失意の底からリスタート (スーも)
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勝ったら賊軍負けても賊軍

能が無ければ淘汰され、知が過ぎれば角が立つ、自らの人生においてどこで選択肢を選び間違えたのか。身一つ以外の何もかもを失い、意気消沈している人参色の髪の男は途方に暮れていた。

 

 

ファン・ヒューリックは銀河帝国の端の方、首都オーディンから遠く離れた辺境で生まれた平民である。場所としては、フェザーン自治領に近く、辺境とは言えど幼少期は豊かな暮らしを享受できていた。

フェザーンの大学卒業後、客船勤務の事務員になって雑用に追われていた。その後、何度か乗る船を変えたものの常に万年雑用係、日の目を見ることも無いまま貨物船団の事務員になった後、その船が海賊船に襲われる不運に見舞われた。乗組員の命こそ助かったものの、荷も金も一切合切なくしたその船は、人員削減に踏み切った。永遠の雑用係たるファンはもちろん最初にクビとなった。一度目の失業である。

そして失業したと同時に、同じく船内の乗組員であった当時付き合っていた彼女に振られた。

 

その後、貨物船でよく訪れていた貧乏侯爵領、エファリア侯爵が私兵の募集をかけており、それに申請した。ファンは平民であったが、貧乏侯爵にはそれを気にする余裕が無い。纏まった金が手に入ったら、フェザーンあたりに向かおうと準備をしていたが、彼自身予想しなかった意外な才能が開花し短期間で昇進してしまい、辞職する機会を失ってしまった。

 

そうこうしている内に侯爵が急病により亡くなった、彼には正妻との間に子供がいなかった。血縁関係のある者はいるには居たが、それは平民の娼婦相手に産ませた子であり、御多分に漏れず家督相続争いが始まった。

この侯爵領は貧乏ではあるが、重金属がよく採れる星であった。特に貴重な、要塞などを作るときに使われる流体金属が豊富だった。古来から、弱小勢力ではあるが資源が豊かな土地の末路など決まっている、より強い国や都市に狙われ、植民地化や併合、吸収される運命だ。

 

ファンは平民の妾の子と馬鹿にされている、亡くなった侯爵の息子に命じられ、かのブラウンシュヴァイク公相手に喧嘩を売らなければならなくなった。貧乏とは言え、侯爵家、ブラウンシュヴァイクとは血縁関係があったようだ。侯爵の息子がその家督を相続することが許せないのか、真正面からその理由を出すことは無いが公爵は宣戦布告をしてきた。

他にも指揮官と成りうる者は大勢いた中、ファンは何故自分が選ばれたか彼は分からなかったが命じられたからには勝つつもりで相手に挑み、御自慢の乗り物で物見遊山しにくる貴族達の鼻っ柱を折ってやるつもりであった。

 

ファンは古い小型の砲艦、工作艦、果てには打ち捨てられた商船すらも集めた、それを改造し何とかするその様子を周囲は呆れたように見ていたが、ファンが命じてしまえば部下である彼らは従うしかない。

 

「相手は最新式の艦に乗ってる大貴族様だぜ?勝てっこない。あんなぼろぼろの船ばっか集めて提督サマは一体何を考えているのやら。」

「そうだそうだ、こんな倉庫の奥に放置され埃を被っていた武器なんて使ってどうするんだ。それよりいい土下座の仕方でもあの次期侯爵候補に教えてあげりゃあいいだろうに。」

 

好き勝手に艦の人間が口々に言う中、口をつぐみ考え込んでいる者が居た。眩い金髪を持つ、美貌の持ち主だ。華々しい初陣を飾り、中尉へと昇進した彼は、その赤毛の友人と共に運悪くここに赴任してきた。

 

「ミューゼル中尉、こんな所に居たのか。準備は順調に進んでいるかな?」

「……ヒューリック提督。順調に進んでいます、あとは砲身をそれぞれの艦に詰め込むだけです。」

金髪の青年は眉を顰めながらそう言った。何か思う所がありそうだが、ファンに進言するか迷っているようであった。

 

「艦なんてご立派な代物じゃあないけどな、それじゃあとはよろしく。」

ファンはそれに何を言うでもなく、仕事を完遂させることを頼んだ。自分の指揮する艦隊の人間の殆どが自分に何かしら言いたいことがあるのは分かっていたからであった。

 

ファンが指揮した艦隊の構成員は名ばかりの底辺貴族、平民、新進気鋭の成りあがり者、みな戦闘経験の乏しい若者ばかりであった。見事に御貴族様が嫌いそうな人材のみで指揮中枢は固められ、ファンに与えられた艦自体も旧式の使い古されたものであった。何かの意図が働いているように感じない訳ではないが生存がかかっている、ファンはできる限り多くの人間を生かして帰すことだけを考えた。

 

そうして迎えた日、ファンは無用の長物と一般的には考えられていたワイゲルト砲を使って相手艦隊を破壊しつくし、侯爵領の土地を踏ませることなく追い返すことに成功した。乗組員には撃ったら船を捨てさっさと脱出、避難するように命じてあった。

ワイゲルト砲の爆発的な攻撃を叩き込むためには接近戦に持ち込まなければならなかったが、相手は貴族らしく真っ向から固まって攻めてきたため、囮を使っておびき寄せワイゲルト砲を難なく使える状況を作ることができた。

 

ワイゲルト砲は強力な一撃必殺の兵器である。威力が高すぎて反動で、その砲身どころかその兵器を載せた艦ですら再使用不可能になってしまうので艦隊戦においてその使用は現実的ではないとされていた。しかし、砲身や弾丸は貧乏侯爵の勿体無い精神で倉庫の奥で眠っていた物であり、砲艦も中古や旧式、または商船などを改造したものであったのでファンは思い切って使い捨てることができた。

 

 

 

────

 

 

 

「馬鹿者が!誰が勝てといった!」

「はあ………?」

ファンを艦の指揮官に命じた、次期侯爵候補様に怒鳴られた。戦を命じておいて、勝ってはならないとは殺生なことを言う。ファンは呆然と気の抜けた返事しかできなかった。

 

「これでは全てが台無しだ、どうしてくれる!」

金髪の中尉が言いたかったことはこれであったのか。わざわざ貴族に嫌われている連中を集めた理由がやっとファンにも分かった。次期侯爵候補様は元から負けるつもりであったのだ。ブラウンシュヴァイク公が気に入らないであろう連中を一掃し、“綺麗な”侯爵領を見せるつもりであったのだろう。それが上手く行くかは別として、誰かに頭を下げ続けても自身が生き残る道を模索した結果であろう、とファンは考えた。

平民との子である彼は、公爵に認められ、侯爵の地位を継ぎ領地や家を守る為、他の誰よりも貴族らしく在らねばならなかった。平民や底辺貴族を追っ払い、自分はそれらの連中とは違う、れっきとした侯爵であるという姿勢を見せつける必要があったのだろう。

 

「しかし、勝った君を罰するのは忍びない。さっさと此処から出ていってくれ。」

富や名声を求める性質ではないファンもさすがにこの対応には不本意であった。しかし、ファンにそう告げてきた彼も相当苦労して来た人間だ、根っからのお貴族様ではない。今回の事もかなりの葛藤があったのだろうなと、その顰めた眉と目の下の濃い隈を見て、ファンは考えた。

彼は善人にも悪人にもなりきれない、普通のありふれた人だったという事だ。自分より憔悴しきった酷い状態の人間を見て、文句を言い続けられるほどファンは冷酷にはなれなかった。

 

「では、今回の事はファン・ヒューリックが一人暴走し、部下一同はそれに仕方なく従ったということでお願いします。」

どうやってもこの銀河帝国にファンの居場所はもうない。どうせ追い出されるならと、自分を補佐してくれた中尉やその部下、他の士官たちの分も貴族からの嫌悪を集めておこうと考えた。

もちろん打算もある、敵艦隊はおおよそファンの艦隊の3倍以上の艦と人員を揃えてきていた。ファン艦隊には戦艦や空母なんてものは殆どなく、その性能や乗組員の練度を考えると、総合的な戦闘力はさらにその何倍もの差があっただろう。

この後、もし同盟に亡命するのであれば、憎き貴族の親玉とも言える公爵相手に、ほとんど犠牲も出さずに奇跡の大勝利をおさめた平民のファンは優遇される可能性が高い。

敵の敵は味方だ、艦隊乗りを続ける気などは無いが、公爵に一泡吹かせたということで自由惑星同盟に歓迎される、とまではいかなくとも暮らしやすくなるのではないかとファンは考えた。

 

二度目の失業である、ファンは自身がとことん栄達や安定とは縁がない事を確信した。ついでに言うと女性にもだ。

提督を命じられ、侯爵家の使用人の女の目の色が変わった。そのまま飲んで共に夜を過ごした相手は、辞職になった瞬間目も合わせてくれなかった。失意の中、世話になった侯爵領を後にした。

 

 

 

────

 

 

 

「ヒューリック提督!」

金髪と赤髪の青年たちがファンの方へと向かって来ていた。彼等は年若いが非常に聡明で、ファンより先にあの戦いがどういう物なのかを正確に理解していたようであった。ファンが何を言われたのか察したのだろう、その様子には少しの焦りが混じっているよう見えた。

 

「ミューゼル中尉とキルヒアイス少尉、おれは軍人を辞職する事にしたよ。ああ、心配すんな、お前らには何の影響も無いはずだ。次のポストは駆逐艦の航海長あたりじゃないか?」

「提督は大勝をおさめただけです。それなのに辞職を迫られた、そんな命令に諾々と従う必要はないでしょう!」

「何だ、思っていたより激情家じゃないか。ミューゼル中尉。おれはそもそも艦隊乗りなんてものになる気はなかったんだ。ある意味せいせいしたくらいだ。」

短い付き合いではあったが、自身の戦術を理解し賛同までしてくれた部下くらいには、見栄を張りたかったファンはその傷心を隠した。

 

「しかし…「もういいんだ、元々宮仕えなんて性に合わない。これから何か新しい事を始めるさ。」

 

金髪の青年の、その燃え上がる様な苛烈な意思を秘めた瞳に、これまでどうして気づかなかったのだろう、とファンは思った。

彼は不満気な表情であった。しかし、横の赤毛の男が彼の肩に手を置き首を振る様子を見た、金髪の青年は何かを決意する様に一度目を瞑ってこう言った。

 

「この国を、提督のような人が正当に評価されるような国にします、いつか必ず。」

「買い被りすぎじゃあないか、提督業は廃業になってしまった。そう買ってくれているのは嬉しいがな。それじゃあ、さよならだ。君のような人間が、変えていくだろうこの国の未来に期待してるよ。」

世辞でも何でもなく、ファンの本心からの言葉であった。彼ならば銀河帝国を変えてくれるかもしれない。貴族からの嫌がらせは今回ファンの下に飛ばされた事以外にも、これからずっと続くだろうがそんなもの彼を阻む障害にはならないだろう。

そうして敬礼し見送ってくれた2人に、ファンもまた敬礼を返しその場を後にした。このポーズを取る事もこれで最後になるだろう、その相手が彼らのような有能で、気概に満ちた若者でよかったとファンは思った。

 

職も女も住処も何もかもを失った、大きな戦果の見返りは、追放処分と汚名であった。餞別としていくらか貰ったものの、流石貧乏侯爵家、1ヶ月と暮らしていけない金であった。これからどうするにしたって、生きていくために職を探さねばならない。ファンはひとまず、公爵の手の届かない商人の国フェザーンへと向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

「行ってしまったか…」

「残念そうですね、ラインハルト様」

「やっと会えたまともな上官だ。軍人らしくはないが、これまで見た誰よりも高い能力を持っていた、優れた戦術家だ。」

「そうですね。あのワイゲルト砲を撃たれたのが自分であったと想像すると寒気がします。あんな自爆剤とまで称されている物使うなんて考えつきませんでした。」

「おれならあれを撃たせる状況など作らないが、あの突飛な戦術には見習う所がある。ファン・ヒューリックという男は出世とは無縁そうだ、さっさとおれの方が出世して部下にしたかったのだがな。」

 

金髪の男はそうは言ったものの、自身がファン・ヒューリックの敵として相対した場合、決して一筋縄では行かないことが分かっているので苦虫を噛み潰したような顔になった。

ブラウンシュヴァイク公の立場が自分だったとして、彼の擬態を見破る事ができただろうか、男は考えた。

囮として出ていた本隊は侯爵の持つであろう艦隊のほぼ全てが出揃っていた。それ以外の隊があったとして、見た目はボロボロだ、急拵えで数だけ揃えた様にしか見えないだろう。動きに違和感を持ち、何かに気づいたとして艦隊を撤退させても、無傷ではいられない、多くは砲撃の餌食になった可能性が高い。

後に金髪の青年は、逃した魚の大きさに改めて後悔させられる事になる。

 

 




ヤン・ウェンリーと似た所が多いファン・ヒューリック。
ペテン師っぷりや運の悪さはファンの方が上かもしれない。



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