ゴタイ荘の「ほっとすぱーず」 (公私混同侍)
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六人の過ごし方

 

あかり「あ~あ、結局ゴールデンウィークはどこにもいけなかったー」

 

隆太「しょうがないよ。ゲルマさんの調子が悪くて兄さんとサリーさんがつきっきりだったんだから」

 

ゲルマ「ごめんな、あかりはん。ワイかて体がなまってな、なんやこう体の底から――ウズウズしてたまらんのや」

 

恭夜「おい……てめぇが勝手に動くから背中の配線が切れちまったじゃねぇか!」

 

サリー「コイツはほんとどうしようもないな。工場に持ち運ばなければ首から下が動かせないぞ」

 

ルナ「私、頭持ってく」

 

あかり「バカじゃないの?頭だけ持っていってどうするの?」

 

隆太「か、体をみんなで運べってことじゃないかな?」

 

恭夜「それが無理なんだよ。連休だし工場も休みなんだ」

 

サリー「まったく貴様のお陰でろくに外にも出られない」

 

隆太「サリーさん、そんなにゲルマさんに怒らないで下さい。買い物に日替わりで兄さんたちが来てくれるのはなんだが新鮮な気分で僕は楽しかったですよ。色んな話もできましたし」

 

あかり「そうだね。最近、あんまりみんなと一緒にいられる時間も少なかったから」

 

ルナ「今から行く?」

 

サリー「私はゲルマを見ていなければならない。恭夜が隆太の買い出しを手伝ってやればいい」

 

恭夜「サリーを一人にできるかよ。ゲルマが暴れたりしたら心配だし」

 

ゲルマ「そないな言ってどないなんねん。か弱い乙女たちに荷物を持たせるとでも言うんかいな。隆太はんは男の風上にも置けへんわ」

 

隆太「なんか僕が悪者にされてる……」

 

ルナ「ふふふ、ゲルマの喋り方面白い」

 

あかり「ルナお姉ちゃんに持たせればいいんじゃん」

 

隆太「そんなことさせられないよ。それに冷蔵庫には2日分の食材が入ってるから、買い物はまた今度でも大丈夫――」

 

ゲルマ「ほんじゃ、何もやることねぇから身の毛のよだつおぞましい話でもするかね」

 

隆太「こ、怖い話ですか……?」

 

あかり「ふーん、どうせやることないんだしいいんじゃない?」

 

ルナ「蝋燭持ってきた」

 

サリー「電気は消すぞ。窓は全部閉めてエアコン点けるぞ」

 

恭夜「おい、まだ昼間だろ!夜まで待てねぇのかよ!」

 

あかり「隆太お兄ちゃん、テレビ消しといて。あたし、カーテン閉めてくる」

 

隆太「急にみんながイキイキしてる」

 

――

―――

 

ゲルマ「ある男の話だ。その男はリサイクルショップで家電を見るのが日課だった」

 

あかり「そういうのって、人が使った家電なんか見て買いたいとか思ったりするもんなの?」

 

隆太「中古でも気にならない人なら買っちゃうんじゃない?」

 

サリー「私の靴は古着屋で買ったものだぞ」

 

ルナ「私の服は橋の下で拾った」

 

恭夜「胸に刺さるから貧乏自慢やめろ」

 

ゲルマ「男はいつもなら見て帰るだけのつもりだった。たが店の片隅にある()()に目を奪われる。冷蔵庫だ。男は何かに取り憑かれたように足を運ぶ。それが悪夢の始まりとも知らずに……」

 

あかり「そんないい冷蔵庫だったの?」

 

ゲルマ「それが値札の商品の状態が書いてあるんだが、そこに『この冷蔵庫を買ったお客様にオマケとして食材がついてきます』と書いてあったのだ」

 

サリー「その男はどういう神経をしているんだ?」

 

隆太「常識的に考えて、いつから入ってたか分からない食材なんて欲しくないですよね……」

 

ゲルマ「男は不安を感じてはいたが、同時にワクワクした気分を抑えつつ中身を確認しないで買ってしまったのだ」

 

恭夜「すげぇな……中も確認せずに普通買うか?」

 

ルナ「福袋かな?」

 

ゲルマ「ところが、その中身がとてつもなくヤバかった……((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル」

 

あかり「急にスマホみたいに振動しないでよ……!」

 

隆太「生首状態なのが余計に怖い……」

 

ゲルマ「最初に髪の毛みたいなのがブワァァァッ……と落ちてきて」

 

サリー「それは……昆布では?確か値札に『食材がついてきます』って書いてあったんだろ?」

 

ゲルマ「次に全体が緑色の顔のない生首ィ~」

 

ルナ「キャベツだね」

 

恭夜「キャベツと生首の区別がつかないんだったら眼科行け」

 

ゲルマ「次に肌が紫色に変色した腕ェ……」

 

隆太「サツマイモォッ!」

 

あかり「思い込み激しすぎ」

 

サリー「今までどうやって生きてきたんだ?」

 

ゲルマ「次に色白でムチムチした太ももぉ」

 

隆太「大根だけいやらしい」

 

恭夜「大根をどんな目で見てんだ?」

 

ルナ「ムッツリだね」

 

ゲルマ「次に焼かれた目玉ッ!!」

 

隆太「ヒッ……!?」

 

サリー「どんな表現だ!?」

 

恭夜「目玉焼きでいいだろ」

 

あかり「ていうかなんでもう調理されるの?」

 

ルナ「残飯だね」

 

ゲルマ「取って置きがマヨネーズの容器に入った血液?」

 

ルナ「ケチャップ」

 

隆太「マヨネーズの容器って……」

 

サリー「そこまで理解できて何故血液に変換されたんだ?」

 

ゲルマ「男はあまりの気味悪さから食材だけ返品したのだった」

 

恭夜「全部してこいよ……」

 

あかり「やっぱり食材は新品の方がいいよね」

 

隆太「家電も新品の方がいいに決まってるよ」

 

ゲルマ「確かに新品の方が安全性も品質も保証されている。客観的に考えれば人に使われたものよりも新品の方を選ぶだろう。だが必ずしも中古品が全ての面で劣ってるわけではない」

 

ルナ「どうして?」

 

サリー「経済的な問題や生活環境によって左右されることも考えられるからだ」

 

恭夜「中古品は新品と比べて安い。それに一人暮らしの人なら家電や家具は小さい方が便利だしな」

 

隆太「僕たちは六人で住んでるから、大きい方が使い勝手がいいってこと?」

 

ゲルマ「そうとも言えるが、このおんぼろアパートに六人はかなり窮屈だが」

 

恭夜「モノの価値観なんて人それぞれだし、誰かに押し付けられるもんでもないから」

 

サリー「休みの日だからといって外に出なければいけないわけでもない。家の中にいても考え方次第で充実した生活も送ることはできる」

 

隆太「そうですよ。みんなで知恵を出しあえば過ごし方も有意義になりますよ」

 

あかり「あたし、ずっとみんなと一緒にいられるって思ってた。でもみんなと一緒にいられる時間って当たり前じゃないんだよね……」

 

ルナ「あかり?」

 

あかり「ううん。でもこうやっていつまでずっと暮らせたらやっぱり幸せだよ」

 

ゲルマ「人間なら当たり前の生活に慣れてしまうのは仕方のないことだ。だが大事なのはその当たり前の生活ができなくなった時だ」

 

サリー「普段の生活ができなくなれば誰でも戸惑う。そして生きる希望すらなくしてしまう人もいるだろうな」

 

恭夜「こういう時こそ生きてることを実感できるんだ。生きることは当然なのかもしれない。でももしかしたら俺たちの周りにも助けを求めて苦しんでいるかもしれない。その時、俺たちは試されているんだよ。苦しんでいる人に手を差し伸べるのか、それとも何もせずに見捨てるのかって」

 

ゲルマ「当たり前の生活を当たり前ではないと考えるのは難しい。それでも我々は当たり前の暮らしを噛み締めながら生きなくてはならない」

 

サリー「ずっと一緒にいられるとは限らないからな」

 

ルナ「うん」

 

恭夜「なんか湿っぽくなっちゃったな」

 

あかり「お腹すいた~」

 

サリー「フッ、食べてばっかりでは牛になるぞ」

 

ゲルマ「モーイヤー、ダイエットスル」

 

恭夜「急にロボットに戻るな!さっきまでいいこと言ってたのに台無しじゃねぇか!」

 

ルナ「オムライス食べたい」

 

隆太「よーし、みんなの好きなもの作ります!」



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不定期番組「特集 近未来の医療現場」

他作品の中で投稿した『絶対にヤってはいけない病院ロケ』をアレンジしました。


リポーター『――はーい、今回僕達は都内にある超一流ホテルの跡地にやって参りました』

 

恭夜「『僕達』って、アンタ一人しかいねぇじゃん」

 

隆太「スタッフさんも含んでるんじゃない?」

 

リポーター『実はこの跡地について耳を疑うような話が飛び込んできたのです。なんと超一流ホテルの倒産の理由が経営者の夜逃げだというのです!!』

 

ゲルマ「なるほどねぇ」

 

リポーター『更にこの跡地に日本最大のクリニックが建設されたというのですが――』

 

あかり「日本最大のクリニックって何?リゾート施設みたいに言わないでよ」

 

ルナ「対義語は世界最小の斎場だね」

 

サリー「故人を偲ぶ気がないようだな」

 

リポーター『という訳で我々はその真意を確かめるべく足を運んでいきたいと思います!』

 

サリー「この番組大丈夫なのか?」

 

リポーター『あっ!ここですね。見て下さい!この建物、できたてホヤホヤのコンクリートでできてますよ!』

 

恭夜「なんでできたてホヤホヤって分かるんだよ!触ったら普通熱いだろ!」

 

隆太「木造だったらなんてコメントするつもりだったんでしょうか?」

 

ゲルマ「『火事になってもすぐに建て直せそうですね!』とかだろう」

 

あかり「そんなこと患者さんの目の前でも言えるの?」

 

ルナ「火に油を注いでるね」

 

リポーター『早速、中に入ってみましょう――おっとこの扉、結構重量感ありますね。これなら注射が苦手な子供に逃げられることはなさそうですね』

 

恭夜「そんな説明いらねぇよ!子供が余計怖がるだろ!」

 

リポーター『あちゃー、どうやら僕達は朝礼の時間に来てしまったようです』

 

サリー「最初に調べるべきではないのか?」

 

隆太「看護師さんたち、鋭い目してますね」

 

ゲルマ「眠そうだぞ。業務が多忙だと聞くがこれまでとは……」

 

あかり「怒ってるからだよね。いきなり押しかけてこられたら誰でもそうなると思うよ」

 

ルナ「寝耳に水だね」

 

リポーター『それではお話を伺ってみましょう』

 

隆太「もう少し空気を読んでほしいです」

 

リポーター『おやおや、どうやらこの方がこの『ガンダーラ・クリニック』の院長先生のようです』

 

ルナ「ガンダーラ・クリニック?」

 

恭夜「ネーミングセンスすげぇな。看護師さんたち、どんな気持ちで働いてんだよ」

 

ゲルマ「悟っているのだろう。菩薩のようにな」

 

あかり「患者さんがいるのに悟らないでよ!不謹慎じゃん!」

 

リポーター『こちらにいらっしゃるガンダーラ・クリニックのイトウ院長はかなりご年配の方のようです。顔中に広がるたくさんのシワがチャーミングゥ!』

 

サリー「どこを誉めているのだ?」

 

あかり「もっと誉めるとこあるよね」

 

リポーター『あはっ!どうやら喜んでくれているみたいですね。左の口角が上がってます』

 

恭夜「苦笑いだよ!見て分かんねぇのかよ!」

 

隆太「リポーターの人、ちょっと触り過ぎじゃないですか?」

 

リポーター『そして院長先生の隣に突っ立っているのはガンダーラクリニック随一のイケメン、ヤマダ看護師でーす』

 

恭夜「いくめん?」

 

あかり「恭夜お兄ちゃん、イケメンだよ」

 

ゲルマ「ククク、嬉しいこと言ってくれるじゃないかぁ!」

 

サリー「貴様なワケないだろ!」

 

隆太「ちょっとサリーさん座って下さい!テレビが見えませんよ!」

 

ルナ「ふふふ、面食いだね」

 

リポーター『え?なになに?髪が薄い事で悩んでるって?ちょっと見せて頂けますか?――あー、ホントだ。ちょっとカメラさん、こっちこっち。見える?ここだけ毛が生えてないないんだよぉ?どうやらヤマダ看護師は髪を短く剃りすぎちゃうくらいのおっちょこちょいな人みたいですねぇ!』

 

恭夜「円形脱毛症だろ!すげぇストレス抱えてるじゃねぇか!」

 

あかり「もうそっとしといてあげれば?」

 

リポーター『え?何ですか?当クリニックには隠し通路がある?えー!本当ですか?是非確かめに行きましょう!』

 

隆太「えぇ……」

 

サリー「クリニックに隠し通路なんてものまであるのか」

 

ゲルマ「秘密の部屋か。どうせエッチな本がたんまり出てくるだけさ」

 

ルナ「いかがわしいね」

 

リポーター『ほう、ここですね。それでは入ってみましょう。う~ん、何だが薄暗くて洞窟みたいですね。じめじめしてるし、たくさん石が転がっています。うわぁ、壁に虫がウジャウジャいる~気持ち悪い~』

 

恭夜「衛生状態最悪じゃねぇか!」

 

サリー「即刻封鎖すべきだと思うが……」

 

リポーター『ふう、やっと出られました。いやぁ、何だかまるでハリー・◯ッターの世界を擬似体験している気分になりました』

 

隆太「どこにハリー・◯ッターの要素があったんですか?」

 

ゲルマ「世界震撼!魅惑の診療所がその姿をさらけ出す!ガンダーラ・クリニックと――」

 

あかり「不潔の部屋」

 

ルナ「J・K・◯ーリングもドン引きだね」

 

リポーター『いててっ!……そういえば今日サンダルで来ちゃったんで足擦りむいちゃました』

 

恭夜「ロケにくる格好じゃねぇだろ。よく洞窟みたいなところ歩けたな」

 

サリー「ピクニックにでも来たのか?」

 

ルナ「クリニックだけに?」

 

リポーター『最後は屋上に行ってみましょう』

 

あかり「病院関係なくなっちゃった!?」

 

リポーター『いやぁ、これは絶景ですね。灰色の山が一面に広がっていますよ』

 

恭夜「雲だよ。山が雲に覆われてんだよ。灰色の山なんて聞いたことねぇよ」

 

隆太「絶景でもない……」

 

リポーター『おっと!あそこで一組の男女が語らっているみたいです!ちょっとお邪魔しちゃいましょう!』

 

ゲルマ「余計な事するなよ~」

 

あかり「ほっといてやれよ~」

 

ルナ「もっと大人になれよ~」

 

リポーター『すみません~!ちょっとお話をお伺いしてもよろしいですか?』

 

隆太「あーあ、二人とも困惑してます」

 

リポーター『恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしちゃいましたねぇ。お二方の幸せをテレビを見ている視聴者にもお裾分けしたいものです。これぞまさに恋の院内感染、なんてね!』

 

恭夜「なんてね、じゃねーよ!」

 

サリー「院内感染のネガティブなイメージが強すぎる」

 

あかり「病院の評判にも関わってくるよね」

 

リポーター『お二方、これからも末永くお幸せに!』

 

ゲルマ「う~ん、これならさぁヤラセでもいいから台本があった方がいいんじゃないのかい?」

 

隆太「グダグタしてるところを見せられると、見てるこっちが疲れちゃいますね」

 

リポーター『――そうだね』

 

恭夜「会話してんじゃねぇよ!何が「そうだね」だ!」

 

リポーター『――アハハハ』

 

恭夜「急に笑い出すんじゃねぇよ!」

 

ルナ「サイコパスだね」

 

リポーター『――というわけ今回はガンダーラクリニックの特集をお届けしました』

 

恭夜「おい、最後の方駆け足過ぎだろ」

 

サリー「カットし過ぎて情緒不安定みたいになってしまったな」

 

リポーター『次週は焼き加減に定評のある株式会社ヘルフレイムを調査したいと思います!』

 

恭夜「次の方が気になるじゃねぇか!いい加減にしろ!」

 

ゲルマ「ウェルダンもいいが、ミディアムも捨てがたい」

 

ルナ「火葬だね」

 

あかり「悪意しかないよね。病院から火葬場って」

 

隆太「お、終わり良ければ全て良しってことが言いたいんじゃないかなぁ?」

 

サリー「ヘルフレイムか。覚えておこう」

 

リポーター『それではさようなら~』



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ラーメン屋「不凍紅」

ゲルマ「いやぁ、ラーメンとやらが楽しみでござる~!」

 

隆太「ごめんなさい、()()()()()()()()()()()()ことすっかり忘れてて……」

 

サリー「謝る必要なんてない。隆太の厚意を無下にしたゲルマに全ての責任がある」

 

恭夜「てめぇが騒ぎでも起こしたら捨てていくからな」

 

女店員「いらっしゃいませー!四人様で?」

 

ゲルマ『そうだっよん!』

 

女店員「へ?」

 

恭夜「てめぇ!「あかり」みたいな猫なで声で返答してんじゃねぇ!」

 

サリー「なるほど。駄洒落まで完備してるのか」

 

隆太「感心してる場合じゃないですよ――あっ、四人でお願いします」

 

女店員「か、かしこまりましたー。こちらにどぞー」

 

ゲルマ「ふう、一難去ったな」

 

恭夜「もう店員さんに顔を覚えられちゃったじゃん」

 

サリー「また一難きそうだな」

 

隆太「あのお、お詫びと言ってはなんですが今日は僕が奢ります」

 

恭夜「隆太が気を遣うことなんてないよ。久々の外食だし、こういうのも悪くないっしょ」

 

サリー「あかりとルナが気の毒だな。帰ったら隆太がご馳走でも振る舞えばいい」

 

ゲルマ「奢るのは当然年上だな。まっ、実社会の掟だししょうがないよねん?」

 

恭夜「こんにゃろう、おめえの方が何百年も生きてんだろ。このポンコツがぁ」

 

サリー「そもそもゲルマの部品の方が高くつく。はしゃいで故障でもしたら一ヶ月は動かせないぞ」

 

隆太(あかりとルナさんがいなくて良かったのかも)

 

女店員「あのー、ご注文いいっすかー?」

 

隆太「あっ、まだメニューすら開いてないです!」

 

サリー「まったく、ゲルマのせいで先に進まん。私は恭夜と同じでいい」

 

恭夜「相変わらず人任せだなぁ。じゃあ俺は――」

 

ゲルマ「あっしはフトーコーラーメンで」

 

恭夜「なんだよ不登校って。そんなラーメンあるわけ――」

 

女店員「不凍紅ラーメンすね。カキカキっと」

 

サリー「あ、あるのか!?」

 

隆太「気づいてなかったんですか!?ここのお店の名前『不凍紅(ふとうこう)』って言うんですよ」

 

ゲルマ「凍らない港から来ているようだな」

 

女店員「へー、おきゃっさん博識っすね!ウチは辛さが売りっすから一応オススメしてるっス」

 

恭夜「一応って……もしかしてメチャクチャ辛いの?」

 

女店員「そりゃあ、もちろんッス!舌を噛み切りたくなる辛さッスよ!」

 

サリー「いや、私は腹を斬る方が――」

 

隆太「サリーさん、死に方の問題じゃないです」

 

ゲルマ「港を凍らせないほどの痺れる辛さ。楽しみでおじゃる~」

 

恭夜「じゃあ、俺はこの普通ので」

 

女店員「おっ!モーセラーメンっすね?海が割れるほどのチャーシューが入ってるッス!」

 

サリー「どこが普通なんだ!?」

 

隆太「ま、まぁ普通のチャーシュー麺だと思えばいいじゃないですか」

 

女店員「チッチッチ、甘いッスね。ただのチャーシュー麺じゃないッスよ。このラーメン、なんとチャーシューが十枚も入ってるっス!」

 

恭夜「あ、ああそうなんだ。多いね……」

 

ゲルマ「ほう、モーセの十戒(じっかい)とかけてるわけか。シャレが利いてるな」

 

女店員「シャレだけじゃないッス!もちろん辛さも利いてるっスよ!」

 

隆太(辛さは余計では?)

 

サリー「なら私は恭夜と分け合おう。さすがにチャーシューは食べ切れないだろうからな」

 

ゲルマ「さすがは夫婦。ストローを箸に代えてすすり合うのだな。中睦まじいねぇー!」

 

サリー「バ、バカを言うな!ど、どこにラーメンをストローですする奴がいるんだ!」

 

恭夜「動揺し過ぎだろ」

 

隆太「ツッコミどころもズレてますし」

 

女店員「おきゃっさんはどうしますー?」

 

隆太「じゃあ僕はこの『らすぷーちん』?ラーメンでお願いします」

 

恭夜「ラスプーチン?甘そうなラーメンだな」

 

サリー「もしや海藻ラーメンではないか?」

 

女店員「おっ!さすがは現代に生きる女武将ッスね!」

 

サリー「誰が女武将だ!」

 

女店員「そうッス!海藻と怪僧(かいそう)がかかってるッス!」

 

ゲルマ「サリーのチョンマゲがワカメみたいに揺れてるぅー!」

 

女店員「ちなみに海藻もちょっぴり辛いッスよ!」

 

隆太「えぇ!!そうなんですか?ルナさん、誘えば良かった……」

 

恭夜「麺はさすがに辛くないよね?」

 

女店員「……店長に確認してくるっスー!」

 

ゲルマ「知らないで提供していたのか。やれやれ、油断も隙もないな」

 

サリー「貴様もな」

 

~数分後~

 

女店員「おまたせっしたー!ご注文のラーメンッス!」

 

ゲルマ「へへっ、うまそうじゃん!」

 

恭夜「食えねぇクセに上から目線で言うな(俺とゲルマのラーメン、やたら赤くね?)」

 

隆太「いただきます」

 

サリー「恭夜、早く食べないと麺が伸びるぞ」

 

女店員「皆さん変わった服装や髪型をしてるっスけど、これから仮装パーティーでもするんスか?」

 

ゲルマ「よくぞ聞いてくれた。我々はミシ◯ラン特派員であり、イン◯ーポールから派遣されたギネ◯の覆面調査員だ」

 

恭夜「ブホッ!ゲホッ!ゲホッ!」

 

女店員「なんか凄そうッスね……」

 

サリー「イン◯ーポールから派遣されたギネ◯の覆面調査員とはなんだ?検挙率の世界記録でも目指すのか?」

 

隆太「混ぜたら危険なものばかりですね」

 

女店員「ゆっくり食べて下さいッス!今日はおきゃっさん少ないんで」

 

ゲルマ「辛さはキャロライナ・リーパーに匹敵するレベルか。タバスコも凌駕する辛さのようだ」

 

恭夜「そんなに辛いのかよ……」

 

サリー「モーセの方は海が割れるほどの辛さはないな」

 

隆太「たとえがよく分かりませんが、僕のラスプーチンはちょっと刺激が強いです」

 

女店員「皆さん、仲がいいんスね。ウチの兄と妹なんか親とケンカして出ていっちゃたんスよ」

 

ゲルマ(オレ達のことを姉弟だと思っているようだ)

 

恭夜(別にいいじゃん。都合が悪いわけでもないし)

 

サリー「人はわからんものだな。明るく接客しているようで、悩みを抱えて生きてきたとは」

 

隆太「ちょっと大袈裟過ぎません?」

 

女店員「そうスッよ!ウチなんて激辛ラーメン屋で全国制覇するって両親に打ち明けたら勘当されちゃったっス!テヘッ」

 

ゲルマ「いい話だなぁ~感動だけに」

 

恭夜「どこがだよ。店員さんもそんな笑顔で言うことじゃないと思うけど」

 

サリー「そういえば店長が見当たらないが……」

 

隆太「休憩中なんじゃないですか?」

 

女店員「実はウチが試作したラーメンを食べたら入院しちゃって……」

 

サリー「入院?なら先程確認するためにキッチンに向かったのは嘘ということか?とんでもない女狐(めぎつね)だな!」

 

隆太「そこまで言わなくても……だいたい想像はつきますが」

 

ゲルマ「もしやあっしが食している醤油ラーメンでは!?」

 

女店員「ソーッス!」

 

恭夜「お前は食ってねぇし、『ソーッス!』ってなんだよ。それをいうなら『ソイソース!』だろ。それに店長を病院送りにしたラーメンを勝手に提供するなよ(ゲルマのラーメン、醤油だったのか……)」

 

隆太「キャロライナ・リーパー入りのラーメンなんて食べたら、普通そうなりますよ」

 

サリー「店長も災難だな。試食で仕事が出来ぬとは」

 

女店員「あのー、そこのお兄さんさっきから全然麺が減ってないんスけど、やっぱり辛すぎるッスか?」

 

ゲルマ「オホン!我は調査員だからな、このラーメンの見映えと味を分析し、本部に報告させてもらう。楽しみに待っていたまえ」

 

女店員「ちょっと待ってほしいッス!味はともかく、辛さならワールドレコードも夢じゃないッス!どうか味より辛さで世界に広めてほしいッス!」

 

恭夜「味より辛さを認めてほしいってどんな店だよ!ていうかなんだよ辛さのワールドレコードって!」

 

サリー「世界に広めたらインター◯ールのレッドリストに載りそうだな。赤すぎて」

 

隆太「麺も辛いよー……」



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ペットショップのオオカミ

兄店員「ヘイヘイ!安いよ!安いよ!」

 

サリー「ここは八百屋(やおや)か?」

 

あかり「ペットショップでする掛け声じゃないよね。ワンちゃんたちがカワイソウ」

 

ルナ「あの人恐い」

 

兄店員「おっとー!可愛い子猫ちゃんがオレっちの美声に誘われて来たぜぇー!」

 

サリー「帰るか」

 

あかり「うん」

 

ルナ「不凍紅(ふとうこう)ラーメン食べたい」

 

兄店員「ちょ、ちょっと!つれないなぁ、お姉さん方がオレっちを目当てに来たわけじゃないことは百も承知だよー!」

 

サリー「ルアーがあれば鼻にかけてやるが」

 

あかり「この人が釣れちゃうよ?」

 

ルナ「鱗は私が剥がす」

 

兄店員「アハハ……勘弁して下さい。真面目にやるんで」

 

サリー「私達は冷やかしに来ただけだ。ヘラヘラした間抜け面は奥に引っ込んでいてもらおうか」

 

あかり「サリーお姉ちゃん、カッコいい!」

 

ルナ「ハイエナみたい」

 

兄店員「ハイエナはいないけどー、キュートな子猫ちゃんならたくさんいまっせー!」

 

サリー「猫より犬が見たい」

 

あかり「あたしもー」

 

ルナ「私は猫が好き」

 

兄店員「じゃあ、そこのモデルさんはオレっちが案内するぜ!残りの二人は適当に見て回ってくれ!」

 

あかり「差別だよね」

 

サリー「ああ、人を見た目で判断するとはな。接客のなんたるかを理解していないようだな」

 

ルナ「狂犬はイヤ」

 

兄店員「おっとー!距離を取られちまったぜー!だが、オレっちはこんなことでへこたれないぜー!」

 

サリー「どういう精神構造をしてるんだ?」

 

あかり「もう接客じゃなくて、ナンパだよね?」

 

ルナ「――あっ!この犬、ゲルマみたいでカッコいい」

 

兄店員「おっ!お姉さん、お目が高いね!このワンちゃんは全身が白い体毛が覆われていて、フィンランドでは猟犬としても飼う人がいるんだぜ!」

 

あかり「目が鋭いね。サリーお姉ちゃんみたいだよ」

 

サリー「なになに『ヘイヘ・ホワイト・スナイプ』?狙撃が得意?まるで白い死神だな」

 

ルナ「目がスコープになっていて一キロ先の獲物も逃さない。だって」

 

兄店員「『ヘイヘ・ホワイト・スナイプ』は雪の中でしかその力を発揮出来ないんだ!まさに雪原のスナイパーさ!でもオレっちなら一キロ先でもお姉さんのハートを撃ち抜くけどね!パチパチ!」

 

あかり「ウィンクすんな!」

 

サリー「私なら一キロ先でも貴様に斬りかかるがな!」

 

ルナ「この猫、恭夜みたい」

 

サリー「なに!?」

 

あかり「サリーお姉ちゃん、食いつきすぎだよ」

 

兄店員「ああ、それね……」

 

あかり「急に冷たくなったよ」

 

サリー「猫の話になると態度が極端になるな。そもそもルナはどこが恭夜らしいと思ったんだ?」

 

ルナ「顔だけが黒いから」

 

兄店員「その猫ねー、人気ないんだよねぇ。だって、体は茶色いのに顔の上半分だけ黒いなんておかしいっしょ?」

 

ルナ「マスクみたいだね」

 

あかり「『マスクド・スパルタン・キャット』だって」

 

サリー「なになに非常に打たれ強い肉体を持ち、一匹のペルシャ猫相手に三百匹で縄張り争いをするほどの狡猾な性格の持ち主か。ペルシャ猫に何の怨みがあるんだ?」

 

ルナ「イジメだね」

 

兄店員「オレっちなら最初から落とる女なんかには手を出さないけどね!まあ、オレっちに落とせない女はいないけどぉ?」

 

あかり「この猫買って、この店員さん噛み殺そうよ」

 

サリー「いい案だな。番犬の代わりにもなるしな」

 

ルナ「あかりとサリー、恐い」

 

兄店員「オレっちのオススメはこの『クイーン・オブ・ウィンザー』だ!」

 

ルナ「綺麗な猫だね」

 

サリー「ピンク色の毛並みが輝いてるな。名前の通り、どうやらメスのようだ」

 

あかり「宝石みたいな瞳だよ!」

 

兄店員「この猫、何がスゴいってメスしか生まれないのさ!」

 

あかり「どうやって赤ちゃんつくるの?」

 

サリー「人の手で繁殖されるのではないか?」

 

ルナ「ニャンニャン♪」

 

兄店員「『クイーン・オブ・ウィンザー』はそのフェロモンで優秀なオスの遺伝子を惹きつけるのさ!オレっちみたいにね!」

 

あかり「この人のはフェロモンっていうよりエキスだよね」

 

サリー「いや、バイオテロだろ」

 

ルナ「生物兵器だね」

 

兄店員「どうかな?オレっちのアイドルたち、気に入ってくれたー?」

 

ルナ「私は『マスクド・スパルタン・キャット』が好き」

 

あかり「最後の猫ってお姫様っていうより女神みたいだったよね?サリーお姉ちゃんみたい」

 

サリー「無理やり女神に当てはめなくてもいい」

 

兄店員「おやおや?オレっちの女神(アテナ)はどれかなぁ?」

 

あかり「やっぱりこの店員さん、あたしたちのこと品定めしてたんだよ!イヤー!こっち見ないでー!」

 

サリー「オオカミの皮を被った羊が生きて帰れると思うな!」

 

ルナ「ラーメン食べたい」




兄店員
妹はラーメン屋「不凍紅(ふとうこう)」のアルバイトをしている。


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闇の女占い師 ~三角関係の行方~

男「あ、あの付き合ってるコと結婚できるでしょうか?」

 

占い師「そうね。あなたの手相に不吉な予兆が見えるわ」

 

男「そ、それは?」

 

占い師「そのコの心にもう一人の男の姿が見える」

 

男「や、やっぱり……」

 

占い師「どうしてもそのコと添い遂げたいのなら、方法が一つだけあるわ」

 

男「それは?」

 

占い師「藁人形(わらにんぎょう)よ。そのコの心に巣食う男の名前を書いてこの世から消し去りなさい!」

 

男「は、はい!ありがとうございます!」

 

――――

―――――――――

――――――――――――――

 

恭夜「スゲー勢いで飛び出してきた男って、今占ってもらってた人だよな?」

 

あかり「そうだよ。スゴい当たるって評判なんだよ」

 

隆太「手相と藁人形を使うんだって」

 

ゲルマ「邪魔者は消せと言わんばかりの手荒い商売だ」

 

恭夜「今の男も誰かを呪い殺そうとしてるのか……」

 

あかり「きわどいやり方だよね」

 

隆太「それを言うならあくどいでしょ」

 

ゲルマ「占いかぁ、楽しみでおじゃる~」

 

占い師「あら、いらっしゃい」

 

あかり「あたしの運命の相手を占って!」

 

隆太「ちょっと、あかり!挨拶もなしに……すみません、急に座ったりして」

 

占い師「かまわないわ。準備するから待ってちょうだい」

 

恭夜「見た目はサーカスのテントみたいだよな?」

 

ゲルマ「黒魔術の類いかと思ったが、そうでもないらしい」

 

占い師「それじゃ、左手を出してもらえるかしら?」

 

あかり「ふふん!ちゃんとアロエで洗ってきたから見ていいよ!」

 

隆太「手のひらテカテカじゃん。使い時も間違ってるし……」

 

ゲルマ「頭にでも塗ったらどうだぁ!あかりぃ!」

 

恭夜「俺のあかりを侮辱するなぁ!」

 

占い師「辛い人生を送ってきたのね。それでも支えてくれる人がいるっていうのは幸せなことなのよ」

 

あかり「う、うん……」

 

隆太「スゴい!すぐに僕たちの過去を見破っちゃいましたよ!」

 

ゲルマ「言葉選びが抽象的すぎる。まだ信用ならねぇなぁ」

 

恭夜「あかりは何を占ってほしいんだ?」

 

あかり「ずっとみんなと一緒にいたいから、いつまで一緒にいられるのか知りたいの」

 

占い師「そうね。ずっと一緒に居ることが必ずしも幸せとは限らないわ。あなたの運命に家族を縛りつければそれこそ不幸の元凶よ」

 

隆太「そうだよ。兄さんたちはいつかは出ていっちゃうんだし、今を大切にしよう。あかり」

 

ゲルマ「涙ぐましいな」

 

恭夜「占いとは関係ないけどな」

 

占い師「次は?」

 

隆太「じゃあ、僕を占って下さい」

 

ゲルマ『そうね。ルナはあなたなんか眼中にないわ!ゴーホーム!』

 

恭夜「なにがゴーホームだ!占い師の声を真似るんじゃねぇよ!隆太がめっちゃ凹んでるじゃねぇか!」

 

あかり「間違ってないと思うけどね」

 

隆太「あ、あのう藁人形はどこに売ってるんですか?」

 

占い師「藁人形?藁人形なら五千円で売ってあげるわ」

 

あかり「隆太お兄ちゃん!?誰か呪い殺したい人がいるの!?」

 

ゲルマ「なるほど!マスターを消し去るのか!にっくきライバルが減るな。やったれ!やったれ!」

 

恭夜「ふ、ふざけんな!なんで俺が殺されなきゃいけないんだよ!」

 

隆太「えーと、やっぱりやめます……」

 

占い師「そう」

 

ゲルマ「なぜだ!あと一息だろ!熱くなれよ!」

 

あかり「熱くなったら誰か死んじゃうじゃん!」

 

恭夜「水をゲルマ(てめぇ)の頭にかけてやる」

 

占い師「さあ、どうするの?」

 

隆太「次は兄さんでしょ?」

 

あかり「サリーお姉ちゃんといつ結婚出来るの?」

 

ゲルマ「マスターはいつハゲるのかしら?」

 

恭夜「おい!勝手に質問するな!なんでてめぇはハゲることを期待してんだよ!」

 

占い師「結婚?見えないわね。あなたに意中の人が存在するの?ちなみにハゲはバーコードみたいになるわ」

 

隆太「兄さん、ルナさんまで狙ってるんですか!?最低ですよ!」

 

あかり「サリーお姉ちゃんが知ったら、この占い師さん斬り殺されちゃうね」

 

ゲルマ「やーい!バーコード頭!バーコード頭!」

 

恭夜「うるせぇ!ハゲ始めたら坊主にすりゃいいだろ!ていうかこれじゃハゲ占いじゃねぇか!」

 

占い師「ちょっと待ちなさいな!なにか見えるわ――これは背後霊かしら?サムライの姿がくっきりと見えるわ!凄まじい怨念ね!私の手に負えないわ」

 

ゲルマ「ま、まさか!?サリーではないか!?」

 

隆太「生き霊の間違えでは?」

 

あかり「サリーお姉ちゃん、死んだことにされちゃったね」

 

恭夜「あは、あはは……」

 

占い師「最後はあなたね」

 

ゲルマ「ほれぇ、我が手のひらは奇怪なり」

 

恭夜「機械だけにか」

 

あかり「ゲルマお兄ちゃんに手相なんて有るの?」

 

隆太「なんかスゴい迷路みたいな線が一杯描いてあるよ」

 

占い師「――あなた、とてつもなく悩んでるようね」

 

恭夜「迷路だもんな」

 

隆太「この迷路、全部行き止まりですよ」

 

あかり「だって出口ないじゃん」

 

ゲルマ「未来は自らの手で描いていけばいいのさ。そうだろう?占い師とやら」

 

占い師「私を試したわね。けど、あなたの言うとおりよ。お礼に一つ言わせてもらうわ。そこのあなたの手相、少し変える努力をしないと愛するものが傷つく結果を招くわよ……」

 

隆太「手相って変わるんですか?知らなかったです」

 

あかり「それってサリーお姉ちゃんのこと?でも恭夜お兄ちゃんの守護霊になったって――」

 

恭夜「背後霊な。ていうか死んでないし」

 

ゲルマ「よーし!あっしが紙ヤスリでマスターの手相を描いてやろう!」

 

恭夜「血だらけになるだろうが!それに紙ヤスリを少しの努力に置き換えるじゃねぇ!」

 

あかり「そういえばゲルマお兄ちゃんは何を占ってもらうつもりだったの?」

 

隆太「なんだろうね――」

 

男「占い師さーん!」

 

あかり「きゃっ!」

 

隆太「びっくりしたぁ……」

 

占い師「騒々しいわね。順番を守ってちょうだい。用件ならちゃんと聞くわ」

 

ゲルマ「藁人形を買った男だな」

 

恭夜「まさか誰かをやっちまったんじゃ――」

 

男「どうしましょう!?僕、とんでもないことを見落としてました!」

 

占い師「見落とした?」

 

男「僕が好きになったコが双子だったんです!どうしよう……」

 

隆太「二人の女性がたまたま双子だったってことですか?ドラマみたいですね」

 

あかり「あれぇ?おかしくない?この男の人、さっき男の人を呪い殺したいって……」

 

男「さっきから君たちは何を言っているんだ?僕は女なんかに興味はない!」

 

恭夜「男同士なのか……しかも呪い殺す相手を間違えたのかよ」

 

ゲルマ「ということは双子も男のみか。世にも奇妙な話だ」

 

占い師「そんなこと言われても私には死人を甦らす術なんて持ち合わせてないわ。己の行いを恨みなさいな」

 

男「うぅ……」

 

隆太「不憫ですね。藁人形も使い道を誤ればあの人みたいになっちゃいますし」

 

あかり「やっぱり暗い気持ちよりも明るい気持ちの方が楽しくていいよね」

 

占い師「あなた達の心がけ次第で良い方にも悪い方にも転ぶわ。一人で立ち向かう勇気も時には大切かもしれないけど、支えてくれる人が多いことに越したことはないわね。あなた達みたいに」

 

ゲルマ「いやぁ、でもさすがに背後霊はお祓いすべきだと思うぞぉ!」

 

恭夜「だからサリーを勝手に殺すな!」




女占い師
藁人形と手相を用いて依頼主が望む未来を実現する。
ちなみに藁人形は5000円で売ってくれる。
霊感も強く除霊や降霊術等を駆使する。必要に応じてお札もサービスしてくれる。
通称、闇の女占い師。


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不審者情報掲示板 ~大人になる君たちへ~

あかり「ねぇ、見て見て。浮浪者(ふろうしゃ)情報だって」

 

恭夜「不審者じゃね?浮浪者の情報なんて誰も知りたくないでしょ」

 

ルナ「ふふふ」

 

恭夜「最近多いよな。こういう張り紙」

 

あかり「え~と、『身長が52センチ』」

 

ルナ「『体重が168キロ』だって。妖精みたいだね」

 

恭夜「数字が逆だろ。妖精というより妖怪っぽいし、これ作ったヤツ気づかなかったのか?」

 

あかり『年齢が10~20歳代――』

 

ルナ『又は、30~40歳代』

 

恭夜「幅広すぎだろ。なんの役にも立たない情報だな」

 

あかり『見た目は中性的で帽子を深くかぶりサングラスとマスクをかけている』

 

ルナ『スカートなどを穿いており性的な目で見て女性とおぼしき背格好している』

 

恭夜「性的な目で見るな。これ書いたのオッサンだろ。どっちが不審者かわかんねぇな。それにサングラスとマスク着けてたら中性的かどうか見分けつかねぇじゃん」

 

あかり『小学生を執拗に追いかけ回し――』

 

ルナ『ランドセルに大量の小石を入れる』

 

恭夜「ヤベー奴だな。ランドセルを重そうに背負ってる姿に喜びを感じてるのか?」

 

あかり『去り際に必ず捨て台詞を吐くのが特徴』

 

ルナ『これが大人になるということだぁ。責任の重さを思い知れぇ!』

 

恭夜「ただの八つ当たりじゃん。それとも子供を教育してるつもりなのか?」

 

ルナ『職業は無職』

 

あかり『又はライフスタイルアドバイザー』

 

恭夜「皮肉かよ。なんだよライフスタイルアドバイザーって。まずてめぇのライフスタイルをどうにかしろよ」

 

あかり『不審者はアンタから見て東に逃走』

 

恭夜「なんで急にタメ口なんだよ。『アンタ』って俺のことか?東ってことはルナがいる方向か」

 

ルナ「ねぇアンタ。今晩のおかずは不審者にする?それともワ・タ・シ?」

 

恭夜「ルナと不審者が同じレベルって言ってるようなもんだぞ」

 

あかり「あながち間違ってないよね。あたし達が出会う前は橋の下に住んでたんだから」

 

?「ゲラゲラゲラ、それは聞き捨てならんねぇ」

 

ルナ「サリー?」

 

恭夜「サリーがこんなキモい笑い方するわけないだろ!」

 

あかり「今の悪意しかなかったよね」

 

女妖怪「そこの女ぁ、橋の下に住んでいたのかぁ?」

 

ルナ「うん。薄汚いおじさんたちがいつもパンの耳くれた」

 

恭夜「薄汚いは余計だろ……」

 

あかり「わざとでしょ。普通ホームレスのおじさんって言うもん」

 

女妖怪「同情するかぁ。わしも薄汚い妖怪に飯を恵まれるぐらいならぁ、妖怪になるかぁ!」

 

恭夜「どっちも一緒だろ!」

 

ルナ「転職だね」

 

あかり「妖怪に家なんて必要ないよね。おばさんはこの張り紙の不審者なの?」

 

女妖怪「だったらなにかぁ?おまぁのランドセルに石を詰め込んでやろうかぁ?」

 

あかり「あたし小学生じゃないもん!高校生だもん!」

 

女妖怪「それはぁすまねぇ」

 

ルナ「小学生をイジメてるの?」

 

女妖怪「なに言ってるかぁ!ワシはなぁ、イライラするんだぁ!綺麗なランドセル背負ってるわりにぃ、中身なんて本が二、三冊しか入ってないガキンチョがわんさかおるだぁ!」

 

恭夜「教科書重そうだもんな。学校に置いていきたいって思ってる小学生は少なくないと思うけど」

 

女妖怪「だからワシはガキンチョに教えてあげてるんだぁ。親から買ってもらったランドセルを大事に使ってもらいたいだけだぁ」

 

あかり「石なんて入れたら汚れちゃうよ」

 

女妖怪「なに言ってんだぁ!墓石から削ってんだからぁ、神聖に決まってるだろぉ!」

 

恭夜「もはや妖怪そのもの(168キロって墓石の重さを含んでたりして)」

 

ルナ「妖怪もお墓参りするんだね」

 

恭夜「というかさ、石なんて持ち歩かなくても直接言えばいいと思うけどなぁ」

 

あかり「おばさんの言うことなら聞いてくれるよ」

 

女妖怪「こんなご時世だぞぉ。そんなことしたら通報されるだぁ」

 

ルナ「もう通報されてる」

 

女妖怪「ぶぁ!?」

 

恭夜「そりゃあ小学生をしつこく追い回せば当然だよなぁ?」

 

あかり「――あれぇ!?おばさん、どこ行ったの!?」



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通販番組「電話でカモラナイト!」

司会者『こんばんは!新通販番組、電話でカモラナイト!』

 

ルナ「通販番組?」

 

隆太「僕は欠かさずチェックしてますよ!」

 

ゲルマ「カモルとナイトをかけるとはいいセンスをしている」

 

恭夜「ケンカ売ってるよな。金を巻き上げ気マンマンじゃねぇか」

 

サリー「一体どの層に需要があるんだ?」

 

あかり「やっぱり主婦の人とかが見てるんじゃない?」

 

司会者『記念すべき初回の商品は――なんと注射器でございまーす!』

 

隆太「ちゅ、注射器!?」

 

恭夜「しょっぱなから物騒なモノをぶっこんできたな……」

 

サリー「先が思いやられる」

 

司会者『テレビの前の皆さんの驚いた表情が目に浮かびますよ!』

 

あかり「驚く前に呆れちゃうよね」

 

ゲルマ「ルナはもう飽きてるようだが」

 

ルナ「むにゃむにゃ」

 

司会者『夜も深いからこそ当社は刺激の強い商品をオススメしたいのです!眠気がサッパリ取れたと思いますので、早速この注射器の優れた点をご紹介したいと思います!』

 

司会者『この注射器、見た目は医療用の注射器となんら変わりません。ですが当社の注射器は素人の方でも安心してお使いでき、なんと言ってもこの持ち運びやすさが最大の特徴なんです!』

 

サリー「注射器を携帯することにメリットがあるとは思えんが」

 

ゲルマ「警察と知り合いになれる、カモ」

 

司会者『夏場は特に水分補給を小まめに取らなければなりません。しかし、中には潔癖症で他人の水筒やペットボトルに口をつけたくない!そんな人はこの注射器があれば簡単に水分を補給できちゃうんです!』

 

恭夜「なんで他人の水筒使うこと前提なんだよ。普通自分で用意するだろ」

 

あかり「針いらないよね」

 

隆太「潔癖症の人はいるんだよ、きっと」

 

司会者『注射針は万が一体内に残っても安心!なぜなら環境に優しい成分のみで構成されており、約一週間で体内に消化されてしまうのです!』

 

あかり「じゃあ喉の奥に刺さっても安心だね!」

 

隆太「魚の骨みたいに言わないでよ」

 

恭夜「一週間も注射針が刺さったままで飲み食いできるのか?」

 

司会者『更にこの注射針は『松』『竹』『梅』の三種類の太さを用意しており、松はテストで満点を取ったご褒美に。竹で水分補給として活用。梅は躾用と分けてみたり、好みの太さや痛みを調節することで子供にも安心してご使用できます!』

 

ゲルマ「どっちに転んでも子供が痛い目を見るようだ」

 

サリー「もはや罰ゲームだな」

 

司会者『当社が商品の使用感について独自でアンケート調査を行ったところ、100人中92.5人の人が不快感はないと解答しました!』

 

恭夜「0.5人ってどういう計算をしたら出てくるんだよ。半分死んでるのか?」

 

隆太「ゾンビなら痛みを感じなさそうだしね」

 

あかり「そもそも100人も試す必要なくない?」

 

司会者『気になるお値段ですが、注射器三本と付け替え針二十本をお付けしまして消費税込みで20万でお買い求めできます!』

 

恭夜「たっか!?」

 

あかり「買わせる気ないじゃん」

 

サリー「バカバカしい。起きて損した」

 

隆太「なんか疲れちゃいました」

 

ゲルマ「待て、まだ終わってないようだ」

 

司会者『今日は記念すべき初回の放送ということで、特別価格と致しまして3万でご提供したいと思います!』

 

恭夜「下げすぎだろ。なんで急に弱気になったんだ?」

 

隆太「極端に下げて安く見せたいんじゃないかな?」

 

あかり「下げすぎて逆に怪しいよね」

 

サリー「こんな番組、長く続かないだろ」

 

ゲルマ「初回が注射器なら次回は聴診器だな」

 

司会者『お支払い方法は30年分割払いのみ受付致します!』

 

恭夜「マンションかよ!30年も分割して買う奴いねぇだろ!」

 

サリー「たかが注射器で人生の大半を支払いに捧げねばならないとはな。予防接種でも受ければいつでも注射器を拝めるというのに」

 

ゲルマ「まあ、考えようによっては護身用にもなるかも」

 

隆太「意味もなく注射器を備えてる家なんて確かに行きたくないです」

 

あかり「じゃあ買う?」

 

司会者『――ああ!先ほど売り切れてしまいました!お買い求め頂きありがとうございます!次週は携帯用チェーンソーをご紹介しまーす!』

 

ゲルマ「来週の方が面白いそうでござる」

 

隆太「ちょっと気になります」

 

サリー「切れ味だけは興味あるな」

 

あかり「注射器よりましだよね」

 

ルナ「一家に一台欲しい」

 

恭夜「お前らカモられてんじゃねぇ!」



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妄想学園生活・上

恭夜「隆太は毎朝大変だな。あかりの弁当を作るために早起きしなきゃいけないなんて」

 

隆太「あかりのためなら朝飯前だよ」

 

ルナ「朝飯だけに?」

 

ゲルマ「ややこしや~」

 

サリー「隆太は学校に行きたくないのか?学校に行かせるぐらないなら私たちでどうにか出来るが」

 

隆太「兄さんたちに迷惑かけたくないので僕は今のままで十分ですよ」

 

恭夜「俺もサリーも学校に行ったことないし、あかりがどんな学校生活を送ってるかとかも聞いたことないよな」

 

ゲルマ「あまり話したがらないようだ」

 

サリー「そもそも私たちが聞いても理解できないしな」

 

ルナ「うん」

 

ゲルマ「試しにやってみるか?妄想学園生活を――それじゃあ、あっしは担任をやるからマスターはヤンキーね」

 

恭夜「ヤ、ヤンキー!?」

 

ルナ「じゃあ、私とサリーはマドンナやる」

 

サリー「学園のマドンナか。まあいいだろう」

 

隆太「僕は――」

 

ゲルマ「席がないから人体模型ね」

 

隆太「人間ですらない……」

 

~登校~

 

ルナ「あらサリーさん、今日も良いお天気ですね」

 

サリー「あ……あーそうですわね。洗濯日和でございますわね」

 

隆太(井戸端会議みたい)

 

ゲルマ「おーい恭夜!遅刻するぞ!」

 

恭夜「……お、おう!ワリィワリィ!久しぶりに歯を磨いてたら遅れちまったぜぇ!」

 

隆太(毎日磨くもんじゃないの?)

 

~出席確認~

 

ゲルマ「皆の衆、おはよう!早速、出欠とるぞ!――ルナ・ホワイトクロス」

 

ルナ「ウフフ。ゲルマ先生、ネクタイが少し緩んでますよ」

 

ゲルマ「さすがはルナ。気が利く優等生だ――次!サリー・ラングニック」

 

サリー「オ、オホホ。ゲルマ先生、寝癖がついてますわよ」

 

ゲルマ「アハハ!サリー、お前に言われたくないよ」

 

サリー「誰が武士だ!」

 

隆太(そのやり取りはいらないような……)

 

恭夜「これじゃあ接待じゃん」

 

ゲルマ「次は(ケー)(きょうや)・(ワイ)(ゆいしろ)」

 

恭夜「イニシャルじゃねぇか!空気読めねぇのはお前の方だろ!」

 

隆太(学校ってこんなに騒がしいのでしょうか?)

 

~一時間目・生徒指導~

 

ゲルマ「一時間目は生徒指導だ。お前らが学校の秩序と風紀を乱してないかチェックするからな」

 

隆太(授業しないんだ……)

 

ゲルマ「最初はルナ。お前がここ最近犯した罪を教えろ」

 

ルナ「ウフフ。恥ずかしい話なのですが、図書館で本を読んでいたところ眠気に耐えられず眠ってしまい慌てて起きてみるとヨダレが本についてしまったのです。イヤン!恥ずかしい!」

 

ゲルマ「その本は先生が買い取るから次は気をつけるんだぞぉ」

 

恭夜「買い取るんじゃねぇよ!気持ち悪ぃな!」

 

ゲルマ「次、サリー」

 

サリー「オホホ。私は刀を振り回しておりましたらガラスを割ってしまいましたの。先生に怒られるのが怖くて逃げてしまいましたわ」

 

ゲルマ「アハハ!サリーは足軽だな!」

 

サリー「誰が足軽だ!」

 

隆太(サリーさんも狙ってますよね)

 

ゲルマ「あー次は、恭夜」

 

恭夜「あ、あん?俺様はコンビニの前でたむろってる不良にケンカ売って返り血を浴びせてやったぜぇ!」

 

隆太(やられてるじゃん……)

 

ゲルマ「ホントお前らはどうしようもない馬鹿ばっかだなぁ。フハハハ!」

 

隆太(駄目人間ばかりじゃん……)

 

~二時間目・避難訓練~

 

ゲルマ「避難訓練に必要な『おかしも』。当然お前らも知ってるよな?」

 

隆太(一時間も避難訓練する必要あるのかな?)

 

ゲルマ「まず『お』は『お父さん』だぞ。じゃあルナ、『か』を答えてみろ」

 

ルナ「返して!私のお母さん返してよ!」

 

恭夜「何があったんだ?」

 

ゲルマ「よし。次『し』をサリー答えろ」

 

サリー「知らないわけないわ!私見たもの!お母さんが燃えていたんだから!」

 

隆太(えぇ……)

 

恭夜「サスペンスかよ」

 

ゲルマ「最後、恭夜頼むぞ」

 

恭夜「燃えてるよ!お父さん、お母さんが燃えてるよ!」

 

隆太(だからなんなの?)

 

ゲルマ「逃げ遅れたお母さんを教訓に、みんなもお父さんみたいに冷静な判断で行動するように」

 

隆太(お母さん無駄死に)

 

~三時間目・課外授業~

 

ゲルマ「課外授業やるから椅子と机を校庭に並べろ」

 

恭夜「課外授業ってそういう意味じゃねぇだろ!これじゃあ青空教室だろうがぁ!」

 

ルナ「ウフフ。外は絶好の授業日和ですね」

 

隆太(もう三時間目……)

 

サリー「オホホ。子供たちが駆け回る姿が目に浮かびますわ」

 

隆太(だから井戸端会議じゃん)

 

ゲルマ「植物は光合成するんだ。お前らだって光合成したいだろ?」

 

恭夜「高校生したいです」

 

ゲルマ「なら外から刺激を受けて大人の階段を駆け上がってこいや!」

 

隆太(いや、下りなきゃ外に出られないじゃん……)

 

―続く―



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妄想学園生活・下

~四時間目・合唱練習~

 

ゲルマ「本番まであと僅かだ。気を引き締めて練習に取り組むように」

 

隆太(やっと授業が始まる……)

 

ゲルマ「まずはルナから独唱するぞ」

 

隆太(え?独唱?)

 

ルナ「きーみーはー、一人じゃあ~ないよ~」

 

ゲルマ「そんな低い声じゃ駄目だ。1オクターブ上げなさい」

 

ルナ「1ターブって日本円でいくら?」

 

恭夜「通貨じゃねぇよ」

 

サリー「オホホ。おバカさんね、ルナさんは」

 

ゲルマ「それじゃサリー、続けて歌いなさい」

 

サリー「きーみーはー、二人~だ~よ~」

 

恭夜「分裂するな!どんな歌詞だ!」

 

隆太(忍者かな?)

 

ゲルマ「ほらほら恭夜!ボーとするな!」

 

恭夜「ぼーくーはー、一人~だ~よ~」

 

隆太(なにカミングアウトしてんの……)

 

ゲルマ「コラコラ!オブラートをきかせなさい!」

 

恭夜「それを言うならビブラートだろ!オブラートは包むもんだろがぁ!」

 

隆太(次はお昼休みですね……)

 

~お昼休み~

 

ルナ「恭夜君、膝の上いい?」

 

恭夜「なんで膝の上に座れると思ったの?自分の席で食え」

 

サリー「私のお弁当のオカズは冷凍食品ですわ」

 

恭夜「上品な喋り方なのに弁当は庶民的なんだな」

 

ルナ「不遇ね」

 

サリー「それを仰るなら奇遇ですわ。ルナさんのお弁当は真っ黒ですこと」

 

恭夜「ノリ弁だな」

 

ルナ「恭夜君は食べないの?」

 

恭夜「俺は味噌パンとレモンティーだけで十分だから」

 

隆太(なにその組み合わせ)

 

サリー「まっ!下品過ぎますわ!」

 

恭夜「――ぶほっ!げほっ!げほっ!」

 

ルナ「サリーさんなんて日の丸弁当ですよね?日本人じゃないクセに!」

 

サリー「そんなこと関係ありませんわ!あなたこそ腹黒いからノリ弁なのではありませんこと?」

 

隆太(なんでこの二人、お弁当で喧嘩してるの?)

 

ゲルマ「――お昼終わったら、体育館に集合しろ!始業式始めるぞ!」

 

恭夜「まだやってなかったのかよ!」

 

隆太(嘘でしょ……)

 

~五時間目・始業式~

 

恭夜「あー!だりぃー!」

 

ゲルマ「それでは校長先生のお話です」

 

サリー「校長先生?」

 

隆太「えー、校長の星宮隆太(ほしみやりゅうた)です」

 

ルナ「人体模型が喋ってる」

 

隆太「私は人体模型として生徒一人一人の学校生活を見守ってきましたが、多くの生徒がまともな授業を送れていないことに気づき改めて心を痛めた次第でございます」

 

恭夜「おせーよ。今まで何してたんだ」

 

サリー「人体模型になりきり私たちを見守って下さっていたとは、生徒思いの校長先生ですわ」

 

ルナ「ふわぁ……眠い」

 

隆太「ですが校長先生は校則に厳しく、とりわけ身だしなみには口うるさく指導させて頂きます。例えば眉毛を描いたり、スカートを長く穿く生徒には容赦しません」

 

恭夜「歯を磨かないのはセーフだな」

 

サリー「校長先生はスカートを短くすること推奨しているわ」

 

ルナ「フェチですね」

 

隆太「ただし、二重にしたりエラを削ることは認めます」

 

恭夜「整形じゃねぇか!顔が別人なってもいいのかよ!?」

 

サリー「私、鼻を高くしますわ」

 

ルナ「じゃあ私はケツ顎にする」

 

隆太「我が校は専門性を高める教育を推進していますので、狭く深い勉強を目指していきましょう!」

 

恭夜「広く浅い勉強の方が良くね?」

 

サリー「素行不良の方がまともな発言をしますこと」

 

ルナ「ほんとね」

 

隆太「これで私の話は終わりますが、始業式は帰宅するまでが始業式ですからね!」

 

恭夜「遠足かよ!家に着くまでが始業式なんて聞いたことねぇよ!」

 

サリー「演技は難しいな」

 

ルナ「楽しかった」

 

ゲルマ「たまには妄想学校生活も悪くないな」

 

隆太「僕、学校生活送ってないんですけど……」



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闇の女占い師 ~ストーカーの正体~

女「最近誰かにつきまとわれてる気がして……」

 

占い師「あなたが以前付き合っていた彼、女癖の悪い人のようね」

 

女「はい。すぐ浮気するので私の方から別れを切り出したのですが……」

 

占い師「その彼がストーカーになったのかもしれないということね」

 

女「私の勘違いだといいんですが……」

 

占い師「あなた、霊感もあるようね」

 

女「ありますが……どうしてですか?」

 

占い師「このお札をお使いなさいな。あなたに降りかかる災難から守ってくれるわ」

 

女「はい!ありがとうございます!」

 

サリー「――いたっ!?」

 

女「ご、ごめんなさい!お怪我はありませんか?」

 

ルナ「大丈夫」

 

サリー「勝手に返事するな!――私なら平気だ。気にするな」

 

女「本当にごめんなさい!それではこれで――」

 

ルナ「あれ?何か落とした」

 

サリー「お札みたいだな」

 

占い師「なんてことなの……」

 

ルナ「あの人が占い師?」

 

サリー「みたいだな――ん?私たちを呼んでるみたいだぞ」

 

占い師「あなたたち、そこに座ってちょうだいな」

 

ルナ「お化けが出そうだね」

 

サリー「このお札はあなたがさっきの客に渡したものか?」

 

占い師「ええ、そうよ。マズイことになったわ」

 

ルナ「私、メイドになりたい」

 

サリー「おい、隙あらば占ってもらおうとするな」

 

占い師「別にかまわないわ。それじゃ始めるわよ」

 

ルナ「恭夜はサリーと結婚できる?」

 

サリー「わ、私を巻き添えにするな!」

 

占い師「あなたがメイドになるにはもう少し先のようね。あなたにとって大きな障害があるわ。その障害を取り除くことがメイドへの近道ね」

 

ルナ「いや!私には隆太を殺めることなんてできない!」

 

サリー「なんで隆太を冥土送りにしようとしてるんだ!?障害はゲルマの方だろ!」

 

占い師「もう一つの件は以前にも同じようなことを言うお客さんがいたわ」

 

ルナ「ふふふ、不思議だね」

 

サリー(あかりか?それとも隆太か?)

 

占い師「あなたは何を聞きたいの?」

 

サリー「そ、そうだな……」

 

ルナ「恭夜の好きな女性は生きてる?」

 

占い師「あなたさっきから人のことしか聞いてないわよ」

 

サリー「そんなこと聞いてどうするんだ。死んでたら反応に困るだろ。私は自分の未来は自分で切り拓くつもりだ」

 

占い師「そう。でもあなたの顔には悩みが書かれてるわよ」

 

サリー「フッ、全てはお見通しか」

 

ルナ「サリー?」

 

占い師「家族の幸せを願ってるようね。特に双子の兄妹の未来が気になってるのでしょ?」

 

サリー「ああ」

 

ルナ「隆太とあかり?」

 

占い師「その子達の将来を案じれば案ずるほど、絆が強くなればなるほど別れが辛くなるわよ。要はタイミングね。新たな出会いがその兄妹の道標になるわ」

 

サリー「新たな出会いか……」

 

ルナ「その出会いは日本?」

 

占い師「そうね。ハッキリと言えるのは日本ではないわ」

 

サリー「そうか。恭夜とゲルマには黙っておこう」

 

ルナ「うん」

 

女「はぁ……はぁ……」

 

占い師「ごめんなさい。先客が来たから、また後にしてちょうだい」

 

ルナ「先客?」

 

サリー「さっきぶつかった女だな」

 

女「占い師さん、私どうしちゃんたんでしょうかぁ!?」

 

サリー「な、なんだか様子が――」

 

ルナ「あの人、泣いてる」

 

占い師「錯乱しているようね。まず深く息を吸って気持ちを整えるの」

 

女「もう……わけが分からなくて……ぐすっ……」

 

占い師「落ち着いて聞いてちょうだい。前の彼には会ったの?」

 

女「はい……私の家にいて……でも……」

 

占い師「触れられなかったんでしょ?」

 

サリー「なに!?」

 

ルナ「触れられない?」

 

女「私……死んでるんですよね?」

 

占い師「ええ、残念だけど」

 

サリー「死んでる?ということは私たちの前にいるのは――」

 

ルナ「幽霊?」

 

占い師「あなたは以前付き合っていた彼を交通事故から守ったの。トラックがぶつかってくることを恐れず、身を挺して愛しあっていた人を守り抜いたのよ」

 

女「ぐすっ……私……どうしたら……」

 

占い師「あなたにお札を渡したのはあなた自身が死んでることに気づいてパニックになった時の保険よ」

 

サリー「つまり悪霊になった場合、男に危害が出るのを防ぐためというわけか」

 

ルナ「でも悪霊にならなかった」

 

占い師「そして彼はあなたが死んだことを受け入れられず、家の周りを徘徊しているのよ。あなたの家に入って感傷にでも浸っているのね」

 

サリー(失われた時間はもう戻ってこないのだ)

 

ルナ(みんなとの時間を大切にしたいね)

 

占い師「でもあなたは強い意志で辛い現実に打ち勝った。だからあなたは自らの足で私に会いに来たんでしょ?」

 

女「はい……」

 

占い師「これからあなたは何をすべきか自分で考えなさい。成仏するなり、この世をさ迷うなり、選択肢は少なくないわ。でも悪霊にでもなったらただじゃおかないわよ」

 

女「私、占い師さんのそばにいてもいいですか?たくさんの悩みや苦しみを持った人の心に寄り添っていきたいんです」

 

占い師「その発想はなかったわ。私の仕事の邪魔にならなければかまわないわよ。好きにしなさい」

 

サリー「ならお札はもう必要ないな。あなたに返そう」

 

ルナ「お金払って帰ろう」

 

占い師「――待って!」

 

サリー「なんだろうか?」

 

占い師「……いえ、なんでもないわ。呼び止めて悪かったわね」

 

ルナ「さようなら、占い師さん」

 

占い師(サリーという女性から未来を読み取れなかった。現世の人物じゃないと思ったけど、お札が黒ずんだ形跡はない。まあいいわ。また出会うことがあれば、素顔を暴かせてもらうわ)



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「ゴタイ荘」なアパート

あかり「このアパートって大家さんの名前からつけられてるんでしょ?」

 

隆太「ゴタイさんっていうおじいちゃんだよ」

 

ルナ「住みにく荘」

 

大家さん「――それがお嬢さんの本音なら悲しいね」

 

あかり「あっ!大家さん、おはようー!」

 

隆太「おはようございます。ゴタイさん」

 

大家さん「おはようさん。隆太君にあかりちゃん、今日も元気だねぇ」

 

ルナ「このアパートおかしい」

 

大家さん「どうしてそう思うんだい?」

 

ルナ「エレベーターがないから」

 

あかり「嫌なら出ていっていいよ」

 

隆太「ダメです!家主である僕が認めません!」

 

大家さん「階段の方が足腰を鍛えられる。お嬢さんは若いのだから、苦にならないんじゃないかな?」

 

ルナ「じゃあ階段いらない」

 

隆太「いや、僕たち二階に住んでるんですけど」

 

あかり「ルナお姉ちゃんは壁を這って行くんでしょ?蜘蛛みたいに」

 

大家さん「ホッホッホ。お隣さんが見たらトラウマもんだね」

 

ルナ「自転車乗ってもいい?」

 

あかり「人のなんだからダメに決まってるじゃん」

 

隆太「一台だけ使われてない自転車ありますよね?」

 

大家さん「あれかい?あれは以前住んでいた人が置いていっちゃったんだよ。隆太君たちが好きに使うといいよ」

 

ルナ「サドルがない」

 

あかり「ホントだ!」

 

隆太「乗り心地悪そうだね……」

 

大家さん「以前住んでいた人が持っていっちゃったんじゃないかな?サドルで痔を悪化させてたみたいだけど、外しちゃったのかねぇ」

 

隆太「余計悪化するような……」

 

あかり「ウチに代わりのサドルなんてないよね?」

 

隆太「ゲルマさんに聞けば探してくれるかもね」

 

ルナ「このベビーカー、ぬいぐるみが乗ってる」

 

あかり「熊さんだ!」

 

隆太「子どもが乗せたんじゃない?」

 

大家さん「そのベビーカーは二階の住人の持ち物でね。ぬいぐるみ好きで有名だったんだけど、子どもが産まれてからベビーカーに乗せ始めたんだよ」

 

隆太「ぬいぐるみをベビーカーに乗せたってことですか?」

 

大家さん「そうだよ」

 

あかり「赤ちゃんは?」

 

大家さん「背負ってるに決まってるじゃないか。ホッホッホ」

 

ルナ「赤ちゃんよりぬいぐるみの方が大事だったんだね」

 

大家さん「でもイライラするといつもぬいぐるみを殴ってたんだよ」

 

あかり「えぇ!?どうして!?」

 

大家さん「子どもに当たるわけにはいかないからね。代わりにぬいぐるみでストレスを発散しているとご夫婦が仰っていたよ」

 

隆太「納得していいのかな?しかも旦那さんも殴るって何があったんだろう……」

 

ルナ「ベビーカーを殴ればいいのにね」

 

あかり「買った意味ないじゃん」

 

大家さん「何か困ったことがあれば、いつでも尋ねにおいで」

 

ルナ「このアパート傾いてる」

 

大家さん「本当かい?」

 

隆太「ルナさんの気のせいじゃないですか?」

 

あかり「ルナお姉ちゃん、おっぱい大きいから猫背でそう見えるんじゃない?」

 

ルナ「私猫背じゃない。このアパートが猫背。ビー玉転がしたら部屋を一周した」

 

あかり「それって傾いてるんじゃなくて揺れてたんじゃない?」

 

隆太「地震ってこと?」

 

大家さん「地盤が強い町じゃないから、その可能性もあるね」

 

ルナ「サリーの髪も驚くほど揺れてた」

 

隆太「そんなに揺れるもんじゃないみたいな言い方されても……」

 

あかり「それならルナお姉ちゃんのおっぱいも揺れるじゃん」

 

大家さん「おっぱいがユサユサ揺れるなら、訳あり物件と言われても悪い気はしないねぇ」

 

隆太「父の心も揺れる――耐震偽装」

 

あかり「女を餌にする――地盤沈下」

 

ルナ「愛の巣を騙るワケあり物件。その名も――」

 

大家さん「ゴタイ荘。皆様のご入居を心よりお待ちしております」



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コンビニ・ドリーム

女店員「いらっしゃいませ!」

 

ゲルマ「いやー、品揃えが豊富でござるな」

 

恭夜「エロ本コーナーだけ見て言うことじゃねぇだろ――」

 

女店員「キャー!?」

 

ゲルマ「サリー?」

 

恭夜「サリーがこんな可愛い声出すワケねぇだろ!」

 

覆面「そこのあんた!このスーツケースにあり金全部詰め込め!」

 

女店員「――えっ?……あっ、そういうことですか。少々お待ちください。店長!お客様対応お願いしまーす!」

 

ゲルマ「覆面を前にしても冷静を保てるとはプロだな」

 

恭夜「覆面なのにスーツケースでコンビニに来るってすげぇな。音もうるせぇし怪しさ満点じゃん」

 

男店長「おやおや?これはこれはお客様、当店の金品を奪いに来たのでございましょうか?」

 

覆面「見りゃわかるだろ!さっさと金を出せ!」

 

男店長「それではワタクシが客になってしまいます。ならこうしましょう。有り金は全てお渡しします。代わりにそのスーツケースをワタクシに売って下さい」

 

ゲルマ「そんなに高価なスーツケースなのか!?」

 

恭夜「なんでお前は強盗の後ろにいるんだ?列を作ってるつもりなのか?」

 

覆面「ふ、ふざけんな!このスーツケースがなきゃ金を積めねぇだろがぁ!」

 

男店長「おやおや?それは困りましたねぇ。ならこの当店のビニール袋をお使い下さい。これならそんな持ち運びづらいスーツケースは必要ありませんよね?」

 

ゲルマ「早くしろよ!後ろが詰まってるだろうがぁ!俺たちは今すぐにでも面接したくてウズウズしてんだぞぉ!」

 

恭夜「俺を巻き込むな!というかてめぇが持ってるの求人雑誌じゃねぇか!」

 

覆面「あんたの取引には応じられねぇ。このスーツケースに付いてる鈴は母ちゃんからお守りとして貰ったんだ。だからこのスーツケースだけは手放せねぇ」

 

ゲルマ「親孝行だなぁ」

 

恭夜「親不孝だろ。息子が強盗してんだぞ。お守りつけて強盗するってどういう神経してんだ」

 

男店長「お並びになっているお客様の仰る通りです。今ならまだ間に合います。お引き取り下さい」

 

覆面「俺はただ母ちゃんを喜ばせたくて履歴書を買いに来ただけなのに……」

 

恭夜「じゃあなんで覆面なんだよ。履歴書を買って喜ぶ母ちゃんなんているか?」

 

ゲルマ「あれだろ?長年引きこもってたから、人前で顔を見せるのが恥ずかしいってやつだろ?わかるなぁ、その気持ち」

 

恭夜「強盗に同情するな!」

 

男店長「サービス業はどこも人手不足でございます。当店も例外ではありません。もしあなたの言葉が本心ならいつでもお越し下さい」

 

覆面「ああ……俺は間違ってたみたいだ……出直してくるよ……そしたら俺を雇ってくれ!」

 

男店長「もちろんお待ちしております」

 

覆面「じゃあな!店長!――」

 

ゲルマ「素晴らしい対応だ!誰一人傷つけず強盗を説得してしまうとは」

 

恭夜「お、おい!出て行った強盗、警察に捕まっちまったぞ!?」

 

男店長「おやおや?間に合ったようですね」

 

女店員 「ふうー!警察に通報するまでの時間稼ぎありがとうございます!」

 

ゲルマ「まさに計画的犯行!――あっ、これ買いまーす」

 

恭夜「てめぇは普通に買い物してんじゃねぇ!」



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結婚式のスピーチをやってみたい!

『漫才とコントのネタメモ』の『結婚式のスピーチ』をアレンジしました。


あかり「この前テレビでモデルさんが着てたウェディングドレス可愛かった~」

 

隆太「でもちょっとキラキラし過ぎのような。もうちょっと地味な感じの方が――」

 

ゲルマ「子供っぽいあかりに似合いそうだにょ!」

 

あかり「あのさぁゲルマお兄ちゃん、あたしこれでも高校生なんだけどっ!」

 

隆太「なんで僕を睨むの……」

 

ゲルマ「いやあ、結婚といえばスピーチがあるじゃん?」

 

隆太「まあ、定番ですよね」

 

あかり「スピーチって誰でもいいの?それならサリーお姉ちゃんにお願いしようかなぁ」

 

隆太「それなら僕は――」

 

ゲルマ「もし、あっしがスピーチを頼まれたらどんな話をしようか考えてたんだ」

 

隆太「あのぉ、無視しないで下さい……」

 

ゲルマ「それじゃあ、あっしがスピーチするから直した方がいい所を指摘してクレヨン」

 

あかり「ゲルマお兄ちゃんがお手本見せてくれるんだね」

 

隆太「不安しかない」

 

――

―――

 

ゲルマ「――えー、ゴホン!……うっ!げほっげほっ!?ぶぉぇぇぇー!?」

 

あかり「あーあ、緊張し過ぎてむせちゃったよ」

 

隆太「しかも吐いちゃった」

 

ゲルマ「失礼しました。大変うっぷうっぷな姿をさらしてしまい申し訳ありません」

 

隆太「そこはアップアップですよ!」

 

あかり「うっぷうっぷだとまた吐いちゃうように聞こえるからやめてよ」

 

ゲルマ「えー、ヤマト君とナデシコさん。ご結婚おめでとうございます」

 

隆太「名前が実に古風」

 

ゲルマ「あっ!間違えた!顔の平たいヤマトさん――」

 

あかり「そこ付け足す必要ないよね。顔の平たいって絶対バカにしてるでしょ」

 

ゲルマ「小綺麗なナデシコさん――」

 

あかり「なんか嫌みっぽい」

 

隆太「う、うん……」

 

ゲルマ「並びに偏屈なご両家――」

 

隆太「うわぁ……」

 

あかり「ただの悪口じゃん」

 

ゲルマ「ただ酒が飲めると騒ぎまくるご親族の皆様――」

 

あかり「そうなの?」

 

隆太「さあ……」

 

ゲルマ「心より御祝い申し上げます」

 

あかり「嘘つき!」

 

隆太「さっきまで悪口ばっかりだったじゃないですか!?」

 

ゲルマ「ただいま紹介に預かりました。ヤマト君の友人の友人のカイダと申します」

 

隆太「どっかで聞いたことあるような……」

 

ゲルマ「本日は友人の友人を代表いたしまして、御祝いの言葉を述べさせて頂きます」

 

あかり「友人の友人ってもう他人だよね?」

 

ゲルマ「ヤマト君は小学生の時からの幼馴染みで運動神経が良く、特に野球が好きでしたね」

 

隆太「やっとまともな情報が出てきた」

 

ゲルマ「僕とヤマト君は素振り仲間で一番の友人でもあります」

 

あかり「素振り仲間って何?」

 

隆太「普通キャッチボールでは?」

 

ゲルマ「あっ!アハハハ、決して下ネタではありませんよ?」

 

隆太「わざとですよね?」

 

あかり「式場が変な空気になっちゃうよっ!」

 

ゲルマ「ナデシコさんは小学四年の時に引っ越して来ましたね」

 

あかり「新婦さんには酷いこと言わないでよ」

 

ゲルマ「あまりクラスに馴染めず、いるのかいないのか分からない。そんな雲の上の人の様な存在でした」

 

隆太「それって褒めてるんですか?」

 

あかり「ナデシコさん可哀想」

 

ゲルマ「あっ!アハハハ、決して新郎の隣にいるのは幽霊ではありませんよぉ?」

 

あかり「ゲルマお兄ちゃんの顔、なんかムカツク!」

 

隆太「物凄いドヤ顔!」

 

ゲルマ「そんな二人の運命の出会いは大学の新入生歓迎コンパでした」

 

あかり「新入生歓迎コンパ?」

 

隆太「その情報いります?」

 

ゲルマ「ヤマト君はお酒に弱くすぐつぶれてしまいましたが、ナデシコさんはお酒を飲むに飽きたらず頭からビールを浴び始めました」

 

隆太「お酒を浴びるように飲むってそういう意味じゃないですよ」

 

ゲルマ「ヤマト君はそんな男前なナデシコさんに一目惚れしました」

 

あかり「あっそう」

 

ゲルマ「そして二人はなんやかんやで結婚に至りました」

 

隆太「はしょり過ぎ!」

 

あかり「なんやかんやで済まさないでよ!一番重要なところじゃん!」

 

ゲルマ「最後になりますが、夜の素振り仲間がいなくなると思うと少し寂しい気もします」

 

隆太「しつこっ!」

 

あかり「いい加減下ネタから離れろ!」

 

ゲルマ「アハハハ、でも相手も幽霊みたいなものだから目くそ鼻くそですね」

 

あかり「言い方っ!」

 

隆太「そもそも何が目くそ鼻くそなんですか!?」

 

ゲルマ「つたない話ではありますが御祝いの言葉とさせて頂きます」

 

隆太「つたな過ぎィィィ!」

 

あかり「いい加減にしろ!」

 

ゲルマ「どうもありがとうございました!」



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毒リンゴを食べた魔女と白い小悪魔

~美容室にて~

 

美容師「え~と、ご予約の白○姫、シンデレ○、眠れる○の美女様でよろしいでしょうか?」

 

サリー「自分で姫や美女を名乗るとは痛い奴らだな」

 

ルナ「私が予約した」

 

あかり「ルナお姉ちゃんって、恥知らずだよね」

 

美容師「し、白雪姫様はどちらでしょうか?」

 

サリー「あかりか?」

 

ルナ「うん」

 

あかり「じゃあルナお姉ちゃんは?」

 

美容師「シンデレラでしょうか?」

 

サリー「何故そう思うんだ?」

 

ルナ「靴履いてないから」

 

あかり「バカじゃないの!?いくらシンデレラっていったって、なりきる必要ないよね!」

 

サリー「私は眠れる森がなんとやらか」

 

ルナ「サリーがここにいると森じゃなくて、土俵に上がったみたいだね」

 

あかり「女も上がってるじゃん」

 

美容師「本日は断髪でよろしいでしょうか?」

 

サリー「誰が力士だ!」

 

美容師「ワックスで固めますか?」

 

サリー「固めたらマゲになるだろうがぁ!」

 

ルナ「私、バリカタがいい」

 

あかり「それラーメンの話だよね。ルナお姉ちゃんの腰まであるポニーテールをガチガチに固めたら、巻きグソみたいなリーゼントになるよ」

 

美容師「お侍様方の刀をお預かりします」

 

サリー「これは私の魂だ。誰にも触れさせん」

 

ルナ「まるで武士だね」

 

あかり「なんで二人とも持ち歩いてんの?美容師さんも普通に預かろうとしないでよ」

 

美容師「ご要望があればなんなりとお申し付け下さい」

 

ルナ「ガラスのスリッパほしい」

 

サリー「ガラスである必要がないな」

 

あかり「ルナお姉ちゃんは何しに来たの?靴屋に行けば?」

 

美容師「雑誌はお読みになりますか?」

 

サリー「歴史小説が読みたいな」

 

ルナ「海洋生物図鑑が見たい」

 

あかり「図書館に行けよ!そもそもそんなに読みたいなら持ってくればいいじゃん!」

 

ルナ「――くしゅん!」

 

サリー「風邪でも引いたのか?」

 

美容師「膝掛けをお持ちしますね」

 

あかり「病院行けば?」

 

ルナ「ここ病院だよ」

 

サリー「もう手遅れだな」

 

美容師「髪は茹でますか?」

 

ルナ「私、天空落としで」

 

サリー「なら私はツバメ返しで頼もう」

 

あかり「あたしのは普通に茹でて下さーい」

 

美容師「――このような感じでいかがでしょう?」

 

ルナ「鏡よ鏡よ鏡さん、私たちの中で一番フケまみれなのはだーれ?」

 

サリー「フケがついてる女と一緒にいたくないな」

 

あかり「ルナお姉ちゃんの存在自体がフケみたいなもんだもんね」

 

ルナ「私の髪型、ピラミッドみたい」

 

サリー「まさか本当に巻きグソにするとは思わなかった……」

 

あかり「ついでに茶色に染めてもらえば良かったのに」

 

サリー「今日のあかりは一段と毒づいているな」

 

ルナ「毒リンゴ食べた?」

 

あかり「今の心は魔女だよ!」

 

~白い小悪魔~

 

事務員「ご予約のガ○ア、オ○テガ、○ッシュ様~」

 

恭夜「どこの黒い三連星だ」

 

ゲルマ「よし!『モクバ』にジェットストリームアタックを仕掛けるぞ!」

 

隆太「虫歯が三本あるとは言いましたけど、予約は普通にしてほしかったです。それにここの歯医者はモクバじゃなくて、『木羽(きば)歯科』って言うんですよ」

 

事務員「中へどうぞ」

 

隆太「兄さん、ゲルマさん、一緒に来てくれてありがとうございます」

 

ゲルマ「歯医者が怖いのは隆太が坊やだからさ」

 

隆太「うぅ……」

 

恭夜「虫歯にならなければ、どうということはない」

 

~診察~

 

女医「それではお口を開けて下さいね」

 

ゲルマ「いいなぁ。隆太は美人な先生に診てもらえて」

 

恭夜(マスクしてるから美人かどうかは……)

 

女医「そんなに誉めても素顔は見せないわよ」

 

ゲルマ「白い小悪魔め」

 

恭夜「お前さっきからガン○ムのことしか喋ってねぇじゃん」

 

隆太「あのう、歯を削る音が怖いんで三倍のスピードでお願いします」

 

女医「いいわよ」

 

恭夜「ダメだろ!慎重にやってくれよ!三倍のスピードで削る方が怖いだろ!」

 

ゲルマ「赤い彗星が見れるな。血だけに」

 

恭夜「やめろ!隆太の手足が震えてるじゃねぇか!」

 

女医「あっ……」

 

恭夜「なんだよ。なんかやらかしたみたいな言い方だったけど……」

 

ゲルマ「まさか健康な歯を二度削ったのでは!?他の歯医者にも削られたことないのに!」

 

女医「そうよ」

 

恭夜「『そうよ』、じゃねぇよ!他の歯医者でも二度も削らねぇだろ!だから慎重にやってくれって言ったじゃん!隆太が泣いちゃってるし……」

 

ゲルマ「ええい、ままよ!」

 

女医「――ちょ、ちょっと何するの!?」

 

隆太「あわあわ……」

 

恭夜「女医さんの体を隆太に密着させて何やってんだ?」

 

ゲルマ「マスターみたいな童貞とは違うのだよ!童貞とは!」

 

恭夜「二度も言う必要ねぇだろ!余計なお世話だ!」

 

ゲルマ「女医さんのたわわな果実を密着させて、隆太を慰めているのだ」

 

恭夜「すみません。後でコイツ叱っておきますんで」

 

隆太「――見える!」

 

恭夜「何が?」

 

女医「そう。あなたもニュータイプなのね」

 

ゲルマ「ニュー(乳)だけに」

 

恭夜「恭夜、帰りまーす!」



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ポリスメンが町の平和を守ります!

ポリス「キミキミ、その腰にかけているモノは何かな?」

 

サリー「うん?これか?これは私の魂だが」

 

隆太「答えになってませんよ」

 

ゲルマ「薬でもやってんのー?」

 

ポリス「持ち物を確認させてもらうよ。場合によってはキミを拘束させてもらうことになるかもしれないけどね」

 

サリー「それならば令状を持ってきてもらおう。これは任意のはずだ」

 

隆太「あわわ……なんかとんでもないことになってますよ!ゲルマさん、助けてあげて下さい!」

 

ゲルマ「サリー、ここは大人しくポリスメンの言うことを聞いた方がいいぞ。前科のある女なんてマスターも嫁にもらいたくないはずだ」

 

サリー「な、何故私が嫁がなければいけないんだ!?恭夜が婿に入ればいいだろ!」

 

隆太「そこはこだわるんですね……」

 

ポリス「その刀が本物ならキミを銃刀法違反で現行犯逮捕しなければならなくなる」

 

サリー「致し方ない――いいか、見るだけだぞ!絶対に触るなよ!」

 

ゲルマ「ポリスメンがセクハラしているように聞こえるな」

 

隆太「触らなきゃ話になりませんよ」

 

ポリス「それじゃあ拝見させてもらうね――うーん……なんだこれは?」

 

サリー「何もおかしなところはないだろ」

 

隆太(僕が使ってる包丁より刃こぼれがひどい……)

 

ゲルマ(ところどころが錆びていて人を斬る代物には到底思えない。人を殴る凶器に近いかもしれないな)

 

ポリス「一つ聞いてもいいかな?」

 

サリー「なんだろうか?」

 

ポリス「状態が良くないね。刀を真似て作ったのかな?」

 

隆太「えっ?」

 

ゲルマ「それは興味深い。あっしも是非聞いてみたいぞ」

 

サリー「……当然だ。本物の刀を持ち歩くほど私も馬鹿ではない」

 

隆太(どういうことでしょう?)

 

ゲルマ(ポリスメンは刀身が本物だと思っていないようだ)

 

ポリス「不快な思いをさせてすまなかったね。このレプリカはお返しするよ」

 

サリー「あ、ああ」

 

隆太(ルナさんはどうなんでしょうか?)

 

ゲルマ(おそらく周りの目から見たら模造刀としか思われていないのだろう)

 

ポリス「――そこのキミ、少し顔色が悪いみたいだけど何かあったのかい?」

 

隆太「ぼ、僕ですか?特になにも――」

 

ゲルマ「聞いてやってくれ。この少年は高校へ行くのを諦め、妹のためにトイレ掃除で学費を稼いでいるんだ」

 

隆太「トイレ掃除じゃなくて清掃業って言って下さい」

 

サリー「ボディーガードもしてるしな」

 

隆太「全然違いますよ!警備員ですよ!お巡りさんが勘違いするじゃないですか!」

 

ポリス「色々苦労しているんだね。だけど、体は大事にした方がいいよ。まだまだ若いんだから」

 

ゲルマ「それだけじゃないぞ。ここだけの話、隆太は養鶏場の隣にある居酒屋でアルバイトしてるんだ」

 

隆太「それは言わない約束じゃないですか!『焼き鳥を直接仕入れている』って陰口叩かれるんですよ!?」

 

サリー「フッ、それに我が家の家政婦だしな」

 

隆太「バカにしてますよね?もうサリーさんたちの晩御飯抜きです!」

 

ポリス「ま、まぁ喧嘩しないで」

 

ゲルマ「ポリスメンにお伺いしたいのたが、もしあっしが目からレーザーを出したり、腕を飛ばしたりしたら罪に問われるのだろうか?」

 

サリー「なんだその質問」

 

ポリス「ま、まるでロボットみたいだね」

 

隆太「誰かを怪我させたら罪に問われるんじゃないですか?」

 

ポリス「もしキミがロボットだとしても、ロボットを罪に問うことは難しいだろうね。もし罪に問うとしたら製造者か管理者になるかもね」

 

隆太「製造者って兄さんでしょうか?」

 

サリー「恭夜は製造者というより管理者だろう」

 

ゲルマ「そうか!あっしが悪事を働けば、マスターを刑務所にぶちこめるというわけか!」

 

隆太「えぇ……」

 

サリー「ふざけるな!私が前科の夫を婿に迎え入れることになるではないか!」

 

ポリス「もうキミたち帰ってくれないかな?」

 

ゲルマ「――おおっと!信号待ちをしている美女はっけぇぇぇん!追跡開始ぃぃぃー!」

 

サリー「奴を止めねば!――行くぞ!ポリスメン!」

 

ポリス「ああ!」

 

隆太「……なにこれ」



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私たちの天使

サリー「まさか私たちがあかりの保護者として学校に呼び出されるとは」

 

恭夜「入学してまだ2ヶ月だよね?一体何をやかしたんだ?」

 

~校内~

 

サリー「ここがあかりの通う私立泉陵(せんりょう)学園か」

 

恭夜「綺麗な学校だな」

 

女生徒「――こんにちは」

 

サリー「こんにちは。ちょっとお尋ねしたいことがあるのですが、職員室はどちらにございますか?」

 

恭夜(相変わらず凄い適応力と社交性だ。でもこの女の子、サリーの髪型しか見てねぇ)

 

女生徒「向こうにありますよ」

 

サリー「ありがとう。それでは――」

 

女生徒「あのう、その髪型可愛いらしくて似合ってると思いますよ」

 

サリー「フフフ、嬉しいわ。夜道にお気をつけなさい」

 

女生徒「えっ!?」

 

恭夜「なんでだよ!ガン見してだけど、ちゃんと誉めてんじゃん!女がする脅迫でもねぇし!」

 

女生徒「し、失礼します!」

 

サリー「たくっ、最近の学生はマナーを知らないのか?」

 

恭夜(サムライみたいな髪型をしてる女に言われたくねぇよ)

 

~職員室~

 

教師「お忙しい中、ご足労頂き申し訳ありません。お二方が星宮あかりさんの保護者の方でしょうか?」

 

サリー「はい」

 

教師「えー、お二方はかなり若くお見受けしますが……ご姉弟ですか?」

 

サリー「い、いや――」

 

恭夜「イトコです。小さい時から仲良かったんで、今も一緒に住んでるんですよ」

 

教師「そうでしたか。あっ、すみません。お茶をご用意しますね――」

 

サリー(私としたことが……機転を利かせられなかった)

 

恭夜(ずっとサリーの振る舞いを見てきたからね。俺だってサリーの後ろをついてくだけじゃダメだと思ってるんだ)

 

サリー「それで私たちが呼び出された理由は?」

 

教師「ええ、最近星宮さんにお話をお伺いする機会があったのですが、どうも親族とは無縁の方たちと住んでるとお聞きしたので――」

 

サリー「だとしたら何だというのですか?」

 

教師「――ひぃ!」

 

恭夜「ちょ、ちょっと待って!?刀を抜こうとしないで!」

 

教師「それ、模造刀……ですよね?」

 

恭夜「そ、そうです!そうです!彼女、コスプレが好きでよく持ち歩いてるんですよ!」

 

サリー(彼女?)

 

教師「えー、それでは話を続けますね。星宮さんの話を聞いたのは私個人なのですが、どうやら人づてに他の生徒に広まってしまい良からぬ噂が立っているのです。恐らく他クラスの生徒の嫉妬から来るものだと思うのですが……」

 

サリー「あかりはイジメを受けているのですか?」

 

恭夜「想像できないなぁ」

 

教師「それについてはご安心下さい。星宮さんは持ち前の明るさと活発さでクラスに打ち解けてます。それに率先して雑用を引き受けてくれるんですよ。教職員の間では良く教育なされてる家庭の生徒だと口々に仰ってます」

 

サリー「当たり前です。私の妹ですから」

 

教師「えっ……」

 

恭夜「あっ、やだなぁ先生、あかりは妹みたいに愛されてるってことですよー。アハハハ!」

 

教師「ははは、そうですよね。ただ、一つだけ……」

 

サリー「なんでしょうか?あかりに問題があるのですか?私はそうは思いません!」

 

恭夜「まだ先生何も言ってないだろ」

 

教師「授業態度には問題はないのですが成績に反映されていないようなので、ご家庭で勉強の方を見ていただけると――」

 

サリー「まるであかりの頭の中がお花畑であるかのような物言いですね」

 

恭夜「そこまで言ってねぇだろ!あかりをポンコツみたいに言うな!」

 

教師「それと一度だけノートを拝見したのですが、ご家族を描かれたような落書きが大半を占めていまして、授業自体に身が入っていないように思われます。進路等で悩んでおられるのかもしれないので、是非ご夫婦からお話をして頂けると幸いです」

 

恭夜(ご、ご夫婦?)

 

サリー「フッ、承知した。それでは失礼する」

 

教師「よ、よろしくお願いします……」

 

恭夜(素に戻ってるし、なんでちょっと嬉しそうなんだ?)

 

~正門前~

 

サリー「――ルナとゲルマは何をしていたんだ!教育係に任命した私がバカだった!」

 

恭夜「ダメダメコンビじゃん」

 

あかり「――あれぇ?恭夜お兄ちゃん?サリーお姉ちゃん?なんでここにいるの?」

 

サリー「あかり!帰ったら覚悟しろ!」

 

あかり「うえっ!?なんで!?」

 

恭夜「ちゃんと説明しろよ!意味がわからないとすげぇ恐ぇよ!」

 

あかり「先生、あたしのこと何か言ってたの?」

 

恭夜「誉めまくってたね。良くできた生徒だって」

 

サリー「勉強以外はな」

 

あかり「えー、だってゲルマお兄ちゃんとルナお姉ちゃんが勉強と関係ないことしか教えてくれないんだもん」

 

恭夜「サリーがこれから教えてくれるってさ」

 

サリー「それとノートに落書きするな。書いていいのは私の言葉だけだ」

 

あかり「えぇ!戦国時代しか書けないじゃん!」

 

サリー「誰が武士だ!」



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通販番組「電話でカモラナイト!」・二週目

司会者『さあ、今夜も始まりました!通販番組、「電話でカモラナイト!」。今日ご紹介するのは携帯用チェーンソーでございます!』

 

隆太「――みなさーん!始まっちゃいましたよ!」

 

あかり「今度こそまともな商品なんだよね?」

 

サリー「注射器より使い勝手はいいはずだ」

 

ゲルマ「お手並み拝見」

 

ルナ「楽しみ」

 

恭夜「お前らそんなに気になってたのかよ……」

 

司会者『皆さん、こんなことはありませんか?子供には刺激の強い雑誌や大好きなアイドルのDVDを処分したい。でもどうやって捨てたらいいだろう?そんな時、このチェーンソーがあれば簡単に裁断出来ちゃうんです!』

 

ゲルマ「なるほど。使い方はシュレッダーに近いようだな――あっ!まずいぞ!もし隆太が死んだら隠していたヘソクリをマスターに盗られてしまうぞ!」

 

隆太「そ、そんなぁ!今すぐヘソクリでチェーンソー買わなきゃ!」

 

恭夜「なんでてめぇが買わせようとしてんだよ。ヘソクリでチェーンソー買うぐらいならもっとマシな物に使った方が良くね?」

 

司会者『なんと言ってもこのチェーンソーの利点はその充電方法にあります!スイッチを入れたままの状態にしてチェーンソーをこのようにブンブン振り回して頂くと、バッテリーが充電され長時間お使い頂くことが可能です!』

 

サリー「刀の素振りにもなるというわけか」

 

ルナ「鍛えられるね」

 

あかり「チェーンソーでチャンバラでもすれば?」

 

司会者『――あー!あぶなーい!……ふう、たとえ人が近くにいても刃の部分に熱源感知センサーが内蔵されておりますので、多少出血しますが首に当たったとしても死に至ることはありません!もちろん保証書もお付けします!』

 

恭夜「こえぇよ!出血したらダメだろ!」

 

ゲルマ「保証書もついてるみたいだし些細な問題でしょ?」

 

隆太「命の保証でしょうか?不安しかないんですが……」

 

司会者『街頭調査を行ったので町の人の声をお聞きください!――』

 

サリー「ユーザーの声が聞けるとは参考になるな」

 

ルナ「買ってる人いるんだね」

 

あかり「もうヤラセだよね?」

 

主婦(47)『――子どもが大きくなったので雛人形を処分したくて、悩んでいたらネットでこのチェーンソーを知りました。重くて使いにくいってイメージがあったんですが、実際使ってみたら案外軽くて驚きました。雛人形(ひなにんぎょう)の首がポンポン飛んでいくんですよ!もう爽快です!ストレス解消にもなって一石二鳥……じゃなくて()()()()、なんちゃって――ウフフ!』

 

サリー「(うず)いてしまいそうだ!」

 

ルナ「首が?」

 

あかり「なんで斬られる側なの?」

 

男学生(21)『オレ、大学の「黒ひげ危機一髪研究会」っていうサークルに入ってるんですけど、そこでリアル黒ひげ危機一髪っていうのを考案して段ボールとかで作ったんですよ。でもなんかこうアクション性がないなって思って色々探したんですよ。そしたら友達がこのチェーンソーを持ってきて実際に使ってみたんです」

 

男学生(21)「これがね、みんなで「スゲー!」ってなって刺されてるヤツがね「イテテ、マジでヤバイ!ホントにヤバイから!」みたいな顔してるんですよ!最高でしたね。もうハマりすぎてこのチェーンソー十点も買っちゃいました!』

 

恭夜「『イテテ』じゃねぇよ!ガッツリいってんじゃねぇか!」

 

ゲルマ「十点も大人買いするとは太っ腹だなぁ」

 

隆太「腹が出てたから刃に当たったのでしょうか?」

 

司会者『皆さん、参考になったでしょうか?気になるお値段ですが本体一式、保証書と保険料込みでなんと三万円でご提供します!』

 

サリー「格安だな!」

 

ルナ「サリー、楽しそう」

 

あかり「保険料ってなに?怪我すること前提なの?」

 

司会者『ちなみに保証期間は実際に入院した日から四十九日以内です!』

 

恭夜「法要かよ!それより入院しなきゃ保証されないってどういうこと!?」

 

ゲルマ「一人一台を持つべきだと思ったが命の保証期間が短すぎる!」

 

隆太「問題はそこだけじゃないと思いますが……」

 

司会者『お電話お待ちしてまーす!それではまた来週!』



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憩いのバー「シーアン」

マスター「また来たのかい?お客さんも飽きないね……」

 

ゲルマ「店の前が血生臭くて寄りたくなるんだ」

 

サリー「だからといって何故私が引きずり込まれたんだ?」

 

マスター「見ない顔だ。お酒は大丈夫なのかい?」

 

ゲルマ「こう見えて無鉄砲な父を持つ女だ。酒ぐらい出してやってくれ」

 

サリー「酒?ということはここは……」

 

マスター「背中が寂しい大人たちが語らうバー。又は憩いの場『シーアン』と呼んでほしいね」

 

ゲルマ「マスター、いつものアレを」

 

サリー「――なんだ?ガソリンの臭いがするが……」

 

マスター「『メンフィス』かい?懲りないねぇ、アンタも」

 

ゲルマ「隣のツレにはアレを」

 

サリー「――見た目はフルーツジュースのようだが……」

 

マスター「『エアーズロック』なら女性でも気軽に飲めるよ」

 

ゲルマ「ついでにそこでラーメンを茹でてる女に『エンジェルティアーズ』を一杯」

 

サリー「ラーメンを茹でてる女なんて……はっ!」

 

女店員「久しぶりッス!アネさん!」

 

サリー「おいっ!何故貴様がここにいる!?どうしてバーでラーメンを茹でているんだ!?」

 

マスター「このコは夢を叶える為にアルバイトを掛け持ちしているんだよ」

 

ゲルマ「オレが初めてこの店に来たときに激辛娘にあったんだ。それでラーメンを食べに来たツレを紹介してほしいって言うもんだからサリーを連れて来たというわけだ」

 

女店員「えへへ!以前ラーメンを食べに来てくれた時にちょっとカッコいいなぁって思ってて、声かけたらアネさんまで呼んでくれたッス!」

 

サリー(恭夜ではなくゲルマに惚れ込むとは……フッ、この女見る目ないな)

 

マスター「ついでに私はラーメン屋も営んでいるよ」

 

サリー「もしや『不凍紅(ふとうこう)』の店長か?」

 

ゲルマ「激辛娘の毒牙にかかって、店を畳みかけたらしい」

 

女店員「あと勝手にメニューを書き換えたり、店の名前を変えたのもウチッス!」

 

マスター「私が入院している間に好き放題やられてね。お二方にもご迷惑をお掛けしたようで――」

 

サリー「そこの女をさっさと首にした方がいいのでは?このバーも荒らされるぞ」

 

ゲルマ「大丈夫だ。まだラーメンを茹でてるだけだからな」

 

女店員「ソーッス!まだ激辛カクテルしか作ってないんで!」

 

サリー「すでに毒牙にかかってるではないか!ラーメンを茹でるバーってなんだ!?激辛カクテルなんて誰が飲むんだ!?」

 

マスター「彼女に悪気はないんだ。ラーメン作りだけは見逃してやってほしいね」

 

サリー「ラーメン屋でやればいいだろ!それよりカクテルを作る練習をしろ!」

 

ゲルマ「あの『エンジェルティアーズ』とかいうカクテルは激辛娘が作ったみたいだがな」

 

女店員「ベースは醤油ッス!唐辛子だけじゃなくタバスコ、キャロライナ・リーパーも入ってるッス!もちろん、エンジェルらしさを出すために牛乳も入ってるッスよ!」

 

サリー「もはや天使の涙と言うより悪魔の叫びだな。飲んだ人間に叫ぶ余裕があればの話だが」

 

マスター「新しいラーメンは出来そうかい?」

 

ゲルマ「見た目は悪くないんだが……」

 

サリー「このままバーでラーメンを出しそうな勢いだな」

 

女店員「――うっし!出来たッス!マスター、試食お願いしまッス!」

 

マスター「病院送りにされた記憶がフラッシュバックするけど、弟子の為だから頂くとしようかな」

 

サリー「そこまでして食うラーメンが旨いわけがない」

 

ゲルマ「――マスターのレンゲを持つ手がシェイクしている!?」

 

女店員「マ、マスター?」

 

マスター「――ぐぅぅぅ!のわぁぁぁ!ピャァァァ!」

 

ゲルマ「マスターの口の中でカクテルが出来上がるだと!?」

 

女店員「これぞ師弟愛が生んだ最高のカクテルッス!」

 

サリー「この店も終わりだな。それにしてもこの『エアーズロック』は中々だ」



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双子と色男

?「――おっと、失礼するよ」

 

隆太「あかり!帰ってきたら鍵をかけなきゃ駄目だっていつも言ってるでしょ!」

 

あかり「ごっめーん!――あっ!?隆太お兄ちゃん、あの人……」

 

カイン「やあ」

 

隆太「カイザー好きのエクレアさんじゃないですか!?」

 

あかり「逆だよ。エクレア好きのカインお兄ちゃんだよ」

 

カイン「はい、お土産のレモンティーも持参したよ」

 

隆太「でもどうして来てくれたんですか?」

 

あかり「ゲルマお兄ちゃんに会いに来たんでしょ?」

 

カイン「それだけじゃないさ。キミたちが平和な日々を謳歌しているかチェックしに来たんだ」

 

隆太「カインさんは何をなさってるんですか?」

 

あかり「世界中の女性を集めてハーレム生活を送ってるんでしょ?」

 

カイン「本当にそれが実現出来たらキミたちに会おうなんて考えたりしないさ」

 

隆太「ルナさんを連れていくなら僕が許しませんよ!」

 

あかり「あたしは別にいいけど」

 

カイン「ハッハッハ!ルナが望むなら駆け落ちも悪くないね。けどボクがここに来たのは仕事をするためだよ」

 

隆太「カインさんの仕事って人身売買とかでしたっけ?」

 

あかり「違うよ。浮気の証拠を集める探偵だよね?」

 

カイン「表だって言えないものばかりだ!僕はそんな風に思われていたのか!?」

 

隆太「だってルナさんやサリーさんに酷いことしましたよね?」

 

あかり「それはカインお兄ちゃんの意志じゃないって分かったじゃん」

 

カイン「ボクが犯した過ちは許されるものではない。この世界にいるのはボクにとっての贖罪なのかもしれない。ただ今回の仕事は友人から斡旋されたものなんだ」

 

隆太「カインさんの友人って……」

 

あかり「サリーお姉ちゃんのストーカーの人?」

 

カイン「正確には元情報屋さ。今は裏世界から足を洗って真面目に生きてるよ」

 

隆太「ストーカーの人から仕事の依頼って何ですか?」

 

あかり「どうせあたしたちの家に盗聴器でも仕掛けるんじゃないの?」

 

カイン「もうキミたちのイメージを覆せる余地は無いようだ。彼が不憫で仕方がないが、とりあえず話だけでもしておかないと――この黒い箱だったな」

 

隆太「それってパソコンですよね?」

 

あかり「あたしたちにくれるの?」

 

カイン「ああ」

 

隆太「都合が良すぎて悪徳セールスマンに見えてきました」

 

あかり「でもこのアパート、ワイ○ァイ飛んでないよ」

 

カイン「この時代の横文字をボクに理解することは難しい。必要な機械は全て置いていくから、使い方はゲルマや恭夜にでも聞いてくれ」

 

隆太「あのう、お金は?」

 

あかり「どうせ体目当てなんでしょ?」

 

カイン「一体ゲルマに何を吹き込まれたんだ!?ボクは熟した果実にしか興味はない!」

 

隆太「熟女好きなんですね!」

 

あかり「あたしとサリーお姉ちゃんには興味ないんだね!良かったぁ!」

 

カイン「お金ならドラジェが肩代わりするようだから、キミたちに負担を追わせるようなことにはならない。それと必ずサリーにこの黒い箱を確認するように伝えてくれ。それと毎日だ」

 

隆太「それがストーカーさんからの依頼ということですか……」

 

あかり「もしサリーお姉ちゃんがパソコン売ったりしたらどうするの?」

 

カイン「このアパート全てに盗聴器に仕掛けると息巻いていたな」

 

隆太「どんだけ盗聴が好きなんだろう……」

 

あかり「『首を洗って待ってろ』ってサリーお姉ちゃんが言ってたって伝えておいてね」

 

カイン「足だけじゃなく首も洗わなければならないとは……」



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工場と色男

~アンドロイド品質管理場~

 

ゲルマ「外が騒がしいな」

 

ルナ「誰か来る」

 

ゲルマ「――訪問者とは違うようだ」

 

ルナ「だれ?」

 

カイン「――ふぅ、危ない危ない。やっと辿り着いた。会いたかったよ、ゲルマ、ルナ」

 

ゲルマ「どうやって入って来た?」

 

ルナ「入り口のおじさんを殺しちゃったの?」

 

カイン「警備の人間か?殺したりしたらボクは呑気に顔を見せたり出来ないさ。目を盗んで入り込むことなんて、ボクにとっては準備運動にもならないけどね」

 

ゲルマ「マスターとサリーなら事務所にいるが、話は通したのか?」

 

カイン「いいや、二人にはまだ何も。一応サリーに用があって足を運んだんだけどね」

 

ルナ「サリーのストーカー?」

 

ゲルマ「カインのことではない。いつぞやの男がまた接触を図りに来たのではと聞いているようだ」

 

カイン「ルナはサリーと違って勘がいいね。説明する手間が省けたよ。それなら後で二人が合流してからの方がいいかな?」

 

ルナ「どういうこと?」

 

ゲルマ「まだ何も説明していないのに自己完結するとは。また面倒な依頼を受けたようだな」

 

カイン「なに、キミたちに会う口実を探してたら盗聴男から仕事を斡旋されたんだ。ボクが報酬に目が眩んだとも言えるけどね」

 

ルナ「――エクレア持ってる」

 

ゲルマ「手土産か?」

 

カイン「ルナの嗅覚はどうなっているんだ?あかりと隆太の番犬にふさわしいとは思うが……」

 

ルナ「ちょうだい」

 

ゲルマ「オレの分はルナが食べればいい」

 

カイン「条件がある。一日だけボクの恋人になってデートしてほしい」

 

ルナ「一日って睡眠時間を引いて、恭夜たちと過ごして、その後ゲルマと一緒に遊ぶから残りは……五分だね」

 

カイン「睡眠時間を取りすぎだ!どういう生活習慣を送っているんだ!?」

 

ゲルマ「ククッ……露骨だな。一日がカップラーメンを食うだけで終わってしまうとは儚いものだ」

 

ルナ「一緒にカップラーメン食べに行く?」

 

カイン「断る。五分ではボクの魅力を伝えきれない。恭夜の悪口に時間を割くことが出来ないのもツラいからね」

 

ゲルマ「カインの憎まれ口なら盗聴してみたいが……気づけばもう五分経ったか。再会の余韻に浸ることを忘れるとは虚しいという他ないな」

 

ルナ「ゲルマ?」

 

カイン「それはゲルマの心にライナが住み着いているからでは?」

 

ゲルマ「オレが罪悪感を感じるとは……クックック……どこかで生きているんだろうな、きっと」

 

ルナ「ライナは生きてる。だって世界(そら)は繋がっているから」

 

カイン「ライナが言いそうな言葉だ。それに案外間違えではなさそうだけどね」

 

ゲルマ「冗談に耳を傾けるほど今のオレの心は強くない」

 

カイン「ボクは世界を回ってその国の歴史を調べているんだが、信じられないことに矛盾が多く散見されるんだよ。恐らく絵画の一件で歴史が書き換えられているようなんだ」

 

ゲルマ「まるでライナが意図しているような言い方だが?」

 

ルナ「違う!」

 

カイン「これはボクの仮説だが、サリーの存在そのものが過去に少なからず影響を与えているんじゃないか?」

 

ゲルマ「サリーが歴史の改竄に加担していると断定出来た時は、我々が手を下せばいいだけの話だ。納得出来ないと言うのなら、今すぐサリーを殺しに行けばいい。たとえ友人の心情を知っていたとしても、オレとルナが全力で止めるがな」

 

ルナ「うん!」

 

カイン「そんなに殺気立たないでくれ。ボクにキミたちの暮らしを脅かす権利はない。それにこの世界が正しい世界かどうかなんて誰にも分からない――おっと!まずい!」

 

ゲルマ「裏口は向こうだ」

 

カイン「感謝する、友よ」

 

ルナ「バイバイ」

 

カイン「また会おう、ボクのワルキューレ!これは餞別のキスだ!」

 

ゲルマ「投げキッスをして女心を気遣うとは、いやはや恐るべき男だ」

 

ルナ「エクレアぐちゃぐちゃになってる」



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逢瀬と色男

恭夜「水族館に来たのはいいけど、ちょっと早かったかなぁ?」

 

カイン「――おっと!」

 

恭夜「あっ、すんません……」

 

カイン「これからフィアンセとデートでもするのか?愛の逃避行だな?」

 

恭夜「うん?……お、お前は!?カインじゃねぇか!」

 

カイン「偶然にもばったり再会してしまった。ボクたちは腐れ縁のようだ」

 

サリー「――だーれだ?」

 

恭夜「今度はなんだ!?目の前が急に真っ暗に!?や、やめてくれー!俺を刺さないでー!」

 

カイン「そんなイチャイチャしたところを見せつけられたら、ボクがいたたまれないじゃないか」

 

サリー「――うっ!?そ、そのツンツン頭はもしや……カインか?」

 

恭夜「ビックリしたぁ……二人が同時に現れるから心臓バクバクだよ」

 

カイン「お取り込み中悪いんだが、ボクも二人のデートに加わってもいいかな?」

 

サリー「こ、これはデートではない!密会だ!密会!」

 

恭夜「余計やましいじゃん。でもカインはどうしてここにいるんだ?」

 

カイン「サリーに用件を伝えに来たんだ。一応恭夜にも伝えないとフェアではないと思って、二人の跡を追っていたんだが――」

 

サリー「それではストーカーだ。私がストーカー嫌いなのは貴様も知っているはず」

 

恭夜「もしかしてカインがサリーに会いに来た理由ってそのストーカーが絡んでるんじゃ……」

 

カイン「みんな口を揃えてストーカーとは。でもこれでボクの仕事は終わりだ。二人だけの時間を邪魔して悪かったよ」

 

サリー「あかりたちにも会ったのか?」

 

カイン「もちろん。ちゃんと手土産も渡せたし、仕事漬けだったからいい気晴らしになった」

 

恭夜「日本に来るなら連絡の一つや二つぐらい寄越せばいいのに」

 

カイン「キミたちと会話をするのは気恥ずかしいが、今回ばかりは直接会って話をしようと思って――あっ!愛を育んでるキミたちには余計なことをしたね」

 

サリー「き、さ、まぁぁぁ……」

 

恭夜「動揺してんのか、怒ってんのか分かんない」

 

カイン「その怒りを鞘に納めてもらいたい。刀だけにね」

 

サリー「(はらわた)を抉り出してやる!切腹だけにな!」

 

恭夜「目には目を刃(は)に刃(は)を、みたいな?」

 

カイン「まぁ、ボクで良ければ食事くらいご馳走するよ」

 

サリー「なら金だけ置いていけ!」

 

恭夜「チンピラかよ……」

 

カイン「キミも大変だね。武士道に生きる淑女を娶らなければいけないとは」

 

サリー「武士道だろうが、騎士道だろうが、私と恭夜の歩むべき道は同じだ」

 

恭夜「今はあかりと隆太のために生きてるんだよ、俺たち」

 

カイン「内に秘めた想いは本物というわけか。二人の熱い志は必ず届く。ボクは温かく見守っているとしよう」

 

サリー「話はそれだけか?」

 

恭夜「食事ぐらいなら一緒でもいいと思うけど……」

 

カイン「女性の前でボクが(おご)ることにキミ自身、何か感じるものがあれば嬉しいが――」

 

サリー「なら私が奢ろう。あかりたちが世話になったみたいだからな」

 

恭夜「いや、そこまで言うなら俺が奢るよ。わざわざ日本に来てお土産まで持ってきてくれたんだから」

 

カイン「そこまで気を使われると逆に息苦しくなる。ここは提案したボクを引き立ててほしいね」

 

恭夜・サリー「どうぞ、どうぞ」

 

カイン「……キミたちは現金な輩だな」



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武士フェチの元情報屋

サリー「――それで私にパソコンを拝見しろと?」

 

あかり「うん」

 

隆太「テレビ電話が出来るみたいですよ」

 

恭夜「しかも毎日なんて――」

 

ゲルマ「苦行だぁ」

 

ルナ「パソコン、売っちゃう?」

 

サリー「他の住民に迷惑はかけられない。直接本人に掛け合って、事を収めてもらうしかない」

 

あかり「毎日顔を会わせなきゃいけないっていっても――」

 

隆太「サリーさんだけとは――」

 

ルナ「言ってない?」

 

ゲルマ「マスター、あっしは面白いことを思いついたでござる!」

 

恭夜「奇遇だな、俺もだ」

 

サリー「おい、何をする気だ?」

 

~テレビ電話~

 

ゲルマ「――これをこうすれば繋がるはずだぜ~」

 

恭夜「おっ!写った!」

 

隆太「画質は……普通ですね」

 

あかり「ホントにこれでお話出来るの?」

 

ルナ「着信きたよ」

 

ドラジェ『お、おーい……聞こえるかーい……』

 

ゲルマ「いいえ、全然聞こえなーい」

 

恭夜「聞こえてんじゃねぇか!」

 

あかり「ハッキリ聞こえるね」

 

ルナ「うん」

 

隆太「ちょ、ちょっと緊張してきました」

 

ドラジェ『こちらゾルギーノ・ドラジェ。サリー嬢?そこにいるのかい?』

 

あかり「この人、どこから電話してるの?」

 

隆太「海外じゃないの?」

 

ゲルマ「どうやら海上から電波が送られているようだ」

 

ルナ「船の中?」

 

恭夜「もっと電波が安定する所からかけてこいよ」

 

ドラジェ『もしもーし!』

 

ゲルマ「よう!元気だったか、ストーカー男!」

 

あかり「――盗聴マニア!」

 

隆太「――独占欲の塊!」

 

ルナ「――武士フェチ!」

 

恭夜「お前ら、第一声がそれかよ……」

 

ドラジェ『ちょ、ちょっとよく聞こえないなぁ』

 

隆太「うわぁ、平気でウソつきましたよ」

 

あかり「もうログアウトしちゃおうよ」

 

ルナ「シャットダウンだね」

 

ゲルマ「みんな、そんな可哀想なこと言うもんじゃないぞ!あっしなら声を加工して、目にもモザイクを入れるぞ!」

 

恭夜「扱いが犯罪者になってる……」

 

ドラジェ『久しぶりだね。僕は今南の島にいるんだ。君たちが元気そうな顔見れて良かった』

 

ゲルマ「サリーが画面に映らないことをいいことにベラベラと」

 

恭夜「テレビ電話ってそういうもんだろ」

 

ドラジェ『サリー嬢の近況が知りたいんだけど外出中かな?それなら伝言をゲルマにお願いしよう』

 

隆太「指名入りました」

 

あかり「それならサリーお姉ちゃんいなくてもいいんじゃん」

 

ルナ「ゲルマ、つまらなそう」

 

ドラジェ『あと一日でインドネシアに着く。そこで漁をしながらお金を貯めて、新しい事業をしようと思う。今日からこんな感じで僕の近況をサリー嬢に伝えるから楽しみにしていてほしい』

 

あかり「手紙でいいじゃん」

 

隆太「サリーさんの顔が見たいだけみたいですね……」

 

ゲルマ「漁師の仕事を舐めているようだ」

 

恭夜「ていうかその船売れよ」

 

ルナ「パソコン売ろう」

 

ドラジェ『それじゃあ、また明日――サリー嬢!僕の夢を見てくれ!』

 

あかり「おえぇぇぇ!ウインクすんな!」

 

サリー「――おりゃあぁぁぁ!」

 

ゲルマ「ディ、ディスプレイにヒビが!?」

 

隆太「ドラジェさんの顔が割れちゃいました……」

 

恭夜「もったいねぇ……」

 

ルナ「もう売れないね」



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伝統の一戦、開幕

ルナ「野球観に行きたい。恭夜、一緒に行こ!」

 

恭夜「嫌だよ。野球のルール分かんないし」

 

サリー「サッカーは分かるのに野球は分からないのか。違いはあれども同じ玉を使った競技だろ?」

 

ルナ「うん」

 

恭夜「全然ちげぇよ!同じ玉なわけねぇだろ!」

 

サリー「確か東京ドームだったな。入り口までついて行ってやればいいじゃないか」

 

恭夜「なんで入り口までなんだよ!行く意味ねぇだろ!」

 

ルナ「じゃあ、明日の夕方駅前で待ってる」

 

サリー「楽しんでこい」

 

恭夜「勝手に話を進めるな!」

 

~電車内~

 

恭夜「人多いな……あの黄色と黒のヤツって――」

 

ルナ「タイ○ースだよ」

 

恭夜「じゃあオレンジは?」

 

ルナ「ウサギ」

 

恭夜「へ?ウサギってチーム名じゃないよね?」

 

ルナ「うん。ジャイ○ンツだよ」

 

恭夜「すげぇバカにされた気分だ――人増えたみたいだからドア側に立ちなよ」

 

ルナ「大丈夫。恭夜が窓側に立って」

 

恭夜(う~ん、ルナみたいな女の子の方が痴漢されやすいような気がするんだけどなぁ……俺が注意を払えば大丈夫か)

 

ルナ「恭夜、壁ドンしていい?」

 

恭夜「後ろガラスだし俺死ぬから」

 

ルナ「私に壁ドンして」

 

恭夜「壁がねぇじゃん。そんなに壁ドンしてほしいなら逆に立ってよ」

 

ルナ「じゃあ、後ろの人壁にする」

 

恭夜「その壁使えって?そんなことしたら俺が線路に飛び込まなきゃいけなくなるじゃん」

 

ルナ「ふふふ、ほんとだね」

 

恭夜「『ほんとだね』じゃないし」

 

ルナ「あっ……いや……」

 

恭夜(な、なんだ?痴漢か!?だからドア付近に――)

 

ルナ「あの人、オオカミ……」

 

恭夜(オオカミ?どこに……ん?あの男、なんでウインクしてんだ?)

 

オオカミ「あれれぇ?お姉さん、ペットショップにいたモデルさんだよね?」

 

恭夜「ルナの知り合い?」

 

ルナ「襲われた」

 

オオカミ「ちょ、ちょっと!電車内でそんなこと言われたら、オレっちが痴漢したみたいになっちゃうよ~」

 

恭夜「ずっとルナにウインクしてたのアンタだろ?痴漢というかセクハラじゃねぇか」

 

ルナ「――あっ!」

 

オオカミ「おっ!気づいたね!オレっちも野球が好きでよく観に行くだよねぇ。ちなみにジャイ○ンツファンだよぉ」

 

恭夜「げっ!(マズイ!俺の立場がないぞ……)」

 

ルナ「私、タイ○ース。オレンジ色のウサギは弱い」

 

オオカミ「チッチッチ!ウサギはいつでも交尾出来るから食われても痛くも痒くもないよー!ルナちゃん」

 

恭夜「おもいっきりセクハラじゃん。しかも虎に食われたら痛いじゃすまないし」

 

ルナ「ドームは空調でジャイ○ンツを有利にしてる。ズルい」

 

オオカミ「それなら甲○園をドームにすればいいと思うけどね。まあ、雨に濡れた美女もオレっちのストライクゾーンだけどね!」

 

恭夜「甲○園はドームじゃないのか。覚えとこ」

 

ルナ「――恭夜、行こ」

 

オオカミ「ちょっと待ってよ~!」

 

恭夜(ウサギ、じゃないオオカミが虎を追いかけてる。これはまさに弱肉強食の世界。食うか食われるか……いざ、決戦の地へ!)

 



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伝統の一戦、死のロードへ

~球場内~

 

恭夜「メチャクチャ人いる……」

 

ルナ「いつもより少ない」

 

恭夜「へぇ、そうなんだ」

 

ルナ「向こうの席だよ」

 

恭夜「あそこって……三塁だっけ?」

 

ルナ「レフトって言うんだよ」

 

恭夜「そのレフト側のシートに座るのか」

 

ルナ「うるさいの嫌いだから三塁側の席だよ」

 

恭夜(どこもうるさいじゃん……)

 

ルナ「もう始まるよ」

 

恭夜「あそこってライトだっけ?」

 

ルナ「うん」

 

恭夜「それじゃあ、あそこにルナの嫌いなオオカミがいるのか」

 

ルナ「ボールが飛んできたら守って」

 

恭夜「も、もちろん!ヘ、ヘディングでもしちゃおうかなぁ!(あれ?野球ボールって硬いんだよな?まあ、ネットもあるしどうにかなるはず)」

 

ルナ「ふふふ」

 

~6回裏終了~

 

恭夜「これってルナが応援してるチームが負けてるの?」

 

ルナ「負けてない。審判がウサギを助けてる」

 

恭夜「そ、そうなんだ(それって買収じゃん……)」

 

ルナ「あっ……いや……」

 

恭夜「ま、また痴漢?――うっ!?アイツは!?」

 

ルナ「オオカミがこっち見てる」

 

恭夜「オーロラビジョンを利用してウインクするな!」

 

ルナ「なんか紙を上げてる。『今日の試合に勝ったらオレっちのペットになれ!』だって」

 

恭夜「虎をペットにするって、恐らくルナのことだよな?ていうかアイツ、オーロラビジョンに映ってるのにどういうメンタルしてんだ?」

 

ルナ「また紙を上げてる。『オレっちがペットになってもいいよー!』だって」

 

恭夜「なんか腹が立ってきたな。このビジョンをさ、スマホで撮ってサリー達に見せよう」

 

ルナ「うん――」

 

~試合終了~

 

ルナ「――う~ん!」

 

恭夜「いたっ!ちょっと悔しいからって俺の膝を殴らないで!」

 

ルナ「うっ……」

 

恭夜「オオカミが来る前に帰ろう?」

 

ルナ「……うん」

 

オオカミ「――捕まえた!」

 

恭夜「うわぁ!?」

 

ルナ「この人知らない!」

 

オオカミ「そんなこと言ったってダメだよぉ。ちゃんと虎退治したんだからねぇ」

 

恭夜「くそっ!跡をつけてやがったな!」

 

ルナ「オオカミをペットにするくらいなら猫を飼う」

 

オオカミ「お姉さんが望むなら猫にもなるよぉ。お姉さんが猫でもいいね」

 

恭夜「コイツ、さっきからキモい発言しかしてねぇぞ。まさに野獣だな」

 

ルナ「恭夜は私の番犬。だから私を守って」

 

恭夜「なんで俺、犬扱いされてんの?」

 

オオカミ「しょせんは番犬。餌を撒けば飼い主の言うことなんて聞かないよぉ!」

 

ルナ「勝手に人のペットに餌付けしないで。うちのペットは肉食系だけど一途。だから私にしかなつかない」

 

恭夜「擁護してんのかもしれないけど、犬扱いするのやめてくんない?」

 

オオカミ「往生際の悪い子猫ちゃんだな。なら今回は連絡先を教えてくれるだけでいいよぉ!」

 

恭夜「デートの約束すらしてないのに、強引に連絡先を交換をしようとするとは……」

 

ルナ「恭夜の電話番号教えて」

 

恭夜「――しょうがないなぁ」

 

オオカミ「アンタのじゃねぇ!オレっちはお姉さんの電話番号を教えてもらいたいんだよ!」

 

ルナ「私の電話番号壊れてる」

 

オオカミ「こ、壊れてる?アプリじゃなくて電話番号が?」

 

恭夜「電話番号って壊れるよね。俺のスマホ、メールも壊れたし」

 

ルナ「私の電波、いつも圏外」

 

オオカミ「う、嘘だぁ!?橋の下にでも住んでんのか?」

 

あかり「――いた!いた!サリーお姉ちゃん向こうにいるよ!」

 

サリー「思ったより早く見つかった――あっ……」

 

オオカミ「なーんだ?お姉さんたちはオレっちの出待ちでもしてたのかなぁ?」

 

サリー「よりにもよって不埒な男に絡まれるとは」

 

あかり「うげー。やっぱりオオカミさんも一緒にいるんだ……」

 

恭夜「サリーとあかりもコイツの知り合いかよ」

 

ルナ「知り合いじゃない。この人が勝手について来た」

 

オオカミ「またまた照れちゃって。そんなに恥ずかしがらなくてもオレっちにはお姉さんのことが手に取るようにわかるよ~」

 

サリー「コイツは何を言ってるんだ?」

 

あかり「オオカミに人の言葉が伝わるわけないじゃん。もう帰ろうよ」

 

オオカミ「ノンノン!オレっちの嗅覚があればお姉さんたちの住みかなんて簡単に特定出来ちゃうよ!」

 

恭夜「こんなヤツ、ゴタイさんのアパートに連れてきたら女性が住めなくなるな」

 

サリー「ポリスメンを呼ぶしかないか」

 

?「その必要はないわ」



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伝統の一戦、勝利の方程式

あかり「あれぇ?この人って――」

 

サリー「占い師だな」

 

オオカミ「占い師?」

 

恭夜「なんで占い師がこんなとこにいるんだ?」

 

ルナ「野球観に来たの?」

 

占い師「いいえ」

 

あかり「それはね、サリーお姉ちゃんが――」

 

サリー「あー!かー!りー!」

 

恭夜「いきなりでけぇ声出すな!」

 

ルナ「サリー、取り憑かれたの?」

 

占い師「生き霊のお客さんが占ってほしいって言うものだから、一時間ぐらい前まで相手をしていたの」

 

サリー「誰が生き霊だ!」

 

あかり「恭夜お兄ちゃんが駆け落ちしちゃうんじゃないかって、ルナお姉ちゃんの名前が書かれた藁人形を斬り続けてたんだよ」

 

恭夜「藁人形使い方、間違ってるじゃねぇか」

 

ルナ「サリーのせいでオオカミに取り憑かれた」

 

オオカミ「これでオレたち、赤い糸で結ばれたようなもんだぜー!ウヒョー!」

 

恭夜「占い師はルナが心配で追って来たのか」

 

占い師「それもあるわ。だけど、生き霊のお客さんを占っている時、別のイメージが()えたの――そこの人よ、お兄ちゃん?」

 

ルナ「オニイ?変な名前」

 

あかり「違うと思うよ」

 

サリー「もしやこのオオカミは占い師の兄なのか?」

 

恭夜「おい、オレンジ色のタオル振り回してないで答えろよ」

 

オオカミ「――え?ああ、オレっちの妹のヤエっちだぜ。それがなんだよ」

 

ルナ「ヤエっちって可愛い名前だね」

 

あかり「全然似てないね」

 

サリー「こっちが黄金色のオオカミならこっちの妹は黒猫だな」

 

占い師「ついでだから言っとくわ。店長殺しの激辛娘は私の姉よ」

 

恭夜「マジかよ……」

 

ルナ「個性的だね」

 

サリー「ゲテモノ兄妹だな」

 

あかり「それを言うなら獣(けだもの)じゃない?」

 

オオカミ「それよりお前がここにいる理由はなんだ?好きな男でも出来たのか?お兄ちゃんが恋愛相談に乗ってやってもいいけどな」

 

恭夜「占い師が恋愛相談するって皮肉かよ」

 

あかり「朝の星座占いより当てにならないよね」

 

ルナ「ラッキーアイテムは藁人形だね」

 

サリー「妹も大変だな。奇人の姉と変人の兄を持って」

 

占い師「お兄ちゃん、気づいてないの?携帯電話を見てみなさい」

 

オオカミ「えっ?携帯?どれどれ……う~ん?」

 

占い師「ペットショップの店長さんからじゃない?」

 

オオカミ「はうっ!な、なんで分かったんだよ!?」

 

占い師「メッセージが入ってるなら早く聞いた方がいいわ」

 

オオカミ「今日のバイトは午前中しか入れてないんだぜ?何を今さら――」

 

恭夜「そういえば、あかりは何を占ってもらったんだ?」

 

あかり「ええと……ルナお姉ちゃんの運命の相手を聞いたんだよ」

 

恭夜「ルナの運命の相手ってゲルマじゃないの?」

 

あかり「恭夜お兄ちゃんってさあ鈍感――」

 

オオカミ「オイオイオーイ!!なんだよコリャー!?」

 

サリー「留守番電話相手に返答するとは生粋のバカだな」

 

ルナ「ふふふ、独り言だね」

 

占い師「私が全て当ててあげるわ。お兄ちゃんが施錠していたケージから猫が一匹脱走したのよ。店長さんはお休みだったから気づくのに遅れたのかしら。猫ちゃんはもう遠くに行っちゃったかもね」

 

オオカミ「くっそぉ……せっかくいい一日なると思ったのに、トホホ。でも悔やんでいてもしょうがねぇ。ルナちゃん、今度はそんなチャラいヤツなんかよりオレっちと野球観ようぜ!じゃな!――」

 

恭夜「言うだけ言って帰りやがった……」

 

サリー「メンタルの強さはアスリート並だな」

 

あかり「でも占い師さんすごいね!全部当てちゃったよ!」

 

ルナ「でも店長さん、かわいそう」

 

占い師「こんなの占いでもなんでもないわ。全部私の仕業よ。ペットショップに忍び込んでケージの鍵を開けたわ。かなり面倒な仕事だったけど、人様に迷惑をかけるお兄ちゃんにはこれぐらいのお仕置きが必要よ」

 

恭夜「やりすぎだろ!もう営業妨害じゃねぇか!」

 

ルナ「どうしてそんなことしたの?」

 

あかり「それは――」

 

サリー「ちなみに逃げた猫の特徴は?」

 

占い師「ふ~ん、逃げた猫を捕まえてペットにする気かしら?」

 

ルナ「ネコババだね」

 

占い師「そうね、逃げた猫は顔の上半分が黒いわ。それにズル賢い性格のようね。あなたならすぐ見つけられるかもね」

 

サリー「フッ、感謝するぞ。ヤエっち――」

 

あかり「ま、待ってよ!サリーお姉ちゃん!――」

 

恭夜「おーい……あの二人、なんであんな楽しそうなんだ?」

 

ルナ「ふふふ、なんでだろうね」

 

占い師「それじゃ、明日も仕事があるから帰らせてもらうわ。またいつでも来てちょうだい。私、あなたたちに凄く興味湧いてきたから――」

 

恭夜「ああ……って、もういなくなっちゃったよ」

 

ルナ「もう真っ暗になっちゃった」

 

恭夜「ルナの好きな人ってゲルマ?隆太?」

 

ルナ「占い師さん」

 

恭夜「はぁ?」

 

ルナ「聞いてみて、ふふふ」

 

恭夜「なんじゃそりゃ!?」



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夢のマイホーム

~買い物帰りにて~

 

業者「こちらの物件はどうでしょうカー?」

 

隆太「きらびやかなお家ですね」

 

ゲルマ「屋根にはソーラーパネルがついているのか。自然エネルギーを利用することで環境にも配慮しているというわけだ」

 

業者「今では太陽光発電がグローバルな人々に認知されておりマース。お客様も是非ご一考なさって下サーイ」

 

隆太「僕たちにとっては夢のまた夢ですけどね」

 

ゲルマ「マイホームを持つぐらいなら、おんぼろアパートを買い取った方が安上がりだぞーい」

 

隆太「それゴタイさんの前でも言えるんですか?」

 

ゲルマ「やーねー、冗談よ~!全くもう」

 

業者「ワタクシの目に狂いはなかったようですネー!アナタは夢のマイホームに住んでみたい、そんな顔をしていマース」

 

隆太「僕の夢というよりあかりの夢なんですけどね」

 

業者「もちろんワタクシがご紹介する物件の()()()は全てLED(エル・イー・ディー)デース」

 

ゲルマ「何を言っとるんだ!うちのあかりはハゲとらんぞ!」

 

隆太「不毛な争いはしないで下さい」

 

業者「お客様のご要望に沿う物件をご紹介させて頂きマース」

 

ゲルマ「では浴室、リビング、ダイニング、寝室のみ行き来できる物件を紹介してもらおうか」

 

隆太「いや、玄関はないんですか?どうやって中に入るんですか?」

 

業者「そのような物件に需要がありませんので、取り扱いはございまセーン」

 

ゲルマ「なら玄関とトイレが直結している物件はあるんだな?」

 

隆太「嫌ですよ!玄関開けたらトイレなんて!」

 

業者「ないこともないですが、お客様は変わっておられるのですネー」

 

ゲルマ「誰がワケアリだって!?ああん!もう一件紹介してみろや!」

 

隆太「業者さんも真面目に聞く必要ないですからね」

 

業者「お二方はソーラーパネル付きの物件に興味はありませんカー?」

 

ゲルマ「自家発電というやつか」

 

隆太「でも高いんですよね?」

 

業者「フッフッフ……ワタクシが扱う物件は相場の半額で提供できマース!」

 

ゲルマ「もうちょい安くならへんの?」

 

隆太「スーパーで値切るおばちゃんみたいに言わないで下さい」

 

業者「この物件はかなり癖の強い物件でして、床から天井までが1メートルしかないのデース」

 

隆太「低すぎますよ!完全に設計ミスじゃないですかぁ!」

 

ゲルマ「まさにシルヴァ○ア・ファミリー」

 

業者「フッフッフ……ご安心下サーイ。天井の高さはお住まいになる入居者様に合わせて自動で調節されマース」

 

隆太「自動だとなおさら心許(こころもと)ないですよ」

 

ゲルマ「誤作動起こしたら押しつぶされるかもしれんしなぁ」

 

業者「でしたら一度、下見なさいますカー?」

 

隆太「でも僕たち、これから夜ご飯の支度しなくちゃいけないんで」

 

ゲルマ「近場なら考えないこともないぞ」

 

業者「こちらの物件は築10分、駅から1年デース」

 

隆太「どんな物件ですか!?数字が逆ですよ!」

 

ゲルマ「駅から1年か。その物件は絶海の孤島にでもあるのだろう」

 

業者「もし気になるようでしたらお電話下サーイ。いつでも待ってマース」

 

隆太「はぁ……やっぱりマイホームはいいです」

 

ゲルマ「だが気になる!おい、その物件自体持ち運び出来んのか!?」

 

業者「おっほー!お客様、鋭い目をお持ちのようデスネー」

 

隆太「マイホームが移動するんですか?築10分って組み立てる時間のことでしょうか?」

 

業者「そうデース。物件を上下半分にすればどこでも運搬できマース!どうしマス?お二方のアパートに持ってこさせましょうカー?」

 

ゲルマ「せっかくだからそうしてもらう?」

 

隆太「やめて下さいよ!アパートの前に一軒家なんて置いたら、住んでる人達が出られなくなるじゃないですか!」

 

業者「それは残念デース……ご期待に沿えず申し訳ありまセーン」

 

ゲルマ「かまへん!かまへん!あんちゃんまた遊びに来てな!」

 

隆太「ゲルマさん、ふざけ過ぎです」

 

業者「――すみまセーン、ちょっと失礼しマース。ハイハーイ!モシモーシ課長さん、どうしまシタ?……えっ、ワッツ!?それはリアリー!?分かりまシタ、失礼しマース」

 

ゲルマ「その表情はどうやら売れてしまったみたいだね~」

 

隆太「ほっ」

 

業者「ハイ、仰る通りデース。夏に向けてビーチを盛り上げたいと意気込むお客様が買われたようデース……」

 

ゲルマ「そ、それはまさか――」

 

隆太「海の家!?」



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文化祭
泉陵学園高校文化祭・打ち合わせ


~1ヶ月前~

 

あかり「――入って入って」

 

ハルカ「お、お邪魔します……」

 

隆太「あかりの友達の深地(ふかち)ハルカさんですね?いつも妹のあかりがお世話になってます」

 

ゲルマ「そんな堅苦しい挨拶では逆に気を遣わせてしまうぞい」

 

あかり「みんなあたしの家族だから、遠慮しなくていいからね。ハルカちゃん」

 

ハルカ「初めまして……本当にこのアパートに六人で暮らしてるんですか?」

 

隆太「かなり狭いですが、意外になんとかなるもんですよね?」

 

ゲルマ「まああっしはロボットだからな。眠ることもなく半永久的に動き続けることが出来るぞ」

 

ハルカ「ロ、ロボット!?」

 

あかり「ゲルマお兄ちゃんは人間じゃないんだよ。すごいでしょ!」

 

隆太「いきなりロボットなんて言われても信じられないですよね。でもゲルマさんは女性に優しいので何でも相談に乗ってくれますよ」

 

ハルカ「それじゃあ、私の相談に乗ってもらってもいいでしょうか?」

 

ゲルマ「そんな神妙な顔をされると胸がドキドキするでござる」

 

あかり「心臓ないのに?」

 

隆太「ちゃんと話を聞いてもらわないと、今後のあかりの学校生活に影響しちゃいますよ」

 

ハルカ「あかりちゃんから皆さんの話を聞かせてもらってます。私、一人っ子なのでたくさん家族のいるあかりちゃんが羨ましくて、いつかお邪魔させてもらおうと約束してたんです。それでご相談したいことは、今度の文化祭の件で何をしようか考えてまして……」

 

ゲルマ「ふーむ、文化祭かぁ」

 

あかり「定番はお化け屋敷とか出店なんだけど」

 

隆太「そういう話はクラスでした方がいいんじゃない?」

 

ハルカ「言いづらいのですが、私たちのクラスメートはあまり協力的ではないので、なるべく少人数で準備出来るものを考えていて……」

 

ゲルマ「もう屋上でバーベキューでもすればいいんじゃね?」

 

ハルカ「はっ!その考えはありませんでした!」

 

あかり「雨が降ったらどうするの?」

 

ゲルマ「テントを張ればヨロシ」

 

隆太「それキャンプですよね?外部から来る人と一緒にテントに入るメリットあるんですか?」

 

ハルカ「ああ!こういうことですね!外部から来る人とテントに入ることで、友達や恋人を作るんですね!」

 

隆太「文化祭でやるのはマズいでしょ」

 

あかり「それに協力してくれないクラスの同級生とバーベキューなんかしたら、絶対事故が起こると思うよ」

 

ゲルマ「じゃあマグロの解体ショーはどう?」

 

ハルカ「誰が解体するのでしょうか?」

 

あかり「隆太お兄ちゃん」

 

隆太「ぼ、ぼくぅ!?マグロの解体なんてしたことないよ!そもそも高校生がマグロの解体になんて興味ないでしょ!」

 

ゲルマ「通販で売っていた『携帯用チェーンソー』で解体すれば、血の気の多い男どもが食いつくのではないかね?」

 

ハルカ「私、そのチェーンソー持ってます!」

 

あかり「隆太お兄ちゃんが解体したマグロで料理して、みんなに振る舞えば完璧だね!」

 

隆太「あかりたちは何もしないの?そんな文化祭、面白くもなんともないよね?」

 

ゲルマ「ならばここはあっしが一肌脱いで、舞台を演出してしんぜよう」

 

ハルカ「でもクラスメートが演じてくれるでしょうか?」

 

あかり「やる気のない人は背景でいいんじゃない?」

 

隆太「普段の学校生活でも背景なんだろうね、その人達」

 

ゲルマ「異論はないようだな。ならば全てあっしに任せておけい!」

 

あかり「良かったね、ハルカちゃん!どんな舞台になるんだろうね?」

 

隆太「ゲルマさんの一人舞台になるんじゃないかなぁ」

 

ハルカ「あのう……話が逸れてしまうんですが、この前あかりちゃんに見せてもらった家族写真にもう一人男性の方がいらっしゃったと思うんですが、今日はどこかに出掛けているのですか?」

 

隆太「あの人?そんな人いましたっけ?」

 

ゲルマ「うーむ、恐らく我が家のヒモ男のことだと思うが……」

 

あかり「ゲルマお兄ちゃんの方がヒモ男だよね。ハルカちゃんは年上でスラッとした爽やかな男の人が好みなんだって」

 

ハルカ「キャー!ひどいよーあかりちゃん!それは誰にも言わないって約束したのにー!」

 

ゲルマ「アイヤー!あっしの方がマスターより年上なのにー!」

 

隆太「五百年の年の差を『年上』なんて言う人はいないと思いますよ」



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泉陵学園高校文化祭 ~きび団子と潜入捜査~

恭夜「雨が降りそうな天気だけど、文化祭ってこんな時期にやるのか?」

 

サリー「私に聞くな。それより隆太とゲルマはどこにいるんだ?」

 

ルナ「わからない」

 

ポリス「――キミ、どこかで会ったことあるよね?」

 

サリー「むっ!あなたはポリスメンではないか!?」

 

恭夜「ポリスメン?警察官……なのか?」

 

ルナ「サリーを捕まえに来たの?」

 

ポリス「ははは、今日は非番だよ。僕、この学校のOBなんだ。毎年、文化祭に顔を出してるんだよ」

 

恭夜(刀を持ってるのになんとも思わないのか?)

 

サリー(大丈夫だ。話はつけてある)

 

ポリス「キミも刀のレプリカを持ち歩いているんだね。周囲の人が勘違いするかもしれないから、新聞紙にくるむなりした方がいいと思うよ」

 

ルナ「腰に何かある。きび団子?」

 

ポリス「え!?」

 

恭夜「もしかして拳銃?なわけないですよねー」

 

サリー「浮かない顔をしているが、この学校に犬猿キジがうろついているのか?」

 

ポリス「でもどうして僕が拳銃を所持しているのがわかったの?」

 

ルナ「なんか臭い」

 

恭夜「もっと言い方があるでしょ。お巡りさん、すげーヘコんでるじゃん」

 

ポリス「おかしいな……今日はまだ発砲してないんだけどなぁ。よく同僚にも焦げ臭いって言われるけど」

 

恭夜「なんだよ『今日は』って……発砲しないいといけないノルマでもあんのかよ」

 

サリー「拳銃を所持しているということはこの学校に鬼もいるのか?」

 

ポリス「一応極秘に捜査するつもりだったんだけど、キミたちにバレちゃしょうがないね」

 

恭夜「警察官が学内をウロウロしているって爆弾でも仕掛けられたんですか?」

 

ポリス「いやぁ、そんな大事ではないよ。ただ最近不審者の目撃情報が相次いで寄せられていてね。多くは泉陵(せんりょう)学園の生徒さんからなんだ」

 

ルナ「不審者?あの薄汚い妖怪?」

 

サリー「妖怪に綺麗も汚いもないだろ」

 

恭夜「妖怪が華やかな文化祭に来るかなぁ?」

 

ポリス「もし有益な情報が得られたら連絡してほしい。僕は職員室に言って捜査の協力を要請してくるよ。それじゃ、キミたちは文化祭を楽しんでね――」

 

サリー「フッ、私たちの方が犬猿キジよりも早く鬼を正体を暴いてしまうかもしれないな」

 

恭夜「俺とルナを勝手に巻き込むな。一人でやればいいじゃん」

 

ルナ「鬼退治はサリーに任せて、一緒に行こ!」

 

恭夜(今日はサリーと二人っきりで回るつもりだったんだけど……)

 

サリー「聞き捨てならない。おい、ルナは私と一緒にこい!帰りに激辛ラーメンを奢ってやる」

 

ルナ「じゃあね、恭夜」

 

恭夜「切り替え早すぎだろ!俺の存在はラーメン以下か!?ていうか俺一人!?」

 

ルナ「早く行こ!桃○郎」

 

サリー「誰が桃○郎だ!」



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泉陵学園高校文化祭 ~激辛ラーメン、再び~

~泉陵学園高校・1階~

 

恭夜「ああ……せっかくサリーと二人っきりになれると思ってワクワクしてたのに……」

 

オオカミ「寂しい背中してんな。失恋でもしたのか?」

 

恭夜「ほっといてくれ。そもそも俺は文化祭を楽しみにしてたんだし、別に和気あいあいとしてる学生を見たってなんとも思わないし」

 

オオカミ「それを負け犬の遠吠えって言うんだぜ!」

 

恭夜「オオカミに言われたくねぇよ。ていうかついてくるな。ああ、朝あんま食べてねぇから腹ったなぁ……」

 

オオカミ「腹がへったらラーメンだな。この教室で食べれるぞ――おーい、トモエっち!元気にしてっか?」

 

トモエ「――あっ!兄貴、何でここにいるっスか?それにそこのお兄さん、以前ラーメン食べに来てくれた人っスよね?」

 

恭夜「うげっ!何でこんなところに激辛ラーメンの店員さんがいるんだ?」

 

トモエ「ウチ、この学園のOGっス!そこのチャラチャラしたナルシストはウチの兄貴っス!」

 

オオカミ「へぇー、相変わらずお前のラーメンは人気なんだな。すげー人の山が出来てるし」

 

恭夜「辛すぎて意識失ってるだけだろ」

 

トモエ「なんだか照れるっス!そういえばゲルマのお兄さんは来てないんスか?」

 

恭夜「ゲルマならこの学園にいるはずなんだけど、俺も来たばっかでどこから見て回ろうか迷ってるんだ」

 

あかり「――恭夜お兄ちゃん?」

 

ハルカ「あの人が恭夜さん?」

 

オオカミ「おお!カワイコちゃん、ロックオーン!」

 

あかり「朝からオオカミまでいるなんて……ハルカちゃんに近づかないで!」

 

恭夜「良かったぁ。会いたかったよぉ、あかりぃ」

 

あかり「サリーお姉ちゃんがいないからって、そんな弱々しい声出さないでよ」

 

ハルカ「あ、あの……恭夜さん、ですか?」

 

恭夜「え?あっ、そうだけど……あかりの友達?」

 

あかり「そうだよ!恭夜お兄ちゃんに会いたいって、ずっと言ってたんだよ!」

 

ハルカ「ちょ、ちょっとあかりちゃん!あの、スミマセン!いきなり押し掛けるようなことして……」

 

恭夜「気にしないでよ。俺なんか一人で見て回ってるから……」

 

あかり「ふ~ん(ハルカちゃん、これはチャンスだよ!)」

 

ハルカ(えっ!で、でも……)

 

あかり(大丈夫!恭夜お兄ちゃんは女の人と話すの苦手だから、ハルカちゃんがリードしてあげればホイホイついて来るよ!)

 

ハルカ(そ、そんなゴキブリみたいな言い方……でもあかりちゃんもついてきてくれるよね?)

 

あかり「じゃあ決まりだね!」

 

オオカミ「わおっ!女神(アテナ)の瞳が宝石のようにキラめいているぜ」

 

あかり「オオカミ男はゴーホーム!」

 

ハルカ(今日のあかりちゃん、なんだか凄く頼もしい)

 

トモエ「いらっしゃいっス!ハルカっち」

 

ハルカ「トモエ先輩、やっぱりラーメン作ってたんですね!」

 

トモエ「ハルカっちもどう?」

 

あかり「うへっ……凄い辛そうなスープ……」

 

ハルカ「い、いえ……私、ご飯食べたばかりなんで」

 

トモエ「それは残念!まあ、気が向いたら食べに来るっスよ!」

 

~泉陵学園高校・一階廊下~

 

恭夜「なんかごめんね。俺なんかために案内してくれて」

 

ハルカ「い、いえ!気にしないで下さい!わ、私、学校を案内するのが得意なんです!(なに言ってるんだろう……)」

 

恭夜「そ、そうなんだ。学校が好きなんだね、ハルカちゃんは(学校を案内するのが得意ってなんだ?)」

 

ハルカ(どうしてあかりちゃんは後ろで笑っているの?)

 

あかり(ガンバ!ハルカちゃん!)

 

ハルカ「そ、それにしても水道の前でもラーメンを食べてる人がいますね。そんなに混み合ってるのでしょうか?」

 

恭夜「辛いから水道の前にいるんじゃない?俺も食べたことあるけど相当辛いよ、アレ」

 

ハルカ「私も食べたことあります!」

 

恭夜「でも俺、辛いものより甘いもの方が好きなんだ」

 

ハルカ「私も大好きです。それでは二階に――」

 

あかり「えっへん!(ハルカちゃん、横見て)」

 

ハルカ(あかりちゃん、この教室を指差してる!でも、この教室って……)

 

恭夜「二階に甘いものあるの?じゃあ、そこに案内してほしいな」

 

ハルカ「えっ、えーと、その前にこの部屋に――」

 

隆太「あっ!いましたよ!兄さーん!」

 

ゲルマ「なんとぉ!ハルカ殿、マスターにたぶらかされているのでは?」

 

ハルカ「い、いえ、そのようなことは――」

 

あかり「タイミングわっるーい!どうしてお兄ちゃんたちは空気読めないの?」

 

ゲルマ「ムムッ!この教室、オバケ屋敷ではないか!?」

 

隆太「その前にルナさんたち探しましょうよ。なんだか僕たち邪魔者みたいですし」

 

ハルカ「そんなことありません。皆さんも一緒にオバケ屋敷入りませんか?私、オバケ苦手なんで……」

 

あかり(恭夜お兄ちゃん、ここはハルカちゃんと二人で入ってよ)

 

恭夜(俺と二人じゃ嫌でしょ)

 

隆太(兄さんはビビりなんだね。見損なったよ)

 

ゲルマ(さすがは二股男。世界中の女を股にかけるだけのことはある)

 

ハルカ「あ、あのう、何を話しているんですか?」

 

恭夜「ハルカちゃんは誰とオバケ屋敷入りたい?」

 

ハルカ「えっ?」

 

あかり「恭夜お兄ちゃんの意気地無し!」

 

隆太「浮気者!」

 

ゲルマ「エロ男爵!」

 

恭夜「エロ男爵だけは絶対に認めん!」



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泉陵学園高校文化祭 ~黒光りする妖怪~

~オバケ屋敷~

 

ハルカ「本当に私なんかでいいんですか?」

 

恭夜「ハルカちゃんが俺を選んでくれたんじゃん」

 

ハルカ「そ、それはそうですが……」

 

恭夜「俺の家族さ、あかりしか学校に通ったことなくて、あかりもあまり学校のこと話したがらないんだ。だからこういう機会にもっと知りたいなって……ちょっと軽蔑した?」

 

ハルカ「い、いえ!そんなことありません!私、あかりちゃんから恭夜さんの話も色々聞かせてもらいました。凄く家族想いで、誰にでも手を差し伸べるお人好しだって言ってましたので――」

 

恭夜「へぇー。あかり、学校で俺の悪口言ってるんだぁ……」

 

ハルカ「ち、違うんです!そういう意味じゃなくて……決してあかりちゃんは人の悪口を言う女の子じゃないんです。だから勘違いしないでほしいんです」

 

恭夜「ハルカちゃんみたいな優しい女の子があかりの友達で良かった」

 

ハルカ「そ、そんな!大袈裟ですぅ!」

 

恭夜(オバケ屋敷に入ってからだいぶ経つけど、暗いくて肌寒いだけで何も出てこないな。それにハルカちゃん、こんなに真っ暗なのによく普通に歩けるな。俺は暗闇でもハッキリ見えるんだけど)

 

ハルカ(恭夜さん、こんな暗いのにどうして普通に歩けるんでしょうか?もしかして私を不安にさせないようにしてくれてるんでしょうか?ああ、なんて優しい人!)

 

恭夜「結構歩いたよなぁ。なんか井戸とか鏡はあるけど、オバケ自体出て来ないってこんなもん?」

 

ハルカ「私もこんな雰囲気だけのオバケ屋敷は初めてです――あっ!恭夜さん、止まって!」

 

恭夜「オバケ出た?」

 

ハルカ「あっ、いや、あのう……」

 

恭夜「も、もったいぶるのはやめようよ……」

 

ハルカ「オバケではないんですが……」

 

恭夜(なんだ、オバケじゃないのか。脅かさないでよ――あれ?ハルカちゃんの足元に……ゴキブリ?)

 

ハルカ(ど、どうしましょう……オバケだったら恭夜さんに抱きつく口実になったのですが、ゴキブリでは恭夜さんに恥をかかせてしまうかもしれません)

 

恭夜「もしかしてハルカちゃん、全部見えてる?」

 

ハルカ「え?どうして分かったんですか?恭夜さんも見えてるんですか?」

 

恭夜「この部屋、少し明かりが入ってるのかもね」

 

ハルカ(それはどうなんでしょうか?私の目は光に敏感ですが、この教室からは一切の光が感知出来ないのです)

 

女妖怪「ゲラゲラゲラ……」

 

恭夜「――うん?やっとオバケのお出ましだな」

 

ハルカ「――恭夜さん!?あの鏡を見て下さい!」

 

恭夜「鏡?……お、おい、俺たちの背後にでけぇゴキブリがいるぞ!」

 

女妖怪「誰がゴキブリだぁ!」

 

ハルカ「い、いやぁ!」

 

恭夜「あの時のおばさんか(ハルカちゃん、無意識に俺の手を握ってる。初めて見た人から見れば妖怪にしか見えないよな)」

 

女妖怪「せっかく居心地がいいからぁ、この部屋を仮住まいにしようと引っ越してきたのにぃ、騒がしいガキどもがぁ出入りするんだぁ」

 

恭夜「そりゃあここ学校だし。文化祭が終わったら、この教室蒸し風呂になって住むどころじゃなくなるぞ」

 

ハルカ「恭夜さん?(会話してる?知り合いなんでしょうか?)」

 

女妖怪「なんだぁ、そんなのかぁ。なら潔く立ち去るぞぉ――」

 

ハルカ「えぇぇ!?」

 

恭夜「って、おい!だからって何でハルカちゃんに突っ込むんだよ!?」

 

ハルカ「――キャッ!」

 

恭夜「ごめん!ハルカちゃん!」

 

女妖怪「次は上に行くだぁ!」

 

恭夜「――ぐわぁ!?」

 

ハルカ「恭夜……さん……」

 

~あかり・隆太・ゲルマ~

 

あかり「ねぇ?お兄ちゃんたち、ちゃんとあたしの手握っててね?」

 

隆太「この狭い通路を三人で歩くのはキツいよ」

 

ゲルマ「――ムッ!前方から熱源反応確認!識別コードはレッド!」

 

隆太「人間なら大体レッドですよね?」

 

あかり「誰か来るの?」

 

ゲルマ「二人とも離れろ!(飛んでくる物体は――マスター!?)」

 

隆太「――えぇぇ!?」

 

あかり「――なんでぇ!?」

 

隆太「いったぁ……」

 

あかり「みんなどこぉ?」

 

恭夜「ちくしょう……ハルカちゃん無事か?」

 

ゲルマ「何故マスターがここに?ハルカ殿と一緒では?」

 

隆太「あかりどこ?」

 

あかり「ここだよぉ……」

 

恭夜「とりあえず離れ離れにならないように手を繋ごう!(あかりは俺の近くにいるな。隆太とゲルマはどこだ?)」

 

隆太「全然見えないよぉ」

 

ゲルマ「よーし、両手は塞がったぞい」

 

恭夜「俺の右手はあかりか?」

 

隆太「……僕です」

 

恭夜「あ、あれ?じゃあ左手は――(暗闇だとあかりと隆太の見分けがつかないな)」

 

ゲルマ「あっしだ」

 

恭夜「は、はぁ!?」

 

隆太「それじゃあ、僕の右手はあかりだね!」

 

ゲルマ「それもあっしだ」

 

恭夜「どんな状況だ!なんで男三人で手ぇ繋いでんだよ!」

 

隆太「まさにホラーだ」

 

あかり「みんなぁ……どこにいるのぉ?」



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泉陵学園高校文化祭 ~星を狙え~

~泉陵学園高校・2階~

 

ルナ「もぐもぐ……美味しいね、このきび団子」

 

サリー「驚いたな。文化祭とやらできび団子まで堪能出来るとは」

 

ルナ「次どこ行く?」

 

サリー「あまり食べ過ぎるとラーメン食べれなくなるぞ」

 

生徒A「―もうやめてくださーい!」

 

生徒B「どうしてこんなことを……」

 

ルナ「なんか怖い」

 

サリー「奥の教室では劇でもやっているのか?様子がおかしいようだが……」

 

女妖怪「えぇーい!この忌々しいランドセルめぇ!」

 

ルナ「サリー……あのおばさんがランドセルに石投げてる」

 

サリー「石?そんな物騒な催し物まであるのか?窓ガラスが割れているが――」

 

生徒A「違います!私たちの催し物は射的なんです!」

 

生徒B「なのにあのおばさんがランドセルを見た途端、石を投げ始めたんです!」

 

ルナ「射的って夏祭りみたいだね」

 

サリー「景品がランドセルというのも不思議だが、あの女性は相当恨みを持ってるようだな」

 

ルナ「私も射的したい」

 

サリー「ならばあの女性を狙え」

 

女妖怪「なんだぁ?おめぇらもこのランドセルを狙ってるかぁ?」

 

ルナ「私、隣の人形欲しい」

 

サリー「顔が星で体は猫のようだな。手作りのようだか、何故こんな粗雑なガラクタを景品したんだ?」

 

女妖怪「こんなぁ楽しいこと中々ないんだぁ!積年の恨みを晴らしてる気分だぁ!」

 

サリー「ランドセルをサンドバッグと勘違いしているようだな」

 

ルナ「ストレス発散だね」

 

女妖怪「小学生どもは大人になる責任の重さをもっと知るべきだぁ。おめぇらもそう思わねぇかぁ?」

 

サリー「意志に石をあて、石を責任の重さに置き換えているのか。言いたいことは分かるが、回りくどい上やり方が横暴過ぎる。それにここは高校だぞ」

 

ルナ「ランドセル、傷だらけになってる」

 

女妖怪「そうだよなぁ。ワシも段々やり方が間違ってるんじゃないかぁって思ってたんだぁ」

 

サリー「だが、ここまで派手にやってしまっては生徒たちが報われないな」

 

ルナ「――警察来た」

 

女妖怪「ぶぁ!?」

 

ポリス「まさかこんな場所で出くわすなんて……でもこれで終わりだ。一緒に来てもらうよ」

 

女妖怪「おめぇ、一つ聞いてもいいかぁ?」

 

ポリス「話なら署で聞くから――」

 

女妖怪「あの掲示板の張り紙作ったのおめぇかぁ?」

 

ポリス「そうだけど……」

 

女妖怪「ワシは無職じゃないぞぉ!」

 

ポリス「そうなんだ……」

 

女妖怪「ライフスタイルアドバイザーだぁ!」

 

サリー「世も末だな」

 

ルナ「反面教師だね」

 

ポリス「自分のライフスタイルを見直した方が賢明だと思うけど」

 

女妖怪「ワシは世の為、人の為にこの体を削って貢献してきたんだぁ!」

 

ルナ「墓石も削ってる」

 

サリー「ランドセルも削るようだな」

 

ポリス「あなたの言い分は聞くけど、今までの行いは立派な犯罪だ。ちゃんと償わなければならない」

 

女妖怪「物分かりの悪いサツめぇ!これでも食らえぇ!」

 

ポリス「――いたたっ!?」

 

ルナ「警察官に石ぶつけてる」

 

サリー「ポリスメンをサンドバッグにするとは恐るべし」

 

ポリス「これ以上罪を重ねるなら容赦しない!おい、猿野!」

 

猿野「先輩、取り押さえましょう!」

 

サリー「この男、ロッカーから出て来たぞ!?しかも犬と一緒だと!?」

 

ルナ「ガサ入れでもしてたのかな?」

 

女妖怪「ゲラゲラゲラ。応援を呼ばれたら潔く退散するだぁ――」

 

ポリス「逃がすかぁ!!」

 

ルナ「――んっっ!?」

 

サリー「――発砲した!?」

 

生徒たち『キャー!?』

 

女妖怪「無駄だぁ!ワシに小細工は通用しないんだぁ!」

 

猿野「ホシが窓から飛び降りました!俺が相棒と一緒に追尾します!」

 

ポリス「ああ、頼んだ(これで今月ノルマ達成だ!)」

 

サリー「あなたは跡を追わないのか?」

 

ポリス「僕は非番だからね。代わりはパートナーのルイーゼが務めてくれる――」

 

ルナ「あっ!」

 

サリー「キジか?」

 

キジ『ヒサビサノ、シャバノクウキハ、ウメェゼ!』

 

ルナ「オウムみたいだね」

 

サリー「ポリスメンが吹き込んだのか?」

 

ルナ「――鳥さんが窓から飛んでいった!」

 

ポリス「それじゃあ僕は職員室に報告してくるから」

 

サリー「参ったな。片付けをせねば……おい、この人形」

 

ルナ「汚れちゃったね」

 

サリー「額をよく見ろ」

 

ルナ「……穴空いてる」



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泉陵学園高校文化祭 ~アウトドアな奴ら~

~泉陵学園高校・保健室~

 

ハルカ「う、う~ん……」

 

あかり「ハルカちゃん、起きた?」

 

ハルカ「ここは?」

 

あかり「保健室だよ」

 

恭夜「さっきはごめん。突き飛ばしたりして」

 

ハルカ「いえ、気にしていません。だって恭夜さんは私を守ってくれたんですよ」

 

あかり「へぇー、そうなんだぁ。じゃあ、帰りは恭夜お兄ちゃんが送ってあげなきゃね」

 

恭夜「そ、そうだね」

 

ハルカ「本当にいいんですか?」

 

サリー「――失礼する」

 

ルナ「入ってもいい?」

 

あかり「もう入ってるじゃん」

 

ハルカ「この方たちは写真に写っていた……」

 

あかり「私のお姉ちゃんたちだよ!」

 

サリー「ハルカさんだったか?」

 

ハルカ「は、はい!ハルカでかまいません」

 

ルナ「よろしくね、ハルカ」

 

恭夜「なんで二人がここにいるんだ?」

 

サリー「ゲルマから話は聞いた。ゴキブリが飛んできて意識を失ったと聞いたが本当か?」

 

ハルカ「え、え~と……なんと言えばいいのか……」

 

恭夜(ゲルマのやつ、どんな説明したんだ?)

 

あかり(あまり余計なこと言わない方がいいよね)

 

ルナ「もうすぐお昼だね」

 

サリー「まあいい。それより昼はどうするんだ?ゲルマが屋上でバーベキューをしているらしいが」

 

恭夜「はぁ!?」

 

ハルカ「バーベキュー……ですか?」

 

あかり「許可はもらったの?」

 

ルナ「あかりの先生がついてる」

 

恭夜「隆太も一緒にいるんだろ?」

 

サリー「ああ。私も詳しい話は聞かされてないが、どうやらマグロの解体をしているらしい」

 

あかり「ホントにやってるの!?」

 

ハルカ「な、なんだか楽しそうですね……」

 

ルナ「解体ショー見たいね」

 

恭夜「隆太も人様の敷地でよくやる気になったな」

 

サリー「雨が降りそうな天気だ。私とルナは先に帰らせてもらう」

 

ハルカ「もう帰るのですか?」

 

あかり「もっとみんなで見て回ろうよ!」

 

ルナ「これからラーメン食べる」

 

恭夜「すげぇ嬉しそう」

 

サリー「色々楽しませてもらった。それに私たちもやらなきゃいけないことがあるだろ?」

 

あかり「まあね!」

 

ハルカ「そうですね」

 

ルナ「サリー、早く行こ」

 

サリー「ああ――それと今日は悪かった。ごめん」

 

恭夜「まだ来年もあるからいいよ。俺たちはバーベキューに行くからさ」

 

ハルカ(どうしてサリーさんという女性は恭夜さんに寂しそうな視線を送るのでしょうか?もしかして――)

 

あかり「ハルカちゃんは諦めちゃダメだよ」

 

ハルカ(やっぱりあのサリーさんという女性は……)

 

恭夜「ハルカちゃんはどうする?」

 

ハルカ「わ、私は……」

 

あかり「恭夜お兄ちゃんみたいに来年があるなんて考えちゃダメだよ」

 

恭夜「はぁ……そんなことぐらい俺だって分かってるよ」

 

ハルカ「私も一緒に行きます!」

 

~屋上~

 

ハルカ「すごい人……」

 

あかり「普段は屋上なんて入れないのにね」

 

恭夜「許可した先生も先生だな」

 

教師「あっ、どうも。星宮あかりさんのご家族の方でしたよね?」

 

あかり「先生、屋上でこんなことさせていいんですかぁ?」

 

教師「い、いやぁこれは話せば長くなるから後で――」

 

恭夜「あそこで肉を焼いてる男(ゲルマ)に(そそのか)されたんですよね?」

 

教師「えー、あのー、他言は無用でお願い出来ますでしょうか?」

 

ハルカ「先生の独断なんですか?」

 

教師「私もね、アウトドアな人間でして、キャンプやバーベキューなんかが好きで好きでどうしようもない人間なんです!」

 

恭夜「バーベキューという言葉に惹き付けられて許可したんですか?」

 

教師「すみません!どうか内密に――」

 

ハルカ「先生は生徒に厳しく、自分に甘いんですね!」

 

あかり「あたしたち、先生の弱みを握っちゃったね?」

 

教師「うっ!そ、そんな……」

 

恭夜「なら先生、俺と取引しません?」

 

教師「私……財布は持たない主義でして」

 

恭夜「それだと俺が脅迫してるみたいでなんかヤダ」

 

あかり「財布を持ち歩かないって、大人としてどうなの?」

 

ハルカ「生理的に無理です」

 

恭夜「文化祭って明日までですよね?明日だけでいいんで、俺を一日だけ学生扱いにしてくれませんか?」

 

教師「えぇ!?」

 

あかり「恭夜お兄ちゃん、泉陵生(せんりょうせい)になるの?」

 

ハルカ「私からもお願いします!」

 

教師「そ、そうですね。一応話だけでもしてみますが、認められるかどうかは校長先生次第ですよ?」

 

恭夜「お願いしまーす!先生」

 

教師「はぁ、バーベキューなんてしてる場合じゃなくなっちゃったよぉ――」

 

ハルカ「なんか先生に酷いことしてしまったような……」

 

あかり「自業自得だよね」

 

恭夜「ん?先生のポケットからなんか落ちたぞ」

 

ハルカ「カードでしょうか?」

 

あかり「これって運転免許証だよね!?」

 

恭夜「本当に財布持ち歩いてないのかよ……」



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泉陵学園高校文化祭 ~雨のち晴れ、そして虹~

~泉陵学園高校・屋上~

 

恭夜「やたら焦げくせぇな。アイツ焼き方分かってんのか?」

 

あかり「人間じゃないから臭いとかわかんないじゃない?」

 

ハルカ「音も凄いですが、これは何の音でしょうか?」

 

あかり「この音ってテレビで聞いたことあるよ!」

 

恭夜「たぶん隆太が持ってるやつだろ」

 

あかり「あれってチェーンソーだよね?」

 

ハルカ「そんな危ないもの、どうやって持ち込んだのでしょうか?」

 

恭夜「新聞にくるんで持って来たんだよ(さっき警察官が言ってたんだけど……)」

 

あかり「端っこにテントがあるよ」

 

ハルカ「行列が出来てますが、皆さん入るつもりでしょうか?」

 

恭夜(雨が降ってきた。もうすぐ人もいなくなるな)

 

あかり「雨降ってきたよ」

 

ハルカ「戻りましょう、恭夜さん」

 

恭夜「ゲルマのやつ、あっという間に片付けやがった。壊れちまえば良かったのに」

 

あかり「まぐろ、ピチピチじゃん」

 

ハルカ「それを言うならびしょびしょだよ、あかりちゃん」

 

~泉陵学園高校・4階~

 

あかり「――どしゃ降りだよ」

 

ハルカ「恭夜さんは屋上が気になるんですか?」

 

恭夜「うん。変だなぁと思って……」

 

あかり「誰かテントにいるんじゃない?」

 

ハルカ「何が変なんですか?」

 

恭夜「別にテントがなくてもいいと思うんだけど……」

 

あかり「校舎に戻ろうと思えば戻れるよね?」

 

ハルカ「傘を持っていないからじゃないですか?」

 

恭夜「なら傘を持っていってあげようか」

 

~屋上~

 

恭夜「すいませーん――」

 

占い師「よく来てくれたわ」

 

あかり「ホントに人いたんだ!?」

 

ハルカ「あれ?ヤエ先輩、こんなとこでも占いをしてるんですか?」

 

恭夜「占い師もここの学生なのか!?」

 

占い師「悪いかしら?」

 

あかり「傘持ってないの?」

 

占い師「だって傘持ってきてたら、あなたたちが来てくれないじゃない?」

 

ハルカ「さすが先輩!私たちの行動を全て見通してたんですね!」

 

恭夜「俺たちの良心を利用しただけじゃん」

 

占い師「あなたさっき聞き捨てならない発言をしたわね。私がいくつに見えたのかしら?」

 

恭夜「え~と……アラサーぐらい?」

 

ハルカ「大人の色気があって魅力的って意味ですよね?」

 

あかり「アラサーにぐらいもちょうどもないよね」

 

占い師「あなた!地獄に落ちるわよ!」

 

恭夜「占いでもなんでもねぇじゃん」

 

あかり「恭夜お兄ちゃん、謝らないと呪われるよ」

 

ハルカ「そうですよ!謝って下さい!」

 

占い師「もういいわよ。あなたの善意を利用した私も責められるべきだし、今回の暴言はチャラにしたあげるわ」

 

恭夜「ハルカちゃんも占いが好きなの?」

 

ハルカ「私は『占い部』の人間ですよ。ヤエ先輩が部長で私が副部長です」

 

あかり「オカルト好きの人も入ってたりするんだよね」

 

占い師「群れるのは好きじゃないの。けど、彼女の熱意に根負けして仕方なくよ」

 

恭夜「ハルカちゃんにも占ってもらえるのか」

 

ハルカ「私なんか先輩の足元にも及びません。でも、藁人形の扱いなら誰にも負けません!」

 

あかり「それ、あまり人前で言わない方がいいよ。恭夜お兄ちゃんの顔が引きつってるから」

 

占い師「今日だけなら無料で占うけど、あなたたちはどうしたいのかしら?」

 

恭夜「俺はいいや」

 

あかり「あたしも今日は大丈夫」

 

ハルカ「私は……」

 

占い師「傘、ありがたく使わせてもらうわ」

 

恭夜「俺とあかりは戻るけど――」

 

あかり「先に行ってるね!」

 

ハルカ「う、うん」

 

占い師「最近見ないうちにいい表情するようになったわね」

 

ハルカ「ヤエ先輩なら私が考えてることわかりますよね?」

 

占い師「あの男のことが知りたいんでしょ?」

 

ハルカ「やっぱり私は恭夜さんの目に映らないんでしょうか?」

 

占い師「あなたが考えてる以上に高いハードルね。だって恋敵の未来が私には視えないんだもの。呪い殺そうと思ってもはねのけられてしまうぐらい、強い想いを共有しているのかもしれないわ」

 

ハルカ「先輩にも視えないものがあるんですね……」

 

占い師「逆に言えば運命も変わる可能性があるってことよ。この意味わかるかしら?」

 

ハルカ「それって私にもチャンスがあるってことですか?」

 

占い師「あなたが全てをさらけ出せれば微かな光が深淵を照らし、おのずと運命の灯火が揺らぎ出す。こんなところかしら?」

 

ハルカ「私、ガンバります!――」

 

占い師「辛く大変な道のりよ。あなたらしく足掻きなさないな――深く地の底の姫らしく、ね」



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泉陵学園高校文化祭 ~ご大層な舞台(前編)~

~体育館・壇上裏~

 

ゲルマ「もうすぐ出番だ。皆の者、準備は良いか?」

 

サリー「恭夜たちは本当に学生として参加するのか?いつ許可をもらったんだ?」

 

恭夜「内緒だよね?」

 

ハルカ「は、はい(ごめんなさい、サリーさん)」

 

あかり「いいじゃん。声だけだけど、サリーお姉ちゃんたちだって参加出来るんだし」

 

ルナ「みんな、頑張って」

 

隆太「僕なんかよりルナさんが出た方が良かったんじゃないですか?」

 

ゲルマ「まさかあっしまで舞台に立てるとは思わなかった」

 

背景(A)『な、なんか緊張してきた……』

 

背景(B)『私たちはタイミングよくやるだけでしょ!あんたたちより、この人たちの方が緊張してるに決まってるじゃない!』

 

背景(C)『あー、めんどくせー。なんだよ傍聴人ってよぉ。オレなんかいなくてもいいよな?』

 

サリー「まさに背景だな」

 

ルナ「烏合の衆だね」

 

恭夜「この演劇ってゲルマが考えたんだろ?」

 

ゲルマ「あっしだけではない。サリー、ルナ、あかり、そしてハルカ殿の力添えあってこその作品なのだ」

 

隆太「僕はセリフを覚えるだけで精一杯でした」

 

あかり「ごめんね、隆太お兄ちゃん。忙しいのに無茶なこと言って」

 

隆太「僕にはこれぐらいしかみんなの役に立てないから。いつも外から見てるだけなんて耐えられなし、一日だけでも兄さんみたいに学生扱いされるのも案外悪くないよ」

 

ルナ「隆太、カッコいい」

 

ゲルマ「ならば一丸となってこの演劇を成功させようではないか!」

 

アナウンス『――それでは次の演目です』

 

全員『いざ、出陣!!』

 

~『舞台 ご大層な裁判』~

 

ゲルマ「どうもー!ご大層な?」

 

隆太「泉陵生(せんりょうせい)でーす!」

 

恭夜「よろしくお願いします……」

 

ゲルマ「おやおや?マスターの元気がないようだ」

 

隆太「まるで痴漢したと勘違いされた男が線路を走って逃げたような表情だね」

 

恭夜「例え酷くね?」

 

ゲルマ「痴漢と言えば裁判だな」

 

隆太「それじゃあ、僕検察官やります」

 

恭夜「俺は――」

 

ゲルマ「マスターは犯罪者ね」

 

恭夜「被告人だろうが!ていうか勝手に決めんな!……ん?ということはゲルマは?」

 

隆太「被害者かな?」

 

恭夜「何でだよ!俺は男に痴漢してんのかよ!」

 

ゲルマ「弁護士はあっしだな。それでは――」

 

サリー『開廷!』

 

隆太「えー、ごほん!被告人、唯城恭夜は始発の電車内で当時二十代の女性に空席が目立つのにも関わらず、(みだ)りに全身を撫で回すように密着及び接触し不快にさせ、周りの乗客にその行為を目撃された後被告人は停車駅で足早に降車、そして線路内に飛び降り逃走を図ったが、待ち伏せていた警察官に現行犯逮捕されました。以上が本件の経緯です」

 

ゲルマ「ちなみに検察側に一つお聞きしたい」

 

隆太「えっ?えっ?」

 

恭夜「すげぇ動揺してる」

 

ゲルマ「どのような法律に反するのだろうか?」

 

隆太「ちょ、ちょっと待って下さい……確か刑法だったような……」

 

恭夜「六法ってあんな分厚いのか?」

 

ゲルマ「痴漢は刑法176条、強制わいせつ罪に抵触する」

 

隆太「う、うー……」

 

恭夜「さすが我が弁護士。格が違う」

 

ゲルマ「そしてこの被告人はもう一つ罪を犯している。それは――」

 

恭夜「マジ?」

 

隆太「それならわかります!線路内の立ち入りは鉄道営業法37条違反に当たります!ふー!」

 

ゲルマ「なら結論は簡単だ。被告人は――」

 

隆太「もちろん有罪です!個人的には死刑してやりたいですよ」

 

恭夜「おい、私情を挟むな」

 

ゲルマ「そんな焦るな。まだ証人尋問がある」

 

隆太「あっ!忘れてました」

 

恭夜「裁判らしくなってきたな」

 

ゲルマ「まずは最初の証人だ。証言台に来てくれ」

 

ハルカ「……」

 

隆太「こんな人が嘘をつくはずがない!絶対にそうだ!」

 

恭夜「まだ何も言ってないだろ!」

 

ゲルマ「まさに痴漢して下さいと言わんばかりの美貌と人間性を兼ね備えた女性だ!」

 

恭夜「問題発言だろ!」

 

ハルカ「オーホッホッホ!」

 

ゲルマ「それでは証言をお願いしよう。深地ハルカ殿」

 

ハルカ「構いませんわ。ワタクシは通学の為いつものように始発の電車に乗りましたわ。そして空いている席に座りましたのよ。目の前には女性が座りながら眠っていましたわ」

 

隆太「通学の為に始発の電車を利用しなければいけないとは。なんて健気な女性なんだ」

 

ゲルマ「意義あり!!黙って話を聞けえい!!」

 

恭夜「いきなりでけぇ声出すな!情緒不安定か!」

 

ハルカ「途中の駅からそこの男の人が乗ってきて、奇声を発しながらサッカーボールを蹴り出しましたのよ。いつもの光景ですわ」

 

恭夜「本当にヤベー奴じゃねぇか。なんだよいつもの光景って。誰か注意しろよ」

 

隆太「被告人はサッカーボールしか友達がいないと自白しています」

 

恭夜「なに自白してんだよ俺……」

 

ゲルマ「動機はあるようだ。被告人はサッカーの練習をふりをして、女性に近づき行為に及んでいた」

 

ハルカ「好意があったから?」

 

隆太「なるほど、これは決定的な証拠ですね」

 

恭夜「くだらねぇ。ただのダジャレじゃん」

 

隆太「ちなみに奇声を発していたと言っていますが何を?」

 

ハルカ「なんだったかしら?、ああ~栄冠は君に輝く~?」

 

恭夜「聞いたことねぇよ」

 

隆太「他人を鼓舞するような歌ですね 」

 

ゲルマ「おかしい、その歌はサッカーとは関係ない」

 

ハルカ「言いがかりですわ!」

 

隆太「では何だと言うんですか?ゲルマ弁護士」

 

ゲルマ「それは野球に関係する歌だ」

 

恭夜「へー、そうなんだ」

 

隆太「ちょっと、ちょっと待って下さい!それではこの証人は――」

 

ゲルマ「嘘をついている!」

 

ハルカ「私ははっきり見ましたわ!そこいる薄気味悪く、陰湿そうな男が白い玉を蹴っていましたのよ!存在感だけなら聞こえないベースですわ!」

 

恭夜「失礼だろ!全国のベーシストに謝れ!」

 

隆太「嘘だと言うのなら説明してください」

 

ゲルマ「この証人は今、自らをペテン師と認めたのだ!」

 

恭夜「なんか弁護士っぽい事言ってる」

 

ゲルマ「先ほど証人は野球の歌詞を証言した。だが、この歌の一節には『純白の玉』と書かれた歌詞が存在する」

 

ハルカ「まっ!」

 

隆太「はぁ、それが一体――」

 

恭夜「つまりハルカちゃん、じゃない証人が聞いた歌は野球の歌で、俺は歌いながら野球の玉を蹴っていたってことだろ?」

 

ゲルマ「自分で説明して恥ずかしいと思わないのか?」

 

恭夜「恥ずかしいわ!なんだよ野球ボールを蹴ってるって!」

 

ハルカ「もういいかしら?次の証人を呼ばせてもらいますわ!」

 

恭夜「おかしいだろ!証人が証人を呼ぶってどういうことぉ?」

 

―続く―



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泉陵学園高校文化祭 ~ご大層な舞台(後編)~

~体育館・壇上~

 

ゲルマ「くっ、まだ証人がいるだと?隆太検察官、お願いしよう」

 

隆太「次の証人は僕の妹です。ど~ぞ~」

 

恭夜「身内呼ぶのかよ。なんて卑劣な検察官なんだ」

 

あかり「はーい!なんなりとお申し付け下さいましぃ!」

 

恭夜「なんだその喋り方」

 

ゲルマ「元気があってよろしい。それでは証言をお願いしよう」

 

あかり「えっ?証言?」

 

隆太「この証人は被告人が電車の中で犯行に及んでいたのを目撃していたのです」

 

恭夜「詰んだじゃん、俺の人生」

 

あかり「ああ!思い出した!あたしはドア付近に立って守護してたんだけど、そしたらその男の人が後から乗ってきて周りをキョロキョロし始めたの」

 

恭夜「守護してたってなんだよ」

 

ゲルマ「その時の男の服装は?」

 

あかり「赤い帽子を被って、白い長袖に青いオーバーオールを穿いてたよ」

 

隆太「犯人は地味な格好していたと」

 

恭夜「目立ち過ぎだろ」

 

ゲルマ「オランダ……」

 

あかり「え?」

 

ゲルマ「気にしないでくれ。それでは次の質問だ。被害者はどこにいたのだろうか?」

 

あかり「女の人はドア近くで左手で傘をつり革に引っ掛けて、携帯電話を耳と肩に挟んで何かを話してて、右手で化粧しながら自撮り棒で本を読んでたよ」

 

恭夜「化け物かよ。自撮り棒で本を読むって、被害者は老眼なのか?どうやって本を捲ってるんだ?」

 

ゲルマ「本を読む以前の問題だと思うが、全くツッコミ所の多い被害者だな」

 

隆太「なるほど、被害者は無防備な所を狙われたわけですね。そして被告人はその被害者の隙に付け入るように犯行に及んだ」

 

恭夜「ぐっ、こんなアホみたいな推理に反論できない」

 

ゲルマ「証人、見たことは正直に話して頂きたい」

 

あかり「あ、あたしは見たものをちゃんと話したよ!」

 

隆太「言いがかりはよして下さい!指摘があるなら根拠を示して下さい!」

 

ゲルマ「ならば、まず被害者の持ち物を全て正確に答えてもらいたい」

 

あかり「持ち物?え~と携帯電話でしょ、それに化粧道具、傘、本、自撮り棒で全部だよ」

 

ゲルマ「証人、足元はちゃんと見ていたか?」

 

あかり「足元は見てないよ。だって女の人の変な自撮り棒の使い方が気になってしょうがなかっただもん」

 

恭夜「可愛い」

 

隆太「被告人は黙って下さい!」

 

ゲルマ「この証人は足元を見ていなかったと証言した。だが、それは不自然なのだよ」

 

あかり「どうして?」

 

ゲルマ「理由は二つある。まず一つは被告人は被害者の全身を(みだ)りに触れているのだ。勿論被害者の所持品にも触れているはずだ。もし証人が犯行の一部始終を目撃したとすれば、足元に置かれているバックを見落とすはずがない!」

 

隆太「ああっ!」

 

恭夜「確かに」

 

あかり「ざんねーん!バックは足の間に挟まれてたからあたしの場所からは見えないよ~!」

 

隆太「ほっ」

 

恭夜「こっちも理にかなってる」

 

ゲルマ「まだだ。もう一つの理由、それは証人が何故上半身しか目撃していないのか。それは証人が手鏡を使って犯行を見ていたからだ」

 

隆太「手鏡?」

 

恭夜「なるほど」

 

あかり「鏡を使って見たから何だっていうの?」

 

ゲルマ「鏡は映った物を反転させる。すなわち左右が逆になる。もちろん証人は理解していたのだろう?」

 

あかり「あ、あれぇ?どっちだったかなぁ?」

 

恭夜「ちゃんと証言しなきゃ駄目だよ~」

 

隆太「意義あり!」

 

恭夜「誰に向かって言ったんだ?」

 

隆太「この証人は鏡の性質を理解していなかっただけで、証言自体になんら矛盾を孕んでいません。危うく騙されるとこでした」

 

あかり「そうだそうだ!」

 

恭夜「ていうか電車内にまともな人間いねぇのかよ」

 

ゲルマ「ククク……」

 

隆太「これ以上の審理は無意味ではないでしょうか?」

 

ゲルマ「それはどうかな?」

 

あかり「え~、もう帰りたーい」

 

隆太「まだ何かあるのですか?」

 

ゲルマ「不思議に思っていたのだが、被害者は何故空席があったのにも関わらず立ち続けていたのか?」

 

あかり「う~ん、なんで~?」

 

隆太「それは何らかの事情があって立っている必要があったからじゃないですか?」

 

恭夜「全然わかんねぇ」

 

ゲルマ「難しい話ではない。もう一人別の人間がその場所に存在したのだ」

 

あかり「えぇ!」

 

隆太「そ、そんな!」

 

ゲルマ「そう!その人物こそ今回の事件における真犯人だ!」

 

あかり「あれれ~、それって変じゃない?女の人は座っていれば痴漢されずに済んだかもしれないってことだよね?」

 

恭夜「どこかの名探偵みたいな喋り方だな」

 

隆太「すなわち被害者と加害者は立っていた?」

 

ゲルマ「結論は出たようだな。今回の事件は痴漢など起きてはいない。なぜなら被害者と加害者は恋人関係にあったからだ!」

 

恭夜「な、なんだってぇ!」

 

隆太「被告人、わざとらしいリアクションをしないで下さい」

 

あかり「へぇー、じゃあその二人が恋人だっていう証拠はあるの?ないよね」

 

ゲルマ「チッチッチ」

 

隆太「もったいぶらないで答えて下さい」

 

ゲルマ「思い出してもらいたい。事件当時の加害者の服装を」

 

あかり「服装?えー、思い出せないよぉ」

 

恭夜「赤い帽子に白い長袖。それと青いオーバーオールだっけ?」

 

隆太「良く覚えてましたね」

 

ゲルマ「問題は服そのものではない。色に注目してもらいたい」

 

あかり「色?信号……じゃないし」

 

隆太「配管工のおじさんでもなさそうですね」

 

恭夜「配管工?」

 

ゲルマ「ある国旗の配色になっているのだ」

 

あかり「国旗?」

 

隆太「見たことあるような……」

 

恭夜「わかった……」

 

ゲルマ「それでは被告人にお聞きしよう。この女は?」

 

恭夜「……オランダ(オラのだ)」

 

ゲルマ「もうお分かりだろう。加害者は服装で恋人関係をアピールしていたのだ」

 

隆太「くっ、なんというハチャメチャな推理!けど反論できない!」

 

ゲルマ「議論し尽くしたようだ。それでは裁判長、判決をお願いする」

 

あかり「裁判長いたんだ」

 

サリー『グーグー……はっ!あー、ゴホン!』

 

恭夜「今、寝てただろ」

 

サリー『最後に被告人、何か言いたい事はあるか?』

 

恭夜「やっぱり俺はやってない」

 

背景(B)「それでは謎かけで締めたいと思います。『証言に茶々を入れる』とかけまして」

 

あかり「『客が物を購入する』と解きまーす」

 

背景(A)「そ、その心は?」

 

ハルカ「どちらも」

 

背景(C)「商人から買いまぁす!」

 

恭夜「証人をからかうな!いい加減にしろ!」

 

ルナ『どうもありがとうございました!』



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泉陵学園高校文化祭・反省会

~ファミレスにて~

 

ハルカ「恭夜さんたちには感謝してもしきれません!素晴らしい一日をありがとうございました!」

 

あかり「警察の人も見に来てたみたいだよ」

 

サリー「そ、それは知らなかった。警察がいたとは寝耳に水だな」

 

ゲルマ「文化祭は来年もあるらしいぞ!気が早いが、あっしは次の演出をもう考えてるでござる!」

 

恭夜「嘘だろ……なんでそんなポジティブなんだよ。体育館中がシラけてたじゃん」

 

ハルカ「そうだったんですか!?私てっきり舞台に魅入っていたものと……」

 

あかり「別に良くない?先生たちは面白かった言ってたよ」

 

サリー「お世辞だと思うが、来年もやってほしいと頭を下げられたな」

 

ゲルマ「なら今度はルナとサリーの愛憎劇でもやるぅ?」

 

恭夜「サリーはいいけど、ルナは演技出来るのか?」

 

あかり「無理じゃない?何考えてるかわかんないし」

 

サリー「主役は誰がやるんだ?」

 

ハルカ「私は恭夜さんがいいと思います」

 

ゲルマ「それは酷な話だ。マスターは男子トイレが故障して使えなくても、女子トイレを使うことに躊躇いを感じる男だぞ!そんな男に大役が務まると思うか?――否!」

 

恭夜「『否!』じゃねぇよ。男子トイレが壊れてるからって女子トイレに入ろうなんて誰も思わねぇよ」

 

あかり「ゲルマお兄ちゃんと隆太お兄ちゃんなら女装すれば入れると思うけど、恭夜お兄ちゃんとサリーお姉ちゃんは厳しいと思うよ」

 

サリー「誰が男だ!」

 

ハルカ「あのう、お店でトイレの話はやめません?」

 

恭夜「ゲルマのせいだぞ。責任とって早く店員さん呼べよ」

 

ゲルマ「嫌!」

 

サリー「『否!』みたいに言うな――私はライスを頼もう」

 

ハルカ「稲!」

 

あかり「ハルカちゃんも毒されちゃったね」

 

恭夜「――店員さん来たけど、食べたいもの決まった?」

 

あかり「あたし、チーズインハンバーグ!」

 

ゲルマ「あっしはチーズバーガーで」

 

サリー「……」

 

ハルカ「サリーさんは決まりましたか?」

 

恭夜「俺、ステーキにするけど一緒でいいんでしょ?」

 

サリー「それとオニオンサラダをつけてくれ」

 

あかり「たまには自分の好きなもの頼めばいいじゃん」

 

ゲルマ「男の好き嫌いは激しいのに、食べ物は選り好みはしないタイプなんだと」

 

恭夜「あとコーヒーだよね?」

 

サリー「いや、今回はワインにする」

 

ハルカ「ワイン?」

 

あかり「そういえばサリーお姉ちゃん、お酒飲めるんだっけ?」

 

ゲルマ「色気出しやがって」

 

~30分後~

 

恭夜「さてとデザートは――」

 

あかり「もう食べ終わったの?」

 

ハルカ「男の人は本当に食べるのが早いんですね」

 

ゲルマ「あっしのチーズバーガーもマスターに食べられたでおじゃる~!うえーん!」

 

サリー「お前は何しに来たんだ?」

 

ハルカ「あのう、皆さんにもう一つご相談したいことがあるんです」

 

ゲルマ「恋愛相談についてはあっしに、人生相談についてはサリーに、お金に関するご相談はマスターにお申し付けを」

 

サリー「大船に乗ったつもりで打ち明けてみろ」

 

あかり「大船ねってタイ○ニック?」

 

恭夜「俺から金を取ったら何が残るんだよ……」

 

ハルカ「お話してもよろしいでしょうか?まず、この記事を見てもらいたいんです」

 

あかり「新聞?」

 

ゲルマ「去年の記事のようだが」

 

恭夜「写真の場所がアメリカって書いてあるけど遺跡か何かかな?」

 

サリー(写真に写っている壁画は何だ?――私はこの壁画の人物を知っている!)

 

ゲルマ「この壁画は女性みたいだ。それに翼らしきものも描かれている(この女、まさか――)」

 

あかり「この人、髪を下ろしたサリーお姉ちゃんに似てる」

 

ハルカ「わ、私もちょっと思いました!」

 

サリー「それは誉めているのか?それとも(けな)しているのか?こんな写りの悪い写真では判別出来ない」

 

恭夜「『地底国家の存在 遂に判明か?』。地底国家なんて迷信だと思ってたけど――」

 

ゲルマ「この記事を我々に拝見させたということは、ハルカ殿がこの地底国家の関係者である可能性が高いと?」

 

あかり「……そうなの?」

 

ハルカ「それまではわからないけど、この記事と一緒に手紙も送られてきたの」

 

恭夜「誰から?」

 

ハルカ「……私の母と父を名乗る方々からです」

 

サリー「実の両親を(かた)っているわけか」

 

ゲルマ「嘘と決まったわけではない。それにこの壁画はオレたちにも無関係とも言い難い」

 

あかり「ハルカちゃんの今のママとパパって血が繋がってないの?」

 

ハルカ「私が小さいときに拾われた話は聞かされたの。でも本当のお母さんとお父さんがいるなんて一言も教えてくれなかったんだよ」

 

恭夜「アメリカって言ってもどこにそんな国が眠ってるんだ?」

 

ハルカ「手紙の中に地図みたいなものも入ってました」

 

サリー「ハルカなら事情を説明すれば会わせてもらえるのではないか?」

 

ハルカ「私……怖いんです。もし本当にこの手紙の内容が正しいとしたら、もう皆さんに会えなくなってしまうようで……」

 

恭夜「もし俺が皆と会えなくなっても、どんな手を使っても会いに行く方法を探すけどなぁ」

 

サリー「私も恭夜に同感だ。例え辛く耐え難い現実が待っていようとも、私たちの絆はそう易々と断ち切れるものではない」

 

あかり「もうちょっとハルカちゃんの身になって考えてあげてよ」

 

ゲルマ「マスターたちは無神経な発言をしているのではない。ハルカ殿に乗り越えてほしいのだ。困難な現実に打ち勝ち、その先にある幸福を掴み取るためにな」

 

ハルカ「一人では不安なので、皆さんについて来てもらいたいのです。心の支えになってもらえませんか?」

 

ゲルマ「百聞は一見にしかず。是非同行させて頂きたい」

 

サリー「最近腕がなまってきたからな。そろそろ試し斬りをしたいと思っていたところだ」

 

あかり「もっちろん!ね、恭夜お兄ちゃん?」

 

恭夜「行きますか?久々の海外旅行に!」



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地底王国
四つの扉


~アメリカ・某州山奥~

 

あかり「歩くの疲れた~」

 

隆太「僕たち、遭難してますよね?」

 

ゲルマ「地図ではこの辺りのはずなんだがな――」

 

ハルカ「日が暮れてきちゃいましたね」

 

サリー(――クッ、歩く度に頭痛がする。久々の長旅で疲れがたまったか)

 

ルナ「恭夜……」

 

恭夜「ちょっと寒くなってきたな(サリーの顔色が悪い。それにルナの様子もおかしい。ゲルマも気づいてるみたいだな)」

 

ハルカ「少し休憩しますか?」

 

あかり「でも夜になっちゃうよ」

 

隆太「一応キャンプ用品は揃えて来ましたけど――」

 

ゲルマ「その必要は無さそうだ」

 

ルナ「サリー?」

 

恭夜「どこに行くんだ?」

 

サリー「ここに……ある……深く地の……底が……」

 

隆太「サリーさん、風邪でも引きました?」

 

あかり「――ねぇ!サリーお姉ちゃんの刀が光ってるよ!」

 

ハルカ「綺麗な月みたい!」

 

恭夜「もしかしてルナの刀も?」

 

ルナ「うん」

 

ゲルマ(サリーの足が止まった。目の前は岩壁が茂みに覆われているだけだ。その茂みに存在するというのか?地底国家へ続く扉が!?)

 

恭夜「ルナ、この茂みを取っ払おう!」

 

ルナ「うん!」

 

ハルカ(この茂みの奥に私の故郷(ふるさと)が?)

 

あかり「隆太お兄ちゃん、モタモタしてないであたしたちも手伝おうよ!」

 

隆太「そ、そうだね」

 

~10分後~

 

ルナ「サリー、大丈夫?」

 

恭夜「寝てるだけだから大丈夫だよ」

 

あかり「ハルカちゃん、羨ましいんでしょ?サリーお姉ちゃんがお姫様抱っこされてるから」

 

ハルカ「そ、そんなわけ……あるけど」

 

隆太「でもビックリしましたよ。本当に茂みの中に扉があるなんて」

 

ゲルマ「地図は間違ってはいなかったということだ」

 

あかり「こんな真っ暗な洞窟、ライトがなかったら何も見えないよ」

 

隆太「こんな所に人が住んでるのでしょうか?」

 

サリー「うぅ……私は……恭夜の……女神に……」

 

ハルカ「えぇっ!?今のは私の聞き間違いでしょうか!?」

 

あかり「ただの寝言だと思うよ」

 

ゲルマ「ボイスレコーダーを完備して正解だったでござる」

 

恭夜「てめぇ、また俺の懐が寒くなるじゃねぇか」

 

ルナ「ふふふ、盗聴だね」

 

隆太「ゲルマさん、あとどれくらいでつきそうですか?」

 

ゲルマ「もう着いたでござる」

 

あかり「――いったぁ!もう急に止まったりしないでよぉ!」

 

ルナ「扉が四つもある」

 

ハルカ「道が別れてるようですね」

 

恭夜「なぁ、右端の扉って女子トイレ……じゃないよな?」

 

ハルカ「確かこの扉の先はエレベーターになっていて、扉ごとに下がる階が決まってるようです」

 

ゲルマ「あっしに盗聴だけでなく、盗撮しろと!?仕方ないでおじゃるな~!」

 

隆太「だ、駄目ですよ!意気揚々と女子トイレに向かわないでください!」

 

ルナ「――扉が開いた」

 

あかり「女子トイレから誰か出てくるよ!」

 

?「騒々しいわ――あら、やっと来たのね。待ちくたびれたわ」

 

あかり「キャー!オバケェ!」

 

ハルカ「ど、どうしてヤエ先輩がこんな場所に!?」

 

ヤエ「酷いじゃない。私を仲間はずれにするなんて」

 

恭夜「占い師も地底国家を知ってるのか?」

 

ヤエ「それを知りたくてここにいるのよ」

 

隆太「でも占い師さんもいれば鬼に金棒ですよ!」

 

ヤエ「鬼呼ばわりなんて(しゃく)ね。あなたの名前、覚えておくわ」

 

ルナ「虫の息だね」

 

ゲルマ「冷たいことを言うが、人が増えたところで地図を持っていなければ足手まといになるだけだ」

 

ヤエ「呪術を生業(なりわい)としている人間にする発言じゃないわ。この土地に眠る魂に呼び掛ければ目的地に案内してくれるに決まってるじゃない」

 

ハルカ「やっぱり地底(ここ)には人がいるんですね!?」

 

あかり「でもどの扉に行けばいいの?」

 

ゲルマ「地図には道があるが、土地や建物に関する表記はない。やはり自分の目で確かめるしかあるまい」

 

恭夜「ああ……みんなで手分けして進むしかないな」

 

隆太「みんなで行けば――」

 

ヤエ「得策ではないわ。多勢で行けば移動効率が下がるだけよ。それにもし徒党にでも出くわしたら誰が守ってくれるっていうの?」

 

隆太「そ、それは……」

 

恭夜「今まともに戦えるのはルナとゲルマしかいない。それにサリーはこのままにしておけないし、洞窟は視界が悪いから人数が増えれば被害にあう危険性も増すよな」

 

ルナ「でも私、道わからない」

 

ヤエ「地図を持ってるのはハルカだけ。そして地図を把握しているのはゲルマ(あなた)ね」

 

ハルカ「そうすると三つに別れる……ということでしょうか?」

 

ヤエ「扉の先にある中枢までの経路を把握している人間がもちろんリーダーよ」

 

ゲルマ「それに戦闘要員もバラけなければならんな」

 

あかり「占い師さんも戦うの?」

 

恭夜「カウントしてもいいんじゃね?ミイラを蘇らせれば味方にも出来るっしょ?」

 

ヤエ「……できるわよ」

 

ルナ「ネクロマンサーだね」

 

隆太「占い師さんと一緒に行きたくありません!」



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分かれ道

~アメリカ・某州洞窟~

 

サリー「ここは……なんだ?」

 

ヤエ「地底国家へ繋がる洞窟ってとこかしら?」

 

あかり「サリーお姉ちゃんはあたしと占い師さんの班だよ」

 

サリー「班?隆太とルナはどこに行ったんだ?」

 

ハルカ「ゲルマさんたちは既に出発しました」

 

恭夜「また別行動になるけど、あかりと占い師さんのこと頼むね」

 

サリー「私が意識を失ってる間に人数を分けたのか。そっちは二人しかいないがハルカは大丈夫なのか?」

 

あかり「しょうがないじゃん。ゲルマお兄ちゃんが勝手に決めちゃったんだから」

 

ハルカ「なら私と代わりましょうか?」

 

恭夜「それだとあかりの班には戦える人がネクロマンサーしかいないよ」

 

ヤエ「あら、誰のことを言ってるのかしら?」

 

サリー「呑気に眠り込んでいた私が悪いんだ。遅れて来た人間は与えられた条件を素直に受け入れなければ――」

 

ヤエ「お目覚めのところ申し訳ないけど、あなたにも伝えた方がいいかしら?」

 

恭夜「あやふやな情報ばっかだから、もう一度聞かせてもらえると助かるんだけど」

 

ヤエ「そうね。ならもう一度右端の女子トイレを除く三つの扉、その先にあるその風景を私なりに表現するわ」

 

サリー「回りくどいが今回は事情が事情だ。ヤエっちの助言なら耳を傾けよう」

 

ヤエ「まず先に旅立った三人の扉は右側。この扉の先はほぼ一本道のようね。障害物もそれほどないけれど、その分かなりの労力を必要とするわ。道中に水源があって多くの訪問者はここで一息つくみたい」

 

あかり「隆太お兄ちゃんなんてハンデみたいなもんだよね?」

 

恭夜「ある意味危険な二人だもんな。ルナとゲルマって」

 

ヤエ「次は私たちが入る左側の扉ね。この先は他の二つに比べて平穏。地の底に光が照らしているわ。ただ少し先に大きな屋敷があって、そこの人物はかなりのクセモノね。土地の広さは東京ドーム一つ分。大したことないわ」

 

ハルカ「一番平和なんですね。あかりちゃん、頑張ってね」

 

ヤエ「そして、ハルカとあなた(恭夜)が入るこの扉。その先は前途多難。まさに人生の縮図。待ち受けものは人によって気楽に思えたり苦痛に感じるかも。各々(おのおの)の選択次第で手を差し伸べる者もいれば、崖から突き落とす不届き者もいる。こんなとこかしら?」

 

サリー「ヤエっちの話を聞く限り、かなり疑問の残る振り分けなのだが……」

 

ハルカ「サリーさんはまだ体調が万全ではないと思いましたので、その左側の扉を提案したんです。それに真ん中の扉を選んだのは私ですよ」

 

恭夜「俺たちなら大丈夫だよ。暗闇でもちゃんと見えるし」

 

あかり「サリーお姉ちゃんは恭夜お兄ちゃんと入れ替わっても、ちゃんとハルカちゃんを守ってくれるの?」

 

サリー「私は誰であろうとも手を抜くことはない。ただ――」

 

ヤエ「あなた、さっき自分で言ったことを忘れたの?後から教室に入った生徒を叱責出来るのは教師、つまりリーダーだけよ」

 

サリー「もちろん分かっている」

 

恭夜「そっちはのんびり観光でもしてればいいよ。俺たちはオバケ屋敷を楽しんでくるから」

 

ハルカ「はい!」

 

あかり(サリーお姉ちゃん、お願い!今だけハルカちゃんを二人っきりにさせてあげて!)

 

サリー(やはりあかりの仕業か。しょうがない、今回はあかりの顔に免じて許す)

 

ヤエ「それじゃあ、気を付けて(さて、この選択で運命の灯火が逆巻くかしら)――」

 

~平穏無事の扉・エレベーター内~

 

サリー「ヤエっちも観光に来たのか?」

 

ヤエ「どうかしら?観光出来るならそのまま住むことも考えるわ」

 

あかり「こんなじめじめしてそうな所に住むの?あたしはムリー!」

 

サリー「文明が存在するのかすら怪しいが私も確認しなければならないことがあるからな」

 

ヤエ「何が出て来るのかしら?鬼でないこと願いたいけど」

 

あかり「ネクロマンサーが鬼を恐がらないでよ――あー、ついちゃった」

 

サリー「さて、行くか」

 

~平穏無事の道~

 

ヤエ「……何もないわね」

 

あかり「ま、まぶしい」

 

サリー「さっきまで洞窟にいたからな。目が慣れないと弱い光でも厳しい」

 

ヤエ「天井は透明のドームになってるわ。その光が降り注いでいるのね」

 

あかり「思ったより暖かいね。下着でもいけそうだよ」

 

サリー「そこは肌着にした方がいい。下着で歩いている人間なんかと一緒にいたくないからな」

 

ヤエ「肌着もどうかと思うわ」

 

~屋敷・正門前~

 

サリー「ヤエっちが言っていた屋敷はこれか」

 

あかり「いきなり入ったらダメかな?」

 

ヤエ「この国のルールが分からない以上、迂闊なことは出来ないわ。最低限のマナーは持っておいた方が得策よ」

 

?『どちら様で?』

 

サリー「まだインターフォンを鳴らしていないのに応答するとは。よほどハイテクな技術を使っているようだな」

 

あかり「すいませーん!道に迷っちゃいましたー!」

 

?『道に?あなた方はどちらからお越しで?』

 

ヤエ「地上からよ。怪しいものじゃないわ。信じてもらえないかもしれないけど」

 

?『……』

 

あかり「急に黙っちゃったね。不審者に思われたのかな?」

 

サリー「ここは様子を見るしかない」

 

?「お三方のご職業をお伺いしても?」

 

あかり「あたしは学生ー」

 

サリー「私は民間の事務員だ」

 

ヤエ「私は占いを生業にしてるわ」

 

?「占いですか?それは非常に好奇心を掻き立てられますね。一つ試してもよろしいですか?」

 

ヤエ「私たちの話を聞いてもらえるのならいいわよ」

 

?「ではここは一つ。体のある部分を負傷しているのですが当てられたらお三方をご招待しましょう」

 

サリー「相手が見えない状態で透視しろと?」

 

あかり「そんなのムリだよ……」

 

ヤエ(透視は専門外。だけどこんなところで躓いてたら、このサリーという女性の正体を暴けない)

 

?『やはり難しいでしょうか?でしたらヒントを差し上げましょう。えー、ごほん!最近、窓から放り投げられ大怪我を負ってしまいました。どうですか?』

 

サリー「これがヒントか?ニュースにでもなっていれば見当もつくが――」

 

?『ヒントを差し上げた以上お三方でご相談した場合、門前払い致しますで悪しからず』

 

あかり(……なんか知ってるような気がする)

 

ヤエ「私の知り合いに一人、心当たりがあるわ。その人、首に包帯巻いていたわ」

 

?『……』

 

サリー「間違ったか?」

 

あかり「あたしも知ってるよ!首に包帯を巻いた人!」

 

?『どうぞお入り下さい』

 

ヤエ「どうやら学園の人間のようね……」

 

サリー「門が開いた――」

 

南部『ようこそ!我が南部邸へ!』



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南部先生、異常あり!

~平穏無事の屋敷・南部邸~

 

南部「どこかで見たお顔ですね……」

 

あかり「えぇっー!?嘘でしょ!?あたしの副担任の南部先生でしょー?」

 

ヤエ「どうしてあなたがここにいるのかしら?南部真命(なんぶしんめい)先生?」

 

サリー(南部先生とやらはあかりの副担任だったのか。お世話になっている人物にあまり迂闊な発言は出来ないな)

 

南部「いち教師の人間風情が、こんな辺境の土地に居を構えることがそんなにおかしいですか?」

 

あかり「先生、仕事辞めちゃったの?」

 

南部「それは誤解ですよ。少しばかりの息抜きというところでしょうか。五年前に来たばかりなので、この世界に馴染むには少しばかり時間が必要なんです」

 

サリー「まるで別の世界から来たかのような言い(ぐさ)だが」

 

南部「おとぎ話をするつもりはありませんが……お三方も長旅でお疲れでしょう。お茶を用意しますので、ご歓談でもしてて下さい――」

 

あかり「やっぱり南部先生って変わってるよね?」

 

ヤエ「頬を隠すような長髪は生徒から不評。顔色の悪さが拍車をかけてるわ。授業の大半が雑談。学内の評判は賛否両論だったみたいだけどミステリアスな風貌は一部の女子に受けてるみたい。ただ、やたら校則にこだわる性格で遅刻する生徒には体罰まがいの指導もしていたそうよ」

 

あかり「あたしなんていつもギリギリだったから、『定刻前に登校する生徒のためにも、あかりさんを反面教師にしなければなりませんね』って誉められたんだよ!」

 

サリー「痛烈な皮肉だな。あかりも反面教師の意味をちゃんと調べた方がいいぞ」

 

南部「どうぞ。お熱いのでゆっくり味わって下さい」

 

あかり「先生のその包帯って柔道部の生徒に投げられて怪我したんでしょ?」

 

南部「ええ。素行不良の生徒に口頭で指導していたのですが、話の途中で逆上されましてね。思いっきり投げ飛ばされました。あの景色がひっくり返る様は一生忘れないでしょう」

 

ヤエ「しかも卒業生だったのよ。その投げた生徒」

 

サリー「その卒業生にとっては一生の思い出だろう。武勇伝として」

 

あかり「――先生も絵が好きなんだよね?」

 

ヤエ「いつもしているそうね。授業の時間を割いてまで絵画について暑苦しく語っているせいで、保護者からの苦情が絶えないって聞いたけど」

 

南部「ちょっとした息抜きのつもりだったんですが、中々理解を得られず世知辛い世の中です」

 

サリー「本当に息抜きだったのか?」

 

あかり「先生はあたしたちが飽きないようにしてくれてたんでしょ?」

 

ヤエ「だからって授業の大半を雑談に費やすなんて感心しないわ」

 

南部「やれやれお二方の評判もよろしくないのですね。ちなみに地理や歴史、政治経済の教科を担当しています。真面目な生徒が多くて感銘を受けていたのですが、どうやら思い過ごしだったようで残念です」

 

サリー「さっきからのらりくらりと……」

 

南部「あなたはどこかで会いませんでした?」

 

サリー「私の質問にはっきり答えていない人間が質問するのか?」

 

あかり「先生の元カノに似てるとか?」

 

南部「フフフ、元カノはいませんが妻ならいますよ」

 

ヤエ「この屋敷に南部先生以外の人間がいるの?」

 

南部「はい、ですがここに妻はいませんよ。この邸宅にはこの南部を除いて三人ほどと共同生活をしております」

 

あかり「遠距離恋愛なんだね」

 

南部「遠距離恋愛ですか……いい響きですね」

 

サリー「フン!バカバカしい」

 

あかり「早く試し斬りをしたいからってイライラしないでよ」

 

ヤエ「殺人衝動かしら?」

 

南部「お三方はこれからどうするおつもりで?」

 

サリー「地底国家へ行きたいのだが案内してもらえないだろうか?」

 

南部「構いませんが少し歩きますよ。よろしいですか?」

 

あかり「なんかあっという間に進んじゃってるね」

 

ヤエ「変ね。ここは地底国家の一部じゃないのかしら?」

 

南部「広義で言えばそうですが、狭義で言えばここは境界線に当たるのです」

 

あかり「へー、あたしたち境界線の上にいるんだ」

 

サリー「まだ入国すらしていないというわけか」

 

ヤエ「結構めんどくさいのね。地底のルールって」

 

南部「出発は明日にしましょう。今日はゆっくり休んで下さい」



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一見さん、いらっしゃ~い!

~日進月歩の扉・道中~

 

隆太「ルナさんやゲルマさんがいれば百人力ですよ!」

 

ゲルマ「だが、もしあっしたちの身に何かあったら隆太を置き去りにするかもしれん。許しておくんなまし」

 

ルナ「お荷物だね」

 

隆太「ひ、ひどい……」

 

ゲルマ「安心するがいい。この目から放たれる赤き眼光とミサイルのように飛び出る拳があればなんともないさ」

 

ルナ「うん」

 

隆太「出来れば使わずに済むといいんですが……」

 

ゲルマ「この先は高低差がほとんどない整備された道のようだ。今のところ人の気配もないな」

 

ルナ「――扉が見えてきた」

 

隆太「ホントですね。もう出口なんでしょうか?」

 

扉『こちらは第一の扉「クロト」です。お客様は何名でしょうか?』

 

ゲルマ「えー、二人です」

 

隆太「ち、違いますよ!僕を含めて下さい!」

 

ルナ「隆太は荷物だよ」

 

隆太「ルナさん酷いです!せめて荷物係にして下さい!」

 

扉『こちらの用紙にお名前をご記入下さい』

 

ゲルマ「まるでレストランに来た気分だ」

 

ルナ「接客みたいだね」

 

扉『ゲルマ様、ルナ・ホワイトクロス様、アシデ・マトイ様の三名様でよろしいですか?』

 

隆太「アシデ・マトイって僕のことですか?」

 

扉『三名様入りまーす!』

 

隆太「誰に向かって言ってるんですか?」

 

ルナ「扉が開いたよ」

 

ゲルマ「さっさと行くぜ!」

 

~一時間後~

 

隆太「だいぶ歩きましたね……」

 

ルナ「うん」

 

ゲルマ「幸い洞窟内は蝋燭で照らされている。足場はゴツゴツしているが問題ないな」

 

隆太「これからもずっと同じ景色が続くんでしょうか?」

 

ルナ「――あ、いたっ!」

 

ゲルマ「だからサンダルで来るなと言っただろ」

 

隆太「どうしてサンダルで来ようと思ったんですか?」

 

ルナ「あ、また扉」

 

ゲルマ「この扉も肉声で反応するようだ」

 

隆太「天井にあるスピーカーから声がするみたいですね」

 

扉『こちらは第二の扉「ラケシス」。第一の扉で登録したお名前をフルネームでお願いします』

 

ゲルマ「ゲェルゥマァデェースン!」

 

隆太「そんな巻き舌じゃ識別出来ませんよ」

 

ルナ「個人情報よ!答えられるわけないじゃない!」

 

隆太「今さら!?さっき自分から名前書いたじゃないですか!」

 

ルナ「ルナ・ホワイトクロス」

 

隆太「星宮隆太です!」

 

扉『星宮隆太は登録情報と一致しません。もう一度お願いします』

 

隆太「えぇ……」

 

ゲルマ「ダメだろ!ちゃんと答えなきゃ!」

 

ルナ「そうだよ。隆太はみんなの?」

 

隆太「アシデ……マトイです……」

 

扉『良くできました!』

 

隆太「扉にまでバカにされるなんて……」

 

扉『もう少しで出口です!頑張って下さい!』

 

~数分後~

 

ゲルマ「まさかオアシスがあるとはサービス精神旺盛の管理者のようだな」

 

ルナ「水が飲めて良かったね」

 

隆太(僕たちのような人が来ることを見越していたんでしょうか?)

 

~一時間後~

 

ゲルマ「これが最後の扉のようだな」

 

ルナ「疲れた……」

 

隆太「どれくらい歩いたんですかね……足が痛いです……」

 

扉『第三の扉「アトロポス」。大変な道のりをよく踏破(とうは)した!君たちの栄光を称え、ここに新たな挑戦者の名前を刻み込もうではないか!良いかな?諸君』

 

ゲルマ「扉に名前を刻めるとは気前がいいではないか」

 

隆太「やめてください。ここまで来て不名誉な名前を刻まれるなんて僕には耐えられません」

 

ルナ「この扉のマーク――」

 

ゲルマ「男子トイレだな。それがどうかしたか?」

 

隆太「この先男子トイレなんですか?なんかシュールですね……」

 

扉『男でなければ女である。女でなければ男である。すなわち男と女は表裏一体』

 

ゲルマ「深いな」

 

ルナ「洞窟だけに?」

 

隆太「早くここから出ましょうよ」

 

扉『(なんじ)、初心を忘るべからず!』

 

ゲルマ「おお!扉の先にまばゆい光が!」

 

隆太「やっと着いた……」

 

ルナ「ここが出口?」

 

ゲルマ「――のはずなんだが」

 

隆太「なんか以前も見たことある光景のような……」

 

ルナ「あっ!さっき私たちが出て来た扉のマーク――」

 

ゲルマ「うげぇー!?女子トイレェ!?」

 

隆太「う、嘘でしょ……」



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夢見るものたちの狂想曲

~前途多難の扉・道中~

 

ハルカ「この道もかなり薄暗いです」

 

恭夜「せめて足元ぐらいが見えるくらいの明かりはほしいよ」

 

ハルカ(色んな生き物が壁や地面を這いずり回っています……)

 

恭夜(ゴキブリならまだいいけど、ムカデとかコウモリみたいなものまでいるぞ!)

 

カメラ『キュイーン……カチカチ』

 

ハルカ「今、音しませんでした?」

 

恭夜「機械かなんかかな?上の方から聞こえたけど――」

 

ハルカ「あそこですよ!レンズがこっちを向いてます!」

 

恭夜「道に迷った人を見つけられるようにしてるのか」

 

ハルカ「恭夜さん……あれってガイコツですよね?」

 

恭夜「本物なのか?一応ケースには入ってるけど……」

 

ハルカ「首にぶら下げられてる紙に何か書かれてますよ。『この先、出口』」

 

恭夜「こんなに暗かったら誰も読めねぇよ――けど、近づくたびに少しづつ明かりがつくみたいだな」

 

ハルカ「紙に続きが書かれてるみたいですよ!『ちなみにこのガイコツはカメラが設置される以前に落命した観光客〈一人〉の亡骸で組み立てました。ご臨終です』」

 

恭夜「医者かよ。ご臨終の使い方間違ってるだろ。死んだ人がすげぇ惨めじゃん。ちゃんと弔ってやれよ」

 

ハルカ「私たちは先人が切り開いた道を歩いているのですね。亡くなった人の想いを無駄にしないよう、私たちも前を向いて行きましょう!」

 

恭夜(先人の扱いがこんなんでいいのかよ……)

 

~地底王国コスモフィア~

 

ハルカ「あっさり着きました」

 

恭夜「前途多難とか言ってた割には大したことなかったね」

 

ハルカ「これからも気を引き締めていきましょうね?恭夜さん」

 

恭夜「それじゃあ最初に情報収集からだな」

 

~地底都市コスモスクウェア~

 

恭夜「町並みは地上と変わらないな」

 

ハルカ「太陽の光が全く当たっていませんが、テレビやラジオは使えるようですね。これなら地上の情報も得られます」

 

恭夜「――あれは酒場とか言うやつだっけ?情報収集の定番だけど俺たち未成年だから入れないか。サリーがいたら入れたのになぁ」

 

ハルカ「あのう、恭夜さんとサリーさんはどういう関係なんですか?」

 

恭夜「……(ここは素直に答えるべきか。それとも話題を変えて誤魔化すべきか。何を悩む必要があるというんだ!ここは男らしく胸を張って――)」

 

ハルカ「恭夜さん、私が嫌なら手を離してもいいです……」

 

恭夜「えっ!――ち、違うんだ!こ、これは(やべぇっ!?動揺して手を離しちまった!?)……」

 

ハルカ「扉に入ってからずっと繋いでいたんですよ。気づきませんでしたか?(本当は洞窟を抜けてからなんです。しかも私から手を握ってしまいました)」

 

恭夜「ホントゴメン……俺なりにハルカちゃんがはぐれないようにしてたつもりなんだ(なんて最低な言い訳なんだ……)」

 

ハルカ「こちらこそごめんなさい(試すような真似して。恭夜さんの言葉ならウソでも嬉しいです)」

 

恭夜「どうしてハルカちゃんが謝るの?」

 

ハルカ「うふふ。さーて、何ででしょうか?」

 

店主「――誰かぁっ!!ソイツらを引っ捕らえてくれぇっ!!」

 

恭夜(なんだなんだ!?強盗か!?)

 

テリア「――お座り!」

 

ハルカ「キャァァァ!?」

 

恭夜(なんだあの男!?軽々とハルカちゃんを飛び越えたぞ!?)

 

リッツ「そこのお二人サーン!失礼するわよぉ!」

 

恭夜「今度はロバが来た!?」

 

アウス「捕まってたまるかッ!」

 

恭夜「最後はニワトリ頭!?――コイツらが強盗か!くらえっ!フィジカルアタァァァックゥ!!」

 

アウス「――のわぁぁぁッ!?!?!?」

 

リッツ「ちょっとちょっと!テル!」

 

テリア「またか……」

 

アウス「いってぇ……オレ様の髪型は無事なのか?」

 

リッツ「髪型を気にしてる場合じゃないわよ!早く逃げなきゃ!」

 

ハルカ「恭夜さん?――」

 

テリア「ごめんなさい。こんな手荒い真似をして。ボクたちの言うことを聞いてもらえれば、お怪我はさせませんので」

 

恭夜「ハルカちゃん!(首に突きつけてるのはナイフか!)」

 

テリア「リッツ!」

 

リッツ「手際の良さは相変わらずね」

 

恭夜「あんたら、追われてるんだろ?こんなとこで俺たちに構ってたら捕まるぞ」

 

リッツ「あらやだ!スッゴい色男!」

 

恭夜「人の話聞けよ――その手に持ってるの何?」

 

リッツ「これかしら?これは天使の――」

 

恭夜「や、やめろ!その針を俺に向けるな!」

 

リッツ「(いざな)いよっと……あら?意外に早いのね」

 

恭夜(本当に……刺しやがった……ヤバい……意識が……)

 

ハルカ「恭夜さん!?しっかりして!恭夜さん!」



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義賊に生きる

~南部邸~

 

恭夜「ふわぁ……良く寝た」

 

ハルカ「恭夜さん、体は大丈夫ですか?」

 

リッツ「見知らぬ場所に拉致されたっていうのに呑気なのねぇ。カワイイ見た目に比べて図太いのかしら?逆に気に入ったわ」

 

アウス「てめぇだな?オレ様に体当たりしたのはッ!」

 

恭夜「あっ!ニワトリ頭!」

 

アウス「オレ様の髪型はモヒカンだ!バカヤロウ!」

 

テリア「この二人を連れてきたのはいいけど、ずっとここに置いておくの?」

 

リッツ「そんな仏頂面で言わないでよ~美人が台無しよ~」

 

恭夜「美人?」

 

リッツ「ダメよ~そんなんじゃ女心は掴めないわ。テルが不機嫌になっちゃったじゃな~い」

 

恭夜「そういう意味じゃ――」

 

アウス「テルはこんな男みたいな格好してるけど一応女だッ」

 

ハルカ「男装をしてるんですね」

 

リッツ「テルも色々あったのよ~もちろん詮索はなしよ?」

 

ハルカ「あのう私、深地ハルカと申します。皆さんの名前を教えて下さい」

 

リッツ「アタシはリッツォ・ヴォルフェゴールよ。どうせ誰も名前を覚えてくれないからリッツって呼んでちょうだ~い」

 

恭夜「オネエさんがリッツか」

 

リッツ「物分かりがいいのね~恭チャンは~」

 

恭夜(と、鳥肌が……)

 

アウス「オレ様はアウス・エーデルメッサーだッ!チキンレースなら負けねぇぜッ!」

 

恭夜「チキンだけに?」

 

ハルカ「よ、よろしくお願いします。アウスさん」

 

テリア「……ボクはテリア・ヴィスコンティ。二人からはテルって呼ばれてる」

 

恭夜「あ、ああ。俺は――」

 

アウス「お前も地底(ここ)の人間なのか?」

 

恭夜(自己紹介させろよ)

 

ハルカ「恭夜さんは違います」

 

リッツ「アタシたちは五年前から地底(ここ)に住んでるわよ~」

 

恭夜「それ以前は地上にいたのか」

 

テリア「コスモフィアに先住民と呼ばれる人はいない。そもそも記録自体存在しないから、いつからこの国が存在してるのかも分からないんだ」

 

ハルカ「テルさんたちは何者なんですか?」

 

アウス「聞いて驚くなよ。これでもオレ様たちは義賊なんだッ!」

 

恭夜「義賊?貧しい人にお金を恵んでるってこと?」

 

リッツ「そうよ~この国の人たちは新規の住民に大きい顔をするのよ~だからアタシたちがその人たちを支援してるのよねぇ」

 

テリア「所詮ボクたちは犯罪者。君たちも関わり合いたくないならすぐに立ち去った方がいいよ」

 

恭夜「俺にはこの国の事情とかよく分からないし、三人を責めるつもりもないよ」

 

リッツ「やっぱり地上から来た色男は物分かりがいいわね~ならあなたもどう?一緒に暮らさな~い?」

 

ハルカ「目的が変わってません?」

 

リッツ「いやぁねぇ。別にプロポーズしたわけじゃないわよ~」

 

ハルカ「私、この国にいる両親を探しに来たんです」

 

アウス「へぇー、そりゃあ大変だなッ」

 

テリア「もっと気の利いたことが言えないの?彼女は辛い悩みを打ち明けているんだ」

 

ハルカ「大丈夫です。私には大切な人がたくさんいますから」

 

リッツ(この恋する乙女のような笑顔、スゴく印象的ねぇ。どこかで見たのかしら?)

 

恭夜「それじゃあ情報収集を続けようか?」

 

ハルカ「はい!」

 

リッツ「もう行っちゃうの~?もう一晩泊まっていってもいいのよ~?」

 

恭夜「俺たちが一泊したみたいな言い方するな。そんな時間経ってないし」

 

ハルカ「二時間ぐらいですね」

 

テリア「迷惑をかけたお詫びにコスモスクウェアまで案内するよ」

 

アウス「オレ様が先導してやらぁッ」

 

リッツ「――本当にいいの?」

 

テリア「何が?」

 

リッツ「あの男の子ちょっと似てるじゃない、アノ人に。だから先生の家に招き入れたんでしょ?今さら否定するつもり?」

 

テリア「だったら何?」

 

リッツ「もう!まだ引きずってるのね!アタシには分かるわよ。何年一緒にいると思ってるの」

 

テリア「孤児院から数えて十五年だったかな」

 

リッツ「時間なんてあっという間よ。男装して男を寄せ付けないようにしてるのかもしれないけど、新しい恋も悪くないんじゃない?この世界にも色男が盛りだくさんよ」

 

テリア「……」

 

アウス「――お前、恭夜っていうのかッ」

 

恭夜「気安く肩に手を置くな」

 

ハルカ「喧嘩しないで下さいね」

 

アウス「そうだぞッ!昨日の敵は~とか言うだろッ?」

 

恭夜「重要な部分を忘れるなよ。そもそもさっき会ったばかりなのに敵も味方もねぇだろ」

 

ハルカ「そうですよ。類は友を呼ぶとも言いますし」

 

アウス「アーハッハッハッ!ハルカの方が良いこと言うじゃん!」

 

恭夜(俺はニワトリヤロウと同類なのか……)

 

ハルカ(私、恭夜さんの気に障ることを言ったのでしょうか?)



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闇市のママ

~地底都市コスモスクウェア・裏道~

 

恭夜「指名手配されてそうな人と一緒に行動するの、すげぇ不安なんだけど」

 

ハルカ「大丈夫じゃないですか?皆さん、悪い人ではなさそうなので」

 

リッツ「ここに住んでるだいたいの住民には顔を知られてるわね。でも鉢合わせしなきゃ問題ないわよ~」

 

テリア「行動範囲は狭まるけど裏道から通れば人目もつかない」

 

アウス「追われたってリッツの注射器があれば眠らせられるしなッ」

 

恭夜「その注射器ってもしかして……」

 

リッツ「地上の通販で買ったのよ~お手頃よね~」

 

ハルカ「あれって確か30年ローンでしたよね?払えるんですか?」

 

テリア「リッツは踏み倒すつもりだ。ボクは面倒なことに巻き込まれるのが嫌だから、肩代わりなんてごめんだよ」

 

恭夜「目クソ鼻クソだな」

 

アウス「もうすぐで目的地だぜッ」

 

~闇市~

 

カメラ『キュイーン……カチカチ』

 

リッツ「気をつけてね。この町全体に監視カメラが取り付けられているの。恭チャンたちの行動も全て筒抜けよ」

 

ハルカ「少しドキドキします」

 

恭夜(このカメラ洞窟にもあったな。みんな表情が暗いけど、そういう町なのか?)

 

テリア「まずハルカが探している両親について調べよう。別々で行動して――」

 

アウス「恭夜、一緒にメシでも食って行こうぜ?」

 

恭夜「メシならリッツとテルも一緒に来てほしいな」

 

ハルカ「そうですね。この国に詳しい人がいてくれれば心強いですから」

 

リッツ「男たちはどうしようもないわね~」

 

テリア「この場所に留まるのは良くない。弁当を買うとなると人気のない更地に移動しないといけなくなる」

 

アウス「別にいいよな?恭夜ならそんな細かいこと気にしねぇだろッ?」

 

恭夜「そうだな(なんかイライラする)」

 

ハルカ「私も構いません」

 

リッツ「ならさっさと済ませなきゃ!」

 

~弁当屋~

 

リッツ「ママいる~?おひさ~」

 

アウス「たくよッ!スナックじゃねぇんだから、その呼び方ヤメロヨッ」

 

恭夜「お前らいくつだよ」

 

テリア「おばあちゃん、弁当五人分貰える?」

 

老女「ありゃま、リッちゃんたちかね?弁当が欲しいって言ったのかね?あいよ。ちょいお待ち」

 

ハルカ「お弁当のように温かいおばあちゃんですね」

 

リッツ「上手いこと言うわね~お弁当もまさにお袋の味よ~て行ってもアタシたちにお袋はいないんだけどねぇ……」

 

恭夜(急にトーンダウンしたな)

 

老女「こりゃたまげた!?なんだい、いい男がいるじゃないか!」

 

恭夜「どこ見て喋ってるんだ?」

 

テリア「おばあちゃん、それ遺影だよ」

 

アウス「婆さん、いつも好みの男がやって来ると、ああやって照れ隠しでボケるんだぜッ」

 

恭夜「もうボケてるじゃん」

 

ハルカ「カワイイおばあちゃんですね」

 

老女「ちょいとお使いを頼みたいんだがね。そこのカワイイぼっちゃんにおばばの弁当を持って行ってもらいたいんだよ」

 

恭夜「俺……なのか?(横顔を俺に向けてる……)」

 

リッツ「ママはホントにウブなんだからぁ。ちゃんと目を見て伝えなきゃ熱い想いは届かないわ~!」

 

アウス「相変わらず失礼な婆さんだなッ」

 

老女「手羽先みたいな貧相な男に言われたきゃないね!」

 

テリア「それでおばあちゃん、この弁当はいつもところでいいの?」

 

老女「ああ、頼んだよ。可愛い男の子には旅行をさせよっていう(ことわざ)もあるからねぇ」

 

恭夜「ただの一人旅じゃん」

 

リッツ「カワイイ男の子だって~嬉しいわぁ」

 

ハルカ(どうしてリッツさんが喜んでるのでしょうか?)

 

~更地~

 

恭夜「ここでメシにするのか?」

 

ハルカ「更地ですよね?人目が気になってしまいます」

 

リッツ「あそこよ。ママのお弁当をいつも待ってる人がいるわ」

 

恭夜「その人って隅っこの十字架が立ってるやつじゃ――」

 

ハルカ「もしかしてもう亡くなっているのですか?」

 

アウス「ムシャムシャ――」

 

テリア「亡くなってはいないと思うけど、行方が分からないらしいんだ」

 

恭夜「地上に出て行ったとか?」

 

リッツ「それが五十年前にここに来た時から離れ離れになってしまったらしいのよ。運命って残酷よねぇ」

 

恭夜(なんか引っかかるなぁ)

 

ハルカ「じゃあ、あのおばあちゃんは愛する人の帰りを待ちながら、お弁当を作り続けているのですね?」

 

テリア「毎回この十字架の前にお供えするんだけど――」

 

アウス「ゲップ……アア、食った食ったァッ」

 

恭夜「お前、おばあちゃんのお弁当どこにやった?」

 

リッツ「恭チャンの怒りに満ちた表情も痺れるぅ~!」

 

ハルカ「た、食べちゃったんですか!?今の話聞いてなかったんですか!?」

 

アウス「そんなカッカすんなよッ。ずっとこんなとこ置いといたって腐っちまうんだぜッ?」

 

恭夜「これも毎回なのか?」

 

リッツ「最初はアタシも怒鳴り散らしたわ。でも、アウスの悪事を知ったママが『そんな事聞きたかなかった。それなら黙っていてくれた方がまし。お前たちもおばばの為と思うんだったら、嘘や建前でこの国の人を笑顔にしてみさない』って言ったのよ。アウスの人間性を見抜いていたのね」

 

テリア「だからって空の弁当箱をお供えなんかしたらバチが当たるよ」

 

ハルカ「――お弁当の底に何か書かれてますよ」

 

恭夜「『便秘改善・快便祈願』……」

 

アウス「!!――ぬふぅ!?腹いってぇぇぇッ!!」

 

テリア「下剤入りなのか。おばあちゃんも悪趣味なことするね」

 

リッツ「千鳥足になってるわよ。ブザマねぇ」

 

カメラ『キュイーン……カチカチ』



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路地裏のパパ

~地底都市コスモスクウェア・路地裏~

 

ハルカ「ここも裏道なんですか?」

 

アウス「ブー!ここは路地裏だぜッ」

 

テリア「気にしなくていいよ。ただの屁理屈だから」

 

リッツ「頭だけ子供のままなのよねぇ。許してあげてね、ハルチャン」

 

恭夜「それにしても静かだな。話し声すら聞こえない」

 

テリア「お客なんて滅多に来ないから店主も表に出たがらないんだ」

 

リッツ「こっちから声をかければ顔を見せてくれるし陽気な人が多いのよねぇ。遠慮することなんてないわよ~」

 

アウス「恭夜はまだオレ様たちを疑ってるみてぇだなッ。なんならオレ様の顔の広さを見せつけてやってもいいぜッ」

 

恭夜「十分見せつけてるじゃねぇか。頭が」

 

ハルカ「ここはアウスさんの言葉を信じてみませんか?」

 

リッツ「大丈夫よ。アタシたちの馴染み店なんて数えるほどしかないから、怪しい商売をしてたとしてもお役人さんの目なんて届くわけないもの~」

 

テリア「とは言ってもアウスの馴染みの店は一つしかない」

 

~宝石店~

 

ハルカ「見たことない宝石ばっかりですぅ!」

 

リッツ「いいわね、その目。ダイアみたいにキラキラしてるわよ」

 

恭夜「アウス、お前やっぱり強盗するのが目的だったんだな!?」

 

アウス「馴染みの店だぞッ!?オレ様のような気高き狩人が、こんな埃臭い店に来ると思うかッ?」

 

テリア「アウス、トロントさんの顔を見てみなよ」

 

トロント「減らず口は変わらんのぉ。大勢で押し掛けて来たと思えば、冷やかしの言葉を浴びせられるとはのぉ。年老いた体には堪えるわい」

 

リッツ「パパったら人が来ないと、いつも寂しいそうに白髭をさすってるくせに~」

 

ハルカ「恭夜さんの好きな宝石の色、当ててみましょうか?」

 

恭夜「宝飾品じゃなくて色を当てるの?さすがに無理だと思うよ」

 

リッツ「そうね~色男さんは冷徹そうな雰囲気とは裏腹に燃えるような恋をしそうだから~きっとルビーよ!」

 

トロント「そうじゃのぉ。ワシの見たところ大人の色気がちと足らんのぉ……そうじゃこのオブシディアンはどうじゃろう?黒曜石と呼ばれるモノじゃが」

 

テリア「恭夜には似合わない」

 

アウス「男は黙ってトパーズだぜッ!オレ様のお気に入りなんだけどなッ」

 

ハルカ「私はエメラルドだと思います」

 

恭夜「……全部外れ。正解はサファイアでした」

 

テリア「えっ……」

 

アウス「マジかよッ!?全然似合わねぇッ!」

 

ハルカ「そんなことありません。サファイアは恭夜さんが大切な人に送りたい宝石なんですよ」

 

リッツ「こんな偶然あるのね~まさか恭チャンまでサファイアが好きだなんて」

 

テリア「リッツ、余計なことは言わない約束でしょ?」

 

トロント「テリアの首にかけられているペンダントもサファイアじゃ。恋人と永遠の愛を誓い合った証なんじゃろう?」

 

テリア「トロントさん!!」

 

恭夜「空気が悪くなってきたな。俺のせい?」

 

アウス「この爺さんが口を滑らせやがったんだッ。たくよっ、減らず口を叩いてるのはどっちだよな?」

 

リッツ「いづれは二人にも話すつもりだったのよ。でも、過去に恋人を亡くしたことがテルの人生に大きな変化をもたらしたの」

 

ハルカ「そうだったんですね。テルさんは辛く苦しい日々を過ごしてきたんですね……」

 

テリア「昔の話だ。恭夜やハルカには関係ない。ボクは過去に囚われてはいないし、今の生活にも満足してるよ。リッツもアウスも先生もいるから」

 

トロント「ならばどうして義賊などという倫理に反した道を歩む?師の崇高な志を踏みにじるやり方に大義名分があるというのか?」

 

テリア「ないよ。それでもボクたちの生き方は変えられない。変えるつもりもない」

 

リッツ「パパやママのような馴染みの人間に軽蔑されたってアタシたちはめげたりしないわよ。だって貧しい人や立場の弱い人を見過ごすことなんて出来ないもの」

 

アウス「オレ様たちのやり方を支持してくれる人がいなくなるまで貫き通してやるぜッ!」

 

恭夜「支持してくれる人がいなくなった時こそ、多くの人たちが幸せな国で生きれるってことだもんな」

 

ハルカ「テルさんたちの覚悟は並大抵のことではないと思います」

 

トロント「自由、平和、平等を声高に叫ぶ者には、それ相応の責任がつきまとうものじゃ。今のテリアにその覚悟があるとは思えんが」

 

テリア「……吹っ切れたよ。皆のお蔭で――」

 

ハルカ「えぇ!?」

 

トロント「ぬっ!」

 

リッツ「そのペンダント、売る気なの!?」

 

アウス「一番大事にしてた恋人の形見だろッ!?」

 

恭夜(ペンダントの裏側に名前が彫られてるな)

 

トロント「本当に良いのだな?クーリングオフは効かんぞ?」

 

テリア「あれだけ欲しがってたクセに、いざ目の前に差し出されるとへっぴり腰になるなんて……フフッ」

 

トロント「……まあよい。ほれ報酬じゃ、持っていけ」

 

テリア「まいど、トロントさん」

 

トロント「こっちの台詞じゃ、バカモノ」

 

カメラ『キュイーン……カチカチ』

 

~路地裏~

 

ハルカ「どうしてあんな大切なモノを手離してしまったんですか!?」

 

テリア「昔、付き合っていた人がいたんだ。ペンダントを婚約代わりにくれたんだけど……その人戦争で死んじゃったんだ」

 

リッツ「ペンダントにサファイアが散りばめられているのよねぇ。センスありありって感じ~」

 

アウス「ソイツのセンス、オレ様の理解が追いつかねぇぜッ」

 

恭夜「いつにも増して正直だな」

 

テリア「恭夜は好きな人が出来たらサファイアを送るの?」

 

恭夜「最初はそのつもりだったんだけど、その人ティアラがいいって言うんだよ」

 

テリア「へぇ、いいなぁ。サファイアが散りばめられたティアラか。ボクもつけてみたいな」

 

リッツ「やっとテルに春が到来したのかしら~?」

 

ハルカ「ティアラなら私の方が似合うと思いますぅ!」

 

アウス「ハルカならなんでも似合いそうだけどなッ」

 

恭夜「ちょっと気になったんだけど、テルたちが言う戦争っていつ起きたの?」

 

テリア「19世紀」

 

ハルカ「じゅ……19世紀!?」

 

リッツ「恭チャンたちは知らないのよね~アタシたち19世紀からやってきたのよ~」

 

アウス「今って確か22世紀、だよなッ?」

 

恭夜(この三人はサリーと同じ過去から来た人間なのか!だとしたらこの地底国家は――)



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アリーネ・コスモフィア

~地底都市コスモスクウェア・地下水道~

 

ハルカ「うぅ……鼻がもげそうです……」

 

恭夜「いくら人目を避けるって言ったって普通こんなとこ歩いたりするか?……うっぷ……」

 

リッツ「アタシたちにとっては最適な散歩コースなんだけどねぇ。清潔感溢れるお二人さんには縁のない場所よねぇ」

 

テリア「吐きたくなったらいつでも。ボクたちのことは気にしなくていいから」

 

恭夜「吐くこと前提で言うなよ」

 

ハルカ「少し目まいもしてきました……」

 

アウス「ガスマスクはオレ様たちの特権みたいなもんだしなッ」

 

恭夜「俺たちの分まで用意してほしかった……」

 

リッツ「なら一緒に使う?恭チャンとハルチャンなら大歓迎よ~」

 

テリア「顔中にブツブツができるからやめた方がいいよ。ボクのなら貸してあげようか?」

 

恭夜「えっ!」

 

テリア「フフッ、嘘だよ」

 

リッツ「何よその言い方!ちゃんと毎日お風呂に入ってるわよ!」

 

恭夜「普通だろ」

 

アウス「風呂ってあんま好かねんだよな。髪は崩れるし、セットするのも面倒だしよッ」

 

ハルカ(お風呂よりも髪型を優先するんですね。生理的に無理です)

 

~王立図書館前~

 

ハルカ「ここで情報を集めるんですか?」

 

テリア「安直だったかな?情報集めの基本は書物だと思ったんだけど――」

 

リッツ「ハルちゃんの地図に描かれてる場所ってこの辺りよね?結構なお嬢様なのかしら?」

 

アウス「そんじゃオレ様は『先生のお使い』に行ってくるかッ――おっ先ッ!」

 

恭夜「こんなやつにお使いなんて任せて大丈夫なのか?」

 

テリア「アウスは腹が減ると先生のお使いを利用してメシを食いにいくんだよ」

 

リッツ「先生の頼み事なんてそうそうあるものじゃないんだけどね~」

 

ハルカ「いいことなんじゃないですか?ちゃんと仕事をしていればその先生も大目に見てくれますよ」

 

恭夜「それじゃあ早速調べるとしますか!」

 

リッツ「あ~ん、待ってよ恭チャーン!もうちょっとしたら先生がやって来るのよ~人手は多い方がいいと思って呼んでおいたわ~」

 

ハルカ「リッツさんたちの先生も来るんですね!どんな人なんでしょうね!」

 

テリア「先生がいないと役所から必要な書類を引き出せないんだよ。役人はボクたちを相手にしないから」

 

恭夜「義賊に情報を渡すわけにいかないからな」

 

ハルカ「それなら私と恭夜さんがその先生と一緒に行けばいいんですね?」

 

テリア「えっ、あ、ああ。そういう解釈もあるね」

 

リッツ「テルも一緒に行けばいいじゃない。両手に花なんて贅沢よね~恭チャン?」

 

恭夜「慌てなくてもハルカちゃんの両親は逃げたりしないよ。手紙を寄越したってことは会いたいってことだと思うし」

 

ハルカ「恭夜さんはなんにも分かってません!」

 

リッツ「恋に火傷はつき物って言うけど、恭チャンの場合は火遊びを覚えるべきねぇ」

 

テリア「ハルカに火遊びは早いよ。まだまだ子供だからね――」

 

ハルカ「恋に子供も大人も関係ありません!」

 

恭夜「ちょ、ちょっとハルカちゃん!?そんなにくっつかないで(誰かがこっちを見てる?カメラじゃないな)――」

 

リッツ(周りから人気がなくなったわね。アタシたちを遠巻きにしてるわけではなさそうだけど)

 

テリア(変だ。図書館周辺から人気がなくなるなんてあり得ない)

 

ハルカ「どうしたんですか?皆さん、恐い顔して……」

 

恭夜「ハルカちゃん動かないで!」

 

ハルカ「えっ!?」

 

恭夜「あの光は……(拳銃!?ハルカちゃんを狙っているのか!?)」

 

ハルカ「――キャアァァァ!!」

 

リッツ「なに!?なんなの今の!?銃声みたいな……」

 

恭夜「うぐっ……」

 

テリア「恭夜!!血が……」

 

ハルカ「一体……何が……」

 

リッツ「テル!そっちは任せたわ!ハルチャン大丈夫!?」

 

ハルカ「あぁ!!指が……痛い……」

 

恭夜「ハルカちゃんは……無事……?」

 

テリア「ああ、恭夜が身を挺して守ったお陰だよ」

 

恭夜「そっか……良かった……」

 

テリア(弾丸は貫通してるみたいだ。早く病院に連れて――)

 

憲兵(A)「何事だ!貴様ら、こんな場所で何をしている?」

 

憲兵(B)「隊長、あの女性を見て下さい!」

 

憲兵(A)「ムッ!あ、あれは!?」

 

リッツ(冗談じゃないわよ!どうしてこんなにも早く憲兵が来るの!アタシたちハメられたのかしら?)

 

テリア(このままだと恭夜が危ない。奥の手の吹き矢で――)

 

憲兵(B)「この女性は我がコスモフィアの姫君、アリーネ・コスモフィア王女だと存じ上げます」

 

テリア「アリーネ?」

 

リッツ「コスモフィアですって?」

 

憲兵(A)「やはり大臣の推理は正しかったというわけか。となれば王女は(さら)われていたと。クックック……」

 

テリア「拐われた?憲兵は何を言ってるの?」

 

憲兵(B)「映像の男に間違いありません。この男が主犯のようです」

 

ハルカ「この方たちは何を……」

 

リッツ「ちょっと恭チャンに近づかないで!ケガしてるのよ!」

 

憲兵(A)「この男を連行しろ!罪状はアリーネ・コスモフィア王女――誘拐の罪だ」

 

カメラ『キュイーン……カチカチ』



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王と法

~地底都市コスモスクウェア・大通り~

 

サリー「道案内だけだと言ったが南部先生とやらはいつまでついてくる気だ?」

 

南部「所用を思い出しましてね。この先で教え子と落ち合う約束をしていたのですよ」

 

あかり「すっごい人だかりだね!喫茶店とかショッピングセンターもあるよ!」

 

ヤエ「生活必需品を揃えるのに必要な環境は整えられているのね」

 

サリー「この国の治安は良いのだろうか?」

 

南部「地上とさほど変わりませんが国家権力の方が強大でして――至るところにカメラがありますよね?」

 

あかり「町中監視カメラだらけだね」

 

ヤエ「監視社会ってわけね。互いに監視し合うことで犯罪の抑制に繋がると。でも、国家権力が強大ってことは政治腐敗もあるってことよね?」

 

南部「世の常ですと言いたいところですが、このコスモフィア王国の君主は三権分立の一部に組み込まれているのです。すなわち王権は司法権に絶大な影響力を及ぼしているのです」

 

あかり「サンケンブンリツって起立、礼、着席だっけ?」

 

ヤエ「三権分立は立法権、司法権、行政権のことよ」

 

サリー「互いに独立することで牽制しあい国権の暴走を抑止することが狙いだったはず」

 

南部「この国の政治体制をどう思われます?地上の人間から見れば疑念を抱いたとしても不思議ではないでしょう」

 

ヤエ「王権が司法権を握っているなら、立法権を担う代議士や行政権を行使する役人が気後れしてしまうのでは?」

 

あかり「サリーお姉ちゃん、どういう意味?」

 

サリー「王様が裁判官をやってしまえば、批評したり異議を述べる国民や学者がいなくなるのではないか?ということだ」

 

南部「司法権を王権が兼ねるのではあれば、立法権も行政権とそれ相応の人材を登用しなければなりません。そこで考えられた方策が国家最高職である宰相を行政権に据え置き、国民から選ばれた代議士の代表を立法権の長として任用するということなのです」

 

あかり「占い師さんはわかる?」

 

ヤエ「地上と大して変わらないのね。つまり宰相や代議士をそれぞれ行政権、立法権の長に据え置くことで王権と同等の権力を行使することができるというわけね」

 

サリー「でなければ国王の独断で法律を運用することになってしまうからな」

 

南部「この国は長い歴史を持っています。ですが、君主の存在が支持されたのはつい最近なのですよ。最近と言ってもお三方が生まれるより前なのですが……王権は人権を制約するほどの拘束力を持つに至らず、司法権を司ることでしか威厳を保つことが難しいという他ないのです」

 

ヤエ「国民主権を体現してるのなら問題ないような気もするわ」

 

サリー「外部から来た人間がとやかく言うのはおかしな話。ルールや決まりが守れぬと言うのなら出ていけばいいだけのことだ。国民からしたら目障り極まりない」

 

あかり「あ、あたしもそう思うよ!」

 

南部「――この先は王立図書館なのですが、規制線が張られていてこれ以上は進めないようですね」

 

あかり「事件でもあったのかな?」

 

サリー「ヤジウマどもが道を塞いでいるのか。暇な奴らだ」

 

ヤエ「カメラがあるんだったら犯人が捕まるのも時間の問題ね」

 

南部「少し寄り道をしたいのですが、お三方はどうするおつもりで?」

 

あかり「いろんなとこ見て回りたーい」

 

サリー「私たちは観光に来たわけでない。それにこの近くで事件が起きたとしたら犯人がまだ潜伏してるかもしれない」

 

ヤエ「それにプライベートの空間が皆無な町に留まりたくなんかないわ」

 

南部「これから事前の連絡をせずに知人と面会しようと思っています。実はドレスコードがあるのですが……まあ、そのままでもよろしいでしょう」

 

あかり「身だしなみならちゃんとしてるし大丈夫だよね」

 

サリー「見かけで判断する程度の人物なら、こっちから願い下げだ」

 

ヤエ(子供っぽい服装――武士のような髪型と刀――黒いローブをまとったネクロマンサー、私たちって何の一団かしら?)



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王妃と逃避

~地底都市コスモスクウェア・国王夫妻の別荘~

 

ヤエ「閑静な佇まいね」

 

サリー「人里離れた場所に住むとは、さぞ気難しい人間なのだろうな」

 

あかり「魔女が出たりしてね」

 

南部「あまり騒がないで下さい。この周辺にはカメラだけでなく、侵入者の行く手を阻む罠がいくつも仕掛けられております。もちろん、憲兵やボディーガードも目を光らせていますので良からぬ事をお考えにならぬよう」

 

ヤエ「南部先生とお会いする人物は相当身分が高いようね」

 

サリー「そのような人物に会えるのならハルカの情報もすぐ得られそうだな」

 

あかり「アタシたちの扉が正解だね!」

 

南部「よろしいですか?もうすぐ面会のお時間となります。これからは私語を慎み、不敬な発言や下賎な立ち振る舞いは控えて下さい」

 

ヤエ「さて何が出てくるのかしら?」

 

サリー「行くぞ、あかり」

 

あかり「き、緊張してきちゃった……」

 

~王妃・安息の間~

 

王妃「お先生、今日も良いお天気ですね」

 

南部「これはこれはコスモフィア王妃、ご気分はいかがでしょう?」

 

サリー(王妃だと?バカな……)

 

ヤエ(一杯食わされたわ。まさか南部先生が王族と繋がりを持っていたなんて)

 

あかり(ずっと立ってられないよぉ……)

 

王妃「そちらはお先生のお弟子さんかしら?」

 

南部「いえ、彼女たちは地上から参られた招待客です」

 

ヤエ(とてつもないオーラね。王女に相応しい貫禄を見せつけてくれるわ)

 

サリー(ここは無難に会釈ぐらいはした方がいいな)

 

あかり(あたまがクラクラする……)

 

王妃「地上から来られたのですね。ウフフ、そちらの方、リラックスして深呼吸をなさって」

 

あかり「ふわっ!?あ、あたし!?」

 

ヤエ「落ち着きなさい。王妃の言う通りにすればいいだけのことよ」

 

サリー「緊張の糸が切れてしまったようだな。汗がすごいぞ」

 

王妃「お先生、今日も素敵なお話を聞かせて下さるの?」

 

南部「いえ、今日はこの者たちを会わせたく足を運んだ次第でございます。どうやら王妃に聞きたいことがあるのだとか」

 

王妃「ウフフ、構いませんよ。遠慮なさらずにお掛けになって」

 

あかり(やっと座れるよぉ)

 

ヤエ「危なかったわね。王妃の前で醜態を晒したら国外退去じゃすまないわよ」

 

サリー「南部先生、本当にいいのか?私たちにこのような機会を与えて」

 

南部「この南部なりの気遣いですよ。暇潰しも兼ねて、わざわざ足を運んだのです。王妃の退屈しのぎにもなりますし、せっかくですのでお三方の悩みでも聞いてみてはいかがですか?」

 

王妃「お先生、お口が過ぎますよ。まるでワタクシが公務を軽んじてるように仰るのですね」

 

南部「いえいえ。王妃も気苦労が多い立場ですので、少しでも労を労おうとこの南部も苦心していたのですよ。そこにこの者たちが現れましたので手土産にお会いして頂こうと考えたのです」

 

王妃「ではでは、皆さまの思い出話でも聞かせて頂きたいものです」

 

サリー「思い出話をする前に教えてもらいたいことがある」

 

ヤエ「単刀直入に聞かせてもらうわ。深地ハルカという名前に聞き覚えはないかしら?」

 

王妃「なっ……」

 

南部「深地ハルカ?この南部にも聞き覚えが――」

 

あかり「あたしの友達でクラスメートなんだよ」

 

王妃「!」

 

サリー「些細なことでもいい。実の両親――」

 

南部「待ちなさい」

 

ヤエ「何か知っているのね?」

 

あかり「ハルカちゃんのパパとママはどこに住んでるの?」

 

王妃「まさか……まさか……本当に……」

 

南部「顔色が悪いですね。一度席をはずされた方がよろしいのでは?」

 

王妃「大丈夫です。ワタクシは悲しいのではありません」

 

サリー「どういう意味だ?」

 

王妃「皆さま方の質問にお答えします。深地ハルカは……ワタクシの娘です」

 

あかり「へぇー、そうなんだ……えぇぇぇ!?」

 

サリー「ヤエっち、王妃は今なんて言ったんだ?」

 

ヤエ「深地ハルカは王妃の娘。つまりこのコスモフィア王国の次期王妃ってことね」

 

南部「こ、これは驚きました……」

 

王妃「真の名はアリーネ・コスモフィア。現国王であるコスモフィア8世とワタクシの娘であり、正統なる王位継承者でもあるのです」

 

あかり「ならどうしてハルカちゃんを捨てたの?」

 

サリー「やめろ!あかり!」

 

ヤエ「余韻に浸っている王位にその質問は酷ね」

 

南部「深地ハルカさんはこの国に?」

 

サリー「ああ」

 

王妃「そう……あの子が来てるのね」

 

あかり「会いたくないの?」

 

王妃「……信じてもらえるかしら?」

 

ヤエ「それは親子の絆次第。真実を打ち明ければハルカも当然戸惑うでしょうね。それでも家族としての幸せを取り戻したいのなら、王妃も国王も全てをさらけ出さなけれならないわ。そうでもしないと永遠にその機会を失うことになるわよ」

 

南部「占い師の言葉だとより説得力を感じさせますね。ただ出来れば直接的な表現は避けてもらいたいものです」

 

王妃「いいえ、あなたの仰る通り。ワタクシは罪を償わなければならない。あの子を地上に捨てた愚かな人間、カロリーヌ・コスモフィアとして謝罪しなければなりません」

 

サリー「では会ってもらえるのだな?」

 

あかり「良かった……これでハルカちゃんも……」

 

南部「王女の所在は掴んでいるのですか?」

 

ヤエ「すでに」

 

王妃「やっと……やっと会えるのですね?長かった……」

 

あかり「占い師さん、ハルカちゃんはどこにいるの?」

 

ヤエ「コスモスクウェア居城――王女寝室の間よ」

 

サリー「うん?」

 

南部「帰還にしては早いですね」

 

王妃「どうしてそこに!?ワタクシは何も聞かされてませんよ!?」

 

あかり「恭夜お兄ちゃんも一緒なんでしょ?」

 

ヤエ「それが……」

 

サリー「恭夜の身に何かあったのか?」

 

ヤエ「大変言いづらいんだけど落ち着いて聞いてちょうだい。唯城恭夜は……独房にいるわ。それに怪我をしているみたいね」

 

サリー「!?」

 

あかり「ドクボウ?」

 

南部「刑務所、ですか(王立図書館の件と関係があるのでしょうか?それにしても展開が早急過ぎますね)」

 

王妃「独房は罪を犯した人間を収用する施設なのですが、一体どうしてそのような場所に?」

 

ヤエ「真実はハルカが握ってるわ」

 

あかり「早く会いに行こう!サリーお姉ちゃん!」

 

サリー「あ、ああ(恭夜、無事でいてくれ……)」



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再会

~地底都市コスモスクウェア・王の居城~

 

王「大臣!娘のアリーネが戻って来たというのは(まこと)か!?」

 

大臣「左様でございます、陛下。アリーネ・コスモフィア王女は義賊を名乗る者たちに監禁されておりましたので、我々が救い出した次第でございます」

 

王「ならばアリーネは何処(いずこ)に!?」

 

大臣「王妃の寝室でございます」

 

~王妃の寝室~

 

ハルカ(ここはどこなんでしょう?恭夜さんが私を庇って……指に包帯が巻かれてます……)

 

ハルカ(なんだか懐かしい香りがします。始めて連れてこられたのに始めてじゃない感覚。記憶にはないけど母や父に抱き締められているようなぬくもり……何故このような温かな気持ちになるのでしょうか?)

 

待女「失礼致します、アリーネ・コスモフィア王女」

 

ハルカ「申し訳ないのですが人違いかと――」

 

待女「アリーネ様のお父上であるグランヴィレス・コスモフィア国王陛下が面会をご希望なさっております」

 

ハルカ「私の……お父さん?(アリーネって私のこと?)」

 

待女「ご準備が出来ましたら、お声をかけ下さい」

 

ハルカ(私の身に何かが起こってるようです。恭夜さんたちは無事なのでしょうか?こんなとこで寝てる場合じゃありません!父を名乗る方がいらっしゃるのなら直接問い正すまでです!)

 

~謁見の間~

 

ハルカ(見たことない飾りや家具がたくさんあります……)

 

側近「国王陛下、こちらでございます」

 

王「なんと……やっとの会うことが叶った」

 

ハルカ「……」

 

王「そなたが……そなたが我が娘……アリーネ。まさかこのような再会になろうとは……」

 

ハルカ「私はアリーネという人物ではありません」

 

王「深地ハルカ……であろう?」

 

ハルカ「ど、どうしてその名前を!?」

 

王「そなたを広い育てた者たちが名付けたのだ。父が知らぬはずなかろう。地上からの便りは全て父が目を通した。娘が元気で過ごしているのか、どういった生活を送っているのか、友達がいるのか、親としての最低限の務めを果たさねばと思い続けていた。今もその気持ちに偽りはない」

 

ハルカ「ならどうして私を捨てたのですか?」

 

王「そう思われても仕方ない。私とカロリーヌは覚悟の上でアリーネ、お前を地上に送り出したのだ」

 

ハルカ「答えて!どうして……どうして……」

 

王「カロリーヌは常々言っていたよ。普通の女性としての幸せを掴んでほしいと」

 

ハルカ「お母さんは……望んで結婚したわけじゃないの?」

 

王「このコスモフィアの高位な立場にある女性は王族と繋がりを持ちやすい。その王族が民に認知されたのもここ百年の出来事なのだ。それ故政略紛いの婚姻が横行し自由な恋愛など許されるはずもなかった」

 

ハルカ「なら私は……」

 

王「父はカロリーヌを心の底から愛している」

 

ハルカ「でもお母さんは……」

 

王「お前に女性としての暮らしを謳歌させたかったのだろう。もちろん私も反対などしなかった。だが、こういった再会になってしまうことも誰しもが予想出来たことだ。私が父として娘に出来ることはただ頭を下げることしかない。許してほしい――申し訳なかった」

 

ハルカ「……もういいです。あなたが本当の父であろうとなかろうと、憎んだり悲しんだりする気持ちなんて今は持ち合わせていません」

 

王「父とカロリーヌはアリーネの人生に口を出したりはしないよ。お前はお前らしく生きなさい」

 

ハルカ「お母さんは……元気ですか?」

 

側近「王妃!?お待ち下さい!中には陛下が――」

 

王妃「どきなさい!ワタクシの言葉は王の言葉と同等の発言力を持ちます!」

 

サリー「王妃の命令とならば、この男を切り捨てても良し!」

 

あかり「ダメだよ!ハルカちゃんのお母さんが血まみれになるじゃん!」

 

ヤエ「他に心配することがあると思うけど」

 

南部「中に国王陛下がいらっしゃるのですよ?品の無い言動はわきまえてほしいものですね」

 

王「構わん、その者たちは余の客人だ。丁重に扱ってくれ」

 

側近「は、はっ!」

 

王妃「あなたが……あなたが……アリーネなの?」

 

ハルカ「は、はい」

 

王妃「良かった……本当に良かった……」

 

ハルカ「お母さん?」

 

王妃「信じてもらえないかもしれない……でも……あなたの母よ」

 

ハルカ「真実は父から聞きました。だから泣かないで」

 

王妃「こんなに嬉しいことはないもの……あなたを手離した時から毎晩泣いていたの……親としてのやってはいけないことをしてしまったと……」

 

ハルカ「もういいよ。私、友達や大切な人が出来たの。だからお話聞いてくれる?」

 

王妃「ええ……聞かせてくれる?」

 

南部「陛下、ご無沙汰しております」

 

王「わざわざ妻をエスコートしてくださるとは。手を煩わせてしまい申し訳ない」

 

南部「お気持ちだけで十分でございます」

 

ヤエ「王様って意外に腰が低い人なのね」

 

サリー「ハルカにとっても素晴らしい両親に巡り会えたというわけだな」

 

あかり「良かったね……ハルカちゃん」

 

南部「ご紹介が遅れました。この方々はアリーネ・コスモフィア王女のご友人、すなわち地上から来訪された南部の客人でございます」

 

王「おお!なんという偶然か!ご友人まで駆けつけてくれるとは!」

 

王妃「お優しいお嬢様たちですよ。アリーネ共々よろしくお願いします」

 

ヤエ「どうも」

 

サリー「ハルカにはあかりが世話になっている」

 

あかり「ハルカちゃんはあたしのクラスメートだよ!」

 

王「そうであったか」

 

ハルカ「あかりちゃん、ありがとう」

 

サリー「このタイミングで悪いんだが、恭夜に何があった?」

 

ハルカ「はい……お話しします」



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死か、自由か

~王の居城・謁見の間~

 

ハルカ「――これが恭夜さんと私に起きた出来事です」

 

王妃「辛かったでしょう……」

 

ヤエ「独房に入れられたのは冤罪ってことね」

 

あかり「文化祭でやった演劇が現実になっちゃうなんて……」

 

サリー「義賊なんかと絡むからそういう目にあうんだ」

 

王「アリーネの友人ならばどうにかしてやりたいのだが……」

 

南部「経緯が経緯だけにかなり厄介な事案ですね」

 

ハルカ「恭夜さんは私を助けてくれただけなんです!」

 

王妃「どうにかならないのでしょう?」

 

ヤエ「王女の誘拐監禁ってどのくらい重い罪に問われるのかしら?」

 

王「通常の誘拐であれば、被害者を誘拐した期間から勘案するのだが――」

 

南部「ここはこの南部が、ご説明致しましょう。王族が被害者の場合は一般の刑法は適用されないのです。つまり『特別法廷』で裁かれることになり、大抵の裁判では極刑を科されることになるでしょう」

 

あかり「サリーお姉ちゃん、キョクケイって何?」

 

サリー「コスモフィアに死刑制度があれば死刑になるということだ」

 

ハルカ「そ、そんなっ……!?」

 

あかり「この国に死刑ってあるの?」

 

王妃「死罪ならあります。でもあんまりよ……」

 

ヤエ「あまり聞きたくないけど死罪の執行方法はなんなのかしら?」

 

南部「死刑人の痛みと不安を和らげる配慮をしつつ、速やかにギロチンで断首されます。人づてに聞いた話では執行前に必ず鎮痛剤を打つみたいですよ」

 

王「未来ある青年を断頭台送りにするのは胸が痛む」

 

サリー「一つだけ恭夜を救う方法があるな」

 

王妃「教えて頂けます?」

 

ハルカ(サリーさんにとっても恭夜さんは特別な存在なはずなのに、どうしてこんなにも冷静でいられるのでしょうか?)

 

南部「コスモフィア王国の司法権は陛下の意思を介在させなければ、その意味を持ち得ないのです。この話は数時間前にしたので覚えてらっしゃいますね?」

 

あかり「え~と……王様が裁判官をやるってことだよね?」

 

王「言いたいことは分かるのだが、あまりにも不確定事項が多い。更に死罪を恣意的に回避した場合、司法権の存在を根本的に揺るがす事態になりかねん」

 

サリー「それならそれまでだ。陛下はいつも通り裁いてくれればいい。ダメなら私なりに恭夜を救い出す方法を考える」

 

ハルカ「わ、私もサリーさんを応援します!恭夜さんを見捨てることなんて出来ません!それに恭夜さんには何度も助けられた恩もありますから」

 

王妃「それならお母さんも応援しちゃうわよ!」

 

ヤエ「この親子には法律も積み上げた歴史も関係ないようね」

 

南部「傍観に徹するのは教え子に示しがつきませんね。南部真命の名に恥じぬよう一つ、策を講じたいのですがよろしいでしょうか?陛下」

 

王「南部先生の言葉なら耳を傾けないわけにはいかぬ。是非考えをお聞きしたい」

 

南部「差し支えなければその青年の裁判、この南部に弁護をさせてもらえないかと」

 

王「南部先生自身が法廷に立つと仰るなら、理由をお聞かせ願いたい」

 

南部「特別法廷では被告人の弁明の機会が著しく制限されております。(ゆえ)に極刑へ導く証拠しか提示されず、裁判官である国王の心証も検察側有利に傾きやすい。それでは青年があまりにも不憫。難攻不落の特別法廷で南部真命が一計を案じて見せましょう」

 

王「う~む……法務大臣に掛け合ってみよう。アリーネの為でもある。客人にも娘が世話になった恩もある。厚意に報いることが出来るよう、余も配下に命じて証拠と証人の調査をさせる」

 

ヤエ「――待って!」

 

あかり「急に大きな声出してどうしたの?」

 

サリー「恭夜が脱走でもしたのか?」

 

ヤエ「違うわ!独房の中にもう一人いるのよ!」

 

王妃「その方が義賊と呼ばれる方なのでしょうか?」

 

ヤエ「見た目は中性的だけど、たぶん男のようね」

 

南部「中性的に見え男性である?何か引っ掛かりますね。その男性は特徴的な身なりをしているのでしょうか?」

 

ヤエ「……特にないわ。どうしてそんなことを聞くのかしら?」

 

南部「いいえ、気になさらないで下さい……」

 

南部(とはいえやはり釈然としませんね。リッツ、テリア、アウスの動向も気になります。ここは一度調べてみる価値がありそうです)

 

南部「申し訳ありません。急な用事が出来ました。陛下、王妃、お先に失礼させて頂きます」

 

王「裁判の日程はおって連絡しよう」

 

サリー「私たちもここを出よう」

 

あかり「でも、今さらどこに泊まるの?」

 

王妃「それならこの城にある宿泊施設をご利用になってはいかが?」

 

ハルカ「まだゲルマさんたちと合流出来ていませんが……」

 

サリー「ならゲルマたちと合流した後、王妃の言葉に甘えるとしよう」



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急がば回れ!

~地底都市コスモスクウェア・王立裁判所前~

 

隆太「ここどこなんですか?」

 

ゲルマ「裁判所のようだ」

 

ルナ「お腹すいた」

 

隆太「今ごろ兄さんたちはどこにいるんでしょうか?」

 

ゲルマ「広大かつ見知らぬ土地で親を探すなんて最初から無理だと思っていたんだよあっしは!」

 

ルナ「やけくそだね」

 

隆太「すいませーん!この人、知りませんか?」

 

リッツ「何よ、アタシ急いでいるんだけど――でもカワイイ顔してるから今回だけ特別よ」

 

ゲルマ「ロバに好かれるなんて隆太も災難だなぁ」

 

リッツ「誰がロバよ!面長って言いなさいよ!それにアタシにはリッツていう立派な名前があるの――あらやだ、アナタも色白でイカしてるじゃない!」

 

ルナ「ゲルマ、かわいそう」

 

リッツ「アタシから見たらアナタの方がよっぽどかわいそうに見えるわよ!」

 

隆太「圧がすごい……」

 

ゲルマ「癖もすごい」

 

リッツ「さっきの写真、もう一度見せてくれる?」

 

隆太「はぁ……」

 

リッツ「真ん中に写ってるの、恭チャンに似てるわね」

 

ルナ「恭チャン?恭夜のこと?」

 

隆太「兄さんを知ってるんですか?どこにいるんですか?」

 

リッツ「アタシと恭チャンの馴れ初めが聞きたいっていうの?そうね~」

 

ゲルマ「冗談は顔だけにしてもらおうか」

 

ルナ「耳障りだね」

 

リッツ「アナタたちには気の毒だわ。まさかあんなことになっちゃうなんて……」

 

隆太「あはは。裁判所にいるなんてことないですよね?」

 

ゲルマ「裁判所より刑務所にいたりしてな?」

 

ルナ「どっちも入所だね」

 

リッツ「恭チャンなら今独房にいるわよ」

 

隆太「独房?それって裁判所の中にあるんですか?」

 

リッツ「ここじゃないわよ」

 

ゲルマ「独房は罪を犯した人間を留め置く施設だが……」

 

ルナ「恭夜が罪を犯したの?」

 

リッツ「まだ決まったわけじゃないわ。そうだ!アナタたちにも協力してほしいことがあるのよ」

 

隆太(どうします?)

 

ゲルマ(嘘をついてるようには見えんが……)

 

ルナ(行くあてないね)

 

リッツ「初対面だし信用されてないのはわかるわ。けど、このままじゃ恭チャンは二度とアナタたちと会うことが出来なくなるわよ」

 

隆太「とんでもないことに巻き込まれてるんですね」

 

ゲルマ「そこまで言うのならマスターを救い出す手立てがあるというのか?」

 

リッツ「――これを見てちょうだい」

 

ルナ「紙?――陪審員制度?」

 

隆太「陪審員って何ですか?」

 

リッツ「陪審員っていうのは被告人を無罪にするか、有罪にするかを決定する権利を持つ人々のことよ」

 

ゲルマ「なるほど。この陪審員になりさえすればマスターの無実の罪を晴らすことが出来る」

 

ルナ「陪審員は五人必要って書いてある」

 

リッツ「そうなのよ~アタシのツレがもう一人いるんだけどね~全くどこに行っちゃったのかしら?」

 

ゲルマ(本当にそう上手くいくか?この陪審員制度自体、かなりきな臭いが)

 

ルナ「サリーたちがいれば……」

 

隆太「そうですよ。サリーさんたちが合流すれば五人なんて余裕ですよ」

 

リッツ「他にもツレがいるのね!ならお互い人数が集まったら、この裁判所前に合流!これでいいわね?時間はほとんどないわ!総力戦よ!」

 

隆太「――肝心のサリーさんたちの居場所がわかりません」

 

ゲルマ「いや、マスターやサリーは発信器を持っている。特定は容易いがオレたちが陪審員に選ばれるかどうかは別問題だ」

 

ルナ「ダメなら私とゲルマで恭夜を救う」

 

ゲルマ「そっちの方が楽でいいんだが……」

 

ルナ「サリーとネクロマンサーもいるよ」

 

ゲルマ「考えとく必要性がありそうだ――ぼさっとしてられん!行くぞ!」

 

ルナ「うん!」

 

隆太「僕を置いてかないで下さーい……」



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断頭台からの呼び声

~コスモスクウェア中央刑務所・独房~

 

恭夜「うぅ……ハルカちゃん……」

 

テリア(命に別状はないみたいだけど熱が下がらない。それに悪夢にうなされてるようだ。でも、どうしてボクは恭夜と会ったばかりなのに罪を被るようなことをしたんだろう?それにどうしてボクと関わった人は傷ついてしまうんだ?)

 

恭夜「ここは?病院?」

 

テリア「目が覚めた?ここは独房だよ……ていっても二人で入ってるんだ」

 

恭夜「俺がハルカちゃんを傷つけたからか?」

 

テリア「恭夜はハルカを守ったんだ。けど、憲兵に暴徒と勘違いされて捕まったんだよ」

 

恭夜「ならテルはどうして……」

 

テリア「義賊としてのツケを払わされちゃったみたい。仕方ないよ。いつかはこうなると思ってたから」

 

恭夜「この部屋、すっごい狭い」

 

テリア「ごめん。ボクが余計なことしたから……」

 

恭夜「ち、違うよ!テルが悪いわけじゃ……でも、テルがそばにいてくれて少し安心した」

 

テリア「その理由、聞いてもいい?」

 

恭夜「地底国家とかいう聞いたことも見たこともない土地で心細かったから、テルやリッツ、アウスがいてくれて良かったって思ってたんだよ。それにこの町の人たちって優しくて憎めない人たちばかりで、上手く表現出来ないけど嬉しかったんだ」

 

テリア「ボクも地上に出たことなかったから、恭夜とハルカに冷たくしてしまったんだ。でも二人ともボクたちみたいに悪い人じゃなかったから安心したよ」

 

恭夜「テルたちは地上に出ないの?」

 

テリア「恭夜が連れてってくれるならね(ボクは何を言ってるんだ?)」

 

恭夜「そうだなぁ。俺の家族も紹介したいし」

 

テリア「恭夜の家族はどうしてるの?」

 

恭夜「家族っていっても、みんな血が繋がってないし一緒に暮らしてるってだけだから」

 

テリア「恭夜は好きな人とかいないの?(そんなこと聞いてどうする?)」

 

恭夜「……」

 

テリア「?」

 

刑務官「――こんなブタ箱でよくイチャイチャできるな。お前ら男同士のクセに」

 

テリア「ならもっと広い牢獄にぶちこめばいいだけだ」

 

恭夜「俺はこのままでもいいよ」

 

テリア「えっ!?」

 

刑務官「男好きだったのか誘拐犯め!」

 

恭夜「誘拐?何の話だ?」

 

テリア「恭夜はハルカを誘拐したわけじゃない!何かの間違いだ!直接本人にも聞いてくれ!」

 

恭夜「へ?俺がハルカちゃんを誘拐した?」

 

刑務官「しらばっくれても、コスモフィアの法務大臣が全て知っているんだからな」

 

テリア「もういい!これ以上ボクたちに構わないでくれ!恭夜の傷口が開いてしまう!」

 

刑務官「そうはいかない。お前たちに面会したがっている男がいるのだ――さっさと出ろ」

 

恭夜(最初からそう言えよ。テルがいつも以上に感情的になってるし、早く誤解を解いて外に出たいなぁ)

 

~面会室~

 

恭夜「初めまして……(誰だ?ていうか髪ながっ!)」

 

南部「どうも――おや?どうしてテリアがこのような場所に?(裁判を経ていないのにも関わらず刑務所に収用されている。テリアが肩身離さす持ち歩いていたペンダントを持っていない。不可解な点が散見されますが、いずれにせよ裏があることに間違いないようです)」

 

テリア「先生!?こ、これは……その……」

 

恭夜「テルが言ってた『先生』ってこの人か」

 

南部「まあ、いいでしょう。とりあえずお座りなさい」

 

テリア「ごめんなさい!先生に迷惑をかけるつもりなんて、これっぽっちもなかったんです!」

 

南部「このような不衛生な檻の中であなたの言い訳など聞きたくもありません。この南部の目的はただ一つ――あなたです。お名前をお聞きしても?」

 

恭夜「唯城恭夜です」

 

南部「唯城……?(過去に見た文献に似たような科学者の名前があったような気がしますが失念したようです)」

 

テリア(どういうこと?何故先生が初対面の恭夜に会いに来たんだ?)

 

恭夜「もしかして弁護士の人?俺ってどうなるんですか?」

 

南部「弁護士ではありませんが、あなたの弁護をさせて頂きたくためご挨拶に参りました」

 

恭夜「はぁ……」

 

テリア「恭夜は無実なんです!お願いします先生、ボクの代わりに恭夜を救って下さい!」

 

南部「百も承知です。あなたの弁護する以上最善は尽くします。ただし、その上であなたの置かれた状況を説明しなくてはなりません」

 

恭夜「前科はつくけど誘拐なら大したことないですよね?」

 

南部「残念ですが、ことはそう簡単にいかないのです」

 

テリア「ハルカがこの国の王女だからですか?」

 

南部「ご名答です。さすがは南部の教え子良くできましたね」

 

恭夜「ハルカちゃんが王女?そんなこと一言も言ってなかったけど」

 

南部「本人もご両親に会うまでは知る由もなかったのですよ。事情を知った陛下や王妃はあなたを救い出そうと尽力なさっていますが、複雑な事情が絡みあっているので中々ことが進まないのです」

 

テリア「どういうことですか?恭夜に厳しい刑が下るっていうんですか?」

 

南部「そもそもコスモフィアの王族が被害を受けた場合、条文には二つしか刑罰が明記されてないのですよ。そしてその刑罰とは『無罪』と――」

 

恭夜「『死刑』……とか?」

 

南部「はい」

 

テリア「で、でも先生は無罪を勝ち取れると思ったから……」

 

南部「当然まだ問題があります。それはあなたの釈明する権利が著しく制限されていることにあります」

 

恭夜「裁判になっても発言出来ないかもしれないってこと?」

 

南部「あなたの裁判は通常とは違い、検察側の強い意向が反映される特別法廷で行われます。故にあなたは不利な状況の中で自らの無実を証明しなければなりません」

 

テリア「無茶です!発言出来なかったら無実を証明するなんて不可能です!それに検察は証拠だって捏造するかもしれません!」

 

南部「こちらだってあなたが死に怯える姿を黙って見ているつもりはありません(いつになくテリアが感情的ですね。これはこれで新鮮で心地いいのですが)」

 

恭夜「頼れる人が先生しかいないんだったら俺の命、南部先生に預けるよ」

 

テリア(そんな簡単に決めちゃうの?ボクはこんな近くにいるのに何も出来ないなんて、このままじゃ昔みたいに大切な人がボクの前からいなくなってしまう……)

 

南部「劣勢を覆す逆転の一手なら提示しましょうか?」

 

恭夜「強がりじゃないの?」

 

テリア「何ですか!?ボクに出来ることなら何でもします!」

 

南部「司法取引ですよ。検察側から提案されましてね。あなた方のどちらか一方が姫君誘拐の罪を認めれば、他方を無条件で釈放するとの申し出です。要するにテリア、あなたの存在が法務大臣を妥協させたわけです」

 

テリア「罪を認めたら……どうなるんですか?」

 

恭夜「死刑じゃない?」

 

南部「フッフッフ……無論、無意味な裁判が開かれ無条件で死刑判決が下されますよ」



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天使と悪魔の取引

~コスモスクウェア中央刑務所・面会室~

 

テリア「ボ、ボクを……死刑にして下さい」

 

南部「……」

 

恭夜「じゃあ俺も死刑でいいや」

 

テリア「恭夜は怖くないの?死ぬかもしれないんだよ?」

 

恭夜「怖いよ。でも俺だってテルに死んでほしくない」

 

テリア「先生!ボクはどうなってもいいから……だから……」

 

南部「履き違えないでほしいですね。この南部が弁護すべき依頼人はテリア・ヴィスコンティではなく、唯城恭夜なのですよ!」

 

テリア「うぅ……ボクは……」

 

恭夜「そんな体を震わせながら悲しい顔されたら、見ているだけの裁判なんか耐えられないよ」

 

南部「司法取引をしないという選択肢もありますが、その場合はより凄惨な結末を迎えることも覚悟しなければなりません」

 

恭夜「俺が罪を認めたらテルを解放してくれるんですよね?」

 

南部「ええ、お約束しますよ」

 

テリア「そんな結末……ボクは受け入れたくない……」

 

恭夜「テル、聞いてほしんだ。俺は生きることを諦めたりしない。だからもう泣かないでよ」

 

南部「やれやれ、彼にそこまで言われて前を向けないようでは、生半可な気持ちで男装していると思われてもしょうがないですね」

 

テリア「ボクは……嫌なんだ……これ以上大切な人が……いなくなってしまうことが……」

 

恭夜「俺は死なない。絶対に死ぬもんか!家族が助けに来てくれる。来てくれなかったら、自力で抜け出してやる!邪魔する奴なんか全員蹴っ飛ばしてやる!」

 

テリア「フフッ……ずるい……そんなこと言われたら笑うしか……フフフ」

 

南部(少々気恥ずかしいのですが、ガラス越しから黙って見届けなればいけないのでしょうか?)

 

恭夜「先生、お願いします。裁判の件は全部お任せします。俺がどうなっても先生を恨んだりしないから……」

 

南部「まさに神頼みに相応しい舞台です。ゆっくり休んで自分らしく現実に立ち向かって下さい――では、これで失礼します」

 

テリア「さようなら、先生。今日はありがとうございます」

 

恭夜「行っちゃった。ああ!どうしよう……すごいドキドキしてきた……」

 

テリア「ボクも今ドキドキしてるんだ。触ってみる?フフッ」

 

恭夜「な、な、なに言ってるんだよ!?(余計ドキドキしてきた……熱が下がってないから頭もクラクラする)」

 

テリア「――恭夜?どうしたの?しっかりして!(目が虚ろだ!もしかして熱を上げちゃった?)」

 

恭夜「()()()……ちょっとだけ肩貸して……」

 

テリア「え?うん、いいよ(今ボクのこと名前で呼んでくれた?)」

 

恭夜(もう無理……寝よ)

 

~南部邸・書斎~

 

南部(――最後の仕込みといきましょうか。王国のあられもない姿を拝ませてもらいますよ。ヘイルメル・ドンバーグ法務大臣……フッフッフ)

 

~???~

 

大臣「――ぶへぇっくしょん!!誰かワシの噂でもしておるのか?まあよい、証人への口裏合わせは終わった。裁判官や陪審員を欺く証拠も続々と集まっておる。おおかた準備も整ってきたようだな」

 

アウス「これでいいんだろ?オレ様はこれ以上アンタのパシリなんてゴメンだぜ!」

 

大臣「あと一つだけ頼みたいことある」

 

アウス「いい加減にしてくれ!オレ様は誘拐の手引きなんて頼まれた覚えもねぇし、アイツらにだって顔向け出来ねぇのにこれ以上どうしようってんだ……」

 

大臣「証言をしてくれればいいのだ。あの男の人間性を証明する証人としてな」

 

アウス「な、なにぃッ!?」

 

大臣「もちろん報酬もそれなりにはずむぞ」

 

アウス「オレ様は……もう……」

 

大臣「今さら手を切るというのか?お主も同罪であるぞ。師と仰ぐ南部真命が知ったらどう思うか分かるであろう?」

 

アウス「ぐっ……ち、ちくしょう……」

 

大臣「お主はただ見たもの触れたものをありのまま公にすれば良いのだ。後は善良なる民たちがお主の背中を後押してくれる。お主はワシに身を委ねておれば良い」

 

アウス「これで……これで最後だからな!」

 

大臣「約束しよう。法務大臣の誇りにかけてな!くっくっく……ふははは!わーはっはっは!」

 

アウス(すまねぇ……恭夜、ハルカ、テル、リッツ!みんなを裏切っちまった……でも、もう後には退けねぇんだ)



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開廷!空前絶後の裁判ショー

~コスモスクウェア王立裁判所・控え室~

 

南部「顔色が優れませんね。ちゃんと睡眠をお取りになったのですか?」

 

恭夜「ズズッ……あんなすきま風が吹いて、雨漏りもするところにいたら風邪ぐらい引きますよ……ゲホッゲホッ!」

 

南部「体調が更に悪化すれば、裁判官や陪審員も同情して刑を軽くしてくれるかもしれませんね」

 

恭夜「刑を軽くするって無罪しかないのに?」

 

南部「それぐらいの切り返しが出来るのであれば、受け答えに支障はないでしょう」

 

恭夜(試しやがったな……頭がズキズキしてきた)

 

南部「お時間のようですね。それでは参りましょうか」

 

恭夜「あ~あ、こんな時に女神が現れてくれたらなぁ」

 

南部(寝言でしょうか?先行きが不安になってきました)

 

~特別法廷~

 

裁判官「それでは始めましょう」

 

大臣「まずは自己紹介からですな。この場にいる方の多くはご存じだと思いますがコスモフィア王国法務大臣、ヘイルメル・ドンバーグと申します。お見知りおき下され(相手は素人。台本通りの裁判では本職の弁護人など役不足になってしまうからな。だが、特別法廷までも陛下自身が取り仕切ろうとはどういった風の吹き回しだ?陛下の希望とあらば致し方ないが)」

 

恭夜(結構和やかな雰囲気だな。陪審員が五人、裁判官の前に座ってる。皆フードを被って顔を見せないようにしてるんだ。傍聴席にはリッツと……あれ?)

 

南部「弁護人の南部真命です。弁護士資格を有しませんが、裁判官と法務大臣のご配慮により弁護側として法廷に立たせて頂きます。無論、弁護士でもなければそれ以上でもそれ以下でもありません(極限のプレッシャーはこの南部真命、活力の源!血がたぎりますねぇ!)」

 

リッツ「変わった挨拶をするのね、南部チャンは。でも驚いたわ。本当に恭チャンの弁護をするなんてねぇ。そういえばアウスの姿がここ最近見えないんだけどテルはなんか知ってる?」

 

テリア「ボクも全然会ってないから、先生の元にいるものだと思ってたよ」

 

裁判官「それでは意見陳述を――検察側、どうぞ」

 

大臣「言葉に多くはいりません。簡潔に申し上げましょう。被告人は我が国の姫君、アリーネ・コスモフィア王女を地上からこのコスモフィア王国へ言葉巧みに誘い込んだ挙げ句、市中を連れ回すという大罪を犯したのであります。誘拐及び監禁の罪でこの者を極刑に処すべきと、ヘイルメル・ドンバーグの名にかけて進言します」

 

裁判官「分かりました。では――」

 

南部「弁護は一貫して完全無罪を主張します!故に検察側の主張の全面破棄を求めます!」

 

大臣「ほ、ほう(こんなものハッタリに決まっておる!だが、何故この男は笑みを浮かべておるのだ?まるで裁判を手玉に取ったかのような雰囲気を醸し出しておるが……)」

 

恭夜(頭がボーっとして視界がぼやける。大臣とかいうコワモテのちっちゃいおっちゃんが誰かを見てるな……先生を睨んでるのか?)

 

リッツ「恭チャンの顔色悪くないかしら?」

 

テリア「心配だよ、風邪が治ってないみたいだ」

 

裁判官「ゴホン!それでは本特別法廷は検察側が用意した証人を召喚し、証人尋問を行う形式をとる。なお王族に関する法律に(のっと)り、弁護側には検察側が提出した証拠に対してのみ反証することを認める。双方ともよろしいかな?」

 

大臣「異議なし(全ては女神のご意志!抗う術などありはせんぞ!)」

 

南部「ええ、構いません(凄まじい迫力ですね。さすがは王党派の生ける番人と呼ばれるだけのことはあります。ですが、教え子たちが見ている前で恥はかきたくありません。どんな手段を講じてでも無罪を勝ち取らせて頂きます!)」

 

恭夜(ほっ……良かった。そこにいたんだ、テル)

 

テリア(恭夜がボクを見て笑ってる?もしかして不安にさせないようにしてくれてるの?フフッ、これじゃあどっちが裁かれてるかわかんないよ)

 

リッツ「恭チャンに有利なる証拠を出せない以上、証人の良心に賭けるしかないわね――って何ニヤニヤしてるのよ!しかも顔を赤らめちゃって!」

 

裁判官「静粛に!傍聴人には退廷を命じることもあります!ご静粛に願います」

 

大臣「オホン!それでは最初の証人を呼ばせて頂きますぞ!」

 

南部(ついに始まるのですね。空前絶後の裁判ショーが!)

 

恭夜(――おっ!スゲーいい臭いがする!)

 

大臣「闇市のママこと、メジナ・フロイドさんの証言である」



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苦闘!老女の偽証

~コスモスクウェア王立裁判所・特別法廷~

 

裁判官「フロイドさん、あなたは弁当屋を営んでいるとお聞きしましたが、被告人とはどのような関係にあったのか証言をお願いします」

 

リッツ(ママが証言してくれるなんて逆に好都合じゃない!)

 

テリア(本当にそうだろうか?)

 

大臣「フロイドさんは被告人を覚えておられますかな?」

 

老女「まあね……いつもの三人と一緒にそこのカワイイ坊っちゃんもいたねぇ」

 

恭夜(おばあちゃん、元気がないみたいだ)

 

大臣「ふむふむ、それで?」

 

老女「あたしゃいつもお弁当を渡していてね。ついこの前坊っちゃんにお供えしてもらうようお願いしていたんだよ」

 

大臣「なるほど。その後は?」

 

老女「ちゃんとお供えしてくれたか見に行ったんだ。そしたら……弁当の中身がなくなっていたんだよ」

 

リッツ(ママって案外抜け目ないのね)

 

テリア(空箱はアウスが原因だってことをおばあちゃんも知っているはず)

 

南部「空箱がお供えされていたと?」

 

老女「罰当たりなことをするもんだよ。まさかそこの坊っちゃんがそんな仕打ちをするなんてねぇ……歳なんてものはとるもんじゃないよ」

 

大臣「被告人はタダ飯を食べた挙げ句、空箱を墓前に捨てるという愚行を犯したのであります!」

 

リッツ「バカなこと言わないでよ!」

 

テリア「落ち着いて、リッツ(おばあちゃん、どうしてそんな嘘を?)」

 

南部(証拠はおそらくカメラでしょう)

 

大臣「このコスモフィア王国全域に監視カメラが取り付けられておることはご存じだと思いますが、被告人が姫君を地上から引きずり込んだ映像も、弁当を運ぶ姿も鮮明に残されております」

 

裁判官「被告人が姫君を連れ回す姿がいくつも確認出来ます」

 

南部「ですが弁当の中身を食べた人間が他にいる可能性を否定出来ません。検察側の主張をお聞かせ下さい(大臣は証拠を小出しにして我々を追い詰める魂胆のようですね)」

 

大臣「弁護側の仰る通り状況証拠では被告人の欠落した人間性を立証したことにはならない」

 

リッツ「人間性が欠落してるのはどっちよ!」

 

テリア「ダメだよ、大きな声出しちゃ(おばあちゃんがため息をついた?)」

 

南部(メジナ・フロイドという老女は理不尽な現状を覆せる決定的な証拠を持っている。特別法廷では弁護側から指摘することが出来ないのですが、この老女が自らの真実を話すまで時間を稼ぐしかないようですね)

 

大臣「ここで一つ被告人に質問させて頂きたいのですがよろしいですかな?(弁護側は時間を稼ぎたいはず。なら希望通りにいたぶってやるのも一興であろう……くっくっく)」

 

裁判官「弁護側に異論がなければ許可します」

 

南部「構いませんよ(舐められたものですね)」

 

大臣「被告人には動機があった。姫君を拐い国王に身代金を要求するつもりだったのでは?」

 

恭夜「俺はお金なんかに興味ありません」

 

大臣「ほほう、実に純粋な被告人だ。上辺だけでも取り繕おうとはな」

 

リッツ(ちっこいクセに結構ネチっこいわね!)

 

テリア(こんな時ボクが恭夜のそばにいてあげれたら……)

 

恭夜「お弁当を食べたのは俺じゃないし、他に食べた人間も知らないよ。たとえお弁当を食べた人間がいたとしても、俺ならおばあちゃんに伝えない。だって悲しむ顔なんて見たくないから」

 

老女「……(ませたことを言う坊っちゃんだねぇ)」

 

大臣「保身の為に論点を変えるのは詐欺師の常套句である!」

 

南部「浅はかな人間性しか持ち得ない大臣には理解出来ないのでしょう。良識ある被告人の性格が垣間見れる発言だと思いますよ」

 

リッツ(恭チャン、覚えてくれたのね……)

 

テリア(おばあちゃん、お願い!目を覚まして!)

 

裁判官「これ以上の証言を必要としなければ、新たな証人を召喚しますが――」

 

老女「はあぁぁぁっ!」

 

大臣「な、なんだ今の声は!?」

 

裁判官「唐突に叫ばないで下さい!心臓に悪いですよ!」

 

南部(流れが変わったようですね)

 

老女「すまないねぇ、大臣さん。あたしゃ思い出したんだよ」

 

大臣「は、はて?(何を話すつもりだ!?)」

 

老女「あのお弁当にはねぇ下剤を忍び込ませておいたのさ。もし一口でも胃袋に放り込んだらお腹ピーピーだろうねぇ」

 

南部「これは重要な証言です!弁護側は弁当箱の科学分析の結果を請求します!」

 

裁判官「弁護側の請求を認めます。検察側は直ちに鑑定結果を証拠として提出しなさい(――検察側は要求がなければ被告人の利益になる証拠を隠匿してしまう。だからこそ、よくぞここまで漕ぎ着けたと南部先生を誉めるべきであろう)」

 

大臣「ぐっ……承知しました(こんな茶番、今すぐ終わらせてやるぞぉ!南部めぇ!)」

 

リッツ「やったのかしら?」

 

テリア「お弁当を食べたら悶え苦しむ恭夜の姿が写ってるはずだから、その証拠がないなら大臣の主張は矛盾する」

 

裁判官「それでは十五分休廷します」

 

恭夜(すげぇしんどいな、裁判って)



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激闘!宝石商の罠

~コスモスクウェア王立裁判所・特別法廷~

 

裁判官「それでは新たな証人を召喚して下さい」

 

大臣「はっ!次の証人は路地裏のパパこと、シャマフ・トロントさんでございます」

 

南部(宝石商を営む路地裏の顔、ですか。これまた一筋縄ではいかなそうな老爺(ろうや)ですね)

 

大臣「トロントさんにお伺いしたい。そこの被告人に見覚えは?」

 

トロント「ああ、いつもの三人と一緒にこの青年とアリーネ姫もついておったぞ」

 

南部「深地ハルカという女性がアリーネ姫であることを知っていたのですか?」

 

トロント「そんなわけないじゃろう。この裁判が開かれる前に聞かされたのじゃ。腰が砕けるかと思ったわい」

 

リッツ(何を話すつもりかしら?もしかしてサファイアのこと?)

 

テリア(どうかな?ボクの話ならごめんだけど)

 

大臣「トロントさんは目撃したのです。被告人が赤の他人からペンダントを奪い、転売しようとした現場を!」

 

リッツ(もうメチャクチャよ!パパって記憶まで改竄(かいざん)するつもりなのかしら?)

 

テリア(ボクがペンダントを売ったせいで恭夜を苦しめてる?)

 

トロント「最初は驚いたわい。偽物を掴まされたと思ったが、これまたなんとサファイアが散りばめられていたのじゃ。前々からペンダントの持ち主に売ってもらえるよう催促していたのじゃが――」

 

大臣「被告人は大悪党のようですな。誘拐だけでなく窃盗まで働くとは卑劣極まりない!」

 

裁判官「映像では被告人が宝石店を出入りする姿を確認出来ます。弁護側、反対尋問をお願いします」

 

リッツ(悪びれる様子は微塵もないのね!パパがこんな金に汚い人だなんて思わなかった!)

 

テリア(先生……恭夜を助けて!)

 

南部「証人、今の発言に間違いはないのですか?」

 

大臣「見苦しいものである~!敗けを認めるなら今のうち~!」

 

トロント「まあ記憶違いは多少なりともあるかもしれんが……」

 

南部「あなたは記憶違いで被告人を死罪にしても良いと言うのですか?」

 

トロント「そうは言っておらん!」

 

南部「もう一度確認させてもらいます。あなたは盗品であるかもしれないペンダントを買い取った、そう主張するのですね?」

 

トロント「そんなことあるものか!盗品と知っていたら一刻も早く憲兵に通報したわい!」

 

大臣「……」

 

リッツ(見て見て!スッゴい汗!)

 

テリア(大臣が動揺している?どういうこと?)

 

南部「あなたほどの慧眼(けいがん)の持ち主ならすぐ盗品であると分かったはずです。なのに通報した記録は証拠として提出されておりません。これはどういうことでしょう?」

 

裁判官「裁判前の手続きでも一切仰らなかったのは何か理由があるのですか?大臣、答えて下さい」

 

大臣「そ、それは……本件とは無関係だと思い……」

 

南部「意図的に隠したのですね?大臣、あなたは違法な証拠と知りながら証人に作り話を吹き込んだのです!」

 

大臣「ち、違う!断じてない!」

 

トロント「法務大臣がそんな慌てふためくものではない。しっかりせい!」

 

大臣「はっ!――お見苦しいところをお見せした」

 

リッツ(追い詰められてるっていうのに余裕な表情してるわ)

 

テリア(まだ何かあるの?)

 

トロント「ペンダントが盗品であれば証拠としても疑わしくなる。弁護側はそう言いたいのであろう?しかし、ワシの証言を完全に覆したとは言えんのぉ」

 

南部「検察側にお聞きしたいのですが、果たして被告人がペンダントを持ち込む姿が写っているのでしょうか?」

 

トロント「どうなのかね?」

 

大臣「はっはっは……」

 

裁判官「答えなさい!」

 

大臣「ただいま捜索中でございます……」

 

トロント「まったくだらしのない話じゃ!」

 

南部(これ以上追及しても時間の無駄ですが、このままでは依頼人の無実を証明したことにはなりません。証人は気が短いようなので口を滑らしてくれると助かるのですが……)

 

リッツ(恭チャンの無実は証明されたのかしら?)

 

テリア(なんとも言えないよ)

 

大臣「で、では次の質問を――」

 

トロント「あんだけ大口を叩いておいてこの体たらくとは……情けなくて目も当てられんわ!」

 

裁判官「証人、不規則発言は慎みなさい。これ以上の――」

 

トロント「そもそも名前が彫られたペンダントなんぞ相場以下になることを知らんバカモノたちが多すぎる!」

 

恭夜「やっぱり名前が彫られてると価値が下がるのか……あっ、すみません(やべっ、勝手に喋っちまった)」

 

南部「フッフッフ……非常に興味深い証言が飛び出しましたね(墓穴を掘りましたね。ペンダントに名前が掘られていることを知り得た人物は限られています。つまり法廷内においてこの南部を含め裁判官、そして大臣にしか知り得えない情報です。すなわち、このシャマフ・トロントという証人は()()()()()()()()()()ことになってしまうのです)」

 

トロント「なんじゃなんじゃ?皆恐い顔して」

 

裁判官「証人、あなたはペンダントに名前が彫られていることを知っていた。つまり盗品であること知りながら買い取ったと証言したことになります。よってあなたの()()()()()を本法廷では採用しません」

 

トロント「な、な……なんじゃとぉぉぉ!?」

 

恭夜(おっ、急展開!)

 

テリア(トロントさん、物凄い勢いで崩れ落ちたけど大丈夫かな?)

 

リッツ(自業自得よ!口は災いの元ってやつよ!ざまぁみろってんのよ!)

 

南部「証人、安心して下さい。あなたが問われる罪は盗品を買い取ったことではありませんよ」

 

トロント「……ム?」

 

大臣「ただし、別の罪に問われてしまうが……」

 

裁判官「偽証(ぎしょう)罪です。詳しくは警察署でお話します」

 

トロント「は、はあぁぁぁ……」



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共闘!最後の証人

~コスモスクウェア王立裁判所・特別法廷~

 

恭夜(これで最後って聞いたけど次は誰が出てくるんだ?まさかハルカちゃん?んなわけねぇよな……)

 

南部(次の証人は難敵にして強大。一瞬の油断が命取りになります)

 

裁判官「それでは再開しましょう」

 

大臣(これが我が(しもべ)にして最強の切り札だぁ!南部真命、存分に味わうがいい!)

 

リッツ「えぇっ!?あれって――」

 

テリア「なんで……」

 

大臣「証人の名はアウス・エーデルメッサー」

 

アウス「……」

 

南部「フッフッフ、いい度胸してますね」

 

恭夜(これじゃあ昨日の敵も今日の敵じゃん)

 

裁判官「あなたは義賊を名乗り悪事を働いたとありますが、これは本当ですか?」

 

アウス「そうだ」

 

大臣「証人は貧しい民に富を分配するため、裕福な邸宅に忍び込むなどの犯罪行為を繰り返していたのであります」

 

裁判官「許される行為ではありません。ですがあなたの処罰は後ほど下しますので、まずは証言をお願いします」

 

アウス「……いいぜ。オレ様は王立図書館前で恭夜たちと別れたんだ。そしたら銃声がして後ろを振り返ってみたら、恭夜がハルカを突き飛ばしていたんだ」

 

大臣「おわかりかな?被告人は姫君を庇うフリをして危害を加えたのだ。その証拠に姫君は指を負傷しております。すなわち発砲した人物と被告人は共犯関係にあったのです!」

 

南部「ちなみに発砲した人物の特定はできたのでしょうか?」

 

大臣「実行犯は依然逃走中であります」

 

リッツ(嘘よ!カメラがあるっていうのに犯人が捕まらないってどういうことよ!)

 

テリア(発砲した人物をとやかく言ったってしょうがないよ。今は恭夜の無実を証明しないと)

 

裁判官「検察側は被告人が姫君の暗殺を企てていたと主張するつもりか?」

 

大臣「可能性はあると思われます」

 

南部(参りましたね。証言自体に矛盾はなく大臣の言い分も可能性でしかないのですが、真っ向から否定しなければ死罪は免れません)

 

リッツ(先生、どうして黙っているのかしら?)

 

テリア(アウス、君の本心はどこにあるの?ボクたちの友情はこんなあっさり終わっちゃうの?)

 

大臣「はっはっは!苦境に立たされてしまいましたなぁ、南部真命先生」

 

南部「アウス、あなたはテリアやリッツの身に危険が及ぶかもしれないのに、助けを呼ぼうと思わなかったのですか?」

 

アウス「思ったさ。でもすぐに憲兵が駆けつけて来たから大丈夫だと思ってその場を離れたんだ」

 

大臣「特に不自然な発言はないようですなぁ!」

 

南部(クッ……完全に手詰まりですね。憲兵の初動の速さを追及しても時間稼ぎにしかなりません。当事者であるアリーネ姫を召喚し、無罪へ導く手段がありますが現実には不可能……)

 

リッツ(南部チャンが手も足も出ないなんて……)

 

テリア(正直に話してくれアウス!でないとボクは君を殺してしまうかもしれない!)

 

裁判官「ちょっとよろしいだろうか?姫君は突き飛ばされた直後、弾丸が被告人の肩を撃ち抜いたと書かれている。その理由を教えてほしい」

 

大臣「そ、それは発砲した人物の手違いでありましょう」

 

南部「それともう一つ、発砲の直前群衆が被告人たちを遠巻きにするのように離れていったとありますが、その理由もお聞かせ願いますか?」

 

大臣「それは……その……義賊の近くにいたくないと思ったからで――」

 

裁判官「それならば姫君はなぜ義賊の近くにいたのだろうか?」

 

大臣「それは義賊や被告人の口車に乗せられて連れ回されていたからであります!」

 

南部「つまりアリーネ姫を誘拐していたと。アウス、やはりあなたも被告人に加担していたのですね」

 

大臣「!!」

 

アウス「ちょ、ちょっと待ってくれよッ!?話が違うじゃねぇかッ!」

 

南部(裁判官、いや陛下が助け船を出して頂いたお陰で大臣の化けの皮が剥がれ始めたようです)

 

リッツ(なんか光明が見えてきたって感じじゃない?)

 

テリア(まだ分からないよ)

 

大臣「ぐぬぅ……(この男を興奮させたら口を滑らすに違いない!)」

 

裁判官「証人、まだ話していないことがあるのでは?」

 

アウス「そ、それは――」

 

大臣「お待ちくだされ!証人は混乱しております!ここは休廷し――」

 

南部「異議あり!――(たまには腹の底から声を発するのも悪くないですね)」

 

恭夜(先生、何か言えよ)

 

リッツ(南部チャンったら優越感に浸ってるわ!キュンキュンしちゃう!)

 

テリア(こんな先生の笑顔初めて見た)

 

裁判官「異議があるのなら意見を述べて下さい」

 

南部「おっと失礼……アウス、あなたは仲間を切り捨てるような愚直な人間ではないはずです。今ならまだやり直せますよ」

 

アウス「オ、オレは……オレ様は……」

 

大臣「異議あり!弁護側の発言は本件とは無関係であります!」

 

裁判官「異議を却下する」

 

大臣「な、なんですとぉっ!?」

 

南部「あなたはこの南部真命の教え子であり、誇りなのです。これ以上テリアやリッツ、そして被告人を(おとし)めるというのなら容赦はしません!」

 

アウス「恭夜ぁ……オレ様はぁ……どうすればいいんだよぉ……」

 

恭夜(俺に聞くなよ)

 

アウス「でも……それでも……オレにはできねぇよ……ゴメン……先生……ぐすっ」

 

大臣「ふーふっふ……はっはっは!はぁっーはっはっはぁ!!」

 

恭夜(ずっと気になってたんだけど陪審員は蚊帳の外なんだな)



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逆転の切り札「先生のお使い」

~コスモスクウェア王立裁判所・特別法廷~

 

大臣「これ以上の審議は無意味でございます。速やかに判決を下して頂きたい」

 

裁判官「弁護側に最後の意見を聞きましょう」

 

南部(起死回生の一手はここぞという場面で、その威力を発揮するのです)

 

大臣「忘れてはおらぬな?弁護側には証拠の提示は認められておらぬぞ」

 

南部「もちろんですよ(逆に考えれば検察側からなら証拠を提示できる。ということはアウス、この裁判の行方はあなたにかかっているのです)」

 

アウス(先生がオレ様を睨んでる……やっぱり後でシゴかれるのかぁ……)

 

恭夜(泣くなよ。泣きてぇのは俺の方だぞ――ん?コイツのズボンの後ろポケット、やけに膨らんでるな)

 

リッツ(もしアウスがダメなら、アタシたちで恭チャンを救うわよ!)

 

テリア(出来れば強行手段なんて取りたくない)

 

南部「アウス、あなたはこの南部の『お使い』を覚えていますか?」

 

アウス「え?……ああ、この機械を持って町を出歩けってやつだろ?」

 

大臣(この男、何を持っておるのだ?)

 

南部「安心しました。ちゃんとお使いを果たしてくれたのですね」

 

裁判官「申し訳ないが改めてその機械についてご説明をお願いしたい」

 

南部「失礼しました。その機械はボイスレコーダーという代物です。使い方は割愛させて頂きます」

 

大臣「ボイスレコーダー?……はうあぁっ!?」

 

アウス「大臣、どうしたんだ?」

 

恭夜(先生、ちゃっかりしてんな)

 

テリア(ボイスレコーダーの使い方、アウスは知ってるのかな?)

 

リッツ(アタシたちの声も入ってるってこと?もうイヤだ~!)

 

アウス「確か先生に人と会話する時はこの『録音』ボタンを押せって言われたぜッ!」

 

大臣「ま、待て……その機械をこちらに寄越(よこ)すのだ!」

 

南部「どうしたのです?そんな恐い顔をなさって」

 

アウス「そんな焦らなくても渡してやるよ。ほら――」

 

テリア(させるか!フゥー!)

 

アウス「いってぇぇぇ!?は、針が刺さったぁ!?」

 

リッツ(ナイスよ!テリア自慢の吹き矢が炸裂したわ!飛ばしたのは注射針だけど結果オーライよ!)

 

大臣「し、しまった!?床に落ちて――」

 

恭夜(よいっと)

 

大臣「あぁあぁ!?貴様は何をしておるのだぁ!?」

 

恭夜「わりぃわりぃ、足が滑っちった」

 

南部「フッフッフ、偶然にもボイスレコーダーがこの南部の足元まで運ばれてきてしまいました。あくまで偶然ですよ」

 

裁判官「偶然ならしょうがないです」

 

大臣「な、なんですとぉ!?」

 

アウス「いてて……でもよぉ、オレ様でもその機械の使い方知らないんだぜ?先生の言われた通りにしたつもりだけどさぁ」

 

恭夜(正しく録音されてなければ俺は間違いなくギロチン送りだ……)

 

大臣「それにその機械を弁護側が再生した場合証拠とは認められんぞ!分かっておるのだろうなぁ?」

 

リッツ(すっかり忘れてたわ……)

 

テリア(先生どうするんだろう?)

 

南部「フッフッフ……フハハハハ!誰がこのボイスレコーダーを証拠として提出すると言ったのですか?」

 

大臣「ぬわぁにぃ!?」

 

南部「とりあえずこのボイスレコーダーの再生許可を認めて下さい」

 

裁判官「許可する」

 

恭夜(即答かよ。やたら俺たちに優しんだな、裁判官って)

 

南部「ちゃんと録音出来ていれば良いのですが――それでは再生します」

 

~ボイスレコーダー・再生~

 

大臣『――ぶへぇっくしょん!!誰かワシの噂でもしておるのか?まあよい、証人への口裏合わせは終わった。裁判官や陪審員を欺く証拠も続々と集まっておる。おおかた準備も整ってきたようだな』

 

アウス『これでいいんだろ?オレ様はこれ以上、アンタのパシリなんてゴメンだぜ!』

 

大臣『あと一つだけ頼みたいことある』

 

アウス『いい加減にしてくれ!オレ様は誘拐の手引きなんて頼まれた覚えもねぇし、アイツらにだって顔向け出来ねぇのにこれ以上どうしようってんだ……』

 

大臣『証言をしてくれればいいのだ。あの男の人間性を証明する証人としてな』

 

アウス『な、なにぃッ!?』

 

大臣『もちろん報酬もそれなりにはずむぞ』

 

アウス『オレ様は……もう……』

 

大臣『今さら手を切るというのか?お主も同罪であるぞ。師と仰ぐ南部真命が知ったらどう思うだろうか、分かるであろう?』

 

アウス『ぐっ……ち、ちくしょう……』

 

大臣『お主はただ見たもの触れたものをありのまま公にすればいいのだ。後は善良なる民たちがお主の背中を後押してくれる。お主はワシに身を委ねておれば良いのだ』

 

アウス『これで……これで最後だからな!』

 

大臣『約束しよう。法務大臣の誇りにかけてな!くっくっく……ふははは!わーはっはっは――ブチッ!』



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裁きの鉄槌 全ては女神を慕う民のために

~コスモスクウェア王立裁判所・特別法廷~

 

裁判官「音声に記録された声の主はヘイルメル・ドンバーグ法務大臣、そして証人で間違いないか?」

 

アウス「そうだぜッ」

 

南部「ボイスレコーダーの内容は検察側が不正に証言を改竄し、証拠の捏造を示唆したものとなっております」

 

大臣「こ、このような音声は弁護側の違法な方法によって作成されたものだ!我ら検察側の瑕疵を立証するものではない!」

 

裁判官「だそうですが――」

 

南部「フッフッフ……往生際が悪いですね、ヘイルメル・ドンバーグ法務大臣。そもそもボイスレコーダーが違法でないことを立証するのは困難です。悪魔の証明と言う他ありません。それに立証責任は検察側にありますよ?」

 

大臣「ぐぬぬ……強がりを言いおって……ならば司法取引はどうなる?被告人は罪を認めておるのだぞ」

 

南部「司法取引で罪を認めることと裁判で死刑が確定することは別問題です。そんなことも分からないのですか?」

 

大臣「き、貴様ぁ!取引の存在そのものを反故にする気か!?」

 

南部「まさか。南部真命が依頼人の要望によって取引に応じたのは、教え子を解放するためだけではありません」

 

大臣「で、では何だというのか!?」

 

南部「まだお分かりになりませんか?この南部が弁護を申し出た理由、それは法廷であなたが姿を現すのを待ちわびていたからですよ」

 

大臣「!!」

 

南部「司法取引にはもう一つの側面があるのです。それは法廷内で罪を犯したと強く疑われる人物を告発出来るのですよ。お覚悟はよろしいですね?この場を借りて申し上げさせて頂きます――弁護側はヘイルメル・ドンバーグ法務大臣をアリーネ・コスモフィア王女に対する殺人教唆(きょうさ)の罪で告発します!」

 

大臣「ひっ!?」

 

リッツ「今告白するって言ったの?いやん!南部チャンったら!」

 

テリア「告発だよ」

 

恭夜(先生の目は本気だ!)

 

大臣「ち、違う!弁護側の主張は言いがかりだ!断固として認めんぞぉ!」

 

アウス「ど、どうなってやがるッ?」

 

南部「アウス(三人目)の証言を聞いていた裁判官はある質問を検察側に致しました。覚えておられますね?姫君暗殺の可能性について問われたあなたは「ある」、と答えたのです。その発言はヘイルメル・ドンバーグ法務大臣自身からもたらされたものなのですよ。すなわちアリーネ・コスモフィア王女誘拐事件を手引きした黒幕はあなたです!」

 

大臣「そ、それならばワシが姫君の暗殺や誘拐を企てた証拠はあるのだろうな?」

 

南部「フッフッフ……フハハハハ!」

 

大臣「な、何がおかしい!?」

 

南部「もうお忘れですか?弁護側には証拠を提示する権利も義務もありません。故に検察側の証拠の提示がなければ反証も不可能なのです。あなたはさっきそう申し上げたではありませんか?」

 

大臣「ぐぬうぅぅぅっ!?」

 

リッツ「そうよね!南部チャンには証拠を提示することが許されない。逆に言えば誘拐を手引きしていない証拠を提示しなきゃいけないのは大臣にあるワケね!」

 

テリア「でもそんなこと出来るわけない。悪魔の証明だから」

 

恭夜(先生は特別法廷の特徴を逆手に取って告発したってワケか!)

 

裁判官「大臣!あなたに殺人教唆の罪を否定できる証拠を提示できるのですか?」

 

大臣「そ、そんなバカな……ワシは愛する国のため……ワシを信じる民のために全てを捧げてきたのだ……」

 

アウス「やっぱりオレ様を騙してたんだなッ?」

 

リッツ「観念しなさい!この悪代官!」

 

テリア(良かった……これで恭夜は……)

 

裁判官「大臣、説明しなさい!」

 

大臣「ワシを告発するだと……なぜだぁ……なぜ誰も否定せぬのだぁぁ……疑わしき者はぁぁぁ……罰してしまえば良いのだぁぁぁぁ……」

 

南部「姫君暗殺未遂事件は王族に対する大罪。そして王族に対する罪は死に相当します。もうお分かりですね?これでチェックメイトです!」

 

大臣「ぶふっ!?……ぶくぶくぶく」

 

恭夜(泡吹いて気絶しちゃったよ。というか陪審員いらねぇじゃん)

 

南部「陛下、判決をお願いします(大臣、あなたの弁護はこの南部がして差し上げましょう。特別法廷でね……フッフッフ)」



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