とある科学の刀剣使い(ソードダンサー) (御劔太郎)
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第1話 刀剣使い(ソードダンサー) 前編

初めての投稿なので至らない点があると思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。


『学園都市』……それは、東京都西部を切り開いて作られた大都市である。

そこでは“超能力開発”と云うものが学校のカリキュラムに組み込まれており、総人口230万人の実に約8割を占める学生達が日々『頭の開発』に取り込んでいる。

 

そんな学園都市に一人の男子中学生が住んでいた。

 

その男子中学生の名前は『紅月 詩音』。

シルクのような肌触りの良い黒くて長い髪を一纏めにした美形と称して障りのない女形ような顔付きである。

また彼は、紅月家当主の証である家宝の日本刀をいつも肌身離さず持ち歩いていた。

ちなみ、彼は無能力者(レベル0)でありながら学園都市からかなりの奨学金を受けており、その金額は超能力者(レベル5)と同等である。

理由としては、彼の持つ天賦の剣の才能と超人的な身体能力、鋭い観察眼・洞察力と相まって相手の数手先を読み行動することができ、純粋な戦闘能力では高位能力者と対等に渡り合えると言う。

これにより、彼は高額の奨学金と例外的に刀の帯刀を学園都市より許されている。

 

次に彼の持つ日本刀についてである。

刀の名前は『絶影』……

幕末の刀匠『新井赤空』が鍛えたとされている幻の“最終型殺人奇剣”……

黒い刀身は妖艶な光りを放ち、刃は赤紫の炎を模した波紋が特徴的である。

この刀は、通常の刀と次元違う強度と切れ味を持っており、また芸術品のような美しさは見る者を圧倒させた。

 

そして最後に、紅月詩音は風紀委員(ジャッジメント)第177支部に所属している。

 

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夏休み前の7月半ば、天気は快晴……

その日、詩音は朝からジャッジメントの仕事で第7学区内にある人通りの少ない裏路地を走らされていた。

何でも女子中学生が数人の不良に絡まれているという匿名の通報があったからだ。

 

「ったく……この暑い中、朝から仕事だなんて……」

 

やれやれといった感じで詩音は愚痴を吐いている。

 

『何を寝ぼけた事を言っていますの!詩音さんッ!』

 

『そうですよ!紅月くん!次の角を右に曲がれば現場です!』

 

詩音の使う最新のインカム型の携帯電話から二人の少女の声が交互に聞こえた。

 

一人は『白井黒子』……

レベル4の“空間移動能力者(テレポーター)”であり、所属している風紀委員、第一七七支部で行動班の一翼を担っている。

 

もう一人は詩音と黒子のバックアップを後方である支部から担当する『初春飾利』……

頭には大量の生花を載せていることからクラスの間では“動く花瓶”とも“生きた花瓶”とも揶揄されている。

 

ちなみに、詩音と初春飾利は同じ学校の同じクラスだ。

 

「りょーかーい………」

 

詩音は初春の指示にしたがって角を曲がり、黒子よりも早く現場に到着する。

それと同時に声を上げた。

 

「ジャッジメントです!不良に絡まれている人がいると言う通報を受けて来ました!被害者は……って、アレ?……」

 

現場に着いた詩音はふと思った。

初春の情報では、被害にあっているのは女子中学生のはずだった。

だが、倒れていたのは迷惑行為を行っていたであろう不良たち……

しかも、みんな丸焦げになっている。

 

「すみません。これをやったのはアナタですか?」

 

詩音は倒れている不良たちを指差しながら、被害者らしい女の子に聴いた。

 

「そうよ……余りにしつこいから、テキトーにやっといた……」

 

腕を組み、ソッポを向いた被害者の女子は淡々と事情を話す。

それを聞いた詩音は……

 

「はい、アナタの事情は分かりました……アナタを傷害の容疑で逮捕します。」

 

そう言った詩音は、その女の子に対し警備員(アンチスキル)も使用する対能力者用の手錠を掛けたのだ。

 

「えッ!!?、チョット!何でこうなるワケッ?!!被害者は私の方でしょう!!?」

 

手錠を掛けられた彼女は始め何が起きたのか理解できてなかったが、すぐに自身の置かれた現状を把握し、素早くツッコミを入れる。

 

「だって、この不良さん達はキミをナンパしただけでしょ?たかがそれだけの事で能力を使用したって言うのは、少し飛躍した話だとは思いませんか?」

 

哀れな姿になっている不良たちに静かに手を合わせた。

 

「しょうがないでしょ?それにコイツらは死んでない!縁起が悪いわよ!」

 

二人がヤイヤイしている事、数分………

相方の黒子がようやく現場に到着した。

 

「すいません、遅れましたの!それで不良たちの被害にあっている方はどこですの……って、お姉さまッ!!?」

 

黒子が手錠をされた女の子を見て驚いている。

どうやら、彼女ことを知っているみたいだ。

 

「え?白井さん?この人と知り合いなの?」

 

詩音が黒子に聞く。

 

「ええ、わたくしの先輩ですわ。」

 

確かに彼女の言うとおり手錠をした女の子は黒子と同じ常盤台の制服を着ていた。

その後、彼女から頼まれた詩音は女の子に掛けていた手錠を外し解放する。

 

「はあ~朝っぱらから、ヒドい目にあったわ……」

 

手錠を掛けられた常盤台の少女…『御坂美琴』は自分の手首をさすりながらブツクサと何か言っている。

 

「自業自得ですわよ、お姉さま。いつも言っているでしょうに……仮にもお姉さまは常盤台のエース。もう少し、そこら辺に気を配って行動して貰わないと……」

 

「そうです。学園都市の治安維持はジャッジメントとアンチスキルに任せて下さい。」

 

「だって、しょうがないじゃない……アンタたちが来る前に全部終わっちゃうんだもん。それに今のところ私、全然負けてないし!」

 

鼻息荒くガッツポーズを取る美琴。

 

「まったく、何言ってるんだか……いくら、御坂さんみたいな高位能力者でも所詮は一般人なんですよ?分かっていますか?権限のないアナタが無闇に暴れていると上から睨まれますよ?」

 

その様子に呆れた顔で忠告をする詩音。

 

「何?その言い方……まるで、私がジャジャ馬だとでも言いたいの?」

 

「さあ……別にそんなことは言った覚えはありませんのー。あれ?もしかして、自覚があるんですか?」

 

黒子の口癖を混ぜながら、美琴をからかう詩音……

 

「何かムカつく……」

 

ビリッとスパークが走り美琴のこめかみが引きつき、ボルテージが上がっていく。

 

「(あわわ……このままではヒジョーにマズいですわ。お姉さまなら、要らぬ暴力沙汰を起こしかねませんの……)」

 

色んな意味で美琴と詩音の事を心配した黒子は話を別の方向に振った。

 

「そ、そう言えばお姉さま、今日は能力測定(システムスキャン)がありましたわよね?」

 

「ん?ああ、そうだった……」

 

「このままでは遅刻してしまいますわ、お姉さま……それでは詩音さん、ごきげんよう。おほほほ……」

 

黒子は詩音に軽く会釈をすると、美琴の手を取りテレポートを繰り返しあっという間に詩音の前から去っていくのだった。

 

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そして、黒子たち二人と別れた詩音は自分の通う“柵川中学校”へやって来た。

教室に向かう途中、同級生の同じジャッジメントの支部に勤める初春飾利と出くわす。

 

「あ、紅月くん。今朝はご苦労さまでした。」

 

「初春さんこそバックアップ大変だったでしょ?」

 

「いえ、私は全然……紅月くんたち、行動班に比べたら楽ですよ。それで被害者の方は無事だったんですか?」

 

「それが現場に着いたら、不良たちは全員その被害者にヤられて伸びてたよ。しかも、その被害者って言うのが白井さんの先輩なんだって……正直、驚いたよ。」

 

“白井さんの先輩”……そのフレーズを聞いた初春さんの耳がピクピクッと反応した。

 

「あ、あの!白井さんの先輩って、まさか御坂美琴さんじゃないですか?」

 

「え、そうだけど…もしかして、初春さんもその人と知り合いなの?」

 

「いえ…直接、会ったわけじゃないですけど、その名前を聞いて知らない人はいません!学園都市にわずか七人しかいないレベル5の第3位!常盤台のエース!御坂美琴さん!」

 

初春さんは鼻息を荒く熱弁を振るっている。

 

「それに今日の放課後、念願叶って御坂さんのことを白井さんから紹介して貰うんですよ~!はあ~////憧れます、常盤台のお嬢様……////」

 

今まで熱弁を振るっていた初春さんが次はいきなり別の世界へトリップしている。

 

「(初春さんって、けっこう忙しい性格をしてるんだな……)」

 

そんな彼女の元へ素早く忍び寄る怪しい影が……

 

「うーーいーーはーー……………」

 

その姿はまるで、あの世界的隠れん坊の名人“某蛇氏”のようだ。

完璧に気配を消して標的に接近した影は、初春さんのスカートをおもいっきり捲りあげる。

 

「るーーーーッ!おっはよーーーん!」

 

「ふぇ……ッ!!? ひゃわあぁああぁぁあぁぁーッ!!!!」

 

人知れず忍びより結果は周囲の誰も見逃さない。

そんな矛盾した行為をやってのけた長い黒髪の少女は一度うなずいてその内容をゆっくりと吟味する。

 

「今日は淡いピンクの水玉か―――ッ!」

 

黒髪少女こと佐天涙子が絶叫した内容に『それ』を見てしまった周囲の男子生徒達が顔を赤くして足早にその場を去っていく。

当然、見た内容と聞いた内容をきっちりと記憶しながら。

 

もちろん、詩音も例外ではない。

 

「な、何をするんですか佐天さんッ!男子もいる往来でこの暴挙…ッ!」

 

「おやおや~?クラスメートに敬語とか相変らず他人行儀だねー♪……よし!初春との親睦を深めるためなら、アタシはいくらでも鬼になろうッ!」

 

「そんなのならなくていいですし、連続でスカート捲らないで下さーーーーい!」

 

前を守れば後ろが………

後ろを守れば前が………

 

「両手使って前後を守れよ!」とツッコミを言われるかもしれないが、初春飾利は只今、そんなことも考え付かないほどテンパっているのだと皆様にはご理解いただきたい。

 

詩音を始めとする周囲の生徒たちが“初春飾利のそれ”を見たところで、佐天涙子による公開処刑は終了した。

 

「いや~ゴメンゴメン。そこに初春のスカートがあったもんだからつい……」

 

「酷いですよ……しかも全然反省もしてないし……」

 

親指をグッと立てて謝罪しても逆効果なので注意(イエローカード)である。

スカート捲りをした彼女は「お詫びに自分のスカートを……」などと言って周囲の男子の目を集めるが初春当人と詩音にキッパリと拒否されたため仕方なく下ろした。

周囲から複数の馬鹿正直な舌打ちが聞こえたような気がしたが空耳だろう。

 

きっと……

 

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そして、その日の放課後……

 

「ねえねえ、二人はどーだった? システムスキャンの結果…?」

 

「私は相変らずのレベル1でした。担当の先生からも『お前の頭の花は見せかけかッ!!?その頭の花咲きパワーで能力値でも咲き誇れーっ!』て、怒られちゃいましたし……」

 

苦笑いの初春……

 

「何ていうか、その先生ってツッコミどころ満載だね……まあ、僕は相変わらずのレベル0だったよ。」

 

「私も詩音くんと同じレベル0だった。」

 

「クヨクヨしてても仕方ないし、次があるよ。」

 

「そうだね!次は頑張ろうッ!……それで初春たちはこの後、用事とかあるの?」

 

「私たちはこれから同僚の白井さんに御坂美琴さんを紹介してもらうんですよ~♪」

 

「御坂美琴って、あの常盤台の超電磁砲(レールガン)でしょ?どうせ威張り散らしたいだけのいけ好かない女なんじゃないの?ああいう人って私たちみたいな人を小バカするじゃん?私、ああいうのが一番嫌いなんだよね……しかも、常盤台のお嬢様なんて……」

 

「うわ……全否定……」

 

「良いじゃないですかお嬢様!いいえ、むしろお嬢様『だから』良いんじゃないですか!」

 

朝同様に初春は熱弁を振るい出す。

 

「アンタ、ただ単にセレブ族にあこがれてるだけなんじゃ……」

 

そんな彼女をやや冷めた目線で見る佐天……

 

「そんなことはナイデスヨ……そうだ、どうせなら佐天さんも一緒会いに行きましょう!」

 

半ば強引に彼女の手を引き待ち合わせ場所に初春は待ち合わせ場所に向かう。

 

「ちょ、ちょっと!私、これから新しいCDを買いに…………って人の話しを聞け〰〰ッ!」

 

学園都市に佐天の叫びが虚しくこだました。

 

次回に続く。




ご意見、ご感想がありましたら、ヨロシクお願いします。


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第2話 刀剣使い(ソードダンサー) 後編

昼過ぎ、とあるファミレスにて…

只今、御坂美琴と白井黒子の二人はお茶をしながら、誰かを待っていた。

 

「……ふぅ、え?私のファン?」

 

「ええ……ジャッジメント第一七七支部でワタクシのバックアップを担当している娘ですわ。是非、一度お姉様にお会いしてお話しがしたいと事あるごとに…」

 

「はあ………」

 

彼女の言葉を聞いて、「またか……」と深い溜め息を吐く美琴。

 

「もちろん、お姉様が常日頃ファンの子達の無礼な振る舞いに閉口しているのは存じておりますが、初春は分別を弁えた大人しい子…それに、ワタクシが認めた数少ない友人でもありますの。ここは、黒子の顔を立てると思って……」

 

そう言いながら、黒子は自分の手帳を捲っている。

 

「それに、お姉様のストレスを最小限に抑えるべく、今日の予定はワタクシが……って、お姉様ッ!!?」

 

野性的な感か、何かを感じ取った美琴が彼女から手帳を素早く取り上げた。

手帳の表紙には、赤ペンで“マル秘”の文字が……

取り返そうと必死になる白井さんを左手で押さえながら、美琴は手帳の中身を読み始める。

 

「"初春を口実にしたお姉様との『イチャイチャデート』大作戦!"ねぇ……」

 

自身で考えた作戦名を聞いた黒子は冷や汗が止まらない。

 

「なになに~?」

 

その一 ファミレスで親睦を深める。

その二 ランジェリーショップで下着(最終決戦使用)を購入。

その三 アロマショップでソッコー性・蒸散性バツグンの媚薬を秘密裏に購入。

その四 初春駆除ッ!

その五 ホテルにGoッ( ´艸`)

 

「つまりは何? その分別を弁えた大人しい子をダシにして自分の変態願望を叶えようと?……聞いてるだけで凄んげぇーストレスなんですけど~ッ!!?」

 

お仕置きと言わんばかりに美琴は後輩である黒子の頬を抓って引っ張る。

引っ張られる彼女も何を言っているのか分からないが、美琴に謝罪しているのだろう。

たぶん……

やがて、握力の切れた美琴は彼女を解放する。

 

「……まあでも、黒子の友達じゃあ、しょうがないか……」

 

半ば諦めた美琴が、渋々了承した次の瞬間……

 

「おっ…ねえさま~~ッ!!!」

 

「なッ!!?……」

 

「お姉様がそんなにも黒子のことをお思いになってくださっていたなんて黒子は!黒子はもうどうにかなってしまいそうですの!」

 

「この! 離れなさいっての……!」

 

黒子が美琴の膝の上にテレポートし、周囲の迷惑など完全に無視した大音量で騒ぎ出す。

窓の外には丁度、話題に上がっていた初春と今朝方に出会った黒い長髪の少年。

それと、やたら疲れきっている佐天がいて………

 

「あ、あの、お客様? ほかのお客様のご迷惑になりますので……」

 

そして店員もおり、注意された。

 

ゴィィン…ッ!!

 

「うぅ……というわけで、改めて紹介いたしますの。こちら柵川中学一年、『初春飾利』さんですの…」

 

視点変えの効果音に頭を使われた黒子は頭をさすりつつ、ホストとしての役割を全うするべく初春を紹介する。

紹介を承けた彼女も美琴を前に緊張でもしているのか、いつも以上に背筋がピンとしていた。

 

「は、はじめまして。初春飾利です////」

 

「で。えーと、そちらが……」

 

「初春と同じクラスの『佐天涙子』で~す。何でか知らないけど着いて来ちゃいました~ちなみに能力値はレベル0で~~す!」

 

佐天はワザとらしい棒読み調で美琴に自己紹介をする。

 

「後は僕だね。改めて、僕は『紅月詩音』。白井さん、初春さんと同じ支部でチームを組んでます。それにこちらの二人とはクラスメートです。」

 

「初春さんに佐天さん、それに詩音ね。私は『御坂美琴』、よろしくね♪」

 

「では、お互いの紹介もつつがなく終わりましたし、少々予定が狂ってしまいましたが、ここからはワタクシが………!」

 

ゴィィン…ッ!

本日、2発目が着弾。

 

「あうぅぅー………」

 

「まあ、こんな所で立ち話もなんだから、取り敢えず、ゲーセンでも行こっか♪」

 

五人は第七学区の繁華街に向かい歩き出した。

 

「案外、御坂さんって、親しみやすそうな人で良かったね、佐天さん……」

 

詩音がお嬢さま嫌いの佐天に話し掛けるが、「う~ん……」と、彼女はイマイチ美琴に好感を持てていなかった。

 

「ところで、初春はさっきから何のチラシを見ているの?」

 

「ああ……これですか?さっき、貰ったんです。何でもこの近くの広場でクレープ屋さんがお店を開いているみたいですよ。」

 

「本当ッ?!!」

 

クレープ屋の話しを聞いて、詩音の目つきが変わる。

そう、彼はボールいっぱいの生クリームをペロリと食べてしまうくらいの無類の甘党なのだ。

 

「他にも、先着100名には“ゲコ太”マスコットをプレゼントですって。」

 

「ゲコ太マスコット~?」

 

佐天は初春の持つチラシを横から見た。

そこには、口元にチョビ髭を生やした紳士(ジェントルマン)風のカエルのマスコットをあしらったストラップのイラストが描かれている。

 

「何?このヤッスいキャラ…?」

 

「ですよね~。今時、こんなの…って御坂さんッ?!!」

 

いつの間にか、美琴が食い入るようにチラシの……正確には、チラシに載っているゲコ太マスコットを見ている。

 

ちょっと、彼女の目がコワい……

 

「あら~?もしかして、お姉様ったら、そのゲコ太マスコットに興味があるんですの?…」

 

さっきのゲンコツの意趣返しと言わんばかりに黒子がツッコミを入れてくる。

 

「ッ////全く、何を言ってんの!カエルよ?両生類よ?今時、そんな物貰って喜ぶヤツなんて……」

 

美琴は必死にゲコ太好きを否定し、取り繕うとするが何の説得力もない。

なぜなら、彼女の持つ学生カバンからノーマル型のゲコ太ストラップが全身をさらけ出していたのだ。

 

「ぷ(*≧m≦*)ッ!」

 

美琴をからかった黒子は当てつけのように吹き出す。

それは見ていた柵川中の三人はやれやれと言った感じだった。

そうこうしている内に五人は広場にオープンしているクレープ屋にやってきた。

 

「凄い数……」

 

「子供ばっかりですわね……」

 

「タイミングが悪かったんですよ。」

 

「では、ワタクシと初春でベンチを確保しときますわ。」

 

「佐天さん、私たちのクレープ、お願いしてますね。」

 

「お金は後から払いますので~~!」

 

そう言って初春と黒子の二人はベンチの確保に向かった。

 

「ちょ、ちょっと……」

 

佐天は二人を呼び止めようとしたが、聞こえていないのか彼女の声に振り返ることはなかった。

助けを求めることに失敗した彼女は軽く嘆息し、残った美琴と詩音らとクレープ屋の列に並ぶ。

順番は佐天、美琴、詩音の順だ。

 

「あの…良ければ、変わりましょうか?…」

 

佐天がおそるおそる、美琴に話し掛ける。

その理由としては、腕を組み、指を叩き、脚でリズムを小刻みに刻むの美琴の姿にあった。

親の仇でも見るかのように前方の列を睨んでは刻むリズムのテンポを上げている。

彼女の言葉に美琴の表情がパアっと一瞬だけ明るくなるが、すぐに強がり、ソッポを向いた。

 

「わーい!ゲコ太ゲットー!」

 

「私もーー!」

 

しかし、どんなに強がっていても、列のすぐ脇を通っていく子供たちからは目を離すことが出来ない美琴である。

 

「早く、ゲコ太ストラップ貰えると良いですね?」

 

小学生低学年と同等の感性を持つ美琴を弄ることに目覚めてしまった詩音が、発破をかけるように彼女をからかう。

 

「本当に待ち遠しいわ…って、違うわよ!いきなり、アンタは何を言わせるの!私はクレープさえ買えれば良いのよ////」

 

そんな詩音の気持ちを分かっていない美琴は、案の定、彼の思った通りの反応を見せた。

 

「まあまあ、次、御坂さんの番ですよ?」

 

詩音の言うとおり、佐天がすでにゲコ太ストラップを店員さんから貰っている。

 

「はい、これが最後ですよ♪」

 

この一言がマズかった…

空は青くて、嫌でもソロソロ夏だなぁと感じさせるくらいの気温、広場の噴水も涼しげでいい感じ……

 

なんだけど………

 

「はああぁ~~~」

 

そんな、落ち込む要素の欠片も無いような空間で 四つん這いでダークサイドに今にも落ちそうなくらいにうつむいて深いため息をつく美琴がいた。

 

「まさか、あのゲコ太っていうカエルのストラップでこんなになっちゃうとは……」

 

「効く人には効くんだね。恐るべしゲコ太パワーってところかな?」

 

そんな彼女を見かねた佐天は、優しくストラップを美琴に差し出した。

 

「えッ?!!良いのッ?!!」

 

「ええ…どうぞ……。」

 

「ありがとーーッ!!!!!!」

 

先ほどまでの落ち込みからウソのように立ち直った美琴は彼女からゲコ太ストラップを受け取る。

その後、クレープも予定どおりに買った美琴は足取りも軽く初春たちが、確保していたベンチに向かった。

 

「(^з^)~~♪♪」

 

「ハム、ムグムグ……」

 

詩音たち柵川中の三人は仲良くベンチ座り、クレープを頬張っている。

一方、美琴は黒子に追い回されていた。

 

「いかかです?ワタクシのも一口……ッ!」

 

「絶対に嫌ッ!!!何よ!トッピングに生クリームと納豆って、アンタの舌おかしいんじゃないッ?!!」

 

「あぁん、お姉様のイケず~ッ!」

 

「本当に仲が良いいよね、あの二人……」

 

「確かに……先輩、後輩の間柄じゃないみたい。」

 

「あ、だけど、さすがに白井さんのトッピングは有り得ないかな?御坂さんの気持ちが分からないでもないよ。そもそも、甘いクレープに納豆って、甘党の僕にしては、クレープへの冒涜だと言っても過言でもないよ……」

 

「それ、詩音くんも言えた義理なの?トッピング、生クリームだけって……しかしもメガ盛り……見ているだけで胃もたれしそう。」

 

佐天の冷ややかなツッコミに驚く詩音であった。

 

「えッ?おいしいのに~。」

 

「それでどうでした?佐天さん……御坂さんは?」

 

「う~~ん……お嬢さまっぽくなくて、意外にも接しやすかったかも……」

 

「だったら、佐天さんを連れて来て良かったです。」

 

初春と佐天はお互いに笑顔を浮かべた。

そんな二人の会話を隔てるように詩音が口を挟む。

 

「ん?ねえ、二人とも……」

 

「どうかしたんですか?紅月くん………」

 

「あの、銀行……こんな真っ昼間から防犯シャッターを降ろして、なんか怪しくない?」

 

詩音がそんな事を言った瞬間、銀行の防犯シャッターが爆発した。

 

「えッ?!!いったい何ッ?!!爆発ッ?!!」

 

佐天は軽いパニックに陥っている。

 

「落ち着いて、佐天さん!大丈夫だよッ!白井さんッ!」

 

「ええ、了解ですのッ!!!初春はアンチスキルに連絡と怪我人の有無の確認をッ!」

 

「はい!分かりました!」

 

「それから……」

 

「黒子、私も……ッ!」

 

「いいえ…学園都市の治安維持はワタクシたちジャッジメントのお仕事…お姉様はそこでお行儀良く待っていて下さいな。行きますわよ、詩音さん!」

 

「了解!」

 

詩音と黒子はジャッジメントの腕章を着けると現場に急いだ。

 

**********************************************************************************************************************

 

そして、風紀委員として銀行に向かった黒子と詩音は三人組の強盗犯と対峙する。

 

「風紀委員(ジャッジメント)ですのッ!器物損壊および強盗の現行犯で拘束しますのッ!どうぞお縄に…!」

 

彼女の言葉に強盗犯たちは驚くが、直ぐに二人のことを小バカにするように笑い出した。

 

「ぎゃははははッ!どんな奴が来たかと思えば、ジャッジメントも人手不足だなぁッ!」

 

彼らの態度に黒子と詩音は思わずムッと腹を立てる。

 

「そこをどきな。お嬢ちゃん……」

 

三人の中でも一番の体格を持った男が黒子の前に立ちはだかった。

 

「早くどかないと、ケガしちゃうぜーッ!」

 

男が黒子に襲い掛かろうと手を伸ばすが、彼女は強盗犯を簡単にあしらい倒してしまう。

 

「はあ……そういう三下な台詞(セリフ)は死亡フラグですわよ?って、もう聞いていませんわね……」

 

黒子は、倒した男を見ながらカッコ良く決め台詞を言う。

 

「野郎ッ!ナメやがって!!!!!!」

 

リーダー格の男の手のひらに轟々と炎が揺らめく。

どうやら発火能力者(パイロキネシスト) のようだ。

 

「フン!どうだ、ビビったろ!」

 

自慢気に自身の炎を詩音に見せつける。

 

「……別に~全っ然、コワくないよ……」

 

「何ッ!!?こんのォォ……!消し炭になんなーッ!!!」

 

男が燃え盛る炎を詩音に投げつけるが、詩音は消えるように向かって来る炎を易々と回避した。

最初、詩音がいた場所に着弾した火炎弾が爆発、周囲数mを焼き尽くす。

 

「き、消えたッ!!?」

 

男は驚愕した。

 

「えッ、何ッ?!!詩音も黒子と同じテレポーターなのッ?」

 

離れた場所から見ていた美琴たちも驚いている。

 

「い、いいえ…紅月くんはレベル0の無能力者ですよ?」

 

「そうですよ。私と初春は、彼にシステムスキャンの結果を見せて貰いましたし……」

 

「で、でも、あの動きはむちゃくちゃよ……」

 

一方、詩音は鼻歌混じりに攻撃を避けながら、男を翻弄していた。

 

「な、何で当たんねえだよッ?!!」

 

「アハハハ!教えて上げよか?これは『縮地』っていう歩行術だよ。初速から最高速まで加速して相手の間合いを侵略する幻の体技……!まあ、これでも本気じゃないけど……ねっ!」

 

次の瞬間、男は勢い良く仰向けに倒される。

 

「あぐ…ッ!!!」

 

詩音が目にも止まらぬ速さで男に肉薄し、足払いを掛けたのだ。

時間にして二秒もかかっていない。

その身体能力は、まさに人間離れしていた。

痛みに耐えながら、尚も抵抗しようと男が起き上がろうとする。

 

「へえ~まだ、抵抗する気ですか?見上げた根性ですね。でも、そこまでですよ?強盗のお兄さん?それ以上、動いたら………」

 

男の首筋に“絶影”の冷たい刃が当てられる。

 

「ひぃッ!!?……」

 

「これ以上の抵抗は………分かるよね?」

 

「ま、参った……」

 

詩音はレベル0ながら、レベル3に匹敵する強盗を難なく無力化してみせた。

 

「はい、二人目~♪」

 

また、残った強盗は黒子と詩音のタッグに恐れを成して、どさくさに紛れてその場から逃げ出していた。

 

「全く、今日はツいてねえ!デクとアニキには悪いが、三十六計逃げるに如かずだ。」

 

男は周到に用意していた車に向かって走り、急いで乗り込むとエンジンを掛けた。

そして、一気にアクセルを踏み込み車を急発進させその場から逃げようする。

 

「アイツ!仲間を見捨てて逃げる気ッ!!?」

 

それを見ていた美琴はポケットから一枚のコインを取り出し狙いを定めると、青白い電撃に乗せフルパワーでコインを撃ち出した。

10億ボルトという超高圧電流から生じた強力な磁力によって誘導されたコインは一条の光となって車を薙払う。

 

しかし、ここで予想外の出来事が起きてしまった。

彼女の放った超電磁砲(レールガン) の衝撃波に煽られ、天高く舞い上がった車が初春と佐天が見守る歩道に回転しながら落ちてきたのだ。

 

「し、しまった!」

 

思いがけない展開に焦る美琴……

 

「お姉様、何をやっていますの!」

 

黒子もアワアワとしている。

パニックになって「「わああぁぁーーッ!」」と叫びながら、その場を右往左往する初春と佐天の二人。

しかし、その中で詩音だけが落ち着いていた。

 

「『縮地・影縫い』!」

 

詩音は、先ほどとは比べものにならない位の超スピードで初春たちのもとに移動した。

 

「……ったく、はた迷惑なレベル5だ……」

 

そう言いながら持っていた絶影を鞘からゆっくりとぬいた。

夏の日差し晒された刀の刃が怪しく光る。

 

「えッ?!!いつの間にッ?!!って、早く逃げなさい!」

 

美琴はいつの間にか車の落下地点に移動していた詩音に向かって逃げるように叫んだ。

だが、当の本人は逃げるどころか深呼吸をして心を落ち着けている。

 

そう、精神統一をしているのだ。

 

そして、落下してくる車に向かって絶影を下から上へと軽く優雅に振り上げた。

次の瞬間、『ギンッ!』と聞いたことない大きな音ともに車が前と後ろで真っ二つになり、詩音たちの後方に勢いよく転がったのだ。

あまりのことに車中の強盗はショックで泡を吹いて気を失っていた。

 

「……また、つまらない物を斬ってしまった。」

 

「た、助かったのかな………」

 

「た、たぶん……」

 

周りが唖然としている中でも詩音だけは凛としている。

その後、初春の通報により駆けつけたアンチスキルにより強盗犯たちは連行されていった。

 

しかし、事件現場となった銀行前の通りは凄まじいことになっていた。

美琴の超電磁砲(レールガン)によってごっそりと抉られた道路……

詩音の放った一撃によって真っ二つになり歩道を越えて公園内に転がるスクラップの乗用車とその残骸……

当時、駆けつけたアンチスキルの隊長『黄泉川愛穂』はこう思ったのだという。

 

「ここは、戦場かい!」

 

と………

 

次回に続く。



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第3話 御坂 美琴(レベル5) vs 紅月 詩音(レベル0)

強盗事件から数日たったある日……

詩音は美琴に呼び出され、ファミレスに来ていた。

 

「もう~どういうつもりですか?御坂さん…こんな朝っぱらから……僕、暇じゃないんですよ?」

 

「そんなことどうでも良いわ!この間の事件の話!アレって何なの?アンタ自動車を斬ったでしょッ!」

 

「ああ~確かに……そんな事してましたね~」

 

「どんな能力なのッ?教えなさい!」

 

美琴が矢継ぎ早に質問してくる。

 

「う~ん……別に能力なんて使ってないですよ?そもそも僕はレベル0……ただの無能力者です。」

 

「はあ~ッ?ウソばっかり!じゃあ、どうしてあんな事ができるの!納得のいく説明をしなさい!さあ!さあ!」

 

鼻息の荒い美琴……

物凄い勢いで詩音を捲し立てる。

 

「まあ……何て言えばいいですかね?あれは先祖から受け継いだ血と日々の鍛錬の結果ってところですか?」

 

「何を言ってんの?そんなの説明になってないじゃん!いいわ!私がアンタを試してあげる!ちょっと来なさい!」

 

美琴は詩音の手をおもむろに掴むと、ズンズンと引き摺るように店から出ていった。

もちろん、お代は詩音持ちで……

 

**********************************************************************************************************************

 

場所は変わり、黒子は佐天と初春ら三人で第七学区内にあるガーデカフェでお茶をしていた。

どうやら黒子は、朝から居なくなったルームメートの美琴を心配しているみたいだ。

 

「えーと、つまりは……朝起きたら御坂さんが部屋から居なくなっていた……と?」

 

「ええ……この間の強盗事件で紅月さんのアレを見てから彼に興味深々で……もしかしたら、お姉様の悪い癖が出てしまったんじゃないかと思いまして……」

 

「御坂さんの悪い癖ってアレですか?」

 

「たぶん、そうみたいですよ。佐天さん……」

 

三人には思い当たる節があるみたいだ。

そう、何を隠そう御坂美琴は気になるヤツを見つけると所構わず勝負をしてしまう“バトルジャンキー”なのだ。

 

この悪癖に迷惑を被った被害者は数知れず……

 

どうやら詩音もその標的となってしまったようだ。

 

「白井さん!そうなると大変ですよ!紅月くんは、ああ見えてもレベル0の無能力者!御坂さんの電撃をまともに受けたりでもしたら……ッ!」

 

「真っ黒コゲになってしまいます!」

 

「分かってますの!だから、二人をこうして呼び出したんですの!初春!この際だから手段は選びませんわ!学園都市中の防犯カメラを使って一刻も早くお姉様を探し出して止めませんと……」

 

「そうですね!このままだと紅月くんがローストされかねません……ッ!」

 

初春が手持ちのリュックからポータブルパソコンを取り出すやいなや、信じられない速さで操作し学園都市中の防犯カメラにハッキングを掛けだした。

 

「あ、居ました!」

 

そして、彼女は5分も経たない内に二人の居場所を見つけ出す。

 

「どれどれ~あ、ここって近くの河川敷じゃん!」

 

初春のポータブルパソコンを佐天と黒子が横から覗き込むと、そこには西部劇さながらに向かい合う二人の姿が……

 

「マズいじゃないですか~!白井さん……御坂さん、やる気マンマンじゃないですか!」

 

防犯カメラの映像には青白い火花を散らす美琴が映っていた。

 

「これはウカウカしていられませんの!急ぎませんと……初春!ワタクシ先に行きますわ!」

 

「えッ!!?ちょっと、白井さんッ!!?」

 

「お代はあとから返しますんで~~ッ!」

 

黒子はテレポートを繰り返し、物凄い速さで二人の前から去っていく。

 

「この勝負見逃せないわね!」

 

「佐天さんッ!!?悪のりしてません?」

 

「してない!してない!じゃあ、私の分のお代もよろしく!白井さ~ん!待ってくださ~い!」

 

「も~~~~ッ!!!!!!」

 

佐天も初春に支払いを任せるとダッシュで黒子の後を追い掛けていった。

 

**********************************************************************************************************************

 

場所は戻り、ここは第七学区内にある河川敷……

御坂さんと詩音は互いに向かい合っていた。

 

「ねえ~御坂さん……本当に戦わないといけないんですか~?」

 

「当たり前よ!そのためにここまで来たんだから!行くわよ!」

 

御坂さんは先制攻撃と云わんばかりに詩音に向かって強烈な電撃を飛ばすが、詩音は人間離れした動きで彼女の電撃を避ける。

詩音がその時に踏み込んだ際の地面は抉れたように深々と陥没していた。

そして、この攻撃が彼の中に眠る先祖から代々受け継いできた人斬りの血を呼び覚ましてしまう。

 

「はあ~いきなりですか、御坂さん……まあ、良いでしょう。僕もちょっと本気を出してあげますよ……」

 

詩音は、絶影の鍔に指を掛ける。

彼の瞳はいつもの朗らかな感じとは違い全てに倦んだ冷酷なものになった。

詩音はそんな瞳で彼女を見据える。

 

「……ッ!!?か、体が…動か…ないッ!!?」

 

次の瞬間、目の合った美琴はまるで金縛りにあったように痙攣し、その場に力無く膝から座り込んだ。

 

「はあ、はあ……こ、呼吸も…………」

 

彼女の呼吸が次第に浅く早いものになっていく。

 

「ア、アンタ……!い、いったい私に………何をしたの……!」

 

「何をって……僕のチカラを知りたかったんでしょ?『二階堂平法、心の一法』……強力な瞳術です。」

 

「ど、瞳術……?な、何よ、それ……」

 

「ん~~何て説明すれば良いのかな?……あ、人の恐怖心を利用した強力な催眠術ですよ……それも瞬間的に掛けれるから楽に相手を無力化できるんです。」

 

詩音が愛刀『絶影』を抜きながら、ゆっくりと彼女もとに近づいて来た。

 

「ね、ねえ、詩音……これって、冗談……だよね……?」

 

苦しい表情を浮かべる美琴……

 

「冗談?何を言ってるんですか?アナタの好奇心も大概なモノだ。良い顔です……恐怖に歪んで、とっても可愛いですよ?大丈夫、痛みは感じません……すぐに楽になれますから……」

 

「や、やめて……」

 

「い・や・だ・ね♪」

 

命乞いをする美琴を詩音は、そんな彼女を無視して高らかと愛刀を掲げる。

死を覚悟した美琴は、ギュッと目を閉じた。

 

「そこまでですわ!紅月さん!」

 

突如、背後から黒子の声がした。

彼女は美琴を助けるために詩音の死角にテレポートし、ドロップキックで彼を仕止める気でいた。

 

「甘いわーーッ!!!!!!」

 

詩音は鞘の先で黒子の跳び蹴りを止め、勢いを完全に殺したところで、瞬時に彼女の方に振り返り足首を掴むと、地面に激しく叩き着けた。

 

「ガハッ!!?」

 

「く、黒子……ッ!」

 

「ダメだ……全っ然ダメ!白井さん……あの頃から全く進歩してないじゃないか……攻撃パターンが同じだって、前から言ってるでしょう?それに僕の目には空間移動するキミの姿がはっきりと見えてるだよ……コマ送りするみたいにね!」

 

「な、何ですって……?」

 

「おっと、敗者に発言を許した覚えはないな……少し待って、御坂さんを切り刻んだ後に、ゆっくりとバラしてあげるから♪」

 

黒子との会話を終えた詩音は改めて美琴に向き直った。

今度こそ絶対絶命の美琴……

 

「や、やめて下さい!」

 

「だからさ~負けたキミたちには何の権利もないんだよね。」

 

黒子の願いも聞き入れて貰えない。

その時だった。

 

「何をやってるんですか!」

 

「うん?」

 

詩音が土手の方向を見ると、そこにはジャッジメントの腕章を着けた初春と佐天の姿があった。

 

「あ、初春さんに佐天さん……」

 

詩音は刀を鞘へしまう。

美琴も“心の一法”から開放され、苦しい表情も少し和らぎ、呼吸も落ち着いてきた。

これに合わせるように黒子も上体を起こす。

 

「詩音くん!コレはいったいどういう事?説明してよ!」

 

佐天に言い寄られた詩音は、黒子たちに対して事の次第を説明をした。

 

「はあ~やっぱりですの……だからアレだけ言いましたのに……お姉様は仮にも常盤台のエース、軽はずみな行動はお慎みあそばせと……」

 

「分かってるわよ、黒子……今回は反省してる……」

 

「紅月くんも紅月くんですよ!あの行動は犯罪です!何を考えているですか!」

 

「だって、御坂さんと白井さんが………」

 

「だってじゃありません!」

 

「はい、ごめんなさい……」

 

普段はおとなしい初春にこっぴどく叱られて詩音はシュンとしている。

 

「まあ……今回はお姉様にも原因がありますので、紅月さんの事は大目に見ますわ……だけど、次回は本気で逮捕しますからね……分かりましたかッ!!?」

 

「はい、肝に銘じときます……」

 

次回に続く。



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第4話 狙われた常盤台 前編

7月18日金曜日 夕方…

学園都市 第七学区内 学舎の園…

 

どこの大都市にも、必ずと言ってもいいほどに存在する人通りの少ない場所。

そんな場所を上品に歩く一人の常盤台の生徒。

 

「…………どなたッ?!!」

 

誰かに着けられている気配を感じた女子生徒は振り向くが自分以外誰もいない。

おかしいなとは思いながらも、再び歩き出すが、やはり誰かいる。

その生徒は手に持っていた扇子で口元を隠しながら、さっきよりも強めの口調で叫んだ。

 

「どなたッ?!!ワタクシを常盤台中学のレベル4!『婚后光子』と知っての狼藉ですのッ?!!」

 

「……………。」

 

やはり、何の返答もない。

気味が悪くなった彼女は足早にこの場所から立ち去ろうとした。

しかし、次は何かにぶつかってしまう。

 

「あくまでも、ワタクシを馬鹿にするつもりですわね……ッ!!?」

 

居るのか居ないのか分からない幽霊のような相手に闘う覚悟を決めてた婚后は戦闘態勢を取る。

しかし、一瞬体に激しい電流が走ったのちに昏倒させられてしまった。

気絶する婚后光子を見下す一人の女子中学生。

やはり、倒された彼女以外にも別の誰かがいたのだ。

 

「フ………」

 

一瞬、ニヤリと笑みを浮かべる少女の手には物騒なスタンガンと黒のマジックペンが一本……

そして、彼女はそのペンのキャップを取った………

 

**************************************************************************************

 

7月19日土曜日 PM2:40過ぎ…

天気はあいにくの雨…

 

佐天、初春と詩音の三人は学園都市内を廻る路線バスに乗り、お嬢様の集う“学舎の園”へ向かっていた。

バスの中では初春さんのテンションが異常に高かい。

 

「楽しみですね~学舎の園♪」

 

「って言ってもさー、ただ女子校の集まっただけの街なんでしょう?」

 

「フッフッフー甘いですよ、佐天さん!その集まっている女子校が普通じゃないんですか。常盤台中学を始め、入っている学校のどれもが名だたるお嬢様学校!今回は白井さんたちが招待してくれたから中に入れますけど、本来なら私たち庶民には無縁の場所なんですよ?」

 

「初春さんは卑屈だね~大体さぁ………」

 

「ん?何ですか?コレ……」

 

初春が詩音の学生カバンの中に入っている雑誌に目がいく。

そして、おもむろにその雑誌を取り出すと中を見始めた。

雑誌のスイーツコーナーのページには、赤ペンでたくさんのチェックマークが付けられている。

 

「んなッ////ちょっと、初春さん!何を勝手に人の物見てんのッ!!?」

 

「ねえ、もしかして、詩音くん……コレ全部制覇するつもり?」

 

初春と一緒に雑誌を見ていた佐天が少し呆れたように彼に聞いた。

 

「もちろんだよ!だって、“パステ・チェリアン・マルカーニ”なんだよッ?!!イタリア本国と同じ材料、寸分違わぬレシピで焼き上げたケーキはどれも芸術品って書いてあるじゃん!甘党代表としてコレは是非とも!……」

 

「甘党代表って……」

 

「意外と紅月くんもミーハーなんですね♪」

 

『次はー学舎の園、入り口前ー学舎の園、入り口前ー。』

 

そうこうしている内にバスは目的の場所着いた。

 

「うわぁ~スゴい雨……」

 

「この雨じゃ、一歩も動けないじゃん……」

 

バス停の屋根の下からシトシトと雨を降らせ続ける空を見上げる詩音と佐天。

 

「ふっふっふ……大丈夫ですよ佐天さん。――3、 2……1!」

 

初春のカウントダウンとともに雨粒は少なくなり、雲の切れ間に晴れ間が見え始める。

ドヤ顔の彼女を見ているとまるで彼女の力で晴れたように思われるがこのカラクリは学園都市の誇る予測演算による天候予測である。

その的中率は秒単位での天候の変化ですら100%を誇っていた。

三人は早速、学舎の園の正面ゲートに向かう。

美琴や黒子の話しによると、ココできちんと自分の所属校を申告し、招待状を提出しなければ、即座にアンチスキルや警備ロボットが集まるという。

 

「常盤台中学一年の白井黒子さんに招待されました、柵川中学一年の初春飾利と……」

 

「佐天涙子……」

 

「紅月詩音です。」

 

初春が三人の代表として招待状の提出など入場の為の手続きをしていた。

 

「はい、結構です。」

 

どうやら、手続きも無事に終わったようだ。

そして、先に初春と佐天がゲートを通過し、詩音も彼女たちの後に続いて通り抜けようとした時だった。

 

「そこの君……紅月詩音くんでした?ちょっと、待って貰っても良いですか?」

 

いきなり、係の女性警備員に詩音だけが呼び止められる。

 

「え?どうかしました?」

 

「紅月くん?」

 

先にゲートを通った初春たちが彼を心配して戻ってきた。

 

「あ、大丈夫だよ。心配しないで、すぐに行くから…」

 

「分かりました。」

 

「じゃあ、門を出た所で待ってるからね……」

 

「うん…」

 

初春と佐天は先に行く。

二人を見送った詩音は警備員の女性と話し始めた。

 

「ちょっと、君の……その腰の物は何ですか?確認させて下さい。」

 

女性警備員が確認の為に詩音が腰に携えている物の提出を促す。

 

「あ、はい、分かりました。」

 

詩音は素直に腰に携えていた愛刀『絶影』を鞘袋から出して警備員に見せた。

 

「こ、これはッ!!?」

 

警備員は驚く。

それもその筈だろう。

詩音が出したのは一振りの刀、人を傷つけるための凶器なのだから……

 

「アナタ!コレはれっきとした銃刀法違反ですよッ?!!即刻にアンチスキルに通報させてもらいます!」

 

「あ、それなら、大丈夫ですよ。この刀に関してはきちんと統括理事会からの特別許可証があるから……」

 

そう言って詩音は女性警備員にカードタイプの許可証を提示した。

 

「言わば、これは合法です。それに僕はジャッジメントの第177支部に所属してますし……」

 

「でも、いくら合法とは言ってもこればかりは……」

 

確かにこんな物を学舎の園の中に入れた暁には園内は大パニックに陥るだろう。

警備員の女性は許可を出し渋っている。

 

「良いですよね?」

 

「し、しかし……」

 

ここで不可思議な事が起きた。

警備員の女性もとにいきなり電話が掛かって来たのだ。

女性が電話に出る。

 

「はい……はい……わ、分かりました。では……」

 

彼女が切れた電話の受話器を置いた。

 

「たった今、上から電話があってアナタの通行許可が降りました。」

 

「そ♪じゃあ、いくね?」

 

詩音は難なくゲートを通過する。

 

「あの子って、いったい何者?……」

 

女性警備員は懐疑的な視線で詩音を見送るのだった。

 

「あ、紅月くん…大丈夫でした?」

 

「ん?ああ、別に……」

 

「今、電話もしてたけど……」

 

「大丈夫だから……それに急がないと待ち合わせに遅刻しちゃうよ?」

 

「あ、本当だ!」

 

正面ゲートを通った先にある広場の大時計を見ると待ち合わせの時間まで、あと10分を切っていた。

三人は時間に間に合わせようと走り出そうとした。

次の瞬間、佐天は水溜まりで足を滑らせてしまう。

 

「あッ!!?」

 

足の縺れた彼女は、とっさにバランスを取ろうと詩音にしがみついた。

 

「ちょ、ちょっ!佐天さんッ!!?」

 

いきなり、しがみつかれた詩音は堪ったもんじゃない。

彼女を支えることが出来ず、二人まとめて水溜まりの中にダイブしてしまった。

 

**********************************************************************************************************************

 

場所は変わり、ここは常盤台中学の正門前……

待ち合わせの三時を回り、黒子はしびれを切らしていた。

 

「………はぁ~いったい、初春たちは何時になったら来ますの?お姉様をこんなに待たせるなんて……」

 

「まあまあ、そこまで目くじら立てるほどじゃ……」

 

「ですけど、三人から連絡すらないというのも少々心配ですの。遅れるなら、一言連絡を入れるくらいはするでしょうし……お姉様、少しその辺を探してきましょうか?」

 

黒子の意見ももっともだろう。

しかし、すれ違いの可能性も高いため美琴も容易に許可を出すことができない。

 

「す、すいません、お待たせしました~。」

 

黒子出動のカウントダウンが始まるかと言うときに、聞きなれた間延び声が……

しかも、どこか困り気味な感じの声だ。

 

「遅いですわよ!初は……へ……?」

 

当然、詰問しようとした黒子はそのまま言葉を失ってしまうというより頬を引きつらせる。

美琴も眼をパチクリさせて、佐天と詩音の姿に驚いていた。

 

「どーして、二人共ヌレヌレのグチョグチョですの?」

 

黒子が二人に聴いた。

 

「……アンタが言うと、とんでもなく変態チックに聞こえるのは何故かしらね……っていうか、本当にどうしたの二人共?」

 

「まあ、色々あったんですよ……えぇ、色々とね……」

 

以前、ゲコ太ストラップを手に入れそこなったかつての美琴を遥かに超える暗黒面に没入している詩音。

佐天は、そんな彼を気遣っているのか、謝罪しているのかよく分からない。

まあ、とりあえず詩音がこうなったのは彼女のせいだということは確かだろう。

佐天も濡れているが、詩音の濡れ方はもっと凄い。

服を着たまま、どこかで泳いできたのかというレベルだ。

詩音自慢の長い黒髪はべっとりと顔に張り付き、制服は濡れてドロだらけ……

 

「あの…着替えとかって、あります?」

 

**********************************************************************************************************************

 

その後、詩音と佐天は常盤台中学内の“帰様の浴院”いわゆる、シャワールームへと案内され用意された服に着替える。

先に着替え終わった佐天が個室から出てきた。

続いて、詩音も……

 

「どう?サイズの方は…?」

 

二人に対し、美琴が聞く。

 

「サイズはピッタリなんですが……スカートが短いせいか、どうも足下がスースーします。」

 

まずは佐天が答えた。

 

「僕的には、どう?って言われても、もっと別の……男のモノの服は無かったんですか?」

 

そう、詩音は常盤台中学の制服を着ていた。

しかも違和感もなく、着こなしている。

お嬢様を崇拝する初春の羨む視線が刺さるように痛い。

 

「あるわけ無いですの。ここは、常盤台中学……れっきとした女子校ですわよ?今回はその制服で我慢して下さいな?」

 

「えぇ~~」

 

黒子から言いくるめられる詩音であったが、やはり腑に落ちない。

 

「ならば、私の制服と変えましょう!それがいい!いえ、それでいい!」

 

とうとう、欲望が爆発し、暴走した初春が詩音に襲いかかってきた。

彼女は物凄い勢いで詩音の胸元に頬ずりをする。

 

「ちょっと、初春さんッ!!?みんなが見てるから!それに、僕が欲しいのは男物の服だよ!」

 

「じゃあ、私も二人と同じように水溜まりで……」

 

「少しは落ち着きなさい……!」

 

「あぅ……」

 

暴走する彼女を抑える為に佐天がツッコミの一撃を入れる。

 

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その後、みんなは目的のケーキ屋“パステ・チェリアン・マルカーニ”へやってきた。

 

「ああ~////迷う~迷います~これにしようかなぁ~あ、こっちもいいな~。」

 

初春が、どのケーキを選ぶか迷いに迷っている。

 

「佐天さんはもう、決めた?」

 

「え、はい。私は最初からチーズケーキって決めてましたから……」

 

「詩音さんは……って、コレ全部食べる気ですのッ!!?」

 

「あ、うん、もちろんそうだけど……?」

 

ケーキの話で盛り上がっていると、初春の携帯電話が鳴る。

彼女が電話に出た。

 

「はい…はい…はい、分かりました。すぐに行きます。」

 

「初春さん、呼び出し?」

 

「ええ……固法先輩からです。」

 

「まあ、何と間の悪い……」

 

「ああ~~まだ、ケーキ決めてないのに……」

 

初春は目の前のケーキに未練タラタラだ。

 

「仕方ないか……ほら、初春さん急ぐよ!」

 

「あ、はいッ!」

 

ジャッジメント組は美琴、佐天と別れると第177支部へと向かうのだった。

 

次回に続く。



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第5話 狙われた常盤台 後編

ジャッジメント第177支部……

同支部所属の高校生『固法美偉』から呼び出しを受けた詩音たち三人は支部へとやってきた。

 

「はあ~せっかくの非番の土曜日でしたのに…」

 

「ケーキ……私のケーキが~~。」

 

休みを潰された黒子と初春がグズグズと不満を言いながら支部に入る。

 

「あう……」

 

「イタ……」

 

「来た早々、ボヤかないの……!」

 

三人の先輩であり、指導者でもある固法は先に中に入ってきた黒子と初春の頭を丸めた本で軽く叩いた。

 

「あれ?そういえば、詩音くんの姿が見えないけど……」

 

「ああ、それでしたら……ほら、何してますの?早く入ってきなさいな……」

 

「い、嫌ですよ。こんな恥ずかしい格好、固法先輩に見せられません……」

 

詩音は扉の影でモジモジして一向に姿を見せようとはしない。

 

「いいから!早く出て来なさい!」

 

しびれを切らした黒子は詩音の手を取ると無理やり、支部内に引き入れた。

恥じらう乙女よろしく、詩音は頬を赤らめている。

 

「か……かわいいーーーッ////」

 

そんな彼の姿を見た固法美偉は、目を輝かせて詩音を抱きしめた。

 

「何々ッ!!?この可愛さ、異常なんですけどー!」

 

固法美偉の暴走は止まらない。

 

(く、苦しい………けど、顔は天国……最高だ~♪)

 

これが数分間続き、その後、詩音は解放される。

 

(し・あ・わ・せ……)

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

初春は心配して詩音に声を掛けた。

 

「う、うん……」

 

「初春?紅月さんの心配は無用ですわ。彼、固法先輩に抱きしめられて嬉しそうでしたから……」

 

「最低です。」

 

「そんな……」

 

初春の冷めた視線と言葉でショックを受ける詩音だった

 

「固法先輩も落ち着きました?」

 

「え、ええ…ゴメんね、詩音くん…」

 

「いえ、もう良いですよ。それで、何か事件でもあったんですか?急な呼び出しだなんて……」

 

「ええ……昨日、金曜日の昼過ぎから夕方にかけての短時間に六人の常盤台生が何者かに襲撃を受けたわ。」

 

「場所はどこなんですか?」

 

「学舎の園よ。形跡から見て、犯人はスタンガンを使っているみたいなの。」

 

「へえ~最低でもレベル3の常盤台生をいとも簡単に仕留めちゃうなんて、けっこう凄そうだね。」

 

少しばかり、詩音が笑みを浮かべる。

 

「それで、被害にあった人たちは大丈夫だったんですか?」

 

「スタンガンによるケガはさほどでもなかったけど、被害者たちは昏倒された後、犯人から顔にイタズラ描きをされてるの……見たい?」

 

急に固法美偉の表情が深刻になった。

 

「もちろんですッ!」

 

「ワタクシ達はジャッジメント……この位の覚悟はできていますわ。」

 

意を決して三人は被害者の画像を彼女から見せて貰った。

 

「こ、コレは……ッ!!?」

 

画像を見た三人は言葉を失ってしまった。

 

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場所は変わり、ここは学舎の園 常盤台中学内に置かれたジャッジメント専用の部屋。

そこにあるソファーに佐天涙子は寝かされていた。

何でも、彼女は詩音たちジャッジメント組と別れた後、すぐに例の常盤台狩りに襲われたのだ。

その連絡を美琴から受けた三人は急いで常盤台中学まで引き返していた。

 

「佐天さんの容態は……?」

 

詩音は心配そうに彼女のことを美琴に聞く。

 

「保健の先生が言うには、別に大したことはないって。少し横になってれば、大丈夫だろうって……」

 

「良かった……」

 

ジャッジメント組はホッと胸を撫で下ろした。

 

「それで、初春さん……何か犯人の手掛かりは掴めたの?」

 

「それが……手口からして、私たちも最初は光学操作系だと思って書庫(バンク)に問い合わせてみたんですけど、能力者全員にアリバイがあって……」

 

「それに、園内の監視カメラにはきちんと犯人の姿がこの通り映っていますの。」

 

「被害者本人……肉眼では視認できない能力……」

 

「厄介この上ない能力者ですわね……」

 

「せめて、能力名でも分かれば検索できるんですが……」

 

美琴たち三人は頭を抱える。

そんな中、詩音がハッと何か閃いた。

 

「初春さん!ちょっと、変わって…!」

 

「えッ!!?いきなり、どうしたんですかッ?!!」

 

「もしかすると……」

 

初春とパソコンを変わった詩音がバンクの検索欄にキーワードを打ち込んで、最後にエンターキーを押した。

 

「やっぱり、あった……犯人の能力はコレだよ。」

 

パソコンに表示された能力名は“ダミーチェック”。

『対象物を見ているという認識そのものを阻害する能力。

他者からすれば、さながら透明になってるように見える。

ただし、肉眼でないと効果を発揮せず、鏡や監視カメラなど間接的な視覚には効果がない。』と記されていた。

 

「この一連の事件の犯人は、この人で決まりでしょう。」

 

この能力を保有するのは学園都市でもただ一人、関所中学在校の二年生『重福省帆』だ。

詩音は彼女が犯人だと確信している。

 

「でも、紅月くん?彼女はレベル2。完全に姿を消すことは出来ないって、研究結果には書いてありますよ。」

 

「確かに、これじゃあ、彼女を犯人にするには……」

 

「ワタクシも二人に同感ですわ……」

 

美琴たち三人は詩音の推理に難色を示している時だった。

ソファーで横になっていた佐天が目を覚ます。

 

「ん……私……いったい………」

 

「あ、佐天さん。目が覚めたんだね。」

 

「まだ、無理しない方が………」

 

「「「「あ…………」」」」

 

そこで、みんなの表情が固まり、吹き出しそうになる感じを必死に抑えている。

 

「え?どうしたんですか……?」

 

「いや、コレを見みれば分かるわよ。」

 

そう言って、美琴が手鏡を彼女に渡した。

 

「ああぁぁーーーッ!」

 

その鏡越しに自分の顔を見た佐天は絶叫する。

なんと、彼女の眉毛は見事なゲジ眉になっていたのだ。

詩音たち四人は爆笑の渦に飲まれている。

 

「そこ!笑いすぎッ!!!」

 

「ご、ゴメンごめんなさい、佐天さん……だけど……プッ!……」

 

「初春もあとから、覚えてろよ~~!」

 

「でも……佐天さんもこの位、前髪があれば良かったですのにね。」

 

黒子は佐天とパソコンの女の子を交互に見ている。

それに釣られ彼女もパソコンに出ている女の子を見た。

 

「コイツだ〰〰〰〰ッ!!!!!!」

 

佐天は叫んだ。

 

「本当にッ?!!」

 

「うん!気を失う瞬間、鏡に映ってた…ッ!」

 

「じゃあ、決まりだね!この子を傷害容疑で拘束するよ!初春さん、白井さん、準備を…ッ!」

 

詩音の指示に二人が行動する。

 

「作戦は簡単!僕が囮になって彼女をおびき寄せるから、そのあとは白井さんも合流して、この公園に追い込む。御坂さんと佐天さんはここで待っていて下さい。」

 

「分かったわ。」

 

「待ってろよ~!前髪オンナーーーッ!」

 

特に被害者の彼女の熱の入れようは半端ではなかった。

 

「それにしても凄い機材の量だね。」

 

さっきよりも多いパソコンに美琴が目を見張る。

 

「まあ~こうでもしなきゃ、処理が追いかつかないんですよ…それで、良いんですか?学舎の園は私たち177支部の管轄外ですよ?」

 

「ええ、上からの許可も取り付けましたわ。」

 

「じゃあ、初春!ドーンといってみようかー!」

 

「はい、ドーン……!」

 

総司令官ヨロシク、佐天が作戦開始のGOサインを出した。

 

**********************************************************************************************************************

 

それぞれが持ち場に向かう。

詩音はお淑やかな常盤台生に扮し、学舎の園を歩き始めた。

もちろん、刀は目立つために公園で犯人を待ち受ける佐天に預けてある。

詩音が人通りの少ない場所へやってきた時だった。

後ろから着ける何者かの気配を感じ取る。

 

「来た……ッ!」

 

歩きながら詩音がそう感じとった瞬間、背後からスタンガンが迫った。

しかし、詩音はそのスタンガンを見ることも無く、宙返りをする感覚で回避すると犯人の背後を取る。

 

「えッ!!?ウソッ!!?避けたッ!!?」

 

犯人は初めて見るアクロバティックな動きに驚愕した。

 

「はじめましてだね?常盤台狩りの犯人さん?いや、関所中学校 二年の重福省帆さんと言った方が良いのかな?」

 

「ど、どうして、私のことを…ッ!!?」

 

動揺した犯人が姿を現す。

 

「やっぱり……♪」

 

詩音の口角が若干つり上がった。

 

「ジャッジメントです。重福省帆さん、アナタを常盤台生を狙った一連の傷害事件の容疑で拘束します!」

 

「くッ!こんな所で………!」

 

再び彼女の姿が消え、足音が遠のいていく。

どうやら、逃走を始めたようだ。

 

「へえ~鬼ごっこかぁ~♪面白くなってきたー!」

 

詩音は意気揚々と犯人を追いかけた。

常盤台狩りの犯人こと重福省帆は詩音を撒こうと、ワザと人混みの多い中を逃げ回るが、いくら走っても詩音から逃れる事ができない。

 

「どうして?どうしてなのッ?!!しかも、ジャッジメントがもう一人増えてるし!」

 

逃げながら、彼女は混乱していた。

そして、時間も経ち、能力使用も限界になった重福省帆はとある公園まで来ていた。

 

「はあはあ……もう、ダメ……」

 

体力も無くなり、彼女が肩で息をしていると……

 

「これで、追いかけっこは終わりね。」

 

待ちくたびれた美琴がブランコから降りて、重福省帆に向き直った。

 

「追い詰めましたわよ……」

 

「詩音くん、はい、これ。」

 

「あ、サンキュー佐天さん。」

 

詩音は預けておいた愛刀を佐天から受け取り、絶影を抜いて逃げ道を塞ぐ。

「こっちに来たら八つ裂きにするぞー」と言う雰囲気を醸し出し、牽制をかけた。

 

「これで終わりだね。重福省帆さん?」

 

「どうして、私の能力が効かないのッ?!!」

 

「さあ、どうしてでしょう?」

 

「これだから、常盤台の連中はぁーーーッ!」

 

しらばっくれる詩音にヤケを起こした重福省帆はスタンガンを構えて、彼の懐に飛び込んだ。

 

「やれやれ…」

 

次の瞬間、詩音は彼女のスタンガンだけを一回二回と切り捨てる。

剣の達人である詩音だから出来る芸当でもある。

 

「えッ!!?」

 

詩音は彼女に腹部に柄頭を打ち込み、事件に決着を着けた。

 

「はい、終~了~♪初春さ~ん、アンチスキル呼んじゃって良いよ~♪」

 

「あ、アンタ!何をしてるのッ?!!」

 

慌てて、倒れた犯人を抱き起こした美琴は焦った表情で詩音に聞く。

 

「別に~ちょっと、柄頭を当てただけですよ。僕には女を切る趣味はないんで……」

 

「そんなの関係ないでしょ!女の子に手を上げるなんて……ッ!」

 

「そ、そんなことして大丈夫なの?詩音くん……」

 

逆に佐天はかなり不安そうだ。

 

「大丈夫~大丈夫~♪ちょっと、気を失ってるだけだから♪」

 

そんな二人を尻目に詩音は飄々としている。

 

「確かに詩音さんの言うとおりですわ。このようだと直に目も覚ますかと……」

 

その後、重福省帆はアンチスキルに連行されていった。

彼女がこのような犯罪に走った動機は、常盤台の生徒に彼氏を盗られた事とその彼に眉毛が“ヘン”だと言われた事だった。

 

「でも、おかしいですわね…彼女はレベル2…完全には姿が隠せないはず……」

 

「ええ…だけど、実際には消えていた。」

 

「何ででしょう……?」

 

詩音たち四人は終始、その事が気にかかっていた。

 

次回に続く。



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Extra とある魔術師との出会い

常盤台狩りこと重福省帆を逮捕したその日の夜…

詩音は晩ご飯を食べようと第七学区の繁華街を歩いていた。

もちろん、この時はあの常盤台の制服ではなく、柵川中の制服に大きめの学ランをマントのように纏ったいつもの格好になっている。

 

「さあて、今日は何を食べようかな~♪」

 

そんな事を考えながら、大通りの交差点にさしかかった時だった。

あれほど居たたくさんの人がパッタリと消えてしまう。

 

「あ、あれ?……人が……」

 

この大都市では有り得ない事が起き、詩音は困惑してしまう。

そんな中、男女の会話が聞こえてきた。

 

「声が聞こえる。どこだろう?……」

 

詩音が声のする方に向かうと確かに二人の若い男女の姿が見えた。

男の方は赤いセミロングの大柄な西洋人で修道服みたいな物を着ている。

女の方は腰まで伸ばした黒い髪を一つに纏めた日本人のようだ。

そして彼女の手には、長い棒状の物が……

 

「あの反り具合……もしや……」

 

何かを察した詩音は、職務質問をするためにジャッジメントの腕章をズボンのポケットから取り出して左腕に着けると二人に声を声を掛ける。

 

「すみません。ジャッジメントですが、少しお話しをお聴きしてもよろしいですか?」

 

詩音の声に二人がビクッと驚いた。

 

「ッ!!?なぜ、私たち以外に人がッ!!?ステイル、どういうことですかッ?!!」

 

「僕だって、こんな事になるなんて……」

 

「アナタ達の会話を聞いて分かりました。これはアナタ方の仕業ですね?他の人はどこに……って……」

 

詩音は言葉を全て言い終わらない内に話すのを止めてしまう。

なぜかというと、二人の後ろには傷つき倒れている男子学生の姿があったからだ。

 

「これもアナタ方が……」

 

そう言って詩音が腰に携えていた愛刀“絶影”の鍔にゆっくりと左の親指を掛け、戦闘体勢を取る。

詩音は抜刀術を使うつもりだ。

詩音から発せられる殺気を垣間見た彼女は身震いをする。

 

「どうした、神裂?何を怯えている?」

 

心配した男が連れの女性に問う。

 

「い、いえ…私は大丈夫です。それよりもステイルは下がってください。」

 

「神裂、何を藪から棒に…」

 

「良いから!彼は危険です…!」

 

謎の女こと“神裂火織”の表情が真剣そのものになり戦闘態勢に入った。

 

「へぇ……お姉さんもやる気になったようだね?レディーファーストでお先に良いよ、お姉さん♪それとも僕から行こうか?」

 

余裕たっぷりの詩音を目の前にして神裂が先に攻撃を始める。

 

「ならば、君の言葉どおりに!七閃ッ!」

 

彼女の刀から放たれる斬撃は、まるで幾重にも折り重なり押し寄せる波のようだった。

詩音の身の回りに立っていた電柱やアスファルトの道路を切り裂いていく。

 

「私の七天七刀が織り成す七閃の斬撃速度は、一瞬と呼ばれる間に七度、相手を殺せるレベルです。必殺と言っても過言ではありません……」

 

彼女が凛とした表情で説明した。

 

「………はあ~何?それが、お姉さんの限界なの?何だか幻滅だなぁ~」

 

「なッ!!?私の斬撃を……」

 

化け物じみた彼女の斬撃に対し、詩音はがっかりした溜め息をし、さらに幻滅したと一蹴する。

 

「って言うか、その七閃?ズルしてるよね?この鋼鉄のワイヤーを使ってさ……」

 

詩音が優雅に刀を振るうとキンッ!と言って、彼を取り囲むワイヤーが切れた。

 

「何て少年だ……視認不能と言われる私の七閃を見切ったと言うのッ!!?」

 

「まあね。僕は超人だから……それに今の斬撃が仮にも本物としても、僕は以上の斬撃を放てるよ……」

 

「えッ?!!何ですってッ!!?」

 

「見せてあげるよ!鍔鳴りッ!八連ッ!」

 

そう言って、詩音が反撃に転じた。

次の瞬間、神裂の斬撃同様に彼女の周囲の道路や物が切られた。

さらに、彼女の右頬からは鮮血が一筋流れ出す。

 

「そ、そんな……この私が……」

 

神裂自身、何が起こったのか理解できていない。

そして、彼女の連れで下がって見守っていた西洋人こと『ステイル・マグヌス』も驚愕していた。

 

「(ば、馬鹿な……神裂は神の加護を受けた聖人なんだぞ…それを斬るなんていったい、アイツは何なんだ…ッ!!?)」

 

「これで、僕の凄さを分かってくれたかな?出来ればジャッジメントとしても、これ以上、手荒なマネはしたくないんだけど……」

 

「ならば、見逃してくれませんか?私も魔法名を名乗りたくありませんから……」

 

「ま、魔法……名……?馬鹿にしてる?お姉さん?」

 

「馬鹿などにはしていません。魔法名を名乗る……それは魔術師が本気を出すと言うことに等しいのです。」

 

「と、言うことは、まだ、お姉さんは本気を出してないんだね……」

 

「否定はしません。」

 

神裂はキッパリと言い放った。

 

「じゃあ、本気で掛かっておいでよ。ボコボコにして、しょっぴいてやるからさ……あ、そこの西洋人も例外なく連行するからね。覚悟しとけよ……」

 

詩音の目つきが変わる。

この世の全てに膿んだような、人の命など毛ほどにも思ってないそんな冷たい瞳だった。

 

「では…私の魔法名は、“Salvare 000”……!その意味は『救われぬ者に救いの手を』です! 七閃・改ッ!」

 

先ほどよりも迫り来る斬撃の速度は速く、軌道も鋭い。

しかし、本気を出した詩音の攻撃力はその斜め上をいっていた。

 

「鍔鳴りッ!凱鳥ッ!」

 

目にも止まらぬ速さで抜かれた詩音の愛刀“絶影”が彼女の斬撃を迎撃した。

互いの斬撃はぶつかり合い激しい衝撃と共に爆ぜる。

 

「い、今のは……ッ!!?」

 

驚愕する神裂。

 

「驚いてるね。今のは、『鍔鳴り、凱鳥』……僕の斬撃速度は光速に匹敵する。その斬撃は周囲の大気を孕み衝撃波となり敵に襲い掛かるんだ。言わば、飛ぶ斬撃さ……」

 

「飛ぶ斬撃……この少年は本当に………」

 

詩音の強さに唖然とする彼女が見せた一瞬の隙を彼は見逃さなかった。

詩音は一気に、神裂との間合いを詰める。

 

「これの動きはまさか、縮地ッ!!?この子は本物の“人斬り”だ!」

 

その速度はまるで、テレポーターの白井黒子を彷彿させるものだった。

しかし、逆に神裂に取って、これはまたとないチャンスでもある。

 

「もらいました!この七閃をくぐり抜けた者には、真打ちの”唯閃“が待ち受けています!哀れな子羊に救いの手を……ッ!」

 

「あの少年も神裂相手に良くやった方だ……」

 

二人の戦いを見ていたステイルも神裂の奥義が炸裂する。

そう確信し、彼女の放つ唯閃の餌食になる詩音に不憫に思いながらも、タバコの入った紙箱を懐から取り出し、その内の一本に魔術で火を着けて吹かした。

 

これも強者の余裕か………

しかし、二人の思いは完全に裏切られる事になる。

なんと、神裂渾身の一撃を詩音が受け止めていたのだ。

さすがの詩音自信もこの一撃はキツいようだ。

表情が厳しい。

そのまま、二人は鍔競り合いにもつれ込む。

二人のから発せられる剣気が周囲の建物のガラスを激しく震わせ、耐えきれなくなったガラスが割れていった。

 

「わ、私の奥義と呼べる斬撃を……ッ!」

 

「正直、僕もこれはツラいよ。」

 

二人は一度、間合いを取った。

 

「ならば、これで終わりにしましょう……いざッ!」

 

「尋常にッ!」

 

「「勝負ッ!」」

 

二人が全身全霊を持って突撃する。

 

「奥義ッ!唯閃ッ!」

 

「我流 抜刀剣術 奥義ッ!百花繚乱 乱れ散々桜!」

 

二人の姿が消えた。

ステイルにもそう見えた。

『目にも止まらぬ速さ』……

否、今の二人の移動速度は常人には『目にも映らない』。

そのトップスピードで互いにすれ違う。

そして、周囲に静寂が走る。

 

「くッ!……」

 

詩音の左肩から鮮血が吹き出し、片膝をついた。

 

「勝負あったみたいですね。私のか……ち、カハッ!!?」

 

神裂の口から赤い血が一筋……

恐る恐る痛みをある腹部を見ると、詩音渾身の一閃をくらい鮮血が流れ出ている。

 

「そ、そんな……私が……斬られるなん…………」

 

そのまま、彼女は倒れて意識を失ってしまう。

 

「神裂ィィィ!」

 

相棒のステイルが彼女の名前を叫んだ。

 

「やるね、お姉ちゃんも……僕の一撃を紙一重で往なすなんて……」

 

詩音も神裂同様に倒れてしまった。

その後、ステイルは倒れている詩音を無視して彼女を回収し、闇に消える。

 

一方の詩音は、大通りのど真ん中で倒れていた所を通報によって駆けつけた救急隊によって、病院へ搬送された。

 

次回に続く。



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第6話 能力と力 前編

7月21日の夕方……

第7学区内のとあるコンビニにて…

そこで突如として大爆発が起きる。

店内からは黒煙が立ち上り、周囲に戦慄が走った。 この爆発で幸いにも一般人のケガ人はいなかったが、事前に爆発の兆候を掴み現場に駆けつけて、避難誘導を行っていたジャッジメントの一人が負傷する事件が起きた。

 

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そして翌日、22日の午後……

 

「と、まあ~これが昨日の夕方に起きた事件です。」

 

「何だか、えげつないね…その無差別爆破テロ…」

 

「詩音さん…正確には、無差別虚空爆破(グラビトン)事件ですの。」

 

「んー別に、名前はどうでも良いんじゃ……」

 

「どうでも良くはありません!」

 

「そうですよ。ネーミングは大切ですの。」

 

事件名に変なこだわりを持つ二人……

詩音は只今、病院の個室で初春と黒子から事件の詳細を聞いていた。

二日前の夜、魔術師を名乗る女性剣士と刃を交えた詩音は左肩を切られて倒れていた所を保護され病院に搬送されていた。

発見された時は、やや危険な状態だったにも関わらず、今はケロッとしている。

詩音を治療したカエル顔の医者曰わく、凄い生命力らしい。

 

「僕が眠っていた間にそんな事が……それで、事件について何か分かった事は?」

 

「爆弾に使われたのは、空き缶などのアルミ製品ですの……」

 

「アルミ……?もしかして、能力者の仕業?」

 

「はい、アルミを基点にして、重力子(グラビトン)の数ではなく速度を急激に増加させて、それを一気に周囲に撒き散らす能力です。」

 

「そこまで、分かっているなら、『書庫(バンク)』を調べれば……」

 

「もちろん、既に検索しましたわ。能力名は『量子変換(シンクロトン)』…それも、爆弾に転用できる程に強い力を持った能力者はこの学園都市に一人しかいませんの……」

 

「レベル4の“釧路 帷子”という生徒ただ一人です。」

 

「それじゃあ、その人が犯人で決まりじゃないの?」

 

「ですが、一連の事件の始まりは一週間前なのですが、彼女はそれ以前から原因不明の昏睡状態に陥っていますの。病院からの外出はおろか一度も意識を取り戻しておりませんし……」

 

「医療機器にも記録が残っているんで……」

 

「アリバイ有り、彼女には犯行は不可能ってことか……って言うことは書庫のデータに不備があるってことかな?」

 

「あるいは滅多にないケースですが、前回のシステムスキャン後の短期間で急激に力をつけた能力者の犯行という可能性もありますわね。」

 

「と言うことは、僕もこんな所でウカウカ寝てられないな……」

 

そう言うと、詩音はベッドから起き上がる。

 

「ちょ、ちょっと、詩音さんッ!!?何をしてますのッ!」

 

「僕もジャッジメントに戻るよ。」

 

「な、何をッ!アナタは絶対安静にしてないといけませんのよッ!!?」

 

「そうですよ!じゃないと、また傷口が開いてしまいます!」

 

詩音を必死に止めようとする二人……

そこに学校を終わらせた美琴と佐天、そして詩音の治療に当たったカエル顔の医者がやってきた。

 

「おっすー!詩音、調子は……って、三人でいったい何をしてんのッ////」

 

美琴は病室に入ってきた瞬間に顔を赤らめる。

それは何故か……

彼女の目の前に映っていたのは、詩音と黒子、初春の三人がベッドの上で組んず解れずの状態になっていたのだ。

 

「おぉ…カオス……」

 

佐天も一言、そう言って思考が止まっている。

 

「お、お姉さまッ!!?」

 

「さ、佐天さんも早かったですね………////」

 

美琴たちと目があった黒子と初春は慌てて詩音から離れ、ボサボサになった髪を手櫛で梳いたりして、身嗜みを整える。

 

「黒子……詩音も元気そうで良かったわ……」

 

「え、えぇ…おかげさまで………」

 

美琴はフルフルと震え、彼女の体からは青白い電気が漏れだしていた。

 

「あの……お姉さま……?」

 

「初春さんは、佐天さんの所に避難した方が……」

 

黒子が恐る恐る彼女に問い、詩音は初春さんに避難を促す。

 

「私は……私は……本当に、アンタのことを心配してたのよーーッ!」

 

次の瞬間、堰を切ったように美琴から電撃が詩音と黒子に襲い掛かった。

痺れる痺れる……

美琴の電撃が止んだ頃には、すっかりと真っ黒コゲになっていた。

 

「ぷしゅーー」

 

「な、なんで僕まで……ケガ人なのに……」

 

「うるさい!」

 

二人はピクピクしている。

 

「はい、少しは落ち着いたかね?さ……どうして、こんな事になったのか、誰か教えてくれるかな?」

 

こんな状況にも関わらず、医者の方はやたら冷静であり、こうなった経緯を二人に聴いた。

ロースト状態の黒子は、直ぐに立ち直り、カエル顔の医者の質問に答える。

さすが、白井黒子……慣れと言うものは凄いものだ。

 

「それには、深い理由がありますの……」

 

理由を聞いた医者が口を開く。

 

「確かに、彼女の言うとおりだね。僕もそれには賛同しかねるよ…」

 

「だけど、先生!白井さんや初春さんが頑張っているのに、僕だけサボる訳には……」

 

「それは違うよ……今、君が優先することは、このケガを一日も早く治すことだ。この娘たちもそれを願っている。何、心配することはないよ。その回復力なら、あと三日も寝とけば大丈夫だ。」

 

その言葉を聞き、詩音はしぶしぶ納得した。

その後、五人は雑談をし、さらに佐天や初春からは休んでいる間の勉強などを教えてもらった。

 

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それから、三日後……

担当のカエル顔の医者からの診察を受け、詩音は晴れて退院することになった。

 

「みんな、ゴメンね…ご心配をお掛けしました。」

 

「別に気にすることはないわよ。アンタが元気ならそれで良いの……」

 

「そう言えば、白井さんの姿が見えないけど……」

 

「白井さんでしたら、例の事件を調べるって、今日も支部に行ってますよ。」

 

「そうなんだ……じゃあ、僕も………」

 

詩音も遅れた分を取り戻そうと、支部に向かおうとしたが、佐天に手を掴まれて引き止めらてしまった。

 

「あ、今日は詩音くんは私たちとセブンスミストにお買い物に行くんだよ♪」

 

「ええッ!!?ダメだよ。僕もジャッジメントとして一日も早く犯人を逮捕しないと……」

 

「だったら、パトロールを兼任すれば良いよ!私、ナイスアイデア!」

 

やたら行動力の高い佐天は、詩音を半ば強引に買い物に付き合わせれるのだった。

しかし、これが原因で四人は大きな事件に巻き込まれてしまう。

この時は誰も知る由もなかった。

 

次回に続く。



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第7話 能力と力 後編

7月24日の深夜、とある学生寮の一室…

真っ暗な部屋、電気スタンド一つ付けた不気味な雰囲気の中、一人の少年が勉強机に向かってにやけていた。

また少年は耳にイヤホンを付け、時折ぶつぶつと何かを呟いている。

 

「ククク…新しい世界が来る…僕が僕を救う…僕を救わなかった風紀委員はいらない…!」

 

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そして7月25日、詩音たちは佐天を主犯とした美琴、初春の荷物持ちとして、半ば拉致に近い形で『セブンスミスト』にやって来ていた。

しかし、今日はメンバーの中に黒子の姿がない。

理由としては、一連の事件が気になって仕方ないみたいで休み返上で自身の所属する風紀委員“第一七七支部”で調査をしている。

 

「ヘ~“超電磁砲”って、ゲームセンターのコインを飛ばしているんですか~。」

 

「まあ~色々あって50メートルも飛んだら溶けちゃうんだけどね。」

 

「でも必殺技があるとカッコいいですよね~。」

 

三人は各々、買い物を楽しみつつ美琴の超電磁砲(レールガン)について盛り上がっていた。

一方、詩音は三人の荷物係りとして両手いっぱいに荷物を持たされている。

 

「そう言えば紅月くんも、何か必殺技とかって持ってないんですか?」

 

「必殺技か~まあ、あるよ。」

 

「え?やっぱりあの時、私に能力に使ったのね!」

 

美琴の見幕が変わる。

 

「だから、前にも言ったでしょう?僕はレベル0ですって!あの時、使ったのは『二階堂平法 心の一方』っていう瞳術です。必殺技でも何でもないですよ?」

 

「に、二階堂へい………」

 

「二階堂平法 心の一方です……眼から圧倒的な気を発して、それを相手の眼に叩き込んで金縛り状態にする瞬間催眠術みたいなものですよ。まあ~この術は心の弱い単純な人ほどかかりやすいですね。」

 

「スゴい…紅月くんって催眠術が使えるんですね。」

 

「別にそれ程でもないよ……」

 

「あー、だからあの時、御坂さんはあんなに苦しそうに……」

 

「ちょっと、佐天さん?…それは私が単純ってことかな~?」

 

美琴のこめかみがピクピクして表情が次第に引きつっていく。

 

「ち、違いますよ?それよりも初春!こんな下着はいかがかなッ?」

 

少し気まずくなった佐天は、無理やり話題を変えた。

なんと、彼女が手に取ったのは面積が異様に少ないほとんどヒモのパンツ……

 

「はいッ!!?ムリムリムリです!そんなの穿ける訳ないですかッ////」

 

初春は全力で佐天が手に持つ破廉恥なヒモパンを断る。

 

「う~ん……残念。これなら私にスカートめくられても堂々と周りに見せつけられると思ったのに……」

 

「見せないし、めくらないで下さい!」

 

二人のやりとりを見ながら詩音と美琴はシンクロしたように苦笑いを浮かべていた。

 

「それはそうと、御坂さんは他に買いたい物とかあります?」

 

「う~~ん、そうね~」

 

美琴は顎に手を当て考え始める。

 

「え?まだ、何か買うつもりですかッ!!?」

 

驚く詩音。

それもそうだろ。

彼は両手に三人の買った商品の入った紙袋を六つも携えていた。

割合的には、佐天が一つ、初春が一つ、美琴が四つ。

その全てが洋服などであった為、そこまで重さは感じなかった。

 

「当たり前よ!荷物係りは文句を言わない!」

 

「トホホホ………」

 

美琴は周りをキョロキョロしながら歩いていると寝具売り場の前でピタリと足を止めた。

彼女はディスプレイされているピンク色のファンシーなパジャマに目を輝かせている。

 

「はぁ~////」

 

「ん?御坂さん、何か良いものでもありま……」

 

詩音も美琴が見ている方に目線を向けると、例の可愛らしいパジャマが……

 

「えっと…御坂さんって、こういうのが好みなんですか?」

 

詩音の声で美琴が「ハッ!」と我にかえる。

 

「ベベベ別に、私はこんな子供っぽいパジャマなんかに興味はないわよッ!!?」

 

彼女は必死になって否定するが、まんざらでもない表情だ。

 

「トキワダイのおねーちゃーん!」

 

そんな時、美琴の名前を呼ぶ幼い女の子の声が……

二人が声のする方を見るとこちらに向かって走って来る女の子が姿があった。

 

「あ、この間のカバンの子……」

 

「知ってる子ですか?」

 

「え、まあ~ちょっとね……今日はどうしたの?お買い物?」

 

「うん!あのね?オシャレな人はここに来るって!テレビで言ってたの♪わたしもオシャレするんだもん♪」

 

「そうなんだ、良かったわね。」

 

その後、女の子は詩音と美琴と別れて子供服売り場に向かっていった。

 

「詩音……私、ちょっと、はずすわね?」

 

そう言って、美琴も詩音のもとを去っていく。

 

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そして場所は変わり、第一七七支部にいる黒子はそこの先輩である『固法美偉』と共に事件現場に残された遺留品を見ながら煮詰まっていた。

 

「はあ…まったく、分からないですわ。」

 

「そうね~サイコメトリーに掛けても何の手がかりもないし、このままじゃ新たな被害が…」

 

そう言いながら、二人はお茶を口に含む。

 

「……んく、ふぅ~同僚が九人も負傷していますのに、ただ手をこまねいているだけだなんて……」

 

黒子のふとした言葉に固法は何か思い当たる節があるのか顔をしかめた。

 

「……?どうかしたんですの?固法先輩?」

 

「ねえ、おかしくない?同僚が、同僚だけが九人も負傷するなんて……」

 

「まさか!爆弾魔の狙いって……ッ!」

 

その時だった。机の上に置いてあるノート型パソコンから盛大にアラームが鳴り響く。

 

「衛星が重力子の爆弾的な加速を確認!」

 

「場所はどこですのッ?」

 

「第七学区の洋服店!セブンスミスト…ッ!」

 

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携帯電話の呼び出し音が鳴った。

 

「初春さん、ケータイ鳴ってるよ~」

 

「あ、ホントだ。」

 

詩音に言われ、初春が携帯電話に出る。

相手はどうやら、黒子からのようだ。

彼女と会話するうちに初春の表情が深刻なものになっていく。

そして、初春は黒子との会話が終わらないうちに一方的に電話を切った。

 

「皆さん、落ち着いて聞いて下さい……例の爆破事件の犯人の次のターゲットが分かりました。」

 

「え……?」

 

「ここです。私はこれから避難誘導に入ります。御坂さんは私といっしょに誘導に当たって下さい!」

 

「うん!分かった!」

 

「紅月くんは、先に佐天さんを避難させて下さい。その後は私たちと……」

 

「うん、了解!行こう!佐天さん!」

 

「二人とも気をつけて……」

 

詩音は佐天の手を引き、セブンスミストから避難させると、彼女に荷物を預けて初春のもとへ戻った。

 

その後、十数分後……

避難誘導をし終えた美琴が先に店内から出てくる。

 

「御坂さーーん!」

 

荷物を持った佐天が彼女のもとに駆け寄る。

 

「御坂さん!みんなの避難は終わったんですか?」

 

「ええ……今、初春さんと詩音が最後の確認で店内に残ってる。もうすぐ、出て……あれ?カバンの女の子がいないッ!!?」

 

「え?」

 

「さっき会ったの!別れてから、さほど時間も経ってないし、もしかしたら、まだ店内に……」

 

「だったら、大事じゃないですか!」

 

美琴は、再び佐天を置いて急いで来た道を引き返し、店内に戻っていく。

 

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「初春さーーん!こっちは大丈夫だよー!」

 

「了解です!よし!避難は完了!」

 

初春が店内で最終確認をしていると、血相変えた美琴が二人の元へ走ってきた。

 

「初春さーん!詩音ー!」

 

「御坂さんッ!!?どうしてッ!!?」

 

「何してるんですか!避難してないとダメじゃないですか!」

 

「私のことはどうだって良いの!それより詩音!さっき会った女の子を見てない?」

 

「いえ、見てませんけど?……まさか、避難してないんですか?」

 

「多分……」

 

「女の子?」

 

「この間、カバンを無くしたって言ってみんなで探したじゃない?」

 

「あ~あ、あの時の~って、その子がここに居るんですかッ!!?」

 

その時、初春の携帯電話が再び鳴り響いた。

電話の主は黒子……

やはり、この電話には続きがあったみたいだ。

 

「あ、白井さん!」

 

『初春ッ!!?今、どこにいますのッ!!?』

 

「まだ、セブンスミストにいます!」

 

『だったら、アナタたちもすぐにそこを離れなさい!』

 

「ダメです!まだ全員の避難が確認できていないんです!」

 

『なんですってッ!!?良く聞いて下さいな!過去8件の事件の全てで人的被害はジャッジメントだけですのッ!犯人の真の狙いは観測地点周辺にいるジャッジメント!今回のターゲットは初春と詩音さんのどちらか、もしくは両方ですの!』

 

彼女の話しを聞いた初春は一瞬、体が硬直してしまう。

それと同時に向こう側からヘンてこなカエルのぬいぐるみを持った女の子が走ってきた。

 

「おねーちゃーん!」

 

女の子の姿を見た詩音と初春、美琴の三人はホッと胸を撫で下ろす。

 

「ねえ~お姉ちゃん!メガネを掛けたお兄ちゃんがコレを渡してって!」

 

女の子がぬいぐるみを初春に手渡そうとしたその時だった。

ぬいぐるみが変な音を立てて歪み始める。

これが爆弾だと感づいた初春は、女の子からぬいぐるみを奪い取るとすぐに投げ捨て、女の子を庇うように背を向け盾になった。

 

「皆さん!逃げて下さい!あれが爆弾ですッ!」

 

彼女の言葉に美琴がいち早く反応し、その場にうずくまる二人の前に出た。

 

「(超電磁砲で爆弾ごと吹き飛ばす…ッ!)」

 

美琴は必殺の“超電磁砲(レールガン)”を発射しようとポケットからコインを取り出そうとしたが、手元が狂いコインを落としてしまった。

 

「(マズった!間に合わな……)」

 

非常にもぬいぐるみ型の爆弾は大爆発を引き起こし、超高温の熱波と衝撃波が周囲の物を凪払う。

 

**********************************************************************************************************************

 

この爆発は外からも確認でき、大量の黒煙が一気に立ち上った。

そんな、地獄絵図を見上げながら愉悦を浮かべる線の細い学生がいる。

誰もが騒然とし中にまだ人がいたらと顔を青くする中、一人だけ何事もなかったように踵を返し、その場から立ち去っていく。

ジャラジャラと金属の音が背後から絶え間なく、ニヤケそうになる顔を必死に抑えているのだろうが、口の端は上がり目じりが下がってしまって台無しだが誰に見咎められることもない。

なぜなら、いまだ爆発の余韻を見せる建物が全員を釘付けにしているのだ。

ニヤケる顔を、込み上げてくる笑いを抑えきれなくなったのか、学生は近くの路地裏に向かった。

 

「ハハハ…やった…ッ! すごい、コレが僕の…アレが僕の力だぁッ! いいぞ、いいぞこの調子だ!… この調子でいけば、他の無能なジャッジメントの連中とあの不良共も全部まとめて ――ッ!」

 

物を自分の意思で破壊した際の優越感。

そして、耳についているイヤホンから、自分に力を与えてくれた音が流れている。

 

だからだろう……

 

すぐ背後で、渾身の回し蹴りをぶちかます直前の美琴の存在になど全く気付くことはない。

当然、彼は避けられることも出来ず、重い音を響かせてその学生を文字通りぶっ飛ばされた。

 

「ハーイ♪私が何をしに来たか言わなくても分かるわよね? 爆弾魔さん?」

 

「なッ!!? …何のことだか僕にはさっぱり……」

 

あくまでも、自分は犯人ではないとシラを切り通す男子学生。

 

「まぁ、確かに威力は凄かったけどでも残念♪さっきの爆発、死傷者どころか誰一人かすり傷一つ負ってないわよ?」

 

「そ、そんな馬鹿なッ!!?僕の最大出力だぞッ!!?」

 

彼女の言葉に動揺した学生は思わずボロを出した。

 

「へぇ~『最大出力』ねぇ~♪」

 

「しまった」と口を閉ざしてももう遅い。

ニヤリと笑う美琴の顔は彼が犯人だと確信を抱いている。

 

「あっ、いや…外から見ても凄い爆発だったんで中の人はとても助からないんじゃかと思って……」

 

だけど、まだ挽回できる。

今ここで、彼女の口を封じれば十分に逆転できる。

常盤台の制服だから、何らかの能力者であろうと簡単に予測できたが、今ならば大能力者の大半を相手にしても勝てるという自身が彼にはあった。

足元に転げるバックの中から幸運にもアルミ製のスプーンが半分飛び出している。

能力を付与して投げるまで数秒と掛らないだろう。

即興であったため時間の設定は出来ないが威力は人ひとりを吹き飛ばすには十分過ぎる威力を込めた。

 

当然、それを投げることが出来ればだが……

 

手に持ったスプーンが『何か』に持っていかれる。

そしてその余波、それだけで先ほど蹴り飛ばされた以上に吹き飛んで大きく転がった。

路地裏を切り裂いた光は美琴の代名詞。

それはあまりにも有名過ぎてこの学生でさえ知っている。

 

「い、今のは超電磁砲……ッ!!? ハハハ……今度は『常盤台のエース』様かよ!まただ、いつもこうだ…何をやっても力で地面にねじ伏せられる……ッ!」

 

大能力者を越える存在『超能力者(レベル5)』……

学園都市最強の七人の中の第三位……

 

「ッ!…殺してやる…お前らみたいなのが悪いんだぁッ! ジャッジメントだってそうだ!力のある奴はみんなそうだろうがぁぁッ!」

 

その叫びは空しく響く。

 

「チカラ、チカラって!歯ぁ食い縛れぇぇッ!」

 

バチバチと帯電させていた電流を無理矢理に抑えつけ、美琴本人の……

ただの女子中学生の握り締めた拳が学生の頬を的確に捉えた。

最初に蹴られた時よりも、超電磁砲の余波で吹き飛ばされた時よりも深く……

そして重い…

イヤホンが外れ、外の音がいやによく聞こえる。

爆発に駆けつけたアンチスキルの車両のサイレンが大きく、どんどん増えていく。

アレだけの爆発だ。

飛び散ったガラスで怪我をした一般人もいるだろう。

そしてすぐ隣りに、何がが着地したようだが今はそちらに目を向ける余裕はなかった。

 

「殴られて当然ですの。お姉さまは貴方の様な『チカラを言い訳にする』ことを何よりも嫌う人ですもの……ご存知でしたか? 常盤台の超電磁砲も元々はレベル1……それを並々ならない努力で今に至っている。」

 

「ッ!……」

 

学生は言葉が出なかった。

 

「ですが、例えレベル1でもお姉さまはアナタの前に立ち塞がったでしょうけど……」

 

観念した犯人の男子学生はアンチスキルに連行されていった。

 

**********************************************************************************************************************

 

現場に戻った黒子は、爆心地を見ながら腑に落ちない表情を浮かべている。

 

「(本当にお姉さまが?初春たちがいた場所だけ全くの無傷……能力をどう使ったらこういう風になりますの?)」

 

**********************************************************************************************************************

 

次の日、美琴はいつもの公園で誰かを待っていた。

否、待ち伏せていた。

 

「(あの時、私の超電磁砲は間に合わなかった。実際に初春さん達を救ったのは……)」

 

美琴が自動販売機の影から姿を現す。

 

「(コイツだ……)」

 

そこに居たのは、いつものように愛刀『絶影』を腰に携えた詩音……

そう今回の事件で初春さん達を助けた真の功労者である。

あの時、爆弾が炸裂する瞬間、詩音は驚異的なスピードで前に出ると刀を抜いた。

しかし、その抜くと云う動作は目には見えず、ただ鍔と鞘が当たった際の『キン!』っと甲高い乾いた音が一度、響いただけだった。

 

「我流、抜刀剣術、絶技!爆爪閃裂撃!」

 

詩音から放たれた目には映らない斬撃は初撃で爆弾を店の隅っこまで弾き飛ばし、さらに襲いかかる猛烈な爆風を二撃・三撃と刀で切り裂いていたのだ。

美琴はその光景が未だに信じられないでいた。

 

「あ、御坂さん!どうしたんですか?こんな所で…」

 

「ねえ、アンタ……昨日のアレ、やっぱり何かしら能力を使ったんでしょ?」

 

「またですか?しつこいですね?別に何もしてませんよ?ただ単に爆風を切っただけで……」

 

「そんな訳ない!アンタ、私を馬鹿にしてるでしょッ?!!レベル0が爆風を斬るなんて……ッ!」

 

「うーん、それが僕にはできちゃうんだよな~♪何せ僕の剣術は一振り数億の価値があるから♪こんなサービスは滅多にしませんよ☆」

 

そう言って、詩音は彼女の前から立ち去っていく。

 

「あ、そうそう……一言、言い忘れてました。御坂さんはもう少し自分に素直になった方が良いですよ?僕的にあのパジャマ、御坂さんに似合ってると思います♪」

 

そう言って、詩音は彼女の元から去って行く。

そんな、詩音の笑顔に動揺した彼女は顔を赤くしながら、自販機に八つ当たりをしたそうな……

 

「ッ////何アイツはスカシてんじゃあぁぁッ!それに自分に素直になれだぁッ?!!何様のつもりだぁぁッ!ムカつくぅぅぅッ!////」

 

次回に続く。



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第8話 幻想御手(レベルアッパー) 前編

白井黒子は悩んでいる。

今回の爆破事件の犯人『介旅初矢』の能力が『書庫(バンク)』のデータと全く違っていたためだ。

 

白井黒子は悩んでいる。

美琴に気分転換に誘われたカキ氷屋でカキ氷のフレーバーを何にするか……彼女は悩んだ末、美琴と同じイチゴ味に決めた。

 

「不思議ですわね。気温自体は変わらないのに、風鈴の音色を聞くと少し涼しく感じますの。」

 

そよ風に心地よい音色が鳴り響く。

 

「あーー共感覚性ってやつね……」

 

「へ?きょうかんかく?」

 

「一つの刺激で二つの感覚を得る事よ。赤系の色を観たら暖かく感じたり、逆に青系の色を観たら冷たく感じたりするでしょ。」

 

「『暖色』・『寒色』というものですわね。」

 

美琴と黒子は近くのベンチに座り、カキ氷を頬ばり、「「ン~~ッ!」」と頭を押さえながらジタバタと悶える。

そんな二人の前に佐天と詩音が通りかかった。

 

「御坂さん!白井さん!それカキ氷ですか?」

 

「美味しそうですね~ご一緒しても……?」

 

「ええ、どうぞ。」

 

「………」

 

黒子は快く了解するが、美琴はムスッとした表情で詩音を見つめている。

どうやら彼女は先日の爆破事件後に詩音から言われたことを未だ根に持っているのだろう。

 

「えっと?どうかしました?御坂さん……」

 

「フン、別に……」

 

そう言って、ソッポを向く美琴……

 

「そうですか……」

 

その後、詩音は緑色のメロンフレーバーのカキ氷を、佐天はさっぱり味のレモンフレーバーのカキ氷を買って美琴らの座るベンチの隣に座った。

 

「「ン~~~ッ!」」

 

カキ氷を頬ばった二人は美琴たち同様に頭を押さえている。

 

「もう、それって夏の風物詩よね~。」

 

「まったくです。ハハハ……♪」

 

「そういえば、初春の姿が見えませんの……」

 

「ああ~初春さんなら夏風邪で学校を休んでるよ。」

 

「そうなの?それで初春さんは大丈夫?」

 

「まだ、微熱が下がらないみたいで……まあ、私がこの薬で初春の夏風邪にトドメを刺してやりますよ!」

 

佐天はヒミツ兵器と言わんばかりに病院から貰ってきた熱冷ましの薬を出しながら胸を張っている。

 

「あ、それはそうと御坂さん、それってイチゴ味ですか?」

 

「うん、一口食べる?」

 

「はい♪ンー懐かしいッ!あ、お返しに私のレモン味もどーぞ!」

 

それはある意味、女の子同士のやり取りでは至極当然のことなのだろう。

特に何の意識もしていない二人には、ただ純粋に新鮮な味に満足していた。

詩音も頭にくる痛みに慣れたのか、そんな二人を見てホッコリと微笑んでいるが、そのすぐ隣りでなにやら劇画タッチになっている黒子。

 

「きゃあぁぁーッ!二人とも何をやってますのおぉぉぉーッ!!?」

 

「え?食べ比べですけど……」

 

絶叫する彼女とは、真逆の佐天が冷静に答える。

 

「(ぐ……食べくら……はッ!この手がありましたの!白井黒子!一生の不覚ですわ!)」

 

どうやら、黒子は何かしら良からぬ事をひらめいたようだ。

詩音は一人、落ち着いた雰囲気で彼女がどんな想像をしているのかを考えながらメロン味のカキ氷を食べている。

 

「で…では、わたくしとも間接キ…もとい、食べ比べを…」

 

黒子は自分のカキ氷をスプーンですくい美琴に差し出した。

 

「いやアンタ、注文したの私と同じじゃない…」

 

そりゃそうだ。

美琴が彼女の変態思考を一刀のもとに両断した。

 

「ノォォォォーッ!黒子のバカ!黒子のバカ!……」

 

黒子は自身を罵りながら、コンクリート相手に何度も頭を打ち付ける。

 

「……あの~御坂さん?あれ大丈夫なんですか?あのままじゃ、白井さん死んじゃいますよ?」

 

あまりに痛々しい光景に詩音は白井さんを心配するが……

 

「大丈夫、気にするだけ無駄よ。」

 

と、キッパリと美琴に言われてしまう。

 

「そう言えば、この間の爆破事件って何か進展とかあったんですか?」

 

カキ氷を食べ終えた佐天が唐突に白井さん聞いた。

 

「それが全くありませんの……犯人の登録された能力のレベルと被害状況に食い違いがあるケースが多いんです。」

 

黒子が真っ赤になったおでこをさすりながら彼女の質問に答える。

 

「やっぱり、コレは幻想御手(レベルアッパー)かな……」

 

「レベルアッパー?」

 

「何なの佐天さん?そのレベルアッパーって?詳しく教えて…?」

 

佐天は黒子たち三人に自身の持つレベルアッパーの情報を教えた。

 

「使うだけで能力のレベルを格段にあげる?」

 

「う~ん、実に興味深いですわね…」

 

「だけど、これはあくまでも噂話しですよ?実体もよく分からない代物だし、噂の中身もバラバラで……」

 

「まあ、確かに能力の開発って学校で何年もかけてするもんよね。この噂、調べてみる価値はありそう!ねぇ、佐天さん!他に知ってる事はないッ?」

 

美琴と黒子の喰いギミの目がちょっぴり怖い。

 

「え……え~~とぉ、自称ですけど“レベルアッパー”を使ったって奴らがネットに書き込みしてるみたいですよ。ただ、怪しいサイトなんでどこまで信じられるか……」

 

「そうですか。しかし、たかが噂ですけど一応当たってみないといけないのは間違いありませんわね。」

 

「ありがとね!佐天さん!私たち行ってみるわ!」

 

足早に美琴たちは立ち去っていく。

その場に取り残された詩音と佐天……

 

「御坂さんたち行っちゃったね…」

 

「じゃあ、僕も行こうかな…」

 

詩音は食べ終えたカキ氷の容器を近くのゴミ箱に捨てると静かに立ち上がった。

 

「え?詩音くんもどっか行っちゃうの?初春のお見舞いは?」

 

「ごめんね!僕も別の方向からそのレベルアッパーを調べてみる!本当にごめんッ!」

 

詩音も佐天のもとを去っていく。

 

「待って!詩音くん!」

 

彼女は詩音を呼び止めるが彼は振り返らない。

そんな彼女をしり目に詩音の表情は悪意に満ちた笑みを浮かべていた。

 

「(まあ~初春さんも一応は大事だけど、フフフ……今の僕には断然、レベルアッパーの方が面白そうなんだよねぇ~♪)」

 

次回に続く。



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第9話 幻想御手(レベルアッパー) 後編

佐天と別れた詩音は、あれから幻想御手(レベルアッパー)を求め、『スキルアウト』……簡単に言えば柄の悪い無能力者を、しかも武装化した不良たちを狩りまくっていた。

そこら辺には、拳銃やナイフなどが散乱し、血を流した不良たちが倒れている。

リーダー格の男一人を残して、取り巻きのメンバーを全員斬殺した。

そんな中で、詩音はリーダー格の男を左腕の力のみで軽々と持ち上げていた。

 

「ねえ、お兄さん?レベルアッパーとかって持ってない?僕、それが欲しいんだけど……」

 

「も、持ってねぇよ!そんな物!」

 

「本当かな~?ウソはダメだよ~♪」

 

詩音は笑みを浮かべている。

しかし、この状況の中とても正気の沙汰とは思えない。

右手には、不良たちの血でべっとりと濡れた愛刀『絶影』が妖しく輝いている。

 

「ウ、ウソじゃねえ!もう、許してくれ!」

 

「うーん……どうやら、本当に持ってないみたいだね?仕方ないか、じゃあ行っても良いよ。」

 

そう言うと、詩音は不良を放した。

 

「た、助かった……」

 

不良の男はその場から逃げ出そうと走り出すが、途中でバランスを崩し倒れてしまった。

下半身に異様な違和感を感じ、男がおそるおそる見てみると、なんと両脚の膝から下が綺麗に斬られて転がっていたのだ。

 

「あ、足がああああぁぁーーッ!」

 

男は自分の在られもない姿を見て絶叫する。

詩音が刀の峰で自身の右肩をトントンと叩きながら一歩、また一歩と男のもとに歩み寄って来た。

 

「な、な、なぜだぁぁッ!見逃がしてくれるって言っただろうッ!!?」

 

「これだから、バカは困るんだよ~。こんな事しといて、お前なんかを逃がしたら、僕、アンチスキルに捕まっちゃうじゃないか……君は口封じの為にここで死んでもらうよ♪」

 

詩音は何の躊躇いもなく刀を振り下ろした。

 

「ちょっと、やり過ぎたかな~?」

 

そう言って、おもむろに携帯電話を出した詩音は、どこかへ電話を掛けるのだった。

 

「あ、モシモシ~僕だけど~………」

 

**********************************************************************************************************************

 

場所は変わり、美琴と黒子はレベルアッパーを使ったと思われる不良たちが集まるファミレスへ来ていた。

 

「お姉様、分かっているとは思いますが…」

 

「ええ、大丈夫よ☆私に任せなさいって~の!」

 

「で、でも、途中で相手に腹を立てて能力を使ったり、なぎ倒してはいけませんのよ…?」

 

「分かってるわよ。何?アンタ、私がまるで暴れん坊とか思ってるの?」

 

「い、いえッ!!?そんな事ないですわッ!!?」

 

「じゃあ、行きましょう♪Let's Go!」

 

イキリ勇んで店内に入ってく美琴を心配そうに見つめる黒子……

 

「(黒子はとーっても、とーっても心配ですの……色んな意味で……)」

 

店内に入った二人はすぐに一番奥の席でしゃべっている不良たちを見つける。

そして美琴のみが、その不良たちのもとに向かい話しかけた。

ちなみに黒子は少し離れた席から美琴を観察し、すぐに動けるように待機している。

 

「あん?幻想御手(レベルアッパー)について教えて欲しいだぁ?」

 

不良のひとりが美琴に対して、凄い睨みを利かせている。

 

「うん♪ネットの書き込みで偶然にもお兄さんたちのことを見つけてちゃって~出来たら私にも教えて欲しいな~って♪」

 

いつもの美琴とは違い、この時ばかりは本当の自分をひた隠しにし精一杯のぶりっ娘を演じて見せた。

そんな彼女を見ながら黒子は顔を赤らめて「ハアハア////」と興奮している。

そうこうしている間に、レベルアッパーの話しはまとまろうかとしていた。

しかし、ある人物の登場で美琴渾身の演技もすべてが台無しになってしまう。

 

「あれ?御坂さんだ♪」

 

「(ッ!!?この声は……ッ!!?)」

 

美琴が声のした方にゆっくりと顔を向けると詩音が笑顔で彼女に向かって手を振っていた。

 

「(ど、どうして、アンタがいるの………)」

 

愕然とする美琴。

 

「あーー?何だ、テメエはーッ?」

 

先ほどとは別の不良が睨みを利かしながら詩音に近づいてくるが、詩音は無視して美琴に話しかける。

 

「ねえ、御坂さん?こんな所で不良相手に何してるんですか?」

 

「おい!シカトかぁーッ!」

 

さらに、しつこく不良が詩音に絡んでくる。

 

「あー!もう!うるさいなぁ!お兄さん、ぶっ飛ばすよッ?」

 

「何だとぉッ!」

 

一触即発の雰囲気に次第に焦りだす美琴。

 

「(ヤ、ヤバいッ!!?このままじゃ、せっかくの情報が……ッ!)」

 

美琴は必死になって不良たちに取り繕ったが、完全にスルーされてしまった。

 

「それに、お兄さん…この人に手を出すのは止めといた方がいいよ。」

 

「はあ?何でだぁッ?」

 

「だいたい、御坂さんはこんなキャラじゃないよ。無愛想でガサツなのに負けず嫌いで……」

 

先輩である美琴を前にして彼女の事を言いたい放題の詩音。

さすがの美琴もだんだんと怒りのボルテージが溜まっていく。

 

「はっきり言って、こんな“ジャジャ馬”お兄さんたちの手に負える相手じゃない、可愛い容姿に騙されちゃダメぞ☆」

 

詩音の一言に対し、美琴の怒りのボルテージがMAXになりメーターを振り切る。

完全にキレたのだ。

 

「アンタは、よくも私の事を好き勝手に言ってくれたなああぁ〰〰〰〰ッ!!!!!!」

 

キレた瞬間、美琴の体からおびただしい数の電流がほとばしる。

 

「「「ぎゃあああああぁーーッ!!!!!!」」」

 

美琴の放った高圧電流に晒された数人の不良たちから断末魔が聞こえる。

この放電は十数秒間続き、不良たちはこんがりと焼き上がっていた。

また、この放電でファミレス内の照明を含め、全ての電源がダウンする。

 

「アハハハ!御坂さんがキレた~ッ♪」

 

そして、この騒動の中でもひとり楽しそうに詩音は笑いながら店内から飛び出していった。

 

「待てやぁッ!ゴラアァァァァァ〰〰ッ!!!!!!」

 

美琴は絶対に見ることはないだろう、鬼のような形相で詩音のあとを追いかける。

どのくらい走っただろうか、美琴は詩音はこの間、勝負をした河川敷へと来ていた。

 

「逃がさないと言ったでしょう!」

 

電撃が逃げる詩音の足元に落ちる。

 

「おっと……!」

 

美琴の電撃に詩音はついに足を止めた。

 

「ハアハア……やっと、追いついた……」

 

「あの~御坂さん?まだ怒ってます?」

 

わざとらしく、詩音は美琴に対して聞く。

 

「当たり前じゃない!アンタせいでせっかく手に入りそうだったレベルアッパーの情報がパーよ!」

 

「だって、それは御坂さんが不良全員をのしちゃうから……」

 

「うぅ、うるさいッ!アンタがあんな事を言うからでしょうが!この責任、ちゃんと取ってもらうからね!」

 

「どうやって……」

 

「真っ黒コゲになりなさい!」

 

美琴が電撃の槍を放つが、詩音はヒラリと避ける。

電撃が当たった地面は黒く焼け焦げていた。

 

「そんな無茶苦茶なッ!理不尽です!」

 

「関係ないわ!観念しなさい!」

 

美琴は詩音に向けて何度も何度も電撃を放つが、全く当たる気配がない。

 

「何でッ!!?何で当たらないのッ!!?私の電撃の方が圧倒的に速いはずなのにッ!!?」

 

「確かにそうだけど、それを扱うのが御坂さんじゃねぇ~♪」

 

「ど、どういう意味よ……」

 

「知ってます?どんな能力者でも能力の発動までには、ちょっとしたタイムラグあるんですよ。僕はそれよりも速く動けるんです。あと、ハッキリ言わせてもらいますけど、御坂さんは隙だらけ……すでに、10回以上は死んじゃってますよ?」

 

詩音は満面の笑みで驚くべき事を美琴に伝える。

 

「ッ!!?」

 

一瞬だが、美琴は動揺した。

しかし、すぐに平常心を取り戻す。

 

「アンタ、何を言っているか理解してんの?私はレベル5でアンタはレベル0……はっきり言って次元が違うのよ。」

 

その一言に反応した詩音が静かに口を開いた。

 

「へー思い上がりにしては、良い自信だね……」

 

詩音の目つきが変わる。

以前、謎の女侍こと『神裂火織』と会い見えた時のような冷酷な視線だ。

 

「ア、アンタ、いきなりどうしたの……?」

 

「別に……そうだ、この前のリベンジマッチをしませんか?御坂さん、この前負けたっきりで悔しいんじゃない?」

 

「べ、別に悔しくはないわよ////、良い度胸ね!良いわよ!相手になってやるわ!」

 

美琴もまんざらではない様子……

態勢を整えた彼女は戦闘モードに入る。

 

「じゃあ、僕からも一言……さっき、御坂さんはレベル5とレベル0は次元が違うって言ってたけど、レベルの違いが勝敗の決定的な条件だとは限らない事を教えてあげる……!」

 

「え……ッ!!?」

 

次の瞬間、美琴の体がバツ字に斬られた。

一瞬の出来事……

彼女の体からは噴水のように鮮血が吹き出す。

 

「(あ、あの時と同じだ……な、何も見えなかっ……た………)」

 

美琴はそのまま仰向けに倒れてしまった。

白目を剥いて気を失っている。

 

「どうだい?ジャッジメントの最高位“風紀委員長”にやられる気分っていうのは?」

 

倒れている彼女もとへ詩音が近づき見下していた。

美琴自身の視点では確かに斬られたはずなのに、実際には吹き出した血どころか、刀傷すらなかった。

それはなぜか……

 

「学園都市 第三位と言ってもこの程度か……二階堂兵法、心の一法応用編。只の幻術にこうも簡単に引っ掛かるなんて……」

 

そう、実際に美琴は詩音に斬られてはいなかった。

あの時、美琴が見て感じたのは只の幻……

この間、常盤台狩りの犯人を取り押さえた時に使ったのと同じ原理だ。

 

「御坂さん?所詮、キミは僕に刀を抜かせる価値もないってことだよ……」

 

そう言って、詩音は美琴をお姫様抱っこの要領で抱き抱えると、学園都市の闇の中に消えて行った。

 

次回に続く。



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第10話 マジョリティーリポート 前編

とある日の正午過ぎ……

初春と詩音はとある人物に呼び出され、その人と待ち合わせをしていた。

 

「うーん…遅いですねー」

 

「ったく…時間が惜しいって言うのに、佐天さんはいったいどこをほっつき歩いているのかな?」

 

そう、二人を呼び出したのは佐天……

何でも、ネットで凄い物を見つけたらしい

二人は彼女を探し、右をキョロキョロ、左をキョロキョロしていた。

 

「今日は水色と白のストライプか~~ッ♪」

 

佐天の声が響く。

彼女のいつもの日課……

ムダに高いスニーキング能力を駆使した挨拶がてらに、必殺のスカート捲りが初春を襲う。

やられた被害者こと初春飾利は顔を赤くし、涙目で加害者である佐天をポカポカと叩いていた。

 

「ハア~佐天さん…いい加減にしないと逮捕するよ?スカート捲りは立派な犯罪なんだからね?」

 

詩音がため息混じりに、彼女を注意する。

 

「大丈夫、大丈夫!別に初春もやられてまんざらじゃないから♪」

 

「ッ////な、何言ってるんですかーッ!!?」

 

「それに詩音くんも目の保養になっていいでしょ?」

 

「まあ~それは否定できない……って、あ………」

 

佐天の口車に乗せられ、詩音は思わずボロを出してしまう。

 

「紅月くんもそう思っていたんですね……最低です………」

 

「ガーン!」

 

「それで?佐天さんが私たちを呼び出した理由って何なんですか?」

 

「あ、そうだった!実はね、昨日の夜にネットをしてたら凄い物を見つけちゃったの!」

 

二人の周りを佐天が嬉しそうに動きまわる。

 

「刮目せよッ!」

 

「ぬわッ!!?」「おぅッ!!?」

 

いきなりの大声に二人が少し驚いた。

 

「今、学園都市で一番の噂になってるアイテム!じゃじゃーーんッ!」

 

佐天は某人気アニメのBGM風に携帯型の音楽プレイヤーを取り出し、自慢気に二人に見せつける。

 

「………?コレって、いつもの音楽プレイヤーですよね?」

 

「佐天さん、頭は大丈夫?」

 

「失礼なッ!!?私の頭はいたってクールだよ!それよりもコレは中身が凄いのよ!ナ・カ・ミが!」

 

「じゃあ、見ても分かんないじゃ……」

 

ごもっともな意見……

 

「まあ、それもそうか。詳しい事はお茶でもしながら、教えてあげるよ♪」

 

「結構、勿体ぶるなー佐天さんって……」

 

佐天を先頭に三人はファミレスへと向かった。

 

**********************************************************************************************************************

 

場所は変わり、美琴と黒子の二人は大脳生理学の教授『木山春生』と共にファミレスにいた。

 

「それで?さっきの話しの続きだが、どうして同系統の露出でも下着はダメなのか?」

 

「「いや、そちらではなく……」」

 

妙なシンクロで木山にツッコミを入れる美琴と黒子。

 

「ほう、幻想御手(レベルアッパー)?」

 

「はい、ネット上で広まっている噂なのですけど……」

 

「ふむ、興味深いな……それはどういったシステムなんだ?形状は?どうやって使うんだ?」

 

「それが、まったく分かりませんの………」

 

「それでは、何とも言えないな……で、そんな話をなぜ私に?」

 

「能力を向上させるという事は脳に干渉するシステムである可能性が高いと思われますの。ですから……」

 

「レベルアッパーが見つかったら、私にソレを調査して欲しいと……」

 

「はい。」

 

「構わんよ。むしろコチラから協力をお願いしたいくらいだ。」

 

「ありがとうございます。」

 

黒子は丁寧に頭を下げる。

 

「ところで、さっきから気になっていたんだが……あの子達は知り合いかね?」

 

そう言って、木山先生は外を指差した。

 

そこには、ヤモリのようにガラス貼り付く佐天と、その後ろでコチラ側に軽い会釈をする初春、さらに後ろではボーッとしている詩音の姿があった。

 

**********************************************************************************************************************

 

「お待たせしましたー♪フルーツパフェとプリンアラモード……それに当店自慢のメガトン級バケツパフェですね。ごゆっくりー♪」

 

あとから、合流した三人の注文した物を店員が営業スマイルで提供し去っていく。

 

「もしかして、キミはそれを食べるつもりなのかい?」

 

木山が唖然とした表情で詩音の前に置かれたポリバケツに盛られた超ド級のパフェを見ている。

 

「え?まあ……」

 

逆に詩音は当然とした表情だ。

 

「木山先生……気にするだけムダですよ。コイツの甘い物好きは筋金入りですから……」

 

美琴がジト目で詩音を見ている。

そんな彼女も目にくれずパフェを表情も変えずに、ものすごい勢いで食べ進める詩音。

 

「へぇ~木山先生は脳科学の学者さんなんですか~♪ハッ!白井さんの脳に何か問題でもッ!!?」

 

何だか、ワザとらしいと思えるほどの天然発言をする初春。

 

「何をバカなことを……レベルアッパーの件で相談してましたの。」

 

レベルアッパーの話をする面々に佐天が反応する。

 

「あ、レベルアッパーですか?それなら私………」

 

どうやら、佐天はレベルアッパーについて何か知っているようだ。

巨大パフェに挑戦している詩音は、食べるのに集中しながらも佐天の言葉を聞き逃さなかった。

 

「ワタクシが思うにレベルアッパーの所有者を捜索して保護する事になると思われますの。」

 

「え?……」

 

佐天が出そうとする右手が途中で止まる。

偶然か必然か、その行動は説明を行っている黒子に全員の目が向いているため気付かれることは無かった。

 

まあ、それは詩音を除いての話だが……

 

「……まだ調査段階ではっきりとしたことは言ませんが、使用者に副作用がある可能性と、急激にチカラを付けた学生が容易に犯罪に走りやすいという傾向があるからですの。未だどのようなものかは分かりませんが……」

 

「なるほど~佐天さん?どうかしたんですか?」

 

「えッ!!?あ、いや、別に……ッ!」

 

佐天は取り出しかけたものを慌ててしまい、何事もないと手を振る。

振りに振ったその手は、軽い音を立てて中身満載のコップへぶつかり、狙ったように木山先生の太ももの辺りを盛大に濡らす。

 

「あ……」

 

「わあ、ご、ごめんなさいッ!」

 

「いや、気にしないでいい。ストッキングに掛かっただけだ……」

 

大慌ての佐天に対して、大人な対応の木山先生だった。

しかし次の瞬間、おもむろに立ち上がってスカートを脱ぎだした。

 

「ストッキングを脱いでしまえばどうということは無いよ……」

 

ストッキングを脱ぐためには、確かにスカートを下ろす必要があるが……

 

「な、何をいきなりストリップしてますのッ!」

 

黒子が咄嗟に、木山先生のストッキングとスカートに手を触れて元に位地に戻し、ストッキングだけを取り外すという能力まかせの荒業でこの場を乗り越える。

 

「いや、しかし起伏の乏しい私の体を見て劣情を催す男性がいるとは……」

 

「趣味嗜好は人それぞれですの! 世の中には殿方でなくともゆがんだ情欲を抱く同性もいますのよッ?!!」

 

「そうですよ!女の人が公の場でパンツ見せるようなことしちゃダメです!えっと、零しちゃったの私ですけど…ッ!」

 

「(……鏡を見てその台詞を言ってみなさい)」

「(まったくです……)」

 

主にその歪んだ情欲を向けられている美琴と、下着を晒されたばかりの初春の心からの声であった。

 

詩音は、もちろんバケツパフェを完食するのに忙しい。

木山の恥ずかしい姿を見ている暇はない。

 

周囲にいる一般の客は、カオスな席を遠巻きに見て若干、楽しんでいたという。

 

**************************************************************************************************

 

「本日はお忙しい中、ありがとうございました。」

 

「いや、こちらこそ色々迷惑をかけてしまったようですまなかった。教鞭をふるっていた頃を思い出して楽しかったよ。」

 

木山先生の意外な発言に全員がかすかな驚き見せる。

その反応に納得すらしているのか、苦笑とも微笑みとも見れる笑顔を浮かべる。

 

「まあ、昔の話さ……それではコレで失礼するよ……」

 

木山先生の小さくなっていく後姿を全員で見送る。

佐天が何も告げずにフラリと去っていったのは、その直後のことだった。

 

**************************************************************************************************

 

「(やっぱり、手放したくない。まだ、使ったわけじゃないし、黙ってれば良いよね……)」

 

自身を無理やり納得させて、逃げてしまった。

 

親友に何も告げることができず、そのまま……

 

言わなければいけないことを言わず、恐らく自分が持っていることを伝えれば、絶対役に立てただろうと確信すら抱けているにも関わらず、告げることが出来なかった。

 

「せっかく手に入れたんだもん……」

 

能力が無くても良い、などと言ってどうでも良かったあの頃とは違う。

切実に能力を欲していた。

あの輪の中にいる為には、普通だけじゃ全然足りない。

なにか特別な……そんな要素が必要だった。

 

「……どうしたの? 佐天さん」

 

いきなり声を掛けられて驚く佐天。

後ろを見ると、その逃げ出した私を少し息を弾ませて追いかけてきた美琴の姿があった。

走って早くなったこと以上に心臓の鼓動が加速する。

 

「み、御坂さんッ!!?どうして……」

 

「だって、突然いなくなるんだもん……心配するじゃない。」

 

ギュッと、早くなった鼓動を打ち心臓が握り締められたような気がした。

ただ何も告げずに走り去っただけの自分をそれだけの理由で心配して追いかけてきてくれる。

そんな大切な友人を今、自分は裏切っているのだと……

 

「な、なんでもありませんよ!」

 

「でも……」

 

「だって、ほら!私って、その……事件とか関係ないじゃないですか。ジャッジメントじゃないし……」

 

後ろ手にしまった音楽プレイヤー……

そして、わざとおどけて見せることで自分はなんともないのだとアピールをする。

 

その時だった。

 

一つのお守りが軽い音を立てて地面に落ちる。

それを拾った美琴は、汚れていないことを確認して佐天さんに手渡す。

 

「それって、いつも佐天さんが鞄にさげてるやつでしょ?」

 

「……ええ、そうなんです。母から貰ったもので……今時、お守りなんて科学的根拠も何一つ無いんですけど……」

 

それは最後まで学園都市行きを反対していた佐天のお母さんが、いくつもの言葉と共に手渡してくれた大事な物……

 

学園都市に来る前日に不安になって、言い出すことも出来ずに一人ブランコをこぐ娘に、彼女の母親が優しくその手に握らせたものだった。

 

「……ほんと、迷信深いっていうか、こんな物で身を守れるわけないですけどね?バリアとかじゃないんですから……アハハハ……」

 

「……優しいお母さんじゃない。それだけ佐天さんのこと、想ってくれてるってことだもん。」

 

今でも思い出せる、自分を案じてくれた母の言葉。

それらは鮮明に思い出され、それだけの言葉をかけてくれた母に未だ佐天は何の成果も伝えられていない。

 

「分かってるんです……でも、それが……その期待が、重い時だってあるんですよ……何時までたっても、レベル0のままだし……」

 

「レベルなんて……どうでも良いことじゃない。」

 

レベル5である美琴が何気に言ったその一言は、レベルを気にする佐天の心に深く突き刺さり大いに傷つけてしまった。

 

「それは御坂美琴……レベル5のアナタだからいえる言葉なのだ!」という思いの丈を叫びたかった。

それらの思いと共に彼女は強くお守りを握り締める。

 

「じ、じゃあ私、そろそろ時間なんで!」

 

「あ、うん……またね……」

 

そう言って走り去る佐天の後ろ姿を美琴は見送るだけだった。

 

「レベルなんかどうでもいい?……ひどい事を言うじゃないですか?盤台のエース様は……」

 

どこからともなく、詩音の声が聞こえる。

 

「アンタ、私と佐天さんの話しを盗み聞きしてたの!」

 

「ええ、一部始終……」

 

「最低ね……」

 

「御坂さんほどでは無いですよ……御坂さんはさっき、佐天さんを元気付けようと声を掛けたつもりなんでしょうが、逆に彼女を傷つけてしまったんですよ。」

 

「そ、そんな事はない!私は……私は別に間違ったことは言ってないわ!」

 

「それは思い上がった御坂さんのちっぽけなエゴでしょ?はっきり言ってやろうか?アンタのやったことは偽善だ。悪事を働くことよりも質が悪い……偽善は自分を侵す毒にもなるからな……その証拠に優越感に浸って気持ちいいだろう?」

 

詩音の情け容赦ないに、美琴は押し殺していた感情を爆発させる。

 

「アンタこそ何様のつもりよッ!出て来なさい!私の電撃で焼いてやるわ!」

 

「ククク……やれるもんなら、やってみれば?まあ、いくらアナタが頑張ったところで僕には勝てる要素は無いんだけど……」

 

その後、詩音の声は一切聞こえなくなる。

その場に座り込む美琴……

 

「そんなこと言わなくても分かっているわよ……」

 

そう言って、自身の無力さを嘆き、美琴は涙を流すのだった。

 

次回に続く。



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第11話 マジョリティーリポート 後編

次の日、詩音は朝から第一七七支部にいた。

自身の特等席である来客用のソファーに座り、愛刀の手入れをしている。

また、別の場所では初春と黒子の二人がレベルアッパーの事で話をしていた。

 

「初春、どうですの?」

 

「はい、何とか取引場所の特定は出来ました。」

 

「本当ですの?」

 

「はい。ただ、仲間内の言葉や暗号などが多くて正確さには欠けますね……」

 

「ですが、レベルアッパーというものが本当に存在していたなんて驚きですわ。」

 

「とりあえず、取引場所の候補地を何ヵ所かピックアップしてプリントしました。」

 

初春は、まとめた資料を黒子に見せる。

 

「え、こんなにあるんですの?」

 

「ええ…今や色んな手段でレベルアッパーは爆発的に広がっていますからね、仕方ないですよ…」

 

「確かにそうですわね。とりあえず、片っ端から当たっていくしか方法は無いみたいだし……じゃあ、行って来ますわ。」

 

そう言って、黒子は支部を出ていった。

 

「じゃあ、僕も……」

 

詩音も刀の手入れが終わったのか、ソファーから立ち上がった。

 

「ねえ、初春さん…僕にも今のと同じのを貰えるかな?」

 

「あ、はい、分かりました。」

 

初春が改めてプリントアウトした資料を詩音に手渡す。

 

「ありがとう。僕は最後ページの方から回って行くからって、白井さんには伝えといて……」

 

「分かりました。紅月くん、くれぐれも無理だけはしないで下さいね……」

 

「大丈夫、退き際は分かっているつもりだから……」

 

詩音も支部を後にした。

外に出てすぐに詩音は足を止める。

 

「うーん…格好つけて出てきたのは良いけど、やっぱり、この量は多いな……ちょっと、知り合いにでも聞いてみようかな?」

 

詩音は懐から携帯電話を取り出すと、どこかにダイヤルし始めた。

数回のコールの後、通話相手が出る。

 

「あ、もしもしー?」

 

『あぁ、詩音?いったい何の用よ……』

 

「あ、別にたいした事じゃないんだけど~ちょっと、聞きたいことがあるんだよね~?」

 

『何よ……』

 

「沈利お姉ちゃんってさ、レベルアッパーの事とか知らない?」

 

『レベルアッパー?使っただけで能力値が上がるっていうヤツよね?』

 

そう、今、詩音が電話越しに話しているのは学園都市のレベル5の一人、序列第四位の『原子崩し(メルトダウナー)』こと『麦野沈利』である。

 

「う~ん、やっぱり沈利お姉ちゃんでも詳しい取引場所とかって分からないか~ゴメンね…ご迷惑をおかけしました。」

 

『別に気にしないで良いわよ。そう思っているなら、たまには何か私に奢りなさいよ……』

 

「アハハハ……了解~♪今度、シャケ弁でも差し入れに行くから♪」

 

そう言って、詩音は電話を切った。

 

「ったく……沈利お姉ちゃんも役に立たないな。そんなんじゃ『アイテム』の名が廃るっていうのに……」

 

そして、詩音は再び歩き出す。

その後、詩音は別の暗部組織と接触した。

その組織と言うのが、学園都市 序列第二位の『未元物質(ダークマター)』こと『垣根提督』率いる暗部『スクール』である。

そこのメンバーから、レベルアッパーに関する有力な情報を手に入れる事ができた。

 

「フゥ~やっと良い情報が入った……」

 

詩音が手に入れた情報にしたがって取引場所までやって来た。

そこはすでに取り壊しの決まっているビル群……

五階から七階建てのモノがほとんどだ。

 

「ここか………って、あれ?……」

 

到着した取引場所で見知った顔が目に入る。

佐天だった。

 

「佐天さーん!」

 

詩音は佐天に向かって手を振る。

それに気づいた彼女が詩音に駆け寄り抱きついた。

 

「し、詩音くん!白井さんが……白井さんが……ッ!」

 

詩音の胸の中で泣きじゃくっている。

 

「どうしたのッ?!!佐天さん!落ち着いて!」

 

詩音は佐天さんから事の次第を聞いた。

彼女が言うには、たまたまレベルアッパーの取引を目撃し、そのまま不良たちに絡まれてしまった。

そこに、これまた偶然に現れた黒子が助けに入ったが、リーダー格の男が予想以上に手ごわく、苦戦しているという。

 

「だいたいの事は分かった。白井さんは僕に任せて、佐天さんはアンチスキルに通報をお願い!」

 

「だけど、私のケータイは充電が切れてて……」

 

「じゃあ、僕のを使って!使い方は分かっているよね!」

 

「う、うん……」

 

「じゃあ、お願いね!」

 

詩音はアンチスキルへの通報を佐天に任せて、廃ビルの中に入っていく。

最上階まで上がると、黒子が居た。

レベル4の彼女は不良からの暴行を受けてボロボロだった。

その姿を見た詩音は、内心黒子のことを残念に思っていた。

しかし、あくまでも詩音は彼女の同僚、友人として不良と会い見える。

 

「おい、不良!」

 

「あん?」

 

詩音の声に反応した不良がコチラを向く。

また、黒子も同じように気付いた。

 

「し、詩音さん……」

 

「何だぁ?」

 

「ジャッジメントだ。お前を公務執行妨害と暴行の容疑で拘束する!覚悟しろ!」

 

「ハハハ!何を言い出すかと思えば、オレを逮捕するぅッ?!!」

 

下品に顔を歪ませて笑う不良。

不良の右手には妖しく光ナイフが握られている。

 

「ムダムダぁッ!テメェが、いきり立った所でオレには指一本触れる事はできないんだからよーッ!」

 

不良が黒子から離れ、詩音に向かって来た。

 

「フン、お前みたいな畜生以下のクソ野郎に触れるなんて、こっちから願い下げだね……」

 

詩音は不良の繰り出すナイフでの一閃を難なく避ける。

 

「ヒュ~♪やるぅ~♪だけどな、避けてばっかりじゃあ、オレは倒せねぇぞーーッ!」

 

興奮している不良は何度も詩音に切りつけてくるが、詩音も涼しい顔で攻撃を回避している。

 

「き、気をつけて下さいッ!ヤ、奴の能力は……ッ!」

 

黒子が叫んだ次の瞬間、ナイフを持つ不良の右手が有り得ない方向に曲がった。

 

「なッ、腕がッ!!?」

 

詩音は驚きながらも咄嗟に後ろに後ろに跳び退いたが、ナイフの鋭い刃が彼の左頬を掠る。

詩音の頬から一筋の血が垂れた。

 

「どうだ?痛いかぁ?」

 

不良は血の付いたナイフを舐めている。

 

「ああ……痛いね………」

 

この瞬間を境に詩音の口調が冷酷なものとなる。

黒子はそう感じていた。

 

「なら、僕も………いや、オレも本気を出してやるよ。まずは、テメェの肺を潰す……!」

 

「……ッ!!?」

 

急に不良は胸を押さえて苦しみ出す。

 

「い、息が……できねぇ…………ッ!」

 

呼吸が困難になった不良は、その場にうずくまってもがいている。

 

「(これはこの前のお姉さまと同じ反応ッ?!!不良に指一本触れずに……やはり、詩音さんは……)」

 

彼女は必死に思考を走らせていた。

 

「ククク、苦しいか?だけど、これぐらいじゃ、終わらないぜ?次は右膝を砕いてやろうか?……」

 

「ぎゃあぁぁ〰〰ッ!!!」

 

不良は大声で叫び散らす。

 

「おうおう…見苦しいな。さて、次は……」

 

「もう、お止めなさい……ッ!」

 

満身創痍の黒子は残り少ない体力を振り絞り、詩音と不良の間に割って入った。

 

「邪魔をする……オレはアンタや佐天さんの為にやっているんだよ?」

 

「聞こえなかったのですか?これ以上は過剰防衛ですの……」

 

彼女の目が本気だった。

これ以上の事をすれば、「実力を持って止める」そう言っているかのようだった。

 

「分かった、分かりましたよ……」

 

そう言って、詩音は不良に対する攻撃?を止めた。

不良は次第に落ち着きを取り戻していく。

その後、詩音と黒子は拘束した不良からレベルアッパーを手に入れた。

なんと、レベルアッパーは音楽だったのだ。

不良たちは通報により駆けつけたアンチスキルにより連行されていった。

 

「あ、ケータイ……あれ?佐天さんは?」

 

佐天が近くに居ないことに詩音が気付く。

 

「そう言えば、見当たりませんの……色々とお聴きしたい事がありましたのに……」

 

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一方、佐天は黒子と詩音の姿を確認すると、足早に現場から立ち去っていた。

 

「(良かった……白井さん、無事だったんだ……だけど、何だろう…このイヤな気持ち……二人とも私と同じ中学生で、私と同じ年齢なのに私とは違う世界にいる人がいる……能力者とレベル0では何もかもが違うんだ。)」

 

「ルイコーー!」

 

彼女がモノ思いに耽っていると、彼女を呼ぶ声がした。

 

「アケミ、マコチン!ムーちゃん!」

 

合流した四人は宛もなく歩き出す。

歩き出して間もなく、四人はレベルアッパーの話しになった。

 

次回に続く。



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第12話 サイレントマジョリティー 前編

第七学区、とある公園にて……

クラスメートの三人と会った佐天は、レベルアッパーをみんなで使い、それぞれに発現した能力に興奮していた。

 

「スゴいよ!ルイコ!私、紙コップ一つ持ち上げんのがやっとだったのに!って、ルイコ?……」

 

その時、佐天は自身の能力に感動していた。

彼女の手の中で風が踊る。

 

「(ど、どうしよう……能力だぁ!白井さんや御坂さんに比べたら、ささやかなチカラだけど、他人から見たら何とものないチカラだけど……私、能力者になったんだッ!!!)」

 

佐天は今までに感じたことのない幸福感を味わっていた。

 

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その翌日……

詩音は佐天に貸していた携帯電話を無事に返してもらえた。

だが、その時の可能性の様子が少しよそよそしいと感じた詩音は彼女の身辺を探ることにした。

そして、佐天の周りを探り始めて三日目が過ぎた頃……

彼女がクラスメートと共にレベルアッパーを使っていたことを知る。

 

「佐天さん達まで………」

 

しかも、今まで元気にしていたクラスメートの一人が目の前でいきなり倒れたのだ。

急な出来事に佐天は絶句しその場に立ち尽くす。

他の二人が倒れた友達に慌てて駆け寄った。

詩音も監視を止めて茂みから飛び出す。

 

「誰か!救急車を…ッ!」

 

「えッ!!?詩音くんッ?!!どうして……ッ?!!」

 

「そんな事は良いから、急いでッ!!!」

 

「あ、はい!」

 

詩音の指示で救急車が呼ばれたのだった。

 

**********************************************************************************************************************

 

場所は変わり、初春は木山春生のいる『AIM解析研究所』へ向かっていた。

その時、彼女の携帯電話に着信が入る。

発信者欄には佐天の名前が……

 

「佐天さん! 今までどうしてたんですかッ?!!学校でもなんにも話してくれないし、電話だってずっと……心配してたんですよッ?!!」

 

『……どうしよう、アケミが倒れちゃった……』

 

電話の向こうで彼女の声が震えている。

 

『どうしよう……ゴメン、私の所為なんだ……レベルアッパーにあんな副作用があるなんて知らなくて……それで、みんなで使おうって……ううん、違う……只単に私が怖かっただけなんだ……一人で使うのが怖くて、それで私がみんなを……』

 

友達をクラスメートを巻き込んだ罪悪感に佐天は苛まれていた。

 

「お、落ち着いてください!今どこに……」

 

初春が彼女の居場所を聞き出そうとするが、佐天は混乱しているのか、独り言のように気持ちを吐露している。

 

『私も、もう眠っちゃうのかな?そしたら、もう二度と起きられないのかな?……』

 

“もういい。嫌われてもいい”とまで思った。

だから、全部言ってしまおうと……

全部言って、謝って、それで……彼女は決心した。

 

『……私さ、何のチカラも無い自分が嫌で…でも、一緒にいる初春たちは皆凄いのに、私だけが普通で、いつかそれでみんなと一緒にいられなくなるんじゃないかって! ……それで、私……』

 

(何かあったら、すぐに戻ってきても良いんだからね?……あなたの体が何より一番大事なんだから……)

 

こんな時になぜか佐天は母親の言葉を思い出していた。

 

(ママにも謝らなくちゃ……言われたこと守れなかったって……)

 

『ねぇ、初春……』

 

「何ですか、佐天さんッ?!!」

 

『レベル0って、欠陥品なのかな……』

 

佐天の本音が……彼女の心の闇が顔を覗かせる。

 

「な、何を言って……」

 

『それがズルして能力を手に入れようとして罰が当たって……それに皆を巻き込んじゃって……私、私……ッ!』

 

「大丈夫ですッ!もし、眠っちゃっても、私がすぐに起こしてあげます!佐天さんもアケミさんや他の眠っている人たちもみんな……だから、ドーンと私に任せて下さい!」

 

その一言が嬉しかった……

 

『初春……』

 

親友の名前がこぼれる。

 

「佐天さんは欠陥品なんかじゃありません!能力なんか使えなくたって、いつも私を引っ張ってくれるじゃないですか!能力なんて関係ない……佐天さんは佐天さんです!私の大切な親友なんだからッ!!!」

 

お互いに涙をこらえられない。

 

「だから、そんな悲しい事を言わないで……」

 

そんなだからか、佐天はワザとおどけて、励ます彼女をからかってみせる。

 

『アハハハ……初春を頼って言われてもねえ~』

 

「ッ////わ、私だけじゃないですよ?御坂さんに白井さん、それに紅月くんだっているんですから……」

 

『うん……分かってる。ありがとう、初春……迷惑ばっかりかけてゴメンね。あとはよろしく、ね……』

 

それを最後に佐天との通話が切れた。

 

********************************************************************************************************************

 

「ありがとう、詩音くん……」

 

「別に気にしなくていいよ。君たちのことを知っていたのに止めなかった。僕も悪い。ゴメン……」

 

「そんな……詩音くんは何も悪くない……」

 

薄れ行く意識の中でも、一生懸命に詩音と言葉を交わそうとする佐天。

 

「いや、同罪だよ……」

 

「ど、どうして、そこまで私のことを………心配…して、くれる……の……?」

 

佐天はその言葉を最後に意識を完全に手放してしまった。

彼女の目から一筋の涙が光る。

 

詩音は彼女の手をギュっと握ると、その場に寝かせる。

 

「僕はキミに特別な感情を持っているからさ。宣言しよう紅月詩音はキミの事が好きだ。」

 

その時だった。

玄関のノブか動く。

どうやら、初春が到着したようだ。

 

「やっときたか。」

 

********************************************************************************************************************

 

初春は佐天の寮へ到着し、階段を駆け上がり、彼女の寮のドアを開けて部屋の中に入るとそこには、意識ない佐天さんとそれをじっと見る詩音の姿があった。

 

「どうして、紅月くんがこんな所に……?」

 

初春の言葉に、詩音が口を開いた。

 

次回に続く。



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第13話 サイレントマジョリティー 後編

「どうして、紅月くんがこんな所に?」

 

初春の質問に対して、詩音が静かに口を開いた。

 

「知ってたから……」

 

「え……?」

 

「レベルアッパー……佐天さんが僕たちに黙って使っていたことだよ。ここ数日、佐天さんの様子がおかしかったでしょ?」

 

「え、ええ……それは………」

 

「僕、隠れて彼女の事を探ってたんだ。それで知ってしまったんだよ……キミとの通話も全て聞いてた……」

 

「知ってたんですか……じゃあ、どうして佐天さんがレベルアッパーを使うのを止めなかったんですか!紅月くんが止めていたら、佐天さんはこんなことにはならなかったのに!」

 

佐天が意識を無くしたのは、あたかも詩音に責任があると初春が責める。

 

「その言い方、なんかムカツクな~?」

 

「きゃッ!!?うく………ッ!」

 

詩音は責める初春の胸ぐらを掴み上げた。

そして、冷めた視線を彼女に向ける。

 

「は、放してくだ……さい……」

 

苦しそうな初春……

 

「お、お願い……」

 

「お願いしますだろッ!!?」

 

「す、すみません……お願いします……」

 

普段とは違う詩音の視線と迫力が恐ろしく初春は泣いていた。

詩音は、ようやく彼女を解放する。

咳き込む初春は、彼を睨み付けた。

 

「おや?何だい?その目は……この状況に陥ったのは、自分のせいだろ?佐天さんが気を失ったのは、僕のせいじゃないよね?」

 

「だ、だけど友人として止めることは出来た筈です!」

 

「それじゃあ、ダメなんだよ……人は失敗して始めて成長する。佐天さんを成長させるためにわざと止めなかった。これも一つの優しさだと思うよ?」

 

「それは違うと思います……私は紅月くんの考えは認めません!」

 

「お、言うね~まあ、こんな事で言い争いをしてもラチが開かないし、僕は行くよ……」

 

「行くって、どこにですか?」

 

「もちろん、レベルアッパーをばらまいた犯人の逮捕だよ。」

 

「佐天さんには着いてはあげないんですか?」

 

「それは、君の役目だろ?それに咎は受けるさ……全てを終わらせた後でね。」

 

「え?」

 

そう言って、詩音は部屋を出ていった。

 

**********************************************************************************************************************

 

佐天さんが意識不明になった。

その情報を聞いた幾人かは壁に拳を打ちつけ悔しさを露わにし、また幾人かはすぐさまその病院へと駆けつけた。

 

「黒子! 佐天さんはッ?!!」

 

駆けつけた者の一人である美琴は病室の前で、ベンチシートに座り込む黒子に駆け寄る。

出来れば何かの誤りであってほしいという微かな願いは、力なく首を横に振る彼女の前にあっけなく消えてしまった。

 

「意識不明……とのことです。症状からして、レベルアッパーで間違いないかと……」

 

「ッ!!?そう、なの……」

 

ふと思い出すのは、佐天と最後に会って交わした言葉。

 

『(レベルなんて、どうでもいいこと……)』

 

もしも、彼女の悩みが能力(レベル)に関するモノなのだとしたら……

美琴が力の限りに拳を握り締めた。

 

「(どうでもいいことなんかじゃないのに……佐天さんにとっては大切なことだったかも知れないっていうのに……ッ!)」

 

扉の窓から僅かに見えた眠っているようにしか見えない佐天。

しかし、その体が動くことはなく、今は意識を戻す手立ても分かっていない。

美琴のせいではないと誰もがその意識を訂正するだろう。

それでも、美琴は自分を責め続けた。

 

「それで、初春さんと詩音は?……」

 

「初春は木山先生のところへ……一刻も早く、佐天さんを快復させるための手立てを見つけるんだと……詩音さんは……連絡が取れませんの。」

 

「アイツはこんな時に何にしてんのよッ!」

 

美琴は初春さんを心配する反面、連絡すら取れない詩音に苛立ちを隠せないでいた。

 

「黒子!私にも手伝わせて……大切な友達がこんなことになってるっていうのに、指を咥えてるだけなんて出来ないわよ…ッ!」

 

「……分かりましたわ。第一、止めて止まるようなお姉様ではありませんものね。」

 

苦笑を浮かべる黒子に苦笑で返し、お礼と共にその肩を軽く叩く。

それが丁度、ケガをしている腕のほうだとは露とも知らない美琴。

痛みを一切出さすに言葉を返した黒子は拍手されてもおかしくは無いほど頑張っていた。

ばれないように肩をかばいつつ、捜査に戻る為に病院を後にしようとしていた二人の前に以前、詩音の担当医となったカエル顔の医者がふらりと姿を現した。

 

**********************************************************************************************************************

 

一方、詩音は第一学区にある風紀委員の本部へとやって来ていた。

そこに置かれた一室は、風紀委員長である詩音だけが入れる執務室がある。

執務室というには、あまりにも広く豪華なものだ。

 

「あら?珍しい人がいるわね……」

 

一人の女子生徒が詩音に声を掛ける。

彼女は『瀬田つかさ』。霧ヶ丘女学院に通う高校二年生である。

レベル4の風力操作系の能力者である。

彼女は風紀委員の副委員長であり、詩音の補佐を兼任している。

 

「珍しいとは失礼な。時々は戻って来てるでしょう?」

 

「それがいけないんです!毎日のように一七七支部に入り浸って……アナタは仮にも風紀委員長、自覚を持ってください!」

 

「自覚は持ってるよ。証拠に仕事はきちんとこなしてるでしょ?」

 

「8割方は私がしてますけどね?自分のとは別に……」

 

嫌味ったらしく詩音を見るつかさの視線がヒジョーに痛い。

 

「うー……じゃあ、次からは頑張って3割はするよ。」

 

「全部やってください!ハァ……それで?今日はどうしたんですか?」

 

「別にたいしたことじゃないよ。」

 

そんな事を言ってはいるが、詩音が本部にやってきた理由……

それは、これから起きることに対する装備を整える為だった。

と言っても、詩音の武器は愛刀の絶影だけなので、防具その他を揃える。

 

服は普段から着ている柵川中学の制服から、淡い薄むらさきに桜柄の刺繍が施された振り袖着と袴に着替え、靴も学校指定のローファーから頑丈なブラウンカラー本革のロングブーツに履き替えると、袴の裾を邪魔にならないようにブーツに綺麗に入れた。

 

防具として、学園都市に置かれた紅月家の息の掛かる造兵工廠に特別に作らせた超高分子量ポリエチレン繊維と強化プラスチック複合の胴当て、両手には防弾・防刃繊維で編まれた籠手を、籠手と同様の特殊繊維で作られた腰部と局部を守る垂を装着した。

 

詩音は文字通りの勝負服へと着替え終わる。

 

そして、詩音は机に向かい引き出しに手をかけた。

中から出てきたのは、黒いヘッドセット……

学園都市のとある研究機関が開発した最新鋭の物だ。

コンパクトな見た目からは想像が付かないような性能を誇っている。

詩音はそのヘッドセットを頭に装着すると同時にシステムが起動した。

ヘッドセットから赤い光が左目に照射され、網膜に直接、情報が表示される。

 

「久しぶりに使ったけど、調子は良さそうだね。えっと、一七七支部のパソコンにハッキングを掛けて……」

 

詩音は視線を動かすことで網膜に投影される情報を整理していく。

そして、詩音は自身の所属する風紀委員第一七七支部のウェブカメラにアクセスした。

 

「こ、固法先輩ッ!!?」

 

いきなり映った固法美偉の姿に詩音は少し驚く。

他にも、美琴と黒子の姿が見える。

 

「今、支部内にいるのはこの三人だけか……」

 

三人は何やら話しをしていた。

 

『なるほどね……そういうことなら、“書庫(バンク)”へのアクセス許可も下りるはずよ。能力開発を受けた学生はもちろん、医療機関とかにかかった大人たちのデータも保管されているから……』

 

『プライバシーや個人情報の塊ってことね……でも、なんでレベルアッパーを使うとその誰かの 脳波パターンが組み込まれるの?』

 

『しかもそれで能力のレベルが上がるなんて……それこそ、専門家でもない限りさっぱりですの。』

 

意図も分からなければ理論も分からないとお手上げの二人に対し、固法はパソコンを操作しながら考えをめぐらせる。

 

『確かに、コンピューターだって特定のソフトを入れたからって格段に性能が上がるって訳でもないし。まあ、ネットワークに繋ぐならいざ知らずだけど……』

 

彼女の呟いた豆知識に美琴が疑問を返す。

そもそも、ネットワークに繋がないコンピュータなどあるのかという疑問もあったが……

 

『えっと、ネットワークに繋ぐと性能が上がったりするものなんですか?』

 

『まあ、個々の性能が上がるわけじゃないわ。でもいくつかのコンピューターを並列に繋げば演算能力はその分上昇するし、可能性があるとしたらそのレベルアッパーを使って“脳”のネットワークを形成したってところでしょうね……AIM拡散力場を電波に、行き来するデータの統合をその脳波の波形にあわせたとしたら……』

 

二人が何とかギリギリ理解に追いつけるほどの 速度で固法美偉は理にかなった推測を打ち立てていく。

 

『脳の演算能力が上がれば、その分能力強度は増しますよね?』

 

『ええ……しかも、同じ能力の経験を共有すること でより効率的に能力を使えるようにもなるはずよ……恐らく意識不明者は脳の活動領域の全てを演算処理に使われていると考えられるわ。出たわよ! 脳波パターン一致率97%……ッ!』

 

理論も殆ど推測し終わり、検索もまず間違いなく当人であるという結果がはじき出された。

画面に映し出された、見慣れた女性……

照明写真でも変わらないクッキリと刻まれた隈と、ぼさぼさの背中まで伸びた茶髪。

 

『……なんで、この人が出てくるのよ。』

 

『木山春生』が、そこにいた。

なにかの間違いではと思い何度も確認しようと名前も所属も見知ったものでしかない。

 

『ちょっと待ってくださいな! 今、初春はその木山春生のところへ行っているのですよ……ッ!!?』

 

木山先生がレベルアッパー事件になんらかの関わりがあることは間違いなく、もしかしたら犯人そのものかも知れない。

今、そこへ、事件の真相にいたるだろう内容を聞きに向かっている初春。

黒子は携帯電話を取り出し、彼女に連絡をとる。

 

『……ダメですの! 初春と繋がりませんのッ!』

 

初春の携帯電話はコール音すら流れず、電波か電源かの問題を指摘する機械音声の案内のみ。

 

「意外だったな…木山先生が犯人だったのか。」

 

事件の真相が分かった詩音は支部のウェブカメラへのアクセスを止めて行動を開始する。

 

「初春さんも先生と一緒にいるとしたら……」

 

詩音は警備員(アンチスキル)のメインコンピューターにアクセスし、木山先生の車の車種とナンバーを検索にかける。

その後、自動車ナンバー自動読取装置を使い、木山春生のあとを追うのだった。

 

次回に続く。




今回、詩音くんが着替えた勝負服のイメージは『犬夜叉』に登場する“殺生丸” です。
ご意見、ご感想をお待ちしています。


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第14話 木山せんせい

正体を明かした木山春生は、初春と共に車で移動していた。

 

「参ったよ……私の部屋は普段、誰も立ち入れないようになっているし、来客もほとんど無かったからね……少々、不用心だったかな?ところで、以前から気になっていたんが、その頭の花は何なんだい?キミの能力に関係あるのか?」

 

「……お答えする義理はございません。そんな事より『幻想御手(レベルアッパー)』って何なんですか?どうしてこんな事したんですか?眠っている人たちはどうなるんですか?」

 

助手席に座る彼女は木山先生を厳しく追求する。

 

「やれやれ、矢継ぎ早だな……こっちの質問には答えてくれないのに……良いだろう、まずはレベルアッパーについてだが………」

 

木山先生は自身が造り上げたレベルアッパーの仕組み、そしてソレを造った理由を話し始めた。

 

「まあ、そんな所だ……そんな怖い顔をしないでくれ。シュミレーションが終われば、みんなは解放される。ウソだと思うかい?」

 

木山先生は車を運転しながら、器用に白衣の右ポケットを探っている。

 

「……キミにコレを預けておくのも、一興かもしれないな……」

 

そう言った木山先生は、ポケットから一つのマイクロソフトを出して初春に手渡した。

 

「……えっと、コレは何ですか?」

 

彼女が聞く。

 

「レベルアッパーをアンインストールする治療用のプログラムだ。後遺症はない。全て元に戻り、誰も犠牲になることはないよ……」

 

木山先生は治療用プログラムの説明を淡々としている。

 

「信用できません!臨床研究が十分ではない物を安全だと言われても、何の保障もないじゃないですか!」

 

「ハハ……手厳しいな……ッ!!!」

 

その時だった。木山先生は前方に見えた人影に驚き急ブレーキを踏む。

慣性のチカラが二人に働き、二人は前のめりになり、さらに初春はダッシュボードにおデコをぶつけてしまった。

 

「あうッ!!?イタタタ……いったい、どうしたんですか?」

 

「あ、アレはキミの友達じゃないのか?……」

 

木山先生が指を指す。

そこには、彼女の進路を塞ぐように詩音が立ちはだかっていた。

彼の纏った桜色の振り袖着が炎天の太陽に煌めく。

 

「いったい、あの子は何者なんだ……キミはここで少し待っていなさい。」

 

木山先生は初春を車内に置いて車を降りて詩音と向き合う。

 

「遅かったですね、木山先生……」

 

待ちくたびれた様子の詩音が口を開いた。

 

「どうして、私がここを通ることが分かったのだ?」

 

「コレのおかげですよ。」

 

詩音が装備しているヘッドセットを指差す。

 

「コレは、学園都市が開発したインターフェースです。ネットワークで繋がれていれば、どこにでもアクセス出来るんですよ。まあ、そんな事はどうでも良いか……木山先生、アナタをレベルアッパー拡散の容疑で拘束します。」

 

詩音が愛刀の鍔に指をかける。

 

「フン、面白い事を言うな……今の私はレベルアッパーによって齎されたチカラで、少々手強いぞ?それでもやるというのかい?」

 

「いち科学者がナメたことを言ってくれますね……?」

 

彼女の挑発的な言葉に応えるように詩音が静かに刀を抜いた。

一触即発の雰囲気に車中の初春は心配そうだ。

 

「ならば、止めてみるかい?一万の脳を統べるこの私を……」

 

「ええ、止めて上げますよ。風紀委員長の名にかけて……紅月詩音!いざ、参るッ!」

 

詩音が一気に間合いを詰めようと地面を蹴る。

一方の木山先生はゆっくりと右手を上げた。

何らかの能力なのか、それとも自然の風なのか、

強い風が吹き荒れ砂塵とともに彼女の髪を乱し、左目を赤く染めて、その顔が不吉に歪む。

一瞬だが、木山先生の恐ろしさが垣間見えたように思えた。

それでも詩音は彼女の懐を目掛けて走る。

しかし次の瞬間、木山先生の上げた右手から轟々と哮る火球が現れた。

 

「なッ!!?能力ッ!!?」

 

木山先生からのいきなりの攻撃に驚いた詩音は咄嗟に回避行動を取る。

彼の跳び退いた場所に着弾した火球は爆発し、その場を黒く焼いた。

 

「フフフ……驚いているね。」

 

木山先生は不適な笑みを浮かべている。

 

「しかし、まだ、これだけでは終わらないよ……」

 

木山先生が能力を再び行使すると、次は道路のアスファルトが波を打ったようにうねり、詩音を捕らえるために足に絡みつこうと迫ってきた。

だが、詩音は並外れたジャンプ力で垂直に飛び上がる。

 

「鍔鳴り・凱鳥ッ!」

 

詩音は宙返りをしながら十八番の飛ぶ斬撃である『凱鳥』を放ち、迫り来るアスファルトの触手を切り裂いた。

 

「驚きましたよ。木山先生は能力を使えるんですね……それも、幻とされる多重能力者(デュアルスキル)ッ!」

 

「いや、その呼称は適切ではないな。私の能力は理論上不可能とされるアレとは方式が違う…」

 

「じゃあ、いったい何なんですか?」

 

「ならば、少しばかり、科学について教鞭を振るってやろう。だが、私も忙しい……今のキミは私に取って邪魔そのものだ。攻撃の手は緩めるつもりは無いのでそのつもりで……」

 

「望むところです……♪」

 

詩音から笑みがこぼれる。

久々に味わう命の駆け引きに心が踊っているからだ。

 

「そもそもにおいて、幻想御手とは使用者の能力を引き上げる物ではない…………」

 

彼女の言うとおり、詩音に対する木山先生の攻撃は苛烈を極めた。

水流を操り、無数の風刃を撃ち出す。

そして、隙あらば磁力を使い、周囲の鉄製の物を詩音に差し向けた。

だが、一方の詩音も負けてはいない。

木山先生の攻撃を避けて、往なして立ち回る。

 

「能力の強度レベルが上がる原理についてだが、同じ脳波のネットワークに取り込むこまれる事で一時的に能力の幅と演算領域が拡大されているに過ぎない。」

 

「と言うことは、実際には、使用者のレベル事態が上がっているわけじゃなくて、ただ単に底上げされているだけ……」

 

「そうだ……一人の能力者の力が弱くとも、ネットワーク内で一体化する事で能力の処理能力が向上し、更に同系統の能力者同士の思考パターンが共有される事により効果的に能力を扱えるようになるんだ。私的には『多才能力者(マルチスキル)』と呼んで貰いたい。」

 

次の瞬間、詩音の足下が崩落する。

 

「おわッ!!?」

 

詩音は高架橋から10mほど下の地面に落下した。

しかし、詩音は高架橋を支える鉄筋コンクリート製の太い柱に愛刀を突き立て、落下スピードを落とし無事に着地する。

普通なら折れてしまう事をしても、この『絶影』なら大丈夫のようだ。

 

「やれやれ、往生際の悪いなキミは……素直にここらで、やられて貰うと嬉しいんだが………」

 

呆れた様子の木山先生がため息を付きながら、高架橋からゆっくりと降りてきた。

 

「そうもいかないですよ。一応、僕はジャッジメントで、頭を張ってるんでね……」

 

「ほう、単なる都市伝説かと思っていたが、本当に風紀委員長というモノが存在していたとは……」

 

「あ、この事は秘密で♪……」

 

茶目っ気たっぷりに、詩音がはにかむ。

 

「さて、カラダも温まってきたし、そろそろ僕も本気を出してみようかな?」

 

「何だい?キミはまだ、本気を出していないと……」

 

「ええ…まだ、三割も出してないですよ♪」

 

詩音は笑顔で答えた。

 

「フ、ナメられたものだな……」

 

木山先生は、空気中の水分を操作し、水摘の弾丸を作り出してマシンガンのように発射した。

 

「さすが、マルチスキル!何でもアリですね……だけど、遅い……遅すぎる!縮地・影縫!」

 

詩音は華麗なステップで嵐のような攻撃を避けて回る。

 

「なぜだ……これだけの攻撃が当たらないッ!!?」

 

木山先生も次第に焦りの色が出てきた。

これ以上、詩音に時間を掛けるとアンチスキルが到着してしまうからだ。

 

「焦ってますね?木山先生……なら、さらに先生の動揺を誘ってみようかな?」

 

「どういう事だ……キミはいったい何が言いたい?!」

 

「木山先生がこんな事をした根幹には、あの実験があったんでしょう?」

 

「ッ!!?どうして、それを……」

 

詩音の言うとおりに木山先生が動揺する。

詩音はそんな彼女を見てにやけていた。

 

「僕は風紀委員長であり、半分は暗部(アチラ)側の人間ですから、このくらいは知っておいて当然ですよ。『暴走能力の法則解析用誘爆実験』とか………」

 

「キ、キミは、いったい、どこまで知っているんだ?」

 

木山先生の脳裏に実験の被験者となった教え子の笑顔が浮かぶ。

 

「どこから、話します?被験者になった子たちの生体情報(バイオメトリクス)からでも話しましょうか?」

 

「や、やめろォォォーーッ!」

 

木山先生は激昂する。

次の瞬間、彼女はゴミ箱から大量の空き缶を空中にばらまいた。

詩音は、この時、すぐに感づく。

これは『虚空爆破(グラビトン)事件』の時に使用された能力『量子変速(シンクロトン)』だと……

 

「絶技、爆爪閃裂撃ッ!!!」

 

詩音が絶技を放つ。

その瞬間に空き缶が連鎖的に爆発を起こした。

凄まじい爆音が鳴り響き、高熱が周囲を焼き尽くす。

常人では生きていようがない状況だったが、なんと舞い上がった、粉塵の中から無傷の詩音が姿を現したのだ。

 

「いったい、キミは何で出来ているんだッ!!?」

 

恐怖を感じた木山先生は、思わず後ろに下がる。

その隙を詩音は見逃さなかった。

木山先生が気づいた時には、詩音はすでに彼女の懐に潜り込んでいた。

 

「もらったァァッ!」

 

瞬時的に愛刀を持ち変えた詩音は峰打ちを繰り出す。

 

「ガハッ!!?」

 

木山先生の腹部に刀の峰が食い込む。

彼女は激痛が走る腹部を利き手で押さえ、数歩下がってその場に方膝を着いた。

 

「さあ、これで終わりですね。」

 

詩音はポケットから手錠を取り出す。

満身創痍の木山先生だったが、その瞳には未だに闘志が宿っていた。

 

「まだだ……まだ、終わっていない………あんな悲劇、二度と繰り返させはしない!そのためなら、私は何だってする!この街の全てを敵に回しても、止める訳にはいかないんだぁぁぁーーッ!!!」

 

木山先生が叫んだ時だった。

尋常ではない頭痛が彼女を襲う。

 

「ぎッ!!!あぁぁぁぁーーッ!!!」

 

「えッ!!?ちょ、ちょっと……ッ?!!」

 

詩音もあまりの事に驚き木山先生を気に掛ける。

 

「がッ…ぐ……ネットワークの暴走ッ!!?いや、これは…『AIM(虚数学区)』の…………ッ!!!」

 

木山先生が倒れると同時に、詩音の前に得たいの知れないモノが現れた。

 

「何だ、アレは……ッ!!?」

 

「〰〰Giovsduobvnrwuーーッ!!!」

 

得体の知れない何かが、けたたましい叫び声を上げる。

 

次回に続く。



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第15話 幻想猛獣(AIMバースト)

ただ一言、『ネットワークの暴走』とだけ呟き、彼女は力なくその場に倒れ込んだ。

先程の打撃のダメージが今になって現れたのかと考えた詩音だったが、すぐに違うと察する。

木山先生の頭から幽体離脱でもするかのように、得たいの知れないソレは姿を現す。

 

ソレの持つ色彩は肌色。

 

ソレには二つの眼がある。

 

ソレには両手・両脚がある。

 

そこまで言えば『人間』のようだがソレを『人間』と呼ぶことは決して出来ないだろう。

ソレの頭上には、普通の人間なら持っているはずのない『天使の輪』のようなモノが存在した。

ソレは胎児に似た『怪物』だった。

 

「何だよ………アレ………」

 

詩音が呆然と呟く中、怪物がその口を開く。

 

 「〰〰Giovsduobvnrwuーーッ!!!」

 

言語になっていないノイズにまみれた雄叫び………

しかし、それは圧倒的な破壊をもたらすもの。

絶叫と同時に猛烈な突風が巻き起こり、先ほどの戦闘で散らばっていた地面の瓦礫を纏めて吹き飛ばした。

 

「く……ッ!」

 

詩音は咄嗟に地面に絶影を突き立てて、吹き飛ばされまいと耐えるが、突風の威力は彼の想像を越えており、詩音は十数メートル飛ばされて地面に叩き付けられてしまう。

 

「ゴホッゴホッ!……もう、いったい何だって言うんだよッ!!!」

 

反撃と言わんばかりに、詩音も怪物に向けて飛ぶ斬撃『鍔鳴り・凱鳥』を放った。

 

『ズパンッ!!!』という音と共に放たれた斬撃は怪物の背を削ぎ落とす。

 

削ぎ落とした肌色の部分からは、肉のようにも見えるが、当の怪物は何ともない様子だった。

だが、詩音を敵と見なしたのかギョロリと赤い瞳が彼を捕える。

その直後、怪物の周りに無数の氷塊が出現し、全弾が詩音に向かって放たれる。

 

「チィッ!」

 

放たれた氷弾に対し、即座に『凱鳥』で迎え撃とうする詩音だった。

しかし、『ジュッッッッッ!!!!!!』と、詩音の斬撃よりも早く、氷弾よりも多い数の電撃の槍が全てを破壊する。

放たれた電撃の槍が高熱だったのか空気が熱せられる嫌な臭いが鼻を突くが、今の詩音には、そんな事は気にも留らまなかった。

 

「今のえげつない電撃は…………ッ!!!」

 

詩音は恐る恐るゆっくりと振り返り、電撃の発射源に視線を向ける。

そこに立っていたのは、青白い火花を散らしながら、仁王立ちをする美琴。

 

「アンタはこんな所でナニやってんのよ!」

 

「何って……見れば分かるでしょ?木山先生の逮捕と怪物退治ですよ。」

 

「そんな事は分かるわよ!それよりもアレは何なの?」

 

「僕が知りたいですよ。あんな怪物(モノ)、初めて見ました……」

 

二人の話しの節を折るように、怪物が無数の光線を二人に向けて放った。

 

「おっと!」

 

一方、攻撃を放たれた側である詩音は鼻で笑いながらバックステップで躱す。

その足取りは軽く、この程度では、全くもって脅威にならないと言っているかのようだった。

 

「ほらほら、もっと狙ってやらないと当たらないぞ☆」

 

こんな危機的な状況も、詩音は明らさまに楽しんでいる。

 

「ちょっとアンタ!絶対に楽しんでるでしょッ?!!」

 

高笑いしながら、バク転まで決める詩音。

そんな彼に、美琴は思わず声を荒らげる。

美琴の声で詩音は動きを止めて彼女の方に視線を向ける。

 

「御坂さん……アナタは初春さんの所に行ってきて下さい。」

 

「ハッ!!?何でよ?あの怪物を倒すなら戦力は少しでも多い方が………」

 

「まあ、それも一理あるけど、そうそう時間を掛けてもいられないですよ。」

 

なぜ、そこまで急ぐ必要があるのかと、美琴は頭に疑問符を浮かべる。

その答えを直接口にする前に、詩音はある一点に指先を向けた。

そこに有るのは、家や高層ビルなどとは全く別物の巨大な建造物。

 

「知ってる?……アレ、原子力実験炉…………」

 

『ブッ!!!』と何とも気軽に言ってのけた詩音に思わず美琴は吹き出した。

 

「だったら、なおさら一緒に倒した方が良いんじゃ!」

 

「いや、それよりも初春さんと一緒にいる木山先生ならアイツの対抗するヒントぐらいはくれるんじゃないかな?早く聞いて来てください。」

 

怪物との戦闘によって時間を喰うよりも、対抗策によって一瞬でカタを付ける方が簡単だと詩音は考える。

それに、下手をすれば戦闘の余波によって原子力実験炉が破壊され、高濃度の放射能が漏れる可能性すらあった。

 

「………分かったわ。けど、アンタには言いたい事があるんだから、勝手に死ぬんじゃないわよ!」

 

それだけ言って、美琴は初春さんと木山先生のいる場所に向けて駆け出す。

次第に小さくなっていく彼女の背中を見送ったあと、詩音は再び目の前で不気味に蠢く怪物へと視線を向けた。

 

「さあて、久しぶりに僕もフルパワーでやってみようかな?……二階堂兵法・影技、『氷鬼憑神の術』!」

 

そう言って、詩音は自身に暗示をかける。

この技は、『心の一方』で使用自身が自分に暗示を掛け、全ての潜在能力を解き放つ技である。

詩音はこの技を使うのは序列第一位である『一方通行』と戦った時以来だ。

だが、この自己暗示は諸刃の刃であり、肉体にかなりの負荷が掛かるらしく使用後は使用前より筋肉が萎縮して、力及び機動性が著しく低下してしまう。

 

「ここからがお楽しみだ………化け物………失望させてくれるなよ…………」

 

詩音の中に流れる幕末の志士の血が騒ぐ。

そして、詩音が地面を蹴った。

 

「我流、抜刀剣術、奥義ッ!『百花繚乱、乱れ散々桜』!」

 

次回に続く。



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第16話 我流 抜刀剣術 絶技二の型 妖華狂月爪

満身創痍の木山春生は自身から出てきた得たいの知れない怪物を見ていた。

 

「は、はは……凄いな……あんな化け物が生まれるとは……学会で発表すれば表彰ものだな。」

 

木山は呆然とした様子で呟きながら、今まで自分がしてきた事を振り返る。

これだけの事をするのに何年もの時間を掛け、万全の準備をして計画を実行するはずだった。

教え子たちを助ける。

 

ただ一つの信念だけで、ここまで来たというのに結果は失敗……

苦労して構築したネットワークは彼女の手を離れ、子供達の回復は叶わなくなった。

 

「………お終いだな。」

 

自分以外、誰も聞く者はいないと思った言葉。

懐から拳銃を取り出し、そのまま自身のこめかみに当て、後は引き金を引くだけだった。

 

「諦めないでください!」

 

しかし、その悲痛な言葉を聞く者がいた。

彼女が声のする方に視線を向けると、そこには美琴と初春の姿があった。

 

「あ……」

 

初春の顔を見た直後、その顔が以前、教えていた子供たちの顔と重なる。

自然と思わず、木山の頬が緩む。

 

「……アレはおそらく、AIM拡散力場の集合体だ。」

 

「AIM拡散力場の?……」

 

「仮に『幻想猛獣(AIMバースト)』とでも呼んでおこうか……幻想御手(レベルアッパー)によって束ねられた一万人のAIM拡散力場…………それらが触媒となって生まれた潜在意識の怪物……言ってしまえば、アレは一万人の子供達の思念の塊だ。」

 

思念の塊と聞いて息を呑む美琴と初春。

その話を聞いた今なら、あの怪物が放つノイズ交じりの声が『悲鳴』のように聞こえる。

恐らく、その理由も能力に関するもの。

 

「〰〰yujbvkajksgfiksf〰〰ッ!!!」

 

ソレは一万人分の負の感情を束ねた怪物。

あの悲鳴は、どうにもならない感情をただ吐き出しているように見えた。

 

「……どうすれば止められるの?」

 

「フ、それを私に聞くのか?今の私が何を言ってもキミ達は信じな…………」

 

「…………私の手錠、木山先生が外してくれたんですよね?」

 

先程まで手錠の嵌められていた両手を突き出し、彼女の言葉を遮る初春。

それを見て呆れたように木山先生は視線を逸らす。

 

「単なる気まぐれだ……まさか、そんな事で私を信用すると?」

 

「それに………子供達を助けるのに、木山先生がそんな嘘をつく必要がありません。」

 

その時、木山先生の目には……

 

『先生の事、信じてるもん♪』

 

再び、教え子と初春の姿が重なって見えた。

 

「…………………」

 

木山先生は嬉しそうに微笑む。

犯罪者である自分を信じようなど、滑稽な話だった。

だが、その純粋さがひどく心地良く思える。

 

「『幻想猛獣(AIMバースト)』は、レベルアッパーのネットワークが生み出した怪物だ。ネットワークを破壊すれば、止められるかもしれない……」

 

「ハッ!」

 

初春さんは思い当たる節があったのか、ポケットからある物を取り出した。

手のひらよりも小さい、僅かな衝撃でも壊れてしまうかもしれない希望という名のマイクロソフトを……

 

「レベルアッパーの治療プログラム!」

 

「試してみる価値はあるはずだ……」

 

その時だった。

 

「ぐあァァァァーッ!!!!!」

 

方針が決まった事を確認する美琴の耳に、詩音の苦痛歪む叫び声が響く。

三人が詩音の方を見ると、怪物の触手に自慢の長髪を捕まれ、引っ張り上げられた詩音の姿があった。

彼の全体重が頭皮に掛かる。

想像を絶する痛みだろう……普段では絶対に見ることの出来ない表情だった。

 

「何てことだ……ッ!」

 

「詩音くんッ!!?御坂さん!早く助けないと!」

 

「ダメ!今、電撃を撃ったら詩音に当たっちゃう!」

 

絶対絶命の詩音だった。

怪物の爛々と光る赤い瞳が、詩音が睨み付ける。

今にも彼を喰い殺そうとしていた。その時!

 

「何、ガン着けてくれるんだ?この下等生物がッ!」

 

なんと詩音は、手に持っていた愛刀で捕まれた髪を切ったのだ。

切り離された詩音は、地面に落下した。

 

「鍔鳴り!凱鳥!」

 

**********************************************************************************************************************

 

ズバンッ!!と。

心の一方の影技で、潜在能力を覚醒させた詩音の凄まじい一撃が怪物の肉を深々と抉り取る。

 

「〰〰yusdvbhjyetuejbcx〰〰ッ!!!」

 

意味不明の叫びを上げながら、数多の能力を駆使して目の前の敵を討たんとする怪物。

 

無数の光線を……

無数の氷塊を……

無数の炎弾を……

 

しかし………

 

「無駄だって言っているだろがーッ!!!」

 

怪物の苛烈な攻撃を避けて、逆に激烈な斬撃を撃ち込む。

 

それでも、詩音の優勢とは言えない。

先程から怪物の身体や太い触手を斬り裂いた数は、既に両手両脚の指を使っても数えることは出来ない。

周囲には、あまりの威力に地面には怪物の攻撃によって出来たいくつものクレーターが……

だが、相手の驚異的な再生力によって、せっかく与えたダメージは瞬時に再生し、かなりの威力を持つ攻撃も全く意味をなさない。

そこに『バチィッ!!』と電撃が走り、怪物の肉を焦がす。

発生源に視線を向けると、いつの間にか美琴も戦線に復帰していた。

 

「………戻って来たっていうことは、対抗策が出来たんだよな?」

 

「それよりも、アンタ、髪を……」

 

「そんな事はどうだって良い!対抗策はッ!!?」

 

「あるわ!木山先生が言うには、アレはレベルアッパーによって生まれた思念の塊……AIMバースト。だから、レベルアッパーのネットワークを壊せばアレは倒せる。今、初春さんが治療プログラムを街に流してくれる! だから私達は……」

 

「皆まで言うな……ビリビリ!」

 

「ビ、ビリビリ…ッ!!?」

 

やる事はいたって、単純明快。

怪物の再生力を考えれば、周りへの被害も気にすることはない。

 

「やっぱり、コイツをバラバラに刻んだらいいんだなァァッ?!!」

 

「アンタ、今、私にビリビリって、言ったわねーッ!!!」

 

「ビリビリ!くれぐれも俺の足を引っ張るんじゃねェぞ!」

 

「また言った!私の名前はビリビリじゃない!御坂美琴よッ!!!」

 

さっきまでの美琴の心配顔はいざ知らず、今は互いにケンカ腰ながら、軽い準備運動と共に戦闘態勢を整えた。

そして…………

 

「〰〰iodhaval〰〰ッ!!!」

 

 

怪物の咆哮が引き金となり、激戦の第2ラウンドの火蓋が切って落とされた。

 

「我流、抜刀剣術ッ!百花繚乱、乱れ散々桜ッ!!!」

 

詩音は初速から自身の最高速度に達し、怪物に対して、常人には目にも映らない速さで無数の斬撃を叩き込む。

怪物の触手が、一瞬で細切れになった。

 

「どおぉりゃあァァァーーッ!!!」

 

美琴も間髪入れずに、渾身の電撃を怪物に放ったのだ。

伝説の存在である“風紀委員長(サムライ)”と序列第三位の“超電磁砲(レールガン)”が、その牙を剥く。

 

**********************************************************************************************************************

 

それを“戦闘”と表現するには、あまりにも苛烈すぎるものだった。

次第に激しくなる二人と一体が織り成す猛威を一言で表すのなら…………それは『災害』。

 

それぞれが人智を超えた力を有する者達の闘争は、その中心に入ろうと思う事すら躊躇われるため、余波で発生する爆音や衝撃波などまだ可愛いと思えてしまう。

だが、その原因となる彼等にとっては、その気持ちを昂ぶらせる狩場でしかない。

 

「ハハハッ!!!どうした、化け物ッ?!!お前のチカラはその程度なのかぁッ?!!」

 

現に、詩音は表沙汰になってはいないが、ジャッジメントの長であるという立場すら忘れ、嗜虐の笑みと共に圧倒的な暴力を振るっていた。

 

「ちょッ!!?アンタ、キャラ壊れすぎ!いったい、どうしたっていうのよ!」

 

「別に………あんなモン見て、ちょっと興奮しているだけだ!」

 

いつもと感じの違う詩音に美琴は戸惑いを隠せない。

一方のAIMバーストは二人に向けて氷塊や炎弾などの多種多様な攻撃を放つ。

だが、超人的な身体機能を持つ詩音に、攻撃をいくつ放った所で直撃する事はない。

美琴にしても、自身の身体から発せられる微弱な電気によって、攻撃を察知し、軽く回避する。

 

「おいおい……もっと気合いを入れろようよ、化け物……これじゃ、張り合いがないってもんだ!」

 

詩音が優雅に刀を振り上げた。 

 

「絶技、爆爪閃裂撃…………!」

 

斬撃を孕んだ猛烈な衝撃波がAIMバーストの体の半分近い部分を吹き飛ばす。

 

「やった!」

 

美琴はガッツポーズを取った。

 

「所詮はただの肉の塊、この程度か………」

 

詩音がAIMバーストに背を向けた。

その時だった………

 

「〰〰GJADMTGW〰〰ッ!!!」

 

耳障りな叫び声と共に、太い触手が詩音を凪ぎ払う。

 

「ガハッ!!!」

 

詩音は胃から内容物を吐き出しそうになった。

 

「詩音ッ!!!」

 

美琴が慌てて駆け寄る。

 

「詩音ッ!大丈夫ッ!!?」

 

「あ、ああ……抜かった…………」

 

AIMバーストは基本的に自身に攻撃を仕掛ける者にしか反撃を行わない。

故に、二人は不規則に迫りくる触手を回避しながら飛ぶ斬撃などを併用した攻撃と電撃を駆使し、原子力実験炉へと向かう怪物の進行を妨げる。

 

だが、相手の攻撃手段は触手だけではない。

それらを一点に束ねた中心から光が収束し、極大の弾丸となって豪雨のように撒き散らされる。

器用に回避していくが、無数に放たれたうちの一つが高架橋へと猛スピードで向かう。

今まさにレベルアッパーの治療プログラムをその手に持つ初春のもとへと………

 

「ヤバッ!!?」

 

視線の先に彼女の存在を確認し、焦りの声を上げる美琴。

 

現在、彼女の手に握られた治療プログラムだけが、この状況をひっくり返す事ができる最後の切り札………

 

それを失ってしまっては、最早その手立てはない。

そう思う美琴の目の前で、光弾は軌道を変化させる事なく初春さんの下へと直進し…………

しかし、光弾が初春に当たることはなかった。

 

「オレの友達(ダチ)に、手ェ出してンじゃねェよ……」

 

光弾の軌道を変えた張本人である詩音は気だるげに呟く。

 

「詩音くんッ!!!」

 

「オラァッ!!!さっさと走らんかァーーッ!!!オレたちの援護も絶対じゃねェゾぉーーッ!!!」

 

「は、はひ〰〰ッ!!!」

 

詩音が初春に向かって吠えた。

再び放たれた光弾の軌道を変え、さらにAIMバーストに反撃する。

攻撃を弾かれ、自身の肉を切り裂かれる怪物だが、そんな事には目もくれず三度同じ攻撃を繰り返す。

 

「攻撃が単純だな……つまらん!」

 

彼に向けて直進してくる光弾を飛ぶ斬撃・凱鳥で迎撃、軌道を変えようとした。

だが、その直後、詩音の迎撃が当たる前に放物線を描くかのように動きが変わり高架橋へと再び向けられる。

 

「(チッ! コイツ、自分で軌道を変えやがった!!?)」

 

一瞬の出来事に反応が遅れ、光弾が高架橋にいた初春の近くに着弾した。

もうもうと立ち込める粉塵。

次第に晴れていく粉塵、その中にいたのは、制服を身に纏い倒れた女子中学生…………………ではなく、大型の防護盾を正面に構えた警備員(アンチスキル)の“黄泉川 愛穂”とその後輩“鉄操 綴”が立っていた。

 

「アンチスキルも、ようやくお出ましかーッ!!!」

 

「無駄話してる暇があるなら、アレを止めておくじゃん!!!この子の事は任せろッ!私達が援護するッ!!!」

 

「フン、そりゃー心強いわァ。その言葉、信じるぜ……」

 

彼女の言葉を受け、詩音は怪物の前に立ちはだかる。

愛刀を持つ、手にも力が入る。

 

「ったくよ、さっきはよくもオレを出し抜こうとしてくれたなァッ!!?」

 

詩音が刀を振り抜く。

 

「お返し………だァッ!!!」

 

ゴッッッ!!!と放たれる一条の光線。

それは直ぐに詩音の放った絶技とぶつかり、大爆発を起こした。

それを起こした本人ですらどのような軌道を描くかは分からず、周囲に被害をもたらしていく。

 

「ちょッ、危なッ!!? こっちにも被害出てるってぇのッ!!!どさくさに紛れて私を殺したいのかアンタはッ!!!」

 

一部、被害を受けている者もいるが、詩音は全く気にする事なく追撃を加える。

だが、そこまでの攻撃を受けているにも拘わらず、AIMバーストの体は傷付いた部分の肉が盛り上がり、再生を繰り返すため決定打とはならない。

むしろ、その身体は巨大化していく。

もはや、人間(ヒト)が入り込める余地などない。

 

「〰〰hdlzknvldlavldjkpv〰〰ッ!!!」

 

永遠に続いていく可能性さえある応酬。

詩音も超人だが、さすがに限界がある

だが、その人ならざる者達の騒乱にも終止符を迎えた。

 

「……ッ!!!」

 

突然、脳内に響くような奇怪な音が流れ出す。

心地良いという訳でも気分が悪くなるという訳でもない、何の効果があるのかも分からない音楽。 

しかし、二人には心当たりがあった。

 

「これは………ひょっとして初春さんがッ?」

 

「どうやら、成功したみたいだな………」

 

初春さんが木山先生から受け取った治療プログラムが街中に流された。

それに呼応するかのように詩音はAIMバーストに対し攻撃する。

音速を容易く超えた一閃が、怪物の巨駆を切り裂いた。

再び再生されるかと思われたが、二度とその傷が塞がる事はなかった。

 

「気を抜くな! まだ終わっていない!」

 

いつの間に近寄ったのか、僅かに離れた場所から木山先生の声が聞こえる。

 

「ネットワークの破壊に成功しても、そいつAIM拡散力場が産んだ1万人の思念の塊! 力場を固定している核を破壊しなければ……ッ!」

 

今まで二つの目玉しか持たなかった怪物の身体から、新たに無数の目が飛び出した。

同時に、取り込まれた者達のものと思われる怨嗟の声が辺りに響き渡る。

 

『……………俺逹だって能力者になりたかった。』

『……………力が欲かった。』

『……………所詮、私たちは欠陥品……』

 

次々に放たれる哀しみの声。

その声の中には、彼が密かに思いを寄せる佐天の声もあった。

それらを聞いた詩音は首を鳴らし準備運動を始める。

 

「下がってろよ、木山先生(ネくら)。巻き込まれるぞッ!!!」

 

「ネ、ネくらッ!!?…………フン、構うものか。私にはあれを生み出した責任が…………」

 

「アンタが良くても、アンタの教え子はどうすんの?」

 

美琴から放たれた言葉に、思わず木山先生の心が揺れる。

 

「回復した時、子供達が一番に見たいのはアンタの顔じゃないの? ……こんなやり方しないなら、私も協力する。そう簡単に諦めないでッ!」

 

その時、身体を吹き飛ばされた事で一時的に活動を停止していたAIMバーストが活動を再開し、触手を鋭い棘のように勢いを付けて伸ばしに掛かった。

 

「あと……………」

 

無数の触手が僅か数mmにまで迫った瞬間、美琴から電撃が瞬き触手を弾き落とす。

 

「巻き込まれるってのは、ア・イ・ツにじゃねェ………」

 

「私たちが巻き込んじゃうって言ってんのッ!!!」

 

詩音は刀を鞘に戻し、鍔に指を掛け、右足を前に、左足を後ろに、前傾姿勢を取った。

 

「オレの全力を持ってヤツを粉微塵に吹き飛ばしてやるッ!!!ビリビリ、ヤツの体表を焼き払え………ッ!!!」

 

詩音がこれから使う奥義の名は『絶技、二の型、妖華狂月爪』……

絶技一の型である、『爆爪閃裂撃』の最上位の技である。

鞘走りを極限まで高め、そこから放つ衝撃波を孕んだ斬撃は進路上にあるモノを全て破壊しつくす。

ちなみに、この技を開発した二代目は当時の最新鋭の鉄鋼戦艦の装甲を斬り裂いて沈めたと言う伝説も残っている。

 

「任せなさい!行くわよ!」

 

「早くやれッ!!!もうおれ自身の限界も近いんだ!」

 

自身に暗示を掛けた詩音は限界を超えて満身創痍………

それもそのはず、木山先生と戦い初めてすでに一時間以上。

AIMバースト戦になってからは、100%全力を出している。

残り時間は3分を切っていた。

 

「いっけェェェーーッ!!!」

 

今までよりも強大な電撃が、怪物に向けて解き放たれる。

怪物は自身の目の前にバリアを発生させる事で電撃を逸らしていた。

 

「(あれは、私が使用したものと同じ誘電力場……やはり彼女の力では……それに彼は………)」

 

自分が行った時と同じように電撃を当てる事は出来ないと考える木山先生だったが、そんな彼女の目の前で、ボロボロと怪物の肉が削ぎ取られていく。

 

「(ッ!!? 電撃は直撃していない……だが、強引に捻じ込んだ電気抵抗の熱で、身体の表面が消し飛んでいる!私と戦った時は、全力ではなかったのか……ッ!!?)」

 

超能力者(レベル5)……

改めて、その規格外な力をその目で知り、驚愕に震える木山先生だった。

 

「良いぞ、ビリビリ!もう一踏ん張りだ。」

 

美琴の放った絶大な電撃で炭のように真っ黒に焦げたAIMバーストの体目掛けて、詩音は全身全霊を込めて全力で刀を振り抜いた。

 

「行くぜッ!我流、抜刀剣術!二の型!妖華狂月爪!」

 

次の瞬間、猛烈な裂風が黒く焼け焦げた体表を一瞬で吹き飛ばし、中にあったAIMバーストのコアを木っ端微塵に破壊した。

コアが消滅したことによって怪物も同様に消滅する。

 

「レベル0だって、こんなに強いんだぜ………?」

 

全力を出しきった詩音はその場に仰向けに倒れた。

 

やがて、警備員の増援が到着し、木山先生は抵抗する事なく拘束される。

これにより、『幻想御手事件』は完全に終結したのだ。

詩音は自己暗示の副作用から、体力の衰弱が著しく、さらに涙腺や鼻から血を垂れ流して、とても危険な状態だったので、すぐにアンチスキルの車両に乗せられて、病院に向かった。

事後処理を疲れた様子で見ていた美琴は、連行される木山春生が呼び止めた。

 

「キミたちには随分と世話になった。こんな状況で言う事ではないかもしれないが…………ありがとう」

 

「別に……結局、私たちは何の役にも立てなかったし………」

 

「そんな事はないさ………」

 

そう言うと、木山春生は手錠の掛けられた両手で美琴の手を握った。

 

「キミたちのような人間がいてくれただけで、心強かった……本当に、ありがとう…………」

 

「それで、子供たちの事はどうするの……?」

 

美琴としても気になる。

その言葉に木山先生はクスリと笑みを浮かべた。

 

「もちろん諦めるつもりはない。もう一度やり直すさ。刑務所だろうと世界の果てだろうと、私の頭脳はここにあるのだから………」

 

ただしと一度区切り………

 

「今後も手段を選ぶつもりはない。気に入らなければ、その時はまた邪魔しに来たまえ。」

 

「おいおい……」

 

その場にいた全員が苦笑いを浮かべる中、木山先生は警備員の護送車に乗せられ移送されていった。

 

次回に続く。



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第17話 ビキニは目線が上下に分かれますけど ワンピースは身体のラインが出ますから 細い方しか似合わないんですよ

今回は恒例の水着回です。


『幻想猛獣(AIMバースト)』との戦いも終わり、レベルアッパーの使用者も随時回復していた。

佐天涙子もその日の内に目を覚ましたそうだ。

 

だが、逆に詩音は未だに治療中である。

集中治療室の前では美琴たち四人が心配そうに待っていた。

日も暮れた頃に治療を終えた詩音と、治療に当たったカエル顔の医者が治療室から出てきた。

 

「先生!詩音くんのケガはッ!!?」

 

いの一番に佐天がは立ち上がり、医者のもとへ駆け寄る。

 

「ああ、それに関しては、もう大丈夫だよ。今は麻酔が効いているから眠っている。完全下校時間も過ぎているから、君たち三人は戻りなさい。」

 

「「「はい。」」」

 

「そっちの君は念のために今日までここに残るんだよ?」

 

「分かりました。」

 

美琴と黒子、初春たちは佐天や詩音のことを気づかいながらも、各々帰路についた。

 

その日の夜……

詩音が入っている個室に、佐天の姿があった。

 

「ゴメンね。詩音くん……私がレベルアッパーなんかに手を出したせいで……」

 

佐天は謝る。

自身がやってしまった事の重大さを痛感していた。

 

「別に気にしなくていいよ。」

 

何と詩音が目を覚ましたのだ。

心の一方を自身に掛け、常人では耐えられない疲労が貯まっていたはずだ。

あの医者も二~三日は目を覚ますことはないと言っていたが、その日の夜に起きたのだ。

さすが人を超えた詩音といったとこか……

 

「あ、痛たたぁ……」

 

詩音は痛む体を無理やりお越し、佐天の方を見る。

 

「大丈夫?無理しちゃダメだよ!」

 

「僕は平気だよ。佐天さんこそ大丈夫なの?」

 

「うん……詩音くん達のおかげで……」

 

「なら、良かった。」

 

詩音ははにかんだ。

 

「でも、私のせいで詩音くんは体も傷だらけで……あんなに綺麗だった黒髪も……」

 

「佐天さんの心の痛みに比べたら、どうってことない。そもそも、髪なんてすぐに伸びるし……それにウチでは、“大切な人のためには命を惜しむな”って、教えられてるから……」

 

「え?それって////」

 

「あとは察してくれ……」

 

「ありがと♪」

 

佐天の笑顔に詩音の顔は真っ赤になっていた。

 

****************************************************************************************************************************

 

詩音と佐天は日にちが違えども、無事に退院した。

詩音は退院したその足で、風紀委員の本部に向かう。

執務室に入ると待っていたのは、副委員長のつかさと書類のタワーが三棟。

 

「うわぁ……」

 

詩音のテンションが一気に下がる。

 

「おかえりなさい。委員長……」

 

つかさが笑っている。黒い笑みだ……

 

「つかさちゃん、どうしたのかな~?ご機嫌がナナメ見たいけど……?」

 

「別に……委員長が病院に入院していた間に、アナタの仕事をやっていたなんて、口が割けても言えません。」

 

「ちゃんと言ってじゃん……ゴメンね、つかさちゃん。ほら、例の事件も解決したし、結果オーライと言うことで……」

 

「それは委員長だけですよ。私の仕事は今からなんですよ?」

 

「そうなの?」

 

「そうです!はあ……とにかく、あとは統括理事会に提出する資料づくりだけですから、その各支部の報告書をもとに作ってください。」

 

「分かった。ありがと、つかさちゃん。」

 

「////って言うか、その“つかさちゃん”って、やめてくださいませんか?私は一応年上ですから!」

 

「え~可愛いと思うんだけどなぁ……」

 

詩音は執務室に籠り、資料づくりを開始する。

時間は経ち、すでに正午を回っていた。

執務室をノックする音が聞こえる。

 

「どうぞ……」

 

詩音が返事をすると、扉が開きつかさが部屋に入って来た。

 

「委員長?そろそろ、お昼にしませんか?」

 

「え?もうそんな時間?」

 

詩音が卓上時計を見ると針は1時を差していた。

 

「そうだね。資料づくりも先が見えてきたからね……お腹も空いたし、ご飯を食べよう。」

 

詩音とつかさは別室で昼食を摂った。

 

「相変わらず、委員長の甘いモノ好きは凄いですね?食後のデザートの方が、メインよりも多い……」

 

「そうかな?ちょっとだけでしょ?」

 

「ちょっとって……まあ、良いです。ところで委員長、頼みたいことがあるんですが?」

 

「どうしたの?」

 

「別に委員長のお手を煩わせるモノじゃないです。明日、私の代わりに水着のモデルをやってくれませんか?」

 

「え?モデル?」

 

「はい。私が通っているジムのトレーナーから水着のモデルを依頼されたんですが、その日にちょうど別の用事が入ってしまって……」

 

「それで僕が代わりに行けと?」

 

「ええ……お願いします。」

 

「つかさちゃんの頼みなら、行くしかないね。普段からキミには迷惑掛けてるし……」

 

「ありがとうございます。じゃあ、明日この時間にここへ向かってください。待ち合わせしているんです。」

 

彼女が示した場所は、駅前のカフェ……

 

「もしかして、ここで別の人と待ち合わせしてるの?」

 

「そうです。依頼を受けたのは私とジム仲間です。彼女には私から連絡しときます。」

 

「分かった。」

 

その後、昼食を終えた二人は再び仕事に戻った。

 

****************************************************************************************************************************

 

次の日……

詩音はつかさから教え貰った待ち合わせ場所に向かう。

待ち合わせ場所のカフェに先に着いた詩音が、相方を待っているとそこに現れたのは……

 

「えッ!!?詩音くん?」

 

「固法先輩ッ!!?」

 

詩音が入り浸っている第一七七支部の固法美偉だった。

二人はこれまでの経緯を話しながら、撮影が行われる水着メーカーのある本社ビルへやって来た。

 

二人はビルの中に入る。

そこには、またまた見知った顔が……

 

「佐天さん?」

 

「え?詩音くん」

 

「アナタたちも来ていたのね?」

 

「どうして、詩音がここにいるのよ。」

 

「僕は固法先輩のジム仲間の代理で……御坂さん達は?」

 

「私と黒子は水泳部に所属している後輩たちからのお願いで……」

 

「私と初春は、御坂さんから誘われて……」

 

「でも、こんな私が良いんでしょうか?」

 

「大丈夫ですわよ、初春?どんな幼児体型でも科学のチカラでチョチョイと修正してくれるはずですわ。」

 

「ひどいです……」

 

黒子のフォローになってないフォローで初春は涙を流していた。

 

「キミ達は?」

 

詩音が美琴達と一緒に他の女子に声を掛けた。

 

「私は湾内絹保です。」

 

「私は泡浮万彬です。」

 

最後に黄色の艶やかな着物を着た女の子が自己紹介をしようとした。

 

「では、最後はワタクシのようですわね?ワタクシは………」

 

「キミのことは知ってるよ。婚后光子さん……」

 

しかし、詩音は彼女の言葉の腰を折るように話し掛ける。

 

「ええ、良くご存じで……」

 

「以前に常盤台狩りの被害者になった……ぐる眉を書かれた女の子だったよね?」

 

「ちょっと、それはワタクシの黒歴史ッ!!?どうして知っていますのッ!!?」

 

「どうしてかな?」

 

詩音は彼女をからかうように、はぐらかした。

そんなやり取りをみんなでやっていると、メーカーの担当者がみんなの前にやって来た。

 

「お待たせしました~全員集まりましたか?」

 

「だと、思います。」

 

「では、水着を用意している試着室に案内しますね?」

 

「あの……僕、男なんですが?」

 

「大丈夫です。キミの事は連絡を受けてますから。コチラです。」

 

モデル役の詩音達は、担当者の案内で試着室へ向かった。

そして、美琴たち女子たちとは違う部屋に、詩音は入る。

中には、一人では多すぎる量の男性用水着があった。

 

「この量、多すぎやしないか?まあ、とにかく気になる水着を選ぼうかな?」

 

詩音は水着を探し始める。

 

「ど・れ・に・し・よ・う・か・なぁ~♪……おッ!!?」

 

そして、見つけてしまった。

『THE男子』的な水着を……

早速、詩音は試着室で着替える。

 

「これだーッ!」

 

即断即決で決めた詩音は、みんなが待つ撮影場所に向かうのだった。

 

次回に続く。




ご意見、ご感想をお待ちしてます。


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第18話 炎天下での撮影も楽じゃないね……

着替え終わった詩音は、撮影のためにスタジオに向かう。

中に入るとすでに美琴たちが、彼のことを待っていた。

どうやら、詩音が一番最後だったようだ。

 

「おそい!」

 

開口一番に美琴に怒られる。

 

「すみません。でも待ち合わせって言うのは、遅れて来るもんでしょ?」

 

「バカ!それが許されるのは、女の子だけよ!それに何ッ!!?水着が“ふんどし”って!いつの時代の人間よ!」

 

「僕は完全なる現代っ子です!」

 

上には日焼け防止用の薄手のパーカーを纏い、下は淡い桜色のふんどしを着用した詩音は仁王立ちを決めている。

彼の後ろでは荒れ狂う白波が見えるようだった。

 

「もう、良いわよ……は~すみません。全員揃ったので撮影を始めて下さい。」

 

「分かりました。」

 

「え?このスタジオ、何もないよ?」

 

詩音の言うとおり、このスタジオには何もない。

背景、撮影機材どころかカメラマンすらいない。

 

「大丈夫ですよ。ほら、この通り……」

 

担当者がリモコンを操作すると、背景が常夏のビーチへと変わった。

 

「我が社のスタジオは、学園都市の技術の粋を結集して出来ておりますので……様々なシチュエーションに対応できます。」

 

「おおー」

 

「それにね、詩音くん!実際に触れる事ができるんだよ?」

 

佐天がCGで構成れたヤシの木に触れて見せた。

 

「では、撮影を始めます。撮影の際は自然体でお願いします。」

 

担当者の女性は、スタジオから出て行く。

スタジオに残った詩音たち……

 

「行っちゃいましたね……担当の人は自然体でって言ったけど、やっぱり撮影の人は男性なんでしょうか?」

 

初春の一言に婚后以外の女子たちは、緊張してしまう。

 

「怯えてなりませんわ!モデルは見られて初めて輝くのですよ!」

 

「そうです。堂々としとけば良いんですよ!」

 

詩音はどっからでも撮ってくれと言わんばかりに、腰に手を当て仁王立ちをした。

その時、スピーカーから担当者の声で、

 

「安心してください。撮影は全て自動撮影になっております。」

 

と案内がある。

 

「「「「「「「「「ヘ………?」」」」」」」」」

 

そして、水着の撮影が始まった。

婚后はイスで色々なポーズを決めている。

 

「いや~自然体でアレはないわ……」

 

苦笑いを浮かべる美琴、そこにやって来たのは黒子。

手にはサンオイル、空いている手はウニョウニョと怪しく蠢いている。

口からはヨダレをだらだら垂らし、頬を赤らめ、目が爛々と輝いていた。

まさしく、変態の鏡である。

 

「何よ!アンタ!」

 

背筋に悪寒が走った美琴が一歩後ろに下がった。

 

「何よって、ワタクシ達も自然体でサンオイルの塗り合いですわ……」

 

黒子が近づく度に、美琴は下がる。

そして、美琴は逃げ出した。

変態の前から全速力で………

 

「絶対にイヤ!アンタとなんか!」

 

「あ~ん、お待ちになってェ~!お姉さまァ~!」

 

二人の追いかけっこが始まった。

それを見る詩音たち………

 

「アレが自然体か~」

 

「私たちもあの二人に負けないように楽しみましょう。」

 

「「「「「は~~~い!」」」」」

 

相変わらず、婚后はポーズを決めている。

美琴と黒子は未だ砂浜を走っていた。

詩音たちは、ビーチバレーに興じる。

 

コート内には、詩音と佐天がチームを組み、初春と固法がチームになっている。

 

「頑張ってくださーい。」

 

「ファイトですわー!」

 

湾内と泡浮がコート外から応援した。

先攻は詩音チーム。

詩音の手には、スイカ柄のビーチボールがある。

 

「いきますよー!」

 

「どっからでも掛かってきなさーーい!」

 

気合いたっぷりの固法が構える。

その言葉に詩音の目の色が変わった。

本気モードだ。

 

「そーれ!」

 

詩音がサーブを放つ。

しかし、詩音の放つサーブは凄まじい速度と威力を誇り、咄嗟の反応が出来ず、ビーチボールは砂浜に突き刺さった。

 

「ひえェ~。」

 

「動けなかった……」

 

初春は尻もちを着き、固法は膝がガクガクと震えていた。

 

**************************************************************************************************************************

 

ビーチでの撮影も終わり、次のシチュエーションはリゾートホテルのプールだった。

みんなで準備体操をしている中で、美琴は黒子に“フィッシャーマンズ・スープレックス”を決めている。

 

「ぐはァッ!!?」

 

婚后のセクシーポーズはより磨きが掛かっているみたいだった。

再び、シチュエーションが変わる。

今度は豪華なプレジャーボートでの撮影だ。

操縦席ではしゃぐ者もいれば、ボートに設置されているイスでリラックスしている者もいる。

ちなみに詩音は後者だ。

婚后はどれにも当てはまらず、船首で女豹のポーズをとっている。

 

**************************************************************************************************************************

 

そして次は、なんと……極寒の雪山だった。

なぜだろ?水着ではかなり無理がある。

詩音を含めて、みんながガタガタと震えていた。

黒子は必死に美琴の温もり求め、佐天と初春は詩音にしがみついている。

固法、湾内、泡浮の三人は自身の体を擦っていた。

 

「どうして、雪山なんでしょう?」

 

「背景に応じて、気温も変わるみたいですわね……」

 

「そんなのどうだっていいよ!だいたい、そこまでする必要があるのッ!!?」

 

黒子の猛烈なアタックを阻止しながら、後輩である湾内と泡浮の会話にツッコミを入れる美琴。

 

「まあ~それが学園都市の技術なんでしょう。」

 

「初春も割り切るなー!」

 

肝が座っている初春と正反対の佐天。

 

「婚后さんもいい加減にしないと、風邪ひくよー!」

 

そうなのだ。婚后はこの猛吹雪の中、凍えながらも撮影に専念している。

心配になった詩音は彼女に声を掛けた。

 

「だだだだ、大丈夫ですわ!わわ、ワタクシはモデル!いいぃぃ、如何なるときもオーダーに応えてみせますわ!………うぇ〰️っクシュン!」

 

無理がたたり、盛大にくしゃみをする婚后であった。

 

「言わんこっちゃない……」

 

「無理するからですわ……」

 

詩音と黒子がジト目で婚后を見ていると、またもや背景が変わる。

次は灼熱の砂漠だ。

炎天下の太陽に熱せられた砂の上で寝ていた婚后は熱さに耐えられず、「あっつ〰️〰️〰️っい!」と叫びながら飛び上がった。

 

「これは暑すぎ……」

 

「焼けますね……」

 

「なんでこんな極端な……」

 

茹だるような暑さでテンションもガタ落ちの美琴たち……

 

「でも、心頭滅却すれば火もまた涼しって言うじゃない?」

 

「何を馬鹿なことを……」

 

みんながみんな、おかしくなってきた。

そんなところに婚后がやって来て叫ぶ。

 

「水ッ!水〰️〰️〰️ッ!!!!」

 

するとどうだろう。

彼女の水の請求に学園都市の技術が完璧に応えた。

砂漠の次は、嵐の中、荒れ狂う波に揉まれる漁船の甲板の上だった。

必死になって近くの物にしがみつく。

 

「「「「「「「「うわぁァァァァ〰️〰️ッ!!!!」」」」」」」」

 

「って!水多すぎッ!!!!」

 

「だから!なんでこんな極端なのッ!!?」

 

「なんでしょう!この装飾過剰な船は〰️〰️ッ!!!!」

 

普段はおしとやかで物静かな湾内が珍しく絶叫していた。

 

「ど〰️〰️ッせ〰️〰️ッい!!!!」

 

そんな中、婚后は釣り竿一本で大物を吊り上げる。

 

「見て下さいな!見事なカツオ!!!!」

 

どや顔で胸を張っている婚后。

 

「残念!それは“スマガツオ”ですね!」

 

すかさず初春が訂正を入れた。

 

「ツッコむところ、そこじゃないだろう……」

 

「関西地方では“ヤイト”とも呼ばれているんですよ?」

 

佐天の素早いツッコミも気にせず、初春は魚の雑学を披露する。

 

「僕は絶対に刺身だな。」

 

「詩音さん、アナタのオススメする食べた方なんてどうでも良いですわ!」

 

黒子の叫びにも似たツッコミが響いた。

すると、何度目だろう……またもや、背景が変わる。

先ほどまでの嵐がピタリと止まり、星の煌めく美しい夜空ヘ変わった。

 

「止んだみたいですよ?」と初春が一言……

 

「わあ、きれいな星空。見てぇ……」

 

美琴は感激し、さらにひときわ大きく青い星を指差す。

その指の差す方に、他のみんなが目をやった。

 

「あそこに地球がぁ………ぁ……………って、月面かいッ!」

 

お手本のような、乗りツッコミを見せる美琴。

 

「でも、本当にきれいですね。」

 

「そうね……」

 

その時だった。

 

「皆さん!ご覧になって!アレは……ッ!!?」

 

次は何かに気付いた婚后が、別の方を指差して叫ぶ。

その方に目を向けると、そこにあったのは、明らかに自然の物ではない人工的な長方形の黒い物体がそびえ立っていた。

 

「「「「「「あ……………………………」」」」」」

 

その場にいた全員が呆気に取られていた。

そして、黒子の手には謎の大きな骨が………

 

「え?」

 

首をかしげる黒子。

そこに担当者からアナウンスが入る。

 

『すみませ~ん……ちょっと、調整しますので、景色変えますね?』

 

「今度はなんですのッ!!?」

 

黒子の本音が出たところで、次は青空がきれいなキャンプ場に背景が変わった。

テントが張ってあり、近くの机には魚介・肉・野菜・米・果物と色々な食材が置かれていた。

別の場所には、調理器具が並べてあった。

 

「キャンプ場?」

 

「ごめんなさい。あの~今、カメラのエラーが出てしまったんで、調整に少し時間が掛かるので、休憩しといて下さい。」

 

「休憩って………」

 

担当者が詩音たちのもとへ説明に来た。

そして説明も早々に担当者は、去って行く。

 

「あ、そうそう。その材料、本物ですからご自由にどうぞ。」

 

思い出したように、担当者が振り向き様に食材のことも言って、スタジオから出て行った。

 

「ご自由にどうぞって……どうします?」

 

佐天は固法に質問する。

 

「このシチュエーションに、これだけの食材……」

 

少し考えた固法が答えを出した。

 

「カレーしかないでしょ!」

 

調理場に移動したメンバーはカレーの調理担当とご飯の担当に別れる。

 

「じゃあ、ご飯とカレーの担当に別れましょう。」

 

年長者らしく、固法はリーダーシップを発揮し、組分けを始めた。

 

「私、カレーやりまーす!」

 

佐天は進んでカレー班に志願する。

 

「私も~」

 

初春も控えめにカレー班に手を挙げた。

 

「じゃあ、私はご飯やりましょうか?」

 

「お姉さまがやるなら、ワタクシも……」

 

美琴と黒子は、ご飯を炊く係りをかって出る。

 

「まったく、カレーなんて、そんな庶民の食べ物………」

 

そこへ婚后が、カレーヘの否定的な横やりを入れた。

 

「えぇ~カレー良いじゃないですか。」

 

佐天が反論する。

 

「カレー嫌いなんですか~?」

 

初春が聞いた。

 

「実はカレー、作れないんじゃないですの?」

 

黒子の言葉に、婚后はビクッと身を震わせる。

どうやら図星だったようだ。

 

「え、何を言っていますの!もちろん、作れますわ!婚后家に代々伝わる究極のカレーを……」

 

しかし、彼女は強がり、虚勢を張る。

 

「スッゴーい!どんなカレーなの?」

 

「えッ!!?」

 

美琴の質問に彼女は言葉を詰まらせてしまった。

 

「美味しそう!食べてみたいな!」

 

「ぜひ、作って下さい!」

 

佐天と初春が羨望の眼差しを婚后に向けている。

しかし、黒子はそんな彼女を信じておらず、懐疑そうに見ていた。

 

「いえ……今回は庶民のカレーを食べても良いかな~っと……」

 

婚后は何とかして逃げ場を作ろうとした。

だが、「じゃあ、両方作れば良いんじゃない?材料たくさんあるし……」と婚后には、とんでもない事を固法は言い出す。

 

「え?」

 

「いいですね!」

 

「賛成!ねぇ!」

 

「まあ~どうしてもって言うなら……」

 

「「やったー!」」

 

「じゃあ、そう言うことでそっちはよろしくね。私たちはご飯を炊くから……」

 

「「はーい!」」

 

「オホホホ………楽しみにしてらして!あ……あぁぁ………はぁ~」

 

彼女たちのおかげで、完全に後のなくなった婚后は、大きなため息を吐いていると、そこへ湾内が泡浮を連れてやって来た。

 

「あの~婚后さん?」

 

「は、はいッ!!?」

 

気が抜けていた所に、いきなり声を掛けられた婚后は驚いてしまい、少し声が裏返ってしまう。

 

「ワタクシたちもご一緒してもよろしいでしょうか?」

 

「え、えぇ……どうぞ後づいいに……」

 

「「やったー!」」

 

「では、まず……玉ねぎの皮をを剥きましょう。」

 

「「はい。」」

 

婚后の指示を皮切りに三人は、カレーの調理を始めた。

ちなみに詩音は適当な理由をつけて、彼女たちの料理の行方を見守ることにした。

 

***************************************************************************************************************************

 

暇をもて余した詩音は、ご飯を担当している固法たちのもとへやって来た。

人数分のお米を黙々と磨ぐ固法の後ろで、美琴と黒子がガスコンロを弄っている。

 

「あっれ~?」

 

火をつけようとコンロの摘みを何度回して一向にガスが出ない。

 

「困りましたわね~?」

 

黒子もライターを持ってスタンバイしている。

 

「故障?」

 

固法も心配していた。

 

「どうしたんですか?」

 

詩音が三人に声を掛ける。

 

「コンロに火を着けたいけど、なかなかガスが出なくて……」

 

「ちょっと、貸して?」

 

詩音は美琴から受け取ったコンロを色々と弄ってみた。

 

「ガスはきちんとあるから、コンロが原因だね。無理して使うと危険だから止めた方がいいよ。」

 

「じゃあ、どうするの?これじゃご飯が炊けないわ……」

 

「任せて下さい。まだ方法はあります。」

 

詩音はそう良いながら美琴は見た。

 

「ヘ?私ッ!!?」

 

詩音と美琴、黒子は場所を変えて、詩音は近くにあったコンクリートブロックと金網を手早く組み立て即席の台を作り、その上にお米入れてた飯ごうをセットする。

 

「さあ、頑張って御坂さん!」

 

美琴が能力を発動する。

するとどうだろう……飯ごうがゆっくりと加熱され始めた。

 

「なるほど、IHですのね?うまいことお姉さまをつかいましたわね?」

 

「でしょ~♪」

 

詩音は得意気だ。

 

「話しかけないで、気をつけてないと吹き零れちゃうのよね……」

 

詩音や黒子とは逆に、美琴は電流の調整に必死なようだ。

そこへ固法が別の飯ごうを持ってきた。

 

「これもお願いね~!」

 

「えッ!!?まだ、あるんですかッ!!?」

 

気を散らした美琴は一瞬、電流を強めたために、飯ごうから一気に吹き零れてしまう。

 

「「あ………」」

 

「やっちゃった………」

 

***************************************************************************************************************************

 

美琴たちと別れた詩音は、婚后たちがうまくいっているのか心配になったので、一度戻って来た。

するとどうだろう。

彼女たちは玉ねぎを全て剥き真ん中の小さな芯だけが残っていた。

 

「(マジッ!!?玉ねぎ、全部剥く人の初めて見た……)」

 

詩音は自身の目を疑った。

 

「ずいぶん小さくなりましたね……」

 

「これどうすれば………」

 

「え~~っと……」

 

説明に困る婚后、どうやって誤魔化せば良いか悩むが、良い返しが思い浮かばない。

しかし、湾内が良いアシストを出した。

 

「あっ!これは、カレーの付け合わせの……!」

 

どうやら、湾内は付け合わせの“らっきょう”と勘違いしているようだ。

 

「一つの玉ねぎからこれだけしか取れないとは、なんて貴重な食品なんでしょう。」

 

泡浮も納得したようで、親友である湾内の説明に感心している。

 

「(いやいや違うって、らっきょうと玉ねぎはまったく別の物だから!)」

 

詩音は思わず、心の中でツッコんでしまった。

 

「そうですわね……勉強になりますわ。オホホホ……」

 

一方の婚后は二人に流されるまま、苦笑いをしている。

そんな彼女を見かねた詩音が、声を掛けた。

 

「婚后さん、大丈夫?何か手伝おうか?」

 

詩音の気づかいに婚后は、希望の光りを見出たのか、一瞬表情が明るくなるが、やはりお嬢様のプライドが許さないのか、すぐに詩音の気づかいを断る。

 

「申し訳ございませんが、ワタクシ、殿方の手を借りずともカレーなぞ完璧に作ってみせますわ!」

 

「(〰️ん、その自信がどこから来るのか分からないけど、ま、いいか……)そう、分かった。何かあったら遠慮なく言ってね?」

 

「えぇ……何かあったら言いますわ。ないと思いますけど……」

 

婚后は調理に戻った。

すると、詩音の後ろでカレーを作っていた佐天と初春が、カレーの具材の大きさについて言い争う声が聞こえる。

 

「やっぱり、ニンジンはいちょう切りですよね~」

 

「え?カレーに入れる時は乱切りじゃないの?」

 

「いちょう切りの方が可愛いですし、何より火の通りも早いですよ?」

 

「初春、分かってないなぁ~カレーの具材は大き過ぎず、小さ過ぎずが基本でしょ?」

 

「ウチのカレーは、野菜を細かくしてルーと一体化させて食べるんです!」

 

「いやいや!細かくなんてあり得ない!ジャガイモもちゃんと面取りして、見栄え良くするのが大事じゃん!」

 

「見栄えよりも味の方が大事です。」

 

「味だって美味しいもん!」

 

「「う〰️〰️ッ!」」

 

二人は睨み合って、互いに一歩も引かない状態だ。

 

「はぁ~二人とも落ち着いて!お互いに家庭の味ってものがあるんじゃないの?」

 

詩音が仲裁に入る。しかし……

 

「やっぱり、カレーの具材は譲れない!」

 

「私もです!婚后さんたちにも、聞いてみましょう!」

 

「婚后さん!野菜は大きい方が良いですよね?」

 

「いいえ、細かくですよね?」

 

「いい加減しなよ、二人とも………って、えぇッ!!?」

 

詩音たち三人は、婚后たちを見て驚いた。

彼女たちは、一生懸命におろし金でとうもろこしを芯ごとすりおろしていたのだ。

 

「とうもろこしの……」

 

「「すりおろし……?」」

 

その驚愕の光景に三人の思考が一瞬止まる。

今の今まで何を言い争っていたのか、忘れてしまうぐらいだった。

その後、婚后たちはトマトの表面の薄皮を向こうと、必死にピーラーを使っている。

 

「トマトの皮って……」

 

「剥きにくいですわね……」

 

次は、ワカメだろう海草を切ろうとしていた。

力で切ろうと包丁をグリグリと押し当てる。

 

「そして、ワカメをぶつ切りに……」

 

「切りにくいですわ……」

 

婚后もワカメとの格闘に額に汗が滲む。

指でも切るんじゃないかと、正直見ててちょっと危なっかしい。

そして、カレーに不必要なミカンを切り始める。

 

「ミカンを皮ごと輪切りに……」

 

「ひゃあ!!?果汁が目にッ!!?」

 

「やだぁ~泡浮さんったら~!」

 

湾内と泡浮は、婚后とは正反対で、本当に楽しそうだ。

婚后はそんな二人を尻目に、黙々とゴボウを切っている。

 

「どんなカレーが出来るのでしょうか?」

 

「初めて作るカレー、楽しみですわ。」

 

「食材も、とってもユニーク!ゴボウがカレーに合うなんて初めて知りましたぁ。」

 

「イチゴだって~♪」

 

「なんだかお腹がすいて来ましたね~」

 

「待ち遠しいですわ~♪」

 

二人の純粋な気持ちを踏み躙っていると、感じた婚后は食材を切るのを止め、包丁を台の上に置いた。

 

「あら?」

 

「ん?」

 

「婚后さん?」

 

彼女を心配した湾内は泡浮が声を掛ける。

 

「あの………」

 

「「……?」」

 

「実は……その……ワタクシ……本当はカレー作ったことがないですの……カレーはおろか、料理自体したことないんです……ごめんなさい。言いがかりじょう、引っ込みがつかなくて……」

 

婚后は謝った。

 

「それなら、カレーの作り方を教えてもらいましょう。」

 

「先程、あちらの殿方が困ったときは声をくれって言ってましたし……」

 

そして、婚后は詩音に助けを求めた。

 

「あ、あの……」

 

その後、詩音は懇切丁寧に婚后たちにカレーの作り方を教えた。

出来る限り、彼女たちに作ってもらう感じで……

婚后たちが調理を再開して、40分ほどでカレーが出来た。

また、彼女たちが色々切った食材などは、詩音が責任を持ってサラダやデザートなど無駄なく調理した。

 

「「「「出来たーー!」」」」

 

佐天と初春が作ったチキンカレーと婚后、湾内、泡浮が詩音のアドバイスを受けながら、作り上げたシーフードカレー、それに様々な種類のサイドメニューがテーブルを飾る。

 

「すご~い!サラダじゃなく、デザートまで……」

 

「いつの間に作ったんですのッ!!?」

 

「え?白井さんたちが、ご飯炊いてる間にチョチョイのチョイってね?」

 

「「「「「「「「へ、へぇ~~」」」」」」」」

 

隠された詩音の特技に、女子たちは唖然としていた。

 

「さあ、みんな。せっかくのカレーが冷めちゃうわよ!」

 

固法の言葉で各々席に座る。

 

「では、いただきます。」

 

「「「「「「「「いただきまーす!」」」」」」」」

 

「ハム………美味しい!」

 

「細かいのも味が出て美味しいね~♪」

 

「大きいのも美味しいです~」

 

佐天と初春は、どうやらお互いカレーが美味しかったようで、自然と笑みこぼれる。

仲直りも出来て一石二鳥だ。

固法と黒子はシーフードカレーを口にする。

作り手の婚后は、初めての料理だったこともあり、不安そうに二人の顔色を伺った。

しかし、その思いも杞憂だったらしく、二人の「美味しい」の言葉と笑顔に婚后はホッと胸を撫で卸した。

 

「良かったですね♪」

 

「頑張った甲斐がありました。」

 

湾内を泡浮の労いの言葉に嬉しくなった。

そして、自分のカレーをおそるおそる口に運ぶ。

味わって想像以上に美味しかったカレーに胸がいっぱいになった。

 

「どう?自分のチカラで作ったカレーの味は?」

 

「美味しいですわ……ありがとう。アナタのおかげですわ。」

 

「ワタクシ達からも、お礼を言わせて下さい。」

 

「料理のご教授、ありがとうございました。」

 

「もう、そんなこと気にしないで良いですよ。」

 

「つきましては、アナタのお名前を教えて下さる?」

 

「僕?……僕は紅月詩音だよ?」

 

「紅月詩音……分かりましたわ。紅月さん?アナタにワタクシは惚れました!」

 

「「「「「「「「「えぇッ!!?」」」」」」」」」

 

「今日からワタクシの恋人になる権利を与えますわ!」

 

「「「「「「「「「何ーーーーッ!!?」」」」」」」」」

 

「ちょっと、待ってよ。婚后さん!僕はそんなつもりで……」

 

「そうですよ!詩音くんは私と……」

 

「えぇッ!!?ちょ、ちょ……ちょっと、待って佐天さん!いつから詩音とッ!!?」

 

「あ、い、いや……////」

 

「どちらにせよ、彼はこの婚后光子がいただきますわ!オーホホホホ!」

 

「いいえ!詩音くんは私がいただきます!」

 

そして、佐天と婚后の詩音をめぐる争奪戦が始まるのだった。

 

次回に続く。



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第19話 特別講習

ここはとあるファミレス……

店内では、美琴と黒子が紅茶を飲みながら、各々雑誌を呼んでいた。

 

「黒子ぉ~今日はどうしようか?」

 

「そうですわね~……あ、お姉さま、映画なんてどうです?こちらの映画、“愛と青春の戸惑い”!」

 

「映画か~恋愛モノは嫌いじゃないけどね……ッ!!ね、ねえ?映画見るよりセブンスミストの屋上でやってる夏祭りイベントにいかないッ!!?」

 

「えぇ……どうせ、お子さま狙いのお寒イベントですわよ。」

 

「そ、そんなことないもん!」

 

一生懸命に屋上イベントを勧める美琴を『おかしい何か裏がある』と悟った黒子が、彼女の横にテレポートして雑誌を覗き込む。

そこには浴衣姿のゲコ太のイラストが……

 

「ははぁん……お姉さまはこのゲコ太ショーに行きたいのですのね……?」

 

「ちち、違うわよッ!!?」

 

「良いんですのよ~もっと素直になられても~」

 

先輩である美琴を茶化す黒子……

 

「だから、違うって……」

 

二人がイチャイチャしていると、そこへ聞きなれた間延び声の少女がやって来た。

 

「すいませ~ん。バス一本乗り遅れちゃって……」

 

「初春さん……大丈夫。私たちもそこまで待ってないから……」

 

「そう言えば初春?詩音さんと佐天さんの姿が見えませんけど?」

 

「あ、それはですね………」

 

***************************************************************************************************************************

 

私は佐天涙子。

今日、私は特別講習がある。

私だけじゃない……レベルアッパーを使用した人たちを集めてやるみたい。

朝早くから、おっくうだな……

だけど、気持ちをきりかえ頑張ろう!

玄関の戸締まりしてっと……あ、ママから貰った大事な御守りが……

私が落とした御守りを私が拾うよりも早く、別の誰が拾ってくれた。

 

「はい。」

 

私の御守りを拾ってくれたのは、私の大切な人……詩音くんだった。

 

「おはよう。佐天さん♪」

 

*************************************************************************************************************************

 

二人は特別講習の行われる学校に向かう。

 

「でも、本当に良かったの?風紀委員も非番なのに……別に、私に付き合って貰わなくても……」

 

「はい!それ以上は言わない!僕は好きで佐天さんに付き合ってるの……それに、この事に関する許可は貰ってる。……あ、でも、他の人は知らないから、この事は秘密にね?」

 

「うん////……」

 

二人は特別講習の会場となっているとある高校に到着した。

しかし、最後の関門として、その高校の前には長い坂道が行く手を阻む。

 

「長いね……」

 

「うん、長いね……」

 

二人はテンションだだ下がりの中、何とか登りきった。

 

「ハアハア、ツラい……」

 

超人の詩音と違って、常人の佐天は息が上がって本当に辛そうだ。

夏の日差しの手伝いもあって、彼女の額には汗が滲む。

 

「佐天さん、これ使って……」

 

さりげなく詩音はハンカチを取り出し、彼女に手渡した。

 

「ありがとう……////」

 

「おーい!ルイコ~!」

 

そこへ佐天の名前を呼ぶ声が……

詩音もつられ、二人で後ろに振り向くと、同じクラスの仲良し三人組がいた。

 

「あ、アケミ~!」

 

「マコちゃんにムーちゃんも……」

 

「何だよ。朝から、この階段……」

 

「はぁ~疲れた~」

 

「何だよ、二人とも来た早々……」

 

「だって……」

 

「仕方ないでしょ~」

 

「あれ?詩音くん?髪、切ったの?」

 

「うん?あぁ、まあね……」

 

「何で?あんなに綺麗だったのに……」

 

「まあ、イメチェンだよ。たまにしたくなるでしょ?」

 

「う~ん、そうかなぁ?」

 

五人となった詩音たちは案内の張り紙をもとに会場の教室に向かう。

 

「まったく~最悪だよね。わざわざ休み日にまで他所の学校まで来て……」

 

「本当だよね。特別講習受けてレベル上がれば、苦労しないって……」

 

「こんな暑い日はプールにでも行きたいのに……」

 

三人はずっと愚痴ばかりを言っていた。

 

「ルイコと詩音くんもさぁ~初春んたちと遊びに行く予定じゃなかったの?」

 

マコの質問に足を止める佐天と詩音……

それに伴い後ろの三人も立ち止まってしまう。

 

「まあ~しょうがないよ……」

 

「そうだね。」

 

「ったく……諦め良いな~ルイコは……」

 

「そうそう。そう言う女は幸せになれんぞ?」

 

「え?私は幸せだよ?彼氏がいるし……」

 

「「「えぇーーーッ!!?」」」

 

「誰よ!誰なよ!」

 

「いつから?」

 

「付き合ってるのッ!!?」

 

三人から質問攻めに佐天は合う。

彼女はサッと詩音に目くばせをした。

それにいち早く気づいたムーちゃんが詩音を見る。

 

「まさか、ルイコの好きな人って、し……詩音くん?」

 

「「何ーーーーッ!!?」」

 

「まあ、告白したのは僕だけど……」

 

「はぁ~負けた……」

 

落胆するマコ……

柵川中でトップクラスの美形の詩音は、文武両道、女の子にも優しいと同クラスの女子たちから絶大な人気を誇っている。

 

「まあまあ、早く行かないと遅刻しちゃうよ?」

 

「あ、本当だ!」

 

「さあ、今日一日、頑張りますかー!」

 

教室に入った五人はまとまり、窓際の席に座った。

 

「本当に色んな学校から来てるんだね……」

 

「そうみたいだね~」

 

「それにしても侘しい人数だね~」

 

「これじゃ、ウカウカ居眠りもできないじゃん……」

 

「ダメだよ?マコちゃん。きちんと起きてなきゃ……」

 

「分かってるよ。冗談、冗談だよ……」

 

五人は講習の準備をしながら、雑談をしていた。

そこへやって来たのは、柄の悪い高校生の四人組……今で言うところの“ヤンキー”だ。

一人は女子高生だった。

 

「ったく~どいつもこいつも湿気たツラしてんな。」

 

「やっぱり、帰りましょうぜ、姉御ぉ。」

 

どうやら、女子高生がリーダーみたいだ。

スケバンかな?

 

「あぁッ!!?ここまで来てつべこべ言ってんじゃないよ!ジュンタ!テメェッ!」

 

弟分の男子高生の愚痴にリーダーの女子高生が胸ぐらを掴んでメンチを切る。

 

「スミマセン!姉御!」

 

「落ち着いて下さい。姉御ぉ!」

 

「うるさい!テメェは黙ってろ!」

 

目の前で起きる修羅場に目のやり場に困る。

 

「すごいね~」

 

「生のヤンキーだよ……」

 

「スケバンかな?」

 

「詩音くん、いったいいつの時代の人間なの?」

 

「ほら、ジロジロ見ない!」

 

五人が見ている。

 

「はーい!さっさと席に着いて下さいね?」

 

不良が騒いでいると彼女らの後ろから幼い女の子の声がした。

すると、不良の後ろにはピンクの髪色をした少女が立っている。

 

「あぁッ!!?何だこのチビ!」

 

不良の一人がガンを飛ばした。

しかし、その睨みに少女は臆さない。

 

「チビではありません。先生ですよ~!」

 

「「「「先生ッ!!?」」」」

 

「はい!月詠小萌です♪早く席に行かないと授業時間を伸ばしちゃいますよー♪」

 

笑顔でサラリと怖いことを言ってのける彼女であった。

 

**************************************************************************************************************************

 

午前中の講習の終わりを告げるチャイムが鳴る。

相当に退屈だった。

みんながみんな、背を伸ばしている。

 

「あ〰️疲れた〰️揉んで揉んで~」

 

勉強が苦手なマコはぐったりと机に突っ伏していた。

友達のアケミにマッサージを要求する。

 

「はぁ~ババくさ……」

 

見かねた佐天がマコにツッコんだ。

 

「うるせー」

 

「フフ……」

 

「ムーちんも笑うな~」

 

「でも、マコちゃん?お昼から体力トレーニングだよ?そんなんで大丈夫?」

 

「それに午後の講師の先生はアンチスキルにも所属してるって……」

 

「マジかッ!!?」

 

「その為にも、お昼をちゃんと取って午後に備えて置かないと……」

 

「あ、お弁当忘れた。」

 

「本当なの?佐天さん……」

 

「うん……うっかりしてた。もしかしたら、食堂がやってるかも……ちょっと食堂に行ってみるね。」

 

そう言うと、佐天は教室から出ていった。

 

「どうしよっか?」

 

「じゃあ……取り調べしよう!」

 

アケミが唐突に言い出す。

 

「お、アケミ、良いこと言うニャ~♪」

 

「と、取り調べッ!!?何のッ!!?」

 

「ルイコのことだよ。それでどこでする?屋上にでも行く?」

 

「あの、僕に拒否権は……?」

 

「ない!」とアケミ。

 

「当然、黙秘権も……」

 

「あるわけないニャ!」とマコ

 

「逃走は……?」

 

「許しません!」ととどめにムーちゃん。

 

マコとアケミにがっちり脇を抱えられ、ムーちゃんの先導のもと半ば拉致られる形で屋上へ移動し、三人から根掘り葉掘り取り調べ受け、コッテリと搾られた。

 

***************************************************************************************************************************

 

昼休みも終わり、各自体操服に着替え、グランドに集まる詩音たち。

グランドでは講師の先生が、白線でトラックを描いている。

目測で一周300mはありそうだ。

 

「詩音くん、疲れてるね?休憩してないの?」

 

佐天が気遣う。

 

「え?まあ、色々あったんだ……」

 

アケミたち三人からの取り調べが本当に厳しく、詩音の顔はかなり窶れていた。

 

「良し!全員集まったな?午後の体力トレーニングを受け持つ黄泉川だ。ヨロシクじゃん!」

 

やる気がないため、生徒たちはだらしない返事を返す。

 

「それじゃ、早速、持久走行ってみようか!」

 

彼女の言葉に、詩音以外の生徒が固まる。

 

「限界に挑戦じゃん♪」と黄泉川先生満面の笑み。

 

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ピッピッ………ピッピッ……

黄泉川先生のスポーツ用ホイッスルの音ともに生徒たちはトラックを走る。

持久走が始まって、15分が過ぎた。

すでに詩音はトラックを9周回り、10周目に突入していた。

佐天を含む他の受講生はまだ3周目に入ったぐらいだ。

 

「大丈夫?佐天さん?」

 

彼女に並んだ詩音が体調を気遣う。

 

「ハアハア……何とか……詩音くんこそ、そんなに跳ばして大丈夫なの?」

 

「僕は別に……」

 

顔色ひとつ変えない詩音に、佐天は逆に心配になった。

みんなが次々とギブアップするなか、雨が降ってくるまでの一時間、詩音は走りっぱなしだった。

総距離にして約12㎞。黄泉川先生を始めとする受講生が唖然としていた。

 

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体力トレーニングも終わり、詩音は別の教室で着替えていると、不良たちが講習の文句垂れていた。

 

「最悪だ……」

 

「マジで……意識不明になるわ、こんな講習は受けさせられるわ、散々だな。」

 

「あのクソ先公ども、ぶっ飛ばしてやろうか?」

 

三人はバカ笑いを上げる。

 

「はぁ~ねぇ、その下品な笑い声止めてくれないかな?」

 

詩音が見下したように不良たちに注意する。

 

「何だと?クソガキ?嘗めてんのかッ!!?」

 

ニット帽を被った不良が詩音に近づき、胸ぐらを掴み上げる。

仲間の不良たちも、調子に乗ってニット帽の彼を煽り出した。

しかし次の瞬間、ニット帽の不良の表情が苦痛に歪み、叫び出す。

何と、詩音は胸ぐらを掴む彼の右の手首を握り潰さんとする勢いで握っていたのだ。

 

「ぐあぁぁ〰️ッ!!!!」

 

「どうしたの?さっきまでの威勢は?」

 

無表情、虚ろな目で首を傾げる詩音……相当な恐怖だろう。

仲間の不良たちが、詩音を彼から離そうとするが、微動だにしない。

 

「ねえ?お兄さん……アンタたちは、レベルアッパーと言うズルをしたんだよ?それなのに反省すらしてないんだね?」

 

そう言って、ニット帽の不良を投げ飛ばした。

机を薙ぎ倒しながら吹っ飛び、床に叩きつけられる。

 

「恥を知れ!」

 

怒鳴る詩音!

 

「野郎ッ!」

 

彼の怒鳴り声にキレた他の二人が、詩音に襲いかかる。

だが、詩音は赤子の手をひねるよりも軽く、二人を倒してしまった。

一人目は右ストレートを躱すと、腹部に劣化版“二重の極み”いわゆる手加減した二連撃を鳩尾に叩き込む。

 

「ガハッ!!?」

 

いくら、常人用に手加減したところでその拳は猛烈に痛い。

二人目には、何と愛刀の絶影を抜いたのだ。

詩音は残る不良を押し倒すと、彼の顔の真横に突き立てる。

 

「ヒッ!……」

 

初めてだろう、命を脅かす状態に陥った不良は心底恐怖した。

 

「分を弁えろ、下郎……俺は許せないのが二つある。冷えた飯と力も無いくせに意気がる野郎だ。今度から首を刈られないように回りに気を配って生きろ……忠告だぞ?」

 

と、詩音が不良を脅していたところに、騒ぎを聞き付けた黄泉川先生がやって来た。

 

「お前ら!何してんじゃん!」

 

**************************************************************************************************************************

 

その後、詩音は黄泉川と二人っきりで話しをしていた。

 

「どうして、あんなムチャなことをしたじゃん?」

 

「アイツらがうるさかったから……自分たちのやった事を棚に上げて、先生たちに仕返ししてやるって、言ってました。ジャッジメントとして許すことができなかった……」

 

「でも、アレはやっちゃダメじゃん?キミはジャッジメントだろ?正義感が強いことは大いに結構。だけど、その正義を履き違えてはいけないと思うじゃん……」

 

彼女の気遣いを知ってか知らずか、詩音は立ち上がる。

 

「ちょっと待つじゃん!まだ話しは……!」

 

しかし、詩音は彼女を無視して教室を出て行った。

 

「ったく……」

 

**************************************************************************************************************************

 

講習が終わったのは夕方だった。

帰り道、詩音は佐天と二人で歩いていた。

 

「ねえ?どうしたの?」

 

「どうしたのって、何が?」

 

「午後の体力トレーニングの後のことだよ!更衣室の教室で不良の人たちとケンカしたんでしょ?」

 

「だって、アイツらって来たら……」

 

詩音はケンカをした理由を彼女に話す。

 

「私のことを思ってくれてるのは嬉しい……けど!ケンカは絶対に止めて!乱暴な事をする詩音くんは見たくないの……」

 

悲しげに訴える佐天を、詩音が優しく抱き寄せる。

 

「佐天さんの……ルイコのお願いとなれば、聞かない訳にはいかないね……」

 

「うん……ヨロシクね////」

 

二人は改めて歩き出した。

 

「それはそうと、最後の能力測定はどうだった?」

 

「相変わらずのレベル0……」

 

「そっか、僕もレベル0だった。……」

 

「だけど、もうレベルのことは良いんだ……私には能力以上に大切なモノがいっぱいあるから……♪」

 

佐天が詩音の手をギュっと握る。

 

「僕もここに来なきゃルイコや御坂さん、白井さん、それに初春さんと出逢うことはなかった……」

 

「詩音くん……」

 

「ルイコ……」

 

二人の距離がゆっくりと近づいた。

その時だった……

 

「「あ〰️〰️ッ!!!!」」と悲鳴に近い大声で叫ぶ美琴と黒子、それと真っ赤な顔でフリーズしている初春がいた。

 

「み、御坂さんッ!!?」

 

「白井さんに初春さんまで……」

 

「ふ、二人して、ななな、何やってんのよ!……」

 

「べ、別に如何わしいこと考えてませんよッ!!?ね?詩音くん!」

 

「そ、そうですよ!ルイコと良い雰囲気になったから、キスとか考えてn………って、あ…………」

 

詩音のキスと言うフレーズに抵抗を持ってない三人は、さらに

顔を赤くする。

 

「キキ、キスッ////」

 

「しかも、佐天さんを下の名前でッ!!?昨日までは名字で呼んでいたはずですのに……今日一日で何があったんですのッ!!?」

 

「ふぇぇ~~………////」

 

「もう!二人とも落ち着いて下さい!初春もしっかりして!」

 

三人は佐天の説得によって、ようやく冷静を取り戻した。

 

「じゃあ、改めて……僕は彼女、ルイコのことが好きです。」

 

「私も詩音くんが好きです。」

 

「まあ、ここ最近?二人の仲が異常に良かったから、薄々感じてだけど?」

 

「まさか、キスする仲までに発展していたとは……」

 

「驚きです……」

 

「分かった!でも詩音?佐天さんを泣かせることがあったら、私許さないから!」

 

「ワタクシもです……個人的に逮捕しますわ。」

 

「わ、私も……!親友の佐天さんを傷つけたらゼッコーですよ!」

 

三人から脅しに近い、念を捺される詩音であった。

 

次回に続く。



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第20話 スキルアウト

第七学区……ここは学園都市の中でも比較的栄えている学区である。

しかし、路地を一本でも裏に入ると治安が一気に悪くなる。

そんな裏路地に常盤台中学の生徒がいた。

彼女を取り囲むのは、数人の素行の悪そうな青年たち。

表の大通りには、青年たちが乗って来たであろう、紫基調のボディーにファイアパターンに白い文字で“BIGSPIDER”と書いてある趣味の悪いワンボックスカーが止まっている。

 

「アナタたち?ワタクシを常盤台のレベル4婚后光子としてのロウゼキですのッ!!?」

 

彼女は恥ずかしめもなく、堂々とした態度で名乗った。

 

「ハハハッ!ローゼキ?さすがはお嬢さま。俺たちとは違うお言葉をお使いだ。」

 

しかし、婚后に臆することもなく彼女に近づいてくる。

何か秘策があるのだろうか……

 

「お覚悟を……!」

 

婚后が能力を行使しようとした瞬間……

彼女の感覚を逆撫でするような、甲高い音が路地一帯に響く。

 

「あ、頭が……ッ!!?」

 

婚后はその場に、崩れるように倒れ込んだ。

 

「さて、コイツどうする?」

 

「ヒン剥いてやろうか?」

 

婚后光子、最大のピンチ!

その時だった。

 

「な、何だ!お前ッ!!?ぐあぁぁ!」

 

不良の一人が、通りすがりの若い男の一撃で殴り飛ばされた。

 

「おいおい、可愛い女の子に寄って掛かってとは見過ごせねぇな……」

 

「誰だ!お前はッ!!!」…………

 

婚后が気を失う瞬間、彼女の目に映ったのは、革ジャンを脱ぎ、上半身裸なった男だった。

その男の背中には大きな蜘蛛の刺青が入っている。

 

***************************************************************************************************************************

 

次に婚后が目を覚ました時には、不良たちは彼女の危機に現れた通りすがりの男にノされた後だった。

そして今の彼女は、通報により駆けつけたアンチスキルや風紀委員第一七七支部の初春飾利から事情を聴かれていた。

詩音と黒子、固法の三人は現場検証をしている。

 

「スキルアウトの輩も、よりにもよって婚后光子に手を出すとは……愚かですわね?」

 

黒子は呆れた目で搬送されるアンチスキルを見ている。

 

「白井さん?それは違うみたいだよ?」

 

「どういうことですの?」

 

「見てみなよ、コイツらの顔……このアザといい、全て拳打によるケガだ。相当な手練れの仕業だね。それに婚后さん自身も上手く能力を使えなかったみたいだし……」

 

「じゃあ、いったい誰が?………」

 

二人で話していると………

 

「……タメゾウ?」

 

固法は自身の前を担架に寝かされた状態で搬送される不良を見ると、二人に聞き取れるか分からないような音量で呟いた。

 

「え?固法先輩、何か言いました?」

 

黒子が聞く。

 

「えッ!!?……べ、別にッ!!?」

 

固法は慌てて取り繕うが、詩音はそんな彼女を怪しんでいる。

その後、詩音たちはあの場をアンチスキルに任せて、支部へと帰った。

黒子と初春は並んで、詩音と固法の前を歩いている。

 

「ねえ、固法先輩?」

 

唐突に詩音が固法に話しかけた。

 

「何?」

 

「あのスキルアウト……知ってますよね?」

 

「えッ!!?」

 

詩音に不意を突かれた固法は驚き、言葉を詰まらせた。

 

「さっき言ってましたよね?タメゾウって………」

 

追い打ちかける詩音。

 

「べ、別にッ!!?そんなこと言ってないわよ。」

 

二人は立ち止まる。

詩音は固法の目をジッと見ている。

 

「きっと詩音くんの空耳よ……!」

 

固法は気まずい雰囲気をはぐらかした。

 

「……………そっ、」

 

納得はしていないようだが、詩音は再び歩き出す。

 

「(本当にあの子の感の良さは……)」

 

固法はそんな詩音の背中を見つめていた。

 

***************************************************************************************************************************

 

詩音は固法たちと別れ、風紀委員の本部にいる。

自身の執務室でパソコンを使い、学園都市の全人口のデータが入った“書庫(バンク)”を調べていた。

 

「ふーん、そう言うことだったのか……」

 

その時だった。

執務室の扉が開く。

現れたのは、ジャッジメントの副委員長こと瀬田つかさだった。

 

「あら、委員長……戻って要らしたのですね?すみません、勝手に開けてしまって……」

 

「別に良いよ。つかさちゃん……僕自身いつも一七七支部に入り浸ってるからね……」

 

「そうですよね。委員長は基本昼行灯で、全くっていいほどに仕事をしませんからね?」

 

副委員長であるつかさの小言が始まる。

 

「(ヤバ……墓穴掘ったかも……)」

 

その後、詩音はつかさの小言は一時間ほど続いた。

 

***************************************************************************************************************************

 

次の日の昼下がり……

詩音は美琴たち、いつものメンバーで喫茶店にいた。

 

「えッ!!?婚后さんが襲われたッ!!?」

 

友達を傷つけられたことに憤る美琴が机を叩く。

 

「まあまあ、お姉さま落ち着いて……」

 

そんな彼女を宥めようと黒子であったが、逆に美琴は益々ヒートアップしてしまう。

 

「大勢で女の子を襲うなんて、男としてサイテーじゃない!」

 

「御坂さん、今日はえらくテンションが高いですね?」

 

佐天がツッコんだ。

 

「いや……私はただ自分にできることをしようとしないで、現実から逃げているような奴がムカつくっていうか?……」

 

「うわぁー。何だか自分のことを言われているみたい~?」

 

自分に思い当たる節がある佐天はガックシと肩を落とす。

 

「え?佐天さんは違うよ?」

 

「そうですわ!赤信号!みんなで渡ればなのがスキルアウト!一人で渡りきった佐天さんとは肝の座り方が違うんですよ!」

 

「はぁ~」

 

佐天がさらに深い暗黒面に突入する。

 

「白井さん!それフォローになってませんよッ!!?」

 

「そうそう……」

 

詩音が黒子の腰手を回し、彼女を背中からがっちりとクラッチしてホールドする。

 

「へっ?どうしたんですの?詩音さん……?って、まさかッ!!?」

 

「そうだよ。どっせーーい!」

 

最初は訳が分からなかった黒子も、この後の展開をすぐに予想した。

次の瞬間、詩音は黒子をそのままブリッジをする要領で相手を真後ろへと反り投げる豪快かつ芸術的なジャーマン・スープレックスを叩き込む。

 

「グヘッ!!?」

 

「ダメだよ?僕のルイコをキズつけたりしたら……」

 

「はい、すみません……でも……お、お姉さま以外から掛けられる技も意外と乙なモノですわ……」

 

黒子はピクピクしながら、変なことを言っていた。

 

「でも、スキルアウトって言えば、やさぐれレベル0でしょう?それがどうして、能力者狩りなんて……」

 

「多勢に無勢、いかに優秀な能力者でも大人数を相手にするのは難しいんですの……」

 

頭をさすりながら、答える黒子。

 

「それにビッグスパイダーと言う組織は、闇のルートで非合法な武器を入手しているとの情報もありますし……」

 

大きなパフェを食べながら、初春がビッグスパイダーの捕捉を付け加える。

 

「へぇ~いっそのことソイツら私に絡んで来てくれないかな?」

 

バトルジャンキーの美琴に闘志が宿る。

 

「あ、分かりますよ。御坂さんの気持ち……僕の剣術も対多人数を想定してますからね♪」

 

「詩音く~ん?この前した約束、覚えているよね?」

 

佐天が詩音を見た。

どうやら、特別講習の時に話したことを言っているようだ。

 

「大丈夫だよ佐天さん。約束はきちんと守るから……でも、仮に向こうが危害を加えて来たら、正当防衛で対象していくから、そこは理解してね?」

 

「うん……そこら辺は詩音くんに任せるよ。でも婚后さんを襲ったスキルアウトは、全員捕まったんだよね?」

 

「そうですよ。誰かは分からないんですが、謎の人物が一撃でやっつけちゃったみたいですよ?」

 

「へぇ~通りすがりの正義の味方かぁ~かっこいi……」

 

「トンでもない!」

 

佐天の言葉を遮るように、黒子が机を叩き声を荒らげる。

 

「アンチスキルでも、ジャッジメントでもない人がチカラを行使するなんて言語道断!立派な犯罪者ですわ!」

 

「確かに、白井さんの言ってることは分かるけど、犯罪者は言い過ぎじゃない?」

 

「言い過ぎではありません!学園都市の治安を守るのは、ワタクシたちジャッジメントとアンチスキルですの!そもそも、詩音さんはろくに仕事もせずに、アイスや甘ったるいカフェオレを食べたり、飲んだりで…………」

 

黒子の熱弁は次第に脱線し、いつの間にか詩音への説教タイムとなっていた。

 

「(んーこのパターン……昨日のつかさちゃんと同じだぞ……)」

 

「詩音さん!聞いてますのッ!!?」

 

「はひッ!!?」

 

形勢が逆転した。

 

***************************************************************************************************************************

 

場所は変わり、とある場所にある学生寮……

その日の夕方……

固法は自室に籠り、携帯電話に保存してある写真データを見つめていた。

彼女の表情は重い。

 

「やっぱり、先輩なんですか………」

 

固法は辛そうに呟いた。

 

***************************************************************************************************************************

 

さらに場所は変わり、第10学区……

ここは、学園都市から棄てられた場所だ。

そこの一角に建てられたモルタル製のボロボロの倉庫を、ビッグスパイダーのメンバーは根城にしていた。

 

「黒妻さん!聞いて下さい!」

 

「あぁッ!!?」

 

「タメゾウさん達をやったって言うのは………」

 

ビッグスパイダーの下っ端が、リーダー各の男に耳打ちする。

その瞬間、耳打ちされたリーダー各の男の顔から余裕が無くなり、ひどく同様した男は、下っ端の口の中に銃口を突っ込んだ。

 

「でたらめを言うんじゃねえよ!」

 

「お、オレがって……」

 

上手くしゃべることのできない下っ端。

黒妻と呼ばれるリーダー各の男は、舌打ちしながら、銃口を口から引抜き下っ端を解放した。

一方の下っ端も苦しかったのか、咳き込んでいる。

 

「アイツが生きているはずがねえ……アイツは死んだんだ。」

 

リーダー各の男がぶつぶつと呟いたと思うと、次の瞬間、銃を明後日の方に撃ち、メンバー達の注目を集めた。

 

「おい!テメェら!オレの名前はッ!!?」

 

リーダー各の男が大声で聴く。

 

「「「「黒妻ワタルッ!!!!!!!」」」」

 

声を合わせてメンバー達が答えた。

 

「そうだ!オレの名前は黒妻ワタルだ!ビッグスパイダーの頭を張っているな!」

 

そう言って黒妻は、メンバー達に背中の小さな蜘蛛の刺青を見せつける。

 

「テメェら、忘れた訳じゃねえだろうな?能力共のあの目を!オレ達を馬鹿にして蔑んでいる!オレ達は奴らをブッ飛ばす!良いかッ!!?気合い入れろ!」

 

「「「「うすッ!!!!!!!」」」」

 

****************************************************************************************************************************

 

初めての能力者狩りが発生して数日が経った、風紀委員第一七七支部には、固法に黒子、初春と部外者ではあるが色々と関わりのある美琴がいた。

 

「また、ビッグスパイダーが?」

 

「えぇ、今週だけでもう三件目……連中、ピッチを上げてきてますわ。」

 

「やっぱりここは一発ドカーーン!っと……」

 

「はあ~お姉さま?お姉さまのドカーーンは被害が大き過ぎますの……」

 

やる気満々の美琴をたしなめる黒子。

 

「ビッグスパイダーが勢力を伸ばしてきたのは、二年前からですね……」

 

初春はパソコンで調べた結果をメンバー達に話す。

その会話を聞いた固法は、何か思いあたるモノがあるのか、ハッと反応した。

 

「武器を手にして犯罪行為を繰り返すようになったのもその頃……」

 

「なるほど。武器を手に入れて調子づいたっていうわけね……でも、そんな物をどうやって学園都市の外から持ち込むんだろう?物資の流通は厳重に管理されてるし、非合法の物なんて当然シャットアウトされてはずじゃない?」

 

美琴の疑問に答えるべく、黒子はアゴに手を添えて考える。

 

「フム……蛇の道は蛇と言いますから……」

 

「連中にその道を作ったヤツが、他にもいるのかも……」

 

「バックがいると……?調べてみる価値はありそうですの。」

 

「白井さん?」

 

「初春、どうしたんですの?」

 

「えっと、ビッグスパイダーを率いるリーダーの男が判りました。名前は黒妻ワタル……かなり悪どい男のようですね?」

 

さらに固法自身とても辛い気持ちになってきた。

リーダーの男の名前を聞いた瞬間に、唇をギュッと噛みしめてしまう。

 

「仲間も平気で裏切るみたいで、チームを抜けると言うものならば、後ろから撃ちかねないと……」

 

「そうですの……つまり、サイテーの男と言うわけですね?」

 

固法は聞くに耐えられない。

自身が使っているパソコンの影になっているため、握る拳が他の三人には見えてはなかった。

 

「あ、あと、その男……背中に蜘蛛の刺青を入れているみたいですよ?」

 

「蜘蛛?……おかしいですわね?確か、婚后光子を助けた男の背中にも蜘蛛の刺青があったはず……その男が黒妻ワタル?どういうことでしょう?」

 

「………あ~!きっと仲間割れよ!背中から撃ちかねない男なんでしょ?」

 

「なるほどですの。」

 

美琴と黒子は勝手な憶測で物事を進めていく。

 

「彼らは第十学区の通称ストレンジと言われる地域を根城にしていると……」

 

「そうですか。」

 

「行くの?」

 

「まあ、ワタクシ達の支部の管轄外になっていますが、第七学区で起きた事件の調査と言えば筋は通りますの。」

 

ここで登場するのが、黒子お得意の越権行為である。

 

「では、固法先輩?……」

 

黒子が固法に声をかけた。

しかし、固法は報告書をまとめないといけないと理由を付けて、黒子の要請を断った。

 

「じゃあ、変わりに行こっか!」

 

「お姉さまッ!!?行くって?」

 

「固法先輩のピンチヒッターよ!」

 

美琴は黒子の手を引っ張り、ストレンジに出発する。

 

「ええッ!!?ちょ、ちょっとお姉さまッ!!?あ~れ~!ご無体な~!」

 

黒子は、言葉では迷惑気味なことを言っているが、美琴と二人っきりでのお出かけと言うことで、表情は嫌がってはなく寧ろウェルカムな状態だった。

 

「白井さん、嬉しそう……」

 

初春はそう呟きながら、出かける二人を見送った。

 

****************************************************************************************************************************

 

一方その頃、詩音は風の吹くまま気の向くまま、第7学区をブラブラしていた。

さすがは昼行灯の鏡……別に街中のパトロールをするだけではなく、ベンチに座り、好物のクレープを頬張っている。

 

「ああー暇だなー?」

 

「じゃあ、私に付き合ってよ。」

 

声のした方に顔を向けると、佐天が立っていた。

 

「あ、ルイコ……」

 

二人は歩き出した。

 

「詩音くん、今日は非番なの?」

 

「え?違うよ?」

 

「って言うことはサボり?この前みたいに、また白井さんに怒られるよ?」

 

「大丈夫、大丈夫。」

 

詩音から悪怯れてる様子はない。

 

「はあ~~」

 

佐天は大きなため息をついた。

その後、二人はしばらく歩き、途中でタイ焼きを買って近くの河川敷へ行き、土手に座り食べていた。

 

「うう……胸焼けしそう。」

 

佐天がジト目で詩音をみている。

詩音が食べているタイ焼きのサイズは通常の十倍と言う恐ろしさである。

これ一個で成人なら1日持つエネルギー量を持っている。

それを詩音は表情一つ変えずに黙々と食べていた。

 

「ねえ、詩音くん。」

 

「どうしたの?」

 

「私、分からないでもないんだよね……スキルアウトの気持ち……一緒懸命頑張って結果がでないと、何もかもが嫌になって、全部投げ出したくなるの。」

 

「まあね。僕だってそうだった……初めて学園都市に来た時、どんな能力を持っているんだろうとワクワクしてたけど、能力測定でレベル0無能力者のレッテルを張られた時は愕然としたね。僕は何のために、この学園都市に来たのかって……」

 

「そうそう……でも、色々あったけど今はみんなに出会えたことを感謝してる。」

 

「僕もさ……」

 

その時だった。

 

「おやおや、こんな所に仲の良さそうなお子様がいるな~?」

 

二人を茶化すセリフが聞こえて来た。

詩音と佐天が声のした方を見ると、柄の悪そうな数人の男たちがいる。

 

「スキルアウトか?」

 

「ああ、そうさ!天下のビッグスパイダー様よ!」

 

組織名を聞いた佐天は不安になった。

 

「へぇー僕たちを狩ろうって事かい?」

 

「良く、分かってんじゃねぇか!」

 

ビッグスパイダーの男たちは懐から獲物を取り出す。

拳銃、サバイバルナイフ、スタンガン……全員が武装していた。

二人にジリジリと男たちが迫る。

 

「ルイコは、危ないから下がってて!」

 

「うん……」

 

佐天は詩音の後ろに隠れる。

 

「僕はジャッジメントだぞ!良いのか?こんなことをしたら……」

 

「別に気にしちゃいねぇ!むしろ、お前らジャッジメントに勝ったとなると俺の地位は絶対となるんだッ!」

 

「あ、そ……」

 

次の瞬間、詩音は目にも映らぬ速さで刀を抜くと、幹部各の男の拳銃を切り払った。

詩音以外、何が起きたか分からない。

その一瞬の隙を突いて、詩音は佐天をお姫さま抱っこした。

 

「きゃッ!!?し、詩音くんッ!!?」

 

「逃げるよ!」

 

佐天を抱えた詩音は、スキルアウトの集団から逃走を図る。

 

「野郎!逃げやがった!追え!捕まえて潰せッ!!!!!!!」

 

河川の土手を滑るように下り、河川敷を猛スピードで走った。

ビッグスパイダーのメンバー達が、二人の後を追うが、詩音の超人的な脚力には、追い付くはずがない。

二人は難なく逃げ切ることが出来た。

 

その後、二人はビッグスパイダーから逃げ切り、第一七七支部へ着く。

 

「詩音くん、大丈夫?」

 

「うん、何とかね……」

 

詩音は佐天を降ろすと、彼女の手を引き支部の入っているフロアへの階段を登る。

 

「どうして、アイツらと戦わなかったの?詩音くんなら!」

 

「ルイコ、キミを巻き込むおそれがあった。確かに僕一人だったら、どうにでも出来た……」

 

「私のため……私は足手まといなの?」

 

「ごめん……今はそうとしか言えない。」

 

詩音が勢い良く支部の扉を開けた。

 

「こ、紅月くんッ!!?」

 

「初春さん!ビッグスパイダーとか言うスキルアウトに襲われた。佐天さんの保護を!」

 

「佐天さんのことは任せて下さい。だけど、紅月くんはどうするんでするか?」

 

「ビッグスパイダーを潰して来る……」

 

詩音は支部を後にする。

彼の後ろから佐天の声が聞こえたが、その声に詩音が振り向くことはなかった。

 

次回に続く。



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第21話 詩音の過去

支部を後にした詩音は、その足で第十学区の中でもトップクラスに治安の悪いストレンジと言われる地域に向かう。

しかし、そこに着いた時には空は茜いろに染まっていた。

 

副委員長であるつかさから、ビッグスパイダーが根城にしている場所を電話で教えてもらっていた詩音が、そこで見たモノは白目を向き伸びている数人のビッグスパイダーのメンバーと、それを一人でやったと思われる男、美琴と黒子、それに固法だった。

 

「久しぶりだな……美緯。」

 

「先輩、生きていたんですね……」

 

「みたいだな。」

 

飄々とした受け答えをする男。

この流れに着いていけない美琴と黒子は、お互いに首を傾げ戸惑っている。

この時すでに色々と知っていた詩音は、ことの成り行きを見守っていた。

 

「何で!何でッ!!?何の連絡もなかったんですッ!!?私!てっきり……」

 

固法は感情的になる。

彼女と話す男が、固法の右腕に付けてあるジャッジメントの腕章に気づいた。

咄嗟に固法は左手で隠す。

そんな彼女に男は一言「安心しろ、すぐに消える。」とだけ言って立ち去って行った。

 

***************************************************************************************************************************

 

数日後、いつものファミレスに集まった、詩音たちいつものメンバー。

 

「固法先輩が黒妻と知り合いッ!!?」

 

佐天が回りを気にせずに大きな声を出す。

 

「はっきりとしたことは言ってないんだけど……」

 

あの場にいた一人、美琴が佐天と初春に説明した。

 

「でも、黒妻って言ったら……」

 

「ビッグスパイダーのボスですよね?」

 

「ぅん……そうなんだけど……」

 

「そんな黒妻と固法先輩がどうしてッ!!?」

 

「寄って掛かって女の子を襲っちゃうヤツとッ!!?」

 

次第にヒートアップする佐天と初春……

 

「だからね?その黒妻じゃないの。えっ、えっと…………」

 

そんな二人に美琴は、ほとほと困り果ててしまう。

一方の黒子は、この件に着いては無関心のようで、紅茶を啜っていた。

詩音も同じようにお気に入りのバケツパフェを頬張っている。

 

「ちょっと黒子も説明しなさいよ!詩音、アンタも!」

 

「縁は異なモノ、味なモノ……ワタクシ、この事に着いては静観させていただきますわ。」

 

「僕も白井さんに賛成だね。人の過去に兎や角口を挟む筋合いはないし………」

 

「あーーん!気になるーーッ!モヤモヤするーーッ!」

 

固法と黒妻の関係がいまいち整理できない佐天は、自身の頭をガシガシとかきむしり、身悶えた。

そして次に彼女が取ろうとした行動は、固法のモトに押し掛けた上で、直接話しを聞くと言うのだ。

 

「ルイコのその芸能レポーター並みの行動力が羨ましいよ……」

 

詩音が苦笑いを浮かべる。

 

「だって気になるじゃん!固法先輩と黒妻の関係!」

 

「そうかな~?」

 

「そうだよ!」

 

「それが……先輩、数日支部には顔を出していないんです。」

 

佐天のやる気に水を差すように初春が固法の現状を話した。

 

「え?」

 

「そうなの?」

 

「こりゃあ、ケッコー重症みたいだね……」

 

佐天と美琴、詩音もこの事は初耳だったらしい。

 

「ケータイにも連絡するんですが、繋がらなくて……例の能力者狩りだって、まだ解決してないのに……」

 

「むしろ、問題はそっちですわね?気を揉んでいても始まりませんし、この際足を運んだ方が……」

 

「足を運ぶってどこに?………」

 

**************************************************************************************************************************

 

五人は固法に話しを聞くために、なんと彼女が住んでいる寮へとやって来た。

連絡もなく、支部には顔を出していないので、一番考えられる居場所だったからだ。

寮の呼び鈴を鳴らすと、中から返事があり扉が開く。

顔を出したのは固法ではなく、違う女性だった。

 

「あ、あの……こちらは固法美緯先輩のお部屋です……よね……?」

 

美琴が出てきた彼女に聞く。

 

「ああ、美緯の後輩?ゴメンね。今、アイツ出掛けているの……」

 

「そうですか……」

 

「あー、黒妻の事が聞きたいのに。」

 

がっかりする佐天。

しかし、対応しているルームメイトの彼女は“黒妻”の名を聞いて少し顔色を変えた。

どうらや、その名前の人物を知っているようだ。

 

「仕方ないですよ……」

 

「そうだね……これ以上はこの人に迷惑だから……」

 

初春と詩音が、佐天をフォローする。

 

「分かりました。また出直します。失礼しました。」

 

美琴たちは頭を下げて、帰ろうとした。

だが女性は五人を引き留め、中に招き入れる。

 

「ったく……あの子って来たら、後輩にまで迷惑掛けちゃって……」

 

彼女は五人に麦茶を汲みながら、固法に呆れていた。

出された麦茶を五人が、飲み始めるとそれに合わせてルームメイトの彼女が口を開いた。

 

「黒妻が帰ってきたのね?」

 

その言葉を聞いた五人は飲むのを止める。

 

「まさか、生きていたとはね……」

 

美琴が立ち上がった。

 

「黒妻をご存知なんですか?」

 

「固法先輩と黒妻の関係って……ッ!!?」

 

さらに佐天が続いて立ち上がり、彼女に迫る。

詩音と黒子は、終始落ち着いた様子で、初春はポカーンと成り行きを見ていた。

 

「ま、まあ、ちょっと二人とも落ち着いて……まずはそっちの話しから聞かせて………」

 

彼女は五人から色々と聞いた。

今の固法の状態や、数日前の夕方にストレンジであったことなど……

 

「そっか……どおりでね。」

 

「それで、固法先輩はどうして黒妻の事を知っているんですか?前に黒妻を捕まえた事があるとか?」

 

美琴の質問に彼女は笑顔で答える。

 

「違う違う。美緯はね?昔、ビッグスパイダーのメンバーだったの……」

 

「「「「えぇぇーーッ!!!!!!!」」」」

 

詩音以外の四人が驚いた。

静観すると決め込んでいた黒子までもだ。

 

「あ、あり得ない!いくら何でもそれはない!」

 

「だって先輩はジャッジメントなんですよッ!!?」

 

初春までも興奮する。

 

「ああ見えて、昔はヤンチャだったのよ。」

 

「ヤンチャって……」

 

「御坂さん、人にはそれぞれの過去があるんだし、僕たちが首を突っ込む事ではないよ。」

 

「詩音さんの言う通りですわ、お姉さま……しかし、仮にも固法先輩はレベル3の能力者……いくらでも寄り道はあったでしょうに……なぜ、よりにも寄って無能力の集団であるスキルアウトとなんかと?」

 

「アナタにはない?能力の壁にぶつかった事?それをなかなか越えられなくて、暗い気持ちをもて余した事……」

 

佐天は彼女の言葉を聞いて、以前の自分を思い出していた。

 

「あの頃の美緯も同じように居場所がないって感じだった。そんな時、彼らが輝いて見えたの……疎外感、自分探し、学園都市にいる時に誰でも掛かる麻疹のようなモノに、あの頃の美緯は掛かっていたのかも……」

 

ルームメイトは固法の過去の話しを終える。

彼女の昔話を聞いた詩音たちは納得したかに思えた。

ある一人を除いて……

 

「でも、麻疹に掛かるのは一度だけです。」

 

美琴だった。

 

「お姉さま……?」

 

黒子は顔色を伺う。

 

***************************************************************************************************************************

 

その後、詩音たちは固法の寮を後にして、帰り道を歩いていた。

そんな中で美琴が歩を止める。

 

「分からない……」

 

「一体、どうしたんですか?御坂さん?」

 

詩音が聞く。

 

「固法先輩がスキルアウトだったのもショックだけど、だからって、何でジャッジメントを休んでいるの?関係ないじゃない!」

 

「まだ、そんな事を引きずっているんですか?」

 

「そんな事じゃないわよ!だいたい昔は昔!今先輩はジャッジメントを頑張っているんだし、私たちに優しくて、たまには厳しくて、頼もしい……そんな先輩が好きなのに何で今さら……!」

 

美琴は怒っていた。

固法の不甲斐なさに対してだろう。

そんな美琴に佐天が口を開き、説くように話し始めた。

 

「そんな簡単に割り切れ無いんじゃないかな?過去の自分があって、今の自分があるわけだし、それにその過去が特別なモノだとしたら、なおさら…………」

 

佐天の説法にも似た話しに詩音たちは聞き入っている。

 

「って……え、と、べ、別に御坂さんに反対しているわけでは……」

 

「んーーやっぱり、分からないよ。」

 

「んまあ、要するにルイコが御坂さんに言いたかった事は、もっと大人になれって事だよね?」

 

「いやいや!違う違うッ!!?そんな事は全然言ってない!」

 

「え?違うの?」

 

「違うよ!」

 

「アンタって奴は……何回、私をバカにすれば……ッ!」

 

美琴の体に青白い電流が流れ始めた。

慌てて、黒子と初春が止めに入る。

 

「お姉さま!落ち着いて下さい!」

 

「そうですよ!紅月くんも面白がってるでしょう!」

 

そんなこんなで何とか美琴の放電を押さえる事が出来た。

再び、五人は歩き出す。

 

「ねえ、御坂さん?」

 

「なによ……」

 

「支部に着くまでには、もうちょっと時間が掛かる事だし、僕の昔話でも聞いてみない?」

 

「アンタの昔話?」

 

「そう?正確には僕の先祖の話……」

 

「面白そうね?興味があるわ。話してみなさい。」

 

「じゃあ……最初に言って置きますね?僕はレベル0だけど、先祖の記憶を受け継いでいるんだ。特異体質みたいモノと思ってくれて構わない。」

 

「分かった。」

 

支部までの道のりを歩きながら、詩音は先祖の昔話を始めた。

 

「今から話すのは、遠い過去、江戸時代中期に生きていた二代目の話しさ………その時代は理不尽に溢れていた。悪事を働き、己の懐を肥やそうする役人、その役人に手を貸す悪党に商人、その役人や悪党たちのエサにされる町民……色々いたっけな。」

 

「役人と悪党が手を組んだりしたら、公正に裁く事が出来ないではないですの!」

 

「そうさ……それどころか、エサにされた者は骨の髄まで吸われ、挙げ句の果てには、斬り捨てられる。」

 

「ひどい……」

 

「どうにも出来ないじゃない。」

 

「そうだね。ルイコの言う通りだよ……あの頃の時代は弱肉強食って言葉良く合っていたね。」

 

「それで、その話とアンタは何か関係あるの?」

 

「まあ、ここからが良いところ。僕の家は代々将軍家に使える由緒正しい旗本だったんだ。」

 

「旗本って?」

 

「将軍の出席するイベントに参加できる権利を持っていて、世間からは殿様って呼ばれる位の高いお侍さんの事だよ。」

 

「って事は詩音くんは殿様なのッ!!?」

 

「次期ね……今は父さんが家督は持ってるけど、将来は僕が継ぐことになっている。ルイコは僕のお姫様になるんだよ。」

 

「佐天さん!玉の輿!玉の輿ですよ!私の願望の最終形態を叶えるなんてぇぇへへへへ………」

 

初春がトリップし始めた。

 

「初春!どうしたのッ!!?戻って来て!」

 

「もうダメみたいですわよ、佐天さん?まあ、しばらくすれば帰ってくると思いますわ。」

 

「だから、殿様であるアンタのご先祖と虐げられる町民に何の関係があるの?」

 

「まさか、アナタのご先祖も悪事をッ!!?」

 

「違う違う。二代目には裏家業として理不尽に虐げられた町民の恨みを金で買って、その恨みを晴らしていたんだ。」

 

「人の命をッ!!?」

 

「お金で買って恨みを晴らす……」

 

「信じられませんわ……しかし、そういった事は許されるはずないですの!」

 

「だけど、現に当時はたくさん居たんだよ。恨みを晴らしたい者、それを代わって晴らす者。二代目の他にも表の顔は町役人、町民、中には元お坊さんって人も居たね。十人十色それぞれの殺し技がある。ちなみに僕のご先祖の二代目はスレ違い様に的の首を跳ねるんだ。」

 

「うっ……」

 

「大丈夫ですか?佐天さん……」

 

「戻って来たんだ?初春さん……」

 

「え、まあ……」

 

「それでどこまで話ったけ?……あ、そうそう、二代目の殺し技でしたね。」

 

「アンタにはその二代目の記憶を持っている。一体、何人を切ってきたの?」

 

「さあ、切った悪党の数なんて覚えてませんよ……奴らはどこからでも湧いて出でくる。ムシのようにね……」

 

「その……裏家業の料金とかって……」

 

「金の重さは気にしていない。僕たちは恨みの重さで仕事をする。きちんと詮議……下調べをしてから、闇夜に紛れてね……」

 

詩音の話を聞いている内に、五人は支部入っている建物の前までやって来ていた。

 

「着いちゃったね。僕はもう帰るから……」

 

「詩音くん!」

 

佐天が詩音を呼び止める。

 

「ルイコ?こんな僕だけど、これからもよろしくね?」

 

詩音はそれ以上は語らず、四人のもとを去って行った。

 

次回に続く。



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第22話 学園都市

美琴たちと別れた詩音は第七学区の中心を一人歩いていた。

詩音の狙いは、ビッグスパイダーを探し、彼らから詳しいことを聞くためだった。

奴らはネズミのように裏でコソコソと目立たないように、行動すると読んでいる詩音は、第七学区内の裏路地を徹底的に調べて回る。

そして……

 

「見つけた♪」

 

詩音の口角が上がる。

裏路地の一番奥で能力者相手に、数人のスキルアウトが暴力を振るっていた。

 

「ケケケ!弱肉強食って言葉を知ってるか?」

 

スキルアウトの一人が笑いながら、能力者の男子生徒の腹に膝蹴りをいれる。

 

「ッ!!?……」

 

男子生徒は腹を手で押さえながら崩れ落ち、気を失った。

 

「今、この状態をを言うんだよ!」

 

「まあ、今回ばかりは立場が違うがな?」

 

別のスキルアウトが手に持っていた木製バットを高々と振り上げる。

絶体絶命の男子生徒だったが……

 

「弱肉強食かぁ~いい言葉、知ってんじゃん♪」

 

詩音がスキルアウトの前に突如として現れ、木製バットをスキルアウトから素早く奪う。

意表を突かれたスキルアウトの一人は、次の瞬間、詩音から容赦なく胸を殴打された。

胸を砕かれたスキルアウトは血の泡を吐き、そのまま地面に向かい仰向けに倒れ、ショック症状を起こし痙攣している。

あばら骨が砕け、砕けた骨が肺を傷つけ、内出血した影響でろくに呼吸も出来ない。

スキルアウトは虫の息だった。

 

「窒息してる!凄いよね?何分持つかなッ!!?」

 

瀕死のスキルアウトを見て、詩音は興奮し、薄気味悪い笑顔を浮かべている。

残りのスキルアウトのメンバーは恐怖に刈られた。

 

「い、いったい何なんだよ!」

 

「イカれてやがる!」

 

彼らは、慌てた様子で拳銃やナイフなどの武器を構えるが、詩音にとってはあくびが出るほどに遅い。

 

「遅いなぁ……まったく持って遅すぎる!」

 

詩音がバットを横に振り抜く。

その一撃が二人目の左側頭部に直撃、頭蓋骨が砕ける音と共に膝から崩れ落ちた。

 

「う、うわあぁぁぁッ!!?」

 

仲間が二人もやられ、錯乱した三人目が拳銃の引き金を引く。

乾いた発砲音が裏路地に何発も響いた。

しかし、素人の銃撃など詩音に当たる筈もなく、すぐに弾切れになる。

空になった弾倉を急いで変えようとするが、手元が狂い上手く交換することが出来ない。

詩音は三人目の拳銃と変えようとしていた予備の弾倉を奪い取ると彼に銃口を向ける。

 

「なぁ……せっかくの飛道具なんだ、もうちょっと狙って撃たんか……こういう風にな!」

 

三人目は眉間を撃ち抜かれた。

スキルアウトも残り一人となる。

全員をやられ、戦意を喪失した彼は、詩音に降参した。

 

「ま、参った……た、助けてくれ!」

 

「うーーん、どうしよかな……」

 

右手に拳銃、左手にバット、絶対的な強者となった詩音。

余裕な面持ちでスキルアウトの男を見下している。

 

「た、頼む!何でもするからァッ!」

 

「じゃあさ、ビッグスパイダーについて教えてよ。キミ、メンバーなんだろ?」

 

詩音に脅されたスキルアウトは、ビッグスパイダーのメンバー構成やリーダー、レベル0が能力者と渡り合う為のカラクリなど、色々な事をペラペラと話し出した。

 

「ふ~ん、そういう事か……ありがと♪帰って良いよ。」

 

スキルアウトを解放するかと思われたが、

 

「って、言うとでも思ったぁッ!!?」

 

男のふくらはぎに銃弾を撃ち込む。

 

「ぎゃあぁぁぁッ!そ、そんな……知っていることは全て話しただろ!」

 

「そりゃあ、そうだけど……キミ以外はみんな死んでるし、それにお前たちビッグスパイダーは僕と僕の彼女に手を出したんだ。その報いはきちんと受けて貰うよ。」

 

「い、嫌だ……死にたくない!」

 

「何を女々しいことを言っているんだい?学園都市は弱肉強食なんだろ?キミはこの僕に喰われるんだ。」

 

必死に命ごいをする男だったが、詩音はまったく聞く耳を持たない。

常時、所持している手錠で男を拘束、雨樋に繋げる。

 

「大丈夫、キミの精神力しだいじゃ、生きる事が出来るかも知れない。だから頑張って!」

 

そう言うと詩音は、再びふくらはぎに向けて引き金を引く。

何度も何度も……

 

「さあ!ふくらはぎのお肉が、ぜ~~んぶ吹き飛ぶぞぉッ!」

 

詩音が全弾撃ち尽くす頃には、スキルアウトの男はピクリとも動かなくなっていた。

どうやら、出血多量などでショック死したらしい。

 

「ありゃ?死んじゃったのかな?まあ、良いか♪」

 

詩音は持っていた武器を捨てると、気を失っている男子生徒を抱え、その場から立ち去る。

途中、ケータイを取り出すと、どこかに電話をかけ始めた。

数回コールし、電話に誰かが出る。

 

「あ、もしもし?つかさちゃん?」

 

相手は副委員長のつかさ。

 

『あ、委員長……?この番号に掛けて来たと言うことは、掃除の時間ということですか……』

 

「そう言うこと。」

 

『了解しました。掃除屋に連絡しときます。』

 

「うん、ヨロシク~♪」

 

***************************************************************************************************************************

 

詩音との電話を切ったつかさは別の所に、電話で別の誰かと連絡を取り始めた。

数回のコール音のあと、相手が受話器を取る。

 

「もしもし……」

 

『もしもし?アンタから電話が掛かって来たってことは……』

 

「ええ、仕事よ。」

 

『でもさ?仕事って言っても、アンタらが出した“ゴミ”の掃除でしょう?アレ、面倒なのよね……』

 

学園都市に潜む闇の組織は、つかさを通してジャッジメントのトップである詩音の依頼に『面倒だと』いちゃもんをつけたのだ。

 

「あら?受注する側のアナタたちが仕事を選ぶのって言うのかしら?ギャラはきちんと払っているでしょうに……」

 

『なら、コチラとしても、もう少しギャラを上げて……』

 

「嘗めたこというなよ!これは私からのではないぞ、委員長直々の依頼だ!それにな、貴様たちのクソみたいなプライドなど我々ジャッジメントの知ったことではない!貴様らは我々の依頼どおりに仕事をすればいいのだ!」

 

声を荒らげたつかさは一方的に電話に切る。

そして、その報告を詩音に伝えた。

 

***************************************************************************************************************************

 

詩音はつかさに連絡したあと、近くに置かれているアンチスキルの詰め所に、救出した男子生徒を預けると自身の寮に戻っていた。

帰り道を歩いていると詩音の電話がなる。

 

「ん?つかさちゃんか……もしもし?」

 

『委員長、アナタの言うとおり、暗部に掃除を依頼しました。』

 

「そう……ありがとう♪」

 

『しかし奴らときたら、掃除をしたいならギャラを上げろと言ってましたよ?』

 

「そうなの?」

 

『ええ、我々ジャッジメントを嘗めているとしか思えません!』

 

「フフフ……確かにそうだ。調子に乗らないように連中には調教しないといけないね?」

 

『まったくです。分をわきまえて貰わないといけないですね……』

 

「今日はもう帰って良いよ。お疲れ♪」

 

『分かりました。ありがとうございます。でも委員長は少し頑張った方が良いですよ。私もついでにアナタの書類整理をしてますが、減るどころか増える一方で……』

 

「マジで……」

 

『ええ、特に第一七七支部からの始末書が……』

 

「アイツか〰️〰️!」

 

詩音には心当たりがあるのだろう。

彼の叫び通りに響いた。

 

****************************************************************************************************************************

 

二日後……

詩音は一七七支部にいた。

もちろん本部での書類整理は全て終わっている。

8割方つかさのおかげだが……

 

「どうしたんですの?」

 

詩音の向かい側のソファーに腰かける黒子が聞く。

 

「別にぃ~」

 

「そうですの……」

 

「白井さん?御坂さんって、ずっとあんな感じなんですか?」

 

黒子の隣に立っていた佐天が美琴について質問した。

美琴はここ最近、固法のことが気がかりでしようがなかった。

 

「ええ、まあ………」

 

その時だった。

初春が扱っていたパソコンに、アンチスキルからメールが届く。

 

「あ、アンチスキルからメールだ……えっと……アンチスキルはスキルアウトによる能力者狩りに対抗するべく、明朝10時より第十学区エリアG通称ストレンジの一斉摘発を行う!」

 

初春が読んだメールの内容に、その場にいた者たちは耳を疑った。

ある一人を除いて……

 

「(やっと始まった……)」

 

詩音は心の奥底で思い、少しニヤケそうになる。

そもそも、この一斉摘発を仕組んだのは詩音であった。

風紀委員長としての絶大な権力を持っている彼は、そのチカラを持って上位組織であるアンチスキルを動かしたのだ。

それも、ビッグスパイダーを一掃するための布石である。

 

もちろん、この一斉摘発の情報は仕事を休んでいる固法の元にも入って来ていた。

その日の夕方、メールを見た固法は部屋着のまま、どこかへ出かけようとする。

そこに彼女のルームメイトがジャッジメントの腕章を持って現れたが、固法はそれを受け取らず、寮を出て行った。

 

固法が向かった先は、第十学区のストレンジであった。

彼女がここに来た目的は黒妻に対し、一斉摘発の情報を教え、彼を逃がす為だった。

 

以前お気に入りだったビルの屋上に来て、学園都市の風景を眺めながら、吹き抜ける風に当たって考え事をしていると、不意に何者かから声を掛けられる。

 

「やっぱり、ここだったんですね……」

 

声の主は御坂美琴だった。

 

「御坂さん……」

 

「こんな所で何をしているんですか?ひょっとして、明日の一斉摘発のことを黒妻に教えに来たんですか?」

 

自身の心を見透かされ、固法は美琴から顔を背け、目線を外す。

 

「ここは固法先輩のいる場所ではないと思います!」

 

「そうね……ここは私のいる場所ではない。それを私に教えてくれたのは黒妻なの。」

 

固法は過去にどういった事があったのか、その当事者の一人として経緯を美琴に話した。

 

「色々と辛かったけど、それが、私がここにいる理由よ。」

 

「でも……だからって、先輩はジャッジメントじゃないですか!犯罪者を逃がすって言うのもおかしいじゃないですか!それって………」

 

「ああ、間違っているな。」

 

美琴の言葉を遮るように黒妻が二人の前に現れる。

 

「先輩……」

 

「あれから二年か……あの後、目を覚ましたら病院でさ、そのまま施設に送られて、出てこれたのが、ほんの半年前……」

 

「先輩、私ッ……!」

 

「この景色も、もう見られねぇと思っていた……それにお前にも会わない方がいいと思ったいた。」

 

「また、あの時みたいに一人で乗り込むんですか?」

 

「ビッグスパイダーを作ったのは俺、だから潰すのも俺だ……アンチスキルでは……」

 

「アンタでもないよ。ビッグスパイダーを潰すのは、この僕だ……」

 

さらに意外な人物が現れた。

その人物は詩音……

 

「奴らは僕の大切な人を危険な目に合わせた。そのけじめを着けて貰うよ。」

 

「何?」

 

黒妻は凄むが、詩音にはどこ吹く風か……まったく気にしていない。

 

「その為に、わざわざアンチスキルを動かしたんだから。」

 

「ちょ、ちょっと詩音!何をでたらめを言っているの?空気を読みさなさい!」

 

「冗談?本気さ……僕はいつだって本気。やるときは徹底的にやる。悪党は全て潰す……」

 

「おもしれェ……だけどな坊主、ビッグスパイダーを潰すのは、この俺なんだ。お前に譲る気はサラサラねェってことは、分かってくれ……」

 

黒妻が立ち去ろうとした。

 

「行かないで、先輩!」

 

「美緯!いい加減にしろ!男にはやらねばならねェ時ってモンがあるんだよ。今日はもう帰りな……あの子も困っているぞ。」

 

「私は諦めません!私の気持ちは……今とか昔とか関係ないんです!明日は私も行きます。」

 

***************************************************************************************************************************

 

その日の夜、美琴はベッドに寝転びながら黒子に聞く。

 

「ねえ?黒子………」

 

「何でしょう?お姉さま……」

 

「時間が経っても、立場が変わっても変わらない思いってあるのかな?」

 

「むしろ、誰かが誰かを思うって、そう言うことだと思いますの……そして、その時の思いの積み重ねがその人を輝かせている。」

 

「積み重ね、か………」

 

「口幅ったいですけど、お姉さまとワタクシにも短いながらも、積み重ねて来たものが……」

 

「そっか、それはこれからも積み重ねっていく……うん!」

 

美琴は今までモヤモヤしていた気持ちに、納得し何かを思いたった。

 

「黒子、ちょっと手伝って欲しいんだけど……!」

 

美琴は黒子に作戦を話す。

 

「お姉さまらしい強引な手ですが……」

 

「強引は余計よ……でもさ、黒子……」

 

「はい?」

 

「私がストレンジに行った時に詩音が来たの……」

 

「そうだったのですの……詩音さん、途中で支部から消えるように居なくなったから、心配していましたの……」

 

「それでね。アイツ、明日の一斉摘発は自分が指示したんだって、言ってたの……」

 

「まさか。あり得ませんわ……一介のジャッジメントである詩音さんが、上位組織であるアンチスキルを動かせるなんて……」

 

「でしょ?私もにわかに信じられないわ。」

 

「ここは秘密裏に調べてみないといけないですわね……」

 

「そうね……」

 

***************************************************************************************************************************

 

明くる朝……

ストレンジの一斉摘発のために数十人のアンチスキルが、それぞれ車両に別れて乗車して目的地へ向かう。

また、アンチスキルが施設を出発した頃、美琴と黒子はすでにストレンジにおり、少し遅れて来た固法と合流していた。

やって来た固法は、上に赤いレザーのジャケットを着ている。

 

「アナタたち、どうしてッ!!?」

 

「すみません!固法先輩!」

 

美琴が一言謝り、強引に固法の右腕に何かを着ける。

 

「ちょ、ちょっと……ッ!!?」

 

「もう少し………出来た!」

 

固法の右腕に付けられたのは、ジャッジメントの腕章……

 

「これ、私の……どうして?腕章は私のロッカーに入っていたのに……ハッ!」

 

固法は自身のロッカーから腕章を取り出した犯人を、すぐに見つけた。

こんなことができるのは白井黒子だけだと……

彼女を見ると舌をペロッと出していた。

どうやら固法に対して悪いことをしたという気持ちはあったようだ。

 

場所は変わり、詩音は一人でストレンジを蹂躙しながら、ストレンジ最深部にある根城を目指していた。

 

「ハハハ……キミたちは運がいい!普段は殺して回るけど、今日はアンチスキルが来るからね、特別に生かしてあげる!」

 

「野郎!嘗めやがって!」

 

あちこちからスキルアウトたちが、詩音に遅い掛かるが、誰一人として彼を止めることが出来ない。

次々と無力化、倒していく。

 

そして、ビッグスパイダーを作った張本人である黒妻が根城の倉庫へ一番乗りした。

 

「ふあ~~寝みぃ~」

 

「おいおい、朝から見張りとは大変だな……」

 

黒妻は倉庫の扉共々、見張りをブッ飛ばす。

 

「よお!蛇谷!終わらせに来たぞ……!」

 

「コイツ……」

 

「この間の……ッ!!?」

 

「分かっているとは思うが、俺は強ェぞ?」

 

ビッグスパイダーと黒妻が対峙する。

時を同じくしてアンチスキルも一斉摘発のために別区画から隊列を組んで歩を進めた。

 

黒妻は拳ひとつで次々とビッグスパイダーのメンバーを倒していく。

 

「ああ!アンタは確かに強ェッ!」

 

ニセ黒妻こと蛇谷は押され気味だ。

 

「だがな、そんなんは能力者と一緒だぁ!数と武器には勝てェッ!!!」

 

一斉に銃口が黒妻に向けられる。

 

「そこまでよ!!!」

 

そこへ現れたのは、赤いレザージャケットを着た固法だった。

右腕にはジャッジメントの腕章がみえる。

それを見た、黒妻はカッコいいと一言……

固法はその言葉が嬉しく、頬を赤らめていた。

 

「こ、固法さんッ!!?」

 

「蛇谷くん?アナタ、ずいぶんとゲスな男に成り下がったわね?」

 

「うぅぅ……うるせぇッ!!!!!!俺たちを裏切って、ジャッジメントになったヤツらに何が分かる!オラァ!行けェ!」

 

「で、でもォッ!……」

 

ビッグスパイダーのメンバーたちは二人を恐れている。

蛇谷は怖じ気づくメンバーたちを、無理やり鼓舞した。

黒妻に向けられる銃口のいくつかが、固法にも向けられる。

しかし、その銃は黒子の能力によって、使い物にならなくなった。

 

「次は、直接体内にお見舞いして差し上げますわよ?」

 

黒子が金属製のダーツをチラつかせる。

 

「まだだ!俺たちにはアレがある!」

 

「アレって……」

 

ゲームセンターのコインが宙を舞ったかと思うと、次の瞬間そのコインはローレンツ力にてよって一条の青白い光となって、倉庫脇に止めてあった“キャパシティーダウン”搭載のワンボックスかーを凪ぎ払う。

 

「うわぁぁぁ!」

 

レベル5級の能力に、蛇谷をはじめとするビッグスパイダーのメンバーに戦慄が走った。

 

「コレのこと?同じ罠に二度も掛からないわよ!」

 

「まだだ!俺たちには奥の手が……!」

 

蛇谷の声で倉庫二階に現れたのは、“M134ガトリング銃”……

その銃口が黒妻たちに向けられるが、その射線に詩音が割って入る。

 

「やらせないよ!」

 

そして、発射される弾丸を愛刀絶影を使い、超人以上の剣捌きで切り払って彼らを守った。

 

「な、何だよ……」

 

蛇谷は青ざめ、ただ唖然としている。

ガトリング銃は詩音を殺す前に動作不良を起こし、壊れてしまった。

 

「まだ、やる気かい?」

 

詩音は笑っている。

 

「や…………やれェェッ!!!」

 

蛇谷は部下たちに命令するが、下っ端たちは完全に腰が引けていた。

 

「無茶です!あれは常盤台のレールガンと化け物たちを相手にするのは!」

 

「良いから、やれって言ってんだよ!」

 

蛇谷は持っていた銃を頭に突き付けることで脅すことで、部下たちを戦いに駆り立てる。

 

詩音と美琴、黒子も黒妻や固法と共に戦おうとしたが、固法から「先輩を少しは立てろ」と、止められ成り行きを見守ることにした。

 

「おー強い、強い♪」

 

詩音はこの状況を楽しんでいる。

息の合った二人にビッグスパイダーは一人、一人また一人と削られ、最後に蛇谷だけが残った。

 

「さて……どうするよ?」

 

黒妻が問う。

万事休すの蛇谷……しかし、彼は最後の手段として腹に巻いた爆発物を黒妻に見せつける。

 

「うわッ!!?」

 

「ダイナマイト!!?」

 

「いつの時代の方ですのッ!!?」

 

詩音たち三人は、息の合ったツッコミを披露した。

 

「これ以上近づいてみろ!みんなドカーン!だ!」

 

黒子と詩音は万が一のことを考えて構えるが、美琴に静止させられる。

 

「はあー蛇谷……面倒くせェな……」

 

黒妻は着ていた革ジャンを脱ぎ、蛇谷を追い込むように近づいた。

 

「く、来るなァッ!ドカーン!だぞ!」

 

「なあ、蛇谷?昔は楽しかったよな?」

 

「来るな……」

 

「みんなで吊るんで、馬鹿やって……」

 

「来ないでくれ……」

 

次の瞬間、黒妻は蛇谷の鳩尾に強烈な一撃を叩き込む。

 

「グハッ!!?……」

 

その衝撃でダイナマイトが、体から落ちた。

蛇谷がとうとう膝間付く。

 

「どうしちまったよ?蛇谷……」

 

「しょ、しょがなかった……」

 

涙声で蛇谷が訴えた。

 

「しょうがなかったんだよ……俺たちの居場所はここしかねェ。ビッグスパイダーをまとめるには、俺が“黒妻ワタル”になるしか、なかった……だから!」

 

蛇谷は懐から大振りのナイフを取り出し、黒妻に遅い掛かる。

 

「今さら、テメェなんか要らねェんだァァァッ!!!!!!」

 

黒妻は紙一重で蛇谷のナイフを避けると、顔面めがけ拳を叩き込んだ。

それを見ていた詩音は自身の目を疑った……

 

「(まさかッ!!?手加減してるけど、あれは二重の極み……ッ!!?)」

 

黒妻の拳は蛇谷の顔にめり込む。

 

「ゴパァァァッッ!……………」

 

蛇谷は仰向けで倒れて、全てが終わった。

 

****************************************************************************************************************************

 

ビッグスパイダーは完全に壊滅した。

また、黒妻も傷害と暴行の罪で連行されることになった。

手錠を掛けるその役目を固法が担当する。

せっかく憧れの人に会えたのに、再び離れ離れになってしまう。固法は手錠を掛けるのを躊躇すが、黒妻は手を静かに差し出した。

男の覚悟を察した固法は手錠を掛ける。

 

「黒妻ワタル。アナタを傷害と暴行の罪で拘束します。」

 

これでこの事件は解決した。

 

「なあ美緯?その服、ちょっと胸キツくないか?」

 

「フフ、だって毎日飲んでますもん。「ムサシの牛乳!」」

 

「やっぱり、胸のことを言われているのに……」

 

「不思議とイヤらしくない……」

 

美琴と黒子は各々胸を触りながら、首を傾げている。

 

「二人とも覚えておくんだね。アレが大人のオーラってモノさ……まあ、子供のキミたちが理解できればの話しだけど……♪」

 

「「なんですってェェ〰️〰️ッ!!!!!!」」

 

詩音を追いかけ回す美琴と黒子を見ながら、固法と黒妻は笑っていた。

 

「(先輩……ありがとう。)」

 

次回に続く。



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第23話 あすなろ園 前編

第七学区内に置かれた常盤台中学の学生寮。

ここに美琴と黒子は住んでいる。

夜の8時過ぎ……

首の骨が折れるような音が寮に響いた。

音の主は黒子、この“学生寮(キングダム)”を統べる寮監から制裁を受けたのだ。

 

「黒子ォォォ〰️〰️ッ!!!」

 

寮監に首を刈られ、黒子の無残な姿を見て美琴は恐怖した。

黒子を仕留めた寮監は、彼女の首根っこを掴むと、寮の外に面した路上に投げ捨てる。

 

「寮内での能力の使用は固く禁ずる……そうだったよな?御坂?……」

 

寮監の目には怒気が籠っていた。

 

「は、はひッ!!?」

 

寮監の鬼以上の表情に恐怖で顔がひきつる美琴は慌てて返事した。

 

**************************************************************************************************************************

 

次の日、いつものファミレスで美琴は、黒子の愚痴を聞いていた。

 

「全く!……口を開けば、規則、規則、規則……!」

 

黒子は注文していたオレンジジュースを飲み干し、一緒に提供されたストローで、中の氷をつつき、あげのくの果てに勢い余って氷が飛び出し、美琴の方に転がる。

 

「まあ、仕方ないんじゃない?それが寮監の仕事だし……」

 

美琴は寮監のフォローを入れた。

 

「どうにかなりませんの?あの女……!昨日だって、ほんのちょっとお姉さまと戯れていただけですのに、なぜいつもワタクシだけがあのような目に……行けず後家のヒステリーにも程がありますわ!」

 

「行けず後家って……」

 

黒子の愚痴に苦笑いの美琴。

 

「本当のことではないですか!だいたい、女子寮みたいな男っ気のない所で働いているから、行き遅れになりますの!そのうくつをワタクシたちで、晴らそうなどとは良い迷惑ですの。」

 

当の寮監がいないことに、寮監をぼろっカスに貶す黒子であったが、ちょうどその時、美琴が窓を挟んで外を歩く寮監を見つける。

噂をすれば当の本人の登場である。

二人は彼女に見つからないように、慌てて身を屈めた。

 

「ウワサをすれば……」

 

「おかしいですの……」

 

「え?」

 

「あの寮監が、おめかししてお出かけするなんて……」

 

「そういえば、最近休みごとにどこかに出かけているみたいよ……」

 

美琴の言葉を聞いて、黒子が何かを察する。

 

「男ですわ!」

 

「はぁッ!!?」

 

「こうしてはいられませんわ!お姉さま!」

 

黒子は急いで店出て、寮監のあとを追った。

 

「ちょっ!!?黒子?」

 

美琴も黒子に続く。

そして、始まる寮監へ対する二人の尾行。

物陰に隠れながら、彼女をつけ回した。

 

「ねえ?どうするつもりよ?」

 

「あの女の弱味を掴むチャンスですのよ……」

 

「弱味って……」

 

「きっとお見合いですわ。あんな血も涙もない人でなしの行けず後家にデートする相手も居ませんもの。もっとも?見合い相手も相当なギャンブラーですわよねぇ?賞味期限切れ目前の女とお見合いだなんて……罰ゲームではないんですし!」

 

本当に口の悪い黒子である。

日頃のうっぷんか、止まらない止まらない……次々と寮監に対する文句や悪口が出てきた。

 

「そこまで言わなくても……」

 

呆れてモノも言えない美琴……

そうこうしているうちに寮監は一件のピザ屋に入って行く。

 

「「んん?」」

 

「ピザ屋でお見合い?」

 

しばらくして寮監が店から出てきた。

手には一人で食べるには、多すぎる量のピザを持って……

それを見た黒子は、また一つの仮説を立てる。

 

「寮監の見合い相手はイタリア人!名前はマルコですわ!」

 

「何でそこまで分かるのよ……」

 

ごもっともなツッコミを美琴が入れた。

そして、寮監はモノレールに乗り第七学区から出る。

 

「一三学区……?」

 

寮監が降りた駅は、第一三学区。

幼稚園や小学校が集中して置かれている学区だ。

 

「こんな所にいったい、どのようなの用が……?」

 

「ねえ?どこまで着いて行く気なの?」

 

「この目でマルコを見るまでですわ。」

 

二人が話していると、寮監は一件の建物の中へ入って行く。

そこには“児童養護施設あすなろ園”と書かれた表札が掲げてあった。

施設にはたくさんの子供たちが、元気いっぱいに外で遊んでいる。

 

「あ、おばちゃんだぁ~♪」

 

男の子の一人が寮監の存在に気づいた。

 

「お、おばちゃん………おばちゃんって誰のことかな~?お姉さんって言わないとあげないゾ☆ミ」

 

寮監は子供たちへピザをプレゼントする。

 

「わぁ~!ピザだ~!」

 

子供たちは滅多に食べることが出来ないご馳走に嬉しそうだった。

その様子を施設の敷地の外から見る美琴と黒子。

黒子はすぐにケータイを使ってあすなろ園について調べる。

 

「児童養護施設あすなろ園……ここ、“置き去り(チャイルドエラー)”の施設ですわ。」

 

「え?」

 

チャイルドエラーとは、学園都市における社会現象の一つである。

原則、入学した生徒が都市内に住居を持つ事となる学園都市の制度を利用し、入学費のみ払って子供を寮に入れ、その後に行方を眩ます行為。

 

「チャイルドエラーって、あの身寄りのない子供たちの?」

 

「はいですの……」

 

寮監と子供たちが話していると、彼女の前に50半ばの女性が現れた。

 

「いつもありがとうございます。」

 

女性が笑顔で寮監にお礼混じりの挨拶をする。

 

「い、いえ……////」

 

「子供たちも楽しみにしているんですよ?お姉さんいつ来るかな~って♪」

 

「私の方こそ遊んでもらってますから。」

 

「アナタのような方がボランティアに来て頂いて、本当に助かっています。ありがとう……」

 

頭を下げる女性。

 

「お姉さんも一緒に食べよ~よ~」

 

「えぇ。もちろん♪」

 

「やったー!」

 

みんなは施設内に入って行った。

その様子を見送る美琴と黒子……

 

「寮監のあんな顔、初めて見た………」

 

「ワタクシもですわ……まさか、このような所でボランティアをしていたなんて………」

 

「うん………」

 

「ちっとも知りませんでしたわ。寮監様がこんなに心根の優しい方だったなんて………」

 

「へ?寮監……様?……」

 

さあ、いよいよ黒子の様子がおかしくなって来た。

 

「それに比べ、ワタクシ“達”は行けず後家だの、ろくでなしだの、自分“たち”が恥ずかしいですの!黒子のバカ!バカ!バカ!…………」

 

手首がネジ切れんばかりの手のひら返しとは、このことを言うのであろう……

黒子は悔しさのあまり、柵を手で何度も殴っていた。

 

「“達”って……アンタだけでしょう……」

 

そんな黒子に、美琴は呆れ果てていた。

 

「ん?アレって………」

 

***************************************************************************************************************************

 

「あーあ、たかがテスト点数が悪かったからってボランティアだなんて……」

 

「別に良いじゃないですか?何事も経験ですよ。それに子供たちと遊べて楽しいじゃないですか。」

 

「だけど、初春さんとあんなに勉強会をしたのに、ルイコが全く点数が取れないなんて……17点なんてどうやったら取れるのか、逆に知りたいよ。」

 

「うー!それは、言わない約束でしょー!」

 

詩音たちはあすなろ園でボランティア活動をしていた。

理由は三人の会話から察して欲しい。

 

「三人ともちょっと良いかな?」

 

詩音たちのもとに、30代前半の男性と50代半ばの女性がやって来た。

 

「まだ、挨拶してなかったね?コチラがこなあすなろ園の園長先生をしている、茂乃森カズコさん。」

 

「茂乃森です。今日一日よろしくお願いします。」

 

「「「よろしくお願いします。」」」

 

「ところで……あちらにいるのは、アナタ達のお知り合いかしら?」

 

園長の見た方に居たのは………美琴と黒子だった。

美琴は会釈をし、黒子は声はあまり出さずとも、ブンブンと手を詩音たちに振っていた。

 

「「「ええ、まあ………」」」

 

美琴と黒子が詩音たちと合流し、いつもの五人組となる。

 

「奇遇ですわね?こんなところでアナタ方とお会いするなんて……」

 

「御坂さんたちもボランティアですか?」

 

「あ……いや~~」

 

佐天の質問を笑って誤魔化す美琴。

 

「あれって白井さんのところの寮監さんじゃないですか?」

 

「一緒に来たんですか?」

 

「いいえ……これには読みどころの無い事情ってモノがありますの。」

 

「読みどころの無い事情って、大方、あの寮監さんをつけて来たんでしょ?あの人の弱味を握ってやるって……言い出しっぺは白井さんだろ?」

 

エスパー並みの読みを披露する詩音。

 

「どうして、そんなことが分かりますのッ!!?」

 

「やっぱり、アンタは能力者なのね?」

 

「だから、僕は無能力者ですって!白井さんの行動原理なんてアホにも分かるから……!」

 

「まあ、確かに……」

 

「お姉さま!そこは納得してはいけませんの!」

 

施設内では、寮監と子供たちが一緒に遊んでいた。

そこへ、詩音たちの担任である大圄と園長がやって来た。

大圄先生と寮監が園長を交えて会話している。

その様子を外から眺める五人……

 

「へえ……寮監さんもボランティアをしていたんですね?」

 

「大圄のボランティア仲間ってわけか……」

 

「あの方、大圄先生ってお名前ですの?」

 

「そうだよ。僕たちの担任の……」

 

「分かりました。お相手はあの方だったんですわね?」

 

黒子が何か推理した。

 

「え?相手って?」

 

「寮監様はあのお方に恋をしているんですよ。」

 

「「こ、恋ッ!!?」」

 

佐天と美琴がシンクロする。

 

「その恋……ワタクシ、白井黒子が実らせてあげますわ!」

 

黒子は自信に満ち溢れ、そのまま悦に浸っていた。

 

「黒子、大丈夫なの?」

 

「そうだよ。わざわざこんな面倒なことに首を突っ込まなくても……」

 

美琴と詩音が反対するも……

 

「ええ、良いじゃん!楽しそうで!」

 

「私も手伝います!」

 

「もー二人とも面白がちゃって……」

 

「大人の恋愛がそうそう簡単にいく訳ないじゃん。」

 

「そこを強引に行くのが、白井さんの凄いところ………」

 

その時だった。

初春の頭に黒子のげんこつが落ちる。

 

「あい、あう!」

 

「強引は余計です。殴られたいんですの?」

 

「うぅ………叩いてから言わないでくださいよ~白井さん……」

 

さてはともあれ、佐天と初春の二人が黒子に見方し、多数決により寮監の恋を成就させる計画が始動する。

 

「さあ!早速、作戦会議ですわよ~!」

 

「ちょ、ちょっと黒子ッ!!?」

 

「ほら、詩音くんも!」

 

「ええッ!!?」

 

「急いで、急いで!」

 

**************************************************************************************************************************

 

その日の夕方、寮監が女子寮へと帰ってきた来た。

帰りに寄り道でもしたのだろう。

手にはコンビニのビニール袋を持っていた。

玄関の扉を開けると、そこに居たのは白井黒子……

その後ろに美琴が緊張しながら立っていた。

 

「おかえりなさいませ、寮監様……」

 

黒子が一つのおしぼりを寮監に差し出す。

 

「何のマネだ?白井?……」

 

「タオルは不要ですか?ではお荷物をお預かり致しますわ……あらあら、今日は発泡酒ではなくビールですか~何か良いことでも?」

 

黒子は寮監の荷物を自然と受け取ろうとしたが、彼女の怪しさを感じ取った寮監は、半歩後ろに下がる。

 

「いったい、何の冗談だ?また、首を刈られたいのか?」

 

首を刈る……その言葉に黒子と美琴の時間が止まった。

しかし、その気まずい雰囲気を打ち破るように黒子が攻める。

 

「ワタクシ!寮監様のお力になりたいんですの!悩みなり相談なり、色々とこの白井黒子にお話しください!」

 

「私が貴様に相談?あるわけなかろうが。バカバカしい……」

 

「ワタクシ、寮監様のお役に立ちたいのですの。」

 

「ッ!何を企んでいる?白井……!」

 

眼鏡の向こうから伝わってくる寮監の圧がエグい。

 

「企むだなんて……ワタクシ、子供たちと仲良く遊ぶ寮監様のお姿に心打たれ尊敬の念を抱きましたのに……」

 

「いッ!!?なぜ、それを……」

 

「もちろん、大圄先生のことも存じています。ね?お姉さま?」

 

「へ?は、はい!」

 

美琴は慌てた。

 

「うげッ!!?」

 

黒子は寮監に捕まり、頭を捕まれる。

首が軋む、軋む……ヤバそうだ。

これでは、昨日の二の舞いになってしまう。

 

「だ、大圄先生がなんだと言うんだ!」

 

「だ、だから……ワタクシたちに…………」

 

「たちぃ~?」

 

「そ、そうです……ワタクシた、ちに是非とも、大圄先生との間を……受け持つ、キューピッドの……役を………」

 

必死に訴える黒子。

 

「入らん!そんなモノ!第一私は、大圄先生の事なんか……」

 

しかし、寮監は断る。

それと同時に黒子を解放した。

 

「どうか、ご自身の心に素直になってくださいまし……」

 

ここぞばかりに黒子が攻め立てる。

 

「本当はあのお方とお近づきになりたいのですよね~?黒子には何でもお見通しですの。」

 

「な、何を勝手なことを……」

 

動揺が止まらない寮監……

それをチャンスと見た黒子が、一気に攻勢に出た。

 

「苦節二十九年……今こそ恋の花を咲かせる時だと思いませんかッ!!?」

 

「し、知らんッ!」

 

寮監は自室へ帰ろうとした。

 

「行けず後家でよろしいのですか?そのまま一生を棒に振っても!!?」

 

黒子が爆弾を寮監に投下……

寮監の足が止まる。

さすがに美琴もこれはマズイと思った。

 

「く、黒子!」

 

「もう、このチャンスを逃したら次はないかもしれない……ここは百戦錬磨の白井黒子に任せて下さいですの、寮監様!」

 

「も、もうそれくらいに……」

 

美琴が止めに入るが、もう黒子は止まらない!

そして、黒子は寮監に向かってとどめを刺す。

 

「寮監様のご矜持、ワタクシたちにお見せ下さい!」

 

「本当か?………」

 

寮監が折れた……

 

「本当に相談に乗ってくれるのか?」

 

振り向く寮監の瞳は、恋する一人の女になっていた。

 

「へぇッ!!?」

 

美琴は驚く。

黒子はガッツポーズ。

 

「もちろんですわ!」

 

「えぇーーーッ!!!!」

 

次回に続く。




みなさんのおかげでお気に入りが100人超えました。
ありがとうございます。
これからも応援よろしくお願いします。


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第24話 あすなろ園 後編

作戦決行の日が来た。

あすなろ園にボランティアとして詩音たちが集まる。

 

「今日一日、皆さんと一緒に遊んでくれるお姉さんとお兄さんです。」

 

「「「「よろしくお願いしまーーーす!」」」」

 

詩音たちは一通り挨拶を済ませた。

 

「偉いですね。先生の生徒さん……自分から進んでボランティアなんて……」

 

「え、えぇ……本当に……私自身、感心しています。」

 

「ダイゴせんせー!遊ぼうー!」

 

「ハイハイ。」

 

子供たちに呼ばれ、大圄先生が寮監のもとから離れる。

その隙に寮監は、黒子を掻っ払った。

 

「で……この先どうすれば良いのだ?白井?」

 

「ご安心下さい、寮監様……どうか大船に乗って気持ちで、この黒子にお任せ下さい。」

 

耳打ちで寮監と話した後、作戦が開始される。

 

「では、早速作戦を開始致しますわよ!」

 

「「うん!」」

 

気合い十分の佐天と初春が首肯く。

一方の寮監は、作戦を知らされていないため、どう反応して良いのか分からない。

詩音と美琴に至っては、完全に蚊帳の外だ。

黒子から唯一与えられた二人の任務は、彼女の建てた作戦の最大の障害となる子供たちの相手をしてもらうことだった。

 

「作戦って……?」

 

寮監が美琴と詩音に聞く。

 

「さ、さあ……?」

 

「僕と御坂さんには何の情報も貰って無いので………」

 

「そうなのか………」

 

その後、寮監は佐天に連れられて、厨房に向かった。

 

「寮監さん、厨房に連れて行って来ましたよ。」

 

「これで作戦の第一段階は終了しました。後は…………」

 

黒子が外を見ると、初春が大圄先生の手を引き、厨房へ連れて行く姿があった。

 

「これで厨房には二人っきり!」

 

「二人、共同作業をすることで、自ずと距離が近くなる……これこそ黒子の考えた作戦!名付けて“愛の結晶作戦”ですわッ!!!!」

 

黒子の熱弁に、終始、冷たい目線を送る美琴と詩音。

 

「愛の結晶////な、な、何だかイヤらしい響き……」

 

佐天は顔を赤らめていた。

 

「ねえ、詩音?これって上手くいくのかな?」

 

「さあ?白井さんのお手並み拝見ってことで、良いんじゃないですか?」

 

その時だった。

 

「ねえねえ、お姉さん……遊ぼうよ~」

 

女の子の一人が美琴のエプロンの裾を引っ張る。

 

「お兄ちゃんは絵本を読んで~」

 

詩音は絵本の読み聞かせをねだられた。

 

「じゃあ、お姉さまと詩音さんは子供たちと死ぬ気で遊んで来て下さいな。」

 

「え?」

 

「死ぬ気って………」

 

「打ち合わせしたじゃありませんか。」

 

「まあ、そりゃそうだけど……」

 

「仕方ないか……御坂さん、頑張りましょう。」

 

「そうね!じゃあ、みんな外に行くわよ。」

 

「「「「ワーーーーイ!」」」」

 

「僕たちは何の絵本を読もうか?」

 

「こっちだよ。」

 

詩音と美琴は二手に別れ、上手いこと子供たちを分散させる。

詩音と数人の子供たちは、絵本の納められている本棚の前にやって来た。

桃太郎からシンデレラ……色々な絵本が置かれている。

 

「僕これがいいー!」

 

「私はこれー!」

 

色々な種類の絵本を詩音に持ってくるが、当の本人は浮かない表情をしていた。

 

「お兄ちゃん?どうしたの?」

 

女の子の一人が詩音を心配している。

 

「いや、別に大丈夫だよ。ただね?どれもありきたりな絵本ばっかりでつまらないなぁって、思ってね……」

 

「じゃあ~絵本、読んでくれないの?」

 

「……そうだ!」

 

詩音が何か思い付いた。

 

「ねえ?こんな絵本よりも、もっと面白い昔話があるけど、どうかな?」

 

「「「「聞くーーー!」」」」

 

子供たちは声を合わせて答える。

 

「じゃあ、キミたちにも分かりやすく話すからね。」

 

詩音が静かに、物語を話し始めた。

 

「時は西暦1868年……日本最後の内乱、つまり戦争が日本国内で起きたんだ。今じゃ考えられないけど、同じ国の人たちで殺し合いさ……」

 

子供たちは固唾を飲んで詩音の話しに耳を傾ける。

 

「僕のご先祖もこの戦争の初戦、旧幕府軍として出陣したんだ。ご先祖の前に立ちはだかるの敵は約150人……当時最新鋭の武器、銃を全員が携帯している。絶望的だろ?」

 

「って、言うことはお兄ちゃんのご先祖様は、敵に降参しちゃったの?」

 

「降参?するわけないじゃん……ご先祖はこの刀一本で、敵に戦いを挑んだよ。」

 

詩音は立て掛けていた自分の愛刀を、子供に見せた。

 

「敵は銃を撃ってきたけど、ご先祖様には絶対に当たらなかった。襲いくる敵を斬り殺し、ご先祖様の体は返り血で真っ赤に染まっていた。」

 

「どうして、そこまでして戦うの?」

 

「そりゃあ、侍は忠義に熱いからね。僕のご先祖も旗本として幕府に仕えていたし、その恩は自身の命を持って報いないと……」

 

「お侍さんってカッコいいんだね!」

 

話しを聞いていた男の子たちは、目を輝かせていた。

 

「別にカッコよくはないさ……ご先祖に取っては忠義立ては只の建前、本当の目的は、この戦争に参加していた最強クラスの剣士と戦うため……そして会ったんだ。飛天御剣流の使い手、人斬り抜刀斎とね……彼は心踊ったらしいよ。相手もすでに何十人と人を斬り殺している。」

 

詩音の昔話もクライマックスに入ろうとした時だった。

 

「アンタはいったい何やってんのよ!」

 

後ろから美琴がツッコミの手刀を頭に喰らわせる。

 

「あ、痛ッ!……御坂さんこそ何してるんですか?外で遊んでいたんじゃ………」

 

「ちょっと、喉が乾いたから、一緒に遊んでいた子たちと水分補給に来たの!アンタこそ何教育に悪い話を聞かせて上げてくれちゃってんの!!?」

 

「ねえ?お兄ちゃん、もうお話は終わり~?」

 

「そうだね、ビリビリのお姉さんが邪魔したからね。」

 

「あ、アンタ!私のこと、またビリビリって言ったわね!」

 

美琴に青白い電流が流れる。

 

「さあ!みんな!今から、鬼ごっこだよ!鬼はこのお姉さんだ!」

 

「えッ!!?」

 

「逃げろーーーッ!!!!」

 

「「「「わあぁーーーッ!!!!」」」」

 

詩音の合図で子供たちが一斉に逃げ出した。

 

**************************************************************************************************************************

 

「詩音くんと御坂さん楽しそう。」

 

と、初春が羨ましそうな感じで一言。

 

「でも、白井さん?私たち寮監さんの恋が成功することしか、考えてないけど、万が一失敗したらどうするんですか?」

 

ごもっともな意見を述べる佐天。

 

「大丈夫ですわ。どんなことがあってもワタクシのプランには、色々なバックアップを用意していますの……」

 

黒子はない胸を張っていた。

そんな時………

 

「ぎゃああぁぁーーーーッ!!!!」

 

厨房から寮監の断末魔のような叫び声が!

 

「えッ!!?今の声って寮監さん?」

 

「いったい何ッ!!?」

 

初春と佐天はビックリしているが、黒子だけは終始落ち着いている。

 

「二人とも安心してくださいな、今こそ黒子の考えたバックアップが機能するときですわ。」

 

三人は寮監と大圄先生のいる厨房へと向かった。

 

****************************************************************************************************************************

 

厨房に着いた三人が扉を開けると、そこは大惨事だった。

何か爆発でもしたのかと、思われるくらいに薄力粉が辺り一帯に飛散し、空気中に粉が舞い上がり、寮監と大圄先生は真っ白になっていた。

 

「あらまー!何と言うことでしょー!」

 

黒子のわざと過ぎるくらいの演技でリアクションをとり、寮監にきっかけを作る。

 

「あ……いや、私がいけないのだ。小麦粉の入った袋を開けようとしたら………」

 

「開けるだけで、こんなに………」

 

佐天はちょっと引いてしまった。

 

「開けると言うか、袋を力任せに破ったみたいですね……」

 

初春も唖然としている。

寮監も大圄先生と一緒に作っていたケーキを台無しにしたのか、落ち込んでいた。

 

「だ、大丈夫ですよ、先生……やり直せば。ね?」

 

大圄先生の優しいフォローに元気を取り戻す寮監。

そこへ黒子が割って入った。

 

「それでは、お誕生日会には到底間に合いません。今すぐケーキを買って来て下さいですの。」

 

「そ、それもそうだね……」

 

大圄先生は一人でケーキを買いに行こうとするが、黒子に寮監を一緒に連れて行けば、美味しいお店を紹介すると同伴を勧める。

 

「お、おい!白井!私は……」

 

「大丈夫ですわ、アチラの二人が案内しますわ。」

 

「「へぇッ!!?」」

 

「本当か?」

 

「「もちろんです!」」

 

ということで、寮監と大圄先生は、佐天、初春の案内のもとケーキの買い出しに向かった。

 

***************************************************************************************************************************

 

施設内でそんな事があっていたなんて知る筈もない美琴と詩音は、子供たちと鬼ごっこに勤しんでいる。

 

「捕まえた~!」

 

女の子が詩音に抱きついた。

 

「あー残念!捕まっちゃった!」

 

「詩音が鬼か。みんな捕まらないように逃げるわよ!」

 

「ほーら、みんな!死ぬ気で逃げないと鬼になっちゃうぞーーー!」

 

詩音がやる気ともに殺気を出した。

 

「「「「「ぎゃああぁぁーーーーッ!!!!」」」」」

 

 

純粋な子供たちとそれ同等の感性を持つ美琴である、詩音の背後に何かを感じたのか、絶叫しながら全力で逃げ回る。

子供たちは泣き、美琴も半べそをかいていた。

 

****************************************************************************************************************************

 

昼になり、昼食がてらのお誕生日会の開催である。

テーブルには、ケーキにピザ、ポテトサラダにジュースが並んでいた。

なぜか寮監と大圄先生は傷だらけ……

詩音は理由を佐天にそっと聞いてみる。

 

「ねえ、どうして二人はあんなに傷だらけなの?」

 

すると彼女はため息混じりに答えた。

 

「もう、スッゴい大変だったよ……寮監さん、ダイゴのことで頭いっぱいみたいでさ、犬のしっぽを踏んで追いかけ回されたり、車に轢かれそうになったり、挙げ句の果てに川に落ちそうになったりで……」

 

佐天が遠い目をしている。

 

「たかが、ケーキを買いに行くだけで……」

 

子どもたちがケーキやピザを食べる様子を詩音たちは、しばらく眺めていると、詩音が何かを感じたのか、ボソッと呟いた。

 

「………地震が来る……」

 

「え?詩音くん、何いってるの?」

 

佐天の問いかけを無視して一人テーブルの下へ避難する。

その場にいた全員の頭に?マークが出た。

するとどうだろう。

テーブルに置かれた食器が、カタカタと揺れ始める。

そして次の瞬間、大きな揺れが施設を含む辺り一帯を襲った。

地震にパニックになる子どもたち……

 

「全員、テーブルの下に避難しろ!急げ!」

 

寮監が素早く指示を出した。

子どもたち、美琴ら四人もテーブルの下に潜る。

テーブルの下には、先に避難していた詩音が……

 

「詩音。アンタ、地震が来るって分かっていたの?」

 

「ええ、まあ……御坂さんは分からなかったんですか?」

 

「分かるわけないじゃない。」

 

「まあ、御坂さんケッコーおおざっぱなところが、ありますもんね?」

 

「何ですって……!」

 

「お姉さま。今は非常事態、落ち着いて下さいな。」

 

「ご、ごめん……」

 

「詩音くんもあまり御坂さんをからかわないで!」

 

「は~い。」

 

詩音と美琴がテーブルの下でひと悶着を起こしている頃、男の子の一人が、恐怖からか喚きながら揺れる室内を走っていた。

激しい揺れで棚の上に置かれてあった電気ポットが、男の子の頭上目掛けて倒れてくる。

その様子に咄嗟に寮監が反応し、男の子に駆け寄るとその身を挺して男の子を助けた。

十秒ほど揺れただろうか、地震はすぐにおさまる。

 

「せ、先生ッ!!?大丈夫ですか?」

 

慌てた様子で、大圄先生が寮監のもとに駆け寄った。

 

「こら!だから、落ち着けって言ったでしょ!」

 

自分のことはそっちのけで、男の子を叱る。

これも男の子を身を心配してのことだ。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「どこか痛いとこはない?」

 

寮監は優しい表情で、男の子に聞いた。

 

「うん!」

 

彼女のおかげで男の子は無事だった。

 

「先生、さすがです。尊敬します……」

 

大圄先生に好意を持たれた寮監。

その日の夜、寮に戻った彼女は、ロビーのソファーに腰掛け呆けていた。

脳内では、昼間の出来事がずっとリプレイされている。

 

『尊敬します……』

 

『大圄先生……』

 

『だから、結婚してください。』

 

彼女の頭の中では、すでに大圄先生との結婚にこぎ着けていた。

そこへ門限を大幅に超えて帰ってきた女子生徒が……

普段なら制裁を受けるレベルの事態である。

 

「すみません。門限を過ぎてしまって……」

 

女子生徒が頭を下げた。

寮監がいきなり立ち上がる。

女子生徒は恐怖からギュっと目をつぶった。

 

「仕方ないな……今度から気をつけるように。」

 

「は、はい。」

 

 

しかし、寮監は制裁を加えるどころか、門限を破った彼女を見逃したのだ。

この様子を見ていた美琴は驚愕する。

 

「信じられない、あの寮監が規則破りを大目に見るなんて……」

 

「恋は人を成長させますよの……」

 

黒子は自身を持って美琴に答えた。

その時、寮監のケータイがなる。

電話の相手は大圄先生からだった。

電話の内容は今から相談したい事があるので、会って欲しいとの

ことだ。

 

*****************************************************************************************************************************

 

その後、寮監と大圄先生は近くのファミレスに入る。

席に座り、大圄先生は寮監に相談した。

少し離れた位置から美琴と黒子、そして召集をかけて集まった詩音に佐天、初春が見守る。

 

「プロポーズかぁ~いよいよ大詰めですね。」

 

「なんだか、私までドキドキして来ちゃったよ~」

 

二人の展開を期待し、緊張する初春と佐天。

 

「でも、どうしてファミレスなのかな?」

 

「確かに、御坂さんの言う通りだ……」

 

美琴と詩音は疑問符を浮かべる。

普通、プロポーズをするならもっとムードの良い場所でするはずだ。

 

「これだから、彼女いない歴=年齢の男は困るんですよ。」

 

黒子はただ呆れていた。

 

「やっぱり、プロポーズって言ったら海辺の綺麗なレストランですよね~」

 

初春が自身の理想を口にする。

 

「えぇー!そこは、夜景の綺麗なレストランでしょ~ねえ?御坂さん。」

 

佐天は初春と違った理想だった。

そのまま、彼女は話しのネタを美琴に振る。

 

「そうね~それで、プロポーズに成功したら、海から花火が上がるのとかが良いな~♪」

 

美琴の理想は初春や佐天の斜め上を行っていた。

 

「「「「えぇぇ…………それはちょっと…………」」」」

 

彼女の感性が分からない……詩音を始め、四人はドン引きの様子。

 

「えぇーッ!!!!」

 

一方の寮監と大圄先生は……

 

「あのー大圄先生?それで私に相談とは?」

 

「えっと………単刀直入に聞きますけど……

 

「はい……!」

 

「あの……結婚相手が年下ってどう思いますか?」

 

その問いかけに、寮監の目の色が変わる。

 

「え、えぇ、け、結婚ですか……?」

 

「はい。例えば、僕みたいな……」

 

その時、寮監の脳内では貰ったと言わんばかりに、特大のホームランを放っていた。

 

「け、結婚に年は関係ないと思います////相手を尊敬し、思いやる心があれば……////」

 

「あぁ!やっぱり……ありがとうございました。先生に相談できて本当に良かった。」

 

「い、いえ……////」

 

その後、学生寮に戻った寮監は先回りしていた黒子たちから祝福を受けた。

クラッカーや拍手で寮内に迎えられる。

 

「「「「「おめでとうございます~!」」」」」

 

「あぁ……見ていたのか……」

 

完全に呆けている寮監。

 

「やりましたわね!寮監さま!あとはご両親への紹介!式場選びからの新婚初夜!」

 

いよいよ、寮監の恋もクライマックス!

黒子の白熱っぷりは以上だった。

 

「白井……すまないが、私の頬をつねってくれないか?」

 

「へえ?」

 

「これが夢なら早く醒めて欲しい……」

 

「わかりました。」

 

黒子はおもいっきり寮監の頬をつねる。

 

「痛い……最高に痛いぞ。白井……」

 

***************************************************************************************************************************

 

次の休みの日。

寮監たっての頼みで、彼女のコーディネートをするため、黒子たちは第七学区内に置かれたセブンスミストに来ていた。

そこで寮監の服を選んで、寮に戻ってから詩音を除いた女の子たちから、おめかしをしてもらい、寮監は今まで以上の美人に変身する。

これぞ寮監の最終決戦仕様と言ったところか。

そして、あすなろ園でボランティアを続けている大圄先生に会った。

 

「大圄先生、ちょっと良いですか……」

 

作戦に参加した五人は、二人の恋の行方をそっと様子を伺う。

寮監と大圄先生はブランコに座って話しを始めた。

 

「今日は、何だかいつもと雰囲気が違いますね。」

 

大圄先生が話しを切り出す。

緊張しながらも寮監も話した。

 

「あ、あの……この間の……」

 

「ありがとうございました。先生に相談できたお陰で、やっと決心がつきました。」

 

「え?」

 

そう言って、大圄先生はプロポーズの際に渡す婚約指輪を、寮監に見せた。

 

「こ、これって……////」

 

寮監の顔が赤くなる。

運命の刻であった。

 

「彼女にプロポーズしようと思って……」

 

次の言葉に、ボルテージMAXの寮監のテンションが一気に冷める。

 

「彼女…………?」

 

「ええ。」

 

「彼女って……………」

 

「ええ。」

 

そう、大圄先生が本当に好きだったのは、あすなろ園の園長だった。

残念ながら、寮監の思い違いである。

 

「あの時、先生から結婚に年は関係ないと言われて勇気が出ました。ありがとうございます。」

 

「いえ……」

 

失恋のショックに涙が出そうになる寮監だったが、グッとその心を胸の奥に仕舞い込み、笑顔で大人な対応を見せた。

 

「お役に立てて良かったです。お幸せに大圄先生。」

 

大圄先生は立ち上がると、寮監に頭を下げて、園長と子どもたちの和の中に戻って行った。

 

「さて……」

 

寮監も持っていたカバンから、眼鏡を取り出し装着すると、いつもの彼女に戻る。

そして、寮監も子どもたちのもとに向かった。

その様子に美琴と黒子、佐天に初春は本当に残念そうな表情をしていた。

 

「あ~あ。上手くいくと思っていたのに……」

 

「何だかな~」

 

「そのうち、良いことあるよ……」

 

「寮監さま好い人ですから……」

 

「そうだね。僕たちも行こうか!」

 

「はい!」

 

「ええ……!」

 

「「うん!」」

 

詩音たちもあすなろ園に向かうのだった。

 

次回に続く。



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第25話 盛夏祭 前編

今回、久しぶりに男の娘verの詩音が登場します。
姿は読書のみなさんの想像におまかせします。


ここは第三学区……

外部からの来賓をもてなすために、プライベートプールや高級ホテル等がある。

 

その学区内にある高級ホテル“プレジデント・ウェルキソン”は、高さ356m、75階建ての超高層ホテルであり、またとりわけ宿泊費が高く、通常の部屋でも百数十万円~スイートルームにいたっては、軽く300万円を超えてくるから驚きだ。

 

なぜ、そのような話しをするのかと言うと、そのホテルの最上階と屋上の2フロアが詩音の居住区画であるからだ。

 

豪華な調度品、きらびやかな内装、どれを取っても一級品。

なぜ詩音が、この様な場所に住んでいるのかと言うと、彼はジャッジメントの委員長……すなわちトップであり、また紅月家はこの学園都市建設の際に莫大な出資金を出している他、国を裏から牛耳る貴族の一員であるため、それなりの見栄と待遇は必要であるが、それでも学園都市最強のレベル5たちを超える、破格の待遇だと言えよう。

このクラスの部屋に宿泊するなら、一泊1000万以上はするだろうが、彼はそこに暮らしている。

暮らすとなると、経費含めいったいいくらになるのか、検討も付かない。

 

朝6時30分……

アラームが部屋に鳴り響き、ベッドで寝ていた詩音の目が覚める。

 

「う~ん………」

 

まだ眠たいのか、ベッドの中でもぞもぞと動いて一向に起きようとしない。

 

そこへやって来たのは、副委員長であるつかさ……

彼女は自身の学校の制服にエプロン姿と言う男心をくすぐる格好をしている。

なぜ、つかさが詩音の自宅にいるのかと言うと、彼女は詩音と同棲しているのだ。

決してやましい関係ではない。

あくまでも、詩音の本命は佐天であり、つかさとは仲の良い姉弟と思って貰いたい。

 

「いい加減に起きたらどうですか?今日は大切な日なんでしょ?」

 

「分かってるよ。つかさちゃん……」

 

「それに朝ご飯も冷めちゃいますから……!」

 

つかさが詩音と格闘すること10分……

彼が、ようやくベッドから出てくる。

 

「はぁ……おっくうだ……」

 

詩音は起きて早々、大きなため息を一人ついていた。

理由は十日前にさかのぼる。

 

****************************************************************************************************************************

 

詩音が通う柵川中学校……

1学期の終業式の日クラスの学活にて、担任の大圄先生から話しがあった。

 

「えっと……先生からみなさんに相談事があります。」

 

「え?」

 

「何?」

 

「何だろう?」

 

色々なところから、声が上がる。

佐天たちも例外ではなかった。

佐天は前の席に座っている初春の肩をシャープペンシルでつつく。

 

「ねぇ、初春……何か知ってる?」

 

「いえ、私は別に何も……」

 

「そっか~あ、詩音くんなら………ねぇ、詩音くん………」

 

佐天が後ろの席に座る詩音に声をかけようとした。

だが、彼女はすぐに諦める。

詩音は堂々と居眠りをしていたのだ。

佐天に隠れるように、うつ伏せになって……

昼行灯である詩音の得意技だ。

 

「あ、また寝てる……ほら、詩音くん。起きなきゃ……ッ!」

 

先生にバレないように詩音の体を揺すり、起こそうとする。

 

「う~ん……あと5分………zZzZ」

 

詩音は寝言を言って、全く起きようとしない。

 

「あと5分って。詩音くん、いつも寝てるじゃん!」

 

とうとう、佐天は回りに聞こえてしまう音量を出してしまった。

 

「どうしたんだ?佐天?」

 

「あ、いえ……別に何も………」

 

佐天は、あわてて自身を取り繕う。

 

「う~~!何で私が………!」

 

損な役回りになってしまった、佐天であった。

 

「あ、先生。詩音くんがまた居眠りしてまーす!」

 

彼の隣の女子生徒が手を上げて大圄先生に報告する。

いつものことながら、先生はため息をついた。

 

「はあ……またか……」

 

大圄先生は、詩音の普段からの体たらくから諦めている。

 

「そのままにしておきなさい。それで先生はみなさんに相談事があったけど、今、先生の独断で決めました。紅月に任せることにしました。」

 

「大圄先生。紅月くんに何を任せるんですか?」

 

初春が聞いた。

 

「ボランティアです。十日後に常盤台の学生寮で盛夏祭が催されるんだけど、人手が少し足りないと……先生の知り合いの寮監さんから連絡があって、それでみんなに相談したんだ。」

 

「それで、その手伝いに詩音くんを?」

 

「あぁ、そうだね。彼にもたまには頑張って貰わないと……」

 

佐天と初春には、少しモヤモヤしたモノが心に残るが、満場一致で話しはまとまった。

詩音が起きた頃には、学活は終わり、みんなは下校し始めている。

 

「ふぁ………よく寝た………」

 

「ホントだよ。」

 

「紅月くん、さっき学活で常盤台学生寮の盛夏祭のお手伝いのボランティアの話しが先生からあって、満場一致で紅月くんに決まってましたよ。」

 

「……………はあッ!!?何で?いつ決まったの?」

 

「詩音くんが居眠りしてた時に……」

 

「もう、どうして起こしてくれなかったの?」

 

「起こそうとしたけど、詩音くんはあと5分だけ~って起きてくれなかったよ。」

 

「完全に居眠りしていた紅月くんが悪いです……」

 

「先生に話してくる!」

 

詩音は職員室に急いだ。

十分後……ガックシと肩を落とした詩音が教室に戻ってきた。

 

「どうだった?」

 

「ダメでした……もう、向こうに連絡したあとだったよ。」

 

「残念でしたね……御愁傷様です。」

 

何気に初春が辛口コメントを吐いていた。

 

****************************************************************************************************************************

 

盛夏祭の準備は苛烈を極めた。

たった一人の男手だ。

ありとあらゆる場所から要請が入り、生け花の準備、茶室の整備に来客用のバイキング料理の仕込みとうとう……常盤台の生徒や美琴、黒子などからこき使われ、昼行灯の詩音は死物狂いで働いた。

 

そして、盛夏祭当日の朝だ。

詩音が起きた頃、常盤台学生寮では美琴が目を覚ましたかと思うと大きなため息をつく。

 

「はあ……」

 

美琴は布団にくるまり、起きようとしない。

 

「お姉さま、朝ですわよ。」

 

黒子が部屋のカーテンを開ける。

朝の日差しが部屋の中を照らした。

 

「ついにこの日がやって来ましたのよ。」

 

「ついにって……」

 

気持ちの良い朝だが、美琴の顔は晴れない。

 

「今日はお姉さまの晴れ舞台!もっとも?お姉さまにとって毎日が晴れ舞台なんて日常茶飯事なことでしょうが……今日はひときわ特別、黒子はもちろん、寮生一同心待ちにしておりましたのよ。」

 

「晴れ舞台ねぇ………別に私じゃなくても、他にふさわしい人なんていくらでもいるでしょうに………」

 

美琴は布団の中で、もぞもぞと動き、愚痴をこぼす。

 

「まあ、ご謙遜を……!常盤台に腕多しと言いますけど、ここはお姉さまにと、満場一致で決まったではないですか?」

 

「まあ、決まった以上はしょうがないけど……」

 

いやいやながらも決定事項なので、仕方なく受け入れる美琴。

 

「さすが、それでこそのお姉さまですわ。さあさあ、お召変え、お召変え~♪」

 

鼻歌、下心混じりに黒子が美琴のまとっていた布団を取ろうと手を伸ばす。

 

「いや~ん♪」

 

しかし、黒子は美琴のエルボーがクリーンヒット、その勢いで吹っ飛ばされてしまった。

 

「言われなくても、ちゃんとやるわよ!決まった以上わね!」

 

***************************************************************************************************************************

 

常盤台学生寮の寮祭、盛夏祭の開始時間が迫る。

他の寮生に混じり、美琴、黒子、ボランティアの詩音が並んだ。

寮生たちは全員、メイド服を着用している。

詩音も例外なく……

最初、詩音はメイド服を見て固まってしまった。

そして、寮監に尋ねる。

 

「あの、すいません……」

 

「何だ?」

 

相変わらず、寮監の目は怖い。

目力だけで人を殺せそうだ。

おそるおそる、詩音は話しを進める。

 

「えっと、僕も他の子と同じようにコレを着るんですか?」

 

「もちろんだ。」

 

即答。

 

「男モノの服は?」

 

「あるわけなかろうが……。」

 

これまた即答。

 

「僕、男なんですが………」

 

「諦めろ。」

 

一蹴された。

その後、仕方なく現実を受け入れることにした詩音は、愛刀“絶影”をロッカーに保管し、支給されたエプロンドレスとフリル付きのカチューシャ“ホワイトブリム”のメイド服セットに着替えた。

あの時、切ってしまった髪もセミロングまで伸び、その髪も邪魔にならないようにポニーテールにまとめる。

 

身支度を済ませて、メイド服姿となった詩音を見た常盤台生徒は、彼の変わりように唖然とする者や、うっとりする者など反応が様々だった。

美琴や黒子はと言うと、腹を抱えて爆笑していたそうだ。

 

そして今に至る。

 

「平素、一般に解放されていない、この常盤台女子寮が、年一度門戸を開く日……それが盛夏祭だ!今日は諸君らが招待した大切なお客様らが来場される。寮生として恥ずかしくない立ち振舞いをし、くれぐれも粗相のなきようにおもてなしするように!」

 

寮監の激励も終わり、盛夏祭開場となった。

詩音は美琴の隣に立ち、一緒に盛夏祭のパンフレットの配布をしている。

 

「別にこんな格好じゃなくても、おもてなしは出来るんだけど……」

 

メイド服に愚痴る美琴。

 

「本当ですよ……そもそも僕、男だし……これじゃ、ただの変態さんですよ……」

 

詩音も心のどこかで、いまだに納得出来ていないようだ。

 

「あら~?私的には似合っていると思うわよ?」

 

悪意たっぷり、笑いを堪えながら詩音をからかう美琴。

そんな彼女に、ちょっとムカッ腹がたった詩音が言い返す。

 

「御坂さんこそ、馬子にも衣装って感じでかわいいですよ♪」

 

「馬子にも衣装って、どういうことかしら?」

 

苦笑いの美琴に、パチッと青白い電流が流れる。

 

「さあ?ほら、御坂さん。お客様ですよ?笑顔笑顔。」

 

適当に話しをはぐらかす詩音。

美琴も慌てた様子で、笑顔になる。

 

「いらっしゃいませ♪ようこそ。盛夏祭へ♪」

 

「こちら、本日盛夏祭のパンフレットとなっております。」

 

詩音と美琴のもとにやって来た三人組の男子生徒に、それぞれパンフレットを手渡した。

すると三人組は、詩音や美琴をかわいいなどと煽て、写真撮影をねだってきた。

三人組は詩音が男だと全く気づいていない様子だ。

 

「申し訳ございません。寮生の撮影は、ご遠慮させてもらっております。」

 

「ご了承下さい。」

 

詩音と美琴は、頭を下げる。

しかし、二人に向けて、まばゆいフラッシュが何度もたかれた。

 

「だから、写真撮影は………!」

 

美琴の口角はひきつり、ボルテージが一気に上がる。

 

「良いねー!はーい!はーい!良いねー!」

 

美琴や詩音を撮っていたのは黒子だった。

俊敏に動き回り、色々な角度から二人をレンズに納めていく。

三人組の男子生徒たちも口をあんぐりと開けている。

 

「し、白井さんッ!!?」

 

「良いねじゃないわよ!何でアンタが撮ってんのよ!」

 

「誤解なさらないでくださいな。今日、ワタクシ黒子は盛夏祭の記録係……来年度の開催に向けて、こうして参考写真を撮っていますのよ~?」

 

高級一眼レフのデジタルカメラで取った画像を見ながら、にやけ顔の黒子。

男子生徒もそんな彼女にドン引きだ。

すばやく、掃けていく。

だが、黒子は美琴に対し不満を漏らした。

 

「ですが、お姉さま?このお召し物にも短パンとは、せめて詩音さんみたいにドロワーズをお履きになるなどした方が……」

 

「えっ、いつの間にッ!!?」

 

いつの間にか、取られていた詩音のスカートの中……

詩音は恥じらう乙女よろしく顔を赤くしていた。

さらに黒子は、再び美琴のローアングルを狙い、床に横になっている。

次の瞬間、美琴が電撃を放ち、黒子が構えていたカメラを破壊した。

 

「おわッ!!?」

 

「あのさ、黒子……来年度の開催に向けての参考に、どうして私や詩音のそのような写真が必要になるのか、教えていただけるのかしら~?」

 

美琴からのお仕置きとして、黒子は彼女からおもいっきり頬を引っ張られる。

しかし、痛い痛いと言いながらも、黒子は嬉しそうだ。

 

「どうやら白井さん、懲りてないみたいですね?」

 

詩音は、ボディスラムの要領で黒子を逆さまに抱え上げて頭部を膝の間に挟みこむ。

 

「ちょ、ちょっと待って下さいまし!詩音さんのお仕置きには、何のうま味もなく………ッ!」

 

黒子必死の説得も、詩音には届かず………

 

「問答無用!」

 

次の瞬間、そのまま両膝を曲げた状態で落下、膝をつくと同時に黒子の脳天をタイル製の床にたたきつけた。

 

「グヘァッ!!!?」

 

勢いで黒子の頭は床に突き刺さり、どういう原理で立っているのかわからないが、黒子は痙攣している。

 

「まあ、ざっとこんなモンでしょ?」

 

「だ、大丈夫?黒子……」

 

「え、ええ………」

 

返事があったので、まずは一安心と言ったところか……

そんな時だった。

 

「こんにちはー♪」

 

「相変わらず、やってますね~」

 

聞きなれた間延び声かする。

声をした方を見ると綺麗に着飾った初春と佐天がいた。

 

「うわぁ~!白井さん、今日は盛夏祭へのご招待ありがとうございます。なんと言っても常盤台中学の寮祭ですからね!」

 

お嬢様に憧れる初春の興奮度が、異常に高い……

佐天も彼女をやれやれと言った目で見ている。

 

「これはきっと、私たちの創造を遥かに越えた知らないことが、待ち受けているに違いありません!」

 

初春は目を輝かせていた。

 

「どういたしまして。そのご期待に添える“素晴らしい催しもの”もありますから、どうぞ楽しんで言ってくださいな。」

 

黒子は素晴らしい催しものと言う言葉に含みを持たせ、その際に一瞬だけ横目で美琴を見る。

一方の佐天は、ボランティアとして参加している詩音を探した。

 

「あの、御坂さん。詩音くんはどこにいるか、分かりますか?」

 

佐天は辺りをキョロキョロする。

まだ彼女は美琴の隣に立っている詩音に気づいていない。

単に美琴たちと同じ寮生だと思っている。

 

「ルイコ、僕ならここにいるよ。」

 

詩音が、佐天に声をかけた。

 

「「ええ〰️〰️〰️ッ!」」

 

すると声をかけられた佐天は盛大に驚く。

もちろん、初春も………

 

「どうして、詩音くんがそんな格好を……ッ!!?」

 

「これには深いわけが……………」

 

詩音は佐天と初春に事の経緯を話した。

 

「それは大変でしたね……」

 

「まあ……詩音くん可愛いし、良いんじゃない?」

 

「そうですよ。今日一日、その格好で頑張って下さい。」

 

「そんな……」

 

落胆する詩音であった。

 

「では、お話しも済んだ事だし、さっそくご案内を……」

 

黒子が先頭になって、佐天と初春を案内しようとすると……

 

「ちょっと待て~~」

 

誰かに声を掛けられた。

声の主は、詩音たち同年代の女の子。

詩音や美琴の着ているエプロンドレスとは違う色のモノを着ていた。

 

「白井~?ビュッフェの手伝いはどうするつもりだ~?」

 

「あぁーーー忘れてましたの………」

 

どうやら黒子には、別の仕事があったようだ。

 

「あの~この方は?」

 

初春が聞いた。

 

「あ~紹介するわ。コチラは繚乱家政女学校の土御門舞夏……今回の寮祭の料理も、彼女の学校に指導してもらったの。」

 

美琴が丁寧に紹介する。

 

「繚乱って、あのメイドスペシャリストを育成すると言われる……?」

 

「土御門舞夏である~。」

 

「で、コチラは私の友達の初春飾利さんに佐天涙子さん……」

 

「ヨロシク~♪」

 

「あの、ヨロシクお願いします。」

 

「困ったことがあれば、何なりと申すが良い。さあ行くぞ、白井~ッ!」

 

「へ?」

 

舞夏は黒子の首根っこを掴むと、引きずりながら連れていった。

 

「あの、え?ちょ、ちょっと待ってくださいまし……初春たちを放って置くわけには……」

 

「仕事は放って置いて良いと言うのか~?」

 

「えっと……決して、そのようなことは……………」

 

「行っちゃったね……」

 

「じゃあ、私たちで二人を案内するわよ!」

 

「そうですね。それで二人ともどこが見たい?」

 

ボランティアとして参加している詩音は、今回の盛夏祭の内容を隅から隅まで知っている。

そんな彼が聞いた。

そしたら、初春がいの一番に手を上げる。

 

「はい!はい!はーい!あります!行きたい所あります!ここと、ここと、ここからここまで、ズイーッと!」

 

いつもの初春と違う雰囲気にだじろいだ。

初春は案内役の詩音と美琴にパンフレットを見せ、それを指でなぞり、ルートを掲示する。

 

「えぇーそれって全部じゃん……」

 

佐天は自身のパンフレットを見ながら、初春にツッコミを入れた。

 

「佐天さん?今日はいつものおっとり初春とは違いますよ!もう、宣言しときます!リミッター解除ですから!」

 

「うわぁ~」

 

「ハハハハ………」

 

初春の気合いに詩音はドン引き、佐天は苦笑いを浮かべる。

 

「アチ!アチ!アチ!アチ!…………」

 

初春から噴き出す熱気に佐天は、さらされてとても暑苦しそうだった。

 

「じゃあ、順番に回って行きましょ?」

 

美琴はやれやれと言った感じで、案内を始める。

まず四人がやって来たのは、“シュガークラフト”が展示されている部屋。

中に入ると、全て砂糖で作られた人形や花、家をモチーフにした展示品など色々なモノが置いてある。

 

「うわー!こんな展示があるなんて、さすがはお嬢様学校ですよね!佐天さん?」

 

「へぇー良く出来ているなーでも、これって本当に全部砂糖で出来ているのかな?どれどれ……」

 

佐天は花束を模した展示品から、花びらを一枚取ると、それをおもむろに口の中に放り込んだ。

初春がそんな彼女を見て悲鳴を上げている。

 

「うげぇ……果てしなく砂糖だね。」

 

「当たり前だよ。シュガークラフトだもん……」

 

「ダメですよ!佐天さん!展示品を勝手に食べちゃ!」

 

初春は佐天を注意した。

 

「初春さん、別に気にすることはないよ。」

 

「え?どういう事ですか?」

 

「ほら……」

 

詩音が指差した方を見ると、美琴が他の生徒からシュガークラフトを勧められていた。

 

****************************************************************************************************************************

 

シュガークラフトの部屋を出た一行が次に向かったのは、ステッチが展示されている部屋だ。

大小の展示品が部屋の廊下の壁に飾られている。

 

「凄いなー!細かい仕事だね。」

 

佐天は展示品に感心していると、隣にいた初春が何かに気づいた。

それは、ブラックボードに書かれたステッチ教室の案内だった。

 

「佐天さん、佐天さん!体験できるみたいですよ!」

 

子供のようにはしゃぐ初春。

それを分かったと、まるで年上のお姉さんみたいに宥める佐天。

 

「御坂さんと紅月くんも一緒にどうですか?」

 

「え?私?私は別に……」

 

「僕も大丈夫。二人で楽しんでk………」

 

美琴と詩音は断ろうとしたが、初春は聞く耳を持たず、暴走している。

 

「はい!決まりです!四名お願いします!」

 

四人は中に入ると席に着き、渡された道具を始めた。

各々がステッチを作り始めて20分が経った。

 

「ふぅ~これは中々の出来ですよ!ほら、佐天さん……」

 

初春はステッチ初心者だが、自分の出来に納得したのか、佐天に見せようと、横から声を掛ける。

しかし、初春の動きが止まった。

 

佐天は器用にスーパーカーをデザインしていたのだ。

これでも、以前より腕が少しばかり落ちたらしい。

美琴は美琴で、あじさいとゲコ太を綺麗に刺繍している。

男の子である詩音なら自分より、あるいはと初春は思ったが、その考えは見事に打ち砕かれた。

詩音も見事なキルグマーのステッチを完成させていたのだ。

 

「んおッ!!?みんな上手すぎる……」

 

「初春さん、どうかした?」

 

「あっ、いえ……アハ、アハハハハ………」

 

****************************************************************************************************************************

 

他にも、色々な展示を見て回った。

生け花に絵画、習字まで……

さすがお嬢様学校と言うだけあって、どれもハイクオリティーであった。

それに茶道のブースでは、何と詩音がお茶を点てて三人に振る舞ったのだ。

慣れた手つきの詩音、茶道を熟知している美琴、初春は彼の作法に感心し、佐天は厳かな雰囲気に緊張していた。

 

その後は寮の図書館で、本を読んだりして優雅なひとときを、満喫した初春たちであった。

 

「常盤台中学の寮祭、お見事ですわ。ワタクシ感服致しました。展示の一つ取って見てもワタクシの学校では決してマネ出来ないモノばかり……そう思いませんこと?ルイコさん?」

 

初春がお嬢様の空気によって、何やらおかしな事を言っている。

それを見かねた佐天は、彼女を現実に戻そうと、初春のスカートをおもいっきり捲り上げた。

ファサ~っと浮いた初春のスカートの中から、可愛いらしいアニマルプリントの下着が露になる。

見事な公開処刑だ。

 

「ひゃわぁぁぁぁ~~~ッ!!!?」

 

顔を真っ赤にしてスカートを、押さえる初春。

 

「な、何やってんですか!佐天さんッ////」

 

「お帰り~!いやぁ、どっかに行ってた見たいだからさ……」

 

「お帰り~じゃ、ありませんよ!私!どこにも行っていません!」

 

初春と佐天がそんなやり取りをしていると、常盤台の生徒と話す詩音の声が聞こえてきた。

 

「はい、これで良いよ。」

 

詩音を二人が見ると、彼はその女子生徒のエプロンの腰ヒモを綺麗に治していた。

 

「あ、ありがとうございます。紅月さま////」

 

異性との接触が少ない女子校なせいか、その女子生徒は気恥ずかしそうにしている。

 

「ううん、気にしないで。」

 

「では……////」

 

彼女はとても嬉しそうに連れの生徒とその場をあとにしていた。

 

「良いな~私も詩音さまにもっと絡んで欲しかった……////」

 

常盤台の寮生の間でも詩音の人気は、うなぎ登りである。

ボランティアとして手伝い、貴族としての気品や色々な作法などのレッスンをしたりと、彼はこの十日間の間に常盤台生の憧れの的となっていた。

 

「見てごらん、初春……あれが本物ってやつだよ。」

 

「は、はあ……」

 

「でも、何か妬いちゃうな………」

 

佐天の詩音を見る顔は、何だか寂しそうだった。

 

「アンタ、良いの?他の子にそんなに優しくしちゃっ

て?」

 

佐天の表情に気づいた美琴が詩音に問いかける。

 

「何がです?御坂さん……」

 

詩音は訳も分からず、首を傾げる。

 

「朴念仁、バカ………」

 

と、いきなり美琴は文句を言うと詩音から離れて佐天と初春の所へと行った。

 

「えぇー?いきなりですかー?」

 

次回に続く。




ご意見、ご感想をお待ちしております。


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第26話 盛夏祭 後編

昼時、詩音たちは昼食を取るために食堂へとやって来た。

流石はお嬢様学校、食堂も広く、内装もモダンな感じだ。

食堂を飾る和洋折衷色々な料理と、この上品な空気に初春は、終始顔がニヤケっぱなしである。

 

「はあ~もう、帰りたくない。いっそここに住みたい!」

 

料理を取りながら、初春は本心を吐露していた。

 

「私、先に行くね?」

 

初春と共にいた美琴は先に料理を取り終わり、開いている席へと向かう。

そして、佐天は目の前のケーキを見ながら悩んでいた。

 

「どうかしたの?ルイコ……」

 

詩音が聞く。

 

「うーん………」

 

しかし、佐天はケーキに集中しているため返事をしない。

 

「ケーキ、取らないの?じゃあ、僕が先に貰うよ?」

 

詩音は、ケーキの側に置いてあったナイフを持つと、何のためらいもなくケーキを縦に両断、次に横一文字、そして袈裟斬り、逆袈裟と刃を入れ、綺麗に八等分に切り分ける。

その間、佐天は「あー!あー!あーーッ!」と悲鳴に似た声を上げていた。

詩音はその切り分けたケーキを、一つまた一つと皿に乗せていく。

 

「こんなにきれいなケーキになんてことをーッ!」

 

「別にお腹に入れば、何でも一緒だよ。」

 

みるみる内に彼の皿は、ケーキでいっぱいになった。

 

「紅月くん言う通りですよ。さっきシュガークラフトを食べてた人のセリフじゃありません!」

 

と、初春も詩音の肩を持つ。

 

「それにしても詩音くん、そんなにケーキを取って、食べられるの?」

 

佐天の言う通り、詩音の持つお盆には三皿に分けて、十個以上乗っていた。

 

「もちろん。甘いモノは別腹さ……ね?初春さん?」

 

「同志!当たり前じゃないですか!」

 

意気投合する二人であった。

一方の美琴は、開いた席に座り、詩音たち他の三人より先に食事を取っているが、午後からの事が気がかってしまい、ため息ばかりで食べ物が喉を通らなかった。

 

「美琴お姉ちゃーん!」

 

次の瞬間、美琴に幼い女の子が抱きつく。

彼女に抱きついた子は、純真無垢な絵顔を受けべていた。

 

「あれ、アナタはあすなろ園の……何でこんな所に?」

 

「私が招待した。」

 

美琴の前に現れたのは、子供たちを引き連れた寮監であった。

寮監の姿を見た美琴は、思わず顔をひきつらせてしまう。

 

「ねえねえ……」

 

「うん?」

 

「ビーズで指輪作ったり、お絵かきしたりしたんだよ。」

 

「へえ、良かったわね。」

 

美琴は女の子の頭を撫でる。

 

「でもね……あのね……一番楽しみなのはねぇ?………お姉ちゃんのステージ!」

 

女の子の言葉に動揺した美琴の全身から、嫌な汗が吹き出した。

 

「だだ誰に、聞いたのかなぁ~?」

 

動揺する美琴に追い討ちを掛けるように、寮監は美琴に耳打ちをする。

 

「御坂、一言だけ言っておくぞ?あの子たちをがっかりさせるような事はくれぐれもしてくれるな?」

 

言いたい事を言った寮監は、子供たちを連れて美琴から離れていった。

寮監たちを見送った美琴は、うつむき愚痴を吐く。

そこへ詩音たち三人が合流した。

 

「御坂さん、ステージで何かするんですか?」

 

「え?あ、いやッ!!?……」

 

「別にもったいぶらなくても、良いじゃないですか?」

 

「別にもったいぶってないよ?」

 

「ルイコ、御坂さんはサプライズがしたいんだよ。」

 

「そうか!」

 

「ち、違うわよ!テキトーなこと言わないで!」

 

「サプライズかぁ、楽しみですね!佐天さん!」

 

「だから初春さん、違うの!」

 

「あー!それ以上は言っちゃダメです!」

 

「詩音……!なんてことを………!」

 

美琴が詩音を見ると、彼は外道のような笑みを浮かべていた。

 

「アイツ〰️〰️ッ!!!」

 

***************************************************************************************************************************

 

昼食を終えた、詩音たちは次の展示品の見学のために寮内を歩いていた。

 

「みんな、ちょっと御手洗いに行ってくるね。さっきに行ってて良いよ……」

 

「あ、はい……」

 

「どうぞ……」

 

美琴は三人もとから去って行く。

 

「ねえ?御坂さん、さっきから様子が変じゃない?」

 

「そうですか?」

 

佐天と初春が話していると、外に設置されたステージで何やらイベントをしているのが見えた。

 

「二人とも外のステージで何かしてるみたいだし、ちょっと行ってみない?」

 

詩音に誘われるまま、佐天と初春は中庭の野外ステージに行くと、そこでオークションが開催されていた。

今、出展されているのは高級ブランド物のバッグが三点……

 

「本当に他に入札される方は、居られませんか?」

 

司会進行の女性が、観客たちに最終の確認を取る。

観客たちからは、他に手が上がらなかったので、ブランドバッグ三点セットの落札が決定した。

バッグ三点を落札したのは、なんと固法美偉だった。

彼女もまた黒子から招待を受けて盛夏祭に参加していた。

 

「えーー!固法先輩ッ!!?」

 

佐天は驚いて大声を上げている。

一方のバッグを落札した固法は、バッグを受けとるために壇上を歩いているが、終始、顔が弛み切っていた。

バッグを受け取り、ステージを降りて来た固法に佐天が声を掛ける。

 

「固法セ~ンパイ?」

 

「ッ!!?あ、アナタたちッ!!?」

 

固法は自分の恥ずかしい顔を見られた思い、ビクッとした。

 

「固法先輩がブランド物に興味が意外でした。」

 

「ええ、驚きです。」

 

「固法先輩もけっこうミーハーなんですね?」

 

三人に茶化される固法。

 

「あ、いや……ふ、普段はこういった物には興味ないのよッ!!?これはチャリティーなの!この収益は全額身寄りのないチャイルド エラーの子供たちに全額寄付されるのよッ?ジャッジメントとしては参加しない手はないわッ!!?」

 

固法は必死に自分のイメージを守ろうとするが、時すでに遅し……

 

「先輩、何だか凄い言い訳くさいです。」

 

佐天のツッコミに、固法はぐうの音も出なかった。

 

「ねえ?アナタたちもオークションに参加してみたら?」

 

「無理ですよ。私たちはお小遣い少ないですし……」

 

「ですね。」

 

「だね………」

 

詩音は実際のところ、莫大な奨学金や仕送りを学園都市や実家から受け取っているため、生活には全く困ってないが、みんなには秘密にしている。

 

「フフ……大丈夫よ。」

 

固法はそう言ってステージに視線を向けた。

三人も彼女に連れてステージを見ると、司会の娘が次の出展の品を用意していた。

 

「次に出展された品は、“キルグマー”の文具セット!まずは100円から!」

 

「200円!」

 

「300円!」

 

「400円!」

 

と値段が少しずつ上がっていく。

 

「ほらね?」

 

固法の言う通り、詩音たちにも求め安い物も多数用意されているようだ。

 

「確かにこれなら……」

 

「ですね。」

 

初春が手を挙げようとした時だった。

 

「10000円……ッ!!!」

 

誰一人手を出させないために、一気に値段を吊り上げる者が現れる。

みんなが唖然としているなか壇上に上がったのは、なんと黒子であった。

 

「「えーーーッ!!!」」

 

佐天と初春が驚いている。

 

「何やってんだか………」

 

詩音は頭を抱えていた。

黒子とも合流を果たした詩音たち一行。

 

「白井さん。土御門さんが探してましたよ?」

 

「そうだよ。自分勝手な行動をしたら、みんなに迷惑をかけちゃうよ。」

 

「それに、厨房抜け出して何しているのかと思ったら、たかが文具に10000円って……」

 

「いいえ、これは“ただ”の文具セットではありませんの……これは、ワタクシの愛すべきお姉さまが出品した物になりますわ。」

 

黒子はうっとりした瞳で文具を見ている。

 

「この下敷きもノートも、言うなればお姉さまの分身……アア~ン、黒子の果報者~////」

 

黒子はやはり変態さんだった。

文具セットを頬を擦り付け、クネクネと動いている。

 

「アハハ……御坂さんのでしたか。」

 

「どおりで……」

 

「はあ~」

 

相変わらずの黒子にドン引きする詩音たちであった。

 

「あれ?そう言えば御坂さんは?一緒じゃなかったの?」

 

固法が聞く。

 

「えっと、それがですね………」

 

佐天が答えようとした時だった。

 

「みなさん、ごきげんよう。」

 

誰かに声を掛けられる。

声のした方に目を向けると、そこには婚后光子が気恥ずかしそうにしている湾内と泡浮と連れていた。

 

「こ、婚后光子……!」

 

黒子は彼女ことが苦手らしい。

 

「なんですの?その格好は?」

 

詩音たちも唖然としている。

黒子のツッコミにも頷けた。

 

「あら~察しの悪いおつむですわね~今日のワタクシはアナタにメイドの何たるかを教えに、敢えてこの衣装で参上しましたのよ。アア~何たる慈悲深さ………」

 

どうやら、婚后は自身に酔っているようだ。

痛い!痛過ぎるぞ!婚后光子!

 

「さあ!すみずみまで見て下さいまし!これが純イギリスで純和風のメイド服ですわ!」

 

金にモノを言わせ、ムダに変な物を作る婚后光子、恐るべし……

 

「純イギリスで純和風って……」

 

黒子の言いたいことも分かる気がする。

 

「さあ、白井さん?試しにお帰りなさい、お嬢様と言ってみて下さい。」

 

「なぜ、ワタクシが?」

 

「あら?言えないですの?フフ……」

 

婚后は黒子を鼻先で笑った。

その姿を気に食わない黒子が反撃をする。

 

「ごめん遊ばせ。こういった事には疎くて……よろしければ、お手本を見せて頂けます?」

 

「仕方ないですわねぇ……見ていなさい!クルクルクル~♪お帰りなさいませ、お嬢様♪」

 

ノリノリでメイドになりきる婚后……

 

「コホン、喉が渇いたので飲み物を人数分、お願い致しますの……」

 

「かしこまりました。お嬢様♪」

 

鼻歌混じりに婚后は飲み物を貰いにどこかへ駆けて行った。

 

「あ~あ、行っちゃった。」

 

「扱い安い女で助かりましたの……」

 

「こんにちは。ご無沙汰しております。」

 

湾内は、詩音たちに声を掛ける。

 

「アナタたちも災難ですわね。“あんな”のに見込まれてしまって……」

 

黒子は二人の気苦労を労った。

それに苦笑いを浮かべるしかない二人……

 

「別に悪い人では無いんです。実は今日も……」

 

「盛夏祭に行こうとお誘い下さったのは、婚后さんですの……以前からとても楽しみにしていらして、是非にと……」

 

「え?みなさん、この寮に住んでるじゃないんですか?」

 

「ええ。常盤台中学には女子寮が二つあって……」

 

「こことは別に“学舎の園”の中にも……ワタクシと湾内さん、婚后さんはそちらの方に……」

 

学舎の園、そのフレーズを聞いた初春の目の色が変わる。

 

「あっ、あの素敵タウンの中にッ!!?石を投げればお嬢様に当たると言う楽園の中にッ!!?はあ~~////」

 

これで何度目か……

初春は別の世界に旅立って行った。

 

「それで、御坂さまどちらに?」

 

「そう言えば、さっき御手洗いに行くって言ったきり……」

 

「あら……今日のステージ、楽しみにしていますと、お伝えたかったのに……」

 

「残念ですわね、湾内さん……」

 

「御坂さん、ステージで何かやるの?」

 

「サプライズですよ!サプライズ!」

 

「へぇー何だろう。」

 

「あ、そう言えば僕、寮監さんから御坂さんのエスコートを任されてたっけ……」

 

「そうなの?詩音くん?」

 

「じゃあ、急いで行かないと……!」

 

そんな一部始終を寮の廊下から見つめる美琴。

大きなため息をし、ステージ衣装に着替えるために自室に戻る。

 

「もう……みんなして、そんなに期待しないでよ~!変な汗まで出て来ちゃったじゃない……今の私の顔、どんなんだろう。エスコートに来る詩音に笑われちゃう。これって緊張?いやいや、私に限ってね………」

 

美琴はそんなことを考えながらも、用意されたステージ衣装に着替えた。

部屋を出ると詩音を始め、女生徒たちが待っていた。

 

「遅いですよ。御坂さん……」

 

「うるさい////」

 

「まあ、とにかく行きましょう。」

 

「分かってるわよッ////」

 

美琴から荷物を受け取った詩音は、共に中庭のステージ裏へと移動する。

美琴はステージ裏から表を見ると、彼女の演し物を楽しみにしている観客たちで全ての席が埋まっていた。

 

「あ~ヤバ、胸がドキドキしてきた。あーもー!御坂美琴!しっかりしろ!」

 

美琴の緊張もピークになっていた。

 

「御坂さん?」

 

「何よ……ッ!」

 

その時だった。

いきなり、詩音が美琴を抱き寄せる。

 

「へっ////……いいい、いったい何してんのッ!!?」

 

ちょっとしたパニックになってしまう美琴……

しかし、詩音はそんな彼女を気にすることなく、優しく美琴の頭を撫で続ける。

 

「これは僕が緊張した時に、僕の母さんがしてくれるおまじないです……こうやって、頭を撫でてもらうと不思議と落ち着いて来るんですよ。」

 

「確かに……おかげで少し楽になったかも……」

 

「でしょ?」

 

詩音は笑顔を見せる。

 

「じゃあ時間です。僕は表の席に行きます。」

 

詩音はみんなの待つ席に向かおうとした。

 

「詩音!………」

 

美琴が呼び止める。

そして……

 

「あ、ありがとう……////」

 

恥ずかしそうに、お礼を言う美琴であった。

詩音は佐天の隣に座ると同時に、美琴がバイオリンを持ってステージに現れる。

 

「うわあ……凄い、バイオリンの独奏だよ。」

 

「さすがです。御坂さん……」

 

佐天と初春は感激が止まらない。

 

「御坂さんのお手並み拝見ってところだね……」

 

詩音は余裕綽々といったところか……

美琴は観客たちに一礼し、落ち着いた様子でバイオリンを構える。

詩音が先ほどしたおまじないが効いているみたいだ。

そして、美琴はバイオリンの演奏を始める。

美琴の演奏は、素晴らしいモノで、みんな聞き入っていた。

 

次回に続く。



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第27話 乱雑解放(ポルターガイスト) 前編

お待たせしました。
良ければ、ご意見・ご感想をヨロシクお願いします。


ここは第七学区、学舎の園……

時刻は夜の8時を回った頃だった。

突如、地震に似た強い揺れが、一帯を襲う。

揺れは十秒ほど続き、ここに置かれた常盤台中学の女子寮も少なからず被害を受けてしまった。

 

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次の日、場所は変わり柵川中学校にて……

詩音と初春は、担任の大圄先生に呼ばれ、学校内の応接室にいた。

 

「昨日もあったみたいだね?地震……君たちの寮はどうだった?」

 

「私は大丈夫です。ウチの方は揺れませんでした。」

 

「僕も初春さんと同じで大丈夫です。」

 

「でも、不思議だよね?同じ第七学区なのに……」

 

「それで大圄先生?私と紅月くんに何かご用ですか?」

 

「実を言うと、二人にはウチの風紀委員(ジャッジメント)として、頼みたいことがあるんだ……入って来て?」

 

大圄先生に呼ばれ、扉が開くと現れたのは一人の少女。

ピョコンと飛び出た癖っ毛が特徴のショートカットでおとなしそうな女の子だ。

その娘は部屋に入るなり、詩音と初春に頭を下げる。

 

「春上衿衣なの……」

 

「二学期からの転入生だ。そして初春、君のルームメートになる。」

 

「へぇッ!!?」

 

いきなりのことに初春は驚く。

 

「いきなりの事で済まないとは思っているけど、チカラを貸してくれないかな?もちろん、紅月も……」

 

「ま、任せて下さい!」

 

「ヨロシク、春上さん。」

 

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春上が初春の寮に越して来る日……

詩音と佐天、美琴に黒子は初春の寮に向かっていた。

 

「第一九学区からの転入生か……この時期にしては珍しいわね?」

 

「普通なら新学期に合わせそうな気もしますけど……」

 

佐天は鼻歌を歌っている。

 

「ルイコ、今日は一段と機嫌が良いね?」

 

「当たり前じゃん♪初春のルームメイトってことは私の親友候補だからね。」

 

詩音たち一行は、初春の寮までもう少しと言うところまで来た。

 

「紅月くーーん!」

 

すると寮に門の前で彼らを呼びなから手を振る初春とペコリと頭を下げる春上の姿を見つける。

二人と合流した詩音たちは、そのまま初春と春上の部屋の前まで来るとそこでなぜか立ち話を始めた。

 

「春上衿衣さんです。こちらが常盤台中学の白井黒子さんに、その先輩の御坂美琴さん。そして、私たちのクラスメイトの佐天涙子さん。」

 

「「「ヨロシク~」」ですの。」

 

「僕は昨日会った時に言ったけど、改めて紅月詩音です。」

 

「それでどうしてこうなっているの?」

 

佐天が唐突に話し出す。

部屋に入るための扉の前には、大量の荷物が積まれており、中に入ることが出来なかった。

玄関前で立ち話をするはめになったのは、これが理由だった。

 

「えーっと、その……春上さんを駅に迎えに行っている途中に引っ越し屋さんから連絡があって……」

 

申し訳無さそうに答える初春……

 

「でも、引っ越し屋も少しは考えれば良いのにね。」

 

ごもっともな意見を述べる美琴……

 

「どうしたモノか……」

 

佐天が呟く。

 

「このくらい大丈夫だよ。なんと言ってもこちらには白井さんがいるから……ね?」

 

「はあ、仕方ありませんわね……」

 

詩音に言われて黒子は、仕方ないと言った表情で能力を使い、あっという間に大量の荷物を部屋の中に入れてしまった。

春上は初めて見る高位の能力者に、純粋に感激していた。

 

「スゴいの……テレポートって初めて見たの。」

 

「そりゃそうでしょうとも……ワタクシのチカラを持ったテレポーターは学園都市内でも、そうそう居りませんのよ。」

 

「ほぉー。」

 

春上の尊敬の眼差しに鼻高々になる黒子であった。

 

「はいはい。チャッチャッと片付けちゃお!」

 

美琴の言葉を合図に各々手分けして、春上の荷物を片付けていく。

詩音を除いて……

詩音は初春の使う勉強机の椅子に座り、まるで自分の部屋のように勝手に彼女の冷蔵庫から麦茶を取り出し飲んでいた。

やはり、四人係で片付けそれば早い。

小一時間で終わった。

 

「こんなところかな?」

 

佐天が最後の段ボールを部屋の隅に置いた。

 

「疲れたね……」

 

詩音が一言。

 

「アンタは何もしちゃいないでしょうが!」

 

美琴がゲンコツを彼の頭に落とそうとしたが、当の詩音には当たるはずもなく……

 

「あ、避けるな!」

 

端から見ると二人は仲の良い姉弟のようだった。

 

「みなさん、どうもありがとうございましたなの。」

 

春上がペコッと頭を下げる。

 

「気にしない、気にしない。それより、片付けも案外早く終わったことだし、どこかに遊びに行かない?」

 

「そうだね、いろいろと紹介したい所もあるだろうし……」

 

「賛成ー!」

 

「あ、賛成じゃありませんの!ワタクシと初春、詩音さんはこれから合同で会議じゃありませんの!」

 

「「はっ!………はあ~~」」

 

春上と一緒にいることが出来ない初春はガックシと肩を落とす。

昼行灯の詩音に取っても、苦痛の時間だ。

 

「合同って?」

 

「アンチスキルとジャッジメントのですわ。何でも最近頻発している地震についてだそうですわ。」

 

「地震で会議?」

 

「はあ、そうでした。」

 

「じゃあ、御坂さんと私の三人で行こうか?」

 

「あぁ!ズルいです。」

 

「終わったら、合流すれば良いじゃん。ね?」

 

「あ、大丈夫ですよ。佐天さんはともかく、御坂さんは優しい人ですから。私たちも終わったらすぐに行きますし……」

 

「アンタね~?」

 

「佐天さん?冗談でも春上さんのスカート、捲ったりしないで下さいね!」

 

「え?どうして私がそんなことするの?」

 

「え?あれ?……え?だって……」

 

「えぇぇ~~~~~ッ!!?」

 

どうやら佐天のスカート捲りは初春限定のモノらしい。

 

****************************************************************************************************************************

 

その後、ジャッジメント組の三人は合同会議の行われる会場へと向かう。

会場入り口には、先に到着した固法が、詩音たち三人を待っていた。

 

「お疲れ様です。固法先輩……」

 

「どう?そっちはお友達の引っ越しは済んだの?」

 

「はい。白井さんたちに手伝って貰ったんで……」

 

「そう。良かったわね?」

 

何気ない雑談をしながら、用意されていた席に座る。

 

「やっぱり凄い人だね……」

 

「まあ、第七学区に置かれたジャッジメントの支部とアンチスキルの全てが、一同に会していますからね?」

 

「でも、ジャッジメント組の席、あそこの二席だけ誰も座ってないよね?」

 

詩音の指摘どおり、ジャッジメントたちに用意された範囲のうち、一番前の二席だけポツンと空いていた。

 

「本当ね……いったい誰が座るのかしら?しかも一つは革張りの椅子だし……」

 

固法の言うとおりその内の一つは他とは違って革張りの豪華な作りとなっている。

 

「ルイコから聞いた噂なんだけど、ジャッジメントには風紀委員長って言われる役職者がいるんだって……」

 

「でも、紅月くん?その噂が本当ならどうして席は二つ分空いているんですか?」

 

「風紀委員長がいるなら、ナンバー2の副委員長が居たって不思議じゃないよ。」

 

「なるほど………」

 

「なるほど……じゃありませんの!バカバカしい!佐天さんも佐天さんですわ!毎回、変な噂話に振り回されて……」

 

そんな話しをしている内に、会議の開始時間となった。

 

「ほら、三人とも始まるわよ。」

 

壇上に上がったのは、アンチスキルに所属する黄泉川先生……

どうやら、今回の会議の司会進行役であろう。

 

「このところ、頻発している地震についてだが、結論から言おう。これは地震ではない。正確には………………」

 

****************************************************************************************************************************

 

「ポルターガイスト?」

 

詩音たちジャッジメント組とは別行動となった美琴と佐天、そして春上の三人は、公園のベンチに座ってクレープを頬張っていた。

 

「イエス!ポルターガイスト!」

 

佐天は興奮していた。

オカルト好きの彼女に取っては、何とも言えない胸が踊るような熱い噂なんだろう。

 

「って、あれでしょ?家具やらなんやらが、勝手にぐらぐらと揺れたり、動いたり………」

 

佐天と真逆で、美琴はあまりそう言ったモノには興味がないようだ。

 

「P波もS波も観測されないんですって!」

 

ちなみに“P波”とは『“Primary Wave”=“最初の波”』のことで、“S波”は後から来る『“Secondary Wave”=“第二の波”』である。

 

「これは超常現象ですよ!超常現象!」

 

佐天の瞳は純粋な子供のように、キラキラと輝いていた。

 

「超常現象?ルイコ、それは違うよ……」

 

そんな彼女に水を指す輩が現れる。

声の主はなんと、詩音であった。

初春の寮で分かれたかと思うと、一時間もしない内に、再び美琴らと合流したのだ。

 

「はあッ!!?何でアンタがここに居るのッ!!?」

 

「そうだよ!合同会議はッ!!?」

 

驚く二人。

 

「面倒くさいし、途中で抜けて来た……」

 

「詩音くん、そんなことして大丈夫なの?」

 

佐天は彼のことを心配している。

 

「さあ?僕一人が抜けたところで何も変わんないよ……」

 

「アンタがいないこと、黒子たちは知ってるの?」

 

「知らないんじゃない?気配を完全に消してたから……」

 

ジャッジメントとしてはあるまじき行為だが、当の詩音は何ら悪怯れる様子もなく、飄々としていた。

 

「詩音くん、スゴいの……」

 

「春上さん、僕に惚れた?ダメだよ。僕はルイコ一筋だからね……♪」

 

「はあ~そんなのどうでも良いわよ。それでポルターガイストの原因とはなんなのよ?」

 

「ポルターガイストの原因……それは“RSPK症候群”の同時多発だよ。」

 

「「RSPK症候群……?」」

 

RSPK症候群とは、能力者が一時的に自立を失い、無自覚に能力を暴発させる病気である。

それが同時多発する事でポルターガイストのような現象など様々なことが発生する。

さらに規模が拡大することによって、地震と区別のつかないような現象に感じたりする。

詩音は分かりやすく、美琴たちに説明した。

 

「と、僕はそこまでしか聞いてないけど……」

 

「ええぇ~!じゃあ、別次元からの波動や学園都市が秘密裏に行っているって言う話は~?」

 

「ルイコには悪いけど、そう言ったモノは愚にも付かない噂ってことさ……」

 

「そんな~」

 

佐天は心底ガッカリしている。

 

****************************************************************************************************************************

 

詩音が合同会議から抜け出してから一時間半ほど経った。

会議を終わらせた黒子と初春が、美琴たちと合流する。

 

『パチン……ッ!』

 

合流すると同時に黒子は、詩音の頬を張った。

 

「もう、我慢できませんわ!アナタはジャッジメントとしての自覚はありますのッ!!?」

 

黒子は詩音を叱責する。

 

「“自覚”なら、あるよ……」

 

「じゃあ、どおして?ワタクシたちは必死になって働いているのに、アナタいつも仕事をサボることしか考えていない!ワタクシにはそうにしか見えないですの!」

 

「僕はあいにく白井さんみたいに熱い何かは持ち合わせてはない……はっきり言って、暑苦しい。」

 

「なんですって……!」

 

一触即発の状況。

詩音の言葉に黒子は拳を握る。

 

「ちょっと黒子、落ち着きなさい!アンタの気持ちは良くわかっているから……詩音!謝りなさい!」

 

「………」

 

美琴に謝罪を促すが、詩音は謝ろうとしない。

そんな態度に黒子は落胆した。

 

「見損ないましたわ。詩音さん………」

 

黒子は踵を返し、どこかへテレポートして行った。

 

「あ、黒子!アンタなんてことをッ!!?」

 

「別に……本当のことを行ったまでさ……」

 

「あ~!もう!私は黒子をどうにかするから、そっちはお願いね!」

 

「あ、はい!」

 

「分かりました。」

 

美琴はいなくなった黒子の姿を追うのだった。

 

「行っちゃった……」

 

「でも、どうして紅月くんは、白井さんにあんなヒドいことを言ったんですか?」

 

「初春や固法先輩、他の人たちも同じように見ていたってこと?」

 

「ただ僕は、白井さん自身が持っている価値観を押し付けられたくないだけさ………」

 

詩音もどこかへ行こうとした。

 

「詩音くん!」

 

咄嗟に彼のあとを追おうとした佐天であったが、詩音が「一人になりたい」からと言って、それを許さなかった。

その場に取り残される、佐天と初春、そして春上の三人……

 

「どうしよっか……」

 

「分かりません……でも、紅月くんがあんなことを言うなんて、私ショックでした。」

 

途方にくれる二人。

そんな彼女らに、春上が声をかける。

 

「初春さん、アレ……」

 

春上が不意に指差した方に目を向けると、街灯の支柱に張られたポスターが一枚。

良く見るとそれは今夜行われる花火大会の案内ポスターだった。

 

「これ今夜の……」

 

「私、みんなで一緒に見たいの。」

 

「ナイスアイデアだよ!春上さん!」

 

「そうですね!このシチュエーションなら絶対に仲直り出来ますよ!」

 

佐天と初春は、ケンカをした詩音と黒子を仲直りさせるための席を設けるために行動に移るのであった。

 

次回に続く。




今回、ラストがちょっとモヤモヤしてしまいましたが、
二人は無事に仲直りでますでしょうか?


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第28話 乱雑解放(ポルターガイスト) 後編

一人になった詩音は、何かするわけでもなく、フラフラと街中を歩いていた。

 

「あら?委員長……」

 

後ろから声を掛けられる。

振り向くと補佐役で風紀委員の副委員長を務める“瀬田つかさ”が立っていた。

 

「つかさちゃん……こんな所で奇遇だね?」

 

「まあ、合同会議の帰りです。委員長、途中で会議から抜け出してましたよね?周りに悟られぬように気配まで消して……」

 

「さすがはつかさちゃん。君の目だけは誤魔化せなかったね?」

 

「私を誰だと思っているんですか?」

 

「僕の大切なパートナーさ……」

 

「そういえば、いつものアナタと一緒にいる常盤台のレールガンの娘たちは?姿が見えませんが……」

 

「たまには一人になりたいモノだよ。」

 

再び詩音は、どこかへ行こうとするが、そんな彼の背中に何か感じたつかさが呼び止める。

 

「委員長、何かあったんですか?」

 

「どうしてだい?」

 

「いつもと雰囲気が違うもので……誰かとケンカでもしました?」

 

「本当につかさちゃんは何でもお見通しだね?」

 

二人は近くの喫茶店に入っていく。

その姿を偶然にも目撃した人物がいた。

 

「詩音くんッ!!?あの綺麗な人って誰?」

 

それは佐天だった。

 

「あの人って、固法先輩と同い年くらいだけど……それにあの腕章、ジャッジメントの人ッ!!?」

 

佐天はこの時から、詩音の詮索を始める。

これがどれ程、危険なことかも知らずに……

 

****************************************************************************************************************************

 

喫茶店に入った詩音とつかさは各々注文をする。

つかさにはホットコーヒー、詩音には特大のパンケーキが提供された。

 

「うわぁ~」

 

あまりの大きさに嫌悪感を隠せないつかさ……

 

「それで委員長は誰とケンカしたなんですか?」

 

「白井さん……」

 

「白井?……ああ、委員長が毎日のように入り浸っている一七七支部に所属している常盤台の……?」

 

「そうそう……白井さんって、けっこう熱い所があってさ、僕にジャッジメントとしての自覚はあるのかって、この委員長である僕にだよ?」

 

「いちジャッジメントである彼女にしたら、無礼にもほどがあります。アナタにそう言ったことを言えるのは、この私だけなのに………」

 

二人の話しを盗み聞きする佐天。

 

「あの二人って本当にどんな関係?それに詩音くんが委員長?わけがわからないよ……!」

 

佐天は居ても立ってもいられなくなり、詩音とつかさの座る席へと向かう。

そして……

 

「詩音くんッ!その女の子は誰ッ!!?」

 

「ル、ルイコ……ッ!!?」

 

修羅場に発展した。

 

「どうして、ここに居るのッ!!?」

 

焦る詩音……

 

「さっき、白井さんとあんな事があって心配になったから、探しに来てみれば……!」

 

佐天は怒っている。

しかし、この修羅場の中でやけにつかさだけは落ち着いていた。

 

「アナタは彼の彼女さんか、何かなの?」

 

「そうですけど!」

 

「自己紹介が遅れました。」

 

「そんなの聞きたくありません!」

 

「いえ、聞いてもらわないと困ります……私はジャッジメント第一ニ八支部に所属する瀬田つかさと言います。」

 

「それがどうしたんですか!」

 

「彼が新人だった当時、私が教育係として目を掛けていたんです……」

 

つかさが絶妙なフォローを出した。

 

「そうなんだよ、ルイコ!その関係で仕事に関する悩みとかあったら、時々こうして聞いてもらってんだよ!」

 

詩音もつかさのフォローに乗っかり、佐天に訴えかける。

 

「へぇッ!!?じゃあ、二人は~」

 

「別に付き合っていません。」

 

「そうだね。僕にとって彼女は面倒見が良い優しいお姉さんってところかな。」

 

「…………申し訳ございませんでした!」

 

佐天は深々と頭を下げた。

謝罪した佐天も一緒に三人で話しをする。

 

「私は佐天涙子、詩音くんとはクラスメイトで……」

 

「付き合っているのでしょ?お似合いよ?」

 

「……////あ、ありがとうございます。」

 

佐天は顔を赤くしていた。

 

「あ、それで二人が話していた時につかささん、詩音くんのことを委員長って呼んでませんでした?」

 

佐天の言葉にパンケーキを食べる詩音の手が止まる。

空気が一瞬で変わる。

 

「あ、アレ……?二人とも……なんか私、マズイこと言いました?」

 

「いや、別に……」

 

「そうですね……あ、私、今日の合同会議の資料をまとめないと……」

 

つかさが席を立ち伝票を持つとレジに向かう。

 

「あ、つかささん。自分のモノは自分で払います。」

 

「気にしないでください。今日は私のおごりです。」

 

「ありがとうございます。」

 

支払い額を見たつかさは固まった。

金額はなんと税込5040円……

金額の大半を占めているのが、詩音の注文した特大のパンケーキだ。

支払って店を出るつかさの背中は、落胆の色に染まっていた。

 

「良かったの?詩音くん?あのまま行かせて……」

 

「大丈夫、大丈夫……それでルイコ、僕に言いたいことがあるんじゃない?」

 

「あ、そうだ!今夜、花火大会があるんだって!みんなで行こうよ!」

 

「みんな?」

 

「そう!みんな!」

 

「ねえ、ルイコ……僕、白井さんとケンカしたんだよ?」

 

「分かってる。だからこそ!お互いの気分転換になるし、なにより素直に謝れると思う。だからね?」

 

「………わかった。やっぱり、ルイコには敵わないや……」

 

笑顔で答える詩音であった。

 

****************************************************************************************************************************

 

一方、黒子は自身の寮へと帰ってきていた。

そのまま、自分のベッドにうつ伏せになるようにダイブする。

 

「はぁ……ワタクシの志は、詩音さんにとってはただ単に暑苦しいだけなんでしょうか……?」

 

その質問に答える者は、部屋にはいない。

虚しくなるくらいの静寂が彼女の心に刺さる。

数十分、部屋は彼女一人だった。

 

「黒子、帰ってたのね……」

 

突如として、部屋の扉が開き美琴が現れる。

 

「お、お姉さまッ!!?どうしてここにッ!!?」

 

「アンタを心配してよ。当たり前でしょ?」

 

「お姉さま……」

 

黒子の表情に明るさが戻った。

状態を起こした彼女の横に美琴が腰かける。

 

「黒子、辛かったわね……」

 

「い、いえ……お心遣いありがとうございます。」

 

「何、辛気くさいかおしての!いつものアンタじゃなきゃ、こっちまで気が滅入っちゃうわよ!」

 

「すみませんですの。でも、詩音さんのあの一言が気になって仕方ありません。ワタクシはあの人からしては、ただの暑苦しいだけの女なんでしょうか!」

 

黒子の目にうっすらと涙が浮かぶ。

 

「そんな事ない!初春さん、固法先輩に佐天さん、私だってアンタがジャッジメントの仕事に一生懸命に取り組んでいるのは知ってる!だから、胸を張りなさい!」

 

美琴の言葉に、今まで黒子の中で溜まっていたモノが、一気に溢れ出した。

美琴の膝に顔を埋めて黒子は泣いた。

 

「辛いことは、今ここで全部吐き出しちゃいなさい。」

 

優しい言葉を掛けながら、黒子の頭を撫でる。

今の黒子にとって美琴は良き姉のように感じた。

落ち着いた黒子が顔を上げる。

 

「あらあら、目まで赤くしちゃって。」

 

「お見苦しい所をお見せしました……」

 

そんな時だった。

美琴のケータイの着信音が鳴る。

相手は初春からだった。

 

『あ、もしもし?御坂さんですか?』

 

「ええ。」

 

『どうです?白井さんは見つかりました?』

 

「こっちは大丈夫。黒子も落ち着いているわ。ほら黒子、初春さんも心配しているわよ?」

 

美琴は黒子と電話を変わる。

 

「あ、初春?色々と迷惑を掛けてしまいました。ごめんなさいですの。」

 

『良かったです。白井さん……ところで白井さん?』

 

「何ですの?」

 

『今夜、花火大会あるんですよ。みなさんで行きませんか?』

 

「花火大会?」

 

「良いわね!花火大会!みんなで浴衣でも着て……!」

 

「初春?それには詩音さんも……?」

 

『もちろんです。向こうは佐天さんが誘いに行ってます。』

 

「あの初春……ワタクシ、詩音さんとケンカしましたのよ?その状態で彼と会うというのは、ちょっと気が引けます。」

 

『だからこそ、会わないといけないんです!大丈夫です!白井さんには私たちが着いてます。』

 

「初春……分かりましたわ。もう一度、ワタクシの気持ちを詩音さんにぶつけてやります!」

 

黒子は覚悟を決めた。

 

****************************************************************************************************************************

 

その日の夕方、詩音は浴衣に着替えて佐天と待ち合わせた場所に行く。

待ち合わせ場所には佐天の姿はまだない。

 

「ちょっと、早く来ちゃったかな?」

 

5分後、佐天の姿見えた。

 

「詩音くーん!」

 

佐天が手を振っている。

詩音と合流した佐天。

 

「ど、どうかな////」

 

「綺麗だよ。スッゴく似合ってる。」

 

「詩音くんこそ、粋な感じでカッコいい。」

 

「あ、ありがとう////」

 

「ねえ、早く行こ♪」

 

佐天は詩音の手を引く。

そんな時、佐天のケータイが鳴った。

相手は初春からだった。

 

「もしもし?初春?どうしたの?」

 

『さ、佐天さん!た、助けて下さい。』

 

電話から聞こえる初春の声は一刻を争う状況だ。

 

「初春?どうしたの?どこにいるの!」

 

『じ、自分の部屋で、す……きゃああぁぁ〰️!』

 

最後は初春と春上の叫び声と共に電話が切れる。

 

「何があったんだろう?」

 

「とにかく行ってみないと!」

 

二人は初春のもとへと向かうのだった。

初春の寮へ到着し、詩音と佐天は彼女の部屋に突撃する。

 

「初春さん!大丈夫ッ!!?………って、あ……」

 

「へッ……!!?」

 

目の合った二人……

この空間の時間が止まったように感じた。

 

「ヒャアァァ〰️〰️ッ!!!」

 

開口一番に初春が叫ぶ。

初春は春上とともに腰紐に雁字搦めにされた状態で床に倒れていた。

浴衣の裾は捲れ、初春の下着が顔を覗かせている。

 

「アンタたち何やっての?」

 

佐天も彼女たちの姿に呆れていた。

すぐに二人を助けだし、着付けを始める。

佐天は初春を、詩音が春上の着付けを担当した。

女の子ばかりの空間の中で普通に溶け込んでいる詩音……

 

「春上さん、きつくない?」

 

「うん、大丈夫なの……でも、詩音くんスゴいの……着付けもあっという間で……」

 

「まあ、普段から慣れてるから……」

 

「はあ……私、もうお嫁に行けません……」

 

詩音の慣れた手つきに感心する春上とは逆に、初春はずっとため息ばかりついている。

 

「まだ、そんなこと言ってんの?たかが下着を見られただけでしょ?初春さんに取っては日常茶飯事じゃん。別に減るモノなんて無いんだし……」

 

「私にだって減るモノくらいありますよ……ッ////」

 

「ほら、初春?あんまり動かないの。着付け、終わらないでしょ?」

 

「す、すみません……」

 

「あ~あ、こんな事になるくらいだったら、はじめから佐天さんに頼めば良かったです……」

 

「でも、初春頑張ってんじゃん。」

 

「そうだね。それだけは間違いないよ……」

 

「ありがとうございます。今度は私がチカラになる番ですから。」

 

「今度?」

 

「ほら私ってトロい性格だから、昔、ジャッジメントの試験になかなか合格できなかったじゃないですか。そのせいで他のことにも自信が持てなくなって……」

 

「あーそういえば。あの頃の初春さんを見てると、けっこう苦労をしてたみたいだし。」

 

「そうそう、何だかほっとけない感じ?っていうか……」

 

「そんな時に佐天さんや紅月くんは相談とか励ましてくれたりとチカラを色々と貸してくれたんで……だから私、ジャッジメントになれたんですよ。」

 

「そうだっけ……」

 

「はい!なんで、今度は私が春上さんのチカラになれたらいいなって……あ、私だけじゃ不安でしょうけど……」

 

「うんうん……初春さんがルームメイトで本当に良かったの……頼りにしてるの。」

 

「まったく~いつの間にかこんなに大きくなって……姉さんうれしい♪」

 

「もちろん、お兄ちゃんも……♪」

 

「う〰️誕生日、私の方が二人より早いのに〰️!」

 

小動物のように頬を膨らませる初春。

結局のところは詩音と佐天から、妹キャラ扱いを受けてしまう初春であった。

 

***************************************************************************************************************************

 

着付けが済んだ、初春と春上も一緒に花火大会の会場へと向かう詩音と佐天。

 

「紅月くん?」

 

「何?」

 

「お昼のケンカのことですけど、白井さんにあんなことを言った理由を教えてくれませんか?」

 

「………断る。」

 

「どうしてですか?私だってジャッジメントの端くれです!あの時、私自身も白井さんと同じ気持ちでした。」

 

「私も詩音くんの本当の気持ちを知りたい!」

 

「……どうしても、聞きたいの?」

 

「聞きたいです!」

 

「分かった。白井さんと合流してから話すよ。だけど、その話しが示すのは修羅の道だ……」

 

待ち合わせの場所に行くと、既に美琴と黒子がいた。

 

「すみません。お待たせしました。」

 

「ううん、私たちも今来たところだから……それにしても、みんな可愛いね。似合ってるわよ♪」

 

「御坂さんに白井さん、綺麗です。」

 

「佐天さんたちも♪」

 

「詩音さんもお似合いですわよ。」

 

「あ、ありがとう……」

 

全員集まった。

花火会場となっている河川敷には多くの出店がある。

 

「うう~ん!良い匂い!行こ♪詩音くん♪」

 

「あ、うん……」

 

佐天に手を引かれ、土手を降りて行った。

 

「私も行こうっと♪」

 

「お姉さま!ワタクシも!お姉さま!お姉さま!」

 

詩音たちに続き、美琴も土手を降りる。

子供のようにはしゃぐ美琴が心配な黒子は、あわてて彼女のあとを追いかけた。

 

「春上さん、私たちも行きましょう。」

 

「うん……!」

 

5人は出店を心から満喫した。

金魚すくいをし、射的、輪投げ、色々と……

 

「お姉さま……またそんな物を……」

 

黒子はまたかと感じで頭を抱えている。

なぜかと言うと、美琴がゲコ太のお面を買っていたのだ。

 

「良いじゃない!雰囲気よ。雰囲気……!」

 

一方の詩音も美琴と似たような状況になっている。

右手には通常の数倍はあろうかと思われる綿菓子、また左手にはソフトボール大のリンゴ飴を交互に食べていた。

 

「うう……気持ち悪い。」

 

「胸焼けしそう。大丈夫なの?」

 

「別に……綿菓子なんて僕にとっちゃ空気と同じだからね。」

 

「詩音くん、尊敬するの~」

 

「いや、春上さん?そこはちょっと違うと思うよ……」

 

天然系不思議っ子ちゃんの春上に対し、佐天はため息混じりに突っ込んだ。

 

「ところで、あの車って?」

 

美琴が会場横に駐車している大型車に気づく。

 

「ああ、あれはMAR……先進状況救助隊のトレーラーですわ。ここ最近頻発しているポルターガイストへの対策だと思いますの。」

 

「ポルターガイストッ!!?やっぱりマジなんだ!」

 

佐天の目が輝いていた。

 

「ほらほら、ルイコ?落ち着きなさい。」

 

「こんな人の多いところでポルターガイストが起きたら大変ですし……」

 

「それにしても、こんな警備下で花火見物とは……風情もへったくれもありませんの……」

 

「だったら、良い穴場があるんですよ♪」

 

佐天の案内で詩音たちは移動する。

彼女が案内している途中、詩音が静かに口を開いた。

 

「白井さん、ゴメンね……」

 

そして、黒子に向かって唐突に謝る。

 

「いえ、ワタクシこそ……あの時はカッとしたからとはいえ、いきなり手を上げてしまって、申し訳ありませんでした……」

 

「でも、あの時にあんな事を言った理由があるんだ。」

 

「何でしょう?」

 

「僕が昼行灯になっている理由、それは遥か昔……江戸時代にさかのぼる。当時の僕は二代目として、先代である父のもとで勉強がてらに補佐をしていたんだけどね……」

 

「それで、それがアンタの怠け癖とどう関係しているのよ?」

 

美琴が聞いた。

その問いに詩音が答えるように語りだす。

 

次回に続く。



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第29話 鬼の住み処

江戸時代後期……

旗本の紅月家のとある日、“紅月詩乃佐衛門”……後の詩音であるが彼は、紅月家現当主である父の“紅月時久”から呼び出された。

 

「失礼します。何用でしょう?」

 

「おお、来たか……」

 

二人きりの空間、父から漂う空気が思い。

 

「これは他言無用だ。近々、あの中が騒がしくなる。」

 

そう言って、父は江戸城に目をやる。

 

「父上、どういう意味ですか?」

 

「今、あの城の中では不穏な空気が流れている。」

 

「不穏な空気……」

 

「そうだ。大老の“松永忠宗”様を暗殺しようとしている一派がいると言うのだ。」

 

「御大老の暗殺……ッ!!?なんと……」

 

「ここ数年来、日の本の……幕府の実権は御大老松永様が握っている。言い換えれば、そんな御大老さえ亡き者にしてしまえば、幕府内の勢力図は一気に塗り替えられる。その企てを行っているのが、筆頭老中“加納実守”……!」

 

「そのような事が城内で……」

 

「嘆かわしいことよ……」

 

「しかし、なぜそのような一大事を息子である私に?」

 

「貴様には頼みたいことがある。私はその内定を御大老から直々に受けて既に部下の“伊能源十郎”を一人、加納一派のもと秘密裏に潜り込ませている。そしてその確たる証拠もつかんだ。」

 

「で、その後の加納一派の粛清を私にと……?」

 

「いや、それは何でも危険すぎる。」

 

「私の腕を信用していないのですか?父上……」

 

「貴様の剣の腕は父として良く知ってはいるが、この件は内密に処理せよと申し付けられておる。」

 

「では、いったいどうするおつもりで……?」

 

「噂に聞いたのだが、この江戸内には闇から闇へと証拠を残さずに事を片付けてしまうという“仕事人”がおるらしいのだ。」

 

「と、いうことは、その仕事人を見つけて奴らに始末させるのですね?」

 

「そう言うことだ。頼む……」

 

「かしこまりました。」

 

「これのことは誰にも知られてはならぬ。妻や妹たち、もちろん送り込んだ部下以外にもな……」

 

「分かっております………」

 

詩乃佐衛門は仕事人探しのために数日間屋敷を開けることになった。

 

****************************************************************************************************************************

 

「へぇ~アンタって、初めからその仕事人ってわけじゃなかったのね?」

 

「まあ……でも、僕が仕事人として活動するきっかけにはなりましたよ。」

 

「しかし、いつの時代にもそう言った野心を持った輩はいますのね?」

 

「そうだね。現実を知ってるからなおさらね……」

 

「それで当時の詩音くんは?」

 

「その仕事人と会えたんですか?」

 

「じゃあ、話しを続けようか……」

 

***************************************************************************************************************************

 

仕事人探しを初めて三日目……

詩乃佐衛門は仕事人の手掛かりを掴む事になる。

江戸内のとある長屋の一角で殺人事件が起きたのだ。

殺されたのは、この長屋の一件に住む“弥助”という大工職の男。

妻と幼子と弥助の三人暮らし、その弥助は金使いが荒く、毎日のように妻や子を泣かせていた。

大勢の野次馬がいるなかで、見聞のために同心(町の治安を守る役職、下級武士などが主に勤める)等とその手先が数人集まっていた。

 

「これは物取りではないみたいですね……」

 

「え?どうして分かるんでぃ?」

 

「どうしてって、ほら……懐の金子には全く言っていいほど手を付けていませんよ。」

 

そう言った同心の一人は弥助の亡骸の懐に折り畳まれて入れられていた紙を見つけ、それを取り出し中身を確認する。

そこには“仕事人参上”とだけ書かれていた。

 

「渡辺さん、これを……!」

 

「はい?」

 

「仕事人って………」

 

渡辺と呼ばれる同心はその紙切れに難しい顔をしている。

その様子を離れた場所から見ていた詩乃佐衛門は、亡骸の側で泣き崩れる女性を見て確信した。

 

「あの人が亡骸の妻か……という事はあの人に話しを聞けば仕事人の情報が得られる。」

 

その日の夜中、その弥助の妻のもとを詩乃佐衛門は訪ねる。

 

「夜分遅くに済まない……」

 

夫を仕事人に殺された彼女は、いきなり現れた詩乃佐衛門に脅えていた。

 

「拙者はソナタに危害を加えることはない。ただ仕事人の話しが聞きたいだけだ。」

 

そう言って詩乃佐衛門は懐から小判5枚を彼女に見せる。

その後、仕事人の情報を聞き出した詩乃佐衛門は、古臭いお堂の前にやって来た。

そして、彼は叫ぶ。

 

「五つどきにここに来れば、如何なる殺しも請け負うと聞いてやって来た!それは誠かッ!!?」

 

詩乃佐衛門は、何かの気配を感じ取ると素早く腰に携えた得物に指をかける。

彼の目の前に現れたのは、濃紺の羽織袴と三度笠に般若の面で顔を隠した侍だった。

 

***************************************************************************************************************************

 

「とうとうその仕事人とアンタは会えたのね!」

 

「ええ……奴らと話し、頼み料を払い仕事の段取りは着けましたよ。これで一安心だと当時の僕は思っていた……」

 

「詩音さん、何か歯切れが悪いみたいですけど……」

 

「僕はね?与えられた仕事を終えて屋敷に戻る途中に街中に立てられた立て看板に、たまたま目が行った……そこに書いてあったのは父の切腹の報だった。」

 

「切腹ッ!!?それって……」

 

「武士なりのけじめのつけ方……」

 

「でも、どうしてなのッ!!?詩乃佐衛門さんのお父さんは悪事を暴こうとしてた!正しいことをしてたじゃない!」

 

「初めから敵の狙いは、父上の時久を葬ることだったんだよ。御大老に信頼を寄せられていた父上は、加納一派に取っては邪魔だった。だから亡き者にし、あわよくば大老の席を狙う。」

 

「何てこと……理不尽過ぎますの。でも、アナタのお父様が送り込んだ密偵の方は?」

 

「密偵として送り込んだ“伊能源十郎”も加納一派に金の力で飼われ、奴らの犬になり下がってしまった。城での審議の際に大老に嘘の報告をし紅月家を裏切ったんだ……」

 

「じゃあ、その御大老さんは?アナタのお父さんに内定の命令をしたんだから、部下が裏切ったところで……」

 

「奴も簡単に父上を切り捨てた。面倒だと言ってね………」

 

「そんな……」

 

「ヒドイ……」

 

「当時の僕は急いで屋敷に戻った。切腹の日は翌日だったから……」

 

****************************************************************************************************************************

 

「詩乃佐衛門!ただいま戻りました!」

 

急いで戻った彼を待っていたのは、彼の母と妹たち……

 

「今までどこに行っていたのですか!紅月家の一大事に!」

 

「皆、心配してたんですよッ!!?」

 

「済まなかった。父上から受けた使いが少し長引いて……それよりも、父上が切腹とはどういうつもりですか?」

 

「詳しいことは妻である私も知りません。アナタの方が何か知っているのでは……」

 

「私は別に……」

 

「お兄様、これを……」

 

妹が詩乃佐衛門に文を手渡した。

宛先は詩乃佐衛門。

差出人は父の時久だった。

文を受け取り、自身の部屋に籠ると書かれていることを呼む。

そこには、父の無念と介錯の願いだった。

 

***************************************************************************************************************************

 

「詩音くん、介錯って?」

 

「切腹の手伝いをする役の人だよ。」

 

「え?」

 

「簡単に言うと、腹を切った人にとどめを刺すんだよ。」

 

「詩音さん!それはお父様を手に掛けるということですのッ!!?」

 

「そうだね……」

 

「でもどうやって……?」

 

「太刀で首を跳ねる……ッ!」

 

「「「「……ッ!!?」」」」

 

****************************************************************************************************************************

 

切腹当日……

詩乃佐衛門は加納の屋敷に来ていた。

そこで介錯人用の黒の羽織袴に着替え、専用の太刀を携え、切腹場所になっている白洲へと向かう。

途中、敵対している筆頭老中の加納実守と時久を切り捨てた大老松永忠宗に頭を下げる。

そして、白洲で待っていたのは死装束を着た父“時久”の姿だった。

 

「来たか……」

 

「はい。」

 

「拙者の無念、読んでくれたか?」

 

「はい。」

 

「そうか。ならば最後に……右肩の上げ過ぎには気をつけろ。的がぶれるぞ……」

 

「分かりました……」

 

「両名、刻限でございます。」

 

加納方の仕切り役に言われ、介錯人の詩乃佐衛門は浄めた太刀を天高々と振り上げ構える。

時久も短刀を持ち、腹にその切先をあてがい大きく息を吸った。

そして…………ッ!!!!

 

***************************************************************************************************************************

 

詩音たちを包む空気が一気に重くなった。

 

「あれから随分と時が経ったけど、未だにあの時の手の感触が忘れられない……」

 

「それは、そうよ……いくら頼まれたからって、肉親の首を跳ねないといけないのはツラいことよ。」

 

「事後処理を終わらせ、屋敷に戻った頃は既に日も暮れていた。屋敷では母や妹らに、随分と責められたよ……」

 

「じゃあ、詩音くんは家族の人たちに全部話したの?」

 

「いや、何も言ってない。当時の僕はこの事を死ぬまでね……」

 

「どうしてッ!!?詩音くんは……詩乃佐衛門さんは何も悪いことはしてないのに……ッ!」

 

「仕方ないことだよ。武士っていうのは頭が固い不器用な連中なんだ。」

 

****************************************************************************************************************************

 

詩乃佐衛門の中の鬼が目覚めたのはその時だった。

翌日の夜中、彼は介錯人時に着ていた黒の羽織袴を纏い、そして衣装に合わせた色合いの菅笠を目深にかぶり顔を隠すと、父の無念を晴らすために加納実守の屋敷へと乗り込む。

 

しかし、屋敷で待っていたのは加納方の手下たちだった。

紅月家を裏切った伊能源十郎が密告し、仕事人を警戒した実守が警備を厳重にして待ち構えていたのだ。

 

「何者だ!」

 

彼の前には敵が約20人……

数の上では圧倒的不利だが、詩乃佐衛門は臆することなく、腰から刀を抜き構える。

 

「オメェさんにどもに語る名など持ち合せていませんよ。」

 

相手の武士からは詩乃佐衛門の口角が釣り上がる所だけが見えた。

彼から並々ならぬ殺気が漂い、敵側の侍たちは一層警戒を強める。

詩乃佐衛門の持つ刀の刃が焚かれた松明に煌めいた。

そして……ッ!

 

「いざ、参る……ッ!」

 

「やああぁぁーーーッ!!!!」

 

敵たちが一斉に詩乃佐衛門に襲い掛かった。

彼は並みい加納一派の武士たちを次々と斬り捨てて行く。

斬り殺した敵の血で屋敷は汚れ、それはそれは凄惨な現場となっていた。

まさに復讐の鬼と化した詩乃佐衛門には、似合った場所である。

 

「実守様!敵襲でございます!」

 

加納方の筆頭組頭“日下部正吉”が報告した。

 

「仕事人め来よったか……ッ!人を集めろ!なぶり殺しにしてやるのだ!」

 

「ははぁッ!」

 

実守は日下部に指示を飛ばすと一番奥の部屋へと一人避難する。

しかし、その部屋の天井裏には真の仕事人が潜んでいた。

的を殺るためにその仕事人は、細長い錐のような仕事道具を構え虎視眈々と的を狙う。

いざ仕事の好機と見た仕事人は、事を遂行しようとしたが思いがけないトラブルが起きた。

それぞれが多種多様なお面で顔を隠し、武装した者どもが、屋敷の正門より襲撃を仕掛けて来たのだ。

その輩たちは先日、詩乃佐衛門が仕事を以来した者たちだった。

 

「仕事人参上!」

 

「仕事人参上!」

 

面を着けた仕事人たちが屋敷内に次々と侵入する。

それにより一気に屋敷の中は混乱の坩堝に陥った。

一方の詩乃佐衛門は、とある人物と対面する。

 

「アンタ、町方の……ッ!!?」

 

その人物は弥助の殺害現場に居た、“渡辺”と呼ばれていた同心だった。

 

「ふ、オレのこと知ってるのかい?ならば……ッ!」

 

十手を下げた町方の男は、口封じのために詩乃佐衛門に容赦なく切りかかる。

だが、詩乃佐衛門も負けじと自身の刀で受け止め、鍔迫り合いに持ち込んだ。

 

「アンタも仕事人か?」

 

「そうだとしたら?オメェはどうするよ?」

 

「仕事人は面で顔を隠しているはずだが?」

 

矢継ぎ早に詩乃佐衛門が男に聞くが、奴は鼻で笑うだけだった。

二人は一度は間合いを取る。

 

「待っていたぞ!仕事人ッ!」

 

詩乃佐衛門と仕事人“渡辺”がにらみ合いを続ける中に現れたのは、紅月家を裏切り加納方についた“伊能源十郎”であった。

二人は源十郎を睨みつける。

 

「待っていたのはこちらその方です……」

 

皮肉めいたことを詩乃佐衛門は口にした。

 

「何?……貴様!何者だ!」

 

「おや?主君の顔を忘れたとでも……?」

 

源十郎に顔が見えるように詩乃佐衛門は、被っていた菅笠を取る。

 

「あ、アナタ様は……ご子息の詩乃佐衛門様ッ!!?なぜここにッ!!?」

 

「なぜとは笑止!……貴様の裏切りによって腹を切ることになった父時久の恨みを晴らすためだ!」

 

詩乃佐衛門は菅笠を捨て、改めて源十郎に向かい剣を構えた。

 

「お役人……ソナタは一度この場から離れよ。この乱戦の中では仕事をこなすのは無理があろう。」

 

「フ、青二才が嘗めたことを言ってくれるじゃねぇか……」

 

仕事人の渡辺は闇に消えるように撤退していく。

この場に残ったのは、詩乃佐衛門と裏切り者伊能源十郎の二人のみ、互いに眼光鋭く睨み合い先に動いたのは、源十郎の方だった。

気合いを乗せた剣で、詩乃佐衛門に切りかかる。

源十郎の猛攻に詩乃佐衛門は防戦一方だった。

 

「貴様の首を取ったとなれば私の地位は確かなモノに……!」

 

「やはり、伊能源十郎……!父上が一目置いていただけあって強い!」

 

とうとう詩乃佐衛門は部屋の片隅に追い込まれる。

彼には退路は残されていない。

 

「これまでのようだな……貴様も父親と同じ場所に送ってやろうぞ!」

 

詩乃佐衛門の首もとに、源十郎が自身の刃をあてがう。

 

「くッ!!?こ、これまでか……ッ!」

 

「覚悟!」

 

源十郎が刀を振り上げ、そのまま詩乃佐衛門の首もと目掛け振り下ろした。

だが、詩乃佐衛門の首が落とされることはなかった。

彼は切られると思われたその刹那、源十郎の斬撃を紙一重で躱すと、驚異的な足裁きで源十郎の背後に回り込み、形勢が逆転する。

 

「い、今のは……足裁きはッ!!?」

 

「縮地……」

 

「なッ!!?こ、これが幻の………」

 

次の瞬間、詩乃佐衛門は源十郎を背後から、袈裟懸けに切り捨てた。

斬られた源十郎は、この世の者とは思えないような苦悶の表情を浮かべ、そのまま膝から崩れ落ち絶命する。

 

「源十郎よ。暇を出してやる。地獄巡りでもして来い……ゆっくりとな。」

 

詩乃佐衛門は、静かにそう言い放った。

 

***************************************************************************************************************************

 

「これが、僕の過去の記憶……僕は思い知った。あれだけ真面目に働いた父も簡単に死んだ……無意味なんだよ。いくら頑張ったところでね……」

 

「分かりましたわ。アナタが背負っているモノも少しは知ることも出来ました。だけど、ワタクシの気持ちに変わりはありませんの!自分の信じた正義は決して曲げない!これだけは誰にも譲れません!」

 

「私もです!白井さんと志は変わりません!」

 

黒子と初春の詩音を見る目は、やる気に満ち満ちていた。

 

「まあ、それはそれで結構なこと……だが、君たちの信じる正義……ソレに喰われ絶望しないことだ。」

 

逆に二人を見る詩音の目は、氷のように冷たかったという。

詩音の過去話を聞きながら六人は、佐天の知る打ち上げ花火の見える穴場スポットへと到着した。

詩音たちが到着した頃には、既に花火が空に大輪の華を咲かせている。

 

「スゴ~い!」

 

「綺麗………」

 

打ち上がる花火に、詩音たち六人は魅入っていた。

佐天の隣に立つ詩音は、そっと彼女の手を繋ぐ。

 

「綺麗だね、ルイコ……」

 

「うん。私、こうやって詩音くんと一緒に見れて幸せ……////」

 

佐天も詩音に肩を寄せていた。

 

「僕、思うんだ……こうして、ずっとずっと一緒に居られたなあって……」

 

「私は絶対に詩音くんから離れないよ……キミの過去を含めて全てを私は受け入れたい。」

 

「ありがとう。ルイコ……////」

 

誰の目から見ても、明らかに二人の特別な空間がそこにはあった。

 

「何だが、あの二人……スゴい雰囲気……」

 

「これは負けていられませんわね……お姉さま!あのお二人に負けないように、ワタクシたちも燃え上がりますわよ!そう!あの打ち上げ花火のように!」

 

黒子は意味の分からない闘争心に駆り立てられ、美琴とイチャつき始める。

 

「お姉さま!さあ!さあ!……」

 

「ええい!ベタベタと暑苦しい!くっつくな!」

 

「御坂さんと白井さん、本当に仲が良いの……」

 

春上がそんな二人を見ながら、昔の思い出に浸っている。

 

「ちょっと、変わってますけど……」

 

いつも二人に苦笑いを浮かべる初春……

 

「初春さん、あのね?私にも昔あの二人みたいに…………」

 

春上は初春と話している途中、急に虚ろな表情となり話の節を自分で折ると、とぼとぼとどこかへ歩き出した。

 

「春上さん?」

 

「どうしたの初春?」

 

「春上さんもどうしたんだろう?」

 

「分かりません。急に……あ、春上さん。」

 

初春と佐天は、春上のあとを追いかける。

 

「御坂さん。ちょっと春上さんたちが心配だから僕も行きますね?」

 

「あ、うん……」

 

詩音も遅れて三人のあとを追った。

美琴と一方的にイチャつく黒子から、離れて行く詩音……

 

「本当にどうしたんだろう?」

 

「さあ?」

 

すると、黒子のケータイがなった。

相手は第一七七支部の固法美偉からだった。

 

「あら?固法先輩?今さら何ですの?」

 

『聞いて!聞いて!ポルターガイストのことなんだけど!』

 

「調べ物も良いですけど、少しは息抜きした方が良いですわよ?花火もキレイだし……」

 

『良いから、聞いてってば!RSPK症候群の同時多発の原因はAIM拡散力場への人為的干渉って言う可能性があるの!』

 

「AIM拡散力場への……」

 

『つまり一連のポルターガイストは偶発的な事故じゃなくて……!』

 

その時だった。

大きな縦揺れが詩音たちのいる展望台周辺を襲う。

 

「こ、これは!ポルターガイストッ!!?」

 

「きゃあぁぁぁ〰️〰️ッ!!!」

 

詩音の目の前で佐天は手すりに捕まり、身動きが取れない状況に陥っていた。

 

「ルイコ〰️〰️!」

 

詩音は激しい揺れで足元がおぼつかない中、佐天の側に急ぎ、彼女を庇う。

 

「ルイコ、大丈夫ッ!!?」

 

「う、うん……ありがとう。」

 

展望台でも一部が崩落した。

それに美琴が巻き込まれたが、黒子のテレポート能力に救われる形で難を逃れる。

一方、初春と春上は危機的な状況にあった。

二人の直上に支えを失った街灯が倒れ掛かって来たのだ。

 

「初春〰️〰️!」

 

叫ぶ佐天……

詩音も激しい揺れによって、二人を助ける事は愚か、立ち上がることもできない。

 

「間に合わない!」

 

詩音はこの後のことを覚悟した。

佐天と詩音は、唖然としている。

なんと、初春と春上に倒れ掛かってきた街灯は、ピンク色の“駆動鎧(パワード・スーツ)”によって支えられていたのだ。

揺れも収まり、美琴と黒子も詩音たちに合流する。

 

「間一髪だったわね……大丈夫?ケガは無かった?」

 

パワード・スーツから女性の声がした。

声の主は合同会議の時に出席していたMAR所属のテレスティーナだった。

初春と春上を心配した詩音たちが、二人に駆け寄る。

 

「初春さん、春上さん大丈夫?」

 

「え、ええ……」

 

詩音に呼びかけられ、春上もムックリと起き上がった。

 

「無理しないで……」

 

佐天も春上のことを気遣う。

 

「どこ?どこなの……どこにいるの?……」

 

しかし、当の彼女は大切にしているペンダントを握りしめ、ぶつぶつと呟いていた。

そんな彼女の行動に、その場にいた人間は困惑するばかりである。

一人を置いて……

 

次回に続く。



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第30話 声 前編

一ヶ月以上開いてしまい、すみませんでした。


花火大会の最中に起きた地震にも似た大きな揺れ“乱雑解放(ポルターガイスト)”

それに巻き込まれた詩音たち五人……

初春と春上に関しては、倒れて来た街灯の下敷きになりかけ命が危なかったが、先進状況救助隊のテレスティーナによってなんとか危機を回避できた。

 

場も落ち着き、テレスティーナは無線で花火大会会場に置かれた本部に連絡を取る。

 

「ええ……幸い負傷は……ええ、それよりもパニックが拡がらないように表向きのアナウンスを………ええ、実際にはこれは地震ではなく…………」

 

「ポルターガイスト……」

 

テレスティーナが通信しているのに割って入るように黒子が口を出した。

黒子の登場に少し唖然とするテレスティーナ……

 

「え?ええ、ポルターガイスト……そうよ。あとはお願い……」

 

テレスティーナは無線を切った。

 

「友人を助けていただきありがとうございました。」

 

美琴と黒子はテレスティーナに頭を下げた。

 

「ケガがなくて何よりでした。」

 

「ところで、あれはこの場に於けるAIM拡散力場の数値の計測をしておられるのでしょうか?」

 

黒子はそう言って崩れ落ちた展望台に目をやる。

彼女の言う通り、そこでは救助隊の隊員が、機器を使ってAIM拡散力場の計測をやっていた。

 

「MARでは事前にAIM拡散力場の異常を探知出来るんでしょうか?」

 

その言葉に一瞬だが、テレスティーナの表情が変わる。

 

「あ、いえ……その……そちらの対応が迅速でしたので……」

 

「あなた、お名前は?」

 

テレスティーナは黒子の名前を聞いた。

 

「ジャッジメント第一七七支部の白井と申します。」

 

「なるほど。一七七支部には優秀な人材が揃っているみたいね?RSPKとAIM拡散力場の関係について、もう把握しているなんて……」

 

テレスティーナは黒子に感心している。

 

「RSPKは何者かによるAIM拡散力場に対しての人為的干渉が原因……その同時多発がポルターガイストを引き起こしている。合同会議の時に教えてくだされば、ジャッジメントとして不審人物の割り出しなど、お手伝いできましたのに……」

 

「それはアンチスキルの管轄……会議でも言ったようにアナタたちジャッジメントには、風評被害対策と日頃の安全対策に専念して貰いたかったのよ?」

 

「AIM拡散力場への干渉……そんな事できる人が他にもいるのでしょうか?」

 

テレスティーナと黒子の会話に美琴が加わった。

 

「他にも?」

 

テレスティーナは、美琴のひと言に興味を示した時だった。

 

「御坂さーん!私たち病院まで付き添って来ますねーー!」

 

佐天が声を掛ける。

 

「ああ。私たちもー!」

 

「行けませんわ。お姉さま……そろそろ寮監の巡回が!」

 

「そうだった。」

 

****************************************************************************************************************************

 

その後、寮に戻った美琴と黒子は、初春から春上の無事の連絡を受け、ホッとしていた。

美琴はパソコンで何やら調べ物をしている。

そこへ黒子が抱きついて来た。

 

「お姉さーま!ったら、さっきから何を調べているんですの?……って、“レベルアッパー事件”?どうして、今さらそのような物を?」

 

美琴が調べていたのは、以前、木山春生よって起こされたレベルアッパー事件関連のネット資料だった。

 

「気になるのよ……今回のポルターガイスト事件に似てるって言うか……アレも結局、AIM拡散力場を利用した犯罪だったじゃない?それに……」

 

あの時、木山春生は美琴に向かってこうも言っていた。

“それに今後も手段を選ぶつもりはない……気に入らない時にはまた邪魔しにきたまえ。”と……

 

「なるほど……今回の件にも木山が関係していると……でも、お姉さま?肝心な事をお忘れになっていますわ。」

 

「え?」

 

「木山春生は一七学区の特別拘置所に勾留されていますわ。あれほどの重犯罪者、そうそう出て来れるはずありませんの。」

 

「それもそっか……」

 

「それより、黒子には気になることが……」

 

「何?」

 

「春上さんの様子ですわ。」

 

花火会場でポルターガイストが起きた時、春上はそこにはいない誰かを探すような素振りを見せていた。

 

「今回のポルターガイスト事件、AIM拡散力場への人為的干渉が原因……と言うことは、おそらく能力者による仕業……」

 

黒子は自分なりに仮説を立て、それを踏まえて推理する。

しかし、この推理が正しければ、ポルターガイスト事件に少なからず春上も関係していると言うことになる。

美琴も最悪なケースを想像してしまった。

 

「って、アンタまさか……!」

 

「いいえー!ワタクシだってそのような事は考えたくはありませんの……!」

 

再び、黒子は美琴に抱きつく。

過剰なスキンシップである。

このスキンシップに嫌がる美琴は黒子を押し戻すのに躍起になっていた。

 

「だいたい、そんな事あるわけないじゃない!春上さんは転校してきたばっかだよ?確か……」

 

今日の昼間、佐天が春上にこんなことを聴いていた事を美琴は思い出していた。

“そう言えば、春上さんが前にいた第一九学区でもポルターガイストが多発していたんでしょ?”と……

 

「佐天さんがそんな事を……?確かに第一九学区ではポルターガイストは発生しておりませんの。変わりとばかりにここ第七学区で……」

 

一抹の不安が残る二人。

 

「偶然よ、偶然!」

 

美琴はその不安を無理やりにでも、取り除きたかった。

 

「あんな大人しい子がポルターガイストと関係するはずないじゃない!」

 

「ですわよね……我ながらどうも疑り深くなっていけませんわ。固法先輩からの電話ですが………アッ!!?」

 

黒子は固法との電話がポルターガイストの影響で、通話が強制的に切れてしまってからそのままの状態だった事を思い出す。

恐る恐る彼女に電話を掛ける黒子。

呼び出し音が数回鳴り、固法が電話に出た。

 

「あ、モシモシ?固法先輩?ご機嫌麗しゅう……」

 

『白井さんッ!!?アナタ今まで何をッ!!?無事なら無事と!だいたいね!アナタは………!』

 

白井は固法から電話越しにめちゃくちゃ怒られた。

それも黒子を心配しての怒りだった。

しかし、幾分勢いが凄かった。

電話の向こうの固法の様子が伝わって来そうなくらい……

 

「先に寝るね~お休み~」

 

美琴はどこ吹く風か……

怒られる黒子を無視し、布団に横になった。

 

****************************************************************************************************************************

 

場所は変わり、ここは初春と春上の部屋……

病院での診察を終えた春上を詩音、佐天、初春が協力して部屋まで連れて来たのだ。

春上は寝間着に着替えベッドで眠っている。

 

「良く眠ってるね……」

 

「確かに……これでひと安心だね?」

 

「わざわざ二人には付き合ってもらって、すみませんでした。」

 

「気にしない、気にしない。別にアンタのせいじゃないんだし……」

 

「そうそう。それに初春さんのルームメイトは僕やルイコの親友候補なんだからね?」

 

詩音の言葉が嬉しかったのか、初春から笑みがこぼれる。

 

「でも、今日は何だか、紅月くんや佐天さんにお世話になりっぱなしでした……」

 

「「今日もでしょ?」」

 

見事にシンクロし、お兄さんお姉さん風を吹かせる二人。

 

「う~!」

 

二人のツッコミが気に入らない初春は小動物のように頬を膨らませていた。

 

「それにしてもビックリだよね?春上さん……あの地震のことを何も覚えていないなんて……」

 

「ええ……病院の先生が仰ってたように軽いショック状態だったんだろうって……」

 

「怖かったもんね……」

 

「はい……」

 

春上の事は初春に任せて、詩音と佐天は帰宅することにした。

玄関まで初春が見送りに出る。

 

「それじゃ、春上さんのことはしっかりと面倒見るんだぞ?」

 

「任せてください!あ、佐天さん。紅月くん……ありがとうございました。」

 

初春は二人の見送りを済ませて部屋に戻り、着ていた浴衣から寝間着に着替えようとしたとき、春上が目を覚まし起き上がった。

 

「あ、起きちゃいました?」

 

「ここは………」

 

「寮の部屋ですよ。気分はどうですか?何か飲みます?」

 

「大丈夫……もしかして、アタシみんなに迷惑かけちゃったのかな?」

 

「ああ、そんな事ありますよ。」

 

「アタシ、変なの……また、みんなに嫌われちゃうのかな?変わってるって……」

 

「そんな訳ないですよ。第一、春上さんには私がついています。あ、そうだ!紅月くんがお見舞いに良いものを買ってくれたんですよ?ちょっと、待っててくださいね?」

 

そう言うと初春は台所に向かうと何かを冷蔵庫から取り出し、手早く切り分け、お皿に用意した。

初春が持ってきた皿に乗っていた物は赤く熟した美味しそうなスイカだった。

スイカのお供にアジシオまで用意してある。

それを二人で仲良く頬ばった。

 

「うーん!甘くて美味しいですね。」

 

「うん……こんなに美味しいスイカははじめてなの……」

 

「このスイカ、熊本産なんですよ。紅月くんがたまたま自身の出身地のがあったから、学園都市で栽培されたのは味気ないいし、断然こっちの方が美味しいよって……」

 

「優しいの……初春さんと佐天さん、詩音くんも……みんな……アタシ一人じゃ何もできないの……ただ待つだけしかできないの……そんな自分が嫌なのに……変わりたいのに………」

 

春上の悩みを聞き、初春は少し思い詰めるがすぐに優しい笑顔を浮かべ、うつむく彼女を元気づける。

 

「大丈夫、変われますよ。私もみんなのおかげでジャッジメントになれました。春上さんにもみんながついてます。だから、きっと………!」

 

「変われるかな?」

 

「もちろん、私が保証します。さあ、いっぱい食べて元気出してください。」

 

「うん………」

 

初春と春上はその日の晩の内に、詩音が買ってくれたスイカを平らげてしまったと言う。

この話しを後々聞いた詩音はふと思った……

“アレ?僕が買ったのは確か3L玉(8kg以上9kg未満)のスイカだったような……”

 

****************************************************************************************************************************

 

初春と春上の寮を後にした詩音と佐天は、二人並んで歩いていた。

二人が公園の前に差し掛かった頃……

 

「あっ……」

 

ルイコが立ち止まる。

 

「どうしたの?ルイコ……」

 

「下駄の鼻緒が切れたみたい……」

 

詩音が佐天の足元を見ると、彼女の言うとおり、利き脚である右側の下駄の鼻緒が切れていた。

 

「本当だね……だけど運が良かった。ちょうど公園の中で……ルイコ、僕が直すよ。」

 

「詩音くん、直せるの?」

 

「まあね。まずはキミを座らせないと……」

 

そう詩音は言うと、佐天をお姫さま抱っこで抱えると、公園内のベンチに座らせる。

そして詩音は、佐天から鼻緒の下駄を借りると直し始めた。

 

「詩音くん凄いね……」

 

「まあ、昔の……先祖の記憶を持っているからね……」

 

「あ、そうか。あの時代はみんな靴なんて履いてないもんね?」

 

「そう。だから、当時こういう事ができる男の人はポイント高いんだよ。」

 

「へぇ~って言うことは、当時の詩音くんはモテたんだ……」

 

「えッ!!?、別にそんな事ないよ////だいたい、あの時代の僕が愛したのは生涯一人だったよ。」

 

「そうなの?」

 

「うん、だけどその思いを寄せてた人は町娘だったから……」

 

「ダメだったの?」

 

「当時は身分やら世間体やら、色々厳しいからね。武士は特に……まあ、僕はその子と祝言を上げたけどね?」

 

「良かった……それで、そのお嫁さんってキレイ?」

 

「当たり前だろう?」

 

「どんな人?」

 

「美人で器量が良くて……それに町娘出身だけど身分の高い人にも怖じけ付くことないし、強いて言えばルイコみたいな………って、僕に何言わせるの!」

 

「ゴメンゴメン……だけど、やっぱり女の子として気になるじゃない?恋話ってさ……」

 

「もう……」

 

「でも、そのお嫁さんは私と似てるんだ……なんかテレるな////」

 

詩音は昔の恋愛話を話している間に、佐天の下駄の修理をしてしまった。

 

「どうかな?」

 

「凄ーい!ありがとう!詩音くん!」

 

「大したことないよ。それじゃ帰ろうか?」

 

「うん……////」

 

二人は手を繋ぎ、再び歩き出す。

 

「どう?調子は……」

 

「大丈夫みたい……」

 

***************************************************************************************************************************

 

佐天を寮まで送った詩音は自身のウチに帰宅途中に一件の屋台の前に立ち止まった。

 

「お腹すいたな……」

 

詩音は屋台の暖簾をかき分け、木製のベンチ席に座る。

屋台には強面の店主と先客の女性が三人……

 

「らっしゃい。」

 

店主がぶっきらぼうに一言。

そして、詩音の手元に手早くおしぼりと割りばし、御通しが用意された。

 

「おじさん、オレンジジュース。」

 

「あいよ。」

 

「あとは乾きモノとかテキトーにお願い……」

 

「あいよ。」

 

詩音も慣れた感じで注文をする。

出されたおしぼりを手に取り、手を拭きながら何気に隣にいた先客にチラッと目がいった。

すると先客の女性の一人が詩音の目線に気がついたのか、こちらと目が合う。

 

「…………ッ!!?お前は!」

 

「黄泉川先生ッ!!?」

 

詩音が言ったとおり、なんと先客は“警備員(アンチスキル)”に席を置く黄泉川だった。

 

「小萌先生に鉄装先生も……奇遇ですね?」

 

「お前がどうしてこんな所にいるじゃんよ!!?もう完全下校時間は過ぎてるじゃん!」

 

「この格好で分かりませんか?今日は花火大会があったんですよ。それでポルターガイストに巻き込まれて……」

 

詩音は花火大会中起きたポルターガイストの経緯を話しながら、先に出されたオレンジジュースを飲む。

 

「そうか……大変だったじゃんか。ならば今日のことは目を瞑るじゃん。」

 

「ホッケ、お待ち……」

 

「あ、どうも……」

 

「大将、こっちには串盛り頼むじゃんよ。」

 

「あとは、テビチにチラガー、バイン・セオもお願いするですぅ♪」

 

***************************************************************************************************************************

 

屋台で遅めの夕食を済ませた詩音は途中のコンビニで好物の“ハイメガプリン”を買って帰宅した。

浴衣を脱ぎ、シャワーを浴び汗を流すと、寝間着に着替える。

そして、寄り道で買ったプリンを持って書斎に行き、革張りの椅子に腰掛ける。

机に置かれたパソコンの電源を入れた。

起動したパソコンをいじり、詩音はあることを調べる。

 

「春上衿衣……レベル2の念話(テレパス)か。」

 

詩音は風紀委員長として、書庫(バンク)にあるデータベースに無制限にアクセスできる権限を持っていた。

その権限で調べたのは、転入してきた春上だった。

理由としては前述している黒子と同じ理由だ。

 

「受信専門のテレパスってことは、相手のAIM拡散力場への干渉は不可能ってわけなのか……」

 

プリンに舌鼓を打ちながら、春上のデータを詩音は見ていた。

そして、詩音は彼女のデータの備考欄の記述に目を止める。

 

「ただし、特定の波長下に置ける者との交信の場合、レベル以上の能力値になる………と言うことは、春上さんがポルターガイストを引き起こしている能力者に干渉している可能性も捨てられないと言うことか………」

 

その時だった。

詩音のケータイが鳴る。

 

「この番号は………モシモシ?ああ、アンタか…………」

 

次回に続く。




皆さまのおかげでお気に入りが150人行くことが出来ました。
ありがとうございます!


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第31話 声 後編

投稿が遅れてすみませんでした。
前後編と少しバランスが取れず、後編が長くなってしまいました。


花火大会の夜から2日が経った。

風紀委員第一七七支部にて……

支部の時計の針は昼前の11:30を差している。

詩音はいつものようにソファーに座り、愛刀“絶影”の手入れをしていた。

また、ジャッジメントではないが美琴と佐天もいつものように支部に入り浸っている。

佐天は電話で初春と話していた。

 

「自然公園?春上さんと二人で~?ズル~い!何で誘ってくれなかったの~?だいたい非番だと聞いてなかったし~ッ!」

 

どうやら彼女は、親友である初春から遊びに誘われなくて、少々不満そうだ。

 

『ハァハァ……すいません……ハァハァ……』

 

電話の向こうで話す初春の息が荒い。

佐天も不思議に思っている。

 

『ヘェヘェ……たまには……ハァ……ハァ……マイナスイオンも吸うのも………良いかな……って、ハァハァ……』

 

本当に辛そうだ。

佐天との会話がまるでなっていない。

 

「って言うか、マイナスイオン吸い過ぎじゃない?息上がってるよ?」

 

『え?……ハァハァ……荒いですか?……そんなことないですよ?』

 

電話の向こうでは、汗だくになりながら、初春が一生懸命にボートを漕いでいた。

初春はオールを持っているので両手が塞がっている。

その為、一緒に乗っている春上が彼女のケータイを持って会話をアシストしていたのだ。

 

「あ~あ……せっかく遊びに来たのにフラれちゃった……」

 

電話を切った佐天が愚痴る。

 

「ここは遊びに来る所じゃないんだけどね……」

 

佐天の愚痴に愚痴で返す固法……

 

「アハハハ………すいませ~ん。あ、何か冷たいモノでも買って来ましょうか?」

 

「え?そうね………じゃあ、冷やし中華と五目チャーハンとミックスフライと皿うどんと……あと………」

 

出るわ出るわ……いったいその体のどこに、これらの食料が入っていくのか検討もつかない。

 

「食べますね……」

 

佐天も苦笑いを浮かべている。

 

「あと、春巻きとか良いわね~生のヤツ……」

 

さらに追加……

 

「詩音くんは何か食べる?佐天さんお昼買いに行くんだって?」

 

「うーん、そうだな~?じゃあ、僕は白くまアイスをお願いしようかな?ノーマルはダメだよ?絶対プレミアムの方だからね。」

 

「えー!」

 

佐天は不満そうだったが、しぶしぶ買い物に出かけていった。

一方、黒子は美琴と共にノート型パソコンを使い、書庫へアクセスしようとしている。

 

「やっぱり、気が引けるわね?」

 

「しかし、春上さんへの疑念を打ち消すためにも、ここは……」

 

「そうね………」

 

そして美琴は、能力を使い書庫への不正アクセスを行った。

ハッキングにより、春上の個人情報が使用中のパソコンのディスプレイに表示される。

他人の個人情報を勝手に見ることは、世間体的には誉められることではない。

しかし、これは春上のためにやっている。

二人はそう割り切っていた。

そんな二人のもとへ詩音がやって来た。

 

「あれ?二人とも何してるんですか?」

 

パソコンに集中していた二人は、いきなり詩音に声をかけられて、ビクッと反応する。

 

「し、詩音ッ!!?」

 

「いきなり声をかけられてはビックリしますの!」

 

「ああ、ゴメン……それで二人して何を調べているんですか?」

 

パソコンを覗き込もうとする詩音。

 

「いや!別に何でもないわよ?」

 

「え、ええ……詩音さんには関係ないことですので……」

 

「そう言われると、なおさら気になるね……」

 

詩音は止める美琴たちを押し退けてディスプレイを見た。

そこに表示されていたのは春上衿衣の個人情報……

 

「ああ……二人はこれを見ていたんだね?」

 

詩音の声のトーンが重いモノに一気に変わる。

 

「悪いとは思っている……」

 

「ですけど……」

 

「別に謝ることはないさ。それとも何かい?僕がキミたちに謝罪を求めいると思ってる……?」

 

「あ、いや………」

 

いつもとは違う詩音の雰囲気に二人は押し黙ってしまった。

 

「それに僕自身、昨夜に彼女のことを調べたからね。春上さんはレベル2の“精神感応(テレパス)”……実用段階のチカラではないけど、油断はできない。ほらここ……特記事項欄を見て。特定波長下においては、レベル以上の能力を発揮する場合があるって書いてある。」

 

「ってことは……」

 

「ポルターガイストを起こしている能力者の中に春上さんと関係している人物がいるってことですの?」

 

「僕はそう思ってる。だから必要とあれば彼女には、僕から話を聞くことにするよ。御坂さんと白井さんは、この事に全く関与してない……それで筋を通すんだ。良いね?」

 

「そ、それって!!?」

 

「そうですわ……ッ!」

 

「言い訳は聞かない。春上さんに話しを聞く以上、初春さんからも何かしらの嫌悪感を持たれる。みんなの仲がバラバラになってしまうのは偲びない。って言うことで分かった?」

 

詩音は二人には無理やりにでも納得させた。

 

**************************************************************************************************

 

「うーーん!風が気持ちいいーー!」

 

自然公園に春上と遊びに来ていた初春は、池を一望できるベンチに座りお昼を食べていた。

春上は無心で海苔巻きを食べている。

 

「どうして、こういった場所で食べる海苔巻きは美味しいんでしょ~ハム………」

 

海苔巻きを食べている春上が唐突に話しを切り出す。

 

「この間の夜……初春さんが言ってくれたこと、私ずっと考えていたの……きっと変われるって……そして決めたの!私、変わって見せるの!」

 

「春上さん……」

 

「初春さんにはちゃんと話しておかなくちゃ……私、友達を探しているの。その子とは仲良しで、いつも一緒で……でも、ある日離ればなれになって……でも、その子と約束したの。“また会える”って……だから、待ってた。でも待ってるだけじゃダメなの……自分から探しに行かないと。こうしている時もあの子は……」

 

春上は大切そうに首からかけているペンダントを握っている。

その手を初春が優しく……でも力強く包む。

 

「分かりました!一緒に探しましょう!きっと見つかりますよ!」

 

そう言って春上を元気づける初春であった。

 

「初春さん…………」

 

しかし、ここで春上の様子がおかしくなる。

 

「春上さん……?」

 

昨晩の花火大会の会場で起きたポルターガイストの時と同じように何者かの声を感じとったのだ。

 

「どこ……?どこにいるの……ッ!!?何をそんなに苦しんでいるのッ!!?」

 

「春上さん?どうしたんですか?春上さん!」

 

初春の呼び掛けも完全に彼女に届いていない。

そして、初春は衝撃的な光景を目の当たりにする。

なんと池の上のボートが、5Mほどの高さに浮いているのだ。

しかも、そのボートには男女が乗っている。

言葉が出ない初春。

次に来たのは大きな揺れだった。

激しい揺れに立っている人は皆無、周りからは悲鳴ばかりが上がっている。

公園内に設置されたブランコは荒ぶり、倉庫は倒壊、植えられた樹木は地面ごと掘り起こされるカタチで倒れる。

まさに災害そのモノだった。

 

****************************************************************************************************************************

 

場所は戻り、第一七七支部の昼時……

皆思い思いに過ごしていた。

固法と詩音は食後のデザートにご満悦の様子。

美琴に黒子、それに佐天を入れた三人は楽しそうに談笑をしていた。

 

そこへ緊急事態を知らせるアラームが鳴る。

 

「ん?警報?何だろう?」

 

「さあ?」

 

固法が警報の内容を確認した。

 

「第ニ一学区の自然公園で……大規模なポルターガイストが発生ッ!!?」

 

その言葉に支部内が驚きに包まれる。

 

「え?その第ニ一学区の自然公園って、初春と春上さんがいるとこじゃないですかッ!!!」

 

詩音たちは自然公園へと急いだ。

 

**************************************************************************************************************************

 

ポルターガイスト後の自然公園では、MARが負傷者の救助や避難誘導、それに現場検証などの活動を始めていた。

陸空と迅速に負傷者を病院へと搬送する。

 

「被害状況は……?」

 

MAR隊長のテレスティーナは、通信で部下に確認を取る。

 

『負傷者72名。内、重傷者は18名。今のところ死亡者はありません。』

 

「分かった。引き続き救助作業へ当たれ……」

 

『は!』

 

「ふぅ……確かにこれじゃ普通の地震と区別つかないわね。」

 

現場を見た彼女は、率直な感想を吐露していた。

そんな時……

 

「いいから。キミも来なさい。」

 

「私は大丈夫です!私、ジャッジメントですから!まだ私にも出来ることがありますから!」

 

聞き覚えのある声の主は、MARの隊員と揉める初春であった。

 

「あなたはこの間の……?」

 

「テレスティーナさん?」

 

その後、初春はテレスティーナに説得される形で、近くの病院へと移動し、ケガをした膝の治療を受けることになった。

彼女からの連絡で、詩音たちもその病院へと向かう。

 

「初春さん!」

 

まず初春に声を掛けたのは美琴だった。

 

「皆さん………」

 

「大丈夫?ケガは?」

 

佐天が初春のケガを心配する。

 

「私はこの通り、少し擦りむいただけです……」

 

そう言って、初春がケガした膝を詩音たちに見せた。

 

「このくらい平気だと言ったんですけど……」

 

まだ笑顔を見せる余裕のある初春にホッと胸を撫で下ろす。

 

「それにしても、二度もポルターガイストに巻き込まれるなんて、アンタも春上さんもどんだけ………って、そういえば、春上さん?」

 

「先に搬送されたんで、どこかに……大丈夫、ケガはありません。ただ気を失っちゃって……」

 

みんなのやり取りを聞いていた詩音が口を開く。

 

「初春さん……ポルターガイストの直前、春上さんに変わった様子はなかったかい?」

 

「へ?」

 

「だから、この間の花火大会の時のような……」

 

「あの……いったい、何を言っているのか……」

 

この場を包む空気が変わる。

非常に気不味い感じだ。

 

「僕、色々調べたんだよね。春上さんの事……彼女はレベル2ながら、少し変わったテレパスの能力を持っているんだ。もしかしたら、あの時と同じように不審な動きを見せたとなれば……」

 

「何で………」

 

初春の声に静かにだが、怒気がこもる。

 

「何だい?初春さん……」

 

「何で、そんな事を調べたんですか?」

 

「何でって……」

 

「まさか……春上さんのことを紅月くんは、疑っているですか?」

 

「初春さんもおかしな事を聞くもんだ。そりゃあ、ジャッジメントとして当然じゃないか……」

 

詩音は自身が思っていることを、ストレートに口にする。

次の瞬間、初春が詩音の頬を平手で張った。

 

「「「ッ!!?」」」

 

美琴たちは驚愕する。

普段は温厚な初春が、怒りをあからさまにしているのを始めて見てしまった為だ。

 

「最低です。紅月くん……春上さんは転校してきたばかりで不安で、私たちを頼りにしているのに……それなのに!それなのに!」

 

「ちょ、ちょっと落ち着こうよ。初春……」

 

佐天があわてて、二人の仲裁に入る。

 

「あのね初春さん、詩音も別に悪気があった訳じゃないの……」

 

美琴も佐天に加勢した。

 

「そうですわよ、初春……あくまでも、詩音さんはジャッジメントとしての意見を………」

 

黒子もフォローに入る。

 

「白井さんも紅月くんの肩を持つつもりですか……」

 

しかし、春上のことに敏感になっている初春は、攻撃の矛先を黒子にも向けてしまった。

 

「い、いえ、そんなつもりは……」

 

今の初春には、何を言ったところで火に油だろう。

回りにいる他の患者からも注目の的になっていた。

 

「じゃあ二人とも同類です……白井さんとはゼッ…………ッ!!?」

 

次の瞬間、詩音は目にも止まらぬ速さで初春の胸ぐらを掴み上げた。

 

「うく………ッ!!?」

 

「初春飾利……それ以上の言葉は許さないよ。」

 

詩音の瞳には生気が感じられない。

その瞳に心底恐怖する初春……

 

「わ、私は……春上さんを傷つけるアナタたちが心の底から嫌いです!」

 

苦しみながらも、初春は怒りを爆発させる。

その言葉を聞いた詩音も怒りを爆発させた。

初春をその場に落として、腰から刀を抜く。

周囲から一気に人が履けた。

 

「僕を否定するのは構わないが、白井さんまで巻き込むつもりか?」

 

「私は何も間違ったことは言っていません!」

 

「そうか……」

 

「詩音さん!別にワタクシは大丈夫ですわ!」

 

黒子は詩音を止めようと必死になるが、そう簡単に行くはずもなく、美琴は最終手段として能力の行使を考える。

佐天はショッキングな光景に泣くことしかできなかった。

 

「初春飾利……最後に墓石には何て書いてやろうか?」

 

詩音の問に対して初春は……

 

「“馬鹿に着ける薬ない”とだけ書いといて下さい。」

 

と詩音のことを皮肉るように言い放った。

 

「減らず口を………」

 

詩音は刀を振り上げて、狙いを初春の首に定める。

 

「ダメ〰️〰️〰️ッ!!!!!!」

 

佐天は叫んだ。

美琴も覚悟を決めて能力を行使しようとする。

 

「はい。茶番はそこまでよ。」

 

詩音の振り下ろした刃が、初春の首もとスレスレで止まった。

 

「分かっていましたか……」

 

詩音は刀を鞘へと納める。

心臓が止まる思いをした一行……

声の主はMARの隊長のテレスティーナだった。

 

「ヒヤヒヤしたわ……」

 

「テレスティーナさん……」

 

「テレパスがAIM拡散力場の干渉者になる可能性は少なからずあるわ……ここはもう収容出来ないな。次は第一五学区の病院へ搬送させろ。」

 

「はっ!」

 

「あの……ッ!」

 

「ただし、それにはレベル4以上の実力が必要だし、よほど希少な能力と言わざる負えない……レベル2にその可能性はほとんど無いと思うけど、念のために詳しく検査した方が良いのかもしれない。そのお友達のお名前は?」

 

「春上衿衣さんです。」

 

「ッ!!!紅月くん!」

 

未だに怒りを抑えることが出来ない初春が詩音に噛みつく。

 

「被災者を一人そちらの研究所に送る。車を一台まわせ。」

 

テレスティーナは通信で春上の移送準備を指示した。

 

「あの!………」

 

「潔白を証明させるためだと思いなさい。大丈夫。ウチには優秀なスタッフが揃っているから安心して……それと病院内ではお静かに。」

 

テレスティーナに言われて、初春はようやく落ち着くことができた。

五人は春上と共にMARの研究所へと移動する。

 

***************************************************************************************************************************

 

春上はMARの研究所本部に到着すると、すぐに精密検査を受けた。

詩音たちは彼女の検査が終わるのを待つために、待ち合い室に用意されているベンチソファーに座っている。

ケンカをした詩音と初春は、同じベンチに座っているが、お互いに背を向け、一言も喋ろうとはしない。

黒子もずっとしょんぼりしている。

そんな険悪なムードを変えようと、気を利かせた佐天は、人数分の缶ジュースを買ってきた。

 

「はい。初春……♪」

 

佐天はジュースを初春に手渡そうとする。

 

「いりません………」

 

しかし、呆気なく断られてしまった。

 

「じゃあ、詩音くんは?」

 

「いらない……」

 

詩音も初春同様に、佐天の差し入れを拒否する。

 

「はあ~アンタたちねぇ……」

 

頑固な二人に呆れる佐天………

 

「じゃあ、私、スイカ紅茶を頂こうかしら?喉カラカラだし、ほら黒子も……」

 

この雰囲気に堪えられない美琴……

佐天からジュースを貰い、さらに落ち込む黒子のために別の一本を差し出した。

 

「お姉さま、申し訳ないですが、ワタクシはそう言った気分ではございませんの……」

 

黒子もジュースの差し入れを断る。

佐天と美琴は互いに苦笑いを浮かべていた。

そこへ、春上の検査を終わらせたテレスティーナがやって来た。

 

「検査が終了したわ。」

 

「あ、あの!春上さんはッ!!?」

 

テレスティーナに駆け寄る初春……

 

「慌てない……結果が出るまでには、もう少し掛かるの……ついてらっしゃい。」

 

そう言ったテレスティーナは五人をとある部屋へ案内した。

彼女が招き入れた部屋は、可愛らしい動物モノのインテリアで飾られている。

 

「何か……全然、研究所って言う雰囲気じゃないですよね?凄いセンスというか………?」

 

佐天は側にいる美琴に声を掛けるが、彼女からの返事ない。

 

「ん?……」

 

不思議に思った佐天が美琴を見ると、

 

「はぁ~~////……………」

 

ファンシーな置物に、まるで子供のような純粋な瞳を輝かせている美琴の姿があった。

 

「あぁ………」

 

「女がてらに災害救助なんてやっていると、こんな純粋な物が好きって、以外に思われるのよね……」

 

「じゃあ、これって……?」

 

「そう、私の趣味……さて、改めまして。先進状況救助隊付属研究所所長のテレスティーナです。」

 

テレスティーナは自身の役職を詩音たちに話した。

 

「「所長ッ!!?」」

 

美琴を佐天は、声を合わせて驚く。

 

「ってことは?MARの隊長さんで、研究所の所長さんで……えぇっと、あとは何ですか?」

 

「フフ、それだけよ。そういえば、白井さん以外はまだ名前を聞いていなかったわね?アナタは?」

 

テレスティーナは正面に座る美琴の名前を聞いた。

 

「私は御坂美琴です。」

 

「まさか、常盤台の?」

 

テレスティーナは驚いたリアクションを取る。

やはり学園都市最強のレベル5の名は伊達ではなかった。

 

「こんなところで、あの“超電磁砲(レールガン)”と会えるなんて光栄だわ。」

 

「あ、いえ……」

 

「で、そちらは?」

 

テレスティーナは美琴の隣に座る佐天に話を聞く。

 

「佐天涙子です。どうも……」

 

「アナタも常盤台?」

 

「いえ、柵川中学です。」

 

「御坂さんのお友達と言うことは、アナタも相当な能力者なのかしら?」

 

佐天に期待を持つテレスティーナ。

 

「あ……そういうわけでは………」

 

「まあいいわ。よろしく……」

 

「はい、よろしくお願いします。」

 

「それから………」

 

テレスティーナは佐天の隣に座る初春にも名前を訪ねようとしたが、初春は自発的に名乗った。

 

「ジャッジメント第一七七支部の初春飾利です!」

 

「よろしく。最後にそこのキミは?」

 

「僕は紅月詩音。一応ジャッジメントです。」

 

素っ気ない感じで詩音は自身の紹介をする。

 

「じゃあ、白井さんや初春さんと同じなのね?」

 

「そう言うことにしといて下さい。」

 

「あの!テレスティーナさん!」

 

「どうしたの?」

 

「あの!春上さんは干渉じゃ……犯人じゃないですよねッ!!?」

 

春上の検査結果が、早く知りたくて堪らない初春は、もどかしい気持ちでいっぱいだった。

 

「試してみる?」

 

テレスティーナの言った言葉の趣旨が分からなかった。

初春を始め皆の頭に?マークを浮かべる。

 

「好きな色は?」

 

そう言ってテレスティーナは、ジャケットのポケットからチョコレート菓子の入った円筒形の容器を取り出した。

 

「え?……何でも好きですけど、強いて言えば黄色とか……」

 

「黄色ね?」

 

テレスティーナは、お菓子の入った容器を数回軽く振り、容器の蓋を取る。

 

「手を出して……」

 

初春に手を出すように促した。

 

「何なんですか?」

 

テレスティーナの行動に、懐疑的な初春の手の平には、黄色のチョコレート菓子が一粒……

 

「あら、幸先良いじゃない♪着いてきなさい。」

 

「「「「「へ………?」」」」」

 

****************************************************************************************************************************

 

詩音たちは、テレスティーナの案内で、研究所内にある別の施設へ、移動していた。

途中、詩音たちがとある部屋の前を通り掛かる。

 

「詩音さまー!ワタクシです!婚后光子ですわー!」

 

その瞬間、詩音の名前を誰かに呼ばれたような感じがした。

 

「ん?誰か呼んだ………?」

 

「詩音くん。どうしたの?」

 

「あ、いや、別に………」

 

***************************************************************************************************************************

 

テレスティーナに連れられてやって来た場所は、春上の検査状況が見える場所だった。

下では、春上が仰向けの状態で機材備え付けのベッドに寝かされていた。

 

「春上さん!」

 

二階の特殊ガラス張りの部屋から初春の声は届くはずもない。

そんな彼女を尻目に、テレスティーナは部下の研究員に春上の検査結果を聞く。

 

「結果は出た?」

 

「はい。」

 

「どれどれ………?」

 

研究員に変わって、テレスティーナが結果を確認した。

 

「あの………」

 

「安心して……彼女は干渉者ではないわ。」

 

テレスティーナの言葉に、美琴と佐天はホッと胸を撫で下ろし、嬉しかったのか初春は笑みを浮かべている。

 

「確かに、彼女はレベル2のテレパス……しかも受信専門ね?自ら思念を発することはないわ。」

 

テレスティーナの説明に黒子の表情は浮かない。

詩音に至っては、未だに納得していない様子だ。

 

「だけど、“書庫(バンク)”に登録されたデータでは、特定の波長下では、例外的にレベル以上のチカラを発揮するとも記載されています。」

 

テレスティーナに対する詩音の質問に、初春はまたもや表情を険しくする。

 

「紅月くん!まだそんなことを!」

 

「テレスティーナさんはそこの所をどうお考えですか?」

 

「検査結果を見る限り、どうやら相手が限られるってことね。その相手だけは、距離や障害物の有無に関わらず確実に捕らえることが出来る。いずれにしろ、彼女がAIM拡散力場への干渉することは到底考えられない。不可能ね……」

 

テレスティーナは、詩音の質問にそう断言した。

 

「ほら!ほら!」

 

初春は詩音を責める。

非は明らかに、彼にあるのだと……

 

「僕は、ジャッジメントとして、ただ………」

 

「でも、だとしたら、本物の干渉者はいったい……」

 

美琴がそう言ったことを口にし、勘ぐり出した。

 

**************************************************************************************************************************

 

検査を終えた春上は個室のベッドで眠っていた。

彼女が目を覚ますのを詩音たちは待っている。

すると、春上が目を覚ました。

 

「春上さん?」

 

「ん……初春さん……私……」

 

「ああ、大丈夫ですか?無理はしないでください。」

 

自身の置かれている状況が、いまいち掴めず、不安な春上は御守り代りの大切なペンダントにすがろうとする。

 

「え?ない……私の……」

 

しかし、今の彼女の手元にはそのペンダントはなかった。

さらに不安を募らせる春上……

だが、春上のペンダントは初春が保管していた。

そっと彼女に手渡す。

 

「はい。これ、とっても大事な物なんですよね?」

 

「ありがとう、初春さん……このペンダントは友達との思い出なの……」

 

「友達って、春上さんが探してるって言う……」

 

「声が聞こえるの……」

 

「声?それってテレパスの……」

 

「たまにだけど……でもそれを聞いていると、ボーッとしちゃって……」

 

「じゃあ。花火大会や、今回の時も……?」

 

彼らの会話を聞いているテレスティーナの表情が一瞬だけ曇る。

 

「中に何か入っているんですか?」

 

「うん……」

 

春上のペンダントは写真を入れることが出来る、ロケットタイプの物だった。

その写真は、詩音が以前に木山春生と敵対した際、彼女への精神攻撃の一環として、用意した学園都市の表沙汰に出来ないデータに記載されていた少女の写真だった。

 

「枝先絆理……」

 

学園都市の裏事情も多少は知っていた詩音でも、さすがに驚いてしまい、思わず口を滑らせてしまった。

 

「え?詩音くん、絆理ちゃんのことを知っているの?」

 

「あ、いや……その……」

 

どう説明したら良いか分からず、珍しく戸惑う詩音。

周囲も困惑している。

 

「あのね……私も“置き去り(チャイルドエラー)”なの……」

 

次回に続く。




今回、詩音と黒子、初春の間には、深い溝が出来てしまいました。
果たして、三人は仲直り出来るのでしょうか?

ご意見、ご感想をお待ちしております。


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第32話 レベル6(神ならぬ身にて天上の意志にたどり着くもの) 前編

春上はペンダントの写真に写る、かつての親友“枝先絆理”の事を話し始めた。

 

「絆理ちゃんと私は同じチャイルドエラーの施設で育ったの……私、人見知りで友達も出来なくて、でも絆理ちゃんとだけは仲良く出来たの……いつもテレパシーでお話ししてくれてたの。けど、別の施設に移されてそれっきり……なのに、この頃、また聞こえるの……絆理ちゃんの声が……『助けって、とっても苦しいって』……でも、どこにいるのか、どうして苦しいのか分からないの……助けてあげたいのに、何も出来ないの……」

 

話しているうちに彼女は辛さから、目に涙を溜める。

そんな春上を初春が、元気付けようと励ました。

 

「大丈夫ですよ!お友達はきっと見つかります!いえ、私が見つけてみせます!なんたって、私は“ジャッジメント”ですから!」

 

「初春さん……」

 

涙を堪えることの出来なくなった春上の目から、一筋の滴が頬を伝う。

 

「そうだよ!こう見えても、初春は優秀なジャッジメントなんだから……♪」

 

佐天もすかさず、フォローを入れた。

 

「こう見えてもは、余計です。」

 

一言多かった。

フォローを入れたつもりが、逆に初春から怒られてしまう。

 

「アハハハ……つい……」

 

佐天は苦笑いを浮かべた。

 

「だから、安心して下さい。」

 

「ありがとうなの……」

 

****************************************************************************************************************************

 

春上の事は、佐天と初春に任せて、詩音は美琴や黒子と共に病室の外でテレスティーナに枝先絆理の事を話していた。

 

「レベルアッパー事件ッ!!?」

 

「そうです。その犯人、木山春生と対峙した時に色々と使えると思ってね。それで過去のデータを漁っていた時に、ちょっと……」

 

「アンタ、そんなことをしていたの?」

 

「まあね。」

 

「しかし、いちジャッジメントである詩音さんが、そのような危なっかしいデータを閲覧出来るはずがありませんの。」

 

「だけど、実際には出来た。詩音……アンタ、どんな手を使ったの?」

 

「御坂さん。それは企業秘密ってことで……」

 

このような時にも詩音はいつもどおりに飄々としている。

 

「アンタ!こんな時に冗談ッ!!?何のつもりよ!」

 

そんな彼に対し、美琴は感情的になった。

 

「落ち着いてくださいな。お姉さま!」

 

「…………ッ!!!」

 

黒子に諭されるも、美琴は感情を抑えられない。

 

「それで紅月くん?他に何か知っている事は?」

 

「えーっと、他に知っている事は………あ、その枝先絆理って子は木原幻生って言うお爺さんの実験台にされてたみたいですよ。」

 

「実験台ッ!!?……」

 

「実験名目は確か“暴走能力の法則解析用誘爆実験”……研究内容としては、表向きAIM拡散力場制御実験と称して、 被験者のAIM拡散力場を刺激し暴走の条件を探る為の『人体実験』らしいよ?」

 

「人体実験なんて、非人道的なモノ許されるはずがありませんの……テレスティーナさん、その木原幻生という方について何か知っていることはありませんか?」

 

「詳しい事はあまり分からないけど、一部の科学者の間では有名よ。マッドサイエンティストとしてね……その人なら人体実験も平気でやりかねないわ。今は消息不明みたいだけど……」

 

「ってことは、仮にも木原幻生の行った実験が本当だとすると……」

 

「察しが良いわね?紅月くん……被験者の子どもたちがポルターガイストの原因かもしれないわね。」

 

「どういうことですの?」

 

「その子どもたちが暴走能力者になっているってこと。」

 

「で、でも、確かあの子たちは今でも眠り続けているって……」

 

「御坂さん、おそらくその子どもたちは、意識が無いまま能力が暴走しているとしたら、全てのつじつまが合うんじゃないかな?」

 

「そんな……ッ!!?」

 

「意図的な干渉ではなく、無意識のうちにポルターガイストを起こしていると……?」

 

「可能性はあると思っているわ。その子どもたちはどうしているの?」

 

「事件後は、アンチスキルが捜索したのですが、あいにく今のところ発見には至っておりませんの。」

 

「と言うことは、まずは探し出すのが先決ね。」

 

そう言うとテレスティーナはポケットからチョコレート菓子の入れ物を取り出し、数回ほど振る。

 

「今日のラッキーカラーはピンク♪」

 

自身の手のひらには、宣言どおりにピンク色にコーティングされたチョコレートが……

 

「「「おぉぉ………」」」

 

目を丸くして、そのチョコレートを見る詩音たち三人であった。

 

***************************************************************************************************************************

 

その日の帰りのモノレールの中……

横並びの座席に美琴たちは座っている。

しかし、今の彼女たちの仲を象徴するかのように、手すりが初春と黒子の間に入っていた。

そして、詩音は初春と対面するように席についている。

テレスティーナと話した内容を佐天や初春にも説明した。

 

「ちょっと待ってください。枝先さんが木山先生の元生徒で、その枝先さんたちがポルターガイスト起こしているってことですか?」

 

「えぇ……まだ、断定は出来ないですが。」

 

「とにかく、その子どもたちを見つけないことにはどうにもならないけど……」

 

「でも、見つけるって、どうやって………」

 

「まあ、それは………」

 

黒子はその後に続く言葉を言い渋るような表情で、自身の隣に座る初春を見る。

それに釣られて美琴と佐天も、だんまりを決め込む不機嫌な初春の様子を伺った。

 

「そっか、初春のパソコンでパパァっと調べちゃえば……ねぇ、初春ッ!!?」

 

「探します……探しますけど、春上さんの次はそのお友達を疑うんですか?」

 

初春の口から出た言葉が、黒子の心に突き刺さる。

 

「アンタ!いい加減にしなよ!」

 

悪態をつく初春に、佐天も堪忍袋の緒が切れたようだ。

幸い、この車両には五人以外の乗客はいなかった。

 

「そんなに嫌だったら、辞めれば?ジャッジメント……お前のくそったれなみたいな態度、見ているだけで反吐が出る。」

 

「ちょっと、詩音!アンタも友達に対して言って良いことと悪いことがあるでしょ!」

 

美琴が詩音を叱る。

 

「ふん……コイツがこんなにも聞き分けが悪いなんて思いもよらなかったんでね。つい本音が出てしまいましたよ……」

 

完全に初春と詩音の仲はバラバラになってしまう。

どうしようもなかった。

 

****************************************************************************************************************************

 

その日の夜、常盤台の寮にて……

美琴は自室に備え付けられた浴室の湯船に浸かり、今日の出来事を考えていた。

 

「あの子たちが助けを求めているか……」

 

亀裂の入った仲に浮かない表情の美琴……

そこへ脱衣場の黒子から声を掛けられる。

 

「お姉さま、随分と長湯ですのね?」

 

「ああ……ちょっと、考えごとしてた。」

 

「でしたらよろしいんですけど……」

 

「アンタはどうなのよ……初春さんと詩音のケンカに巻き込まれる形になっちゃってるけど……」

 

「まあ、初春が怒るのも無理ありませんわ。今まで仲良くしてきた詩音さんにあんなことを言われて……ですが、詩音さんの言うことには一理あると思いますの。ワタクシもジャッジメントの端くれ事件の解決を………」

 

そう言いながら、服を脱ぎ一糸纏わぬ姿となった黒子は、美琴の居る浴室への扉を何の躊躇もなく開けた。

 

「優先させますの………ぐへッ!!?」

 

次の瞬間、美琴の投げた洗面器が、黒子の顔面にクリーンヒットし、彼女はそのまま大股を開けっぴろげて仰向けに倒れる。

 

「って、シレっと入ってくるなぁッ!!!」

 

「えぇー!今のは入って来ても良いタイミングではッ!!?」

 

「うるさいッ!!!」

 

美琴はお仕置きの電撃を黒子に放つのだった。

 

****************************************************************************************************************************

 

一方の詩音は自宅の戻り、シャワーを浴びて薄暗い寝室に篭って深く後悔していた。

 

「はあ……どうして、初春さんにあんなこと言っちゃったんだろう。」

 

詩音はベットに突っ伏し足をばたつかせ、「う〰️〰️」と唸っている。

そこへバスローブ姿の副委員長のつかさがやって来た。

 

「委員長、何か悩みごとですか?」

 

「ああ……つかさちゃんか……別に何でもないよ。」

 

「そうですか?私の目は誤魔化せませんよ。また、誰かとケンカしましたね?相手が誰か当てて上げましょうか?」

 

詩音の顔を覗き込むつかさは微笑んでいる。

高校生とは思えない妖艶で悪い笑みだ。

詩音をからかう時には、いつもこの様な表情になる。

 

「そうですね~」

 

「ほっといてよ。」

 

詩音は彼女のことを煙たがっているが、とうのつかさは引き下がる気は全くもってないようだ。

バスローブを脱ぎ下着姿になると詩音の隣に横に寝そべる。

 

「ふふ……♪嫌ですよ♪この間は白井さん……でしたよね?美緯も今回の件には絡んでないし、レールガンの子も……もちろん委員長のガールフレンドがするはずがない……と、なればあと一人……へぇ~珍しいですね~あの花飾りの……名前は~~」

 

「初春飾利……」

 

「あの子、以前の研修時に一度見掛けたことがありますけど、委員長にケンカを売るとは、おっとりしている割には、けっこうな度胸の持ち主ですね。」

 

「人も見掛けによらないってことさ……」

 

「謝らないんですか?」

 

「どうして?僕は別に間違ったことは言っていない。」

 

「強がっちゃって、後悔してるんでしょ?“どうして彼女にあんなこと言っちゃったんだろう”って……♪優しいですね?」

 

「ねえ、つかさちゃん?年下だけど、あくまで僕はキミの上司だよね?」

 

「昼行灯ですけど……?」

 

「う〰️〰️バカ………」

 

やはり、口でつかさには勝てない詩音であった。

 

***************************************************************************************************************************

 

春上が一般病室に移ったその日の午前中、初春が彼女もとを訪ねて来た。

 

「はい!お見舞いです!」

 

初春は春上への差し入れとして鯛焼きの入った箱を差し出した。

鯛焼きを見た春上から思わず笑みがこぼれた。

 

「第八学区にある老舗の鯛焼き屋さんなんですよ♪」

 

「そんなに遠くから……」

 

「食べれば分かります!これ学園都市一の鯛焼きですから………あ、全部つぶ餡ですよ?それ以外は邪道です!」

 

勝手な持論を持つ初春である。

 

「あ、まだ温かいの……」

 

「実はそれ私の能力なんです。」

 

「え?」

 

「こうやって、触っている物の温度を一定に保てるんです。あまり熱い物だと持てないので、生暖かい物が限界なんですけど……」

 

初春は、自身の不甲斐ない能力に締まりの悪い笑みを浮かべた。

しかし、彼女らしい優しい能力であることには間違いない。

 

「コレ……御坂さんたちにも教えてないんですよ?お返しです。春上さんの能力も教えてもらったから……」

 

初春の話を聞いた春上は、手に持った鯛焼きを少し見つめると、そのまま口に運んだ。

 

「ハム………ン~~」

 

「えっと……」

 

春上の行動に戸惑う初春……

 

「美味しいの……♪」

 

口の回りをアンコで汚しながら、満面の笑みで春上が、素直な気持ちを初春に伝える。

その後、二人は仲良く鯛焼きを頬張るのだった。

 

****************************************************************************************************************************

 

ジャッジメント第一七七支部、春上へのお見舞いを済ませた初春は自身のデスクでパソコンを使い、行方不明になっている子どもたちの手掛かりを探っていた。

時計の針は午後2時を差している。

 

「木山の供述によると、人体実験の被験者は10名。全員が植物状態になり、医療機関に分散して収容された……」

 

黒子はインスタントのココアを作りながら、固法に事の経緯を説明していた。

 

「けど、いないのね……」

 

「ええ……転院を繰り返していて、途中で子供たちの足取りが途絶えていますの……」

 

「そう……」

 

黒子はココアを持って、初春のもとへ向かう。

 

「ひと息入れたら、いかがですの?」

 

ココアを初春へと差し出す黒子……

詩音と初春のケンカに巻き込まれる形となっているとはいえ、彼女なりに三人の仲を修復したいと気を利かせたつもりだった。

 

「要りません……」

 

しかし、黒子を拒絶する初春は、彼女の差し入れを断る。

どこまでも、強情なヤツだ。

その様子に、固法はため息を着いていた。

 

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そんなやり取りをしているとは、知ってか知らずか、佐天がやって来た。

しかし、手をドアのぶに掛けたところで支部の中の空気を感じたのか、中に入るのを止めて帰ろうとした。

そこへ美琴が現れる。

 

「あれ?佐天さん、どこ行くの?」

 

「あ、いえ、別に……」

 

佐天の気持ちを汲み取った美琴は少し表情を和らげた。

 

「ねぇ、喉渇かない?」

 

二人は近くの公園に移動し、木陰に置かれた飲食スペースの椅子に腰かけ、買ったジュースを飲む。

 

「いや~何か、顔を出しづらくて……」

 

「そうね……ちょっと、ギクシャクしちゃったもんね。私たち……枝先さんのこと、早く見つけなきゃね?春上さんのためにも、初春さんのためにも……でもって、私たちのためにも。」

 

「そうですね。」

 

二人で会話をしていると美琴の携帯がなった。

相手は詩音からだった。

 

「詩音だ。何だろう……」

 

電話に出る美琴……

彼からの内容を聞いた美琴は、その話の内容に驚愕する。

そして、詩音から待ち合わせに指定された場所に、佐天とともに向かった。

 

待ち合わせ場所に到着した二人は、詩音と合流する。

さらにMARからも隊長のテレスティーナが彼らと合流した。

 

「木山春生が保釈ッ!!?」

 

「そう……」

 

「例の実験について話を聞こうと、彼女が収監されている拘置所に行ったの……そしたら……」

 

「あれだけのことをやっておいて、保釈が認められるんですかッ!!?」

 

「僕の知るところによれば……」

 

「子どもたちに通じる糸口が切れてしまったわ……」

 

「そんな事もないですよ。」

 

「どういうことかしら?」

 

「以前、木山春生は木原幻生の研究施設“先進教育局”に所属していた。そして枝先絆理もまた、チャイルドエラーとしてそこで保護され育てられていた。そこへ行けば何かしらの……」

 

「それなら、私たちMARが調べたわ。何もなかったけど……」

 

「そうなの?」

 

「でも、木山ってその子どもたちを助けるために、あんな事件を起こしたんですよね?それなのにその子たちを利用するって言うのは……」

 

「つじつまが合わないって事だよね?ルイコ……」

 

「うん……」

 

「おかしくないでしょ。学生の憧れさえも利用した女よ……」

 

テレスティーナの言葉にどうしても、納得が行かない美琴たちであった。

 

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その日の夜、常盤台の学生寮……

黒子はパソコンで事件の手掛かりを調べていた。

そこへ寝る準備を済ませた美琴がやって来て、彼女のパソコンを覗き込む。

 

「どう?何か分かった?」

 

「多少は……お姉さまこれを見て下さい。なぜあのような規模のポルターガイストが起こるのかと言うと、同系統の能力者のAIM拡散力場が“共鳴”してしまうからですの。」

 

「共鳴ッ?」

 

「ええ……まず一人が暴走能力者に干渉され、その後、同系統の能力者が共鳴していきますの。しかし、この同系統と言うのがくせ者で……例えば、お姉さまの場合ですと、電場を操るモノと磁場を操るモノが含まれていますでしょう?」

 

「まあ、それは分かる……」

 

「百々のつまり、お姉さまの場合は複数の能力者と共鳴してしまいますの。」

 

「と、言うことは………」

 

「ええ、行方不明になっている十名のチャイルドエラーの子どもたちにも同じ事が言えますの。もし、全員が暴走能力を発動させたら、その影響範囲は全学生の約78%に及びますの……」

 

「78%ッ!!?……それって……」

 

「この街が壊滅しかねない規模のポルターガイストが起きてしまいますわ。」

 

「でも、この論文が正しいとは……」

 

「執筆者をよくご覧になって下さい。」

 

「あっ、木原幻生……!」

 

「この男についても調べたんですが、テレスティーナさんの言っていたとおり、消息不明ですの……関連する研究施設も全て閉鎖されていますし、データも散佚していますの。」

 

美琴は黒子からの説明を聞きながら、パソコン画面を見ていると、詩音が口にしたとある研究施設の画像を目にした。

 

「先進教育局……ッ!!?」

 

「どうかしましたの?お姉さま……この研究施設を知っていますの?」

 

「え?……うんうん、何でもない。それよりも、もう寝ましょう?働き過ぎは体に毒よ?それに、もうすぐ消灯時間だし……」

 

「ええ、そうですわね……」

 

二人は床に着く。

部屋の照明を消した。

 

「おやすみ~」

 

「おやすみなさいですの……」

 

一時間後……

美琴は一人起きて、私服に着替えていた。

あの気になった研究施設に潜り込むためだ。

いつもの常盤台の制服だと、色々あった時にマズイので私服にした。

着替えていると、隣で寝ている黒子がギシギシとベッドを軋ませ、激しく暴れ出した。

 

「あっは~ん!お姉さま!あっ!激しすぎますのッ////あっ、あっ……////」

 

頬を赤らめ、身悶える黒子……

明らかに何か如何わしい夢を見ている。

 

「どんな夢を見ているのか激しくツッコミたいわ……」

 

美琴はドン引きしていると、黒子が見ている夢に更なる登場人物が……

 

「えッ!!?し、詩音さん////」

 

「ッ!!?詩音まで巻き込まれてる。」

 

「ワタクシ、お姉さま一途ですから……////いや、ダメですの!詩音さん!激しすぎますの////お姉さまも!いや~~////」

 

数分後、暴れていた黒子も落ち着きを取り戻し、寝息を立てて眠っている。

 

「////……スゴいの見ちゃった。」

 

美琴は驚きを隠せないでいた。

その後、ベッドに細工をして部屋を抜け出し、破棄された研究施設“先進教育局”へと向かうのだった。

 

次回に続く。



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第33話 レベル6(神ならぬ身にて天上の意志にたどり着くもの) 後編

常盤台の寮を抜け出した美琴は、廃墟となった“先進教育局”にやって来ていた。

通用門は、厳重に貼られた立ち入り禁止のテープと共に、門戸は固く閉ざされ、回りはグルっと高い鉄製の囲いに守られている。

しかし、レベル5の美琴には何の問題もない。

 

「よし!これで変装も完璧!」

 

持参したゲコ太のお面で顔を隠し、周囲の目を確認すると能力でスルスルと囲いを乗り越えて、廃墟内に潜入していった。

廃墟の外観を探索し、次は内部の探索をするため、扉の電子ロックを解錠する。

だが、この廃墟には電気が来ていなかった。

 

「電気来てないんじゃ、コレ、要らなかったな……」

 

そう言って美琴は、ゲコ太のお面を外した。

内部の探索をしている内に彼女は、とある部屋まで来ていた。

中はかなりのスペースが確保されており、物々しい機材がいくつか放置されてある。

 

「多分、ここだ……」

 

美琴は察した。

この部屋が人体実験に使われた場所だと……

しかし、それ以上のモノはない。

 

「やっぱ、空振りか……」

 

美琴は残念に思ったが、ここで思いがけない出会いが待っていた。

この部屋を観察するために設置された上の階の部屋に光が入る。

明らかに自分以外の人物がこの廃墟にいると、美琴はその部屋に向かった。

 

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「何も残っていません……ええ、引き上げます。」

 

美琴がいた場所を見下ろすように造られた部屋にいたのは、勾留されているはずの“木山春生”であった。

美琴がその部屋の扉を勢い良く開ける。

 

「ああ……キミか……」

 

木山を見た彼女は驚いた。

 

「ど、どうしてアンタがここに……ッ?」

 

「さあな……ところで私に何か用か………」

 

「今回の事件もアンタの仕業なのッ?」

 

怒る美琴。

睨み付けるように、木山を見据える。

 

「だとしたら、どうする?」

 

美琴とは逆に木山は恐ろしく冷静であった。

落ち着いた様子で、美琴を挑発する。

一瞬の間が空いた。

怒りで回りが見えなかった美琴。

 

「許すわけ……ないでしょッ!!!」

 

その感情に任せて、電撃を放出する。

それが仇となり、廃墟となっていた施設が息を吹き返し、けたたましい音量で警報が鳴り響いた。

 

「えッ!!?ちょ……ッ!!?」

 

「はあ……やれやれ………」

 

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警報鳴り響く施設から抜け出した美琴は、木山の運転で別の施設に向かっていた。

 

「全く持って、やってくれたな……死んでいた施設に電気ショックとはな……」

 

「仕方ないでしょ……やった私が一番驚いているわよ。」

 

「フッ……彼から聞いたとおりのおてんばさんなんだな?」

 

「はあッ!!?いったい何のつもりよ。」

 

美琴は木山を睨む。

 

「そう怖い目をするな……せっかくの可愛い顔が台無しじゃないか。」

 

「はぐらかさないで!それよりも、アンタはどうしてあんな場所にいたの?誰が釈放したの?何が目的なの?」

 

木山を矢継ぎ早に問いただす美琴。

 

「私の車に乗るお嬢さんは、皆、怖い顔で質問するんだな。」

 

「はぁッ!!?」

 

「悪いが質問は後にしてくれ。運転に集中できないからな……」

 

20分ほど車を走らせ着いた場所は、とある病院だった。

 

「ここは……」

 

美琴も見覚えがある。

 

「こっちだ。」

 

裏口から中に入ると、木山がとある部屋に案内した。

 

「こ、これは……ッ!!?」

 

「私の教え子たちだ。キミことだから、私のことを誰から聞いたからあの場所にいたんだろ?」

 

「どういう意味よ。」

 

美琴は最大源に警戒する。

 

「御坂さんは察し悪いなぁ……」

 

その台詞とともに美琴の前に現れたのは、なんと詩音だった。

 

「えッ!!?どうして?どうしてアンタがここにいるの!」

 

詩音の登場で訳が分からなくなった美琴。

 

「簡単な理由さ……木山先生の保釈に許可を出したのは、この僕だからね……」

 

「いったい、どういう事ッ!!?詩音、アンタに木山を保釈するなんて権限、あるはずがないじゃない!」

 

「いや、彼にはあるよ。その権限がね……」

 

そう言って、現れたのは“カエル顔の医者”だった。

美琴もレベルアッパー事件の時に何度かあった事のある人物だ。

思わず頭に着けていた変装用のゲコ太のお面と見比べてしまう。

 

「キミも彼女に教えて上げたらどうだい?本当のことを……」

 

「そうですね……」

 

カエル顔の医者に促される形で、詩音が口を開いた。

 

「御坂さん……」

 

「何よ……!」

 

「この事は他言無用です。僕は風紀委員長……ジャッジメントを統括してます。それだけではありません……この学園都市の治安維持活動を一手に引き受けています。」

 

「う、嘘よ……いつもグータラしてるアンタがッ!!?今がどんな状況か分かってんのッ!!?冗談もほどほどにしないと……」

 

「残念だが、本当のことだよ。彼の持っている権限は凄まじい。キミがいくらレベル5の能力者だろうと、彼のチカラの前では抗えないよ。」

 

カエル顔の医者が淡々と話す。

 

「とは言っても、僕自身、まだ中学生だし色々と学校生活を楽しみたい……だから、この事は他の人たちには秘密にして下さい。」

 

「わ、分かった。私とアンタの仲だし?黒子たちには黙っといてあげるわ。」

 

「ありがとう……」

 

詩音は美琴に優しく微笑んだ。

 

「ッ////……それで?どうしてアンタは木山先生の保釈に許可したの?」

 

「レベルアッパー事件の後、木山先生のことを色々と調べていた時にとある項目が目に着いたんです。」

 

「何なの?」

 

「“能力体結晶”……」

 

「能力体結晶?」

 

「まあ、詳しいことはそちらの専門家の方々から説明をお願いします。」

 

「まず、暴走能力者の脳内では通常とは異なるシグナル伝達回路が形成され各種の神経伝達物質、様々なホルモンが異常分泌されているんだね。」

 

「それら分泌物質を採取し、凝縮、精製した物が能力体結晶だ。」

 

「木原幻生……彼が全ての始まりなんだ。」

 

「ヤツの目的はこの能力体結晶を使って、レベル6……すなわち、“神ならぬ身にて天上の意志にたどりつく者”を人為的に生み出すこと……」

 

「木山先生の教え子たちに行った人体実験“暴走能力の法則解析用誘爆実験”すら真実を隠す建前だったんだ。」

 

「実際に行われた実験は、能力体結晶の投与実験だ。」

 

美琴に衝撃が走った。

 

「そんな……レベル6なんて取っ掛かりも見つかってないようなモノために?そんなイカれた実験のためにこの子たちは、こんなにされたって言うのッ!!?」

 

美琴はやるせない気持ちでいっぱいになる。

だが、その気持ちをぶつける相手がいない。

 

「私にできることは、医者としてこの子たちを救うことだ。彼の協力もあったおかげで子供たちを集めるのに、そう時間は掛からなかった。」

 

「多少はごちゃごちゃしましたけどね……」

 

「彼や先生には、場所や設備など、色々と無理強いをしてしまった。協力してくれたことに感謝してます。」

 

「水くさいですよ。木山先生……」

 

「おかげで子供たちを目覚めさせる目処は着いた。」

 

「じゃあ、助かるの?」

 

「いや、別の問題が発生したんだ。」

 

「問題?」

 

「覚醒が近くと、AIM拡散力場が異常値を示した。」

 

「それって……」

 

「能力の暴走だ。そしてこの子たちは、RSPK症候群の同時多発を引き起こした。」

 

「なんで?」

 

「木原幻生の研究はそこまで進んでいたってことだよ。御坂さん……」

 

「彼の言うとおり、僕の知っていた能力体結晶ではポルターガイストなんて起こるはずがないんだ。だが、改良を加えられた能力体結晶は………」

 

「この子たちを眠りながら暴走能力者にしてしまっていた。」

 

「じゃあ、どうすれば良いって言うのよ!」

 

「暴走を鎮めるワクチンソフトを開発している。」

 

彼女の言葉に一条の希望が見えたのか、美琴に笑顔が戻る。

しかし、木山が発した次の言葉に美琴の表情が曇った。

 

「ただ、能力体結晶の根幹を成しているのは、ファーストサンプルと呼ばれる最初期の人体実験の被験者から採集・精製された成分だ……ワクチンソフトを完成させるには、そのファーストサンプルのデータの解析が必要なんだ。」

 

「もしかして、さっきの研究所にいた理由も……」

 

「ああ、そのデータを探していた。何も残されてはいなかったがね……でも、諦められるものか。あのデータは能力体結晶の研究に必要なモノだ。そう簡単には廃棄はされないはずだ。必ずどこかに……私は見つけ出して見せる!」

 

「でも、もしも、そのデータが見つからなかったら、どうするつもりなの?」

 

「その時は……この子たちを覚醒させる。」

 

「ッ!!?正気なの?そんなことしたら学園都市が崩壊するレベルでポルターガイストが起きてしまうのよ!」

 

「これ以上、この子たちを眠らせてはおけない!」

 

「だからって!そんな……ッ!」

 

その時だった。

この施設と外を隔てる扉が開く。

 

「そう、そんなことはさせない!」

 

現れたのは、MARのテレスティーナだった。

彼女の他にも駆動鎧(パワードスーツ)を着こんだ部下の姿もある。

 

「テレスティーナさん!」

 

「ゴメンね。後を着けさせてもらったわ……」

 

「えッ!!?」

 

「いったい……?」

 

「先進状況救助隊です。この子たちを保護します。おとなしく指示にしたがって下さい。」

 

「それは命令か?」

 

「ええ、もちろん。レスキュー隊として、この学園都市に被害を出させるなんて、言語道断。断固阻止させてもらいます。令状も用意していますが、我々としては自発的に引き渡してもらうと助かります。」

 

令状を受け取ったカエル顔の医者は中身を確認して、令状が本物であることを確認する。

医者の言葉に木山は歯痒さを隠しきれない。

 

「安心して下さい。我々は人命救助のスペシャリストです。能力者を保護し、治療する設備は整っております。」

 

「しかし……ッ!」

 

「あなたがアクセス出来ないデータも、我々なら合法的にアクセス出来ます。今、お話しになっていたファーストサンプルのデータも入手出来る可能性が高いのです。」

 

一時の沈黙がその場を包み込む。

美琴にしろ、木山にしろ、それぞれの葛藤があった。

その沈黙を断ち切るようにテレスティーナが部下へ指示を出す。

 

「保護しろ。」

 

その指示にパワードスーツを着こんだ部下たちが従い行動する。

 

「待ってくれ!」

 

子供たちを手放したくない木山は、テレスティーナたちMARに抵抗しようとした。

しかし、それは美琴によって妨害されてしまう。

 

「何のつもりだ。」

 

「気に入らなければ邪魔をしろと言ったのはアンタでしょ……」

 

「どけ!あの子たちを救えるのは私だけなんだ!」

 

木山の思いが爆発する。

 

「救えてないじゃない!」

 

感情の赴くままに美琴の発した一言は、木山を一撃で絶望の淵に立たせてしまった。

 

「レベルアッパーを使って、ポルターガイストまで起こして、まだ誰も救えていない……」

 

「あと少し、あと少しなんだ……だから!」

 

「枝先さんは“今”助けを求めているの。春上さんが私の友達が彼女の声を聞いているの……」

 

その後、MARによって木山の教え子たちは運び出させれ、運搬車に乗せられた。

研究所に戻ろうとするテレスティーナを美琴が呼び止める。

 

「あの!テレスティーナさん……ッ!」

 

「どうしたの?」

 

「あの………子供たちをよろしくお願いします。」

 

「もちろんよ。」

 

子供たちを乗せた大型車両が次々と出発していく。

それを見送る美琴たちであった。

 

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帰り道……

 

「御坂さん?」

 

「何よ……」

 

「あれが御坂さんの信じる正義ってことで良いんですよね……」

 

「何が言いたいの……」

 

「別に……」

 

互いにそれ以上は語ることはなかった。

 

次回に続く。



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第34話 あなたの目には何が見えていますか? 前編

MARに所属する研究所……

春上衿衣がいる部屋にテレスティーナが訪ねて来た。

 

「春上さん?お友達よ……」

 

春上はテレスティーナと共に別の部屋に向かう。

 

「あの……お友達って初春さんたちじゃないんですか?」

 

いつもとは違う雰囲気に戸惑う春上は、テレスティーナに尋ねたが、とうの彼女は「どうかしら?」はぐらかすばかりであった。

そうこうしているうちに、目的の部屋に到着し中に入る。

部屋の中には、春上と同じ年端の子供たちが、ベットに寝かせられていた。

春上はその子供たちの中に、知っている顔の娘を見つける。

 

「絆理ちゃん!!?」

 

そう、幼い頃からの親友“枝先絆理”であった。

ずっと探していた親友に会えた彼女の目から涙が溢れる。

しかし、春上の必死の呼び掛けにも枝先からは何も反応がない。

そんな二人を見るテレスティーナの表情は歪んでいた。

この世に溢れるあらんかぎりの悪意を集めたような笑みで、そっと春上の耳もとで囁く。

 

「大丈夫よ、春上さん……」

 

「きゃ……ッ!!?」

 

次の瞬間、電気的な強い衝撃が春上を襲った。

 

「うぅ…………」

 

意識が保てなくなった春上は、枝先のベットに突っ伏すような形で一度膝を付いてから、床に倒れる。

 

「テ、テレスティーナさ、ん………」

 

最後の力を振り絞り、テレスティーナの足首を掴み上を見上げると、彼女の右手にはスタンガンが握られていた。

 

「ど、どうして………」

 

春上はそのまま力尽き、気を失ってしまった。

 

「薄汚い手で私に触るんじゃネェよ……置き去り(チャイルドエラー)のガキが……」

 

テレスティーナは自身の足首を掴む春上の手を荒く振り解くと、部下に連絡を取る。

 

「始めんゾ……」

 

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第一七七支部には、詩音を除いたメンバーがいた。

 

「じゃあ、行方不明だった子供たちは全員MARの研究所に保護されたのね?」

 

「はい……」

 

固法からの質問に返答する形で、美琴から報告を受けたみんなは一同にホッとしていた。

 

「見つかったんだ……」

 

初春は拍子抜けしたような表情を浮かべていた。

 

「良かったじゃん!初春!」

 

初春の隣に座る佐天は彼女の肩を叩き、一緒に喜んでくれた。

 

「あ、はい……」

 

「でも、今回の事件にもあの木山が関係していたなんて……」

 

「子供たちが目覚めるなら、学園都市が壊滅しても良いなんて……メチャクチャにもほどがありますわ。」

 

黒子は心底呆れている。

 

「それで、枝先さんたちを起こす方法はテレスティーナさんたちが探してくれるんですよね?」

 

「え、ええ……」

 

あの時、詳しいことを聞く暇がなかった美琴は、佐天に対して歯切れの悪い返事を返すことしかできなかった。

 

「とりあえず、一件落着……ですわね。」

 

そう言って黒子は締めようとしたが、美琴の浮かない表情を不思議に思う。

 

「どうか致しまして?お姉さま……」

 

「え、いや……何でも……」

 

美琴の今の気持ちを見透かしたように黒子は代弁した。

 

「お姉さまのことですから、おおかたのところ木山春生のことをお考えになっていたんでしょ?『彼女から子供たちを取り上げて本当に良かったんだろうか?』……とか。」

 

「そんなこと……」

 

「お姉さまの判断は正しかった。黒子はそう思いますの……」

 

美琴の支えになろうと黒子は彼女の行った行為を肯定する。

 

「うん……ありがとう………」

 

心のモヤモヤは完全には晴れないが、黒子の心遣いに美琴は感謝をした。

 

「ですが…………」

 

次の瞬間、美琴を見る黒子の視線がお説教モードに切り替わる。

 

「へッ!!?」

 

「大概になさいませよ!お姉さま!怪しい場所に一人で乗り込むなんて……もしも、もしものことがお姉さまにあったら、ワタクシ!ワタクシ…………!」

 

黒子は説教ついでに美琴に対して過剰とも言えるスキンシップを取り始めるのだった。

 

「初春。何をボーッとしているのよ!」

 

「あ………いえ………」

 

「早く春上さんの所に行ってきなよ!」

 

佐天は初春の手を引き席から立つ。

 

「えっと、はい………」

 

ちょっと強引な佐天に戸惑う初春……

 

「あ、あの……!」

 

「春上さんも喜ぶよ!急げ!急げ!」

 

「ちょっと待って下さいよ~!」

 

初春はまだ頭の中の整理が着かないうちに、春上のもとへ向かうのだった。

 

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風紀委員会(ジャッジメント)本部……

詩音は自身の執務室で高級な革張りの椅子に腰掛け、ボーッと外の景色を眺めていた。

 

「何、黄昏ているんですか?委員長……」

 

書類を持ったつかさが部屋に入って来た。

 

「別に……」

 

ぶっきらぼうな返事を返す詩音……

 

「いい加減に彼女との仲を戻したらどうですか?」

 

「言われなくても分かってるよ……」

 

「ならば…………」

 

「えっと、謝るタイミングが、ね……」

 

「これだから、男は………この意気地無し。」

 

つかさは詩音に毒づくのであった。

 

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「春上さんの喜ぶ顔か……」

 

佐天に促され支部を出た初春は、春上の着替えなどの準備のために一度寮に戻っていた。

 

「えーっと、お菓子にゲーム、ジョイスティックにコントローラー、漫画と………」

 

必要な物を紙袋に入れて支度をする。

 

「あとは………着替え、着替えーっと。」

 

クローゼットを開けると、夏祭りの際に春上が着ていた浴衣が床に落ちた。

その浴衣を見た初春は、以前に春上が言っていたことをふと思い出す。

 

『待っているだけじゃダメなの……自分から探しに行かないと……』

 

彼女の願いが叶い、良かったと初春は思った。

しかし、この気持ちとは別に木山春生のことを考える。

そして、決心した初春は木山の所へ向かった。

 

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木山春生は、教え子を収容していた病院で物思いに耽っていた。

机の上には教え子である枝先万里のカチューシャが置かれている。

それを見つめる彼女はまるで蝉の脱け殻のようだ。

そんな彼女を誰かが訪ねて来た。

 

「先生……私、今は何も……」

 

訪ねて来たのは、あのカエル顔の医者かと思う木山だったが、実際にそこに居たのは初春であった。

 

「あ、あの………」

 

「キミか………」

 

木山は初春の方にチカラなく振り向く。

 

「私の友達に春上さんっているんです。まだ知り合って間もないんですけど、彼女……枝先万里ちゃんと幼なじみだったんです。春上さんはテレパスで、ポルターガイスト事件が起こるたび犯人じゃないかって疑われて……それでも一生懸命に枝先さんの声を聞こうとして……だけど枝先さんが見つかったから……だから……」

 

木山に伝えたい言葉が見つからず、うまく話せない初春。

 

「だから………春上さん、とっても喜ぶと思います。」

 

「何が言いたいんだ?」

 

「分かりません。分からないんですけど………」

 

木山はその場に座り込み、頭を抱える。

 

「もう少しでワクチンは完成するところだった。後はファーストサンプルさえ手に入れば、そうすれば子供たちの暴走を静め、目覚めさせることができた……目覚めさせることが……!」

 

絶望に沈む木山に涙した初春。

そんな彼女を救おうと決心した初春は彼女のもとに歩み寄り、肩に手を置くと声を掛けた。

 

「木山先生!そのデータを持ってMARに行きましょう!きっと役に立ちますよ!それで枝先さんたちに会わせてもらいましょう!」

 

「そんなこと………」

 

初春の必死の訴えにも、木山はネガティブな返事を返すだった。

 

「会いましょうよ!みんなで!会いましょう!」

 

普段おっとりしている初春からは想像できないようなチカラ強さで木山に訴え続ける。

その言葉に折れた木山は軽くため息を吐くと、重い腰を上げた。

 

「まったく、キミには敵わんな………」

 

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MARの研究所にやって来た初春と木山は、所長であるテレスティーナと会っていた。

 

「まあ、それで今までの研究資料を……?」

 

木山からテレスティーナに研究資料が渡る。

 

「それで、あの……枝先さんたちに会わせていただきたいんですけど………」

 

木山に続き、初春が申し出る。

 

「残念だけど無理ね。」

 

「え?…………」

 

まったく理解が出来なかった。

面会を断られる理由が見当たらない。

 

「子供たちは移送することになったの……ここよりも設備の整った施設に行くのよ。」

 

「どこの施設ですか?」

 

「それを教えることは出来ないわ。あの子たちのことはこちらに任せてちょうだい。」

 

明らかに何かを隠したがっているテレスティーナに木山は懐疑的な目で見る。

 

「私たちMARが責任を持って治して見せるわ……あ~そうそう、春上さんもいっしょだから……♪」

 

「どうして……?」

 

「だって、ずっと探していた仲良しの子が見つかったんだから、いっしょに居たいんじゃないかな?」

 

「でも……」

 

その時だった。

テレスティーナはポケットからチョコレート菓子入った筒を取り出した。

訳の分からない初春は戸惑ってしまう。

 

「さあ、選んで~?」

 

「え?……はい?……」

 

テレスティーナの言動に置いてけぼりを喰らう初春……

 

「アナタが選んだ色が出たら春上さんでも枝先さんでも誰でも会わせてあげる♪」

 

「えっと……ちょ……」

 

「仕方ないわね~?黄色にしとく?ハイ♪」

 

初春の手のひらにチョコレート菓子が一粒落ちた。

 

「あ~ら、ざんね~ん♪茶色♪」

 

「ふ、ふざけないで下さい!」

 

テレスティーナのふざけた態度に、初春は声を荒らげる。

 

「あら?私は真面目よ?」

 

テレスティーナは態度を正すどころか、ますます増長した。

彼女は、木山から受け取った研究資料をわざとらしく床に落とし、データの入ったUSBメモリを踏みつけ破壊したのだ。

 

「あら~ゴメンなさいね~♪」

 

突然のことにショックを隠しきれない二人……

怒りすらも込み上げてくる。

 

「どちらにしろ、こんなデータ役に立たないから。」

 

テレスティーナの二人を見る目は、とても普通ではない。

そこに彼女の部下らしき科学者がやって来た。

 

「お時間です。“木原所長”……」

 

「分かった、すぐに行く。」

 

「木原………」

 

木山はその名前に聞き覚えがあった。

そう、自身の人生を狂わせた元凶“木原幻生”と同じ名字だったのだ。

 

「あら?知らなかったの?私のミドルネーム……木原よ。」

 

テレスティーナは笑顔で答える。

 

「そう、木原……私の名前は“テレスティーナ・木原・ライフライン”よ♪」

 

「き、貴様ーーーーッ!」

 

彼女の名前を聞いた木山は、怒りに身を任せテレスティーナに掴み掛かった。

しかし、テレスティーナは慣れた手付きで木山を往なすと、彼女の髪を無造作に掴み、さらに木山の鳩尾に蹴りをお見舞いする。

 

「うぐッ!!?」

 

「木山先生ッ!!?」

 

うずくまる木山に初春は慌てて駆け寄った。

 

「木山先生!大丈夫ですかッ!!?……木山先生!」

 

初春は必死に木山を庇う。

さらにテレスティーナのもとには、パワードスーツを纏った部下が現れた。

 

「私たち忙しいの。さっさとお引き取り願えるかしら?」

 

テレスティーナが本性を見せる。

彼女は木山の髪の毛を二人見せつけるようにその場に捨てたのだった。

 

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場所は変わり、風紀委員第一七七支部……

 

「お茶どうぞ♪」

 

佐天は固法のデスクにマグカップを置く。

 

「ご機嫌ね?佐天さん♪」

 

「当たり前じゃないですか、固法先輩♪ポルターガイスト事件が一件落着したんですよ?また、みんなで遊びに行けるじゃないですか♪」

 

「そうね。アナタたち最近、ちょっとギクシャクして変だったけど、これでもと通りって感じ?」

 

「ですよね?白井さん?」

 

「ワタクシは、ずっといつも通りでしたわ。」

 

とは言っているものの、黒子も何かと思うところがあった。

佐天から自身のマグカップを受け取り、お茶をすする。

そんな彼女の姿を美琴はそばで見ていた。

そこへ詩音がやって来た。

 

「こんにちは。」

 

「詩音くん?」

 

「あ、ルイコ……いたんだね?」

 

「今日はやけに遅かったわね?今までどこに行っていたの?」

 

「すみません。固法先輩……ちょっと考えごとをしていて……初春さんいますか?」

 

「今はいないよ。春上さんの所に行ってるよ。」

 

「そう、ですか……」

 

「あ、そうだ!初春にいつ頃春上さん退院するのか電話して聞いてみよう♪」

 

佐天はケータイを取り出し、初春の番号に電話をかける。

彼女の電話が数回コールすると、相手の初春が出た。

 

「あ、もしもし?初春?」

 

何だか初春の様子がおかしい……

電話の向こうで彼女のすすり泣く声が聞こえる。

 

「もしもしッ!!?もしもし!初春!どうしたの……ッ!!?」

 

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「テレスティーナ・木原・ライフライン……そう言ったんですのッ!!?」

 

初春から理由を聞いた美琴たちは絶句した。

あれほど信用していた人が裏切ったのだから……

しかし、詩音だけはいつも通り平然としていた。

 

「アンタ、知っていたのね!!?」

 

「ええ、まあ……」

 

「どうして……どうして言わなかったァァ!」

 

美琴は感情に任せて詩音の胸ぐらを掴んだ。

 

「ちょ、ちょっとお姉さま!!?どうしたんですの?」

 

「そうですよ、御坂さん!」

 

この騒ぎに初春はより一層涙を流す。

収集の付かない状態を見かねた固法は声を上げて一括した。

 

「アナタたち!いい加減にしなさい!」

 

彼女の声に驚いた美琴たちは静まりかえる。

 

「ったく……ここで言い争っても埒が明かないってことぐらい分かるでしょ!」

 

「はい……すみません……」

 

美琴は詩音を解放した。

 

「それで昨日は何があったのか、話してくれるわね?」

 

「はい……」

 

美琴は昨晩の出来事をみんなに話した。

 

「じゃあ、その時に詩音くんがテレスティーナさんを止めていれば………」

 

「だから余計に腹が立つのよ……ッ!」

 

美琴は悔しさから、より一層拳を強く握る。

 

「それで、詩音くんはどうしてそんな事したの?」

 

「御坂さんの言うとおり、僕はテレスティーナの裏の顔を知っていた。だけど動こうにも、彼女はなかなか尻尾出さなかったんだ。」

 

「だ、だから……紅月くんはテレスティーナさんを泳がせて、さらに春上さんや枝先さんを利用して……」

 

「そうだよ、初春さん……否定はしない。」

 

「そんな、ワタクシはアナタを信じていたのに……」

 

「白井さんにも済まないとは思っている。以前、僕を庇ってくれたのに……すべて終わったら、気が済むまで僕を殴れば良いさ。僕は目的のためなら友人すら利用する最低な男さ……」

 

「ワタクシは、アナタを殴るとかそんなことを言わせたいんじゃありませんの!」

 

「そうだよ!自分を最低だとか殴れとか言わないで!」

 

「ルイコ……ごめん。」

 

「そうね。私もそんな弱気な詩音くんは見たくはないわ。それでキミは他に何か知っていることはあるの?」

 

「あります。木山先生が探しているファーストサンプルはテレスティーナが持っているはずです。」

 

「え?どうしてそんなことが言えるのよ?」

 

「能力体結晶の投与の最初の被験者は彼女ですから。」

 

「なんですって!!?」

 

「それにその後、彼女は幻生の助手としても一緒に働いていましたし……」

 

「と言うことは、テレスティーナは春上さんたちを利用して自身の研究を完成させようとしているのね?」

 

「ええ、事態は一刻を争います。」

 

「ならば、私が行きます!」

 

「お姉さま!!?それは危険ですわ!」

 

「でも、詩音が言うには事態は一刻を争うんでしょ?私ならば春上さんたちを助けられるかも……!」

 

そう言って美琴は支部を飛び出して行った。

 

「お姉さま!お待ちに………!」

 

「白井さん!御坂さんのことは僕に任せて!」

 

詩音も美琴に続いて支部を飛び出して行く。

 

次回に続く。



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第35話 あなたの目には何が見えていますか? 後編

かなり間が開いてしまいました。


支部を飛び出した美琴を追い掛けて、詩音も支部を出た。

彼女との時間差は無かったので、詩音はすぐに美琴に追い付いた。

 

「御坂さん!何やってるんですか!」

 

美琴の肩を掴み、引き止めようと問いかける詩音。

 

「何って分かるでしょ!テレスティーナの所に行って、春上さんを……枝先さんを……みんなを助けるのよ!」

 

美琴は訴えた。

 

「今、御坂さんじゃ無理ですよ!」

 

「何が無理なのよ!私はレベル5よ!不可能なことはないわ!」

 

美琴は感情的なことになっているのか、ワケの分からないことを言っている。

 

「私のせいで……私が感情的になって……それで……!この責任は私にあるの……!」

 

詩音に対して、今回の美琴は一歩も譲らない。

しかし、詩音も引かずに食い下がった。

 

「仮に奴からみんなを助けられたとしても、御坂さん自身が無事だと言う保証はどこにもないんですよッ!!?」

 

「じゃあ、どうすれば良いの……ッ!!!」

 

「僕も行きます……ッ!」

 

詩音の覚悟を決めた瞳が、美琴を見据える。

 

「えっ?……」

 

「僕も御坂さんと行くって言ったんですよ!」

 

「アンタこそ無理よ!レベル0に何が出来るって言うのよ!」

 

「レベル0とか関係ない!少しは友達である僕を頼ったら良いじゃないですか!」

 

その言葉に美琴は、ハッと何かを気づかされた。

 

「だから……」

 

詩音は手を差し出す。

美琴がその手を握った次の瞬間、詩音に強い衝撃が走った。

 

「がッ!!?……」

 

美琴は能力を詩音に向けて行使したのだ。

その威力はスタンガン程度には強く、その電撃を不意に受けた詩音は昏倒して倒れてしまう。

 

「ど、どうして…………」

 

ワケの分からないまま詩音は意識を失った。

薄れ行く意識の中で詩音の目に映ったのは涙で濡れる美琴の顔だった。

 

「ゴメン詩音……大切な友達だからこそ私はもう誰も巻き込みたくないの……」

 

美琴は救急への通報とメールで後の事を黒子に任せると自分は一人でテレスティーナのもとへ向かった。

 

****************************************************************************************************************************

 

場所は変わり、第一七七支部でもひと悶着起きていた。

未だに涙が止まらない初春に痺れを切らした黒子が、泣く彼女の頬を平手で叩く。

乾いた音が支部内に響いた。

 

「……ッ!!?」

 

「いつまで、そうやって泣いていますの……!」

 

静かだが、黒子の声は明らかに怒気を孕んでいる。

 

「白井さん………?」

 

呆気にとられる初春。

佐天もその様子を心配そうに見守るしか出来ない。

 

「もっと他にやるべき事があるでしょ……以前、詩音さんにもあんな啖呵を切っておいて、何かあると泣くことしか出来ない……いい加減にしてくださいな……!」

 

黒子の檄が届いたのか、初春は涙を拭き支部のパソコンを叩く固法と席を変わる。

 

「交代してください!」

 

涙声だが、いつものジャッジメントとしての初春に戻っていた。

パソコンと向き合い、懸命に連れ去られた春上たちの手掛かりを探る。

一方の黒子は初春の為だと言えど、彼女に手を上げたことを深く後悔していた。

 

「そう言えば、詩音くんと御坂さんは大丈夫なのかしら……」

 

固法はふと言葉を漏らす。

その時、黒子の携帯が鳴った。

相手は美琴……その内容に黒子は驚愕する。

それと同時に支部の電話も鳴った。

電話はアンチスキルから、その内容は詩音のことだった。

 

「佐天さん!詩音さん「くん」が……!」

 

「へッ!!?……」

 

****************************************************************************************************************************

 

美琴が先進状況救助隊の研究所に着いた。

ちょうどその時、数台の大型トレーラーが研究所から出発するタイミングだった。

次々とトレーラーが正門を出ていく。

しかし、その内の一台が美琴の前で停車した。

ドライバーが見送っていたテレスティーナに無線で指示を乞う。

 

『良いから、行きなさい。』

 

彼女の指示でトレーラーが再び動き出した。

 

「ちなみに今のトレーラーに子供たちが乗っていたんだけど、良いの~?追い掛けなくて?」

 

専用の新型の駆動鎧を着たテレスティーナが美琴を煽る。

 

「騙したわね?」

 

怒りに震えながら美琴はグッとテレスティーナを睨み付けた。

 

「怒った~?」

 

「いったい何を企んでいるのッ!!?」

 

「フフ……企むだなんて………」

 

不敵に頬笑むテレスティーナ。

 

「木原幻生の孫で能力体結晶の最初の被験者でおじいさんの実験体にされるなんて……なのにアンタは幻生の研究を手伝い春上さんたちを連れ去った。いったいどういうつもりなのッ!!!」

 

美琴はテレスティーナの目の前に立った。

 

「ププ……ギャハハハハハハッ!」

 

次の瞬間、テレスティーナは下品に笑う。

 

「よく調べたじゃねェかァお利口さァ~ん!けどなァ~どういうつもりと聞かれて答えヤツは居ねェ~んだよ……ヴぁーーか!」

 

ついに堪忍袋の尾が切れた美琴の体には尋常ではない電気が流れ、その身を青白く輝かせる。

 

「そんなに知りたきゃ、力ずくで聞き出してみろやァッ!」

 

その言葉に反応した美琴は電撃をテレスティーナに向けて放とうしたが、急に頭全体に響く音に邪魔される。

 

「まあ、出来ればだけど……♪」

 

不快な音に苦しみ、美琴はその場に膝間付いた。

 

「こ、この頭をかき乱す音は……まさかッ!!?」

 

「そう!そのまさかだよ!」

 

テレスティーナは右手を振り上げると、美琴目掛け力任せに振り落とす。

美琴は激しい頭痛に苦しみながらも、テレスティーナの一撃を間一髪避けた。

テレスティーナの一撃は駆動鎧の助けもあって、アスファルトの地面を易々と砕いて見せる。

 

「ど、どうしてキャパシティーダウンをアンタが……」

 

「だってコレを作ったの私だから……♪」

 

「つ、作った……ッ!!?」

 

「ああ、スキルアウトに試作品を流したら、たくさんデータが集まってなぁ。おかげでかなり性能がアップしたぜェ?まあ、ちっとばっかしでかくなったけど……まあ、ゴミくず見てェなスキルアウトも使い方しだいじゃ役に立つんだなァ。アハハハハ!」

 

美琴は第十学区であった出来事を考えると堪らなく腹が立った。

 

「ふ、ざけるんじゃないわよ!」

 

「あぁ~?」

 

「スキルアウトは使い捨ての道具でもなければ、ゴミくずでもない!」

 

美琴がテレスティーナに向けて電撃を放つが、キャパシティーダウンの効果で狙いが外れる。

逆にテレスティーナは自身が携えていたグレネードランチャーを装備すると美琴に狙いを定めた。

 

「怒っちゃいーや!」

 

彼女はなんの躊躇いもなくランチャーの引き金を引く。

発射されたグレネード弾は美琴の脇を通り、後ろに止めてある大型車両に着弾し大爆発した。

 

「きゃッ!」

 

爆発の余波に煽られる美琴。

 

「何だよ……調整がいまいちじゃねェか。」

 

再び銃口が美琴に向けられる。

 

「まあ、互いにハンデがあるし面白いゲームになりそうだ。」

 

テレスティーナが連続でグレネードランチャーを撃ってきた。

美琴は必死なって彼女の攻撃を避ける。

 

「こんのォォッ!!!」

 

すかさず美琴も反撃するが、全くもって彼女には届いていない。

 

『キャパシティーダウンのせいで上手くコントロール出来ない。』

 

「ほらほら~全然こっち届いてないよう~♪」

 

こうなっては、テレスティーナの一方的な展開だった。

 

「ギャハハハ!どんどん逃げろやァッ!レベル5のお嬢ちゃんよォォッ!」

 

研究所の敷地内では轟音が鳴り響き、そこら中から土煙が立ち上る。

絶体絶命の美琴はとうとう建物の支柱付近まで追い詰められてしまった。

 

****************************************************************************************************************************

 

場所は変わり、研究所内の病室。

そこには、婚后光子が入院しており、優雅に読書をしていた。

しかし、何だか外が異様に騒がしいことに気づく。

 

「もう~何ですの?この騒がしさは……これでは、ゆっくりと読書に勤しむことも出来ないじゃありません………かッ!!?」

 

カーテンを開けると外には爆発によって開いた穴がそこらじゅうにあった。

外の状況に婚后は戸惑いを隠せない。

さらに彼女は驚愕した。

 

「み、御坂さんッ!!?」

 

なんとテレスティーナが美琴の首を絞めていたのだ。

苦しそうにもがいている彼女の姿に居ても立ってもいられなくなり、患者用の部屋着のまま病室を飛び出した。

 

****************************************************************************************************************************

 

「苦しいか?苦しいか?」

 

美琴の首を絞め上げながら、テレスティーナは笑っている。

 

「グッ……ガッ…………ッ!」

 

一方、首を絞められる彼女は必死に抵抗するが、駆動鎧の力は凄まじく徐々に意識が薄れていった。

 

「フフ……この際だから教えて上げる♪私の目的は能力体結晶の完成♪もう誰にも止められし、邪魔はさせねェ……!」

 

その言葉を最後に美琴の意識は途切れた。

 

「おい。面白い“実験材料(モルモット)”が手に入ったぞ。運んで置け……ッ!」

 

『了解……』

 

テレスティーナに敗れた美琴は彼女の部下の科学者と量産型の駆動鎧を纏った者によって別の場所に運ばれそうになった所に、婚后光子が立ちはだかる。

 

「お待ちなさいッ!」

 

婚后の言葉に科学者たちが立ち止まった。

 

「アナタ方がお連れになっているその方をワタクシ婚后光子の知っての狼藉ですの?」

 

****************************************************************************************************************************

 

時間は経ち、全ての準備を終わらせたテレスティーナは各分隊へ最後の確認を取らせていた。

 

「各分隊、状況報告を……」

 

『イエローマーブル異常なし。』

 

『ブランマーブル異常なし。』

 

『こちら、ブルーマーブル!“超電磁砲(レールガン)”を取り逃がしました!』

 

なんと婚后光子は美琴の救出に成功し、研究所からの脱出に成功したのだ。

 

「だとォッ!!?」

 

その報告を聞いたテレスティーナは激怒する。

 

『申し訳ございません!周辺を捜索していますので………!』

 

「使えねェクズ共が!もういい!テメェらはそこで首でも吊ってろ!」

 

部下は謝罪するが、とうの彼女は聞き入れて貰えず失敗した部下らに罵詈雑言を浴びせた。

 

「まあいいか……さあ、茶番は終わりだ。盛大にフィナーレといこうか!」

 

****************************************************************************************************************************

 

テレスティーナの研究所から婚后によって連れ出された美琴は病院のベッドで目を覚ました。

 

「…………ハッ!!?」

 

「お姉さま!!?」「御坂さん!」「痛いところとかありませんか?」

 

「こ、ここは………?」

 

「病院だよ……」

 

詩音が答えた。

 

「詩音……大丈夫だったの?」

 

「アンタが言えた口ですか……友達だと思ってたのに、裏切られた気分ですよ……」

 

詩音は美琴に冷たい言動とる。

 

「…………ゴメン。」

 

美琴の目から一筋の涙と共に謝罪する言葉が零れた。

 

「まあ、良いですよ……僕は人一倍頑丈ですから。」

 

美琴は気を失ってからのことを黒子たちから聞かされる。

 

「そう……婚后さんが……」

 

美琴の脳裏にテレスティーナのあの悪意に満ちた顔が浮かんだ。

 

「あの女……ッ!」

 

苛立ちを隠せない彼女は上体を起こす。

 

「お姉さま!無茶ですわ!そのお体では……ッ!」

 

「退きなさい黒子!こんな所で呑気に寝ている場合じゃない!早く春上さんや子供たちを……私が勝手に研究所に潜り込んで、それで感情的になって、テレスティーナに子供たちを託したりしたから……ッ!」

 

「ですから!」

 

「大丈夫だから。早く春上さんの所に……私はこの一件に対して責任を取る必要があるの!」

 

黒子の静止を振り切り、ふらつく足で病室を出ようと美琴は扉に向かって歩き出した。

しかし、その行く手を佐天が遮り彼女の力強い瞳が美琴を見据えている。

 

「佐天さん……?」

 

「御坂さん。今、御坂さんの目には何が見えていますか?」

 

「え?佐天さんだけど………」

 

少しの間のあと、美琴は何かに気づかされた。

 

「あ………」

 

ベッドの方に目をやると、自身を心配そうに見つめる初春や黒子、それに詩音の姿がある。

 

「私……ゴメン。私、何か見えなくなってた。みんなに迷惑掛けるんじゃないかって……」

 

「迷惑なんかじゃありません!でも、離れて心配しているよりも一緒に苦労したいんです。それが……」

 

「友達だからね♪」

 

「あー!詩音くん!その最後のセリフは私が格好よくキメたかったのに〰️ッ!」

 

「プッ……アハハハ!」

 

美琴に笑顔が戻った。

 

「そうですよ。私も御坂さんのチカラになりたいです!」

 

「ワタクシもですわ……」

 

「みんなありがとう。」

 

美琴は皆に向かって頭を下げる。

 

「と、言うことでみんなで仲直りをしましょう!まずは初春!」

 

「は、はいッ!!?」

 

「謝りなさい!みんなに!ずっと嫌な態度を取って“ごめんなさい”って……!」

 

「ちょ、ちょっと佐天さん!!?」

 

「白井さんもです!」

 

「へぇ……ッ!!?」

 

「“初春ひっぱたいてゴメン”って謝ってください。」

 

「エェ……」「あぁ……」

 

佐天の押しの強さに一瞬戸惑う二人であったが、すぐに二人とも頭を下げて謝った。

 

「「ごめんなさい。」ですの………」

 

「うんうん……二人は謝ってくれたし、最後は詩音くん!」

 

「やっぱり……流れ的に来るとは思ってたよ。みんなには迷惑にかけました。ごめんなさい。」

 

「詩音くん?詩音くんの場合、私たちに謝るだけじゃダメだからね。」

 

「え?どうして?」

 

「だって詩音くんのやったこと一番ひどいよ?だから春上さんや木山先生の教え子みんなに謝るんだよ?男の子だからちゃんとしなきゃ!」

 

「はい……ルイコって、なんか僕たちのお母さんみたい。」

 

「もう、詩音くん。そこは“お姉さん”って言ってよね……」

 

とにかく佐天のおかげで五人は仲直りをする事が出来た。

そこへ婚后がやって来て一言……

 

「ワタクシには何かありませんの?」

 

確かに彼女の言う通り、美琴を助け出し病院まで運んだのは婚后だった。

礼の一言もあっておかしくない。

 

「ありがとう。婚后さん……♪」

 

美琴は婚后にお礼を言った。

 

「別に構いませんけど……////」

 

しかし、自分から感謝の言葉を催促しておきながら、言われたら言われたで気恥ずかしくなったのか、自身の持っている扇子で照れて赤くなった顔を隠している婚后であった。

 

****************************************************************************************************************************

 

美琴も回復し病院を出る頃には、時間も正午を回っていた。

詩音たちは急いで一七七支部に戻り、テレスティーナの足取りの捜索と逮捕のためにアンチスキルに通報していた。

 

「ですから!テレスティーナ・木原が違法な行為をしていたのは、最早明らかですの!」

 

『奴らの組織が怪しいのは、コチラでも分かっていたんだよ!色々調べてから……』

 

「そんな悠長に構えている時間はありませんの!どうにかしてくださいな!」

 

『そう簡単には動けないんだよ!アタシたちにも限界ってものがあるじゃん!』

 

アンチスキルの黄泉川と黒子の画面越しの押し問答が続く。

そこにしびれを切らした佐天が割り込み、黄泉川を一喝した。

 

「限界を超えることに意味があるんじゃないんですか!」

 

『お前は講習の時の……ッ!!?』

 

「もう無理だと言って諦めたら、そこで終わりだと言っていたじゃないですか!このままじゃ子供たちが危険なんですよ!」

 

佐天が黄泉川に言った言葉は、特別講習で彼女が言ったのと同じである。

それに黄泉川は何も言い返せなくなった。

 

『少し時間をくれ……』

 

黄泉川はそう言って通信を切る。

 

「ルイコ言うようになったね~♪」

 

佐天の後で支度をしながらも、彼女をきちんと茶化す詩音。

 

「詩音くんも私を茶化さないでさっさと支度しなさい!」

 

「はいはい……」

 

アンチスキルへの通報もやったあとは速やかに行動してくれることを願うだけだ。

各々準備や腹ごしらえを初める。

 

「アンチスキルの監視衛星からのデータが来ました。MARのトレーラーは都市高速五号線、十八学区第3インターチェンジを通過したところです!」

 

「都市高速五号線って、確か十七学区に繋がっていたわよね?」

 

「十七学区……?」

 

「なぜそのような所に……?」

 

「あそこには木原幻生が持っていた私設の研究所があるからね。おそらくはそこに向かっていると思う。」

 

支度を済ませた詩音がやって来た。

今回は普段の出で立ちに専用の籠手とブラウンのロングブーツとシンプルな格好である。

前回のAIMビースト戦で他の防具はボロボロになり、今はメンテナンス中だ。

 

「ふーん……ねえ、これ……」

 

美琴は走行するトレーラーの画像の後に付ける青いスポーツカーに目が止まる。

 

「初春さん、トレーラーに付いてるこの青い車、拡大して貰える?」

 

「え?はい………って、この車、木山先生!」

 

初春が手元のマウスを操作して青い車を拡大すると、その車は木山春生の物だった。

 

「やっぱり。ッたく、一人で行っちゃうなんて背負い込んでじゃないわよ!」

 

自分のことを棚に上げといて木山に文句を垂れる美琴。

 

「お姉さま……それはツッコミ待ちと言うことでよろしいんですの?」

 

「え?」

 

「案外似た者同士じゃないんですか?」

 

「そ、そんなこと……」

 

黒子と佐天の的確すぎるツッコミがイタい。

 

「だから、御坂さんの手綱は白井さんがきちんと握ってやってくださいね?」

 

「アンタねぇ……!」

 

「はいはい、お姉さま。どうどう……」

 

忙しい中でも、しっかりコントをする芸人魂を持った三人。

 

「それで、ワタクシは何をすればよろしいの?」

 

おにぎりを口に頬張りながら、訪ねる婚后光子。

 

「まだ居ましたの?」

 

黒子の邪険な扱いに動揺した婚后は、食べていたおにぎりを喉に詰まらせた。

胸を叩き慌てる彼女に、味噌汁を注いだお椀をお盆に載せたエプロン姿の固法美偉が現れた。

 

「ほら、これを飲みなさい!」

 

応接用の机には大量のおにぎり、寸胴鍋に作った味噌汁、そしてムサシノ牛乳が老いてある。

 

「腹が減っては戦は出来ぬ!しっかり食べなさい!」

 

「「「「「「はーーーーーい!」」」」」」

 

詩音たちと木山春生、テレスティーナ、それぞれの思いが交錯するなかで最後の戦いが今始まる。

 

準備が出来た美琴たちが支部を出ようとした時だった。

 

「初春さん……」

 

詩音が初春を呼び止める。

 

「はい?何でしょう?」

 

「これ……」

 

詩音は彼女に何かを投げ渡した。

 

「わぁッ!!?おっとっと……」

 

危なげではあったが無事に受けとることができた。

詩音が初春に渡した物は、彼自身の携帯電話だった。

しかし、その携帯には見慣れないアタッチメントが付属されている。

 

「えっと……これは?」

 

「インカム式だから右耳に付けて見てごらん。」

 

詩音の言うとおりに初春はその携帯を耳に当てた。

すると付属されたアタッチメントの一部品から光が彼女右目に照射される。

 

「え?え?」

 

混乱する初春。

 

「大丈夫、それはウチの会社の技術部が開発した網膜投影式のパソコン。僕の携帯回線からありとあらゆるネットワークにアクセスできる。もちろん君のパソコンにもね……瞳を動かせば操作は出来るから……」

 

「す、すごい……」

 

「みんなのナビゲーションは頼んだよ。」

 

「ま、任せてください!」

 

初春は他のメンバーと木山春生のもとへ向かった。

 

「行ったか……」

 

皆を見送った詩音は別のインカムを使って誰かと連絡を取り始める。

 

『あ、委員長……』

 

通信に出た相手は瀬田つかさだった。

 

「みんな行ったよ。キミはどうかな?」

 

『大丈夫です。移動手段は確保しました。到着まで8分です。』

 

「了解。気を付けてね。」

 

『はい。』

 

通信が切れる。

 

「さて、僕も行きますか……」

 

詩音も支部をあとにした。

 

次回に続く。




ご意見、ご感想をお待ちしてます。


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第36話 真・刀剣使い(ソードダンサー)

モニターの明かりのみの薄暗い場所で、能力体結晶のファーストサンプルを眺めながら、テレスティーナは幼い頃の記憶に耽っていた。

 

『レベル6……?』

 

特殊な機械の上に横たわるテレスティーナが聞く。

 

『そう、レベル6だ……お前は学園都市の夢になるのだよ。』

 

「はぁ~♪ワタクシがこの街の夢に~」

 

この時の彼女はまだ何も分かってはいない。

ただただ祖父である木原幻生と学園都市のためになるという幸福感でいっぱいだった。

そんな彼女の頭部が機械に隠れる。

 

『そう、その礎になァ……!!!』

 

幻生の悪魔的に歪んだ表情を浮かべていた。

 

****************************************************************************************************************************

 

『イエローマーブルよりマーブルリーダー、現着しました。これより搬入を開始します。』

 

春上たちの輸送を担当していた隊からテレスティーナのもとに連絡が入る。

 

「了解だ。ブラウンマーブル?そっちはどうだ?青い車は着いて来ているか?」

 

『予定通りです。』

 

「さあて、茶番もしメェだ……盛大にフィナーレと行こうじゃネェか!」

 

陽動部隊からも予定が恙無く進行しているのを確認した彼女は自身も出撃した。

 

****************************************************************************************************************************

 

そして場所は変わり、木山春生はMARの大型車を単身追跡中である。

それがテレスティーナの仕掛けた罠とも知らずに……

 

「待ってろ、私が必ず……!」

 

一心不乱に追いかける彼女の車。

敵は頃合いと見たか攻勢に出る。

木山の目眩ましために走っていた2台のワンボックスカーが、それぞれ左右に履け、木山に道を譲った。

 

「ん……?」

 

次の瞬間、トラックの荷台が展開し、中から量産型の駆動鎧を纏ったテレスティーナの部下が現れ、木山に向けてグレネードランチャーを構える。

 

「な、に………ッ!!?」

 

絶体絶命の木山春生……

しかし、そこへ美琴がダイナミックに登場。

渾身の雷撃を走行中の高速道路に叩き込むと、その衝撃でトラックは横転、テレスティーナの部下たちは車外に放り出されてしまった。

木山は車を巧みに操り、間一髪トラックの横転に巻き込まれることなく難を逃れる。

 

「クッ……いったい何が!!?」

 

木山は車を止め車外を確認するとそこにはレベル5の御坂美琴とその相棒でレベル4の白井黒子が立っていた。

 

「ッたく、何が楽しいのか知らないけど……」

 

「手の込んだイタズラですわ。」

 

「何のマネだ!」

 

車を降りた木山が二人に強い口調で訊ねる。

 

「なぜ君たちがこんな所にッ!!?いったいどういう………ッ!!?」

 

木山が言葉を全部言い終わらないうちに、さらなる加勢がやって来た。

それはバイクに股がった固法と初春、そして佐天だった。

 

「木山先生!この車は囮です!」

 

「子供たちは乗ってません!」

 

「何だって!!?」

 

固法の駆るバイクの後にタンデムしていた初春と佐天は、バイクから急いで降りると、次は木山の車に無理矢理乗り込む。

 

「うわッ、狭ッ!!?初春、おも……ッ!!?太った?」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないですよ!」

 

「キ、キミたち!」

 

「早く乗ってください!私がナビします。」

 

「急いで!子供たちを助けるんでしょッ!!?」

 

木山は戸惑う。

大切な教え子を助けたいが、同じように美琴たちを危険な目には合わせたくはない。

 

「行って!」

 

戸惑う彼女に美琴は自身の思いを伝える。

 

「しかし……!」

 

「迷っている暇はないわ!ここは私たちに任せて……!早くッ!!!」

 

「………すまない!」

 

美琴の強い意思に押し負けた木山は車に乗り込み、初春のナビをもとに目的地へと急いだ。

車を見送った美琴と黒子は、トラックをにらみ付ける。

トラックから敵がわらわらと出てきた。

敵も駆動鎧を着込んでいたおかげで、あの横転事故でもほとんど被害がないようだ。

 

「さあて、いっちょやりますか…………って、」

 

やる気満々の美琴たちの目の前に、2機のMAR所属のヘリコプターが防音壁越しにいきなり現れる。

 

「ええェェーーーッ!」

 

レスキュー用のUH-60ヘリコプターには機首下部に米国製M134ミニガンと高性能センサー、左右のスタブウイングにはミサイルにロケットランチャーが特設され無理矢理にガンシップへと転用されていた。

これは予想外だった。

おそらく、高速道路の防音壁に沿って低空飛行で接近したのだろう。

これには美琴たちも驚いていた。

しかし……

 

「ありがとう、詩音さん。ここでよろしくてよ。」

 

一台の車から降りてきたは上品な振る舞いをする女性が横転したMARのトラックに手をそっと添える。

すると、次の瞬間トラックはとてつもないスピードで宙を舞い、美琴たちに射撃を加えようとしていた1機のヘリのテイルローターに直撃させ、バランスを崩すとそのまま2機目に接触、縺れ合うように2機は墜落した。

 

「今の如何わしい能力は……ッ!!?」

 

黒子はヘリを撃墜した人物に大方の検討を付いていた。

そこにいたのは、彼女と同等の能力レベルを持つ婚后光子。

 

「真打ち登場とでも申しましょうか?ここはワタクシの能力、エアロハンドの見せ所のようですわね!」

 

堂々とした立ち振舞いをしつつ、自身愛用の扇子で上品に口元を隠し口上を述べる。

 

「こ、婚后さんッ!!?」

 

「僕もいるよ~♪」

 

婚后の右側に立ったのは詩音。

 

「あと、助っ人だよ~!」

 

詩音の紹介で婚后の左側に立ったのは、なんと風紀委員会副委員長の“瀬田つかさ”だった。

 

「つかさッ!!?」

 

驚いた固法は思わずヘルメットのカバーを開けて、改めて確認する。

 

「ヤッホ~♪」

 

「固法先輩、あの人と知り合いなんですか?」

 

「ええ……私の通っているジムの仲間で友達なの。白井さん、あの子もアナタと同じレベル4よ。」

 

「えッ!!?そうなんですのッ!!?」

 

「彼女もまたあの婚后さんと同じ系統の空力使いよ。」

 

「そうなんですの。」

 

「それにしても、アナタって、車の免許を持ってたのね!」

 

「まあね~♪」

 

「それにその車は?」

 

固法の言うとおり、詩音たちの乗っていた車はアンチスキル所有の某国産のスポーツカーであった。

 

「ちょっとアンチスキルから拝借してきました♪」

 

悪怯れる様子のないつかさ。

 

「まあまあ固法先輩、車のことは僕に任せて今は目の前の敵に集中しませんか?後顧の憂いを絶つためにも……ね♪そうでしょ?御坂さん!」

 

「何だか腑に落ちないことだらけだけど、確かに今はコイツらを突破しなきゃ!」

 

美琴に電流が走る。

しかし、彼女は黒子の能力“テレポート”によって固法のバイクのタンデム席に座らさせた。

 

「え?ちょっ、黒子ッ!!?」

 

「ここはワタクシたちが引き受けますの!」

 

黒子は自身の通学用の鞄から長い皮ベルトに大量ストックした鉄製ダーツを取り出す。

 

「お姉さまは木山春生にお力添えを!」

 

「黒子……分かった!ちゃんと付いて来なかったら承知しないからね!」

 

「ッ////……ワタクシをお姉さまのパートナー!白井黒子と知ってのお言葉ですの!」

 

「ちょっと白井さんッ!!?人の決め台詞を取らないで下さいな!」

 

コントのようなやり取りをしている間に敵は態勢を立て直し、銃口を詩音たちに向けた。

 

「えッ!!?きゃあァァー!!!」

 

先ほどの堂々とした婚后とは違い、敵を目の前に逃げ出す。

 

「白井さん!みんな!行くよ!散開ッ!!!」

 

詩音の合図を皮切りに黒子、つかさ、婚后の四人はMARの陽動部隊との戦闘に入った。

 

「固法先輩!」

 

「オッケー!」

 

黒子たちが戦闘状態に入ったことを見送った美琴は、固法の操るバイクで先に向かった木山春生の車を追うのだった。

 

「さあ!行くわよ!」

 

****************************************************************************************************************************

 

詩音たちは高速道路上でテレスティーナの部下たちと激しい戦闘を繰り広げていた。

 

「剴鳥・鍔鳴り!八連!」

 

詩音の繰り出す飛ぶ斬撃が敵を次々と斬り伏せる。

 

「私も委員長に負けてはいられませんね。」

 

つかさは能力で空気の足場を作り、それを利用することで爆発的な加速力を生み出し敵に肉薄した。

 

「“圧縮爆弾(バースト・ボム)”!」

 

懐に飛び込んだつかさが腹部に手をあてがった瞬間、敵は高速回転しながら吹き飛ぶ。

つかさの能力は“空気銃(エアーガン)”……

空気の弾丸を音速の3倍で撃ち出すことができ、さらに能力の応用も幅広く、空気の層を足場に縦にも横にも自在に高速で移動、威力も任意で調整が可能だ。

ちなみに最大威力は戦車をも吹き飛ばす。

 

黒子はダーツをテレポートで敵の重火器に転送し誘爆を誘う。

婚后光子も能力で敵を次々と無効化していた。

しかしながら、敵の数はまだまだ多い。

 

「いったい、どれだけ出てくるんだか……絶技、爆爪閃裂撃!」

 

詩音の放った一閃は進路上にいた五人の敵を吹き飛ばす。

 

「キリがないな……つかさちゃん!」

 

「何でしょう?委員長。」

 

「あと、頼める?」

 

「委員長のためなら……」

 

つかさの了承を取った詩音は自分たちの乗ってきた車に向かって走り出した。

 

「ちょっ、詩音さんッ!!?いったいどこへ?」

 

黒子の言葉に耳を傾けることなく、縮地を使い車にたどり着くと運転席に乗り込み、エンジンを始動する。

そして、慣れた運転で黒子のもとへ向かった。

補助席側の窓が開き、詩音が黒子に声をかける。

 

「白井さん!乗って!」

 

「詩音さんッ!!?どうして……」

 

「いいから!あとはつかさちゃんがどうにかしてくれるから!」

 

「ええ……あとは私とアナタのお友達に任せて下さい。空気弾(エアロバレット)!」

 

「わ、分かりましたわ!あとはお願いしますの!」

 

黒子は詩音の隣に乗り込んだ。

彼女が乗ったのを確認すると、詩音は車を急発進させて先に行った美琴たちを追いかける。

 

「えッ!!?詩音さまと白井さんはどちらに行かれましたのッ!!?」

 

「二人は先に行ったみんなのもとへ向かいました。ここの守りは私とアナタの肩に掛かっています。申し訳ないけど、アナタにはもう一勝負付き合ってもらいますからね?」

 

「………もちろんですわ!と言うか、そのお言葉!ワタクシを婚后光子と知って言ってますのッ!!?」

 

二人は敵のもとへ走り出した。

 

****************************************************************************************************************************

 

美琴たちを追いかける詩音と黒子。

 

「詩音さんって、車の運転が出来たのですか?」

 

「まあ……ね、学園都市に来る前に父さんに教えてもらったから。」

 

「詩音さん。アナタは何者ですの?以前はスキルアウト摘発のためにアンチスキルを動かしたりしてましたよね?」

 

「白井さん、それ以上は探らない方が良い。これは友達としての忠告だよ。」

 

詩音の横顔に異様な雰囲気を感じた黒子は、彼に対するそれ以上の詮索をすることはなかった。

しばらく走ると前方の道路が大きく寸断されていた。

やむを得ず詩音を車を止める。

二人は車から降りて道路の裂け目を見た。

 

「詩音くんッ!!?どうしてここにッ!!?」

 

裂け目の向こう側には固法がいる。

 

「後ろはつかさちゃんと婚后さんに任せてきました!それにしても、この大きな裂け目は何なんですかッ?」

 

「テレスティーナよ!彼女、大型の作業機械で……」

 

なんとテレスティーナは自身の組織で所有していた大型作業機械で美琴たちに奇襲を仕掛けて来たのだ。

 

「詩音さん?これでは向こうに行けませんの!」

 

焦る黒子。

しかし、詩音は極めて冷静だった。

 

「白井さん、乗って!」

 

「えッ!!?何を言ってますのッ!!?見て分からないですか?この大きな裂け目……向こうに行くのは不可の………」

 

「ここのコブをうまく使えば……大丈夫。行ける……!」

 

詩音にはこの割れ目を越える自信があった。

彼の自信に満ちた表情を見た黒子は察する。

 

「まさかとは思いますが……」

 

「ふふ~ん♪」

 

そう、詩音はこの大きな裂け目を飛ぶつもりだ。

車内に戻る二人を見ながら、固法も黒子同様に彼が何をするのか察する。

詩音は車を300mほど後退させた。

車のエンジンを拭かせる詩音。

3.8リッターV型6気筒エンジンが唸りを上げる。

 

「本当に行きますの?」

 

「もちろん、じゃないと前のみんなに追い付けない!」

 

一言言った詩音の目付きが変わった。

そして、彼はギアを1速に入れる。

アクセルを一気に踏み込み、タイミング良くクラッチを離すと、車は一瞬横滑りして発進した。

強いGによって二人は座席に押し付けられる。

2速3速とギアを上げていった。

 

「詩音さん!詩音さん!本当に大丈夫ですのッ!!?」

 

黒子の顔はひきつり、心底、心配でならない様子。

 

「大丈夫!僕を信じて!」

 

道の裂け目まで120mのところで詩音の車の速度は時速200km近くになっている。

詩音は車を操り、狙ったとおり車はコブに乗り上げた。

次の瞬間、車は宙を舞う。

 

「ひゃああーーーッ!!!飛んでる!ワタクシたち飛んでますわぁーーーッ!!!」

 

20mほどの裂け目を飛んだ車は、強い衝撃のもと無事に着地した。

 

「もう、アナタの運転する車には絶対に乗りませんからね……!」

 

黒子は顔は、ちょっと死んでいた。

 

****************************************************************************************************************************

 

時間は少し戻り、詩音たちがテレスティーナの部下と戦っていた時、木山の車は初春のナビゲーションで目的地に向かっていた。

その後方には、いつの間にか美琴を乗せた固法の駆るバイクがいる。

 

「さっきの部隊が出発したあと、民間を装った輸送車がMARの本部から出て行くのを、アンチスキルの監視衛星から目撃されていました。おそらく……」

 

「そちらが本物。私はまんまとダミーを掴まされていたと言うわけか……くッ!」

 

「急ぎましょう!そいつら、もう目的地に着いてるみたいなんです!」

 

「場所はッ!!?」

 

「二十三学区の使われていない推進システム研究所!この先の分岐を左に……ッ!」

 

木山は初春の言うとおりに車を走らせた。

しかし、この動きはテレスティーナに筒抜けだった。

 

「ほぉ……良いねェ、やるじゃねェかァ……最もそのくらいやって貰わねェと…………」

 

次の瞬間、道路が崩落し、下からテレスティーナの駆る“大型作業機械(ワークローダー)”が現れる。

 

『ブッ殺しがいがねェもんなァァーッ!!!』

 

透視能力者の固法はいち早く異変に気づいて、回避行動を取ろうとしたが、あと一歩間に合わず、美琴を乗せたまま大きくジャンプしてしまった。

 

「行って!御坂さん!」

 

咄嗟に彼女は美琴を一本背負いの要領で前方に投げる。

 

「こ、固法先輩ッ!」

 

投げられらた美琴は、電撃を木山の車に向けて放ち、電磁石の要領で車の屋根に着地した。

彼女の着地した衝撃で車が揺れる。

 

「「キャッ!!?」」

 

「何ッ!!?今のッ!!?」

 

『ほらほらァッ!命懸けで逃げねェと……』

 

テレスティーナの駆る作業機械に設置された外部スピーカーから、彼女の悪態をつく声が大音量で聞こえた。

 

『ペシャンコになっちまうぞォッ!!!』

 

「あの女か……ッ!」

 

木山は苦虫を潰したような表情となる。

トントン……何やら彼女の車のガラスを外から叩く音がした。

なんとガラスを叩いていたのは、美琴だった。

 

「えッ!!?御坂さんッ!!?」

 

最初に声を出したのは、佐天……

 

「何してんですかッ!!?こんな所で……ッ!!?」

 

初春も驚く。

ガラスが下がると、美琴の声が良く聞こえるようになった。

 

「もっと、スピード出してッ!」

 

「言われなくてもやっている!」

 

「ごめん……私、間違ってた。」

 

唐突に美琴が木山に謝る。

 

「気にするな。私も立場が違えば、同じことをしていたさ……」

 

木山の言葉に美琴も心にあった重石が取れたようだった。

表情が軽くなり、気合いのこもった瞳になる。

 

「この失敗埋め合わせは……」

 

美琴は屋根の上にたち、鋭い眼光でテレスティーナを睨み付けた。

 

「ここで……するからァァーーッ!!!」

 

叫んだのと同時に、テレスティーナの作業機械に向けて電撃を放つ。

しかし、テレスティーナの作業機械は対電対策をしているせいか、美琴の電撃にびくともしない。

 

「私の電撃が弾かれるッ!!?」

 

『アギャハハハハッ!!!』

 

彼女の電撃を防ぐテレスティーナは下品に笑った。

 

『そんな攻撃がこの私に効くとでも思ってんのかァッ!!?』

 

テレスティーナが攻撃体勢を取ろうと車との距離を詰める。

しかし、間髪入れずに美琴はポケットから取り出したゲームセンターのコインを指で弾き、コインが宙を舞っている間に狙いを見据えた。

彼女の得意技“超電磁砲(レールガン)”を放つ気だ。

 

「アレか……」

 

テレスティーナは瞬時に状況を見極めて、作業機械を巧みに操り、急ブレーキで距離を放す。

するとどうだろう、美琴のレールガンはテレスティーナに届くことなく消滅した。

彼女がレールガンとして使うコインはステンレス製で熱に弱く、最大射程は50mが限界だった。

 

「なッ!!?よけたッ!!?」

 

『分かってんだよ!テメぇのレールガンの射程が50mしかねェッつうことも含めて、テメぇのデータは丸っと書庫(バンク)に晒されてるんだからな!』

 

テレスティーナが反撃する。

作業機械のアームをロケットパンチよろしく飛ばしてきたのだ。

しかし、彼女の攻撃も木山の運転で当たることはなかった。

 

「何てヤツ……!」

 

美琴は電撃やレールガンを防がれて悔しそうにする。

一方、車内では木山が初春のナビをもとに、第二十三学区に向けて分岐を曲がっていた。

 

『コレじゃあ、ずっとこっちのターンのままだなァッ!』

 

外ではテレスティーナが下品に喚く声が聞こえる。

その時、初春が詩音から預かっていたヘッドセットから、アンチスキルの通信が入ってきた。

 

「つ、通信……?」

 

「どうしたの?初春?」

 

「アンチスキルからの通信です。今、スピーカーに出しますね!」

 

初春はヘッドセットに聞こえるアンチスキルの通信内容を自身のノート型パソコンのスピーカー機能を使い、木山にその通信を聞かせる。

 

****************************************************************************************************************************

 

 

「チョロチョロと……マジでネズミみたいだな。」

 

作業機械を操るテレスティーナは木山の車の進路をマップデータと照らし合わせる。

そして、先に分岐入り口付近で待機しているはずの部下たちに命令を出した。

 

「まあ良い。グリーンマーブル?そっちへ行ったぞ。潰せェ!」

 

『こ、こちら!グリーンマーブル!』

 

通信の向こうの部下の様子がおかしい。

何やら銃撃戦の音がする。

 

『只今、アンチスキルからの攻撃を……ッ!うわぁッ!』

 

「ああ?どう言うことだッ!!?」

 

先回りして待機していた部隊は、出動した黄泉川の指揮するアンチスキルの分隊に頭を抑えられていた。

 

「こっから先は一歩も通さないんだからァァーッ!!!」

 

黄泉川の同僚である鉄装綴里もアサルトライフルを構えて勇敢に戦っている。

 

「そうだ!こっちの分岐は私たちが抑える!悪いが上からの圧力が強くて、これが精一杯じゃん!」

 

『どうして……アンチスキルが……』

 

通信の向こうの木山は言葉を詰まらせていた。

 

「良いから!とっとと子供たちの所に行くじゃん!」

 

『す、すまない………』

 

テレスティーナの野望を阻止し、囚われの子供たち助けるためにみんなの心が一つになっていく。

 

「チッ!役立たずのゴミどもが……ッ!」

 

テレスティーナは徐々に劣勢になっていく状況が面白くなかった。

 

『だったら、自分でヤってやるよォォーッ!!!』

 

悪態をつきながらも、彼女は作業機械を操り射出した腕部をパージすると、予備の腕パーツをつけ直しさらに一気に加速して美琴との差を詰める。

 

「しっかり、捕まっていろ!」

 

車の窓が開き、木山が叫んだ。

次の瞬間、テレスティーナは作業機械の巨大な腕で美琴もろとも車を叩き潰そうと何度も振るう。

それを木山はハンドルとブレーキ、アクセル操作で巧みによけて見せた。

二発目のロケットパンチもかわして舞い上がる土煙から木山の車とテレスティーナの作業機械が勢い良く飛び出す。

それに続き一台のアンチスキルカスタムのスポーツカーが現れた。

そう詩音が運転している車だった。

 

「アンチスキル……なぜこんな所に?」

 

バックビューモニターに映る映像には詩音の駆るスポーツカーがいる。

テレスティーナの気を引くために、詩音はサイレンをならしていた。

 

「マジで、うぜェェ……!」

 

詩音を止めるためにテレスティーナは、作業機械に搭載されているスペアの腕を投棄する。

 

「前のを潰すのには一発残ってれば良いんだよォッ!」

 

投棄された腕パーツが回転とバウンドをしながら、詩音と黒子の乗る車目掛けて迫ってきた。

 

「詩音さん!前ッ!前ェェーッ!」

 

「任せて!」

 

詩音はどこで培ったテクニックかは分からないが、腕パーツが跳ねたタイミングを見計り、車を横滑りさせながらギリギリのところでくぐり抜ける。

そして、体勢を立て直し再び加速するとテレスティーナの作業機械の股下をくぐり抜け、そのままテレスティーナの前に踊り出て木山の車の左側に並んだ。

 

「この車、確か詩音が乗ってたヤツよね……アイツが連れて来た助っ人の人が運転しているかしら?」

 

美琴はてっきりそうだと思った。

しかし、運転側の窓が開き詩音が顔を覗かせる。

 

「し、詩音ッ!!?」

 

「ヤッホー♪」

 

「アンタ、車を運転出来たのッ!!?」

 

「まあね♪昔取った杵柄だよ♪」

 

車を運転する詩音の姿に驚いたのは美琴だけではなかった。

 

「本当にキミは……」

 

「えッ!!?えッ!!?佐天さん!紅月くんが車を運転してますよッ!!?」

 

「う、初春……!狭いんだから、あんまり動かないで……って!」

 

「苦戦しているみたいですね、御坂さん!」

 

「ウッサイわね!じゃあアンタにアレがどうにか出来るのッ!!?」

 

「もちろんですよ。」

 

そう言って詩音はシートベルトを外す。

 

「ちょ、ちょっと詩音さんッ!!?いったい何をするつもりですのッ!!?」

 

隣に座る黒子には、状況が分かっていない。

 

「テレスティーナを斬ってくる……」

 

「無茶苦茶な!テレスティーナはアレに乗っている以上、無理がありますわ!それに貴方がこの車を離れれば、誰が運転しますのッ!!?」

 

「白井さん……当たり前じゃん。」

 

至極全うだが、無茶苦茶な要求をする。

 

「無理ですわよ!ワタクシが運転なんて!」

 

「ここまで来たんだ!女なら覚悟を見せろ!」

 

詩音は黒子にハンドルを持たさせる。

 

「僕は外に出るから、一番右側のペダルはアクセル。真ん中がブレーキ。左はクラッチ……クラッチの操作は今は必要ないから。あとは任せたよ!」

 

運転を変わった詩音が車外に出て走行中の車の屋根の上に立った。

そして、詩音は愛刀の“絶影”を静かに抜き放つ。

炎天に輝くの太陽の光に絶影の刃が煌めく。

 

「絶影……終わらせるよ。」

 

絶影の刀身を利用し、詩音は自身に瞳術を掛けた。

 

「我は最強……我に斬れるモノ無し!二階堂兵法、心の一方!影技“氷鬼憑神の術”!」

 

次の瞬間、詩音の中に眠る修羅が目を醒ます。

彼の血肉は沸き踊り、限界を超えた毛細血管は破裂し、涙腺や鼻から流血した。

 

「行くぜェェェーッ!!!」

 

詩音は一度刀を鞘へ戻し、鍔に指を掛けると車の屋根を勢い良く蹴って時速150km以上のスピードで走る車から飛び降りると、そのままテレスティーナの元へ向けて駆け出す。

 

『死にに来たカァーッ!!!』

 

テレスティーナは本命である美琴たちの為に取って置いたロケットアンカーを詩音に向けて放った。

 

「鍔鳴り、5連!」

 

「キン!」と言う鍔と鞘の当たる音が聞こえたかと思うと、テレスティーナの放ったロケットアンカー粉砕される。

 

『斬った、だとォッ!!?』

 

あり得ない光景にテレスティーナは絶句していた。

 

「これで終わらせてやんよ。絶技ニノ型“妖華狂月爪”ッ!!!」

 

詩音がテレスティーナの駆る作業がすれ違う様に交差した瞬間、彼女の作業機械は大爆発する。

全体力を使い切った詩音はその場に倒れた。

引き返して来た、木山たちは唖然としている。

 

「凄い………」

 

車から降りた佐天は、倒れた彼を見つけると抱き起こした。

 

「し、詩音くん!」

 

「ル、ルイコ……」

 

「大丈夫?どうして、こんな無茶をしたのッ!!?」

 

痛々しい詩音の姿に涙ぐむ佐天。

 

「ゴメン……心配かけたね。」

 

「ありがとう……キミのおかげで…………」

 

「木山先生、まだ終わってませんよ。」

 

「そうね。詩音の言うとおり……木山先生、まだ子供は助け出せてないわ。」

 

「僕は少し休んでから行きます。」

 

「じゃあ、私も詩音くんの側に着いてます。」

 

「ルイコ、君も御坂さんと一緒にいた方が良い……」

 

「どうして?」

 

「何だか分からないけど嫌な気する……だから!」

 

詩音に言われ、木山たちは子供たちの囚われている研究所に向かう。

それを見送る詩音。

 

「行ったか……さて、しぶといな。」

 

詩音は破壊した作業機械の方を見た。

なんと燃え上がる炎の中からテレスティーナが現れる。

彼女は自身の着ていた駆動鎧のおかげで、頭部の軽い裂傷以外はほとんど無傷のままだった。

 

「ヤってくれたな……このクソガキが!」

 

テレスティーナは詩音を見下す。

一方の詩音は辛うじて首が動くだけだった。

 

「まったく、しぶといな。アンタは………」

 

「テメェたちのおかげで計画が滅茶苦茶だよ!」

 

テレスティーナは鬱憤を晴らすように詩音の腹部を蹴り飛ばしす。

 

「ガハッ!!?」

 

激しい痛みと衝撃と共に詩音は数メートル吹き飛び転がった。

彼はそのまま気を失う。

 

「スゥーとしたぜェ……」

 

テレスティーナは詩音の髪を掴み上げると引き摺り、部下との合流場所へと向かうのだった。

 

次回に続く。



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最終話 Dear My Friends

今回でこの話は終了となります。
今までありがとうございました。


学園都市、第二十三学区………

木原幻生が所有していたシステム研究所。

美琴たちが到着した頃には、すでに日が傾き空を茜色に染め上げていた。

 

「どうだ?分かりそうか?」

 

中央管制室でパソコンを叩き、内部情報を調べる初春に木山が尋ねる。

 

「もうちょっと……システムのプロテクトが固くて……」

 

部屋のすぐ外では佐天が心配そうに初春の後ろ姿を見つめ、また美琴と黒子は二人揃って壁に寄りかかるように座り込んでいた。

 

「まったく……お姉さまが一人残らずお片付けになるから………」

 

愚痴を溢す黒子。

彼女の言うとおり、時間の無い中、システムの解析用に一人ぐらい残しとくべきだった。

詩音と別れる時に聞いた『まだ嫌な感じがする。』と言う言葉も気になる。

 

「うッ……しょうがないじゃない!まさか中にまでいるなんて思いもしなかったんだから……」

 

「だからと言って………」

 

二人のやり取りを見ながら佐天は苦笑いを浮かべていた。

 

「あった!」

 

初春が子どもたちのいるフロアを見つける。

 

「この施設内で消費電力が桁違いな場所……最下層ブロックの…………」

 

****************************************************************************************************************************

 

初春の案内で美琴たちは最下層ブロックまで降りて来た。

そして、テレスティーナによって捕らえられていた子どもたちをようやく見つけることが出来た。

 

「見つけた………」

 

木山から安堵の声が漏れる。

 

「春上さん!春上さん!春上さん!」

 

初春は春上の寝かされているカプセルのクリアパーツを叩き、彼女を起こそうとしていた。

それに気づいたのか、それとも睡眠薬が切れたのか分からないが、春上が目を覚ます。

 

「う、い、春……さん……?」

 

「春上さん……」

 

無事な彼女の姿に初春も安堵した。

 

「えっと、コレを開けるには………」

 

初春はカプセルを見たり、辺りを見回すが、ここには色々な機材が置かれているため、どれがどれだかさっぱり分からない。

 

「ちょっと待ってて、私、向こうを見てくるから!」

 

「すみません。お願いします。」

 

佐天はみんなから離れ、フロアから出て行った。

 

「待ってろ。今、助けて……!」

 

木山が教え子たちに、自身の思いを吐露した時だった。

フロア内に聞き覚えのない甲高い音が鳴り響く。

 

「うッ!!?……………」

 

次の瞬間、初春が頭を抱えて苦しみ出した。

それだけではない、互いに支えあっていた美琴や黒子も同じように頭を抱え、崩れるようにその場に座る。

 

「おい!大丈夫かッ!!?」

 

訳の分からない状況に混乱する木山。

カプセル内の春上も気が気ではない。

 

「この頭を欠き乱すような感じ………」

 

「まさかッ!!?」

 

美琴が後ろを見ると、そこにはテレスティーナが立っていた。

 

「この……クソガキどもがッ!」

 

テレスティーナの左手には見慣れない機材を持っており、右手ではボロボロに傷ついた詩音を引き摺るように連れている。

詩音は髪を彼女に無造作に掴まれ、目は虚ろな感じだった。

ここまで来る間に相当な暴力を受けたのだろう、生傷が絶えない。

 

「うそッ!!?そんな、詩音………ッ!」

 

そんな彼に美琴たちは愕然とする。

 

「さっきの礼だァッ!」

 

テレスティーナは右手の機材で美琴と黒子を殴り飛ばした。

 

「きゃあァッ!!?」

 

「白井さん!御坂さん!」

 

「貴様ァァーッ!!!」

 

木山はテレスティーナに向けて走り出す。

次の瞬間、テレスティーナは突撃してくる木山に向かって詩音を放り投げた。

投げられた詩音と木山はぶつかる。

そこへすかさずテレスティーナはショルダータックルをお見舞いした。

 

「ガハッ!!?」

 

激しい衝撃を腹に受けた詩音は、尋常ではない量の吐血をし、さらに木山も一緒に吹き飛ばされる。

これらの物音は別の場所にいた佐天の耳も届いていた。

 

「えっ?何ッ!!?」

 

気になった佐天はみんなのもとへと戻る。

急いで戻った彼女が見たモノは凄惨な現場だった。

美琴と黒子はフロアの端で、詩音と木山は重なるように倒れ込んでおり、詩音の吐血による血溜りまである。

そんな地獄絵図の中で狂ったように笑うテレスティーナ。

 

「スゥーとしたぜェッ!」

 

怒りが込み上げた佐天は手に持ったバットを強く握り絞め、テレスティーナに走り出そうとした。

しかし、それを止める者が現れる。

なんとそれは、“つかさ”だった。

彼女はあれから、詩音たちを追いかけて来たのだ。

だが、ここに着いた時からこの音に苛まれ、なんとかこの場所までやって来た。

つかさが今にも走り出しそうな佐天の手を掴み、彼女を静止する。

 

「い、今はダメよ!」

 

「で、でも!みんながッ!……詩音くんがッ!」

 

その時だった。

苦しみながらも初春が叫ぶ。

 

「キャパシティーダウンですねッ!!?御坂さんが言ってた……能力者だけを苦しめる音だって……ッ!」

 

「なんだテメぇッ!!?それが分かったところでどうするつもりなんだ?」

 

「確か、改良型は大きくて固定したスピーカーを移動できないって………」

 

「あぁ~♪だが、この施設中に設置してある。何なら一個一個壊して回るかァ~?」

 

「そ、それだけ大きいシステムなら、制御できる場所は限られます!この施設内を調べた限り、それが出来るのは私たちがさっきまでいた中央管制室……ッ!」

 

彼女は必死に佐天にこの音を止めるための術を教えた。

 

「初春……」

 

佐天も初春の意を汲んで耳を傾ける。

しかし、テレスティーナは初春の言葉を遮るように彼女の頬を張り飛ばした。

 

「きゃあ!」

 

キャパシティーダウンによって足腰の立たない初春はそのまま床に倒れる。

 

「まったく……小鳥みたいピーチクパーチクうるせェガキだなァ………」

 

テレスティーナは初春の顔を踏みつけた。

 

「グッ……あ、が…………ッ!」

 

「や、止めなさい……!テレスティーナ………ッ!!!」

 

美琴も止めようとするが、体に力が入らない。

佐天も我慢の限界だった。

今にも飛び出して行きそうな勢いだ。

だが、つかさは必死に首を振り静止する。

 

「は、離して下さい!」

 

「ダメよ!」

 

「どうしてですか!私……もう我慢できません!」

 

「アナタはあの花飾りの子の思いを無駄にする気なのッ!!?あんなになってまでも伝えたかった事を……今の状況を打破できるのはアナタしかいないの!だから………ッ!」

 

「………わ、分かりました!」

 

佐天を決心すると中央管制室に向けて走り出した。

 

「ゴメン……初春、みんな……ッ!」

 

****************************************************************************************************************************

 

「さて……邪魔者はいなくなった。それにしても残念だよ。せっかく良いモンを見せてやろうと思ったのに……能力体結晶ってヤツの完成をなァッ?」

 

「何でよ……アンタだって犠牲者じゃない、おじいさんの実験台になって能力を暴走させられて……なのに!」

 

美琴は立ち上がり、テレスティーナを睨み付ける。

 

「おっと、勘違いして貰っちゃ困るな。私は別に犠牲者じゃないよ。」

 

「えっ?」

 

「権利を得たのさ!私から生れたこの種を花開かせて……」

 

「それはまさかッ!ファーストサンプル!!?」

 

木山も意識が戻り上体を起こす。

彼女の体に重なっている詩音を優しく床に寝せた。

 

「レベル6を生み出す権利をなァッ!」

 

「レベル6………」

 

「そうだ!コイツはこれから学園都市最初のレベル6となる!」

 

テレスティーナの高揚は最高潮に達していた。

初春から足をどかすと、今度は春上の入れられたカプセルの前まで移動する。

 

「このガキどもの能力を使ってなァッ!!!」

 

「ま、まさか春上さんを!」

 

「特定波長下におけるレベルを超えた受信能力……コイツの能力は能力体結晶と共振するのに実に都合が良い。高位のテレパスは希少だからなァ……」

 

テレスティーナはシステムを起動させるためにコンソールを操作した。

 

「なぜだ?なぜまたこの子たちなんだ……なぜこの子たちばかりを苦しめるんだァッ!!!」

 

「んなもん知らねェよ。運がないんじゃねェの?」

 

冷たく吐き捨てるテレスティーナ。

木山は絶望に染まる。

 

「なぁに、ちょっとばかりコイツらの頭の中の現実を拝借するだけさ。」

 

「パーソナルリアリティー。」

 

「ふ、呼び方なんてどうだって良い……要はその脳内活動をつかさどる神経伝達物質、とりわけ眠れる暴走能力者のソレを採取し、ファーストサンプルと融合させる。それによって能力体結晶は抑止力を獲得……完全な物となるのさ。あのジジィはその事には気づかず、ひたすらコイツのマイナーチェンジに気を取られていたけどなァ……さて、あとはコイツをォ…………」

 

仕上げに入ろうとするテレスティーナ。

 

「止めなさい!」

 

「あぁ~?」

 

「そんなことして、もし子たちが暴走状態で覚醒したりしたら……ッ!!!」

 

「学園都市は空前絶後のポルターガイスト現象にみまわれ壊滅する。上等じゃねェか!“神ならぬ身にて天上の意志に辿り着く者”その為の学園都市だろうがァッ!!!」

 

テレスティーナは左手に持った機材の先を美琴の胸元に引っ掛けると力任せに持ち上げた。

 

「くッ!……ああ………ッ!」

 

呼吸が出来ず苦しむ美琴。

 

「レベル6さえ誕生すればこんな街、用済みだろうがよォッ!」

 

「うわぁァァッーーッ!!!」

 

木山が走り出した。

美琴を助ける気だ。

 

「手ェ、焼かせんなよォ……」

 

テレスティーナは木山の横っ腹に蹴りを放つ。

 

「ガハ……ッ!!?」

 

木山は衝撃で床に倒れた。

 

「木山先生!」

 

「テメぇらは、そこで大人しくしてろ……」

 

絶対絶命である。

初春は最後の希望である佐天をすがった。

 

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一方の佐天は中央管制室で一生懸命にシステムを探っていた。

部屋のスピーカーから下の様子が聞こえる。

 

「どれ!どれなのッ!!?その何とかダウンって言うのは!分からないよ!」

 

切羽詰まる様子に焦りが止まらない。

 

『ぐぁァァーーッ!!!』

 

美琴の苦しむ声が部屋に響いた。

 

『テメぇ、面白いこと言ってたな?』

 

「この声……」

 

『スキルアウトはモルモットじゃねェ?そうさ!スキルアウト“だけ”がモルモットじゃねェ!お前ら全員がモルモットだァッ!学園都市は実験動物の飼育場……テメぇら全員、家畜なんだよォォッ!!!』

 

その言葉に佐天の我慢していたモノが爆発した。

持ってきた金属バットを握り締めて立ち上がる。

 

『御坂さん!』

 

『そろそろ、止めと行こう………』

 

佐天はマイクの音量を最大にした。

 

『あぁ~?何だァ?』

 

「モルモットが何だろうが、そんなこと知ったこっちゃない!」

 

『さ、佐天さん………』

 

『ガキがもう一匹ッ!!?何で動けるッ!!?どこだ!』

 

テレスティーナは見誤っていた。

レベル5の仲間は全員能力者だと……キャパシティーダウンさえあれば全員を封じ込めると。

佐天はバットを振りかぶる。

 

「私の大切な友達に手を出すなァァーーッ!!!」

 

そして、コンソールに向けてバットをフルスイングしたのだった。

 

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佐天が中央管制室のコンソールごとシステムを破壊したことでキャパシティーダウンが停止する。

この期を美琴たちが逃すはずがなかった。

黒子は残っていた金属矢をテレスティーナの手へと転移させ、彼女が不意に落としたファーストサンプルを木山が手に入れる。

間髪入れずに美琴はテレスティーナを能力で投げ飛ばした。

 

「フフフ……アギャハハハッ!!!もういい分かったよ。テメェらはこの施設ごとまとめて消し飛ばしてやんよォッ!」

 

頭のネジが完全に吹っ飛んだテレスティーナは、最後の手段とばかりに、持っていた機材を美琴たちに構える。

三角錐状の部分が花が咲くように展開し、中央に砲身が現れた。

凄まじい閃光と共に電気を帯びる。

 

「コイツはレベル5、テメェの能力を解析して作ったんだ。テメェのレールガンより強力になァッ!」

 

テレスティーナのレールガンを前にして美琴はやけに冷静だった。

ポケットから出したゲーセンのコインを見つめる。

 

「ったく、モルモットとか家畜とかどんだけ自分を憐れんだら、そこまで逆恨み出来んのよ……」

 

美琴もテレスティーナに対抗するために“超電磁砲(レールガン)”を放つ気だ。

 

「エレクロトマスターレベル5!この街じゃテメェはデータ!そうさ!減らず口を言うただのデータだァッ!」

 

「学園都市はね?私たちが私たちで居られる最高の居場所なの……」

 

美琴も青白い電流を帯びる。

 

「私一人じゃ出来ないこともみんなと一緒ならやり遂げられる!それが………」

 

美琴はコインを真上に弾いた。

回転しながら宙を舞う。

 

「テメェらは人間じゃねェッ!ただのサンプルだァッ!それが学園都市の………ッ!」

 

「私の……私だけの……ッ!!!」

 

互いのレールガンがぶつかり合う。

やはりテレスティーナの方が出力が上だ。

少しずつ美琴が押されている。

 

「これで終わりだァッ!逝っちまいなァァーーッ!!!」

 

「負けない!私は……私たちはッ!!!」

 

その時だった。

 

『そうだよ。御坂さん……』

 

美琴の耳もとに詩音の声が聴こえたような気がした。

 

「えっ?詩音………?」

 

次の瞬間、詩音の刀がテレスティーナの脇腹に突き刺さる。

最後の最後に気がついた詩音が、最後の力を振り絞りテレスティーナ目掛けて愛刀を投げたのだった。

 

「な、何だコレは!」

 

激痛が走り、テレスティーナに大きな隙が出来てしまう。

そこを一気に押し込む美琴。

 

「こ、この私が……ああァァーーッ!!!」

 

立場が逆転したテレスティーナは、美琴との張り合いに負け光の中に消えていった。

轟音が施設中に響く。

 

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全てが終わった。

吹き飛んだテレスティーナは、壁に叩き付けられ気を失っている。

佐天が中央管制室から戻った時には、春上はカプセルから出ており、木山は治療プログラムの最終調整中だった。

 

「はあ~良かった……」

 

みんな無事だと分かった瞬間、佐天はその場にへたり込んでしまう。

 

「お疲れ様。ルイコ……」

 

「助かりましたわ。」

 

「てへ……ッ////」

 

二人に労を労われ気恥ずかしそうな佐天だった。

 

「プログラムの調整は完了だ。あとは…………」

 

一方の木山は最終調整が終了し、あとは実行するだけだ。

しかし、以前の出来事がフラッシュバックし、なかなか実行キーを押すことが出来ない。

 

「大丈夫なの……」

 

その時、春上が木山に声を掛ける。

否、正確にはテレパスで受信した枝先絆里のメッセージを彼女に伝えたのだ。

 

「絆里ちゃんがね?先生のこと信じてるって……」

 

教え子のメッセージを受け取り、勇気をもらった木山は実行キーを押す。

システムが起動し、治療プログラムがインストールされていく。

そして、数分の内に子どもたちが次々と目を覚ました。

 

「ん………先生?どうして目の下にクマがあるの?」

 

目を覚ました枝先が開口一番に、木山に尋ねたのがソレだった。

昔と変わらない教え子の様子に涙が止まらない。

 

「色々と忙しくてね……」

 

「ほんとだ。髪も伸びてる。」

 

「でも、先生だ………」

 

「木山先生だ………」

 

枝先以外の他の子どもたちも木山に声を掛ける。

 

「お前たち……」

 

その様子に美琴たちもホッと一安心だ。

アンチスキルの到着を待つことにした。

 

『衿衣ちゃん……』

 

春上の頭の中に枝先の声が響く。

それは枝先の能力によって送られたメッセージだった。

 

『私の声、聞いてくれてありがとう!』

 

「うん……////」

 

春上も自然と嬉し涙が零れる。

 

「今度こそ言わせてくれ……ありがとう。」

 

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乱雑解放事件から一週間ほど経った。

世間は夏休みに入っている。

昼下がり、とあるカフェで婚后と彼女の友人、湾内と泡浮が雑談に花咲かせていた。

 

「何と言えば良いんでしょう。孤軍奮闘・獅子奮迅?ワタクシ、詩音さんのために白井さんや助っ人さんが逃げ出した後も一人で並みいる敵を千切っては投げ、千切っては投げあ、それぇーと戦っていましたのよ。」

 

「ということは大規模ポルターガイストを止めたのは……」

 

「ワタクシってことになりますわね?」

 

「まあ♪さすが、婚后さんですわ♪」

 

場所は変わり、カエル顔の医者が勤務する総合病院。

テレスティーナの起こした事件の被害者の子どもたちは、皆この病院に集められていた。

何かと重傷を負っていた詩音もここに収容されている。

カエル顔の医者の治療したおかげで、彼も順調に快復し、まだ介護はいるが動けるまでになっていた。

詩音を含めた子どもたちは病院の屋外テラスに集まっている。

 

「委員長、お体の具合いはどうですか?」

 

介護に来ていたつかさが聞いた。

 

「つかさちゃんやルイコのおかげで順調だよ♪」

 

「ありがとうございます。彼女にもそう言って上げると喜びますよ。」

 

彼の耳もとでそっと囁くように言った。

つかさはこんな時でも、お姉さん風をビュービューと吹かせる。

 

「また、そうやって僕をからかうんだから……////」

 

顔を赤くして詩音は、そっぽを向いた。

 

「二人って仲が良いの……」

 

「もしかして、二人は付き合ってるの?」

 

春上と枝先から、二人は茶化される。

 

「「違います。」」

 

「そうなんだ………」

 

「それにしても、初春さんたち遅いの……」

 

「そうだね。もう少しで約束の時間なのに………」

 

詩音はこの事に関してまったく知らないが、木山の教え子たちは今日の日に何やらサプライズを企画しているようだった。

木山の教え子たちは予定していた通りにマイクとカメラがスタンバイされている場所に集まる。

このサプライズ演出には美琴たちが一枚噛んでいるようだが、待ち合わせ場所である病院のテラスにはまだ現れていない。

 

一方の美琴たちはというと……今、病院へと急いでいた。

 

「早くしないと間に合いませんよ?」

 

「御坂さんと白井さんが遅刻って、珍しいですね?」

 

「まったく、お姉さまったら今日に限ってお寝坊されるんですから……」

 

「うっさい!アンタだって、ぐっすり寝てたじゃない!」

 

「でも以外でした。御坂さんがこんなアイデアを思い付くなんて……!」

 

「な~に言ってんのよ、初春!御坂さんらしいロマンチックなアイデアじゃない!」

 

「あ~あ!」

 

「そんなんじゃないわよ!」

 

そんな時だった。

黒子のケータイが鳴る。

相手は固法からだった。

 

『あ、白井さん?もう着いた?』

 

「え~ッと、それが~」

 

『えっ?まだ着いてないのッ!!?』

 

「今、向かっていますの。それで何か用でも……?」

 

『あ、用ってほどでも……例のあの人、目を覚ましたみたいよ。』

 

その言葉に黒子は足を止める。

それに伴って美琴たちも立ち止まった。

 

「それで?何か分かりましたの?はい、はい……」

 

コレによって四人は完全に遅刻が決定する事になる。

 

「そうですか……ありがとうございました。固法先輩……」

 

黒子は電話を切った。

 

「電話、何て……?」

 

「テレスティーナが目を覚ましたようで、回復しだい取り調べが始まるようだと、固法先輩が……」

 

「ふーん……」

 

「あっ!こうしては居られませんの!急ぎませんと!」

 

ふと初春は空を見上げると、ハッと何かに気づき指を指した。

 

「御坂さん!白井さん!あれ……ッ!」

 

「「「…………あっ!」」」

 

どうやら企画していたサプライズ演出が始まる。

それは今日が木山の誕生日と言うことで、彼女の教え子一同が学園都市を浮遊する飛行船を使ってメッセージを送るようだ。

飛行船のスピーカーから子どもたちの音声が大音量で街中に響く。

 

『せーの!木山せんせー!』

 

アンチスキル付属の病院で療養して木山は、自身の名前を呼ぶ声に外を見る。

空には大きな飛行船。

そしてその飛行船に掲げられた大型スクリーンに教え子たちが映っていた。

 

『『『『お誕生日!おめでとうー!!!』』』』

 

『ありがとう!木山せんせー!大好きだよー!』

 

そのメッセージに彼女の頬を伝う一筋の涙。

今日という日が、忘れなれない一日となった。

 

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その様子を眺めていた美琴は背伸びをする。

 

「ほんと退屈しないわね……この街は♪」

 

そして、自分たちの暮らす学園都市に希望を見出だすのだった。

また病院にいる詩音も、微笑ましい光景に感動していた。

 

「御坂さんもやるじゃん。感動したよ……」

 

「ええ……私もです。」

 

「ねぇ、つかさちゃん?」

 

「何でしょう?委員長……」

 

「青春って良いよね……♪」

 

「なんか今の委員長、私のおじいちゃんと同じ匂いがします。」

 

「えぇーッ!それがオチですかッ!!?」

 

『とある科学の刀剣使い(ソードダンサー)』終わり。




長い間ありがとうございました。
また、どこかでお会いしましょう。

第2シーズン行けるかな?


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