だろうが、機械人形だろうが何だろうが……俺の邪魔をするのなら全て喰らい尽くす!!」

 

ラルクは右手を振り刺突剣を抜いて一気に飛び出し……

 

「墜ちろ! ファランクス・レイド!!」

 

取り込んだ力を解放し……地面から岩が扇状に鋭い鎗のように隆起させ、ドラゴンパピーを刺し貫いた。 そしてもう一度、刺突剣を振るい岩を砕き、ドラゴンパピーは倒れ伏した。

 

「た、倒したんですか……?」

 

「フン……」

 

エドガーの質問に答える前にラルクはドラゴンパピーに近寄り、その頭を鷲掴みにし……取り込むように喰らった。

 

「行くぞ」

 

「あ! 待ってえな!」

 

勝利の余韻に浸る暇もなくラルクは埠頭に出て、ジーク達が乗ってきたボートに乗り込んだ。

 

そして4人となった一行は溢れ出てくるグリードから逃げるように島を出発した。 だが沖合に出ても飛行が可能なグリードもいる可能性があり……ジークが戦闘状態で小さくなる監獄島を見ていた。

 

するとジークは両手を広げ、頭上に無数の魔法陣を展開し……

 

「ゲヴェイア・クーゲル……ジェノサイドシフト!!」

 

陣から高密度の魔力弾が斉射され、飛んでいたグリードもろとも監獄島を破壊し……数分で島は瓦礫だらけの更地となった。

 

「フウフウ………さ、さすがにこれはキツイんよ……」

 

「ですが、これで当面は安全でしょう。 彼の事は報告しませんが、異界対策課にこの島の存在は明かしておきます。 いいですわね?」

 

「う、うん……」

 

ヴィクターの提案に、ジークはよく分からずとにかく頷くしかなかった。

 

それからジーク達はボートに揺られながら本土を目指し。 ラルクはボートに乗ってから今までずっと甲板に座り、縁に肘を立ててボーッと揺れる海を眺めていた。

 

「ふう……さて、ラルク様。 どこに向かわれますか?」

 

「…………そうだな。 先ずはどこか静かに休める場所に」

 

「!? ラ、ラルク?」

 

予想していた答えと違っていたのか、ジークは驚きの声を上げながらラルクを見る。

 

「勘違いするな。 彼女は何度は躓いたがまた立ち上がった……だが、この世界で俺は1度躓けば後がない。 リハビリと修行を兼ねて1年待つだけだ」

 

「うん、うん! それでもええんよ!」

 

ジークは嬉しかったのか、目尻に涙を浮かべながら何度も頷く。 笑っているのか泣いているのか分からないが、とにかく嬉しそうだった。

 

そんなジークを尻目にラルクは左手で頬杖をつきながら海を眺めた。

 

(……今もなお……あの2人はこの時代で生きているんだろうか……)

 

ラルクは右手の指輪を見ながら、そう思った。

 

ーーこれは3つ目の軌跡……復讐鬼となった少年が歩く悲劇……しかし、斉唱による序章である。

 



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兎が行く学院 前編

新暦77年、2月ーー

 

「……ここがSt.ヒルデ魔法学院か……」

 

ミッドチルダ北部寄りにある教会系列の魔法学校……朝早くにその学院の正門前にここの初等部の男子制服を身に纏い、肩に刀装を担いでいるイットがいた。

 

「ライノの花……もう少しで咲きそうだな。 咲き誇るのが楽しみだな」

 

道なりに植えてある木を見上げ、枝に付いている蕾を見ながらイットは嬉しそうに笑う。

 

数日前にイットはエディと共にミッドチルダに到着し、そのまま自宅に向かうと……妹にタックルされたりおかえりを告げた親がすぐ様学校に行けと命令し。 ドタバタと何やかんやあってこの学院に編入することなった。

 

ちなみにエディは格闘技を優先する事で教育機関には入らなかったが、通信教育を受ける事になっている。

 

「(——付近の雰囲気も良かったし、いい学院だな)さて、受付はどこかな……」

 

教会系列の学院という事や初等部から高等部の校舎がある事も相まって敷地は広く、イットはメイフォンと辺りを見比べてキョロキョロする。

 

「きゃっ……」

 

「え——」

 

突然、イットの背に軽い衝撃を受けた。 振り返ると……そこには尻餅をついているここの初等部の女子制服を着た、碧銀の髪をツインテールにし、右が紫で左が青の虹彩異色の瞳をした少女がいた。

 

「……ぅ……」

 

「ご、ごめん、大丈夫か? ……すまない、俺がぼうっとしてたせいだな」

 

「……いえ」

 

イットは謝罪しながら少女に手を貸し、少女は気にしてない風に見せてその手を取り、立ち上がって付いた砂を叩いた。

 

「気にしないでください。 私も不注意でしたの、で…………」

 

「そう言ってもらえると助かる」

 

「…………ぇ…………」

 

イットがホッとする中、少女はイットの顔を確認すると……思わず驚愕の声を漏らした。 それを見たイットは不審に思う。

 

「あの……どうかしたのか?」

 

「! いえ……何でもありません……」

 

何でもないようには見えないが、少女は“失礼します”と言いながら礼をし、足早に学院内に入って行った。

 

何か気に触る事でもしたのかとイットは呆然としていると……

 

「あの、どうかしましたか?」

 

今度は背後から声をかけられた。 また振り返ると、そこには制服を着た背中まである黒髪を少し結っている少女がいた。

 

「いや……今日からここに編入する事になって、受付はどこかなと」

 

「それなら案内しますよ。 同じ初等生みたいですし」

 

「ありがとう、助かったよ」

 

イットは彼女からその好意を受け取り。 彼女の案内の元、2人は歩き出した。

 

「この時期に編入なんて珍しいですね? 何か事情でもあったのですか?」

 

「少し前まで辺境にいてね。 つい最近帰ってきて、親達に言われてここに編入したんだ」

 

「へぇ、そうなんだ……(親達?)」

 

少女はイットの言葉に疑問を覚えるが、質問する前に初等部の校舎にある受付に到達した。

 

「あ、もう着いちゃった。 ここが初等部の受付だよ」

 

「そうか……ここまで案内をしてくれてありがとう」

 

「どういたしまして。 同じクラスになれたらいいね」

 

少女はイットにヒラヒラと手を振り、下駄箱がある別の入り口に入って行った。 それを見送ったイットはふと気付いた。

 

「しまった……名前聞くのを忘れてた。 まあ別のクラスだったとしても会う機会はいくらでもあるか」

 

そう考えると気持ちを切り替え、受付を通してからイットは職員室に向かい。 そこで担任となる女性の教師に挨拶をした後、自分が所属する事になる教室に案内された。

 

担任に廊下で待っていろといわれ、イットは少し緊張しながら呼吸を整えた。

 

(ふぅ……やっぱり緊張するな……)

 

と、その時……ドア越しに教室の中が騒ついている事に気付いた。

 

(…………? 少し騒がしいけど……何かあったのか?)

 

イットは目を閉じ、少し気配を探ろうとした時……担任から呼ばれ、気配を探るのをやめてイットは目を開けながら教室の扉を開けた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ザンクト・ヒルデ魔法学院、初等部6年Aクラスの教室ではある噂で持ちきりだった。

 

「ねえ聞いた? うちのクラスに編入生が来るんだって」

 

「ええ? この前始業式があったばかりなのに?」

 

「何でも事情があったらしくてね」

 

教室の中は編入生の噂で持ちきりだった。 女子生徒は男子か女子のどちらかと話し合い、男子生徒はあまり関心は薄かった。

 

(ふーん……)

 

(……面白い“気”です。 恐らくはこの方が……)

 

(もしかして……)

 

三者三様に編入生の存在を考える中……教室に担任が入ってきた。 生徒達は担任に挨拶をすると自分の席に座り、担任は教卓の前にだった。

 

「今日は皆にお知らせがあります。 今日からこのクラスに新しい仲間が入る事になりました」

 

「先生! 男子ですか? 女子ですか?」

 

「カッコいいですか!?」

 

「それはあなた達の目で確認してください。それでは入って来てください」

 

担任が編入生を呼びかけ、少し遅れて扉が開いた。 入って来たのは肩に細長い袋を担いでいる黒髪の男子……イットだった。 担任はブラックボードに“ 神崎 一兎”と表示した。

 

「それではイット君、自己紹介を」

 

「——初めまして、神崎 一兎です。 色々と事情があってこの時期に編入する事になりました。 あまり気負わずに、親しくしてもらえると助かります」

 

イットはありきたりな自己紹介をして礼をする。 イットは顔を上げてクラスの反応を見ると……女子の間でかなりヒソヒソしていた。

 

(普通に自己紹介しただけなんだけど……)

 

何か変な事を言ったのか疑問に思っていると……ふと、今朝道案内をしてくれた黒髪の女子がいた。 視線に気付いた女子はヒラヒラと手を振るう。

 

イットは会釈をしながらクラスを見回す。 すると、今度は正門でぶつかった碧銀の髪の女子もこのクラスにいた。 だがイットに気付いている様子はなく、手元の本を読んでいた。

 

そして気付いた……その彼女の隣に空いている席があると。 その後、予想通りイットは本を読んでいる彼女の隣の席に座った。

 

「……………………」

 

「……えっと……さっき振りだな。 俺は神崎 一兎、よろしく頼むよ」

 

イットが声をかけると少女は本から顔を上げてくれ、イットの方を向いた。

 

「アインハルト・ストラトスです。 よろしくお願いします」

 

「ああ、こちらこそ」

 

碧銀の髪の少女……アインハルトは右手を差し出し、イットはその手を握り返して握手をした。

 

それから1限目が始まり……授業が終わると同時にイットの周りにクラスメイトが集まった。

 

「イットって、どこの生まれなんだ?」

 

「なんだか珍しい名前だね」

 

「その細長い袋には何が入ってんだ?」

 

「前は何やってたの?」

 

「好きな食べ物とかある?」

 

「え、えっとー……」

 

次々と質問をされタジタジになるイット。 そのまま質問責めを受けていると……

 

「これ皆、イット君が困っているよ。 あまり質問責めにしないの」

 

あの黒髪の少女が助け船を出してくれた。

 

「ありがとう、助かったよ」

 

「いいよ、このくらい。 あ、そう言えばまだ名乗って無かったね。 私はユミナ・アンクレイヴ。 よろしくね、イット君」

 

「ああ、こちらこそ」

 

お互いに自己紹介をし、それから次々と名前を名乗られ……イットは覚えるだけで手一杯だった。

 

そして授業は進み、昼休みとなった。 この学院は基本弁当か食堂かのどちらかで。 編入や家庭の事情でゴタゴタしていたイットは食堂で昼食を食べているた。 と、そこに2人の少年が近寄って来た。

 

「相席、よろしいですか?」

 

「ああ、もちろん」

 

「サンキュー」

 

了承を得て、2人はイットの正面の席に並んで座った。

 

「確か君達は同じクラスの……」

 

「お、よく見てんだな。 俺はネイト、ネイト・ティミルだ。 よろしくな、イット」

 

「フゥ……フォン・ウェズリーと言います。 どうか良しなに」

 

少し跳ねている金茶色の髪の少年……ネイトは自分の胸を親指で差しながら。 黒髪を長い三つ編みにした少年……フォンは一度呼吸を整えながら自己紹介をした。

 

「改めて、神崎 一兎だ。 よろしく頼むよ、ネイト、フォン」

 

「おう、よろしくな」

 

「よろしくお願いします、イット」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ふうん、剣の修行でねぇ……」

 

放課後……イットは仲良くなったネイトとフォンに軽く今までの経緯を説明していた。

 

「それは大変でしたね」

 

「大変ではあったけど……苦では無かったかな。 自分の為でもあったし……強くはなれたと思う」

 

「そうか……で、お前が言っているそのチーム戦による大会ってのは……これのことか?」

 

ネイトがメイフォンを操作し、イットに画面に表示されたものを見せた。

 

「ああ、たしかにこれだな」

 

「——DSAA主催の大会、グランド・フェスタですね。 参加条件は男女問わず6人以内のチームを組む事。 確か……予選は早抜けでしたね」

 

「参加人数を大幅に減らす為だな。 何せ始まって3年目だが、参加チームは年々増え……去年は約100チームも参加した」

 

「そ、それは凄いな……」

 

「——が、本選に通過できるチームはほんの6チーム。 しかも二次予選は毎年違うそうだ。 総当たりであるのは確実だが……宝探しであれば争奪戦だったり、特殊ルール下での戦闘だったりもする」

 

「かなりハードなんだな……気軽に参加って言ってたのに、あの人も人が悪いな」

 

あの時、参加を進めて来た男性を思い出しながらイットは嘆息する。

 

「それでチームは集まってんのかよ?」

 

「メンバーは俺ともう1人、これから集める予定だ」

 

「そうか……なあイット、俺達もチームに入れてくれないか?」

 

「え……」

 

突然の申し出に、イットは思わず呆けてしまう。

 

「これでも俺達は腕が立つ方だぜ。 インターミドルも面白えが、一度参加してみたかったんだよ」

 

「えっと、参加してくれるなら嬉しいんだが……フォンもそれでいいのか?」

 

「イットが問題ないなら。 私はこれでもルーフェンの武術を使います。 足手まといにはなりません」

 

「実力を疑うつもりはないんだが……いいのか?」

 

イットは少し考え込み……頷いた。

 

「なら、よろしく頼むよ」

 

「それで、あと2人か……他に当てはあるのか?」

 

「久しぶりにここに帰ってばかりだからな、当てはまるでない」

 

「……1人、当てがあります」

 

「本当か!?」

 

「イットの隣の席の女子……アインハルトさんです」

 

思いがけない提案だったが、イットは思い当たる節があった。

 

「やっぱりイットも気付いていたんだな?」

 

「半信半疑だったけどな。 前に彼女にぶつかった時に分かったんだが、かなりガッシリとした身体付きだった。 あれはかなり鍛えていると思う」

 

「私達も以前より知っていました。 しかし彼女はあまり人と接したがりませんし、隠している節もありましたので……」

 

「そうなると、無理に誘う訳にはいかないかもな」

 

「……とりあえず、メンバーは後に揃えればいいだろう」

 

そこで言葉を切り、ネイトは立ち上がった。

 

「来いよイット、俺達の実力を見せてやる」

 

「中央第5区に穴場の練習場があります。 そこで力をお見せしましょう」

 

「ああ、拝見させてもらうよ。 それだけの自信があるんだからかなりの実力なんでだろうな?」

 

「それはお互い様ってやつだ」

 

先ずは互いの実力を確認すべく、3人は教室を後にした。

 

(あれ……イット君?)

 

教室を去るその背中を、ユミナが目撃していた。

 



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兎が行く学院 後編

 

イットはネイトとフォンに連れられて中央第5区の練習場を訪れていた。大きさはサッカーグラウンドくらいで、都心にありながらも辺りは木々に囲まれていた。

 

「本当に人が少ない……というかいないね」

 

「この地区は微妙に都心から離れてるからな。 ここに来るくらいならもっと近い方の練習場を選ぶのさ」

 

「これなら一眼を気にせずに思いっきりできるというもの、ですが……」

 

そこでフォンをチラリと後ろを見た。 イットとネイトはその視線につられてその方向を見て……そこには木々があるだけで、すぐに姿勢を元に戻した。

 

「では……」

 

「始めるとするか」

 

ネイトは十字のペンダント、フォンは赤い宝玉を取り出し……セットアップし、バリアジャケットを纏った。

 

バリアジャケットのデザインは、ネイトは黒い肩出しのジャケット1枚に黒いズボンで、フォンは袖余りがある赤いルーフェンの民族衣装で布靴を履いている。

 

2人とも武器らしいものは持ってなく、無手の状態だった。

 

「へぇ、それが2人の……」

 

「イットはデバイスを持っていないのですか?」

 

「ああ。 大会に出るに当たって作ってもらってはいるみたいなんだ」

 

今までは持たなくとも問題なかったが……大会を試合をする上で安全上、デバイスの所持は必須である。

 

「じゃあ、まずは俺からだな」

 

デバイスが無いなら仕方なし。 ネイトは練習場の中に入り、両手前に出し……左手の平の上に右手の拳を乗せた。そして魔力を込めて放つと……

 

「これは……」

 

イット達の前に氷の大樹が出来ていた。 大きさは周りの木々と同じくらいだが、歯の細部まで作り込まれた彫刻のようなオブジェクトたった。

 

「氷の創成魔法(クリエイト)さ。 俺は氷の造形魔法(アイスメイク)って呼んでいる」

 

「かなり応用が効きそうだな。 しかも発動までの時間も短い……実力は確かのようだな」

 

「では、次は私が……」

 

次にフォンが前に出る。 拳を握り、中指、人差し指、親指を曲げながら立てて構える。 そして一歩前に踏み出し、姿がかき消え……

 

「飛龍円舞!」

 

大樹の周りを一周回り……一瞬で全ての大樹の氷の葉を落とした。 しかも枝を折らず傷付けずにそれを成し遂げた。

 

「フゥ……」

 

「見事。 素晴らしい腕だ」

 

「またキレが上がってんな。 さすがはルーフェン武術の全流派を会得しただけはある」

 

「いえ、まだまだ修行中の身ですよ」

 

フォンは袖を振りながら謙遜するが、贔屓目でみてもかなりの腕前の持ち主である。

 

「最後は俺だな……」

 

入れ替わるように練習場に入り、イットは刀袋から太刀を取り出し、腰に佩刀して抜刀した。

 

「へえ、太刀か。 となると流派は八葉か?」

 

「よく知っているな?」

 

「イットの父君、蒼の剣聖は有名ですからね。 まあ、その太刀が質量兵器だったことには驚きですが」

 

「本来なら押収されていたんだが……特例で許可を得てな。 親のコネを使ったと思われるけどな……」

 

「かもな」

 

ネイトが頷く事にイットは苦笑いをする。 そこは否定して欲しかったが、無理に取り繕うよりはマシだろう。

 

「さて……」

 

一息吐き、氷の大樹の前に立って太刀を納刀し……

 

「孤月……一閃!!」

 

抜刀と同時に横一閃、太刀を振り抜いた。 すると一瞬遅れて大樹がグラつき……大樹は根元から切られて倒木にされた。

 

「お見事です」

 

「はは、お眼鏡に叶えたのなら良かったよ」

 

「ああ、八葉の妙技……確かに見させてもらった。 これならもう1人も期待出来そうだな」

 

拍手を送るフォン、イットは照れ臭そうに頰をかき、ネイトは期待以上と賞賛する。

 

「さて……」

 

と、そこでフォンは振り返り……

 

「そこの物陰に隠れている方、出てきてください」

 

入り口方面にあった木に声をかけた。 それに対してイットとネイトは特に驚かなかった。

 

「なんだ、お前らも気付いていたのか?」

 

「ああ。 始まる前からな。 敵意も無かったから特に気にしてなかったけど……」

 

「明らかにこちらを見ていましたのでね」

 

3人は最初から誰かが隠れている事に気付いており、そして会話が聞こえたのか木の陰から出てきたのは……

 

「あ、あはは……3人とも凄すぎ……」

 

「あなたは……」

 

「ユミナじゃないか」

 

3人のクラスメイトのユミナ・アンクレイヴだった。 ユミナは頭をかきながらバツの悪そうな顔をしていた。

 

「皆がグランド・フェスタに出るって聞いて……ちょっと気になっちゃったんだよね」

 

「ああ、そういえばユミナさんは格闘技のファンでしたね。 ですがグランド・フェスタはインターミドル・チャンピオンシップと違って格闘技とは言い難いはずですが……」

 

「まあ、それはそうなんだけど……私、グランド・フェスタも好きなんだよね。 熱く盛り上がれるから」

 

「それは同感なんだが……何で俺達の後をつけてコソコソと覗き見してたんだ?」

 

「いやそりゃ気になるよ。 我がクラスを代表する実力者2人が転校生と手を組んでグランド・フェスタに出るんだから……気にならないわけないよ!!」

 

「は、はぁ……」

 

相当なファンのようで、ユミナの熱のある言葉に少し3人は気圧されてしまう。

 

「それで、メンバーが2人足りなかったんだよね?」

 

「(どこまで盗み聞きしてたんだよ……)まあそうだが……お前が5人目になってくれんのか?」

 

「無理! 私は見る専だから!」

 

「そう胸を張って言われても……それでユミナさんは何がしたいのですか?」

 

「それは……マネージャーだよ! こう見えて整体施術の一級資格を持っているんだから!」

 

「それは凄いな。 でも……それだけじゃないんだろ?」

 

イットは疑り深い目でユミナを見る。 その視線に気付いたユミナはあははと苦笑いをする。

 

「イット君は鋭いなあ。 実はイット君の事は前から知っていたんだよ。 前からすずかさんに色々と聞いていて……今日はイット君の事を頼むって言われてたんだ」

 

「すずか母さんから!?」

 

「ーー神崎 すずか……氷華の戦乙女か」

 

「その通り名が1番有名だね。 けどすずかさんは医療の方も優秀でね、その関係で私の先生になってもらって指導を受けているんだ」

 

「そうだったんだ……すずか母さんも人が悪い」

 

母のいたずらにイットは嘆息する。 そして後日、残りのメンバーについて話し合う事になり、一旦その場で解散となった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

3人と別れた後、イットは帰路についていた。 だが初日から色々あって気苦労が重なり、イットは少し溜息をついた。

 

「ふあ……編入初日から大変だったなあ……」

 

夜道を欠伸をしながら歩く中、イットは独り呟く。 ただ勉学を学ぶだけの場だと思い込んでいたイットだが……色々と思わぬ方向に進んでいるのを感じていた。

 

と、そうこうしている内に自宅前に到着した。 イットの家……神崎家は中央区の北寄りにあり、学院から徒歩で通学できる距離にある。

 

そして神崎家はかなり広い敷地と、基本的に周りの家と同じ形だが……豪邸と見間違える大きさを誇っている。 イットは門を開けて中に入り、玄関のドアを開けると……

 

「おっかえりーー!!」

 

「グホッ!!」

 

黄色い物体がイットの腹部に飛来し、イットは空気と苦悶の声を出しながら黄色い物体に押し倒された。

 

「ヴィ、ヴィヴィオ……危ないからやめなさいと何度も言っているだろう……」

 

「えへへ」

 

押し倒されたイットの腹の上に跨っていたのは腰まである金髪をツーテールにした紅玉と翡翠のオッドアイの少女……神崎 ヴィヴィオだった。

 

「それから早く降りなさい。 女の子なんだからあんまりはしたない事はするな」

 

「もう、お兄ちゃんとパパにしかやらないから安心してよ」

 

「そういう問題じゃありません」

 

溜息をつきながらイットはヴィヴィオを下ろし、立ち上がると家の中に入った。 そしてリビングに向かうと……

 

「ただいま、なのは母さん」

 

キッチンに栗色の髪をサイドポニーにした二十代の女性がいた。 彼女は神崎 なのは、2人の母親の1人である。

 

「お帰り、イット。 ヴィヴィオ、聴こえていたけど……あまりイットを困らせないの」

 

「はーい。 そういえばパパ達は?」

 

「レン君達はもうそろそろ帰ってくるよ。 晩御飯もそろそろ出来るから早く手を洗って来てね」

 

はーい、と2人は返事をし、

 

イットはダイニングの方に目を向けた。 そこにいたのは……容姿の違う7人の子ども達だった。

 

「行け、ヴァリ丸!」

 

「…………後10分で帰ってくる」

 

テーブルにいる双子の兄妹……黒髪でアホ毛のある兄の悠黎(ユウリ)と、栗色の髪を流している妹のみやび。

 

「……ふぁ〜…………zzz」

 

欠伸をしたらすぐに眠ってしまった金の長い髪を螺旋状に巻いたリボンでまとめている女の子……ラナ。

 

「おりおり、おりおり……鶴、出来たあ!」

 

折り紙を折って鶴を作っている、茶髪を色違いの3本のヘアピンで留めている女の子……めいや。

 

「ロゼ。 メキョッ、だよ!」

 

「め、め……めきょ……?」

 

白い兎のような使い魔……ソエルと戯れている黒のセミロングの女の子……ローゼリンデ。 愛称はロゼ。

 

「………………」

 

静かに読者している紫色の長い髪を一纏めにして肩にかけている女の子……ことね。

 

「……ニシシ」

 

そのことねの背後から、笑みを浮かべながら迫る金髪を後頭部で纏めて簪で留めている女の子……リンネ。

 

上から順になのは、フェイト、はやて、アリサ、すずか、アリシアの子どもとなっている。 これだけでも世間一般から見れば少し変かもしれないが、それに加えて7人の子ども達にはそれぞれ特別な能力を持っているのだが……

 

「ま、それはいいか」

 

「? 何のこと?」

 

「いや、こっちの話ーー」

 

「ただいまー」

 

と、そこで呼鈴が鳴り3人の女性達が帰宅してきた。 黒い制服を着た長い金髪を先端で結んだ女性……フェイト。 茶色い制服を着た肩をくすぐるくらいの茶髪の女性……はやて。 そして部分的に長い髪がある白い制服を着た金髪の女性……アリサだった。

 

「帰ったわよ」

 

「お帰りなさーい」

 

「お帰り。 レン君達は?」

 

「少し遅れて来るよ。 先に晩御飯を食べてくれって」

 

それを聞いたヴィヴィオは少し残念がるが……気を取り直して家族で食卓を囲み、夕食を食べ始める。

 

幼い子ども達がワイワイと騒ぐ中、心配性なフェイトはイットに今日の学校について質問する。

 

「イット、編入初日だけど……何とか馴染めたかしら?」

 

「まあ、少し流されている気もしたけど……何とか。 早速今日、大会に出場してくれるメンバーも増えたところ」

 

「ああ、前に言ってたチーム戦のことやね。 確かメンバーはイットとアルマナックから来た野生児の2人……何人増えたんや?」

 

「2人だよ。 氷使いのネイト・ティミルとルーフェンの拳法使いのフォン・ウェズリー。 2人ともかなりの腕前だったし、チームに入れて良かったと思う」

 

「え……ティミル、ウェズリー?」

 

聞き覚えがあったのか、ヴィヴィオは2人のファミリーネームを復唱した。

 

「ヴィヴィオ、どうかしたの?」

 

「う、ううん、何でもないよ。 ただ……」

 

「ただ?」

 

「私の友達の2人もティミルとウェズリーって言って、すごい偶然だなぁーって」

 

「偶然もまた必然よ。 同い年の3組みの兄妹が知り合った事……運命を感じるわね」

 

「そ、そうかな?」

 

アリサの言葉に、イットは首をかしげるようにご飯を口に入れる。

 

「ふふ……それでイット、残り2人のメンバーは決まっているの?」

 

「うん。 1人は誘う途中で、後1人誰か適任者がいればいいんだけど……」

 

「ーーはいはーい! 私、お兄ちゃんのチームに入りたい!」

 

「ヴィヴィオはまだ基礎がしっかり出来てないから出ちゃダメだよ。 中途半端で出場しちゃったら怪我しちゃうし」

 

「イットもそうだけど、あまり無茶な事はしないでね」

 

「はーい……」

 

フェイトの心配性は筋金入りのようだ。 それを見ていたはやてが微笑む。

 

「まあ、それはそうと……1人、うってつけの子がおるで」

 

「え、本当!?」

 

「うん。 ザフィーラが師範代としてちょっとした道場を開いていてな。 その中の1人にとても強い子がおるんや。 何とその子……レンヤ君の抜刀を会得しているそうや」

 

「父さんの、抜刀を……」

 

集束魔法(ブレイカー)の1つ、抜刀。 基本的に遠距離砲撃しかない集束魔法を刀身に纏わせる事で高い近距離斬撃を出す事が出来る魔法……有名な魔法であるが、習得するのはそう容易ではない事はイットがよく分かっていた。

 

「なら、その子が良ければ誘ってみるよ。 ありがとう、紹介してくれて」

 

「ええんよ、そのくらい」

 

「デバイスの件も問題ないから。 今月中にアリシアから連絡が来るはずよ」

 

「うん、わかった」

 

「ーーさ、お話はそのくらいにして、冷める前に早く食べちゃおう」

 

それからイットは夕食を食べ終え……自室に入るとそのままベットに倒れこんだ。

 

「ふう……」

 

息を吐きながらいつもの天井を見つめる。 その瞳には強い意志があった。

 

(まだ力も、自分の存在意義も見出せていないけど……先ずはグランドフェスタで優勝する。 エディも個人戦のチャンピオンを目指して歩みを進めている……俺も負けてられないな)

 

イットは意気込みを新たにしながら起き上がり、窓に近寄り夜の景色を見る。

 

(やってやるさ。 この身を侵している鬼を乗り越える為にも……俺は、1本の刀となろう)

 



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集いし獣達 前編

4日後——

 

週末、イットははやての紹介で夜天の騎士達が住んでいる家の近くの浜辺に向かっていた。 そこで一緒にグランド・フェスタに出場してくれるメンバーを探すために。

 

「それで誰なの、そのチームメンバーにいるたい子って?」

 

一緒にユミナも付いて来ており、誰に会いに行くのか質問した。

 

「はやて母さんの家族が道場を開いていてね。 そこの門下生の子を紹介してくれたんだ。 父さんの抜刀を習得しているみたい」

 

「はやてさんというと……なるほど、それは期待できそうだね」

 

「……あ、ザフィーラさーん!」

 

しばらくすると見覚えのある背中を見つけて声をかけながら近寄る。 振り返ったのは褐色肌の男性……盾の守護獣、ザフィーラだ。

 

「来たか。 主から話は聞いている」

 

「それで、誰なんですか? その紹介してくれる子は?」

 

その問いにザフィーラは顎で前を刺した。 釣られて前を向くと……砂浜で子ども達がシグナムを先頭にランニングをしていた。

 

「シグナムの隣を走っている少女がそうだ」

 

「あの子が……父さんの抜刀を習得している……」

 

「へぇー」

 

年はイットと同じくらいの短髪の少女……ザフィーラは“ミウラ!”と彼女を呼び、ミウラと呼ばれた少女はザフィーラの元に走って来た。

 

「なんですか、師匠?」

 

「お前に紹介したい者がいる」

 

「——初めまして、神崎 一兎です」

 

「ユミナ・アンクレイヴ、よろしくね」

 

「あ、はい! ボクはミウラ・リナルディと言います」

 

ペコリと頭を下げて自己紹介をし……ミウラはイットの名前に聞き覚えがあった。

 

「えっと……神崎って……もしかして?」

 

「うん。 父さんはレンヤだよ」

 

「わわっ、そうですか! レンヤさんには色々とお世話になってるんです!」

 

「ミウラ」

 

「あ、はい。 ごめんなさい……」

 

興奮気味になりかけたミウラをザフィーラが制し、本題に入る。

 

「それで、イットさんはボクになんのご用なんですか?」

 

「ああ。 俺は1ヶ月後に開催されるグラント・フェスタに出場するんだが……そのチームメンバーにミウラ、君に入ってもらいたい」

 

「え………………ええええぇっ!?」

 

突然の提案に、ミウラは大きな声で驚いた。 そしてミウラは驚きながらも首と両手を左右にブンブンと振る。

 

「ボ、ボクが……グラント・フェスタに!? む、無理です無理! ドジでおっちょこちょいなボクがいても迷惑になります!」

 

「はは、それは皆同じだよ。 俺も含めてチーム戦は初心者……これから連携を高めて強くなっていくんだ」

 

「うん。 私は出ないけど、精一杯フォローするよ!」

 

「いいではないか、ミウラ」

 

ランニングを終えたシグナムがミウラの肩に手を置きながらチームの参加を推奨する。

 

「今のお前に足りないのは自身だ。 仲間と一緒に戦えればお前は一回り成長できるだろう」

 

「シグナムさん……」

 

「——故に、お前達は試験を受けてもらう」

 

「へ?」

 

言うや否や、シグナムはバックステップで距離を取り……剣型のデバイス、レヴァンティンを両手に構える。

 

「イット、ミウラ。 2対2で来い……私とザフィーラが相手をしよう。 全力を尽くして来るがよい」

 

「ふう……仕方ない」

 

突然の申し出にザフィーラはため息をつきながらもシグナムの元に向かい……大太刀を抜いた。

 

「え、えええぇ!?」

 

「やれやれ……シグナムさんは昔から唐突だ」

 

「ど、どうするんですか!? 双剣を抜いたシグナムさんと、大太刀《村雨》を抜いた師匠は最強ですよ!?」

 

「君を仲間に入れるなら、俺はやる。 ミウラ、一緒に戦ってくれないか?」

 

「ふえっ!?」

 

イットのお願いにミウラは呆けた声を出し、顔を赤くするが……強く頷いた。

 

「う、うん! イットとなら師匠達からの念願の一本、取れる気がする!」

 

「俺もシグナムさんから一本、貰い受けます!」

 

イットは太刀を佩刀して抜き、ミウラは星型のデバイス……スターセイバーを限定的に起動し、両脚に甲掛を装着した。

 

「えー、コホン……僭越ながら私が立会人をさせてもらいます。 双方、構え!」

 

ユミナが立会い、他の門下生も見守る中……

 

「——始め!」

 

「ッ!!」

 

開始と同時に砂浜を蹴り、砂を巻き上げてミウラがトップスピードで飛び出した。 そのまま突進するかと思いきや、フットワークを駆使して左右に移動、ジグザグと動き撹乱しながら距離を詰める。

 

「なるほど……だが、まだ甘い!」

 

「うあっ!」

 

シグナムは放たれた蹴りを右手の剣で受け止め、左の剣で斬り返した。 それを読んでいたミウラは両手を交差させて受け止めた。

 

「ミウラ!」

 

「お前の相手は私だ」

 

援護に向かおうとイットの行手を、横から出てきた大太刀が……ザフィーラが塞ぐ。 ザフィーラは大太刀の柄を両手で掴んで構え、風を巻き起こしながら振り抜く。

 

「ッ——あっ!」

 

受け流そうとしたが、余りの威力に押し負け……イットは吹き飛ばされてしまう。 その隣にシグナムによってミウラが飛んで来た。

 

「どうした! この程度の実力で大会を勝ち抜こうなど夢のまた夢だぞ!」

 

「くっ……」

 

「まだ戦えます!」

 

「……なんでこうなったんだろう……」

 

シグナムとザフィーラの連携に、イットとミウラは奮闘するが……余りの急展開にユミナはついていけなった。

 

「フッ!」

 

シグナムは両手の剣を横に振り上げてから振り下ろすと……剣がワイヤーに繋がれながら無数に分割、蛇腹剣となった。 レヴァンティンのシュランゲフォルム……通常なら見た目以上に伸びる事が出来るのだが、今回は双剣のため実際の剣から蛇腹剣になった時と同じ長さ……約5メートルくらいの刀身の長さとなった。

 

「っ!」

 

「うおおおおっ!!」

 

その行動に警戒していると……今度はザフィーラの渾身の裂帛とともに大太刀がうねりを上げながら振り下ろされ、砂浜を叩き割った。

 

「ミウラ!」

 

「きゃっ!?」

 

迫り来る斬撃をミウラを受け止めようと身構える引き寄せながら横に飛んで避けた。

 

「大丈夫か?」

 

「は、はい……大丈夫です///」

 

腕の中にいるミウラに無事か話しかけ、ミウラは顔を赤くしながら頷くとイットは一安心し……シグナム達を見据える。

 

「フォローする、連携して行くぞ!」

 

「はい!!」

 

「来るか」

 

その場で納刀から抜刀……弧影斬を足元に放ち、砂を巻き上げて目隠しを行う。シグナムは二刀の蛇腹剣を交互に振るい、しなる刃の鞭が2人を襲う。

 

「っ!」

 

「スターセイバー……抜剣!」

 

《ソードオン》

 

甲掛の一部が展開し、桃色の魔力光が粒子となって放出される。 そして2人は蛇腹剣を受けずに移動して避け続ける。 武器で受けたりすればあっという間に形勢が不利になるからだ。

 

「ふんっ!」

 

大振りに振られる大太刀を、2人は加速して距離を詰め。 ザフィーラを追い抜いてシグナムの元に向かう。

 

「でやああああ!」

 

ミウラは跳躍して回転、ドリルのように脚をシグナムに向けながら突進して蛇腹剣を弾きながら直進していく。

 

「そのような単調な攻撃、通用すると——」

 

「イットさん!」

 

「ミウラ!」

 

ミウラの真後ろにピタリとくっついて付いてきていたイットが伸ばされた手を掴み……その場でミウラを振り回すように回転し、ザフィーラに向かって投げ、イットはシグナムに向かって駆ける。

 

「四の型——紅葉切り!」

 

「瞬息——抜剣・桜花!!」

 

2人は一瞬の虚をつき……イットはすれ違い側シグナムに一太刀、ミウラは特攻するように自分自身が吹き飛びながらザフィーラの腹部に蹴撃を喰らわせた。

 

「——そこまで!」

 

そこでユミナの制止が入り、勝敗が決した。 と言っても薄氷の勝利ではあるが。

 

「い、一応……勝った?」

 

「形式上では、ね。 本気を出してたら5秒も持たなかった……」

 

勝ったには勝ったが、2人は勝利を喜べなかった。

 

「……手を抜いたのか? エヴォルトをしないとは」

 

「フッ、使うまで無かっただけのこと。 それに手を抜いたのはお前にも言えたことだろう。 炎を使ってなかった」

 

「それで、どうですか? 合格点はもらえましたか?」

 

「ふむ…………及第点と言ったところか」

 

「非常に厳しいですね……」

 

顎に手を当てながら答えるシグナムに、ユミナは少し苦笑いをする。

 

「後は参加するもしないもミウラ次第だ。 お前が決めろ」

 

「え、ええっとぉ……」

 

「私としてはこれ以上にない逸材だと思うけど……どうかな?」

 

「でも……ドジでグズな僕が皆さんと一緒に戦えるかどうか……そもそも僕自身がちゃんと戦えるかどうかも……」

 

「戦えない人なんていないよ」

 

「え……」

 

「戦うか、戦わないか……その選択肢があるだけ。 俺は戦うし、ミウラとも一緒に戦いたいと思っている」

 

イットの言葉に考えさせられながらミウラは少し考え込んだ後……顔上げて答えた。

 

「……はい。 やってみます、やらせてください! 僕は見つけたい、強さの意味を!」

 

「そう来なくちゃな」

 

「よろしくね、ミウラちゃん!」

 

イットは座り込むミウラに手を差し伸べ、その手を取って立ち上がった。 そこへユミナも近寄り、新しいチームメンバーを迎い入れたことに喜ぶ。

 

「そういえばミウラちゃんの抜剣って、イット君のお父さんから教えてもらったの?」

 

「あ、はい! 以前、はやてさんと一緒に教えてもらう事になって。 なんでも“この抜刀は君から教わったものだから”とかなんとかで、よく分からないですけど……」

 

「どういう意味だろう?」

 

「ザフィーラさん、何か知っていますか?」

 

「フッ……さて、どうだろうな?」

 

「???」

 

明らかになにかを知っているようだが、顔に似合わずザフィーラは笑みを浮かべながら誤魔化す。

 

「そういえば、グランド・フェスタは6人での出場でしたよね? ユミナさんは出ないとして、残りの4人はどこに?」

 

「1人は特訓中で、他の2人は最後の1人を誘いに言っているんだ」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「えーっと……どこにいっかなぁ?」

 

同時刻……ネイトとフォンはミッド西部の郊外にある丘陵地帯を歩いていた。

 

「当てがあるのではなかったのですか?」

 

「おう。 クラスの女子からこの辺りにいるって聞いたんだが……」

 

「この辺りを、ですか……」

 

「ほらそこに道路が見えんだろ? そこを車で通った時に丘の上にそれっぽい影を見たそうだ」

 

イット達はグランド・フェスタに出場するための2人目のチームメンバー、アインハルトを誘うため学院で何度も接触していたが……その度に彼女はイット達を避けるような行動をとり、結局こんな場所にまで来ることになっていた。

 

「……お。 あの看板だな。 あの看板付近で見かけたそうだ」

 

ネイトが指差したのはここからミッドまでの距離を示す看板……フォンは辺りを見回すとと、腰を下ろして地面に手を這わせた。

 

「この足跡……形と大きさからして160前後の女子でしょう」

 

「こんな場所にそれがあるつぅことは……当たりだな」

 

人気のないここに女子の足跡……ネイトの情報は間違っていなかったようだ。 2人は周囲を歩き回り、しばらくすると……遠くから岩を砕くような音が聞こえてきた。

 

2人は駆け足で音の発生源へと向かうと、片側に岩壁がある丘の上に1人の少女が岩壁に向かって拳を放っていた。

 

「はあっ! せい!」

 

右ストレートが岩壁と衝突し、壁が砕かれて破片が飛び散っていく。 さらに軸足を捻り、回し蹴りで宙に浮いていた破片を一蹴した。

 

「ふう……」

 

パチパチパチ……

 

「?」

 

「お見事です」

 

今の一連を見ていたフォンはネイトと共に彼女の前に出ながら拍手を送った。

 

「あなた方は……同じクラスの……」

 

「お、ボッチ決め込んでいる割には覚えていたんだな」

 

「なら改めて自己紹介を。 私はフォン・ウェズリーと申します。 彼はネイト・ティミル」

 

「…………アインハルト・ストラトスです。 私に用がある様子……何用ですか?」

 

こんな辺鄙な場所まで会いに来た彼らに、アインハルトは目的を問う。

 

「私達は1ヶ月後に開催されるグランド・フェスタに出場しようと思っています。 参加メンバーは6人、そのメンバーにあなたを

 

「……それなら私ではなくても。 誰でもよろしいのでは?」

 

「やるからには優勝を狙う。 お前、隠してるつもりだが結構見え見えだぞ。 かなりの実力者だ」

 

「………………」

 

しばし考え込む……そして不意に何かを思い出し、質問した。

 

「そのチームメンバーには彼が……神崎 一兎がいますか?」

 

「ん? ああ、あいつが発案者だからな」

 

「……そうですか……」

 

参加するか否か、アインハルトは顎に手を当てて考え込む。

 

「無理にとは言いませんが……」

 

「——引き受けましょう」

 

「ん……?」

 

「その申し出、お引き受けします」

 

予想に反してアインハルトはフォン達の申し出を引き受けた。

 

「驚いたなあ……断ると思ってたんだが」

 

「私も個人で修練を積んで行くのにも限界を感じていました。 あなた方に着いていけば……何か見えるかもしれません(それに、彼についても気になりますし……)」

 

「何か言ったか?」

 

「いいえ、なにも」

 

小声で聞き取れなかったが、アインハルトは何事もなかったかのように首を横に振るう。 だが、これで彼らはようやく大会に向けて行動を開始できる。

 

「まあ何にせよこれで6人……大会に出場できるな」

 

「ええ、どうやらイット達も上手くいったようです。 この後合流しますが、アインハルトさんもどうですか?」

 

「はい。 ご同行させて頂きます」

 

アインハルトは2人の後に続き、丘陵地帯を後にした。

 



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集いし獣達 後編

順調にメンバーを集め、顔合わせととある事を思いついたイットは、エディを含めた5人を旧機動六課の訓練シュミレーターに集めた。

 

現在シュミレーターには廃棄都市が投影されており、イット達以外は興味深そうに周りをキョロキョロしている。

 

「は、初めまして。 ミウラ・リナルディです」

 

「アインハルト・ストラトス。 どうかよろしくお願いします」

 

そして、新しく入った2人は初顔の面々に挨拶をした。

 

「ユミナ・アンクレイヴです。 改めましてよろしくね、アインハルトさん」

 

「ええ、よろしくお願いします、ユミナさん」

 

「それでイット、なんで俺達をこんな所に集めたんだ?」

 

「顔合わせや大会へ向けての特訓をするなら近場に訓練場があったはずですが……」

 

「場所は借りられても相手がいないでしょう? ちょっとツテを使ってね、そのうち相手が来るけど……先ずはお互いの戦い方を見せ合おう」

 

6人はポジションなどを決めるためにそれぞれの得物を見せ合うと……イットは苦笑いをして皆を見回す。

 

「流派が違う徒手格闘が4人で魔法と格闘の半々が1人、そして太刀が1人……見事に偏っているな」

 

「徒手格闘にしても覇王流、シューティングアーツ、ルーフェン武術、我流……こうしてみればバラバラだけど……」

 

「うーん……そういえば、皆って変身魔法は使えるの?」

 

唐突に、ユミナがそう質問した。 今言う変身魔法とは姿を変えるものではなく、身体を成長させるという意味合いが強い。 その問いにイット達は全員頷いた。

 

「身体が大きい方が戦う時何かと重宝するからな」

 

「どうやら全員使えるようですね」

 

「私のは変身魔法というより……武装形態ですが……」

 

「あれ? そういえばアインハルトさん、デバイスは?」

 

ミウラはデバイスも持っていなさそうに見えるアインハルトにそう質問し、本人はキョトンとした顔になる。

 

「え……持っていませんが……」

 

「アッチャー……大会に出場するには安全のために規定ランクのデバイスを所持していないといけないんだ」

 

「イットも作る予定だが……今から間に合うか?」

 

「聞いてみるよ。 アインハルトの魔法体系はは古代ベルカ式だったよね?」

 

「は、はい」

 

「なら、はやて母さんに相談してみるよ。 なんとか大会前には用意できると思うよ」

 

このメンバーの中でデバイスを持っていないのはイット、エディ、アインハルトの3名。 大会が始まる前に用意しないといけなくなっている。

 

と、彼らが今後について相談していると……シュミレーター内に誰が入ってきた。

 

「お待たせ、イット」

 

「久しぶり、元気だった?」

 

歩いてきたのは物優しそうなツンツンした茶髪と藍色の瞳の青年と、小柄で白いセミロングの髪とワインレッドの瞳少女だった。

 

「ソーマさん、サーシャさん!」

 

「帰って来たとは隊長から聞いていたけど、また強くなったようだね」

 

「これは油断できないかもしれませんね」

 

2人はアインハルト達の前に出て自己紹介をした。

 

「君達とは初めましてだね。 時空管理局、異界対策課所属、ソーマ・アルセイフ。 以後よろしくお願いね」

 

「同じく、異界対策課所属のサーシャ・エクリプスです。

 

「は、初めまして……」

 

「い、異界対策課……本物だ」

 

「ま、まさか……」

 

アインハルト達は彼らがここに来た理由を理解し、イットは答えを口にした。

 

「今日は実力を図るため、俺達6人とソーマさん達2人で練習試合をします」

 

「え、ええええぇっ!?」

 

ミウラの絶叫も当然、今即席で集まったばかりと言ってもいい6人が歴戦の魔導師を相手に出来るとは思えなかった。

 

「い、いきなり過ぎじゃないの?」

 

「それによくお願いできたね? 異界対策課といえば管理局一忙しい部署で有名なのに」

 

「依頼を出したからね」

 

アインハルト達の前にイットはメイフォンを差し出した。 画面には異界対策課へ練習試合の依頼書が表示されていた。

 

異界対策課の主な勤務内容は市民から怪異の脅威から守ること、なのだが……対策課設立当初から業務内容が色々と捻じ曲がっており。 今では市民からの依頼を請け負いつつ怪異に対処する、なんて事になっている。

 

「よく通ったね」

 

「俺もそう思う」

 

「管理局で1番人気のある部署とは聞いていますが……その分の仕事量が半端ないとも聞いています」

 

「けど必ずと言っていいほど大成するとか。 書類仕事をしているオペレーターが凄腕になったとかなんとか」

 

「しかも、なんでも今はその膨大な人脈で適切な人材を確保し、他社に推薦して……就職活動の手伝いもしているとかなんとか」

 

「あ、あはは……」

 

「間違ってはいないけど……なんだかやっぱり複雑かな……」

 

事実とはいえ、自分達の仕事に妙な噂がついてしまっている事にソーマとサーシャは思わず苦笑いする。

 

「それでは依頼の内容を説明します。 お2人に頼みたいのは俺達6人との模擬戦の相手……それで間違いはないですよね?」

 

「うん。 間違いないよ」

 

「では、5分後に開始しますので配置についてください」

 

両チームは配置につき、その間にイット達は作戦会議をした。

 

「それでどうすんだ? いくら2人だけと言っても相手はあの天剣授受者と海鏡(つきひがい)だぞ」

 

「真正面に向かって行ったら勝ち目はまず無いでしょう」

 

「ふうん? あの2人そんなに強いのカ?」

 

「強いも何も……3年前の事件で活躍した人達ですよ。 僕達が束になっても……」

 

「ですが、それでもやるしかありません。 これが私達の始まりです」

 

アインハルトは拳を握りながらそう答えた。 その言葉にイット達も鼓舞された。

 

「ああ、そうだな。 勝ち目のない初陣……やってやろう」

 

「……そういえば、チームの名前はもう決めたのですか?」

 

「そういえば……誰が考えるんだ?」

 

「それはエディじゃなかったのか?」

 

「ワタシはセンス無いからイットに任せたヨ」

 

「……そうだな……1つ、候補があるな」

 

「それは何という名前なのですか?」

 

「うーん……模擬戦が終わってから教えるよ」

 

「えー? 気になりますよー」

 

そうこうしているうちに定刻になり、ユミナが通信を開いた。

 

『それでは模擬戦を始めます。 審判は私、ユミナが務めます! それでは両チーム、構え——始め!」

 

ユミナの合図で模擬戦は開始され、6人は同時に駆け出した。

 

「さっき話した通りソーマさんが前衛、サーシャさんが後衛という隊列を組む。 最初に狙うは援護支援が出来るサーシャさんだ!」

 

「では、手筈通りに」

 

「おう!」

 

「頑張るよ!」

 

「皆さん、お気をつけて!」

 

エディとミウラ以外は前進し、そして2人は左右に別れて別のルートを走った。

 

そして別れたすぐに……進行方向の先にソーマの姿を発見した。

 

「いた!」

 

「まだ距離がありますが……」

 

「——全員警戒! すぐに来るよ!」

 

「え……」

 

遠くに見えたソーマらしき人影が……消えた瞬間イット達の前に現れた。

 

「なっ!?」

 

「っ!」

 

驚く暇もなくイットがソーマに斬りかかる。 ソーマもそれに反応し太刀を受け止め、横から放たれたフォンの蹴りを太刀を弾きながら後退した避ける。

 

「あの距離を一瞬で!?」

 

「さすがは天剣授受者……こちらの予想を遥かに超えてくれます」

 

「はあっ!!」

 

アインハルトが飛び出して拳打を繰り出し、刀身の平で受け止められたが続けて身体を捻って蹴りを放ったが……

 

「——脚に魔力が足りてないよ」

 

蹴りは空振り、ソーマはアインハルトの背後を取った。

 

「速すぎる!」

 

「っ……アイスメイク、大槌兵(ハンマー)!」

 

左掌に右手を乗せるように魔法を発動し、ソーマの真上に巨大なハンマーを造り上げて落下させた。

 

その際アインハルトはイットが手を掴んで引っ張り、ソーマはハンマーに押し潰された。 が……

 

「嘘……だろう……」

 

「す、凄い……」

 

ハンマーは剣の柄頭とぶつかるように止められ、切り返しで斬り上げられ真っ二つにされた。

 

「氷だろうがバター同然かよ!」

 

「——きゃあああ!」

 

「あう……!」

 

そこへ、サーシャの元に向かっていた筈のミウラとエディがイット達の元に吹っ飛んできた。

 

「エディ、ミウラ!」

 

「や、やられたヨ……」

 

「つ、強過ぎです……」

 

「——先ずは援護支援ができかつ勝つ可能性のある私から倒しに行く、そこまでは良かったけど……」

 

「少し読みを間違えたみたいだね」

 

そこで2人を吹き飛ばした、輪刀を抱えるサーシャがソーマの隣まで歩いて来た。

 

「くっ……」

 

「これが……異界対策課!」

 

「さて……それじゃあ」

 

「続けようね」

 

強敵を前に、イット達は思わず尻込みをしてしまうが……それでも果敢に2人に向かったな挑戦した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

1時間後……

 

「はあはあ……」

 

「ゼェゼェ……」

 

「も、もう無理です……」

 

「燃え尽きたヨ……」

 

「大丈夫?」

 

結果は見るまでもなくイット達の惨敗。 6人全員は息絶え絶えになり地面に座り込んだり寝転んだりしていた。

 

「うん。 荒削りだけど皆、良い線いってるよ」

 

「これなら1ヶ月後の大会までに仕上げる事はできるけど……それだけで勝ち残れるほどグランド・フェスタは甘くないよ」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

「イット君に模擬戦を頼まれてから少し過去の大会を調べてね。 去年の優勝チーム、ベルセルクは完璧と言っても良いほどのチームワークで勝ち進んだ強豪だよ」

 

「個々のポテンシャルならイット達も引けをとらないけど、チームワークや戦術面を入れるととても脆い……大会までに、その両面を徹底的に鍛えて行くから覚悟してね」

 

『は、はいっ!』

 

「ユミナちゃんも、戦術や医療方面を鍛えて行くからね」

 

「はい! 分かりました!」

 

自分達の弱さと弱点を身に染みらせ、今後の方針を明らかにして意気込みを新たにする。

 

「あ、それでイット君。 模擬戦に始まる前に言ってたよね? 終わったらチーム名を話してくれるって?」

 

「あ……そうだな。 ここいらで教えておくか。 と言っても、気にいるかどうかは分からないけど……」

 

「まあ早く言っちゃいなヨ」

 

期待の眼差しを向けられる中、イットは高らかにその名を呼んだ。

 

「チーム名は……年代記の翼(ツバサ・クロニクル)!」

 

過去に自分を救ってくれた人達を頭の中に思い浮かべながら……その名前を口にした。

 

「ツバサクロニクル……なんかいいですね!」

 

「ええ、心に響くような名前です」

 

「いいんじゃねえのか」

 

「私もいいと思います。 ツバサクロニクル」

 

「これで決定だネ!」

 

「それじゃあ……ツバサクロニクル! グランド・フェスタ優勝を目指して頑張ろう!」

 

『おおっ!!』

 

「おー!」

 

7人は拳を前に突き出してぶつけながら結束を固め、グランド・フェスタへの道を走り始めた。

 




チーム名を|年代記の翼〈ツバサクロニクル〉にするか|紅き翼〈カレイジャス〉にするか結構迷いました。


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金の明星 前編

イット達、ツバサクロニクルはチーム内の親睦を深めながら連携を強化するために第42管理世界スピナにある山岳地帯で合宿をする事になった。

 

「わあっ!」

 

「アインハルトさん! 見て見てこの景色!」

 

「はい、綺麗な場所ですね」

 

次元港のある首都から郊外付近にある地点でキャンプをすることになり。 女子達は高台から見える山の景色を見て感嘆の声を上げる。

 

「うーん! 空気が美味しいヨ。 ワタシにはちょっと都会の空気は合わないネ」

 

「確かに、辺境育ちならそう思っても仕方ないかもな」

 

「おーい! 景色眺めてないでテント張るの手伝えー!」

 

ネイトとフォンがテントを張り始めるのを見て、イット達は絶景に背を向けてネイト達の元に走った。

 

そしてすぐに人数分のテントを張り終えると、イット達は大会に向けて早速訓練を始めた。

 

「やあっ!」

 

「はっ!」

 

先ずはお互いの戦い方を知るためにローテーションで組み手を行った。

 

「そういえばイット、お前ん所の妹……今日どこ行ったか知ってるか?」

 

ネイトはイットと組み手をしている最中にそのような質問をしてした。

 

「ん? 確か友達とどこかへピクニックに行くって言ってたが……」

 

「どうやらお互い、妹の行く先を聞いてないようですね」

 

隣で聞く耳を立てていたフォンがエディの蹴りを受け流しながらそう言う。 なんでも3人の妹達は揃ってどこかに出かけているらしい。

 

「まあ、3人一緒だし、大丈夫だろう」

 

「そうだな——」

 

「はあっ!」

 

「おっと!」

 

間に割って入るように拳がイットの太刀を強打した。 そして右腕を振り上げて攻撃してきたのはアインハルトだった。

 

「3人とも、もっと集中してください」

 

「そうだそうダ! もっと気合い入れロー!」

 

「お喋りする余裕があるなら……喝を入れさせていただきます」

 

叱るように、女性陣がイット達に向かい一斉に襲い掛かった。

 

「——皆お疲れ様! ドリンクどうぞ!」

 

それから2時間後……午前の訓練を終わりにし、ユミナは用意したドリンクを6人に手渡していく。

 

休憩と訓練を何度も繰り返して少しずつ形にし行くと……いきなりどこからともなく何人もの男達が走ってきて……すぐにイット達は彼らに囲まれてしまった。

 

「う、動くな!」

 

「な、何々!? 何なんですか!?」

 

「あなた達は……一体?」

 

「う、動くなと言っただろ!」

 

「いつもいつも村を襲いやがって!」

 

村人達は怒りの眼差しでイット達を睨みつけるが、テントを張る前に近隣の村に断りを入れに行ったくらいで怒りを向けられる覚えがまるで無かった。

 

「……見たところ近隣にある村人達といった所か。 これは一体どういう事か説明してもらえますか?」

 

「黙れ! この魔物め!」

 

「魔物だと……?」

 

「何のことか分かりませんが……お話だけでも聞かせてはもらえないでしょうか?」

 

イットは説得を試みるが……男達は警戒を解くことはなかった。

 

「聞く耳持たず、だナ」

 

「……仕方ありません。 先ずは場を収め、その後に話を聞くとしましょう」

 

「全員、峰打ちで手加減をするんだ!」

 

「ひ、怯むな!」

 

「全員でかかるんだ!」

 

「うわわっ!? や、やるしかないかも!」

 

農作具を武器にして襲いかかろうとする村人達を前にし、イット達はそれぞれの獲物を構えると……

 

「——終ノ太刀……」

 

「——覇王……」

 

「——アイスメイク……」

 

「——爆龍……」

 

「——獅子王……」

 

「——抜剣……」

 

ドオオオオオオンッ!!!

 

周囲に巨大な衝撃音が轟き、砂塵が天高く舞い上がった。 そして、砂塵が晴れていくと……イットの周りには男達が倒れていた。

 

「……やり過ぎちゃったかな?」

 

「どうした? まだやるか?」

 

「くっ……くそぉ!」

 

「——待て!」

 

まだ襲いかかろうとする村人を、村長らしき老人が止めに出た。

 

「皆落ち着け! その人達は違う」

 

「そ、村長!」

 

「しかしこいつらは恐ろしい技を!」

 

「よく思い出せ。 魔物は一体のみ、それにこの子達はこの付近で修行を行うと一度村に断りに来ただろう」

 

「! い、言われてみれば……」

 

「すまんな、旅の人」

 

「チッ……一体どういう事だ?」

 

勘違いは解けたが、ネイトは苛つきを覚えながら村長に問いただした。

 

「実はこのメイナ渓谷には、恐ろしい怪異を操る謎の魔物が住んでおるのじゃ」

 

「恐ろしい……」

 

「怪異? 魔物?」

 

「な、なんか怖そう……」

 

「普段は山奥の遺跡に潜んでおるのじゃが……度々わしらの村に降りて来ては、怪異を操って暴れ回って食べ物を奪っていく」

 

「警戒していた所、ここから大きな声と音が聞こえたものでな」

 

「てっきり、また魔物が現れたと思ったんだ」

 

「悪かった、すまん!」

 

勘違いだとわかり、イット達は一安心する。 すると、イット達を見た数人の村人が顔を合わせて頷いた。

 

「あんた達のその腕を見込んで頼みがある!」

 

「俺達の代わりに魔物を退治してくれないか?」

 

「わ、私達が……ですか?」

 

突然の村人達からの申し出にイット達はまた驚いてしまう。

 

「わしからも頼む。 村の者では到底、敵わなぬ。 力を貸してくれるならそれなりの礼はしよう」

 

「礼?」

 

「貧しい村ゆえ、大した礼は出来んが……」

 

「頼む、力を貸してくれ!」

 

間違いで襲っておいて体のいい話だと思うが、村人達にも事情があるため無下にする事は躊躇われる。

 

「ど、どうしましょうか?」

 

「管理世界とはいえ、勝手にそんな事をしては……」

 

「異界対策課に連絡した方がいいんじゃないのかな?」

 

「………………」

 

イット達はどうしようかあぐねいていると……ミウラが決心した目をして顔を上げた。

 

「私は……このお願いを受けたい」

 

「ミウラ?」

 

「困っている人を助ける……はやてさんに教わった事だから!」

 

「……ああ、そうだな。 対策課に連絡するにしても、怪異やその魔物の正体を暴いてからでも遅くはないだろう」

 

「おお、では!」

 

「ただし、お礼は必要ありません。 皆さんは村に魔物とやらが来ないかどうか警戒してください」

 

「感謝する!」

 

村人達が一斉に頭を下げ、イットがまあまあと手で制しながら彼らは山に向かう準備を始めた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

イット達は村人達の願いで山の遺跡に住むという怪異と魔物を調査しに霧深い山を登っていた。

 

「霧が深くなって来たな……」

 

「フウフウ、空気が少し薄い……」

 

「これぐらい余裕ネ」

 

「皆、足元に気を付けてゆっくり登ろう」

 

「これは鍛錬になりますね」

 

調査に出たのはイット達ツバサクロニクルの6人、残りの戦えないユミナはテントで留守番をしている。

 

「……ん?」

 

「これは……」

 

しばらく山を登っていると……目の前に規則的に積み上げられている岩の数々を目にし、遺跡らしき建造物を発見した。

 

「あれが魔物が住んでるつう遺跡か」

 

「何も見えませんが……」

 

その時……静寂が潜む霧の中で小石が転がる音が聞こえて来た。 イット達は音源の方に振り向くと、人影が移動するのが見えた。

 

「早速お出ましのようだな」

 

「行くぞ!」

 

影を追いかけて遺跡群の階段を登る。 すると……イット達の目の前に3つの黒い巨大な人影が現れた。

 

「なっ!?」

 

「お、大きい……!」

 

「っ……テメェが魔物か!」

 

ネイトは影に向かって叫ぶが……影達は拳を構えた。

 

「問答無用は無用ですか……」

 

「上等だぜ」

 

「俺達が相手になる」

 

影は3つ……フォン、ネイト、イットがそれぞれの前に出た。 それぞれの武器を構えるイット達……だが相手から仕掛けては来ない。 と、痺れを切らしたネイトが飛び出した。

 

「アイスメイク・槍騎兵(ランス)!」

 

無数の氷の槍を創り出し、影に向かって飛ばす。 すると……地面の一部が砂に変わっていき、砂が盛り上がって槍を防いだ。

 

「ほう……少しはやるようだな」

 

「参ります!」

 

続いてフォンが飛び出し、岩壁を飛び越えて接近すると……

 

「——そうはいかないよ!」

 

霧の中から少女の声が聞こえ、飛んで来たフォンに飛び掛かって押し飛ばした。

 

「今のは……」

 

「せいっ!」

 

フォンは受け身を取りながら飛び掛かって来た相手を不審に思い、次にイットが飛び出して太刀を振るった。

 

「なっ!?」

 

その一太刀は避けられてしまい、カウンターをもらおうとした瞬間……咄嗟に柄を前に出して防いだ。

 

「どう? 魔物さん!」

 

「……ん?」

 

何かおかしいと思い始めたイット達。 改めて霧に映る影を見ると……ツーテイルに左右に跳ねているアホ毛に下向きのツインテール……彼ら3人にはとても見覚えのあるシルエットだ。

 

「私達があなたを退治します!」

 

「成敗します!」

 

「覚悟することだね!」

 

「……この声は……」

 

「そういえば……どこに行くとは聞いてませんでしたね」

 

「——螺旋撃!」

 

イットは太刀に炎を纏わせ、切り上げて螺旋の炎で霧を巻き込んで吹き飛ばすと……

 

「きゃあっ!?」

 

「なになに!?」

 

「……あれ?」

 

霧が晴れ、大きな影の下にはコロナとリオ、そしてヴィヴィオがいた。

 

「あれ? あの子達は……」

 

「イット達の妹達だヨ」

 

「あの子は……」

 

後ろにいたアインハルト達は驚いた顔をし、ヴィヴィオ達はイット達の姿を見て驚愕してから……悲しそうな顔をした。

 

「そんな……まさか……兄さん達が……」

 

「う、嘘……」

 

「フウ……太陽の光があの子達の影を霧に投影して、巨大な魔物のように見せていただけみたいですね」

 

「チッ、くだらね……」

 

「………………」

 

冷静に状況を確認するフォンと種が見えて落胆するネイトを他所に、イットは顎に手を当てて考え込む。

 

「まさかお兄ちゃん達が魔物だったなんて……」

 

「私……ショックです」

 

「はぁ?」

 

突然のヴィヴィオ達の言葉にイット達は呆然となる。 魔物を探して来たはずが自分達がその魔物と呼ばれたからだ。

 

「見損なったよ! 村を襲って食べ物を奪うなんて!」

 

「どうしてそんな事するのさ!」

 

「おっと……」

 

また飛び掛かって来たリオをフォンは軽く手を払って牽制をする。

 

「おい何言ってやがる! 俺達は何もやってねえ!」

 

「言い訳は聞きません! 何があったか知らないけど、そんな事やっちゃダメだよ!」

 

コロナが地面を手を当て、ネイトに向かって地面を隆起させ。 ネイトも地面に手を当てて凍らせて隆起を止めた。

 

「ヴィヴィオ! 俺達は村の人達に言われて魔物を探しに来ただけだ!」

 

イットは放たれるヴィヴィオのジャブを避けながら説得する。

 

「えっ!? お兄ちゃん達が魔物じゃないの?」

 

「だから違って言っているだろ!」

 

迫るジャブを避けてヴィヴィオの首根っこを掴み、2人の元に投げた。

 

「きゃん!」

 

「ヴィヴィオちゃん、大丈夫?」

 

「全く……霧に映った影が、お互いを魔物のように見せていただけだ」

 

「影? じゃあ本当の魔物は??」

 

「さて、どれが真実なのやら……」

 

また勘違いと色々と話が拗れてしまい、もう何が何だがわからなくてなってしまった……

 

「無駄足だったようだな」

 

「事前に行く所を言っていればよかったですね」

 

後悔先に立たず。 イット達はヴィヴィオ達の行く先と魔物の2つの件に対して二度手間の感じてしまった。

 

「あ! フォン兄、あの人達が!?」

 

「ああ、そういえば自己紹介をしてませんでしたね」

 

リオが背後にいたアインハルト達を目にし、それぞれの兄の前に妹が立つ形で自己紹介をした。

 

「こいつはコロナ。 俺の妹だ」

 

「初めまして! コロナ・ティミルです! 兄がお世話になってます!」

 

「この子はリオ。 私の妹です」

 

「リオ・ウェズリーって言います! よろしくお願いします!」

 

「それでこっちが……」

 

「神崎 ヴィヴィオです! エディさんについてはお兄ちゃんから聞いてます!」

 

「ワタシはエーデルガルド・バルカス。 エディって呼んでネ」

 

「初めまして。 ミウラ・リナルディです。 ヴィヴィオさんの事は、はやてさんから耳にしています」

 

「アインハルト・ストラトスです。 イットさん達に妹がいるとは聞いていましたが……3組の兄妹揃ってお友達だったとは驚きです」

 

「確かに」

 

「それで、ヴィヴィオちゃん達ももしかして村人の人達から?」

 

「はい。 私達はピクニックでこの世界に来て。 村の人達から魔物について噂になっているのを聞いて、放って置けなくてこの山に来てみたんです」

 

「でも霧がかかってて何にも見えなくて……帰ろうとした矢先にいくつもの大っきい影が来たから……」

 

「それで私達と鉢合わせに……」

 

と、そこで辺りを見回していたリオが何かを思いついた。

 

「そうだ! フォン兄、せっかくだから稽古つけてよ!」

 

「い、いきなりですね……」

 

「ここでかい?」

 

「うん。 ここってルーフェンにある霊峰みたいな感じだし、気が引き締まるんだ! ね、いいでしょ?」

 

確かに武術の修行をする時、こういう人気のない秘境で行うと心身ともに鍛えられらしい。

 

「まあ、例の魔物もいない事だしいいんじゃないかナ?」

 

「皆さんがいいのなら」

 

「ホント? やったー!」

 

そうと決まり、2人はデバイスを起動してルーフェンの民族衣装を模したバリアジャケットを纏った。

 

そして2人は遺跡にある広間の中心で向かい合い、右拳を左掌に当てて礼をしルーフェン武術の構えを取った。

 

「——始め!」

 

そしてミウラの合図で同時に駆け出し、拳や腕を交じ合わせ始めた。

 

「へぇ、やるじゃねえか」

 

「リオー! 頑張れー!」

 

「どっちも頑張ってねー!」

 

2人は流れるように拳を放ち、受け、何度も入れ替わり立ち回る。 その様子を……

 

「………………」

 

「ねー?」

 

霧がかる岩陰から2つの影が、リオとフォンの手合わせを見ていた。

 



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金の明星 後編

第42管理世界スピナにある霧がかかる山……その山から何度も拳がぶつかり合う音が響いていた。

 

「はあああっ!」

 

「ふっ!」

 

「そこだよ、リオー!」

 

「どっちも頑張れー!」

 

その山の頂上にある遺跡の広間で、ウェズリー兄妹が手合わせをしていた。 その近くでは2人の友人が観戦しており、2人を応援している。

 

「流水」

 

「わっ!?」

 

放たれたリオの蹴りをフォンは両手を広げて回転、投げるように受け流した。

 

「っ……まだまだ! 久しぶりのフォン兄との手合わせ、もっと楽しみたいからね! はあぁ……炎龍! 雷龍! 招来!!」

 

「おっと……」

 

リオの周りに衝撃が走り、フォンが後退して衝撃から逃れると……リオの背後に炎で出来た龍と雷で出来た龍が現れた。

 

「今度はあたしの番! 炎雷双頭(えんらいそうとう)!」

 

両手を前に出し、炎龍と雷龍がフォンに向かって飛びかかる。 しかしフォンは襲いかかる二頭の龍を見切り、軽やかに避ける。

 

「逃すもんか!」

 

続けてリオは二頭の龍を操り、フォンを追い込んでいく。

 

——ふぉおおーー!

 

——ねーーー!

 

「ん?」

 

広間の戦闘音に交じりどこからか誰かの声が聞こえて来た。 その音を感じ取れたのはイットだけだったが……気のせいと思い2人の手合わせの方に目を向けた。

 

「やっぱりフォン兄は凄いや! でもまだまだこれからだよ!」

 

今度はフォンから攻め、二頭の龍の合間を縫って掌底を放った。 が、その掌底はギリギリの所、リオによって逸らされた。

 

「また腕を上げましたか」

 

「炎穿陣!」

 

そしてリオは両手を左右に広げ、圧縮した炎を解放した爆破を起こした。 迫り来る衝撃にフォンはバックステップで回避、岩場を蹴って上空に飛び上がった。

 

「もらいます!」

 

「させないよ、雷鳴衝!」

 

雷と衝撃が周囲に轟き、砂塵が舞い上がって辺りに立ちこもる。

 

「うわわっ!」

 

「こ、これが手合わせですか?」

 

「あいつらのとってはそうらしいな。 こっちはせいぜい創造(クリエイト)の見せ合いくらいだけどな」

 

「うん……あそこまで激しくないですね……」

 

「うちは魔力球でのキャッチボールかな? よくやっているのは」

 

「いつもはなのはママとだけど、お兄ちゃんとキャッチボールするのも楽しいよ!」

 

「へえ……そうなんだナ」

 

エディの思うキャッチボールは微笑ましいものだが……実際は高速でいくつも放たれた魔力球を打ち返す事をヴィヴィオの言うキャッチボールである。

 

と、砂塵が晴れていき……中から構えを解いてないフォンとリオが出てきた。

 

「さすがフォン兄! 全然隙がないや!」

 

「リオも、しばらく稽古を見ないうちに腕を上げましたね」

 

2人は会話を交わしながらも戦う手を止めず、入れ替わり立ち回りながら何度も拳をぶつけ合う。

 

「でも……私もフォン兄に対抗するために秘策がある! 甘く見ない方がいいよ〜!」

 

「あ、リオちゃんアレをやるみたいだね」

 

「行っけ〜! リオー!」

 

「なんだ?」

 

「っ!」

 

「行くよ、ソル!」

 

《オーケー、リオ!》

 

「変っ身!」

 

八角形のアミュレット型のデバイス、ソルフェージュを眼前に構えると……リオは自身の赤い魔力光に包まれ、しばらくして光が収束して出てきたのは……

 

「なっ!?」

 

——ほぉっ?

 

冷静なフォンでも思わず驚いてしまう。 出てきたのは腰まで髪が伸び、少し身長が大きくなっているリオだったからだ。

 

「身体強化魔法の応用だよ。 それじゃあ、いっくよー! スゥ……」

 

するとリオは身を低くし、天を見上げながら息を大きく吸い込んだ。

 

「あれは……」

 

「リオの魔力変換資質である炎雷……それを砲撃として放てば!」

 

「——雷炎龍の……咆哮!!」

 

口から放たれたのは雷を纏った砲撃のような炎のブレス。 レーザーのように真っ直ぐファンに迫って行く。

 

「衝破……月蝕!」

 

迫るブレスをフォンは一息で掌底を打ち出し、ブレスを下からかち上げて上空に逸らした。 ブレスは霧を、雲を貫くと勢いを失って霧散した。

 

「うっそお!? あたしの秘策がこうも簡単にい!?」

 

「今のは危なかった……ですが、次は決めます」

 

「……! まだまだ……これからだよ!」

 

「来なさい、リオ!」

 

2人がまた拳をぶつけようと飛び出した、その時……

 

「——ほおぉおおぉっーー!」

 

「んん!?」

 

突然、岩陰から楽しそうな声を出しながら誰が飛び出てきた。

 

「ほほほほ、ほほほほほぉ。 ほーーほぉ!」

 

「きゃっ!?」

 

「今のは!」

 

正体不明の人物は2人の間に飛び込み……一瞬金色の魔力光が閃くと2人まとめて弾き飛ばした。

 

「ほほほ♪ ほほほい♪ ほほほほほほー♪」

 

「ねねねー!」

 

「あれは……!」

 

「魔物だー!」

 

「あれが……?」

 

「変なお面を被った子どもにしか見えないヨ」

 

岩の上で楽しそうに左右に揺れるように踊っていたのは……何かの怪物を模したような仮面を被った少年だった。 仮面は少年の肩幅の大きさまであり、少年の頭をすっぽりと覆っていた。

 

その仮面の上には尻尾が緑色の口に目がついたコンセントとカマキリを足したような顔があり、身体は垂れ耳の犬のような動物が乗っていた。 恐らくアレが怪異なのだろう。

 

そして少年と思わしき魔物と呼ばれる者は踵を返し、霧の遺跡へと消えていった。

 

「うわぁ、ホントにいたんだあ!」

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん、魔物だよ魔物!」

 

「す、凄い顔をしてたね……」

 

「いや、あれ仮面だろ」

 

(2人の間に割って入り、いとも簡単に左右からの攻撃を弾き返した……)

 

魔物の存在に驚く中、アインハルトはフォンとリオの攻撃を弾き飛ばした事に驚きつつも、魔物を追いかけようとするイット達の後を追った。

 

「ほらほら! 早く追いかけて退治するよ!」

 

「いや、確認するだけで退治するわけじゃ……」

 

「もたもたしてると逃げられちゃうよ!」

 

「こ、こら……待ちなさい」

 

ヴィヴィオ達3人は殺る気……もといやる気があるようで、イット達を引っ張りながら魔物を追いかけて遺跡の中に入った。

 

「どこに行ったのかなあ?」

 

「んー、迷路みたいだね」

 

「………………!」

 

「待って……」

 

「え……?」

 

T字路を右折しようとするミウラをイットが止めた。 すると、反対側からあの仮面の魔物が通路に入るのを見つけた。

 

「あ、いた!」

 

「待てー!」

 

魔物を追いかけて、遺跡での追いかけっこが始まった。 だが魔物はこの遺跡の構造を熟知しており、行き止まりにぶつかる事なくイット達を翻弄する。

 

「ほっほー♪」

 

「あ!?」

 

「ほっほほー!」

 

「いつの間に!?」

 

「ほほ!」

 

遺跡を縦横無尽に駆け回る魔物にイット達は翻弄され、次第に体力を消耗してしまう。

 

「な、なんて体力……」

 

「こんな空気の薄い中なのに……」

 

「はあはあ……どこ行った?」

 

「——ほ?」

 

「あ! あそこ!」

 

通路の陰からこちらを除く仮面の魔物をヴィヴィオが見つけ、そのまま追いかけようとしたが……

 

「よぉし、今度こそ!」

 

「ほっほーー!」

 

「ねねー!」

 

いつの間にかイット達の背後に回り込んでいた。

 

「ほっほー」

 

「えっ!?」

 

「ほほほほー」

 

(なんて瞬発力……)

 

仮面の魔物はへたれ込んでいるイット達を見てまるで馬鹿にするように踊る。

 

「なんだアイツ! おちょくりやがって!」

 

「ほ、ほほ、ほほ、ほほっほ、ほっほっほー!」

 

「ねねねー!」

 

「待ーてーー!」

 

「待て、ヴィヴィオ!」

 

ヴィヴィオは魔物の背を追いかけるが……遺跡を巡り巡ってイット達の元に戻って来た時にはもうバテバテだった。

 

「はあはあ……」

 

「だから待てと言ったのに……」

 

「それでどっちに逃げたの?」

 

「どこに行ったんだろう……?」

 

「……でも、このまま闇雲に追いかけても拉致があかないね」

 

「——あ! ならワタシに考えがあるヨ! ネイト、手伝ってくれル?」

 

「それはいいが……何やるんだ?」

 

「散々走り回ってこの遺跡の構造は大体分かったからネ。 先ずはそこの通路を塞いで……」

 

「そこだ、な!」

 

エディの指差した通路にネイトは両手を翳し、氷の壁を作って通路を塞いだ。

 

「それで次はコッチ」

 

「ほいっと!」

 

「ほー? ほほほほー」

 

続けて通路を塞ぎ、魔物は道が塞がれている事を疑問に思いながら迂回した。

 

「こうやって順に道を塞いで行けば……」

 

魔物を追いかけながら次々と通路に氷の壁を作って通路を塞ぎ、少しずつ魔物を追い込んでいく。

 

「最終的には逃げ道は無くなって……」

 

「捕まえる事が出来るって訳か」

 

「なるほど……」

 

「凄いよ、エディさん!」

 

「これくらい、狩人なら当然ヨ」

 

次第に追い込まれていると感じ出した魔物は慌て始めた。 そして……

 

「ほおー!? ほ……ほおっ!?」

 

とうとう仮面の魔物を氷の壁の行き止まりまで追い詰める事が出来た。

 

「ついに追い詰めたぜ。 魔物」

 

「……あれ? あのねーねー言ってたのは?」

 

少年の仮面の上にはあの犬とのような怪異はいなかった。

 

「そういえば……」

 

「途中からどこかに行ってしまったのでしょうか?」

 

「うっひゃあー、でも近くで見るとますます凄い顔してるね」

 

「だからあれは仮面だって」

 

「よく見ればすぐにわかりますよ」

 

「仮面?」

 

「……あ、本当だ」

 

「おいお前、仮面を取れ」

 

「!? うう、うう!」

 

ネイトの言葉を嫌がるように魔物は首を横に振るう。

 

「なんか怖がっているみたいだけど」

 

「いいからさっさととれ! さもないと……」

 

「まあまあ。 ネイトさん、落ち着いてください」

 

フォンはネイトを宥めようとする。 だが、そのネイトの剣幕に仮面の魔物は怯え出し……

 

「——ま、待って! 今取るから! 乱暴は辞めてー!」

 

仮面越しに言葉を発し、仮面に手をかけ……晒されたのは赤みがかった跳ねた紫色の髪の一部を首の後ろに纏め、朱い瞳をしたヴィヴィオ達と同年代くらいの少年だった。

 

恥ずかしいのか、両頬に白い牙のようなペイントをしてある頰を赤くし、仮面で顔半分を隠している。

 

「うう……」

 

「え?」

 

「はあっ?」

 

「この子が……魔物の正体、ですか?」

 

「君の名前は?」

 

「なんでそんなお面を付けているの?」

 

リオとコロナの質問に、少年は顔を赤らめながら遠慮がちに答えた。

 

「ぼ、ぼ、僕は恥ずかしがり屋だから……」

 

『え?』

 

『はあ?』

 

「だ、だから、こうやって仮面で顔を隠しているの…………ああああ恥ずかしいよお! 見ないでー!」

 

チラチラと仕切りにイット達を見て……自分に視線が集中していると分かると身を低くして仮面の後ろに隠れた。

 

「え、ええっと……」

 

「あ、村を襲ったんだよね?」

 

「それに、ここで何をしているんですか?」

 

「恥ずかしいから、誰にも会わないようにここに隠れて暮らしていたの。 ここには普段誰も来ないから」

 

「そうなんだ……」

 

「けど僕……恥ずかしがり屋だけど、寂しがり屋でもあるんだ」

 

「な、なんだソレ……」

 

「時々遊びたくなって村に降りるんだ」

 

が、どうやら山を降りて村の子ども達に会うと……その仮面を怖がられ、逃げられてしまうようだ。 それに加え、仮面を付けていると今の恥ずかしがり屋ではなくまさしく魔物? のような声を出すため恐怖に拍車がかかる。

 

結果、同年代の子ども達に逃げられ……お腹が空いて、子ども達が置いていった食料を仕方なく取って行った事から色々と噂に尾鰭がついたという訳らしい。

 

「なるほど」

 

「それが魔物の噂として広まったといえわけですか……」

 

「なぁんだ。 驚いて損した」

 

「僕はただ……皆と遊びたかっただけなんだ」

 

「そうなんだ……」

 

「ねぇ! だったら私達と遊ばない?」

 

と、そこで少年の寂しそうな顔を見たヴィヴィオが少年に遊ぼうと誘った。

 

「え、いいの!?」

 

「もちろん! それで何して遊ぶ? あ、追いかけっこは無しだよ」

 

「うん! 僕、さっきの人達みたいに遊びたい!」

 

「さっきの、人達……?」

 

「うん! この人達みたいに!」

 

少年が指差したのはウェズリー兄妹だった。 先ほど2人は手合わせをしており、つまり少年は手合わせをしたいという事だろう。

 

「それって……手合わせをしたいってこと?」

 

「それ遊びじゃねえだろ」

 

「まあ、遊びとも取れるかもしれませんね」

 

「なら、私が言い出した事だし、私が相手になるよ」

 

「本当? やったー!」

 

少年は両手を上げて嬉しそうにはしゃぐ。 が、そんな中イットは険しい顔をしていた。

 

「おい、ヴィヴィオ」

 

「大丈夫。 お兄ちゃんがいない間、私はお父さん達に稽古をつけてもらったんだから。 危ない事もしないよ」

 

「………………」

 

しかしデバイスを持っていない2人が手合わせをする……安全面を考えるとイットは納得出来なかった。

 

「あ、私は神崎 ヴィヴィオ。 こっちはお兄ちゃんの……」

 

「神崎 一兎だ」

 

それから一人一人彼に自己紹介し、恥ずかしがって仮面に隠れながらも全員の名前を覚えた。

 

「それで、君の名前は?」

 

「えっと……テディーって言います」

 

「テディー? よろしくね、テディー! じゃあ早速始めよう!」

 

ヴィヴィオは少年……テディーの手を引いてイット達と一緒に先ほどフォンとリオが手合わせをした広間に戻った。

 

いつの間にか霧が晴れ、日が沈み始めた夕方……今度はヴィヴィオとテディーが広間の中心で対面した。

 

「テディーー! 準備はいーい?」

 

「オーケーだよ!」

 

「よおし! じゃあ、始めよう!」

 

「久し振りのバトルに胸が踊るよ!」

 

準備万端のヴィヴィオの呼び掛けに、少し興奮気味のテディーは元気よく返事を返す。

 

「どう思います? この手合わせ?」

 

「そうだね……ヴィヴィオは父さん達とノーヴェさんの教えでストライクアーツを習っている。 まだ荒削りだけど……」

 

「対して、テディーさんの戦闘スタイルは未知数……ただ身体能力に関してはヴィヴィオさんより上でしょう」

 

「私とリオの攻撃を弾き、私達に追われながらも息一つ乱れていませんでした」

 

「この山に住んでいるんだ。 空気が薄い中で駆け回れば、そりゃ心肺能力はかなりのもんになるだろう」

 

「魔力もそれなりにあると思うよ」

 

「これはチョット分からなくなってきたナ」

 

「——それでは……2人とも、始めるぞ」

 

「うん!」

 

「はい!」

 

イットの立会いの元、2人は対面する。 ヴィヴィオは右手を手刀にして立て、左拳を腰だめにして構え。 テディーは右手を何も持っていないのにまるで剣を掴んで肩に担ぐように、左手は脱力して構えを取った。

 

「——始め!」

 

そしてイットが手を振り上げ、テディーとヴィヴィオの手合わせが開始された。

 

「いっけーー、ヴィヴィオー!」

 

「うん!」

 

「うっほー! ワクワクするー!」

 

ヴィヴィオは観客の声援を受け取りながら駆け出し、楽しそうに笑うテディーは防御体勢を取り……ヴィヴィオの拳がテディーの交差している腕を弾いた。

 

「おおおおお!」

 

「もう一回!」

 

痺れる両腕にテディーは楽しそうな声を上げ、続けてヴィヴィオはラッシュを繰り出した。

 

「はあああっ!!」

 

「おほほほほー!! 強烈だー!」

 

ラッシュを抜け……殴り返して上空にあげた。

 

「っ!」

 

「どんどん行くよー!」

 

テディーは瞬発力、そして先ほどとは別次元の機動力でヴィヴィオの落下地点に先回りして蹴りを入れた。 そしてヴィヴィオはまた上にあげられ、同じ事をテディーは繰り返した。

 

「くっ……凄い速さ! やるね、テディー!」

 

「楽しいな! あははは!! やっぱりバトルは楽しいなー!」

 

どうやら興奮して性格が変わっているようだ。

 

「なんだアイツ?」

 

「試合が始まった瞬間、まるで人が変わってますね」

 

「さっきまで人見知りって言ってたよね?」

 

「心から手合わせを楽しんでますね。 なんだか少し羨ましいです」

 

「ああ、そうだな」

 

心の底から楽しむ心……それを見せられたイット達は少しテディーを羨ましそうな目で見た。

 

「よぉし、こっちもガンガン行くよ!」

 

「あはは! 僕の障壁を舐めたらダメだよ!」

 

すると、テディーの周りに金色の魔力で出来た障壁が展開された。 その障壁は円柱の形をしており、テディーの身を隠すくらいの高さだ。 それに加え、その障壁が回転を始めた。

 

「うえ!?」

 

「!? なに、あの防御魔法!?」

 

「……デコボコした防御魔法があの子を囲むような回転しているね」

 

回転する障壁。 ヴィヴィオは蹴りを繰り出したが……触れた瞬間大きく弾かれてしまった。

 

「なははは! 驚いたかヴィヴィオ!」

 

「まだまだ! もっと、もっと攻める!」

 

両手に虹色の魔力を纏わせ、連続でアクセルスマッシュを放つ。 しかし一撃一撃が重いヴィヴィオの拳を高笑いしながらテディーは余裕で受ける。

 

「効かない効かない! そんなの全然効かないよ!」

 

「もーー! 厄介な防御! まるで巨大な城の……城壁みたいな!」

 

「今度はこっちの番だよ!」

 

「うあっ!」

 

障壁に囲まれたままテディーは突進し、ヴィヴィオは凄まじい衝撃を受けながら吹き飛ばされてしまう。

 

「あの障壁、攻撃にも転じられるのか!」

 

「あの大きな凹凸が高速で回転する事で攻撃を防ぎつつ相手を襲う……厄介ですね」

 

「そもそも身を守るための防御魔法を攻撃に使うなんて発想、普通思いつきませんよ」

 

「何者なんだ、あいつ……?」

 

テディーはヴィヴィオに向かって移動する事で障壁ごと肉薄し、ヴィヴィオは逃げるしかなかった。

 

「あははは! もっともっと行くよ! もっともっと遊ぶよ!」

 

「っ……」

 

(あれとまともにぶつかり合っても勝ち目はない。 どうする、ヴィヴィオ?)

 

「(あの障壁をなんとか攻略しないと……)よぉし、それなら!」

 

イットがヴィヴィオを静かに見守る中、ヴィヴィオは手の中に魔力球を作り出す。

 

「おおっ?」

 

「これでどう! ディバイン……バスター!」

 

「あうっ!」

 

魔力球を殴ることで砲撃を放ち、砲撃は障壁に衝突するとテディーは衝撃を受けてダメージを負う。

 

「高速砲。 なるほど……考えましたね」

 

「どうやらあの障壁、物理攻撃には強いですが魔法攻撃には弱いみたいですね」

 

「相手がいなかったんだ、仕方ないだろう」

 

「どんどん行くよ!!」

 

ダメージを占めたヴィヴィオは続けて砲撃を放って攻撃する。 その砲撃をテディーは瞬発力を発揮して回避する。

 

「凄いや! 触れてもないのにどうなってるの!? 凄い凄い、ヴィヴィオは魔法使いだね!」

 

「ええ? 魔法使いじゃなくて魔導師なんだけど……」

 

「魔法の存在も知らないのか?」

 

「どうやら自分の使っている障壁も魔法と認識してないようだな」

 

この世界は一応管理世界ではあるが、この地域はそんなに魔法文化は行き渡っておらず。 どうやらテディーは自分の力について余り知らないようだった。

 

「まあでも、これなら触れずに攻撃する事が出来る! 悪いけどこの勝負、私の勝ちだよ!」

 

「あははは! あははは!」

 

「それ! ディバインバスターの乱れ撃ち!」

 

「うわわわっ!」

 

休む事なく砲撃を放ち……その一発が直撃し弾き飛ばされ、受け身を取って着地し、嬉しうにはしゃぐ。

 

「ほほ! 凄いや、楽しいや! 痺れるよ!」

 

「うぇ!? これでも決まらないの!?」

 

「ヴィヴィオが魔法使いなら、僕も魔法使いだよ! そう簡単には決まらないよ!」

 

「魔法!?」

 

「うっほう! 僕の足裏には摩擦が起きやすくする魔法が常時発動しているんだ! そのおかげで防御と持久が半端なくなっているんだよ!」

 

その言葉にイット達はテディーの足元に注目した。 革靴の底が仄かに光っており、グリップの効いた動きが出来ている。

 

「彼の身体能力に加え、機動力が増しているのはそのためですか……」

 

「あの魔法で足元の防御力と持久力を高め、摩擦が高いのなら攻撃力も高めるでしょう」

 

「無茶苦茶に見えてバランスが取れているナ」

 

「うそ〜! ……ん? 摩擦? そっか、それなら!」

 

どうしようかと頭を悩ませていたヴィヴィオ、そこで何か妙案を閃いた。

 

「こっちだよ!」

 

「ほほ?」

 

テディーを呼び、誘うかのように背を向けて走り出す。 2人は広場の端付近に向かうと……テディーは足を取られた。 足元を見るとそこは砂の上だった。

 

「ほぉっ!?」

 

「どう? いくら動きが良くても砂の上じゃ自由が効かないでしょ? でも、私は!」

 

ヴィヴィオは爪先立ちになりながら砂を蹴り、地面と同じ速さでテディーに接近した。 そして拳の連打を障壁に繰り出し、足元の覚束ないテディーを大きく揺らして行く。

 

「うわあああっ!?」

 

「どう? 今度こそもらうよ!」

 

「あそこは……さっきコロナが俺の攻撃を防いだ時にできた砂場か」

 

「凄い! 私が作った砂を使うなんて!」

 

「相手を見ながら周囲を把握し、臨機応変に対応する……中々出来る事ではありません」

 

「ヴィヴィオはそんなに身体は丈夫な方じゃないが、目はいいからな」

 

足を取られて動けないテディーをヴィヴィオは何度も殴りつけてダメージを与えていく。 踏ん張りの効かないテディーはどんどん追い詰められて行く。

 

「凄い……こんなに追い詰めらるのは初めてだよ。 楽しい……ドキドキする! こんな強い相手と出会えるなんて——嬉しくて身体が震える!! 感動したーー!!!」

 

「うえっ!?」

 

「なっ!?」

 

追い詰められている筈のテディーは逆に興奮を隠せず、それに呼応するように大きな金色の魔力が溢れ出していく。

 

「こんな楽しいバトルはもっともっと続けたい! 僕はもっともっと戦っていたーい!!」

 

「っ……そんな状態で何が出来るの!? トドメだよ!」

 

ヴィヴィオが右手を振り上げて接近してその時……放出された魔力が砂を押し、徐々にテディーが沈んで行く。

 

「もっと戦いたーーい!!」

 

「え?」

 

「うぇ!? なにそれ!?」

 

コロナとリオが驚くのも束の間、ヴィヴィオの拳がテディーとぶつかったが……今度は踏ん張りが効いて、ヴィヴィオが弾かれてしまった。

 

「きゃっ!?」

 

「ヴィヴィオ!」

 

「砂の上にいるからダメなんだ。 こうして半分埋まってしまえば、僕の防御は鉄壁だ! さあ、どんどんかかって来ていいよ!」

 

「そんな無茶苦茶な!? このぉ!!」

 

がむしゃらとばかりに拳や蹴りを繰り出すヴィヴィオ。 しかし重心が低くなって安定したテディーの防御は崩せなかった。

 

「なはははは! 戦いは楽しいや! ずっとずっとバトるよ!!」

 

「うう〜〜!! あんまり使いたくないけど……こうなったら最後の手段だよ!」

 

「最後の手段?」

 

何のことかイットにも分からなかった。 そしてヴィヴィオはテディーから距離を取った。すると……ヴィヴィオから虹色の魔力光が溢れ始めた。

 

「あれは……!」

 

「うほ?」

 

「——ジャッチメントインヘルノ!!」

 

次の瞬間……ヴィヴィオから虹の柱が立ち昇った。

 

「うっほおおお!?」

 

「アリシアママ直伝の魔法! 砂の中から引きずり出してあげる!」

 

「イットさん、あの魔法は?」

 

「振動魔法によって空気を超振動させているんだ。 振動の周波数によって相手を引き寄せたり、気圧を操って頭痛を起こさせたりさせるアリシア母さんの魔法だ」

 

「え、えげつねぇ……」

 

「けど、テディー君に対してかなり有効な手ですね」

 

「だがあの魔法はかなり魔力を消耗する……ヴィヴィオ! 余り無茶をするな!」

 

イットが注意を呼びかけるも魔法の発動維持に集中しているためか返事はない。 柱からは超低音の音波が響き渡り、少しずつ砂の中から引きずり出され、徐々にヴィヴィオの元に引き寄せられていく。

 

「うっほほー! これは凄いや、楽しいや! 僕はこういうのを待ってたんだ! ヴィヴィオなら僕も全力で戦えるよ!」

 

「え、えええっ!? まだ全力を出してなかったの!?」

 

「なにっ!?」

 

「あいつ……!」

 

「嘘、あれで全力じゃない?」

 

今までの奇想天外な行動がまだ全力では無いと言われ、ヴィヴィオを含めイット達も驚きを隠せなかった。

 

「行くっよーー! アシェンスパーク!!」

 

そしてテディーは一気に魔力を解放、ヴィヴィオの魔法による束縛を物ともせずに空高く飛び上がった。

 

「飛び上がった!?」

 

「この魔法下で……なんてヤツだ!」

 

「え……きゃああっ!?」

 

障壁を回転させ落下しながら加速、虹の柱と衝突し、いとも簡単にヴィヴィオのジャッチメントインヘルノを打ち消した。

 

「嘘……」

 

「ヴィヴィオの魔法をこうも簡単に……」

 

「! まだです!」

 

2人の技の衝突で砂塵が舞い上がってしまい、そして次第に晴れていくと……テディーかヴィヴィオの上に乗りながら踏みつけるように攻撃していた。

 

「え!?」

 

「うっ! うわっ!?」

 

「ヴィヴィオとのバトルは楽しいや! もっともっと遊ぶよ!」

 

テディーは喜びを体現するようにその場で飛び跳ねる。 しかし、その場というのはヴィヴィオの上……飛び跳ねる毎に何度もヴィヴィオを上から踏みつける。

 

「うっ! や、やめてテディー!」

 

「あはは! 楽しい楽しい!」

 

ヴィヴィオは両手を頭の上で交差させ、腕を何度も踏みつけられる。 跳躍する事にヴィヴィオは砂に沈んでいき、もう太ももまで砂に埋もれてしまった。

 

「な、なんて子……」

 

「無邪気な顔してえげつねえ事するな」

 

「まるで変幻自在……型に囚われない自由な戦いです」

 

「やることなす事デタラメ……しかし、確実に言えることは、テディーさんは強い!」

 

「もうっ!! やめててって、ば!!」

 

「おおっ!?」

 

踏みつける足を見切り、ヴィヴィオは振り下ろされたテディーの右足を掴んで投げ飛ばした。

 

「いつまでも調子に乗らないでよね! 勝負はこれからだよ!」

 

「うほう! 望むところだよ!」

 

互いに魔力を高めながら睨み合い、ほぼ同時に2人は魔力を纏いながら地を蹴って飛び出す。

 

「うおおおっ!! アクセルインパクト!!」

 

「やるからには絶対勝ーつ!! イシュタルインパクト!!」

 

虹色の魔力と金色の魔力が一気に近付き、そして……

 

「うわあっ!?」

 

「くっ!」

 

2人は衝突、テディーの金色の魔力が柱のような天高く登り、衝撃が辺りに飛び散る。

 

「ど、どうなったの?」

 

「えっと……」

 

煙が晴れていき、広間を見ると……そこにはテディーしかいなかった。

 

「ヴィヴィオちゃんは!?」

 

「…………! 上です!」

 

「っ!」

 

あの衝撃でヴィヴィオは空高く飛ばされており、すかさずイットが飛び出し……落ちてきたヴィヴィオを受け止めた。

 

「きゅう………」

 

「ヴィヴィオ!」

 

「ヴィヴィオちゃん!」

 

「大丈夫。 気絶しているだけで大した怪我はしてないよ」

 

「そこまで——と、言う必要はないようですね」

 

「やった! やったー!僕の勝ちだー!」

 

勝敗は決し。 テディーは無邪気に笑い、ピョンピョンと跳ねながら勝利を喜ぶ。

 

「やれやれ……」

 

「……ん」

 

「目が覚めたか?」

 

「ヴィヴィオちゃん、大丈夫?」

 

「ここは…………私、負けちゃった?」

 

目が覚めたヴィヴィオは辺りを見回していると、テディーがヴィヴィオに歩み寄った。

 

「はー、楽しかったー! ヴィヴィオとのバトルは最高だよ! 僕はこんなバトルがしたかったんだ!」

 

「ほえ?」

 

「ヴィヴィオは強い! またバトルしようね!」

 

「テディー……」

 

「……ダメ?」

 

「ううん! そんな事ないよ!私もテディーとの手合わせすっごく楽しかったよ!」

 

「じゃあ!」

 

「うん! これからもずっと、何回でもバトルしよう!」

 

「うっほう! やったー!! じゃあ早速もう一回バトるよ!」

 

「望むところだよ!」

 

「——ちょっと待った!」

 

また試合をやろうとすると……リオから待ったが入った。

 

「ヴィヴィオだけじゃなくて、私とも試合しようよ!」

 

「私も! 私もテディー君と試合したい!」

 

「うっほう! やろうやろう! 皆でバトろう! 皆でやればもっと楽しめるよね!」

 

年少組はすっかり意気投合してしまい、誰とバトルするから楽しそうに笑っていた。

 

「——ねー!」

 

と、その時……どこからともなく鳴き声らしき声が聞こえると、テディーの頭の上に動物らしき影が乗っかった。

 

その影は、最初にテディーと一緒にいた怪異らしき動物だった。

 

「あ、ねね!」

 

「ねね!」

 

「うわぁ、何この子? カワイイ!!」

 

「最初に会った時、テディー君の頭の上に乗っていた子ですね?」

 

「変な動物だナ。 名前なんて言うんダ?」

 

「ねねだよ」

 

「ねねー」

 

「鳴き声まんまだな」

 

「………………」

 

ヴィヴィオ達は目を輝かせながらねねを撫でる中、イットは険しい目をしてねねを見つめていた。 その雰囲気をミウラが感じ取った。

 

「イット君、どうかしたの?」

 

「あのねねって動物……怪異だ」

 

「え……」

 

「まあ、あんな尻尾をしてますし……」

 

身体を見れば少し珍しい犬に見えるが、そこから生える尻尾は明らかに変わっている。 例えば片手で口を作り、そこに目をつけたような形の尻尾だ。

 

「一応確認したがメイフォンのサーチアプリが反応を示さない。 ちょっと珍しい事例だな」

 

「えっと……この事はイットさんのお父君に?」

 

「報告はするけど討伐はしないでしょう。 少し研究のために調べはするけど酷い事はしないよ」

 

「……って、こいつをミッドチルダに連れて行く気か?」

 

「村の人から退治を頼まれたからな。 村の脅威が無くなるなら方法はいくらでもあるだろう?」

 

「それもそうだナ。 無益な殺生はしないのが狩人の礼儀ダ」

 

そうと決まれば、イットはテディーの前まで歩いた。

 

「なあテディー、少しお願いがあるんだけどいいか?」

 

「あ、はい」

 

「ねー?」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「皆ーー!」

 

山から降りたイット達はテントを設営してあるキャンプ場に向かい、心配していたユミナが慌てて駆け寄って来た。

 

「大丈夫? 怪我はない?」

 

「大丈夫です、怪我の心配はありません」

 

「これくらい余裕ヨ」

 

「少し、やんちゃしただけだ」

 

「? って、この子達は?」

 

イット達の後ろにはヴィヴィオ達がおり、出発した時より人数が増えている事にユミナは疑問に思い質問する。

 

「山の遺跡の中で鉢合わせになってな。 妹とその友人達だ」

 

『こんにちはー!』

 

「はい、こんにちは」

 

ヴィヴィオ達の挨拶にユミナはやんわりと答えた。

 

「それで本題の魔物や怪異の方はどうだったの?」

 

「それはですね……」

 

イット達は視線を後ろに向けると……ヴィヴィオ達の後ろに隠れているテディーを見た。

 

「は、恥ずかしいよ〜!」

 

「ね〜」

 

仮面を被って慌てるテディーを見てねねはやれやれと首を振る。

 

「えっと……もしかして、あの子とその動物が?」

 

「ええ。 彼らが魔物と怪異です。 色々と噂に尾鰭がついていたようで……」

 

「それで色々あって連れて行く事になったんです」

 

「……どうしてそうなったか経緯は後で聞くとして……こんな事になっちゃったし、もう切り上げちゃう?」

 

「そうだな。 鍛えられたといえば鍛えられたし……」

 

「身になる成果はありましたね」

 

先に村に“魔物と怪異は退治した”と虚偽の報告もしてあり、テントを片付け出発の準備を整えた。

 

「それじゃあ行こう。 ミッドチルダに」

 

「楽しい場所、いっぱい案内するからね!」

 

「おほうっ! 楽しみだなー!」

 

「ねー!」

 

ツバサクロニクルの大会に向けての訓練の筈だったが、思わぬ事になってしまった。 だがイット達はそれを不幸とは思わず……グランド・フェスタに向けて意気込みを新たに前に進むのだった。

 



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開幕! グランド・フェスタ!

バタバタした特訓から帰ってきたイット達は、公務員である親達にテディーとねねについて説明し、保護した。

 

「それですずか母さん、2人はどうなったの?」

 

翌日、イット達は異界対策課にある研究室にいた。 そこで白衣を着ている長い紫髪の美女……神崎 すずかがテディーとねねについて説明した。

 

「テディー君は対策課で保護したよ。 今後を考えると身元保証人が必要だけど、その間は施設で預かる予定だね。 問題は……ねねちゃんの方だね」

 

「やっぱり、そうですか……」

 

「あんなに可愛らしいのに……怪異ですので……」

 

「ただ、怪異と言っても通常とは違うみたい。 まずこれを見て」

 

展開された空間キーボードを操作し、すずかはイット達の前に空間ディスプレイを展開させ、ねねの映像を映し出した。

 

「分類としてねねちゃんはグリムグリード。 ただ魔力がかなり落ちているようでね、その影響かサーチアプリに反応しないんだよ」

 

「確かに、あの時ねねが目の前にいながらもイットのサーチアプリは無反応でした」

 

「分かったのはこれだけだよ」

 

「……え、これだけですか?」

 

分かった事は少ないことにユミナは疑問に思った。

 

「元々、私はデバイスマスターが主な仕事。 怪異関係となるとアリシアちゃんが専門だけど……今はレンヤ君と管理外世界の調査に行っているからすぐには調べられないの」

 

「そうですか……」

 

「ねねちゃんの今後の扱いとしては調査を名目に特例として保護するという形をとります。 ただ、怪異は市民にとって嫌われている存在……可愛くてもその事実は変えられないから、あまり無闇に広めたりしないでね?」

 

「はい、当然です!」

 

「もちろんだヨ!」

 

ちなみに当の2人は階下でヴィヴィオ達と遊んでいたりする。

 

「さて、それじゃあこの話は一旦終わりにして……グランド・フェスタの参加資格にClass3以上デバイスを所持と装備しなければならない規定があって。 イット、エディちゃん、アインハルトちゃんにそのデバイスを受け取ってもらうよ」

 

「うわぁ! やっとだヨ!」

 

「ありがとうございます」

 

お礼を言っていると、部屋に赤毛の少女と銀髪の少女が入ってきた。 その手には両手で持つくらいの箱を持っていた。

 

「アギト、リイン!」

 

「久しぶりだな」

 

「久しぶりですぅ! また大きくなりましたか?」

 

「まあ、ボチボチかな」

 

イットと言葉を交わしてから2人はアインハルト達の前に出た。

 

「紹介するよ。 こっちがアギト。 そしてリインフォース・ツヴァイ」

 

「よろしくな」

 

「リインって呼んでくださいね!」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

(…………人間、じゃねえな)

 

「彼女達もデバイス作製に協力を?」

 

「エディちゃんはともかく、イットとアインハルトちゃんは真正古代ベルカ式だからね。 私だけじゃ無理な面が多かったから協力してもらったの」

 

アギトとリインはイット、アインハルト、エディの前に箱を1つずつ置いた。 どうやらこの中に3人が所望しているデバイスが入っているようだ。

 

「皆の希望通り装着型や武器型じゃない補助・制御型に仕上げておいたよ」

 

「デバイスの外装はアタシが考えた。 アインハルトのは一から古代ベルカの歴史について調べてつくったんだぜ」

 

「確か豹をモチーフにしたんだっけ?」

 

「ああ。 なんかアインハルトって見た目似てるからな、クラウス陛下と。 それにちなんで動物型にした」

 

「っ……」

 

アギトは一生懸命調べたと胸を張るが、アインハルトは少し険しい顔をしてしまった。

 

(アインハルト……)

 

「ユニットベースはリインがやりました! はやてちゃんもAIシステムの仕上げと調整面で協力しているですぅ!」

 

「さあ、開けてみて」

 

すずかに催促され、3人は少し緊張しながら箱を手に取った。

 

「少しドキドキしますね」

 

「そうか?」

 

「あ、面白そうだから順番に開けてみたらどう?」

 

「それいいかもナ! じゃあ早速ワタシから……」

 

先ずはエディから箱を開けると……中に入っていたのは羽飾りのあるペンダントだった。 どうやら非人格型のデバイスのようだ。

 

「わあ……!」

 

「綺麗な羽飾り……」

 

「これ……バルカスの工芸品だヨ」

 

「ああ、それを元にして作ってみた。 気に入ったか?」

 

「モチロン!」

 

ペンダントを首にかけ、エディは鏡の前に立って羽飾りと一緒に自分の姿を見た。

 

「エディさん、素敵だよ!」

 

「ありがとナ!」

 

「ふふ、気に入ってくれてよかった。 認証と命名は後で皆とやるとして……次はアインハルトちゃん、開けてみて」

 

「は、はい……」

 

次にアインハルトが緊張した様子でゆっくりと箱を開け、中を覗くと……白い豹柄の子猫のぬいぐるみが眠っていた。

 

『——猫?』

 

箱の中で豹柄の猫のぬいぐるみがスヤスヤと寝ていた。 それをアインハルトと一緒に見ていたイット達は思わず声を揃えて第一印象を言った。

 

「えええっ? なんだ今の皆の心の声!?」

 

「もしかしてイメージと違ってましたか?」

 

「いえ、そんな……!」

 

「な、なんというか……」

 

「豹と聞かれましたので……不意を突かれたというか……」

 

実際、最初に豹の動物型のデバイスと聞かれればそれなりの大きさを予想していた。 だが現実は猫だった。

 

「ふふ、はやてちゃんがおちゃめを効かせてぬいぐるみ外装にしたの。 でも性能は折り紙つきだから安心して」

 

「は、はやてさん……」

 

「そこは心配してないです。 けど……」

 

「あ……」

 

そこで猫? が目を覚まし、アインハルトを見つめると立ち上がって箱の縁に前脚を乗っけ……

 

「にゃあ」

 

「あ……」

 

「か、可愛い!」

 

「可愛い! カ〜!」

 

アインハルトを含め女性陣が顔を赤めながら猫の愛らしさに心打たれる。

 

「触れてあげて、アインハルトちゃん」

 

すずかに言われ、アインハルトは優しく子猫を抱える。

 

(ああ、温かいんだ。 ホントに、生きているみたいだ。 雪原豹……シュトゥラ地方に住む頼もしい仲間……)

 

(アインハルトさん……)

 

(よかった……初めて会った時からあんな顔を見せたことなかったけど、そんな顔も出来るんだな)

 

今まで見せたことない表情を見てイット達は少しだけだがホッとする。 と、そこでアインハルトは遠慮がちに質問した。

 

「こんな可愛らしい子を私が頂いてよろしいんでしょうか?」

 

「もちろん!」

 

「アインハルトのために生み出した子ですから!」

 

「最後はイット、開けてみて」

 

少し息を呑みながらイットが箱に手をかけ、蓋を開けてみると……

 

『——犬?』

 

そこにいたのは灰色と白い毛並みをして尻尾は上に巻いており、狼に似た子犬のぬいぐるみだった。 大きさは先ほどのアインハルトの猫より少し大きいくらいだ。

 

「だからなんだよ、その心の声は!?」

 

「狼をイメージしたのですが……」

 

「そもそも、アインハルトはともかく男であらイットにぬいぐるみ型って似合わないだろう」

 

確かにそうかもしれないが、イットは子犬をジッと見つめ、子犬もつぶらな瞳でイットを見つめ返す。

 

「すずか母さん、この犬って……」

 

「うん。 あの時のぬいぐるみをモチーフにしているよ」

 

「あの時……?」

 

「色々あったんだよ、昔にな」

 

少し誤魔化しながらイットは子犬を両手で抱えた。

 

「あん!」

 

「お、おお……」

 

「わあ、この子も可愛い!」

 

「その2匹がいるとあんまり閉まらなくなると思うんだが……」

 

「まあ、緊張するよりはいいでしょう」

 

と、そこでアインハルトの子猫とイットの子犬の目と目が合うと……

 

「にゃおー!」

 

「あおーん!」

 

“初めまして”とでも言っているように2匹は小さな雄叫びを上げた。

 

「お披露目と授与はこれでお終いです。 次はマスター認証と命名ですぅ!」

 

「上においで。 小規模だけど魔法発動実験室があるから、そこで認証をやりましょう」

 

「はい」

 

「うーん、なんて名前を付けようカナ〜?」

 

「そうだな……」

 

すずか達に連れられてイット達は階段を登り、その間アインハルトは手の平に乗る子猫を見下ろした。

 

(そういえば……オリヴィエ聖王女が特に気に入ってらしたつがいいたっけ。 気の早いオリヴィエ殿下はいつも子が生まれる前から名前を考えてくれていて……でも、悲しいことこの世に生まれる事ができなかった子がいて。 あの豹には、なんて名前を贈ろうとしていたんだっけ……?)

 

目を閉じ、自分の生きている間で記憶した事がないはずの場面を思い出す。

 

(思えばその年は2人の最後の年……イットさん、ヴィヴィオさん、あなた達を見ていると思い浮かべてしまいます。 オリヴィエ殿下と——ベルベットを)

 

ふと、階段の折返し地点に備え付けられてあった窓の外を覗く。 そこから見える空はいつもと同じ色をしている。

 

(既に私の先祖について感づいている人は多い。 いつか……私の口から話す時が来るのでしょうか? 私が——覇王イングヴァルトの直系子孫だということを。 そしたら……受け入れてくれるのでしょうか? 私を……本当の仲間として、彼女達のように……船でただ一つの航路を進んで)

 

「——にゃあにゃあ(ぺろぺろ)」

 

「あっ!」

 

深く考え込み、気が落ち込んでまっているの感じ取ったのか……いつのまにか子猫がアインハルトの顔までよじ登って慰めるように頰を舐めた。

 

「……ありがとう。 慰めてくれたの?」

 

「にゃあ!」

 

肯定するように元気よく鳴く子猫にアインハルトは心が少し軽くなった気がした。

 

上階の実験室に到着し、3人は早速起動を試みた。

 

『個体名称登録——』

 

すると、エディは近代ベルカ式、イットとアインハルトは古代ベルカ式……3人の足元にそれぞれの魔法陣が展開、同時にマスター認証を始めた。

 

「オマエの名前は風の刻印……セフィル!」

 

「あなたの名前はアスティオン。 愛称はティオ」

 

「にゃあー♪」

 

「お前の名前はオラシオン。 愛称はシオンだ」

 

「あおーん!」

 

それぞれのデバイスに名前を授け、眼前に掲げる。

 

「セフィル……」

 

「アスティオン……」

 

「オラシオン……」

 

『セットアップ!』

 

同時にセットアップし、バリアジャケットを纏いながら3人は変身制御……通称大人モードで10代後半くらい成長した姿になった。

 

エディのはかなりの軽装で、グローブとアームガードとホットパンツ、肩やヘソが出ておりかなり肌が露出している。

 

アインハルトは白を基調とした服に両手には指ぬきの小手のついたグローブを付けている。

 

イットは黒い服に白い線が描かれた赤のコートを前を閉めずに羽織った風のバリアジャケットだ。

 

「へぇ……全員大人モードか」

 

「エ、エディさん……露出が多くない?」

 

「そうカ?」

 

「でも皆さん、カッコイイです!」

 

「——さて、それじゃあ少しずつ慣らすように微調整をするよ。 違和感があったら遠慮なく言ってね」

 

「お願いします!」

 

使い易くするようにデバイスの調整を行い。 それが終わるとイット達は集まった。

 

「——大会の参加登録もしたし、これでチームツバサクロニクルも準備万端だね!」

 

「ああ、大会まであと1週間……最後まで気を抜かずに行こう!」

 

『おおっ!』

 

「にゃおー!」

 

「あおーん!」

 

イット達7人はそれぞれの愛機のデバイスを片手に持って空に掲げた。

 

「ふふ。 あの子達を見ていると、昔の私達を思い浮かべちゃうね」

 

「だな」

 

「はいです!」

 

結束を固めるイット達、ツバサクロニクルをすずか達は懐かしそうに見つめていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

一週間後……グランド・フェスタ開催当日——

 

『参加者は登録証を係の者へ提示し、会場内へお進み下さい。 繰り返します——』

 

グランド・フェスタは大勢の参加チームがいる事から最初に4箇所で予選が開かれる。 予選で通過できるチームはたった1チーム、そして本戦では予選通過チームに加えて前回の大会優勝チームを含めた計5チームによる総当たり戦で、勝敗が多いチームが優勝する。

 

「……って、こんなにいんのかよ参加者!」

 

そして……その予選会場の1つにイット達、ツバサクロニクルの姿があった。

 

「うわぁ……人がいっぱいだヨ〜」

 

「今年の参加チームは約120。 今年のグランド・フェスタは過去最多らしいよ」

 

「そのチーム数が4当分されて1つの予選会場辺りの人数は……」

 

「ここには約180人のライバルがいることになりますね」

 

「想像を絶する人数ですね」

 

「にゃー」

 

「あん!」

 

「——お兄ちゃん頑張って!」

 

ザワザワと騒いでいる……というより、屋台も立ち並んでおり、もうお祭り騒ぎである。 屋台の通りを歩いて会場に向かうイット達。 そこへ、応援に来てくれたヴィヴィオ達からの声援を送られる。

 

「あたし達が応援しているから大丈夫だよ!」

 

「皆さん、怪我のないように!」

 

「頑張れー!」

 

「ねねねー!」

 

「うん、頑張るよ!」

 

応援に来てくれたヴィヴィオ達の声援に応える。

 

(…………あ…………)

 

そこでイットは声援を送るヴィヴィオ達の後ろにサングラスをかけて変装しているアリサを見つけた。 その視線にアリサが気付くと軽く手を振った。

 

(あれで変装しているつもりなんだろうけど……誰だか分からないとは思うだけで、美人だということは隠せてないよ)

 

事実、アリサの周りがそこまで騒がしくないとはいえ、男達の視線はアリサに釘付けだった。

 

(あれがイットさんとヴィヴィオさんのお母様。 綺麗な方です)

 

(でも変装、出来てませんよね……?)

 

(しかしよく来れたな。 “紅の戦姫”は毎日怪異の討伐や教導で忙しいと聞いていたが……)

 

「よし! それじゃあ早く会場に入りましょう!」

 

意気込みながらズンズンと進むミウラ。 と、そこでテディーが……頭の上にいたねねがいなくなっている事に気付いた。

 

「……ん? 皆、ねね、どこ行ったか知らない?」

 

「ねねちゃん? さっきまでそこに……」

 

「あれ? ねね?」

 

先程までテディーの膝の上にいたねねがいつの間にかいなかった。 一瞬シーンとなり……

 

「おーい、ねねー!」

 

「ええっ!? もうすぐ開会式ですよ!?」

 

「ねねちゃーん、どこー?」

 

「ねねー! ねねー!!」

 

大声をだして辺りを見回すが、人も多い事からねねは見つからなかった。

 

「ったく……ウロウロしてて悪い奴にでも連れてかれたらどーすんだよ!」

 

「ぱっと見珍しいからナ……あり得なくもナイ」

 

「……時間がありません。 とりあえず手分けして捜しましょう!」

 

『ラジャー!!』

 

ネイトとコロナの指示を聞き、イット達とヴィヴィオ達は敬礼した。

 

妙な統率感を出しながらねねを捜しに回ったのだが……

 

「ねねー!!」

 

「いるわけねーだろ!!」

 

「クゥン……」

 

排水溝を除くイット。

 

「ねね!?」

 

「あ?」

 

「デカすぎるわ!!」

 

ガラの悪そうな大男を叩くエディ。

 

(ピューロロロ〜♪ ピューロロロ〜♪)

 

「呼べんのかよ!!」

 

オカリナを吹くフォン。 逆に物見に人が集まる。

 

「へっ、へっ、へっ」

 

「ねねちゃんですか?」

 

「にゃあ?」

 

「違ぇよ!」

 

同じ茶色い毛並みの野良犬に問いかけるアインハルト。

 

「あわわわっ!?」

 

「どこ行ってんだよ!」

 

人混みに流されて慌てふためくミウラ。

 

「ねねー?」

 

「ねねー!!」

 

「ねーーー?」

 

「ねねちゃーん! ねねちゃーん!?」

 

(よし!!)

 

「……なにが?」

 

ヴィヴィオ達と探し回るコロナを見て、今までツッコんでいた、親指を立てるネイト。 それを見たユミナが少し苦笑気味になる。 それからもねねを探し回ったが……

 

「ダメだ……見つからない」

 

「こっちもです」

 

「そ……そうか……」

 

「少し面倒な事になったわね」

 

大会が始まる前から疲労するイット達。 ただし、ネイトに関してはツッコミ疲れ。そろそろ開会式も始まる……後をヴィヴィオ達に任せ、イット達は会場に向かった。

 

そして……件のねねは……

 

「ねー……」

 

焼きそばの匂いにつられて途中で迷子になっていた。 と、トボトボと歩くねねの前に誰かが立っていた。

 

「ね?」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

『——定刻となりました。 これよりグランド・フェスタ、予選を開始します』

 

「あ、始まるみたいですね」

 

「それじゃあ皆、私も観客席から応援しているよ!」

 

「うん! 頑張りますよ!」

 

マネージャーとして同行していたユミナは手を振りながら会場を出て行き、それからすぐに開会式が始まった。

 

『まもなく予選会の説明に入りたいと思います。 皆さま、白いラインの内側まで下がってお待ちください』

 

案内の通り参加者は正方形に描かれた白いラインの内側で待機していた。 イットはチラリと周りを見ると多種多様な人物がおり、気配を感じ取ると強者の気配を感じ取る事ができた。

 

「うわー、強そうな人達ばかりだね……」

 

「心配するなミウラ。 こっちにはどんなレギュレーションでも対応できるようにみっちり特訓したんだ!」

 

「はい。 なにが来ても問題ありません」

 

「にゃ!」

 

(…………? なんだ、この変なカンジ?)

 

『——ではこれより、第3予選会場の責任者である運営員より、挨拶と予選の設明をいただきたいと思ます』

 

「お、始まるぞ」

 

エディが顔をしかめる中、スピーカーによる予選の説明が始まった。

 

『(ピーガー) あーあー。 オホン!! 私がこの第3予選会場を任されている者です。 見たところ今年も強者揃いのようですね。 さて大会の運営は各会場の責任者の裁量によってルールが決まります。 つまり4つ同時に行われる予選が同じである事はない。 そして……私が決めた予選の内容は——』

 

ガシャン! と選手達の正面にある舞台から何かが出てきた。 舞台の下から出て来たのは……

 

『この、さっき拾った変な犬争奪戦です』

 

棒と一緒に簀巻きにされて磔にされている、ねねだった。

 

『ねねいたぁーーーー!!!』

 

『ねねーー!?』

 

ヴィヴィオ達が散々探し回っていたねねが、イット達の前に捕獲されて出てきた。

 

「オイオイ、きいてねーぞこんなの!!」

 

「いや、でもコリャチャンスだぜ!! この百近いチームの中から勝ち抜くより、全然こっちの方が楽だ!」

 

「こりゃ実力云々より早い者勝ちだぜ!!」

 

選手から非難や歓喜の声が広がっていく。 イット達、ツバサクロニクルも予想外とばかりに頭を抱える。

 

「どんなレギュレーションでも対応できる修行して来たのに……!」

 

「争奪戦なんて予想外過ぎますよぉ!!」

 

「こうなったら何がなんでもねねを奪い取るしかない!」

 

『この犬かなんだかよくわからない動物、こいつを捕まえたチームを予選通過とする。では、よーい……スタート!!』

 

選手達の心情も何のその。 あっさり予選を開始すると……選手達は走り出し、我先にねねを捕まえようとする。

 

「くっ……」

 

「やべ!! 出遅れ……」

 

「待った!!」

 

『!?』

 

一瞬遅れてイット達も走り出そうとした時、エディが肩を掴んで止めた。 その意図を問いただそうとした、その時……

 

『うわあああああああぁぁ!!!』

 

「ええっ!?」

 

「おお……」

 

白いラインと舞台の間の床が盛大に開き、大多数の選手が落ちていった。 あのまま走っていたらイット達も落ちていただろう。

 

「お、落とし穴かよ……」

 

『今1人でも仲間が落ちてしまったチームは失格です。 慎重さに欠け、目先の勝利を疑うことも必要だぞ?』

 

「……この声……」

 

「アリサママ、どうかしたの?」

 

『えー、それでは改めて……』

 

少し口調が崩れた事で、アリサが何かに気付いた。 そして、その声の主がねねの隣に歩いて来た。

 

「このクー・ハイゼットが引き続いて執り行いたいと思う」

 

「クー先輩……」

 

「お、アリサじゃねえか。 久しぶりだなー」

 

大勢の観客がいる中、クーはアリサを見つけると手を振る。 すると、つられてアリサを発見した観客が騒ぎ始めた。

 

「あの馬鹿は……ごめんなさい、ヴィヴィオ。 私は少し席を外すわ。 あの馬鹿にいっぱつぶち込んで来るから」

 

「あわわわ……」

 

「う、うん」

 

「お、お気をつけてー……」

 

少し怒り気味のアリサを、ヴィヴィオ達は止める事も出来ずに見送ることしか出来なかった。

 



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試練を突破せよ!

参加チームの半数以上が脱落するも、予選は残りのチームで当然続行される。 その中にはイット達、ツバサクロニクルの姿もあった。

 

『改めてルールを説明しよう。 さっきも言った通り一番最初にこのよく分かんねぇ犬を捕まえたチームを本戦出場資格を得る』

 

落とし穴から逃れるも、仲間が落ちた事により退場する選手達を他所にクーによる説明が始まる。

 

『ちなみに、こいつを捕まえた際は大きな声で“犬、ゲットだぜー!!”と叫べ。 特に意味はないがな』

 

「ねーのかよ!!」

 

「ならやらせないでヨ」

 

「にゃあ」

 

「あん」

 

「ティオ、シオン。 答えなくても大丈夫ですよ」

 

“ゲットだぜー!”に反応する2匹をアインハルトはメッと、人差し指を立てながら注意する。

 

「とにかくねねを奪えばいいんですね!」

 

「なら話は早いです! 慎重に、迅速に行きましょう!」

 

「ああ!」

 

『そうか。 なら……』

 

クーはヒョイっとねねを掴むと、足元の床がガクンと下がり……

 

「ね?」

 

『頑張れよ、若人達!』

 

「ねぇ〜〜……」

 

昇降機の上に立っていたようで、クーはねねを連れて行ってしまった。

 

『も、持ってかれたぁーーー!』

 

(恐らく)本戦出場を決める為の鍵を持っていかれてしまい、どうしようか考え込み始めた時……舞台の下の床が開き、下へと続く階段が現れた。

 

「隠し階段だ!」

 

「ここから追いかけて来いってコトか……!」

 

「行くぜ!!」

 

運営の意図を読み、次々と選手達が階段を降りていく。

 

「あ、しまった!」

 

「私達も行きましょう! さっきの落とし穴(トラップ)でだいぶ数が減ったとはいえ、まだかなりのチームが残ってます!」

 

『イエスマム!!』

 

「皆さん、気をつけてください!」

 

「絶対にねねを取り返しよーー!!」

 

ツバサクロニクルも後に続こうとすると、観客席からヴィヴィオとテディーの声援を受けた。

 

「ああ、任せとけ!」

 

「ねねちゃんを捕まえて本戦出場、一石二鳥だね!」

 

声援に応えながら隠し階段を降りていく。

 

「仲の良い兄妹ですね」

 

「あ?」

 

階段を降りていると、イット達の先頭を走っていた高身長の男性が声をかけてきた。 そしてその顔には能面が付けてあった。

 

「あ、失礼。 私は、コナギの申します」

 

「うわっ!?」

 

「ビックリしたヨ!」

 

「何ですか、そのお面は?」

 

「はは、私は少し顔がイカツイものでこんなお面を」

 

年齢はイット達より上。 グランド・フェスタの参加年齢は12〜18まで、いてもおかしくはないだろう。

 

「でも意外ですねぇ。 あなた達のような子どもが、グランド・フェスタに出てるなんて……」

 

「そ、それはその……」

 

「コーチに勧められた大会がこんなに大きいとは思ってもみなかったんだヨ……」

 

「それに、そちらのお兄さん……」

 

「ん?」

 

「あんな小さな妹さんに心配されるなんて……あなた、よっぽど頼りないお兄さんなんですねぇ」

 

「なっ!?」

 

突然、能面の男性はネイトを挑発し、その挑発にイットとフォンは怒りを覚えた。

 

「おい! ネイトは頼りない人じゃない!!」

 

「ネイトは貴方が思ったいるより……」

 

「よせイット、フォン」

 

「!! ですが……」

 

「言いたい奴には言わせておけ。 行くぞ!」

 

ケラケラと笑いながら走っていく能面の男性に飛びかかろうとしたフォンの肩をネイトが掴んで止め、ネイトは本当に気にしてない風に笑った。

 

(ネイトさん……妹思いなんですね)

 

(一人っ子には羨ましいよ)

 

その後も数分間走っていると……奥から明かりが見えてきた。

 

「出口か」

 

「? 何やら騒がしいですね」

 

「なんだろウ?」

 

通路を抜けて大きな広間に出ると……

 

「な……」

 

「なんじゃこりゃーーー!!」

 

「あ、クーさんが」

 

天井が50メートルある広間の中心に、巨大な台を支える支柱が立っていた。 出口の反対側には扉があり、そこへクーが入って行くのをミウラが見ていた。

 

『説明しよう! これはその名も“ヌメロンタワー”! ここから先、俺を追いかけるためには……にある鍵をゲットしなくてはならない! 先に進む為の鍵は……全部で7つのみ!』

 

その言葉を聞き周囲はザワつき、選手達から動揺が広がる。

 

「つ、つまり……!?」

 

「ここで一気に7チームまで減らすの!?」

 

『ちなみに、あの支柱はディアドラグループの提供でお送りします』

 

『どうも〜』

 

「知らないヨ! そんな事!」

 

「い、いつの間に……」

 

5メートルの高さにあるガラス張りの実況席からクーが説明、実況していた。 隣には夜色の髪の女性……ソアラ・ディアドラがいた。

 

そんな中選手達が次々と上に登って鍵を入手しようと支柱に手をかけるが……1メートルも上がることが出来ず滑り落ちてきた。

 

「な、なんだぁ!?」

 

「支柱がツルツルで上手く登れねぇ!」

 

『その支柱の表面にはアリシアの野郎がネタで作ったニュルンチュルンとかいう変な名前の魔法が付与されている。 ちなみに飛行魔法を使用すれば対迎撃用ゴム弾が発射されるから、頑張って登れよ〜』

 

「なら、こうするまでだ!! 氷の造形魔法(アイスメイク)——飛爪!!」

 

ネイトの手から氷の鉤爪が射出、台に向かって飛んで行く。

 

「なるほど! 氷の鉤爪を台の縁に引っ掛けて登るんだネ!」

 

「さすがネイトさん!」

 

「っし! このまま登って——」

 

そして氷の鉤爪は台の縁に引っ掛かり、ネイトは登ろうと氷の鎖を掴むと……ツルンと、鉤爪は台から落ちてしまった。

 

「!?」

 

「あれっ!?」

 

地面に落ちてきた鉤爪を見てネイトとミウラは首を傾げる。

 

「な、なんで……」

 

「——修行不足なだけだ。 相手の魔法の方が、お前の魔法より勝っていた。 ただそれだけだ」

 

「え?」

 

「どけ」

 

「あ……」

 

同じ大会の参加者である長い金髪の男子の選手がイットの肩を押し退けて支柱の前に立ち、右手を添えた。

 

「はっ!! アイツ素手で登る気かよ!」

 

「ムダムダ! さっきの見てなかったのか?」

 

「フン。 凡人が」

 

すると……金髪の男子は滑るはずの支柱にへばり付いて登り始めた。

 

「な、なんでフツーに登ってんだアイツ!」

 

「滑り落ちずに! どうなってるんだ!?」

 

「これは、なんらかの魔法でしょうか」

 

「どうやら自分達の置かれた状況を切り抜ける方法や魔法を、いかに早く判断するかを問う試練なのでしょう」

 

「…………!」

 

「フン」

 

そして支柱の頂上まで登り切り、鍵を入手した。

 

『一抜け……ブラックシザー!』

 

「ご苦労さん」

 

一チーム6人が鍵を使って扉を通り抜けていき、扉が閉まるとまた鍵がかけられたしまった。

 

「くっ!」

 

「おい、イット! なんか手はねえのかよ!」

 

「そう言われても……」

 

どうこの試練を突破しようか頭を悩ませいると、そこでまた1人支柱の前に立った。

 

「ほいっと!」

 

銃を天井に向けて発砲すると……銃口から紐が伸びながら弾丸が天井に着弾し、紐が伸縮し天井まで登ると台の上に飛び乗った。

 

「っと! 鍵ゲーット!」

 

『二抜け……ガンナーズハイ!』

 

「あわわ……」

 

「ネイト! 今度は鉤爪を天井に突き刺セ!」

 

「流石にそこまでの力はねえよ!」

 

『三抜け……王虎城(ワンフージョ)!』

 

言い争っている間にもルーフェン風の衣装を着た選手が空を蹴ってタワーを登り。鍵を入手していく。

 

『四抜け……ワイルドファング!』

 

飛行魔法を使わずフワリと飛び上がり、鍵を入手。

 

『五抜け……バトルクッキング!』

 

『六抜け……ウィザーズ!』

 

続けて2チーム……最初のチームはどういう原理か重量を逆らうように支柱を登るように滑り、次のチームはサーチャーを使い遠隔操作で鍵を入手した。

 

「ああっ!?」

 

(ま、まずいです! もう残りの鍵は一つだけ……! これを他のチームに取られたら……予選敗退してしまいます!)

 

「くっくっくっ……さっきまでの威勢はどうしました?」

 

すると……あの能面の男性が小馬鹿に笑うように後ろから歩いてきた。 その能面の男性の後ろにはまた能面の5人組がいた……かなり変なチームである。

 

「わかったでしょ? 君達がどれだけ場違いな所にいるか。 特に……妹さんに会場まで付き添ってもらっているようなダメなお兄ちゃんなんかはね」

 

「!!」

 

「あなたまた……取り消しなさい! ネイトさんはダメな兄では……」

 

また挑発してきた男性にアインハルトが喰いかかるが……またネイトが止めた

 

「もういいアインハルト! んなことよりどーやって鍵をとるかだ!」

 

「…………! ネイトさん……なんでですか!」

 

「こんな奴にかまって他のチームに先を越されたら馬鹿だろ。 俺達の目的は予選を通過して本戦で優勝することなんだ。 こいつらをぶん殴ることじゃない。 そうだろ?」

 

(……ネイトさん。 初めて会った時からイットさんやフォンさん以上にシスコン丸出しだったのに……)

 

(成長したな……俺も心身ともに負けてられない!)

 

イットとアインハルトがネイトの心の成長を感心していると……

 

「くくく! とんだ腰抜けだな! けど残念ながら最後の鍵は私達がいただくよ!?」

 

「何!?」

 

能面の男性の靴は機械的な特徴で、支柱に向かってスタスタと早足で歩いて行く。

 

「オールウォーク! この靴は、たとえ壁だろうが天井だろうが自由に歩く事ができるんだよ!」

 

「な、なんだっテ!?」

 

「まずいです! 最後の鍵が!」

 

「腰抜け兄ちゃんはとっとと家に帰って、あのお間抜けな妹さんに慰めてもらうんだな! アッハッハッハッハ!!」

 

コロナを馬鹿にして、高笑いしながら支柱に向かって能面の男性は歩いて行き……

 

「——魔王の鉄靴(ソールレット)!!!」

 

「ぶっ!!!」

 

突如放たれたネイトの氷の鉄靴を纏った左脚の蹴りが能面の男性の後頭部に突き刺さり、能面の男性は顔面から支柱と衝突した。

 

「え……」

 

「ええーーー!?」

 

「俺のことは何言われてもかまわねぇ……ケド、コロナをバカにする奴は、たとえ神でも殺す!!」

 

(せ……成長してないーーー!!)

 

(……人は簡単に変われるものではありませんね)

 

(にゃぁ……)

 

唖然とする中、能面の男性がネイトの蹴りによって支柱にめり込むと……支柱にヒビが走り、崩壊して崩れ始めた。

 

「!!」

 

「うわ……!!」

 

「うわあああぁー!!」

 

広間は大混乱、支柱の崩壊により瓦礫が落ちてきて砂塵が舞い上がり……

 

「あ。 見えタ」

 

キラリと、舞い上がった最後の鍵をエディが視界に捉えた。

 

「ミウラ! ワタシを蹴り飛ばしテ!」

 

「了解!!」

 

ミウラはその場で蹴り上げる態勢に入り、エディはそのコース上に乗るように跳躍し……ミウラは足に乗ったエディを蹴り上げ、エディは鍵をその手に掴んだ。

 

『七抜け……ツバサクロニクル!』

 

「オラオラ! どうしたどうした!!」

 

「ネイト、行くぞ」

 

「へ?」

 

「ご……ごめんなさい……」

 

「……まあ、結果オーライですね……」

 

能面を剥ぎ取り、本当にイカツイ顔になるまで殴り続けるネイトを止め。 イット達は最後の鍵で扉を抜け、急いで通路を駆け抜ける。

 

「早くしないと、先に行った他のチームにねねが取られてしまいますね」

 

「急がないければ……!!」

 

「にゃあ!」

 

「むう……さっきの魔法、僕に使えるかな?」

 

「さあ、行けるんじゃないカ?」

 

「いいから急げよ!!」

 

「大丈夫ですよネイトさん。 ほら、まだ皆さんがいるみたいです」

 

「何!?」

 

出口付近に先ほどの試練を突破したチームが立っているのが見えた。 そして通路を抜けた先には……

 

「!!」

 

「え!?」

 

「これは……!」

 

青空の下、緑豊かな森が広がっていた。

 

「な、なにここー!?」

 

「外に出ちまったのか!?」

 

「下へ下へ、地下に降りていたはずなのに……」

 

「(スンスン)……? なんか変だナ……?」

 

「——あ!」

 

三者三様、目の前に広がる森を不振に思っていると……そこでイット達の頭上にあった山の頂上からクーと秘書らしき女性が現れた。

 

『えー、ヌメロンタワーを見事攻略した7チームの皆さん、ご苦労様だった』

 

試験を突破した彼らに一応、クーから労いの言葉を送った。

 

『最初の落とし穴で“慎重さ”を。 そしてヌメロンタワーでは、その状況を何の能力で、どう打破するかという“判断力”を……密かに試させてもらった』

 

「な、なるほど……」

 

「………………」

 

『では、これからは予選会本番だ! これからお前らにはこの“コンダクタの森”サバイバルゲームをしてもらう! そして、これで本戦出場チームを決定する!』

 

『!!』

 

イット達を含めた各チームはより一層気を引き締める。

 

『制限時間は6時間! 今から7チーム、()()()をそれぞれ配るからそれを奪い合ってもらう! 制限時間内に全て集めきったチームが本戦出場とする!』

 

「? ()()()? そんなのあったか?」

 

「さ、さあ……?」

 

「おい! 配るって何をだよ、一体!!」

 

『え? 何をって……最初から言っているだろ』

 

「……へ?」

 

「最初から…………まさか!」

 

「犬……もといねね、争奪戦……」

 

クーはある1つの鉱石をねねの背中に当てた。すると……ねねの頭と胴体がお別れした。 いやそれ以上に四肢と尻尾も胴体からお別れして、七当分されてしまった。

 

『…………や、()ったぁああああっ!!』

 

「この人でなし! よくも……よくもねねちゃんを!」

 

「ねねーー!!」

 

「!! 待てミウラ、様子が変だ!」

 

「——ね?」

 

「え……」

 

「ん?」

 

イット達は最悪の事態を予想したが……ねねは苦痛に顔を歪ませる事なく、何が自身の身に起きているのか分かっていない様子だった。

 

「い、生きてる……?」

 

「色んなとこがお別れしてんのにか?」

 

『心配はご無用! これは(ちょっと拝借した)遺失物(ロストロギア)、デブロックの能力で……一時的に分解したに過ぎねえ! バラされた本人は痛くも痒くもないし、むしろ肩コリとか治ってキモチいいっていう噂がある』

 

(いや、肩コリは治らんだろ……)

 

ねねの身体の各パーツがそれぞれのチームに配られた。 ツバサクロニクルには身体が当て振られたが……モコモコした毛玉にしか見えずかなりシュールである。

 

『ではこれより、犬?争奪戦サバイバルゲームを開始する! んじゃルナ、よろしく頼んだぞ』

 

『はい』

 

クーの後ろに控えていた長い赤髪の女性……エテルナが前に出て手を翳すと……それぞれのチームの足元にベルカ式の魔法陣が展開された。

 

そして……説明もなく問答無用で転移されてしまった。

 

「7人チームを考慮して縦横6キロの正方形のフィールドの中にランダムに転移……早ければ2、3時間で決まるだろう。 さて、それじゃあ俺達は高みの見物といくか。 ルナ、弁当!」

 

「はいはい」

 

「——なにピクニック気分になっているのかしら?」

 

2人の背後に、いつの間にアリサが立っていた。 サングラスを外しながら問いかけるアリサにクーはあっけらかんとした風に片手を挙げた。

 

「よお。 元気そうだな」

 

「私達が学院を卒業してからなんの音沙汰もなく次元世界を旅しているって聞いてたけど……一体どういった経緯で大会の運営責任者に? それもエテルナさんと一緒に」

 

「んー、これには非常に深刻かつデリケートな事情があってだな」

 

「はあ、よく言います。 無人世界で漂流してたのを教会騎士団が発見し、わたくしが保護したんです。 それで何があったのかいつの間に大会関係者に……わたくしは監視を兼ねて秘書を務めてさせてもらっています」

 

「……相変わらずのようね、全く。 まあ、あのクーがフェアプレイをしているようで感心したわ」

 

「くく。 そりゃ当然だ。 大人がガキの遊びに手を貸すなんて面白くねえだろ」

 

アリサのため息に、クーは不敵に笑った。

 

問答無用で転移されたイット達ツバサクロニクルは、状況が少し飲み込めずにポツーンと森の中を立っていた。

 

「ここは?」

 

「ふむ? どうやらチームごとに別々の地点へ飛ばされたようですね」

 

「ここから他のチームを捜し出して、ねねを集めろってわけだ」

 

「こりゃ大変さだナ」

 

「……………ねね……」

 

「クゥン……」

 

「ごめんなさいねね。 すぐに元に戻してあげますから……!」

 

「にゃ!」

 

モコモコと蠢くねねの胴体を優しくさするアインハルト。 と、ふと森が少し騒めくと……イットとエディが何かに気付いた。

 

「よっしゃあ!! んじゃ、張り切ってねね集めしますか!!」

 

「行くよ皆——」

 

「よし、じゃあとりあえずご飯にしようカ」

 

「えっと確かなのは母さんに持たされたおにぎりが……あったあった」

 

ネイトとミウラが張り切って走り出そうとした時……いきなりイットとエディがその場に座って食事を始めた。

 

「ちょっと待てコラーー!! 何いきなりのんびりモード入ってんだよ!」

 

「時間は6時間しないんだから早くモガ!?」

 

「まあまあ。 腹が減っては戦はできぬ(もぐもぐ)」

 

『戦はできぬ!(もぐもぐ)』

 

「って、お前らもかぁ! 復唱すんな!!」

 

ミウラの口をおにぎりで塞ぎ。 フォン、アインハルト、エディ、イットは地面に広げられたおにぎりをもぐもぐと頬張った。 そしてイットはネイトの肩を掴んで腰を下ろさせた。

 

「まあ落ち着けネイト。 お前も座って食え」

 

「あのなぁ!!」

 

(囲まれてるぞ)

 

「!?」

 

(モガモガ!?)

 

ボソリと、イットはネイトとミウラの耳元で一言囁いた。 その際ミウラはおにぎりを喉に詰まらせた。

 

「はい、お水」

 

(マ、マジか! いくらなんでも早すぎるだろ!)

 

(恐らくなんらかの手段で発見されたのでしょう)

 

(油断も隙もないナ)

 

(これが、グランド・フェスタ……(ゴクリ))

 

(にゃあ……)

 

「プハァ!(も、もう始まってるんだ……)」

 

6人はそれぞれのデバイスに手を添える。 すると、その気配を感じ取ったのか、隠れている気配が強まる。

 

「皆、腹ごしらえは済んだな? さあ、サバイバルの始まりだ」

 



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黒い鋏

グランド・フェスタ第1予選会場……イット達、ツバサクロニクルは本戦に出場するための最終試験、大森林でのサバイバルゲームに望んでいた。

 

7チームはランダムにバラバラの地点に転移され、相手チームを探そうとした矢先……既にイット達は囲まれていた。

 

「準備はいいですか?」

 

「うん(モグモグ)」

 

「先ずはおにぎりを食い終えろ」

 

「来ます」

 

敵はいつどこからでも襲ってくる。 イット達は警戒を強めていると……

 

「トルネードショット!」

 

「!!」

 

「上!?」

 

木の上にいた選手が風の弾丸を放ち、イット達の中心で炸裂し暴風が巻き起こる。

 

「くっ!(風の砲撃か……!!)」

 

「今だウェイク!」

 

砲撃を打った選手の合図で木の陰から背の高いアフロの男が、体勢を崩したねねボディーを持っているイットに接近してきた。

 

(しまった! さっきの攻撃はねねちゃんを持っているイットさんと分離させるために……!)

 

「っ!」

 

「おっと!」

 

「行かせないよ」

 

「邪魔!」

 

援護に向かおうとしたアインハルトとエディを2人の相手チームが妨害する。

 

「イット!」

 

「犬ゲットーーー!!」

 

両手を伸ばしてねねボディーを捕まえようと飛びかかるが……

 

「させるか!」

 

右足でステップを踏み、イットは急加速して捕獲の手から逃れる。

 

「うまい!」

 

「いいヨ、イット!」

 

「そう簡単に奪られないよ……」

 

「そうかしら?」

 

回避した先に短髪の女子が待ち構えていた。 急な加速でイットは方向転換できず、このままではねねボディーは奪取されてしまう。

 

「しまっ——ってない!!」

 

すぐさま切り替え、身体を捻ってねねボディーをミウラにパスした。

 

「ああ!!」

 

「ナイスパスです!」

 

両手を前に出して受け止めようとした時……横から音もなく、あのスベる支柱を攻略した金髪の男子が掠め取った。

 

「ああっ!?」

 

「注意力が足りないな。 もっと全体を見ろ、凡人が」

 

「——甘いです」

 

「!?(いつの間後ろを!)」

 

取られたねねボディーをフォンが取り返し。 そのままイット達は踵を返して走り出し、仕切り直そうとする。

 

「皆さん、体勢を立て直しますよ!」

 

「一度撤退しましょう!」

 

「はい!」

 

「ちょ、ちょっと! 一度奪わられた犬を取り返すのは反則じゃないの!?」

 

「——いえ違います。 運営の人は時間制限までにねねを揃えたチームの勝利と言っていました」

 

「つまり、その間何しても問題は無いのです」

 

「——その通り!」

 

その質問を、中継ではなく双眼鏡で観戦していたクーが答える。

 

イット達は森の中を走り、その後を彼ら……ブラックシザーが追いかけて来る。

 

「いきなり不意打ちを喰らったな」

 

「あいつら、一抜けの奴らだろ! どーやってあんなに速くオレらに近付いたんだ!?」

 

「恐らく、腕のいい探知能力を有している選手がいるのでしょう」

 

「——おーい、逃げても無駄だよ! その先は崖で行き止まりだ!」

 

「さっきそこ通ってきたからね! 諦めて止まりなよ!」

 

「……くそ! このままじゃ振り切れねぇぞ!」

 

「この中で飛行魔法使える人は?」

 

「いないです……」

 

ツバサクロニクルは全員、格闘タイプの魔導師。 純魔導師は1人もいないため、空は飛べない。

 

「ネイトが氷の橋を架けれバ?」

 

「崖の大きさにもよりますが、今後を考えると魔力の消費は減らしたいです……」

 

ボヨーーーン

 

「それは最後の手段にしましょう」

 

「だったら他の方法は……」

 

ボヨーーーン

 

「……ボヨーーーン?」

 

走りながら意見を言い合っていると、背後から変な音が聞こえ振り返ると……アフロの男に他の5人が乗り、かなりの速度で接近してきていた。

 

上に乗っている女子の1人が足元に魔力球を転がし、アフロの男が踏んで飛び跳ねていた。

 

「は……速ィーーー!?」

 

「弾性のある魔力球を踏んで加速している!」

 

「そうか……さっきもあれで近付いてきたのか!」

 

「……っ! い、行き止まり!?」

 

奴らか言っていた通り、行く先を大きな崖が塞ぎ足を止めてしまった。

 

「本当だった!」

 

「ネイト!」

 

「溝が大き過ぎる! 直ぐには出来ねぇ!」

 

(まずい……このままじゃ……)

 

「——ガストブロー!!」

 

眼鏡の男が持っていた空気砲のような銃から突風が全体に放たれ、イット達は吹き飛ばされる。

 

「ぐあっ!」

 

「きゃ!」

 

「っ……追いつかれた!」

 

崖から落ちなかったものの、前はブラックシザー、後ろは崖……退路を塞がれてイット達は崖側に追い込まれてしまった。

 

「今度こそ逃げ場はない!」

 

「もらったぁーー!」

 

「ミウラー! こっちこっち!」

 

「ミウラさん!」

 

「早く! パスパス!」

 

「えっと、ええっと…………えいっ!!」

 

ねねを持つミウラに一斉に襲い掛かれ、アインハルト達がねねを受け取ろうと声を出してパスを受けようとする。 だがミウラ追い込まれたせいでテンパり……真後ろにねねを投げた。

 

『バ……バカヤロォーー!!』

 

テンパっていたとはいえ、ミウラの突飛な行動に思わず全員が声を揃える。

 

「チャンスだ! 跳べ、ウェイク!」

 

「ゴムスプリングとウェイクの脚力があれば、向こう岸まで跳べる!! ……はず!」

 

「うおおおおお!!」

 

それをチャンスと見たブラックシザーのリーダーが指示を出し。 アフロの男が助走を付け、ゴムスプリングを踏み台にし……大きく跳躍した。

 

そのジャンプ力は大きな谷を越える勢いで、投げられたねねにも追いついていく。

 

「い……けぇーーー!!」

 

「犬ゲットーーー!」

 

今度こそ両手で捕まえようとすると……下から帯が飛来、ねねボディーに巻き付くと引き寄せられ、捕らえようとした両手は空を切った。

 

「…………って、あれ?」

 

「帯!?」

 

帯は伸縮し……ねねボディーはフォンの手元に収まった。

 

「ねね奪還!」

 

「今のうちに逃げるぞ!」

 

「オウ!」

 

「フォンやるぅ!」

 

「し、しまったーー!」

 

隙をついてねねを取り戻したイット達は再び逃走する。 彼らはチームメイトが向こう岸に行ってしまい、今度はブラックシザーもすぐに追いかけられなかった。

 

「は、早くこっちに戻ってこいウェイク!」

 

「無理だよ! ゴムスプリングなしじゃ!」

 

「遠回りだけど、向こうの吊り橋で戻ってきて」

 

「ああ! 逃げられるーー!」

 

追おうにも追えない事をもどかしく思いながらもチームワークを重視するブラックシザー。 その間にイット達は走り距離を取る。

 

「逃げられたのはいいけどよぉ……」

 

「あの人達が持っているねねパーツをうばわないと、何も始まりませんね……」

 

「うーん……」

 

先手を取られ、体勢を整えるために撤退しているが。 勝利条件はねねパーツを7つ揃えること、逃げてばかりでは勝利は得られない。

 

「よし、“先回り作戦”でイこう!」

 

と、そこで悩んでいたエディがある作戦を提案した。

 

「先回り?」

 

「さっき谷の先の方に吊り橋が見えたんだケド……多分あの人達、アフロと合流するためにまずあの橋に向かうと思うんダ」

 

「なるほど! その橋に俺らが先回りし罠を仕掛けるってわけか!」

 

「というか見えたって……一体どんな動体視力しているんですか……」

 

「高原育ちなら当然ヨ」

 

尋常ではない動体視力に少し驚きながらも足を動かして先に進み、イット達はそのエディが見たという吊り橋の元に向かうと……

 

「…………」

 

「アレ?」

 

確かに崖に吊り橋が架かっている。 しかし、吊り橋は今のも壊れそうな古い橋とガッシリした頑丈な橋の2つあった。

 

「向こうにももう一つ、古い橋が架かっていますね」

 

「多分あちらの橋の老朽化に伴って、こちらの新しい橋を作ったのでしょう」

 

「ふーん」

 

正確な情報ではなかったが、さして問題はなかった。

 

「さて、どんな罠を仕掛けるかだな、問題は」

 

「彼らの中の誰がねねパーツを持っているか分からない以上、1人ずつ倒すしかないですね」

 

「けど、よほど不意をつかないとあの人達を倒すのは難しいですよ?」

 

「うーん……あ!」

 

ふと、イットは何かを思い付き人差し指を立てた。

 

「ならこれならどうだ?」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ブラックシザーは対岸に跳んで行ってしまったアフロと合流するため吊り橋まで来ていた。

 

「くそ……してやられたな」

 

「ゴメン」

 

「お帰りー」

 

アフロは気弱そうにペコペコ頭を下げて謝り、リーダーらしき男性は陽気そうに笑う。

 

「いやはや、あいつらの連携プレーも大したもんだ! よほど互いに信頼しあってんだろうな」

 

「けど、結束ならウチの方が上! オレらの連携プレーで今度こそ奴らの犬を奪うぞ!」

 

気持ちを新たにし、ブラックシザーは気を取り直した。 と、そこでアフロの男が横を見て硬直していた。

 

「どーしたウェイク?」

 

「あ。 いや、あれ……」

 

「ん?」

 

隣には古くて今にも壊れそうな橋があり、その中央に……モコモコしたねねボディーが置いてあった。

 

「犬だ」

 

『すっごく怪しいんですけどーー!?』

 

「絶対罠だな……」

 

頑丈な橋から移動し、古い橋の前に来ながら彼らは困惑する。

 

「どーしますリーダー?」

 

「どーするったって、どーみても罠だろう。 あの橋に何か罠が仕掛けてあるのは目に見えている……」

 

「ボロい橋だしな」

 

明らかに罠であるためねねボディーを取ることを躊躇ってしまう。 しかし……ブラックシザーのリーダーが顎に手を当て、ニヤリと笑った。

 

「くっくっくっくっ! 計算ミスだったな小鳥達よぉ!」

 

「!?」

 

「リーダー、何を!?」

 

「オレ達が業を煮やして犬を取りに行くと思ったか? 残念ながらそーはいかねーよ! わざわざ橋を渡らなくても……これで!」

 

ズカズカと橋の前まで歩き、空気砲をねねボディーに向けると……そよ風のような砲撃でねねを撃ち、フワッと浮かせ風に流されてしまう。

 

「一度谷底に落として拾いに行けばいいんだ!」

 

「——くっ……!」

 

ここまでは谷底に落ちる……すると森の中からフォンの帯が飛来し、ねねボディーを巻き取った。

 

「そこか! ハリケーンブロー!!」

 

すかさずリーダーが帯が出て来た付近に銃口を向け、強烈な突風を砲撃として放った。 その威力は大きく岩を抉るほどあった。

 

「バカめ! 本当に谷底なんかに落とすわけないだろう! お前達の居場所を突き止める為の芝居だよバーーカ!!」

 

罵倒する。 その時……森からイット達が出てきて彼らの背後を取った。

 

「!?」

 

「な、何っ!?」

 

氷の造形魔法(アイスメイク)——大槌兵(ハンマー)!!」

 

「ぐあぁ!!」

 

驚愕する暇もなくネイトの巨大な氷のハンマーがブラックシザーの眼前に落下し、衝撃で相手は吹き飛ばされる。

 

(ば……馬鹿な! なんでこいつらが後ろに!?)

 

「引っかかったな!」

 

フォンは帯を一度真横に伸ばして木に回させてからねねを回収する事で、相手に居場所を誤認させた。

 

「じゃあこいつら、橋の上に罠があるとみせかけて……始めからこれが狙いだったのか!」

 

「完全に不意をついたわけだ!!」

 

全員が1人ずつ一斉に攻撃し……アインハルトが攻撃した短髪の女子がねねの右の前足を奪った。

 

「奪りました!」

 

「撤退!!」

 

「——火星撃!!」

 

(ウォール)!」

 

唸るミウラの拳が大地を砕いて敵を牽制するように破片を飛び散らせ、ネイトの氷の壁が両者を分断した。 そして古い橋の上を躊躇なく走り出した。

 

「ひ、ひえ〜〜……」

 

「下見なイ下見なイ。 ほら行っタ行っタ!」

 

「……倒さなくていいのですか?」

 

「奪うものは奪った。 先は長いんだ、体力は温存しないと保たない」

 

「あん!」

 

「にゃ!」

 

そのまま逃げ切れるかと思いきや……いつの間にか相手チームの2人に先回りされ、そらに2人が間に割って入り、氷の壁を破壊されて背後に2人……行く手を阻まれるどころかあっという間に追い込まれてしまった。

 

「なっ!?」

 

「速い!」

 

「あまり私達を甘く見ないことね」

 

「奪っておいて、簡単にトンズラできると思わないことだな?」

 

2on2が3箇所、橋の上とその出入り口の両端で始まってしまい、イットとアインハルトは今にも崩れ落ちそうな橋の上でデスマッチとなってしまった。

 

「くっ……やはりそう甘くはないですか……」

 

「やるしかない……皆、行くぞ!!」

 

『おおっ!』

 

イット達は完全に戦闘態勢に入り、デバイスを起動して変身魔法で大人になり武器を構えた。

 

「へぇ……」

 

「一丁前に見てくれだけを大きくしやがって」

 

そして、3箇所でそれぞれ戦闘が開始された。 狭く不安定な場所での戦い、イットとアインハルトは苦戦せずともやりずらかった。

 

「ふん!」

 

「っ!? 〜〜〜っ!! 硬っ!」

 

「なんつう硬さだ!」

 

ネイトとミウラが相手をしている金髪の男子が身に纏う魔力が硬化して、2人の攻撃が全く通らなかった。

 

「ほら! 避けないと斬られるよ!」

 

「あうっ!」

 

「フウ……ハッ!」

 

加熱している剣を振るい対象を焼き切る黒髪の少女。 防具をしていてもその上から焼き切る剣に受ける事が出来ず、フォンとエディは苦戦を強いられていた。

 

「弧影斬!」

 

「エアバレット!」

 

橋の上でリーダー同士が対面しあい、飛ぶ斬撃と空気の弾丸が衝突し、相互消滅する。

 

「覇王——」

 

「反転」

 

アインハルトが繰り出した拳が茶髪のポニーテールの少女の手の平に触れると……逆にアインハルトが弾き返されてしまった。

 

「な、何が……」

 

「斥力の……自分で自分を殴ったのと同じ効果を生んだのか」

 

「へぇ……1回見ただけで見切るなんて、いい目をしているね」

 

「——だあっ!?」

 

そこへ、東側の崖側にいたネイトとミウラがイットとアインハルトに向かって飛んできた。 イット達はネイト達とぶつかり……イット達はフォン達のいる西側に吹き飛ばされてしまい、ネイト達は橋の上に転がった。

 

その際、橋の上にいた相手チームの2人は西側に跳んだ。

 

「あいたたた……」

 

「っう〜〜」

 

「落ちろ」

 

「えい」

 

すると東側と西側、ブラックシザーの2人が橋の縄を切り落とした。

 

「え……」

 

「マジかよ!?」

 

「ネイト!」

 

「ミウラさん!」

 

橋は切り落とされ、残っていたネイトとミウラは重力に引かれ谷底に落ちていく。

 

「うああああっ!?」

 

「わああああっ!!」

 

「ネイトさん、ミウラさん!」

 

「っ!」

 

アインハルトが手を伸ばすも当然届くはずもなく、フォンが帯を伸ばすも届くよりも前に帯は伸びきり……2人は谷の奥深くに落ちていく。

 

「っ……飛爪!」

 

ネイトはミウラを背負いながら冷静に両手で鎖付きの鉤爪を左右の壁に投げ制動し、鎖がゴムのように伸縮しながら徐々に速度を落とし……緩やかに谷底に着地した。

 

「ふう……」

 

「た、助かりました……」

 

命の危機に侵された一瞬を脱しミウラは心臓を抑えながら大きく息を吐き、ネイトは上を見上げ……線にしか見えない溝から見える空を見つめる。

 

「それにしても凄いですね。 氷をあんな風に柔らかくするなんて」

 

「氷の性質変化させただけだ。 さて……」

 

顔を正面に向け、川上を見ても川下を見ても同じ景色……

 

「どうすっかなー……」

 

「そうですね……メイフォンは使えないし、私達6人全員、念話を使えませんし……」

 

ここでごねても仕方なく、ネイトとミウラはイット達と合流するため谷底を歩き始めた。

 



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水と氷

「——ふむふむ、中々面白くなってきたじゃねえか」

 

山の頂上から双眼鏡でサバイバルゲームを観戦するクーは、7チームの戦況を見て不敵に笑う。

 

「ツバサクロニクルとブラックシザーが交戦中、しかしツバサクロニクルは相手チームの策略で2名が谷底に落下、安否は問題なし。 ブラックシザーは6人共無事で、犬のパーツ2つを奪うためツバサクロニクルの残りの4人を追っています」

 

「ウィザーズは待機。 ガンナーズハイとバトルクッキングは対戦し、バトルクッキングが圧勝。 王虎城(ワンフージョウ)はワイルドファングと交戦するも……あんたが仕掛けたトラップでチームはバラバラ、それぞれが合流するために右往左往しているわ」

 

そこで言葉を切るようにため息をつき、ジロリとクーを睨んだ。

 

「こんな仕掛けする必要があったのかしら?」

 

「その方が面白いだろ。 鬼畜なもんはないし、生かすも殺すもあいつら次第だ」

 

「はぁ……全く貴方ときたら。 その場のノリで運営される身にもなってください……」

 

「ふふ、エテルナさんも相変わらずですね。 さて、このサバイバルに敗戦がないから奪い返す事が出来るとはいえ、2つのパーツを持っているのは2チーム、1つのパーツは3チーム……残り5時間、どう転ぶかしらね?」

 

戦況を冷静に分析しながらスクリーンに目を向け、アリサは事の次第を見届ける。

 

同じく、会場の観客席でサバイバルゲームを観戦していたヴィヴィオ達。 コロナはネイトとミウラが谷に落ちていく光景を見て、両手を胸に押し当ててギュッと握りしめた。

 

「兄さん、ミウラさん……」

 

「開始早々、敵と戦う事になって……大丈夫かなぁ?」

 

「あぁ、ねね……」

 

「2人も心配だけど、お兄ちゃんとアインハルトさん達もまだ敵と戦っているし……見ててハラハラするよ……」

 

ヴィヴィオ達はそれぞれ身内を心配で仕方なかった(テディーはバラバラにされたねねに対して)。

 

「う〜、何もできないのが歯痒いよ〜」

 

「それは皆、同じ気持ちだよ……」

 

「——あ!」

 

その時、ネイトとミウラが彷徨っている谷底で動きがあった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ツバサクロニクルとはぐれてしまったネイトとミウラは、谷底に流れる川沿いに沿って上流を目指していた。

 

「皆さん、大丈夫でしょうか……?」

 

「さあな。 だが、ねねパーツの1つはここにある……まだ勝負は諦めてないだろう」

 

「はい」

 

歩いていると……ポツポツと雨が、数秒置けば一気に雨が降り始めた。

 

「…………雨? なんだいきなり……」

 

「地下だと思ってたんですけど、やっぱり外だったのかな?」

 

突然の雨、ネイトとミウラは空を見上げながら不審に思っていると……進行方向、雨に隠れて誰かが立っていた。

 

「誰だ!」

 

気配に気付いたネイトは身構えながら問い掛ける。 出て来たのは腰まである青髪色の髪にカチューシャを付け、蒼玉のような瞳を持つ美少女だった。 その手には雨を予期していた傘を持っていたが……何故かさしておらず、丸められていた。

 

「あなたは他のチームの……」

 

「初めまして、と言っておこう。 チーム、ワイルドファングのメイヤ・ニーヴァだ。先ほどの戦いは見ていた。 そう簡単に倒せると思わぬ事だな」

 

「そうか。 だが俺にも意地ってもんがあるんだ。 俺達はこの大会に優勝する……筋を無理にでも押し通してな」

 

「………………」

 

美しく、凛とした雰囲気の女の子だが、意外と渋い喋り方をする子だった。 だが違和感はなく、態度が堂々としていてよく似合っていた。

 

雨降りしきる中、お互いに強い意志をぶつけ合って睨み合う。 と……突然、彼女は顔を赤らめて背を向けた。

 

「そうか……私の負けだ。 ではさらば」

 

「おいおいおい! 何じゃそりゃ!?」

 

「え、ええっ!?」

 

勝利条件はねねを集める事であり、敵チームを全滅させることでは無いので別段おかしくはないが……いきなり背を向けた彼女に2人は驚愕する。

 

(ああ……どうしてしまったんだ私は。 彼を見ら胸の鼓動がうるさく聞こえてくる)

 

「待てコラ! ねね持ってんならよこしやがれ!」

 

「ああ……胸の高鳴りが、私が抑えられない!」

 

当の本人は胸を押さえて内心ドキドキしていた。 何に対してかは不明等だが、平静を保ってはいられなかった。 メイヤは振り返ると同時にネイトに手をかざした。

 

「——水牢球!」

 

「なっ!?」

 

一瞬で雨がネイトに集結し、水の中に閉じ込められてしまった。

 

「ネイトさん!」

 

「ガボガボ——ッ!! ガハッ!!」

 

ネイトは脱出しようともがくと……脇腹の傷が開いてしまった。

 

「! なっ、怪我をしていたのか!? ど、どうするべきだ……いや、早く魔法を解除……」

 

「っ——おらっ!!」

 

メイヤは怪我を見るや慌てふためくが……ネイトは全身から冷気を放出し、一瞬で水を凍らせると砕いて脱出した。

 

「凍らせて砕いた!?」

 

「大丈夫ですか、ネイトさん!」

 

(な、なんて美しい……水と氷、まさにこれは運命……)

 

「ゲホッ! してやりやがって……」

 

「あう……(キュン)」

 

「痛ってえ……」

 

メイヤはネイトの行動の一連一連に一々顔を赤らめる。 そして、痛むのは確かであろうが……ネイトは何故か上着を脱いで上半身裸になった。

 

(な、なぜ服を脱ぐ……ま、まだ心の準備が!?)

 

(ま、またネイトさんの悪い癖が……)

 

イット達、ツバサクロニクルが大会に向けて特訓している最中、ネイトは事あるごとに服を脱ぐ癖があった。 なんでも氷と……冷気と一体になるために特訓した結果らしい。

 

集中している時に無意識に脱ぐらしく、街中で脱がないのがせめてもの救いだ。

 

「下がってろミウラ!」

 

「は、はい!」

 

「避けねぇと怪我するぜ! アイスメイク——槍騎兵(ランス)!」

 

両手を重ねて突き出し、無数の槍をメイヤに放った。 するとメイヤは……手に持っていた傘を一閃させ、槍を全て斬り払った。

 

「なっ!?」

 

「無駄だ。 雨が降る中で、私に勝つ事は不可能としれ」

 

「雨?」

 

するとメイヤは降っている雨を集め、無数の水球を自分の周囲にフワフワと浮かせる。

 

(なんかスライムっぽいな)

 

「……水の魔法ですか……」

 

「——水!! そう水! 水なんだ!!」

 

「な、なんだあ?」

 

「い、いきなりどうしたんですか?」

 

「今一瞬“スライムっぽい”って思っただろ!?」

 

いきなりのメイヤの言葉にネイトはギクリと肩を震わせる。 そして続けて矢継ぎ早にメイヤは喋る。

 

「ちちちち、違うからな!? 決して、衣服を溶かし生娘達を絶頂させるとか……そういう破廉恥な魔法ではなくてっ! ちょっと自分でもされてみたい……とか! 穴という穴を蹂躙されてみたい……とか! そういうわけでは!!」

 

「そ、そう……ですか……(ゴクリ)」

 

「……何言ってんだ……?」

 

何も聞いてないのに自分から墓穴を掘りまくるメイヤに、ミウラは戦慄を覚え息を呑む。 どうやら彼女は自分の魔法にトラウマ……ではなく、思い込みが激しいようだ。

 

「(ハッ!) コホン……しかし、相対する私達は敵同士、馴れ合う事は出来ない……私もワイルドファングの一員、裏切る事は出来ない! さらば、小さき恋の花!」

 

「うおっ!?」

 

傘を振り飛ばされたのは水の斬撃。 ネイトは驚きながら避け、斬撃は背後の壁に大きな切傷を残して霧散した。

 

「高出力で噴射された水の斬撃!

 

「あまり甘く見ると痛い目を見るぞ」

 

「くっ……アイスメイク——戦斧(バトルアックス)!」

 

氷の斧を造り出し、横に振り抜いた。 しかし斧が当たる前……いや振る前にメイヤは回避行動を取り、跳躍され避けられてしまう。

 

「無駄だ。 お前の動きは見切っている」

 

「っ……どういう事だ……」

 

「…………!」

 

後方にいたミウラは目を細めて集中し、見る事だけに意識を向け……視界の中、そこら中に糸が走っているのを捉えた。

 

「ネイトさん! 辺りに物凄く細い水の糸が張り巡らされています! それでネイトさんの動きを感知しているんだと思います!」

 

「! そういう事か! サンキュー、ミウラ! 助かった、()()()()()!」

 

「?!?!」

 

ミウラの助言を受けてネイトは冷気を全体に放出し、水の糸を凍らせて砕く。 しかし、その行動にメイヤは頭がついて行けてなかった。

 

「も、もう! そういう冗談はよしてください! そ、それに僕は……////(ボソボソ)」

 

(愛してる、愛してる愛してる愛してる……? ——恋敵、恋敵恋敵恋敵!!)

 

「?」

 

「——うあああああああっ!!」

 

メイヤが突然叫び、頭を抱えて半狂乱気味に悶え苦しむ。

 

「何という苦しみ! 何という過酷な定め! 胸が……胸が張り裂けそうに痛い!」

 

「ど、どうした!? 仮病か!」

 

「あわわ……どうしましょう……」

 

理由も分からず唐突に、乱心気味に悶え苦しむメイヤ。 しばらくして、顔を上げると……

 

「————」

 

「ヒイッ!?」

 

「私は許さない……ミウラを決して許さない!!」

 

とんでもない顔しており、一直線にミウラを睨みつけた。

 

「……へっ?」

 

「わ、私ぃ!?」

 

するとメイヤの周りから熱気が飛んできた。 雨に紛れて水滴がネイトに飛ぶと……

 

「——熱っ!? 熱湯かよ! つうか、何でミウラに切れてんだ?」

 

「フン!」

 

問答無用とばかりに傘を振り回し、高熱の高圧力の水の斬撃を飛ばしてきた。

 

「こっちに来たぁ!?」

 

「ミウラ! アイスメイ……っ!?」

 

先ほどより斬撃の速度は速く、ネイトは咄嗟に防御は無理だと判断し横に飛んで避ける。

 

その後も狂乱気味にメイヤは傘を振り、壁に切り傷を刻んでいく。

 

「っ……太刀筋はメチャクチャだが何てスピードだ! 俺の創造(クリエイト)が追いつかねぇ!」

 

「ネイトさん! うきゃあ!?」

 

ミウラの真上に斬撃が飛来し、壁に直撃して勢いを失った熱湯を頭から被った。

 

「あっつーーーい!!!」

 

「チッ! アイスメイク……かき氷!」

 

熱湯を頭から被り、冷やすために暴れるミウラの上にネイトが大量の雪のような氷を降らせて冷却させた。

 

「はふぅ……」

 

「雨の中ではお前達に勝ち目はない。 嫉妬の炎で私の水は煮えたぎっているぞ!!」

 

「何じゃそりゃ!? アイスメイク——(シールド)!」

 

放水として放たれた熱湯を八方に広がる花のような形状をした氷の盾を造り出して熱湯から身を守る。 が……

 

「っ……なんて熱量だ! 耐え切れねぇ!」

 

「無駄だ。 雨も降り川も流れている、一部しか造り出せない氷と違い、水の量は圧倒的に私の方が多い!」

 

「——なろっ!」

 

「っ!?」

 

突然、氷が熱湯で溶けて蒸発……水蒸気が発生し、ネイトの姿が隠れてしまった。 水蒸気が晴れると……そこには誰もいなく、川の中で熱を冷やしていたミウラの姿もなかった。

 

「水蒸気を煙幕に。 顔だけではなく頭も良いなんて……愛い奴め……!」

 

少し頰を赤らめながら悔しがるメイヤ。 そして2人は……壁の中に隠し扉を通り、そこに入り通路を走っていた。

 

「どうやら運営はこの森に色々仕掛けをしているみたいですね。 そのおかげで助かりましたが……」

 

「こんな所で手間取っている暇はねえんだ! 早いとこあいつらと合流しねえと!」

 

「見た感じ彼女はねねちゃんを持っていなさそうでしたし、早くしないと……(僕に熱湯の矛先が向く前に、逃げないと!)」

 

ねねパーツを持たない以上戦い続ける理由もなく、仲間との合流を優先した。 どこに続くのかも分からないまま走り続けていると……先にあった横の通路から大量の水が流れてきた。

 

「うお!?」

 

「アツアツ!? 焼ける、皮膚が焼けちゃうー!?」

 

しかも熱湯……メイヤの仕業のようだった。 2人は熱湯に焼かれながら流されていき、先ほどの場所の少し上に飛ばされた。

 

「これで終わりだ!」

 

「っのヤロォーー!」

 

眼下ではメイヤが構えており、2人に向かって高圧の熱湯を放った。 するとネイトは右手を前に突き出し……自ら熱湯に飛び込んだ。

 

「自分から熱湯に飛び込んだ!?」

 

「ネイトさん!」

 

「凍り付けぇーー!!」

 

ネイトは強力な冷気を放出、熱湯を凍らせながら水伝いにメイヤの懐に飛び込み、彼女ごと凍らせた。

 

「そ、そんな!?」

 

「あの熱湯を凍らせた!」

 

「——け、けど……(ポッ)」

 

「……ん? ああああっ?!?」

 

メイヤを凍らせて動きを止めた、そこまでは良かったが……ネイトは彼女の右胸を鷲掴みにしていた。 わざとでは無いといえ、ネイトは動揺しメイヤは顔を真っ赤にした。

 

「あ、違う! こ、これは……」

 

「ネイトさん……」

 

「違うつってんだろ!」

 

(は、恥ずかしい……いっそこのまま君の氷の中で——)

 

「仕切り直しだ!」

 

照れを隠すように、ネイトは手を振り払いながら氷を解除し彼女から背を向けた。

 

「構えろ! もう一度、きっちりと決着付けてやる!」

 

「……フ、義理堅いのか。 それともただの阿呆なのか……だが、嫌いではない。 良いだろう! 乙女の胸を揉んだ不義理、きっちりと私の手で着けさせてもらおう!」

 

「うぐ……」

 

「あ、あはは……」

 

メイヤは傘を腰の高さに起き、抜刀の構えを取った。 どうやら一気に、この一撃で決めに来たようだ。

 

「——水月観音!!」

 

傘を振り抜き、雨を巻き込み巨大な水の斬撃を放った。

 

「これで……終わりだぁ!!」

 

「うああああっ!!」

 

頭上まで振り抜いた傘を開きながらメイヤは叫び、ネイトは再び自ら水の中に飛び込んだ。

 

「ネイトさん!」

 

「負けられないんだよっ!!」

 

両手で水の斬撃を凍らせながら受け止める。 その止めようとする勢いは周囲にも影響を及ぼしていく。

 

「周囲の雨まで凍らせるなんて……なんて魔力なんだ!」

 

「おおおおお!!」

 

水の斬撃の勢いは凍るごとに止まっていき……

 

氷魔槍(コールドボルグ)!!」

 

「そんな!?」

 

氷の槍を構えながら突進して水の斬撃を越えた。 そしてメイヤが驚愕する間もなくネイトが一気に懐に入り込み、右拳が地面を殴りつけた。

 

「——氷欠泉(アイスゲイザー)!!」

 

「きゃあああああ!!」

 

地面から大量の氷を間欠泉のように噴き出させ、彼女を吹き飛ばすと同時に凍らせ……氷が砕け散り、メイヤは地面に倒れた。

 

「そ、そんな……この私が……」

 

「ふう……」

 

負けた事がないのか、メイヤは顔に雨粒が当たりながらも呆然と寝そべり続ける。

 

「——お、晴れたか!」

 

(あ……)

 

その時雨が止み、次第に雲が晴れていき切れ目から日が差してきた。 日を浴びたメイヤはフッと笑う。

 

(別に雨女ということでもないが……良いものだな……)

 

「で? まだやんのか?」

 

ドキューン!

 

「ハウゥッ!?」

 

突然向けられた顔にメイヤはときめき……気絶した。

 

「おおおい!? ど、どうした? なんだ、しっかりしろ!」

 

「あー、これはアレですね……」

 

慌ててメイヤの周りをウロウロするネイトを見て、ミウラは1人納得する。

 

「ネイトさん、そろそろ行きましょう。 彼女は運営が救助に来るはずですし」

 

「……そうだな……」

 

イット達と合流するため、ネイトが一歩を踏み出した時……

 

カチッ……

 

不意に、何かのスイッチが入る音が聞こえてしまった。 すると……足元が大きく揺れ始めた。

 

「ネ、ネイトさん……? 何をしたのですか?」

 

「やっちまったか、な?」

 

次の瞬間……2人の足元から大量の水が間欠泉のように溢れ出した。

 

「うおおおおっ!?」

 

「うわあああーー!?」

 

2人は間欠泉に押し上げられ、谷底から飛ばされてしまった。

 

 



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戦う料理人

ブラックシザーから逃れたイット達。 だがチームメイトであるネイトとミウラと逸れてしまい、イット達4人は渓谷に沿って南下していた。

 

「どこまで落ちたんでしょうか?」

 

「生きているとは思うけど……先ずはどこか降りる場所を探さないといけないな」

 

「探知系の魔導師がいれば良かったのですが……」

 

「ウチらは揃いも揃って全員近接格闘系だからナァ」

 

「くぅん……」

 

「にゃ……」

 

このチームの中でネイトだけが近接に加えて中距離魔法型だが……いても余り意味はないだろう。

 

その時、不意にイット達の足元が揺れ始めた。

 

「——ん?」

 

「これは……」

 

一体何事かと思いながらも振動が大きくなり始め……

 

『うああああーー!!』

 

谷底から大量の水と共にネイトとミウラが押し上げられてきた。

 

「ネイトさん、ミウラさん!?」

 

「いきなりですね」

 

「エディ!」

 

「ほい来タ!」

 

エディは腰に懸架していた輪っかがついたロープを取り出し、頭上で振り回して2人に向かって投げ……ロープの輪が2人を捕まえた。

 

「よし!」

 

「引っ張りますよ!」

 

「はい!」

 

そして全員でロープを引っ張り、2人を引き寄せた。 だが勢いよく引き寄せたせいで飛んで来た2人がイット達に衝突し、もつれ合ってしまった。

 

「い、いたたたた……」

 

「全く、静かに帰れないのか……」

 

派手な帰還だがネイト達が無事だったことイット達は安堵する。 イットはネイトに手を貸そうとすると……

 

パカ……

 

「アラ?」

 

「ほえ?」

 

「しまっ——」

 

突如としてエディ、ミウラ、フォンの足元が開き……3人は落下してしまった。

 

「また落ちるのぉーー!?」

 

「ミウラ!」

 

再びミウラと2人は重力に引かれて落下を始め……完全に深い落とし穴の闇に消えてしまうと落とし穴の扉が閉まって閉まった。

 

そして再び、ツバサクロニクルは離れ離れになってしまった。

 

「……ど、どうしましょう?」

 

「この森、罠が多過ぎるだろ……」

 

「落とし穴をこじ開ける事もできるが、同じ場所に出るとも限らない。 ネイト達を追っていた時と同じようにデバイスの信号を追おう」

 

「あ、それがあったか。 すっかり忘れてた」

 

「それでは早速——」

 

「待て」

 

また、次の捜索に向かおうとした時……背後から声がかけられ、イット達はバッと振り返り得物を構えた。

 

茂みから出てきたのはルーフェン風の服を着た男女3人組だった。

 

「いつの間に……!」

 

「あなた達は……」

 

「3人だけ……他のメンバーはどうしましたか?」

 

「それはお互い様と言っておこう」

 

確かにその通りだ。 どうやらお互いに他のチームメイトとはぐれているようだ。

 

「ツバサクロニクルのメンバーとお見受けする。 我らはチーム・王虎城(ワンフージョウ)

 

「ふうん……それで、お前らは俺らとやり合うのか?」

 

「当然だ。 こちらは手ぶら、そちらは犬のパーツを2つ持っている、これは又とない機会。 ただ、ルーフェンの地の流派の1つ、春光拳の使い手がいないのがいささか残念だが……」

 

「何……?」

 

春光拳……恐らくはフォンの事を指しているのだろうが、ウォウはいないものは仕方ないと首を拳を振り構えた。

 

「我ら王虎城はルーフェン武芸者で構成されたチーム。 とはいえ、剄を使えるものは1人しかいないがな……」

 

「けど、油断は出来ない。 アインハルト、ネイト! 行くぞ!!」

 

「あん!」

 

「はい!」

 

「にゃ!」

 

「おう!」

 

イット達はデバイスを起動し、大人モードになりながらバリアジャケットを展開する。

 

「勝つのは……」

 

「我ら王虎城だ!」

 

「いざ、人情に勝負ヨ!」

 

「……それを言うなら尋常に勝負では?」

 

「そうとも言うー」

 

思わず突っ込んでしまうアインハルトだが、返答は構えで返された。

 

「太極門、クワン・イー!」

 

「八卦門、ウォウ・ソウ!」

 

「形意門、ハオ・ショウ! 参る!!」

 

「八葉一刀流、神崎 一兎!」

 

「覇王流、アインハルト・ストラトス!」

 

「——って、俺も流派名乗んの!? えっと……造形魔導師、ネイト・ティミル!」

 

「行くぞ——天地一陣!」

 

ウォウが指示を出すと、髪を団子のように後頭部に纏めた髪型……シニョンをした少女、クワンが物凄い速さでイット達の周囲を滑るように取り囲んだ。

 

「なんだ!?」

 

(あれは……泥歩(でんほ)! フォンとタメ張れるくらいの速さだ!)

 

「——輪を突破します!」

 

「あっ」

 

アインハルトが囲いを突破しようと試みるが……いとも簡単に弾き返されてしまった。

 

「アインハルト!」

 

「ぐうっ……い、今のは一体?」

 

「どうかしたか!?」

 

「わ、わかりません……あの円運動に合わせて押さえ込んだつもりでしたが……」

 

「気を抜くな! 来るぞ!!」

 

クワンの背後には丸帽子を被っている小柄な少年、ハオと。 リーダーらしき少年、背まである髪を一まとめにしたウォウが控えていた。 次の瞬間……予測不能の衝撃が3人を襲った。

 

「痛っつぅ〜!」

 

「強烈ですね。 しかし……」

 

「ああ。 動きが読めない」

 

「——ルーフェン武術、天地一陣!! この陣を破れるかな!?」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「——ぁぁあああああああぶっ!?」

 

「よっ……」

 

落とし穴に落ち、くねった通路をもみくちゃと通らされ、最後に放り出された3人。 ミウラは盛大に顔面から突っ込み、エディとフォンは華麗に着地した。

 

「ふう……どこだ、ココ?」

 

「古典的な罠ほど引っかかる……まだまだ未熟ですね」

 

「ぺっぺっ! 口に砂が……」

 

辺りを見回すとそこは砂漠……後ろには口が空いたモアイ像のような石像があり、3人はそこから出てきた事が伺える。 しかし、その口も閉じられ、石像は砂の中に沈み消えてしまった。

 

「砂漠……どうやら出発地点の反対側のようですね」

 

「山が壁になってみえなかったんだナ。 広過ぎて制限時間内に終わるか心配になるナ」

 

「さ、さあ……終盤になれば移動手段が増えるのではないのでしょうか?」

 

「フウン……? ま、ここにいても仕方ないナ。 北に向かって、さっさとこの砂漠から出るヨ」

 

「南は壁、北西に湖……合流するなら北の森に向かうのが当然ですね」

 

「それじゃあ、早速……」

 

「——待ちたまえ!」

 

いざ向かおうとした時……突如静止の声が背後から飛び、瞬間3人はその場から飛び退いて即座に反転、構えを取った。

 

「しまった……他のチームがいるなんて!」

 

「まあ、当然といえば当然だろうナ」

 

「……6人……1チーム全員ですか……」

 

警戒する中、リーダーの1人が前に出て名乗りを上げた。

 

「僕達は、チーム・バトルクッキング!」

 

「どうやら犬のパーツは持っていないようだけど、ここで倒させてもらうよ!」

 

ここで逃しては後々面倒になると考え、6人は身構えた。 そんな彼らをエディは不審な目で見る。 全員が格好は料理を作るコックのような白い服装だったからだ。

 

「なんだか全員変なバリアジャケットだナ」

 

「クッキングというくらいですから、料理人なんでしょうか?」

 

「あまりこの大会とは関係ない気がするのですが……」

 

簡単に言えば出場する大会が間違っている。 前の試練を突破した事から実力はあるようだが……その疑問に彼らのリーダーが答えた。

 

「君達の疑問は最もだ! 僕達はある目的でこの大会に参加している!」

 

「私達はある人物の教えを受け、異界で採取される食材を使った料理を作っていた……その産物を使い、大会を勝ち抜こうと決めたのだ!」

 

「いきなり話が飛躍してませんか!?」

 

異界の素材が食べられることはそれなりに周知されているが、何がどうして戦闘系の大会に参加に繋がるのかは理解出来なかった。

 

「——ねねー!」

 

「あ、ねね!」

 

「頭だけって……シュールだナ」

 

と、そこで1人が抱えていたねねヘッドがミウラ達を見て飛び跳ねながら鳴く。 頭だけがピョンピョンと跳ねているのでかなりシュールな光景だ。

 

「ふふ、この犬が欲しければ私達を倒すことね!」

 

「では……総員、カレー用意!」

 

『はい!』

 

どうやらヘッド以外にも前脚も持っているようだ。 そして、6人全員がどこからともなくカレーを取り出して構えた。

 

「——って、なんでカレーなんですか!? 何がどういう訳でカレーなんですか!! バトルクッキングって文字通りなんですか!? 食べ物を粗末にするのはシャマル先生とミユキさんだけで充分ですよ!!」

 

「へぇ、そうカ」

 

「そうなんですか」

 

「って、君達もなにさも当然のようにカレーを用意しているんですか!! ボクが可笑しいんですか、両親がレストランを経営して、メニューにカレーがあるのに、その娘であるボクが可笑しいんですか!? はあっ、はあ……」

 

相手と同じように両手にカレーが入った皿を持つエディとフォンに、息継ぎすら忘れて叫び、今までの常識が破綻するような気分になるミウラ。

 

「ふっ、いかに君達がカレーを用意していようと、日々料理の腕を磨いてきた僕達のカレーには叶うはずない」

 

「それ、カレーを手に持ちながらじゃなくてテーブルに置きながら言ってもらいません!?」

 

「アハハ、これってなんの大会でしたっけ?」

 

「——行くゾ!! トリプルカレーでアイツら倒すんダ!」

 

「トリプル!? それボクも入っているの? ねえ、それボクも入っているの!?」

 

エディとフォンが両手にカレーを構え、その後を手ぶらのミウラが追走してバトルクッキングに接近する。

 

「3人だけで勝てると思わない事だよ!」

 

「素人とプロの差を思い知るがいい!」

 

『うおおおおっ!!』

 

匂いが異なるスパイスの香りを放つカレーが激突。 両者は一瞬の間に交差、互いに背を向けてしばらく静止し……

 

『………………』

 

『……………あ』

 

数秒遅れて3人は頭からカレーを被っている事に気がついた。 アツアツの出来立てカレーを。

 

「うあちちちちち!!」

 

「アッツーーイ!!」

 

「——フッ!」

 

ミウラとエディが身悶える中、フォンは一息入れて身震いをし、カレーを身体から落とした。

 

「ふふふっ、同じ技でもここまで差が出る。 これが僕達と君達との実力の差だよ」

 

「そういう事」

 

「——って、食べてるーー!?」

 

全身カレー塗れのミウラ達と違い、バトルクッキングのメンバーは綺麗なままでハムスターのように口を膨らませてモゴモゴとしていた。

 

「あ、あんな変な技でも完全に見切られていたと言うの……?」

 

「ふふ、だから甘いのよ」

 

「——フ、甘いのは君達だよ」

 

味? の有利、そして勝利を確信していた彼らに、フォンが横槍をいれた。

 

「? なにを……」

 

「私達のカレーが、いつ甘口と言いましたか?」

 

「な、なに……?」

 

「——ガッ!?」

 

その答えを聞く前に……彼らのチームメイトの1人が口元を押さえて倒れ込んだ。 それにつられて他のメンバーも次々と倒れ始める。

 

「か、辛い!!」

 

「あが……! い、息が……!!」

 

「うああああっ!!」

 

阿鼻叫喚。 チームバトルクッキングは口元を押さえながら地べたに倒れ伏して苦しそうに這い回る。

 

「それはただのカレーではありません。 そのカレーはイットさんが家を出る時、なのはさんとはやてさんの親戚の方から貰ったそうです」

 

「その名は……“マジカレー”!!」

 

「マ、マジカレー?」

 

「な、なんだそれは……」

 

「精神力を研ぎ澄ます、特殊な配合のスパイスカレーだそうです」

 

「マジカレー。 マジで辛い……ダジャレですか?」

 

「サア? 名前考えたのワタシじゃないシ」

 

「ううう……」

 

あまりの辛さに身体が言う事を効かず、彼らは苦悶の表情を見せる。 そんな彼らの前にフォンが歩み寄る。

 

「知らない人から貰ったものを食べてはいけないと母君から教わりませんでしたか? 己の腕を過信した余り墓穴を掘りましたね。 料理を学ぶ前に常識を学ぶといいですよ」

 

「フォン君もね。 はあ……イットくーん、助けてー」

 

「——ねーーー!!??」

 

と、そこでいきなりねねヘッドが火を吹きながら砂の上をゴロゴロと転がっていた。

 

「あ……ねね、摘み食いしたナ?」

 

「あわわどうしよう……そ、そうだ! 牛乳! 牛乳は無いの!?」

 

「アイツらの誰かなら持ってるんじゃないカ?」

 

聞くや否やミウラは彼らの元に向かい……牛乳を剥ぎ取るとねねヘッドに与えた。

 

「ね〜……」

 

「ふう、よかった……って、フォン君!?」

 

「いいからいいから」

 

「——じゃ、これでトドメ」

 

一安心する間も無くミウラとねねはフォンに押されてバトルクッキングから離れ。

 

トドメとばかりにエディが投げたのは黄色い物体……オムレツだった。 しかしオムレツはパンパンに膨れ上がっており、今にも破裂しそうな雰囲気だ。

 

弧を描いて飛ぶオムレツは倒れる6人の中心に落ちた瞬間……

 

ドオオオオオオンッ!!!!

 

「いやあああああっ!?」

 

「おお〜、凄い威力だナ〜」

 

爆風で砂が頭を抱えるミウラに被さり。エディはキノコ型の爆煙が立ち昇るのを感心しながら見上げる。

 

数秒して爆風は収まった。爆心地は砂が大きく抉られており、気絶してはいるがバトルクッキングは一応無事のようだ。

 

「こ、今度のは何……?」

 

「“爆裂オムレツ”。 衝撃を与えると爆発して飛び散る……色々な意味で危険なオムレツだって」

 

「な、なんて危険な物を……」

 

「ね〜〜……」

 

「まあ、これも本望でしょう。 感銘を受けた人物の手料理を食べる事が出来たのですから」

 

「す、素直に喜べるのかな……?」

 

そう思いながらもミウラは倒れている彼らからねねの右前脚を回収するのだった。

 

「結局、感銘を受けただけであのお2人から何も学べて無かったのですね」

 

「むしろその方が健全でいいと私は思うよ! あんな暗黒物質(ダークマター)正体不明(アンノウン)を作るよりは!」

 

不幸中の幸いとばかりに敵チームを撃破し、新たにねねパーツを手に入れた3人は砂漠を進むのだった。

 




料理とは……美味しく食べる物であり、栄養を摂取する物であり、服を脱がせる物であり、武器であり兵器である(迷言)。


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太陽の子

久し振りにこっちを投稿。


王虎城の3人組と交戦を始めたイット達。 舞台は森の中から山岳地帯に移り変わっていたが……

 

「ちいっ……!」

 

「………………」

 

「っ……」

 

先程から押され逃げるように追いやられており、ルーフェン武術の連携攻撃に3人は為す術が無かった。

 

「行くぞ、ツバサクロニクル!」

 

「その翼、折らせてもらう!」

 

「っ……うわあああっ!!」

 

まるで三頭の龍のうねり……イットは避けようとしても、即座に避けられないと判断し防御するも……止める事も出来ずひかれてしまう。

 

「っ……まるで猛牛! なんて密度の高さ攻撃をして来るんだ!」

 

「また来ます!」

 

「やらせるかよ! アイスメイク——(フロア)!」

 

第二撃が来る前にネイトが地面に両手を当て、進行を止めるためにウォウ達に向かって地面に氷を這わせて足場を悪くさせる。

 

「無駄だ! はあぁ……破砕・沈墜剄(ちんついけい)!」

 

地面氷が張られた瞬間にウォウが飛び上がり、左脚を立てながら着地すると……氷にヒビが入り、一気にヒビが全体に広がった。

 

「嘘だろ!?」

 

「このままでは……いつまで保つか……」

 

《にゃあ……》

 

(マズイ……完全にかわすことのできない攻撃……このままじゃやられる……いつもなら身体が反応して対応できるのに……あの3人の攻撃には何故かついていかない……なんでだ?)

 

「ゆくぞ!」

 

(落ち着け……こういう時、慌てれば死を招く。 心頭滅却、我が太刀は無……心を静めろ……頭の中を真っ白に……)

 

再び攻めて来るウォウ達。 その間、イットは息を吐いて脱力し……手に持つ太刀を下ろして構えを解いた。

 

「えっ!?」

 

「おい、イット! 何してる!?」

 

「戦いの最中に構えを解くとは……諦めたか、神崎 一兎!」

 

「それでも華凰拳最強の孫!?」

 

「………………」

 

迫る三位一体の攻撃——天地一陣。 そのうねりが眼前に迫っても防御すら取らないイット……

 

「ふっ」

 

「えっ!?」

 

しかし、直撃する瞬間イットは一呼吸で跳躍し、天地一陣を飛び越えた。

 

「ぐっ!」

 

「ああっ!」

 

「いい跳躍力だ!」

 

「!!」

 

だがアインハルトとネイトは吹き飛ばされる。 そして、飛び上がりイットは上から天地一陣を観て……

 

「観えた! 技の秘密は円、線、螺旋にある!」

 

「なっ!」

 

「ほう……」

 

木の上に乗り、イットは技の正体を見抜いた。 その光景を観戦していたクーは口笛を鳴らす。

 

「いい判断ですね。 ノーガードで攻撃への未練を完全に捨て、敵の分析に全神経を集中しています」

 

「へぇ……オメェの息子もやるじゃねえか」

 

「この大会に出場する間に、それなりに仕込んだつもりよ。 “見切る力”。 実戦で多様な敵と渡り合う上で最も必要な能力の一つよ」

 

戦いにおいて相手を、技を、全体を理解することはとても重要ということだろう。

 

その間にもイットは木から降り、再び太刀を抜刀する。

 

「剣で大切な事は“見る”のではなく“観る”事である……アインハルト、ネイト、構えろ! 反撃するぞ!」

 

「はい!」

 

「おおっ!」

 

「反撃だと? 天地一陣のカラクリを見抜いたからといって……反撃できる程、天地一陣は甘くない!!」

 

「アイスメイク——(シールド)!!」

 

ネイトが行く手を氷の盾で塞ごうとするも、一撃で破砕される。

 

(確かに……そうだ……)

 

「今度こそ捕まえて……えっ!?」

 

「八卦拳の円運動!」

 

負けじとアインハルトがユンを捉えようとするも、ユンはクルクルと回って攻撃しながら間をアインハルトとイットのすり抜ける。

 

「ハアッ!」

 

「ガッ!」

 

「形意拳の直線の軌道!」

 

間を置かず、そこへハオによる急加速による突進。 2人は弾かれてしまう。

 

「(目まぐるしくあまりにも質の違う攻撃に身体がついて行けなくなった時に……)うあっ!!」

 

「ああっ!!」

 

追い討ちをかけるように身体を捻りを使って放たれるウォウの螺旋の掌底。

 

「っ……さらに太極拳の複雑な螺旋!! あまりの異質な3つの動きによる連携攻撃。 それがこの天地一陣に隠された秘密か!」

 

「どうした、反撃をするんじゃなかったのか?」

 

「こうも動きの違う3つの攻撃を同時にやられちゃ、身体がついてこれないな」

 

「円、線、螺旋……その通りだ。 これまで見抜いたのはお前が初めてだ」

 

まさに必殺なのだろう。 ウォウは天地一陣を見抜いたイットを賞賛する。

 

(マズイです。 イットさんは条件反射的に相手の動きに対処する体です。 天地一陣はその対処自体を逆手にとる攻撃……円と見るや線。 線と見るや螺旋。 どうしても前の動きが後を引きます……)

 

「これは本格的にマズイぞ! アイスメイク——大鎌(デスサイズ)!」

 

「ハッ! 剛腕一閃!」

 

一蹴しようとネイトは氷の大鎌を造り出し、大きく薙ぎ払おうとするも、ウォウの硬化した腕で刃が砕かれる。

 

「螺旋!」

 

「線!」

 

「円!」

 

「くっ! 順番も自由自在か……」

 

これこそが天地一陣が最強たる所以。 円、線、螺旋の組み合わせを変える事ができ。 さらに複雑で読めない攻撃を繰り出す事ができる。

 

「イットさん!」

 

「円!」

 

「螺旋!」

 

「線!」

 

「くっ!」

 

円、螺旋で体勢を崩されつつ動きを身体が覚えてしまった所に線攻撃による突進。 避ける事もできず、さらに小柄なハオだがその力は簡単に押し返せない。

 

(しまった!!)

 

「もらった!!」

 

ハオの背後から現れたウォウが追撃。 後退しようとするイットに肉薄、足をかけて体勢を崩させ側面に潜り込み……

 

鉄山靠(てんざんこう)!!」

 

身体を一気に捻り上げ、背面部で体当たりした。 その威力は軽く木を折るほど、イットは吹き飛ばされてしまったが、辛うじて生きていた。

 

《あん、あんっ!》

 

「ガハッ……あ、ありがとうシオン……ギリギリで持ち堪えられた……」

 

「イットさん!!」

 

バリアジャケットのお陰でなんとか耐えられたがすぐに動けるわけでもなく。 痛みに悶えるイットの前にウォウ達が歩み寄る。

 

「もう諦めろ。 お前達ではハオ達には勝てない」

 

「年貢の払い時ネ」

 

「……ユン。 間違っている上に、使いどころを間違えているぞ。 彼らは敵ではあれど悪人ではない」

 

「そうなノ?」

 

首をひねるユンに溜息をつきながら額を抑えるウォウ。 しかし悠長に構えてもいられず、ウォウはイットに手を差し出した。 手を貸すのではない、パーツを寄越せと言っているのだ。

 

「さあ、パーツを渡してもらおうか」

 

「くっ……」

 

「——アイスメイク城壁(ランパード)!!」

 

もうこれまでと思った瞬間……突如としてイットとウォウの間の地面から氷がせり上がり、両者を分かつ巨大な氷の壁が造り出された。

 

「ウワッ!?」

 

「氷の壁!?」

 

「また同じ事を!」

 

氷の壁など無駄だと言うようにウォウが拳を繰り出すが……今度は逆にウォウの拳が弾かれてしまった。

 

「なに!? 壊せないだとっ!」

 

「へへ、ちょっとコツがいるただけだ。 最初の試練でも言ってただろ、目先の勝利に油断したな?」

 

「なるほど、君がやったんだナ」

 

三叉の城壁によりイットとハオ、ウォウとアインハルト、そしてネイトとユンの3組に分かれて対面した。

 

「フン……天地一陣が破れぬと見て各個撃破に切り替えたか。 だがいささか遅かった……もうお前達はかなりのダメージを負っている。 我らの有利は変わらず、勝利も揺るぎない」

 

「それでも……私達は負ける訳にはいきません!

 

《にゃ!》

 

ウォウは浅はかな策だと冷ややかな目でアインハルトを見る。 それに対しアインハルトは拳を構えウォウを真っ直ぐに見る。

 

「苦肉の策だが……これで天地一陣は封じた。 もう一方的にはやられないぞ!」

 

《あん!》

 

「……なるほど、してやられたな。 だが!」

 

ハオは右手を前にかざすと柄が現れ、それを抜き取ると……大きな反りと幅広の刀身がある剣を抜いた。

 

「1対1になったくらいでいい気になるな。 ハオ達は1人でも強しい負けない!」

 

「青龍刀……なるほど、あの突進力も頷ける」

 

納得しながら太刀を構え、2人は睨み合いながら太刀と青龍刀を突き付け合う。

 

「さっきまでは見せられなかったケド。 八卦掌の真髄……見せてしんぜよう!」

 

「それは楽しみなことで!」

 

左手の平に右拳を乗せるネイト。 片脚を軽く上げて構えるユン。 そして……3箇所で衝撃と魔力同士の衝突が起こった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

エディ、ミウラ、フォンは放り出された先で出くわしたチームバトルクッキングを打倒し、新たにねねヘッドと右の前脚を手に入れた。

 

そしてイット達と合流すべく砂漠の中を歩いていた。

 

「ウー、身体がカレー臭いヨ」

 

「頭から被れば当然ですよ」

 

「はぁ、早く帰ってシャワーを浴びたいよ……」

 

「ねねー!」

 

これぞカレー(加齢)臭……という年齢でもないか。 兎にも角にもその匂いを気にする中、器用に頭だけで移動するねねがボールのように飛び跳ねながら3人を呼ぶ。

 

どうやら砂漠を抜けたようで、そこから少し森を進むと渓流地帯に出た。

 

「わあ……! 綺麗な渓流!」

 

「ねー!」

 

「ふむ……どうやらイット達もこちらに向かっているようですね」

 

フォンはデバイスを取り出し、空間ディスプレイに表示された地図と3つの反応を見る。 その反応はフォン達に向かって真っ直ぐ進んでいた。

 

「これならすぐにでも合流できそうですね」

 

「そうだナ。 ソレとまた離ればなれにナルのもイヤだから……罠に気を付けつつ、急ぐとしヨウ」

 

そうと決まり、3人は暖流を登り始めようとした時……

 

「——ふぁ……」

 

『!?』

 

誰かが欠伸する声が聞こえ、3人はすぐさまその場から飛び退いた。 そこから周囲を見渡すと……大岩の上に1人の薄い赤い色をしたコートを着た、セミロングの茜色の髪をした少女が座っていた。

 

「……え……」

 

「な……!?」

 

「コレハ……」

 

いつからそこにいたのか問いただす前に……彼女の背後にはルーフェン風の衣装を着た3人組が倒れ伏していた。 恐らく王虎城(ワンフージョウ)のメンバーだろう。

 

そして岩に座る彼女の側にはねねの左前脚のパーツが置かれていた。

 

「ルーフェンの……全員ではないとはいえ彼らも手練れ。 それを1人で、無傷のままであしらうとは……」

 

「…………(ゴクリ)」

 

「かなりサイキョーだな」

 

「ねー!」

 

デバイスを起動し身構える3人。 それに対し目の前の少女は立ち上がり、ゆっくりと振り返った。

 

「1人だけ、のようですね」

 

「チームワイルドファングの一員とお見受けします。 素直に答えるとは思いませんが、どうして1人でここに?」

 

フォンは静かな口調で質問をする。 その問いに答えるように少女は歩るき始め……

 

「——お父様が言っていた。 “太陽は常に1人である”。 私はこの世で最も強く輝く存在……誰も私を陰る事は出来ない」

 

「……ハ?」

 

「うわぁ、すっごいゴーイングマイウェイ……」

 

全然問いの答えになってないが、少女は続けた。

 

「私はチームワイルドファングの牙が1つ、アウロラ・イグニス。 どうやらお前達のチームメイトが水のを退けたようだが……私はそう簡単にはいかない」

 

「ミ、水……?」

 

「あ、もしかしてメイヤさんの事ですか?」

 

ワイルドファングと水から連想し、1時間前に見に覚えのない嫉妬の熱湯を浴びせてきたメイヤを思い出しながら指摘すると、アウロラは肯定するように頷く。

 

「責任者が仕掛けた罠で逸れたが……その先で彼らと鉢合わせになった事は僥倖だった」

 

アウロラは足元にあったネネの足をボールとして扱うように蹴り上げて手に収める。

 

「チームツバサクロニクルとお見受けする。 どうやらこの子の前足と頭を手に入れたようだね……ならやる事は1つ」

 

「っ!」

 

「3対1になりますが……あまりハンデになるとは思いませんね」

 

「ウン。 気を抜かズ、3人で確実に倒そウ」

 

3人はデバイスを起動して身構える。 それを見たアウロラは軽く嘆息した。

 

「数の上で有利でも全然油断してないか……フゥ、これは楽にはいかないようだね」

 

フラリとアウロラは身体を倒し……一瞬でミウラの正面を取った。

 

「なっ!?」

 

「ミウ——」

 

「フッ!!」

 

驚く間も無く拳が振られ、ミウラの胸を強打した後一転し、回し蹴りを放ってエディとフォンを一蹴した。

 

「ウワッ!」

 

「っ……はあ!」

 

突然の出来事でエディは体勢を崩すも、即座にフォンは受け身を取り身を低くして足払いをかけた。 それをアウロラは軽く飛び、距離を取り地に足をつけると……再び距離を詰めてきた。

 

「はっ!」

 

「させません!」

 

放たれるとても重く鋭い拳をフォンは紙一重で避けて受け流す。

 

「ミウラ、大丈夫カ?」

 

「ゴホゴホッ……う、うん。 大丈夫だよ」

 

ミウラを助け起こし、エディは抱えると距離を取る。 その間、アウロラとフォンは至近距離で本気の突きを繰り出しつつ避け、激しい攻防を繰り広げていた。

 

「はっ!」

 

「っ……」

 

刹那の攻防を末、フォンの掌底がアウロラの胸部と腹部に当たり、よろめき数歩後ずさる。

 

「よし……ミウラ、エディ!」

 

「はい! 下がりますよ!」

 

「了解!」

 

「……逃すか!」

 

距離を取ろうとするミウラ達を睨み。 アウロラは腰から拳銃を抜き、無数の魔力弾を連射しだした。

 

「チョッ……!?」

 

「抜剣——嵐舞!!」

 

すぐさまミウラが逆立ちをして両手を地に着き高速で回転を始め、撃ってきた魔力弾を弾き返した。

 

「エディさん!」

 

「兎練脚!!」

 

跳躍してアウロラの頭上を飛び、エディは踏みつけるように落下しながら蹴りを振り下ろす。

 

アウロラは乱射を辞めて銃を頭上に掲げ……落ちたきた足を受け止め、角度を変えて足場となっていた銃からエディをズリ落とした。

 

「フッ!」

 

「うあっ!!」

 

「エディ!」

 

側に落ちてくるエディに回し蹴りを喰らわせ、次いで迫ってきたフォンの拳を受け止める。

 

「中々の連携。 しかし、私には通用しない!」

 

「そのようです、ね!」

 

アウロラはフォンの拳を払い後退、フォンは下がるアウロラに向かって魔力弾を掌底で放ち、体勢を崩させる。

 

「はああああぁ……!!」

 

「ふぅっ!」

 

そして、構え直した両者の魔力が極限まで高まって行き……

 

「爆龍拳舞!!」

 

「陽光拳!!」

 

互いの最大級の技が衝突。 フォンから放たれた紅き龍、アウロラの光り輝く右拳……それが衝突、2つの魔力が迸る。

 

「終わりだ!!」

 

「っ……こおおっ!!」

 

フォンがぶつかり合う力を下に向け……川の水に叩きつけた。 それにより水蒸気が発生、辺りは白い霧が立ち込もる。

 

「っ……!?」

 

アウロラは霧からの奇襲を警戒して岩を背にして身構えるが……何も起きなかった。 しばらくして霧が晴れキョロキョロと辺りを見回し……息を吐いた。

 

「逃げられた……しかし、必ずまた戦うことになる。 次はない……」

 

手に持つねねの左前脚を確認し、踵を返してアウロラはその場を去って行く。

 

数分後……木々が揺れ、フォン達が木から飛び降りて来た。

 

「ふぅ、なんとかやり過ごせましたね」

 

「あそこまで強いなんて……グランドフェスタ、甘く見ていました」

 

「うう〜……次こそは絶対に勝つヨ!」

 

彼女がねねパーツを持っている限りまた、必ず出会う事になる。 その前に早くイット達と合流するため、フォン達は先を急いだ。

 



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合流と飢えた獅子

今度は意図して、またはぐれ離れになったチームツバサクロニクル。 その矢先にイット、アインハルト、ネイトは王虎城の3人組と鉢合わせし……今は3箇所で一対一の攻防が繰り広げられていた。

 

そのうちの1つ、イットとハオが互いの武器を振るい、刃をぶつけ合って火花を散らしていた。

 

「破っ!」

 

「っ……!」

 

ハオによって振り下ろされた青龍刀は地を砕く。 イットは受けようとしたが太刀が耐えられないと悟ると回避した。

 

「はあーー!」

 

続けて振り抜かれる青龍刀を避け、先程立っていた場所の背後にあった木が斬られ倒木される。

 

力任せに振り回しても問題ない青龍刀と違い、太刀は技で振るう……同じ剣であるも耐久性に差がありイットは防御する事が出来ず、回避をする事で大幅に体力が削られていた。

 

(このままじゃ……)

 

《クゥン……》

 

防御が徐々に削られて行き、シオンも苦しそうな声で鳴く。

 

「この程度か、八葉の使い手!」

 

「………………」

 

距離を置いて太刀を鞘に納め。 イットは目を閉じて息を整え、居合いの構えを取った。

 

「勝負を捨てたか!」

 

隙だらけになったイットを見て畳み掛けるハオ。 そして青龍刀が振り下ろされた瞬間……イットは柄を握り締めながら開眼した。

 

「八葉一刀流……伍の型——」

 

「ぁ……」

 

「残月!!」

 

ほんの刹那の交差……イットはハオに背を向けながら太刀を振り抜いていた。 そしてハオの胸に斜め一文字が刻み込まれ……

 

「弧月斬!」

 

追撃とばかりに振り返り際に太刀を振り抜き斬撃を飛ばし、十文字を刻みハオはグラリと身体を揺らすと……静かに倒れ伏した。

 

「っ……はあはあ……」

 

気が抜け、フラリと倒れそうになった所をすんでのところで太刀を地にさして耐える。

 

「あんあん!」

 

「は、はは……まだまだ修行が足りないけど、世界は広いな。 こんな強敵がいるなんて……」

 

自分もまだまだだと感じながらも、イットはふらふらと立ち上がった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

2つ目、アインハルト対ウォウ。 2人は木々の合間を走りながら……というより、一方的にアインハルトが逃げていた。

 

「ハアハア!」

 

「はあっ!」

 

「うあっ……!」

 

追い打ちをかけるウォウのうねるような、密にした嵐のような攻撃にアインハルトは防御と後退するだけで精一杯だった。

 

「ま、まだまだ……」

 

「せいっ!」

 

反撃に転じようと腰を落として構えを取ろうとするも、その前にウォウが下から潜り込み、足払いとかち上げで体勢を崩される。

 

「うぅ……」

 

「地に足付かず。 覇王流はルーフェン武術と似て大地を踏みしめて力を得る……対策も容易だ。 それはお前にも言えることだが、実力に差がある」

 

そこでウォウは距離を置いて構えを解き、目を細めてボロボロのアインハルトを見つめふ

 

「相当な修練を積んでいるようだが……経験と身体の動かし方が合っていないように見える」

 

「———!」

 

いかにアインハルトが過去の覇王の記憶を持っていたとしても、それが自身の身についていなければ意味がない……そして、イット達と出会うまで1人で修練を積んでいたため、記憶では何度もあるが、実際には対人経験はほとんど無かった。

 

「何やら事情がありそうだが、その是非は問うまい」

 

それ以上の言葉は不要。 代わりに拳を構え……魔力を一気に解放した。

 

「決めさせてもらう……覚悟しろ!!」

 

「っ……しゃ、遮波!!」

 

大地を揺るがすくらいに踏みしめ、ウォウは強い捻りを加えて突進してきた。 その威力は言うなれば振り子によって迫って来る鉄球の如し……だが、アインハルトもむざむざと受ける訳にもいかない。

 

一回転して力を溜め、両手を揃えて左手の裏拳、右手の掌底を同時に繰り出し。 突進による衝撃を殺しつつ吹き飛ばされ、アインハルトはウォウから距離を取った。

 

「ハァ! ハァ!」

 

「まだそれだけの力が残っていたか。 だがまさしく虫の息だな。 覇王に敬意を表し、手加減はせん……これで終わりだ!」

 

「ッ……」

 

トドメとばかりにウォウは一気に畳み掛けて来た。 拳を前に迫ってくるウォウに対し……アインハルトは左足を下げ、右手を前に出した。

 

「剛腕……一閃!!」

 

全てを薙ぎ払う(かいな)の一撃。 その腕がアインハルトに向かって振られようとした時……

 

「がっ!」

 

「っ〜〜〜!!」

 

アインハルトは薙ぎ払われた腕を首を下げてギリギリの所で避け、添えられていた右手がウォウの胸に食い込んだ。

 

まるでウォウが自身の力で攻撃を受けているかのように……

 

「——覇王……断空拳!」

 

その一瞬の機を狙い、アインハルトは右手から伝わった力を左足に流して踏みしめ、流れるように身体を捻って左拳に流し……アッパー気味に振り上げられた拳がウォウの顎をかち上げた。

 

その一撃は脳を揺らし、ウォウは気絶し倒れた。

 

「っ……ハアハア! ……な、何とか……退けられました、か……」

 

数秒の間左拳を振り上げた状態で静止した後、そのまま背中から地面に倒れ込んだ。

 

「はあ、はあ……」

 

《にゃあ……》

 

「ごめんなさい、ティオ。 私が不甲斐ないばかりに」

 

《にゃあ!》

 

励まそうとティオは健気にも元気よく鳴く。 その声で心が安らぐ中、アインハルトは静かに右手を胸に当てた。

 

(どこか心の中で思っていました。 これは規則に則っているただの遊びだと。 でも……彼らは真剣に、命を懸けてこの大会に挑んでいます。 その意志に応えなければいけません)

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

3つ目、ネイト対クワン。 ネイトは自身が創り上げた氷の城壁を背にしながら構えており、クワンはそのネイトの周りを泥歩で取り囲んでいた。

 

「………………」

 

「………………」

 

先程から睨み合っており、膠着状態が続く中……クワンが仕掛けてきた。

 

「ヤッ!」

 

「っとお!? アイスメイク——大剣(クレイモア)!」

 

足払いをかけてきたクワンの蹴りを跳躍して避け、その状態から氷の大剣を造り出し、振り下ろした。

 

クワンは頭上から迫る大剣を地に手を付けてバク転して避けたが……

 

「アイスメイク——(ポール)!」

 

「アブナッ!」

 

大剣から手を離し、続けて氷の棍棒を造り出しクワンめがけて突きを繰り出した。 彼女は危なげながらも身を捻って棍から避け、体勢を整えようと立ち上がり、次いで踵落としを繰り出そうとした時……

 

「にゃあ!?」

 

地を踏み込もうとして軸足を振り下ろした瞬間……足元がツルンと滑り、またもやクワンは大きく仰け反り体勢を崩した。

 

「アイスメイク(フロア)。 そして……!」

 

ネイトは自身の足の裏を凍らせる事でしっかりと固定し、一気に魔力を高め……

 

氷雪砲(アイスキャノン)!!」

 

「にゃあああああああっ!?」

 

巨大な氷の大砲を一瞬で造り出し、砲門から強烈な冷気の砲撃を放った。 その砲弾を直撃したクワンは吹き飛び、茂みの中に落ちていった。

 

「ふぅ……どうやらあの3人組の中で1番弱かったようだな。 とはいえ、気を抜いたら俺もヤバかったけどな……」

 

一息をついた後、ネイトは立ち上がった。

 

「っと、どうやら俺が最後か」

 

耳をすませば戦闘音は無く。 ネイトは氷の城壁に手を当て、粉々に砕いた。 城壁の先に向かい周囲を見回すと……イットとアインハルトが互いに怪我の治療を行っていた。

 

「おーい、そっちも終わったかー?」

 

「は、はい……なんとか……」

 

「にゃぁ……」

 

「かなり危なかったけど、何とかね……」

 

「くぅん……」

 

イットとアインハルトは激戦だったようで、互いの背に寄りかかりながら座り込んでいた。

 

「チーム王虎城……こいつらのレベルが最大だといいんだがな……」

 

「でも、他のチームも強敵揃い……ブラックシザーズだって俺達を狙っている。 少しでも体力を回復させて、早くこの場から離れよう」

 

「ええ、それと早くミウラさん達と合流しましょう」

 

イット達は疲労を回復しようと、とにかく食べ物を口にし。 エディ達のデバイスの信号を元に歩き始めた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「——会いたかったヨーー!!」

 

「ちょ、エディ!?」

 

「無事、というわけでもなさそだな」

 

「お互い、色々あったみたいだね」

 

30分後……スタート地点の近くでようやく合流できたチームツバサクロニクル。 互いに状況と、戦果を報告し合った。

 

「ねねー!」

 

「ねね! 良かった、無事で!」

 

「にゃあー!」

 

「頭だけ、だけどな」

 

頭だけで移動し、アインハルトの元に飛び込んでいくねね。

 

その間に、ミウラがねねの胴体と左後脚をくっつけようとするが、無理だった。 恐らく全部集めるか、バラバラの原因となったロストロギアでしか戻らないのかもしれない。

 

「さて……これでねねパーツは頭、胴体、右前脚の3つ。 左前脚はあの唯我独尊娘が持っているとして……」

 

「残りは右前脚と後脚、そして尻尾ですね」

 

「この調子でイコー……と、言いたいケド……」

 

「残存チームはブラックシザー、ワイルドファング、ウィザーズの3チーム」

 

「ブラックシザーは抜くとして……狙うはワイルドファングかウィザーズのどちらかですね」

 

ブラックシザーからは序盤、左後脚を奪取したため、次の狙いは2チームに絞られる。

 

「恐らくウィザーズも2つ持っていると予想できる。 だが後回しでもいいと思う。 正直、ワイルドファングを先に相手した方がいい」

 

「その前に休みましょう。 連戦で流石に体力が……」

 

「はい……色々と気疲れしましたし……」

 

イット達はその場から移動し、スタート地点の岩山を背にして見つかりににくい場所で休息を取った。

 

「うわぁー、美味しそう!!」

 

「おにぎりもそうだケド、どこに隠し持っていたんダ?」

 

「このチョコレートケーキは?」

 

「父さんが作ってくれたザッハトルテとクレームダンジュ。 疲労回復には甘い物が一番だからって持たせてもらったんだ」

 

どこから出したかの真相はスルーし、とにかくイット達は回復するために食べ物を口にする。

 

「んー! ウマイ! 表面のコーティングされたチョコと中のふわっとしたスポンジチョコが口の中で絡み合うこの食感! そこにアクセントとして加わるアプリコットジャムの酸味がヤバイヨ!」

 

「いきなりエディが滑舌になって食レポし始めた!?」

 

「こっちのクレームダンジュも、ふわっとしたチーズケーキの中からラズベリーソースがとろっと出てきて美味しいです」

 

「……なぜ2人ともそんな解説めいた口調を?」

 

「にゃ?」

 

エディとアインハルトの説明口調に驚きつつも、とにかく回復に専念するのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「——がはっ!」

 

森林地帯……そこでブラックシザーのリーダーが痛烈な一撃を喰らって崩れ落ち、倒れ伏していた。

 

「マ、マジかよ……」

 

その言葉を最後に意識を落とした。 その周囲には他のメンバーもおり、同様に戦闘不能に陥っている。

 

ブラックシザーを倒したのは、ワイルドファング……1名は戦線離脱しているも、残りの5人で圧勝した。

 

「パーツを持ってない……外れのようだね」

 

「チッ……少しは歯応えがあると期待したが、こんなものか」

 

「あ! 待ってください、シュウさーん!」

 

舌打ちをして踵を返しその場を去ろうとする、ワイルドファングのリーダーらしき野性の獣のような目をした少年。 その彼を、太った少年が左前脚と右前脚を持って追いかける。

 

「残り3チーム、次は獲物は……こいつらだ」

 

空間ディスプレイに表示されたのは残り2チームの名前。 その中にあるツバサクロニクルの文字を、獲物を見つけるような目で睨みつける。

 

「もっと歯応えがあるといいんだが……」

 

「メイヤを打ち倒した相手……そして私から退いた相手、相手に不足は無いと思う」

 

「そうだと良いんだがな。 まあいい……その翼、喰らってやる。 この俺、シュウ・レオーネがな!」

 

高らかに名乗りを上げ、真っ直ぐ歩き出すと……

 

「……シュウ。 彼らはあっち」

 

探知系の魔導師が逆方向を指差し、アウロラが笑いを堪える中、シュウは無表情で反転し、その後を太った少年がワタワタしながら追いかけた。

 



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野獣の牙

心身ともに休み、十分に気力を取り戻したイット達は移動を始め。 森の中を歩いている。

 

今度ははぐれ離れにならないように周囲を警戒しながら進んでいた。

 

「なーなー、今どこに向かっているんダ?」

 

「とりあえず中心に向かいながら開けた場所に向かっている。 目立つ所に行けば鉢合わせする可能性は高いからな」

 

「逆にリスクも高くなります。 奇襲、不意打ちには気をつけましょう」

 

「はい」

 

残りチームが少なくとはいえ、ここまで残っているという事は相当の手練れ……気を緩めずに森の中を前へと進む。 その時、ネイトが異変を感じた。

 

「…………? なんだ……空気が」

 

「ネイト?」

 

「どうかしたんですか?」

 

「いや急に空気が乾燥して……」

 

「——アタ!?」

 

すると、突然エディの軽い悲鳴が聞こえてくる。 エディは木の前で首を傾げながら片手をさすっていた。

 

「エディ、何しているんだ」

 

「イヤ、木に触ったらいきなりバチッて、来たんだヨ」

 

「バチッてって……静電気じゃあるましい」

 

「静電気……? 木でですか?」

 

不思議に思ったイットは近くの木に近寄り、木を調べ始めた。 すると、ある点に気がつく。

 

「この木……伝動効率が高い。 導体だぞ!」

 

「導体って……木がですか?」

 

「! この急激な空気の乾燥……皆! すぐに戦闘態勢に——」

 

次の瞬間……周辺の木々がバチバチと電撃を起こし始め、イット達は雷撃に襲われる。

 

「きゃあっ!?」

 

「ぐうっ!」

 

「こ、この雷撃は……」

 

「バリアジャケットの絶縁性を突破するなんて……!」

 

「アイスメイク——(アックス)!」

 

雷撃が襲いかかる中、ネイトが氷の斧を創り出し……振り回して周辺の木々を伐採した。

 

「ふう、コンダクタの森ってそういう事かよ」

 

「電導性の高い木が立ち並ぶ森……電気の魔力変換資質がある者に対しては有利なフィールドでしたね」

 

「ここは危ない。 すぐにここから……」

 

「——逃がさねえよ」

 

「うわっ!?」

 

次の瞬間……一陣の強風が吹く。 その風は嵐のような風ですぐに止む。 イット達は顔を覆っていた腕から身を起こすと……

 

「なっ!?」

 

「木が……森が、一瞬で!」

 

イット達は地面がでこぼこに荒れた平野のど真ん中に立っていた。 よく見回すと遠く離れた場所、辺りを囲むように木々が乱雑に積み上がっていた。

 

「あの一瞬で森だけを……」

 

「しかもワタシ達を一切傷付けずに、ナ」

 

「こりゃそうとうヤベーのにぶつかっちまったようだ」

 

この惨劇に冷や汗を流していると、上空から複数人の人影が風を纏いながら降りて来た。

 

「ちょっとシュウさん! 森を吹き飛ばすとさっきの戦法が使えなくなるんですけど!?」

 

「うるせえ。 見えない場所からチマチマなぶるのは性に合わねえんだ」

 

「流石シュウさん! 男前です!」

 

「えっと……短気なだけでは?」

 

「さあね?」

 

人数は5人。 何やら揉めており、騒ぎながら降下、イット達の前に降り立った。

 

「あ! あ、あなたはっ!!」

 

「やあ、また会ったね」

 

「という事は、彼らが……!」

 

「チーム、ワイルドファング……」

 

その中にエディ達の知る人物、アウロラ・イグニスがいた。 つまり、この5人はメイヤ・ニーヴァを抜いたチーム・ワイルドファングだった。

 

「メイヤをのしたのがどんな奴か期待していたが……とんだ期待外れだったな」

 

「な、なんだトォ!?」

 

「期待外れかどうかは……これを受けてから聞いてもらいます!!」

 

リーダーらしき緑髪の少年……シュウ・レオーネの言葉に少し頭に来たようで、アインハルトが身を大きく捻り上げ……

 

「——覇王風迅掌!!」

 

突きを繰り出すようにその場で掌底を放ち、旋風が巻き起こりワイルドファングに向かって飛来する。

 

「ふん」

 

だが、リーダーらしき少年が腕を軽く払うと……いとも容易く旋風が掻き消されてしまった。

 

「なっ!?」

 

「にゃー!」

 

「洒落くせぇ!!」

 

反撃とばかりシュウは片手をイット達に向けてかざし……強烈な風を発射する。

 

「弧影斬!!」

 

「抜剣・鳶!!」

 

即座にデバイスを起動して戦闘態勢に入ったイットとミウラは飛ぶ斬撃を飛ばし、襲って来た風を斬り裂いた。

 

遅れてアインハルト達もデバイスを起動し、その間にワイルドファングのメンバーに周囲を囲まれてしまう。

 

「さあ、狩りの時間だ。 せいぜい足掻けよ、面白くないからなぁ!!」

 

「…………! 狩りに楽しみは必要ナイ!! 狩りは生きる為の矜持、道楽を求めるなんて許せナイ!!」

 

「それに、俺らはそう易々と狩られるつもりはねぇぞ!」

 

「シュウさんに手出しさせねえ! このダイ・ハードセルが相手になってやる!!」

 

シュウの言葉に乗せられエディとネイトが走り出し、シュウの前に太った少年……ダイ・ハードセルが立ち塞がる。

 

「先程は遅れをとりましたが、今回は取りに行かせてもらいます!」

 

「いいよ……かかって来るといいよ」

 

「僕だって負けっぱなしは嫌です!」

 

先程の戦いでいいようにされたアウロラに向かってフォンとミウラが駆ける。

 

「君達の相手は僕達だ」

 

「よろしくお願いします」

 

そして、イットとアインハルトの前にルーフェン風の衣装を着て槍を持った腰まである黒髪をポニーテールにそて簪を指している少女と、白いフード付きの丈が膝を隠すほどあるローブを着た金髪の少年が立ち塞がる。

 

「アランシャール・パンテーラです。礼に始まり、礼に終わります」

 

「リラン・キックス。 さっきの挨拶はどうだったかな?」

 

「……神崎 一兎。 という事はあの雷撃は君から放たれたんだな?」

 

「アインハルト・ストラトスです。 あの野獣のような人もそうですが、かなりの手練れのようです」

 

「お褒め頂きありがとうございます。 では……行きます!!」

 

宣言と同時にアランシャールが目にも留まらぬ速さで駆け出す。

 

「やっ!」

 

「っ……!」

 

接近と同時に高速で2段突き、からの薙ぎ払いでアインハルトを攻撃。 アインハルトは手甲や足で防ぎ、反撃に転じ距離を詰める。 近距離で槍は満足に振るえないのを見越しての行動だったが……

 

「やっ!」

 

「きゃっ!」

 

地面から天に向けて落ちるように雷がアインハルトの前に落雷。 衝撃で軽く吹き飛ばされる。

 

「はあっ!」

 

「効きません!」

 

その間にアラに接近したイットは太刀を振るうも、簡単に防がれてしまう。 と、その時……

 

「——どわああああ!!」

 

「って、うわっ!?」

 

「あう!?」

 

突然、イットとアラに向けてネイトが風に吹き飛ばされて来た。 イット達は砲弾のように飛んで来たネイトもろとも吹き飛ばされる。

 

「い、いたた……」

 

「な、何をしているんだネイト」

 

「いや、ありゃヤベェよ。 ガチでこの大会最強と言ってもいいんじゃねえか?」

 

「——アオダイショウ!!」

 

そこへ、変な叫び声をしながらエディが隣に吹っ飛ばされてきた。

 

「エディ。 大丈夫か?」

 

「そんな事は後! 来るヨ!!」

 

「どららららぁ!!」

 

エディを追いかけるようにダイが土煙を上げるほど全速力で走ってきた。

 

突進と見たイット達は散開して避ける。 進路を変えないダイはその場にいたチームメイトのアラに向かって行ったが……

 

「よいしょっ、と……」

 

「え……」

 

「ん〜〜……しょっ!!」

 

「ぶほーー!!」

 

アラは槍を地面に突き刺し、棒を大きく引っ張ってしならせ……ピンボールを弾くように走ってきたダイの腹部に容赦なくしならせた棒をぶつけた。

 

それのおかげでダイはイットに向かって岩石のごとく飛んで行く。 避け切る事が出来なかったイットは太刀を防御に構え……受け止める。

 

「ぐうう……っ!!」

 

「おらああっ!!」

 

「がっ!」

 

受け止めたのはいいが、ダイは肩を突き出すように落下したため片手が空いており。 力任せの拳が顔面を捉える。

 

そして、別の場所では、ミウラとフォンがアウロラと対戦し、苦戦していた。

 

「ハンマー・シュラーク!」

 

「転泡!」

 

「ふっ」

 

ミウラの振り上げた拳とフォンの素早い足払いを紙一重で躱すアウロラ。 アウロラは最小限の動作による小攻撃で反撃、体勢を崩させ……

 

「はっ!」

 

「うわっ!」

 

「くっ!」

 

重い蹴りで2人にダメージを負わせる。 それを多々繰り返していた。

 

「このままじゃジリ損ですよ……」

 

「………………」

 

「ほう?」

 

「ちょっと、戦いはそっちだけじゃないんだよ!?」

 

と、そこでリランが横槍が入る。 電気を収束させ、巨大な雷球を作り出し。 2人に向けて発射する。

 

「……仕方ない」

 

「ミウラさん!」

 

「う、うん!」

 

アウロラを巻き込んでの攻撃。 3人は身を引いて雷球から逃れようとする、が……

 

「え……」

 

「ふっ!」

 

「っ——うわあああっ!!」

 

一瞬で先回りしてミウラの眼前に移動、蹴り飛ばし……雷球にぶつけ、ミウラは絶叫を上げる。

 

「ミウラさん!!」

 

「助けに行ったら君も巻き添えを喰らうよ? まあ、そうしてもらうけどね……!」

 

「——ン……ス……!」

 

「……む……」

 

雷撃が迸る中、その中でミウラが何かを始めており……両脚のスターセイバー……ソルレットに電撃が吸い込まれて行っている。

 

「エン……ハンス……ライトニング!!」

 

次の瞬間……雷球が弾け、ミウラが降りてきた。 全体的に少し焼けて焦げているが、ソルレットが先程の雷球のように電撃が走っていた。

 

「抜剣・武装雷鳴!!」

 

「っ!!」

 

一瞬でアウロラと距離を詰め、蹴りを入れる。 突然、アウロラは防御するが……電撃は防げず、そのままミウラが蹴り飛ばした。

 

「アウロラ! この、サイド……!」

 

「ふっ……鷹爪脚! ——はあああああっ!!」

 

フォンは高く飛び上がってから踏み込むように地面を砕き。 そして崩れた地面に両手を突っ込み……地中から巨大な岩石を引っ張り出し、それを両手に電撃を放つリランに向ける。

 

「さ、流石にそれだけの質量を防ぐ事は……」

 

「龍王……破山墜!!」

 

「うわわわわーーー!」

 

迫る岩石に背を向けて走り出すも既に手遅れ。 岩石がリランを押し潰そうとした瞬間……一陣の旋風が吹き、岩石を粉々に砕いた。

 

「なにちんたらやってやがるんだ」

 

「ノンビリしている君にだけは……」

 

「——抜剣……!」

 

助けたとはいえ、先程から風だけ使い自身は歩いている事に文句を言おうとすると……粉々になった岩の合間からミウラが現れる。

 

「えっ……」

 

「雷煌刃!!」

 

抜剣の魔力を一点に集中させてからの踵落とし。 それがリランの脳天に振り下ろされ……地面が爆散した。

 

電撃が辺りに拡散し、土煙が舞い上がる。 その中からリランが突き破って行き……最初にシュウが吹き飛ばした木々の元まで吹き飛び、そのまま動かなくなってしまった。

 

「はあっ、はあっ……や、やった……」

 

「まずは1人。 ミウラさん、休む暇はないですよ!」

 

「う、うん!」

 

休む間も無く構えを取り、アウロラとシュウと向かい合う。

 

「フン……知恵は回るようだな」

 

「お父様が言っていた。 草食動物だって生きるために必死に足掻く……彼らもただ狩られるだけの弱者ではないという事だ」

 

「フン……いいだろう。 眠れる獅子を起こしたこと、後悔させてやる……」

 

「行きます……!!」

 

ミウラが意気込む中、2人はその場で立ち尽くし……徐々に魔力が上がり始めた。

 

 



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乱戦の先は

「どららららぁ!!」

 

森の跡地を疾走するのはチームワイルドファングのダイ。 恐らく何も考えず、ただの猪突猛進でイット達を掻き乱していた。

 

「アイスメイク——(フロア)!」

 

「んなもん効かん!」

 

「ウソ!?」

 

ネイトが地面に氷を張り、突進を止めようとするが……ダイの体重と脚力で床にヒビが入り、変わらず走ってくる。

 

「どわああ!!」

 

「ネイトさーん!」

 

「この……うあっ!」

 

ネイトが吹き飛ばされ、アインハルトも弾き返されてしまう。その間にエディがアラに殴りかかるも……

 

「そう易々と取らせはしません!」

 

「ウワ!」

 

「業炎撃!」

 

「せいっ!」

 

炎を纏った太刀を斬り下ろすも、アラは槍を叩きつける勢いで後ろに大きく飛び退く。 その前にイットが納刀して構え、落下の瞬間を狙い斬撃を放とうとしたが……

 

「——走っ!」

 

「なっ!?」

 

抜刀した瞬間、アラは空中で脚を動かし……空を走るかのように移動して斬撃を避け、そのままダイの肩に飛び乗る。

 

「行ってらっ……しゃい!」

 

「ぶはーーー!!」

 

槍の穂と棒を繋げる口金の部分を両手で持ち、ゴルフをするように振り上げ……逆に自身が吹き飛ぶダイをぶっ飛ばした。

 

しかも床は氷のため、アイスホッケーのように滑りながら突進して来る。 再び迫る巨体を前に、ネイトが再度前に出る。

 

「止められねえのなら……こうするまでだ!」

 

今回創り出したのは低めの氷のすべり台。 ダイは勢いのまますべり台を登り……そのままイット達を飛び越えて行ってしまった。

 

「おあああーー……!」

 

「よし、行くよ!」

 

「はい!」

 

「うーん、流石にこの戦法は見飽きちゃったかな?」

 

何度も巨体ノックを受けていれば嫌でも身体が慣れる。 兎にも角にもイット達はダイが戻って来るまでにアラを抑えようとする。

 

「烈風旋!」

 

素早く槍を振り回し風を巻き込みながら前進、イット達の中心に向かって斬り込み……

 

「月光斬!」

 

さらに槍を大きく力を込めて振り回し、円を描くように周囲一帯を斬る。

 

「っ……」

 

「続けて、満月斬り!」

 

右薙ぎから左薙ぎへ。 また円を描くように槍を振るう。 初撃をギリギリで回避してからの二撃目だったので、反撃に転じようとした所を止められてしまう。

 

「まだまだ!!」

 

イットはよろめいてたたらを踏みながらも太刀を納刀し、魔力を高めて行く。

 

「——陸の型・緋空斬!!」

 

渾身の抜刀と共に放たれた燃え盛る斬撃。 斬撃の幅は広く速度も速い、一直線でアラに向かって行く。

 

「梨花!」

 

円錐形の障壁を作り、飛来して来る炎の斬撃を打ち消すように防がれる。 すると、イットは息を荒げながら膝をついてしまう。

 

「くっ……流石に……この技には魔力が……」

 

「イットさん!」

 

「——よくもやってくれたなぁー!!」

 

と、そこへ飛んで行ったダイが激走しながら戻ってきた。

 

「もう戻ってきたぞ!?」

 

「ワタシがやる! 後はよろしくナ!」

 

エディがダイの前に立ち、大きく手を振って目立つようにアピールする。

 

「こっちだヨ、猪さん!」

 

「俺は猪じゃねえー!!」

 

いとも簡単に挑発に乗るダイ。 エディはイット達の元を離れるとダイもエディを追いかける。

 

しばらく走り、エディは立ち止まってダイと向かい合う。

 

「ふう……」

 

「どらららららぁ!!」

 

迫り来るダイを前に……エディは目を閉じて脱力、ゆっくりと両手を上げる。

 

「無駄無駄ぁ! そんなちっこい体で止められる訳ないよい!!」

 

ゆっくりと左脚を下げるエディを見て、受け止めると見たダイは無駄な足掻きとばかりにエディに向けて衝突し……

 

「どらぁ!?」

 

「はあああぁ……」

 

エディがダイの肩を掴むと、エディはダイに押されてそのまま滑るようにバックしていく。 原因は、ネイトが張った氷の床。

 

ダイに氷の床は無意味でも進行方向の氷を砕ける訳もない。 エディは意図的に誘導しており……彼女の背後はまだ傷付いている氷が無く、抵抗なく滑って行く。

 

そして、エディは右手をダイの腹部に押し当て、一気に左脚を踏みしめて氷の床にヒビを入れ……

 

「——フンっ!!」

 

「どふぁ!?」

 

ヒビを入れた事で左脚が地面を踏みしめて滑るのが止まり、ダイの腹部に右手が大きく沈んでいき……ダイは昏倒してしまった。

 

エディは攻撃をしていない……ダイが自分から添えられていた掌底に突っ込んだだけである。

 

「……イッターーー!! この人太りスギ! 全身が折れそうだヨーー!!」

 

何もしてないとはいえ、ダイの突進を文字通り全身で受け止める行為……エディは骨が軋むのを感じながらのたうち回った。

 

「ダイ君……まだまだ、私は負けません!」

 

「そう来なくちゃ」

 

「まだ、油断してはいけません!」

 

「ぐっ——!!」

 

その時、突然イットが苦悶の表情を見せ、胸を押さえながらうずくまってしまう。

 

「ぐううっ!! ま、不味い……さっきの技でかなり魔力を……!」

 

「イ、イット?」

 

「どうしたんだいきなり?」

 

「これは……《鬼神の力》! 暴走しかけています!」

 

「ええっ!?」

 

すると、徐々にイットから赤黒い魔力が溢れ出して来た。 イットは溢れ出る力を押さえつけようと必死に堪える。 と、その時、いきなりアラが驚愕した顔をして誰かと話し出す。

 

「…………! (ハク)さま、お出でなされるのですか?」

 

「…………? いきなり何を……?」

 

「どうやら、あなたの力に興味を引かれたようですね」

 

アラは両手を突き出すように槍を水平に構えて目を閉じる。 するとアラからイットと似た魔力が出始める。

 

「こ、この力は……一体」

 

「はあああぁ——はっ!!」

 

呼吸と呼応し、一気に解放……黒髪を止めていた簪が消えて解け、一瞬で白く染まる。 目じりや頰に紅い模様が走り、目を開けると黄色の瞳が紅く、瞳孔が獣のように縦に細長く伸びていた。 極みつきは彼女の腰から生えているように見える9本の白い毛並みの尻尾。 どうやら彼女からから発せられる魔力で形成されているようだ。

 

『「さあ、来るがよい。 小童供」』

 

その口から出た声と言葉はまるで別人……妙齢の女性のような雰囲気だった。

 

「な、何この感じ……」

 

「いきなり姿や口調が……それにあの尻尾は……」

 

「!! ねねねーー!!」

 

驚きと彼女の殺気に満ちた視線で後退り、何かを感じ取ったねねがピョンピョンと跳ねる。

 

「どうしタ、ねね?」

 

「よしよし……物凄く興奮してますね」

 

「…………! まさか……あれはイットさんと同じ、怪異の力!?」

 

ミウラがねねを抱えて撫でて落ち着かせようとするも興奮は収まらない。 ねねにはメイフォンのサーチアプリと同じ機能を持っている……それでアインハルトはあれが怪異の力だと判断する。

 

その光景を観戦していた観客や、クー達はそれぞれの表情で驚愕していた。

 

「おーおー、プロフィールで知ってはいたが、まさかここで拝めるなんてな」

 

「アリサさん、彼女は一体?」

 

「——アランシャール・パンテーラ。 彼女は“狐憑き”よ。 彼女が髪に差していた簪……あれが本体よ」

 

「狐憑きっていやぁ……ヴィータのような“猫憑き”みたいなもんか?」

 

「討伐されて残滓しか残ってないヴィータとは違い、彼女の身にはまだSランク級グリムグリードが宿っているわ。とはいえ危険な存在でもない……お互いが共存し合っているのよ」

 

「つまり、彼女自身やその周りに危険はないのですね?」

 

「今の所は、ね。 それよりもイットよ。 少し不味いわね……」

 

空間ディスプレイに映るイットからは赤黒い魔力が電撃のように漏れ出している。 必死になって抑えようとしているが、もし戦闘にでも巻き込まれでもすれば……

 

そんな心配も他所に、豹変したアラはアインハルト達に襲いかかって行く。

 

「話には聞いていた《鬼神の力》……なんでいきなり出てきたんだ?」

 

「あの力が出てくるのは大抵、あの子の精神状態が不安定な時や身体に大きなダメージを受けた時と……魔力の枯渇が起きている時よ」

 

「つまり、あの技で魔力をほぼ使い果たし……鬼神の魔力が表面に出てきてしまった、ということですか」

 

「ええ。 最悪、強制的な危険してもらうしかなくなるけど……」

 

固唾を飲んで戦況を見守る大人達。

 

『「そぉれ」』

 

「っ……」

 

『「どうだ?」』

 

「あ!」

 

アラの力、技、速さ共に飛躍的に上がっており、防戦一方だった。

 

「イットさん! 大丈夫ですか!?」

 

「おい、持病持ちなんて聞いてねぇぞ!」

 

「——くっ! はあ、はあ……あ、危なかった……もう少しで呑まれる所だった」

 

鬼神の力を抑えることに集中していたイットから次第に赤黒い魔力が収まって行き……留める事に成功したが、大量の体力を消耗してしまった。

 

「『どうした? その程度かえ?』」

 

「っ……なんて覇気。 かなり上位の怪異が憑いているようですが……」

 

「『来ぬのなら……こちらから行くぞ!』」

 

神速の如く、アラの姿が掻き消え……

 

「『はあああぁ——はえへぁ……」

 

「え……」

 

「んん?」

 

次に姿を見せたのはイットの目の前で、髪が元の黒髪に戻りながら倒れていた。 先程の覇気や尻尾も消えて無くなり、呆気に取られる。

 

「……ぉ……お……おぉ……」

 

「お?」

 

「……お腹……すい……た……」

 

その言葉を最後に、地面に突っ伏してしまった。 するとアラの側に狐を模した簪が出現し、カランと音を鳴らして地に落ちた。

 

「……な、なんじゃソリャ……?」

 

「どうやらあの力を使うには色々と問題があったようだな」

 

「今回はそれに救われました。 でも……」

 

思う事があるのか、アインハルトは浮かない表情を見せる。 と、その時……

 

「うわあああ!!」

 

「くっ……」

 

どこからともなくミウラとフォンが吹き飛ばされてきた。 突然の事にお互いに驚く中、フォンはイットを見ると目を見開かせる。

 

「ミウラさん、フォンさん!」

 

「…………! なんて魔力の淀み……イットさん、一体何が……」

 

「そ、それは……」

 

「まあ、それは後にしましょう」

 

有無言わさずフォンはイットの背後に回って身を起こし、掌を背中に当てる。

 

「コオオォ——活っ!」

 

「おっ!?」

 

呼気と同時に気力を流すように掌底を入れられる。

 

「活を入れました。 気分はどうですか?」

 

「……凄い。 さっきまでの倦怠感が無くなって、スッキリした気分だ」

 

何事もなくスクッと立ち上がり、その様子を皆に見せる。

 

「……あ! それより、ミウラ達がここに吹っ飛んできたという事は……」

 

「あ」

 

次の瞬間……風の斬撃が飛来してきた。

 

「どわああ!?」

 

「なんて風……!」

 

「最初の空気砲の奴とは比べ物にならないナ」

 

ズボンのポケットに手を入れながら歩いてきたシュウは、倒れているアラとダイに一瞥すると、イラついたように舌を鳴らす。

 

「チッ、他の奴らはやられたか」

 

「これはしてやられたと言っていいのかな」

 

「シュウ・レオーネに、アウロラ・イグニス……」

 

さらにアウロラもやって来て、いよいよ決戦という雰囲気となってきた。

 

「さて、お互いに欲しいのはこれだね」

 

そう言って取り出したのはねねの二足の前脚……残りのパーツはイット達はミウラが胴体、エディが右後脚、イットが左後脚、自由に動いているがアインハルトが一応頭を持っている。

 

すると、アウロラは両手に持っていた前脚を放り投げ……ネイトとフォンがそれぞれの脚をキャッチする。

 

「なっ……」

 

「一体何のおつもりで?」

 

「そんな元を持っても邪魔なだけだし……全員倒した後、ゆっくりと回収させてもらう!」

 

手ぶらになったアウロラは走り出し、それと同時にイットも太刀を納刀した状態で走り出す。

 

「伍の型……」

 

「はっ!」

 

「残月!」

 

走る勢いを加えられた前蹴りを紙一重で躱し……至近距離での居合いを放った。 腹部を狙った居合いは手を交差させる事で防がれたが……一連の流れの間に、ネイトとフォンが左右から迫っていた。

 

「…………!」

 

「旋風残雲蹴!!」

 

フォンは高速で回転しながら連続で蹴りを放ち、ガードの上を何度も蹴り続けた。

 

「アイスメイク——(キューブ)!」

 

ガードで動きを止めている隙にネイトが氷の壁でアウロラを囲い込み……氷の立方体の中に閉じ込めた。

 

「大地の鉄槌!!」

 

その瞬間、真上からミウラが脚を突き出しながら落下。 氷の立方体を砕き、中のアウロラごと思いっきり踏み込んだ。

 

「ぐうっ……! せいっ!」

 

「おっと……」

 

これも防御の上だったが苦悶の表情を見せ、押し返してシュウの元まで後退する。

 

「っ……流石に慣れて来てるか」

 

「チンタラやってんじゃねえよ」

 

「だったらもう少し手伝ってくれてもバチは当たらない」

 

「フン……」

 

不機嫌そうに鼻を鳴らすと……風と共に一瞬でシュウの姿は消えてしまった。

 

「え……っ?」

 

「どこに……」

 

「…………! 上だ!!」

 

空を見上げると、遥か上空にはシュウが浮いていた。 シュウは静かに両手を広げ、天を仰いだ。 すると風が吹き、一瞬で局地的な嵐が起こり出した。

 

「ちょ! それ私も巻き込んで……!」

 

「喰らえ——嵐の八衝!」

 

次の瞬間、空が爆発し……上空から地上に向けて大量の大気が砲撃のように襲いかかってきた。

 

「なんて質量の風だ……あんなもん喰らったら!」

 

「はあああっ!!」

 

「イット、ミウラさん!!」

 

「え……」

 

襲いかかる風を前に、アインハルトは一気に魔力を高めながら拳を構え。 フォンはイットとミウラを引き寄せる。

 

「覇王——裂風掌(れっぷうしょう)!!」

 

「今です!!」

 

「うわっ!?」

 

真上に向かって放たれた掌底は衝撃波となって風を起こし、竜巻となって立ち昇る。 風と竜巻は衝突し……拮抗する事なく竜巻が押し返され、天から襲いかかった空は大地を揺るがした。

 

その衝撃はフィールド全体を揺るがす。 そして、風が止むと……嵐が吹いたそこには大きなクレーターが出来ていた。

 

「…………生き残ったか」

 

上空から見下ろすシュウの目に、アインハルト達が映る。 咄嗟にネイトが先程の氷の立方体で身を守ったようだが……跡形もなく吹き飛んでいた。 だが、それでも命からがら生き残っていた。

 

そして、アウロラも巻き添いを喰らっていた。 と、その時……シュウの頭上に影がさす。

 

「はあああっ!!」

 

「ぐはっ!」

 

蹴りを入れて来たのはミウラ……さらにその上にイットもいた。 どうやらアインハルトの技が道を作り、フォンが押し上げてシュウの攻撃を突破……あの土壇場でやり遂げたようだ。

 

「ここまでやるとはな……面白れぇじゃねえか!!」

 

「うわわ!」

 

「っ……」

 

風を操るシュウの前で空中戦は彼の独壇場……しかし、イットは風にその身を任せながら目を閉じ、意識を集中させる。

 

「——見えた。 風だ……追風だーーッ!!」

 

そして、開眼と同時にシュウを捉え、天高く叫ぶ。 風はシュウの手の中……その中にいる敵は問答無用で地に落とせる。 が、イットはその流れに逆らい、一気にシュウに接近する。

 

「なっ!」

 

「コオオオォ……」

 

懐に入り、呼気を高めながら円を描くように何度も斬りかかり……

 

「秘技・巻空撃!!」

 

一回転してから放たれた一撃で風を、空をシュウごと斬り裂いた。

 

横一文字に斬り裂かれたシュウは力を無くして落下し……真下にいたネイトが柔らかい性質に変化させた氷のクッションで受け止め、さらにその上に2人が落ちて来た。

 

「た、助かったぁ〜……」

 

「さすがにもう、魔力の限界だ……」

 

「え、えっと……勝った、のカ……?」

 

「紙一重、薄氷の勝利でしたが……」

 

あまり実感できないが、先程までの風が止んでいる事から戦いが終わった事を改めて実感する。

 

それから少し休んだ後、ねねパーツを確認する。

 

「これで6つ……尻尾以外のねねパーツは手に入ったね」

 

「ふう、ようやくか」

 

「さて……残るチームは——」

 

「そこまでだ!」

 

「ン?」

 

と、その時、静止の声が届いてきた。 辺りを見回すとクレーターの上に5人の男女がおり、ババーンっと登場していた。

 

「あれは……」

 

「残りのチーム、確かウィー……なんとか」

 

「ウィザーズだ!」

 

言葉がでないネイト。 リーダーらしき少年が名乗ると同時にイット達に向けて指をさした。

 

「あー……素で忘れてた」

 

「かなりの強敵でしたから……」

 

「くっ……いくらお前達が優れていようと、魔法の規模と量はこちらが上。 勝ち目はないぞ!」

 

「……典型的な魔法主義者ですね」

 

戦闘において魔法だけを重視している人を魔法主義者という。 魔力と魔法の腕だけを上げ、それ以外は疎か……怪異の出現や、《異界対策課》の活動開始以降、減少傾向にあるも、消えてはいなかったようだ。

 

「勝ち目云々より、なんで今の今まで出て来なかったんダ? コレだけ派手にやり合っていたんだから直ぐにでもこれただロ?」

 

「ぐっ……」

 

「そ、それは……」

 

「彼らの言い分を汲むのなら……圧倒的にシュウと呼ばれた彼に劣っています」

 

「卑怯とまでは言わないが、意気地無しだったわけだ」

 

「う、うるさい!」

 

図星だったのか、リーダーの少年は怒りを露わにし、魔力を込め出す。

 

「お前達は満身創痍。 これで僕達の勝利だ!」

 

「はあああ!!」

 

「喰らえーー!!」

 

怒りに任せ、問答無用で一斉に砲撃を撃ってきた。 迫る砲撃を前に……

 

「はっ!!」

 

弧影斬——

 

「はあああっ!!」

 

覇王裂風掌——

 

「とりゃああっ!!」

 

抜剣・彗星——

 

「吹っ飛べ……アホども!」

 

アイスメイク・大砲(キャノン)——

 

遠距離攻撃を持つ4人が技を放つ。 両者の攻撃がぶつかり合い……耐える間も事なく、イット達の攻撃があっさりと砲撃を破った。

 

「な、何ぃ一!?」

 

「そ、そんな……

 

「ば、馬鹿——」

 

驚きを隠せないウィザーズ。 反撃に転じる間も無く……イット達の攻撃が直撃した。

 

土煙が舞い、次第に晴れて行くと……そこには気絶して倒れるウィザーズの姿が。

 

「………………」

 

「弱っ」

 

「エ、エディさん! ダメですよ、本当の事を言っちゃ」

 

「ミウラさんも何気に毒を吐きますね」

 

兎にも角にも、ウィザーズから残り2つの尻尾パーツを奪取すると……イット達を中心にファンファーレが鳴り響いた。

 

『試合終了ー!! 勝者、チーム・ツバサクロニクル!』

 

「や、やったーー!!」

 

「お、終わった……やっと休める」

 

「フゥ……濃い数時間でしたね」

 

「それよりも早くねねを元に戻してください!」

 

「ねねね!」

 

「あ、そういえば……ねね、ゲットだぜー?」

 

「あおーん!」

 

「にゃおーん!」

 

その後、救護班がやってきて各チームを医務室に運ばれて行き。 そんな事よりも、軋む体も忘れて、イット達はねねを元に戻そうとクーの元に走って行った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

チーム・ツバサクロニクルが勝利したとはいえ、まだ地区大会……先の道のりは長く険しいが、とにかく今は勝利を喜び合った。

 

「ねー!」

 

「ねねー! よかったー、元に戻ってー!」

 

フィールドから地上に戻ったイット達。 テディーは五体満足に元に戻ったねねを抱きしめる。

 

「お兄ちゃん、大丈夫!? 怪我してない?」

 

「……これがそう見えるか?」

 

「全然そうは見えないよ、っと」

 

「イタタタッ!! ギブギブギブゥ!!」

 

マネージャーであるユミナが6人全員の治療や疲労を残さないためのケアを行っていた。

 

「最後は拍子抜けでしたが……それまでは1秒たりとも気を抜けない戦いでした」

 

「さすがはグラントフェスタと言った所か。 こりゃ、喜びも束の間になりそうだな」

 

「ええ、本戦ではさらに厳しい戦いになるでしょう」

 

「運の要素で勝った点が否めないな……」

 

「運も実力のうちよ」

 

そこへ保護者であるアリサが入ってきた。

 

「アリサ母さん……」

 

「運を引き寄せたのはあなた達の実力。 実力が伴ってこそ運命が生まれる……この勝利は紛れもなくあなた達のものよ」

 

「そ、そう言われると……照れてしまいます」

 

「アイタタタァ……ユミナ、容赦ないヨ……」

 

「ちゃんとストレッチしないと明日は筋肉痛になるよ。 というか、エディさんは少し体が硬いよ。 もう少し柔軟性を付けないと」

 

「それは今後の課題だな」

 

「はい。 今日の反省すべき点を直し、次に繋げて行きましょう」

 

「元気は有り余っているみてーだな」

 

そこへクーとエテルナが部屋に入ってきた。

 

「よっす、地区大会優勝おめでとさん」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「本戦の日時はおってお伝えします。 治療が済んだのなら、今日はゆっくり休んでください」

 

「分かったヨ」

 

「流石にクタクタです……」

 

それだけを伝えるとクー達は部屋を後にしようとする。 と、クーは立ち止まって顔だけ振り返る。

 

「ま、頑張れよ。 初戦敗退しても、まあ気にしなさんな」

 

そう言い残してから去っていった。

 

「そ、そうだっタ……まだ始まったばかりなんダ」

 

「地区大会優勝……嬉しいけど、まだね」

 

「うん。 あまり、この後祝勝を上げる気にはなれないね……」

 

「何言っているんですか!」

 

そこでヴィヴィオが待ったをかける。

 

「そうですよ! 優勝は優勝、ちゃんとお祝いしないと!」

 

「もう場所は決めてありますから、この後皆で行きましょう!」

 

「いや行きましょうって……強制かよ」

 

「あ、あはは……でも、またお腹も空いたし、祝勝……とまではいかなくても、何か食べには行こうよ」

 

「参戦〜!!」

 

「フフ、今日は奢ってあげるから、好きなだけ食べなさい」

 

「やったー!」

 

「リオは今日何もしてないのですから、少しは遠慮しなさい」

 

「してたもーん! ハラハラドキドキしながら見守ってたんだから!」

 

こうして、イット達、チーム・ツバサクロニクルの地区大会は終わり……次の戦いに向けて進み始めた。

 



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容赦無用のホステージ

『今日のニュースです。 先週、名門校で暴力事件が発生した——』

 

グラント・フェスタ地区予選から2週間程……イット達はそれぞれが普通の学院生活を送りながら日々の研鑽を積む中、朝のお茶の間にあるニュースが流れていた。

 

「なんか、怖いなぁ」

 

「イジメか……あまり縁はないけど、酷い事をするものだな」

 

「——この件についてはそろそろ方が付くわ」

 

イットとヴィヴィオの呟きに答えるように、飲み物を持ってきたアリサがこの事件に関与している風に答える。

 

「アリサママ」

 

「もしかして一枚噛んでいるんだ?」

 

「メチャメチャのメチャにされた、イジメていた女の子達が虚偽の被害報告を出しているそうでね。 証拠集めに駆り出されているわけ。 まあ、情報収集のスペシャリストがいるからそこまで苦労はしなかっけど」

 

「ふぅん?」

 

「情報収集の、スペシャリスト……?」

 

何のことかサッパリだったが、考える暇もなく時間となり……2人は朝食を済ませて家を出た。

 

「お兄ちゃん」

 

家を出ようとした時、妹の三女のみやびがイットを呼び止めた。

 

「ん? どうかしたか、みやび?」

 

「これ」

 

そう言って渡してきたのは1枚の長方形のカード……Xの数字が刻印されたタロットカードだった。

 

「これは……」

 

「運命の輪、逆位置。 今日はアクシデント」

 

「そ、そうなのか……気をつけるよ」

 

「うん」

 

みやびは占いが好きだ。 そこには稀少技能(レアスキル)という稀有な魔法が関わっているのだが……それは追々説明しよう。

 

2人はいつもの通学路を歩いてザンクト・ヒルデ魔法学院に向かい、それぞれのクラス……イットは6年Aクラスの教室に入った。

 

「おはよう、皆」

 

「あ、おはよう、イット君」

 

「おはようさん」

 

いつものようにユミナ達に挨拶をし、自分の席に座るとネイトが近寄ってきた。

 

「なあ聞いたか、今朝のニュース?」

 

「今朝というと……暴力事件の事ですか?」

 

「ああ、なんでも被害者の女子は顔が血だらけになるくらいの重症で病院送りにされたみたいだ」

 

「ひえー、想像したくないよ」

 

「事件が起きた原因は分からないのですか?」

 

話を聞いて歩いてきたアインハルトの質問に、ネイトは横に首を振った。

 

「そこは何にも。 イットはなんか知らないか? 親から聞いてたりとか」

 

「アリサ母さんがその事件に少しな。 詳しい事は聞いてないけど、早くて今日中に終わるらしい」

 

「さすがは異界対策課、仕事が早いよ」

 

「あん!」

 

「にゃ、にゃ」

 

そんな話を他所に、イットの机の上で子犬と子猫のデバイスはじゃれあっていた。 そんな2匹にアインハルトは手のひらサイズのボールをあげる。

 

「そういえばエディさん、がんばっているみたいだね」

 

「いい経験になったのでしょう、DSAAで連勝続き……U15のチャンピオンも夢ではないでしょう」

 

「アインハルトはこういうのには興味ないのか?」

 

「え……私は、その……」

 

「まあ、参加は人それぞれだろ。 エディは大変だと思うけど、俺達もグランドフェスタに集中しよう」

 

「分かっています」

 

と、そこでチャイムが鳴り。 今日の授業が開始された。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

放課後——

 

今日のグランドフェスタに向けての特訓は休みとなっており、イットは今晩の夕食の買い出しに近くのスーパーマーケットに向かっていた。

 

「さてと、何買うんだっけ……ん?」

 

メイフォンでメモを確認しようとした時、横を通り抜けた銀髪の少女に目がいった。 少女は落ち込んだ様子で俯き加減で歩いている。 加えて履物がスリッパだった。

 

何かあった……そう感じたイットは声をかけようとした時……大きな音を立て、彼女に向かって急速に車が接近してきた。

 

「来い!!」

 

「ああ……っ!!」

 

「やめろっ!」

 

車から男達が現れ、少女を誘拐しようとした。 咄嗟にイットが助けに入るが、男の1人に妨害されてしまう。

 

その隙に少女は車に乗せられ……誘拐されてしまった。

 

「人が拐われたぞ!!」

 

「警邏隊に連絡を!」

 

当然、誘拐を目撃した周囲が騒ぎ始める。

 

「置いていきやがって……どけ、ガキぃ!!」

 

「——破甲拳!!」

 

「ぐはっ!!」

 

襲いかかってきた男の腹部に向けて掌底を放ち沈め、車が走り去った先を見据える。

 

「しまったな……一体どこに……」

 

「リンネ……!」

 

「ん?」

 

誰かを呼ぶ声がして振り返ると……いつの間にか、男の側に軽く逆立った藍色の短髪の少年が立っていた。

 

少年は車が走り去った方角をキッと怒りのこもった目で睨みつけ、一瞬で怒りが引いた顔で男を見下ろした。

 

(気配がなかった……!)

 

「手荒な真似はしない」

 

「お、おい何しやがる——」

 

有無言わさず少年は男を引きずって路地裏に入っていき……

 

——ぎゃああああ!! ごめんなさいごめんなさい!! 言います言います!!

 

「あー、すみませーん。 ここから先はR指定でーす」

 

「あん!」

 

「何やっているのよ……」

 

その光景を見て、通行人の眼鏡の女性が呆れていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ミッドチルダ東部・娯楽街——

 

娯楽街の中心から離れた場所にある、最近潰れて閉鎖されたゲームセンター……その前に一台の車が停車しており、ゲームセンターの前には見張りらしき男が立っていた。

 

そしてゲームセンター内では……数十人の不良達が誘拐した少女を痛みつけていた。

 

「なんでこんな目にあっているのかわかるか? 先週お前がブン殴って病院送りにしたサラはな……あいつは、鼻と頬骨が折れてる……痛がって怖がって、毎日泣いてんだ!」

 

どうやら朝方ニュースになっていた名門校の暴力事件に関係しており……被害者の親族と容疑者の関係……このリンチは復讐か、報復のようだ。

 

「へへ……」

 

「…………最後に……フーちゃんと、アマノ君に……会いたかった……」

 

懺悔をするように少女が呟く……と、次の瞬間、大きな音を立てて人がドアを破ってゲームセンター内に吹き飛んで来た。

 

吹き飛んできた男は見張りをしていた者で……次に3つの人影がゲームセンターに入ってきた。

 

「はあ、はあ! 近場で助かったわぁ……走って車を追いかけるのは……はぁ、しんどい……」

 

「素でそれだけ出来れば十分ですよ」

 

「あん!」

 

「………………」

 

周りの不良どもに目もくれず入ってくるのは、3人の中で年長者であるメガネの女性と、太刀を腰に佩刀している黒髪の少年、イットと、イットより少し年下の藍色の髪をした少年だった。

 

「あ……アマノ……君……」

 

「へっ……!」

 

ゲスな顔付きで近づいてくる男達……それを、女性は顔面に裏拳、イットは納刀状態の太刀で面打ち、少年は手刀を鳩尾に突き入れ、一撃で昏倒させる。

 

「てめっ!」

 

「っ……でっ!!」

 

仲間がやられて次が襲いかかる。 女性は歩くように近寄り……金的からの回し蹴り。

 

「よっ、はっ!!」

 

イットは太刀を薙いで膝を折らせるように膝内を打ち、膝をついたところで顎を打って昏倒。

 

「っ!!」

 

少年は高く飛び上がってからの回し蹴り。 3人は無表情で男達を戦闘不能にする。

 

「ふぅ……そんな小さい女の子を攫って、一体なんのつもりなの?」

 

「………………」

 

「な、なんだテメェ!?」

 

「通りすがりの、元格闘家です」

 

「通りすがりの剣士です」

 

「通りすがりの忍……彼女の友人だ」

 

「おっと、動くんじゃねえ」

 

「ひっ……!」

 

男はナイフを抜くと、銀髪の少女……リンネの首筋に刀身を添えた。

 

「デバイス、武器類を洗いざらい捨てな」

 

「くっ……」

 

形勢逆転、周囲の不良どもはどう3人を嬲ろうかと不敵に笑いだす。

 

女性は丸腰のようで両手を上げて首を振り、イットは太刀を床に置いた。 シオンはデバイスだが、誰も犬のぬいぐるみがデバイスとは思うまい。

 

そして、周囲の不良どもが嘲笑う中、少年は……腰から質量兵器の苦無を大量に捨て、それと同じ数の手裏剣を捨て……それから煙玉、まきびし、鎖分銅、手甲鉤、丸太をガチャガチャと音を立てながら次々と捨て、小山くらいに積み上がった武器類を見て不良どもは絶句する。

 

「これでいいか?」

 

「どこに入ってたんだよそれ!?」

 

「……アマノ君の身体は……不思議だから……」

 

自分の置かれている立場も忘れて呟く少女。

 

「ま、まあいい。 お前ら、そいつらを可愛がってやれ」

 

気を取り直して、不良どもは刃物や鈍器を向けながらジリジリと近寄ってくる。

 

「に、逃げてください! アマノ……あなた達には関係ないんだから!」

 

「誰が逃すかよ!」

 

「ああっ!!」

 

「——おらあああああっ!!」

 

「ちっ!」

 

「来るなら来なさい……」

 

不良どもが一斉に襲いかかろうとした時……

 

「注目!!」

 

突然、彼女からアマノと呼ばれた少年が真横を……ゲーム台を指差した。 彼の叫びで不良どもが足を止めた。 するとゲーム台の電源が付き……どこかの病室が写しだされた。病室のベットには重症の少女が横たわっている。

 

全員の視線が画面に注がれ……不良のリーダーが目を見開いた。

 

「サ、サラ!」

 

「そう。 お前の妹だ。 ここに来る前に、彼女が今使っている医療機器に少し細工をしておいてね。 お前は妹とを心底大事にしているそうだな?」

 

「どこでそれを!」

 

「独自の情報だ」

 

「………………」

 

その独自の情報というのは、今は警邏隊に捕まっている先程の男を脅して得た情報であるという事は……イットとメガネの女性しか知らなかった。

 

「テメェ……! なんのつもりだ!!」

 

「何もしないさ。 そう……何もな」

 

不意に片手をあげるアマノ。 その手には6つのスイッチがあるリモコン、そのリモコンのスイッチを1つ入れると……画面内の少女が苦しみ始めた。

 

「サ、サラァー!」

 

「残り5つ……お前の妹が危険な状態に陥るまで、後いくつかな?」

 

そう言いながらまた1つ……少女はさらに苦しみだす。 それを見ていたリンネは痛みも忘れてポカーンと口を開けていた。

 

「さあ、どうする?」

 

「ちょ、ちょっとあなた、いくらなんでもやり過ぎじゃ……」

 

「や、やめろ!! さもないと——」

 

「さもない、と?」

 

リンネの眼前にナイフを突きつけて脅して来たが、アマノはさらにスイッチを入れて返答。 少女に繋がれている心拍計が危険な音を出し始める。

 

「っーーー!! こ、この女がどうなってもいいのか!!」

 

「ひっ!!」

 

「……殺すか……それもやむなしだ」

 

『はあっ!?』

 

淡々としたアマノの答えに、リンネや男はおろかイットと女性も驚愕する。

 

「リンネ……済まないがあの少女と、運命を共にしてくれ。テロリストには譲歩しない、これは次元世界常識だ」

 

「いつも思っているけど唐突だよね!?」

 

「安心しろ。 孤児院への遺書は俺が書く」

 

「書かないでよ!」

 

「では選べ! バーボン! 2人とも助けるか……2人とも殺すかだ」

 

滅茶苦茶だが、不良どもの戦意を削ぐには効果的だった。 誰もがどうしようかと頭を悩ませている。

 

も不良どもをまとめる立場として示しがつかないと、しかし妹の命が……この2つを天秤にかけていた。

 

「誰にでも大切なものはある」

 

痺れを切らしたのか、アマノが口を開く。 その顔はどこか闇に見えるような顔をしている。 すると、アマノは辺りを見回して不良どもの中の1人に指をさした。

 

「例えばお前。 そう、お前だ。 お前の名前はラム・バン」

 

「なっ!?」

 

「ノース魔法科高校2年。 中等部の妹を可愛がっている。その妹は毎日、夕方6時頃にアルト通りを通って帰宅する。 人気の少ない通りだ……どこかの悪党に狙われないか、心配だな?」

 

「あああっ!?」

 

その光景を想像したのか、ラムと呼ばれた不良は絶叫をあげる。 さらに続けてアマノは指をさす。

 

「それからお前だ、ジン・クリッパー。 ボタンインコを飼っているそうだな?」

 

「っ……!?」

 

「11歳の時に親に懇願して買ってもらった。 ボタンインコはすぐに死ぬらしいぞ? 窓の隙間から殺虫剤を流し込まれただけで……悶え苦しみ痙攣した挙句——」

 

「やめろおおおっ!! やめてくれーー!!」

 

「怯える事はない。 俺はお前のインコの話をしただけだ」

 

「……エグい……」

 

先程の不良と同様の反応を見せる。 2人の反応から見るにアマノの言葉は真実であり、そして逆らったら大事なものを失うという事実を突きつけられる。

 

ペースと命と等しい宝物はアマノの手の中、誰も逆らうことはできない。

 

「お前はウォカ・フォーカス。 汗水垂らしてやっと買ったバイクが……」

 

「うっ!?」

 

「お前はリッシュ・ナダ。 最愛の母親と2人暮らし」

 

「いいっ!?」

 

「そこのコザック・ナイトロは最近1つ年下の彼女が出来た」

 

「なあっ!?」

 

「さらにそこ、テキーラ・ターセルの姉は1週間前に子どもを出産、病院の医師から——」

 

『うわああああああ!!!』

 

アマノに恐怖したのか、耐えきれなかった不良どもは絶叫を上げながら一目散にゲームセンターから逃げ出した。

 

後に残ったのはアマノとリンネと呼ばれた少女、そしてメガネの女性とイットと……リーダー格である男だけだった。

 

男が放心している間にアマノはリンネの元に歩み寄り、彼女を拘束していた縄を苦無で切った。

 

「無事か、リンネ?」

 

「あ、ありがとう……でも……」

 

アマノはリンネに上着を着せ、リンネはお礼を言うと再び俯く。

 

「言いたい事はわかる。 さっさと全員縛り上げるべき——」

 

「違うから!! いくらなんでもやり過ぎだって!!」

 

画面を指差し、自分を貶めようと人物の心配をするリンネ。 それに対してアマノはどこ吹く風のように流し、手の平に隠されていた第7のボタンを押すと……ゲーム台の画面が消えてしまった。

 

「え……」

 

「へ……」

 

「合成画像のフェイクだ。 アラートが鳴っているにも関わらず医者も看護師も来なかった事に疑問を持たなかったのか?」

 

「………………チ、チクショー!!」

 

騙された事に怒りながら襲いかかろうとするが、女性が前に出た事で止まる。 しかしそれでも治る事はなく、リンネを指差す。

 

「いいか!? このガキは犯罪者なんだよ!」

 

「…………?」

 

「ウチの妹の顔面をグチャグチャにしやがった!」

 

「あら? それ本当?」

 

「…………本当です。 色んな事があって……それで……」

 

「もしかして、今朝ニュースで……」

 

イットはそこで、リンネが暴力事件の加害者だと気づく。 だがそれだけで彼女が悪かと判断する事はなく、事の次第を見守る。

 

「だからって、攫って敵討ちはいけないでしょう? ましてそんな……いやらしい感じに」

 

「いやらしい言わないでください……」

 

「うるせぇ! こいつにやられたウチの妹も友達も、なんも悪いことなんてしてねぇんだぞ!」

 

その言葉に、リンネは肩を震わせて目を見開く。

 

「友達同士の軽口にこいつが勝手にキレて……それでいきなり!」

 

「…………!」

 

「——それはないな」

 

彼の言葉をバッサリ否定するようにアマノは口を開き、続けてメモ帳を取り出して目を通す。

 

「事件後、洗いざらい調べたが……良家のベルリネッタ家のリンネが実は元孤児であったことを理由にクラスメイトであり被害者3名……お前の妹とその他2名からいじめの対象とされてしまう。 事件前日、リンネは自分のロッカーにあったジャージが切り裂かれており、さらにベルリネッタ家に伝わる御守り、《スクーデリア》が盗難されていた。 置き手紙から女子トイレに呼び出されたリンネは罵詈雑言を受ける。 さらに同時刻、ロイ・ベルリネッタ……リンネの義理の祖父の急な発作でリンネの義理の母親、ローリー・ベルリネッタからの呼び出しを受けるも、女子トイレでいじめを行う被害者3名から暴行を加えられリンネは気絶。目が覚めた時にはもう手遅れで、義祖父の臨終に立ち会うことができなかった。

……ここからは友人としての推測だが、リンネは一気に襲いかかった深い悲しみで絶望を覚え……翌日、ヤケになったリンネはいじめを行った3名に報復する。 以上だ」

 

淡々と、感情移入することなく事件の真相を淀みなく説明した。

 

「なんとまあ……」

 

(もしかしてアリサ母さんが言っていた情報収集のスペシャリストって……)

 

「……ふ、ふざけた事抜かしてんじゃ——」

 

「彼女から……」

 

それでも納得できない彼の言葉を塞ぐように、リンネがアマノの手を振り切って前に出る。

 

「彼女から、そう聞いたんですか?」

 

「リンネ!」

 

「彼女から! そう聞いたんですか!?」

 

「ぐあっ!」

 

制止を振り切ってリンネは胸倉と片腕を掴んで持ち上げる。 その力は圧倒的で、普通の少女が出せる力をゆうに超えていた。

 

「事実と違います。 全て、アマノ君が言った通り、それが真実です。 あの子達が、私と祖父と、スクーデリアにした事を謝ってくれるなら……」

 

「ぐううっ、ぐあああ……っ!!」

 

「なんて力だ……」

 

「くぅん……」

 

「リンネは生まれつき膂力が高い。 被害者3名の顔面がグチャグチャのグチャになった要因でもある」

 

そう言ってメイフォンを見せるアマノ。 イットと女性が画面を覗き込むと……そこには血塗れの少女3人と大きく凹んだ下駄箱、床に散乱した上履き、そして返り血を浴びたリンネが写っていた。

 

「暴力を振るった事は謝ります。 その後で、あの子が私に、同じだけ殴り返したいと言うのなら……それを黙って受け止めます」

 

「ぐああああ!! ああぁぁ!!」

 

「だけどもしも、彼女が家族にまで嘘をつくような人であるなら……」

 

男の手首から嫌な音が大きくなってくる。 リンネは手首を離し、軽蔑した目で男を睨む。

 

「私は……もっと……許せなくなる……」

 

「はあ!! はあっ!! はあ!!」

 

息を荒げながら折れてないか自身の手首をさする男……そんな男を無視してリンネはペコリと3人に礼をした。

 

「リンネ。 無事でよかった」

 

「ありがとう、アマノ君。 フーちゃんと一緒に来てくれたらもっと嬉しかったけど」

 

「全く、余裕ぶっこいて」

 

アマノに額を小突かれ、リンネは苦笑する。

 

「あ、そういえばすみません」

 

と、そこでリンネは思い出したかのように男に振り替えり質問をする。

 

「サラって……3人の中の、どの子?」

 

「……え……」

 

「はあ……リンネは興味が無いものにはとことん興味が無いな。 頭の上にリボンをつけたやつだ」

 

「…………あぁ…………」

 

言われてようやく思い出す。 知りたくも無かったのか、それとも本当に興味が無かったのかは定かではないが……リンネは報復を果たした当時、怒りも悲しみも絶望も……何も感じ無かったのかもしれない。

 

「……ああぁ……ああああっ!!」

 

「下がって!」

 

「ふんっ!」

 

狂乱した男はリンネに襲いかかろうとする。 その前に女性が前に出て蹴り飛ばし……ゲーム台を薙ぎ倒しながらようやく沈黙した。

 

「私、ジル・ストーラです。 あなたは? それと、あなた達も」

 

「リンネ……ベルリネッタです」

 

「神崎 一兎です。 こっちは相棒のシオン」

 

「あん!」

 

「アマノ・ヒノミヤ。 助太刀、感謝する」

 

その後、警邏隊が到着。 先に逃げ出した不良も含めてまとめて逮捕された。

 

リンネはアマノが提示した証拠から無実となったが、本人の希望で保護観察期間を設けた。 リンネは養子縁組の破棄も望んでいたが、彼女を説得するのはベルリネッタ家や彼次第だろう。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

あの後、買い物があるため調書から逃……後回しにしたイットは遅れながらも買い出しを済ませ帰宅した。

 

その途中、逃げる前に彼らが連行されていくのを見て、アマノはボソリと呟いた。

 

「事件があった翌日からリンネの周辺警護をしていた。 施設から逃げ出したリンネを偶然発見した事には気付いていたが……まさか白昼堂々と人攫いをするとは思ってもみなかった。 家族愛とは盲目なものだ」

 

と、言っていた。 イットは分からなくもなく、自分も誤ちに陥らないように気をつけるようにする。

 

ちなみに、今回の事件はニュースになっており、夕食で食卓を囲んだ時……何処と無く親達からの視線が痛かった。

 

(これは絶対に気付かれてたな……)

 

「くぅん?」

 

寝そべっていたシオンがイットの心情に気付いたのか顔を上げ、イットは苦笑しながらシオンの頭を撫でる。

 

「しかし、ジルさんに誘われた時のリンネのあの顔は……」

 

ジルはリンネのポテンシャルを見て、格闘技に興味はないかと自身のジムにスカウトしていた。 その時のリンネの表情が……記憶の奥底に浮かぶ、鏡に映った顔に似ていた。

 

「力を求めて、何もかもを喰らおうとした……彼女の顔にそっくりだった」

 

もう残っているものは無くても、何を捨ててでもやり遂げようとした

 

「——リンネ・ベルリネッタ。 彼女はどこに向かうんだろうか……」

 

窓を開けて夜空を見上げ、空に浮かぶ月を見つめる。 その月は……イットの視界には何処と無く赤く見えた。

 



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本戦、そして……

明日、グラウンドフェスタ本戦第1回戦を控えており。 イット達チーム・ツバサクロニクルは早朝から最後の追い込みをかけていた。

 

いつも使用しているミッドチルダ西部にあら野外の練習場、ミウラとエディは居合いの構えで身構えるイットに向かって走り出す。

 

「ふっ」

 

「エディ!」

 

「デヤアアッ!!」

 

足払いをかけにスライディングを仕掛けたミウラ。 イットは跳躍して回避し、それを追いかけエディが追撃をかける。

 

「甘い——!」

 

伍の型・残月——

 

エディの蹴りを身を捻ってかわし、避けた瞬間抜刀し弾き返した。

 

「今のは良かったぞ」

 

「うーん、もう少しだったんだけどなぁ」

 

「ちょっと悔しいヨォ〜」

 

グランドフェスタの本戦前日であっても手は抜かず、全力で挑む。 それから数時間……日が真上に登った昼頃に練習を終えた。

 

「今日の訓練はここまで。 予定通り、残りの時間は明日に備えて各自休んでくれ」

 

「えー、もう少しやってもいいんじゃないかナー?」

 

「疲れを残していると本番で力が発揮できませんよ?」

 

「休むこともまた練習。 しっかりクールダウンしてから上がってね」

 

『はーい』

 

マネージャーの指示に従い、ジョギングや柔軟をしてクールダウンを行っていると……

 

「お兄ちゃ〜ん!!」

 

「兄ちゃ〜ん!!」

 

「兄さーん!」

 

妹3人組が手にバックを持ちながら駆け寄ってきた。

 

「ヴィヴィオ。 どうしたんだ?」

 

「いい匂いがするけど、もしかして?」

 

「はい、お弁当です。 なのはママが作ってくれたんです。 皆さんの分もあるので、皆で食べましょう!」

 

「あたし達も手伝ったんですよ!」

 

「お口に合うのか心配ですけど……」

 

「へえー」

 

せっかくなのでご馳走になり、イット達は近くの小さな湖がある記念公園の一角にシート引き食べることになった。

 

メニューは……簡単に言えば海苔弁だが。 揚げ物、サラダ、スープと言ったものもありバランスもよく、満足感ある弁当だった。

 

「これは、また手の込んだ……」

 

「ええ……とても食欲が唆られる見た目と匂いです」

 

「しかも、どれもサイキョーに美味しい〜!」

 

「疲れも吹き飛んじゃいます!」

 

皆、手に持つ弁当を美味しそうに食べ。 勢いよくがっつく事はないが、エディとミウラは食の手を緩めない。

 

「気に入ってもらえて良かったです」

 

「とても美味しいです……ヴィヴィオさん、リオさん、コロナさん、どうもありがとうございます」

 

「いえいえ、喜んでもらえるならそれで」

 

「(ぱくっ)ん〜、このフライとても柔らかいのにサクサクで美味しいー!」

 

「スープもとろみがあって……けど、ちょっとフライの魚と味が似てるナ? 美味しいけど」

 

「魚はタラエを使っていて、柔らかくするために一度煮ていて……その時に出た出汁をスープに使っているんです」

 

「前に、上手く出汁の取り方をお母さんから教わってたんだ。 お母さんも老師って人から教えてもらったみたい」

 

(老師……)

 

「いいなぁ。 ねえリオちゃん、今度教えてもらえるかな? 料理のレパートリーを増やしたいし」

 

「あ、僕もお願いできるかな?」

 

「はい、もちろん!」

 

料理ができるユミナとミウラは料理談義に花を咲かせるのを……

 

「……私も料理を覚えておいた方がいいのでしょうか?」

 

「ウン?」

 

その会話を見ていたアインハルトは料理を覚えるべきか悩み、エディは全く興味がないようだった。

 

と、ヴィヴィオはイットの手が止まっていることに気がつく。

 

「お兄ちゃん? ……もしかして、美味しくなかった?」

 

「ああいや……そうじゃないんだ。 ただ、なんていうか……いつもの味だなあって思ってさ」

 

「あー……うん、そうだね。 いつも違う料理と味が出て来て、どれが神崎家の味なのか迷走したるもんねぇ」

 

「迷走というか、争っているだろこれ」

 

「あおーん(はぐはぐ)」

 

「にゃー(はぐはぐ)」

 

嫁が複数いると家庭の味が中々決まらないのであろう……そんな中、シートの真ん中ではシオンとティオは2匹の為に作られた餌を食べていた。

 

「ガブ……うんめぇな。 イットん家いつもこんなうめぇもん食ってんのか。 中々いいもんだなぁ」

 

「……決まってないとはいえ、これも家庭の味の一つ。 そういえば久しく口にしてませんでしたね……」

 

「え、ネイトさん達とフォンさん達の家はあんまり食べてないんですか?」

 

「食べてないっうか……お袋は2年前の事件で行方不明になっててな。 家庭っつうか、もうお袋の味は食べてない。 いつもは親父が作ってんだ」

 

「私達の実家はルーフェンにあります。 その気になればいつでも帰郷できますが……まだまだ修行中の身、そう簡単には帰れません」

 

「あ……」

 

ウェズリー家はともかく、ティミル家の事情を聞いてしまい、居た堪れない気持ちになってしまう。

 

「その……ごめん」

 

「謝る必要はねえよ。 お袋は管理局に属して無かったとはいえ、俺らに創造魔法(クリエイト)を教えた魔導師。 そう簡単にくたばる人じゃねえ」

 

「お母さんが帰って来れないのは事情がある……って、お父さんも言ってました。 だから私達はその時まで待っているんです」

 

「そうなのですか……」

 

「……あの、良かったらどうぞ」

 

「僕も、ちょっとネイトだからって無神経に思っていた」

 

「うん……」

 

「そんな気遣いいらねえよ! っていうかミウラ、それどう言う意味だ!?」

 

同情してフライを渡そうとするアインハルトとミウラとユミナ。 そんな風に思われたくないネイトはかきこむように弁当を食べる。

 

その後イット達は、弁当を華麗に平らげて解散となり——メンバーはそれぞれの帰路に着く。

 

イットとヴィヴィオ、アインハルトの帰り道は途中まで同じのため同行する事になったが……どうにもアインハルトは妙にオドオドしていた。

 

「あの……ヴィヴィオさん」

 

「うん? 何ですか、アインハルトさん?」

 

「えっと……その……」

 

冷静沈着なアインハルトにしては妙に歯切れが悪い。 というよりも、何故かアインハルトはヴィヴィオを前にするといつもたどたどしくなる。

 

「……なんでもありません……」

 

「………………」

 

その言葉を最後に会話はなくなってしまい。 途中でアインハルトは2人と別れ、見送った後ヴィヴィオはイットに声をかける。

 

「ねえ、お兄ちゃん。 私は……どうすればアインハルトさんと仲良くなれるのかな?」

 

「……分からない。 彼女の身の上は、俺達に流れる血でおおよそ見当がつくが……こればっかりはアインハルト自身が決めることだ。 俺達に出来る事は……」

 

「出来る事は?」

 

「——その時になったら考える」

 

「え、ええ〜?」

 

煮えきれないヴィヴィオはしつこくイットに質問ぜめにしながら、兄妹は帰路についた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

グランドフェスタ、本戦当日——

 

「おおー……!」

 

「人がこんなにも……」

 

ミッドチルダ中央部のクラナガン……その地域にある大型スタジアム、そこでグランドフェスタの本戦が行われようとしている。

 

人も予選の参加人数を優に超える人が会場の内外に敷き詰めていた。

 

「もう完全にお祭り騒ぎだね。 DSAAとは大違い」

 

「あっちも観客は多いには多いが、こんな露店なんてねぇからな」

 

「それだけ大規模な大会なんですね」

 

「ニャー」

 

「あ、いたいた!」

 

「兄ちゃーん!」

 

そこへ人混みを掻き分けてコロナとリオが駆け足で駆け寄って来た。

 

「なんだ、お前達も来ていたのか」

 

「なんだじゃないよも〜。 皆して私達を置いて行っちゃうなんて酷いよ」

 

「選手の参加登録がありましたから」

 

「……ん? そういえばヴィヴィオは?」

 

「ヴィヴィオは……あ、あそこ」

 

リオが辺りを見回し……露店の前にいたヴィヴィオと、露店の食べ物を勢いよく頬張っているテディーとねねを指差した。

 

「はぐはぐはぐ」

 

「ねぇー!」

 

「もう、そんなにがっつかなくても食べ物は逃げないよ」

 

テディーとねねは一口サイズのカステラを頬張り、ヴィヴィオが恭しく水を差さしだしていた。

 

と、そこへ2人を連れてくるように長い金髪を毛先の近くで纏めている美女がイット達の元にやってきた。

 

(うわぁ……)

 

(チョー美人……)

 

女子陣は彼女の美貌に見ほれる中……目の前に来た彼女はニコリと笑った。

 

「あなた達がこの子達の友達だね。 初めまして、フェイト・T・カンザキです。 よろしくね」

 

「あ、はい」

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

やんわりと微笑みながら挨拶するフェイトに、アインハルト達はおずおずと頭を下げる。

 

と、そこで突然イットはネイトとミウラに肩を掴まれ、フェイト達に背を向けてヒソヒソと話し始めた。

 

(おいどういう事だよイット)

 

(どうって、何がだ?)

 

(あ、あのフェイトさんが来てくるなんて聞いてないよぉー!)

 

(俺も誰が来るのかは聞いてなかったからな)

 

「えっと、どうかしたのかな?」

 

「い、いいえ……」

 

「何でもありません!」

 

「そう?」

 

内緒話をしていた彼らにフェイトは声をかけ、ミウラとネイトは慌ただしく何でもないと手を振る。

 

『——10時より、グランドフェスタ本戦の開会式を行います。 出場選手は……』

 

スピーカーから聞こえて来た放送で、イット達は気を引き締める。

 

「呼ばれたみたい」

 

「それじゃあフェイト母さん、行って来るよ」

 

「気をつけてねー」

 

「皆ー! 頑張ってねー!」

 

「ふぁんふぁれー(頑張れー)」

 

「ねー!」

 

フェイト達の声援をもらい、イット達は会場に向かって走り出した。

 

「さあて、初戦は張り切ってやるか!」

 

「はい!」

 

「ニャー!」

 

「チーム・ツバサクロニクル、行くぞ!」

 

『おおーっ!!』

 

イット達とヴィヴィオ達が息を揃えて空に拳を突き出した。 そして……

 

チーム・ツバサクロニクル……初戦敗退。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

イット達の大会は終わり、今はフェイトが運転する車の中……車内はまるで通夜のような重い空気で沈黙が続いていた。

 

「……………………」

 

「え、えっと……」

 

「……………………」

 

(ど、どうしよ〜……)

 

事情は分かるとはいえ、ヴィヴィオ達はこの重い空気に耐えられず、空気を変えようと奮闘するも……何も名案は思い浮かばない。

 

「………………」

 

1番沈黙が重いのはイットだった。 イットの手の中には、半ば刀身が折れた太刀が握られていた。

 

「風切、折れちゃったナ……」

 

「ああ……でも、仕方ないさ」

 

太刀を鞘に納め、イットは窓の外を覗き過ぎ去る景色を横目で見る。

 

「圧倒的だった。 個人の技量なら優っていたかもしれない。 けど、まるで1つの生物のような連携で俺達を圧倒した」

 

「あの連携をこじ開けるのは至難の技……あれだけ善戦できただけでも良しとするしかないでしょう」

 

「悔しくないわけじゃないですけど……」

 

「でも……」

 

負けて仕方がない流れになろうとする中、アインハルトは俯きながら両手を強く握りしめていた。

 

「でも、私は……勝たなきゃ……こんな事じゃ……守る事なんて……!」

 

「アインハルトさん……」

 

感情を表に出す事が少ないアインハルトが拳をさらに強く握りしめた。

 



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次の舞台へ

「——着いたぞ」

 

「ここ、ですか?」

 

イットとユミナはミッドチルダ南部にある《天瞳流抜刀術》の第4道場を訪ねていた。

 

その目的はイットの手に持つ刀身が半ば折られている太刀について……2人は少し長い階段を登り、山の上に構えているこの地域では珍しい道場に到着した。

 

道場の中から様々の声と音が聞こえてくる……稽古の途中のようだ。

 

「す、凄い気迫……ここからでもビリビリ感じるよ」

 

「あん!」

 

「今日も熱が入っているようだな。 頼もう!!」

 

「あ、イット君!?」

 

道場の扉を開き中に入るイットを追いかけるユミナ。 道場内は何人もの門下生達がいるが……稽古の手を止めて入ってきたイット達に視線を向けていた。

 

すると……門下生達は笑顔を向けて近寄ってきた。

 

「よおイット、久しぶりだな!」

 

「お久しぶりです。 また腕を上げたのではないでしょうか?」

 

「お前に比べればまだまだだよ」

 

「——っ、てて……」

 

「あ、どうかしましたか?」

 

「あ、いや……今の打ち込みで肩をちょっとな……」

 

「見せてください。 私は医療に嗜みがあります」

 

怪我人を放っては置けないユミナはそっちに行ってしまった。

 

「そういえば……前のグランドフェスタ、残念だったな」

 

「……いえ、自分の修業不足でした。 いつまでも引きずっていては前に進めません」

 

「そっか……ここに来たって事は師範代に用があるんだろ? 今から——」

 

「来たか」

 

そこで道場に入って来たのは長い黒髪の女性……この道場をまかされている師範代のミカヤ・シェベルだった。 彼女は《蒼の剣聖》の弟子でイットとも面識はあり、何度か手合わせもしている。

 

——なるほど……1、2の3少し揉みますね。

 

——はい……

 

——1……2っ!!

 

——ぎゃあああ!! 嘘つき!!

 

——こうすると余計な力が抜けるんですよっ

 

——ぎゃあああああっ!!

 

「なるほど……」

 

「くぅん♪」

 

イットとミカヤは正座で向かい合い、2人の間に置かれた太刀を見てミカヤは膝の上に乗せているシオンの背を撫でる。

 

「……分かっているとは思うけど、折れた刀をもと通りに修復することは不可能だ。 仮に直せたとしても刀としての価値や耐久性はガタ落ち。 それが分からない君ではない。 つまり、ここに来たのは新たな太刀を求めてきたんだね」

 

「はい」

 

ミカヤは腰にさしていた刀を鞘ごと抜き、2人の間に置く。

 

天瞳流(うち)は抜刀術を基本としている居合い刀。 多種多様な技を用いる《八葉一刀流》ではうちにある刀は合わないだろう」

 

「そうですね……俺の使う太刀はサーベルと言った曲剣に対して、ミカヤさんの使う刀はソードと言った直剣……形も重さも違います。 使えなくもないですが、八葉の真価は発揮出来ないでしょう」

 

「その通りだ。 だから……新たに作るしかない」

 

そう言って差し出したのは1枚の紙。 そこには住所と簡単な地図が描かれていた。

 

「これは……?」

 

「そこに書かれている住所は天瞳流が懇意にしてもらっている鍛冶屋だ。 そこで刀の鍛造や研ぎをお願いしている。 話は通しておくから一度行ってみるといい。 ただ……」

 

「ただ?」

 

「……そこの爺さんは少々気まぐれでな。 その日の気分では鍛造はおろか研ぎすらもやってはくれない。 腕は確かなのだが……」

 

「そ、そうなんですか……」

 

「もしいなかったら弟子の方にお願いするといい。 腕も確かで、信用できる」

 

とにかく一度行って見ることになり、イットはお礼を言って立ち上がり、ユミナと共に道場を後にした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

翌日——

 

ミカヤに紹介された鍛冶屋を探しにイット、ネイト、フォン、ユミナ、ミウラの5人がミッドチルダ南部にある通りを歩いていた。

 

エディはDSAAのタイトルマッチ。 アインハルトは通院のためこの場にはいない。

 

「うん、ここだね……」

 

「えっと……なんて読むんですか?」

 

「地球にある言語の1つで《天鏡屋(てんきゃうや)》って書かれている」

 

しばらくして地図にある場所までたどり着き、目の前に煙突のある古風な家があった。 看板には《天鏡屋》と漢字で書かれている。

 

「ごめんくだ——」

 

「せいやっ!!」

 

カンッ!

 

「せいやっ!!」

 

カンッ!

 

熱した鉄をハンマーで叩く音よりも大きな気合の声……イット達はその声に呑まれるだけではなく、その声の主が打っている刀に見入っていた。

 

しかし、それよりも刀を打っている人物。 老人ではなく年若い少年だった。

 

「す、凄い……」

 

「扉を開けた瞬間にここまで大きな声が……どうやら防音対策は万全のようですね」

 

「っていうか、偏屈な爺さんがやっているんじゃなかったのか?」

 

「そう聞いたんだが……あのーー!」

 

「せいやっ!!」

 

「すみませーん!」

 

「せいやっ!!」

 

「すみませーーんっ!!」

 

「せいやっ!!」

 

呼びかけても反応がない。 よほど集中しているのだろう。

 

「全然聞こえてないね」

 

「それだけ集中しているのかな?」

 

「こういう時は罵倒すれば聞こえるもんだ。 このチビ(ヒュン!)ふごっ!?」

 

「ネイト君!?」

 

ネイトの言った通り、罵倒するとすぐに金槌が飛来、ネイトの額に直撃した。

 

それから来客に気付いた少年はネイトに謝罪し、鍛冶場のすぐ側にある囲炉裏がある客間に案内された。

 

「先程は失礼しました。 自分はワタル・ユキムラ、鍛冶金物《天鏡屋》の元で修行中の身です」

 

「初めまして、神崎 一兎と言います。 横槍を入れて申し訳無かった」

 

「いてて……」

 

「ありゃー、コブになっているね」

 

ユミナがネイトを診る中、彼は要件を伺った。

 

「それで本日はこの鍛冶屋に何用で?」

 

「ええ、実は折り入って頼みがあって来ました」

 

イットはミカヤの紹介の元、太刀の鍛造をお願いしに来たと説明した。

 

「なるほど、ミカヤさんの紹介ですか」

 

「それでここの主人はどこに?」

 

「師匠は今、とある依頼を受けてこの店を空けています。 いつお戻りになるのかは自分にも……」

 

「そ、そんな……じゃあイットさんの太刀は」

 

「いえ、それなら彼に頼むのもいいのでは? 先程の刀の鍛造を見るに……腕は確かなようですし」

 

「そう言ってもらえると。 自分に頼むのは先ずは置いておいて、折れたという太刀を拝見しても?」

 

「あ、はい。 こちらです」

 

折れた太刀を差し出し、手に取って刀身を抜き、ワタルはジッと太刀を見つめる。 その目は職人の目だった。

 

「……いい刀。 いえ太刀ですね。 手入れも頻繁にされていて、折れるまで大事にしていたんですね」

 

「はい。 風切とは、本当に生まれた時から一緒にいたので……」

 

(生まれた時から……?)

 

少しイットの言葉を不思議に思ったが、ワタルは静かに頷いた。

 

「……分かりました。 やれるだけやってみましょう」

 

「本当ですか!?」

 

「やったね、イット君!」

 

「ただ……何分太刀は初めて鍛造します。 一見刀と似ていますが、太刀には反りがあります。 先ずは何回か試作を繰り返してみないと。 そして、これが1番重要です」

 

「そ、それは……?」

 

「太刀の材料となる鉄です」

 

そう言われて……ネイトは横の鍛冶場に積まれてある砂鉄の山を指差す。

 

「鉄ならそこに積まれてんじゃん」

 

「いえ、イットさんが御所望になられているのは自分が出来る限りの最高の太刀……それを作るのに自分が知りうる限りの材料が足りてません」

 

「それでその材料、というか鉄とは?」

 

「《万象鉱》という、異界でしか採れない鉱物……その名の通り万象を司ると言われている珍しいもの」

 

「って、異界の材料っ!?」

 

思いがけない名前が出て来てイット達は驚愕する。

 

「万象鉱は異界の鉱物の中でも最上位の高度を誇ります。 他にもベルカ自治州にある《ヒヒイロカネ》も候補に上がっているのですが……店の炉では火力が足らなく」

 

「なるほど……とにかく、その万象鉱を集めればいいのですね?」

 

「はい。 合計で20キロは必要です」

 

「2、20……それくらいなら……」

 

「でも万象鉱ってかなり珍しいみたいだし……そう簡単に見つかるかどうか……」

 

聞く限り万象鉱の希少性は高い……20キロ集めるだけでかなりの時間を有することになるだろう。 と、そこで、目をつぶりながら腕を組んでいたネイトが口を開いた。

 

「仕方ない……ガチャるか」

 

「ガチャ?」

 

聞き慣れない言葉にミウラとユミナは首をひねり、イットが説明を加える。

 

「突発的に現れるフリーな異界の最奥にはスロットがあるんだ。 出た目が大きいほどレアな素材が出てくる……なんであるのかよく分からないやつだ」

 

「も、もしかして……出るまでやるつもり?」

 

「そういう事だ」

 

「な、なんか……とっても嫌な予感がします」

 

「奇遇だな。 俺もだ」

 

とにかく、イットの太刀の材料集めが始まった。 しかしそれは、泥沼の始まりだった……

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

1週間後——

 

「……ガチャガチャガチャガチャ(ぶつぶつ)」

 

「出ない……何度やっても出てこない……」

 

「マラソン……もう嫌だ……」

 

イット達は……泥沼にはまっていた。 生気のない目で異界最奥にあるスロットを蹴って回し……ほぼ狂気に満ちた目を見開いてルーレットを睨み……また蹴りを入れて止める。

 

今回出た目は6……スロットから出てきた材料を血眼で探り……

 

「どこだぁー!!」

 

「うわああっ!!」

 

このスロットは課金制ではないので減るものではないと思っていたが……減る。 確実に色んなものが減っていた。

 

ゲートから出てきたイット達をユミナは迎え、スロットで出てきた万象鉱を受け取った。

 

「はぁ……」

 

「あと何回マラソンすりゃいいんだ? 太刀の材料ってもう十分足りたんじゃねえのか?」

 

「うーん、後10個は欲しいかな?」

 

「うわーーん! もう無理だよぉー!」

 

「た、鍛錬にはなりますが……流石にもう……」

 

今まで変なテンションでマラソンしていたツケが回って来たようで、疲労はマックスを超えようとしている。

 

イット達がもう何百回も攻略している異界迷宮はミッドチルダとベルカの中間にある森林地帯にゲートが置かれており、ここを発見したのは5日前……それからずっと万象鉱を集め続けている。

 

「もう怖い……ガチャ怖い……」

 

異界や怪異の恐怖よりもガチャに恐怖を覚えてしまっている。

 

そんな事がありながらも本日中にイット達は規定量の万象鉱をなんとか集める事に成功し。 万象鉱をワタルに渡し、約1カ月後に完成するも言われた。

 

「それにしても……エディはともかくアインハルトな奴、薄情だよなぁ」

 

「そう言わないでください。 彼女にも事情や……先のグランドフェスタで思う所があるのでしょう」

 

「アインハルトさんが1番落ち込んでいたもんね……でも、本当にそれだけなのかな?」

 

どこか納得のいかない風にユミナが言う。

 

「それってつまり?」

 

「んー? よく分からないけど……でも、何でか心配しちゃうんだよねえ」

 

「そうか……」

 

「——俺達とアインハルトは仲間だ。 俺達がアインハルトを信じないでどうする」

 

「イット君……」

 

「今はまだその時じゃないって事だ。 それにグランドフェスタにはまだまだ出場できる。 優勝するまで挑戦すればいいだけだ」

 

「そ、そうだね……うん、そうだね!」

 

ミウラは強く頷き、イットはミウラ達の顔を見渡す。

 

「俺達は4月には中等部に上がる……心機一転して、前に進んで行こう!」

 

『おおー!』

 



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蒼き雷霆 前編

新暦78年、4月ーー

 

ミッドチルダ東部の郊外にある都市、ルキュー。 街から北にある学院、レルム魔導学院……ライノの花が咲き始め、新入生が次々と学院の門を抜ける中……

 

「ーー待て! ちょっと待ってくれ!」

 

入学式がある日に、学院の敷地の中にある建物の1つ……小隊棟の一部屋でレルムの赤と黒の2色の制服を着た、赤毛をポニーテールにした少女が声を荒げていた。

 

「はぁ?」

 

「お前が辞めたら、この十七小隊はどうなる!?」

 

少女は目の前にいる軽薄そうな、彼女と同じレルムの制服を着た少年の肩を掴み呼び止めようとしていた。 そして、少年はうんざりしたそうな顔をして答える。

 

「無くなった方が隊長も踏ん切りつくだろう? かの対策課の執行者(エグゼキューター)によって伸ばされたその才能……他の隊で生かした方が、レルムの為だぜ」

 

そう言いながら肩を回し、少女の手を払いのける。 その2人のやり取りを長髪長身の少女、風邪用マスクをつけている少女、背が小さくサングラスをつけている少女が不安そうに見守っており。

 

そしてもう1人、狙撃銃型のデバイスのスコープに目を通していた水色の髪をした長身の青年が、まるで他人事のような目をしながらスコープから顔を上げる。

 

「せめて対抗試合が終わるまで、それまでにお前の気持ちをオレが変えてみせる!」

 

「ご大層なこった……」

 

少女の言葉に少年は大袈裟に肩をすくめる。 それを見た少女は左手首に付けられた赤いブレスレットに手を当て……

 

「セットアップ」

 

静かに呟き、左手にグローブが装着されながら鎖が巻かれた。 どうやらデバイスのようだ。

 

「リ、リーダー……!」

 

「流石にそれは……」

 

「マズイですって……!」

 

「〜〜〜♪」

 

それを見た3人の少女達は慌てふためき、少年は感心するように口笛を吹いた。 どうやら少女はここを去ろうとする少年を脅しているらしい。

 

だが少年はその脅しに怯まず、制服に付けられていた“XVII”と刻印されているバッチを外して少女の足元に投げ捨てた。

 

「バッチを返したからには訓練じゃ済まないぜ。 丸腰の俺がどうにかなれば……即、隊は解散だ」

 

「………………ッ……」

 

「ーー待ってください!」

 

少女は、背を向けて去ろうとする少年に向かって拳を向けようとすると……振り上げた拳を長身の少女が掴んで止めた。

 

「落ち着いてください、リーダー!」

 

「離せミア!」

 

「らしくないですよ、リーダー」

 

「今隊を解散させる訳にはいかないんだ! 離せ!」

 

少女はミアの手を振り払うと……それと同時に背後の扉が閉まる音がし、少年はこの部屋から……この十七小隊から去ってしまった。

 

それに気付いた時にはもう遅く、少女は歯をくいしばる。 そしてそれを傍観していた少年は少女に狙撃銃を向け……

 

「バーン」

 

ニヤケながら口で銃声を言い、少女の怒りを煽った。

 

「ちょ、先輩……」

 

「ハリー、もっと気楽に行こうぜ」

 

「………………」

 

「えっと……あ! リーダー、そろそろ新入生が講堂前に集まる頃です! 逸材がいないか見に行きましょう!」

 

「……分かった。 後、オレの事は隊長と呼べ」

 

この小隊の隊長である少女……ハリーはため息をつきながらデバイスをしまい、4人と一緒に部屋を出て入学式が行われている正門に向かった。

 

「あいつの穴を埋めればいいんですよね? 今日は入学式ですし、変わりはいますよ」

 

「スティレット先輩も協力して下さいよ? 得意なナンパでもいいですから」

 

「男の隊員なら大歓迎だ」

 

『嘘をつけ』

 

ハリー達の先輩……スティレットは頭の後ろで腕を組みながらそう言うと、4人は声を揃えてそういった。

 

そんな事がありながらも5人は本棟2階のテラスに出ると……途端にハリーは笑顔になって手摺に駆け寄り、下を覗き込む。

 

「いるいる!」

 

下には何人もの真新しい制服を着た新一年生がいた。 しかし、その制服は2種類あって、ハリー達と同じ赤と黒の制服とオレンジ色の制服に分かれていた。

 

2年前からレルムは一科生、二科生の制度を廃止にし、2つの科を1つにして魔導科とした。 ならオレンジ色の制服は何か……それは魔力を持たない一般人である。 レルムは魔導の他にも力を入れ始め、魔導師以外の人間も入学するようになった。

 

オレンジ色の制服は一般教養科と呼ばれており、幅広い様々な分野の教育をしている。

 

「キシャー!」

 

ハリー達は階下に降り、ハリーは“キシャーキシャー”言いながら、獲物を探す目で新一年生達を睨みつけるように品定めを始める。

 

「隊長……怖いですよ」

 

マスクをつけた少女……リンダはハリーの行動に若干引いていた。

 

「ーーアレ! アレなんかどうだ! ディフェンスに使えそう!」

 

「制服を見てください。 あの人は魔導科じゃありません」

 

目を輝かせながらハリーはオレンジ色の制服を着たかなりガタイのいい長身の少年を指差したが、それをサングラスをかけた少女……ルカが無理だと却下する。

 

「じゃあアイツ!」

 

「彼は他の隊にスカウト済み」

 

「アレは!」

 

「右に同じです」

 

「ーーなんだよ!! 誰もいねぇじゃねえか!」

 

「めぼしいヤツはほとんど入隊が決まっているみたいだぜー。 ほれ……」

 

苛立ちを露わにするハリー、スティレットは顎で横を指差した。 そこには魔導科の先輩と握手をしている、同じ魔導科の新入生がいた。

 

「それに……ウチら弱小小隊に、未来ある新入生諸君らが入ってくれるのかねぇー」

 

「……まるで他人事だな……」

 

「まあまあ」

 

「! アイツは魔導科だよなーー」

 

ハリーは制服が魔導科なら誰でもいいようになっており、目に付いた新入生を見た時……目の前に誰かが横切ってきた。

 

「カムリ……」

 

魔導科の制服の上にコートを着ている青年……カムリがハリーに気付いたのか、その場で止まった。

 

「……悪いがアイツはオレが先に目をつけたんだ」

 

「昔の事はスッカリ忘れちまったらしい」

 

「何……?」

 

話が噛み合ってなく、しかしハリーは心当たりがあるようだがそれを口にはしなかった。

 

「貴様にそんな事が言えた義理か」

 

「ーーカムリ!」

 

それだけを吐き捨てると踵を返し、カムリは去って行った。 去り際にスティレットを横目で見て……茶髪の少女がカムリの後について行った。 それを見たスティレットは苦笑しぬがらポリポリと頰をかいた。

 

「気にしないでください、隊長」

 

「……ああ、わかってる」

 

「場所を変えましょう。 まだ新入生は大勢いますし」

 

「……ああ」

 

「講堂の前がいいですね」

 

ハリー達の側に緑色の念威探査子が横切った。 緑の探査子は近くのライノの木に向かうと、薄緑色の綺麗な長い髪をした少女が木に寄りかかっていた。

 

『他の隊にスカウトーー』

 

「………………」

 

ハリー達の会話が念威から届いてきたが……その途中で手の中の探査子を消した。 そして少女の胸には“XVII”という文字が刻印されたバッチを付けていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

『ーー新入生は講堂に集合して下さい』

 

「わぁっ! 遅れる!」

 

「ご、ごめんなさい……! 私が花に見惚れてしたせいで……」

 

「あ、ううん。 気にしないで、僕も見惚れていたし」

 

もう少しで入学式が始まろうとする頃……2人の男女が学院前の坂を慌てて登っていた。

 

走っているが息を切らしていない少年は腰まである金髪を三つ編みにしていた。 逆に息絶え絶えの少女は短いアホ毛のある薄紫色の髪をしており、さらに二ヶ所に濃い紫のメッシュが入っていた。

 

少女が息を切らせながら坂を上りきると、正門前には2人の他に多数の新入生がいた。

 

「遅かった……新入生はほとんど講堂の中だな……」

 

「入学式が終わってからまた来ましょうよ」

 

「……ああ、そうするか」

 

先輩らしき人物の横を通りながら2人は学院を見回しながら歩いていると……

 

バシャッ!

 

「え……?」

 

「へ……」

 

いきなりフラッシュが焚かれ、2人はキョトンとした顔になる。 そして彼らの前には髪をツインテール気味に結っている少女がいた。 手にはカメラを構えている。 上着を着ていないが、緑色の蝶ネクタイを見てどうやら一般教養科のようだ。

 

「ーー週刊リーヴスですけど、写真いいですか? ってもう撮っちゃった、ゴメン」

 

少女はウィンクしながら謝り、矢継ぎ早に2人に握手をしてくる。

 

「初めまして。 2人とも新入生だよね? お名前は?」

 

「……ソウ・コルベットです」

 

「わ、私はセピア・ユリシスです! えっと……週刊リーヴスとは……?」

 

「ミッドチルダの書店で、売り上げNo. 1を誇る情報誌だよー? 今、“制服イケメン男子No. 1は誰だ!?”って言う特集の取材をしているんだけど……ちょっと色々聞かせてもらってもいいですか?」

 

話しながらソウは写真を撮られ、また矢継ぎ早に喋られて流されていく2人。

 

「ーーおーい、インチキ記者」

 

と、そこに少女の後ろから声をかけられ……少女は驚愕した顔になると振り返って“シーシー!”っと静かにするようにジェスチャーを出す。 後ろには魔導科の制服を着た短髪の少女と、一般教養科の制服を着た気弱そうな少女がいた。

 

「インチキとか言うなぁー!」

 

「したり顔で取材して、まだこの街に来たばかりだろ?」

 

「……………そう! 実はあなた達と同じ新入生! 正確にはこれから記者を売り込むので……記者と名乗るには、少々……抵抗が……まあでもでも! 私はほら、未来の大記者って事でもう記事には自身アリアリだし! 大丈夫、任せーーゴホッゴホッ!」

 

2人は誤魔化そうと少女は再び矢継ぎ早に喋り、問題ないと胸を逸らして拳を胸にぶつけると……肺に空気が入って咳き込んだ。 それをただただ見ていた2人は苦笑するしかなかった。

 

「気分を害したからすまない。 やる気だけは人一倍なんだ、大目に見てやってくれ」

 

「せっかくだから自己紹介させてね? 私はエリーゼ・ラッテン。 趣味はカラオケ。 でえ……幼馴染のナル・ミストラルと、こっちがセリカ・イリューシン」

 

「……初めまして」

 

「あたしらはオルディナ島出身。 ソウとセピアはどこから来たんだ?」

 

「あ…………」

 

「え、えっと……」

 

『??』

 

ナルはソウ達にどこの出身と聞くと、2人は気まずそうに顔を伏せる。 それを見た3人は不振に思った時……どこからか魔力の放出を感じ、それが風となって5人の身体を煽る。

 

魔力の発生源を見ると……2人の魔導科の男子生徒が睨み合っていた。 どうやら2人とも新入生のようで、何らかの理由で喧嘩になってしまったらしい。

 

「喧嘩か……?」

 

「うっひょーー! 特ダネだーー!」

 

「エリちゃん、危ないよー……!」

 

「え、え……?」

 

(行くよ、セピア……)

 

(あ、うん……)

 

新入生達が騒めく中、ソウとセピアは目立たぬようにその場を離れる。 そして対面している2人の男子生徒の1人が前に踏み出し……魔力を纏った拳を放って来た。

 

大柄な男子はそれを受け止め、少し後退して防ぎ。 続け様に身体能力を強化して肉弾戦に持ち込んだ。 細身の男子は迫って来た拳や蹴りを防ぎ、隙を見て足払いをかけ……大柄な男子は地面を砕きながら盛大に転んだ。

 

「くぅ〜〜! こんな現場に出会うなんて!」

 

「でも、魔導科同士が外で喧嘩なんて……」

 

ナルの心配も当然だ。 ここは耐久性のあるドームではない。 さらにここには魔法が使えず、自衛も出来ない新入生も大勢いる。 そして、さらに恐れていたことに大柄の男子は柄を取り出すと……起動して鞭した。 それを見ると辺りからは悲鳴、煽り、声援が上がってくる。

 

「マズイ……このままだとエライことになる。 教官か魔導科の先輩を呼んでくる!」

 

「じゃあそれまで私は取材続行!」

 

「エリちゃん!!」

 

ナルとエリーゼは別方向に走り出し、セリカは心配の声を上げる。 大柄の男子は鞭を振るい、細身の男子は屈みながら首を曲げる事で鞭を避け……振り抜かれた鞭は学院の窓ガラスと壁を破壊する。 それにより一層悲鳴は大きくなる。

 

細身の男子は横に移動するが……その際にセリカがおり、セリカは慌てながら移動する。 そして細身の男子も柄の長いメイス型のデバイスを起動し、鞭を避けながら棒高跳びの要領で二階のテラスに登った。

 

「はあっ!」

 

大柄の男子は奴を落とそうと支柱に向かって鞭を振るうが……その先にセリカがいた。

 

「きゃっ!?」

 

「ッ!?」

 

「セリっち!!」

 

「ーー危ない」

 

鞭は支柱に巻きついて砕き、ゆっくりと崩落を始める。 上にいた細身の男子は軽やかに跳躍して避難するが……このままでは崩落したテラスがセリカに落ちようとしていた。 悲鳴が最高潮に達しようとした時……

 

『誰か……助けて』

 

「……………………」

 

緑色の念威探査子が辺りを飛び交い……その念話を聞き取った、ここを去ろうとするソウに届き……蒼い雷霆が迸った。

 

ドオオオオオッ!!

 

テラスが崩落し、衝撃と爆風が巻き起こる。 その時……爆風を割いて接近する人物がいた。 少しして砂塵が晴れると……そこにはセリカを抱きかかえたいたソウがいた。

 

ソウは腕の中にいるセリカの無事を確認すると、キッと喧嘩をしている2人を睨んだ。

 

「ーーいた。 とうとう見つけたぞ……蒼き雷霆(アームドブルー)!!」

 

「ふうん、あいつがガンヴォルトか……」

 

二階からソウの事を見下ろす2人の人物がいた。 と、そこで助けを読んでいたナルがハリー達を連れて戻ってきた。

 

「ーーあそこです!」

 

「お前達、辞めろ!!」

 

ハリーは声を上げて止めにかかるが……静かに、しかし只者ではない雰囲気を放つソウを見て足を止めてしまった。

 

そして次の瞬間……男子2人はソウによってあっという間に叩き伏せられてしまった。

 

「ふう……」

 

「ソウ!」

 

「大丈夫だよ……」

 

セピアが慌てながらソウに駆け寄り、ソウはやってしまったという顔をする。 その後……喧嘩を収めてから入学式は滞りなく終わり、その後すぐにソウはこの学院の生徒会長に呼ばれ……学生会館にある生徒会室を訪れた。

 

「失礼します」

 

「ようこそ。 生徒会長のラム・ロストだ」

 

生徒会長の席には薄緑色の髪をしてメガネをかけた青年……ラムが座っていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

入学式の日は授業も無く、学院は午前で終わったが……ハリーは十七小隊室で自身のデバイスであるブレスレットを磨いていた。

 

レルム魔導学院は先のJS事件を見て、その教育方針を大きく変えていた。 先に話した通り一科と二科の併合による魔導科、そして非魔導師の入学を可能にした一般教養科……その他にも、両方の科には小隊制度が新たに加えられている。

 

小隊は4人以上の学院生徒だけで組まれ、生徒だけで運用されている。 教官が指導するのは授業時間内と特別実習の行く先の指定だけ。 そして自身が所属する小隊で特別実習や、学院の小隊内で対抗試合を行ったりする。

 

そしてハリー隊長率いる第十七小隊は戦闘員である魔導科が3名、デバイス技師やオペレーターといった後方支援を行う一般教養科が3名の計6名で構成されている。 しかしこの小隊には多々問題がある事に加え、新設の小隊である事からか……学院内で弱小の小隊となっている。

 

「入学式の時くらい訓練休んだらどうですか?」

 

「いくら待ってもスティレット先輩とルーフは来ませんよ」

 

「…………なあルカ、アイツどう思う?」

 

「アイツとは?」

 

「さっき喧嘩を収めた新入生だ」

 

ルカはこの隊のオペレーター、パソコンで作業しながらハリーの質問に答え……ふと手を止めた。

 

「まさか隊長……彼、どう見たって一般教養科ですよ。 今、生徒会長に呼び出されているみたいですし……もしかしたら退学なんて事も……」

 

「!! 何っ!? それを早く言え! リンダ、これ頼む!」

 

「え!? うわぁああ!?」

 

ハリーは勢いよく立ち上がりながら磨いていたデバイスを放り投げ……リンダはスライディングしながらデバイスをキャッチした。

 

「はあ……」

 

「ナイスキャッチ」

 

「もう!! 丁寧に扱ってくださいよ!」

 

デバイスを手にしながら憤慨するリンダ。 だがハリーはそれを聞く前に部屋を後にした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

表情には出していないが、内心ソウは緊張しながら目の前で座っている生徒会長と対面する。

 

「先ほど学院長から君の処分を生徒会に一任された。 最終決定権は、私にあるわけだ」

 

「………………」

 

決してソウが問題を起こした訳でもなく、逆に収めたというのに……まるでラムがソウの命運を握っているかのような物言いだ。

 

「それのしても……新入生とはいえ、魔導科の生徒を一般教養科の君がああも簡単にあしらうとはねえ。 武術の心得があるのかい?」

 

「嗜み程度です」

 

何を考えているのか分からず、ソウは素直に答えるが……ラムはデスクにあった資料を手に取った。

 

「ふむ……ソウ・コルベット。 就労学生、働き先は……技術棟の清掃。 報酬は良いが、キツイ仕事だ」

 

「……………………」

 

「身元も不確かで、まして君の奨学金ランクはDランク、報酬のほとんどは学費に消えると思うが……」

 

「承知しています」

 

「それで3年間は辛いよ?」

 

「体力には自信があります」

 

「ーーセピア・ユリシス……彼女も一緒にいると言うのに?」

 

「……………………」

 

完璧とは言い難いが、完全にソウの腹な内を読まれている。 と、その時、ラムは唐突に話を切り出した。

 

「君には、魔導科への転属を考えている」

 

「ーーはっ!?」

 

「君とセピア君の奨学金ランクはAになり、学費は免除だ。 悪くない条件だと思うが?」

 

ラムはソウの前を通りながら話し、そのままソファーに座る。 だがソウは突然の提案についてはいけなかった。

 

「ちょっと待ってください……! 魔導科に興味はありません!」

 

「現在、我が校はある問題を抱えている。 酷くなればこの歴史と名誉あるレルムは廃校に追い込まれてしまう。 つまり、後がないんだ」

 

「それと僕が魔導科に転属するのと、何の関係が?」

 

「単純な話、学院間の対抗戦で負け続き……我が校が誇れる実績はかの“VII組”の存在だけ。 しかしVII組はもう存在せず、3年後に設立される第II分校に移される予定だ。 まあつまり、今我が校には君のような戦力が必要なのだ」

 

「僕がレルムに来たのは、普通の勉学をするためです!」

 

ラムはソファーに寄りかかっていた身体を起こして目の前で手を組む。

 

「それはここ……レルムが生き延びればの話だよ」

 

「……クッ……」

 

「これは……打診ではないのだよ」

 

「! それはどういう事ですーー」

 

「失礼します」

 

ラムの言葉にソウは怒りを露わにするが……その前に生徒会員らしき女性がソウの前を横切り、2人の前に仕切りを置いて来た。 するとラムは右手を振り上げ……

 

「始めてくれ」

 

パチンッ!

 

指を鳴らすと……いきなりドアが開き、何人もの女生徒達が黄色い声を上げながらソウに迫り、服を脱がしにかかった。

 

「うわぁああっ!?」

 

「大切なお客様だ。 丁寧におもてなしを」

 

『は〜〜〜い♪』

 

「うわっ! ちょっと! 自分でしますから!」

 

『それ〜〜♪』

 

無慈悲にもソウの服が1枚、また1枚と放り投げられる中……ドアがノックされてハリーが入ってきた。

 

「失礼します。 折り入って、会長に頼み……が?」

 

ハリーが目にしたのは真っ白になって魂が抜け、本体はパンツ一枚で床で倒れ伏しているソウだった。

 

「君は……十七小隊隊長の……取り込み中なんだが、急いでいるみたいだな? ええっと……」

 

「ぐえっ!?」

 

「ハリー・トライベッカです! お願いというのはコイツをーー」

 

ラムが態とらしく思い出そうとする中、ハリーはソウに近寄って腕で首を挟みながら持ち上げた。 ハリーはソウを指差し……そこで言い淀んだ。

 

(えっと、お前名前はなんだ?)

 

(ソ、ソウです……)

 

「ーー用は何かな? ハリー・トライベッカ君?」

 

「ソウを……ソウをオレにください!」

 

「(ぐええっ! 閉まる閉まってるううーー! って) ハァッ!?」

 

まるで婿にもらいたいという発言にも取れるが……そんな事を聞き取る余裕はソウにはなく、ただ流されるしかなかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

夕方……ソウとハリーは一緒に下校していた。 ただし両者には温度差があり、ハリーは上機嫌で上を向きながら、ソウはトボトボと下を向きながら歩いていた。

 

「じゃあ明日、訓練室で。 それじゃあな!」

 

ハリーは寮、ソウは別の物件を借りている事なので駅前の分かれ道で別れた。 ハリーが寮に向かって進むと、途中で振り返り……

 

「魔導科の制服、似合ってるぞ!」

 

ソウが着ている魔導科の制服を褒めると嬉しそうに走って行った。

 

「…………ハァ……」

 

当の本人はため息しか出なかったが。 そこでふと、ソウは両腕を合わせると……

 

「……あれ?」

 

制服の袖の長さが同じだった事に疑問に思った。 そう思っていると……目の前に緑色の花びらが通り過ぎて行った。

 

「あの花びらは……念威の……」

 

花びらを追って線路方面に向かうと……川沿っている河川敷に出た。 そして、川の側には薄緑色の髪をした少女がいた。 ソウは彼女を見るとどうにも先ほどの生徒会長を連想してしまう……

 

『ーー不毛です不毛です!』

 

「え……」

 

だがそんな考えも彼女の声によって消え去り、少女は壁に埋まっている土管のような管を……思いっきり蹴り始めた。

 

「コンチクショウ……ただで済むと、思うな……!」

 

「……あれ? この声……」

 

かなり悪態ついているが、少女が今朝方の入学式の時に届いた念話の声と同じだった。 そして少女は土管に上半身を潜り込ませると……

 

「卑怯なゴミ虫め! お前なんか……“ピーー”して、“ピーー”して、“ピーー”してやるーー!!」

 

……彼女の悪態にソウは苦笑しか出来なかった。と、そこでソウが近寄っていた事に気付いた。

 

「あの……」

 

「……聞こえましたか?」

 

「あ、はい……」

 

「腹の虫が収まらない時、この穴に悪態を吐くとスッキリするんです」

 

「はあ…………あの、もしかして入学式に僕に念威を送って知らせてくれた人ですか?」

 

が……少女は無表情のままで答えてはくれなかった。 困惑するソウ、だが少女は今朝は一般教養科の制服を着てたソウが今は魔導科の制服を着ている事に疑問に思った。

 

「魔導科に転属したのですか?」

 

「したというより……させられたというか……」

 

先ほどの生徒会長とのやりとりを言うわけにもいかず、曖昧に話す。 その時、ソウは彼女の右胸にあった“XVII”小隊のバッチに気付いた。

 

「あ……そのバッチ。 あなたも十七小隊なんですね」

 

「………………」

 

やはり答えてはくれず、少女はソウの横を通ってそのまま去ってしまった。

 

愛想ない少女にソウは頭をかくしかなく、ソウも歩き出して学院から離れた場所にある一軒家に入った。

 

「ーーソウ!」

 

帰宅するとセピアが駆け寄ってきた。 セピアはかなり心配した様子で、今朝とは変わった制服姿のソウを見た。

 

「その制服は……何があったの?」

 

「ええっと……なんて言ったらいいのか」

 

家に上がり、ソウはリビングで事の次第を2人に説明した。

 

「ふうん、それで魔導科に転属させられたと。 ゴメン……私がもっとミッドチルダにある学院間の情報を調べていれば……」

 

「セッカのせいじゃないよ。 敢えて名門校に入学して隠れ蓑にしようとしたその矢先……こんな事になるとは誰も思わないよ。 僕が不用心だっただけだよ。 流されるように魔導科に転属しちゃったけど、どうやらこの学院の生徒会長は僕達の正体まで知らないけど、弱味は握られてしまったようなんだ」

 

「私達は身元保証人がいないからねえ。 就労学生という事もあるけど……まあ、不幸中の幸いで2人の学費が免除になったんだから良しとするかな」

 

「だ、だったらセッカも学院に入れるんじゃ……?」

 

「前にも言ったでしょう? 私は剣であって人じゃないの。 私はここで待って2人を帰りを待ちながら……いつか時が来るまで力を蓄えないといけないから」

 

「……本当なら、そんな時は来ないでくれるとありがたいけどな」

 

「あはは、そうだね」

 

そこでセッカはソウの手を取り、祈るように両手で包み込んだ。

 

「でも気をつけてよ、ソウ。 私達の存在を許さない組織……敵はいる。

 

「分かっている。僕達は立ち止まるわけにはいかない。 自由を掴み取る為にも」

 

「セッカ、ソウ……」

 

意志を固める2人を、セピアは心配しながら……しかし嬉しそうに微笑みながら見守った。

 



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蒼き雷霆 後編

翌日ーー

 

「遅い!!」

 

第十七小隊の室内訓練場でハリーはイライラしながらソウが来るのを待っていた。

 

「まさかアイツ……逃げたんじゃ……!?」

 

「嫌がるのを強引に引っ張り込んだだろ? そりゃ逃げるわなあ」

 

「なにっ!?」

 

「ああいや、何でも……」

 

ハリーはソファーで寝そべりながら狙撃銃を弄るスティレットに鋭い眼光を放ち、スティレットは何でもないと目を背ける。

 

「あー……ほら! 道に迷っているんだと思いますよ!」

 

「迷いようが無いと思いますが」

 

「そこは否定しなくてもいいから!」

 

「大丈夫ですよ! もうすぐ来ますから!」

 

誤魔化そうとするリンダにルーフは突っ込みをいれ、慌ててミアが取り繕うが……ハリーは額に青筋を立て、スティレットは欠伸をする。 と、そこで訓練室の扉が開き……魔導科の制服を着たソウが入ってきた。

 

「すみません、あのーー」

 

「おおぉ! 皆に紹介するぜ。 こいつが新しく入隊したソウ・コルベットだ!」

 

「あの、その事なんですが……」

 

ソウはなにかを言おうとするが、その前にハリーが十七小隊の自己紹介をした。

 

「アイツは魔導科3年、狙撃手のスティレット・キューブリック」

 

「ウィースッ」

 

「そんで2年、デバイスメカニックのリンダ・イグニス」

 

「よろしくな」

 

「同じ2年、オペレーターのミア・トライク」

 

「…………(ペコリ)」

 

「隣の小さいのがメディカルのルカ・レブォーク。 3人とも一般教養科で、オレの舎弟だ」

 

「小さいは余計です」

 

「で、最後に念威操者のルーフ・ロスト」

 

「………………」

 

「あのー……あのですね……」

 

ソウはハリーの自己紹介の途中で何度も声をかけるが、ハリーは全く聞いてなく続けて自分の自己紹介をする。

 

「そしてオレが魔導科2年、十七小隊隊長のハリー・トライベッカだ。 …………ん?」

 

そこでハリーはソウの制服に《XVII》と刻印された小隊のバッチが無いことに気が付いた。

 

「十七小隊のバッチはどうした? 昨日渡したはずだろう?」

 

「……やはり小隊には入れません。 技術棟の清掃が夜中なんです」

 

「それなら気にするな! セットアップ」

 

技術棟の清掃を言い訳にして断ろうとしたが……ハリーは笑顔でそう言い、続けてデバイスを起動し、両手にグローブを装着した。

 

「…………?」

 

「今からお前の試験を行う。 硬くなる必要はねえ、リンダ」

 

「分かりました。 ソウ、自前のデバイスは持っているか?」

 

「い、いえ……それで一体なにを」

 

「次の対抗試合のポジション決めをするだけだ」

 

「次の対抗試合……?」

 

何のことか分からなかったが……答えが出る前にリンダがダンボールを持ってソウに近寄った。 ダンボールの中には色んなデバイスが入っていた。

 

「これ練習用のデバイスだけど、個人データは入れてないから癖はないはずだぞ。 どれにする?」

 

「…………もうどれでも。 セットアップ」

 

ソウは半ば諦めながらダンボールに手を入れて適当にデバイスを掴み、起動した。 するとソウの手の中には剣型のデバイスが収まった。

 

「本気で行くぞ……」

 

ハリーは地を蹴り、一気にソウの眼前まで接近した。 先ずは初撃で右からの拳を放ち、次に左の裏拳を放った。

 

それをソウは一撃目を弾き、二撃目の背を狙った拳を剣を背負うように構えて防いだ。

 

「ハハッ! ハリーの初撃を受け切った奴なんて久しぶりに見た!」

 

ハリーは左手を軽くてあげながら、ソウは刀身に手を添えて構え、お互い睨み合いながらジリジリと横に移動する。

 

先に攻めてきたのはハリー。 足を動かし素早いフットワークで左右から拳を振るう。 それをソウは受け流しながら後退し……一瞬の隙を狙い右のアッパーを放った。 その拳は防御を通り……ハリーの顎に当たる直前で寸止めした。

 

「!!」

 

「……あぁ〜……」

 

「おおっ……!」

 

「お前中々筋が良いな!」

 

ハリーはやられた事に悔やまずに逆に笑い、剣を弾いて距離を取った。

 

「こちらも遠慮はなしだ!!」

 

既に実力を計る試験の事など忘れ、ハリーは全力の猛攻でソウを攻撃する。 それをソウは受け、流しながら耐え抜く。

 

2人の攻防を観戦していた5人もただただ傍観していた。

 

「……よし、魔法は使えるな?」

 

「…………え」

 

「攻撃、防御魔法は使えるか?」

 

「……はい」

 

ハリーは魔法が使える事を確認すると……左手の前に赤い魔力球を浮かばせる。

 

「ーー受け切れよ!!」

 

高速の左の掌底を放ち……赤い砲撃がソウに迫ってくる。

 

「くっ…………う、おおおわあっ!!」

 

「!?」

 

ソウは剣を構えて受け止めただけでアッサリと砲撃が防御を崩し、ソウは大きく吹き飛ばされて壁に激突してしまった。

 

「………………」

 

「……あ、あれ……?」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ハリーは倒れたソウを学院の医療室に運び、トボトボと意気消沈、項垂れながら廊下を歩いていた。 と、そこで待っていたリンダが声をかけた。

 

「ソウ、どうでした?」

 

「……一晩寝かせれば明日には復帰出来るそうだ」

 

「よかった」

 

「……全然よくない……」

 

「え……」

 

リンダは聞き返すと、ハリーは涙目になっていた。

 

「最初の一撃を躱したのはマグレだったのか? 戦っている時は確かに手応えを感じた……だがさっきのはなんだ! マトモに喰らう奴があるか!? 受け切れないにしても、鈍すぎるぞ……!」

 

勝手かもしれないがハリーは裏切られた気分であった。そんなハリーの肩にリンダは手を置いた。

 

「最初から強い奴なんていませんよ」

 

「……そうだな。 焦っても仕方ないな」

 

「そうですよ」

 

2人は明日に備え、その場を後にした。

 

所変わって医療室で、ソウは無意識のうちに身体中に魔力を循環させ、自己治癒力を活性化させていた。

 

「………………」

 

その工程を、ルーフはベットに上がってソウの顔を覗き込みながら観察した。 その視線に気付いたのか、ソウは目を覚ました。

 

「………………」

 

「………………」

 

「ーー! 何してるんですか!?」

 

状況が読めないソウとそのまま見つめるルーフ、しばらく見つめ合っていると……ソウは驚愕して飛び起き、ベットから転がり落ちた。

 

「イタタ……」

 

「痛くないでしょう? それだけ魔力で身体を回復させる能力があるなら」

 

「いや痛いですよ! ベットから落ちたんですから!」

 

「そうでしたか」

 

「え、ええ……?」

 

淡々とそう言い、ルーフはベットから降りるとそのまま病室を出てしまった。 それをただソウは見ていることしか出来なかった。

 

よく分からなかったが、もう平気なのでソウは医療室を出てルーフの後を追いかけた。

 

「あの、ルーフ先輩……」

 

「……兄があなたを、陥れてまで魔導科に転属させた理由が分かりました」

 

「兄? 陥れるって……」

 

「十七小隊を追い詰めたのも、入学式のいざこざも……全て生徒会長である兄が、あなたを十七小隊に入れるために仕組んだ事です」

 

「……あ」

 

「信じられないでしょうけど」

 

「いえ、僕の腕は左より右の方が僅かに長いんですよ。 急場で用意されたはずの魔導科の制服が、誂えたようにピッタリだったのはそういうことか」

 

ルーフの話にソウは両腕を合わせながら納得した。

 

「やはり、鈍いフリは意図的なものですね」

 

「鈍いフリって……」

 

「さっき隊長の攻撃を避けなかったのも、ワザとでしょう?」

 

チラリとソウの顔を見て、ルーフは自分の寮に向かって足を進める。

 

「それで、あなたはこれからどうするつもりですか?」

 

「え……」

 

「私は兄を許しません。 あの人は……勝つためならどんな卑怯な事だってします。 だからあなたも、今のままでいいと思います」

 

最後にそう言い残し、ルーフは寮の中に帰っていった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

夜になり……ソウはセッカから夜食の弁当を貰うと作業着姿で再び学院に向かい、艦などを収容している技術棟の清掃に向かった。

 

「ここが技術棟……これは骨が折れそうかもね……」

 

ゴンドラで地下に移動する程の大きさにソウは戦慄を覚える。 しばらくして、ゴンドラに乗り壁を清掃していた人物を発見した。

 

「すみませーん! 今日初めてなんですけど、何をすれば!」

 

「ああ! 今上がるから!」

 

小さくて見えないが女の声で返事をし、ゴンドラのケーブルが巻き戻されて上がってきたのは……

 

「いやぁ、前のやつ抜けて困っていた所だ」

 

「先輩!?」

 

「ん?」

 

肩にデッキブラシを担いでいてつなぎ服を着ていたハリーだった。

 

「ソウ! お前、医療室を抜け出して来たのか!?」

 

「い、いえ、もう良くなったんで。 それにバイト初日から休むわけにもいかないし」

 

「……あのダメージから立ち直ったというのか? どういう身体してるんだお前」

 

ハリーは疑いの目を向ける。 その視線にソウはたじろぐ。 しかしその目も直ぐに辞め、ソウはハリーと共にデッキブラシで内壁の清掃を始めた。

 

「…………ふう、なるほど。 バイトを理由になんか辞めさせてくれないわけだ」

 

昼に問題ないと言った理由が分かり、ソウはため息をつく。

 

「先輩はなんでこんな所でバイトしてるんですか?」

 

「キツイが金がいいからな」

 

彼女にも事情があるのだろう、ソウはそれ以上は追求しなかった。 しばらく深夜を回ると2人は休憩を入れ、先ほど言ったからかハリーは語り始めた。

 

「親がレルムに行くのを反対してな。 半ば家出のようにここに来た。 だから実家からの仕送りはない。 お前はどうしてだ?」

 

「奨学試験を合格出来たのが、ここしかなかったんです」

 

「………………」

 

「身寄りがないのでお金がないんです」

 

「そ、そうだったか、済まない……」

 

ハリーは一瞬不純な動機だと思ったが、続けて言った言葉を聞いて謝罪した。

 

「え……いえ」

 

「……食べるか?」

 

「はい」

 

詫びのように差し出されたのはサンドイッチの弁当だった。 ソウはそれを喜んで受け取る。

 

「ハム……美味いですね」

 

「店の弁当の中でも1番人気だからな。 買いに行くなら気をつけろよ、あそこでの乱闘は禁止されてない」

 

「な、何があるんですか、その店は………あ、では僕の弁当もどうぞ」

 

ランチボックスを差し出した。 中身はハリーのと同じ、食べやすく一口サイズにされたサンドイッチだった。

 

「美味そうだな」

 

「僕の同居人が作ってくれたんです」

 

「な、同居人!?」

 

「ええ、僕と同じ境遇で、少し事情があって街の近郊に家を借りているんです」

 

「そ、そうか……」

 

「よければどうぞ」

 

「では、ありがたく。 いただきまーー」

 

ハリーはサンドイッチを手に取り、大口を開けて食べようとすると……手が止まって手元のサンドイッチを見つめているソウを見た。

 

「先輩の弁当も美味しですよ。 ハム……」

 

「…………ハム。 んんっ! これすごくおいしいな! 美味い、美味すぎる!」

 

「よければお弁当取り替えます?」

 

「いいのか!? ホントにいいのか? いいよな!」

 

「え、ええどうぞ……」

 

味を占めたハリーは半ば強引にランチボックスを受け取った。 そしてあっという間に平らげてしまった。

 

「おいしかったー」

 

満足したハリーは水筒を取り出し、カップにコーヒーを入れてソウに差し出した。

 

「お返しという程ではないが」

 

「え……いただきます」

 

ソウは受け取ったコーヒーを一口飲む。

 

「おいしい……これも売っているんですか?」

 

「いや、これは自前だ。 飲み水は自分で用意しておけ、ここの水はマズイ」

 

そう言いながらハリーは手を叩くと立ち上がり、手すりに寄りかかった。

 

「……この世界で生きるには力が必要だ。 皆を守れる力が。 しかし一方で、力という概念には意志がない……力を一言で言っても多種多彩だ」

 

「………………」

 

「オレは自分だけの、オレが進みたい道を開くために力を得たい。 そして目標としている人物に認められ……勝つために。 その為にここに来た……両親には、えらく反対されたがな」

 

「それで家出を?」

 

「試験を勝手に受けたのがバレてな。 格闘技、魔法はオレにとって……これしか脳がないというものだ。 だから魔導科に入った」

 

ハリーは振り返り、ソウの前に立つ。

 

「お前には、分からないだろうがな」

 

「………………」

 

見上げながらハリーの顔を見るソウ。 ソウにその気持ちは……本当の意味では理解出来なかった。 ソウが考え込む中、ハリーは背を向けてゴンドラに向かう。

 

「対抗試合は明日だ」

 

「…………ん?」

 

「今日のバイトは早めに切り上げよう」

 

「え……明日あぁっ!?」

 

「あれ、言ってなかったか?」

 

ソウは冷や汗を流す。 まだ倉庫内の清掃は終わってない……ここまでは朝までかかる事になってしまう。

 

「ゆっくりメシ食って、人生語るなんて今日しなくてもいいじゃないですか!」

 

「何となく深刻そうな話になることだってあるだろう!」

 

「早く終わらせないと……! 寝ないで試合なんて辛すぎる!」

 

「だぁうるさい! 口より手を動かせ新人!」

 

「そんなぁ!」

 

「ほら働く!」

 

「やってますって!!」

 

「もっとだ!!」

 

2人が口論する騒ぎ声と共に、シャカシャカとデッキブラシを擦る音が倉庫内に響いた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

対抗試合当日。 十七小隊が控えているベンチにハリー達がおり、そしてソウは……目元に濃いクマをつけてフラフラの状態だった。

 

後方の3人の服装はバラバラだが、戦闘員3人の服装は同じデザインの黒い隊服だ。 レルムも含め、各学院の小隊は決められたバリアジャケットを着用しなければならなくなっている。 以前のように自分が決めたバリアジャケットは着られなくなっていた。

 

「すごい……眠い……」

 

「お前が頑丈でよかった。 じゃなきゃこの試合、棄権するとこだったんだ」

 

ハリーは褒めるようにバシバシとソウの肩を叩く。 と、そこで今日試合を行う相手……第十六小隊の面々が到着した。

 

十六小隊のバリアジャケットは、十七小隊と同じデザインだが色は黒ではなく紺色で、彼らに気付いたハリーすぐ様前に立って挨拶をした。

 

「よろしくお願いします」

 

「小隊を率いて対等になったつもりか?」

 

「………………」

 

「寄せ集めがどこまで持ち堪えるか見ものだな」

 

十六小隊の隊長はハリーの肩を掴んで横に押し退けるのフィールドに入って行き、横を通っていく十六小隊の隊員も笑い声を出しながら歩いていく。

 

明らかに小馬鹿にされている。 ハリーの実力はこの学院でも群を抜いているが、それは個人戦の場合のみ……集団戦においてはまだ甘さが残ってしまっているのが現状だ。

 

「この試合の勝敗が学戦でのポジションに左右する。 気を抜くなよ」

 

そうは言うが、やはり心配は拭えなかった。 その後十七小隊もフィールドに入り、2つの小隊は向かい合うように整列した。

 

十七小隊の戦闘員3人に対して十六小隊の戦闘員は7人……十七小隊が不利だが念威操者と後方支援がいるため対等となっている。

 

「ーーこれより対抗試合を行う! 十七小隊は攻撃、十六小隊は守りだ!」

 

ソウは審判を務める男性を見て不振に思った。 彼も魔導科の制服を着ていたからだ。 その視線に気付いたスティレットは耳打ちをした。

 

(全部隊を統括する部隊長のビアノだ)

 

「…………!」

 

「本番の学戦のつもりで望むように!」

 

『はい!』

 

「両隊、配置につけ!」

 

『これより十六小隊、十七小隊との対抗試合が行われます。 観客の皆様は流れ弾、その他における負傷に充分ご注意くださいーー』

 

物騒な注意案内が流れながら両小隊は背を向けてお互いのスタートポジションに向かった。 その際、ルーフはソウに目線を向け……そのまま行ってしまい、またソウは首を傾げてしまった。

 

「ソウ……」

 

「どうか無事で……」

 

観客席でセピアが祈るように懇願し、この場にいないセッカもソウの無事を祈った。

 

そしてブザー音が鳴り渡り……試合は開始された。 ルーフが錬金鋼(ダイト)を復元すると念威を飛ばし、緑色の花びらについて行くようにハリー達3人は敵陣に先行する。

 

「オレ達が勝つには敵陣に置かれたフラッグの破壊しかない」

 

「守り側の勝利条件は?」

 

「制限時間までフラッグを守り抜くこと。 もしくは……敵の隊長を戦闘不能にすることだ。 立てなくなるまで、完膚なきまでに」

 

「え……」

 

一瞬呆けてしまうソウ、そんなソウを無視してハリーは走りながら後ろを向いた。

 

「敵の狙いはオレだ。 オレが囮になって敵を引きつける」

 

「強気な隊長さんだ」

 

「ソウは敵陣前に走れ。 スティレットは援護しろ」

 

「了解」

 

『ーー敵反応、接近』

 

ルーフからの念話でハリー達は進行を止めると、前方の崖の上に十六小隊の隊員3人が待ち構えていた。

 

「セットアップ!」

 

デバイスを起動し、グローブとチェーンを装着しながら襲いかかってきた3人の攻撃を駆け抜けて避ける。

 

斧使いがハリーに向かって斧を振るう。 ハリーはそれを跳躍して避け……

 

「もらった!」

 

「はあっ!」

 

斧使いの後ろにいた銃使いの顔を蹴り飛ばした。 ハリーは銃使いを倒し、手から離れた銃型のデバイスを踏みつけ使用不能にする。

 

1人目……ハリーはフラッグの元に向かおうとするが、行く手を残りの2人が塞いでいた。

 

「隊長! うわっ!?」

 

「こっちに構うな!」

 

「っ……セットアップ!」

 

援護しようとすると、ソウの足元に魔力弾が撃たれ、すぐ様剣型のデバイスを起動……増援に来た隊員と剣をぶつけて鍔迫り合いになる。

 

「スティレット! こっちはいい、ソウをバックアップしろ!」

 

「ーーとはいっても……」

 

スティレットは近くの木に登り狙撃銃を構えるが……ソウは敵と鍔迫り合いのまま動くだけ、同士討ちを恐れたスティレットは引鉄を弾けなかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

この対抗試合を別の場所で部隊長のビアノは受話器を片手に観戦していた。

 

「例の新人、動きが悪いな。 魔力の通りも悪そうだ」

 

『彼の実力は保証付きだよ』

 

「お前……何を隠している?」

 

通話の相手は生徒会長のラムだった。

 

『今のレルムは所詮、卵ばかりが集まる場所だ。 彼にとっては幼稚な遊びに見えるのかもしれないな』

 

「俺達はその幼稚な遊びに必死こいてんだぜ」

 

『生き残る必死さは、誰もが同じだよ。 それが彼には……中々伝わってくれない』

 

ラムはそう言うが、ピアノは画面に映し出されている十七小隊の面々を見ながらため息を吐く。

 

「奴だけじゃないぜ。 お前の妹もな。 やる気のない2人に、協調性のないスティレット……問題だらけの小隊だ。 ハリー・トライベッカは他の小隊に付けてキチンと育てるべきだ。 一対一なら、ハリーは俺よりも強い。 今奴が最弱なのは部隊の指揮、そして集団戦においての実力と経験がないからだ。 周りを意識するあまり、自分の足元すら見えてない状況だ」

 

『それを拒んだのは、彼女自身だ。 それに……失敗が何も生み出さない訳でもない』

 

「つまりはあの小隊そのものが、捨石という事ではないのか?」

 

『捨石になるかどうかは……結果次第だよ』

 

一体ラムはソウの何を知り、何をやらせようとしているのか分からない……ビアノは額に手を当ててまたため息を吐く。

 

と、そこでフラッグの前で動かなかった十六小隊の隊長の動きが見られた。 手に持っていたデバイスを起動し……2振りの槌を手につかんだ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「スティレット! なぜソウのカバーをしない!?」

 

「味方と派手にやり合ってる敵を撃つなんて無理無理」

 

「ルーフ! 敵の割り出しが遅過ぎる、もっと早く出来ないのか!?」

 

『これが限界です』

 

思い通りにいかない事に苛立ちを覚え、その苛立ちを目の前の2人にぶつけるように拳を振るう。

 

単純な実力ならハリーの方が上だが……敵はそれを理解した上で小技のヒット&アウェイで動き、体力が消耗されハリーは決定打が打てない状況だった。

 

ソウも目の前の敵でいっぱいで……少し横に目を向けると、ハリーは背後から剣の一撃を振られ、地面に倒れた。

 

「くっ……」

 

ハリーは疲労でフラフラになりながらも立ち上がる。 敵はたった2人だが、倒せない……その事実にハリーは怒りで歯軋りする。

 

ソウは剣を振り下ろすも、受け止められる。 そして剣に伝わる自分の魔力を見て……軽蔑する。

 

(なんて無様な魔力の色だ……)

 

「ーーはあああ……!」

 

「!?」

 

その思考の隙が仇となり、横から斧使いが渾身の力で地面を叩き……衝撃がソウに襲いかかってきた。

 

「……っ……!」

 

「ソウ!」

 

直撃の瞬間、ソウと戦っていた隊員は離脱。 衝撃はソウの眼前で爆散すると土煙を巻き上げた。 ソウは辺りを見回すが……その土煙を突き破って斧使いが接近してきた。

 

突然の事にソウは反応出来ず、モロに斧の一撃を受けて吹き飛ばされてしまい……

 

「おおっ……おわああああっ!!」

 

そのまま崖を転がり落ちてしまった。

 

『ソウ離脱、ダメージ不明』

 

「なにっ!?」

 

ハリーはすぐに助けようと踵を返しすが……立ち塞がるように目の前に十六小隊の隊長が降りてきた。

 

「!?」

 

「ーーはあああ……はあっ!」

 

十六小隊の隊長は槌を振り回し、ハリーに攻撃を仕掛ける。

 

「しめたーーチッ……」

 

スティレットはハリーが離れた所を狙って十六小隊の隊長を狙撃しようとしたが……ハリーが入ってきて中断せざる得なかった。 仕方なくハリーを狙っていた斧使いを狙撃し、倒すだけに留める。

 

「敵1人なら問題ねぇのによ」

 

「隊長……」

 

「リーダー……」

 

「………………」

 

リンダ、ミア、ルカも自分の役割を果たしながらもハリーを心配していた。 そして崖から落ちたソウは意外にも無事で、崖を登っていたが……

 

(別に……負けていいんだよな?)

 

内心そう思っていた。 その考えを、念威でルーフは盗み聞きしていた。

 

その間にもハリーへの攻撃の手は休まず、次第に追い詰められ、疲労で膝をついてしまう。

 

「ッ……先輩っ!?」

 

「ハアハア……」

 

「確かにお前は強い。 だが、所詮それは決められたルール下の時だけだ」

 

「はあっ!!」

 

十六小隊の隊長が見下しながらそう言う。 そしてとどめとばかりに隊員がハリーに剣を振り下ろした時……ハリーはその隊員を踏み台にして高く跳躍した。

 

「まさか……!? あれだけの力がまだあるとは!」

 

「残りの力……一点突破で、全てをッ!!」

 

左手に赤い魔力を放ち、全身に纏いながら急降下。 地面に激突させ、衝撃波で全体を吹き飛ばした。

 

だがそれで倒せたのは1人だけ、隊長はゆうに回避していた。 さらに、ハリーの行動に怒りを覚えていた。

 

「それが小隊隊長としての戦い方かっ!!」

 

「ぐっ……」

 

言い返す気力もなく、十六小隊の隊長は両手の槌を掲げ……全力の魔力を込め始めた。

 

「先輩!!」

 

「ぬあああああ!!」

 

連続で、強烈な槌の連打を浴びせてきた。 ハリーは両手でチェーンを張り、連打を防ぐが……長くは持たないだろう。

 

「1人で戦い! 独りで死ぬ! それが正しいと思うな!」

 

(くそ……負けられない、負ける訳にはいかないんだ……!)

 

ハリーのその想いが……ルーフの念威によって崖から上がってきたソウの元に届けられた。

 

(先輩が倒れる……!)

 

誰が見ても、残り数秒でハリーは倒れるだろう。 ソウはそれを見て歯軋りをし、自分がここに来た目的と目の前の状況を見て葛藤し……

 

「くうっ……!!」

 

今できる全力を解放した。 ソウは立ち上がりながら青い魔力を放ち、その衝撃で辺りの茂みを吹き飛ばし……目にも留まらぬ速さで走り出した。

 

ソウの行く手を塞ぐように残りの2人が立ち塞がるが、ソウは走りながら剣を逆手に持ち返ると……

 

「ストームブロー!!」

 

魔力が高まり、魔法発動の余波で2人は吹き飛ばされ……回転しながら剣を振り抜くと竜巻が発生。 その竜巻は進行方向の先にいた十六小隊の隊長まで上空に吹き飛ばした。

 

「ブーストヴォルト!」

 

ソウは吹き飛ばした十六小隊の隊長を追いかけて身体能力を上げ、1回の跳躍で高い崖を登り切った。それを見たハリーとスティレットは開いた口が開かないくらい驚愕した。

 

「……お前……」

 

「おいおい……」

 

明らかに実力を隠していた……そう思うしかなかった。 ソウは気絶した十六小隊の隊長を横たえると、先にあった十六小隊の陣地……フラッグを見た。

 

「だあああっ!!」

 

跳躍して一気にフラッグに接近し、支柱を切り裂いて着地した。

 

「うわっと……!」

 

落下で一瞬地面に突き刺さったフラッグ、しかし倒れそうになったのでソウは慌てながら掴むと……試合終了のブザーが鳴り響いた。

 

「やった! やったねソウ!」

 

「ホント、ホントにやっちゃったよ……」

 

ソウはあまり嬉しそうではない顔をして手に持つフラッグを見る。 と、そこでリンダ達3人が駆け寄って来た。

 

「凄いぞソウ!」

 

「よくやったな!」

 

「くぅ〜! いつ以来の白星だ!?」

 

「それよりもすいません。 デバイス、使い物にならなくなってしまって……」

 

ソウは右手に持つ剣に視線を落とすと……そこには捻り曲がった剣があった。

 

「うわぁ……」

 

「こんなの初めて見たぞ。 魔力が強過ぎてデバイスが持ち堪えられなかったのか。 これからソウの設定も、色々考えないとな!」

 

「お前ぇ、こんな爪どこに隠し持ってた〜? うりうりー♪」

 

「あはは……あ、先輩」

 

フィールドから戻ってしたスティレットがソウの肩を掴み、人差し指で頰を何度も撫でる。 ノリについて行けず苦笑するソウ……そんなソウをハリーは強い眼で見ていた。

 

「………………」

 

「……あ」

 

ハリーはソウから視線を外し、そのままここから去って行った。 さらにソウは同様の視線を向けていたルーフに気付いたが……

 

「あーー」

 

「裏切り者」

 

突き放すようにそれだけを言い、またハリーと同じように去って行った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「あーーらら。 ソウったらやっちゃったよ」

 

ソウ達の自宅で十六小隊と十七小隊の模擬戦を見ていたセッカはソウの見せてしまった実力を見て苦笑いをしていた。

 

「ま。 見せたのは表面上の力だけ……ソウ本来の姿はまだ誰も知らない。 奴1人を除いては、ね……」

 

セッカは端末を操作し、レルムの生徒会長であるラムの画像を表示した。

 

「まだ、私達の戦いは始まったばかり。 立ち止まってはいられない……本格的に()が動き出す前に終わらせる」

 



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