犬山さんちのハゴロモギツネ (ちゅーに菌)
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羽衣狐(まだ一尾)

どうもちゅーに菌or病魔です。

久し振りの性転換小説と書いたもののそれを主体でハーメルンに投稿したものでは小説をハーメルンに来てからは書いた事が無いので、むしろコイツ性転換小説書くのかよ……ぐらいに思われているかもしれないですが、作者的にとても好物です。

ちなみに今回この小説が出来た経緯は

ゲゲゲの鬼太郎を見る→まなちゃんと猫娘かわいい→ハーメルンで小説読もう→さっぱりねぇ!→読み専だから書くしかねぇ!(矛盾)→鬼太郎のキャラはヒロインじゃなくて見て愛でるものだよなぁ…?(強要)→ならヤれないように主人公を去勢してしまおう(性転換主人公)→なんか強くて良さそうなのいないかなぁ…(RPGアツマールの広告が流れてくる)→あれ、こんなんあったんだ→うわ、RPGアツマールの奴の黒先輩と黒屋敷の闇に迷わない、黒先輩に声付いてるやんけ!→~セクハラ堪能中~↓


そうだ、羽衣狐にしよう(集中線)


といった具合に完成しました。まあ、暇潰し程度に読んでください。まだ、ゲゲゲ鬼太郎が3話なのでゆるゆる更新します。ではどうぞ。





 

 魅入られるという言葉を知っているだろうか? あるいは妖怪という言葉でもよい。

 

 

 魅入られるとは霊的な存在が人などに何らかの影響を与えて異常な状態にすること。或いはあるものに対して魅力を感じ、それを熱心に行うこと。相変わらず日本語は難しい事に異なる意味に同じ漢字を当てるのである。

 

 しかし、この意味に関しては非常に似通ったものと言えるだろう。熱心に行うという事は回りから見れば、霊的な存在に取り憑かれているように見えたという事だ。つまりは霊や悪魔等というモノは人間が人間に恐怖するあまりに作り出された偶像に過ぎないとも言えよう。

 

 そして、妖怪とは日本で伝承される民間信仰において、人間の理解を超える奇怪で異常な現象や、あるいはそれらを起こす、不可思議な力を持つ理解の及ばない"闇"そのもののことだ。

 

 この場合の闇とは単に暗黒を差す言葉ではない。人間にとっての闇、すなわち人間の理解の及ばない超自然的怪異の事である。故に古来から人間はそれらを妖怪と名付け畏れることで自らの身の丈を知ったり、子に対しての戒めとしたりしたのだろう。 

 

 例えば座敷わらしはレビー小体型認知症の幻覚であるという事もある。案外怪異と言う存在の答えはそんな簡素で夢の無いものなのだろう。

 

 まあ、このように下らない事を考える程度に俺は偏屈な人間であるため、目で見えるものしか信じない質だ。

 

 だがしかし……だ。

 

 俺は静かに揺れる月夜の水面を覗き込み、それに映るモノをよく見た。

 

 そこには3m程の体躯で水面を覗き込むあり得ないほど巨大な狐が何やら目を細めて考え事をしているように見えた。正にファンタジー、正に妖怪だろう。いや、現代ならばUMAにでも認定されていることだろう。

 

 さて今更な考え事はこの辺りにするとしようか。水面の狐は細めていた目を開くと大きな溜め息を吐いたように見えた。

 

 未だに信じ切れないが、この身体が現代で少し偏屈なだけのただの男だった俺の身体なのである。最初は畜生道にでも落ちたのかと思ったが、そうではなく、今の私は妖怪で妖狐という種族らしい。後、雌の身体だったりするが、狐の化け物という前提の前では最早些細なことだろう。

 

 ちなみに俺の名は"羽衣(はごろも)"と言う。とんだDQNネームである。

 

 この妙ちくりんな名前は別に俺が好きで名乗っているのではなく、俺の一族の名付けが珍妙なのであり、何故か服の種類や布の種類等の毛糸製品に纏わる名前を付けるのである。故に羽衣らしい。まあ、絹とか木綿とかの名前にされなかっただけマシというモノだろう。ちなみに我が母の名は生絲である。狐なのに原料虫じゃねーか等と失礼なことを考えたが口に出したことは終ぞなかったな。後、幼名は"葛の葉"だったがこっちはどうでもいいか。

 

 母曰く妖狐は妖力という力のとても強い部類の妖怪で人喰いの妖怪だそうな。まあ、俺は生まれてこの方、1度も人間を食べた事が無いので後者は知らんがな。

 

 最も母に妖術などという非科学的を飛び越えた何かを教わっていたのも今は昔。つい50年程前の話だがな。妖怪になったことで寿命という概念を気にしなくてよくなったことは喜ばしいことと言えばそうかもしれない。

 

 それと身体の次に決定的に違うことは時代だろう。俺はスマートフォンが普及する若干前ぐらいでガラケー全盛期に学生をしていた世代の男だったのだが、そういう次元の話ではなく、どうやらこの時代は現代から1000年以上前の時代らしい。

 

 近所に住む妖怪に対してや、人間に化けて人間に対して聞き込みをしてみれば京を中心に日本が回っており、京妖怪というものが今の日本でブイブイ言わせているらしいので間違いないだろう。

 

 しかし、生憎だが、俺はその京に行く気もなければ妖怪側に荷担する気も特に無かった。その理由はふたつある。

 

 ひとつは単純に実力不足もとい妖力不足だ。

 

 妖狐といえば聞こえは良いかもしれないが、俺なんてその末席もいいところの木っ端妖怪である。一尾しかない尻尾が何よりその証拠だろう。妖狐は実力の範囲が兎に角広いのである。お山の妖怪の大将ぐらいにはなれるかもしれないが、有名どころの妖怪からすれば塵芥のようなものだ。

 

 そして、ふたつ目。むしろこちらが主なのだが、俺はまだ心は人間でこの先もずっと人間である。だから人間は喰わないし、化かすとかもしない。むしろ人間に寄り付く悪い妖怪を追い払ったりしているのである。

 

 後は……。

 

 水面に映る化け狐の輪郭が突如ボヤけ出すと、瞬く間に化け狐は成人ほどの人間の女性の姿へと変わった。黒髪をした眉毛の薄いこの時代のそこそこ美人の女である。

 

 このように人間に化けれるので人里で普通に働いていたりする。何故か妖狐の雌は人間の女にしか化けれないそうなので少しガッカリしたが、また生きれるだけ求め過ぎというものだな。

 

 そんなこんなが今の俺であり、人助けをしながら日本にさっさと電気ガス水道が通るのを楽しみに1000年ぐらい待っているのが日常なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 月夜に湖へ寄った日から数年後。俺はまた月夜に出歩いていた。別に特別なことではなく、ほぼ日課なのだがな。というのも夜は妖怪の時間であり、俺の住む人里に迷惑を掛ける妖怪もこの時間に活発になるからである。妖怪は夜行性の生き物なのだ。

 

人里からやや離れた山道を歩いていると、見知った背格好の妖怪が少し遠くに見えた。

 

「またお主か…よくもまあ飽きぬものじゃ…」

 

 ソイツはいつも人里で悪さをしている妖怪である。見掛けたついでにちょっとこらしめてやることにしたので、手に青白い狐火を浮かべた。一尾の木っ端妖狐といってもこのように妖術はちゃんと使える。

 

 話は変わるが、女性の姿で人里で接近している時間が長過ぎたため、自然に随分古風な言葉を話すようになってしまったが、この時代では普通のことなので仕方なかろう。

 

 そして、狐火を妖怪目掛けて投げようとした瞬間―――

 

 その妖怪が近くの藪から飛び出して通り過ぎた巨大な妖怪に押し潰される形で死んだことで俺の行動が止まった。

 

「なに……?」

 

 遅れてとんでもなく莫大な妖気を感じる。今までこんなものが近くにいたことに気が付かなかったのは単に俺の実力不足なだけだが、俺の取る行動はひとつである。

 

 俺は一目散に逃げた。その場から脱兎の如くの逃走である。

 

 経験上言おう。寿命が無に等しい妖怪にとって格上の妖怪を相手にするなんて自殺に等しい。故にとりあえず逃げることこそが妖怪として正しい行為なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 大きな妖力の妖怪を見掛けてから1日後。俺は山道を中心に調査をしていた。

 

 山の中にあるあばら屋のマイホームでよく考えたのだが、あの妖怪は俺が対処しなければならないと結論が出たからである。

 

 と言うのも俺は老いない容姿の関係で、ひとつの人里に約10年程滞在して、遠くの人里に引っ越すということを繰り返しているのだが、この人里にはまだ1年程しか居ないためだ。また、引っ越すとなると色々と大変なのである。

 

 それにあんなものが人里に来れば地獄絵図になるのは間違いない。既に1年ここに滞在してしまっている以上、俺だけ逃げるのは人間として寝覚めが悪い。

 

 確かに格上の妖怪であったが、俺だって伊達に妖狐はしていない。やりようならば幾らでもある。タイトルは忘れたが、前世に読んでいた本で"オーラの多寡で勝敗が決まると考えるのは早計だ。むしろそれは勝敗を決定する一要因でしかない"と言っていたしな。

 

 そんなこんなで死地に望むような覚悟でその辺りを調べていたのだが、とんでもない肩透かしを食らうことになった。

 

 なんとあの妖怪が人間に殺られていたのである。妖怪は木に背中を預けている人間の横で全身の至るところから血を流して事切れていた。

 

 だが、人間も無事では済まなかったようで傷だらけで意識を失っているようだった。

 

 俺は人間に駆け寄り、妖術を掛けて応急処置を施すと、あばら屋に戻り、人間を寝かせて妖術や普通の処置で治療した。

 

 今思えば他にやりようが幾らでもあった気がするが、その時は助けるのに必死で後先のことが全く思い浮かばなかった。

 

 丸一日程してその人間が起きた。嬉しくて人間の姿で耳と尻尾を出してぴょこぴょこさせていたが、そのことが問題だと思い出したのは人間が唖然とした顔をしていたのを見た瞬間である。あの時はなんかもう隠せないぐらい妖怪要素丸出しだったな。なんのために10年おきに住む人里変えてたんだか。

 

 まあ、結論から言ってしまうとその人間は陰陽師であり、色々あって俺はソイツの子を孕んだりしたわけだがな。

 

 ソイツは足の骨を骨折していたので怪我が治るまで滞在することになり、その間に互いに興味本意でいたした結果がそれである。流石になんだかんだ百年ぐらい生きていると男女とかどうでもよくなったり、そういうことに興味が出てくるものだ。

 

 ソイツは顔面蒼白になっていた。仕方なく、ここであったことは全て秘密にすると誓って帰ってもらった。まあ、男女がどうでもよくなったとは言ったが、基本的に俺が好きなのはやはり女である。感覚としては誰でもいいから童貞を捨ててみたいからヤったら孕ませてしまったようなものだな。HAHAHA。

 

 最低じゃねーか。しかも孕んだの俺だし。

 

 父親はあるべきところに帰ったが、子供は恙無く出産して育てた。まさか、前世からではシングルマザーになるなんて思いもしなかっただろうな。思ってたら更にヤバイ奴である。ちなみに結局、子のためにすぐに引っ越した。ちくせう。

 

 そして、俺の子が10歳ぐらいの頃。陰陽師になりたいと言い出した。蛙の子は蛙という奴だろうか。とりあえず、母に言えることは陰陽師になっても美人の妖怪の誘いにだけはホイホイ乗るんじゃないぞ。こうなるからな!(集中線)

 

 仕方なく、連絡先だけは聞いていた父親の陰陽師に今住んでいる場所を記して手紙を書いた。子の夢を潰したいとは思わないし、だとすると流石に言っておくぐらいしなければマズいと思ったのである。

 

 とは言え、最悪子供共々討伐されるぐらいの覚悟はしていたのだが、何故か父親は手紙の返事よりも先に実に10年と少し振りに俺の元に突然会いに来ると、いの一番に私を抱き締めた。

 

 意味がわからず混乱していると、どうやら父親は10年間ずっと俺を探していたらしい。そう言えばお腹が隠せなくなった段階であの時住んでいた人里から離れたため、父親に今住んでいる場所を教えていなかったことに気が付いた。

 

 何故か父親の中では私の怠慢は、秘密を守り続けた狐の妖怪という謎の美談になっていたらしく、涙ながらにとても褒められて、もうそんなことしなくていいと宥められたが、とても釈然としなかった。

 

 それから父親は数日滞在した後に子供を連れてまた帰っていった。いや、俺も妻として来て欲しいと誘われたのだが、流石に妻はNGだったのでそれとなく傷付けないように断っておいた。やっぱり俺は女の方が好きである。

 

 そして、子供が居なくなって家はとても静かになったわけだが、そんなこともすぐに無くなった。

 

 何故かって?

 

 たった数日でまた孕んだんだよちくしょう! やったね"晴明"! 家族がふえるよ! 可愛い妹だ! 人間は過ちを繰り返す生き物だということの証明である。

 

 そう言えば父親の姓は"安倍"、長男の名前は"晴明"。合わせると"安倍晴明"になってなんだかとても聞き覚えがある気がするのだが、気のせいだろうか? まあ、知っていたとしてもそれは恐らく前世の100年以上前の話。既に重要でない記憶など記憶の彼方に飛んでいってしまったから探しようもないのだがな。まあ、忘れるようなことなので大したことではないのだろう。

 

 そんなこんなで縁側に座りながら、また大きくなった自分のお腹を撫でながらこれまでの人生を思い出す作業を終えて、少し横になることにしたのだった。

 

 

 

 



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羽衣狐(シスコン)

試験的に書き出しの頭に空白開けることにしたんですが、私のスマホスペース全角開ける機能がないから、イチイチスペース全角をネットからコピペして小説かいているのでものすごくつらいです(作成中の小ネタ)




 

 突然ですが俺、八尾になりました。

 

 

 

 まあ、なれると思って簡単になれるものではないし、急に言われたとしても困惑しかないので信じられないと思うが、なってしまったものは仕方がない。ついでに言えば一尾の頃から約1000年程経過しており、既に人間が高度な文明と社会を築き、妖怪のことは伝承として語られるだけで恐怖を忘れて久しい時代でもある。

 

 八尾になっている理由は俺の子の晴明が関係する。

 

 晴明は彼が小さい頃に俺が一尾なことを愚痴っていたのをずっと覚えていたらしく、陰陽師の仕事の傍らで俺を九尾にしてやれないかと研究していたらしい。控えめに言ってアホだろコイツと思ったが、そもそも俺から出た子なのでそれも致し方無しだろう。アホだもんな俺。

 

 ちなみに晴明は俺の信条を受け継いでおり、人間のための陰陽師であるそうだ。後、俺より多分優しい子に育ったと思う。たまに帰ってきては遊んでくれるなどと妹の面倒見もよかったしな。暗黒系イケモンセイメイとかにはならなかったな。

 

 ただ、晴明は才能というものが俺とは違ってかなりあったらしく、その方法を完成させて俺に施したいとのことだった。

 

 その方法というのが他者の身体を依り代に転生を繰り返すことで、徐々に種族としてのからをやぶり、自身の妖力を引き上げる術という外法中の外法である。チートな積み技だなオイ。

 

 流石に肉体を乗っ取るのは信条に反するので断ろうと思ったが、その辺りも配慮してくれており、精神が壊れた者や、死に立てホヤホヤの者や、死んでもいいなと思うような奴でも特に問題はないらしい。それならばと晴明の術を受けることにしたのだった。まあ、受けた後に晴明の拘りで女性にしか転生出来ないようにしてあったということを知り、既に二児の母であり未練はあまり無いのだが、何とも言えない気分になったがそこは仕方なかろう。

 

 そして、約1000年掛けて他者を依り代に転生を繰り返して現代に至るのである。まあ、現在は魂だけの存在で転生先の依り代を探している状態なので既に8.5尾ぐらいの状態なのだがな。

 

 まあ、晴明にも娘のきぬにも先立たれてしまったので寂しくないと言えば嘘になる。晴明は元々人間の方の血を色濃く継いでいたので人間よりは長く生きたが死んでしまい、妹のきぬは妖怪の方の血を色濃く継いでいたのだが、夫婦になった人間と共に死にたいという意思によりそのようになった。泣いたなぁ、二人が死んだときは。

 

 そんなこんなで妖怪ではそこまで長生きでもないが、人間的には10倍以上の長生きをして今に至る。まあ、今の俺は魂というか幽霊のような状態なので生きているかと言えば微妙だが、それは置いておこう。

 

 まあ、九尾になったのはついこの間のことであり、八体目の依り代からかれこれギリギリ400年行かない程の期間が空いたのだがな。

 

 というのも晴明によればこの術は俺が九尾になることで打ち止めになるように作ったらしい。すなわち、身姿及び魂の形そのものが最後の九体目の依り代に羽衣という妖狐の妖怪が固定されてしまうのである。

 

 まあ、九尾以上になってしまうと妖怪で無くなってしまうから妖怪のままでいたい。という俺の要望を聞いてそうしてもらったのでコレは俺が選んだことなのだがな。

 

 とは言え、やはりそれならば一切の妥協を許さずに決めたいところ。理想の姿の依り代を見つけると決意したのがつい400年前の話である。

 

 しかし、だからと言って別に400年間ただの一人を吟味していたわけでは全くない。

 

 どうしてそんなに長引いているかと言えば単純な話。これだっ!と思う理想の依り代は何度か見掛けたが、全く若くして死なない上に揃いも揃って良き人だからである。未だに人間を助けることを信条にしている俺は、善人の依り代を殺してまで転生しようとはしないからな。

 

 まあ……更に言えば理想の依り代が事故とかで死なないかな?と考えながら、ふよふよ依り代の周りにいるのだが、依り代が死にそうになる展開になると最早、反射的に助けてしまうのである。そのため、まるで依り代の守護霊のように何人もの理想の依り代を転々として400年も過ごしてしまったのだ。

 

 アホだということはわかっているが、目の前で良き人間に死なれるのは非常に寝覚めが悪いため、仕方がない。 晴明が知ったら絶対苦笑されるな……。

 

『はぁ……』

 

 当時はいつも溜め息を溢していた。パッと殺ってサクッと入ってしまえばそれで済む。だが、どうしても俺にはそれが出来なかった。そんなことをすればそれこそ心無い化け物だ。俺は身体は変わり果てたが、せめて心だけは良き人間でありたいのだ。

 

 再び自分を奮い立たせて依り代を探す。

 

 現在いる場所はそこそこ大きな病院だ。流石に探す場所ぐらいは絞ることにしたのである。こういった場所ならば俺としてもあまり気負わないで済むかもしれないからな。少なくとも俺が殺してしまうわけではないと自分に言い聞かせられる。

 

 とはいってもやはり理想の依り代はそうそうあるものではなく、死ぬとも限らない。既に1週間で十以上の病院を梯子しているところだ。ここも無駄足かも知れないな。

 

『なんじゃ?』

 

 ふと、個室の病室を通り掛かった時に何か違和感を感じたため、その病院に入ることにした。まあ、入るといっても壁をすり抜けるのだがな。

 

『失礼するぞ』

 

 無論、霊体である俺の声は中の者には届かないが、マナーとして声は掛けておく。挨拶は大事だ。

 

『これは……』

 

 するとそこはやや窶れた様子だが、まだ若い女性がいた。女性の身体的な様子からどうやら出産を終えてそう日が経っていないようだ。

 

 俺が気になったのはそこではない。女性は人間にも関わらず、暗く濃い妖気が下腹部を中心に巻き付けられたように纏っていたのだ。明らかに普通ではない。

 

『魅入られたか』

 

 こんなものを見せられた俺の取る行動はひとつである。

 

『えんがちょ、じゃ』

 

 俺は尻尾を一本出して女性が纏う妖気に更に巻き付けてから、女性に当たらないように俺の妖気を放出した。すると妖気は煙を散らすように霧散して消え去る。

 

 俺はこんなんだが、既に大妖怪と呼ばれるぐらいの妖気をしているのでこの通りである。ついでにちょっとマーキングしておけばこれを憑けた妖怪も諦めるだろう。

 

 3分程でマーキングも終え、良いことをしたと思っていると、病室に血相を変えた様子の女性が駆け込んで来た。見た目と年齢からして若い女性の母親だろうか。

 

 話を聞くとやはり母親らしい。母親が新生児室で若い女性の赤ん坊を見ていると、健康体だったにも関わらず、容態が急変したとのことである。

 

  残念だがそういうこともあると思い、病室から去ろうとしたのだが、何か引っ掛かりを覚えて立ち止まる。そして、ふとあることが浮かんだ。

 

『下腹部……?』

 

女性は妖気を下腹部を中心に巻き付けられているように見えた。だが、それが下腹部でも子宮だとしたのなら……。

 

『まさか!?』

 

 俺は女性の赤ん坊がいる場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 嫌な予感程よく当たるとは誰が言ったか。俺はまさにその状況に陥っていた。

 

『なんと…まあ……』

 

 あの女性は妖怪に魅入られたわけでも妖気に当てられたわけでもなく、妖怪に"孕まされていた"のだ。

 

 すなわち、俺の目の前にいる赤ん坊は人間と妖怪の半妖だったのだ。妖怪の比率がかなり多めで人間2割妖怪8割といったところだろうか。

 

 だとすれば何故、今赤ん坊が死にかけているのか、その理由が理解出来る。

 

 母親に憑いていた妖気は、母親から赤子に対して妖怪部分の生命の源である妖気を送るへその緒も兼ねていたのだろう。それが突然断ち切られたのだからショック状態になってしまった。こうなった半妖の末路など決まっている。

 

 最早、どうすることも出来ないだろう。俺の妖気では妖力が強過ぎて死を早めるだけだ。

 

『俺が……やった……?』

 

 この赤ん坊が良き人間として成長するのかそうでないのかは最早わからない。しかし、半妖ではあり、望まれたかどうかも定かではないが、この子は確かに人間だ。こうしてそこにいる。

 

 吐き気がした。

 目眩がした。

 身体が震えた。

 全身の毛が逆立った。

 

 そして、思い出したのは晴明ときぬを産んで初めて抱いた時の感覚だった。

 

『女の子か…』

 

 転生だけでは足りない。それではこの子を殺してしまう。それはダメだ、それだけはダメだ、それだけはしてはいけない。

 

 だとしたら……。

 

『いいだろう…』

 

 "俺の全部"と"君の全部"。一切合切全て溶かし合わせてしまおうじゃないか。

 

 俺は最後の転生の術を発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九尾に至ってから十数年が経過したのでそろそろ"私"の近況を整理してみようと思う。

 

 まず、あの赤ん坊に転生した私は突然非常に不便になった身体をどうにか受け入れながらあの女性―――お母様の娘として育てられた。少なくとも歩けるようになるまでの記憶はこれまで生きて転生してきた記憶の中である意味一番壮絶な記憶だったと思う。晴明……母さん1000歳越えてるけど赤ちゃんプレイがんばったよ……褒めて……。

 

 ああ、ちなみにこの"私"という一人称だが、それはこの身体の持ち主を依り代にするだけではなく、魂レベルで同化したからそうなった。要は今の私は羽衣狐という存在と半妖の娘を合わせた存在になっているのだ。お陰で趣向が変わったり、今の親のことは本当の親として愛せているなどと色々変化した。無論、それに関しては全面的に受け入れている。

 

 まずは私の容姿のことを話そう。私の最後の身体は膝まで掛かる程の艶やかな黒髪をして、華奢ながら出るところはしっかりと出たかなり上質な姿をしている。これまでの依り代の中でもぶっちぎりの美人だと豪語できる程だ。

 

 ただ、半妖だからなのか、私と魂ごと合わさったからなのかはわからないが、雪……いや死人のように白い肌に、光のない黒々とした瞳が相手に不気味という印象を抱かせるだろう。そこはとても申し訳なく思う。

 

 そして、こんな私をこれまで嫌な顔ひとつせずに育ててくれたお母様には感謝しかない。

 

 そうだ、お母様のことを話そう。

 

 私を産んだ時にお母様には男は居なかった。それは逃げたなどではなく文字通りの意味でだ。妊娠が発覚する1ヶ月と少し前に1週間ほど行方不明になって帰って来たことがあったらしい。行方不明の間の記憶は一切なかったそうだ。

 

 間違いなく、その期間に妖怪に孕まされたのでしょう。ちなみにお母様を孕ませた妖怪は高慢にもお母様と私を拐いに再び姿を現したので、地獄すら生温い苦しみを与えてから黄泉に葬ったので悪しからず。うふふ……。

 

 次は……私の名のことを話そう。私の名前は"犬山乙女"という。昔は"山吹乙女"という名だったのだが、母様が今の父様と結婚したのでそうなった。

 

 そして、お母様が結婚したお父様。こちらもお母様に引けを取らずとても良い人間だった。何せこんな私を血の繋がりもないのに娘だと認めて日頃からよくして貰っている。それだけで私には身に余る幸福だ。

 

 お母様とお父様にはちゃんと孫の顔まで見せてあげたいものだ。 まあ、相手がいないけれど。

 

 そして、一番重要なことなのだが――

 

 

 

 "妹"が出来たのである。

 

 

 

 名前は"犬山まな"といって種違いの妹に当たる。

 

 いやー、もう可愛いのなんのって……うふふ。今も昔も一人っ子だった私としてはもう感無量というもの。"乙女姉~"と言いながら抱き付いて来たまなが小さい頃なんて幸せで愛おしくていっぱい抱き締め返していたぐらいだ。

 

 まあ、小学校高学年になった頃からパッタリされなくなってお姉ちゃんとても寂しいんですけどね……お父様に言ったらものすごく共感されたりもしたなあ。人間の父親なんてそんなものじゃろう。

 

 とはいえ、抱き付いてはくれなくなったけどお姉ちゃんはまなに嫌われないように"良いお姉さん"を演じきっているので多分、まなには嫌われてないと思う。というか思いたい。

 

 そんな感じで順風満帆なのが今の私だ。後、私は高校生でまなは中学一年生だ。まなのランドセル姿が見納めなのは大変残念に思ったが、まなの制服姿は控え目に言っても素晴らしかったのでそれはそれで良い。

 

 

「う…………ん……」

 

 

 私は自分の部屋でベッドから起き上がると伸びをした。さてそろそろ家族が起き出す時間だ。日頃の感謝を込めて誰よりも早く起きて朝食を作るのを私は日課にしている。

 

 とりあえずタンスの前に移動してから黒一色の下着を身に纏い、学校指定の黒一色に白いラインが多少入り、白のスカーフが付いた制服を身に纏った。

 

「うふふ……いつ見ても惚れ惚れする姿じゃ」

 

 姿鏡に映した私の姿は、女性にしては高めの身長と黒髪や黒い瞳に制服が映え、白過ぎる肌を引き立てている。不気味な見た目だからこそ引き立てられる美しさもある。素材が良いのだから着飾らないのは失礼というものだ。

 

 ちなみに寝るとき全裸なのは元々獣の羽衣としての趣味。元々はむしろ白系を好んで着ていたので、黒が異様に好きなのは乙女の趣味だと思われる。勿論、高校の決め手も真っ黒の制服を見てこれだっ!と思ったからなのは家族には言えない秘密。まあ、そこそこの進学校だったから言い訳は他に幾らでも用意出来たからよかったけど。

 

「さて……」

 

 高さを少し上げてやや明るめな声にする。そして、瞳を隠すように笑顔を作って目を細めれば犬山乙女という少女の完成だ。

 

「寝坊助なまなちゃんを起こさなきゃいけませんね」

 

 誰に言うわけでもなくそう呟いて気合いを入れる。それから自室を後にして隣のまなの部屋の前に立った。

 

「入りますよ」

 

 一応ノックをしてからまなの部屋に入る。そこにはベッドで眠りこけているクセっ毛の少女――私の妹のまながいた。私とは違って可愛さを体現したような容姿をしている。

 

 私ももっとこう可愛さというものを……いやそういう考えは止めよう。お母様から貰ったこの身体はこれで十分に気に入っている。

 

「まな、朝よ起きなさい」

 

「んみゅう……後5分だけ……」

 

 ああもう! んみゅうだってんみゅう! 私の妹可愛い!  これで夏に薄い本が出る!

 

 はっ! いけないいけない……姉像が崩れる。それに起こさないと学校に間に合わなくなるし、起きているとまなが朝食作りを手伝ってくれたりもするから起こさないと。

 

「うふふ、ダメよ寝坊助さん。ほらもう朝陽がこんなにきれ……」

 

 陽射しを入れるためにカーテンを開けた瞬間、私は固まった。

 

 なんと家の庭に血のように赤々とした樹が一本聳え立っていたのである。

 

 え? なにこれ? どういうこと?

 

 

 

 




原作に入らないと作者中々投稿しなくなる気があるのでさっさと入らせました(クソ作者の鏡)

ちなみにこの作品の晴明くんはきれいな晴明なので大丈夫です。

ちなみにTS羽衣狐さんは小説は昔書こうとも思いまして。他者に憑依して転生を繰り返す念能力を持った暗黒大陸の化け狐という設定でHUNTER×HUNTERで書く予定でしたが、ハクアさんに負けました。


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羽衣狐(のびあがり)

fateのキャラが一匹だけ出ますけど刺身のつま程度の存在感なので許してください。なry)

まあ、タグにつけたので隠す気は全くありませんけど。

ちなみに時系列的に朝のタイミングでまなちゃんの部屋に目玉のおやじさんいましたけどハゴロモさんは気付いていません。ちっちゃいからね仕方ないね。



 庭が勝手に禍々しいガーデニングをされたその日の夕方。学校帰りに私は家にはすぐに帰らずに街をぶらついていた。

 

 すると主に人通りの多いところで何度か同じ木を見かける。観察しているとどうやら人間にも見えているようなので、携帯でニュースを見てみるとニュースの話題は何れも人間が謎の赤い木に変えられたということで持ちきりであった。

 

 尤も人間のコメンテイターや、何処から連れてきたんだと言いたくなる専門家の意見は、新種のウィルスや生物兵器だの果ては宇宙人の仕業だ等と私が欲しい答えは無かった。纏う妖気からして確実に妖怪の仕業だろう。

 

 一応私は1000年以上は生きているが、基本的に人間に寄生するように生きてきたため、良くも悪くもあまり妖怪自体への知識はない。そのため、私が知りたいのはどこのどいつがやったかである。

 

「仕方がないのう」

 

 まあ、ただの人間にそこまで求めるのは酷というものだろう。私は携帯電話に入っているコミュニケーションツールを起動してとある知り合いのページを開いた。そこには"おっきー"として登録されている。

 

「うわ……」

 

 最後に開いて返信したのは昼食後の休憩中だったのだが、開いてみれば20件以上の未読が付いていた。読んでみると何れもこれも大した内容ではない。よほどに暇なのだろうか……いや、暇だろうなアイツは。

 

ハゴロモ《おいニート。知恵を貸せ》

 

 まあ、多分すぐに返事が来るだろう。一分もすれ――。

 

おっきー《せめて引きこもりって言ってよぉ!?》

 

 1分どころか30秒以内に返信が帰って来た。相変わらず暇な奴だ。

 

おっきー《な、何さ急に。いつも私にリプしてくれないのに……》

 

 私が返信を返そうと字を打っていると先におっきーから更に返事が来る。内容から察するに知恵を貸せという文字を見て少し付け上がったのかニートで引きこもりな上にひねくれ始めたようだ。

 

 私は面倒になりそうだったので今は時間が惜しいため、書いていた文を消して簡単に文を書いた。

 

ハゴロモ《もうコミケの手伝いせんぞ》

 

おっきー《アッハイ。それで要件はなんでしょうかハロハロさん?》

 

 必殺の言葉によりおっきーが引き下がったので私は朝撮った家の木の画像を探して文章を打った。

 

 説明しておくとコイツの名はおっきー。引きこもりの妖怪であり、日本で引きこもりの人間が出るのは全ておっきーの妖気に当てられたからである。

 

 ……真面目に説明すると名前は刑部姫。姫路城の天守閣で引きこもっている狐の妖怪である。昔、転生のために日本中を転々としていた頃に知り合ってから同じ狐の妖怪ということでずっと交友を続けている。滅多に出歩かないが、私の数少ない妖怪の友人だったりするためそれを言うと付け上がるので本人には言わない。

 

ハゴロモ《妾の庭にこれを生やした愚か者は誰ぞ?》

 

 その文と共に朝に撮っておいた画像をおっきーに送った。その妖怪について自分なりに考える間も無くおっきーから返信が来る。

 

おっきー《ああ、"吸血木"かぁ。それは"のびあがり"の仕業だね》

 

ハゴロモ《"のびあがり"とな?》

 

 漢字で書くと伸び上がり。別名はのびあがり入道。おっきーが言うには見ているうちに次第に大きくなったかと思えば、見上げるほどに大きくなる妖怪で、徳島県では見上げた者の首筋に噛み付いたり、香川県では首を絞めたりするなどの人に危害を加える伝承も残っているとのこと。

 

おっきー《でもでもそこまでは人間に伝わる伝承。本当ののびあがりは人間や妖怪に吸血木の種を植え付る妖怪だね》

 

 そして吸血木とは種を植え付けられた者がなる姿のこと。生きたまま木にされてしまうとは全くもって恐ろしい話だ。

 

ハゴロモ《物騒な妖怪じゃな》

 

おっきー《ハロハロには負けるよ…》

 

 失礼な。私は人間にはとっても優しい妖怪だ。

 

 ちなみにさっきから言っているハロハロとは私のあだ名らしい。もう少しマシなものがよかったが、あだ名を付けられたのなんて生まれて初めてなのでちょっと嬉しい。

 

おっきー《ちなみにだけど封印されてたのびあがりを解いたのはこの馬鹿だよ》

 

 私が返信するより前におっきーは動画を送ってきた。文を作るのを止めてそれを見ると、そこにはのびあがりの封じられた石碑の札を剥がし、石碑ごと打ち壊してしまう男の姿が映っていた。

 

 なんともまあ、脳みその足りない奴だ。やったことでどうなるか信じていなくとも多少の敬ぐらいあるものだろうに。

 

 まあ、最初は興味本意で、次は昔の気持ちよさが忘れられないでまぐわり、両方とも妊娠したアホ狐ならばここにいる。この男性も失敗を糧に変われるといいな。

 

ハゴロモ《それにしても相変わらずお主はなんでも知っておるな》

 

おっきー《そりゃ勿論だよ! ネットの海は私の世界だから妖怪絡みで知らないことなんて無いよ!》

 

ハゴロモ《知ってるだけじゃがな》

 

おっきー《ひぇっ!? 辛辣!?》

 

ちなみにネットがある前のおっきーは本の虫だった。なので妖怪にも非常に詳しいのだろう。

 

 聞きたいことは聞き終えたので一旦おっきーとの話を切ろうとしていたところ。

 

 にゅるんと音が出そうな様相で眼前のアスファルトの地面から身体の透けたひとつ目の大きな妖怪が生えてきた。

 

 ふよふよと浮遊しているその妖怪は引き伸ばされた金太郎飴のような胴体に、心霊写真に写りそうな手が無数に生え、半透明の緑色をしている。

 

「…………あいぎゃうのう」

 

 ちょっと可愛いじゃないか…。

 

 ぷにぷにしてそうなのであの上に寝そべってみたらさぞ気持ちいいだろうな等と考えていると、おっきーから画像付きでメッセージが来ていることに気が付いて携帯電話を眺める。

 

おっきー《のびあがりのイラスト書いてみたよー》

 

 そこにはボールペンで書かれた金太郎のような胴体に無数の手が足のように生えたひとつ目の妖怪の姿が写っていた。

 

 種汁プシャー!と吹き出しがついていて何かを発射する様子であり、短時間で書いたとは思えないリアルな躍動感がある。

 

 相変わらず、無駄に絵と折り紙だけは上手いな。

 

 そして、携帯電話から顔を上げると、さっきよりもこちらに近付いてきている緑色の妖怪と目があった。

 

…………………………。

……………………。

………………。

…………。

……。

 

 お前がのびあがりか!

 

 唐突過ぎる出会いに思考を停止させながらも尻尾を一本出して、背中から入れるように尻尾に片手を突っ込む。

 

 私が尻尾から"それ"を取り出すのと、のびあがりが何かを発射するのはほぼ同時であった。

 

 

"二尾の鉄扇"

 

 

 尻尾から取り出された黒い鉄扇は異様な弧を描きながら伸び、私を守るために前面で押し広がり盾となる。のびあがりから発射された何かは鉄扇に防がれて霧散した。

 

 これは私が尻尾を増やしながら集めた武具のひとつの鉄扇である。質量を無視して伸縮自在の不思議な鉄扇だ。こういった武具を一尾につき一つ収納している。

 

 あれが吸血木の種か。あの手で植え付けるのかと思えば発射するとはなんと凶悪な武器だ。私も元から強力な能力を持つ妖怪で生まれたかったものだな。

 

「小癪な…」

 

 そんなことを考えている間にも撃ち続けられる吸血木の種を鉄扇で防ぎながら、密かに出している一本の尻尾をのびあがりに伸ばす。

 

『―――!?』

 

 のびあがりの胴体に私の尻尾が巻き付き、こちらに引き寄せた。のびあがりは身体をくの字に曲げられながら私の眼前まで急接近する。

 

「だが獲ったぞ」

 

 即座に鉄扇を15m程まで巨大化させ、のびあがりに被さるように振り上げる。そしてのびあがりを地面に捩じ伏せながら尻尾を戻すと、鉄扇でのびあがりを叩き潰した。

 

 黒々としたアスファルトに黒鉄色の鉄扇が打ち付けられ、のびあがりのいた場所は数m陥没し、鉄扇を中心にヒビと亀裂が入り、石混じりの埃りを巻き上げる。

 

「んぅ?」

 

 だが、私はそれを奇妙に思った。手応えがあり過ぎたのだ。これではあの弾力のありそうなグミみたいなのびあがりを潰したというよりも石でも叩いたような…?

 

「なに…?」

 

 鉄扇を持ち上げるとそこにのびあがりの姿は無かった。そう言えば最初はアスファルトの地面から飛び出してきたことを思い出す。

 

 何処へいった? 何処から攻撃してくる?

 

 私は出している一本に加えてもう一本尻尾を出すと、私のいる地面を含めて何処から来てもいいように構える。

 

 そうして10秒20秒と時間が経っていき、1分ほど経った頃にようやく私はそのことに気が付いた。

 

「…………逃げおったか」

 

 当たる直前に壁抜けをしてそのまま逃げ出したのだろう。私の行動は無駄で間抜けなモノだったということだ。

 

 "寿命が無に等しい妖怪にとって格上の妖怪を相手にすることは自殺に等しい。故に逃ることこそが妖怪として正しい行為だ"

 

 私はかつて一尾だった頃に肝に命じていたことを思い出した。

 

 いつからそんな基本的なことを忘れる程強くなったと思い込んだのだろうか? 今回は私の負けだな。

 

「今日は終いか」

 

 今日の夕飯当番は私である。そろそろ帰らなくては家族が心配するだろう。私は鉄扇を尻尾にしまって尻尾も戻して、服に付いた埃を払ってから家路に着いた。

 

 

 

 尚、のびあがりはその日の夜に私以外の者によって退治されてしまったため、再び私の前に現れることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 私は家に帰りながら誰に対してでもなく溜め息を吐いた。ここ二日で色々あった。ううん、あり過ぎた。

 

 裕太の頼みで妖怪ポストに手紙を投函したことから始まって、鬼太郎と目玉のおやじさんに会って、鬼太郎が吸血木になって、1日経って復活して、のびあがりを鬼太郎が倒したら鬼太郎が誰かに弓で射られた。

 

(いやいやいや、我ながらどういうことよ)

 

 ひとりでツッコミを入れたけど事実だから仕方ない。妖怪というものがホントにいるだなんて思いもしなかった。

 

「鬼太郎大丈夫かなぁ……」

 

 吸血木になってもまた元に戻れてたからいらない心配かも知れないけれど、心配なものは心配だ。

 

 それともうひとつ気がかりなことが浮かんだ。

 

「今日のこと"乙女姉"には……いやー、やっぱり言えないよね」

 

 私には少し歳上の姉がいる。

 

 背が高くて雪みたいに真っ白の肌にとっても長い黒髪をした私のお姉ちゃん。

 

 容姿端麗、成績優秀、その上優しくて家事万能で料理上手な完璧超人。お母さんはちょっとぐらいお姉ちゃんの才能を私にも残してほしかったな!

 

 とはいっても私自身お姉ちゃんのことは大好き。嫌う理由がないもの。流石に抱き着いたりはもうしなくなったけどさ。後、何と無く面と向かってお姉ちゃんとも呼ばなくなっちゃった。

 

 だからお姉ちゃんには思ったことでも下らないことだって何でも話せるし、話したいと思う。正直、家に帰ったらまずお姉ちゃんに学校であったことの愚痴をはなしたりしてるからね。

 

 お父さんとお母さんはまだそんなにでもないんだけど、お姉ちゃんに秘密を作るのだけはなんだか気が引けるんだよね……。

 

 そんなことを考えているともう家の玄関の前まで来ていた。私は一度深呼吸をしてから玄関扉を開けた。

 

「おかえりなさい、まな」

 

「乙女姉ただいまー!」

 

 そこにはお姉ちゃんがいつも家にいるときは、何故か必ず私がドアを開けるタイミングで玄関にいるお姉ちゃんがいた。今日は黒のロングスカートにセーターを着ている。学校の制服も黒いけど部屋着はもっと真っ黒。でも綺麗なんだからちょっとズルい。

 

 こうやっていつもみたいにお姉ちゃんが出迎え……て…きて……くれ…………え?

 

「遅かったわね。今日の晩ご飯は、ごはんとお味噌汁に(さわら)の利休焼きと厚揚げの煮物の和風マヨネーズ和えに胡瓜の和え物よ」

 

 いつものようにニコニコと柔らかい笑顔のお姉ちゃんが私に献立の説明をしてくれているけれど。それは全く頭に入って来なかった。

 

 

 

 

 

 だって――――――。

 

 

 

 

 

 お姉ちゃんの頭で嬉しそうにぴこぴこ動いてる"狐みたいな黒い耳"はいったい何なの? え? え? ええ!?

 

「どうかしたのかしら?」

 

「お、おお、お……お姉ちゃん!」

 

「あら! 久し振りに乙女姉じゃなくてお姉ちゃんって呼んでくれたわね。うふふ、嬉しい」

 

 あ! 呼んじゃった恥ずかしい! って違う! それ所じゃ……………………あれ?

 

 目を擦ってもう一度見てみるけど、いつの間にかお姉ちゃんの頭に生えてた狐耳は無くなっていていつものお姉ちゃんがそこにいた。

 

「あれ…?」

 

「どうしたの? へんなまなね。早くご飯にしないと冷めてしまうわよ?」

 

「あ、うん……」

 

(見間違い……だったのかな?)

 

 そういうことにして私は考えるのを止めた。ここ最近で色んな非常識を見たけど、流石に血の繋がった私のお姉ちゃんもそう見えるなんてどうかしてるよね。

 

「行くわよ。まな」

 

「はーい、はーい」

 

 けれど、ほんの少しだけ私は思った。

 

(でもお姉ちゃんなら妖怪だって言われても私信じられるなぁ)

 

 そんなちょっと失礼なことを考えながら私はお姉ちゃんの後について家に入っていった。

 

 

 

 

 




はい、おっきーこと刑部姫でした。もちろん、刑部姫のままで登場です。なんか今回の鬼太郎のコンセプトだとスゴく噛み合いそうですしな。



ちなみにおっきーのポジションは目玉のおやじです(解説役)




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羽衣狐(ライブ)

どうもちゅーに菌or病魔です。

今回は筆がノリノリになったのか一万字行きました。地味に長いですが分割するほどでもない気がしたのでそのまま投稿しました。

それといつも誤字訂正機能での報告ありがとうございます。言われればわかるんですけど自分で読んでて気がつかないんですよね。誤字は友達。でも消す。



 はてさてどうしたものかと私は考えながら座っている席で組む足を変えた。

 

「たすけてー!」

 

 とりあえず頭をスッキリさせるためにさっき売店で買った炭酸飲料の缶でも開けて飲むか。んむ、あまり炭酸は得意でもないが、たまにはいいものだ。

 

「ちょ!? なに美味しそうに飲んでんのさ!? ホントにそろそろヤバいって!」

 

 それにしてもこういう施設には初めてきたんだけど、外から見る以上に中は広いんだな。流石5万人も収容してライブが出来るだけはあるというものか。

 

「ひいっ!? かすった!? ふぇぇ……どうしてこんなことに……」

 

 こっちのセリフだわこの引きこもりめ。

 

 おっきーはまだまだ余裕そうなので視線をステージの前に立っている者に向けた。 

 

 そこにはひとつ目で赤い肌をして袈裟を身に纏う巨大な人型の妖怪――見上げ入道がいた。おっきーはその妖怪と対峙しており、黄泉送りなる技を次々に放つ見上げ入道に対して、おっきーは全身を大量のコウモリに分解しながら超高速で空を飛び回って避けていた。

 

 ちなみに何故かおっきーが狐なのにコウモリの姿を取っているのは、おっきー曰く私の比ではない程根性のねじ曲がった性悪狐に "キャラ被ってるからそっちが引け(上品に意訳) "とSNSで言われ、リプライ合戦の応酬の末におっきーが打ち負かされてそうなったらしい。どういうことなんだとツッコミたくなるが言葉の通りらしいので私から言えることは何もない。

 

「ほれ、口を開ける暇があるのならもっともっと避けてみせい」

 

「ううぅ!! 鬼! 悪魔! 羽衣狐!」

 

 うふふ、鬼と悪魔と同列に私の呼び名を並べた理由を聞こうじゃないか。

 

 ちなみにおっきーはヤバいと言い始めてからかれこれ1時間以上耐久しているので放っておいても平気だろう。というかおっきーは、あんな現代に被れまくった成りで中身も残念だが、一尾の頃の私では足元にも及ばないぐらいの大妖怪である。単に自分に自信が無さ過ぎるだけなんだアイツは。

 

『くっ……貴様らふざけているのか!!』

 

「黙れ木偶の坊。余興もわからず刑部すらも屠れぬようでは貴様の夢など夢のまた夢よな」

 

『ぐぐぐ……減らず口をッ!』

 

 そうは言ってみたもののこちらにも決して余裕があるわけではない。何せ約5万人が人質にも等しいのだ。単純に滅してやるだけならばそれこそ一瞬で済むが、人間が戻ってくるという確証も方法もないのではこちらから攻撃することも出来ない。本当にどうしたものか。

 

「あ、久し振りにちゃんと呼んでもらえた……」

 

 お前……それでいいのか……?

 

 私は小さく溜め息を吐いてからどうしてこうなったのかと考え込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハロハロちゃん! 電池組のライブに行こうよ!』

 

 庭の吸血木が突如消滅したため、のびあがりが誰かに退治されてからそう日も経っていないある日。おっきーから突如そんな電話を受けた。

 

 私は目眩を覚えたように大袈裟に頭を抱えてベッドに座り込んだ。

 

「お主が自ら外出とは……明日は日ノ本の国が海に沈み、螺湮城(ルルイエ) が浮上するのかも知れんな……」

 

『おうぇっ!? 遊びに誘ったのにこの仕打ち!? しかも私が外出するとコズミックホラーになるの!?』

 

 まあ、冗談はさておきどうしてそんなことを言い出したのか聞こうじゃないか。おっきーが外出するのなんて年に数えるほどしか無いし。

 

『う、うん……そのね。結構倍率高かったんだけど応募したらペアチケットが当たったから……折角だから誰かと行こうと思ってね……』

 

「別の友人と行けばよいではないか。それにそういったところは不馴れだ。妾が行くような女に見えるか?」

 

 基本的に私は昔から騒がしいところが苦手である。今でもそのようなので乙女としてもあまり好きではないのだろう。

 

『ふぐっ…うっ……ハロハロ以外にリアルの友達なんかいないやい!』

 

「………………すまん」

 

 ゴメン、おっきーの交遊関係の狭さナメてた私の落ち度だ。

 

 まあ、これでも何百年か前に比べたら随分マシになったものだ。昔なんて――。

 

"引きこもっているんだから、要件があるならもうちょっと後にしてくれるとありがたいよー。んー十年ぐらい"

 

 等と言ってたので引き摺り回すレベルで外に連れ出したものだ。

 

 そのお陰かどうかは不明だが、数百年経った最近は――。

 

"んっ、ん、ん……どうしても、どこかに行かなきゃいけないときは言ってね? ちゃんと私も付いていくし……しおらしい? もうっ! 分かってて言ってるでしょ!……いじわる"

 

 等と言い出すようにもなり、このように私が同伴だが自分からも外出をするようになっただけ良しとしよう。

 

「しかし、アイドルか。ませた小娘どものお遊戯など見て何が楽しいのやら、てんでわからぬな」

 

『むっ、言ったね! ハロハロちゃんでもそれは聞き捨てならないよー! ハロハロちゃんにも絶対出来ないようなことをステージ上でやってのけるから彼女たちはスゴいのさ!』

 

「ほほう、この私に出来ぬじゃと?」

 

 それは少しカチンと来たぞおっきー。アイドルの真似事が出来ないわけがないじゃないか。どれだけ年期の入った演技派妖狐だと思っている。

 

 アー、あー、よし!

 

「転生妖術少女ハゴロモちゃんだよっ★」

 

『うわっ……』

 

 その一言はどんな鋭利な刃物や陰陽師の破魔矢よりも私の心を深く深く傷付けた。

 

「貴様……後で覚えていろ。天守閣が原型を留めていると思うなよ…?」

 

『ひえっ!? せめて個人攻撃にしてよぉ!?』

 

 流石に私自身"あ、これ無理だわ"とか思ったが言っていいことと悪いことがある。心にしまっておくのがマナーというものだ。

 

『武蔵ちゃんクッションあげるからダメ……?』

 

「よきかな」

 

 超許す。ちなみに私の部屋にもう9個あるけど可愛いからまだ欲しい。

 

 その後はおっきーと会う日時を決めてから電話を切った。

 

「んぅ?」

 

 するとすぐにチャイムが鳴ったので、玄関に向かった。

 

「はい、どちら様でしょうか?」

 

 するとそこには藤色の髪をして白いブラウスに赤の吊りスカートを履いた背の高い美人がいた。

 

 ただの美人ならばよかったのだが、明らかに彼女は妖怪であった。私と違って、人間だけでなく他の妖怪からも人間と思われるための妖術や妖気を完全に絶った上で臭いを消す等のことをしていないので、妖怪からしてみれば一目瞭然である。まあ、普通そこまでする意味もないので私の方が遥かに少数派だがな。

 

「ふーん、あんたが犬山まな?」

 

「ふふ、残念。私はまなの姉の犬山乙女です。私が妹と間違えられるなんて滅多にないから嬉しいわ」

 

「そ、そうなの……」

 

「今、まなを呼びますね」

 

 そう言って女性を待たせて振り向いたところで目を見開き、真顔に戻る。まなの友人……という雰囲気では無かった。しかし、敵意があるようにも見えず、かといって何か感情を隠しているようにも見えない自然体だった。だとするとまなに危害を加えるわけでは無いだろう。ならば姉は無粋なことをせずにいつも通りまなを呼んで部屋に戻るのがよいのだろう。

 

 むしろどちかといえば気掛かりなのはまなの方だ。

 

 妖怪と交流を持っているかもしれないということは、まなが妖怪が見えるようになっている可能性が高いということ。となると家で無闇に耳や尻尾を出していたら大変なことになっていたかも知れない。

 

 まあ、そこは人間に密着して生きる転生狐。元々誰にも悟られないような生き方を常日頃からしているため、まなにバレることはまず無いだろう。それよりもまなが妖怪側に来てくれるかもしれないことに少し嬉しさを感じているのだからダメな姉だ。

 

 そんなことを思いながらまなを呼び、私は部屋に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 そこまで考えたところで戦況が変わったため、意識をそちらに戻した。

 

 見ればおっきーの足に黄泉送りの帯状のモノが触れていた。こうなったらどうなるかなど火を見るより明らかだろう。仕方ない、この辺りにしておくか。

 

 私はおっきーが黄泉に送られる前に尻尾を4本出して黄泉送りそのものを縛りつける。

 

『な!? そんな馬鹿な……』

 

 そして妖力を込めて捻り絞ることにより黄泉送りを破壊し、物理法則に従って床に落ちるおっきーを尻尾で回収して私の腕の中に抱き寄せた。

 

「残念じゃったな見上げ入道よ。此奴は妾のモノ。誰にもやる気は無いぞよ」

 

「は、はい……」

 

 どうしておっきーが答えるのかは不明だが、ここは流しておこう。大切な友達だから知らん妖怪などに渡したりはしない。

 

「まあ、ここまでか。愉快な見せ物じゃったぞ」

 

 おっきーを抱えたまま私は青い狐火を手の中にひとつ作る。それを見上げ入道に向かって軽く投げた。狐火は私と見上げ入道の丁度中間に差し掛かった瞬間、爆発して一瞬だけ凄まじく激しい光と音を放つ。

 

『うぉぉぉ!?』

 

 それを直視していた見上げ入道は涙を浮かべながら手で目を覆っている。妖怪と言えど1~2分は使い物にならないだろう。

 

 これぞ私が一尾の頃によく使っていた閃光玉狐火、あるいはスタングレネード狐火である。猫だましならぬ狐だましだ。

 

「生憎、妾はお主と遊んでいるほど暇では無いのでな。では、さらばじゃ」

 

『め、目がぁ……くそぉっ!』

 

 見上げ入道が苦しんでいる隙に、妖気を絶った上で私はおっきーと自身に姿隠しの妖術を使って隅で壁際の席に移動する。そして、更に防音の結界を張りおっきーを席に座らせた。

 

「もう見上げ入道はこちらから何かしなければ我らには気づけぬじゃろう。話してよいぞ」

 

「うぅぇぇぇん!! ごわがっだよぉぉぉ!!」

 

 おっきーは座らせたのに私に抱き着いてきた。

 

「ひっぐ……ひっぐ……」

 

「怖かったのう。大丈夫か?」

 

「もうちょっとこのままでいさせて……」

 

 おっきーは折れてしまったので、仕方ないがこのままいることにした。だが、状況は依然として変わってはいない。五万人の人間が人質にとられたままだ。

 

 どうしたものかと再び考えながら地団駄を踏んでいる見上げ入道を眺めていると、何人かの妖怪とひとりの人間が入ってくるのが見えた。

 

「ほぁ?」

 

 私は久し振りに素ですっとんきょうな声を上げた。入ってきた人間の方に釘付けになったのだ。

 

 それはただの人間ではなく、私の妹であるまなだったからだ。ど、どど、どうしてまながこのような危険なところに!?

 

「わぁ、本物の鬼太郎だ」

 

「鬼太郎?」

 

 伊達に演技を常にしてきたわけではなく、最初の呟き以外まなに対する思いは表情にすら一切出さないでひたすら困惑していると、復帰したおっきーはステージの方を見ながら開口一番にそのようなことを呟いた。

 

「うん、人間から妖怪退治とかを請け負っている幽霊族の妖怪だよ。その筋では有名な妖怪退治の専門家だね」

 

「ほう、なかなか殊勝ではないか」

 

「いやいや、流石に妖怪を討伐している数でいったらハロハロちゃんには及ばないだろうけどね」

 

「ふむ……」

 

 となると大方まなは、自分の意思であそこにいるのだろう。ならば姉が口を挟むのはいらぬ心配というものだ。 初めて見るような口振りが気になるが、おっきーがそこまで言うのならまなのことは一先ずは任せるとしよう。勿論、尻尾は一本は出しておき、いつでもまなを守れるようにするがな。

 

 まなは正義感が強くて他人思いで心配性だからなぁ……いったい誰に似たのだか。

 ん? 最初よりも妖怪がひとり減っているような……。まあ、いいか。

 

 そして、どうやって見上げ入道を解決するのかとわくわくしながら売店で買ったさっきとは別の缶ジュースを開けた。アイドルよりも面白いものが見れそうだ。

 

「…………おい、鬼太郎とやら初手で黄泉送りにされたぞ」

 

「あ、あんなの初見で弾けるのはハロハロちゃんクラスにわかりやすく強い妖怪だけだって……。大丈夫だよ、きっとここから必ず逆転するから!」

 

 本当かなぁ……。まあ、私は人間さえ助かればなんでもいいのだが。

 

 そこでまなの隣にいる女性妖怪をよく見れば前にまなを呼んでいた妖怪だったと気が付く。

 

「此奴は?」

 

「猫娘ちゃんだねー、初めて見るけどやっぱり美人だなぁ」

 

 猫娘か……なんかあんまり強そうではないなと失礼なことを考えていると、猫娘は四足で地面に立ち、見上げ入道へと駆け出した。見開かれた目に裂けた口と鋭い爪がまさに猫娘といった風貌である。

 

「怖っ!?」

 

「クリオネでも見ている気分じゃな」

 

 確かバッカルコーンとかいう若干強そうな名前の補食器官のアレである。私は両方ともそれはそれで可愛いと思うけど。

 

 猫娘はこのままひとりで見上げ入道を倒してしまうのではないかと思うほど善戦していた。しかし、見上げ入道はあろうことにまなを狙って黄泉送りをしやがったのである。

 

 とっさに最早妖怪だとバレるのも覚悟で、まなを救出しようと尻尾を伸ばそうとしたが、それよりも先に猫娘がまなを突き飛ばして身代わりになった方が早かった。

 

 別に身代わりになる必要は全く無い無駄な行為であり、寧ろ状況を悪くしただけだが、それを行った猫娘のことを私は高く評価した。

 

 しかし、これでまながひとりになった。まなが黄泉送りにされてしまうぐらいならば、まなを刑部に預けて五万人の人間を引き換えにしてでも奴を殺すべきかと考えていると、黄泉送りを破り帰って来た鬼太郎が猫娘を助けた。

 

「ほう」

 

「ヒーローは遅れてやってくるって奴だね」

 

 一回黄泉送りにされた場合は遅れたに入るのだろうかと考えたが、そんなこと聞けばおっきーが語りだして面倒そうなので特に言及はしなかった。

 

 しかし、見上げ入道はいよいよ面倒になったのか鬼太郎たちを吸い込み始めた。なんでもありだなアイツ。

 

「ちょ、飛ぶ!? こっちまで吸われるって!?」

 見ればおっきーは備え付けの椅子にしがみついており、鬼太郎たちが空に浮くのも時間の問題だった。

 

 そろそろ私も動くか。流石に何も出来ない時間は非常に歯痒かった。その礼も見上げ入道にしなければならないだろう。

 

「刑部よ。妾が射ったら、直ぐに引きこもり姿隠しと結界を強めよ」

 

「え……? 良いけど射るって何を?」

 

 私は少し出している一本の尻尾から何の変哲もない弓を取り出した。

 

"一尾の弓"

 

「あ、羽衣九ツ武具のひとつだね!」

 

「魔帝七ツ兵器みたいに言うでない。それとこれは本当にただの弓じゃ」

 

「そうなの?」

 

「妾が一尾の頃に愛し、子を成した陰陽師の男が使っていたただの弓じゃよ」

 

「あ……うん、思い出の品なんだね」

 

 終ぞ結婚はしなかったが、晩年は私の住みかにずっと彼もいて私に看取られて死んだ。今思えば私が素直になれなかっただけできっと純粋に愛していたんだろう。だからこれを持つのは私が私でいるための証のようなものだ。

 

 私は彼の弓を構え、再び尻尾をまさぐると彼のものを模した術の仕込まれた破魔矢を取り出して弓につがえた。

 

「え……? 何その矢に編まれた術……? 見てるだけで寒気がするんだけれど……?」

 

 んぅ? 待って今気付いたが、なんだあのまなに引っ付いている小さな妖怪は? というかまなのどこを掴んでいる……?

 

 な、なんてこと……最近めっきりお風呂に一緒に入ってくれなくなったから私だって見たことすらあんまりないのに! ぐぎぎ……。

 

 しかし、鋼の意思で小さな妖怪に射かけたいという意思を振り切って、私は見上げ入道へ矢を放った。九尾の狐の怪力から放たれた矢はライフルでも放たれたかのような轟音を立てて進み、見上げ入道の右肩に突き刺さった。

 

『ぐっ!? なんだ?』

 

 見上げ入道の身体が僅かにふらつき、吸引が中断される。

 

 そして、刺さった矢の術式が起動した。

 

『がぁぁぁぁあぁぁぁ!!?』

 

 凄まじい爆発が起こり、見上げ入道の右肩ごと右腕が弾け飛び崩れ落ちたのである。

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 うーん、流石の威力。やはり人の身で一尾の私が即逃げるレベルの妖怪を殺し切っただけはあるな。父親よりも晴明の方が比べ物にならないぐらい才能があったのだが、晴明がこれを初めて見た時に真っ青になって絶句していたことを思い出す。あの時は確か三人で行って彼が人間を拐う女性妖怪の頭に当てたんだったか。

 

「子供からしたらトラウマものだったんじゃ……」

 

「それよりさっさと引きこもらんか。流石に怪しまれるわ」

 

「あ、うん。それじゃあ引っきこもろー!」

 

 おっきーがそういうと姿隠しと防音の結界の性能が数倍に引き上がる。今ならば祟り神ですら我々を発見することは難しいだろう。このようにおっきーは引きこもる行為と、引きこもっている時に最大の力を発揮するという大変歪んだ性質をした妖怪なのである。

 

「ちなみに彼のこれを私は榴弾破魔矢と呼んでおるぞ」

 

「それって"一尾の弓"って言うよりも"一尾の矢"なんじゃ……」

 

 矢は使い捨てだし、弓の方が私の宝物だからいいの。

 

「それと――」

 

 私は尻尾から未使用の矢をもう一本取り出すとおっきーに実演して見せてみた。

 

 破魔矢の羽根の部分をナイフのように持ち、そのまま根本にも施された術式を押すと、尖端の爆発術式を組み込まれた部分が見上げ入道に向かって発射されて飛んだ。

 

 今度は音もなく弧を描くようにさっきよりはゆっくりと見上げ入道へと飛び、見上げ入道の足袋に軽く刺さる。

 

 次の瞬間、再び破魔矢が爆発した。今度は刺さっていないため、破壊こそしなかったが足を爆破された見上げ入道を転倒させた。

 

 このように矢だけになっても最低限戦える。妖怪の私には到底真似できない、よく考えられた陰陽師の武器だな。

 

「スペツナズ破魔矢!?」

 

 なんだそれカッコいい名前。

 

 鬼太郎たちは突然の謎の援護射撃ならぬ援護爆撃に困惑し、辺りを見回していたが、その辺りは妖怪退治の専門家。直ぐに片腕が吹き飛んで地面に蹲る見上げ入道への攻撃に戻る。

 

 それによって見上げ入道がさらに怯んだところで小さな妖怪が乗っているまなが前に出て大きく息を吸い込み、言葉を叫んだ。

 

「見上げ入道見越したり!」

 

 その瞬間、見上げ入道は空気の抜けた風船のように急激に萎んでやがて小さな魂となって消えてしまった。

 

 消えた人間は次第に元々いた場所に戻る。もう心配する必要は無いようだ。

 

 目玉のおやじとやらの話を聞くと、見上げ入道は人間に"見上げ入道見越したり"と言われると妖力を失ってしまうらしい。なんだその致命的な弱点。

 

「お主は知らぬのか?」

 

「しょ、書物とかネットの知識はバラバラで確証がないからそういうのが本当かどうかは知らなかったのよ。言うと助かるっていうのは知っていたけど……」

 

 微妙に使えないな、この引きこもりめ。

 

 おっきーに対して溜め息をひとつ吐く。すると鬼太郎たちが帰るようなのでそれをこっそり見送りながら私たちも帰ることした。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 私は途中でおっきーとも別れ、ひとりで家路へと着いていた。

 

「しかし……」

 

 帰る途中で鬼太郎が言っていた言葉をふと思い出し、誰に言うわけでもなく復唱する。

 

「誰かが必ず気にかけてくれているのが人間……か」

 

 そうだといいな私も。私に出来るのは他人を気に掛けることぐらいだからな。

 

 そんなことを考えながら家の前まで来ると玄関に誰かが立っていることに気が付く。

 

 それは私の妹のまなであった。まなは陽だまりのような性格なのだが、柄にもなく下を向きながら不安に顔を歪めており、それを見ているだけでこちらも悲しくなってくる。

 

「まな?」

 

「っ! お姉ちゃん!」

 

「ど、どうしたの?」

 

 まなは私を見るなり私の胸に飛び込んできた。突然のことに流石に私も驚く。

 

「よかった……! 帰って来て……!」

 

 ああ、そうか……まなにとって私は犬山乙女という大切な人間の姉。そして、まなは犬山乙女を誰よりも気にかけてくれる人間なのだ。そう考えると私がまなに対して大き過ぎる秘密と嘘を抱えていることに胸が痛んだ。

 

「心配かけてゴメンね。大丈夫よ。お姉ちゃんだもの」

 

「うん……」

 

「お詫びに何か作ってあげる。まなの好きなものにするわ」

 

 そう言って私はまなの頭を撫でた。次第にまなは照れ臭くなってきたのか私から離れた。ちょっと……いや、スゴく残念。

 

「もう、こんな時間に食べたら太っちゃうよ」

 

「うふふ、育ち盛りなんだからそういうこと言わないの」

 

 私はまなを軽く小突く。

 

 まなと向かい合っているうちに私は自然と口を開いていた。

 

「…………ねぇ、まな? もしね、もしもよ?」

 

「なに乙女姉?」

 

 まなは私とは似ても似つかない澄んで優しそうな瞳で私を見つめた。どうしてこんな瞳に嘘を吐き続けられるというのか。私は喉まで出かかった言葉を思い浮かべ口を開き―――。

 

 

 

"私が妖怪だったとしたらどうする?"

 

 

 

そう言ってしまえばきっとまなは驚くでしょう。見上げ入道だけではない。もしかしたらのびあがりにもまなが関わっていたのかもしれない。それならきっとまなは悲しむ。

 

 私は……そんな妖怪よりもずっと強大で、ずっと質が悪くて、生き汚いだけの嘘まみれの妖怪なんですもの。

 

 だったら私に出来る最善のことは私がまなにとっての優しい姉の犬山乙女であり続けること。それでいい。それでまなが幸せになるのなら私はそれでいい。

 

 まなにとって知らない世界があったでしょう。見たことのない綺麗な景色もあったでしょう。新しい友も出来たことでしょう。けれどそのなかにも知らなくていい方が幸せなこともあるのです。

 

 私はまなが死ぬまで、いいえ死んでからもそのようにありたいのです。大好きだから―――言えない。言いたくない。

 

「――――ううん、やっぱりなんでもないわ。いつまでもここに居ては風邪を引いてしまうもの。早く家に入りましょう?」

 

 

 また、私はまなに嘘を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……」

 

「どうしたんですか父さん?」

 

「いやな、鬼太郎。この矢どこかで見た覚えがあるんじゃ……」

 

 ゲゲゲの森にある鬼太郎親子の家で、小さな妖怪――目玉のおやじは、回収してきた見上げ入道に刺さった矢を食い入るように卓袱台の上で見つめていた。

 

「スゴいわねそれ、あれだけ爆発しても傷ひとつついていないなんて」

 

「あの場に偶々居合わせて隠れていたとても優秀な陰陽師か退魔師の矢……でしょうか父さん?」

 

 猫娘と鬼太郎の言葉にも耳を貸さず、目玉のおやじは考え込む。そして目玉のおやじの手が根本の羽根の部分に付いている模様に触れた。

 

「うわっ!?」

 

「な、なに!?」

 

 その瞬間、矢の半ばから先が弾丸のように発射され、鬼太郎親子の家の壁に突き刺さった。矢じり部分が全て壁に埋まっているところからその威力の高さが伺える。

 

「あ、危ないわね……」

 

「父さん気を付けて触ってく――」

 

「そうじゃ……」

 

 それを見た目玉のおやじはゆらりと立ち上がると、血相を変えた様子で口を開いた。

 

「コイツは"羽衣狐"の"一尾の弓"の破魔矢じゃ! 千年以上も前の古く珍しい術と、そのような面妖な術式を未だに矢に込めているのは此奴しかおらん!」

 

「羽衣狐ですか……!」

 

「え……? 羽衣狐ってあの羽衣狐のこと!?」

 

 それを言った目玉のおやじだけでなく、鬼太郎と猫娘も困惑した様子だった。その二人に目玉のおやじはさらに言葉を吐く。

 

「羽衣狐は人間の間では全くの無名の妖怪じゃ。しかし、妖怪の間では常に語られる日本三大妖怪の一体。酒呑童子、玉藻の前、そして羽衣狐。三体の中でも羽衣狐は最も邪悪な存在だと言われておる」

 

 話を区切り、再び座り込んだ目玉のおやじは少し唸ると難しい顔で再び口を開いた。

 

「羽衣狐は人間を寄り代に転生を繰り返して生きる転生狐じゃ。その上、数えきれない程の妖怪を殺し、時に屠り喰らってきたと言われておる。そして、酒呑童子や玉藻の前と違って羽衣狐は未だに討伐も封印もされておらん」

 

「それは……」

 

「誰も奴を倒せたモノがいないということじゃな」

 

「なによそれ……」

 

 あらゆる妖怪は大なり小なり何かしらに敗北したり、封印された経験がある。名の知れた妖怪ならば尚更だ。しかし、羽衣狐は違った。

 

 人間の社会に生き、まるで人間のような狡猾さを見せながら、如何なる妖怪、如何なる人間にも負けたことがなく、妖怪を好んで殺し喰らう大妖怪。そのような妖怪が妖怪の中で恐れられていない筈は無かった。

 

「なぜ羽衣狐がこれを見上げ入道に撃ち込んだのでしょうか?」

 

「それはわからん。羽衣狐はいつも妖怪を殺し回っているが、たまに妖怪に加勢することもある」

 

 まるで雲を掴むようじゃと目玉のおやじは続け、また言葉を続ける。

 

「何より此奴は人間に溶け込むことに最も長けた妖怪と言っても過言ではない。例え見ていても我々ですらわからんじゃろう」

 

「……ッ! 待って! じゃあ、羽衣狐がまなの住む街に居るってこと!?」

 

「それもわからん。じゃが、言えることはひとつじゃ……」

 

 目玉のおやじは言葉を区切ってから重い口を開いた。

 

「羽衣狐はこれまでの妖怪とは何もかも比べ物にならん。もし戦うことがあれば、ゲゲゲの森全ての妖怪が相手をしても勝てるかどうかわからんということじゃな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、は……はくちゅんっ!」

 

「乙女姉風邪?」

 

「誰かが噂でもしてるんでしょう。それよりも美味しい?」

 

「うん、とっても!」

 

「そう、ならよかったわ」

 

(あれ? また一瞬お姉ちゃんに狐耳が見えたような……?)

 

 とはいえ、真実というものは案外近くにあり、もっと単純で優しいものなのかもしれない。

 

 それと蛇足だが、羽衣狐はとても嬉しくなると無意識に耳が出るという本人が気付いていない妖狐の小狐のようなクセがあったりする。

 

 

 

 




◆羽衣狐さんがまなちゃんに隠している最大の理由
妖怪の間での評価が最凶最悪レベル、その上7割ぐらいは真実なのだから質が悪い。

◆一尾の弓
この小説オリジナル。書いてて楽しかった(小並感)。でもこんな奇抜な物使ったら足がつきますよね。


◆羽衣狐とおっきーの強さ(ふんわり説明)
羽衣狐
映画版ゲゲゲの鬼太郎でラスボス張れるぐらいの強さ

おっきー
ゲゲゲの鬼太郎のアニメで前後編の2話引っ張れるぐらいの強さ


ちなみにおっきーは目玉のおやじさんと違って戦える代わりに、知識が偏っているので目玉のおやじさんより解説能力が劣っています。なので実際に知らなければわからない弱点とかあんまりわかりません。








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羽衣狐(羽衣)

どうもちゅーに菌or病魔です。FGOが魔神柱の再来の神イベなので全力で回していますが、想像以上に読者様方に楽しんでいただけているようなので、イベントを放り出して書き上げました(携帯投稿)。
正直SSの数的にマイナーカテゴリーかつ私の拙い腕では行ってもお気に入り300で評価10ぐらい行ったら奇跡で黄色バーぐらいかなー等と考えていたので驚きと共に感謝しながら、私の宝具Lv5のバサランテさんを孔明二匹でNPチャージして一撃でサバを折り続けております。

後、一万字越え掛けたので二話に分けることにしました。二話は今書いています。それから感想には私のポリシーとして時間がかかろうと全て返信いたしますのでお待ち下さい。

それでは本編をどうぞ。


 

 

 色んな意味で面白かったライブから少し経った頃。私は夕方の街をひとりで出歩いていた。

 

 というのも新学期という春を迎えてから、またまたまた妖怪によるものと思われる事件が頻発しているからである。

 

 どうやら今回は男女問わず数人の小・中学生程の子供が行方不明なのだ。ショタロリコンの人間が犯人という線も濃厚だが、それならば妖怪よりも早く解決せねばならない。まなはとてつもなく可愛いから見掛けられれば拐われてしまうだろう。そんなR-18な展開うらやましけしから―――こほん、お姉ちゃん絶対許しません。

 

 ただの妖怪でも人間のショタロリコンでもなく、ショタロリコンの妖怪とかいう奴が犯人かもしれないがな。まあ、そんな稀有な妖怪なんてそういな…………うん、嘘ついた。これまで倒した奴等を思い返したら結構いた気がする。

 

『腐るほど思い当たる節があるわよねー……』

 

 話は変わるが、それにしてもひとつ思うことがある。

 

 この身体になってからここにずっと住んでいるのだが、この街はかなり異常な頻度で妖怪による事件に見舞われている。米花町かここは。

 

『妖怪のヨハネスブルグかな?』

 

「少年探偵と違って犯人を見付けたらすぐに屠ってよいから楽といえば楽じゃがな」

 

 実際にそんな感じなので困る。まあ、私のような大妖怪が住んでいるため、私の妖気に引かれて妖怪がやって来るとかいう原因だったら私はバーローと同列になってしまうが、幸か不幸か理由は不明である。

 

 たまに実力を上げたいと思われる退魔師の家系の者がこの街に来たりしているのを見掛けるが、だいたいの奴らは妖怪に返り討ちにされて、死にかけている。そんな所を見掛ければ私が助けたりもしているな。無論、見てなきゃ死んでいる。私が救う人間はあくまでも目の届く範囲の者だからだ。

 

 まあ、この街で害を成す妖怪の多くはのびあがりクラスの妖怪が平均ラインだ。そんなものがゴロゴロいるのでは最低でも安倍家(私の家族)ぐらいの戦闘能力が欲しいところだろう。

 

 そんな妖怪について少し語ると、妖怪は私が思うに一部例外を除いて大きく分けると2タイプあると考えている。

 

 ひとつは種族として存在する妖怪。例をあげると鬼、河童、天狗等が最たるものだろう。勿論、妖狐の私やおっきー曰く幽霊族の鬼太郎もこれに含まれ、妖怪全体の数でいえばこちらが大多数といえる。こちらはどちらかと言えば人間に悪戯したり、勝負を持ち掛ける妖怪が多く、人間の命を快楽的に取ろうとするものはあまりいない。まあ、人間を食べたいと考えている奴は結構いるが、食というもののためある程度は致し方なしと私も思う。

 

 そして、もうひとつは強い感情や思いが妖怪という形を成したものだ。例えばかつて未知であった現象そのものの恐怖が妖怪化したものや、強い怨念や執念が妖怪化したものである。前者ならかまいたちや、やまびこ等が該当し、後者ならばがしゃどくろや、以津真天(いつまでん)等が該当するだろう。こちらは前者に比べれば種族としては存在していないため非常に数は少ない代わりに現象そのものを切り取ったような力を持っていたり、負の想いという深く暗く無限に等しい原動力で動いているため、強力かつ人間を貶める妖怪が多いのである。無論、この街で人間に害を及ぼす妖怪もこちらが圧倒的多数を占める。

 

 ふふん、私だっておっきー程ではないが、そこそこ妖怪の知識はあるのだ。まあ、人間に悪さをするような妖怪は基本的に一点モノの後者の妖怪が圧倒的に多いので私の知識は全く役に立たないがな。

「おらんのう」

 

『どこにもいないねー』

 

 さっきから私の肩でおっきーの声色を電話越しの声のように響かせる物体に目をやる。そこには折り紙で出来た箱が私の肩に乗っていた。おっきーの妖力を込めた折り紙を私が折った結果このようになった。これはとても優れもので姫路城に引きこもっているおっきーと視覚と聴覚を共有しているのだ。

 

 おっきーの千代紙操法という妖術による能力らしいがそっちの妖術は私の分野ではないのでよく知らない。まあ、折り紙に目と耳があるのかというツッコミは妖術という言葉の前では意味をなさないのでしまってほしい。

 

 この前のライブの時にまなの肩や頭に乗っていた目玉のおやじという小さい妖怪を見て、おっきーが思い付いたとのことである。

 

『それにしてもなんで箱なの? もっと可愛い感じのがよかったなーって私思うわ』

 

「何を言うか。引きこもりには似合いじゃろう?」

 

『……………………………………う゛ぅ゛ぅ゛ッ――!!』

 

 おっきーがガチ泣きし始めたので今日の探索はここまでになった。

 

 とりあえず今まで仕入れた情報を整理すると――。

 

・数人の子供が行方不明

・夕方の時間帯に多く消える

・建設中の建物が近い

 

 うん、お姉ちゃん全然わかんないよ。私は事件について考えるのを止めてまなのことを考えながら家路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妖怪に詳しい方を教えて欲しいの?」

 

 学校が休みの日の朝。私はそんなことをお姉ちゃんに聞いていた。

 

「うん、そういう人乙女姉は知らないかなー? なんて、えへへ……」

 

 お姉ちゃんは非常に不思議そうな顔をしながらも聞いてくれている。お姉ちゃんは突拍子もない話でも確り真に受けて聞いて答えを出してくれるから何でも話せちゃうんだよねー。流石に妖怪が本当にいることは話せなかったけど……。

 

 こんなことを言い出したのはつい昨日ぐらいに猫姉さんから―――。

 

"いい? 多分、会うことはないでしょうけど、もし"羽衣狐"っていう狐の妖怪を少しでも聞いたり見たりしたら絶対に居そうな場所に近づいちゃダメよ?"

 

 というメッセージを貰ったからだ。へへー。そんなこと言われたらとりあえずどういうものか調べたくなりますよねー!

 

 なので今調べている事件と平行して、少しネットで調べてみたんだけどそういう名前の妖怪の情報は何処にもなかった。

 

 だったら詳しそうな人に聞くのが一番だと思ったけど、流石に猫姉さんに聞いても詳しいことは教えてくれなそうだから、やたら交友関係の広いお姉ちゃんにダメ元で頼んでみた。お姉ちゃんはどんな突拍子のないことでも親身になって聞いてくれるから何でも話せちゃうんだよね。でも流石にお姉ちゃんは妖怪については無縁そうだから妖怪をよく知っている人はいないかと聞いてみた。

 

 まあ、猫姉さんが直々に危ないって知らせてくれた妖怪を調べるのに後ろめたい気持ちもあるから、お姉ちゃんに聞いてダメだったらスッパリ諦めよ――。

 

「知っているわよ?」

 

「いるの!?」

 

 聞いておいてあれだけど驚いた。まあ、お姉ちゃんは何故かハサミとかホチキスとかペーパーナイフとか先割れスプーンとか色んな物を持っていて、手品みたいにすぐに出してくれるからひょっとしたらとは思っていたけどさ。

 

 お姉ちゃんにあるかどうか頼むと、後ろをパッと振り向いて、パッと戻ったら手に物を持っていて、それを抱えながら"お姉ちゃんの秘密道具は百八式まであるわッ!"って言うの。お姉ちゃんは手品がとっても上手いんだよね。その時の頼んだ物は遠心分離機だったなぁ。

 

「ただ、悪い方ではないんだけど……ちょっとその……少し……変わってるから注意してね?」

 

「え……?」

 

 優しくて温厚なお姉ちゃんにここまで気を使わせる人って相当ヤバいんじゃ……?

 

 そう思っている間にお姉ちゃんは、すぐにSNSアプリを開いて何かのやり取りをした後にIDを私に送って、相手を増やした。更にすぐにその人からメッセージが来る。

 

おっきー『ふっふっふー! 私をお呼びかね妹ちゃん?』

 

 うわぁ、いきなりなんかスゴい人来た。

 

「ちなみにその人、引きこもりのネット弁慶だから優しく接してあげると喜ぶわよ?」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 とりあえず私は普通に挨拶をした。お姉ちゃんの知り合いってことは私よりも歳上だと思うからね。

 

おっきー《うわ、本当に妹なのか疑うレベルでいい子。うん、よろしくね》

 

 あ、意外と常識的な人なのかも知れな―――。

 

おっきー《まあ、その前にー》

 

マナマナ《はい?》

 

おっきー《マナマナはヤメロォ!?(恐怖)》

 

「お、乙女姉……この人なんか叫び始めんだけど……?」

 

「ただの発作よ。害はな――」

 

おっきー《ちなみにマナマナっていうのは君が望む永遠というエロゲで緑の悪魔と呼ばれる存在の―――》

 

 直ぐに来た長いメッセージの冒頭を読んでいるとお姉ちゃんにスマホを取り上げられた。

 

 その時、いつもニコニコしているお姉ちゃんの顔が一瞬だけ真顔になったから吸い込まれそうなぐらい真っ黒な瞳が見えた。うーん、お姉ちゃんはいつも笑っているのもいいけど、今のみたいにキリッとしている方がカッコいいと思うんだけどなー。

 

「どうぞ」

 

 そしてお姉ちゃんは少しスマホでやり取りをしてから私に返した。お姉ちゃんの顔はニコニコ笑顔の優しい表情に戻っている。

 

おっきー《このメッセージは削除されました》

 

マナマナ《このメッセージは削除されました》

 

 あれ? あの長いメッセージが消されてて、その後でお姉ちゃんがしたと思う返信も消されてる。むう、なんだかちょっと気になる……。

 

「程々にしなさいね?」

 

 お姉ちゃんはそう言うと私の部屋から出て行った。それを見送った直後にスマホが鳴り響き、おっきーさんからメッセージが来た。

 

おっきー《ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ》

 

 お姉ちゃん……この人ちょっと怖いよ……。いや、妖怪の知識を沢山持っている人なんだから変な人かもしれないとは思ってたけどさ……。

 

マナマナ《あの、質問いいですか?》

 

おっきー《アッハイ、あれね妹ちゃんはノーマルなのね。おk把握したわ。それで妖怪のことが知りたいって言ってたけど何を聞きたいの?》

 

マナマナ《はい、羽衣狐という妖怪のことを知りたいんです》

 

おっきー《( ゜д゜ )》

 

 そう送るとおっきーさんは顔文字で返信を直ぐに返してきた。どういうこと?

 

おっきー《( ゜д゜)》

 

 あ、まだ返してくる。

 

おっきー《(ひょっとしてそれはギャグで言ってるのか!?)》

 

 無茶苦茶文字打つの速いなこの人……。私も速い方だと思ってたけど比べ物にならないや。

 

おっきー《えーと、ならとりあえず君が羽衣狐を知ることになった経緯を話して欲しいなー。というか姫知りたいなー》

 

 最終的におっきーさんはそう返してきたので、私は本当のことを言うわけにもいかないから、風の噂でそういう名前の妖怪を聞いたけどネットの何処にも情報がなかったから知っているなら話を聞きたかったと説明した。うん、嘘はついてないからね。

 

おっきー《うーん……羽衣狐については本当に洒落にならないからなぁ……。下手なことを話したら後でただじゃ済まないだろうし……》

 

 どうやら猫姉さんの話の通り、本当に危ない妖怪みたい。でもそれなら何が危険なのか知りたい。見上げ入道の時みたいに周りの人やお姉ちゃんが巻き込まれないとも限らないから。

 

マナマナ《そこをなんとかお願いします!》

 

おっきー《ふむー。じゃあ交換条件といこうか。マナマナは乙女ちゃんの妹ちゃんなのよね?》

 

マナマナ《はい、そうです》

 

おっきー《ならマナマナの自撮り写真が欲しいなー! 大丈夫! ばら蒔いたりしたら殺されるから誰にも拡散しないからね? ね? 乙女ちゃん頑なに妹ちゃんのこと教えてくれないんだ!》

 

 写真かー。うーん……でもそれぐらいなら仕方ないかな。お姉ちゃんの友達らしいし、多分大丈夫と思おう。

 

 私はカメラを起動して写真を撮ると、それをそのままおっきーさんに送った。

 

マナマナ《どうぞー》

 

 送ったんだけど暫くおっきーさんは返事を返して来なかった。既読は付いているからちょっと不安になっていると返事が来た。

 

おっきー《マジか……ちっちゃいハロハロちゃん想像してたら、ただの可愛い娘が出てきた件について》

 

マナマナ《ハロハロちゃんってお姉ちゃんのことですか?》

 

 何その呼び名。へー、お姉ちゃんネットではそんな可愛い名前も使ってるんだ。むふふ、お姉ちゃんの秘密ゲットだぜ。

 

おっきー《orz……今のはナイショで……》

 

マナマナ《わかってますって》

 

おっきー《じゃあ、簡単に羽衣狐がどんな妖怪なのか説明するね―――》

 

 

 

 

 

 おっきーさんから聞いた羽衣狐という妖怪をまとめると――。

 

・種族は妖狐の妖怪

・妖怪の中での日本三大妖怪の一体

・1000年以上生きている

・転生という形で人間を乗っ取って生きる

・人間の社会の中で生活している

・妖怪に対して全く容赦がない

・誰にも負けたことも封印されたこともない

・個人で妖怪を殺した数が日本トップクラス

・妖術のプロフェッショナル

・尻尾に弓とか鉄扇とか刀とか槍とか色々仕込んでいる

・未亡人の育ママ

・余興好きでめんどくさがりやのドS

・超八方美人

 

 だいたいこんな感じだった。なんか下3つは暴言混じりの愚痴みたいな文章だったから冗談だと思うけど……。

 

おっきー《まあ、羽衣狐っていう妖怪は妖怪にとって非常に恐れられているってことよ》

 

マナマナ《そうなんですか?》

 

おっきー《そうよ。そもそも妖怪にとって死ってなんだとマナマナは思う?》

 

 妖怪にとっての死。考えたこともなかったけど、今考えてみると確かにわからない。だって妖怪には人間と違って寿命が無いからだ。

 

 そんな時、浮かんだのはのびあがりが鬼太郎に退治されている姿だった。

 

マナマナ《誰かに退治されるからとかですか?》

 

おっきー《うーん、半分正解で半分不正解ね。確かにそうなんだけれど、それだけじゃ妖怪は本質的に死ぬことは決してないわ》

 

 おっきーさんは更に文章を続けた。暫く私はメッセージを挟めそうにない。

 

おっきー《妖怪っていうのは想いの形みたいな存在だからね。例え見掛けの身体を散らそうとも、ゆっくりと時間を掛けてまた元の形に戻っちゃう。だから人間にとっての死っていうのは妖怪にとってはなんてことはないの。んー……双六で例えるなら一回休みになるみたいなものよ》

 

 おっきーさんは"一回休みにしてはちょっと長めだけどね"と続けた。

 

おっきー《だから妖怪にとっての死っていうのは大きく分けてふたつ。ひとつは魂を封印されること。これなら封印を解かれない限りは決して世に出ることはないのだから実質死んだようなものよ》

 

 おっきーさんは"まあ、この前バカな人間がのびあがりの封印を解いて大変なことになったみたいだけどね"と続けて更に文章を打った。

 

 どうやらおっきーさんはのびあがりのことも知っているみたい。んー、おっきーさんってもしかして……。

 

おっきー《それから、もうひとつ。妖怪が妖怪に魂ごと喰われること。それなら喰らった妖怪が生きている限りは喰われた妖怪が二度と世に出ることはないからね。このふたつは双六で例えるならプレイヤーを直接消しちゃうようなものだもの》

 私もなんとなく羽衣狐という妖怪の怖さが理解できてきた。要するに妖怪を好んで襲って食べる妖怪ということになるのかな。その上、さっきのおっきーさんの説明だとものすごく強い妖怪みたい。

 

おっきー《羽衣狐は色んな妖怪を倒しては封印したり、喰らったりしている妖怪なのよ。妖怪に嫌われるのは必然だね。加えて羽衣狐が人間社会に溶け込む能力は超一流だから人間も妖怪も誰もいることに気が付けない。人間の間で全く情報がないのはそのせいだよ》

 

マナマナ《そうなんですか》

 

 おっきーさんの説明はとても分かりやすかった。それにどんなネットや本に載っていることよりも的を射ている気がする。

 

 私は半ば確信に変わっていた疑問をおっきーさんにぶつけた。

 

マナマナ《ひょっとしておっきーさんって妖怪なんですか?》

 

 そう打って送るとおっきーさんからの返事は暫くなかった。といってもおっきーさんの返信の速さと比較したからで、私的にはほんの少しの時間だけれど。

 

おっきー《いや、ほら。こんなの所詮妖怪を調べてる人間の世迷い言だし、100%創作のお話かも知れないし、というか普通こんなこと言う奴なんて頭が可笑しいと思うじゃないですか、実際今までそうだったし、だからこんなこと言ってたって話半分以下に聞いて勝手に呆れて帰ってくれるかなとか思ってのことだし、だから―――》

 

 なんだかおっきーさんが長い文章を打ってきた。途中で読むのを止めて私はもう一度文章を送った。

 

マナマナ《おっきーさんって妖怪なんですね?》

 

おっきー《………………お姉ちゃんにはナイショダヨ?》

 

 どうやらおっきーさんは猫姉さんみたいに人間の社会で暮らしている妖怪だったみたい。"刑部姫"って言うんだって。全く聞いたことないや。

 

 それから私はおっきーさんと暫くやり取りをして今日のところはお開きにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(本当に全く動かない……!)

 

 おっきーさんとやり取りをしてからそう日が経っていない頃。私は石の柱の中に閉じ込められていた。

 

 学校の社会科見学でここを見に来た時に見付けた石柱を鬼太郎たちに相談せずに、真っ先に自分だけで動いた結果がこれ。当然の罰だよね。

 

(助けて……鬼太郎……)

 

 それでも私は鬼太郎や猫姉さんのことを思い浮かべた。

 

 そして私は最後に出て来た大好きな人の名を思い浮かべる。

 

(お姉ちゃん……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まな……?」

 

 現在夕飯を作っている最中。なんだかわからないがとても嫌な予感がした。感覚的に言うと耳がピコピコ痺れて尻尾がみこーんとしたのである。いや、みこーんではなく、みこーん!としたな。

 

 理論もへったくれもないが、そもそも私が妖怪とかいう非常識な存在なので案外こういうものが非常に有用なのである。

 

 これはただ事ではないと考えた私は、即座に夕飯の支度を切り上げて放り出すと、玄関から外へと飛び出して空に舞い上がって辺りを見渡した。

 

「なんじゃあれは……?」

 

 すると何やら禍々しくてどす黒い城が建っているのが目に入った。朝方や夕方にはあのようなものは存在しなかったため、明らかな異常であると言えよう。

 

「………………中々雅ではないか」

 

 主にあの黒さがよい、禍々しさもとてもよい。城暮らしの経験もある私としてはあのような城に住みたいものだと思った。

 

 しかし、今はそんなことよりもまなのことの方が重要。私は自身の感覚を極限まで研ぎ澄ませ、まながいるかもしれない場所を思い浮かべた。

 

「あっちか」

 

 流石に何処にいるかはわからないが、気を引き締めれば方向ぐらいは何と無くわかるのである。うむ、これぞ姉妹の絆と言えよう。

 

 前におっきーに話したらシスコンレーダーとか言いやがったので泣かしておいたが。

 

 私は尻尾をまさぐると、その中から口が出るタイプの黒い狐のお面と、からだの線がくっきりと出る魔術師のような黒いローブと、黒のエンジニアブーツを取り出した。

 

 使う必要がないので普段は使わなかったが、仮に知り合いで妖怪の見える人間を助ける必要があったらと一応、買い揃えておいたものである。よもや実の妹のために使うことになるとは思わなかったがな。ちなみに尻尾は武具だけではなくこのように色々な物を入れる収納スペースと化している。

 

 黒のブーツを履き、黒いローブを纏い、黒い狐のお面を着けて、尻尾の中から取り出した姿鏡を宙に浮かせて自分を見てみた。

 

「………………シスの暗黒卿かのう?」

 

 全身を覆うドス黒いまでの服装に、口元と手だけが異様に白い人間の完成である。これで赤のライトセイバーでも持っていたら完全にそのものだ。

 

 むう……我ながら攻め過ぎたなこれは。また、まなを助けることがあればもっと落ち着いた服装にしよう。今は時間がないから仕方なくこれでいくけど。

 

 私は姿鏡を尻尾に戻すと、空を駆けて謎の城へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 私は空から謎の城の内部へと降り立った。これだけ広い空間が城内にあるところから連立式天守であろう。

 

 連立式天守とは天守と2基以上の小天守や隅櫓を内側の空間を取り囲むように渡櫓で繋げた形式である。見た目の美しさとは裏腹にかなり堅牢な城であることが特徴だ。実在する城だとおっきーの姫路城がそれに当たるな。

 

 ますますこの城を壊すに惜しいと考えていると、私の近くに三つの妖気を感じたため、そちらを目を向ける。

 

 すると地面から三体の妖怪が生えてきた。一体は頭だけの巨大な妖怪、もう一体は両手が鎌のようになっている妖怪、最後は白髪で人間の女性に似た妖怪である。

 

「なんだ貴様は? 我らが"妖怪城"に何の用だ?」

 

 その中で頭だけの妖怪が私に話し掛けてくる。まず、会話をしたところを少し評価し、答えることにした。

 

「"妖怪城"か……悪くないのう。そうさな私は人探しをしておる。それでここにいると思うのじゃが、お主らは知らぬか? 茶髪で少しクセのある髪をしたこれぐらいの人の子じゃ」

 

 私はジェスチャーを交えながらまなのことを聞いた。すると頭だけの妖怪だけでなく、両隣にいる妖怪たちも何が可笑しいのか笑い出した。そして、一頻り嘲笑った後に頭だけの妖怪が口を開いた。

 

「よもや二度も人間なんぞに与する妖怪に会うとはな! 教えてやろう! お前の探し人はこの妖怪城の人柱となり動くことも出来ず、永遠に生かされておるわ!」

 

「…………なるほどのう。となるとこの頃の、童の神隠しは全て貴様らの仕業というわけか」

 

「ああ、そうだ! そして、この妖怪城によって人間を妖怪に変え、妖怪が支配する世を作るのだ!」

 

「ぷふっ……」

 

 まなはまだ生きているようなので安心していたが、それを聞いた瞬間、思わず吹き出してしまった。

 

「何がおかしい…?」

 

「おかしい? これをおかしくなくてなんとする。まるで人間の童じゃのう、将来の夢は世界征服だとでも続くのかえ? いや……童でも今の世の子はもう少し身の丈にあった夢を見るぞよ」

 

「なにィ…!」

 

「まあ、そんなことはどうでもよい」

 

 私は普段抑えている妖気を解放した。私の妖気の放出により大気は鉛のように重く鈍く色づき、夜空は黒々と染まる。その禍々しさ足るや、妖怪城が子供の玩具のように見えるようだ。

 

「な、なんだお前は……何処にこんな妖――」

 

「うるさい逝ね」

 

 頭だけの妖怪は私が伸ばした一本の尻尾により脳天から両断されてふたつに別れた。

 

「さて、次は貴様らじゃ。安心せい、手厚く葬ってやろうぞ」

 

「ば、馬鹿だね! この妖怪城ある限り我らは不死身だよ!」

 

 白髪の女性妖怪はやや引きながらもそう宣言した。その言葉の通り、頭だけの妖怪は逆再生でも見ているようにくっつき、すぐさま緑色の痰のような物体を口から私めがけて吐いてきた。

 

 私は緑なので膿性の痰なのかと考えながらも、すぐさま鉄扇を出して弾いた。

 

「んげっ!?」

 

 何と無くもう一体の手が鎌のような妖怪に当てたのだが、どうやら弾かれた痰は石に変わったようだ。そのため、鎌のような妖怪は石に固められて身動きが取れなくなっている。所詮、ただ不死身なだけらしい。

 

 私は更に一本の尻尾を鞭と剣のように使い、頭だけの妖怪と白髪の女妖怪に、瞬時に何度も致命傷になる傷を与え続けた。癒える速度よりも若干私が傷付ける速度の方が速いため、彼らは動くことも出来ずに私の尻尾を受け続ける。

 

 そんな時間を3分程繰り返した後、私は攻撃を止めた。彼らは度重なる死の体験により精神を削られたためか息も絶え絶えだが、やはりまた再生している。

 

「くははは! これは愉快じゃ! 自ら不死身になるとは殊勝じゃのう!」

 

 だったら話は簡単だ。不死身なら気がすむまでサンドバッグにしてから魂ごと喰ってしまえばいい。

 私は尻尾を一本づつ解放していき、三体の妖怪を囲むように展開した。

 

  一本解放する度に見掛けの妖力が引き上がり、九本全てを解放した頃には蟻とゾウのような妖力の差を彼らは感じていることだろう。

 

「こ、これは……まさか羽衣狐か!?」

 

「たんたん坊! こんな大妖怪を相手にするだなんて聞いてないよ!?」

 

 妖力を込めれば幾らでも伸縮する私の尻尾に囲まれた頭だけの妖怪と、白髪の女性妖怪は驚き戸惑っている。特に白髪の女性妖怪の方は既に戦意の欠片も残っていないらしい。よし、こっちを最後に殺そう。

 

「今さら遅いわ。貴様らは妾が下手に出ていた頃にまなを返し、人間を解放し、妾にひれ伏しながら奥地の野山にでも尻尾を巻いて帰るべきじゃったのう」

 

「何故だ!? 何故こうまで妖怪を憎む!?」

 

「妖怪を憎んでなどおらぬよ。ただ、目障りだっただけじゃ。今はこの街が妾の庭故にな」

 

 絞め殺すようにゆっくりと全ての尻尾で彼らを閉じこめながら、一度お面を外して笑みを浮かべると、そのまま彼らに送る最後の言葉を紡いだ。

 

「十万億土すら踏めず、三千世界に屍を晒し続けるがいい」

 

 その直後、九尾全ての尻尾が彼らを貫くように殺到した。

 

 

 

 

 





うちのハゴロモさんの属性は混沌・善です(ご覧の有り様だよ!)

ちなみにですが、ハゴロモさんは一対一よりも一対多の方が向いています。

後、おっきーとまなちゃんのやり取りはハゴロモさんには勿論伝わっていません。まなが何を調べたかったのかすら聞いていないので知りません。シスコンでアホの子だからね、仕方ないね。



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羽衣狐(乙女)

どうもちゅーに菌or病魔です。

アニメ三話後編となります。


「急げ鬼太郎! まなちゃんが危ない!」

 

 目玉のおやじに急かされながら鬼太郎、猫娘、一反木綿、子泣き爺、砂かけ婆、ぬりかべらの妖怪は突如現れた妖怪城を目指していた。

 

 それというのも猫娘の携帯電話に妖怪城の人柱と、妖怪城の妖怪であるたんたん坊・かまいたち・二口女らが映った写真が添付されたメッセージが届いたからである。

 

 その届け主は犬山まな。のびあがりと見上げ入道の事件の解決に一役かった人間の少女だ。

 

 また、彼女のメッセージは自身が人柱にされるまでの間に書かれたというのにも関わらず、終始自身が関わったことへの謝罪が書かれているだけだった。それだけまなが真っ直ぐで心の強い人間だということだろう。そんな人間を放っておけるほど彼らは人でなしではないのである。

 

「あれは……?」

 

 妖怪城に近付くと城内で白髪の女妖怪と、全身を黒い装束で隠して扇子のようなものを持った妖怪が抱き合っているのが見えた。

 

「何あれ? どういう状況?」

 

 それを見た猫娘は疑問符を浮かべたが、何かに気が付いた目玉のおやじは言葉を吐く。

 

「――ッ!? 皆よ! 羽衣狐じゃ!」

 

「あれが羽衣狐!?」

 

「彼奴の手にあるのは"二尾の鉄扇"じゃ。羽衣狐で間違いない。そして、羽衣狐に抱き着かれているのは妖怪城の主のひとりの二口女じゃな」

 

「姿を見たのは何百年振りかのう……」

 

「ワシは初めて見たぞ」

 

「じゃあ、羽衣狐はいったい何をして――」

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

 鬼太郎の仲間達が思い思いの言葉を呟き、鬼太郎が疑問を上げたところで、鬼太郎の仲間達以外からの悲鳴によりそちらに意識が向けられた。悲鳴を上げた者は羽衣狐に抱き着かれている二口女であった。

 

 見れば二口女の首筋に羽衣狐の頭があり、二口女の首筋からは血飛沫のように激しく妖気が漏れ出していた。見た者が妖怪ならば二口女が何をされているのかは一目瞭然だろう。

 

「羽衣狐が二口女の首筋に噛み付いておる……」

 

「妖怪を食べてるの……?」

 

「他の妖怪の姿が見えないところを見ると羽衣狐に喰われたのじゃろうな」

 

「そこは自業自得ですね。同情の余地もない」

 

 鬼太郎らの言葉の最中にも行為は進んで行き、二口女の首筋から顔を上げた羽衣狐は二口女の唇に自身のそれを重ねた。

 

「―――!? ァ―――!!」

 

 その直後、口づけをされた二口女はまるで若さを羽衣狐に吸い取られるように急速に老化していく。

 

 その果てに骨と皮だけのような姿になって地面に倒れ伏した。その後、二口女だったものは砂へと変わり、そこに妖怪がいたという証は完全に消え去った。

 

「あぁ……あぁぁ……」

 

 羽衣狐は艶のある声を上げながら身体を抱き締めて月を仰いだ。その動作は酷く緩慢であり、漏れ出したような声でありながら、男女問わず見るもの全てを魅力するような艶かしさに溢れていた。

 

 現に一時的に鬼太郎らは羽衣狐に意識が向き、彼女の動作が終わるまで誰も声を出さずにただ、彼女を見つめるだけであった。

 

「やはり口に合わぬな妖怪(あやかしもの)は……」

 

 やがて永遠のような時間も終わり、黒い狐の面に覆われた羽衣狐の顔で、面のない唇からポツリと言葉が絞り出される。

 

 それにより水面に一石が投じられたかのように鬼太郎らは思考を再開し、羽衣狐に対しての己の行動を思索する。

 

「さて……次は童じゃのう」

 

 しかし、それも続けて羽衣狐の口から吐かれた言葉により中断される。羽衣狐は童――すなわち妖怪城に人柱にされた子供たちのことを呟いたのである。

 

 それは今の羽衣狐の行動を見ていた者ならば、誰であろうと自ずと答えが出よう。

 

「猫娘……父さんを頼む」

 

 鬼太郎らの中で鬼太郎が最も行動を起こすのが早かった。

 

「……鬼太郎はどうするの?」

 

「僕が羽衣狐を足止めする。皆はそのうちにまなと人柱の子達を助け出してくれ」

 

「ま、待て鬼太郎!」

 

 そう言って鬼太郎は目玉のおやじの静止を無視して猫娘に目玉のおやじを任せると、乗ってきたものから飛び降りる。その間、鬼太郎を止めた者は目玉のおやじ以外にはいなかった。

 

 この中で唯一羽衣狐と対抗できる者を皆わかっているのだろう。それの隣にこの場で立つのは邪魔にしかならないことも。目玉のおやじもそれを誰よりもわかってはいたが、親心が先行して止めたのだ。

 

 知識人である目玉のおやじは、羽衣狐に勝てる者など居はしないことを誰よりも知っていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼太郎は20m程距離を開けて羽衣狐の背後に着地した。

 

「随分遅いご到着じゃな鬼太郎よ」

 

 羽衣狐は落ちてきた鬼太郎に振り向き、身体を向ける。

 

 その姿は全身を黒いローブとブーツで覆い、顔は口の空いた狐の面で隠していた。唯一、覗く死人のように白い手と口元がより一層、羽衣狐の妖艶さを引き立て、更に対峙した相手へ人ではない化け物だという威圧とまで言い切れる印象を刻み込んでいた。

 

「僕を知っているのか……?」

 

 内心は計れないが、鬼太郎は羽衣狐に臆することなく対峙した。最もこれまで鬼太郎が相手をして来た如何なる妖怪よりも一筋縄ではいかないことは鬼太郎本人が誰よりも理解しているだろう。

 

「お互い様じゃろう。まあ、どう妾を思っておるかは預かり知らぬがな」

 

 そう言って羽衣狐は少し呆れた様子で大袈裟に鉄扇で口元を隠す。その動作のひとつひとつが妖艶であり、また対峙している者を下に見ているようにも鬼太郎は感じた。

 

「……子供たちをどうするつもりだ?」

 

「言わずともわかろう。いったい今の今まで妾がここで何をしていたと思っておる?」

 

 答えはいらない。羽衣狐はそう答えた。それによって鬼太郎は、最早羽衣狐を野放しにするという選択はどこにもなくなっていた。

 

「そうか……」

 

 鬼太郎は霊毛ちゃんちゃんこを片腕に巻くと拳を握り締め、羽衣狐に言い放った。

 

「だったらお前を止める! 羽衣狐!」

 

「ほぁ?」

 

 鬼太郎は大地を踏み締め、羽衣狐の眼前に迫った。その刹那、羽衣狐が何か声を上げたが、既に攻撃体制に入っている鬼太郎の耳には入らない。

 

 鬼太郎の拳は羽衣狐の胴体目掛けて放たれ、彼女の眼前まで迫った。

 

 羽衣狐に突き刺さった鬼太郎の拳は激しく轟音を上げ、二人が踏み締める大地にまで響き、あまりもの力は鬼太郎の足に沿うように亀裂を刻んだ。

 

「ぐッ!? なんて力だ……!」

 

「おお、こわいこわい……こわくて止めてしもうたわ」

 

 しかし、羽衣狐は直立不動のまま拳を正面から片手で掴み取ることで止めていた。鬼太郎は羽衣狐の手からちゃんちゃんこで覆われた拳を引き抜こうとするが、全く抜け出せる様子がない。

 

「腐っても妾は九尾の妖狐よ。腕っぷしだけなら鬼より上じゃ」

 

「髪の毛針!」

 

 鬼太郎の髪が不自然に逆立ったと思えば、そこから針状で鋭利となった毛が、羽衣狐の顔面に向けて多数発射された。

 

「全く……女子(おなご)に手を上げるとは褒められぬぞ。ましてや顔など以ての外じゃ」

 

 だが、羽衣狐は片手に持つ鉄扇を広げ、容易に鬼太郎の髪の毛針を防ぎきった。面と鉄扇により羽衣狐の表情は見えないが、その態度はどこか呆れを含んでいるように鬼太郎は感じた。

 

「止めておけ。お主とは戦う意味がない。戦おうとも思わん」

 

「減らず口を……体内電気!」

 

「おおぉ!?」

 

 鬼太郎の全身から蒼い電撃が放たれた。鬼太郎の拳を掴んでいる羽衣狐はそれを真っ先に直撃する。これまでとは違い、体内電気を受けた羽衣狐は強張り、鬼太郎の拳を掴む力が緩んだ。

 

(今だ……!)

 

 鬼太郎はその瞬間を逃さず、羽衣狐の腕を振り払うと、髪の毛を一本引き抜く。それに鬼太郎が霊力を込めると巨大化し、鬼太郎の手に馴染み槍と化した。

 

(髪の毛槍!)

 

 鬼太郎の槍は未だ体内電気で痺れている羽衣狐の喉笛目掛けて放たれた。

 

 だが、次に鬼太郎が感じたのは肉を穿つ感触ではなく、重く硬い感触と、金属と金属が激しくぶつかり合う異音である。

 

「今のは少し腹が立ったぞ……?」

 

 未だ多少痺れている様子ながら羽衣狐はいつの間にか鉄扇とは逆の手に持った太刀により、髪の毛槍を防いでいた。

 

 "三尾の太刀"

 

 羽衣狐は柄に細い鎖の付いた太刀を横に薙ぐ。鬼太郎は地面を蹴り、後ろに飛ぶことでそれを回避した。

 

 その結果、両者は10m程空けて睨み合う形となる。

 

 鬼太郎はようやく羽衣狐の鬼太郎に対する意識が、少しだけ敵意を持ったものになったことを感じた。 

 

「退け、悪いようにはせん」

 

 羽衣狐は鉄扇と太刀を構えずに持ちながら、髪の毛槍を構える鬼太郎にそう言葉を投げ掛ける。

 

 両者動かない静寂の中で、羽衣狐の太刀の柄に付いた装飾が地面に当たり擦れる金属音だけが響いた。

 

「退かない!」

 

 無論、鬼太郎に羽衣狐から退くなどという選択はない。せめて人柱が全て助け出されるまではこの場に羽衣狐を縛り付ける。それが今の鬼太郎の意思であった。

 

 それを聞いた羽衣狐は鉄扇で顔を覆う。そして、口から大きな溜め息を吐くと鉄扇を閉じてその唇から言葉を溢した。

 

「仕方がない。そこまで妾を求めるのなら……」

 

「――っ!?」

 

 鬼太郎は羽衣狐の妖力の激しい高まりを感じると共に、羽衣狐の濃厚で莫大な妖気により噎せかえりそうな程に大気は塗り潰され、空は黒に染まる。

 

(いや……高まってるんじゃない!)

 

 羽衣狐の背から大蛇がのたうつように生えた"一本の尾"を見た鬼太郎は確信する。

 

(羽衣狐が妖力を抑えていただけでこれが本来の妖力か……!)

 

 転生を繰り返し、数多の妖怪を喰らう大妖怪の妖気。それは当てられているだけで肌に突き刺さるような感覚と、恐怖とも寒気ともつかない悪寒を与える邪悪に満ちたものであった。

 

 その上、羽衣狐は九尾の妖狐。つまり今の羽衣狐は実力の九分の一程度かそれ以下しか出してはいないということだろう。

 

「ひとつ戯れといこうか?」

 

 羽衣狐はそう告げると鬼太郎へ一本の尾を伸ばす。その尾は羽衣狐の思い通りに質量を無視して伸縮し、鬼太郎を薙いだ。

 

「うっ……!?」

 

 咄嗟に髪の毛槍で尾を受け流そうとした鬼太郎であったが、その薙ぎ払いは人型の身で受けうる限界を遥かに越えた一撃であった。

 

 故に鬼太郎は防ぐことには成功したが、勢いを殺し切るには至らず、そのまま妖怪城の石垣まで飛ばされ、背中から打ち付けられる。

 

(なんて馬鹿力だ……)

 

 衝撃と石垣に身体が埋まったことで強制的に羽衣狐を視界から外された鬼太郎。それも一瞬の出来事であり、鬼太郎は再び羽衣狐に視線を戻す。

 

 すると鬼太郎の視界いっぱいに青い炎の塊が揺らめいていた。

 

「―――――!?」

 

 直後、鬼太郎が感じたのは焼き付くような激し過ぎる光と、上げた声すら掻き消える程の爆音。如何に幽霊族の鬼太郎といえど至近距離からこれ程のモノを受ければ暫くはただではすまないだろう。

 

「――――――――」

 

 羽衣狐が何か呟いたが、今の鬼太郎の耳には言葉としては聞こえない。

 

 しかし、並の妖怪を遥かに超えた速度で鬼太郎の耳は回復していき、次に羽衣狐から紡がれた言葉をハッキリ聞き取ることが出来た。

 

「"虎退治"」

 

「うぁぁぁ――!?」

 

 その言葉と共に鬼太郎は肩に何かが突き刺さる感触と、そこを中心に異様な衝撃を受け、更に深く石垣に埋められる。

 

「これは……?」

 

 視力が回復した鬼太郎が自身の肩に目をやると、肩を容易く貫通している"槍"がそこにあった。

 

 鬼太郎は身動きをとろうとするが、槍は石垣に縫い付けるように深く突き刺さっている上、槍自体に対象を縛り付ける効果があるのか、全く身体を動かすことが叶わない。

 

 万事休す。鬼太郎は次に羽衣狐が取る行動をただ眺めた。最早何をしようと間に合うことはないだろう。

 

 すると何故か羽衣狐は尻尾を引っ込め、鉄扇と太刀を消した。そしてまた大きな溜め息を吐くと口を開いた。

 

「遊びは終いじゃ、お主はそこにおれ」

 

 それだけ言って羽衣狐は妖術による移動を使い、霧を散らすようにその場から跡形もなく消え去った。

 

 そして、その場には鬼太郎だけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここか」

 

 私は妖怪城の下にある空間にいた。そこには12本の石柱が聳え立っており、その前に私がいる。

 

 鬼太郎と戦いながらまなの位置を探っていたので簡単に来ることが出来たのである。まながいるのは……これか。

 

 私は12本のうちまなが囚われている中央の石柱を殴りつけた。

 

石柱はいとも容易く砕け散り、その中からまなが私目掛けて降って来たので、尻尾を一本伸ばして空中でまなを受け止める。

 

「あっ……もふもふ」

 

 我が妹ながら今その反応はどうなのだろうか……? まあ、私の尻尾は最高級のミンクやキツネよりも上の自信があるので鼻が高いといえばそうなのだがな。 

 

「……ひょっとしてあなたが羽衣狐さん?」

 

 まなは尻尾に胴をくるまれたままそんなことを聞いてくる。小首を傾げながら聞く動作がなんとも可愛らしい。

 

「如何にも妾が羽衣狐じゃ」

 

 どうしてまなが羽衣狐を知っているのだろうか? 私のことは妖怪しか知り得ないことだ。まあ、鬼太郎らが教えたのだろう。

 

 私はまなを地面にそっと下ろして尻尾を戻した。その時、まながちょっとだけ残念そうな表情を浮かべていたのが若干後ろ髪引かれたが、今の私は羽衣狐なので心を鬼にして無視する。

 

「娘っ子よ。何処へでも行け、ここにいられては敵わぬ」

 

 私はジェスチャーでまなに離れたところにいるように指示した。単純に他の石柱を壊したときに破片が当たったりしたら危ないからである。

 

「………………え?」

 

 だが、何故かまなは私をじっと見ており、話を聞いていないように見えた。いや、どちらかといえば私の"手"を見ているように見えた。

 

「何を呆けておる?」

 

「いえその……」

 

 まなは言葉につまりながらも笑顔になると更に言葉を紡いだ。

 

「とっても素敵な手ですね!」

 

 まなはそんなことを言った。私は自分の死人のような白い手を見つめるが、まなの言うように素敵な手には思えなかった。世辞が下手だなまなも―――。

 

 すると突然、まなの携帯電話が鳴り響き、思考が中断された。更にその直後、強烈な破砕音が後方から響く。

 

「羽衣狐ぇぇぇぇ!!」

 

 聞き覚えのある声を耳にし、振り向いて後ろを見れば天井に当たる地面を破壊して降ってくる鬼太郎が空中にいた。

 

 更に鬼太郎が身に付けていたちゃんちゃんこが、手に握られている棒状の何かに巻かれているのが見え、それを鬼太郎が凄まじい力でもって投擲した姿が見える。

 

 ちゃんちゃんこに包まれた棒状の何かは恐らくさっきの髪の毛槍とやらであろう。それが私に向かってくる。私は刹那の内に思考した。

 

 真っ先に避けることを考え、身体もそう動こうとした。だが、私の背後には残り11本の石柱に埋められた人柱の子供達がおり、まなもいる。避けてどれかに当たり、偶々そこに子供がいれば死は避けられないだろう。

 

 ならば逸らすか? 弾くか? いや、それもダメだ。逸らせば避けるのと大差ない。弾いても前方に弾けるとは限らない。

 

 ならば受け止めるしかない。

 

 私は尻尾を一本出し、ちゃんちゃんこに包まれた髪の毛槍に巻き付けるようにして縛った。激しい衝撃の反動で地面を踏み締めた身体ごと後ろに少しだけ下げられたが、どうにか受け止めることが出来た。

 

 眼前で私に矛先を向けながら止まっているそれをよく見て気がつく。

 

「妾の"四尾の槍"か……」

 

 ちゃんちゃんこで覆われた物体は髪の毛槍ではなく、私の四尾の槍であった。尻尾で勢いを殺し切れて止めたから良いものをこれが刺さったらかなり危なかった。四尾の槍は獣を殺すという願いを受けて作られた退魔の槍なのである。無論、獣の妖怪の私にも非常に効果がある。

 

「んぅ?」

 

 そこまで考えたところで、ちゃんちゃんこに変化が起こる。ブルブルとちゃんちゃんこが私の尻尾の中で震え始めたのである。

 

 そして次の瞬間、ちゃんちゃんこはまるで意思を持つかのように私が尻尾で押さえている四尾の槍を射出したとしか言い様のない現象が起こった。

 

 私が驚く暇もなく超至近距離から凄まじい勢いで私の心臓目掛けて飛び出した四尾の槍。尻尾の中から発射されたそれを止める方法は無かった。

 

 せめてダメージを少しでも抑えるために胸に飛び込む四尾の槍の刃を握り、無理矢理軌道を変える。

 

「くぅぅ……!?」

 

 結果として四尾の槍は私の手を傷付け、脇腹に突き刺さることで止まった。脇腹を貫通こそしてはいないが、久々にここまでの手傷を負ったものだ。

 

 私は脇腹に刺さった四尾の槍を引き抜き尻尾に戻した。脇腹と槍を掴んだ手からは止めどなく血が滲み、妖気が漏れる。

 

「やってくれたな……鬼太郎よ」

 

 私は口の端から流れ出た一筋の血を手で拭った。四尾の槍をまともに受けたのだ。本質的に獣である私にとっては猛毒を受けたに等しい。今は痩せ我慢でなんとでもなるが、早く治療をしなければ命に関わる。

 

 槍には相手を拘束しておく機能もあるのでそちらを使っていたことが仇になるとはな。何故鬼太郎が抜け出せたのか疑問でならないが、完全に後の祭りというものだ。

 

「血が……」

 

「余所の獣を心配なぞしておる場合か」

 

 まなのあまりに気の抜けた心配に顔が綻びそうになったが、激痛に意識を向けてどうにか耐える。まあ、何はどうあれまなが無事だったのならお姉ちゃんはいい。

 

「潮時じゃな……」

 

 見れば空いた穴から続々と鬼太郎の仲間達が降りてくるのが見える。元々この城の妖怪を一掃して鬼太郎が来た段階で、まなを私が救出する必要は無かったのだ。これぐらいにしておいた方が身のためだろう。

 

 私は再び鬼太郎の前で使ったものと同じ妖術を使ってその場から消えようとした。

 

「待って!」

 

 だが、一番に声を上げて私に駆け寄ってきたのは鬼太郎ではなく、背後にいたまなだった。

 

 まなは何故か私に背中から抱き着く。流石にドキリとしたが、人間のまなに私を止める術はない。数秒も立たないうちに私はこの場から遠くへと消えるだろう。

 

 まなは私に抱き着いたまま呟いた。

 

「助けてくれてありがとう」

 

 全く……まなはどうして"羽衣狐"にそんなことが言えるのだろうか? そんなことを思いながら私はその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 町外れの廃ビルの屋上で脇腹と掌の止血を終えた私は久しぶりに愛用の煙管を吹かしていた。せめて成人するまでは控えようと考えていたが、こんな日ぐらい吸ってもバチは当たるまい。

 

「んぅ?」

 

 夜空を見上げながらさっきのまなを思い返しながらぼーっとしていると、服のポケットに何か硬い膨らみがあることに気が付き、それを取り出す。するとそれはまなの携帯電話だった。

 

 全くなんと豪胆なことだろう。まなは羽衣狐が消える寸前に自分の携帯電話を滑り込ませていたようだ。

 

「もうまなったら………………え?」

 

 携帯電話の画面ロックを解除してみるといつもまなが使っているSNSアプリが開かれていた。それだけならばよかった。しかし、その画面の宛先は犬山乙女であり、未送信の文字が打ち込まれている。

 

 そこには一言こう書かれていた。

 

 

 

 "私のお姉ちゃん"

 

 

 

 私は傷による痛みも、困惑も何もなく、ただ優しく微笑むまなを思い出し、懐かしみ、どこか遠くの夜空を眺めた。

 

 そして、最後にまなが言っていた言葉と繋げて言葉に出す。

 

「"助けてくれてありがとう、私のお姉ちゃん"かぁ……」

 

 まなが羽衣狐()に言っていた言葉を思い出した。

 

 "とっても素敵な手ですね"

 

 ああ……手か……死人のようなこの手か……あの娘は乙女()を手だけで確信したのか。羽衣狐()乙女()だと見抜いたのか。

 

 それもそうだ。何年一緒にいると思っている。姉の手をまなは覚えていただけの話だ。そして、それでもまなは私に感謝をした。騙そうとしたバカで小さな狐と暖かく優しい人間。まるで絵本のようじゃないか。

 

「何年……何年……妾はまなを騙して……」

 

 まなはいったいどんな気持ちでそれを言ったんだろう? 言えたのだろう? わからない……羽衣狐()はまなのように良い人間でも優しい人間でもない。乙女()は……どうすればいいのだろうか?

 

 私は手から溢れ落ちた煙管に構うこともなく、静かに地面に膝をついた。

 

 

 

 

 




後編と言ったなアレは嘘だ。これは中編で短めですけど後編はもう1話あります。

本当はまなちゃんにバレるのはもう少し先でいいかと思っていたのですが、予告見る限りアニメ7話にもまなちゃんが出なそうなのでまなちゃんにだけはもう先にバレることにしました。

まなちゃんがチラッとしか出ない4話、時系列の怪しい5話、不覚にもウルっときた6話、またもまなちゃんが出る気がしない7話はこの小説では書かないと思うので暫くこの小説は原作の妖怪とあまり絡まない程度のふんわりとしたオリジナル展開となります。

具体的にはまなちゃんがハゴロモさんの尻尾をモフるかモフらないかで言えばモフったり、おっきーが弄られたり、ハゴロモさんの耳をまなちゃんがモフモフしたり、おっきーが泣かされたりします(予定は未定)。


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犬山さんちのハゴロモギツネ

どうもちゅーに菌or病魔です。

・前回の後書き
短めですけど後編はもう1話あります
・結果
 約9300字

こういうところで手を抜かないから他の小説の投稿が遅くなってるんだよなぁ……(自覚)


 

 

 

 妖怪城の事件が終わった日の夜中。私は携帯電話を握り締めながら何をするわけでもなくお姉ちゃんの部屋で窓から覗く夜空を眺めていた。お父さんもお母さんも今日はいないからお姉ちゃんの帰りを待っているのは私しかいない。

 

 私の携帯電話は羽衣狐さん……ううん、お姉ちゃんに渡しちゃったからこれは私のじゃなくてお姉ちゃんが家に置いていた携帯電話。

 

 おっきーさんは羽衣狐という妖怪のことを妖怪にとってとっても怖い妖怪で、転生という形で人間を乗っ取って生きているとも言っていた。

 

 だったら私の今のお姉ちゃんは羽衣狐さんに身体を乗っ取られているんじゃないかとあの時、考えた。でもすぐにそれは違うと思った。

 

 だって私が妖怪が見えるようになってからお姉ちゃんはいつも、私が帰ってきたのを出迎えたり、ご飯を美味しいって言ったり、夜に部屋に遊びに行って手を握ったりすると必ず一瞬だけ黒い耳をぴこぴこ揺らして嬉しそうにしてるんだもの。というか、そうだったからお姉ちゃんは狐の妖怪なのかなー?とか最近思ってたし……。

 

 本当のこというと羽衣狐っていう名前を最初に聞いた時、まさかお姉ちゃんなんじゃないかと心の片隅で思っていたからね。

 

 でも昔からのお姉ちゃんと今のお姉ちゃんは何も変わっていない。少なくとも私が知っているお姉ちゃんはずっと今のままのお姉ちゃんだった。だから、お姉ちゃんは乗っ取られているんじゃなくて私が産まれた頃からずっと羽衣狐さんだったんじゃないかと思うのが自然だよね。

 

 髪も含めて全身をスッポリ覆う真っ黒の格好に、顔を隠す黒い狐のお面、声もいつもの優しげな抑揚や高さとは違って綺麗というかえーと……そう妖艶な感じだったから最初見た時はお姉ちゃんだなんて全然わからなかった。声優でもやったらいいんじゃないかなお姉ちゃんは。

 

 それでもお姉ちゃんだとすぐに気がついたのはその"手"だった。

 

 私、お姉ちゃんはミスコンで世界一になれるぐらい綺麗だと思ってるけど、ぶっちゃけ私はお姉ちゃんの遺伝子を欠片も受けてないと思う。だから私なりにお姉ちゃんに綺麗さで勝てそうなものがあるんじゃないかなーと調べたことがあったの。

 

 それで見つけたのがパーツモデル。手とか足とか腰のくびれとか身体の一部分だけを映している職業のこと。私、手の綺麗さだけは結構自信あったんだよね。お姉ちゃんのお陰で日頃からバランスよく良いもの食べてるしさ。

 

 まあ、結局わかったのはお姉ちゃんはパーツモデルとしても世界一狙えそうなぐらい余すことなく綺麗な身体をしているってことだけだったんだけどね! ちくしょう! お母さんの中にあった綺麗さはお姉ちゃんに全部持っていかれた!

 

 お姉ちゃんは"まなは私なんかよりずっと瞳がきれいだわ"とか言ってくれたけど、それもお姉ちゃんの怖いぐらい真っ黒の瞳には敵わないと思うしなぁ……。

 

 それでパーツモデルについて調べたりしていたうちに気づいたの。人間の手って顔や身長みたいにそれぞれ全然違う形をしているんだなって。いやー、手の綺麗な人ってなんか憧れちゃうよねー。

 

 それで綺麗な人の手は気づいたら意識しなくても自然に覚えられるようになっちゃったんだよね。むふふ、最近だと猫姉さんの手はもう覚えたよ。猫姉さんもスッゴい綺麗な手だったなぁ……。

 

 ちなみにこの趣味はお姉ちゃんにはナイショにしてた。なんか恥ずかしいもの。

 

 だから、私は手を見ただけで羽衣狐さんはお姉ちゃんなんだって気づけたんだ。形だって覚えてたし、あんなに真っ白で綺麗な手は他にいないもの。

 

 そんな私のお姉ちゃんはまだ帰ってこない。ひょっとしたらもう帰ってこないんじゃないかと考えると途端に怖くなる。

 

 そんな気持ちを隠すように、ふとお姉ちゃんの携帯電話を開いてみると、私が使ったことのないSNSアプリに通知が入っていることに気が付いた。

 

 あ、おっきーさんからだ。

 

 本当はよくないけど勝手に開いてみる。するとまず、お姉ちゃんのこのアプリでの名前が"ハゴロモ"になっていることに気がついた。お姉ちゃん……もっとちゃんと隠そうよ……ああ見えてものすごい天然だからなぁ。

 

おっきー《折ってみた(ハナカマキリ)》

 

「スゴっ!?」

 

 そこにはこちらを威嚇して今にも飛び掛かりそうなハナカマキリが折り紙で折られていた。ハナカマキリが乗っている大きな花もセットで折り紙で折られている。

 

 驚いているとすぐにおっきーさんから新しいメッセージが届いた。

 

おっきー《あれ? 随分既読早いわね。もう寝てると思ったんだけど》

 

 そこで私はおっきーさんについて思い返した。おっきーさんが妖怪だということは知っていたけどアプリのお姉ちゃんの名前を見る限り、どうやら知っていて付き合っていたみたい。

 

(……!? だったらお姉ちゃんが今どこにいるのか知っているかもしれない!)

 

 そう考えた私の行動は最早無意識レベルで早かった。

 

ハゴロモ《あのおっきーさんちょっといいですか?》

 

おっきー《え……? なにそれ新しいキャラ付け? それとも私が何かした? 私ギルティ?》

 

ハゴロモ《私です。妹のまなです》

 

 そう送るとおっきーさんは少しの間、時間が空き、返信が返ってきた。

 

おっきー《うん、そう。マナマナちゃんそうなの。そのハロハロちゃんに名前は渡しが前に羽衣狐のお離しをした時にハロハロちゃんが木に入ってから塚井始めた生江で―――》

 

 流石にそれは苦し過ぎるんじゃないかな……? というかこれおっきーさん滅茶苦茶焦ってるよ、変換の誤字がスゴいことになってる。

 

 うん、これは私から切り出すべきだね。

 

ハゴロモ《今日、お姉ちゃんが羽衣狐だと知ってしまいました》

 

おっきー《ウゾダドンドコドーン!》

 

 相変わらず変な反応だなぁ……おっきーさん。

 

おっきー《私……? 私のせい……? ひえっ!? 思い当たる節がありすぎる!? あわわわわ……!? ま、また天守閣爆破されるよぉ!? い、いや今度という今度はたぶんそれじゃぜったいすまねぇ!?》

 

 天守閣っておっきーさんが住んでる姫路城にある天守閣のお部屋のことかな? 少なくとも一回は爆破したことがあるのねお姉ちゃん……。

 

 うーん、なんだかおっきーさんにとってのお姉ちゃんっておっきーさんが言ってた羽衣狐さんの話と少し違う気がするなぁ。

 

ハゴロモ《あの、私の話聞いてくれませんか?》

 

おっきー《アッハイ》

 

 私は今日あって私が感じたことを全部おっきーさんに話すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おっきー《ほわんほわんほわんおさかべ~》

 

 時々おっきーさんが何をいっているかわからなくなることがある。本人に聞いたら発作みたいなものなんだって。妖怪って大変だね。

 

おっきー《そっか、まなちゃんは自分で気づいたんだ。うん、それで羽衣ちゃんのことはまなちゃんはどうする気なの? 羽衣狐は教えた通りの妖怪だよ、それは間違いない。まなちゃんはいつか後悔するかもしれないよ?》

 

 急におっきーさんの文から愛称がなくなった。真面目に聞いてきているのだろう。だったら私も思いの丈を打ち明けるしかない。

 

ハゴロモ《私はお姉ちゃんに帰ってきて欲しいです》

 

おっきー《それは犬山乙女に? それとも羽衣狐に?》

 

 もちろん、その答えはとうに私の中で出ていた。

 

ハゴロモ《私のたった一人のお姉ちゃんにです。それにきっとお姉ちゃんはおっきーさんの言うような怖い妖怪じゃないから》

 

おっきー《それはどうして?》

 

ハゴロモ《だって、おっきーさんみたいな思いやりのあって優しい妖怪が、本当に怖い妖怪と友達なはずないと思うから》

 

 そう返すとおっきーさんからの返信に再び間が空く。その時間はこれまでのおっきーさんとのやり取りでおっきーさんからの返信時間で一番長かったと思う。そしてついに返信が来た。

 

おっきー《それならもう私が言えることは何もないわね》

 

 文だけ見たらひょっとしたらおっきーさんに嫌われてしまったのかもしれないと思った。けれど直ぐに来たもうひとつのメッセージでそれは違うとわかった。

 

おっきー《ちょっと覚悟完了してから行くから待ってて》

 

(覚悟? 行く? どういう意味だろう?)

 

 そう思って返信してみるけど今度は返信が返ってこない。不思議に思って暫く待っていると、突然お姉ちゃんの机の上が輝き出す。

 

「な、なに!?」

 

 よく見ると輝いていたのは机ではなくて、机に置いてある"折り紙"だった。折り紙は意思を持ったかのように宙を舞うと、竜巻のように部屋の中心で回転し始める。その光景に驚き戸惑っていると、竜巻の中から女性の声が聞こえ出した。

 

「姫路城中、四方を護りし清浄結界」

 

「え……?」

 

 私が疑問を浮かべてもその声はそのまま続けられる。

 

「こちら幽世醒める高津鳥、八天堂様の仕業なり」

 

 よく見れば折り紙の竜巻の中に人影がいるのが見える。何ができるわけでもなく私は一部始終を見届けた。

 

「すなわち、白鷺城の百鬼八天堂様」

 

 輪郭からその人影は女性だという確信を持った。声からして若い女性に思える。

 

「ここに罷り通ります!」

 

 その言葉の直後、折り紙の竜巻は一気に消えて辺りに折り紙が散らばった。 それに思わず私は目を閉じた。

 

 そして、恐る恐る目を開けると、赤茶けた黒髪をして、現代風に改造された着物のような服を着ている、お姉ちゃんに迫りそうなぐらい美人の女性がそこに立っていた。女性の周囲にはパタパタと数匹のコウモリが飛んでいる。

 

 女性は私に近づくと、私の手を取って笑顔になった。

 

「ふふっ、私が"刑部姫"だよ。まなちゃん、よろしくね?」

 

(あ、この人の手とってもきれいですべすべ……刑部姫? え? 刑部姫って……)

 

「お、おっきーさん!?」

 

 私の更なる驚きの叫び声は夜中の部屋に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ! スゴい! 高い!」

 

私は住宅街の遥か彼方を大きな折り鶴の背に乗って飛んでいた。こんな風にこんな場所を飛んだことなんてあるハズもないからとても新鮮。

 

「落ちないようにね」

 

 この折り鶴を飛ばしているのはおっきーさん。私が落ちないように私の後ろに座ってくれている。今はおっきーさんに連れられてお姉ちゃんのいるところに向かっていた。

 

「はい。それでお姉ちゃんはどこにいるんですか?」

 

「んー、もう位置はコウモリで大方つかんだけどとりあえず高いところだね」

 

「高いところ……?」

 

「うん、昔っからハロハロちゃんは嫌なことがあったとか、ショックなことがあったり、ぼーっとしていたい時は高い場所にいるんだよね。ああ、後人気のないところって条件もあるね」

 

「そうなんですか」

 

「人間で生活しているときに親しかった人間が死んだときは半日ぐらいだいたいそうして黄昏ているよ」

 

 おっきーさんの口から直接語られたお姉ちゃんの話は、インターネット上で教えられた羽衣狐の話とは掛け離れていた。

 

「ねえ、おっきーさん」

 

「なにまなちゃん?」

 

「お姉ちゃんって本当はどんな妖怪なんですか?」

 

「それはもちろん……」

 

 おっきーさんは更に言葉を続けようとしたように見えたが、言葉を止めた。やがて、少しだけ難しそうな顔になった後にまた口を開いた。

 

「んー、やっぱり止めた。それは私の口から語ることじゃないわ」

 

 そう言ってからおっきーさんはカラカラと笑う。そして、私の頭に手を置くとそっと優しく撫でる。その撫で方がどこかお姉ちゃんに似ているように思えてなんとなく気恥ずかしく感じた。

 

「あなたたち姉妹なんだから、お姉ちゃんにちゃんと聞いてきなさい。私が言えることはそれだけよ」

 

 そのことを聞いて私は気を引き締めた。

 

(そうだね、お姉ちゃんはお姉ちゃんなんだから……私がお姉ちゃんに聞かなきゃ!)

 

「ああ、でもひとつだけ……お耳を拝借」

 

 おっきーさんは途端に悪巧みをしているような顔になると、口に手を当てながらもう片方の手で手招きをした。なんだか急におっきーさんが胡散臭く感じるようになった気がするけど、とりあえず耳を傾けた。

 

「―――って呼んであげて」

 

「え……? それだけですか?」

 

「うん、それだけ。でもハロハロちゃんは一番喜ぶと思うよ。おっと、そろそろ見えて来たね」

 

 そこはずっと昔に使われなくなった高い電波塔だった。黒の塗装が所々剥げて、銀色の金属が見えていたり、また剥き出しの金属が錆びていてどこか寂しげな雰囲気を受ける。上部が三層の足場になっていて、何故か地上から一番高い所の足場に青白い灯りが灯っているのが見えた。

 

「はい、到着。降りた降りた」

 

 私とおっきーさんの乗った大きな折り鶴は二層目に乗り寄せ、おっきーさんに促されるままに足場に降りた。

 

「ハロハロちゃんのことだからぼけーっとしてて気づいていないだろうからね。後ろから驚かしてやりなよ」

 

「はい! ありがとうございました。おっきーさん」

 

「いいっていいって別に。それより前から言おうと思ってたんだけどさ……」

 

「はい?」

 

「私に敬語はナシナシ! ハロハロちゃんの妹に言われるなんてなんだかムズ痒いわ!」

 

 それだけ言い残すとおっきーさんは逃げるように折り鶴に乗って去っていった。私はそれを見えなくなるまで見送った。

 

(さてと……行きますか!)

 

 私は心の中で気を引きしめると、お姉ちゃんのいる上の足場に繋がる梯子を登った。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 電波塔最上部、円形の足場を囲むように青白い人魂のようなものがいくつか浮いているのでここはとても明るい。

 

(いた……)

 

 そして、足場の外側にある手すりにもたれ掛かりながら私の携帯電話を眺めている学生服姿のお姉ちゃんがいた。

 

 でもお姉ちゃんにいつもの優しげな表情はなく、代わりにどこか悲しげな顔をしていて、見ているこっちが辛くなってくるようだった。

 

 もうひとつ私が知っているお姉ちゃんと違うところは、お姉ちゃんの後ろに三本の尻尾があり、制服越しにどのように生えているのかよくわからないけど、お姉ちゃんをふんわりと囲んでいる。

 

「お姉ちゃん」

 

「………………」

 

 私は意を決して話し掛けた。距離はまだ少しあるけど声の届く距離だし、お姉ちゃんはこちら側に半分ぐらい顔を向けているので気がついてくれるハズ。

 

「お姉ちゃん?」

 

「………………」

 

 だというのにお姉ちゃんからの反応はなく、私の携帯電話を見つめているばかり。不思議に思って眺めていると、私から見えない方の手をたまに口元に持ってきては戻す動作を繰り返していた。

 

(あれ……? いやいやいや、あれってまさか……煙管タバコ!?)

 

 私は愕然とした。"若い頃から健康が一番よ"とか、"タバコなんて百害あって一利なしだから絶対に吸っちゃダメよ"とか、"酒は百薬の長だなんてただの酒問屋のキャッチコピーよ"とか口を酸っぱくして私に日頃から言ってくるお姉ちゃんがタバコを吸っていたからだ。

 

(そ、そんな……なんで? 心の中で健康オバサンみたいとかたまに思っていたのが悪かったの!?)

 

 正直、羽衣狐だとわかったときよりショックかもしれない……いや、それは言い過ぎかなうん。

 

 でもこれはガツンと一発言わないと!

 

「お――」

 

 物申そうと一歩踏み出した瞬間、強い風を感じて思わず目を瞑る。また開いてお姉ちゃんを視界に戻すと、お姉ちゃんの後ろから生える尻尾の三本のうちひとつが伸びていて、私の足元に突き刺さっているのがわかった。全然見えなかっただけで風の正体かな。

 

「ま……な……?」

 

 聞き慣れた声でそんな呟きが聞こえ、私はお姉ちゃんに視線を向けた。

 

 そこには驚きの表情と共に目に見えて戸惑い、怖がるようにも、怯えたようにも見える目をした私のお姉ちゃんがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は煙管を吹かしながらまなの携帯電話のアルバムを眺めていた。

 

 まなのアルバムには家族と撮った写真が沢山入っていた。いや、学校のものを除けば、ほとんどそれで埋められていたといってもいい。

 

 まなと私が写った写真。そこに写るまなは本当に良い笑顔をしていた。隣に写る私は心の底からの笑顔など浮かべていないというのに。

 

 私がまなを愛しているようにまなも私を愛してくれている。見ているだけで、その事実を突き付けられ、胸が締め付けられるようだ。

 

 でも私は見ることを止めることが出来なかった。だって見ているだけでまなと犬山乙女として過ごしていた日々を思い出せるから……。

 

 写真を見ながら私はある決意に至っていた。しかし、未だ踏ん切りがつかないからこうしてなにをするわけでもなく時間を過ごしていた。

 

「んぅ?」

 

 かれこれ数時間、思い出に浸っていると、私の尻尾が動いたことに気づく。私の尻尾は自分の意思で動かすだけでなく、勝手に近付いた相手を攻撃したりも出来る。今は後者にしているので何かが私に近付いたのだろう。でも、まあ手応えがなかったから外し……た……。

 

「ま……な……?」

 

 そこにいたのまなだった。

 

 どうして? なぜここに? いったいなにが? そんな疑問がふき出しながら最後に私はある答えに辿り着く。

 

 私は……まなを攻撃したの……?

 

 尻尾は当たってはいなかった。だが、もう少し強くまなが私へ踏み込んでいればまなの首は飛んでいたことだろう。

 

 その事実に私は愕然とし、そしてそれは私の決意に最後のひと押しをすることとなった。

 

「お姉ちゃ――」

 

「まな」

 

 私はまなの言葉を遮る。そして、恐らく最後になる犬山乙女という少女の仮面を張り付けた。

 

「聞いて。私は消えた方がいいのよ」

 

「え……?」

 

「色々考えたわ、そして考えついた。私がいたらまなを……いいえ、お母様やお父様をいつか必ず危険に晒すことになるわ」

 

 羽衣狐はとんでもない数の妖怪から恨みを買って生きている。これまで封印した妖怪や喰らった妖怪以外にも、どちらもせずにただ倒した妖怪や、手傷を負わせてそのまま逃がした妖怪が幾らでもいる。封印するのは多少手間が掛かり、妖怪は味がよくないため食べるのもあまり気が進まないからだ。

 

 私に恨みを持った妖怪が復讐しに来たとしたら完膚なきまで叩き潰した後に喰らって解決していた。 だが、それは羽衣狐として名が知れてからは基本的にひとりか、死んでもある程度割り切れる者としてしか人間には接していなかったためだ。

 

 誰かを守り続けながらそのような生き方が出来るなどと、夢を見れるほど若くはない。

 

 さっきだって偶々まなに尻尾が当たらなかっただけ。もし掠りでもしていたら今頃まなは死んでいただろう。

 

私はその事実から転生して今までずっと目を背けていた。犬山家はあまりに私にとって居心地がよかったから……離れたくなかった。

 

 何よりも私は……だからこそ私は……まなを、家族を、自らのせいで危険に晒すことになるかもしれないことが我慢ならない。だって大好きだから、愛しているから……そのためなら私は犬山乙女()でいない方がいい。

 

 そして、そのチャンスは恐らく今が最後。私が羽衣狐としてまなと接していれば遅かれ早かれ他の妖怪に知れ渡ることだろう。いや、彼らのことはよく知らないが、鬼太郎らがこの街に羽衣狐がいることを既に広め始めているかもしれない。

 

 なにより私はきっと……羽衣狐としてまでまなと接してしまえば、2度と離れられないと思うぐらいまなを愛してしまうから……。

 

 私は中心に水晶玉が浮いたような狐火を正面に作る。その水晶玉はこれまで見てきたアルバムのいくつもの情景がホームビデオのように写し出されている。そして、それを一本の尻尾でそっと撫でた。

 

「何をやっているの……お姉ちゃん?」

 

「大丈夫……鬼太郎達の記憶は消えないわ。あなたとお父様とお母様……そして私を少しでも知る全ての人間から私との記憶とあらゆる記録を消し去る呪術よ」

 

 私が街から街へと10年置きに移り住んでいた頃や、妖怪を退治した時にそれに関わったり目撃した人間などに対して使っていた術だ。

 

 これによって私は如何なる時代においても違和感無く人間社会に溶け込むことが出来たと同時に、羽衣狐の名を悪の権化へと押し上げた最大の要因だろう。

 

 だが、それでいい。妖怪とは人間の理解の及ばぬ闇であり恐怖、すなわち唯一無二の悪だ。だから羽衣()は絶対悪でいい。私は人間の為ならば喜んで青鬼になろう。赤鬼すらいない青鬼になろう。

 

 いまさら……千年以上そうしてきた自分の生き方を後悔することも否定することも出来はしない。出来ないの……。

 

「ごめんね、最後まで身勝手なお姉ちゃんで……」

 

 後はこれを砕くだけ。そうすれば全てが消え去る。物を作ることと同じく、記憶を積み上げるのは大変で時間も掛かるが、壊すことは一瞬。そして、2度と作り直すことは出来ない。

 

 私は呪術の水晶玉をそっと尾で撫で、水晶玉を絞め付け始める。水晶玉はミシミシと音を立てた。流石に記憶とは想いそのものであるため、頑丈だが、時間の問題だろう。

 

「そっか……私勘違いしてた……」

 

 まなは下を向いた。幻滅しただろう。あのまなからどんな罵倒が飛び出すのか待ちながら、最後に姉として見るまなは笑顔でいて欲しかったと考えていた。

 

 そして、顔を上げたまなは―――。

 

「羽衣狐さんが犬山乙女よりもずっとずっと優しい人だなんて思いもしなかったんだもん」

 

 私が大好きな笑顔だった。

 

「あ……」

 

 思わず、水晶玉を絞め付ける尾が止まる。

 

「でもそれは間違ってるよお姉ちゃん」

 

 するとまなは何を思ったのか、まなは足場の外側へと駆け出す。更にそのまま柵に登り、柵の上で立ちながら私の方へと向いた。

 

「まな……?」

 

 まなの行動の意味がわからず困惑していると、まなはそのままゆっくりと後ろへと倒れた。当然、まなの背後には何もない。

 

「まな!?」

 

 真っ逆さまに落ちていくまなを見た私は即座に呪術の水晶玉を消し、お気に入りの煙管を投げ捨て、まなの携帯電話を握り締めながらまなを追って飛んだ。

 

 即座に空中のまなを見つけ、風を切りながら抱え込むように両手でまなを抱き締める。空中で止まった場所は丁度、電波塔の中央だった。

 

「なにをしておるか! 馬鹿者! 死ぬ! 死ぬぞ! 人間は簡単に死んでしまう! 死んでしまうのじゃ!」

 

 私は起きたことが衝撃的過ぎて、とっさに元の口調に戻ったことにも気がつかない程だった。

 

「えへへ、大丈夫だよ。だって、何があったって私のお姉ちゃんが必ず助けてくれるもの。ほら、今みたいにね?」

 

 まなは私に抱き締められながら心の底からの安心した様子で、花が咲くような笑顔を浮かべると、逆に強く私に抱き着いて、見上げながら口を開く。

 

 

 

「そうだよね? "羽衣姉(はごろもねえ)"」

 

 

 

 その言葉、たった一言の言葉で私の決意は決壊した。

 

「あ……ああ……あぁああ……」

 

 これはダメだ。もうダメだ。この娘から消えるなんて私には出来ない。この温もりを、笑顔を、声を感じられないなんて私には耐えられない。

 

 私は自分の目から止めどなく涙が溢れるのを感じた。頭の中でこれまで作っていた自分が滅茶苦茶になっていくのもわかった。

 

「嫌……妾は……私は……まなと離れたくない……だって……わ、妾は"犬山乙女"なのよ。まなのお姉ちゃんなのじゃ……」

 

 同時に溢れ出した感情と想いに引かれて、決意とは真逆の意思を私の唇が勝手に言葉と紡ぐ。最早、今の私に自分を偽り続けられる程の意思も決意も残ってはいない。

 

「私は……ずーっと、ここにいるよ。乙女姉」

 

 私は生まれて初めて嬉し泣きでこんな少女の胸を借りた。

 

 そして、その日からようやく犬山乙女という人間になれたような気がした。

 

 

 

 






いい最終回だった(洒落にならない)

短編ならこれにちょっと後日談とか付ければ終わられてもいいと思いますが、これは連載小説なのでまだまだ増えていきます(こうして作者の投稿小説が溜まるのであった)。

ちなみに鏡爺のまなちゃん誘拐は、無傷ならばハゴロモさんは許してくれます。セクハラしようものなら大変なことになります。いやー、明日が楽しみですねー(他人事)。

というかこの小説のおっきーの便利さとヒロイン力の地味な高さはなんなんですかね(呆れ)。

ああ、後たぶん次のお話はオリジナルを1話挟むことになると思うのでよろしくお願いします。


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羽衣狐(お姉ちゃん)




どうもちゅーに菌or病魔です。

ダクソ無印リメイクがPS4で出たので先に更新しました。

ダクソ無印リメイクがPS4で出たので先に更新しました(大事なry)。

それは置いておいて、オリジナル回をやるといったなあれは嘘だ。話的に前中後+後日談(イマココ)みたいになってしまいました、すいません。なので次回は本当にオリジナル回になると思います。

後、話だけは出ていたキャラが今回は二人ちょびっと出たりします。では、どうぞ。


 

 

 

 

 お姉ちゃんのことを知った帰り道。私はお姉ちゃんの背中におんぶされて空を飛んで帰っていた。

 

 おっきーさんの折り鶴の何倍も速くて景色を見ていると目を回しそうだけど、不思議と私に風は全く当たらない。お姉ちゃんが妖術で反らしているのかな?

 

 そんな状態なんだけど今とても困ったことがある。それは今のお姉ちゃんの様子だ。どんな感じかというと―――。

 

「まなー、まなー」

 

「なに乙女姉?」

 

「……むう」

 

「………………は、羽衣姉?」

 

「―――!! うふふ……呼んでみただけじゃ」

 

 さっきからお姉ちゃんがずっとこんな調子だったりする。いつもはちょっとだけしか出てない黒い狐耳も今はずっと出っぱなしでぴこぴこ揺れていた。くっそッ! 可愛いなうちのお姉ちゃん。

 

(う、うーん……とっても嬉しそうなのはわかるんだけど、流石に私が恥ずかしくなってきたなぁ……)

 

 そう思って話題を振ってみることにした。行きよりずっと早いので、そうしていれば直ぐに家に着くよね。

 

(んーと……何か話題は……と)

 

 お姉ちゃんを見渡してみるが、見えるものといえば、真っ黒で艶々のお姉ちゃんの髪と後頭部、後はぴこぴこ動く黒い狐耳ぐらいのものだった。

 

(んじゃ、あれでいっか)

 

「お姉ちゃんの狐耳って黒くて艶々で可愛い――きゃっ!?」

 

 それを告げた瞬間、お姉ちゃんは急ブレーキを掛けて止まった。更にピシリと固まったかのようにお姉ちゃんの行動と言葉が止まる。

 

「耳……?」

 

 やがて絞り出された言葉と共に、お姉ちゃんの尻尾の一本がお姉ちゃんの頭に伸びて耳を触る。それが少しの間、続いた後に耳は引っ込んだ。

 

「まな……」

 

 お姉ちゃんはゆっくりと首だけ私の方に振り向く、そしてそこには―――。

 

「わ、妾は……子狐ではない……子狐ではないぞよまな! こ、これッ、これは偶々でな! 今見たのは偶々なんじゃ!」

 

 茹でダコのように真っ赤になりながら慌てた様子のお姉ちゃんがいた。いつもは怖いぐらい真っ黒の瞳が、漫画みたいにぐるぐるお目目になっているようにさえ思える慌てようだった。

 

「み、耳を出すってそんなに恥ずかしいの……?」

 

 私はにやけ顔と溢れそうな笑いを堪えながらお姉ちゃんに答える。なにこれうちのお姉ちゃん可愛い。綺麗で可愛いとかなにそれズルい。

 

「……別に恥ずかしがるようなものでもない。じゃが、変化の不手な童の妖狐が感情を高ぶらせたりすると出ることもある。そういう奴は変化が不得意と周りの子狐に茶化されるのじゃ……」

 

(あ、たまに出してたのはそういう……へー、お姉ちゃん他の狐さんにいじられてたのかな?)

 

「じゃが、今日ぐらいじゃからな妾の耳が拝めるのは! 妾の耳はレアじゃぞ!」

 

「え……?」

 

「妾はとっくに大人じゃからな。言われねば早々見せたりはせぬよ」

 

 何を言っているんだろううちのお姉ちゃんは……?

 

 ふと、気になった私はもう一度あの言葉を呟いてみる。

 

「…………羽衣姉?」

 

 みこーんっ!

 

 そんな効果音がでそうな勢いでお姉ちゃんの頭に耳が生えた。お姉ちゃんはとても嬉しそうに身を震わせている。

 

「な、なんじゃ? まなよ」

 

「う、ううん。呼んだだけだよ」

 

「そうか、そうか。呼んだだけなら仕方がないのう」

 

(こ、これは……まさか! お姉ちゃん嬉しいと耳が出ることに気づいてない!?)

 

 私はこの新たな発見は胸に秘めておくことにした。

 

 お姉ちゃんはまた飛び始めて家を目指した。もう住宅地まで来ているのですぐに家に着くだろう。

 

 話は変わるけど私がお姉ちゃんっ子なのはちょっとしたわけがある。

 

 私の両親は互いに出張などで家を空けることが、とっても多い。そうなると、必然的にお姉ちゃんと二人でいる時間が、とっても多くなる。

 

 お姉ちゃんは優しくて好い人で、姉の鑑みたいな人だから嫌う理由がない。それからなんとなくお姉ちゃんは、雰囲気がお母さんみたいだなーと考えることもあった。ううん、実際に家事や料理とかも二人の時はお姉ちゃんが中心でほとんどやってくれたから私にとってはそのように思っていたのかもしれない。

 

 だから、お姉ちゃんはお姉ちゃんだけど、半分はお母さんみたいな存在だった。私はそんなお姉ちゃんのことが大好き。

 

 私はなんとなくお姉ちゃんにしがみつく手を少し強めてお姉ちゃんにすり寄ってみた。えへへ、これぐらいならバレないよね。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 途中から背中に抱き着いてきたまなの感触で尊死(とうとし)しそうになったが、なんとか耐えて家まで戻ってきた。まなの良きお姉ちゃんでありたいのは、演技でも何でもなく私自身の意思なので、私頑張った。褒めて晴明。撫でてきぬ。

 

「今日は遅いから寝て明日に――」

 

 私のことを話すのは明日にしようかという考えを口に出しながら、隣で腕にしがみついているまなを見る。

 

「――は出来そうにないわね」

 

 まなが腕を掴む力を強めてフルフルと首を振ったのを見て、その考えはしまい込んだ。

 

「じゃあ、私の部屋に行く?」

 

「うん!」

 

 まなは笑顔になり、元気な返事をした。可愛いなぁ……この1%ぐらいでもお母様は私に可愛さをくれてもよかったんじゃないだろうか?

 

 まあ、明日は休みなので良いだろう。そう思いながら自室のドアを開け―――。

 

「あ゛」

 

「ほぁ?」

 

 まるで小さな竜巻でも通り過ぎたかのような惨状の部屋の中を目にした。

 

「何事じゃ……?」

 

 もう、まなの前で取り繕う必要もないため、自然に口調も素に戻るというものである。

 

「えーと……嘘偽りなく話しますと~……おっきーさんがやった……ってことになるのかな?」

 

「あの女狐め……」

 

 私も女狐だがそれとこれとは別の話である。

 

 漫画や棚の物が落ちたり、苦労して積み上げた10段の武蔵ちゃんクッションタワーが崩れているのはまだいい。だが、曜日の教科ごとに貰ったプリント類をファイリングしているモノが、ファイルごと散らばっていたのは流石に頭に来た。

 

「刑部ェェェェェ!!!」

 

 私は刑部姫を呪った。世にも恐ろしくおぞましい狐の呪いである。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「へっくちっ! 誰かな姫のこと噂してるのは? この前憂さ晴らしにスレでいっぱい釣った奴らかな?」

 

 自室で夜食の小倉トーストが乗った皿を持って歩いていた刑部姫は、くしゃみと共にそんなことを呟きながら余所見をする。その後、そんなことないなとヤレヤレといった様子をした。

 

「うふふ……」

 

(そんなことよりDARK SOULSしなきゃ! えーと……昔いつも新キャラ作るときにしてたPS3版のチャートは……素性は盗賊でまずは贈り物を壺にしてー、墓地でツヴァイ拾ったら、小ロンドから竜の谷行って狭間の森で草紋取って黒騎士落としてグレイブ落とさなかったらリセマラしてー、ゲットしたら不死院のデーモンを盗賊短刀で出血させて倒してソウル貰って原盤拾ってー、20000ソウルで庭開けて入り口のMOB落としまくってー、途中でハベルコスさんしばきながらレベル80ぐらいまで上げたら不死街から飛び降りて犬のデーモンしばいたら最下層で大きな種火取ってー、とりあえずイングヴァードさんコロコロしてダークレイス解放したらとても大きな種火取って塊マラソンしてー、レベル100ぐらいにして+15ツヴァイで牛頭のデーモンに落下致命入れなきゃ……使命感! 平和とは全くそれでよいのだ、残光ブンブン、飛沫ブッパ、そしてなにより巨人仮面! ああ、懐かしのロードラン……そして、黒い森の庭! ここたま!ウェヘヘ……)

 

 そんなことよりも心ここにあらずといった様子でなにやら考え事に耽っている刑部姫。その表情はどこか艶めかしく幸せそうで、思わず微笑が漏れた姿は、黙ってさえいれば羽衣狐に並ぶほどの美人の片鱗が見え隠れしている。しかし、何を考えているのかは預かり知らぬところだろう。

 

 そして、嬉しそうに一歩目を歩き出した瞬間―――。

 

 何故か大きくて古めかしい化粧箪笥が、横に30cm程ズレて、箪笥の角が刑部姫の足の小指に激突した。

 

「お゛!? オッ! おぉおぉぉ……!!?」

 

 人間でも妖怪でも悶える痛みに、女性が上げてはいけないような声を上げながらその場でピョンピョン跳ねる刑部姫。その軽めの振動は普通の状態ならば特に問題は無かった。だが、今の彼女には振動を与えてはいけない物を手にしていた。

 

「あ……」

 

 するりと、刑部姫が手に持つ皿から小倉トーストが床に落ちる。これが羽衣狐なら驚異の瞬発力と大英雄顔負けの"敏捷"ステータスにより、簡単に落ちる前にキャッチしたであろう。しかし、悲しいかな彼女の敏捷はたったのEである。

 

 当然、取れる訳もなく、小倉トーストは床に落ちた。

 

  べちゃり……

 

 無論、小倉トーストの餡子が塗られた面を下にして。

 

「………………な、な、なんなのよもぉぉぉ!?」

 

 結果、刑部姫はちょっと泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

「よし……スッキリしたからもうよい」

 

「そ、そうなの?」

 

 私の呪いは、箪笥の角に足をぶつけたり、トーストがジャムを塗った面から床に落ちる程度のイタズラレベルから、妖怪を血筋ごと人間との子しか作れなくする呪いまで何でも完備している。おっきーは恐らくちょっと酷い目に遭ったことだろう。

 

 私は当然、妖術のプロフェッショナルだが、呪いもとい調伏や呪術のプロフェッショナルでもあるのである。

 

「あー……まず片付けなきゃねー」

 

「なにすぐに終わろう」

 

 私は細めに九本の尻尾を全て出して片付けを始めた。尻尾以外は特に何もする必要はないので、部屋にあるミニ冷蔵庫からお茶を取り出して、私の分とまなの分を常備しているコップに注ぐ。

 

「ほれ、近こう寄れまな……ん?」

 

 お茶の入ったコップを部屋の中央に戻した卓袱台に置いて、すぐ横にあるベッドに座って私の隣をポンポン叩くと、まなが何故か部屋の前で固まっていることに気づいた。その間も私の尻尾は部屋を整頓中である。また、床や棚は尻尾から取り出したダスキンモップやクイックルワイパーを使って清掃中でもある。

 

「なにそれズルい! ズルすぎる!」

 

 突然、動き出したまなは第一声にそんなことを言い出した。

 

 尻尾を見ると既に部屋の整頓と掃除は終え、10段の武蔵ちゃんクッションタワーの再建に苦労している様子が見えた。確かに便利だが、そこまで欲しいものだろうか……?

 

「もつものはみんなそういうの! きー!」

 

 まなはぷりぷりと怒って見せた。その様子に微笑ましさ以外の何を覚えればいいというのだろうか。

 

 晴明、きぬ。お母さんは妹が可愛くて昇天しそうです。なんかもう色々ごめんなさい。お母さんは元からこんなんなの。

 

「さて、何から話すか」

 

 冗談半分だったまなはすぐに落ち着き、武蔵ちゃん10段タワーも積み終わったので、ベッドにまなと二人で座っていた。

 

 羽衣()から話すか、乙女()から話すか。まあ、自然な流れとしては前者であろう。となると、とりあえずまなには聞きたいことがあるな。

 

「先に聞いておくが、まなは羽衣狐がどんな妖怪だと聞かされておる?」

 

「あ、うん。おっきーさんに聞いた話だと―――」

 

 おっきーの名が出た辺りで既に嫌な予感がしたが、案の定的中した。

 

「ほうほう、妾が余興好きでめんどくさがりやのドSで、超八方美人じゃとな。うふふ……」

 

 まなになんてことを教えやがるあのネット弁慶、次に会ったとき覚えていろよ……。

 

「あ、羽衣狐についてと、育ママなところは否定しないんだ」

 

 それはほぼ事実だと思う。羽衣狐がしたことは大体はあっているし、晴明ときぬはよき人間であって欲しかったから、私なりの愛という形で教育していたと。

 

「くっ……育ママ……学校の宿題をやり方を教えてはくれるけど、やってはくれないのはそのせいか!」

 

 宿題は自分でやりなさい。何よりもまなのためにならない。

 

 あ、でも小学生の頃にまなの夏休みの図工とか自由研究はいつも私がしていた。だって楽しいし。

 

「初めてお姉ちゃんに頼んだ小3の夏に一升瓶でタイタニック号のボトルシップを作られた時の衝撃は忘れない……」

 

「楽しみ過ぎたわ」

 

 人間誰しもやり過ぎることもある。ちなみにそれはまだまなの部屋に飾られていてとても嬉しい。

 

「じゃあ、妾の生い立ちから語るとするかのう」

 

 私は産まれたのは約1100年程前の陸奥国に当たる場所だ。もっと具体的に現代でいえば磐城国辺りだろうか。

 

「陸奥国……? 磐城国……?」

 

 磐城国は微妙に現代ではなかったな。長生きしていると感覚が麻痺して困る。今でいうところの福島県辺りのことである。

 

 兎に角、私はそこで一尾の妖狐として産まれ、あまり思い出したくない幼少期を過ごした後は、陰ながら人助けをしたり、妖怪をこらしめたりしながら中規模の街を10年程の感覚で転々とする日々を過ごしていた。もっぱら人間として街で働くときは幼名の"葛の葉"という名を使ったりもしていたな。

 

 そんな私の転機はやはり連れ込んだ陰陽師の男とまぐわり、晴明ときぬを産んだことだろう。それまでの私はただの羽衣という妖狐であったからな。

 

「へー、お姉ちゃんは羽衣っていう名前の妖狐だから羽衣狐なんだ」

 

 妖怪の名前なんてそんな安直なものだ。例えばなんとか入道の入道なんかは、坊主とか、禿げ頭とかの意味である。

 

「それにしてもお姉ちゃんの子供は、晴明さんと、きぬさんって言ったんだ」

 

 ちなみに名字は、旦那のものをそのまま貰って安倍である。私も安倍羽衣と名乗っていることもあった。

 

「安倍羽衣に、安倍晴明に、安倍きぬさんかー!え? 安倍晴明……? 安倍晴明!? それってあの有名な陰陽師の!?」

 

 その安倍晴明で間違いない。なんでも京できぬと一緒にそれはそれは色々とやらかしていたらしいが、私は相変わらずの生活を送っていたので、帰って来た二人から土産話を聞かされる程度だったのでよくは知らない。

 

 そういえばきぬも京では何か他の名前で呼ばれていたという話も聞いたような。えーと……"たえ"? いや、"にえ"? うーん、なんか違うな……なんだったかな。 漢字で書くと一文字で、平仮名だと二文字で二文字目は"え"の名前だったような。まあ、いいか。忘れるようなことだから大したことではあるまい。兎に角、あの二人は結託して京でブイブイ言わせていたそうな。

 

「どうしよう……私のお姉ちゃんが安倍晴明のお母さんだったんだけど……」

 

 まなは二人より可愛いからいいよ。晴明は格好いい系の美形で、きぬは美しい系の美形だったから棲み分けは出来ているし。

 

 そういう問題じゃないとでも言いたげなまなに首を傾げながら私は更に続けた。

 

 そして、私が羽衣狐と呼ばれるようになったのは晴明が、反魂の術だかなんだかを応用して作ったという私を九尾にするための術を施されたからだ。

 

 それによって人間や妖怪を乗っ取る形で転生することにより、妖力を激増させながら尻尾の数を増やしていって、九度目の身体が現在のこの姿となっている。

 

 私は少し話を止めるとお茶をすすった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お姉ちゃんからお姉ちゃんの今までの生い立ちを聞いた。色々な衝撃や発見があったけど、転生して今があるという経緯からやっぱりお姉ちゃんは、犬山乙女というより羽衣狐さんなのかなと思って少しだけ寂しく思った。

 

 悲しんだり、元の犬山乙女を返して欲しいとかそういうのじゃない。ただ、ちょっとだけお姉ちゃんが遠い存在に思えて寂しい。

 

「ここからは今の私ね」

 

 お姉ちゃんの口調が、それまでの羽衣狐としての話し方から、犬山乙女としての話し方に変わった。だったら今は犬山乙女の言葉として聞くのが正しいかな。

 

 でも、私が知るような笑みを浮かべ続けているお姉ちゃんではなくて、どちらかといえば無表情に近い顔で、目を大きく開いている。こっちがお姉ちゃんの自然体なのかな。うん、なんとなくそっちのほうが私は好き。

 

「まな、その前にひとつだけ知って欲しいの。お父様もお母様もいつか言おうと思ってたみたいだけれど、今話すわ」

 

「なにお姉ちゃん?」

 

 お姉ちゃんは少し迷うような表情をしてから言葉を続けた。

 

「私は……まなとは種違いの姉妹なのよ」

 

「え……?」

 

 つまり私とお姉ちゃんはお父様が違うっていうこと?

 

「うん、それでまなのお父さんは紛れもなくお父様よ。それで私の父はね。妖怪だったの。つまり犬山乙女は半妖よ」

 

 それからお姉ちゃんは犬山乙女の産まれを話した。

 

 羽衣狐が最後の転生先を400年間も探していたこと。現代の病院で偶々お母さんを見つけたこと。お母さんは妖怪に孕まされていて、その赤ちゃんが犬山乙女だったこと。羽衣狐さんが善意でしたことで犬山乙女が死にかけてしまったこと。

 

 そして、羽衣狐は犬山乙女を助けるためだけに転生することに加えて、自身と犬山乙女の魂を融合させたということだった。

 

「そうして今の私がいるのよ」

 

 私はその話を聞いて暫く開いた口が塞がらなかった。

 

 なんだ。お姉ちゃんは結局―――。

 

 ―――ずっと私のお姉ちゃんだったんだ。

 

「えへへ、嬉しいな」

 

「ま、まな……?」

 

 私は嬉しさから隣のお姉ちゃんに抱き着いた。お姉ちゃんはそれを少し驚いた様子で受け止めてくれる。

 

 やっぱり思った通り、お姉ちゃんはお姉ちゃんだった。私のお姉ちゃんだったんだ。

 

「私は乙女姉でも、羽衣姉でもどっちでもいい。だって、お姉ちゃんは最初から私のお姉ちゃんだったんだから。今も昔も私の知ってるお姉ちゃんなんだもん」

 

「まな……」

 

 お姉ちゃんはそう呟くと、抱き着く私を包むように抱き着き返してきた。あ、また耳生えてる。

 

「こんなに……こんなに幸せでいいのかしら? なんでも言ってね……私、まなのためならなんでもするわ……なんだってするわ……」

 

 私に抱き着いたまま、お姉ちゃんはそんなことを言った。お姉ちゃんのそのなんでもはちょっと怖いかな。本当になんでもやりそう……。でも無下にするのはどうかと思うからたまに―――。

 

 はっ!? やって欲しいことあった!

 

「お姉ちゃん、あのね……?」

 

 私はお姉ちゃんに早速頼みごとをした。 

 

 

 

 

 

 

「こ、こんなのでいいの……?」

 

 うひょー、もっふもふもっふもふ! これは買ったら高いだろうなー!

 

 私はお姉ちゃんの尻尾まくら、尻尾シーツに、尻尾ふとんに包まれて、お姉ちゃんと一緒にベッドで寝ていた。うーん、お日様の良い匂い。けど、やや暑い。

 

「ねえ、まな?」

 

「なにお姉ちゃん?」

 

 私と一緒にベッドに寝ながら私の方に体を向けているお姉ちゃんは口を開いた。

 

「実は私はもう転生は出来ないの。九尾になったらもう転生は出来なくなるよう晴明に頼んでおいたから」

 

「そうなんだ」 

 

「ええ、それ以上は望まないわ。だって私は神でも仏でもなくてただのちっぽけな妖怪なんですもの。それで十分」

 

 やっぱりお姉ちゃんは良い人だ。人間よりもよっぽど良い妖怪だ。こんな人がお姉ちゃんだった私は幸せ者だね。

 

「だから、これは転生狐の最後の身体。羽衣狐の完成した姿。犬山乙女も本物の私。そう、まなに思って貰えたら……嬉しいわ」

 

「うん……もちろ……ん」

 

 当然。お姉ちゃんはお姉ちゃんだもん。

 

 もう、眠くなってきた……ああ、これダメ気持ち良過ぎる……。

 

「ありがとう……まな」

 

 お姉ちゃんの言葉を聞きながら私の意識は薄れていった。今日は良い夢が見れそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おい、小娘』

 

 気が付いたら目の前に真っ黒い霧のようにも泥のようにも見えて、影みたいにも見える巨大な生き物が目の前にいた。

 

『これだけは言っておく……』

 

 それは輪郭がはっきりとせず、人とも獣ともつかず、なんの生き物なのかはわからなかった。

 

『余の母上を悲しみで泣かせるようなことがあろうものならば……地獄の淵より余は蘇り、必ずや貴様を喰らうだろう』

 

 なにがなんだかわからないけどとても怖いのと同時に、何故かお姉ちゃんと一緒にいるような安心感も同時に感じていた。

 

『そのことを、努々忘れぬようにな』

 

 その言葉を告げられた直後、私の意識が急激に遠退いていくのを感じた。

 

『おい、"きぬ"何をやっている!』

 

『黙れ"愚兄"。余に指図するな。言われんでも帰したところじゃ』

 

『そういうことでない! "地獄(ここ)"にまなちゃんの魂を直接呼びつけたことを咎め―――』

 

 変な夢見ちゃったなぁ……と思いながら私の意識はそこで更に落ちていった。

 

 

 

 







ちなみに晴明さんの容姿はぬらりひょんの孫で1000年前の晴明さんそのままです。

そして、妹のきぬさんの容姿は、ぬらりひょんの孫で復活した時の安倍晴明を女性にしたような姿です。ちょっとウェーブの掛かった金髪長髪の美人さんです。
いったい京で何と呼ばれていた妖怪なんだ……(驚きの白々しさ)


おっきーがDARK SOULS(PS4版)で引きこもるので暫く小説全体の更新が無くなるか、かなり遅れると思います(作者は人間のクズだからね、仕方ないね)。

…………おっきーなのに作者……? 私は何を言っているのでしょう…… ? ハッ! つまり作者はおっきーだった?(錯乱)



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羽衣狐(お城)

サブタイトルのサブタイトル
ラスダンができるまで


 

 現代より1000年程前の京。

 

 未だ、妖怪と人間との境界が曖昧であり、人間の店で人型の妖怪が隠れて働いていたり、妖怪と人間の色恋や、子供に紛れて妖怪が遊んでいることが珍しくもない時代である。

 

 その一方で、京とその周辺だけですら数百を越える妖怪の勢力派閥が存在し、人間をも巻き込みながら妖怪同士の小競り合いが絶えない世の中でもあった。

 

 この頃を生きた妖怪ならば皆口を揃えて言うであろう。妖怪の時代というものが存在したのならば、今が正に絶世であったと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 京から少し離れた山間にある打ち捨てられた砦。

 

 人の手を離れ、幾数年。いつの間にか妖怪の巣窟となっていたそこで妖怪同士の争いが起こり、終局を迎えていた。

 

 そこでは男女の妖怪が対峙しており、男性妖怪は全身の傷から妖気が溢れて満身創痍に対し、女性妖怪は一切手傷を負ってはない。どちらが勝者となったかは火を見るよりも明らかだろう。

 

「馬鹿な……」

 

 この砦の主であった地に伏した男性妖怪はそう呟く。男性妖怪の表情にあったのは、怒りでも憎しみでも悔しさでもなくただ、驚きであるようにも見えた。

 

 男性妖怪の姿は様々な昆虫を合わせたキメラのような見た目をしている。ただし、人型がベースとなっているため、単純な蟲の妖怪などよりも人間に抱かせるおぞましさはより大きなものであろう。

 

「私は天帝(かみ)の審問官……なのになぜ……」

 

「知るか」

 

 男性妖怪の呟きを女性妖怪は斬って捨てた。

 

 女性妖怪の容姿は黒い霧とも、泥とも、影ともつかぬ闇で覆われ、輪郭さえわからない巨影にギラギラと赤い双眼が輝くといった存在だ。それでも女性だとわかるのは若い女の声で話すためである。

 

「貴様の意志が足りんかっただけじゃろう。互いの意志がぶつかり、勝った方の意志が正義となる。それが争うということじゃ」

 

 続けて吐かれた女性妖怪の言葉に男性妖怪は閉口した。この女性妖怪の圧倒的なまでの実力差は理解していたが、それを当の本人に実力ではなく、意志の強さ等と言われてしまえばそのようにもなろう。

 

「……あなたの意志とは……?」

 

 いつでも男性妖怪を女性妖怪が葬れる状況だということは男性妖怪が、最も理解している。故に彼はそのような質問を投げた。

 

 それを聞いた女性妖怪は足元に散らばる男性妖怪の配下だった蟲妖怪たちの骸を、箒で掃くように隅へとずらして、開けたスペースに座り込むような動作をした。

 

 どうやら本格的に男性妖怪と話す気らしい。最も黒い何かなのは相変わらずなため、座っているのか立っているのかさえもよくわからないのだが。

 

「んー? そうかそうか、そんなに聞きたいか? ならば仕方がないのう」

 

 女性妖怪は話したくて仕方がないといった様子で口を開く。それは少し幼げに思えるが、彼女の正体不明な有り様により、かえって見る者への恐怖心を掻き立てられるだろう。

 

「"親孝行"じゃ」

 

「……はい?」

 

 あまりにも突拍子もなく、場にそぐわないキーワードに男性妖怪は思わず声をあげる。それを見た女性妖怪はくつくつと笑うと再び口を開いた。

 

「まず何から話そうか……余の母上からにしよう――」

 

 男性妖怪はその後、一辰刻程女性妖怪の身の上話を聞かされた。

 

 善き人を助けることを生き甲斐として、人間と子を成した愚かな妖怪がいること。彼女の母はその妖怪であり、自身は半妖であること。母の意思を継いで、世界を善きものにしたいがために自身は京にやって来たこと。

 

 まとめればそれだけのあまりにも愚直なことを彼女は長々と語ったのである。ただの妖怪が聞けば、夢物語と嘲笑われるか、見せしめに淘汰されるかどちらかとなっていたであろう。

 

 しかし、彼女の話を聞かされた男性妖怪は違った。というのも――。

 

 

「そもそも地獄とはなんだ? 誰が決め、誰が定義した? ならば悪とは? 善とはなんじゃ? 母上が愁い、私が考えるにそれは人間と妖怪双方にある。ただし、在り方はまるで異なる」

 

 

「人間は善性と悪性を併せ持つ生き物であり、善といえるものを持つ可能性のある唯一無二の存在なのじゃ。まあ、その代わり儚いまでに弱く脆い」

 

 

「妖怪は闇から生まれた存在じゃ。故に我々は善でなく悪でなければならぬ。闇に生き、善に対する絶対悪でなければならぬ」

 

 

「ならば我々に出来る善行とは? 天に徳を積むとはなんじゃ? それは単純なこと。出過ぎた悪を間引くことじゃ」

 

 

 女性妖怪は極めて饒舌だったのである。加えて、他者を話に引き込むことに長けているという具合だろうか。

 

 特に自らを天帝の審問官等と語るこの男性妖怪に限っては後者の影響が顕著であった。

 

 男性妖怪は蟲妖怪のためか、再生能力が高く、彼女につけられた傷は粗方治ってしまってもいたのだが、彼は彼女の話を大人しく聞いていたのである。それも以前よりも遥かに熱を帯びた瞳を持って。

 

「そのために……母の意思を受けたあなたは妖怪でありながら、その力でこの京を喰らい、数多の妖怪を裁くと?」

 

 それを聞いた女性妖怪は嘲笑うように不気味に笑い、何が楽しいのか赤い双眼を細めた。

 

「喰らう? 勘違いするな、少なくとも余は少食じゃ。考えても見よ。有史以来どれだけの悪しき傲慢な人間が、同じ人間に対して大食であったかを。余が擦り潰すのは妖怪ではない。一握りの不徳そのものよ」

 

(彼女が裁くのは……悪しきもの……そして、不徳そのもの……)

 

 その考えは男性妖怪にただならぬ影響を与えていた。

 

「余はそのための刃、母上の遺志と心を刻んだひと振りの刀じゃ。ただの力に善悪は問わん。ただ善きことであったという結果だけが、残ればそれでよい」

 

 いや、女性妖怪とその母の盲目なまでに真摯な在り方そのものに惹かれたといってもいいだろう。

 

「それでモノは相談なのじゃがな」

 

 女性妖怪は言葉を区切ってから続きを紡ぐ。

 

「お前、余の配下となれ」

 

 その誘いはあまりにぶっきらぼうで、唐突なものだった。あまりに予想だにしていなかった言葉に男性妖怪は止まる。

 

「京に来て八つ、貴様程の勢力を潰したのじゃが、貴様が一番聞き分けがよかった。じゃから京の案内役として余に下れ」

 

 そして、女性妖怪は男性妖怪から少し離れたところにあった男性妖怪の刀を拾い上げると、男性妖怪の目の前に放り投げる。

 

 男性妖怪は唖然とした様子で刀を眺めていると、女性妖怪は男性妖怪へと妙に細く指の数すら定かではない手のような物体を目の前に差し出して口を開いた。

 

「この手を執るも、払うも、斬り落とすも好きにせい。話を聞いた駄賃でもあるが、貴様の配下は皆殺しにしてしもうたからな。それぐらいされても文句はいわん」

 

 女性妖怪はそう言いながも一切悪びれることなく、くつくつと笑った。そのふてぶてしいまでの様子は、いっそ清々しさすら覚える程に傲慢である。

 

 しかし、男性妖怪は提灯の火に惹かれるように彼女の手を執った。そう思わせるだけの何かが彼女にはあったのだろう。

 

 彼が彼女の黒く歪な手を握った直後、彼女の輪郭が崩れた。そして、目の前に居たものを見た彼は再び驚愕に目を見開く。

 

「な……」

 

 そこには少し癖のある金髪の長髪に、赤い瞳をした妖艶な佇まいの美女が立っていた。服装はまるで天女の羽衣のような真っ白の衣を身に纏っている。

 

 無論、握っていた手も玉のような肌で女性らしくほっそりとしたものに変わっていた。

 

「そうかそうか。では良しなに頼むぞ」

 

 そう言った彼女はにっこりと微笑む。その笑顔は妖艶さとは裏腹に子供らしい可愛らしさを宿したようななんともいえぬ表情であった。

 

(ああ……そうか……そうなのですね……)

 

 男性妖怪はその昔読んだ、西の方から流れてきた書物にあった情景が思い浮かぶ。それを今と照らし合わせ、感涙を流した。

 妖怪が妖怪に魅入られる。本来ならば妖怪の間では笑い話にされるようなことだ。しかし、如何に時が流れようとも彼はこう思い続けることだろう。

 

 私は幸いだったと。

 

(これが啓示……私だけの啓示……そして彼女は世の光……彼女こそが―――)

 

闇の聖母(マリア)様……」

 

「ほぁ? まりあ? 誰じゃそれは? 余の本名は"絹絵(きぬえ)"じゃぞ。親しきものは"きぬ"と皆呼ぶ。むしろそちらでしか呼ばれん。それはにゅあんす的に母上のことじゃろう」

 

 男性妖怪はその日、己の主と信仰に出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とあるのどかな田園風景が広がっていた。その中に、一時間に多くても精々一二本程の間隔で電車の来るような無人に等しい駅がある。

 

 そんな場所で中学生程の少女と、眼鏡姿の女性が佇んでいた。

 

「あ゛つ゛う゛い゛い゛」

 

 そして、眼鏡姿の女性―――刑部姫の第一声がこれである。

 

 彼女はへにゃりと崩れると隣の中学生―――犬山まなへともたれ掛かった。

 

「ちょ……おっきーさん!?」

 

「うへぇ……姫はお城から出ると暑さにも寒さにも弱いのぉぉ……タブレットより重い物は持てないんだよぉぉ… …」

 

 完全にダメな大人である。まあ、人影が全く無い駅だという点は幸いか。

 

「今年は4月から暑すぎるよぉ……姫溶けちゃうぅぅ……」

 

 そのまま、自身へ掛かる重量が少しずつ上がっていくまなはヤバいと感じた。刑部姫曰く怠惰な生活が功を奏して適度にムッチムチなボディを持った刑部姫はまなにとってまあまあ重い。このまま、たれおっきーを支えて動けるほどまなに余裕は無かった。

 

 仕方がなく、まなは刑部姫に経験上、自身の姉や、猫娘にも通じた単語を口にしてみる。

 

「姫姉さん?」

 

「―――――!?」

 

 その瞬間、刑部姫の目に光が灯った。

 

「…………ワンモア」

 

「姫姉さん?」

 

「…………リピート」

 

「姫姉さん……?」

 

「……もういっちょ」

 

「ひ、姫姉さん……?」

 

 言う毎にたれおっきーが刑部姫に戻る。そうして、刑部姫が自立するまでの間、まなはそうやって刑部姫を励ました。

 

 どうしてこのようになったのかは、今日の今朝方に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

「まなよ。面白いモノを見せてやろう。なのでここに来てくれぬか?」

 

 たんたん坊らの事件から少し経った休日。朝一番にまなの部屋を訪れた犬山乙女はそんなことを言いながら、まなに地図を渡した。

 

 丁寧にもWord書式で作られており、まなはそういえば昨日、乙女がパソコンに向かっていたことを思い出す。

 

「え? ここじゃ見せれないものなの?」

 

「見せてやりたいところじゃが、少々目立つ故な。加えて少し調整もある。なによりサプライズにならぬ」

 

 どうやら乙女は地図のところまでまなの足で来て欲しいらしい。

 

 まなはチラリと乙女の背後を見た。そこでは暑いからか出している乙女の尻尾が、ゆっくりと規則的に左右に揺れており、誰よりも乙女が楽しみにしているということが伝わって来る。

 

 姉として、妖怪としてまなの前にいる乙女をまなが無下に出来ようハズもなかった。

 

「うんいいよ。ここに行けばいいんだね?」

 

「おお、そうかそうか。ならば一人旅は忍びなかろう。ひとり護衛をつけておくぞ」

 

 こうして、まなは乙女の誘いによって地図にあった通りの都会から少し外れた場所に向かうことになったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわーん! 亀姫の10億倍可愛いよぉぉ……亀姫とマーちゃんと交換してよぉぉ……ハロハロちゃんばっかりずるいよぉぉ……」

 

 そして、コレがその護衛である。

 

 好意的にいえば守りに関しては、これ以上無い程実力の高い妖怪であり、まなとも知った仲であるため、適役といえよう。

 

 正直にいえばただのお荷物である。

 

 ちなみに刑部姫がいる理由は、昨晩乙女に"まなに教えた妾の根も葉もない悪名ひとつにつき、四肢を一本もがれたくなければ妾のいうことを聞いてくれぬか? まあ、予定が合わぬなら仕方がないがのう……お主が教えたのは3つじゃったから、左足だけは残しておいてやるぞよ"というありがたいお願いによってここにいるのであった。

 

 せめて手を残して欲しかったと刑部姫は思ったとのことである。

 

「電車内も暑かったし……こんなことならタクシーで来ればよかったねぇ……」

 

 刑部姫は駅の隅に設置されている田園風景から浮いた自動販売機にお金を入れて、ペットボトルをふたつ購入した。更にそれをまなへと渡す。

 

「はい、あげる」

 

「わあ、ありがとう。今お金返し――」

 

「いいよいいよこれぐらい。私、マーちゃんよりよっぽど歳上だし、金も持ってるしね」

 

 刑部姫は自分の財布を取り出した。中身は大学卒業者の初任給ぐらいの金額が札束で詰まっていた。

 

「わぁ、おっきーさんって働いてるんだー」

 

「まあ、収入はあるからね!」

 

「え? 働いてるんだよね?」

 

「しゅ、収入があるんだよ!」

 

 不思議そうに小首を傾げるまなを余所に刑部姫は冷や汗を流しながら会話を切り上げた。

 

 無知ゆえの残酷さというものは何よりも恐ろしいのである。

 

「そ、それよりもさ! ハロハロちゃんから貰った地図にはここに来たらなんて書いてあるの?」

 

「あ、そうだね。えーと……」

 

 露骨な話のすり替えに成功した刑部姫は内心ガッツポーズをしながら、肩越しにまなの持つ地図を眺めた。

 

 そこには一言こうある。

 

 

 "迎えを行かす"

 

 

「迎え?」

 

「そんなのどこにも――」

 

 そこまで言ったところで刑部姫の言葉が止まる。そして、何かに気がついたのか、ある方向を見つめてから溜め息を吐いた。

 

 それに気がついたまなもそちらを見た。

 

「わぁ……」

 

 そこには白に近い銀髪をした長髪で背の高い男性がいた。まなが思わず声を漏らす程の美丈夫であり、カソックを身に纏い、十字架のあしらわれたペンダントをしている。

 

 まなが思わず声を上げてしまう程には整った容姿をした男性だった。

 

「げ……迎えって"しょうけら"のこと……?」

 

 絶妙な引き顔をしている刑部姫が呟いたしょうけらという単語をまなは聞き取ったが、まなの頭にそういった名前の妖怪の記憶はなく、首を傾げる。

 

 男性はふたりに対して朗らかな笑みを浮かべており、近づいてきた。

 

「こんにちはお二方。特に闇の聖母(マリア)様の妹君様。お噂はかねがね聞いております。私、"しょうけら"と申す者です」

 

「あ、はい」

 

 外見年齢だけ見ても明らかに年下のまなに異様に丁寧な態度のしょうけらという妖怪に近づかれ、まなは少しだけ気が引けた。 

 

「尊くも悲しい決意をしておられたマリア様の心を癒したあなた様に会え、感激の極み。その様はまさしく、信仰と対話により邪竜を神の御前へと導いた聖女マルタのよう。姉妹関係は逆になりますが、あなた様のことをマルタ様と呼んでも差し支えないでしょうか?」

 

「え……? あ……あ、ありがとうございます……?」

 

 まなはしょうけらという妖怪がやたら丁寧かつ矢継ぎ早に吐かれた言葉を、2割も理解出来なかったため、とりあえず感謝をしておくことにした。

 

 そんなまなをしょうけらから少し離して、刑部姫はまなを庇うように前に立つ。そうして、目に珍しく母性にも似た意思の光を宿した彼女は口を開く。

 

「な、なんでよりにもよってきっ、君なのさ……ほ、ほかっ、他にもっと話のわかる適役がいたでしょう!?」

 

 しかし、明らかにまなや羽衣狐と話している時とは様子がおかしい。どうやらこの女妖怪は本当に一部の者以外とは話すことすらキツいらしい。それでもまなを守ろうとしているのは彼女なりの精一杯だろうか。

 

「生憎、私以外()()の残党は、未だマリア様の御前に来てはいない。主様の威光は未だ陰りはないが、自由参加とはいえ、数百年振りにマリア様から直々の召集だというのに暢気なものだ」

 

「え……? ハロハロちゃんったら、"ヌーちゃん"の配下呼びつけたの?」

 

 それを聞いた刑部姫の顔が、モノを喉に詰まらせた老人のように徐々に青くなった。そして、何かを思い馳せているのか、両目に涙が溜まり、感情と共に溢れ出す。

 

「かえるぅっ! いやだぁっ! 私アイツらの3割に博打で負けて借金してるのよ!? あの頃の金子を今のお金で請求されたら堪らないわ!!」

 

「ああ、そういえば私もあなたに幾ばくか立て替えたことがありましたね。今の今まで忘れておりました」

 

「うえっ!? そうだっけ!? うぐぐ……墓穴掘ったぁ……娯楽に飢えてたあの頃の私はどうかしてたんだよぉ……」

 

 その場にしゃがみこんだ刑部姫は"全部時代が悪いんだ!"とコテコテ過ぎて逆に聞かない言い訳のような現実逃避のような何かを言い始めた。

 

 まなはそんな刑部姫を見ながらこの人は本当にこの前、お姉ちゃんの部屋に竜巻を起こして現れた人と同じ人なんだろうかな?と思った。

 

「まあ、そんなことはどうでもいい。つべこべ言わずに行きますよ」

 

「ああ!? 待って歩く! 自分で歩くからぁ! 削れる! 削れるってぇ!?」

 

 刑部姫はしょうけらに足首を捕まれ、そのまま引きずられている。

 

 まなはそんな二人の背を何とも言えない気分になりながら追った。

 

 ちなみにまなが道中でしょうけらから見せて貰った羽衣狐の召集状だという手紙には、最寄り駅の書かれた地図と、"近くに寄った時、暇ならいつでもこの辺りに来るといい"ぐらいの簡単な文章が書かれていただけで、これならばしょうけらしか来ていないのも頷けたのであった。

 

 それから話し合いの末、しょうけらのまなの呼び方はどうにかまな様にまで落ち着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふひー、だいぶ歩くねー」

 

 しょうけらさんに着いて、姫姉さんと目的地へ向かっている途中、私はそんなついつい愚痴を溢しちゃうぐらい歩いたと思う。

 

 元々強そうな妖怪のしょうけらさんは兎も角、意外にも今は真面目に歩いている姫姉さんは、さっきまでの様子とは打って変わって、汗ひとつ流していなかった。

 

(やっぱり姫姉さんも大妖怪なんだなー)

 

 私は全然知らなかったけど、刑部姫っていう妖怪は実際に姫路城の天守閣に祀られている神様みたいな妖怪なんだって。すごいよね。

 

「ここです。着きましたよ」

 

 そんなことを考えているとしょうけらさんの足が止まった。

 

 そこには野山の中腹にある開けた草原が広がっていて、ピクニックでもしたら最高だと思うぐらい良い場所だと思った。

 

「ここにお姉ちゃんが……?」

 

 森に囲まれた草原を見回してみるけどお姉ちゃんの姿はどこにもない。

 

「これをどうぞ」

 

 どうしたものかなとしょうけらさんを見つめてみると、しょうけらさんは何故かサングラスをひとつ私に渡してきた。

 

「なんでサングラス……?」

 

 とりあえず掛けてみる。あ、掛けてわかる。これスッゴくいい奴だ。

 

「え……? 姫の分は?」

 

「"ひかりあれ"」

 

「ぎゃー!? 目が、目がぁ~!? 」

 

「ひ、姫姉さん!?」

 

 しょうけらさんが突然ものすごく輝き出したので、思わず私はサングラスをしていても目を覆った。

 

 すぐに姫姉さんを助け起こそうと思っていたけれど、光が晴れて回りの景色が目に入ったことで私は呆然とした。

 

「え……?」

 

 そこにあったのは草原ではなく、赤黒い色をした巨大なお城が建っていた。所々血管のような模様が浮き、茨のような大きな蔦がお城全体を囲むように生えている。

 

 更に私たちの後ろにある草原を囲んでいた森も赤黒く染まり、空は夕焼けよりも真っ赤になって、まだ昼だというのに赤い月が空に昇っていた。

 

「な、なにこれラスダン……?」

 

 思ったよりだいぶ早く復活した姫姉さんはそんなことを呟いていた。うん、最上階にスゴく強いボスキャラとかいそうだよね……。

 

 するとしょうけらさんは私たちに振り返り、恭しく頭を下げた。

 

「ようこそお二方。羽衣狐様が城主。"厭離穢土城(おんりえどじょう)"へ」

 

 意味がわからないまま、私と姫姉さんは城内へと案内された。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「まなー!」

 

「わっぷ……」

 

「マーちゃん!?」

 

 天守閣で待っていたのはラスボスじゃなくて、黒を基調として赤の色が入った着物を着た姿をした私のお姉ちゃんだった。

 

 というか天守閣の襖開けた瞬間にお姉ちゃんの胸に顔を埋めることになった。

 

 しょうけらさんはお茶を汲みに行ったそうなので今は、私と姫姉さんとお姉ちゃんがこの天守閣にいる。

 

「ようこそ。妾の"厭離穢土城(おんりえどじょう)"に!」

 

「お、お姉ちゃん苦し……」

 

 このままでは私がお姉ちゃんの胸であの世に行っちゃうよ……。

 

「おお、すまんすまん。朝振りにまなに会えた故少し興奮してしもうたわ。ちなみにのう。厭離穢土とはこの穢れた娑婆(この世)そのもののことじゃ。中々よいネーミングじゃろう? "妖怪城"では味気無いからのう」

 

「妖怪……城……?」

 

 妖怪城といえば、私が人柱にされて建てられたあの建物が思い浮かぶ。当然、半分ぐらいはいい思い出ではなかった。

 

「まなの考えている妖怪城で違いない。なんというかじゃな。気がついたら手に入っておったのじゃ」

 

 お姉ちゃんはまるで雑誌を買ったら付いてきた付録を見せびらかすようにそう言ってきた。

 

「恐らく、元妖怪城の城主達を軒並み喰ろうてしもうた故、妾に所有権が移ったのじゃろう。棚から牡丹餅じゃな」

 

「よ、妖怪城っていうことは……また人柱にされている人がいるの……?」

 

 私がそう問い掛けると、お姉ちゃんは少し笑ってからまた口を開いた。

 

「その辺りは大事ない。妾はそのような卑しいことはせぬよ。この城は妾の妖力のみで維持しておる。妖怪城に元から備わっておった配下を不死身にする力と、人間を妖怪に変える力は健在じゃ」

 

 "人間十数人風情の人柱で賄える城を妾ひとりで維持できぬ道理はあるまい?"と話してから更にお姉ちゃんは言葉を続けた。

 

「まあ、前者は妾が人柱代わりに維持しておる故、妾だけは不死身にならず、後者は使う気がないのであまり意味は持たぬがのう。兎も角、実に数百年振りに天守閣からの眺めを見れるに至ったのじゃ。これを皆に教えぬわけにはいくまい?」

(そういえばお姉ちゃんって割りと派手好きで、他人に自分のしたことを見せびらかすのも好きだったなぁ……)

 

 お姉ちゃんにとっては私の夏休みの図工の作品を見せるのと同じ感覚なのかもしれない。スケールが大き過ぎるよお姉ちゃん……。

 

「妖怪城の時よりも禍々しいのはなんでなの?」

 

「んぅ?」

 

 それまで黙っていた姫姉さんは、姫姉さんが真っ先に思っていた疑問をぶつけたみたい。

 

 確かにこれじゃあ誰が見ても悪の殿様とか、ラスボスとか、織田信長とかが居そうなお城にしか見えないよね。

 

 するとお姉ちゃんは逆にこちらに疑問を投げ掛けるように首を傾げながら口を開いた。

 

「そっちの方が格好いいじゃろ?」

 

 不覚にもその発想に共感できると思ってしまった辺り、私はお姉ちゃんの遺伝子を継いでいるんだなーと思った。

 

「まあ、話はもうひとつある」

 

 お姉ちゃんは私から離れると、天守閣にあるお姫様や殿様が座りそうな席について、私と姫姉さんに手招きをした。

 

 私と姫姉さんはお姉ちゃんの前まで行って座った。

 

「うむ、それというのはな……」

 

 お姉ちゃんは話始めながら尻尾を一本出すとその中に手を突っ込んだ。

 

 尻尾から出された手に握られていたのは、いつか見たお姉ちゃんの煙管だった。

 

 お姉ちゃんは話ながら煙管に火と葉を入れて、当たり前のように口に近づけ―――。

 

「めっ!」

 

「ほぁ?」

 

 私はお姉ちゃんの煙管を奪い取った。

 

 お姉ちゃんは目をぱちくりさせながら煙管の無くなった自分の手と、私が握る煙管を交互に見ている。

 

 しばらくするとお姉ちゃんが煙管に手を伸ばして来たので私はその場で身体だけ倒して逃げた。

 

 お姉ちゃんは掴めないとわかると更に身を乗り出してくる。私は更に身を捩って逃げるその繰り返しが暫く続いた。

 

 最終的に人間の身体では無理な体勢で絡み合いそうになったので互いに止まって元の位置に戻った。

 

「なんじゃまなよ! 何故妾の偶の楽しみを奪おうとするのじゃ!?」

 

「自分のその私にあんまり残してくれなかった大きな胸に聞いてみなよ羽衣姉! 教育に悪いし、健康にも悪いんでしょ!?」

 

「……ほら、まなは人間だからダメだけど……私妖怪だし……妖怪は死なないし……病気も何にもないし……」

 

「きしゃー!」

 

 もう怒ったからねー! むがー!

 

「なにこの姉妹かわいい」

 

 

 

 

 

 暫くの話し合いの末、 お姉ちゃんはタバコを少なくとも私が成人するまで吸わないことになった。

 

 真っ黒なお姉ちゃんが真っ白になっている気がするけど、知らないったら知らない。最後までお姉ちゃんはごねていたけど、嫌いになるよ!って言ったらすがりつく勢いで認めるのはどうかと思ったけどさ……。

 

「うわっ……なにこれウマっ!? どんだけ上質な奴使ってるのよ……」

 

 それで火を点けた葉がもったいないということで今あるタバコは姫姉さんが吸うことになった。お姉ちゃんとはまた違った方向性でものすごく美人な姫姉さんが煙管タバコを吸っているのは一枚の絵になりそうなぐらい綺麗で艶があると思う。

 

「ちなみにじゃがなおっきー」

 

「ぷかー、あー……すっきりするぅ」

 

「その煙管江戸時代に知る人ぞ知る刀鍛冶の名工が趣味で何点か作っただけのもののひとつでな。鑑定団にでも出せば、いい仕事してますねぇとでも言われながら800万以上の値が付くぞよ」

 

「ゴブハッ!? げほっ!? ガホッ!? ゴホゴホッ!!」

 

 姫姉さんは喋らないで真面目そうにしていれば本当に威厳溢れる妖怪に見えるのになぁ……。

 

 ん? 800万……? 800万!?

 

「…………お姉ちゃん」

 

「なんじゃまな?」

 

「肩とか尻尾とか凝ってない? 私にお小遣いくれてもいいんだよ?」

 

「あらあら? お姉ちゃんとっても心苦しいけど、まなのためにならないからダメよ」

 

 くっ……相変わらずお姉ちゃんは育ママだった!

 

「お茶が入りましたよ」

 

 そんなことをしていると、エプロン姿のしょうけらさんがお茶を運んで来てくれた。

 

 お姉ちゃんは自分と私たちの前にこれまた高そうな一人用の木の机を尻尾から取り出して置くと、そこにお茶が並べられた。しょうけらさんはお姉ちゃんの斜め後ろに控える位置に立って動かなくなる。

 

「さて、では話の続きをしようぞ」

 

 そういうとお姉ちゃんは尻尾から石の破片みたいなのを取り出して自分の机に置いた。

 

 今さらだけどお姉ちゃんが何でも持っていたのはこういうことだったんだね……いいなあの尻尾。

 

「なにそれ?」

 

「コンクリートじゃな。妖怪城の基礎部分はこれとほぼ同じものに置き換わっておる。ついでに妾の尻尾にもまだ十数t入っておる」

 

 どういう原理になっているんだろうお姉ちゃんの尻尾は……。

 

「いや、それは見ればわかるし……」

 

「まなよ。妖怪城の妖怪共は不死身以外にもうひとつ能力があったじゃろう?」

 

「…………ああ!」

 

 そう言われて私は思い出した。妖怪城の妖怪達は妖怪城の石が使われたビルの建設現場に直接ワープして子供を拐っていたんだった!

 

「そういうことじゃ。そして、その能力も無論健在じゃ」

 

「え? それってヤバくない?」

 

「調べてみれば妖怪城入りのコンクリートは妾とまなの住む街だけに留まらず、日本中のあらゆる場所で使われておった。それだけでなく海外にまで輸出されていると来ておる。妖怪城に備わる人間を妖怪に変える機能と合わせれば甚大な被害が出ておったじゃろうな」

 

 ぞっとする話に思わず身を震わせた。お姉ちゃんと鬼太郎が止めてくれなければ人柱としてそんな光景をずっと見せつけられていたかも知れないからだ。

 

 そう考えているとお姉ちゃんは尻尾を一本伸ばして私の首をくるんでマフラーのようにした。あったかい……。

 

「案ずるな。妾はそんな卑しいことはせぬと言ったであろう? 故にもっと単純なことに使うのじゃ」

 

 それはズバリと言って言葉を区切ったお姉ちゃんは、目を見開いて更に続けた。

 

「妖怪城の機能を通して、"妾の配下"と"きぬの元配下"達の交通手段とし、ついでにタダでまなと旅行に行こうという計画じゃ!」

 

 死ぬほどミーハーで欲にまみれた計画だった。でも妖怪城の妖怪が考えていた日本征服なんかよりもよっぽど明るくて現実的で面白そうな考えに思えた。

 

「えー……」

 

 でも意外にも姫姉さんは乗り気ではないみたい。

 

「いや、いいと思うけど、その……私ハロハロちゃんの配下にもヌーちゃんの配下にも金子借りてたからあんまり会いたくないというかなんというか……」

 

 ジャック・スパロウか何かなのかな姫姉さんは……?

 

 こんな大人には絶対になりたくないと肝に命じた。お金の貸し借りはダメだね。

 

「ちなみにこれが今のところのビルの目録じゃ」

 

 そういってお姉ちゃんは姫姉さんに見開かれたそこそこ分厚い冊子を渡す。

 

 何とも言えない目でそれを見ていた姫姉さんだったが、ある瞬間から目を見開き、冊子を自分で取り上げて食い入るように見つめる。

 

「こ、このビル……」

 

 更に冊子を空に掲げ、キラキラした目を見せた。

 

「アニメイトと、ゲーマーズと、とらのあなと、メロンブックスと、ディスクユニオンと、フルコンプと、イエローサブマリンと、アニメティードリームが入ってる!?」

 

 "ブ○イト横浜ビルと、○ーチュー横浜ビルを足したよりすげー!?"と、私にはよくわからない言葉を姫姉さんは吐いていた。

 

「ねえ? ハロハロちゃん?」

 

「なんじゃおっきー?」

 

 姫姉さんは妙にそよそよしい態度でお姉ちゃんに迫り、お姉ちゃんもそれに習って妙な態度で姫姉さんに近づく。

 

「私たちズッ友だよね?」

 

「もちろん、真の仲間じゃよ」

 

 そんな対話を終えたふたりの間に少しの空白の時間が流れる。それは10秒程だったけど、意味のわからない私にとっては妙に長く感じた。

 

「ハロハロちゃん!」

 

「おっきー!」

 

 何故かふたりは力強く抱き合った。日頃の行い等からは想像できないけど、割りと仲はいいみたい。

 

「それでどうすれば利用出来るように―――」

 

 お姉ちゃんから離れた姫姉さんは手もみをしながら言葉を吐いた。

 

「大事ない」

 

「ちょ……」

 

 次の瞬間、いつの間にか抜かれていたお姉ちゃんの刀によって姫姉さんの左手首が飛んだ。

 

 結果だけいえばそうなんだけど、あまりにもの怒濤の展開によって、私が現実を理解したのは姫姉さんの手首が私の机の上に落ちて綺麗な指がこちらを向いていたのを暫く眺めてからだった。

 

(流石に手首だけだとちょっとなぁ……)

 

 錯乱して我ながら酷すぎることを考えていたと思う。

 

「な、なにするのさ!? 一時間はくっつけとかないと治らないんだよ!?」

 

 お姉ちゃんのバイオレンスっぷりに意識が向く前に、姫姉さんの腕は千切れても一時間くっつけておけば治るという衝撃の事実を聞いた。やっぱり妖怪ってスゴいんだね……。

 

「あれ……?」

 

 姫姉さんの手首と手首の断面に見える黒紫色の妖気が糸を引くように伸びていき、逆再生のようにくっついた。

 

「おっきーはとっくの昔に妾の数少ない配下の一人じゃから効果を受けておる」

 

「今明かされる衝撃の真実ぅ!? 全く身に覚えがないんだけど!?」

 

「お主、妾と幾度盃を交わしたと思うておる?」

 

「た、楽しくお酒飲んでただけのつもりだったんだけど……的な?」

 

 姫姉さんがそう言った瞬間、お姉ちゃんの姿がブレて気づいたら姫姉さんを背後から抱き締めるような体勢になっていた。

 

「そんな釣れないことをいうな。お主は妾のものであろう?」

 

「ひえっ!? いつにない積極性!?」

 

「刑部、お主が誰をどのように好いておるかなど妾が一番よく知っておるのじゃぞ?」

 

「あ、あうぅ……」

 

 よく見たらお姉ちゃん姫姉さんの胸を触っているような……何してるんだろう二人とも?

 

「さて」

 

「あっ……」

 

 お姉ちゃんは姫姉さんから離れると元の位置に戻る。なんだかとても物足りなそうというか切なそうな様子の姫姉さんが印象的だった。

 

 それからお姉ちゃんは私に指でちょいちょいとサインを送って自分の膝を指した。私はお姉ちゃんの膝に移って座る。

 

「まなを呼んだのはこの城を見せるためだったのじゃ。うふふ……」

 

 お姉ちゃんは手で私を撫でた。その動作はくすぐったくて恥ずかしいけどなんとなくとっても安心する。

 

「本当は隠しておいてもよかったんじゃがな。そっちの方がまなは嬉しいじゃろ? 妾ら姉妹に隠し事はもう無しじゃ」

 

「お姉ちゃん……!」

 

 それを聞いてとても嬉しくなった。もうきっとお姉ちゃんはどこかに行ったりしたりすることはな―――。

 

「だってまなは私とずっとずっと……ずーっと一緒でしょう? 大丈夫、人間の寿命で死んだらお姉ちゃんと同じ妖狐にしてあげるからね。ああ、今から楽しみだわ……うふ、うふふふ」

 

(あ、あれ……? なんでだろう。同じお姉ちゃんのハズなのに急に寒気が……)

 

 そんなことを考えていると姫姉さんが何とも言えない目で私を見ていることに気づいた。

 

「やっぱりこうなったかぁ……手遅れだと思うけど気をつけてねマーちゃん……」

 

 姫姉さんは小さく溜め息を吐いて言葉を区切ると、また言葉を続けた。

 

「ハロハロちゃんってスラング的な意味の方で、かなりメンヘラ寄りのヤンデレだから……。後、独占欲の強さはタマモッチといい勝負だし……」

 

「えへへー、まなー、まなー……いい匂い……」

 

 姫姉さんの言っている意味はよくわからなかったが、とりあえずお姉ちゃんはこれで正常だということがわかったからいいや……いいったらいいや!

 

 ただ、お姉ちゃんに言われた時、お姉ちゃんみたいな妖狐になれるならそれでもいいかなってちょっと思ったことは私の中に留めておくことにした。

 

 

 

 

 






Q:なんで狂骨じゃなくてしょうけらなんだ!

A:ネタ的に美味しいと思ったから


Q:おっきーってレズなの?

A:FGOのおんにゃのこサバは皆レズです(偏見)



1000年前なのに横文字が出るのはぬら孫の巻末辺りのふわっとした内容のお話だからです。

ちなみに晴明さんときぬさんが京でブイブイ言わせていた頃に一尾のハゴロモさんは、相変わらずそこそこ発展した街に住んで、お茶屋さんとかでアルバイトしながらのほほんとしております。


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羽衣狐(温泉)

他のサブタイトル
羽衣狐(へべれけ)

皆! 温泉回だよ!

当初はアニメ通り、鏡爺編をお送りする予定でしたが、私のスマホが荒ぶり、鏡爺のお話の書き溜め(約7500字)だけを消し去るという暴挙に出たので、予定を変更して先に七不思議のお話をやることにしました。そのせいでモチベーションが爆破されて遅れたりもしました。超許して!(喀血) そのため、今回はプチ増量で12000文字程です。


 突然だが美味しいと思ってもらえる料理をする上で大切なことは何であろうか?

 

 良い食材? 正しい工程? 高価な調理道具? 本格シェフの隠し味?

 

 色々あるが、よく言われるのはやはり愛情であろう。新婚ホヤホヤのカップルが"この料理にはいーっぱい愛情がつまってるんだよぉ♪"等というアレである。

 

「愛だねぇ、幸せだねぇ」

 

 ハッキリ言うが、そんなものはない。萌え萌えキュンキュンしたところでオムライスの味は変わらないのである。変わってたまるか。

 

「現実を叩きつけないでよぉ……いや、そうじゃなくてちょっと待ってよ」

 

 そもそも30分以内で料理を作れるのが望ましいとも言われるが、それは主婦目線の楽的なお話でありそんなことはない。仮にその辺のラーメン屋にある一杯650円のラーメンを作るとしよう。だし汁だけですらいったい何時間掛かっていると思っているのか。食べるのは10分掛からずとも作るのはそんなものだ。

 

「なにこの娘、昨日の夜に突然私のお部屋に来るなりカレー作り出して、奈落の底みたいな瞳をしながら無言で数時間煮込んでると思ったら急に語り出してこわい」

 

 とはいえ、愛情というものは大いに必要だと私は考える。まあ、愛情という名の"手間"のことであるがな。手間を掛ければそれだけ料理は美味しくなり、そして誰のために手間を掛けるかといえば食べてくれる人のことを考えているからこそだ。

 

「ねぇ……ハロハロちゃん?」

 

 うふふ……材料はありふれた物を使ったが、ひとつひとつの工程や下味、煮込み時間etc。細か過ぎるまでの拘りを経て完成したこのカレー。手間を惜しむことなく作った私の渾身のカレーである。

 

 ちょっと味見……よし! とってもいい味! 更に翌日は倍美味しくなる魔法のカレーだ!

 

 まあ、私としては何故か寝かせたカレーよりも作りたてのカレーの方がなんとなく美味しく感じるんだが、それはそれだろう。

 

「現実逃避は済んだ?」

 

「………………うん……」

 

 現在、私はおっきーのいる姫路城の天守閣に転がり込んでいた。

 

 何故天守閣に電気ガス水道が普通に通っているのかは永遠の謎であるが、キッチンがあるので夕方から今までずっとカレーを煮ていたのである。

 

「それでどうしてこうなったのさ? こんなハロハロちゃん見たことないよ?」

 

「うん、実はね……」

 

 私は震える手と心を抑えながら精一杯の言葉を絞り出した。

 

「まなに嫌われたの……」

 

「へ……?」

 

 では説明しよう――。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

『まなー、まなー』

 

 あれは忘れもしない昨日の夕食後。

 

 私はすっかり最近の日課になった通りまなの部屋に行っていた。お姉ちゃんはまな分を定期的に摂取しなければ死んでしまう身体にされたのです。朝、夕、夜の三回は必要なのです。

 

「拗らせてるなぁ……」

 

 なんと言われようと知らないったら知らない。そうしてお前のような奴らが、ガリレオ・ガリレイに石を投げたのだ。

 

『まな!』

 

 お風呂上がりでベッドに寝転びながら携帯電話を弄っていたまなを見つけた私は、まなを尻尾でくるんで持ち上げて抱き寄せた。

 

「………まなちゃんが男の子だったらタマモッチみたいになってたんだろうなぁ……」

 

 タマモッチが誰だかはよく知らないが、きっと愛に生きた素敵な方だろうと好意的に解釈しておこう。

 

 そうして、ほかほかなまなを胸で抱えて尻尾でうりうりしていたらちょっと嫌そうな目になったまなはこう呟いたのだ。

 

『お姉ちゃん……暑苦しい!』

 

 私の心に杭を突き立てられたような衝撃を受けたのである。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「そうして、その衝撃に耐えきれず、もうおっきーみたいに引きこもりたいと思っておったら、自然と足がお主の元へと向かっておったのじゃ」

 

(話聞くの止めようかな……というかそれだけかい……)

 

 この娘、話を聞いて欲しいのか、喧嘩を売りたいのか、私をいじめたいのかどれなのよ……。いや、たぶんどっちもなんだよね……うん。ちなみに喧嘩を売りたいのはハロハロちゃんの標準装備だね。

 

 いったいどうしたものかと考えていると、ハロハロちゃんはいそいそと尻尾からバスタオルと、ハンドタオルと、石鹸、アヒルの浮かぶ玩具を取り出し、最後に取り出した風呂桶に全部入れた。

 

 よく見たら石鹸には超自然的!生分解性石鹸!と銘打たれているみたいだね。

 

「カレー臭くなったから風呂入ってくる」

 

「え、うん……」

 

 どんだけ自由人なのこの娘……いや、知ってるけどさ。けどさ……。

 

「案ずるな。鬼太郎らに会うかもしれんから近場は使わん。妖怪城を使ってそこそこの秘湯まで行くとする」

 

 そういう心配してるんじゃないんだよなぁ……まあ、いいけどさ。そういう自由さがハロハロちゃんのいいところでもあるし。

 

 更にハロハロちゃんは尻尾に手を突っ込むと、どう見ても仮装ではなくて本物のカラスの嘴が付いたような真っ黒い仮面(ペストマスク)を取り出して顔に被り、この前に妖怪城の騒動の時に着ていたシスの暗黒卿みたいな服装になった。更に今度は確りと黒い手袋もしている。

 

「羽衣狐ばーじょんつーじゃ」

 

「いや……悪化してね? なんで露出度下がってるのさ?」

 

 私の呟きを無視してハロハロちゃんは、天守閣の窓に足を掛けて大きく伸びをしていた。

 

「カレーは置いていく。呪術で傷むことのないようにもしておいたからのう。全部食べるのじゃぞ」

 

 あ、うん。ハロハロちゃんのご飯は星持ってる店の料理よりも美味しいから別に――。

 

 私はキッチンに置いてあるラーメン屋にあるような巨大な鍋に目が向き、現実を受け入れることを拒否した。

 

「やばたにえん」

 

………………………………。

…………………………。

……………………。

………………。

…………。

……はっ!

 

「って、そんなこと言ってる場合じゃないし!? え? ちょっと待って……? ひょっとしたらそれこの40Lの寸胴鍋いっぱいのカレーのこといってないよね? ね? ねえ!?」

 

(このままじゃ、カレーライスをおかずにカレーうどんとカレーピラフを食べる人みたいになっちゃう!?)

 

 私の悲痛な叫びと思いを蹴って、ハロハロちゃんは温泉に向かって既に飛んで行っていた。

 

 チクショウ……あいつ本当にカレーおいていきやがった!? ひとでなしー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 私は妖怪向けの混浴温泉に浸かりながら何を考えるわけでもなく星を眺めていた。流石に奥山にある妖怪の温泉施設ということもあり、中々綺麗な星空が見える。

 

「お星さまになりたい……」

 

 大きな星がついたり消えたりしている……あっはは。あぁ、大きい! 彗星かなぁ? いや、違う。違うな。彗星はもっとこう……バァーッて動くもんな! 暑っ苦しいなぁ。あ、温泉だったわここ。後、まなに暑苦しいって言われたんだったわ、つらい。

 

 あー……まなになんて言えばいいのかなぁ……。

 

「あの……隣いいですか?」

 

 そんなことを考えていると声を掛けられたので、そちらへ向くと烏の羽根のようにしっとりとした肩に掛かるぐらいの黒髪に、睫毛がパッチリとした紫色の瞳をした大層美人な少女がいた。

 

 妖怪だということは一目見ればわかるが、それにしても美人だ。見たところ、亡霊の妖怪故にこれ以上成長しないことが、悔やまれるといったところだろうか。

 

「真面目じゃな。わざわざ声を掛けんでもいいというのにのう。もちろん、よいぞ」

 

「し、失礼します……」

 

 私は返答しつつ彼女に手招きをした。

 

 今私が一人で入っている温泉は、少々狭めな二人掛けであり、底からガスが沸く温泉だから彼女は声を掛けてきたのだろう。多少鼻につく独特な匂いを気にしなければ天然のジャグジーのように思えなくもない。

 

 ちなみに今の私はペストマスクだけを着けてバスタオルを纏っただけである。着込んできたはいいが、温泉に入るには全くの無駄であったことに気がついたのは脱衣スペースに来てからであった。私って、ほんとバカ。

 

 まあ、髪はお団子にしてあるので万が一顔見知り程度が見ても気づかないだろう。意外と顔がわからないだけでも本人だとは断定しにくいものである。知り合い程度の浅い関係ならば尚更だ。

 

 彼女は私の隣に座った。

 

「………………」

 

「………………」

 

 ゴポゴポゴポ

 

「………………」

 

「………………」

 

 ごぽごぽごぽ

 

「………………」

 

「………………」

 

 き、気まずい……なんだこれ。その上、彼女の様子がなんというか大分暗く感じたのである。何か悩みを抱えているのは一目瞭然と言えるだろう。

 

 ちなみに夏目友人帳程ではないが、被り物をしている妖怪は結構いるため、特に怪しがられることもない。

 

「のう、童っ子よ? 何か煩いがあると見えるのう」

 

「え……?」

 

「よければ妾に話すがよい。こう見えても1000年以上生きておるし、子供を産み育てたこともある」

 

「そっ……そうなんですか!?」

 

 何やらとても驚かれた。まあ、見た目は高校生から20代前半ぐらいにしか見えないので仕方あるまい。実際肉体年齢はその通りだしな。

 

「ほっほっほ、お主からすれば母親……いや、老婆のようなものじゃろう。人生経験だけは無駄に豊富じゃ」

 

「じゃ、じゃあよろしくお願いします……」

 

 彼女はペコリと頭を下げた。うむ、いい娘だということが滲み出ている。

 

「妾は"葛の葉"というしがない妖狐じゃ。お主は?」

 

 羽衣と名乗るのもアレなので、専ら妖怪に大っぴらに善行をする時はコチラの方の名を使っているのである。

 

「"花子"と申します……」

 

 花子……? トイレの花子さん……?

 

 マジかよ。こんな娘がトイレの花子さんなら私、週5でトイレに籠るわ。

 

 それにしても、一番気になったことなのだけど……。

 

 私は花子さんが湯船に持ち込んでいる携帯端末もといスマートフォンと呼ばれている物体をちらりと眺めた。

 

 今はトイレの花子さんすらスマホを持つ時代なのか……。

 

 なんだか、カルチャーショックを受けたような気分になりながら私は花子さんの話を聞くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 花子さんの悩みを聞いたところ、ヨースケくんとかいう男子トイレの妖怪にストーカーされていることであった。しかも話を聞く限り、かなりディープなストーカーらしい。

 

 元男性であった私としては非常に頭の痛い話である。

 

「違うのよ花子ちゃん……いや、違わないけど……男っていう生き物は好みの女にちょっと優しくされると、もしかしたら気があるのかなとか、彼女になってくれるかも知れないとか思っちゃったりして、頑張って告白したら"そもそも誰?"とか言われながらものの見事に玉砕した挙げ句、クラスメイトに暫く弄られ続け、告白した娘との関係もギクシャクし続けて、結局卒業するまで何とも言えない状況が続いて――」

 

「く、葛の葉さん……?」

 

 いかん……ちょっと前世のトラウマが刺激されてトリップしてしまった……。こんなときは中学生の制服姿のまなでも思い浮かべよう………………よし、和んだ。

 

 人間、恩や約束は直ぐに忘れるクセに、苦痛や辱しめられたことはいつまでも覚えているものである。精神までほぼ女になった上、1000年以上経っても忘れられないのだからな……。

 

 まあ、私が言い掛けたことは、男子が女子に告白する場合、出来るだけ卒業間近とかにした方がいい。学業中に告白するなんて拒否られればその先は地獄だぞ。といった厭離穢土であるが、花子さんには何も関係がないことなので飲み込んだ。

 

「おほん。それはヨースケくんがほぼ悪いが、お主にも問題はあろう」

 

「え……?」

 

 "無論、九割九分九厘はヨースケくんが悪いがな"と付け加えつつ更に言葉を続けた。

 

「その様子だと、ヨースケくんを避けるばかりで、面と向かって振ったり、止めて欲しいと言ったことはないか、言っていたとしても注意程度じゃろう?」

 

 まなから逃げて、おっきーのところに上がり込んで、温泉に来ている私が何をいっているんだと思わなくもないが、今は気にしないでおこう。

 

「だ、だって気持ち悪いし……」

 

 ……ひょっとしたら前世の私もナチュラルにそのように思われていたのだろうか? そう考えると夜も眠れなくなりそうなので考えるのを止めた。

 

「それではいかん。ヨースケくんは妖怪としては日も浅い新米の妖怪じゃ。ならば誰かに恋をしたのも初めてかもしれぬ。ならば強引にでもそれを終わらせてやらねば酷というものじゃ」

 

 そう、告白して酷い振られ方をしてもそれは社会勉強だったといえるんだ。いえる……いえ……いえるんだよ! そう思わなきゃやってられねーよ"俺"だってなぁ!? 俺だってなぁ!?

 

 ………………ふぅ。ランドセル姿のまなを思い出して落ち着いた。どうやらこの話題を思い返すことは私にとってあまりよろしくないらしい。

 

 なんだか、一瞬、乙女になる前に戻ったような気がしますけど、気のせいでしょう。私は犬山乙女。犬山まなの姉。俺とかいわないのよ。

 

「蒔いた種は刈らねばならぬ。善意とはいえ、お主が切っ掛けじゃ。少なくとも狂う前のヨースケくんはそこまでのことをするような者ではなかったのじゃからな。醒めない夢を見続けさせることがお主の本意ではなかろうて?」

 

「それは……そうですけど……」

 

 だからこんなこと言い出しているのは、決して前世のトラウマを想起させた花子さんへの当て付けではありません。ええ、ありませんとも。

 

………………ふぅ。スモック姿のまなを思い出して落ち着いた。私が聞き出したからには真面目に対応しなければならないな。次に思い出すのはまなの産着になってしまいそうだし。

 

「心配だというのなら……ほれ」

 

「え……?」

 

 私は自分の携帯電話をペストマスクの嘴の部分から取り出した。む? よく見たら私の機種より花子さんの機種の方が新しい奴じゃないか。進んでいるなぁ……。

 

「妾と連絡先を交換せぬか? 直ぐに答えが出る話でもなかろうて。相談相手ぐらいにはなってやれるぞよ」

 

 そういうと花子さんは、少しだけ悩む素振りの後、お願いしますという言葉と共に私とSNSアプリで連絡先を交換した。こんな時のためにだいたいのSNSでクズノハという名のIDも持っているので安心である。

 

「まあ、安心せい。消えて欲しい程ヨースケくんがウザいと思うのならば、その時は妾が少し懲らしめてやろうぞ」

 

「葛の葉さん……どうしてそこまで初対面の私に良くしてくれるんですか?」

 

「なに、袖振り合うも他生の縁じゃ。ふむ、それでも理由が欲しいというのならそうさな。お主が烏の濡れ羽色で器量のよい娘だったからじゃ。ということにしておけ。妾は(おのこ)よりも女子(おなご)の方を好いておるからのう」

 

「ふふっ、なんですかそれ」

 

 割りと本気だったりするが、それを本気だと思わせないのが、大事なのである。

 

 そんなこんなで、その後は花子さんがこの風呂から上がるまでの間、他愛もない話や、最近の人間の流行等の話をして過ごした。

 

 その結果、花子さんはまなの中学校に住んでいることがわかった。世界って狭いなオイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花子さんがいなくなってからまだ私は同じ風呂に入って星を眺めていた。

 

 さながら私は星をみるひとだ……この話題をしているとふっかつしゃにエンカウントしそうなので止めよう。いや、ここは妖怪だらけなので、似たようなのは一杯いるけど。

 

「隣いいですか?」

 

「どうぞどうぞ!」

 

 また、声を掛けてきた者がいたので返事をした。おっきーの声真似で返事をしたのだが、それが似ているかどうかをわかる者は、天のみぞ知るといったところだろう。

 

「お前……」

 

「んぅ?」

 

 私は突然のお前呼びによって顔をそちらに向けた。いや、それ以前になんかこの声に聞き覚えがあるよう……な……。

 

 そこにいたのは目が半分髪で隠れた少年――鬼太郎と、それに付随している目玉のおやじであった。

 

「羽衣狐……か?」

 

「な、なんと……このようなところに……」

 

「やばたにえん」

 

 なんということでしょう。わざわざ鬼太郎らに会わないようにと、遠くの温泉施設を選んだにも関わらず、何故かエンカウントしてしまいました。これには私も思わず、匠の遊び心(神の悪戯)を感じずにはいられません。

 

 ちょっとのぼせてきたのか思考がおかしくなっている気がしないでもないが、仕方なかろう。緊急事態である。

 

「まあ、待てお主ら」

 

 とりあえず、即臨戦態勢になりそうな鬼太郎を止めるために言葉を掛けることにした。私は基本的には非暴力なのである。ことなかれ主義なのである。

 

「話せばわかる」

 

 いやこれ、ダメだった人の台詞じゃないか。私は直ぐに次の言葉を吐き出した。

 

「妾は見ての通りじゃ。娯楽施設でまで荒事を持ち込もうとは思わんさ。それとも何か? お主は白い鳩のように無力で無抵抗な妾に乱暴を働く気かえ?」

 

 薄い本(ソリッドブック)みたいに! 薄い本(ソリッドブック)みたいに! と、おっきーに対してならば続けて言っていたが、鬼太郎なので流石に止めておいた。代わりによよよ……と声に出しながら泣き崩れておく。一昔前ならば傾国の美人と謳われた妾の演技力は伊達ではない。まあ、マスクのせいで顔はアレだが、体つきは我ながら極上モノである。

 

「コイツ……減らず口をッ!」

 

「ま、待つんじゃ鬼太郎! 羽衣狐の言わんとしていることはわからんでもない! 言っていることは正論じゃ!」

 

「それが返って癪に触るんですよ父さん!」

 

 うーわ、多分これ目玉のおやじいなかったら私、指鉄砲とやらの的にされていたかも知れないな。

 

 少し戦々恐々としながら暫く二人を眺めていると、何やらこそこそと私に聞こえないように話始めた。

 

 ふむ、私のこの地獄耳(ハゴロモイヤー)を舐めないで貰いたい。私は耳をぴょこんと出した。みこーんでも、みこーんっ!でもなくぴょこんと貞淑かつ静かに出すのがポイントである。

 

 

(鬼太郎よ。これはまたとないチャンスじゃ。見たところ本気で羽衣狐が悪事を働く様子はない。あの羽衣狐から何らかの情報を聞き出せるやも知れぬぞ?)

 

(しかし、父さん。相手はあの羽衣狐ですよ。戦ったからわかります。アイツは他者を見下して嘲笑うような奴ですよ。言葉を鵜呑みにするのはあまりに危険なのでは?)

 

(だからこそじゃ。言葉すら聞かぬのでは奴のことは何もわからん。疑うだけでは何も生まれず、かといって信ずるだけでも何も見えぬ)

 

(それはそうですけど……)

 

 

 妖怪に対して私がどう思われているかはよく知っているが、私はアレか。悪魔か何かなのだろうか。そういえばおっきーがライブの時に私を悪魔と言っていた件についてお仕置きがまだだったことを思い出した。後でシメておくとしよう。

 

 ああ、持って来たアヒルさんをまだ浮かべていなかったな。

 

 私はペストマスクの嘴から黒いアヒル隊長を取り出すと、一度鳴らしてから湯槽に浮かべた。うん、かわいい。

 

「………………」

 

「………………」

 

 いつの間にか話し合いが終わっていたのでそちらに向くと、鬼太郎と目玉のおやじが何とも言えない目で私を見ていた。

 

「なんじゃお主ら。見世物ではないぞ」

 

「いや……本当にあの時の羽衣狐なのかと」

 

「失礼じゃな」

 

 まだまだ私はシラフだぞ失礼な。

 

 私はペストマスクの嘴から瓶のスタウトビールを取り出して、それを煽った。私が持つ全ての変装用のマスクには妖術が掛けられており、何らかの効果と共にマスクを外さずとも、飲み食いが出来るようになっているのである。

 

 ん? タバコはまなに止められているのに酒は飲むのか? はんっ! お酒はまなに止められてないもーんねー!

 

「完全に出来上がっておるな……」

 

「この酔い方……鬼に通じるものがありますね」

 

 ちなみに私が飲み始めたのは、花子さんが来るより前からである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 羽衣狐の隣で鬼太郎らが温泉に浸かってから数分の時間が経ったが、互いに何が話を始めることはなかった。というよりも互いに話を切り出すのを待っているように思える。

 

「……何故妾だとわかった?」

 

 先に話を始めたのは羽衣狐の方がであった。それに鬼太郎は当たり前だとでも言いたげな様子で答える。

 

「お前の妖気なんて1度見たら向こう100年は忘れられそうにない」

 

 のぼせてなのか、酒のせいか、羽衣狐からは少しだけあの黒々とした妖気が溢れていた。鬼太郎らが気がつくのも無理はないというものだ。

 

「抜かったな……」

 

 羽衣狐はポツリと呟き、ビール瓶を煽った直後、その妖気はまるで始めから何もなかったかのように霧散する。

 

 最早、鬼太郎から見ても珍妙なマスクを着けた色白の女にしか見えなくなり、そのあまりにも高度で繊細な妖狐らしい"化ける"という行為に思わず目を見開く程だった。

 

「全く……妾は傷を癒している最中だったのじゃがな」

 

(傷……湯治に来ているのか? すると……)

 

 鬼太郎は初めて羽衣狐と会った妖怪城での出来事を思い浮かべた。その時に自身が投げた四尾の槍が羽衣狐に突き刺さった光景を思い出す。

 

「そんなに深い傷だったのか?」

 

「それはもう、久々に貫かれたぞ」

 

 羽衣狐は親指と人差し指でわっかを作り、逆の手の人差し指でわっかの真ん中に出し入れした。ご丁寧にシュッ、シュッという擬音付きである。

 

 完全にセクハラオヤジのそれである羽衣狐のジェスチャーの意味は、鬼太郎にはよくわからなかったが、鬼太郎が付けた傷が今の今まで響いていると思うと、少しだけ心どこかでスッとしていた。

 

「まあ、よい。躓く石も縁の端よ。ここで出会ったのも何か意味がある。そう思う方が粋であろう?」

 

 そう呟きながら足を組みつつ短く溢すように酒気混じりの吐息を吐く羽衣狐は、これまでの様子が嘘のようにただの人間や妖怪から見れば異様な程に妖艶に見えた。

 

 それから羽衣狐は星を眺めながら時おり酒を煽りつつ何をするわけでもなく、温泉に浸かっていた。

 

(羽衣狐に聞きたいことか……)

 

 鬼太郎はそれを思い返す。悪逆無道な妖怪であることは今さら掘り返すことでもないため、妖怪城の件は特に聞くこともない。

 

 少しだけ考え込んでから鬼太郎は口を開いた。

 

「おい、羽衣狐」

 

「んぅ……なんじゃ?」

 

「どうしてお前は見上げ入道が悪さをしていた時に僕らを助けた?」

 

 その疑問をぶつけた瞬間、羽衣狐は止まったように見えた。しかし、数秒のうちに再び動き出し、やや重い口を開く。

 

「そんなもの決まっておろう? 人間を助けるためじゃ」

 

「ふざけているのか……?」

 

 しかし、今の羽衣狐にそういった素振りはない。表情は奇妙なマスクで見えないが、その雰囲気からは本気で言っているという様子が伝わり、鬼太郎の言葉は尻すぼみになった。

 

 羽衣狐は一本の尻尾を出すとそこに酒瓶を放り込むことで片付け、尻尾を引っ込めてから再び言葉を吐く。

 

「5万人。あのドームの最大収容人数じゃ。あの時はほぼ満員の客がおった。その状態で適当に見上げ入道を葬ってみよ。黄泉送りにされておった5万人近い人間が丸々戻ってこないかも知れぬ。そんなもの責任持てぬわ。だから居合わせたが、静観しておった」

 

「………………」

 

「………………」

 

 余りにも真っ当過ぎる意見に鬼太郎と目玉のおやじは顔を見合わせる。その最中にも羽衣狐は次々に言葉を紡いだ。

 

「あれは全国から来た人間じゃったが、あの街の人間は特に多く会場に集められておった。アイドルのライブということもあり、特に若年層を中心として集まる。仮に5000人の若者がひとつ街から消えてみよ」

 

「それは……」

 

 大惨事。それに尽きるだろう。羽衣狐は鬼太郎から目線を変え、目玉のおやじの方へと顔を向けた。

 

「おい、目玉のおやじ」

 

「わ、ワシか?」

 

「お主は鬼太郎が突然、行方不明になったらどう思う? 悲しいかどうか、仕事が手につくかどうかじゃ」

 

「……それは無論、心配になるじゃろうな。到底仕事どころではない」

 

「そうさな」

 

 すると羽衣狐は小さく溜め息を吐き、天を仰いだ。その様子は何処か遠くを見つめているように鬼太郎は感じた。

 

「人間はのう。一人身も少なくはないが、多くは家族じゃ。ましてやあの街は住宅地が多く、世帯の数は考えるまでもない。そして、その中で子が消えれば親はどうなる? 街はどうなる?」

 

 羽衣狐は水面に浮かぶ黒いアヒルを持ち上げると、軽く潰した。それによってアヒルから気の抜けた音が響く。

 

「それは良くない。妾はのう。人間の街が好きじゃ。そうでなければ好き好んで人間に隠れて生きるものか。何事にも秩序は必要じゃ」

 

「………………」

 

 鬼太郎は言葉には出さなかったが、己の羽衣狐の印象が少しだけ、良いものへと動くのを感じた。

 

 まあ、元々が血も涙もなく、無差別に妖怪を貪り喰らう怪物という印象であったため、真っ当に話し合いになるだけでもそのように思うであろう。

 

 そして、羽衣狐の意外な今の様子と発言から考え、鬼太郎は妖怪城での羽衣狐の行動を思い返し、咄嗟に口を開いた。

 

「まさか……妖怪城の時にお前は子供達を助――!?」

 

 そこまで鬼太郎が言ったところで羽衣狐から小さな何かを軽く投げられ、それを片手で受け止めたことで言葉を止められる。

 

 そして、羽衣狐の方を見ると温泉の石に肘を立てながら、いつか見たように相手を見下すような態度だった。

 

 更にどす黒く全てを塗り潰し、鉛のように重く鈍く、大蛇のように捻れうねる余りにも暗く邪悪な妖気が辺りに漂う。それは見ただけで、敵だと認識するに余りあるものだ。

 

「くくく……思い上がるなよ青二才(ひよっこ)。簡単に妾の腹芸に踊らされるようではまだまだじゃ。くれぐれも詐欺には気を付けた方がよいぞ?」

 

「お前……っ!」

 

 鬼太郎は少しだけでも羽衣狐を信じ、好意的な解釈をしようとした己を恥じ、羽衣狐へ怒気を孕んだ妖気と視線を向けた。

 

 それを受けても羽衣狐はどこ吹く風であり、何が楽しいのかか細い笑い声を漏らしている。

 

「今宵は中々の余興だった。それは妾からお主への細やかな贈り物じゃ」

 

「なに……?」

 

 鬼太郎は手の中のモノに目を向けた。

 

 そこにはカメラのフィルムケースのような形と大きさをした黒い筒があった。よく見れば筒の側面にびっしりと術式が刻まれており、術式は淡く青い光を放っている。見るものが一目で呪具か何かの類いだとわかるだろう。

 

「なんじゃこれは……?」

 

 全く見覚えのない物体に目玉のおやじも頭を捻った。

 

「ささやかに妖力を産み出す妾の尾の毛を閉じ込めて作った呪具じゃ。それの蓋の部分を押すと、丁度5秒後に中の妖力が弾け、光と音を放つ。妾の狐火と遜色ないぞ?」

 

「アレか……」

 

 鬼太郎は羽衣狐から受けた狐火を思い浮かべ、なんともいえない表情をする。

 

「再使用に1日程時間を要するのがたまに傷じゃがな。それ以上、毛を詰めると定期的に使用せねば勝手に爆裂してしまうので仕方あるまい」

 

「……返す」

 

 そういって羽衣狐に突き返そうとした鬼太郎だったが、隣を見ても羽衣狐が居ないことに気がついた。

 

「羽衣狐……?」

 

「どこにもおらんようじゃ」

 

 辺りを見渡すが、羽衣狐の姿は始めから何もなかったかのように影も形もない。湯槽に浮いていたアヒルの玩具すらいつの間にか消えていた。

 

 しかし、鬼太郎は微弱な羽衣狐の妖気がまだ残っていることに気がつき、警戒を緩めないでいた。

 

『鬼太郎よ。これだけは肝に命じておけ』

 

 すると鬼太郎の脳裏に直接言葉が思い浮かぶ。文字として浮かんだだけにも関わらず、何故か鬼太郎はそれを羽衣狐のものだと理解することが出来た。

 

 目玉のおやじにも聞こえているらしく、鬼太郎が目玉のおやじに目配せすると静かに頷いていた。

 

『力に善きも悪しきもなく、ただ愚直に振るわれるだけじゃ。故に何に力を使うかが善悪の分かれ目となる。単純なことじゃが、それを人も妖怪も直ぐに忘れおる。お主は賢く正しい。努々忘れぬようにな』

 

「何を言って……」

 

 その文はこれまでの羽衣狐の態度とは異なり、まるで鬼太郎のために言い聞かせている母親のような様子に感じた。疑問や現象の理由よりも先に突如、様変わりした羽衣狐の様子に鬼太郎はただ困惑する。

 

『それともうひとつ。嘘つきの大先輩からの助言じゃ。嘘を相手に信じ込ませるコツはのう。話に"(から)"と"(まこと)"を織り混ぜることじゃ。特に真に虚を絡めるとよい。ではな』

 

 まるで悪戯好きの子供のように鬼太郎は感じた文章を最後に微弱な羽衣狐の妖気さえも消える。今度こそ、羽衣狐は居なくなったのであろう。

 

 それを確認した鬼太郎はポツリと呟いた。

 

「わかりませんでした……アイツの目的も、何を考えていたのかも」

 

「そうじゃな……いったい羽衣狐は何を想い、何のために生きているのであろうな」

 

 鬼太郎は手の中にある羽衣狐の呪具を見つめたが、怪しく光るそれから答えが出ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(お姉ちゃん……帰って来てないなぁ……)

 

 図らずも猫姉さんと学校の七不思議のゴタゴタを解決してしまった日の朝。私はお姉ちゃんの部屋でお姉ちゃんの帰りを待っていた。

 

(まさか何気なく暑苦しいって言っただけで、ガラスの仮面みたいに驚いた顔になって居なくなるなんて……)

 

 我が姉ながらあんなに簡単に凹むなんて思いもしなかった。乙女姉の時はそんなことなかったから、羽衣姉の時だけあんな感じなのかもしれない。

 

(ひょっとしたらお姉ちゃんは羽衣狐として人と接したことがあんまりないのかも知れないなぁ……)

 

 でも前回とは違って、おっきーさんのところにいるって通知がおっきーさんから来たから大丈夫だと思う。朝には帰るだろうともあったし。

 

「ただいまなー!」

 

「わっぷ!?」

 

 突然、背後から衝撃と、背中に当たる2つの大きな感触を感じた。こ、この感覚と声は……。

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

「お姉ちゃんだぞー、羽衣姉じゃぞー、乙女姉よー」

 

 そう言いながらお姉ちゃんはカラカラと笑っていた。

 

 私はお姉ちゃんが帰って来たことよりも、出て行った時とまるで様子が違うことに何よりも驚いた。それにお姉ちゃんにしては明る過ぎていたし。

 

(ん……?)

 

 そう考えながらお姉ちゃんに思考を巡らせていると、あることに気がついた。

 

「お姉ちゃん……顔赤いというか酒臭い?」

 

「さっきまで呑んでおったからのー」

 

 ブチりと私の中の何かがキレた。

 

「羽衣姉……」

 

「んぅ?」

 

「煙草と一緒に成人するまでお酒も禁止ね」

 

「ほぁ? 」

 

 それを聞いたお姉ちゃんの顔はみるみる青くなっていき、わなわなと震え始めた。

 

「待てまなよ! 話せばわかる! わかるのじゃ!」

 

「わかんないよ! うがー!」

 

(こっちはそれなりに心配してたんだからねー!)

 

 その後、お姉ちゃんは禁煙に引き続き禁酒になった。お姉ちゃんはまた真っ白になってたけど知らないったら知らない!

 

 

 

 




これを鬼太郎の七不思議のお話の回と言い張る勇気。




~Q&Aコーナー~

この場所では、友人や感想で書かれた細やかな疑問を解決します。では今日はひとつだけ。

Q:なんでぬらりひょんの孫でやらなかったの?(友人)

A:登場人物が多過ぎる上、ロシア文学やBLEACH並みに登場人物の役割を分割したり使い捨てたりしているため、ちょっと把握とか小説内でのキャラ立てが作者の力量ではインポッシブルだと考え、よって作者にぬらりひょんの孫を原作にした二次創作は不可能だと思います。
逆に鬼太郎は1話読み切りが基本なので超書きやすいです(小声)


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羽衣狐(手長足長入道)

どうもちゅーに菌or病魔です。やたら早い投稿ですね、何か悪いものでも食べたんでしょうね。

それはそれとして消えた方の鏡爺の話もある程度書き直しており、つきさっき書き終えたので投稿しました。まだ、お酒が飲めた頃のハロハロちゃんです。

後、羽衣狐の配下のひとりが出ます。

その配下の会話を書いたデータが全部ぶっ飛んだことが何よりも痛かったりしました。


 住宅街とメインストリートの丁度中間の辺り。学業に勤しむ子供が通学路に使う道のひとつにひっそりと佇む寂れたビルの屋上に立ち、無言で街を見下ろす存在がいた。

 

 それは背が高く痩せぎすで、手足が異様に長い妖怪であった。そして、頭には、髪も耳も目も鼻も口も無いのっぺらぼうのような外見をしており、銀にも白にも見える肌をしていた。

 

 服装は妖怪としては妙に近代的であり、黒いスーツと白いシャツを着てネクタイを締めており、全体的な印象としては生物感の無い、無機質な妖怪であった。

 

 何を考えているのか、背の高い妖怪は何をするわけでもなく、街を見下ろし続けている。

 

 

『縺ゅl縺ッ?』

 

 

 突然、状況が変わった。口の存在しない背の高い妖怪から出された音は、人間にも妖怪の耳にも聞き取れぬ、ノイズのような音が幾つも重なりあった不協和音のような何かであった。

 

 

『縺ェ繧薙□?』

 

 

 背の高い妖怪は小さく首を傾げる。それは目のない顔の視線の先にあるものに向けられているように見える。

 

 

『縺励▲縺ヲ縺?k』

 

 

 背の高い妖怪が見つめる先には、髪の左側に少し突き出たおさげをした学生服姿の少女――犬山まなが歩いていた。

 

 背の高い妖怪は暫くそのままの姿勢で固まり、犬山まなを湿った視線でじっと見つめていた。

 

 

『縺ェ縺、縺九@縺』

 

 

 ポツリと再び呟かれたノイズと共に、背の高い妖怪の身体が小刻みに震え出す。その様子は端から見て明らかに異様である。

 

 

『縺ォ縺翫>』

 

 

 すると背の高い妖怪は体勢を変え、更に食い入るように犬山まなを見つめているように見えた。そのまま背の高い妖怪は、更に暫く犬山まなを見つめていた。

 

 

『蜊ア髯コ』

 

 

 再び状況が変わる。背の高い妖怪は短くノイズを呟くと、犬山まなのいる方に向けて手を掲げた。

 

 

『縺セ繧ゅk』

 

 

 当然、幾ら背の高い妖怪の腕が人間よりも長め、だからといって届くわけもないが、背の高い妖怪は手の中に犬山まなを握り締めるような動作をとった。

 

 

『縺ッ縺斐m繧ゅ&縺セ』

 

 

 最後にこれまでで最も大音量で出されたノイズが大気を震わせた直後、まるでそこには始めから何もいなかったかのように、背の高い妖怪は跡形もなく姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(な、なに!? なんなのあれ!?)

 

 私は学校の帰り道を全力で走っていた。普段ならこんなことはしないけど今は緊急事態。

 

 ここ数日、なんだか得体の知れない何かに見られているような気がしたけど、見られていただけだからそういう類いの妖怪でもいるのかなと思って特にお姉ちゃんにも相談しなかった。けれど今日はまるで違った。

 

 そこまで考えた直後、視界の隅に"アレ"が映った。

 

「……っ!」

 

 頭の中に電気が走るような感覚に襲われ、視界の端にテレビの砂嵐のような光景が映る。当然、それだけに留まらず、思わず目を瞑り、少しだけ足を止めてしまう程の頭痛にも襲われた。

 

 

『縺薙▲縺。』

 

 

 そして、たったそれだけの時間でアレは私のすぐ近くに来ていた。

 

 私は思わず、前方から響く、壊れたスピーカーでも出さないような聞いているだけで頭が割れそうになる音の方へ目を向けてしまった。

 

 

『縺翫>縺ァ』

 

 

 ソレは身長が3mはあるけれど、ものすごく痩せた男の人のような妖怪だった。

 

 

『縺サ縺ュ』

 

 

 銀にも白にも見える肌をしていて、顔にはのっぺらぼうのようにあるはずのパーツが何もない。場違いにも、どうやって音を出しているのか不思議に思う。

 

 

『蜊ア縺ェ縺』

 

 

 何よりも特徴的なのは上下黒のスーツ姿だっていうこと。でも、それでいてお父さんが着ているよりもよっぽど似合っている気がした。

 

 少しだけ考えを変えて、頭痛を紛らわした私は、あの妖怪のいる道ではなく、脇道を駆けた。あの妖怪が視界から消えたことで、頭痛はだいぶ和らいだ。

 

 

『縺ェ繧薙〒?』

 

 

 ひとつわかったことは、この妖怪が近付くと頭にあの音が響き、視界に入れると更に酷くなること。だからなるべく視界に入れないように逃げ続けることが正解だと思う。

 

 

『縺ォ縺偵k?』

 

 

 そもそもあの妖怪は一歩も歩いている姿を見ていないのに、必ず私の行く道の先にいる。それが不気味で仕方なく、まるで逃げれる気がしないようで辛かった。私に出来ることはただ、あの妖怪から逃げるだけ。

 

 音から考えて、あの妖怪が背後にいる内に私は脇目もくれず、家へと目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、お姉ちゃ――」

 

 やっとの思いで家まで着いて、崩れ落ちるように家に入ってお姉ちゃんを呼ぼうとしたところで気がついた。

 

「きょ、今日お姉ちゃんバイトだった……」

 

 いつもアルバイトの日は直接学校から向かっているので、まだ暫くは帰って来ない。そもそも走っている最中に通知すればよかったことにも今さら気がつく。

 

「お姉ちゃんと猫姉さんに……」

 

 そこまで考えたところでどちらにメッセージを送るかで、携帯電話を持つ手が止まった。お姉ちゃんに送れば多分即座にバイトを放り出して来ると思う。こんな状態だけど、それは妹として心苦しかった。

 

(だったら……そうだね)

 

「猫姉さんに送ろう……」

 

 私は猫姉さんにだけメッセージを送った。

 

 大丈夫……あの妖怪だってきっと家の中には入ってこな――。

 

 

 

『縺ッ縺斐m繧ゅ&縺セ』

 

 

 

 その音は私の背後から響いた。更に私を覆い隠すように夕焼けの日差しで、長く延びた異様なシルエットの影が前に映って見える。

 

 全身が震えた。ここまで単純に怖い妖怪に遭遇したことなんて一度もなかったから。私は目を瞑ってうずくまりたい衝動に駆られた。

 

 でもそんな時、私の中に思い浮かんだのは、羽衣狐として振る舞っている強くて格好いいお姉ちゃんの姿だった。

 

(ダメっ! 私だってお姉ちゃんの妹なんだから! しゃんとしないと!)

 

 根拠も何もない思いを強く持って、私は一気に背後へと振り向いた。

 

「え……?」

 

 振り向いた先には何もいなかった。背の高い妖怪の姿も、あの影も、頭の中に響くノイズも何もない、いつもの家の中だけがそこにある。

 

「なんだ……」

 

 ひょっとしたらただの悪戯好きの妖怪だったのかも知れない。もしそうならスゴく質が悪いけど、誰も殺しても怪我をさせてもないし、妖怪らしい妖怪だったのかな?

 

満足したか、諦めてくれたのかと思って、安心して私はその場で少し後ろに下がって、膝を落として壁にもたれ掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『縺、縺九∪縺医◆』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の記憶は背中に壁ではない何かに当たる感触と、視界を覆うように広がった長い腕を最後にそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぁ……?」

 

 肌に当たる風を感じて私は目を開けた。

 

(どこだろうここ……?)

 

 私はどこかの森の中にいた。回りはとても暗くて月明かりでしかわからなくて、とても不気味に感じた。それに朝でもないのに森全体に薄く靄が掛かっている。目と鼻の先が見えない程ではないけれど、50mぐらい先はもうわからない。

 

「えーと……」

 

 多分、あの背の高い妖怪に連れてこられたんだろうということは思い出した。とするとあの妖怪も近くにいるんだと思ったけど、周りを見渡してもどこにも見当たらない。

 

 そんなことを考えていると、森から木々がバリバリと折れる異音と、私のいる地面まで響いてきた小さな振動によって思わず、声を上げてしまった。

 

「ひゃっ!? なに!?」

 

 もっとちゃんと辺りを見渡すと、私は数十m程前の場所に、人魂みたいに赤く光る何かが浮かんでいることに気がついた。

 

 その直後、森の靄が何かに掻き消されるように晴れた。

 

「え……?」

 

 靄が晴れて私は唖然とした。人魂だと考えていたものは、ものすごく巨大な骸骨の目玉だったから。

 

 骸骨は湿った視線で私を見つめて、何が楽しいのかケタケタと嗤った。それは寒い時に自然に歯が打ち鳴らされるような何とも言えない様子にも見えた。

 

(この感じ……最近感じていた!?)

 

 どうやら最近の視線の正体はこの骸骨だったみたい。だったらあの背の高い妖怪はいったい――。

 

『―――――ァ!?』

 

 次の瞬間、目の前にいた巨大な骸骨の頭が爆発したみたいな衝撃を受けて不自然に傾いた。よく見ると黒くて細い枝みたいなものを束ねたものが骸骨の頬に当たっていた。

 

 私は自然にその枝の発生元を辿ると、私の背後から伸びていたことに気がついた。

 

 

『縺セ繧ゅk』

 

 

 あの黒板を爪で引っ掻くよりも耳に残るノイズが頭に響き、思わず身体を縮こまらせたけど、それは私の後ろから聞こえたことがなんとなくわかった。

 

 私は恐る恐る後ろを振り向く。

 

 

『縺ッ縺斐m繧ゅ&縺セ』

 

 

 そこにはあの背の高い妖怪が立っていた。丁度、私から10m程の場所で、黒い無数の枝みたいな何かが背の高い妖怪の背中から生やしている。黒い枝はまるで掃除機のコードを巻き取るみたいにしゅるしゅると背中に戻り、数m程の長さで止まると十数本の枝が背の高い妖怪を囲うように宙に漂っていた。

 

 驚いたまま見つめていると、背の高い妖怪は私の方を少し見てから、巨大な骸骨の方に目を向けたのがなんとなくわかった。

 

 次の瞬間、巨大な骸骨ががらんどうの身体から大きな叫び声のような音を上げたので、私はそちらに振り戻る。

 

 それは何かを邪魔されて、とても怒っているように思え、実際巨大な骸骨の目の前に真っ赤な光が集まっているのが見えた。

 

(何あれ……? 光線みたいな――)

 

 そこまで考えた直後、今度は骸骨の顎が爆発したみたいな衝撃を受けて、骸骨の巨体が一時的に打ち上がる。見れば、背の高い妖怪から急激に無数に伸びた黒い枝が人の拳のような形を取って顎を殴っていたことがわかった。

 

 

『縺サ縺ュ』

 

 

 いつの間にか背の高い妖怪は私の隣に来ていた。でも私には見向きもせずに視線は巨大な骸骨だけに注がれている。

 

 背の高い妖怪を見ていると、急に背の高い妖怪が私が見ていた場所から消え、骸骨と私の中間に現れた。

 

(瞬間移動……それで私を追ってたんだ……)

 

 

『螢翫☆』

 

 

 するとその場所で背の高い妖怪は足を開いて手を構えた。それは私が見た限り、初めて人間らしい動きだった。

 

(はっ!? 逃げなきゃ!)

 

 その考えに思い当たった私は立ち上がると一目散に駆け出した。その間、私は背後を決して振り返らずにひたすら走った。

 

 

『豁サ縺ュ』

 

 

 背後で聞こえる爆発音や木々がへし折れる音、そして何よりあのノイズを聞き流しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まな!』

 

「鬼太郎! 猫姉さん!」

 

 犬山まなは森の中を駆けた末、カラスで空から捜索していた鬼太郎らに見つけられ合流した。今この場所にはまなを含めて鬼太郎、猫娘、目玉のおやじ、砂かけ婆、子泣き爺がいる。

 

 まなは一目散に猫娘の胸に飛び込み、猫娘もそれを抱き止めた。

 

「いったい何があったの!?」

 

「背の高い妖怪に追われて気づいたらこんなところにいて……そこに巨大な骸骨もいて……えっと……あ! でも巨大な骸骨から感じたのは最近感じていた視線で!」

 

 血相を変えた様子の猫娘がまなに聞くと、まなは興奮気味にやや要領を得ない話をする。鬼太郎らはそれに頭を捻っていると、鬼太郎の妖怪アンテナが反応したことでそちらに注目が集まる。

 

「これは……? 父さん何か来ます!」

 

「なんじゃと?」

 

 そう鬼太郎が言った次の瞬間に、森の木々を薙ぎ倒す轟音と共に巨大で白い物体が飛び込んでくるのが見えた。

 

「まな掴まって!」

 

「きゃぁっ!?」

 

 猫娘がまなを抱えて跳び、それと同時にその場にいた他の者らもその場から離れた。

 

 その直後、飛来した物体が元いた地面に叩き付けられるように落ちる。まなにはその巨大な白い物体に見覚えがあった。

 

「あ、あれが大きな骸骨だよ!」

 

「あれは"がしゃどくろ"! 下がっててまな!」

 

 まなを地面に下ろした猫娘も臨戦態勢に入り、他も一様にそうしていた。がしゃどくろを囲むようにしていると、がしゃどくろはゆっくりと巨体を翻して起き上がる。

 

 その直後、がしゃどくろの顎の下に突如としてその妖怪は現れた。

 

 妖怪は背が高く痩せぎすで、手足が異様に長い。更に服装は黒いスーツと白いシャツを着てネクタイを締めている。そして、その上にある頭には、髪も耳も目も鼻も口も無い。銀にも白にも見える肌をしている。正しく、まなを追っていたあの妖怪であった。

 

「なんじゃアレは……?」

 

「私を追ってた妖怪!」

 

「見たことのない妖怪じゃな」

 

 背の高い妖怪に対して、目玉のおやじと砂かけ婆は首を傾げた。この中の妖怪で知識人と言える二人がこの様子なため、子泣き爺や鬼太郎もそれを知り得なかったが、唯一猫娘だけ様子が違った。

 

「え? あれって……」

 

 猫娘は今この場で携帯電話を取り出し何かを調べていた。しかし、それが終わる前に状況が動く。

 

 背の高い妖怪の背中から黒い無数の鋭利な刺剣のような触手が伸び、真下からがしゃどくろの頭を串刺しにしたからである。

 

 それをまともに受けたがしゃどくろは、剣山に刺された髑髏のようななんとも不格好な見た目になる。がしゃどくろはそれから逃れようともがくが、更に背の高い妖怪の背中から生えた触手ががしゃどくろの全身を刺し貫き、それさえも許さぬと言わんばかりに次々と縫い付けていった。

 

「あったわ! これよ!」

 

 猫娘は自分の携帯電話を鬼太郎と目玉のおやじの前に出す。それは海外のサイトのようでその中のあった一枚の写真を見せているようだった。

 

 そこには妖怪の身体的な特徴と全く同じ姿をしたものが映っており、見た者を驚かせた。

 

「なんと! 人間のサイトに何故このような……」

 

「違うわ。多分、あれはこの一枚の写真から生まれた妖怪よ」

 

「それはどういうことだ猫娘?」

 

「そのままの意味よ。架空のキャラクターだったのよ、元々はアメリカの掲示板でジョークの怖い怪物として創作されたの。それがインターネットに乗って爆発的に広がって現実で感化された人間が事件を起こすまでになったわ」

 

「なるほどのう、インターネットを通じて沢山の人間の強い感情や思いが妖怪という形を成してあの者を生んだということか。成り立ちはどうあれ、妖怪の生まれとしては筋が通っておる」

 

「でもどうしてまなを追っているんでしょうか?」

 

「アメリカかー。小学生の頃に一回家族で旅行したことはあるね」

 

「まな……まさかその時になんかしたんじゃないでしょうね?」

 

「し、してない! してないよ! 今まで全然知らなかったし!」

 

 そんな会話を繰り広げているとがしゃどくろと、背の高い妖怪に動きがあった。

 

 

『豁サ縺ュ』

 

 

 背の高い妖怪がノイズのような声を発すると、髑髏に刺されたままの全ての触手は外側へと勢いよく引っ張られる。

 

 がしゃどくろの頭はミシミシと異音を立て髑髏を中心に全身がひび割れる。そして、遂に限界は訪れ、がしゃどくろの身体は爆発するように弾け、崩れ去ってしまった。

 

 後に残るのは、暗い森の中で月に吼えるように構えた黒い無数の触手を生やした背の高い妖怪だけだ。

 

「がしゃどくろをいとも簡単に……」

 

「質の悪い悪霊のような妖怪ですが並の妖怪が勝てる相手ではありませんよ」

 

 

『縺ェ繧薙□?』

 

 

 がしゃどくろを葬った背の高い妖怪はノイズのような音を出しながら首だけを傾げ、鬼太郎らを見据える。

 

「猫娘、何か弱点はないのか?」

 

「あったらとっくに言っているわよ」

 

「なんじゃあの音は酒が不味くなるわい」

 

「子泣き、それどころではない。来るぞ……」

 

 目玉のおやじをまなに預けると、鬼太郎らはまなを庇うように背の高い妖怪の前に出た。それを見てか、背の高い妖怪は更にノイズを吐く。

 

 

『縺ッ縺斐m繧ゅ&縺セ』

『縺セ繧ゅk』

 

 

 いつもよりも長く出されたようにまなは感じたノイズ。更に何故かとても感情が籠っているような気さえした。

 

 しかし、背の高い妖怪はその考えとは裏腹に背中から無数の黒い触手を伸ばし、鬼太郎らへと殺到させた。

 

「子泣き!」

 

「ほいさ! おぎゃぁぁ! おぎゃぁぁ!」

 

 砂かけ婆の判断により子泣き爺は先頭に立って石になる。触手は動きを変えて前に出た子泣き爺をまず串刺しにするように殺到した。

 

 結果、触手は子泣き爺を貫くことが出来ず、先端をへし曲げられる。触手自体にダメージを受けているようには見えなかったが、その光景に背の高い妖怪は少し驚いているように見えた。

 

「喰らえ!」

 

 間髪いれずに子泣き爺の背後から飛び出た砂かけ婆が背の高い妖怪へと砂を掛ける。目がないにも関わらず、それを受けた背の高い妖怪は顔を覆って苦しむ様子をした。

 

「にゃっ!」

 

 次に猫娘が背の高い妖怪に迫る。すると猫娘の進行上に自動的に自身を守るように触手が折り重なって道を防いだ。

 

 しかし、猫娘の爪にとってはあまり関係のないこと。猫娘が爪を振るうと枝のような触手は次々と引き裂かれ、背の高い妖怪の触手の数を減らした。

 

「今よ鬼太郎!」

 

「ああ! 指鉄砲!」

 

 鬼太郎の構えられた指から妖力の奔流が放たれる。

 

 砂を退けた背の高い妖怪は咄嗟に触手を盾のように束ねて防ごうとしたようだが、出ていた触手が足りず、指鉄砲により消滅し、背の高い妖怪の胴を指鉄砲は貫通した。

 

「やったか!?」

 

「皆すごい!」

 

 目玉のおやじとまなは思い思いの言葉を述べる。しかし、腹に風穴を開けられた背の高い妖怪はこれまでで最大のノイズを吐き、その異音は鬼太郎らすら一時的に怯ませた。

 

 

『豁サ縺ュ縺ェ縺』

『邨カ蟇セ縺ォ』

『縺セ繧ゅk』

 

 

 背の高い妖怪から伸びる触手がさっきまでの比ではない勢いと量で伸び、妖力も数倍に引き上がった。正真正銘の本気なのだろう。

 

 最早、濁流のような量の触手はまなと目玉のおやじを含めた鬼太郎らを取り囲み、触手のない円形の場所以外の地面は全て触手に塗り潰され、木々は隙間もない程に絡み付かれる。

 

 

『縺昴≧隱薙▲縺』

 

 

 更に右腕に触手を纏わせて腕と一体化させた剣のように形作る。そして、左腕にも触手を纏わせて扇のように広い腕と一体化した盾を形成した。

 

「なに!? さっきまでとはまるで……」

 

 次の瞬間、言葉を発した猫娘の背後に盾を振り上げた背の高い妖怪が現れた。

 

「え……?」

 

「猫娘ぇ!」

 

「猫姉さん!?」

 

 鬼太郎とまなの叫びよりも先に猫娘は、既に動作に入っていた背の高い妖怪の盾に弾き飛ばされ、触手を大地とまでいえる光景が広がる円の外に弾き出される。

 

 結果、触手に叩き付けられた猫娘は、触手に拘束され、身動きが取れなくなった。

 

「なっ……!?」

 

 更に同じことをもう一度、繰り返して砂かけ婆も弾き出され、触手に身動きを奪われた。

 

「ぐうっ!?」

 

 次に背の高い妖怪は子泣き爺の目の前に剣を振り被った体勢で現れて振り下ろした。子泣き爺は手と足のみを石化させて耐えたが、見た目にそぐわない背の高い妖怪の怪力により、少しづつ後ろに後退させられる。

 

「髪の毛針!」

 

 それを見た鬼太郎から髪の針が放たれ、背の高い妖怪を襲った。しかし、背の高い妖怪は受けて傷ついているにも関わらず、全く止まる様子も怯む様子もない。

 

「おぉ……!?」

 

 背の高い妖怪は盾で子泣き爺の横腹を殴り、円の外まで弾き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 子泣き爺はその時に偶々その場にいたまなの真横を通り過ぎて、触手に埋まる。

 

「きゃぁぁ!?」

 

「いかん! まなちゃん!」

 

 子泣き爺が真横を通り過ぎたことにビックリして思わず、まなは腰を抜かして背後に倒れ掛ける。しかし、触手の無い場所のギリギリに立っていたため、それは触手に呑まれることを意味していた。

 

「え……?」

 

「なんじゃ……?」

 

 しかし、何故か触手はまなを避け、まなは触手の下にある草の地面に尻餅をついた。

 

「まさか……!」

 

 それを見たまなはある答えに辿り着いた。

 

「目玉のおやじさん!」

 

「どうしたまなちゃん?」

 

「私やってみたいことがあるの!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、背の高い妖怪は残った鬼太郎に目を向け、盾と剣を構えてその場から動かなくなる。

 

「くっ……!」

 

 一方鬼太郎はそんな背の高い妖怪により窮地に立たされていた。何せ相手はあの体勢から全く予備動作無しで、いつでもどこでも攻撃可能なのだ。分が悪い等という生易しいレベルではない。カウンターを貰う危険性から攻撃にすら転じられないのだ。

 

 しかし、そんな最中に鬼太郎は奇妙な既視感を覚えていた。

 

(なんだあの戦い方……どこかで見覚えがあるような……?)

 

 それは背の高い妖怪の盾の構え方に何か引っ掛かりを覚えたのである。しかし、この場でその答えを求めるのは得策ではない。

 

「しまっ……!?」

 

 時間にして刹那の思考の隙を突き、背の高い妖怪は鬼太郎の右斜め後方に転移していた。振り返った時には既に背の高い妖怪の剣の切っ先が鬼太郎の胸の手前まで到達していた。

 

 だが、その剣が心臓を貫くことは無かった。

 

 

 

「止めてぇぇぇぇ!!」

 

 

 

 まなの静止の叫びによって背の高い妖怪が完全に停止したからである。背の高い妖怪はその態勢のまま首だけをまなの方を向けていた。

 

「ありがとう! 私はもう大丈夫だから!」

 

「まな!? 何を言って……」

 

 しかし、鬼太郎の警戒とは裏腹に背の高い妖怪が自身の武装を解除し、鬼太郎から離れたことで鬼太郎もそれ以上の言葉を止める。

 

 

『繧上°縺」縺』

『豁「繧√k』

 

 

 背の高い妖怪は相変わらずノイズで何かを伝えているように感じたが、今の背の高い妖怪からはまるで敵意を感じなくなっていた。

 

 更に背の高い妖怪は全ての触手を戻し、猫娘たちを解放する。

 

 

『蜻シ繧薙〒』

『縺セ繧ゅk』

『縺ッ縺斐m繧ゅ&縺セ』

 

 

 そして、背の高い妖怪はノイズを吐きながらまなに向かって大きくお辞儀をするとその場から跡形もなく消えて行った。

 

「これはいったい……」

 

「どうやらあの妖怪はまなちゃんを守っていたようなのじゃ」

 

「そうなのまな?」

 

「うん、最近私が感じていたのはがしゃどくろの視線だったみたいだし、あの妖怪に追いかけられたのは今日が初めてで、私だけは触手を避けてたから」

 

「なんともまあ、面妖なこともあるものじゃな」

 

「なんじゃ、ワシらの早とちりじゃったのか?」

 

 子泣き爺の言葉により、鬼太郎らは何とも言えない雰囲気となったが、何れにせよまなが無事だったことを良しとして、帰路に着いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼太郎らから少し離れた場所。そこで背の高い妖怪は何をするわけでもなく佇んでいた。

 

 腹には指鉄砲で開けられた穴がまだ空いているが、あまり本人にとっては気になることではないらしい。また、星空を眺めているのか、何かを考えているのか、夜空に目を向けているようにも見えた。

 

「なんともまあ、よくやられたものじゃな。いや、それに関しては妾も他人のことは言えぬか」

 

 すると背の高い妖怪の背後から声を掛けられ、それを聞いた背の高い妖怪は即座に勢いよく振り向いた。

 

「日ノ本によう来たな"バラバ"よ」

 

 そこには日本三大妖怪の一体である羽衣狐が佇でいた。それも仮面をしていなければ肌を全て覆うようなローブも纏っていない犬山乙女の姿である。また、羽衣狐がいうバラバとは彼の名前らしい。

 

 羽衣狐を目にしたバラバは暫く止まってから首を傾げる。

 

『縺ッ縺斐m繧ゅ&縺セ?』

 

「ああ、妾が羽衣狐じゃ。フォックス100%じゃぞ」

 

 すると更にバラバは首を傾げた。

 

『縺ェ繧薙□?』

『縺ゅl縺ッ?』

 

「あれは犬山まな。妾の実の妹じゃよ」

 

『螯ケ?』

 

 その先をノイズで発しようとしたバラバだったが、羽衣狐に止められた。

 

「これ、バラバ。それでは妾以外に伝わらぬであろう。メモはどうした?」

 

 羽衣狐がそういうとバラバはいけないことをしたといった様子で頭を掻いてからスーツの内ポケットからメモとペンと取り出し、それに文字を書いた。

 

《はごろもさま》

 

「うむ、それでよい」

 

 納得した様子の羽衣狐に対してバラバは更に文字を書いた。

 

《家族》

《まもれた》

《よかった》

 

「ういやつよのうお主は……」

 

 そういうと羽衣狐は尻尾を出し、その中からたんたん坊らが所有していた頃の妖怪城に行く前に使っていた姿鏡を取り出して地面に置いた。

 

 するとその鏡の中には羽衣狐の姿ではなく、どこか自信無さげな様子の杖を持った老人が映っているのがわかる。老人は鏡の中から出て来てバラバの前に立った。

 

「安心せい。妾の友人の一人の鏡爺じゃ。今回まなの危機とそれをお主が追っていることを仕事中に手鏡で教えてくれてのう。折角だからお主に任せることにしたのじゃ」

 

「は、羽衣さんとは何百年も前からの旧友です……」

 

「鏡に嘘は吐けぬからのう。後で酒でも酌してやろうぞ。ツマミも作らねばな」

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

 ちなみに鏡爺よりも羽衣狐の方が歳上である。

 

「さ、行くぞ。妾の配下がひとり、"現代の妖怪"よ。お主とは契りがまだであったな。ひとまずは妾の居城に来るがいい」

 

 羽衣狐は笑顔でそう言ってから妖怪城のコンクリート片を取り出した。

 

 数秒後、そこには羽衣狐もバラバも鏡爺もおらず、ただ夜空と心地よい風のみがあった。

 

 

 

 




こ れ を 鏡 爺 の 話 と 言 い 張 る 勇 気


はい、羽衣狐の配下のひとり。現代の妖怪バラバさんでした。一応、元ネタの画像とキャラは"LOVA バラバ"と検索すれば出ます(誰も予想出来なかったであろう謎チョイス)。

あ、バラバの元ネタはスレンダーマンです(ド直球)。

しかし、一言も痩せた男とか◯レ◯◯ー◯ンとか言及していないので何も問題ありませんね!(白目)

作者思うんですけど、やはりゲゲゲの鬼太郎の男性妖怪は化け物チックな見た目の方がゲゲゲの鬼太郎っぽいですよねぇ。




~以下バラバさんの文字化けさせた会話の答え合わせもとい特別翻訳です。よかったらまた参照して読みなおしてみてください~



『縺ゅl縺ッ?』あれは?

『縺ェ繧薙□?』なんだ?

『縺励▲縺ヲ縺?k』しってる

『縺ェ縺、縺九@縺』なつかしい

『縺ォ縺翫>』におい

『蜊ア髯コ』危険

『縺セ繧ゅk』まもる

『縺ッ縺斐m繧ゅ&縺セ』はごろもさま


◇◆◇◆◇◆


『縺薙▲縺。』こっち

『縺翫>縺ァ』おいで

『縺サ縺ュ』ほね

『蜊ア縺ェ縺』危ない

『縺ェ繧薙〒?』なんで?

『縺ォ縺偵k?』にげる?


◇◆◇◆◇◆


『縺ッ縺斐m繧ゅ&縺セ』はごろもさま

『縺、縺九∪縺医◆』つかまえた


◇◆◇◆◇◆


『縺セ繧ゅk』まもる

『縺ッ縺斐m繧ゅ&縺セ』はごろもさま

『縺サ縺ュ』ほね

『螢翫☆』壊す

『豁サ縺ュ』死ね


◇◆◇◆◇◆


『豁サ縺ュ』死ね

『縺ェ繧薙□?』なんだ?

『縺ッ縺斐m繧ゅ&縺セ』はごろもさま
『縺セ繧ゅk』まもる

『豁サ縺ュ縺ェ縺』死ねない
『邨カ蟇セ縺ォ』絶対に
『縺セ繧ゅk』まもる

『縺昴≧隱薙▲縺』そう誓った


◇◆◇◆◇◆


『繧上°縺」縺』わかった
『豁「繧√k』止める
 
『蜻シ繧薙〒』呼んで
『縺セ繧ゅk』まもる
『縺ッ縺斐m繧ゅ&縺セ』はごろもさま


◇◆◇◆◇◆


『縺ッ縺斐m繧ゅ&縺セ?』はごろもさま?

『縺ェ繧薙□?』なんだ?
『縺ゅl縺ッ?』あれは?

『螯ケ?』妹?





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羽衣狐(狸) 前半

どうもちゅーに菌or病魔です。

他の投稿小説を粗方投稿したらかなり遅れました。すみません。ではどうぞ。


 夕方にまなとお母様と共に居間でテレビを見ていると、それは唐突に訪れた。

 

 テレビをジャックした刑部狸を始めとした八百八狸による日本侵略宣言である。

 

「お姉ちゃん……これ……」

 

「………………」

 

 私はテレビから目を離せないまま、まなの声も耳には入っていなかった。

 

 日本侵略。何れも妖怪の中で企てようとした馬鹿や集団は幾度となく目にして来たが、それらのほとんどは他の妖怪を対象にしたものであり、人間そのものまで無差別に巻き込もうというものはそうはいなかった。

 

 それは偏に強者としての矜持、要するに妖怪としてのプライドを持っていたからであろう。悪党にも悪魔にもルールや越えてはならない一線がある。例え死のうともそれを守らねば無意に喰らうだけの獣と何が違うというのか。

 

「狸どもが……何百年経とうと所詮は獣か」

 

「ひっ……!? お姉ちゃん!?」

 

 まなの小さな悲鳴で思考から脱した。お母様に聞こえぬように小さく呟いたが、私に注目していたまなは私の呟きと僅かばかり漏れた殺意が伝わってしまったらしい。悪いことをしたな。

 

「少し外に出るわ」

 

 私はまなの無言の静止やお母様の疑問を聞かず、外に出てた。

 

 そして、自宅から徒歩である程度離れてから、辺りに生き物一匹居ないことを確認し、妖怪城の時に着ていた服装を身に纏って空へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……が……ぁ…………」

 

 家を出てから少し経った頃。私の目の前で電柱に磔にされてピクピクと僅かに蠢く一匹の狸の姿があった。両手両足の爪が全て剥がされており、身体中にも夥しい数の刃物傷や焼け跡がつけられている。

 

「始めからこうすればよかったのう……」

 

 手元の狐火を消し、何処にでもあるような安物で切れ味の悪いナイフを尻尾にしまってから深い溜め息を吐いた。

 

 狸だから野山の方に拠点を構えているものかと考え、そちらの方を捜索していたのだが、全くの見当違いであり、今の拠点の出入り口は街の地下にあったらしい。

 

 見付からず、街に戻ると狸を見掛けたので拷問に掛けると簡単に吐いてくれた。全くもって時間の無駄だったと言えよう。

 

 それにしてもガッツのない狸だ。高々八百八しか居ないにも関わらず、爪の二本か三本の時点でもう吐いてしまったからな。

 

 実に不敬で不誠実な奴だ。そのようなものには全身に余すことなく、拷問をくれてやった。お陰で更に時間を喰ってしまった。

 

「……た、助け……」

 

「おう、解放してやろうぞ」

 

 私は四本目の尻尾を出し、そこから"四尾の槍"を引き摺り出した。

 

 そして、槍を構えて狸の腹を刺し貫いた。若干力を入れ過ぎて背中を突き抜けて電柱を粉砕してしまったが、非常事態故に致し方なしだ。

 

 狸は声すら上げれず、激痛による苦悶の表情のまま消え、魂だけの姿となった。私はそれを掴み取り、口に含む。

 

「不味いのう」

 

 相変わらず、妖怪の魂は美味しくない。人魂の天ぷら等は非常に美味だというのに。

 

「これで八百七狸じゃな」

 

 私は槍を肩に担ぐと、一本の尻尾で縛り付けて宙に浮かしている狸ではない男の妖怪に目を向けた。

 

「んー? そこは笑うところじゃぞ? "ねずみ男"よ」

 

「……そ、そうでございますね……」

 

 彼はねずみ男。なにやら狸に混ざっていた鼠だったのでさっきの狸のついでに捕まえた妖怪である。微妙に鬼太郎の妖気の残り香を纏っていたので捕まえたのだ。

 

 私は反応の悪いねずみ男に槍を突き付け、見本ににっこりと笑って見せた。今日は口元の空いた狐の仮面をしているので、花が咲くような笑顔が見えるだろう。

 

「誰が頷けと言った? 笑え」

 

「は――? は、はは……ははははは! ははは……!」

 

 ちなみにこの男、私に捕まり私の妖気を見た瞬間に狸の巣の位置を吐いたりしていた。

 

 逆に信じられなかったので狸にも聞いたのだが、結果は同じであった。真実のみで私を欺くとは中々やるなこの妖怪。

 

「黙れ……耳障りじゃ」

 

「――!? はい……」

 

 何故かコイツを見ていると私の耳がみこんと、まなのために半殺しぐらいにした方がいいと感じる。しかし、コイツは鬼太郎と繋がっているかも知れないので仕方なく、身体は傷付けないことにしたのである。

 

 私は再び槍を肩に担ぎながら、ねずみ男を案内人として狸の巣穴のある住宅地の一角を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんじゃこれは?」

 

 住宅地に来ると入り口には何やら巨大な岩が置いてあった。よく見れば微妙に動かされており、ギリギリ人がひとり通れる程度の隙間がある。

 

 ははは、ここを通れというのか。

 

「へ、へい……ここを――」

 

「ふざけるな」

 

 私は片手で岩石を掴んで持ち上げ、空へと岩石を放った。最後にボールのように空中へと放られた岩石を伸ばした一本の尻尾が追撃し、爆散させた。

 

 私をいったい誰だと思っている。最悪の妖怪、羽衣狐のお通りだ。

 

 そのまま巣穴に入り、内部は妙に巨大で明るい洞窟を進んでいると前から何かが来るのがわかった。

 

「狸――」

 

 その時、私の耳と尻尾がみこーんっ!っと来た。

 

「いや……いやこれは!?」

 

 即座に私は洞窟の天井に飛んで張り付く。更に尻尾で身体を覆い、変化の術の応用により毛を震わせて尻尾の色と質感を洞窟の天井と全く同じようなものに変え、息を潜めた。

 

「い、いったい」

 

「黙れ」

 

「………………」

 

 ねずみ男を黙らせながら30秒程そうしていると私の真下を二人の女が通り過ぎる。

 

「走ってまな!」

 

「うん! 猫姉さん!」

 

 駆け抜けていったその二人は鬼太郎の猫娘と、私のまなであった。私の狐の知らせの感度はやはりバリ3である。バリ3とか今の子知っているんだろうか。

 

 む、よく見たらまなの肩に目玉のおやじとやらも乗っているな。まあ、目玉だしどうでもいいか。

 

「この先に刑部狸がいるのじゃな?」

 

「ええ、そうです……」

 

「そうか」

 

「へ……?」

 

 私は尻尾で拘束していたねずみ男を離してやった。当然、今は天井にいるので慣性の法則に従ってねずみ男は20~30m程上から真っ逆さまに落ちる。

 

「ちょ!? まっ――アー!!?」

 

 ねずみ男が蛙のような声を上げながら地面にべちゃりと落ちる音を聞いた。大丈夫、妖怪はそれぐらいじゃ死なない。

 

 それよりも何故まなが居たかは不明であり気になるところだが、まあいいだろう。まなはまなで私は私である。行動を縛るのはよくないことだ。

 

 折角なのでこのまま天井を歩いて狸が集まるところを目指すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 羽衣狐が猫娘と犬山まなを見掛けた少し前。刑部狸を筆頭とした八百八狸が拠点としている場所で鬼太郎と猫娘は八百八狸と対峙していた。

 

 眼前では刑部狸がまなを人質に捕らえており、そのせいで鬼太郎と目玉のおやじ、猫娘は動けずにいる。

 

(ここは……)

 

 鬼太郎に真っ先に浮かんだことはひとまず降伏し、まなを解放させてから攻撃に転じる隙を伺うということだ。

 

(――!)

 

 しかし、鬼太郎はふと自身のポケットにある感触に意識を向け、隠れてポケットに手を突っ込み、それを一瞥した。

 

(羽衣狐の……)

 

 それは温泉に行った時に羽衣狐に押し付けられた一日に1度だけ羽衣狐の狐火が放てるという呪具であった。

 

 鬼太郎は羽衣狐の狐火を思い出して少し考える。これを投擲すればこの場を最も良い形で切り抜けられるかもしれないと。少し前の鬼太郎ならば何の躊躇もなく使っていたことだろう。

 

 しかし、彼なりにプライドがあった。

 

 最初に出会った時はただの悪逆無道な妖怪だと考えていた。再び出会った時には本人から話を聞かされ、その性質を決めきることができずにいた。何せ仮に羽衣狐の言葉を信じて彼女を本当に人間の街が好きな妖怪だとするのならば――あれだけ邪悪でありながらも羽衣狐は鬼太郎と本質はそう変わらないということになる。

 

 故に羽衣狐という異形の大妖怪への嫌悪と同時に、彼は自分でも気づかないうちに似た存在への小さな対抗心を抱いていたのである。それが一瞬の判断を僅かに鈍らせた。

 

 だが、その背中を押したのも紛れもなく羽衣狐であった。

 

"力に善きも悪しきもなく、ただ愚直に振るわれるだけじゃ。故に何に力を使うかが善悪の分かれ目となる。単純なことじゃが、それを人も妖怪も直ぐに忘れおる。お主は賢く正しい。努々忘れぬようにな"

 

 忘れていた。プライドがなんだ、目の前でまなが 、遠くでは妖怪獣によって人間たちが脅かされようとしている。悩む理由など最初からどこにもなかったのだから。

 

 鬼太郎はポケットから呪具を取り出し、起動術式を押した。

 

「まな! 猫娘! 父さん! 目と耳を塞ぐんだ!」

 

 そして、鬼太郎は起動したことで術式が怪しく輝き始めた呪具を宙に投げる。

 

「何をッ!」

 

 即座に反応した刑部狸は念仏を唱えるような動作によって呪具を念力で落ちぬように空中に固定した。

 

「フッ、小細工など――」

 

 そこまで言ったところで刑部狸の言葉が途切れる。いや、テレビのチャンネルが切り替わったように光と音が変わった。

 

 それはこの大空洞そのものを塗り潰してあまりある程の爆音と、閃光であった。あまりに壮絶な音と光は目を閉じて耳を塞いでいる鬼太郎すら怯ませる程である。

 

(くそ……アイツ……何があのときの狐火だ)

 

 鬼太郎は思いとは裏腹に渇いた笑いを浮かべながらまなへと駆け出した。

 

(光も音も数段上じゃないか……!)

 

 流石は名だたる大妖怪の呪具。その力は鬼太郎をして想像の斜め上を行くものであった。

 

 しかし、今回に限ってはそれが功を奏する。あまりにも激しく耳を貫くような爆発音と、目を潰さんばかりの閃光はこの空間にいる八百八狸全ての感覚を塗り潰したのである。

 

 まだ、効果が続いているうちにまなの前まで来た鬼太郎は髪の毛を一本抜き、それを剣としてまなを掴んでいる刑部狸の腕に振るい切り飛ばした。

 

「――――!?」

 

 目も耳もマトモに働いていないであろう刑部狸は更に腕に激痛が走り、声にならない声を上げた。

 

 それをよそにまなを確保した鬼太郎は猫娘の元に向かい、まなと目玉のおやじを猫娘に預けた。

 

「まなと父さんを連れて逃げてくれ猫娘!」

 

「鬼太郎はどうするの!?」

 

「なんとかするさ」

 

「わ、わかったわ…………気をつけてね」

 

 それだけ言うと猫娘はまなと目玉のおやじを連れて、洞窟の外へと逃げた。それを見てから鬼太郎は八百八狸に向き直る。

 

 既に奥の方にいて比較的被害の軽微だった八百八狸が、鬼太郎を早くも囲み始めていた。

 

 数だけは異様に多く、鬼太郎自身でさえひとりで捌ききるのは不可能と言わざるを得ないだろう。

 

「よくもやってくれたな鬼太郎……」

 

 斬られた腕を押さえ、目を見開いて牙を覗かせながら八百八狸を統括し、鬼太郎と対峙する刑部狸。

 

 互いに抑えるものも牽制するものも最早ない。刑部狸が鬼太郎に八百八狸たちを差し向けようと指示を送ろうとした次の瞬間。

 

「よう、鬼太郎よ。久し……くもないのう」

 

 天井から鬼太郎の目の前に全身を黒い装いに包み込んだ女性妖怪が降って来た。

 

「羽衣狐!?」

 

 それは紛れもなく羽衣狐であった。今は温泉にいた時にしていたマスクではなく、最初に会った時に着けていた黒い狐の仮面をしている。更に肩にはいつか鬼太郎を貫き、投げ返した四尾の槍――形状でいえば"十字槍"を担いでいる。

 

 突然の羽衣狐の出現に八百八狸達がざわめき出す。

 

「羽衣狐だと……?」

「あれが今の羽衣狐か」

「おのれ憎き狐め……」

「恨みを今!」

 

 それだけではなく、八百八狸の中から怨嗟の声が上がっていることに鬼太郎は気がついた。そして鬼太郎の方へと向いているため、がら空きの羽衣狐の背中に向かって怒りに顔を歪ませた4体の八百八狸が息を殺して迫るところも鬼太郎からは見えた。

 

 更に羽衣狐はその代名詞ともいえる九尾の尻尾を一本たりとも出してはいなかった。つまりは完全に無防備の状態であると鬼太郎は考える。

 

「羽衣狐! 後――」

 

 しかし、その声は少しだけ遅れた。鬼太郎が声を上げるよりも獣の瞬発力で迫った八百八狸たちの方が若干速かったのである。

 

 そうして、鬼太郎が羽衣狐に八百八狸たちが殺到するのを確信し、羽衣狐の髪に4体のうち先頭の八百八狸が触れようとした瞬間――。

 

 

 

 

 

 全く相手を見ずに真後ろへと繰り出される突き、斬り、払い、打ち。想像を絶する速度と力で繰り出された十字槍による演舞のような槍術でもって瞬時に羽衣狐は4匹の八百八狸を葬った。

 

 その様は鬼太郎ですら一瞬、場を忘れて魅入る程である。

 

 死んだことにすら気づいていない表情で消えた4つの八百八狸の魂を一瞥し、羽衣狐は牙を向く獣のような笑みを浮かべながら溜め息と共に言葉を吐いた。

 

「これで八百三狸じゃな」

 

「お前……」

 

 鬼太郎は見魅ったことと同時に自身と戦っていた時に、羽衣狐がどれほど手加減していたかということに気づく。しかし、この場で言っても仕方のないことのため、鬼太郎は口を閉じた。

 

「この十字槍を尾に加えた時代に"その槍神仏に達す"と謳われた生臭坊主から学んだ槍術じゃ。奴には到底及ばぬ猿真似のようなものじゃが――貴様ら不徳を殺し切るにはあまりに役不足じゃな」

 

「え……?」

 

 人から学んだ。確かに羽衣狐はそう言った。あの誰より傲慢で人を嘲笑うかのような不遜な態度を取る羽衣狐がである。

 

 思えば対峙した時に羽衣狐は三尾の太刀を型のある剣術でもって使っていたことを思い出す。

 

 武術とは人が人へ、あるいは妖怪などの怪異に対峙するために編み出されたものである。通常妖怪は妖怪としてのプライドなどから、人間の技などにはまず頼ろうとせず、技量を取らぬ直感や力に任せた攻撃を行うものがほとんどなのだ。

 

 つまり経緯はどうあれ、羽衣狐は少なくとも人間に師事していたという事実が証明されたのだ。それだけでもとてつもなく異端の妖怪である。

 

「貴様は羽衣狐か!? またか! また貴様は我らを阻もうというのか!?」

 

 十字槍についた血のような妖気の残滓を振り払ってから刑部狸に振り返った羽衣狐に対して、刑部狸は驚きの表情で声を荒げた。

 

「知り合いなのか?」

 

「お主とお主が葬った妖怪の関係じゃ」

 

「ああ……」

 

 質の悪い腐れ縁という奴だ。どうやら羽衣狐は遠い昔に八百八狸たちを少なくとも1度は殺しきったことがあるらしい。刑部狸の焦りの表情からそれが真実であることは明白である。

 

「なぜだ! なぜ我々を阻む!? 人間を守る価値などどこにもありはしないハズだ! 我々妖怪こそが世を統べるべきなのだ!」

 

「そうさな、人間はいつまで経っても間違える生き物じゃ」

 

 刑部狸の言葉を聞いた羽衣狐は目を細めると人間のことを語り始めた。

 

「人間同士ですら思った通りには動かず、自他問わず利益か感情で動きおる。怠惰な上に言われたことすら満足に守れず、そのクセ優柔不断で白黒つけるのは不得手。トドメに傲慢で自尊心だけは高い」

 

 鬼太郎もそのことには全く反論の余地はなかった。良い悪い問わず人間とはおよそ全てがそのようなものだ。鬼太郎自身もよく知っている。

 

「そんなものの営みを好いておる妾は妖怪として道を違えておるのであろうな」

 

 羽衣狐は最後にそう言葉を閉めると、片手で顔を隠して自嘲気味に笑った。そして、ひとしきり笑った後で顔から片手を退ける。

 

「ならば――」

 

「じゃが妾が違えておるからといって、貴様らが正しいわけでもあるまい」

 

 次の瞬間、刑部狸の言葉を遮り、あのドス黒い濁流のような妖気が羽衣狐から溢れ出る。あまりの濃度と、寒気という言葉では足りない程重苦しく冷たい妖気に、何度か晒されている鬼太郎すら自然に身構えた。

 

「どちらも間違っている。なら……死んだ方がより間違いじゃ。妾が理不尽を与えてやろうぞ」

 

 羽衣狐は槍を上段に構える独特の構えを取り、苦虫を噛み潰したような顔をしている刑部狸に矛先を向ける。

 

「他ならぬ貴様らが蔑む人間の技でな」

 

 その言葉の直後、羽衣狐は尾を収納したまま十字槍一本で、八百八狸の大群へと弾丸のように飛び込んでいった。

 

 敵の敵は味方……とは言い切れないが、今ばかりは羽衣狐のことは考えず、鬼太郎も八百八狸へと攻撃を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。海上に産まれ落ちた妖怪獣は人間のあらゆる兵器をものともせずに陸へと上陸し、無差別な破壊を繰り広げていた。

 

 その様は特撮映画から出てきた怪獣そのものであり、最早滑稽な程であるが、これは現実の光景である。妖怪獣を倒すための巨大なヒーローが現れるわけもない。

 

 人類はたった一体の妖怪の前に成す術がなかったのである。

 

 数十mは下らない四足歩行の巨体が移動する様は圧巻であるが、その止まらぬ歩みは人類にとって絶望しかないであろう。

 

 上陸した街を粗方破壊した妖怪獣は次なる指示を八百八狸から待ったが、何故か特に何も指示がないため、機械的に近くの街を目指して次なる街を目指した。

 

 

 

『貴様は不徳だ』

 

 

 

 だが、次の瞬間、妖怪獣の頭に八百八狸とは違う奇妙な言葉が響き、妖怪獣は行動を停止した。

 

 更にそれに遅れるように妖怪獣の目の前に自身の背丈よりも巨大な扉が現れる。その扉は亡者の骸骨が一斉に逃げ出す様子をそのまま押し固めたような"地獄"をそのものを現した装飾がなされている。

 

 そして、ゆっくりと地獄の扉が開かれた。

 

 

 

『己の意思を持たず、しかして他に利用され何もかもを討ち滅ぼす。だが、貴様は妖怪だ。思考する頭はあろう』

 

 

 

 扉の縁を巨大な黒い腕のような何かが掴みながら這い出る。その姿は巨大な黒い影のようであり、闇のようであり、泥のようでもある何かであった。辛うじて二本の腕があることはわかるが他は獣のようにも、虫のようにも、のっぺりしたドームのようにも、人のようにも見え、実際に目にしているというのに全く要領を得ない。

 

 そして、なによりソレがおぞましいことは不定形の身体が妖怪獣の倍程になったと思えば、次の瞬間には十倍程まで伸び、あるいは縮みを絶えず繰り返し、見ているだけで畏怖、不安、底の知れない禍々しさを掻き立てた。

 

 その存在はただそこにあるだけで妖怪獣よりも遥かに怪物染みた化け物である。

 

 

 

『ならば貴様は不徳だ、最早無知では赦されん。余は"鵺"、不徳を喰らうものぞ』

 

 

 

 妖怪獣はその日、初めて恐怖という感情に出会った。

 

 

 

 

 




 羽衣狐は尻尾にある武器を極めているという設定があるので、それに沿ってうちのハゴロモさんも武器を極めております。ただし、本人があんな感じで"独学で武術するとかねーわ"とか思っているので、武術は全て人外レベルの達人にどうにか弟子入りして習っております(基本日本人)。

 ハゴロモさんは師と比べるべくもないとか言っていますが、無論ただの謙遜であり、確かに技量という面では到底及びませんが、それを妖怪最強クラスの羽衣狐の身体能力という力・速さ・野生の勘で補っているので、長期戦なら師にほぼ分がない程度には強いです。ついでに及ばないといえど向上心が高くポンポン技量面の知識を吸収するので師としても最高の打ち合い相手になるのでWin×Winな関係となっております。真剣で斬っても死にませんし。

 五尾の槍は羽衣狐ものが十字槍なので十字槍といえばやはり宝蔵院十字槍あの人が師になりました。FGOではチョコ渡すと精進料理くれたり、酒と肉は食べないとかいってるくせに即座に般若湯とかいって飲んでた二代目の方です。そんな感じでこの小説では出ませんが微妙にキャラを使ったりします。




◆今回のまとめ◇
 羽衣親子ぶちギレる




・蛇足
 なんだよ……なんなんだよ! サバフェス(夏イベ)のおっきー可愛すぎかよ! 英霊旅装もニー子みたいな顔しやがってよぉ!? おぉん!?(キモイ) おっきーと朝日を見たい人生だった(真顔)

 そういや今回の水着……私2万でジャンヌ宝具Lv3、BB宝具Lv2、ばらきー宝具Lv3、牛若丸宝具Lv2、XX宝具Lv2、メイヴちゃん宝具Lv2になったんですよね……近いうちに死ぬんでしょうか?(尚、友人には殺されそうになった模様)

あ、まだ枠あるので作者とFGOでフレンドになりたかったら機能にあるメールでユーザーネームとフレンドIDをくれたら誰でも受けますよ。全くの初心者が私のサバのみで一部を駆け抜けられる程度は強いと思いますので安心してください。まあ、そこまで強くはありませんが。


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羽衣狐(狸) 後半

どうもちゅーに菌or病魔です。

何度か書いて書き直してを繰り返して、本当にこれでいいかと何度も考えたのですが、作者のカニミソではこれ以上絞り出せなかったので投稿しました(カニミソは脳ではない)。


 全ての窓ガラスの割れた高い高層ビルのみが建ち並び、最早、廃墟街といっても過言ではない海に面した街。

 

 そこで現在、毛むくじゃらの巨大な化け物と、生きた影のような怪物が激闘を繰り広げていた。互いに攻撃を繰り返しながらも両者全くの無傷で喰らい合うように幾度となくぶつかり合っている。

 

 しかし、その様子には差異があった。

 

 毛むくじゃらの化け物――妖怪獣の方は人間の兵器で攻撃した時と同じように攻撃自体が何か薄く七色に輝く膜のようなものに阻まれ、攻撃が届いていないように見受けられる。

 

 それに対して生きた影のような怪物――鵺は妖怪獣の光線や腕による攻撃の一切が、雲を掴むかの如く身体をすり抜けている。鵺の怪しく輝く赤い瞳に光線が直撃しても全く同じことが起こり、まるで妖怪獣が影を踏む子供のようであった。

 

 互いはまるでダメージを負っていないが、二体の妖怪の光景を目と記録に焼き付けるしかない人間には、鵺が妖怪獣を終始手玉に取り、遊んでいるようにさえ見え、鵺の得体の知れぬ闇そのものに恐怖を覚える程であった。

 

『どうやら貴様の要はその身にないようだな。中々に強固な術とも見える』

 

 鵺は妖怪獣の攻撃を涼しい顔で耐え、両腕をよく咬んだガムのように奇っ怪に伸ばし、妖怪獣をフォークで突き刺すかの如く不定形の腕の先端で幾度となく突き刺し続けていた。

 

 最も妖怪獣の表面の虹色の膜に弾かれ、それ以上刺さることもないようであるが、衝撃だけは与えられているようであり、妖怪獣は徐々に街から海岸線に向かって押され続けている。

 

 そんな最中、鵺は再び口を開き、子供にも青年にも壮年にも聞こえ、男性のようにも女性のようにも聞こえ、その全てが答えであるような奇妙な声を上げた。

 

『じゃが――』

 

 その直後、鵺は海岸の寸前で腕を更に伸ばし、妖怪獣の両腕と両足を黒い手袋を履いているかのように薄く覆った。

 

 そして、次の瞬間、鵺の両腕に覆われた妖怪獣の両腕が、大木がへし折れ、粉々に砕け散るような音と共に、生物ならば決して曲がってはいけない方向にひしゃげた。

 

「――――――!?」

 

 妖怪獣から明らかな痛みによると思われる悲鳴が上がった。更に両腕はまるでゴムのようにグネグネと波打っており、正常な人間ならば目を覆いたくなるような光景である。

 

『堅いだけで全てが防げるなど愚の骨頂よ』

 

 鵺は妖怪獣から手を放すと、怯んだ隙をついて、二本にも数十本にも見える鵺の触手のような両足が夕陽で影が延びるように地面を這い、妖怪獣の胴体を蹴り飛ばした。

 

 妖怪獣に蹴りによるダメージは無いが、怯んでいたため、踏ん張りが利かず、妖怪獣は己が産まれ落ちた付近の地点まで蹴り飛ばされ、海上へと落ち、巨大な水柱を立てた。

 

『くだらん……余が出るほどでもなかったではないか……』

 

 鵺は肩を竦めて、呆れるような動作を取った。溜め息の代わりに鵺の身体の一部だと思われる黒い霧が、人でいえば口のある位置から吐き出される。

 

「おお、我が主よ……ッ!」

 

 そうして、妖怪獣が立ち上がるまで頭のような部位を作り、首を鳴らす動作を始めた鵺の肩程の位置にカソック姿の男が現れた。

 

 その男は十字架状の剣を持っており、何が嬉しいのか感涙を流しながら鵺を讃えるように手を掲げていた。

 

『…………"しょうけら"か』

 

「はい! 私は貴女の忠実なる永遠の僕! しょうけらめでございます!」

 

『随分、早いのう。よもやここまで早く余の配下が駆け付けると思わなかったぞ?』

 

「ええ、マリア様の奇跡があってこそのものです」

 

 しょうけらと話す鵺の口調は、それまでとはうって変わり、古風で女性的なものへと変わったように思える。

 

『ああ、"妖怪城(アレ)"か……母上らしいのもつくづく』

 

 "何百年経っても趣味は変わらんのう……"と呟きながら、鵺の赤い双貌はどこか遠いところを見て擦れているように思えた。

 

「私以外の主様の配下も続々とここに向かっていることで――」

 

『止めよ』

 

 鵺はポツリと呟き、しょうけらの言葉を止め、自らが言葉を紡いだ。

 

『いらぬわ。そこな獣一匹風情、余だけで十分というものじゃ』

 

「し、しかし……」

 

 次の瞬間、しょうけらは途方もなく莫大な妖気の奔流に押し潰されたかのような錯覚を覚えた。

 

『逆に聞く、余が妖怪獣(あんなもの)に遅れを取ると思うてか?』

 

 呼吸すらままならない程の妖気に当てられたしょうけらは、息を切らすと共に、これこそが主の威光と歓喜に震えながら鵺を見上げていた。その表情は恍惚にさえ思える。

 

『それより、救助じゃ。この街に避難が遅れた生き残りが居ぬとも限らぬ。それと周囲の街の人間へ避難誘導でもしておれ。そちらの方がずっと建設的じゃろうて』

 

「ハッ! ではそのように通達します!」

 

 それだけいうとしょうけらは何処かへ消えていき、鵺は大きな溜め息を吐いた。

 

『まったく……ままならんものじゃな』

 鵺が視線を海上へと戻すと、既に腕を修復し、これまでで最大の光線を放とうとしている妖怪獣の姿があった。

 

 次の瞬間、放たれた妖怪獣の光線は鵺の頭部を貫いたが、相変わらず鵺の身体は煙のように散り、元に戻る。

 

『そう思うじゃろう? "母上"も』

 

 鵺はそう呟き、何故か何もない筈の虚空を見上げ、笑い声を漏らした。

 

 少しそうした後、鵺は空中に浮き上がり、その影のような巨体にも関わらず空に浮いたまま海上にいる妖怪獣の背後へと瞬間移動し、妖怪獣の後頭部を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妖怪獣の方は特に問題ないようじゃな」

 

 妖怪獣の方が気になり、覗いたら何故かきぬと妖怪獣が戦っており、そのままこっそり覗いていたらきぬにはバレていた。相変わらず、清明同様私の子供はよくできた子達だ。最初の私は妖狐としての才能はからっきしであったが、子を産む才能とかはあったのかも知れない。

 

 しかし、きぬは大丈夫なのだろうか。確か地獄の役人が、現世に出てくるにはかなり面倒な手続きが必要だと前に愚痴っていた気がするのだが……まあ、その辺りは清明にでも丸投げしているのだろう。あの兄妹は性質や性格が真逆だが、それがかえってバランスが取れているのである。

 

「あの妖怪は……」

 

 片手間に見るためにスクリーンに映し出すように宙に投影していたため、妖怪獣ときぬのバトルは鬼太郎も見ていた。音声は私だけに聞こえるようにして幸いだったといえる。流石にきぬの母だと今バレるのは少々マズい。

 

 しかし、鬼太郎はきぬを見たことがないようだ。まあ、地獄は無茶苦茶広いし、それにきぬは罪人の前にしか姿を現さないからな。

 

「"鵺"という伝説の京妖怪の名前ぐらいは知っておろう? それじゃ」

 

「鵺だって!?」

 

 鵺といえば1000年程前に京妖怪を統べ、悪逆無道の限りを尽くした正体不明の大妖怪ということで人間にも妖怪にも周知されている。活動期間こそ妖怪にしては短めであったが、未だに語り継がれる辺りどれほど強大な妖怪であったかはわかるだろう。

 

 まあ、ついさっきまでそちらの名前を私は忘れていたがな。私的にはきぬはきぬなのである。そして、悪逆無道な妖怪だったかといえばそんなこともない。誰に似たんだか、私と同じような妖怪である。

 

「悪党には悪党の矜持がある。無差別な侵略などというものは誰の逆鱗に触れるかわからぬというものじゃ」

 

 私は小さく笑い声を漏らしながら八百八狸達に守られている刑部狸に目を向けた。

 

「高い授業料になったのう。刑部狸よ?」

 

「貴様ァ……!」

 

 二百四十三体。約10分程で私が十字槍で貫いた八百八狸の数である。多少考える頭はあるのか、意外と一気に襲い掛かって来たりはしなかったため、控え目だな。

 

「おい鬼太郎。お主は何頭殺った?」

 

「丁度、五十体だ……」

 

「そうか、私は全部合わせて二百四十八体じゃな」

 

「…………そうか」

 

 なんだか鬼太郎はちょっと悔しそうであるが、私は孤立無援で大集団を相手にすることに慣れ過ぎているため、仕方あるまい。どちらかといえばタイマン勝負の方が苦手である。

 

「とすると貴様らは今、五百十狸か」

 

 私は地を蹴り跳ぶと、空中で十字槍を構えて狸の集団に飛び込むと同時に横一文字に狸を5匹同時に斬った。

 

「――!?」

 

 十字槍の一閃は、2匹の狸は胴が真っ二つに別れ、1匹の小さな狸の首を刎ね、2匹の狸は十字槍で身体の何処かしらを失った。

 

 次に私は来た方向へ走り、その間に届く距離にいた狸を突く。

 

 1匹は右目から入った穂先が後頭部を突き破り、1匹は正面から首を穂先が貫き、1匹は振るってきた腕を打ち払ってから心臓を突き、1匹はこちらを見ていなかったため横から喉を貫き、1匹は私を見て逃げようとして向けた背中を穂先が貫いた。

 

「さて、これで五百狸じゃな。有り難く思え、随分数え易くなったではないか」

 

 そういいながら笑ってやるが、狸たちは私に反抗的な目を向けながらも口を噤んで、恐れるばかりだ。私の小粋なジョークもスルーされ、傷が浅く死に損なった狸が、十字槍の猛毒にも似た獣殺しの力により絶叫しながら衰弱している声ぐらいしか聞こえない。

 

「はぁ……余興もわからぬのでは貴様ら風情が天下を取るなど夢のまた夢よのう。これぐらい笑って返す気骨はないのか?」

 

 呆れて溜め息を吐きながら歩いて鬼太郎のところへと戻った。

 

「着いてこい」

 

 それだけ言って駆け出すと鬼太郎は私に着いてきた。刑部姫が太鼓判を押す妖怪なだけはあり、走る速度は中々のものである。

 

 鬼太郎が私と並走し始めたことを確認し、鬼太郎に話し掛けた。

 

「余興は終いじゃ鬼太郎よ。いい加減、引導を渡すぞ。よもや八百八狸全てを葬る気だった訳ではあるまい?」

 

「え……?」

 

「ほぁ?」

 

「…………ああ! そうだな」

 

 なんだろうか今の微妙な間は? まあ、いいか。そんなところに突っ込みを入れる程、お姉ちゃんは野暮でもない。

 

「要石を壊すぞ。どうせまたある」

 

「要石……?」

 

「妖怪獣と八百八狸の核じゃ。潰せば皆死ぬ」

 

「なっ!? そんなものがあるならなんでいままで……」

 

「鬼太郎よ。妾はのう。結果よりも過程を大切にしておる。じゃから――」

 

 私は言葉を区切り、鬼太郎へ笑みを浮かべてから言葉を続けた。

 

「無礼な妖怪は散々足蹴にし、心を折ってから殺す、それが妾のやり方じゃ」

 

 いつの間にか本心から沸いた笑い声を上げていると、鬼太郎は何とも言えない目で私を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれじゃな」

 

 羽衣狐に先導されるまま鬼太郎が着いた場所は、崖の先端に鎮座する口のない壺のような形をした石が置いてある場所であった。

 

 羽衣狐が指差す方向にはやはり、この場で一際異彩を放っている妖気を放つ奇妙な石がある。

 

「アレか」

 

 要石を確認した鬼太郎は片手にちゃんちゃんこを巻き、破壊しようと要石に迫った。

 

「まあ、待て」

 

 しかし、他ならぬ羽衣狐に止められた。共闘しているとはいえ、信用はしていない彼女に対し、鬼太郎は怪訝な顔をした。

 

「見たところかなり高度な術が掛けられておる。無闇に触れるでない」

 

「術……?」

 

「ふむ、見せた方が早いな」

 

 そういうと羽衣狐は要石に近づき、十字槍を地面に置いてから片手で触れる。すると羽衣狐の白い手は瞬く間に石化していった。

 

「な……!?」

 

 鬼太郎が驚く間にも、既に羽衣狐の石化は肘辺りまで差し掛っていた。すると羽衣狐はもう片方の手で肘から先を引き千切り、無造作に地面に放り捨てた。

 

「ほれ、こうなる。危ない故、触れるでないぞ?」

 

 羽衣狐は振り向くと、涼しい顔で子に語り掛ける親のように鬼太郎へ警告した。その様子には鬼太郎も羽衣狐を心配する。

 

「大丈夫なのか……?」

 

「これは妖怪が触れると石化するような術じゃな。んー……そうさな。この術式相当な手練れが組んだと見えるこれを解除するには1時間か2時間は掛かるやも――」

 

「そうじゃないお前の腕だ!」

 

 自身の腕を全く気にすることなくそんなことを言った羽衣狐に対し、鬼太郎は声を張り上げた。それを聞いた羽衣狐は狐に摘ままれたような表情をしている。

 

「ククッ……やはりお主は優しいのう」

 

 そういうと羽衣狐はその場で屈み、石化した腕に触れた。すると腕は色を取り戻す。

 

「対抗術式さえ組んでしまえば石化の解除もほれこの通りじゃ」

 

 更に腕を持ち上げると、腕の切断面と肘の切断面をそのまま繋げた。まるで折れたフィギュアの断面を合わせるかのような行動である。

 

 しかし、羽衣狐の腕はそれだけでくっついたようで、指が動き出し、動作を確認するためか、グーとパーを交互に繰り返している。

 

「腐っても妾は大妖怪じゃ。腕が千切れた程度でどうこうなるものではないわ」

 

「…………心配して損したな」

 

「じゃがその心意気はよし。ひとついいことを教えてやろうぞ」

 

 羽衣狐は何処か嬉しそうに口を開いた。

 

「大妖怪を相手にする場合はな。人間やただの妖怪のように思うでない。頭を潰し、心臓を潰し、肢体を潰し、それでも動くような奴もおる。それどころか魂だけになろうともまだ喰らいつく者もおるのじゃ。大妖怪を倒したくば、魂が潰える瞬間まで決して気を緩めるでないぞ」

 

「………………」

 

 鬼太郎は大妖怪から大妖怪と戦う心得をレクチャーされるとは思ってもおらず、何とも言えない気分になった。ひょっとしたら羽衣狐もそうなのではないかと考え、頭がなくとも襲い掛かってくる羽衣狐を想像し、鬼太郎はゾッとした。

 

「さて……」

 

 羽衣狐は要石に向き合うように正座すると両手を掲げた。

 

「少々骨が折れるが、これよりこの術式を(ほど)く。その間、妾を守れ」

 

「は……?」

 

 鬼太郎が疑問符をあげると羽衣狐から尾が一本生えた。それは地面に転がる十字槍を掴むと、鬼太郎に投げ渡してきた。

 

「使いたければ使え。獣特攻じゃぞ」

 

 後ろも見ずにそれだけ言うと羽衣狐は尾を引っ込め、術式の解除に取り掛かった。

 

 投げ渡された四尾の槍を見て唖然とする鬼太郎。それもそのはず、羽衣狐ですらこの十字槍による傷を負えばただでは済まない。その上、この槍は過去に鬼太郎が投げつけて羽衣狐を傷つけたものである。

 

「お前……何で?」

 

「お主は妾とは違う。例え妾とて無抵抗の妖怪を背中から突き刺せるような外道ではあるまい?」

 

 その言葉には鬼太郎への賞賛と、自身を卑下するふたつの意味が含まれていた。

 

「それに妾は最初に(まみ)えた時に伝えたつもりじゃ。"お主とは戦う意味がない。戦おうとも思わん"とな」

 

 思えば羽衣狐は鬼太郎を自分から傷つけるような行動を取ることは極めて少なかった。十字槍ですらあれだけの達人である。本気だったのならば鬼太郎を赤子の手を捻るように倒せてしまっていただろう。

 

「わかった……」

 

 鬼太郎は十字槍を持ち、羽衣狐に背を向けると来た道の穴を見た。丁度、そこから鬼太郎と羽衣狐を追ってきた八百八狸がちらほらと姿を見せ始めていた。

 

 少し十字槍を振るってみるが、羽衣狐が振るった時のように美しくも強靭な槍捌きでは到底ない。やはり十字槍が特殊なわけでなく、羽衣狐が正しく槍術を学び、卓越した技量を持っていたということだろう。

 

 羽衣狐を全て信じることは難しく、彼女自身もそれを望んでいない言動が目立つが、彼女の信念と意志は信じれると鬼太郎は考え、八百八狸と対峙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、まなを含む鬼太郎の仲間たちは住宅街の一角に集まっていた。脱出したまなと猫娘は仲間を連れて鬼太郎の元に戻ろうとしたのである。

 

「な、なんで塞がっているの!?」

 

 そこではついさっきまなと猫娘が通ってきた筈の洞窟の入り口が潰れて塞がっていたのである。これでは行きようがない。

 

「どこか別の道が――」

 

 まなの肩に乗っている目玉のおやじがそう呟いた時、それは現れた。

 

 

『縺セ縺」縺ヲ縺』

 

 

 突如としてまなの背後に現れた者は、いつか見た手足が長くスーツを着た妖怪であった。

 

 鬼太郎の仲間たちは一瞬身構えたが、前と違って自然な様子であり、こちらに敵意を向けている様子もないため、警戒を解除した。

 

「前の妖怪さん……」

 

 まなが語り掛けるとスーツを着た妖怪は懐からメモとペンを取り出し、何かを書くとこちらに見せてきた。

 

『Hello, my name is』

『わたし』

『バラバ』

『名前』

 

 それは子供が書いたような拙い日本語であったが、最初に書いて止めたように見える英語はかなり綺麗に書いていたため、英語圏の妖怪だということはなんとなく伝わる。

 

「バラバさんっていうんだ。あ、私は犬山まなっていいます」

 

 まなが行儀よくお辞儀をすると、バラバもきちんとお辞儀を返す。その光景は微笑ましくすらある。

 

 皆が突然の来訪者に不思議に思っていると、バラバは更に文字を書いた。

 

『なか』

『入れる』

 

 メモを見せながら指で埋まっている洞窟を指差した。

 

「本当か!?」

「本当なの!?」

「本当!?」

 

 バラバは一気に詰め寄られ、少し引いたが、背中から触手を数本出して、それぞれに一本ずつ向けながら再びメモを見せる。

 

『触れて』

 

「うん!」

 

 その触手をまなは即座に握った。残る鬼太郎の仲間たちは顔を見合わせたが、ひとりが触手を掴むと、続くように全員が触手に触れた。

 

 その瞬間――。

 

 景色は洞窟の中へと切り替わっていた。湿った岩と狸の何とも言えない臭いが充満しており、ここはかつてまなと猫娘と目玉のおやじがいた洞窟だということが三人には即座に理解できた。

 

「なんと面妖な……彼奴は他人も飛ばすことが出来るのか」

 

「わぁ、バラバさんスッゴい!」

 

「ぬ? バラバが居らんぞ?」

 

 砂かけ婆の呟きで辺りを見回すが、そこにいるのはまなと鬼太郎の仲間たちだけであり、あのスーツ姿の妖怪はどこにも見当たらなかった。

 

 一同は不思議に思ったが、ひとまずここまで力を貸してくれたことに感謝し、そのまま先に進むことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……」

 

「どうした羽衣狐!?」

 

「…………なんでもない、なんでもないぞ。お主は狸に集中しておれ」

 

「ああ、なるべく早くしてくれ!」

 

 思わず声に出してしまって、耳がいい鬼太郎に聞かれてしまった。

 

 私は何とも言えない気持ちを要石にぶつけて睨み付ける。特に意味はないがな。

 

 私が解除に入ってから1時間程経ったが、術式の分解は丁度半分……いやちょっと盛ったな4割程しか終わっていない。

 

 それというのはこの要石を術施した術者が意味がわからないと言い切ってもいいレベルの奇っ怪な術が掛けられていたからである。

 

 というのも普通、術……ここでは魔術全般のことを指すので魔術でいいか。魔術というものにはそれぞれ系統が別れており、それに沿って組み立てられているものである。例えば黒魔術やルーン魔術といった風に系統そのものが確立され、それ故に系統ごとに解除方法をある程度割り出せるのだ。

 

 だが、この要石に掛けられた術は和洋折衷あらゆる術の悪い部分だけを組み合わせて生み出したいわば歪なパズルのような構成をしており、既存の知識がまるで役に立たないのである。

 

 ついでにいえば術というものは掛けるのは一瞬であるが、一から作るならば数ヵ月から年単位で時間を消費してもおかしくはないものなのだ。そんなものをぶっ壊すのではなく正面から解除するには、構造を完全に理解する必要があるため、それなりに時間を有するのも仕方のないことであろう。というか、私が解除にこれほど時間が掛かっているということは普通ならまず解けないような代物である。

 

 要石を目にした時に"あ、これダメな奴だ"と思ったが、鬼太郎に馬鹿正直に八百八狸を相手にすることはないと言ってしまった手前引き下がることも今更出来ない。

 

 さっき触れてみたのは、私の肉体は半妖なのでもしかしたら行けるのではないかと思ったが、そんなことはなかった。ちくせう。

 

 もうこうなったら戦闘での余波で崖ごと破壊して落としてしまおうかとも考えたが、この要石は空間に固定されているようで、崖を破壊しても要石だけは宙に浮いているというシュールな絵面になると思われるので却下である。

 

 助けてまな、お姉ちゃんプチピンチ。

 

 そんなことを考えていると、鬼太郎が私の十字槍を持って仁王立ちしている唯一の通路から大量の土砂……いや、砂が流れ出て来るのが見えた。

 

 自棄になって刑部狸が配下の八百八狸ごと洞窟を爆破でもしたのかと考えたが、鬼太郎の仲間の猫娘や、砂かけ婆や、子泣き爺や、ぬりかべなどが続々と現れたため、違うようだ。

 

「猫娘! 皆! 来たのか……」

 

「間に合ったみたいね鬼太――」

 

 こちらに目を向けた猫娘と目があった。

 

「にゃっ!? 羽衣狐!?」

 

 にゃってなんなの可愛いな。そんなこと言っている場合ではなく、鬼太郎の仲間たちは騒然となる。

 

 このままではマズいと考え、先に何か言っておくことにした。

 

「全く……賑やかになったのう。ならついでに人間のひとりでも連れて参れ。この要石を壊すのに必要じゃ」

 

「に、人間って……どういうことなの鬼太郎……?」

 

「あー、話せば長いんだが……とりあえず今は敵じゃないから安心してくれ」

 

 鬼太郎が仲間たちに呼び掛けると、仲間たちは次第に落ち着きを取り戻した。これも絆という奴か、私にはあまり縁の無いものだから羨ましいものだな。

 

「それって私でもいいの?」

 

 聞き慣れた声が響き、そちらに目を向けた。

 

 ぬりかべの後ろにいて見えなかったようで、そこには嬉しそうな表情をしている私の妹――犬山まなの姿があった。

 

「そうだよね? 羽衣狐さん」

 

 そういいながらまなは唖然とする鬼太郎と仲間たちを過ぎ去り、私の前まで出て来る。

 

 全く、まなは心臓に悪いな……1000歳越えのおばあちゃんなんだぞ私は。

 

「ククッ……たまにいるのう。お主のようにやたらに妖怪と関わりたがる厚顔でお節介な人間がな」

 

「えへへ……よくいわれます」

 

「よい、許す。ならば要石に触れるがいい」

 

 そう言って私は立ち上がり、まなに場所を譲った。

 

 その直後――。

 

 

 

「鬼太郎ォォ! 羽衣狐ェェ!」

 

 

 

 十体の狸を引き連れた刑部狸が鬼太郎の仲間たちの背後に立っていた。

 

 見たところ残った狸も八百八狸の中でも実力者なようで、纏う気迫が違うことは一目瞭然だ。

 

「刑部狸!?」

 

「砂太鼓でも倒しきれなかったか……」

 

 猫娘と砂かけ婆が声を上げた。どうやら一戦交えていたようだ。

 

「貴様らだけは……貴様らだけは許さん!」

 

 そういいながら刑部狸は振り絞られた妖力で巨大な念力を放ち、鬼太郎を含む周囲の鬼太郎の仲間たちを吹き飛ばした。

 

 それに続けて十体の狸が私とまな目掛けて駆け出したのが見えた。

 

「鬼太郎!」

 

 私は吹き飛ばされる鬼太郎に呼び掛け、鬼太郎と視線が交差する。

 

「受け取れ羽衣狐!」

 

 次の瞬間、鬼太郎は私の十字槍を刑部狸と私の中間に投げる。私は跳び上がり、十字槍を掴むと、最も近付いている狸から刑部狸までを一本の道に見据えた。

 

 この時、この瞬間、この一瞬だけ私は人間になった。

 

「武の極地、これぞ槍の究極」

 

 私は十体の狸から繰り出されるすべてを捌き、いなし、躱した。

 

 その上で必殺の一撃へと繋げ、激流に逆らい泳ぐ魚のように突き進む。

 

 そして、十体の狸を葬りながらついに刑部狸の目の前まで到達した。

 

「死ねぇぇ!」

 

 刑部狸は最後に何かの抵抗をした。しかし、それを私は覚えていない。何が来ようと――。 

 

「朧裏月――」

 

 師の生涯無敗の十一の式は、私が磨き続ける限り、初見の相手あるいは武器、武装、術の類がどれほど奇妙なものであったとしても、初見の不利を解消し、すべてを捌き、いなし、躱した上で必殺の一撃へと繋げることが可能なのだから。

 

「がはっ……」

 

 結果として刑部狸は私に触れることすら出来ず、自身の胸を私の十字槍に貫かれていた。

 

 それの直後、私の背後で巨大な岩が地に落ち、砕け散る音が響き渡った。まながやったのだろう。これで全て終わった。

 

「羽衣狐……」

 

 糸がほどけるように妖気が失われ、消えていく中で刑部狸は最期の言葉を紡いだ。

 

「次こそは……必ずや貴様を――」

 

「いつでも来い。今度は人間ではなく妾ひとりを狙うのじゃな」

 

 刑部狸は獣のように獰猛な顔をしながら挑戦的な瞳を浮かべ、ひっそりと消えていった。

 

 残った黒紫色の妖気の帯は綺麗とは言い難いが、それでも次第に消えていく妖気には盛者必衰を現すようで少しだけ寂しく感じた。

 

「あぁ……」

 

 私は溜め息を漏らしながら自身の肩を抱き締めた。全く……狸共もやれば出来るじゃないか……少し興奮してしまった。

 

 身体の熱を抑え、十字槍を尾にしまってから鬼太郎らに向き合う。

 

「羽衣狐……」

 

 真っ先に私の前に立った鬼太郎は何とも言えぬ表情で私を見つめる。とりあえず、それには反応せず、妖術を使って外の景色を映し出した。

 

「終わったのう……何もかも」

 

 その映像では要石の加護を失った妖怪獣が、鵺に頭を掴まれ、脊髄ごと頭を引き抜かれている光景が広がっていた。エースか帰って来たウルトラマン並みのグロさである。私の娘、容赦なさ過ぎる。

 

 まなの教育によくないので映像を止め、鬼太郎らに向き合うと鬼太郎に並ぶように鬼太郎の仲間たちとまながいた。皆、私に対してどうすればいいのかわからないといった様子で黙っている。

 

「気にするな。今回は敵の敵は味方とでも思え。狸の世などこちらから願い下げじゃから――」

 

「そうじゃないんだ羽衣狐」

 

 適当に理由を付けて去ろうとすると、鬼太郎が私の言葉を止めた。

 

「ありがとう」

 

 そして、一言それだけ鬼太郎は言った。考えていなかった対応をされ、少しだけ私はかなり驚いた。

 

「……ああ、そうか……そうか」

 

 私は照れ臭さから返す言葉が見付からず、それだけ口にすると妖術を使って移動し、逃げるように家へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「父さん」

 

 八百八狸を羽衣狐と共に倒した帰路。鬼太郎は目玉のおやじに問い掛けていた。

 

「やっぱり羽衣狐のことはよくわかりません」

 

「そうじゃな。じゃが、今回ワシらは羽衣狐の悪いところだけでなく良いところも知ることが出来た。それだけでも収穫じゃ」

 

「羽衣狐の伝承の方が間違いだったということでしょうか?」

 

 相変わらず、羽衣狐という妖怪はどこに立っているのかすらわからない妖怪である。しかし、伝承通りの悪逆無道な妖怪では決してないと鬼太郎は考えていた。少なくとも八百八狸や見上げ入道よりもよほどに筋の通った妖怪だ。それこそ、手を上げることを憚るような。

 

「そこまでは言っておらん。じゃが、伝承というものは語り継いだ者の主観が強く、また脚色されることもある。じゃから――」

 

「自分の目と耳で確かめたことを真実だと考えた方がいい、ということですね」

 

「その通りじゃ……成長したのう鬼太郎……」

 

 鬼太郎は羽衣狐という妖怪についてきちんと知りたいと考え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶえくしょんっ!」

 

 うぇーい。誰かな私の噂してるのは? まあ、どうでもいいか。

 

 それより――。

 

「羽衣姉! 羽衣姉! あの槍でびゅんびゅんシュバーっていうの見せてよ!」

 

 このキラッキラッした目で見てくる我が妹をなんとかしなければな……。

 

「まなよ……妾が覚えている武術というものはおよそ殺人術ゆえおいそれと見せるものではな――」

 

「スッゴーい! カッコいい!」

 

「………………」

 

 うわ、現代っ子つよい。

 

 

 

 




~今回のまとめ~
合体などさせるものか!(狸+妖怪獣)



なんだかとても鬼太郎が好意的になったような感じですが、好感度は上がってません。

今までがアホほどマイナスだったので、0ぐらいになった状態です。

ハゴロモさんに合わせるために原作の妖怪獣との戦いは全カットしましたが、まなちゃんに要石は触れさせ、ハゴロモさんはさっさと退場したので、要石の力とか謎の"木"とかはまなちゃんに宿っております。


~文字化け翻訳~
『縺セ縺」縺ヲ縺』→待ってた




~ちょっとしたお話~
ここまで読んでくれた読者様方! ゲゲゲの鬼太郎を原作に小説を書きましょう!(奈落への誘い)
リアルな話、ゲゲゲの鬼太郎と検索すると14件とかしかヒットしないのは流石に寂しいというか……ほら、作者昔から読み専(矛盾)って公表しているので、どっちかといえば読みたい派なのですよ。なのでゲゲゲの鬼太郎の小説が投稿されるととりあえず読みに行ったりしています。なので皆さん投稿してくれませんかねぇ……(チラチラ)。
そして、投稿なさるともれなく作者が読みに行くのでなんと! 結果的にこの小説の投稿速度が落ちます!(オイ)



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羽衣狐(美)

どうもちゅーに菌or病魔です。

他のタイトル
羽衣狐(へべれけリターンズ)

脳みそを溶かしながら見る回でございます……。


 

 突然だが、美とはなんであろうか?

 

 この場合の美とは美術品や景色などで覚えることではなく、人間を見たときに感じる感覚のことである。

 

 美とは古今東西ありとあらゆる場所と時代において常に評価され続けてきたことであり、人間の歴史のひとつと言っても過言ではないであろう。

 

 人は顔で決まるなどとも言われ、その重要性は計り知れないところだ。

 

 しかし、私としては美とは顔だけで決まるものでは決してない。美とは顔に加えて、頭髪、肌の質、歯並びに色、体格のバランス、立ち振舞い、音質、声の抑揚、何気ない動作等々上げれば切りがない程の観点から総合的に認識出来た範囲で決まるのである。

 

 そして、昔の依り代で傾国の美女と呼ばれたこともある経験は伊達ではなく、私ほど美に精通した妖怪もそうはいないだろう。

 

 故に羽衣狐()ではなく、犬山乙女()は美しいのだ。そうでなければ何よりも犬山乙女()に申し訳が立たないのだから。

 

 そういう意味では私は美という呪いに囚われているのかもしれない。

 

 まあ、顔なんて80点(10人中8人に美人といわれる)ぐらいあればいいのだ。そうすれば残りのあらゆるところを磨いて150点(10人中10人に美人といわれ、内5人に求婚される)ぐらいにすれば傾国の美女になれる。もちろん、経験談である。例えば笑顔を絶やさずにボディタッチをほんの少し増やせば、大多数の男なんてコロリである。悲しいかな恐るべきほど単純な生き物なのだ。

 

 そんな美のスペシャリストな私であるが、最近スゴいことがあった。というかスゴい娘を見掛けた。

 

 名前は"房野きらら"という。少し調べればまなのクラスメイトだというから驚きというか世界は狭いものである。学校に花子さんいるしな。

 

 彼女は凄まじかった。何せ、顔というただの一点以外のあらゆる観点は私が評価しても120点(10人中10人に美人といわれれ、2人に求婚される)ぐらいは固いと思うほどよく出来ていた。

 

 しかし、顔というただの一点があまりにも悪い方向性に突き抜けており、その他の観点を全て破壊していたのである。いや、破壊するだけならまだいい……。

 

 例えば仮に顔が10点(遮光式土偶の方が見ていて和む)だとしよう。他の観点がどこかしら高くとも60点止まりぐらいならば一般的なブスぐらいに見られるのが精々であろう。

 

 しかし、彼女の場合、他の観点が磨かれ過ぎているため、最早顔面ブラックホールと化しているのだ。

 

 例えば先に彼女の顔を見ずに彼女の後ろ姿を見て、綺麗だと思い声を掛けて振り返られるとしよう。そして、顔を見る。

 

 ミミックじゃねーか。

 

 若しくは先に顔を見てから、顔から意識を反らして他のところを見てみる。

 

 え……? なんなのコイツ……。

 

 そんな感じで逆に嫌悪感を抱かれてしまうのである。悲しいかな彼女が努力すればするほど、そんな他の人間との溝は深まるばかりだ。寧ろ、彼女のためを思うならば止めさせるべきなのは彼女の不要な努力そのものなのだ。

 

「そこんとこどう思う"ずんちゃん"よ?」

 

「また、唐突だねぇ……」

 

 私と机を挟んでいる彼女は友人のずんべら。ずんべらぼうともいい、のっぺらぼうの亜種のような妖怪であり、元人間の彼女の性質を表すならば妖怪らしい妖怪といったところである。

 

「それでだったらその娘にあなたはどうしたいの?」

 

 ははは、そんなもの決まっている。

 

「顔にかまけた高飛車な美女より、努力し続ける醜女を妾は愛でたい!」

 

 容姿のコンプレックスのせいで性格がひねていてもそれはそれでよし!

 

「だったらそのようにすればいいさ」

 

 そうだねー! イッタルデー!

 

 

 

 

 

「あらあら……」

 

 ずんべらは少しやってしまったといった様子で机の隣に散乱しているものを眺めた。

 

「家では妹に止められてて飲めないっていうからお酌したけど、やり過ぎたかね……?」

 

 そこには1ダースほど開けられた一升瓶が転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だーれだ?」

 

 家から飛び出し、夜道を歩いていた少女――房野きららは突然、目を覆われて背後から掛けられた声に困惑した。

 

 しかし、彼女が振りほどかなかったのはその声がとても綺麗で凛としていながら愛嬌のある女性のものであり、彼女の目を覆う手と思われるものの手つきが異様なほどに優しかったからだ。

 

 彼女はされるがままくるりと身体を半回転させられ、女性に向き合うような形にされると、手が退けられた。

 

「うふふ、こんばんわ。"房野きらら"さん」

 

 彼女はその女性を目にして驚きと共に放心した。

 

 その女性はこの街に知らない者はほとんどいないほど有名な"犬山乙女"という名の高校生だったからである。

 

 その理由はまずその容姿だ。新雪のように白く曇りひとつ無い肌に、艶やかで流れるようなしっとりとした長い黒髪が生える。さながら生きた日本人形のようでありながら全体的なバランスは破綻しておらず、寧ろ一度見れば忘れられないほど人間離れした美しさという印象を他者に懐かせ、絶世の美女という言葉がここまで似合う人間もそういないと思わせるほどであった。

 

 次に犬山乙女の人間性だが、一言でいえば大和撫子のそれであるという。常に笑顔を絶やさず、誰にでも人当たりがよくありながら、相手を立てる奥ゆかしさを持ち、学校の人間からも乙女の住む周囲の人間からも極めて評価が高い。

 

 ならば学業成績はといえばこちらの方が非の打ち所がない。座学に関しては常に全国模試の最上位に名を連ねるほどであり、身体能力は陸上部の男子全国レベルという度肝を抜く程にあらゆる能力が極めて高い。また、部活動は演劇部の副部長を務めると共に幾つかの同好会規模の文化部に名前を貸して席を置くこともしており、特に演劇部での彼女の演技は圧巻の一言である。

 

 ちなみに学校では黒が似合い私服まで黒い様子から"黒先輩"や、常に笑顔なのだが目を細めて笑っている様子から"狐先輩"など呼ばれ、先輩付けの由来は間違っても同年代とは思えない雰囲気からのため、同学年や先輩にまでそう呼ばれたりもしている。

 

 そして、SNSで何気ない1日の写真や新しい服を着た写真を上げている内に、凄まじいフォロワー数を誇るようになり、ネットで有名人だったりする。後、容姿に似合わぬ、やたらガチな対人ゲーム実況動画も上げており、キレると言葉使いがやたら古風になることで有名である。

 

「あ……ぁ……」

 

 彼女は乙女に嫉妬心を持ったことはないかと問われれば嘘になるが、それ以上に憧れを懐いていたのである。そんな、突然の有名人の来訪どころか襲撃に、きららの頭はパンクしかける。

 

 すると乙女はきららの手を自身の手で優しく包み、少し申し訳なさそうな表情で唇を震わせて言葉を紡いだ。

 

「突然で悪いけれど、もしよければこれからお姉さんとデートしないかしら?」

 

 男女問わず魅了する魔性の女。それが犬山乙女という女である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「~♪」

 

 現在、きららと乙女はカラオケ屋の一室にいた。そして、マイクを握り締めた乙女が歌っていた。

 

 控えめに言っても美声である。ちなみに歌っている曲は"漆黒の羽根"という曲である。きららにはその曲が何故かまるで乙女のためにある曲なように感じる程に合っていると思った。

 

「ふぅ……たまにまなと行くけれど、やっぱり思いっきり歌うのは楽しいわね」

 

 そんなことをいいながら乙女はマイクを置き、きららの隣にそっと座り、肩に手を回して抱き寄せた。

 

「きららさんは何か入れないの? 私、あなたの声、可愛らしくて好きよ?」

 

「か、可愛い……私が……?」

 

 きららは驚く。何せ声といえどもきららが家族以外の誰かから褒められることなどほとんどなかったからだ。その上、彼女を褒めた人間は夢のような美女である犬山乙女。感無量だったのだ。

 

 乙女はきららの手をそっと持ち上げて更に言葉を吐く。

 

「それに爪もお手入れされてて、肌艶もとってもいい、髪もサラサラで毛先もきちんと揃ってる。きららさんは努力家ね、こんなに自分を磨く女性なんてそうそういないわよ?」

 

「あ……ぅ……」

 

 ベタ褒めであった。きららの瞳を見つめながらそう言う乙女の姿は一切嫌味がなく、まるで自分のことのように嬉しげであり、きららは嬉しさと気恥ずかしさによって萎縮してしまう。

 

「うーん、ちょっと私とお話しましょうか? 何か聞きたいことはあるかしら?」

 

 抱き寄せていたきららを解放し、肩に回していた手を戻すと、パチンと手を叩き、乙女はきららにそう言った。

 

「あ……あの……それなら――」

 

 するときららは恐る恐るといった様子だが、確りと乙女を見据えて口を開いた。

 

「あのことって本当なんですか? どんなスカウトの方でも全部断ってるって……?」

 

「ふふっ、あれね」

 

 乙女は相変わらず笑顔を崩さないままクスリと笑う。それさえ絵になるのだから最早反則である。

 

 犬山乙女の美貌についてのエピソードは筆舌に尽くしがたい。

 

 というのも、星の数程のファッション関係やモデル関係からのスカウトは当たり前として、海外からの映画関係のスカウト、果ては流行に少し明るければ誰でも知っているような海外の有名デザイナーが直接出向いて来たことすらあるといい、最早、逸話や伝説の類いなのである。

 

 そして何よりも凄まじいことは――。

 

「全部本当よ。だって家族と一緒にお夕飯食べれなくなっちゃうじゃない?」

 

 これまで乙女は全てのスカウトをそんな取るに足らないような理由で断っているということである。彼女にとっては人々の憧れや、注目の的になることなど所詮価値のないものなのだろう。

 

 その様子に勿体ない、羨ましいといった視線を向けるきららに、乙女はまるで母親のような口調と声の暖かさで呟いた。

 

「案外、幸せっていうのはね。本当にどうでもよくて、気づかないぐらい近くにあったものだったりするのよ」

 

 そのときの乙女の表情はどこか寂しげであり、どこか遠くを見ているようにきららは感じた。

 

「誰かに評価されたいとか、よく見られたいとか、そう思い続けると自然と上ばかり見てしまう。いえ、それ自体は仕方のないことよ、人間って善悪に関わらずとっても傲慢だもの。けれど、ずっとそうしているとね、いつか足元すら見えなくなってしまう。だから、最初にそうだったらいいなって願ったことはずっと覚えておきなさい」

 

「え……」

 

 きららには乙女の言うことの真意はわからなかった。けれどその言葉は確かにきららだけのために言われているということはわかる。

 

「それでね――」

 

 乙女は笑顔を止め、目を見開いた。乙女の瞳は深い漆黒に染まっており、喜を失った彼女の表情は美しさと共に恐怖を覚えた。

 

「ふふっ」

 

 その様子を見た乙女はそのまま口だけで笑いながら言葉を止めると、また話し始める。

 

「私の顔、笑ってないと結構怖いでしょう? それで私は人前ではずっと笑っているの。だから私が笑っているときは決して気を許してなんていないのよ」

 

「そうなんですか……?」

 

 あまりにも意外だった。きららにとって非の打ち所なんてどこにもない人間だったため、自身の顔をそのように思い、そんな感覚で人と接しているなどと思いもしなかったからだ。

 

「どんなに綺麗になってもね。人間が傲慢である限り、美しさに果てなんてないの。どんなに上に立っても、どんなに美しくなっても更にその上が見える、見えてしまう。それに気付くときは大概はもう何もかも手遅れなのよ。それを知っているからずんちゃんだって世捨て人のような生活をしているしね」

 

 ずんちゃんというものが何かはわからないが、その話の内容と悲しげな乙女の様子からきららは言葉を失った。

 

「あなたがどんな人生を歩んできたかは知っています。あなたがどんな羨望、絶望、希望、そして劣等感を懐いたかも知っています。その上で言うわ――」

 

 乙女は真剣な眼差しできららを見据え、これまでで一番透き通った声を出しながらきららに問い掛けた。

 

「私のやり方はずんちゃんよりも遥かに取り返しがつかない。一度してしまえば後戻りは出来ないわ。それでも―― 私のように美しくなりたい?」

 

 それはきららにとってあまりにも意地の悪い問いであった。本当かどうかはわからないが、乙女がきららの苦悩を知っているというならば答えなど決まっているというのに。

 

 きららは目の端に薄く涙を浮かべながら、生まれて以来ずっと思い続けていることを吐き出した。

 

「私は……乙女先輩みたいに美しくなりたいです……」

 

「そう……じゃあ――」

 

 次の瞬間、きららは突然睡魔に襲われ、目蓋が重くなる。それでも我慢してどうにか意識を保っていると、自身の首筋から真っ赤な何かが溢れ、部屋中に飛び散る様子が見えた。

 

「――何もかも喰ろうてやろう」

 

 きららが意識が落ちる最後に聞いた声は底冷えするほど低い乙女の声で、最後に見たものは乙女がきららの首筋に噛み付いている様子であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きららは眠りの微睡みから目が覚め、寝ぼけ眼で辺りに意識を向けると、真っ先に犬山乙女と目があった。

 

「おはよう、きららさん」

 

「ふえ……?」

 

 今の自身の状態を認識すると、どうやらきららは乙女に膝枕をされているようであった。その現実に暫く固まり、数秒後、我に返ったきららは跳ね起きる。

 

 冷静に辺りを見回すと何故かカラオケルームではなくきららの部屋であり、今までベッドに寝かせられて、乙女に膝枕されていたということもわかった。部屋の時間は夜の10時程を指している。

 

「ご、ごめんなさい! 私、いつの間にか寝ちゃってて――」

 

「いいのよ、違うもの。それよりごめんなさい」

 

 乙女は申し訳なさそうに呟いた。

 

()()()()、思ったよりもきららさんの肌が白くなってしまったわ」

 

「私の肌……?」

 

 きららが自身の手の肌を見ると、そこには犬山乙女程ではないが色白になった肌があった。更に見回すと手だけではなく全身だということもわかる。

 

「後、背がちょっと高くなったわね。それと胸も大きくなったみたい」

 

「え……? ええ……!?」

 

「でも顔はちゃんときららさんの要望通りよ? そこは心配しなくていいわ」

 

 確認してみるとその通り、背が少し伸びており、ほとんど無かったきららの胸に関しては、本人は姉程ない等と言っているがクラスでもかなりある方で、きららのクラスメイトかつ乙女の妹の犬山まなぐらいはあった。

 

 突然の豊胸に困惑する中で、乙女はベッドからきららを連れ出し、鏡に布の掛かけられたきららのドレッサーの前の椅子に座らせて向き合わせた。

 

「ああ、鏡割れてたから直しておいたわ」

 

「あ、ありがとうございます……?」

 

「じゃあ、いくわよ」

 

 そう言って乙女は鏡に掛かった布を取り払い、その中に映るものをきららに見せつけた。

 

「どう? 自信作よ」

 

「え……」

 

 きららは声が出なかった。何故なら鏡の中には自身が理想として、アプリで何度も修正し、近づけていた顔そのものがあったのだから。

 

「な、なんで……わ、私……え?」

 

 きららが動くと当然ながら鏡の中の少女も動く、それがきららであるということを示していた。

 

 するときららの背中から抱き着くように乙女が寄り添った。

 

「きららさんを私が産みなおしたのよ」

 

 そう言った次の瞬間、乙女の頭から黒い耳が生え、背中から一本の長い尻尾が生えた。それを見たきららから自然に声が溢れる。

 

「妖怪……」

 

「そうよ、私は妖怪なの。でも――」

 

「ひゃあっ!?」

 

 乙女がきららの首筋から背中に掛けてを少々乱暴に指でなぞったことできららは身体を反らした。しかし、それだけではなく、きららの頭から黒い狐の耳が生え、お尻から一本の狐の尻尾が飛び出す。

 

 驚いたまま耳に触れると、触れられた感触がし、尻尾を動かすという人間にはない感覚があった。

 

「私みたいに美しくなりたかったんでしょう? これはその代償ね」

 

「代償……」

 

 きららは改めて鏡を見た。

 

 そこには座りながら少し不安げな表情をしている美少女と、それに後ろから寄り添う美女がいた。それだけでも絵になるようであり、以前のきららだったのならばこうなることは決してなかっただろう。

 

 きららは首から胸に回されている乙女の腕をぎゅっと握った。

 

「ありがとう……ございます……」

 

「そう、それならよかったわ。美しくなりたくてもなれない苦しみなんて、気休めでは晴らせないものね」

 

 そう言って乙女はひょいときららを抱え上げ、ベッドまで移動した。そして、きららをベッドの中央に寝かせると、自身もベッドに入り、きららに覆い被さるような姿勢になった。乙女の整い過ぎた顔に見つめられ、同性にも関わらず、きららは赤面した。

 

「あ、あの……乙女先輩?」

 

「私ね、もうひとつ他の人には隠してることがあるのよ」

 

 乙女はきららを見つめながら熟れた果実を見るように甘く舌なめずりをする。

 

「私ってバイなんだけど女性の方が好きなの」

 

「え……?」

 

 突然の凄まじいカミングアウトにきららは停止する。そして、ネットで得た知識と現在の状況を考え、ゆでダコのように顔を赤くした。

 

「じゃ、身体(こっち)は対価ね」

 

 乙女はきららの髪をそっと撫で、萎縮したきららは目を瞑ってじっとしていた。

 

 しかし、いつまで経ってもそれ以上のことはなく、恐る恐るきららは目蓋を開ける。

 

「ふふっ、冗談よ。中学生の娘をそれも無理矢理だなんて私のポリシーに反するわ」

 

 悪戯に成功した子供のように乙女は笑いながらきららから退き、ベッドから離れ、身支度を整えてから再びきららに向く。

 

「そういうのは大人になってから。興味があるのなら私が教えてあげるわ。じゃあ、またね」

 

 そう言って乙女は次の瞬間にはまるでその場には何も居なかったかのように消え失せ、唖然とした様子のきららだけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きららが妖狐になってから少し経った頃。

 

 きららは街にあるちょっと古めの外見だが、お洒落なカフェにひとりでいた。山という簡素な名前の喫茶店であり、異様に多く奇抜なメニューで有名なお店である。きららの可愛らしさが店内の客の注目を集めているが、特に気にする様子もなく、きららは何かを待つようにそわそわと指を動かしていた。

 

 そして、入店の呼び鈴と共に入ってきた女性を目にすると、きららは立ち上がり声を上げる。

 

「乙女先輩! コッチです!」

 

 その客はノースリーブのマキシ丈ワンピースを着て、中にはインナーのキャミソールワンピースを纏い、靴はモカシンを履き、つばの広い日除け帽子を被った犬山乙女その人であった。言うまでもなく、頭から爪先まで黒一色であるが、それが大人の魅力と、人間離れした妖しさを存分に引き出しているのだから反則である。

 

 乙女は帽子を脱いでからきららの向かいに座り、口を開く。

 

「待たせてごめんなさい」

 

「いえ、そんなことないです」

 

 店内はさっきまでとは違い、軽い騒ぎになっていた。何せ乙女はSNSなどを通じて有名な上、そのビジュアルから他人の空似とはならないため、兎に角目立つのである。

 

 しかし、そんなことは全く歯牙にかける様子もなく、注文をしており、きららが羨ましいと思うほどであった。

 

「彼とは上手く行っているかしら? ま、聞くのは野暮かしらね」

 

 注文した甘口いちごスパなるものをいつも通りニコニコしながら美味しそうに食べている乙女。きららとしては匂いだけでも胸焼けしそうであり、乙女の表情からもしかしたらと思って一口貰うと科学的な甘さの奔流により一撃でノックアウトされた。常人なら遭難必至である。

 

 乙女がチラリときららの持つ鞄を見ると、きららはその鞄を持ち上げてテーブルに乗せた。

 

「えへへ……わかりますか? ユウスケくんに買って貰いました」

 

 そう言うきららの表情は明るく、恋する乙女といった様子であった。

 

 きららはユウスケという男性アイドルの追っかけをしており、新しい自分になったことで一悶着あったのだが、きららが思いの丈を全てぶちまけた上で、最終的にどこからか出て来た乙女が介入し、ユウスケに対する2~3時間の説得及び何かの説教の後、今のきららをユウスケが受け入れて二人は付き合うことになったのである。

 

 乙女がキツく言ってくれなかったら彼女がいるにも関わらず、休日とかに取り巻きに囲まれて楽しそうにしてたんだろうなと、なんとなくきららは考えたが、そんなことにはならなかったので考えるのは止めた。

 

「ふむふむ、善きかな善きかな」

 

 甘口いちごスパと同じく注文したガナラ青汁なる飲み物を飲んで喉を潤している乙女。彼女が当たり前のように飲んでいると、どんなものでも美味しそうに見えるから不思議である。

 

 きららは乙女と接するようになって幾つか発見があった。まず、乙女はかなりマイペースな性格である。そして、悪戯っ娘であり、結構ドSであった。昔ならば想像だにしていなかったような事だろう。それだけでも人間像とは勝手に他人の中で出来上がり、押し付けられるものなのだなと感じた。

 

「うふふ、きららさんならユウスケさんなんて捨てて映画女優デビューでもしちゃうかと思ってたわ」

 

「あはは、まさかそんなことしませんよ」

 

 仮に他の状態ならばそうなっていたかも知れないが、今のきららは妖狐で昔に戻ることは出来ない。

 

「それに――」

 

 きららは頬を染め、少しだけ言い淀みながら身を縮め、上目遣いで乙女を見ながら言葉を溢した。

 

「大人になったら……乙女先輩は私に教えてくれるんでしょう……? だったらそれまでこの街にいなきゃ……」

 

 何よりきららにとって未だに憧れで、慕い続けていたい先輩がこの街にいるのだから。

 

「クククッ……愛い奴よのう」

 

 他の客に聞かれぬようにきららだけに小さく呟かれた言葉は古風であり、笑い声も底冷えするような感覚を覚えた。

 

 乙女は自分自身のことを決して語らない。だが接している内にこのように何かの片鱗は見せてはくれるようになった。いつか彼女が全てを聞かせてくれる。そんな日をきららは夢見ていた。

 

 だってきららは、この美しくも恐ろしい妖怪の虜になってしまったのだから。

 

 

 

 

 

 

 




 ちなみにきららさんを妖狐にした翌日、シラフに戻ったハゴロモさんはとんでもないことをしでかしたことに気付き、壁に頭を打ち付けたりしております。日本の伝承はヤマタノオロチくんから続く酒でやらかすエピソードてんこ盛りだからね。仕方ないね。

 また、きららさんはハゴロモさんに産みなおされましたが、ハゴロモさんが2~3時間でぽんっとやったので、人間よりマシ程度の一般的な妖怪ぐらいの力しかありません。





 この小説では知っての通りハゴロモさんが出ると拗れるお話にはハゴロモさんが出ずに原作通りで進むことになっているので、ここいらでハゴロモさんが出ると思われる話数と、逆にハゴロモさんが出ない理由を書いておきますね(×←出ない、○←出る、-←保留中)。



第13話 欲望の金剛石!輪入道の罠(×)
→ハゴロモさん的に出ることに特に違和感はありませんが、出したら今度こそねずみ男が死ぬ。

第14話 まくら返しと幻の夢(×)
→死人等は出ておらず、あくまで自分自身の意思で大人は行ったため、ハゴロモさんが関わるか微妙なところだったため出さない(書くなら15話の方が面白そうだったとかじゃないですよ?ホントウデスヨ?)

第15話 ずんべら霊形手術(○)
→イマココ

第16話 潮の怪!海座頭(-)
→海座頭へのおじさんの伏線回収が面白過ぎたのであのままでいいと思うの。しかし、まなひとりで旅行に行かせるなんてハゴロモさんがするわけないとも思うので保留中。

第17話 蟹坊主と古の謎(-)
→ハゴロモさんが蟹坊主を初手ワンパンKOしかねない。保留中の理由は前話と時間軸が繋がっているためであり前話と同上。

第18話 かわうそのウソ(○)
→家族旅行だし、猫娘と姉として話すいい機会なのである。

第19話 復活妖怪!?おばけの学校(-)
→………………妖怪城の妖怪……食べちゃったよ……。吐き出しなさいよハゴロモさん!?(見切り発車の末路)

第20話 妖花の記憶(×)
→ハゴロモさんがいると話が拗れる。

第21話 炎上!たくろう火の孤独(×)
→ハゴロモさんがいると話が拗れ、結果としてねずみ男は死ぬ。

第22話 暴走!!最恐妖怪牛鬼(○)
→出さない理由がない、迦楼羅さんはエアーマンと化す。

第23話 妖怪アパート秘話(×)
→あかん、ヤクザがしぬぅ。

第24話 ねずみ男失踪!?石妖の罠(-)
→ものすごく悩んで保留中。どちらかというと石妖はとても妖怪的な妖怪ですし、ねずみ男のバカな男っぷりはハゴロモさんの魂を揺さぶるだろうなって……。



 とまあ、こんな感じになっております。これらは目安であり実際の投稿時には変わる可能性があるのでご了承ください。また、見ての通り想像以上に少ないのでオリジナル話を何話か挟むかもしれません。それから、この小説について、~の話が見たいや、~を助けて欲しい、~は~風にするのかな?といった様々な要望や期待があることはとてつもなく嬉しいのですが、このようにこの小説でやるかやらないかは予め、作者の中でなんとなく決まっておりますので、すみませんがご理解ください。



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羽衣狐(人間)

どうもちゅーに菌or病魔です。

オリジナル回かつおっきー分補給回です。ちょっと鬼太郎の好感度も上がります。


 木々が疎らに立ち並ぶ林でひとりの妖怪の少年――鬼太郎は走りながら辺りを注意深く見回していた。その表情には焦りが見られ、一目でただ事ではない様子が見受けられる。

 

(なんなんだあの妖怪は!?)

 

 鬼太郎がそう内心で悪態をついた瞬間――。

 

「くっ……!?」

 

 何かを感じ、その場から飛び退くと、その場所の背後にあった太い木が爆散し、轟音を立てながら地に落ち、土煙を巻き起こした。

 

「……まーた避けられた……」

 

 土煙の中から気怠そうな女性の声が響く。

 

 そして、土煙が晴れるとそこにいたは、頭にカチューシャと髪飾りが付けられ、眼鏡を掛け、シャツとキュロットを身に付けて帯を巻き、 フード付きの着物を羽織り、手根骨までしか覆われていない手袋をしているという奇妙かつ現代風な女性妖怪であった。

 

 女性妖怪は片手の人差し指を木の幹があった場所に向けて静止しており、木を破壊した者はこの妖怪だということが見受けられる。

 

 眼鏡越しの妖怪の瞳には怠さ以上に何らかの使命のために鬼気迫るような色が浮かんでいた。

 

 更に林中から動物――ではなく、折り紙で折られたほぼ原寸大かそれ以上の大きさの動物達が集まり、女性妖怪の指示を待つように鬼太郎を取り囲んだ。

 

「当たってよ! もう!?」

 

 女性妖怪――"刑部姫"はそういうと折り紙の群れと共に全身を蝙蝠に変え、鬼太郎に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いないか……」

 

 ある晴れた日のお昼時。鬼太郎は犬山まなの住む街の中で、都会に佇む公園のベンチに座っていた。

 

 目玉のおやじは妖怪の会合に出ており、珍しく目玉のおやじを連れておらず、さらに言えば鬼太郎が他の妖怪に促されたり、妖怪ポストなどで出向く以外に自発的に人間の世界に来ることも稀である。

 

「羽衣狐……」

 

 それらの理由の答えは鬼太郎の呟きに全て集約されていた。鬼太郎は朝からこの街に居ると思われる羽衣狐を捜索していたのである。

 

 もっとも鬼太郎としても羽衣狐が人間社会に溶け込むことに長けた妖怪だということは重々承知だが、機会があったのでこうして出向いて探している次第である。

 

「やっぱり見つかるわけな――」

 

「だ~れだっ♪」

 

 ハスキーボイスの女性が無理矢理声を高くしたような異様に明るく合っていない声色と共に鬼太郎の視界が隠された。目に当たる柔らかな感触と優しい触れ方から恐らく手だと思われる。

 

 更に鬼太郎はそのまま頭を傾けられ、鬼太郎の背後で屈んでいると思われる女性の胸に後頭部が乗っかり、ふよんと音が聞こえそうな弾力で一度弾かれた後、そのまま少し沈んだ。

 

「………………」

 

「………………」

 

 鬼太郎はそのまま黙り、反応がないために相手も黙っているようだ。そんな中、先に鬼太郎の根気が尽き、溜め息の後に口を開いた。

 

「何をしているんだ羽衣狐……?」

 

「クククッ……まあ、気づくか」

 

 鬼太郎から離れ、鬼太郎が振り向くとそこにはいつものように真っ黒い装いをした羽衣狐が口に鉄扇を当てて立っていた。今日は妖怪城で被っていた口の出る狐のお面をしている。

 

「じゃが、それはこちらの台詞だというもの。朝っぱらから女子(おなご)の尻を追って駆けずり回るとはお主も中々に暇人よのう」

 

「……全部見ていたのか?」

 

 半ば煽るような羽衣狐の発言であるが、羽衣狐と何度も接している内に、それは彼女の性格的なものなのではないかと気付き、鬼太郎はスルーすることに決めたようである。更にひねくれたねずみ男のようなものだ。

 

「この街は妾の庭じゃ。大きな妖力が動けばそれだけで気づく」

 

 "まあ、逆に言えばそうでなければ気づかぬのじゃがな"と呟いてから羽衣狐は更に言葉を続けた。

 

「それで、何用じゃ? お主が直々に妾を探しているとなれば討伐か、頼み事か、妾でなければ知らぬような情報じゃろう。だが、討伐するにはお主ひとりでは戦力が少な過ぎる。情報にしても見たところ火急を要するような様子でもなければこの街に高い妖力を撒き散らすような妖怪が現れた訳でもない」

 

 羽衣狐は広げていた鉄扇をパシリと閉じると、どこか嬉しそうな様子で口を開いた。

 

「して、妾に何を頼む、鬼太郎よ?」

 

 羽衣狐は確信したような様子でその言葉を紡ぎ、そのまま黙った。鬼太郎の言葉を待っているのだろう。

 

 全て見透かされているようで何とも言えない気分になるが、それならばこちらも小細工無しにそのまま要件を言ってやろうと鬼太郎は口を開いた。

 

「羽衣狐、僕と戦って欲しいんだ」

 

 鬼太郎は羽衣狐に自身の思いを告げる。

 

 羽衣狐は鬼太郎と同じように人間を守り、また鬼太郎とは違い、人の営みを好くからこそわざわざ人間の街で暮らし、武術まで習得しているのだろうと鬼太郎は考える。それならば羽衣狐と戦えば更なる人の技を繰り出すかもしれない、それなら最早裏付けは取れたようなものだ。

 

 それに一番羽衣狐が鬼太郎と相容れないことはなんとなくわかっていた。これまでの様子や言動から恐らく羽衣狐は人間と妖怪が交わることを良しとしている。根本的な考えがそもそも鬼太郎と真逆なのだ。そちらについても聞いてみたいと考えていた。

 

「………………」

 

 羽衣狐は無言で寄ってくると鬼太郎のおでこに手を当てた。そして、少し間が空いた後に一歩下がり、何やら深刻そうに口を歪めながら呟く。

 

「熱はないのう……とすると頭の問題か……」

 

 すると羽衣狐は鬼太郎の目の前で両手を掲げながら少ししゃがみ、子を招き入れる親のように鬼太郎を求めた。口元には笑顔が浮かんでいる。

 

「何か自殺したいほど辛いことがあったのか? こんなに若いのに可哀想にのう……お姉ちゃんにハグしながら話してみよ?」

 

「指鉄砲」

 

「危なッ!?」

 

 鬼太郎は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の狐を除かなければならぬと決意した。

 

 ことはちょっぴりあったかもしれないが、鬼太郎は気づけば自分でも驚くほどの速業で指鉄砲を羽衣狐に放っていた。しかし、当たり前のように1mほどの距離から繰り出された指鉄砲を羽衣狐はマトリックスよろしくな動きで躱す。当たるわけ無いと思いつつ放ったものであるが、それでもこうも簡単に避けられると最早清々しさすら沸いてくる程である。

 

 しかし、言葉が足らなかった自分にも非はあると思い、鬼太郎は言葉を足した。

 

「……一度ちゃんと戦って欲しいんだ。僕の実力を測って欲しい」

 

 言ってから鬼太郎は流石に一度、指鉄砲を放ってからこんなことを言い出すのは失礼過ぎたと多少後悔したが、後の祭りであり、自然体で他人を煽る奴に下手に出るのもどうかと思ったと自身を納得させ、そのまま羽衣狐の言葉を待った。

 

 まあ、普通に断られるだろう。そう思った矢先である。

 

「ほー? よいぞよいぞ。お主もようやく余興の意味がわかってきたか!」

 

 羽衣狐は何故か非常に嬉しそうに手を叩き、更にカラカラと笑いながら"では人間のいないところでやるか"と迫ってきた。

 

 どうも羽衣狐は余興という言葉を"何かに至る過程"という意味で使っているような気がした。そういえば八百八狸の時に結果より過程を大事にすると言っていたことを思い出す。

 

 そうして、鬼太郎は羽衣狐と戦うことになり――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひぇ!? 掠った!? ビュンっていった!」

 

 その結果がこれである。

 

 鬼太郎は羽衣狐が連れてきた刑部姫という妖怪と戦うハメになったのである。

 

 よくよく考えれば羽衣狐は一言も自分が戦うとは言っていなかったため、完全にやられたと思いながら自分の落ち度だと納得しつつ、鬼太郎は微妙に燻る羽衣狐への言い様の無い怒りを刑部姫にぶつけていた。

 

「髪の毛針!」

 

「おうっ!?」

 

 しかし、この刑部姫という妖怪も相当な手練れである。現にほぼ、ゼロ距離から発射した髪の毛針に対し、全身をコウモリに変化させ、円形に飛び散ることで躱し、鬼太郎から確実に距離を取った位置で再び身体を形成している。

 

 その上、近距離の攻撃は無尽蔵に現れる折り紙の動物に任せ、刑部姫自身は鬼太郎の隙を付いて攻撃を繰り返すのみというかなりイヤらしい戦法をとっており、不動で万能に攻撃を繰り出す羽衣狐とはまた違った強さがあった。

 

(刑部姫か……)

 

 刑部姫といえば1000年以上生きている羽衣狐と交友のある妖狐であり、近年は姫路城に住む伝説の大妖怪だ。そして、妖怪の中では、羽衣狐と親密な妖怪にも関わらず、羽衣狐よりも遥かに姿を現さない事から羽衣狐と同格かそれ以上の大妖怪なのではないかと、ある意味羽衣狐以上に恐れられている。

 

 もっとも――。

 

 

 

「ちくしょー! 年下の男の子の妖怪と戦って勝てば今年のフェスでちょっとエロいコスプレ衣装着てやるなんて話に乗るんじゃなかった!? 年下の男の子って鬼太郎のことかよぉぉ!? それとハロハロちゃんのちょっとエロいコスプレ衣装とか気になり過ぎるんだよォォ!!」

 

 

 

 その発言は聞く度に鬼太郎の気が抜ける程に覇気に欠けていた。ついでに向こうも似たり寄ったりな理由で連れてこられたようである。しかし、内容はよく分からないが、鬼太郎の数段しょうもない理由な気がしたため、鬼太郎が手を緩めることは特になかった。それどころか戦闘中に出る頼りない発言の数十倍は強いため、鬼太郎が焦り始める程だ。羽衣狐の友人ということもあり、今までの発言全てがこちらを欺く演技なのではないかと鬼太郎は考え始めていた。

 

 ちなみに羽衣狐は夏だろうが冬だろうが、赤い装飾の施された黒い着物を身に纏い、狐っぽい被り物を付けている。しかし、滲み出る美女オーラとでも形容すべきものと、やや低めで全身をなめられるようななんともいえぬ声で大人気なのである。

 

「だいたい、ハロハロちゃんは他人を殴るのとか好きでしょ! なんで自分でやらないのさ!」

 

「心外じゃのう。妾は他人を殴るのが好きなのではなく、他人を苦しめるのが大好きなんじゃよ」

 

「今の私ぃぃッ!?」

 

 ちなみに羽衣狐は空に浮いて二人を見下ろしながら、ワイングラスに赤紫色の液体を入れて、あたりめを摘まみつつ寝そべっていた。

 

「何酒飲んでるのさ……チクるよ?」

 

「これはただの葡萄ジュースじゃ」

 

「そんな般若湯みたいに言って……相変わらず酒豪なんだから……」

 

 鬼太郎から見ても葡萄ジュースだというワイングラスに注がれた液体は、宝石とでも形容したくなるような輝きを見せており、まずありえないと思った。ついでに羽衣狐の尻尾に生えるように刺さっている既に5本程開けられたワインボトルのショルダーから先が見えるが、今はそれどころではないので戦いに集中した。

 

「……?」

 

 しかし、鬼太郎はあることに気づいた。

 

(刑部姫はどこだ……?)

 

 ついさっきまで羽衣狐と会話していた刑部姫がどこにもいなかったのである。まるで、その場から忽然と消えてしまったかのようにだ。

 

「ちょいちょいっと」

 

「しまっ――!?」

 

 次の瞬間、鬼太郎は背後からその声と共に背中を指でつつかれたことに気づいた。

 

「ぐぁぁあぁぁ!?」

 

 つつかれた場所を中心に、遅れて全身を凄まじい衝撃が外側に向かって駆け巡り、鬼太郎の身体そのものを浮き上がらせた。その攻撃方法からは想像出来ないが、木の幹を木っ端微塵に爆散させた衝撃の正体がコレある。

 

 並みの妖怪ならば既に魂すら霧散しているような想像を絶するダメージを受けた鬼太郎は、空中で既に気絶する手前のような表情をしていた。というよりも実質ほぼノックアウトしている。

 

 しかし、鬼太郎をダークヒーローのように過大評価している節のある刑部姫は、これぐらいで鬼太郎が倒れる訳がないと確信しているため、追撃の手を緩めない。

 

「あーん、もう!」

 

 刑部姫は空中に浮く鬼太郎に対して自身の身体を蝙蝠に変換し、超高速で鬼太郎に突撃した。

 

 一撃、二撃とバツ字を刻むように鬼太郎の身体を斜めに突き抜ける。繰り出されたその二回の攻撃は一瞬と形容しても遜色ない程である。

 

「引きこもりたーい!」

 

 最後の三撃目は鬼太郎の上から突撃し、地面に向けて己ごと叩き潰し、大地に林の木々を巻き込む程の大きさのクレーターを刻んだ。

 

 無論、刑部姫は無事であり鬼太郎から少し離れ、クレーターの外側の位置に蝙蝠達が現れ、刑部姫の形を成す。

 

「よ、よし……これでちょっとはダメージを……」

 

 刑部姫の欠点として、唯一の友人が強過ぎる為、自身を相当に過小評価していることだろう。ちなみに彼女は"六尾の妖狐"であり、この前の八百八狸ぐらいなら妖怪獣を含めなければ、全員を一度に相手をしても余裕で皆殺しに出来るぐらいの戦闘能力はあるのである。妖怪獣も不眠不休で1週間ぐらいならば、耐久してタゲを取り続けることも可能だったりする。

 

 よってそんな大妖怪が鬼太郎に一切手加減なく本気で攻撃を幾度も直撃させれば――。

 

「お、おい……刑部……鬼太郎が息をしておらん!?」

 

「え……? いやいやあの鬼太郎がそんな――ひえっ!? 手足が絶対に曲がっちゃいけない方向になってるぅ!?」

 

「おーい! 鬼太郎! 行ってはならん! 戻ってこーい!」

 

 後、実年齢は"2000歳以上"であり、羽衣狐の倍程生きていたりする。つまりこの狐、後輩の狐にあの扱いをされ続けて尚甘んじているのである。

 

 この後、無茶苦茶治療した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、鬼太郎」

 

 鬼太郎が目を覚ますと目の前に羽衣狐の姿があった。回りを見渡せば人間があまり立ち入らない山奥の林にも関わらず、いつの間にか向き合うように置かれていたふたつのベンチの片方に鬼太郎が寝かされていたことがわかった。

 

「…………何があった」

 

 鬼太郎が少し己の身体を確認すると身体に傷ひとつなく、治療されていることは明白であった。体調もいつもよりも良いぐらいである。

 

「大人気なく全力出したおっきーにフルボッコにされてお主が負けた。それだけじゃ」

 

「やり過ぎました……」

 

 羽衣狐以外の声の方向を見ると、地面にあり、真っ黒で中の見えない落とし穴のような謎の物体が喋っていた。しかし、よく思い返せばそれは刑部姫の声だということを思い出す。

 

「……ちらっ」

 

 チラッと言葉で話しながら穴から刑部姫の上半分の顔が生える。どうやら鬼太郎が刑部姫を見失ったのはこういうトリックだったようだ。

 

 鬼太郎は何とも言えない気分になっていると羽衣狐が拍手をして、そちらに意識が向いたところで口を開く。

 

「大したものじゃな。流石は幽霊族のゲゲゲの鬼太郎といったところか。筋力、敏捷も並の妖怪では比較にすらならん。それに加え多彩な能力による搦め手の数々も目を見張るものがある。何より妾が見てきた大妖怪の中でもお主は上位に食い込む程の妖力を持っておる」

 

 それは素直なまでに鬼太郎を褒め千切る内容であった。思わず、鬼太郎は目を丸くする。

 

「しかし、やはりまだまだ青二才(ひよっこ)じゃな」

 

 だが、羽衣狐は少し声のトーンを落とすと溜め息を吐き、大袈裟にやれやれと手を付けて首を振った。やや、カチンと来たが、羽衣狐の性格的なものだと再び考え、黙って羽衣狐の話を聞く。

 

「陰険な能力、フェイント、搦め手、人質。お主に付け入る隙など幾らでもありおるわ。如何せん、素直過ぎる嫌いがあるのう。どうせ、しょっちゅう初見の妖怪の能力に引っ掛かったりして痛い目を見とるんじゃろう」

 

「………………」

 

 鬼太郎は何も言い返せなかった。思い当たる節があり過ぎるのだ。その上、刑部姫の攻撃が直撃したのも刑部姫の初見の能力によるものである。

 

 そんな中、刑部姫が動く。

 

「終わったなら、私はお昼にしてるね!」

 

 刑部姫は穴から舞台装置でせり上がるように姿を現し、鬼太郎が寝ている方とは逆のベンチに飛び込むように座った。そして、持ってきた鞄から蓋が青く容器が半透明なタッパーを取り出し、蓋を開ける。するとそこには非常に香ばしい香りの漂うカレーが並々と入っており、白米が見当たらなかった。

 

 それを見た羽衣狐は眉を潜める。

 

「おっきー……何もこんなところにまでカレーを持ってこなくてもよいのではないか?」

 

「オマエガヤッタンダロォォォ!?」

 

 おっきーは羽衣狐の肩にすがるように手を置き、ガタガタと前後に揺らした。揺らされている羽衣狐は小さく笑い声を漏らしながらそれを甘んじて受けている。

 

「半分! まだ半分もあるのよ!? 全然減んないよぉぉぉ!! お城の管理人さんに"あの……刑部姫様……天守閣をカレー臭くするのは観光客の皆様へも影響が出るので、出来れば止めていただけませんか?"って言われる気持ちがわかるかぁぁ!?」

 

「知らん。妾、お主じゃないし」

 

「ひーとーでーなーしー!」

 

(なんなんだコイツら……)

 

 鬼太郎は率直にそのように思った。

 

 羽衣狐は普段は尊大でマフィアのボスのような妖怪だと思えば、鬼太郎に真摯なアドバイスを送り、今は楽しげに友人イビりに徹している。刑部姫はおどおどしており全く実力がある様子が見えないと思えば、戦法も攻撃も凄まじくえげつないものであったにも関わらず、今は涙目で友人に弄られている。

 

 この二人、性格も有り様も真逆でありながら不思議と息があっており、非常に似ているようにも思えたのだ。それと得体が知れないということも共通しているのだ。

 

 鬼太郎は次第になんだか何もかも馬鹿らしくなり、このままふて寝でもしてしまおうかと考えていると、額に冷たいものが当たり、それに意識を向けた。

 

「ほれ、冷たいかぼちゃスープじゃ」

 

 羽衣狐が鬼太郎の額に当てていたモノを受け取ると、何やら温かみのある濃い黄色をした液体が並々と詰まった手に収まる程度の大きさの丸っこいビンであった。

 

「ほれ、おっきーにもやろう」

 

「わぁい……カレー以外のたべものだぁ……」

 

 投げられたビンを受け取る刑部姫。その表情は嬉しさと、切なさと、ちょっぴりの憎悪が入り雑じったとてつもなく絶妙な表情であった。

 

 一方、鬼太郎が羽衣狐を見てみれば、刑部姫の表情を楽しむように口元に笑みを浮かべており、この二人の関係をなんとなく察した。

 

 やってられねぇ!と言いながら刑部姫はビンの(コルク)を開け、一気に飲み干そうと、牛乳を飲み干す風呂上がりの人間のように腰に手を当てて傾けた。

 

「もがぁ!?」

 

 自家製感溢れるスープに溶けたかぼちゃの密度と、明らかに見た目の容量より遥かに多い量に刑部姫はむせる。

 

「言い忘れたが、2.5Lぐらい入っておるからのう? 後、ビンの中に入ったものは冷たいものが温まることも、温かいものが冷めることも決してなくなり、腐りもしなくなる呪術が掛けておるからのう」

 

「地味に多い!?」

 

「それと、ビンが破損したり呪術に綻びが生じたりすれば無期限で修理か交換対応をしておるからのう」

 

「万全のアフターサービス!?」

 

「………………うまい」

 

 二人のコントのような茶番を眺めるだけで、疲れ始めた鬼太郎は身体を起こして座ってから、冷たいかぼちゃスープとやらを口にしてみた。伊達に長きを生きる羽衣狐の料理ではなく、味は超一流であった。

 

「ふふ、口にあったならばよい」

 

 鬼太郎は目玉のおやじのために持って帰ろうと考えていると、いつの間にか鬼太郎の隣に羽衣狐が座っていた。

 

 非常に小さく呟いたハズの言葉を聞かれ、母親のような対応をされたことに少し恥ずかしくなった鬼太郎は、話を反らすためも含めて聞きたかったことを切り出した。

 

「なあ、羽衣狐……」

 

「なんじゃ?」

 

 鬼太郎は羽衣狐に妖怪と人間との距離について問い掛けた。人間と妖怪は本来、交わってはならない。だが、すぐそばにいる。それが鬼太郎を含めた妖怪の原則であり、羽衣狐にとってはどうなのかという問いだ。

 

「………………」

 

 それを聞いた羽衣狐は押し黙り、珍しく真剣な表情で口を結んでいた。そして、少し間が空いた後、羽衣狐は重い口を開いた。

 

「人間の中の常識という定義を知っておるか?」

 

 突然、羽衣狐の口から吐かれた問いと繋がりのない哲学のような言葉に鬼太郎は目を丸くする。そうしているうちか、元々鬼太郎の返答を聞く気がなかったのか、すぐに羽衣狐は言葉を続ける。

 

「常識とは20歳までに周囲から押し付けられた偏見のことを言うのじゃよ」

 

 しかし、その言葉に鬼太郎は羽衣狐が言わんとしていることに気づいた。

 

「それを含めて聞く。鬼太郎よ。それはお前自身が望み、心からそうしたいと考えていることか?」

 

「それは……」

 

 そうだとは言えないだろう。最近は犬山まなという存在がおり、元々鬼太郎は妖怪からすれば優柔不断な妖怪だ。

 

「そもそも人間と妖怪が友好を結び、結果として損をするのはいつも妖怪じゃ。人間のあまりの脆さに壊れてから気づくのも妖怪じゃ。長い命のせいで人間と同じ時間を歩めず、苦悩するのも妖怪じゃ。先立たれ、後悔し、泣くものも妖怪じゃ」

 

 だからこそ、妖怪と人間は交わってはならないのだろう。そう思い口を開こうとし――。

 

「ならば何も問題はなかろう」

 

 真っ向から受け止めるような堂々とした物言いに言葉を失った。

 

「色々な人間に出会い、笑い、語り、時に衝突し、また笑い合う。そして、いつかは笑って死を弔え。それでも悲しみが拭えないのならば、全てが終わった後でひとりでひっそりと泣けばいい。そしてまた、新たな友を探すのじゃ」

 

「羽衣狐……お前は――」

 

 "ずっとそうしてきたのか"

 

 鬼太郎はそう言葉に出そうとしたが、これまで見てきた羽衣狐の所業を思い出し、不意に言葉が詰まった。

 

 するとすぐに羽衣狐から言葉が吐かれる。

 

「お主が何年生きておるか知らぬがのう。妾が生まれた時代では、妖怪が人間の茶店で当たり前のように仕事をしていたり、夫婦(めおと)となることもさして珍しいことでもなかった」

 

 狐の仮面で表情は半分しか読めないが、それでも懐かしむ様子はどこか嬉しげで、悲しげにも見えた。

 

「何よりも何が幸せで、何が不幸せなのかは当人が決めることじゃ。お主や他の妖怪、妾も含めて誰にも決められぬわ」

 

 "例え周りから見れば幸せな結末ではなくてもな"と呟き、更に言葉を続けた。

 

「よいか、鬼太郎。妖怪と人間の間にはのう。壁も境界線もない。もしそれが存在するのならば、それはお主自身の心のなかに存在するものじゃ」

 

 その言葉を放った羽衣狐は、まるで子を叱る親のようで鬼太郎は自然と少し萎縮してしまう程であった。

 

「まあ、カビの生えたどころか苔むした古臭い妖怪の矜持じゃ。あまり宛にするでないぞ」

 

 そういっていつもの調子に戻った羽衣狐はカラカラと笑うと、羽衣狐は鬼太郎の隣から、カレーを膝に"私……蚊帳の外……"と呟いている刑部姫の隣に移った。

 

「今日はこの辺りでお開きにしようぞ。中々に良き余興と語らいであった」

 

 そう言って羽衣狐は指を鳴らした。

 

 次の瞬間、鬼太郎の視界は暗転し、それが戻るといつの間にか、羽衣狐に声を掛けられたあのベンチに鬼太郎は座っていた。無論、羽衣狐も刑部姫もどこにもいない。

 

 一瞬、今までのことは夢だったのではないかと錯覚したが、片手に握っているスープ入りのビンからそうではないと気づく。

 

「はぁ……」

 

 鬼太郎はベンチに背中を預けながら溜め息を吐く。そして、また羽衣狐に対する疑問が増えたと考えた。

 

 羽衣狐は妖怪が別れを受容して傷つけばそれでいいと言った。しかし、実際にそれを受け入れられる妖怪は数少ないだろう。ひとつの別れで簡単に我を忘れてしまう程に並みの妖怪の心は弱いのだ。

 

 それこそ、羽衣狐のように強靭な意思の強さや、"人間のような心"でも持っていない限りは難しいだろう。

 

「ああ……そうかアイツ――」

 

 その考えに至った瞬間、鬼太郎は不意に笑ってしまった。そして、これまでの羽衣狐の雲を掴むような不可解な行動と、同時にいつか羽衣狐が言っていた言葉を思い出す。

 

《人間同士ですら思った通りには動かず、自他問わず利益か感情で動きおる。怠惰な上に言われたことすら満足に守れず、そのクセ優柔不断で白黒つけるのは不得手。トドメに傲慢で自尊心だけは高い》

 

 鬼太郎はようやく羽衣狐の一端を掴めたのか、どこか付き物がとれたような表情をしていた。そして、空を向いてポツリと呟く。

 

「"人間"にそっくりなのか」

 

 その言葉は誰に聞かれる訳でもなく、憎らしいほど快晴の空に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 現在、羽衣狐は自室の床で正座し、目を伏せていた。

 

 その姿は座れば牡丹というより黒百合などが引き合いに出されそうなほどに妖艶である。

 

 そして、羽衣狐がちらりと伏せていた目を上げた。

 

 

 

「お姉ちゃん……」

 

 

 

 目の前にはスマートフォン片手に器用にも笑顔に青筋を浮かべた妹こと犬山まなが立っていた。

 

 スマートフォンには羽衣狐が空に寝そべりながら自称葡萄ジュースを飲んでいる光景が激写された画像が映っている。

 

「あの引きニートめ……チクりおったなぁ……」

 

「お ね え ち ゃ ん ?」

 

「アッハイ」

 

 羽衣狐は仕返しに成功し、小悪党のような顔をしている刑部姫を想い描き、必ずや100倍にして返してやると誓った。

 

 果たして鬼太郎は強靭な意思の強さを持った妖怪だというコレの正体に気づく日は来るのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー……ホントに勝っちゃうとはね……」

 

 鬼太郎と戦ってから初週の休日。刑部姫ことおっきーはそんなことを呟いていた。もっとも彼女にとっては毎日が休みみたいなものである。

 

「それでハロハロちゃんがマジでちょっとエロいコスプレ衣装着てくれるなんて思わなかったよ」

 

 おっきーは現在、厚いカーテン越しにいる羽衣狐の着替えを今か今かと待ち望んでいた。

 

 ちなみに女性なのに何故羽衣狐のエロさに期待するかと言えば別におっきーがレズビアンだとかそういうわけではなく、"バカヤロウ! 女はスッゴい美人の裸に興奮出来るんだよ!?"とか本人は言い張るので注意。

 

 すると、突如、カーテンが勢いよく開かれた。

 

「じゃーん!」

 

 そこには黒いシースルーのモノキニの水着を身に纏い、裏地が赤の漆黒のコートを肩にかけ、営業スマイル全快で、煌めくばかりの笑顔を浮かべた羽衣狐が立っていた。

 

「"砂浜のウルズ"じゃ!」

 

  ちなみに今さらであるが、羽衣狐は結構範囲の広いゲーマーである。元ネタは語るべくもない。

 

「………………」

 

「ん? どうしたおっきー? おい」

 

「はうわぁ……ぶへー」

 

「おっきー!? なんじゃそのギャグみたいな鼻血!?」

 

 おっきーは死んだ。羽衣狐の着エロに耐えられなかったのだ。

 

 

 

 

 




おっきーってFGO自分自身が動くモーションだと無駄にえげつない上にカッコいいんですよねぇ……(尚、性能)

ちなみに作者、アズレンではグラーフさんが嫁です(迫真)




~ハゴロモさんのスープ~

あきビン
 4本持つことができます。クスリ、水、妖精などを入れて持ち運びます。また、ガノンドロフとテニスができるぐらい頑丈。
 羽衣狐の妖術が掛けられており、見た目とは裏腹に2.5Lぐらい入り、中に入ったものは冷たいものが温まることも、温かいものが冷めることも決してなくなり、腐りもしなくなる。これは特製スープ入り。

特製スープ
 まなのおねえちゃんの特製スープ、10回分(1回分250ml)。体力・魔法力が全回復。ダメージを受けるまで攻撃力が2倍。
 季節により中身が変わるので味も変わるが、効果に変化はない。夏場は冷たいかぼちゃスープ。

こんだて
春:キャベツトマトスープ
夏:冷たいかぼちゃスープ
秋:きのこクリームスープ
冬:温かい三平汁風スープ

頼めばすぐに用意してくれるスープ(具は冷蔵庫にあったものを使用)
・味噌汁
・清汁
・潮汁
・酸辣湯
・DCS
・チリコンカーン
・チキンスープ



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はごろもフレンズ



どうもちゅーに菌or病魔です。

Q:おい、投稿頻度

A:作者が新しく書いた小説! "荒ぶる神な戦艦水鬼さん"もよろしくね!(一切悪びれないダイレクトマーケティング)
 ガチな話だと、ぶっちゃけ西洋妖怪をどれからぶち殺していいのかわからないので様子見中です(殺さない選択肢が最初からない狂気)



 それともうひとつ。fateキャラはおっきーしか出さないと言ったな。あれは嘘だ。




 

 

 

 

 今年もまたこの日が訪れる。

 

 私の体を流れる血と肉と魂のルーツ。

 

 運命で繋がった場所。

 

 私は窓側の席で外に映る景色を見ながら今年の夏もまた、この日が訪れたことを嬉しく思う。

 

 飛行機の窓から見下ろすのはお父さんの古里、大好きな境港の街。今年もまた遊びに来る日が来たんだと感じた。

 

 

 

「はえー……鉄の鳥とはけったいやわぁ……まなはん、しーとべるとってなんどすか?」

 

 

 

 ずいっと私の隣に乗り出して、私と同じように窓の外を見た私の隣に座っている女の人。

 

 それはお姉ちゃんが見繕った紫色のパーカーに、赤に近いピンクのロングスカートを着て、まん丸のメガネを掛けた女の人。

 

 はんなりとした喋り方が特徴的だけど、一番特徴的なのは、先端に掛けて赤みを帯びる額から生えた二本の角。そして、お姉ちゃんと同じぐらい白い肌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し前に遡る。

 

 人の出入りの全くない山間部。辺りは深い木々に覆われ、日光すら射さないような場所。

 

 その中で少しだけ開けた場所であり、陽が射すところにポツンと石造りの小さな祠が佇んでいた。

 

 祠の石はびっしりと苔生しており、それが建っていた歳月の長さが伺える。

 

 すると突如として、祠の全体が震え始める。そして、苔生した石が徐々にひび割れ、最後には砕け散ってしまった。

 

 その頃には震えは収まり、代わりに祠のあった場所に淡い青紫色の球体が浮いていた。

 

 その直後、球体は爆発的な輝きを放つ。

 

 そして、それが止むと、その場に居たのは"紫を基調に赤い色の入った着物を羽織っただけの藤色の髪をした少女"であった。

 

 しかし、よく見れば"額には二本の角が生え、人間味の薄い白い肌をしている"ということがわかる。

 

 

 

「…………んんっ――はぁ――」

 

 

 角の生えた少女は艶のある声を上げながら閉じられていた瞳を開ける。その瞳は髪と同じように淡い藤色をしていた。

 

 

 

「んん――?」

 

 

 

 角の生えた少女は何かを探るように辺りを見回す。その視線、その仕草のひとつでさえ、見た目にそぐわない程に妖艶に見える。

 

 

 

「"茨木"?」

 

 

 

 そして、角の生えた少女はポツリと言葉を呟いた。誰かを呼ぶように吐かれたそれは名前なのだろうか。

 

 当然、返答などあるわけもなく、暫くその場で首を傾げていた少女は身体の具合を確認するように首を回すと、また言葉を吐く。

 

 

 

「ちびっと……"寝過ぎ"てしもたかな?」

 

 

 

 そう言う角の生えた少女の表情には何が愉しいのか自然に笑みを浮かべており、その様子を人間が見れば蕩けてしまいそうな程に妖しく美しく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんやろうなあ……」

 

 角の生えた少女は人間の生活圏まで来ていた。とはいってもまだまだ山奥であり、山道の開けた場所に建つコンビニエンスストアの駐車場に佇んでいるだけであるが。

 

 少女はアスファルトで舗装された地面や奇妙な石造りで硝子張りのコンビニ、道路をたまに往き来するバイクや車等を目を丸くして眺めているようだ。

 

「けったいやわあ……」

 

 暫く眺めてからそれだけ呟くと角の生えた少女は歩き出し、コンビニの中へと入った。

 

「いらっしゃ――」

 

 店長と掛かれたプレートを胸に付けた中年の男性が入店した客に声を掛けようとしたが、角の生えた少女の容姿を見て口を開いたまま止まる。

 

 少女はそんなことはお構いなしにコンビニの中を闊歩しながら物珍しそうに眺めた後、ある棚の前で立ち止まった。

 

 そこは"酒"と漢字で大きく書かれたペナントのついた棚であり、大量に酒瓶が並んでいた。

 

「~♪」

 

 それを見て上機嫌な様子の角の生えた少女は、適当に見繕うと腕一杯に酒瓶を抱えて、鼻歌を歌い始めた。

 

「ま、待て! 未成年――」

 

「ん――?」

 

 我に帰った男性は角の生えた少女の元に向かい、止めようと手を伸ばした拍子に目があった。

 

 まるで"酒気を帯びた"かのように蕩けた視線。男性を射ぬいたそれは、妖術にでも掛けられたかのように男性の動きを止めた。

 

「うあ……ろ……?」

 

 まるで泥酔したように男性はふらふらと身体を揺らす。そして、ぼーっとした様子でその場に立ち尽くし、それっきり反応を示さなくなった。

 

 角の生えた少女はそんな男性の隣を一瞥してから近くにあった買い物カゴに目をやり、それを手に取った。

 

「こらええもんやわ」

 

 使い方を理解したのか角の生えた少女は買い物カゴに持っていた酒瓶を入れ、酒の棚に戻ると更に酒瓶を入れた。

 

「なんやろうこら?」

 

 すると途中で6本入りの缶ビールが目に入り、角の生えた少女はひとつを手に取った。

 

 そして、暫く手で弄っていると少女の爪が側面に引っ掛かり、バターでも裂くように斜めに亀裂が入る。結果として中からビールが零れ、少女の手を濡らす。

 

「ごっつう脆い筒やわあ……」

 

 そう呆れた様子で言いながら濡れた指を舐め、その味に笑みを強める。そして、ビールを何本か取ってカゴに入れた。

 

 買い物カゴが満杯になるまで酒を詰めた角の生えた少女は男性の横を通り過ぎ、その途中で止まって口を開く。

 

「おおきに」

 

 それだけ言うと再び歩き出し、コンビニを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……ん……ぷはぁ……」

 

 角の生えた少女は酒を満載した買い物カゴを片手に、もう片方の手で酒を呷りつつ道路沿いを歩いていた。飲み終えた酒瓶や空き缶は道端に放り捨てている。

 

「~♪」

 

 買い物カゴから缶ビールを一本取り出した角の生えた少女は、プルトップに手を掛けるのではなく、上部の縁を爪でなぞるとその通りに穴が開き、そこからビールを飲んでいた。

 

「どないしよか?」

 

 そう呟きながら角の生えた少女は服の中をまさぐり、そこから"狐の尻尾の根付け"――というよりも"やたら現代的なフォックスファー尻尾のキーホルダーのようなもの"を取り出した。

 

「けんけんさんはまだ居たはるね」

 

 そして、それを眺めながら少女は笑みを浮かべ、懐かしむようにその言葉を紡いだ。

 

「"羽衣(ハゴロモ)"はん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然だが、夏になると犬山家(うち)は2つの場所に毎年行っている。

 

 ひとつは避暑地のコテージ、もうひとつが鳥取県の境港だ。まずは境港である。

 

 例年通りならば家族で境港に行く予定であったが、今年はお父様の仕事の関係でまなと私の二人で行くことになった。

 

「楽しみだね! 乙女姉!」

 

「そうね、まな」

 

 そして、余ほどに境港の街が気に入っているのか、一番乗り気なのは我が妹のまなである。今日は仕事でお父様もお母様も家におらず、明日にはまなと共に飛行機で行く予定だ。

 

 まなは本当に楽しみなのか、リビングのソファーに寝転びながら時おりひょこひょこと頭を上げて私に問い掛けてくる。ああ、私の妹可愛い。

 

 すると何故か玄関扉をノックする音が聞こえた。

 

「人が来たみたいだね?」

 

「そうね……私が出るわ」

 

 まなにはそう言ってチャイムを使わない奇妙な来客に対応することにした。既に夜も遅いため、変質者や妖怪だったら堪らない。まあ、どちらにしても私ならパパっと対応出来――。

 

 

 

 

 

「久しいなあ、羽衣はん」

 

 

 

 

 

 私は思わず開いた扉を反射的に閉めてしまった。

 

「え? どうしたの羽衣姉? 何だか着物を着た女の人に見えたけど……」

 

 私の後ろから見守っていたまなはそう呟いて私を見つめる。

 

「いやいやいやいやいや――」

 

 ま、ま、まさかまさか……そんなことがある訳がない。幾らなんでも可笑し過ぎる……わ、私からしたら玄関を開けたら腹を空かせたティラノサウルスが居た並みの衝撃と有り得なさだ。ここはジュラシック・パークだったの!?

 

「お、お姉ちゃん?」

 

 ええ、そんなことはない。きっと私のドアの開き方が悪かったせいで、次元とか時間とかなんやかんやに歪みが生じてバック・トゥ・ザ・フューチャーしちゃっただけ。そうに違いない。デロリアーン!

 

 そうとわかれば、私は今度は扉を静かに優しくそーっと開けた。

 

 

 

「そない、幽霊でも見たわけやなしに……いけずなお人やわあ」

 

 

 

 私は再び反射的に扉を閉めようとした。それも今度はさっきの倍程の速度である。しかし、扉が閉まる直前に白くほっそりとした手が扉の間に割り込み、扉を閉める動きが完全に止められる。

 

 3t程の力しか入れていなかったが、徐々に扉が開かれていく。ちなみにアメフト選手の全力のタックルが1t程といわれている。

 

 そして、ついに扉がある程度開き、器用にも笑顔にも関わらず全く目が笑っていない少女に見える女性とバッチリ目があった。

 

 

 

「羽衣はん……?」

 

「アッハイ」

 

 

 

 それは紛れもなく、1000年と少し前に源頼光さんらによって討伐された大妖怪――。

 

 

 

 "酒呑童子"その人であった。

 

 

 

 まな……明日……お姉ちゃん境港行けるかなぁ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「羽衣はん、えげつないわあ」

 

 とりあえず酒呑童子こと酒呑さんを家に上げ、リビングのソファーに座っていて貰った。お茶と茶菓子を用意している間に頭の中を整理しよう。

 

「お姉ちゃんあの妖怪さん誰?」

 

「名前ぐらいは聞いたことあるんじゃないかしら? 酒呑童子って言う名前の鬼よ。それでその……私の友達になるのかしら……うん」

 

 隣に来たまなが小声でそう聞いてきたので、耳打ちしながらそう答える。

 

 酒呑童子といえば平安時代、大江山に城を構え、数多くの鬼を束ねた頭領である。京の都に降り、若者や姫君を大江山に連れて帰っては人間を喰った妖怪だ。

 

 何故か私はそんな酒呑に気に入られ、よく酒を飲み交わしたり、私の芸を披露したりと色々していたものである。

 

 しかし、問題はここから。

 

 酒呑童子は最終的には人間によって討伐されたのだが、その過程で晴明が関わっていたりするのである。そう、晴明が関わっていたりするだ。

 

「ま、まま、まさ、まさか……復讐なんて酒呑に限ってそんな――」

 

「酒呑さんはなんでお姉ちゃんを訪ねて来たんですか?」

 

「うふふ、他に頼れる者もおらんからやわ」

 

「だってお姉ちゃん! よかったね!」

 

「ま、まなァ!?」

 

 いつの間にかまなは酒呑の向かいに座っており、そんなことを聞いていた。

 

「お、お茶とお煎餅じゃ……」

 

 とりあえず私が入れたお茶と、同じく焼いたお煎餅を酒呑の前に出す。

 

「んー……羽衣はんのオブさんとアモさんは、おいしいなあ」

 

 酒呑はそれを受け取ると目を細めながら手をつけていた。私はそれを立ったまま笑顔で眺める。

 

 い、いかん……この状況……1000年前の光景が甦って胃が締め付けられるように痛い。

 

「酒呑さん。あの、お姉ちゃんの様子が明らかにおかしい理由ってわかります?」

 

「昔、色々あったさかいそのせいやろう。せやけどうちは羽衣はんのことえらい好きやわぁ」

 

「そうなんだってお姉ちゃん! よかったね!」

 

「だからまなァァ!?」

 

 私がこんな感じになっているのには勿論理由がある。

 

 というのも酒呑が居た時代の1000年とちょっと前と言えば、私はまだ一尾の頃である。そう、一尾の頃なのである。

 

 そんな吹けば飛ぶようなクソ雑魚ナメクジの頃に酒呑さんは頻繁に私を拉致――宴会に誘っては大江山でしこたま酒を飲ませてきたり、芸を所望したりしてきたのである。

 

 考えても見て欲しい。私以外は全て鬼であり遥か格上の存在に囲まれるペンギンコラのような様子を。そして、隣には常に酒呑である。あの場での癒しは"ばらきー"だけだった!

 

 というか私がそうなっているのを絶対に酒呑は楽しんでいた! 私が加虐趣味になったのはきっと酒呑のせいだ……。

 

「ところで羽衣はん、この童はいったい誰やろうか?」

 

「妾と血の繋がった妹じゃ……」

 

 そう言うと酒呑は目を丸くし、私とまなを交互に見つめる。 

 

「実は――」

 

 私は酒呑さんが居なかった1000年とちょっと、それからまなと私の関係について話すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「羽衣はんは相変わらずどすなぁ……」

 

 全て聞き終えた酒呑は相変わらず笑顔だが、なんとなくニヤニヤとした笑みをしているように思えた。なんだか、母親にエロ本が見付かった男の子のような心境である。

 

 ちなみにまなは途中で眠たそうにしていたので、私の膝を枕にしてやるとそのまま寝てしまった。このお膝の感触でお姉ちゃんは勇気が湧いてくる。

 

「酒呑さんはどうしたんじゃ?」

 

「牛女や小僧に殺されてから甦ったばかりやわぁ。そないしたら街には石の建物がぎょうさん生えてるわ、鉄の馬やら荷車が走ってるわ、もう散々やね」

 

「なんとまあ、通りで……」

 

 酒呑の妖力を見てみると、私が知っていた頃よりかなり落ちていた。具体的に言えば3割程にまで小さくなっている。

 

 復活したてならばまだ本調子ではないのだろう。それならば仕方ない――のだが、酒呑童子という大妖怪に関して言えば特に問題はないだろう。はっきり言って元がデカ過ぎて30%になったところでという話である。それに妖怪なので黙ってても数十年掛ければ元に戻るし。

 

「それに比べて羽衣はんは随分強なったなぁ」

 

「1000年も経ったんじゃ。そうもなろう」

 

 まあ、私のやり方は晴明による完全な裏技なのだが、それはそれ、これはこれである。

 

 今の私は妖力だけならば全盛期の酒呑童子すら越えている。しかし、今の彼女にさえも全く勝てる気がしないのは、過去の苦手意識もあるが、あまりに妖怪らし過ぎる大妖怪故だろうか。

 

 酒呑童子の性格としては、あるがままに生き、思うがまま振る舞う自由な快楽主義者だ。また、人と同じように何かを愛でながら唐突に殺す。恥を知っており、義理堅くもありながら、感慨もなく人を喰らう性悪な妖怪でもある。

 

 故にのびあがりのように動物的かつ無差別に他を襲う妖怪でもなければ、見上げ入道や八百八狸のように品性の欠片もなく他を支配するようなこともしない。

 

 その様は大妖怪とは鬼とはという問いに対して、ある種の答えに等しい存在なのである。

 

「して、お主はこれからどうする?」

 

 種族としての鬼という妖怪は、現代ではほとんど姿を消してしまった。

 

 理由としては酒呑童子らを含む大江山の鬼たちが毒酒で殺されたことを皮切りに、全国で似たような方法で鬼退治がされるようになったからだろう。

 

 多くの鬼は人間が知恵を絞り、鬼に挑むことそのものを楽しみにしていた。故にあらゆる勝負に応じ、勝敗や貯えた財宝等は二の次であった。

 

 だというのに人間は財宝を目当てに各地で鬼を毒殺していった。そんな光景にいつしか勝負好きな鬼は人間を見限り、粗暴な鬼は人間を恨み、かつての形は見る影もなくなり、今ではほとんど見なくなってしまったのだ。

 

「まあ、晴明が言うには地獄に就職した鬼も多数おるそうじゃがな」

 

 それを聞いた酒呑は相変わらず人を喰ったような笑みのまま口を開いた。

 

「ま、仕方ないんちゃう? 鬼も人間をぎょうさん喰ろうたさかい殺されもするわぁ。綺麗に死ねるなんて、それこそまやかしやねぇ」

 

 その答えは殺される間際ですら笑っていたという酒呑童子らしい答えであった。

 

 だから私は"人間を趣向的に喰う妖怪"というだけでは殺さないようにしているのだ。仮にこんな妖怪と殺り合うなんて勝敗以前に寝覚めが悪過ぎる。

 

 妖怪は超自然の怪異だ。その範囲内で人が喰われるというのならば、それは妖怪が妖怪らしく生きる上で自然の摂理の一環とも言える。妖怪から人間を守るという私の意思ではあまりに矛盾を孕んだ考えだが、人間とは矛盾だらけの生き物だ。ならばこれぐらい可愛いものだろう。

 

「んー……強いて言えば……宿探しやねぇ」

 

 半生以上を放浪で過ごした大妖怪とは思えない発言であった。大江山で過ごした時期はそれなりに酒呑を変えたのだろうか。

 

 そんなことを考えていると酒呑は何か思い付いたのか、口の端をつり上げると口を開いた。

 

「羽衣はん、うちを雇う気はあらしまへんか? 庭仕事ぐらいはできるで」

 

「謹んで辞退させて頂きますわ」

 

 我ながら即答であった。まなは喜ぶだろうし、家の家族は全員なんだかんだ受け入れそうなので問題ない気もするが、私が第二のばらきーにされるのが目に見えている。そんなん堪るか。

 

「あら、ふられてしもたわ」

 

 口ではそう言うが、全く残念そうな様子もない酒呑。雲とでも話しているような気分だ。

 

「わかった……つまりはこういうことじゃな」

 

 私は溜め息を吐いてから呟いた。

 

「今の浮き世を満喫したいのと、宿探しを妾に手伝って欲しいということか」

 

 酒呑は笑みを強めるだけであったが、それは肯定と同じだろう。何せ、私ならこんな大妖怪を野放しに出来ないので、現代の日本で普通に酒呑が楽しく暮らせるように意地でも四苦八苦するのは目に見えているからね。チクショウが!

 

「はぁ……」

 

 叔父様と叔母様に私の友達が増えることについての電話入れて、明日の飛行機の当日予約もしなきゃ……どうせ隣になるのは不可能だからまなの隣に酒呑を置いて、私がその席に座ろう。

 

 せめてどこかしらに定住するまでは酒呑から目を離したら確実にヤバい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いた~!」

 

 境港駅の目の前で嬉しそうに万歳しているまな。これだけでご飯10杯イケる自信が私にはある。

 

 すると隣にいるパーカーロングスカート丸メガネ酒呑が私をちょんちょんと指でつつき、言葉を吐いた。

 

「まなはんって愛い人どすなぁ……喰うたら怒るん?」

 

「ぶち殺すぞ」

 

 我ながらびっくりする程の即答であった。酒呑に対してもこれなのだから私の中でまなという存在がどれだけ大きなものになっているのだろうか。最早私ですらわからない。

 

「ほーかほーか、そない大切なもんか。それはあきまへんなぁ」

 

 そうは言うがその瞳にも雰囲気にも悪びれた様子は一切ない。酒呑らしいと言えばそれまでだが、まなだけは別だ。何かしたら刺し違えてでも全身全霊で討滅してやる。

 

「庄司おじさん! リエおばさん!」

 

 そんなことを妖怪の二人で話していると、目的地に住むお二方が来たことに気付きそちらに意識を向ける。

 

「いらっしゃい、まなちゃんと乙女ちゃんと……えーと」

 

 リエおばさんは私の隣の酒呑を見ながら言葉を詰まらせる。昨日急遽来ることになった私の友人ということに電話で伝えただけなので仕方あるまい。

 

「酒呑と申す、あんじゅうよろしゅう」

 

 酒呑はそう言って綺麗なお辞儀をした。見た目だけならとても礼儀正しい京の人間だ。

 

 ちなみに酒呑の掛けている丸メガネは酒呑の角を消して人間のように見せる効果と、酒呑の酒気を抑え込む効果と、京言葉を標準語に変換する効果があり、私が昨日の一晩で作った呪具である。

 

 最初は何故鬼が隠れるようなことをしなければならないんだと否定的な酒呑であったが、現代で生きて血の繋がった妹までいる私の顔を立てて欲しいと頼むと、仕方ないと承諾してくれたのである。やはり話が通じる妖怪はよいものだな。

 

 しかし……。

 

「……?」

 

 丸メガネを掛けた酒呑を見つめると、酒呑は首を傾げてこちらを見て来た。

 

 丸メガネ掛けただけでなんでこんなにエロくなるんだこの鬼……パーカーにロングスカート着てるから寧ろ露出は激減しているんだぞ……。

 

「イワシのつみれ汁、ええなぁ」

 

 そんなことを考えていると話はまなとの間でかなり進んでおり、早くも二人の家へと向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。私とまなと酒呑は線香花火をしながら港大漁祭りが行われないことについて話していた。

 

「今年はお祭り、やらないのかな……」

 

 "すごく楽しみにしてたのにな"と続けて呟かれるまなの表情はとても悲しげで、見ているこちらがどうにかなってしまいそうだ。

 

「相変わらず難儀やねぇ、人間は」

 

「対立している人間は両方とも祭りを想う故の行動じゃからな。最早、部外者どころか地元民にもどうこう出来る問題ではあるまい」

 

 それよりも線香花火を普通に楽しんでいる様子の酒呑を眺めてふと思う。

 

 そう言えば線香花火が出来たのは江戸時代の寛文年間以降だったことを思い出した。その間、酒呑は復活中だったものな。

 

 明日からはまなと、私と酒呑は別行動になる。妖怪城のコンクリートを境港に設置してから、酒呑の家探しを始めるためである。

 

 まあ、小学生探偵の皮を被った死神でもあるまいし、まさか旅先でまでまなが妖怪に襲われるようなことはないであろう。

 

 そう高を括りながらまな分を補給するために私はまなをぎゅっと抱き締めた。

 

 

 

 

 







これを海座頭の回と言い張る勇気。


Q:なんで酒呑ちゃん出したん?

A:西洋妖怪に酒呑ちゃんぶつけたい(過剰防衛) 、後境港から離れたい(必死)


Q:酒呑ちゃん出す意味ある?

A:おう、ならfateの妖怪ねじ込んだゲゲゲの鬼太郎(6期)の小説を誰か書いてクレメンス(この作者は読み専なので書く小説は基本的に読みたいものがない場合です)


Q:なんで酒呑ちゃん弱くしたん?

A:ナーフ


 あ、ちなみにアニエスは出来れば犬山家で飼いた――おほん生活させたいと思っております。



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ハートキャッチはごろも

どうもちゅーに菌or病魔です。

実質、16話と32話の消化になります。


 

 

 時は現代から150年程遡り明治維新の初期。

 

 とある人間の住む町が災害に襲われていた。

 

 栄華というわけでもないが、江戸の町並みそのものを残した城下町はまず起こった地震によって軒並み倒壊し、町のシンボルであった白塗りの城は赤々と業火によって焼かれ、その中を人々が逃げ惑うという地獄が広がっている。

 

「フッフッフ……」

 

 それを上空で見下ろしながら嘲笑うバテレンの服装をした悪魔――西洋妖怪のベリアルが全ての元凶であった。

 

 彼は明治維新の混乱に乗じてポルトガルから日本に来航し、日本の全てを我が物にせんと破壊活動を繰り広げているのである。

 

 現に彼は実力者であり、町にいた妖怪も人間と同じように逃げるばかりであった。

 

「ん……?」

 

 すると自身のラッフルに雨が当たったことに気が付き、ベリアルは自身が魔法によって発生させた暗雲を眺めた。

 

 暗雲から勝手に大粒の雨が振り注ぎ、町全体に広まりつつあった火災は徐々に弱まっていったのである。

 

 その事に疑問を覚えながらベリアルは魔法を使って雨を止めようと手を掲げ――。

 

 

 

『ああ、騒がしい……煩わしい……』

 

 

 頭の中に直接響き渡った言葉に手を止めた。

 

 溜め息までリアルに聞こえるそれは更に言葉を続ける。

 

『悪魔と言えば人間を堕落に誘う存在あり、それ故に紳士的で義理堅い。そして、如何なる契約や、道端の小石のような些細な約束であろうと必ず守り、守らせる。まさに悪の権化。そう思っておったのだがな』

 

「なんだ!? 何処にいる!?」

 

 ベリアルは辺りを見回したが、それらしい相手は何処にもいない。遠見の魔法を使っても見るが、結果は変わらなかった。

 

 突如として、ベリアルのいる場所と同じ高度の前方にどす黒い色をした巨大な魂が出現する。それは無数の青い炎の球を纏うように従えており、静かに怪しく揺らめいていた。

 

 魂は直ぐに形を取り、"頭に狐耳が生え、八尾の尻尾"を持った着物姿の女性妖怪の姿へと変わった。

 

「ほれ、出てやったぞ?」

 

 切れ長の目にやや大きな口をし、狐のような印象を抱かせる顔をした女性妖怪は目を細め、持っている鉄扇の先でベリアルを指しながらそう呟く。

 

 その様子には覇気がなく、感じ取れる妖気も控え目なものであった。

 

(なんだ……? 化けるだけの妖怪か……?)

 

「そう思うならばそうなのであろう。お主の中ではな」

 

 心を読んだような言葉を吐かれたことにベリアルは驚愕する。

 

 そうしている内に女性妖怪は口を開いた。

 

「さっさとこの国土から逝ね。さもなくば十万億土を踏むことになるぞ」

 

 要は"日本から失せろ、殺す"という最後通告であった。

 

「フ……ハハハハ!」

 

 それを聞いたベリアルは嘲笑い、魔法を起動した。彼は悪魔の中でも最高位であり、野心と実力にものを言わせてここまで来たのだからその対応も当然であろう。

 

「お前が消えろ!」

 

 暗雲から一筋の雷が女性妖怪に落ち、彼女に直撃したように見えた。

 

 しかし、女性妖怪は頭上付近にあった一本の尾で落雷を防いでおり、全くの無傷であった。

 

「小癪な……」

 

 ならばとベリアルは更に魔法を使う。それによって暗雲から女性妖怪目掛けて無数の落雷を降り注ぎ、彼の腕からも落雷が放たれる。

 

 すると今度は女性妖怪の全ての尾がミミズがのたうち回るように蠢き、その一本一本でもって直撃する落雷を掻き消し、全てを防ぎ切った。

 

「ふぁ……」

 

 それから女性妖怪は鉄扇で隠しながらアクビをすると、眠くつまらなそうな瞳でベリアルを見つめ、そのままポツリと呟く。

 

「つまらん……それで本気か?」

 

 そのあからさまな挑発の言葉と態度にベリアルは怒り、自身の魔力を最大まで練り上げ始めた。

 

「この俺をコケにしおって……ッ! よかろう、本気で捻り潰してくれる!」

 

 ベリアルの身体が赤紫色の光に包まれ、6つの球体に別れる。そして、それらは目、口、鼻、耳、手、足が無数に付いた巨大な球体へと変化し、女性妖怪を取り囲んだ。

 

 囲まれた状況でも、女性妖怪は相変わらずつまらなそうな様子であった。

 

「喰らえ!」

 

 ベリアルは女性妖怪を中心に全ての球体を衝突させて圧倒的な質量によって押し潰した。

 

 彼は殺したと確信し、口球体から笑い声を上げる。

 

 しかし、ぐちゃりと肉塊を素手で貫く音と共に"心臓"を直接握られた感覚を感じ、彼は驚愕と共に初めて底知れない恐怖を抱いた。

 

 

 

「それで……?」

 

 

 

 更に6つの球体の中心から声が聞こえた直後――ベリアルの全てである6つの球体が跡形もなく粉々になった。

 

 女性妖怪の尾が無数の鞭を縦横無尽に振るうように激しく動かされ、ハエでも払うように内部から破壊し尽くされたのである。

 

 また、女性妖怪は片手で掴んでいるベリアルの心臓だけは無傷に留めており、それによって一命を取り止めたベリアルは胸に腕を突っ込まれたまま、女性妖怪の眼前で再生した。

 

「小細工は止めよ。当たってもつまらんではないか」

 

 女性妖怪は彼の球体から出た赤黒い体液を頬につけたままにっこりと笑い、絶句している彼に対して口を開いた。

 

「早く見せろ。その本気とやらを」

 

 

 

 

 ベリアルは膝を折った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァハァハァ……! ゆ、夢か……」

 

 自室のベッドで嫌に鮮明な悪夢から目覚めたベリアルは、辺りを見回して自身の心臓を確認してから胸を撫で下ろした。

 

 ナイトキャップにパジャマ姿の彼はベッドから立ち上がり、カーテンを開ける。

 

 そこには小高い丘に建つこの屋敷から一望出来る"境港"の海の景色が広がっており、それを眺めながら彼はポツリと呟く。

 

「心臓に悪い……」

 

 まだ、ベリアルの中では今の自身の主である夢で見た女性妖怪――"羽衣狐"の笑顔が頭から離れなかった。

 

 西洋妖怪ベリアルは約150年前に伝説の日本妖怪の羽衣狐に完膚無きまで心身共に叩き潰され、その場で心を入れ換えて"彼女の配下"に下ったのである。

 

 そして、彼は現代では手品師もとい"奇術師"として活動し、世界的に有名なマジシャンである一方、教会と孤児院の経営もしている。

 

 また、孤児院では自身の魔法を孤児に教え、マジシャンの卵として育成もしているのだ。

 

 とはいえ、ただの人間が使える魔法など高が知れているが、それでも両親のいない彼らの人生の中で大きな助けになることは間違いないだろう。

 

 彼はパジャマ姿でキッチンに向かい手作業でベーコンエッグを作り、パンを焼くと朝食とした。

 

 これぐらい魔法ならば一瞬で出来てしまうが、長い間日本にいると自炊をしたくなり、今では一通り自身でこなせるようになっているのである。

 

「~♪」

 

 夢は夢でしかないため、既にその事は忘れ、鼻歌混じりでスマートフォンを取り出すと、お気に入りのアプリゲームを開きつつベリアルは朝食を取った。

 

「ん?」

 

 暫くするとスマートフォンに着信が入り、名前を見ずにベリアルは電話に出る。

 

 

 

[あ、もしもしベリアル? 羽衣狐じゃ]

 

 

 

 ベリアルはほぼ無意識で座っていた椅子から立ち上がり、その場で頭を下げた。無論、相手に伝わる事のない無意味な動作である。

 

「お久しゅうございます。羽衣狐様」

 

[そんなに畏まらんでいい]

 

 そうは言うがさっきの今である。正夢や、羽衣狐が見せたのではないかとベリアルが考えても仕方がないと言えよう。

 

[今お主の住んでおる境港におるのだがな]

 

 ちなみに境港に住み始めた理由は羽衣狐の今の故郷ということで、この地の守りをベリアルが買って出ているためである。

 

「言ってくださればすぐに挨拶に――」

 

[止せ止せ、妾は家族旅行中じゃ]

 

 羽衣狐はベリアルを止める。そして、要件に入った。

 

[それでものは相談なのだが――境港にいる間、まなを見守ってやって欲しい]

 

「な……? 私が羽衣様の妹君をですか?」

 

 ベリアルは驚く。犬山まなと言えば羽衣狐が大層可愛がっている実妹である。そして、羽衣狐は自分で出来る事は極力自身でやってしまう性格なので、そのような頼みは非常に稀であった。

 

[本来なら妾がやらなければならぬ事なのじゃがな……ちと、妖怪絡みで私用が出来て、どうしても境港を離れねばならぬ。その間、何かが起こらぬとも限らぬからのう]

 

 その言葉には疲れが見え隠れしているように思えたが、ベリアルが追及する事はなかった。

 

「そうですか、そういうことならば喜んで引き受けましょう」

 

[そうか、頼んだぞ]

 

 朝食の置いてあるテーブルの空きスペースに、突如として皿に乗った3段重ねのホットケーキと、一本のボトルワインが出現した。

 

 ホットケーキに乗ったベリー系の新鮮なフルーツの香りと、ホットケーキの甘い匂いが食欲をそそり、ワインボトルの方はポルトガル産のスパークリングワインであった。

 

[それは礼じゃ、ホットケーキは妾の手作り故味の保証はせんが、上手く焼けたとは思うぞ]

 

 また、ワインボトルの横にはカラフェとワイングラスも付いており、 ホットケーキの乗った皿共々、一目で気軽に他人にやれるような値段の食器ではない事をベリアルは理解する。

 

[ではな。くれぐれも騒ぎにならんように頼むぞ]

 

[はっ……!]

 

 最後にそれだけ言って羽衣狐との通話は終わった。

 

「………………」

 

 ベリアルは無言でホットケーキの端をフォークで少し切り取り、口に運んだ。

 

「……ッ!? うまい……」

 

 ちなみにベリアルの好物はホットケーキである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベリアルはホットケーキとワインを楽しみながら遠見の魔法で犬山まなを眺めると、現在漁船に乗って海に出ているところであった。

 

「今のところは問題ないようだな」

 

 とは言っても人間が事故に合う確率は低く、現代で妖怪に襲われる可能性は更に低いため、特に問題は起こらないだろうとベリアルは考えていた。

 

「ん……?」

 

 しかし、明らかに妖気を孕んだ霧が漁船を覆い始めたことで、その前提は覆される。

 

 そして、海中から次々と船幽霊が現れ、船員を拐い始めたのである。

 

「ええ……」

 

 凄まじい早さのフラグ回収に羽衣狐の仕込みを一瞬疑ったが、する理由も意味もないため、ベリアルはどうしたものかと考えながら眺めていた。

 

 すると一体の船幽霊がまなを掴まえ、何故かそのまま海に投げ捨ててしまったのである。

 

「ふむ……」

 

 ベリアルは漁船から境港までの距離を考え、2~3km程の距離をまなが着ている救命胴衣だけで辿り着けるのかという疑問に至る。

 

「死ぬな」

 

 ベリアルは魔法を起動し、転送魔法でまなを陸に飛ばそうと考え、騒ぎにならないようにと羽衣狐に言われたことを思い出して手を止めた。

 

 転送魔法は止め、海流と波に魔法を掛け、まなを一番近くの弓ヶ浜まで運ぶことにしたのである。

 

 彼が関わったのはそれぐらいであり、それからは比較的スムーズに事が進んだ。

 

 鬼太郎というベリアルも知る人間寄りの妖怪が、浜に集まる人間たちの前に現れ、解決に乗り出したからだ。

 

 原因は海に封印されていた海座頭という妖怪で、かつて財宝目当てに北前船を沈める悪事を働いており、解放されてからは沈んだ北前船から財宝を引き揚げるために再び悪事を働いていたとのことである。

 

「小物だな」

 

 覚える必要もないとベリアルは海座頭のことを忘れた。

 

 ちなみに北前船はとっくの昔にベリアルが引き上げ、財宝を羽衣狐に献上していたりするため、完全な無駄足である。

 

 その後、人間と妖怪が協力して船幽霊を開放し、海座頭が人間の投球に倒されるという珍事を目にし、大いに笑った。

 

 とりあえず彼は魔法で海中に沈んだ野球ボールを回収し、そっとまなのポケットに戻しておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝起き、リエおばさんを手伝いつつ朝食を取った後、ホットケーキを作ってからまなと別れ、配下に電話を入れて私のメインイベントの開始である。

 

「よろしおす」

 

 そう言いながら笑う酒呑。一応、眼鏡だけはケースに入れて持ち歩いているが、服装はいつもの着物姿である。

 

 まず酒呑を連れて様子見も兼ねて大江山に行ってみることにした。

 

 

 

「国定公園かぁ……」

 

「だーれもおらんなったなぁ」

 

 

 

 かつて存在した御殿は影も形もなくなり、知り合いの妖怪も何処にも居なかったため流石にここに住む気はないらしい。まあ、私だってそうする。

 

 

 

「ちょ……な、な、なん……なんで私のところにそんな人連れてくるのさ!?」

 

「ダメ……?」

 

「ダメとかじゃなくて無理無理むりぃぃぃ!? 同居なんてハロハロちゃんとしかダメぇ!」

 

「あらぁ~」

 

 

 

 次にクソ広いので酒呑を置くようにとおっきーのところへ来たが、人見知りクソ雑魚ナメクジメンタルなおっきーでは無理だったようである。

 

 当初は脅して住まわせようかと思っていたが、なにやら大変嬉しいことを言われたので勘弁してやるとしよう。

 

 

 

「ここは?」

 

「うーん……景色はええが、ようわからんなぁ」

 

 

 

 東京の一等地に建つ高層マンションの一室に来てみたが、感触はよろしくないようだ。まあ、1000年前の妖怪に大都会駅近システムキッチン完備の魅力を力説しても仕方ないといえばそれまでだろう。

 

 

 

「こんなところはどうじゃ?」

 

「管理が大変そうやねぇ」

 

 

 

 今度は昔ながらの造りをしている日本家屋の平屋の大豪邸に案内してみたが、ものすごく現実的なことを酒呑に返され、一流や一等地は別に求めていないということに気付く。どちらかと言えば普通の家や、寝に帰るような場所なのだろうか。

 

 建築が非常に得意なことで有名な鬼が集まっていた大江山の御殿はそれはそれは立派だったため、全くの盲点であった。

 

 時間もかなり経ったので今日はここまでにして、暫くはバラバと同じように妖怪城もとい厭離穢土城に住めばいいのではないかと考え、最後に酒呑に見せ――。

 

 

 

「嫌やわぁ、鄙びでけったいな城やなぁ」

 

「――――――!?」

 

 

 

 ハゴロモは心に9999のダメージを受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「~♪」

 

 友人が妖怪城でふて寝してしまったので少しだけ時間を潰すため、酒呑は境港の弓ヶ浜の海岸沿いを歩いていた。片手には友人の尻尾から取り出したワインボトルが握られている。

 

 また、今は犬山乙女の友人として振る舞う必要がないので、眼鏡をケースにしまった状態であった。

 

「んー?」

 

 見ると海岸で妖怪と人間が地引き網のように綱を引いているのが見えた。しかし、一本しか綱がないため、どちらかといえば海と綱引きをしているようにも見える。

 

 人間と妖怪が協力している光景に、酒呑は自身が生きた時代を思い出し、目を細めて笑みを強めた。

 

「ちょ……ちょっと!? ぬりかべは?」

 

「ワシらが先に飛んで来たからのう……! 遅れているようじゃ……」

 

「オ、オギャァ……」

 

 しかし、どうやら状況は芳しくないらしく、妖怪が引くことで丁度海の方の綱と拮抗しているように見えた。本当に海と綱引きをしているらしい。

 

 興が乗った酒呑はふわりと飛び上がり、綱の一番奥の場所に立った。

 

「なんか、面白そうどすなぁ。うちも混ぜとぉくれやす」

 

「え……?」

 

 前にいた現代に染まった猫の妖怪が後ろを振り返り、酒呑を目にする。そして、二本の角を見て驚きながら口を開いた。

 

「お、鬼ぃ!?」

 

「それぇ」

 

 次の瞬間、酒呑が片手で綱を引いたことにより、浜にいた人間と妖怪達が少し宙を舞い、それと同時に綱の手応えが無くなる。

 

「あら……もう終わり?」

 

 キョトンとした表情で、首を傾げる酒呑に浜にいた人間と妖怪の視線が集まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しくしくしくしく……」

 

 変じゃないもん……かっこいいもん……。

 

「天守閣からの景色はええなぁ」

 

 そう言いながらいつの間にか何処かに行って、また戻って来た酒呑は、いつの間にか私の尻尾からまさぐって取り出していた酒瓶を呷っていた。

 

 今私……鬼に……鬼に気を使われている……。

 

 そう考えながらいい加減立ち直り、起き上がった。それからスマホを確認すると既に夜になっていることと、まなから不在着信が入っていることに気付いた。スマホをサイレントにしていたため、気づかなかったようだ。

 

[あ、やっと繋がった!]

 

 不思議に思いリダイヤルをすると、随分嬉しげな声色のまなが出る。そして、まなから話を聞くと昼の内に海座頭という妖怪が暴れ、鬼太郎と庄司おじさんに退治され、今夜からお祭りが開かれるらしい。

 

「どういうことなの……」

 

[そーゆーこと!]

 

 そういうことらしい。庄司おじさんのスナイパー庄司の話って事実だったんだ……いつも話し半分に聞いていたので、正直なところ本当だとは思っていなかった。

 

[鬼太郎と猫姉さん達もいるから浴衣着て来てね!]

 

 それだけいうと電話を切られてしまった。まなには敵う気がしないなぁ……。

 

「んふふ、浮き世にうちより名のある大妖怪を顎で使うとは……まなはんかんにんやわぁ」

 

 ハゴロモイヤーと同じかそれ以上の聴力で話を聞いていた酒呑はそんな感想を漏らす。

 

「眩しいまでに悪意がないのよ、あの娘はね……」

 

 姉として本当にそう思う。あんなに純粋で可愛らしく、強い人間はそうはいない。

 

 とりあえず浴衣を着て祭りに行こうと酒呑を誘ったが、酒呑は酒呑で用事があるらしい。

 

 賑やかな場所に自然に集まる習性を持つ酒呑にしては奇妙な行動に少し疑問に思ったが、詮索はせずに酒呑を残して祭りに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鬼太郎、猫姉さん、目玉のおやじさん!」

 

 海座頭を倒したその夜。境港で開かれた祭り会場で鬼太郎らと、水色にアサガオの絵柄の浴衣を着たまなは合流した。

 

「えへへ、猫姉さんだぁ」

 

「まなったら……」

 

 直ぐに猫娘に抱き着くまな。それに少し呆れた表情をしている猫娘であったが、それよりも優しげな様子の方が強いように見える。

 

「今日は私のお姉ちゃんも来るんですよ!」

 

「まなちゃんのお姉さんというと黒髪で背の高いあの娘か」

 

「知っているんですか父さん?」

 

「のびあがりの時にまなちゃんの家でちいと見掛けたからのう」

 

 そういえば目玉のおやじはまなの家に一泊した事があったなと鬼太郎は思い返した。

 

「ねぇ……まなのお姉さんって"犬山乙女"っていう名前よね?」

 

「うん、そうですよ?」

 

「じゃあ、やっぱりあの――」

 

「お待たせ、まな」

 

 そこまで猫娘が言ったところで声が掛けられ、そちらに振り向いた。

 

 そこには長い黒髪を簪で止めてうなじを出し、椿の花の柄があしらわれた黒い浴衣を着た背が高く肌の白い女性が立っていた。

 

 その容姿、立ち振舞い、表情などの全てから美しさや気品が感じられ、同性でも息を飲む程の美人である。

 

「乙女姉!」

 

 まなは猫娘から離れ、当たり前に乙女の隣に立つ。そして、まなが乙女の手を引いて鬼太郎達の前に連れて来た。

 

「紹介します。私のお姉ちゃんです」

 

「姉の乙女です。いつもまながお世話になっているわね」

 

 乙女は何故か猫娘に目を向けると、また口を開いた。

 

「お話は常々まなから聞かされています。ええ……本当によく聞かされているわ……」

 

「ど、どうも」

 

 何故か乙女から猫娘だけに対して凄みのようなものを感じ、猫娘は乙女からの笑顔かつ無言の圧力に少し気圧される。

 

 目玉のおやじは乙女の人間らしからぬ美貌を改めて評価し、鬼太郎はまなに全然似ていないなぁなどと大変失礼なことを考えていた。

 

「ま、それはそれとして……」

 

 凄むのを止め、猫娘の回りをグルグル回りながら容姿を見ていた。そして、まなの前に戻った乙女は目を見開き、口を開く。

 

「無茶苦茶可愛いわね!」

 

「でしょう?」

 

 そして、まなと乙女は真顔で顔を見合わせ、同時に動いた。

 

「ねー!」

 

「ねー!」

 

(まなの姉だわ……)

 

(まなみたいだ……)

 

(まなちゃんのお姉さんじゃな……)

 

 三者ほぼ一致した感想を抱いていると、乙女が猫娘の肩に手を置いた。その表情はとても晴れやかだが、猫娘は肉食獣に狙われた草食獣のような何とも言えぬ感覚を感じ取る。

 

「可愛い娘にはおめかししなきゃね?」

 

「ちょ、ちょっと?」

 

「行くわよ、まな」

 

「あいあいさー!」

 

「待ちなさい、どこ連れて行くの!?」

 

 乙女は猫娘を引き摺るように連れていき、まなもそれに続く。そして、建物の裏へと入り、鬼太郎と目玉のおやじから見えなくなった。

 

 

『きゃあ!?』

 

『犬山流脱衣術!』

 

『なにそれお姉ちゃん?』

 

『今作ったわ』

 

『ど、どこ触ってんのよ!?』

 

『採寸よ。サイズ測らなきゃわからないじゃない? えーと、それならこの浴衣ね』

 

『え? 今どこからそれを……?』

 

『乙女のヒ・ミ・ツ。乙女だけにね!』

 

『猫姉さんスタイルいいなぁ……』

 

 

 そして、暫くすると後ろから猫娘の両肩に手を置きながら乙女らが鬼太郎の前に戻る。

 

「にゃ、にゃあ……」

 

 戻った猫娘は金魚の柄の入ったピンク色の浴衣を着させられていた。猫娘は着せられる過程で下着だけの姿に剥かれたためか、浴衣で鬼太郎の前に出されたためか、顔を真っ赤にしていた。

 

「やっぱり素材がいいと違うわね。ところで鬼太郎さんでしたかしら?」

 

「ああ……」

 

「浴衣猫娘さんの感想は?」

 

 とんでもない爆弾投下と共に鬼太郎に視線が集中する。

 

「いいんじゃないかな?」

 

「…………!」

 

 鬼太郎は極普通に思った小学生並みの感想を述べた。しかし、普段から鬼太郎に服を褒められることなど無い猫娘は茹でダコのように真っ赤になる。

 

 そんな光景を乙女とまなは口に片手を当ててニヤニヤしながら眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからは花火までの間、お姉ちゃんを含めて全員で的屋を回った。

 

 

「鬼太郎さんちょっと……」

 

「なんだ?」

 

「ひそひそ」

 

「別に構わないが……いいのか、そんなことして?」

 

「いいのよ、祭りの的屋なんて値段設定からシステムまでみーんなインチキなんだから。どうやったって向こうが儲かるように出来てるの。今日は出禁にならない程度に荒らすわよー」

 

「そうか」

 

 

 お姉ちゃんの助言で鬼太郎が射的屋で、コルク銃を撃つと同時にとっても弱めの指鉄砲を撃って景品を倒していた。

 

 鬼太郎の指鉄砲でも何故か1回で倒れない携帯ゲーム機は、鬼太郎が少し指鉄砲を強めて撃つと上に跳ね飛んで倒れ、同時に箱に金属板が突き刺さって居たことがわかった。

 

 やっぱりお姉ちゃんってなんでも知っているなぁ……。

 

 

「~♪」

 

「す、スゴい……お姉ちゃんのモナカどうなってるの!?」

 

「魔法みたいだな……」

 

「美味しそう……」

 

 

 お姉ちゃんが金魚すくいでひとつのモナカを全く破らずにひょいひょい掬っていた。結局、100匹掬っても破れず、飽きたという事でお姉ちゃんがリタイアするまで続いたけど、掬った金魚は黒い出目金の3匹以外は全部的屋さんに返していた。そんなに飼えないんだって。

 

 猫姉さんが戻した金魚をとっても勿体なそうに見ていたけど、それでよかったと思う。

 

 

「………………」

 

「どうした乙女?」

 

「いや、仮設テントで街の若い男の人に囲まれて酒飲んでるあれ……」

 

「船幽霊を解放するのを手伝ってくれた鬼じゃな。通りすがりのただの鬼と言って名は教えて貰えんかったが、悪い妖怪ではあるまい」

 

「鬼はきまぐれですからね」

 

「………………そう」

 

 

 酒呑さんはいないと思っていたら、酒呑さんなりに楽しんでいたみたい。お姉ちゃんは笑顔ながら顔をひきつらせて酒呑さんを見ていた。

 

 

 

 その後は――。

 

 

「私も落書きするわー」

 

「ぬ、ぬりかべ……」

 

 

 遅れて来たぬりかべさんに、お姉ちゃんが子供に混じって落書きしたり。

 

 

「まな、猫娘さん! クジ屋の景品が空になるまで引いて、一等が入っているのか確認する生放送しましょう! 丁度、知り合いの婦警さんも見つけたわ!」

 

「止めなさい!?」

 

「止めてお姉ちゃん!?」

 

 

 炎上しそうなお姉ちゃんを止めたりもしながら、食べ物を買ったりしてお祭りを楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お祭りの花火をお姉ちゃんと鬼太郎たちと見て、こんな時間がいつまでも続けばいいのにと思いながらお姉ちゃんを見るとあることに気付いた。

 

「~♪」

 

(み、耳ぃぃ!? お姉ちゃんの耳がぁ!?)

 

 お姉ちゃんはぴょこぴょこと黒い狐耳を嬉しそうに動かして夜空の花火を眺めている。

 

「まな? どうした……の……」

 

 口をパクパクして耳を動かすお姉ちゃんを見ていると、猫姉さんが私に気付き、お姉ちゃんの耳を見て固まった。

 

 更に鬼太郎と目玉の親父さんの視線もお姉ちゃんの耳に集中する。

 

(あ、終わった……)

 

 そう感じた私は何をするわけでもなく、呆然としていると、お姉ちゃんが動く。

 

「あら? 皆さんどうしたの?」

 

 鬼太郎たちを見回しながら首を傾げるお姉ちゃん。そして、考え込むように唇に指を当ててからポンと手を叩き、両手で黒い狐耳を触って見せた。

 

「ふふ、もしかしてコレのこと?」

 

「あ、ああ……」

 

 あまりにもあっけらかんとした様子に鬼太郎も私も何がなんだかわからず困惑する。

 

 そうしているとお姉ちゃんは腰に手を当て、私に顔を近付けながら困り顔で呟く。

 

「もう、皆のことは私に言ったのに私のことは話してないの?」

 

「え……? あ……うん」

 

「いいのよ、私は気にしてないし。まながいるもの」

 

 当然、私はお姉ちゃんから何も聞いていないので何がなんだかわからない。ひょっとしたらここで全部話してしまう気なのかと思って私は何も言えなかった。

 

 そして、お姉ちゃんは鬼太郎たちに向き合い、片手を胸に当てながら優しげに微笑むと言葉を吐いた。

 

 

 

「私、"半妖"なんです。まなとは血が半分しか繋がってなくて、人間にも妖怪にもなりきれない半端者。それでも、仲良くしてくれたら……嬉しいわ」

 

 

 

 そう言うお姉ちゃんの表情は全て知っている私ですら、無理に笑っているように見え、瞳には不安や悲しみが見え隠れしていると感じた。

 

 お、お姉ちゃん……あ、あれ?

 

 ひょっとしてこれ……私、出しにされた!?

 

 どうやらお姉ちゃんはまだまだ鬼太郎たちに話す気は無いみたい。安心したけど、悲しいのか、喜んでいいのか、私にはもうよくわからなかった。

 

 

 

 







Q:ぬら孫キャラ今後出す気あります?(感想から)

A:ありありだよ! でも野郎か異形ばっかりだよ!(ほぼ登場の確定しているキャラ→二十七面千手百足、鬼童丸、さとり&鬼一口)


Q:ぬら孫で一番エロいと思うキャラは?

A:羽衣狐


Q:ぬら孫で一番チ◯コに悪いと思うキャラは?

A:淡島くんちゃん。

(当初ヒロイン?にする予定でしたが、おっきーの霊圧が消えるので止めました)



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大物ウーチューバーはごろも

どうもちゅーに菌or病魔です。

色々大分考えたんですが、蟹坊主にポンコツ狐姉貴が関わるとどうなってもろくな結果にならない上、原作をそのままなぞるのは二次創作として私的にどうかと思うのでこうなりました。ちょっと短めです。ごめんな……ごめんだで……。

はからずも2話にかけて猫娘と関われたので、次は多分学校となります。

後、先に言っておきますが、鬼太郎に出るのはユーチューバーではなく、ウーチューバーなので限り無く近い別物ということにご注意を。




 

 

 とある天狗の集落の長老はその光景に目を疑った。

 

 既に幾つかの街を火の海に沈めていた西洋妖怪ベリアル。

 

 妖怪としては名通った長老ですら一瞬の隙を突いて沈黙させるしかないと遠目から判断していた彼が今、一体の女性妖怪の前で涙を流しながら命乞いをしていたのだから。

 

 そんなベリアルを見つめながら不敵な笑みを浮かべているのは、気紛れに妖怪も人間も等しく苦痛と悲鳴を絞り出しながら惨殺するという最凶最悪の大妖怪として名高い"羽衣狐"。

 

 長老は悪魔ベリアルを終始手玉に取りながら心までへし折り、今の状況を作り出す一部始終を見ることになり、どちらが悪魔なのかと問いたくなる程、別次元かつ底の全く見えない力と闇のカリスマとでも言うべき風体に絶句していたのだ。

 

 長老は既に1000年以上の月日を生きている。それ故、他の三大悪妖怪の玉藻の前や酒呑童子、伝説の京妖怪である鵺のことを一目見たことはあった。それらと比べても羽衣狐は遥かに悪意に満ち溢れていたと長老は感じ、羽衣狐から数km離れて術を用いて眺めながらでも頬を冷や汗が伝う程であった。

 

 

 

『ああ、一応言っておこうぞ』

 

 

 

 何故かベリアルを殺さずにいる羽衣狐はそんなことを呟く、そして術を通して羽衣狐を見る長老と羽衣狐の目があった。

 

「――ッ!?」

 

 長老は思わず驚きと心臓を鷲掴みにされたような恐怖から声を漏らす。彼は名のあるような大妖怪に連なる程の実力者ではないが、それでも神通力に関しては一日の長があると考えていた。

 

 しかし、それは間違いだったと言えよう。羽衣狐は紛れもなく天狗の神通力すら知っていたのだ。その上、仮に長老が数km先から隠れて術で覗き見ていただけの存在に気付けるのかと自身に問い、超越的な羽衣狐の能力の高さに打ちのめされる。

 

 また、ベリアルを倒した時に一瞬で、心臓の位置を看破して見せたことを思い出し、天狗の神通力を羽衣狐は修得しているのではないかという疑問に至る。

 

 そんな最中、羽衣狐はにたりと口角を上げて笑みを浮かべるとそのまま長老に言葉を吐いた。

 

 

 

『お主の獲物を獲ってすまなかったのう』

 

 

 

 その言葉により、更に羽衣狐は少なくともかなり前から長老の存在に気づいていたということに気づく。この女の形をした化け物はどこまで上にいるのか? 羽衣狐と同じく妖怪として闇に生きる存在である長老は呆れ果てる。

 

 

 

『ではな』

 

 

 

 それだけ言うと羽衣狐はベリアルを立たせ、彼を引き連れながら二人のいる空間が歪む。それが止むと両者の存在は跡形もなく消えている。

 

 そして、その場には呆然とした長老のみが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 境港での船幽霊騒ぎと祭りの翌日。

 

 町外れにあり、危険との訴えによりベンチとテーブルしか設置されなくなった人通りの少ない公園に犬山まな、犬山乙女、鬼太郎、猫娘、目玉のおやじの5人が集まっていた。

 

 テーブルを挟んだ2つのベンチに二人づつ座り、目玉のおやじはまなの肩に乗っていた。

 

「さて、どこから話しましょうかね……」

 

 少し風に靡く髪を掻き上げながら呟くのは、生きた日本人形のような容姿をした犬山乙女。今の彼女はいつもとは打って変わって笑みを浮かべていないため、吸い込まれそうな程に黒い瞳はどこか恐ろしげに映る。前日に半妖ということを聞かされていたため、尚更だろう。

 

 今日は辛気臭いものは無しで楽しんで欲しく思い、日を改めて明日に説明するとのことで、最低限のメンバーを集めて今に至る。

 

「私とまなは種違いの姉妹……ということは昨日なんとなく話したかしら?」

 

「ええ……」

 

 まなの友人である猫娘がそう呟いた。それを聞いた乙女は薄く笑みを浮かべたが、それは消え入りそうな程儚げでどこか遠い目をしており、昨日誰よりもはしゃいでいた人物と同じには到底見えなかった。

 

 妹のまなもそんな乙女は不安げに見つめている。

 

「私とまなの母は私が生まれる十月十日前の一週間の間、行方不明――神隠しに遭ったの」

 

「それで君は……」

 

 鬼太郎の呟きに言葉を返さず、乙女は言葉を続ける。

 

「相手は祟り神崩れの妖怪だったわ。どこかで封印され、祀られていたけれど、長い歳月で封印が解け、現代に現れたのね」

 

 祟り神といえば危険な荒御霊であり、人間に拝み倒され、守護神になることもある存在のことだ。しかし、元々の特性から実際に拝み倒されて守護神になってくれるような利口で博愛主義的な存在など一握りもいるわけもなく、基本的に神社や祠に置かれた御神体に直接封印し、無理矢理縛り付ける形で利用されることが主流である。乙女の話す存在も後者のものだろう。

 

 どちらにせよ、大妖怪程ではないが、戦闘や術に特化した力のある妖怪であることは変わりない。

 

 ちなみにゲゲゲの森にはそういった妖怪は少ない。何せ、基本的に鬼太郎に倒される側の妖怪だからである。それ故、戦力という意味でゲゲゲの森の妖怪たちはほとんどアテにならないと言ってもいい。

 

「ま、幸いにもお母様はその時の記憶を全て失っていたから良いけれど、理由は明白だけどね」

 

「理由じゃと……?」

 

 目玉のおやじの問いに乙女は答える。

 

「ええ、あの妖怪――いえ、私の本当の父親はお母様と成長した私を食べる気だったの。頭からムシャムシャとね。子供の肉は美味しいらしいわ」

 

「なんと!?」

 

 "父親の風上にもおけん!"と目玉のおやじは怒りを露にした様子であった。

 

「正直、私はそのまま育っていたら父親のようなこわいこわい妖怪になっていたかもしれないわ。皆が思うほどいい子じゃないのよ私。祟り神の半妖だから……他の子よりもずっと賢くて、強くて、悪い子だったわ」

 

 乙女は瞳を閉じてそう呟く。

 

「でもね……」

 

 そう言葉を区切ると片手をまなの頭に置き、ゆっくりと撫でた。その手付きはあまりに優しく、まるで母親のようにさえ見えた。

 

 しかし、それと反比例するように乙女から鬼太郎が一目見ればわかる程、邪悪に満ち溢れたドス黒い妖気が溢れ出し、鬼太郎らは目を見開く。

 

 流石に()()()()()()と比べれば質も量も遥かに大人しく感じる。だが、人や妖怪に仇なす祟り神らしい暗く冷たい妖気の中にどこか温かみを感じる不思議な妖気をしていた。

 

 乙女の妖気は既に大妖怪に片足を踏み入れており、実の父親がかなり強力な祟り神であったことが伺える。

 

「私にはずっとまなが居たわ。後ろを着いて来ていつも笑顔を向けてくれる大切な人間の妹がね……だから……ぜったいに守るって決めたのよ。まなも……まなと私の家族も……」

 

 そう言う乙女の優しさに溢れた表情とは裏腹に、瞳は決意に満ち溢れており、誰が見ようとも心の底からの言葉だということがわかった。

 

 やがて乙女はまなを撫でることを止めると、開かれていた掌を閉じ、逆に強く握り締めて拳を作る。

 

「だから……お母様と私を食べに来たアイツを――力を全て奪い取った上で殺してやったわ」

 

 その言葉にまな以外のものたちは絶句する。乙女が抱えていた闇は想像を遥かに越えていた上、乙女自身にもどうすることも出来ないような内容だったからだ。

 

 ちなみにまなは最初からずっと何とも言えないような、居心地の悪いような顔をしていた。知っていたのならその反応も仕方ないだろう。

 

「うふふ……まあ、親より子が強かった。それだけの話ね。たった7歳の子供に喰い殺されたんですもの」

 

 とは言え、正確には違う。乙女はそれを己の力と意思で乗り越えた先が今なのだ。鬼太郎たちがどうこう言えるようなことではない。

 

「だから、こんな化け物みたいな見た目なのかしらね? 私は」

 

 乙女は肩を竦めてそう言う。笑っていない乙女の容姿は、怖いほどに人間離れした美人のそれである。祟り神の半妖であり、その祟り神の力を喰らった存在だというのならば、まなと似ても似つかないその容姿にも合点がいく。

 

「後、これも見せておくわね」

 

 乙女はベンチの脇に置いてあったやや細長い半球状のアーチェリーバックを取り出す。

 

 最初から乙女が持ち込んでいたモノであり、まなを含めて皆が気になってはいたため、視線が集中した。

 

 そして、乙女がバックから取り出したものは――。

 

「わぁ……綺麗な"弓"……」

 

 まなが思わず溢したように輝く白銀の弓であった。

 

「竪琴ではないのか……?」

 

 目玉のおやじがポツリと溢す。その言葉通り、弓のような形状をしていながら何故か数本の弦が張られており、また矢がどこにも見当たらないことからそう判断したのである。

 

「うふふ、どっちも正解」

 

 乙女は弦を指先で弾くと"ポロロン"と弾むような心地好い音色が出る。それをした後、乙女は席を立ち、足元に落ちていた拳程の石をひとつ拾い上げた。

 

「見てて?」

 

 乙女は石を高く投げ、更に弦を弾いた。

 

 その瞬間、心地好い音色と共に空中の石が真っ二つに両断されたのである。

 

 鬼太郎らはまなも含めて驚きながら空中から落ち、綺麗にテーブルの真ん中に落ちた石の片方を眺める。その断面は刀のような鋭利な刃物で斬られたかのように滑らかであった。

 

 

「スゴいでしょ、この"弓琴(きゅうきん)"? 」

 

 

 つま弾くことで対象を切断する真空の刃を飛ばせると語る乙女は、まるで見せびらかしているように、どこか誇らしげであった。

 

「それをどこで……?」

 

「さあ? 物心ついた頃には使えるようになっていたし、生まれつき持っていた……と思うわ」

 

 そういうと乙女は弦を指先でつつく。すると弦は触れただけで消滅し、全ての弦に触れると弦が無くなる。そして、弦があった場所をなぞるとそれだけで瞬く間に弦が張られて行った。

 

「ふむ……それが乙女ちゃんの妖怪としての力なのかも知れぬな」

 

「そうなの?(ポロロン……)」

 

 乙女は目を大きくしながら弓琴を弾いて音色を奏でていた。ただ、弾くだけでは真空の刃が飛ぶ様子が見られないため、何かコツがあるようだ。

 

「まあ、私が言いたいことはひとまずそんなところね。何か質問があるなら答えるわよ?」

 

「なら……君の妖怪の父親の名前は知っているかい?」

 

 鬼太郎は善意で乙女から父親妖怪の名を聞き出すことにした。乙女に喰い殺されたようだが、いつか何かが起きてもう一度現れないとも限らないため、覚えておくと共に倒し方を調べておこうと考えたのである。

 

 乙女は難しい顔で首を捻った。

 

「さあ? 名前なんて興味無かったから特に――ああ、待って……えーと……確か、"稲荷神"とか言ってたかしら?」

 

「稲荷神か……」

 

 稲荷神と言えば稲荷大明神や、お稲荷様、お稲荷さんなどとも言われている。稲を象徴する穀霊神・農耕神として祀られているもので、要は狐の神や妖怪である。

 

 数が多いため、どちらかと言えば種族的な意味合いが強く、その在り方も人間に幸福を与えることを無上の喜びとするものから、人や妖怪を喰らい殺す邪悪な祟り神まで非常に範囲が広い。話を聞く限り、後者寄りだが、稲荷神となれば狐なこと以外共通点がほぼないため、あまり参考になるようなことではなかった。

 

 寧ろ、そこそこ身近になりつつある"狐"ということで羽衣狐を思い出し、鬼太郎は渋い顔をしていた。

 

「何か悪いことだったかしら?」

 

「いや、こっちの問題だ……」

 

「じゃあ、私からも――」

 

 次に猫娘が動き、スマートフォンを取り出して何かを調べるとそれを乙女に見せた。

 

 それは"乙女座の乙女(VirgoVirgo)"という名のウーチューバーであった。ご丁寧に笑顔の乙女の画像も付いている。

 

 日本人でウーチューバーを知っているのなら誰もが名前ぐらいは聞いたことのある存在。寧ろ日本よりも海外の方が熱狂的なファンが多く非常に有名なウーチューバーである。

 

 ちなみに乙女様、黒先輩、大和撫子Lv99、わかりやすい超人、万能の人、人間のような女神、残念な美人(シスコン)、ハリウッドを蹴った女、生放送中に変質者を撃破した女、生放送中に世界記録を超える女、リア凸するとジュースを奢ってくれる人、犬山乙女、要人にリア凸される女等々様々な愛称で呼ばれている。

 

「これあなた……?」

 

「ええ、もちろんそうよ」

 

 乙女は堂々とし、当然と言わんばかりの態度でそう述べた。

 

「ええ……ええ!?」

 

 猫娘は叫ぶほど本気で驚いていた。その様子に乙女は嬉しそうな様子を見せる。

 

「結構わからないものでしょう? 人間、自分の目で見たものでも疑ってそのまま真実と受け取らないものなのよ。だから意外と外でもバレないものね。ああ、身バレはとっくにしているから開き直って名前も住所も載せてるわよ」

 

 猫娘が呆然としていると更に乙女は口を開いた。

 

「うふふ、でも人気なのは当然よ。だって私はこんなにも――」

 

 乙女は自身の身体を抱き締めながらにっこりと猫娘に笑い掛けた。乙女は動作のひとつをとっても妖艶であり、更にその笑みは同性の猫娘すら赤面してしまう程の美しさに満ち溢れていた。

 

「"美しい"じゃない?(ポロロン……)」

 

 何故か乙女は弓琴を弾き鳴らしながら、全く羞恥も遠慮もすることなくそう言い放った。

 

 あまりにも威風堂々とした佇まいにより、猫娘と鬼太郎と目玉のおやじは唖然としている。

 

「お姉ちゃんキレイだものねー。それにお姉ちゃんの放送……ゲームとか中心になんでも色々してる放送だけどふつーに面白いんだよねぇ」

 

 そんな中、まなだけは当然のことだとばかりに当たり前のように流しており、猫娘はその様子に少しギョッとした。

 

 しかし、嫌味でもなんでもなく、実際に乙女という人間は美しいのだから猫娘も返す言葉がなかった。容姿から所作、如何なる動作を切り取ってもぐうの音も出ない程、乙女は老若男女問わず美しいと感じられるのである。

 

 それを普及した現在のインターネットに乗せてしまえば、本人にその気は一切無くともこうなるのは寧ろ自然に思えた。

 

 きっと昔に産まれていれば"傾国の美女"等と呼ばれていたに違いないと、猫娘はなんとも言えない気分になる。

 

「最初はただSNSで画像とか上げてただけだったのだけれど、実際に声を聞きたいって要望があってね。折角だからそれに答えて最初は電話でも掛けようかと思ったのだけれど、結構多かったからいっそ動画にした方が早いと思ってそうしたのよ」

 

 乙女は一旦言葉を区切り、持って来ていたペットボトルのお茶で喉を潤してから口を開いた。

 

「失礼。そうしたら国内でビックリするぐらい有名になっちゃってね。面白いからそのまま暫く他の投稿者さん達みたいにしていたら海外の人から英語の字幕を入れて欲しいって要望があったから――」

 

 乙女は何でもないような様子で言い放った。

 

「字幕と後付け実況を付けてとりあえず八ヶ国語で動画を上げたわ」

 

「ええ……」

 

 猫娘は乙女の万能ぶりに困惑した。20年も生きていないにも関わらず、既に少なくとも八ヶ国語をマスターしているらしい。

 

「そうしているうちに国内外問わずどんどん登録者が増えちゃってね。今ではこのザマよ」

 

 乙女が猫娘のスマートフォンを借り、少し操作して見せた画面には去年のウーチューバー登録者数世界ランキングで、30位以内に入っているという様子が映っていた。

 

「そんなことよりも……!」

 

 本当に些細なことのようにウーチューバーの話を切り上げ、乙女はまなを抱き上げて自身の膝の上に乗せ、ぎゅっと抱き締める。 

 

「驚いたわ、最近になって突然、"私の"まなが私の耳と尻尾が見え始めたんですもの!」

 

「あはは……」

 

 まなはされるがままな様子で乾いた声を上げている。

 

 そんな光景を横目にそこにいたまな以外の妖怪たちは全員同じような事を考えていた。

 

 "この人、口を開かなければ本当に美人なのになぁ"と。

 

 欠点の存在しない者は居ないということを改めて考えさせられた鬼太郎一行なのであった。

 

 

 

 

 

 ちなみにこの後、境港の街を蟹坊主という妖怪が襲ったのだが、乙女は地元の友人たち(酒呑童子とべリアル)と少し遠出するとのことで暫く境港にいなかったため、それを知ったのは全てのことが終わってからだったという。

 

 

 







~回答者:匿名希望の犬山(姉)さん~

Q:ハゴロモさんはどうやってベリアルの心臓を見つけたの?

A:心音じゃな


Q:ハゴロモさんはどうやって天狗の長老に気づいたの?

A:みこーん、勘じゃよ


Q:ハゴロモさんは天狗の神通力出せるの?

A:出そうと思えば(王者の風格)←ハゴロモジョークなので出せません







~べリアルも同伴で酒呑童子のお住まい探しに向かったポンコツ狐姉貴の動機~


「いやー、海座頭なんぞにまなが襲われるとは予想外じゃったのう」


「でも、まあ境港に滞在中にまたまなが襲われる等ということは流石にないじゃろ」


「仮にあったとしても鬼太郎たちが居るんじゃ。まなの守りは万全じゃな。HAHAHA!」







~羽衣狐の尾の武器~

五尾の弓琴(きゅうきん)
 名を"痛哭の幻奏(フェイルノート)"という弓のような形をした竪琴の弦。その正体はかつて"無駄なしの弓""必中の弓"ともいわれるとある円卓の騎士が用いた"糸そのもの"である。
 つま弾くことで敵を切断する真空の刃を飛ばせる。その特性から片腕、ひいては指さえ動けば発射でき、一歩も動かず、弓を構える動作を必要としないという利点を持つ。また角度調整、弾速、装填速度が尋常ではないため全弾回避はほぼ不可能。レンジ外まで転移するか次元を跳躍するなどでしか対抗できない。また、異なる手段としては糸のため、相手を縛る、斬り裂く、スネアトラップとして使うなどの戦術も取れる。
 故に羽衣狐が使う文字通り"必殺"の武具。未だ実力の足りなかった頃にどういう経緯か入手し、これを用いて闇討ちを行うことであらゆる悪しき者を暗殺していった。
 しかし、尾の増加共に暗殺せずとも正面から対峙出来るようになったため、徐々に使用頻度が減り、今では人間の暗殺以外にほとんど使わなくなった。また、使用しなくなった最大の原因は、"全く殺した手応えを感じないため面白くないから"とのこと。

乙女の武器として
 殺す時だけに用いられていた上、使われた対象は訳もわからず死に、仮に復活しても死因が一切不明なため、羽衣狐の武具の中で使用率自体は決して低くないにも関わらず、羽衣狐と一部の身内以外に存在を知られていない武具でもある。
 そのため、半妖の犬山乙女が持つ武器として使用している。

ちなみに
羽衣狐の尾の武具はその時代に取った武具というよりも、単純に思い入れのあるものや、純粋に強力な武具が選出されることが多く、数字付けにあまり深い意味はないため、時代背景がバラバラであったりする。




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刑部姫(教師)

どうもちゅーに菌or病魔です。

 待たせたな!(ごめんなさい)

 最近投稿したフェイスレス博士の世界貢献もよろしくお願いします!(ダイレクトマーケティング)


 

 

 夏休みと言えば中学生程の子供は何を想像すると思うだろうか?

 

 祭りに帰省、花火にプール、イベントにレクリエーション等々楽しい行事は幾らでもあるだろう。

 

 しかし、中学生は中学生なりに苦労していることもある。その最たるものが、夏休みの宿題や塾であろう。

 

 

「助けて乙女姉……」

 

 

 夏休みが終わる少し前に宿題に取り掛かり、塾の宿題と板挟みにされて首が回らなくなり始めたまなを見れば一目瞭然である。

 

「もう全く……」

 

 そう言いながらも問題を解くヒントを沢山与えてしまう私は甘いのかも知れない。答え? まなのためにならないからそれは教えない。

 

「ところで羽衣姉は大丈夫なの?」

 

「んー、何がかしら?」

 

「夏休みにバイクの免許取ってるんだよね」

 

 まなの言うとおり、私は今バイクの免許を取るために教習所に通っている。夏休みにやることがないので、折角だからすることにしたのだ。

 

「大丈夫よ。そもそも私、霊体の頃は普通に乗り回してたもの」

 

 なので尻尾にその頃のバイクが沢山眠っていたりする。

 

 免許? 車検? 妖怪にそんなものはないわ。

 

 しかし、犬山乙女という人間になってしまったせいで、それらが使えなくなるというのはちょっともどかしい気分になる。

 

「ちなみに大型二輪免許ね。あんなの目を瞑りながらでも取れるわ」

 

「それ筆記試験は超能力前提だよね……?」

 

 そんな会話をしながらまなの宿題を見ていると、まなが何か思い出したかのように呆れ顔で呟く。

 

「そういえば蒼馬(そうま)がこんなこと言ってたんだよー」

 

 まなは私に"お化けになれる学校"なるものが噂になっていることを話した。

 

 まなからすると子供騙しな噂程度の認識だと思うが、私はどうにもそうとは思えない。

 

 火のないところに煙は立たないのである。ましてや、それが妖怪と人間が混在するこの世界ならば尚更だ。

 

 その場は冗談のように流しておき、まなに聞こえない声でそっと呟く。

 

「少し調べてみるか……」

 

 そうと決まれば今夜から行動である。

 

「ところでお姉ちゃん?」

 

「何まな?」

 

「お姉ちゃんがゲームしてるときの放送でよく、"256・4096・65536はキリのいい数字"って言ってることあるけどあれってどういう意味――」

 

「まなにはまだ早いわ」

 

 それ以上いけない。まなに状況再現は早すぎるわ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、こんなに早く見つかってしまうとはのう……」

 

 私の眼前には田舎ならばまだ現役なのではないかと思うような小綺麗な木造校舎が、石の塀で囲まれており、表札には"お化けの学校"というそのままの表記が成されていた。

 

 空には太陽が輝いているが現実のものよりも大きいため、ここが次元の歪みや異界の類いだということもわかる。

 

 そのまま、お化けの学校なるところに入ろうと考えたが、子供が人質にされている可能性を考え、羽衣狐としての状態では何にしても問題になるではないかと思い当たる。

 

「"無害そうな妖怪"にでも化けるか」

 

 そう考え、お化けの学校の近くにあったカーブミラーの前に立ち、着ていた黒いローブを脱ぎ捨てた。

 

 誰かに化けるなんていつ以来だろうかと考えながらカーブミラーを眺める。

 

 

 

「いぇ~い、"刑部姫"ちゃん姫モード全開でーす♪」

 

 

 

 そこには姫モードな刑部姫と全く同じ容姿、装い、声をした私が居た。

 

「………………ふむ、ちょっと違うのう。おっきーのこう、かなり無理してやっている感が出とらんな」

 

 そう言いながらカーブミラーの中のおっきーは溜め息を吐く。さっきの柔らかい表情から一変して殺人鬼のような冷たい眼光にもなっていた。おっきーもシリアスな顔になればこれぐらい出来るということである。多分、一生無いと思うがな。

 

 本物は姫キャラを装ってはいても、対人経験値の深刻な不足から足や手がプルプルしているような感じなのである。

 

 まあ、そんなところを再現したからと言って細か過ぎて伝わらない物真似レベルなので今はこれでいいだろう。

 

 ニコリと微笑んで、きゃる~ん☆な感じになればあら不思議、姫モードなおっきーの完成だ。

 

 まあ、一見この変化、無茶苦茶便利で変装なんて要らないんじゃないかと思うかもしれないが、致命的な弱点を持つので、基本的には変装に頼っていたりする。

 

 私はそのままお化けの学校の中に入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中に入ると沢山の子供たちが何故か布団を敷いて眠っていた。

 

 お化けの学校というだけあって夜に行われるのかと考え、子供の様子を確認してみるが、未だ人間であり、妖怪になった様子はない。

 

「おやおや?」

 

 どうしたものかと考えていると正面から声が聞こえてそちらを見る。するとそこには見覚えのある妖怪が立っていた。

 

「あなたは……前にお会いしましたな」

 

 それはライブの時に退治された"見上げ入道"であった。何故か逆向きの五芒星が額に刻まれているが、本当にお化けを見たような気分になった。

 

「ひえっ!? ど、ど、どうしてここに!?」

 

 とりあえず、おっきーらしく驚いた素振りをしておく。

 

 ついでにおっきーらしく相手からじりじりと少しずつ離れて退路を確保しようとするのも忘れない。

 

「待ってくれ。話を聞いてくれ……!」

 

 すると見上げ入道がそんなことを言ってきたので足を止める。

 

 攻撃してきたら首を引き千切ってやろうと思い、背中に隠した片腕の爪を立てていたのだが、どうやら向こうは話す気なようだ。

 

 とりあえず話だけは聞いておこうと爪を立てるのは止め、胸の前で腕を抱き締めながら不安げな表情で呟く。

 

「な、なな、何さ……? 何なのさ!?」

 

「そんなに怯えないでくれ。実は――」

 

 それから見上げ入道はお化けの学校について話した。

 

 それによれば人間の子供が好きな時に好きなだけ、したいように勉強を出来る場所らしい。しかし、教員が足りないので、是非とも参加して欲しいとのことだった。

 

「ま、まあ……そういうことならちょっとだけ……」

 

「おお、ありがとうございます!」

 

 とりあえず頷いておき、教員になることになった。ちょっと面白そうだと思ったのは本心だ。

 

 まあ、全然ダメだなコイツは。嘘だということが丸わかりだ。こちとら伊達に千年以上の嘘吐きではいない。いつしか、他人の嘘なんて見ただけでわかるようになってしまった私にとってはただ滑稽である。少し泳がせておこう。

 

 その後、少し話をしてから別れ、校舎内を見て回ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? 刑部姫ではないか」

 

「うぇっ!?」

 

 校舎内を散策していると後ろから声を掛けられたので、身体を跳ねて驚きつつ恐る恐る振り返って見せる。

 

 するとそこには小さい老人と、顔だけがモアイ像のように大きい老人の二人組がいた。そして、二人とも覚えがあった。

 

「なんだぁ……"サトリ"と"鬼一口"じゃない。驚かさないでよ、もう……」

 

「ああ、それは悪かったな」

 

 サトリは心を読む悟り妖怪であり、鬼一口は鬼が一口にして人間を食い殺すことをいう概要が妖怪化した存在だ。共に(きぬ)の元配下であり、鬼一口に関してはきぬの前は酒呑の元配下である。二人とも割りと話のわかる方の妖怪だ。

 

 私との関係性は単純に勤め先の社長の更に上の人物といったところか。

 

「何故引きこもりのお前がこんなと……こ……ろ――」

 

 サトリの方は私の心を読んでおっきーではないことに気づいたらしい。まあ、気づくのが早い方だな。

 

「……いや、まさか…………」

 

 サトリは手で狐を2つ作り、それを組み合わせて窓のようにすると、そこから私を覗き込んだ。その瞬間、サトリの顔からサーッと血の気が引いていく姿が見え、非常に面白い。

 

「そうだ。刑部姫、金子返してくれ」

 

 すると、鬼一口が私の前に立ちそんな事を言ってくる。おっきーは過去に博打にハマり、負ける度にきぬや私の配下から金を借りていたからな。こうなることは当然と言えよう。

 

 ちなみに一番立て替えていたのは他ならぬ私である。多分、小さめの街で一番高いビルを建れるぐらいは立て替えている。まあ、今さら返してなんて言わないけどね。他人に金を貸すときは戻って来ないことを前提に貸すのが、いい人付き合いの仕方だ。

 

「馬鹿止めろ! そのお方は羽衣――」

 

「黙れ」

 

 私は即座に尻尾を二本出し、二人の首筋に宛がった。多少、妖気も漏らしているので鬼一口も私だと理解出来ることだろう。

 

「私は姫ちゃんだよ?」

 

「い……いえ、申し訳ありません。羽衣さ――」

 

「もー、違うってば! 私は姫ちゃんだって言ってるでしょ……?」

 

 合わせろと言っているのが、わからない程下郎でもあるまいにのう。クククッ……。

 

「鬼一口、耳を貸せ」

 

「おう」

 

 二人は私から少し離れて小さく話し合う。それが終わると、二人は土下座せんばかりの勢いで私に事情を話始めた。

 

 うむうむ、よきかなよきかな。

 

 

 

 

 

「そうなんだ。あなたたちは見上げ入道が悪さをしないように、お化けの学校に教員として潜り込んだんだね!」

 

 聞いた話によれば、なんでも二人は偶々、この近辺にいた時に見上げ入道に誘われ、このお化けの学校の教員になったらしい。そして、その悪事を暴くためにいるそうだ。

 

「そうなのですよ! 我々は貴女様の教えを忠実に――」

 

「ハゴロモ姫ちゃん、嘘を吐かれるのは嫌いだなぁ……」

 

 ご苦労――などと言うと思うてか……?

 

 サトリはやっぱりなと言わんばかりに表情を歪め、引きつった笑みを浮かべる。

 

「サトリ……あなたがいたのに見上げ入道の心の中が見えないっていうのはちょっとおかしいんじゃないかなー? それなのに見上げ入道に着いたんだったら、他に何か理由があるよね? 今言えば姫ちゃん特別にパンチだけで許しちゃうぞー!」

 

 サトリ……貴様がいながら見上げ入道の腹の中が見えぬということはあるまい? だというのに奴に着いたのならば……他に理由があろう。今言えば一撃で許してやるぞ?

 

 私が拳を握り締め、笑顔でにじり寄るとサトリと鬼一口は観念した様子で口を割った。

 

「いやぁ……その……余った人の子は喰ってもいいと言われまして……」

 

「人の子の肉は絶品だ」

 

 とりあえず、二人は私のアッパーカットで宙を舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんなー! さあ、刑部姫先生の授業だよー!」

 

「おっきー!」

 

「おっきー先生!」

 

「刑部姫!?」

 

 お化けの学校に潜入してから数日。何故か見上げ入道は全く動きを見せないので、ズルズルと教員の真似事を続けている。

 

「今日は日本史のお勉強だぁ! 昔は密接だったから中国史も可だよ」

 

 そうして、今日の授業が始まった。

 

 

 

「おっきー! 織田信長ってどんな人?」

 

「あー、ノッブ……? あの人は確かに歴史通りの凄い人なんだけど、人柄に関してはかなりざっくばらんでいい加減な人でねぇ……。何かある度に是非もないネ!って締めてるのが印象に残ってるなぁ。兎に角、変人だったよ。後、女性だね」

 

「えー、嘘だぁ!」

 

「多分、生きてたら、何でもかんでも日本史が題材のゲームで黒幕にされるの見て、爆笑しながらプレイしてるんだろうなぁ……」

 

 

 

「おっきー先生、李書文の伝説って本当?」

 

「先生かぁ…………いやー、先生は本当というか現代で語られてるところは、人間相手で全力出せてないから撫でる程度の逸話だよ。というか、私ぐらいじゃないかな。先生の本気の一撃を何度もぶち当てられたの。この身体が素手の一撃で意識飛びそうになるなんてたぶん、後にも先にも先生だけだよ。あれは人間じゃないってマジで。なんで"八極拳ならやっぱり先生に学びたい!"だなんて思っちゃったんだろうなー……昔の私は」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 

 

「おっきーせんせぇ! 酒呑童子って何ですか?」

 

「酒呑じゃと!? あ、彼奴なら妾の城やらゲゲゲの森やら適当にその辺酒盛りばかり――おほん。鬼って言うのは何かにつけて年中お酒ばっかり飲んでるこわーい妖怪だからあんまり関わっちゃダメだよ? 絵本の泣いた赤鬼なんて例外中の例外なんだからね!?」

 

「はーい!」

 

 

 

 そんなこんなでこれが授業なのか大変怪しいが、普通の教えや語呂合わせ等もしつつ授業っぽいことをしていた。そこそこ楽しんでいる気がしないでもない。

 

「んー……?」

 

 なんか今、廊下側の窓の外に"サングラスを掛けた鬼太郎っぽい者"が見えたような……いや、流石に気のせいかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷはぁ……」

 

 日の出になり授業が終わったので、私はそろそろ家に戻って家族の朝食を作ってから学校に行かなければならない。既に徹夜の毎日だが、私クラスの大妖怪はその程度では全く問題ない。

 

 あー、仕事終わりの一杯は染みるなぁ……! まなには悪いが、禁煙に禁酒なんて一部の妖怪にとっては死ねと言っているようなものだから無理なんだよなぁ……お姉ちゃん我慢できない悪い娘なの。性質はどちらかといえばぶっちぎりで邪悪な妖怪だもの私。せめてたまに飲まないとたぶん、色々溜まり過ぎて性欲でまなを襲う自信があるわ。

 

 

 

「刑部姫……?」

 

 

 

 聞き覚えのある声に私が振り向くと、そこには鬼太郎っぽい何かがいた。

 

 というのも何故かその人物は鬼太郎っぽい容姿と背格好をしながら、丸いサングラスだけを掛けているというよくわからない状態だったからである。それを変装というのはあまりに無理がある。そのため、たぶん鬼太郎のような何かだろうか……?

 

 そう言えば鬼太郎は幽霊族であった。ならば弟や兄がいても不思議はないだろう。つまりは目の前にいる鬼太郎っぽいのは鬼太郎の兄弟――。

 

「おい、刑部姫。僕だ鬼太郎だ」

 

 すると彼はサングラスを外した。その顔はどう見ても鬼太郎である。というか鬼太郎だった……おのれ、この私をここまで混乱させるとは……。

 

「お主が羽衣狐の友人の刑部姫か」

 

「ひゃぁ!?」

 

 ひょっこりと目玉のおやじも顔を出したので、私は校舎内の物陰まで退避し、片目だけ覗かせて鬼太郎らを見つめた。

 

「な、なな、なにさ!? 前の復讐!? アヴェンジャーなの!?」

 

「いや、違う。むしろこっちが話を聞きたい。なんでお前がお化けの学校で教師をしているんだ?」

 

 ふむ、その様子から察するに妖怪ポストに相次ぐ子供の失踪の便りが来て、お化けの学校を突き止め、解決に乗り出したというところか。

 

「そ、それは――」

 

 私はそのままの状態で鬼太郎に私がここに来た経緯を話した。尤も送り込まれた理由は、羽衣狐()自身ではあまりに目立つ上に流石に教師という柄ではないので、代理としておっきーを無理矢理送り込んだということにしておいた。

 

「羽衣狐がお化けの学校の解決に……」

 

「一応、見上げ入道から粗方話は聞き終えたよ」

 

 話が私にとって恥ずかしい方向にシフトしそうだったので、そちらに話題をすり替え、興味を引いたところで更に続ける。

 

「見上げ入道を蘇らせたのは"名無し"って奴だってさ。見上げ入道も具体的なことは知らないみたいだったけど、力のある存在みたいだね。それ以上のことはアイツも知らないみたいで私もサッパリ」

 

「そうか……いや、十分だ。ありがとう」

 

 鬼太郎のありがとうという言葉に思わず身震いする。これはおっきーではなく、単純に私が面と向かって感謝されることに対して、これだけ生きていても未だにあんまり慣れていないからである。なんというかこう……ムズムズする。

 

「あー、もうお化けの学校は大丈夫だよ」

 

 その言葉にキョトンとした様子で鬼太郎と、目玉のおやじはこちらを見つめてきた。

 

「たぶん、今夜で廃校になるからね」

 

 まあ、ちょっとだけお化けの学校が楽しかったことは認めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刑部姫から今日でお化けの学校が終わると告げられた日の夜。鬼太郎は子供たちに紛れて校庭にいた。校舎側には見上げ入道を中心に刑部姫と刑部姫の知り合いで鵺の残党妖怪だというサトリと鬼一口が並んでいた。また、刑部姫の隣にいる鬼一口の脇には、大きな樽を横にしたような何かの装置が置いてある。

 

 すると見上げ入道が口を開き、ここにいる子供たち全員を妖怪にすると言い始めたのであった。

 

 驚きながら臨戦態勢に入ろうとする鬼太郎だが、刑部姫が溜め息を吐きながら気怠げな様子で口を開いたことで、ひとまず行動を止める。

 

「鬼一口、よろしくね」

 

 その言葉の直後、鬼一口の歯が外側に剥き出しになり、縦に数m伸びた。そして、子供たちが異様な光景と事態に驚き戸惑う中、鬼一口は頭ごと自身の口を振り下ろした。

 

 樽のような大きな装置に向かって。

 

 当然、鬼が一口でモノを食べるという概念そのものから生まれた妖怪の一撃により、樽は一口で8割以上喰われ、ボリボリと硬いものを砕く咀嚼音だけが響く。

 

「不味い」

 

「な、何をして――」

 

「ふむ、膨らみますぞ。刑部殿」

 

「はいはーい」

 

 次の瞬間、刑部姫が地面を蹴り、見上げ入道の目の前へと跳ぶ。大妖怪の馬鹿げた脚力でもって行われたそれは鬼太郎でも見失いそうになるほどの速さであった。

 

「何の真似――」

 

 そして、そのまま見上げ入道の胸部に軽く手を置く。たったそれだけの動作に鬼太郎は思えた。

 

「ぶぐぅ!?」

 

 次の瞬間、置いた箇所を中心に見上げ入道に凄まじい衝撃が走り、胸部が大きく潰れる。明らかに過剰極まりない威力の何かを刑部姫は放っていたのである。

 

(アイツ、やっぱり僕の時は力を隠して――!?)

 

 鬼太郎が思い出したのは、自分と戦った時に背中を指で触られたこと。指一本であの威力なのだから手で触れれば当然、更に威力が上がると鬼太郎は確信した。

 

 攻撃を終えた刑部姫は軽く伸びをしながら見上げ入道に背を向けて、無防備な姿を晒している。

 

「キ゛サ゛マ゛――!!」

 

 片肺を潰され、息を吸えなくなった見上げ入道は、怒りで目を血走らせながら刑部姫を絞め殺そうと、抱き着くように両腕を回した。

 

 その瞬間、刑部姫は眼鏡の奥でニヤリと獰猛な笑みを浮かべ、背後に少し飛んで見上げ入道の胸部から腹に掛けての場所に背中を付ける。

 

「本気でやっちゃうぞー!」

 

 そして、見上げ入道が刑部姫を背中から抱き締めた刹那、刑部姫は地面をクモの巣状の亀裂が走るほど踏みしめるのと同時に、密着した状態で刑部姫の背中を通して見上げ入道に明らかに人智を超越した衝撃が走った。

 

「――――――」

 

 見上げ入道は、胸部から腹部に掛けて抉れるように陥没しており、一目で即死レベルのダメージだということが見て取れる。

 

 更に衝撃は内部に対しては外見以上に及んでいるようで、全身のあらゆる箇所から血のような黒紫色の妖気を吹き出し、そのまま白目を剥いて魂ごと見上げ入道は消滅していった。

 

「さあさあ、皆――」

 

 全身を見上げ入道から出た妖気で返り血のように濡らしながら、刑部姫は子供たちに笑みを向けて言葉を吐く。

 

「お化けの学校は今日でもう終わり! 帰った帰った!」

 

 一部始終を目にした子供らは真っ青になりながら頷き、鬼太郎と目玉のおやじもなんとも言えない気分になり、鬼太郎に関しては刑部姫の本気に顔を少しひきつらせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うひー、疲れたぁ……」

 

 お化けの学校があったエリアに封印処理を施した後、私は外に出た。既にその場には誰もいない。まあ、鬼太郎と目玉のおやじには子供たちがちゃんと帰るようにして欲しいと言っておいたのでもう大丈夫だろう。

 

 サトリと鬼一口も帰らせた。まあ、一応駄賃として刑部姫の借金の5倍の額を渡しておいたので、今頃は飲み屋にでも行っているだろうな。

 

「さー、帰ろっと」

 

 ああ、そう言えばもうおっきーの真似はしなくても――。

 

 

 

「お疲れ様。"羽衣姉"!」

 

 

 

 ひょっこりと、近くの墓石の後ろから我が妹こと、まなが顔を出し、私は固まる。

 

「ひえっ!? な、なな、なんで!?」

 

 最後の日にいたことは気付いていたが、まさか羽衣狐()には気づいていないと思っていたので、ビックリである。

 

「え? だって?」

 

 まなは当たり前のように目を丸くしながら呟く。

 

「姫姉さんはあんなに頼り甲斐ないよ?」

 

「……………………オウフ」

 

 純粋に普通の刑部姫を知っている人間からの一切容赦の無い言葉に思わず唸った。これはおっきーが聞いたらきっと泣く。

 

「それよりそれどうやってやってるの!? 他の姿にはなれるの!?」

 

「まあ、ただの変化の術じゃからな。妖狐由来のものじゃよ」

 

 狐に化かされるという奴だ。まあ、まなが楽しそうなのでちょっと他にもやってみよう。

 

 私はその場でくるりと一回転し、そのついでに変化してみる。

 

 その姿は藤色の髪をした背の高いまなもよく知る女性そのものである。ついでに腰に手を当ててポーズを取っておこう。

 

「ほら、まな。もうアンタも帰んなさいよ?」

 

「すごーい! 猫姉さんだぁ!」

 

「はいはい、もう仕方ないわねぇ」

 

 そう言いながら抱き着いてくるまな。くっ……元の体より胸のないフラットな体型なので、いつもよりまなを遥か近くに感じれる……! あの泥棒猫! いつもこんな感覚を!?

 

「なんでいつも変化しないの?」

 

 暫く猫娘へ、ドス黒い嫉妬心を募らせていると、まながそんなことを聞いてきた。まあ、誰も知らない姿をでっち上げてその度に変えれば誰にもバレないと普通は思うだろう。

 

「わっぷ!?」

 

「致命的な弱点があるのよ。変化(コレ)

 

 ポンっという軽い音と共に変化を解いたことで出現した私の胸の谷間にまなが沈んだ。うん、やっぱりちょっと遠くなった。

 

「弱点?」

 

「手をこうしてみて?」

 

 まなをその場で180度回してから両手を狐の形にするようにしてもらう。更に後ろから指導してそのふたつを組み合わせ、手の中に小さな窓のようなモノを作った。

 

「相手を見破るって強く思いながら、そこを通して私を見て?」

 

 名残惜しいが、まなから離れると再びおっきーの姿に変わる。まなは半信半疑な様子で手の中の窓から私を覗いた。

 

 すると大きく目を見開いて驚いた表情をし、窓で見たり外して見たりと交互に繰り返しており、大変に可愛らしい。

 

「え……? この中でだけお姉ちゃんに見える!?」

 

「うふふ、それは"狐の窓"って言ってね。誰にでも簡単に出来る"人に化けている妖怪の正体が見える方法"なのよ。違和感を感じたらそうやって見てみるだけで変化は簡単にバレちゃうの」

 

 故に基本的に私は変装をしているのだ。まあ、半妖の体なので使われただけでは犬山乙女の姿が見えるだけなので、マシといえばマシなのだが、鬼太郎らには知られるわけにはいかないだろう。サトリもしていたように狐の窓は妖怪でも使えるような非常に一般的な方法なのである。

 

「そろそろ家に帰りましょうか」

 

 変化解くと私はまなを連れて帰路につく。最後にお化けの学校があった場所を少しだけ眺め、少しだけ笑った後、まなの手を引いて歩き出した。

 

 

 

 

 






~帰宅中~


「そうだ! ねーねー。羽衣姉?」

「んー、なんじゃ?」

「さっき皆の前で見上げ入道を倒すのに使ってた奴って何?」

 それを聞かれた羽衣狐はひきつった笑みを浮かべながら口を開く。

「あれは"八極拳"じゃよ。ちゃんと人間が用いた武術じゃ」

「ええ、うっそだー!」

「嘘みたいな人じゃったからのう……李書文(先生)は下手な妖怪相手も无二打(二の打ち要らず)じゃったし……」

 羽衣狐は渇いた笑い声を上げながら遠い目をしていた。





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羽衣狐(牛鬼)

どうもちゅーに菌or病魔です。

カルラ様は出さないと言ったな、アレは嘘だ(オイ)





 

 

 

「着いた~!」

 

 目的地に着いた瞬間に手を掲げる習性のあるまなが嬉しそうにしている姿を見るだけで、ご飯が美味しい季節な今日この頃。具体的に言うと剥き出しの脇とうなじが堪らない。脇は性器なのでおっぴろげているのはどうかと思う等とネットで言われていた迷言があった気がするが、今ならばそれを理解できる気がする。

 

 ――おにぎりかぁ……止めよう、そこまで行ってしまったら二度と戻れなくなりそうだ。

 

 それはそれとして、私の美貌故か、知名度故か、教官の方が私に対して緊張していた教習所通いも終わり、無事免許証を取った残りの夏休みにまなと共に旅行に来たのだ。

 

「期待なんてしてなかったけど、意外とよさげじゃない。やるわね、商店街の福引き」

 

「鬼太郎も早く来ればいいのに」

 

 その上、今回はまな曰く猫姉さんも同伴なのでとても嬉しそうだ…………まなのお姉ちゃんの乙女姉はここよ。

 

 ちなみに猫娘が当てたツアーの定員が3人だったので、私は自費で来た。猫娘はおまけで誘ってあげた等と言っているが、明らかに誰を最も誘いたかったのかは見え見えだったからである。恋のキューピッドにも憧れる乙女ちゃんはそういう微笑ましいやり取りは大好きだ。

 

 まあ、それにも関わらず、鬼太郎は遅刻しているらしい。恋のキューピッド羽衣様の痛哭の幻奏(フェイルノート)でもお見舞いしてやろうか……?

 

 すると、猫娘が何かに気がついたようで、突然島を見つめて止まったため、小声で声を掛けた。

 

「何かいるわね。祟り神か大妖怪か別の何かかはわからないけど。まあ、島が賑わっているなら封印中でしょう。触らぬ神に祟り無しよ」

 

「…………乙女が言うと説得力あるわね……」

 

 ちょろっと黒い妖気を漏らしながら言うと、猫娘は呆れた様子でそう返してきた。うむうむ、それでいい。旅行に来た最初からそんなことを考えていては楽しめるものも楽しめなくなるだろう。

 

 まあ、後で封印の様子を見に行って、場合によっては私と晴明で再封印でもしようかと考えていると、地元の子供が子供をイジメているのを目にする。

 

 牛鬼がどうとか以前に、島のブランドが下がるというとんでもないワードに最近の子供たちの闇を感じてカルチャーショックを受けていると、まなが叱りに行った。流石は年下にはお姉ちゃんよりお姉ちゃんしているまなだ。

 

「何もしてません。僕たち友達です」

 

「お姉さんたち観光客さんですよね!」

 

「たくさんお金落としていってね!」

 

 ………………こ、これがゆとりを抜けた新世代の底力だと……? 揉み手とかしてるんですけど……?

 

「あ!? まさか……乙女さん!?」

 

「ほ、本当だ!? 本物だ!?」

 

 そんなことで愕然としていると、イジメっ子たちに囲まれてしまった。人気者は観光地に来ると人寄せパンダに変身するのである。

 

 サインでもせがまれるかと考えていたら徐にスマホと自撮り棒を出し、写真撮影をせがまれた。とりあえず私を含めて4人で2~3枚撮ってやると嬉しそうに去って行った。去り際にチャンネルと同じで優しいって言われたのがちょっと嬉しかったりする。

 

 これが若さ……若さってなんだ。ふりむかないことさ。愛ってなんだ。ためらわないことなのね……。

 

「あんな子たちにまで愛想振り撒くなんて……」

 

「あら、あれぐらいはまだまだ可愛いものね。それに彼らは悪くないわ。あんなことを言ってしまう環境で育て、教育を疎かにした親が悪いのよ。いつか、自分で気付けば更生するだろうし、そうでなければ同じような親になるだけよ。部外者がとやかく言ったところで、こっちの時間が無駄になるわ」

 

「…………乙女ってなんでそんなに達観してるの?」

 

「うふふ、ヒ・ミ・ツ」

 

 そりゃあ、1000年以上人間と生きているからだと口が滑りそうになるが、適当に誤魔化しておく。

 

 まあ、とりあえずまなが助け起こした男の子から牛鬼というもの話を聞く流れになった。

 

 とりあえず少年よ。ジュースを奢ってやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男の子の話をまとめると、牛鬼とは昔に大勢の人間を喰らった妖怪らしい。それが牛鬼岩とやらに封じられているお陰でこの島は今、平和なんだそうだ。牛鬼岩に近づいてはいけないと言われているところから察するに、物理的に解けるような術で封印されたと見てほぼ間違いないか。

 

 島の人はあんまり信じていないと、男の子は肩を落とした。とすると、最後に暴れたのは忘れられるほど大昔の話なのだろう。

 

「乙女はどう思う?」

 

 まなが男の子をフォローする中、猫娘は私にそう聞いてきた。

 

「島に着いた直後に微かな妖気を感じられたことを考えても、(いにしえ)の大妖怪ってところかしら? まあ、何れにせよ。人間が自らの意思で封印を解こうとでもしない限りは大丈夫でしょう」

 

「そうだといいわね……」

 

 その後、男の子――恭輔くんが島を案内してくれるというので観光を楽しむことになった。

 

 

 

 

 少し観光をしてわかったことだが、どうやらこの観光地は若者の観光客が非常に多いようだ。ただの漁村からどうやってここまで若者の目を引くに至ったのか、逆に気になる。

 

「意外と声かけられたりしないのね」

 

 お昼時になり、お洒落なレストランで食事をとっていると、そんなことを猫娘が投げ掛けて来た。

 

「そうねぇ。あなたは突然目の前から総理大臣やスーパーモデルが歩いて来たとして、声を掛けれるかしら?」

 

「それは……そうね」

 

「人間も妖怪もそんなものよ。まず、見た者を疑うわ。それでそうでないかって気づいても、確証が得られなければ遠巻きで見つめるぐらいで、話し掛けは中々出来ないものね。大人なら尚更ね」

 

「そうなの……ねえ乙女」

 

「んー?」

 

 私はカレースプーンで特盛のカツカレーを頬張りつつ、他に注文した日替わりランチと、特盛の親子丼にも手をつける。うん、美味しいわね。流石は観光地。

 

「どんだけ食べるのよあんた!?」

 

「制限時間15分のわんこそば400杯以上食べたことあるわよ?」

 

「乙女姉、普段はあんまり食べないけど、旅行中とかだったり、完食すれば特典があるデカ盛りメニューが目に入ったりするとたくさん食べるんだよね」

 

「うふふ、私は人喰いの半妖よ。成人男性ひとりが何十kgあると思っているのかしら?」

 

「釈然としないけど、納得するしかないわね……」

 

 そんなこんなで、初日は主に食べ歩きを中心にしつつ観光をすることになった。

 

 

 

「ねえ猫娘さん……」

 

「なによ?」

 

「普段はあんまり入らないのに、旅行先でマックを見つけると無性に入りたくなるのってなんでかしらね?」

 

「…………ちょっとわかるわ」

 

「よし」

 

「行くな」

 

「ああん」

 

 

 

「銀だこ……見つけようとするとあんまりないのに、観光地には本当にどこにでもあるわね。商売上手だわ」

 

「へー、で? 手元のソレは?」

 

「銀だこのさっぱりおろし天つゆねぎだこよ!」

 

「買ってんじゃないわ――ふぐっ!?」

 

「はい、あーん。美味しいわよ」

 

「お姉ちゃん!? 猫娘さん猫舌だから悶絶してるよ!?」

 

 

 

「ふふふーん、やっぱり旅行はコレよね」

 

「何買ったの乙女姉?」

 

「ペナントと木刀」

 

「いつの時代の修学旅行生よ!?」

 

「え!? 今の子は買わないの!? ナウなヤングに馬鹿ウケじゃないの!?」

 

「あんたひょっとして私をおちょくってないわよねぇ!?」

 

 

 

 楽しい時間はあっという間なのであった。後、猫娘はとても面白い。おっきーとは別ベクトルで弄り甲斐があるわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の日暮れ。私はまなと猫娘と恭輔くんとは別行動をして牛鬼の牛鬼岩に来ていた。場所が分かりにくかったので海岸沿いを移動して来ることになり、思ったより時間を掛けてしまったのでもう太陽は沈んでしまった。

 

 だが、それどころではない。

 

「牛鬼はどこじゃ……?」

 

 牛鬼岩はパックリと開かれており、その中に牛鬼らしき妖怪の魂は見当たらない。いや……まさかこんなに早過ぎるフラグ回収があって――。

 

 次の瞬間、ネオン街のようにきらびやかだった街の灯りが突如として消え、闇に包まれる。妖怪や術的なものではなく、物理的な停電だろう。

 

「………………」

 

 なんかもう煤けたような気分になりつつ耳と尻尾を出し、鬼太郎の妖怪アンテナよりも感度の悪い私の感覚器で妖怪を感じ取ってみると、街の方にかなり巨大な妖気を持った存在がいることに初めて気が付く。

 

 どうやら私はタッチの差で牛鬼と入れ違いになっていたらしい。空へと飛び上がる――のは乙女でやると流石に周りの目がマズいので、100mを10秒台程の速度で走って街に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街に帰ると、蜘蛛と牛と鬼を合わせたような妖怪――牛鬼と、鬼太郎が戦闘をしていた。ペースは鬼太郎にあるようなので加勢はせず、近くで見つけたまなと猫娘と恭輔くんを見つけ、猫娘が傷ついている様子だったのでそちらに駆け寄り、妖術で治療を施した。

 

「あ、ありがとう」

 

「お礼はいいわ。それより……おかしいわね。妖力の大きさと戦闘力が噛み合ってないわ」

 

「どういうこと……?」

 

 私は牛鬼を眺め、明らかな違和感を覚える。それは牛鬼が持っている妖気に比べ、あまりに力量が比例していないと考えたのだ。その手の妖怪は撤退も辞さない程度には、細心の注意を持って当たらねばならない。

 

「多分、アレは何か他に隠し球を持っているか、能力に特化した大妖怪よ」

 

「えっ!? なら鬼太郎に伝えな――」

 

『指鉄砲!』

 

 しかし、時は既に鬼太郎が牛鬼の眉間に指鉄砲を放ち、風穴を開けて止めを刺していた。まあ、倒せたならば構わないかと思ったが、鬼太郎がこちらを向いた瞬間、牛鬼の死骸から小さく希薄なモヤのような何かが上がるのが見え、私以外に気付かれる事なく鬼太郎へと侵入した。

 

 はぁ、鬼太郎……私、お前には大妖怪と戦う時は、魂が消滅する最後の最期まで決して目を離すなと教えたハズなのだが……本当に能力に弱いな鬼太郎!?

 

 近くにいた恭輔くんから牛鬼を倒した者は牛鬼になるという今更過ぎる情報を聞いた。後2分、早く言って欲しかったものである。

 

 瞬く間に鬼太郎は牛鬼へと変わる。そして、その巨体で周囲の建物を無差別に破壊し始めた。蜘蛛の子を散らすように一目散に人間は逃げ去り、私たちに気を取られる者はいないだろう。

 

 誰も見ていないなら()()()の力を出し惜しむ事もない。私は歩いてまな達がいる場所から外れ、牛鬼の前に立った。

 

「猫娘さん。目玉のおやじさん。まなと恭輔くんを連れて避難して」

 

「乙女はどうするの!?」

 

「そうじゃ!? 例え倒せても乙女ちゃんまで牛鬼に――」

 

 猫娘の言葉に答え、目玉のおやじの言葉を遮るように半妖の犬山乙女としての妖力を解放して辺りを黒に染める。その直後、牛鬼の爪が私に目掛けて振り下ろされた。

 

「ふふ、牛鬼と祟り神の喧嘩に巻き込まれたいなら止めはしないわよ?」

 

 私は片腕で牛鬼の爪を受け止める。私の全身を駆け抜けた牛鬼の力が地面のアスファルトを大きく破壊するが、私自身は無傷でそこにいた。

 

 お返しに掴んだ爪を引っ張ると、牛鬼の巨体が少し引き摺られ、体勢を崩して前のめりになった。すかさずがら空きの頭に近づき、牙の覗く顎を蹴り上げてやると、口の中で粉砕した牙の欠片が少し口から溢れ落ちる。更に一本の尻尾を生やし、牛鬼の頭から胴に掛けて振り下ろしてやると、牛鬼はアスファルトを激しく砕きながらコンクリートの地面に沈む。

 

 明らかに質量を無視したその光景に猫娘も目玉のおやじも言葉を失った様子だ。私は耳を生やし、首を二度ほど鳴らしてから顔だけ猫娘たちに向けて口を開く。

 

「島の裏で思い付く限りのことをやるだけやってみるわ。父殺しの稲荷神は伊達じゃないのよ? だから誰も私と牛鬼に近づけないで」

 

「まさか、ここまでとは……」

 

「大丈夫だよ、猫娘さん!」

 

 まなは何も心配していないといった様子で笑顔を浮かべている。

 

「私のお姉ちゃんはとっても強いんだから!」

 

「鬼太郎を……助けて!」

 

 私は猫娘の血を吐くようなその言葉に言葉は返さず、ただ目を細めて笑うと牛鬼を誘導するため、火山の方へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここなら誰も来ないわね」

 

 私は牛鬼を火山を挟んで街の裏側まで誘導した。鬼太郎をベースにしても牛鬼はトロいので、少し時間が掛かった分、鬱憤を晴れさせて貰おう。

 

 私は尻尾から五尾の弓琴を取り出し、座るような姿勢で宙に浮くと弦を張った。

 

「何を弾こうかしら?」

 

 いつの間にか雨が降っているが、たまにはこういう時に弾くのも悪くない。弦に指をつけ、弾いてみると雨音よりも澄んだ音色が響き渡る。

 

 その直後、牛鬼の前足の爪が私目掛けて振り下ろされ――幾重もの真空の刃による攻撃により、爪が切り落とされた。次にそれでも振るおうとした腕が半ばから落ち、更に根本から腕が離れた。

 

 尚も曲を演奏し続け、その一音、一音が刃となり牛鬼の体を削ぎ落とし、爪を飛ばし、腕を削ぎ、角を削る。

 

「曲目はAmazing(アメイジング) Grace(グレイス)。2分間の短い演奏だけど、楽しんでいってね?」

 

 この弓琴の射程に入った時点で、牛鬼はとっくに詰んでいるのだ。指の一本、楽譜の音符ひとつ、その全てが刃と化す。

 

 

 

 

 

 

 約2分の演奏後。そこには胴体と頭以外の全てのパーツを斬り落とされ、頭部も角や牙をもがれた牛鬼が転がっていた。最早、何も出来ないが、死ねない限りはその能力は発動しない。それなら幾らでも対処のしようはある。この後はゆっくりと鬼太郎を取り出し、牛鬼をどうにかすれば――。

 

 

「よい……演奏だった」

 

 

 すると明後日の方向から男性の声が聞こえ、そちらを見る。そこには天狗のようであるが、それとは比べ物にならない程の神性を帯びた存在がそこにいた。顕現にあたり、幾らかダウングレードした化身のようだが、それでも明らかに現代に居て良いような神格ではない。

 

「紹介が遅れた。私は"カルラ"だ」

 

「仏教での名は迦楼羅天(かるらてん)だが、日本で分かりやすい名前はインド神話での名の"ガルーダ"。八部衆にして、二十八部衆のひとつ。随分とまあ、大物が来たのう……」

 

 正直、かなり驚いたが、戦う等という次元の存在ではないため、逆に冷静になり溜め息を溢した。

 

 まあ、仏神相手に嘘なんて通じるわけもない。私のことは全てお見通しだろう。ここまで来ると逆にやり易いというものだ。猫娘に誰も来させるなと言ったハズなんだがな。

 

「して何用じゃ? 流石に仏神やインド神に喧嘩を売るようなことをするほど、妾は無礼者でも蛮勇でもないぞ?」

 

「ああ、人々の願いに答え、牛鬼を再封印しに来たのだが……現世では自身が、地獄では子の二人が多大な貢献をしている"羽衣狐"が解決に当たっているのなら私の出る幕は無さそうだな」

 

 ………………あれ? 私、めっちゃ仏神に高評価されてる……? 

 

 まあ、元々能力の対策も込みで解決する予定だったからカルラ様がいなくとも特に問題ない。しかし、やってくれるというならカルラ様にさっさとやって欲しいのだが、既に言い出せる空気ではない。

 

「あまり見ていて気持ちのよいものではないぞ?」

 

 遠回しにお前がやれと言ったつもりだが、言葉通りに受け取ったか、気づいてないのか、流されたのか、カルラ様は空に浮きながら演目でも観るように静観している。チクショウ、何しに来たんだコイツ……?

 

 まあ、いい……そんなに見たいなら見せてやる。これが血生臭い大妖怪のやり方だ。

 

「これぞ大妖怪同士の喰らい合い、"貴様の力"と"妾の胎"……どちらが上回るか、見物じゃのう」

 

 私は牛鬼の顔に歯を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分で牛鬼を喰らい尽くし、牛鬼と憑依された鬼太郎は私の(はら)に収まった。もっと能力で抵抗してくるかと思っていたが、どうやら地母神に近い性質の大妖怪にはあまり対応できないらしい。

 

 そして、私はまずその場で――。

 

 

 "胎から鬼太郎を産み直した"

 

 

 きぬや晴明を産んだ私は元々、子を産む才があった。それも転生を経る度に強化され、今では好きに胎に取り込んだモノを好きにデザインし、産み直す事さえも可能である。その性質は太古の地母神にさえ近い。

 

 それを使って産み直した鬼太郎は、服とちゃんちゃんこを纏ったまま無事に産まれたので、カルラ様には犬山乙女として扱うように頼みつつ、目を覚ました鬼太郎を同伴してまなと猫娘の元へと向った。

 

 ちなみに鬼太郎は何も知らないようなので、私が産んだことは伝えていない。私が弓琴で牛鬼を動けないようにして、牛鬼自体を胎に取り込んだところでカルラ様が来て、カルラ様が鬼太郎を再生させたということにしておいた。

 

 その途中で見た目だけ禍々しい私の妖気の滓を切り離してカルラ様が持ってきていた袋に詰める。そして、カルラ様はそれを牛鬼として封印し、それを人間達に見せてから帰って行った。意外と融通が効く仏神である。一部始終を見ていた鬼太郎は何とも言えない顔をしていたが、虚偽でも残った方がこの島の人間の為だろうと諭すと、それはそうだと同意してくれた。

 

 また、私の妖気の残り滓とは言っても遊び半分で開けると牛鬼っぽい形になって暴れまわるので注意だ。暫く暴れると牛鬼岩に吸い込まれるように帰る。それと同時に真実は永遠に牛鬼岩の中である。

 

 去り際に"面白い土産話ができた"等と呟きながらカルラ様は祠に帰って行ったが、知らないったら知らない。

 

 そして、現在はまなと鬼太郎と猫娘と目玉のおやじに加え、いつの間にかいたねずみ男も加え、船に乗って本土に帰っているところである。

 

「色々、済まなかったな猫娘。この罪滅ぼしはきっとするよ」

 

「ううん。こうして戻ってきてくれたんだもん。それだけで……」

 

 もう君たち結婚しなさいよ。よくそんな関係を数十年以上続けて来れたものだ……猫娘が不憫に感じる。仮に私が猫娘ならとっくに鬼太郎を襲って子供の2~3人でも拵えているところだろう。

 

 そんなことを考えていると、ねずみ男から悲鳴が上がった。猫娘を茶化したのだろう。そんな中、まなが私に声を掛けて来きた。

 

「乙女姉、それで牛鬼は消えたの?」

 

「あら、そんなことないわよ。まだ、(ここ)にいるわ」

 

 その言葉に鬼太郎を含めた妖怪全員の驚いた視線が集まる。どうやら私が完全に無力化したものだと思われていたらしい。まあ、体型も一切変わっていないので、それも仕方ないかもしれないが、生憎、そこまで万能な体ではない。

 

「ん……」

 

 産む――というよりも服越しに胎へと直接手を入れる。そして、中にあるものを抱えるように取り出すと、私の手にはうっすらと灰色の髪が生えた生後半年程の赤子が抱かれていた。我ながら便利な体である。このように私が子を産むという行為は、時間を掛けて強力な存在を産もうとしない限りはとても機械的でさえある。

 

「あら? 男の子ね」

 

「お、お……お姉ちゃんがお母さんに!?」

 

 今更過ぎるまなの叫びに遅れて鬼太郎らの驚愕の声が上がる。

 

 ちなみに牛鬼くんはほぼ妖怪のため、ゲゲゲの森で引き取られることになったのと共に、私が大手を振ってゲゲゲの森に入り浸る理由が出来たのであった。

 

 

 

 







牛鬼(ゲゲゲの鬼太郎)→牛鬼(ぬらりひょんの孫) Change!!



ハゴロモさんのお腹はfateで言うところの百獣母胎(ポトニア・テローン)のようになっております。ぬらりひょんの孫でも晴明を産み直してたからね、仕方ないね。



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羽衣狐(箱入り娘)


どうもちゅーに菌or病魔です。

アニメ鬼太郎の怒涛の設定追加に溺れる!溺れる!

みんな――作者みたいになるから……見切り発車はやめようね!(戒め)

でも鬼太郎の小説はもっと増やしましょう(矛盾)

後、どうしてくれるんだ。49話見てから小説の為にそれより前の話を見返すと、名無しが可愛く見えて仕方ない。

最後に今回オリジナル回かつ、西洋妖怪編にちなんだキャラが出ます。ではどうぞ。









 

 

 

 

(ふっふっふ……遂に、遂に来てしまいました!)

 

 とある狐の大妖怪が住まう街。そんな街を一望出来る高層ビルの屋上に、腕を組みながら足を大きく開いて街を見下ろす人影があった。

 

(黄金の国ジパング! お父様が世界の王になる地です!)

 

 それは長いツインテールをそれぞれリボンで纏めた髪型をし、長手袋とニーソックスを履いており、ミニスカート丈のドレスを着た妖怪の少女であった。また、その全ては闇のような黒一色で統一され、ワンポイントの白や赤が入る程度である。

 

 また、背の丈は平均的な中学生程度であり、綺麗よりも可愛らしいが先行する容姿をしていた。

 

(お父様や配下の西洋妖怪(みんな)はブリガドーン計画で忙しいから最近は全然構って――私だってきっと何かの役に立てるハズです!)

 

 彼女は右目は前髪に隠れており、赤く澄んだ瞳の左目だけが覗いている。その様子には浮き立つような高揚が見られた。

 

(そもそも、私が手伝うと言ったらお父様は"お前にはまだ早い"と言って何もさせてくれないのがいけないんです! そのせいでみんなもお父様に言われているからって何もさせてくれないし! アデルは飴くれるけど!)

 

 握り拳を作り、何かを思い出しつつ振り払うように力を込める少女。その姿からは何かに物申したいように見える。

 

(お、お城の外に出たのは生まれて初めてですが……私とて妖怪大統領(お父様)の娘! 出来ないハズがありません!)

 

 何故か、途端に手足がぷるぷると震え始める妖怪の少女。その様は生まれたての小鹿のようであった。

 

(それにしても――)

 

 妖怪の少女は小首を傾げ、難しそうな顔になりながらハテナを浮かべる。

 

 

 

 

 

(ブリガドーン計画って具体的に何をするんでしょうか? 誰も教えてくれないから知りません)

 

 

 

 

 

 "まあ、お父様を世界の王にするらしいですし、崇高な計画でしょう"と、妖怪の少女は呟くと、人間の街へと繰り出すため、屋上から飛び降りた。

 

 数十階層はあるタワーマンションであったが、妖怪の少女は軽々と飛び降り、当たり前のように地面へと落ちていく。その行為に対して、彼女は一切の恐怖の色はない。

 

(ふふん、お父様譲りの私の身体能力なら――)

 

 そして、地面を目前にしながら降り立とうと体勢を変えた瞬間――。

 

「がっ――!?」

 

 妖怪の少女は真横から石柱でぶん殴られたような明らかに激し過ぎる衝撃を受け、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はやーい!」

 

「うふふ、そうでしょう。そうでしょう」

 

 現在、犬山乙女こと羽衣狐は、妹の犬山まなを自身のバイクに乗せて道路を走っていた。普通に制限速度通りで走っているが、バイクに乗った経験のないまなは、車とは違うスピード感に目を輝かせていた。

 

 ちなみに二人ともキチンとバイクヘルメットをしているが、ヘルメットには羽衣狐の呪術が刻まれており、そのまま普通に会話が出来るようになっている。

 

 ちなみに乙女がバイクの免許を取った最大の理由はこれである。危ないという大義名分で、まなを自身の前に乗せ、密着する時間そのものを楽しむのだ。

 

「私もいつか、バイクの免許欲しくなっちゃ――」

 

「それはダメよ。危ないもの」

 

「えぇ……」

 

 即答された矛盾しか孕まない答えにまなは困惑する。酒を常用し、タバコをたまに噴かしながらも、まなに禁酒・禁煙を謡っていた乙女は伊達ではない。まあ、経験者故の体験談ということもあるが、それにしても棚上げであろう。

 

「もう……いじわ――」

 

 まなが乙女に呟いた瞬間、乙女は視界の上方から何かが落ちてきていることにいち早く気づき、それが妖怪であることにも気づいた。

 

 そして、余りにも卓越した判断能力と、豊富な戦闘経験を持つ羽衣狐故に、刹那の時間に無意識の考察をする。

 

 まず、眼前にいるのは人間ではなく、かなりの妖力を持った少女の形をした妖怪である。また、バイクに乗る自身と衝突する寸前であるということだ。

 

 まなに関しては自身が庇えば特に問題はない。

 

 問題があるとすれば羽衣狐が乗っているのは、黒いカラーのヤマハ・VMAX(ブイマックス)の1700ccクラスであり、中古でも100万は越えるような大型バイクであるということだ。

 

 そして、妖怪から損害賠償の請求は出来ない。

 

 羽衣狐は無意識に妖怪の少女と自身のバイクを天秤に掛け、気づいた頃には既に行動していた。

 

 

「あっ」

 

「――――!?」

 

 

 出された尻尾の一本が、妖怪の少女を薙ぎ払っていたのだ。無意識故に手加減をほとんどしていない一撃によって、妖怪の少女の肢体はくの字に折れ曲がる。

 

 結果的にだが、バイクの速度であらかじめ加速していた尻尾は、ちょうど不良がバイクに乗って鉄パイプて殴打するように威力が引き上がっていた。

 

「がはっ!?」

 

 そして、数十m以上弾き飛ばされ、前方の突き当たりに建っていたビルの外壁に背中から打ち付けられる。肺の空気を吐き出した妖怪の少女は白目を向いており、そのままコンクリートの地面に落ちて沈黙する。

 

 幸いにもと言うべきか、妖怪として人間には見えないように行動していたため、周囲の人間には気づかれていないが、とても女の子がしてはいけないような体勢で、妖怪の少女は気絶しており、見るに堪えない。

 

「………………」

 

「……お、乙女姉?」

 

 妖怪の少女の近くにバイクを寄せて停車した羽衣狐は、心配した様子のまなを他所に、少し遠い目をしながら呟く。

 

「大丈夫よ、まな。妖怪にマトモな法律は無いから、轢き逃げしてもノーカンだわ……」

 

「大丈ばないよ!? お姉ちゃん!?」

 

 まながいたため、伸びている妖怪の少女は、とりあえず犬山家で回収することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……ここは……?」

 

 目を覚ました妖怪の少女は回りを見渡した。

 

 そこは黒系のモノで固められた大人の女性の部屋といった様子であり、城にある自室でも、配下の誰の部屋でもないことがわかる。

 

「あら? 起きたの?」

 

 その声に目を向けると、妖怪の少女は固まった。何せ、そこにいたのは日本人の特徴を残しつつ、人間離れした美貌を持つ女だったのだから。

 

 女は妖怪の少女が寝ているベッドの横に椅子を置いて座っていた。そして、これまで読んでいたと思われる黒いブックカバーに包まれた本から顔を上げて口を開く。

 

「うふふ、おはよう寝坊助さん。いい夢は見れたかしら?」

 

「あわわわわ……」

 

(な、なにこの方!? カーミラやアデルよりも、もっとずっと美人です!?)

 

「私は犬山乙女。乙女って呼んでね。しがない半妖だけれど、それでもよければよろしくね」

 

 そう言いながら黒い狐耳を出してピコピコと動かし、一本の尻尾を出して見せる乙女。終始笑顔で、微笑みを強めるだけで更に美しく見えるのだから反則だろう。

 

「あなたのお名前は?」

 

「わ、私は――」

 

 思わずそのまま本名を名乗りそうになった妖怪の少女であったが、頭の中で多少冷静になった部分が、日本妖怪に名を語ってよいものかと踏み止まる。

 

 そして、仮に素性がバレたのならば、父親や仲間に迷惑が掛かるのではないかと考えた。数秒間黙った末、何もよい名が浮かばなかったのだが、何か言わねばならないと感じた妖怪の少女は口を開く。

 

 

 

「べ、ベア子と申します……」

 

 

 

 小学生だってもっと語彙に富んだ名前を思い付くであろうが、妖怪の少女――ベア子は、長い長い居城生活による深刻な対人経験値の不足からそれが精一杯であった。

 

「――うふふ、面白いわねあなた。ならそう呼びましょうか。ベア子さん」

 

「ひゃ、ひゃいっ!?」

 

 名前を聞いた瞬間、少しだけ間があり、それから何故か頭に手を乗せて撫でてきた乙女にベア子は飛び上がらんばかりに体を跳ねさせ――。

 

「いっだい゛ッ!?」

 

 腰部の激痛により、ベッド上で踞った。生まれて初めて感じる体が動かせなくなる程の痛みに、ベア子は涙目になりながら目を白黒させる。

 

「あら? ダメよ。あなた何故か腰を強く打ったみたいで、私と妹が通り掛かったときに、地面で伸びていたから私の家で介抱することにしたの」

 

「そ、それはご迷惑を……すみませんでした……」

 

「大丈夫。ただのお節介だもの。お礼なんていらないわ」

 

(いい半妖さんです……乙女さん……)

 

 ベア子は感激したような様子で乙女を見つめていた。全く関係ないかも知れないが、他人の何かしらの形の弱みや優しさにつけ込むことが、詐欺師の常套手段である。

 

 すると次の瞬間、ベア子のお腹が可愛らしい音を立て、乙女は目を丸くする。それを聞かれたベア子は真っ赤になりながらも取り繕う。

 

「だ、ダメージの回復のせいでお腹がその……」

 

「ふふ、何か作るわよ。まなー! 起きたわよー!」

 

「あの子、起きたの乙女姉!?」

 

 そう言って乙女は立ち上がる。そして、部屋から出るついでに声をあげて人間の子――犬山まなを呼び寄せる。

 

 体格を比べればまなの方が、ベア子よりも少し大人に見えた。そのため、いつも以上にまなは目を輝かせていた。

 

「うん、ちょっと話の相手をしてあげて」

 

「はーい! こんにちは!」

 

 ぬるりと現れた人間のまなに少し身を強張らせるベア子。しかし、まなの陽だまりのような笑顔と表裏のない様子に、すぐに打ち解けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……」

 

 とりあえず、昨日のシチューの残りをグラタンにしつつ考える。

 

 "あの腐れ目玉(バックベアード)"によもや、娘がいるとは思いもしなかったぞ……いやまあ、私にも晴明やきぬがいるから何も不思議はないといえばそうなのだがな。

 

 その上、娘――もといベア子とやらは、よほどに箱入りで(可愛がられて)育ったらしく、世間知らずで純粋無垢、単純で疑うことを知らない、善悪の区別すら曖昧というある意味、悲惨な中身をしているが、そちらは今はいいか。

 

 羽衣狐()とバックベアードの腐れ縁が始まったのは、妖術によって転移したり世界を巡り放題だったので、諸国漫遊をしていた頃まで遡る。

 

 当時の私は焚刑にされた"ジャンヌ・ダルク"の遺灰を回収し、遺体を復元して、それに転生することで、羽衣狐史上歴代最高クラスの肉体を得ていた。正直、肉体のポテンシャルなら犬山乙女(この身体)すら超える。あれは真に英雄の身体だった。

 

 まあ、復元の際に流石に遺灰を全て回収するには至らなかったので、私の妖力を固めて少し補ったら"青かった瞳は黄色に、金髪は白髪に、肌は死人のように白くなった"が仕方ないだろう。

 

 尻尾が少なく、まだ大妖怪としては中の上ぐらいだった私は、肉体のポテンシャルを存分に発揮して、それはそれは様々な世界中の大妖怪に戦いをふっかけた。私に黒歴史というものがあるのならあの時代であろう。正直、無茶苦茶楽しかった。だって、一気にチートになったんだもん。誰だってああなる。

 

 バックベアードとは、そんな最中に私が戦った大妖怪の一体である。当時は人間を妖怪に変えるブリガドーン計画なるものを進めており、大義名分もバッチリだったので、もちろん私は嬉々として挑んだ。

 

 結果、配下は私が全て魂ごと消滅しない程度にボコボコにし、バックベアードとの決戦では、バックベアードがまさかの肉体派だったということが判明した。肉体のスペックはほぼ互角であったが、真っ当に武術を嗜んでいた私に軍配が上がった。

 

 そんなこんなでバックベアードの野望を阻み、それからは一度も会っていない。まあ、要するに無茶苦茶性格の悪い腐れ目玉だったということだ。ソイツに娘が居て、なんの冗談か私の下に今いるのだから意味がわからない。

 

「はぁ……」

 

 まさか、アイツまだブリガドーン計画を諦めていないのではないかという、一抹の不安が過る。まあ、やり方ぐらいは変えている筈だが、そうなるとまためんどくさいことになるな。

 

 全く……実力は当時でも最上級クラスの大妖怪であり、プライドにかまけず、真っ当に生きていれば、全盛期の酒呑のような存在になれるだけのポテンシャルも持っていたというのに勿体ない話だ。これだから初めから実力持って生まれた連中はいけ好かない。酒呑を見習え、酒呑を。

 

 とりあえず完成したグラタンシチューを持って、私の部屋の前に戻る。すると楽しげな話し声が聞こえたので、これまでの考えを振り払い、扉に手を掛けた。

 

 

「出来たわ――」

 

「えへへー、ベア子ちゃん! まなお姉ちゃんって呼んで?」

 

「ま、まなお姉さん……?」

 

「きゃー! あ、乙女姉おかえり!」

 

「………………ええ」

 

 

 そこには私のベッドの上で、まなよりもちょっと小柄なベア子を背中から抱いているまながいた。

 

 まなに伝えるべきだろうか……その娘多分、木でいうところの年輪のように妖気を見ると"500歳"は行っていると思うのだけれど……まあ、いいか。

 

 私は犬山乙女の仮面を付けつつ、部屋に入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? ベア子ちゃん行くところないの!? なら家に来なよ!」

 

「いえ、そこまでお世話になるわけには……」

 

「えへへ、もう友達なんだから固いこと言わないの! まなお姉ちゃんにまかせなさい!」

 

「と、友達――!? こ、これが友達というものなんですか……?」

 

 蛇足であるが、まなは大変ベア子が気に入り、まなの凄まじいコミュ力の高さと笑顔でベア子もまなになついた。そのため、ベア子は気が済むまで家に滞在することになった。

 

 まあ、犬山家はそういうことには非常に寛容なので当然の結果だろう。金銭面に関しては、犬山家はそもそも裕福な上、私のウーチューバーとしての収入もとんでもないことになっているので全く問題ない。この前上げたフリースタイルモトクロスの動画もスゴかったな。

 

 

 もうどうにでもな~れ

 

 

 そんなことを考えながら、バックベアードの配下の西洋妖怪が殴り込んできたときのため、この街にきぬの元配下の京妖怪と、私の配下を何体か呼び戻す準備を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 






ベア子
 まなと同い年か、若干年下くらいに見えるバックベアードのひとり娘。本名は別にあるが、恐らくこの作中に語られることはない。ずっと城の中で育てられたため、世間知らずで純粋。しかし、バックベアードの娘であり、影に潜んで広げながら他者を引き込む、眼から光線を出す、瞬間移動、戦闘はステゴロなどバックベアードの持つ力を全て引き継いでいる。また、本人が自覚している以上に生まれながらの大妖怪であり、バックベアードには及ばずとも元々の妖力が非常に高い上、ポテンシャル自体はバックベアードを超えうる。
 現在は、ブリガドーン計画を手伝うため、城を勝手に飛び出し、日本に来て犬山家に保護されて生活している。ちなみにブリガドーン計画の内容については全く知らない上、これがはじめの外出である。推定年齢500歳以上。




~Q&Aコーナー~

Q:なぜベア子?
A:6期のベアード様が、人型形態でステゴロな上、ロリコン殺しビー――眼から光線まで放っていたので、もう別に出しても違和感ないかなって(真顔)


Q:ベア子ちゃんはどのぐらい強いの?
A:バックベアード様の人型形態の5割ぐらい


Q:ベア子ちゃんの弱点は?
A:優しい






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縊り狐 (上)


1ヶ月振りに連日投稿です(ホモは白痴)






 

 

 

 

「クソッ……クソッ……! 私はただ……私は……」

 

 

 貴族階級の吸血鬼たちが去り、私は全身の痛みに悶え、それ以上に怒り、嫉妬、羨望といった様々な感情に身を震わせながら悔しさとも無念ともわからぬ涙を流していた。

 

 私は所詮、美女の血を吸い続けて進化した吸血鬼の下僕コウモリの一匹に過ぎず、認められることなどある筈もないことはわかっていた。しかし、心の片隅の何処かで微かな期待を抱いていたのも確かだった。

 

 だが、結局私は奴らにとって……ゴミ以下の何かでしかない……誰も私を……私は――。

 

 

 

『ほう? 見たところコウモリ上がりの吸血鬼か』

 

 

 

 首を動かして声の方を見ると、そこにいたのは過去に私を卑しいケダモノと呼んだ貴族階級の吸血鬼の女だった。片手には"美しい白銀の弓琴"が握られており、月夜の彼女は1枚の絵画のようにさえ思えてしまう。

 

 だが、明らかに妖気の質が私の知る吸血鬼とは異なることが見て取れる。それはもっとずっと暗く、陰湿で、誰からも疎まれるような邪悪で寒気を覚えるものだ。

 

 そして、私は感じた。"ああ、なんと心地よいのだろう"と。

 

 

 

『このようなところで寝ては風邪を引くぞ?』

 

 

 

 そして、容姿に優れた訳でもなく傷だらけで小汚ない私に何の躊躇もなく手を差し伸べて来る。

 

 その容姿は私が憧れ、絶望した吸血鬼の女の一人そのものであり、 それはこれまで私が生きた中で、見たことがないほど妖艶で柔和な笑みを浮かべていた。

 

 

 

『ところでモノは相談なのじゃが……』

 

 

 

 私の目の前に現れた余りに闇色で暖かい彼女に、唖然としていると、手を差し伸べたまま彼女は更に口を開く。

 

 そして彼女の顔は、私がよく知りながら私以外に向けられたものは初めて見た顔――憎悪と侮蔑に歪んだ。

 

 

 

『フランス旅行気分と、妾の前の体をぶち壊しおった鼻持ちならない吸血鬼どもを一掃するのを手伝う気はないか……?』

 

 

 

 私は笑って彼女の手を取った。その手は吸血鬼らしく冷たかったが、私には酷く暖かく覚えた。

 

 

 

 

 

 それが私の生涯の友人との出会いの話。そして、やがて世界各地の大妖怪を殲滅する彼女の旅の最初の始まりは――そんな何気ない悪辣な憎悪による動機だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ……はっ……」

 

 ある日。夜の街を学生服のままの犬山まなは駆けていた。その様子には一切の余裕がなく、何かを恐れ、周りを見渡しながら逃げているように思えた。そして、彼女は街中を駆けているにも関わらず、不気味なほどの闇と静寂が辺りを包み込んで居ることも不自然であろう。

 

 少し前。学生らしい人間関係のいざこざがあった折、まなの友人のみやびがまなのスマートフォンにアプリを入れた。

 

 それは黒い星を逆さにしたような形のアイコンの呪いのアプリだった。

 

 何気なく、相手の名をまなが書くと、アプリは名前を入力した直後、すぐに消えたため、雰囲気を楽しむだけのものかと笑いの種に変わる。

 

 しかし、全てはそこから始まった。

 

 それから暫くし、呪った相手も友人のみやびも怪我を負ったことをまなが知ったすぐ後。まなのスマートフォンに3時間以内に名前を書かなければ呪いが跳ね返るという内容のあのアプリが戻って来たのだ。

 

 それとほぼ同時に、まなは居間で"あるもの"を目にし、それから逃げるように家を飛び出して現在に至る。

 

 

「スーマホばっかり見ていると」

 

「いーまに呪いがついてくる」

 

 

 まなの周囲には明らかに様子のおかしい人間が、幽鬼のように集まってくる。しかし、まなが恐れているのは、そちらではない。

 

「――――!?」

 

 そして、遂にまなは居間で見たあるものを見つけてしまう。前方に現れたため、思わず足を止めて眺めた。

 

 それは不自然に宙に浮く、小さな鳥居だった。

 

 それから逃げようとするまなだったが、それよりも先に、鳥居が巨大化し、ずるりと音を立てて鳥居から妖怪が降ってくる。

 

 

『みぃつけた』

 

 

 それは阿修羅像のようにひとつの頭に三面も顔が付き、胴体からはまるで千手観音像のように大量の腕が伸び、様々な武器を持つ人型の異形の妖怪だった。

 

 

『私は、自分は、ボクは、拙者は――調布(この地)に招かれた京妖怪……"二十七面千手百足"』

 

 

 妖怪――二十七面千手百足はゆっくりと歩きながらまなとの距離を詰める。その際に手や耳ついた装飾や、携えた槍や短剣がぶつかり、渇いた金属音だけが響き渡る。

 

「あ、あなたが……あの呪いのアプリを作ったの!?」

 

 恐れる気持ちを抑え、二十七面千手百足に声を掛けたまなだったが、二十七面千手百足はその問いには答えない。

 

 

『まずは君、貴様、お前、そなたから』

 

 

 二十七面千手百足は笑う代わりのように口を開く。そこにはびっしりと生えた鮫のような歯が並んでおり、更に口の中から黒々とした百足が大量に生える。

 

 その姿はあらゆる意味で余りに恐ろしく、到底ただの女子中学生であるまなが耐えられるようなものではなかった。

 

『殺す』

 

「ひっ……!?」

 

 その瞬間、二十七面千手百足の形が変わる。

 

 二十七面千手百足は膨れ上がるように数倍の体躯になると共に、下半身は縦に連なる鳥居となり、胴が伸びると共に、頭部が背中と腹を覆う程びっしりと生え、脇に連なるように大量の腕が生え、剣を中心とした様々な武具をそれぞれ携えている。

 

 その様は既に人型ですらなく、異形の百足のようであった。

 

 そして、二十七面千手百足は腕に持つ、巨大な矛をまなに向けて振るう。たまたま尻餅をつき、それを避けたまなだったが、現状は絶望的である。

 

「あ……」

 

 そして、二十七面千手百足は再び矛を振りかぶり、まなを見据えた。避けられない一撃に思わず声を漏らしたが、攻撃は止まらず――。

 

 

「ちぇすとー!」

 

『――――!?』

 

 

 その巨体に小さな黒い少女の蹴りが突き刺さり、大きく体勢を崩した事で攻撃が逸れて、矛はアスファルトを抉るに留まった。

 

 まなは自身の前に躍り出たその人物に目を向ける。

 

「ママさんからのお使いの途中に何事ですか!?」

 

「ベア子ちゃん!」

 

 それは犬山家に居候している正体不明の妖怪――ベア子であった。片手に醤油の入った手提げ袋を持っている事から、帰宅したまなの母親にお使いを頼まれたらしい。

 

 少なくとも中々強い妖怪であるということはまなも認識しているため、ベア子の登場によって少しだけ安堵し、表情が和らぐ。

 

 するとその瞬間、何故かビシリと二十七面千手百足の身体と顔の一部に亀裂が入り、それによって身震いした。

 

『――――ギィギィ!? 忌々しい……口惜しい……狂おしい!』

 

「ひっ……!?」

 

 そのまま、二十七面千手百足はまなを異様な視線で睨み付け、牙を剥き出しにしながら吠え――ベア子の片眼が輝き始めた事でそちらに視線が向く。

 

「悪いことしちゃダメです!」

 

 明らかに大妖怪クラスの妖気を放つベア子の片方の瞳が虹色に輝くだけではなく、妖力が収束するのが見て取れるだろう。

 

 そして、あるときに輝きが収まり、燻る火のような赤みを帯び、ベア子は一度だけ瞳を閉じるとカッと見開いた。

 

「お仕置きですよ!」

 

「――――――!!!?」

 

 その刹那、ベア子の片眼から赤黒い極光が放たれ、巨大化した二十七面千手百足の身体に人が通れる程の大穴を空ける。

 

 攻撃を受けて怯みつつも二十七面千手百足は矛を振るってベア子を突き穿つが、その切っ先を彼女は両掌で挟み込んで止めた。所謂、真剣白刃取りであった。

 

『――――!?』

 

「ぐぬぬ……。結構力ありますね……!」

 

 一見するとまなよりも小さな少女が、巨大な異形の怪物を押さえ込めている光景は異様を通り越して、最早滑稽の域であろう。

 

 これも単にただベア子が動体視力、反射神経、筋力、妖力などあらゆる素養が生まれついて大妖怪クラスのために行えている事に他ならない。

 

 矛を無理矢理止めたまま、再びベア子の瞳が妖しく輝き始めた――刹那、彼女は不可視の何かを横腹に受けて地面を転がされる。

 

「――っ!? なんですか!」

 

 しかし、転がる最中に体勢を立て直して跳ねるように立ち上がったベア子には、薄く肌を裂かれた程度のことであり、致命傷どころかダメージにも程遠く、すぐに傷口は再生を終えた。

 

 その間に少しだけ退いた二十七面千手百足は身体に空いた穴を瞬く間に塞ぎつつこちらを全ての面でじっと見ている。また、そのとき既にベア子はビルとビルの隙間にある夜闇の一点を見つめ続けていることに気づく。

 

「まなさん! 行ってください! これぐらいの相手なら2体でも私の優位は欠片も揺るぎません!」

 

「でも……ベア子ちゃんが――」

 

「私は……! 解呪はできません! 元より呪いとはろくでもない外法を用いなければ、術式に則るか、術者か、被術者にしか解けないもの! まなさんに掛かった呪いを解くことはできないのです! だから諦めずにまなさんに呪いを掛けている何かを探してください!」

 

「う、うん……わかった! ありがとうベア子ちゃん!」

 

『――――――――――』

 

 その瞬間、再び二十七面千手百足の身体が軋むと、幾つかの腕が取れて一回り小さくなる。

 

 去っていくまなと仁王立ちをしているベア子に目をやり、迷うように視線を蠢かせている二十七面千手百足を余所に、彼女が見ていた暗闇から拍手と共に心地よい靴音を響かせてそれは現れた。

 

 

「おお、素晴らしい……! 流石はバックベアードの娘といったところですか」

 

 

 その者は背丈の低いスーツ姿の男で、ギターを持っていた。男性妖怪だった。鮫のようなギザギザの歯と青白い肌が特徴的である。

 

「行け、百足。コイツは私が足止めをする」

 

『アレは格上だ。あなた、貴公、ヌシでも勝てる相手ではない』

 

「ああ、そうだ。生まれつきの天才の天才だ……私が勝算もなく来ると思うかね? それに足止めだ。深入りはしないさ」

 

『………………かたじけない』

 

 それだけ言うと二十七面千手百足はその場から煙のように消える。

 

「ま、待ちなさい! まなの所には行かせ――ぐっ!?」

 

「私を無視しないで頂きたい」

 

 ベア子が二十七面千手百足を追おうとすると、男性妖怪がギターの弦を引く。すると、ベア子の目の前を鋭く飛行するコウモリが通り過ぎたことで、ベア子の行動を止めた。

 

「邪魔です! 下がりなさい!」

 

「おっと、こわいこわい」

 

 ベア子が目から細い光線を放って男性妖怪を攻撃したが、男性妖怪は全身をコウモリに変えて避け、すぐにコウモリが集まり、元の姿に戻る。

 

 明らかに日本妖怪の動きではないその様子にベア子は驚いた目で見つめていた。

 

「吸血鬼!? お父様の配下の西洋妖怪がどうして――」

 

「バックベアードの配下に間違われるのは心外ですね。私はただ、古い友人の頼みに協力しているだけですよ」

 

 そう言って男性妖怪は恭しくベア子に頭を下げ、手元にあるギターを少しだけ鳴らして見せる。

 

「私は"吸血鬼エリート"……いえ貴女様の前では卑しいケダモノの"ジョニー"に過ぎませんね。まあ、間違われ続けるのも不本意なので、強いて言えば"羽衣狐"の配下と受け取ってくれて結構ですよ」

 

「そう……なんでもいいです……消えて!」

 

「おお――!?」

 

 ベア子が叫んだ次の瞬間、ベア子の影が不自然に地を覆い、ジョニーの足を飲み込んだ。当然、遥か格上の大妖怪であるベア子の拘束をジョニーが解けるハズもなく、そのまま縫い付けられる。

 

「さよなら」

 

「かはっ……」

 

 再びベア子の目から光線が放たれ、今度はジョニーの胸を貫いた。魂を穿たれたジョニーはそのまま消え失せ――。

 

「ひひひひ……! やはり彼女は凄い……正直眉唾物でしたが、ここまで不死身になるとは……! 妖怪城というものは彼女のような者にこそ相応しい」

 

「嘘……」

 

 そこには次の瞬間に何事もなかったかのように胸の穴が塞がったジョニーがいた。確実に殺した筈の相手が不自然に生き残ったことにベア子は驚く。

 

「バックベアードの技も使えるのですね……貴女こそエリートだ」

 

 その間にジョニーは背中からコウモリの翼を生やして空へと飛翔し、ギターをベア子へと向けた。

 

「しかし、彼女と出会い1000年。私もただ生きていただけではありませんよ。彼女の"五尾"……それを私は能力としてモノにしました」

 

「なっ――!?」

 

 そして、弦を1度弾いた次の瞬間、ベア子の体に"真空の刃"による斬撃が刻み込まれ、その体を大きく吹き飛ばす。

 

 ベア子は直ぐに空中で反転して着地し、受けた斬撃による傷痕は日本刀で斬り付けられたようなものに見える。それはついさっき彼女が受けた傷と同じものであった。

 

 しかし、ただ生まれ持った再生力のみでベア子の傷痕はすぐに塞がった。しかし、痛みは感じているようで、彼女の表情は歪む。

 

 それを見たジョニーは歯を見せて笑みを強める。

 

「今や射程距離と切れ味、そして同時発射数は私の方が上です。さあ、心行くまで私の調べをご堪能あれ!」

 

「うう゛っ!? めっ、面倒な……!」

 

 ジョニーの奏でるギターソロに合わせ、放たれる横殴りの豪雨のような斬撃にベア子は防戦を強いられるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ! はっ! はっ……ここなら!」

 

 既に陽が沈み切った夜の学校にまなは来ていた。開けている上に校舎内は自身の庭のようなもののため、幾らか逃げやすいと踏んだのである。また、逃げ切れたようで彼女の後をゾンビのように追って来ていた人間の姿がないため、幾ばくかの休息も取れるであろう。

 

「えっ……なにあれ……?」

 

 そんな彼女の目論みは、校庭に佇む木に吊るされた輪の付いたロープを目にしたことで止まる。それは雰囲気も合わさり、まるで既に幾人もの人間を殺めた絞首台のようにさえ映ったのだ。

 

「う……ぁ……」

 

 更にそれを見つめたまなの目から光が消え、電灯に吸い寄せられる蛾のようにふらふらとしたおぼつかない足取りで絞首台へと向かっていく。明らかに何らかの妖力が働いていることは明白であろう。

 

「まな!」

 

「あっ……猫姉さん」

 

 しかし、彼女には数多の妖怪の友人がいる。その1人の猫娘が、首縄を首に掛けようという直前のタイミングで滑り込み、その爪で首縄を引き裂くと彼女を抱き抱えた。

 

 更に鬼太郎と目玉のオヤジも現れ、無事な様子のまなを見て互いに安堵の表情を見せる。

 

「ギィッ――!」

 

「あやつは……縊鬼(くびれおに)!」

 

 すると絞首台から鬼というよりも亡霊のような姿をした妖怪が現れ、鬼太郎達から距離を取ろうと、体育館の方へと逃げ込んでいく。

 

 それを鬼太郎と猫娘が追おうとした――その直後、縊鬼に真横から飛び出した巨大な矛の切っ先がその体を刺し貫いたことで二人は唖然としつつ足を止める。

 

 

「――――――!!!?」

 

『笑止』

 

 

 それはまなを追っていた妖怪――二十七面千手百足の矛によるものであり、その尖端は縊鬼の胸を背中から容易く刺し貫いてグラウンドの固い地面に縫い止めていた。

 

「ぁッ……がぁ!!? ひゅ……!」

 

『浅慮にして愚劣なる者よ。その身に刻むがいい』

 

 更に既に瀕死の縊鬼に対して、二十七面千手百足は、その数多の腕に持つ数々の武器を投擲し、瞬時に縊鬼を針達磨のように変える。

 

 明らかな過剰攻撃に事切れた縊鬼の身体は、煙のように消えて、魂だけとなったそれは何処かへと消えて行った。

 

 その場には、依然として異様な様相をした二十七面千手百足だけが残され、鬼太郎と猫娘は、そちらに意識を向けて臨戦態勢になる。

 

 しかし、よく見ればいつの間にか二十七面千手百足の全身にヒビが刻まれており、今にも崩れ去りそうに思えた。

 

『下名、小職、当方、愚生はこれにて御免』

 

 更に二十七面千手百足が目的を達成したとばかりにそう呟くと、その巨体は闇夜に溶ける濃霧のように消えて行く。

 

『拙は、私は、小生は、おらは所詮歯車のひとつ。全ては我らが主、羽衣狐様の御心のままに――』

 

 そして、手にしている仏具のひとつが小さく鳴らされると、そこには既に二十七面千手百足の姿はなく、五寸の薄汚れて顔を抉り取られた木彫りの仏があるばかりであった。

 

「羽衣狐の配下か……」

 

「…………!」

 

 その事を知ったまなは、恐怖からか、ぷるぷると身を震わせており、彼女を安心させるために猫娘はより強く彼女を抱き締めつつ、彼女に二十七面千手百足を仕向けた羽衣狐に憤慨しているように鬼太郎らには思えた。

 

「何これ……ただの木彫よね?」

 

「それに宿って居たのじゃろう。役目を終えた故、ただの物に戻ったのじゃ」

 

「父さん、今の妖怪はいったい?」

 

「ふむ……あやつは二十七面千手百足。子供の心に巣食い、恐怖心を抱く限りは際限なく現れる古い京妖怪じゃ」

 

「京妖怪……」

 

 ポツリとまなが呟く。これまでずっと走って来た疲労を今更感じたのか、彼女は何処か心ここに有らずな様子で項垂れる。

 

 ダシにされる――。

 

 自分のために他のものを利用する。手段に利用する。口実に使う等の意味があると、前に引いた国語辞典の内容を彼女は思い出していた。

 

「元々、土地神や祟り神の類いではあるが、話はわかる方の妖怪じゃ。その代わり、恐怖する子供がいなければ力をほとんど発揮できん。間接的にまなちゃんに憑く事で、身体と妖力を維持していたのじゃろう」

 

 二十七面千手百足が消えたトリガーは、明らかにまなに憑いていた縊鬼を討滅したことであろう。

 

 それに以前に現れたバラバも羽衣狐の回し者であった。前回はがしゃどくろ、今回は縊鬼。何れも下手に解き放たれれば、多数の人命が失われていても何も可笑しくはなかったような邪悪な妖怪である。

 

「つまりアイツは……羽衣狐の指示でまなを脅しつつ守ってたってこと!?」

 

「どうしてアイツがそんな回りくどいことを?」

 

「わからん……じゃが、結果的に助けたのは事実じゃ――」

 

 まなは鬼太郎らの話の輪に入れない疎外感と、騙しているような申し訳なさを感じつつもそれ以上の感情により、新たな決意を抱く。

 

 

 

(お姉ちゃん今度と言う今度は絶対に許さないんだからねー!?)

 

 

 

 尚、本日から犬山乙女はまなに暫く塩対応をされると共に、2~3週間程の添い寝禁止令が言い渡され、血涙を流しながら真っ白に燃え尽きたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人を呪わば穴ふたつ――

 みつ よつ いつつ むつ ななつ――

 ななつ 涙に泣き濡れて 呪う心は いつ尽きる――』

 

 

 縊鬼による事件があったその日の深夜。

 

 街から離れた電波塔の上にて、黒衣に全身を包んでシルクハットを被った異形の存在――"名無し"は夜闇の彼方へと言葉を吐いていた。

 

 その仮面に彩られた視線には人々の街の光があり、何に対するモノなのかは言わずともわかるであろう。

 

 

『人の世果つる末までも――

 呪う心は 尽きるまじ――

 暗い思いは 尽きるまじ――』

 

 

 その言葉は最早言葉ではなく詩であり、その詩は余りにも暗い呪詛であった。

 

 それらは吐かれ、波のように押し寄せる。そして、呪詛は形を結び、鈍い色をしたひとつの珠となり、まるで何かに吸い込まれて溶けるように何処かへと消える。

 

 それを終えた名無しは、何処と無く嬉々とした声色で調子外れに笑うように呻く。

 

 

『これで二つ目 うつろな うつわに 目が二つ目――五つ そろうは いつの日か――』

 

「貴様が潰えるより先ということはあるまい?」

 

『――――――』

 

 

 次の瞬間、名無しは女の言葉を聞くと同時に白みを帯びた巨大な触手のような何かに全身を巻き取られるように拘束される。

 

 よく見れば強靭過ぎるだけの獣の尻尾であるそれから脱出しようと名無しはもがき、幾重もの呪詛を吐き、呪術を放つがその一切を遅れて展開して見せた女の呪術が弾いた。

 

 縛られたまま、次々と呪詛と呪術を放つ名無しであったが、そのどれかひとつでさえ、女の身体を毛の1本すら脅かす事はない。

 

『――お、おぉ……ぉおぉぉぉ――?』

 

「おお、こわいこわい……。こわくて貴様の用いる呪詛と術の対抗呪術を編み出してしもうたわ」

 

 女――日本三大悪妖怪"羽衣狐"は、まるで稚児を相手にするかのように名無しの全ての術を迎え撃ち、反らし、弾き、消し去る中、狐のように目を細めて満面の笑みを浮かべている。

 

「"八百八狸"、"妖怪の学校"、それに"まなに掛けた呪詛"……この妾が気付かず、何も対策をしないと思うてか? 貴様は悠長に時間を与え過ぎたのじゃ。如何に貴様が捻れ狂った呪詛を持とうとも、この日ノ本に妾より呪術の才のあるモノは現世におらん」

 

『ぬぅ……お……おぉぉ……!』

 

 羽衣狐は更に尻尾での拘束を強め、縊り殺すように尾が締め上げられる。

 

 その力は大妖怪らしく名のある鬼すら超え、余ほどに腹に据えかねるのか、ただ陰湿で加虐的な性格なのか、少しずつ削ぎ落としているようにさえ見えた。

 

「"縊鬼"とあのアプリは大きく出過ぎたなぁ? まなで時間を稼いで引き伸ばす事で、貴様を逆探知することは余りに容易かった。不用心よのう。呪いの術は妾でも舌を巻くほど高度で捻くれておるにも関わらず、他がまるでよちよち歩きじゃ。貴様がどれだけ怨みと呪いに精通しようと、妾には決して勝てぬ。陥れた相手の数と、誅殺した者の桁が違うわ」

 

 そう言うと羽衣狐は、二尾の鉄扇で口元を覆う。

 

 そして、勢い良く鉄扇を畳むと、ドス黒く名無しと同等かそれ以上に悪意に満ちた妖気を放ち、笑みとも怒りとも取れ、何よりも憎悪に満ち溢れた表情を浮かべた。

 

 

「――妾の安寧を奪い去った貴様には、最早、死という安寧すら与えてはやらんぞ……?」

 

 

 何故か嘲笑う羽衣狐が、血のように赤々とした妖力に染まった涙をさめざめと瞳から流していた。

 

 しかし、有無を言わせぬ理不尽極まりない迫力によって、鬼か修羅のようにしか見えなかったという。

 

 

 

 

 







「まなぁ! まっなぁ! ああぁ゛ぁぁ゛ぁまなァ! まなぁああああああああああああああああああああああん!!! あぁああああ…ああ…あっあっー! あぁああああああ!!! まなまなまなまなぁわぁああああ!!! あぁクンカクンカ!クンカクンカ!スーハースーハー!スーハースーハー! いい匂いじゃなぁ……くんくん……んはぁっ!んッ――んんッ……はぁ」


2年ぐらいまなちゃんに会えなかった羽衣姉の鳴き声





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縊り狐 (下)



更新は 忘れた頃に やってくる (震え声)

珍しく気持ちシリアスな回(当社比)






 

 

 

 

 

「随分、大それたことをやってくれたのう……"名無し"よ?」

 

 遥か空に輝く月に見下ろされ、月下美人のような儚く白い容姿を宿す大妖怪――羽衣狐は月に捧げるように尻尾で縛り付けた名無しを空に掲げていた。

 

 その光景だけで、悪道に生きる純然たる魔としての格も、その雰囲気から神さえ届くのではないかと錯覚するほど溢れる神秘性も比べるべくもない。羽衣狐が名無しを遥かに凌ぐ妖力を持つことに誰も疑問に思わないであろう。

 

「さて、貴様をどうしてくれようか?」

 

 にたりと張り付けた笑みを浮かべつつも酷く熱のない視線を名無しへ向ける。隠す必要がない為か、今宵の羽衣狐は仮面を付けておらず、彼女の光を飲むような漆黒の瞳がただそこにあった。

 

 名無しは依然として抜け出そうともがく。しかし、純粋に妖怪としてあるいは呪術師としての格が上であるため、一度このようにされてしまえば名無しが抜け出す術は最早ない。

 

 羽衣狐という妖怪がなぜ妖怪から見た日本三大悪妖怪最凶の一角に数えられているのかの答えは至極単純――。

 

 このようにおぞましい程まで用意周到で陰湿なのだ。その上、本来の彼女が最も得意とするのは、実に獣らしい奇襲という在り来たりな戦法である。

 

 しかし、羽衣狐に狙われれば最後、数多の大妖怪は完全に詰んだ状態からの交戦を余儀なくされたために今がある。それ故に彼女はとてつもなく強く、同時に妖怪たちの中で疎まれ、それ以上に畏怖されたのだ。

 

「諦めろ。既に貴様は袋のネズミじゃ……いや、ネズミ一匹逃げられはせん」

 

 その言葉と共に羽衣狐が他に視線を向けると、月明かりに照らされた無数の妖怪達が彼女と名無しのいる電波塔をずらりと取り囲んでいる事がわかった。

 

 

 百鬼夜行――。

 

 

 それはかつて、平安京を大いに脅かした大妖怪を頭目に、様々な目論見の元に行われる妖怪の進攻である。

 

 当時の京で百鬼夜行の列に並んでいたような名のある京妖怪が中心だが、それ以外にも羽衣狐に鼻っ柱を圧し折られて軍門にくだったような輩が並んでおり、どれもこれも妖怪の頭領や地方の有力者に容易くなれるような実力者ばかりだ。

 

 その中には羽衣狐の信徒のしょうけらや、同世代の友人の吸血鬼ジョニー、人前に連れて来られて明らかに気だるげな刑部姫の姿もあった。

 

「姫とハロハロちゃんはね、レベルを最高に上げてから敵のボスキャラに戦いを挑むんだ。敵のHPは10000くらいかな。姫とハロハロちゃんは全然ダメージを受けない。しかし姫の攻撃も敵の防御力が高くて100くらいずつしかHPを減らせないんだよ。妙な快感を覚える反面ハロハロちゃんと比べた姫の火力の低さにひどく虚しくなる」

 

「おっきー、後で構ってやるから今は黙れ」

 

「ハロハロちゃんはそんなこと言わない」

 

 集団の場に放り込まれたストレスで少し可笑しくなっていると思われる刑部姫を放置し、羽衣狐は名無しに問い掛ける。

 

 羽衣狐としてはどのみち名無しは消滅させる予定であるが、過程を重んじる彼女は形式上の弁明の機会を与えることにしたのだ。

 

 彼女の悪い癖であろう。一般的にこのような行為は異端審問や処刑と言う他ないが、それらが生み出す規律と絶対性こそ悪妖怪共の軍団を率いるに値するだろう。

 

「して、貴様……妾のまなに何をしておる? 陰陽五行に逆五芒星と来れば、陰陽道の触りしか知らぬ者でも物怪調伏(もののけちょうぶく)を悪用した類いのモノと気付くのだが?」

 

『――――――――』

 

 その言葉に名無しは答えない。まるで虫のような意思のない瞳を向けるばかりであり、名無しもまたただの妖怪のそれではない事は明白である。

 

 周囲の妖怪達は処刑される場においてそのように振る舞う名無しの様子に異様さを覚え、怪訝な顔を浮かべている者もいるが、羽衣狐は顔色ひとつ変えずに暗い笑みを浮かべ続けていた。

 

 名無しが得体の知れない虫ならば、羽衣狐は嗤う悪意そのもの。その他妖怪には到底理解できない思考と風体は仄暗いカリスマとなり、見たものに絶望を覚えさせる程莫大な妖力の元に数多の妖怪達を従えるに至るのだろう。

 

「まあよい、魂に聞くことにしようか――」

 

 彼女は尻尾を寄せて眼前に名無しを持ってくると、片腕を大きく振りかぶってその腕に光を呑むほど黒々として濃厚な妖気を宿す。

 

 そして、妖気で数多の文字や陣を形作り、見た目から想像できないほど細やかな呪術とすると、その腕を一気に名無しの胸部へと差し込む。

 

(暗いのう……その上、人間も妖怪も共に滅びればいいとでも言わんばかりに冷たく熱い……)

 

 体内の名無しの妖気に直に触れた羽衣狐の感想がそれであった。

 

 人間や並みの妖怪が触れば、即座に気が狂ってしまうほど悪意に捻れ果てた妖気を一切意に介さず、彼女は更に奥深くへと手を伸ばす。

 

(希望……慟哭……絶望……憎悪……なんだこれは? 元は何だったと言うのじゃ貴様は……?)

 

 妖怪の全てを形作る中心――名無しの魂へと手を伸ばしながら近付ける度に名無しからは想像できない感情が逆流してくるのを直に羽衣狐は感じていた。

 

 それでも彼女は目を反らさずに名無しの魂へと手を伸ばす。他を滅するのならば、その全身全霊を否定し、呑み込まぬ事は何よりもの罪と彼女は考えているのだから。

 

(これではまるで――)

 

 そして、羽衣狐が結論に至ると共に、確かに名無しの魂にその指が触れた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

『それまでにこの子の名前を考えてくださりませ――』

 

 

 

 まず始めに見えたものは何処かの山中で、人間の女と妖怪の男が寄り添い合う光景だった。

 

 それで羽衣狐が驚いたのは、人間の女の方の姿が余りにも妹の"まな"に似通っていることだ。更に彼女が愛おしそうに撫でる先には丸みを帯びた腹がある。

 

 そして、山中の何処か遠く、あるいは近くでは人間とも妖怪とも取れる多数の怒号と息遣いを確かに耳にした。

 

 

(止めろ――)

 

 

 羽衣狐は己の勘の良さを呪う。しかし、信念から名無しの魂に刻まれた記憶から目だけは反らさない。

 

 

 

『決して結ばれてはならぬ二人――』

『父上! 愛することが罪なのですか!――』

 

 

 

 逃げること叶わずに捕らえられた人間の女と鬼の男は、妖怪の男の父親の前に引きずり出され、愛を謳い慟哭する。

 

 しかし、辺りにあるのは人間と妖怪たちの憎悪であり、その言葉はそれらを強めるだけ。そこに人間も妖怪も然したる違いはなかった。

 

 

(止めろ――!)

 

 

 彼女はよく知っていた。妖怪はよく人間を侮蔑し、人間もまた妖怪へ畏怖と嫌悪を覚える事が本来の形と言えるが、本質的に妖怪と人間の違いなど寿命の有無程度しかないということを。

 

 故に今、この場で二人を追い詰める人間と妖怪に何の差があろうというのか。掟などという下らないモノに縛られ、それが絶対だと思い込み、殺生という原則を破り捨て、人間と妖怪が交わってはならないという暗黙の了解さえ踏み倒し、勝手に作った憎悪に囚われて無秩序に人間も妖怪も問わず群れて追い立てる。

 

 そういう意味で、羽衣狐は最初から人間にも妖怪にも無意識に絶望し、期待など初めからしなかったために今があるのかも知れない。

 

 

 

『せめてこの子が生を受けるまで――』

 

 

 

 そして、その想いは決して届かず、胎――愛を受ける筈だった"名無し"の水子に届いたのはただ鋭利な切っ先と、人間と妖怪から与えられた有らん限りの憎悪だけであった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「――――――!?」

 

『――――――』

 

 名無しへ干渉中に羽衣狐の精神が弱ったことで、腕が弾き出されて魂の記憶の読み取りは遮断される。

 

 彼女にとってそれが幸いだったのかはわからないが、少なくとも明らかに怯んだことで拘束が緩み、名無しが尻尾から脱出して夜空に飛び出すという結果だけが残った。

 

 羽衣狐は反射的に名無しを即座に九尾で取り囲み、さながら九つの巨大な斬擊そのものが空を駆けるように見えた事だろう。

 

 更にそれに続くように周囲の妖怪達から嵐のような数々の攻撃が名無しを目掛けて飛び、次の瞬間には空の塵と化す――。

 

 

(あれは――)

 

 

 羽衣狐の脳裏を過ったのは、名無しから読み取った記憶であった。

 

 それは僅かな迷いを生み出し、極限まで加速した思考の中で葛藤を生み出す。

 

 

()には救えぬモノじゃ――)

 

 

 しかし、羽衣狐はそんな葛藤を振り払う。そうし続ける事で、彼女は最凶の大妖怪とまで呼ばれるほどに外道へと至った。

 

 全ては己の信じる下らない正義のため。全ては何て事はない日常を謳歌するため。そして、全ては最愛の家族に捧げるため――それが羽衣狐という愛に溺れ果てた愚かな(ニンゲン)の全て。

 

 故にそれを知ってか、偶々そう聞こえただけか、僅かに開かれた名無しの唇から呟かれた言葉は余りにも致命的だった。

 

 あるいは羽衣狐の迷いが生み出した願いが、幻聴となっただけかも知れない。

 

 

 

『タスケテ――オカアサン――』

 

 

 

(――――――――)

 

 

 

 その瞬間、ほぼ無意識に羽衣狐は己の九尾を反転させ、名無しを守るように広く長く伸ばす。それは大輪の白百合のようであり、配下の妖怪達の豪雨のような攻撃を盾となって防いだ。

 

 当然、大妖怪やそれに片足を突っ込んだ者も多く、平均的に生半可な妖怪ではない羽衣狐の配下たちのそれらは、彼女の尻尾を多少なり傷つけ、それが周囲を埋め尽くす程の数放たれたとなれば、彼女の尻尾から鮮血と飛沫のような妖気が飛び散る様は必然と言えよう。

 

 しかし、羽衣狐はまるで意に介さず、ただ全てをその身に受け、己の全てを投げ出しながら妖気を振り絞って尻尾を固め、膨張と再生を絶え間なく繰り返して耐えるばかりだ。

 

 その様はまるで腕に子を抱く母親そのものであった。

 

 

『――――――――――――!』

 

 

 それに名無しは驚くように瞳孔を大きく見開いたように見え、一番人間的な反応をしたように思える。

 

「そこ――」

 

『――ゥ』

 

 その直後、羽衣狐の九尾のほんの僅かな合間を縫うようにして小さな折り紙のアザミのひとつが突破した。

 

 それは名無しの胸を刺し貫くように抉るが、先に名無しが僅かに避けた事で致命傷ではなくなる。ましてや、名無しのような怨霊に近い妖怪ならば尚更である。

 

「浅かったかぁ……」

 

 名無しは最大の隙をわざわざ羽衣狐が作ったことに乗じて、その場から煙のように消え失せる。そこにはもう何も残っては居なかった。

 

「あぁ……あぁぁ――」

 

「ハロハロちゃん!?」

 

 それよりも刑部姫は明らかに取り乱した様子の羽衣狐を見つけ、

 

 羽衣狐の配下らには、かつて混沌としていた平安京を思想と暴力で束ねた鵺こと絹絵という旗本に、その母君であり今や日ノ本を代表とする大妖怪である羽衣狐に集まっている。そんな彼らにとって羽衣狐は種を超えた絶対強者であり、彼女が揺らいでいる事はそれだけで驚嘆に値する事であった。

 

 そのため、彼らの多くが抱くのは己が主をこのようにした名無しへの侮蔑と殺意であり、羽衣狐らの狂信者であるしょうけらが前に出る。

 

「まだ、そう遠くへは行ってはいない筈です……。草の根を上げてでも討ち滅ぼしなさい」

 

 そのため、歪な怨念そのもののように一枚岩の彼らは、言われずとも即座に羽衣狐以外の指揮官を立て、七割強を追撃に裂き、残りを彼女の護衛に当てた。

 

 平安を超え、現代まで退魔師や妖怪と殺し合う激動の勝利者として生き延びてきた彼らの倫理観や根本原理は、鎌倉武士と大差はない。唯一、大きく異なる点は忠誠心のみであり、主君だけは裏切らない点のみであろう。

 

 

 

「やめよ――」

 

 

 しかし、そんな彼らの行動は主君の一声で完全に停止する。その間に名無しは完全に消え、最早補足は困難であろう。

 

「……あれは"水子の霊"じゃ。飛びきり暗く黒く変容した……な。喰ろうても貴様らの腹の足しにはならんだろう」

 

 その言葉に羽衣狐の百鬼夜行は騒然となる。

本質的には実際に赤子を食らったところで柔らかい肉程度にしか思わない彼らであるが、水子の霊――というより水子の悪霊では話が変わる。

 

 呪いや祟りとは、当然ながらより怨む程に効力を増すものだ。そして、その中でも極めて異質なものが、"産まれられなかった怨み"そのものだろう。

 

 ここにいる妖怪らは、かつては人間だった者や、生まれながらに霊だった者や、人間の畏れが転じた者など多種多様な生まれを持つ。しかし、形は違えども少なくとも生まれられなかった者は居なかった。

 

 そして、羽衣狐が二の足を踏む程となれば、産まれられなかった水子の悪霊が怨むとなれば、それは妖怪も人間も関係無く、生まれたもの全てを呪う原初の呪詛そのもの。

 

 そんな存在は最早、人間でも妖怪でもない。到底、生半可な妖怪の手に負える代物ではないのだ。仮に名無しをこの場で殺せば、与えられた死をトリガーに周囲一帯に死の呪詛を撒き散らし、この街を人間も妖怪も存在できない死の領域に変えてしまう事も十分にあり得た。

 

 故に羽衣狐の奇妙な行動は妥当であり、非は我らにあったと百鬼夜行の大多数が納得した事だろう。

 

「今宵はここまでじゃ。名無しは妾と刑部(おさかべ)がやる」

 

「よーし! じゃあ、お言葉に甘えて姫はかえっ…………………………なんて――?」

 

 それならばと羽衣狐の百鬼夜行は徐々に解散を開始した。

 

 羽衣狐の隣で唖然としつつ絶望したような表情をしている刑部姫であるが、彼女は日本妖怪の中でも上から数えた方が遥かに早く、呪法にも明るい大妖怪の一角である。また、一派と言うよりも羽衣狐個人に仕えているという認識が正しくそれにも関わらず、一派内では幹部相当の扱いを受けているという一目を置かれた存在なのであった。

 

 まあ、少々性格や言動に問題はあるが、羽衣狐の昔からの友人でもあるため、ご愛敬と言える。

 

 また、彼らにとっては、半人半妖の依り代に身を(やつ)した(あるじ)が、以前と変わり無いどころか力を増している姿を見れただけでも意味はあろう。

 

 ぼんやりと輝く月が傾き始めた頃。日本三大悪妖怪の百鬼夜行は、影が溶けるように緩やかに消えて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでハロハロちゃんには何が見えたの?」

 

「……………………」

 

 百鬼夜行が解散し、辺りに静寂と微かな虫の音だけが広がる頃。電波塔の上に立ち、何をするわけでもなくほんやりと月を見上げる羽衣狐に刑部姫はそう問い掛けた。

 

「嘘はあんまり吐かないけれど、ホントの事も言わないのがハロハロちゃんだもの」

 

「――景色が見えた……」

 

 刑部姫が促すと、一度目を瞑ってから再び開いた羽衣狐はそう呟く。その表情は彼女にしては珍しく面白く無さげに見え、友人が精神的に疲弊している稀有な様子に眉を上げる。

 

「奴は鬼と人の間に産まれられなかった水子の霊じゃ……その上、母方の血が妾のこの身体に流れておる」

 

「ふーん……」

 

 どうやらただ事ではないらしいことは刑部姫も理解した。人と妖怪の間の子、それは今の犬山乙女の身体もそれだ。その上、己がその血を引いているとなれば、羽衣狐が取った不可解な行動もわからなくもない。

 

「例えに赤子の手を捻るとは言うが……如何に黒くとも産まれてさえいない無垢な稚児(ややこ)――"人間"を手折るのは矜持に反する」

 

「ねぇ、羽衣ちゃん? でもそれってアレを殺さない理由にはならないでしょ?」

 

 その余りに人情の無い刑部姫の正論に、羽衣狐は彼女を睨むと共に細く伸ばした尻尾が首筋にそっと這わされ、その身からは酷く暗く静かな妖力が滲み出ている。

 

 しかし、簡単に頚を刎ねられるであろう状態にありながらも、刑部姫はまるで意に介さず、羽衣狐の瞳を真っ直ぐに見据えながら言葉を吐いた。

 

「優しいねぇ。でも今も昔も……出産前の子は人間に数えなかったハズだけど?」

 

 羽衣狐の本質は人間を護る怪異であり、刑部姫が知る限り最も優しく甘い理想を抱いた存在である。

 

 しかし、今の彼女は他でもない自身の博愛によって、その途方もない在り方そのものである信念を捻曲げた事は明らかだった。

 

 数少ない羽衣狐の本質を知る刑部姫は、それだけは我慢ならなかったのだろう。何よりも唯一無二の友人として。

 

「――――!? そんなわけがあるか……。腹に稚児(ややこ)を宿した事のある者なら……そんなわけがあるものかッ!!」

 

 それは血を吐くような言葉であり、羽衣狐――羽衣というただ一匹の妖狐にとって、深い深い水底の奥の奥にある一条の光。

 

 かつて、それだけを(よすが)に妖怪を喰らい始めたちっぽけな狐の慟哭である。

 

「人間を……。産まれることすらできなかった子を……二度殺すなど……できるものか……! 妾には……! 妾には……殺せなかった……殺さなきゃならないのに……」

 

「よしよし、よく言えました」

 

(やっぱり私が殺らなきゃダメかぁ……。あー、かったるいなぁ)

 

 崩れ落ちた羽衣狐を胸に抱き止め、そう考えつつもここではない何処かを眺める刑部姫の瞳は、大妖怪らしい怨讐とすら思える明確な殺意を宿していたのだった。

 

 

 

 

 






名無し(ハゴロモ特効)



~QAコーナー~

Q:羽衣狐の一派って鬼太郎的にどんな集団なの?

A:鬼太郎が倒すのに1体で1話掛かる悪い武闘派妖怪がうじゃうじゃ集まってる奴ら(国籍問わず)。鎌倉武士。拳王軍。


Q:おっきーって一派の大多数の妖怪たちの認識(重要)だとどんな位置にいるの? ぬら孫で例えて。

A:土蜘蛛


Q:おっきーと羽衣狐の関係ってなんなの?

A:事実婚(共依存)


Q:fateのジャックちゃんを羽衣狐に会わせたらどうなるの?

A:産む



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黒狐(蒸留酒)


番外編です。

ちなみにこんな話書いていますが、作者は下戸です。






 

 

 

 

 

「まな、お酒はね? とっても良いものなのよ?」

 

(遂にお姉ちゃんが壊れた……)

 

 ある休日の昼下がり。突如としてそんな事を妹の犬山まなに対し、乙女はさも当然のように口走った。

 

 乙女は何時もよりも強く微笑んでおり、手で押してまなをリビングのソファーに座らせる。

 

「お、お姉ちゃん……?」

 

「じゃあ、お酒についてお勉強しましょうか?」

 

 更に乙女は突如として尻尾からホワイトボードを取り出し、まなに見易いように設置すると、マジックと指示棒を取り出す。

 

 やや引きつった表情で乙女に声を掛けたまなであるが、乙女は一切まなの言葉を意に介さず、まるでビデオテープを再生してるように決められた動作と発声をしているようにさえ思えた。

 

 要は乙女――羽衣狐の目に一切の光がなく、瞳孔が散開し切っており、余りに人間味が無かったのである。流石のまなも一目見て、彼女の可笑しさに気負された程だ。

 

「まなは煙草とお酒が嫌いじゃない? 後、最近添い寝もしてないし、添い寝もしてないし。それで思ったの。まなにお酒の良さを知って貰えばいいんじゃないかしらって」

 

 どうやら乙女は、禁煙・禁酒に加え、二十七面千手百足でまなを追い立てて以来まなと添い寝禁止されており、それが2週間以上続いた事で、精神に異常をきたしてしまったらしい。

 

 乙女はまなの前にあるテーブルにほどほどに温いお茶を出しつつ更に続ける。

 

「今日は"蒸留酒"についてのお勉強をしましょう」

 

「羽衣姉……本当に大丈――」

 

「うふふ、大丈夫よ。それよりも今回は一緒にお勉強するお仲間も呼んでおいたわ」

 

「お願い、エルデンリングさせて」

 

 伸ばされた尻尾の中から手足を縛られた刑部姫がぬるりと現れ、全身をわなわなと震わせている彼女はそんな事を呟く。

 

「見ての通り、ちゃんと快諾してくれたわ」

 

「ソフィーのアトリエ2でもいいから」

 

「流石は私のズッ友ね」

 

「ソフィー先生ぇ……ツリーガード先生ぇ……」

 

 無論、刑部姫の懇願は全て無視である。この辺りはまながいつも見ている二人の様子であった。

 

 また、刑部姫を幾らか弄ると、乙女のホラー映画の亡霊のような表情が幾らか和らぎ、いつもよりも目に光がないだけになる。どうやら誰かを虐めても幾らか精神力が回復するらしい。心底、邪悪な妖怪である。

 

 乙女は刑部姫をまなの対面のソファーに座らせると、手の拘束だけは解き、彼女の前のテーブルに"黒狐"という銘柄の大吟醸が瓶ごと置かれた。

 

「ほら、どうぞ。刑部姫(ぎょうぶき)さん」

 

「マイネェェーーーム! イズ! オサカベェヒメェ! オッキィイイ!」

 

 元気に叫ぶ刑部姫を眺め、乙女はいつもよりニコニコ顔になる。仲が良いのは結構だが、二人揃うだけでとてもやかましいとまなは思っていた。

 

 流されるまま、酒の勉強をすることになったが、ならばとまなは頭に知り合いの顔が浮かんだ。

 

「あれ? 酒呑さんは呼ばなかったんだ?」

 

「妾の尻尾の酒全部持ってかれるわ」

 

 その通りと言えばその通りであろう。文字通り、あの妖怪は蟒蛇である。

 

 ちなみにまなは羽衣狐が自身の尻尾に大量の酒や煙草を隠し持っている事を知ってはいるが、彼女の尻尾の全容を把握しておらず、回収には至っていない。提出求めると、彼女は酷く小さくなって涙ながらに首を振るため所持だけは仕方なく認めているのだ。

 

 叩くとふかふか、まさぐればふわふわ。しかして、羽衣狐が手を突っ込めば酒瓶が顔を覗かせる。九尾の狐の尾とは誠に混沌な物体である。

 

「うるさいわね。こちとらマナ禁3週間目に突入してもう限界なのよ」

 

「紛らわしい言い方っ!」

 

「あら? 毎日一人遊びしてから眠るのが止められないあなたが言っても説得力無いわよ? もう、習慣になっちゃってるものね」

 

「――――――っぅ~!!!? な、なな……なんで知って……」

 

(……? パソコンでゲームしたりするのを一人遊びって言うのかな?)

 

 二人のより姦しい会話にまなは首を傾げていると、その後すぐに酒の勉強とやらは始まった。

 

「さて、まずお酒と言えば日本なら日本酒ね。他にはビールやワイン等々広く知られたものは沢山あり、そうでないものもあるので、世界には無数のお酒が存在しているわ」

 

「この"黒狐"は大吟醸だから簡単に言えばお米から作る手間多めの日本酒だね」

 

「へー」

 

 乙女は大量の酒の種類をホワイトボードにすらすらと箇条書きにして行く。それだけで流石な大酒呑みであり、異様な引き出しの量にまなは良し悪しは兎も角純粋に感心を覚えた。

 

「これらのお酒に共通して言えることは、アルコール言い換えればエチルアルコール更に言い換えるとエタノールが含まれている事ね。パーセント表記で濃度を示されている他、そもそものお酒を指す言葉として使われることもあるわ。アルコールは本来なら酵母菌が糖分を分解し発酵させる過程で生じる成分のことよ。最初の文明と言われているメソポタミアの時代には既に麦を原料として発酵させたビールがあり、同じく麦を発酵させたパンも同じ時期に生まれたと言われているわ」

 

 "流石に私も生きていない大昔からあるのね"と付け足し、更に乙女は泥酔したサラリーマン風のデフォルメ絵を書く。

 

「そして、お酒を飲むと酔ってしまうのは、このアルコールの作用によるものなの。酔った状態は、成分が体内で分解されるまでずっと続きます。ちなみに私の身体はメチルアルコールも普通に分解するからどれだけ飲んでもへっちゃらよ?」

 

「それ、飲んべえとか、酒が飲めるとかの次元の話じゃないじゃん」

 

 乙女の妙な自負に対し、自身の趣味を妨害されて連れて来られた事を根に持っているためか、ぶっきらぼうな突っ込みを入れつつ蓋を空けた"黒狐"をラッパ飲みし始める刑部姫。

 

 妙に堂に入っているその様子に、刑部姫もまた酒飲みであり、紛れもなく羽衣狐の友人なんだなとまなは何となく察するのであった。

 

「さて、酵母菌によって発酵して生まれたお酒は、その後の過程によって大きく分けると3つに別れるわ。ひとつは米や麦などの原料を酵母として、アルコール発酵させたものをそのまま飲む"醸造酒"。ふたつはその醸造酒を更に蒸留して作られる"蒸留酒"。そして、醸造酒や蒸留酒に果実や香料や糖分などの副原料を加えて作られる"混成酒"だわ」

 

 そう言うと乙女は自身の尻尾からひょいひょいと酒瓶を並べていく。

 

「醸造酒の代表的なものとしてはワイン、ビール、日本酒など。蒸留酒の代表的なものはウイスキー、ウォッカ、ラム、ブランデー、焼酎など。混成酒には果実酒やリキュールなどね」

 

 "果実酒は梅酒なんかが分かりやすいかしら?"等と言いつつ、いつの間にかまなと刑部姫の前にあるテーブルはところ狭しと酒瓶が並び立っていた。

 

「そんなわけで、味や見た目が全く違うお酒でも製法は同じ分類だったりするの。今日は今挙げた3つの中で、"蒸留酒"についてお勉強して行くわ」

 

「そうなんだ」

 

「決して……決して……ッ! キツめのお酒が飲みたい訳じゃないのよ……?」

 

「目が恐いよ羽衣姉……」

 

 また、酒の話をして行くと、次第に羽衣狐が指示棒を持つ手が、小刻みに震える様子もなんだか若干恐怖を覚えるまななのであった。

 

「蒸留酒あるいはspirits(スピリッツ) 。前述した醸造酒を蒸留して造ったお酒の事を言うわ」

 

「蒸留……?」

 

 まなの中で蒸留と言えば理科の実験に先生が用いるアレぐらいのものである。

 

「まさにそれよ。蒸留とは、液体をその沸点まで加熱し、出てきた蒸気を冷却し、液化して分離させることを言うわ」

 

「えっと……」

 

「例えば、水が沸騰する温度、要するに気体になるためには沸点の100℃まで温度が必要なの。それに比べてアルコールが気体になるためには78℃でいいの。この差を利用してアルコールだけが沸騰する温度に保てば、醸造酒から水とアルコールを分離してよりアルコール度数を高める事が出来るってことね。ちなみに昔の時代に海外で主に密造酒って言われてたのはこの蒸留酒よ」

 

 "スコッチ・ウィスキーや、バスタブ・ジンなんかは密造酒としての悪名が名高いわね"と言いつつ、乙女は尻尾からアメリカの禁酒法時代のデザインの陶器で出来た茶色い容器を取り出して見せる。

 

「へぇ……なんで密造してまで度数の高いお酒を作るの? やっぱり美味しいから?」

 

「それもあるわね。高い度数の蒸留酒を飲み慣れてしまうと、醸造酒だとやっぱり若干物足りなく感じるもの。少ない量ですぐに酔えるしね。でも密造酒が作られた理由は主に税金逃れや禁酒法による裏産業……まあ、要するにお金になったのよ。お酒なんて元より需要しかないじゃない?」

 

「ハロハロちゃんが言うと説得力あるねー」

 

 そう言いつつ刑部姫は黒狐を飲み終えたらしく、ウィスキーを空けているが、ラベルによるとそのアルコール度数は40%を超えており、それを軽々と喉に傾ける。やはり妖怪である。

 

「まあ、今で言うところの転売ヤーみたいなものよ。転売ヤーみたいにグレーでなくて完全に非合法だけど、割りと手軽にお金になったから色々な人が飛び付いたの」

 

「転売ヤー死すべし慈悲はない」

 

「とは言え、別に蒸留酒は製法の話であって、そもそも悪というわけではないわ。作り手と飲み手に問題があっただけね」

 

 すると乙女は尻尾からワインとブランデーのボトルを取り出して見せる。

 

「ウィスキーは命の水(アクア・ヴィータ)と呼ばれ、沢山の命を繋いだわ。また、ブランデーは燃やしたワインとも呼ばれて、ブランデーがワインを蒸留したものだと言うことは飲まない人は余り知らないんじゃないかしら?」

 

「アクアビットマン」

 

「それはコレ、アクアビットはジャガイモが原料の蒸留酒ね」

 

 そう言ってまた別の蒸留酒を取り出す乙女。

 

「蒸留酒の品質の大幅な向上は17世紀の末頃だっけれど、蒸留酒自体が広まったのは15世紀頃からね。さて、その頃に世界史ではどんな大きな事があったかしら?」

 

「えっと……」

 

「そう、大航海時代ね。パイレーツ・オブ・カリビアンで有名な奴よ。例えば消毒液が腐るって、あんまり聞かないでしょ?」

 

「確かに……聞いたこと無いなぁ」

 

「度数を高めた蒸留酒は長い航海でも決して腐らない水だったのよ」

 

 つまりは命の水(アクア・ヴィータ)。酒は命というのも強ち間違ってはいないのである。

 

 まなは彼女がただの大酒呑みだと考えていたが、情熱の方向性が割りと全力だった事に何とも言えない気分になった。

 

 それもそのはず、羽衣狐はかつて大航海時代と呼ばれた頃には日本を離れ、尻尾を増やしながら諸国漫遊の旅に出ていた。その頃、常に傍らにあった旅のお供であり、趣向と趣味を兼ね備えたものこそが酒なのである。

 

「後はサラッと4大スピリッツの話でもしようかしら? ジン、ラム、ウォッカ、テキーラの4つの蒸留酒のことよ」

 

「あっ、名前ぐらいは全部知ってるよ」

 

「ならまずはジンね。ジンの主な原料は大麦、ライ麦、ジャガイモ等よ。また、杜松(ねず)っていう植物の果実のジュニパーベリーを使って作られていることが特徴ね。薬草成分が含まれているから独自の強い香りや鋭い切れ味で知られているわ」

 

 説明しつつ、尻尾から大麦、ライ麦、ジャガイモ、ジュニパーベリー、そしてジンのボトルが次々と現れ、ひょっとしたら自身の姉は未来から来た猫型ロボットならぬ狐型ロボットなのではないかなどとまなは思い始める。

 

「次にウォッカね。原料はジンと大方同じよ。けれど蒸留した後にその原酒を白樺の炭でろ過して造る事が特徴ね。癖の少ない味わいだからカクテルのベースとしてもよく使われるわ。スクリュードライバー、ブラッディメアリー、ソルティドッグ、バラライカなどの聞いたことがあるかも知れないカクテルは全部ベースがウォッカなのよ?」

 

「私、ハロハロちゃんにスクリュードライバー飲まされまくって頂かれた事あるわ……」

 

 "ロマサガのスクリュードライバーが女性特攻の理由よ……"と呟きつつ、頬を赤らめて身体を抱き締める刑部姫。どうやらやけ酒をしていたせいか、幾らか酔いが回ってきたのであろう。

 

 それはそれとして、乙女はホワイトボードに"ざわわ"と平仮名を書いてから更に説明を続ける。

 

「次にラムの主な原料はサトウキビね。サトウキビの廃糖蜜や絞り汁を原料として造られている蒸留酒よ。カラメルのような甘い香りや味わいが特徴だからお酒の初心者にも割りと親しみやすいわ。様々なお菓子作りの風味づけとしても使われていて、ラムレーズンのラムはラム酒のラムだからね」

 

(………………ちょっと飲んでみたいかも)

 

 まなは羽衣狐の口車により少し緩み始めていた。こうして、相手の正常な判断力を徐々に鈍らせて行くのが、羽衣狐の傾国技術のひとつである。

 

「最後にテキーラね。アガベとも呼ばれているわ。テキーラの主な原料は竜舌蘭(りゅうぜつらん)と呼ばれる植物よ」

 

「あっ、知ってるよ。サボテンのお酒だよね?」

 

「ぶっぶー! よく間違われるけどテキーラはサボテンのお酒じゃないのよ」

 

「えっ、そうなの……?」

 

「――えっ……?」

 

 まなは今日の勉強で一番の衝撃を受けた。見れば刑部姫も目を丸くしており、どうやらまなと同じく知らなかったと見える。

 

「竜舌蘭はリュウゼツラン科・リュウゼツラン属に分類される植物の総称。サボテンはサボテン科の植物の総称。つまりは他人の空似みたいなものね。そもそも竜舌蘭は単子葉類で、サボテンは真正双子葉類だから発生の段階から既に別種よ。それと竜舌蘭とは言うけれど、別に蘭と近い植物でもないわ。葉はアロエっぽいけれどアロエはツルボラン科だからまたもや人違いねぇ」

 

「ええ……じゃあ、竜舌蘭って何なの?」

 

「竜舌蘭は竜舌蘭よ。要するに乾燥地帯のサトウキビみたいなものね。だからラムみたいにお酒になるの。開花時期になると樹液が糖化して甘くなったり、樹液を発酵させたものがプルケと呼ばれるわ。そして、茎を蒸し焼きにして糖化させた糖液をアルコール発酵させて蒸留したものがメスカルって言うのよ。だから本当はテキーラって、テキーラという地方で作られたメスカルっていう蒸留酒なのよ」

 

「え……ええ……」

 

 まなの頭はこれまでのお酒の知識と、最後の怒濤のテキーラによる奔流でパンクしかけていた。

 

「まあ、今日のお酒のお勉強はこんなところね」

 

 その様子を見た乙女はクスリと笑うと、お開きとばかりに小さく手を鳴らす。どうやら今日のところはここまでらしい。

 

 ホワイトボードと酒瓶等を尻尾に片付け始める乙女。さながらプレイリードッグを吸う掃除機のように尻尾が吸い込む光景は見ていて気持ちがいいレベルであった。

 

「その尻尾欲しいなぁ……」

 

「1本いる? おっきーのならどうせ使わないからあげるわよ?」

 

「ひとの ものを とったら どろぼう!」

 

「連れぬことを言うでない……。そもそもぬしを傷付けてよいのは妾だけじゃ。そして、刑部、どんなになろうとも……妾はぬしを護るぞ」

 

「えっ……。あう……も、もう……調子いいんだから……そ、それならまなちゃんのためだし、今回だけなら――」

 

「いやいやいや、ちょっと言ってみただけだから……!?」

 

 刑部姫から妖狐の尻尾が引き抜かれそうな雰囲気しかなかったため、まなは慌てて発言を取り下げる。

 

 それに加え、目の前で行われたやり取りが、完全にDV加害者と被害者の思考によるものであった事にまながまだ気が付かなかった事が救いであろう。

 

「はぁ……」

 

 まなは大きく溜め息を吐く。どうやら羽衣狐の酒などに対する執着は並々ならぬものであり、それを余り摂取していないと様子が可笑しくなることもわかった。

 

「あっ……手が震えて……止まら――」

 

「ハロハロちゃん冗談だよね……? それダメな奴じゃないよね!?」

 

「あぁ……お酢美味しい……」

 

「ハロハロちゃん!?」

 

 何故か何処の家庭でもある普通のお酢ボトルを取り出すと、湯飲みに中身を注いで少しずつ口を付け始める乙女。その笑顔は酷く儚げに見えた。

 

 既に色々と限界かも知れない乙女の煤けた笑みを見つつ、今日の勉強なるものを踏まえて、まなはぽつりと呟く。

 

「もう……たまにちょっとだけだからね?」

 

「デジマッ!? まな!? 本当にいいのッ!?」

 

「ぐえっ!?」

 

 瞬時に投げ捨てられた湯飲みが綺麗に刑部姫の額にヒットしたが、それを一切意に介さずまなに詰め寄る羽衣狐。もちろん、手は震えておらず、珍しく光を宿した目は幼子のように輝いている。

 

(あれ……? もしかしてお姉ちゃんってちょっとヤバい人なんじゃ……)

 

 それは余りにも遅過ぎており、あらゆる意味で手遅れな気付きであった。それでもちょっとという枕詞が付く辺り、未だ信頼は絶大と言えよう。

 

 それにまなとしては、これだけお酒を飲むのが上手そうな乙女といつか一緒にお酒を飲めたなら楽しそうだという憧れを抱く。

 

「成人したら私もお姉ちゃんと一緒にお酒を――」

 

「はい? うふふ、もちろんダメよ。まなの体に良くないもの」

 

「は――?」

 

 嬉しそうに早速尻尾からボトルを抜き出しつつ、即座に反応して来た羽衣狐に対し、まなは"何を言っているんだろうこのお姉ちゃんは――?"と真顔になる。

 

 それと共に現実に引き戻され、やはりこの姉なるものが、邪智暴虐のハゴロモであることに変わりはなかった事を思い知ったのであった。

 

 

 

 

 

 ちなみにまなが羽衣狐の血を母親を経由して継いでいたのかは定かではないが、蟒蛇レベルに酒が飲める体質であることが発覚し、姉によるかつての抑圧のためか、かなりの酒豪となるのはもう少し先の未来である。

 

 

 

 

 

 



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増えるタマモちゃん



「読者君…ボクはずーっと大逆の四将(この)の玉藻の前(カード)を倒す戦略を考えていたんだ…。でもなかなか見つからなくて…でもようやく見つけたよ…こうすればよかったんだ!」




 

 

 

 

 突然だが、犬山乙女は空前絶後の超ウルトラスーパーエリート優等生である。

 

 

 そもそも前提として、彼女が在籍している学校の高等部の偏差値は七十後半を常にマークしており、まなが名前だけで尻込みする程度には凄まじい名門中の名門だ。

 

 そして、そんな場所に居ながら学業成績に一切の非の打ち所がない。

 

 座学に関しては常に全国模試の最上位に名を連ねるほどであり、身体能力は陸上部の男子全国レベルという度肝を抜く程にあらゆる能力が極めて高い。また、部活動は演劇部の副部長を務めると共に幾つかの同好会規模の文化部に名前を貸して籍を置くこともしており、これまでの学績と素行から生徒会に召集されて広報をも務めている。

 

 いっそのこと、常人とは時間の流れる速度が違うのではないかと思うほど掛け持ちしつつ、趣味のウーチューバーもこなし、それでいて家族や自身の時間を確りと確保しているのだから彼女の異様さは伺えるであろう。

 

 そんな犬山乙女の人間性は、一言でいえば大和撫子のそれである。

 

 常に笑顔を絶やさず、誰にでも人当たりがよくありながら、相手を立てる奥ゆかしさを持ち、学校の人間からも乙女の住む周囲の人間からも極めて評価が高い。また、独特の雰囲気と余りにも人間離れした風格は、一目を置かれると共に自然と他者から頼られるような独特なカリスマ性をも持つ。

 

 そう、他者から頼られるのである。雑務から恋愛相談まで内容は多種多様だが、人間離れした雰囲気から相談者にとっては無自覚な妖怪絡みの相談を受ける事も屡々ある。

 

 これはそんな妖怪絡みの相談のひとつのお話――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん、家にいる居候が妖怪かも知れない……ねぇ」

 

 場所は生徒会室内にある応接の場。

 

 元々、この生徒会は生徒に対して開かれている場のため、生徒が生徒会へ相談に来ること自体は自然なことであり、他の生徒会役員も相談に応じている。

 

 しかし、犬山乙女に関して言えば、人生相談から恋愛相談、明日の献立まで本当に何でも相談に乗る。果ては最近何かと話題な妖怪などという半ばカルト的なモノさえ真摯な態度で相談に乗るため、生徒からの信頼は厚い。

 

 

「そうなんです」

 

 

 目の前のソファーには、栗毛色の長髪をして琥珀色の淡い瞳をした女子学生が座っており、真剣な面持ちで透き通るような瞳を乙女へと向けていた。

 

 彼女の名は"岸波白野"。どこにでもいるような女学生の一人であり、これといった特徴のないただの人間である。

 

「…………へー」

 

(中々のイケ魂じゃのう……。何があっても決して折れず屈せずに進み続けそうな善性の輝きか)

 

 しかし、羽衣狐としての乙女には別のものが見えているらしい。

 

 イケ魂とは、魂がイケメンあるいはイケている魂などの略称であり、主に妖狐の間で種族的に用いられている。容姿など幾らでも変えようと思えば変えられ、化けるプロフェッショナルな妖狐は容姿ではなく魂を評価しているのであろう。

 

「岸波さんのお家に妖怪とは穏やかではないわね」

 

「……あれ? すいません、私まだ自己紹介をしていなかったような……」

 

「あら、岸波白野さんでしょう? もちろん、知っているわ」

 

 乙女は目を細めると口角を少し引き上げ、手を己の首元に当てつつ何処からともなく取り出した鉄扇を開き、ゆったりと口元を隠す。

 

「岸波白野さん。学校ではもっぱらクラスで3番目に可愛いと評判。辛いもの好きで食堂ではよく激辛麻婆豆腐を頼んでいる。後、プレミアムロールーケーキが出る日も鬼気迫る顔で買いに行っているわね。入学した直後のクラスでの自己紹介の時にポーズを決めつつフランシスコ・ザビエルとふざけて名乗るも盛大に滑り――」

 

「わかりました。わかりましたから、もう止めて」

 

「あらそう?」

 

 "全校生徒の名前と顔とプロフィールぐらいは覚えておいても損はないわ"等と言いながらニマニマとなんとも言えない笑みを浮かべていた。

 

 乙女の態度は冗談のようだが、それを緊張を和らげるための他愛もない小話として話している辺りが、彼女が彼女である由縁なのだろう。

 

 人外染みたまでの美貌を持ち、生きた黒と白のツートンカラーのような彼女が目を細めつつ笑う様を眺める白野は、何気なくポツリと呟く。

 

「本当に狐みたい……」

 

『――』

 

 ピコんと乙女の頭に黒い狐耳が生える。

 

 しかし、まなにバレて以来、常に何重にも認識阻害や幻覚系の呪術を自身に掛けて人間から人間に見えるようにしている乙女の変化に白野は気付く事はない。ついでにその弊害として耳が出た事に乙女も全く気付かない。呪術とは得てして難儀なものなのだ。

 

「うふふ……? 本当に妖怪かも知れないわよ? がおー!」

 

「おっ、おお……?」

 

 自分で振ったが、想像以上に乗って来る乙女に白野は若干気負される。

 

 見た目だけなら魔王、魔女、ラスボスのような人外染みた風格の彼女のお茶目な行動は酷くギャップを生むが、それが却って親近感を生み、気軽に話が出来る場を作るのだろう。

 

 魔性とは傾国とは得てして隣にあって掴めそうなもの故に人を狂わせるのである。

 

「そう言えば他に生徒会の人は居ないんですね?」

 

「ええ、会長と副会長は外回りで、会計くんはもう仕事を終わらせて帰ったし、書記ちゃんは部活動ね。私じゃ……不満?」

 

「うちの学校の生徒会外回りとかあるんだ……。さっきから私で遊んでません?」

 

 

(うーん――ほぼ"黒"じゃな)

 

 

 無駄に艶めかしい動作で口元に手をやりつつ雑談を交える最中、乙女――羽衣狐としてはそう結論付けた。

 

「それで、その同居人の妖怪さんを岸波さんはどうしたいのかしら?」

 

「信じてくれるんですか……?」

 

「あら? 何かが存在しないと証明するのは、それが存在したことを証明するのよりもずっとずっと難しいのよ?」

 

(何せ、その者と接しているというにも関わらず、妖気の欠片も残り香もまるで感じられん――が、些か痕跡を消し過ぎておるわ)

 

 目を細めて笑みを浮かべながら羽衣狐は白野に言葉を投げ掛けつつ、羽衣は目の前の相談者が自宅に居着いていると言うそれが、少なくとも大妖怪クラスに厄介な存在であり、討滅も視野に入れる対象であると半ば断定していた。

 

「それより大事なのは、あなたがその方をどうしたいのかという気持ちではないかしら?」

 

(生活するだけで身体に受ける筈の微かな妖気すら自然に途切れておる。ならばそれは妾の目が曇ったか、余ほど術に精通した者かのどちらかであろう)

 

「そうですね……なら――」

 

(まあ、()()()にしてもこれは妾が一見せねばならない手合――)

 

「モフりたいです」

 

「そうなの! モフりたいのね! それなら………………モフ……?」

 

 意味は全くわからないが、真顔でそんな事を言い放つこの娘も大概大物であると羽衣狐は内心苦笑するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わざわざお越しいただき、ありがとうございます」

 

「いいのよそんなの。むしろ、ご無理を言ってしまってごめんなさいね?」

 

 相談を受けた数日後。休日だったと言うこともあり、私は白野さんの自宅前に来ていた。家の外観は閑静な住宅街にある極普通のマンションと言った特筆すべき事はない様子である。

 

 上の階に部屋があるそうなので、エレベーターに乗り込んだ最中、私はやることもないので少し白野さんを見つめた。 

 

「……?」

 

 それにしてもイケ魂である。まだ少しあどけない栗毛の美少女が小首を傾げている動作は、何処と無く子リスを思わせる点もまたいい。

 

「うふふ、飴ちゃんあげるわ」

 

「ありがとうございます……?」

 

 まな、これは浮気ではないのよ? 近所で可愛い猫がすり寄ってきたから撫でる。それぐらいの役得な感覚なのだから仕方が無いのだ。そう、仕方がないのだ。

 

 そもそもまなだって、猫娘を推してるし、今日は朝から"猫姉さん猫姉さん!"と元気に言ってお出かけじゃない?――おのれ……おのれ……。

 

 ふう……いけない。まだ、泥眼ぐらいだから大丈夫ね。

 

 まあ、話を本題に戻すと、最初は討滅するのも辞さなかったが、少し長く白野さんを観察した感じでは、恐らく居候している妖怪は実害の無い妖怪だろうと思うので、こうして確認にだけ来た次第である。

 

 と言うのも白野さんは、一昨昨日と昨日で全く魂や生命力が減っている様子がないばかりか、艶が増しているようにさえ思えるからだ。きっと益獣的な妖怪なのだろう。

 

「どうぞ」

 

「お邪魔しま――」

 

「お帰りなさいませご主人さ――」

 

 やや紫掛かった私レベルに色白の肌。昔のアニメキャラのようなやたら整ったM字バングの前髪に、お団子に纏めた後ろ髪をした白髪に近い銀髪。赤い瞳をした切れ長の目にハッキリとした睫毛と眉毛。

 

 そんな特徴的な容姿をした人外染みた美貌の女性は、銀縁の"眼鏡"を掛け、何故か"良妻賢狐"と文字が入った割烹着を着ており、満面の笑みでお出迎えをしていた。

 

 そして、明らかに人間でないところにも目を向ける。彼女は自宅では化ける気がないのか、頭には捻れた角のようにも見える白い狐耳が生え、全体的には純白だが毛先が赤い尻尾が生えているではないか。どうやら同族(妖狐)らしい。

 

 それにしてもその尻尾を見ているとなんだかホッキ貝が食べたくなってくる。美味しそうなので今度寿司屋に行ったら頼むとしよう。

 

「マ……?」

 

 しかし、私と目があった直後、波が引くように彼女の目から光が失われたため、とりあえず、私は尻尾から武具を引き抜けるように用意はしておく。

 

「あっ、あっ、あっ……」

 

 そして、目の前の彼女は天を仰ぐように頭を抱え、ぶるぶると震え出した。また、これまで一切出していなかった妖気も溢れ出すが、ギリギリ中級妖怪程度の量のため、私どころか猫娘でも普通に倒せる程度だろうと当たりを付ける。

 

 まあ、ふと浮かんだので例えただけで、猫娘はああ見えても武闘派寄りの妖怪なので比べるのも烏滸がまし――。

 

 

 

「脳が破壊されるぅー!!?」

 

 

 

 私は確信した。この手の手合は刑部姫と同じく戦闘能力とは一切関係の無いところで無茶苦茶めんどくさいと。

 

 まなと猫娘のお出掛けの後でも着ければよかったなぁ……。

 

「うわっ、浮気……。浮気ですか!? よりにもよって(わたくし)と同じ妖狐に!? NTR!? く゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!?」

 

「ちがうよ?」

 

「んふっ……んっふっふっふっふっ……! 私が先に好きだったのに(WSS)……!」

 

「聞いて"タマモ"」

 

「じゃあ、とりあえず――ご主人様を殺して私も死にますね♡」

 

 "地獄の底まで御供します"等と言いつつ、彼女は白野さんに飛び掛かって来たため、私は少し尻尾を伸ばしてそこから武具を抜き放つ。

 

「九尾の鞭"縛妖索(ばくようさく)"」

 

「へ――?」

 

 少し伸ばした尻尾と共にカウンターとして放たれたそれは、黄金と白金で編まれたように見紛うほど絢爛であり、形状としては鞭に似た武具であった。

 

 宙をうねり飛ぶように伸びたそれは、瞬時に白野に飛び掛かって来た体勢のまま彼女を絡め取り、完全に捕縛した状態で床に伏せさせる。

 

「フィッシュ」

 

「ちょっ……これ懐かし!? 女媧の……うおぉぉぉぉ!! あっ、これ絶対抜け出せねぇー奴ぅー!? 私の毛並みに特効宝具(ジャストフィット)でございますぅ!!」

 

「………………なにコイツ?」

 

「私の同居人です」

 

「もう、めんどくさいから()べていいかしら?」

 

「食べないでくださいまし!? ストップ! ストッププリーズ〜!」

 

「どうする白野さん。処す? 処す?」

 

「色々言いたいけれど、とりあえず話し合いたいかなぁ……」

 

 みこんと立つ私の狐耳を眺めつつ、白野さんは"ぐだぐだしてきた"とでも言わんばかりの半眼でそう言っている。

 

 思った以上に白野さんはこちら側に関わっているようなため、最早取り繕うこともないだろう。まあ、最悪の場合は目の前のコレの存在と白野さんの記憶を消せばいいしな。

 

「うわ、というかやっべー!? 貴女、よく見たら暗黒イケメン"セイメイ"の母親にして、閻魔の百倍恐ろしく、千倍残忍と噂の羽衣狐じゃねーですか!? タマモちゃん大ピーンチ!? ご主人様との愛の園がぁ!?」

 

「そのご主人様とやらが妾を呼んだのが……」

 

 見た瞬間に私の素性を見抜く辺り、妖怪として只者ではないどころか、現在最優先排除対象に指定したので、既に消すしかないなぁ……。存在か、認識と記憶かは選ばせてやろう。

 

「ちょ!? ご主人様ぁ!? 私なにか気に障ることしましたか! 悪いことだって…………………………今はそんなにいたしていませんよ!」

 

「間が長過ぎる。ギルティ」

 

「た、助けてください!? ご主人様プリーズヘルプミー!」

 

「どこからつっこめばいいの……?」

 

 言いたくはないが、永年の経験で魂を見ればだいたいの人となりは分かる。それに従えば、紛れもなくこの妖狐はぶっちぎりの悪妖怪であり、まるで歳の離れた私の一番上の姉にそっく……り……な…………?

 

 

 

「…………若藻大姉様(わかもおおねえさん)……?」

 

「ほえっ……?」

 

 

 

 そう呼ばれた事に驚いた様子に私は半ば確信し、あの悪魔のような姉を思い返して戦慄する。

 

 そして、それと同時に姉が玉藻の前ならば現在地獄で封印されている筈にも関わらず、ここに酷く弱体化した様子で居ることが明らかに可笑しい。

 

「どうして見ず知らずの貴女が、タマモちゃん()の妖狐の里での幼名を………………えっ、えっ? 羽衣狐……羽衣? まっ、まさか、貴女ひょっとして……末っ子の羽衣ちゃんですか……?」

 

「ええ……」

 

「姉妹だったんだ……」

 

 えっ、若藻姉さん……? なんでそんなに余りにも弱く……? 性格も明らかに異なる上、それ以前に九尾だった筈では?

 

「ほどけ!!! 私はお姉ちゃんだぞ!!!」

 

「しばくぞ」

 

 まさかの私側の身内問題の発生を前に、先んじては困惑する白野の顔を立てることにして、この暴れる奇っ怪な生物(なまもの)兼姉なるものを連れつつリビングに通されたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 







ピッタリ四ヶ月ぶりの投稿ですね(支離滅裂な発言)



〜 簡易登場人物紹介 〜

岸波白野
見た目はお淑やかで日本人形のような静かな可愛らしさを持つが、カメラを向けると真顔で凄いポージングとかしてくれる女子。イケ魂。

タマモちゃん
ゲゲゲの鬼太郎の玉藻の前のわりと純真な部分ことタマモキャット(アルターエゴ)。

ハゴロモちゃん
実は妹属性持ちでもある姉なるもの。みこーんは遺伝である。

縛妖索
ガチ宝具




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