東方霊想録 (祐霊)
しおりを挟む

1章
#0「プロローグ」


初めましての方は初めまして! 『東方放浪録』から来てくださった方はお久しぶりです。祐霊です。

※今作『東方霊想録』は『東方放浪録』のリメイクとなります。

それでは楽しんでいってください!


 ──やっちまった。

 

 突然だが、俺は今かなり混乱している。気づいたら見慣れぬ森にいたのだ。まああれだ。端的に言えば迷子だ。齢17にしてこのザマとは恥ずかしい。

 

「興味本位で追いかけまわすもんじゃないな……」

 

 迷子のきっかけは僅か30分前に起きた。

 

 高校生の俺は、6時間という長時間の拘束に耐え、帰路についていた。その途中、進行方向から白い犬が近づいていることに気づいた。何処かの家から脱走したのかと思ったが、首輪は付けておらず、また周りに民家もないためその可能性は低いだろうと考えていた。その間に犬は俺の直ぐ前まで来ていた。

 

 近づいてみてわかったが、犬は遠目に見たより大きく、俺が上に跨っても元気よく走りそうな程だった。これほど大きな犬は滅多に見かけない。野良犬なんてこの地域で見たことないから、十中八九飼い犬だろう。飼い主の元に届けてあげたいのは山々だが、この巨体だ。抱っこして飼い主を探すなんて真似はできない。むしろ、俺が犬に乗って街を回っても問題なさそうなレベルだ。

 

 どうしたものかと顎に手を当てて考えている間、犬は襲ってくることもなく、逃げることもなかった。その犬はただじっと俺を見つめていた。ますます犬を放って置けない気持ちになり、一層本気で頭を回転させたとき、犬は徐に歩き出した。俺は立ち止まったまま様子を窺っていたが、まるで「ついてこい」と言うように何度も振り返ってくるので後を追うことにした。

 

 ──はい、その結果がこれです。ありがとうございました。

 

「ここはどこ? 私は寿限無 寿限無 五劫の擦り切れ 海砂利水魚の──」

「おい、こんなところで何をしているんだ?」

「水行末 雲来末 風来ま──っと失礼! ええっと、その、ちょっと迷っちゃって……」

「……人生という名の道に、か?」

 

 寿限無を唱えていると後ろから声をかけられる。人気のない森で運良く人に会えたことだし、森から出るための道を聞こうと思ったのだが、先刻の独り言のせいで引かれているようだ。やれやれ。

 

「犬を追いかけるのに夢中になっていたら迷っちゃいました。外に出るにはどっちに向かえばいいですか?」

 

 迷子になる理由が最高にダサい。それはいいとして、360°何処を見ても木しかないため、出口の見当がつかない。あ、因みに犬はとっくの昔に見失ってます。残念。

 

「おいおい、お前はどこから来たんだ? ここは()()から結構離れているぞ。しかし見慣れない服を着ているな。んー、でもどこかで見たような……」

 

 声を掛けてきた少女は難しい顔をして唸る。

 

『人里』だって? 世間では聞かないような単語だな。──いや待てよ、俺もこの子の服装に見覚えがある。うん。間違いない。この子は『霧雨魔理沙(きりさめまりさ)』だ。白と黒色のエプロンを身につけていて、魔女が持っていそうな大きな帽子を被っている。肩より下まで伸びている金髪はとても綺麗だ。

 

 因みに、俺はこの子を知っているが知り合いではない。というのも、霧雨魔理沙は“東方Project”という作品の登場人物なのだ。

 

 ははあ、なるほど。この子はコスプレイヤーなのだろう。わざわざ森にいるのは撮影のためだと考えれば納得できる。

 

「うーん、確か……早苗が似たような服を持っていたような。おお、そういう事か!」

「どういうことだってばよ?」

「お前、外来人だな? よし、それならアイツのところに連れていくのが早いな」

 

 霧雨魔理沙のコスプレイヤーは自己解決した様子。

 

 ──なんか面白いし。しばらく付き合うか。東方を知ってる人は中々見かけないし、この機会に友達になれたらいいな。

 

「さ、乗れよ」

 

 少女は手に持っていた箒に跨った後、俺に「乗れ」と言ってきた。

 

「いや、チャリか!? チャリニケツするノリで箒に跨らせようとするなって。側から見たら相当シュールだぜ?」

「あー? お前はここから出たいんだろ? だったら乗れって」

「いや、確かに出たいけど……。乗った後どうするの? 写真撮るの?」

「……気が動転しているのか? 箒は空を飛ぶためにある。常識だろ?」

 

 ──そんなこの世の真理みたいな顔で言われてもね。……え、俺がおかしいのか? 違うよね、どう考えても気が動転しているのはお前だろ!? なんなら今の一言で気が動転し始めたよ? 

 

 というツッコミを入れたい気持ちを堪え、俺は彼女に従うことにする。そうしなければ話が進みそうにないからだ。

 

「失礼します」

 

 彼女の後ろに並ぶように箒を跨る。あーあ、誰も見てないはずなのに恥ずかしい。

 

 ──状況のシュールさは置いておくとして、事件性あるな。セクハラで訴えられたらどうしよう。

 

 箒に二人で跨るということは、密着せざるを得ない。つまり、彼女の髪から漂ってくる石鹸の香りや近くで見て改めてわかるコスプレのクオリティの高さと彼女の可愛さを意識してしまうのは必至。そう、俺は悪くない。仕方ないのだ。そしてこの状況は目の前のコスプレイヤーが作ったのだから、セクハラで訴えられることはない。と信じたい。

 

「ちゃんと腰に手を回しておけよ。落ちるぞ」

 

 なになに? どういうプレイなの? 同時にジャンプして飛んでるようなシーンを撮影しようとしてる? ちゃんとカメラある? あれ、待てよ。その写真を警察に持っていかれたらまずいぞ。

 

「あわわわわわわ」

「だ、大丈夫か?」

「そういうのいいんで、出口の方向だけ教えてくれませんか? 圏外でスマホも使えないんですよ」

「歩いて行ったら時間かかるぞ。飛んだら一瞬だ。大丈夫、怖くない」

 

 いや、怖いよ? 色んな意味で。言っとくけど貴女は警戒の対象でしかないからね? 

 

「飛ぶっていうのは、脱法的な意味ですか?」

「あーもう面倒臭いな! いいからちゃんと掴まれ! もう行くぞ!」

「ぎゃ────!! 怖い怖い殺される!!」

 

 俺は思わず後ろからしがみつくように腕を回してしまう。その瞬間、フワッとした感覚が襲ってきた。ついさっきまで感じていた地を踏み締める感覚はなくなり、グンと上に引っ張られる。

 

「う、浮いてる……? ワイヤー? 幻覚?」

「そんじゃ行くぜー」

 

 ある程度上昇した後、一気に前進した。予想外の急発進でうっかり彼女から手を離しそうになるが、そんなことすれば地面に真っ逆さまなので必死にしがみつく。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁああ!!」

「ヒャッホ────!! どうだ? 風を切るこの感覚、たまんないだろ?」

 

 なんか言ってるけど風を切る音がうるさくてよく聞こえないしそれどころではない。ジェットコースターにでも乗っているみたいだ。乗り心地は悪夢級。際限なく加速を続けている悪夢に耐えるので精一杯だ。

 

 ──し、死ぬ! 殺される!? 

 

「そろそろ着地するぞ! 一気に行くから口閉じてろよ。舌を噛むぜ!」

「ひぃぃぃぃぃいいいい!!」

 

 爆進する悪夢の箒は高度を下げつつも加速を続ける。着地するって言ってるのになんで加速するんだよ! 頭おかしいのか!? 

 

 泣きそうになりながら目を閉じて着地を待っていると、グンと前に押されるような衝撃が来た。俺はその衝撃に耐えられず、うっかり彼女から手を離してしまう。

 

「うわぁぁぁあああ!!」

 

 しがみつく物体がなくなったことで身体は高速で振り回される。

 

「よいしょっと!」

 

 魔理沙が俺を受け止め、そっと地面に降ろしてくれた。ただしこれは予想でしかない。なんせ俺の視界はグルングルン回っていて、平衡感覚も完全にバグったので自分が地面にいるのかも正確にはわからない。

 

「ううぅ……」

「あー、その、大丈夫か? なんか悪いな」

 

 曖昧な謝罪を聞き取るのを最後に、俺は意識を手放した。

 

 ──俺はこの日を一生忘れないだろう。

 




ありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#1「博麗霊夢との出会い」

 悪夢の箒に乗った二人が移動し始めたとき、とある神社では巫女とメイドが話していた。

 

「あんたが来るなんて珍しいわね、咲夜」

「ええ、買い物ついでにお嬢様の予言を伝えに来たわ」 

「予言?」

「単刀直入に伝えましょう。──『近いうちに外来人が神社を訪ねる。博麗の巫女(霊夢)の対応次第で幻想郷の運命は大きく変わるだろう』」

「ふーん」

 

 メイド服を着ている銀髪の少女、十六夜咲夜(いざよいさくや)は己が主による予言を伝える。それを受けたもう一人の少女、博麗霊夢(はくれいれいむ)はつまらなそうにお茶を啜る。霊夢は巫女業と“妖怪退治”、“異変解決”を生業としている。

 

「相変わらず興味無さそうね」

「だって、外来人なんでしょう?  元の世界に戻して終わりじゃない」

「へぇ、意味深な部分は無視するのね。……予言はもうひとつ。その外来人は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そうよ? そんな人を追い返しちゃっていいのかしら」

「何それ。そいつのせいで危機にさらされて、そいつが解決するってこと?  迷惑でしかないわ」

「詳しいことは私もわからないわ。私は伝えに来ただけ。──あら、()()()()()()()()()ね。私はこれで失礼するわ」

 

 咲夜はそう言って姿を消した。文字通り一瞬で消えたのにも関わらず、霊夢は全く動じずにお茶を啜る。しばらく何かを考えた後、溜息をついて立ち上がった。

 

 

 ───────────────

 

「うぅ……」

 

 意識が戻ってきた。なんだか、酷い夢を見た気がする。どんな夢だったかな。……ああ、魔理沙のコスプレイヤーに悪ノリしたら酷い目に遭わされたんだっけ。

 

「あー、夢でよかった」

「お、目が覚めたか。よかった」

 

 ──なん……だと……? 

 

「大丈夫か? どこか痛かったり、気分が悪かったりしないか?」

 

 コスプレイヤーは心配そうな表情で見てくる。

 

「夢じゃ、ないのか? いやまて、これも夢なんだ。そうだ、そうに決まっている。フフ……」

「異常ありだな。待てよ? さてはコイツ、元から異常者なんじゃないか? 思えば寿限無をブツブツ呟いてた人間だ。そうか、なるほど……」

「おいコラ、誰が異常者だ。着地直前まで加速するヤツには言われたくないからな?」

「おっと、調子を取り戻したようだな」

 

 ──ったく、失礼なやつだな。

 

 そんな不満を抱きつつ、起き上がって周りを見渡すと大きな鳥居や石畳に加え、木造建築がいくつか見られた。

 

 ──ここは神社か。博麗神社っていう設定かな。 

 

 金髪の魔法使い──魔理沙が連れていきそうな場所といえばここくらいだ。東方の世界──幻想郷──にある神社は二つしか知らないし、消去法でこの結論に至る。

 

 博麗神社は幻想郷の東の端にある神社で、博麗の巫女と呼ばれる少女が住んでいる神社。ここからは幻想郷が一望できる。

 

 俺は神社を散策することにする。境内は綺麗に掃除されており、本殿には古びた賽銭箱が設置されている。

 

 賽銭箱に近づいて中を覗き込むが、中には何も入っていなかった。

 

 ──ちょっとした聖地巡りだな。折角だからお賽銭を入れておこう。

 

 五円玉を投げ入れて二礼二拍手一礼。その後手を合わせてお祈りをして一礼。

 

 なんとなく後ろに気配を感じる。魔理沙だろうか?  そう思いつつ振り向くと、紅白の巫女服を着た少女が立っていた。全く予想していない人の登場で思わず声を出してしまう。ビックリしたなぁもう。──ってちょちょっ!? 

 

「へぇ、外来人の割に作法ができているのね。あとは手水舎で清めることくらいかしら」

 

 あ、忘れてた。そもそも俺は空から直接降りてきたので鳥居を潜っていない。色々と無礼なことをしてしまった。いや、じゃなくて。俺は今かなり感動している! 

 

「えっ、れ、れ、れい……ええ!?」

「な、何よ。人の顔見るなり変な声あげて……」

 

 あ、つらっ、上手く話せない……。思考は平常運転だが身体は緊張しているらしい。俺の目がイカれてない限り、今目の前にいる少女は博麗霊夢だ。原作の主人公であり、俺の推しキャラである。この子もコスプレイヤーか。クオリティ高いな。可愛すぎる。写真撮らせてほしいな……。

 

「まあいいわ。アンタが外来人でいいのよね?」

 

 そういう(てい)だったね。それにしても、初対面で“アンタ”とは“アンタ”一体……。

 

「面倒だから一度しか言わない。よく聞きなさい。()()はアンタがいた世界じゃない。そっちから見れば異世界よ」

 

 ──おー、それっぽいな。ここは俺も乗っとくか。

 

「ここは幻想郷。特別な結界によって隔離されているから、本来は外の世界の人がこっちにくることはできない。けど、たまに何かのきっかけで迷い込んでくる人がいるの」

 

 幻想郷(この世界)は妖怪や神、妖精と言った()()()()()において“幻想”として扱われている存在の為に作られた楽園だ。

 

「答えは聞くまでもないけど、お賽銭のお礼に選ばせてあげる。今すぐに元いた世界に戻るか、一生幻想郷(ここ)で生きていくか。十秒で決めて」

「残ります」

 

 俺が即答すると霊夢は驚いたように目を見開く。無理もない。普通なら現状が分からずにパニックに陥るはずだ。だが、俺は幻想郷を知っているし、実は前から幻想入りしたいと願っていた。

 

 ──これはコスプレイヤー達による茶番だろうけど、あまりにも真に迫っているから本気になってしまった。

 

「私が言うのもアレだけどもう少し考えたらどうなの? 幻想入りしてから一日経ったらもう帰れないのよ」

 

 それは初耳だ。この人達の独自設定なのかもしれない。まあ、何度問われても答えは変わらない。そう伝えようとすると突然後ろから声がする。

 

「どのみちもう帰れませんわ。幻想郷に来た際に特別な力が備わったようですから……」

「──っ!?」

 

 振り向くとジッパーのように開かれた空間の裂け目から上半身だけ覗かせている女性がいた。初見だが、この人も()()()()()。「八雲紫(やくもゆかり)」という非常に強力な妖怪だ。

 

「紫……それは()()に関係しているの? どうせ聞いてるんでしょう?」

「そう、()()よ」

 

 こそあど言葉が多過ぎて何言っているのかわからない。何でこの二人は意思疎通できてるの? あれですか、熟年夫婦ですか。そうですかそうですか楽しそうですね。

 

「ふーん、それでコイツはどうするのよ」

「霊夢。貴女が面倒を見なさい」

「はあ!? なんで私が? 幻想郷に残る外来人は人里送りでしょうが!」

「この子は特別よ。貴女ならこの意味が分かるでしょう?」

 

 何やら意味深な言い方をする紫。その一言で何かを察した様子の霊夢は溜息をつく。成程、やっぱり熟年夫婦ごっこか。いや楽しそうでなにより。でもできれば僕も話に入れて欲しいな〜。

 

「急にごめんなさい。()()()()()()()()()()私は八雲紫という者よ。宜しくね?」

「は、はあ……。俺は神谷祐哉と言います。宜しくお願いします」

「ところで、貴方はかなり落ち着いているのね。……思った通りだわ」

 

 ──そうでもないと思うけどな

 

 なんだか、(ゆかり)と話していると変な気分になる。何となくだけど、意味深な発言をするだけして核心となる部分を隠しているような気がする。「知っていると思うけど」なんて特に不気味だ。何故俺が紫を知っていることがわかる? 

 

「さて、ようこそ幻想郷へ。ここは全てを受け入れるわ。この世界のことは、そこの巫女に聞いてね」

 

 そう言うと紫はスキマの中に消えていった。ふーむ、面白いな。これが境界を操る能力か。どこぞの超能力みたいに複雑な計算式の下、能力を行使しているのかそれとも──

 

「そうそう、もし今の状況を夢だと思っているのなら魔理沙と遊ぶといいわ」

「うおっ!?」

 

 紫がいた場所を睨みつつ考察していると再びスキマが展開された。紫は尻餅を付いた俺に一言残していくとそのまま去っていった。さっきから驚いてばかりだな俺。疲れてきた。

 

 ──待てよ? 

 

 今の紫の言葉で気づいたけど、これはコスプレイヤーの茶番なんかじゃない。さっき俺は間違いなく空を飛んだじゃないか。なら、これは99%夢だ。あまりにもリアルなので夢とは思えないが……。

 

「私と遊ぶ? よしわかった! 弾幕ごっこしようぜ!」

「え? ちょ、ちょっと待っ──うわっ!?」

 

 魔理沙は箒に跨って少し離れた後、自身の背後に魔法陣を展開して弾を放ってきた。原作で見慣れた蛍光色の弾。大きさは十センチ程に見える。弾幕は広範囲に広がっていくので、俺に向かってくるものもあればそうでない弾もある。これが“弾幕ごっこ”の特徴だ。「ごっこ」と言っているが、まともに被弾すれば怪我をするし、当たりどころが悪ければ死ぬだろうから油断はできない。

 

 因みに、弾幕ごっこというのはこの幻想郷で行われる決闘法のことで、先に相手を被弾させた方が勝ちになる。これはスペルカードルールというものに則っているのだが、今はその説明は省こう。

 

 幸い弾速は非常に遅く、順調に回避できている。流石に手加減してくれているようだが、ひとつ問題がある。

 

 ──俺は弾幕なんか撃てないぞ。

 

 つまり、ただ避け続けることしかできない。どう考えても魔理沙よりも俺の体力の方が先に尽きるので、敗北は確定している。

 

 ──いっそ、弾に触れてみようか。どんなものなんだろうか。真正面は不味いから掠るように……。

 

「イテッ! おわっ!? うわあああ!!」

「お、おい! 何やってんだよ」

 

 思っていたより痛かった。そして、掠る程度に触れる為に一つの弾幕に集中してしまったから一気に三回被弾した。超痛い。熱いね。体中がビリビリ痺れてるよ。

 

「悪い。お前が外来人だって事忘れてたぜ……。さっきの弾は当たると痛いんだ」

「ああ、身を持って味わったよ……。でもこれだけ痛いと夢じゃなさそうだな」

 

 慌てて駆け寄ってきた魔理沙の手を借りて立ち上がると、霊夢が呆れ顔をしながら話しかけてくる。

 

「気が済んだなら中に入りなさい」

「え?」

「仕方ないからうちで面倒見てあげる。但し、色々扱き使わせてもらうわよ」

 

 ──どうやら俺は、博麗神社でお世話になることになったらしい。

 




ありがとうございました。

祐哉が博麗神社で居候……基お世話になることになりました。しばらくの間は放浪録と同じ展開ではありますが、地の文や台詞にはかなり拘っているので、違いを楽しんでいただけると嬉しいです。

それではまた( *ˊᵕˋ)ノ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#2「修行と旅立ち」

 咲夜が言っていた()()()()()()()は当たり、外来人が訪ねてきた。私はいつも通り外の世界へ送り返すつもりだったのに、紫はアイツを残らせた。

 

──あの様子、まさかアイツが連れてきたとか? もしそうなら自分で面倒見てよ。……それに、「特別な力」って何かしら? 

 

 ()()()()の予言通りになるなら、あの外来人は監視が必要になる。いつ、どのように爆発するかわからない爆弾なのだから。

 

「……次出てきたら今度こそ退治してやる」

 

 私は、そんな爆弾を勝手に用意したクセに私に丸投げしたアイツに対して愚痴をこぼす。とにかく、外来人が風呂に入っている今のうちに状況を整理しないと。

 

「はい失礼するわね」

「あら紫。会いたかったわ。ちょ〜っと表出なさい?」

「あらあら、物騒ね。……そんなに不満?」

「当たり前でしょ、監視したいならアンタが面倒見てよ!」

 

 私と魔理沙が居間でお茶を飲んでいると、突然紫が現れた。よくもまあノコノコと出てこれたものね! 取り敢えず詳しい事を聞き出して、退治はそれからね。

 

「残念だけど、私は他にやる事ことがあるのよ。という訳で貴女()にはあの子に色々教えてあげて欲しいの。勿論、戦闘技術もね」

 

 蜜柑を食べていた魔理沙は「私もか!?」と驚いている。いいこと思いついた。アイツの世話を魔理沙に任せましょう。うん、それがいいわね。

 

「外来人が戦闘なんて無理あるわよ」

「あら、さっき言ったでしょ? あの子には特別な力が備わっている。それは幻想郷にとって必要になる物よ」

「その()()()()って異変に関係してるのか?」

 

 黙々と蜜柑を食べていた魔理沙が話に入ってきた。

 

「さあ? 特別な力が何に作用するかはわからないわ。でも貴女達人間の戦力が増えることは確実」

 

 幻想郷では異常な現象が度々起こる。私達はそれを異変と呼んでいる。異変を起こすのは妖怪で、それを解決するのが博麗の巫女である私の仕事。最近は実力を持った人間も異変解決に行くことが増えてきて、魔理沙もそのうちの一人だ。

 

 戦力としては既に十分。仮に私だけで解決できない異変が起きても、戦力となる人は他にもいる。実際、紫のような妖怪と手を組んだこともあるのだから、いくらでも対処できる。正直これ以上の戦力は必要ない。紫もそれを分かっているはずなのに態々(わざわざ)言ってきたということは、私達だけでは手に負えない異変が起きるということ……? 

 

──まさかね。レミリアが見た()()は不確定事項だし、そんな未来が来るとは限らないわ。

 

「珍しく考え込んでるじゃない。あ、この蜜柑、甘酸っぱいわね。食べ頃よ」

「誰のせいだと思ってるのよ。──って! 他人の家(ひとんち)の物勝手に食べるな!」

「いいじゃない。これは前に私が送った蜜柑よ? まぁ、悪いけど貴女に拒否権はないわ。彼はこの先必要になる戦力。いいわね?」

 

 紫は蜜柑を完食すると、さっさと帰っていった。ちゃぶ台の上には蜜柑の皮が並べられている。……何となく私に似ている。いつ作ったのかしら? ……あっ! 

 

 ──特別な力の正体を聞くの忘れた……。

 

 

 

 ───────────────

 

 案内された風呂に浸かり、状況整理のために今日の出来事を振り返る。

 

 ──これは本当に夢か? 正直、本当に幻想郷にいるんじゃないかという気持ちになっている。

 

 ジェットコースターのような飛行体験とあの弾幕ごっこ。肌で感じた風の流れやあの痛みを夢で再現するのは不可能と言っていい。

 

 ──紫が言っていた()()()()とはなんだ? 俺は力に目覚めたのか?

 

 力というのは、十中八九()()()()()のことだろう。幻想郷に住む妖怪や一部の人間は能力を持っているのだが、それを「〜〜〜程度の能力」と表す傾向がある。例えば、紫の能力は「境界を操る程度の能力」という。きっと、俺にも程度の能力があるのだろう。

 

 ──そして、今俺は博麗神社にいて、ここでお世話になることになった……っぽい。霊夢はすごく嫌そうにしていたな。申し訳ない……。

 

 ───────────────

 

「まずは自己紹介ね。私は博麗霊夢。ここで巫女をやっているわ」

「私は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだ。 宜しくな!」

「神谷祐哉です。今日からお世話になります……」

「そう固くならなくていいんだぜ? 私も霊夢も堅苦しいの好きじゃないからな」

 

 おお、魔理沙。君はなんだかんだ優しいんだな。彼女に会わなかったら今頃妖怪に襲われていたかもしれないし、感謝するべきだろう。……できればもっと安全な移動をしたかったけど。

 

「そういえば、お賽銭入れてくれてありがとうね。お礼に生きていく上で最低限必要な力をつけてあげるわ」

「お礼されるほど入れてないよ?」

 

 そう言うと魔理沙につつかれ、耳元でヒソヒソと話してくる。うおっ、擽ったいぞこれ。

 

「いや、あのな? この神社の賽銭箱は形だけみたいなものなんだ。だから金額よりも行為に感謝してるってわけだ。霊夢に貸しを作るとは中々やるじゃないか」

「あっ、察し。理解しましたぞ」

 

 さっき俺が賽銭箱の中を覗いた理由。それは()()()()のお賽銭事情を知りたかったからだ。俺が知っている知識では、博麗神社に御参りにくる人間は殆どいない。

 

 何故なら、人間が住む里からここまで来る間に妖怪に遭遇するからだ。因みに、この世界には何種類かの種族が暮らしているが、人間は最弱である。そういう訳で人間は妖怪に会いたくないのだ。

 

「コソコソ何話してるの?」

「い、いや。大したことじゃないぜ。な?」

「おう!」

 

 多分、今の会話を聞かれていたら不味いことになっただろう。

 

「鍛えたら弾幕ごっこできるかな」

「さあ、貴方の力次第ね」

「なあなあ、お前が得たっていう特別な力ってなんなんだ?」

「ああ、それは俺も知りたいんだけど……全く心当たりがない」

「そっか、まあそのうち分かるよな!」

 

 ───────────────

 

 時は流れ()()()()

 

「へぇ、やるようになったじゃない。貴方にこれを使う日が来るなんてね──霊符『夢想封印』!!」

「こっちも行くぞ! 星符『スターバースト』!!」

 

 飛来する複数の大玉を冷静に避け、自身のスペルカードを使う。『スターバースト』は魔理沙のマスタースパークを真似たスペルであり、即ちそれは極太レーザーである。サイズや火力は本家に大分劣るが、十分実用可能なレベルに達している。

 

 幻想入りしてからの3ヶ月間、俺は霊夢と魔理沙に鍛えてもらった。その結果、少しだけなら弾幕ごっこもできるようになった。霊夢曰く、飛行や弾幕を放つためには潜在的な才能が必要らしいのだが、幸い俺にも才能があったようだ。とはいえ、所謂()()ではないのでかなりの時間を費やした。弾幕もスペルカードも、実用レベルまで使えるようになったのはつい最近のことだ。

 

「……うん。これならそこらの妖怪ともいい勝負できるんじゃない? 本当はもう少し弾幕量を増やせるといいんだけど」

「ま、その辺は修行を続けていけば解決する話だ! 次は私とやろうぜ! 連戦とはいえ、私は手加減しないからな! お前も本気で来いよ」

「言われなくともそのつもりさ!」

 

 霊夢の合図で勝負が始まる。挨拶程度の弾幕を撃ち合い、やがてスペルカードを披露し合う。お互い順調に避けていくところで彼女は遂に十八番を使用してくる。それに合わせ、俺ももう一度準備をする。

 

「これで決めるぜ! 恋符『マスタースパーク』!!」

「勝負だ! 星符『スターバースト』!!」

 

 極太レーザー同士の衝突。虹色の光線(マスタースパーク)水と赤色の光線(スターバースト)は辺り一帯に轟音と衝撃波が広がる。

 

「まだまだぁああ!!!」

「くっ……!」

 

 一時は拮抗していたものの、まだまだ本家には勝てず、魔理沙のゴリ押しに負けてしまった。俺は爆風で吹き飛ばされる。空を飛んでいなかったら今頃俺は肉片になっていただろう。

 

「へへっ! スターバースト、いい感じに仕上がってるな!」

「毎日お手本(目標)を見せてもらってるからね」

 

 魔理沙と握手を交わす。実は、この3ヵ月でここまでのレーザーを出せるようになったのにはちょっとしたカラクリがあるのだが、まあ時が来たら説明しよう。

 

 ───────────────

 

「……挨拶回り?」

「ああ、別に無理に行くこともないが気分転換になるんじゃないか? 誰かに腕試しするのもアリだな」

 

 夕食後、二人から「挨拶回りを兼ねて、しばらく幻想郷を旅してきてはどうか」という提案をされた。思えば幻想入りした次の日から修行を始めたので、殆ど外に出歩いていなかった。行ったことがあるのは人里くらいだ。

 

「折角だしそうしようかな。何人か会いたい人がいるし」

「おっ、誰に会いたいんだ?」

「んー、沢山いるけどそうだな……妖夢とかアリスに会いたい」

 

 そうそう、俺が原作知識を持っている事は既に伝えてある。といっても紫が勝手に話したんだけどね。なんでも、原作知識を持った人間を狙って連れてきたらしい。何故俺だったのかはわからない。ただの偶然かもしれないし、意味があるのかもしれない。

 

 この後、魔理沙がアリスや妖夢と出会ったキッカケを話してくれた。霊夢の話も聞きたかったが、「眠い」と言って部屋に向かってしまったため、今日はお開きとなった。

 

 ───────────────

 

「はいこれ、持っていくといいわ」

「ありがとう」

 

 翌朝、早速旅に出ようとすると、霊夢が白紙のスペルカードを数枚くれた。これで旅の途中に新技を作れる。

 

「ふー、間に合った。悪いな、探し物をしてたら遅くなった。これをやるよ。綺麗だろ?」

 

 霊夢と話していると魔理沙がやってきた。そして、三日月型のペンダントを渡される。それはまるで宝石のようで、サファイアを彷彿とさせる、美しい青色だ。

 

「こんないいもの貰っちゃっていいの?」

「ああ、どうせ私が持ってても使わないからな。遠慮しないでいいぜ。そいつには魔力を注ぎ込んでおいたから、いつか役に立つはずだ!」

「御守りだね。ありがとう。大切にするよ!」

 

 胸ポケットにスペルカードと御守りをしまう。

 

「じゃあ、気をつけてな」

「困った事があったら戻ってきなさい」

「うん。行ってきます!」

 

 こうして俺の旅は始まった──! 

 




ありがとうございました!

ここの霊夢は何だかんだ言って面倒見がいいですね。

それではまた〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#3「魔法の森 人形遣い アリスとの出会い」

 ジメジメとしていて蒸し暑い。そこら中に茸が生えていて、みんな見たことのない形をしている。殆どのソレは不可食の菌類(毒キノコ)に見える。どうやらかなり不気味な場所に来てしまったようだ。

 

 ──ここは魔法の森。木が高く、陽射しは全く入ってこない。そのため、幻想郷で一番湿度が高い場所となっている。俺は今、とある人物を訪ねるために来ている。

 

「無事に着いたのはいいけど、家の場所も聞いてくればよかったな……」

 

 今の状況はちょっと不味い気がする。実はさっきからなんとなく頭が痛いのだ。これは恐らく胞子の影響を受けていると思われる。俺の知識が合っていれば、ここは特殊な胞子が飛んでいるはずだ。そのため人間や一般の妖怪には住みにくい環境だという。

 

 だが一方で、()()使()()にとっては最高の場所らしい。なんでも、とある茸が見せる幻覚が、魔法使いの魔力を増幅させるとか。まあ生憎俺は人間なので、早いとこ用を済ませないとぶっ倒れることになる。

 

 しかしそうは言っても森の中は広いため探すのには骨が折れそうだ。考えても仕方ない。とりあえず探そう。

 

 

 

 ───────────────

 

 ──三十分後

 

 あれから三十分、ひたすら探し続けましたが……何の成果も! 得られませんでした……! 既に大量の胞子を吸い込み、とても苦しいです。それだけではありません、さっきから目がおかしいのです。周りに生えている茸がちょっとずつ動いているように見えます。それも笑いながら、こちらに近づいて来るんです。魔法の森の茸って動くの? もう怖いから帰ろうかな。でもダメ。どうすれば出られるかもわからない。なんか前にもこんなことがあったような……。もう嫌、森は嫌い! 

 

「……? 貴方、どうかしたの?」

 

 ああ……遂に綺麗なお姉さんまで見えてしまった。そうか、幻覚か。

 

「その様子、化け物茸の胞子にやられたのね。私の家、すぐそこなんだけど動ける?」

 

 ええい、もうどうにでもなれ。このままここにいても仕方ないし付いて行ってみよう。

 

 ───────────────

 

「どう? 部屋は寒くないかしら?」

「はい。丁度いいです」

「よかった。はい、これ飲んでね。しばらく経てば楽になるから」

「ありがとうございます」

 

 水と思われる液体が入ったグラスを受け取ると、お姉さんは部屋を出て行く。水を飲んで周りを観察する。すると、部屋のあちこちに人形が置いてあることに気づく。

 

 ──人形……? 

 

 あれ? 今のお姉さんって『アリス』じゃね? 何で気づかなかったんだろう。

 

 つまり俺はぼーっとしている間に目的の人に会って、家にお邪魔しているってことか。

 

 え〜どうしよう。お話ししたいな。でもどこか行っちゃったな。落ち着いてきたし探してみようか。

 

 早速アリスを探しに行こうとドアノブに手をかけようとすると、ドアが開く。

 

「おわっ!?」

「きゃっ!?」

 

 お互い予想していない人が目の前にいて驚いてしまう。同じタイミングで「ごめんなさい」といい、苦笑いを浮かべる。ここまでのシンクロ率は中々のものだ。

 

 気を取り直して椅子に座り、アリスが持ってきてくれた紅茶とクッキーを食べる。大体五ヶ月ぶりの紅茶とクッキーはとても美味しい。元々外の世界にいた時もあまり食べる機会がなかったのもあるが、恐らく今まで食べたものとは比べ物にならない美味しさだ。

 

「口に合えばいいんだけど……と、その心配はなさそうね」

「とても美味しいです! あっ、すみません。そんなにがっついてるつもりは無かったんですが……」

「ふふ、ありがとう。そういう意味じゃないから安心して」

 

 アリス……とても綺麗な人だ。ウェーブのかかった金髪で肌の色は薄い。青いワンピースを着ており、ロングスカートを穿いている。肩には白いケープを纏っている。服には疎いためうまく表現できないが、部屋にあるどの人形よりも人形らしい見た目、と言えば伝わるだろうか。お姉さんとは言ったがその容姿を見る限り俺とあまり歳が変わらなそうである。

 

「あの、助けていただいてありがとうございます」

「気にしないで。でも人間がこの森に来るなんて珍しいわね。それにその格好、もしかして外来人?」

「はい。数ヶ月前に幻想入りしました」

 

 それから、幻想入りしてからの三ヶ月間を話す。博麗神社でお世話になっていること、護身のために修行をつけてもらってること、その他にも他愛のないことを話した。アリスに会いに来たと言うと「物好きな人ね」と言われた。

 

 原作知識のことだが、直接的に言うことは避けた。霊夢と魔理沙に色々教わったということにしている。まあ嘘ではない。実際知らないことばかりで、最初の方は驚きっぱなしだった。

 

 これから一週間くらいかけて、紅魔館と白玉楼を訪ねる予定だと話すと、夕方頃に案内して貰うことになった。紅魔館の主は夜型だからだそうだ。それまでの間、ここでゆっくりさせて貰う。外の話や、アリスの魔法の話をしているうちにあっという間に時間はすぎていき、気づけばもう陽が傾いていた。

 

 ───────────────

 

「さて、そろそろ出かけましょう。その前に……」

 

 アリスが魔法をかけてくれる。これがあればしばらくの間胞子の影響を受けないようだ。魔法の力ってスゲー! 道中歩きながら、紅魔館について教えてもらう。わかりやすく言えば吸血鬼が住む館で、何年か前に建物と一緒に幻想入りして来たとか。それは知っていたが、憧れの人に説明してもらっていると思うと嬉しくなってくる。説明の内容よりも説明してもらっていることに幸福感を覚えるのだ。なにより、アリスの透き通っていて綺麗な声を聴けるのだから文句などあるはずがない。

 

 ──霧の湖──

 

 森を出た頃から急に寒くなった。しばらく歩くと『霧の湖』に着く。ここは昼間になると原因不明の霧が発生するという。満月の夜に釣りをするとヌシが釣れるとか。

 

 ──おや、あの二人は確か……

 

「あっ! アリスだ!」

「こんばんは、アリスさん」

「こんばんは。久しぶりね」

 

 ほう。この三人は知り合いなのか。一人の少女は赤いリボンが付いた青い服を着ていて、背中から氷の羽が生えている。

 

 もう一人は黄緑色の服に黄色いリボンを付けている。この子にもやはり羽が生えている。こちらは如何にも妖精らしい羽だ。既にお察しかもしれないが、二人は人間ではない。

 

「そいつは誰? アリスの男〜?」

「ち、違うわよ? この人とは今日会ったばかりで、今は紅魔館に案内してる途中なの」

「神谷祐哉です。宜しく」

「あたいはチルノ。よろしく!」

「大妖精です。宜しくお願いします」

 

 青い服を着た方がチルノで、緑色の方が大妖精。この大妖精は原作では名前が付いていない。ファンによって「大妖精」と名付けられた。通称「大ちゃん」

 

「ねえ祐哉。折角だしチルノと遊んでみたらどうかしら」

「へ?」

「お! サイキョーのあたいに勝負を挑むとは! 後悔するなよ!」

 

 え、ええ……。ちょっと油断して「二人とも小さくてかわいいな〜」とか思ってたら急に戦いが始まりそうなんだけど。……仕方ない。こんなやる気満々な顔をされたら断れないじゃないか。旅に出て最初の相手はチルノだ。

 

「じゃあ遊ぼうか」

 

 ルールは被弾一回、スペルカード一枚での勝負。俺達は湖の上で向かい合い、勝負を開始する。最初は挨拶程度の弾幕を放つ。俺の通常弾幕は細い鉄の針だ。これは霊夢の退魔針を参考にしている。まあ、ただの針だけど。

 

「行くぞー! 氷符『アイシクルフォール』!!」

 

 チルノが宣言した途端周りに冷気が広がる。少しずつ氷柱が生成され、左右からこちらの方へ降ってくる。うっわ、寒っ。今冬だぜ? やめてくれよ。

 

 しかしこの弾幕、寒いだけでそう大したことはない。何故なら、アイシクルフォールは正面安置だからだ。真正面……チルノの目の前にいれば当たることは無い。ならば一気に終わらせてもらおう。俺のもう一つのスペルカードの出番だ。

 

「行くぞ、創造『 弾幕ノ時雨・針(レインバレット)』!!」

 

 創造『 弾幕ノ時雨・針(レインバレット)』は、無数の針を作り出して俺を中心に円形状に放つ技だ。その様子は水面に生まれる波紋を彷彿させる。二秒間隔で放たれるため、密度はとても薄い。だがこのスペルのミソは、時間が経過するにつれて波紋の数が増えることだ。二つ目の波紋の位置はランダムで決まる。

 

 弾幕の密度から互いにEASYクラスの技を出していると言える。氷柱の雨(アイシクルフォール) 弾幕ノ時雨(レインバレット)が衝突し、多くは相殺され、すり抜けた弾幕を避け合う。

 

「ははは! どうした当たらないぞー!」

「そっちこそ。正面ガラ空き、簡単すぎるね」

「なんだとー! 」

 

 ふふふ……いい感じに挑発に乗ってくれたな。俺の勝ちだ。

 

 五、四、三、二、一……今だな。

 

「あぅ〜」

「へへへ、油断したな」

 

 狙い通り注意力散漫になったチルノは突然増えた波紋に対応できずに被弾した。……しかし何だろう。勝ったのにあまり喜べない。元々こういうスペルカードだから、ズルをしたわけじゃないんだけど……。

 

「おめでとう。……どうかしたの?」

「ありがとう。ねえアリス。俺ってズルしたかな?」

「そんなことはないと思うけど……。段々激化するタイプのカードは普通にあるし、気にすることはないわよ」

「そうか……」

 

 チルノは被弾した衝撃で湖に沈んじゃったけど大丈夫かな……。大妖精……大ちゃんが「チルノちゃ〜ん」と叫びながら助けに行っている。可愛いなあ。

 

 ───────────────

 

「う〜 お前強いな。よし! お前をあたいの子分にしてやる!!」

「面白そうじゃん。ありがとう!」

「祐哉……貴方変わってるのね」

 

 む。今アリスに呆れられたような気がするぞ。チルノの子分、面白そうだけどなあ。自分が負けた相手を子分にしようとするところがもう面白いよね。この子と居れば退屈しなそう。折角この世界に来たんだから、楽しまなきゃな!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#4「紅き悪魔の館」

 霧の湖の周りを巡っているとやがて紅い館が見えてくる。辺りはすっかり暗くなって視界が悪くなってもわかるほど存在感が濃い。

 

「さっきも言ったけど、紅魔館に人間は一人しかいないわ。だから万が一何か問題を起こしたら生きて帰れないからね」

「うん。十分理解してるつもりだけど、そんなこと言われちゃうと怖くなって来たよ」

「大丈夫よ。これから異変起こすつもりとかじゃない限り、そんなに警戒されないわ」

「……念のため聞くけど、『紅霧異変』は終わってるんだよね?」

「ええ」

 

 まあ流石にもう一度起こすことはないだろう。……なんかフラグくさいぞ。ふざけるなよ。俺一番に死ぬぞ? やばい、緊張して来た。

 

 ここの主人(レミリア)はどんなタイプなんだろうか。カリスマ全開で、超怖い感じなら速攻で帰る。うん、そうしよう。そんな決意をしているうちに門前に着いていた。門の前には門番が堂々と立っている。出会いは第一印象が大事だと言う。よ、よ〜し! 勇気を出して挨拶しよう。

 

「こ、こんばんはー!」

「Zzz……」

「って、寝てるんかーい! そういえばここの門番はおやすみグッナイ系だったなちくしょ〜い!!」

「お、落ち着いて? 今中の人呼ぶから。──咲夜ー!」

 

 ……いけない。緊張のせいで血迷ってた。ふ〜落ち着け。大丈夫。アリスは面識があるみたいだし、いきなり殺られる事はないはずだ。それに、忘れてたけど俺は紅魔館の住人のことを知っているじゃないか。取り乱すことはないんだ。落ち着いていこう。──向こうは俺を知らないけどね?

 

「はい。あら、誰かと思ったらアリスね。パチュリー様に用事?」

「いいえ。今日はこの人を案内しに来たのよ」

 

 このメイド、突然現れたぞ。あっそうか、この人は十六夜咲夜(いざよいさくや)。能力は『時間を操る程度の能力』だ。今は時間を止めている間に移動して来たんだ。

 

「初めまして、神谷祐哉です。この世界に住むことにしたので、ご挨拶に伺いました」

「ここが悪魔の館と呼ばれていることをご存知で? ……失礼しました。神谷祐哉様ですね。()()()()()()()()()。どうぞこちらへ」

「じゃあ祐哉、私はこれで。いつでも遊びにきてね」

「今日は本当にありがとう。今度何かお礼を持っていくよ」

 

 アリスと別れた後、咲夜の方に向き直ると、とんでもない光景が目に飛び込んできた。咲夜が門番──紅 美鈴(ほん めいりん)にナイフをぶん投げていたのだ。嘘だろ嘘だろ……怖えぇ……! えっ、今からでも帰ろうかな? よし、静かに退場しよう。お邪魔しました〜。

 

 ──は?

 

 おかしい。俺は確かに門を背に歩いていたはず。なのに、いつのまにか門の方を向いているではないか。あっはっは……笑えねぇ。

 

「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございません。さあ、どうぞこちらへ」

「は、はいぃ……」

 

 咲夜だ! この怪奇現象の原因は咲夜だ。時間を止めて俺が向いている向きを変えたんだ。諦めて付いていくしかないな。次はない気がする。えぇ……紅魔館超怖くね? タスケテ霊夢、タスケテ魔理沙!

 

 門を潜ると植物の多い庭が出迎えてくれた。庭から見上げればそんなに赤くないかも。少し大きめの噴水を迂回して館の中に案内される。

 

中は紅い壁、紅い天井、そして紅い床でできていて何処も彼処も紅! 紅! 紅!──ということは無かった。流石に壁紙の色は真っ赤ではなく、薄い赤色だった。しかしそれでも紅が強い。ここまで来ると趣味悪いぞ。

 

 ホールはとても広く、パーティーを開けそうだ。そういえば、ここでは偶にパーティーが開かれるって聞いたことがあるな。楽しそうだけど、作法とかよく分からないしなぁ。

 

 色々観察しながら歩いているうちにレミリアの部屋に着く。ドアには「Remilia Scarlet」と筆記体で綴られている。咲夜がドアをノックし、入室の許可を貰う。

 

「失礼します。お嬢様、()()()をお連れしました」

「ああ、()()()()()()。入れ」

 

 咲夜に促されて部屋に入る。部屋はそこそこの大きさで、ソファとテーブルは社長室のような配置で並べられていた。

 

奥の机には青みがかった銀髪に美しい真紅の瞳を持った少女がいた。ナイトキャップを被っており、キャップと同じ、僅かなピンク色の衣服を着ている。背は低く、背中から大きな羽が生えていなければ小さい子供と間違えてしまいそうだ。だがこのお嬢様、見た目は小さいが500歳である。そう、つまり合法ロr……おっと誰か来たようだ。

 

「初めまして、神谷祐哉です。急に訪問してしまい申し訳──」

「そう固くならなくていい。お前が神谷祐哉か。ようこそ、紅魔館へ。私はレミリア・スカーレット。夜の支配者だ」

 

 お、おうふ。このレミリア、カリスマ全開系レミリアお嬢様じゃないですかヤダー。よし、なるべく早く帰ろ。

 

 レミリアがこちらに来て、俺のすぐ目の前で立ち止まる。そのまま俺の目をじっと見つめてくる。足が竦んできた。血吸われて死ぬのかな……。

 

「あ、あの……」

「うん? ああ、悪いな。ふむ、お前はなかなか面白い運命を辿るようだな」

 

 ソファに腰掛けるように言われ、レミリアと向かい合う形で座る。レミリアは腕組み、黙って目を閉じる。凄いプレッシャーだ。妖力を纏った様子はないのに……これが吸血鬼か。

 

 

 

 沈黙する部屋。逃げ出したい俺。

 

 

 

 重たい空気を壊してくれたのは、ドアを規則的に叩く音だった。「入れ」とレミリア。こ、怖ぇ〜。待って待って、帰りたい。

 

 部屋に入ってきた咲夜は俺とレミリアの前に紅茶を置いた。おおお、咲夜の紅茶。飲んでみたかったんだ。だけど今は味分からなそう。

 

「お嬢様。お夕食は如何なさいますか」

「そうだな。神谷祐哉、お前は夕食を済ませたか?」

「いえ、まだです」

「咲夜」

「承知致しました」

 

 咲夜は一瞬で姿を消した。仕組みは分かってても中々見慣れないな。

 

「あの……御迷惑でしたら出直しますが」

「いや、いい。こちらはお前が来ることを知っていたからな」

 

 これも能力か。レミリアの能力は『運命を操る程度の能力』だ。詳細はよく知らないが、恐らく未来予知が可能な能力。それなら先程の発言にも納得がいく。

 

 あぁ、困ったな。なんかご飯をご馳走してくれそうな空気になってしまった。吸血鬼って何食べるんだろ。やっぱ血かな……。あれっ、もしかして俺殺される?

 

「そう心配しなくても殺しはしない」

 

 しかしそう言われてもですね。

 

 レミリアは落ち着かない俺を見てほっと溜息をつく。やべっ、殺られる!?

 

「ふぅ、()()()()()()()()()()()()?」

「へ?」

「ごめんなさいね、久しぶりの客人だったから脅かしてみたかったの。門で咲夜がいい仕事してたでしょう? 楽しんでもらえたかしら」

 

 レミリアの口調が突然変わり、動揺してしまう。なに、脅かすためにあんな振る舞いをしてたの? えっ? 「皆を誘ったけど乗ってくれたのは咲夜だけだった」? 良かった〜! 美鈴(めいりん)まで脅かしてきてたらショック死してたかもしれない。

 

「寿命が三十年縮みました」

「あら。それなら吸血鬼になって寿命を増やす?」

「人間がいいです……」

「そう。()()()()()()()()()()()()

「……どういうことですか?」

「さあ。今話せば運命が変わってしまうわ」

 

 言えないということか。幻想入りしてからずっと疑問に思っていることがある。それは、紫が言っていた俺の“特別な力”についてだ。それが能力のことなのかがわからないのだ。どうも違う気がするんだが……。

 

紫とはあれから会ってないし、霊夢に聞いても分からないと言われ、運命が見えるレミリアなら何か分かると思ったんだけど……。先程の発言から察するに、今は知る必要がないのだろう。腑に落ちないが諦めて他の話をしよう。

 

 俺は夕飯ができるまでの間、レミリアと話し続けた。外の話について色々話をした。どうも幻想郷の人達は外の世界に興味があるらしく、テレビやスマホの話をすると不思議そうな顔を浮かべながらも楽しそうに聞いてくれる。

 

レミリアには紅霧異変について質問をした。霊夢と魔理沙から話は聞いていたが、主犯視点の話はとても新鮮味があって面白かった。

 

 気づくと緊張も大分落ち着いて、今では自然に話せるようになった。丁度話が終わったタイミングで夕食の呼び出しが来た。今はレミリアに食堂まで案内して貰ってる。館内がやけに大きいのは咲夜の能力が関わっているそうだ。時間を圧縮して空間を広げるらしい。わけわからん反則だろ。本当に人間?

 

 ----------------------------------------

 

 食堂に着くと既に何人か席についていた。部屋を見渡していると、背中から羽が生えている女の子がとてとてと走ってきた。

 

「こんばんは、お姉様。その人はお客様?」

「こんばんは、フラン。ええ、失礼のないようにね」

「私はフランドール・スカーレット。私達は姉妹で、私が妹よ」

「神谷祐哉です。宜しく」

 

 女の子──フランドール・スカーレットはレミリアと同じ真紅の瞳をしている。その目の輝きからは小学生のような若さを感じる。濃い黄色の髪をサイドテールにまとめ、姉と同様にナイトキャップを被っている。服は真紅を基調としていて黄色のネクタイを付けている。

 

「お兄さんは人間?」

「そうよ。加えて外来人」

「外の世界の人間? すごーい! アハハ! でもお兄さん、すぐ壊れちゃいそう」

「やめなさい。フラン」

 

 ひゃー! 怖い。壊れるって言い方が怖い。彼女、フランドール・スカーレットの能力は『ありとあらゆる物を破壊する程度の能力』だ。

 

物質が最も緊張している部分、「目」を手のひらまで移動させ、握りしめることで問答無用に破壊できる能力。狙われたら最後、成す術もなく破壊されるのだ。

 

 レミリアと打ち解けることに成功した今、最も注意しなければならない相手はこのフランドール・スカーレットである。彼女は少し気が触れているため、495年間地下に幽閉されていた。

 

……おっと、驚いただろうか。フランは495歳である。いや、今はもう少しいってるだろうか? 因みに姉のレミリアは500歳以上だ。種族が吸血鬼なのだから長生きしても可笑しいことではない。

 

 話を戻そう。495年幽閉されていたフランだが、『紅霧異変』以来少しだけ外に出るようになったようだ。とは言っても、紅魔館から出ることは殆どないそう。他人とあまり関わってこなかったせいで、常識が通じないことがあるはず。

 

その精神と能力から非常に危険とされるが、俺としては仲良くなりたいと思っている。折角幻想郷に来れたんだから、できるだけ多くの人と仲良くなりたいな。

 

「それじゃあ食べましょう」

「は〜い。お兄さん、こっちこっち!」

 

 フランに腕を引っ張られ、そのまま彼女の隣の席に誘導される。ちょっと腕が痛い。あんな考察してたくせに完全に油断してた。相手を小さい子だと思って接しちゃダメだなこれは。

 

 長いテーブルは料理で埋め尽くされている。見た感じ洋食のようだ。フルコース形式ではなく、取り分けるバイキング形式のようだ。

 

「皆、今日はお客様との食事よ。祐哉、簡単に自己紹介をしてくれるかしら」

「神谷祐哉です。三ヶ月前に幻想入りしました。宜しくお願いします」

 

 レミリアに言われ、立ち上がって自己紹介を済ませると、美鈴(めいりん)が不思議そうな顔をしてこちらを見てくる。そうか、この場にいる初対面の人は彼女だけか。さっき会ったけど寝てたもんね。

 

紅美鈴(ほん めいりん)です。宜しくお願いします。ところで、いつ入ったんですか?」

「貴方にナイフを刺した時よ、全くもう。私は十六夜咲夜(いざよい さくや)です。改めて宜しくお願い致します」

「うちにはあと二人いるのだけど、まあ食事の後にでも紹介するわ」

 

 挨拶も終わり、食事が始まる。どんな感じで食べたらいいのだろう。庶民育ち故こういう時のテーブルマナーはよく知らない。なるほど……どうやら普通に好きなものを取り上げているようだ。図々しくならない程度に食べよう。取り敢えず目の前にある肉を皿に盛る。──いただきます。

 

 肉を一口パクリ。美味しい。溢れ出す旨味。溢れ出す肉汁。その肉汁は口一杯に広がり、まるで飲み物のようだ。これは十七年間で作られた“美味しい食べ物ランキング”を更新する必要があるぞ。ところで何肉だろうか。食べた感じ、鳥っぽいんだけど。……まさか人肉じゃないよな? 確か人肉食べると病気になるんだよね。

 

「そちらは鶏肉を使っています」

「鶏肉でしたか。とても美味しいです!」

 

 この会話をきっかけに、咲夜と軽くお話をする。咲夜によると、こうやって揃って食べることは特別で、基本的にレミリアやフランと共に食事をすることはないようだ。主人と従者の立場であることは勿論、食べるものが決定的に異なることが理由らしい。やっぱりその、モザイク補正が必要なものを食べるのかな……。

 

 流石にこの場では聞くわけにもいかなかった。今回のように客と食事をするときや、人間の食事を食べたくなった時は揃って食べることがあるそうだ。

 

……所で、レミリアが飲んでいる赤い液体は()()()()()()()。近けば匂いでわかるけどちょっと怖い。やめよう。世の中知らなくていいこともあるのだ。

 

 さてさて、もう一口──あれ? 俺の皿どこいった? あっ、フランが持ってる皿って俺のじゃない? いつの間に持って行ったんだろう。話に夢中になってて気づかなかった。俺の皿持って何してるんだろ?

 

「はい! お兄さん、野菜を盛ってきたよ」

「おお、ありがとう!」

「うん!」

 

 あ〜〜フランちゃん可愛いなぁあああ!! 俺の席からは届かない位置にある野菜を盛り付けてくれたようだ。優しいんだな。全然怖くないじゃん。しかしこの量。肉が下に埋まってしまって、掘り出すのは大変そうだ。

 

 バイキングで盛り付ける時ってついつい乗せすぎるよね。食べてる時に後悔することがよくあるんだよね。そんな感じで乗せすぎたのだろう。だけどお兄さん、頑張って食べるよ。目の前の肉はまだたくさんある。一緒に食べればすぐだ。

 

 ───────────────

 

「ごちそうさまでした!」

「凄いよお兄さん。私、食べられないと思って沢山持ってきたのに」

「だからあんなに多かったのか!」

 

 お巡りさーん!! この子確信犯です! 捕まえてください!

 

「ねえお兄さん、一緒にあそぼ?」

 

 全員が食事を終え、解散になるとフランがそう言ってくる。遊ぶか。遊び(コロシアイ)じゃないならぜひ遊びたいんだけど……。しかしこの後レミリアが()()()()を紹介してくれるって言ってたしなぁ。

 

「祐哉、よかったらフランと遊んであげてもらえるかしら。でも気をつけてね」

 

 そう言ったあとレミリアは耳打ちしてくる。

 

「最悪──死ぬわよ」

「ひっ!?」

 

 その後俺はフランに腕を引っ張られ、外に連れ出された。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#5「紅き悪魔の妹」

「それじゃあお兄さん、外で遊ぼう?」

「うわぁ!?」

 

 フランは俺の手を引っ張って外まで猛スピードで走る。速い、速すぎる。気持ち的にはオリンピック100m走最速の()()()に引っ張られてるみたいなものだ。ギャグ漫画で見る暴走した犬の散歩のように、全力で走らされてます! 因みにリードは俺の腕。

 

「はぁ、はぁ、走るの……速すぎ……」

「お人形持ってくるね!」

 

 外に着いてすぐに部屋へ向かうフラン。お、おう……あんな速く走ったのに息が乱れてないのか。これが若さって奴? 俺ももう歳だな。……いやいや、種族の差だよね? まだピチピチの17歳だよ?

 

 右腕を触る。良かった、もげてない。こんな調子じゃこの先不安だな。フランは少々気が触れているからもし途中で遊びに飽きたら俺を殺そう(壊そう)とするかもしれない。狙われたら最期。俺は黙って壊されることしかできない。

 

「お兄さーん! お人形持ってきたよ。今からこれを壊して、どっちが多く壊せるか勝負しよう?」

「えっ」

「行くよ〜 よーい、ドン!」

 

 フランは両手いっぱいに持ってきた縫いぐるみを並べるとスタートの合図をする。唐突に始まった縫いぐるみ破壊ゲームに俺は付いていくことができず、あっという間に負けてしまった。

 

「すっげえ……」

 

 フランは両手を開いた後握りこぶしを作った。たったそれだけの動作で縫いぐるみは内側から破裂してしまった。これが『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』か。

 

「あ……お人形もう壊れちゃったね。つまんない。次は、()()()()()()()()?」

「ッ!?」

 

 俯いて小さな声で呟く。その瞬間、全身に寒気が走る。決して今が冬だからではない。空気が身体にまとわりつくように重くなり、心臓の鼓動が早まる。

 

 ──怖い。

 

 視界が狭まり、呼吸が荒くなる。頭では逃げようとするが、心臓を握られたような錯覚に陥って指先ひとつ動かすこともできない。

 

 このままここに居ては例の()()でさっきの縫いぐるみと同じ末路を辿ることになる。……待てよ、その手があったか。

 

 ──()()()()

 

「あれ? お人形がたくさん……どうして?」

「ふぅ……」

「お兄さんがやったの?」

「ま、まあね……」

「すご〜い! お兄さんどうやったの?」

「俺の能力だよ」

 

 俺は能力を発動して縫いぐるみを()()()()()。壊したはずのモノが再び目の前に現れたことに気づいたフランは笑顔になった。これで一先ず難を逃れたか。

 

 さて、あまり隠しても仕方ないしそろそろ俺の能力を紹介するとしよう。

 

 俺は幻想入りしてから三ヶ月の間に『物体を創造する程度の能力』に目覚めた。先刻チルノと弾幕ごっこをした時に使った──創造『 弾幕ノ時雨・針(レインバレット)』は能力で創造した針を放ったのだ。

 

「お兄さんは物が作れるんだ! ……私とは逆なんだね」

「…………」

「私の能力は『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』。このチカラのせいで色々あってね、最近まで誰も私と遊んでくれなかったんだ」

 

 彼女の声と、ギュッと縫いぐるみを抱きしめる背中からは純粋な寂しさが伝わってくる。吸血鬼で495年以上生きていると言っても、子供なのだ。寂しくないはずがない。

 

「オモチャもすぐ壊れちゃって……」

 

 そうか、確か原作の書籍に『折角作った物もすぐに壊すから誰も遊んでくれなくなった』的なことが書いてあった気がする。

 

 ──そんなの、辛すぎる……。

 

「え、お兄さん?」

 

 気づくと俺はフランの頭に手を置いていた。

 

「……大丈夫。これからはたくさん遊べるよ。壊れちゃってもいい。俺がいっぱい作ってあげるから──」

 

 だから、もう寂しくないよ。

 

 破壊と創造。相反するこの力は相性が悪い。だがそれは対立した時の話であって今回はそれに当てはまらない。

 

壊れてもいい物(オモチャ)はいくらでも作れる。フランが全て壊してしまっても、寂しい思いをさせることもなくなるんだ。

 

 ───────────────

 

「さあ! お兄さん、行っくよー! 禁忌『クランベリートラップ』!!」

「ひえっ!」

「あはは〜! 楽しいわお兄さん。壊れないでね」

 

 そう思うなら手加減してくださいお願いします、死んでしまいますから!

 

 あの後何やかんやあって弾幕ごっこをすることになった。ルールはスペルカード一枚、被弾一回だ。

 

 フランにとっては遊びでも、俺にとっては命懸けだ。人間でも妖怪に対抗できる手段が弾幕ごっこなのだが、俺があまりにも弱すぎるから正直殆ど変わらない。

 

 クランベリートラップは『東方紅魔郷』に登場したスペルカード。当然見覚えがある。でも……避け切ることはできるだろうか? 二次元の画面で見ていた通り、平面で襲ってくる訳では無い。即ち、定石通りに避けられるとは限らない。

 

 左右から壁のように迫ってくる光弾を避け、様子を伺う。今のところは順調。しかしそんな余裕もすぐになくなって、いつの間にか全方位を囲まれてしまう。気づいたら(トラップ)にかかっていたようだ。だがその罠も暫くの間凌げば再び解放される。

 

「詰んだ。──星符『スターバースト』!!」

 

 突破口が見えず、あのままでは一気に被弾するところだった。光線は轟音と共に広がってフランと()を容易く呑み込んだ。

 

 ──ん?

 

 だが、彼女にダメージは入っていないようだ。なんだろう。今コウモリの翼みたいなのが見えた気が……。まあいい、目的はフランを攻撃する訳ではなく弾幕をかき消すことだ。クランベリートラップの持続時間は残り十秒程だろう。ここをなんとか生き残れば引き分けに持ち込める。

 

 ───────────────

 

「お兄さん大丈夫?」

「な、なんとか……」

 

 俺は残り十秒程でもう一度死にかけた。周りから囲んでくるタイプのスペルカードは初めて見たから上手く避けられず、気づいた時には詰んでるのだ。運良く被弾する前にカードが時間切れで終わったが、戦いがあと一秒でも長引いていたら死んでいたかもしれない。

 

「楽しかったわお兄さん。ありがとう! また遊んでくれる?」

「勿論、次はもっと強くなってからがいいな」

「そしたらもっと遊べる?」

「うん」

 

 そう言うと、フランは嬉しそうに羽を揺らす。可愛い。──おっと、俺はロリコンじゃないぞ? フランは普通に可愛いからな。妹に欲しい。

 

「そろそろレミリアさんのところに行かなきゃ」

「うん、一緒に行こう!」

 

 フランにレミリアの部屋まで連れていってもらう。さっき咲夜に案内されたがイマイチ覚えていない。この洋館、広すぎるんだ。

 

「ところでさ、フランドールちゃん」

「フランでいいよ。長いでしょ?」

「じゃあ、フランちゃん」

「なーに?」

「その羽、空飛べるの?」

 

 その言葉に羽が反応し、色とりどりの結晶がカランと鳴る。ガラスか何かでできてるのかな?

 

「えー、内緒」

「えっ」

「弾幕ごっこで私に勝てたら教えてあげる!」

 

 うーむ、そうきたか。気になるなぁ。フランの羽は木の棒のような骨に結晶が付いているのだ。それだけである。俺には飾りの羽にしか見えない。

 

「着いたよ。お姉様、お兄さんを連れてきたよ!」

 

 フランが部屋のドアをノックしてレミリアを呼び出す。部屋を出て俺の顔を見たレミリアは微笑んだ。なんだろう?

 

「それじゃあ案内するから付いてきて」

 

 道中レミリアの「無事だったようね」という言葉に対し俺は苦笑いを浮かべる。そんな俺を見てさっきと同じように笑みを浮かべるレミリア。何だ何だ。怖いぞ。

 

 暫く紅い廊下を歩くと地下への階段に辿り着いた。そういえば紅魔館の図書館は地下にあるんだっけ?

 

「さあ、ここが図書館。私の親友を紹介するわ」

 

 レミリアは重厚な扉を押し開けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#6「大図書館」

 フランは祐哉の腕を引っ張って食堂を出て行った。フランが人間と会うのは四人目かしら。今のところ軽く触れただけで壊れそうな程脆い生き物だけど、本当にフランと遊ばせていいのかしら。

 

 ……私が見た“運命”は相当先の事だ。運命は非常にデリケートで簡単に覆ってしまう。ここで死ねば幻想郷の未来は変わる。それはそれで面白いわね。ふふ、貴方は今を乗り越えられるかしら?

 

 食堂を出た私は長い廊下を歩いて地下に向かう。道中の階段でフランと会う。

 

「あらフラン、どうしたの?」

「縫いぐるみ取りに来たの!」

「そう」

 

 フランはそう言って階段を駆け下りた。

 

 あの子も比較的明るくなったわね。これも霊夢と魔理沙のお蔭。やっぱりあの異変を起こしたのは正解だったわ。結果論? 別にいいじゃない。

 

 静寂の中、靴の踵が立てる音だけが響く。長い長い階段を降りてしばらく進むと自身の三倍程高い扉が聳え立つ。扉はギギギ……という重厚感のある音を立てながら開かれる。

 

 ここは大図書館。私の親友であるパチュリー・ノーレッジとその使い魔“小悪魔”の部屋だ。相変わらず黴臭いわね。どうにかならないのかしら。

 

「レミィ、どうかしたの」

「ああ、パチェ。ちょっと話しましょう?」

 

 地下一階の奥にいるパチュリー……パチェが話しかけてくる。

 

「今ね、人間が来ているわ。それも外来人」

「…………」

「ふふ、気になるようね」

「……別に」

 

 いいえ、パチェは明らかに“外来人”という単語に反応したわ。ただ、恐ろしく小さな反応。親友の私でないと見逃しちゃうわね。

 

「そう? 別に構わないわ。勝手に喋り続けるから。“彼”は私が()()人間よ」

「…………」

「今フランと遊んでいるわ。ちょっと覗いてみない?」

「…………」

「パチェ〜?」

「……分かったわよ、見たいならそう言えばいいのに」

 

 パチェは初めて本から目を逸らし、水晶に手を翳した。水晶は水面(みなも)の様に揺れてやがてフランと祐哉が写る。咲夜によるとこれは外の世界の“監視カメラ”という物と似ているらしい。咲夜は何処からそんな情報を仕入れたのかしらね。

 

「ねえ、今縫いぐるみが急に現れたわよ? フランの様子からして、祐哉がやったみたいだけど……」

「…………」

 

 祐哉がやったならそれは十中八九能力によるもの。一体どんな力なのかしらね。

 

「ねえパチェ。面白いこと思いついたわ」

「今度は何をするつもり?」

「彼をサポートするのよ、私達が力を貸せば運命は楽しくなるわ」

「……『幻想郷を危機に陥れる存在であり、救う人間』ね。分かった、レミィがそう言うなら協力するわ」

「パチェならそう言ってくれるって思ってたわ」

「はいはい」

 

 これから楽しくなりそうね。さて、まずは──

 

 

 

 

 ───────────────

 

 扉を開いて中に入ると、想像以上に広かった。紅魔館と同じくらいとまでは行かないが、それでも全てを回るのは時間がかかりそう規模だ。これも咲夜がやったのか。

 

 天井のシャンデリアが明かりを灯しているが本を読むには少し暗い。匂いは図書館特有のものと言うより黴臭い感じだ。本が傷みそうだけど平気かな。

 

それにしても本棚の数が尋常ではない。流石、幻想郷最大の知識量を持つと言われているだけのことはある。

 

「うわぁ……」

「ふふふ、あまりにも大きくて驚いたかしら?」

「……ええ、凄いですね、これは」

 

 本棚は俺の身長の五倍程高く並べられているのでどう考えても取れないが、ここの人達は皆空を飛べるから問題ないのか。ハシゴ使わなくても取れるんだから便利だよな。

 

 前を歩くレミリアに付いていくと、奥のテーブルが見えてくる。テーブルの上には本が積まれており、真ん中には長い紫髪の人がいる。おお、あの人が……。

 

「パチェ、連れてきたわ。……祐哉、彼女が私の親友のパチュリー・ノーレッジよ」

「初めまして、神谷祐哉です。宜しくお願いします!」

「パチュリーでいいわ。宜しく」

 

 簡単な自己紹介を済ませると、レミリアがパチュリーを見る。それを受けた彼女は本から目を離して問いかけてきた。

 

「さっきの弾幕ごっこを見せてもらったわ。何かしらの能力を持ってるようね」

 

 どこから見てたんだろうと思っていると後ろにいるフランが口を開いた。

 

「お兄さんは凄いんだよ〜! 物が作れるの!」

「俺の能力は『物体を創造する程度の能力』です」

「へえ、そうなの。道理で……」

 

 レミリアとパチュリーが腑に落ちたと言うように頷く。よく分からないや。

 

「祐哉、貴方強くなりたいとは思わない?」

「強く、ですか? まあ多少は思いますけど、別に……」

「あら、そうなの?」

 

 なんだろう、何となくレミリアは残念そうな顔をしている。強くなりたいって言った方が良かったのかな。でも今のところ困ってないし……。

 

 

 ───────────────

 

 用事を済ませた俺は館内を色々と見て回ることにした。しかしあまりにも広すぎて何処に何があるのかサッパリだ。さっきから魔導書しか見当たらない。確かここには外の世界の本もあるはずなんだけど……。

 

 試しにその辺にあった魔導書を手に取って読んでみる。

 

「……? なにこれ、真っ白じゃん」

「魔導書は魔力やセンスがないと読めませんよ」

「ああ、そうなんですか」

 

 真っ白の魔導書に対し不審に思っていると隣に居た人が理屈を教えてくれた。ってあれ?

 

「初めまして、ようこそ大図書館へ。私はパチュリー様の使い魔です。皆さんからは“こあ”と呼ばれています」

 

 “こあ”は赤い髪に真紅の目、ワイシャツに黒いベストとスカートという、JKやメイドと言われても納得できるような姿をしている。でも何だろう、司書さんもこんな格好してるかな、意外と何処でもやっていける服装なのかね、可愛い。……おっとつい本音が。

 

「初めまして、神谷祐哉です。三ヵ月前に幻想入りしました。宜しくお願いします、“こあ”さん」

「こちらこそよろしくお願いしますね、祐哉さん」

 

 “こあ”は頭から生えた黒い羽をぴょこんと跳ねさせる。何この子可愛い。

 

「あ、そうそう、魔導書には鍵が必要なんです。鍵と言っても物理的なものではなく、こう……なんて言うんですかね、えっと」

「暗号みたいな?」

「そんな感じです。まあ私も読めないんですけど……」

 

 ふむ、スマホのロック解除コードみたいなものかな? n桁の数字を打ったり、適当な模様を線で描くとか。

 

「あの、魔導書以外の本はどこに置いてありますか?」

「下の階にありますよ」

「ありがとうございます」

「いえ、また何かあったら言ってくださいね!」

 

 “こあ”はそう言って飛んでいった。頭と背中の羽を使って飛ぶのか、可愛い。……大丈夫かな俺、さっきからおかしい。

 

 階段を降りて端にある本棚から見ていく。ここは世界各地に言い伝えられた神話が置かれている。何か知ってるものは……例えばギリシア神話とかあるかな。お、古事記だ。えーギリシアギリシア……っと、あったあった。

 

「ひゃー、ギリシア神話だけで随分沢山置いてあるんだな」

 

 俺は何となく目に止まった本を手に取って読んでみる。どうやらこれはギリシア神話に登場する神々を纏めたものらしい。ゼウス、ヘラ、アテナ、ヘパイストス、ハデス、アポロンなど()()()()名前が見られる。

 

「こういう本小さい頃よく読んだな〜。ん?」

 

 パラパラ捲って流し読みしていると気になる記述が目に入る。

 

 それは“ヘパイストス”の枠だった。

 

 ──ヘパイストスはヘラが自分一人の力だけで生んだ子供。ヘパイストスは生まれながら醜く、足が弱かった。そんな子供を産んでしまったことを他の神に知られたくないと思ったヘラはヘパイストスを天上から投げ落とした。落ちた先にいた神に育てられたヘパイストスは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……へえ、面白いな。俺の能力も意外となんでも作れたりしないかな。

 

 

 ───────────────

 

「──さん、祐哉さん、起きてください」

「ん……あ、こあさん……」

「大丈夫ですか? こんな所で寝たら風邪引きますよ」

「今何時ですか」

「朝の五時です」

 

 マジか、寝落ちした。いつの間に寝てしまったんだろう……。朝というと、夜型のレミリアはそろそろ寝るのかな。その前にここを出発しよう。

 

「起こしてくれてありがとうございます。俺そろそろ帰りますね、レミリアさんに挨拶してきます」

「どういたしまして。あ、フラン様にも声を掛けてあげてくださいね」

「わかりました」

 

 俺は“こあ”とパチュリーに挨拶をして図書館を出る。さて、フランは何処かな?

 原作では地下室に引きこもってる設定だったけど、今いるところも地下なんだよな。適当に進めばいいだろうか。

 

 運動靴が絨毯のような床を優しく蹴る。この感じ好きだな。ちょっと高いホテルもこんな感じの床だよなー、裸足で歩くと気持ちいいやつ。

 

 適当に歩いていると、微かな声が聞こえる。声がした方へ向かうと重厚感のある扉があった。扉に耳を付けて見るとまた声が聞こえた。

 

『ウフフ……まだ、まだよ。壊し足りないわ……キャハ……』

「!?」

「──誰!?」

 

 声の主はフランだった。そのことに驚いた俺はうっかり扉を蹴ってしまった。扉は鈍い音を立て、気づかれる。何時間か前に当てられた圧力(殺気)に触れて動けなくなる。体中から汗が湧いてくる。早く逃げないと殺さ──

 

「あれ、お兄さん。どうしたの?」

「…………」

「お兄さん?」

「あ、ああ。フランちゃんを探してたんだ。もう帰ろうと思ってね」

「そっかー、また遊ぼうねお兄さん。バイバイ!」

 

 扉が開いた瞬間圧力は消え去った。要件を伝えると、手を振ってくる。その時の瞳は容姿に相応しい純粋なものだった。

 

 俺はフランと別れ、レミリアの部屋へ向かう。

 

 俺はフランを恐れてはいないつもりだった。だけどあの殺気に触れてしまうと怖くなる。人格が変わったとしか思えない。何かあるのだろうか。

 

 考え事に夢中になっているといつの間にかレミリアの部屋に着いていた。ノックをすると出迎えてくれる。

 

「どうしたの、顔色悪いわよ?」

「あ、いえ……なんでもないです」

「そう?」

「はい、今日はありがとうございました。そろそろ移動しようと思います」

「分かったわ。またいつでも来なさい」

 

 レミリアに一礼して外に出る。門の前で寝ている美鈴を横目に紅魔館を見上げる。この一晩で寿命がかなり縮んだ気がするけど、何だかんだ楽しかった。

 

 さて、次は白玉楼に──って、どうやっていけばいいんだ? 神社に戻って霊夢に聞こうか。そう決めた時、辺りが急に明るくなった。

 

 湖の方を向くと奥にある山からオレンジ色の太陽が登り始めた。その様子はまさに幻想的。向こう(外の世界)では見たことの無い美しい景色だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#7「幻想入り」

 ──そこは、見慣れぬ森だった。

 

 少女は今困惑している。

 

 彼女は地元の学校に通っている高校生だ。友人と別れ一人で道を歩いていたとき、()()がいた。そう、これから起こることの元凶は今回も()()である。

 

 ───────────────

 

「あれ……? 何処だろう、ここ」

 

 私は下校中に白い()を見つけた。気になって近づいてみると逃げられてしまった……ということはなく、寧ろ寄ってきた。昔からそう。私の周りにはいろいろな動物がやってくる。犬や猫だけでなく野生の鳥と触れ合ったこともある。

 

 とはいってもこれは小学生までのこと。それから今日まで動物から寄って来ることはなかった。

 

「野良猫を触るの久しぶりだなぁ。可愛い~」

 

 飼い猫なのか私が触れても逃げなかった。撫でられて心地よさそうにしていた猫は招き猫のポーズをとる。そういう風に(しつけ)られたのかな。猫は犬と違って芸をするイメージないけど。

 

 ふと頭に浮かんだ。

 

 ──近くの家で飼われてるのかな。付いていってみよう

 

 ───────────────

 

 私の決断は最悪の結果を招いた。猫を追いかけているうちにこの森に辿りついてそして見失ってしまったのだ。素早く動く猫は律儀に道路だけを歩いていた。塀を越えることが無かったから追跡は簡単だった。今思えば塀を越えてくれた方がこんなことにならずに済んだのかもしれない。

 

「ここは……どこだろう」

 

 周りは葉を落とした木々で囲まれている。とはいえ()()ということもあって暗く、目を凝らさないと足元も見えない。枯葉が砕ける音をBGMに森を探索する。十五分程経ったころだろうか。私はあることに気づく。

 

 ──スマホ使えばいいじゃん。

 

 スカートのポケットからスマホを取り出し、指紋認証でロックを解除する。G○○gleマップを開いて……あれ? 

 

『表示できません』の文字が()()された。よく見ると圏外だ。こうなっては折角のスマホも役に立たない。少しずつ込み上げてくる不安を誤魔化すように音楽を聴くことにする。

 

 音楽アプリを開いていると、後ろから足音が聞こえた。人がいるなら出口を聞こう、そう思って目を向けると信じられないものが目に映った。

 

「グsssss……ヌォ……」

 

 足音の主は()()()()()()()()()()()()。いや、妖怪(バケモノ)だ。私は気づいたら走っていた。

 

 ──怖い、怖い……! 

 

 後ろを振り向くと先ほどのバケモノが追ってきている。ドロドロとした液状の体を滑らせ、六本の腕で地面を叩いている。必死に走るが恐怖のせいか視野が狭まって思うように走ることができない。そして──

 

「あっ……」

 

 木の根っこに足を引っ掛けて躓いてしまう。

 

 早く起きないと、追いつかれちゃう。そう思っても身体はまったく動かなかった。バケモノはもうすぐそこ。もう……。

 

「い、いや……。誰か……助けて……」

 

 助けを呼ぶ声にしてはあまりにも小さすぎた。だけど──

 

()()()()()()()()()()()!!」

「きゃああああ──ー!!」

 

 誰かの掛け声が聞こえた後目の前が光に包まれた。一瞬遅れて轟音が鼓膜を襲う。なにがなんだかわからない。ただただ怖いという思いだけが自分を支配している。

 

 ───────────────

 

「大丈夫?」

「…………」

「ちょ、ちょっと!」

 

 妖怪を倒した後女の子は倒れてしまった。気を失っているようだ。少し様子を見て、起きないようならおぶって神社に連れていこうか。

 

 布団を創造してその上に寝かせる。便利な能力持っててよかったな。

 

 今の所妖怪の気配は感じない。少しくらいならこのまま休んでいても問題ないだろう。

 

 女の子の方に目を向ける。おそらくこの子は俺と同じ外来人だろう。彼女が着ている制服には見覚えがある。それに、顔もどこかで……? 

 

「うぅ……」

「起きた?」

「ここは──っ!?」

「ああ、大丈夫。さっきの妖怪(バケモノ)なら倒したから」

 

 目を覚ました女の子は、気を失う前の状況を思い出したのか、警戒していた。妖怪がいないことがわかると少しホッとしたようだ。

 

「貴方がアレを……?」

「うん」

「…………」

 

 あ、この沈黙は疑われてるな? まあ当然の反応だな。寧ろさっきの出来事を夢と思わないだけすごいと思う。

 

「ここから出るにはどうしたらいいですか?」

「森から出るならあっちが近いけど、根本的な解決にはならないかな」

「……?」

 

 外来人ならば元の世界に帰りたいはずだ。異世界生活に憧れていれば別だけど。こういうことは霊夢に任せるべきだ。面倒なことになる前にさっさと神社に移動しよう。

 

「きゃっ!」

 

 突然女の子が叫ぶ。指を指している方を見ると一体の妖怪が背後に迫っていた。チッ、面倒なことが起きてしまった。俺は若干イラつきつつ針を創造して投擲する。妖怪の肉体は強いため俺の針ではワンパンできない。

 

「足止め程度だ、捕まって!」

 

 女の子の手を掴んで走る。

 

 ──おかしいな

 

 妖怪は主に夜に活動する。今はもう()だというのに何故? 

 

「前からも来てます!」

 

 前からだけではない。左右に三体。囲まれた。四足歩行の獣のような妖怪が前足で切り裂きに来る。これは本気出さないと死ねるな。

 

「ちょっと失礼」

 

 俺は女の子を抱き上げて空を飛ぶ。これでこいつらは撒いただろう。そう思っていた。

 

『グルゥゥアアア!!!!』

 

 だが四足歩行の妖怪は周りの木を使って登ってきた。その動きはとても速く、避けきれそうにない。万事休すか──

 

「しつこいんだよ!」

 

 ──星符『スターバースト』! 

 

 下から迫ってくる妖怪へ向けて光線を放つ。極太のそれは残りの妖怪も飲み込み、かき消した。

 

 ……いくら何でもおかしい。兎に角、早く神社に行こう。

 

 一気に浮上して森を抜ける。もうすぐ神社だ。しかし──

 

「後ろからまた来てます!」

 

 今度は羽の生えた妖怪が四体。そのどれもが低級の部類だった。この距離ならば撃墜するよりも神社に行ったほうがいい。俺は加速して神社に飛び込む。

 

「霊夢ぅぅうう!!!」

「あら、祐哉? どうしたの──ああ、任せなさい」

 

 境内の掃除をしていた霊夢を呼ぶ。すぐに察した霊夢は御札ではなく大幣を投げつける。大幣は直線上に並んでいた妖怪を貫いた。近接武器を投げつけるとか霊夢さんマジパネェっす。それで? 飛んで行った大幣はどうす──

 

「あー、取って来てくれる?」

 

 アッ……

 

 ───────────────

 

「──という訳よ。今後どうするか決まったら言って。ああ、そんなに焦る必要は無いわ。いつでも戻れるから」

 

 幻想郷(こっち)には来れないけどね、と付け足す霊夢。

 

 女の子はあの後霊夢から幻想郷についての説明を受けていた。俺の場合は問題なかったが、幻想郷や"原作"を知らない人にはまずここが別世界だと言うことを認識させる必要があった。別世界と聞いた時の反応は十人十色。歓喜する者もいれば「別世界? 幻想郷? なにそれ?」という者もいるという。説明しても理解してもらえない場合は問答無用で追い返すそうだ。博麗の巫女大変だわ。

 

 さて、この子はどうするのかな。因みに残る選択をすると人里で暮らすことになる。俺が博麗神社に居候させてもらってるのは紫の言う「特別な力」のお蔭だろう。なんかよくわからないが修行をつけてもらえているのだ。

 

 それはさておき──

 

「なあ、霊夢。今の説明だけど──おい、何で目を逸らす?」

「い、いや、別に? なにか間違えたかしら」

「ああ、“いつでも戻れる”ってどういうことなのさ。確か俺の時は……」

「確かに戻れるわ。だけど時間が経てば経つほど面倒なのよ」

 

 あー、そういう感じ? 俺が幻想入りした時、霊夢はやる気がなかったってことか。面倒だからさっさと送り返しちゃえ、と。これが博麗の巫女かぁ……。

 

「まあ、ゆっくり決めていいから。祐哉、この子を案内してあげてくれる? 貴方の挨拶回りにでも連れて行ってよ」

「わかった。でも次白玉楼行くんだけどどうすれば……」

「魔理沙に頼めば案内してくれるわよ。さて朝ご飯にしましょ。手伝ってくれる?」

 

 ちょうどお腹が空いていたところだ。台所へ向かう霊夢に付いていこうとすると女の子に話しかけられる。

 

「さっきは助けてくれてありがとうございました」

「ああ、間に合って良かったよ。神社から出る用がある時は俺か霊夢に言ってね」

「霊夢……霊夢ってさっきの人ですよね? 名字は博麗……不思議ですね」

 

 女の子は怪訝そうな表情を浮かべる。一体どのへんが不思議なのかわからない。軽い気持ちで質問すると驚くべき答えが返ってきた。

 

「まだ名乗ってませんでしたね。私の名前は『博麗霊華』です。宜しくお願いします」

「えっ……?」

 

 ──()()霊華。彼女は確かにそう言った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#8「博麗を名乗る者」

()()()()。彼女はそう言った。まさか博麗という名字が外の世界にもあったとはな。俺が外の世界にいた頃、興味本位で『博麗 名字』と検索したことがある。すると名字検索ができるサイトが出てくるのだ。確かあそこに書かれていた内容は──『調査中』だったはず。別のところには『実在しない名字のひとつ』とも書かれていた。そう、『博麗』は架空の名字なのだ。──そう思っていた。

 

「ハクレイ……えっと、漢字も同じ?」

「はい。博士の『博』に麗しいの『麗』、博麗です」

 

 だがここに実在している。人が他人に会う確率が凡そ70億分の1だと言う。約70億人の中で幻想入りして尚且つその人の名字が博麗である確率は……あ、頭が痛くなってきた。

 

「祐哉ー? 早く来てよ」

「お、霊夢。この子も博麗なんだってさ。実は親戚とか?」

「えっ!?」

 

 俺と同じ反応を示した霊夢。……ふむ。今こうして二人を見比べてみると意外と似てる。そっくりさん、というよりは双子みたいだ。二人とも髪が長いのは偶々だろう。背の高さと顔のパーツの位置、それから……容姿の判断材料として使わせてもらうが胸の大きさも多分同じくらいだ。二人が同じ服装をしたら区別がつかなそう。

 

「アンタ、名前は?」

「博麗霊華です」

「…………」

 

 あらら、黙り込んじゃった。まあ、俺も結構衝撃受けたから博麗(当事者)はもっと驚──

 

「道理で可愛いわけね。私とそっくり!」

 

 ──あっ、はい……

 

 ───────────────

 

 朝食を済ませてから数時間が経ち、俺と霊華は居間で話している。霊夢は出かけており、俺がこの子のお守りを任されている。

 

「その制服、もしかして✕✕高校?」

「はい、神谷さんは○高ですよね? お隣ですね!」

 

 まさかお隣の高校だとはな。そんな近くに『博麗』がいたのか。因みに俺も彼女も制服を着ている。霊華はともかく三ヶ月前に幻想入りした俺が何故今も制服を着ているのかって? いや、下手な私服よりも制服の方がかっこいいじゃん。決して服買いに行くのが面倒とかじゃないから。引きこもりじゃないんで。

 

「博麗さんが幻想入りした時ってどんな感じだったの?」

「学校から帰る途中に見かけた猫を追いかけてたら森にいて……そしてあの妖怪が──」

「なるほど」

 

 下校途中に猫を見つけた、か。なんか俺と似てるな。俺の場合は犬だったけど。

 

 霊華は手で口を隠して欠伸をする。それから話しかけてきた。

 

「神谷さんはどうして幻想郷に残ったんですか?」

「俺は元々この世界のことを知ってたからね。ここ、向こうじゃとある作品の世界なんだよ」

「え、ここは二次元の世界なんですか?」

「創作の中の世界なのだからそうなるんだろうけど……細かいことはよくわからない」

 

 ──ん? 

 

「あれ、下校途中? 今幻想郷(こっち)は朝だ」

「そうなんですよね。そろそろ眠くなってきました」

 

 霊華が来た世界とこの幻想郷の間には時差が生じているということか。俺の時は多分無かったと思う。……へぇ、面白い。

 

 取り敢えず風呂場に案内して寝てもらおう。幻想入りして早々妖怪に追いかけられたわけだし、かなり疲れは溜まっているはず。

 

 ───────────────

 

 ──暇だ。

 

 拙者、とても暇でござる。霊夢は出かけたきり戻ってこないし、霊華の方は今寝ている。どうしたものかな。

 

「修行でもするか」

 

 早速自室へ移動して修行を開始する。俺は創造の能力を使いこなせるようになるための日課をこなしているのだ。内容はとてもシンプル。針を一日千本創造すること。次に、針を的に当てることだ。

 

 一つ目は霊力量を増やすことを目的としている。俺の能力は使う度に霊力を消費する。基本弾幕が(創造物)である以上、霊力はたくさんあったほうが戦えるのだ。そして霊力は体力同様、使えば増えていくものだ。

 

 二つ目の修行だが、これは精度を上げるための訓練だ。直接相手を狙うことが少ない弾幕ごっこが主流の世界に必要なスキルかどうかは不明だが、手先は器用なほうがいい。

 

 この方法は自分で考えたものだが、霊力の概念及び性質は霊夢に教わった。この能力に目覚めたのは幻想入りしてすぐのことだった。紫の言う『特別な力』かと思ったが違うらしい。創造の力に気づくことができたのはとある人の協力があったからなのだがその話はまたの機会に。そろそろ集中しないときつくなって来た。

 

「897……898……899…………900」

 

 数が増えていくにつれて創造にかかる時間が遅くなっていく。そして意外と数を数えることも苦痛だったりする。更に……

 

「901……」

「2、3、5、7、11、13」

「90……2? おい魔理沙」

「なんだ?」

隣で素数数えるのやめて(おはよう)

やだね(おはよう)

 

()()()()現れる魔理沙(素数カウンター)がいると余計キツくなるのだ。

 

「今日も頑張ってるな。ところでさっき霊夢の部屋に行ったんだが──」

「ああ」

「風邪でも引いたのか? あいつがこの時間に寝てるなんて珍しい」

「その件ですが魔理沙さん、落ち着いて聞いてくださいね」

 

 針を創造しつつ説明する。あ、いけね、今何本目だ?

 

「へ? 霊夢のそっくりさんが幻想入りして来た?」

 

『霊夢のそっくりさんが幻想入りしたそうですよ?』とかいうタイトルで小説書けば人気出そう。なんでしなかったんだろうね……おっとこれ以上はいけない気がする。

 

「そう、魔理沙でも見た目だけじゃ判別できないかもね」

「絆を試されているのか私は」

「ふ……966……ふ……966……ふ……966」

「……それで、霊夢(本物)は?」

「いや、寝てる方が偽物とかじゃないからね? ……976……知らね967……966」

「いやもう数数えるのやめろ」

「965? 964 963 962、961〜?」

「ふざけてんだろ」

 

 当然である。

 

 魔理沙に修行の邪魔をされ、すっかりやる気が失せてしまった。残りの量を一気に創造する。部屋には針が千本置かれている。適当に並べているため中々危険な部屋になっている。それを見て達成感に浸った後能力を解除する。

 

「いつも思うんだ。創造した物を消した時の粒子綺麗だなって」

「魔理沙も? 俺も好きなんだよね」

「この粒子の正体ってのは霊力なんだろ? ならお前の下に戻るのか?」

「いや、残念ながら戻ってこない」

 

 創造を解除された物は粒子となって消えてしまう。そして霊力は空気と混ざって無くなる。もしも俺の元に霊力が戻るなら間違いなくチート能力だっただろう。

 

「あ、そうだ。魔理沙にお願いがあるんだけど」

 

 霊華を挨拶回りに連れて行くこと、白玉楼まで案内してほしいことを話すと承諾してくれた。

 

 さて、俺は昼の買い出しにでも出かけようかな。霊華のお守り役は魔理沙に任せればいいし。

 

 いやー、()()に会うの楽しみだなぁ。……そうだ、いいこと思いついた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#9「白玉楼でブレイジングスター」

「ほら、見えてきた。あれが冥界への入口だ」

「大丈夫? あの中に入っても死なないよね?」

「ああ、もし死ぬなら私と霊夢は死んでるよ」

 

 俺達は今、顕界と冥界を隔てるもの──幽明結界を潜った。目的は一つ。冥界に行って死ぬ事で死霊となり、人間以上の力を得る為だ。

 

 

 

 ──というのは嘘だ。そんなに力を得たいと思っていないし、そもそも冥界に行くだけなら死なない。

 

 では何故、死者の住まう冥界に向かっているのか疑問に思うだろうか。その答えは簡単、冥界に会いたい人がいるのだ。あの世に行く理由なんてそれで十分だろう? 

 

「よし、ここまで来れば白玉楼はもう目の前だ」

「うぉっ、階段が……ヤバい」

「語彙力が低くないか?」

 

 巨大な扉(幽明結界)の先には長い長い階段があった。高さの推定は千メートル以上。こんな階段を目にすれば誰だって語彙力を失うだろう。

 

 ───────────────

 

「そんじゃ早速入るか」

 

 空を飛んで5分。漸く門前に到着し、魔理沙が扉の取手に手をかける。不法侵入は不味くないか? それになんか……

 

「魔理沙」

「どうした?」

「何か嫌な予感するから俺が開けるよ」

 

 俺が知っている二次創作では何故かここで()()()()()()。今いる世界が原作通りならば問題は無いだろうが、対策はしておくに越したことはないだろう。

 

「そうか、なら任せるよ」

 

 全ては半人半霊さんの性格によるんだけどね。どうか突然斬りかかってくる子じゃありませんように。

 

 ──創造、反射結界

 

 俺は結界を創造してから扉の前に立つ。そしてノックして声を掛ける。

 

「どなたでしょうか」

「あー、私だ。私の友人がここに用があるっていうから連れてきた」

「魔理沙? わかった。今開けるね」

 

 インターホンがない世界だ。声を張るしかないとはなかなか不便だなと思いつつ、警戒心は薄れていった。

 

「なんだ、いらない心配だった────ぬぁああああああ!?」

 

 しかし扉が開いた時、()()が飛んできた。目にも止まらぬ速さでぶつかるソレは結界を容易く貫き、俺を一番下の段(振り出し)まで戻そうとする。

 

 ──スペルカード。半霊『振り出しに()()』……なんちゃって

 

 今のって()()の半霊だよな。てか待って、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。この高さから落ちるのはヤバいって! 

 

 幸い勢いが強かったので、まだ階段に落ちてはいない。だが転がり始めたら最後。──あ、力学的エネルギー保存則を思い出した。ぐちゃぐちゃになるぞ。これが走馬灯か……。まさか死ぬ直前に物理の公式を思い出すとは思わなかった。もう少しまともな走馬灯は無かったのか。──なんて言ってる暇はない! 吹っ飛ばされてる今のうちに手を打たないと。

 

「ええい、一か八か魔理沙のアレを!」

 

 危機的状況から抜け出す為に急いで箒を創造する。それを手に持った後箒の先に魔法陣を埋め込み……

 

「人間は、何時如何なる時でも挑戦する気持ちを忘れちゃいけないんだぜ──星符『スターバースト』!!」

 

 地面に向けてスターバーストを放つ事でそれを推進力に運動ベクトルの方向を強引に変える。

 

「うわぁあああ!! なにこれなにこれ怖い! ジェットコースターかよ!!」

 

 発想力と()()力はあったが、俺には致命的に欠けているものがあった。それは──

 

「ごふぁっ!!」

 

 ──操縦スキルだ。

 

 

 ───────────────

 

「おー! 楽しそうなことしてるなあ」

「放っておいて大丈夫なんですか!?」

「大丈夫だろ。にしても下手くそだなあ」

 

 昨日私を助けてくれた神谷さん。彼も私と同じ幻想入りをした人らしい。彼はこの世界で暮らすと決めて挨拶回りをしている途中とのこと。幻想郷の見学がてら私もついていくことになったけど……大丈夫かな、あっ落ちた。

 

 神谷さんは箒に滅茶苦茶に振り回されて階段に激突した。その衝撃で階段に穴が空いている。隣の魔理沙さんはお腹を抱えて笑っている。え、生きてるかな? 

 

 

 ───────────────

 

「……カツカレー、マグロ……ハンバーグ……うっ! ここは!? ──ガフッ!?」

「〜〜っ!?」

 

 意識が戻って体を起こしたらなにかに頭をぶつけた。それも結構な勢いで。めっちゃ頭痛い! 涙出てきた。

 

「痛い……」

 

 おでこを押さえて俺の毛布に顔を埋める女の子。この声は霊夢。──じゃなくて霊華の方か。制服着てるし。

 

 どうやら霊華と頭をぶつけたらしい。待って、超痛い。頭ガンガン言ってる。

 

「えっと、ごめん。大丈夫?」

「痛いよ!」

「ご、ごめんなさい……」

「…………」

 

 霊華もまた涙目だった。睨まれている気がするのは気のせいだろうか……いや、睨まれてますわ。ほんと、ごめんなさい。

 

「しかしどうして頭を……」

 

 俺は真っ直ぐに体を起こしたのだから、顔を覗き込んでいない限りぶつかるはずが無い。……覗き込んでたのか。恥ずかしい。

 

「中々目を覚まさないから心配で様子を見てたんですよ。そしたら急に起きて……」

「うっ、ごめんなさい」

「もう平気です。それより、大丈夫ですか? 凄い勢いで落ちてましたけど」

 

 ……そうか、俺は階段に頭ぶつけたんだっけ。結構腫れてるけど頭蓋骨にまでダメージは行ってないだろう。……多分。落下する瞬間にクッションを創造したのが良かったか。咄嗟に作ったため酷い出来だったがそれなりの成果を出した。

 

「たんこぶができたくらいで済んだみたい」

「運が良かったですね」

 

 全くだ。あんな事になるなら普通に落ちた方がマシだったな。推進力を利用して浮上するつもりが階段に突進してしまった。魔理沙のアレ(ブレイジングスター)はもう二度とやらん。騎乗スキルE-の俺が使いこなせる技ではない。

 

 

 ───────────────

 

「お、起きたのか。災難だったな!」

「あ、あの。先程は私の半霊が勢い余って……申し訳ございません」

 

 館内を()()に歩いていると居間に着いた。そこで白髪の女の子が土下座をしてきた。

 

 まあなんだ、その、()()()()()というか俺を殺しにかかってたよね。

 

「気にしないでください、なんとか生きてるし大丈夫ですから」

「具合が悪くなったらすぐに言ってください。診療所まで連れていきますから」

 

 そう言って白髪の女の子は氷嚢を持ってきてくれた。ありがたいです。

 

「うちの庭師が迷惑かけちゃったみたいね。ごめんなさい」

「いえいえ、とんでもな──あ、貴方は……」

「私は西行寺幽々子。宜しくね?」

 

 ゆゆこさまだ!! 本物だ! 

 

 水色と白の着物を着て、ナイトキャップのようなもの──通称ZUN帽を被っている。ピンク色の髪は華麗な桜を彷彿させる。少女というよりは綺麗なお姉さんといった印象だ。

 

「初めまして。神谷祐哉です。今日は御挨拶に伺ったのですが、早々御迷惑をお掛けしてしまい申し訳ございません」

「気にしないで。迷惑かけたのはこちらだもの。話は魔理沙から聞いたわ。ゆっくり寛いでいってね」

 

 幽々子はそう言って部屋を出て行った。立ち上がる時の仕草、歩き方、どれをとっても美しい。

 

 さて──

 

「改めて、神谷祐哉です。宜しくお願いします」

「私は魂魄妖夢です。宜しくお願いします。あの、外来人の方なんですよね? どうして此処に?」

 

 おや、魔理沙はどこまで話したのだろうか。この様子では殆ど知らないようだ。

 

「白玉楼と()()()の事は霊夢と魔理沙から聞きました。観光がてら御挨拶に伺いました。……御迷惑でしたか」

「とんでもないです。御丁寧にありがとうございます」

 

「「「「…………」」」」

 

 ふむ。話すネタが無い。挨拶回りに来たのはいい。だが他に用事がないのだ。となれば用は一瞬で済んでしまうのも当然。流石に今すぐ帰るのも変だし何か話題を……

 

「え、貴方も外来人ですか。それに、博麗……?」

「そうなんです。偶然ですかね」

 

 おや。俺がぼーっとしてる間に霊華と妖夢が仲良くなってる。いいなー。

 

「それで、お前の用はもう済んだのか?」

「ですねぇ」

「でも今帰るとお前は頭ぶつけに来たみたいになるぞ? なんせ強烈すぎて……ぷぷっ」

「ですねぇ」

 

 笑うなよ。こっちは死ぬかと思ったんだぞ。

 

「あれ、お前昨日言ってなかったか?   妖夢に会ったら頼みたいことがあるって」

「ですねぇ」

「言えばいいじゃん」

「ですねぇ」

「……おい」

「ですねぇ」

「…………1+1は?」

「その回答はとても難しい。何故ならその質問は算数としての問題なのか、それとも『田んぼの田』とかいう引っかけなのか分からないからだ。中には、2と答えた場合は『田んぼの田』になり、『田んぼの田』と答えた時は『は?   何言ってるん、2に決まってんだろ頭大丈夫か』という、相手の答えによって正答を変えてくるやつまでも──」

「──そこは『ですねぇ』って言えよ!   なに急に語ってんだよ。いや、分かる。分かるよ?   2って答えた時の『残念!   田んぼの田でした〜』っていう謎のドヤ顔がうざいよな!?」

「そう、そうなんだよ。俺はそのうち相手にしなくなった」

「それが正しい」

 

 魔理沙は腕を組んで頷く。どうやら幻想郷でもこの問題はあるらしい。最近聞かなくなったし幻想入りした説あるか……? 

 

 さて、と。霊華と妖夢の話も一区切りしたようだしお願いしてもいいかな。

 

「妖夢さん、実はもう一つ用があるんですが」

「なんでしょう」

「俺に剣術を教えてください」

「剣術、ですか?」

 

 俺の発言に全員が驚いた。

 

「……理由を教えて貰えますか?」

 

 理由は護身術の為だ。妖怪がいる幻想郷で自由に動くには、それなりの戦闘力が必要だ。弾幕の腕を上げればいいと言われたらそれまでだが、単純に日本刀を使ってみたい気持ちもある。日本刀は小さい頃からの憧れだからね。もっと言うと、俺の能力と合わせて使えば戦いの幅が広がると思うのだ。

 

 妖夢は俺の目を見て話を聞いてくれた。思いは伝わっただろうか。

 

「わかりました。ですが返事は待ってもらえますか?」

 

 これではまるで告白したみたいだ。そう思いつつ頷く。

 

「うん? 神谷さんにも能力あるんですか?」

「そっか、霊華は知らないんだったな。コイツの能力は贋作だ」

「おうふ」

 

 確かに、『物体を創造する程度の能力』とか言っても基本的には贋作に過ぎない。俺が真の意味で創造した物はほんの少しだ。だから魔理沙の説明は何も間違っちゃいないのだけど……

 

 なんというかその、心に刺さる。

 

「まあそんな感じ。色々物を作れるよ。……そうだ。もし嫌じゃなかったら刀を見せて貰えませんか」

「あれ、持ってないのですか?」

「はい」

 

 妖夢は居間を出て行った後、暫くして一本の刀を持ってきた。かたなを手に持ってみると思っていたよりも軽い印象を受けた。

 

 よく、『刀は重い』と聞くけど精々2kg……それ以下かもしれない。居間を出て、刀身を鞘から引き抜く。これが()()の日本刀か。曇りの無い刀身は太陽の光を反射して眩しい。よく分からないけどきっとすごい刀匠に鍛錬されたのだろう。

 

「どうですか?」

 

 目を閉じて脳内に設計図を浮かべる。……ま、こんなもんか。

 

 ──発動

 

 目を開けると同じ刀が二本。創造は成功した。見た目は完璧に複製できている。

 

「よし!」

「…………!」

「妖夢さん、この刀、ありがとうございました。お返しします」

「……もう良いのですか?」

「はい。一度作れば複製できるので」

 

 俺は一度創造したものなら、何時でも幾つでも複製できる。ここまではただの贋作能力。だがこの能力は創造能力だ。今複製した刀を参考に自分好みの刀を創造できる。今回はそのサンプルを得たのだ。

 

「ハァーイ。お着替えの時間よ」

「「「「わっ!?」」」」

 

 その人は、突然現れた。紫さんである。この人とは何度か会っているが毎回びっくりする。霊夢レベルとなるとほとんど驚いた様子は見せないが、常人にとってはたまったものではない。

 

「はじめまして。八雲紫よ。よろしくね、博麗霊華さん」

「え、どうして私の名前を?」

「ふふ、どうしてかしらね?」

「お前が霊華を連れてきたのか?」

「さて、早速だけど貴女には服を贈るわ」

「無視すんなよ……」

 

 紫は空間の裂け目(スキマ)に手を入れ、何やらゴソゴソと探っている。四次元ポケットかな? 

 

 と、そんなことを思っていると後ろから引っ張られる。

 

「レディーの着替えを見ようとする変態はしまっちゃうわ」

「うわわっ!?」

 

 待て、なんのことだ。ふざけるな。

 

 ───────────────

 

 俺は尻餅をついた。俺を片手で掴んでそのままポイッと投げる辺り種族の違いを思い知らされる。どうやら、スキマで部屋の外につまみ出されたらしい。何故か水の入ったバケツが置いてあるんだが、昔あった「これを持って立ってなさい」って奴? 今これをやると訴えられて有名になっちゃいますよ? ……悪い意味でな。

 

「はぁ──ーしょうがないなぁ」

 

 俺はバケツを持つ。……惨めだ。

 

 ──五分後

 

 飽きた。着替え長くね? 女子って着替え長いよな、着ている物が多いのかね。なんでかわからないけどいっぱい着てるよね。

 

「祐哉さん、もう入って大丈──何やってるんですか……?」

「あ、妖夢さん。暇だからバケツ振り回してました」

「そうですか……」

 

 ──やべ、引かれた。

 

 なんか前にもこんなこと無かったっけ? 

 

 ───────────────

 

「神谷さん、この服似合ってますか?」

 

 バケツを置いて部屋に戻ると綺麗な服を着た女の子がいた。水色と白の巫女服を着て、頭にリボンを付けている。フリルが可愛らしい。

 

 ──控えめに言って、どストライクですありがとうございます。

 

 とは言えないので何かまともなコメントを残そう。

 

「どストライクですって。最高の褒め言葉じゃない?」

「あれ、声に出してました!?」

「あらあら。私は適当に言っただけなのだけど……」

 

 き、貴様! 謀ったな!? 

 

 昨日会ったばかりの実質初対面の人に『どストライクです』なんて言ったら引かれるに決まってる。俺が逆の立場なら警戒する。おいおい印象下がったんじゃないの?

 

「こんな可愛い服貰っちゃっていいんですか?」

「もちろん。貴方のために用意したのだから」

「ありがとうございます! 嬉しいです」

 

 ──いい感じに話が逸れたし平気か。

 

「それで、次はどこに行くんだ?」

「永遠亭に行こうかなって」

「ああ、あの宇宙人のところか。何しに?」

「何しにってそりゃあ……なんとなく?」

「そうか。霊華はどうする?」

「私も行っていいですか?」

「もちろん。行こう、博麗さん」

 

 時間はまだ昼。今から行けば夜までには帰れるだろう。確か場所は()()()()()のどこかだったはずだ。

 

 ところで、

 

 

 

 ──迷いの竹林ってどこにあるの? 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#10「迷いの竹林」

 獣の気配がする。外から見た中の様子は暗く、完全に隔離された別世界のようだ。

 

「……大丈夫ですかここ」

「……わからん」

 

 ここは迷いの竹林。

 

 噂によるとここはいつも深い霧が立ち込めているらしい。さらに竹の性質上成長が早いため、目印となるものもないとのこと。そんな噂が広がり、やがて“迷いの竹林”と呼ばれるようになったようだ。

 

 当然、迷うだけではない。獣や妖怪もいるはずだ。まあ、いざとなったらスターバーストで竹林を焼き払えばいい。……いや、これは後が怖いな。

 

「俺は行く。博麗さんはどうする?」

「行きます」

 

 見た目おとなしそうな女の子だけど肝が座ってるな。

 

 俺たちは竹林に足を踏み入れた。

 

 

 

 ──三十分後

 

「なあ、ところでさ。永遠亭ってどこにあるの?」

「えっ、知りませんよ?」

 

 あ、オワタ。俺としたことが、頭の中竹林でいっぱいになって肝心なことを忘れていた。

 

「空飛べば見つかるんじゃね?」

「…………」

 

 そういうと霊華が俺のじっと見る。やだ、照れちゃう。

 

「どうかした?」

「私、空飛べません」

「あっこれ詰んだわ」

 

 帰ろうにも帰れない。こんなことなら目印を創造しておけばよかった。竹が当てにならないなら自分で作ればいい。だがそれももう遅い。これはスターバーストか? いや待て、落ち着け。早まるんじゃない。竹林焼き払ったら何をされるかわからないぞ。

 

「それか私、ここで待ってますから様子見てきてもらえますか?」

「危険だけどそれしかないか。また抱っこするのはちょっと、な……うん」

「それは……恥ずかしいです」

 

 昨日のことを思い出したのか目を逸らす霊華。咄嗟だったとはいえ、よくもまあ初対面の女の子をお姫様抱っこしたものだ。

 

「じゃあ行ってくるよ。すぐ戻る」

「はい」

 

 念の為、霊華の周りに簡易的な地雷を創造する。地雷の知識なんか皆無だが、要は触れた時に爆発すればいい。ならそういった物を創造するだけだ。

 

 俺は設置した場所を霊華に伝え、動かないようにお願いする。そして竹林の探索を開始する。

 

 

 ───────────────

 

 ひとまず半径五百メートル圏内は探したがそれらしいものは見当たらなかった。一度戻ろう。そう思った時だった。

 

 竹林が揺れた。この揺れ方、恐らく()()()()()()()だ。俺は急いで戻る。

 

 ───────────────

 

「──!?」

 

 霊華の周りに仕掛けた地雷の上は、大量の獣に埋め尽くされていた。禍々しい見た目の獣は全方向から集まっている。この光景は異様だ。地雷でダメージを負った獣は地に伏せているものの、その狂眼は獲物を捕らえている。霊華は周りの獣に怯え、震えている。

  

「今助ける!」

  

 俺は創造した刀を獣に刺す。

  

 ──やっぱり、何かおかしい

  

 俺と霊華が二人でいたとき、獣は現れなかった。それなのにどうだ。霊華が一人になった途端この状況だ。この獣は多対一を好むのか? では何故俺は襲われなかったのか。

  

 単に運が悪かっただけ? 戦闘力を測ることができる程度の知識を持っている? もしかしたら、長時間同じ場所にいると襲ってくるのかもしれない。そんな機械みたいなことがあるのかは疑問だが。

  

「怪我はない?」

「怖い……さっき、聞こえたんです。あの動物の声が……」

「え?」

  

 霊華は俺の制服をギュッと握り締めて言う。なんとか安心させたいところだが、そうも行かない。この場においての安心は油断となり、命取りだろう。

  

「私、何で()()……」

「落ち着いて。どんな声なの?」

「『人間だ。一匹だ。腹が減った』って……」

「!?」

  

 本当か? この子は動物の声を聞くことができるのだろうか。

  

 俺はもう一度獣を攻撃する。()()()()()()()()()()()。刀を刺された獣は苦悶の声をあげる。霊華はそれに反応してこう言った。

  

「『動けない。クソ、喰ってやる』って言っています」

「そっか。なら、殺さなきゃな。聞けよ()()()()()──」

  

 ──動かないと攻撃できないお前たちに勝ち目はない。消えろ

  

 そう言って獣をレーザーで打ち抜く。獣は今度こそ絶命しただろう。これで全滅。

  

「なっ──!? どうして殺しちゃうんですか!」

「……博麗さん、もしこの世界で生きるなら……それか、迷っているんだとしても覚えてほしいことがある」

「……?」

()()()()に情けをかけることは命取りだ」

「妖怪? 今のが?」

  

 そうだ。判別法は簡単。生命力である。最初に刀を刺した時、俺は殺すつもりだった。

 

 普通の動物ならこれで絶命或いは瀕死まで追い込まれるはずだ。だが、大して苦しんでいる様子もなかった。たったこれだけ。だが妖怪だと証明(警戒)するには充分。ここが妖怪のテリトリーだということを忘れてはいけない。

 

「アレはまだ妖怪になって時間が経っていないんだろうね。だから簡単に殺せた。強い妖怪は理性を持っていて、人間を襲うことはあっても、食べる事はあまり無い」

 

 更に続ける。

 

「でも、人型以前の妖怪は理性がない。奴らの本能は──ま、()()()()()()()()。だから、警戒しなきゃならない」

 

 分かってもらえただろうか。外の世界のように安全が保証されているところは人里くらいだ。……ただ彼処は妖怪にとって動物園。それを知っているとおすすめする気にはなれない。

 

「まあ、いまは俺が守るから。最低限の警戒をしてくれればそれでいいよ」

 

 迷いの竹林。ここは思っていたよりも危ない。一人で探索した間、永遠亭らしい建築物を見つけることはできなかったが、この竹林が相当広いことは分かった。魔理沙達から聞いた情報と合わせて考えると、東京ドーム数個分と言ったところか。

 

 先程の獣の群れ──凡そ数十体倒したが、竹林の広さから見てもまだまだ妖怪がいると考えるべきだ。

 

 間違いなく撤退するべきである。だが手段がない。

 

「闇雲に彷徨いても仕方ない。一旦帰ろう。真っ直ぐ歩き続ければいずれ外に着くはずだよ」

「……真っ直ぐ歩けますか?」

「ここの性質は外で言う富士の樹海だけど、知ってる? あそこは目印がつくられたからもう迷わないんだってさ」

「…………?」

「それに倣って目印を作るのさ。真っ直ぐなものをね。障害物は可能な限り処理し、無理矢理真っ直ぐ進む」

 

 刀を創造して、周りで一番背が高そうな竹を叩き折る。運良く他の竹に引っかからずに倒すことができた。

 

「直線とは言いきれないけど、大体真っ直ぐなはずだよ。大丈夫? 歩ける?」

「はい。体力はそこそこありますよ」

「そりゃ心強い。慎重に、急いで行こうか」

 

 俺達は折った竹に沿って歩き始める。

 

 冷たい風が竹を揺らしている。耳に入ってくる音は、竹が葉を揺らす音と落ち葉を踏む音、動物の鳴き声のみである。

 

 上を見ると、竹は白い空間に飲み込まれている。霧の存在が一層不安にさせる。

 

 方向感覚は既に失われているため、この竹だけが頼りだ。理論上は上手くいくはずだが……不安は無くならない。

 

「ここ、案外自殺スポットだったりするのかな」

「えぇっ!?」

「ほら、さっき話した富士の樹海。方位磁針が役に立たなくて、一度入れば戻れなくなるっていう。彼処もそうだよね。雰囲気は似てると思うんだ」

「じゃあ……」

 

 そう、()()()()()()死体が転がっているかもしれない。しかし樹海と違い、ここは竹林だ。木がない分、枝を使って首を吊ることはできないだろう。まあ、自殺の手段など幾らでもある。

 

「俺達がしていることも、見る人が見れば自殺行為なんだよね。さしずめ心中と言ったところか」

「…………」

「なんて、こんな話はやめよう。楽しいことを話そう?」

 

 話しながら歩くこと五分。竹の頂点に辿り着いた。なるべく真っ直ぐになるよう、再び近くの竹を折る。五回目の時、霊華が不安そうに口を開いた。

 

「本当に……この方法で行けるんでしょうか」

「分からない。方位磁針があればそれに頼った方が確実だろうね。でも生憎持ち合わせていない。創造しても、ちゃんと機能する保証がない」

 

 創造の能力のことを把握しきれていない。分からないことだらけなのだ。この状況で頼ることができないほどに。能力は使えない。

 

 ──出口の創造とかできたらチートだよなぁ……

 

 この竹林の大きさを東京ドーム十個分だとしよう。正方形換算で一辺の長さは約2160メートル。

 

 竹一本の平均の長さは20メートル。

 

「「はぁ……」」

 

 俺達は同時にため息をつき、それが可笑しくて笑い合う。溜息をついた理由を聞いてみると──

 

「この竹林がどのくらいの大きさなのか分かりませんけど、かなりの回数繰り返さないといけないなって……」

 

 ああ、正方形だとしてもあと100回くらいやる必要あるよ。運が良ければあと数回。運が悪ければ数百回。正直愚策だ。だが闇雲に回るのは更に愚かだ。

 

「巻き込んじゃってごめん。博麗さんは絶対に守るから。もう別行動はやめよう」

「こんなことになるとは思わなかったし、仕方ないですよ」

 

 霊華は苦笑いを浮かべる。

 

 ──本当はめっちゃキレてるんだろうなって思う俺は性格悪いのかな

 

 本当、なんて詫びればいいのだろう。女子は怖い。言葉でなんと言おうと、裏で何を思われているか……。

 

「あれ、あの竹光ってませんか」

「ホントだ。割ってみて。かぐや姫が出てくるよ」

「ええっ!?」

 

 申し訳ないが多分出てこないと思う。この作品のかぐや姫は永遠亭にいるからだ。確か、アレは薬の材料になるんだったかな?

 

 おや博麗さん、何で俺を見るんですか。

 

「何か切るものください」

「えっ、はい」

 

 マジ? マジで切るの? 取り敢えず()()()()()()()を創造して渡す。これを思い切り振れば、力が無くても切ることができる。

 

 霊華は刃物を構え、()()()振る。竹は豆腐のように切断された。驚きである。

 

「楽しいですねこれ!」

 

 霊華は言葉通り楽しそうに刃物を見る。

 

 ──あれ、俺も同じの使ったけどあんな容易く切れないぞ?

 

 霊華は切れた光竹の中を覗き込む。

 

「──ッ! 危ない!」

 

 霊華の腕を掴んで後ろに大きく跳ぶ。蹌踉ける彼女を支えつつ、光竹を見る。そこに生えていた()()()()()()()()()()。その代わりに、細い竹が数本刺さっている。

 

「チクチクチク……。今のを避けるとはお竹(おまえ)、ただの人間(ちんげん)しゃないタケ?」

「…………」

 

 やせいの たけへんたい があらわれた!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#11「竹林を守る者(タケタケタケタケ)──十千刺々(タケタケ)──」

うっすうっす! 祐霊でっす。

今回、ちょいシリアスです……。

では楽しんでいってください。


「チクチクチク……。今のを避けるとはお竹(おまえ)、ただの人間(ちんげん)しゃないタケ?」

 

 突然現れた人物は随分と奇怪な格好をしていた。見た目はごく普通の少女なのだが、背中に竹を背負っているのだ。黄色い電気ネズミで有名な某携帯獣ゲームに出てくる、銭亀の最終進化系を思い浮かべて欲しい。その亀と同じように、肩に二本の砲台(竹棒)を背負っているのだ。髪の色は若竹色のロングストレート。俺の好みだ。……服はセーラー服と酷似している。スカートは器用に編み込まれた竹製のようだ。

 

 まあ、背中に変な砲台を背負ったJKを思い浮かべて貰えば十分だ。見た目は実に俺好み。だけどこいつは……。

 

「……そういうお前は何者? 妖怪?」

「如何にも。拙竹(せっしゃ)は竹妖怪の十千刺々(とおかず ちくちく)チク」

「チクチクチクって言うのか?」

「違うタケ! 最後のチクは語尾のチク! これだから人間(ちんげん)は……まあ。容易く養分になるというのだから良しとしよう」

「竹だのチクだのうるさいなぁ!」

「うるさいのはお竹(おまえ)タケ! お竹は拙竹を怒らせたタケ」

 

 怒らせた? 俺が? 一体何をしたというのだ。全く心当たりがない。

 

「よくも人の身体を切ってくれたタケェ!? 拙竹の身体を五本も!」

 

 ……はは、俺が竹を切っただって? やべ、心当たりしかない。しかしおかしなことを言うものだ。その言い方ではまるで、この竹林の竹が彼奴の身体みたいじゃないか。

 

 『竹JK』もとい刺々は腕を組んで、無い胸を張りながら口を開く。

 

「この竹林は全て拙竹のもの。拙竹──十千刺々は迷いの竹林の秩序を乱す者に制裁を加える存在タケ」

「なんだと? そんな奴俺は知らない」

「当然タケ。拙竹を見た人間は皆喰ってきたタケ。拙竹を見たら最期。生きて帰ることはできないタケよ。──あ、死んでも帰れないタケね」

 

 ……タケタケ煩くてイマイチ話が入ってこない。それに、俺が言っているのはそういうことではない。()()()()()、“東方天空璋”迄の作品にこんな存在は登場していないはずだ。

 

 ()()()()には、迷いの竹林で迷う原因は妖精のイタズラと地形、霧だと書かれていたはず。

 

 ──ここは原作とは少し異なる世界なのか? 或いはこの先登場する予定なのか。

 

 詳細は不明だが十千刺々は確かに存在している。この現象の説明する材料は()()()()がここで考察しても仕方がない。もう少し情報を引き出したい。

 

「タケ。初撃を躱した褒美にもう一つ話をしよう。拙竹の強さの秘密タケ」

 

 コイツ、何故そうベラベラと自分の情報を開示する? それ程自分の勝ちを確信しているのだろうか。

 

 その時、一つの考えが頭に浮かぶ。

 

 ……俺が囮になって霊華を逃がす。

 

 悲しいかな。それは愚策だった。なんせこの広さだ。竹林の秩序を守る存在とやらが彼女一人だけとは限らない。もし彼女一人だとしても、外へ出る道が分からない以上、別れることは愚か以外の何物でもない。

 

 ──話している所を攻撃するか?

 

 スターバースト。アレは当てることさえできれば問題なく倒せるはず。

 

 よし、強さの秘密を聞いてから行動しよう。

 

「妖怪の動力源は人間の“畏れ”タケ。畏れられている存在は強大な力を持つ。タケ(さて)、拙竹はさっき言ったタケね。『拙竹を見た者は皆喰った』と。それでは拙竹の存在を知るものがいない。よって、弱い。そう思うタケ?」

「……その言い方、違うんだな?」

タケ(そう)

 

 刺々はそう言って頷く。……話し方がウザイ。

 

「拙竹の存在を知らなくても、迷いの竹林その物はどうタケ? ……人間が単身で立ち入ることは殆どない。理由は分かるタケね?」

「……迷いの竹林を恐れているから(タケタケタケタケタケタケ)

「何言ってるのか分からないタケよ」

「分かれよ!」

 

 全く。折角人がノってやったっていうのになんだその返しは。

 

タケ(さて)、頃合タケね。お前は強そうタケ。先にその女を殺す。──縛符『十千の織り成す狭隘』」

 

 刺々は突然動き出した。髪を棚引かせると、そこから無数の千本(竹棒)を飛ばした。それは弾幕を構成しているため、不用意に動くことができない。弾幕ごっことしては珍しい。動かなければ当たらないようだ。

 

「女が殺される所を黙って見ていろタケ!」

「──!」

 

 刺々は己の髪を切った後、霊華に歩み寄る。彼女は震えてしゃがみこんでいる。

 

「クソ……! なんなんだこれ!」

「おっと動くなタケ? 折角当たらないようにしてやってるタケ。大人しくしていろタケ」

 

 先程刺々が切断した髪は浮遊している。切断し、短くなった髪は直ぐに伸びていく。俺を中心に円を描くように、一定の間隔で繰り返していくうちに身動きが取れなくなってしまった。

 

 竹千本は文字通り四方八方から迫り来る。その密度は凄まじく、千本は狭隘な牢を生み出した。動かなければ当たらないが、動いたら最後。一瞬で串刺しになってしまうだろう。これでは彼女を助けることができない。

 

「畜生!」

「タケタケタケ……。やっと自分が置かれている状況が分かったみたいタケね。女も何か言ったらどうタケ?」

「や……来ないで……」

「タケタケ! 拙竹が怖いタケ? 全部見ていたタケ。恨むならここに連れてきたあの男を恨むタケ。そして、竹を切った自分自身をタケ」

 

 刺々が霊華に向けて構えると、掌から竹棒が出てきた。後は飛ばすなり突くなりするだけ。そうするだけで彼女は絶命するだろう。

 

 ──絶命?

 

 ──死ぬ?

 

 ──あの子が?

 

 ──俺のせいで?

 

「ふざけんなよお前! やめろ!」

「タケタケ、そう言って止める竹が何処にいるタケ? 拙竹が何故お竹(おまえ)達にペラペラ話したと思う? お前達の恐怖を育てるためタケよ。味付けは終わりタケ。特にこの女は美味そうな匂いがするタケ……」

 

 愉しそうに嗤う刺々。今すぐスターバーストを撃ちたいが、それでは霊華を巻き込んでしまう。刀を創造した所で、竹千本に弾かれてしまう。

 

 目の前で女の子が殺されかけているというのに、俺は見てることしかできないのか……!

 

「じゃあな、タケ」

「──不死『火の鳥─鳳翼天翔─』!」

「──ッ!!」

 

 刺々が霊華を貫こうとした時、掛け声と共に焔が降ってきた。火山弾の様なそれは刺々を怯ませ、霊華から距離を取らせた。それと同時に竹千本は解除され、拘束が解かれる。霊華の元へ駆け寄って無事を確認する。彼女は泣きじゃくりながら俺にしがみついてきた。また怖い思いをさせてしまった。俺が、弱いばかりに……

 

 ──でも、今のは一体?

 

「──お前! また拙竹の邪魔をするタケか!!」

「別にお前が人間を喰おうが勝手だけどな、目の前でやられちゃ助けない訳には行かないでしょ」

「チッ…… 覚えてろタケ!」

 

 刺々は悔しそうに顔を歪め、悪者の台詞を捨て台詞を置いて消えていった。

 

 脅威は、去った。焔を飛ばした少女がこちらに近づいて、霊華に手を差し伸べる。

 

「もう大丈夫だ。外まで案内するから、心配いらないよ。立てる?」

「あ、ありがとうございます。あっ──」

「あれ、腰が抜けちゃってるね。しょうがないな。おぶって運ぶか。だがその前に……」

 

 少女は俺を見た。何だろうか。そう思った時、バチンッという音が聞こえるのと同時に頬に電流が走った。

 

「──ッ!?」

「お前、よくその程度の力でここに来たな!」

 

 少女は凄い剣幕で俺を睨み、続ける。

 

「挙句女を連れて! ちょっと力をつけた奴が調子に乗ってやってくることは多い。中でも許せないのがお前のような奴だ! 他人を巻き込むな!」

「うっ……!」

 

 再び強い衝撃が走った。往復ビンタ。両頬が熱を持っていて、腫れているのがわかる。だが、そんなことはどうでもよかった。

 

「妖怪を舐めるな」

 

 彼女の言う言葉、何もかもが正論だった。

 

 ──俺はただ黙って、霊華をおぶった少女について行くことしかできなかった。

 

 

 

 

 ───────────────

 

「到着っと。もし竹林に用があるなら悪い事は言わない。もっとマシな護衛をつけな。そいつは雇っても仕方ないよ。なんなら私が案内するから」

 

 少女にそう言われた霊華は俺を見て複雑そうな表情を浮かべる。

 

 この人の言う通りだ。俺はあまりにも無力すぎた。三ヶ月の修行で飛行が可能になり、弾幕ごっこもできるようになった。更には能力の発現に成功。俺はその辺の妖怪に負けたことは勿論、ピンチに陥ることも無かった。

 

 それは決して俺が強いからではなかった。分かっていたはず。だが実際はどうだ。自分の力を過信していたじゃないか。妖怪を、舐めていたじゃないか。『なんとかなる』と、現実を舐めていたじゃないか。

 

 ──俺は、弱い……

 

「お前さ、どうしても竹林に入りたいなら一人で来な。そして私と戦って認めさせろ。……ああ、言っておくけど今のお前じゃ私には勝てないよ」

 

 少女はそう言って竹林の奥に消えていった。

 

 俺は、彼女の言っている意味が理解できなかった……。




ありがとうございました。
放浪録を含めて考えても、私がシリアスを投稿するのは初めてな気がしますね。
ほのぼのを期待していた方、永遠亭で鈴仙とイチャつく所を期待していた方、ごめんなさい。
こうするしかなかったんです。無駄にはしません。

明日……も投稿できるよう頑張りますね!(あ、感想書いてくれた方、ありがとうございました。励みになります)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#12「濁った心、熱いお茶」

どうも、ストックが無くなった祐霊です。

絶賛鬱な主人公君。早く立ち直ってくれい。前回よりかは暗くないと思います。

では楽しんでいってください。


「はぁ……」

 

 神社に戻った後俺は一人縁側で項垂れている。冬特有の乾いた空気が身を包む。風がないので今日はそこまで寒くない。

 

 ──真っ黒だ

 

 身体は酷い脱力感に襲われ、まるで底なし沼に足を踏み入れたような精神状態だ。そんな暗く濁った気持ちで空を見上げる。

 

 ──ここの星は凄く綺麗だ。

 

 俺の気持ちとは正反対の空。雲一つない満天の星空だ。多くて数個程度しか見えない外の世界とは違って、ここでは文字通り無数に見ることができる。

 

 ──疲れたな

 

 本当に……疲れた。

 

 白玉楼で出会った妖夢は思っていたよりもしっかりしてる印象を受けた。俺の知識では周りから半人前だと言われていたのだが、成長したのかもしれない。今の時系列が分からないからなんとも言えないのだが。

 

 白玉楼に続いて永遠亭に行こうとしたものの、十千刺々に襲われて絶望的な状況に陥った。あの少女が来てくれなかったらどうなっていたか……。

 

「今のお前では私に勝てない、か」

 

 そんなの、当然だ。だってあの人は()()()()なのだから。弾幕ごっこで戦うことが前提だろうが、それにしたって無茶だ。

 

 ──もっと無茶なことをしていたくせに、何言ってんだかな

 

「無理に行く必要はないけど……悔しいな」

 

 折角幻想入りしたのだから、色々な人に会って話したい。それにはある程度の強さが必要だ。今でも充分。そう思っていたが甘かった。俺の甘い認識が他人を巻き込んでしまった。

 

 ──もっと、力を付けないと

 

 何より、女の子一人守ることもできなかった自分が情けない。

 

「神谷さん、隣いいですか?」

「いいけど、寒いよ?」

「そう思ってお茶持ってきました」

「ありがとう」

 

 居間からやってきた霊華は、お盆を隣に置いて座った。……湯呑みがものすごく熱い。暫く置いておこう。霊華の湯呑みは熱くないのだろうか。普通に飲んでいるし、ずっと手に持っている。

 

「寒いのにどうしてここにいたんですか?」

「考え事してた」

「あ、邪魔しちゃいましたか?」

「大丈夫だよ」

 

 そこまで話すと、二人とも黙ってしまった。今は人と話す気分ではない。溜息が零れそうになるのを堪える。

 

「今日は大変でしたね。疲れちゃいました」

「ごめん」

「え? 別に神谷さんのせいじゃないですよ」

「違う。竹林で、守るとか言ったのに守れなかった」

「いやいや、何度も守ってくれたじゃないですか。神谷さんがいなかったら私は生きてないですよ?」

 

「あの妖怪が出てきた時はもうダメかと思いましたけどね」と言って苦笑いを浮かべる。

 

 ……ダメなんだ。“守る”といった以上、失敗は許されない。例えたったの一回でもだ。その一回の失敗で命を落とすのだから。刺々の件だって、あの人が助けてくれなかったら今頃……。

 

「神谷さん、相談に乗ってもらえませんか」

「いいよ」

 

 霊華はお茶を一口飲んでから話し始めた。湯呑みが熱いだけでお茶はそんなに熱くないのかな。……そもそも湯呑みを持てないんだけど。

 

「昨日と今日だけでも、私がいた世界とは全然環境が違うことがわかりました。もし幻想郷で暮らすなら、ここのルールに従わなければならない。妖怪はとても怖いけど……でも、この世界の人たちは皆生き生きとしていて、魅力的だなって思うんです」

「うん。それは同感だ」

「私、もっとこの世界を見てみたいんです。でも、元いた世界に戻れないとなると、どうしたらいいのかわからなくて……」

 

 霊夢曰く、幻想入りして一週間以上経過すると戻ることが難しくなるらしい。博麗大結界を弄る際の危険が増すとか。

 

 紫の力を借りればなんてこともないのだろうが、彼女は本来、冬眠する時期らしい。……地中で眠るのかな。

 

 そんなどうでもいい事を考えていると、居間から霊夢の声が聞こえた。風呂が空いたようだ。

 

「難しいね。まだ時間あるしお風呂でじっくり考えてみたらどうかな? また相談に乗るから」

「そうします」

 

 霊華が風呂に向かったところで俺は再び湯飲みを手にとった。

 

「──()っつ!?」

 

 ----------------------------------------

 

「なあ霊夢。俺のお茶めちゃくちゃ熱いんだが」

「ふっ……そうなの?」

「おい今笑ったろ。嫌がらせか?」

「私じゃないわ」

「嘘付け! 寒い環境に置いていたのに冷めないのはおかしいだろ」

「うるさいわねー! 暇つぶしよ暇つぶし。なに? 駄目? 何か文句ある?」

「大アリだよ」

 

 何で俺は逆切れされてるんだ。まぁいいけど。

 

 炬燵に入って蜜柑を取る。良かった、甘い。食べごろだ。霊夢は炬燵に顔を伏せている。風呂上がりに汗かいたら風邪引くぞ? そのまま寝るなんてもっと駄目だからな。──さて、

 

「ねえ霊夢」

「ん~?」

()()()のことなんだけど、もし残るなら人里に住ませるの?」

「そうね。……いや、それはそれでめんどくさそうね。博麗の巫女そっくりだし。服もなんか被ってるし」

「ああ、可愛いよね」

「どっちが? 服? 霊華?」

 

 話の流れ的に服一択だと思うが。霊華も可愛いとは思うけどさ。

 

「霊華、可愛いよね。祐哉も思うでしょ?」

「……そうですね」

「えへへ」

 

 いや、何で霊夢が照れるんだよ。確かに霊夢と霊華はそっくりな見た目だけども。……それはそうと今の「えへへ」って奴、可愛かったな。よし、ちゃんと言ってみるか。

 

「霊夢、可愛いよ」

「あー、そう」

 

 は……? いや、は? なんか反応おかしくない? 「可愛いよ」って言うのに結構勇気を振り絞ったんだぞ。

  

「あの子、うちに住ませようかな」

「そっくりだから気になるの?」

「今更もう一人増えても変わらないわ」

 

 ふむ。取り敢えずこれで家の確保はできた。あとはあの子次第か。

 

 ----------------------------------------

 

 冷えきった布団の中で思考を巡らせている。あの後、霊夢との話は思わぬ方向へ進み、割と大きな内容になった。

  

「あの子が残るならもっと強くならないとな」

 

 ---------

 -------------------

 ----------------------------------------

 

「もうひとつ聞きたいことがあるんだけど」

「だめ」

「……俺、霊夢に何かした? 今日はやけに意地悪だね。まあいいや。単刀直入に聞くけどさ──()()()()()()()?」

「は? なんでよ」

 

 俺は()()()()()()()()()()()を霊夢に話した。しかし、他にそのような報告を聞いていないらしい。となればこれは異変ではないのかもしれない。だとするなら……。

 

「あの子と一番長くいる貴方が言うならそうなのかな。だとすると……」

「「()()()()()()?」」

 

 面白いことに、俺と霊夢は同じ結論に至った。

 

「それなら帰らせたほうがいい?」

「どうかしらね。発現した以上、外の世界でも効果は発揮するんじゃない? 凡そ霊力を使わない()()()()()()()、つまり体質なのだから」

「そうだとして、何の問題が?」

「そうね、分かりやすく言うと()()()()よ」

「ああ」

 

 なるほど、事故や病気は勿論、強姦に痴漢、空き巣や通り魔等といった犯罪に巻き込まれる可能性もあるっていうことか。そんなことになるくらいならここにいたほうが安全だ。

 

「外よりもこっちのほうが自己防衛手段もあるでしょうね」

「弾幕ごっこか。なるほど」

「ま、教えるなら祐哉が教えてね」

「面倒臭がらないでくださいよ先生。同じ博麗なんだし、使()()()かもよ?」

 

 霊夢は少し考えた後、僅かに笑みを浮かべて頷いた。

  

 ----------------------------------------

 -------------------

 ---------

 

 今日は改めて幻想郷の力関係を思い知った。この失敗は絶対に無駄にはしない。次は必ず俺が守る。そのために俺は強くならなければならない。

 

 あの時──刺々が霊華を貫こうとした時、あの状況でもスターバーストは撃てたはずだ。俺の能力ならば彼女を巻き込む心配もなかっただろう。

 

 これに気づくことができなかったのは俺の修行不足だ。絶対に使いこなせるようになってみせる!

 

 早速朝から行動しよう。




ありがとうございました。ちょっとずつ話は進んでます。5ミリ程度でしょうか。
紫の行動、なんか変ですよね。何かあると思いますよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#13「ピンチは成長の好機(チャンス)

祐霊どすぇ。昨日は投稿できずすみませんでした。

最近の話には独自解釈要素が含まれているので、混同しないようお願いします……


「……せん、にじゅう……! はあ、はあ、21、22……うっ……ダメ、だ」

 

 日の出前に起床し、ラジオ体操とストレッチをして凝り固まった身体を解した俺は、日課の創造をしていた。

 

 いつもは針を千本創造するのが日課だったが、今日からは創造する物を針から刀へ変更し、ノルマの数を千以上へ増やした。

 

 強くなると決意したのはいいが、どうすればいいのか分からない。霊夢や魔理沙が起きるまでの間、一人でできることをしていた。

 

「はあ、やっぱ千を超えてくると一気にきつくなってくるな」

「それが貴方の限界なんでしょ」

 

 地に座り込み、疲労故に震える身体を休ませていると、後ろから()()の声が聞こえた。

 

「でも霊力は確実に増えてるでしょ? 伸び代はあるはずよ」

 

 縁側の方を見ると、霊夢が欠伸をしながら手を振ってきた。寝間着姿の彼女も可愛い。本当、推しと一つ屋根の下で暮らせるなんて、幸せすぎる。

 

「おはよう、霊夢」

「おはよ。今日はやけに早いわね」

「うん。……決めたんだ。強くなるって」

「……ふーん? ま、頑張って。私はもう何も教えられないから、頼るなら魔理沙にしてね」

 

 ウッソだろお前、そんな「もう教えることは何もない。本当に強くなったな、○○」という師弟関係のテンプレをぶち込んできても誤魔化せないからな。単純に教えるのが嫌なんですよね分かります。

 

 そう、霊夢は教えることが好きではないのだ。得意ではないというのと、ただ面倒臭いという考えなのだろう。三ヶ月の修行だって霊力の基本くらいしか教わってない。技術面の殆どは魔理沙に教わったのだ。魔理沙のマスタースパークを真似た、スターバーストがわかりやすい例だ。

 

 そもそも霊夢は努力という物を軽んじる傾向がある。天才故になんでもできるのだ。ジャンプの漫画に出てくる天才は努力を惜しまないが、彼女は努力を惜しむ天才である。こう言うと霊夢が弱く思えるかもしれない。だがそれでも霊夢は幻想郷最強と言ってもいい程の力を持っている。それが博麗の巫女──博麗霊夢だ。

 

「よっす! お? なんだ、今日はやけに早いな。たまには早く来てみるもんだな」

「おお魔理沙、おはよ。待ってたよ」

「おはよう。待ってたってどういうことだ?」

「教えて欲しいことがあるんだ」

 

 

 ----------------------------------------

 

「なるほどなー、あの不老不死、意外と熱い奴なんだな。それでお前はあいつに勝ちたいと」

「厳密には違うけど、あの人に認めてもらえるくらい強くなりたい」

「しかしそんな竹妖怪がいたとはな。霊夢は知ってたか?」

「初耳ね。竹なんか折ってないし、会わなくてもおかしくないんじゃない?」

 

 霊夢と魔理沙に昨日の出来事を全て話した。やはり二人とも刺々を知らなかった。それもその筈だ。原作に出てきていないのだから。

 

 あの強さから見て、「原作に出てくる程の強さが無い」という訳では無いだろう。一体、十千刺々は何者なのだろう。

 

「それで、弾幕ごっこにおける強さがなんなのか知りたいんだ」

「弾幕の速さ、密度、美しさじゃないか? 後は火力だな!」

「美しさ……」

「そう、それに関しては幽々子や紫なんかが凄いな。と言っても人間が真似できるようなものじゃないが……」

 

 反魂蝶と弾幕結界かな? 確かにアレは人間の力では無理がありそうだ。そもそも大妖怪の技を真似ようとすること自体が無謀である。恐らく霊力が足りない。

 

 弾幕ごっこは美しさを競うごっこ遊び(スポーツ)。普通の戦いではまず見向きもされない要素だ。

 

 敢えて避けられる隙間を作った弾幕を張り、被弾した方が負けとなる。もし仮に美しさのない弾幕だったらどうなるだろうか。美しさが無ければ、効率を求めるはずだ。それは相手を迷路世界に取り込み、嵌めるだけの単純作業である。これでは機械と会話をするのと同じだ。

 

『美しさ』という要素を取り入れることで、弾幕に各々の個性が現れるようになる。それは感情とも言えるだろう。

 

 そう、弾幕ごっこは決闘法であっても遊び。遊び心は美を生み出し、美は人に感銘を与える。

 

「うーん、美しさってよく分からないんだよな」

「ダメだなあ、お前には乙女心が足りてないんだ」

「そりゃ俺、男ですから」

 

 そういえば、弾幕ごっこは女の子の遊びだったか。この世界の決闘法は弾幕ごっこ。男はどうすればいいのだろうか。殴り合えばいいのかな?

 

 でも、男だからと言って弾幕ごっこをやっては行けないということは無いらしい。少なくとも俺がいるこの世界では。男女差別がなくて助かった。

 

 仲間はずれって辛いよな。忘れもしない小学二年生。同じマンションに住んでいる子達が遊んでいるから、仲間に入れてもらおうとしたのに「君とは遊ばない」と言われたんだ。泣いたよ。

 

「単純に、弾幕が美しければ見蕩れるだろ? 相手の弾幕に惚れたらお終い。あっという間に被弾するってわけだ」

「なるほどなあ」

 

 美しい物の強みは理解した。しかし俺には難しい。となれば──

 

「密度と速度ね。貴方の創造ならできるんじゃない? 一度に創造する弾を増やせばいいのよ。見た目は不可能に見えて実際は避けられる。勝ちにこだわるならこれが理想ね」

「まあ、固く考えることもないと思うけどな。いっそ弾幕を捨てて、全部の弾を避けきるのはどうだ?」

 

 などと無茶なことを言う魔理沙。いくらなんでも手持ちのスペルカード二枚は少なすぎると思うんだよ。一試合の内にスペルカードが重複するのはダメだし。

 

 弾幕ノ時雨(レインバレット)やスターバーストの派生技を作るのも手だな。

 

「うーん、お前は面白い能力持ってるんだし、上手く行けば個性の塊になると思うんだが……」

「能力、ねえ。……スペルカードでなくても、創造した物を使うのはアリなの?」

「問題ないわ。勿論必中と必殺は厳禁だけど。皆意外と能力を使ってるのよ?」

「咲夜とか平気で時間を止めてくるもんな」

 

 なるほど。これはいい。考えておこう。

 

「そっか、じゃあ能力の研究をしようかな。何かいい方法ない?」

「ん? そんなもん決まってるだろ──」

 

 魔理沙は立ち上がると、帽子を深く被って箒を構えた。

 

「──実践あるのみだ! 早速付き合うぜ」

「ありがとう魔理沙。お願いするよ」

「え、ちょっと待ちなさいよ祐哉。貴方──」

「──うっかり神社を壊したらヤバい。場所を変えようぜ」

 

 霊夢の忠告は魔理沙に掻き消される。『霊力』という単語だけは聞き取れたのだが……なんて言おうとしたんだろ?

 

 まあいい。今日こそ魔理沙に勝つぞ!

 

 

 ----------------------------------------

 

「あーあ、もう勝手にしなさいよ」

 

 今の祐哉は霊力が尽きかけているはず。折角止めようとしたのに聞かないんだから、もう知らない。

 

 私が溜息を着くと、隣に気配を感じた。

 

「あら、霊華。おはよう。ちゃんと休めた?」

「おはようございます。お陰様で」

「丁度いいわ。今から祐哉と魔理沙が弾幕ごっこをするの。これを見たら決心できるかもよ?」

 

 そう言うと霊華は私の隣に座ってきた。しかし寒いわね。

 

「祐哉、何か温かいもの頂戴」

「ん……これでいい?」

「ありがと」

 

 便()()()祐哉にブランケットを貰った。

 

「わぁ……温かいです。何だかブランケットとは違う温もりを感じますよ」

 

 ……へぇ? これはなかなか。

 

 ----------------------------------------

 

「行くぜ、光符『アースライトレイ』!」

 

 魔理沙は、帽子の中から取り出したいくつかの物体を俺の足元に落とす。

 

 すると、その物体は光を放ち始めた。足元から生まれるレーザーが柱となり、動きが多少制限される。

 

「そらそら! ここからが本番だぜ」

 

 魔理沙は弾幕を放ってくる。なるほど、動きを制限して被弾させやすくする構造か。

 

 アースライトとは地球光のこと。月が太陽光を反射して放つ光を月光と呼ぶように、地球が放つ光のことを地球光と呼ぶ。

 

 ──魔理沙が投げたものは地球儀か。

 

 イルミネーションのようなそれは、軈て時間を迎えて打ち止めとなる。

 

「──創造『 弾幕ノ時雨・刀(レインバレット)』!!」

 

 弾幕ノ時雨・刀。これは針を刀に変えたものだ。変更点は特にない。チルノと戯れた時の物と同じ密度。そんなものが魔理沙に通用するはずはなく、容易く躱されてしまう。

 

「前と比べて弾が鋭利になっただけだな。もっと密度を増やしたらどうだ?」

 

 そう言われ、俺は一旦弾幕ノ時雨を止める。

 

「……いや、できることならしたいんだけど」

「ん?」

「──霊力尽きかけてるの忘れてましたあ!!」

「……あ"っ。 じゃあどうする。一旦閉めるか?」

「これをやってからね……! 星符──」

「手は抜かないからな? 恋符──」

 

 マスタースパークとスターバースト。どちらが強いかの勝負だ。魔理沙と弾幕ごっこをする時、必ずこの力比べをするのだ。因みに勝ったことは一度もない。

 

 俺は魔法陣を展開し、魔理沙は八角柱の箱──ミニ八卦炉を構える。それぞれから火花が生まれ、エネルギーが溜まっていく──

 

 

 

 ──はずなのだ。

 

「行くぜ、祐哉!」

「……お、おう」

 

 ──あれあれあれ? あれれ?

 

 魔法陣にエネルギーが溜まることは無く、有ろうことか魔法陣さえも消滅してしまった。

 

 本格的な霊力切れ。もう魔法陣を一回創造するくらいしか残っていない。終わった……魔理沙はコンマ数秒後には撃ち始めるだろう。時間の流れが止まって見える。

 

 ──まさか、死ぬのか?

 

 馬鹿な。脳が死を悟るほど焦っているだけだ。まだ終わっちゃいない。冴え切った思考を働かせるんだ。

 

「──マスタースパーク!!」

 

 魔理沙の必殺技が放たれた。軌道予告線は真っ直ぐ俺に向かっている。

 

「死んで、たまるかよっ!」

 

 ──創造!!

 

 咄嗟に創造したソレはマスタースパークの軌道を逸らし、明後日の方向へ流れて行った。

 

 『反射鏡』──それは読んで字のごとく反射する鏡だ。しかしただの鏡ではない。この鏡は()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 太陽光のように物理的攻撃力を持たない光は勿論、マスタースパークのような、破壊力を持つ光線も跳ね返すことができる。

 

 理論は一ミリも理解できないが、取り敢えず助かった。

 

「な、なんだ今の!?」

「あ、もうダメだ。いよいよヤバい」

 

 飛行を維持する力も尽き、浮力を失った俺は自由落下を始めた……




ありがとうございました。便利道具登場!

感想お願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#14「私の悩み」

ちわッス、年越しと共に闇の炎に抱かれた真・祐霊です(大嘘)

お待たせしました。今回も楽しんでいただけたら嬉しいです。


「んーーー!!」

「…………」

 

 神谷さんは霊力を使い切った影響で倒れそうになった。魔理沙さんの肩を借りて部屋に戻ると、直ぐに眠ってしまったらしい。

 

「あーー!!」

「…………」

 

 霊力と言うのは体力のようなエネルギーのことで、弾幕を作ったり空を飛ぶのに使う物だと教わった。

 

「〜〜!」

「うっるさいわね、何なのよ?」

「くっそー悔しいぜ!」

「あー?」

 

 魔理沙さんが何かを悔しがり、霊夢さんはそんな彼女を見て呆れている様子。

 

「私の全力が容易く跳ね返されたんだぞ?」

「知らないわよ」

「〜〜〜!!」

 

 霊夢さんに冷たい対応をされた彼女は、頭を卓袱台(ちゃぶだい)に付けると、駄々をこねる子供のように首を振る。

 

 霊夢さん曰く、魔理沙さんの全力──マスタースパークは彼女の必殺技だという。そんな技を跳ね返されてしまったのだから悔しがるのはおかしい事ではない。

 

「魔理沙さんの技、凄く綺麗でしたよ」

「そうか? へへ、ありがとな! あ、魔理沙でいいよ。それと、もっと気楽に話してくれ」

「私もよ。祐哉もそうだったけど、外来人は礼儀正しいのね」

「……分かった」

 

 私がいた世界では初対面の人には丁寧語や敬語を使うのが普通だったけど、幻想郷は違うらしい。こういうのなんて言うんだろう。カルチャーショック?

 

「ふう、じゃあ私はもう帰るよ」

「そう、おやすみ」

「おやす──は? まだ朝だぞ」

「私が寝るのよ」

「あんまり寝てばかりいると太るぞ」

「ん?」

 

 霊夢の静かな威圧を受けた魔理沙は、逃げるように飛んでいった。

 

「んー、おやすみ」

「えっおやすみ」

 

 霊夢は本当に眠ってしまった。炬燵に入って寝ると風邪引くのはよく聞く話だけど、大丈夫かな。

 

 ──幻想郷。魑魅魍魎の潜む世界。この世界において人間は圧倒的弱者。妖怪は人間を喰らい、人間は妖怪を畏怖する。これは2日間で身をもって学んだ。

 

 ──私は怖い。どうして皆は活き活きしているんだろう。怖くないのかな。

 

「……この世界が怖い?」

「え、起きてたの?」

「まあね。それで?」

「……うん。妖怪に人間は勝てないんだよね。襲われたらお終い。怖いよ」

「…………。全く、祐哉は何したのかしらね」

 

 霊夢は体を起こすと、真っ直ぐ私を見てくる。

 

「あのね、貴方は多分考えすぎてるのよ」

「え?」

「私はずっと博麗の巫女をやってるから、そんなに妖怪を怖く思うことは無い。でも、奴らが人間を襲った現場は何度も見てる。だから怖がる気持ちはわかるわ」

 

 霊夢は何かを思い出すように語る。その表情は心做しか暗く感じる。

 

「けどそれは大分昔の話。今はもう妖怪に喰われることは殆どない──って、貴方達は喰われそうになったのよね。うーん……例外かぁ」

 

 そう。神谷さんも言っていた。理性を持った妖怪は襲うことがあっても喰うことはないと。あの妖怪──十千刺々は理性を持っているように見えたけど……。

 

「その、例外ってどのくらいいるの?」

「いや、ほんとに少ないわよ。だって、食べたら力を失うようなもんじゃない」

「え?」

「妖怪は人間の恐れる気持ちを糧に生きるの。恐れてくれる相手を消すのよ?」

「あ……そうか」

 

 例外は殆どいない。となると単純に私たちの運が悪かっただけ? いや、アレは竹を切ったのが悪いのか。

 

「怒らせたら別だったりする?」

「まあ、相手によっては──ああ、そうか。竹を切って怒らせたんだっけ?」

「うん。……どうして知ってるの?」

「さっき祐哉に聞いたわ。妹紅の事もね」

 

 妹紅? 竹林で助けてくれた人の事かな。

 

「さて、これで分かったかしら。過剰に恐れることは無いのよ。でもね、幻想郷で身の安全が保証されているのは人里か博麗神社(ここ)くらい。出歩くなら誰かに付いてもらうべきよ」

「人里って、人間の里?」

「そう、今から行ってみる?」

「うん、行きたい!」

 

 こうして私は人里に出かけることになった。

 

 

 ----------------------------------------

 

 その数時間後

 

「ん〜良く寝た。今何時──うっわまじかよ」

 

 夕焼けが見える。どうやらかなりの時間眠ってしまったらしい。ほぼ一日を無駄にしたが、その甲斐あって霊力は半分程回復した。

 

 霊力の回復は、体力と比べると少し時間がかかる。全回復するのは明日の朝くらいかな。

 

「凡そ千本の刀を創造するだけで霊力切れ、か」

 

 弾幕ごっこでスターバーストと弾幕ノ時雨を使った場合、通常弾幕に割ける霊力はほんの僅か。刀の本数で表すと四百から五百程度。

 

 弾幕ごっこで相手を追い詰めるには『弾の密度』『弾速』を上げるのが手っ取り早い。密度の強化を行った際に懸念されることといえば、戦える時間が短くなってしまうことだ。

 

 霊力の絶対数が変わらない限り、創造できる弾数は変わらないからだ。長く戦うには同時に放つ弾を減らさなければならない。しかし今度は被弾させることが難しくなる。

 

 必要最低限の弾数で、無駄なく戦うのは論外。弾幕ごっこのコンセプトを無視しているからだ。

 

 これを解決するには──

 

「需要曲線と供給曲線の均衡……つまり、『弾の密度』と『戦える時間』のバランスが最も良い割合を模索する……いや、無いな」

 

 確かにこれは理想かもしれない。だが霊力量に伸び代がある内は無駄だろう。均衡が直ぐにブレてしまう。

 

 ──となるとやっぱり、霊力を増やすのが一番かな

 

 これでも飛躍的に増えた方なんだけどね。最初なんか一分間の飛行さえ辛かったのだから。

 

「よし、修行しよ」

 

 

 

 

 

 ----------------------------------------

 

 試しにスターバーストを何秒間撃ち続けられるか測ってみた。結果は大体二分。また倒れる訳には行かないので、霊力消費量は全体の四分の一に抑えてある。

 

 少し前までは短時間でもキツかったのだが、想定よりも長く撃てた。

 

 霊力が増えたからだろうか。しかしそれだけでは説明がつかない。霊力の増加量に対して発動時間が伸び過ぎだ。それよりは、消費霊力量が減ったと説明した方が納得いく。だが、そんなことが有り得るのか? 霊夢に聞いてみよう。

 

「おーい霊夢ー」

 

 ……居間に入ると、誰もいなかった。

 

 ----------------------------------------

 

「わぁ……」

 

 人里は私が想像していたよりも賑やかだった。ちょっとした商店街みたいな雰囲気だ。外の世界には失われつつある文化。忘れかけ、知識(データ)でしかなかった光景を見て、私は感嘆の声を上げた。

 

「やっぱり珍しいの? 他の外来人も大抵同じような反応するのよね。祐哉は違ったけど」

「うん。実際に見たのは初めて。買い物はスーパーで済むからね」

「……うん?」

 

 神谷さんはどんな反応したんだろう。気になって聞いてみた。

 

「ウエノ? から……なんだっけ、あ、あき──」

「上野から秋葉原?」

「多分それよ。よく分かったわね」

「えへへ」

 

 上野から秋葉原。多分、上野駅から秋葉原駅まで行く途中にあるもの。アメ横の事だろう。有名だから知ってはいる。行ったことないけどね。

 

 けど人里とアメ横は雰囲気が大分違うんじゃないかな。

 

「あれ、あの人って……」

「ん? ああ、チルノね。話しかけてみる?」

 

 あの人、人間には見えないんだけど大丈夫かな。氷のような羽根付けてるし。コスプレにしては中々……

 

「あ、霊夢と……ニセ霊夢?」

「いや、この子は霊華。外来人よ。仲良くしてあげて」

「そっかー、あたいはチルノ。宜しく霊華! 霊夢とそっくりだね」

「よろしく、チルノちゃん。ひゃっ!?」

 

 差し伸べられた手を取り、握手をした。とても冷たい。氷みたいだ。

 

「言い忘れてたけどチルノは妖精よ。でも人里にいる限り妖怪には襲われない。決まりがあるのよ」

「あたいは何でも凍らせられるんだ! 今度カエルあげる」

「か、カエル?」

 

 カエルって、蛙? もしかしてチルノちゃんにとって価値があるものなのかな。つまり蛙を食べ──

 

「さ、行くわよ」

 

 チルノちゃんと別れ、人里の探索を再開する。

 

 こうして見ると、『如何にも妖怪!』という人がチラホラ見える。なんというか、人間からは感じない“チカラ”を感じる。これは霊夢も例外じゃない。

 

「ねえ、普通の人間は霊力持ってないの?」

「そんなことないわよ。皆ほんの僅かに持ってるわ。修行すれば霊力を扱えるようになるの。祐哉がいい例ね。急にどうしたの?」

「妖怪から感じるんだ。ここに来て初めて知った。霊夢も凄い人なんだね」

「──!?」

 

 そう、霊夢から感じるもの。これが霊力だと言うのなら、相当濃い。ここの人は皆そうなんだと思っていたけどそうではないみたい。思えば昨日会った人それぞれからも感じるものがあった。

 

「もしかして、紫さんと幽々子さんは相当強かったりするの?」

「ええ、まあ。……貴方、本当にただの人間なの?」

「えっ?」

「何も教えられていないのに霊力を感じ取ることができる。それは間違いなく才能よ」

「……私は特別なの?」

「そうね。魔理沙や祐哉にはない才能だと思う」

 

 ……私の才能。力。

 

 ()()()。才能なんて要らない。それがあるとろくな事にならないのだから……。この感覚は昔にも覚えがある。とても、辛い記憶……。

 

 ──どうしよう、()()()も私を虐めるのかな

 

「そうか、これからは知らないふりするよ」

「なんで?」

「だって、気持ち悪いでしょ? だから皆、攻撃するんだよね」

「なんでよ。別に、普通じゃないの? 私にもできるし」

「えっ!?」

「まあ、人間の中では私くらいしか持たない力を、外来人の貴方が持ってるんだから驚きではあるけどね。気持ち悪いとは思わない」

 

 ……この世界には、元いた世界の常識は通用しないのか。この世界ならもう、あんな思いしなくても済むのかな。

 

「ありがとう、霊夢」

「え? なにが?」

「ふふ、なんでもないよ」

 

 それから私達は甘味処で団子を食べ、他愛のない話をした後神社に戻った。

 

 ----------------------------------------

 

「私は部屋で休むね。今日はありがとう、霊夢」

 

 借りた部屋に入り、灯りをつけて座布団の上に座る。ひんやりとした部屋には、神谷さんが作ってくれた卓袱台と箪笥、座布団しか置いていない。

 

「どうしようかな」

 

 霊夢は、私がここに残った時の衣食住の保障はすると言ってくれた。勿論そうなったら、ただの居候でいるつもりは無い。

 

 神谷さんが残ったのは、この世界を知っていたから。外の世界に無数に存在する創作世界。幻想郷はそのうちの一つ。どうしてそんな世界に行くことができたのかは分からないけど、そこは別にいい。

 

 ──この世界に残る事と、元いた世界に戻る。どっちがいいのかな。

 

 元いた世界には──友達がいた。今、向こうの世界では私が行方不明になっているのかな。……あ、でも一人暮らしだし、暫くは学校の無断欠席程度かな?

 

 将来の夢とかは特にない。小さい頃抱いていた夢は失ってしまった。現実を知った時、「将来の夢」は「将来就きたい職業」へと変わった。そんなものに未練なんて無いんだ。

 

 かといって、向こうの世界がつまらない訳でもない。友達と出掛けたり、美味しいものを食べる。これはとても楽しい。

 

 元いた世界に戻るメリットはコレだろう。

 

 じゃあ、デメリットは?

 

「……どうしてまた聞こえるようになったんだろう」

 

 私が幼い時に持っていた超能力のようなもの。動物の声を聞く力だ。それは当時の私にとって、当たり前の事だった。つまり、皆にもある力だと思っていた。

 

 私の力は特別で、他の人にはないと知ったのは幼稚園児の時だ。

 

 

 

 これは、私の根底を作り出した大切な記憶……

 

 




ありがとうございました。最近鬱っぽい話多いですな。でもやっぱり必要なんですよね。

次回、霊華は答えを出します。ぜひその過程を楽しみにしててください!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#15「私にとって辛く、大切な思い出」

おっす、オラ祐霊!

正直、これでいいのか私には分からない……

霊華の過去。ずっと匂わせていた能力の一部。ご覧あれ。



 これは私が幼稚園児の時の話──

 

 ---------------------------------------

 

「あー! アリだ! 砂で埋めてやれー」

「あっ、出てきた! 逃がさないぞー」

 

 砂場で遊んでいたクラスの男の子達は、アリを見つけると夢中になって埋めようとした。

 

 アリを生き埋めにする。とても残酷なことだ。けれど幼稚園児の子供はまだ無邪気だ。このくらいの子供は平気で生き物を虐める。動いているものが動かなくなる。これを楽しいと感じるのだ。人の多くは、こういったことを経験していくうちに生命を尊重する事を覚える。

 

 当時の私は既に、生命の尊さに気づいていた。別に、悟りを開いていたわけでも、聖人な訳でもない。だって、私には()()()()のだから、特別なことじゃない。だから私はこう言った。

 

「やめてあげてよ! アリさんが泣いてるよ!」

 

 と。

 

「えー? 霊華ちゃんなにいってるの? アリが泣くわけないじゃん」

「霊華ちゃんの嘘つき〜」

「嘘じゃないもん!」

 

 そう、嘘じゃなかった。私には確かに聞こえた。──正確には、感じたのだ。アリの気持ちを。

 

 

 またある時……

 

 

「せんせー、お花が泣いてるの。病気なの?」

「えー? どのお花?」

「あそこのお花」

 

 幼稚園で育てられていた花。私はその内の一部が萎れていたことに気づき、先生に話した。

 

「本当だ。お水あげすぎちゃったのかな」

「お水あげちゃだめなの?」

「あげすぎても良くないの。霊華ちゃんもいっぱいご飯食べたらお腹いっぱいになるでしょ?」

「うん」

 

 その花は園児が育てていた。小さい子が水を与えすぎることはよくある。花は腐りつつあったのだ。花の苦しそうな気持ちが()()()()

 

 そして翌日

 

「せんせー、お花の声が聞こえないの。死んじゃったの?」

「枯れちゃったのかな……。先生達で治せないか話してみるね」

「お花、治る?」

「治るといいね」

 

 当然、花は治らなかった。枯れて(死んで)しまったのだから。それは声を聞くことができる私が一番わかっていた。だけど、助かると信じていた。

 

「あのお花ね、もう枯れちゃったの」

「枯れちゃった? お花、死んじゃったの……?」

「……でもね、あのお花はお水をあげすぎたから枯れちゃったわけじゃないみたい」

「え?」

 

 先生は私に黒い粒を見せた。

 

「これはあのお花の種。あのお花はね、種を作ったら枯れちゃうんだ」

 

 その花はどちらにせよ、もう長くなかった。

 

「お花は霊華ちゃんに育ててもらう為に種を残したんだよ」

 

 今思えばそれは私を慰めるための気遣いだ。でも、当時の私を救うには十分だった。

 

「あのお花にまた会えるかな」

「うん。きっと会えるよ」

 

 私は先生と一緒に種を植えた。それは元気に育ち、私が卒園する頃には綺麗な花を咲かせていた。

 

 ──私はこの力のおかげで生命の尊さを学ぶことができた。

 

 

 ----------------------------------------

 

 これは小学校4年生の時

 

「うわ! 蚊に刺された。くそー!」

 

 それは夏のこと。クラスの子が蚊に刺された時。彼は蚊を叩いて殺したのだ。躊躇なく。多くの人にとってそれは至極当然のことなのかもしれない。だけど私には考えられないことだった。

 

 人が蚊を殺すのを目にするのは珍しいことでは無い。けれど私は見慣れることができなかった。

 

 そしてその時、私は言ってしまった。

 

「ねえ、どうして殺しちゃったの?」

 

 何も考えず、ただ疑問に思った事を問いかけた。

 

「え? だって蚊のせいで痒くなるじゃん。こんな奴生きてる意味ないよ」

「えっ──」

 

 私は、悲しかった。

 

 人は蚊を害悪な存在だと認識している。確かに蚊に刺されると痒くなる。私も嫌いだ。でも、だからといって殺すのはどうなのか。

 

 声が聞こえる私にとって、虫を殺すことは人間を殺す事と同じだった。

 

 人間が人間を殺さないのは何故か? 相手が気に食わないからと言って、他の人間を殺す事はしないだろう。では虫は? どうして虫を殺してもいいのか。

 

 そこにある違いは法で裁かれるか否かでしかない。所詮「生き物を殺してはいけない」ではなく、「人間を殺してはいけない」なのだ。

 

 私は別に、生き物を殺す事全てが悪い事だと言っている訳では無い。私達人間はその命を繋ぐため、他の動植物を食べる(殺す)。それはどうしても必要なこと。家畜の豚や牛、鶏などが殺されることが平気な訳じゃない。辛いからこそ、私達は感謝と責任を持って生命を貰う。

 

 私が言いたいのは、必要な殺しと不必要な殺しの違いについて。必要な殺し、これは自己矛盾を正当化するための綺麗事。そう言われてしまえばおしまいだ。

 

 不必要な殺し。無闇に虫を殺すことがその例だ。「生命を繋ぐために殺す」と「気に入らないから殺す」。結果は同じでも、意味は全く異なることだと思う。

 

 ----------------------------------------

 

 別の日

 

「博麗が生き物の声を聞けるってホント?」

「へへ、試してみようぜ」

 

 私の力を知り、それを面白がった一部のクラスメイトは動物を虐めるようになった。私は自分の力を隠していなかったのだ。そもそも、「聞く力」を「力」として認識していなかった。周りの人が聞こえないのは知っている。だが、私にとって普通なことを隠す必要性を感じなかった。

 

 クラスメイトは虫などの小さい生き物から犬や猫といった、大きめの動物、植物までも虐めるようになった。

 

 そして、私がこの力を失うきっかけが起きる。

 

 そのクラスでは金魚を育てていた。クラスメイトは水槽の中の金魚を網ですくい、私の前にチラつかせた。

 

 私には聞こえた。金魚の「悲鳴」が。勿論これは比喩。動物の鳴き声とは違う。イメージとしては、感じる周波数の違いで読み取るようなもの。

 

「酷い。なんでこんなことするの」

「お前の反応が面白いから!」

 

 クラスメイトはそう言って、金魚を床に叩きつけた。

 

 金魚のその後は最早語るまでもない。

 私は泣いてしまった。クラスの皆で名前を決め、皆で育て、友達の一人といってもいい、大切な存在が失われたのだ。

 

 とにかく悲しかった。小学四年生の私にはショックが大きかった。私は過呼吸を起こし、保健室に運ばれた。保健室の先生にありのままを全てうちあけた。先生は私を抱きしめ、撫でてくれた。

 

 その日から私は、動物の声が聞こえなくなってしまった──

 

 ----------------------------------------

 

「この力のせいで……私は……」

 

 この力を隠さなかったからあの金魚は殺されたのだ。私が隠していれば、クラスメイトは金魚を殺さなかったはずだ。

 

「私が……殺したんだ……」

 

 そんな力がまた戻ってしまった。聞こえるようになってしまった。今度は隠せば問題ない。それはそうだろう。けれど……私は辛い。人は動物の生命を大切にしない。そんな世界で暮らす事は余りにも辛すぎる。

 

 ──この世界なら、どうなのかな

 

 見たところ人は外の世界程多くない。それも里に密集している。里から離れた博麗神社なら……。

 

 ──妖怪相手に情けをかけることは命取り

 

 神谷さんは迷いの竹林で動物を沢山殺した。あの時私はとても許せなかった。

 

 あれは、妖怪。神谷さんがあの動物(妖怪)を殺さなかったら、私は今生きていない。それは分かる。

 

 ──分かるし、助けてくれたのは本当に感謝している

 

 妖怪だって生き物。人間と同じ、大切な生命。それは違うのかな……。

 

 ----------------------------------------

 

「霊夢、ちょっといいかな」

「ん、いいわよ。場所を変えましょうか?」

「うん」

 

 居間で神谷さんと霊夢が話していた。神谷さんには悪いけど、今からする話は聞いて欲しくない。霊夢に私の部屋に来てもらった。

 

「妖怪について教えて欲しいの。妖怪も生き物なのかなって」

「生き物といえば生き物よ。人間とは根本が違うけどね。退治するって事は妖怪を消滅させる、つまり殺すことになる」

「……霊夢は、妖怪退治の専門家なんだよね?」

「そうよ。博麗の巫女だからね」

「妖怪を殺すの、怖くないの?」

「……私の場合は仕事だからね。小さい頃からそう教わってきたから何とも」

「そう……」

 

 幻想郷では人間と妖怪は敵。敵を殺す事は普通なのだろうか。人間で言う戦争みたいな。

 

「あれ?」

「ん?」

「霊夢は幽々子さんと戦ったことがあるんだよね」

「ええ、よく知ってるわね」

 

 白玉楼で直接聞いたのだ。神谷さんが寝ている間に色々教わった。この世界では度々異変が起き、それは妖怪が起こすものだと。異変を解決するため、人間は妖怪と戦う。そして、白玉楼の人達が起こした異変は霊夢達が解決したと。ならば幽々子さんは退治されていないとおかしい。

 

「幽々子さんを退治してないの?」

「あー、うーん。それね、面倒なのよねそういうの」

「え?」

「私は異変の主犯を懲らしめて止めたいだけ。退治となると面倒だしはっきり言ってどうでもいいの」

 

 ええー!? そんな適当なの?

 

「じゃあ、霊夢は退治してないんだ」

「理性があればね。人間を襲って喰おうとするなら別。私はそれらから守らないといけない」

 

 理性が無いものは退治するしかない。懲らしめても意味がないから。人間と妖怪、どちらかしか生きられないのならどちらを守るべきか。流石に私でも人間をとる。私が人間だから。

 

「神谷さんが言ってたこと、分かった気がする」

 

 あの時の動物……妖怪は己の為に人間(私達)を襲った。私達は防衛を行った。勿論殺す以外の方法もあったはず。でも力のない私が文句を言うのも違う。神谷さんは私を守ってくれた。彼が妖怪を殺したのも、間違ったことではない。

 

「ねえ霊夢。私にも、霊夢みたいな力あるかな」

「…………。可能性はあるかもね。でも妖怪退治はオススメしないわよ」

「うん。しないよ。私は──」

 

 答えは漸く見つかった。

 

「私は護身の為に力を付けたい。そして、霊夢みたいに使う」

「……そう、貴方は生命の尊さって奴を知っている、優しい子なのね。その答えが最善かどうかは私には分からないわよ?」

「うん。……覚悟はしてる」

 

 私はこの世界で生きる。そして、戦う力は退治するためではなく、護身のため。可能なら退治はしない。甘い考えかもしれない。だけどこれが私にとっての均衡だ。

 

「わかったわ。教えるだけ教えてあげる」

「ありがとう。これから宜しくね、霊夢」




ありがとうございました。

これを書いた後、過激派動物愛護団体を思い出しました。でも彼らと霊華は違う。

霊華の生命を想う優しさが伝わったでしょうか。

さて、ここで彼女の振る舞いに矛盾を感じた人は読解力が優れているか、霊想録をよく読んでくれている方なのでしょう。

それではまた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#16「月時計 〜ルナ・ダイアル」

お待たせしました。

サブタイの原曲を聴きながらだと楽しめるかも


 幻想郷で最も紅い館。紅魔館。つい先日、嫌という程怖い思いをした。挨拶も済ませたので当分行くことはない。そう思っていたのだが、俺は今この館の当主の部屋にいる。

 

 一体何故? お前はマゾヒストなのか? そう思うかもしれない。だが違う。断じて違うのだ。

 

 強くなると決心したのはいいが、肝心な方法が分からず修行は難航していた。霊夢や魔理沙以外に頼れる人を考えた時、真っ先に思いついたのがレミリアだったのだ。「強くなりたくはないか」そんな事を聞かれたのを思い出した俺は、即行動に移した。

 

「思ったより早かったわね。その様子じゃ何処かで痛い目にあったようね?」

「分かりますか」

「心変わりが早すぎるもの。それに、顔つきが変わったわ」

 

 椅子から立ち上がったレミリアは、ドアノブに手を添えてこちらを見てくる。

 

「さあ、行くわよ。準備は出来ているわ」

 

 ----------------------------------------

 

 紅魔館の地下──図書館。相変わらず埃っぽい。掃除が行き届いていない訳では無いだろう。単純に換気が難しいからなのか?

 

「さて、貴方が強さを求める理由を教えてもらえるかしら」

 

 俺は迷いの竹林での出来事を話す。俺は自分と身近な人を守れる力が欲しい。自分が弱いせいで誰かを巻き込む事はもうしたくない。本当は自分の無力さを弁え、大人しく里で住むべきなのかもしれない。でも、諦めるのはまだ早い。挑戦したいのだ。

 

 やはりレミリアも十千刺々の存在を知らないそうだ。今度暇潰しに行ってみようか等と言っている。俺にとって刺々は脅威そのもの。だが吸血鬼の敵ではないだろう。両者の実力を正確に知っているわけではないが、恐らく遊びにもならない。否、それでも遊ぶのが人外の楽しみ方なのかもしれない。

 

「貴方が強さを求める理由は分かったわ。それに適した訓練を施してあげる」

「それは有難いのですが、どうして俺の相手をして下さるのですか?」

「なんでもやってみるのが長生きを楽しむ秘訣よ」

 

 なるほど、暇なのか。これはチャンスだ。幻想郷の中でもトップクラスの戦闘力を持つという彼女に教われば効率よく強くなれそうだ。

 

 さあ、頑張ろう!

 

「じゃあ早速、貴方には吸血鬼になってもらうのだけど」

「──ゑ?」

 

 ----------------------------------------

 

「へぇこれは驚いた」

「やった! 飛べた!」

 

 幻想郷で暮らす事にした私は早速修行をつけてもらっている。先ずは空を飛ぶことから教わった。この世界の妖怪や一部に人は当たり前のように飛べるらしい。私は目を閉じた後、単純に『飛びたい』と思った。そして気づいたら身体が浮いていたのだ。

 

「思っていたよりも簡単なんだね」

「祐哉は三日かかったよな」

「うん。論理的に飛ぼうとしてたからね。そんなものが通用する事柄じゃないのにねぇ」

 

 その後私は自在に飛べるように練習した。飛行はこの日のうちに完全に会得できた。

 

「あいつが見たら『ば、馬鹿な。嘘だろ? 俺の三日間の努力が……』って言いそうだな」

「何よそれ」

「ちょっとした予知さ」

 

 ----------------------------------------

 

「ちょ、それはちょっと……」

「あら、手っ取り早く強くなれるいい方法だと思うけど」

「人間の妖怪化は禁忌じゃないんですか?」

 

 霊夢が「易」から始まり「者」で終わる人物を大幣で叩き割るシーンは原作を知る者の中ではそこそこ有名だ。俺もあんな感じでパッカーンされてしまう。吸血鬼の力を振るって霊夢を倒すというのは難しいだろう。第一それは今までの恩を仇で返すことと同義。そんなことをするくらいならば里に住む。

 

「あら、吸血鬼化は妖怪化に入るの? 霊夢を倒せばいいじゃない」

「専門じゃないので知りませんが、霊夢を裏切ることをしたくないです。それに俺は人間のまま強くなって、皆と暮らしたいんです。わがままかも知れませんけど……」

 

 そう語る俺を見てレミリアはニヤリと笑う。

 

「貴方のそれはワガママではない。人間のまま強くなるという決意は必ずしておくべきことよ。そうでないと道を外し、『滅ぼす者』になる」

「滅ぼす、ですか? 俺の能力は創造なんですが」

「捉え方によっては創造も破壊になるわ。新たな物を創る。場合によっては既存の物が使われなくなる。役目を失うことはその物の破壊と同義。そうは考えられない?」

「はあ、成程。何となく分かります。では、俺が妖怪化したら出鱈目に創造をして結果的に滅亡を誘うのですか?」

「いいえ、私の言う滅亡とそれは違うわ。話が横道に逸れただけで、創造とは関係無いのよ」

 

 レミリアは不敵な笑みを浮かべる。何を言っているのかサッパリだ。今の話は全く関係ないだって? では、何故俺は滅ぼす者になるのだろう。

 

「そもそも、何を滅ぼすのですか?」

「さあね? 貴方そのものかもしれないし、幻想郷かもしれない。そんなことはどうでもいいのよ。貴方はこれから滅ぼす者にならないようにする為に修行するのだから」

 

『滅ぼす者』と別の『何か』。俺に用意されている結末は最低でも二つなのだろう。そして妖怪化は滅ぼす者に直結する。俺は別の何かになる為に修行をするという。

 

「と、お喋りもこの辺にして──」

「お待たせしました、お嬢様」

「早速だけど、咲夜には祐哉の相手をしてもらうわ」

「……かしこまりました」

 

 修行を始める前に咲夜と弾幕ごっこをすることになった。俺の戦闘力がどの程度なのかを把握するためらしい。準備運動を兼ねて、との事だが俺にとってはかなりハードだ。準備運動のラジオ体操を第一ではなく第四でやらされるようなもの。俺に勝機はないが戦うのは楽しみだ。『時間を操る程度の能力』を使った戦闘はここでしか経験できない。

 

「宜しく御願いします」

「こちらこそ、宜しく御願いします。それでは──」

 

 瞬間、すぐ目の前に弾幕(ナイフ)が張られた。

 

「!?」

「──始めましょうか」

 

 足元に刺さったナイフはサクサクという音を立てる。弾幕に対し俺は一歩も動かなかったが、当たることは無かった。

 

 ──というより()()()()()()

 

 咲夜は俺が動かなければ当たらず、それでいて動揺を誘う規模で投射してきたのだ。

 

「やば、死ぬかも」

「準備運動にも準備運動が必要ですか? それなら──奇術『ミスディレクション』」

 

 咲夜はナイフを全方位に撒き散らす。弾速は十分避けられる程度。問題ない。

 

 が、そう甘くはなかった。突然あらぬ方向からナイフが飛んできたのだ。多方向からの投擲は容易に俺を囲いこんだ。

 

 ──まさに弾の幕。弾幕っていうのはこうやって作るんだな

 

 何とか隙間を縫って脱出するも第二投目がやってくる。避けられたとしても攻撃する余裕がない。取り敢えずこのスペルが終わるまで守りに集中だ。

 

「よく避けますね。私の奇術(ミスディレクション)は如何でしたか?」

「能力を用いた視線誘導(ミスディレクション)、興味深いですね」

「この程度私の能力があればできて当然。即ち──」

「俺は時間操作の片鱗に触れたに過ぎない?」

「ふふ、次です。──幻像『ルナクロック』」

 

 咲夜はまた全方位にナイフを撒いた。

 

「またナイフが──」

 

 

 

 

 時間は止まった。

 

 

 

 

 ただ一人、十六夜咲夜(奇術師)を除いて。

 

 

 

 

 ()の眼前に大量のナイフが設置された。

 

 

 

 

『貴方はこれを避けられますか?』

 

 

 

 

 ──そして時は動き出す。

 

 

 

 

「──飛んでくるのか? ……って言ってる間に来たよ」

 

 ちょっと独り言を呟いている間に目の前の弾幕は複雑になっていた。

 

 ナイフは多方向から俺を一点狙いする物、支離滅裂に飛来する物に分かれている。であるならば後ろに下がって距離をとり、冷静に隙間を縫えば攻略できる。

 

「──っ!」

 

 ナイフが掠った。まあ、思ったとおりにいくほど世の中easyモードではないんだよね。

 

 ──何とかして攻めに転じなければ。だけど避けるので精一杯だ。

 

 否、ここしかない。第一投目が終わった今、二投目が来る前に強引にでもスペルカードを発動する!

 

「創造『 弾幕ノ時雨・刀(レインバレット)』!!」

 

 無数の針を円形上に放つ。以前チルノや魔理沙に使った時はそれこそ霧雨が起こす程度の波紋だったが、これは時雨と呼ぶに値するだろう。1秒間隔とさほど速いとは言えないが、波紋の位置は(原点)に依存する。つまり、咲夜の弾幕を躱している分、より複雑になる。

 

「マジかよ」

 

 咲夜は弾幕を躱すのと同時にナイフを投げている。ただ避けていただけの俺とは大違いだ。

 

 魔法陣を創造し、それを原点に波紋が広がる。魔法陣は一定時間経つと別の地点に転移する。俺の動きと組み合わせることで予測不能な弾幕になっているはずだが、アッサリと躱されてしまう。

 

 やがて時間切れになり、弾幕ノ時雨は攻略されたことになった。

 

「そこまで! 互いにスペルカードを繰り出した事だし準備運動は終わりよ」

「はい、お嬢様」

 

 レミリアの宣言が図書館中に響いた。ふっとため息を零して戦闘から思考を切り替える。

 

「さて、手合わせをしてみた感想は?」

「反省点が沢山見つけられたのでとても有意義でした。ありがとうございました」

「なーんか堅いわね。もっとこう、ないの? 楽しかったとか、怖かったとか、殺されるかと思ったとか」

「……そうですね。運動して息が上がっていて、とても苦しいんですけど──でもそれ以上に、楽しかったです」

 

 そう言うとレミリアは満足そうに頷く。

 

「咲夜、アドバイスをしてあげなさい」

「はい。……相手の弾幕を避けている間、守りに徹するのはあまり宜しくないです。強くなりたいのであればこれを改善しましょう」

「分かりました、頑張ります」

 

 確かに俺は咲夜の言う通り、弾幕を避けることに集中しすぎて攻められないでいた。これは相手にとってはサンドバッグも同然だ。

 

「スペルカードは良かったですよ。弾数を増やしたり、速度を上げることができればもっと難易度が上がります」

 

 

 ----------------------------------------

 

 神社に戻ると霊華が飛んでいた。

 

「ば、馬鹿な。嘘だろ? 俺の三日間の努力が……」

 

 楽しそうに宙を漂う霊華と何故かドヤ顔をする魔理沙。そして霊夢は変なものを見たような顔をしていた。

 




ありがとうございました。
二章にむけて準備しています。結構慎重にやっているので時間がかかりそうです。
二章は放浪録とは違う異変を考えています。
そろそろ祐哉に勝利というものを教えたい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#17「無策の戦力調査」

「お、あんたか。……まさかもう戦いに来たとか言わないよな?」

「そのまさかだけど」

「まあいい、弾幕勝負で一回でも私に当てられたら通してやる。あんたの残基は2でいい」

 

 そう言って不老不死は構える。

 

 ──案外勝てたりしないかな……

 

 

 

 ----------------------------------------

 

「さて、貴方はあの不老不死に勝ちたいのよね」

「はい」

「それには少なくとも霊夢と魔理沙、咲夜と同じくらい強くならないとね」

 

 皆の言う『不老不死』とは、竹林で助けてくれた少女のことである。種族は人間で、確か妖術を使えたはずだ。そして属性は火。

 

「年単位の修行期間が必要ですかね」

「それでもいいけどね、ただ勝つだけなら直ぐにだって可能よ? 貴方の力なら特にね」

「それって、あの人を攻略するってことですか?」

「そう」

 

 確かに、『あの人を倒せるくらい強くなる』ではなく、『あの人を倒す』のほうが早く達成できる。前者は、自分を強くして戦闘力の差を埋める方法。後者は相手の弱点や行動パターンを分析し対策する事によって強引に勝ちに行くもの。

 

 これがもしも『殺し合い』なら難しいが、弾幕ごっこは弾を被弾させればいいのだから比較的容易い……はず。相手が嫌がる弾幕を撃ち続ければいいのだ。そして、そこで役に立つのが俺の創造の能力。なんなら水の創造でもすればいい。質量を持ったものを物体と見なすので、水の創造も可能だ。敵の嫌がるような攻撃をしてストレスを溜めさせるなど、正義のヒーローならばまず取らない汚れた行動。だが知ったことではない。正義を語るほどデキた人間ではないのだ。

 

「なら俺はあの人の戦い方を知る必要がありますね。そして、嫌がらせを続けるための霊力量を増やさないと」

「そうね、じゃあ行ってらっしゃい」

「!?」

「行ってらっしゃい?」

 

 ----------------------------------------

 

 不老不死は懐から御札を取り出してこちらに投擲した。霊夢もそうだが、紙ペラを狙ったところへ投げるとは器用だな。

 

 俺は御札を避けることに専念する。手加減されているのか、難易度はそう高くない。油断しなければ普通に避けることができる。

 

 ──違うだろ、咲夜のアドバイスを思い出せ

 

 弾幕を避けつつもスキを見て攻撃する。頭ではわかってはいるがとても難しい。苦し紛れに放つ弾幕はとても弾幕と呼べるものではなく、それは最早タダの弾。単発のソレに美しさ等有るはずもなく、当たることは無い。何故皆はできるのか。ドッジボールの球を複数個避けながら球を投げろと言っているのと同じだ。要練習だな。

 

「なんだ、大したことないじゃん。出直してきな! 時効『月のいはかさの呪い』」

 

 不老不死はスペルカードを使ってきた。

 

 ──ダメだ。やっぱ今の俺じゃ勝てない……

 

 そのスペルカード(芸術作品)が何を模しているのか俺にはサッパリ分からない。今の俺にとってそれはただ己に敗北を突きつけてくる物にしか見えない。

 

 ──結局、美しさってなんなんだ

 

 俺は目を瞑り、戦いを放棄した。

 

「ッ──!」

 

 弾が直撃し、身体に激痛が走る。それと同時に込み上げてくるものがあった。

 

 ──悔しい

 

「創造『 弾幕ノ時雨・刀(レインバレット)』!!」

「うぉっ!?」

 

 咄嗟に放った弾幕ノ時雨は予想外の威力を発揮し、彼女のスペルカードを打ち消した。

 

「へえ、もしかしてスロースターターなのか?」

「知らないよ。ただ、何もせずに負けるのが悔しいと思っただけだ。我ながらコロコロと心変わりが激しいと思うよ」

「あー? 何言ってるの?」

「ただの独り言だ。さて、そこを動くなよ?」

 

 ──この技なら勝てる

 

「星符『スターバースト』!!」

 

 魔法陣から放たれる極太のレーザーは不老不死を呑み込んだ。

 

「よし」

「危ないな、急に馬鹿でかいもん撃つなよ」

「──! 躱したのか」

「似たようなものを使ってるやつがいるんでね。ある程度慣れてるのさ。しかしお前のそれは()()()()()()()()()()。それじゃ避けられて当然だ」

「……確かに、スターバーストは()()()だ」

 

 似たようなものを使う奴……魔理沙かもしれない。魔理沙の十八番を真似ているのだから当然有名なはず。使い方を考えないと避けられてしまう。思ったとおり何もできなかった。弾を躱している際攻撃できないことと、スターバーストの未完成。これを解決しなければお話にならないのだ。

 

 ──俺のスペルカードは二枚しかない。出直すか

 

 ----------------------------------------

 

「うん? やめるのか?」

「また来ます」

 

 男は去っていった。ただの雑魚かと思っていたら突然熱くなり、いよいよかと思うと急に冷める。変な奴だな。

 

 ──彼奴に何の価値があるというのだろう

 

 

 ----------------------------------------

 ------------------------

 -----------

 

「送り返してきたよ」

「助かったわ」

「あの様子じゃ二度と来なそうだけどな」

「それならそれで構わないわ。あの予言は吸血鬼が流したデマということで」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()と依頼されたのはあの日の朝のことだった。何のことかはさっぱりだったが、出会った瞬間に分かった。明らかに里の人間が着ているものとは違う。

 

 男が竹林に来た事に気づくのは容易かった。多少の戦闘力はあるらしく妖怪と戦っていたが、あの程度の妖怪も処理できないようなら里から出るべきではない。たまにいるんだよな。少し力をつけたからって調子に乗る人間が。そういう奴は皆死んでいく。

 

 しかし見つけてしまった以上、助けないわけにはいかなかった。妖怪を屠った後、改めて見た時私は憤りを覚えた。

 

 ──こいつ、隣の女も巻き込んだのか!

 

 そして、私は怒鳴っていた。結果的に目的に沿う形になったが、あれではもう来ようと思わないだろう。見た所、根性無しの腑抜けだ。

 

 -------------

 --------------------------

 ----------------------------------------

 

 永琳の言う“吸血鬼のデマ”と言うのが詳細の鍵となりそうだ。だが別に興味はない。

 

「あれ、魔理沙か。久しぶりだな」

「よっ!」

 

 竹林の入口に魔理沙が立っていた。さっきの人間について話しに来たようだ。

 

「あいつ、相当永遠亭に行きたいらしい。お前に会ってからずっと頑張ってるんだ」

「物好きな奴だ。診療所の患者という訳では無いだろう。なら彼奴に求婚でもするのか?」

「いや、多分鈴仙だな。スペルカードを見てみたいだとか。なんだったらお前も色々見せてやれば喜ぶと思うぞ」

「本当に物好きだな」

「勉強家なのさ」

 

 魔理沙は用が済んだというように竹林の中に入っていった。

 

 ----------------------------------------

 

「さーて、珍種竹妖怪を退治してやろうかね」

 

 祐哉が言っていた竹妖怪は、竹を切ったことに対して激怒したという。つまり、竹を切ってやれば会うことができるはずだ。

 

 私はミニ八卦炉を構えて火を焚く。

 

 ──しっかし腑に落ちないんだよな

 

 過去にここで弾幕ごっこをした際、何本か竹を焼き払っているはずだ。故意ではないが、竹林で戦っているのだから竹を巻き込むことは免れない。故に私は既に竹妖怪と面識があっても可笑しくない、いや、面識が無いと可笑しいのである。

 

「わざと切ってやれば怒って出てくるはずだ」

 

 竹は焼き切れて倒れた。その瞬間、背後から何かが飛んできた。

 

「おっと! ……お出ましか?」

「──チクチクチク。お竹(おまえ)、死ぬ覚悟はできているタケ!?」

 

 はは! こいつは面白い。祐哉の言う通り口調のクセが強いな。

 

「私は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだ。そして、お前を退治しに来たぜ」

「魔法使いが妖怪退治をするタケ?」

「巫女しか退治しちゃいけないなんてルールはないだろ?」

「返り討ちにしてやるタケ。さあ、恐れ慄くがいい!」

 

 竹が髪を靡かせると、無数の棒が飛んできた。さっきの棒と同じ。これは竹棒だったようだ。あんな速さで飛んでくる竹に当たったら致命傷だな。

 

「行くぜ、魔符『スターダストレヴァリエ』!!」

 

 私の弾幕の多くは大気中の星成分の量に依存する。星成分を使うということは、その分自身の魔力消費を抑えることができる。それによって、人間離れした弾幕密度を作れるのだ。

 

 ──今日は星成分が豊富。絶好調の私が負けるはずないのさ!

 

 スターダストレヴァリエを打ち終わる頃には竹妖怪の姿が無くなっていた。

 

「逃げたのか?」

「いいや、倒したんだよ」

「お?」

 

 私の様子を見ていたのか、妹紅が話しかけてきた。

 

「思ったより強くないんだな」

「……逆に、そんな奴にも勝てないんだよ、彼奴はさ」

「祐哉の霊力問題。これが課題かね。まあいいや、またあいつが来たら付き合ってあげてくれよ。私の友人なんだ」

「いいよ、暇だからね」

 




ありがとうございました。

いい加減祐哉が可哀想に思えてきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#18「動かない大図書館」

ちっすちっす。湯です。
今回は結構独自解釈要素があります。ご注意ください。


「それで負けてきたと」

「すみません」

「何故謝るの? 結果はわかっていたはずよ。私も、貴方も。()()を忘れてはいけないわ」

 

 当然だ。最初から妹紅に勝てるならばレミリアの手を借りる必要が無い。

 

 反省点を挙げ、改善策を練る。昔からこういうのは得意だ。

 

 まずはスペルカードの枚数だ。二枚ではお話にならない。最低五枚、余裕を持って十枚は必要だろう。スペルカード作成の参考にするために()()()に会いたいというのに、その前段階で詰まるなんてな。

 

 そしてスペルカードを増やしたところでその分の霊力が必要なわけで……でも霊力が足りない。

 

「ああああどうすれば……」

「うふふ、お困りのようね。そんな貴方にいいこと教えてあげる」

「ありがとうございます」

「貴方は弾幕ごっこに必要な物が霊力だと思っているでしょう? 案外、そうでも無いのよ。……納得いかなそうね。まあ聞きなさい」

 

 レミリアは人差し指をピンと立てて説明を始める。

 

「確かに、弾幕を生み出すには何かしらのエネルギーが必要よ。でもね、自分の霊力量は関係ないわ。貴方にはこれからパチェと戦ってもらう」

「へ?」

「彼女と戦えば気づきやすいと思うわ。ヒントは『オプション装備』ね」

 

 パチェことパチュリーは既に準備が完了しているようで、ふわふわと宙に浮いてこちらの様子を伺っている。

 

「宜しくお願いします」

「貴方の能力、見せてもらうわ。スペルカードは2枚まで、残機は1」

 

 パチュリーは魔導書を開いて何かを呟くと、彼女の三倍はある巨大な魔法陣が展開され、弾幕が生成される。四本の細いレーザーが収束と拡散を繰り返し、その隙間から火球が現れる。

 

 レーザーの収束は限界がある。故に二本のレーザーに挟まれることはありえない。最小の角度を見極め、間からやってくる火球に被弾しないよう注意する。

 

 ──さて、こうしている間にも攻撃を仕掛けるんだ

 

 刀を複数本創造して投擲するが、ヒラリと躱されてしまう。

 

 ──パチュリーは詠唱をしている。

 

「火符『アグニシャイン』!!」

 

 魔法陣の色が赤く変化し、それに伴い弾幕も火球のみになった。疎らに放たれていた先刻までとは違い、統率された火の玉の群れが交差する弾幕。

 

 交差する弾幕は頻繁に見かける。見ているだけでは簡単に避けられそうなものだが、その場に立ってみると難しいのだ。集中力を切らすと直ぐに被弾してしまう。

 

 ところで、さっきレミリアが言っていたオプション装備とはどういうことだろうか。ぱっと思い付く例は車のカーナビ。購入する際に、どういったものを取り付けるのかを選べるもの。

 

『装備』らしいものは魔導書くらいだけど。魔導書を使うことで消費魔力量が減るのか、或いは──

 

 ──パチュリーは常に何かを呟いている

 

 魔法陣が青くなった。アグニシャインは終わりを迎え、先程の通常弾幕に切り替わった。ただし、火の玉の代わりに水玉になっている。

 

「──閃いた。幻創『スターゲイザー』!」

 

 斜め上から地に向かって放たれる無数の長い弾は、流星を彷彿させる。そして、足元から星型弾幕が迫ってくる仕様。星は渦を巻くように一点(パチュリー)に集まっていく。

 

 星型弾幕は魔理沙と被るから避けていたけど、やはり綺麗だ。小型の創造物を扱うことにより、生成できる弾数を増やすことに成功し、弾幕の密度は弾幕ノ時雨の数倍になった。

 

 

 

「──ッ!」

 

 ──あれは……

 

 パチュリーは僅かに焦りを見せた。スターゲイザーは例の『交差する弾幕』である。自分がやられたくない動きってのは相手にも効くものだ。

 

 そして、俺は見逃さなかった。パチュリーが蹣跚けた瞬間、魔法陣は僅かに()()()()()のだ。

 

 パチュリーの詠唱と魔法陣は繋がっている可能性が高い。そして、魔法陣が薄くなった瞬間に放たれた弾は乱れている。

 

 彼女は魔法使いだ。よって、彼女の魔法陣は俺のものとは違って()()()()()()、意味のある物のはずだ。魔理沙によれば魔法陣は魔法の術式そのもの。つまり、魔法陣が弾幕を生成していると考えられる。

 

 俺がスターバーストを使う時に創造する魔法陣は、魔法使いのソレとは少し異なる。あれは「レーザーを放てる魔法陣」を創造している。要はきっかけとなる物さえあれば形はどうでもいいのだ。よって、俺の魔法陣には大して意味が無い。

 

 ──パチュリーのオプション、わかったぞ

 

「……少しズレたけど、間に合ったわ──水符『プリンセスウンディネ』……」

 

 二枚目のスペルカードが発動された。

 

 激しい水柱と小さいが動きが速い弾、大きい代わりに遅い弾の三種類で構成されている。水柱に気を取られていると、容赦なく迫り来る水玉に当たるというもの。

 

 手加減されていることもあって、避けるのは簡単。最後まで避けきることができたものの、こちらが被弾させることはできず、結果は引き分けとなった。

 

「どう? パチェのオプションは分かったかしら」

「魔導書か詠唱ですかね。魔導書に書かれているものを唱えると魔法陣が生成され弾幕が放たれる」

「その通りよ。私の場合、魔導書が使い魔(オプション)。これには呪文と術式が書かれている。それを詠唱をする事で魔法が使えるわ」

 

 俺の予想は当たっていたらしい。

 

「レミリアさんの言うオプションとは使い魔のこと。使い魔がある事で消費魔力量が変わるんですか?」

「そう。更に、魔導書がある事で詠唱が短く済むの。術式も書かれている。そう言ったでしょ? 私はきっかけとなる魔力を注ぐだけでいいのよ」

「皆大抵使い魔を使っているわ。霊夢や魔理沙もそう。そうすることで別の事に集中できる」

 

 霊夢と魔理沙が? ああ、そう言われてみればそれらしい物を使っていたかもしれない。霊夢は陰陽玉から弾を飛ばしてくることがあるのだ。魔理沙はというと、魔導書に魔法陣、マジックアイテムと色々使っている。

 

「俺も使い魔を手に入れたら霊力問題を解決できそうですね。ところで使い魔とはどうやって契約するんですか? その辺の物に『君に決めた』って言う訳じゃないですよね?」

「ああ、皆使い魔って呼ぶけど必ずしも契約がいる訳では無いわよ。だから私はオプションって言ったんだけどね」

「方法としてはいくつかあるわ。物によるからまずは使い魔にしたいものを探してきなさい。思い入れのあるものや、自分で作った物だと設定しやすいわ。この魔導書も私が書いたもの」

 

 ふむ。使い魔というのだから、血の契約が必要なのかと思っていた。死んだり、契約違反を起こすと魂を持っていかれる的な。自分で作るというと創造の能力を活かせそうだ。渾身の霊力を込めて何かを創造すれば使い魔にできるかもしれない。

 

「少し考えてみますね」

 

 ----------------------------------------

 

「ただいま」

「おう、おかえり」

 

 神社に戻ると、霊華が修行していた。多分御札を投げる練習だ。あれを狙った場所に飛ばすのは難しいと思う。

 

 それにしても、霊夢がやる気を出しているように見える。何かよからぬ事を考えてなきゃいいけど。

 

「今日の修行はどうだった?」

「うん。上手くいけば霊力問題を解決できそうなんだ。これから使い魔を作るつもりだよ」

「ああ、奴隷か。こっちの常識を持たない外来人(お前)もその結論に至るんだな。それとも誰かの入れ知恵か?」

 

 霊夢と魔理沙は、俺がどのように問題を解決するのか見守っていたという。できれば早めに教えて欲しかった、そう言うと魔理沙は笑って答えた。

 

「偶には自分で悩まないと脳が腐るぜ?」

 

 ごもっともである。

 

「それで、何を奴隷にするんだ? 犬? 妖精? 悪魔か? それとも、霊? ああ、人間という選択肢もあるな」

「うーん最後のはヤバいなぁ」

 

 第一、自分のサポートを頼みたいのに人間を従えてどうするのだ。生き物を奴隷──使い魔にする気は無い。躾けるのが面倒だ。教えるのは好きだが上手に叱ることができない。最悪主従関係が逆になりそうだ。

 

 何か手頃な物体はないだろうか。弾幕ごっこに使うとなると、弾が撃てて宙に浮く必要がある。無理だ。物体が勝手に動くわけないし、弾を撃てるのはおかしい。機械を作るしかないのか。或いは、魔法使いのように魔法をかけるとか。

 

 ──魔法をかける、か

 

 それならいい方法があったな。

 

「おーい、聞いてるか?」

「へ? ああ、聞いてたとも。タケノコとキノコ、どっちが美味いかだっけ?」

「おまえは何を言っているんだ。……この前私のマスタースパークを跳ね返したアレは何なんだ?」

「アレは反射鏡。光を跳ね返せる鏡を創造したんだよ」

「後で実験したがその辺の鏡じゃ砕け散るだけだったぞ」

「反射鏡はただの鏡じゃないんだよ」

 

 そもそも、鏡というものは可視光線を反射する性質を持つ道具。「反射鏡」と呼ぶのは好ましくない。「超強力熱光線反射物体」とでも呼んだ方が正しいかもしれない。

 

「熱光線反射物体、ねえ。熱光線と言えばアルキメデスを思い出すな」

「そうだね」

 

 アルキメデスの熱光線。アルキメデスは古代ギリシャにおける天才科学者。城壁に沢山の鏡を設置し、敵船に向けて太陽光を一点集中させたという。船の黒い先端は燃え始め、火災を起こした。

 

「しかしとても信じられん。マスタースパークは熱光線なんか比にならない物だぞ」

「だから()()()熱光線なんだよ。呼び方なんてどうでもいいけどな」

「はー、創造の能力はそんな事ができるのか」

 

 超強力熱光線反射板──反射鏡の仕組みが分かったところで次のステージに進もう。

 

──『物体を創造する程度の能力』の秘密について。

 




ありがとうございました。
次回は放浪録でも詳しく触れなかったことが判明しますよ。
恋愛タグが息をしていない……。おかしいですね。霊想録は恋愛モノのはずなんですが。そろそろ怒られそうだなぁ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#19「不思議な夢」

 俺の能力──物体を創造する程度の能力はその名の通り、主に物体を創造することができる。創造とは神様の力。0から1を生み出す力だ。なんでこんな力を俺が持ってるのかは知らん。ただ、この力について教えてくれた人は何か意味深なことを言っていた。曰く、『()()()()何かの力だね』とのこと。なんの事だかさっぱりだが、俺の力ではないのかもしれない。

 

 創造の能力はただの物作り能力ではない。創造した物にちょっとした力を付け加えることができる。反射鏡は、鏡に『マスタースパークを反射できるような力』を付けたもの。俺が念じただけで付与できてしまうのだからとても不思議だ。

 

 因みにスターバーストは「レーザーを放てる魔法陣」を創造している。だから霊力の少ない俺でも気軽に放てるのだ。

 

 使い魔の作り方だが、この力を利用しようと思う。何かしらの物体に使い魔としての力を与える。渾身の霊力を込めるつもりだから、恐らく成功するだろう。

 

「問題は使い魔の見た目なんだよ」

「魔法陣でいいじゃん。よく見かけるし」

「いや、この力を使うなら珍しい物がいいんだよね」

 

 何か良いものないかなぁ。

 

 ----------------------------------------

 

「難しいな……」

 

 私は御札を投げる練習をしている。霊夢のように真っ直ぐ飛んでいかない。どうしてこんなヒラヒラした物を飛ばせるんだろう。

 

「よう、苦戦してるじゃないか。一瞬で空を飛べたのにな」

「これ難しいんだよ? 霊夢に聞いてもよく分からないし……」

「ああ、あいつは説明が下手だからな。仕方ないさ」

「魔理沙? 聞こえてるからね!?」

「いや、事実だろ」

 

 因みに霊夢は「こんなもん簡単よ。飛ばしたいと思った方に適当に投げるだけ。多少ズレても勝手に当たるわ」と言う。そんな訳が無いのだ。

 

 私の場合、1メートル飛ばすのも難しい。

 

「あの、神谷さん。御札の飛ばし方分かりますか?」

「分かりません。妹紅もやってたけど不思議だよね」

 

 あの人も御札を投げるんだ?

 

「神谷さんはどうやって弾幕を飛ばしてるんですか」

「俺はちょっと特殊だよ。創造したら飛ばしたい方向に発射するんだ。勝手に真っ直ぐ飛んでいくよ」

 

 うーん、なんだか霊夢と同じ匂いがする。無茶苦茶だ。

 

「そうだな……御札を重ねる、厚紙にする、風に乗せる超能力に目覚める。この辺りが現実的じゃないか」

「なる……ほど?」

「あとは、霊力を込めるとか」

「おお!」

 

 その手があった。超能力は無理だけど、不思議な力を持った『霊力』を使えば解決できるかもしれない。

 

 早速御札を指で挟み、霊力を送り込むように強く念じる。そして御札に霊力が溜まったところで投げてみる。

 

「やった! 50メートルくらい飛びましたよ!」

「50……? いや、おめでとう!」

 

 御札はきちんと真っ直ぐかつ十分な距離飛んだ。後はこの方法で練習するだけだ。

 

「じゃあ次は広範囲に沢山飛ばせるようになって。お手本としてはこんな感じ」

 

 霊夢がお手本を見せてくれる。札の配置に規則性がないので恐らく適当に投げるだけでいいのだろう。特定のパターンで飛ばすより、ランダムな方が避けるのが難しくなるのかも。

 

 ----------------------------------------

 

 寒い冬空の下、俺は屋根の上に寝転がり、煌めく塵を眺める。今日は新月だ。

 

 ──あれはオリオン座、そしてふたご座、カシオペア座

 

 ううむ。俺の知識ではこの程度しか分からない。今度パチュリーにお願いして星座早見盤を借りようか。

 

 天体観測は良い。排気ガスと無縁のこの世界では空が星で埋め尽くされている。それはまるで大小様々なビーズを空に零した様だ。

 

 星といえば星座、星座といえば神話が思い浮かぶ。有名なのはギリシア神話だろう。ガイアだのヘラだの、女神というのは大抵怒ると怒りの対象を星座にするのだ。まあ、勿論偉業を成し遂げて星座にされた者もいたと思うが。

 

 初めてギリシア神話を知ったのは、小学校の高学年頃だ。きっかけは星に興味を持ったこと。星座について知りたいと、親に話したら本を与えてくれた。俺は夢中になって読んだ。中には先の『怒りからの星座化』という現代人の発想ではまず思いつかないような展開もあり、驚くこともあった。

 

 それは置いておくとして、ギリシア神話に惹き込まれた一番の要因は、神々がまるで人間の様に生き生きとしていることだと思う。神の恋愛と聞くと上品に思いがちだが、意外と本能的な行動が目立ったりする。不倫は勿論、寝取りもある。マスコミの概念があったら雑誌に取り上げることだろう。

 

 対して、軍神や戦いの女神達の活躍には心を躍らされる。他の英雄はオリュンポス十二神の力を借りて、魔物の討伐に行くこともある。戦う彼らもやはり生き生きとしている。

 

 ──ギリシア神話の神に会えたらいいな

 

 ここは幻想郷。忘れられた物──外で生きていけなくなった魑魅魍魎や神の住まう世界。ここならばツチノコのような空想の生き物にも会えるのだ。

 

 日本の神は信仰を失った物が多い。だが、ギリシア神話の神々はそうではない。彼らの存在が忘れられる事はないだろう。つまり、会えないのだ。嗚呼、せめて夢の中だけでも──

 

「寒いな。そろそろ寝よ」

 

 ----------------------------------------

 

『という訳でこんばんは』

「ん……?」

 

 真っ白な空間に、女声だけが響いた。

 

『聞こえますか……私の依人(よりびと)よ……貴方の──です……今……貴方の夢の中で直接……呼びかけています』

「これは……」

『良く聞きなさい。今から見せる彫像を利用するのです。そうすれば道は開かれます』

「何を言って──」

『──貴方の努力は見ています。ですが怠ってはいけません。これからも励むように』

 

 そう言い残して、「声」は消えた。

 

 ----------------------------------------

 

「ふぁーあ、ねむ……」

 

 私が厠に目を覚ますとは珍しい。冬は寒いからなるべく出歩きたくないが、目が覚めてしまったものは仕方ない。ここで用を足さないとやらかしてしまう。

 

「ん? 祐哉の奴、なんで障子開けたままなんだ?」

 

 そのままにして寝ていては寒いだろう。或いは起きているのか。どれ、覗きに行ってみよう。

 

「チラリ。……ってお前、何してるんだ?」

「…………」

 

 祐哉は私に一瞥もくれず、何かを書いている。不思議だ。月明かりを頼りに書いているのかと思いきやそうではないらしい。今日は新月か。

 

「で、なんでそんな物を灯りにしてるんだ? 火使えばいいのに」

 

 机の上には謎の発光体が浮いていた。創造したのだろうか。

 

「もう寝なさい。夜更かしは美容の天敵ですよ」

 

 立ち上がった祐哉は、私にそれだけ言い残して障子を閉めた。

 

「お、おう……」

 

 

 ----------------------------------------

 

 スっと目が覚めた。幻想入りして規則正しい生活をするようになってから、目覚めが良くなった。朝に弱く、辛い思いをしていた頃が懐かしい。

 

「ん? なんじゃこりゃ」

 

 机の上に妙な紙が置いてある。はて、寝る前に置いた覚えはないのだけど。

 

 ──何かの絵。これは石像? なんだってそんな……あれ?

 

 思い出した。俺は変な夢を見たんだ。彫像を利用しろだかなんだか……。タイミング的に使い魔のことだろうか。俺の潜在意識が命令したのか?

 それにしたってなんで彫像なんだ。俺の好みとは全く合わないぞ? まあ確かに他じゃ見かけないし、それでもいいか。朝食を済ませたら創造しよう。

 

「──こんなの書いた覚えがないんだけどな」

 

 スケッチの下にはサインが書かれている。『Ἀθηνᾶ』。何語かすらわからないのだから、俺が書いたものではないはず。じゃあ他の誰かが描いて置いた訳だけど……誰が? 俺が夢の中で聞いた声は現実のものだったのかもしれない。声だけが夢の世界に入って来ることは偶にあるし。

 

 珍しく朝から冴えている頭を使いながら居間に向かう。その途中で目を瞑っている魔理沙に会う。

 

「おはよう、魔理沙。髪ボッサボサだぞ」

「おは……」

「珍しいな。魔理沙がそんなに眠そうにしてるの見たことない」

「ちょっと……眠れなくてな……」

 

 魔理沙はフラフラとした足取りで歩いて行った。

 

 さて、今日の朝食当番は俺。何を作ろうか。米と味噌汁は確定として……お、魚見っけ。焼くか。

 

 せっせと支度をしていると、向こうからバタバタと凄い音が聞こえる。何だと思い振り返ると、魔理沙がこちらに向かって走っていた。

 

「今度はやけに元気じゃんか。静かにしてくれ」

「悪い。……じゃなくて祐哉、お前昨日の夜何してたんだ? 虚ろな目で何か書いてるかと思ったら、妙な敬語で話してきてビックリしたぞ。気になって寝られなかった」

「へ?」

 

 んー、なんか心当たりがないけどあるぞ? あの紙は俺が書いたものなのか。それに魔理沙と話したって? 全く覚えがない。こっわ、夢遊病かよ。

 

「覚えてないのか。なんか変だったぜ? 最近頑張ってたし少しは休めよ?」

 

 え、疲れが原因でこんな事したって言うのか? とてもそうは思えないけど。

 

 まあ、きっと何かのお告げなのだろう。ここは幻想郷だし、外の常識に捉われてはいけない。

 

 ──取り敢えずあの像で試すことは確定。思ったより簡単に解決できそうだ

 

 




って思うじゃん?

ありがとうございました。いつも感想ありがとうございます。励みになっています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編〜聡明な使い魔と金平糖〜
#20「創造! 恐怖の暴走物体!」


こんにちは。祐・霊です。
祐霊は失踪した。そう思ってないですか? ちまちま書いているうちに進まなくなっています(進行形)


 ──それは、荒ぶっていた。

 

「魔理沙……」

「ん?」

「なんかこれおかしい」

 

 朝食を済ませた俺は早速彫像の創造に取り掛かった。不思議なことに、彫像のイメージは簡単にできた。能力自体は頭の中で設計図を作り、念じることで発動する。

 

 使い魔化するためには、創造する際に「人工知能」と「弾幕制御能力」、「浮遊能力」を付与する。完成品が動く様子を思い描き、与える力を考えるだけで勝手にプログラムしてくれる、チート性能だ。間違いなく俺の力ではないだろう。

 

 彫像は完璧に創造できたように見えた。試しに起動してみると、ソイツは妙な動きをした。

 

「え? 狙い通りじゃないのか。いやあ、壊滅的なセンスだなと思っていたところだよ」

「こんな『4分の1秒おきに1メートルテレポートする使い魔』があってたまるか!」

「なんか、この世のものとは思えない動きね。不気味だわ。試しに弾幕張ってみたらどう?」

 

 霊夢は荒ぶる使い魔を見て若干呆れている様子。ちくせう見てろよ。今にもアッと言わせてやる。

 

 ──弾幕を放て

 

「どわぁ!?」

「ヒエェ!」

「うわぁ……」

「──!」

 

 弾幕制御は問題なく動作した。では何故俺たちがこんな反応をしたのか。それは、彫像がテレポートしながら弾を放ったからである。

 

 想像してみて欲しい。彫像は1秒間に凡そ4回テレポートしている。一度のテレポートで移動する距離は1メートル。移動するベクトル──即ち角度はランダムである。近づけば撲殺必至のそれが、滅茶苦茶に弾を放つのだ。勘弁してもらいたい。

 

「『ヒエェ!』じゃないわよ! 何してんの!」

「ご、ごめんなさい……。皆怪我してない?」

「なんとか……。飛んだ暴れ馬だな」

「なんかもうキショイよね」

 

 一番近くにいたのは俺と魔理沙。そうは言っても、()()からは十分な距離を取っていたので、なんとか回避できた。霊夢と霊華は遠くから見ている。

 

 これ、本当に弾幕制御がうまくいってるのか怪しいぞ? 

 

 ──動くな。弾幕を放て

 

 動く点Pは再び弾を放ち始めた。どうやら俺の命令は彫像に届かなくなってしまったようだ。

 

「もう消えろ!」

「あー、なんかその、別の方法を検討したほうがいいんじゃないか?」

 

 手が付けられなくなってしまったので、スターバーストで破壊する。付与する力が足りないのかもしれない。創造の力が勝手にやってくれるものだと思っていたが、任せきることはできないようだ。扱いが難しい。

 

 ————————————————————

 

「神谷さん、戻ってきて……」

ブツブツブツブツブツブツブツブツ

 

 神谷さんは何かを呟きながら彫像を創造し続けている。さっきの出来事から一時間ほど経った。魔理沙は家に帰り、霊夢も部屋に戻っている。彼がまだ続けると言うので、見学することにした。あれから何度か試行錯誤したものの、成果といえる成果はないままだ。「何でだ……」と肩を落とした神谷さんはブツブツと唱え始め、今に至る。

 

 ──凄い、もうすぐ境内が埋まっちゃう

 

 間違いなく100個は超えているだろう。もしかしたら300個くらいかも? 

 

「あの、軍隊でも作るつもりですか?」

「軍隊か。それだ! この動く点P(彫像の悪魔)を敵に投げつけてやれば……。ククク……」

「それって反則じゃ……」

 

 弾幕ごっこというのは、スペルカードルールに則って行われる。その中にあるのは不可能弾幕の禁止。この彫像が起動したらまた荒ぶるのだろう。そんなもの避けられるはずがない。

 

「やるとしたら()()を弄るよ。512。これが今創造できる限界みたいだ」

「そんなに作れるんですか!?」

「まともに弾幕ごっこをするなら一勝負で五桁分の球が必要だと思う。それを考えると大したことないよ」

 

 そうは言っても、皆の弾は普通の光弾やお札といった小さなものだ。これだけ立派なものを作るにはそれなりの霊力を消費するはず。皆が五桁分の個数作る霊力量を持っているわけではないだろう。普通の光弾と創造物を同時に使ったらどうだろうか。霊力消費量の少ない光弾で弾幕を構成して、所々に創造物を含ませる。これがスマートだと思う。

 

 ──言った方がいいかな。でも口を出すのも悪いかもしれない……

 

「神谷さんが創造できる限界数って幾つですか?」

「一番多いのが針で、最近だと1200くらいかな。霊力は9割使う」

 

 うーん、五桁作るには霊力が今の10倍必要。やっぱりこの方法がいいんじゃないかな。

 

 ————————————————————

 

 このまま闇雲に行動しても拉致があかないと思い、紅魔館で文献に当たることにした。例の彫像はどこかで見覚えがあるのだ。実在するもののはず。

 

「あった。これだ」

「んー? それはサモトラケのニケね。それがどうかしたの?」

「昨晩、お告げのような夢を見たんです。これを使い魔にしろと」

「へえ、貴方は彫刻が好きなの?」

「いえ、全く興味ありません。だからこそ不思議なんです。馴染みのないものが夢に出てくるなんて滅多にないですからね」

「だからお告げと解釈した。なるほどね。それで、やってみたの?」

 

 俺はレミリアに先ほどの出来事を話した。レミリアは面白そうに笑う。そして、こういうのだ。「私も見てみたい」と。若干トラウマだから気が向かないのだけど、仕方ない。

 

 図書館の広場に移動し、彫像を創造する。

 

 ──起動しろ

 

「ヴヴヴン……」

「ほう、これは……」

 

 気のせいか彫像が音を発したような……。気のせいだと信じたい。レミリアは()()()()を見て面白そうな表情を浮かべる。

 

 ──おや?

 

 さっきと比べると、テレポートの頻度が低くなっている。凡そ1秒に2回か。彫像の()()は弄っていない。早くも学習したというのか? 人工知能、即ちAIが正しく機能しているようだ。しばらく起動を続ければまともに動くのではないだろうか。これは期待が持てるぞ。念の為、「絶対服従」を付与しておこう。俺がこいつを扱えなくなったら何をしでかすか分かったものではない。

 

「ねえ、貴方の能力は物に力を与えられるのよね。数に限界とかないのかしら」

「やってみましょうか」

 

 一旦彫像を消し、思いつく限りの機能を付与する。「絶対服従」「人工知能」「自律稼働」「浮遊能力」「弾幕制御機能」「高速学習能力」。一先ず六つで試してみよう。

 

 ──起動。弾幕を放て。

 

「|Γ…ヴヴヴllo!」

 

 彫像は浮遊すると、弾を放ち始めた。相変わらずテレポートするが、神社で試した時と比べれば大したことはない。

 

lΑποκτήστε πληροφορίες για την τρέχουσα θέση.

 

 

──ん?

 

 

『──lαπωνία. Η ρύθμιση γλώσσας σε lαπωνικά.──こんにちは』

「うわあああ!! 喋っえっえっ? 喋った。これ、うわあああ!」

「落ち着きなさい。貴方が作ったんでしょう?」

「なんでそんなに冷静なんすか! 怖くないんですか!?」

「うふふ、面白いわ」

 

 俺は怖くて仕方がない。どうして急に言葉を発するようになったのか。そんな機能をつけた覚えはないぞ。

 

『私にプログラムされている機能は以下の三つ。「浮遊能力」「弾幕制御機能」「高速学習能力」です。──修正。浮遊能力及び弾幕制御機能は全て高速学習能力の範囲内です。二つの機能を削除し、空きメモリを他の機能に充てることを提案します。──了承。取得提案。自然エネルギーの利用。これにより動力源の獲得ができます。──指摘。自然エネルギーのみでは不十分です。これを踏まえた提案。生命体からエネルギーを吸収する』

「へぇ、賢いのね」

 

 いつの間にかパチュリーが見に来ていた。確かに賢い。つい数時間前までバグを起こしていたものとは思えない。彫像は言った。機能が三つプログラムされていると。俺は六個付与したつもりだった。分かったことは、俺が付与できる機能は三つまで。四つ以上付与しようとすると最も古い機能から削除されていく。つまり。

 

「一番付けたかった『絶対服従』が削除されているのか」

『「吸収機能」と「解析機能」を取得。解析機能(アナライズ)、起動。分類:霊力。総量5000。評価:Eー。分類:妖力。総量100000。評価:S。分類:魔力。総量:48500。評価:B』

 

 なんだか彫像が物騒なことを言っている気がする。何かしでかす前に止めないと。

 

「俺はお前を作った者だ。従ってくれ」

『私の分類:XXX。総量5000。評価:Eー。総評Eーを優先します。弾幕制御機能──起動』

「うっ!?」

 

 彫像が撃った弾幕が俺の左腕に直撃した。俺の声は届かないようだ。やっぱり『絶対服従』を付与するべきなんだ。

 

「こいつ……」

『対象の左腕に命中。右腕を潰します』

「クソ、使い魔の癖に調子乗んなよ。スクラップにしてやる! 創造『 弾幕ノ時雨・刀(レインバレット)』!」

『──10回の被弾を確認。弾幕の解析。修正。アップデートします』

 

 最初は簡単に被弾していたが、次第に動きが良くなり、全く当たらなくなってしまった。これが人工知能か。能力を解除しても消せない。こいつはとっくに俺の手から離れている。もう破壊するしかない。

 

「スターバースト!」

 

 極太の光線に飲み込まれた彫像は、跡形も無く砕け散った。彫像があのまま暴れ続けたらどうなっていただろうか。高速学習機能を持っているアレを放置すれば、誰も手をつけられなくなってしまうかもしれない。未然に防ぐ事ができて良かった。

 

 

 

──と思っていた。

 

 

 

『──リザレクション』

 

 土煙の中から声がした。この機械音声は間違いなく彫像のもの。

 

『レーザーによる攻撃。円陣の展開から2.99075秒後に発射。1,079,252,848.8km/h──光速と認識します』

「なんで……」

「何らかの方法で復活したようね。それより面白いのは正確な計測力。幻想郷の技術を遥かに凌駕しているわ」

 

 どういう理屈か復活した彫像は、先程のスターバーストを分析している。俺はスーパーコンピュータを創造してしまったのかもしれない。創造の能力について色々と考え直したいところだが、そんなことをしている暇はない。

 

完全修復機能(リザレクション)の残り使用可能回数は2回です』

「河童に見せたら興奮しそうね。しかしこれは素人の私から見ても面白い。祐哉、外の技術は皆こんな感じなの?」

「まさか。人工知能──AIの時代はまだ少し先の話です。このくらいの計算は外の世界のコンピュータもできますが、非科学的なことをやってのける辺り数世紀先の技術ですよ」

 

 レミリアの問いに答える。この彫像は科学と幻想の混合物だろう。弾幕を放つなんてのは質量保存の法則に反している。霊力という対価を払っているが、それは質量保存とは異なる。

 

 ──まあ、幻想郷に外の科学が通用するとは限らないし、気にしても仕方ないけど

 

 完全修復機能はあと2回使える。つまり、3回壊さないとアレを止められないということ。嫌な予感がするな。弾幕ノ時雨は完全に攻略されてしまい、当てることが難しいだろう。スターバーストもそうだ。分析されてしまっては避けられる可能性が高い。とはいえ光速なので、強引に当てることは可能なはず。タイミングが大事という事だ。

 

『霊力量5000未満を優先して吸収します。──座標転換(テレポート)

 

 彫像が消えた。不味い。あの口振りでは既に紅魔館から出ているだろう。霊力5000未満(俺より弱い者)はどこにいるのだろうか。妖精でももっと強そうだが。

 

「アレはどういう訳か力を求めていたわね。吸収することで成長し、動力源にする。そして同じ強さの祐哉に負けた事で、もっと弱い者から力を得ようとしていると」

「アレを放置したら騒ぎになるでしょうね。早々に破壊する必要があるわ」

「……俺、一旦帰ります。嫌な予感がするんです。もしアレがここに来たら直ぐに破壊してください。迷惑かけてすみません」

「……? そう、分かったわ。気をつけて」

 

 俺は紅魔館を後にする。行先は博麗神社。この件を霊夢に伝えるためではない。()()()5()0()0()0()()()()()()()()()()()()()

 

──今度こそあの子を守ってみせる!




ありがとうございました。

ニケの翻訳
「現在位置の取得──日本。言語設定を日本語へ切り替えます。こんにちは」

本当に続き書くのが大変です。
なんで書けなくなったのか、明日までに考えときます。そしたら何かが見えてくると思います。ほな、また会いましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#21「古代兵器」

「神谷さん、上手くいってるかな」

「見てきたら?」

「でも出掛けちゃったし……。あれ、聞いてなかったの?」

「知らないわ。私はずっと炬燵に入っていたもの」

 

 私が部屋に戻ってきたのは神谷さんが出掛けて一人になっちゃったからなんだけど、気づいてなかったんだ。

 

 ──暇だなぁ

 

 幻想郷は外の世界と違って、何かに縛られることがない。学校もないし、バイトもない。人間が少ないからか、雇用タイプよりも個人業の方が多いらしい。社畜という単語は無さそうだ。外の世界からブラック企業という物がなくならない限り幻想郷は平和だろう。それって凄く素敵だと思う。

 

「私も何か仕事探さないと」

「あら、てっきり巫女をやるのだと思っていたけど。まあ、暇なのは変わらないけどね」

「そのつもりだけど……そう、暇なんだよね。……私、外で御札投げる練習してくるね」

 

 私は御札に霊力を込める事で真っ直ぐ飛ばす技術を得た。御札を霊力で覆うことで風に流されない重さを得るというもの。

 

 今からやることは、込める霊力量を必要最低限にする事。私の霊力量は多くないので、無駄をなくす必要がある。

 

「あれ、思ったより難しいな……」

 

 霊力の加減が判らない。大雑把にしかコントロールできていない証拠だ。まあ、扱えるようになって間もないのだから、当たり前なのかもしれないけれど。

 

 ──先に霊力を操れるようにした方がいいかな

 

 霊夢に相談しようと思い、家に向かおうとすると後ろから声がした。参拝客だろうか。

 

解析機能(アナライズ)、起動。霊力:4800。評価:F。吸収機能起動。ターゲットへのアプローチを試みます』

「あれって……」

 

 あの像は神谷さんが創造していたもの。どうしてここに──ん? 気のせいかな。今喋ってたような……

 

『アブソーブフェーズ移行まで5秒。4、3、2──』

 

 何となく不気味なので距離を取る。

 

『──ターゲット喪失。捕縛を優先します。弾幕制御機能、起動。模倣『スターバースト』──陣を展開します』

()()()()()()()……?」

 

 目の前に赤い魔法陣が現れた。スターバーストって確か神谷さんのスペルカードだったはず。つまり、眼前の魔法陣から放たれる攻撃はレーザービームだ。スターバーストの破壊力はこの数日で何度も目にしてきたから良く知っている。恐らく彼の最強スペルカードだ。

 

 ──逃げなきゃ

 

 脳が命令を下した頃には既に魔法陣から火花が散り始めていた。ゆっくりと光が集まっていくにつれて、高い熱を発する。それに対して私は動くことができない。

 

 幻想郷に来て何度目だろうか、こうやって死を悟るのは。恐怖で足が竦んで、逃げられないでいる。こういう時助けてくれたのはいつも神谷さんだった。

 

 だから、私はまた願っていた。

 

『スターバースト、発射』

 

 無感情な機械音声による攻撃宣言(死の宣告)と共に強力なレーザービームが放たれる。

 

「助けて……」

「──()()()!」

 

 スターバーストの轟音と熱が迫って来るのが判る。そして、彼がまた()()()()()()()()()()()。スターバーストは一枚の鏡によって天へと流れて行った。

 

「本当に……助けてくれた……」

「今度こそ、守れたかな」

 

 彼は少し複雑そうな表情で問いかけてきた。何故浮かない顔をしているのかは分からない。彼の問いに対して私が頷くと、今度は嬉しそうに笑った。

 

『スターバーストの反射を確認。別方向から再度放ちます』

 

 攻撃をやめたように見えたが、今度は私達の真上に魔法陣が現れた。光の収束は先程よりも早く、逃げる暇がない。

 

「大丈夫。俺に任せて」

 

 神谷さんに抱き寄せられたかと思うと何かが耳を覆った。彼の行動の意図を理解する前に二撃目が放たれた。衝撃が地面を大きく揺らし、全身に伝わってくる。やがて攻撃が止むと、軽い耳鳴りがする。神谷さんが耳を塞いでくれなかったら鼓膜が破れていたかもしれない。

 

「怖かった……。流石にゼロ距離で食らうと反射鏡がもたないと思ったけど、関係ないか」

「神谷さん、一体何がどうなっているんですか」

「えっとですね、アイツの中身を弄って成長速度を上げたら暴走しちゃいました。そして、動力源を得るために弱い者から霊力を奪い取ろうとしていますね」

「……つまり?」

「──霊夢を連れてきて」

 

 よく分からないけど何か不味いってことは分かった。

 

 ----------------------------------------

 

「これ以上被害が出る前に破壊しないと……」

 

 大変な物を作ってしまった。それを処理するのは作者の責任。霊夢の手を煩わせたくなかったが、博麗神社で暴れている以上気づかれてしまう。というか、境内で二回もスターバーストを放たれた時点でとっくに気づいているだろう。呼びに行かなくても来るはず。あの子をここから遠ざけることができれば充分だ。

 

「まあ、此方としては俺の力だけで解決したい訳ですよ。ってことで、今すぐ壊れてくれない?」

『敵対心を感知。排除します』

 

 コミュニケーション能力は皆無なのか。「壊れてくれ」と言われたら答えは()()()()()()Y()E()S()()のどちらかだろう。作られものの分際で作者に歯向かうな。それにしてもこいつはもう兵器だな。スパコン搭載型の兵器。次作る時は付与する力をしっかりと考える必要がある。

 

「ここじゃ境内を壊してしまう。場所を変えようぜ、古代兵器君」

 

 彫像に近づきながら長い棒を創造する。地面から腰くらいまでの長さのソレは重心を端に寄せている。これをハンマー投げの要領で振り回しながら彫像に当てる。斜め下からの叩き上げ攻撃により、簡単に打ち上げることができた。

 

『──強い衝撃を確認。躯体損傷率40%、戦闘続行可能』

「そんな無駄口叩く余裕があるのか?」

 

 分析している隙に次の攻撃準備を整える。空を飛んで彫像の上を取った俺は、棒を振りかざす。遠心力を活かした攻撃は容易く彫像を砕くだろう。

 

「ストライク!」

 

 衝突(インパクト)の瞬間、彫像は見事に砕け散った。これで残機は1。あと2回破壊すればこの騒動も終わる。

 

『──リザレクション』

「この調子でどんどん壊すぞ」

「──解析機能(アナライズ)、起動。霊力:5000。評価:Eー。評価Fを確認できません。撤退します」

「いや、お前はここで破壊し尽くす。──星符」

「祐哉! 大丈夫?」

 

 スターバーストで攻撃しようとすると霊夢に声をかけられる。

 

「話は霊華から聞いたわ。詳しいことは知らないけどアレを止めればいいのね?」

「いや、破壊していいよ」

「そう。じゃあ遠慮なく」

 

 霊夢は数枚の御札を彫像の()()()投げる。適当に撒かれたように見えた札は陣を形成し、光を放つ。

 

「──夢符『封魔陣』」

 

 彫像は青白い光の柱に呑まれた。彫像は所々砕かれており、身動きが取れなくなっている。

 

「終わりね」

「あと一回復活するよ。次は俺がやる」

「復活? 貴方一体何を作ったの?」

「んー、失敗作?」

 

 霊夢と話しつつ、魔法陣を創造する。次の攻撃であの彫像の暴走を止めることができる。

 

『──完全修復機能(リザレクション)。躯体の修復を開始します。──高速学習機能→浮遊機能……』

「終わりだ。星符『スターバースト』」

 

 最早説明不要のレーザーが彫像を包み、この騒動に終止符を打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ----------------------------------------

 

 ()()は湿った森にいた。背の高い木々が太陽の光を遮っている。殆どの木の根には茸が生えている。白く丸いものもあれば、赤く歪な形をしたものもある。何れにせよ、食すことは避けるべきだろう。ここはとにかく湿っており、地面の土は僅かに泥濘を帯びている。だが、()()は視覚情報に一切の興味を示すことなく浮遊を続けていた。

 

『高い湿度を検知。現在位置の特定開始──失敗』

 

 無感情な音声が響いた。

 

 先刻の戦いで、彫像は敗れたように思われた。だが実際は異なる。神谷祐哉のスペルカード、『スターバースト』が自身に被弾する前に座標転換(テレポート)を発動したのだ。この時、転移先の座標を指定しなかったため彫像自身もどこにテレポートしたのか分からない状況である。

 

『──探索を開始します』

 

 女神を象った大理石は暗い森の奥へ消えていった。

 

 




ありがとうございました。

そろそろスターバースト過多で捕まりそうです\(^o^)/

彫像のモデルはサモトラケのニケです。ググれば一発。多くの人が見覚えのあるものだと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#22「使い魔用創造物(オーバースペック)

「ふう、こんなもんかな」

 

 私は魔法の研究に使うキノコを採集している。背負っていた籠を下ろし、中を確認すると籠の半分ほど溜まっていた。これらは研究用なだけあって、殆どが毒キノコだ。食べるとお腹を壊すものや、聴覚が麻痺したり、幻覚を見せるようなものである。

 

 魔法の森に暮らし始めて間もない頃はしょっちゅう腹を壊したものだ。素人が毒の有無を判断するのはなかなかに難しい。当時の失敗と図鑑のおかげで今では大分判別できるようになった。

 

 しばらく腰を下ろして休んでいると、瞼が重くなってきた。今日はよく眠れなかった。昨晩の祐哉はどうしたのだろうか。ストレスが溜まっているのなら、近いうちに天体観測に誘ってみようか。あいつは星が好きだから、きっと喜ぶだろう。

 

「ん、あれは……」

 

 ここらでは見かけない浮遊物が目の前をゆっくりと横切った。あれは今朝の彫像だろうか。サモトラケのニケにそっくりだ。

 

「アレがここにあるということは、祐哉も来てるのかな。探してみるか」

 

 立ち上がった私は、スカートを叩いて埃を払った後、籠を背負って追いかける。

 

『瘴気感知。──解析。人体への有害成分検知。問題ありません』

『──魔力増加を確認。適応率78.856%』

 

 話せるようになったのか。次第に成長していくとは聞いていたが、半日も経たずにここまで賢くなるものなんだな。それに、謎の瞬間移動もしなくなった。外の世界の技術──人工知能とやらを使っているという。河童に渡したら目を輝かせることだろう。

 

「おーい、お前。(祐哉)はどうした?」

『──クライアント不在。現在は自立稼動モードです』

「へー。それで、今何やってんだ?」

『──解析機能(アナライズ)、起動。魔力量:38000。評価:B。戦闘を避けます』

「よく判らんが、賢い奴だな」

 

 像が私に光を当てると、分析結果を喋り始めた。

 

「で、何をしているんだ?」

『──エネルギー量増加を確認。原理不明』

「ああ、化け物茸の胞子だな。普通の人妖には有害だが、魔法使いの魔力を高めるって代物だ」

『──解析機能(アナライズ)。人語理解。私は魔法使いではありません』

 

 ふむ、少しはコミュニケーションを取れるようになったか。だがまだ鈍いな。別に、魔力増加するのは魔法使いだけに限った話ではない。飽くまでも一例だ。人間ならそこまで汲み取れるものだが。しかし初めてのコミュニケーションにしては上出来だ。

 

「判りにくいか? お前には適性があるということだよ」

『理解しました。人間、感謝します』

「魔理沙だ。お前の名前はあるのか?」

『マリサ。私に名前はありません』

 

 名無しか。名付けてやってもいいが、それはアイツがやるべきことだ。

 

 この様子だと祐哉とは別行動している。若しかしたら今頃探し回っているかもな。取り敢えずコイツの面倒を見てやるか。仲良くなることができれば、こいつを祐哉の下に送り返しやすくなるだろう。

 

 流石に、今無理矢理持っていくのは危険だ。敵とみなされて攻撃されてはたまったものではない。

 

「そうか。ところで、そろそろ答えてくれないか」

『なんでしょう』

「今何してるんだ?」

『マリサと会話しています』

「……うん。そうだな」

 

 そうだ。コイツは話が通じないんだった。私が聞きたいのはそういうことじゃないんだよな。魔法の森で何をしているのかを知りたい。ただ漂っていただけなのか、何か目的があったのか。機械のようなコイツが何を考えているのか興味がある。

 

 私はできるだけ細かく説明した。

 

『行動目的は動力源の確保です。これ迄に様々な機能を開発し利用しました。現在のエネルギー量は904です。──残り36.16%』

「なるほどな。人間でいう食事みたいなものか。ところで、お前の動力源はなんなんだ?」

『現在は霊力と魔力です。霊力量29.26%、魔力量6.9%』

 

 霊力と魔力、二つの力を持っている。そんな事は有り得ないと思っていたが、成程コイツは生き物ではない。物体に二つの力を込めることは可能だろうから、可笑しい事ではない。

 

 多分霊力は祐哉が創造した時に込めたものだろう。魔力の方はこの森に入ってから得た物。

 

『霊力消費を抑えるため、省エネモードに切り替えます。──浮遊機能を解除します』

 

 像は浮力を失い、柔らかい土の上に落下した。

 

「大丈夫か?」

『魔力増加は継続中。問題ありません』

 

 ふむ。ここに置いて家に帰ってもいいが、それは些か酷いように感じる。会話をしたから情が移ったのかもしれない。

 

「……私の家に来るか?」

『そこは魔力増加が見込める場所ですか』

「増加……正確には魔力を()()()()のであって、そんな急激に増えるものじゃないぞ。魔法の森のフィールド効果みたいな物だからな」

『──現在地:魔法の森。登録完了。──魔力量7.01。魔法の森での滞在時間は29分46秒。毎秒0.003924972004479の増加を確認しています。更に、高速学習機能を併用する事で環境適応能力が向上し、魔力増加率が上がる見込みです』

「半刻で14。一日で336。十日で3360。一ヶ月13440か。基準が判らないから多いのか少ないのかなんとも言えないが、増えている間もどんどん消費していくんだろ? 増加率が上がったところでたかが知れているんじゃないか」

『──高速学習機能を使用した場合でシミュレートしました。環境適応機能の成長見込みの演算──完了。3日経過すれば環境適応機能は完成。6時間の瘴気補給で40000の魔力を得られます。それらは、より高度な機能の開発・利用を可能とします』

 

 これが人工知能というものか。確かさっき私を見て「魔力量38000」と言っていた。となるとあと三日でコイツの魔力量は私を超えるのだ。この成長スピードは生物では有り得ないだろう。

 

 ──あれ、祐哉は使い魔を作ったんだよな?

 

 完全に自立している時点で使い魔の性能を凌駕している。失敗したのか?

 

「それ以上成長することはあるのか?」

『可能です。ですがその場合、私の器が崩れます。この器の限界量は40000です』

「もっとデカい器が必要ってことか?」

『その通りです』

 

 ふむ。こいつのことが少しずつ分かってきたぞ。話も段々通じるようになってきた。

 

「家に案内するぜ。ここで放っておくのもなんか嫌だしな。何より誰かに持ってかれる心配がない」

『感謝します』

 

 私は彫像を拾い、背負っているカゴに入れて家に持ち帰った。

 

 ----------------------------------------

 

 色とりどりの魔法が炸裂し、爆発音が森に響き渡る。

 

『魔符『スターダストレヴァリエ』の解析率100%。もう被弾はしません』

「やるなあ。本当に全く当たらないじゃないか」

 

 家に着いてからずっと彫像と話していた。彫像が持つ機能を教えて貰い、その中に弾幕ごっこをする為の機能がある事を知った。彫像を拾ってから四日後。宣言通り十分な魔力を得たようなので、私は弾幕ごっこをしてみないかと提案した。そして今、解析機能とやらの強化に付き合っている。

 

「次はこれだ。恋符『マスタースパーク』!」

『──予告線確認。数秒後に実光線が放たれることが予想されます』

 

 レーザービームを使う時は大抵予告線が使われる。光速で放たれる光を予測して避けることが困難だから先にイミテーションの光を当てて、予告するという訳だ。

 

 予告されているのなら避けることも容易い。だがマスタースパークはかなり太いのに加え、角度を変える事で広範囲を狙うスペルカードだ。それだけではない。大きめの星型弾幕を使うことで相手を追い詰めるのだ。

 

 彫像は初見でマスタースパークの範囲を予想し、見事に躱している。始めて間もない頃は普通の弾幕すら避けられていなかったが、半刻程経った今では初見の弾も躱せている。

 

『──弾幕制御機能、起動』

 

 遂に弾幕を避けながら攻撃してくるようになったか。これはもう製造者(アイツ)を越えたな。これを知ったらさぞ悔しがることだろう。でも仕方ない。創造したのは他でもない、祐哉なのだから。

 

 ————————————————————

 

「……気のせいかしら」

 

 彫像は祐哉が破壊した。スターバーストに呑まれるところを確かにこの目で見た。だと言うのに、モヤモヤして落ち着かない。ビームが発射されてから避けることは基本的に不可能だ。

 

 可能な例は、祐哉のように特殊な道具を使う方法か咲夜の時間停止、紫のスキマを使った回避くらいだろう。前者二つは彫像にはできない。ならば後者だろうか。テレポートができたはず。境内で実験していた時見せた謎の高速移動。祐哉はアレをテレポートだと言っていた。つまり、彫像は後者の避け方が可能ということ。

 

「あの時避けていた可能性は充分あるということね」

 

 そして私のモヤモヤ感は気のせいではないのだろう。私の勘はよく当たる。彫像はまだ壊れていないのだ。彫像がいるであろう方向は何となく予想がつく。まあ彼処なら大丈夫だと思う。小腹も空いてきたし、さっさと里に行こう。

 

 ----------------------------------------

 

「いらっしゃいませ! 2名様ですか? 奥の席へどうぞ!」

 

 店に入ると直ぐに若い女性が話しかけてきた。手で人数を伝え、案内された席へ向かい、靴を脱いで藍色の座布団の上に座る。壁に使われているダークオークと天井から吊るされたランプが落ち着いた雰囲気を生み出している。

 

「霊夢は一体どうしたんでしょうか」

「なんとなく変だったよね」

 

 彫像を倒した後、俺たちは里の甘味処でお茶することになった。面倒事に巻き込んでしまったお詫びになにか好きなものを奢ると言うと、霊夢がここに来たいと言ったのだ。だが、今は霊夢と別行動している。なんでも、店に行く前にやりたい事があるらしく、先に行って欲しいと頼まれた。用事があるなら終わるまで待っていると言ったが、「すぐに行くから」と言い、追い出されてしまった。仕方ないので霊華と二人で先に店に向かうのだった。

 

 先程の女性が新しい客を案内している。接客を楽しんでいそうな表情は、良くできたお面(営業スマイル)なのかどうか判断するのが難しい。まあどちらでもいいのだけど。

 

 俺は接客のどこが楽しいのかわからない。言葉が通じない、文字を読まない、自分勝手でワガママ。あんな奴らを相手にして笑っていられるなんて正気じゃない。『お客様は神様』という言葉が嫌いだ。この言葉を口にする客は皆厄病神だと思う。八百万の神と言うくらいだから、程度の低い神がいてもおかしくはないだろう。だがもし自分を高貴な神だと思っているのなら、自惚れも甚だしい。

 

 ……と、流石に店に入って何も頼まないの訳にもいかない。霊夢はまだ来ないが、先に何か注文することにしよう。

 

「ささ、好きなもの選んで」

「本当にいいんですか?」

「博麗さんには迷惑かけちゃったしね……。俺がミスしなければ彫像に襲われることもなかったし」

「大丈夫です。守ってくれたじゃないですか。すごく嬉しかったですよ」

 

 そう、今回は守ることができたんだ。とは言っても、襲われた原因が俺にあるのだから、感謝されることではない。当たり前のこと。寧ろ巻き込んだ時点でダメだろう。次に創造するときはきちんと対策をしなければならない。

 

「とにかく、今日は奢るんで遠慮しなくていいよ」

 

 お品書きを彼女に渡す。彼女は会釈をして受け取りしばらく眺めた後、テーブルの真ん中に置いた。俺にも見えるように配慮してくれたようだ。

 

「なんか珈琲飲みたくなってきたなあ」

「えぇ……ここは日本茶しかないんじゃ……。そういえば、ここに来る途中にカフェを見かけましたよ」

 

 行けば? と言うように苦笑いする霊華。いや、行きませんけども。待ち合わせ中に勝手な動きをするとか協調性皆無じゃないですか。

 

「あれ? 神谷さん、この『もちもち冷凍大福』ってなんだと思いますか」

「冷凍……? もちもち……『お〜もち も〜ちもち──」

「「──雪見だいふく!?」」

 

 冷凍と聞き、ぱっと思いついたのはそう、みんな大好き雪見だいふくだった。

 

「マジで? 幻想郷にあるの?」

「気になりますね。私これにしようかな」

「俺も食べる。──すみませーん!」

 

 注文し、二人でワクワクしながら待つこと五分。遂に『もちもち冷凍大福』が姿を現した。

 

「お待たせしました。もちもち冷凍大福でございます」

「「おおー!」」

()()()()2つなんだ!」

「はい。このメニューを考えた者がどうしても2つにしたいと言ってまして……。当店の数量限定大人気メニューです。ごゆっくりお召し上がりください」

 

 もちもち冷凍大福はお皿の上に2つ乗っていた。早速フォーク(黒文字)を手に取り、齧り付く。

 

 ──冷たい!

 

 いや、冷凍なのだから当たり前だがそんな事よりも……

 

「わあ、これ、雪見だいふくですよ!」

「ちゃんとアイス入ってるね。感激」

 

 もちもち冷凍大福は雪見だいふくだった。幻想郷で食べることができるとは思わなかった。懐かしの雪見はとても美味しく感じられた。

 

「ん〜美味しい!」

 

 彼女は黒文字で綺麗に4分割して食べている。食べ方に性格が出ているな。俺は面倒だから齧ってしまった。反省しよう。嬉しそうに食べる彼女を見ていると、その後ろに現れた客に目がいった。あの紅白巫女服はとても目立つので嫌でも目がいってしまう。

 

「お待たせ……あら。美味しそうなもの食べてるわね」

「あ、霊夢。ごめんね、先に食べちゃった。1個あげる。ほら、口開けて」

「ん? あーん」

 

 霊華はやってきたばかりの霊夢に大福を食べさせた。あらあら。仲のよろしいことで。目の前で見ると、まるで姉妹が分けあって食べているように見える。……本当に姉妹だったりしてな。

 

 霊夢はしばらく咀嚼した後フリーズした。驚いた表情をしているところから察するに、雪見だいふくを食べたには初めてのようだ。まさか大福が冷たいとは思わなかったのだろう。それに、中に入ってるのは餡子ではない。初見の人を驚かせる要素がたっぷりである。

 

「ん……ホントだ。美味しいわ」

「ね〜」

 

 二人は楽しそうに笑っている。んー、なんだろう。遠くから見守りたい、この笑顔。

 

 楽しそうなところを見るとこちらも笑顔になる。

 

「そういえば霊夢は何してたの? 何かやりたいことがあるって言ってたけど」

「あー、別に、大したことじゃないわよ。そんなことより祐哉、本当に奢ってくれるのよね?」

「うん。好きなものを選んでよ」

「霊華、今度は私のを半分個しようよ」

「わー、ありがとう!」

 

 その日、俺の財布が瀕死まで追い込まれたのだが、それはまた別のお話。

 

 




ありがとうございました。

彫像編はおそらく次で終わりです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#23「金平糖」

びゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛!! (訳:こんにちは、祐霊です。)

彫像のお話もこれで最後ですね。


「残念だけど直せないよ。ソレはとっくに俺の元から離れている」

 

 その一言で私の希望は絶望へと変わった。

 

「でも、お前なら新しい身体を創造できるだろ?」

「確かに新しく創ることはできる。だけど、中身(記憶)まで完全に再現できないんだ。()()までが限界だと思う。それでもいいの?」

「…………」

 

 

 

 

 ──『私の身体は今晩のうちに崩れます』

 

 彫像から衝撃的な告白を受けたのは今朝の話だ。目を覚ました私が伸びをしていると、彫像がポロリと口に出したのである。と言ってもコイツに口は無い。音声を発したとでも言うべきなのだろうが、今の私にとってコイツは最早「モノ」では無い。

 

「崩れるって、どういうことだよ……」

 

 聞かなくてもわかる。言葉の通りだ。大理石の身体が限界を迎えたということだろう。しかし私は、想像もしていないことを突然告げられて混乱していた。信じられなかった。やけに早過ぎないか。祐哉の創造はそれ程までに不完全な物なのか? それは考えにくい。数日前に私のマスタースパークを跳ね返した鏡は間違いなく完全な物だった。中身のないレプリカのような鏡で跳ね返せる程ヤワな光ではないのだ。

 

 私は像を連れて祐哉の元に向かった。そして、コイツを()すことはできないかと問うたのだ。創造主である祐哉なら治せるかもしれない。例え無理だとしても、新たな像を創造してもらえば解決する。そう思っていたのだ。

 

「記憶は魔理沙との思い出のこと。記録は彫像の中に入っているデータ(機能)。同じように思うかもしれないけど違うんだよ」

「記録だけだと思い出がなくなる……人間で言う記憶喪失みたいなものか?」

「そうだね」

『マリサ。像であるこの身体は本来直すことはできません。身体のオリジナルが示していることですよ。完全修復機能が使えなくなった今、崩壊を受け入れることは義務です』

「……お前はそれでいいのか?」

『はい。私の目的は完遂されました』

 

 この彫像のオリジナルであるサモトラケのニケは、首から上と両腕がもげている女神の像だ。元々そのように作られた説と、何かの拍子に壊れてしまった説がある。真相は誰にもわからない。だが、分からないからこそ様々な可能性が生まれ、見る人によって受け取るものが異なる魅力がある。

 

 彫像は己の崩壊を受け入れている。本人の意思を尊重してやるべきなんだ……。

 

----------------------------------------

 

「ごめん魔理沙……」

「いや、いいんだ。ただ、コイツを持ち帰らせてくれないか。使い魔として使うつもりは無いんだろう?」

「いいよ」

 

 魔理沙は彫像を再びタオルで包み、大切そうに籠に入れて引き返していった。箒に跨った時見えた横顔は、今まで見た中で一番寂しいものだった。

 

 ──魔理沙……

 

 ここ数日見かけなかったが、ずっと彫像と一緒にいたのだろうか。あの暴れ物とどうやって仲良くなったのかな。

 

「やっぱり魔法の森に行ってたのね。なんとなくそんな感じはしてたのよ。彫像は壊れていないんじゃないかって」

「確かに壊したと思ったんだけどな。テレポートでもしたのかね」

「十中八九そうでしょうね。本当に貴方の能力は不思議ね。あんなの河童にも作れないと思うわ」

 

 

 ----------------------------------------

 

「なあ、お前は最後に何をしたい?」

『身体が崩壊を迎える前に私の記録を残したいです。私の目的はマリサのお蔭で完遂されました。ですが、このままでは崩壊と同時に消えてしまいます』

「記録って機能のことだよな。なんの為に?」

『いいえ、私が言った記録とはそういう意味ではありません。──浮遊機能解除。これより作業を開始します。何か用があれば遠慮なく話しかけてください』

 

 浮遊していた彫像は私のベッドの上にふわりと落ちた。

 

 彫像の意思を尊重するため、新しい身体を創造してもらうことはやめた。本音を言うと私はとても寂しい。コイツは人や妖怪どころか生物ですらないが、私にとっては友達だ。拙い部分もあるが、それでも最初と比べるとかなり会話が成立するようになった。

 

 彫像は博識で賢く、今までに見た私の弾幕を解析して、自分なりのスペルカードを作ることができるくらい優秀な奴だ。それはもう人間と変わらない。そんな友達が今日で崩壊する(死ぬ)のだ。悲しくないはずがない。

 

 ──最初はただの奴隷だと思っていたのにな

 

 不思議なもので、会話や弾幕を通してコミュニケーションを取るにつれて認識が変わっていた。

 

 祐哉が使い魔として使わないなら、自分の()()にしてもいいとさえ思っていたのに……。

 

「……昨日の弾幕ごっこで傷ついたのか?」

『……。何故マリサは悲しそうな表情を浮かべるのですか』

「5日も一緒にいるんだ。悲しいに決まっている」

『そうですか。私には“悲しい”という気持ちがわかりません。私も感情を持っていたら貴方のように泣くのでしょうか』

「ばか……まだ泣いてないよ」

 

 泣いてなんかいない。ただ視界が歪んでいるだけだ。

 

『マリサ、貴方の好きな物を教えてください』

「キラキラしているもの、かな。星とか、魔法とか。それがどうしたんだ?」

『気にしないでください』

 

 彫像の隣に寝転がり、彫像の様子を眺める。

 

『もう一つ。将来の夢はありますか』

「もっと沢山の魔法を覚えて、大魔法使いになることだ」

『素晴らしい夢ですね。分かりました』

 

 好きな物と将来の夢。この情報だけで何が分かったのだろうか。最後に占いでも披露するつもりなのか?

 

 

 

 ……

 

 

 

 ……

 

 

 ----------------------------------------

 

『──マリサ。起きてもらえませんか』

「んぅ……? あー、寝てたのか。時間を無駄にしちゃったな……お前と居られるのはもうほんの少しの間だっていうのに」

『ええ。計算では私の身体はまもなく崩れます。その場合、このように貴方と会話することもできなくなります』

「──! そんなに寝てたのか!? もっと早く起こしてくれよ!」

『すみません。マリサが心地良さそうに眠っていたものですから、起こすのを躊躇しました。……どうでしょうか。今の台詞、まるで人間のようではありませんでしたか?』

 

 ああ、確かに人を起こすのを躊躇するのは生き物だけだろう。人間を起こす機械が躊躇うとは思えない。コイツは段々と人間の思考を理解し始めている。もっと会話をしていけば、感情の機能も生まれるかもしれない。そうしたらもっと楽しくなる。

 

 ──でも、もうお別れなんだ

 

『もう時間のようです。こういう時人は「迎えが来た」と表現するそうですね。では私も実践してみましょう。──どうやら、ワシの迎えが来たようじゃ……』

「ふっ、何で年寄りなんだ?」

『おや、この表現を使う人間は高齢者なのではないのですか?』

「いや、いいんだ。その……あのな?」

 

 友達との別れが来る。普通と違い、もう二度と会うことはできない。そう思うと、笑って別れることはできそうにない。私は込み上げてくる気持ちを必死に抑え、言葉を紡ごうとする。その時だった。

 

 ──ピシ

 

 彫像の身体に亀裂が走った。

 

 ──ピシピシピシ

 

 一つの亀裂が連鎖を生み、どんどん崩壊していく。

 

「待ってくれ! 私はまだ──」

『──貴方の夢、大魔法使い。貴方ならきっとなれるでしょう。私に沢山のことを教えてくれてありがとう。さようなら、マリサ』

 

 私が別れの言葉を告げる前に、彫像が崩れてしまった。

 

「うっ……くっ……」

 

 嗚咽が漏れ始める。別れる前に言いたかった。たった一言で良かったのに。私は何を()()していたのだろうか。

 

 彫像は欠片も残さず、身体全てが粉になった。その粉はまるで金平糖。いや、金平糖そのものかもしれない。赤青緑黄橙の5色の星がベッドの上に散らばっている。私は一つ手に取り、口に入れる。

 

 その瞬間、彫像の声が聞こえた。これは彫像との大切な思い出。たった5日間だけど、濃い思い出。沢山の思い出が、まるで早回しでフィルムを回しているように浮かび上がる。それは私の感情を加速させ、視界がボヤけていく。星をまた一つ口に入れ、今度こそ呟く。

 

「楽しかったよ……私の方こそ、ありがとな。本当に、ありがとう……」

 

 口にした「橙色」の金平糖はほんのりと甘く、そして塩っぱかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章 EXTRA 〜蓬莱の人の形〜
#24『能力研究レポート』


「──ということで、今度こそ彫像は崩壊しました」

「分かったわ。お疲れ様」

「今回の反省を活かして使い魔の完成を目指します」

 

 魔理沙が神社を尋ねてきた日、彫像は崩壊した。報告を受けたのは翌日の朝のこと。魔理沙は暫くの間魔法の研究に専念すると言って去った。

 

「実は新案は既にできているんです。今日も付き合っていただけませんか? 貴方達の知恵を貸してください。対価は俺にできることならなんでも!」

 

 金はあまり持っていないので、対価となりそうなのは労働力だ。

 

「対価、ねぇ。それなら二ついいかしら」

「はい」

「では1つ目。貴方の能力を使ってワインを作って貰えるかしら?」

 

 レミリアは俺に期待の眼差しを向ける。しかしワインか。

 

「申し訳ないのですが、飲食物の創造はできません。でもどうして俺に? 確か咲夜さんの能力を使えば作れたような……」

 

 実際には咲夜の『時間を操る程度の能力』を用いて、お酒の時間を加速させる。高級ワインは20年以上寝かせると言うが、この力を使えば短い時間で高級ワインを作れるのだ。実質的な年代物も作れると思う。

 

「ふむ。ワインを作ることはできないのね。分かったわ。ではもう一つ。貴方に教えて欲しいことがあるのよ」

「なんでしょうか」

「貴方の()()について」

 

 そっと息を吐くように呟くレミリア。静かに、だがしっかりと通る声で。

 

 俺の秘密とは何だ?  一体()()のことを言っているのか。俺が外来人だということは最初に伝えてあるし、今着ている制服からも分かる事だ。

 

 ──まさか、レミリアは気づいているのか? 

 

「えっと、実は俺は霊夢が好きなんですよ。……異性としてではなく推し的な意味ですけどね」

「あら、そうだったの? それで神社に居るのね」

「そういう訳では無いのですが、まあ幸せですよ」

 

 よし。俺の秘密を自ら暴露することで話を逸らすことができた。レミリアもパチュリーも驚いている。これは勝った。

 

「私が聞きたいのはその事じゃないわ。貴方、やけに物知りよね。──咲夜」

「お待たせしました」

 

 レミリアがベルを鳴らした数秒後、突然咲夜が現れた。

 

「咲夜、貴方は祐哉とお酒の話をしたのかしら? 」

「お酒、ですか? いえ、していませんけど……」

 

 咲夜の答えを聞いたレミリアはニヤリと笑う。

 

「貴方はどうして、咲夜がお酒を作れると知っているの?」

「…………」

 

 どうやら、全てを話す時が来たようだ。あまり話したくないのだがやり過ごすことはできないだろう。

 

「わかりました。信じてもらえるかわかりませんが、俺が今まで隠していたことを話します」

 

 外の世界には幻想郷の情報がある。そう言うとその場にいた全員が驚いていた。それもそのはず。幻想郷とは外の世界から切り離された世界。両方の世界を知っているのは八雲紫か神隠し()の外来人。それと()()()()()()()くらいだ。普通に考えてこの世界に来る前から知っている者などいるはずがない。

 

 それにも関わらず、外の世界に情報があるだと? 一体誰が情報を流したのか? 

 

 このように考えた時、俺の推測では最も有名な八雲紫が一番に疑われる。そして次にこのように考える。

 

「紫は何を考えているのかしらね」

 

 思った通りだ。八雲紫は周りから胡散臭いと言われるような妖怪。彼女のすることを完全に理解できるものはいないはず。であるならば、考えても無駄だという結論に行きつく。

 

 真相は若干異なるが、これで俺が幻想郷を知っていてもおかしくないということになった。

 

「なるほどね。貴方は外の世界で咲夜の能力を知ったと……。どう思う? 咲夜」

「隠している訳ではありませんし、別に構いません。ですが、何故八雲紫はそのような事をしたのでしょうか」

「それは考えても仕方ないわよ」

「信じていただけますか?」

「いいわ。後で色々聞かせてね」

 

 取り敢えず助かった。嘘をついたようで申し訳ない気持ちになるが、俺が言ったことは真実だ。外の世界の創作物のキャラクターだと説明する事は避けなければならなかった。

 

 だって、「お前は誰かが作った物語の登場人物だ」と言われて気分が良くなる者はいないだろう。俺が言われたらかなり不快になる。誰かの掌の上で人生ゲームをやらされているってことだからな。

 

 ───────────────

 

「──創造」

 

 新しい使い魔に付与した能力は『絶対服従』と『人工知能』、『浮遊機能』だ。

 

 この前の最大の失敗は『絶対服従』を付与できなかったことだ。言うことを聞かないばかりか、崩壊後のバックアップができない。この前の彫像に付与できていたら、崩壊した後でも全く同じ物を創造できたのだ。

 

『人工知能』は『高速学習機能』の劣化版なのだが、特に急いでいないのでこれで十分だ。

 

「あれ? その三つでは弾を撃てないじゃないの」

「後回しです。使い魔を完成させるには時間をかけないといけないんですよ」

 

 創造した物に付与できる力は三つまで。だが、先日暴走した彫像は俺が知っているだけでも『高速学習機能』『浮遊機能』『弾幕制御機能』『解析機能』『吸収機能』『完全修復機能』の六つの機能を持っていた。

 

 俺はこの矛盾点に着目し、研究した。丁度魔理沙がしばらく姿を見せなかった頃のことだ。

 

 俺が纏めてきた研究レポートをレミリアに渡そうとすると、流れるようにパチュリーに奪われてしまう。ずっと黙って読書をしていたが、俺たちの話を聞いていたのだろうか。

 

 ──なんか、緊張するな。誤字とか平気かな? 

 

 ───────────────

 

【レポートに書いた内容】

 

 1.ファイル機能について

 パソコンのファイルを思い浮かべて欲しい。ファイルの中には沢山のデータを入れることができ、多くの場合種類別に分けて使われる。

 

 このファイルの役目を持ったものが『高速学習機能』である。三つのスロットのうち一つをファイルに費やすことで、残り二つのスロットにある機能を出し入れできるのだ。

 

 これの何が嬉しいのかと言うと、四つ以上の機能を同時に使いたい時に厳選する必要がなくなることだ。四つの機能を同時に使いたいなら、二つ以上の機能をファイルにしまっておけばいいということ。(図1)

 

 ───────────────

 

(図1)

 

 三つのスロット

 ・一つ目の機能

 ・二つ目の機能

 ・三つ目の機能

 

 ↓

 

 一つをファイルにする事でより多くの機能を使える。

 ・一つ目の機能

 ・二つ目の機能

 ・ファイル→三つ目の機能 四つ目の機能

 

 ───────────────

 

 ここまで理解すると、「ファイルを使えば無限個の機能を使えるのではないか」と言う期待が生まれる。残念ながら世の中はそう甘くない。

 

 実験してみたところ、ファイルが収納できる容量には限界があった。しかしそうは言っても使い魔として扱うのに必要な機能を揃えることは可能だろう。一つのファイルに収納できた限界数は五個だった。この容量が個数なのか、データにおけるビット数なのか非常に気になる点である。この点は検証が必要だ。

 

 ───────────────

 

 2.機能の学習について

 まず、人工知能という表現は正確ではないことに注意したい。しかし途中から呼び方を変えると混乱を招くため、今回は変わらず人工知能と表記する。

 

 人工知能と言えない理由は、人工知能の学習の手法が確認できなかったからだ。ニューラルネットワークは勿論、パーセプトロンを用いている様子はないのだ。余りにも成長が早すぎる。少なくとも私の浅い知識と、幻想郷で確認できる文献が通用する領域ではないと分かった。或いは外の世界──21世紀の技術を超えているかもしれない。

 

 さて、今回の彫像の学習の流れを纏める。

 実験では、二つスロットに機能を付与し、残りのスロットには一つの機能が格納されたファイルを用意した。(図2)

 

 ───────────────

 

(図2)

 

 ・機能1

 ・機能2

 ・人工知能ファイル→機能3

 

 ───────────────

 

 実験方法

 様々な機能を持たせた彫像を六体用意し、全ての機能を三時間連続で使用させる。(図3)

 

 ───────────────

 

(図3)

 

 結果

 機能1:成長を確認

 機能2:成長を確認

 機能3:未成長

 

 ───────────────

 

 機能毎に成長度は異なるが、六体全てが同じ結果であった。以上のことから、ファイルの中に格納された機能は成長しないことがわかった。

 

 

 

 

 パチュリーは読み終わったレポートをレミリアに渡す。

 

「パソコンって何」

「あ、すみません。……パソコンは式神のようなものですね。命令すれば計算をしてくれるものです」

「へえ。……良く調べたわね。貴方の能力は研究しがいがあるわ。確かにまともな使い魔を一から作るには時間がかかりそうね」

「はい。伝わったようで嬉しいです」

 

 レミリアはレポートを読んで唸っている。

 

「ところで、能力を解除したら学習した内容はどうなるの?」

「俺と繋がっていれば次回創造した時にも引き継がれます。その役目を担っているのは今回付与した『絶対服従』です」

 

 レミリアはテーブルに置かれた魔道書の上にレポートを置いた。失くしそうなので回収する。まぁ、研究内容は全部頭に入っているけどね。

 

「レミィはわかったの?」

「も、もちろん」

 

 ──あれれ、レミリアには伝わってなさそうだ。堅苦しく書きすぎたかな

 

 ───────────────

 

「あの不老不死に勝てそう?」

 

 本を読んでいるとパチュリーに話しかけられた。珍しいな。

 

「まだ無理かと。使い魔が完成したところで倒せない気がします。これは飽くまでも、弾幕ごっこで満足に戦えるようにするものですから」

「ふむ」

「でも望みはあります。あの人の武器は妖術と体術。炎を出したり、御札を投げつけてくる。これだけ分かっていれば対策は取れます」

「貴方が読んでいる本は五行……。そういうことね」

 

 あの彫像が暴走した後に取り組んだ事は研究だけではない。それは最低限の準備。竹林で出会った不老不死──藤原妹紅に勝つための秘策を練っていた。当面の間は彫像の育成と『新スペルカード』の完成を目指すことにする。

 

「いいわ。精霊魔法とは都合が違うかもしれないけれど、手伝ってあげる」

「本当ですか!? ありがとうございます。凄く助かります!」

 

 これはとても嬉しい。魔法使いであるパチュリーの知恵を借りたら凄いスペルカードが作れそうだ。




ありがとうございました。良かったら感想を一言ください。生きる糧になります。

次回の投稿は明日を予定しています。お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#25「世界(ザ・ワールド)

WRYYYYYYY!!!




「はぁ、はぁ……くそ」

「勝つ気あるのかい?」

「あるに決まっているさ。一度でも勝てば勝ちは勝ちなんだから。回数を重ねる」

「闇雲に戦う前に修行の一つでもしたらどう? まあ、この前よりは良かったよ。また来な」

 

 太陽が沈み、夜になった今俺がいるのは博麗神社ではなく、迷いの竹林だ。パチュリーとともに新スペルカード作成に励んでいるとレミリアに指示された。「これから毎日妹紅と戦いなさい」と言うのだ。勝てるわけがないと反論しかけたが、吸血鬼であるレミリアのことだ。人間には思いつかない高度な考えがあるのかも知れないと思ったので従った。そして今日の勝敗の行方は語るまでも無い。

 

 暫くは勝ちに行くというよりも、戦闘経験を得ることが目的だ。幾ら高等な策を練ったところで、実行することができないのでは話にならない。実行するには苛烈な攻めに対応しつつ自在に創造する技術が必要なのだ。この技術を得るには実戦が最も有効だ。

 

「明日また来ます。時間は今日と同じ……良かったら相手してください」

 

 妹紅に一礼して竹林を去る。幻想郷の夜は完全な闇だ。里に行けば多少の灯りはあるかも知れないが、それより外は妖怪のテリトリー。いつ襲われるかわからない。

 

 ───────────────

 

 今日は妖怪に会わずに神社に戻れた。まぁ、襲われても構わないが。スターバーストを打ち込むだけである。……脳筋すぎねーか俺? 

 

「ただいま……」

「おかえ──大丈夫!? 妖怪に襲われたの?」

「いや──」

「だ、大丈夫ですか? ちゃんと腕ついてますか? 足は?」

「あの──」

「服とかボロボロじゃない!」

 

 は、話を聞いてくれ。居間で夕飯を食べていた二人は俺に気づいた瞬間飛ぶようにやってきた。そして俺の体のあちこちを触って四肢があるか確認しているようだ。

 

 ──可愛い子にあちこち弄られるのはなかなか良いものだなぁ

 

 いけない。変態か俺は! 否! 否! 俺はただの健全な男子高校生だ! 

 

 冗談はさておき、心配してもらえるのは幸せなことだ。そう言う意味で嬉しい。

 

「二人とも、落ち着いて? 俺は疲れてるけど元気だから。ね?」

「矛盾しているじゃない。なんともないなら先にお風呂入っておいで」

「うん」

 

 

 ───────────────

 

「レミリアったら随分無茶させるのね。どう考えても勝てるわけないじゃないの」

「妹紅さんの霊力は霊夢と同じくらい強かった気がするし、凄い人なんだよね」

「大妖怪並に生きてるんじゃない?」

 

 俺がボロボロな状態で帰ってきた経緯を話すと、霊夢に呆れられてしまう。

 

「2週間後には勝てると思うよ」

「……へえ? 使い魔を完成させただけで敵う相手じゃないと思うけど。あいつ、普通に強いわよ」

 

 霊夢が認める強さ。これは俄然やる気が湧いてきたぞ。そんなに強い人に勝てたら凄いじゃないか。

 

「まあ見ててよ。じゃ明日も早いんで寝ます。おやすみ」

 

 手を振って居間を出る。大丈夫だ。俺の計画は完璧。紅魔館の人達の力を借りれば妹紅を完封できるはずだ。

 

 

 ───────────────

 

「そうそう、その調子です。……少し休憩しましょうか」

 

 今日から美鈴に近接戦闘の稽古に付き合ってもらえることになった。レミリアによると、妹紅と戦うには多少の体術を覚えた方がいいらしい。二回戦ってまだ一度も殴り合いになったことは無いのだが、勝負がヒートアップしてくると拳を交じ合わせることもあるとか。

 

 実はさっき咲夜と模擬戦をした。結果が気になりますか? へへっ、聞いて驚くなよ? そりゃもう見事に瞬殺しましたよ。

 

 

 

──()()()

 

 

──()()ね。

 

 

 咲夜曰く能力は使っていないとのことだが、それでも秒で負ける始末だ。情けない……。嗚呼、なんで俺は外の世界で喧嘩してこなかったんだろうな。やんちゃじゃないからだろうなぁ……。

 

 それに外の世界にとって武力は罪だった。身につけたところで発揮する機会がない。殴り合う事なんて全くなかった。

 

 ところが幻想郷は弱肉強食。大人しく里で暮らしていれば妖怪に食われることもないだろうが、俺の場合自ら妖怪に会いに行こうとしている。もしかしたら余興で戦うことになるかもしれない。そう考えると戦闘力が必要だ。

 

 という訳で俺はレミリアに頼み込み、門番の美鈴を貸してもらった。レミリアは元々そのつもりだったようで快く承諾してくれた。

 

「すみません、門番のお仕事中なのに無理を言って……」

「いえいえ、大丈夫ですよ。お嬢様の命令ですし、私も退屈していましたからね」

 

 何せお客様が少ないので……と笑う美鈴。

 

 紅美鈴は紅魔館の門番を任されている。妖術は使わないが何かしらの武術に長けており、弱点もなくかなり強い妖怪だ。真偽は不明だが太極拳だという噂を聞いた。まあ俺は太極拳がどんなものか知らないし聞く気もない。

 

 因みに実力だが、格闘で美鈴を倒す事は不可能と言っても過言ではないほどの達人だ。そんな人に協力してもらえるなんて幸せ過ぎる。今度差し入れを持ってこよう。

 

「紅魔館の皆さんには、本当に感謝しています。最初に来た時は生きて帰れないと思いましたけど」

「あはは、不法侵入なら兎も角お客様が喰われるなんて事はありませんよ」

「不法侵入を許した時の罰ってあるんですか?」

「私が寝ている間に入られて食事抜きを食らったことが………………1534回」

「へぁっ!? 桁おかしくないっすか!?」

 

 予想以上にやらかしてるなこの人。さっきお客様来ないって言ってなかったっけ? 

 

「そのうち殆どが白黒魔法使いですね。彼女の不法侵入を許すと咲夜さんのナイフが飛んでくるんですよ~」

 

 ですよ~って笑って済ませる貴方は何者なんだ。流石妖怪だな。肉体強いもんね! ……そういう問題なのかな? 

 

「流石魔理沙。『盗んでない。借りてるだけだ』とか言って本をパクるんですよね。知ってます」

「知り合いですか?」

「最高の友達です。弾幕の師匠でもありますよ。俺のスペルカードも魔理沙の影響を受けています」

「そうなんですね。いつか手合せをお願いします」

「是非。頑張って強くなりますよ!」

「その意気です!」

 

 この日は一日中美鈴に稽古をつけてもらった。彼女の攻撃を躱し、時には捌いて反撃する。防御から攻めへの切り替えをスムーズに行えるようにするのが目的だ。

 

 妹紅と戦ったことがある咲夜によると、彼女は炎を纏った状態で物理攻撃をしてくるらしい。拳に炎を纏わせてパンチや蹴りをする。マガジンの某漫画を見ていたから簡単にイメージが湧く。

 

 能力を使っていない咲夜に瞬殺された俺が、短時間で妹紅と殴り会えるようになるのは厳しい。であるならば攻撃を流す技術を得た方が早い。

 

 取り敢えず今日一日でイメージは掴めた。明日も頑張ろう。

 

 

 ───────────────

 

「た、ただいま……」

「おかえり。まーたボロボロじゃない。まるで寺子屋に通う学童よ」

「泥まみれになるまで遊んでくる子供……ふむ。なるほど?」

「納得しないでよ博麗さん! 俺泣いちゃう。遊んできたわけじゃないのに……」

 

 今日も妹紅との戦いで服がボロボロになってしまった。弾幕ごっこはなかなかハードなもので、弾に掠ってばかりいるとこうなる。

 

 だがあの弾幕にも慣れてきた。最初は飛んでくる火球が怖くてまともに動けなかったが、気にせず本来の動きができるようになった。

 

 ──もう火傷はウンザリだ。

 

「丁度今からお風呂に入ろうと思っていたんだけど……一緒に入る?」

「えっ? へ? い、いやいやいや、そんな、待ってるから入ってきていいよ」

「ふふ、乙女みたいな反応するのね。まあもし入るって言ってきたら夢想封印したけど」

「じゃあ何で誘ったのさ!?」

 

 っぶねぇ。なんてことするんだ。俺がヘタレで良かった! 自覚してるんだよちくせう。

 

 

 ───────────────

 

「銀符『シルバーバウンド』」

 

 力強く放たれたナイフが壁や地面に反射して飛んでくる。数こそ少ないものの、全てが跳弾なので避けるのは神経を使う。

 

 ──このナイフ高そうだなぁ

 

 跳弾を避けながら呑気なことを考えることができるのも修行の成果だろう。

 

「簡単すぎましたか?」

「慣れてきました」

「では少し使()()ことにします。速符『ルミネスリコシェ』」

 

 咲夜が投擲したナイフはたったの一丁。避けることは容易く、そのまま彼女に近づいて刀で斬りかかろうとする。

 

 すると──

 

「ああ、気を受けてください。ricochetは跳ね飛ぶという意味です」

 

 一本のナイフは目にも留まらぬ速さで跳飛する。

 

 ルミネスリコシェの符名は「速」。なるほど、ナイフの時間を加速させているのか。目で捉えて避けることは到底できない。ならば見えるようにするだけのこと。

 

「──創造」

 

 ルミネスリコシェの攻略に成功した。

 

「動体視力が優れていますね。妖夢とそっくりな攻略法です。霊夢は感覚、魔理沙はゴリ押しで対応していましたよ」

「最初は反射角を計算しようと思いましたけど、間に合わないと思って目に頼りました」

 

 ゴリ押しって……魔理沙はちゃんと避けられるのか? 

 

「……いつの間に()()を?」

「ついさっき、ルミネスリコシェを躱した時に」

「お洒落する余裕があったのですね。もう少し本気で行きましょう」

「いや、違──」

「──傷魂『ソウルスカルプチュア』!」

 

 咲夜は両手にナイフを持ち、物凄い速さで俺を切り刻みにかかる。

 

 ──速すぎる! 

 

 咄嗟に地面を蹴り距離を取るも斬撃が飛んでくる。その斬撃を紙一重で躱しつつ、創造した刀を投げつける。だがその反撃も虚しく散った。

 

「良く避けましたね。大分近接戦闘に慣れてきた様子。美鈴の教え方が上手なのかしら」

「ええ、それもそうなんですけど、秘密はこの眼鏡にあるんですよ。一回その赤い目を元に戻してもらえませんか!?」

 

 ソウルスカルプチュアを使い始めてから咲夜の目が赤色に変化した。理屈は分からない。時間を止めてカラコンを入れたのだろうか。……流石にそうではないだろう。俺の予想では能力で自身の時間を加速させている時に変化する。

 

 実際、先程の彼女の動きは最早人が動ける速さではなかった。自身の時間を加速させているとしたら納得がいく。

 

 目の色が変わる条件が能力の発動だけならば、先のルミネスリコシェ使用時にも赤くなるはずなのだ。だがあの時は赤くなかった。

 

 尤も、これは憶測に過ぎない。本人に尋ねても無意味だろう。昨日の訓練後に能力について質問したらはぐらかされてしまったのだ。

 

「この眼鏡には、かけた者の動体視力を強化する力を付与しました」

「なるほど。狡いですね」

「いやいや、どう考えても時間操作の方が狡いですって!」

 

 俺の能力も中々にチートだと思うが、咲夜と比べたらなんてこともない。だって、時間を止めている間になんでもできるじゃん。俺にはそんなことできないよ? 

 

「そうでしょうか。やろうと思えば貴方も時間を止められるのではありませんか?」

「どうですかね……やってみます」

 

 創造するのは『時間を止められる懐中時計』にしよう。

 

 目を閉じて懐中時計をイメージする。そして物体に時間停止能力を付与して完成。言葉で表すと簡単だが、実際にやるにはかなりの集中力を使う。色々作ると酷い頭痛に襲われたり、異常な眠気に包まれる。

 

「よし。──うぁ……」

 

 俺の右手に懐中時計が生まれるのと同時に()()()()に襲われてまっすぐ立っていられなくなった。いつの間にかひんやりとした床に右頬が付いている。頭の中はパニックになり息が上がってくる。更に目を開けていると世界がグルグル回っているように見えて吐きそうになる。

 

「──! 大丈夫ですか?」

「はぁ、はぁ……」

 

 ──気持ち悪い

 

 聴覚も乱れてしまったようだ。咲夜の声ががぐちゃぐちゃになって聞こえてくる。目を閉じて息を整えること五分。目眩も治まったのでゆっくりと身体を起こす。

 

「……すみません……もう、大丈夫です」

 

 肩で息をして呼吸を整えているとある事に気づく。

 

 ──霊力がかなり無くなってる

 

 満タン近くあった霊力が()()()()()()()()()()()()のだ。時間を止める懐中時計(物体)の創造は()()()()()()()()()()()とする。付与する力の程度によって消費量が変わるというのか。高い授業料だったが、またひとつ創造の力について学んだ。

 

 付与する力と霊力消費量について研究する必要があるな。今回の件で大分怖くなったが。

 

「ふふ……いいね、面白いじゃないか。研究し尽くして必ず使いこなしてみせる」

「……その時計が時間を止める力を持っているのですね」

「はい。早速どんなものか試してみましょう。──ザ・ワールド!! 時よ止まれぇぇぇ!!」

 

 

 

 ブゥゥンと言う音と共に世界がモノクロになった。

 

 

 

「できた……? 本当に?」

 

 俺以外のものは動いていない。試しに咲夜の目の前で手を振ってみても全く反応を示さない。本当に止まってしまったようだ。音もなく暗い、寂しい世界だ。

 

「──てか待って、時計が壊れちゃった! どうやって元に戻すの!? 咲夜さん助けて!! いやだ! このまま俺しかいない世界なんて──」

 

 

 

 モノクロの世界は元の色を取り戻した。

 

 

 

「──嫌だァァァー!!」

「急に叫んでどうしました? ああ、時間を止められたのですね」

「はぁ、はぁ……二度とやりません。怖すぎる」

 

『そして時は動き出す』とかドヤ顔決めて言ってみたかったが、トラウマになってしまった。自分しか居ない世界という物は想像以上に恐ろしいものだった。

 

 アレだけの代償を支払ってほんの数秒しか止められない。なんて割に合わないのだろう。

 

 俺はもう二度と時間を止めないと誓った……。




ありがとうございました。
今回は殴り合いになった時のための訓練回でした。

最後の時止めはオマケです。創造の能力は能力単品で見ると化け物チート能力ですが、使用者が普通の人間だと最大限に使いこなすことができないイメージです。力の9割を消費して2.3秒間時間を止めても仕方ないですよね……。

時間止めまくって無双するなんてことにはならないので安心してください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#26「スペルカード作成」

「来たね。早速始めるか?」

「……すみませんが今日はやめておきます」

「大分窶れているように見える。日々の疲れが溜まっているんじゃないか。なんなら連れて行ってやろうか、永遠亭へ」

「…………」

 

 永遠亭。迷いの竹林のどこかにあるというお屋敷だ。腕の良い薬師がいて、診療所を開いている。そこには会って話してみたい人がいるのだ。その為に俺はこの地に足を踏み入れた。前回は謎の竹妖怪──十千刺々(とおかずちくちく)に行く手を阻まれて探索は失敗に終わってしまった。

 

 眼前の不老不死、藤原妹紅に助けられて何とか無事に外に出ることに成功したものの、俺が竹林に入る事を禁止されてしまった。自由に入るには彼女を認めさせなくてはならない。俺が最近修行に専念している理由はこのためだ。

 

 彼女は言った。「案内してやろうか」と。永遠亭に行くことができれば俺の目的は達成される。だが──

 

「──いや、()()()()()()()()。俺は貴方に認めてもらってから堂々と行く! 必ず勝ってみせますよ」

「へえ、言うね。散々私に負けてるのにさ。まあいい。一度でも勝つことができれば認める。この私にたったの一度でも被弾させることができたら褒めてあげよう」

 

 そんな事があるならな、と笑う妹紅。1300年程生きているという彼女の戦闘経験は相当な物だろう。身体能力、経験、技、全てにおいて俺は劣っている。だが、弾幕勝負で勝つことは可能なはずなのだ。

 

「今日はこの辺で失礼します。また明日」

 

 一礼して神社へ帰る。今日も妖怪に合わないといいな。霊力がまだ回復しきっていないから戦いたくないのだ。一応こんな時の為の()()()があるが使いたくない。

 

 ───────────────

 

「ただいまー」

「おかえりなさい。今日は服が綺麗ですね」

「ああ、戦わなかったんだよ」

 

 神社に帰ると寝巻きを着た霊華が出迎えてくれる。手にタオルを持っているところから察するに、風呂上がりのようだ。まだ少し湿っている黒髪から何となく色気を感じる。

 

 ──変態か俺は

 

「そうなんですか。……修行大変そうですね」

「まあ、ね。でも自分の成長を感じられて楽しいよ」

 

 ───────────────

 

 ふと疑問に思った。何故彼は力を求めているのだろうと。毎日ボロボロになって帰って、泥のように眠る。翌朝早くに出かけて夜にまた疲れ切った状態で帰る。こんなに頑張れることはとても凄いことだと思う。私にはできそうにない。

 

 何が彼を突き動かしているのか気になった。尋ねてみようと思った時、脳裏に答えが浮かんだ。

 

 ──あの時のことを気にしているのかな

 

 迷いの竹林から帰った後、神谷さんは深刻そうに謝罪してきた。「守れなくてごめん」と。私は気にしていない。あの時彼に言ったように、寧ろ感謝している。だって彼がいなかったら私はとっくに死んでいるんだから。

 

 初めて幻想郷に来たあの日あの場所で妖怪に食われておしまいだった。そんな絶望的状況から救ってくれた。それだけで充分有難かった。

 

 十千刺々はとても強かったのだから、あんな事になっても仕方なかった。結果的にあの女性に助けてもらえたわけだし全く気にしていない。

 

 私は彼になんて声をかけたらいいのかな。

 

 

 

 

 

 ───────────────

 

「ふふふ、遂に完成したぞ。俺の使い魔がなあ! はははははははは!!」

「おめでとう祐哉。それと、元気そうでなによりだわ」

「使い魔の完成程度ではしゃぎすぎよ」

「うぐっ……ごめんなさい」

 

 だがこの10日間待ちに待った使い魔の完成だ。喜ばずにはいられない。思わず高笑いしたくなるのも仕方ないじゃあないか。

 

『おはようございます。我が主、Dr.祐哉』

「ドクターはやめてくれ。そんな偉くない」

 

 今回の彫像もお喋りするぞ! コミュニケーションを取れた方が何かと便利だからね! 

 

 この彫像には『絶対服従』『人工知能』『浮遊機能』『弾幕制御機能』『解析機能』『霊力・魔力変換機能』『人語理解』等など多数の機能を学習させた。機能がスロットの限界まで詰まっているため、これ以上学習させるには別の手段を取る必要が出てくる。まあ一先ずはこれでいいだろう。

 

「使い魔が完成したということはいよいよね」

「はい。早速試してみましょう」

 

 今から俺が試すのはパチュリーと共に練った秘策だ。新スペルカードの完成には使い魔が必要なのだ。よし、ここまで来ればもうすぐだ。

 

 ───────────────

 

「木と火を合わせたフォレストブレイズを打ち消す程の威力……合格ね」

 

 新スペルカードの作成を初めてから2日。数回の実験と修正を繰り返して漸く完成した。範囲、威力、美しさとあらゆる面を意識した最高のカードだ。

 

「やった……。パチュリーさん、ありがとうございました」

「お礼を言うのは早いわ。これで勝てなかったら試行錯誤のやり直しなんだから。ここまで来たら最後まで協力してあげる」

 

 パチュリーがパチンと指を鳴らすと、()()()()()になっていた床が一瞬で乾いた。図書館全体にかけられた魔法だろうか。これだけ広範囲に魔法を仕掛けられるのだから、彼女は凄腕の魔法使いなのだろう。

 

 やっぱり恵まれているな。

 

「明日は勝ちに行きます。良い報告ができるように頑張ります!」

「ええ、頑張って」

 

 ───────────────

 

「それなら今日はお赤飯を炊かなきゃかしら」

「まだ勝ってないですよ!」

「ああ、カツ丼の方が良かった?」

「いいっすねー、カツ丼!」

「夕飯に作ってあげる。肉は人肉でいい?」

「ありがとうござ──ゑ……?」

 

 咲夜にいよいよ妹紅と戦う準備ができたと伝えると、話の流れでカツ丼を作ってもらえることになった。……人肉で。

 

「待ってくださいそれは不味い。いけない。ちょっと里で肉買ってくるんでそれで作ってくださいお願いしま──」

「──じゃあね」

 

 なんてこった。俺が全て言い終わる前に咲夜がいなくなってしまった。

 

 確か人間が人肉を食べると病気になるんじゃなかったかな……。

 

「お待たせ」

「早っ!? 1分提供なんてもんじゃあない。某牛丼屋よりも提供が早い!」

「大丈夫。きちんと豚肉を使っているわ。私は人間だからね。()()の肉があってもおかしくないでしょう?」

 

 うむ。だがあんなことを言われると本当に豚肉を使っているのか怪しいというか……

 

「大体人肉でカツを作るには肉が小さすぎるわ。肉団子が基本なの」

 

 と、食事前の人間を相手に話す咲夜。俺は必死に違うことを考えて想像力を封印するのだ。

 

「冷める前に食べてね」

「本当に豚肉ですよね? ……いただきます」

 

 食べやすいサイズに均等に切られたアツアツのカツを齧る。サクッという気持ちの良い音と共に噛みちぎる。丼タレと卵、カツ全てがマッチしていてとても美味しい。どれか一つが強く主張することがなく、本当に上手に噛み合っているような感じだ。

 

「美味しい……」

「それはよかった。その肉、ただの肉じゃないの」

「や、やっぱり……人肉!?」

「いや違うわ。もうそれは忘れなさいよ。……イベリコ豚の最高級品よ」

「──!? 一体どこから入手しているんですか?」

「それは内緒」

 

 イベリコ豚か。有名な物だし幻想入りしているとは思えない。紫が幻想郷に招き入れて殖やした可能性も無くはないが限りなくゼロに近いだろう。……気になるな。闇のルートなのだろうか。

 

「ごちそうさまでした! すごく美味しかったです」

「それは良かった。頑張ってね。この2週間ずっと頑張ったんだから、きっと勝てるわよ」

「はい、頑張ります!」

 




ありがとうございました

遂に使い魔が完成しました。(ここまで長かった)
やっとまともに戦えるようになりましたよー

次回は今回完成した秘策のお披露目です。お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#27「AqoursBullet!!」

 カツ丼を食べた後すぐに神社に戻った。今日は妹紅とは戦わない。彼女にも昨日伝えた。日も沈まぬうちに帰ったのは明日に備えて早めに寝るためではない。霊夢に最終調整の相手をお願いするためだ。

 

 二人とも境内に立っている。霊華の修行かな。丁度いい。

 

「やあ霊夢。突然だけど良かったら俺と付き合ってくれない?」

「えっ!? そ、そんな急に……」

「え、どうしたの?」

 

 見ているこちらが驚く程ビクッと跳ねた霊夢は俺の背後にいる使い魔を見て溜息をつく。

 

「──ああ、そういう事。嫌だ」

「そんな……お願いします。俺には霊夢しかいないんです!」

「どーしてそんな誤解を招くような言い方しかできないのよ!?」

「何の話!?」

 

 何故か不機嫌な霊夢とそれを見て困惑する俺。何処か話が噛み合っていない気がする。俺はただ霊夢と弾幕ごっこをしたいだけなのに。

 

 どうしたらいいのか頭を悩ませていると隣で笑っている霊華が口を開く。

 

「神谷さんの言い方が紛らわしいんですよ。多分霊夢は告白されたんだと勘違いし──」

「──してないわよ!」

「あー、えっと……。ごめん霊夢。最終調整に付き合って欲しいんだ」

「だから嫌だってば。霊華に頼みなさいよ」

 

 んー、困ったな。完全に機嫌を損ねてしまった。言われてみると確かに紛らわしい言い方をした気がする。しかしあの反応気になるな。もし本当に告白したらどうするのか。まあやらないけども。

 

「因みに、今の霊華は二週間前の貴方より強いわよ?」

「んな馬鹿な!? 成長スピードおかしくない?」

「祐哉と違って飲み込みが早いのよ」

「ちょっと霊夢。流石に大袈裟だよ……」

 

 霊夢の発言に焦る霊華。まあ二週間前の俺は言うほど強くなかったというか、ろくに弾幕ごっこができていなかったからな。この子がセンスに恵まれているなら有り得るのかもしれない。

 

「それなら博麗さん、お願いしてもいいですか」

「はい、私で良ければ」

 

 境内で向かい合うように立ち、霊華はお祓い棒を構える。

 

 ──こういうのを目の色が変わったって言うのかな。覇気を感じる。

 

 御札を投げるのに苦戦していた頃とは比べ物にならないだろう。加減は要らなそうだ。

 

「後ろの彫像が使い魔ですか?」

「そう。じっくり学習させていたら二週間かかったけど、遂に完成した。世界一優秀な使い魔だよ」

 

 後ろに待機させている使い魔は二体。どちらもサモトラケのニケをモチーフとしたものだ。

 

 俺は暗くなってきた空を見上げる。さっきまで明るかったのにいつの間にか暗くなっている。月も見えてきた。

 

 ──そろそろいいかな

 

『『()()充填完了』』

「よし、始めようか。霊夢、合図を頼む」

 

 石を拾った霊夢は宙に放り投げた。それが地面に触れた瞬間、戦いが始まる。

 

「行きますよ! 霊符『夢想妙珠』!!」

「──! マジか」

 

 開始と同時に夢想妙珠を放ってきた。まさか霊夢と同じスペルカードを使うとは。

 

 色鮮やかな光弾が数個向かってくる。バランスボール程の大きさのそれは追尾性に優れていて、半端に避けても意味が無い。

 

 ──光弾。光……試してみるか

 

「創造──反射鏡!」

 

 5mくらい先に反射鏡を設置し、夢想妙珠を跳ね返す筈が、パリンという軽い音と共に砕け散った。

 

「チッ、そう上手くいかないか」

 

 夢想妙珠は勢いを失わずそのまま襲いかかってくる。

 

「一瞬くらい役に立ってくれ──創造」

 

 特に高速移動もできない俺はこのままでは被弾してしまう。そこで俺は光弾が迫る直前に大きくジャンプして夢想妙珠を踏みつけた。その際の爆風を利用して空高くまで浮かび上がる。

 

「足場にするなんて……反射鏡にそんな使い方があったんですね」

「言っちゃうと反射鏡である必要が無いんだけど、流石に衝撃の吸収くらいはできると思ってね」

 

 反射鏡は夢想妙珠を踏んだ瞬間に利用した。光弾に触れるギリギリの高さに鏡を設置し、壊れる瞬間に踏みつけたのだ。

 

「次はこっちの番だ。行くぜ、使い魔君」

『『──弾幕制御機能、起動』』

 

 二体の使い魔はそれぞれ弾を放ち始めた。

 

 後ろにいた彫像は俺の左右に移動し、ばら撒き弾を放つ。彫像が放つ弾は刀や針ではなく単なる光弾である。

 

 それに対し霊華はお札を撒きながら弾を避けていく。なるほど、確かに二週間前の俺よりも強い。俺は避けながらも攻めることができなかった。それを解決するために使い魔を作ったのだが、彼女はそれがなくても十分戦えている。

 

 ──俺にセンスがないだけなのか、あの子が優秀なのか……

 

 この前まではお札一枚投げるだけで苦戦していたのに今ではこちらに十分な圧力をかけられるまでに成長している。

 

「行くよ、俺の秘策を攻略できるかな? ──水星『アクアバレット』!!」

 

 ───────────────

 

 水星『アクアバレット』。神谷さんは自信満々に宣言した。どんな攻撃が来ても対応できるよう集中する。

 

「えっ!?」

 

 三体目の使い間が現れたかと思うと、突然空に水球が生まれた。直径10mはありそうな水球が浮かんでいる。どこまでも青く、そして暗く濁った水を前に僅かに恐怖する。

 

 この水球が落ちてくるのだろうか。否、それでは唯の物理攻撃だ。なら一体? 

 

「先に言っておく。これから約2分間、推定523333ℓの水が君を襲う。満杯の風呂が300ℓとして、1744杯分。これを避けるのは相当戦闘慣れしている必要があるけど……どうする? やめておく?」

「……はい」

 

 残念。最近戦えるようになった私がどうにかできる物ではなさそうだ。霊夢が認める程強い人に勝とうとするのだから当たり前か。

 

 ──二週間でこんなに強くなったんだ……凄いな

 

 ───────────────

 

「仕方ないから私が相手になるわ。そのスペルカードがお札相手にどれほど効くか知りたいんでしょう? 結果は見えているけど、面白そうだから協力してあげる」

「本気でいくから、ありったけのお札を投げてほしい」

「わかった。散霊『夢想封印 寂』」

 

 霊夢は霊華とは比べ物にならない量のお札を撒き散らす。あれは『夢想封印 散』の上位互換。それを使ってくれた霊夢に感謝をする。

 

「改めて、水星『アクアバレット』!!」

 

 巨大な水球から雨が降る。一発52ℓの水が一万発。空気抵抗を無視できるため、地面に触れる瞬間の速度は時速180キロだ。

 

 通常の雨と比べて雫の数こそ少ないものの一滴一滴が大きく、当たるととんでもなく痛い。脳天ヒットしたら死んでしまうかもしれない。でも霊夢なら避けられるはず。

 

「思った通り、これじゃ御札は使い物にならないわよ。恐らくあいつの焔もね。これに対抗できる手段は一つ……」

 

 霊夢が何かを話しているがよく聞こえない。五感のうちのひとつが封印されるのはなかなか致命的かもしれない。

 

「使用者である貴方を直接叩く!」

 

 突然目の前に現れた霊夢は手に持った大幣を振り上げる。

 

 ──読み通り! 

 

「やぁ霊夢。()()()()()()

「なかなか良くできた技だったわ。でも私の勝ち」

 

 霊夢は大幣を力強く振り下ろした。俺はそれを、創造した刀で後ろに受け流す。よろけた霊夢は雨に当たるだろう。俺の勝ちだ。

 

「よっし! 上手くいったぞ」

「ええ、確かにね。でも甘いわっ!」

 

 攻撃を流された霊夢は()()()()()()()()()()()、安定感を保ったまま針を投擲してきた。

 

「嘘でしょ」

 

 真後ろで放たれた針を避ける事ができるはずもなく、俺の負けで終わった。やっぱ主人公強いわ。流石幻想郷最強の巫女ですね。可愛いし強い。惚れちゃいます。

 

「油断したなぁ、勝ったと思ったのに」

「途中で気を抜かなければ勝てたかもしれないわね。そこを気をつければ妹紅相手にもいい勝負できると思うわ。頑張ってね」

「うん。ありがとう」

 

 




ありがとうございました

アクアバレットのイメージが伝わっているといいのですが……
水球は直径10メートルなのでめちゃくちゃデカいです。そこから少しずつ雫が降ってきます。

次回はいよいよ本番です! お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#28「決戦! 藤原妹紅!」

チッスチッスキャラブレ起こしている祐霊です。

今回の勝負は本気vs本気です。私も全力で書きました。
楽しんでいってください!

〜ルール〜
スペルカードは三枚。一度でも被弾すると負け。


 この二週間、俺は妹紅に勝つためにできる限りの事をした。まともに弾幕ごっこができるようにするために使い魔を作り、彼女にも対抗できるであろうスペルカードを()()編み出した。

 

 妹紅のスペルカードは何度も見ているので、注意が必要な物は把握済み。イメージトレーニングを重ねて作戦も立てた。

 

 ──大丈夫。絶対勝てる

 

「それじゃ行ってくるよ」

「いってらっしゃい」

「神谷さん、私も見に行ってもいいですか?」

「いや、危ないから来ないで欲しい。今日は竹林を焼き払うつもりで行くよ」

 

 永遠亭には後日行くつもりだ。その時は霊華も誘うつもりである。……まあ俺が大怪我をしたら話が変わってくるけど。

 

「本気ですね。余計見に行きたくなっちゃいますけど、待ってます。頑張ってください!」

 

 甲子園風に言うなら、「必ず勝って君を永遠亭に連れていく」ってところか。生憎そんな台詞が似合う程イケてる面してないから言わないけども。

 

 さあ、行こう。

 

 ───────────────

 

「彼は妹紅に勝てるでしょうか」

 

 私は主のレミリア・スカーレットとその親友パチュリー・ノーレッジに問う。

 

「お前はどう思う? 咲夜」

 

 私は永夜異変の後に開催された肝試しで彼女と戦ったことがある。妹紅は不老不死なので長く生きていて戦闘経験が豊富だ。ただの人間だと思って戦っては勝ち目がない。でもなんとなく──

 

「勝つと思います」

「そういうことよ」

 

 お嬢様の発言にパチュリー様も頷く。そして読んでいる本から目を離して話し始める。

 

「そもそも、あの能力を最大限に発揮すれば圧勝できるはずなのよ」

「え、創造の力にそんなことが?」

「彼はレーザーを反射する鏡を作れるわ。同じ理屈で色々作れば完封なんて簡単なはず」

「成程。彼はそのことに気づいていないのでしょうか」

「そこまで馬鹿じゃなかったわ。私も聞いたことがあるの。どうして使わないのかってね。なんて答えたと思う」

 

 シンキングタイム。そう言うように指を振る。

 

「……能力を使って勝っても面白くない。とか」

「近いわね。彼にとって能力を使ってゴリ押すことは狡い事になるそうよ」

「あら、それじゃ咲夜はどうなるのよ」

「さあ。狡の象徴じゃない?」

「……やはりカツ丼に人肉を仕込むべきでしたか」

 

 自分の力をどう使おうがその人の勝手ではないか。相手は大体格上の存在なのだし、ちゃんとスペルカードルールに則った使い方をしている。それに、どう考えても彼の能力の方が狡い。結局時間を止められたのだから。

 

「違うと思うわ。だって前に言っていたもの。『咲夜さんの能力って便利ですよね。羨ましいです』って。憧れの目をするような人間が狡いなんて思うかしら」

「でもレミィ、憧れと嫉妬はコインの裏表よ。憧れなんて簡単に嫉妬に変わる。それこそ人間は特にね」

 

 お嬢様はパチュリー様の指摘を受けニヤリと笑う。そして()()()紅茶を一口飲んで口を開く。

 

「結局は彼次第よ。聞いてみればいいわ。……で、祐哉の秘策って何?」

「聞いてなかったの? アレは妹紅を最も合理的に()()できるスペルカードよ」

「結局完封するんじゃない。道具を作るのと何が違うの?」

「曰く、『いつでも使えるか、1回きりかの違い』とか」

「故意ではなく飽くまでも副次的に狙うと。成程。それが通用しない相手の方が多いだろうね」

「まあ、臨機応変にやっていくでしょ。それなりに賢いからね」

 

 彼もいつか異変解決に関わるようになるかもしれない。……でもこれ以上必要なのかしら? 

 

 ───────────────

 

 私は湯呑みを持ってお茶を飲む。これで9杯目だ。そろそろトイレに行きたくなってきた。

 

 ──気になるなぁ

 

「らしくないわね。そんなにそわそわして。もしかして祐哉のこと?」

「うん。自信満々だったからね」

「じゃあ、行こっか」

「え、でも来ないでくれって……」

「それは貴方を巻き込みたくなかったからよ。近くで見られていたら、巻き込まないように気をつけなきゃいけないでしょ。余計なことを考えながら勝てる程あいつ(妹紅)は弱くない」

 

 私は彼に勝って欲しい。あんなに頑張っていたから。だから邪魔したくないんだけど……霊夢はどうするつもりなんだろう? 

 

「要はバレなきゃいいのよ。祐哉は思い切り戦える。霊華は戦いを見られる」

「──そして安全面は私達が保証する。だろ? 霊夢」

 

 突然外から声がした。この声は聞き覚えがある。久しぶりに聞く声の主は──

 

「魔理沙!」

「よっ! 久しぶりだな、二人共」

「あんた、祐哉のこと聞いてるの?」

「ああ、あいつ本人からな。昨日会いに来てくれたんだよ」

 

 魔理沙の家。魔法の森にあるって聞いたけど行ったことないな。

 

「祐哉って彼処に行っても大丈夫なの?」

「いや、ぶっ倒れそうになってたな。ドアを開けた時はゾンビでも来たのかと思ったよ」

 

 ははは! と笑う魔理沙。元気そうでよかった。あの彫像が壊れてしまってから元気を無くしたと聞いてたから、心配していた。

 

「じゃあ行きますか」

「「おー!」」

 

 

 

 ───────────────

 

 

 

「こんばんは。今日は肝試しに来ました」

「へぇ。そういえば昔同じことを言う人妖が来たな。お前は随分と歯ごたえがなさそうだ」

「おや、俺の肝を食べる気か。本当に人間ですか?」

「何を今更。私はどこからどう見ても人間だろ。少し……いや、かなり特殊だが。さて、肝の味付けはどうしようか」

「そのままいっても良さそうだけどそうだなぁ……擦り潰せば薬を作れるだろうか。例えば──蓬莱の薬……とか」

 

 しばらく間も開けて、ある単語を口にする。薬の作り方なんて全く重要じゃない。彼女を刺激させる単語を言えるならそれでいい。案の定、彼女の目つきは変わった。

 

「それは人間が口にしてはいけない禁忌の薬だ」

「ああ……永琳に作ってもらった方が早いか」

「お前、その為に彼処に行こうとしていたのか。いいかよく聞け。蓬莱の薬は一度手をだしゃ大人になれぬ。──二度手を出しゃ病苦も忘れる。──三度手をだしゃ……」

「──不死になる? いいね、是非とも欲しいものだ」

「そうか。ならばお前も永遠の苦輪に悩むがいい!」

「不老不死の肝、頂戴致す!」

 

 ──なーんてね。妹紅が本気になってくれればそれで良い

 

 相手の慢心で勝つのは嫌だ。ここまで頑張ったんだ。本気の相手に何処まで通用するか試したいじゃあないか! 

 

 ───────────────

 

「ひゅ~煽るねぇ」

「なんでわざわざ相手を刺激するのよ」

「本気で戦いたいんだろう。いいじゃないか。これで勝ったらカッコいいな!」

「負けたらカッコ悪いけどね。笑ってあげよっと」

「えっ、霊夢は応援してるの? してないの? 私分からなくなってきたよ……」

「さて、ここから離れましょう。なんせ祐哉は竹林を焼き払うつもりみたいだからね」

「へえ、そいつは頼もしいな」

 

 ───────────────

 

 大量の御札と光弾が竹林を飛び交う。今回の戦いはこれまでとは比較にならないほど苛烈なものになっていた。

 

「使い魔を作ったのか」

「ああ、これで俺の一番の課題を解決した」

「それで勝てると? ──虚人『ウー』」

 

 妹紅の背に赤い翼が生える。今まで何度も見た光景。不死鳥の羽を表しているのだろう。気分を盛り上げるための飾りなのか、使い魔のような役割を持っているのか不明だが、アレはかなりカッコイイ。

 

 実は真似して創造したことがある。こういう時便利だよね! 俺の能力。まあ制服と合わなかったからやめたけど。

 

「いいや。この程度で倒せる程甘くないって知っているさ。だから、それなりに準備してきたよ」

 

 襲いかかる火の粉を避けながら叫ぶ。このスペルカードを見るのは数回目。避けるのは慣れている。

 

「それは頼もしい。まあ、負ける気は無いがな!」

 

 不死鳥のように舞う妹紅は巨大な鉤爪で上から俺を裂こうとする。それを避けるだけでは不十分。生まれた爪痕が暫く宙に残った後辺りに広がっていくのだ。更に時間経過と共に爪痕が襲ってくる頻度が高くなる。

 

 ──後のことも考えて少しずつ避ける……

 

 初見の時は技の迫力に圧倒され、闇雲に避けていた。避けられないことも無いのだが、上手く誘導して爪痕を残させないと弾だらけで焦ることになる。

 

「大分やるようになったじゃないか」

「散々見てきたからな。次はこっちの番だ。行くぜ──星符『スターバースト』!」

 

 眼前に巨大な魔法陣を生成し、霊力を集める。何度もこの技を使ったからか、最近では光が溜まるのが速くなった。

 

 レーザーに少し遅れて轟音が響く。それは竹林中に響き渡り、大気や地面をビリビリと激しく揺らす。妹紅は背中の翼を羽ばたかせて空を飛び、水色のレーザーを躱していく。

 

 ──いいぞ、その調子で逃げ回れ

 

「やれ、使い魔君」

『『弾幕制御──スターバースト』』

 

 後ろの使い魔は左右に大きく別れ、渦状に弾幕を撒き散らしていく。俺のスターバーストは()()()星粒が無数に広がる。圧迫感のある巨大なレーザーと細かな粒。これを避けるのにかなりの神経を使うだろう。

 

 正直言って俺ならこのスペルカードを攻略できないだろう。だがこの世界の人達なら可能なはず。その経験、技術は確かな物だ。相手が高レベルだからこそ使える技。それが真のスターバーストだ。

 

 妹紅は一度目のレーザーを避けきった。二度目のレーザーが放たれる頃には使い魔が生み出す渦状弾幕(銀河)が大きく育っている。

 

「さて、ここからがスターバーストの本番だ」

 

 スターバーストの名前は天体現象から来ている。スターバーストとは銀河同士の衝突などで星の素になるガスが一気に沢山できることで、一度に大量の星が形成される現象だ。

 

 現在、二つの使い魔によって複数の渦状弾幕(銀河)が生み出されている。銀河が大きく広がっていくとやがて衝突し、爆発的に星が広がる。この色鮮やかな星粒が一杯になると視界が悪くなる。

 

 ここまで来ると流石にキツイだろう。そう思って、一定の距離まで進むと粒子に戻る弾を放つようにプログラムしてある。だが面白いことに、救済処置はさらなる地獄を生むのだった。

 

 ───────────────

 

「わぁ……」

「綺麗……」

「ああ……」

 

 外野から観戦している私達は全員スターバーストに見取れていた。ちょっと前まではただのレーザーで、たまに星型弾幕が飛んでくる程度だった。それがどうだ。ちょっと見ない間に大きな銀河に変わっているじゃないか。

 

 スターバースト。彼奴はこの名前を雰囲気で付けたと言っていたが、考え直したんだな。このスターバースト銀河は迫力あり、それでいてとても美しい。遠くから見るとそれがよく分かる。

 

 ──1回目のレーザーは掃除用だな。2回目はやけに静かだ。あれは唯の……

 

「見物人からすれば最高のプラネタリウムだな。避けるとなるとキツそうだが」

「銀河の外側の方が霧がかってきたね」

「あれは恐らくガス雲を表しているな。器用なやつだ」

 

 ───────────────

 

「くっ……」

 

 こいつ、急に強くなりすぎだ。正直舐めていた。いつも通り軽く遊んでやるつもりだった。だがこれは油断すると被弾する(負ける)! 

 

 少し前に見た時は未完成だと思ったが、これが完成品か。悔しいが美しい。できれば外から眺めていたい、そう思わせる程にな。

 

 距離を取って弾を避けていると左からレーザーが向かってくる。私はそれを()()()()

 

 ──2回目のレーザーは唯の光! これはハッタリだ。

 

 だが私は直ぐに避けなかったことを後悔した。せめて目を瞑るべきだった。眩しさで目がやられてしまった。

 

「へっ、いいよ。本気で相手してやる」

 

 私は自らの手に焔を纏い、そのまま顔面を殴りつけた。

 

「ぐぁっ!」

 

 前髪は燃え尽き、鼻は折れて目も失った。皮膚は捲れ、顔全体の熱が急激に上がり、まるで細胞の一つ一つが針で突かれているように痛い。

 

 ──はは、この手を使うのは何時ぶりかな

 

 だがその痛みと傷は直ぐに()()()()()()()

 

 さあ、続きだ。もっと楽しもうじゃないか。

 

  ───────────────

 

「……流石としか言い様がないな」

 

 正直、この新生スターバーストにはかなりの自信があった。二つの銀河に極太レーザー。強力な光と轟音は相手の神経を削る。そして銀河は大きくなると星粒が一気に増える。一定の距離まで進むと粒子に戻り、視界を奪う。

 

 ──勝てると思ったんだけどなぁ。ていうかこれ、霊夢や魔理沙に見せたらビックリするレベルじゃないの?

 

 幻想郷の住人は化物揃いだ。これだけやっても攻略されるとは。そろそろ使い魔の限界(スペルブレイク)だな。

 

 スターバーストを止めると再び御札と光弾の攻め合いが始まった。

 

「やっと終わりか。長かった気がする」

「多分2分くらいかと」

「偉く豪華なスペルカードだったが、まだやれるな? こっちは火がついちまったんだ。終わってもらっちゃ困るんだよ」

「安心して良い。俺は取っておきをまだ2つも残しているぞ!」

「いいねえ! ──こっちの番だ。当たってくれるなよ! 不滅『フェニックスの尾』!!」

 

 フェニックスの尾。使うと死んだ仲間を蘇生できる道具。確か比較的安価で、初期から買えたような気がする。

 

 それは某ゲームのアイテムだ。妹紅が使うフェニックスの尾はそんな優しいアイテムじゃあない。

 

 妹紅に取り憑いた首の無い大きな不死鳥の尻尾から炎が飛んでくる。辺り一面がこの炎に埋め尽くされる。弾があまり熱くないことが救いだ。これは炎に見える光弾。

 

 ──これだけ密度の濃い弾幕を簡単に……やっぱり凄いな

 

 俺がここまで濃い弾幕を張るには使い魔を何体用意すればいいのだろうか。力の差を思い知ったが今は関係ないこと。落ち着いて通れる隙間を探せ。

 

「──ッ! 創造」

 

 見ていると眩しくて頭がおかしくなってくる。妹紅のように目潰ししたら失明するだけだからな。俺は俺のやり方で行く。

 

 俺が今作ったのは輝度調節ができる眼鏡だ。おかげで目を傷めずに弾幕を見られる。皆は眩しくないのかね。我慢しているんだったらプレゼントしようかな。

 

「お洒落か? よく似合っているよ」

「ハッ! 俺は至って真面目だよ。さあ、次だ」

 

俺は二つの魔法陣を創造し、二枚目のスペルカード名を大きな声で宣言する。

 

「──星爆『デュアルバースト』!!」

 

 




ありがとうございました。

次回。#29「蓬莱人形」お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#29「蓬莱人形」

「今度はダブルスパークか」

「いいや。アレはとにかく広い範囲を狙う技だ。これは派手さと合理性をマッチさせた物さ」

 

 二つの魔法陣からレーザーが放たれた。左右に流れる光線がゆっくりと迫ってくる。直接狙わずレーザーで挟み撃ちしようとするとは考えたな。地面から真っ直ぐに伸びた長い竹を丸ごと飲み込む程太いレーザー故に、抜け出すには相当長い距離を飛ぶ必要がある。

 

 私は纏っている不死鳥の翼を力強く羽ばたかせる。

 

 ──無理だな。迫ってくる光線の壁の方が速い。

 

 私はそっと目を閉じ、熱く滾る血の流れを感じとる。認めよう。お前は強くなった。

 

「私はお前を認める。だからこそ、一切の手を抜かない! ──『蓬莱人形』!!」

 

 

 ───────────────

 

 

 実を言うとこの二つのレーザーは最初から動かなければ当たらない。当たる寸前で五秒間留まり、その後()()()一周回っていく。

 

 尤も、その間は轟音と振動が間近で襲い続けるわけで、基本無事では済まないだろう。相手が不老不死だから使える様なもので、霊華は勿論、霊夢と魔理沙にも使いたくない。

 

 因みに俺は()()()耳栓をしているのでダメージはない。その代わり全く音が聞こえないが、どちらにせよ耳が使えなくなるのだから変わらない。

 

 限りなく不可能弾幕に近いそれを見て、レーザーの仕組みに勘づく者もいるだろう。そんな人はまず耳を塞ぐ。鼓膜が破れるからだ。襲いかかる音と衝撃波に耐えていればやり過ごせる。もしかしたら「なんだ。デュアルバーストはこけおどしか」と思うかもしれない。

 

 だがそんな訳が無いのだ。デュアルバーストに込めた美しさはレーザーだけではない。

 

「出番だ。使い魔くん」

 

 俺は使い魔を上空に四体創造する。これら全てが先程の渦状弾幕を放ち、衝突すると極小さな爆発が起こる。

 

 ──まあ安心して欲しい。自分から銀河に突っ込まない限り爆発に巻き込まれることは無い。上から降り注ぐ星粒と迫るレーザーに気を配ればちゃんと攻略できる。

 

 そう、攻略できるのだ。尤も、妹紅は無理矢理やり過ごすつもりらしいが。

 

 ───────────────

 

「おお、あいつ本当に竹林を消すつもりか!? 竹林の中に開けた庭ができてしまった」

「まるで芝刈りの後みたいだね」

「うわー、嫌な予感がするわー」

 

 私達は人里近くの上空で観戦している。辺りはすっかり暗くなっているがまだ夕飯時だ。つまり──

 

「あれ、なんか里の人達が騒いでるよ」

「あー、やっぱり。凄い音だもの。なんて説明したらいいの?」

「素直に言ったらどうだ? 竹林で妖怪が暴れてるって。──どっちも人間だけど」

「破壊しているのって主に神谷さんのレーザーじゃ……」

「よし。退治しに行くか。強くなったあいつと戦ってみたいし!」

 

 やめて欲しい。魔理沙のマスタースパークもうるさいから里から苦情が来るわ。「どこかで妖怪が暴れている。何とかしてくれ」という依頼を受けたのはいいけど犯人は人間でした! ってなるのよ? どうすればいいの? 

 

「妹紅の方も動き出したな。あれは蓬莱人形か。いよいよだな」

 

 祐哉のスペルカードが終わらない限り蓬莱人形の影響は受けないでしょうね。レーザーがボムの役割をしている。恐らく()()()()()()()なんだけど。

 

 最初から避けなくていい分祐哉の方が有利かな。三枚目のカードもあるし。

 

 ───────────────

 

 ──そろそろこの技も限界か。

 

 エネルギーが尽きた彫像は粒子に戻ってしまった。俺はそれを合図にレーザーを止める。俺自身はレーザー二つ分の力を使うだけなのでそこまでの疲労はない。しかしその分使い魔の方が膨大な魔力を消費するため、基本的にスペルカード一枚で朽ちてしまう。

 

「さて。あの技は見たことがないな。どうしようか」

 

 妹紅は途中からスペルカードを使っていた。今まで使っていた二枚は経験があったから避けられた。当然今までに被弾しまくっているわけだ。見た感じ初見で避けられる弾幕とは思えない。密度も段々濃くなってきた。

 

 ここで無理をして被弾したら今までの努力は水の泡。良い感じに追い詰めていた二枚のカードも次は通用しないかもしれない。

 

「負ける訳には、いかないんだ。7、8、9体目の使い魔君。準備はできたか?」

『『『星の光──89%……90%……91%……』』』

 

 後9%か。それが溜まりきるまでは使えない。やっぱり予め外に待機させておくべきだったか……

 

 俺の使い魔の仕組みは特殊で、必要なエネルギーを自分で補給できるシステムを開発した。凡そ1分間で溜まりきる高速チャージ機能。ここまで成長させるのに10日も費やした。だがその甲斐あって太陽光、月光、星の光で吸収できるようになった。

 

 ──距離を取って時間稼ぎをしたいところだけど360ºから迫ってくるんだからどうしようもない。

 

 残り3%……すぐだ。10秒くらいで溜まる。だが弾はすぐそこまで迫っている。避ける事ができそうにない。

 

 ──無理だ。諦めよう

 

「妹紅さん。俺は必ず貴方に勝ちます。この技で終わりだ! ──水星『アクアバレット』!!」

 

 チャージ中の使い魔を無理矢理起動させ、最後で最高の秘策「アクアバレット」を使う。それと同時に刀を創造し、迫っている弾幕を払う。

 

 三体の使い魔は正三角形を描く様に並び、巨大な水球を生成する。直径10mの球。容量523333ℓの蓄えを使い、一万発の弾を撃つことができる。ここまでできるようにするのに相当苦労した。苦労は必ず報われる。報わせてみせる!

 

「降り注げ!!」

 

 水球から漏れる水は豪雨のように地面を叩く。それはボムの役割を果たし、向かってくる弾幕を撃ち落としていく。

 

 ───────────────

 

「チッ、タイミングを誤ったか」

 

 蓬莱人形は決め手にならなかった。ボムとして使ったのは失敗だったな。

 

 ──このスペルカードあまり使わないんだけどな

 

 さて、彼奴も三枚目を切ってきた。この勝負にも終わりが近い。三枚目を上手くやり過ごすことができればほぼ私の勝ちだ。

 

「しかし随分と大きいな」

 

 空に浮かぶ水溜から大粒の豪雨が降り注ぐ。弾速はかなり速いがもう()()()。問題はそこではない。

 

「札が使い物にならないな。やれやれ」

 

 ばら撒いた札の大半が湿気にやられて飛ばなくなっている。仕方ない。別の手を使うまでだ。

 

 

 

 ───────────────

 

 

 

「私を攻略したつもりだろうが甘い!」

 

 豪雨の中でも聞こえる程の声で叫ぶ妹紅は全身に炎を纏った。彼女に降りかかる滴は一瞬にしてスチームになっていく。彼女は不死鳥の羽を大きく振って此方に向けて炎弾を飛ばす。

 

「ハッ!!」

「──!」

 

 なんて人だ。まさか俺のアクアバレットを蒸発させるとは微塵も想定していなかった。だが水球の貯蓄はまだ八割残っている。俺の計算では滴が180km/hの速さで落下するのだが、妹紅は難なく避けている。控えめに言って化け物だ。そういえば霊夢も簡単に避けていた。幻想郷には鍛えられた人が多すぎるな。

 

 ──お蔭で本気で力を使える! 

 

「どうだ!」

「凄いですけど、これってボムじゃないんですか」

「ただの弾幕だよ。私の火を消すにはその程度の水じゃ足りないってことだ」

「なるほど。蒸発することは盲点でした。折角の秘策が意味なかったな」

「それはお互い様だよ」

 

 ──そろそろかな

 

 俺は創造の準備をする。しかしまだ作らない。

 

「一つ分かったことがある。このスペルカードには穴があるな? 例えば……そこだ!」

「な──っ!?」

 

 速い。十メートルは離れていたはずだ。一瞬だ。気づいた時には既に懐に入られていた。

 

 ──殺られる

 

 そう確信した俺は急いで刀を創造し迎撃しようとする。

 

 だが妹紅は何もしてこなかった。いつでも俺を殴れた筈の彼女は炎を纏ったまま直立し、静かに水球を見上げる。まるで小雨の中、傘を差す必要があるかどうか悩む少女のように。

 

「思った通り。ここが安全地帯だな? これだけ大掛かりな弾幕だ。お前自身の居場所を用意する必要がある。それがここ──水球の真下だ」

「ご名答。だが……それでアクアバレットを攻略したと思っているようじゃあ()()ぜ!」

 

 俺は駆け出した。

 

「何!? 彼奴、自ら豪雨の中に──!」

 

 そう、俺は未だ降り注ぐ豪雨の中に身を投じたのだ。

 

 ──アクアバレットの恐ろしいところはここからだ

 

「一体何故。……まさか、罠か! ──ッ!」

「そう! その安全地帯は罠! 見破れた者には褒美としてより苛烈な雨滴を! 喜べ。そして降り注ぐ雫の矢の餌食になるがいい!」

 

 ───────────────

 

 

 

「……なあ霊夢」

「……なに?」

「祐哉ってあんなテンション高かったか?」

「私も思ったわ」

「えっ、どうかしたの?」

 

 遂にアクアバレットが使われた。霊夢も認める程のスペルカードを妹紅さんは思わぬ方法で対抗した。そこまでは私にも見えた。でも妹紅さんが神谷さんに接近してから戦いが静かになって様子がわからなくなった。まだアクアバレットが使われているのにどうして。

 

「私には見えないんだけど、二人には何か見えるの?」

「今ちょっとしたお喋り中だ。あの技には安全地帯があったらしくてな。それを見破った妹紅に一泡吹かせたってところだ」

「それで、祐哉がやたら悪役じみた発言をするのよ」

「えっ凄く気になる」

 

 二人とも目がいいな。でもなんで話している内容がわかるんだろう。まさか、読唇術? 

 

「近づいてみようか。あの雫なら流れ弾が来ても払えるし」

「レーザーは危なっかしくて近づけなかったもんなー」

 

 私達は竹林まで行くことにした。

 

 ───────────────

 

 ──驚いたな

 

 見え見えの安全地帯を作るとは間抜けな奴だと思ったが、罠だったらしい。周到な奴だ。

 

 彼奴は自ら豪雨の中に飛び込んだ。そしてなんと、男に当たった雫は()()()()()()()()()

 

「へ、恐ろしい奴。だが甘いッ!!」

 

 私は更に大きな炎を纏うことで当たる前に水を蒸発させる。例えどんなに大きく、速かろうとも所詮は水だ。私にとって水を瞬時に蒸発させる事は造作もない。アクアバレットここに破れたり! 完全に私の勝ちだ。

 

「最後のスペルカードもそろそろ終わる頃だろう。もう、終わらせようか」

「ああ、今ので秘策が通用しないことがわかった。……来い!!」

 

 男は両手に日本刀を生成して構えた後、気合を入れるように叫んだ。

 

「そんな鋼、私の炎で溶かしてやる!! ハァ!!」

 

 火力最大。全身に不死鳥を纏い、全力で地面を蹴る。

 

 ───────────────

 

 どうやらアクアバレットは役に立たないらしい。パチュリーになんて謝ろうか。折角親切に付き合ってくれたのにな。せめて勝利しなければならない。

 

 そして、美鈴と咲夜に感謝だ。二人との訓練の成果がここで発揮されるのだから! 

 

 両手に刀を構え、大きく息を吸って吐く。しっかりと相手を見据える。

 

「来い!!」

 

 ──アクアバレットの終わりが近い。次の一撃で絶対に勝つ!! 

 

「行くぞ……!」

 

 不死鳥の羽衣を纏った妹紅が地面を蹴った瞬間、先程と同様直ぐに懐に現れた。やはり速い。だが俺はそれに見越して既に動いている! 妹紅は炎の拳で殴りかかってくる。これに当たったら気絶と大怪我するに違いない。即ち負けだ。

 

 

 

 

「私の──!」

 

 

 

 

「俺の──!」

 

 

 

 

「「勝ちだぁぁああああ!!」」

 

 

 

 恐ろしく速い右ストレート。それを()()()()動体視力で見切り、彼女の右側に回るよう躱す。

 

そして──

 

「オラァァァ!!」

「ぐあっ!」

 

 躱した時生まれた遠心力を存分に利用し、勢いよく背を斬りつける。遠心力と自らの勢いを利用されて吹き飛ばされた妹紅は、ぬかっている地面に体を滑らせ、雫の餌食となる。

 

 俺は彼女の周りに刀を創造し、剣先を向ける。

 

「はぁ、はぁ……相変わらず、水が蒸発されるな。だが俺は今いつでも貴方を斬れる。俺の勝ちだ」

「……ああ、認めよう。私の、負けだ」

 

 その言葉を聞いて安堵した俺は全身から力が抜け落ちていくのを感じた。アクアバレットを解除すると残っていた水が一気に落ちてきた。残り僅かだったとはいえ、浴びるには量が多すぎた。

 

「──あっ!」

「──ひっ!?」

 

 ……俺達はずぶ濡れになってしまった。

 

「うわあああ!! 間抜けかお前! びっしょびしょじゃないか!」

「ひぃぃ!! ごめんなさい……」

「……お前、勝負中と人が違くないか? さっきまでの覇気を感じない」

「いやー、むしろさっきまでが可笑しいですよ。俺ってあまり叫ばないし……」

「礼儀正しい奴かと思うと突然威圧してきたりして変な奴だ。だけど気に入った。お前、名前は?」

「──神谷祐哉です」

「そうか、私は藤原妹紅(ふじわらのもこう)。宜しくな、祐哉」

 

 ──そういえば自己紹介すらしていなかったな

 

「俺思ったんですけど、幻想郷って化け物みたいに強い人多すぎませんか? 人間ですらも」

「実際化け物だらけだしな。私も人間だが不老不死……化け物だ。そんな私に勝ったお前も仲間だな」

「いや、正直次勝てるかと言われたら無理な気が……」

 

 それに、負けた回数の方が圧倒的に多い。たった一回勝ったくらいで化け物にはならないだろう。

 

「そうだ、蓬莱の薬に手を出すのはやめた方がいい」

「あー、アレですか? 嘘ですよ。不死に興味はありません。まあ、不老は興味あるけど」

「ただの一度でも手を出してはダメだ。まあ、無理には止めない。仲間が増えるからな」

「はは……」

 

 ──眠くなってきたな

 

 起き上がろうにも力が入らない。それは恐らく妹紅も同じだろう。

 

「竹林、めちゃくちゃにしちゃったけど大丈夫ですかね」

「竹の生命力は凄いからな、直ぐに生えるだろうさ。そういえばあの竹妖怪の事だが……」

 

 竹妖怪。十千刺々の事か。

 

「今のお前なら彼奴に勝てるはずだ。それも余裕で。なんなら今戦ってみたらどうだ?」

「今起き上がることもできないんでやめておきます」

 

 すっかり忘れていた。この竹林にはあいつがいたな。竹をめちゃくちゃにしてしまったが出てこないな。怒ってきても可笑しくないのに。

 

 因みにデュアルバーストを使ったのは邪魔な竹を掃除するためでもあった。更地にすることで後のアクアバレットを使いやすくしたのだ。しかし水を与えすぎたな。地面がドロドロに泥濘っている。正直すまなかった。

 

 そこまで考えると、すっと意識を失った。

 




ありがとうございました

これにて東方霊想録完結です。

……嘘です。まだまだ続きます。次回はEXTRA最終回。勝利祝いパーティーです。お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#30「勝利祝い」

ラリホー! 祐霊です。

1章EXTRA最終回です。久しぶりの平和回ですよ!


「丁度終わったみたいね」

「お? 咲夜じゃないか。お前も観戦か? 遅かったな!」

「違うわ。私は彼の迎えに来たの。勝利を祝ってパーティーをするってお嬢様がね。貴方達も良かったらどう?」

 

 彼の勝利を喜んでいると突然メイドさんが現れた。背が高くて綺麗な人だ。これほど銀髪が似合う人は初めて見たと思う。霊夢と魔理沙の知り合いらしく、仲良さそうに話している。……居場所がない。

 

「はじめまして。十六夜咲夜と申します。貴方もいかがですか?」

「はじめまして、博麗霊華です。えっと……」

「私達は行っても構わないが、肝心の祐哉は満身創痍だぜ?」

「大丈夫。夜はまだ始まったばかりよ?」

「……私達人間からすると一日が終わりそうなんだがまあいいか」

 

 ———————————————————

 

「よお妹紅! 彼奴はどうだったよ?」

「魔理沙か。ああ、随分と強くなったな。疲れきって寝てるし永遠亭に連れて行ってやろうと思ってるよ」

「その必要はないぜ。だが運んでくれるとありがたい」

「どういうこと?」

「これから紅魔館でパーティーをやるのさ。お前も来いよ!」

 

 ———————————————————

 

 流れで私も参加することになってしまった。パーティーは既に始まっている。驚いて欲しい。まだ主役(祐哉)は眠っているのだ。……鼾をかきながら。

 

「おーい、起きろって。美味いもん食えるぞ」

 

 ローストビーフを持ってほれほれと顔に近づける。

 

「ん……ハンバーグ……」

「違うな。ローストビーフだ」

「……唐揚げ」

「多分あったよ。ダメだな、完全に寝てる」

 

 私は会場に戻ることにした。

 

 ———————————————————

 

「あー、やけに気持ちいい泥だと思ったらベッドだったわ。何処だここ」

 

 目が覚めると見慣れぬ天井があった。いいね、このフレーズ。一度言ってみたかったんだよね。まぁどこだっていいや。このベッドはふかふかで気持ちいい。

 

「ん……もうひと眠り……」

 

 ドアがノックされた。

 

「失礼します。あれ、まだ寝てる」

「ん、やっほー博麗さん」

「ひゃっ!? 起きてたんですか」

「さっき起きた。これから二度寝するところよ」

「二度寝もいいですけど、美味しいもの無くなっちゃいますよ? 皆待ちきれなくて食べ始めちゃいましたから」

「うーん、ねむ」

「起きてくださいよ〜! パーティーやってるんです。ここは紅魔館。見たことない料理が出てますよ!!」

 

 眠過ぎて話が入って来ず、霊華を無視して寝ようとした時、彼女は俺の身体を揺らして起こそうとしてきた。

 

 ──あ、可愛い……

 

 純粋か! とツッコミが来そうだ。だが疲れ切っている俺にとってこの行為は癒しだ。それをやられると益々眠くなる。

 

 だが……

 

「なんだって!? パーティーだと? うおおおおご飯!! お腹空いたヒャッハー!」

「お、おー」

 

 しまった。また引かれた。ちょっとテンションが上がると直ぐにはしゃいでしまう。日頃の様子とかけ離れているためか頻繁に引かれる。

 

 ところで。

 

「俺いつの間に着替えたん?」

「ああ、それは咲夜さんがポポイと」

「ぽ、ポポイ?」

「はい。泥まみれだから、と着ていた服は捨てちゃいました。だからその……神谷さんは下着しか着ていないはずですよ」

「──! 危なかった。もう少しでセクハラで捕まるところだった」

「着替えはクローゼットに入っているらしいですよ。外で待ってますから着替えちゃってください」

 

 そう言って霊華は部屋を出ていった。ベッドから出ると確かに下着しか着ていないなかった。恥ずかしい。脱がされてしまった。もうお嫁に行けない……。

 

『お前は男だろ!』と脳内で一人ツッコミを入れつつクローゼットを開ける。

 

 ──お、これはタキシードって奴ですか。着たことないな。

 

「ねえ博麗さん。蝶ネクタイってどうやって結ぶの」

「え、紐を結ぶだけじゃないんですか?」

「いや、まんまネクタイだね。いつもならググるところだけど圏外だ」

「ちょっと貸してください」

 

 ———————————————————

 

「おそよう祐哉。やっと主役の登場か」

「やあ魔理沙。主役は遅れてくるって言うだろ?」

「それはヒーローじゃないか?」

 

 ちょっとオシャレな服を来ている魔理沙。綺麗な金髪という事もあってか、外国のお姫様と言われても納得しそうな程に綺麗だ。確か魔理沙は日本人で和食派だったはず。どうして金髪なんだろうか。

 

「霊夢は?」

「あそこ」

 

 いつもの巫女服を着て真剣に食事している霊夢。お腹すいているのだろうか。

 

 蝶ネクタイの結び方は咲夜に教わった。主催側に教わるのは何だか恥ずかしい。礼節の勉強をするべきだと痛感した。だがその前に霊華といい感じになれたのは嬉しい。

 

 まあ、あーでもないこーでもないとわちゃわちゃしていただけだが、実質イチャイチャしたようなもの。我ながら気持ち悪い。だが男性諸君は共感してくれると信じる。女の子とわちゃわちゃする。楽しくないですか!?

 

 ……勿論平静を装ったので心の内はバレていないはずだ。

 

「んで、レミリアはあそこだ」

「ありがと。挨拶してくるよ」

 

 会場の奥の方でパチュリーと会話している。あのパチュリーが食事会に参加するとはな。種族の関係で食事が必要ない彼女はこう言ったイベントにもあまり興味がなさそうなイメージがある。

 

「こんばんは。遅れて申し訳ございません。今日はご招待いただきありがとうございます」

「こんばんは。目が覚めたのね。よく似合っているわ」

「レミリアさんも、よくお似合いで」

 

 レミリアが指を鳴らす。直ぐに現れた咲夜にグラスを渡され、そこにシャンパンが注がれる。

 

 ──困ったな。どうしようか。礼節が全くわからない。

 

「勝利おめでとう。貴方ならできると思っていたわ」

「皆さんのお蔭です。ありがとうございました」

 

 グラスを軽く当てて乾杯する。レミリアも飲んでないし取り敢えず飲まないでおきますか。

 

「秘策は上手くいったの」

 

 レミリアの隣にいるパチュリーに聞かれる。

 

「その事なんですが、あの……」

「蒸発したとか?」

「はい……。思った以上に火力が高かったです。ですが決め手にはなりました。後日御礼の品を持ってきますね」

「負けてもよかったのよ。貴方の能力は面白いもの」

「じゃあまた付き合って貰えると嬉しいです」

「ええ、いつでも」

 

 その後軽く話した後、魔理沙達の元へ戻った。霊夢は何故か床に座っていた。機嫌良さそうにお酒を飲んでいるので具合が悪いわけではなさそう。

 

「え!? なんで床に座ってるの!?」

「あ、祐哉。お疲れ様。いいものを見せてもらったわ」

「ありがとう。……うん? どういうこと?」

「外から観戦していたのよ」

「え! 巻き込まれなかった? レーザーとか回転するレーザーとか、雨とか……」

「……巻き込まれたわ」

 

 あーあ、それが嫌だったから来ないでくれって言ったのに。しかし別に怪我をしている様子もないが……

 

「霊夢は里の人達から苦情が来るんじゃないかって焦っているんだよ」

「苦情?」

「ああ、かなりの騒ぎだったからな。主にお前のレーザーが」

 

 げっ。言われてみると竹林から里まではそこそこ近いから聞こえてもおかしくない。

 

「……ごめんなさい」

「別にいいのよ。負けてたら怒ったけど」

 

 成果を上げられてよかった。負けてたらこのパーティーはどうなったんだろうか。「また頑張ろう。次があるさ」と、まるで浪人確定の受験生を励ますようなパーティーに変わったのだろうか。

 

 思えば俺が成果らしい成果をあげたのは初めてかもしれない。妹紅に勝つという大きな目標を達成した。

 

 ──ここまで来るのに沢山失敗した。大変だったなぁ。

 

 それに、俺一人ではとても達成できなかっただろう。この二週間、紅魔館の皆と霊夢達にたくさん助けられた。いつか恩返ししないとな。

 

「やあ、お疲れ」

「あ、妹紅さん。お疲れ様です」

「約束通り永遠亭まで案内するよ。いつでも来てくれ」

「ありがとうございます!」

 

 永遠亭に行けばあの子に会えるぞ。早くあのスペルカードを生で見てみたい。

 

「あら、永遠亭に行きたいなら私が連れていったのに。何回か行ったことあるし場所知ってるわよ」

「な、なんだって……」

 

 あれ? 俺って遠回りしていたのか? てっきり妹紅や永遠亭の人くらいしか場所がわからないものだと思っていたのだけど。

 

「これが灯台デモクラシーって奴か……」

「民主主義な灯台ってなんだよ! もとくらしな?」

「いえーい! ナイスツッコミ!」

「……なあ、こいつってこんな事言う奴だったのか?」

 

 ボケたのは俺。ツッコミを入れたのは魔理沙。やり取りを見て呆れているのは妹紅だ。

 

「ああ、割と軽いノリだな」

「そうなのか。なら私にも軽い感じで接してくれていい」

「分かりました」

「…………」

 

 タメ口で話せってことだったのだろうか。流石にそうもいかない。妹紅にはお世話になったから、感謝している。対等な友達というよりは先生のようなものだ。

 

「まあいい。私はこの辺で帰るよ。またな」

「はい、おやすみなさい」

 

 今は何時だろうか。お腹も空いているし眠たい。

 

「この立食パーティーはコミュニケーションを第一として、食事はオマケである。つまり、ガツガツ食べるのはマナー違反なのだ」

「え、どうしたのよ急に」

「マナー違反なのだよ! 霊夢君」

「な、なんで私に言うの?」

「ふふん」

 

 さて、さっきから口をつけていないシャンパンだが、どうしようか。俺、神谷祐哉は17歳。健全な高校生である。飲酒や喫煙はしないのだ。とはいえ同年代の霊夢や魔理沙が普通に飲んでいる訳だし、幻想郷には通じない。

 

「……ねえ博麗さん。お酒飲んだ?」

「いえ、私は咲夜さんにお願いして林檎ジュースをいただきました」

「いいね。俺も貰ってこようかな。そういえば博麗さんって何歳なの?」

「17歳ですよ。それも最近なったばかりです」

「あれ、同い年……?」

「えっ」

 

 これには驚きである。ずっと敬語で話してきたからなんとなく年下なのかと思っていた。

 

「そっか。じゃあ別に敬語使わなくてもいいんじゃない?」

「そう、かな。でも慣れちゃってますしこのままでもいいかなって」

「せめて”さん付け”は変えて欲しいな。なかなか慣れないんだ」

「そうですか。なら先輩と呼びましょうか?」

 

 なんでさ。いや後輩キャラ好きだけどさ。同い年に先輩と呼ばれるのは落ち着かない。

 

「冗談ですよ。神谷()。乾杯しましょう」

「うん」

「今日はお疲れ様でした。カッコ良かったです! 乾杯!」

 

 若干照れながら褒めてくれた霊華に一瞬だが心が奪われそうになった。俺はそれを誤魔化すように()()()()()()()()()を口に含む。おかしいな。何も飲んでいないのに酔ってしまったのだろうか。顔が赤くなっている気がする。

 

 ──ん、待てよ

 

「あれっ神谷君、りんごジュースもらいに行くんじゃないんですか?」

「うん。今思った。これは林檎じゃない」

 

 ──どうやら俺はすでに酔ってしまっているようだ。

 

 グラスに入っていた液体に。

 

 或いは、彼女の照れた顔に……。




ありがとうございました。
私は簡易的な蝶ネクタイしか見た事がなかったので、調べた時驚きました。ネクタイを結ぶより難しそうです。

さて、長かった1章も遂におしまいです。おかしい。こんなに長くなるとは思いませんでした\(^o^)/

2章は十千刺々の詳細がわかり、祐哉と霊華の仲が深まる予定です。
7月上旬迄に完成できたらいいなと思っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章
#31「ゆったりまったりのんびり」


どうも祐霊です。今回は霊想録至上最大のほのぼの回。誰も修行しないし、誰も苦しまない、平和な回です!

楽しんでいってください


「まさか昼まで寝るとは思わなかった」

「それだけ疲れていたんですよ」

 

 紅魔館でパーティーが行われた翌日。俺は昼過ぎまで爆睡してしまった。目を覚まして時計を見たら二時頃で非常に焦った。起きてからの第一声は「マジかよ……」である。その後は風呂に一時間ほど湯に浸かり、疲れを取った。そのおかげで完全回復だ。

 

 風呂から上がった俺は霊夢達がいる居間に行き、伸びてきた髪をタオルで拭いているところだ。

 

「早速永遠亭に向かうの?」

「いや、今日は行かない。明日行くよ。博麗さんもよかったらどう?」

「えっ、いいんですか? 行きたいです!」

「今度こそ邪魔は入らないだろうから、安心だね」

 

 今回は頼りになるインストラクターさんがいるから、竹妖怪が出てきてもノープロブレム。

 

「いつも思うけどその呼び方慣れないわね」

「そう? 私は慣れているけど……」

「まあ、同じ名字だとこうなるよね。林さんとか、森田さんとか福島さんとかがクラスに何人もいると混乱する」

「あるあるですね!」

 

 田中さんとか斉藤さんとか。男女で分かれていれば、君付けやさん付けで呼べるからマシだが今回のようなケースはなかなか面倒である。博麗さんが二人いて、どちらも女性なのだ。

 

「霊夢は霊夢って呼ぶし気にしないでよ。ていうか、霊夢と霊華って呼ぶほうが紛らわしくない?」

「うーん、まあそうね」

 

 クラスに悠太という人がいたとき困った。俺の名前と一文字違いで音も同じだからである。まあ、俺のことを下の名前で呼んでくれる人はいなかったが……。

 

 霊夢は納得したように頷いてお茶を啜る。俺は炬燵机の上に置かれている蜜柑に手を伸ばし、コロコロと転がして遊ぶ。蜜柑を握ってから食べる人がいるけどあれは何なのかね。おいしくなるのだろうか。それとも、皮をむきやすくなるとか? 

 

 そんなどうでもいいことを考えていると霊華が話しかけてくる。

 

「永遠亭ってどんなところなんですか? いかにも食事処って感じがしますけど」

「わかるわかる。安楽亭的な雰囲気感じるよね。和食料理店と予想。うどん食べたいな」

「明日はお腹を空かせてから行きましょうか」

「いや、あそこはただの屋敷よ。診療所もやっているけれど、ご飯は出ないわ。出たとしてもお餅か筍づくしじゃない?」

 

 知 っ て た。勿論俺は知っていたが話の流れでついうどんを食べる流れになってしまった。霊夢に真実を告げられた霊華は少し残念そうにしている。うどん食べたかったのかな? 里に店があった気がするし誘ってみようかな。

 

「じゃあ、一体何をしに?」

「聖地巡礼? ウサギJKとかぐや姫に会いに行くのさ」

「かぐや姫。また光っている竹を切るんですか? でもあそこの竹は妖怪の体らしいですし、気が進まないです」

「いや、アレは冗談のつもりで言ったんだけど……」

 

 そういえばそんなことも言ったな。「かぐや姫が出てくるよ」と適当に言ったアレ。あの妖怪は光っている竹を切った瞬間に襲ってきたな。あの竹が彼女の核なのだろうか。でもなあ、あの光る竹はアイツ自身が破壊していた。よくわからないな。

 

「輝夜なら普通に屋敷にいるわよ。会えるかはわからないけど」

「かぐや姫……。綺麗なんだろうなぁ。私も会いたい」

「なら永琳に気に入られて紹介してもらうことね。手土産に蓬莱の珠の枝でも持っていったら?」

 

 と言う霊夢。蓬莱の珠の枝って、竹取物語に出てきた架空の物だよな。輝夜姫が自分に求婚してきた人を遠回しにフルために与えた難題のひとつに、「蓬莱の珠の枝を持ってくる」という物がある。それを持ってくることができたら結婚してもいいと言うのだ。

 

 ──よりによって蓬莱の珠の枝か。妹紅には見せられないな。いや、そもそもだ。

 

「はは、辞めておくよ。俺はレプリカで騙し墜すようなクズじゃあない」

「あら。()()()()()と違って貴方の力なら騙しきれるんじゃない?」

「どうかな? 道徳性を排除して考えたとしても流石にバレるだろ。確かあの人は本物の蓬莱の珠の枝を持っているから。そしてもう一度言うけど俺はそんな事したくない」

 

 本物を知らない俺が空想のデータを元に創造したところで、本物を持つ彼女にはバレてしまう。

 

「貴方の志は分かったわ。ここから先は暇潰し。もしも(イフ)の話よ。輝夜が持っていない難題()を作ることも可能なのよね。果たして輝夜はそれを見破ることができるかしら?」

「……なるほど」

 

 蓬莱の珠の枝が偽物だとバレたのには確かな理由がある。諸説あるかもしれないが、俺が聞いた話では藤原不比等が偽物を作らせた者に報酬を払っておらず、そのことをかぐや姫の目の前でバラされたことが原因だった。輝夜が見破ったのではなく、暴露されたのだ。つまり、職人が現場に現れなければ輝夜は見破ることができなかったかもしれない。

 

 俺は盆に乗っている急須を手に取り、棚から持ってきた湯呑みにお茶を注ぐ。

 

 前に湯呑みを創造したことがあるのだが、周りの反応が良くなかった。「うわあ、湯呑みくらい持ってくればいいのに……そんなに面倒臭いの?」みたいな視線を()()()から感じた俺は以来横着しないようにしている。この三方向は勿論、霊夢と霊華に魔理沙である。

 

 ──む。お湯が無くなってしまった。

 

「お湯沸かしてきますね」

「ああ、ありがとう」

 

 霊華は急須を持って台所へ行った。俺は一口分のお茶を流し込んで喉を潤し、議論の続きをする。

 

「幻想郷にいる輝夜は他に何の宝を持っているの?」

「んー、うーん? 思い返してみると結構持っていたわね。もしかして難題の物全部持っているのかな?」

「あらら。それじゃあどうやったってバレるぞ」

「それなら、創造すればいいのよ。本当の意味でね。貴方の能力は架空の存在をうみだすことができる。つまりね、貴方は輝夜に求婚すれば確実に成功するのよ。輝夜も可哀想ね」

 

 ふうむ。なるほどね。確かに可哀想だ。あちらは結婚したくないから断る為に存在しない物を要求するのに、その場で生み出されてしまうのだから。

 

「……どうしても結婚したくないなら断ればいいんじゃない? 普通にさ」

「そう? 自分で「○○を持ってくることができたら結婚します」って言ったのだから、言い逃れはできないと思うわ」

「気になるなら霊夢。行っておいでよ。難題の詳細を教えてくれたら作るからさ」

「嫌よ。私がやったら唯のイタズラじゃない。男である貴方が行くべきよ。大丈夫。美人なのは確かだから損はしないわ」

「俺がやってもイタズラだろ! 何? そんなに俺を結婚させたいの? まるで孫の顔を見たがる親みたいだ」

 

 結局霊夢が何を言いたいのかわからない。暇潰しと言っていたから、ジョークなんだろうがいい加減しつこいというものだ。能力で作成するって結局偽物と同じだろう。藤原不比等の失敗から一歩も進んじゃあいない。

 

 話がヒートアップしてきた。台所から戻ってきた霊華はちょっと気まずそうに座布団の上に正座する。俺と霊夢の様子を観察しているのがわかる。大丈夫。喧嘩しているわけじゃないよ。

 

「いいじゃない。孫。……いや、子供か。……見せてよ」

「言ってる事が同い年の台詞じゃねぇよ……。もう何か、お母さんだよね」

 

 霊夢と魔理沙は多分俺と同い年、17歳である。「多分」というのは、二人とも正確に年齢を把握していないため正確性に欠けるからである。

 

 これから霊夢のこと「お袋」って呼んでやろうか。あー、でもなあ。霊夢が身内なら母より嫁か妹がいいな。

 

「じゃあ祐哉。()()をお嫁にあげるから孫の顔を見せて」

「ひゃうっ!? わ、私?」

「ちょっと待て!? 待て待て。落ち着け霊夢。何故そこで博麗さんを巻き込む?? 割とセクハラ発言違います?」

「せくはら?」

 

 唐突な流れ弾に当たった霊華は噎せて咳き込んでいる。どうしてこういう時に限ってお茶を飲んでいたのだろう。吹かないように頑張った結果大分苦しそうである。俺は彼女の背中をトントンと軽く叩いて助けようとする。

 

 そしてこの世界にセクハラという単語がないことが分かった。随分と平和ですね。こっち(外の世界)じゃあ常に騒がれてるって言うのに。

 

「全く。これじゃ完全にお袋だよ」

「誰がお袋よ! 私はお義母さんでしょ!?」

「おいおい困るぜ? お飯事(ままごと)を始めるならそうと言ってくれなきゃよォ?」

「ふふっ」

「もう、喧嘩しているのかと思ったら急にお飯事に巻き込まれて大変ですよ……」

 

 あ、やっぱ喧嘩していると思ってたんだ。いやぁ何か、こういうくだらない話で盛り上がるのって楽しいな。気づいたら三人とも笑顔になっている。とても幸せなひと時だ。

 

「二人がくっつくのを楽しみにしているわ」

「れ、霊夢!?」

「おーい、本当に素面(シラフ)か? お茶のカフェインで酔ったんじゃあないだろうね?」

「ふふふ、この前のお返しなんだからね。楽しいわ」

 

 この前? もしかして──

 

「ああ、霊夢は神谷君に告白されたと思ったんだっけ」

「──! だから違うって言ってるでしょ!」

 

 そんなことを言う霊夢だが嘘っぽい。だって顔真っ赤だしヤケに必死だし。ニヤニヤしながら霊夢を見ていると霊華に服を引っ張られた。なんだろうと彼女を見ると、目で何かを訴えてきた。ああなるほど。

 

「……好きだよ、霊夢」

「なっ!? 何言ってんのよ!?」

「んもう霊夢ったら照れちゃってぇ」

「霊華!?」

「ふふ……はははは!!」

「ふふっ楽しいですね神谷君」

 

 無事二人で霊夢に仕返しすることに成功した。友達と騒ぐのは本当に楽しいものだ。

 




ありがとうございました。

偶にはこういう平和な回もいいですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#32「念願の永遠亭」

どうも祐霊ですん。
待ちに待った永遠亭です。ようやく鈴仙ちゃんに会えますよ!


「はい到着。あれが永遠亭だ」

「おお、思ったより立派だし綺麗だな」

「竹林の入口からそれなりに歩きましたね」

「ああ、初見で辿り着くのはまず無理だ。さて、私はこの辺で筍を採っているから、用が済んだら声を掛けてくれ」

 

 妹紅に案内してもらうこと約10分。俺達は遂に永遠亭に到着した。念願の永遠亭である。

 

「なんか登山をした気分だ。ここまで来るのに苦労した」

「二週間ずっと頑張っていましたからね」

 

 そう、標高の変化は殆どないが、達成感は登山とよく似ている。最初は意気揚々と登っていくのだが、中盤から終盤にかけての異常な苦痛と疲労に襲われる。そしてそれを乗り越えて山頂に辿り着いた時の達成感。日常生活では中々味わえない。

 

 妹紅に沢山敗北して火傷もしたし、咲夜のナイフに当たって切り傷もできた。使い魔の創造も手探りで試行錯誤を重ねるしかなく、一度大失敗をした。散々苦労したのだが、結構楽しかった。やればやるほど確かに己の実力になっていくからだ。

 

 そしてこの苦労のおかげで俺は堂々と永遠亭を訪ねることができる。

 

「──行こう」

「はい!」

 

 俺たちは屋敷の戸に近づく。少し緊張気味に歩いていると突然膝から力が抜けた。

 

 ──この感覚、前に時計を作った時と似ているぞ! でも霊力は消費していない。何故俺は崩れ落ちている!? 

 

「ぎゃあああああ!?」

「えっ! 神谷君!? 大丈夫ですか」

 

 

 痛い。尻餅をついてしまった。これは、落とし穴か。霊華が上から心配そうに見てきている。その時風が吹いたらしい。霊華が穿いているスカートがふわりと浮く。

 

 ──あ、見え……

 

 そこまで考えた俺は急いで目を逸らした。ほら、紳士になれ。見てはいけない。

 

 危ない。もう少しで道を違えるところだったと、痛む尻をさすりつつ考えていると上から知らない人の「はい、ドーン!」と言う声と霊華の悲鳴が聞こえてくる。何があったのだろうと見上げると、霊華が上から落とされていた。

 

「親方! 空から女の子──ぐぁあああああああ!?」

「きゃああああああ!?」

 

 彼女を受け止めることに成功したものの、咄嗟のことだったのでバランスを崩し再び尻餅をついた。申し訳ねぇ。

 

「ご、ごめん。怪我はない?」

「こちらこそ……。すみません、重いですよね……」

「いや、そんなことないよ。ただ心の準備ができてなかったもんで……。一体何があったの」

「突然後ろから押されたんです。もう、何なのあの人?」

 

 霊華は不満そうに上を見上げる。

 

 ──押された、ね。そしてこの落とし穴。すっかり忘れていたけどあの人がいたな

 

「やーい! 引っかかったね! 見た所病人でもないしこんなところに何の用?」

 

 妖怪兎がヒョッコリと顔を覗かせてきた。アレは因幡てゐ。見た目は完全な幼女で、背が小さく、頭にウサミミをつけているのが特徴だ。てゐはこの竹林の持ち主という噂がある。滅多にお目にかかることができず、出会った人間は幸福を分けて貰えるという、里の人間からは好かれている(俺が会いたくない)妖怪だ。あの妖怪兎は悪戯好きで面倒臭そうだからだ。

 

「うっざ! 俺は大して仲良くないやつに弄られるのが大嫌いなんだ! オラァ!」

 

 俺は魔法陣を創造して落とし穴くらいの太さのレーザーを放つ。が、兎にあっさりと躱されてしまう。そしてレーザーを消すと再びヒョッコリと顔を覗かせる。

 

「チッ、あの兎畜生め! 鍋にしてやろうか!?」

「お、落ち着いてください? よく考えたら私たち空を飛べますよね。一旦ここから抜けましょう」

「お、おう。すまない」

 

 ウザさマックスで暴言を吐いてしまった。普段はあまり暴言吐かないようにしているけど流石にムカついた。霊華が居なかったら俺はいつまでも落とし穴の中で暴れていただろう。

 

「何だ飛べるのか。つまらないなぁ」

「…………」

 

 俺は霊華を連れて今度こそ永遠亭に入ろうとする。ムカつくがこういう面倒な奴は無視するに限る。相手をトコトン萎えさせればもうイタズラしてこないだろう。俺の力では落とし穴の創造はできないし仕返しもできない。

 

「籠とか作ったらどうかな?」

「……博麗さん」

「なんですか?」

 

 俺は足を止めて霊華の顔を見る。

 

「もしかしてIQ6万くらいある? やろうぜ! ──創造」

「わわわ!? 急に籠が!」

「永遠にそこにいるがいい! ふふふ……はーはっはっはっはっはァァ!!」

「こ、これが二人が言っていた悪役の神谷君……黒い……」

 

 霊華が何かを呟いていたが俺の耳には入っていない。入ってくるのは自分の笑い声のみである。結局相手してしまったがまあいい。

 

 アレは籠ではない。檻である。しばらく反省するといい。安心しなよ。何か特別な力を付与しているわけではないから、その気になれば出られるだろう。

 

「さあ、今度こそ行こう」

 

 気を取り直して今度こそ戸に手を伸ばし、開けることができた。戸を開けるだけで一苦労だ。やれやれ、先が思いやられるな。

 

「御免くださ~い!」

「あれ、人の気配がないですね。靴もないですし、患者さんもいない?」

「それもそうだけど廊下も不気味だよね」

 

()()()()()()()()()()()中の様子を観察する。中は木製の床と天井で至って普通の屋敷だ。でも何か違和感を感じるのだ。霊華の意見を聞こうと振り向くと、思わず目を擦りたくなるような光景が目に映った。

 

「あ……れ……?」

 

 おかしい。俺は玄関に一歩足を踏み入れただけなのに。どういうわけか、俺の()()()廊下なのだ。前後は廊下、左右は壁。これも何かの罠……誰かの術だろうか。というか、そうとしか考えられない。永遠亭の主人か薬師、あるいは兎JKの仕業であることは間違いない。なんてこった。心当たりが多すぎる。

 

 ──玄関の外だった場所に移動しても出られない。どうしよう。

 

「博麗さ~ん! 聞こえる?」

 

 試しに声を張り上げてみるが返ってくるのは反響した俺の声のみ。なんということだ。反響したということは密室じゃあないか。

 

「調べれば調べるほど不気味だ。異世界転移先は無限に続く廊下……と。えぐいね」

 

 軽く調べた結果、今俺がいる空間は廊下ではなく、細長い部屋だということがわかった。部屋へ続く扉や襖は全て描かれたものだった。立体的に膨らんでいるように見える蝶番(ちょうつがい)も、よくできた3Dプリントである。あそこに見える庭も全て絵。いや、絵というよりはホログラムの方が近いだろう。俺が感じていた違和感の正体はこれである。縁側から外に出ようとして思い切り頭をぶつけたのは内緒だ。

 

「はぁ、俺って結構運悪いのかな? 何もかもスムーズに進まない」

 

 自身の声だけでなく足音さえも鈍く響いている。まるで新築の家に越してくる前の下見をしている気分である。

 

 ──迷いの竹林全体が呪われているんじゃないのか? 

 

 竹林に入れば妖怪に攻撃され、二週間以上足止めを食らい、永遠亭の目の前で落とし穴にハマる。やっと屋敷の中に入れたかと思えば変な術にかかる。もううんざりだ。神社に引きこもろうかな……。

 

 床に座り込んでため息をついていると、どこからか足音が聞こえてきた。俺じゃない。誰か人がいるのかな。そう考えていると急に()()()()()()()

 

「貴方が神谷祐哉でいいのね?」

「──!?」

 

 ビックリして振り向くと、100メートル程先に女性がいた。驚いた。とても囁き声が届くような距離ではない。

 

「聞こえているでしょ? 答えてよ」

「……知らないな。俺の名前は寿限無なんだが」

「……? 人違いかしら」

 

 50メートル程先まで近づいてきた時女性の正体にようやく気づいた。俺が会いたかった兎JK本人である。俺が前から「兎JK」と言っているのは、彼女の服装が女子高生の制服のように見えるためである。白いブラウスに赤いネクタイを締め、その上に紺色のブレザーを着ている。胸元には三日月型の校章(ブローチ)を付けている。ブレザーの色は俺の制服とお揃いである。やったぜ! ……どうでもいいけど俺のネクタイの色はブレザーと同じ紺色だ。

 

 下は桃色のミニスカートを着用している。薄紫色の髪はとても長く、足元に届きそうなほどだ。そして彼女の特徴は頭に付けているウサミミである。これが着脱可能なオシャレなのかそれとも本物の耳なのかは不明だ。幻想郷に電話があったら確認するのは容易かっただろう。外の世界で有名なトラのキャラクターが糸電話で遊んでいる際に、頭の上についている耳ではなく、我々人間と同じ頭の横に受話器(紙コップ)を当てていた。彼女の耳が何処にあるかとても興味深い。

 

「いいえ。間違いなく本人よ。彼の連れが証言しているもの」

 

 もう一つ、どこからか別の声がした。しかし姿はない。”連れ”というのは霊華のこと。

 

「おい。博麗さんを出せ」

「ご心配なく。のんびりとくつろいで貰っているわ」

 

 くつろぐだって? 捕まっているわけではないのか。……()()()()()

 

「ようこそ永遠亭へ。私は鈴仙・優曇華院(うどんげいん)・イナバ。はぁ、気が乗らないなぁ」

「ウドンゲ、気が乗らないならサービスしてあげる」

「お師しょ──!?」

 

 何処からか飛んできた注射器が鈴仙の首に突き刺さる。鈴仙は刺さった勢いでパタリと倒れてしまった。その倒れた衝撃で()()が外れる。

 

「ひ、人が死んだ!」

「この子は注射程度で死ぬ程ヤワじゃないわ。貴方は自分の心配をする事ね」

「一体どこから話しているんだ。それが分かれば注射器を避けられるのに」

お注射(ドーピング)はウドンゲだけ。貴方には打たないわ。だって、死んじゃうでしょう」

「どんな注射なんだよ……」

「そうね、そこで寝ている子の心の枷を外す物と言ったら伝わるかしら」

 

 正体がわからない声と会話をしていると、倒れていた鈴仙がゆっくりと起き上がった。彼女は床に落ちた眼鏡をかけて立ち上がる。

 

 ──鈴仙って眼鏡かけてたっけ? 

 

「起きたわね。どう? やれそう?」

「お蔭さまで」

「そう。それじゃあ()()()()頑張って」

 

 声はその言葉を最後に話してこなくなった。いまいち現状を理解できていない。コミュニケーションを取って情報を集めないと。

 

「なあ、一体何が起こっているんだ? 俺達はこれからどうなるのさ」

「私は今からアンタを半殺しにするわ。それが私のお仕事だから! くらえ!」

「は? いや、ちょっと待──ひえええ!!」

 

 鈴仙は(おもむろ)に手を構え、弾幕を放ってきた。どうやら会話によるコミュニケーションよりも戦闘の方がフェイバリットのようだ。

 

「おい、何で俺が半殺しにされなきゃいけないんだよ!?」

「仕事だからって言ってるでしょ!!」

 

 鈴仙が手で銃を撃つように構えると再び弾幕が飛んできた。鈴仙が放つ弾の形は銃弾。本物の銃を使うのではなく、構えて放つ。銃を撃つ「ごっこ遊び」が好きな小さい子が見たら興奮しそうだ。

 

「それで納得いかないから詳細を求めているのが分からないのか?」

 

 弾速はビックリするくらいに速い。恐らく俺のアクアバレットと同じくらいにだ。急いで『動体視力強化』の眼鏡を創造して避けていく。

 

 ──()を使っている以上、その構えから角度を予測することは可能。落ち着いて見切るんだ。

 

 視覚情報に関しては十分。問題は俺の身体能力である。今は弾幕ごっこと違って完全に狙い撃ちされているので運動量が違う。

 

「おいおい、弾幕ごっこしようぜ? 死んじまうよ」

「言ったでしょ。半殺しにするって。アンタが逃げ回らなければ気絶で済ませてあげる。あまり動き回ると手元が狂って殺しちゃうかも」

「……戦うしかないか。ひとつ聞きたいんだが、このおかしな廊下はどうなっているんだ? 鈴仙の弾が当たっても傷付いてないみたいだけど。()()()の幻覚?」

()()は私じゃない。これはお師匠様の術。私達に壊せるようなものじゃないわ」

 

 ふーん。壊せないのか。それはいい。

 

「貴方を倒せば部屋から出られるかね」

「倒せるならね」

「倒せるさ。──星符『スターバースト』!!」

 

 ここは狭い廊下。そして密室だ。スターバーストの様な広範囲を狙えるレーザーを撃てばお終い。向こうは弾幕ごっこをしないというのだから、なんでもアリなはず。不可避な攻撃をしたからと言って卑怯とは言うまい。

 

「俺の勝ち! 何で負けたか明日ま……で、に?」

「眩しいなぁ。まるで魔理沙みたいね。本気の私にレーザーは効かないよ」

「な──!?」

 

 俺は廊下の限られた空間をできるだけ埋めるようにレーザーを放ったはず。逃げ道なんてない、不可避のレーザーだ。鈴仙は確かに光に飲み込まれたはずだ。それなのに全く効いていない。

 

「効かないだって? どうして」

「さあね。本来はうるさくて眩しく、当たると熱いレーザーだけど私にとっては何も無いのと一緒よ。全く意味が無い」

 

 彼女の能力は『()()を操る程度の能力』だったはず。それは相手を狂気に陥れることで幻覚や幻聴を引き起こさせる力。これではレーザーが効かない理由を説明できない。何か別の力が。或いは狂気を操ることは本質ではないのだろうか。

 

 ──参ったな。レーザーが効かないんじゃ俺は何もできないぞ。

 

 デュアルバーストは勿論、こんな狭い場所ではアクアバレットも使えない。今の環境では俺のスペルカードは実質全て使えなそうだ。せめて廊下から出ることができればいいのだが、壊すことはできなそうだ。

 

「私も撃ってみようかな」

 

 そう言って構えると、彼女の指先が光り輝いた。嫌な予感がした俺は攻撃される前に回避行動をとる。サイドステップで横に移動した後赤いビームが隣を流れた。もし避けていなかったらと思うとゾッとする。

 

「避けないでくれる?」

「なるほど。君は俺に死ねと言うんだね?」

「いいえ、半殺しよ! 今度は逃がさないんだから!」

 

 今度は俺を囲うように左右にビームを放ってくる。ビームは細く、当たりにくいがその分貫通力が高い。一発当たっただけで穴が空くだろう。そして左右にビームが流れている以上、逃れることはできない。またもや詰みである。

 

「これでお終い。じゃあね」

「いいや、終わらないよ。──創造」

 

 鈴仙のトドメの一撃とも言える光線銃は一枚の鏡によってはね返った。ビームはそのまま鈴仙の元へと戻り、彼女に被弾する。

 

 ──ちっ。まただ。どうやってビームを回避しているんだ。

 

 鈴仙に当たったように見えたレーザーは、先程のスターバースト同様打ち消されてしまった。

 

「アンタにもレーザービームは効かないのね。貴方も波長を操れるの?」

「……波長だって? ははーん、そういうことか」

 

 鈴仙の能力は『()()を操る程度の能力』。彼女が狂気を操るカラクリは波長操作だったのだ。人の波長を弄って周期を長くすれば暢気に、逆に短くすれば短気になる。そして短気を通り越すと狂気になるというわけだ。

 

 鈴仙にレーザーが当たらないのもこの力の影響だろう。

 

 ──面白い能力だ。会いに来てよかったぜ。

 

 レーザーが効かないのは痛いが何でも作れるのが俺の能力。いい機会だ、別の戦い方を編み出そう。

 

「まずは刀!」

「遅い!」

 

 鈴仙に刀を数本投げつけるが銃弾で打ち落とされて粒子に戻ってしまう。俺の全力投球を見切り、正確に打ち落とすことができる精度。だがそれは数本だったからであって、数を増やせば別の話だろう。

 

「食らえ! 創造『 弾幕ノ時雨・乱(レインバレット)』!!」

 

 俺は即席で作った技を使う。俺を中心に全方向に刀を24挺飛ばす。1秒に一回放たれる刀は壁や地面に当たると跳弾する。実は咲夜の跳弾を見たときから練習していたのだ。

 

 短い間隔で放つ為密度が濃く、流石の鈴仙も打ち落とそうとせず躱している。

 

 ──跳弾後の複雑な弾幕を容易く避けてくるとはな。

 

 このスペルカードは霊力消費の関係で10秒しか持たない。多少の圧力はかけられたと思うが決定打にはならなかった。

 

「中々やるわね。簡単には倒せそうにないわ。でももう終わりよ!」

 

 

 鈴仙は目を瞑って眼鏡に手を掛ける。

 

 風が吹いていないのにも拘わらず、彼女の長い長い髪がブワッと舞い上がる。

 

 ──霊力や妖力の感知は得意ではないけど、確かに強い妖力を感じる。

 

「私の瞳を見て狂気に堕ちるがいい!!」

 

 髪を棚引かせながら眼鏡を外した鈴仙の瞳は、美しく何処か妖しい真紅に輝いていた。




ありがとうございました!

ずっと前から鈴仙との弾幕ごっこを書きたいと思っていました。楽しんでもらえると嬉しいです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#33「狂気の瞳」

今回は狂気に堕ちた祐哉に代わって三人称視点で書いています。



「私の瞳を見た者は人妖問わず平等に狂気に堕ちる。狂気に落ちたら最後。お前はもう真っ直ぐ歩くこともできないし、私に攻撃を当てることもできない! お前の負けだ!」

 

 その昔、月からは膨大な魔力が放たれていたという。強すぎる魔力故に、浴び続けると気が触れて狂気に堕ちると言われている。彼女の赤い瞳は月の魔力のように対象の気を狂わすことができる。原理は彼──神谷祐哉の考察通りだ。

 

 神谷祐哉は鈴仙の瞳を見てから微動だにしない。彼は一種の金縛りにあっている。より正確に表すなら、金縛りにあったような錯覚に陥っているというべきだろうか。

 

 狂気に堕ちた祐哉の思考は既に停止し、最早機能していない。故に鈴仙の説明も全く理解できていない。彼の目には今、眼前の鈴仙が数人に分身しているように映っている。

 

 彼は本能で動くタイプではなく、論理的に考えて動くタイプである。目の前の人物が突然分身したら、仕組みを考察して対策を取る。彼は今、必死に頭を回転させようとしているがそれは叶わないことだ。少なくとも、鈴仙と目を合わせている限り正気に戻る事はない。

 

「狂気に堕ちて微動だにしない相手は稀ね。大抵は暴れて勝手に自滅していくんだけど。まあ、的は止まっている方が楽だわ」

 

 鈴仙が手で銃を撃つような仕草をすると赤い光線が放たれた。レーザービームによる攻撃は互いに意味が無いと分かっていたはず。もう忘れてしまったのだろうか。

 

「このレーザーを見てアンタは避ける? 反射する? それとも、当たって終わりかしら?」

 

 試すように呟く鈴仙。それに対し祐哉は……

 

 ──()()()()()()()()()()

 

 彼は()()で防衛した。自分に迫る攻撃を見て、遂に本能で動きだしたのだ。

 

 祐哉は刀を手に生み出して鈴仙の元へ駆け出す。その駆け出しは異様に早く、気づいた時には彼女の懐まで近づいていた。驚いた鈴仙は咄嗟に後ろへ飛ぶことで剣閃を回避する。

 

 鈴仙は考えた。『なぜこの男は正確に私を捉えたのか』と。彼女が驚いた理由はコレである。彼の波長は未だ狂気。つまり、鈴仙の姿をまともに捉えることができていないはずなのだ。

 

「たまたま勘が当たったのかそれとも……。もう終わらせよう。──幻波『赤眼催眠(マインドブローイング)』!!」

 

 鈴仙の心は僅かに揺れていた。そして、このままゆっくり戦っていてはいけないと直感した彼女は遂に1枚目のスペルカードを切った。

 

「見えていようと見えてなかろうとも関係ない! 貴方はこの催眠を破れない!」

 

 鈴仙は全方位にありったけの弾丸を放つ。その密度は霊夢や妹紅達とは比にならないほどに濃い。だが濃いだけで特にこれといった要素は無いようだ。定期的に全方位にばら撒くだけである。

 

 ──これが()()()赤眼催眠。

 

 しかし、祐哉の目にはそう映っていなかった。

 

「弾が分裂した!?」

「貴方にはそう見えるのね」

 

 そう、彼の目には眼前の弾丸が分裂しているように見えているのだ。例えるなら寄り目で物を見ている時のような具合だ。そして、分裂して増えた()()()()は質量を持ち始める。

 

「この技の対象者には弾が分列して倍に増えたように見える。暫くするとまた分裂して、更に増える。これが赤眼催眠(マインドブローイング)!」

 

 赤眼催眠は飽くまでも催眠。実際に当たる弾は本来の円形に散らばる弾である。それは彼が見ている偽りの弾丸と完全に同じ場所に位置にしている為、催眠の中体を動かすことができれば攻略は可能。

 

 彼がこれ迄に体感したスペルカードの中で最も難解であることは間違いない。

 

 これに対し祐哉はまず、できるだけ冷静になる事を目指した。彼の理性は並の人間よりも強く、狂気の瞳の影響下でも僅かに理性が残っていたのだ。

 

「痛っ……」

 

 彼は千本という治療用の鍼を創造し、己の太腿に刺した。その痛みは彼を少しずつ正気に戻していく。

 

「もう……鈴仙と目を合わせてはいけない。弾丸がぶれている間は当たり判定が無いようだ。その隙に弾の隙間を縫うしかない」

 

 日々の修行で他人のあらゆるスペルカードに挑んでいる彼は初見の弾幕の仕組みを推測し、攻略する技能を身につけている。

 

 祐哉は再び気が触れそうな自分を必死に抑えて、見事赤眼催眠を攻略した。

 

「やるわね。お師匠様が注目するのも納得だわ」

「……お師匠様。やっぱりあの人の差し金か」

「自分が狂っていく感覚はどうだった?」

「楽しかったよ。これを食らうために来たようなものだからね」

「……アンタ、もしかして元々狂っているの?」

「さあ? 次はこっちから行くよ──創造『 弾幕ノ時雨・狂(レインバレット)』!!」

 

 祐哉はたった今作ったスペルカードを発動する。彼が指を鳴らすと鈴仙の周囲に無数の剣が現れた。両刃の剣は黒ひげ危機一髪のように鈴仙を穿とうとする。鈴仙は唯一の抜け道である上空へと跳ぶ。

 

 そこへ待っていたというように2撃目が襲う。2撃目は天井から槍が降り注ぐ。忍者屋敷の罠のように殺傷目的で襲ってくる槍を躱すのは至難。人間の身体能力ではまず避けられまい。だが玉兎である彼女には可能である。

 

 鈴仙の戦闘スキルは他の玉兎と比べてかなり優秀だった。よって、如何に複雑な弾幕であろうとも避けきってみせるだろう。

 

 三撃目の攻撃は上からの槍と横からの剣による攻撃。流石の鈴仙も空間を敷き詰めるような弾幕を前に成す術もなく被弾すると思われた。だが鈴仙は避け続けている。瞬時に弾幕の隙間を見切ることができる動体視力。そして壁や床、天井を蹴って跳び回る瞬発力。どれもが人間はおろか、並みの妖怪さえも凌ぐ。祐哉は彼女の強さを思い知ることになる。

 

「正直、舐めていた。想像の数倍強い!」

 

 数種類ある弾幕ノ時雨の中で最も高密度のスペルカードが、全く効き目を見せない。彼はため息をついた後、パチンと指を鳴らす。それを合図に全ての武器が粒子に戻った。

 

「もう終わり?」

「俺の負けかなって」

「やっと諦めたのね」

 

 弾幕では勝てないと思い知った彼はこんな事を考えていた。「精神攻撃で揺さぶってみるか」と。

 

「あー、その、セクハラで訴えられたらお終いなんだが──白、なんだな。沢山見せてもらったよ。白」

「白? 一体なんのこと?」

「分からないか? 鈴仙は俺のスペルカードを避ける為にあちこち跳び回っていたね。そして君が穿いているのはミニスカートだねぇ。ここまで言ってもわからないか?」

「──ぁ」

「ふふふ、理解したようだな」

 

 彼が見たのは鈴仙の下着である。だが誤解しないでやって欲しい。彼は決して、見ようとして見た訳では無いのだ。この世界の多くの人がドロワーズを穿いている中、彼女は違うものを穿いていた。見えてしまったのだ。

 

「酷い……サイテー」

「は? 酷いのはそっちだろ。勝手にあんなアクロバティックな動きして、見せつけてきたんじゃないか! にも関わらず『サイテー』だと? ふざけるんじゃないよ!」

 

 見えてしまうような動きをしていたクセに、見られて怒るなんて酷い。というのが彼の主張である。彼は紳士ではないようだ。紳士(彼ら)ならばまず己が非礼を詫びるだろう。

 

 いや、彼はまだ狂気に触れているのかもしれない。真の神谷祐哉ならば紳士的な対応をした可能性がある。

 

「迂闊だった……普段()り合う相手は皆女だから気にしたことがなかった。ショックだわ……」

「エッエッエ! 隙ありィィ!!」

 

 男に下着を見られてショックを受けている鈴仙に向かって、彼は創造した刀を投擲した。屑だ。屑すぎる。この精神攻撃は彼女の動揺を誘って、生まれた隙を突くという作戦だったのだ。

 

 二度目だが彼は未だ狂気に堕ちているのだろう。確証は無いが。少なくとも彼の人間性と周りからの好感度が落ちていることは確かだ。

 

「うっ……」

 

 彼が投げた刀は鈴仙の腹を貫いた。先程まで彼の全力攻撃を嘲笑うように避けていた彼女が、たった一挺の刀で刺されたのだ。

 

「え……なんで?」

 

 まさか当たるとは思わなかったのだろう。祐哉は目の前で起きたことを信じられずにいた。

 

 鈴仙は腹を押さえながらよろけて、やがて床に倒れてしまった。床には血溜まりが広がっていく。その様子を見た祐哉は慌てて彼女に近づく。

 

「そんな……どうして。しっかりしてください! 死なないで……。そうだ、()()。永琳ならこの子を直せるはずだ」

 

 祐哉は鈴仙を抱き抱えて揺さぶるが目を覚まさない。このままでは死んでしまう。そう思った彼はとある人物の存在を思い出す。そして──

 

「何処かで()()()()んだろう。永琳! もう良いだろう。早くこの子を──」

「──滑稽ね。貴方は私の()を見すぎたのよ」

「──!!」

 

 後ろから声が聞こえた。その声は鈴仙のもの。腕の中にいた鈴仙は彼が見た幻視である。先程の攻撃を回避していたことに安堵したものの、彼の冷や汗が止まることは無かった。後ろに回り込んだ鈴仙に銃を突きつけられているのだ。

 

「これで終わりよ。手間かけさせないでよね。貴方の負け。死ね!」

「はーい、やりすぎ。お疲れ様〜」

「あぅ──」

「……?」

 

 不思議な空間(廊下)がグニャグニャと歪んだ後、一人の女性が現れた。廊下にかけられた術が解除され、廊下に新鮮な空気が入り込む。突然現れた女性に注射針を刺された鈴仙は気を失ってしまった。

 

 これら全て、祐哉の背後で起きた出来事である。彼の頭の中には今疑問符で埋め尽くされていることだろう。後頭部に押し付けられていた銃は無くなった。彼は降参するように両手を上げた後、慎重に後ろを振り向く。

 

「思っていたよりも頑張ったわね。さて貴方──」

「──っ!」

「何故私の名を知っているのかしら? 里の人間には“八意”で通っているはずだけど。吐いてもらえる?」

 

 今回祐哉と鈴仙を戦わせた人物──八意永琳は彼の首元に矢を突き付けた。

 

 突きつけられた祐哉はこう思うのだった。

 

 ──嗚呼、幻想郷っておっかないなぁ

 




ありがとうございました。
今回は狂気に堕ちた人間がまともな思考を巡らすことはできないと判断したので三人称視点で書きました。いやあ、難しい。練度が足りませんね。まあ、初めて書いたので当然ですが。

明日投稿したらまた暫くお休みします。学校の方でテストがあるので準備しないといけないのです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#34「永遠のお姫様」

誰か輝夜ヒロインの小説書いてください(どうも、祐霊です)


「ふふ、ごめんなさい。別に隠している訳でもないし、知っていても怪しんだりしないわ」

 

 そう言って永琳──八意 永琳(やごころ えいりん)は矢をしまう。足元まで伸びている長い銀髪と、赤と紺色のツートンカラーの服が特徴的だ。

 

「そう警戒しなくてもいいわ。ようこそ永遠亭へ。さっきの闘いからして診療目的で来た訳では無いのよね。何用かしら」

「え? えーと……あれ?」

 

 待てよ。俺は何しにきたんだっけ? 鈴仙と戦って能力を体験し、スペルカードも見た。おかげで新スペルカードも編み出せた。

 

「鈴仙のスペルカードを見に来ました」

「物好きなのね。良かったら帰る前に寛いでいって。貴方の彼女も待っているわ」

「……色々ツッコミたいところですがその前にひとつお聞きしたいです。何故彼女に俺を襲わせたんですか?」

「……どうしてだと思う?」

 

 質問を質問で返されてしまった。俺は苦笑いしつつ答える。

 

「分かるわけないですよ。理由なんて無数にある。まともな理由があるのかも怪しい。ただの気まぐれかもしれない」

「あら、ちゃんとした理由はあるわ」

「でも貴方、教える気ないですよね? 質問を質問で返した時点でそんな気がします。納得いきませんがもういいです」

「ふふ、それじゃあ貴方の恋人のところまで案内するわ」

 

 ───────────────

 

 時は少し遡る──

 

 それは神谷祐哉が幻想入りして直ぐの事。

 

「お師匠様。紅魔館のメイドからお手紙を預かりました」

「紅魔館? 珍しいわね。懲りずにまた月に行こうというのかしら」

 

 永琳はシンプルなレターケースを受け取って中から紙を取り出す。

 

 *(前略)

 

 数日以内に外来人が幻想郷に迷い込むだろう。この運命は殆ど確定している。

 

 彼はいずれ、幻想郷にとって重要な人物になる。良い意味でなのか、悪い意味でなのかは現時点ではわからない。

 

 私は外来人を育てる予定だ。

 

 永遠亭はどのような対応をとるのかしら? 

 

 *

 

 

 手紙を読み終えた永琳はつまらなそうにレターケースに戻して鈴仙に返した。

 

「もう読んだから、捨てておいて」

「……? 分かりました」

 

 紅魔館の当主からの手紙は永琳にとって無価値な物であるように見えた。少なくとも鈴仙の目にはそう映っただろう。

 

「わざわざそんなことを伝えるという事は何かあるのね」

 

 永琳はポツリと独り言を呟いた。

 

 ───────────────

 

 神谷祐哉。紅魔館の当主(レミリア)が言っていた外来人というのは十中八九彼の事だ。どんなものかと思って鈴仙に戦わせてみたけど、気になる力を持っているわね。

 

 ──私には全く関係ないけど

 

 彼を部屋に案内した後廊下を歩いていると向かいから桃色と赤色の服を着た女が姿を現す。彼女は私を見てにこやかな笑みを浮かべる。

 

「永琳。お客様かしら。例の彼?」

「ええ」

「ここに来たということは妹紅(アイツ)を認めさせたのね」

「弾幕ごっこで勝ったそうよ」

「まあ! とても強いのね。そんなんじゃ鈴仙には荷が重いでしょうに」

 

 輝夜は両手を合わせ、お気に入りの玩具を手に入れたというように目を輝かせる。

 

「いいえ。鈴仙の圧勝。何かあると思わないかしら」

「妹紅が手加減するとは思えない。まぐれで勝てる相手でもないし。気になるわね」

 

 ───────────────

 

「本っ当に申し訳ございませんでした!!」

「えぇ……」

 

 俺は鈴仙に土下座されている。どうしてこうなった。

 

 目を覚ました鈴仙は部屋に入ってくるなり泣きそうな顔で謝ってきたのだ。

 

「師匠から聞きました。随分と容赦のない戦いをしてしまったみたいで……怪我とかないですか?」

「そんな、お気になさらず。怪我もかすり傷程度です」

 

 精神力はゴリゴリ持ってかれたけどな! 

 それにしても性格変わりすぎじゃないですかね。理性飛んでたから? 

 

「そうですか。あ、一応もう一度名乗らせてください。私は鈴仙・優曇華院・イナバと言います。鈴仙と呼んでください」

「寿限無……いや、神谷祐哉です。随分と様子が違いますね。……もしかしてさっきのこと、覚えてないですか?」

 

 コクリと頷く鈴仙。マジですか。狂気か。あ、それなら俺のセクハラ発言も無かったことに──

 

「でも断片的には覚えています。その、白がどうとか」

 

 ──ならないのかい!! 

 

「その件は本当に申し訳ないです。ごめんなさい」

「こちらこそお見苦しいものをお見せしました」

 

 ……俺はなんて返せばいいんだろ。見苦しくない、これは論外だろう。んー、沈黙が正解かな。

 

 鈴仙は霊華に挨拶している。名字を聞いて驚いている。この先この子は自己紹介の度に驚かれるんだろうな。俺だったら疲れてしまうよ。

 

 ───────────────

 

 何だかんだで俺と霊華は一晩泊まることになった。霊華は今風呂に入っている。俺は部屋で鈴仙が仕事を終えるのを待っている。

 

「お待たせ! やっと仕事片付いたよ」

「お疲れ〜」

 

 急にフレンドリーになったのは向こうから提案されたためだ。持ってきてくれたお茶を飲みつつ雑談をする。その流れで先程の弾幕ごっこの話になった。

 

 神谷祐哉が来たら半殺しにしろ、という仕事は今朝渡されたらしい。見ず知らずの人を突然襲えなどと言われた彼女はかなり戸惑ったという。

 

「だから気が乗らないって言ってたのか」

「うん。でもお師匠様に注射針を刺された瞬間、頭の中が真っ赤になっちゃって。なんか自分で自分の波長を弄っちゃったんだよね」

「鈴仙の能力のこと、良かったら教えて欲しいな」

「いいよ」

 

 彼女によると、『波長を操る程度の能力』は対象の波長の長さや大きさ、位相を弄ることができるようだ。例えば幻視。弾幕がブレて見える弾丸を撃っているとか。

 位相を調節すればお互いに干渉できなくすることもできる。

 

 ふむ。さっき体験した通りだな。とんだチート能力だ。

 

「弾幕ごっこの時、俺のレーザーを食らっても平気だったのって能力の影響?」

「うーん、その時の私がどうやったかはわからないけど、光の波長を弄れば無効化できるよ。反対に、光を収束させてレーザーを撃つこともできる」

 

 なるほどね。光が拡散されたからスターバーストが効かなかったのか。完全に天敵ですわ。

 

「ねえ、祐哉の能力はどんなの? お師匠様が注目するってことは、なんか凄い力があるんでしょ?」

 

 鈴仙は興味を目で訴えてくる。眼鏡が良く似合っていて可愛い。因みにこれは狂気の瞳の効果を抑制する伊達眼鏡のようだ。必ずかけないといけないものでは無いようだが、鈴仙のお気に入りらしい。要するにお洒落だ。

 

「俺の能力は『物体を創造する程度の能力』。その名の通り物体を作り出せる能力だよ」

「創造……神様みたいな力だね」

「凄いよね。どうしてこんな力を持っているのかとか、生まれつきの力なのかとか、何もわからないんだけどね」

 

 俺は鈴仙の前で色々な物を創造してみせる。彼女はまるで手品を見たようにパチパチと拍手してくれる。種も仕掛けもない魔法ですよ〜ってね。

 

「後はそうだな、創造した物にちょっとした機能を付けられるよ」

 

 不思議そうにする鈴仙に反射鏡について説明すると、もっと見せて欲しいと言われ、本日二度目の弾幕ごっこをする事になった。

 

 

 ───────────────

 

「お風呂空きましたよ……あれ?」

 

 お風呂から上がって部屋に戻ると誰もいなかった。私は座布団の上に座って、神谷君に作って貰った櫛で髪を梳く。

 

 ──そろそろ髪切ろうかな。

 

 自分の腰まで届く長さの髪を撫でながら呟く。ロングヘアは気に入っているけど、弾幕ごっこの時少し邪魔に感じる。いつもリボンで髪を纏めているから多少はマシなのだけど、汗をかいた後のケアが大変だ。運動する度に風呂に入る訳にはいかないし、放置したら髪が傷んでしまう。

 

「霊夢は邪魔じゃないのかな? 帰ったら聞いてみよう」

 

 神谷君が何処にいるのか気になるけど、もう少し髪が乾いてからにしよう。ちゃんと乾かさないで寝ると寝癖が酷くなる。

 

 ふと、廊下から足音が聞こえた。足音は私がいる部屋の前で止まり、暫くすると声をかけられる。透き通った綺麗な女声だ。

 

「わぁ……」

 

 障子を開けると、廊下にとても綺麗な女性が立っていた。背丈は私と変わらないくらいで、鮮やかな桃色の着物を着ている。よく見ると月や雲のような模様が見られる。手が完全に隠れるほど長い袖と、床に引きずったスカートを見る限りここのお姫様なのかもしれない。赤いスカートには月や桜、竹に紅葉などの模様がある。

 

 ──綺麗

 

「こんばんは、貴方がお客さんね」

「こんばんは。お邪魔しています」

「あら、貴女一人なのね。良かったらお話しない?」

「はい、是非」

 

 女性を部屋に入れようとしたのだが、外で話そうと言われる。廊下に出ると何かが爆発する音が響いていた。

 

「ほら、今日は綺麗な花火が見られるわ」

 

 彼女はそう言って縁側に腰を下ろした。あのレーザーは神谷君のスターバーストだ。もう一人は……鈴仙さんかな? 二人とも、外で弾幕ごっこをしていたんだ。

 

 ───────────────

 

「へえ、二人とも私たちのように外から来たのね」

「貴女も外来人なのですか?」

「私たちはね、月から来たの」

「ええ!? 月って、あの月ですか?」

「ふふっ、そう。あそこに見える月よ。但し、ここから見ることはできないけれど」

「あの、もしかして貴女がかぐや姫ですか?」

「あら、分かっちゃった?」

「やっぱり。こんなに綺麗な人は見たことないですもん」

 

 そういうとかぐや姫はニッコリと笑う。その笑顔は女の私が見ても美しく、可愛らしいので惚れてしまいそうになる。沢山の貴族が求婚したのも頷ける。平民……と言うべきか分からないけど、一般人の私が出会えたのは奇跡だ。幻想郷に残ってよかった。

 

「髪もとても綺麗ですね。どうやって手入れしているんですか?」

「さあ、私がやっている訳では無いから分からないわ」

 

 そうか。お姫様って付き人にやらせるんだっけ。付き人さんに聞くことができたら参考になるかな。輝夜さんの髪は腰より少し長いくらい。見た感じサラサラとしていて、丁寧に手入れしていることが予想できる。

 

「髪なら──いえ、髪以外もだけど、貴女も綺麗だと思うわ」

「そうですか? ありがとうございます」

 

 お姫様に褒めて貰えた。嬉しいな。

 

「貴女は霊夢──博麗の巫女にそっくりね。姉妹なのかしら」

「あ、まだ名乗ってなかったですね。私は博麗霊華。名字は霊夢と同じですけど、ここに来て初めて会いました」

「まあ。名前もそっくりなの! もしかして別世界の霊夢? 平行世界(パラレルワールド)に住む同一人物だったり。なんて、夢があって楽しいわ」

 

 パラレルワールドの霊夢が私で、霊夢は別世界の私。確かに面白い。ロマンがある素敵な考え方だ。

 

 それから暫くの間、花火を見ながら会話を楽しんだ。

 

 ───────────────

 

「疲"れ"た"……」

「お疲れ様です」

 

 鈴仙に再びボロ負けして戻ると、縁側に二人が腰掛けていた。一人は霊華、もう一人は──

 

「お疲れ様、鈴仙」

「姫様。見ていらしたんですか!?」

「ええ、この子と一緒にね」

 

 あの人は蓬莱山輝夜。かぐや姫本人である。ずっと部屋にいるものだと思っていたから簡単に出会えて驚きである。

 

 とても綺麗な人だ。ロングストレートを推す俺だ。輝夜のイラストや、ヒロインの二次小説があったら推していたかもしれない。好みのタイプだ。

 

「祐哉、紹介するね。この方は輝夜姫──蓬莱山輝夜様よ」

「はじめまして、神谷祐哉と申します。お会いできて光栄です」

「宜しく。貴方のことは永琳から聞いているわ。貴方、妹紅を倒したそうね」

 

 輝夜の問いに頷くことで肯定すると彼女はニッコリと笑って口を開く。

 

「私も遊んでみたいわ」

 

 ──! ま、マズイ。これは非常にマズイぞ。

 

 輝夜の言う「遊び」とは十中八九弾幕ごっこのことだろう。俺は今日鈴仙と二戦してクタクタなので戦いたくない。ロクに戦えなくて幻滅させたくないし、これ以上疲労を溜めるのはよくない。オマケに輝夜の戦闘力はとても高い。不老不死仲間の妹紅と殺し合うことができるほど、この姫はパワフルなのだ。妹紅に勝てたのは緻密な戦略と幾多の敗北による経験があったからこそ。俺の戦闘力は決して妹紅と同レベルではない。よって、輝夜に勝つ事は勿論、対等に闘りあう事はできない。

 

「い、いや……乱暴な事はあまりしたくありません」

「祐哉、輝夜様は私よりも強いわ。比べ物にならないほどにね。だから加減とか考えなくてもいいのよ?」

 

 知っているとも。だからこそ戦いたくないのだ。

 

 ていうかさ? 鈴仙に一回も勝ててないのにどうして格上と戦わなきゃならないのさ。5面ボスに勝てないのに6面ボスと戦うとか不正だよ。

 

「どっちにしても、今日はもうクタクタだよ……」

「そう、残念ね。またの機会にしましょう」

 

 輝夜はそう言って廊下の奥へ歩いていった。

 

 ふう、なんとか戦わずに済んだ。多くの人と戦ってみるのも楽しいが今回の相手は規格外だ。幻想郷の中でもトップクラスに強いだろう。そして永琳は輝夜よりも相当強いと聞く。

 

 ──もっと強くなりたいな。色んな人と交流したい。

 

 帰ったらまた修行だな。

 

 ───────────────

 

「「お邪魔しました」」

「帰りは私が送っていくよ」

 

 夜が明けて朝食をいただいた後、俺達は神社に帰ろうとする。妹紅とどうやって連絡を取るか悩んでいると、鈴仙が大きめの荷物を背負って外に出てきた。

 

 彼女はこれから人里へ薬を売りに行くようだ。途中までのルートは同じなので、案内してもらえることになった。

 

「それじゃ行こっか」

「待ちなよ」

 

 誰かが鈴仙の言葉に静止をかけた。俺や霊華ではない。では誰だろうか。声がした方を向くと昨日のイタズラ兎──てゐがいた。

 

「すっかり忘れてた。ちゃんと檻から抜けられたんだ」

「忘れてたの? 酷いなー。それよりもさ、気をつけた方がいいよ。この竹林、最近変だからね。まあ、原因は分かっているけど」

「変? 元々変じゃないの?」

「……忠告はしたよ。じゃあね」

 

 てゐはニヤニヤして手を振る。見送ってくれるのだろうか。

 

 ──怪しい。

 

「──創造『 弾幕ノ時雨・針(レインバレット)』」

「あー!!」

「へっ、こんなことだろうと思ったぜ」

 

 てゐの様子を怪しく思った俺は試しに針を創造して周りの地面に落とした。

 

 針はサクッと地面に刺さり、完全に地中に埋まってしまった。おかしい。おかしいぞ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「もう落とし穴には落ちないよ。行こう、2人とも。足元に気をつけて」

 

 俺は僅かに浮遊して、てゐに手を振る。今俺は「してやったり」と言うような気持ちで笑っているので、てゐから見ると中々ムカつくだろう。やれやれ、どうしたものか。

 

「竹林が変だとすれば原因は恐らく……いや、そうとも限らないか」

 

 ──まあ、念の為注意しておくか。




ありがとうございました。よかったら感想ください。次の異変を書く際のモチベになりますので!

次回からは新しい異変です。

テーマは竹林です。投稿はいつになるかわかりませんが、八月中には投稿できるように頑張ります。

それではまた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章 竹林異変 〜Lost bamboo grove〜
#35「異変の香り」


お待たせしました。竹林異変の開始です。


 〜博麗神社で三人が話している頃〜

 

 三色団子を一つ頬張る。三色団子の色は春を表していて、桃色の団子は桜、白は白酒、緑は芽吹く緑やヨモギをイメージしているという。

 

 幻想郷にもそろそろ春が訪れるだろう。とはいえまだ弥生(3月)の中旬。桜や梅の木々が蕾を開くには少し早いだろう。

 

 ──今年の春は盗まれないといいな

 

 もう数年ほど前の話だが、かつて冬が終わらない異変が起きた。主犯は白玉楼の連中で、地上の春を集めることで咲かない桜──西行妖を咲かせようとしたとか。

 

 流石にもうアイツらが異変を起こすことは無いだろうが、春は何かと変な奴が現れやすい。注意しておいた方がいいだろう。

 

 というわけで私、霧雨魔理沙は見回りがてら里へ向かったのだ。今は団子屋で休憩している。

 

「なぁ、聞いたか? 最近ここらで筍が生えてるんだってさ」

「ああ、聞いた。不思議なこともあるもんだな。ここは竹林じゃないのに」

 

 店の外にいる若い男二人の会話が聞こえてくる。筍ねぇ。何かと見間違えたんじゃないか? 普通に考えて里の中に生えることは無い。

 

 私は三つ目の団子を食べて帽子を深く被る。

 

 ──でもまぁ、準備しておくかな。

 

 

 ───────────────

 〜祐哉と霊華が永遠亭に向かった日〜

 

「邪魔するぜ」

「あら魔理沙。ちょうど良かった」

「お前一人か?」

「うん。二人共、今日は永遠亭に出掛けたからね。一人で暇だったの」

「へぇ。少し前まではずっと一人でぐうたらしていたのにな」

 

 里で少し調査をした私は気になることがあったので、博麗神社にやってきた。もう夕方だ。二人はそろそろ帰ってくるだろうか。

 

「寂しいのか?」

「少しね。多分今日は帰ってこないと思うし」

「泊まるのか。朝帰りとはなかなか……」

「あんたねぇ。その言い方やめなさいよ」

 

 霊夢は向こうから持ってきた湯呑みにお茶を注いで私の前に置いた。

 

「それで、何しに来たの? その様子だと何かあるんでしょ」

 

 霊夢は煎餅を齧りながら言う。私はそんなに深刻な顔をしていたのだろうか。

 

「よく分かったな。実は──」

 

 ───────────────

 

「人里に筍が生えた?」

「ああ。噂は昨日耳にしたんだ。数自体は少なかったみたいだ。でも今朝起きたらそこら中に筍が生えていたらしいぜ」

「採りに行く手間が省けて良かったわね」

「違う、そうじゃない。どう考えてもこれは異変だろ? 里は筍が生えるような環境じゃないんだぜ?」

「そんなこと言われたってねえ。異変のレベルじゃないでしょ。精々騒動レベルよ。放っておけばそのうち落ち着くんじゃない?」

 

霊夢は怠そうに溜息をつく。

 

「……お前、暇なんだろ? 明日一緒に里へ行こうぜ」

「何しに行くの?」

「決まってるだろ。聞き込みだ」

「えー」

 

 ───────────────

 〜祐哉と霊華が永遠亭を出発した頃〜

 

 私は霊夢を無理やり連れて行こうと、神社に行った。だが意外なことに霊夢はやる気で、スムーズに里へ行くことができた。今は里で寺子屋を開いている上白沢慧音に話を聞いているところだ。

 

「わかりました。あなた方は最近人里で騒がれている件について調べているのですね。私も気になって話を聞き回りました。実は今朝、事件が起きました」

「というと?」

 

 慧音は神妙な面持ちで口を開く。

 

「まずは今朝、里の敷地内に生えている筍の数が急激に増えました。そして、里の者が早朝に筍を採ったそうです」

「ふむ」

「その者は死体で発見されました」

「なんだって!? ちょっと待ってくれよ。そいつは里の中で死んだのか?」

「ええ。それも、里の中心の方で。遺体には数本の竹が刺さっていました。死因は竹で体を突かれたことによる大量出血かと」

 

 やっぱりこれはちょっとした騒動なんてもんじゃない。事件──異変の匂いがするな。しかし竹か。何か引っかかるな。私がメモを取りながら考え事をしていると、それまでずっと黙っていた霊夢が漸く話し始めた。

 

「慧音。里の者に絶対に筍に触れないようにと伝えてもらえるかしら」

「既に喚起しました。里の者は皆不安がっています。この件が落ち着くまでの間、私は里を()()つもりです」

「ああ、そういえば前にもやっていたわね。……行くわよ、魔理沙」

 

 霊夢はそう言って立ち上がると、さっさと部屋を出て行ってしまう。私も後を追おうとすると慧音に声をかけられる。

 

「今回の異変は既に犠牲者が出ている。十分準備してから行ってください」

「──ああ、分かっているさ」

 

 私は帽子を深く被り、部屋を出た。

 

 ───────────────

 

「異変?」

「ええ。今日準備して明日出かけるわ」

 

 私達が博麗神社に着いた時は誰もいなかった。暫くしてやって来た霊夢はいつになく真剣な表情をしていた。

 

 神谷君が、何かあったのかと問うと事情を説明してくれた。実は「人里に筍が生えて人が殺された」という滅茶苦茶な説明に驚いた私達が詳細を聞き出し、理解するのに時間がかかっていたりする。霊夢の説明は適当すぎるのだ。

 

「なあ霊夢。俺も行ってもいいかな。前から異変解決に興味があったんだ」

「……私も、巫女見習いとして行きたいな」

「別に構わないけど、私は一人で行くわ。別行動になる訳だから、何かあっても助けられないわよ?」

「俺は構わない」

 

 神谷君の返事に私も頷く。

 

「無茶はしないでね。生きている限りやり直せるから」

 

 ───────────────

 

 俺は自室で一人寝転がっている。魔理沙に貰った青い三日月形のペンダントを明かりにかざす。

 

 ──騒動の内容は人里に筍が生えていること。そして、その筍を採った人が殺されていた。

 

 ここ数日の間に増えた筍の数は数十個だとか。どう見ても自然現象ではないということで異変という扱いになったそうだ。

 

 凶器は竹。里に竹は生えておらず、竹が刺さってから歩いた痕跡もなかったようだから事故死の可能性は皆無だろう。

 

「筍。竹。殺害。どう考えても……いや、まだこの結論に至るには早い。他の可能性も考えておかないと」

 

 考えを呟くことで頭の中の情報を整理していると廊下の方に気配を感じる。こう言うと凄いように思えるけど単に足音が聞こえただけだ。

 

 俺がいる部屋の近くで足音が消えたので障子に目をやると、月明かりによる人影が薄ら浮かんでいた。

 

「神谷君、まだ起きていますか?」

 

 この話し方は霊華だな。二人共同じような声なので、声だけで聞き分けるのは中々難しい。幸い霊華は俺に対して丁寧語で話すので、口調からなら判断しやすい。

 

「うん。起きてるよ。どうしたの?」

 

 障子を開けると白い寝間着を着た霊華が立っていた。

 

 ──マジで見分けつかん。付き合いが長くなれば分かるようになるかな? 

 

「ちょっと話したいことがあるんです。いいですか?」

「ぜひぜひ。入って!」

 

 霊華を部屋に招く。部屋の襖を開け、奥から座布団を取り出し、机を挟んで向かいに置く。

 

「明日の異変解決なんですが、良かったら一緒に行って貰えませんか? ……嫌ならいいんですけど」

「別にいいけど、どうしたの?」

「異変解決って妖怪と戦うんですよね? 私の実力だと難しいかなって……でも、行きたいんです。霊夢と魔理沙からかつての異変について聞いてからずっと興味を持っていたので」

 

 霊華はとても真剣な表情で語る。

 

「私はまだ夢想封印を使えないけど、妖怪の動きを抑制するのは得意です。足でまといにならないように頑張るので一緒に行ってください!」

 

 正直驚いた。こんなに熱心な彼女を見たのは初めてだ。本気だという気持ちが伝わってきた。これを受けて「実力が足りないなら危ないから留守番してくれ」とは言えない。

 

 返事は変わらずイエスだ。でもその前に……

 

「異変が起きると、主犯じゃない妖怪でも襲ってくるらしい。妖精とか特に」

 

 俺は一呼吸間を置いて続ける。

 

「……妖怪を退治しに行くことがどういう事か、分かってる?」

 

 霊華の気持ちが本気で、実力もある事は分かっている。俺が知りたいのは根っこの部分。

 

「博麗さんが使える夢想妙珠。あれも充分妖怪を退治できるはず。相手が弱ければ弱い程、より確実に()()()()ことができる。その力を迷わず使うことはできる?」

 

 最初に霊華と竹林に行った時、俺は妖怪化した獣を殺した。その際彼女はとても怒っていたし、悲しんでいた。その事がとても気にかかるのだ。

 

 恐らく霊華は優しい心を持っているのだろう。それこそ、蚊のような小さい虫も殺せないくらいに。そんな優しい子が妖怪退治などできるはずがない。

 

 別に、自分の手を血で染めたくないというのなら俺が代わりにやってもいい。妖怪の体は頑丈だが低級なら俺でも殺せる。しかしその際ストップをかけられると自分たちの安全は保証できなくなる。

 

 低級の妖怪に言葉は通じない。アレは本能のままに生きる動物の亜種。生かしておいては力を持たない人間が襲われるかもしれない。眼球を潰すなり足を切断するなどして無力化すればいいか? 命は取っていないからセーフ。そうはならないだろう。寧ろ殺すことよりも残酷な事だ。

 

「……私は、妖怪退治はしません。話の通じない低級妖怪は動きを封じるだけに留めます。話が通じるなら幻想郷のルール(弾幕ごっこ)で解決します」

「動きを封じるって、具体的にどんな感じ? 結界に閉じ込めるの? それとも、追い払うの?」

「どちらもできます。御札で弾幕を張れば妖怪が嫌って逃げていきます。怖気付かないでそのまま向かってきたら暫くの間結界に閉じ込めます。その隙に離れましょう」

「なるほどね。──仮に、()()()()かつ()()()()()()()()()()()()敵が現れたらどうする? ガタイのいい獣ベースだと普通にあり得ると思うけど」

「その時は……神谷君にお願いしたいです」

 

 おや、そこで俺が登場するのか。

 

「レーザーで消し飛ばしてもいいの?」

「……無理を言っているのは私ですから、お任せします。不用意に殺すのはやめて欲しいですけど」

 

 話をまとめると、低級妖怪とは争いを避ける。中級妖怪は弾幕ごっこで解決する。最悪俺が妖怪を退治したとしても文句は言わないが、できればやって欲しくない。

 

 低級妖怪相手にスターバーストを撃ちたくなる気持ちを抑えればやっていくことはできそうだ。

 

「分かった。一緒に行こう。俺が聞きたいことは大体聞いたけど、博麗さんから俺に聞きたいことはある?」

「ありがとうございます! 創造の能力の詳細とスペルカードについて知りたいです」

 

 それからは互いの実力を頭に入れる作業をした。特に創造の力のイメージを頭の中で完成しておいてもらえたら、コンビネーションを発揮しやすくなるはずだ。

 

 数時間話し込んだおかげで大まかな計画は練り終わった。




ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#36「呆気なさすぎた異変解決」

どうも祐霊です。

今回は霊夢ルート、魔理沙ルートです。


 

「チクチクチク……お前が噂に聞く巫女タケ?」

「そうよ。素敵な巫女があんたに会いに来たの。用件は分かっているでしょ?」

 

 ──迷いの竹林

 

 今回の異変の主犯には心当たりがあった。祐哉と霊華が竹林で襲われたという竹妖怪だ。曰く竹林の本体だとか。

 

 筍が生えるはずのない所に生えるということは、誰かが生やすきっかけを作ったということ。それだけなら方法はいくらでもあるだろう。純粋に筍を育て始めたのかもしれないし、新手の妖怪の仕業かもしれない。それか永琳が変な薬を作ったとか。

 

 でも私の勘が言っている。今回の異変の主犯はコイツだと。

 

「あんたでしょ。人里に筍を生やしたの。目的は知らないけど今すぐ取り除きなさい。さもないと退治するわよ」

「チクチクチク。まだ退治される訳には行かないタケ。計画はまだ発展段階。もう少し。もう少しで機は熟す」

「あー? 何言ってるの?」

「巫女に用はないタケ。適当にあしらうタケよ」

「分かった。殴られた後に取り除きなさい」

 

 ──霊符『夢想妙珠』

 

 戦闘開始直後、私は最初で最後のスペルカードを切る。

 

 数個の大きな光弾は全弾竹妖怪に命中し、爆風が起こる。砂煙が晴れると竹妖怪の姿はなかった。

 

「手応えあり。気配もない。うーん、ちゃんと倒せたのかな?」

 

 あまりにも呆気ない。この程度で倒される妖怪があの規模の異変を起こせるとは思えないわ。

 

 ──この感じはまだ終わってないわね。恐らくあいつの狙いは……

 

 

 

 

 ───────────────

 

「邪魔するぜ」

「あら魔理沙。傷を見せてみなさい」

「怪我はしてないな」

「それならなんの用かしら」

「惚けたって無駄だ。私は分かってるんだからな。この異変を起こしたのはお前達だな。そして元凶は()()。お前だ!」

 

 私の見立てでは今回の異変の主犯は永琳。手段は薬だ。筍が生える切っ掛けをやったあと、成長促進剤でも撒いたんだろう。目的はさっぱり思いつかないが宇宙人のやることなんて理解できるはずもない。

 

「はあ、元気なら帰って。それとも怪我してから帰る?」

「お、やる気だな?」

「いいえ。私達は今回の異変に関わっていないわ」

「なら一体誰が──ん?」

 

 永琳と話していると、部屋の扉が開かれた。入ってきたのは兎の耳が特徴の鈴仙だ。あいつの狂気の目で……いや、無いな。

 

「師匠。患者さんです」

「通して。ああそれと……魔理沙の相手をしてやって貰える? 貴方も出ていってちょうだい」

 

 私は鈴仙と永琳に強引に追い出されてしまう。念の為異変の事を鈴仙に話してみるが、話ぶりからしてこいつではない。

 

「そういえば、てゐが言っていたわ。『竹林が変』だって」

「ほう。それは話を聞きに行く必要があるな」

 

 ───────────────

 

「やっと見つけた!」

「おめでとう。里の噂によると、私に出会えたら幸運になれるらしいわ」

「本人が“らしい”って言ってる時点で信憑性皆無だな」

 

 半刻程竹林を探し回ってやっと見つけることができた。とはいえこんなにすぐ見つけられるのだから里の噂は出鱈目だろう。私は早速異変のことを話す。それを聞いたてゐはニヤリと笑う。

 

「どうだろう。偶には様子を見守る側に立ってみたら?」

「何でだ?」

「無駄だからだよ」

「日本語を話してくれないか? まるで分からん」

「別にいいけどね。じゃあヒント。妖怪万年竹って知っているかしら。知らないのなら調べてみるといいわ」

 

 ───────────────

 

 紅い館に来た。知り合いの魔法使いに話して彼女の使い魔(奴隷)から史料を拝借する。

 

「これは外の世界の本か」

 

 その本による万年竹の情報はこうだ。

 

 一万年生きた竹が妖怪化し、人間が竹藪に入ってくると術をかけて迷わせる。

 

 情報が少ないが充分だ。おかげで思い出したぜ。どうして忘れていたんだろうな。異変の主犯は──

 

 ───────────────

 

「お前が異変を起こしたんだな。()()()()! 犯人さえ分かればこちらの物。見たところ霊夢はまだ辿り着いていないようだな」

「またお前タケか。今なら見逃してやるから、さっさと帰るタケ」

「おかしな話だな。お前は竹を切った者が誰であれ食おうとする奴だ」

「普段はそうタケ。だが今回の拙竹は暇じゃない。だから帰れと言っているタケ」

「そういう訳には行かない。私はお前を退治しに来たんだからな。この前のようにすぐ終わらせてやる」

「……余り力を使いたくないタケ、仕方ない。──縛符『十千の織り成す狭隘』」

 

 竹妖怪、十千刺々が無数の竹を飛ばしてくる。私は急いで箒に跨って躱す。このスペルカード、避けるのはとても簡単だ。だがどうやら、奴の狙いは私を被弾させることではないらしいな。

 

 四方八方から飛んでくる竹。これは私の周りを囲むことによって動きを制限する物。結構嫌なタイプだ。

 

 ──何をするつもりか知らないが隙ありだ。

 

 私は刺々のスペルカードを無視してミニ八卦炉を構える。竹が当たることは無い。この技は初見の相手のみに通用する。どんな技か分かってしまった今、十千の織り成す狭隘(このスペルカード)は無に等しい。

 

「これで終わりだぜ。──恋符『マスタースパーク』!!」

「ギァァアァアアアアアア!!」

 

 暫くしてマスタースパークを止めると、既に刺々の気配が無くなっていた。

 

「どうもおかしい。呆気なさ過ぎないか?」

 

 ──この感じ、まだ終わってないな。恐らくあいつは本気を出していない。

 

「……目的は、()()()()だろうな。それなら確かに私たちが行っても無駄だ」

 

 




ありがとうございました。

次は祐哉&霊華ルートです。

それにしても刺々弱いっすねえ〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#37「いざ、異変解決へ」

どうも、祐霊です。

十千刺々は「とおかず ちくちく」と読みます。


「なんだアレ」

「あっちは人里の方向ですよね。どうして……」

 

 今朝目を覚ますと、外の景色が驚くほど変わっていた。人里の方角に、昨日まではなかった竹林が生まれていたのだ。創造した望遠鏡を使って調べたが、紅魔館の方にも広がっているようだ。迷いの竹林の敷地が昨日までと比べて2倍以上広くなっている。

 

「竹ってこんなに早く成長するの?」

「1日1mくらい伸びるって聞きますよね……あれは1ヶ月分以上成長してますよ」

 

 竹の成長速度が異常だ。まるで竹の時間だけが早く進んでいるかのよう。

 

「博麗さんはさ、今回の異変の犯人に心当たりはある?」

「私が会ったことのある人の中で考えるのであれば……三人、ですかね」

「名前と、根拠を頼む」

 

 俺達は今、里の方に見える竹を見ながら真面目に食事をしている。そう、朝食である。

 

 今朝の朝食はご飯と焼き魚に味噌汁といった、ごく普通の和食である。味噌汁は霊華が作ってくれた。味は少し濃いめ。当然かもしれないが具材に味がしっかりと染み込んでいてとても美味しい。俺の好みが分かるのかと訊きたくなる程好きな味だ。

 

「1人目は紅魔館の咲夜さんです。あの人の能力は時間を操ることだと聞きました。時間の加速度を操れば一晩であそこまで成長させられるのも納得です」

「うん。俺も思った。でも、紅魔館にメリットがあるのかね」

「そうなんですよね。だから可能性は限りなく低いと思います」

 

 朝食をとることは大事だ。例え異変が起きていて、これから解決に行くからと言って、焦ってはいけない。霊夢は既に出掛けたようだが、彼女の事だ。直ぐに解決して戻ってくるだろう。

 

 しかし俺達は違う。初めての異変解決なので時間がかかるだろう。ならば腹ごしらえは先にするべき。腹が減っては戦ができぬ、だ。「主犯を見つけたのはいいけど空腹で力が出ません」だなんて話にならないからな。

 

「2人目は永遠亭の人達の誰か。永琳さんは色々な薬を作れるらしいですから、成長剤を撒いたのかもしれません。それと、あの兎さんの発言も気になります」

「てゐだね。落とし穴に落としてきた奴。確かに意味深な事を言っていたけどどうだろうか……。3人目は?」

 

 霊華は御茶碗を持って白米を一口食べる。考え込むように目を伏せながら咀嚼している。

 

 ──ここまでは俺も考えた。恐らく3人目も同じだろう。なんたって、俺たちにとっては忘れたくても忘れられないような相手だから……

 

 嚥下してお茶を飲んだ彼女は、やはり目を伏せながら発言した。

 

「3人目は……あの竹妖怪かな、と」

「……むしろ、アイツが1番可能性あるよね」

 

 霊華はコクンと頷くと箸を置いた。

 

「怖い……よね。どうする。今からでも──」

「──行きますよ」

 

 “行くのをやめるか”。そう言おうとしたのが分かったのか、彼女は言葉を遮って強く発言した。

 

「行きます。できればもう会いたくなかったけど、行かなきゃ。巫女見習いとして……」

 

『巫女見習い』か。この子は霊夢に憧れているのかな。それとも、名字が博麗だからと、博麗の巫女になろうとしているのだろうか。そう思い詰めることもないと思うのだけど……。

 

「危険を感じたら直ぐに撤退しようね。何も解決できなくてもいい。お互い初めてなんだし、ちょっと様子を見るだけで充分だと思うよ」

「そうですね」

 

 霊華は再び箸を持って食べ始めた。

 

 少しは緊張を和らげてあげられただろうか? 

 

 ───────────────

 

「おかしいな、人里がない。この辺だった気がするんですけど……」

「うーん、何せ竹林が広がっているからなぁ。わからん」

 

 かつて、昨日までは人里だった()()()()()()()場所に行ったのだが、何処にも里が見当たらない。空から見た感じ、建物が無いのだ。

 

「竹林が人里の方へ広がったのなら、里は竹林の中にあるはずですよね」

「うん。無いのはおかしい。場所は間違っていない。それは断言できる」

 

 こういう怪奇現象を目の当たりにした場合、現実的に考える人は科学的に証明しようとする。それは俺達がいた世界では全て科学で証明できるということを知っているからである。今わからないことも、数世紀後には解明している事だろう。

 

 しかしここは幻想郷。神や妖怪が生活している世界。科学が発達しておらず無知な人間が多かった時代、怪奇現象は大体『妖怪』の仕業とされた。俺達は非科学的な思考を持たなければならない。

 

「これは、慧音の能力か。確か歴史を食べる程度の能力を持っていた。人里は今隠されているんだよ」

「妖怪の仕業ですか? それなら助けないと」

「いや、慧音は人間を守るために隠しているんだよ。かつての異変でも同じことをしていた」

 

 持っていてよかった原作知識。慧音の能力は隠すだけであって、なくなった訳では無いと聞く。認識できなくなっただけなのだろう。

 

 かつての異変でも、霊夢や魔理沙には見えなくても、一緒にいた紫やアリスには見えていたらしい。恐らく慧音より能力のある妖怪には効かない。今回の主犯に通用するのか果たして謎ではあるが、考える必要は無いだろう。

 

 竹林の端の方を見ていると妹紅の姿が見えた。

 

「妹紅さん!」

「おお、祐哉か。それに霊華も。もしかして異変解決に来たのか?」

「そうなんです」

「そうか、二人とも気を付けなよ。特に祐哉。私はもう、お前を弱いとは思わないし()()()に負けるとも思わない。でもな、何となく嫌な予感がする。だからもう一度言う──用心しなよ」

「……ありがとうございます。無理はするつもりありません」

 

 ───────────────

 

 竹林に入って5分ほど。今回はしっかりと足跡(目印)を残している。これを辿れば外に出ることができる。

 

「うー、寒いね」

「はい……よりによって今日雪が降るだなんて、ついてないですね……」

 

 雪は朝食を食べ終えた頃に降り始めた。今は3月の下旬に差し掛かった頃。もう雪が降ることは無いと思っていたのにな。

 

「……これ、良かったら使って」

「わぁ、ありがとうございます!」

 

 俺はマフラーを創造して彼女に手渡す。実際はただの布切れだが防寒機能を付与した。

 

「さて、この辺でいいかな」

「はい、あの……本当に竹を切らないと出てこないのでしょうか」

「あの妖怪は竹を切られたのを怒って出てきた。それなら竹を切るのが手っ取り早いと思うんだけど」

「それは分かるんですけど、もうこれ以上怒らせると不味いと思うんです」

 

「特に神谷君は竹を沢山消しちゃったんですから」と続ける。

 

 妹紅と戦った時のことを言っているのだろう。デュアルバーストで少なくとも半径1kmは消し飛ばしたと思う。円の面積分更地に変えてしまったのだ。損害賠償請求をされても(命を取られても)おかしくない。

 

 あの時、十千刺々が出てこなかったことがとても気になる。ヤツは「人の身体を傷つけた」と言って怒っていた。何故出てこなかったのだろう。

 

「でも、どうしたら出てくるのかね」

『心配しなくても、お前達は既に拙竹(せっしゃ)の術中にあるタケ』

「──! なんだこれいつの間に!」

「足が……動かない?」

 

 どこからか声が聞こえた。あの特徴的な口調。間違いなく十千刺々だ。そして俺達はいつの間にか捕まっていた。足に竹が絡みついているのだ。

 

 ──動けない。真っ直ぐ伸びる筈の竹がこんなに曲がって……

 

「チクチク……御機嫌よう。感動の再会タケ」

 

 今回の異変を起こした犯人であろう人物は不敵に笑いながら目の前に現れた。




ありがとうございました。

今回の異変は中々にダークですので、よろしくお願いします。……マジでダークです。

〜十千刺々の由来〜
刺々の元ネタは妖怪万年竹。万年→1万→10×1000→十×千
「とおかず」読みは無理矢理です。
刺々は何か刺さると痛そうな名前を考えました。だいぶお気に入り。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#38「同じ失敗をするな!!」

どうも、祐霊です。

少しは主人公をカッコよく見せられているといいのですが、どうでしょうか……

さて、サブタイトルは「同じ失敗をするな!」です。頑張れ祐哉!





「くっ……」

 

 竹はまるでコイルの銅線のようにグルグルと巻きついている。竹を切って抜け出したいところだが難しい。安易に刀を創造して振ってみろ。足ごと切れるぞ。かと言ってゆっくり竹を切っている時間はくれないだろう。やつに見られず、なるべく早く切る必要がある。

 

 創造物に力を付与するとしてもどうすればいい? 竹だけを切るという曖昧な設定はできない。こうしている間にもどんどん竹が絡みついて……

 

 ──そうだ。

 

「博麗さん! 2秒後に思い切り空を飛んで!」

「わ、わかりました」

 

 ──良く切れるノコギリ。“鋭利”、“自動制御”を付与。座標はY軸=-10cm !! 

 

「頼むぞ……。創造」

「クッ、お前……」

 

 創造してからしばらくすると、余裕の笑みを浮かべていた刺々の表情が苦痛に歪んだ。俺の実験は成功した。

 

 俺は地中から竹を切ることにした。切るための道具はノコギリ。地中に創造する際、そこにあった土は押しやる仕組みのようだ。

 

 ──創造物は、元々そこにあったものを()()()()()()()()()()

 

 これはつまり、今俺が刺々の胴体を横切るように創造すれば身体は真っ二つになるということ。残酷すぎてとてもやる気は出ないがいいことを知った。

 

 そして2秒後、竹は完全に切断され絡みつく力も無くなった。あとは思い切り空を飛んで竹を引っこ抜くだけだ。

 

「助かりました……ありがとうございます」

「それはいいけど、結局竹を切ってしまったね」

 

 ───────────────

 

「刺々さん、竹林を人里の方へ広げたのは貴方ですか」

「そうタケ」

「元に戻してもらえませんか?」

「断るタケ。戻して欲しければ拙竹(せっしゃ)を倒すタケ。尤も、お前らに負ける拙竹ではないが……」

 

 無駄である。コイツの目的は知らないが、言葉で交渉ができるなら初めから異変なんて起こさないだろう。

 

「それか、お前達が大人しく死ねば元に戻してやってもいいタケ」

「え?」

「拙竹はお前達を決して許さない! 特にお前はな! 神谷祐哉!!」

 

 この前の事をまだ怒っていたのか。知らなかったとはいえ、アイツの身体を傷つけてしまったのだから当然だろう。自分の手足を傷つけられて怒らない人はそう居ない。だから俺は最低限のケジメをつけることにした。

 

「竹を切ってしまってごめんなさい」

「今更謝っても遅いタケ! お前と妹紅が戦っていた日、何本の竹がダメになったと思う? ……凡そ6300本タケ」

 

 刺々は針のように細く長い髪を棚引かせつつ声を張り上げる。

 

「竹林を再生する為には力が必要だった。数割の力を()()()()拙竹は異変を起こすことにしたタケ。更地を復興するには人間の住む里の方へ竹を生やした方が効率がいいからタケ!」

 

 数割の力を、()()()()

 

 竹林を構成している竹は全て刺々の身体。その身体の一部が更地になった(無くなった)

 

 刺々は俺と妹紅が戦っていたあの時、身体の損傷が大きすぎて動けなかったのか。成程、それならあの時俺の前に現れなかったことに納得がいく。

 

「人間の恐怖心から力を得たおかげで一晩で元通りタケ。そして、()()()()()()()()()()()()()タケ。あとはお前達を殺すだけ」

「俺を殺そうとするのは構わない。でも、あの子は見逃して欲しい。あの子は悪くない。全て、俺が悪いんだ」

「チクチク……駄目タケ。あの女は先に殺す。二人とも殺さないと拙竹の気が済まないタケ」

 

 刺々はそう言って霊華の方へ手を伸ばす。掌から竹棒の先が顔を出しているのが分かる。これは、不味い! 

 

「博麗さん、一旦合流しよう!」

「させないタケ! ──縛符『十千(とおかず)の織り成す狭隘(きょうあい)』!!」

 

 刺々はこの前と同じスペルカードを使ってきた。この技は自分の髪を切って、その場に留まらせ、切った髪から無数の竹千本が飛んでくるというもの。但し、この千本は直接対象を狙うことはせず、上下左右を細かく狙うことで閉じ込める技。

 

 1対1の場面では全く意味を持たないだろう。しかし一対多の場合、相手を分断できるので強力だ。

 

 ──この前の敗因は分断された事に焦って思考停止した事

 

「俺の周りを一周させなければいいだけだろ? 知ってんだよ」

「タケ。実はこういうこともできるタケよ」

 

 分身だろうか。彼女がニヤニヤ笑うと、数体の刺々が幽霊のように現れた。そして各々が自身の髪を切って千本を飛ばしてきた。

 

「これで狭隘の完成タケ。チクチク……そこで大人しくしているタケ。それと──」

「きゃっ!」

「拙竹は竹を自在に操ることができるタケ。こんな風に、竹を曲げてお前を捉えることもできる」

 

 十千の織り成す狭隘。飛んでくる竹千本の隙間から見える霊華は、周りの竹から伸びた枝に捕まっていた。枝は少しずつ太くなり、逃れようと暴れていた彼女は身動きが取れなくなってしまった。

 

「チクチク……さあもっと鳴け。恐れろ! ここに来たことを後悔し、連れてきたあの男を恨みながら死ね!」

「動け……ない……!」

 

 刺々はふわりと浮かび上がって霊華に近づいていく。霊華へ向かって伸ばしている掌からは竹棒が見える。

 

「よく見るタケよ。仲間が殺されていく様をな。その為にわざと()()()()()()()()()()()()()タケ」

 

 俺は今、四方八方から飛来する竹棒によって動きを制限されている。つまり、本来は外の様子が竹棒に遮られて見えない筈である。だが、霊華の様子はちゃんと分かる。刺々は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()竹千本の配置を調整したということだ。

 

 ──恐れちゃダメだ。思考を止めるな。あの時の反省は何度もしただろ! 

 

「チクチク……怖くて声も出ない。そんな顔をしているタケね。どうだ? あの男が恨めしいか?」

「私、は……」

「私は?」

「神谷君を……信じています……。今だって怖いけど、今回もきっと、いつもの様に助けてくれる!」

 

 ──ああ

 

「チクチク……他力本願タケ。ここ(幻想郷)はそんな温い考えで生きていけるほど甘くないタケよ!」

 

 刺々は掌から竹棒を飛ばした。その竹は1秒と経たずに彼女の身体を貫くだろう。

 

 ──大丈夫。今度は助ける。絶対にだ! 

 

「己の無力さに涙を流しながら死ね!」

「させねえよ!! ──創造!」

 

 霊華を穿つ筈の竹棒はバキン! と言う音を立てて割れた。その様子に驚いた刺々は再び、三度、何度も何度も竹棒を飛ばすが全て割れていく。

 

 今頃アイツの頭の中はクエスチョンマークで満たされていることだろう。ほんの数秒、5秒くらいあればいい。それだけあれば俺は狙いを定められる。

 

 バキン! 

 

「縛っていた竹が……」

「消えた……何故タケ!?」

 

 霊華を縛っていた竹は唐突に切れて落下した。これで彼女は再び自由を得た。

 

「一体……何をした?」

「ふふん。だーれが教えるか“タケ”」

「おかしいタケ! 拙竹はお前と妹紅の戦いを全部見ていた。お前の能力は物を生み出すこと。()()はできないはず」

()()()()()()……想像力が足りないタケよ」

「貴様! 拙竹の真似をするなタケ!」

 

 へえ、自分の語尾や口癖を真似られると気に食わない質なんだ? 

 

 俺がやったのは竹の破壊ではないし、破壊物の創造でもない。俺はただ、竹棒がある位置に竹棒を創造しただけだ。

 

 創造の能力は、物体を生み出す際指定した座標に存在する物を無視できる。

 

 2つのボールがあるとして、これらを何の道具も使わずに1つのボールにすることは可能だろうか。

 

 恐らく不可能。

 

 物体と物体を少しのズレもなく重ねることはできないのだ。

 

 だがもし、仮にできたらどうなるのか。

 

 答えは簡単。既にそこにあった物、新しく生み出された物、両方とも破壊される。

 

「物体は、X軸Y軸Z軸全てが同じ座標には居られないのさ。俺はそんな()()()()()()()を利用しただけ。分かりにくいだろう? 当然だ。説明する気は無いからな」

 

 物体に物体を重ねて破壊する技術の名前を内部破裂(バースト)と名付けよう。

 

 この内部破裂(バースト)、一見無敵に思えるがそうでも無い。この技術はかなりの集中力が必要だ。何せ上乗せする物体の座標想定が数ミリの誤差も許されないのだ。少しでもズレると失敗する。

 

 内部破裂(バースト)を使う際は“動体視力強化”と“ドーパミン分泌促進”能力を付与した眼鏡が必要。

 

 最近よく使っている「動体視力強化」だが、長く使うと慣れない視覚情報を得ている影響で気持ち悪くなってくる。

 

 ドーパミン分泌促進も頻繁に使ってしまうと効き目が薄くなり内部破裂(バースト)も使えなくなってしまうだろう。

 

 ──ここぞという時に使う切り札だな

 

「こんな……人間如きに……拙竹が苦戦するとは!」

「ほら、何動揺しているんだよ。まずは俺を殺さないと。何度やっても同じ。霊華は殺させないからね。厄介者は早めに潰す。それが鉄則だろう」

「……そうタケね。お前を先に殺した方が、女の恐怖心を煽れそうタケ。チクチクチク」

 

 狭隘の技が解かれた。これでやっと動ける。さて──

 

「弾幕ごっこをしようか。俺が勝ったら竹林を元に戻してもらう」

「では拙竹が勝ったらお前には死んでもらうタケ。竹林も戻さない。残機は2、スペルカードは最大5枚まで」

 

 圧倒的に不平等な契約だ。

 

「拙竹が負けたとしてもまた再び異変を起こせるタケ。その契約で本当にいいタケ?」

「ああ、いいよ」

 

 雪は未だ降り続けている。吐く息が白い。地面はとっくに白くなっていて、刺々とやり取りをしている間にもどんどん積もっていく。

 

「風邪を引きそうだ。さっさと始めよう」

「チクチク……心配せずとも、風邪なんか引かないタケ。ここで命を落とすのだから! ──恐符『狭隘の闇』!!」

 

 先に動き出したのは刺々の方だった。スペルカードの宣言をするのと同時に俺の周りを囲うように分身を生み出した。その分身は先程の『十千の織り成す狭隘』と同じように髪を切る。

 

 ──十千の織り成す狭隘と比べると間隔が少し広いな。

 

「さて、仕事の時間だぜ──使い魔君」

『『()()100%、いつでも起動できます』』

 

 俺の使い魔は日光や月光、星の光でエネルギーを充填できる。今のような天気では充填効率が悪い。俺が呑気に刺々と話していたのは時間稼ぎだった。

 

 太陽光から充電できるのは霊力。因みにアクアバレットは魔力でしか使えないので今回の戦いでは使えない。

 

「『狭隘の闇』は勿論『十千の織り成す狭隘』とは違うタケ。呑気に構えていると死ぬタケよ」

 

 刺々がそう言うと、狭隘の中に竹棒が入ってきた。目の前から飛んできたので直ぐに気づいて避けることができた。

 

「精々気をつけるタケ。四方八方何処から飛んでくるか分からないタケ。チクチク……」

 

 ──成程ね。相手を狭い空間に閉じ込めて、そこに竹棒を打つ事でプレッシャーを与える技か。

 

 仕組みがわかったところで竹は何処から飛んでくるかわからないので苦しい。キョロキョロと周りを見て、狭隘と壁の境界を破った物を視認してから避けるのは厳しいだろう。

 

 動体視力を強化しても後ろから飛んでくる竹には反応できない。

 

「任せたよ使い魔君」

『『了解』』

 

 俺は二体の使い魔に掴まって足を地面から浮かす。竹棒を躱すことを使い魔に任せることにしたのだ。人工知能を搭載した俺の使い魔は機械と同じ。演算能力、判断力、あらゆる面で人間を凌駕しているため何処から竹が飛んできても常に最善な避け方をしてくれる。

 

「随分と奇妙な避け方をするタケ」

 

 刺々はスペルカードを止めて言った。

 

「狡いとは言わせないぞ。妖怪であるお前の方が圧倒的に有利なんだからな」

「好きにするタケ」

「どうも。──創造『 弾幕ノ時雨・狂(レインバレット)』!!」

 

 今度はこちらの番。俺が指を鳴らすのを合図に数百の剣が現れる。それら全て黒ひげ危機一髪の様に刺々を穿とうとする。

 

 刺々は空を飛ぶことでそれを回避。余裕の笑みを見せてくるが、そんなものは自分の頭上に現れた魔法陣を見て直ぐに崩れ去った。

 

 弾幕ノ時雨・狂は3段階に分けられる。相手の斜め上から無数の剣を降らせることで空に誘導。その後間髪入れずに頭上から槍の雨を降らせる。そして最後に上からの槍と横からの剣による弾幕。

 

 俺が自力で使えるスペルカードの中では最も高密度の技だ。

 

 鈴仙には完璧に攻略されてしまったが、それは見切りの速さと瞬発力を兼ね備えていたからだ。普通の妖怪には充分圧力をかけられる。

 

「クッ……狭いタケ」

 

 刺々はとても苦しそうに避けている。スペルカードの密度に加え、竹林という環境が余計に難易度を上げるのだ。

 

 実際に刺々は降り注ぐ槍に気を取られて、元から生えている竹にぶつかった。その際生じた僅かな動揺が致命傷。天より降り注ぐ槍は刺々を串刺しにした。

 

「うわ、我ながらエグいスペルカードだな。妖怪にとって大したダメージにはならないんだろうけど」

「ぐぅ……侮っていた」

「お前、俺と妹紅の戦いを見ていたって言ってたよな。それなら俺の強さも分かっていただろ。なんで油断した? お馬鹿かな? あれれ? もしかしてお前ってチョロい?」

 

 見たところ十千刺々という妖怪は特別な力を持っている訳では無い。かつて幻想郷で異変を起こしてきた強者と比べかなり劣る。要は『対して重要ではない異変』なのだろう。

 

 異変解決初心者の俺たちにとってもってこいのチュートリアルだ。

 

「この調子なら直ぐに勝てそうですわ。あれ、俺を殺すんじゃなかったっけ。本気出した方がいいんじゃないの?」

 

 先程からめちゃくちゃ煽っているのはわざとである。挑発に怒ってくれたら次のカードで勝てそうだから。雪が止む気配もないし、さっさと帰りたいのだ。

 

 ──もう異変解決は終わったようなもの。

 

「本気──出してもいいタケ? チクチク……」

「好きにしなよ」

「そうタケか。チクチク……。お前、もうすっかり勝った気でいるタケね。少しは考えないタケ? 相手が『勝利を確信しているところを突くのが好き』だという可能性を!」

「え……考えてたけど?」

 

 どうしよう。その可能性は()()()()()()()()。つまりなんだ。コイツは敢えて被弾することで俺をぬか喜びさせたのか。

 

 ──ハッタリに決まっている。

 

 と思いたいところだがそれは愚考だ。

 

「チクチク……それではお言葉に甘えて本気を出させてもらうタケ。機は熟した。──『妖気解放』」

 

 刺々が低い声で呟くと突然突風が襲ってきた。それは雪を運び、吹雪となる。

 

「くっ! 一体なんなんだ」

 

 吹き荒れる雪の中、辛うじて視認できたのは光り輝く刺々の姿だった。

 

 それだけではない。何か肌を突き刺すような感じがする。得体の知れない物に命を握られているような感覚……。

 

 ──これが妖気か? 

 

 霊夢や霊華と違い、俺には霊力や妖力の感知ができない。でもここまで強いと素人でもわかる。『恐らくこれが妖気だ』と。

 

 つまり今刺々(アイツ)はパワーアップしているという事だ。

 

 本当に余計なことをした。あそこで煽らず、じっくりと戦えばよかった。第2ラウンドはかなり厳しい戦いになりそうだ。

 

「チクチク……この姿を見せるのは久しぶりタケ」

 

 突風が止むのと同時に刺々の発光も収まった。

 

 刺々の身長は約50cm程伸びており、人間と変わらない体格は竹らしい雰囲気へと変わった。身体の色は萌黄色にかわり、可愛らしい顔も妖怪らしく化け物のようになった。

 

 




ありがとうございました。今回はなんとか霊華を守ることができましたね! うん、成長した。

さて、次回は十千刺々の本気です。お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#39「()は──死なせたくないんだ!!」

おは祐霊(謎の挨拶)

今回が最もダークで楽しい回です。ゆっくり読んでください。


「──! それがお前の本当の姿なのか?」

「その通り。拙竹はこの竹林の意思そのもの。言わば体内に入ってきた細菌を始末する白血球の奥の手というところタケ。この姿になるのは久しぶりタケ。手加減はできないタケよ」

「……望むところだ」

 

 腕、足、胴、全てが竹で構成されている細長い身体。その奇妙な生き物を目の当たりにしてやっと、十千刺々という者が人外の生き物だと認識できる。妖力もハッキリと感じる。空間を圧縮するような圧力と、針のように刺さる殺意を感じて身体が震えてくる。俺は自分の頬を叩いて集中する。対戦相手を恐れていては勝てる相手にも勝つことはできない。相手がパワーアップしたというのだから尚更だ。

 

 ──出し惜しみをしている場合ではない。これで決める! 

 

「行くぞ使い魔君──星符『スターバースト』!!」

 

 魔法陣を創造した刹那、水色のレーザーが刺々を飲み込む。

 

「チクチク……無駄無駄。無駄タケ。そんなチンケなレーザーは今の拙竹には効かないタケ」

「──!? 馬鹿な!」

 

 経験上、スターバーストで倒せなかった妖怪は余りいない。全く効かなかった相手は鈴仙だけ。それは彼女が光の波長を操ったからだ。彼女は能力をもってスターバーストを相殺した。

 

 ──刺々は純粋な力で相殺した……

 

「さて、これでお終いにしよう。──(まど)符『迷いの竹林』」

 

 突然霧がでてきた。十中八九刺々のスペルカードによるものだろう。自然現象による霧ではなく、妖力で作った霧。刺々の終戦宣言に対し気を引き締めるが──

 

「うっ!?」

 

 濃霧と雪で視界が悪い中、竹棒が飛んできた。竹棒に気がついたのは、既に数十センチの距離まで迫っていた。俺はそれを躱すことができず──

 

 ──腹を……貫かれている! 

 

 一瞬だった。竹棒の影を捉え始めたその瞬間には既に腹を刺されていた。直径5センチほどの穴がぽっかりと空いている。傷口からジワジワと血が出てきて、あっという間に溢れていく。今まで感じたことの無い痛み。刺された場所が火傷したように熱く感じる。腹に力を入れて必死に痛みを我慢するが、腹筋が痙攣して上手く力が入らない。正直立っているのも辛い。

 

「はぁ、はぁ……嘘だ……ぐぅ……」

 

 ──まさか俺は死ぬのか? 

 

 今すぐ逃亡して直ぐに治療を受けることができれば助かるだろう。だが、どうやって逃げる? 今は霊華と離れているし、俺から彼女の姿は見えない。恐らく彼女からも見えていない。逃げようにも逃げられない。俺が一人で逃げたら刺々は霊華を標的にするだろう。それはダメだ。助けを呼ぶのも不可能だ。空に向かってレーザーを撃てば霊夢や魔理沙に気づいてもらえるかもしれないが、それをSOS信号だと理解してくれるとは思えない。ハッキリ言って詰みだ。

 

 

 

 ──逃げちゃ、ダメだ。

 

 

 

 逃げたら……霊華が殺される。

 

 

 

 なんかとか、なんとかしないと……

 

 

 

 ──クソ、考えが纏まらなくなってきた

 

 

 

「こんなところで……死ぬわけには……!」

 

 

 

 

 遂に立っていることができなくなって膝から地面に倒れ込んだ。倒れ込む時、顔や胸を強くぶつけたが、その痛みが気にならない程腹が痛い。

 

 

 

 しばらく蹲っていると地面に血溜まりができていた。

 

 

 

 

 コレが全部俺の血なのか? 

 

 

 

 

 何かの間違いなんじゃ? 俺がこんな目に遭うはずが……

 

 

 

 

 思考は既に停止して、考えても仕方ないことばかりが頭に浮かぶ。

 

 

 

 

「嗚呼……」

 

 

 

 

 ──腹を刺されても死なないって思ってたけど、アレは大量出血で死ぬんだ。俺も……

 

 

 何かを……創造すれば…………止血できるかも……しれない…………何を……創造すれ……ば……

 

 

 

「死にたく……ない……あの子を……守りた…………」

 

 朦朧とする意識は暗い暗い闇に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 ───────────────

 

「チク……チクチクチクチク!!」

 

 神谷君が十千刺々を被弾させた後、あの妖怪はパワーアップした。容姿は完全に違う物へと変わり、妖怪らしい見た目となった彼女からは気味の悪さを感じる。

 

 その後刺々がスペルカードを使うと辺りは濃い霧で覆われた。二人の様子はおろか身の回りの竹も見えない。両手で大幣をギュッと握って霧が晴れるのを待つ。

 

 そして霧が晴れた時、私は直ぐに神谷君の姿を探した。

 

「え……」

 

 神谷君は、地面に倒れ込んでいた。

 

「チクチク! やったタケ。遂にこの人間を殺せる時が来たのだ」

 

 刺々は神谷君の元へゆっくりと近づいていく。その間彼は微動だにしない。

 

 ──嘘だ。

 

 神谷君は、さっき刺々が使ったスペルカードで被弾したんだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ──アレは、神谷君の血? 

 

 前に霊夢に言われた言葉を思い出した。

 

『スペルカードルールがあるおかげで、妖怪と戦った人間が死ぬ事は減ったわ。でもね、死ぬ時は死んじゃうの。だから、命懸けであるのは変わらないわ』

 

 ──“ごっこ”でも死ぬ時は死ぬ……

 

「うっ……」

 

 思考スピードがいつもの何倍にも跳ね上がった。同時に複数の考え事をした。それらが行き着いた終着点(答え)はみんな同じ。その答えは私の視界を歪ませ、身体を震わせた。

 

「神谷君が……死んじゃう……」

 

 そう思うと強い目眩と吐き気が込み上げてきた。

 

 ──嫌だよ……そんな……何かの間違いなんじゃ……

 

「チクチク……滑稽タケ! ついさっきまで余裕ぶって拙竹を煽ってきておいてこのザマだ! これだからやられた振りは止められないタケ。チクチクチク! 勝ちを確信していた人間が絶望していく様は何度見ても快感タケ。うふっ、チクチク!」

 

 悪魔のような言葉が耳に入ってくる。私はその言葉を聞いて涙を流すことしかできない。項垂(うなだ)れて、泣きじゃくっている無力な私が嫌になってくる。

 

「その程度の傷ならまだ生きているはず。楽しみはここからタケ……」

 

 ガスッという音が聞こえてくる。何だろうと目を向けると、刺々が神谷君を蹴り飛ばしていた。チンピラが弱いものいじめをするかのように。じわじわと痛めつけるように、何度も何度も蹴る。それを見た瞬間、全身の血流が速くなって視界が狭くなっていった。

 

 ──許さない……! 

 

 気が付いた時には走っていた。神谷君を蹴っていることに対する『怒り』が、先程まで感じていた絶望感と喪失感を圧倒的に上回った。

 

「ふざけないで!! ──()()!!」

 

 私はとても()()()()()

 

 全身から霊力を解放し、使うつもりのなかった、私の最強スペルカードを宣言する。

 

()()()()!!」

 

 解放した霊力は数個の光弾となって私の周りに集まる。

 

「私は貴方を退()()()()!」

 

 私が声を荒らげるのと同時に光弾が刺々の元へ飛んでいく。バランスボール程の大きさのそれは妖怪にとって最も嫌いな()()()()()物で、触れた瞬間強制的に封印する。

 

 

 

 

 

 

 

 ──はずだった。

 

 

 

 

 

 

「ハッ! 傑作タケね。その技、()()()()()タケよ。()()()()()()()()()()()()()にかなり劣るタケ。大した力もない、技の()()だけを真似たお粗末な贋作(がんさく)タケね!」

「そんな……私の夢想妙珠じゃ倒せないの……?」

 

 “妖怪を退治しない”という誓いを捻じ曲げてまで放った私の最強技はパワー不足で傷一つつけることができずに終わった。

 

「お前は後タケ。今は()()だ。チクチク……逃げてもいいタケよ。まあ、直ぐに拙竹の分身に捕まって(なぶ)り殺されるのが()()タケ」

 

 刺々は再び神谷君を蹴り始めた。これまでに溜まった鬱憤(うっぷん)を晴らすように。

 

 竹を切られ、竹林の一部を更地にされた怨みを晴らしている……。

 

 ──それでも私は

 

 

 

 

 

 ──何もできないと分かっていても! 

 

 

 

 

 私は神谷君を庇うように刺々の前に立ちはだかる。そして大幣を強く握りしめて叩きつける。

 

 

「大切な友達が!! こんな酷い目に合わされているところを見て!! 黙って見ていられるほど──ッ!」

「グゥ……何タケその力はッ!」

「薄情者じゃない!!」

「グゥアッ!!」

 

 大幣に全霊力を込めて叩き込み、刺々を吹き飛ばすことができた。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 ──永遠亭、霊夢、魔理沙、妹紅さん、誰でもいい。何とかして助けを呼ばないと。早くしないと神谷君が死んじゃう! 

 

 吹き飛ばされて地面に倒れていた刺々は起き上がると怒号を上げながらこちらに掌を向けてくる。

 

「チクチク……。強くなっても嫌いなものは嫌いなままタケね。巫女もどきが調子に乗りやがって! 気に食わないタケ! お前は後だと何度言わせるタケェ!? 順番は守れと教育されていないのか!」

「──ッ! あ……」

 

 突然お腹に強い痛みが襲ってきた。恐る恐る下を見ると、竹棒が刺さっていた。

 

 ──痛い

 

 痛みが強すぎて戦意が一瞬で無くなった。

 

 立っていられなくなって座り込んでしまう。

 

「はぁはぁ……うぅ……」

 

 驚く程に心臓の鼓動が速くなり、ドクドクと言う音が頭に響く。思考は不気味な程にクリアになり、自分の運命の演算を無限に繰り返す。何度やっても答えは同じ。

 

 ──死んじゃう

 

「痛い……痛いよ……誰か……たすけ……」

 

 声が出なくなってしまった。地面に倒れ込むと隣には同じく横たわっている神谷君の姿が見える。

 

 ──かみやくん……ごめんね……わたし、なにもできなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───────────────

 

「う……ここは……何処だ?」

 

 目を覚ますと真っ白な部屋にいた。上を見ても、前を見ても後ろを見ても、どこを見ても真っ白。部屋と言うよりは空間と言った方がいい気がする。

 

 ──刺された傷が無い。それに着ている服が綺麗だ。

 

「まさか本当に死んだのか!? クソッ!」

()()()、貴方はまだ死んでいません。死なせるわけにもいきません』

 

 突然後ろから声が聞こえた。振り向くとそこには美女が立っていた。

 

 霊夢や霊華と同じくらいの背丈……推定157cmの女性は水色の長い髪に白いレースの服を着ている。この女性からは只者ではない力を感じる。

 

()を感じるのが不得意な俺がそう感じるのだ。この人は只者ではない。この「力」、刺々のようなおぞましい妖力ではなく、初対面なのに何処か安心してしまうような温かい感じだ。

 

「……えっと、異世界転生はお断りですよ? 転生させる力があるなら元の世界に戻してください! 俺はあの子(霊華)を守りたい!!」

『異世界……転生。はあ、あなたは何か勘違いしているようです』

「……え、『お前は私の手違いで殺しちゃった☆テヘペロ! お詫びに好きな世界に転生させちゃうぞ!』展開じゃないんですか」

『……どうしましょう。折角覚えた日本語の知識が足りないみたいです……』

 

 うーん、話が噛み合ってないぞ。

 

「なんかごめんなさい。俺は神谷祐哉です。貴方は? 天使ですか?」

「貴方のことはよく知っています。私の名前はアテナ。ギリシア語を日本語で発音する影響で呼び方が複数ありますがお好きな様に呼んでください」

「ア、アテナって……あの、ギリシア神話の?」

 

 俺がそう言うと自称アテナはコクリと頷く。

 

「マジっすか」

『実は私達は以前に会っています。あの時は声のみでしたが』

「あっ……使い魔を作ろうとした時見た夢に出てきたあの人ですね」

『そうです。私の言う通りにニケを元に使い魔を作成したようですね。良い事です。アレがあれば私達はより強固に繋がることができる』

 

 ニケはギリシア神話に出てくる女神。それを使えと指示するものはそれに関係する者。ここまでは予想できていたがアテナのような有名な女神だとは思わなかったな。

 

「……とある女の子の診断で、俺の中にナニカがいる事は知っていました。まさか貴方だとは。お会いできて光栄です」

『……すみませんが時間がありません。正式な挨拶は後程しましょう。今は何も言わず私を信じてください』

「わ、分かりました」

『先ずは状況整理から。今貴方がいるのは貴方自身の精神世界。私は貴方を依代にしている神。貴方の味方です』

 

 アテナは一呼吸間を置いて続ける。

 

『貴方の体は今、大量出血で死ぬ寸前──瀕死状態です。誰かが助けなければ助かりません。以上です』

「はい」

『今回は私の力で、ある程度ですが回復させます。そこからは自力でどうにかしてもらうことになります』

 

 ──! 俺は意識を取り戻せるのか。助かった。

 

とは言ってもどうしたらいいのだろう。再び意識が戻った時、何もしなければまた気を失って今度こそ死んでしまう。せめて止血しようか。傷口を蓋できれば創造物はなんでもいい。

 

『それと、どうやらこの一件でもう一つの力を使えるようになったようですよ。後はきっかけさえあれば使えるようになるでしょう。さて、準備はいいですか?』

「うん? ……はい。取り敢えず止血すればいいですよね。血は足りるかな……」

『霊力を巡らせば少しの間なら代用できるはずです。コントロールは私が手伝います。──いえ、先に言っておきましょうか。()()()()()()()()()()()()

「──分かりました。貴方を信じます」

『それでは戻します』

 

 

 ───────────────

 

 

 ゆっくりと、意識が戻ってきた。

 

「──ッ」

 

 貫かれた腹が痛い。そして血を失っているからか頭も重たい。

 

 ──創造! “止血”付与

 

 ヤバい。霊力が空っぽだ。

 

『血を失ったからでしょう。今こそアレを使う時が来たのです』

 

 ──創造、『MP回復』発動

 

 俺が念じると地面に赤い魔法陣が展開された。その魔法陣は発光し、中心にいる俺の霊力が()()()()()()

 

 MP回復は俺が用意しておいた奥の手だ。これは今まで溜めておいた霊力を、必要な時に引き出せるというもの。

 

 霊力の貯蓄は反射鏡の創造をした頃から始めていた。これは一日の終わりに余った霊力を魔法陣に蓄えられる。

 

 ──霊力は満タンまで回復。貯蓄はあと1回全回復できるくらいかな。

 

「チク? お前、何をしているタケ?」

「回復だよ。さて、勝利条件は先に相手を2回被弾させることだったな。始めよ──え?」

 

 霞む視界も元通りになり、思考も安定してきた。立ち上がった時、俺は()()気づいた。

 

 ──何で……どうして霊華が倒れているんだ

 

「チクチク……どうする? 本当に始めるタケ?」

 

 チクチクは動揺している俺を見て(わら)う。

 

 刺々(こいつ)がやったのだろう! 絶対に許さない。

 

 ──取り敢えず、説明してもらおうか! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!

 

「……なあ、おい。教えてくれよ。どうして霊華はここで倒れているんだ?」

「チクチク。話してやろう。お前が気を失った後、この女はお前を庇う為に拙竹の前に立ちはだかったタケ。……ここまで説明すれば十分タケ?」

 

 

 

 俺を……庇う為……立ちはだかった……

 

 

 

 霊華は俺を庇って攻撃された。

 

 

 

 このままでは……

 

 

 

 霊華が──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急いで彼女の元へ駆け寄る。彼女の腹からは既に大量の血が流れていた。真っ白に積もった雪が赤い血で塗られている。

 

「その女を刺したのは今から……1分くらい前タケね。まだ死んでないはずタケ。チクチク。でも逃がさないタケよ。冷たくなっていく女を見て更に絶望しろ! 拙竹を(たの)しませろ!」

「うるさい」

 

 

 

 

 

 

 

 ──嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! 

 

 

 

 

 

 

 

「俺……は、この子を……守るって……誓ったのに……!」

 

 

 

 

 

 

 身近にいる彼女を守れるくらい強くなるために今まで修行してきた。まだ足りなかったのだ。そして一度でも失敗したらその時点で終わり。──死んでしまったらもう、何をしても無駄なのだ。

 

 

 

 

 

 

 ──死なせたく、ない。俺は──! 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁああああああ!!」

 

 

 

 

 気づいたら叫んでいた。喉が潰れるのではないかと思うくらい。そんなことはどうでもよかった。何もかもが嫌になった。全てが許せない。そんな極端な気持ちが溢れてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──俺は、無力だ。情けない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──許せない! 刺々(アイツ)が!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──無力な俺が!! 理不尽な運命が!! 何もかもが許せない! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──全部俺が!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──()()してやる!! 

 

 

 




ありがとうございました。二人の絶望的な気持ちがちゃんと伝わったでしょうか。「まだまだ」でも、「伝わった!」でもいいのでぜひ感想ください!

十千刺々の設定
・能力:意思を持つ程度の能力
・身長:150cm→200cm
・備考
「チクチク」という笑い方と語尾の「タケ」が特徴的な竹妖怪。通常は女子高生の様な見た目で、背中に竹棒を背負っている可愛らしい子だが、覚醒するとその姿は大きく変わり、竹を無理矢理キャラクターにした感じになる。

彼女の、意思を持つ程度の能力は刺々が迷いの竹林の意思だということから。迷いの竹林に入り込んだ人間を監視し、竹を切られると発動する。そして竹を切った人間を懲らしめるのだ。十千刺々という存在は人間でいう白血球の様な役割を持っている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#40「Lost bamboo grove」

 

 ──全部俺が!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──()()してやる!! 

 

 

 

 

 

 

 そう思った時、俺の頭の中に様々な情報が入ってきた。聞いたことの無い情報。力。俺はこれに賭けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──『()()()()()()()()()()()()』。発動! 時よ戻れぇぇぇえええ!! 戻れと言ったら戻れ! この子が傷付く前に!! 俺はどうなってもいい! だから! 戻ってくれぇぇぇぇぇえ!!」

 

 声が枯れるほど叫んだ。

 

 

 そして確かに耳にした。

 

 

 ガゴン、という回っていた歯車が動きを止めたような音が聞こえた。

 

 

 

 

 ──不思議なことが起こった。

 

 

 

 

 地面でうつ伏せに倒れている彼女。腹からは大量の血が流れて積もった雪を赤く濡らしている。それが、段々と消えていった。

 

 血溜まりはみるみるうちに無くなっていき、雪は赤から白へ戻った。

 

 ──まさか、本当に!? 

 

 心做しか彼女の顔色も良くなったように感じる。

 

 俺は慎重に彼女の身体を回転させ、仰向けに寝かせる。

 

 ──やった!! やったんだ! 何がどうなっているかは分からないけど、霊華は助かったんだ! 

 

 彼女の白い肌は何処を見ても傷ついた様子はなかった。

 

 俺は彼女の首筋に手をやって脈をはかる。──大丈夫そうだ。普段の霊華の脈を測ったことは無いけど、大体平常時の俺と同じか少し速いか。弱っている様子はない。

 

「よし……一先ずは安心──グゥ……」

 

 彼女の回復を確認し、立ち上がろうとすると酷い立ちくらみに襲われた。

 

 ──立ちくらみや目眩……嗚呼成程。

 

 数度経験してきた立ちくらみや目眩。これに襲われる時は毎度霊力が一気になくなった時に限っている。そして今回も同じだった。

 

 ──ヤバ……急に重力が強くなったように、身体が重たくなった。指の一本も動かせない。

 

 時間を止めた時と同様に、目を開けていると視界がグルグルと回っている。吐き気を催すような目眩。満タンからまるで()()()()まで持っていくかのように減った霊力。

 

「く……そ……傷口、がぁ! 開いたな……」

 

 傷口を塞ぐように当てた創造物も消えている。

 

『彼女の身体の時間を巻き戻した時、霊力が一気にゼロになりました。僅か1分間でさえ時間の巻き戻しにはかなりの代償があったのです。霊力が足りず、臓器の一部が破裂しています』

 

 くぅ……激しい痛みに耐えながらアテナの話を聞くのは難しい。このままでは死ぬという事は流石にわかる。

 

 ──少なくとも、刺々を倒すまでは死ぬわけにはいかない。俺がここで死んだら同じことが繰り返されるだけだ! 

 

「がぁ……創造……」

 

 ──『MP回復』! 

 

『霊力で臓器の傷口に蓋をします。ですが長持ちはしません。早々にこの場から逃げるか、あの者を倒してください』

 

 逃げる? そんなことはしない。する訳にはいかない。俺は怒っているんだ。霊華を傷つけた刺々が許せない。アレを殺さない限り終われない。

 

「チクチク……女を治療したのか。どうやったのかは知らないが相当な負担がかかるようタケ」

「はぁ……はぁ、俺がやったのは()()なんてもんじゃあないんだよ。治療っていうのはよぉ、適切な手当をして自然回復を見守ることだ。俺が今やったのは、身体の時間を巻き戻すこと。言い換えれば……()()()()()()()()んだよ」

「チクッ! チクチクチクチク! それが本当ならお前は神の力を使えるということになるタケね。だが! 無駄な事! その力とて常に使える訳では無いはず。つまり、拙竹とお前達の戦闘力の差は変わっていない。もう一度殺して欲しいタケェ?」

 

 確かに、俺が念じて使ったということはこの能力も発動型。そして恐らく使う度に霊力を消費する。

 

『貴方が()()()()『全てを支配する程度の能力』ですが、これを使う為の条件があります。説明している暇はありません。あの能力を使わずに倒してください』

 

 条件、か。分かった。一先ず、今まで通り創造の力だけで戦えばいい。一応考えがある。だから大丈夫なはずだ。

 

「させると思うか? お前は俺が殺す。絶対にだ。思うに、仮にお前を真っ二つにしたところで真の意味で倒したことにはならない。十千刺々という妖怪は、迷いの竹林の意思。竹林全体が本体。ならば、狙うのはお前ではない」

「──貴様! 遂に気づいたタケか!」

「この竹林を──焼き払ってやる!! 二度と回復できないよう、根っこの欠片も残さずにだ!」

「……酷い話タケ。考えてみろ。拙竹は被害者タケ」

「あ?」

「拙竹だって、竹林を傷つけられない限りはこんなことしないタケ。妖怪が人間を喰うことは結果的に自分の存在を危うくさせるだけ。……お前達は、竹林の竹を切った。そしてお前は妹紅と戦った時に大量伐採した。お前達人間の感覚で言えば、突然通り魔にあって四肢をもがれたようなもの。それで怒らない奴が何処にいるタケ? だから拙竹はお前達に仕返し(復讐)すると決意した。わかるタケ?」

「…………」

 

 確かに、刺々の言うことは尤もだ。元はと言えば俺達が悪い。特に俺は先日の戦いでかなりの面積を巻き込んでしまった。正直、反論できない。

 

「……殺すなら、俺だけにして欲しい。彼女を見逃してくれるなら、罰は甘んじて受ける」

「チクチク……チクチクチクチクチクチク!」

 

 俺が本心を告げると刺々は狂ったように笑う。そして──口を開いた。

 

「ダメだと言ったはずタケ。お前の大事な女も一緒に殺す。正直、竹を切った量の問題ではないタケ。1を切った女と、10を切ったお前。罪の重さは勿論お前の方が重くなる。だが──」

 

 どうしてもダメか。俺だけでいいなら本当に殺される覚悟はしたのに。霊華は死なせない。あの子に竹を切らせたのは俺なんだ。竹林に連れてきたのも、俺。巻き込んだ俺が全部悪い。

 

「──1は、0では無い。わかるタケ? 1と10を比べたら確かに1は軽視される。だが、1は1。1の時点で罪なんだよ」

「……そうか。それなら俺はどうしても負けるわけにはいかなくなる。後味が悪いが意地でも強行突破させてもらう!」

「ハァッ! やってみろタケ! 拙竹から逃げることができたら不問にしてやるタケ! 感謝するんだなぁ!」

 

 

 

 

 ───────────────

 

 十千刺々は竹を使う妖怪。アイツなら今回の異変を引き起こせるはず。そう思って退治しに行ったのだが、あっという間に退治できてしまった。

 

 異変の規模のわりにアイツは弱すぎる。

 

「どうも解決した気がしないのよね……」

 

 ため息をついたその時だった。どこか遠くにとても強い力を感じる。

 

「この感じ──! でも、強すぎるわ。私が霊力感知を間違えるはずがないのだけど……」

 

 感じた強い力というのは霊力。そして、一度会ったことがあれば霊力の質から持ち主も当てられる。

 

 ──これは間違いなく、祐哉の霊力。

 

 しかし、強すぎるのだ。

 

「まさか、全ての霊力を一気に使ったんじゃないでしょうね。そんな事したらただじゃ済まないわ」

 

 取り敢えず様子を見に行こう。そう思って地面から足を離そうとした時、そいつは現れた。

 

「遂に来たのね。うふふ、良好だわ」

「……紫。アンタが出てきたってことは只事じゃないようね」

「お喋りをしている余裕があるのかしら? 貴方のお友達を心配した方がいいんじゃない?」

 

 ──やっぱり祐哉と霊華に何かあったのね。

 

「良く聞きなさい霊夢。今回の件でもしも竹林が消えるようなことがあれば、私は消した物を始末するわ」

「何を言っているの? そんなことできるわけないじゃない! もう行くわ」

 

 私は紫の意味深な発言を無視して、霊力を感じた方向へ向かう。

 

 ───────────────

 

「今度は竹林全てを焼き払ってやる!!」

「待ちなさい!!」

「──!」

 

 デュアルバーストを使おうと魔法陣を展開した時、第三者の声が突然飛んできた。

 

「霊夢じゃないか。どうした?」

「はぁ、はぁ、『どうした?』は私のセリフよ。さっき強い霊力を感じたけど、何があったの?」

「チクチク……拙竹を前に余所見をするとは余裕タケね!」

「──煩い。アンタは黙っていなさい。『八方鬼縛陣』!!」

 

 霊夢が大量の御札をばらまいて結界を作った。この陣に捕まると身動きが封じられてしまう。

 

「おい霊夢。何で俺まで巻き込むんだよ!」

「確認させて。貴方達、二人共無事なの?」

「──嗚呼、()()()。それより、離してくれないかな。俺はコイツを……竹林を、焼き払わなくちゃならない」

「ダメよ。この竹林を消すことは認めない。過剰よ」

 

 ───────────────

 

『やらせちゃえばいいのに』

 

 ──その声、紫ね。テレパシーって奴かしら

 

 嫌よ。だってアンタ、祐哉を殺すつもりでしょう? そんなことはさせないわ。

 

『嫌ねぇ。アレは過程と結果次第の話よ』

 

 私は、祐哉が処分される可能性さえも作りたくないの。邪魔しないで。

 

「過剰、ねえ。知っているか? 十千刺々の本体は迷いの竹林その物。今目の前にいるアイツを倒しても無駄だ。アレは竹林から生まれた意思の塊。刺々を倒すなら、竹林を消さないと」

「それなら、弾幕ごっこのルールで契約すればいいのよ」

 

 こちらが勝ったら竹林を元に戻せ、と最初に約束してから戦えば済む話。祐哉もそれは知っているはず。

 

「……霊華は、一度殺されかけたんだ。俺はそれが許せない。アイツを、殺さないと、気が済まないんだよ」

「…………」

 

 霊華が殺されかけた? 彼処で仰向けに倒れているけど傷らしい物は見当たらない。妖術にでもやられたのか。

 

 ──どちらかと言えば祐哉の方が死にかけている。

 

 辛そうではあるけど、重症ではないのかしら。

 

「どんな事情があろうと、認められないわ。どうしても焼き払いたいというのなら私は貴方と戦うことになる」

「何故だ? 竹林は幻想郷にとってなくてはならないとでも言うのか?」

 

 違う。これは貴方を守るため。

 

「さあ、どうするの? スペルカードルールに則るのか、私と戦うか」

「……チッ、分かったよ。霊夢には勝てそうにない」

「約束よ。破ったら問答無用でその力を封印するから」

 

『あら霊夢。器用になったのね』

 

 ──いざとなったら、神降ろしをしてでも封じ込めるわ。祐哉を守るためなら。

 

『……貴方をそこまでさせるなんて、本当に大切な友達なのね』

 

 ──別に、祐哉だけじゃないわよ。

 

「大丈夫だ。霊夢を裏切るようなことはしない。なるべく被害は小さくするさ。──霊華を頼む。気絶しているだけで傷は無いはずだが……永遠亭に連れて行って欲しい」

「任せなさい」

 

 私は雪の上で寝ている霊華に近づき、彼女の服に積もりかけている雪を払う。

 

 胸に手を当てて心臓の鼓動を確認する。

 

 ──眠っているだけ。恐らく術にもかかっていない。一体どういう事? 

 

「後で聞きたいことがあるわ。死なないでね」

「情報のために、か?」

「……馬鹿ね。皆で宴会を開くからに決まっているでしょ」

「ああ、それは楽しみだ。頑張るよ」

 

 ──これは、祐哉の戦い。これ以上邪魔はしない。

 

 私は八方鬼縛陣を解除して永遠亭に向かった。

 

 

 ───────────────

 

「チクチク……忌々しい陣だったタケ。巫女が敵じゃなくてよかったと、心底思っているタケよ」

「それは……俺を舐めているのか? それとも、凄く舐めている?」

「チクチク……圧倒的な力の差は見せつけたはずタケ。お前は本当に拙竹に勝てると思うか?」

「勝てるさ。()()()は無くなったからな。そしてお前相手に出し惜しみするのは無謀だということも、嫌という程理解した。本気で力を使わせてもらう。卑怯とは抜かすなよ? 竹妖怪!」

「チクチク! 威勢のいい人間は嫌いじゃないタケよ! もう一度貴様の顔を絶望の色に染めてやる! そして今度こそ地獄へ送ってやるタケェ!!」

 

 長かった睨み合いが遂に終わった。俺達は同時に()()()()()退()()()弾幕を展開した。

 

 迫り来る竹棒は一撃必殺。当たったら今度こそ死ぬだろう。

 

 ──創造。眼鏡……動体視力強化を付与! 

 

「来い! 3体目の使い魔君! ──鏡光『リフレクト・トラップ』!!」

 

 3体の使い魔はそれぞれ別々の位置からレーザーを放つ。刺々はレーザーの予告線と角度から推測して躱してみせる。

 

「避けきれるかどうか実験させてくれ」

 

 俺は身の回りに反射鏡を創造する。数は20個。使い魔の放つレーザーは反射鏡に触れて角度を変えていく。

 

 実際にこのスペルカードを使うのは初めてだ。

 

 ──鏡光『リフレクト・トラップ』は鈴仙との戦いで閃いた技。

 

 鈴仙相手にレーザーが効かなかったので試すことができなかったスペルカードだ。刺々の避け具合で反射鏡の数を調整する必要がある。増やしすぎて不可避になっては反則だからな。

 

「チクチク……これは中々面白い。程よい難易度タケね」

「貴重な感想どうもありがとう」

 

 使い魔のレーザーは極細にしてある。それは蜘蛛の巣のように相手を包囲する。

 

 ──更に3体の使い魔から弾幕を撃たせる。

 

 刺々のデカい図体ではレーザーの網を気にしつつ弾を避けるのは大変なものだろう。

 

「──見せてやろう。拙竹の最後かつ最強スペルカードを! ──『竹竹・竹竹竹竹・竹竹(Lost bamboo grove)』!!」

「──何だその名前は! ふざけているのか!」

「──失敬な! 竹林の恐ろしさ、存分に味わうがいい!!」

 

 周りに生えている竹から枝が生えていく。その成長スピードは非常に早く、グングンと伸びて太くなる。まるで竹ではなく、樹木のようになっていく。

 

 伸びた枝は反射鏡を貫いた。俺は舌打ちをしてリフレクトトラップを止める。

 

 未だ成長し続ける竹林。段々と霧が出てきて視界が悪くなっていく。

 

『人工消霧を教えます。とはいえ、アレは妖力で生み出したもの。自然現象の霧とは違う対処が必要になります。いいですか──』

 

 ──成程。こうやってサポートして貰えるととても助かる。

 

「行くぜ。俺の最後のスペルカード──星爆『デュアルバースト』!!」

 

 ──霧諸共薙ぎ払う! 

 

 とはいえ、霊夢との約束があるからな。あまり広範囲に行かないように調節はするさ。

 

 二つの魔法陣を展開してレーザーを放つ。2本の極太レーザーは刺々を挟むように追い込んでいく。レーザーが触れた霧は蒸発してなくなる。

 

「──ォォオオオッ!!」

 

 刺々が咆哮すると地面から竹が生えて、俺を穿こうと瞬時に伸びた。それを紙一重で回避する。

 

「チクチク!! 知っているタケよ! お前のその技! 最初にいた位置から動かなければレーザーには当たらない!! 音も、振動も、仮の体であるこの身には無意味!」

「よく知っているじゃあないか! だがなあ、これはお前を攻撃することだけが目的じゃないんだぜ!」

 

 俺が指を鳴らすと上空にいた使い魔達が銀河を描くように弾を放つ。

 

 刺々は上から降ってくる星粒を避け、俺は地面から生えてくる竹槍を躱す。

 

「チクチク……竹を減らして拙竹を弱らせようとでも? 生憎今の拙竹にはその程度の傷は無いのと同じタケ!」

 

 一度レーザーが通った所に生えていた竹は消滅する。だが、覚醒状態の刺々は恐ろしい速度で竹林を修復してみせる。

 

 恐らくデュアルバーストで刺々を倒すことはできない。

 

『祐哉、狙うは一瞬です』

 

 ──ああ、分かっている

 

 2つのレーザーが再び刺々を挟み始めた時、俺はヤツに向かって駆け出す。

 

 ──足に霊力を集めて地面を蹴るッ!

 

 今まで走ったことの無い速さ。冷たい風と雪が、熱くなっている身体を撫でる。勝負を決めに行くという瞬間で、冷たい風を心地良いとさえ思えるこの余裕はアテナが与えてくれるのだろう。彼女の存在が俺に自信をもたらしてくれる。

 

「そろそろ決着を付けるぞ、十千刺々ー!」

「チークチクチク!! レーザーを消したな? 馬鹿め!! それでは竹林の濃霧の餌食になるということを忘れたのか!」

 

 そう、俺はデュアルバーストの使用をやめた。そして刺々のラストスペルカードはまだ続いている。レーザーで消していた霧が再び襲う。

 

『大丈夫。戦いの女神である私を信じてください』

 

 アテナは俺が苦手とする気配探知ができる。濃霧の中でも、敵の位置と攻撃が来る方向が分かるのだ。

 

 霊力の力で加速を得た俺なら後1秒も経たずに刺々の元へ辿り着く。

 

 俺は両手に()()()()()()刀を創造する。

 

「これで終わりだ!!」

「まだタケ! 竹林の恐ろしさを味あわせると言ったはずタケ!」

 

 刺々は地面からだけでなく、長く伸び切った竹でさえも操り、大きくしならせて俺を貫きに来る。

 

 ──霊力を全身に纏い、身体能力を向上させる。

 

 ──竹に刺さる前に刺々を倒してみせる! 

 

 俺を最後に勢いよく地面を蹴り、刺々目掛けて跳ぶ。

 

「うぉぉおおおおおおおおお!! 俺の、勝ちだ──!!」

 

 俺は遂に刺々の身体を斬った。

 

「はぁ、はぁ、竹林の恐怖は嫌という程味わった……。もううんざりだ」

「ば、ばか……な……。拙竹が……こんな人間如きにィ……!」

「八つ裂きにしてやったって言うのに元気そうだな」

「忘れたか。拙竹の本体はこの身体ではない。だが認めよう。この勝負、お前の勝ちだ。お前と女の罪は今回のみ不問にする。だが次は無いタケ。気をつけることタケ」

「……その件は本当に申し訳なかった。無闇に竹を切ることはしないと誓う」

「ふぅ……一時ではあったけど、拙竹は力を持つ事ができて良かった。お前もそうは思わないタケ?」

 

 刺々の言葉に、第2の能力──『全てを支配する程度の能力』を思い出す。

 

 あの力に目覚めなかったら霊華を助けることはできなかった。創造の力をもってしても、あの傷を回復する物は作れないだろう。

 

「……あの力は正直俺の物じゃない気がする」

「チクチク、それはそうだろうタケね。だがお前の意思で使える事は確かだろう? 扱いには気をつけるタケ。さっき得体の知れない妖怪がこの竹林にいたタケ。あの妖怪はお前に注目している。処分がどう……とか」

 

 俺を処分だって? 竹林にいた妖怪……。永琳だろうか。しかしあの人は一応人間だったような……。

 

「注意するタケ。折角生き延びた命、大切にするタケよ」

「ああ……忠告ありがとう。気をつけるよ」

「チクチク……拙竹はそろそろ眠るタケ。明日の朝になれば竹林は元通りになっているはずタケ」

 

 それを最後に刺々の気配は消え去った。

 

「──本当に、迷惑をかけた。ごめんなさい」

 

 俺は虚空に向かってもう一度謝罪した。

 

 




これで竹林異変は終わりです。ありがとうございました。よかったら感想ください。刺々の設定についての質問でも大丈夫です!

〜十千刺々の設定〜
特技:竹林の竹を自在に操ること
刺々にとって迷いの竹林に生えている竹は自分の身体と同じ。竹を傷付けられれば痛みを感じるし、限界ギリギリまで竹をしならせることもできる。また、今回の異変のように、意図的に根を広げて竹林の敷地を増やすこともできる。

妖力を解放して覚醒状態になると、竹の成長スピードを更に上げることができる。人間で言うなら髪の毛や爪の成長を促進するようなイメージ。作中では祐哉がデュアルバーストで更地にした部分を一瞬で新しい竹で埋めてみせた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#41「力の代償」

どうも。昨日二件の感想を頂きました。めちゃくちゃ嬉しかったので今日も投稿します。

異変が終わった数時間後のお話です。


「ん……」

 

 目を開けると見慣れない天井が視界に入った。木造の屋根だけどここは博麗神社ではなさそう。

 

 私は起き上がると、ぼうっとした頭で部屋を見渡す。

 

 ──ここは、何処かな。私は異変解決に出かけて、あの妖怪に刺されてそのまま……

 

「──! 神谷君!!」

「──あ、目を覚ましましたか。具合はどう、霊華」

「鈴仙さん? じゃあここは永遠亭か……。あ、あの! 神谷君は!?」

「大丈夫。祐哉は別の部屋で寝ているわ」

「生きてる?」

「何とかね。ここへ運ばれてくるのがもう少し遅かったら……そして師匠がいなかったら危なかったかも」

 

 神谷君は生きているんだ。

 

 ──良かった

 

 ───────────────

 

「落ち着いてきた?」

「うん、ありがとう。鈴仙さん」

 

 異変解決に出かけていたはずの私は気づいたら永遠亭に運ばれていて寝ていた。神谷君が生きていることがわかって安心した私が次に気になった事は、刺々に刺されたはずの身体の事だった。

 

 起き上がっても、触ってみても痛くない。恐る恐る服を捲ってみるとなんと傷が無くなっていたのだ。

 

 鈴仙さんに尋ねてみたものの、永遠亭に運ばれた時から無傷だったようで、気を失っていたことと精神的な疲れを心配して寝かせてくれたらしい。

 

 ──けれども、私が刺されたのは気の所為なんかじゃなく、紛れもない現実だ。

 

 あんな非日常的で死ぬような思いをしたのだから、簡単に忘れるはずがない。しかし身体は痛みを覚えていないどころか傷さえもない。

 

「その妖怪の幻術にかかったんじゃないかな? だって他に説明のしようがなくない?」

「そうだよね……」

 

 腑に落ちないけど、兎に角私は無傷で、あるとしたら倦怠感くらいしかない。私は鈴仙さんにお礼を言った後、永琳さんの元へ案内してもらう。

 

「目が覚めたのね。良かったわ」

「お世話になりました。ありがとうございます。……あの、神谷君の容態は?」

「取り敢えず命に別状はないわ。遅くても数日以内には目を覚ますでしょう」

「彼の身体に、()()()()()()()()()?」

「ええ。腹部に大きくね。それにプラスで内蔵……肝臓が破裂していたわ。器用にも霊力で蓋されていたから縫合しやすくて助かった。彼は意外と器用なのねぇ」

 

 神谷君の刺傷はあるのね……。それにしても流石神谷君。内蔵の傷を蓋できるなんて凄い。

 

 ──神谷君は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()けど、きっと修行したんだよね

 

 ───────────────

 

 私は部屋のドアをノックして神谷君が眠っている部屋に入る。

 

「失礼します……」

 

 この部屋は私が寝ていた部屋とは造りが違う。畳張りではなく、木製のフローリングで、ベッドが置かれている。その隣には点滴がある。

 

 ──幻想郷の医学は意外と発展しているんだ。……いや、ここだけなのかな。永琳さんは月の賢者とか言われるほど凄い人みたいだし

 

「神谷君……」

 

 私は彼の左手にそっと触れる。

 

 ──良かった。温かい。本当に、生きているんだ

 

 私達二人とも彼処で死んでしまうのだと思っていた。あの場から二人とも助かったのは奇跡だろう。

 

 異変は解決したらしい。どうやって解決したのか、そもそも神谷君が解決したのかどうかも分からない。

 

 けど、今はどうでもいいことだ。神谷君が生きていればそれでいい。

 

「お疲れさま、神谷君。ゆっくり休んでね。あ、でも早く起きて欲しいかも……早く声を聞きたいな……」

 

 彼が目を覚ましたら色々な話をしたいな。

 

 ───────────────

 

 私は一度博麗神社に帰ることにした。永遠亭に運んでくれたのは霊夢らしい。きっと魔理沙にも伝わっていて、心配させているだろうから、安心させる為に。

 

 雪は未だに降っていて寒かったが神谷君がくれたマフラーのお陰でだいぶマシだった。

 

「ただいま……」

「おお霊華、おかえり!」

「ん、おかえり。霊華、ちょっとこっち来て」

 

 神社について今に入ると、魔理沙はいつもの笑顔で、霊夢はよく分からない表情で迎えてくれた。怒っているのか、そうではないのかよく分からない霊夢に呼ばれるまま彼女の元へ行くと──

 

「わわっ!? れ、霊夢?」

「おかえり霊華。無事で良かったわ……本当に……」

「霊夢……」

 

 霊夢に抱きしめられた。人に抱きしめられたのはいつぶりだろうか。そして、そのまま温かい言葉を貰ったのはいつぶりだろうか。そう思っていると急に視界が潤んできた。

 

「ただい……ま。れいむ……」

 

 悲しい訳でも、怖い訳でもない。なのに涙が溢れてきて、子供のように泣きじゃくってしまう。

 

「うん。おかえり」

 

 霊夢はそんな私の頭を優しく撫でてくれた。

 

 ──霊夢や魔理沙と居ると凄く安心する。

 

 ───────────────

 

「ごめんね、霊夢。ありがとうね」

「いいのよ」

「霊夢はな、お前達の事をずっと心配していたんだよ。私は刺々を倒した後一度家に帰ったんだが、珍しく霊夢が訪ねてきてな。『どうしよう、二人が〜!』って焦っていた。あんなに取り乱す程心配されるとは、ちょっと羨ましいぜ」

「ま、魔理沙! なんで言うのよ!」

「あー? 隠してどうするんだよ? へへっ、祐哉と霊華と暮らし始めてから素直になったよな」

「べ、別に……友達が倒れたら心配するでしょ普通。それに、アンタだってずっとそわそわして落ち着かなかったじゃないの」

「それこそ普通さ。霊華と祐哉は私の大切な友人。大好きだからな」

「よくもまあそんなに堂々と言えるわね……」

 

 ──ああ、戻れてよかった

 

 私はとても恵まれている。二人と出会えて良かったと、改めて思う。

 

「れーいむっ!」

「わっ!? 何よ霊華。また泣くの?」

「だいすきっ!」

「〜〜!! な、何よもう……」

 

 神谷君も言っていたけど、霊夢をからかうのはちょっと楽しい。まあ、大好きなのは事実だけどね。

 

 ───────────────

 

「ところで、祐哉はまだ起きないのか? アレから大分経つけど……。爆睡してるって言うなら安心なんだがそういうわけじゃないだろ?」

「うん。命に別状はないけど数日目を覚まさないかもしれないって。傷もそうだけど霊力消費が凄かったみたいで……」

 

 私は霊華の説明を聞いて目を細める。

 

 ──あの時感じた霊力は確かに祐哉のもの。

 

 相当な無茶をしたのだろう。

 

 私は霊華を永遠亭へ運んだ後、急いで祐哉の元へ戻った。戻った時には既に決着がついており、十千刺々の姿は無かった。竹に寄りかかるように眠っていた祐哉を永遠亭へ運んだ。

 

 ──祐哉と霊華。二人とも生きていて良かった。

 

 二人を異変解決に出かけさせたのはまだ早かった。今回の異変はいつもよりも簡単なものだと思っていたから油断していた。実際私が倒した刺々なら祐哉達でも倒せたはず。

 

 ──けど、私が駆けつけた時に祐哉と戦っていた刺々は全くの別物だった。

 

 流石に幽々子や永琳達の方が強いだろうが、二人が戦うにはまだ難しい。

 

 ボロボロだったけど倒したのだから、祐哉が帰ったら褒めてあげようかしら。あーでも、無茶をしたことに対しては怒らないと……。

 

 ───────────────

 

『──祐哉』

「はい」

 

 ここは……俺の精神世界か。真っ白な空間にいるのはアテナと俺のみ。

 

『おめでとう。貴方の身体は適切な処置を受けられたようです。直ぐに目覚めるでしょうがその前にお話したいことがあります』

「おお! 良かった……早く霊華に会いたいな」

『……彼女が好きですか?』

「え、ま、まあ。好きですけど。友達として、ね?」

『そうですかそうですか。では彼女と早く会うためにも早速話を始めましょう』

 

 アテナの目付きは真剣なものに変わった。

 

『改めて、私はアテナです。宜しくお願いします。()()()()()私は未来の英雄(あなた)を助ける為に存在しています。どんどん頼ってください』

「神谷祐哉です。こちらこそ宜しくお願いします。その、よく分からないですけど何か事情がありそうですね。早速聞いてもいいですか」

 

 アテナに許可を貰い、質問する。

 

「俺の能力──『物体を創造する程度の能力』と、『全てを支配する程度の能力』の()()()は誰ですか」

『あら……。驚きです。いきなり核心を突いてきましたか』

 

 俺の能力は2つとも、俺が持つには大きすぎる力だ。「たまたま」運良くこの能力を持っているというのならそれはそれで構わない。とても便利だし、研究しがいがあってとても楽しい。俺は創造の力をかなり気に入っている。

 

 でも、やはり気になるのだ。どうして俺がこんな力を持っているのか。生まれつきならともかく、幻想郷に来てから目覚めた力。何だか作為的な物を感じる。

 

 ──考えすぎだというのならそれで構わない。問題なのは、油断している時に使()()の時間が来る事だ

 

 レミリアといい、紫といい、どうも俺を特別視しているように感じる。自惚れとかではなく、客観的に見て。

 

 特に紫は怪しい。初めて会った時『特別な力』がどうとか言っていた。特別な力が第2の能力を指しているのならば、俺は何らかの目的があってここに呼び出されたということが考えられる。

 

「──って感じなんですが、どうなんですかね」

『それは私にも分かりません。神とはいえ、万物を知っている訳では無いですから。ですが、何らかの理由があると考えるのは正しい。貴方の予想通り、創造と支配共に貴方のものではありません』

「……!」

 

 やはりそうか。予想していたとはいえちょっとショックだ。俺は借り物の力を使ってイキっているのだから……。

 

『となれば持ち主がいるはずですね。因みに私はどちらの能力とも関わっていません。つまり──』

「──なるほど。()()()()()()()()。俺が都合よく能力を使えている理由がね。正体も予想はつきます。だとすれば是非お会いしたいのですが会えますか?」

『……………………。今はまだ、その時ではないとの事です。ふふっ、大丈夫です。それまでの間私がサポートしますし、時が来れば他の者にも会えるでしょう』

 

 ふむ。アテナは何故俺の中にいるのだろう。助けるためとは言っていたけど……

 

『私が貴方の中にいるメリットを説明しますね。挙げればキリがないので、ここは2つに絞りましょう。1つは思考共有によるサポート。2つ目は比較的()()で居られることです』

 

 1つ目は言わずもがな。思考共有ができるという事は常に頭の中で相談に乗ってくれる相手がいるということ。これが戦いの女神である彼女であれば戦闘面でかなり助けてもらえるだろう。

 

 更に、彼女は知恵の女神でもある。これはワクワクしてくるぞ。これからの生活が楽しみだ。

 

 2つ目は冷静か。

 

「俺、弾幕ごっこの時でも結構考え込んだりするんですよね。もしかして貴方がいるからですか?」

『そうです。私の存在は貴方を落ち着かせることができますよ』

「それはそれは、いつもお世話になっております。貴方がいなかったら俺は妹紅に勝てていないかもしれない」

『それどころかまともに弾を避けられるようになるまで半年以上かかったでしょうね。ふふ、どうですか? 私の力を感じて貰えましたか?』

 

 俺は大きく頷く。納得である。

 

 では、次の疑問だ。

 

 ──どうして俺がこの力を持っているのか

 

「それも分かりません。貴方がもしも第三者の手によって連れてこられたのなら、その者に訊く他ありません」

「ほぼ不可能ですね。心当たりはありますが教えてくれそうにないです」

 

 幻想入り(神隠し)の犯人は大体八雲紫である。周りから胡散臭いと評される彼女。何を考えているのか分からないし、含みを持たせた返答をするから曖昧だ。

 

『では諦めるしかないですね。飽くまで推測ですが、そう遠くない未来に何か飛んでもない事が起きるのかもしれません』

「はぁ……」

『考えてみてください。貴方に宿った2つの能力は高度すぎる。能力を持っていることに理由があると言うなら、貴方は“何か”と戦うことになります』

「……そしてそれは、幻想郷の人達だけでは解決できない。だから余所者が呼ばれた、と?」

『まあ、情報が皆無である今、あれこれ考えても妄想にしかなりません』

 

 確かに。今考えてもあまり意味をなさないな。

 

『そろそろ話しましょうか。貴方にとっての二つ目の能力──支配の力について』

 

 

 

 

 ───────────────

 

「ありがとう。とても賢いんだね」

 

 私は再び永遠亭にやってきた。1人……1()()()1()()()()()()()()()()()()()のはこの子のおかげだ。

 

 この子、と言うのは白い猫の事である。永遠亭への案内をお願いしようと妹紅さんを探していた時、私は見覚えのある猫を見つけた。

 

 この猫は私が幻想郷に来る時に見た子とそっくりなのだ。気になった私は、そっと猫に近づいた。その時、猫の気持ちが()()()()

 

 ──永遠亭、行きたいの? 

 

 と。

 

 私はとても驚いた。動物の声を聞いたのは久しぶりだからだ。ここ最近はまた聞こえなかったのだけど、今日は調子がいいのかもしれない。

 

 私は試しに猫に「連れて行って欲しい」とお願いしてみた。ちょっと不安だったけど、行ける気がしたから付いていってしまった。

 

 ──皆に知られたら怒られちゃうかな……

 

 迷いの竹林の恐ろしさは十分理解している。それなのに1人で、猫に案内を任せて入り込むのだから、自殺行為だと言われても仕方がない。

 

「猫ちゃん、私達前にも会ったよね?」

『覚えていてくれたの? 嬉しい。それと、私は猫じゃないよ』

「ええっ!? そうなの?」

 

 猫のような何かはどこかへ去ってしまった。猫にしか見えなかったんだけどなぁ……。

 

 ──兎だったのかな? いや、流石に見間違えたりしないと思う。

 

 さっきの動物の正体を考えつつ、御屋敷の中に入る。鈴仙さん達に軽く挨拶をした後、私は神谷君がいる部屋に向かった。

 

「こんばんは、神谷君」

 

 彼は相変わらず寝ている。もうすぐ日が暮れる。神谷君はこのまま朝まで目を覚まさないのかな。

 

 ──そもそも明日目を覚ますのかな

 

 仲のいい人がいつ目を覚ますかわからないと言うのは思っていたよりも辛い。生きているし、そのうち目を覚ますと医者(永琳)に言われているとはいえ、段々不安になってくる。

 

「まだ気を失っているの? それとも、寝ているの?」

 

 後者の場合、起こすことが可能ではないだろうか。

 

 ──いや、でも疲れているから眠っているんだよね。無理矢理起こしちゃったら悪いか……

 

 私は丸い窓から空を見上げる。先程まで雪が降っていたとは思えない程晴れている。

 

「神谷君、月が綺麗だよ。満月かな? ──わわっ! 恥ずかしいこと思い出した」

 

『月が綺麗ですね』と言うのは、「I Love You」の意味と捉えられがちである。

 

 他にも、「今日は少し肌寒いですね」は“手を繋いでください”の意味を持っていたり、「寒いですね」は“抱きしめてください”と言う隠れた意味を持っている。

 

 いわゆる隠語と言うもので、それを知っている人にしか通じない物だけど、私は元JK(女子高生)である。こう言ったロマンチックな言葉や恋愛運、占いは好きだ。

 

「迂闊に『月が綺麗ですね』と言えないな……。神谷君がこの意味を知っていたら……あわわ」

 

 最悪何も知らないような顔をしていれば誤魔化せるかもしれないけど、少しでも動揺してしまったら本当に取られてしまう。

 

 ──神谷君はどんな反応をするのかな

 

 神谷君は私のことをどう思っているんだろう。

 

 

 ───────────────

 

『しかし全てを支配する程度の能力とはよく言ったものです。実際その通りでしょうね』

 

 アテナは俺の2つ目の能力について話し始めた。

 

 ──能力を使う少し前に、能力の使い方に関する情報が頭の中に現れた。

 

 この能力ができること。

 

 ・あらゆる事象を支配する

 

 以上。至ってシンプルだ。俺はこの能力を使って、霊華の傷を治せないか考えた。その結果、時間を戻すと言うぶっ飛んだ結論に至った。しかし、体の時間を戻すことができれば傷跡も残らなくていいだろうと思ったのだ。

 

 後は捉え方だ。時間の流れを『支配』して遡行させた。

 

『この能力には発動条件と代償が存在します。発動条件は何か“強い想い”を抱くこと。この想いの強さによって、支配できる()()が変わるようです。そして代償は──』

「──膨大な霊力?」

『はい。恐らく簡単な支配でも相当量消費します。この能力を使用することは、貴方にも、世界にも多大な影響を与えると言う事を理解してください』

「わかりました」

 

 博麗霊華という一人の人間の時間を、たった1分でとはいえ戻してみせたのだ。それは普通できる事じゃない。神の力……或いは半端な神では成し得ない事をやってのけたのだ。恐らく支配の力を貸してくれている神様は他の神とは次元が違うと見た。

 

 代償は俺の全霊力と体への衝撃。少なすぎるくらいだろう。世界の理そのものを支配したのだから俺が死んでもおかしくなかった。

 

 仮に世界全体の時間を巻き戻すとなると代償が払いきれずに失敗するだろう。

 

 とにかくこの能力は規格外すぎる。軽率に扱うことは禁じたほうがいい。

 

『よろしい。取り敢えず私が伝えたいことは一通り伝えました。また何かあれば呼びます』

 

 そうして俺とアテナの会話は終了した。真っ白の空間はゆっくりと暗くなっていき、意識が薄くなった。

 

 

 




ありがとうございました。

次の投稿は少し間が空くかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#42「幸せな夢①」

どうも。今回は霊想録初(?)のイチャイチャ回です。

霊想録は誰も信じてくれないと思うけど実は恋愛モノのつもりなんです。

楽しんでいってください!


「なんだ、夜か……」

 

 薄暗い部屋にいるらしい。丸い窓からは月が見える。ふと、右手を持ち上げてみると数本の管が繋がれていた。点滴か。それなら今いるのは永遠亭だろう。人里の診療所に点滴のような現代的な医療技術はないと思う。

 

 ──俺、財布の中身無かったな。医療費払えなくないか……

 

「支払いを待ってもらえないか、永琳に交渉しないとな」

 

 目を覚まして直ぐに考えることが金銭的な悩みとは、全く嫌になってくる。どこの世界にいてもやはり金は必要だ。

 

 ──なんだろう。左腕が妙に重たいな……

 

 俺は首から上だけを起こして腹の方を見る。

 

「あれ……うん? 気のせいか?」

 

 頭を枕に付けてゆっくりと考える。

 

 今見えたのは「人」だ。月明かり以外に頼れるものがないので誰なのかイマイチ分かりにくいが……敵ではないだろう。

 

『何故、敵襲の可能性を考えるのですか? 幻想郷はそんなにも殺伐とした世界なのですか?』

「いやあ、なんとなく? まあ、ここが永遠亭なら安全なはずです」

 

 何度も言っているように、俺には「力」の感知ができない。だから人間と妖怪の区別がつかない。覚醒した刺々のように、容姿が人外なら分かりやすいのだけど、彼らは基本的に人間と変わらない見た目をしているために分かりにくい。

 

『心配しなくても、その娘は人間ですよ』

 

 誰だろうか。何故俺の左手を握りしめているのだろうか。何故……俺の横で眠っているのだろうか。

 

「あ、あのー? 誰ですか?」

 

 心当たりのある人間といえば霊夢、魔理沙、霊華の三人くらいだ。もしそうなら、お見舞いに来てくれたのだろう。そしてそのまま寝てしまった、と。

 

 ──それが本当なら随分と心配してくれているってことになるけど……

 

 泊まりがけでお見舞いなど普通しないだろう。

 

 霊華か、霊夢か、魔理沙か。はたまたどちらでもないのか。

 

 この薄暗い空間では顔の判別ができない。

 

 ──髪の色は多分、黒だな

 

 金髪の魔理沙は除外。残るは霊夢か、霊華か。この際、候補は二人に絞ろう。

 

「霊夢? 博麗さん? どっちなの? もしもーし?」

『鈍いですね。霊華に決まっているでしょう? 彼女は貴方が眠っている時、とても心配そうにしていました』

 

 雲が晴れたのだろう、さっきよりも月明かりが明るくなった。もう一度頭を持ち上げると確かに彼女がいた。巫女服を着ている彼女。頭に付けているリボンの色は少なくとも赤ではない。

 

「そっか……ありがとうね」

 

 俺はそっと彼女の頭に手を伸ばす。少し躊躇した後、欲に負けて髪を撫でる。自分の髪とは違い、サラサラとした触り心地。撫でていてとても気持ちがいい。

 

 ──俺は今、霊華の髪を撫でているんだ。

 

 そう思うと心臓が高鳴った。女の子の髪を撫でる。まるで恋人に対してする動作。「やってはいけない」と思いつつも辞められない自分がいる。

 

 ──この子が()()だったら、幸せだろうな

 

 霊華は美少女だ。学校にいたら学年どころか学校全体で噂になりそうな程、可愛らしい。恐らく向こうの世界ではかなりモテただろう。

 

 サラサラとした長い黒髪、純粋な心の様子がわかる綺麗な瞳、整った顔、細いが痩せすぎではない程よい体系。余程捻くれた人間でない限り、皆が「可愛い」というだろう。

 

 そして彼女は見た目だけではない。声も良い。高く透き通った、耳触りの良い声。優しい話し方、丁寧な言葉遣い。要は学園の生徒会長を務めるお嬢様タイプだろうか。

 

 容姿端麗、才色兼備。正直一目惚れしない方が不思議というものだ。

 

『おや、友達として好きだと言っていましたが、異性としても意識していたのですね。青春ですね!』

「うわぁっ!? す、好きとは言ってないじゃないですか!!」

『そんなに大きな声を出したら起きてしまいますよ? 私は貴方の中にいるのですから、心の中で会話できますよ』

 

 早く言って欲しい。霊華がもぞもぞ動き始めてしまったではないか。

 

「んぅ……すぅ……すぅ……」

 

 ──良かった。起きていないな

 

 しかし困ったものだ。俺の考えたことは全てアテナに聞かれていたのだ。別に聞かれてまずい事ではないが恥ずかしい。

 

『神の私から見ても可愛らしいと思いますから、どんどん褒めて良いと思いますよ』

 

 なるほど! 神様がそういうのだから、俺が彼女の魅力を考えていてもおかしくないんだね! 気持ち悪いとか言われなくて良かった。

 

『好きならやはり想いを伝えてほしいものですが、予定はあるのですか?』

『なんかノリノリですね!? 恋愛の神様でしたっけ?』

『いえいえ、若人の青春というものは見守りたくなるものですよ。そして、時には手を差し伸べたくなるものです。それで、どうなのですか』

『……言いませんよ。どうせ叶わない恋だ。あまり好きだと自覚したくないんです。想い始めたら止まらなくなっちゃうから……』

『うーん、青春ですねぇ……ああ、今こそこういう時でしょう。()()()()()()()()!』

『だぁぁぁああ!! うるさいですね!?』

『しかし再び頭を撫でるとは……彼女が目を覚ましたらどんな反応をするのでしょう。どれ、ちょっと試してみてください』

『もしかして遊んでますか? 下手したら俺嫌われちゃうんですけど』

『それは……撫で続けた貴方が悪いかと』

 

 こりゃ酷ぇ話だぜ。

 

 その時、俺はうっかり腕に力を入れてしまった。手は彼女の耳に触れてしまう。

 

 ──やべっ

 

「……ぅん? ……神谷くん……起きたの?」

 

 ──あわわわわわ!! 起きちゃった! 起きちゃったよ! どうすんだよおい! 

 

『知りませんよ』

『いや確かに。確かに俺の不注意で腕がピクついたんで俺の自己責任ですけども! なんか酷くないですか!』

 

 幸い、彼女に見られる事なくそっと腕を引っ込めることに成功した。俺が起きていることに気づかれても構わない。頭を撫でていたことだけは気づかれてはならないのだ。

 

「気のせいか……なんとなく、頭を撫でられた気がしたんだけど」

 

『うふふふふ……』

『ぎゃああああああああ!! バレてるぅぅぅ!! うわああああああ!! おあああああ!!』

『ちょ、ちょっと、頭の中がうるさいですよ! 叫びすぎです』

 

 おいおいおいおい! どうするんだよ。──いや待て。慌てるんじゃあない。このまま寝ているふりをしていれば霊華は勘違いだと思ってまた寝始めるはずだ。

 

 いいかい博麗さん。君は寝ぼけているんだ。夢と現実がごちゃまぜになる夢ってたまにあるだろう? それだよ。いいね? 俺は君の頭を撫でたりしていないんだ。

 

「……まだ夜か。寝よう……」

 

 霊華はそう言って、俺の腹の上で寝る。そして左手を握りしめてくる。

 

「神谷君、早く起きてね……」

 

 しばらくして再び寝息が聞こえた。可愛い。

 

 

 

 

 ──じゃねぇんだよ。

 

 

 

 

 おいおいおいおい! なんで腹の上に頭を置いたの? いや別にいいよ? いいけどさ? 俺今すごいドキドキしてるの。大丈夫? 思い切りお腹に耳を当てられてるけどバレない? 

 

『祐哉。こうなったらヤケです。もう一度頭を撫でましょう!!』

『どーして貴方がヤケになってるんですかねえ!?』

 

 全く仕方ないなあ。そこまで言うなら撫でてみるさ。もうどうにでもなれ! 

 

『貴方もノリノリじゃないですか。ふふふ』

 

 俺はもう一度彼女の頭に触れる。ごめん。もし嫌だったらもう貴方に関わりません。それか死んで詫びます。

 

 ──この手触り、やめられないとまらない! 

 

 かっぱえびせ──

 

「神谷君。起きてるよね?」

 

 ──ンンンンンンンン!! 

 

『ふふ……あはは……続けて?』

『くそ! 完全に楽しんじゃってるよこの人! サポートしてくれるんじゃなかったの!?』

 

「ねぇ、ねえってば。寝たふりしてるのバレバレですよ?」

「…………」

 

 ま、負けた。社会的に死亡した。折角生きて戻れたのに、誠に遺憾である。

 

「むぅ。神谷君ばかりずるいよ……」

 

 な、何がずるいんですかね? 

 

 そう思っていると、俺の頭に何かが触れた。

 

「なでなで」

 

 ──わわっ撫でられてる。

 

 意外と、人に撫でられるのは落ち着く。はあ仕方ない。諦めよう。

 

「ん、あれ、博麗さん? おはよう」

「──! 神谷君!!」

「グハッ!?」

 

 身体を起こして何食わぬ顔をして彼女に挨拶すると、霊華が抱きついてきた。頭の中がパニックになっているのがわかる。そして何より……

 

 ──刺された傷が……痛い! 

 

 しっかりとホールドするように、力一杯抱きしめられているので傷口を避けるための隙間を作ることさえできない。

 

 声をかければいい話だが、そうすると彼女が離れてしまうのではと思って、声を出せない。

 

 ──なんだか良く分からないけど、こんなこと二度とないだろう。もう少し抱き合いたい。

 

 こう思うのは変態だろうか。でも俺だって年頃の高校生だ。こういった欲はある。

 

「あ、あの、博麗さん?」

「……今は、名前で呼んで……」

「……霊華。怪我はなかった?」

「うん。神谷君が治してくれたんですよね?」

「まあね。傷跡が残らないようにしておいたから、良かった」

 

 俺が彼女の時間を戻したのは、肌に傷跡を残さないためだった。彼女の綺麗な肌はなるべく傷ついて欲しくないから。

 

「そうなんですか? ありがとうございます。嬉しいです!」

 

 彼女の優しい声が、すぐ隣から聞こえる。ゼロ距離、耳元で話しかけられているのだ。とてもドキドキする。

 

 彼女は今どんな心境で俺に抱きついているのだろうか。気を抜くと彼女に好かれているんじゃないかと考えてしまう。しかしそうとも限らない。別になんとも思っていない可能性だって十分あるのだ。

 

「神谷君は? 傷は痛くないですか」

「ちょっと痛いけど、ちゃんと生きているよ」

「……良かった。本当に……良かった。私、神谷君が死んじゃうんじゃないかって……また話せて良かったよぉ……」

 

 霊華は泣いているのだろうか。小刻みに揺れている。俺はそんな彼女の頭を後ろから優しく撫でる。流れに逆らうことなく、そっと、優しく。

 

「霊華も……生きてて良かった。俺はまた、霊華を守ることができなかったけど、助けられて……本当に良かった」

「そんなことないよ。神谷君はまた私を守ってくれた」

 

 慰めの言葉。複雑だが、そう言ってくれるだけで少しは救われる。いつも慰められてばかりで情けない。

 

 ──本当に、良かった。アテナの助けと、二つ目の能力がなかったらこの子を助けられなかった。

 

『アテナも、ありがとうございました。貴方がいなかったら、俺たち二人とも死んでいたかもしれない』

『どういたしまして。これからはずっと支えていきますからね』

 

 頼もしい神様だ。この先もっと過酷な異変に巻き込まれるのかもしれないが、この人がいればなんとかやっていけるだろう。

 

──ああ、本当に。二人共生きて帰れて良かった。

 




ありがとうございました。

今回の話は前編です。後編は霊華目線になります。
祐哉が慌てていた時、霊華は何を考えていたのか、お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#43「幸せな夢②」

(`・ω・´)ウィッス

今回は前回の話の霊華視点です。前回の話を読んでいない方は先にそちらを読むことをオススメします。


 私が目を覚ましたのは彼が私の頭を撫でながら、「うわぁっ!? す、好きとは言ってないじゃないですか!!」と叫んだ時だ。突然大きな声が聞こえてビクッと体が震えた。そして、目を覚ます少し前に聞こえた声を頭の中で再生して動揺してしまった。

 

 ──す、すき……? 

 

 一体誰に話していたのだろう。寝言……とは考えにくい。何が好きなのだろう……。

 

 そして私は考えてしまった。

 

 ──私のこと……かな? まさかね……

 

 神谷君は恐らく、霊夢のことが好きなのだろうと思っている。幻想郷に来る前から好きだったと言っていた。前までは推しとして好きだったのかもしれないけど、今は異性として意識していると思う。

 

 ──けれども、もし私のことだったら……

 

 そう考えるうちに胸がドキドキしてきた。神谷君との思い出を振り返ると、幻想郷で出会った人の中で最も濃い時間を共にしてきたことに気づく。

 

 神谷君とは冥界の白玉楼と竹林に行った。楽しいこともあったし、ピンチの時も共に乗り越えた。そうは言っても私はなんの役に立てていないけど……。

 

 私はいつも助けられてばかりだ。初めて出会った時、暴走した彫像に襲われた時、刺々に追い詰められた時──神谷君はいつだって助けてくれた。

 

『貴方にとってのヒーローは誰か』と訊ねられたら私は神谷君の名前を挙げる。

 

 これらの事を考えながら、私は狸寝入りすることにした。起きにくかったのもあるけど、もう一度撫でてくれないかと期待していたのだ。神谷君の撫でる手は優しくて、とても心地が良かったから。

 

 しばらくすると再び頭を撫でられた。そして、突然耳を触られる。触れられたというよりは掠ったというべきか。起きるタイミングを図っていたのでちょうどいい。私は神谷君と話せる事を期待して身体を起こした。

 

「……ぅん? ……神谷くん……起きたの?」

 

 と、いかにも今目を覚ましました。というような台詞を吐いて彼を見た。しかし神谷君は眠っていた。私の頭を撫でていたであろう左腕は彼のお腹の上に乗っている。

 

「気のせいか……なんとなく、頭を撫でられた気がしたんだけど」

 

 ──さては神谷君、寝たふりをしているね? 

 

 彼が起きているのはバレバレだ。さっきまで確かに撫でられていたのだから。きっと、頭を撫でていた事を私に気づかれてはいけないと思っているのだろう。

 

 ふむ。

 

「……まだ夜か。寝よう……」

 

 私はわざと独り言を呟いて、彼のお腹の上に頭を乗せる。そして左腕を握って、寝息を立てる。

 

 ──わあ、凄いドキドキしてるじゃん

 

 お腹の上に頭を乗せたのはわざと。掛け布団越しでも激しい鼓動が十分伝わってくる。これで彼が寝たふりをしているのは確定である。まあ、私も寝たふりしているんだけど……

 

 ──さあ、神谷君! どうするの? 

 

 そう思っているとなんと、また頭を撫でてきた。予想外の動き。私が寝ていると本気で思っているのかな? そして、

 

「神谷君。起きてるよね?」

 

 と、言うが起きなかった。もう一度寝たふりをしてもまた頭を撫でてくるのだろう。流石に何度もやられるとちょっと恥ずかしい。なので私はお返しすることにした。

 

 彼の頭を撫でてみると、直ぐに起き上がってきた。

 

「ん、あれ、博麗さん? おはよう」

 

 ──白々しい

 

 如何にも「俺は今起きたばかりです」と言うような台詞。流石に無理があるよ? 

 

 と言う考えは一瞬で吹き飛んだ。そして、私は彼に抱きついた。

 

 ──良かった! 神谷君が目を覚ました! 

 

 彼がそのうち目を覚ますということは分かっていた。それでも、万が一の可能性が怖かった。永琳さんの腕を疑っているわけではない。ただ、自分が死にかけた時に感じた恐怖はとても強く心に残っていて、疲弊した心は物事を悪い方向へ考えさせていた。

 

 彼が目を覚ました時、私は無意識に彼に抱きついていた。「もう逃がさない」というように、ギュッと力一杯抱きしめると、神谷君も同じ力で抱きしめてくれた。

 

 温かい体温が、確かに生きているということを教えてくれる。

 

 彼の声を聞き、力一杯抱きしめられ、温かい体温を感じて安心した私は泣いてしまった。最近私は泣いてばかりだ。男の子の前で泣いてしまうのは恥ずかしいけど、どうでも良いと思った。大好きな友達が生きていればそれで良い。

 

 ──神谷君に頭を撫でてもらうと安心する。

 

 安心し、落ち着いた私はそっと彼から離れた。なんだか妙に名残惜しく感じて、胸が痛んだ。けれどもあまり長く抱き合っていると彼の傷が開いてしまうかもしれない。

 

「ご、ごめんなさい。お腹、痛いですよね。それなのに思い切り抱きしめちゃった……」

「いや、大丈夫だよ。それ以上に……その、嬉しかったから、さ」

「ところで、いつから目を覚ましたんですか?」

「博麗さん──霊華が最初に目を覚ました数分前かな」

 

 起きて直ぐに頭を撫でたのね。どうしてだろう? もしかして神谷君にとって私はペットみたいな感じなのかな? こう、撫で心地がいいから思わず撫でちゃう的な……

 

「そうですか。ところで、私の頭をいっぱい撫でていましたけど、どうしたんですか」

「うわっ、えっと、勝手に触ってごめんなさい。嫌……だよね。ほんとごめんなさい」

「ああ、別に怒っているわけじゃないですよ。嫌じゃないから。ただ、急にどうしたのかなって」

 

 言葉通り、別に怒っているわけではない。ちょっと恥ずかしいけど、悪い気はしない。勿論、心を許した相手じゃなかったら嫌だけどね。異性なら特にだ。親しくない人に撫でられるのは流石に気持ちが悪い。

 

 ──神谷君になら、いいかなって思う

 

「……この際だから隠さず話します。目を覚ましたら霊華が寝ていて、思わず撫でたくなって撫でました」

「私は……神谷君にとってペットか何かなの?」

 

 つい、思っている事を口に出してしまった。だって、思わず撫でちゃうなんてフワフワの犬を()()()みたいだもん。

 

「まさか! 霊華は大切な……()()だ。その、可愛かったから……

「えっ……」

 

『可愛かった』と、とても小さな声で言われドキッとする。男の子に『可愛い』と褒められるのは小さい時以来だ。

 

 女友達は「霊華ってモテそう」と言ってくれたけど、そうでもなかった。クラスの中ではかなり大人しい方で、交友関係は広くなく男友達もいなかった。

 

 話したこともない男子に呼び出されて告白されると言うこともない。あんなものはドラマや漫画の世界にしかないと思う。

 

「あ、ありがとう、ございます。その、あまり言われた事がないので、嬉しいです」

「ええ!? 嘘でしょ? 絶対モテると思うし彼氏いそうなのに」

「本当ですよ。彼氏もいません。……いたら多分、元の世界に帰ってます」

「それもそうか。しかしとても信じられん。向こうの世界じゃ少なくとも世界一可愛いと言ってもいいと思うけど」

「もう……お世辞はいいですよ。というか()()()()()()()()ってもう制覇しちゃってますよ……」

 

 あ、あまり可愛いと言われると意識してしまう。お世辞なのか、本心なのか。どこまで本心なのだろう。

 

「お世辞なんか言わないさ。俺は面倒臭がりだからね。無理に人を褒めようとすると言葉が出てこない。……しかし成る程。いわゆる高嶺の花って奴だったのかな。誰も声をかけられなかったと。ああ、俺は幸せ者だ」

 

 などと、独り言のようにブツブツと語る。静かな部屋の中、私たちはすぐ隣で話している。だから、どんなに小さな声で話そうが聞こえてしまう。

 

 段々顔が赤くなっていくのがわかる。

 

 ──うう……恥ずかしいよ……

 

 神谷君って意外と大胆と言うか、ぐいぐいと攻めてくる。

 

「そう言う神谷君はどうなんですか。彼女とか、いないんですか?」

「んー? ……あははは」

「……あ、えっと。そんなに気にする事ないと思いますよ? 幻想郷って女性が多い気がしますからね」

 

 色々と話していると、なんとなく部屋が明るくなってきていることに気がついた。

 

「随分と話し込んじゃいましたね。もうすぐで朝になるのかも……もうひと眠りしましょうか」

「うん。って、またそこで寝るの? 体痛くなっちゃう。布団作ってあげるよ」

 

 私は椅子に座って、布団に倒れこむように寝ていた。確かに体は痛くなっているけど……

 

「大丈夫です。今日は貴方の横で寝たいんです。その……手、繋いでもいいですか。明日ちゃんと起きてくださいね? ……心配なんです」

「心配しなくても俺は生きてるよ? 夢だと思うなら頬を抓ってみればいい。……まあ、霊華がいいなら俺はいいけど……」

「それなら問題ないですね!」

 

 私は彼の手を掴んで、布団に頭を乗せる。

 

「おやすみなさい。神谷君」

「おやすみ、霊華」

 

 久しぶりに幸せな気持ちで満たされている。よく眠れそうだ。

 




ありがとうございました! 良かったら感想ください。

漸く恋愛要素を入れることができました。楽しんでいただけたら嬉しいです。(今回のようなイチャ回を書いていると全国の神谷さんが羨ましくなります……)

次は春奇異変を投稿します。次の投稿は半月後が目安となります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章 春奇異変 〜Miracle to visit in spring〜
#44「大切なコト」


うっす、祐霊です。お待たせしました。

今回の異変は竹林異変の数日後です! まだ宴会を開いていません。開く前に次の異変が始まりました。

べりーはーどすけじゅーる(´×ω×`)


「いや、無理でしょ。霊華はともかく、祐哉は病み上がりなのよ?」

 

 朝起きたら、ちゃぶ台の上に書状が置かれていた。寝る前にはなかったはずだと思いながら読んでみると、思わずツッコミを入れたくなることが書かれていた。

 

 ──御機嫌よう。近頃は雪がよく降るわね。もうすぐ春が訪れるというのに。いくら何でも降りすぎじゃないかしら。気になって眠れないわ。

 

 ──さて、異変の調査に行ってもらいたいのだけどね、霊夢、貴方はお留守番よ。

 

 私が異変解決に行かなくていいなんて初めて。寒い中外に行かなくていいから嬉しいけど、じゃあ誰が行くのかしら? 

 

 ──今回は、貴方のところの居候二人にお願いするわ。心配せずとも、先日の異変よりも安全。今回の目的は解決というより調査ですもの。ただ、緊急であるのは変わらないから宜しくね。

 

 書状はそこで終わりだ。

 

 ついこの前の異変が終わってから数日後、祐哉は無事に退院した。後は毎日消毒をするための通院がある程度。日常生活はもちろん、弾幕ごっこのような運動をしても平気とのこと。

 

 数日間ゆっくり休んでいたから体力は戻っているようだが、それでも病み上がりに変わりない。そんな彼をわざわざ出かけさせたくない。

 

「本当に()は何を考えているのかわからないわ」

 

 ───────────────

 

「異変解決の依頼?」

「ええ、病み上がりで悪いけどね、貴方達二人が指名されているの」

「ずっと雪が降っているのは異変だったんだ」

 

 霊華の言葉に、霊夢が首肯する。

 

「早速向かった方がいい?」

「うん、お願い。──雪が降り止まないという事は冬が終わらないこととほぼ同じ。私なら白玉楼に向かうわ」

 

 今回の異変の内容は雪が降り止まないことだ。今思えば竹林異変の時から既に始まっていたのかもしれない。あれから4日経過した今、ほぼ常に降り続ける雪の影響で銀世界になっている。

 

 大したことのない異変に感じるが、里の人間にとってはかなり苦しい。

 

 幻想郷でも例年雪が降るが、雪国と呼ばれる程降る訳では無い。つまり雪対策がされていないのだ。除雪の技術も、精々シャベルで掻く程度だろう。

 

 現在の積雪量は2メートル程度。やはり雪国と呼べるほどではないのだが、事態は深刻だ。雪はどんどん溜まっていき、雪掻きにも限界がある。特に懸念される事は人里の建物の屋根が雪の重さで潰れることだ。

 

 もしかしたら、夜中の間に雪が積もったせいでドアが開かないという可能性もある。そうなれば里の人々は家から外に出ることができない。それは雪掻きが進まないことを指し、事態は益々深刻になる。

 

「分かった。直ぐに出かけよう」

 

 因みに、博麗神社にはそこまで積もっていない。寝る前に境内と建物の屋根に、『高温』を付与した創造物を置いておいたためだ。どんな原理で高温を保ち続けているのかは謎だが、これのお陰で雪掻きもあまり必要なかった。

 

 尤も、高温の地面を歩く際に注意を払う必要があるのだが……まあそこは仕方がない。最悪宙を浮かべば問題ない。

 

「私は里の様子を見に行って、雪掻きを手伝ってくるわ」

「……ごめんね、除雪車とかの創造ができたらよかったけど、流石にできそうにない」

「大丈夫よ。無理しないでね」

「ああ、分かっているよ」

 

 ───────────────

 

「大丈夫? 寒くない?」

「はい、おかげさまで」

 

 俺達は霊夢と話した後直ぐに白玉楼へ向かった。

 

 ──便利な能力があってよかった

 

 俺は寒いのが嫌いだ。寒いのなら厚着すればいいと言うが、俺は服を沢山着込むのが好きではない。そんなことをするくらいなら必要最低限の服装で我慢するタイプである。よって、今までの俺なら雪が降っているのにわざわざ外出をしたがらなかっただろう。

 

 だがそれも、創造の能力があれば解決できる。寒い中外出をしたくない、しかしどうしても出かけなければならない。そんな時に役立つのが『防寒機能』である。なんと、これさえあれば1枚服を着るだけで4枚程着込むのと同じくらいになるのだ。

 

 この能力、絶対ビジネスに使える。商売の勉強でも始めようか。材料費がかからないのはかなり大きい。相手のニーズに合わせて創造する物と付与する内容を変えればボロ儲けよ! ワクワクすっぞ! 

 

 相変わらず冬用の学生服を愛用しているため、見た目は何処にでもいる男子高校生だ。しかし、中身は違う。寒さ対策に全フリした装備なのだ。

 

 ──付与する力のおかげでゲーム感覚で対策できるのがいいよね

 

 隣にいる霊華もいつもと同じ青い巫女服を着ているが、これにも防寒機能を付与している。

 

 彼女の服を創造するまでの過程に一悶着あったのだがそれは置いておくとしよう。

 

 ──今はあまり風が強くない。今のうちに冥界に行こう。

 

 ───────────────

 

 白玉楼に着いた俺達は、妖夢に用件を話して幽々子の元へ案内してもらった。そして今、幽々子に異変の事を話し終わったところである。

 

「そう。雪が降り続いているのは冥界だけじゃないのね」

「はい。ここ数日ずっと止まないのです。もうすぐ4月……卯月だと言うのに……。これは異変に違いないということで、調査に来ました」

「ずっと雪が降っていてもいいじゃない。涼しくて過ごしやすいわ」

「そうですか? 自分は寒いのが苦手なのでよく分かりません……。仮に過ごしやすいとしても降りすぎなのですよ。これ以上雪が続くと人里に被害がいきます」

「そんなこと、私の知ったことではないわ」

 

 うーむ。確かに幽々子の言う通りだ。他人が困ろうがどうでもいいというのは一理ある。しかしそうもいかないのだ。

 

「貴方は何故雪を止めたいの?」

「……これ以上降ると里が埋もれてなくなるからです。幻想郷の人間の数も相当減るでしょうね。影響を受けるのは俺達と言うよりは……妖怪(そちら)だと思いますが」

 

 妖怪は人間に恐れられることで力を持つ。逆に、存在を忘れられたりする影響で恐れる人間がいなくなると、妖怪は存在できなくなってしまう。

 

 だから、幻想郷に人里は必要なのだ。妖怪にとって人里は動物園のようなもの。人間は里で大人しく過ごしていればいい。

 

「あら。雪が積もるなら、雪掻きをすればいいじゃない」

「雪掻きが間に合う程度を超えているのです」

「それなら雪対策を施せばいいだけよ」

「成程。屋根を合掌造りに()()()()、建物を二階建てに()()()、二階にドアを設置。建物の間隔をあけることで搔いた雪を置く場所を獲得。()()()()()()()()雪を取り除く。除雪材を撒く。これらの対策を取れば確かに雪を凌げそうですね」

「そうそう」

 

 馬鹿馬鹿しい。そんなことできるわけがない。幽々子だってそれは分かっているはずだ。……多分。

 

 何故幽々子は中身のない話をしてくるのか。いや、元々難しい言い回しをするような人で、従者の妖夢はしょっちゅう翻弄されていたが……。

 

 ──急いでいる時にのんびりされると困るな

 

「──ですがそれは根本的な解決にならないですね。これが異変である以上、解決しない限り永遠に雪が降り続ける。そんな状況下で雪対策をした所で、延命措置にしかなりません」

 

 幽々子は蝶の絵が描かれた紫色の扇子をパタパタと仰いでいる。

 

 なんだろう。微妙に話が通じていない感覚だ。俺は異変が起きているから、何か知らないかと尋ねに来た。しかし、会話を始めてから十分ほど経過したというのに用件の半分も話せていない。

 

 異変については話した。だが、肝心の「貴方がやったのか」という事を聴けていない。

 

 何故俺が白玉楼に来たのかと言うと、幽々子は以前春雪異変というものを起こしたことがあるからだ。

 

 幻想郷中から春を集めて冥界にある桜の木、西行妖(さいぎょうあやかし)を咲かせようとしたために、幻想郷に春が訪れなくなったのだ。

 

 その異変が起きたのは数年前で霊夢と魔理沙、咲夜が解決に関わった。

 

 同一人物が全く同じ異変を起こすとは考えにくいが、雪が降り止まない(春が来ない)時点で最も疑われる存在だ。

 

「……もしかしたら、静観している方がいいかもしれないわ。雪が降り止まないという事と、春が来ないということは近似であって同義ではないもの」

「貴方達は関わっていないと……?」

「さあ、どうかしら。ね、妖夢?」

 

 突然話に巻き込まれた妖夢は目に見える程慌てた後、頷いた。

 

「はい? えっと、どうでしょう……?」

 

 何故はぐらかすのか。やっていないのならやっていないと言って欲しいのだが。俺だって暇じゃない。やっていない人と無駄話を楽しむ程時間的余裕がない。白玉楼が異変に関わっていないのなら、他に浮かぶ犯人候補がない。一刻も早く主犯を探さねば手遅れになってしまう。

 

「折角雪が降っているのだから、もっと楽しめたらいいわね。どんな時も慌てないことが長生きのコツよ」

「……?」

 

 本当に、幽々子が何を言いたいのか分からない。

 

「神谷君。ちょっといいですか?」

「どうしたの?」

「根拠と言える根拠はないですが、何となくこの人達は関係ない気がします」

 

 そう、だろうか。今の2人の様子からして可能性は五分五分。仮に他を当たったとして、最終的にやはり白玉楼の仕業だと分かったら圧倒的に時間の無駄になる。ここはもう少し情報を聞き出したいところだ。

 

「ご、ごめんなさい。ただの勘です。口出ししてすみません」

 

『祐哉。今の貴方、相当目つきが悪いですよ』

『マジですか』

 

 いけない。すっかり疑心暗鬼になっている。もう全てが疑わしく、かなり慎重になっているからか目付きが悪くなっているらしい。自分では気づかなかった。

 

『霊華が謝ったのは、貴方の目付きが怖かったからかと』

『あー』

 

 俺は一度深呼吸をする。目を瞑ったあと、ゆっくり息を吸って、吐く。

 

「いや、ごめん。博麗さんの勘を信じるよ」

「答えは出たのかしら」

「ええ。貴方達は異変に関わっていないと仮定します」

「それじゃあこれからどうするの? 雪だるまでも作るのかしら」

「久しぶりに作るのもアリですね。ですがそれは全てが終わってからにします。彼女の勘を頼りに()()()探してみますよ」

 

 幽々子は仰いでいた扇子を畳んで机の上に置いた。

 

「勘を頼りに? そんなにのんびりしていて大丈夫なのかしら。貴方は急いでいるのよね」

「確かに急いでいました。でももう少し()()()()()ことにします」

「……そう。それは良かった。頑張って」

 

 そう言うと幽々子は部屋を出て行った。

 

「ふう……行こうか、博麗さん。完全に頼る事になるけど俺は君の勘を信じるよ」

「……私、異変の主犯の場所とか分かりませんよ?」

「だからあちこち回るのさ。早速行こう!」

 

 俺達は妖夢に一言挨拶した後、白玉楼を後にした。

 

 ───────────────

 

「幽々子様」

「どうしたの? 妖夢」

「何故彼の質問にちゃんと答えなかったのですか」

「ちゃんとって?」

「……私達は異変に関わっていませんよね。その事を何故伝えなかったのか、気になるのです。手助けしてあげてもよかったのでは……」

「……妖夢はまだまだね。手助けならしたわよ。()()()()ね」

「ええ……? どういう事ですか?」

 

 私達が異変に関わっているかいないかは答える必要が無い。直接言葉にせずとも、見当がつくはず。

 

 私が彼に伝えたのはもっと重要な事。

 

 焦って物事を見ていては大事な物を見落とす。常に状況を楽しむ心を持てば、余裕が生まれ物事を正しく見分けることができる。

 

 それが()()()のコツ。

 

 妖夢には分からなかったようだけど、あの子には伝わったようね……。

 

「──さぁ、どういう事かしらね?」

 




ありがとうございました。
実はこの異変、竹林異変を解決しに行った日から始まっていました。だから雪が降っていたのです。

さて、慌てて物事を見てはいけないと学習しましたね。次は何処に行くのか、お楽しみに。

〜東方霊想録時系列〜
冬:祐哉、幻想入り

2月下旬:霊華幻想入り⇨白玉楼+迷いの竹林
3月上旬:使い魔作成+紅魔館で修行
3月中旬:VS妹紅⇨永遠亭へ⇨竹林異変⇨春奇異変

実はあまり時間経過していないのです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#45「不穏」

ブロッコリーはお好きですか?

どうも、祐霊です。

ブロッコリーは大事なのです。ふふ、頭に「?」が浮かびましたね?

それではどうぞ


 白玉楼を出た後、俺達は霊華の勘に従って進む事にした。

 

 ──霊華の名字は『博麗』。これが単なる偶然でないのなら霊夢のような冴えた勘を持っているかもしれない。

 

 進む先を悩んでいた彼女に言った言葉は一言。「論理的に進む必要は無い」だ。勘というものは非論理的なもの。「何となく」で行動する物だ。

 

 気になる方へ向かい始めた彼女に付いていくと、やがて紅魔館が見えてきた。あれ程までに赤い建物は遠くからでも目立つ。

 

 俺達は紅魔館に寄ってみることにした。

 

 ───────────────

 

「流石に美鈴(メイリン)さんは門に立たされないんですね」

「こんな雪の中訪ねてくる人はそういないからね。今は雪かきをしているわ」

「どうも。物好きな客です。……こんなに寒いのに外で仕事とはキツいですね」

「どうかしら。風邪を引いているところを見た事ないし、大して寒くないのかもよ?」

 

 咲夜にレミリアの部屋まで案内をしてもらっている間雑談をする。今日は珍しく紅魔館の門前に美鈴がいなかった。門に鍵がかけられていなかったので不法侵入をした後、その辺にいた妖精メイドに声をかけた。妖精メイドは俺たちの存在に気づくや否や手に持っていた()()()を構えた。突然知らない人が目の前に現れたのだから当然のことだろう。まして俺たちは不法侵入者だ。とっ捕まえて主人に差し出して食料にせねべなるまい。──知らんけど。

 

 その後、「待って! 落ち着いてくれ、俺達は不法侵入者であって怪しい者じゃあない」等という言葉を口走った俺に対し、霊華は慌てて「落ち着くのは神谷君です! 確かに不法侵入しましたけど……」と言った。自ら怪しさにブーストをかけたところで騒ぎを聞きつけた咲夜が現れた。事情を話して俺達が「不法侵入者であるが不本意」だということを伝えて今に至る。

 

「はい、着いたわ。ここから先は霊華1人で進んでもらうわ。祐哉は私に付いてきて」

「私ひとりですか?」

「お嬢様が貴方と話したいそうよ」

「心配しなくても、レミリアさんは優しいから大丈夫だよ」

 

 俺達は霊華と別れて再び歩き始める。

 

「あれ、お茶を持っていかなくていいんですか?」

「お茶を出すことくらい私でなくてもできるわ。それに私は貴方を指定の場所に案内するように言われているからね」

「そうですか。俺もレミリアさんに用事があるのですが……」

「大丈夫よ。後でいくらでも話せるもの」

「咲夜さんは、異変が起きていることを知っていますか?」

「異変……?」

「ほら、雪がずっと降り続いているじゃないですか」

「白玉楼の亡霊がまたやっているのかしら」

 

 春雪異変の解決には咲夜も関わっているので、一番に疑われるのはやはり彼女である。

 

 俺はさっき白玉楼に行ったことを話した。

 

 ───────────────

 

「失礼します」

 

 神谷君と咲夜さんと別れた後、レミリアさんの部屋のドアをノックした。中から入室許可を得た後ドアノブに手をかける。

 

「こんにちは。博麗霊華です」

「こんにちは。いらっしゃい。どうぞ、ソファにかけて」

 

 窓一つない部屋。天井には高価そうなシャンデリア。部屋の入り口の近くには接客用のソファとテーブルが置かれていて、部屋の奥には彼女のものと思われるデスクが置かれている。部屋の端には観葉植物が置かれていて、窓がないことを除けば私がイメージする社長室そのものである。

 

 ──紅魔館って何か営業しているのかな? 

 

 私は一礼した後、ソファに腰掛けた。レミリアさんは向かいの席に座った。ちょうどその時、この部屋のドアがノックされ、レミリアさんが反応すると小さな生き物が入ってきた。

 

 その生き物はテーブルにお茶を置いて部屋を出て行った。

 

「今のはなんだ。みたいな顔ね」

「え、ええ……。妖怪ですか?」

「ホフゴブリンと言ってね。西洋版座敷わらしよ」

「はあなるほど。ファンタジーものによく出てくるものですね」

 

 私の言葉に首を傾げるレミリアさん。言っちゃまずい言葉だったかな? 内心少し焦っているとレミリアさんが話を切り出した。

 

「先日の異変解決、ご苦労様」

「ありがとうございます。ご存知だったのですね」

「ええ。見ていたから。貴方たちが竹妖怪に圧倒されていたところも、倒したところも。──祐哉が貴方を助けたところもね。()()見ていたわ」

「そうだったんですね。異変解決は思っていたよりも大変でした。でも、あの異変は比較的小規模らしいですね。霊夢たちの凄さがよく分かりましたよ……」

 

 レミリアさんは私の言葉を聞いてクスリと笑った。

 

「あの異変で苦労していたのは貴方達だけよ。だって、覚醒した竹妖怪と戦ったのは貴女と祐哉だけなのだから」

「そうみたいですね。あの妖怪は私たちに恨みがありましたから、仕方ないです」

 

 私がそう言うと、彼女は話に興味を持ったらしく、「何故恨まれていたのか」と質問を受けた。

 

「少し時間がかかりますが、折角ですし最初から話しますね」

「ええ、時間は無限にあるもの。ゆっくり話して」

 

 とんでもない事をサラリと言うレミリアさん。勿論不老不死ではないのだから時間は有限だ。しかし吸血鬼である彼女の寿命は人間から見れば無限に思える。

 

「少し前──私が幻想郷に来た翌日に、神谷君と一緒に迷いの竹林へ行ったんです」

 

 私は十千刺々と出会ってからの出来事を全て話した。

 

 ───────────────

 

「へぇ。成程。それであの妖怪は激怒していたのね。祐哉はよく勝てたわね」

「神谷君はどうやって刺々を倒したのですか」

「聞いてないの? 弾幕ごっこを再開して、接戦を繰り広げた末に斬り刻んで勝利よ」

「凄いなぁ……神谷君」

 

 お腹を刺された痛みは想像を絶するものだった。二度と味わいたくないし、思い出したくもない。神谷君も同じ傷を負っていたというのに、彼は戦い抜いて勝利を収めたのだ。

 

「……ねえ霊華。少し、お願いしたいことがあるのだけどいいかしら。貴方にとって酷なものになるでしょうけど」

「えっ、なんでしょうか」

 

 酷なお願いと聞いた瞬間、全身に緊張が走った。一体何を言われるのか。私は断りきることができるのか……。

 

「貴女には──()()()()()()()()()()

 

 

 ───────────────

 

「着いたわ」

 

 あれから5分程歩き続けて漸く目的地に到着。案内された部屋は学校の体育館と同じか、それよりも少し大きいくらいの空間がある。照明以外には何も無い、ただの広場のようだ。

 

「ここは……宴会を行う部屋ですか?」

「いいえ。この部屋はお嬢様の命令で作った即席物よ」

「ああ、空間を拡張したんですね」

 

 よく分からないが、時間を早めることは空間を広げることと同じだとか。なるほどわからん。

 

「一体何のために?」

「それは分からないけれど、いいことを教えてあげる。ずっと向こうにドアがあるでしょう。あの先は外に繋がっているわ」

「はあ、そうなんですか」

 

 ──レミリアと話すまでの間暇だしな。何の意味があるのか分からないけど歩いてみるか。

 

 体育館の端から端まで移動すると考えたら分かりやすいだろうか。入り口から向こう岸まで歩くのは結構面倒くさい。

 

「ふーん、本当だ」

 

 黙々と歩き続けてやっと端に辿り着き、両手開きのドアを押し開けると、確かに外に出た。雪は今も降り続いている。

 

 気のせいか、雪が降っている日は周りが酷く静かに感じる。落ちてくる雪はゆっくりと静かに地に積もっていく。

 

 雪を手で受け止め、ぼーっと眺めてみる。

 

 ──これを顕微鏡で覗くと結晶が見えるのか。確かに肉眼で見るのは難しいな

 

 何せ体温ですぐに溶けてしまうのだから。

 

 雪の結晶は六本の芯を持つ。それが六角形の板になるのか、六本の芯から小さな芯が生えた形になるのかどうかは温度や水蒸気量によって決まるのだ。雪の結晶はフラクタル構造を持つと言う。

 

 フラクタル構造というのは幾何学の概念で、図形と全体が自己相似になっているものの事だ。ブロッコリーを思い浮かべて欲しい。そう、野菜のブロッコリーだ。ブロッコリーは大きな芯──或いは幹を持っている。そして、芯の上端は沢山枝分かれしている。

 

 突然だがブロッコリーを食べよう。調理法は茹でるのがベスト。──おっと、まさかまるごと鍋に突っ込んだりしないよな? ブロッコリーは通常、食べやすいサイズに切るはずだ。大きな芯と枝分かれした先を切り分け、肺胞の様な実を掴んで1つずつバラバラにするだろう。

 

 バラバラに切り分けたうちの一つを持って欲しい。それは先程のブロッコリーとよく似た形をしていないだろうか。切る前のブロッコリーと、上記の方法で切り分けたブロッコリーは相似。

 

 今切り分けたブロッコリーを同じ方法でバラバラにした場合、再び相似を確認できるはずだ。──もっとも、サイズ的に顕微鏡が必要になるだろうが。

 

 長くなったがこれがフラクタル構造の概要である。ぜひ覚えておいて欲しい。

 

「随分と物珍しそうに見るのね。外の世界では雪は降らないの?」

「俺がいた地域では年に1度降るか降らないかです。だから雪は新鮮なんですよ」

「でもかれこれ5日くらいはずっと降っているし、飽きてこないかしら」

「そうですか? 『雪が降っている』で終わらせず、観察してみるんです。そこから自由に考えを巡らせて考察していく。──物事を多角的に捉えてみれば退屈も遠のくものですよ」

 

 ───────────────

 

「人質……ですか? どうして……」

「簡単よ。祐哉と遊んでみたいから」

「……弾幕ごっこですか?」

 

 レミリアさんは首肯する。目的は分かったけど、何故私が人質になる必要があるのか分からない。

 

「異変の時ずっと見ていたと言ったわね。そこで私は気づいたのよ。祐哉が貴女をとても大切に思っていることにね」

「それが?」

「私は本気の祐哉と戦いたいの。でも、ただ戦うだけでは恐らく本気を出してこない」

 

 ──そうかな? 

 

 レミリアさんは吸血鬼だ。吸血鬼の弱点は多い印象があるが、それをものともしない圧倒的な強さを持っている。人間がどう足掻こうとも、圧倒的なパワーと驚異的なスピードの前には太刀打ちできない。

 

 ──なるほど

 

「……彼にやる気を出させるため、勝てない相手とわかっていても、戦わざるを得ない状況を作り出す。こういう事ですか?」

「ふふ、その通りよ。どうかしら。引き受けてくれる?」

「お断りします」

 

 レミリアさんの目的を分かっている以上、私が人質役を引き受けるという事は彼を騙すようなもの。言い方を変えるなら、ドッキリ企画というものだ。

 

 神谷君は本当に私が人質に取られたと思って慌てることだろう。神谷君は優しいから、何としてでも助けようとしてくれると思う。

 

 戦いが終わった後『ドッキリ大成功〜』と言って笑って済むとは思えない。

 

 私は自分の思いをレミリアさんに伝える。

 

「確かに、騙すような形になるわね。でもね、別に私のためだけじゃないのよ」

「どういうことですか?」

「祐哉がこれからも異変解決をするというのなら、格上の存在と戦う事が前提になるわ。要は経験ね。私は練習相手を引き受けてあげるのよ」

 

 うーん。そう言われると急に断りにくくなった。確かに異変解決に向かう以上、格上の存在と戦う場面が訪れる。そんな時物怖じしない強さが必要だ。そのためには経験が必要だと、レミリアさんは言っているのだ。

 

「大丈夫よ。嘘でよかったと思えるくらい脅かすつもりだからね。貴女は流れに身を任せていればいいの。どう?」

「……あまり虐め過ぎないであげてくださいね」

「ふふ、交渉成立ね」

 

 私の決断が正しいのかわからない。もしかしたら神谷君に嫌われてしまうかもしれない。そうなったら嫌だな……。

 

 ───────────────

 

「ところで祐哉。吸血鬼の弱点って知っているかしら」

「はい?」

 

 積もっていく雪を眺めて時間を潰していると、唐突に質問された。質問の内容に驚いて思わず聞き返してしまう。

 

 吸血鬼の弱点か。

 

「結構多いですよね。流水とか、鰯の頭や炒り豆といった鬼が持つ弱点。あとは銀。日光もダメですよね」

「……貴方はそれらを創造できるの?」

「食べ物は無理ですが、銀は作れると思います。──いや別に、レミリアさんに危害を加える気は無いですよ!? 戦う理由もないし、何より恩人ですからね」

「──私の使命はお嬢様をお守りする事。でも、今回は黙視するわ。念を押されているからね。だから遠慮せず戦うべきよ」

 

 なんだか今日の咲夜は様子がおかしい。突然吸血鬼()の弱点を尋ねてくるなんて変だ。変と言えば今いる部屋もそうだ。「お嬢様に言われて作った即席物」。レミリアは何を企んでいるのだろう。

 

「待たせたわね。私に用があるんだって? 祐哉」

「ああ、レミリアさん。お邪魔してます」

 

 レミリアが部屋にやってきた。という事は霊華との話も終わったのだろう。

 

 ──霊華は一緒に来ていないようだ

 

「俺達は今起きている異変の調査をしています。原因を作っている者の予想がつかないので放浪していまして……そこでレミリアさんの知恵を貸してもらえないかと」

「異変ならこの前解決していたじゃない。全部見ていたわ。頑張ったわね」

「そうでしたか。実は異変は二つ起きていて、今調査しているのは天候の件です」

「──私は今回の異変には関わっていないし心当たりもないわ。あの子の勘に頼ったら? 貴方の大切な()にね」

 

 うーん、ここに来ても収穫は無かったか。まあ、元々挨拶と休憩が目的で来たからな。恐らくこの異変の関係者がいる所は紅魔館の先だ。

 

 俺達は白玉楼から紅魔館まで真っ直ぐ飛んだ。この2点の外分線を引いた先にあるのは妖怪の山。

 

 霊華の勘が当たっているのなら、山までの間に何かがあるだろう。

 

「分かりました。ではそろそろ出発しますね。──それで、あの子は何処に?」

「ふふ……貴方。やってしまったわね。油断しすぎよ」

「レミリアさんも様子がおかしいですね。一体どうしたんですか?」

 

 俺がそう言うと、レミリアが指を鳴らした。彼女の横に椅子が現れ、次の瞬間に霊華が座らされた。そして瞬きをする間に縄で縛られた。

 

「……穏やかじゃないですね。一体、()()()()()()()?」

 

 返答の内容によっては……。

 

 レミリアはいつかのように低い声で、凄みのある話し方をするようになった。

 

()()には私と戦ってもらう。但し全力でな。もう一度言う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。お前の全力をここで見せろ。少しでも手を抜くと……」

 

 戦う? 全力? 見ていた? 

 

 あまりにも予想外の出来事。頭がパニックに陥っているのがわかる。思考が鈍っていく中レミリアは容赦なく語り続ける。

 

 突然レミリアの前に人形が現れた。それはヤケにリアルな人形。まるで本物の人間なのでは無いかと思わせる程の完成度。彼女は軽々と人形を宙に放り投げる。

 

「──ハァ!」

「──!」

 

 レミリアの右手に紅い槍が生成され、怒号にも聞こえる鋭い声と共に投擲した。串刺しとなった人形は紅槍と共に俺のすぐ横を通った。

 

 激しい破壊音と爆風が後ろから迫ってくる。

 

 ──後ろにあったドアが壊れている! 

 

『それだけではありません。あの紅い槍があんなにも遠くに刺さっています』

 

 アテナの言う通り、レミリアが投げた紅槍は遠くの地面にクレーターを作っていた。

 

 ──これがレミリアの()()()()()()()()()()()か! 

 

「手を抜けば、お前の大事な娘が串刺しになる」

 

 投擲された槍を目で追うことができなかった。速すぎる。こんな正真正銘の化け物相手に適うはずがない。

 

「……博麗さん! 今すぐ立ち上がって()()()()から離れて!」

 

 ──内部破裂(バースト)! 

 

 霊華を拘束している縄と同じ位置に物体を創造し、破壊する!! 

 

 霊華が俺の言葉を聞き、行動を起こす頃には既に拘束が解かれた。立ち上がった彼女は俺の元へと走ろうとする。──が、1歩踏み出す事さえ許されなかった。

 

「どうなってやがる……嫌、考えるまでもないか」

 

 霊華は確かに立ち上がって、走り出そうとしていた。だがほんの少し。()()()()()()()()()()()()()()()。更に、さっきよりも硬く拘束されている。

 

 何を言っているのかわからないと思うが、目の当たりにした俺にも何が起きたのか分からなかった。

 

 ──これが、ポルナレフ状態って奴か。

 

「咲夜の仕業だな。霊華が逃げ出す前に時間を止めて()()()()()()()()。ご丁寧に自分の姿を隠しているものだから余計恐ろしく感じる」

「今ので解っただろう。この(むすめ)を解放する為には私を倒すしかないと。ああ、咲夜を倒したところで無駄だ。その場合、お前ごと娘を穿つ」

「こんな御芝居をして、何が目的なんですか。俺と戦いたいって理由だけだとしたら、流石に怒りますよ!!」

「芝居だと? 現実から目を逸らすな。戦わないというのなら、お前は大切な物を失う事になるが」

 

 訳が分からない。だが、大事なことは理解した。

 

 ──俺はレミリアからは逃げられない! 

 

 ──そして、レミリアの目を欺いて助け出し、逃げることもできない! 

 

 咲夜を倒しても無駄。俺の敵はレミリア・スカーレットのみ。俺が格上の存在(吸血鬼)の相手をしなければ、霊華は本当に殺されてしまうかもしれない。

 

 レミリアと霊華が会ったのは知る限り2回だけだ。レミリアにとって、霊華の事などどうでもいいのだ。

 

 生かすも自由。

 

 

 殺すも自由。

 

 

 全ては、レミリアの気分しだい。

 

「チッ、タチが悪い。俺は、貴方に感謝している。貴方達の助け無しにここまで成長することはできなかった。だから、貴方とだけは戦いたくなかった」

「……フン」

「だが! 霊華が人質に取られた今! 私情を持ち出すことはできない! どんな手を使ってでも霊華を返してもらう!!」

 

 俺は力強く、己の決意を突き立てた。

 




ありがとうございました。よかったら感想ください!

フラクタル構造の解説が難しいです。あの解説は後で必要なんです。別に私が知識自慢している訳ではありません。分かりにくいまたは興味を持ったら「フラクタル構造 ブロッコリー」や「フラクタル構造 雪の結晶」とググッてください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#46「vs レミリア・スカーレット!!」

『祐哉、怖くはないですか』

『怖いに決まってる。レミリアは刺々とは違う。本気の吸血鬼相手に勝てるはずがないんだよ』

『それでも戦うのですか』

『勿論。誰かを見捨てて自分だけ逃げるなんて選択肢は無い!』

『良く言いました。私も最大限のサポートをします』

 

「では、始めようか」

 

 レミリアが拳を突き出すと周りから紅い妖気の奔流が起こり、瞬く間に槍となった。

 

 ──開幕直後にあの槍をどうするだろうか

 

 1.こちらに投げてくる。

 2.肉薄して穿ちに来る。

 3.様子見をしてくる。

 

 ま、分かるはずもないな。

 

 俺は動体視力強化の眼鏡を創造し、身の回りに刀を待機させる。

 

 ──相手が止まっているのなら簡単だ。タイミングはフライング気味に……

 

「合図は俺が」

 

 創造したナイフを天井から落とす。ナイフが床に刺さった瞬間、戦いが始まる。

 

「開始!」

「──内部破裂(バースト)!」

 

 開幕直後、俺はレミリアが持っている槍を暴発させようとした。先程霊華の拘束を解いたときと同様、対象が動いていないのなら、強引に集中力を強化する必要も無い。

 

 ──流石に速すぎる。俺を殺す気か? 

 

 レミリアは俺が『内部破裂』を使うよりも数瞬速く動き出した。だがそれでも槍の6割は破壊できた。それだけ壊せたら十分。妖気を凝縮して槍を形成しているのであれば、緊張している部分が失われることで形が崩れる。

 

 レミリアは槍を投げることも、穿つこともできない。レミリアは再び槍を形成するだろう。それだけの時間を稼げるなら上出来。生じた隙を活かして部屋の出口に駆け込む。

 

 だが、まだ部屋からは出ない。

 

 ──使い魔を10体ほど創造し、外に移動させる。

 

 不幸な事に今の天気は雪。外に誘い出して日光を利用することはできない。

 

 晴れていないので使い魔のエネルギー補充にも時間がかかる。太陽光から得られる力は霊力だ。よって、魔力を使うアクアバレットは使えない。

 

『アクアバレットが最も効果的なのに使えないとはな』

『魔力は月光と星の光から補給できましたね。他の手段としては魔法の森で蓄えることですか』

『現実的じゃないですね。あの森は自然の光を利用するのと比べて時間がかかる。溜まりきる前に俺が負けますよ』

 

 今の時間はもうすぐ正午というところ。日が沈むのも待てない。

 

『一応、他のアイデアはあります』

 

「──まずは弱点を確かめる」

 

 霊華のすぐ隣にいるレミリアを離れさせるように、純銀製ナイフを投げる。狙い通り離れさせたところで巨大な十字架を4つ創造してレミリアを閉じ込める。そして、ありったけの純銀製ナイフを投擲。

 

「十字架とナイフ、どちらも銀か。相手の弱点を創造できる能力。使い方も申し分ない。──が、甘い!」

 

 吸血鬼に銀が効くというのは本当のようだ。それならレミリアは銀に直接触れることができないはず。

 

 レミリアは再び紅い妖気を凝縮する。

 

 ──読み通り! 内部破裂でチェックメイトだ! 

 

「勝った。──内部破裂(バースト)!」

「だから、甘いと言っている」

 

 突然レミリアが消えた。霧散したように見えた。

 

『よく見なさい。アレは蝙蝠です。吸血鬼が分裂しました』

『チッ、とんでもないチート種族だな』

 

 部屋中を沢山の蝙蝠が飛んでいる。これが全てレミリアだと言うのか。こんなに小さくなってしまっては、弾幕は当たらないだろう。

 

 攻め手を失っていると、徐々に蝙蝠が集まりだした。集まった場所は俺の真上。嫌な予感がした俺は横に跳ぶ。その直後、元の姿に戻ったレミリアが虚空を切り裂いた。

 

「よく避けたね」

「たまたま、直感で」

 

 ──こっわ。避けられなかったら切り裂かれて肉片が飛び散っていたぞ

 

「さっきから、俺を殺す気なんですか?」

「安心しな。これでも力を抑えているよ」

 

 あの「ひっかく攻撃」で力を抑えているって? これはLv1とLv100が戦っているようなものだぞ。

 

「そんな尖った爪で切り裂かれたら死にますね」

「でもお前は避けられた。さあ、続けよう」

 

 避けられたのはたまたま、レミリアが予測しやすい動きをしていたからだ。

 

 ──戦いの中フェイントをかけてこない分、手加減されているってことか

 

 ───────────────

 

 祐哉の動きはまだまだ甘いがそれでも悪くは無い。出会って間もない頃、咲夜と戦わせた時と比べて格段に成長している。何度か力の差を見せつけたはずだが、祐哉の目には未だ光が篭っている。

 

 ──私達が手伝っているのだから、当然の結果ね

 

 グングニルの投擲には流石に反応できていない。咲夜によると、あの眼鏡は伊達ではなく動体視力を強化するものだという。ほんの僅かでも槍の軌道を線としてとらえることができれば十分躱すことが出来るはずだ。

 

 現在進行形で槍を投げ続けているが全て躱している。もちろん、まともに当たれば無事で済まされないので当てる気は殆どないのだが、段々と投げづらくなっている。

 

 これは槍を投げすぎたせいで疲労し、腕が上がらなくなってきた訳では無い。祐哉の位置取りがそうさせているのだ。

 

「私が槍を投げるタイミングを掴んだみたいだね」

「10数発も投げられたら流石に気づきますよ」

 

 ──14発。

 

 全て、一度破壊したドアを狙っていた。いや、もうドアは跡形もなく消し飛んでいるのだから、今や開放的になってしまった大穴を狙ったと言うべきか。

 

 館の崩壊を避けるため、破壊の規模は最小限に抑える必要がある。よって、自分と大穴の直線上に祐哉が入り込んだ時にのみグングニルを放っていた。

 

 ──成長速度、分析能力共に優秀。さて、そろそろ室内で戦うのも限界かしらね。

 

 祐哉の対応力、反射速度、能力の使い方を測るなら狭い空間で戦うのがいい。限られた空間でどう対処できるか。それをテストした。

 

 結果は上々。異変解決を行う者に必要最低限な素質はあると見た。

 

 ───────────────

 

「ひとつ聞きますけど、これは弾幕ごっこじゃないんですよね」

「ええ。私は試合での貴方ではなく、本気で戦った貴方の力を見たい。でも安心しなさい。貴方()殺さないから」

 

 それでは困るのだ。寧ろ、俺が狙われる方がマシかもしれない。他人の命の行方が自分の行動に委ねられるなど耐えられない。

 

「俺は貴方に本気を見せればいいんですか? ──勝つ必要は無いんですよね」

「そう。でも、1度でも被弾させることができたら私の負けね。そのくらいのハンデはあげないと」

「弾幕ごっこでは無いのなら、全力で当てにいってもいいんですか」

「ふふ、どうぞ」

 

 ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる。浮かべたのは俺だ。言質がとれたからだ。

 

 ──使い魔達の準備も頃合だ。

 

 ──()()()()()!! 

 

 使い魔の現在位置と状態はコミュニケーションをとることによって把握できる。彼らに言語知識を身につけさせたのは、こういうことができるからだ。

 

 使い魔の霊力は数値化するなら1200程度。今の俺の五分の一にも満たない量だ。10体の使い魔がいるため、総合的に考えるなら俺の2倍の力があるということだ。しかしこの程度ではレミリアを追い詰めることができる程度のスペルカードは使えない。

 

『アテナ、俺の作戦はどうですか』

『吸血鬼の力が測りきれていないので言い切ることはできません。が、やってみる価値はあると思います。貴方の消耗は大きいでしょうが、2つ目の力を使うよりも安いはずです』

『これ以上()()()()をする必要は?』

『ありません』

 

 ──OK! 

 

 俺は壁の大穴へ駆け出す。モタモタしているとレミリアがグングニルを投げてくる。その前に穴の近くに移動する必要がある。

 

 ──背後から殺気。この感覚はグングニルを作ったな! 

 

 10数発も間近で見てきたのだ。この程度のことは嫌でも分かる。

 

「──ありったけの刀をっ!」

 

 レミリアの位置を正確に感知できるアテナの力を借りて、振り向くことなく刀を創造する。創造してきた数が最も多い物体。これが刀だ。

 

 物体の創造にかかる時間は、経験量に反比例する。今はレミリアの投擲を妨害することが目的なので沢山の武器で囲う必要があるのだ。

 

 レミリアは槍を使って己を滅多刺ししにかかる無数の刀を払うはずだ。

 

 なんとか穴の空いた壁まで辿り着いた。

 

 俺が振り返った時、レミリアは丁度刀を払い終えていた。彼女の足元には直接砕かれた刀や風圧で吹き飛んだ刀が沢山落ちている。

 

 ──あの槍に触れたら死ぬ。だから俺は、それを利用する。

 

「はっ、はっ……こりゃ死ぬかも」

「もう終わり? こんなにすぐ諦めるようじゃ異変解決に向いてないよ。あれは実力と経験はもちろん、諦めない心がないとやってられないだろう」

 

 正論だ。異変を起こすのは大抵大妖怪クラスか神様だから一度や二度で勝てる事はあまりない。それは霊夢達であってもそうらしい。大事な事は諦めないこと。

 

「……それが欠如しているのなら活を入れてあげる」

 

 断っておくが、俺は1ミリも諦めてなんかいない。弱音を吐いてみせたのは演技だ。

 

 ──死ぬかもしれないってのは事実だけど

 

 宙に浮いているレミリアは拳を天井へ向け、グングニルを逆手に持った。左手を俺に向けて狙いを定めている。

 

 ──あの槍を躱すことは俺にはできない。それなら、アレに太刀打ちできるものを()()()創造すればいいだけだ。 

 

 俺の意識は能力を発動させた。

 

「今度は少し本気で行くよ。──()()()()()()()()()()()!!」

 

 刹那──実に10のマイナス18乗、100京分の1秒という途轍もなく短い時間が経過した後に放たれた。

 

 少なくとも、技を食らう俺にとってはそう感じられた。

 

 ──速ければ速いほど良いんだ。

 

 ───────────────

 

 グングニルを投げて地面に着地した後、凄まじい爆音が紅魔館中に響いた。部屋には砂塵が広がって何も見えない状態だ。

 

「ん"〜〜〜!!」

 

 後ろから、叫び声が聞こえる。

 

「咲夜」

 

 一言。従者の名を呼んで、大穴に背を向ける。ゆっくり歩いて()()の所まで辿り着く頃には、視界が元に戻っていた。

 

 そして、咲夜が彼女を拘束していたタオルを外し終わった。口を覆う物が無くなった瞬間、彼女は叫んだ。

 

「何をしているんですか!!」

 

 紅魔館には似合わない、何の変哲もない椅子に座らされ、腕を後ろに組んで縛られている彼女は立ち上がることができない。今回はそれが幸いした。『今すぐ退治してやる』という表情をしているからだ。

 

 拘束があるから、霊華は私に攻撃できない。ラッキーなのは私ではなく霊華の方だ。彼女の表情は、霊夢が妖怪と対峙している時の表情と似ている。それを見ると、興味が湧いてくる。霊華の実力に。私を楽しませることができるのかどうか、見てみたくなる。

 

 もしも霊華が未熟なら、不本意だが彼女を傷つけてしまうかもしれない。そうなれば祐哉は激怒するだろう。

 

 ──それはそれで、祐哉が()()本気を出してくれるだろうからいいけどね

 

 祐哉はあの──()()()()()()()()()を使うつもりがないらしい。様子からして私を舐めている訳では無い。それでも使わないのには、相応の理由があるのだろう。まあいい。

 

「──落ち着きなさい。祐哉はちゃんと生きているわ。ねえ、咲夜?」

「はい。……私は万が一に備えて外で見守っていたのよ。お嬢様の槍を避けることができないようなら私が助け出す。そういう手筈よ」

 

 咲夜は私の問いを肯定した後、霊華を諭した。どういうことかと、イマイチ理解できていない様子。咲夜は霊華の目の前に座って目を合わせる。

 

「私の力は時間を止めるのではなく、流れを操ること。時間の流れを極限まで遅くすれば十分彼を助けられるわ」

「そんなことできるはずが──」

「あら、心外ね。どうしてそう思うのかしら」

「非現実的過ぎます。自分以外の時間を遅くするということは、超スピードで動くのと同義。人間の身体が耐えられる速さには限界がある。そんな事を、本当にできるんですか?」

 

 なるほど。霊華の疑問ももっともなものだ。客観的に見た咲夜の動きは電光石火そのもの。そんな動きをしては身体の方がもたない。故に非現実的だと言うのだ。

 

 咲夜の時間操作を超スピードという単語を用いて説明するなら、()()()の超スピードと言うべきだろう。

 

「周りから見ればそうなるわね。私から見れば周りを遅くしているのだから、どうということも無いのだけど」

「そんなのおかしいです! 何か、矛盾しているようにしか思えません」

「霊華。貴女がいた世界の常識は幻想郷には通じないわ。私が元にいた世界には貴女の言う非現実的な物も存在していたけどね」

 

 私も別の世界から幻想郷にやってきた。私がいた世界には、魔法があるのは当たり前。そもそも私自身が非現実的な存在だ。

 

 世界が変われば常識も異なる。それを混同するからこうなる。別の世界の常識を己の世界の常識として見るというのは、例えるなら単位であるメートルとセンチメートルをそのまま比較するのと同じ。

 

 単位は揃えなければ正確には測れない。今の霊華は1mが100cmであることを知らずに1m=1cmとしているようなものだ。

 

 ──モノサシの調整は大事ね

 

「まあ、咲夜の力が信じられないのなら、後で存分に闘えばいいわ。それと、特殊相対性理論の勉強もする事ね。とにかく祐哉は生きている。咲夜、彼女を見ていなさい」

 

 さて、祐哉は体勢を整え終わったかな? 

 

 グングニルは祐哉に当たる寸前に霧散した。さっきから隙を見せると私の槍にイタズラをしてくるのだ。

 

 ──会う度に成長を見せてくる。

 

 成長速度もそうだが、彼の応用力と機転を特に気に入っている。

 

 祐哉は他の者にはできない戦い方ができる。その個性的な戦い方は退屈していた日常を少しだが変えている。

 

 祐哉と戦ったのは今回が初めてだが、ずっと前から見ていた。咲夜やパチュリーと弾幕ごっこをしていた時はもちろん、あの不老不死との決戦も覗いていた。直接見ていたわけではないが……。

 

 ──グングニルさえも対処してみせるとはね

 

 更に本気を出してもいいかもしれない。()()なことに、今日は雪だ。直射日光に当たらなければ外に出ることができるから、気が済むまで遊ぶとしよう。

 

 ───────────────

 

「──ふぅぅぅぅ…………こっっっっわ!!」

 

『お疲れ様です。良くやりました』

 

 なんとかギリギリグングニルに当たらずに済んだ。それでも風圧で思いっきり吹き飛ばされたが、槍で刺されるよりは何億倍もマシだ。

 

 ──便利すぎるな、内部破裂(バースト)

 

 動く物を正確に捉え、破壊するにはとてつもない集中力と動体視力が必要だと思っていたがそうでも無いようだ。

 

 いや、刺々に対して使ったように、何かを守る時は別だろう。

 

 だが、対象が止まっていたり、逆に()()()()()()()()()()()()()()何も必要ない。強いて言うなら、失敗すれば絶対に死ぬと理解していながらも一歩もその場から動かず、物体を創造できる度胸が必要だ。

 

 結局、疲れることには変わらない。今だって立ち上がっているのも辛いのだ。

 

 ──内部破裂は便利だけど、どうしても疲れるな。主に精神的に

 

 真紅の妖気で生み出された大きな槍を物凄い速さで投げられてみろ。ストレス凄いたまるから。

 

 精神的疲労というのは軽視されがちだが、何をするにしても無視できない要素だ。もちろん能力を使う時も同じ。物体を創造する程度の能力は創造物のモデルを三次元的にイメージした物をトレースする。集中してモデルを思い描かなければ望んだ通りのものを作れない。

 

「疲れた……。レミリアは来ないのか」

『…………。そうですね、寧ろ、遠ざかっていますよ。恐らく霊華のそばにいますね』

「くっ」

 

 ──まさかレミリアめ。再び霊華を利用するつもりか! 

 

 溜まってくる気だるさを無視して、紅魔館へ駆け出そうした時、アテナは強く言い放った。

 

『目的を見失ってはいけません。貴方は、吸血鬼を倒すことに専念するべきです』

「レミリアは霊華を殺さない。そう言いきれるのか?」

『言いきれますよ。少なくとももう暫くのは平気です。人質という物は利用するためにあるのです。殺すのは最終手段。あの吸血鬼も弁えているはず。それとも、レミリアという吸血鬼は狂気に染まっていますか?』

 

 ──知らない。が、妹のフランドールよりはマシだろうな

 

「分からない。俺はレミリアを信じていいのか、もう分からないんだよ……。俺が知っているレミリア・スカーレットの『設定』も、この世界に通用するのかわからない」

 

『……祐哉、こんな時ですがこっちに来てください』

 

 ───────────────

 

 突然真っ白な空間に飛ばされた。目の前には美しい女性がいる。ここは精神世界か。

 

「一体どうしたんですか。ゆっくりしている暇はないんですが──うわ!?」

「分かっています。ですが、感情のしこりは早々に消さなければ、この先貴方は一生苦しみ続けるでしょうね」

 

 突然、アテナは女性とは思えない力で俺を引き寄せた。左腕は俺の背中に回し、右手を頭に乗せてきた。

 

「信じていた者に裏切られたのです。疑心暗鬼になるのも無理はないです。一度疑うと、あらゆる物が疑わしくなります。私はそうなった者を何人も見てきました。放置してはならないのです」

 

 アテナは台詞の内容に似合わない程温かく、愛に溢れた神の声で囁く。

 

 頭を撫でられている状況で感じたのは興奮ではなかった。幼少の頃母親に撫でてもらったように、包容力に満ちていた。

 

「特に貴方はまだ若い。心の傷は深くなりやすい。──大丈夫。私はずっと、貴方の中で見守っています。いつでも味方です。こうやって慰める事もできます。今は戦いに集中しましょう。ね?」

「ありがとう……ございます」

「もう、大丈夫ですか?」

「……はい。行けます」

 

 ───────────────

 

 ──雪が冷たい

 

 目を覚ますと身体に雪が積もっていた。立ち上がって雪を払う。身体は冷えているが、心は温かい。アテナのおかげだ。

 

 直ぐに頭を切り替えた。紅魔館までの距離は100メートル程だろうか。冷静に考えてみると相当飛ばされていたことに気づく。

 

 空を飛ぶために宙を浮く。そして、Y座標の加速度の変数のみを変更する。50メートル程度浮かんだ後、少し考えて20メートル程高度を下げる。

 

 ──創造、眼鏡──望遠機能付与

 

 使い魔の霊力は1800〜2050か。まあ、()()()()()()。深呼吸をして、気合を入れる。

 

「行くぜ、スターバースト!!」

 

 天に向けて魔法陣を創造して霊力を込めて巨大なレーザーを放つ。質量を持ったレーザーはコンコンと降る雪を飲み込みながら雲へ突き刺さる。

 

「──やった! 意外と行けるもんだな!」

 

 スターバーストは一気に雲を蒸発させ、空に穴を開けた。開いた穴からは久方振りの日光が降り注ぐ。

 

「これだよこれ。雲越しに差し込んでくるヤワな光なんかいらないんだ。俺が欲しいのは、生の光なんだぜ」

 

 ──太陽光、全機フルチャージ

 

()()鏡を創造して光の反射角を調整する。

 

「やるぞ使い魔君。『素敵で有難い浄化の光(サンピラー)』!」

 

 使い魔は蓄えた太陽光を収束させて強化する。先程創造した鏡に当てればおしまいである。

 

 創造した鏡は紅魔館にできた大穴へ向かい、予め設置しておいた鏡に当たって角度を変える。部屋の中に入り込んだ太陽光は部屋の壁に当たる。壁の位置は計算してある。半径30m。それが創造する際に設定できる範囲だ。30m以内であれば()()()()()()()()()()()()()()()

 

 部屋の中に創造した鏡には細工した。鏡に当たった光は乱反射して部屋に広がるはずだ。

 

『レミリアには当たるでしょうか』

「当たると思いますよ。部屋の中に鏡を沢山置いておいたし」

『完全に殺る気なんですね』

「東方の吸血鬼はコウモリ1匹分身体が残れば再生するらしいですし、死にゃしませんよ。──誰であろうと霊華を人質にすることは許さない。用があるなら直接仕掛けろってんだ!」

 

 最近、暴言を吐きすぎている気がする。だが、それだけ許せない事が多い。

 

 ──俺は霊華を守ると決めたんだ。無駄に危険を煽ることは許せない

 

「どうせ大して当たってないんだろ? 鏡増やしてやろうか?」

 

 悪態をついたその時、咲夜が部屋から出てきた。

 

『……あらら、流石に止めてあげたらどうですか?』

「チッ」

 

 望遠機能が付いた眼鏡のおかげで良く見える。咲夜は両手を上げて降参のポーズを取っていた。

 

「……貴方の敗因はたった一つ。『貴方は俺を怒らせた』」




ありがとうございました。戦闘描写を書くのも慣れてきましたが、読者方にはちゃんと伝わっているのでしょうか。なるべく細かくイメージして、細かく描写する事を心がけました。楽しんで頂けたらとても嬉しいです。

さて、──なんか勝っちゃった(汗)
レミリアの敗因は明日、次の回で分かります。

良かったら感想ください。それではまた!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#47「ちょっとひとやすみ」

「あ、あの、レミリアさんは助かりますか?」

「半日もすれば全回復するわ。……というか、貴方がやっておいて何言ってるのよ?」

 

 咲夜の降参を受けた俺は警戒しつつゆっくりと部屋に入った。

 

 レミリアは寝ていた。漫画のように目がバツになって「きゅ〜」と言って倒れている人を見たのは初めてだ。……若しかしたら、「きゅ〜」ではなく「う〜」だったかもしれない。

 

「お、俺は悪くないですよ。大切な人を人質に取ったりするからだ! 流石に許せません」

「ええ、それに関しては何も言い返せないわ。今回はお嬢様が悪い」

「立場的にカバーしたほうがいいんじゃないんですか?」

「そうは言ってもねえ……」

 

 咲夜が打ち合わせしていた時の事を話してくれた。

 

 レミリアは俺達が竹林異変を解決する様を見てから、俺と戦いたいと言い出したらしい。興味を持たれたことを喜ぶべきなのかもしれないが、相手が相手なのでとても喜べない。

 

 本来は吸血鬼に勝てるはずがないのだ。今回勝てたのは幾つか理由がある。

 

『おや、レミリアの敗因は「俺を怒らせた」事じゃないんですか?』

『うっわ、やめてくださいよそれ! 思い出すと結構恥ずかしいなぁおい!』

 

「俺が勝てたのは、弾幕ごっこじゃなかったことが大きいですね」

「違うわ。手を抜きすぎたのよ。貴方の力を誰よりも見くびっていたの」

「割と従者らしからぬことを言いますね? ──いや、確かにそれも大きいです。俺が館を出て直ぐに追いかけられていたら負けてました」

 

 そう、レミリアは何故か外に出てこなかったのだ。雪が降っているのだから直射日光は降り注いでいない。だから吸血鬼であっても平気なはずなのに。

 

「そうね。丁度外に出ようとしたその瞬間に太陽の光を浴びていたから……もう少し早く外に出ていれば或いは」

「あー、じゃあ部屋の中に鏡を作る必要なかったですね」

「ああ、あれのおかげで大ダメージだったわ。でもいいんじゃない? 悪ふざけがすぎたものね。貴方の立場を考えれば、怒るのも当然よ」

「……なんか意外です」

 

 咲夜はレミリアの従者だ。レミリアの身に何かあれば、危害を加えた者を抹殺するようなイメージがあった。そう思っていただけに不気味なのだ。

 

 そう言うと咲夜はクスリと笑う。

 

「お嬢様の我儘っぷりは暴走しがちだから、たまにブレーキをかける必要があるの。それを貴方がやってくれたのだから寧ろ助かっちゃう」

 

 おいおい、大丈夫かよこれ。いや、俺的にはありがたいけど。

 

「……うー、聞こえているよ咲夜」

「──! お目覚めになられましたか? ご無事で良かったです」

「誤魔化すんじゃないよ。それに無事でもないわ」

 

 棺の中で寝かされていたレミリアが突然声を発した。一瞬不意を突かれたが、流石完全で瀟洒な従者。瞬時に切り替えて主の身を案じて見せた。

 

 俺はそんな咲夜を見て苦笑いを浮かべるのだった。

 

 二人のやり取りを見ていると、レミリアが俺を見てきた。罪悪感から目を逸らしそうになるのを堪えて、一歩前に踏み出す。

 

「……その、大丈夫ですか」

「ええ。中々効いたわ。意外とえげつない事するね。ふふ、次やる時は手を抜かずに済むかしら?」

「次とか、ないですから」

 

 どうやら俺は今回の件で益々気に入られてしまったようだ。期待の表情でさり気なく次回の話を持ちかける彼女を遠慮無く突き放す。「そんな……即答しなくてもいいじゃないの」とガッカリするレミリア。

 

 ──だって、次やったら同じ手通じないじゃん。勝てないじゃん。無理だよ!? 

 

「……霊華の事だけどね、アレは嘘よ」

「……へえ?」

「疑うかしら」

「嘘か本当かなんて、どうでもいいことです。霊華が人質に取られたことは紛れもない事実だ。でもまあ、嘘で良かった」

「…………」

「などと言うと思いますか? ついていい嘘と、ついてはいけない嘘があります。他人に迷惑をかける余興には金輪際付き合いたくないです」

 

 かなりキツめの言葉。まさか俺がレミリアに対してこんな口を効くとは思わなかった。

 

 レミリアは元々我儘な人物であることは知っていた。だが、俺が出会ったレミリアは特にそんな様子を見せていなかったので完全に油断していた。この人は原作通りのレミリア・スカーレットだった。

 

「……戦う前にも言った通り、俺は貴方を始めとする紅魔館の皆さんに感謝しています。それだけに、こういった()()()()()()()()()のようなことはして欲しくないです。……以上です。数々の生意気な発言、失礼しました。処分はなんなりと……」

「……処分なんてしないわ。ただ、また来てくれる?」

「……さあ」

 

 と、わざとレミリアを突き放す。するとレミリアは分かりやすくショックを受けた。

 

 ──うはは! おもしろ

 

『うーん、これはこれで良くない気がしますがまあ、目を瞑りますか』

 

()()()。今度は手土産を持ってお邪魔します。ああ、先に言っておきますけど、弾幕ごっこはしませんよ?」

「どうしてよ! 咲夜とか、美鈴とか、パチェとは戦ってるのに!」

「貴方強すぎるんですよ! ルールがある戦いだと逆に勝てないんです!」

「ふふん……これだから強すぎる存在でいるのは辛いのよね」

 

 いかん、調子付けてしまった。さっきまで「いいぞ、もっとやれ」みたいな眼差しを送ってきていた咲夜も頭を抱えたそうな表情になった。

 

 ──すまねえ咲夜

 

「ところで祐哉、さっきから気になっているのだけど。何故ルールがあると勝てないの?」

 

 そう言ったのは咲夜だ。咲夜が疑問に思うのももっともだ。何故なら、幻想郷の決闘システム──スペルカードルール──は人間が妖怪相手に戦えるようにするためのもの。ルールがあるおかげで一方的な殺戮は起きない。

 

 つまり、普通は「ルールがあるから勝てる」なのだ。

 

「1つは、スペルカードルールを採用した戦いでは相手の弾幕を破壊しにくいことです。破壊したらボム扱いになってしまう。レミリアさんの槍は何度も暴発してましたよね。アレは俺が妨害したからです」

 

「へえ」と相槌を打つ咲夜。どのようにやったのか気になると言いたげな様子だが、その説明は後回しだ。

 

 弾幕を避けながら内部破裂を使うのは恐らく無理だ。第一そんなことをするなら、スターバーストのようなレーザーでかき消した方が手っ取り早い。

 

「もう1つは隙が生まれやすいこと。ルール無用なら弾幕を常に張ることは無い。距離を取って身を隠すのもやりやすい。そして何より、相手が慢心しやすいのです。接近戦になっていたら死んでましたね」

「ふむ。確かに私は手を抜きすぎたわ。貴方に対して失礼なことをしたわね。お詫びにもう一戦どう? 今度は真面目に戦うわ」

「嫌だと言っているでしょう」

 

 いやマジで。絶対に勝ち目がないと分かっている相手と戦うなんて御免だ。レミリアが真面目に戦えば、今の俺では勝てない。創造の力と頭を使って攻略しようにも不可能だろう。

 

 まあ、妹紅の時のように何度も負けを繰り返して攻略法を編み出すことはできるかもしれないけど……面倒だ。精神的に疲れる。

 

 ───────────────

 

 昼間に寝るのは久しぶりだ、と言ってレミリアは眠りについた。吸血鬼は本来昼間に寝ているものだがレミリアは昼間に起きていることが多い。曰く、そっちの方が退屈しないから。

 

 彼女の寝室から出た後、別室に案内してもらった俺と霊華は休憩中だ。若干狭い部屋だが、休むのには適している。

 

 俺はテーブルにもたれ掛かるようにして顔を伏せる。学生が授業中に寝る時の基本的なスタイルである。

 

「はあ……」

 

 溜息をつくのはこれで4回目くらいだ。仮眠をとるなりしないと復活できなそうだ。

 

「あの、神谷君」

「んー」

 

 声音でわかる。何か言いづらそうな事を話そうとしている様子。おおよその見当をつけつつ、伏せたまま返事をする。

 

「……顔を会わせてもらえませんか」

 

 やはり真面目な話か。俺としてはもう気にしていないので寝かせて欲しいのだが、まあそうもいかないのは分かる。できるだけ疲れを表情に表さないよう意識して顔を上げる。

 

「その、ごめんなさい」

「何が」

「実は、私とレミリアさんが話していた時、人質になってくれないかとお願いされたんです」

 

 霊華は若干目を伏せて、申し訳なさそうに謝罪してきた。

 

「知ってる。レミリアから聞いたよ。『私が無理にお願いしたから、責めないでやってくれ』とね」

「あ……そうなんですね。ごめんなさい。私、断りきれませんでした」

「無理もないよ。あんな見た目でも、吸血鬼なんだから。堂々と断るなんてなかなかできないだろうさ。だから、気にすることは無い」

 

 それだけ言って再び顔を伏せる。

 

「疲れたから、ちょっと寝かせて」

「わかりました」

 

 ───────────────

 

 30分程で目が覚めた。俺達は今図書館にいる。幻想郷の地図を見て、霊華の勘が働いた方向に何があるのか調べているのだ。

 

 白玉楼は上空にあるからか地図に載っていないので、道中見かけた場所との位置を計算して見当をつける。白玉楼から紅魔館へ真っ直ぐ進み、更に先にあるのは──

 

「妖怪の山。名前からして妖怪の住処っぽいですね」

「ああ、そうだよ。トラブルが起こるのは必至だね。面倒だから行きたくなかったな」

 

 山で暮らす妖怪──例えば天狗は仲間意識が強く、仲間がやられると敵対姿勢をとるという。他には河童もいて、こちらも群れる。

 

 山の中を行動するには天狗に見つかってはいけないだろう。もし見つかれば追い出しに来るのだ。倒したら他の者に攻撃され、倒さないと追い出される。

 

 ──あーあ、行きたくないなぁ。

 

「異変と関係するものが山の中に無いことを祈るしかないな」

「もし、中に入る必要が出てきたら?」

「戦争だね。負けたね。よし帰ろうか」

「ええ……やる気出してくださいよ」

 

 雑魚妖怪は倒せても、天狗を何体も相手にはできないだろうな。レミリアのように舐めプしてくるなら別だが、有り得ない。

 

 ───────────────

 

 

 折角地下にいるので、久しぶりにあの子に会いに行くことにした。

 

「あ……誰かと思ったら貴方ね。こんばんは。まあ、今が夜なのか昼なのかは分からないけど」

「まだお昼だけど()()()()()。今日は久しぶりにフランに会いに来たよ」

「そうなの。久しぶりね、()()()()

 

 レミリアの妹、フランドール・スカーレット。この子は数百年の間地下室に幽閉されていた。今は閉じ込められていないようだが、積極的に外に出ることは無いらしい。

 

「前から気になっていたんだけど、フランの方がかなり年上じゃない? なんでお兄さんって呼ぶの?」

「そんなに深い意味は無いよ。貴方の見た目通りそのまま呼んでいるだけ。──もう会うことは無いと思ってね。名前なんか覚えていないわ」

 

 確かに高校生という16〜18歳の人間の呼称としては「お兄さん」が最もしっくりくる。将来40歳くらいになった時、高校生に対して「お兄さん」と呼ぶ気になるかといえば恐らくならないが……

 

「まあ、呼び方なんてどうでもいいな」

「うん。参考までになんて呼んで欲しいの?」

「そうだなぁ、寿限無でいいよ」

 

 予想外の返しだったのだろうか。フランは訝しげに尋ねてくる。

 

「それ、貴方の名前じゃないよね」

「だってほら、名乗ったところで覚えないでしょ。謎の人間Xでもいいし、nullでもいい。でも、できれば寿()()()()寿()()() ()()()()()()()()()()()()()()()()() ()()()() ()()()() ()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()() ()()()()()()() ()()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と呼んで欲しいな」

「……宴会の芸でやったらウケそう」

「そうか? 現に今、全くウケていないようだけど」

 

 早口言葉を息を切らさずに唱えることが俺の特技だ。

 

「だから宴会でやるの。みんな酔ってるから適当な事やれば喜ぶよ。()()()が落ちただけでね」

「あー、()が転がっただけで笑うってやつ? なるほどねえ」

 

 宴会といえば今度、竹林異変を解決したという事で宴会を開くようだ。

 

「見に来てくれる?」

「私は行かないよ。行ってもいいけどね。引きこもり癖がついちゃって出る気にならないんだ」

 

 数百年もこの地下室にいるのだから何とも思わなくなるのは本当だろう。

 

「外に対する興味とかないの?」

「無くはないけど……たまに貴方のような人間が会いに来てくれるからね。別にいいかなって」

 

 ほら、折角()()()()()()『貴方』呼びだ。お兄さん悲しいよ。

 

『貴方のたまに見せる異常な寿限無推しは何なんですか』

 

 アテナのテレパシーを受け取って苦笑いする俺。そんなこと言われたって困るんだわ。理由なんてない。なんとなくだ。

 

「それより、さっき上で何かあったみたいだけど知らない? 凄い地響きだったけど地震じゃないよね」

「ああ、俺とレミリアさんが戦ったんだよ」

「へえ、どっちが勝ったの?」

 

 フランの問いに俺はピースをして返事をする。意味を理解したのか、フランは訝しげな表情を見せた。

 

「アイツ、私と同じ吸血鬼よ? 人間の貴方が勝てるとは思えないわ」

「霊夢と魔理沙は勝ったんだろう?」

「うん。でも貴方は弱いじゃない」

「そうだね。次やったら勝てないと思うし、フランには一度も勝てないだろうさ」

 

 本人を前にして中々厳しい評価をくださるフラン様。しかし実力差が圧倒的なため、すっと受け止めることができた。

 

「どんな手を使ったの」

 

 俺はレミリアとの戦いを話す。思いの外真剣に聞いて貰えたので、細かい解説も交えた。そしていよいよ決着の時、フランはオチが読めたようだ。最初は楽しげに聞いていたのに微妙な表情に変わった。

 

「アレが私の姉だなんてね。信じられないわ」

 

 と、ため息混じりに呟く。

 

「わ、割と当たりが強いんだね」

「相手を見下しすぎ。でも、前に弾幕ごっこをした時とは比べ物にならないくらい強くなったのね。暇なら遊びましょ?」

「いや、悪いけど暇じゃないんだ。これから異変を解決しに行かなきゃならない」

 

 危ない危ない。ここでフランと戦ったら絶対に動けなくなる。疲労困憊。満身創痍。彼女と戦うなら万全の状態で望まないと本当に死んでしまう。この子は舐めプするタイプではなく、虐めてくるタイプだと思う。

 

「そうなの? また気が向いたら会いに来て」

「うん。またね」

 

 丁度話の区切りもついたので、そのまま帰ろうとすると、「待って」と声をかけられる。

 

「貴方の名前を教えて。さっきの、変な名前じゃなくて、本当の名前」

「……知ってどうするんだい? ノートに名前を書くのか? 40秒後に死ぬって奴」

「何その悪魔みたいなノート。そんなノートいらないわ。……いいから教えてよ」

「神谷祐哉。寿()()()()()()()()()

()()()()。覚えておくわ。何となくまた会いそうな気がするからね」

 

 結局この子は一度も俺を寿限無と呼んでくれなかったな。別にどうだっていいのだが。ボケに乗ってくれてもいいじゃないか。

 

()()()、ユウヤ」

 

 手首から上だけを振るフランに見送られ、部屋をあとにした。




ありがとうございました。

紅魔館で一休みしました。まあ、疲れる原因を作ったのも紅魔館の人ですが……

さて、異変調査はまだ続きます。次はどこに行くのかな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#48「守矢神社」

どうも、祐霊です。私が前書きに書きたいことはただ一言。

『──聞かれてるんだよなぁ』





 紅魔館を出た後、俺達は妖怪の山へ向かった。山の中にはできれば入りたくないという事で、上空から山の様子を観察したが特に怪しい物や人物は見当たらなかった。

 

 しつこいようだが俺達は()()()()()山に入りたくないので、妖怪の山の探索を後回しにして比較的安全そうな神社に向かっている。

 

「山の上に神社があるなんて。知らなかったです」

「守矢神社と言ってね、外の世界から湖ごと引っ越してきた神様がいるんだよ」

「湖ごと? 一体どうなっているんでしょう」

「理屈で考えても仕方ないだろうね。多分八雲(ゆかり)がやった事だから」

 

 紫が勝手に移動させたというよりは、二柱の神が紫に依頼したと考えた方が自然だろう。紫の境界を操る程度の能力を使えば造作もない。時空を超えることができる引越し業者だな。

 

 どうやって境界を操っているのかとても気になるところだが、恐らく俺が理解することはできないと思う。平たく言えば数学と物理学の分野だろう。それも、難関大学で扱うレベルの──或いはそれ以上の知識が必要と見た。

 

 外の世界にある大学で扱う知識で満足するのなら、21世紀の世はもう少し近未来的な物で溢れているはず。某ネコ型ロボットのひみつ道具のように、まだ再現できないのであれば技術と知識は不足しているということになる。或いは単純にやる気と資金の問題か……。

 

 ──世界一位を目指さなくなった日本では無理だろうな

 

『なんの話ですか』

 

 ──ちょっとした皮肉です

 

「八雲紫。ああ、私に巫女服をくれた人ですね。確かにあの人は他の妖怪とは違う力を持っていました」

「妖力にも質があるの?」

 

 霊華は頷いて解説を始める。

 

「本体の性質と言いますか、邪悪な妖怪から放たれる妖気は禍々しく、密度も濃いです。対して邪気の薄い妖怪は妖気も薄いんです。因みに霊力も同じですよ」

「へえ、邪気を感じることができるのか。凄いな」

「そうですか?」

 

 今度は俺が頷くと、霊華は嬉しそうに笑った。

 

「良かった。私も少しは役に立てるかな」

「頼りにしてるよ。俺にはそういうの分からないからね」

 

 隠さずに殺気を出してこられたら分かるが多分それは極普通のことだ。人間の直勘って奴で。

 

 お喋りをしているとようやく神社に到着した。

 

 博麗神社より少し大きい鳥居を(くぐ)って境内に進む。境内に積もった雪は綺麗に退かされているため歩くのに支障はない。

 

「神様は何処にいるんでしょう。参拝とかした方がいいのかな」

「『たのもー』とか言えばいいんじゃね?」

「道場破りですか? さては貴方たち、新手の宗派ですね?」

 

 俺のボケに言葉を返したのは霊華では無い。

 

 ──うおっ! ロングストレート美少女キター!! 

 

「悪いですが今は相手をしている暇はないんです。お引き取りください」

 

 緑色の長い髪に白と青を基調とした巫女服を着た女の子。身長は霊華より少し高いようだ。頭にはカエル、横に下ろした髪には蛇の髪飾りがついている。

 

 ──可愛い

 

『浮気ですか?』

「ええ!? なんで!?」

 

 アテナのコメントに思わず声を出してしまった。周りから見れば俺は女の子に対して言ったことになる。

 

「今は忙しいのです。早くこの雪をどうにかしないと霊夢さんが……あわわわ」

「おう、その話詳しく聞かせてくれませんか」

「霊夢を知っているんですね? 私達は霊夢に頼まれて異変を調査しています」

 

 どういう事かと訊ねられたので、異変解決もとい異変調査に出かけた俺達が守矢神社に来た経緯を話す。どうやらドンピシャのようだ。

 

「話はわかりました。事情を話しますから、場所を変えましょう」

 

 ───────────────

 

「お前達が霊夢の使いの者か? 君なんて霊夢そっくりだ。分身を作れるようになるとはやるねえ」

「いえ、この子は霊夢とは別人です」

「博麗霊華と申します。苗字が同じで瓜二つですが血縁関係は無いです」

「本当かい?」

「私達は幻想郷で初めて出会いましたから」

 

 ほほーう。と意味ありげに相槌を打った神は八坂神奈子(やさかかなこ)だ。

 

「私達と同じように、外の世界から幻想郷に来たんだね」

 

 神奈子の隣に居り、今喋ったのが洩矢諏訪子(もりやすわこ)だ。こちらも神様。

 

 四角いテーブルを囲うように5人で向かい合っている。こちら側は俺と霊華の2人。向かい側には左から諏訪子、神奈子、そして先程の巫女さんが座っている。

 

 巫女さんの名前は東風谷早苗。「ひがしかぜたに」や「とうふうたに」ではなく、東風谷(こちや)と読む。

 

 軽い自己紹介を済ませた後、今も振り続ける雪について話を聞く。俺達の事情は早苗が話しておいてくれたのでスムーズに進んだ。

 

 ───────────────

 

「──つまり、この異変は貴方たちが起こした。そしてこれはあと数日で収まるということですね」

「不可抗力だけどねー」

 

 諏訪子がのんびりと返事をする。

 

 この異変は守矢の3人が起こしたものらしい。とはいえ悪気があった訳では無いという。彼女等が行動したのは人里の信仰者の願いがあったから。

 

 今年の冬は例年と比べて降雪量が少なかった。里の少年少女はそれを残念に思い、信仰集めに来ていた早苗に嘆いたそうだ。少年少女──それも一人や二人どころの話ではないようで、多くの子供達に頼まれてしまった早苗は二柱に相談したのだ。それを聞いた二柱は思った。

 

 ならば! 

 

 やるしかなかろう! 

 

 と。

 

 早苗の能力は『奇跡を起こす程度の能力』。早苗は二柱の力を借りることで、天、地、海全てを操ることができる。奇跡を起こすには詠唱が必要で、起こす奇跡の程度によって必要になる長さは変わるそうだ。

 

 天変地異を起こすことも可能だろうが、それは理論上の話であって現実的ではないだろう。何故って、早苗は人間だから食事もするし睡眠も取るからね。

 

 雪を降らせること自体は容易く、直ぐに実行した。しかし問題が起きた。それが今回の異変というわけだ。張り切りすぎて奇跡の規模を間違えたらしい。「てへぺろ」「やっちゃったぜ」とでも言いそうなノリで説明を受けた俺は苦笑いを浮かべたのだった。

 

「……あと数日で収まるという根拠はあるのですか」

「それは確実です。今まで何度も奇跡を起こしてきましたから、感覚でわかります。まあ……2日後か3日後、5日後、いつ収まるのかはわかりませんが」

 

 俺の質問に早苗が答えた。色々ツッコミを入れたいがまあいいだろう。これが外の世界だったら許されなかった。復旧の目処が立たない等と言えば炎上しかねない。ブラックな雰囲気が労働者に無理を強いるためにブラック企業という物が生まれるのかもしれない。

 

 ──向こうの世界から逃げられて良かったな

 

 ここはのんびりしていていい。焦る必要は無いのだ。誰もスピード解決を求めていないのならこれでいいだろう。

 

「わかりました。用も済んだことですし、俺達はこれで失礼します」

「ああ、待ちな」

 

 帰ってお風呂で温まろうと考えていると神奈子に止められる。──うっわ、なんか嫌な予感がするぞぉ! 俺にはわかる。こんな顔何度も見たもん。

 

「折角だ。早苗と戦ってみなよ」

 

 ──この感じ。俺に言っているというよりは……

 

「私……ですか?」

 

 霊華が自身を指さして確認を取る。「嘘でしょ。なんで私?」みたいな気持ちが伝わってくる。そりゃそうなるわ。でも諦めたまえ。幻想郷の人はなんか知らないけど気軽に弾幕ごっこを仕掛けてくるのだよ。

 

『経験者は語る。ですね』

『大体はボコボコにされる。洗礼だよなぁ』

 

「色が被っているしね。どちらが青の巫女服を着るのにふさわしいか競うのもいいね」

 

 と言う諏訪子。確かに二人共服の色が被っている。最も青いのはスカートだろう。巫女装束の緋袴(ひばかま)の部分。緋色ではなく、青い上に霊華の巫女服は巫女装束というよりはオシャレなスカート……ドレスと呼ぶ方が相応しいだろう。と言ってもウエディングドレスやパーティーに行く時に着るような本格的なものでは無いのだが。

 

 巫女装束ベースのドレスと言えばいいだろうか。大人しい巫女装束を、もう少し馴染みやすく、現代風にアレンジしたイメージだ。霊夢の装束と同様フリルが着いていて可愛らしい。

 

『貴方には、フリル付きスカートがドレスに見えるのですね。まあ、分からなくもないですが』

 

 早苗の下衣(スカート)もまた真っ青で、よく見ると水玉模様が描かれている。スカートの縁には白いフリルがついている。個人的には霊華が着ているものの方が可愛らしい。

 

 さて、上半身に着ている衣服だがこちらは特徴的だ。色自体は一般的な巫女さんが着ている白衣(はくえ)と同じなのだが、袖が一部分着いていない。腋が露出しており、二の腕の真ん中辺りから下に着けられている。

 

 ──どうやってつけているのかな? 

 

 このデザインを考えた人は脇フェチなのだろうか。──ふむ。

 

 袖の両端が青く縁取りされているのは2人とも同じ。

 

 胸元に装飾物を付けているのは霊華だけで、早苗は何もつけていない。霊華は水色のリボンをつけている。これがまた語彙力を無くすほど可愛いんだ。

 

 ──外の世界(リアル)に霊華のような服を着た人がいたら引くけど、幻想郷の世界観には合っている。

 

 顔はどちらも美少女。どちらが優れているとかは考える必要は無いだろう。正直、好みの問題だと思う。

 

『貴方はどちらが好みなのですか』

「うーん……」

「神谷君はさっきから何を考え込んでいるんですか?」

「んぁっ? また声に出してた?」

 

 霊華は「何を言っているの」と言いたげな表情を浮かべた。

 

『難しいな』

『おや、即答で霊華を選ぶと思っていたのですが』

『うん。しかしだね。早苗も可愛い。むむむ……わからん』

 

 続いて髪に移ろう。霊華は癖のない黒髪、早苗は若干の癖がついた緑色の髪だ。前者は腰に届きそうな長さで、後者は胸の位置程までの長さ。ロングフェチの俺に効く。

 

 霊華は顔の両脇に髪を纏めて青い髪飾りを付けており、早苗の方は左側だけを纏めている。

 

 さあ、いよいよ頭頂部だ。早苗はカエルの髪飾りが付いたカチューシャを付けているようだ。可愛い。

 

 霊華は後ろに伸びる髪を、大きな水色のリボンで纏めている。このリボンが俺の推しポイント。霊夢にも言えることだが、とても好き。あ、ほら。語彙力が低下しちゃったじゃん。

 

『誰に解説しているんですか?』

『いや、俺自身の為に分析しているだけですよ? ()()()()()()()()()()()()()()。今頃変態だと思われているだろうよ』

 

「神谷くんー? おーい起きてますかー?」

「ん! はい、何でしょうか」

 

 真剣に2人を分析した結果『どちらも可愛い。それぞれ好きな服を着ればいいじゃないか』という当たり前とも言える結論に至った。結論を纏めた頃、霊華が俺の目の前で手を振ってきた。可愛い。

 

「目を開けたまま寝ていたんですか? やけに難しい顔してましたけど……」

「難しいことを考えていたんだよ。2人とも可愛いんだから別にそのままでいいじゃないかってね」

「巫女服の事ですか? 私も気に入っているから着続けたいですね……」

 

 まあ多分、諏訪子の発言は2人を戦わせるための適当な理由なのだろう。暇つぶしの余興か、好奇心か、幻想郷の強者はこういう事を好むイメージがある。レミリアとか()()()()()()()とか、()()()()()()()()()()とか。

 

「頑張って! 何気に俺、博麗さんが戦うところを見るの初めてかも。楽しみにしているよ」

「ありがとうございます。頑張りますね」

「無理はしないでね。勝ち負けは関係ないだろうから」

 

 うん、と頷いた霊華は外で準備をしている早苗の元へ走っていった。

 

『どっちが勝つと思いますか』

『さあ、2人の力を見たことがないからなんとも。早苗は強いと思いますよ。経験値は圧倒的に霊華が負けている。でもあの子、成長が早いからな。もしかしたら……』

 

 巫女同士の戦い。楽しませてもらおう。




ありがとうございました。良かったら感想ください。

祐哉君による可愛い2人の分析と、彼の癖(へき)がモロバレでしたね……。可哀想に……強く生きて……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#49「守矢の巫女 vs ()()の巫女」

おっす、祐霊です。

春奇異変最終回です。彼らは既に「異変なんかほっといてバトルしようぜ!」的なノリです。


「スペルカードは1枚。先に被弾させた方が勝ち。準備はいいかい?」

 

 審判を引き受けた神奈子が言った。

 

『二人共、いい表情をしています』

 

 霊華と早苗が向き合い、それぞれが大幣を構えた。2人とも凛々しい顔をしている。

 

「始めッ!」という鋭い声が境内に響いた。先に動いたのは早苗だ。大幣を振りながら詠唱している。一歩も動かない早苗に対し、霊華は針を投げた。無防備に見えた早苗は、詠唱を保ったまま余裕で針を払った。

 

 一回目の攻防が終わった時早苗のスタンバイは完了した。霊華はそれに構わず、針を凡そ十本投擲した。これは上手い。闇雲に投げるのではなく、空間を敷き詰めるように投げてみせた。5本と5本の2層構造の弾幕。1層目の隙間を通ると、2層目の針が目の前にやってくるというわけだ。

 

「はっ!」

 

 早苗は針の弾幕に対して大幣を大きく振り下ろした。すると前触れなく風が吹き出す。針の位置はそのままに、運動ベクトルだけが逆になった。自分の元に戻ってきた針に一瞬動じるも、大きく宙に浮く事で回避。その後ノータイムで御札をばらまいた。

 

「風よ──!」

 

 早苗は再び風を起こすが、御札は構わず進み、早苗に当たりそうになる。彼女はギリギリのところで避けてみせた。

 

 雪は今も降っている。普通なら御札を投げても思うように飛ばない。これは博麗の巫女である霊夢であっても変わらない事実。だが、霊華にはスキルがある。

 

「まるで空気抵抗を無視するように御札を投げられるなんて……私にはできないかも」

「むしろ、()()()()()()()まともに投げられないんですよ」

 

 早苗の賞賛を受け、霊華は御札を人差し指と中指で挟みながら返事をする。

 

 霊華は御札に霊力を纏わせることで多少の障害を無視して投げることができる。多少の雨が降っていようが、風が吹いていようが、無視して飛ばすことができる、霊華だけのスキル。

 

『覆っている霊力に無駄がない。繊細な霊力操作能力が求められますよ。見た目以上に難しいはずです。貴方が真似をしようとしても、数年はかかるかもしれませんね』

『要するに、あの子は器用なんですね』

 

 2人とも、まだスペルカードを使う気はないようだ。霊華はもう一度御札を投げて、早苗が対処している隙に境内に落ちている針を回収した。

 

 回収を終えた頃、早苗は既に詠唱を開始していた。早苗が起こす奇跡のバリエーションがわからない以上、近づくことはできない。霊華としては彼女の詠唱を邪魔したいところだ。

 

 御札を5枚投げた。札はゆっくりと早苗の元へ向かっていく。それに対し早苗は余裕の笑みを浮かべた。これなら風を起こして対処できる。そう思ったのだろう。

 

 御札は早苗の元へ辿り着く前に勢いを失った。

 

 ──ミスか? 

 

『でも、御札には霊力が覆われたままです』

 

「あまり近づきすぎると怪我しますよ」

 

 霊華は針を両手で5本構えて投擲。針は宙を舞う御札を正確に穿った。

 

「きゃっ!」

 

 ──霊華って意外とやる時はやるんだな

 

 針が御札を貫いた時、小爆発が起きたのだ。攻撃力は皆無だが、牽制の効果が期待できる。

 

 狙い通り早苗が怯えた隙に駆け出し、霊華は大幣を叩きつけた。

 

「終わりです」

「くっ!」

 

 戦いは終わらなかった。

 

 間一髪。早苗はなんとか防いだのだ。そこから大幣を使った打ち合いへ移る。体術はほぼ互角。──いや、霊華が押され気味か。早苗は霊華に切り込む内に生まれた僅かな隙──大幣を持つ手が緩んだのを見逃さなかった。

 

 早苗が間髪入れずに大幣の下端同士をぶつけると霊華の手から木棒が離れた。

 

 武器を失った霊華。早苗にとって絶好のチャンスだ。今度は早苗がトドメを刺しにかかった。

 

「まだ、負けないですよ!」

 

 早苗の大幣は霊華ではなく、不思議な壁に当たった。

 

 ──あれは、御札か? 

 

 4枚の御札を角に障壁を構成している。

 

 強力な障壁のようだ。早苗が数度叩きつけてもヒビひとつ入っていない。

 

 霊華は後ろに跳んで、障壁に向かって針を投げる。

 

「──!」

 

 ──恐ろしい子。俺だったらもう負けてるかも

 

 針が当たった障壁には亀裂が走った。その後4枚の御札が爆発したのだ。

 

 器用で凄いんだけど怖いわ。敵に回したくないタイプだ。

 

「このままやっても消耗するだけですね。これで決めます。──秘術『グレイソーマタージ』」

「望むところです! ──夢符『夢想雪華』」

 

 遂にスペルカードが放たれた。早苗は自身の右肩辺りに大幣を構えると、俺の方から見て右、左斜め下、右斜め上、右斜め下、左斜め上の順に大幣を振ると大量の弾幕が現れた。

 

 丸い弾幕はドット絵の様に五芒星を描いている。暫くすると弾が内側に凝縮され、炸裂する。炸裂した衝撃波は彼女を中心に広がっていて隙がない。

 

 霊華はふわりと浮かび上がると袖口から丸い玉を一つ取り出した。

 

 ──あれはまさか、陰陽玉!? 使えるのか? 

 

 陰陽玉は妖怪を祓う武器の一つで、玉の力を引き出すのは博麗の巫女にしかできないと言う。霊夢から借りたのかな。

 

 霊華が詠唱を始めると陰陽玉が人工衛星のように彼女の周りを廻る。詠唱が終わったとき、白い弾幕が放たれた。

 

 霊華のいる位置から6本の枝を描き途中で枝分かれしていく。

 

『なるほど。彼女の技「夢想雪華」。雪華とは雪の華。即ち雪の結晶を表しているのですね』

『霊華のオリジナル技か』

 

 白い弾で形成された弾幕は雪の結晶の形をしている。6本の枝からは新たに6本の枝が生まれ、空間を三次元的に埋めつくしていく。イメージ的には霊夢の八方鬼縛陣と似ていて、敵の動きを抑制するタイプのスペルカードのようだ。

 

 霊華が十分な実力を持っている事を理解したのだろう。早苗は同時に5つの五芒星を描き、先程と同じように炸裂させる。炸裂して飛んでくる弾は霊華が放つ雪の結晶に阻まれている。時間が経つにつれ雪の結晶の隙間が狭くなっていく。

 

 ──結晶が持つフラクタル構造を表現できるほどの弾幕量。ここまでするのに一体どれだけの霊力を使うんだ? 

 

 俺は目の前で展開されている五芒星と雪華をとても美しいと思った。ゾクゾクするし、鳥肌も立つ。この感覚は打ち上げ花火を見た時と似ている。

 

 

 

 

 

 ───────────────

 

「まだ幻想郷に来たばかりなのだろう? 早苗とあそこまで渡り合うとは大したものだよ」

「ありがとうございます」

 

 試合終了後、神奈子が霊華に称賛を送る。神様に褒められるとは凄いな。

 

 試合の結果は()()()()。正直驚いている。霊華があそこまで成長しているなんてな。もしかしたら俺より強いかもしれない。

 

 あの綺麗な弾幕を作るセンスといい、落ち着いた立ち回り。障壁を使うタイミングも良かったし、守るだけで終わらず相手を牽制することができる仕掛けを用意しておく。

 

 ──ほんと凄いな。

 

『これを機会に貴方も障壁を作ってみてはどうですか?』

『んー、なんか防御は性に合わないと言いますか、気が向かないんですよ。レーザーはどうしようもないから跳ね返しますけどね』

『普通、レーザービームははね返せませんよ』

 

 そこだ。俺はレーザービームを跳ね返す物体を作れる。周りから狡いと言われてしまいそうだ。その分物理攻撃の対策をしていない。その気になれば他の人が障壁を作るよりも早く、簡単に創造できるからだ。物理攻撃、レーザー攻撃共に死角なしでは弾幕ごっこにおいて無敵になってしまう。

 

『そういうものですかね。幻想郷の人間や妖怪は、アッサリと崩してきそうなものですが』

『確かに。まあ、死にそうになったら作りますよ』

『レミリアという吸血鬼と戦った時、貴方は当たれば死ぬ槍を前にしましたが……』

『……あれ? 障壁要らなくないですか。内部破裂使えばいいじゃん』

 

 既に死角なしとは。しかし、「今のお前は既に死角が無い」と言われても喜べない。何故なら、死角無しにしては危なっかしい戦いが多すぎるからだ。

 

『内部破裂。あれは強力ですが相当疲労するのでしょう? 障壁を作った方が精神衛生上望ましいのでは?』

『ふむ。帰ったら霊夢に付き合ってもらおうかな。調整をしたい』

『また告白と勘違いされますよ』

『今度はフラれるかもね。そんなんショック受けるわ』

 

 ──と、いけない。考え事に夢中になりすぎた。

 

 気づくと霊華は早苗と神奈子、諏訪子の3人に囲まれて談笑していた。これは今更行っても入り込めないな。

 

 今回の異変は自然解決が見込める。帰ったら霊夢に報告して、風呂に入って寝よう。

 

 雪が降り止んで、桜が花を咲かせ始めたら宴会をやるそうだ。とても楽しみだ。




ありがとうございました。

へ、ガンダムはどこに行ったって? 遠い過去の話は忘れましょう。思い出したくなったら東方放浪録をご覧下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#50「創造者(クリエイター)は変態趣味をお持ちなのですか?」

はいどうも、祐霊だと思います。

今回は春奇異変の裏話です。本編で書けなかったイベントを書きました。

前半が「霊華の巫女服を創造する時の一悶着」。これは異変調査へ行く前のお話です。

後半は「咲夜に人形作りを依頼される話」。紅魔館でレミリアと祐哉が戦いましたね。その時レミリアが脅しに使った(爆発四散した)人形です。

それでは、楽しんでいってください!



 〜霊華の巫女服を創造するときの一悶着〜

 

───────────────

 

 霊夢から異変調査を頼まれた後、俺達は部屋に戻って身支度を始めた。外は寒い上、調査にどのくらい時間がかかるかわからないため、防寒対策はしっかりしよう、と決めたのだ。

 

「服は……そうだな。制服か巫女服のどちらかなら作れると思う。女性の衣服をそんなに見た事がないからね。現物がないと作れないんだよ」

「なるほど。それなら、この巫女服でお願いします」

「わかった。それじゃあ悪いけど、その服脱いでくれる?」

 

 そう言うと俺は()()()浴衣と帯を創造する。巫女服を脱いでいる間風邪をひくといけないからね。こちらの準備が終わり、創造したものを霊華に手渡そうとした時、霊華の様子がおかしいことに気づいた。

 

「あ、あの……ここで脱がないとダメですか?」

「へ?」

 

 正座している霊華はもじもじとして落ち着かない。心做しか頬もほんのりと紅い。すでに風邪をひいたか。否、恥ずかしがっている? 

 

「み、見ないでくださいね? その、できれば後ろを見ていて欲しいんですけど……」

 

 …………? 霊華は俺から浴衣を受け取ると、それを抱き締めるようにして持って、「今から着替えるから後ろを見ていて欲しい」と言うのだ。それも、恥ずかしがりながら。

 

「え、もしかしてここで着替えるの? わかった。俺が部屋を出るから、着替え終わったら教えて」

 

 ここ、俺の部屋なんだけどな……と思いながら部屋を出る。

 

 ───────────────

 

「か、神谷君ってもしかして……」

「んー?」

 

 俺は霊華が着ていた巫女服をマジマジと見つめ、触り、中を覗き、なんなら被ったりしている。まだ彼女の温もりが残っている。

 

「その、変態さんなんですか?」

「ええー!? お、俺が?」

 

 何で──と聞こうと思ったが、今俺がしていることを冷静に考えてみると成程そうとしか言えないことに気がつく。

 

「いや、待て、待って欲しい。俺の話を聞いて欲しい。冤罪だ。無実だ。俺は変態じゃあない」

「そう、なんですか?」

 

 完全に疑われているようだ。このままでは嫌われてしまう。

 

「さっき言ったけど俺は女性の衣服のことを知らないんだよ。まして巫女服なんて見たことがない。それに博麗さんが着ているものは霊夢のものと比べて複雑だ」

「確かに、私の物にはオシャレな飾りが多いですね」

「そう、それら全ての情報を頭の中に叩き入れて、CGみたいに3次元モデルを思い浮かべる必要があるんだ」

 

 実は、模倣品を作る方が難しかったりする。完全に俺のオリジナル物を作るのであればある程度適当でも何とかなる。しかし模倣品の場合、頭の中で作る設計図をきちんと作らないと再現度の低いコピーができあがるのだ。

 

 俺は試しに、巫女服を創造してみる。

 

「ほら、もうこれ服じゃないよね。いや服にはなるかもしれないけど……Tシャツと同じだよ。創造失敗」

「飾りも微妙……悪質な中国製品みたいですね」

「そう、しかしだね。じっくりと分析することで、本気を出した中国のように再現度の高い物が作れるんだよ。ああ、質は保証する。その点でいえば中国よりは優れていると思うけど……」

「分かりました。疑ってすみません。続けてください」

「いや、俺の方こそごめん。先に説明するべきだったね」

 

 何とか誤解を解く事ができた。危うく信用を失うところだった。

 

『でも祐哉、まだ温もりが残っている服を触ってドキドキしていましたよね。ほんのりと良い香りもして……』

『──うああああああああああ!!』

『わ、分かりました。からかった私が悪かったです。だからそんなに騒がないでください……』

 

 俺はちょっと泣きそうになりながら巫女服のイメージを脳内で作成していく。

 

 試行錯誤を30分程した後、ようやく満足のいく模倣品が完成した。一度霊華に着てもらって、問題ないことを確認した。後は防寒機能を付与するだけ。この付与はどういう訳か簡単にできる。

 

 出かける前から少し疲れたな……。

 

 

 

 

 

 ───────────────

 

 〜咲夜に人形作りを頼まれるアリス〜

 

 

 

 

「貴方が来るなんて珍しいじゃない。咲夜」

 

 発言主はキッチンから持ってきた紅茶とマカロンをテーブルに置いた。

 

 紅魔館でメイド長を務めている十六夜咲夜は、迷いの森に住むアリス・マーガトロイドの家を訪ねた。2人の仲は特別いいという訳ではなく、アリスが紅魔館の図書館──正確には図書館にいるパチュリー・ノーレッジに逢いに行くため偶に見かけるような仲だ。

 

 そんな関係だと言うのに、咲夜はアリスに会いに行ったのだ。アリスが不思議に思うのも当然だ。

 

「貴女に依頼したいの。特別リアルな人形を作って欲しいのよ。勿論報酬は払います」

「リアルな人形?」

「そう、本物の人間とうっかり間違える程リアルな物。幻想郷で貴女以上に腕のいい人形師はいないわ」

 

 咲夜の説明を聞いたアリスは少し考えて返事をした。

 

「完全自立できる人形は完成してないわよ」

「大丈夫。私が言っているのは見た目だけだから」

「わかった。大きさとか、体型のリクエストがあるなら聞かせて」

 

 アリスには断る理由が無かったので咲夜の依頼を受けることにした。咲夜ニコリと笑って、差し出された紅茶に口をつけた。満足気に頷いた後、人形の詳細を語り始めた。

 

「まずは性別だけど、女性でお願い。髪の色は黒で、腰にかかるくらいのロングストレート。大きさは160cmで、体型は痩せ気味。後は全てお任せするわ」

「あら、服は決めなくていいの?」

「ええ、この人形ね、()()に使うのよ」

 

 マカロンをひとくち食べたアリスは不敵な笑みを浮かべた。

 

「なるほど。()()()に使うのね。わかった。火薬は必要かしら」

「必要ないわ」

「いつまでに作ればいい?」

「4日後までにできるかしら。結構無茶を言っている分報酬は弾むわよ」

 

 咲夜はポケットから紙を取り出してアリスに手渡す。中を見たアリスは目を見開いた。

 

「ええ、了解よ。これなら2日で終わらせる」

「大丈夫? 4日目当日に完成するのでもいいのよ?」

「お得意様だからね。多少の無茶はしてみせるわよ」

 

 契約は成立。話が終わると咲夜は直ぐに席を立った。アリスもこの後直ぐに人形制作を開始するだろう。咲夜は、そんなアリスの動きを読んだ上で行動した。

 

 席を立った咲夜に続いてアリスも立ち上がった。玄関から出る時、咲夜は何かを思い出したように振り返った。

 

「いいこと教えてあげる。貴女が目指す完全自立人形だけどね、似たようなことをやってのけた人間がいるわ」

「……その人も人形使いなの?」

「全然違うわ。ほら、アリスが紅魔館(うち)に案内してきた男よ」

「祐哉、だったかしら。彼がそんな技術を? 魂魄の定着に成功するなんて……」

 

 アリスは人形を作成し、操ることが得意な魔法使いである。一言命令すると暫くの間命令通りに動くという、使い魔のような役割を持たせられる。

 

 他の使い魔と違う点はその器用さだろう。彼女の人形は人間ができる殆どの動作が可能だ。料理をしたり、掃除をしたりできる。今は外で雪かきをしている。

 

 人形への命令は定期的に行わなければならず、アリスは完全な自立人形を作ることを目指している。

 

 自分の目標を成し遂げた人物がいるというのなら、アリスは一目見たくなるだろう。

 

「誤解する前に言っておくわ。彼が作ったのは機械よ。貴方の人形程器用なことができるわけではない。でも、エネルギーの自動補給もできるし弾幕も撃てるし、そして何より賢いわ」

「よく分からないけど、気になるわ。彼は機械エンジニアなの?」

 

 アリスはやはり興味を持った。彼ともう一度会って話したいと思っている。咲夜の返事を待ちつつ、確か博麗神社で暮らしていると言っていた、と脳内の情報を引き出す。

 

「そうではないわ。彼は、そうね……創造者(クリエイター)よ。何だって作れるわ」

「へえ、今度会いに行ってみようかしら」

「それなら、今度の宴会で会えるはずよ」

 

咲夜の話では、つい昨日まで異変が起きていたという。私が住む魔法の森に被害はなかったので全く気づかなかった。彼はその異変の解決に関わったらしい。

 

「そうね。楽しみだわ」

 

 

 




ありがとうございました。

次は待ちに待った宴会です。すみませんがまだ1文字も書いてないので少々お待ちください。全力で書いてきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章 春の大宴会
#51「今年最後の冬」


 異変調査から戻った後、守矢神社の二柱から聞いた話を霊夢に報告した。霊夢は「分かった。お疲れ様」と言って()()。遊びに来ていた魔理沙は「ああー炬燵が(ぬく)いー」と言ってまったりしていた。霊夢と魔理沙は2人とも炬燵の魔力にやられてしまったのだった。

 

「ずっと炬燵に入ってると風邪引くよ」

「逆よ。炬燵に入ってなきゃ風邪を引くの」

「それに守矢の話が本当なら、直ぐに春になる。来年までこの炬燵とはサヨナラなんだ。今のうちに堪能しないとな」

 

 だーめだこりゃ。別に炬燵の中に入ってなくてもこの部屋は温かいのだが……。ストーブだけで十分ではないか。

 

 と言うのが昨日の話である。

 

───────────────

 

 現在朝の8時。調査の疲れを癒すため、いつもより長く寝るつもりだったのだが、霊夢に叩き起されてしまった。タンッという軽快な音を立てて障子が開けられた。スヤスヤと寝ていた俺は突然の音に目を覚ました。部屋に侵入してきた者が霊夢だということを確認した後、二度寝する事にした。

 

「ほら、もう朝よ。起きて」

「んー、もう少し寝かせてよ」

「時間は有限よ? 今日1日寝て過ごすのはもったいないわ」

 

 霊夢はそう言って俺の掛け布団と毛布を剥ぎ取った。寒さが瞬間的に肌に伝わる。体を起こした俺は霊夢を軽く睨みつけて口を開く。

 

「……昨日一日炬燵の中でグダグダやってた人が何言ってんのさ?」

「あれは時間の無駄じゃないもん。冬の伝統を満喫していただけよ」

「はー、分かったよ」

 

 ため息をついて立ち上がる。霊夢は満足気に頷くと、掛け布団と毛布を持ったまま居間へ向かった。

 

 そんな行動を怪訝に思いながら付いていくと、予想外の光景が目に入ったので思わず声を上げてしまう。

 

「うわ、なにこれ」

「何って、冬が終わっちゃうからね。皆で布団を持ち寄ってぬくぬくしよ?」

「──馬鹿野郎!!」

「失礼ね! 誰が野郎よ!」

「そこは突っ込まなくてもいいだろ! 俺が言いたいのはですよ!? 気持ちよく眠っていたところを叩き起され、仕方なく起きたのに結局場所を変えただけってのが気に食わないんですよ!」

 

 居間には掛け布団が敷き詰められている。床に敷く方ではない。羽毛が入っている方だ。これでは結局グダグダして眠ってしまうのがオチだ。それならちゃんとした布団で寝たい。何故起こしたのか。

 

「第一、掛け布団を踏むんじゃありません!」

「あー、めんどくさいわね……あの()()を思い出したわ」

 

 説教をされて嫌そうな顔をする霊夢。霊夢はまだ寝間着を着ていて、軽い寝癖がついている。いつもなら朝6時には起床する霊夢だが珍しく怠けているようだ。

 

「仙人? 仙人ってもしかして──」

「──馬鹿者────ー!!」

 

 突然、第三者の声が神社に響き渡った。下手したら幻想郷の端まで届いているのではと思わせる声量。聞いたことのない声。軽い耳鳴りに顔を顰めながら反射的に声の主を探すと、やはり会ったことの無い──しかし知っている()()が立っていた。

 

「久しぶりに来てみればなんてこと!」

「い、いやあ、その……たまには皆でぬくぬくと温まりたいなって思っただけで……」

 

 仙人は人差し指を突きつけながら霊夢に説教をしている。霊夢は布団を抱きしめたまま面倒くさそうに目を逸らし、苦笑いを浮かべなから弱々しく反論する。

 

 ──でもなあ。霊夢がグダグダやってるなんて普通だしなあ。何で怒るんだろう? 

 

「──掛け布団を踏むんじゃありません!」

「──お前もか」

「──貴方もか」

「──アンタもか」

 

 圧倒的奇跡。部屋の端でゴロゴロしている魔理沙と俺、霊夢の声が重なった。因みに霊華は──あれ、いない? 

 

 どうやら仙人はそれだけ言いたかったらしく、一言言った後呆れたように手を頭に置いてため息をついた。

 

「いや、本当に。久しぶりに来たけど何も変わってないのね。元気そうでなによりだわ」

 

 呆れているようだが、何処か微笑ましげな様子。

 

「あら、お客さん?」

 

 落ち着いた仙人はようやく俺の存在に気づいた。

 

「いえ、自分は──」

「居候の祐哉よ」

「宜しくお願いします」

「あら、いつの間に? 私は茨木華扇です。よろしく」

 

 頭につけたシニヨンキャップと右腕全体に巻かれた包帯が特徴の女性。左手首には鎖が付いた腕輪をつけていて、胸元には花飾り、中華を思わせる前掛けには茨の模様が描かれている。髪は赤に近いピンク色だ。

 

「祐哉は結構前からここに住んでるわよ」

「へえ。そういえば、外にも見かけない女の子がいたけれど、あの子も神社に住んでいるの?」

 

 華扇の質問に霊夢は頷いた。

 

「知らない間にルームシェアを始めたのね」

「るーむしぇあ?」

「いえ、俺達は訳あってここに住まわせてもらっているだけですよ」

 

 生活費として数ヶ月分の前払いをしている。流石に無料(ただ)でお世話になるわけにはいかないし、払う物を払った方が堂々と住める。まあ勿論、旅館のお客さんじゃないから家事も分担している。

 

 ───────────────

 

 吐く息が白い。()()異変の調査をしたのは昨日だ。私達が調査から帰ったのは夕方なので、時間的に言えばまだ1日も経っていない。雪は未だ降り続いており、神谷君が創造した雪対策の物体は既に無い為、積もってしまった──正確にはわざと積もらせた──雪を掻いている。

 

 雪対策の物体を創造した理由は、雪掻きをする手間を省けるようにと、神谷君が配慮したからだった。おかげで一晩経っても境内だけは雪が積もっていなかった。だが、これに異を唱えた人がいた。意外にも霊夢である。雪掻きは彼女にとって毎年恒例の仕事である。そのため、神社だけ雪が積もらないのが不気味なんだそう。

 

 楽をできるのは嬉しいけど、雪掻きは別に嫌いではないと言う霊夢の言葉を聞いた神谷君は、「余計なことをしちゃったね、ごめん」と言って直ぐに創造物を消したのだ。

 

 良かれと思ってやった事があまり喜ばれていなかったことに少し残念そうにしていた彼だが、霊夢の「ううん。気を使ってくれてありがと」という言葉を聞いて微笑んだ。そこまでは良かった。

 

 ──良かったんだけど

 

「流石に積もりすぎだよ……」

 

 朝目を覚ましたら30cm以上雪が積もっていた。これ程の雪を私ひとりで掻くのは無理だ。私は皆が来るまでの間、1人でもできそうな所を掻くことにした。それはどんな神社にもあるであろう狛犬の象である。物が物なのでスコップを使うわけにはいかず、素手で丁寧に雪を取り除く。雪は冷たいが既に感覚が麻痺していて特に気にならない。

 

「寒い中わざわざ綺麗にしてくれてありがとう」

「ひゃっ!?」

 

 突然どこからか声が聞こえた。声の主はすぐ隣におり、驚きの余り飛び跳ねてしまった。

 

 一本角に特徴的な耳を持った背の低い女の子が立っていた。この容姿。コスプレではなく妖怪であるのは間違いないだろう。

 

「驚かせてしまってすみません。私は高麗野(こまの)あうんと言います。こうしてお会いするのは初めてですね、霊華さん」

「え、どうして私の名前を?」

「私は霊夢さん達4人を見守っていました。会ったことがないのは貴女だけですね」

 

 彼女の見守っていたという発言が理解できず詳しく聞くと、こころよく説明してくれた。

 

 彼女は元々神社やお寺を見守る存在──狛犬──の象だったとか。とある賢者が狛犬象から“高麗野あうん”という妖怪を生み出したらしい。

 

「生まれたのは結構前なんですよね? 今までどこにいたんですか」

「ずっと神社にいましたよ。ただ、狛犬ですからね。こっそり見ていました。皆さんの輪に入るのもいいですけど、見ている方がいいんです」

 

 十数年生きた中で見たことが無い程に良い笑顔を見せる。おそらく本心なのだろう。人としては変わりものだが彼女は妖怪だし、何より見守る存在である狛犬なのだからおかしな話ではないだろう。

 

「でも、祐哉くんと霊華さんに挨拶が済んだし、偶には顔を見せようかなと思いますよ」

 

 ──────────

 

「酷いことするよな。布団を消しちまうなんて……」

「魔理沙、あなたは少し怠け者になった?」

「祐哉と霊華がここに住むようになってからは益々楽しくなってな。ついゆっくりしちゃうんだよ」

 

 魔理沙と華扇が話す。俺は隣で不貞腐れている霊夢を見て苦笑いを浮かべ、声をかける。

 

「霊夢の布団だけは残ってるだろ? 何でそんなにご機嫌ななめなのさ?」

「だって、皆でゴロゴロしたかったんだもん」

「はは、運が悪かったな」

 

 華扇との自己紹介を終えた後、彼女は霊夢に布団を仕舞いなさいと言った。霊夢はそれを渋り、魔理沙は聞こえないと言うように布団を被った。困り果てた華扇を見た俺は布団を消すことにした。

 

 元々神社にある布団は1つで、霊夢のものしかなかった。それを創造の能力で複製して使っているのだ。オリジナルを除いた創造物は全て任意のタイミングで消すことができる。

 

 ───────────────

 

「やあ、博麗さん。あれ? あうんちゃんも来てたんだ」

「あ、神谷君! おはようございます」

「やだなぁ祐哉くん。私はずっとここにいますよ?」

 

 温かい服に着替えて外に出ると、霊華とあうんが話していた。俺は二人分のマフラーと手袋を創造して手渡す。

 

 ──さて、雪掻きをするんだったな。

 

 どんな物を創造しようかと考えていると、肩を叩かれる。振り向くと温かそうな服に身を包んだ霊夢がいた。

 

「祐哉は何も造らなくていいわ。雪掻きには慣れているから」

「文明の利器に頼らないのか」

「貴方の創造は文明じゃないでしょ」

「分かった。今から里に行って文明を作ってくるよ」

「え、雪掻き手伝ってくれないの?」

 

 と、上目遣いで見てくる霊夢。そんな目で見られてしまっては断れない。いや、元々断るつもりもなかったけど。

 

『不用意に文明を作るのは控えた方がいいですよ。最悪この世界の管理者に目をつけられます』

『何故?』

『外の世界と比べて文明が遅れているのには何か理由があるはず。それも、科学者や資源の不足といった直接的要因だけでは無いと思います。恐らくはバランスを保つためかと』

 

 昔に存在した妖怪が生きやすい世界にするには、昔を保つ必要があるということだろうか。

 

『創造物を渡すのもやめた方がいいのかな』

『程度によりますよ。上着を渡す程度、紳士の行いと捉えられるだけですから、何ら問題は無いでしょう』

 

 頭の中でアテナと会話していると霊夢が話しかけてくる。

 

「でも、そうね。皆の分の道具だけは作ってくれると嬉しいわ」

「ああ、お安い御用さ」

 

 今外にいるのは俺と霊夢、魔理沙に華扇。そして霊華とあうんだ。お客の華扇と守護者のあうんの分はいらないか。

 

「私もやりますー」

 

 あうんの分も創造するとして、4つでいいか。

 

 霊夢からシャベルを借りて目を凝らす。

 

 ──()があって、先端に金属の皿みたいな物を付ければいいか。長さは各々の身長に合わせて……

 

「ほいさ。これで完成」

「ありがとう。それじゃ始めようか」

 

 皆が創造したシャベルを手に取り、雪を掻き始める。

 

 ──こういう時使い魔にも手伝って貰えたら嬉しいけど、俺の使い魔だと無理だな

 

 なんせ、使い魔は彫像なのだから。手がないのにシャベルは持てない。除雪機能を学習させるにはメモリが勿体ない。

 

 竹林異変の時、十千刺々の力で竹に足を取られたことがあった。脱出する時にやったように、物体に自動制御機能を付与すれば可能性はある。

 

 ──まあ、何も造らなくて良いって霊夢が言っていたし、今回はいいか。

 

 でも自動制御機能がどこまで融通の利く物なのか知っておく必要はあるな。今後の研究ポイントだ。

 

「ねえ貴方。さっきのはどうやったの?」

 

 雪掻きをしながら考え事をしていると華扇に話しかけられた。雪掻きを続けながら話した方が効率が良いが、初対面の人に対してそれは失礼だろうと思い、手を止めて顔を上げる。

 

「さっきって、なんのことですか?」

「私にはシャベルが突然現れたように見えたの。霊夢が貴方に頼んでいたから、アレは貴方の力なのよね」

「ああ、俺には物体を造り出す力があるんですよ」

「へえ。貴方は人間のようだけど、随分と強力な力を持っているのね」

 

 華扇はじっくりと俺の目を見つめてくる。何かを見透かされているような気がした俺は思わず目を逸らしてしまう。

 

「これは勘ですが、貴方は1()()()()()()()()

「はあ、皆と住んでますからね」

 

 俺が孤独な人間に見えるとでも言うのか。酷いや! 俺は仲間に恵まれている。いい友達にも会えたし、頼もしい神様だっている。

 

 ──まさか。いや、それこそまさかだ。有り得ない

 

 ───────────────

 

「ところで、私にもシャベルを造ってもらえるかしら。人は多い方がいいでしょう?」

「助かります」

 

()は神谷祐哉という子からシャベルを貰った。さっき見たように、シャベルは突然現れた。

 

 このシャベルを見れば分かる。これは全体が霊力で構成されている。

 

 ──只者じゃないわね

 

 霊力というものは、本来()()()()()()のだ。

 

 力とはエネルギーのこと。筋肉の収縮によって生み出される物理的な力は物体を動かすためのエネルギー。このエネルギー量が多ければより質量が大きい物を動かすことができる。

 

 霊力とは精神エネルギーのこと。精神力。気持ちの強さ、忍耐力と言うように、物体には普通作用しない力。濃密な霊力で壁を作り、突き出すことで衝撃波を生み出すことは可能だ。これを応用したものが弾幕ごっこでよく見られる霊力の塊、すなわち弾幕だ。

 

 しかし人間が持つ霊力量は乏しい。よって、大抵の人間は武器を持っている。霊夢が御札と退魔針をメインに使うのはこのため。もっとも、霊夢が持つ霊力量は並の人間とそこらの妖怪とは比べ物ならないため、武器だけでなく霊力も普通に使っている。それは彼女が特別だからだ。

 

 確かに霊力の塊を生み出す事は可能。だが、霊力に(がら)を付けたり、自在に形づくり、尚且つ攻撃力を持たないようにするという話は聞いたことがない。

 

 霊力とは精神力。シャベル程の大きさのものを作るにはそれなりの霊力が必要なはず。充分な霊力を持っているのなら攻撃力とまで行かなくとも、シャベルから圧迫感を感じてもいいはずなのである。

 

 ──でも、このシャベルからは霊力以外何も感じない。触ると痛い訳でもないし、圧迫感も感じない。

 

 ──それが彼の能力だと言われればそれまでだけど、彼の霊力量は人間の限界を超えているのでは? 

 

 ──更に、霊力を物質化させるにはかなりの技術が必要なはず。一体何者なのだろうか。

 

「このシャベル、最大で何個作れるの?」

「んー、500個くらいですかね? 多分ですけど。霊力が少ないんで大きな物はこの程度が限界です」

「そう? 貴方には沢山の霊力があるように見えるのだけど……。それも恐らく霊夢を遥かに凌駕している──いえ、気のせいね。今のは聞かなかったことにしてもらえる?」

「ええ、確かに気のせいだと思いますよ。さあ、雪掻きを始めましょう」

 

 彼はそう言って作業に戻った。

 

 ──気のせいかしら。話している途中、急に霊力が()()()

 

「……ふーん、面白そうな子ね。中に神様でもいるのかしら」

 

 私は誰にも聞こえない程度に声を抑えて呟く。今は隠れてしまったが、神谷祐哉の中からは複数の力を感じた。彼が人外の力を行使できるのは、もう一つの力のお蔭なのだろう。

 

 ──誰だか知らないけど、気づかれたくないのなら誰にも言わないわ。

 

 それに分かったところでどうということも無い。ただ、若しかしたら可哀想な未来を歩むのかもしれない。その時は彼に手を差し伸べるとしよう。

 

「──仙人として、ね」




ありがとうございました。
茨木華扇が初登場です。時系列的に考えて数年前に霊夢達と知り合っているはずなのでいつか出したかった人です。(あうんちゃんも)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#52 「宴会準備」

 6人がかりということもあり、雪掻きを始めてから1時間程で境内の石畳が顔を見せた。

 

 しっかりと防寒対策をした甲斐もあり、寒いと感じることは無かった。皆でお茶を飲んで温まっている中、春の宴会が話題に出た。元々春の宴会はそれなりの規模で開催されるようだが、今回は竹林異変と春奇異変の解決祝いを兼ねてより一層盛り上げようという話になった。

 

 まあ、肝心の春奇異変がまだ解決していないのだが、放っておけば解決するとの事なので待つしかない。今は今を楽しむ。それが幽々子から教わった()()()()()()だ。

 

 竹林異変の解決に直接関わったのが外来人である俺と霊華だということを知った華扇はかなり関心した様子で、お酒の準備は任せてと言って張り切っていた。

 

 十千刺々が竹林異変を起こした原因も恐らく俺と霊華であり──特に俺のせいだと思うのだが──そこは黙っておくことにした。

 

 宴会の時ゆっくりと異変解決の武勇伝を聞かせて欲しい、と華扇に言われて苦笑いを浮かべた俺に対し、霊華は喜んで引き受けていた。

 

 ──武勇伝と言われてもなあ、そんな大層なものじゃないと思う。命懸けで戦ったのは間違いないが、刺々を怒らせたのは俺だし、俺は霊華を巻き込みたくないという、向こうからすれば勝手な理由で対抗しただけだ。

 

『知らないのですか? 酒の席で語られる武勇伝など9割9部嘘っぱちや誇張された自慢話なんですよ』

『マジですか? 誇張ねえ。自分の罪から目を背けるみたいで何か嫌ですよ』

『真面目なんですね』

『俺が真面目? はっはっは! 暇さえあれば巫山戯る俺が真面目なわけないですよ』

『無自覚ですか。まあ、それが貴方の魅力ですね』

 

 ───────────────

 

 1週間後──春奇異変が落ち着いた。

 

 それからまた1週間。積もっていた雪は殆ど無くなり、幻想郷に春が訪れた。冬を楽しんでいた妖怪が大人しくなり、代わりに春告精が活発に動き始めた。春を告げると言うのは本当で、博麗神社にもやってきた。霊夢は退治することなく、優しく出迎えていた。毎年恒例の出来事のようだ。

 

 硬い蕾に閉じこもっていた花弁は顔を出し、梅の花と桜で満ちている。博麗神社にも桜の木が生えており、霊夢によれば幻想郷で一番綺麗と評判だとか。

 

 真偽は兎も角、少なくとも17年の人生で見た桜の中で最も美しいのは間違いない。

 

「桜は今がピークね。今日は最高の宴会になりそう」

「初めての宴会、ワクワクするよ」

 

 物置部屋から取ってきた道具を縁側付近に置いて、霊夢と話す。

 

 今回の宴会は壮大にすると言うだけあって、食事と酒は豪華になっている。大抵は主催側が用意するのだが、今回は酒は華扇が、料理は白玉楼の魂魄妖夢、紅魔館の十六夜咲夜、そして博麗神社から霊夢と霊華が担当する。それぞれが料理を持ち寄るタイプのようだ。霊夢曰く参加料だ。料理担当以外の者も何かしら持ってくることになっている。

 

 開催場所は博麗神社で、料理担当ではない俺は会場準備に当たっている。今は霊夢から必要な道具を教わっているのだ。

 

「これで全部だと思う。じゃあ宜しくね」

「……一人でやるの?」

「私と霊華は別の準備があるし……魔理沙とか引っ捕まえてくれば?」

 

 例年の参加人数を訪ねたところ、約50人だと言う。2人でもキツいだろうけどまだマシか。

 

 ──よし、魔理沙に頼もうか

 

 今は朝。宴会開始は15時からで、7時間後だ。宴会開催時刻が中途半端な理由は簡単で、昼の桜と夜の桜の両方を楽しめるようにという意味がある。

 

「へぇ、ここが博麗神社か」

 

 何処か近くで声がした。聞いたことの無い、若い男の声。里の人間が参拝に来たのだろうか。喜べ霊夢。参拝客だぞ! 

 

「こんにちは。参拝ですか?」

「こんちゃー。俺はただ宴会の会場の下見に来ただけさ。お前もそうなのか?」

「いや、俺は──」

「──今日の宴会、待ちきれなくてよ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()からここに来てみたんだ」

 

 こいつ、人の話を聞かないタイプか。割と苦手なタイプ。親友になることは無いだろう。良くて知り合い。俺は面倒くさいという気持ちを抑え、相手の話の続きを待つ。

 

「ん、黙りこくってどうした?」

「い、いや、別に」

「そうだ。ここの準備を手伝うとしようかな! 重いものがあれば引き受けるぜ──って、お前に言っても仕方ないか」

 

 うざいなあ。良く喋るし声はデカいし、早々に立ち去ってくれないかなぁ。でも、折角だし準備を手伝ってもらおうかな。

 

「そんじゃ俺、巫女さんに会ってくるわ。じゃあな」

「おう、待ちなよ。その必要は無いぜ」

「あん?」

「お前はさっき、『妖夢』という単語を口にした。そしてそれは文脈から人名だと推測できる。もしかして、魂魄妖夢じゃないか?」

 

 白玉楼の妖夢と知り合いなのかもしれない。

 

「そうだけど……」

「あの人は料理担当と聞いた。そして、追い出されたと言ったな? つまりお前は料理が不得意というわけだ」

「そうだな」

「残念だが、()()()巫女も料理担当だ。そして人手は足りているんだ」

「何だ、そうなのか。じゃあ俺は帰るぜ」

 

 男はそう言って空を飛ぼうとする。俺は地面を蹴って男に接近し、肩を掴む。

 

「待てと言っているだろう。折角現れた労働力。利用させてもらうよ? 会場準備も大事な仕事だぜ? 報酬は美味い酒と食事。そして幻想郷一の桜。更に夜桜も見られる。どうかな?」

「……オーケー。分かった。分かったからその手を離せよ。お前見かけによらず握力強いのな。何キロだ?」

 

 掴む手を離すと男は痛そうに肩を抑える。そんな彼を見て俺はこう返す。

 

「──5トン、単位を合わせるなら5000キロだな」

「肩砕けるわ!! さすがにそこまでダメージ受けてないぜ?」

「ははは! 良かったじゃないか。お前の肩はオリハルコンで作られてるんじゃね? さてはお前、人造人間だな?」

「はは、お前、思ったより面白いやつだな。俺は叶夢(かなむ)。苗字はない。宜しくな」

「お前は見かけ通りチャラい奴だな。俺は神谷祐哉。まあ宜しく」

 

 叶夢と名乗った男は首を傾げて、「俺ってチャラいのか?」と呟いている。年齢は近そうな若い男。茶髪で銀色のイヤリング、健康的に焼けた肌にスポーツ経験がありそうな肉付き。クラスの陽キャ的キャラだな。こいつをチャラいと言わずなんというのだ。

 

「叶夢、か。お前も外の世界から来たの?」

「ああ、異世界転生に成功したんだよ」

「──マジ? 死んだの?」

 

 異世界転生といえば、某小説サイトを初めとする様々な小説投稿サイトで人気を集めたジャンルだ。なんやかんやあって死んだ主人公が、神様に会って異世界──漫画やアニメの世界も含む──へ転生させてくれるというもの。記憶と体を保ったまま、第2の人生を歩めるというある意味では俺や霊華が経験した幻想入り(神隠し)と同じようなものだろう。

 

「転生させてくれた神様ってどんなだった?」

「オッサン」

「あ、オッサンなのね……」

「ああ、凄く残念だったよ」

 

 それなら八雲紫が関与しているわけではなさそうだ。

 

 ───────────────

 

「敷物は終わったね。次は机を並べようか」

「よし任せろ、俺が全部並べてやるよ」

 

 簡易テーブルの数は15個程度。分担すればいいのに何で一人でやるんだ。協調性の高そうな陽キャっぽい見た目してる癖に一人でやるタイプなのか?

 

 叶夢は「待ってろ」と言って一人で縁側に向かった。立て掛けている簡易テーブル全てに一度ずつ触れると、直ぐに戻ってきた。

 

「何だ、諦めたのか?」

「何が? 下準備してきただけだよ」

 

 叶夢がそう言うと、向こうで立てかけてあるテーブルのうち一つが動き始めた。

 

 ──最近ちょっと疲れてるのかな。テーブルが動いているように見える。

 

「なに頭抱えてんだよ? まあ、信じられないのはわかるけどさ。これが俺の能力だよ」

「──触れた物を動かせるのか? 凄いな」

 

 一つの簡易テーブルはゆっくりと会場(こちら)にやって来て、微調整をした後地面に着地した。

 

「おお! 凄いな叶夢! なんかめっちゃ興味出てきたよ」

「へへっもっと褒めろ。まあ、まだ慣れてないから調子に乗るとやらかすんだけどな。あの量のテーブルを同時に動かすとなると結構しんどい」

 

 確かに。1つの物を操作するだけでも結構頭を使いそうだ。

 

「3つくらいならいけるの?」

「んー、壊したら不味いからなぁ。あまりやりたくないな」

「いいよ、壊しても。()()()()()()()()()()

 

 簡易テーブルは俺の所有物ではないのにも拘らず無責任なことを言う。

 

「やってみるわ」

「おう、気張ってこうぜ」

 

 叶夢の目付きが変わった。とても集中しているのが分かる。彼から感じる雰囲気が明らかに変わったのだ。

 

「んーぬぬぬぬ……! 重いなこれ……」

「ほれ、なに弱音吐いてるのさ? 男だろ? 踏ん張れよ」

「お、お前、な。これしんどいんだぞ?」

「そーれ! ワッショイ! ワッショイ!」

「人の集中をそらすんじゃねえ……! あ──」

 

 3つのテーブルは突然浮力を失い、凄い音を立てて落下した。

 

「おいおいおい、何やってんだよ?」

「人の集中を逸らすのがいけねーんだろうが!」

「修行不足ですなあ」

「ぐっ……妖夢みたいなこと言いやがって……」

 

 へえ、妖夢に修行つけてもらっているのか。いいなあ。俺もこの前お願いしたけど返事がない。勇気を振り絞って告白したのに既読無視されている気分だ。宴会の時もう一度お願いしよう。

 

「しかしこのテーブル、本当に壊れちゃったな」

「任せなよ。それを治すことはできないが、作ることはできる。──ほれ」

 

 指を鳴らすのと同時にテーブルを創造する。指を鳴らすことでマジックのように思わせることができる。能力のミスリードを狙うというよりは、楽しませることを目的にしている。実はこの為に指パッチンの練習をした。ずっと前の話だけど。

 

 叶夢は、壊れてしまったテーブルと同じ見た目の物が目の前に現れたことに驚いている。

 

「お前、物を複製できるのか」

「まあ、そんな感じ」

「すげーな、お前!」

「ははは! もっと俺を褒めろ!」

 

 なんて、本当は俺の力じゃないみたいだけどね。

 

「ただ、適当に複製したからこれだとバレるな」

「不味いな。もっと丁寧に作れるか?」

「任せたまえ。私を誰だと思っているのかね? 叶夢君」

「悠之介だっけ?」

「誰だよそれ。陽キャっぽい見た目してる割に人の名前覚えられないのかよ?」

「そんなボロクソ言わなくてもいいだろ!? ちゃんと覚えてる。ええっと……裕太?」

「チッ」

 

 わざとやってんなこいつ。本気だったらただの馬鹿だ。俺は叶夢の「悪かったよ! 思い出したぞ。優香だろ?」という発言を無視して、テーブルに触れる。大体優香って最早女だろ。ふざけるな。

 

 ──テーブルの大きさ、厚さ、丸み、足の角度、色、模様、傷……

 

 ──創造

 

「ふう。完全再現は大変だな」

「ご、ごめんって。返事してくれよ」

「さて、壊れたテーブルをどうしようか? まあ大人しく霊夢に言うべきだろうな」

 

 俺は叶夢の方を向いて、軽く睨みつけ、人差し指で額をグリグリと押しながら言う。

 

「──知らん奴が手伝うとか言ってきたから任せたらぶっ壊されたって言うべきだよなあ? ああ!? お前もそう思うだろう?」

「超キレてんじゃねーか」

「当たり前だろ! 人の名前散々間違えて挙句の果てには女の名前で呼びやがったんだからよお! ええ? 叶人だっけ?」

「まあまあ、その辺にしなさいって」

 

 俺達の喧嘩のような茶番は、第三者の手によって強制終了させられた。

 

「おや、華扇さん。おはようございます」

「おはよう。お酒持ってきたから、霊夢に渡してくるね」

 

 そう言って華扇は向こうへ歩いていった。

 

「凄い美人だな。幽々子さんや紫さんに劣らないぜ」

「ん? ああ、そうだな。もしかして年上が好み?」

「いや、そういう意味で言ったんじゃないんだけどな」

「そう」

 

 数秒の沈黙が境内を包む。

 

「あー、その、悪かったな、祐哉」

「あ?」

「いや、それはおかしいぞ。確かにお前は『神谷祐哉』と名乗ってただろう。記憶力は悪くない方なんだけど」

「どうだかな、()()君?」

「俺は叶夢だ! か・な・む! ──これは幽々子さんに名付けてもらった名前なんだ……覚えてくれよ」

 

 真面目な表情を見せる叶夢に少し驚く。

 

 ──真面目な時とふざけている時の切り替えパターンが掴めないな。

 

「──名前、忘れたのか?」

「ああ、一度死んで、記憶が一部無くなっちまった。よくある展開だろ?」

「そーだな。分かったよ、叶夢。お前が俺の名前を間違えない限りは覚えておくさ」

 

 仲直りのようなものを済ませ、俺達は会場準備を再開した。




ありがとうございました。
突然登場した叶夢はオリキャラです。詳細は段々と分かっていきます。
初の男友達となるのか闇堕ちするのか、扱いはまだわからないです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#53「春の宴会」

 幻想郷の皆が待ちに待った春の大宴会が遂に始まった。

 

 久しぶりの再開に心を躍らせる者、手を使わずに楽器を弾く者、春の到来に喜ぶ者、何故か既に出来上がっている者──忙しく料理を運ぶ者もいれば、のんびりと桜の花を観る者もいる。開始して十数分。既に盛り上がりは絶頂のようだ。

 

 そんな中俺はと言うと、人形遣いのアリス・マーガトロイドと話している。俺を知っている者が見れば意外な組み合わせに思うかもしれない。彼女と会ったのは一度だけなので何も間違ってはいないのだが。

 

 彼女の方から声を掛けてきた。共に呑もうという訳では無いらしく、明確な要件があるらしい。

 

 どうやら、咲夜から俺の使い魔のことを聞いたらしい。二人に接点があったのかと思ったが、初めて紅魔館に案内してもらった時、普通に話していたしそれなりの知り合いなのだろう。

 

「──それでね、できたら貴方の使い魔を見せて欲しいの」

「構いませんよ。──創造」

 

 突然目の前に彫像が現れたことに驚きの表情を見せるアリス。創造の能力は前に見せたはずだけどな。

 

「俺の使い魔はですね、実を言うと見た目は問題ではないんです」

 

 この説明はアテナに怒られそうだ。確か「使い魔がニケであることに意味がある」という意味合いのセリフを吐いていた。

 

『触媒のようなものですよ』

『なるほど』

 

「大事なのは使い魔に施したプログラム。即ち、機能です」

 

 俺は、創造の能力付与の力の仕組みと各機能について解説する。開発当時のレポートを彼女に渡し、目を通してもらう。

 

 創造の能力だが隠すつもりは殆ど無い。唯一隠したいと思う相手は八雲紫だろうか。あの人にはあまり知られたくない。特に、2つ目の能力の存在は絶対に悟られたくない。あの力を知ってしまったら、俺を危険因子として排除しに来てもおかしくないだろう。

 

 まあ最悪の場合、俺の強みは創造にある、というミスリードを狙うことも兼ねて、求められたら教えるつもりだ。

 

 ──創造の力が無いと俺は弾幕を撃てないからな。ある程度の開示は必要だ。

 

「なるほど。貴方は使い魔の身体を作り出してその中に使い魔として必要な機能を設定しているのね」

「より正確に言うと、予め機能を設定しておいた物体を創造するんです。一度作ったものに後から付け足すことはできません。別個体を作る必要があります」

「なるほど」

 

 アリスは左腕で右腕を支え、右手を顎に付けて頷いた。宴会には余り似合わない真剣な表情。

 

「説明はこのくらいです。ところで、どうして俺に聞いたんですか」

「私の夢を叶える為に、貴方の知恵を借りたいと思ったの。私は完全自律型の人形を作ることを目標にしているわ。偶に命令すれば問題なく動く程度には完成しているのだけど、もう一歩が進まなくて……」

 

 色々文献を見たり研究はしているのだけど、と呟くアリス。

 

「ふむ。それで、何か役に立てましたかね? 魔法と創造では勝手が違うというか……。魔法使いの人からすれば俺は憎たらしい存在ですよね……?」

「え、どうして?」

「だって、この力なら魔法を再現する事も恐らく可能ですからね。炎を出したいなら、炎を出せる機能を付与すれば恐らく解決。必要なのは霊力と、()()()()()()()()雀の涙ほどの努力だけで作れてしまう」

 

 ──だから、この力を使うときはやり過ぎないように気をつけている。

 

 例えば、先日試しに作ってみた『時間を止める懐中時計』。アレは霊力消費がとんでもなかったが、前もって用意しておけばマジックアイテムになる。

 

 場合によっては相手の弾幕を完封することだって簡単。

 

 俺はこの、『物体を創造する程度の能力』の研究を進める中で決めた事がある。

 

 “少なくとも、弾幕ごっこでは原作キャラを立てる”こと。

 

 俺だって、原作キャラに勝てるなら勝ってみたい。だが、そのために力を振り回すつもりは無い。飽くまでもやりすぎない域で、常識外れの力を使う。

 

 先日のレミリア戦は別の話である。俺が誓ったこと──霊華を守ること──を達成できないなら別だ。

 

 俺の拘りよりも、霊華の身の安全の方を優先する。それは彼女への罪滅ぼしというよりは、俺の自己満足だ。ただ、身近な女の子を守れたらいいと思うから守る。

 

 彼女に危険が迫るのなら、俺は最大限の力を使って守り抜く。そう誓ったのだ。もしもの時は、2つ目の能力を使うことを躊躇しないだろう。

 

「そういう見方をしたら、確かにそうなるわね。でも、貴方に言われるまでそんなこと考えなかったわ」

「余計なこと言っちゃいましたね。良いんです。嫌われても仕方ないですよ……」

「別に嫌ったりしないわ。よく考えて。貴方は魔法使いじゃないのよ。魔法使いと魔法使いを比べるなら分かる、けれど、違うでしょ? 異なる者を同じ物差しで比べたって仕方ないじゃない」

 

 アリスは微笑みながら話す。

 

「──そうですね。すみません、気を使わせちゃって!」

「ふふ、大丈夫。本心よ? それよりも、ねえ()()?」

 

 アリスは何故か、上目遣いに俺の顔を見てくる。わざとらしい。これをあざといと言うのかもしれない。

 

「さっきからどうして敬語使ってるの?」

「へ、俺ってタメで話してましたっけ?」

「私の記憶では。……それなりに親しくなれたと思っていたのだけど……私だけだったのね」

 

 そして、わざとらしく落ち込んだ。演技派なのだろうか。

 

「い、いやあ、えっと……はは……ごめんなさい?」

「酷い。お願いしようと思ったんだけどな……」

 

 お願いとは何か訊ねると、全く予想していないことを言われた。

 

「魔法の研究を手伝って欲しいの。貴方の知恵と力を貸してほしい。勿論報酬は払うわ」

 

 アリスに人形を渡された。これが報酬だろうか。可愛らしい人形だ。おや、よく見ると人形が紙を持っている。紙を持ってアリスを見ると頷いた。

 

 人形の手から紙を抜き取り、紙を開く。

 

 ──なんだこの金額は! 

 

『ええと、外の世界の日本円の価値で言うと、100万円程度でしょうか。これは驚きです。幻想郷にある金は多くて数十万程度だと思っていたのですが……』

『しかもこれ、非課税ですよ? 確定申告書に書かなくていいし、保険もないから手取り計算する必要が無い!』

 

「俺の知恵と力にここまでの価値はないように思えますが……」

「そうかしら。貴方と同じ力を持っている人は幻想郷にはいない。唯一無二の存在よ? それだけの価値はあると思うわ」

「……分かりました。俺も貴方の研究に興味がある。協力します」

 

 アリスはありがとう、と微笑む。

 

「ただ、期待に添えるかは分かりませんので、過度な期待はしないでくださいね」

「ええ、焦っている訳では無いから大丈夫よ。それじゃあ、空いている時に私の家に来てくれる?」

 

 わかりました、と返事をするとアリスは席を立った。ふと、周りからの視線が消えた気がする。

 

 ──ん? つまり見られていたのか? 

 

 目の端に映った結構な人数が顔を逸らしていた。気のせいかな。

 

「ふぅ、お昼食べ損ねたからな。お腹空いた」

 

 俺は居間から持ってきておいた()()を飲んで乾いた喉を潤し、料理に手をつける。

 

「やぁ、ちょっといいかな?」

「……ん。何でしょう?」

 

 知らない人に話しかけられ、口にしていた物を慌てて飲み込んで声の主を探すと、水色の作業着を着た河童がいた。おや、この人も宴会にいたのか。

 

「いや失礼。私は 河城にとり という。さっきの話を聞かせてもらったんだけど。最初の方がよく聞こえなくてね。良かったら私にも君の技術を見せて貰えないか?」

「神谷祐哉です。──使い魔のことですか? それなら──」

 

 俺は隣に座るよう促して、アリスにした説明を繰り返す。一通りの説明を終えると、「私達の技術を遥かに超えている」と零した。

 

「良ければその技術を教えてくれないか」

「無理ですね。教えたところで身につく力じゃないんです。ただ、良かったらお土産に1つ持っていってください」

「いいのか!?」

「ええ。──リバースエンジニアリングというものですよ。いや、分解したらお終いだな……。解析してもらって構いません」

「助かるよ! いくら出せばいい?」

 

 にとりは親指と人差し指で輪っかを作り、いくら支払えばいいか訊ねてくる。

 

「要りませんよ」

 

 ──どうせ俺の力じゃないし

 

「そうはいかない。技術に対価を支払うのは当然だろう? 技術を提供する側も、受け取るのが当たり前だ」

「そうですか。俺には相場がわかりませんから、貴方が価値を決めてください」

「なるほど。私の目を試しているんだね」

 

 そう言ってにとりはリュックから算盤を取りだし、パチパチと計算し始めた。

 

 ──試すつもりは無いんだけどな

 

『創造の力をビジネスに利用するって言ってませんでしたか? 気乗りしない様子ですね 』

『いや、この世界において金の価値が低すぎるんですよね。高等学校や大学がないから学費もいらないし、税金も馬鹿みたいに取られない。車も無いから維持費だってかからない。正直人脈の方が欲しいですよ』

『ビジネスは人脈無しでは成り立たないと思いますが……逆に、ビジネスから人脈を広げることもできると思いますよ』

 

 どうしようかなあ。と考えているとにとりが算盤を置いた。

 

「これでどうかな」

 

 ええと、算盤の使い方は……最後に触れたの小学生の時だぞ! 

 

『大体10万円くらいですね』

『算盤読めるんですか?』

『え、読めないんですか?』

 

 うわあああん!! アテナが虐めてくる! 俺なら2進数で書いてあっても読めるし別にいいじゃないか。

 

『2進数表記なんてコンピュータじゃないんですから……』

『算盤の時代はとっくに終わっているんだ。今はコンピュータの時代だ。よって、2進数の理解は必須』

『そうは言ってもですね、ここは幻想郷ですよ? ご覧の通り時代は算盤なのです。何か反論はありますか?』

 

 …………ごめんなさい。

 

「……はい、貴方がそれでいいなら、俺はその額で売ります」

「それじゃ取引は後日、ここ博麗神社で」

 

 にとりはそう言って席を立った。

 

 ──ふう。ずっと喋っていると喉が渇くな

 

 お茶を飲んで、さっきとは別の料理を口にする。これは魚だろうか。

 

「よお、祐哉。さっきから忙しそうだな」

「ああ魔理沙。なんか久しぶり」

 

 魔理沙とは宴会が始まってから会話してないかもしれない。

 

「私達はいつもお前に道具を作って貰っている訳だが、対価としてお前は何が欲しい?」

 

 にとりとの会話を聞いていたのかな。確かにすぐ近くにいたから聞こえても不思議ではない。

 

「別に何も要らないよ。俺にとって友達だからな」

「だがなあ、親しき仲にもって言うだろ?」

 

 魔理沙がそんなことを気にするとは意外だ。とても本を盗んでいる人間とは思えない。

 

「俺がこの力を使えるようになったのは、霊夢と魔理沙が協力してくれたからだよ。2人が色々教えてくれなかったら、今も創造の力を使えていないだろうさ。まあ、恩返しだと思って受け取ってよ」

「そっか、ありがとな」

 

 魔理沙はそう言って笑った。

 

 俺は別の料理を食べながら()()()。多分このタイミングでまた誰か来るのだ。もう三度目だからいい加減パターンが読める。そして案の定人が近づいてきた。誰かなと目を向けると早苗が立っていた。

 

「人気ですね」

「参っちゃうよ」

 

 隣いいですか、という彼女に快く承諾する。早苗は明確な要件がある訳では無いらしく、ただ俺と話しに来たようだ。幸せなものだ。

 

 雑談を楽しんでいると話の流れで最近の外の世界の様子を聞かれた。彼女が幻想郷に来たのは随分と前のことだと聞いた俺は、ポケットからスマホを取り出して見せた。

 

「これ知ってる?」

「リンゴのマークのスマホね? 私が知ってるのは5sまでだなぁ」

「そうなんだ。これは6だよ。俺が幻想郷に来た時には8が出始めた頃だ」

 

 興味津々の早苗にスマホを渡す。残念ながら充電はとっくの昔に切れているので今ではただのスクラップだ。

 

 ──あれ? 使い魔よりもスマホを売った方が喜んだのでは? 

 

 尤も、スマホを作ることができたとしてインフラ整備をどうするのか、という問題があるし、幻想郷からインターネットに繋げることも難しいだろう。

 

「画面大きいね」

「これからもっと大きくなるだろうさ。そのうち4K搭載になったりして!」

「あはは! まさか、4Kってテレビの技術でしょ? こんな小さな機械に搭載するわけないよ」

「それなー」

 

 早苗とは同じ外の世界から来たもの同士、通ずる点があるので話が盛り上がりやすい。

 

「──へえ、外の世界の技術はそこまで進んでいるのね」

「ん? おや、鈴仙じゃん。久しぶりだね」

 

 鈴仙がやってきた。流石大規模な宴会というだけのことはある。多くの知り合いが参加しているので俺も楽しい。俺は鈴仙に、月の技術はどこまで進んでいるのか訊ねた。

 

「端末が自由に折れ曲がったり、コンソール画面がホログラムとして出てくる機械もあるわ。ナノサイズの通話機器だってある」

「「折れ曲がる!?」」

 

 俺と早苗の声が重なった。いずれグニャグニャと自由に折れ曲げられる端末が出てくるという噂は聞いたことがあるが、流石月の技術だ。既に開発されているのか。めちゃくちゃ気になる! 

 

『造ったら良いじゃないですか』

『違いますよ。これは造ることに意味があるんじゃない。当たり前のように皆が使えるようになることに意味があるんです』

 

 だって、造るだけなら3Dプリンターでもできるではないか。

 

「あ、祐哉。また一人用があるみたいよ」

 

 鈴仙に言われて彼女の目線の先に顔を向けると、妖夢がいた。彼女と目が合うと、会釈をしながら話しかけてきた。

 

「お久しぶりです」

「異変の時以来ですね」

「ええ、ですが先日はゆっくりお話できませんでしたから。……その、この前のお話の返事がしたいのですが、二人で話せますか?」

 

 俺は早苗と鈴仙に一言言って席を立つ。

 




ありがとうございました。今回の宴会は放浪録とだいぶ違う形になりました。大事なイベントがいくつか吹き飛びましたが、見覚えのある展開よりもこちらの方が楽しんでいただけると思います。

次回は宴会編4話目、遂に霊華が出てきますよ! お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#54「語り」

 ──神谷君、楽しそうだな……

 

 さっきから、彼の周りに多くの女の子が集まっている。……宴会の参加者の男女比は絶望的。チラホラ男性を見かけるが殆ど女性だ。だから、彼の周りに女性が集まっても何もおかしくない。それはわかっているのだが、何だか少し寂しい気持ちになる。

 

 別に、楽しくないわけでは無い。霊夢と魔理沙に、華扇さんに()()()()()()もいるので楽しく話せている。

 

「──華。おーい、霊華?」

「ん、はい!?」

 

 私の名前を呼ぶ声に気づき、顔を上げると鈴仙さんが私を見ていた。

 

「妖夢と祐哉ってさ、そういう関係なの? 私全然知らなかったんだけど……」

「そういうって、恋仲ってこと?」

「そうそう。さっきの様子だとまるで祐哉が妖夢に告白でもしたように見えたから、霊華なら何かわかるかなって」

「……違う、と思う」

 

 そんなこと、私が知るはずがない。私だってずっと神谷君と一緒にいるわけじゃないもん。好きな子がいるという話も聞いたことがない。

 

「不安になっちゃうね」

 

 早苗の言いたいことはなんとなくわかる。理解した上で私はこう言った。

 

「よくわからないよ」

 

 ───────────────

 

 よくわからない。一見無関心にも聞こえる言葉。だが、表情を見ればそれは違うということがわかる。正座して少し俯いている彼女からは寂しげな空気を感じる。

 

 私は鈴仙と目を合わせたあと、霊華に問う。

 

「彼のこと、好きなの?」

「えっ!?」

「嫌いなの? そんなわけないよね」

「……好きといえば好きだよ。だけど、()()()()()()で好きなのかと聞かれるとよくわからない」

 

 へえ、自分が彼のことを異性として見ている可能性は否定しないのか。

 

「かーっ! 悩める乙女って感じがしていいねー! 幻想郷にこんな子がいるなんて!」

「からかわないでよ……」

 

 酔っている鈴仙にからかわれて、恥ずかしそうに顔を伏せる霊華を見て私は追い討ちをかける。

 

「いやー。羨ましいなー。好きな男友達と一つ屋根の下で暮らしているなんて。それでまだ何も発展していないんでしょ? つまりこれからって事ね! んーワクワクしちゃう。ふへへ……」

「早苗まで! もう……好きかどうかはわからないんだってば!」

 

 霊華は顔だけでなく耳まで真っ赤にして抗議する。あらあらーお酒飲んでないのに酔っちゃったの? 

 

「わかった。友達としては好きなんだよね? どういうところが好きなの?」

「神谷君はね……かっこいいんだよ」

「「ヒュゥ〜!!」」

「やめてってば! ……顔の話じゃなくて、言動の話ね。神谷君はいつも、私が危ない時に助けてくれるの」

 

 なるほど。吊り橋効果というものか。弱っているところを助けてもらったり、恐怖や不安を共に体験すると、相手が素敵に見えるというもの。

 

「それだけじゃない。二人とも知っていると思うけど神谷君は凄い力を持っている。なんでもできるように見えるかもしれないけどね、凄い努力しているんだよ。朝早くから、夕方暗くなるまでずっと修行してた」

 

 うんうん、それでそれで? と相槌を打つ。茶化したりはしない。今の霊華は、第三者の方がニヤけてしまうような、恋する少女の表情をしているからだ。鈴仙の酒が進む。私はお酒に強くないのでお茶をグビグビと飲む。

 

「迷いの竹林の近くに住んでいる妹紅さんって知ってる? あの人に勝つんだって言って、紅魔館で修行してたの。神谷君は弾幕があまり作れないことに悩んでた。それを解決するために使い魔を作るの」

「さっき披露していた彫像ね?」

 

 私がそう言うと、霊華はこくんと頷いた。

 

「あの使い魔を作るのにも苦労していたの。一度暴走しちゃって、私が攻撃されそうになった……」

「それを助けたのが祐哉?」

「そう。レーザーに飲まれそうなところで駆けつけてくれた」

「あ、祐哉ならレーザーを跳ね返せるよね」

 

 私は鈴仙の言葉に驚いた。そんな人間を見たことがないからだ。妖怪ならともかく、彼は人間。とても器用なのね。冗談かと思ったが霊華も「凄いよね」と笑っているので本当のことなのだろう。

 

「そのときね、神谷くんに抱き寄せられて、『大丈夫、俺に任せて』って言われたの」

「きゃー!!」

「いいね! そう言うのもっと頂戴!」

 

 霊華は恥ずかしそうに手で顔を隠した。そして暫くして、語り始めた。

 

「神谷君は使い魔とは別に、秘策のスペルカードを作った。ビックリするくらい完成度が高くて、霊夢も関心してたんだよ!」

 

 まるで彼氏を自慢するみたいに、意中の人の魅力を語る。

 

「遠くから見ていたけど、どのスペルカードも迫力があってカッコよかったし、綺麗だった」

「弾幕に惚れたのね」

「神谷君の弾幕は武器を使う怖い物もあるけど、レーザーと使い魔で作る銀河は凄く綺麗なんだよ」

 

 さっきまでの寂しそうな表情はなく、今はとても楽しそうに話している。とても幸せそうだ。

 

 ──祐哉のことなら霊華が一番詳しそうね

 

 

 ───────────────

 

「この辺でいいと思います。改めてお久しぶりです。祐哉くん」

「お久しぶりです」

「この前の、剣術についてのお話なんですが……」

 

 おお、あの話を妖夢は覚えていてくれたのか。あれから随分と経っているから忘れられているものだと思っていた。楽な姿勢で立っていた俺は姿勢を正す。

 

「私で宜しければ、お教えします」

「ありがとうございます!」

「いえ、最近弟子ができてしまったので、一緒に教える形になりますがそれでも構いませんか?」

「勿論です」

 

 その弟子というのは恐らく叶夢のことだろう。

 

「お弟子さんは何人いるんですか?」

「一応2人ですかね。白玉楼に住んでいますよ。貴方は3人目です」

「え、白玉楼に? 一度も見かけたことがないですが……」

 

 これは驚いた。白玉楼に住んでいるのは幽々子と妖夢のみだと思っていた。原作ではそうなっていたからだ。

 

 叶夢が妖夢の世話になっていることにも驚いたが、まさか白玉楼で暮らしているとは。あと一人は一体誰なのだろう。

 

「別室で修行していましたよ。お屋敷は広いですから、会わなくても不思議ではないのです。良かったら今紹介しますよ」

 

 ついてきてください、と言って妖夢は歩き出した。妖夢が進む先に目をやると、幽々子の近くに男がひとり居た。

 

「あれ、()()。叶夢君は?」

「彼は他の人に挨拶をしに行ったよ。「ナンパ」がどうとか……よく分からないけど」

 

 ──お兄さん、それ、挨拶じゃないと思う。ナンパだもん

 

 妖梨と呼ばれていた男は顔付きからして俺と同い年くらいだ。真っ黒な短髪に袴姿。服の色は妖夢と同じ緑色だ。顔はパッと見()()という感じだ。女の子にモテそう。少し苦手なタイプである。

 

「妖梨、彼がもう一人の弟子になる人よ」

「神谷祐哉といいます。外来人です。宜しくお願いします」

()()妖梨(ようり)です。よろしく! 歳近そうだし、お互い楽に話さない?」

 

 ──()()だって? 誰だこの人は

 

 俺は頷いて妖梨から差し伸べられた手を握る。

 

「──驚いた。何か武道でもやっているのか? 意外と握力強いね」

「何もやってないよ。強いて言うなら筋トレくらいかな。妖梨こそ、刀を使っているからか、凄い握力だな」

 

 俺達は笑顔を保ったまま睨み合い、握る力を強めていく。割と既に限界なので今すぐにでも手を振りほどきたいが負けたくないものだ。

 

「待ってくれ、別に喧嘩する気も、力比べをする気もない。手を離そう」

「わかった」

 

 妖梨の提案のおかげで助かった。互いに握る力を弱めていき、手を離す。右手が砕けるかと思ったぜ。手を振って硬直した筋肉を解放したいところだが、なんともなさそうな妖梨の顔を見て悔しく思い、我慢する。

 

「2人とも負けず嫌いなのねぇ。あんなに強く握っていたら痛いでしょうに」

 

 傍で見ていた幽々子にはバレバレだったらしい。妖梨も我慢していたようで、苦笑いを浮かべた。

 

「僕さ、男友達は叶夢──えっと、ひとりしかいないんだ。仲良くして貰えると嬉しいな」

「叶夢って人にはさっき会ったよ。俺も男友達はいなかった。知り合えて嬉しいよ」

 

 幻想郷に男がいないなんてことは勿論無いのだが、里の外にいる妖怪──今まで出会った妖怪──は皆女の人だ。探せば男性の妖怪も居るだろうが原作には殆ど居なかったな。

 

 ───────────────

 

 白玉楼にいる人達との会話を楽しんだ後、元いた席に向かう。その間、知っているけど()()()の人達を眺める。

 

 ──凄いなあ。皆本物かあ

 

「おや、二人共こんにちは。楽しんでもらえてますか?」

 

 わいわいと騒いでいる人達を眺めていると、座っているレミリアと傍で日傘を差す咲夜がいたので挨拶をする。

 

「こんにちは。今年の宴会はいつも以上に賑わっているわね。ところで、楽しそうに騒ぐ者を眺めているうちに気持ちが昂ってしまったのだけど、御相手してもらえるかしら?」

 

()()()笑顔を浮かべるレミリア。俺も笑顔で答える。

 

「ではジャンケンで勝負しましょうか。貴方が勝ったらお望み通り戦います」

「いいわ。普通に相手してあげるから安心しなさい。この程度の勝負、運命を操る程でもないわ」

 

 相手をしているのはこちらなんだがな、という気持ちを押し殺してニコリと笑う。

 

「では勝負といきましょう。じゃーんけーん──」

「ぽん──って、何よそれ」

「知らないんですか? 俺の故郷では有名なんですが……」

 

 握り拳(グー)を出したレミリアに対し、俺は親、人差し、中指を開いて出した。グーとパーとチョキ、全てを兼ね備えた最強の手だ。これに打ち勝つには、同じ手を使うしかなく、同じ手を使った場合相子となり永遠に決着がつかないという、途轍もなくガバガバなローカルルールである。

 

「俺の勝ち! なんで負けたか明日までに考えといてください」

「……ふふ、この私に対してそんな姑息な手を使うなんて、いい度胸しているじゃない」

「いやー、()()()レミリアさんならば()()()()許してくださると思いまして……」

「フン……」

 

 何かを言おうとしたレミリアは不服そうに鼻を鳴らし、黙ってしまった。傍にいる咲夜が、上手いことレミリアのお誘いを躱した俺に賞賛の眼差しを送ってくれる。

 

 ──戦いのお誘いじゃなければ喜んで受けるんだけどねえ。

 

 俺はレミリア達に別れを告げ、今度こそ元いた席に戻る。

 

 ───────────────

 

 早苗と鈴仙と霊華の3人が楽しそうに話している。俺がいた席には早苗が座っているが、霊華の隣の席が空いているのでそこに座ろうとする。

 

「神谷君は竹妖怪に捕まった私をまた助けてくれたんだよ」

「おおー!」

 

 ──げげっ……竹林異変の武勇伝か! 

 

 不味いタイミングで戻ってきてしまったようだ。霊夢と魔理沙には既に話してあるので何となく聞いているだけのようだが、華扇とあうんが早苗と鈴仙に混じって傍聴している。

 

 まだ誰も俺が来たことに気づいていないようだ。今のうちに撤退だ。

 

「本当に、神谷君は私のヒーローかも……」

「「きゃー!」」

「うわあああああー!!」

 

 待ってくれ。今霊華はなんて言ったんだ? 俺が霊華にとってヒーローなの? 待って、どういうことなの。よく分からないけどめっちゃ恥ずかしい。

 

 うっかり叫んでしまったせいで俺が戻ってきていたことに気づかれてしまった。

 

 俺に聞かれていたことに気づいた霊華はみるみるうちに顔を赤くし、叫びながらテーブルに突っ伏した。更にブンブンと頭を振る。

 

「あー、えっと……は、博麗さん。そんなことしたら髪がボサボサになっちゃうよ」

 

 激しく動揺している彼女に若干引き気味に声を掛ける。傍から見れば俺も動揺しているのだろう。

 

 ──まあ動揺しているんですけどもね! 

 

 ただ硬直状態を長引かせては俺と霊華の間に気まずさが生まれてしまう。それは俺にとってはとても寂しいことだ。だから、早めに声を掛けた。正直俺も今顔が赤くなっていると思う。

 

「髪なんてどうでもいいんです!」

「いや、良くない。折角の綺麗な髪が台無しになってしまうよ」

 

 霊華は顔を伏せたまま、ビクッと反応した。いや、結構恥ずかしいことを言っているのは自分でも分かっている。

 

 視界の端で外野がニマニマ笑っている。

 

「あー、その……ごめんね。盗み聞きするつもりはなかったんだけど聞いちゃった。できたら顔を上げてくれないかな」

「……いつからいました?」

「俺が博麗さんを助けたってところから」

 

 はあ、と溜息をつく音が聞こえた。暫くして霊華は顔を上げてくれた。

 

「そこからならまだマシかな……」

「え、マジで? その前は何を話してたの?」

「嫌です! 絶対に言いませんよ!?」

「気になるな……」

 

 俺は乱れてしまった髪を整えられるよう、櫛を渡す。長い髪をブンブンと振り回したのだから絡まったりしてそうで心配だ。

 

 ───────────────

 

 ──え、私達の目の前でイチャつきます? 

 

 隣の鈴仙は霊華と祐哉のやり取りを見ながら酒を飲んでいく。日本酒をビールのように──いや、水を飲むように飲むその勢い。流石は妖怪か。人間ができる芸当ではない。

 

「うへっうへへへへへ!」

 

 不気味な笑い声を上げたのは私ではない。鈴仙だ。

 

「ほら、この櫛を使いなよ」

「ありがとうございます」

「……まあ、乱れていても可愛いけど」

「ふぇ……?」

 

 ──あらあら。あらあらあらあら!! 

 

 祐哉は酔っているのかしら。それとも、霊華の反応を楽しむ為にわざとやっているの? 次々と襲いかかる口説き文句に霊華のキャパシティは崩壊している。折角2人が顔を見合わすことができたというのに、余計なことを言うんだから。霊華がどっか行っちゃったじゃない。

 

「ブー! ブー!」

「なんすか? なんで外野からブーイングが飛ばされてるの?」

「それは……」

 

 私が言うべきかどうか迷っていると、酔っ払った鈴仙がズバリと言った。

 

「──もっとイチャつくところが見たかったんだよちくしょーう!」

「え、鈴仙……さん? 性格変わってない? いや、言う程知らないけど……」

 

 鈴仙の態度に祐哉は引いているようだ。

 

 ──さて、追いかけさせるべきか否か

 

 私は頬杖をついて祐哉と、遠くで髪を梳いている霊華を見比べる。

 

「祐哉、お酒は飲んでるの?」

「飲んでないよ」

「いつも霊華をああやって弄っているの? 具体的には、口説いているの?」

「あんまり言わないよ。口説いたつもりは無いけど……そんな風に見えた?」

 

 決まりだ。祐哉は酒に酔っているのではなく、宴会という空気に酔っている。だから暴走しているというわけで、普段はこの光景を見ることができないというわけだ。

 

 個人的な()()()を優先させるのであれば、追いかけさせるべき。今日なら祐哉に弄られてオロオロする霊華が見られるのだ。

 

 二人の関係を考慮するなら、一旦祐哉を落ち着かせた方がいいだろう。霊華の可愛い反応を愉しみたいところだが、虐めすぎて二人の仲に亀裂が生じてしまったら二度と見ることができない。

 

「どう見ても口説いてるようにしか。そういう事をスッと言っちゃう紳士には見えないからね」

「……霊華に迷惑だったかな」

 

 ──ん? 

 

「どうかなぁ、霊華がグイグイ来られるのに慣れていないのはまず間違いないよね。迷惑と思うかどうかはわからないよ。──ただ」

「ただ?」

「「ごちそうさまです!!」」

「やかましいよ!?」

 

 どこかおかしくて3人とも笑う。落ち着いた時鈴仙が祐哉に訊ねた。

 

「祐哉は霊華のこと好きなの?」

「そうかもね」

「霊華って霊夢とそっくりだけど、何か違うの?」

 

 なかなか意地悪な質問だけど、それは私も気になる。

 

「確かに容姿と声はそっくりだ。見た目の話なら2人とも好きなんだけど、中身を考えれば勿論別人で、それぞれに魅力があるんだよ。語ってもいいけど引かれそうだな」

「大丈夫大丈夫! 酒の席で話したことは皆無かったことになるんだから!」

 

 この場においてそれは、飲みまくっている鈴仙しか該当しないのだけどそこは置いておくとしよう。

 




ありがとうございました。
妖梨もオリキャラです。彼の名字が魂魄な理由はちゃんとありますが書くかどうかはわからないです。書いたら文字数と話数が膨らみそうなので決めかねています。(多分短編ひとつ書ける)

次回は宴会編最終話です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#55「酔い」

 ──あわわわわわわわわわ!! 

 

 え、神谷君。え? えっ? 

 

 さっき私に「可愛い」って言った!? 

 

「〜〜!」

「霊華、ちょっといい?」

「ひっ!? あ、早苗……」

 

 神谷君から離れた(逃げた)私は1人で動揺していた。早苗がやってきて一瞬焦ったが、神谷君は鈴仙と話しているみたいだ。

 

 会場から離れ、建物の縁側に腰を掛ける。

 

「神谷君、どうしたんだろう。いつもあんなこと言わないのに……」

「空気に酔ってるんじゃないかな? 宴会の雰囲気に呑まれているの」

 

 お祭りの空気で気持ちが盛り上がる。それは私もわかるけど、だからといって、からかうのはあんまりだよ……。

 

「祐哉のアレは本心みたいだよ。口から出任せに言っているわけじゃないみたい」

「えっ、本心なの?」

 

 早苗は頷いて私の手から櫛を取る。縁側の上に膝立ちして私の髪を梳いてくれる。

 

 ───────────────

 

「さっき聞いたんだけどね、祐哉はロングストレートが好きらしいよ」

「知ってる。霊夢に一目惚れしたらしいよ」

「……二股?」

「別に、私に気があるわけじゃないでしょ。神谷君は霊夢が好きなんだから」

「そうなの?」

 

 なるほど、そういう事ね! 祐哉が霊夢を異性として意識している訳では無いということはさっき確認した。祐哉は霊華に惚れかけている。

 

 一方霊華は、祐哉に惚れかけているのだが、祐哉が霊夢に惚れていると思っている。つまり、霊華だけは三角関係に陥っている。

 

 祐哉にとって霊夢は全く関係ない。強いて言うなら彼の推しらしい。オタクなのかしら。

 

「祐哉は本当に霊夢が好きなのかな? 宴会が始まってから一言も話してなさそうだけど」

「それはほら、色んな人が神谷君に話しかけるから暇がないだけじゃない?」

 

 うーむ。そう言われると困るなあ。霊華は諦めているように見えるから、何とか勇気づけたいところ。

 

「……はい、髪も綺麗になったよ」

「ありがとう」

「それにしても、可愛いって言われて動揺するなんて可愛いね」

「もう! からかわないでよ!」

 

 ───────────────

 

 私と神谷君の2人で飲めるよう、早苗が手を回してくれた。

 

「さっきはごめんね。からかうつもりで言ったんじゃなくて、本心だったんだけど、迷惑だったなら二度と言わないから許してほしいです」

「え……」

 

 ドキッとした。「本心だった」という言葉に対してではない。それは既に早苗から聞いている。思わず照れそうになるが必死に話に集中する。

 

 彼の「もう二度と言わない」という言葉を聞いた時、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。何故だか消失感が生まれた。

 

 ──「可愛い」と言われるのは恥ずかしい。でもやっぱり()()()()()()()()()のかな……

 

 それは、嬉しいからだろう。他の誰でもなく、神谷君に言って貰えることが。とても嬉しくて、でも照れくさくて……

 

「迷惑じゃないです」

 

 ──言わなくちゃ

 

「嬉しいから、その……」

 

 ──ちゃんと、言葉にして

 

「言って欲しい、です」

 

 途切れ途切れになってしまったけど、なんとか自分の気持ちを伝えることができた。

 

 私は神谷君のことが好きなのかもしれない。けれど、今は気付かないふりをしたい。

 

 ──意識してしまったら目を見て話すことができなくなってしまいそうだから

 

 

 ───────────────

 

 もっと言って欲しい。恥ずかしそうに肌を紅くし、声を震わせながらも思いを伝えてくれた彼女はとても愛おしくて()()()()()()()

 

 ──若干手遅れ臭いがそれでも気付かないふりをしたいものだ

 

「……今日だけにしよう」

「え?」

 

 予想もしなかったのだろう。霊華は俺の言葉を聞いて寂しそうな顔を浮かべる。

 

「その、言う方も結構照れるというか……たまになら……」

「意外です。そういうの慣れてるんだと思ってました」

「人生を通してもあまり言ったことないよ」

 

 だって照れくさいし、俺に言われてもウザイだけだろうとか考えちゃうし……。高校にはそんな可愛い人いなかったしな。

 

 でも、霊華は違った。ウザイと思われてもいいから褒めたいと、開き直させるほどに魅力的なのだ。だって霊華が可愛いのは世辞ではなく事実なのだから。事実を隠してどうする。

 

「でも私には言ってくれるんですね。えへへ……」

 

 ──それは君が、照れくささを何処かへやってしまう程可愛いからだよ

 

『祐哉、語彙力が低下してませんか?』

『好きな物を前にすると語彙を失う。そんなもんでしょう』

 

「博麗さんはもうお酒飲んだ?」

「飲んでないですよ。……飲んでみますか?」

「やっちゃいますか」

 

 ──やりづらいな

 

 早苗は御丁寧に二人用の席を用意してくれたのだが、却って周りの注目を浴びることになっている。とは言っても、視線を感じるのは主に鈴仙と早苗で、他にはあうんと華扇──向こうでレミリアと咲夜も見ているな。ガン見されているものだから嫌でも気づく。

 

「──あ〜折角だけどさ。場所を変えないか」

「え? どうしてですか」

「めちゃくちゃ見られてるよ?」

 

 気づいていなかったのか、霊華は俺が指摘して始めて周りを見る。

 

 ──あ、皆目を逸らしやがった! 

 

「見られてないですよ?」

「うーん……まあ博麗さんがそれでいいならいいけど」

 

 貴女が俺の方に目線を戻した瞬間に彼女達の視線が戻っているんだけどね。

 

 因みに、俺と霊華は向かい合って座っている。俺からは()()()全員の顔が見えるが、霊華は振り向かなければ気づくことができない。

 

 俺は諦めて徳利(とっくり)と盃を用意して、トクトクと酒を注ぐ。霊華の分を注いだ後自分の分を注ぐ。

 

「じゃあ、乾杯」

「乾杯!」

 

 一口。これが人生初の飲酒。家に酒が無かったので飲む機会がなかったし、幻想郷に来てからも何となく抵抗があった。同年代の霊夢と魔理沙は普通に飲んでいたが、俺と霊華は基本的にお茶を飲んでいた。

 

 そんな俺達の感想は──

 

「うげっ! アルコール消毒液か!?」

「うわ……私は苦手です」

「嫌い判定するの早いな!? でも分かる」

 

 口に含み、飲み込む前にどんな味がするのかと味わってみると、アルコール消毒液の匂いがした。狂人ではないのでアレを飲んだことは無いが、恐らく飲んだらこんな感じなのだろうという推測だ。

 

 特筆すべき点は独特な風味──酒に対して風味という言葉を使うべきかは分からないが──と逆上せそうになるような、喉が焼けるような感覚だろう。

 

「カーッと熱くなる感じだね。苦しっ……」

「どうして皆飲めるの……脳細胞が死にそうです」

 

 霊華も中々独特な感想を零す。

 

 幸い、注いだ酒は一口分にしておいたのでこれ以上無理に飲む必要はない。俺は盃をテーブルの端に追いやり、もう一杯注いでいる霊華を見守る。

 

「あれ? 神谷君は飲まないの? もう一杯付き合ってくださいよー」

「ええ……」

 

 半ば強引に酒を注がれていまう。自分の盃に入ってしまった以上、処理する責任が発生する。

 

 ──まあ、あと少しなら我慢できるか

 

 俺は慎重に液体を口に含む。多分今、幼児が苦手な薬を飲む時にするような表情を浮かべていると思う。

 

 アルコール度数何%なんだろう。そもそも、この酒はなんなのだろうか。それさえも知らずに飲んでいる現状は中々ヤバい。

 

「ぐはぁ!?」

「うぅ……頑張って飲んでみたけど私ももういいかな……」

 

 さっきの時点でそうするべきだったと言う言葉を飲み込み、再び盃を端にやる。盃の代わりに俺は箸をとり、山菜天ぷらを掴む。用意されている塩を付けて食す。

 

「あ、美味しい」

「本当ですか!? それ、私と霊夢が作ったんです」

「そうなんだ、冷めてても美味しいよ」

 

 霊華も箸をとり、同じ物を食べる。満足のいく味だったようで、一度大きく頷いた。

 

「お酒と合いそうですね」

「おいおい、大丈夫か?」

 

 あろうことか霊華は徳利と端に追いやったはずの盃を手に取り、酒を注ぎ始めた。

 

「ほら、神谷君も!」

「……軽く酔ってない?」

 

 仕方がない。こうなったらヤケだ。霊華が飲むというのなら付き合おうじゃないか。

 

 俺達は3杯目の詳細不明なアルコールを口にする。

 

「うへぇ、何度飲んでも慣れないな」

「ここですかさず天ぷらを食べるんですよ。あ、ほら、何だか大人になった気分になれますよ!」

 

 そう言って目を輝かせる霊華は女子高生らしい年相応の感想を述べた。

 

『男子高校生の感想をどうぞ』

『不味い』

 

 アテナからの……返事がない。返答を誤ったか。もっとボケるべきだったか! 

 

「もうやめよう。やめるんだ。ペースが早すぎるぜ? まだ回り切ってないだけで、酔いが回ったらしんどいよ?」

「心配しなくても、もう徳利は空っぽだよーん」

「よーん?」

 

 霊華の話し方が砕けてきた。普段の敬語を使う彼女からは想像できない様子に頬が緩む。

 

 段々と体が火照ってきた。全力ダッシュをした後のように心臓がドクドクと脈打つ鼓動を感じる。腕が赤くなっているので酒がまわり始めたのだろう。

 

 ──俺はそんなにアルコールに強くないみたいだな

 

 制服のブレザーを脱いでワイシャツの袖を捲る。こんな時でも制服を着ているのかと言われそうだが、周りに指摘されないしいいかと思っている。殆ど私服みたいな感じだからなあ。

 

 霊夢と霊華がいつも巫女服を着ているように、俺は高校の制服を着ている。制服のキリッとした感じが好きなのだ。

 

「ふう……およ? 大丈夫?」

「かみやくぅん……わたし、飲みすぎたかも……」

 

 ワイシャツを捲るという1分少々の時間目を外している間に霊華はぐったりとしていた。

 

「だろうね。大丈夫? 寝かせてあげようか」

「ん……」

「へ?」

 

 俺の提案を受けた霊華は両手を差し出してきた。「立たせて!」と甘えるような仕草に若干戸惑いつつも少し嬉しく思った。

 

 俺は霊華の席の方へ回って彼女の手を取り、立たせる。

 

「あ……」

 

 バランスを崩したのか、霊華は俺の胸に倒れかかってきた。当然それを受け止め、支えるのだが──

 

 ──うっっっわ、めっちゃ見られてますやん

 

 例の()()()が見ている。鈴仙の酒が進む。華扇の酒が進む。早苗がめちゃくちゃニヤニヤしている! レミリアも面白いものを見るようにニヤリと笑っている。

 

「大丈夫? 歩けなさそうだね。少し落ち着くまで座っていた方がいい。水持ってくるよ」

 

 立ち上がらせたばかりだが、予想以上にヘロヘロなのでゆっくりと座らせた。そして水を取りに行こうとすると──

 

 袖を掴まれた。

 

「待って。いかないで?」

「でも、酔いを覚ますなら水を飲んだ方が……」

「覚めなくていいから……もっと一緒にいたい」

 

 ──っ! 

 

 どうしたんだ。そんなことを言われてしまっては俺は期待してしまう。もしかして好かれているんじゃないか、そう思ってしまう。

 

 一緒にいたいだなんて、女の子に言われてしまったら俺も離れたくなくなってしまう。

 

「……わかった」

 

 膝立ちしていた俺は正座をする。そして拳を握って腿の上に置く。

 

 ──やっべ、急に緊張してきた

 

 酒を飲んで熱くなっているからか、それとも緊張しているからか、汗が出てきた。

 

「かみやくん……」

 

 とろんとした瞳で見つめてくる。霊華はそのまま俺の腕にもたれ掛かって、腕を回す。

 

 ──こっここ、こ、恋人みたいだ!! 

 

 ──うわああああああ!! どうしようどうしよう! やべーよ! どうしてこうなった! 

 

「もしかして博麗さん、めちゃくちゃお酒弱いんじゃ……」

「かみやくんって、ゆうやくんだよね?」

「そうだけど、なにいってるんですか?」

 

 霊華から取れた敬語は俺に移ってしまったらしい。

 

「ゆうや……ゆう、くん。ゆうくん、えへへ、ゆうくんって呼んじゃおう」

「もしもし博麗さん? 貴女の名誉を考えて言うけど少しお口を閉じた方がよろし──」

「──名前で呼んで?」

「はい?」

 

 いや、最後まで聞いて? 

 後ろでギャラリーが見ているんだよ!? あ! ブンヤまで湧いてきた。そして写真を取られてゆくぅ! 知らないからね? 明日の朝刊で俺達公開処刑よ? 

 

「ゆうくん、わたしにだけ名字で呼ぶしさん付けするよね。さみしいな……」

 

 両手で俺の右腕にしがみつき、上目遣いで話しかけてくる。不思議と小悪魔的なあざとさは感じない。単純に甘えられているらしい。知らなかったけど、霊華は甘えん坊なのかもしれない。

 

 ──緊張でそろそろ死にそう。

 

 惚れそうになっている女の子が、恋人にしか見せなさそうな瞳と仕草で擦り寄って来ている。俺の心臓はMAXハート。

 

『ちょっとなにいってるかわからないですね……』

 

 ──ふるえるぞハート! 燃えつきるほどヒート! おおおおっ 刻むぞ血液のビート! 

 

「山吹色の波紋疾──ちげぇよ!?」

 

 他作品の台詞を持ち込む程追い詰められているらしい。

 

 落ち着け、俺。そうだ落ち着け。こういう時はラジオ体操だ。まずは両手を上げて膝を360º回転させながら首を捻る運動〜! 

 

『落ち着きなさい。軟体動物になっていますよ!』

『訳の分からないツッコミありがとうございますっ!!』

『こういう時は深呼吸です』

 

「コォォォォォ……ヒュー……」

 

 よし、落ち着いた。

 

「あー、ごめん。なんの話しだっけ?」

「……すぅ…………すぅ……」

 

 ──えええええっ!? 寝てるぅぅぅ!? 

 

「もしもーし? おーい? ……霊華?」

「んぅ……」

 

 眠ってしまったのか。人をここまで動揺させておいて自分だけ寝てしまうというのか。

 

「霊華」

 

 俺は霊華の耳元で囁く。目を覚ます様子はないが、なんだか嬉しそうに微笑んでいる。

 

「──可愛いな」

 

 半ば無意識に呟いてしまった。その呟きを耳にしたのはこの場にはいないだろう。けれどもしかしたら霊華の耳に届いているのかもしれない。




ありがとうございました

これで終わりかよぉ!? と言いたい祐霊ですがこれで終わりです。
今回回収できなかったイベントはまた今度です。

次は3章ですが、投稿は数ヶ月先になりそうです。

バイトと課題に予習、レポートにバイトにバイトと資格勉強とバイトと資格勉強と資格勉強でてんてこ舞いです。

取り敢えず資格を取れるよう頑張ってきます。

3章お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#56「文々、新聞(捏造新聞)

お待たせしました。なんとなく書きたくなった宴会の後日談です。
サブタイトルは誤字ではありません。


「ういっす! 起きろ祐哉!」

「うぐっ」

 

 男の声が聞こえた。突然肌寒くなったかと思うと腹部に鈍い痛みが走った。霊夢にもやられたけど、人が寝ている時に毛布を奪い取らないで欲しい。元々寝起きは良くない方だ。こんな起こされ方をされてはまず間違いなく不機嫌になる訳で。

 

「寒いなぁ! 誰だお前! 星符──」

「まてまてまてまて! なんかヤバそうな魔法陣作るな! 死ぬ! ていうか神社も壊れるぞ!」

 

 男に言うことも正論だと思い、舌打ちしながら魔法陣を消す。そしてそのまま布団に寝転がり、毛布を創造して二度寝をする。

 

「おいコラ。なに二度寝しようとしてやがる」

「まぶたが開かない……」

「起きろってば! 今日は朝から宴会の片付けをやるから手伝えって言ってきたのはそっちだろ!?」

「クソっ、誰だそんなこと言った奴は」

 

 俺だな。確かに昨日、叶夢にお願いした。それなら起きないわけにはいかないと思い、溜息をつきながら体を起こす。

 

「何でよりによってお前に起こされなきゃならねーんだよ?」

「悪かったな! 愛しの霊華ちゃんじゃなくて。文句あるなら自分で起きろ!」

「…………ん、今なんて言った? 『愛しの』だって? 何でそれを」

「はいこれ」

 

 叶夢は畳に置いていた新聞を渡してくる。

 

 これは『文々。新聞(ぶんぶんまるしんぶん)』か。

 

「えー、なになに? 昨日の宴会で1組のカップルが登場……酒に酔った彼女を所謂お姫様抱っこで運び、熱い夜を楽しんでいた。最中の写真は流石に掲載できませんが、興味のある方は射命丸文までご連絡ください」

 

 まだ眠い俺は、脳の7割は覚醒していないだろう。それ故か捏造(ねつぞう)された新聞を見ても特に感情は揺れなかった。

 

 そう、俺の感情は非常に淡白だ。

 

「なあ叶夢。朝ご飯は食べたか?」

「食べたけど。ていうか、もうすぐ昼だぜ?」

「そうか。じゃあ今日のお昼は焼鳥なんでどうよ?」

「……いいな! 俺、焼鳥好きなんだよ!」

 

 非常に淡白で、道徳的精神は眠っている。

 

「「──ひと狩りいこうぜ!」」

 

 寝起きの俺と焼鳥に釣られた叶夢は互いの手を力強く握り交した。

 

「こんにちは! 『文々。新聞』です!」

 

 これは驚いた。こんな神社にお客さんが来たらしい。それも『文々。新聞』だってさ。

 

 俺と叶夢は見つめ合い、不敵な笑みを浮かべる。声を張り上げて「はーい、今行きまーす」と言い、ちょっとした準備を行う。

 

「はいはい。どうも。ご苦労様です」

「いやー、昨日の宴会でいいネタを仕入れたんですよ」

「へえ、そうなんですか。これは楽しみだ──はい捕まえた」

「へ?」

 

 俺は新聞記者の射命丸文(しゃめいまるあや)から新聞を受け取る際、彼女の腕を掴んだ。そして、「見えざる鎖」で腕を拘束。鎖の先は神社の御神木に巻いてある。

 

 だが、この鎖は目に見えないので、文にはただ手首を掴まれたとしか認識できない。

 

「美しい手と顔をした女だ。頬擦り、してもいいですか?」

「ひぃ!」

「ふふ、実に楽しみだ。──アンタを焼鳥にできることがよォ! 俺は楽しみで仕方ないぜ! ──創造『 弾幕ノ時雨・乱(レインバレット)』」

 

 俺は文の腕を掴んだままスペルカードを使った。俺たちの周りを囲うように出現した刀が、文だけを串刺しにしようとする。文は突然の出来事に驚いている。当然だろう。彼女はただ、新聞を届けに来ただけなのだから。

 

 鴉天狗よ。その聡明なおツムは飾りか? 新聞のネタとなった人物にバレたら怒りを買うに決まっている。購読者が減ってしまうぞ? 

 

 鴉天狗の文は非常に速く飛行できる。それは幻想郷最速とも言われる程だ。そんな彼女だ、この程度の不意打ちなら容易く対処してみせるだろう。現に文は俺の掴む手を振りほどいて遠くへ飛んでいってしまった。それなりに強く掴んでいたつもりだけど、妖怪相手だと無力だな。

 

 文を串刺しにするはずだった刀は全て境内の石畳に跳ね返され、地面に転がる。

 

 ──アンタが逃げるのは当然想定しているさ。ここからだよ

 

 地面に転がっている刀はカタカタと動き出した。それはまるで心霊現象──ポルターガイスト現象のようだ。綺麗に整列した十数本の刀の動きは、軍隊の集団行動の様に統制されている。刀は文を目掛けて飛翔する。鴉天狗はそれを避けるが、躱された刀は向きを変えて再び彼女を狙う。

 

 ──物を操作する能力だったか。いいなあ。

 

 何を隠そう。刀を操っているのは叶夢である。叶夢は自分が触れたことのある物、または数秒間見続けた物を操作できる。

 

 俺は叶夢を援護するように刀を投擲する。2人からの攻撃を難なく躱し、調子に乗っているのか、刀を避けながらちょくちょく俺の目の前に現れてはドヤ顔でこちらを見てくる。「人間が攻撃してきたから遊んでやろう」とでも思われているのだろうか。

 

 実際、彼女に弾を当てるのは難しい。

 

「こんなものですか? そんなんじゃ攻撃は足りませんよ!」

「こうなったら奥の手だ。──星符『スターバースト』!!」

 

 眼前に巨大な魔法陣を創造し、水色の極太レーザーを放つ。鴉天狗がどんなに速く空を飛ぼうが光の速さに適うはずがない。だが鴉天狗はこの手のレーザーを見たことがあるのだろう。レーザーが広がる範囲を完全に見切り、敢えてギリギリ掠る程度に避けて見せた。

 

「チィ!」

「完全に煽られてるな!」

 

 俺が舌打ちしていると、轟音が響く中やって来た叶夢が耳を塞ぎながら叫ぶ。

 

 ──そろそろかな

 

「ああもう、煩いわね! なんなの!?」

 

 レーザーが煩すぎて微かにしか聞こえないが、女の子の声が聞こえた。家の方を見ると寝巻き姿の霊夢が耳を塞いでいた。それを見て満足した俺はレーザーを止める。

 

 ──耳栓しなかったから耳鳴りが凄いな

 

 脳に響く不快音に堪えながら霊夢に向かって叫ぶ。

 

「あの人が俺達を丸焼きにするって言ってきたから迎撃しました!」

「言ってないですよ!? 言ってきたのは貴方です!」

「アンタぁ……私の家の前でよくそんなことできるわね? 今日こそ退治してやるわ!」

 

 か弱い人間による被害届けを受けた霊夢は目の色を変えて鴉天狗に向かって行った。

 

 鴉天狗と霊夢はかつての異変で戦ったことがある。その際天狗は妖怪退治の専門家の恐ろしさと強さを知ったはずである。

 

 冤罪で死刑判決を食らった鴉天狗に戦う気は起きないようだ。持ち前の素早さでどこかへ逃げようと、黒い羽に力を込める。そして加速した時、鴉天狗の動きが止まった。

 

「トラップカード発動! 『見えざる鎖』! この鎖に繋がれたものは繋いだ先(御神木)から一定の距離までしか離れられない!」

「上手くいったな! 祐哉!」

 

 鴉天狗は一瞬の動揺を見せた。霊夢はその間に鴉天狗に接近し、脳天にお祓い棒を叩きつけた。

 

「やったあ! 今日のお昼ご飯ゲット!」

「何言ってるのよ? こんな奴食べたらお腹壊すわよ」

「ありがとう、霊夢。俺たちじゃあの天狗は殴れなかったから助かったよ」

 

 霊夢は「食べられなくてよかったね」と言いながら戦利品(文々。新聞)を眺める。

 

「なにこれ」

 

 霊夢は硬直した。俺は何も知らないふりをして霊夢の脇から新聞を覗き込む。そして如何にも初見のように驚いてみせる。

 

「……霊夢」

「なに?」

「やっぱりさ、焼鳥食べたくなって来──」

「──だから、お腹壊すわよ?」

「じゃあ、もう一発殴ってきてくれない?」

「彼処で気失ってるから自分でやってきなよ」

 

 そういうことなら、と俺はポキポキと手の間接を鳴らしながら鴉天狗の元へ歩み寄る。

 

 ──しかし男が女を殴るわけにはいかないな

 

 目が覚めたおかげで道徳的精神が覚醒した。殴らない代わりに彼女が首から提げているカメラを拝借する。随分と古いようだが、俺にも使い方がわかる。カメラの記録を見てデータを全て消去する。写真の総枚数が4桁だったが知ったことではないのだ。データのバックアップを取るのは当然だし、どこかに持っているだろう。カメラは破壊しないでおくから、有難いと思うんだな。

 

「はいチーズ」

 

 おお、このカメラは撮った瞬間に現像する物なのか。霊夢に脳天を叩かれ、気絶した鴉天狗の姿が綺麗に写っている。

 

 俺はそれをじっと眺める。別に、彼女の綺麗な肌を眺めている訳では無い。そんなことに集中力を割くことはできない。

 

 ──創造

 

「エッエッエ! バックアップ完了! これでいつでも複製できるぜ!」

 

 次に俺は彼女の荷物から新聞を取り出す。

 

 ──これをああして、こうして……ちょちょいのちょい

 

「うへへ! できた!」

「楽しそうだな。下着でも覗いてるのか?」

「んなことしねーよ。そこまで人道外れてないわ」

 

 じゃあ何をしていたんだ。と問う彼に、俺はありのままを話す。

 

「清く正しい射命丸文に倣って俺も新聞を作った。読んでみな」

「……これはR18制限かかるな。えげつない……。一応聞くけど、この捏造新聞はどうするんだ?」

「決まってるだろ? ──ばら撒くんだよ」

「うん。人道外れてるよお前」

「酷いなぁ。俺はやられたからやり返しただけだぜ? やられっぱなしは性にあわないね!」

 

 そもそも、文々。新聞をまともに読んでいる人は居ないって噂だから特に問題は無いだろう。

 

「『文々。新聞』じゃなくて『文々、新聞』に変えておこうかな?」

「何でだ? 何で微妙に変えるんだ?」

「だって、文がもしも『文々。新聞』の商標権取ってたら使用料を請求されるもん」

「幻想郷に特許庁なんてねーよ! 気にすんな!」

 

 そう言って叶夢は俺の背中をバンバンと叩く。痛てぇ。何すんだ。

 

 ───────────────

 

「なんかすごい音……どうしたんだろう」

 

 昨日の宴会で飲みすぎてしまったのか、気だるさを感じる。よろけつつ自室を出て外を見ると、寝巻き姿の霊夢と神谷君、叶夢君がいた。何で着替えないのかと思いながら彼らの目線の先を見ると新聞記者の文さんがいた。

 

 ますます意味がわからない。どうして戦っているんだろう。

 

 廊下に新聞が置いてあることに気づき、手に取る。支柱に寄りかかって目を通すと──

 

「あ、ええええ!? わ、私と神谷君が!? あ、熱い夜を……え、どうしよう、記憶にない! わ、私……何されちゃったの……?」

 

 ───────────────

 

「やれやれ、片付けを始める前に疲れちゃったよ」

「だな。少し休ませてくれ」

 

 捏造新聞を作成して満足した俺は、部屋に戻って着替えることにした。

 

 因みに文が持っていた残りの『文々。新聞』は『文々、新聞』にすり替えておいた。『文々。新聞』は紅魔館に持っていくよう使い魔に命令した。咲夜ならきっと燃料として使ってくれるはずだ。新聞は良く燃えるからね。

 

「おはよう、博麗さん。そんなところで何やってるの? もしかして二日酔い?」

「ひゃっ!? かかか、神谷君!? わ、私達……えっと!?」

 

 何をそんなに動揺しているのかと思っていると、彼女の手に握られている新聞の存在に気づいた。

 

 ──あちゃー! 廃棄するの忘れた。

 

「あ、あのですね。その新聞に書かれている内容は全て嘘です。偽りです。捏造新聞なんです! 俺達は別々に、健全な夜を過ごしました! な? 霊夢」

「うん。お酒に酔って寝ちゃったから私が部屋まで運んだのよ」

「ほ、本当に?」

 

 疑われていることに対し、そんなに信用が無いのかと悲しむ俺を見て叶夢がアハハハ! と笑う。アハハじゃないんだよ肘で殴るぞ。

 

「因みに犯人は向こうで気絶しているから殴ってきてもいいよ」

「殴らないけど……この新聞って幻想郷中に配られているんですよね」

「……やっぱり焼鳥に──」

「──くどい」

 

 しゅん。そんなに焼き鳥が嫌いなのか? 

 

「大丈夫。俺が作った捏造新聞をばら蒔いておくから! これは報復だ。後悔させてやる」

「因みにこれが祐哉作の捏造新聞ね」

「ちょ、おいそれを渡しちゃ……」

 

 なんという事だ。捏造新聞が叶夢の手によって流出した! 霊華にだけは見られたくなかったのに! 

 

 新聞を見た霊華は顔を赤くして部屋に戻ってしまった。

 

 それから数日間、霊華は目を合わせてくれず、うっかり目線がぶつかっても直ぐに逸らされてしまうという地獄を味わった。

 

 俺は捏造新聞をばら撒くことを決心した。




ありがとうございました。良かったら感想ください。

次の投稿日は未定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章 修行
#57「白玉楼」


こんにちは。祐霊です。4億年ぶりの投稿ですね、お待たせしました。



 今から数ヶ月前の事。

 

 魔理沙が神谷祐哉と博麗霊華の2人を連れて白玉楼に訪ねてきた同日。実はもう1人の来訪者──彷徨い人がいた。

 

 ───────────────

 

 目が覚めた。俺は……トラックに轢かれたはずだ。道を歩いていたら少女が車道を挟んだ反対側の歩道にいる父親らしき人に手を振っていた。そして、少女は車道に飛び出した。横断歩道では無いところで、父親のところへ行くために走っていった。少女のそばにいた母親は手を繋いでいなかったのか、反応が遅れている。

 

 少女の行く先の車道にはトラックが直ぐそこまで来ている。俺の身体は考えるより先に動いていた。

 

 トラックが来る前に少女を助け、自分も道路を渡りきる。俺にはできるという確信があった。

 

 ──確信、してたんだけどな。

 

 俺は()()()()()()。気づいた時には何も無い真っ白な世界にいた。そこにはおっさんが一人いて、転生させてやると言ってきた。よくある異世界転生物の展開。今の姿を保ったまま、転生先で生きるのに必要な力をくれるというので俺は喜んでお願いした。

 

「──それで、ここはどんな世界なんだ?」

 

 俺は灰色の砂利の上で寝ていた。砂利で模様を描いたような庭──枯山水か。横には大きな和風屋敷。上を見れば青い空が広がっている。ここまでは俺の理解が及ぶ。及ばない点は白い塊が空気中を漂っていることだ。まるで水中を泳いでいるように。

 

「どうしてこんな所に人が? 大丈夫ですか」

 

 途方に暮れていると銀髪で痩せ型の少女に話しかけられた。

 

「ああ。気づいたらここにいて……悪い。庭を汚しちまったな」

「気づいたらここにいたんですか? えっと……頭ぶつけました?」

「……そうなのかもな。俺には幻覚が見えるんだ。変な白い塊が漂ってやがる。死んだ後遺症か?」

 

 白い塊は少女のすぐ横にもいる。

 

「貴方は亡霊なのですか?」

「いや、生き返ったし人間だぞ? ……多分。すまん。ここはどこなのか教えてくれないか」

「ここは白玉楼です」

「住所の話だ。この、白玉楼ってのは何県なんだ? そもそも国は日本?」

「わわ、一気に質問しないでください。ええと……」

 

 いやまて、ここは異世界なんだった。ということは国も県名も、俺の知識は通用しないんじゃないか? 

 

 少女は目に見えるほど慌てている。小動物のような仕草をする彼女は可愛らしいと思った。

 

「あの、私達何だか会話が噛み合っていない気がします。なので、一先ず場所を変えませんか? 主人を連れてきます」

 

 主人? 俺より幼く見えて結婚しているのか。合法ロリというものか? いやまて、これだけの豪邸だ。この子は付き人で、主人とはこの屋敷の持ち主の事を指すと考えるのが自然ではないだろうか。

 

「ああ、頼むよ」

 

 ───────────────

 

 部屋に案内され、西行寺幽々子という人と魂魄妖梨という青年に会った。先の少女は魂魄妖夢。妖梨と兄弟なのかと聞いたが違うらしい。訳ありだとか。

 

 暫く話すうちに俺は記憶喪失の人間という形で落ち着いたようで、暫くこの屋敷に住ませてもらうことになった。

 

「あら、お客様が来たみたいです」

 

 妖夢が門へ向かっていくのを見て、何となく俺も様子を見ようと思った。

 

 そして、妖夢が門を開けるときある事を思い出した。

 

 ──あの神様(おっさん)がくれた力。確か物を操作する能力だったな。

 

「妖夢の隣にいる()()()()()()()綿()()()を操作する……客の方へ飛んでけ!」

 

 うぬぬ、と念じると綿あめはとんでもないスピードで客にぶつかって行った。客の物らしき悲鳴が響く。妖夢は慌てて門の向こうへ行った。客を助けに行くのだろう。

 

 ──ふーん。イマイチ操った感じはしなかったけど、成功かな。

 

 ──まだ実感は湧かないけど、ここは異世界で、自分は能力を手に入れたんだ。面白くなりそうだ! 

 

 ───────────────

 

 今日一日の仕事を終えた私は風呂場に向かう。今日は色々なことがありすぎた。来客が二人──魔理沙を含め三人。そして今日幻想入りした()()君。こんな大人数が白玉楼を訪れることは稀だ。

 

 湯に浸かる。冬の露天風呂は浸かるまでがとても寒いが一度入ってしまえば気にならない。

 

 神谷祐哉。彼の件はどうしようか。剣術を学びたいというのは指南役として、そして剣術を扱う者としては嬉しい事ではある。しかし彼は言った。護身術のためだと。

 

「教えるのは構わないのだけど……」

 

 一体何を教えられるのだろう。私の剣術は剣道とは異なる。真剣を用いる以上、殺傷する可能性がある。そもそも彼は何から自分を守りたいのだろう。人間? 妖怪? 前者ならば教えることはできない。真剣を扱う以上、半端な教えであってはならないのだ。後者なら……しかし後者だとしても、だ。人間が数年修行したところで妖怪には到底かなわない。ならば下手に力を与えず、己の非力さを自覚して生きるほうが結局護身に繋がる。

 

「ちょっと長く入りすぎたかな」

 

 逆上せてきたので湯から出る。まあ、このことはゆっくり考えよう。

 

 ───────────────

 

「妖夢。どうするのか決まった?」

 

 幽々子様が問うてくる。既に朝食を食べ終えている。私の五倍はある量を、だ。私が小食というわけではないのだけど。これほど食しても何故体系が崩れないのかな。いくらなんでも無理がある。その、質量保存的に。

 

「どう、とは?」

「昨日の外来人のこと。ああ、叶夢のことではないわ」

 

 それを聞いた叶夢君は興味なさそう、というか聞いてなさそうだ。「なにこれむっちゃ美味い」などと言っている。口に合ったのなら良かった。

 

「わからないです。考えはしたのですが、どうすればいいのか……」

「したいようにすればいいわ。貴方が教えたいかどうか。大事なのはそこじゃない?」

「教えたいかどうか……」

 

 ますますわからない。どちらにせよ、彼にはもう一度会う必要がありそう。

 

 ───────────────

 

 あの時私は模造刀(玩具)を渡した。魔理沙の友人と言うから真剣を渡そうかと思ったが、見ず知らずの人に渡していいものでは無い。あの人は簡単に複製してしまった。それを見た時、真剣を渡さなかったのは正解だと思った。もし複製した刀が里にでも出回ったら治安が悪くなるだろう。

 

 暫くして、顕界の迷いの竹林で異変が起きた。それを解決したのが神谷祐哉だと聞いた。異変を解決できるほどの実力があることが分かった時、私はより真剣に考えるようになった。

 

 私は直ぐに博麗神社を訪ねた。彼は不在だったが、霊夢から彼について色々聞いた。刀は頻繁に使っているということを聞いて私は決心した。

 

 模造刀とはいえ半端者が振り回しては危険だ。更に、彼は努力を惜しまない人間だと聞くことができたので、根性はあるだろうと判断した。

 

「幽々子様。先日弟子入りを志願してきた彼についてですが、認めようと思います」

「そう。分かったわ。叶夢もいるし、丁度いいわね」

 

 叶夢君は最近修行を始めた。彼にはある程度修行を積んだら真剣を与えるつもりだ。

 

 

 

 

 ───────────────

 

 時は現在に戻る。

 

「おやすみ、妖夢。早く寝るのよ」

「おやすみなさい。幽々子様」

 

 今日最後の見回りは妖梨が担当する。私はその間別の仕事をしつつ幽々子様が床に着くのを待つ。

 

 今日の仕事は終わり。お風呂に入って眠るだけだ。叶夢君ももう寝ただろう。彼は最近剣術の修行を始めたので、相当疲れがたまっているのだろう。いつも夕食を食べた後すぐに眠ってしまう。

 

 私は縁側に腰を下ろしてまだ色づいている桜を眺める。

 

 妖梨と私の間に血縁関係は無い。彼は魂魄妖梨という名だが、元々名前が無かった。

 

 ───────────────

 

 ある日、幽々子様が赤ん坊を拾ってきた。そして、「今日からこの子を育てるわ」と仰った。当時、白玉楼の庭の手入れと幽々子様の身の回りのお世話を1人で担当していた私は猛反対した。幽々子様に子育ての経験はないのだから、私が担当することになる。これ以上仕事が増えては手に負えなくなってしまうと主張したが、「あら、妖夢のお世話もした事あるのよ?」と言われてしまい、私は何も返すことができなかった。

 

 そもそもどこで拾ってきたのか、この子の親はどうしたのかと訊ねた。だが、幽々子様は返事を下さらなかった。私は誘拐の可能性を考え、幽々子様を説得しようとしたが、数分の会話で少なくとも誘拐の線はないことが分かった。

 

 赤ん坊は紫様が連れてきたらしい。あの方は気まぐれで人攫いをすることがあるから、納得せざるを得なかった。

 

 幽々子様は赤ん坊に「妖梨」と名付けた。幸い、妖梨は素直ないい子で、子育てにはそれほど苦労しなかった。私のことを本当の姉のように思っていて、お姉ちゃん思いの優しい子に育った。妖梨は十年程前から庭師としての仕事を始めた。魂魄家は代々白玉楼の庭師を継いでいる。妖梨は魂魄家ではないので無理に庭師の仕事をする必要はないと言ったのだが、「お姉ちゃんを手伝いたい」と言ってくれた。以来、庭師の仕事は二人で担当している。最初は寧ろ私の仕事が増えていたが、半年ほどたったころには段々と私の負担が減っていった。

 

「こんばんは」

「うひゃあっ!? な、なんだ。紫様でしたか。失礼しました」

「うふふ。全く慣れてくれないのね。驚かすつもりはないのだけれど」

「昔よりは慣れたと思いますが」

「そうね。小さいころは悲鳴を上げるや否や斬りかかってきたもの」

 

 む。確かに記憶にある。紫様はいつも背後から突然現れる。師匠に剣術を叩き込まれていた幼少期の私は反射的に抜刀した。当然だが紫様を斬ったことはない。私が本気で挑んでもこの方には敵わない。私が斬りかかった時、たまに手合わせ相手になってくださることがあるのだが、彼女の本気を見たことがない。

 

「幽々子様はもう就寝されましたが」

「大丈夫よ。貴女にお話があるの。すぐに終わるから、お隣失礼するわ」

 

 そう言って紫様は私の隣に腰かけた。妖怪の賢者と名高い方が隣にいるのは中々に緊張するが、こうやってお話しすることは偶にあるので、頭が真っ白になるようなことはない。

 

「貴女、神谷祐哉の師になるそうね。どんなことを教えるつもりなの?」

「まずは素振りと体づくりでしょうか。特に後者は大事です。しばらくは走り込みですね」

「剣術には型があるでしょう。その伝授が始まるのはいつ頃になりそう?」

「成長具合や、鍛錬の時間にもよりますが、早くて1年後ではないでしょうか」

 

 紫様は祐哉君に注目しているらしい。そもそも彼を連れてきたのは彼女だと聞いた。今回は気まぐれではないのだろうけど、理由を考えても私の理解が及ぶことはないだろう。

 

「半年でできないかしら」

「ええっ!? どんなに才能があってもそれは……」

「人間、追い込まれたほうが成長しやすいのよ。だから徹底的に追い込んであげて。文字通り、生命の危機までね」

「……宜しいのですか?」

「ええ、これは提案ではないわ。指示よ」

「紫様が仰るのなら……わかりました」

 

 紫様は「お願いね」と言って消えた。その時、1枚の紙が私の元にヒラリと落ちた。それは所謂指導書だった。人間の心理を利用して効率良く育てる手法が書かれている。成程、叶夢君の存在が大きいのね。彼と祐哉君が競い合うだけで飛躍的に効率が上がると。

 

 ──忙しくなりそうね。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#58「庭師の実力」

 俺は白玉楼へ向かって空を飛んでいる。

 

 新聞の件から1週間後、桜の花も既に散り、早くも緑の葉がチラホラと見られるようになった。

 

 捏造新聞のせいで霊華に距離を置かれてしまった俺は、幻想郷の各地に『文々、新聞』をばら蒔いた。特に、射命丸文とその仲間が住んでいる妖怪の山には重点的に撒いておいた。

 

 スペルカード──創造『捏造の時雨(Fool Bullets)』を開発した。滑稽な様子が伺える当て字と読みがお気に入りだ。捏造新聞で弾幕を構成するというシュールさもポイントである。

 

 新聞をロクに読まなそうな連中ばかりなので、話題が広がったかどうかは正直怪しいのだが射命丸文に対して屈辱を与えることはできただろうから満足している。

 

 本当は幻想郷を新聞で埋めつくしたかったのだが、そこまでするには俺の霊力が足りないし、何より『新聞異変』なんて呼ばれては困る。異変とあらばあの記者も嬉々として記事にするだろう。「新聞異変! 犯人は人間。動機は報復か」という見出しに、「記者の私、射命丸文への報復が目的と思われる」等と被害者面されては本末転倒だ。

 

 諸々考慮した結果、ある程度撒き散らした後切り上げることにした。

 

 ───────────────

 

 漸く長い階段を超え、白玉楼の門にたどり着いた。この階段を歩いて登ったら何時間かかるのだろう。東京タワーどころかスカイツリーよりも高いのではないだろうか。

 

 開かれている門を潜り、白玉楼の敷地へ入る。勝手に入っていいと予め言われているので特に罪悪感を感じることは無い。大きな庭には桜の木が列をなしていて無数の半透明のナニカが空を泳いでいる。いくつかの幽霊が敷地内に侵入した俺に気づき、グルグルと俺を囲む。

 

 何をされるのか不安に思いながら立ち止まって様子を見る。しばらく経つと幽霊は散っていった。「侵入者だ!」と威嚇したり、警戒されているのかと思ったがそうでは無いらしい。

 

 安心して屋敷へ向かう。

 

 それにしても、顕界は葉桜になりつつあると言うのに、冥界の桜はまだ色付いているとは意外である。

 

 冥界にも四季があるはずだ。雨は降るし、冬になれば雪も降る。

 

 屋敷の戸を叩き、声を掛けるとバタバタという騒々しいな足音が近づいてくる。そして戸が開かれると共に叶夢が殴りかかってきた。

 

「ぐふっ!?」

 

 暴力行為を予想していなかった俺は1発腹にくらった。

 

 ──こ、こいつ……いつかボコボコにしてやる。

 

「よっ! おはようさん」

「叶夢てめぇ許さねぇ!」

「ぐっ」

 

 俺は叶夢の腹を殴りつけた。いや何。あまりにも隙だらけだったのでつい、ね。

 

「お前が霊華にあの新聞を見せたから4日間も口聞いてくれなかったんだぞ!! 4日だよ4日! 分かるか? 96時間だ! 同じ家に住んでいるのに! 目を合わせてくれない苦しみがお前にわかるか!? 分かってたまるかもう1発くらえ!」

「うっ……ま、待て。悪かった。そんなことになるとは思わなかったんだって!」

 

 ふぅ、ふぅ。スッキリした! 

 俺が作成した捏造新聞を霊華に見せた叶夢を1発殴ってやると決めていた。なに、全力で殴っちゃいないさ。

 

「チッ仕方ない」

「お前ホント、俺にだけ当たり強くないか」

「そうか?」

「他の奴らと話す時はもっと落ち着いているというか……」

 

 そうだろうか。何となくだが、外の世界の親友と雰囲気が似ているからかもしれない。

 

「まあ、どっちが表とか裏とかないから気にしないでよ」

「うーん」

 

 不満そうだな。それじゃもう少し距離を取るか。

 

 立ち話も程々に、応接室へ案内してもらう。中には既に幽々子がいた。博麗神社の和室が実家のような安心感を与えるのに対し白玉楼の和室は障子や襖の張り紙、畳の新しめな色などが高級な旅館を思わせる。

 

 互いに簡単な挨拶をし、軽く雑談していると妖夢が部屋に入ってくる。妖夢は盆から湯呑みを取り、俺の前に置いた後幽々子に差し出し、そして自分の手元に置いて正座した。

 

「さて、貴方は今日から妖夢に剣を教わるわけだけど、住み込みで鍛錬することをお勧めするわ。博麗神社から来るのは大変でしょう」

「こちらで検討した結果、白玉楼で暮らしてもらう方が何かとやりやすいという結論に至りました。勿論、強制はしませんが」

 

 住み込みか。そうなると問題がある。

 

 ──霊華に会えない。

 

 これに尽きる。彼女も力を付け、そこらの妖怪には遅れを取らないレベルになっている。だから、身の危険という意味ではもう心配はないだろう。もし何かあっても霊夢や魔理沙が駆けつけてくれるだろう。

 

 では何が問題なのかと言うと、単純に俺が寂しいということだ。折角口を聞いてくれるようになったのにまた話せないだなんて……

 

 ──いや、まあ。仕方ないよな。

 

「折角ですので、お言葉に甘えさせて頂きます」

 

 俺は一番気になることを尋ねる。

 

「おいくらお支払いすればよろしいでしょうか」

「白玉楼としては受け取るつもりは無いわ。これは投資だもの」

「投資……?」

 

 投資とはどういうことかと尋ねるが幽々子は「うふふ」と笑うだけで何も答えてくれない。そして、妖夢に話しかける。

 

「妖夢は? お小遣いくらい貰っておく?」

「いいえ。特に使い道はありませんので」

 

 なんという事だ。幻想郷には娯楽が無さすぎる。外の世界の学生なんか馬鹿みたいに金を浪費してはバイトをしているというのに。タピオカ飲んで三角チョコパイ食べて終わりかと思いきやカラオケオールだの……彼等彼女等は1日で数万を浪費する程度の能力を持っている。

 

 つまり、外の世界では金はいくらあっても足りないのだ。それが当然だと思っている。だが幻想郷において金の価値は最低限しかないと思われる。オシャレの文化も、無ではないが殆どない。髪を染めたり、ピアスをつけたりする人がいない。

 

「では、何か家事を担当しましょうか」

「いえ、ここの家事は幽霊が担当しているので、大丈夫ですよ」

 

 俺は要らないってさ。精々迷惑をかけないようにしますかね……。

 

「勤勉なのね。でも気にしなくてもいいのよ。だって、貴方には家事をする暇がないもの」

 

 おーっとっとっとっと? なんだか分からないが悪寒がするぞ。

 

 ───────────────

 

 早速修行が始まった。外の庭へ出て、先ずは実力を見るためにと、弾幕ごっこをすることになった。

 

 相手は妖夢で、叶夢と妖梨、幽々子が見ている。剣を使うのは自由で、直接攻撃もアリだという。

 

 ──妖夢は動きが速いイメージがある。最初から眼鏡をかけておこう。

 

「あれ、いつ眼鏡をかけたのですか」

「たった今。手を使わずに眼鏡をかけました」

「目が悪いのですか」

「両目0.8くらいだとは思いますけど、これは動体視力を強化するものです」

 

 そうですか。と言って、妖夢は背負っている2つの刀のうち短い方を妖梨に渡した。そして、彼女の身長よりも長い刀に手をかける。あんなに長い物を背負って、スムーズに抜刀できるのか些か疑問だが、俺は自分の心配をするべきだろう。

 

「2人とも、準備はいいね」

 

 試合開始の合図は妖梨がしてくれる。

 

「始め!」

 

 妖梨の掛け声とともに、宙に数本の刀を創造してそのまま射出した。妖夢一点狙いの投擲は容易く躱される。

 

「刀を飛ばしてくるだなんて、意外ですね」

「確かに。よくよく考えると変ですね?」

 

 妖夢は抜刀すると宙を鋭く斬った。その剣筋から霊力弾が飛んでくる。

 

 ──刀から弾幕を飛ばすなんてかっこいいな! 

 

「普通に戦えそうですね。もう少し難しくしてみましょう」

 

 妖夢は両手で持っていた刀を右手だけで持ち、表現の仕方はあまり良くないが素人がヤケになった時のようにブンブンと振り回す。

 

『動体視力を強化してもそれですか。よく見なさい。あれはただ振り回しているのではない。斜めに振り下ろした際身体を回転させることによって余った力を無駄にせず、そのまま振り上げることができます』

 

 ──本当だ。弾がクロスを描いて飛んできた。

 

「──創造『 弾幕ノ時雨・乱(レインバレット)』」

 

 周囲に数十本の刀を全方位に回転射出する。下方向に射出した刀が地面に接する頃には刀の柄の部分がぶつかり、反動で反射していく。左右と上には透明な壁を創造しておく事で反射させることができる。

 

 また、刀同士が衝突した際も反射し、その場合は加速するようにしてある。こうすることで、刀同士の衝突によるスペルカードの自己崩壊を防ぐことができる。

 

 ──俺の弾幕は基本的にプログラムだ。予め機能(プログラム)を付与しておくことで、奇天烈な芸当が可能となる。

 

 このスペルカードは使用者の俺に近づけば近づくほど高密度となるため、距離を置いて隙間を縫うのが賢い。

 

「美しいと言うよりは物騒ですね」

 

 妖夢は刀を納刀し、避けに徹する。四方八方から不規則に飛んでくる刀を正確に見切り、避けていく。まるで時間を止めてイライラ棒を攻略しているかのようにスムーズだ。

 

 制限時間が来たので攻撃をやめる。これ以上続けると霊力マネジメントが上手くいかない。

 

「どうでしょう。祐哉君はその強化した動体視力でどこまでついて来れますか?」

 

 瞬間、妖夢は一直線に飛んできた。8メートルはあったはず。それにも拘らず気づいた頃には半分程距離を詰められていた。

 

 ──だが、視える! 

 

 俺は妖夢の右に回り込むことで突進を躱す。妖夢は右足から着地し、勢いを殺さずに身体を回転させ、左足で踏ん張る。膝を曲げたかと思うと、再び突進してきた。

 

 ──なんて鋭い動きだ。その勢いもミサイルを見ているようだ……! 

 

 俺はもう一度妖夢の右に回り込み、彼女の進む先にマラソンのゴールテープのように鎖を創造する。あの速さだ。妖夢は鎖に身体を取られ、動きが止まるはずだ。

 

 ──そこでチェックだ。

 

 俺は鎖を創造した位置、即ち妖夢の終着点に向けて木刀を投擲する。

 

「──甘い!」

 

 金属音が響いた。鎖が妖夢を捕らえることはなく、真っ二つにちぎれてしまった。刀を持った様子はなかった。まさか突進の勢いだけで鎖を引きちぎったというのか。

 

 一瞬気を抜いた時、妖夢は俺のすぐ側まで迫っており──

 

「私の勝ちです」

 

 勝敗を告げると共に指で眼鏡を弾かれた。突然眼鏡が奪われ視界に影響が出る。

 

 ──負けた。勝てるとは思っていなかったが、()()()()()()()()()()()()()程完敗するとは思わなかった。

 

「どうですか? 目で追うことはできましたか」

「集中すれば何とか。でもあの鎖はどうやって? まさか勢いだけでちぎった訳じゃないですよね」

「む。私は闘牛じゃないので道具を使いましたよ」

 

 そう言って背中の刀を指差す。

 

 ──抜刀と納刀を一瞬でやったというのか。それも動体視力を強化しても見えないほどのスピードで。

 

「見えなかった……」

「基本的な能力は分かりました。今日からは動体視力を強化せずに鍛錬に励んでもらいます。これを破れば即破門です」

「そんなにですか」

「はい。素の動体視力を鍛えてもらいます。道具に頼るのは否定しませんが、貴方はどうも頼りすぎな気がします」

 

 なるほど。確かに俺の眼鏡は『動体視力を2倍まで強化する』機能を付与している。因みに、これ以上倍率を上げると脳の処理が追いつかなくなる。分かりやすい副作用は目眩などが挙げられる。とても体を動かせる状態にはならないのだ。

 

 倍率を上げられないというのなら、素の動体視力を強化し、眼と脳を鍛えるべきだという結論に至るのも納得が行く。

 

「分かりました。……因みにプライベートの時に使うのは?」

「ダメです」

「……望遠機能を持った眼鏡は?」

「それは構いませんよ。飽くまでも動体視力の話なので。ある程度は慣れで鍛えられますからね」

 

 他に質問はありますか。と言われるが、今のところはないと答える。

 

「次は白玉楼の階段を登ってきてもらいます」

「……まさか、全部?」

「勿論です。準備運動と水分補給を忘れずに。最悪倒れますよ」

 

 ひぇぇ! 白玉楼の階段を全部登る時がやってくるとは思わなかった。これは思ったより過酷だぞ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#59「この修行、思ったよりキツいぞ!」

「ぜぇ……ぜぇ……無茶だ……」

「おう……祐哉。お前はここで……降りるのか? 俺は、先へ……行くぜ!」

 

 階段登りは叶夢もやるらしい。彼も最近妖夢の弟子になったようで同じメニューで育てるようだ。叶夢は兄弟子ということだ。

 

「くそ、負けるかよ!」

 

 階段を登り始めてから30分は経っただろう。慣れるまでは歩いて登るよう、妖夢に言われた。最初の15分は会話しながらでも中々のペースで進んでいた。だが、段々互いに口数が減ってきて今では老人のように杖を使わないと登れなくなっている。

 

 ──節子、これは階段登りじゃない! 登山や! 

 

「──か、川が見える……向こうでばっちゃんが笑ってらぁ……」

「目を覚ませ祐哉! それは三途の川だ! ここは冥界だ! 死ぬんじゃねえ!」

「どの道死ぬんだよ俺はよォ!」

 

 足は既にプルプルと震えていて、まともに登ることはできない。その代わり、口だけは動く。しかし残念ながら思考停止しているのでさっきから変な事を口走っている。

 

 叶夢との差は5段程だったのに、今では15段は離れてしまった。

 

「はーい、ここまで頑張ってきてください!」

 

 大分上の方から妖夢が叫んでくる。この階段は段数が相当ある分、踊り場の数も20はあるらしい。下から登って1つ目の踊り場まで行けば休めるという。

 

「ひぃ、ひぃ……遠い、遠いよぉ……踊り場が、遠い!」

 

 ノロノロと、一段一段確実に亀のように登る。亀は階段を登れないとかいうツッコミには対応できない。それどころではないからだ。

 

 因みに空を飛ぶのは論外。霊力を使ってはいけないし、当然能力の使用も不可。使った場合即破門らしい。怖すぎる。杖は階段登りを始める前に創造した、ただの棒切れである。

 

 棒切れに細工はしない。こんな事で破門になるわけにはいかないのだ。まだ俺は何も教わっていないのだから。

 

「根性……根性だ! 俺を舐めるなよー!」

「その意気だ! 頑張ろうぜ」

 

 それから俺達はかなりの時間をかけて妖夢の待つ踊り場まで辿り着いた。

 

「つい……た……」

「どふぁ!」

 

 踊り場に足を着けるのと同時に崩れ落ち、地面に倒れ込む。

 

「お疲れ様です。ゆっくり休んでください。1時間程ここで休みましょう。少し落ち着いたら水を飲んでください」

 

 息を整えているうちに気が遠くなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ぬなぁああ! 祐哉ぁああ!!」

「んぶっ……!」

 

 しまった。眠っていた。非常に冷たい水が顔にかかって目が覚めた。

 

「おお良かった。本当に死んだかと思ったぜ」

「俺はどのくらい寝てた?」

「5分くらいじゃないか」

 

 叶夢から竹水筒を受け取り、水を一気飲みする。

 

「ぷはあ! くぅ〜! キンキンに冷えてやがる!」

 

 眠っていたからか、乱れていた呼吸は整っているが異常な睡魔に襲われる。もう一度川を見そうだ。

 

「師匠、汗をかいたので着替えたいのですが、能力を使用してもいいですか」

「いいでしょう」

「いいな、俺も着替えたい」

 

 しばらくの間妖夢に後ろを向いてもらい、俺と叶夢はシャツと半ズボンに着替えた。叶夢は見られても構わないと言うのだが、妖夢の為だと言うと納得した。

 

 どうせ汗をかくのだから、いっそ全裸で階段登りをしたいところだが流石に控える。

 

「お腹は空いてませんか?」

「不思議と空いてないです」

「少々過酷すぎましたかね。食欲が無くなるのは余り望ましくないですが……」

 

 少々ではない。非常に過酷だ。平和ボケした最近の若者には厳しすぎるメニューだ。

 

「次から杖を使うのはやめましょう。姿勢を崩さないようにしてください。杖を使うことに慣れすぎて腰が曲がっては困りますからね」

「それはそうだけどよ、正直支えがないと登りきれねーよ」

 

 妖夢の指示に叶夢が反論する。妖夢の言うことも正論だが、叶夢の言う通りでもある。

 

「自分が姿勢を正したまま登れる限界の位置に目印を置いてください。暫くはそこまで登る感じで行きましょう」

「マジか! むっちゃ楽じゃん!」

「叶夢君。分かってないですね。何セットもやってもらうに決まっているでしょう」

 

 急激にノルマが減ったことを喜んだ叶夢はガッツポーズをしたが、妖夢の返答を聞いて神に慈悲を求める人間のように哀れな表情を浮かべた。

 

「因みに何セットですか」

「10セットです。限界を偽っても無駄ですよ。さっきの様子は全部見ていましたからね。場所も記憶しています」

「うわぁ……」

 

 叶夢君? まさか君、やる気だったのか? もういい加減諦めろ。俺たちの墓はここなんだよ。冥界だからいつ死んでもいいんだ。

 

『自棄にならないでください』

 

「あと、最初の方は楽そうでしたね。効率が悪いので、重りを背負ってもらいます」

「ううっぷ……吐き気が……」

 

 これは自棄にもなるよ。

 

 ───────────────

 

「はい。今日はここまでにしましょう」

「……っス」

「……はい」

 

 夕方になる頃には何とかやり切った。10セット。数千段にはなるだろうが全体の十分の一にも満たないだろう。そう考えると絶望しかないが、それでも今日のノルマはやり切ったという達成感がある。

 

「それじゃあ空を飛んで一気に上まで行きますよ。空を飛ぶ感覚を忘れられてしまっても困りますからね」

「え、叶夢って空飛べるん?」

「逆に聞くけど、飛べなかったらどうやって博麗神社に行くんだよ?」

「気合?」

「お前俺のことなんだと思ってんだ」

「脳筋野郎」

「おい」

 

 ははは、冗談に決まっているだろう。飛べることは分かっていた。でも脳筋キャラだと思っているのは本当だ。

 

「ほら、早く行きますよ。そろそろ幽々子様がお風呂から上がる頃でしょうから、すぐに入っちゃってください」

「やった! やっと汗を流せるぞ。ふははは! 元気が出てきた」

 

 ───────────────

 

 実にハードな1日だった。今日から白玉楼で修行をする事になり、妖夢と弾幕ごっこをした後階段を登りまくった。階段登りはお昼前から夕方までやっていたから、5.6時間は登っていたのだろう。間に挟んだ休憩を合わせれば2時間ほどだ。登っていた時間を求めると登山としか思えない。

 

 風呂でサッパリした後、俺は使い魔に手紙を持たせて博麗神社へ送った。

 

『探さないでください。と』

 

 ──アテナさん、そこで変なナレーションを挟まないでくれますか? 

 

 失踪なんかしない。してたまるか。俺は生きるのだ。そして、強くなったら霊華に会いに行くのだ。

 

 手紙の内容はこうだ。

 

「ごめん、夕飯までには戻れません。今、白玉楼にいます。──必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。……本当は、皆との暮らしが恋しいけれど、でも今はもう少しだけ、知らないふりをします。あの王を除くことで、きっといつか本当の平和が訪れるのだから」

 

 これをウキウキしながら書いていた時、隣で叶夢が見ていたのだが、彼のツッコミはこうだ。

 

「おいそれパクリだろ」

「これは引用というのだよ。何なら引用元書いておくか? 走れメロスなんて霊華にしか通じねえよ。それにもうとっくに著作権はない」

「そういう本があるんだ。『かの邪智暴虐の王』って一体誰かと思ったよ」

 

 と、妖梨が言う。妖梨とは夕飯の時に初めて会った。俺が来ていたことは知っていたようだが、庭師の仕事で忙しく顔を合わせることがなかった。

 

『結局、あの手紙に意味はあるのでしょうか』

『何も伝わってないでしょうねぇ』

 

 ───────────────

 

 次の日。想定よりも早くに起こされた。何だと思うと朝食の時間だと言われた。テーブルの上に置いた腕時計を見れば朝の5時半だということが分かる。

 

 ──早くね? 

 

「おはようございます。すみません、6時には起きるつもりだったんですが……」

「おはよう〜 うちの朝は早いのよ」

 

 部屋には幽々子と大量の料理が置かれていた。十数人規模の宴会に出す程の量だが、幽々子がよく食べる人だというのは知っていたので大して驚くことは無かった。その代わり、「本物だ! うっほほほーい!」というオタクのような感想を持った。

 

 妖夢と妖梨は朝食を運んでいる。手伝おうとするが、断られた。

 

 ──俺は要らない子なんだ……。

 

「そんなに働きたいもんかね」

 

 という叶夢。お前の態度は図々しい域ではないのか。これではお客様ではないか。

 

「何もしないってことは、必要のない人材って訳で、そいつに居場所はないってことだぜ?」

「あら、私も居場所無くなっちゃう」

 

 と幽々子に言われ、慌ててフォローする。

 

「幽々子さんはここの主ですし、彼等は貴方の従者なのだから問題ないのですよ」

「……昨日も言ったけどね。貴方に家事をやる暇はないのよ。休む時は休み、鍛練に励みなさい」

 

()()()()()と言われたことを思い出した。

 

「俺が技術を身につけることが、貴女方に見返りがあるのですか?」

「さあ」

「……肯定、と見ますよ」

 

 全く意味が分からないが頑張るとしよう。

 

 ───────────────

 

「さて、食休みがてら散歩してきてください」

 

 そう言われ、俺達は散歩(登山)した。朝早くから始めたため昼過ぎには終わった。

 

 今日もしんどかった。昨日の疲労が取りきれてなくて、足のあちこちが痛かったので、余計に辛く感じた。叶夢と互いに励まし合い、何とか達成することができた。

 

「お疲れ様です。30分程休んだら別の鍛錬をしますよ」

「ええ! 今日は終わりじゃないのか?」

「時間は有限ですからね。無駄にはできないですよ」

 

 妖夢の言葉に叶夢がごねた。元々「家事をやっている暇はない」と言われている俺からすれば、妖夢の発言は簡単に予想できたことだ。気持ちの準備は整っているのでそんなに絶望感はない。飽くまで、気持ちの面での話だが。

 

 身体的には朝から悲鳴を上げている。壊れそうな身体を根性で無理矢理動かしている。

 

「祐哉ー、疲労回復の薬とか造れないの?」

「物体だからできるかもしれないけど、やめたほうがいいと思う」

 

 疲労回復の薬を能力で創るなら、粒に疲労回復の『ナニカ』を付与する事になる。薬学の知識に明るくない俺は創造する際関与しない。俺からすれば未知の物質を生み出すのだ。そんなものを体内に入れて副作用がないとは言いきれないし、自分の霊力で作ったものを他人の体内に入れるとかサイコパスみたいで嫌だ。

 

 結局、食べ物や薬といった体内に入れる物は安易に創造しないようにしている。やるとしたら、薬学の知識を身につけてからだ。生憎薬には興味が無いので勉強することは無いだろうが。

 

 オススメしない理由もとい創造したくない理由を話すと渋々と納得した。

 

「便利そうなのに使えねえな」

「ははは! あんまり偉そうな事言うと猛毒飲ませるぞ」

 

 別にいいんだよ? 責任取れないからオススメしないってだけだから。副作用でうっかり不老不死になっても知らないからね。

 

「お姉ちゃん、お客さんだよ。祐哉もおいで」

 

 屋敷の庭で休んでいると妖梨が話しかけてきた。俺と妖夢が屋敷へ行こうとすると叶夢もついてくる。

 

 3人で応接間に行くと、水色の巫女服を着た女の子が座っていた。

 

「博麗さん!」

「神谷君! よかった。少し心配しましたよ」

 

 俺達は感動の再会を果たした。会わなかった時間は24時間経ったか経っていないかという程度だが、その間階段登りで地獄を味わった俺にとってこの再会は感動ものである。

 

「手紙は届いた?」

「はい。霊夢が『かの邪智暴虐の王って誰?』と言ってましたよ」

「ディオだっけ? ディオニスだっけ?」

「ディオニスですね。教えておきました。そしたら首を傾げて『そんな奴いたっけ?』って」

「あはは」

 

 ネタが通じていたようでなによりだ。

 

「ああ、多分通じてないだろうから伝えるね。俺はしばらくの間白玉楼でお世話になることになった」

「剣の修行ですね。分かりました。霊夢と魔理沙に伝えておきます」

「ありがとう。お願いね」

 

 霊華は席を立つと妖夢に挨拶をした。

 

「妖夢ちゃん、偶に神谷君に会いに来てもいい?」

「もちろん。いつでも来てね」

「会いに来てくれるの? 嬉しいな」

「私も修行するので毎日とは行きませんが……偶になら。神谷君も偶には戻ってきて欲しいです」

「うん。余裕ができたら行くよ」

 

 そうか、霊華も修行するのか。霊華の成長スピードは早いからな。うっかりすると俺より強くなりかねない。霊華を守れるように、霊華よりも強く在らねば! 

 

「よし、修行の続きをしましょう。師匠」

「気合いが入ったようですね。良いでしょう」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#60「鞘取り合戦−1」

 三日目からは木刀の素振りを始めた。朝から始まる階段登りは昼過ぎに終わり、小休憩を挟んだ後、体幹トレーニングをして、その後に素振りをする。

 

 白玉楼で住み始めてから一週間が経った。修行には慣れてきたが辛さは余り変わらない。階段登りの時に使う重りが3倍程度に増えたから、結局疲れるのだ。足腰を鍛える鍛錬で腰を痛めてはいけないので、姿勢を正すことを意識しながら登るようにしている。

 

「お疲れ様です。叶夢君は余裕がありそうですから、明日から重りをプラス1キロです」

「うっす」

 

 流石陽キャなだけあって叶夢は体力がある。俺と叶夢の重りの差は2キロだ。

 

『修行を始める前からの差は埋めにくいですね』

『後で俺だけ走り込みでもしようかな』

 

「祐哉君、自信をなくすことはありません。ほら、太陽だってまだ昇りきっていないんですよ」

「あれ? まだ昼になってないのか」

「叶夢君は元々体力がある人なだけで、祐哉君も成長しています」

 

 ───────────────

 

「さて、二人には今日から真剣を持ってもらいます」

「驚いたな。そんなに早く持てるとは」

「叶夢の言う通り、剣の修行って、ずっと素振りをするものかと思ってました」

「ええ、本来は半年から数年の間素振りをします。それは半端な者が刀を持ってはいけないから……」

 

 修行開始から()()()が経過した頃、真剣を持つようになった。

 

「俺達は半端な者じゃないってことか?」

「いいえ。貴方達はまだまだ素人のレベルです。──念の為に聞きます。貴方達は私の、魂魄家の剣術を習いたいですか? それとも、刀をそこそこ使えるようになればいいのですか?」

 

 俺と叶夢は少し考える。

 

「俺は刀を使えるようになりたいです」

「俺も」

「分かりました。それでは、どの流派にも共通する基本と実践を叩き込みます。奥義の伝授は無いですからね、予め了承してください」

 

 奥義かぁ。気になるなぁ。でも俺は元々剣術を極めようとしている訳では無い。俺にとって日本刀は好きな武器で、頻繁に創造する物だ。刀をブンブン振り回すだけではまともに戦えないから誰かに教わりたかった。

 

「奥義は気になるけど、この歳になってから始めたんじゃ一生かかっても会得できなそうですよ」

「確かに、私は数十年剣の修行をしていますがまだまだですからね」

「は?」

 

 叶夢が妖夢に対して惚けた声を出す。

 

「妖夢って、12歳くらいじゃないの?」

 

 ──いや、確かその5倍くらいだったような

 

「成長具合だと多分二人より年下だと思います。でも、実は2人より長生きしているんですよ」

「んん? どういうこと?」

「実は私は半人半霊なのです」

「半霊……? じゃあいつも妖夢の近くにいる綿あめって……」

「私の身体の一部です。……食べないでくださいね!?」

 

 妖夢の半霊(綿あめ)は叶夢に食べられると思ったのか半人の後ろに隠れた。

 

「その半霊は師匠の意思で動くんですか?」

「そうですよ。ある程度は勝手に動きますけど」

 

 叶夢はさっきからずっと半霊を見つめている。

 

「おかしいな。能力が使えない」

「どうした?」

「いや、前まで俺の能力で妖夢の半霊を動かせたんだよ。今やってみたら動かないんだ」

 

 ──半霊を動かしただって? 

 

「そういや最初に白玉楼へ来た時に、妖夢の半霊が俺に飛んできたけど──」

「ああ、あの時か。俺がやった」

「叶夢君が犯人でしたか。何かおかしいとは思ったんです」

「お陰で俺、死にかけたんだが? なあ、おい叶夢?」

「悪い悪い。あんな勢いよく飛ぶとは思わなくて」

 

 まあ、随分前のことだから今更怒ったりはしないけど。

 

 でも、今まで操れた物が操れなくなるのはどうしてなのだろう。

 

「お前の能力ってさ、同じ物を何回でも操れるのか? 回数制限とかあるんじゃない?」

「それは考えにくいな。この力を制御するために特訓してるけど、動かしている物はいつも同じだよ」

 

 ──? じゃあなぜ動かせないんだ? 

 

「まあその件は後にしましょう。話を戻しますよ。真剣は用意しておいたので、選んでもらいます」

 

 妖夢は半ば強引に話を戻した。そうだ、真剣の話をしていたはずなのに何で叶夢の能力について話していたのか。

 

 俺達は屋敷に戻り、妖夢の後をついて行ってとある部屋の中に入る。

 

「そこに掛けてある剣が二人のものになります」

 

 部屋の刀掛けに二振りの刀が置かれている。妖夢は刀掛けの前に立ち、こちらを見る。

 

「片方はただの刀ですが、一方は妖刀です。好きな方を選んでください」

 

 なぜ片方だけ豪華でもう一方は普通なんだろうか。予算が足りなかったのかな、等と失礼なことを考えている俺に対して叶夢はとても嬉しそうにしている。

 

「妖刀か! 良いな! 祐哉も妖刀が良いだろ?」

「いや、俺はただの刀で良いよ。折れないでくれればそれで良い」

「なんだ? 道具には拘らない主義なのか?」

「いや、妖刀って訳アリものだからな。普通に怖い」

 

 刀に取り憑いた変な妖怪にひどい目に遭わされるくらいなら創造した刀に力を付与する。

 

『取り憑かれたら霊夢に祓ってもらえますよ。まあ、私にもできると思いますが』

『巫女じゃないのにですか?』

『先に貴方に憑いているのは私たちですからね。普段は守護霊のように見守っているだけですが、いざとなれば守れます。霊的なことなら特に』

 

 すごいな。流石神様。国を跨いで伝わってきた神話に登場する神が妖怪に負けるはずがないのだ。

 

「妖刀に何かいるなら退治してやれば良いだけじゃないか」

「アホか。そんなことしたらただの刀に成り下がるだろうが」

「あっ! じゃあ俺の能力で操ってやるぜ」

「ああ、頑張ってな。俺は普通の刀を貰う」

 

 叶夢が手にした妖刀は鞘が包帯でぐるぐる巻にされているが、俺の刀はなんの変哲もない黒色の鞘だ。

 

 ──シンプルでいいな。

 

「この刀の名前はなんなんだ?」

「恐らく、刀の方から教えてくれる時が来ますよ。それまで貴方が生きていればですが」

「え!? 俺死ぬの?」

「分かりません。その刀の正体は私も知らないですから」

 

 そんな得体の知れぬ刀を弟子に渡すとは中々ヤバいな。選ばなくてよかった。

 

「さて、祐哉君。何やら安心しているようですが、ちょっと刀を貸して貰えますか?」

 

 なに? もしかしてこっちが妖刀だったの? もしそうなら今すぐ霊夢に封印してもらうわ。

 

 若干の不安を感じながら妖夢に手渡す。妖夢はゆっくりと抜刀すると、刀身だけを返してきた。

 

「さて、今から鞘取り合戦をしましょう。ルールは簡単。私から鞘を奪うだけ。但し、抵抗はさせてもらうので相応の覚悟をしてくださいね」

「……取れなかったら?」

「今日のご飯は抜きです。あ、外に出るのもダメですよ。博麗神社や人里には行かせません」

 

 まずいぞ。飯抜きは辛い。痩せ気味の俺は脂肪の蓄えがないから直ぐに倒れてしまうだろう。水さえあれば1週間は生きられるって言うけど、あれは本当なのかね? 半日抜いただけで動けなくなるんだが。

 

 とにかく、俺は飯抜きなんて嫌だ。

 

「この勝負は叶夢君と協力してください。叶夢君も夕飯を抜きますから」

「ええ!? 俺関係なくね?」

「ふーん、そんなこと言っていいのか? お前が妖刀に乗っ取られたら霊夢を呼んできてやろうと思ったが……1人で何とかするんだな」

「ちきしょー! なんでこんなことに!」

 

 叶夢は頭を抱えてしゃがみこんでしまった。まあ、俺も鬼ではない。間に合うようなら霊夢に助けを求めるさ。間に合うならね。なにかの手違いで間に合わなかったらごめんね? 

 

『叶夢相手になると性格悪くなりますよね。恨みがあるのですか?』

『基本的に陽キャは好きじゃない』

『なんて自分勝手なんでしょう』

『好き嫌いはあってもいいじゃない。人間だもの』

 

 ───────────────

 

 ──全く歯が立たないんだが? 

 

「妖夢……お前……はぁ、少しは加減しろよ……!」

 

 叶夢は乱れた呼吸を整えながら叫ぶ。

 

「加減はしていますよ。本気を出したら気配を消しますからね」

「くそ……俺の夕飯が!!」

「お前のせいだぞ祐哉!」

「んだよ!? 喧嘩売ってんのか?」

 

『落ち着きなさい。イライラしても仕方ないでしょう』

 

 1時間は経っただろうか。俺たちは妖夢から鞘を奪うどころか、まともに近づくことさえできていない。彼女のリーチが長すぎるのだ。妖夢が持っている楼観剣と俺たちが持つ刀は長さが違う。楼観剣の方が明らかに長いのだ。1mはあるだろう。よって、近づいて斬りかかろうものなら間合いに入り込む前に斬り返される。

 

 創造した刀を飛ばす中距離攻撃も意味をなさなかった。

 

「喧嘩しても構いませんが、2人で協力しない限り私には勝てませんよ」

 

 妖夢はそう言い残して飛んでいった。

 

 ──協力って言ってもな、作戦が思いつかない。

 

「叶夢、何かいい作戦は思いつくか?」

「思いつかない」

「だよな。でも、1人で挑んで勝てる相手じゃないから協力しないと……」

「上手く連携を取れば隙を生むくらいはできるかもな」

 

 叶夢は枯山水の上に寝転がった。枯山水は日本の伝統的な庭。砂利を敷いて、風景を描く。水を使わずに、砂利の模様だけで全てを再現するのが枯山水の美しさである。

 

 叶夢が寝転がったせいで、枯山水の一部は乱れてしまった。

 

「──なあ叶夢。お前の能力でこの庭を動かせるか?」

「砂利のことか? ──ちょっと待ってな」

 

 叶夢はいくつかの砂利を手に取り、暫く眺める。そして、自在に動かせることを確認した。

 

「一度に動かせるのはどのくらい?」

「重さで言うと5キロ程度じゃないかな」

「充分だ。ひとつ作戦を思いついた。できそうか考えながら聞いてくれ」

 




ありがとうございました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#61「鞘取り合戦ー2」

 ──この調子じゃ夕飯は抜きかな? 

 

 祐哉君の修行には叶夢君を使えと、紫様から頂いた指南書に書かれていた。ライバルと共に切磋琢磨することで成長速度が飛躍的に伸びるからだ。

 

 二人はよく喧嘩をするから、敢えて協力せざるを得ない状況を作った。嫌悪による競いはして欲しくない。

 

 私は二人から一旦距離を取り、彼らが呼吸を整えている間に屋敷の見回りをする。

 

「あ、お姉ちゃん。お疲れ」

「妖梨……。私はあまり疲れてないよ」

「そう? なんだか難しいことを考えているように見えるけど」

 

 私は妖梨に今行っている修行内容を話す。

 

「へぇー面白そう。僕も混ざっていい? 久しぶりにお姉ちゃんと稽古したいな」

「あのね、これは2人に協力させなきゃ意味が無いの。だから今度ね。そのうち妖梨にも教えてもらうつもりだから」

「そっか、どんなことを教えようかなー?」

 

 妖梨は楽しそうに笑った。

 

「そろそろ行ってくるね。多分今日はご飯抜きだよ」

「加減はしてあげてね」

 

 加減はしている……つもりだ。少なくとも、私の師匠の教え方と比べれば何倍もマシ。私はいきなり斬られそうになったから……。剣の技術も体で覚えるまで叩き込まれた。

 

 私はふわりと宙に浮かんで2人を探す。2人はすぐに見つかった。

 

 ──枯山水に入り込まないで欲しいんだけどな……折角整えたのに

 

 ───────────────

 

「もしもし二人共? この庭に立ち入らないでください。庭のお手入れ大変なんですよ」

「へぇ? じゃあ俺達が鞘を奪えなかったら元に戻してやるよ」

「素人に務まる仕事じゃないのです。ですが、手伝って貰いますよ」

 

 私は背中に手を伸ばし、楼観剣を引き抜く。

 

「分かってるな? 叶夢」

「ああ。バックアップは任せるぜ」

 

 どうやら遂に協力する気になったみたいね。

 

 バックアップが祐哉君ならメインは叶夢君か。私は楼観剣を構えて様子を見る。

 

 ──できれば庭に足を踏み入れたくないな。上手く立ち回ってこちらに誘き出そう。

 

「確認だけど、俺たちが奪う鞘は背中に背負っている黒いヤツだよな?」

「そうです。間違えて楼観剣の鞘を取らないでくださいね」

「念の為もう一度見せてくれないか」

 

 なるほど。その手には乗らないよ。

 

「そうはいきません。見せたら能力で操作するでしょう?」

「あら? バレちった」

「うわマジか……バレないと思ったのに」

 

 二人はショックを受けているようだ。私も舐められたものね。弟子の能力くらい把握できないようでは師は務まらない。

 

 なにか作戦を立てていたみたいだけど、失敗に終わったようね。ここからどう立ち回るのか見てみよう。

 

「──油断したな! 今だッ!」

 

 突然叶夢君が叫び、それを合図に十数本の刀が向かってくる。弾幕は散弾し容易に避けることはできないので、楼観剣で飛来する刀を弾く。

 

 ──脆いな

 

 私が弾いた楼観剣には傷一つついていないが弾き飛ばした刀は砕かれている。彼が造る刀は不完全な物なのだろう。

 

 ───────────────

 

 俺が投擲した刀は全て弾かれてしまったが想定内の結果だ。妖夢が刀を弾き終わり、安堵している隙を叶夢が突く。

 

「きゃっ!」

 

 叶夢が腕を振るった後、妖夢は不自然に浮かび上がって枯山水の上まで平行移動した。妖夢の意思で移動した訳では無いことは動揺した様子から伺える。叶夢が腕を振り下ろすと同時に妖夢は地面に落下し、砂利に足を付けた。砂利を踏む音を合図に、俺がスペルカード──創造『 弾幕ノ時雨・狂(レインバレット)』──を使う。妖夢の周りに創造した刀は彼女を串刺しにせんとばかりに降り注ぐ。妖夢は慌てつつも楼観剣を振って弾くことに成功した。その後俺達から距離を取るため後ろに跳ぼうと屈んだ妖夢はもう一度驚愕することになる。

 

「──な!? 足が……」

 

 妖夢の足にまとわりつくように砂利の山が作られている。

 

 ──叶夢の能力で妖夢の服を操作して庭に引っ張って、操作した石で妖夢を地面に固定する。

 

 彼女が動揺している今なら抜け出すことはできないだろう。これで妖夢から鞘を奪える。

 

「足が使えなくても、私には剣がありますよ!」

「──分かっています。だから俺はこのスペルカードを使ったんだ」

 

 そう言って俺は妖夢の元へ駆け出す。

 先刻の創造『 弾幕ノ時雨・狂(レインバレット)』はまだ継続中である。間もなく第2撃の横から迫る槍の弾幕が放たれる。移動による回避ができない今、被弾しない為にはやはり剣を振るうしかないだろう。

 

 妖夢は数十本の槍を弾いてみせた。彼女は刀の何倍も重い槍を弾いて疲弊している。俺は彼女の背後に駆け──

 

「──取った!!」

「いよっし!」

 

 見事、妖夢から鞘を奪い取ることに成功した。

 

「よっしゃー! 貰った刀使ってないけど取り返すことはできたぞ!!」

「やったな! 祐哉!」

 

 叶夢は嬉しそうに笑みを浮かべて拳を向けてくる。

 

「能力の使い方、完璧だったぜ! 叶夢は凄いよ」

 

 互いの拳を当て、喜びを分かち合う。

 

「お前のアシストも完璧だったよ。妖夢を油断させてくれたから成功したようなもんだ」

 

 刀を納刀して妖夢を見る。既に解放されている妖夢はこちらに歩み寄りながら納刀している。

 

「驚きました。まさか取られちゃうとは……」

「へへっ、俺と祐哉のコンビなら無敵さ」

「確かに、二人の能力は相性が良さそうですね。この作戦はどっちが立てたのですか?」

 

 俺が手を挙げると、解説を求められたので説明する。

 

 この作戦の要は枯山水の砂利。よって、妖夢を庭に誘き寄せる必要があった。注意を引くため意図的に庭を荒らしたと言うと怒られてしまった。──仕方ないんだ。

 

 俺が弾幕を飛ばして妖夢を牽制し、俺に意識を集中させる。こうすることで、叶夢は自分のタイミングで能力を発動しやすくなる。叶夢の能力は人間を操作することはできないが、衣服を操ることで強引に引き寄せることが可能だ。

 

 余談だが、この作戦を立てた際の実験体は俺である。数十キロの人間を引っ張るので、半端な力では動かせないと知った叶夢は雄叫びをあげながらフルパワーで俺の服を操作した。物凄い力で引っ張られた俺は首と腰を痛めかけた。首の骨がボキボキと鳴った時は死ぬかと思った。

 

 妖夢を砂利の上に立たせたら、直ぐ様砂利を妖夢の足にまとわりつかせる。これだけでは砂利を払われてしまうので、俺が創造『 弾幕ノ時雨・狂(レインバレット)』を使う事で阻止する。妖夢が刀の対処をしている間に叶夢は仕込みを済ませ、砂利を()()()()()()()()。妖夢が砂利を払おうとしても、砂利の位置を固定しているから払えないというわけだ。

 

  弾幕ノ時雨・狂(レインバレット)の第2撃。これは槍による横方向の弾幕だ。これが放たれると同時に俺は妖夢の元へ駆け出す。

 

「私が槍を弾かなかったら祐哉君も当たっていたということですか? 危険な賭けをしましたね」

「貴女なら弾けると信じていました。師匠ですからね」

「そうですか? ふふ、師匠らしいところを見せられたなら良かったです」

 

 妖夢は照れくさそうに微笑んだ。

 

 そもそも、妖夢が攻略できると確信していたからあのスペルカードを使っている。戦闘慣れしていない者に使えば1撃目で殺してしまうだろう。それこそ、黒ひげ危機一髪のように。

 

 如何に妖夢が優れていようと、数十本の槍を払い続けるには体力を消費するはずだ。槍は刀の数倍も重い。それが高速で飛んでくるのだから、弾いて軌道を逸らすには相当なパワーを要するのだ。

 

 疲れていれば、注意力が失われる。あとは妖夢が俺の存在に気がつく前に鞘を奪えばいい。

 

「へぇ、考え尽くされていますね」

「問題は作戦通りに動くことができるのかという事だったんですが、何とか成功しましたね」

「祐哉君の作戦も素晴らしいですが、叶夢君の立ち回りが完璧でしたね」

 

 宴会準備の際、叶夢がテーブルの操作を失敗した事もあり、不安に感じていたが、どうやら大まかな操作なら問題なくできるらしい。

 

「ところで、俺達は自分の刀を使いませんでしたけど、大丈夫ですか?」

「問題無いですよ。できれば使って欲しかったですが、目的は違いますから」

「目的?」

「ええ。二人共、仲がいい様で良かったです」

 

 妖夢はにっこりと笑って言った。

 

今回の鞘取り合戦は俺と叶夢にチームプレイをさせることが目的だったとか。妖夢の前で喧嘩しすぎたらしい。今はもう叶夢のことは嫌いじゃない。ただ、喧嘩を売買するような会話は治る気がしない。

 




ありがとうございました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#62「祐哉はイチャイチャするらしい」

「霊夢霊夢っ!! 可愛い子見つけたの! 飼ってもいい?」

 

 朝から出かけていた霊華が動物を連れて帰ってきた。

 

「その前にどこから連れてきたのよ?」

「人里から神社までの道で会った。この子、私が幻想入りした日にも会ったんだよ」

「どうして同じ犬だってわかるの?」

「声が聞こえるからね」

 

 そういえば霊華には動物の声が聞こえるんだっけ。なるほど、それなら同じ子だということもわかるはずだ。

 

「それと、この子は犬じゃないよ」

「え? じゃあ狼?」

 

 霊華が抱き抱えているのは、フワフワとした白い毛を持った子犬だ。これが犬ではないという。

 

「……へえ。──この子が言うには、()()だって」

「ぬえ? 何処かに同じ奴が居たわね。まさかアンタ、命蓮寺のぬえじゃないでしょうね?」

 

 人里の近くにある命蓮寺によく居る妖怪、封獣ぬえの可能性を考えて大幣を突きつける。ぬえの力は正体をわからなくさせるというもの。

 

「やめてよ霊夢。この子は悪い子じゃないよ? 声と気持ちがわかる私が言うんだから心配ないと思う」

「うーん……まあいいわ。何かやらかしたら退治すればいいもんね」

 

 私がそう言うと、霊華は抱いている小動物に話しかける。

 

「悪いことしたらお仕置きされちゃうって。わかった?」

 

 小動物はこくりと頷いた。もうすっかり懐かれちゃってる。これを引き剥がすのは無駄ね。密会するに決まっている。それなら私も一緒に監視した方が安心だろう。

 

「ペットを飼うんですか?」

 

 狛犬のあうんがひょっこりと出てきた。

 

「2匹目の犬になるわね」

「あう……私はペットじゃないですよぅ」

 

 飼い犬と同じ扱いを受けるのは狛犬としてのプライドが許さないのだろう。私があうんの頭を撫でてやると、彼女は嬉しそうに擦り寄ってきた。

 

 ──その反応はペットでしょ

 

「その子に名前はあるの? 『ぬえ』って呼ぶと昔見た別のぬえを思い出すんだけど」

「『コロ』だよ。私が名付けたの。この子も気に入ってくれたよ」

 

 何よ、最初から飼うつもりだったんじゃない。

 

「餌は? 人間とか言ったら封印するからね?」

「待ってね、聞いてみる。──なんでも食べられるって」

 

 雑食か。見たところ、人型になれない程度の、力の無い妖怪ね。ああもう、どうして博麗神社(ここ)は妖怪が集まるのかしら? 

 

 妖怪の面倒を見たことは何度かある。小人や月兎と言った小動物系の妖怪だ。

 

 ───────────────

 

「はい、今日はここまでにしましょう」

「ありがとうございました!」

 

 今日の修行を終えた俺達は風呂場へ直行する。風呂は大きいので、基本的に俺と叶夢は一緒に風呂に入る。汗を流してのんびりと湯に浸かりつつ話すのが楽しいのだ。

 

 風呂から上がり、濡れた髪を拭きながら廊下を歩いていると何となく博麗神社を思い出した。

 

「たまには博麗神社に行こうかな」

「いいんじゃねーの? 霊華ちゃんとイチャイチャしてこいよ」

「別にイチャイチャはしないけどな?」

「妖夢ーいるかー?」

 

 叶夢は俺の返事を無視して部屋の障子を開ける。

 

「どうしたの?」

「祐哉が霊華ちゃんとイチャイチャしに行くってよ。明日の朝帰るつもりらしいけどいいよな?」

「あらまぁ。楽しんできてね」

「なんか誤解されてそうだけど……楽しんでくるよ」

 

 妖夢の口調が砕けているのは、今がオフだからである。俺達に対して敬語を使うのは修行の時だけである。俺も妖夢に合わせて、修行の時は「師匠」、普段は「妖夢」と呼んでいる。

 

 ───────────────

 

「御免ください」

「ん? あらおかえり。修行は終わったの?」

「とりあえず今日は終わり。たまには帰ろうかなって」

「じゃあ今日はお酒開けちゃおうか」

 

 ──本当にこの人は同世代か? 

 

 友人が久しぶりに帰ってきたことを口実に保存していたお酒を開けようとするとは、俺のおじいちゃんと同じだ。それとも、年齢は関係ないのだろうか。と、どうでも良いことを考えていると、あうんがお茶を用意してくれた。

 

「ありがとう」

「どういたしまして。霊華さんは今お風呂に入っているのでちょっと待ってくださいね」

「そうなんだ。……もしかして、霊華に会いにきたと思ってる?」

「違うんですか?」

「違うの?」

 

 霊夢とあうんは全く同じ反応を返す。……なんか俺、「霊華大好きキャラ」になってないか? どうしてこうなった。

 

『嫌いなんですか?』

『いや……好きだけど……』

『何も間違っていないじゃないですか』

 

 いや、うん。そうだけど違うんだよ。霊華のためなら命をかける人間とか思われてそうだなって。さすがにそんなことは……あれれれれ? 

 

『大好きじゃないですか』

『うっそだろ反論できねぇ……』

 

 アテナとの会話を終わらせ、霊夢達に返事をする。

 

「霊夢にも会いにきたんだけどね」

「私には!?」

 

 あうんが返事によっては泣き出しそうな表情を浮かべている。申し訳ない。

 

「あうんちゃんにも会いにきたよ。魔理沙もいると思ったんだけどいないんだ?」

「さっきまでいたけど今日は帰ったわ」

 

 ふーん。魔理沙が家に帰るなんてあまりないよな。「私だけ仲間外れにしないでくれ」と言ってよく泊まっていたんだけど。

 

「お風呂気持ちよかったね〜」

「クゥン……」

 

 風呂から帰ってきたのか、霊華の声が聞こえる。うわ、なんか緊張してきた。霊華に会いにきたのに緊張してどうすんだ! 

 

『なんだ。やっぱり霊華に会いに来たんじゃないですか』

 

 俺は思わず机に顔を伏せた。その直後に部屋の障子が開かれた。数秒経っても声はない。

 

「えっ!? 神谷君……ですよね?」

「お、おう。久しぶり」

 

 話しかけられてしまったので無視するわけにはいかず、顔を上げる。

 

 ──お風呂あがりの濡れた髪って良いよね。

 

『可哀想に。修行でストレスが溜まっているのですね……』

 

「おかえりなさい! 今日は朝までいますか?」

「うん。結構早くに出ていくけど」

「そうですか。あ、紹介しますね。今日から神社で飼うことになったコロです」

 

 霊華は四足歩行の小動物を抱き上げてこちらに向けた。

 

「えっ、超可愛いじゃん! フワフワな犬だね」

「神谷君は犬に見えますか? 私は猫に見えるんですけど、『ぬえ』という妖怪らしいですよ」

「妖怪を飼って平気なの?」

 

 ぬえといえば原作キャラの封獣ぬえを思い出す。正体を判らなくする程度の能力の持ち主。ぬえという生き物は正体不明の妖怪なのだ。見る者の知識や先入観によって見た目が変わって見えるとか。

 

 つまり、俺は犬に見えるが他の人が見れば違う生き物に見えるということ。実際はキメラのように複数の動物の特徴を持っていたはずだ。

 

「霊夢に許可は貰っています。それにコロはいい子ですから」

 

 霊華が「ね〜」と言ってコロに話しかける。可愛すぎかよ。

 

 ──いいな、霊華に抱きかかえられるとか羨ましいわ。

 

『ついに正体を現しましたか。さては正真正銘の変態ですね?』

『ち、ちがっ!?』

『心の中で思う分にはセーフでしょう。他の人にバレないように気をつけることです』

 

 く、くそう……アテナに弱みを握られまくってる気がする。思考が全部聞かれているとこうなるのか……。

 

「あれ? 俺が幻想入りしたとき見た犬とそっくりだな」

「そうなんですか? 実は私も、幻想郷に来た時に見た猫とそっくりに見えるんです」

 

 そういえば霊華は猫を追いかけていたら幻想郷に入っちゃったんだっけ。へえー、面白いな。

 

「もし同じ個体だとしたら、コロは2人を幻想郷に連れてきたってこと? 大結界を超える力があるってことになるけど……強すぎないかしら?」

 

 霊華とのやり取りをニヤニヤしながら見ていた霊夢が呟いた。

 

 コロが博麗大結界を超えるというのは即ち幻想郷と外の世界を行き来する力を持っているということになる。そんなに力を持っている程強力な妖怪には見えないが……。正体がわからないだけで実は凄い奴なのかな? 

 

「もし2人を連れてきたのなら、2人は運命の出会いを果たしたってことですね!」

「あ、あうんちゃん!? 何言ってるの!?」

「でぃすてぃにーか。感謝だな」

 

 うっとりしながら運命を呟くあうんに対し慌てふためく霊華。俺は霊華と会わせてくれた「運命様」に感謝をする。

 

 ──本当に運命だったら嬉しいなあ

 

 もっとも、霊華は俺のことをなんとも思っていないだろうが。

 

『告白すればいいじゃないですか』

『俺も貴方のことがわかってきました。アテナは面白いものを見たいだけなんじゃないですか!? 』

『7割はその通りですけど、6割は純粋に貴方の幸せを願っていますよ』

『もしもしアテナさん? 10割に収まってないんですがそれは……』

 

「助けてコロ。あうんちゃんが私を虐めるの……」

「キー!」

 

 コロの鳴き声は犬とも猫とも違う、よく分からない物だ。ぬえの鳴き声は正体をわからなくさせる要因の一つなのかもしれない。

 

 霊華に抱かれていたコロは彼女の腕から抜けると、あうんちゃんに飛びかかった。

 

「きゃうん!?」

「待って! コロ! 大丈夫だから、ね?」

 

 あうんちゃんを押し倒したコロはフニフニとした足で踏みつけている。本当に助けてくれるとは思わなかったのだろう、霊華は慌ててコロを止めた。

 

 ──霊夢の目……なるほど、いつ退治してやろうかとタイミングを測っているんだな。

 

「うちのあうんを虐めないでよ?」

「ごめんなさい……。コロ、本当に私を助けてくれようとしたんだね。ありがとう」

 

 ペットの散歩中に起きた乱闘を見ている気分だ。飼い主が相手に文句を言って、謝罪させているところをドラマで見たことがある。今目の前で繰り広げられていることがまさにそれだろう。

 

「俺も何か飼おうかな」

「祐哉も何か出してよ」

「そんな『お前もホケモン出せよ』みたいな言い方されても困る……」

 

 俺が出せるのは使い魔だけだ。だが落ち着いて考えてみろ。狛犬とフワモフボディの犬に混ざってサモトラケのニケという彫像が置かれていたら、それは不気味ではないか? 場違いにも程があるだろう。

 

 俺は世界的に有名な某電気ネズミのぬいぐるみを創造する。

 

「ンピカッチウ」

「すごーい! 喋った!」

 

 いや、ごめんよ霊華。興奮しているところ悪いけど今の鳴き声は俺の裏声だ……。

 

 俺はぬいぐるみを膝の上に乗せて抱き抱える。

 

 ──懐かしいなー。小さい頃は沢山のぬいぐるみに囲まれて寝てたっけ。

 

 大きなぬいぐるみをぎゅっと抱きしめると安心する。

 

「あれ、祐哉。使い魔変えたの?」

「変えてないよ。使い魔出そうか? お喋りもするペットだけどテレポートするし弾幕出すしめちゃくちゃだよ」

「あー、それは白けそうね」

「出す? 出そうか?」

「結構よ」

 

 ──よーし分かった。創造。

 

「どうしてよ! 空気が白けるって言ってるでしょ! 何で出すのよ!」

「うちの可愛い使い魔君になんて酷いことを……! 『結構よ』って言ったじゃん」

「ああもう、要らないって意味よ!」

「分かってますよーだ」

 

 一見すると口喧嘩だが、俺も霊夢も笑顔で言葉のドッジボールを楽しんでいる。お笑いコントのような会話はたまに繰り広げられ、霊華やあうんも笑っている。

 

「ふう。笑ったらお腹空いてきちゃった。そろそろご飯作ろうかな」

 

 今日の夕食当番は霊華らしい。霊華はコロを畳の上に降ろしてエプロンを付けた。

 

「俺も作りたい」

「じゃあ一緒に作りましょうか」

 

 やったぜ。霊華と夕飯を作るぞ。

 

「私達は呑んで待ってようか」

 

 霊夢は何処からか酒を持ってきて、あうんと飲み始めた。

 

 ───────────────

 

「便利な能力ですね」

「便利すぎて自炊スキルは上がらないけどねー」

 

 俺はほうれん草のお浸しを作ることにした。料理を早く作るには、同時進行で効率良く動くことが大事。かまどが3つあるのだが、1つは米を炊くのに使っているため2つしか空きがない。1つをお吸い物を作るために使いたいのでおかずを作るために使える釜戸は1つだ。

 

 これでは、作れる品数が減ってしまう。釜戸の数が限られているのに和食は品数が多い。昔の人はどうしていたのだろうと考えた時閃いた答えがコレである。

 

 ──釜戸増やせば良くね? 

 

『いえ、冷えていても美味しい物を作るのですよ』

 

 真の正解が聞こえたが無視だ。俺は思い付いたことを実践しなければ気が済まない。よって、今行っている奇行の詳細を語りたいと思う! 

 

『変なことをしている自覚はあるんですね』

 

 ──神谷君の3分間クッキング〜! 準備編

 

 まず、台所の端に適当な鉄板と鍋を創造します。この時、腰より少し高い位置に設置すると良いでしょう。

 

 次に、鉄板の下に【加熱機能】を付与した魔法陣を設置します。鍋に水を入れて沸騰するまで待ちましょう。

 

「……博麗さん、俺気づいちゃった」

「どうしたんですか?」

「端からお湯を創造すればいいんじゃない?」

「えー、そんなに急がなくてもいいじゃないですか。折角だしゆっくり楽しみません?」

「なるほど、分かったよ博麗さん。俺が間違っていた。常に最速で提供しろと言われていた時代の俺が前に出ていたようだ」

「バイトですか?」

 

 懐かしいな、飲食店。もう働きたくないよ。

 

「どんな手を使ってでも早く提供しなければならなかったんだ……」

「じゃあ、今日は存分にゆっくり作ってください。肉じゃがを作るのに40分くらいかかりますから」

「分かったよ」

 

 肉じゃがか。楽しみだな。では俺はゆっくりとお浸しを作ろう。

 

 ──とは言ってももう完成したんだけどね。

 

 サッと茹でるだけなので後は水で軽く冷やして切って盛りつければ完成だ。

 

「お待たせしました。シェフの気まぐれお浸しでお待ちのお客様」

「わーい! ツマミだ!」

 

 酒のつまみにもなると聞いて作ってみたが意外と好評のようだ。良かった良かった。

 

「肉じゃが作るの手伝おうか?」

「大丈夫ですよ」

「それじゃ玉子焼きでも作るか」

 

 俺は使い魔君を創造する。

 

「使い魔君、だし巻き玉子の作り方教えて」

「──次に述べる材料を用意してください」

 

 俺は白玉楼の料理担当さんにレシピを貰った。ずっと妖夢が作っているものだと思っていたがそうではなかった。勿論妖夢も料理はできるようで、彼女にも教わってきた。教わったレシピを使い魔に学習させたのだ。俺は覚えきれないからね。

 

「なんか楽しいです。いつも1人で作ってるからかな」

「話しながら作れるからいいよね」

 

 俺も久しぶりに霊華と過ごせて楽しい。修行で疲れた精神が癒されるようだ。

 

 おっと、料理に集中しなければ。卵が焦げてしまう。さあ完成だ。直ぐに提供しよう。

 

「ホイホイお待たせ。だし巻き玉子アルヨ」

「だし巻き玉子は和食よ?」

「──しまった! 何か気分で中国人になってたわ」

「祐哉もお酒飲んでるの? 酔ってるんじゃない?」

「空気に酔ってる。今日は久しぶりに楽しいからね」

 

 さてさて、次は何を作ろうかな? 台所と居間が直ぐ隣だから移動も苦じゃない。どんどん作って提供しよう。

 

 使い魔に学習させた料理目録を確認し、次に何を作ろうか考えていると霊華が話しかけてきた。

 

「修行は大変ですか?」

「想像の10倍はキツい。元々体力が無いからね。博麗さんも修行してるんでしょ? 霊夢はちゃんと教えてくれてる?」

「はい、今は近接戦闘と夢想封印を覚えるために頑張ってますよ」

 

 そっか。霊華も頑張ってるんだな。俺も負けていられないや。

 

「夢想封印かー。博麗さんが使えたら幻想郷のパワーバランス壊れるんじゃね?」

「いやいや、夢想封印を使えたとしても、使い手によって威力が違うんです。妖怪を強制的に封印する技ですが、未熟者が大妖怪を封印することはできないんですよ」

 

 なるほどね。一撃必殺の技が、自分よりレベルの高い相手に対しては効かないのと同じか。

 

「妖怪を封印する、か。……無理しないでね」

「……? 神谷君も、無理して身体を壊さないようにね」

 

 ……伝わってなさそうだな。霊華は妖怪と戦うことを嫌っていたから、封印することに抵抗を持っていると思ったんだけど。

 

 ───────────────

 

 夕食を食べ終え、酒に酔ったせいで熱くなった俺と霊華は縁側に出て風に当たっている。

 

「肉じゃが美味しかった。冥界に持ち帰りたいくらいだ」

「その言い方だと神谷君がお盆で帰ってきた人みたいですね」

「朝ごはんを食べられないのが辛いぜ……」

 

 そう言って酒を啜る。この前の宴会で飲んだお酒はアルコール度数が非常に高いものだったらしい。そりゃベロンベロンに酔うわな。初めて呑むにはキツいものだったようだ。それを証拠に今日の霊華は豹変していない。

 

 ──この前は……ヤバかったな。

 

『ドキドキしました?』

『ドキドキした。ビックリするくらい可愛い子が隣にいるんだよ? ドキドキしないはずがないだろう』

 

「朝早いんでしたっけ」

「うん。5時半に朝食を食べて、6時には階段登りが始まる」

「階段って、白玉楼前の階段ですか? 大変そう……」

「未だに全部登りきったことは無いけどね。それでも相当登っているよ。そろそろ駆け登るかもしれない」

 

 あの階段を駆け登るとか考えたくないけど、慣れた頃には凄い成長してそうだな。

 

「……また帰ってきてくれますか?」

 

 何だか寂しそうに髪を弄りながら訊ねてくる霊華に首肯したあと、どうしたのかと聞いてみる。

 

「神谷君が白玉楼に住んで帰ってこない夢を見たんです」

「ありえない話じゃないな」

「寂しいな……」

「……俺も寂しい」

 

 霊華と一緒にいたい。その為には強くなる必要がある。自分が無力なせいで霊華を失うのが怖い。昔と比べて幻想郷は人間が過ごしやすい環境になったと言うが、十千刺々のような妖怪も沢山いるだろう。そんな妖怪から霊華を守れなければ、一緒にいることだって叶わなくなる。

 

「大丈夫。剣術を極めようとしているわけじゃないからね。ある程度マシになったら戻ってくるつもりだよ」

「約束ですよ? あ、今度は私から泊まりに行こうかな」

「それは楽しみだ。待ってるよ」

 

 そう言うと、霊華は微笑んだ。

 

 ──この子の笑顔さえあれば、俺は頑張れる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#63「アリスのお手伝い」

 剣の修行を始めてから半月ほど経った。始めて間もない頃は日課を終えた頃には地面に倒れ込むほどであったが、体力がついてきたようで、終わった後でも少しは動けるようになった。妖夢達に出かける旨を伝え、俺は白玉楼から出る。階段()()と駆け上りによって足が重たいが飛行には問題ない。懸念されることがあるとすれば、気怠さと眠気で集中力が散漫し、空を飛べなくなることだろう。

 

 今から向かうのは魔法の森にあるアリスの家だ。少し前から彼女との合同研究をしている。夕方に修行が終わると直ぐに風呂に入り、アリスの家に向かう。その後深夜0時まで研究をするのが日課である。

 

 これは初日のお話。

 初日は研究テーマを決めるために話し合い、互いに共通のイメージを作ることにした。話に夢中になり、気がつくと日付が変更していた。俺が慌てて帰ろうとすると、アリスは泊まっていいと言ってくれた。女の子の家に泊まるのは少し落ち着かないので丁重に断ろうとしたが、今から白玉楼に戻っても物音で皆を起こしてしまうと思い、お言葉に甘えることにした。翌日は早めに帰宅しようとしたのだが、泊まった方が長く研究できると言われ、最近はアリスの家で寝泊りするようになった。

 

 年頃の高校生と少なくとも見た目は同世代の女の子が一つ屋根の下で夜を明かすとなれば「あんなこと」や「こんなこと」があってもおかしくないのだが、今のところ心配ない。それはアリスに魅力がないわけではなく、単純に疲労が溜まりすぎて一瞬で眠れるからだ。彼女は人形より美しいと言われる程容姿が良い。性格もいいのでぜひともお付き合いしたい方ではあるが、俺には心に決めた子がいるのだ。気持ちが揺れることはない。

 

 ──やっと着いた。

 

 白玉楼からアリスの家まではそこそこの時間がかかるため、俺は全力で飛行するように心がけている。早く飛べるメリットは殆どないが、体力と飛び続けるための精神力を鍛えられるのだ。

 

 ドアを開けると人形が出迎えてくれる。初めてきた時は侵入者と間違えられて攻撃されそうになったっけ。今ではきちんと俺を認識してくれる。侵入者との区別が付く時点で人形の域を超えていると思う。

 

「こんばんは」

「おかえりなさい」

 

 リビングに入ってアリスに挨拶をする。

 この会話も、もはや恒例となっている。まるでアリスの家が自宅のように感じられて俺は苦笑いを浮かべる。

 

 ──俺の家ってどこなんだろう。

 

「お茶を淹れるわね」

 

 制服のブレザーを脱いで椅子の背もたれに掛けながら「ありがとう」と言う。

 

 ──ていうかこれ、同棲じゃね? 

 

「大分お疲れね。少し仮眠をとっても良いわよ」

「いや、時間は有限だからね。早速始めよう」

 

 契約は1ヶ月間。夕方6時から深夜0時までで、夕食の時間を抜けば1日5時間しか研究に充てられない。一月となると、150時間だ。研究するには少なすぎると思うが、今回の目的は完全自立人形の作成ではなく、知恵と技術の交換なので十分だという。

 

 キッチンから人形がやってきた。人形はティーポットとカップを器用に運んでいる。新しい人形を作っていたアリスは手を止めて、持っている物を置いた。

 

「この数日間でお互いの使い魔事情を知ることができたわね。貴方は使い魔として必要な力を物に込めて生み出すことができる」

「アリスは魔法の糸で人形を操ることはもちろん、命令を与えて半自動的に動かすことができる」

「ええ、今日は私が目標としている完全自律人形について話すわね」

 

 アリスは指先を素早く動かして人形を操って壁際の棚から紙とペンを取らせる。

 

 ほとんど手を動かさずに指先だけで操ってみせるので、人形が勝手に動いているように見える。

 

 俺が人形を操る技術に感動していることに気づいたアリスは微笑んだ後、紅茶を一口飲んでペンを持った。

 

「完全自立人形って言うと難しく聞こえるけど、要は自分で物を考えて動く人形のことなの」

「なるほど。原動力はどうするの? 人形だから食事できないよね」

「魔法の森から得た魔力を想定しているわ」

「人形なのにそんなことできるの?」

「もちろん。自我を持つようになれば身近な物から動力源を得るはずだから」

 

 生き物は皆、自身の命を明日まで繋ぐためにエネルギーを補給する。それが生物の本能なのだ。アリスが言っている事は、非生物であろうと自我を持ち、活動に必要な動力源が無くなれば、森に満ちた魔力を得るようになるということだ。

 

「問題なのはどうやって自我を持たせるかなの」

「使い魔にすれば勝手に動いたりしないの?」

「現状が精一杯ね。貴方の使い魔は厳密に言えば使い魔では無いかもしれない。もっと優れているナニカよ。大体は命令したことしかできないから」

 

 すっかり創造の力に慣れている俺は「そういう物を作ればいい」という頭になっている。さっきから何も思いつかないのだ。

 

 ──どうしたものか

 

「自我を持つ人形……そんな奴がいたような気が……」

「メディスンって子がいるわ」

 

 そう、メディスンである。メディスン・メランコリーという妖怪がいるのだが、元は捨てられた人形で、自我を持つようになって妖怪になったという。

 

「あの子が付喪神なのかは分からないけれど、私が目指している物に1番近いわ」

「でもその場合、人形を捨てなきゃならないのか」

「それだけじゃない。仮に付喪神にするなら、長年愛情を注いでから捨てないといけないの」

「愛情だけを注ぐと?」

「上海や蓬莱のようにある程度は勝手に動けるようになるわ」

 

 つまり、アリスが最も思い入れのある「上海」と「蓬莱」の二つの人形を捨てれば可能性があると。

 

「付喪神には幾つか問題があって、自我を持つにはかなりの時間がかかる事と、人間に恨みを持ちやすいことが挙げられるわ」

「アリスが愛情を注いだ後に捨てた場合、付喪神になった後でアリスを襲いに来る可能性があるね」

 

 人間に使われている「物」には使用者の念が籠ると言う。供養をせずに捨てたりすると、「あんなに大切に使ってくれていたのに、まだ使えるのに、どうして捨てたの?」という悲しい念が長い年月をかけて高まり、自我を持ち出してやがて付喪神となるのだ。

 

「目的は達成しているけど、この手段はとりたくないわ」

 

 アリスって人形を大切にする印象があるけど、弾幕ごっこになると火薬を入れて爆発させたりするんだよね。用途が違うから構わないのかな? 

 

「──分からん。従来のやり方で達成できないという事は、魔法を使うことになるよね。やっぱ俺にできることは無いな」

「そうね。最終的には魔法を作るつもりよ。でも、他の人の考え方に興味があるの」

 

 俺は宴会の時に説明しきれなかった機能を紙にまとめる。

 

「飽くまで俺のやり方だけど、アルゴリズムを教えるね」

「ありがとう」

 

 俺の使い魔の場合、複数の機能を組み合わせることで使い魔としての能力を持たせている。

 

 まず始めに行ったことは、必要な機能を纏めること。「弾幕を放つ」「空を飛べる」といった具合だ。暴走して自分の手を離れることを防ぐために「絶対服従」機能を作り、管理者権限が無ければ弄れないようになっている。簡単に言えば機能にロックをかけて、使い魔が「絶対服従」機能を消せないようにしている。

 

「私の場合は自分で物を考えて動く機能、かしら」

「そうそう、そんな感じ。次はメイン機能を成立させるためのアルゴリズムを作る」

 

「弾幕を放つ」と「空を飛べる」を叶える具体的な手段を考える。

 

「弾幕制御機能」と言っても、何も知らない機械に弾幕を放たせることはできない。弾幕とは何か、弾幕はどうやって生成するのか可能な限り丁寧に考える。

 

 これだけの事を人間が計算するのは厳しい。そこで俺は「人工知能」機能を作った。人工知能の仕組みは知っていたことが幸いしたのか、「人工知能を付与したい」と念じたら完成した。恐らくこの能力は自分なりの理屈が頭の中にあれば付与できるのだ。幻想郷というファンタジー世界の補正が掛かって多少の我儘を叶えてくれると見た。

 

 全てが理にかなっている必要があるのなら、人間は空を飛べないはずだ。理屈で空を飛べるなら、外の世界の人間も空を飛べてもいいはず。

 

「次は付与した「人工知能」を成長させるんだけど……」

「思ったより早くに真似できなくなったわ」

「俺がイメージする魔法はもっと簡単な気がするんだけどな」

「魔法は開発するのが大変なのよ」

「これ以上説明しても仕方ないしやめる?」

「一応聞いておくわ」

 

 大切なのは人工知能を利用できるかどうかではなく、人工知能のノウハウがアリスの魔法開発に役立てばいいのだと理解し、説明を再開する。

 

 人工知能は動物の知能の仕組みを参考に造られたものなので、人工知能は学習を繰り返すことで成長する。目標を設定し、それを達成できるまで学習を繰り返すのだ。

 

「弾幕を生成するためにはエネルギーが必要だ。ここで「エネルギー変換機能」を作る。俺は太陽光からは霊力を。月光や星の光から魔力を得られるようにした」

 

 使い魔にエネルギーを補給させ終わったら、人工知能を用いて「弾幕制御機能」を成長させる。最初は弾を1つ生成するところから始まる。これができたらプログラム通りに弾を打てるようにする。これで弾幕制御機能は完成である。

 

「まあ、こんな風に繰り返していけば使い魔として機能するようになるよ」

「なるほどね。勉強になったわ。ありがとう」

「どういたしまして。人工知能を使いたいなら、ニューロンについて勉強するといいかも。紅魔館の図書館に資料があったよ」

 

 動物の脳の仕組みを理解し、魔法特有の方法で再現すれば恐らく人工知能が造れるだろう。

 

「人工知能についての説明は申し訳ないけど俺からはできない。完全に理解している訳では無いからね」

「ええ、ここまでヒントを貰えば十分よ。後は自分の力で何とかしないとね」

 

 アリスとの同棲生活も今日で終わりになりそうだ。

 

「ずっと拘束するのも申し訳ないし、契約は今日までにしましょうか? 報酬は変わらずで良いわ」

「いや、思ったより何も手伝ってないから、報酬は要らないよ」

「そうはいかないわ。……せめて7割は受け取ってもらいたいわ」

 

 報酬を受け取らせようとする人間を俺は見た事がない。河童のにとりといい、幻想郷の住人はしっかりしていると思う。

 

 ──って事は俺も誰かに対価を払わなければならないな。要らないって言ってくれてるけど、白玉楼の人達に何か返そう。

 

「……分かりました。その報酬は、俺の恩人に使わせてもらいますね」

 

 因みに、紅魔館の人達にはそれぞれが望んだ物を創造した。

 

 咲夜には「軽くて良く切れるナイフ」を、美鈴には「身に付けると全身が温まるマフラー」を、パチュリーには「空気清浄機能を付与した置物」を渡した。

 

 レミリアには「飲み物が美味しくなるグラス」をあげた。どれもこれも曖昧な道具だが、それを付与できてしまうのが創造の能力だ。そして、創造の力の研究に協力してくれたのが彼女達紅魔館の住人だ。可能な限りのベストを尽くして創造した。

 

「今晩はパーティーでも開きましょうか」

「いいね、楽しそうだ」

 

 ───────────────

 

「ごちそうさまでした。前から思ってたけどアリスって料理上手だよね! お店を開けそう」

 

 夕食はグリルチキンとバジルトマトのスープ、パスタという、幻想郷では殆ど見かけない食べ物だった。洋食万歳! レシピを教わったので俺も作れるぞ! 

 

「洋食自体珍しいから美味しく感じるのよ」

「でも、外の世界で食べた物より美味しいと思うよ?」

「本当? それは良かった。また今度ご馳走するわ」

 

 それはとても嬉しい。美味しい物を食べれば元気も出てくる。また明日から修行を頑張れそうだ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#64「祐哉の能力」

 遂に恐れていたことが起きてしまった。今日の朝食がやけに少なかったから嫌な予感はしていたんだ。

 

 修行が始まると直ぐに精神的地獄へ落とされた。

 

「──今日から階段を駆け登りますよ」

 

 ──拝啓、博麗霊華さん。俺は今日で死ぬかもしれません。

 

「そんな絶望的な表情をしないでください。大丈夫。私もやった事がありますが吐くほどキツいです」

「妖夢、『大丈夫』って言葉を辞書で引いてきた方がいい」

「ちょっとちょっと祐哉君? 筆と紙を作って何をしているんですか?」

「遺書の準備を……」

「終わった……俺の墓は冥界にある……」

 

 朝6時。清々しい朝を迎えた筈の俺達の表情は既に真っ青になっていた。俺は遺書を書き始め、叶夢は座り込んで空を見上げ、何かを呟いている。この地獄絵図を作り出した妖夢は困り果てている。だって、駆け上るんだよ? あのとんでもなく長い階段をさ? わかる? 走るんだよ。やる前からわかる。地獄だ。

 

「……分かりました。私も一緒に走りましょう。ですから立ち上がってください」

「まあ、それなら……」

 

 仕方ない。やるしかなければやるだけだ。

 

 ───────────────

 

「うおおおおおお!! 負けるかああああ!!」

「だらァァァァァァ!!」

 

 階段駆け上りの業。何故こんなに叫んでいるのかというと、ゴール地点まで辿り着くのが1番遅い者が腕立て伏せを1000回しなければならないからである。1000ってなんだよ1000って!? 念能力者がやってる修行と同じじゃん! 

 

 階段駆け上りのルール! 

 

 其ノ壱、霊力又はそれに類する力を使ってはならない。

 其ノ弐、空を飛んではならない。

 其の参、他者の妨害行為をした場合は厳しい罰が課せられる。

 其ノ肆、程度の能力を使ってはならない。

 

 以上、階段駆け上りは純粋な身体機能で勝負しなければならない。

 

「叶夢奥義四段跳び!」

 

 叶夢は階段を四段抜きで登り始めた。俺は三段跳びである。

 

「やるじゃあないか。だが、その分体力消費は大きいはずだ! 俺はこのまま三段で確実に行くぜ!」

「ハッ、言ってろ! 勝つのは俺だ」

「その言葉、そっくりそのまま返す!」

 

 因みに妖夢はというと、比べるのも馬鹿らしくなるくらい先に進んでいる。折角だから自分も修行すると言って俺達のノルマの遥か先まで進んでしまった。

 

 少し時間が経って、俺と叶夢の距離は段々縮んでいった。

 

「ハッハッ──どうしたよ叶夢! 疲れたのか?」

「は……くそ……うっせーよ!」

「ゴールは貰ったぜ!」

「ぬぁあああああ!! ちくしょー!」

 

 先にゴール地点に足を付けたのは俺だ。毎日の自主練の成果が出ているな。実は、叶夢との体力差を埋めるために階段駆け上りを1人でやっていたのだ。始めたのは修行を初めてから一週間後だから、1.5ヶ月分のリードがある。

 

 俺達がゴール地点に辿り着いたことに気づいた妖夢は遥か上の段から飛び降りてきた。

 

「お疲れ様です。それじゃ叶夢君。腕立て伏せ1000回どうぞ」

「ひぃぃ!」

 

 ──クソ、負け得ではないか。

 

『マゾヒストでしたか』

『違います。腕立て伏せをやった方が強くなれるに決まっているじゃないですか。夜の筋トレメニューに追加しますわ』

 

 叶夢が腕立て伏せをやりきるまでの間小休憩をとる。

 

 ──普通に凄いな。100回ノンストップでできるのか

 

 俺が休んでいる間にも叶夢は筋トレをしていると思うと焦ってくる。身体機能で優れているのは叶夢の方だ。

 

「祐哉君、鞘取り合戦を覚えていますよね? あの時に思ったのですが、貴方が作る刀は脆すぎます」

「……具体的にいうと、どのくらい脆いですか? 話にならないくらい?」

 

 恐る恐る訊ねると、妖夢は頷いた。

 

「恐らく今の貴方でも自分で作った刀を破壊できます。それ程までに脆いのです」

 

 ──マジか。どうしたら強い刀を作れるんだろう。

 

 もっと気合いを入れて創造すればいいのかな? それとも根本的に何か間違っているのだろうか。

 

「私が刀を渡した理由は、私から見たら丸腰と同じだったからです。近接戦闘にはその刀を使うといいですよ」

「分かりました。ちょっとやり方を変えてみます」

 

 今までは霊力を増やすため、創造できる量を増やしてきた。質を求める時が来たということだ。

 

 ──どうしたらいいんだろう……

 

 創造の能力にお手本は存在しない。それ故に、1人で試行錯誤をして成長しなければならない。ここが創造の能力の難しいところと言えるだろう。

 

 色々試してみるしかないな……。

 

 俺は妖夢に貰った刀を鞘から抜いてじっと眺める。いい修行方法を思いついた。夜寝る前にやろう。

 

 ───────────────

 

「はあ、はあ……夜のノルマはこれで終わりだ。次は能力研究といこうか」

 

 夜の階段駆け上りを済ませた俺はタオルを創造して汗を拭き取る。

 

 なるべく音を立てないように自室に戻って、直ぐに能力の研究を開始する。

 

 朝は早いが、その代わり消灯時間が21時と早いので2、3時間程度の夜更かしなら特に支障はない。修行の疲れで異常な睡魔に襲われているが、眠くない時なんて無いので無理をしてでもやるしかない。

 

 俺は定規と刀を創造し、貰った無銘の刀との比較をする。

 

「厚さ、長さは同じ。見た目もちゃんとそっくりなものに仕上がっているはず」

 

 刀が脆い原因で思いついたこと。それは霊力が薄い可能性だ。霊力で物体を構成しているということは、霊力の密度によって強度が変わると思う。

 

 これを解決するためには、霊力の密度を濃くすればいいのだが、方法がわからない。

 

「漫画の修行法でも試してみようかな」

『別の原作の常識が通じるでしょうか』

「分からないけど、いい方法が思いつかないのだからやるしかないと思います」

 

 無銘の刀を手に取り、あらゆる角度からじっくりと観る。ただ見るのではなく、よく『観る』のだ。創造したい物を観察し、今まで以上に精巧なものを作り上げる。

 

 ──刀を何度も写生しよう。

 

 部屋全体を明るくできる灯りを創造して刀をスケッチする。もう一度よく観て、観た物をそのまま描くように意識する。これを繰り返せば刀の細かいイメージが頭に強く残るはずだ。頭の中のイメージが設計図なのだから、設計図の完成度を上げれば質も上がるのは道理。

 

 1回目のスケッチが終わった。時計を見れば23時を過ぎている。1時間20分くらいかかった。まだまだ他にやりたいことがあるので、今日はこれで終わりにしよう。

 

 さて、次は軍手をつけて刀身に触れてみよう。

 

 ──軍手が分厚過ぎて何もわからんな

 

 仕方ない。手入れが大変だが素手で触れよう。

 

 最初は爪を立ててカンカンと叩いてみる。ふむ。何もわからん。思った以上に難航しそうだ。だがこの程度の苦難は何度も乗り越えた。時間がかかっても良い。必ず達成するぞ。目標は本物の刀に届く強度だ。

 

 次は手の骨で叩いて感触と音を確かめる。

 

 ──普通に骨が金属に当たった音だな。今創造できる『脆い刀』と比較してみても違いが分からない。

 

「そもそも俺が創造した刀は金属なのかな?」

 

 俺は部屋を出て白玉楼の上空に移動する。

 

 ──宙に刀を固定して、もう一本の刀を持って思い切り振る。

 

 刃先と(みね)がぶつかったとき、想像していたよりも甲高い音が響く。屋敷から離れておいて正解だったな。これだけ離れておけば皆を起こす事はないだろう。さてさて、刀の断面を確認しよう。

 

『金属のようですね』

「霊力で作っているから断面は霊力なんだと思っていました」

 

 霊力で刀を造っているのではなく、刀を造るために霊力を使っているという風に捉えてよさそうだ。

 

 前者は刀の成分が100%霊力で構成されていて、後者は刀を造るために必要な素材を創造する際の手数料。

 

 創造する物の大きさによって霊力消費量は増えていくが、これは「より大きな物を生み出すには相応の手数料がかかりますよ」ということだ。

 

 ──『物体を創造する程度の能力』は物体なら何でも創り出せる魔法の様な力

 

 やろうと思えば金を創造(錬成)できるし、魔法陣の様な創造者()でさえも構成物質を知らないものでも造れる。

 

 俺の考えでは、アテナの他に少なくとも二柱の神が俺に憑いている。そして二柱は既に力を貸してくれている。

 

『物体を創造する程度の能力』と『全てを支配する程度の能力』という強すぎる力は人間が持てる代物ではないことが根拠として挙げられる。

 

『正確に表現するなら、能力を貸していると言うべきでしょう。貴方が発動の意思を持ち、持ち主が発動するのです』

「その時、俺の霊力を使っているわけじゃないですよね。俺の霊力はそんなに多くないですし」

『発動の依頼料が発生していますね。貴方が今考えた通りですよ』

 

 なるほど。では、俺は創造する時、何も考えなくてもいいのだろうか。

 

『設計図は必要ですから、貴方は今まで通り集中する必要があります。それと、これは自分の力として認識した方がいいと思いますよ』

「どういうことですか?」

『最近、貴方はよく「どうせ俺の力じゃない」と思っていますね』

 

 創造した物を他の人に渡した時、毎回感謝の言葉を貰う。俺はその度に複雑な気持ちになる。それはアテナが言ったように、創造の力は俺の力ではないからだ。借り物の力を使っている俺に感謝の言葉をもらう資格はない。

 

『やがて創造そのものが疎ましくなるでしょう。とても勿体ないことです』

「……隠し事はできませんね」

『貴方の事はずっと見てきましたからね。性格も、考え方も分かっていますよ』

 

 この力は調べれば調べるほど人外で反則的な能力だとわかっていく。能力に対する理解度に比例して「自分がこの力を持っていていいのか?」という思いが増していくのだ。

 

 数ヶ月前までの俺は力のない普通の人間だった。ある日突然、「君は凄い力を持っている」と言われ、能力発現のために訓練を始めた。発現したての頃はとにかく楽しかった。日常生活でも戦闘でも使え、物に機能を付与できることを知ってからは一層研究が楽しくなった。勿論今も楽しいと思っている。けれど、使えば使うほど不安になっていくのだ。俺にはなんらかの使命があるということは、レミリア や幽々子、紫やアテナを見ていればわかる。皆が必要としているのは神谷祐哉()ではなく、創造と支配の力なのだ。

 

 俺はただの器だ。

 

 俺である必要がない。

 

 俺は役に立てるのだろうか。

 

 使命を全うできるのか。

 

 不安で仕方がない。

 

『私は……貴方だからこそこの力を使いこなせるのだと思いますよ。祐哉は特に分析能力が優れている。事象を分析してそれを活かす力がある。確かに『創造』と『支配』は神の力です。神谷祐哉の能力は『研究』でしょう。──神の私が断言します。これは何に対しても効果を発揮できる強力な能力ですよ』

 

 分析し、活かす力──それが研究。

 

『例えば叶夢に創造と支配の力を与えるとしましょう。彼に使いこなせると思いますか?』

「微塵も思いません」

『そうでしょう。仮に霊夢や魔理沙が持っていたとしても、祐哉程使いこなせないと思いますよ』

 

 アテナは少し間を開けて続けた。

 

『私が考える、貴方が両能力の使用権を得た理由。それは「能力を活かす力がある」からです。貴方は凄い。だからこれからも自信を持ってください。悩みがあれば私が相談に乗ります。私はそのためにいるのですから』

 

 どれだけ強力な力を手に入れても、出鱈目に振るっては本来の力を発揮できない。できること、できないことを調べることはとても大切。特に、支配の能力は慎重に使う必要がある。故に、使い時を見極めることができる者が持つべきだ。

 

「ありがとうございます。何だかスッキリしました」

『それはよかったです』

 

 アテナにはいつも困ったときに相談に乗ってくれる。彼女がいなかったら俺はまだ立ち直れていないだろう。本当にありがたい。

 




ありがとうございました。

元々祐哉本人は無能力者というつもりでしたが、東方における(程度の)能力は自己申告制ですから、得意な事でもいいんですよね。「サッカーをする程度の能力」でも言いわけです。

祐哉は分析した事を活かす能力に優れ、また努力を惜しまないことを総じて『研究する程度の能力』としました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#65「剣に慣れよう」

「さて、これで基本の斬撃は全て教えました。あとはひたすら素振りをして身体で覚えましょう。最初は力を込めず、真っ直ぐ振れるように意識してください」

 

 唐竹、袈裟斬り、右薙、右斬り上げ、逆風(さかかぜ)、左斬り上げ、左薙、逆袈裟(さかげさ)、刺突の9つの斬撃を教わった。次は教わったとおりに使えるよう練習する。因みにこの9つの斬撃を同時に繰り出すと某漫画の技になる。全く同時に9つの斬撃を繰り出すなど不可能だが……9つの刀を創造すれば擬似的に繰り出すことができそうだ。

 

 各斬撃を1000回ずつ素振る。全部合わせて9000回刀を振るので終わった頃には腕が動かないだろう。

 

「祐哉君、剣筋がブレていますよ。ある程度は体幹で補えますから、最優先で鍛えましょう」

「はい!」

 

 刀を実際に振ってみると判るのだが、剣筋が真っ直ぐになるように斬るのは難しい。真っ直ぐに斬ることができなければ、斬れるものも斬れない。あと、腕の振り上げと振り下ろしを交互に続けるのがこんなにしんどいとは思わなかった。唐竹の素振りを50回程して既に疲れてきた。毎日筋トレは欠かしていない。多少は鍛えられているはずなのに全然ダメだ。もっと鍛えなければならない。

 

「必要以上に力を込めないことが大切です」

「はい!」

 

 力を抜いて真っ直ぐに振り下ろせばいいのだろう。頭の中ではわかっているが身体が覚えていない。3回に1回くらいはブレていると指摘される。本当に難しい。何故真っ直ぐ振り下ろせないのか自分でもわからない。理由がわかれば直せるだろうに。

 

 100回の素振りをしても感覚を掴めなかった俺は、目の前に姿見を創造して自身の素振りを見ながらやることにした。

 

「手首で振れば比較的真っ直ぐになりやすい気がする」

 

 手首を使うと剣速も飛躍的に上がる。これは掴んだ! 

 

「手首で振ると痛めますよ。かと言って腕力で振っても無駄に疲れるだけです。ヒントは与えますから考えてみてください」

「じゃあ、仮説を口にしながらやるのでダメだったら教えてください」

 

 俺は素振りの手を止めて考える。手を止めるなと言われそうだが、素振りしながら考えては剣がブレて意味がない。そして、無闇に素振りをしても効率が悪いと考えた結果である。

 

 ──力を入れるタイミングを変えてみようか。

 

 目の前に柔らかい素材でできたサンドバックを2つ作る。サンドバックを横にして宙に浮かせ、終始力を抜いて剣を振るう。

 

 剣速は遅い。しかし真っ直ぐに振り下ろすことはできた。結果は──サンドバックにめり込んだだけで斬ることはできなかった。

 

 次は切っ先がサンドバックに触れる少し前に握る力を強くする。

 

「ふっ!」

 

 速度を意識して振るとサンドバックは両断できた。

 

「力を込めるのは、物体に触れる少し前で十分ということか」

「そうです。強いて言うなら、上段から振り下ろす腕が胸の位置を越したくらいから力を込めます。そうすれば十分加速させることができますよ」

「……剣速が十分に加速する前に間合いに入られたらどうすればいいんですか?」

 

 素朴な疑問を妖夢にぶつける。俺が言ったケースでは大した威力を出せずに斬られてしまうだろう。

 

「あなたの考えは?」

「斬撃を変える、或いは距離をとって体勢を立て直しますかね」

「なんだ、わかっているじゃないですか」

 

 そうなのか? 何かいい方法があると思って尋ねたのに。

 

「上段から瞬時に別の型に切り替えるのってすごく大変ですよね」

「それは修行あるのみですよ。全ての斬撃を満足に振れるようになったら実践稽古をします。その時に訓練しますよ」

 

 そうか。それならまずは素振りを極めないとな! 

 

「上段の構えを取る時、肩を開いてください。肩甲骨が動くのが開けている証です。そこから振り下ろしながら締めます。こうすることで無駄な力を使わずに振ることができますよ」

 

 妖夢の指導を耳に入れて脳内で咀嚼する。聞き取った内容を自分なりに解釈して行動に反映させていく。解釈が違ったり、うまくできていない時は徹底的に直される。間違ったやり方が癖がつく前と修正するのが大変になるからだ。

 

 ノルマの半分が経過した頃には殆ど指摘されなくなった。とはいえ、調子に乗るとブレてしまうのでまだまだだ。段々と剣速も上がってきて、1000回の素振りを終えた時は上出来だと褒められた。「初めてにしては」というコメントがついたが……

 

 ───────────────

 

 9種類、計9000回の素振りを終えた俺たちは予想通り腕が上がらなくなっていた。だが、今刀を握れば無意識に斬撃を繰り出せる自信はある。これだけ刀を振れば嫌でも体が覚えると言うもの。ダメなところは妖夢が徹底的に指摘してくれるので、なんとなくだが感覚を掴めた気がする。修行開始前は無理矢理振っていたので体の余計なところに負担がかかっていたが、今ではだいぶマシになったのではないだろうか。

 

「明日までに腕回復するかね」

「もう腕パンパン……。握力も使うからな、箸すら握れそうにないよ」

「取り敢えず今日はもう刀は使いません。次は妖梨に教わってください」

「やぁ、二人ともお疲れ様」

 

 縁側に腰を下ろしてプルプルと震える腕を押さえていると妖梨が来た。

 

「僕からは霊力の扱い方を教えるよ」

「妖梨は霊力操作に長けています。剣術とはあまり関係ありませんが、学んでおくと役に立つと思います」

「えっと、まず霊力操作って何するんだ?」

 

 叶夢が二人に疑問をぶつける。俺もよくわからないので妖梨の返答を待つ。

 

「そうだね。それを答える前にまず二人の認識を確認したい。君たちにとって霊力とはなんだい?」

「考えたこともないな……弾幕を作るためのエネルギーかな?」

「祐哉は?」

「なくてはならないエネルギーかな。俺は霊力がないと何もできない。創造の能力には多大な霊力を使うからね」

 

 霊力がなければいよいよ唯の人間となるだろう。霊力無しでできることと言えば、今習得中の剣術や空を飛ぶことだろうか。──訂正。「唯の」ではない。ちょっと背伸びした人間だ。

 

「二人は霊力を能力発動や弾幕生成にだけ使っているみたいだね。恐らく、多くの人がそうだと思う。でも実はかなり優れた力なんだよ」

「俺たちは霊力を使いこなせていない……霊力にはまだまだ可能性があるってこと?」

「その通りだよ。身体能力を強化したり、霊力を変形させて武器を作ったり……刀の周りを霊力で覆って切れ味を上げることもできる」

「変形させて武器を作る? 祐哉みたいなことができるってことか?」

 

 嘘だッッッ!! そんなことがあってたまるか……! 

 

「流石にそこまではできないかな。霊力は自分の体から離れると形を維持するのが難しいんだ。その点祐哉の能力は不思議なんだよね。……話を戻そう。僕らでも刀の形を作って斬りかかるくらいはできるよ」

「危ねぇ。一気に萎えそうになった」

 

 俺だけの個性を失いかけた。「お前が得意げにやってること、実は誰にでもできるんだぜ?」と言われたら誰だって衝撃を受けるだろう。

 

「今の君たちは霊力を体から垂れ流している状態なんだけどね、これを纏うことで防御力を上げることができるよ」

 

 ──念能力四大行『纏』かな? 

 

「まずは霊力を感じ取ることから始めようか」

 

 俺と叶夢は禅を組んで瞑想する。目を閉じて徐々に頭の中を空にしていく。素振りの試行錯誤をしていたときはずっと頭を使っていたため何も考えないというのは結構難しい。

 

 身体の周りに霊力の膜があるイメージで霊力の流れを感じ取る。

 

「──分かったかも」

「本当?」

「触れそうで触れない膜みたいなイメージ?」

「まさにそれだね。後は叶夢だな」

 

 意外と簡単にできてしまった。というより、実は既に会得していたのだ。

 

「……俺には全くわからん」

「焦ることは無いよ。むしろ、焦るのは良くない。落ち着いて自分の周りに漂う霊力を捉えるんだ」

 

 ──ふっ! 

 

 少し気合を入れて見ると、俺の身体から漏れる霊力量が増えた。

 

「えっ!? もしかして祐哉は既に霊力を使いこなせたのか?」

「使いこなすって程じゃないけど、ちょっとは使えるかな」

 

 そう言って俺は右手に刀を握り、霊力で刀を包んでみせる。こうすることで刀の切れ味が上がるのだ。この方法は妹紅や刺々と戦った時に使った気がする。

 

「凄いな。自慢じゃないけど僕が幻想郷で一番の使い手だと思っていたんだけど、そんなことはなさそうだね」

「いやいや! 俺が使えるのはこの程度だからね。妖梨の方が使えるんじゃないかな?」

「霊力操作はいつからできるようになった?」

「数ヶ月前かな。創造の能力を使いこなせるように、霊力を自在に使えるように修行したんだよ」

 

 もう少しあやふやな教え方をされたが、霊力を使う為の修行は幻想入りして直ぐに始めた。俺が創造の能力を持っている事を、とある子に教わった後、霊夢に相談した。俺の能力が『発動型』だと予想を立てた霊夢は、霊力について教えてくれたのだ。

 

 因みに程度の能力には『発動型』の他に『技術型』がある。前者は俺の創造や支配、咲夜の時間操作能力等を指す。任意のタイミングで能力を使用するタイプである。また、発動型の多くは霊力や妖力を消費する。

 

 後者は永琳のあらゆる薬を作る能力(技術)、妖夢の剣術を使う能力が挙げられる。魔法使いの能力も技術型だろう。

 

 不老不死や重力無視などは『体質型』と捉えても良さそうだが、これ以上分類する必要も無いのでこの辺で切り上げようと思う。

 

 霊力を感じ取るのに費やした時間は2ヶ月とちょっと。それからは能力の発現の修行をした。能力の内容が分からなかったり、イメージしづらい物だったらもう少し時間がかかっていたかもしれない。

 

「──これか? このブヨブヨした膜が霊力か?」

「そう! 叶夢も分かった?」

「早すぎないか」

「へへっ! 俺ってば天才だからな!」

 

 マジか。俺が2ヶ月かけて習得した内容を一瞬でやってのけたというのか……。凹むわ。

 

「2人とも霊力を感じ取ることができた事だし、次は自在に操れるように訓練しようか。これをマスターすると身体機能を強化できるよ」

「足から霊力を放出すると加速できるよね」

「もしかしてそれもできるの?」

 

 どうだろうか。記憶に残っている限りでは一度しか使っていない。これも十千刺々と戦った時に使った。あの時は命懸けだったから無我夢中で色んな事をしたな。

 

 俺は庭に出て試してみることにする。軽いジョギングをして、成功しそうなタイミングで霊力を放出する。

 

 ──? 

 

「あれ、できないや」

「多分霊力を放出しているんじゃなくて、霊力を込めて地面を蹴っているんだ。勿論それでも加速はできるけど、祐哉の場合はタイミングが合っていないね」

「マジか。練習しなきゃな」

「落ち込むことは無いさ。むしろ、ほっとしたよ! 教えることが無いかと思っちゃったからね」

 

 ──なんか、なんでもできる人と思われてそうだな。

 

 俺はできないやつだと認識してもらいたい。その方が学べる物も多いだろうから。

 

 伸び代はある。斬撃だけでなく、霊力操作も極めて見せるぞ! 

 




ありがとうございました。
理屈の祐哉、感覚の叶夢です。感覚派の方がチート臭いですよね。なんなん?

【魂魄妖梨(こんぱく ようり)】
能力:霊力を操る程度の能力
弾幕を生成する為だけ出なく、身体機能の強化や武器の切れ味を上げるという風に応用して使う能力。分類するなら【技術型】。

霊力操作の天才で、幼少の頃から使っている内に新たな使用法を開発した。彼は霊力を使いこなすことによって妖怪と渡り合う力を得る。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#66「球が撃てない。斬撃が飛ぶ」

こんにちは、祐霊です。

時間は一気に飛んで夏です。あまり時間をすっ飛ばしたくないけど数日で成長できる内容ではないのです。



 修行開始から三ヶ月の時が経過した。文月(ふみづき)──7月──の中旬になり、季節はすっかり夏になっている。幻想郷中に蝉時雨が響き始め、修行を始めた頃は満開に咲いていた桜も、緑一色である。

 

 幻想郷の夏は外の世界程暑くない。例年40℃を超えることが当たり前な世界から来た俺にとって幻想郷の夏はチョロい。平均気温26℃、今年の最高気温は29℃だ。涼しいとは思わないか? 

 

 冥界の夏は更に涼しい。これは恐らく、冥界を漂う幽霊が非常に冷たいからだと思われる。幽霊の身体は冷たく、ずっとそばに居ると凍傷になるらしい。幽霊が肉眼で見える分「お化けが出るかも……」と怯える必要は無いが、この世界では「マジで存在する」ため注意しなければならない。

 

 まあ、涼しいと言ってもそれは外の世界と比べて、の話である。熱いことには変わらない。特に運動をすれば滝のように汗をかき、喉が渇いていくという地獄は回避できない。

 

「あぢぃ……祐哉〜水撒いてくれ」

「こんなクソ暑い中水撒いても意味無くね?」

「春から修行を始めたのは正解でしたね。体力がついてきた頃に炎天下で運動をすればより負荷をかけられます」

 

 三ヶ月の修行で俺たちは大分体力がついた。階段登りの際に身につける重りは俺が10kg、叶夢が13kgである。これは無理をしないで持てる重さだ。これを踊り場4つ分、凡そ4000段、高さにして500m分登る。10セット行うので一日に4万段、5000m分登るのである。

 

 これは登山である。富士山の標高を思い出して欲しい。3776mだ。これを超えてしまっている。実際の山の方が道は険しく、天候が変わりやすいために心身ともに疲労が大きいだろう。だが階段登りもこれはこれで大変だ。休むことができないからだ。そして、平坦な道が存在しないため、疲れやすい。

 

 それに加え、7月から9月中旬までは炎天下での登山となる。皆が想像する500倍はキツいと思う。

 

 素振りの方も幾らかはマシになっただろうか。妖夢に聞いてみなければわからないが……。既に実践稽古を始めていて、刀を振るうのも慣れてきた。9種類の斬撃も、2ヶ月の間に合計54万回剣を振っていれば慣れるのも当然だろう。

 

 実は俺も叶夢も、それぞれ一週間程度腕を痛めたことがある。永琳から絶対安静を命じられた俺達は腕を使わない分体力作りに専念した。階段登り、階段駆け上りの他に、妖梨の教えの下霊力操作の訓練をした。霊力操作の方も中々できるようになったと思う。

 

「素振りのノルマをこなすのも早くなってきましたね。そろそろ新しいことを始めましょうか」

「次は何すんの?」

「弾幕と剣術を合わせた戦い方を身につけてもらいます」

 

 妖夢のように刀から霊力弾を飛ばしたりするのだろうか。いよいよ叶夢も弾幕ごっこデビューという訳だ。

 

「祐哉君は独自の戦い方を身につけていますし、別のことをしますか?」

「折角なのでやります。剣と創造を合わせた戦い方を身につけたいので」

 

 今の戦い方だと、創造は中距離戦闘に向いている。接近戦で創造するとなると単純に刀を創造するくらいしかやったことが無い。斬り合いや殴り合いの最中に、何を何処に創造するか考える余裕が無いからだ。よって、これからは接近戦でも即座に創造できるように練習しようと思う。

 

 ───────────────

 

「霊力を刀に込めて……振ると同時に霊力を離す……! ──だーめだ。できん」

「ラクロスで球を投げる感覚と似ているな。……俺の場合斬撃を飛ばしているだけだけど」

「ラクロスってアレか? ヘンテコなラケットでボールを投げるスポーツか?」

「それそれ」

 

 ラクロスに詳しい人が聞いていたら怒られそうな表現だが、叶夢が言ったことは1ミリも知らない素人の共通認識だろう。

 

 網がついたスティック──ラケットのようなものをスティックと呼ぶらしい──でボールを取り、スティックを振って投げるのだ。

 

「つーことはよ、遠心力で飛ばせばいいのか? ──そりゃ!」

 

 叶夢が刀を振るうと、俺と同じように斬撃を飛ばすことができた。

 

「斬撃を飛ばすことはできたけど弾が作れない……」

「刀に込める霊力を何個かの塊に分けるといいですよ」

 

 妖夢のアドバイスを参考にもう一度挑戦する。

 

 多分弾丸を装填するイメージで霊力を込めていけばいいんだろう。

 

「それ」

 

 ──ダメだ。斬撃が飛ぶ。

 

『霊力を込める量を減らして、少しずつ間隔を空けて撃ってみるのはどうでしょう』

 

「もういっちょ!」

 

 ──いや斬撃ィー! 

 

「難しいようですね。焦らなくていいですよ。そのうちできるようになりますから」

 

 ───────────────

 

 夕食を食べ終え、後は寝るだけとなった俺は、自主練をする為、刀を持って外に出た。

 

「あれ、お前も自主練か?」

「うん。叶夢も納得いかなかったの?」

「ああ、俺も弾幕ごっこデビューしたいからな。早く弾を飛ばせるようになりたいんだ」

 

 叶夢の気持ち、分かるな。俺も幻想郷に来てから弾幕ごっこをしたくて修行した。

 

「祐哉はどうやって弾幕を作ってるんだ?」

「俺は創造しているんだよ。実を言うと、能力を使わないと弾のひとつすら作れない」

「マジ?」

 

 俺は頷きながら刀を鞘から引き抜く。叶夢の隣に立って弾を飛ばす練習をする。

 

「人間なんてそんなもんだろ」

 

 創造の能力が無いと何もできない。弾幕ノ時雨も、スターバーストも使えない。精々空を飛ぶことや斬撃を飛ばすことくらいだ。他の皆のように霊力を球の形にして飛ばすことができないのだ。

 

 俺に弾幕の才能がないのだろう。

 

『貴方は霊力を放出することが苦手なだけですよ。霊力を操作する力は叶夢よりも優れている』

『放出することが苦手なのはこの世界じゃ致命的ですよね』

 

 創造さえあれば霊力を放出する技術はいらない。しかし、借り物の力である以上いつ失うかわからないので、自分の力で弾幕を放てるように練習する必要はあるだろう。

 

 ──刀の中に枝豆を入れるイメージ

 

 刀身に弾丸を込めるように霊力を数個の塊にする。

 

「それっ!」

「お前はいつまで経っても斬撃だな」

「そういう叶夢はどこまで行ったのさ?」

「俺は後もう少しだと思う」

 

 叶夢が刀を振るった。雑ではあるが確かに弾幕を飛ばせている。ただ、今にも消え入りそうな弾なので、もう少し力強く撃つことができれば会得できるかもしれない。

 

「どうやるの?」

「お前や妖夢が言っていた通りにしただけだよ」

 

 やはり理論上このやり方で成功するのだ。

 

「オラっ! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ! オラァッ!!」

「ちょ、おま、落ち着けって! お前よくそんなに斬撃飛ばせるな。すげーよ。なんで弾飛ばせないのか分からないくらいだ」

 

 ヤケクソで刀を振るって飛び出したのは全て斬撃だった。数打ちゃ1個くらい上手くいくと思ったのに! 

 

 遠くの方でドガシャア!! という音が聞こえる。

 

「数もそうだけど、飛ばせる距離も凄いな。俺はあんなに飛ばせないわ」

 

 上手くいかない俺をフォローしてくれているのだろうか。距離や数は修行を続ければ叶夢にもできるようになるだろう。1ができれば10まで伸ばすのは可能。だが、0を1にするのは非常に難しい。

 

 ──直ぐに創造する事を考えてしまうな。

 

 創造に慣れすぎたのかもしれない。その慣れが「俺には創造がある」という考えを生み出し、頭のどこかで「別に弾を作れなくてもいい」と思っているのかも──

 

「──それじゃダメだろ!」

「……俺はこの辺で切り上げるけど、祐哉はどうする?」

「俺はもう少しやるよ。他にやりたいこともあるからね」

「そっか、程々にな」

 

 そう言って叶夢は部屋に戻っていった。

 

 ───────────────

 

 それから3日。叶夢は剣と弾幕を組み合わせた戦い方を身につけつつあった。身につけたと言っても、まだまだ入口に入ったばかりだろうけど。

 

 俺の方は全く進んでいない。

 

 仕方が無いので俺は斬撃飛ばすことを極めることにした。これだけは叶夢に負けない。そう思って取り組んでいる。

 

 球状の弾幕が打てなくても、斬撃で弾幕を構成すれば創造に頼らなくても弾幕ごっこはできる。それか、「弾幕ごっこは女の子の遊び」ということを利用して真剣勝負を挑むのもアリだ。しかし残念ながら女性の妖怪でも人間の身体能力を遥かに凌駕しているはずなので殺し合いになれば負けるのは目に見えている。

 

 今日の修行も終えた俺は休息している。縁側に一人座って無銘の刀を見ていると誰かが廊下に出てきた。

 

 襖が閉められる音がした方を見ると、妖夢と目が合う。まさか縁側に人が座っているとは思わなかったのだろう。妖夢は少し驚いた素振りを見せてからこちらに歩み寄る。

 

「なにしてるの?」

「ぼーっとしていただけだよ」

 

 妖夢は既に風呂を済ませ、浴衣を着ている。浴衣姿の女の子は好きだ。浴衣が作る和の雰囲気が艶かしい。

 

『浮気ですか?』

『あああああああ!! うるさいですよ!? いいじゃん! 可愛いものに可愛いって言うことの何がいけないんですか!』

『良い反応ですね。これだからからかうのは止められないのです!』

 

 妖夢は俺のすぐ隣に腰掛けた。

 

 俺とアテナの会話は外には聞こえていないため、妖夢が事情を知るはずがないのは分かっている。だが、そんなにくっつかれるとまたアテナに弄られてしまうんじゃないかと気が気でない。

 

「結構前にさ、俺が造る刀は脆いって言ってたの覚えてる?」

 

 妖夢は黙って頷いた。

 

「あれからどうすれば本物の刀にも負けない刀が作れるか考えて色々試してるんだけど、上手くいってるのかわからなくて困ってるんだよね」

「そうだったんだ。それなら今から試してみようよ」

 

 妖夢はちょっと待ってて、と言って部屋に戻っていった。

 

 試す、という事は成長具合を見てもらえるということだろうか。

 

「お待たせ。私に向けて刀を投げてくれる? 強度を試すなら、斬ってみるのが一番だからね」

 

 靴を履いて庭に出た妖夢は、部屋から持ってきた楼観剣を背に構えて刀身を引き抜く。

 

 俺は一度目を瞑って設計図の確認をする。

 

 ──造る刀は俺が貰った無銘の刀。

 

 この刀を造る訓練を始めてから2ヶ月。毎日眺め、何千枚も写生し、時には素手で触れてみたりした。

 

 ──集中だ。

 

 今では目を閉じていても完璧にイメージできるようになった。刀身の長さ、自然光の反射具合、触れた時の音、柄を握った時の感触といった、考えられるありったけの要素を思い出す。

 

 ──物体を創造する程度の能力

 

 目を開いて、しっかりと(妖夢)を見据えて創造する。

 

「……発動。これが、今の俺が造れる最高の刀です!」

 

 創造した刀は最高速度で妖夢の元へと放たれた。

 

 妖夢はそれを容易く斬ってみせた。

 

 そこまでは想定内だ。刀は横からの衝撃に弱いのだ。その性質を活かした武器破壊という戦法もある。

 

 俺が妖夢に聞きたいのは、実際に刀工が鍛えた刀と比べて、どの程度脆いのかである。

 

「強度は以前と比べて大分増していました。ですが、まだ渡した刀の方が強いと思います」

「そうですか……」

「とはいえ、最低限の強度はありますから、あまり気にしなくてもいいと思いますよ」

 

 弾幕用の刀に強度は必要ない。何故なら、弾幕ごっこのルール上、球を弾かれることがないからである。

 

「斬り合うために刀を使いたいならその刀を使えばいいですし、創造した刀でも霊力で強化すれば良いんです」

 

 それは分かっているのだが、納得いかないのだ。ちゃんとしたものを造れるようになるまでは妖夢が言ったように使い分けるつもりだ。でも──

 

「俺はもっと上手く創造できるようになりたい。だからこれからも続けますよ」

 

 刀のテストに付き合ってくれた妖夢に礼を言って部屋に戻る。

 

 もっと集中して創造しないとな。夜の特訓を始めようか。




ありがとうございました。霊想録は夏ですから、現実の季節も夏だと思ってしまいます。「陽が沈むのがはやくなったなぁ」とか考えてました。寧ろ遅くなってるんだよなぁ。

さて──球が撃てない!!

祐哉にもできないことがあるんだって? あるんです。人間だもの。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#67「霊華のそっくりさん」

「俺たちいつになったらこの階段を上りきれるのかね」

「5年くらい?」

「重りをつけなければ既に上れると思いますよ。試してみますか? 多分吃驚するほど楽ですよ」

 

 今背負っている重りは十数キロ分。その重りがなければ確かに楽だろう。でもなあ……

 

「仮にそうだとしても、時間の無駄だよな」

「効率悪いよな」

「そうなんです。飽くまでも足腰を鍛える為の階段登りですからね。重りを背負って登りきるなら別ですが──二人とも目を逸らさないでください? 流石にやらせませんから。……まだ」

「聞いたか叶夢。『まだ』って言ったぞ。そのうちやるんだよきっと」

「俺たちの墓は冥界にあるんだ……」

 

 好きだなそのフレーズ。いつも言ってるよな。俺も遺書を書いておこうか。

 

『愛しの霊華にですか』

『…………』

 

 気のせいかな? アテナの声が聞こえた気がする。まあいいや。

 

「ん? おい、祐哉。アレって霊華ちゃんじゃね?」

「うっせぇなぁ! お前まで俺をからかうんか?」

「は? からかうも何もどう見たってそうだろ」

 

 叶夢が指差す方をキレ気味に見ると確かに青い巫女服を着た女の子がこちらに向かってきていた。

 

 ──どうしたんだろ? 

 

「こんにちは」

「よお霊華ちゃん! 祐哉に会いに来たのか?」

 

 叶夢に問われた霊華が頷いた。

 

「……元気?」

「ええ。神谷君は?」

「俺は元気だよ」

 

 俺はじっと霊華を見つめる。

 

『惚れ直しましたか?』

『ちょっと黙って貰えますか? 何となくいつもと様子が違うような気がするんですよね』

 

 振る舞いが違うのかな? うーん。

 

「コロは元気?」

「はい。今は霊夢が面倒を見てくれていますよ」

「そっか。博麗さんは犬に見えるんだっけ」

「そうですね」

 

 ──馬鹿め、引っかかったな

 

「なあ霊夢」

「なに? ──あっ!」

「やっぱり霊夢か。何か変だと思ったんだ」

 

 傍で見ていた叶夢と妖夢は理解するのに時間がかかったようだが、今目の前にいる青い巫女服を着た女の子は()()だ。

 

「どうして分かったの? 私達ですら違いが分からないのに……」

「霊華からはコロは猫に見えたはずだからね。後は……雰囲気かな? 正直たまたま当たっただけな気がする」

 

 何となく強そうな雰囲気を感じたのだ。筋肉の締まり方とかかな。違いが分かるほど観察したことないし、素人に判別できるとは思えないけどね。

 

 俺は何故霊華の服を着てきたのか霊夢に問う。

 

「この前、私と霊華とペット2匹でお風呂に入ったんだけどね。コロとあうんは裸でも私達を見分けられることがわかったの」

「それは凄いな。飼い主特有の匂いでもあるのかな?」

「お、カンが冴えてるわね。……それでね、服を着ていなくても見分けられるなら、服を入れ替えても分かるんじゃないかと思って試したのよ。どうなったと思う?」

 

 その様子だと見分けられたのかな?

 

「見分けられなかったわ」

「……嗅覚というものがありながら視覚情報に惑わされたか。愚かな……」

「まあ落ち着いて聞いてよ。実は私達が交換した服はお風呂に入る前に着ていたものだったのよ」

「なるほど! やっぱり嗅覚か!」

 

 紅白巫女服には霊夢の匂いが、青白巫女服には霊華の匂いが付いている。服を入れ替えて着たということは、2人から両方の匂いがするはずだ。

 

 だから混乱したのだ。

 

「犬の嗅覚ってもっと賢いんだと思ってた」

「こんな物じゃない? ……それでね、祐哉は引っかかるかなって話になったの」

「ほほう。つまり俺は犬を超えたということだな? 同じにしてもらっちゃあ困りますよ」

 

 優れた嗅覚だけを使う犬に対して、

 視覚と経験と推論力を使えばそりゃ勝てるわな。

 

「で、2人は俺が当てると思った? 外すと思った?」

「私も霊華も外すと思っていたわ」

「魔理沙にも試してみようよ」

「いいわね! 暇だしやってこよ」

 

 霊夢は「じゃあねっ!」と言って帰って行った。

 

 何故か呆けた顔をしている叶夢が話しかけてくる。

 

「あの巫女さんは何しに来たんだ?」

「俺を試しに来たんじゃないの?」

「それだけ?」

「多分」

 

 まあ、霊夢がそれだけの為にわざわざ白玉楼まで来たのだから、珍しいとは思うが。

 

「祐哉君に会いに来たんじゃないですかね」

「そうなんですかね。それなら嬉しいな」

 

 十分休憩したし修行を再開しようとすると名前を呼ばれた。青い巫女服を着た霊夢が戻ってきている。

 

「忘れ物?」

「うん。今日霊華がここに泊まりに行くから宜しく」

 

 またね、と言って帰っていった。

 

「……叶夢」

「ん?」

「気のせいか? 霊華が泊まりに来るって言ってた気がするんだけど」

「良かったな」

「良かったですね」

 

『良かったですね』

 

 叶夢と妖夢とアテナよ。いい加減弄るのを止めてくれないか。

 

「さあ、今日の楽しみはできましたね! 今日は重りをつけて階段駆け登りです。地獄を見せますよ!」

「もう何言ってるのこの人……怖い」

 

 ───────────────

 

「し"ん"し"ゃ"う"よ"ぉ"〜!」

 

 重りを3キロ背負った状態での階段駆け登り。この程度の重りなら大して変わらないと思うだろう。実際、数分は難なく登れた。だが俺たちは20分間ノンストップでかつ一定の速さで登り続けなければならない。勿論霊力を使用していないのだから、これが楽だと思うなら実際にやってみればいい。外の世界でも直ぐに試せる。ほら、一緒にやろうぜ! ほら! 早く重りを背負って外に出るんだよっ!! 

 

『誰に話しかけてるんですか? ああ、遂におかしくなってしまったのですね。可哀想に……』

 

 ───────────────

 

「エイイイイ!! 素振りィー!! 唐竹ェ!! 1! 2! 3! 4! 5──」

「祐哉君はやる気に満ちていますね。叶夢君も頑張って下さい」

「こいつは楽しみがあるからこんなに頑張れるんだよ。俺に楽しみは……無い」

「……頑張ったら頭を撫でてあげましょうか?」

 

 何やら面白そうな話をしているな! 俺も聞きたいけど集中を途切れさせたく無い。後でアテナに聞こう。

 

『私を録画機器みたいに使わないでください』

 

「30! 31! 32! 33! 34! 35!」

「まじで? 期待しちゃうよ? 俺頑張っちゃうよ?」

「それでやる気が出るならいいですよ」

「ヒャッホーウ! ──1! 2! 3! 4!」

 

 刀は真っ直ぐに、刃が向いている方向と同じ向きに力を加える。これができないと刃こぼれしたり最悪折れてしまう。

 

 ───────────────

 

 素振り9000回を終えた後は妖梨と修行をする。

 

 今日からは体に纏う霊力量を増やして身体能力を強化する修行を開始した。これを動きながら行うとすぐに疲れてしまう。そのため持続時間を伸ばす訓練もしている。霊力操作を行うにはかなりの集中力が必要で、1日に長時間の修行ができないのが難点だ。

 

 2時間ほど休憩を取ってからは、足から霊力を放出して跳躍する技術を用いて階段を駆け上る。放出するタイミングを誤ると失速したり、明後日の方向に跳躍してしまうこともしばしばある。

 

「むっず!」

「二人とも中々できないね……」

 

 最早階段を駆け上るどころでは無い。真っ直ぐ狙った方向に跳躍することができない。角度の計算を毎歩するのは疲れる。感覚で覚えるしか無いのだろう。今日1日では習得できそうに無いな。

 

「今日はもうやめて次に行こうか。二人とも、刀を霊力で覆って」

 

 俺たちは妖梨に言われた通り、霊力を纏わせて構える。

 

「その状態を維持して素振りしよう。斬撃を飛ばさないよう、霊力を刀に固定したまま振るんだよ」

 

 ──そろそろキツイな。

 

 キツイといえば階段上りの時点でキツかったのだが、もうまともに霊力を操れなくなってきた。刀身を覆っている霊力量が疎らになっている。

 

「──54! くっ……」

 

 フッと霊力が消えた。遂に霊力が尽きてしまった。根性で捻り出そうとしても足りない。

 

「うん。今日はここまでだね。お疲れ様」

「久しぶりに霊力が空になった……」

「完全に空になると回復が遅いからね。少し分けてあげるよ」

 

 妖梨は膝から崩れ落ちている俺の肩に触れた。すると不思議なことに霊力が体に入り込んできた。

 

「少し楽になった」

「霊力は精神力だからね。ちょっと分けたからマシに感じるんだよ」

「分けられるものだったんだ」

「多分僕にしかできないよ。お姉ちゃんにも教えたけどできないからね」

 

 俺の「MP回復」も他人に分けられるのだろうか。”混ぜるな危険”っぽいから試したことがない。まあ、妖梨にしかできないなら俺は真似しないようにしよう。他人の固有能力をパクる気にはなれない。やらなきゃ誰かが死ぬ状況になったらそうも言ってられないけどね。

 

 今日の修行はこれにて終了。俺と叶夢は木の棒で身体を支えて屋敷へ向かう。妖梨に霊力を分けてもらったとはいえ、なんとか歩ける程度にしか回復していない。風呂で体を癒し、なるべく安静にして回復を待つ必要がある。

 

「御免ください!」

 

 白玉楼の門から声がした。門は空いているので、誰が来たのかはここからでも見える。まあ、姿を見るまでもない。声からして霊華である。俺は霊華に手を振って、入ってくるよう促す。

 

 棒の先端に顎を乗せながら彼女が来るのを待つ。

 

 ──歩くの早いな。それに何だかオーラを感じる。

 

 強くなったんだろうなぁ。

 

「こんばんは」

「こんばんは。今度こそ博麗さん本人かな?」

「そうです。違いが分かったみたいですね! 凄いなぁ」

「祐哉は霊華ちゃんが泊まりに来るって聞いて修行頑張ってたんだよ」

 

 止めろ叶夢。余計なことを言うんじゃあない。

 

「お前は妖夢に頭を撫でてもらう為に頑張ってたんだろ?」

「う、うるせぇ! あんなの冗談に決まってんだろ」

 

 なんだ、冗談だったのか。面白くなると思ったのに。

 

「さあ、中に入って。俺達はゆっくり歩くから……」

 

 そう言って歩き始める。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫。ちょっと全身がボロボロなだけだから」

 

 霊華の為に用意された部屋まで案内して、暫く待機しているようお願いした。俺は汗を流すため風呂場へ向かう。

 

 ───────────────

 

 湯に浸かりながら考え事に耽ける。叶夢は一足早く上がったので風呂場には俺しかいない。

 

 ──この数ヶ月でMP回復の貯蓄はそれなりに溜まった。

 

 MP回復とは、竹林異変の時、十千刺々との戦いで使った霊力回復である。

 

 毎日寝る前に、余った霊力を貯蓄しておいて、任意のタイミングで貯蓄を崩す。銀行から口座に預けたお金を引き下ろすのと同じ仕組みだ。

 

 今の貯蓄は、一度だけなら霊力が無い状態からMAXにできる程度。

 

 ──あの能力を使う時のために残しておかないとなぁ

 

()()()()とは、『全てを支配する程度の能力』のことだ。使用する時に膨大な量の霊力を消費するから、戦いの最中で使う場合、途中で力尽きてしまう可能性がある。そこでMP回復を使うことでリスクを軽減するのだ。

 

 支配の能力の扱いは難しい。支配する規模を誤れば代償が霊力だけでは足りず、何かを失うかもしれない。実際、霊華を助けるために使った時は霊力が足りずに内臓を痛めている。

 

 ──もしも脳とか心臓が破裂したら死ぬ

 

 どのくらいの規模なら霊力消費だけで済むのか検証しようにも、危険すぎる。

 

『あの能力のトリガーは並の思いでは引けませんよ。文字通り命を賭けるような気持ちで発動の意志を持たなければ使えません』

『詳しいですね』

『話していませんでしたっけ? ()()()は情報交換をしています。能力についても、多少は知っているのですよ』

『へえ』

 

 この能力は生半可な気持ちでは使えないらしい。この能力だけは研究できそうにない。

 

『あの能力に頼らなくてもいいように頑張りましょう。創造の力の扱いも上達していますから、問題ないと思いますよ』

 

 確かに、創造の力があれば支配の力は要らない気がする。

 

 ──本当に、何で俺がチート能力を持っているんだろう。

 

 こんなことを考えて悩むのだから、自分は俺TUEEEE系の主人公に向いてないなと思い苦笑する。

 

「いけない。長くお湯に浸かりすぎたな」

 

霊華を待たせているしそろそろ出よう。




ありがとうございました。

明日休みだったのに出勤しなければなりません。
感情がなくなりつつあるので一旦毎日投稿をお休みさせていただきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#68「霊華が会いにきてくれた!!」

どうも、祐霊です。
お待たせしました。サブタイトルからもめちゃくちゃ嬉しそうな様子が伝わるでしょうか。

楽しんでいってください




「いやーさっきは情けないところを見せちゃったね」

 

 風呂から上がった俺は夕食までまだ時間があるので、霊華と時間を過ごすことにした。二人の再会を祝うように蝉時雨が響いている。

 

 暑いので障子は開け放っているが、一つの部屋にふたりきり。背丈が低く、四角いテーブルを挟んで対面するように座っている。

 

 ここ白玉楼は冥界にあるのだが、ここで鳴いている蝉は皆生きているのか問うたことがある。妖夢曰く、ここに居る大半のものは霊、即ち亡き者らしい。

 

 死んでいる蝉は夏になると本能的に鳴き出す仕組みなのだ。

 

 そんな訳で冥界でも夏の風物詩を拝むことは可能だ。

 

「想像以上に大変そうですね。私に構わず休んでくださいね」

「ありがとう。……俺の墓はここにあると思いながら修行しているよ。あと、生まれて初めて遺書を書いた」

「えっ!? 書かされたんですか?」

「いや、書きたくなったから書いた」

 

 流石に弟子に遺書を書かせる師匠はいないんじゃないかな。

 

「死んじゃう前に休んでください。1年に1週間くらいしか会えないなんて嫌ですからね?」

「そっか、お盆で帰れるのか。そうしたら今より長く一緒に居られるね」

「居られるけど……修行で死んじゃったら本末転倒じゃないですか?」

 

 ──確かに! 

 

 強くなる為に修行しているのに修行で死ぬのか。階段駆け上りとかで死ぬことは無いと思うけど、真剣同士で稽古する事もあるから、死ななくとも五体不満足になる可能性がある。思ったより深く斬られて再起不能とかね。

 

 そうなったら「俺はそこまでの奴だったんだ」と言って強がるしかない。

 

 突然激しい音が聞こえた。大量の水を地面に叩きつけるような音だ。庭を覗くと雨が降っていた。この強さと唐突に来る感じからして夕立だろう。

 

「幻想郷って夕立が多いですよね」

「懐かしいよね。小学校低学年の夏休みは毎日夕立だったな。でもここ十数年は夕立というものに遭遇していない」

 

 幻想郷に来て初めての夏。夏だと実感するようになってから数日しか経っていないが、今のところ夕立が降らなかった日の方が少ないだろう。妖夢の話では、文月(7月)下旬から葉月(8月)のひと月ちょっとの期間で、4割から5割は降るそうだ。

 

「『バケツをひっくり返したような雨』とはこういう事だよね。今外に出れば風呂に入る手間が省けそうだ」

「雨って実は綺麗じゃないんですよ。塵とか入っているし」

「なんとなく身体が臭くなりそうだね」

 

 等と他愛のない話をしている内に、遠くから重たい物を落とした様な鈍い音が聞こえてくる。音がした方を探ろうと席を立つ。

 

 否、立つことはできなかった。霊華に浴衣の袖を掴まれているからだ。

 

「か、かみなり……」

 

 再び鈍い音が響いた。今度の音は近く、大きい。確かにこれは雷の音だ。雷鳴の間隔は短くなっていき、どんどん近づいていることが分かる。

 

 霊華は俺の袖をキュッと握っている。俯いているため表情は見えないが、身体が硬直している様子。

 

「博麗さん、もしかして雷が──」

 

 怖いの? と聞こうとした時、耳をつんざくような大きな雷鳴が轟いた。突然のことに全身の筋肉が硬直する。弾幕ごっこの際に使うレーザーよりも大きな音を聞いて脈が上がる。

 

 霊華は雷鳴が轟いた時俺にしがみついてきた。今もまだ力強く抱きしめられている。泣いているのか、呻き声が聞こえる。

 

「大丈夫。ここにいれば安全だからね」

 

 霊華は俺の声に反応を示さない。相当怖いのだろう。何かトラウマがあるのかもしれない。

 

「障子を閉めたいんだけど、ちょっとだけ待っててくれる?」

「私も行く……」

 

 顔を上げた霊華は泣いてはいなかったが、今にも泣きそうだった。俺は無意識に彼女の頭を撫でて、ゆっくり立ち上がる。まるで足に力が入っていない彼女の腕を引っ張って立たせ、部屋の障子を閉める。たかが紙ペラ1枚を挟むだけなので防音性など皆無に等しいが、気休めになればいい。

 

 霊華は、俺の腕を絶対に離さないとばかりに強く抱いている。そんな彼女を連れて襖を開けると掛け布団を取り出す。

 

 部屋の奥の隅に腰を下ろし、二人で掛け布団を頭から被る。身を縮まらせることによって何とか全身を覆って雷鳴を聞こえにくくする。

 

 隣で震えている霊華を抱き寄せてもう一度頭を撫でる。上から下へ、髪の流れに逆らわず、ゆっくりと撫でる。俺が小さかった頃に母親にしてもらったようにすれば、不安も和らぐだろう。

 

「大丈夫だよ。すぐに落ち着くからね」

 

 霊華はコクリと頷いた。強ばっていた身体が少し落ち着き始めたその時、再び雷鳴が轟いた。掛け布団を被っているにも拘らず、先程よりも大きな音。あまりの衝撃で建物が揺れている。近くに雷が落ちたのかもしれない。

 

 ──この辺で落ちるとしたら西行妖だろうか。後で燃えていないか確認しないと。

 

 身体が密着している状態故、霊華の激しい鼓動が伝わってくる。

 

 今の俺に霊力があれば防音性の高い耳栓を造ってあげられるのに。今はそれだけの霊力が残っていない。妖梨に分けてもらったとはいえ、創造の力を使うには霊力が少なすぎる。

 

 だからこうして、隣に居て少しでも安心させられるように行動するしか手がない。

 

 ──もしも……もしもこんな状態で敵襲が来たら俺は霊華を守れない……それではダメじゃないか! 

 

 ──いや、落ち着け。良く考えろ。そういう時の為のMP回復だろ。回復しきるまでの数秒間を凌げばいい。

 

 

 それから数分経って夕立は去った。被っていた掛け布団は膝に掛けられている。

 

「落ち着いてきた?」

「うん……。ありがとう、神谷君」

 

 その口調は珍しい。まだ恐怖が残っているのかもしれない。そう思った俺はもう一度頭を撫でる。

 

「あ、ありがとう。もう、大丈夫ですから──」

「あ、そうなの? 撫でちゃってごめんね」

「いえ、それは良いんです。小さい頃お母さんにしてもらったみたいで安心しました」

 

 役に立てたなら良かった。

 

「私、小さい頃から雷が怖くて仕方ないんです。出かけている途中に雷が鳴って泣きながら家に帰ったことがあるんですけど、それからずっとこの調子なんです」

「確かに、外にいる時の雷は凄く怖いよね。自転車で走っている時に雷が鳴っていてね、近くで雷が落ちた時は死ぬかと思ったよ。そのすぐ後に、真後ろで『ヂッ』って音と火花が見えたんだけど、あれ以来トラウマよ」

 

 俺の場合は中学校時代の話なので、そんなに深い傷にはなっていない。でも、雷が鳴っている時に一人で外を歩くのは嫌だ。

 

 ──安全なところにいる時は寧ろワクワクするんだけどね。

 

「ここ最近毎日雷が鳴っているけど、どうしてるの?」

「霊夢にしがみついています。あの子はあまり動じないので安心するんです。コロも居ますから、何とかなってますよ」

 

 二人で話していると廊下の方から足音が聞こえてくる。この軽い感じは妖夢かな。足音は俺たちがいる部屋の前で止まり、声をかけられた。返事をすると障子が開かれて妖夢が顔を出した。

 

「わ……お楽しみ中ごめんね。もう直ぐお夕食ができるから来てくれる?」

「別に変なことしてないよ??」

「そう? 霊華ちゃんは残念そうにしているように見えるけど……」

 

 妖夢に言われて霊華の顔を見ると、ハッと我に返ったようにキョロキョロと頭を動かし、手をブンブンと震って「そんなことないよ!?」と言う。

 

「まあまあ、ご飯食べた後にでも話せるよ」

 

 うん、と言う霊華を連れて広間に案内する。

 

 ───────────────

 

 夕食を済ませた後も二人で時間を過ごした。ただのんびり寛いでいただけで特別価値のあることはしていないが、彼女との時間は至福そのものだ。そんな時間も終わりを告げようとしている。

 

「眠くなってきました……」

「そろそろ寝ようか。朝食は5:30だから頑張って起きてね」

「はい。じゃあ神谷君、おやすみなさい」

「おやすみ、博麗さん」

 

 霊華の部屋を出て自分の部屋に行き、刀掛けから刀を手に取る。外に出て一気に階段を()()()()()。階段駆け下りは自主練の一つだ。階段を駆け下りると意図してブレーキをかけない限りひたすら加速していく。この修行では極力ブレーキをかけずに加速することで霊力操作を練習することを目的としている。

 

 段々足の動作が追いつかなくなって転んでしまう。このままでは顎からぶつかって大怪我をする。

 

 ──極限まで集中しろ! 前受身を取りながら腕から霊力を放出する! 

 

「ふっ!」

 

 ──よし、使用霊力量を最低限にして続けろ! 

 

 腕から霊力を放出することによって、足で地面を蹴った時と同じように降りることができた。だが一度の成功を喜ぶ時間は無い。下に行くほど溜まっていく運動エネルギーに合わせて放出する霊力量も増やしていく必要がある。量が少ないと体へのダメージは増えて怪我をする。逆に多すぎると高く飛びすぎてしまう。高く飛ぶということは、位置エネルギーを増やすことにほかならない。それは後々運動エネルギーへと変わっていき、着地の際に放出する霊力量が膨大なものになる。

 

 ──ここで気をつけないといけないのは、今の俺は霊力が回復しきれていないということ。

 

 少しでも配分を間違えると霊力が底を尽きて死ぬ可能性すらある。実はこの修行は、繊細な霊力操作力を求められるため今の俺にはまだ早すぎる。

 

 ──しまった! 高く飛びすぎた! 

 

 集中が乱れた時、無駄に多く霊力を使ってしまった。手を打たなければ死ぬ。創造の能力は使えない。俺の身体ひとつで対処しなくてはならないんだ。

 

 ──このまま行けば踊り場で一度着地できる。

 

 聞いたことの無い速さで脈を打っている。耳のすぐ側で心臓が鼓動していると錯覚するほど大きな音を立てて血液を循環させている。走馬灯は見ない。見ている暇があるなら解決策を考えろ! 

 

 俺は必死に宙を泳ぐようにして着地する際のベクトルと、身体の向きを同じにする。これ程溜まったエネルギーを前受身と霊力放出の組み合わせで対処すれば更に加速することだろう。

 

 彼処で着地するには地面に接する面積を広げ、身体全体から霊力を放つ必要がある。ここで使うべき受身は──

 

 ──後ろ受け身! 

 

「アアィィィ!!」

 

 背中から転がるようにして衝撃を緩和し、両手で地面を叩く。勿論この時霊力を放出する。しなければ衝撃が強すぎて潰れてしまう。

 

 ──クソ、もう一回か! 

 

 一回の受け身では衝撃を殺しきれず、止まることができなかった。再び階段へと放り投げられる。だがそれでも7割くらいの衝撃は殺せた。俺は宙に浮いている間に身体を起こして足で地面を踏む。

 

 さっきは転んでしまったため、強引に受身を取りながら駆け下りたが、体勢を立て直すことに成功したので再び足を使って駆け下りている。

 

 一歩一歩集中して、霊力を真っ直ぐに放つ。

 

 ──大丈夫。俺にはできる。

 

 ──できる。

 

 次の踊り場に着いた。このまま次へ行く。

 

 俺は砕けそうな足で踏ん張って地面を蹴る。

 

 足が砕けそうなのは、足を覆う霊力量が少ないせいだ。纏う霊力を増やせ。身体強化をするんだ。集中しろ! 一瞬でも集中を乱せば死だ。

 

 二、三つ目の踊り場を超える頃には感覚を掴んできた。ただ、そろそろ終わりにしないと霊力の方が尽きそうだ。

 

 ──なんだ? いつの間にか減速できるようになっているぞ。

 

 俺は駆け下りる際に放つ霊力の向きを変えることによって減速する技術を得ていた。ついさっきまではこんなに器用に霊力を操れなかった。五、六時間前までは霊力放出の向きがバラバラで階段を駆け上れなかったのに……。

 

 慎重に、身体の霊力を下半身に集めて全力で衝撃に備えながら減速していく。

 

「はぁっ! はぁっ! とま……れたぞ! うぅ……」

 

 遂に完全に止まることができた。減速の意志を持ってから踊り場を一度超えただろうか。もしも瞬時に止まることができたらどんなに凄いだろうか。それができる頃には俺はとても成長しているんだろう。そう考えるとワクワクしてくる。

 

 心臓はまだ忙しく動いている。死と隣合わせの修行をしたからか、五感が冴えている。だから、()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺は息を整えながら帯刀している刀の鍔に触れる。

 

「そこで見ているのは誰だ?」

「へぇ、私の気配に気づくことができるの? 相当成長したのかそれとも今だけかしら……」

 

 俺の問いに何者かが答えた。この声には聞き覚えがある。だか、声主は思い出せない。

 

「姿を現したらどうだ?」

「……慌てないで。あとふた月もすれば嫌でも顔を合わせることになるのだから」

「何言ってやがる」

「その殺気、少しは成長したようね。でもまだまだ。これからも鍛錬なさい」

 

 気配が消えた。一体誰だったんだ。分からなくても推測することなら……いいや、今日はもう疲れた。汗を拭いて屋敷に戻ろう。

 

 ───────────────

 

 久しぶりに会った神谷君はとても疲労していた。私がしている修行とは比べ物にならないほど過酷なものなのだろう。夕方になれば修行が終わり、後の時間は自由時間だと聞いた。この時間でゆっくり休むのだ。本当なら早くに寝て明日に備えるのかもしれない。私は邪魔をしているのではないだろうかと不安になって、それとなく訊ねてみた。神谷君は意外と寝る時間が遅く、更に、私と話せて嬉しいと言ってくれた。

 

 ──神谷君にまた抱きしめられちゃった

 

 あの時はそれどころではなかったけど、今思い返してみると私も中々やっている。袖を掴んだり、抱きついたり……。

 

 どうしよう。思い出したら目が覚めてきちゃった。

 

 私は暗い部屋の中で寝返りをうって目を開ける。

 

「神谷君……」

 

 無意識に彼の名前を呟いていた。それに気づいた私は一人で悶える。

 

 どうして名前を呟いたりしたんだろう。それに、呟いたことに気づいた時なんだか心が落ち着かなくなって暴れてしまった。

 

 神谷君は私の友達。一緒にいると落ち着くし楽しい。でも偶にどうしようもなくドキドキして妙に意識しちゃう。

 

 

 

 

 

 朝起きたら神谷君は部屋にいなかった。もう広間に行っているのかもしれないと思って向かうが、姿は無く、今日彼にあった者は誰もいなかった。皆で手分けをして探したものの見つからず、どこかに出かけているのだろうと結論付けて朝食を食べることになった。

 

 朝食を食べ終わっても彼は戻って来ず、私は散歩がてら白玉楼の庭を見て回っていた。

 

 私は階段を下りている。……あれ? 私はお庭を散歩していたはずなのにいつの間に? 

 

 途轍もなく長い階段を降りているうちに、誰かの姿が見えるようになった。その人は前屈みに倒れていて、頭から──血を流していた。

 

「えっ!?」

 

 心拍数が一気に上がった。あの様子は階段を降りる時に転んで頭を打ったんだ。その出血量からしてもう……

 

 気付くと倒れている人に声をかけていた。

 

「大丈夫ですか? しっかり! ──!」

 

 身体を揺すり、まだ息があるのか確認する為顔を覗き込んだ時、私は泣き叫んでいた。

 

「いや──っ!!」

 

 自分の叫び声を聞いて飛び起きた。目に写った景色は暗闇の部屋の中だった。

 

 ──夢か

 

 心臓は全力疾走した後のように早鐘を打ち、全身から汗を流していた。乱れた息を整えつつ部屋の明かりを付けて押し入れから予備の着替えを取る。

 

 汗で下着も濡れている。私は胸につけた下着を取って浴衣を着る。

 

 ──どうせ寝るだけだし、起きたらつけよう。

 

 私は部屋の明かりを消して部屋を出る。

 

 ──神谷君の部屋ってどこだっけ……

 

 そういえば私は知らない気がする。

 

 ──神谷君の霊力を探そう。

 

 私は霊夢に言われて霊力と妖力の感知能力を鍛えている。長く一緒にいる彼の霊力の質は覚えているから探すことは容易だ。私は壁伝いに手探りで歩きつつ霊力を感知する。

 

 神谷君、どこに居るの? お願い、生きていて……! 階段に行って様子を見に行った方がいいかな? 

 

 ──ダメだ。集中しなきゃ。大丈夫。神谷君は屋敷にいる。もし見つからなかったら階段を見に行けばいい。大丈夫だから、集中して! 

 

 自分を落ち着かせるために深呼吸を繰り返し、捜索を再開する。

 

 少し先に明かりが灯った部屋があることに気づいた。私はその部屋の主なら起きていると思い、神谷君の部屋を尋ねることにする。

 

 ──突然声を掛けたら驚かせちゃうよね

 

 私は忍び歩きを止めて、敢えて音を立てて歩く。部屋の前に着いた私は中の人へ声を掛ける。

 

「あ、あの……すみません」

「……はい?」

 

 数秒後に返事が聞こえた。この声は男の人の声。動揺しすぎて今の一言だけじゃ誰の声か分からなかった。

 

「入ってもいいですか」

「どうぞ」

 

 神谷君であって欲しい。そう思いながら障子を開く。

 

 そっと部屋の中を見ると、座っている男の人が刀を持っていて、信じられない事に刀を舐めていた。私は叫んだ。

 




ありがとうございました。
この「雷が苦手な霊華」を書くのが私の夢でした。

次回、69話「霊華と添い寝」。甘々です。珈琲を持って待っていてください!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#69「霊華と添い寝」

どうも、祐霊です。昨日間違えて2話同時に投稿しました。先にこちらを読んだ人は1つ前を読んでください……

さて、添い寝ですよ! 添い寝ッ!!!!! 

放浪録と霊想録史上最高の甘々になったと思います。楽しんでいってください!


「うわわっビックリした! なんだなんだ?」

 

 いきなり部屋の外から叫び声が聞こえた。心臓に悪すぎる。何だと思ってそちらを見ると、浴衣を着た髪の長い女の子が床にへたり込んでいた。

 

「大丈夫?」

 

 その子の肩に触れようとすると、女の子は震えながら手を払ってきた。

 

 ──何事なんだ。

 

「博麗さん? どうしたの。取り敢えず部屋の中に……」

「うっ……もうやだぁ……」

 

 霊華はどう見ても泣いていた。何で!? どうしたの? 頭の中がクエスチョンマークで充たされていくのが分かる。質問しても答えてくれないし、立たせようとすると手を払ってくるし……何か怯えているように見える。

 

 仕方が無いので俺は黙って彼女の目の前で座り込む。無理矢理部屋に入れるのは良くない。落ち着くのを待とう。

 

 1分くらいで我慢できなくなって声を掛ける。

 

「あ、あの……博麗さん? どうしたの? 何か怖い目にでもあったの? ──分かった。トイレに起きたら幽霊が居て怖くなったんだ?」

「違う……」

 

 霊華はまだ泣いている。……気になっている女の子が泣いているのを見るのは辛い。目の前にいるのだからそっと抱きしめて安心させてあげたい。助けたい。

 

「怖い夢を見たとか?」

 

 そう言うと霊華はコクリと頷いた。そうだったのか。怖い夢を見た時って、心細いよね。わかるよ。真っ暗で静かな部屋にいると気が狂いそうになる。

 

 俺は手を差し伸べて、彼女から手を握ってくれるのを待つ。

 

「部屋に入ろう。大丈夫。もう怖くないよ」

 

 できるだけ優しい声で声を掛けると、霊華は手を握ってくれた。背中に手を添えて彼女を立たせ、部屋に入れる。今度は手を繋いだ状態で歩き、畳に置きっぱなしの刀を納刀して刀掛けに戻す。布団の上に隣合わせで座る。

 

「神谷君……本当に神谷君だよね?」

「うん。俺は神谷祐哉だよ。どんな夢を見たの?」

「良かった……。私、神谷君が……死んじゃう夢をみたの」

「あらやだ。予知夢?」

「止めて!」

 

 オネエ風にボケをかまして落ち着かせようとしたが逆効果だったらしい。霊華はそんな不謹慎なこと言わないで! というように腕を力強く握ってくる。

 

「痛い痛い、折れる! 力強すぎるよ!」

 

 勿論ジョークだ。とはいえ八割くらいは本気で言っている。本気で握っているのかもしれない。折れる。

 

 霊華は俺の腕や肩を軽く叩いている。

 

「本当に良かった……生きてる……」

「良かったらどんな死に方をしたのか教えてくれないかな? 気をつけられるからね」

「多分階段で転んで落ちたんだと思う」

「あ、あーそうか……ははっ、洒落にならないな」

 

 だって俺、ついさっきまで階段駆け下りとかいう無茶をしていたからね。霊華の夢が正夢になる可能性もあったのだ。

 

 ──え、怖っ。

 

 ゾッとしてきた。加速することだけを意識して駆け下りるのは正気じゃないし、転んだときでさえ前受身で回転しながら受身を取り続けたからね。よくあんなことできたな。本当に人間か? 次は失敗するかもしれない。

 

「実は俺、さっき階段を駆け下りてきたんだよ」

「何やってるんですか? どうしてそんなことするの?」

「えっと……修行です。博麗さんの夢の中では失敗したみたいだけど、現実の俺は何とか生きて帰れたんだ。良かった良かった」

「よく、ないよ……夢を見ているって気づかなかったから、私……凄く怖かったんだよ」

 

 落ち着きを取り戻しつつあった彼女はまた泣きそうになる。俺は慌てて霊華の手を握って宥める。

 

「気をつけるから、泣かないで?」

「危険なことしないでね……死んじゃ嫌だよう」

 

 死ぬ気はないけど、階段から転落死は普通に有り得る話なので注意しないとな。霊華を守れる力を手に入れるための修行で命を落としてしまっては未練を残して亡霊になってしまう。

 

 少しずつ話題をずらして、夢の事を忘れさせていく。完全に落ち着いた霊華に部屋まで送ると言うと驚く様なことを言われる。

 

「一緒に寝てくれませんか」

「ふぁっ!? で、でも……それは色々不味いのでは?」

「神谷君が死んじゃう方が不味いです。……また怖い夢を見そうで心細いんです」

 

 いや、その、一応俺たちは年頃の男と女ですよ。あまり無防備でいられると俺が困る。もっと警戒して欲しいものだ。そうでなければ危険から守るのも難しくなる。

 

「妖夢と寝たらいいんじゃない?」

「神谷君がいいんです」

「俺は全然構わないというか……むしろ寝たいけど……本当に良いんだね? 朝になって『変態!』とか言って叫ばないでね?」

「そんなことしません」

 

 早く寝よう、と言って霊華は布団に潜り込む。俺は部屋の明かりを消して布団に近づく。

 

「本当に同じ布団で寝るの?」

「そうじゃなきゃ意味無いもん。早く来て?」

「……失礼します」

 

 これ、俺の布団なんだけどなあと思いながら布団に入り込む。その時、布団だと思って手を置いたところに不自然に柔らかい物体があった。

 

「やんっ……神谷君のえっち……」

「えっえっ!? ごめんなさいそんなつもりじゃ! 全然見えなくて……」

 

 何? 俺はどこを触ってしまったんだ。慌てて手を離したから分からん。

 

 何とか寝転がって落ち着くと、霊華が擦り寄ってきた。

 

「そんなに近づいたら汗かくよ」

「でも近づかないとお布団から出ちゃうもん……」

 

 暗がりの中僅かに見える霊華はニコニコと笑っている。さっきまで泣いていたのに、表情が豊かな子だな。

 

「……あの……神谷君って……好きな子とかいるんですか?」

「ええ!? えらく急だね。どうしたの?」

「お泊まりと言えば恋バナですよ。それで、どうなんですか?」

 

 お泊まりといえば枕投げの間違いじゃなくて? と思いつつも、女の子と恋バナをするのも面白そうなので真剣に考えてみることにした。

 

「いるよ」

「そうだったんですか!? 因みに、誰ですか? 幻想郷の人?」

「まあ待ちなよ。次は俺の番だ。博麗さんに好きな人はいるの?」

「え? 私? えっと……」

 

 質問されると思っていなかったのか、霊華は狼狽えてみせる。いけませんなあ。自分から話を振ったのだから、聞き返されるのも自然なことだろうに。

 

「いないですよ??」

「嘘をついちゃダメだよ。俺だって恥ずかしいのに本当のことを言ったんだから」

「うう、ごめんなさい。……いますよ、好きな人」

 

 霊華に好きな人がいる。そうわかった時、胸が傷んだ。締め付けられるように苦しくなった。霊華は誰が好きなんだろう……。

 

「今度は私の番。誰が好きなんですか?」

「黙秘権を使います」

「幻想郷にそれは通用しません。吐いてください」

「んな横暴な!? やだよ。何されたって言わない。当ててみてよ」

「んー、じゃあ、霊夢はどうですか」

 

 あれ? 言ってなかったっけ。霊夢は好きだけど、それは推し的な意味であって恋愛対象では無い。……ああ、それを言ったのは早苗だったか。宴会の時聞かれたっけ。あれからもう数ヶ月経つんだなぁ。

 

「違うよ」

「微妙に間を空けましたね。本当はそうなんでしょ?」

「いや、違う。霊夢は推しだからね。幸せになってくれたら嬉しいけど、隣に居るのは俺ではない。まあ、信じるか信じないかはあなた次第」

 

 結構上手い返しではないだろうか。霊華の疑問は解消するどころか増えた。

 

「次は俺。んーと、人里で知り合った殿方かな」

「へ?」

 

 霊華は素っ頓狂な声を出した。的外れだっただろうか。

 

「どうしたの?」

「いや、ちょっとビックリしました。全然違いますよ。人里で知り合った男性って八百屋のおじいさんとか精肉店のおじさんくらいですよ」

「んな馬鹿な! もっとこう……モテてもいいんじゃないの?」

 

 俺は人里で若い男二人が青い巫女について話していたのを聞いたことがある。容姿を褒めていて、声を掛けたがっていたので俺は彼らの足元に撒菱(まきびし)を創造しておいた。

 

『どうしてですか』

『なんか……あの人に取られたくなかった』

 

 取るだなんて、まるで所有物みたいな言い方になってしまったが、なんて言うのかね、独占欲が湧いてしまう。

 

『いいですね、そういう人間らしいところ。青春ですね』

 

 霊華は人里でも人気なんだけどなあ。

 

「ああ、でも何人かに声をかけられたことがありますよ」

「それってナンパってこと?」

「そんな感じですね。全部断りましたけど、15人くらいに言われています」

「モテるじゃん」

 

 よし、そいつらに釘を刺しに行こうか。文字通り『釘』を『刺』しになぁ! 

 

『やめなさい。嫌なら早く告白すればいいのです。この様子では知らない内に交際していますよ』

『嫌だ……嫌だよ……』

 

 告白する勇気がない。一緒に住んでいるのに告白して振られたらどうするんだ? 気まずいにも程がある。

 

『何度もアタックすればいいじゃないですか』

『高校の時、一回目で嫌われたことあるんですけど……それがトラウマなんです』

 

 嫌われて距離を置かれてしまった。あれは辛い。そんなことになるくらいなら今の距離感でいい。

 

「あの人達、誰でもいいんじゃないかなって。私である必要が無いんですよ。そういうの、嫌ですから。別にモテるわけじゃないんです」

「苦労してるんだね……」

「さあ、次は私ですよ。うーん、魔理沙は違う感じがするから……早苗はどうですか?」

 

 何故魔理沙が違うんだ? 可哀想じゃないか? 気になって尋ねると、

 

「魔理沙と話している時の神谷君って楽しそうにしてますけど、親友って感じがするんですよ」

「よく分かってるね。……早苗か。可愛いよね」

「やっぱり早苗が好きなんですか?」

「好きだけど推しよりの『好き』なんだよね。霊夢と同じだよ」

 

 霊華は困った顔をしている。ふふん、謎が増えて混乱しているんだな。

 

「人里の人じゃないなら俺が知っているのは叶夢と妖梨しかいないんだけど」

「その中にはいませんね。これ以上は内緒です」

「じゃあ博麗さんも次で最後ね。慎重に質問を考えて」

 

 俺がそう言うと霊華は真剣に考え始めた。「うーん」だの「待ってね」だの呟きながら考える様子を見て笑みが溢れる。俺の様子をよく観察すれば分かりそうなものだけどな。

 

「じゃあ聞きます。神谷君の好きな人、今日は会いましたか?」

「……なるほど。会ったよ」

 

 なるほどなるほど。これで俺の好きな人候補は霊夢、霊華、妖夢の3人に絞れた訳だ。中々上手い。俺が知り合った女性は紅魔館や永遠亭を考えると相当な人数いるから、一気に絞れるこの質問は正解と言えるだろう。

 

「じゃあ妖夢ちゃんだ」

「これ以上の質問は受け付けないよ。……叶夢の好きな人が妖夢だと思ってる」

「三角関係……?」

「まあ、そう思うのは自由だよ」

 

 話が一段落付いて互いに沈黙する。しばらく経って霊華は口を開く。

 

「そっか……好きな人がいたんだね……」

「意外だった?」

「うん。ずっと修行しているイメージがあるから、そういうの興味ないのかと思ってました」

 

 修行しているのは、君と一緒に居るためだよ。力をつけて、君を守りたいんだ。

 

 ていうか、バレてもおかしくないと思うんですが。でも、相手の好きな人が自分かもしれないって中々考えられないよね。そんなに自信があるなら回りくどいことしないで告白するだろう。

 

 ───────────────

 

 気がついたら添い寝する事になっていた! 誘ったのは私だけど、それは不安だったからで、それ以外のことは考えていなかった。実際に布団に入って初めて事の重大さに気づいたけど、開き直ることにした。神谷君に意識してもらうチャンスだ。

 

「あれ、神谷君。好きな人いるのに私と寝ちゃっていいんですか?」

「どの口が言うんですか。今からでも帰りますか? ここは俺の布団だからね、出て行ってもらおうか」

「ま、待ってください! ごめんなさい。寝させてください」

 

 そう言えばそうだ。私から言っておいて何を言っているんだ。なんなら神谷君は困ってたし……それをお願いして今に至るんだから今の言い方はない。

 

「神谷君は、私の事どう思っているんですか?」

「その質問は狡いねぇ。恋バナは終わったんだよ。2回戦に行ったら互いに心の内をさらけ出すことになるけどいいのか?」

「そういう意味じゃないんです。ねえ神谷くん、今緊張しているのは私だけなの? そんなに余裕そうに話して……私は……女の子として見られてないの?」

 

 何を言ってる。こんな質問、神谷君を困らせるだけだ。ほら、神谷君が驚いてる。この気まずい感じ、どうするの? 

 

 私自身も混乱している。私は神谷君のことが好きなのかどうかハッキリしていない。でも、今日会ってみて、好きなのかもしれないと思った。だけど、自分の気持ちを認めるのが怖い。好きだと思ったら緊張して上手く話せなくなりそう。そんなことになるくらいなら気が付かないふりをしたい。神谷君はどうなんだろう? 

 

 そう考えているうちに私の視界は滲んできた。本当に私は泣いてばかりだ。ここで泣くなんて卑怯だ。泣くな。神谷君を困らせるな。

 

 私の気持ちがぐちゃぐちゃになって苦しんでいると、神谷君は私の手を取って自分の胸に持っていった。

 

「俺も、凄い緊張してるんだよ。平気そうにしていたのは意識したらまともに話せなくなりそうだったから。博麗さんこそ、俺の事どう思っているの? ただの男友達? それならこんなことはやめて欲しい。一緒に寝るなんてするべきじゃない。人を信じすぎちゃったら痛い目に遭うから……何かあってからじゃ遅いんだよ」

 

 神谷君の心臓は私に負けないくらい早く脈打っていた。自分の脈が速すぎてちょっと触れただけでは気づかなかった。

 

 ──神谷君もドキドキしてたんだ

 

 そう思うと嬉しくなった。

 

「ただの友達だったらこんな事しないよ……自分でも分からないの。ごめんね……迷惑だったよね」

「迷惑じゃない! 迷惑じゃないんだよ。ただ……遊ばれているのかと思っていたから……」

 

 神谷君は私が困っていたり、怖くてどうしようもない時、いつも頭を撫でたり抱きしめてくれる。その度に私はドキドキしている。でも、神谷君は全然平気そうな顔をしているんだ。だから私は妹のようにしか思われていないんじゃないかって思う。

 

 そう思われるのは寂しい。私を()()()()()()()()()()()

 

 ──もうこれはどうしたって恋だよね

 

 最早、言い逃れはできない。胸がキュンと締め付けられる。

 

 胸といえば、私下着付けてないんだった! まさかこんな事になるとは。さっき事故で触られた時はびっくりした……。でも神谷君は気づいてなさそう。それならいいや。バレちゃったらちょっと困る。誘っていると思われたら嫌だから。そんな意図はないからね。それにだらしない子だと思われそうで怖い。

 

 かと言って離れるのは嫌。

 

 ──私、我儘だな……

 

「名残惜しいけど、そろそろ寝よう。明日早いからね」

「うん。おやすみ、神谷君」

「おやすみ、()()

 

 ──えっ!! 今私の名前を!? 

 

 何故か私に対してだけ名前で呼んでくれない神谷君が『霊華』って呼んでくれた……。嬉しいなぁ。

 

 私は歓喜のあまり目が覚めてしまった。だと言うのに、神谷君は寝息を立て始めた。目を閉じてスヤスヤと眠っている。可愛いな。

 

 私は彼の背中にそっと腕を回して抱きしめる。心臓がうるさいのは慣れてきた。

 

「おやすみ、神谷君。……好きだよ

 

 私は最後に気持ちを伝えた。神谷君は寝ているから聞こえていないだろう。それで良い。いつかちゃんと()()を伝えられたらいいな。




ありがとうございました!
良かったら感想ください!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#70「霊華と向日葵畑へ」

 妖怪の山の反対方向の奥地にある草原。夏に咲き誇る大量の向日葵がまるで太陽のように見えることから、太陽の畑と名付けられた──。

 

 蝉時雨をBGMに畑を散策する。隣には白いワンピースを着ている霊華がいる。添い寝をした翌日の朝、俺と霊華は他のみんなに弄られた。あれほど騒いだのだから声が聞こえていない方がおかしいよね。

 

 朝、同じ部屋から二人が出てきたので添い寝していた疑惑が生まれ、俺も霊華も否定できずに苦笑いを浮かべていた。否定をしない=(イコール)真。よって、二人は同じ布団で夜を明かした。という構図が全員の頭の中で完成した。

 

 朝食の際には「昨晩はお楽しみでしたね」などと揶揄われる始末。これは流石に否定した。そうでなければ互いの認識に地底まで到達するほど深い溝が生まれてしまう。

 

 一息入れた後に修行を始めようとすると、妖夢から休暇を言い渡された。今まで休暇がなかった俺は非常に驚いた。妖夢はそんな俺に太陽の畑を紹介してくれた。太陽の畑は夏になると沢山の向日葵が咲く場所で、一緒に出かけてみたらどうかと提案してくれたのだ。俺はお言葉に甘えて休みを貰い、霊華を誘ってみた。一緒に向日葵を見に行こうと言うと嬉しそうに頷いてくれた。

 

 霊華のワンピース姿は凄く様になっている。白いレースは清純さを醸し出し、彼女の魅力を引き出している。俺は霊華に日焼け止めと麦わら帽子をプレゼントした。紫外線を100%通さないとか言う化け物性能だ。

 

「わあ……見て神谷君。これ全部向日葵ですよ! すごい!」

 

 視界の端から端まで広がっているヒマワリ畑。立派に育った背の高い黄色い花々に心を躍らせた霊華がこちらに振り向いて、向日葵にも負けないくらい明るい笑顔で話しかけてくる。

 

 ──嗚呼、俺はこの瞬間のために生まれてきたんだな

 

 この瞬間を映像に残したい。もう一生眺めていたいな。

 

「か、可愛いだなんてそんな……」

「──! しまった。口に出してしまった」

「無意識ですか? ……嬉しいな」

 

 うっかり心の声を漏らしてしまったようだが好印象のようで良かった。照れ臭そうにしている霊華も良いな……。

 

 ──ああもう、好きすぎる。大好きだ。

 

 俺は目が眩むほど黄色い向日葵と、隣にいる大好きな女の子を見て癒されている。二人で向日葵畑を歩いて回っていると、霊華が何者かの気配に気付いた。向日葵の隙間から覗き込むと向こうで妖精が集まっていた。

 

「可愛い。あの子たちは日向ぼっこしているのかな」

「気持ちよさそうに寝ているね。それならちょっかい出される心配もなさそうだ」

「私たちも後でお昼寝しませんか」

「いいね。日向ぼっこなんて何年ぶりかな」

 

 持ってきた竹水筒を霊華に渡し、自分の分を取り出して水を飲む。熱中症にならないようにするため、自分用に麦わら帽子を創造する。

 

 今日の俺は制服ではなく、和服を着ている。修行の時はTシャツと半ズボンというスタイルだが、出かける時は基本制服を着る人間だ。そんな俺が何故和服を身に纏っているのかと言うと、制服を着て出発しようとしたところを妖夢と妖梨、叶夢に止められたからである。

 

 叶夢には「霊華ちゃんが可哀想だ」と言われてしまった。妖夢には「霊華ちゃんはお洒落してくると思うから違う服を選んだ方がいいよ」という助言を貰い、妖梨に服を選んでもらった。

 

 俺は言った。「これじゃ人里にいるその辺の人と変わらないじゃないか」と。そうしたら、「制服よりはマシだ」と一蹴された。

 

 俺はファッションセンスを身に付けるべきだと思った。

 

 それから雑談をしながら1時間くらいかけて向日葵畑を一周した。

 

 太陽はまだ昇りきっていない。腹時計によれば10時くらいだろうか。

 

 俺たちは草原の上にレジャーシートを敷いて休んでいる。

 

「幻想郷で咲いている向日葵って、ここだけなんですかね」

「そんなことはないわ。この前里の人間が育てていたのを見たもの」

 

 霊華の問いに返事をしたのは俺ではない。横からやってきた人が会話に入り込んできた。誰だろうかと目をやった瞬間、俺の心拍数は徐々に高まっていった。

 

 そこには、桃色の日傘を差した女性が立っていた。白いブラウスに赤いチェックの上着とスカートを穿いている。胸元には黄色いリボンを付けている大人のお姉さんといった印象を受ける。

 

「こんにちは」

 

 日傘を僅かに後ろへ傾けて笑顔で挨拶をしてくる。この服装に癖のある緑色の髪。どう見てもこの人は──風見幽香(ヤバい人)だ! 

 

「こんにちは」

 

 俺たちは挨拶を返す。霊華は彼女のヤバさに気づいているのだろうか。まあ、喧嘩を売ったり、妙な動きをしなければ攻撃してきたりはしないだろう……多分。

 

 風見幽香は弱い者いじめが好きで、妖精を苛める事がある。また、幻想郷縁起によれば強い力を持つ人間や妖怪に興味を持ち、積極的に戦いを挑むとか……。

 

 ──弱そうなふりをしよう。そうしよう。

 

「貴女も向日葵を見に来たのですか?」

「ええ、夏に咲く花は向日葵だけでは無いけれど、これだけ広大に咲き誇る花を見ることができるのはこの時期だと太陽の畑くらいなの。夏はよくここに来るわ」

 

 俺の質問に真面目に答えてくれた。意外と話が通じる人なのかも? 話をする分には全然構わない。

 

「……あの、もしかして貴女は先日の春の大宴会にいらっしゃいましたか?」

 

 霊華が問う。そういえば居たような気がする。この人は花が好きだから、四季の花を見るために幻想郷のあちこちを回っているらしい。桜の花を見に来たのだろう。あと、案外宴会やパーティーには参加しているっぽい。

 

「行ったわね。幻想郷に来たばかりの人間が2つの異変を解決するのに大きく貢献した祝い……だったかしら。いつもよりも規模が大きかったのよね。あら、貴方達──」

 

 ──不味った! 気づかれたな。

 

「もしかして貴方達がそうなの? もしそうならちょっと興味があるのだけれど」

 

 下手に嘘をつくのは悪手。しかし肯定すれば戦いになるかもしれない。どうしよう。いっそ第二の能力を使ってテレポートするか? 

 

「確かに私達ですけど……」

 

 ダメだ。霊華が何でもかんでも話してしまう。諦めるしかない。

 

「やっぱりそうなの。貴女は霊夢にそっくりね。でも大した力は感じないわ」

「貴女からすれば俺たちの力なんて皆無でしょう。どうして興味を持つのですか?」

 

 全身から、暑さから来るものとは違う汗をかいている。平静を装っているがかなり緊張している。いつ戦いになるか、いつ攻撃されるか警戒する。霊華を守れるように創造の準備もしている。

 

「貴方は違うでしょう? ()()()()君」

 

 君付けされた!! 違和感やべぇ! って、そんなことはどうでもいい。

 

「不思議な感じがするわ。貴方からは複数の力を感じる。人間の力と、神の力……そんなことって有り得るのかしら。現人神という訳では無いでしょうし」

 

 何が言いたいのか冷静に考えつつ続きを待つ。

 

「異変解決に貢献したのは貴方のほうね。力を抑えようとしているのがバレバレよ。それに、私が妖怪であることを察しているのか、(玩具)を握っている」

「……貴女は勘違いをしていますよ。竹林異変を起こした原因は俺たちにある。俺たちの行動に腹を立てた妖怪が異変を起こし、それを食い止めただけのこと。春奇異変に至っては何もしていません。俺たちを過大評価しすぎです」

 

 もう怖いから話を切り上げたい。デートの邪魔をしないでくれ。

 

 風見幽香は日傘をクルクルと回しながら少し思考する。そして、傘を閉じて先端をこちらに向けてきた。

 

「そう。じゃあ──消えなさい」

 

 幽香が傘に力を込める瞬間、俺は霊華に体当たりするようにして身体をずらす。霊華を突き飛ばし、その先に自分が移動して彼女を受け止めて素早く立たせる。

 

 霊華はまだ状況を理解していない。もう少し時間を稼がなければ。

 

 ──焦げ臭い匂いがする。

 

 幽香は何をしたのだろう。よく分からないが初撃を交わすことはできた。

 

「……少なくとも、今の攻撃を躱せる時点で評価に値するのだけど?」

「ああ、そうですか。ありがとうございます。言っておきますけど俺は貴女とは戦いませんよ」

「どうして?」

「今日は久しぶりの休暇だから!! 初めてのデートなんで邪魔しないでもらいたい!!」

「どうでもいいわ。と言っても戦う気のない人間を攻撃してもつまらないわね。──ねえ貴方。私と貴方とでは身体能力が違うことは分かっているかしら? 逃げることは不可能。もし逃げようとすれば大切な女の子は消すわ」

 

 嗚呼、またこのパターンか。

 

「私と戦うならその子に手を出さない」

 

 本当に頭にくる。どうして()()()()()()()()()()()()()()()()!! 皆俺と戦いたいからって霊華を人質にする、いい加減にしろ。俺になんの価値があるって言うんだ! 自分の都合で人を巻き込むな!! 

 

「……いい顔になってきたじゃない。闘る気になった?」

「──ああ、()()()になったよ。もう口を開かなくていい。ルールはスペルカード1枚。制限時間は5分。異論は認めない。この砂時計の砂が全て下に流れた時に開始する」

 

 砂時計を創造して彼女に見せつける。幽香は俺が出した条件を聞いて頷いた。口を開くなと言ったからだろうか、さっき挨拶してきた時の笑顔とは違う、殺意の籠った笑みを浮かべている。

 

 ──その程度で臆するかよ

 

 俺は怒っている。折角のデートを台無しにされたからだ。そして、俺は人質を取られるのが大嫌いだ。

 

 相手の殺意など、それを上回る殺意で相殺すればいい。

 

「神谷君……どうしてこんなことに……」

 

 俺は刀を地面に刺して置き去りにしたまま霊華の手を引いて走る。刀を置いたのは戻ってくるという意思表示だ。

 

「ごめん、本当にごめん! どうしていつもこうなっちゃうだよ! もう嫌だ!」

「また私が人質になってるんですよね……ごめ──」

 

 俺は慌てて霊華の口を塞ぐ。霊華が謝る必要は無いからだ。何故霊華が謝らなければならない。謝罪すべきはあの妖怪の方だ。強さなんて関係ない。生き物として卑劣な行為をしているのは向こうだ! 絶対に痛い目に遭わせてやる!! 

 

「できるだけ離れて見ていて欲しい」

「目を盗んで私が逃げれば神谷君も助かりますか?」

「それはリスクがデカすぎる。こうなったら正々堂々と戦わなくてはならない。ムカつくけど、相手を逆上させたら不利になるのはこっちなんだ。だから見ていて」

 

 霊華はとても不安そうに俺の顔を見てくる。ああ、そんな顔をしないでくれ。君にはずっと笑っていて欲しいんだ。心配なんてしなくていい。大丈夫だ。こういう時の為に俺は修行しているのだから。

 

 俺は霊華の麦わら帽子に手を乗せて、ただ一言残す。

 

「頑張るよ」

「気をつけて……死なないでね……」

 

 余計なことは口にしない。死亡フラグが立ってしまうからだ。

 

 ──気持ちを切り替えろ。幻想郷最強クラスの妖怪との戦闘だ。殺すつもりで挑め。さもなければこっちが死んでしまう。

 

 ──()()

 

「……あと、30数えるくらいか。もういい加減うんざりだよ」

 

 俺は幽香の前に立ち、地面に刺さった刀を抜いて鞘についた汚れを払って深く腰を落とす。刀を何時でも抜けるようにして相手を見据える──()()()()()()

 

 鍔に手をかけ、右手を開いて閉じる。霊力を身に纏って幽香を睨みつける。視線の途中にある砂時計は役目を果たし、消滅した。それと同時に新たな砂時計が現れる。戦いが始まった。

 

「──くらいやがれ!! 我流抜刀術──斬造閃!!」

 

 俺は右足に霊力を纏って地面を蹴りつけ、閃光の如く幽香の元へ跳んだ。

 

 




ありがとうございました!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#71「花妖怪──風見幽香」

 我流抜刀術──斬造閃。

 

 右足で地面を蹴りつけて加速する。霊力を放出することで閃光の如く駆ける。俺の間合いに幽香が入ったときはまだ傘を差している。

 

 俺は刀を振り抜いて幽香の右腹部から左肩に向けて斬り上げる。

 

「……痛いわ。確かに攻撃は避けたはずなのに」

 

 幽香は右肩から()()()()()血を止めるように押さえている。

 

 ──やった。攻撃を当てる事ができた。

 

 俺が斬り付けたのは右腹と左肩を結んだ一直線だ。だが彼女の腹や胸には傷がついておらず、右肩から血を流している。

 

「どうやら俺を舐めすぎていたようだな? 手を抜いていなければ、アンタなら避けるのは容易いはず」

 

 例え()()()()()()()()()()だとしても。

 

 斬造閃は、自分が相手を斬り上げるのと同時に、相手の両脇に刀を創造して斬り付ける、俺にしか使えない抜刀術だ。

 

 避けるなら俺が懐に入り込む前に動かなければならない。俺の間合いに入ったら最後。三方向からの攻撃を対処するのは至難の業と言えるだろう。

 

「ふふ……謝らなければならないわね」

「人質に取ったことを、か?」

「いいえ、舐めていたことに対してよ。もう少し期待できそうね」

 

 幽香は右肩から手を離した。すると、傷が無くなっていた。妖怪の再生速度は凄まじい。そんなに早く細胞分裂したら老化が進むはずだけど、妖怪に人間の常識は通じないのだろう。

 

「アンタを倒すにはどうすればいい?」

「そうね、私が舐めている内に首を刎ねて刻めばいいと思うわ」

 

 ──そんなことできるわけない。

 

 最も俺を舐めていた時に放った斬造閃が一つしか当たっていないのだから。これはつまり、三つあるうちの二つの斬撃を避けたということだ。あの一瞬で、だ。

 

 抜刀術は鞘から抜いて斬り付ける分剣速が速くなる。それを交わしたのだからこれ以降の攻撃はひとつも当たらないだろう。

 

 ──本当にやってられない。

 

 俺は幽香が喋っている内に納刀してもう一度構える。

 

「まさか、同じ攻撃をしようと言うのかしら? いいわ。こちらから手は出さないであげるからかかって来なさい。力の差を教えてあげる」

「……舐めやがって。その口、開けなくしてやる。首を刎ねるんだったな? やってやるよ」

 

 俺はもう一度幽香を見据え、霊力で全身を覆う。幽香は余裕そうに笑みを浮かべて日傘をクルクルと回している。

 

 ──その余裕の笑みを絶望に塗り替えてやる。

 

 大きく息を吸って、全力で地面を蹴りけて加速する。

 

 今度は幽香の首を左右から斬り掛かる。

 

「──我流抜刀術! 斬造閃!!」

 

 瞬間、幽香が目の前から消えた。否、俺の間合いから抜けた。距離を詰めたはずなのにまた間隔が空いている。彼女の首を刎ねるはずだった二振りの刀は宙を切り裂き、俺は加速したまま直線上に跳び続ける。刀を振り抜いた時に空振りしたので、その勢いで若干軌道が逸れて高く飛んでいる。

 

「さあ、次よ」

 

 幽香は俺が跳ぶ先で待っている。

 

 ──完全に舐められている。クソっ! 

 

 俺は両手で柄を握り、攻撃の準備をする。想定と角度が違う。このまま攻撃しても思うようにダメージが入らないので一旦角度の調整をする必要がある。俺は幽香を飛び越えた先に、地面に対して垂直な足場を造り、それを蹴って強引に向きを変える。

 

 幽香を飛び越えて直ぐの行動故か、彼女はまだこちらを見ていない。だが俺にはわかる。幽香は絶対に目で追いつくことができるし、やろうと思えばこちらを向いてカウンターを繰り出すことも避ける事も可能だと。敢えてそれをしないのは俺に懇親の一撃を打たせるため。そしてそれに対して何もしないと言った。

 

 ──その首、切り落としてやるぜ! 

 

 刀の峰を自分の右肩に当てるように構えて幽香に接近する。

 

「ハァ!!」

 

 幽香の首に切りつけるのと同時に地面に着地する。速度と体重を使った斬撃。これで斬れないはずがない。──だが、()()()()()()()()()()()()

 

「──! どうなってんだ」

「刀が折れなくて良かったじゃない」

 

 首を刎ねるどころか、首の皮すら斬れていない。仕舞いには刀の心配をされる始末。俺は咄嗟に霊力を刀に纏わせて切れ味を上げるが、効果があるようには思えない。

 

「フフ……何をしても無駄よ。そんな小細工、私には通用しないわ」

 

 俺は舌打ちして後退する。幽香はこちらに振り向いて何事も無かったように話し始める。日傘は差したままだ。

 

「妖怪の肉体は人間とは比べ物にならない程頑丈。その反面精神攻撃に弱いというのは知っているわよね」

「俺じゃ妖怪を斬れないって言いたいのか」

「話は最後まで聞くものよ。貴方の刀は結構な業物。触れた瞬間に気づく……そこらの妖怪なら軽く両断できるでしょうね」

 

 いや、いくらなんでもそこまでの剣技は身につけられていないと思う。

 

 幽香は腑に落ちていない様子を悟ったのか、含みのある笑みを浮かべる。幻想郷縁起によると、妖怪は強ければ強いほど余裕を持っていて、紳士的でよく笑うらしい。こちらとの圧倒的実力差が余裕を生み出すのだろう。

 

「自分の刀がどんな物なのか把握できていないのね。まあ、我流なら仕方ないかしら」

「技は独自の物だが、俺の師は魂魄妖夢だ」

「妖夢……冥界にいる子ね。師のほうも気づいていないのかも」

「なんの話なんだ」

「知りたい? それならあともう一発私に当ててみなさい。但しこれからは私からも動く」

 

 幽香はゆっくりと日傘を畳み、まるで刀のように右手に持った。

 

 ──あれはただの傘じゃなさそうだな

 

 普通の傘なら簡単にへし折れるだろうが、あの傘は紫外線を大幅カットするだけでなく弾幕さえも弾くという設定だった気がする。それほどの強度を持つ傘ならアレを真剣だと思って立ち回った方がいい。受けることを考えず、全て躱すのだ。

 

 俺は両手で刀を握って霊力を全身に霊力を纏う。

 

 数秒の沈黙を先に破ったのは幽香だった。一直線に肉薄して傘を振ってくる。

 

 ──速いけど目で追えるし、身体もついて行けてる。修行の成果が出ているぞ! 

 

 俺は右に大きくステップして初手を躱し、左斬り上げの斬撃を繰り出す。攻撃を躱された幽香は直ぐに切り替え、霊力の(やいば)を傘で弾く事で霧散させる。傘は無傷だ。

 

 俺は幽香を視界に入れたまま砂時計を見る。砂の量は残り半分くらい。あと2分半生き残れば取り敢えずは勝ちだ。

 

 ──首を撥ねてやるなんて言ったものの、やっぱりキツイな。

 

 こちらの攻撃が全く効いていない時点で刀で切断するのは不可能だ。さて、どうするか。

 

『今回はあと一撃入れて刀の力を聞き出すことを優先した方がいいかと』

『あ、忘れてた』

『興味無いのですか? それなら無理に聞くことは無いですけど』

『いや、考えている余裕が無い』

 

 幽香は幻想郷のなかでもトップレベルの大妖怪。レミリアと同等かそれ以上の力を持っている遥か格上の存在なのだ。そんな奴と戦えているのは、相手が遊んでいるからに他ならない。幽香が舐めてかかってきているのに1秒も気を抜けない状況だ。今だって次の手を考えている。

 

 幽香は傘の先端をこちらに向けた。先端が白く発光したのを見た俺は反射的に能力を使用する。

 

 ──創造、反射鏡。

 

 ──耳栓、遮音性付与。

 

 ──眼鏡、遮光性付与。

 

 瞬間、視界が真っ白になり、昨日の夕立で聞いた雷鳴にも劣らない爆音に包まれる。

 

 これは幽香が傘から飛ばしてきたレーザー攻撃。反射鏡で全て跳ね返せないことから、魔理沙のマスタースパークを遥かに超える威力なのが分かる。であるならば、俺がスターバーストを使っても太刀打ちできないということになる。スターバーストの火力は、マスタースパークに数段劣るからだ。

 

 反射鏡の大きさを自分を守れる分だけに抑える。レーザービームを跳ね返せるとはいえ、高熱に晒され続けるため長持ちはしない。特に幽香のレーザーは強すぎるため1秒も持たないだろう。

 

 ──1秒間に5枚程度の鏡を創造し続ける。

 

 レーザー攻撃が10秒続けば50枚の鏡を造ることになるので、ゴリゴリと霊力が削られていくが命より安い代償だ。

 

 ──っ長い……! いつまでレーザーを打ってくるんだ。

 

 もう一分はレーザー攻撃が続いている。力の差を見せつけたいのだろうか。確かにこれだけの出力で、これだけ長い間レーザーを撃つことは俺にはできない。もう充分だ。力の差があることは戦う前から知っている。勘弁してくれ。

 

 やがて、レーザーが止んだ。耳栓とサングラスを消して幽香を見ると少し驚いた表情をしていた。

 

「今ので生きているなんてどんなカラクリかしら」

 

 幽香の冷めた反応に俺は不満を持つ。1分以上レーザーの中に飲まれていたんだぞ。霊力も殆ど底を尽きた。驚いてくれないと割に合わない。

 

 俺の周りはレーザーに飲まれて地面が抉れている。普通の人間ならばこの時点で逃げ出すだろう。だが俺もレーザーを扱う者だ。幽香の圧倒的下位互換のレーザーでも地形を変えることは可能。よって、この程度見慣れている。

 

「先に地形を変えたのはそっちだからな。俺が何しても怒るなよ?」

「早くしたら? もう時間が無いわよ。急いで私に攻撃を当てないと。刀の秘密を知りたいでしょう?」

 

 秘密を知りたかったら頑張りなよ、と言われているのだと思うとムカついてくる。そう言われると意地でも自分で調べたくなる。けど、このまま終わるのも嫌だ。人質を取ったことを後悔させなくてはならない。舐められてはいけない。

 

霊力は残り少ないが、使い魔を使えばスペルカードを使うことは可能だ。

 

「──来い、使い魔君」

 

 俺は使い魔を呼び出す。戦う前に創造した使い魔で、戦闘中に太陽光から霊力を充填させていたのだ。

 

「日符『プロミネンス』!!」

 

 十体の使い魔が上空で等間隔に並び輪になった後、陣形を維持したまま立体的に回転する。彼等の中心に小さな球体が現れ、それはやがて巨大な惑星のように成長する。

 

 これは直径5()0()m()の擬似()()である。迷いの竹林で藤原妹紅と対戦した時に使用した、水星『アクアバレット』と同系統のスペルカードだ。

 

「……大きいわね」

「そうでも無いさ」

 

 幽香は上空に現れた疑似太陽を見上げて呆気にとられている。模している物が太陽だとわかったのか、彼女は日傘を差す。実際に放射線を放っている訳では無いので全く無意味な行為ではあるが、それなりに眩しく、高温なので気持ちは分かる。

 

 水星を模したアクアバレットでは直径10mの擬似惑星を生成したので、実際の大きさ比率で合わせるなら太陽は2850mの大きさで作らなければならない。それを行なうには太陽のエネルギーを十分に吸収した使い魔が数百体規模で必要になるため、俺にはできない。

 

「と言っても、アンタを倒すには十分なサイズだろうな」

「言うじゃないの。それで? これで何をしようって?」

「間もなく太陽の畑は更地と化す。アンタはここの向日葵を気に入っているようだ。さあ、守りきれるかな?」

「ふん、人質──物質(ものじち)とでも言うのかしら。仕返しをしようという訳ね。でも残念。

 

 

 ──お前如きにこの畑を枯らせることはできないわ

 

 ハァ、言ってろ! 

 

 会話している間に発動の準備も整った。残り時間は30秒程。

 

 ──これで決めてみせる! 

 

「やれ、使い魔君。──気ままに踊る紅炎から守ってみせろ! プロミネンス発動」

 

 上空に浮かんでいる赤く発光した球体は輝きを増して稼働を始めた。球体内のエネルギーが漏れて緩やかな放物線を描くように赤いレーザーが放たれる。

 

()()のレーザーが、人妖問わず無差別に襲う。幽香は傘を差して様子見を──否、微笑んでいる……だと? まるで天気の良い日に散歩をしているというかのようにゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「馬鹿な! 何なんだその傘は! 何でできているんだ?」

()()は私の枯れない花よ。この程度、何ともない」

「バケモノめ!」

「ふふ、妖怪の私にとってそれは褒め言葉よ」

 

 確かに、あの日傘は弾幕を弾けるという情報は知っていた。だがそれは飽くまでも弾であって、レーザーを喰らえば一溜りもないと思っていたんだが……。妹紅といい、幽香といい、弱点らしい弱点が見当たらない奴らが多すぎる。

 

──俺も巫女になろうかなぁ!! 問答無用で封印してやる!

 

『こんな時にギャグを言わないでください!』

 

「そろそろ向日葵の方にもレーザーが届くけど、どうするつもりだ?」

 

 プロミネンス(紅炎)は徐々に大きく、派手に踊り始める。あと数秒もすれば太陽の畑は飲み込まれるだろう。

 

 俺は自身の周りに反射鏡を用意しているのでこの技の影響は受けないようになっている。

 

 幽香は傘を畳み、先端を天に浮かぶ太陽に突きつける。

 

 ──頃合だな。上手くやれよ、俺。

 

 俺は刀を納刀した後、身体能力を強化するため、全身に霊力を纏う。

 

 幽香の傘から極太の閃光が放たれる。地面を揺らす程の爆音、規模、全てが人間の放つレーザーとは比にならない、真の破壊光線と言えよう。太陽も直に崩壊する。

 

 その迫力に圧倒されそうになるのを頭を軽く振る事で踏みとどまり、思い切り地面を蹴る。

 

 霊力を利用した最速のスタートダッシュ。レーザーを放つことに夢中になっている幽香は俺の高速移動について来れないはずだ。

 

 ──後ろを取った! 振り抜け! 

 

「──我流抜刀術! 斬造閃!!」

 

 着地に利用した左足を軸に体重移動し、右足で踏み込み幽香の首目掛けて抜刀する。

 

 振り抜いた直後、幽香はハッと俺を見た。だがもう遅い。俺もレーザーを使う者。レーザーを撃つ時の()()は知っている!

 

「もらったあぁああああ!!」

 

 幽香が対策を講じる前に俺の刀が届いた!




ありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#72「お昼寝」

 俺の剣が幽香に届いた。今度は初めから霊力を使って斬れ味を上げている。

 

 自分が砲身となり、レーザーを放つ時には隙が生まれる。物理的干渉の無い光線と違い、質量を持ったレーザーは相当重いため、自身(砲身)は直ぐに方向転換を行えないのだ。

 

 尤も、自分が狙われている時に相手の背後に立つのは不可能であり、その弱点を突くことはできない。今回は、俺ではなく空に浮かぶ擬似太陽を狙っていたためにできた事だ。

 

「──硬すぎる!」

 

 霊力を纏わせた(やいば)でさえ、やはり傷をつけることはできない。大妖怪とはいえ、流石に硬すぎる。何かカラクリがある筈だ。例えば、俺と同じように霊力──彼女の場合は妖力を纏っているとか。

 

 ──試合終了の合図はまだ鳴らない。このままでは幽香が反撃してくる。

 

 攻撃を避けるために後ろへ跳ぼうとしている時、擬似太陽を破壊した幽香は既に俺に斬りかかっていた。

 

 ──避? 否、死!

 

 幽香の斬撃を避けることはできないと、直感で悟った俺は一目散に能力を発動させる。何でも言い、何か斬撃を弱める物を造れ! 

 

「ぐげッ!!」

 

 気づいた時には俺は宙を舞っていた。腹が死ぬ程痛い。臓器が飛び出ているんじゃないか。

 

「ハーイ? 人間打上旅行は楽しいかしら?」

 

 ──!! 

 

 幽香は宙に打ち上げられた俺の先回りをしている。

 

 ──ヤバい、ヤバい! 殺される! 

 

 何か創造しなければ殺される。それだけは理解できる。だが、かつてない程の焦りを感じている俺は思考停止している。

 

 体感時間が無限の如く長くなり、ただ「殺される」という無意味な(どうでもいい)ことしか考えられない。

 

 対策を考えろ、対策を! 

 

 ダメだ、呼吸が乱れて焦点も合わなくなってきた。こんな経験初めてだ。

 

『祐哉! 気を確かに持ちなさい!』

 

 脳内で誰かが叫んだ。俺じゃない。アテナだ。瞬間、頭の中が驚く程クリアになった。思考停止(フリーズ)ではなく、再起動(リブート)だ。

 

 体感時間は変わらず長いまま。死を悟りリミッターが外れたお陰で思考速度が桁外れに上がっているのだ。

 

 ──そうだ。俺が物理攻撃用の盾を用意していない理由を思い出したぞ。

 

「悪いがその傘を破壊させてもらう!」

 

 物体の中に物体を創造する事によって相互破壊する技術──内部破裂(バースト)

 

 幽香の剣速は速い。間もなく俺に当たるだろう。ならば、攻撃が当たる前に物体を造ればタイミングが合うはずだ。

 

「サヨナラ」

「サヨナラするのはアンタの相棒()だよ」

 

 幽香が傘を振り、俺が能力を発動させる寸前でブザーが鳴り響いた。爆音の警告音は二人の意識を簡単に集め、互いに手を引いた。

 

 ───────────────

 

 ──うるさい

 

 少し遠くの方から微かに、しかし()()()()やや喧しい音。何の音だっただろうか。ああ、これは蝉の鳴き声だ。今は夏で……そうだ、霊華と太陽の畑に行ったんだ。

 

 ゆっくりと思考していくうちに覚醒していく。閉じていた瞼を開くと目の前に霊華の顔があった。大きな木の下で眠っていたようだ。それも、膝枕で。

 

「あれ……どうして寝てたんだろ」

「あ、起きましたね。よかった。体調はどうですか? あっ、水飲みますか?」

 

 霊華はガサゴソと荷物を探って竹水筒を取り出した。飲める? と心配そうに見られているのを怪訝に思いながら起き上がり、水筒を受け取る。

 

 ──なんか凄くだるい……熱中症かな

 

 そういえば、幽香はどこに行った? 戦いが終わった後の記憶が無い。倒れたのかもしれない。

 

「あの人なら戦いが終わったあと、気を失った神谷君を私に預けて一言残していきましたよ」

「そう……一言って?」

「神谷君の刀についてです」

「ただの刀じゃないの?」

 

 俺がそう言うと、彼女は首を振った。

 

「その刀には、妖怪の類が嫌う力が込められているそうですよ。私や霊夢が持つ大幣や御札みたいなものですね。その辺の妖怪ならば簡単に両断できるだろうって言っていました」

 

 この刀は妖刀ではないが、妖怪キラーの刀だったということか。

 

「へえ、そうなんだ」

「反応が薄いですね……」

「妖怪と近距離で戦うつもりは無いからね。弾幕ごっこで戦った方が楽だし」

 

 霊華は首を傾げて訊ねてきた。

 

「それならどうして剣術を習っているんですか?」

「近接戦闘もできるようになりたかったから。弾を飛ばすだけが弾幕ごっこじゃ無いからね。戦術の幅を広げたかっただけで、積極的に近接戦闘で戦う訳ではない」

 

 霊華は益々腑に落ちない様子。彼女の言いたいことは分かる。幽香との戦いで思い切り剣術で戦っていたからだ。俺の言動に矛盾が生じている。

 

「さっきのは別ね。今の俺が何処まで剣で戦えるのか知りたかったんだよ」

「どうでした?」

「悪くはない。状況や気分によって使い分ける感じかな」

 

 ───────────────

 

 神谷君はため息をついた。何だか気だるそうにしている。当然だろう。風見幽香という妖怪から感じた力は輝夜姫や幽々子さんと同じくらい強いものだった。妖怪と戦う力を持つ人間でも、より優れた者でないと太刀打ちできないと思う。

 

 5分間とはいえ、そんな相手と戦ったのだから精神的にも体力的にも相当疲労が溜まるはずだ。

 

 日陰を作ってくれる木もあることだし、もう少し休もう。

 

「神谷君、一緒にお昼寝しませんか」

「する」

 

 即答されたことに私は少し驚いた。私は神谷君と密着する程近づいて、木に背中を預ける。眠りにつくために目を閉じると、彼に声を掛けられる。

 

「頭に可愛いの付けてるね。いつの間に?」

「あ、気づきました? これはあの人が帰る時に……」

 

 私の頭には向日葵の花飾りが付けられている。幽香さんが、「きっと似合うと思ったの」と言って付けてくれた。

 

「似合ってるよ。めちゃくちゃ可愛い」

「えへへ、嬉しいです」

「写真撮ってもいいかな!?」

 

 神谷君は何故か満面の笑みを浮かべてカメラを造り始めた。ご丁寧に三脚とリモートスイッチまで付いている。

 

「良いですけど、折角だし一緒撮ろう?」

「えぇ……俺は写真写り悪いから嫌だなぁ。台無しになってしまうよ」

「もう! 私一人じゃ恥ずかしいんです! こっち来て!」

 

 私は写真に写りたがらない彼をカメラの前に引っ張る。神谷君からスイッチを奪い取り、あからさまに嫌そうにしている彼の腕に抱きついて「笑って」と言うと、観念したように、しかし何処か嬉しそうに笑ってくれる。私たちの視線がカメラの方へ向いた時、左手でスイッチを押してシャッターを切る。

 

 撮影後直ぐに現像された写真を二人で眺める。写真の中の私たちはとても幸せそうに笑っていて、二人の距離がとても近いからか、私が彼に密着しているからか、恋人のように見える。

 

 私と神谷君の今この瞬間の()()をずっと残せることがとても嬉しく感じた。

 

「素敵な写真です……」

「いいなあ、家宝にしたいなあ」

「神谷家の家宝ですか?」

「そう。可愛い子とのツーショットを子孫に見せて自慢するんだよ」

 

 神谷家……か。神谷君もいつかお嫁さんを貰って家庭を築くんだよね。

 

 ──切ないなぁ

 

「……他の女の人との写真を残しておいたら、お嫁さんが嫉妬しますよ?」

「……俺のお嫁さんが()()()()()()()()()()()()()()()()()()だといいなあ」

 

 ヤキモチを妬かない人か。世界は広いから……そうは言っても幻想郷から出られないから限りはあるけど、色々な人がいるからヤキモチを妬かない人と出会う可能性もあるだろう。私だったら妬いちゃうなぁ。

 

 ──だって、今がまさにそれだもん

 

 私は未来の神谷君のお嫁さんが羨ましいんだ。いっそ、今ここで想いを伝えたい。けれど、それだけの勇気は私にはない。だから苦しいんだ。幸せだけど、切ないんだ……。

 

「博麗さん、どうした? 具合悪いの?」

「え、どうして?」

「急に俯いたから、熱中症になったのかなって。まだ水残ってる?」

「ちょっと眠くなっちゃって……今度こそお昼寝しましょう?」

 

 嘘だ。確かに炎天下の中、向日葵畑の中を歩いた疲れもあるから寝ようと思えば眠れるだろう。でも、私は眠いから俯いていた訳じゃない。告白する勇気がない私に本当の事を話せるはずも無く、誤魔化してしまった。

 

 幸い神谷君には気づかれていないみたいだ。「そうだね」と言って、今度は神谷君の方から私に張り付いてきてくれた。

 

 変なことを考えてしまったから、ドキドキしてお昼寝どころじゃない。

 

 一応目を瞑って眠りにつこうとはするものの、中々寝付けずにいると、神谷君の方から掛けられる体重が急に増えた。

 

 ──寝たのかな

 

 目を開けて神谷君が寝たのを確認した後、彼の袖を握って再び目を閉じた。

 

 




ありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#73「霊華の能力、祐哉の覚悟」

どうも。膝枕もいいけど寄り添うように眠るカップルも好きな祐霊です。

楽しんでいってください!


 目が覚めた。疲労が溜まって重たく感じていた頭もすっかり軽くなり、調子が戻っていた。

 

 ふと横を見ると、霊華が俺の肩にもたれかかっていた。すぅすぅと軽い寝息を立てて眠っている彼女を見ると次第に脈が上がっていくのがわかる。

 

 好きな子が、自分の方へ体を傾けているのだから、意識せずにはいられない。ぎゅっと抱き締めたい欲が生まれるが、流石に調子に乗りすぎてはならないと自制する。

 

 ──でも案外許してくれるんじゃないか? 昨日も一緒に寝たんだし

 

 という囁きが脳内にチラつくが頭を振って払う。

 

 抱きしめる代わりに、俺も彼女の方へ体重を掛けてもう一度眠ることにする。

 

 ──幸せだなぁ。幸せすぎて、これが夢なんじゃないかって思う。実は現実の俺は幽香に負けて殺されているのかもしれない……

 

 笑えない冗談だな。

 

 

 

 

 

 再び目を覚ました。これだけ寝ていればそろそろ陽も傾くんじゃないだろうか。俺の予想に反して未だに青いままの空を眺めていると数羽の鳥が飛んできた。鳥はすぐ近く──霊華の手に止まった。

 

 俺は驚きのあまり声を出せなかった。

 

 野鳥が人間の体に止まるところを見た事がないからだ。霊華の元にやって来ていたのは鳥だけではなかった。一体どこから来たのか、猫が膝の上に乗っている。隣で心地良さそうに眠っているのは──犬にしては大きい。狼だろうか。彼女の右手にはカブトムシまでいるではないか。

 

 哺乳類や鳥類だけでなく、昆虫までもが彼女に近づいているのだから驚かずにはいられない。

 

「ネコちゃんはこの近くに住んでいるの? ──そうなんだぁ。うん、うん、へぇ〜」

 

 ──猫と会話している、のか? 

 

 霊華に優しく撫でられている猫は心地良さそうに鳴いている。

 

 ──野生の動物の気持ちが分かるのかな。凄いなぁ。

 

 聞いてみたいとは思うが、ここで声を掛けたら周りの動物を驚かせてしまうかもしれない。俺は静観することにする。

 

 じっと霊華の様子を見ていると、俺の視線に気づいた彼女が話しかけてきた。

 

「あ、おはようございます。凄くないですか? 皆、寝ていたら集まってきてたんですよ。ここは皆のお昼寝スポットなのかも!」

「すごい懐かれてるね」

 

 カブトムシと野鳥が飛び立った。

 

「その猫、俺も触りたいな」

「触りたいって。良い? 怖くないよ。私の友達なの」

 

 霊華は猫に話しかけて許可を取る。すると猫は大人しく俺に近づいて膝の上に乗ってきた。

 

「わあ! 生まれて初めて猫から近づいてくれた!」

 

 猫派の俺にとっては感動ものである。軽くうるっと来た。野生の猫と触れ合いたかったが、手段がわからず追いかけ回すという暴挙に出た懐かしき中学時代を思い出す。

 

「まずはおでこを撫でてあげてください。敵意を込めなければ逃げられないですよ」

「し、失礼します……」

 

 指が猫の毛に触れたとき、温もりを感じた。撫でてあげると猫が鳴いた。

 

「及第点らしいです」

「あざす」

 

 しばらく遊んだ後、猫はどこかへ行ってしまった。残っているのは霊華の隣で寝ている狼だけだ。

 

「よく襲われなかったね」

「お腹すいてないのかもしれないですね」

「空いてたら食われていたと?」

「そうかも……」

 

 ひええ!! おっかないな。ていうか狼って山にいるものだと思っていたんだけど……。

 

「博麗さん、動物と話せるんだね」

「あっ……」

 

 霊華は突然不安そうな表情を浮かべた。一体どうしたの言うのだろう。

 

「……話せませんよ。一方的に話しかけているだけです。飼い主が、ペットの犬に話しかけることがあるでしょう。それと同じです。野生ですから、意思疎通は出来ないですよ」

「……どうしてそんなに必死なのさ?」

 

 そう、霊華は何処か必死に、何かを弁解するように言葉を紡いだ。俺にはそう見えた。

 

「必死って訳じゃ……」

「よく分からないけど、何となく辛そうだよ。何か嫌なことでもあったの? 俺から訊くことはしないけど、話してくれたら聴くよ」

 

 それっきり霊華は黙ってしまった。そうなってしまった原因は俺には分からない。故に、どうすればいいのか分からずに悩んだまま時間が過ぎていった。

 

 ───────────────

 

 動物と話せる事が彼にバレてしまった。油断していた。神谷君にだけは知られたくなかった私の能力……。動物と話せるという()()()()は意外にも受け入れられ難いものなのだ。誰にも害はないのに、不気味だと言われてしまう。過去には私の力を試すために動物を虐める人までいた。

 

 この力の事は霊夢にしか話していない。

 

 ──話すべきか……でももし不気味だと思われてしまったら、私は立ち直れない。神谷君にだけは嫌われたくないんだ。

 

 ──でも、隠し事をするのは辛い。神谷君は頭が良いから、私が違うと言っても真実を悟られてしまうのも時間の問題だろう。

 

 ──彼の憶測で嫌われるより……真実を話して嫌われたい。

 

「……神谷君。ごめんなさい。私、貴方に隠していることがあるんです。これを話すのはとても辛くて……その……」

「ほお。隠し事か。それなら話さなくていいよ? ……俺も、誰にも言えない隠し事だらけだから。親友である霊夢や魔理沙にさえ話していないことがね」

「……違うんです。神谷君には知って欲しいんです。──聞いて貰えますか」

 

 ───────────────

 

 霊華はレジャーシートの上に正座して俺を見る。俺は体育座りをしたまま一言口にした。

 

「うん。聞かせて欲しいな。その前に一つ質問したいんだけど、博麗さんにとってその()()()はどのくらいの価値がある?」

「……私が隠していることの中では一番です。神谷君の受け取り方次第では今後の関係が変わります」

 

 今後の関係? 告白でもされるのか俺は? 心の準備が!

 

 ──待て、そんな訳が無いだろう。博麗さんの好きな人が俺なわけが無い。

 

『何故そう思うのです』

『根拠はないですけど……過去のモテなかった経験からそんな気がします』

 

「これは、幻想郷風に言えば私の()()()()()についてなんです」

「博麗さんの……程度の能力? 分かった。そういう事なら俺も覚悟を決めよう。──こちらからは俺の()()()()()について話す。この事が他の人に漏れたら最悪俺は死ぬ。そんなレベルの隠し事なんだ」

 

 霊華が何か重大な秘密を暴露するというのなら、俺もそれに応えるべきだ。話しにくいことを話すなら、俺も話す。これは受け取った側にとっての価値ではなく、話した者に求められる覚悟の強さが大切だ。互いに覚悟を決めれば話しやすくなるだろう。

 

 

 

 ───────────────

 

 神谷君がもう一つの能力を持っているなんて知らなかった。隠していたのだから当然といえば当然だけど。一緒に覚悟を決めてくれたのだと思うと、巻き込んでしまったことに対して申し訳なく思う反面、嬉しくなった。

 

「私は、神谷君の言う通り動物と会話できるんです。会話と言っても、気持ちを感じることしかできないこともあります。でも、コロやさっきの猫とはちゃんと会話できました」

「やっぱりそうだったの? 凄いじゃん!」

「えっと……え? 動物と話せるんですよ? 気味悪くないんですか」

「なんで気味悪いのか分からない。そんなこと言ったら、自分の使い魔と会話している俺の方が気味悪いでしょ? それに、俺たちには神様と会話できる友達がいるからね。全く変な事じゃないよ」

 

 言われてみれば、霊夢は巫女だから神様の声が聞こえるんだ。そんな彼女と暮らしているのだから、彼にとってはそんなに変な事じゃないのかもしれない。

 

「私、過去にトラウマがあるんです。小学校の時──」

 

 私は幼少の時から動物の声が聞こえたこと、それが原因で弄られ、動物が酷い目に遭わされたことを話した。話している途中、神谷君は怒っていた。「俺がその場にいたらぶん殴ってやれたのに」と。私が原因で問題を起こされてしまっては申し訳なさすぎるけど、味方になってくれることが嬉しかった。あの時、もし私に味方が居たら少しはマシだっただろうな……。

 

「辛いのに話してくれてありがとうね。俺が博麗さんを拒絶しないかって怖かったんだよね? 信じてくれてありがとう」

「こちらこそ、聞いてくれてありがとう。大分スッキリしました」

 

 そっか、と言って神谷君は深呼吸をした。

 

「次は俺が命をかける番だ」

「待ってください! もう私は話終わりましたし、無理しなくていいですよ?」

「有言実行しなきゃ気が済まない」

「でも、バレたら命が危ういって……きっと、創造の能力より規模が違うんですよね? 死んじゃ嫌です」

「博麗さんがバラしたり、今ここで聞き耳を立てているものがいて、悪用されたらの話だよ」

 

 神谷君を利用して能力を使わせると死んでしまうというのだろうか。私の想像が及ぶ規模じゃないことが窺える。

 

「聞きたくないです……」

「でも、博麗さんに聞いて欲しいんだよ。俺を信じてくれた博麗さんに。……俺の力は、地底に落とされてもおかしくないくらい危険な物。博麗さんは俺から距離を取りたくなるかもしれない。もしそうなるなら、早めに知って欲しいんだよ。お互いに傷は小さい方がいいからさ……」

 

 そんなことを言う神谷君はとても辛そうだ。さっきまでの私はこんな顔をしていたのかもしれない。

 

 今ここで聞くことを拒否したら、神谷君は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……分かりました。じゃあ名前だけ聞かせてください」

「分かった。俺の2つ目の能力は──全てを支配する程度の能力って言うんだ。内容は名前の通りだよ」

 

 全てを支配する。彼はそう言った。あまりにも抽象的過ぎて想像できない。だが、名前の通りだと言うなら世界規模に多大な影響を与える力だということが分かる。

 

 ──どうして神谷君がそんなに重たい力を……

 

 ──神谷君はただの人じゃないのかな? 

 

「神谷君って……神様なんですか? 偶に神力を感じますし……」

「……バレてたんだ。俺は人間だよ。信じるか信じないかは君次第だ。そして、俺の力を考えれば分かるはずだよ……俺が如何に危険な存在なのか……怖かったら、遠慮なく言ってほしい」

 

 神谷君の表情はどんどん暗くなっていく。感情を抑えるように無表情になり、目から光が失われていく。

 

 ──神谷君の霊力が、()()()に満ちていく

 

 私は()()()()()()

 

「怖いよ……」

「そっか。それじゃ──」

 

 感情の無い声で呟き、スっと立ち上がった。そのまま立ち去ろうとする神谷君を慌てて止める。

 

「ま、待って! 私が怖いのは! そうやって神谷君がいなくなっちゃう事なの! 能力は神様みたいな力で、使い方によっては確かに怖いことができると思う。でも!」

 

 神谷君が居なくなることなんて微塵も考えたくない。私は彼の味方になりたい! 

 

「神谷君は悪い使い方をしない。そうでしょ? 能力だって、使ったことあるのかな。もし使えば異変解決も簡単だし、レミリアさんや幽香さんにも負けないよね?」

「……一度だけ使ったよ。どうしても、使わなきゃならなかったんだ。そして、()()()()()()()()()()()使()()()()()()。それを叶えるためなら、世界だって敵に回す覚悟だ。そんな奴と一緒にいられるの?」

 

 覚悟という言葉を口にした瞬間、神谷君の目から力を感じた。世界を敵に回してでも能力を使う。そんな覚悟をさせるほどの人──その人こそが神谷君の好きな人なのかもしれない。その人は幸せ者だ。とても愛されているんだ。きっと魅力的な人なんだろうなぁ。いいなぁ。

 

「──居られますよ。だって神谷君は私の……大好きな友達ですから!」

 

 私がそう言うと、神谷君は私を引き寄せた。突然の事に対処できずバランスを崩した私を受け止め、抱きしめてくる。

 

「ありがとう……博麗さん」

「お礼を言われることじゃないですよ」

 

 好きな人を支えたい。悩んでいるなら、助けてあげたい。例え神谷君が私以外の人を想っていたとしても、関係ないんだ。

 

 




ありがとうございました。これにて第3章は終了です。

霊華が自分の過去と動物会話の能力を打ち明ける回でした。小さい時周りに弄られてしまったトラウマと戦い、それでも祐哉に知って欲しいと思う霊華と、霊華が覚悟を決めたのなら、自分もそれに付き合うという祐哉。祐哉の覚悟は霊華が知る必要がないんです。だから彼は微妙に濁しています。

それぞれの思いを楽しんで頂けたのなら嬉しいです。

次回、第4章。お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章 絶望郷(ディストピア) 〜Happiness flips to despair〜
#74「解析する者」


どうも、資格勉強をしていたけど試験が中止になり、解放された祐霊です。

今回から第4章です! 話の雰囲気も変わってくると思います(タブンネ)

楽しんでいってください!


 これは神谷祐哉が幻想郷に来てから1週間後の話。

 

 ─────────────── 

 

 ふう、やっと休める。

 

 今日で5徹目の私は満身創痍。トイレで用を済ませた後、自動洗浄機に手を翳しながら、ぼうっと鏡に移る自分を見る。

 

 自動洗浄機とは、虚空に手を翳すと菌を除去するレーザーを当て、その後アルコール消毒をしてくれる機械のこと。技術自体は半世紀ほど前から存在し、自動洗浄機が開発されたのは30年ほど前の話だ。

 

 26××年。──国名「???」

 

 私は12歳の少女であるが、とある研究機関で働いている。幼少の時からピアノやバイオリン等の楽器や英語、フランス語、中国語といった語学等の教育を受けていた。所謂英才教育というものだ。

 

 6歳の時には既に高等教育レベルの知識と技術を身につけており、翌年の7歳の時には世界でトップの大学へ留学という形で進学した。飛び級制度を利用し、私はあっという間に博士(はくし)課程を修了した。

 

 27世紀の今、私のような事例は珍しくない。21世紀頃に教育方法を誤ったことに気づいた祖国は、試行錯誤を繰り返し23世紀頃に漸く教育方針が完成した。実力を証明すれば相応の教育を受け、試験に合格すれば大人と同様に働くことができる。勿論これは義務ではない。同世代の者達と共に年相応の教育を受ける権利もある。しかし、そういった者は稀で、大体の人は働き始めたり、更なる勉学に励んだりする。私達のように英才教育を受けた者からすると、同世代の者等幼稚過ぎるからだ。

 

 私が自動販売機の前に立つと、自販機の画面に「あなたへオススメ!」という文字列と共にオレンジジュースが浮び上がる。私はそれをキャンセルし、ブラックコーヒーを選択する。支払方法は虹彩認証だ。データベースに格納されている各々の情報の中には口座預金額も含まれており、虹彩認証はデータベースへアクセスするための鍵である。

 

 今の時代では、数世紀前に流行したというカード払いは利用されていない。今やったように、虹彩認証を用いて本人のデータベースへアクセスし、自動で引き下ろされる。

 

 私は自販機のそばに置かれた椅子に腰掛け、よく冷えた珈琲を飲む。珈琲に含まれているカフェインを摂取することで眠気を払うというやり方は数世紀前から変わらず続いている。

 

 だが今の私は疲弊しすぎているのだろう、私の意識は次第に薄くなり、やがて眠りについた。

 

 ───────────────

 

 そこは余りにも開放的な世界だった。

 

 気がついたら私は違う世界にいた。何故そのようなことがわかるのか? 簡単だ。私はさっきまで研究所にいたのだ。時計は深夜を指していたはず。だが今は快晴で太陽が天辺にある。それだけでは無い。人々の服装は祖国の歴史に残る江戸時代後期、若しくは明治時代初期の物に該当する。

 

 此処には科学の気配がない。必要な物は、発注すれば指定した場所に配達されるのが普通であり、それが世間の常識である世界にいる私からすれば、人が自分で野菜や肉を売るなど圧倒的未知の領域だ。

 

 ところで、先刻から気になっているのだが、アレはコスプレだろうか? 

 

 背中から氷の結晶の羽を生やした少女や、精霊のような服装をした少女。大きな舌を垂らした傘を差して歩いているオッドアイの少女など、雰囲気的に浮いた者がチラホラ見受けられる。

 

「おー? お前見かけない顔だな! 新入りか?」

「うん?」

 

 周りの人々を観察していると、誰かに声をかけられた。そっちを見ると、先程の氷の羽を生やした少女が居た。

 

「やあ、済まないが此処が何処なのか、位置情報……住所、緯度経度……何でもいいが教えてくれないかね」

「いちじょー? 住所……ここは人間の里だよ。記憶喪失か?」

 

()()()里だと?

 

「そうか。ありがとう。ところでキミのそれはコスプレか? 実に可愛らしい、まるで妖精のようだよ」

「あたいは妖精だよ。お前を氷漬けにすることだってできるぞ!」

 

 ううむ。状況的に考えて、必ずしも嘘とは言いきれない。妖精になりきっている少女の線は捨てきれないが、意外と真実かもしれない。

 

()()()()()()()()。位置情報から考えると、ここは研究所から遠く離れた場所にある。それは物理的な話だけではない。私は──

 

「──遠い過去にいる」

「大丈夫かー? お前はヘンテコな服を着ているし、喋り方も変だなー」

「──なにっ!?」

「見たところ人間の子供なのに。天才に見えるぞ。まっ! あたいには遠く及ばないがね!」

 

 私からすればキミは相当のアホだが。まあ、指摘する必要は無いだろう。それにしても話し方、か。ここでは子供らしさを見せた方がいいのだろうか。それならば私には演劇の経験もある。振る舞いを変えることなど造作もない。

 

 自称氷の妖精と別れたあとも私は「人間の里」を散策する。「人間の」と言う割には非人間的な者が入り混じっているのが気になるな。服装は人間達と似ているが、雰囲気が浮いている。

 

 ──おお! 

 

 私はあるものを見つけて歓喜した。こんなにも心が踊ったのは何年ぶりだろう。店の前まで駆け寄り、入ろうとした時、あることを思い出す。

 

 ──この世界の通貨はなんだろうか? それに、さっきから人々は硬貨でやり取りしている。恐らくアレが現金払いというもの。困った。

 

 私の世界では、IOT技術が進歩を遂げた結果硬貨は無くなっている。全て電子化されているのだ。

 

 つまり私は一文無しということだ。口座には数千万の預金があるというのになんという事だ。

 

 科学に慣れきった私がこの世界で生きていくのは非常に困難。一刻も早く元の世界に戻らなくては。

 

「君、どうしたの? 親とはぐれちゃったの?」

 

 また誰かに話しかけられた。──こいつの服装も中々浮いている。何故ブレザーとズボンを身に纏っている。これは学生服だろう。

 

 私は俯いて首を振ってみる。

 

「1人? どこから来たの」

「……おなかすいた。そこのお団子を食べようと思ったんだけど、お金持ってくるの忘れちゃったんだ」

「そうか、奢ってあげるよ。おいで」

 

 本当にいいのか? よく考えろ。私の行動次第ではお前は誘拐犯になるんだぞ? 全く、考え無しの阿呆はこれだからダメなんだ。

 

 ──とはいえ、久しぶりに団子を食べられるのだから、感謝しよう。

 

 ───────────────

 

「お兄ちゃん、不思議な力を持ってるね」

「ええ? どうしてそう思うの?」

「隠さなくたっていいよ。私、頭良いから分かっちゃうんだ」

 

 店に入り、団子を食べている間に私は青年に宿る力を感じた。間抜けそうに首を傾げているところから惚けているのではなく、自覚が無いのだろう。

 

 ──団子の礼に教えよう。

 

「お兄ちゃんの中には何か、凄い物が宿っているよ。それが何かまでは分からない。でも、とにかく凄い物!」

「そうだといいなあ」

 

 ──っ!

 

 此奴、私を信じていないな。流石に他人の言葉を鵜呑みにする程阿呆という訳では無いのか。ならば。

 

 ──解析開始(Analyze・start)

 

「信じてないでしょ? 私が凄いってところ、見せちゃうんだから!」

 

 ──解析終了(Complete)

 

 解析が終わった時、結果が脳内に文章として浮かびあがる。

 

「お兄ちゃんの誕生日は8月8日。しし座。身長は170cm。体重は45kg……軽いね。恋人は居なくて、つい最近()()()に来た。博麗神社に住んでいて、巫女の博麗霊夢がお気に入りキャラクター。特に頭に着けたリボンが好きなんだけど巫女服も好きで? えっと……『あの服が一番似合うのは世界中どこを探してもあの子しかいない。霊夢可愛い』と思っている。

 

 へぇ。ここまで合ってる?」

 

 何だ。オタクか。

 

「な、なんで……そんなことが……うわあああああああ!!」

「しぃっ! 声が大きいよお兄ちゃん!!」

 

 青年は、黒歴史を暴かれた人の様に頭を抱え、悶えている。いや、こっちだってまさかオタクだとは思わないじゃない。確認しないで読み上げちゃったよ。でも、信憑性は上がったのではなかろうか。

 

「わ、分かった。信じよう。俺に何か凄い物が宿っているんだね?」

「そう。それと、お兄ちゃんは気づいていないけど特別な力を持っているよ」

 

 私が「特別な力」という単語を口に出した瞬間、彼の目の色が変わった。真剣に、だが疑いの目を忘れずにこちらを見定めようとしている。そんな所だろう。

 

「お兄ちゃんの能力はね、物を作り出すものだよ。自分の力を消費して生み出せるんだって。凄いや」

「──ありがとうっ!」

 

 青年は突然私の手を握ってお礼を言ってきた。何か悩んでいたのだろうか。役に立ったのなら嬉しい。

 

「お団子のお礼だよ。美味しいお団子を食べさせてくれてありがとう!」

 

 これは誠の言葉。私が今まで食べたどの団子より()()()があって美味しかった。私は機械が作った食べ物しか食べたことが無い。人の手で作ったものがこんなにも美味しいものだとは知らなかった。

 

 お兄ちゃ……青年と別れた後私は次の行動を考えた。どうやらここは()()()()()()()()()。「幻想郷」というワードが分かれば、私の解析はより詳細を教えてくれる。元の世界へ戻る手段も分かった。

 

 此処は人間と妖怪が住む世界。幻想郷。私は嬉しく思った。ここならば、()()()()()()()()()()()()()

 

 一先ずは「博麗神社」に行って元の世界へ帰ろう。




ありがとうございました!

前に、祐哉が「とある子」にアテナの存在(正確には、何者かの存在)と創造の能力の事を教えて貰ったと言っていたはずですが、漸く書くことができました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#75「来訪者」

どうも、祐霊です。

今回の霊夢の様子が気に入っています。

楽しんでいってください。


 幻想郷の巫女に頼んで元の世界へ返してもらった後、研究所の仲間達に幻想郷について話した。

 

「本当か? 菜乃花(なのか)。働きすぎでリアルな夢でも見たんじゃないよな?」

 

 この人の疑問は私を哀れんでいるのではない。その証拠に、彼は笑みを浮かべている。この人が嬉しそうにしているのは、私が見たものが真実なら、研究に希望が見えるからだ。

 

 私自身、ここまで心が踊っているのは数年ぶりだ。研究所に入って以来、喜ぶことはなかった。単純に、私たちの研究、幻想構築計画(Phantasm Construction Project)は難航しているのだ。

 

 プロジェクトの内容は名前から分かる通り、科学が発達したこの世界で失われた幻想を生み出すことを目的としている。幻想郷に存在した妖精や妖怪の類がまさにそれである。実在しないと証明されているため、資料は極端に少なく、中々歩みを進められずにいた。

 

「本当よ。疑う前に調べてみればいい」

「それなら私に任せてなの」

「うん。最初からそのつもりよ。菜乃葉(なのは)

 

 私たちの会話を聞いていた菜乃葉は、作業を一旦止めて作業用の椅子に深く座って()()。菜乃葉が突然眠る仕草を取ることは、この研究チーム内ではお馴染みの光景であるため、誰も指摘しない。数分の間待っていると菜乃葉は目を覚ます。

 

「あったの。幻想郷。ただ、存在が認知されているのは21世紀が最後みたいなの」

「27世紀の技術で幻想郷に行くには、21世紀にタイムスリップしてから捜索する形になるわけだが……菜乃花はどうやったんだ?」

「さあ、眠っていて、起きたらそこにいたわ」

「……まあ良い。上への推薦は俺の方からしてみるよ。菜乃花は一度休め。菜乃葉もだ。2人とも()を使ったんだ。疲弊していては効率が悪いからな」

 

 ───────────────

 

 私が幻想郷に行ってから二ヶ月の時が経った時、PCP(幻想構築計画)遂行のため、幻想郷に行く計画が発案された。綿密に計算し、あらゆる状態を想定して何度も試行錯誤を重ねた末に漸く出発の時が来た。幻想郷から戻ってきてから約半年経った頃だ。

 

 幻想郷に行くのは簡単だ。まずは21世紀にタイムスリップする。そして、幻想郷の位置情報を頼りに探し当て、結界に穴を開ける。時間移動の技術は既に開発されているため、そう難しいことではない。強いて言うなら、書類関係の手続きが面倒で、申請が認められるのに時間がかかる程度だ。

 

 

 

 私には幼少の時からとある能力を持っている。それが『解析(Analyze)』だ。解析したものは脳内に概念として出現し、それを文章化して読み取る。

 

 解析結果は私の知識には関係ないので、全く知らない単語やアルゴリズムが出てくることがある。その際は、双子の妹である菜乃葉の能力──『検索(Search)』を使う。妹の能力は解析と同様、本人の知識は影響しない。専用のデータベースにアクセスできる能力だ。

 

 27世紀の世では、能力が()()()()()。幼少の時に手術を行い、任意の能力が使えるメモリーチップを脳に接続する。購入するということから分かる通り、『解析』や『検索』は私や菜乃葉固有の能力ではない。

 

 ───────────────

 

 遂に幻想郷に足を踏み入れた。今は昼間のようだ。太陽の位置から時間を計算すれば、時刻は12時05分であることがわかる。

 

「この辺でいいかな」

「ええ。早速取り掛かりましょう」

 

 私は白衣のポケットから掌サイズのキューブを取り出し、天に放り投げる。するとキューブは強い光を発し、格納していた物を吐き出す。発光が終わると目の前に研究所が現れていた。

 

 計画の第一段階はこれで終了。

 

「さあ、客人が来るまでミーティングをしよう」

 

 私は新鮮な空気を身体いっぱいに取り込んだ後、研究チームのメンバーの後をついていく。

 

 ───────────────

 

 ──暇だなぁ

 

 霊華が祐哉と太陽の畑で逢引(デート)に出かけていった。やっと進むところまで進んだのかしら。二人の仲が単純な友情ではないことは前から気づいていた。この前の宴会に参加していた者の多くは勘付いたんじゃないかしら。

 

 魔理沙も来ていないため、博麗神社には私とペット二匹しかいない。元々一人で暮らしていたけど、他人と暮らし始めて半年も経つと流石に一人は寂しくなる。

 

 やることもないし……あうんはコロと遊んでいるけどまさかあの中に入る訳にもいかないしねぇ。

 

 突然、何か違和感を覚えた。

 

「この感じ……博麗大結界に何かあったのね」

 

 博麗の巫女である私は、幻想郷と外の世界の境界である博麗大結界の管理をしている。そのため、何か異常があると認知できるようになっている。

 

 ──丁度良いわ

 

 私は立ち上がって自室へ行き、陰陽玉に大幣と針、お札を準備する。

 

「あうん。今から出かけてくるから、コロを宜しくね」

「わかりましたー! お任せください!」

 

 ───────────────

 

 結界の穴は思っていたよりも小さく、私一人で修復できた。あまり大きなものになると紫の力を借りなきゃならないから助かったわ。さて、結界に穴を開けた犯人だけど……

 

「どう見たってこれでしょ。紅魔館の隣にあんな建物なかったもん」

 

 霧の湖の畔には元々紅魔館が建っていた。紅魔館の反対側に新しく灰色の建物が建っている。若干古びた見た目が「ずっと前から建っていますが?」と言っているようでムカつく。

 

 呼び鈴はどこにあるのかしら? もういいや、面倒臭い。

 

 私はふわりと浮いて門を越える。「ごめんくださーい」と、一言言えば()()()()()()()()()()。声はかけた。返事をしなかったのは向こうだ。

 

 庭と呼ぶにはあまりにも何もなさすぎるが、とにかく庭を抜けると扉までたどり着いた。呼び鈴が見当たらないため拳でノックしてみる。

 

 ──硬すぎでしょ。

 

 叩いた拳が痛い。うーん……困ったわね。いっそ夢想封印しちゃおうかな? これは何かしら。

 

 私は扉の横にある物体に気がつく。

 

 ──これは月に行ってアチコチ連れ回された時に見たものと似ているわね。10個ある小さな板(ボタン)を押せば自動で開く扉ね? 

 

 私は適当に板を押してみる。ビーッ! という不快な音がなる。

 

「ああもう! 面倒臭い! 開けなさいって入ってるのよ! 聞こえてんでしょ!? 早く開けないと無理矢理こじ開けるわよ!?」

 

 怒鳴り上げるが返事はないし人の気配もない。

 

「いいわ。──夢想封印!!」

 

 袖口から陰陽玉を取り出して夢想封印を使うと簡単に扉が開いた(壊れた)。凄まじい破壊音と共に埃が立つ。

 

「──本当はこんなことしたくないのに……そう。仕方ないのよ。だって開けてくれないんだもん」

「キミキミキミィ! ちょっと困るよ!」

「あー? アンタがここの管理人? いるなら返事しなさいよ」

「何なんだキミは! 突然人の敷地に入り込んできて。エントランスを壊して挙句の果てには文句を言ってくるとは……まさか幻想郷の住人は皆()()なのか? ったく、先が思いやられるなぁ! もう……!」

 

 中から現れた男性が頭を抱えている。

 

 ──やだ。この人、人間じゃない。ここは人間が住んでいる建物だったの? 壊しちゃった……。

 

「外の世界から来たのかしら? それなら八雲紫ってヤツに損害賠償請求してくれる?」

「クソガキがぁ! 調子乗ってんじゃないぞ! こっちは忙しいってのに邪魔しやがって!」

 

 男性は私の腕を掴もうとしてきたのでそれを避けた後、大幣で首を叩いて気絶させる。

 

「舐めないでよね。私が人間なんかに負ける訳ないでしょ」

 

 倒れた男性を床に寝かせ、奥に進む。

 

 ───────────────

 

 夜が更けて私の時間になった。昼間に騒いでいた蝉の代わりに鈴虫が鳴いている。

 

「あれかい? 咲夜。美鈴が言っていた不審な建物ってのは」

「左様でございます。門番によると、眠っている間に現れたとか……」

「出現の瞬間を見逃したということね。あとで仕置き確定だよ」

 

 建物の前に着くと咲夜が呼び鈴を鳴らした。幻想郷にはないタイプの呼び鈴だ。詰まる所()()は外の世界から来たという訳ね。

 

 呼び鈴から返事が聞こえた。咲夜が挨拶をして要件を伝えると門がひとりでに開いた。私たちは中に入って建物の入り口を目指す。

 

「ところで咲夜。霊夢はもう来ているのかしらね」

「どうでしょうか。案外、魔理沙かもしれません」

「どっちもやりそうだよねぇ。良くないよ本当に」

 

 建物の構造上、私たちは扉を潜る必要がある。だが、そんなことはしないで済むようだ。

 

「うん。実に開放的な家だね」

「斬新ですわ」

 

 この建物の扉があったと思われる場所には()()()()()()()()()()。どう見たって破壊された後だ。何故普通に入れないのだろう? 

 

 私の頭には犯人候補である、大幣を振り回している博麗の巫女と、帽子を押さえてニカっと笑っている白黒魔法使いが、目に格子縞(モザイク)がかけられた状態で浮かんでいる。

 

 魔理沙に至っては箒に跨ったままマスタースパークを放ってダイナミックエントリーを決めているシーンが様になりすぎる。ショートカットをするな、ショートカットを。

 

 やがて奥から、緑色のボサボサ頭で眼鏡をかけた青年が現れた。

 

「こんばんは。ようこそおいでくださいました。

 中へご案内します」

 

 青年に着いていくと応接間に到着する。席に掛けると随分と安物なカップに入った珈琲が出てきた。

 

「不味い珈琲しかないですが……すみません」

「本当に不味そうですわ」

「やめなさい咲夜」

「──! お嬢様! こんなもの飲んではいけません」

「大丈夫大丈──ぶっ!?」

 

 不覚。まさかこの私が人様の前で飲み物を噴き出すとは。想像していたよりも数倍不味い。味が薄いならまだ飲めるが、これは何だ、濃いではないか。それも濃厚という訳ではなく、粉が溶けきっていないような感じ……どんな豆を使えばこんな珈琲が作れるのだろう。

 

「咲夜。明日にでも美味しい珈琲という物を教えてやりな」

「畏まりました」

 

 ───────────────

 

 今度の客人はメイドと蝙蝠か。容姿からして()()()()のように話が通じない奴なのではないかと不安に思っていたが、比較的常識が通じるようだ。インターホンを押して正面から入ってきてくれるだけで十分である。あの巫女は無断で門を超えた挙句ドアを壊してしまった。ヤバい人は巫女だけだと信じたい。

 

 さて、客人の蝙蝠の方は吸血鬼のようだ。これについては簡単に教えてくれた。僕は仲間を呼んで研究チームの皆で観察させてもらった。興味津々に眺める仲間は感嘆の声を漏らし、自然な形で吸血鬼について情報を集めることができた。

 

「吸血鬼についてもっと知りたい。我々に血液を分けて頂けませんか?」

「ふふん、存分に調べるといいわ」

「お嬢様?」

 

 咲夜の止めが入るが、そう気にすることも無いだろう。私はメイドを無視して血を分けてやる。

 

 結局今日分かったことは何も無く、研究者の正体や目的は後日マスコミを通じて話すと言われた。まだ準備ができていないとのことなので、私達は一度撤退することにする。

 

 ───────────────

 

 二人が帰った後、僕達は床を睨んで吸血鬼の髪を探した。その結果、二本の髪とコーヒーから唾液を摘出することでDNAを入手した。うちの研究室の珈琲は不味いが、それを更に不味くし、敢えて吐き出させるように仕組んだ。

 

「さあ、今日も徹夜だよ」

「念願の幻想構築計画(PCP)成就の為だ。皆、頑張ろうぜ!」

 

 

 

 

 作業に取り組み始めて数時間後、()()()は突然現れた。

 

「こんばんは」

「うわっ!? なに!?」

「どこから入ってきたんだ!?」

「いつの間に?」

 

 金髪に見たことも無い派手な服装に身を包んだ女性。見た目は若そうだが何処か雰囲気が大人びている。

 

 ──この人はどうやって現れた? これが妖怪なのか? 

 

 テレポートだろうか。いや、もしかしたら、科学で証明できない力を持つのが妖怪なのかもしれない。解析してみたい……だがそれは菜乃花がやってくれる。僕の仕事は別にある。

 

「私は幻想郷を管理する者の一人、八雲紫。貴方達を招待した覚えはないのだけど、どういった御要件かしら」

 

 幻想郷の管理者だって? 思ったよりも早くに現れたな。交渉部隊の準備はまだできていない。どうするか。

 

「21世紀の世と繋がっている幻想郷に、近未来の技術が幻想入りするはずがない。そういえば、今日は大結界に綻びが生じたのよねえ。貴方たちがここに来たのも今日。……何か知らないかしら?」

「ここへは、ある目的があって来ました。それについては我々の上司からご説明致します。少々お待ちください」

 

 準備が完了していないと言っても、9割型完成しているという話だ。それならば交渉は不可能ではない。

 

 僕は棚から端末を取り出す。これは27世紀と交信する機器だ。機器を起動して数分後、通信が安定し始めた。

 

「お疲れ様です。現地の村田です。聞こえますか」

「こちら27世紀。お疲れ様です。聞こえます。どうしましたか?」

「幻想郷の管理者がお越しになられました」

「畏まりました。只今繋げます」

 

 ───────────────

 

「初めまして。私は『Institute of Life Science』、幻想生命科学部のリーダーであるエシックス・シディオと言う。ILSは日本語に訳すなら生命科学研究機構と言ったところだ。突然だが、我々は27世紀の者であることを告白しよう」

「初めまして。幻想郷の管理を務めている、八雲紫と申します。無理に日本語の通訳を使わなくても構いませんわ」

 

 リーダーのエシックスは21世紀でいうとイギリスに当たる国出身だ。今は2()1()()()の日本語に翻訳できる機械を用いて会話している。

 

「いや、構わない。どちらにせよ翻訳機を使わなくてはならないからね。21世紀と27世紀では言葉の訛りが生じる」

 

 因みに、幻想郷に派遣されたメンバーは皆、日本語を使える。留学する条件に世界共通語である英語の知識が必須になるのと同じ理屈だ。話せなければ現場へ行くことはできない。やっと掴んだ研究の手がかりという事もあり、皆、急いで日本語を勉強し始めた。結局、180名いる研究チームの中で僅か27名のみが採用された。そのうちのほぼ全員が日本出身である。

 

 21世紀と27世紀では微妙に世界が異なる。600年という期間は、江戸時代が始まって明治時代になってもまだ余る程に長い。そうであれば世界大戦は数度行われるし、世界地図を見比べてみれば所々違ったりする。また、国名が変わっていることもあれば、同じ英語でも微妙に異なることもある。同じ理屈で我々は「21世紀」の日本語を覚える必要があった。

 

 僕達の世界では日本はまだ存在している。だがこれは数ある平行(パラレル)の中の1つであり、全ての世界線に通ずることでは無い。つまり、日本が滅亡している世界線が存在する可能性があるということだ。まあ、それはどの国にも有り得る話だが。

 

「先ずは無断で立ち入ったことに対して謝罪を申し上げたい。結界に必要最低限の穴を空けさせてもらった」

「二度としないで頂きたいですわ。大結界(アレ)はそう簡単に穴を空けられるものでは無いのだけど」

「我々の時代では所謂『魔法』や『空想上の存在』を科学で再現できる。結界を感知し、穴を空けることはそう難しいことではない」

 

 それから、二人の会話が本題に入った。

 

 リーダーは自分達の目的──幻想郷の生態を調査すること──を伝えた。そして、幻想郷に派遣したメンバーを殺害等によって始末しても、別の部隊を送り込むと明言した。

 

 それに対し管理者は、三つの条件を提示した。

 

 まず、幻想郷から留学生を送り込む事を認めるなら相応の待遇を約束する。これはつまり、交換留学生だ。第二に、幻想郷に知識を与えないこと。ここまで聞くとリーダーは口を開いた。

 

「こちらに留学生を送るのは構わないが、それは知識を与えることにならないのか?」

「派遣するのは私が選んだ者。そして、その知識は本人と私だけが知る」

「成程。必要最低限の者にしか知識を持たせたくない、と。三つ目は?」

 

 リーダーが三つ目の条件を聞くと、管理者は少し間を空けた。

 

「交換留学期間はひと月。これを過ぎれば直ちに帰還すること。それでもいいかしら」

「心得た。契約書は紙面の方がいいかね」

「必要ありませんわ。契約違反が見つかれば直ちに送還しますので」

 

 その後、二人は細かい契約内容を話し始めた。幻想郷を調査するに当たっての注意点や、幻想郷側にも相応の情報を渡す事を約束させた。

 

 ──計画第二段階は終了だろう。順調だ。これで幻想郷で作業ができる。

 




ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#76「27世紀までの年表」

お疲れ様です。祐霊です。

途中からめちゃくちゃ難しい話になります。理解できるように意識しましたが、頭が痛くなりそうだったら流し読みしてください……。今後の話にはあまり影響しません。


「知ってるか? 紅魔館の隣に研究所が立ったらしい」

「ああ、噂では夜中ずっと電気がついているらしいな。昼間も活動していて、不眠不休かって騒がれてるとか」

 

 日課の階段駆け上りと素振りを終えた俺と叶夢は昼休憩を取っている。話題はつい最近現れた研究所について。“文々。新聞”によれば、霊華とデートに行った日に現れたらしい。

 

「挨拶代わりに異変でも起こすのかなー」

「いや、お前、そんな軽い感じに言うことか?」

 

 俺がボーッと空を見上げながら呟くと、叶夢にツッコまれる。

 

「建物自体そんなに大きくないし、何かあっても俺がレーザーを撃って破壊できる」

()()()()()()()()()ってか?」

「研究所から住民を守る党。略してK住」

「落選しろ」

 

 まあ、基本的には霊夢に任せておけばいい。あの子には解決の義務があるが、俺にはない。面白そうだったら首を突っ込むのは魔理沙や他の勢力と共通している。

 

「その研究所ですが、近いうちにイベントを開催するらしいですよ」

 

 妖夢が話に参加してきた。イベントを開くということは異変を起こす気は無いのかな? 随分と平和主義な勢力だな。皆取り敢えず異変を起こして注目を集めるイメージなんだけど。

 

「なんだよつまんねえな。今度の異変には俺も首を突っ込もうとしてたのによ」

 

 その発言では、異変解決側に回るのか、主犯側に加担するのか判断しづらいな。まあどちらにせよ、だ。

 

「下手に首を突っ込むと最悪死ぬぞ。俺達と向こうでは実力差が違いすぎる。向こうにとっての遊びは俺たちからすれば命懸けの戦いだ」

 

 “向こう“というのは、異変を起こした者たちと異変解決側の人間を指す。幻想郷の強者と何度か戦ったことがある俺が言うのだから間違いはないと思う。これまでの修行や戦いは全て叶夢にも話している。暇潰し感覚にこれまでのことを聞かれたことがあったからだ。というわけで、

 

「お前がそう言うならそうなんだろうな」

 

 こういう反応を示した。

 

 ───────────────

 

 一週間後、研究所主催のイベントが開催された。今日から7日間開かれるという大きなイベントである。内容は研究所の見学、一部成果の閲覧等ができるらしい。

 

 噂通り、研究所は霧の湖を挟んで紅魔館の反対側に建っていた。大きさはそれなりだが、なんせ比較対象の紅魔館が隣に建っているせいでそれほど大きくないように見える。とは言っても、博麗神社よりは大きい。

 

 ──白玉楼と比べたら可哀想だもんなぁ。

 

 外壁も灰色という、大きさも色も微妙な見た目であり、初見の人たちは皆一度立ちどまるのだ。「これ、思ったよりつまらなそうだな」と、連れと話し、「でもここまで来たのだから行こう」と言って中に入る。

 

 幻想郷の常識に慣れてきたとは言っても俺は外の世界の者。そんな俺からすれば寧ろコレ(何の変哲もない建物)こそが普通であり、常識なので何とも思わない。それは隣にいる霊華も同じらしい。

 

「普通って感じがして安心しますね」

 

 同感である。因みに今日のイベントはデート目的で来た。最近デートしすぎじゃないかと思うが、きっとそれは非リアの発想であり、リア充にとってはなんてことも無い普通のことなのだろう。──ちくしょう……! 

 

「どうかしましたか?」

「いや、入ろうか」

 

 今日の霊華はいつもの巫女服を着ている。ワンピースもいいけど、結局巫女服が一番似合うのかもしれない。

 

「ようこそ。列に沿ってお進み下さい」

 

()()()()()()()()()()()()()()()を潜ると案内人に従って並ぶ。どうやらグループ見学形式のようで、前のグループが部屋から出てくるのを待っているらしい。廊下は空調が効いているので、待つのは苦痛ではない。他の見学者も皆「涼しいね」と話している。

 

「ここって何の研究をしているんだろうね」

「気になりますよね。広告には何も書かれていなかったし……」

「建物ごと幻想入りする事なんてあるのかな?」

「早苗のところの神社は湖ごと来たんですよね?」

「でもあれって多分紫の力を借りているはずだよ。近未来の技術を研究している建物が自然にやってくるものかね?」

 

 霊華は首を傾げて少し考える。そして、周りを気にするように声を抑えて問うてきた。

 

「まさか、意図的に来たと考えているんですか?」

 

 俺は首肯して自分の考えを話す。

 

「まあ、目的が分からないし、紫がこんな建物の存在を許すとも思えない。俺の考えは多分間違っているよ。ありとあらゆる事象に意味があると思っているとドツボにハマる」

 

 くだらない会話をしている間に順番が回ってきた。10人グループで研究室に入る。中には見たことも無い機材で溢れており、それだけで客の心を揺さぶった。

 

 ──凄いなぁ、21世紀の技術を超えてないか? 

 

 学校の教室のように机が並べられていて、前面の壁にはホワイトボードが張り付いている。

 

 タブレットのような端末を操作している者もいれば、空中に浮いたディスプレイを眺めている者もいる。

 

 後ろから部屋全体を観察していると突然目の前にSFファンタジー系で見るような透明ディスプレイが現れた。スライドショーが始まり、研究所の解説を開始した。

 

「ここは生命科学研究機構、幻想生命科学科の研究所です。研究の目的や内容を解説します。また、これまでの成果を別室で紹介しておりますので、是非ご覧になってください」

 

 驚いた事に彼らは27世紀から来たらしい。なんてことも無いように語り出したため危うく聞き逃すところだったが、確かにそう言っていた。

 

 幻想生命科学科は、架空の存在を科学の力で生み出す研究をしているようだ。彼らは妖怪の生態を調べる為に幻想郷にやってきたという。そんな簡単に来れるようなところでは無いはずだが、6世紀も違うと簡単なのかもしれない。

 

 ──タイムスリップとかしてきたのかなあ。時間警察とか居ないのかな? 手続きが面倒くさそうだなあ。

 

 こういった、最新技術系の話は大好きなので、スライドショーはとても楽しかった。しかし、見学者全員がそうとは限らない。実際に多くの人は何を言っているのか理解できていない様子だった。

 

 幻想郷の文明は明治初期で止まっているはずだから、19世紀後半から数えれば7.5世紀先の技術を紹介されているのだ。理解できないのは当然だろう。実際、俺も全てを理解できたわけではない。

 

「何だか分かったような、分からなかったような……難しい話でしたね」

「でも凄いってことは分かったよね。まさか幻想郷で未来の技術を見ることができるとは思わなかった。外の世界に帰っていたら体験できなかったと思うと興奮するなあ」

 

 実は俺も開発者になりたいと思っていた。今では叶わない事だが。いや、ある意味では叶っているのだろうか? 創造の能力で色々造っているからね。

 

 スライドショーを見た後は研究成果の展示を見に行った。

 

「あれ、彼処だけ妙に妖怪が多いですね。なんだか賑わっているみたい」

 

 霊華の言う通り、展示物が並べられた部屋の一角に、まるで人間に餌を要求する鯉の様に集まっている。

 

 いや、そもそもこの展示室に人間が居ないな。言うまでもなく、彼処で盛り上がっている妖怪達のせいだろう。ここは安全が約束された場所ではないから、襲われても可笑しくない。

 

 不用意に妖怪に近づくことはせず、部屋の入口付近に置かれた物とパネルを眺めることにする。どうやら、今俺達がいるコーナーは21世紀から27世紀までに流行った物が展示されているようだ。そして、妖怪が集まって賑わっているコーナーには研究所の成果物が並んでいるのだ。

 

「これ、春の宴会で鈴仙さんが言ってたやつじゃないですか?」

 

 後ろから話し掛けてきた霊華の方を見ると、ショーケースの中に緑色の携帯電話が展示されていた。

 

「これは……自在に折り曲げられるケータイ? そういえば言ってたね。月でも開発されているんだっけ?」

 

 パネルには「22世紀に流行した端末」と書かれている。新しく開発された物質を採用する事で自在に形を変えられるようになったらしい。集積回路の更なる小型化に成功した為、余程のことがない限り大事な部品が折れることは無かったと書かれている。

 

「──だが、自在に変形できる機能は想定よりも需要が無く、三年程で姿を消した──。なんか、私達の時代にも有りましたよね」

「昔さ、ガラケーの画面を回転させられる奴あったよね。ケータイでもテレビを見られるようになった時代」

「懐かしいですね! あの後すぐにスマホが出てきて無くなっちゃいましたね」

 

 スマホが出てきてからもガラケーは発売されていたが、画面を回転させられる機能は廃止されていた。やはり需要がなかったんだろうな。だって、ケータイでテレビを見る必要が無いもの。N○Kに集金されるだけじゃん。

 

「あ! さっきの、宙に浮かんでいた画面は22世紀後半から普及したらしいですよ!」

 

 空中に映像を投影する技術は21世紀から開発されている。最終的に完成した物は小型の端末を置くと、指定した位置、大きさで投影してくれるらしい。パソコンのモニターを好きなところに置けるし、出力装置自体が小型端末なのだから、持ち運ぶことができる。プロジェクターとして利用することもできるだろうから、営業マンとかが使いそうだ。

 

「22世紀後半には、ノートパソコンが無くなったのか」

 

 いや、もしかしたら21世紀の中盤頃から無くなるかもしれない。タブレットが段々パソコンじみてきているからね。

 

 22世紀に仮想画面(ヴァーチャル・スクリーン)が普及したことから、身の回りの物が視覚的に大きな変貌を遂げた。

 

 家電ではテレビやパソコンが。また、防水加工の仮想画面端末が発売された為、庶民も比較的簡単に()()()()()()()()()()()()()()()()()。個人的にどうでもいい事だが、技術自体は素晴らしい。

 

 集積回路の更なる小型化に成功し、より性能を上げた()()()()()が普及したことにより、パソコンの性能も飛躍的に上がったようだ。

 

「RAMが4TB、ストレージが128TBのパソコンが15万円だって? ──因みに消費税は32%……!? 日本人大丈夫か!?」

「消費税凄いですね……。パソコンの方はどのくらい凄いんですか?」

「俺の世界の()()と比べると、1000倍以上の性能かな? 多分ね」

 

 この調子ならインフラ関連も成長しているんだろうな。『第5世代移動通信システム』──5G──なんてものじゃないだろうね。7Gくらいまで進んでいるかもしれない。そこまで来るともう訳が分からない。

 

「次は自動運転車か」

「完成したのは21世紀中盤なんですね。そのうち空を飛んだりするのかなぁ」

 

 自動運転車は2()0()1()8()年の時点でも高速道路を走る程度はできたはず。問題なのは、一般道路で歩行者が突然道路に飛び出してきた時等の緊急時の対応が難しいとか。それらの問題を解決できたのが2043年。43歳になったら外の世界に行きたいな。

 

 ──でも消費税高そうだな

 

「自動運転車、500万円ですって! 高すぎないですか?」

「マジか。買うのはお金を持っている高齢者かな? まあ、車が暴走したとかいう言い訳ができなくなるなら良いね」

「事故を起こしやすい世代が自動運転車に乗れるなら、確かに良いですね。免許返納もしづらい状況でしたし」

「言っても、免許取り立ての若い世代も事故率が高いんだよね。まあ、彼等はまだ成長するから多少はマシか?」

 

 何故22世紀の話から21世紀の話になっているのかと言うと、21世紀から27世紀までの発展歴史が展示されているところを22世紀から見てしまったからだ。21世紀の年表を抜かしていることに気づいて最初から見直している。

 

 残りの21世紀は「新幹線の最高時速が400キロに到達」くらいか。

 

 ──うん? 

 

「24世紀、脳内挿入型記憶装置の開発?」

 

 気になったので、解説の文章へ目を走らせる。

 

 ──高齢化社会が進むにつれ、認知症患者の数も急増した。平均寿命を伸ばす為の研究を辞め、記憶維持の研究を開始した。脳内挿入型記憶装置は、数種類ある記憶維持方法の一つである──

 

 解説を真剣に読んでいる俺を見て気になったのか、霊華も隣にやってきた。

 

 ──手術により、脳に小型機器を接続する。脳の神経細胞(ニューロン)から伝達する電気信号を用いて記憶情報(データ)を保存できる──

 

「遂に人間そのものをIOT化し始めたんですね」

「何だかなあ、そこまでして生きたくないな」

 

 技術は凄いけどねぇ。と続きを眺めていると、26世紀のコーナーに着いた。

 

 ここまで来ても、携帯電話のような存在は使われているらしい。仮想画面端末の軽量化や性能アップに力を注いでいるらしい。その為か、これといった新機器はない。あるのは、良く分からない機械が開発されたという情報のみ。

 

 ──そういえば、技術的特異点(シンギュラリティ)は来たのかな? 

 

 いや、さっきの研究を人間が行っていたのだから、到来していないのだろう。

 

「21世紀では自動運転、22世紀は仮想画面端末(ヴァーチャル・スクリーン)、23世紀から24世紀にかけて脳内挿入型記憶装置の開発をしているんですね」

「段々人間らしくなくなってきたね」

「まあ、私達から見ればそうですけど、逆もまた然りだと思いますよ。不便で不完全で愚か、とか」

 

 こちらからすれば、便利だが「そこまで生き長らえたいか? 人間!」だな。

 

「段々頭痛くなってきたな」

「未知の世界ですからね……情報が多すぎますよ」

 

 でも、未来を想像しながら年表を辿るのは楽しい。

 

「“25世紀では超能力の開発が開始された“」

「遂に来ましたね。でも、能力って開発する物なのかな?」

「“『脳内挿入型記憶装置(BISD)』を改良して、人間の演算処理速度を向上させる実験が行われ、良好な結果が得られた。ウイルス感染による『奇行や昏睡等(バグ)』が起こることを防ぐ為、全てのBISDはオフラインである“」

 

 そんなことしたってなあ、悪意を持った人がBISDを開発したらどうするのだろうか。

 

「“26世紀では、BISDが十分に浸透した為、比較的安価で手に入るようになった。これにより、自身の子供にBISDを挿入することが()()()()()()()()“」

「それってつまり、機械依存ですよね。何でもかんでもスマホに頼ればいいって言っている人と変わらないですよ」

 

 確かに。ヒトとして退化しそうだ。

 

 BISDを搭載することが当然になったということは、搭載していない世代との間に明確な処理速度の差が生まれる。安価とはいえ、全員がBISDを搭載できるとは限らない。貧困層は完全な劣等扱いをされるのだ。いよいよ嫌な世の中になってきたな。

 

「“27世紀では知識は買うものとされた。あらゆる知識はBISDにインストールすることによって、実質的に不滅なものとなった。受験生に人気が出た“」

「学校に行く必要あるんですかね?」

「書いてあるよ。──“BISDを使用した者と、しなかったもので区分分けが行なわれた。使用者は基本的には高等教育で修了し、未使用者の中で希望する者は大学に通うことができる“」

 

 BISD使用者は負け組か。成程、「貴方は知識をインストールできるのだから、勉強する必要は無い」という事だ。実際、学ぶ気がない者が学校に通っても、意欲のあるものにとって邪魔者でしかないのだから、間違いではないだろう。

 

「年表はこれで終わりですね。なんだかモヤモヤします。これからどうなっていくのかな」

「出来るかわからないけど、タイムマシンでも創造してみる? 時間警察とやらが本当にいるなら面倒くさいけど」

「流石に怖いのでやめておきます」

 

 良かった。流石に俺もタイムマシンの創造はしたくない。一発で造れるとは限らないのだから、失敗すればどうなるかわからなすぎる。なぞのばしょに埋まるかもしれない。

 

「私、21世紀に生まれて良かったな」

「俺も思った。なんか怖いよね」

 

 技術が進歩して便利になったのはわかるが、段々人間ではなくなってきているではないか。自分を人造人間にしてまで生きたいとは思わない。

 

 




ありがとうございました! 27世紀から来た研究者の世界の歴史を描写しました。如何でしたか。

世紀ごとの歴史を纏めておきますね。

21世紀:自動運転車
22世紀:仮装画面(ヴァーチャル・スクリーン)
23世紀:脳内挿入型記憶装置(BISD)
24世紀:脳内挿入型記憶装置(BISD)
25世紀:超能力開発
26世紀:子供に脳内挿入型記憶装置(BISD)を接続するようになった
27世紀:知識はインストールする物


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#77「解析結果」

 さて、随分と長い間年表を見ていたが、彼方の妖怪たちは未だに賑わっている。

 

 そんなに強そうな妖怪が見当たらないため、俺は堂々と近づく。霊華は若干緊張気味に、俺の半歩後ろに付いてくる。

 

「成程、()()()()()()()()()()か」

「DNAを提供すれば何の妖怪か当ててくれるんですね。面白いな」

 

 確かに面白い。この方法ならば様々な妖怪のDNAを自然な形で()()()()()。研究者の目的は妖怪の生態を調査すること。そして、架空の存在を生み出す研究をしていると言っていた。つまり──

 

 ──彼らは妖怪を作ろうとしている。

 

 それが良いことなのかどうかはわからないし、どのような問題を引き起こすのかはわからない。これは監視した方がいいだろう。だが、それは俺の仕事じゃない。幻想郷を管理している紫の仕事だ。これだけ目立つイベントを開催していればあの人も気付くだろう。明日になってもイベントが開催されていたら紫公認の存在だと言っていい。

 

 ──もし何か問題が起きても俺には関係ない。

 

 ───────────────

 

「楽しかったですね! 来て良かった」

「そうだねー」

 

 一通り研究所を見学した俺たちは、帰ろうとしていた。廊下を歩いていると、小さな女の子とすれ違った。

 

 ──見たことある気がする

 

 そう思うと、無意識に声をかけていた。

 

「あの……!」

「うん?」

 

 呼び止められて振り返ってきた女の子は、白衣を着ているが女性と呼べるほど大人びていない。童顔とは違った雰囲気だ。

 

「俺のこと覚えてない?」

「……ああ、()()()()()! この前はありがとうね!」

「こちらこそ、君にアドバイスを貰えたおかげで力を使えるようになったんだよ」

 

 後にいる霊華は、少女が俺のことを「お兄ちゃん」と呼んでいることに驚いている。

 

「博麗さん、この子は俺に能力があることを教えてくれた子だよ」

「初めまして、月見 菜乃花(つきみ なのか)です」

「初めまして、博麗霊華です。菜乃花さんはここの研究員なのですか?」

「良くわかりましたね、皆はコスプレだって言ってくるのに……」

 

 まあ、身長145cmくらいの女の子が白衣を着ていればそう思われても不思議ではない。それにしても、俺に対する態度と差が有りすぎないか。子供らしい話し方の方が好きだ。

 

 それにしても、この子の名前は初めて聞いた。前に会った時、俺の名前を言い当ててきたから、菜乃花は俺の名前を知っているのだろう。

 

 この研究所にいるという事は、菜乃花も27世紀から来た子。俺の能力を含めた個人情報をまるで資料を読むように列挙できたのは、『脳内挿入型記憶装置(BISD)』にインストールした能力の効果であると見れば納得がいく。

 

 ──27世紀では、プライバシー保護法は無くなったのかな?

 

「菜乃花ちゃんと会ったのは随分と前だけど、あの時既に研究所があったの?」

「違うよ。あの時は私一人だけだったの。一度元居た世界に返してもらったあと、()()幻想郷に来ることになったんだよ。──ところで……お兄ちゃん、こんなに綺麗な彼女が居たんだね。いいなぁ」

「か、かのじょ!?」

 

 菜乃花のコメントに対して過剰に反応したのは霊華だ。俺は慌てて否定すると、菜乃花は不適に笑った。

 

「これからかな? ()()()()()()()()()()()()()()()()()

「えっ、どうしてそのことを?」

 

 能力の存在を当てられた霊華は聞き返す。

 

「私は頭がいいからね。わかっちゃうんだよ。……お兄ちゃん、また明日、一人でここに来てくれない? 良いこと教えてあげる」

「ん? 別に今でもいいけど」

「ダメだよお兄ちゃん。デート中なんでしょ?」

 

 あらまあ、鋭い子だこと。賢い子は好きだよ。

 

 ───────────────

 

 翌日、菜乃花に言われた通り研究所に向かうと、応接室に案内された。席に腰を掛けると、菜乃花がコーヒーカップを持ってきてくれた。

 

「菜乃花ちゃんって何歳なの?」

「12歳。……ガキの癖に珈琲飲むのかよ。とか思った?」

「待ってくれ、俺はそんな性格悪くないぞ。ただ、その体に対してカップ一杯の珈琲は多いんじゃないかって」

「大丈夫。自分に適した量と濃度を解析してあるから」

「へぇ、『解析』か。BISDだっけ? 便利そうだね」

 

 BISDという単語を口にした時、菜乃花は明らかに反応を示した。

 

「展示、見てくれたんだ? あの年表を纏めたのって私達なんだよ。でもおかしいな。私が解析の能力を持っていると断定するには情報が足りないはずだけど」

「確かに『脳内挿入型記憶装置(BISD)』に知識をインストールする、とは書かれていたけど、超能力については書かれていなかったね。研究が開始されて、その後どうなったのか、俺は知らない。でも25世紀から超能力の開発を始めれば27世紀には何らかの成果を出しているだろうよ」

「開発が途絶えた可能性は?」

「もちろん有り得る。でも、菜乃花は知らないはずの個人情報を知っている。それは超能力だと言えるだろう。このことから、超能力の開発は十分に進み、菜乃花の『解析』はBISDにインストールした能力であると推測できる」

 

 長い証明を唱え終えた後珈琲を飲んで喉を潤す。

 

「私の解析では、お兄ちゃんはそんなに頭がいいわけじゃないはずなんだけど……」

「そう難しい事じゃないし、誰でも推測できるんじゃないか?」

 

 あの資料に興味を持ち、熟読する必要があるが、その課題をクリアしている上に菜乃花の特技を目の当たりにすれば誰でも考えつくだろう。

 

「まあいい、菜乃花も暇じゃないだろうし、本題に入ろう」

「うん。今日来てもらったのは、あのお姉さんの能力について話したかったからなの」

「霊華の能力? 動物と会話できる力のことなら知っているけど」

「それは能力の一部であって、本質では無いんだよ。そしてこれは、本人に伝えるには少し残酷な要素がある」

「それなら、何故俺に? 仮にも個人情報だ。本人の同意無しに他人に話すのはよくないと思うけど」

 

 菜乃花は少し間を置いて口を開いた。

 

「お姉さんを解析した時、分かったの。あの人はお兄ちゃんをとても信頼している。そして、お兄ちゃんはあの人を大切に思っていて、守りたいと思っている。そうだよね?」

 

 無言で頷く。

 

「それなら、彼女が自身の力を理解する必要は無いんだよ。だってこれは()()()()だからね。本人がこの事を知ったら少なからず悪影響を及ぼす。だから、守護者が頭に入れておけばいいの」

「不幸体質……」

「その様子だと心当たりがありそうだね」

 

 随分と前に、霊華の体質について霊夢と話した。霊華と出会った時、昼間なのに妖怪に襲われていた事が不可解だった。妖怪は普通夜中に活動するのだ。特に、低級妖怪なら尚更だ。だが、あの時霊華は多くの低級妖怪に襲われた。

 

 また、初めて迷いの竹林に行った時も、少し別行動をしている間に沢山の低級妖怪に囲まれていた。コレは異例だ。妖怪退治の専門家である霊夢が言ったのだから間違いないだろう。

 

 俺と霊夢は、霊華が不幸体質……厳密には、『妖怪に好まれる体質』なのではないかと推測した。

 

 ──妖怪に好まれる体質。動物と会話。

 

 待てよ。太陽の畑に行った時、霊華の周りに色んな動物が寄っていた。あれは妖怪ではない。ならば、『妖怪に好まれる体質』ではなく、『動物に好まれる体質』なのではないだろうか。

 

「俺の推測では、霊華は動物に好まれる体質だ。でもそれの何処が不幸なんだ?」

「単純な動物限定ではないからだよ。自然、運、動物、植物までもがお姉さんを好む。この世界で言うと……妖精や妖怪は勿論、神にだって愛されるみたい」

「それが本当ならスケールがデカイな……」

 

 菜乃花は俺の言葉に同意するように頷いた。

 

「あらゆるものから『愛される』体質。一見幸せに満ちた体質だけどね、そう都合良くないみたいだよ」

「『愛』が必ずしも綺麗なものとは限らないから?」

「その通り。どんな形であろうと、お姉さんに降り注がれる想いは殆どが愛情。宗教だと、神は人間に対して『愛故の試練』を与えるよね」

 

 神が与える愛が人間にとって必ずしも有難い物とは限らない。獣が『愛故にじゃれつく』かもしれない。だがそれは、霊華にとっては『襲われる』事にほかならない。獣の力が強過ぎるからだ。

 

 霊華の元には当然、『綺麗な愛』が降り注ぐが、同時に『不器用な愛』、『歪んだ愛』と言った厄介な愛情までもが寄り付く。

 

「なるほど。全て理解した。俺の誓いの難易度が高い事も含めてね」

「忘れちゃいけないのがもうひとつあるんだ。これはある意味では幸せなのかな。──────」

 

 

 

 

 

 

 

 ───────────────

 

「じゃあね、お兄ちゃん。ここには1ヶ月居るから、その間に用があったらまた会いに来てね」

「ああ、色々教えてくれてありがとう。特に俺の能力について教えてくれたのは本当に感謝している。お蔭で今生きているようなものさ」

 

 そう言ってお兄ちゃんは研究所を去った。

 

「ふぅ……。これがもし漫画やドラマの世界なら、あの二人はこれから苦労するんだろうなぁ」

 

 私は独り言を呟いた。彼らの運命にイタズラを仕掛けるのは神だ。或いは悪魔か。だが、彼はきっとそれを乗り越える力を持っている。

 

 ──頑張れ、お兄ちゃん。

 

 まるで一段落経つのを待っていたというようにポケットが小刻みに揺れた。手を入れて中にある端末を取り出すと研究メンバーから通知が来ていた。研究所内はイントラネットを構築している為、一定の範囲内なら電子機器でやり取りができる。

 

 ──時間を潰している間に計画は順調に進んでいるみたいね。

 

 私は研究室へ足を運ぶ。少し歩いて部屋に入ると、メンバーは既に作業を開始していた。

 

 研究所は研究員27名で運営している。その中で大きくわけて3つのグループに別れており、私達のグループは今さっきまで非番だった。

 

 具体的には情報収集部隊が集めたデータを私達のグループが解析、生成する。3つ目のグループは他グループの補佐、事務が仕事だ。

 

「イベントは成功だな。初日で十分データが集まった」

「あと数日は研究所に足を運ぶ客が来るだろうな。それ以降は来客数が急減する」

「ああ、後は情報収集部隊の頑張り次第だな」

 

 展示室に設置した機械……DNAを提供すれば正体を当てるマシンは好評だった。実はあの機械はDNAを元に正体を当てている訳では無い。そもそも、私達の手元にある妖怪のデータは非常に少ない。それ故に集めているのだから、DNAを受け取ったところで正体を当てることはできない。しかしながら、あのマシンは良く当たると評判だった。理屈は簡単で、マシンに取り付けられた隠しカメラから容姿をスキャンし、『解析』したのだ。

 

 この解析は私がやったのではなく、解析プログラムを用いた。

 

 解析できるのなら、DNAを集める必要は無いように思える。実は解析とは言っても、「○○に縁のある妖怪」という程度である。妖怪についての昔の情報と、カメラで読み取った容姿の特徴を比較し、最も近い存在を挙げる。

 

 例えば氷の妖精ならば、背中に生えている氷の羽から『氷に縁のある妖怪』とし、またある妖怪なら、頭に生えた角から『鬼』と判断する。とてもくだらないアルゴリズムだが、技術を持たないものにとっては十分感銘を与えるものなのだ。

 

 解析の性質上、手元に情報があればあるほどより細かく解析できるため、クローンを作成するには遺伝子情報が必須なのだ。

 

 採取したデータは、容姿映像とDNA、解析結果がセットになって保存されている。容姿映像から解析結果を見た時の反応を確認し、解析が成功したようならクリアとする。

 

 背中から氷の羽が生えた者は『氷に縁のある妖怪』と解析したが、彼女は「あたいは氷の妖精だ!」と叫んでいることから、正体は氷の妖精に訂正される。

 

 稀に、怪しい解析を行ったケースがあった。青い服を着ているというだけで特にこれといった特徴がない妖怪に対し、マシンは「水に縁のある妖怪」と解析した。これは青い服=水という曖昧な評価をした結果である。幸いにも、その妖怪は水を操る能力を持っているようで、更には自分の正体は『河童』であると暴露してくれた。

 

 今日の最も難関なターゲットは黒い服を着ている妖怪だ。三又の槍を持ち、赤と青の尖った羽のような、尾のような物を生やした妖怪だ。判定結果は「烏」だ。結果を見た妖怪は不敵に笑い、「私の正体は当てられないみたいだね」と言い残して去った。他の妖怪は皆親切で、自ら正体を言い残して言ったのだが、この妖怪だけは違った。お蔭でお手上げである。()()()()()()()ということになった。

 

「まあ、DNAさえあればクローンは作れる。作った後に実験を繰り返せば突き止めることは可能だろうさ」

「ええ、それじゃあ早速今日の解析分を作成しましょう」

 

 クローン作成には、細胞分裂促進剤を投与するため、予定では4週間あればオリジナルと同じように成長させることができる。




ありがとうございました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#78「解析と検索」

どうも! 祐霊です!
最近難しい内容になってしまっていますが、それでも読んでもらえて嬉しいです。

堅苦しい未来の技術のお話は今回で終わりなので安心してください!


 幻想生命科学部情報収集部隊は、幻想郷での調査を正式に認められた日から活動を開始した。部隊名から明らかであるように、情報収集が彼らの仕事である。具体的には植物の生態と妖怪についての情報を集めている。

 

『正体を当てるマシン出張所』を人里に配置した。これは移動型の出張所で、リアカーにマシンを乗せた状態で里を徘徊する。見慣れないものをチラつかせて妖怪の興味を引く事が狙いである。しかし困ったことに、同時に人間の興味を引いてしまう。人間の気配は雰囲気でわかるので、マシンの使用を拒絶したいところではあるが、仕方なく正体を当ててあげることになっている。結果は言うまでもなく『人間(ヒト)』。

 

「私は魔法使いに縁のある人間だ。覚えておきな」

 

 金髪で黒と白のエプロンのような服を着た少女は、魔女が被っているような帽子に触れながら不満そうに呟いた。部隊員は「魔法使いに育てられた子供なのかな?」と思い、念の為遺伝子情報を保管することにした。

 

『正体を当てるマシン出張所』では1週間は安定して採取できた。

 

 ───────────────

 

 情報収集部隊は2グループに別れており、3人ずつの計6人構成である。片方のグループが人里で遺伝子情報を集めていた間、もう一方のグループは迷いの竹林へ向かっていた。

 

 昼間であれば、妖怪に食われることはそう無いという事で、研究員のフィールドワークは日中に行われている。迷いの竹林の特性は八雲紫から語られているが、竹林の防衛機能的存在である「十千刺々」については教えられていない。いや、強いて言うなら、「竹を切ったら命の保障はできない」とは語っていた。

 

 情報収集部隊が迷いの竹林に到着し、足を踏み入れようとした時、声を掛けられた。

 

「アンタら、噂の研究員か?」

「ああ、我々は竹林の土壌調査と竹のサンプルを採取しに来た」

「すぐ終わるなら案内してあげるよ。ただ、竹を切るのはやめた方がいい。やるならタケノコのほうだ」

 

 研究員達は白髪の女に連れられて竹林の中へ入っていく。研究員はキョロキョロと物珍しそうに竹林を観察している。1人の研究員が女に問いかけた。

 

「あのぉ……竹を切るとどうなるんでしょう?」

「竹林の養分にされるぞ。骨も残らず、な」

「ほ、骨も残らず!? 強酸で溶かされるんでしょうか」

「……少し前、この竹林に足を踏み入れた2人の若者が()()()に襲われた。竹で身体を一度刺されそうになったし、別の機会には刺されたらしい」

 

 案内人の話を聞いた研究員達の顔色が段々悪くなってきた。研究員といえば、架空の存在の都市伝説等、「非科学的」と言って嘲笑う印象が強いが、彼らの反応は極一般的なものだった。それは彼らが「非科学的な存在」を「現実で再現」しようとしているからだ。神や妖怪といったオカルトチックな存在を信じているのだ。

 

「で、でも、妖怪は夜にしか出てこないのでは?」

「ふん、そんな考えを持っているなら今すぐ捨てた方が身のためだ。ある程度力を持った妖怪は余裕で昼間にも活動している。尤も、夜の方が活発に動くことには変わりないが……。それに、竹妖怪には朝も夜も関係ない」

「……と、言いますと?」

「──竹を切る。それが竹妖怪が姿を現す条件だ。どうしても切るというなら、正当な理由を示す必要がある」

 

 案内人の話を聞いて恐怖でいっぱいになった研究員は、今すぐ帰りたいという気持ちを抑えて妥協案を脳内に浮かべた。

 

 ──タケノコ採取に切り替えよう。

 

「あれ、タケノコは採取しても平気なんですか?」

「だいぶ昔に私が交渉した。3日くらい殴りあったっけ……」

「だいぶ昔って、貴方何歳なんですか? 同じくらいに見えるのだけど」

「さあな」

 

 研究員の年齢は18。幻想生命科学部の多くは10代である。27世紀の世は年齢ではなく、学力や技術といった実力が全ての世界だ。

 

「さて、そろそろ始めたらどうだ? くれぐれも竹は切るなよ。あんまりアイツと戦いたくないんでな」

 

 案内人にそう言われ、話に聞き入っていた研究員は慌てて採取の準備に取り掛かる。

 

 ───────────────

 

 研究所が現れてから早くも三週間の時が流れた。残された滞在時間は三日。役目を終えた情報収集部隊は研究所の移動準備を進めていた。

 

「チーフ、第二研究所の備品チェックが完了しました。20年は保ちます」

「うむ、設備チェックはどうなっている?」

「電力確保、予備電源、機材、インフラ、予定通りです」

 

 チーフと呼ばれた者は椅子から立ち上がり、メンバー全員に号令をかけた。

 

「いよいよ我々の最後の仕事に移る。これが最大の任務だ。皆、心してかかるように!」

 

 情報収集部隊は再び忙しく動き始めた。一方、菜乃花達「解析・生成部隊」は解析の最後の追い上げを行なっていた。解析部隊の解析は、「正体を当てるマシン」同様、プログラムによる自動解析を行っているため、BISDの一つ『解析(アナライズ)』を持つ菜乃花だけが活躍しているというわけではない。むしろ、菜乃花は能力を使っていないため、仕事の貢献度は他のものと全く大差ない。

 

 収集した遺伝子情報やサンプルのデータはデータベースに格納されている。自動解析プログラムはデータベースにアクセスしてデータを参照し、解析を行う。27世期の研究所の設備を用いれば百数個程度のデータ解析は瞬時に終えることができるが、幻想郷に建っている研究所は所詮仮拠点であり、超高速の演算を行うコンピュータを動かすには電力が足りない。一応彼らは膨大な量の蓄電池を用意しているのだが、電力を無駄にできない()()がある。

 

「解析が終わるまで残り58時間……ギリギリだな。よし、交代制で担当しよう。常に三人担当するようにシフトを組む。オフのものは適当に過ごしていいぞ」

 

 ───────────────

 

 休暇を言い渡された月見姉妹はシャワーを浴びた後、人里へ出かけた。半年ほど前に食べた団子を妹にも食べさせるために菜乃花が連れ出したのだ。幻想郷の通貨は用意してあるので、今回は誰かに奢ってもらう必要はない。まだ陽が出ているためか、道中で何者かに襲われることはなかった。妹、菜乃葉は「ほっぺたが落ちるの~」と言って幸せそうに団子を頬張っている。そんな妹を見た菜乃花は研究所では見せない笑顔を浮かべた。団子を食し、お茶を飲んでまったりと過ごしていると、姉妹の元に金髪の女がやってきた。

 

「やあ、相席いいか?」

「……どうぞ」

「いやーありがとう! 珍しく満席でね、困っていたんだよ」

 

 女は菜乃葉の隣に座り、魔女が被っているような帽子を脱いだ。女はお品書きに一瞥もくれずウエイトレスに団子を三つ注文した。菜乃花は心の中で首を傾げた。店内は満席どころかかなり()いているからだ。

 

「お前たちのその格好からして、あの研究所の者だよな?」

「そうなの~」

「……それがどうかしましたか?」

 

 妹が呑気に受け答えしている一方で、女が狙って相席したことを確信した菜乃花は警戒の目を向けた。それを感じた女は「これは失礼」と言って、こう続けた。

 

「私は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだ。怪しい者じゃないぜ」

「お姉さん、魔法使いなの? 凄いの~!」

「魔法使いが何のようですか?」

「いや、未来人を見つけたから声をかけただけだ。暇なら話を聞かせてくれないか?」

 

 魔理沙は研究所の展示の内容を3割も理解できなかった。だからこそ彼らが住む27世紀に興味を抱いたのだ。

 

「そうだな、まずは脳内挿入型記憶装置について。もちろんタダでとは言わない。この団子をご馳走するぜ」

 

 魔理沙はたった今提供されたばかりの団子を姉妹の前に出す。それはさっき2人が食べたものとは違う商品だ。それ故に、二人は喉を鳴らした。大人ぶった研究者とはいえまだ12歳の少女である菜乃花と菜乃葉だ。好物には目がない。二人はBISDについて語り始めた。勿論、幻想郷の管理者との契約、「幻想郷に知識を与えないこと」に反しない範囲でだが。

 

 菜乃花は魔理沙を『解析』してみせた。

 

「霧雨魔理沙。年齢は1()8()。身長体重、スリーサイズは控えるとして──魔法の森に住んでいる人間で、霧雨魔法店という何でも屋を開いている。博麗神社に住む博麗霊夢と博麗霊華、神谷祐哉とは親しい友人。また、霊夢に対してライバル意識を持っている。天才の彼女の隣に立つために日々魔法の研究をしている。弾幕ごっこが得意で、パワー重視。自慢のレーザーを祐哉に跳ね返されて以来、更なる火力を求めて実験を繰り返している。更に──」

「──ま、待て。突然私の事を語り出してどうした? いや、それ以前に何故そこまで知っている? その事は誰にも言っていないはずだ」

 

『その事』とは、更なる火力を持ったレーザーを撃つための研究についてだ。研究をする際、魔理沙は不法侵入を防ぐ為の簡易的な結界を貼る魔法を用いている。セキュリティは万全のはずなのに何故か情報漏洩している事に彼女は不信感を抱いた。

 

「──これが私にインストールされたBISD。『解析(アナライズ)』だよ」

「知識はインストールする(取り込む)もの。確かにそう書いてあったな。だがそれは知識と言うよりかは能力だろう。……そうか、つまりお前は超能力者なのか」

「私も超能力者なの。何でも『検索』できるの。魔理沙さんのお財布の中にあるお金じゃ団子は一つしか買えないの」

 

 菜乃葉がそう言うと、魔理沙はぴくりと反応した。

 

「お前、なぜその事を?」

「言ったの。私は何でも検索できるって」

「そういう訳だから、私達はこれで」

 

 月見姉妹は自分達の分の伝票を取り、店員に銭を渡して店を出た。

 

「危ないところだったの」

「やっぱり菜乃葉の検索って便利だよね」

「お姉ちゃんの解析の方が便利なの〜」

 

 解析と検索。出来ることは似ているが、厳密には異なる。例えば、姉の菜乃花の超能力──『解析』は魔理沙について解析できる。これは菜乃葉の『検索』でも可能だ。だが、神谷祐哉について『解析』ができても、『検索』はできない。

 

『検索』は特別なデータベースにアクセスして情報を取り出す能力。創作世界である『幻想郷』に存在した人物についての情報は21世紀に保存されている為、魔理沙については検索できる。だが、神谷祐哉は現実世界から創作世界に転移した異邦人である。イレギュラーな存在についての情報はデータベースに無いため、検索が不可能である。

 

 ならば、『検索』は『解析』の下位互換か? 否である。そもそも解析と検索は全くの別物だ。『解析』とは()()なるものを理解する為の行為。『検索』とは、()()なるものを調べる行為。故にこの2つの能力の優劣は測れない。

 

 知識量が21世紀とは比にならないほど増えた27世紀では、情報が格納されたデータベースに検索をかけるのが常識になっている。BISDにインストールした『検索』は、端末無しでも自身の身体ひとつで検索できるようにしたものだ。

 

「私達姉妹は無敵なの〜!」

 

 妹に抱きつかれた菜乃花は微笑んで彼女の頭を撫でた。




あろがとうございました! 次回からようやく祐哉が出てきます!

【前回までのおさらい】
組織名:生命科学研究機構(幻想生命学部)
研究目的:空想の生き物を科学で再現する。
幻想郷にきた目的:妖怪の遺伝子情報を集める。
滞在期間:1ヶ月

【今回】
・情報収集部隊が各地で遺伝子情報を集めた
・契約期間の1ヶ月が過ぎようとしていて、移動の準備をしている
・月見姉妹達「解析・生成部隊」は機械を使って自動で遺伝子情報を解析
・双子の姉、月見菜乃花が持つ「解析」は未知なるものを調べるための力
・双子の妹、月見菜乃葉が持つ「検索」は既知なるものを調べる力

知識量が21世紀とは比にならないほど増えた27世紀では、情報が格納されたデータベースに検索をかけるのが常識になっている。菜乃葉がBISDにインストールした「検索」は、自身の脳を使うことで端末なしでもデータベースを参照できるもの。

次回の投稿は少し先になります。5月4日に投稿できるように準備します。頑張れたら5日毎日投稿しますが……わかりません! お待ちください!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#79「パクリじゃあない、オマージュだ」

大変お待たせしました。東方霊想録79話でございます。

今年のGWもとても忙しかったです。

久しぶりの戦闘回。弾幕戦より書きやすいですね。


 研究所が現れてから1ヶ月経過した。これにより、密かに行われていた交換留学は終了し、ある日の朝には研究所の姿が無くなっていた。現れた際は「ずっと前からそこに建っていた」が、今では「最初から何も無かった」ように感じられる。

 

 ───────────────

 

 最近日が暮れるのが僅かに早くなってきた。夏が終わっても白玉楼で修行している。夏の猛暑の中──といっても今年の最高気温は30℃──階段駆け上り修行を続けた俺と叶夢は体力と瞬発力をかなり鍛えられた。

 

 だが、剣術の修行は思うように進んでいない。ド素人状態から始めた剣術。基本の斬撃を教わった頃はすぐに成長できたが、段々と成長速度が遅くなってきた。簡単に言うと修行のレベルが上がったのだと思う。妖夢との修行では真剣同士の試合をしている。最初は妖夢を斬ってしまったらどうしよう、と言う不安があったが、俺の実力ではどうやっても彼女に攻撃を当てられないということを散々思い知らされているため、躊躇せず刀を振っている。

 

 刀で人を斬ったことはない。剣術を学んでからは、妖怪さえも斬ったことがない。そもそも風見幽香以来、妖怪と戦っていない。斬るための技術も、実際に斬らなければ大して役に立たないし、向上心も生まれにくい。成長速度が落ちた理由は、無意識下で自分の実力に満足しているせいかもしれない。

 

 そんな事を考えているからか、イマイチ修行にも集中しきれない。挑んでも挑んでも、妖夢に汗をかかせることさえ叶わず、寸止めで斬り返される。

 

「最近集中できていないですね」

「えっと……」

「誤魔化しても無駄です。ひょっとして、今の自分に満足しているんじゃないですか?」

 

 驚きのあまり体が震えた。集中できていないことには気付かれたとしても、その理由まで言い当てられるとは思っていなかった。

 

「そんな貴方を今から襲っちゃおうと思うんです」

「──へ?」

 

 いったいどう言う意味で──なんて考える暇もなく胸ぐらを妖夢に掴まれた俺は上に投げ飛ばされた。宙を舞っている間に目に映った妖夢はこちらを見上げながら楼観剣を抜刀しようとしていた。その後ろでは叶夢が呆気にとられている。

 

 膝を曲げて構えているところからして、俺の着地を待たずに妖夢の方から跳びかかってくるのだろう。俺は咄嗟に帯刀を引き抜き、重力を活かして迎撃する。互いの刀が衝突し、甲高い金属音が耳を刺激する。拮抗して弾きあった結果、互いに退いて着地した。同時に中段の構えを取り睨み合う。

 

「飛天御剣流──龍槌閃! なんてね」

「良かった。迎撃してこなかったら今頃永遠亭送りですよ」

 

 高校のときハマった剣客漫画の必殺技、憧れて真似してたっけ。いつの間にか見様見真似でもそれっぽいものができるようになっていた。

 

 それはそうと、今怖いこと言ったよね、妖夢。怒らせちゃったかな……? 

 

「ごめんなさい! 明日から真面目にやります!」

「貴方はいつも真面目に修行しているじゃないですか。ただ、目的を忘れているだけです。貴方は最初、護身のために剣術を学ぶと言いました。ですが、途中で私に言いましたよね、()()を守るために力が欲しいと」

 

 妖夢は喋りながらジリジリと距離を詰めてくる。俺は半歩引いて全身に霊力を纏い、集中する。

 

 妖夢は斬撃はもちろん、スピードが速い。短距離の瞬間速度なら幻想郷最速を自称する鴉天狗よりも上だと言う噂もあるほどだ。だが、毎日妖夢と手合わせをしている俺と叶夢は油断しなければ避けることができる。

 

 ──普段なら

 

 次の瞬間には妖夢の姿が消えていて、腹に鋭い痛みが走った。

 

「ガッ──!?」

 

 思わず背中から地面に倒れてしまう。咄嗟に受け身を取って勢いよく回転して膝立ちの姿勢を取る。腹は斬られていない。峰打ちか。

 

「──本気でかかって()()()()。私を、彼女を危機に晒す危険因子だと思いなさい。私を倒せなかったら今日をもって()()とします!」

 

 ───────────────

 

「おいおい、いったい何事だよ? 妖夢のやつ、どうしちまったんだ?」

「手出しは無用だよ、叶夢」

 

 突然始まった喧嘩とも言える戦いに驚いていると、妖梨が意味ありげなセリフを吐く。

 

「何か知ってんのか?」

「最近、祐哉はスランプに陥っていてね、お姉ちゃんが活を入れようとしているのさ」

「よくわからんがアレは演技ってこと?」

「どうかなあ、本当に破門かもよ?」

 

 祐哉がスランプだなんて全く気づかなかった。いつも通り修行しているようにしか見えなかった。

 

「修行自体は熱心にやっているんだけどね、僕やお姉ちゃんに負けてもあまり悔しがらないでしょ?」

「確かに。前は一緒に悔しがってたのに。慣れたんじゃないか」

「うん。その『慣れ』が『負けても仕方ない。どうせ負ける』って言う考えに繋がってるんだよ」

「言われてみりゃアイツ、後ろ向きだよな。打算的というか何と言うか……負ける戦いをしたがらない」

「そうそう。実戦なら構わないけど、修行で師匠に負けるのは当然だからね。かと言って諦めちゃったら成長が止まってしまうんだ。だからお姉ちゃんはああやって襲ってるの」

「ふーん。それじゃ俺たちは見物人決め込みますか」

 

 そう言って縁側に座ると、妖梨は悪戯っぽく笑った。

 

 ───────────────

 

 ──突然破門にするってそんな! 

 

「……どうしても師匠を敵とは思えない」

「そうですか、それなら実際に敵になるまでです」

 

 妖夢は納刀し、背を向けて物凄い速さで走り出した。

 

 ──まさか妖夢、本当に霊華を人質に取るつもりか!? 

 

「人質……」

 

『人質』と言う単語を頭に思い浮かべただけで過去の出来事を思い出した。

 

 竹妖怪から守れなかったこと。

 

 レミリアに霊華を利用されたこと。

 

 幽香に霊華を人質にとられたこと。

 

「……あの子を襲う奴は誰であろうと敵だ!」

 

 俺は、相手が師匠であることを思考から消すことにした。右手に刀を持ったまま、霊力を使って地面を蹴って駆け出す。白玉楼の広い敷地を数秒で駆け、閉められた門を飛び越えて長い階段を降りる。適当な踊り場に着地するのと同時に、もう一度地面を蹴って駆け下り──否、文字通り()()降りる。風を切る鋭い音を聴きながら、遠くに見える妖夢の背中を追いかける。

 

「──星符『スターバースト』!!」

 

 常に俺の横に存在し続ける魔法陣を創造してレーザーを放つ。スターバーストを放ちつつも階段を降り続け、最下段に到着して幽明結界を越えようとしたとき、背後から強い衝撃が襲ってきた。

 

「ぐうっ!」

 

 レーザーを止めて振り向くと妖夢が刀を振り、弾幕を飛ばしていた。いつの間に背後に回っていたのか。

 

「レーザーの弱点はその轟音! 五感のうち一つを失えば攻撃に気づきにくくなり、不意を突かれる!」

 

 叫びながら弾を飛ばしてくる妖夢。上手く見切って避け、払っていると直接斬りかかってきた。

 

 ──今度は見えた! 

 

 踏ん張りが効くように足と腰、腕に多めの霊力を纏って斬り合う。最高に集中できている上、怒っている今、速さでは劣るものの力では優っている。刀身を擦り合い、力押ししていると妖夢が初めて苦悶の声を上げた。俺は敢えて力を抜き、彼女の右に回って上段の構えを取り、渾身の力を込めて楼観剣の側面に刃を当てる。

 

 どんなに優れた刀でも、側面からの衝撃には弱い。最初に学んだことだ。

 

「甘い!」

 

 武器破壊を狙われる可能性を考えているのも当然か、俺の目論見は失敗に終わり、お返しとばかりに刺突してくる。高速すぎて避けるので精一杯だ。

 

「こんなものでは私は倒せません! ()()()()にも! 大妖怪に人質にとられたらどうするんですか!」

 

 ──くそ! 俺に喋ってる余裕はないってのに! 霊力で身体能力を強化しても太刀打ちできないのか! 

 

 妖夢は霊力操作を()()()()()らしい。しているなら体の周りに霊力が見えるはずだ。純粋な身体能力に勝てないのは反則だ。華奢な体つきからは想像できない優れた能力だ。

 

 ──もっと、纏う霊力を増やせ! 俺が持っている全ての力を駆使しろ! 

 

「おおおおお!!」

「くっ……!」

 

 もっと速く、鋭く斬り込め。そうすれば妖夢を吹き飛ばせる! 

 

「なっ!?」

「今だ!」

 

 俺の猛攻に妖夢がよろけた瞬間、刀の峰で切り上げることで、妖夢を斜め上空に飛ばすことができた。

 

 俺は中段の構えを取り。地面を思い切り蹴って妖夢に飛び掛かる。

 

 ──創造、竹刀。

 

 ──『超速度投射』付与! 

 

「喰らえ! ──神速『九頭龍閃(くずりゅうせん)』!!」

 

 自身が持つ刀の他に八本の刀を創造し、同時に九つの斬撃を繰り出す神速の技。モロに攻撃を受けた妖夢は遥か上の踊り場まで飛んで行った。九頭龍閃──これも某剣客漫画の技だ。原作では一本の刀で本当の神速剣術で同時攻撃するのだが、リアルでは不可能なことだ。

 

 ──カッコいい技を真似できないっつーならよー! 9本の刀を使えばいいだけだろ! 

 

「は──っ! は──っ! ゴホッ! グウェ! はぁ、はぁはぁ……」

 

 ──くそ、カッコつかないな……! もう立てない……! 

 

 これまで経験した中では最大レベルの速さで心臓が動いている。全身が心臓になったようにドクドクと強く忙しく脈打っている。息をするのも忘れるほどに集中して、限界を超えた速度で動き続け、更には機能を付与した竹刀をコンマ数秒レベルの内に八本も創造したために激しい頭痛と吐き気が襲ってくる。

 

 ──目が回ってきた。平衡感覚が……

 

 ──やばい、死ぬかも

 

 ───────────────

 

 妖夢と祐哉が戦い始めた頃、博麗神社にいた霊華は出かけようとしていた。目的地は神の悪戯なのか、白玉楼である。だが、二人が激戦を繰り広げているとは知るはずもなく、のんびりとコロを撫でている。

 

「霊夢、ちょっと出かけてくるからコロをお願いね」

「祐哉にでも会いに行くの?」

「えっ!? 何でわかったの? 勘?」

「勘もなにも、顔にそう書いてあるわよ」

 

 霊華は、霊夢が言ったことが隠喩であるとわかっていながらも思わず姿見を確認しに行った。ついでに、巫女服にゴミが付いていないか確かめたり、頭と胸につけたリボンの位置を調整したり、髪の毛が乱れていないかどうか確認している。霊華の後ろ姿を見ただけで、鼻歌を歌いそうな程に機嫌がいいのがわかる。そんな彼女を見て霊夢はこう思うのだ。

 

「恋する乙女っていうのはああいうのを言うのかしらね?」

「恋する霊華さん、可愛いです!」

 

 霊夢とあうんの会話を聞いた霊華は慌てて反論しようとするが、上手い言い訳が思いつかず、照れを隠すように手で顔を覆いながら戻ってくるのだった。

 

 温かい目で見られながらお見送りを受けた霊華が白玉楼に着いた時、彼女は絶句した。大好きな人が白い顔で地面にうつ伏せで倒れているからだ。刀を握っているので修行で何かあったのかもしれない。まさか、と思った。

 

 ──階段から落ちたんじゃ……!? 

 

 前に見た思い出したくもない夢を思い出してしまう。夢の中では祐哉が階段から落ちる事故で死んだのだ。それが現実になってしまったのではないかと思うと、急激に脈が上がる。頭に響く鼓動音を聴きながら祐哉の身体に手を触れる。

 

「生きてる……良かった。気絶しているのかな。汗もすごい。一体どんな修行をしたらこんなことになるの?」

 

 早く彼を運びたいところだが、祐哉を担いでこの階段を上り切ることは霊華にはできない。白行楼に行って助けを呼びに行くことにした霊華はフワリと浮かび上がり、急いで空を飛ぶ。かなり上った頃、また人が倒れているのを見つけた。頭が痛くなるのを感じながら側によると、倒れている人が妖夢であることがわかった。

 

「妖夢ちゃん! しっかりして! 何があったの!?」

 

 妖夢も生きているが、意識がない。こうなってくると敵襲の可能性が浮上してくる。霊華は袖から大幣を取り出して再び空を飛んだ。

 




ありがとうございました。

天翔龍閃は登場しません。霊力を使って身体強化をすれば(少なくとも人間から見れば)超神速の抜刀術が使えると思いますが、アレは奥義なのでね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#80「幸福の歯車は錆びていく」

 目が覚めた。俺は布団の中で仰向けに寝ている。誰かが運んでくれたんだろう。助かった。正直あの階段を登る気力がない。起き上がろうとしてもダルすぎて動けない。

 

「うー」

「あ、神谷君! 起きたの?」

「れい……か……」

「うん、霊華だよ。大丈夫?」

 

 どうしよう、霊華が見える。あの世にいるのかも。

 

『白玉楼は冥界にあるのだから合ってますよ』

 

 いや、そういうこと言ってるんじゃなくてね? 

 

「れいか、げんき?」

「私のセリフです! 話は聞きましたよ。あの二人ったら私が駆けつけた時呑気にお喋りしてました。流石に怒っちゃいました」

「おこらないで、れいか。わらってるほうがかわいいよ」

「~~!! どうしたんですか神谷くん。もしかして寝ぼけてますか?」

「ねるぅ」

「もう……ゆっくり休んでください。ずっとここにいますから」

 

 あの世の霊華、優しいな。可愛いな。名残惜しいけど眠ろう。もう1秒だって起きてられないや。

 

 ──数時間後──

 

「あーなんかめっちゃ寝た気がする!」

 

 気怠さは無くなったものの、全身筋肉痛を起こしているため「痛てて」と言いながら寝返りを打つと、外が薄暗くなっていた。

 

「この感じ、夕方というよりは朝だよな。……え、マジ? そんなに寝たの?」

 

 後ろから服が擦れるような音がする。後ろに寝返りを打つと、可愛い子が眠っていた。

 

「天使か?」

 

 リボンを付けておらず、白い寝巻きを着ていて一見誰だかわからないが、もしかしなくても霊華だろう。俺は無意識に彼女の髪に触れていた。

 

 ──なんで霊華がここにいるんだろう。

 

 俺は眠っている彼女の頭を撫でた後立ち上がって居間へ向かう。

 

「痛ぇ……」

 

 主に腕と足が痛い。どっちも馬鹿みたいに重く感じる。動かすのがしんどい。

 

「あ、祐哉。起きたんだね、おはよう」

「おはよう、妖梨。あのさ、なんで霊華がいるの?」

「遊びに来たんだよ。タイミングが悪かったね。いや、巻き込まなくて済んだのだから良かったのかな? でも怒られちゃった。助けられなくてごめんね。想像の何倍も激しい戦いだったらしいね、お姉ちゃんが驚いてたよ」

「そうだ、妖夢はどうなった?」

 

 そう尋ねると、「おはよう」と声をかけられた。振り向くと妖夢が立っていた。

 

「妖夢! ごめんなさい!」

「え、どうしたの?」

「その……殺す勢いで攻撃しちゃったから……」

「大丈夫。そうさせたのは私だし、打撲程度だからね」

 

 大丈夫だよ、と優しい笑顔を見せてくれる妖夢。とても複雑な気分だ。あの時俺は、「妖夢に勝つ」ではなく、「敵を倒す」ことしか考えていなかった。師匠であり、友である妖夢に対してだ。

 

「本気を出してくれて、しかもその本気が凄く強くて、私は嬉しかったよ! いい技でした」

 

 俺の斬撃で吹き飛んだ後、気絶していたらしい。相打ちだったということだ。

 

「弟子と相討ちなんて……私、修行不足だなぁ」

「いや、待ってよ。昨日の俺はおかしかった。今やれって言われてもできないよ……」

「うん。完全にリミッターが外れてたんだろうね。その証拠に、全身筋肉痛でしょ?」

「正直立ってるのも辛い」

「あの本気が常に出せるようになったらすごいと思わない?」

 

 妖夢の言葉に妖梨が頷いた。妖梨も同じことを聞こうとしていたらしい。二人が注目してくるのに対し、俺は肯定した。

 

「すごいけど、なれるのか──」

「──なれるよ。必ず。ただ、普段の4倍くらいの強さだったから、気合入れてね! あ、今日は休んでね。明日からまた頑張ろう」

 

 妖夢はそう言って部屋に戻っていった。「気合を入れてね」と言われた時、俺は気づいた。

 

 ──もしかして、俺にやる気を出させるためにあんなことを? 

 

 ──迷惑かけちゃったな。でもお陰で自分の成長に可能性があることがわかった。あの「九頭龍閃」、必ず身につけてみせる。それが妖夢と妖梨に対する恩返しだ。

 

 洗面所で顔を洗った後自室に戻る。霊華はまだ眠っているので起こさないように刀を手に取る。昨日手入れをせずに寝てしまったので、今から行うのだ。今日も使わないから念入りに。

 

 手入れを終えて時計を見ると、もうすぐで朝食の時間になることに気づいた。俺は眠っている霊華に近づいて頭を撫でる。

 

「博麗さん、もうすぐでご飯だよ」

「ん……」

 

 うっすらと目を開けて数秒経った後、モゾモゾと動いて目を閉じた。

 

「眠い?」

 

 そう問いかけると無言で頷いてきた。

 

「ご飯食べない?」

 

 今度は首を振ってきた。どうやら相当眠いらしい。仕方ないので部屋の障子を開けて日の光を取り込むことにする。

 

「まぶしい……」

「博麗さんってそんなに朝弱かったっけ?」

「昨日はなかなか寝付けなくて……心配したんですからね?」

 

 俺のせいか。そういえば昨日、寝ぼけて霊華に変なこと言った気がする。何て言ったっけ? 

 

『笑ってる方が可愛いって言ってましたね』

『うっっっっっっわ! 聞かれてたのかよ』

『あの後、すぐ起きると思っていたようですが、夜になっても目を覚さないので心配そうにしてましたよ』

 

「ごめん」

「だめです」

「今度団子おごるから」

「本当ですか!?」

 

 霊華は急に飛び起きた。

 

「そんなに団子好きなの?」

「好きですけどそれより一緒にお出かけできると思うと……やったぁ」

 

 今から楽しみと言うように目を輝かせている。自分と出かけることを楽しみにしてくれるのは嬉しい。

 

「いつ行こうか」

「いつでもいいですよ。神谷くんの予定に合わせます」

「じゃあ後で妖夢と相談してみるね。決まったら連絡する」

 

 ───────────────

 

 今日は叶夢の修行の様子を見ていた。指導が叶夢のみに集中するためか指導が厳しかったようで、修行が終わってから怒られた。俺だって別にサボっていたわけではない。二人が試合している間、特に妖夢の動きを観察して学べるところを探していたのだ。

 

 叶夢の修行が終わって自由時間になった後、俺は一人で人里へ向かった。折角だから今度霊華に会う時にプレゼントを渡そうと思ったのだ。何がいいかと探して回った結果、(かんざし)を送ることにした。簪を購入した後、人里から出て人目を避けられる森に入った。特に名づけられていない唯の小さな森だ。ここならば誰も来ないだろう。

 

 俺が人目を避けようとしている理由は、今から無茶な術を使うからである。誰にも邪魔されたくないし、目撃もされたくない。白玉楼の中で行えば強い霊力を発する為にバレてしまう。妖夢たちにバレなくても、幽々子の目を欺くことはできないだろう。

 

「さて、実に3、4ヶ月ぶりにあの力を使うんだけど……」

 

 確か発動条件は「強い想い」だったはずだ。

 

 色んな妖怪に霊華を人質にとられた時のことを思い出す。

 

 十千刺々が霊華を殺そうとしたこと。

 

 意識を取り戻したら霊華が腹を刺されて倒れていたこと。

 

 レミリアが俺と戦いたいと言う理由で怖い思いをさせたこと。

 

 風見幽香が俺にやる気を出させるために殺害予告をしてきたこと……

 

 皆俺のせいで彼女を危険にさらしているのかもしれない。前に一度、「もう巻き込むのは嫌だから、一緒に出かけるのはやめようか」と言ったことがある。そうしたら、泣きそうな顔をされてしまった。「人質になるのは嫌だけど、神谷くんと出かけられない方が嫌だ」と返された。俺だって嫌だ。でも、()()()()()()()なのだ。「助けてくれるって信じてるから平気」とも言われたが、俺は彼女に怖い思いをさせたくない。そのためには俺が勝負を挑まれた時に断ってはいけないのだ。過去の経験から、断ったところで強制的に戦わされている。ならもう諦めて最初から勝負を受けた方が精神的にいいだろう。

 

 一緒にいるときなら彼女を守る手段があるが、懸念すべきは霊華が一人でいるときに何者かに襲われるケースだ。誰もそばにいない時にまで守ろうとするのは過保護とも言えるが、霊華には「愛される程度の能力」があるため楽観的にはなれない。そこで考えた手段がこの簪である。彼女が普段身につけるものに術をかけることで守るのだ。

 

 ───────────────

 

 今日は待ちに待ったデートの日。今日の服装はいつもと同じ巫女服だ。本当はこの日のためにおしゃれをしたかったけど、一緒に服を選んでくれた霊夢曰く「巫女服が一番似合っている」らしく、これに落ち着いた。

 

 待ち合わせ場所に着いて時計を見ると、約束の40分前に来てしまったことがわかる。当然神谷くんの姿はなく、彼が来るのをのんびりと待っている。

 

 暫くすると向こうから神谷くんが歩いてくるのが見えた。私が手を振ると、彼も振り返してくれた。待ちきれず自分から彼の元へ駆け寄る。

 

「神谷くん、早かったですね」

「こっちに来て」

 

 神谷くんは私の手を握ると歩き始めた。珍しく積極的な様子を見てドキドキしていると路地裏に入っていた。一体こんな所へ何の用だろうと思い尋ねると、神谷くんは不敵な笑みを浮かべながら振り向いてきた。

 

「な、なんですか? どうしたの?」

「ふふ……まんまと騙されたね」

「一体何の話を──きゃっ!?」

 

 何の話をしているのか問おうとすると突然首を絞められた。

 

 ──息が出来なくて苦しい。止めてよ……どうしてこんな事するの? 

 

 声を出そうにも出せず、首を絞める手を払おうにも恐怖で震えた身体では抵抗もできない。大幣を振ることも、御札を投げることも叶わず、私の意識はどんどん薄くなっていく。身体が痙攣するのを感じた時、身体から力が抜けていった。

 

 ──神谷くん……どうして……? 

 




霊夢と魔理沙。そして祐哉と霊華。4人は平凡だが幸せな生活を過ごしていくうちに、それを当たり前の日常だと思っていた。明日もまた、同じことの繰り返し。だがそれは退屈という程悪いものではない。

そんな【日常】は唐突に生まれ変わる。

【彼】の目に映る【理想郷(ユートピア)】は【絶望郷(ディストピア)】へと変わった。【彼】の想う【彼女】もまた、同じ世界も目にしているかもしれない。

だがそれは、幻想郷を包む異変の影響とは限らない。

誰かにとっての【理想郷(ユートピア)】は【絶望郷(ディストピア)】であり、逆もまた然りなのだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#81「時間をかけて育てた【信頼】は一瞬で破壊される」

 約束の3()0()分ほど前に着いた。流石に早く来すぎたようで、彼女の姿は無かった。待たせるよりはマシだと思い、俺は待ち合わせ場所の周りを適当に歩いて時間を潰すことにした。

 

 ──あれは……? 

 

 道端に青いリボンが落ちていた。気になった俺は人の波をかき分けて拾いに行く。

 

 ──これは……霊華のリボンにそっくりだ。落としたのかな? 

 

 だとすれば、彼女は既に来ていて無くしたリボンを探しているかも。彼女の姿を探していると、何となく路地裏が気になった。目をこらすと人影が見えたので入ってみると、そこには予想もしていない人物が倒れていた。

 

「──れい……か?」

 

 青と白の巫女装束。俺が見間違えるはずがない。これは霊華の服だ。慌てて傍によって声を掛けるが反応がないので仰向けに寝かせる。やはり霊華だ。一体どうしてここで倒れているのか疑問だが、気を失っているようなので永遠亭に運ぶことにする。

 

 ───────────────

 

「博麗さん、こっち来て」

「神谷くん!」

 

 神谷くんに呼ばれた私は嬉しくなって小走りで近寄る。ああやっぱり、さっきのは夢だったんだ。

 

「今日は何処に行きますか?」

「そうだねぇ、────────」

 

 え? なんて言ったの? 

 

「─────────」

 

 何故か彼の言葉がよく聞こえない。何だか不安になっていって、突然()()()()()()()()

 

「へへ、引っかかったな!」

「うっ──どう、して……」

 

 また首を絞められた。やだ、やめて。神谷くんはこんな事しない! さっきのも、今のも、夢なんだ! 夢なら早く覚めて! こんなの嫌だよ! 

 

「──い、おーい、大丈夫か、霊華」

「ん……魔理沙」

 

 私を呼ぶ声がすることに気づいた時、意識が戻っていくのを感じた。やっぱり夢を見ていたんだと確信して浮上していく。目を覚ますと魔理沙が心配そうに私を見ていた。

 

「大丈夫か? うなされてたけど……」

「まりさぁ……」

「おー、よしよし。私が居るからな。霊夢もいるし、祐哉もいる。何も怖くないぜ」

 

 祐哉──そうだ、神谷くん。

 

 神谷くんの姿を探すと魔理沙同様心配そうに見ていた。私は彼の顔を見た時、察した。

 

 ──違う。アレは夢なんかじゃない! 現実だ。

 

 私は神谷くんと待ち合わせしていた。早くに着いたんだ。5分くらい経って彼が来たかと思うと路地裏に連れていかれて首を絞められた。夢と現実を間違えるはずがない。

 

 ───────────────

 

 霊華を永遠亭に運んで念の為検査してもらったが、気を失っているだけだと言われて今は寝かせている。使い魔を送って霊夢と魔理沙に知らせ、永遠亭に来てもらった。

 

「大丈夫? 博麗さん。一体何が──」

「──いやっ!」

 

 俺が霊華に声を掛け、何があったのか尋ねようとすると、質問し終わる前に言葉を遮られた。俺は霊華に()()()()。突然の事に唖然としていると、霊華は消え入りそうな声で「来ないで」と言った。ギュッと目を瞑り、震わせている。

 

「どうして──」

 

 ──なんで俺は怖がられているんだ? 

 

「どうしてって、それは私の台詞です!」

「お、おい。何があったんだよ?」

 

 魔理沙が俺たちの間に立って落ち着くように説得しようとする。

 

 霊夢は俺に「どういうこと?」と聞いてくるが、首を傾げるしかない。

 

 俺は約束の30分前に着いた。その後に青いリボンを見つけて、近くの路地裏で霊華が倒れているのを発見した。俺は何もしていない。遅刻もしていないから、それを責められているわけでもないはずだ。

 

 俺には拒絶される理由が思いつかない。

 

 ──そもそも霊華は何故あんな所で倒れていたんだろう? まるで誰かに襲われたみたいな……

 

 俺が考え込んでいると、霊夢が彼女に近づいて「里で何があったか話してくれる?」と言った。

 

「首を絞められたの……」

「誰に?」

 

 長い沈黙が生まれた。やがて絞り出したような声でこう言った。

 

「──神谷くんに」

 

 と。

 

 俺は耳を疑った。霊夢と魔理沙も同様だ。

 

「え、俺……?」

「驚かせるつもりだったんですか」

「待ってよ、俺じゃない。俺が着いたときには既に倒れていた!」

「嘘をつかないで! 私ははっきりと見たんだから! 声だって神谷君の声だった! あれが偽物だなんてありえない! さすがに許しません。私……すごく怖かった……」

 

 そう言って霊華は泣いてしまい、霊夢がなだめる。

 

「……真偽はおいておくとして、私たちは一旦席を外そうぜ」

 

 魔理沙が俺の肩に手をやって言う。そのまま魔理沙に手を引かれて外に出る。魔理沙が部屋の襖を閉めて歩き出した。

 

「俺じゃない、俺は何もしていない」

「ああ、わかってるよ。外で少し休もう」

 

 永遠亭の外に出た俺は、手頃な大きさの岩に腰を下ろし俯く。

 

 ──何がなんだかわからない。

 

 今頃霊華とデートをしているはずだったんだ。この日を楽しみに修行を頑張っていたのだから、このようなことをするはずがないじゃないか。

 

 そう考えていると、魔理沙が話しかけてくる。

 

「祐哉」

「俺じゃないって! 本当にやってないんだよ!」

「違う。水だ。貰ってきたから、飲めよ」

 

 顔を上げると魔理沙が湯呑みを持っていた。輪っかの中に「永」と言う文字が書かれていることから、永遠亭のものだと言うことがわかる。無言で水を受け取る。そして魔理沙は隣に腰掛けた。

 

「──もう何がなんだかわからないよ……」

「……これを聞くのは1回きりだ。あまり聞きたくないけど許してな? ──本当に、冗談抜きでやってないんだな?」

「当たり前だろ! なんで俺があの子を襲わなきゃならないんだよ! ふざけ──」

「──わかった。私はお前を信じるぜ。ってか、疑ってなかったけどな。お前は偶にふざけるが真面目な奴だからな」

 

 魔理沙は逆上しかけた俺の肩に手を置き、信じると言ってきた。

 

 ──良かった。

 

 正直、霊夢と魔理沙が俺を疑うんじゃないかと思っていた。少し考えただけでも泣きそうになる。友達に信じて貰えないのは相当堪えるんだ。

 

 ──いや、霊夢が俺を信じるとは限らないんだ……

 

「取り敢えず、お前が知ってることを教えてくれ」

 

 俺は彼女と待ち合わせをしていたことから全部話した。

 

「よしわかった。私がお前の無実を証明してやる。今こそ『何でも屋』の出番だ」

「活動してたんだな。でもどうやって証明する?」

「いいか、お前と霊華の話をまとめるとこんな感じだ。待ち合わせ場所の団子屋に居たら祐哉に首を締められた。──だがお前はやっていない。つまり第三者の犯行と言うわけだ」

「じゃあなんだ。誰かが俺に姿を似せてあの子を襲ったとでも言うのか?」

「ああ、私はそうだと思っている。妖怪の仕業だろうが悪戯じゃ済まされない。人間関係に関わるからな。私がきっちりと退治しておくぜ」

 

 一人だけで捜査するのは困難だろう。魔理沙が俺を信じてくれると言うのなら、依頼することにしよう。

 

「……魔理沙。何でも屋の魔理沙さん」

「なんだ?」

 

 魔理沙は立ち上がって、スカートをパンパンと叩いてホコリを落とす。

 

「捜査の協力を依頼したい。ただし、俺が退治する。スターバーストで消滅させるだけじゃ気が済まなそうだ」

「ああ、落とし前はお前に付けさせてやるよ」

「報酬は?」

「そうだな……私とデートってのはどうだ?」

「……お前が言うと何かの隠語に聞こえるが、了解した」

「そんじゃ早速行ってくるぜ。霊夢に伝えといてくれ!」

 

 箒を跨ぎ、帽子を深く被った魔理沙はすぐに飛び立った。彼女の行動力には素直に尊敬する。

 

 自分も調査に出かけよう。これは何かの異変かもしれない。もしかしたら、里で似たような事件が起きている可能性もある。そうと決まれば霊夢に話してこよう。そう思って立ち上がると、どこからか声をかけられる。遠い昔、どこかで聞いたことがあるような声。記憶を遡って声の主を思い出すのと同時に、本人が目の前に姿を現した。

 

「お話は終わったかしら」

「お久しぶりです。紫さんでしたよね?」

「ふふ……忘れたフリをすることに何の意味があるのかしら」

「フリではなく、ちゃんと忘れかけていましたが?」

 

 この人と会った回数は片方の指で数えられる程度。最後にあってからだいぶ経つし、あれからいろんな人に出会っているから名前を忘れかけていても不思議なことではないはずだ。

 

「あら酷い。貴方から見れば私は『親しんだ世界の登場人物』でなくて? そんな簡単に忘れてしまうものかしら」

「生憎、俺は頭が悪いので。すみません」

 

 そうなの。と言って上品に笑う。口元を扇子で隠しているので「うふふ」と言葉に出して「笑っているフリ」をしているだけかもしれないが。

 俺は「ええそうなんですよ」と言って紫に合わせて笑う。

 

「それで、何の御用ですか?」

「大した用でもないわ。何かあったようだから、心配して顔を見せたの」

「そうでしたか。お気遣いありがとうございます」

 

 ──紫ならば里で何かが起きていないかわかるのではないか? 

 

 確か人里にスパイを送り込んでいたはずだ。人間の様子を監視し、行き過ぎた騒動を起こさないようにするのが目的だったと思う。

 

「気にすることはないわ。そう、気にすることはない」

 

 紫は意味深なことをポツリと呟く。

 

 ──なぜ同じことを二度言ったのか

 

 俺はそれが気になって仕方がない。こういうのは決まって大きな理由がある。

 

「どうかなさったんですか?」

「貴方はもう悩む必要はないのよ。修行する必要もない。異変解決に貢献する必要もない。霊夢にそっくりなあの子を守る必要もない」

 

 間髪入れずに突きつけられた四連続の否定文は俺を震えさせた。嫌な予感がする。何故だか突然怖いと感じた。

 

「……それは、あの子に嫌われたからですか」

「そう。一度作られた亀裂はもう治らない」

 

 俺は考えるのをやめた。そして、大きく息を吸って、ため息として吐き出した。

 

「もう一度聞きます。何か御用ですか? 俺にはやることがあるので、早く済ませてほしいのですが」

「そうね。お喋りも飽きちゃった。面白くないんだもの。今日は合格通知に来たの」

 

 紫が纏う空気が変わった気がした。

 

「おめでとう。貴方──不合格よ」

 




ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#82「平和ボケした人間の末路」

「おめでとう。貴方──不合格よ」

 

 ───────────────

 

「は?」

「不合格。まあ、結果的には合格になるかもしれないけれど」

「どういうことですか。テストを受けた覚えはないのですが」

「不合格となった貴方は幻想郷永住資格を剥奪される」

 

 驚いたぜ。俺はいつの間にか、幻想郷永住資格というものを取っていたらしい。そして、いつの間にか受けていたテストでは合格点を取れなかった。よって、免許剥奪と言うわけだ。なるほど。

 

「そうですか。それで、俺は外の世界に返されるのですか?」

「今更外に帰れるほど、世の中甘くないのよ。力を持っている以上屍となってもらう」

「嫌です」

「永住資格は剥奪された。貴方に拒否権はない」

 

 ついに紫が本性を現した。扇子を畳み、淑女の顔は厳格な賢者のものへと変わっていた。愛の女神のような暖かな瞳は、殺意に満ちており、まともに目を合わせることができなくなった。その眼力だけで殺されると直感で判断した。蛇に睨まれたカエルとはこのことか。筋肉が硬直して動けなくなってきた。まるでギリシア神話に登場するメドゥーサの持つ石化の眼のようだ。生まれたての小鹿のように足を震わせ、さっき用を足していなければ失禁していただろう。いくら()だからといって。女性の前で漏らすのは一生の恥だ。

 

「──その一生がここで終わろうとしているって言うのに、何言ってんだかな……」

「独り言? 辞世の句を読む時間くらいは与えてもいいわ」

「考える時間は?」

「5・4・3──」

 

 以上に短い余命。だがそれが俺の中のスイッチを切り替えさせた。

 

 ──アテナ、俺はどうすればいい? 

 

『一時撤退ですね。竹林に逃げましょう』

 

 ──了解

 

 紫のカウントが「1」になったのと同時に俺は霊力を使って地面を蹴った。猛スピードで竹林へ駆け込み、無我夢中で逃げる。途中で後ろを振り返るが追いかけてきてはいない。だが相手が八雲紫である以上安心はできない。

 

「はっ! はっ──!」

 

 紫には勝てない。戦えば殺されると理解しているから俺は恐怖している。それ故か上手く呼吸ができない。

 

 ──クソ! なんなんだよ! どうして俺がこんな目に会わなきゃならないんだ! 

 

 竹の配置を瞬時に把握し、隙間を縫うようにルートを導く。移動速度が早いからか、どうやら真っ直ぐ走ることができたらしい。竹林の外に出ることに成功した。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 ──立ち止まっちゃダメだ。紫なら簡単に俺の位置に気がつく。できるだけ動き続けて襲われないようにしないと! 

 

 その後も俺は意味も無く幻想郷を駆け回った。

 

 人というものは焦ったり、心が恐怖に支配されると思考が鈍る。故に人目につかない暗がりに逃げ込んでしまうのだ。森や竹林といった遮蔽物に囲まれた空間なら居場所がバレにくいということを本能で理解しているのだろう。だがそれは悪手だということに気づけない。

 

 八雲紫の前では、どんな足掻きも無駄である。人目に付く場所に行った方がまだマシかもしれない。何故なら、人目につかない状況は相手にとって好都合だからだ。

 

 暗がりに居るせいで案の定、紫は現れた。

 

「ふふ、見つけた」

「うわぁ──!!」

 

 走っている横に突然紫の頭が現れた。スキマを開いて顔だけ覗かせているのだ。俺は条件反射で刀を振り抜いて紫に斬りかかった。

 

 ──今ので斬れるはずがない。どうする。どうする! 

 

 このままでは紫に殺される。どうすればいい!? 

 

「刃物を振り回すなんて危ないわ」

「──くっ」

 

 紫が後ろに立っている。

 

 ──八雲紫を無力化するにはどうすれば……

 

 スターバースト、 弾幕ノ時雨(レインバレット)内部破裂(バースト)、剣術……どれを使っても紫に勝てるとは思えない。

 

「どうしても死にたくないようね」

「未練しかないものでね」

「私は貴方を始末すると言ったけど、何も問答無用で殺すわけじゃないのよ。()()()()()()弾幕で葬ってあげる」

 

 そういうと、紫は背後に大きな魔法陣を展開した。

 

 ──この期に及んで弾幕ごっこか

 

 これは困ったことになった。俺は弾幕戦の修行をしていない。ここ数ヶ月はずっと刀を振っていたから無性に斬りたくなる。

 

「──その様子。まさか弾幕決闘の修行はしてこなかったのかしら」

「おかげで貴方を斬りたくて仕方ないんですが何か問題でも?」

「野蛮なのね。殿方には弾幕の美しさが理解できないのかしら」

 

 理解できないわけじゃない。単純に、弾幕を造る霊力が無いだけだ。あーあ、嫌なこと思い出した。刀で斬った方が手っ取り早くて好きかも。

 

「まあいいわ。私を斬りたいなら斬りなさい。斬れるものならね。──魍魎(もうりょう)『二重黒死蝶』」

 

 紫が動き始めた。彼女の背に展開された魔法陣から2種類の蝶が飛んでくる。

 

『その蝶はただの昆虫ではありません。恐らく触れればただでは済まない……気を付けてください』

 

 アテナの助言を受け、俺は避けに徹する。相手の斬撃を見切り、躱す修行をしているから一つ一つの蝶を避ける事は容易い。だが、弾幕の中という閉鎖空間内で躱すとなると話が変わってくる。蝶を躱した先にも別の蝶が居ることに注意しなければならない。

 

 ──弾幕決闘ってこんなにストレス溜まるものだったかな

 

 蝶を斬り払う手はあるが、それをやったところで紫に近づけないのではまるで意味が無い。

 

 暫く避け続けていると蝶に加えナイフのような凶器が混ざってきた。

 

 弾幕は物騒だ。アテナ曰く触れてはならない二種類の蝶に当たれば怪我をする凶器。神経はすり減るが弾速と密度は大したことがない。体感時間で10分……実際には2分程経っただろうか、紫は魔法陣を消した。それ以降、蝶も凶器も飛んでこなくなった。

 

「今日はここまでにするわ」

「え……」

「私も暇じゃないの。貴方を指名手配犯として情報を流すから、そのつもりで。精々残りの時間を有意義に過ごしなさい。と言っても、貴方に居場所は無いのだけど」

 

 紫は言いたい事を一方的に告げるとスキマの向こうに消えていってしまった。

 

 ──取り敢えず生き延びた。そう考えていいのかな

 

 紫は消えた。だが油断はしなかった。既に八雲紫を信用していないからだ。()()()は終了宣言をしたが、それが本当だという保証はない。

 

 刀を右手に握り、警戒しながら道を進む。

 

 ──これから俺はどうすればいいんだろう

 

 博麗神社に帰る? でも霊華に嫌われた状態で帰るのはなぁ。もしかしたら霊夢も俺を疑っているかもしれない。それなら俺は博麗神社(あそこ)には居られない。

 

 俺を信じると言ってくれた魔理沙は、何処にいるのか分からない。今は俺の無罪を証明するために調査に行ってくれているだろう。人里に行くか? 

 

 それとも、白玉楼に戻ろうか? 

 

 ──いや、それは()()()()()()!! 

 

 白玉楼の幽々子と紫は繋がっている。あの二人の交友期間は、俺と幽々子が過した半年が1秒にも満たないほど長い歳月になるだろう。

 

 当然紫は幽々子に話を通してあるはず。更に幽々子には「死を操る程度の能力」がある。死を操ると言うくらいだから、無抵抗に殺すことが可能だと考えられる。つまり狙われたら最後。幽々子は敵に回ったら絶対に勝てない相手ということ……。

 

 紅魔館。考えてみればあそこは悪魔の館。俺を気に入ってくれたが、匿ってくれるとは限らない。紅魔館の住人全員が敵に回ってしまえば俺は勝てないし、何より精神的に辛すぎる。

 

 はぁ、と溜息をついた。

 

「──もう、俺に居場所は無い」

 

 ぽつりと呟いたその声は、

 

「あの子にだけは……嫌われたくなかったなぁ」

 

 自分でも分かるほどに低く、重く、そして寂しいものだった。




ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#83「これからどうしよう」

こんにちは。50億年ぶりですね。私は50億年間色々やっていました。執筆もしていましたが、それよりも優先しなければならないことが山ほどありました。

ある程度キリのいいところまで書けたので、また暫くの間毎日投稿しますので、宜しくお願い致します。

前回までの話を忘れてしまった方は1つ前のお話に戻ってください。




 八雲紫に追放を言い渡された日の夜、俺は寝床を探していた。居場所を失ってしまった現状はとても不味い。夜は妖怪の時間。それ故に適当なところで野宿をするわけにはいかないのだ。

 

 幻想郷のあらゆる場所を思い出し、休めそうなところを探しているがいい場所が思いつかない。人里に隠れてもいいのだが、里で野宿をしていては目立つし、ずっと泊まれるほどの資金はない。誰かにお世話になるのも申し訳ない。そういう訳で人里には食事以外は行かないことにした。

 

 ついさっき夕飯を食べてきたのだが、目に映る者全てが敵に見えた。蕎麦屋での食事を2分で終えて釣り銭が発生しないように支払いを済ませ、さっさと撤退した。その間知り合いに会うことは無かったのが幸いだ。

 

 ──いいこと思いついた。

 

 俺は能力を使って指輪を造りだした。この指輪には『認識阻害機能』を付与した。俺の狙い通りに創造できているなら、指輪を身につけている間他人からの認識を曖昧にできるはずだ。

 

『その指輪……あまり当てにしないほうがいいでしょうね。他人の認識を操作する機能を付与するには、貴方の力が未熟なようです』

『どのくらい役に立ちそうですか?』

『──曰く、親密な関係であったり、強く認識されているほど効果が無いそうです』

 

 つまり霊夢と魔理沙、霊華や八雲紫に対して役に立たないということか。

 

 それでも全くの無意味ではなさそうだ。アイツは「指名手配犯として情報を流す」と言った。これから受けるであろう奇襲の頻度を低くできる。

 

 指名手配犯か……俺が何をしたって言うんだ。そもそも、アイツが言っていた「不合格」の意味がわからない。なんだ? 俺は試されていたのか? 

 

『ひとつ助言をします。これからは常に使い魔を控えさせるといいでしょう』

『なるほど、いつ戦闘になってもいいように』

『ええ、理想は霊力と魔力、両方を充填させることですが……』

 

 ──早速やってみよう。

 

 俺は使い魔を五体創造する。すぐ側に居られても邪魔なので少し離れたところから周囲の警戒を命ずる。これで警戒と準備を両立できる。俺が眠っていたとしても、自分が起きている時以上の精度で警戒できるのは強みだ。

 

 問題は寝床なんだ。今は森などの狭い空間を避けて歩いているけど、こんな所では安心して眠れない。

 

 はぁ、と溜息をつきながら暗黒の空を見上げる。今日は曇っていて星も月も見えない。外の世界と違って、里以外は灯りがない。故に完全な暗闇だ。そんな状況で歩けている理由は簡単で、灯りを創造したのだ。サバイバル向きの能力だと思った。ただ敢えて不満をあげるなら、飲食物を創造できない事だろう。

 

 やろうと思えば可能なのかもしれないが、元が霊力であるわけで、創造物を食べるということは霊力を食べることと同じだ。それは、己の血液や尿を飲んで生活しようとしているのと同義。正気の沙汰では無い。

 

 そんな事を考えられる程度にはまだ心に余裕がある。今はまず、サバイバル生活に適応するのが最優先だ。

 

「──3時の方向から生物が接近シマス。警戒してクダサイ」

「──!」

 

 使い魔からテレパシーを受け取った俺は帯刀に手を掛け、目を凝らす。

 

 ──良く見えねぇな

 

「──接触まで残り5、4、3、2、1……」

「──オラッ!」

 

 使い魔のカウントダウンが「0」に到達する直前に目標を捉えた俺は、抜刀しながら霊力の斬撃を飛ばした。目標は熟した果物を地面にたたきつけたような音を立てて吹き飛んでいった。

 

 使い魔によれば、他に敵はいないようだ。俺はホッと息を吐いて納刀する。

 

 ──使い魔の警戒網とアテナの感知能力があるから助かっているけど、俺自身に感知スキルが無いのが不安だな……

 

 自分で位置を感じるのと、他人に指摘されてから補足するのでは時間に誤差が生まれる。その誤差で命を落とすケースもあるだろう。

 

『妖力や悪意の感知は才能が無ければできません。残念ながら祐哉にその才能は無いですが、それでも手が無いわけじゃないですよ』

『本当ですか!?』

『五感を研ぎ澄ますのです。視力を、聴力を、触覚、嗅覚……時には味覚も。敏感に反応できるようになれば今よりも感知しやすいでしょう』

 

 五感を研ぎ澄ます。そのためには心を落ち着かせて集中する必要がありそうだ。俺は深呼吸して五感を研ぎ澄ます()()()()()()。こういうのは形から入った方が早いだろうからね。少しずつ精度を上げる感じで行こう。

 

「──6時の方向、5m先、生物が接近します。警戒してクダサイ」

「またか──!」

 

 俺は先程同様霊力の刃を飛ばして敵を刈り取る。

 

 ──認識阻害機能、全く役に立ってなくないか? 

 

『いえ、先程からの妖怪は「神谷祐哉」を襲っていると言うよりは、「人間」を襲っているのだと思います』

 

 やらかしたかも。認識阻害機能とは言ったものの、実際は持ち主が「神谷祐哉」だと分かりにくくする機能だ。だから、人間であることは隠せない。

 

「こんな雑魚でも倒さなきゃ俺が死ぬもんなぁ」

 

 一撃で倒せる敵と戦うのは飽きてくる。まあ、八雲紫と雑魚妖怪×1000体、戦うならどちらがいいかと言われれば雑魚の方だけど。数が多いならレーザーで消せばいいし。

 

『弾幕の練習をしないとな』

『今度から、妖怪を倒す時に弾幕を使ったらどうですか?』

『アリだけど、今度は剣術を忘れそう』

 

 剣術×創造×弾幕という手を取るにしても、わざわざ刀から弾幕を放つメリットがない。それに、俺は今でも刀から弾幕を飛ばすことはできない。やろうとすれば斬撃が飛ぶから、修行法を変えて刀で斬りつつ創造する練習をした。接近戦用の修行はしてあるのだが、弾幕ごっこのような中〜遠距離戦闘の練習はしていない。

 

『霊力の刃を飛ばす時、どの程度消費しますか?』

『雑魚妖怪を斬る程度なら殆ど消費しない』

『それなら創造した弾幕に斬撃を混ぜてみたらどうでしょう?』

 

 なるほど。創造に使う霊力量より、斬撃を飛ばすのに必要な霊力の方が少ないから、節約にもなりそうだ。

 

『まず、常に使い魔を数体用意しておき、霊力と魔力をそれぞれ貯蓄します。これはアクアバレットとプロミネンスを好きな時に使う為でもあります』

 

 確かに、アクアバレットを使いたい時に限って昼間だったりするからなあ。アクアバレットに使う魔力は基本的に夜しか充填できない。対してプロミネンスは昼間に充填できる霊力が必要なのだ。

 

『そして、弾幕を張るのは使い魔に任せます。貴方は敵の弾幕を避ける事に専念できますし、時には自ら斬撃を飛ばす事で圧力を掛けられるでしょう』

 

 アテナの助言を理解した俺は鳥肌が立った。

 

 ──この人めっちゃ頼もしい

 

『戦略を司る神ですから。それに、多くの英雄を支え、見守ってきましたからね。妖夢に頼れなくなった今、私が助言します』

『ありがとうございます』

 

 戦い方のイメージはできたから、あとは試行錯誤するのみ。襲いかかる敵にはなるべく弾幕で対応するようにしようか。

 

『それはオススメできません。八雲紫や追っ手がいつ来るか分からない今、できるだけ霊力を温存するべきです。弾幕は弾幕ごっこ(実践)で練習するべきかと』

『戦いに行けってことですか? それとも、追っ手を待つ?』

『もう少し弾幕のイメージを固めましょう。スペルカードの構想を作るのです。貴方は本番で力を発揮するタイプというよりは、周到に計画立てて成功するタイプですから』

 

 アテナと話している途中も妖怪が近づいてきたので斬撃を飛ばした。さっきから湧いてくる妖怪はどれも形を留めていないか瘴気のようなものを纏った、生物とも言い難いナニカである。原作に登場したような妖怪は出ていない。もし理性を持った妖怪が来たら弾幕戦になるだろう。

 

 雑魚には霊力の刃を。弾幕戦になったら積極的に戦い、試行錯誤する。当面はこれで行こう。

 

「──4時の方向から中型犬が接近。戦闘力不明」

 

 使い魔が知らせてきた。犬と断言できるということは、仮に妖怪ならそれなりの強さを持っているということだろう。だがやることは変わらない。

 

 音で気配に気づいた俺は、そちらに向かって斬撃を飛ばした。敵はそれを躱し、目にも止まらぬスピードで突進してきた。

 

「うわっ──」

 

 ──やばい。食われる! 

 

「──星符」

 

『待ってください! この気配、その犬は()()です!』

 

 なんだって? 全長1mを越すような犬がコロ!? 

 

 コロは霊華の膝の上にスッポリはまる程度の大きさだったはずだ。

 

 しかし、アテナがそう言うならそうなのだろう。

 

「お前……コロなのか?」

 

 俺がそう問いかけると、コロはじっと俺を見つめ返す。

 

「悪いね。俺は()()()と違って君の言葉や気持ちは分からない。どうしてここに来たのか分からないけど……」

 

 俺はポケットに入れておいた()()()()をコロに身に付けさせる。

 

「これを、あの子に渡してくれないかな? 俺はあの子に嫌われてしまったけど、俺の気持ちは変わらない。あの子を守りたいんだ。だから、届けて欲しい」

 

 コロは頷いた後、走り去っていった。俺の言葉を理解できたのかは分からない。でも、コロの正体が「鵺」だというなら強力な妖怪の可能性がある。もしかしたら俺の気持ちも理解しているだろう。

 

 ──頼んだよ、コロ。




ありがとうございました。
今回の話は2ヶ月前くらいに書いたのですが、今見ると「全然話進んでないじゃん」って思いますね。投稿しなかったのはお前だろとツッコミが来そうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#84「事件の真相」

こんにちは。祐霊です。
あれですね、祐哉と霊華の仲が悪くなっちゃったんですよね。忘れてt……ゴホゴホ。

それでは楽しんでいってください!




 時刻は少し遡り、祐哉と魔理沙が別れて少し経った頃。魔理沙は人里で異変が起きていないか調査を行っていた。

 

 魔理沙は、今回のような事件が他にも起きていると睨んでいる。つまり、祐哉と霊華と同じような被害を受けた人がいるのだ。彼女は里を歩きながら人々の会話に聞き耳を立てる。

 

 ──どうでもいい世間話ばかりだな。

 

 とは言っても、まだ里の半分も探索していないのでこれからだろう。

 

 結局、その日はなんの手がかりも掴めなかった。

 

 だが、魔理沙は諦めなかった。そもそも一日で調査を終えられるとは思っていない。これまでも里で起きたちょっとした異変の調査をしたが、数日間ウロウロして情報を集めてきたのだ。

 

 三日目で(ようや)く噂が耳に届いた。

 

 仲が良かった夫婦が急に仲違いをしたり、カップルの間に亀裂が生じたり、八百屋で買ったトマトが潰れているといった話だ。

 

 どれも、ここ最近、それも同日に起きた話のようだ。それだけではなく、徐々に被害が拡大しているらしい。三日目の夕方になる頃には、三十分に一度くらいの感覚で噂を耳にするようになった。

 

 どの噂も、タチの悪いイタズラ程度の物だった。

 

 ──やはり祐哉と霊華は何者かにイタズラされたんだろう。問題はどんな奴がイタズラを仕掛けているのかだが……

 

 魔理沙には腑に落ちない点があった。

 

 ───────────────

 

「何故犯人の目撃情報がないのか、ね」

 

 そう言って煎餅を口にする友人を前にお茶を啜る。

 

「離れたところからイタズラを仕掛けてるのかな」

「違うと思う。多分」

「勘か?」

「いや、離れたところから物をすり替えたり、仲違いをさせるって相当なことよ。一瞬貧乏神を疑ったけど、アイツが関わってるならこの程度じゃ済まないわよね」

 

 二人は沈黙した。あまりにも情報が少なすぎる。

 

「まず分かっているのは、里で何らかの事件が起きていること。根拠としては、ここ数日で被害が急増したことが挙げられるわ」

「その被害の大半は仲違い……と」

「とは言っても、それ以外にもイタズラ程度の被害が出ている事から、『仲違いをさせる妖怪』とは限らないわね」

 

 霊夢は祐哉を疑っていない。祐哉と霊華の関係を知っている彼女だ。祐哉が霊華を襲うとはどうしても思えなかった。どうしたものかと考えているところへ魔理沙が訪ねてきたのだ。そして、里で何らかの異変が起きていることを知った。

 

「ところで、祐哉が何処にいるか知らない?」

「さあ。白玉楼にはいなかったから、てっきり此処にいると思っていたんだが」

「アレから戻ってきてないわ。……仕方ないわね」

 

 お茶を飲みきった霊夢が立ち上がる。

 

 霊夢としては、里で何らかの事件が起きていることが分かれば十分だった。イタズラしている妖怪を退治するよりも、行方不明になった友人の安否確認を優先したいと思っている。だが、彼女の立場がそうさせない。

 

「どこ行くんだ?」

「仕事に行ってくるわ」

 

 それなら、と魔理沙が立ち上がるが、霊夢は共に行こうとは言わなかった。代わりに、()()()()()()()を託した。

 

 ───────────────

 

「待ちな、白黒魔法使い」

「門番が機能しているなんて珍しい。これは明日と言わず、今日あたり槍が降るな」

「お嬢様に用があるならそう言ってくれない? 通すから」

「いやいや、お手を煩わせる訳には行かないなあ。という訳で、強行突破だ」

 

 槍という単語からグングニルを連想し、紅槍使いのレミリアだと解釈した紅魔館の門番、紅美鈴だが、魔理沙は単純に皮肉を言っただけである。

 

 魔理沙は門番と弾幕勝負を始めた。

 

 ───────────────

 

「楽しそうだね」

「美鈴と魔理沙が戦っているようです」

「あら、ちゃんと仕事しているのね。これは星が降ってくるわ」

 

 紅魔館の当主、レミリア・スカーレットとその従者、十六夜咲夜が話していると、部屋の壁に亀裂が走った。崩壊音を立てながら壁に穴が空き、流れ()が部屋に入り込んできた。

 

「おや、本当に星が降ってきたよ」

「止めて参ります」

「魔理沙を連れてきて」

 

 咲夜は主人に一礼した後、文字通りその場から消えた。次の瞬間には()()を持って現れた。

 

「おわっ!? ──と、どうやら忍び込む手間が省けたようだぜ」

「そこの壁を治してくれるんだろうね?」

 

 レミリアは魔理沙を軽く睨みつけるが、その程度で怖気付く魔理沙ではない。

 

「祐哉に治してもらえばいいじゃないか。アイツの創造でさ。ここにいないのか?」

「ん? 祐哉は今冥界にいるんじゃないの?」

「いつの話をしているんだ? アイツは今行方不明だ」

 

 魔理沙の言葉を聞いた二人は間違いなく驚愕していた。その様子を見た彼女は「ハズレを引いたな」と考えた。

 

「お前の運命を見る力で居場所を突き止められないのか?」

「私の力は探し物には向いてないよ。でも、お前の運命は見ることができる。──なるほど。心配はいらない。好きなように行動しな」

 

 レミリアの能力──『運命を操る程度の能力』はその名の通り運命を読み取り、時には操ることができる。レミリアは魔理沙の運命を読み取った。そして近いうちに祐哉と再会する様子を見たのだ。だが、そのことを伝えなかった。下手に助言すれば、ほぼ確定している運命にズレを生じさせてしまうからだ。

 

 レミリアの言葉の意味は魔理沙には伝わっていない。用が済んだ魔理沙は、こっそり図書館の本を持ち去ってから帰路に着いた。

 

 ───────────────

 

 霊夢が人里に着いてから数分経った頃、彼女は早速事件を目の当たりにした。

 

 男女がデートをしていたのだが、その途中、男が別の女にナンパしたのだ。

 

 この様子を目撃した霊夢は訳が分からず、暫くの間硬直した。だが、すぐに男の様子に違和感を覚えた。

 

 件の男女だが、女は男をビンタした後泣きながら走り去っていった。見事なまでの仲違いであり、修羅場である。

 

「待って!」

「何よ! 離して!」

 

 霊夢は走り去った女の手を掴んだ。女は空いている方の手で泣いている顔を隠しながら、声だけは強気に反応した。

 

「アレをよく見て、何かおかしいと思わない?」

「何がおかしいって!? 恋人の私が居ながらも目の前で他の女に声を掛けること以外に何がおかしいって言うのよ!?」

 

 霊夢の問いかけは、怒りと悲しみが混ざってしまった女には届かなかった。霊夢は溜息を堪えながら女の恋人の元へ歩き始める。

 

 ──おかしい事だらけなのよ。恋人に叩かれて直ぐにまた別の女に声を掛けるって、そんなことある? 

 

 霊夢が思うように、先程ナンパした男は別の女にも声を掛けている。霊夢はズンズンと歩みを進め、男に声を掛ける。霊夢に引っ張られている女は転びそうになりながらも必死について行っている。

 

「ちょっとアンタ」

「わあ、綺麗なお嬢さん。僕とお茶でも如何で──ぐわっ!?」

 

 声を掛けられた男は霊夢にナンパした。霊夢は言葉を聞き終わる前に右手に持った大幣を叩きつけた。

 

「貴女、もう一度聞くけど()()()()()()()()()()()

「ど、どういう……え……貴方、()()()()()!?」

 

 霊夢に話しかけられた女は驚愕した。何故なら、巫女に叩かれた恋人が狸になったからだ。比喩ではなく、化けが剥がれたのだ。

 

「いや、何処かに本物がいるんじゃない? 例えば──()()()()()

「え?」

 

 霊夢は女の手を離すと、代わりに気絶した狸の尻尾を掴んだ。

 

「待ち合わせ場所はどこだった?」

「すぐ近くの団子屋……」

 

 ──団子屋、ね

 

「行くわよ」

 

 霊夢は狸を引き摺りながら団子屋へ向かった。女は霊夢の行動の意図が理解できずにいたが、ついて行くことにした。

 

 そして──

 

「あ、貴方!」

「やっぱりね……」

 

 女の恋人は団子屋付近の路地裏に倒れていた。

 

 団子屋は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして、今男が倒れている場所は霊華が倒れていたという場所だ。

 

 ──全て繋がったわね。

 

 幸い、気を失っている男は直ぐに目を覚まし、二人は感動の再会を果たした。女が一連の流れを説明すると、男はこう言った。

 

「僕は君に首を絞められたんだけど……それも狸の仕業なのか?」

 

 男の話を聞いた霊夢は、尻尾を握る力を強めた。そして、カップルの為に口を挟んだ。

 

「そう。貴方達と同じような被害を受けた人がいるから間違いないわ。2人とも私の友達なんだけどね、すっかり仲が悪くなっちゃった」

「そんな……」

「貴方達は、お互いを信じてあげて。()()()は責任持って退治しておくわ」

 

 そう言って霊夢が去ろうとすると、女が呼び止めた。

 

「あ、あの……ありがとう」

 

 霊夢は複雑な気持ちを抱きつつも手を振った。

 

 ──もっと早くに気づけたら……祐哉と霊華は……

 

 霊華は完全に祐哉を嫌ってしまった。あのままでは祐哉だけでなく、男性不信に陥るかもしれない。祐哉が悪いのなら仕方が無いが、そうでは無い。ならば二人の仲を戻してあげたい。ただの他人なら霊夢はこんなことを考えなかっただろう。だが、二人は霊夢にとって大切な友人なのだ。

 

 ───────────────

 

「ただいま」

「お帰り、霊夢。……え、その狸どうしたの?」

 

 境内の掃き掃除をしていた霊華に声を掛けると、彼女は霊夢が持ってきた土産に対してツッコミを入れた。

 

「うん、その前に魔理沙はいるかしら」

「魔理沙なら中でお茶飲んでるよ」

「そ。なら霊華も入って」

 

 霊夢は狸を地面に落とし、結界を張って拘束してから部屋に入った。

 

「ん? 今日は狸鍋か?」

「お腹壊すわよ」

「冗談だ。そいつは()()()()()()()()()()

 

 霊夢と魔理沙の会話に着いて行けず、霊華は頭の中で疑問符を浮かべる。

 

「さあ霊華、種明かしと行こうか」

「種明かし? 何の?」

「霊華には話してなかったけど、近頃人里で()()()()()()()()()のよ」

 

 霊華はピクリと反応した。「仲違い」という単語に思うところがあったのだろう。

 

「それで、犯人が彼処で倒れてる狸って訳だ」

 

 霊華は理解力がある方だが、二人の説明が大雑把過ぎて首を傾げている。

 

「要するに、霊華を襲ったのは祐哉じゃないってことよ」

「狸が化けていたんだな」

「嘘……」

 

 霊華は「それは違う」と思った。

 

「アレは確かに神谷くんの霊力だった! 妖怪が化けていたなら妖力を感じるはずでしょ!」

「そうね、私が見た時も完全に人間だったわ」

 

 霊夢は、先程のナンパ男から霊力を感じていた。だから最初は妖怪だと思わなかった。彼女が確信した理由は次の通りだ。

 

「そもそも状況が不自然なのよ。普通恋人の目の前で他の女に声を掛ける? 掛けないわよね」

「女たらしの可能性もあるんじゃないか?」

「そうね。私も男が声を掛け続けなきゃそう思ったかも」

「確かに恋人に逃げられたのに声を掛けるのは不自然だな。──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 魔理沙は事の顛末を知らない。だが、彼女は頭の回転が早い。故に正確に推測できていた。その証拠に霊夢が頷いている。

 

「怪しいと思って注意深く感知してみれば、うっすらと妖力を感じたの。調子に乗ってたんでしょうね。変化(へんげ)の質が落ちていたわ」

 

 霊夢は立ち上がって巫女服の袖から針を取った。それを境内に向かって鋭く投射すると、結界から出ようと必死になっている狸に刺さった。尾を貫かれた狸は恨めしそうに霊夢を睨む。

 

「霊華、自分で確認してみて」

 

 俯いていた霊華は境内に歩みを進め、狸の前でしゃがんだ。

 

「貴方が……神谷くんに化けて私を襲ったの?」

「あははは!! お前も僕ちんに襲われたのかい? 生憎覚えてないよ。僕ちんはたーくさん人間をからかったからね。皆を騙すのは簡単。皆馬鹿みたいに仲悪くなるんだぁ」

 

 魔理沙はスカートの中から八角柱の箱を取り出した。

 

 霊夢は御札を構え、霊華は声を荒らげた。

 

「最低!」

「ふふん。なんとでも言えばいいよ。僕ちんからすれば、ちょっとイタズラしただけで簡単に仲が悪くなっちゃう人間の方が最低だけどね。君達の信用ってその程度なの? 流石下等生物(人間)だね」

 

 霊華の罵倒を鼻で笑い、言葉を続けた。哀れな()()()()には、火に油を注いでいる自覚はない。

 

「……霊夢」

 

 霊華は声を震わせながら友人の名を呼ぶ。

 

「なに?」

「私が退治してもいいかな」

 

 妖怪でさえも生き物だと言い、殺し、退治することに抵抗を持っている彼女が殺意を見せた。

 

 愛する友人との仲を割かれ、ある意味での正論を口にされた霊華の心は悔しさでいっぱいになっていた。

 

「悪いがダメだ」

 

 霊華を制止したのは魔理沙だった。

 

「それは祐哉に渡すと約束したんだ。アイツの無実を証明すると、契約したのさ」

 

 霊華はより悔しそうな表情を浮かべ、狸に刺さった針を抜いて結界を解除した。突然解放された狸は逃げ出そうと駆け出すが、霊華はそれを許さなかった。結界を解除した後、間髪入れずに大幣を払った。大幣で殴られた狸は境内の端まで吹き飛び、そのまま逃走するかのように思われた。

 

「そこでずっと大人しくしてて!!」

 

 霊華が八本の針と6枚の御札を投げつけた。それらは立方体の結界を構成して狸を包みこんだ。

 

 その様子を見ていた魔理沙はこう思うのだった。

 

 ──普段怒らない人が怒ると怖いってのは本当なんだな。

 

 因みに霊夢は、

 

 ──そろそろ私の代わりに働いてもらおうかしら? 

 

 などと呑気なことを考えていた。

 

 霊華の心は冷静な──呑気とも言う──2人とは正反対だった。

 

「神谷くん……ごめんなさい」

 

 ──今すぐ謝りたい。彼に酷いことを言ってしまった。

 

 どうして私は神谷くんを信じられなかったのだろう。

 

 真実を知った瞬間から彼女は自分を責め始めた。そして──

 

「神谷くん……帰ってきてよ……」

 

 この期に及んで自分勝手な事を呟いてしまった自分を更に責めるのだった。




ありがとうございました。良かったら感想ください。

祐哉を疑った読者さんもいるかもしれませんが彼はそんなことしないのです。霊華ちゃん大好き人間ですからね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#85「妖怪の賢者には敵わない」

こんにちは。祐霊です。

霊想録の世界は主人公にとってハードモード……或いはLunaticであることを思い出せる回となります。

それでは楽しんでいってください!




 一人になってから三日経った頃にはサバイバル生活とも言える現状に慣れてきていた。一番懸念していた寝床問題だが、地名なんて無いただの草原で寝る事にした。周りに何も無いからこそ、警戒がしやすいと考えた結果である。

 

 最初は遥か上空に能力で部屋を作って寝ようとした。俺が上空を選んだ理由は、高いところに行けば妖怪のテリトリーから外れることができると思ったからだ。

 

 妖怪は空を飛べるが、それは可能であるというだけで、普段から空を飛んでいる者はあまりいない。だから比較的安全なのだ。

 

 だが、この考えはアテナに反対された。理由を訊ねてみれば、『睡眠中に奇襲を受ける訓練が必要』ということだった。一度は俺も首を傾げたが、直ぐに理解した。俺が最も恐れている存在は八雲紫だ。指名手配することによって、他人に俺を処理させるつもりだとしても、アイツ自ら襲ってこないとは限らない。

 

 上空で寝ることによって奇襲を受ける確率を減らせるが、八雲紫が相手では確率も何も無い。アイツが俺を探し始めれば、必ず見つかるだろう。

 

 それなら、奇襲を受けることに慣れておいた方が紫に対応しやすい。

 

 ところで、何故俺がこんなにも八雲紫を恐れているのかというと、幻想郷を作った妖怪の賢者だから……と言うだけではない。大妖怪というだけで恐れの対象になるが、それよりも紫の能力が気になる。

 

 八雲紫の能力──『境界を操る程度の能力』──は空間に境界を造ることによってスキマを空け、顔を覗かせるというドッキリ能力では無いのだ。それはただの一例に過ぎない。

 

『祐哉、境界を操る能力について知っていることを教えてください。情報を共有しておきたいのです』

 

 アテナにそう言われ、俺は改めて『境界』について考え始める。

 

『境界っていうのは、物と物、概念と概念との間に生じる柵みたいなもの。コーヒー牛乳が分離して、コーヒーの層とミルクの層で別れてできた一線。イメージ的には、紫はその一線を操ることができる』

『……空と海が一緒にならない理由は、水面という境界があるからであり、その水面を操ると?』

『そんな感じですね。境界があるからこそ物体は存在できる。境界を操るということは創造と破壊ができるということになります』

 

 幻想郷縁起には『論理的な創造と破壊』って書いてあった気がする。

 

『更に、物体だけでなく、概念の境界も操れます。憶測ですが、生と死も操れそうです。正直なんでもできそうだから怖いんですよ』

 

 考えれば考えるほど応用が利く能力であり、それは俺の『物体の創造』よりも反則能力だろう。

 

 やらないと言っていたが、紫がその気になれば、俺の境界を弄って殺すことができるはず。正直支配の能力で防ぐのも難しいだろう。

 

 これは支配の能力が境界操作に劣るということではない。優劣の話をすれば、支配の能力が上位互換だ。しかし支配するにはかなりの制約が存在し、そう簡単には発動できない。

 

『全てを支配する程度の能力』の発動には強い思いが必要なのだが、この『強い思い』というのが難しい。生命の危機に陥ったり、本当に大切な物を失いそうにでもならない限り発動はできないと言える程だ。

 

(かんざし)に術をかける時は相当苦労した……』

『未然に防ぐ為に能力を使うのはほぼ不可能ですね。霊華の為の行動だったからこそ成功したのでしょう』

 

 傍から見たら俺の想いは「重い」だろうな。

 

 ───────────────

 

 霊華は祐哉を探し、博麗神社に連れて帰ることにした。祐哉が行方不明になってから一週間。霊華は、彼が失踪した理由は自分が拒絶してしまったからだと考えている。会って謝罪し、もう一度皆で楽しい時を過ごしたい。そのためなら幻想郷中を探し回る覚悟を決めた。

 

 霊夢と魔理沙も祐哉を探すことにした。霊華を助けるためでもあり、また、自分の友人の安否が心配だったからだ。

 

 紅魔館、白玉楼、永遠亭、人里……彼が訪れそうなところは既に訪ねたが見当たらないのだから心配にもなる。

 

 因みに、祐哉の安否を心配しているのはいつもの3人だけではない。彼の師、妖夢と妖梨、そして共に切磋琢磨する仲である叶夢もまた心配している。唯一、幽々子だけは気に留めている様子はない。彼女もまた、半年程共に過ごした者であり、少なからず交流があったので本来なら心配する素振りを見せたかもしれない。しかし幽々子は真実を知っている。

 

 白玉楼に住む、祐哉の師と友人は交代で捜索している。

 

 少なくとも紅魔館と白玉楼には、祐哉がお尋ね者になったことは()()()()()()()()()()

 

 それは彼の身近に居た者では情が移って殺せないだろうという紫の考えあっての事なのだろうか。

 

 ───────────────

 

 紫に追放されてから一週間が経った。食事以外のサバイバル生活にも慣れ、()()()()()を考える余裕ができた。

 

 簡単に言うと、俺は精神的に病み始めている。

 

 何のために逃げているんだろうと考えることが増えてきた。

 

 紫から逃げている理由は簡単。死にたくないからだ。それは生き物の本能だろう。だが、必死に逃げたところで紫を倒せるわけではない。妹紅とは違い、修行して戦略を練ったところで叶う相手じゃない。

 

 紫の場合は境界を操る力の応用力が高すぎて弱点が見当たらない。

 

 ──ああいう能力こそチートなんだよ

 

「このまま逃げ続けても、紫を倒さない限り俺は平和な日常に戻れない。もし俺を狙うやつが居なくなったとしても、俺に帰る場所はない」

 

 ──俺が今まで頑張れたのって、霊華がいたからなんだな……

 

 あの子の笑顔があったから頑張れた。あの子の笑顔を守る為に強くなる。そういう分かりやすくて強力な理由があったから半年も剣術の修行に耐えられたんだ。

 

『魔理沙が無実を証明してくれるじゃないですか』

 

 無実が証明されたところで、今となってはもう無意味だろう。一度生まれた亀裂は時間が経てば経つほど大きくなる。もう1週間だ。今頃霊華の中の俺は完全に恐怖の対象だろうよ。もう戻れないんだ。

 

『……貴方の中から霊華を見てきたので性格は理解しています。無実が証明されたら、霊華は自分を責めて泣くでしょうね。そして謝罪し、神社に連れて帰ろうとすると思います』

 

 脳内に浮かぶアテナの言葉に、俺は声を出して返答する。

 

「今来られても困るんだよ……。皆を巻き込むのは申し訳ない」

「こんばんは。まだ起きていたのね」

「──! お前は!」

 

 意識をアテナとの会話に割いていた俺は突然現れた存在に気づくのがやや遅れた。

 

 数メートル先に現れたのは八雲紫だった。一週間ぶりの再会である。

 

 ──暫く来なかったから油断してたな。

 

 今まではアテナと使い魔が近づいてくる敵の存在を感知して知らせてくれたが、突然現れる紫は別だ。

 

「とっくに死んでいると思っていたわ。誰かに襲われなかった?」

「襲ってきたのは雑魚みたいな妖怪だけだ。皆蹴散らしてやったよ。……だがアレは追っ手では無いだろう?」

「もちろん。少なくとも、私はまだ何もしていない。孤独な人間を放置すれば何もせずとも土に還ると思っていたから」

 

 弾幕で殺すとか言いながら孤独死を狙っていたのか? 正直、アテナが話し相手になってくれるから生きている。彼女の助力が無ければ紫の言う通り死んでいる。今まで仲間に恵まれていた分、不安と孤独感という、強烈な苦しみには耐えられない。

 

「でも忘れていたわ。貴方はただの人間じゃなかったわね。()()2()()()()3()()()()()()()()。和の神とは違う雰囲気だけど紛れもない神の力」

 

 アテナ達の力を見破ったか。だがその程度で驚きはしない。幽香や幽々子にも指摘されたし、なんなら霊華にも気づかれていた。間違いなく霊夢も察している。

 

「──貴方の2()()の能力は神の力なの?」

 

 紫め、殺気を放ったまま話を振るな。攻撃されている方がまだやりやすい。味わったことも無いプレッシャーに震えながらでは、まともに会話できない。

 

「なんて言ったかしらね、創造と……()()だったかしら」

 

 ──! 何故紫が支配の力を知っている!? 

 

 まさかまさかまさか──! 

 

 全てを支配する程度の能力は霊華にしか話していない! 

 

 霊華は約束を破るような人じゃない。なら、情報を漏らしたのではない。

 

 ──そうか

 

「お前、あの時太陽の畑で()()()()()()()()。恐らく式神を通じて──! あの中にいた動物のどれかがお前の式神! 違うか?」

「よく考察したわね。その通り。貴方達の内緒話は筒抜けだったということ」

 

 終わった。やはり第二の能力について誰かに話すべきではなかった。(コイツ)にだけはバレたくなかったのに! あの時、盗み聞きをする可能性が最もある紫を警戒しなかった俺が愚かだった。

 

「俺を始末する理由は能力が危険だからか」

 

 紫は何も言わずに、よくできましたと言うように微笑む。目は笑っていないが……。

 

「こんなこと言っても無駄だろうけど、アンタが思っているほど気楽に使える力じゃないんだよ。幻想郷を支配する可能性を考えているんだろうが俺はそんなことはしない!」

「貴方にその気があるのかどうかは問題ではない。幻想郷を支配できるという事実だけで十分」

 

 あんまりだ! 創造も支配も、好きで身につけた力じゃないのに! 

 

「私達幻想郷の賢者は貴方を追放する。こちらは数多の妖怪を送り込む手筈が整っているわ」

 

 そうなってくれば変なプライドは捨てて霊夢に助けを求めるしかない。紫と霊夢の関係を破壊しかねないから巻き込みたくなかったが、紫の他にも妖怪を相手にしなければならないなら味方が必要だ。

 

「相手はただの人間なのに大勢で襲うつもりか? 妖怪としてのプライドとか無いの? つーか、アンタ1人で俺を殺れるくせに。何故手を抜く?」

「……せめてもの贈り物よ」

「は?」

「ずっと幻想郷に来たがっていたでしょう。それは幻想郷の妖怪や人間と触れ合いたかったから。違う? 私は気まぐれで貴方を招待した。けれど、始末せざるを得なくなった。だから、貴方は多様な弾幕であの世へ送るの」

 

 それは紫なりの謝罪のつもりなのだろうか。俺を幻想郷に連れてきたのは、やはり紫だったようだ。適当に連れてきた人間が思いもよらぬ力に目覚め、幻想郷を存亡の機に陥れる可能性が生まれた。それは紫の責任だ。幻想郷の管理者という立場を考えれば、紫はミスをしたのだ。だから、自分のミスは自分がリカバリーする。

 

「理屈は分かった。けどよ、『はいそうですか』と言って死ぬ訳にはいかねぇんだよ! 大体の人間には『生きたい』という気持ちがある! 俺は俺の仲間に頼らせてもらう」

「霊夢と魔理沙に頼るつもりかしら。それでは意味が無いわ。折角沢山の弾幕に触れて貰おうとしているのに」

「それはアンタの都合だ。アンタなりに俺を気遣っての計画だ。俺は死にたくないって言ってるんだ。アンタの書いた殺人計画(シナリオ)通りに動く義理はないね!」

 

 紫が言っているのはこういう事だ。『神谷祐哉を招いておきながら殺さないといけなくなった。だからお詫びに貴方が見たかった弾幕で殺します。色んな妖怪の弾幕を見てから死んでね』と。勝手すぎるだろう! 

 

 話が平行線であることに気づいた紫は溜息をついて、自分と俺の間に1つのスキマを作った。それを見た俺は刀の柄に手をやって臨戦態勢をとるが、様子がおかしい。スキマの先に見えたのは動物だった。

 

「それはリスね。どこにでもいるネズミ目リス科に属する動物」

 

 スキマを挟んだ向こう側にいた紫は、俺と一緒にスキマを眺められるように移動した。そうは言っても俺と紫の距離は数メートル離れているが。

 

「ご存知の通り、私は境界のスキマを作れる。今回は此方からのみ干渉できるようにしたわ。どういうことがわかる?」

 

 紫は俺に問い掛けながら針を構えた。針は突然現れたように見えた。

 

「……その針でリスを刺せるが、リスは今俺達に見られている事に気づかないし、仮に攻撃した場合不意打ちを食らうことになる」

 

 紫は満足気に頷いた。

 

「意図を汲み取る力は式神以上ね。……その通り、そこの小動物は私の気まぐれで命を終えるの」

「よく分からないけど、そういうのをサイコパスって言うんじゃないか?」

「人間と妖怪の常識を混同するのは良くないわ」

 

 で、紫は何を言いたいんだろうか。今更『お前はいつでも殺せる』と言うわけじゃないだろう。そんな事は外の世界にいる時から分かっている。

 

「さて。ここで私が指を鳴らすと……」

 

 二つのスキマが現れた。二人でスクリーンを観るような位置だ。それにしてもこの演説するような態度がやりにくい。

 

「それは白玉楼と博麗神社に繋がったスキマ。さっきと同様、此方(こちら)から見えていることは彼方(あちら)からは認識できない……」

 

 紫は扇子で左のスキマを指し示す。

 

「そこから見えるのは言うまでもなく白玉楼に住む叶夢。貴方の友人であり、共に修行した仲間。そして──」

 

 今度は右のスキマを指し示す。

 

「右に見えるのは博麗霊華。貴方にとって友人であり、あるいはそれ以上の関係の少女。あら、()()()()()()()()()()()()()()。ほら、見てご覧なさいよ」

「……急にプレゼンテーションなんか初めてどうした? 何が言いたいのかまるで伝わってこない。そんなんじゃ単位を落とすぜ!」

 

 紫は再び針を取り出した。嫌な予感がする。

 

()()()()()……! アンタも人質に取る気か!!」

「……一般に『テメェ』と『貴様』は同じ意味で用いられるのだけど。それは『頭痛が痛い』と言っているのと同じ。重言よ」

「んな事どうでもいいんだよ! その針で2人を攻撃する気か? 或いは、『私はいつでもお前の友人を殺せる。それが嫌なら私の殺人計画(シナリオ)通りに動け』と言いたいのか!!」

「おお、よく分かっているじゃない。その理解力、私は好きよ。分かったのなら、始めましょう。私も暇じゃないの」

 

 本当に妖怪ってのは何奴も此奴も腹が立つ。

 

「いいや嘘だね! アンタは暇なんだ。妖怪ってのは長生きしすぎて大体退屈してんだろ!」

「それは自惚れというものよ。スペルカードは1枚。── 結界『動と静の均衡』」

 

 紫は背後に魔法陣を展開し、スペルカードを使った。

 

「面倒だ。悩みの種は今ぶっ倒す! 星符『スターバースト』!!」

 

 スペルカードは1枚なら、『動と静の均衡』を破ればこの弾幕ごっこは俺の勝ちになる。早くもカードを使った紫に合わせ、俺も使用する。スターバーストのレーザーによって多くの弾幕は飲み込まれ、そのまま紫に向かっていく。

 

 ──アテナ! 

 

『舐められたものですね。紫は真後ろ20メートル先に現れました。行きなさい!』

 

 お前がスキマを使ってスターバーストから逃れる事は分かっていた! 逃げた先はアテナが感知し、弾幕を再構成する間に生まれる隙を俺が突く! 

 

 俺は帯刀の柄に手をやり、霊力を込めて後ろに向かって地面を蹴る。イメージは背泳ぎ。空中で背泳ぎするように跳び、身体を回転させながら抜刀する。

 

 霊力を込めて斬れ味を向上させた刀による斬撃。それは間違いなく紫が逃げるよりも先に繰り出された。

 

「食らえー!!」

 

 抜刀し、紫の首に当たる瞬間に最大速度を出せるようにした。何かを斬った感触がした。身体の勢いは止まらず、紫の先にあった木を数本斬り倒した。

 

 ──我ながらめっちゃ強くなったと思う。これなら紫も……! 

 

 着地した俺は振り向いて紫の姿を探す。

 

「なっ……!?」

 

 紫はただそこに立っていた。彼女の後ろ姿を観察するが傷一つ見当たらない。

 

 だが次の瞬間、紫の首は斜めに切り落とされていく。

 

 ──斬撃が早すぎただけか? だがあまりにも……

 

「殺れたと思ったかしら」

「うわああああ!!」

 

 突然目の前に紫の生首が現れた。俺は反射的に生首を斬る。

 

 しばらくすると生首が切れていく。

 

 ──違う。これは俺が斬ったんじゃあなく、紫の能力で分裂したように見えているんだ! 

 

 その証拠に紫の首からは血が流れていない。

 

「ふふ、良い反応ね」

「うるさい! 驚かせやがって! 俺は驚かされるのが嫌いなんだよ……!」

 

 もう一度斬りかかろうとするがその前に生首が消えた。

 

 いつの間にか首から下と合体している紫は振り向いて魔法陣を消した。

 

「そのうち斬りかかって来ると思っていたの。だから私の特技を披露しようと思っていてね。『当たった』という感触があったでしょう。残念だけどアレは私ではなく、その辺にいた動物よ」

 

 俺が全速力で斬りかかっている間に紫は動物を連れてきてあたかも斬ったように思わせたというのか。悔しいが実力差が天と地の差どころじゃない。

 

 全速力は欠伸が出るほど遅かったに違いない。斬られた演技ができるのだから、避けようと思えば避けられた筈だ。やはり紫には勝てない。

 

「今回は貴方の勝ちにしましょう」

「は?」

「良く考えれば、私があの手を使えば絶対に被弾しない。それは無敵ということ。それじゃあ楽しくないわ」

 

 舐めやがって。こっちは命懸けで戦っているのにお前はお遊びか! 勝ち負けのこだわりも無いというのか! 

 

「それじゃあ、また来週。貴方が生きていたら……」

 

 紫はそう言うとスキマの向こうに消えていった。

 

「…………。──だあああ!! イライラする! 何なんだよ! 突然現れて人の友達を人質に取って襲ってきたかと思えば巫山戯た真似して! 勝手に居なくなるしよ〜!! 訳が分からない! 殺したいのか殺したくないのかハッキリしろ! 俺はアイツが大っ嫌いだ!!」

 

『……スッキリしましたか?』

『多少は! でもまだイライラする』

『紫は間違いなく貴方を始末する気でいる。けれど、今すぐ殺すつもりは無いようです。自分が殺すという意思も感じられない。危険因子に対して些か呑気な気がしますが……それが妖怪というものなのでしょうか?』

『退屈だから?』

『退屈だからです。盛り上げようとして異変を起こすような存在なのでしょう? 実は貴方が何かやらかしても多少は構わないと思っているのかもしれません』

 

 ──なんかもう訳が分からない……

 

『妖怪と人間の思考の違いですね。要するに、何か起きても死にはしないし、幻想郷が崩壊するとしてもその前に何とかしようと動く事になる。それはそれで退屈しのぎになるんですよ』

『わかりそうでわからない。要は俺は玩具にされてるってこと?』

『ああ、その通りかもしれません。ええ、的を射る良い例えですね』

 

 あーあ、ムカつく。




ありがとうございました。
うちの八雲紫は今のところ敵です。
二次創作で見かける紫って皆主人公に甘いですよねー


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#86「宵闇妖怪の本当の姿」

敢えて容姿描写はしてないですが、解釈違いだった時のためにエチケット袋を用意してから読んでくださいね((((;゚Д゚))))





 俺は段々と夜行性になりつつあった。

 

 紫と会った翌日から追っ手と思われる妖怪に襲われることが増えた。おかげで8時間睡眠から3時間睡眠に変わってしまった。急に睡眠時間を減らしたので身体への負担が大きい。戦闘で体力も使っているし、精神もボロボロになっていく。

 

 まだ原作キャラに襲われたことは無いが、人型である分、気が抜けない。原作にいた妖怪は特徴程度なら粗方知っているはずなので、むしろ知らない敵の方が恐ろしいかもしれない。

 

 ───────────────

 

 夕方過ぎ。日が沈みかけている頃、黒い球体が宙を泳いでいた。その様は「ふよふよ」という表現が最もしっくりくる。ソイツはふよふよと宙を泳いでいる。

 

 ──アレは……見覚えがあるような

 

 黒い球体は徐々に俺に近づいてくる。いつでも刀を抜けるように構えつつ、できるだけ接触しないように移動する。

 

 ──ダメだ、コイツは俺を狙っている

 

 動き方からして間違いない。どうしようか。こちらから仕掛けるか? それとも、走って逃げる? 

 

『紫が送ってきた刺客かもしれませんよ』

『ぶっ倒して吐かせますか?』

『それがいいでしょう』

 

 全身に霊力を纏って臨戦態勢をとると、黒い球は少し離れていった。

 

 怖気付いたのだろうか。十中八九妖怪だけど、大した力は無いのかもしれない。

 

 これは刺客ではなさそうだ。偶々俺を見つけて食べようとしたんだろう。

 

 それなら無視しよう。襲ってこないなら退治する必要も無い。

 

 ───────────────

 

 今日は新月だ。日も暮れて灯りがなければ何も見えない。俺はいつも寝ている開けた場所でテントを張っている。文字通りテント。しかし透明な壁をそれっぽく配置しただけだ。俺は灯りを消して耳を澄ましながら目を瞑る。

 

 2週間以上野宿をしていれば直ぐに眠りにつくことができる。もう少しで夢の世界へ旅立てるという時に報せが届いた。

 

 ──敵か。

 

 テントの透明な壁にぶつかったらしい。その様子を見ていた監視用の使い魔が報告してくれた。俺は敵に向けて創造した刀を投射し、着弾するまでの間に起き上がる。

 

 暗視機能を付与した眼鏡を掛け、視界が暗黒からモノクロに変わった。あのシルエット……そうか。

 

 俺は刀を抜くと霊力で地面を蹴り、敵に突進する。敵は俺の動きに驚いている。──雑魚だな。

 

 刀を敵の首に当てて地面に押し倒すことに成功した。手と足を創造した鎖で縛り、馬乗りになって刀で脅す。

 

「よう、お前は()()()()()()()()?」

「うぅ……なんなのよ……あんた人間じゃないの?」

 

 思ったより弱気な様子を見て加虐の心が煽られた。刀を首に押し付けてもう一度問う。

 

「質問してるのはよォ〜俺の方なんだぜ? お前は食べてもいい妖怪かって聞いてるんだ」

「……溜まってるの?」

「は?」

「え?」

 

 は……? 

 

「お前は人喰い妖怪──ルーミアだろ? 人間を食べるってことは、当然、逆に食べられる覚悟もしているんだよな?」

「……あんたは豚や鳥に食べられる覚悟があるの?」

「ははは! まさか! 畜生共に食われる人間じゃあないぜ」

「そういうこと。私はお腹がすいているの。この程度の鎖で拘束できると思った?」

 

 暗視眼鏡越しなので分かりにくいが、金髪の人喰い妖怪──ルーミアは不敵に笑って八重歯を見せる。かなり重たい鎖で手首と足首を拘束したのだが、プルプルと震えていることから大した効果がないことが伺える。

 

 ──1面ボスは雑魚だと思ってたんだけどな

 

「へっ……お前が暴れる前にこの刀で串刺しにすりゃ朝まで安心して熟睡できる。違うかい?」

 

 俺はルーミアの心臓に狙いを済まして様子を伺う。

 

「やるなら頭にしなよ。心臓を刺しても死なないよ?」

「ああ、そうかい。アドバイスありがとう。じゃあね」

 

 俺はルーミアの頭蓋を串刺しにした。

 

 

 

 

 ──はずだった。

 

 

 

 

「てめぇ! なんで避けた!」

 

 俺の刀が刺さった先はルーミアの頭ではなく、彼女の髪と()()()()()()

 

 ──やばっ! 確かこの髪留めは……! 

 

 俺は慌てて髪留めを取って彼女の髪に結びつけようとするが、その前に強い殺気が当てられる。俺は本能的に距離を置いた。

 

 ──くそ、やらかした。 

 

 暗視眼鏡越しに見えるルーミアは徐々に闇と同化してしまった。

 

 どうしよう! ルーミアが覚醒してしまった! 妖力を感じる力が殆ど無い俺でさえ感じ取れる得体の知れない……だがかつての異変で味わったことのある感覚。心臓を握られている感じ……これが殺気なのだろう。

 

 これ程の殺気を感じたのは十千刺々や風見幽香、八雲紫以来だ。

 

 モタモタしている間にルーミアは覚醒を終えて闇から姿を現した。

 

「ありがとう。あの忌々しい封を解いてくれて」

「へ、どういたしまして。随分と美人だな」

 

 金髪に赤い目、より一層尖った八重歯、幼女体型だったその身は成人女性の様になり、体付きも相応なものになった。

 

「褒めてくれるの? ありがとう」

「ずっと思ってるんだけどさ、覚醒して身体が大きくなるやつ居るじゃん。アンタみたいにさ」

「うん」

「なんで服も一緒にデカくなるんだ? おかしくない?」

「やだ、変態っ! エッチスケベ!」

 

 うーん、調子狂うな。発言だけ聞いてるとイチャついてるように思えるが、現在進行形で濃厚な殺気を放たれている。俺は冷や汗をかきながら気分を紛らわすために話しかけているのだ。

 

「何言ってんだよ。俺が言ってるのはさ、物理法則の話なんだよ。身体が大きくなるのは細胞分裂が物凄いスピードで行われている結果なんだろう。そこは妖怪だから突っ込まない。けどよ、服はおかしいだろ? 服も含めて妖怪なのかい?」

「どうでもいいわ。あんたは今から私に食べられるのだから」

「つまらないねぇ。まあいい。──時間稼ぎも十分だ」

 

 これは強がりではない。お喋りをしている間に作戦を練ることができた。

 

 俺が指を鳴らすと、辺りいっぱいに火が灯った。()()()()松明を創造したのだ。

 

 先ずは視覚を取り戻す。

 

「無駄よ」

 

 今度はルーミアが指を鳴らした。瞬間辺りが再び闇で満ちた。

 

 ──『闇を操る程度の能力』か! 

 

 ルーミアの能力、そう広い範囲では使えないと踏んでいたが覚醒して能力もパワーアップしたか。

 

 まあ、創造した暗視眼鏡がある限り何とかなるだろう。

 

「俺からは何も見えないからさ、串刺しにしちゃっても文句言わないでね」

「できるものならやってみな」

「んじゃ、お言葉に甘えて」

 

 ──内部破裂(バースト)

 

 暗視眼鏡越しに見えるルーミアの位置を、さっき明るくなったほんの一瞬で見えた位置と照らし合わせて修正、補足。その後彼女の身体の内部から数本の刀を創造した。

 

「グッ……ゴフッ」

 

 狙い通りルーミアに刀が刺さった。突然体内に現れたのだからさぞかし驚いているところだろう。

 

 俺はその間にルーミアの背後に移動する。

 

 ──ルーミアが付けていた髪留めは御札だった。元の姿に戻すには御札を使って封印しなければならない。

 

 しかし、御札はさっき俺が切ってしまったため再利用はできないだろう。

 

 ──無いものは創造すればいいだけなんだけど、問題は抵抗される前に封を結べるかどうかなんだよな。

 

 先ずは動きを止めよう。可能な限り弱らせたい。

 

「ククッ……グァッハハッ! 面白い奇術ね。でも妖怪の私に物理攻撃は大して効かないわ。元の姿に戻った今なら尚更ね」

 

 ルーミアは狂ったように笑いながら身体に刺さった刀を抜いていく。身体はみるみるうちに再生していく。

 

 ──ほんっとに化け物ばっか。勘弁して欲しい。

 

 まあ、死なないってわかってて串刺しにしたんだけど……ちょっとくらい弱ってくれてもいいじゃないか。

 

「今度はこっちから……」

「その前におかわり喰っとけ」

 

 もう一度内部破裂(バースト)を使い、内蔵と四肢を破壊する。

 

「原作キャラを痛めつけるのは心が痛むけど、封印を解いてしまった俺には、再封印する義務がある。然もなくば関係の無い人間を巻き込んでしまう」

「グゥ……何故だ! 一体どんな手品を使ってる!?」

「……封印されていたってことは何かワケがあるんだろ? 例えばお前は人間を喰いすぎたとか。それじゃあ見逃す訳にも、怖気付いて逃げるわけにもいかないよな」

 

 今は深夜だ。霊夢は眠っているはず。今ルーミアを神社まで誘い込むのは危険すぎる。これは俺が一人で解決しなければならない。

 

 ──独りには慣れてきたんだ。怖い気持ちはあるけど、やるしかない。

 

「お前は何なんだ! 本当に人間か?」

「人間だよ。孤独な人間さ……望んだ覚えのない力を持っているせいで一人になってしまった、普通の人間だ」

 

 ルーミアは四肢に刺さった刀を乱暴に引き抜く。その際に腕が引きちぎれそうになるが持ち前の再生力で即時回復する。

 

「舐めるなよ……人間がァ!!」

「──内部破裂(バースト)

「──無駄ァ!」

 

 俺が内部破裂を使用した時、ルーミアは素早く横に移動した。数本の刀が虚空を突き刺した。

 

「フン、突然体内に刀が生まれるものだから、てっきり鉄分を使っているのかと思ったけど違うようね」

 

 ルーミアは宙に浮いている刀を掴むと、物凄いスピードで俺に近づいてくる。型など無いただの振り下ろし攻撃に対し、俺は抜刀術をもって対抗する。互いの刀が衝突した瞬間に決着がついた。

 

「……残念だけど、その刀は撃ち合いに向かないんだ。こうやって斬り合うと簡単に砕ける」

 

 勝ったのは俺の刀。俺は、未だに完璧な刀を創造できない。故に勝負はやる前から終わっていた。

 

「それがどうしたァ!!」

「──っ!」

 

 勝負がついたと言っても、それは剣の打ち合いの話だ。武人ではないルーミアに誇りなどあるはずもなく、折れた刀を捨てて鋭い拳を繰り出してきた。ゼロ距離で放たれる剛拳(剣閃)に対し身体を回転させることで掠り傷程度に抑え、遠心力を利用して斬撃を繰り出す。ルーミアは刃を右腕で受け止め、空いている左腕で腹を殴ってきた。

 

「ウグァッ!」

 

 咄嗟に障壁を創造してダメージを抑えるが、身体が上空に打ち上げられた衝撃も相まって意識を持っていかれる。

 

『起きなさい! 踏ん張るのです!』

 

 アテナに叩き起され、1秒にも満たない間に目を覚ます。ルーミアは呑気に俺を見上げている。チャンスだ。

 

 俺は天井を作るように壁を作り、身体を回転させて壁を蹴る。霊力を用いた鉛直落下斬撃。この速さなら絶対にルーミアを斬れる! 

 

「でぁぁあああああ!!」

「ぎゃぁああっ!?」

 

 ルーミアの悲鳴を聴きながら俺は地面にめり込んだ。

 

「うっ……ぐっ……」

 

 必死過ぎて着地の際に受け身をとることができなかった。霊力で身体強化をしているとはいえ、モロに衝撃を食らったのでダメージが大きい。骨折しなかっただけマシだろう。

 

 ──だがこれでルーミアは真っ二つの筈だ! 

 

 着地の振動が脳にまで伝わったことで引き起こされた頭痛に顔を歪ませながらルーミアの様子を確認する。

 

「ばかな……」

 

 真っ二つに切れた身体は、互いを求めるように得体の知れない枝が伸びて密着し、再生してしまった。

 

「グヴウゥゥ……!! 痛い……痛い痛い痛い痛い──ー!! 許さないぞ……人間!!」

「うわぁっ!?」

 

 悲鳴か怒号か区別がつかない声で叫ぶルーミア。彼女から放たれる圧力は一層高まり、おぞましい物になった。俺は一瞬で戦意喪失し、身体を震わせる。

 

 ──ダメだ。ダメだダメだダメだ……! 

 

 ──俺じゃコイツを退治できない……! 

 

 なんでだ。どうして? 俺の刀は妖怪に対して強力な武器なんじゃないのか? どうして効かないんだよ! こんな化け物どうやって倒せば! 

 

 ──倒すどころか、俺は1秒以内に殺される……! 

 

「よくもここまで痛めつけてくれたな! 私を封印したかつての巫女でさえこんなことはしなかった! お前は楽には死なせはしない……!」

 

 ルーミアは血走った目で俺を睨み、冷凍庫にぶち込まれたかと錯覚するほど冷たく、湿度が高い時のようにねっとりとした殺気を放つ。一見矛盾した感覚。俺の感覚は既に正常ではなくなっている。

 

「俺は……死ぬ……」

 

 戦意を喪失したことで、今まで誤魔化していた恐怖が一気に押し寄せてくる。迫り来る死を悟り、強い吐き気を催す。身体がカタカタと震え、腰が抜けて力が入らない。血流が加速して視野が狭まる。思考もとっくに停止していて、俺の脳内は「死」で満たされている。

 

 ──終わった。死ぬ前にもう一度会いたかったなぁ

 

「……あ、あう? ……だれ……に……」

「ウフフ! なぁに独り言呟いてるの? いい顔になってきたねぇ。ようやく自分の立場を理解してくれたんだねぇ。人間の! 立場を!」

 

 ルーミアに蹴飛ばされた俺は受身を取れるはずもなくただボロ雑巾のように地面に倒れる。

 

 ──痛い……! もう嫌だ……どうしてこんなことに……

 

「ほらほら、気ィ失ったりするなよなぁオイ! オイ聞いてんのかよォ?」

「ぐっ……」

 

 吹き飛びはしないものの、チンピラに痛めつけられているように惨めな思いをする。

 

 ──こんなところ誰かに見られたら嫌だなぁ

 

 ──嗚呼、どうでもいいか。俺は独りなんだから

 

「うっくそ……ちくしょう……」

「アハハっ!! さっきまでの威勢の良さはどうしたんだよォ! ほら! さっきみたいに手品使ってこいよォ!」

 

 手品……か、大人しく里で過ごして手品師にでもなればよかったかなぁ……

 

 でもそれじゃあ、霊夢や魔理沙、霊華とは居られなかった……

 

「れい……か……あいたい……また……」

「おー? 手品なんかに頼らなくてもイイもん持ってるじゃん。そら、寄越しな」

 

 ルーミアは俺の手から刀を奪い取って、逆手に構える。

 

 ダメだって。俺はあの子に嫌われちゃったんだから。もう俺に生きている意味は無いんだ。馬鹿みたいに悪あがきしちゃって……俺は何がしたかったんだろうな。

 

「ガハッ……」

 

 腹を刺された。痛い……。ルーミアがこんなに強いとは思わなかった。俺は東方紅魔郷1面ボスにさえ勝てなかった。なにが霊華を守るだ。寝言は寝て言え。

 

 あの子には嫌われちゃったけど……幸せに生きて欲しいなぁ……。できることなら、一緒に幸せになりたかったなぁ……。

 

 

 

 

 もう

 

 

 

 

 

 

 俺は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死ぬ。

 

 

 




ありがとうございましたぁ! (こいつすーぐ死にかけるんだよなぁ)

霊想録のEXルーミア

容姿:ご想像にお任せします
能力:闇を操る程度の能力(真の姿に戻ったことで大分強くなった)
概要:スペルカードルールが採用される前の記憶しかない為、妖怪らしく人間を襲う。(正確には、幼女形態のルーミアはIQが下がってしまったので記憶力が薄い。封印されていた時の出来事を全く覚えてない訳では無い)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#87「EX宵闇妖怪 vs 楽園の素敵な巫女」

こんにちは。祐霊です。

巫女さんの強さをご覧下さい。




「はぁ……はぁ……クソ……こんな人間如きに……ここまで苦戦するとは……」

 

 人喰い妖怪ルーミアは、頭に着けた御札によって封印されていた。この御札は彼女自身は触れることができず、解除することができずにいた。ルーミアは祐哉に攻撃され、地面に叩きつけられた際、胸ではなく頭部を破壊しろと言った。そして刀を振り下ろした瞬間、頭を退けて御札を斬らせた。これは刀を胸に突きつけられた時に計画されたことだった。

 

 封印が解け、元の姿に戻ったルーミアは成人女性の様に背が高くなり、身体の膨らみもくびれも相応のものに変わった。力を取り戻したルーミアは空腹だった。故に、目の前にいる人間を食し、その後里にでも出かけて食い漁ろうかと考えていた。

 

 その時、身体に数本の刀が突き刺さった。なんの前触れもなく刺さった其れに対し、彼女は驚愕した。耳に入るのは下等生物であるはずの人間の煽り。かつて猛威を振るっていた彼女にとって、それは矜恃を傷付けられることと同義だった。

 

 今すぐに人間を黙らせたい。だが、刀を抜いて再生したところでもう一度刺されてしまう。ルーミアは仮説を立てた。人間の手品には何かネタがあるはずだ。考えられるのは2つ。1つは対象の体内にある鉄分を利用して刀を生成している。もう1つは何らかの方法で「指定した場所に刀を生成している」。

 

 前者ならば勝ち目は薄い。だが、後者なら……。ルーミアは人間が串刺ししてくるタイミングを見極め、大きくステップを踏むことで回避した。

 

 人間との剣の打ち合いに負けたが、そんなことはどうでもよかった。だが、暫くして身体を真っ二つに斬り裂かれてしまった。死にはしないが、これで怒りが頂点に達した。これ以上人間に不覚をとるのは一生の恥。妖怪としての矜恃に係わる。

 

 ルーミアは本気の殺意を込めて威圧した。すると人間はあっという間に萎縮した。そこで形勢逆転。人間のターンは永遠に終了し、本来あるべき光景が繰り広げられた──。

 

「ん? 何だコレ」

 

 ルーミアは人間が掛けていた眼鏡を手に取り、レンズを覗き込んだ。

 

「へぇ、霊力を感じると思ったら、こんなマジックアイテムを持っていたとは。通りで暗闇の中私に攻撃できていたのね。まあ、どうでもいいわ」

 

 眼鏡のレンズの先には、モノクロの世界が見えていた。ルーミアはポイ捨てをするように眼鏡を落とした。

 

「さて……」

 

 人間を刺したルーミアだったが、かなり消耗していた。強力な再生力を持ち、不死とも思えたルーミア。しかし再生には相当な体力を消費するのだった。妖怪でも体力を使えば、疲労するし、斬られたら痛みを感じる。人間と違うところは体力の量と傷を負って致命傷になるかどうかである。

 

 ルーミアは体力を回復するために目の前の食糧に手をつけることにした。

 

 ──その時だった。

 

 ───────────────

 

「これ程の妖気……アンタ誰?」

「──!?」

 

()は嫌な胸騒ぎがして眠れなかった。こんなことは滅多にない。不安になった私は気になる方向へ空中散歩していた。その時、強力な妖気を感じて駆けつけたら捕食中の現場に居合わせたというわけだ。

 

「念の為持ってきた陰陽玉が役に立ちそうね」

 

 そこで倒れているのは間違いない。私の──

 

「アンタ! 私の友達(祐哉)に手を出してただで済むと思わないことね!」

「ふーん? なんだ、あんたか。今お前を相手にするのはキツいわね……仕方ない──『ダークミスト』」

「あ! 待ちなさい!」

 

 暗闇に身を包んだ妖怪が逃げる事を悟り、私は御札を投げつける。

 

 ──逃がしたか。後を追う前に……

 

「ねぇ、しっかりしてよ! 嘘よ……起きなさいよ!」

 

 祐哉の身体を揺するが何の反応も示さない。脈はまだある。急いで永遠亭に運ばないと! 

 

 ───────────────

 

「お願い。永琳、祐哉を助けて!」

「こんな重体患者を見るのは久しぶり。けれど私が診る以上、簡単に死なせはしないわ。ウドンゲ、輸血の準備を」

「はい」

 

 得体の知れない宇宙人だけど、月の技術は凄いから祐哉は助かるだろう。

 

 ──アイツ……何処かで見たことがあるのよね……

 

 さっきの妖怪は誰だっただろうか。あの妖怪は強力。それも幽香のような大妖怪と違って野放しにしては危険なタイプの妖怪。正体は分からないけど、そんな気がする。

 

 永遠亭に居ても私にできることはない。私は私のやるべきことをやる。

 

 ───────────────

 

「見つけた!」

「くっ……! だが補給は済んだ! 遅かったなぁ博麗の巫女! 既に5人喰ってやったぞ!」

 

 ルーミアを探しだすのにかなりの時間を要した。新月の今日は手元の灯りだけが頼りだ。ルーミアが強力な妖気を放っていなければ気づくのが送れただろう。──だから、5人で済んだとも言える。

 

 妖怪の周りには人が食われた跡で散らかっていた。この異臭、この感覚。もう味わうことは無いと思っていた……。

 

「アンタみたいな奴がいるからスペルカードルールを作ったんだけどね。アンタ、新米? いや、その顔、随分と大きいようだけどルーミア?」

「そう。私はルーミア。これが本来の姿だ」

「ということは古参ね。封印された後にルールを実装したから新常識を知らないのね」

 

 私はルーミアにスペルカードルールを説明した。

 

「ならば、私が勝てばお前も食糧にしよう」

「好きにしなさい。私が勝ったら封印するわ」

 

 日の出が近いのだろう。真っ暗だった空は薄暗い程度まで明るくなった。故に、ルーミアの姿を眼で捉えることができる。戦いが長引く程私が有利になる。

 

 戦闘開始直後、直ぐに御札を投げつける。ルーミアは余裕そうな笑みを浮かべて躱す。

 

 ──おかしいな。ルーミアみたいな妖怪には効くはずなんだけど

 

「今更そんな札に屈するか! ──新月『ノヴァ・ルナ』」

「真っ黒な弾って……そんなのアリ?」

 

 ルーミアのスペルカードは全弾黒い。幼い姿の時と違って弾幕の密度も濃い。その為、私の視界は再び暗黒で埋め尽くされた。

 

「うそ! あんたは何も見えていないはずなのになぜ避けられるの?」

「弾の色のせいで避けにくいのはあるけど、弾に込められた力は感じられるのよ。その隙間を縫えばいいだけじゃない」

「めちゃくちゃな奴!」

 

 弾幕は勝手に避けてくれるし、私が投げた御札は適当に投げても相手に向かっていく。こう言うといつも嫌そうな顔をされたり呆れられる。

 

「相手が悪かったわね。私じゃなければ当たってたわ」

「ちっ! ──闇符『ダークネビュラ』!」

 

 真っ黒な弾が消え、ルーミアが2枚目のスペルカードを使用すると、取り戻された視界が再び奪われた。

 

 黒いモヤが湧き上がり、中から光弾が飛んでくる。

 

「私は別に、真っ黒な弾を飛ばし来ても構わないんだけど」

「違う違う。弾の発光で雲が見えるでしょ? それが暗黒星雲──ダークネビュラよ」

 

 黒い雲もルーミアの妖力で生成されているためか、感知で弾を避けることが難しくなった。でも大したことでは無い。ぼーっと飛んでいれば弾には当たらないんだから。

 

「祐哉は……アンタがさっき襲った人間は強かった?」

「あの手品師か。確かに強かった。封印されたままだったらヤバかっただろうね」

「そう。強くなったんだ、祐哉……」

「何を嬉しそうに笑っているの? 余計なことを考えられなくさせてやる! ──『常世闇』」

 

 ルーミアが「常世闇」と呟いた瞬間、日が昇りかけて明るくなってきた世界が完全な闇に包まれた。

 

 ──これ、夜中よりもくらいじゃない。何も見えないわ

 

「今頃幻想郷全てが私の闇に飲み込まれているはずよ。そしてこの世界は灯りを無効化する」

「っ! 危ないわね。まさか黒い弾を飛ばしてきてるの? 反則よ」

「この弾幕でお前を倒せば反則を指摘するものが居なくなるでしょ」

 

 こんな卑怯なヤツはそう滅多に居ない。

 

 何も見えない中、見えない何かが飛んできている感覚と音だけは感知できる。私はそれを頼りに隙間を縫う。鳥目にしてくる奴は居たけどこれはタチが悪いわ。

 

「アンタにスペルカードルールは早かったみたいね。時代について来れないと言うなら、私にだって考えがあるんだから! ──『反則結界』」

 

 全方位に御札をばら撒く。多分ルーミアはこれを避けているはずだ。私は構わず御札を投げ続ける。この暗闇だ。ルーミアも見えているのかどうか怪しいが、御札は一定の距離を進むとしばらくの間その場に留まる。5、6層の御札の壁に閉じ込められたルーミアは限られた空間で私が放つ光弾を避けなくてはならない。光弾は放って直ぐに見えなくなってしまったが間違いなく飛んでいる。

 

「そんなんじゃ当たらないわ。何処狙ってるの? あ、ごめんなさい。あんたには私が見えてないんだったわね」

「アンタから私は見えているの?」

「勿論。でなければ戦闘中に自分まで闇に身を包まないでしょう? 封印されていた時は私自身も闇の中では見えていなかったけど、今ならよーく見えるわ。あの人間(手品師)が持っていた眼鏡よりもクッキリとねぇ!」

 

 こんな無駄話をしている間にも戦闘は続いている。私は闇の弾幕を、ルーミアは御札を避けながら互いにスペルカードを使用している。

 

 私は弾幕に込められた力を感じ、特別避けようと意識しなくても弾に当たらない。ルーミアは私のことは勿論、御札や放った瞬間に闇に()()()される光弾が見えているから弾に当たらない。

 

 先に集中力を切らすか、油断した方が負ける。

 何も見えないけど緊張する必要は無い。私はもっと強いヤツと戦ってきたのだから。

 

「クッ、この札……!」

「ふふ、御札の枚数が増えていくことに気づいたようね。そのうち完全に隙間がなくなるけど、先に反則したのはアンタだからね」

「舐めるなよ、人間がァ!」

 

 御札の間隔が狭くなり、徐々に避けるのが難しくなるのが『反則結界』。声音に焦りを見せたルーミアの弾幕は挙動を変えた。

 

 ──っ! これは……目に見えないレーザー? 

 

 高圧洗浄機が放つ水のように細い数本のレーザーが私を狙って来る。不可視のレーザー、不可視の弾幕。どちらか一方に気を取られ過ぎれば致命傷。

 

 私はそれを──

 

「そんな! これを()()()だなんて……!」

 

 全て避けた私に対し、ルーミアは須臾の隙間を潜ることができなかった。私の勝ちだ。

 

「アンタの敗因は、私を鳥目にした事よ。弾幕の美しさが分からなかったわ」

「そんな無茶苦茶な……! 見えないはずなのに! なんで当たらないのよ!」

「あら、見えないだけで弾幕自体は簡単だったわ」

「答えになってない!」

「……約束通りアンタを封印するわ」

 

 闇に包まれていた幻想郷の空は突如真っ青な晴天になった。後日、私と事情を話した数人の間で『宵闇異変』と名付けられた。

 

 異変解決後の宴会には、ルーミアも参加したが、件の記憶は無いようだった。

 




ありがとうございました!

フェムトわかりやすく言うと須臾。須臾とは生き物が認識できない僅かな時のことよ。時間とは──

──失礼。所謂EXルーミアを出すことになるとは……そんな予定はなかったんですけどね(!?) ルーミアは出落ちキャラなんて知らない()

祐哉をあそこまで追い詰めたルーミアは隠し球を幾つも持っていましたが、それをものともせず完勝した霊夢さんに拍手を。いや、盃を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#88「ノーカウント」

こんにちは。祐霊です。

ノーカウントです。

それでは楽しんでいってください!




 うわ、どうしよ……お腹痛い……。

 

 俺はルーミアに殺されたんじゃないのか? 何故か布団に寝かされている。誰か病院に運んでくれたのかな……それならここは永遠亭か。

 

 うん、頭はちゃんと動く。ルーミアに蹴られた所と、刺された腹が超痛いということ以外は健康。五体満足だ。助かった。

 

 ──ナースコールとかある訳ないよな。確認したいことがあるんだけど……

 

 部屋の襖が開かれた。

 

「いいタイミングだ、鈴仙」

「あ、起きたのね! 良かった。突然死にかけの祐哉が運ばれたからびっくりしたんだよ」

「助けてくれてありがとう。いくつか聞きたいことがあるんだけど」

「うん。なに?」

 

 鈴仙は寝ている俺の横に正座した。

 

「俺を運んでくれたのは誰?」

「霊夢よ。妖怪に襲われている所をたまたま見つけて運んできたみたい」

「霊夢が? あんな遅い時間に起きてたなんて珍しい。……そうか、じゃあ霊夢が片付けてくれたのかな」

 

 来てくれたのが霊夢でよかった。

 

「霊夢、元気にしてるのかな」

「ええ? 今は自分のことを心配した方が……」

「確かにそうだな。永琳さんに話を聞きたい。俺は起き上がっても平気?」

「まだ寝てて。お師匠様を呼んでくるね」

 

 鈴仙はそう言って部屋を出ていった。

 

 それにしても、怖かったな……。途中まではいい感じに戦えていたのに、あの再生力には驚いた。妖怪って皆あんな感じなのかな? 

 

 それともある程度力をつけた妖怪だけなのだろうか。俺の刀は妖怪によく効くらしいけど、アレは効いていたのかな? 

 

 よく効いていたからルーミアを真っ二つに斬れたのかな。

 

 疑問が増えるばかりで落ち着かない。今の俺は寝ていることしかできないから試すこともできない。

 

 襖がノックされた。返事をする前に開かれ、赤い人が入ってきた。

 

「あ、霊夢……」

「わっ、起きたんだ。良かった……。心配したのよ」

「そうなの? ありがとう、嬉しいよ」

「何でそんなに嬉しそうなのよ。心配かけてごめんとか無いわけ?」

「霊夢が心配してくれた事が嬉しくって……」

 

 私だって心配するわよ。と言いながら霊夢は俺の横に座る。

 

「霊夢、まずは助けてくれてありがとう。それと、迷惑かけてごめん。ルーミアを止めてくれたんだよね?」

「どういたしまして。ちゃんと封印して元通りになったわ。おかげで今日は寝不足だけど」

 

 霊夢はそう言いながら「ふぁあ」と欠伸をする。

 

「そっか、眠いのにお見舞いに来てくれたんだ……」

「霊華が心配で居てもたってもいられないって言うから連れてきたのよ」

「うぇっ? れ、霊華も来てるの?」

 

()()()()……。

 

「……あのね、祐哉。私と魔理沙は最初から貴方を信じていたわ。犯人だって見つけたわ。貴方も否認してたのにどうして居なくなっちゃったの?」

「それは……なんでだろうな。もう、帰りたくないんだ」

「どこに行くのも自由だけど、行く前に一言言ってよ。紅魔館にも白玉楼にも居ないから心配したのよ!」

 

 感情的になったのか、霊夢の声が大きくなってきた。そんな霊夢を見て俺は何故か()()()()()()()()()()()()()()。心が温かくなる気がした。

 

 そんなに霊夢が心配してくれるとは思っていなかった。友達だとは思っていたけど、霊夢が俺をどう思っているのかは分からなかった。

 

「ごめん、ありがとうね」

「意味わかんないだけど!」

「はは……」

 

 照れてるのか、怒っているのかよく分からないけど、推しともう一度話せていることがとても幸せなのでとにかく嬉しい。

 

 再び襖が空いた。

 

「はい、彼と話したいので少しいいですか?」

 

 鈴仙が呼んできた永琳が事務的な敬語で霊夢に声を掛けた。

 

 霊夢がスっと横に座り直したのを見た永琳は廊下の方を見て「あなたは? ……そうですか」と言った。

 

 永琳は一人で部屋に入り、襖を閉めると俺に挨拶をしてきた。

 

「すみません永琳さん、助けていただいてありがとうございました」

()()()()()()()()()()()ので問題ありません」

 

 うん? 俺は何も渡してないけどな。

 

「例の如く貴方の傷は縫合がしやすかったので直ぐに退院してもいいでしょう。幾つか薬を出しておきます。毎食後に飲んでください。それと、暫く休んでいってもらって構いません。貴方、身体の疲労がかなり溜まっているようですから」

「え、もう退院できるんですか?」

「はい。貴方の傷口は()()()()()()()()()()()()()。縫合した瞬間に身体が再生しました」

 

 用が済んだ永琳は部屋を出ていった。

 

 んな馬鹿な!? 俺は妖怪になった覚えはないぞ!! 

 

『まあ、落ち着いてください。私が少し力を使ったのです』

『アテナが?』

『多少の応急処置なら私にもできます。貴方の霊力が皆無だったらできませんでしたが……助かりましたね』

 

 アテナ曰く、俺の霊力を操作して傷口に蓋をして極力出血しないように、また傷口が開かないように抑えてくれたらしい。そういえば十千刺々との戦いでもそんなことがあったな。これほど繊細な霊力操作ができるとは正に神業だ。俺の中にアテナがいてくれて良かった。そうじゃなかったら死んでただろう。

 

『ありがとうございました』

『いえ、しかし危なかったですね……。妖怪があんなにも再生力に満ちているとは思いませんでした』

 

「なあ霊夢。妖怪の再生力って皆ああなのか? ルーミアを真っ二つに斬ったんだけど、直ぐに再生したんだよ」

「真っ二つですって!? 貴方そんなことできたの?」

「霊力を込めた真剣で、それもかなり位置エネルギーを溜めたあとの斬撃だったから相当な運動エネルギーだったと思うよ。ああ、更に空中で足場を蹴って勢いもつけたから……後は真っ直ぐ斬ればいけるんじゃない?」

「いやいや、妖怪の体ってそんなヤワじゃないのよ。確かに妖夢なら斬れるかもしれないけど、修行して半年でそこまでできるものなのねぇ」

 

 霊夢は感心したように頷いた。

 

「あー、もしかしたら俺の刀の力かもしれない。俺の刀も拾ってくれた? 風見幽香によると妖怪によく効く力を持っているらしい」

「へえ? 刀ならちゃんと持ってきたわ。どれどれ──ねぇ、抜けないんだけど」

「えっ!? 錆びたのか?」

 

 俺は慌てて霊夢から刀を受け取って刀を抜こうとする。

 

「簡単に抜けるけど?」

 

 そんな力が必要って訳でも、抜くのにコツがある訳でも無い。俺は鞘に戻した刀を霊夢に渡す。霊夢はフルパワーで抜こうとするが抜けない様子。

 

「あー? 何なのよこれ!」

「ははは! 霊夢にパントマイムの特技があるなんて知らなかったなぁ」

「いや、本気で抜けないんだけど!」

 

 嘘だぁ。普通の妖怪キラーの刀だぜ? 

 

 ──待てよ。この刀、普通じゃないんじゃ……? 

 

「妖夢は抜けたけど……」

「まさか刀を抜くのに修行が必要とか言うの? じゃあいいわ、抜いたのを見せて?」

 

 そんな訳ないじゃん。スムーズに抜くのにコツがあるのは当然だけど、ただ鞘から抜くだけなんだから赤ちゃんにもできる。

 

 俺は仕方なく刀を抜いた状態で霊夢に渡す。霊夢はじっと刀を見つめる。

 

「確かにこの刀は(みそぎ)の類の力が込められているわ。それも相当強い。人型でない妖怪なら触れただけで退治できそう。何処で手に入れたの?」

「妖夢に貰った」

「へぇ」

「いや、妖刀と普通の刀、どっちがいいかって聞かれて普通の刀を選んだんだけど……若しかしてこっちが妖刀?」

「ううん。妖刀っていうのはワケありで怨念や邪気が刀に取り憑いた物を言うの。コレは妖刀の逆よ。言うなら私の大幣や御札みたいなものよ」

 

 ということは俺は当たりを引いたのかな? やったぜ! ざまーみろ叶夢! ……今頃妖刀に取り憑かれてないかな? 大丈夫かな? 

 

「封印が解けたルーミアを真っ二つにできたのはこの刀の力が大きいと思う」

 

 霊夢は納刀して刀を床に置いた。

 

 ──納刀はできるんだ? 確かにこの前俺が倒れた時も他人が納刀していたはず。

 

「もしかしたらこの刀は祐哉にしか抜けないのかも」

「妖夢が抜いたよ」

「それっていつ?」

「その剣を貰った日が最後かな?」

「修行している時はその刀を使っているのよね。それなら刀が貴方を持ち主だと認識して鍵が掛かっているのかもよ」

 

 つまり、もう妖夢にも抜けないと……? 

 

「バイオメトリックスって奴? 生体認証……指紋認証とか、静脈認証とか。いやまさかそんなハイテクな訳ないよな」

「急に何言ってるのか分からないんだけど……まあいいわ。妖怪の再生力の話だったわよね?」

 

 そういえばそうだ。完全に忘れていた。

 

「再生力は個体によるわ。あと、傷の程度にもよると思う」

 

 そういえばレミリアに太陽光を当てた時、流石に再生に半日くらいかかるって言ってたな。アレは全身で日光浴したからであって、腕が千切れてもすぐに回復できると聞いた。このケースは正に今霊夢が言ったものだ。

 

「基本的に力の強い妖怪程回復力が高い。だから強い妖怪と戦うなら弾幕ごっこをするのがいいわ。力押しで勝てる相手じゃないのよ。そうねぇ、風見幽香もそうだし、貴方が知ってそうなヤツだと……幽々子にレミリア、それと()とか」

「──っ!」

「どうかした? 傷口が開いたの?」

 

 紫という名前を聞いてハッとした俺を見た霊夢が心配してくれる。

 

 ──ま、まずい! 

 

 霊夢達と関わってしまった! 

 

「霊夢、()()()()()()()()?」

「廊下でずっと待ってるよ」

 

 ──紫の奴……まさか霊華を……! 

 

 俺は飛び起きて廊下へ向かう。突然動いたせいか、とても退院が許されたとは思えない激痛を感じて膝から崩れるが、四つん這いになって襖を開ける。

 

「きゃっ!?」

 

 そこには驚いた表情をしている霊華が居た。

 

『アテナ、紫の気配は?』

『しません。貴方が永遠亭に運ばれてからずっと感じられませんよ』

 

「……良かった」

「あ、あの……えっと……」

 

 ──! 

 

 霊華の背後に突然()()()()()()。その手は紙を持っており、その紙にはこう書かれていた。

 

 ──警告

 

 警告。ただ2文字だけ書かれていた。

 

 ──ふざけやがって

 

 俺は殺意を抱いた。何故好きな人と会う権利を剥奪されなくちゃならない? 

 

「か、神谷く──」

「──ごめん」

「えっ?」

「もう……俺に…………近づかないで……お願いだから……」

 

 俺は君に近づいてはならない。君も近づかないで。俺は君を失いたくないんだ……一緒にいられなくても、何処かで幸せになってくれるならまだマシだ。巻き込みたくないんだ。もう俺のせいで危ない目に遭わせたくないんだ。

 

「ごめん……元気でね……」

 

 俺は部屋に戻って襖を閉め、創造物を使って固定する。

 

「ちょっと、祐哉。霊華は……」

「ごめん霊夢! 助けてくれたのは本当に感謝してる。心配してくれてありがとう。でも俺はもう皆とは居られない」

「それは……私達が貴方を疑っていると思ってるから? だとしたらもう──」

 

 俺は霊夢の言葉を無視して予め文章が書かれた紙を創造して、紙と全財産を枕元に置く。

 更に入院服を脱いで創造した浴衣を身に付け始めると霊夢が慌て始める。

 

「えっ、急に服脱いでどうしたのよ!?」

 

 突然の行動だったからか、霊夢は言いかけていたことを別の言葉に切り替えた。

 

 帯を適当に締め、刀を手に取って襖とは反対の方向へ歩き出す。

 

「ちょっと、何処に行くのよ!」

「──元気でね、霊夢。霊華と魔理沙にも宜しく言ってくれ。それと、霊華を守ってあげて欲しい。あと俺を探すのはやめてね。それじゃあ!」

 

 俺は部屋の窓を開けると同時に下半身を霊力で覆い、脚力を強化して地面を蹴った。

 

 俺は逃げた。大好きな霊華から。大好きな友達から。彼女らを巻き込まない為に……。

 

 俺はクズだ! 折角心配してくれたのに! 助けてくれたのに! 霊夢には沢山の恩を受けたのに! 何も言わずに逃げる事しか出来ない! 

 

「ごめん、れいむ。ごめん……まりさ……」

 

 竹林を走っている俺の視界は潤んでいる。呟いた声も震えている。温かくなっていた心は再び孤独を思い知らされ、冷たく、傷ついていった。

 

 思えば竹林に来る度に悪いことが起きている気がする。もう嫌だ。

 

 ──俺は独りなんだ! 独りでいなきゃいけないんだ! ふざけるなよ! どうして俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ! 許せない! 

 

 嗚呼、それならやるべき事は一つ。

 

 不可能に近いが同じ人間の霊夢と魔理沙にはできたんだ! 

 

「くそ、やってやるよ……!」

 

 俺は力強く刀を握り、喉を潰すように叫ぶ。

 

「──八雲紫!! アンタを弾幕で倒す!! 絶対にだ!! 何度負けようが必ず! 死ぬ前に負かせてやる! どんなに惨めになろうが! どんな敵が襲ってこようが関係ない! 俺はアンタを倒すぞッ! 紫ィィー!!」

 

 俺の潤んだ視界は歪みを抑え、強い眼力と走りをもって竹林の先へと突き進んだ。

 

 




ありがとうございました。

書いててムカついてきました() 祐哉×霊華を邪魔するなとね、私はそう言いたい。(こんなシナリオ書いたの誰だよ)(私だよ!)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#89「殺戮の時雨(ブラッディレイン)

こんにちは。祐霊です。

今回出てくる技は2.3年前に考えていたものです。やっと登場させられる〜!

それでは楽しんでいってください!




「え、祐哉は帰ってこないのか!? もう宴会の準備進めちゃったぞ」

「困ったわねぇ、あの子が帰ってくるって言うから皆張り切ってるのに」

 

 博麗神社に戻った霊夢の報告を受けた魔理沙と華扇は頭を抱えた。行方不明者の祐哉が戻ってくると盛り上がった魔理沙は『宵闇異変』解決祝いも兼ねて盛大な宴会を開こうとしていた。既に紅魔館と白玉楼にも連絡しており、数刻もすれば大量の料理を持って来るだろう。華扇はまた良質な酒を持ってきていた。

 

「とてもじゃないが宴会は中止にできないぞ」

「……宴会はやろう。仕方ないわ」

「ごめん霊夢……私、部屋に行っていいかな……」

 

 霊夢と魔理沙は宴会の気分にはなれなかったが、既に多くの者を招待してしまった手前今更宴会中止にはできないと判断した。先程から今にも泣きそうな表情で俯いている霊華は宴会の欠席を申し出た。

 

「……後で部屋に行くから、寝ないでね」

 

 霊華は力無く頷いて部屋に向かった。祐哉の帰還を最も心待ちにしていたのは霊華だった。それを知っているから誰も止めなかったのだ。

 

 ───────────────

 

 宴会が始まり、一部の人妖を除けば最高の盛り上がりを見せていた。

 

「霊夢。肝心の祐哉が見当たらないのだけど?」

「レミリア……それが、またどこかに行っちゃったのよ」

「また何かあったの?」

 

 先日の『事件』について聞いているレミリアは霊夢に尋ねるが、霊夢は首を振った。

 

「……そういえば()。アンタがいるなんて珍しいわね」

「ええ、たまには顔を出そうと思ってね。今回は霊夢が直ぐに異変解決してくれたから私は感動したのよ」

「あっそ。アンタは祐哉が何処にいるか知らない?」

「さあ……何かあったの?」

「いや、知らないならいいわ……」

 

 ───────────────

「ちょっといいかしら」

「あら、珍しい」

 

 永遠亭の八意永琳が八雲紫に声を掛けた。確かにこの組み合わせはあまり見ない。

 

「昨日……いえ、今日かしら? 巫女は『宵闇異変』を解決したそうね」

「ええ、これ程のスピード解決は稀よ。霊夢も成長したわね」

「実は今日、一人の人間が重体で運ばれてきたの。間違いなく異変の被害者よ」

「そう。それは残念ね」

 

 永琳の発言に対し、紫は非常に冷めた声音で返事をした。妖怪にとって、人間の1人や2人がどうなろうと気に止める価値は無い。

 

「随分と疲労していたわ。あの様子、ここ最近ロクに寝てないのでしょうね。幻想郷の人間は夜更かしをするのかしら。()()()()()かすり傷も所々に付いていたわ」

「さあ、ところでその人間は貴方に相談か何かしたの?」

「何も。ただ、妙なことがあってね。彼が運ばれる少し前に、持ち主不明の大金の包みが届いたの」

 

 永琳は盃に口を付けて再び話し始めた。

 

「彼の治療費とその大金が同等の価値なのよね。まるで誰かが代金を肩代わりするようなことがあったの。面白いと思わない?」

「ええ、面白いわ。持ち主不明の大金を自分の物にするところがとてもね」

「あら、私は大金の行方について何も言っていないのだけど?」

「てっきり肩代わりだと思って受け取った物かと思いましたわ」

 

 永琳と紫はクスクスと笑いあった。永琳は満足気に席を離れていった。

 

 ───────────────

 

「霊華、入るわよ」

 

 部屋の外から霊夢の声が聞こえてきた。私が返事をする前に障子が開かれた。

 

「夜ご飯とお酒、持ってきたわ」

「……いらない」

「一緒に食べよ?」

 

 持ってきた食べ物が少し多いと思ったら2人分だったらしい。気が進まないけれど気を使ってくれた霊夢のためだと思い食事をとることにした。

 

「私……謝れなかったよ……」

「うん……仕方ないよ。祐哉は貴女の話を聞く気がなかったもの」

「やっぱり私は嫌われちゃったよね。……仕方ないよね」

 

 霊夢は「そうかな」と首を傾げた。

 

「もしそうなら嫌そうな態度をとると思う。でも祐哉は貴女に謝ったし、私には『霊華を守って欲しい』と言ってきたわ」

「そうなの?」

「嫌いだったら、『守る』なんて言葉は出てこないわ」

「嫌われてないなら……どうして神谷くんは居なくなっちゃったの?」

「なにか……事情があるんじゃないかな。それも、私達に言えないような事情が」

 

 私達に言えない事情? 一体どんな事情だろう。

 

「私達は信頼されてないの?」

「どうかしら。どちらかと言うと迷惑をかけたがらないタイプよね。なるべく自分で解決しようとする」

 

 解決って若しかして。

 

「それって、異変を解決しようとしてるのかな?」

「それは無いでしょ。だとしたらどうして私に頼らないのよ? 手柄を自分のモノにしたいとか? 魔理沙なら考えそうなことだけど……祐哉はどうかなぁ」

 

 なにもわからないよ。

 

 神谷くんは今どこで何を考えているのだろう。

 

 どうして神谷くんは妖怪に襲われたのだろう。

 

「化け狸の件の結果を報告してないよね。まだ疑われていると思って居心地が悪くなって逃げたとか」

「それは報告したわ。その件について余り関心が無さそうだったけど」

「じゃあ、神谷くんが居なくなった理由は他にある?」

「多分ね。んー、あれこれ考えても分からないわね。やっぱ直接聞くしかないでしょ」

 

 神谷くんを探し初めてから結構日にちが経っている。あちこち探し回っているけど彼とは出会えないままだ。だから今朝霊夢から話を聞いた時は驚いた。霊夢が神谷くんと会って更に重体だなんて……。

 

「神谷くん……霊夢とはいっぱい話したのに……私と会って急に様子が変わったよね」

 

 どうしても嫌われているとしか思えない。私にはそれを悲しむ資格がないというのは分かっている。けれどとても耐えられない。先に酷いことしたのは私なのに……。私は神谷くんを信じずに疑っちゃったんだ。嫌われて当然なんだ。

 

「霊華、私はこれまで通り祐哉を探し続けるわ。貴女はどうするの?」

「私は……」

 

 私は、

 

「会いたいよ……神谷くんに会って……ちゃんと、謝って……」

 

 視界が歪み始めた。まただ。私は直ぐに泣いてしまう。幻想郷に来て、神谷くんと会ってから泣き虫になってしまった。

 

「……それで、もう一度楽しくお話したい。デートもしたい。一緒に寝たいし、頭も撫でられたい。ぎゅって抱きしめられたい……()()って言いたいよ……」

 

 最近私は神谷くんの事を常に考えるようになった。心配なのと罪の意識からだけではないというのは自覚している。私は神谷くんが好きだ。白玉楼に行っても彼に会えないと思うと今まで以上に寂しくなる。

 

「きっと大丈夫。次逃げようとしたら私が結界に閉じ込めるからね。任せて!」

「ありがとう、霊夢。明日も頑張ろうね」

 

 ───────────────

 

 祐哉がいるって言うから宴会に来たのにいないじゃんか。アイツどこに行ったんだよ。

 

 アイツと仲がいい神社の巫女さんや魔法使いに聞いても、知らないって言うし。

 

 アイツがいなくなってから随分と時間が経った。一緒に修行する仲であり、ライバルであったアイツがいない日々にも慣れてきてしまった。

 

 最初の頃は俺達も探していたが、段々と諦めていた。妖夢と妖梨の修行はより厳しくなり、俺はかなり力をつけた。

 

 俺とアイツの試合を毎日していたのだが、俺の勝率は剣術のみだと70%、霊力有り能力無しだと50%くらいだった。アイツが修行をしなくなった今、俺たちの差はかなり開いているだろう。

 

「悪い、妖夢。俺ちょっと抜けるわ」

「叶夢くん?」

 

 俺は刀を手に取ると、妖夢の返事を待たずに神社を去った。

 

 ──俺はアイツを倒し、白玉楼に連れ帰る! 妖夢達のためにも、霊華ちゃんのためにも……必ず! 

 

 ───────────────

 

 永遠亭から去って迷いの竹林を抜けたあと、俺は良く知らない森に入っていた。八雲紫に襲われやすいと思って避けていた暗がりだが、今はどうでもいい気分だ。襲われたら勝負に挑めばいい。

 

『祐哉、あまり自棄にならないでください。傷だって完全に癒えているわけではないのです。無茶をすれば簡単に傷が開きますよ』

 

 アテナの言うことももっともだが、どうも冷静になれない。

 

 使い魔が反応した。どうやら良いサンドバッグが現れたようだ。

 

「敵出現。0時の方向、距離15m……危険度E」

 

 ドスン、ドスンというゆったりとした音と振動が伝わってくる。

 

 俺は刀をいつでも抜けるように構えて敵が近づくのを待つ。

 

 ──別に倒さずに逃げてもいいんだが……八つ当たりさせてもらう

 

「距離10m……5m……」

「──オラァ!」

 

 確実に当たる距離まで引き付けて抜刀する。衝撃波のように飛ぶ霊力の斬撃は敵を割いた。

 

 いつも通り、大体の妖怪はこんなもの。無闇に襲ってくるのは妖怪になりたての妖怪だ。

 

 ──しかし随分と大きい。全長5mくらいかな。

 

 その割に弱すぎる気もするけど、まあいい。

 

 納刀し、その場を去ろうとした時、不気味な笑い声が聞こえた。振り向くと、そいつはケタケタと笑っていた。

 

「──コイツ! 真っ二つに千切れた身体からそれぞれ上半身と下半身を生み出して分裂しやがった!」

 

 不気味な笑い声を上げながら敵が寄ってくる。

 

「お前のターンは無いぜ! そら!」

 

 もう一度斬撃を飛ばして2体の身体を割く。暫く様子を見ていると身体が再生した。

 

 ──どいつもこいつも再生しやがって

 

「いい加減理解した。妖怪ってのはある程度の力を持つと再生能力が高まるのか、斬撃を飛ばしたんでは倒せない。そして、コレはアイツだけかもしれないが中途半端に身体を裂けば分裂する」

 

 ルーミアの身体を裂いた時は即時再生したから分裂しなかっただけかもしれない。

 

 或いはコイツの特殊能力が「分裂」なだけかもしれない。検証する必要があるな。

 

 ──どうやって倒そうか。こいつは弾幕ごっこをする気は無い。殴り合いは望むところだ。

 

 この刀は妖怪に効く。雑魚相手なら致命傷を与えられるがそれなりに強い妖怪にはそこまでの効力は期待できない。コイツは恐らく能力を持っている。であるならば、一度斬ったところで倒せないだろう。これ以上分裂させてはならないのだ。

 

 注意したいことは2つ。

 

 1つは、一度の攻撃で相手の分裂した身体全てを斬ると仮定すれば、身体の数は指数関数的に増えていくことだ。

 

 今、敵の身体は4つある。次に斬れば8つ、次は16、32、64、128……と言った具合だ。

 

 2つ目は身体が千切れる度に「分裂」するので、どんどん身体が小さくなっていくことだ。つまり、大きさは身体の数に反比例する。

 

 分裂すればする程攻撃し難くなり、逆に攻撃を食らう可能性が増える。そうなっては困るのだ。

 

 ──厄介だな。動き自体は遅く、簡単に斬れるのに斬れば斬るほど数が増えていく。

 

 考えている内に敵の一体が腕を振り下ろしてくる。俺はそれを避けて刀の峰で敵を弾き飛ばす。

 

「──しまった! まさか峰打ちで斬れるなんて!」

 

 峰打ちで弾くだけのつもりだったが、いとも容易く斬ってしまった。なんて刀だ。触れただけで傷を与えられるとは一体何でできているんだろうか。

 

 敵は五体に増えてしまった。

 

「ええい、面倒臭い! レーザーでこいつだけを消滅させてやる! ──星符『スターバースト』!!」

 

 魔法陣を創造してレーザーを放つ。

 

「少し器用になってな……極小の範囲に狭め、尚且つ光線が届く範囲を限定できるようになった。これで森を焼き払う心配もなく、お前達だけを消すことができるぜ!」

 

 きっかり十秒後にレーザーを止めた。これで敵は消滅したはず。俺は『遮光性』を付与した眼鏡を外して様子を見ると、叫ばずにはいられない光景が目に入ってきた。

 

「なっ、何ィィ────っ!?」

 

 そこには刀の長さと同じくらいの背丈になった敵が無数に立っていた。

 

 レーザーが効かないって言うのか! ──そんなことよりも……

 

「使い魔君、奴らは今、何体いる?」

「──40体デス」

 

 40ということは、レーザーに当たっている間3秒おきに分裂したという事。

 

 ──分裂する条件は身体が千切れることではなかったのか……

 

 ──光線による攻撃は効かない。段々ややこしくなってきたな。

 

「コイツ……無敵か? そして何してんだ」

 

 敵は2体1組になって身体を押し付け合い始めた。まるで、「おしくらまんじゅう」をしているかのように。

 

『苦戦していますね。分裂する能力は、分裂すればする程スピードが上がる代わりにパワーが下がるというのがお約束です。40体まで分裂してしまっては貴方を倒せるだけのパワーが出ないと判断したのでしょう。──さて、分裂能力のもうひとつのお約束ですが……』

『──おしくらまんじゅうする事で身体がくっ付くって事か! つまりアイツは分裂体を減らす代わりにパワーを取り戻そうとしていると』

『その通りです』

 

 アテナの言う通り、次第に敵の数が減り、身体は大きくなっていった。そして、融合した者から順に俺に飛びかかってきた。その速度は想定よりも早かった。

 

「ケタケタケタケタ!」

「くそっ!」

 

 ──各々の速さは見切れないものでは無い。だが四方八方から自由に襲ってこられるのは別の話だ。

 

 飛びかかってくる敵を流す武器が欲しい。この刀で触れるのはダメだ。

 

 ──創造

 

 刀とリーチが同じくらいの棒を創造し、それを用いて敵の攻撃を流す。狙い通り、ただの棒切れなら敵を裂くことはできないようだ。

 

『祐哉、今すぐ敵に触れるのをやめてください。敵が増えていますよ』

 

 使い魔によれば、今の敵の数は32体。

 

『敵の能力が分かってきましたよ。聞きますか?』

『いや、いいです。丁度俺も理解したところです』

 

「コイツの分裂する条件は()()()()()ことじゃあなく、()()()()()()()()()()()()()3()()()()()()()()事だったんだ!!」

 

 一体一体相手にしていては俺が消耗して負ける。

 

 コイツのパワーは大した事は無いが、無敵のような能力で敵を追い詰めて弱った所にとどめを刺すタイプの妖怪なのだろう。

 

「ここまで分かれば流石に倒し方も思い付くってもんだよ。先ずは──斬符『大真空斬』!!」

 

 俺は抜刀した()()()()に霊力を込めて大きく四度振り払う。霊力の斬撃は巨大な衝撃波となり、全ての敵を真っ二つに裂いた。

 

 大真空斬は360°全方向に斬撃を飛ばす技。これでヤツは64体に分裂した。当然、そこまで分裂してはパワーがかなり下がっている。だからさっきと同じように融合しようとするはず。

 

「どんなにスピードが速く、無敵のような能力を持っていてもよォ……融合する時は大きな隙が生まれるよなぁ〜? ──だから、そこを突くぜ!」

 

 ──『殺戮の時雨(ブラッディレイン)』!! 

 

「融合するには一定以上の力で押し付けられる必要があるんだろ? おしくらまんじゅうなんてやってるのがその証拠。条件も無く融合できるなら、そんなモーションは要らないもんなあ」

 

 殺戮の時雨(ブラッディレイン)内部破裂(バースト)の応用。

 

 対象の体内に無数の刃物を創造して相手の内部から破壊する技だ。

 

「──それならよ、二度と融合出来ないくらい分裂させればいいよなぁ? って事で──俺の勝ちだ。分裂野郎」

 

 64体の敵は一体の漏れなく体内から破裂し、血液の時雨が降り注いだ。分裂野郎は視界から消えていった。それもそのはず、アイツは数万体以上に分裂したのだ。大きさもかなり小さい。この辺一帯の空気と混ざりあっているだろう。この手でも倒した事にはならない。勝利したと言うよりは再起不能にしたというのが正確だろう。……おっと、再起不能にしたってことは俺の勝ちでいいよな? それにしても……

 

「せっかく思いついた殺戮の時雨(ブラッディレイン)。名前もビジュアルもカッコイイのにスペルカードには出来そうにないな。やれやれ……紫には使えないか」

 

 まあ、この技をも対処しそうなのが紫なんだよな。本当に紫は強すぎる。殴り合いでは絶対に勝てない。だから弾幕ごっこで負かすしかないのだ。

 

 俺は残り僅かな霊力を用いて脚力を強化し、森を抜ける。この辺まで来れば空気中に混ざった分裂野郎を吸い込まずに済むだろう。

 

「──痛い……そういえば俺は怪我をしているんだった」

 

『さっきまでアドレナリンが出て痛みが鈍くなっていたんですね。私が周りを見張るので暫く眠ってください。貴方、体力も霊力も消耗しすぎですよ』

 

 俺の霊力は底を突きそうになっている。理由は簡単。殺戮の時雨(ブラッディレイン)を使ったせいだ。とにかく沢山分裂させようと、刃物を数え切れないほどの量創造したのだ。

 

「分裂野郎、強かったな……あんなのもう御免だよ」

 

 殺戮の時雨(ブラッディレイン)は言うまでもなく禁忌だ。あの技に頼っていては俺は一生強くなれない。八雲紫に勝つには、きちんと弾幕で成長しなければならないのだ。

 




ありがとうございました。分裂野郎……巫女以外の人間は相当苦戦するでしょう。

「分裂野郎」の設定を紹介します。
名称:不明
種族:妖怪
能力:分裂と融合を操る程度の能力
概要:
①分裂前は数メートルを越える巨大だが、その見かけにそぐわない「打たれ弱さ」が特徴で、ある程度の実力を持った者が攻撃すれば簡単に身体が千切れる。だが、弾幕ごっこで使うような「弱っちい威力」の弾では千切れることはなく、分裂体を増やすだけである。
②その生命力と能力故に相手を「無敵か?」と絶望させる。この妖怪を真の意味で倒すには、封印するか巫女が祓うしか無いだろう。

習性:分裂能力で獲物を追い込み、相手が弱った時獲物を喰らう。獲物を喰らえば少しの間力が漲るため、普段より早く融合できる。

【能力】
効果:分裂と融合。分裂する度に身体が小さくなり、スピードが上がるがパワーが下がる。
発動条件:誰かに触れられる、一定のダメージを受ける、光線を浴び続けること。

条件を満たせばノータイムで分裂できるが、融合するには身体同士を重ねて一定の力を加える必要がある。分裂する程パワーが下がるため、「一定の力」を満たすのに必要な時間は増していく。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#90「事情を知らないくせに!」

こんにちは。祐霊です。

最近バトル続きですがどうでしょう。祐哉には孤独ですが、意思が強いですよね。紫を倒す。そのためにはこんなところで死ねない! という気持ちが彼を成長させているのかもしれません。若干私の想定外なところがありますが、楽しんで書いています。

それでは楽しんでいってください!




「やっと……見つけたぞ」

「お前は……」

 

 宴会の2日後、遂に祐哉を見つけた。薄暗い森の中にいるとはな。見つけるのに苦労した。というか、よく見つけられたなと思う。

 

 数週間ぶりに見た祐哉からは威圧感を感じる。これは試合稽古で感じていた物とは違う、闘志とはまた別のナニカ。

 

「よぉ、お前こんな所で何してんだよ。急に居なくなるから皆心配してんだぜ?」

「……そうか、お前は妖怪じゃないから事情を知らないのか。そういやお前は人質にされた側だもんな

「まさかお前、道に迷ってたんじゃないだろうな?」

「……チッ、相変わらずうるさいなお前は」

 

 祐哉はそう言うと酷く冷たい目で俺を睨んできた。

 

「帰りな。突然居なくなったことに関しては申し訳ないと思ってる。だが、俺の状況を知られるわけにはいかなかった。皆に宜しく言っておいてくれ」

「なんか厄介事か? それならよ、俺に手伝わせてくれよ。俺達、友達だろ?」

「……いや、いいよ。悪いけど、これ以上お前といるわけにはいかない。早く別れないと()()()が来る!」

 

 祐哉の言っている事は意味が分からない。元々難しい事をペラペラと喋るやつだが、今日のコイツは少し違う。知っている人にしか通じない話し方をしているんだろう。

 

「なんだよ水くせぇな。俺も仲間に入れろって言ってんだよ」

 

 そう言いながら祐哉に近づいて肩を叩く。すると──

 

「──触るんじゃあねぇ!! 俺に近づくな! お前に何かあったら俺は自分を許せなくなる! だから帰ってくれ……俺を探すなよ!」

「……ほんとにお前、どうしちまったんだよ? 俺は頭が悪いからよ、お前が何言ってるのか分からない。けど、何か俺、お前に迷惑かけてるみたいだな。()()()()()()()()どうとか……」

「分かったら早く帰ってくれない?」

「嫌だね。俺はお前に心配されるほどヤワじゃねぇ! ムカついてきたぜ! いつから俺はお前に身を案じられるようになった? そもそも剣術では俺の方が上だっただろうが! 今では腕前の差もかなり開いているはずだ! 俺を舐めるなよ」

 

 俺は刀を抜いて祐哉に向けて突き出す。

 

「勝負しろ。俺が勝ったらお前を白玉楼に連れ戻す! そんで霊華ちゃんにも会わせる! あの子、お前が居なくなってから泣いてたんだぞ! これを聞いてもなんとも思わないのか!」

 

 俺が「霊華」という名前を呼んだ時、明らかに目付きが変わった。

 

「──落ち着けよ。そして黙れ。事情をよく知りもしないで一方的に文句言ってくるなら二度とその口を開くな」

 

 祐哉は抜刀術の構えをとって俺を見据えている。

 

「事情なんか知らねぇよ。聞いても話さなかったんだ。もう興味はねぇ! ──行くぞ!」

 

 俺は両手で刀を持ち突進する。アイツは俺が自分の間合いに入ってくるのを待っている。そして、入った瞬間に抜刀して俺より速く攻撃を仕掛けるつもりだ。

 

 俺はそれを経験で知っているから、バカ正直に近づくことはしない。俺は右足が地面に触れる瞬間に霊力を使って加速し、瞬間的に祐哉の右後ろに着地する。着地した際の勢いを殺さずに身体を右回転させて祐哉に首元に斬りかかる。

 

 祐哉は瞬時に姿勢を低くすることでそれを躱し、抜刀術を繰り出す。それは攻撃を躱された俺が態勢を立て直す前に命中した。

 

「躊躇無く斬ってくるとは危ねぇな」

「お前なら何とかするだろ。叶夢の強さは知っているからな」

 

 祐哉の攻撃は俺には当たらなかった。俺の右腹を切りつけるはずだった刀は茶色い壁によって阻まれている。

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃんか」

「お前は友達でライバルだからな」

 

 ──そう思ってくれているなら何で頼ってくれないんだ。

 

「見たところ、その茶色い壁は土だな。能力で土を操作し、座標を固定することで壁を構築する。……そんなところかな?」

「理屈は知らないけど材料は土だ。お前の創造みたいで凄いだろ?」

「感覚でやってるとか天才か?」

 

 いつもそうだ。祐哉は理屈で能力を使い、俺は感覚で能力を使う。俺がこの力を使うといつも理屈を考察して尋ねてくるが、その度に俺は適当に流している。

 

 俺は「こうしたら上手く行きそうだ」と考えて能力を使っているので、仕組みなんて知らない。できそうならやるだけだ。そう言うと「凄い」と言われるのだが、俺からすればちょっと見ただけで理屈を考察できる祐哉の方が凄い。

 

 祐哉は考えながら戦う。特に能力アリの戦いではそれが顕著だ。だから知らない内に策にはまっていて負けるのだ。

 

 ──アイツの能力は応用が利くから先が読めない。

 

 俺はいつも後出しジャンケンでアイツの攻撃を対処しなければならない。

 

 アイツは好きな時に好きな物を生み出すことが出来る。対して俺は物を操作することしか出来ない。けどよ、俺たちの能力は相性がいいんだ。負けるつもりはない。

 

「ぼーっと突っ立ってんなら俺から行くよ」

 

 祐哉は強く地面を蹴った。霊力が籠ったそれは爆発的な瞬発力を生み出し、瞬間移動を思わせる。だが目で追えないわけではない。それはお互い様なのだ。霊力操作に長けた師匠はもっと速い。

 

「遅せぇ!」

 

 袈裟斬りを仕掛けてきた祐哉に合わせて刃をぶつける。

 

 刃同士をぶつけると刃こぼれの原因になるらしいが、俺たちの刀はそんなヤワじゃない。

 

 斬撃を交える度に甲高い金属音が響く。もう一度斬撃が重なると思った時、祐哉は不可解な動きをした。

 

「──は?」

 

 俺は流れるように地面に寝転がっていた。

 

 ──くそ、フェイント掛けてきたのか。打ち合うと見せかけて、刀を引っ込めて回転斬りしたのだ。

 

「さあ立てよ叶夢。こんなもんで終わりじゃないのは分かっている。言っておくが俺は手加減なんてしないからな。お前は原作キャラでも無いし女でもない。だから──」

「ああ、そうだな。俺も加減しない。だから──」

「「──本気で斬る!」」

 

 ───────────────

 

 金属音が森の中に響く。

 

 俺達がやっているのは弾幕ごっこではない。文字通りの真剣勝負だ。互いに斬り殺してしまう可能性があるが、()()()()()()()()()()()()()()()し、アイツも俺の事を知っている。数週間前までは毎日手合わせしていたのだから、剣閃は見切れる。

 

 俺と叶夢は互いを信じている。俺が全力で斬っても、叶夢ならどうにか対処するし、アイツの攻撃は俺なら対応できる。だからこそ、互いに人間で、殺す覚悟も無しに真剣を振れるのだ。

 

「オラァ!」

「くっ……」

 

 叶夢の体重がかかった刺突を辛うじて捌くがその際に体勢が乱れた。

 

「やっぱ剣が鈍くなってるじゃねえか! 白玉楼に戻ってこい! また一緒に修行しようぜ!」

 

 ──うるさいんだよ。それができるなら俺は白玉楼を出ていない! とっくに戻ってるんだよ! 

 

「クソッ!!」

 

 俺は八つ当たり気味に叶夢へ斬りかかる。刀には、今まではなかった霊力が纏われている。

 

 本気で斬るとは言ったが、殺さないように最低限の気は使っていた。けどもう知らない。なんとかなるだろ。

 

「俺は叶夢に負けるわけにはいかない。悪いが勝たせてもらう!」

「戦歴を忘れたか? 84勝52敗4引き分けで俺の勝ち越しだぞ。寝言は寝て言え!」

「ハッ! それは剣術のみの戦歴だぜ。俺は今から霊力と能力をフルに使う。卑怯とは言うなよ。これは真剣勝負だ。お前も、持てる力の全てを使え!」

 

 俺はそう言って全身に霊力を纏う。霊力と能力を使えば勝率は俺の方が高くなる。剣術だけで勝てる自信がないと受け取るならそれで構わない。俺は後悔したくないから全力で勝ちに行くのだ。

 

 ──俺が負ければ白玉楼に戻らなくてはならない。そうなれば叶夢は勿論、霊華とも接触するだろう。あの子はきっと伝えを聞いて飛んでくるはずだ。そうなっては困るんだ! 俺が皆と関わると危険に巻き込んでしまう。

 

 共に戦うとかそういう次元ではない。八雲紫がその気になれば暗殺することなど造作もない。抵抗もできずに殺されるだろう! そうなることは避けなければならない! だから俺はお前に勝つんだ! 剣でお前を越え、弾幕で紫を倒すんだッ! 

 

「行くぞ!」

 

 俺は最速で叶夢の懐に入り込み、何度も斬りかかる。一瞬反応が遅れた叶夢が蹌踉けた所を突いて刀の柄で額を叩く。

 

 霊力が篭った刺突は叶夢を数メートル吹き飛ばした。

 

 ───────────────

 

 ──チックショウ! 思い出したぜ……! 確かに俺と祐哉の勝率は俺の方が高かった。けど……剣術+霊力+能力(何でもあり)の戦いでは殆ど勝ったことがないんだ! 

 

 コイツの能力は応用が利く。それを機転を利かせる力がある祐哉が持つのだから鬼に金棒。反則だ。

 

「それでもよ〜! 俺は決めたんだ。お前を必ず連れて帰るって! 皆がお前を待っている。帰ってこい!」

「……うるせぇよ」

 

 祐哉の声は小さく、とても低かった。そして震えていた。

 

「人の事情を何一つ知らないくせに! 黙れと! 何度言わせるんだッ!」

 

 怒りに震えていた。

 

 祐哉は霊力で強化した脚力で俺に肉薄し、斬りかかってくる。俺はそれを必死に躱し、撃ち合う。

 

「待っているとか! ──どうでもいいんだよ!」

「──っ! てめぇ!」

 

 俺は祐哉の斬撃を逸らし、柄で鳩尾を突く。祐哉は呻き声を上げながら倒れ込んだ。

 

「どうでもいいだって? ふざけんなよお前! 確かに俺はお前の事情を知らねぇ。けどな、皆がどんな思いして待ってるかお前は知ってんのかよ!? 俺達は互いの気持ちを理解してねぇ! だから話をしようとしたんだ。それをお前は払い除けた! その結果が今だ! 今更理解しろなんて言ってんじゃねえ!」

「……話せるなら……話してんだよ! 仲間を増やして勝てるなら! やってんだよッ!」

 

 祐哉は刀を地面に刺して鳩尾を抑えながら立ち上がる。俺はそれを見て宣言する。

 

「無理して立つなよ。どの道あと2手で詰みだ」

「はあ?」

 

 お前がどんなに賢かろうが、初見に限っては有効なはずだ。俺の能力も使いどころ次第で輝くってことを教えてやる。

 

「まず1つ。これはお前が居なくなってから妖梨に教わった技だ」

 

 霊力で地面を蹴りつけて祐哉のもとへ一気に肉薄する。祐哉は俺が近づく前に斬りかかってくる。それを読んでいた俺はギリギリのところで方向転換する。

 

「このっ!」

「無駄だ。お前はこの()()で倒す!」

 

 縮地とは、土地を縮めることで地面を接近させる仙術である。それは()()()縮地。

 

 俺が使っているのは、予備動作無しに初速から最高速度で駆けることで、相手が反応するよりも早く動く技法だ。単純な駆け出しと違い、走る体勢を取らずに駆け始めるため、文字通り地面が縮んだかのように思わせることができる。

 

 この技法は外の世界にも古武術などに存在する。

 

 俺はそれに霊力強化をプラスしているのだ。初速MAXの駆け出しを霊力を用いて行えば、相手は瞬間移動したと誤認するだろう。実際、俺が初めて師匠(妖梨)の縮地を見た時は「時を止める能力を持っているのか」と尋ねたほどだ。

 

 要するに縮地というのは、相手が「来るっ!」と身構えるタイミングを少し遅らせることで有利に立ち回る技法なのだ。

 

「クソ、動きは見えるのに反応できない!」

「そうだろうなあ! それが縮地なんだよ! そらっ!」

 

 縮地を使いながら祐哉の周りを駆けることで、いつ何処から攻撃が仕掛けられるのか分からなくさせる事が出来る。俺は祐哉が対応する前に袈裟斬りを仕掛ける。

 

「ぐぅ……!」

「……今のをガードしたのか」

 

 驚いた事に俺の斬撃は祐哉の刀によって軌道を逸らされた。だが、おそらく辛うじてガードできた程度だろう。次は当てる。

 

 もう一度縮地を使って翻弄し、生まれた隙を突く。

 

「うわっ!?」

「チッ、運の良い奴め」

「何だ!? 足が動かない!」

 

 祐哉は俺の攻撃に向かい打とうとしていたが、足が固定されていたのでバランスを崩して倒れた。それによって俺の斬撃は外れてしまった。

 

 しかし倒れ込んだのはラッキーだ。2手目を使うまでもなく倒せそうだ。

 

「貰った! 俺の勝ちだ!」

「いいや、まだだ!」

 

 トドメの一撃を加えようとした時、祐哉は数本の刀を創造して飛ばしてきた。俺は祐哉から離れざるを得なくなり、勝機を逃す。

 

「わかったぞ。これは……大量の落ち葉を操って固定することで俺の足を縛っているんだな!」

「ご明察。流石と言ったところか。今は秋で、ここは森だからな。落ち葉は山程ある。それを操っちまえば、お前は間接的に動けなくなるってことさ」

「……妖夢と刀取り合戦をしたあの時と同じ手か」

「そう。この作戦を考えたのはお前だぜ。自分が考えた策にはまる気持ちはどんなもんだ? 悔しいだろ!」

「……いいや? 我ながら良い作戦だなと思うよ。ただし! 『良い』と思うのは作戦であって実行者ではない! 詰めが甘いぞ叶夢っ!」

 

 祐哉は身に纏う霊力を増やして力技で拘束を解いた。

 

 ──しまったな。妖夢に使った砂利と違って落ち葉は脆すぎる! いくら集まろうが、密度を高めなければ抜けられてしまう。

 

 ──やっぱり俺がどんなに策を練ろうが一歩届かない! 俺はアイツに勝てないのか? 

 

「って、考えるなんて俺らしくねぇよな。考えるのは祐哉、お前の役目だもんなぁ! 俺は自分の勘に頼る!」

 

 もう考えるのはやめだ。

 

 ───────────────

 

 ──こいつ、思考停止しやがった。

 

 思考停止野郎の考えは読めない。何も考えていないのだから。相手の行動の意図を考え、目的が達成される前に手を打つということができなくなってしまった。

 

 ──そうは言っても、今さっき罠に嵌められたからな。俺も変に考えすぎる必要は無いのかもしれない。

 

 しかし俺は叶夢のように思考放棄することはできない。自分の直感よりも、策を練る頭の方が信じられる。

 

 ──まずは……

 

「仕返しだ。──創造」

「おわっ!?」

 

 俺は創造した鎖を叶夢の足に巻き付けて拘束する。動けなくなった叶夢にゆっくり歩み寄りながら次の手を考える。『手も縛ろうか』と考え始めた頃には既に叶夢が動き始めていた。

 

「この程度で俺を止めたと思うなよ!」

「強がりは止せよ。いくらなんでも刀では切れないぞ。見ての通り、相当太い鎖を作ったんだからな」

「お前よ、まだ2手目が残ってることを忘れてるんじゃねーか?」

 

 叶夢はそう言うと納刀して、鞘を帯から取り出すと両の手で鞘と柄を握って己の正面に突き出した。俺から見ると丁度『刀を受け取れ』と言っているように見えるが、当然別の意図があるはずだ。

 

 ──2手目だと? そんなものとっくに繰り出して失敗したんだと思ってたけど。

 

 叶夢は目を閉じて独り言を呟き始めた。あまりにも不気味なので俺は近づくことを止める。

 

 単なる時間稼ぎの可能性はあるが、どうもそんな感じじゃない。何か嫌な予感がするぜ。

 

「──お前が何モンだか知らねーけどよ、力貸せや。友達を連れ戻す為に必要なんだッ! やれっ!『望斬剣』!!()()()()()()!!」

 

 叶夢は叫びながら抜刀し、目にも留まらぬスピードで振り抜いた。刀からは非常に大きな衝撃波が飛び、鎖は断ち切られた。

 

「妙だな……あの衝撃波、確実に向こうの木に当たったはずだ。あの鎖を断ち切れる程のパワーがありながら、何故木には傷ひとつつかない? それに……何だそれは! お前のその刀は! なんでリーチが長くなっているんだ!?」

「これがこの刀の真の姿なのさ」

 

 ──こいつ、急に厨二病にでもなったのか? 真の姿だと? 卍解のように能力解放ができるのか? 

 

 俺が動揺していると、先程の縮地とやらで瞬間移動を始める。動きはどんどん研ぎ澄まされていき、目で追えなくなってきた。

 

「まずはお前のその刀をへし折る!」

「やってみろよ!」

 

 どんなに早く動こうが結局真正面から斬り込んでくるのが叶夢だ。俺は待ち構えていればいい! 

 

「遠慮はしねぇ! どうせそれはただの刀だからな! 後で代わりを貰えよ!」

 

 俺と叶夢は互いに袈裟斬りを仕掛けた。その結果、刀同士が衝突して金属音が長く響いた。

 

 

 

 

 

 はずだった。

 

 しかし刀は俺の刀を()()()()、そのまま俺の身体さえもすり抜けて行った。

 

 ──何が起こったんだ? 

 

「何が起こったのかって顔だな? その刀を見てみな」

 

 ──まさか

 

 俺が目をやった先には、宣告された通りの結果が残っていた。

 




ありがとうございました。よかったら感想ください。

叶夢が主人公みたいになってますねぇ。祐哉とか完全に闇落ちした主人公みたいじゃないですか?(別に闇落ちはしていないのだけど……)

祐哉は皆のところに戻りたいけど、戻れば叶夢や霊華が紫に殺されてしまう。
叶夢や霊華は自分が人質になっていることを知らないから、彼を連れ戻そうとする。

祐哉は相当苦しいでしょうねぇ〜 よきよき(サイコパス)

こういうシチュが多くの人に刺されば嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#91「望斬剣(叶夢) vs 妖斬剣(祐哉)

こんにちは。祐霊です。

まさか祐哉の剣が折れるとは思いませんでした()
なんか、夢中で書いてたら刀折れてるんですわ……

それはさておき、今日も楽しんでいってください!


 俺の刀は折れていた。

 

「嘘だろ……」

 

 約半年間毎日時を過ごし、共に苦難を乗り越えてきた相棒が。

 

 普通の刀だと思っていたのに妖怪に効果的な力が付与されていることがわかって、これから先も頼りにしていた俺の刀が……折れてしまった。

 

 手入れは怠っていなかった。簡単に折れたりはしないはずなのにどうして……。

 

「俺の『望斬剣』は、解放時のみ持ち主が斬りたいと願った物だけを斬ることが出来る。勿論、スッパり斬れるかどうかは使い手の腕次第だが……。勢い余ってお前を斬っても何ともないのはそういうことさ」

 

 斬りたい物だけを斬る。それがあの妖刀の能力なのか。妖刀が解放されてから、刀から膨大な量の妖力が漏れ始めた。なるほど、刀としての能力と、纏っている妖力が叶夢をアシストした結果、俺の刀を折ることが出来たのか。

 

 ──コレは……? 

 

 俺は無言で折れた刃先を回収し、柄と一緒に鞘にしまう。

 

「お前の負けだ。帰るぞ」

「俺の……負けだと?」

「そうだ。刀は折れたんだ。もう終わりだろ」

「違うな。まだ決着はついてないぜ。言ったはずだ! これは剣術と霊力、能力の全てを使った戦いだと! 剣術のひとつを封じただけでは勝負は決まらない。そして俺は……刀を作れるんだぜ?」

 

 なんと言われようとも、俺は白玉楼には帰れない。刀を失ったら他の手段を以て倒す。

 

「ハッタリか? お前は十分な強度を持つ刀を作れなかったはずだ」

「──ああ、確かに俺は不完全な刀しか作れない。けどな、刀の断面を見た時、何かを掴んだ気がした」

 

 思えば俺は、本物の刀の断面を見たことがなかった。だから、創造する時の認識が甘かったのだろう。

 

 俺の『物体を創造する程度の能力』は、創造したい物のイメージが頭の中に出来ているほど、高い精度で造りだせる。俺は刀を創造する為に外観を観察して探究した。しかし、中身は考えたことがなかったのだ。

 

 要するに俺は外見は本物そっくりの、中身がスカスカなレプリカを造っていたのだ。

 

 今刀が折れたことで、俺は刀の断面までイメージできるようになった。次は従来とは比にならない強度の刀を造れる自信がある。

 

「ましてやこの状況だ。絶対に負けられないという気持ちが能力の精度を高めるだろう」

 

 俺は無手の状態で叶夢に接近する。無手でも、格好だけは刀を持っている。俺の気迫がまるで刀を持っているように見せているのか、叶夢も望斬剣を構えて肉薄してくる。

 

 ──創造! 

 

 俺の手に刀が握られるのを感じた瞬間に大きく振り切る。互いの斬撃は重なり、先程同様──否、今回は創造した刀が砕け散った。

 

 ──まだ、不完全なんだ。でも! 

 

「刀を造れたところで無駄だ! 俺の望斬剣は本物の刀を斬ったんだ!」

「まだ終わんねぇぞ!」

 

 俺は刀を振った時の勢いを殺さないように身体を回転させて2撃目に入る。

 

 ──確かに俺は刀を失った。正直精神的に応えている。だが、()()の死は無駄にしない! 

 

「無いものは創造する! それが俺の──やり方だぁああああ!! 創造──『()()()』!!」

 

 刀の銘を決めた時、「上手くいった」という確信が生まれた。その確信は正しく、望斬剣と数回斬り合っても砕けていない。

 

 これまで以上に本物を握っている感覚。大成功だ。

 

 己の刀で砕けない事に驚きを隠せない叶夢はヤケになって無数の斬撃を繰り出してくる。

 

 霊力強化を以て応戦し、叶夢の体勢が崩れた隙に敢えて背を向けて()()()()

 

 体勢を立て直した叶夢は、俺が見せた隙を突くように斬りかかってくる。しかし、その時既に俺は刀を抜いていた。

 

「抜刀術ならお前の縮地より俺の斬撃の方が速い! まずはお前の刀をへし折る!」

「ぬかせ! お前に望斬剣が斬れるかよっ!」

 

 長刀の性質を利用して遠心力を高めた叶夢の斬撃と、俺の抜刀術による斬撃が交差する。

 

 互いの刀を斬る、という最早目的が変わってしまった戦いを制したのは俺の方だった。

 

 ──否

 

「「どうだ! 斬ってやったぞ!」」

 

 互いの刀はほぼ同時に斬り落とされた。

 

 力が解放されていた両刀は鎮まっていく。

 

「はぁ、はぁ、俺はまだ刀を造れるぞ。それでもお前は続けるのか?」

「たりめーだろ! 俺は妖夢に約束しちまったんだ! 手ぶらで帰るわけにはいかない!」

 

 身体の限界が来ているのだろう。口では強がっているが、立ち上がるのがやっとと言ったところだ。

 

 それに対して俺の方はまだ余力が残っている。とは言っても、正直今すぐ休みたいのだが。

 

 仕方ない。続けると言うならアイツを気絶させるしかない。そう思って彼に近づこうとした時、第三者の声が飛んできた。

 

「そこまでだよ」

 

 何処かで聞いた懐かしい声。ついこの前まで毎日聞いていた少し低い声。

 

「もう決着はついたと言っていいだろう。叶夢は刀が無いと戦えないんだからね」

「──妖梨! くそ、すまねぇ! 俺はアイツに……勝てなかった!」

 

 第三者の正体は妖梨だった。彼の様子を捉えた叶夢は悔しそうに妖梨に向けて叫ぶ。

 

 妖梨はそれに応えるように頷いて、落ちている望斬剣を拾う。

 

「妖刀である望斬剣を斬るなんて、強くなったね、祐哉」

「……俺の刀はただの剣じゃなかったんだ。アレには「妖の類を祓う力」が籠っているらしい。俺はその力を再現した。だから、妖刀を斬ることができたんだよ」

「そうか。祐哉の創造は、物に力を付与できるんだったね。それなら僕の刀も斬られちゃうかも」

 

 僕の刀も? まさか妖梨の刀も妖刀なのか? 

 

 妖梨は望斬剣を鞘にしまって叶夢に持たせる。

 

「安心して、妖刀はちょっとやそっとじゃ壊れないから。鞘にしまって暫く待てば()()()()()()()

「「えっ!?」」

 

 素っ頓狂な声をあげた俺たちを見て、妖梨は解説を始めた。どうやら直すには専用の鞘が必要で、鞘が無くなれば完全に再起不能になるらしい。

 

「ってことはよ! 俺はまだ戦えるぞ!」

「いや、叶夢。君は屋敷に帰るんだ。刀を酷使しすぎだよ。祐哉との戦いで相当妖力を消費しただろう? 休ませてあげるのも大事だよ」

「でもよー! すぐに回復するんだろう?」

「回復っていうのは飽くまでも外見上の話だよ。刀の妖力が沢山あるならまだしも、空っぽになるくらい酷使したその状態ではどの道祐哉には勝てない」

 

 妖梨がそう言うと、叶夢は悔しそうに顔を歪める。正直な話、俺の妖斬剣も造るのに相当な霊力を消費するのであまり望斬剣を相手にしたくない。

 

「妖梨はどうするんだ?」

「僕は祐哉に用事があるから。君は先に帰って」

「……頼んだぞ」

 

 叶夢は渋々と言った感じだが、納得して白玉楼に帰っていった。その直前に、俺を一瞥してきたが俺は妖梨だけを見つめていた。

 

「さて、始めようか。刀を構えて」

「一応聞くけど、何を始めるんだ?」

「何って、修行さ」

「え?」

「君には伝えたい事がいっぱいあるんだ。それなのに居なくなっちゃうんだもん。一気に教えるから気合い入れてよ」

 

 ──いや俺もう疲れたんですけど……戦う気がないなら何もしたくないんですけど……

 

───────────────

 

「今から君に教える技は縮地というものだよ」

「叶夢が使ってきたやつか」

「知っているなら話が早いね。祐哉にも教えるけど、僕はすぐに帰らなくちゃならない。君は帰らないんだろう? それなら、頑張って覚えてね」

 

 さあ、刀を持って。と言われ、俺は普通の刀を創造した。普通の刀と言っても、強度は本物にも負けないものに仕上がっているはずである。

 

「鞘ごと……?」

「俺の剣は抜刀術も含めるからね」

 

 抜刀術の基本は妖梨に教わった。しかし、彼は抜刀術を頻繁に使うわけではなく、本格的に学ぶことはできなかった。飛天御剣流に憧れた俺は我流で修行をしたのだ。1日の修行が終わった後に自主練で抜刀の練習を重ねた結果、我流抜刀術──斬造閃を会得したのだ。

 

 抜刀術においては妖夢や妖梨にも優っていると評価を受けた。これは外でもない師匠たちのコメントである。これを聞いたときは嬉しかったものだ。まあとはいえ、彼らは斬造閃を容易く対処するのでなんとも言えなかったりする……。

 

「稽古試合の中で覚えてもらうよ。まずは──」

「──っ!?」

「一本」

 

 妖梨が消えたと思ったら一本取られた。何を言っているかわからねーと思うが俺にもわからなかった。──危ない。前知識がなかったら確実に「妖梨は時間停止能力を持っているのか」と尋ねていただろう。これが縮地だっていうのか? もはや叶夢がやっていたものとは別の技だ。

 

「こ、これが本当の縮地……?」

「そう。理屈は簡単だよ。祐哉は霊力で足を強化して加速するよね。あれを極限まで速くしたものが縮地の片鱗だよ」

「……今の技、記録させてもらえないかな」

「いいよ」

 

 俺はあらゆる位置に使い魔を置いて、もう一度縮地を見せてもらう。

 

 ──創造、眼鏡。『再生付与』

 

 創造した眼鏡をかけると、先ほど妖梨が縮地を使っていた様子が映像として見えるようになった。この眼鏡は使い魔が記録した映像を見ることができる。俺は動画の速度を千分の一倍にして視聴し、妖梨のあらゆる動作を観察する。真正面から見た映像だけでなく、360度からの映像を確認したことによって俺は縮地の秘密を少し理解した。

 

「そうか、真の意味で縮地を使うには肉体強化だけじゃ足りないのか。脚力を強化しつつ、地面を蹴る瞬間に足から大量の霊力を放出している」

「流石、数秒でそこまで理解できるとはね」

「正直、肉眼でここまで見切るのは不可能じゃないか?」

「うん。だけど、研究しながら己の技術を磨いていくものだからね。本当なら全部を教えたりはしない。けど、君は時間がないんだろう?」

「知っているの?」

 

 妖梨の言い方は、まるで俺の事情を知っているようだった。しかし、妖梨はその問いに対して首を振った。

 

「何もわからないよ。でも、祐哉の霊力からは必死さと焦りを感じる。慌てて強くなろうとしている感じがするんだよ」

 

 妖梨は霊力のスペシャリストだ。彼の能力は「霊力を扱う程度の能力」。これは「物体を創造する程度の能力」のような発動型とは違い、特技という意味での能力である。つまり、誰よりも霊力について精通しているということだ。彼レベルになると、他人の霊力を見るだけで感情が読み取れるらしい。因みに、彼はその力を活かして相手の動きを先読みして戦う。また、霊力の揺らぎからも動きが読めるらしい。彼は高スペックな人間なのだ。俺は、妖梨なら弾幕でなければ霊夢にも勝てるんじゃないかと勝手に思っている。

 

「流石だな……。俺には時間がない。気を抜けば死ぬような生活をしている。卑怯なことをしてごめん」

 

 普通なら、時間をかけて技術を習得する。何度も失敗し、試行錯誤を重ねることで上達するのだが、俺は能力でスーパーコンピューターを作って解析したのだ。卑怯でしかない。

 

「卑怯だなんて言わないさ。祐哉は自分の力を使っただけじゃないか。それに、理屈で分かっても会得できるわけじゃないからね。大変なのはここからだよ。因みに叶夢は全然習得できてないよ」

「そうなるな。あれは肉体強化による加速しかなかった。確かに速かったけど目で追えないわけじゃなかった。でも、本物は目で追うどころか目に映らなかった!」

 

 叶夢がやっていたのはタダの霊力強化だ。以前見た時より速くなっていたので対処が遅れてしまったが、それは単純に叶夢が成長したからであって、縮地を会得したわけではない。

 

 本物の縮地は、霊力強化+霊力放出である。足から霊力を放出する修行は白玉楼にいる頃からやってきている。最初は真っ直ぐに進むことさえままならなかったが、今では自在に操れるようになった。

 

 霊力強化と霊力放出はそれぞれ習得済み。あとはこの二つの動作を同時に行うだけだ。

 

「さあ、やってごらん」

 

 俺は全身に霊力を纏い、筋肉を活性化させる。

 

 ──一歩踏み出すのと同時に足から霊力を放出する。

 

「ふっ!」

 

 瞬間、俺は超高速で駆け出すことができた。が、不味いことに気づく。

 

「うわあああああ!! 止まれねー!!」

「よいしょ」

 

 俺がなかなか止まれずに困っていると妖梨が俺を止めてくれた。

 

「なかなかいい感じだったよ。けど、霊力を放出するタイミングがちょっと早かった。足で地面を蹴りつけるのと同時に放出しないと速度が落ちてしまう。取り敢えず、着地のことは考えなくていいから何度もやってみて」

「おっす」

 

 それから半刻ほど繰り返した。なんとなく感覚を掴むことができたので、そろそろ着地の練習をしたいと思ったのだが、妖梨の時間がなくなってしまい、今日の修行は終わりになった。もうじき白玉楼は夕食の時間だ。

 

「着地も練習あるのみだよ。最初はゆっくりのスピードで練習して、段々速くすれば感覚が掴めると思う」

「わかった」

「一週間後、またここに来てくれたら稽古をつけてあげるよ」

「それは嬉しいんだけど、皆には……」

「内緒なんだよね? 大丈夫。言わないよ」

「助かるよ。ありがとう」

 

 妖梨は一度微笑んでから白玉楼へ戻っていった。

 

 縮地は妖梨が持つ奥義の一つらしい。そんな凄い技を教えてもらえたのだから、必ず会得したい。

 

 ──俺も夕飯を食べるか。今日はうどんの気分だな。温かいうどんを食べたい。

 

 

 




ありがとうございました。よかったら感想ください。

縮地を使えるようになれば祐哉はますます強くなれますね。

さて、遂に90話を超えましたね。そして高評価をいただきました。ありがとうございます!
何話まで続くかわかりませんが今後も宜しくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#92「お手紙」

 時は遡って数日前のこと、場面は変わって博麗神社。

 

 気が付くと自室の机の上に手紙が置かれていた。その時、霊華は()()()()

 

 ──これは、神谷君の創造? 

 

 ──神谷君の能力の射程距離は確か30m……場所は……

 

 霊華は前に聞いていた祐哉の射程距離を思い出すと、霊力感知を始めた。そして、見つけることが出来た。

 

 霊華は一目散に神社を飛び出して祐哉のもとへ向かった。

 

「神谷君!」

 

 霊華に声を掛けられ、近づいてくる彼女の存在に気づいた祐哉は驚きながら逃げ出した。彼の全力の身体強化による疾走に追いつくことはできなかった。霊華は諦めることなく追い続けたが、感知範囲外に出てしまい探す手段を失った彼女は足を止めた。

 

 やっと話せると思っていたところで逃げられてしまい、泣きそうになりながら部屋に戻った。祐哉からの手紙の存在を思い出した霊華は封筒を開けて紙を取り出した。

 

 ──どんな内容だろう。酷いことをした私に対しての怒りだろうか……

 

『博麗霊華さんへ

 元気にしていますか。突然の手紙に驚いたかな。実は俺、手紙の内容を書いた状態でも創造できるんだよ。この前気づいたんだ。

 さて、どうでもいいことは置いておくとして……俺は今幻想郷を旅しています。自分探しの旅って奴です。だから、しばらくは皆のところに戻りません。でも大丈夫だよ。俺は強くなったから、その辺の妖怪に襲われても追い払えるからね。

 博麗さんを守る為に強くなろうとしていたんだけど、暫くは会えそうにない。だから、申し訳ないけど博麗さんには自己防衛手段を用意して欲しい。

 なんでそんな必要があるのか気になると思うんだけど、それは今から話す博麗さんの能力と関係があるよ。

 博麗さんの能力は『愛される程度の能力』という。あ、これは俺が勝手に名付けたから、好きな名前に変えていいからね。幻想郷での能力は自己申告だからね。俺の『物体を創造する程度の能力』も、『物体を作る程度の能力』って言ってもいいんだよ。ただ、創造って言った方がかっこいいから読んでいるだけで。

 ……話が逸れまくるね。博麗さんと話したいことがいっぱいあるんだ。どうでもいいことを沢山話したい。でも、手紙で我慢するよ。

 えっと、『愛される程度の能力』についてだったね。これは、博麗さんの「動物や妖怪に好かれる体質」のことだよ。実はこれ、研究所の月見菜乃花ちゃんに解析して貰ったんだ。どうやら、動植物だけでなく、神や自然、運命にも愛されるらしい。

 ここで注意して欲しいのは、「愛される」というのは、客観的に見た場合であり、必ずしも博麗さんにとって都合のいいものとは限らないということ。

 心当たりがあると思うけど、やたら妖怪に狙われたりしているよね。アレは間違いなく博麗さんの体質によるものだ。だから、出掛ける時は普通の人間よりも気をつけなくちゃならない。妖怪にとっては戯れ付いているつもりでも、人間にとっては致命傷を負うものかもしれないから。敢えてオブラートを剥がして言い直そうか。──下手をすると殺されるから気をつけてね。

 申し訳ないけど今の俺は博麗さんを守れない。一緒に居れば君を危険に巻き込んでしまうから。だから、霊夢や魔理沙に頼ってね。なーに、2人は俺よりも強いから安心だよ。

 ……本当は俺が博麗さんを守りたい。博麗さんと一緒にいたい。あー今のは忘れてくれ。何でもない。余計だったね。

 もしもの時は、何処にいても必ず駆けつけるよ。──例え、博麗さんに嫌われていようとも。それが俺の意志だ。

 

 神谷祐哉』

 

 手紙を読んでいる途中から霊華の視界は涙で潤んでいた。

 

 ──私は神谷君を疑ってあんなに酷いことを言ったのに……どうして優しくしてくれるの……

 

 祐哉の手紙には、恨み言は一切書かれていなかった。書かれていた内容の大半は、霊華を心配するものだった。

 

 ──私の能力は『愛される程度の能力』

 

 ──私は神谷君に嫌われていなかった。私を守るって言ってくれるのはきっと、能力の影響なんだ。

 

 ──私は神谷君や皆を無意識に洗脳しているのかな……

 

 ───────────────

 

 霊華が手紙を読んでから数日後

 

 霊夢は驚嘆した。

 

 霊夢は霊華に修行をつけていた。修行と言っても、祐哉や叶夢が白玉楼でしていたようなレベルではないが、霊華は持ち前の才能で彼女なりに成長していた。

 

 霊華は、他の者には無い力を持っていた。

 

「だんだんコツを掴んだ気がする!」

「良い調子ね。サクサク進んで私も嬉しいわ」

 

 霊華はとあるスキルを身に付けつつあった。それは間違いなく特殊能力。その力は霊夢にも、魔理沙にも、祐哉にもない。正真正銘の固有能力だ。

 

 霊夢は、自らの上達を喜ぶ青い巫女服に身を包む彼女を見て、数日前に届いた手紙を思い出した。

 

 いつものように居間でお茶を啜っていた時、突然文書が現れたのだ。煎餅を取るはずだった手には手紙が握られていて、霊夢は怪訝に思いながら宛名を確認した。そこには、『神谷祐哉』と書かれていた。

 

 祐哉は自身から半径30m以内であれば何処にでも物体を創造できる。つまりこの時、祐哉は博麗神社の居間から30m以内のところに居たのだ。しかし、少なくとも霊夢はそれに気づかなかった。

 

 さて、手紙の内容だが、霊華の『愛される程度の能力』について書かれていた。

 

 昔、霊夢と祐哉が推測した通り、霊華は「幸福なことや不幸なこと、なんでも引き寄せてしまう」体質を持っているという報告だった。

 

 また、それを少しでもコントロールできないか試して欲しいとも書かれていた。

 

 コントロールと言っても、具体的にどうすればいいかなんて、霊夢にはわからなかった。手段は手紙に書かれていなかったので、おそらく手紙の送り主にもわからないのだろう。

 

 霊夢は、考えてばかりでは仕方ないと思い、霊華と弾幕ごっこをした。その際、霊華の特技を見つけた。それは、道具を器用に使うことだ。

 

 霊華と霊夢は大幣と御札と針を使って戦う。御札を並べて障壁を作り、退魔針で妖怪を牽制する。近距離戦闘では大幣を使った棒術を使う。

 

 霊華は更に、御札に霊力を込めた退魔針を投げつけることで爆発させることができる。これは霊夢にもできなかった。

 

「それにしても霊夢。私の『愛される』体質が道具に対しても有効だなんて、よく気付いたね」

「たまたまよ」

 

 霊華の愛される程度の能力は、人間を含めた動物や植物は勿論、自然や神、運命などからも愛されるという物。しかしながら、彼女に注がれる愛情が必ずしも本人にとって都合のいいものとは限らない。故に、ラッキーな能力でもあり、アンラッキーな能力でもある。

 

 人より幸せな思いができるがその分、人の数倍は酷い目に遭うことがある。そういった体質だ。

 

 霊夢は無意識に仮説を立てた。無意識というのは、彼女は意図して仮説を立てるような人物ではないということだ。

 

 霊夢の仮説は、動植物だけでなく自然や神、運命といった概念から愛されるというのなら、道具から愛される可能性もあるというものだった。

 

 道具から愛されるというのは、道具自ら霊華に力を貸すことであり、それは()()()()()()()()()ことと同義だ。彼女が器用な戦い方ができるのはこういう理屈があるのだ。

 

「道具に愛されるには、自分が愛する……つまり大切にすることが大事。供養する時は念入りにするから、針を投げたまま放置しないでね」

「わかった。でも、針の方から戻ってきてくれるから心配は要らなそうだよ」

「既に付喪神化しかけてるのかしら? まあ、大切にしている間は大丈夫かな」

 

 霊華は遠くに投げた退魔針を手元に引き寄せた後、少し寂しそうに霊夢の方を向いた。

 

「どうしたの?」

「私の能力って、色んな人に愛されるんだよね。なんだか皆を騙しているような気持ちになるんだ」

 

 霊華は、他人が自分に対して優しく接してくれるのは、愛される程度の能力の効果故のものなのではないかと疑い始めていた。自分がこの体質を持っていなかったら霊夢や魔理沙とも仲良くなっていなかったのかもしれない。そう思うと寂しいし、運命を強引に捻じ曲げているようで一種の罪悪感に苛まれる。

 

「いいんじゃない? だって、貴女の体質を含めて霊華なんだから。ほら、人に好かれる才能がある人っているじゃない。愛嬌がいい人とかさ。この人といると落ち着くとか、楽しいって思わせてくる人みたいなものよ」

「この力が無かったら私は霊夢と仲良くなれなかったかもしれないんだよ?」

「なら、その体質があって良かったってことになるわ。少なくとも私にとってはね。……その、私は貴女と会えて良かったと思ってるから、さ?」

 

 霊夢はちょっと照れくさそうに自分の気持ちを伝えた。普段霊夢に友人として好きだという気持ちを伝えてもそっぽを向く分、照れながら「会えてよかった」と言われた時は嬉しくなった。

 

 霊華は思わず霊夢に抱きついていた。

 

「ありがとう霊夢。大好きだよっ」

「もう……」

「あ……霊夢。もうひとつ、神谷君についてなんだけど……」

 

 嬉しそうにしていた霊華はまた心配事を思い出した。

 

 霊華は、祐哉が自分を守ると言っているのは、愛される程度の能力の影響なのではないかと相談する。もしそうなら、自分は祐哉を洗脳しているのと同じで、彼の人生を乱してしまっていることになる。

 

「……お嬢様を守る騎士様。……お嬢様のカリスマ性に魅了された騎士は力を求め鍛錬を積む、ねえ」

「からかわないでよ……」

「そう? 的を射る良い例えだと思うんだけど」

「客観的に見ればそうかもしれないけど、私はお嬢様じゃないもん。『フン、私の為に戦えることを光栄に思いなさい』なんて言うような人と一緒にしないで!」

「そうよねぇ。霊華はどちらかというと乙女なお嬢様だから『私の為にありがとう』って言うタイプよね」

 

 霊夢にそう返され、霊華は「なんか違う」と思うのだった。

 

「本当なら神谷君はもっと自由に暮らしていたはずなんだよ。それなのに私のせいで毎日大変な修行をしていると思うと……」

「どうかなぁ。案外、貴女が居なくても関係ないかもよ? 幻想郷に来た時から『いつか白玉楼に行って剣を習いたい』って言ってたし」

「そうなの?」

「それに、結局は祐哉がやりたいようにやっているんだから問題ないと思う。それより困ったことがあるわ」

 

 霊夢は深刻そうに呟く。霊華は何が困るのかと恐る恐る尋ねる。

 

「祐哉と霊華の恋路問題。ほら、その様子じゃ『神谷君が私を好いてくれるのは私の能力のせいであって真実じゃない』とか言って悩むでしょ?」

「うわわっ!? こ、恋路って……いきなり何てこと言うの?」

「何よ、まさか気づいてないとでも思った?」

 

 霊夢に気持ちがバレていたことに驚きはしたものの、一度認識すれば意外と大人しくなった。

 

「……神谷君は私のこと、どう思ってるのかな」

 

 それを聞いた霊夢は『そりゃ霊華のことが好きに決まってるじゃない。見れば分かるわ』と思うが、これは言わない方がいいのだろうと思って苦笑いをうかべた。

 

「少なくとも、嫌ってはいないはずよ。もし祐哉に告白されたら、能力のことを話してあげなよ。『貴方の気持ちは錯覚かもしれません』って。まあ取り敢えずは、祐哉以外の男と関わらない方がいいかもよ? 三角関係になるからね」

 

 この力が異性にモテるという意味でも効果を発揮するなら、確かに気をつけないといけないかもしれないと思う霊華。霊華は、多くの人からモテるよりも、自分の想い人に好かれたら幸せと感じる人間だ。モテたくないのにモテてしまうという、周りから嫉妬の目を浴びそうな体質ではあるが、幻想郷ではその心配はないだろう。

 

「やっぱり私は神谷君に会いたい。旅に出ているとは言われたけど、来るなとは言われてないから」

「旅ねえ。その割には必死すぎたと思うんだけど……本当に旅なのかな? もっと深刻な事情がありそうだけど」

「それは私も思う。だからこそ、もう一度会って話したいんだ。本当に自分探しの旅をしているなら大人しく帰りを待つし、事情があるなら助けたい」

「うん、行っておいで。日が暮れる前に帰るのよ」

 

 霊華は頷いて捜索を開始した。幻想郷の範囲は比較的小さいがそれでも人を一人見つけるのは大変だ。結局、彼女が彼と再開するのはかなり先の話となる。




ありがとうございました。良かったら感想ください。

なに? 霊夢はあんなこと言わないって? 今更すg…原作の数年後設定なんで精神的に成長してもいいんじゃないかという考えです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#93「師弟」

どうも、祐霊です。9999兆年ぶりの投稿ですね。大変お待たせしました。

就活が本格的に始まってきたので、しばらくは投稿頻度が落ちます。また、1話ずつ投稿する形になるのでご了承下さい。





 叶夢と戦い、妖梨(ようり)に縮地を教わった日から一週間経過した。この一週間、俺は縮地を習得するための修行をしていた。使い魔を使って自分の動きを分析し、改善点を見つけては修正する。地道な作業を積み重ねて漸く形になってきた。今日は妖梨との約束の日で、修行の成果を見てもらっている。

 

「驚いたな。この短期間で随分と成長したね」

「文字通り死ぬ気で練習したからね。それで、どんな感じ?」

「基礎は身に付いていると思うよ。あとは、更に速く動いても基礎を維持できるかだね」

「やったぜ」

 

 俺は僅か一週間で縮地の基本を身につけることに成功した。妖梨の話によれば、叶夢の方は全く進歩していないようだ。それだけに、俺が基礎を身に付けている現状にとても驚いている。

 

 恐らく、叶夢とは練習量と本気度が違う。俺はこの一週間の大半を縮地の練習に費やした。彼は剣術の修行の片手間に縮地の修行をしているだろうから、差が出るのは当然である。

 

 更にいえば、縮地を習得したいと思う気持ちも俺の方が強いだろう。俺は常に危険と隣合わせの生活をしているから、一刻も早く成長しなければならない。そういった気持ちの面でも俺の方が勝っている。まあ、要するに──

 

「人間、死ぬ気でやれば何とかなるんだろうな」

「ある程度はね。どうだろう、更に叶夢と差をつけないか?」

「強くなれるなら、なりたいね」

「それじゃあ次のステップに進もうか」

 

 何をするのかと問うと、妖梨は帯に掛けた刀の柄に手を乗せた。

 

「実戦だよ。弾幕、能力、霊力による身体強化等、何でもありの戦いさ」

「いいね、そういう穏やかじゃない感じ。ルール無用の戦いは好きだよ」

 

 俺は腰に付けた刀に手を添えて気持ちを整える。因みに、叶夢に刀を折られてからは二本の刀を帯刀している。一本は折れた本物の刀。もう一本は創造した刀である。折れてしまった刀に使い道は無いが、その辺に捨てる気にはなれず、常に持っているしかないのだ。

 

「準備はいい?」

「ああ、いつでも」

「先手は譲るよ」

「じゃあ──」

 

 俺は全身に霊力を纏い、縮地を使って妖梨に迫る。駆け出す際の踏み込みと同時に霊力を放出することで、文字通りの瞬間移動を行う。一週間前よりも数倍速く移動し、素早く刀を抜く。

 

「──遠慮なく」

 

 ──我流抜刀術、斬造閃! 

 

 この瞬間、妖梨は身体から霊力を放出した。力強く放出された霊力は形を変え、自身を包む球体となった。

 

 そして、俺の三方向からの斬撃は彼の身を包む球体に弾かれた。

 

「──っ!?」

 

 自分の刃が全く通らない事に驚いた俺は、一旦距離を取る。しかし、今度は妖梨が縮地を使って肉薄してきたため、打ち合いになることは避けられなかった。

 

「く……」

 

 妖梨の斬撃は、妖夢や叶夢よりも重い。俺は刀に霊力を纏わせて応戦するが、妖梨も霊力を使う為、力の差は変わらない。

 

 ──やっぱり妖梨相手だと霊力を使ってもキツイな

 

 幻想郷には、霊力や妖力を使いこなせる人は少ないという。今まで戦ってきた妖怪達は、身体強化等に妖力を使っている様子はなかった。だから、俺が身体強化を使えばそれだけ力の差が埋まっていた。しかし、叶夢や妖梨のように、互いに身体強化をする場合は霊力の量や扱いの上手さが大きく影響してくるのだ。

 

 俺が叶夢と戦えるのは、アイツよりも霊力の扱いが得意だからだ。しかし、妖梨(師匠)は霊力のスペシャリストである。霊力の扱いで彼の右に出る者はいない。先程、俺の斬造閃をガードしたように、他では見られない扱い方ができるのが妖梨だ。

 

 ──俺はこの人に勝てない。

 

「はっ!」

 

 猛攻を仕掛けてくる妖梨は、気迫に溢れた一撃で斬り上げを繰り出す。

 

 ──膨大な霊力が刀に込められている。食らえば致命傷どころか死ぬぞ! 

 

「くっ……」

 

 俺は縮地を使って後ろに飛び退くことで、妖梨の斬り上げを回避する。

 

 ──危なかった。こういう時に縮地を使えばいいんだな。なるほど。

 

 などと考えていると、妖梨はその場で刀を振り下ろした。刀の軌道に沿って霊力の衝撃波が飛んでくる。

 

 ──休む暇もない。

 

「はぁッ!」

 

 飛来する衝撃波に対し、俺も霊力の刃を飛ばして相殺する。

 

「さあ、もっと縮地を使いなよ!」

 

 妖梨はそう言って、凄まじい速度で肉薄してくる。

 

 ──そうは言っても、さっきから妖梨の攻撃をどうにかするので精一杯だ。

 

 ──そういや、これはルール無用の戦いだったな。剣術に拘る必要はない。

 

「星符──」

「──させないよ!」

 

 スターバーストを使って妖梨との距離を強引に作ろうとしたが、失敗に終わった。

 

「スターバーストを使う気だったね? アレは魔法陣を作ってからレーザーを放つ技。なら、レーザーが放たれる前に魔法陣を斬ればいい」

「……敬意を込めて言わせて欲しい。化け物でしょ。そんなことされたの初めてだよ」

「僕は君の師匠だからね。このくらいできなくっちゃ」

 

 レーザーを無効化できる人とか、スターバーストを超える威力のレーザーで対抗する人はいたけど、発動もさせてくれないとは。これは俺の中の化け物ヒエラルキーを更新する必要があるぞ。

 

 ──1つだと潰されるなら、小規模のレーザーを沢山打てばいい。

 

 十数個の魔法陣が俺たち二人を囲うように出現する。その後、全ての魔法陣から細いレーザーが放たれる。十数本の線は複雑に重なり、妖梨の動きをかなり制限することができた。俺は更に刀を創造して、妖梨に向かって投射する。

 

「そうそう。大技を撃つのではなくて、そうやって細かい技で攻めるのもアリだよ」

 

 妖梨はレーザーと刀を避けながら賞賛してくる。

 

 ──余裕ありすぎるだろ。俺の攻撃が温いのか? 

 

 俺はレーザーを消して使い魔を創造し、弾幕を張らせる。数体の使い魔によって作り出された高密度な弾幕だ。これで流石の妖梨にも負担をかけられるだろう。

 

「……仕方ないね」

 

 妖梨は何かを呟いた。そして、彼は刀を構え直して目を閉じる。

 

「──風を起こせ、()()!!」

 

 妖梨が叫んだ瞬間、彼を中心に旋風(つむじかぜ)が発生した。旋風は俺の弾幕を全て風に流してしまった。

 

「……それが、妖梨の刀か。やっぱり、妖刀だったんだな」

「そうだよ。これが僕の刀──妖刀・鎌鼬(カマイタチ)だ。白玉楼にいる剣士は皆特殊な刀を持っていることになるね。もちろん、君も含めて」

 

 妖梨の刀は見た目に変化はないものの、素人にも分かる程の膨大な妖力を放っている。

 

 妖夢の楼観剣と白楼剣、妖梨の鎌鼬、叶夢の望斬剣、そして俺の妖斬剣。よくもまあ、訳アリの刀がそんなにあったものだ。

 

「妖刀が相手なら()()が使えるな」

 

 妖梨を相手に使うことはないと思っていたが、妖刀が相手なら話は変わってくる。

 

 俺は相棒の名を呟くことで、刀の力を解放させる。

 

「──(はら)え、妖斬剣」

 

 俺の刀は白く発光し、妖力や霊力とは違う力を放ち始めた。力の正体は分からないが、温かい感覚なので悪い力ではないのだろう。

 

「その刀と打ち合うのは避けた方が良さそうだね。──塵旋風『ダストデビル』」

 

 ──塵旋風ってアレだろ? 校庭とかで発生する竜巻の劣化版みたいなやつだよな。

 

 技名から弾幕の構造を推測して距離をとる。妖梨が刀を薙ぎ払うと、数個の塵旋風が巻き起こった。初冬の森には、枯葉が無数に落ちている。それ等は塵旋風に飲み込まれ、凶器となって俺に牙を剥く。

 

 ダストデビル(塵旋風)は、半径数メートルの激しい鉛直渦を発生させる自然現象だ。妖梨の刀はそれを無理やり引き起こすことができるのだろう。

 

「やりづらいな」

 

 ただでさえも森は障害物があって戦いにくいというのに、旋風を起こされてしまっては余計にしんどい。

 

 ──塵旋風から距離を取ってしまっては向こうの思う壷だ。どうにかして妖梨に近づかないと俺に勝機はない。

 

 数個の塵旋風が視界を邪魔していて妖梨の姿を捉えられない。

 

 ──アテナ、妖梨の場所を教えてくれますか? 

 

『技を使う前から動いていませんよ。12時の方向、10メートル先です』

 

 俺はアテナに感謝の言葉を言うと直ぐに縮地を使った。縮地は速すぎて直線的な動きしかできないのが弱点だが、周りに障害物が多いことが幸いした。俺は周りの木に向かって疾走し、木々を足場として方向転換する。足を強化していなければ骨折しそうな勢いで木を蹴ることで、更なる加速を重ねて妖梨に迫る。

 

「くっ──まさかダストデビルを無視して突っ込んでくるとは」

「受け止めるのか……完全に不意打ちだったはずなのに」

 

 妖梨は妖刀で俺の刀を受け止めることで対処してきた。

 

「そんなに俺は遅い?」

「そんなことないよ。ただ、僕が速い人に見慣れているだけさ。僕の知る限り妖夢(お姉ちゃん)が一番速い」

 

 なるほど。妖梨は小さい頃から妖夢と稽古をしていたのだから、彼女の速さに見慣れているのは当然だ。

 

「……まあ、数十年修行してきた人の方が速く動けるのは当然だよな」

「そうそう。見た目じゃ一番若いけど、実は一番年上だからね」

「……俺は結局、妖梨と妖夢の足元にも及ばないって訳だ。やる気失せるね」

 

 文句をぶつけるように妖梨の刀に妖斬剣を叩きつける。

 

「そう気を落とさないでよ。一年弱でここまで成長しただけで相当凄いよ。……さて、そろそろ離れないと刀が悲鳴をあげるな。──鎌鼬!」

 

 妖梨が刀の銘を呼ぶと、それに応えるように何かが起こった。

 

「──っ!」

 

 突然、身体のあちこちに鋭い痛みが生じた。自分の身体を見てみると、全身傷だらけになっていた。

 

「これは……そうか。()()()()()()()()

「気付いたかな? この刀には妖怪鎌鼬が宿っている。鎌鼬は旋風に乗って現れ、人を切りつける。ダストデビルのような風害を起こすこともできる刀だけど、今の使い方が本来の形だよ」

 

 傷口からは血が出ていない。不思議な傷だ。

 

「因みに、その傷口が特殊なのは見た目だけではないよ。この刀に斬られると傷口から霊力が出ていくんだ」

 

 ──通りでさっきから霊力の操作が上手くいかないわけだ。

 

 霊力を使えなくなってしまっては俺は何もできない。

 

「今日はここまでにしよう。縮地を使ういい練習になったと思うよ」

 

 妖梨はそう言って刀を鞘に戻すと、俺に小さな物体を渡した。

 

「その軟膏を傷口に塗ってね。加減してあるから直ぐに治るはずだよ」

 

 ──妖梨は強すぎるな。流石は師匠だ。

 

 素晴らしい師匠に出会えたと思う反面、歳が近いのにこんなに差があると思うと悔しい気持ちになる。

 

 ──もっと精進しよう。




ありがとうございました! よかったら感想ください。

妖梨の強さはバグ。下方修正はよ() 
またやってしまった。私が書くと皆化け物みたいに強くなってしまう。
冗談はさておき、今回は妖梨の強さがわかる回になりましたね。ご覧の通り、祐哉では彼に勝てません。残念ですが、剣術歴一年未満の人間が十数年修行した人に勝ったらそれこそバグですよね。

妖梨も言ってましたが、実は祐哉は優秀な方です。今の環境は命がけなので、より一層成長すると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#94「悪夢」

どうも。祐霊です。
チマチマ書いていたので、94話を含めて5話のストックがあります。
これを一週間程度の頻度で投稿していきます。宜しくお願い致します。


 曇天の下、夜も遅い時間に炸裂音と金属音が鳴っている。

 俺は弾幕を難なく躱し、相手は涼しい表情で俺の斬撃を受け流す。

 

「ちっ、その扇子、一体何でできている?」

「これは至って普通の扇子。ただの扇子でも、刀を流すことは可能だわ」

「馬鹿にするな! 扇子が俺の攻撃を受け止められるわけないだろうがっ!」

 

 週一で繰り広げられる難関イベント。それは八雲紫との戦闘である。彼女は毎週決まった時間に姿を現し、襲ってくるのだ。もう何度目かになる戦闘。未だに俺は彼女に勝つことはできていない。

 

 しかし負けたこともない。紫は、俺が彼女のスペルカードを何枚か凌ぐと必ず去っていくのだ。

 

「ふふ、目を凝らして良く()なさい」

 

 話しながらも、紫は俺の斬撃を逸らし続けている。百歩譲って、攻撃を流すのは分かる。俺の全力を軽々と流されのは悔しいが、相手が相手なので納得はできる。だが、真剣による斬撃を扇子で受け止めるのはおかしい。

 

 俺は霊力を眼に集中させて目を凝らした。

 

「これは……扇子に妖力を込めているのか。通りで霊力を込めた剣が通らないはずだ」

「その通り。霊力を込めた刀を相手にするなら生身というわけにはいかないわ」

 

 ──それなら、風見幽香も妖力を使っていたのだろうか。あの時は、最初の一撃で少し傷を付ける事ができたが、それ以降は首を斬ろうとしても傷付けることはできなかった。途中から妖力を使って防御力を上げていたというのなら腑に落ちる。

 

「そういう事だったのか」

 

 ──厄介だな

 

 ただでさえも頑丈な肉体を持つ妖怪が、妖力を使ってガードすれば、霊力を使った剣も通らない。

 

「どうあっても人間が妖怪を傷つけることはできないってことか」

「そう。私を物理攻撃のみで倒すのは不可能よ。……まあ、貴方の持つモノならそれを可能にするかもしれないけれど」

「この刀のことか。全く効いてなさそうだけど?」

 

 紫はスキマを使って俺から距離をとって話し始めた。

 

「あら、ヒントを上げたつもりだったのだけど知っていたのね。それなら分かるでしょう。その刀はまだ本領を発揮できていない。それだけのことよ」

「……へぇ?」

 

 妖斬剣の力を解放した状態ならば、大妖怪相手にも効果があるのだろう。思った通りだ。

 

 ──でも、今はまだそのときではない。

 

 紫は俺の刀が特殊である事には気付いているし、刀に眠る力がある事も分かっているようだ。しかし、俺が既に妖斬剣を解放できることを知らない様子。それなら、あの技が完成するまでは我慢だ。

 

 ──全ては確実に勝利するために。

 

「喋りすぎたかしら。今日はもう帰るわ」

「……アンタ、本当に俺を殺す気があるのか?」

「いつかはね。でも直ぐには終わらせたくないの。言ったでしょう。貴方には色々な弾幕を見てから死んでもらうって」

 

 紫はそう言い残して去っていった。

 

「……性格悪すぎるだろ」

 

 今日まで色々な妖怪と戦っている。分裂する妖怪やルーミアの他にも、名も知らぬ妖怪と頻繁に交戦している。最近は弾幕戦闘の技術を伸ばすために、スペルカードを駆使して戦っている。その過程で何枚か新スペルカードを開発できた。

 

 意外なことに、強敵と呼べる妖怪と戦った事はあまり無い。最後に戦ったのは紫以外だと()()()()()()だろうか。

 

 俺を舐めて弱い妖怪を送ってきているんだろうが、精々遊んでいればいい。

 

 ──お前にとっての遊びを利用して成長し、いずれお前を倒してやる。

 

 

 

 ───────────────

 

 紫が去って暫く経った。戦闘による興奮も落ち着いてきた。

 

 寝床を作った俺は簡易布団の上で横になっている。草っ原のど真ん中で布団を敷いて寝られるのは創造の力のお蔭だ。この力があればある程度のQOL(生活の質)は確保できる。

 

 黒い宙を眺める。視界には数多の星粒が散らばっている。俺はそれを見ても何も感じなくなった。昔の俺なら、あまりの美しさに感動していたというのに。今では「ただ星が光っている」という事象を観測しただけに過ぎない。

 

 ──俺は変わってしまった。

 

 先に変わったのは俺の環境だ。俺の居場所は無くなった。命を狙われるという、数ヶ月前の自分には想像もつかない状況だ。

 

 そんな状況が俺の全てを変えた。何をしても楽しくない。だが、何も感じないのかといえばそうではない。残念ながら、負の感情だけは強く残っている。「俺は独りだ」とか「生きてて何になるのか」とか「明日を迎えられるのか」など、暗いことばかり考えている。

 

「寝るか……」

 

 今の時刻は深夜の2時。夜行性になりかけている俺だが、いつもなら既に寝ている。この生活をする前は夜の10時くらいには眠っていたと考えれば、十分夜行性と言えるだろう。

 

 最近は朝までぐっすり眠ることが無くなった。寝ている途中で妖怪に襲われそうになると使い魔かアテナが叩き起してくれるのだ。

 

 毎日一度は妖怪と戦っているので、割と睡眠不足である。それに、かなりストレスが溜まっている。

 

 ──全ての妖怪が滅べばこんな思いをしなくて済むのでは? 

 

「アホか。妖怪がいなかったら幻想郷じゃないだろうが」

 

 好き好んで妖怪がいる地で生きると決めたのだ。今更文句を言っても仕方ない。

 

 今日は中々寝付けず、眠りにつくまでに1時間はかかった。

 

 ───────────────

 

 ──俺の目の前に青い巫女服を着た女の子がいる。

 

 女の子が俺に話しかけてきた。

 

「神谷くん」

 

 俺の意識はハッキリしていなかった。ぼーっとしながらその言葉を聞いて、ただ一言「なに?」と返した。

 

「どうして……」

 

 次の瞬間、女の子は声を荒らげた。

 

「どうして私を襲ったの!? 私が何かしましたか!? 答えてよ! ねえ!」

 

 この子がこんなに感情的になっているところを見たことがない。俺は初めてこの子に怒鳴られた。

 

「俺じゃないって! 俺が君を襲うはずがないだろ! 俺は君を守るために力をつけたんだ……! 襲ってどうするんだよ!!」

「逆ギレしないでください!」

 

 もうダメだ。やっぱり俺はこの子に嫌われている。俺がなんと言おうと、信じてくれない。俺の信用はその程度だったんだ。

 

 ──もう、どうしようもない。

 

 ───────────────

 

 目が覚めた。どうやら、さっきの出来事は夢だったようだ。

 

「はぁ……」

 

 周りはまだ暗闇に包まれている。まだ秋とはいえ、夜は寒い。防寒着を着ていなければ、寒くて凍えているだろう。

 

「使い魔君、今何時?」

 

 使い魔によれば、今は夜中の4時前だ。1時間も寝られていない。

 

 この手の悪夢は頻繁に見ている。霊華が夢に出てきたことは数回程度しかないが、登場する時は霊華と和解できずに目が覚める。

 

 こんな夢を見る度に俺は生きるのを辞めたくなるのだ。仕方ないだろう? 好きな人に嫌われて、怒鳴られたり責められたりするのだから。例え現実の出来事ではないとはいえ、有り得ない話ではない。実際の霊華も俺を嫌っているだろうから、夢と似たようなことを言われるのだろう。

 

 ──俺じゃないのに。

 

 何より、少しでも「霊華を襲った犯人が俺ではない」という可能性を信じてくれないことにショックを受けている。所詮、霊華にとって俺は信用に値しない人物なのだろう。

 

 好きな人に嫌われている。友達とも一緒に居られない。全ての妖怪は俺を殺そうとしている。それも、一息に殺すのではなく、ジワジワと弱らせてくる。こんな生活をしていて何が楽しい? 

 

「俺は、何のために生きてるんだろう……」

 

 ため息をつくように呟いた一言は、アテナに拾われた。

 

『いっそ、気ままに生きてみてはどうですか。この世界に嫌われているのです。この世界に気を使う必要などないはず。好きなように、やりたいことをやって生きたらどうでしょうか』

 

 ──俺の一番の望みは、霊華と一緒にいることなんだよ。それ以上の望みなんてない。そして、それ以外の望みもない。強くなりたかったのも、あの子と一緒にいるためには、彼女に降りかかる脅威から守る必要があるからだ。

 

『そう、ですね。貴方の心には常に彼女の存在があった。どんな苦難も、彼女を思えば乗り越えられた。貴方は支えを失ってしまった』

 

 アテナは暫く間を開けてから再び話しかけてきた。

 

『やはりこれしかないでしょう。祐哉、霊華と話しなさい。神社に行けば彼女に会えるはずです』

 

 ──なんで怒鳴られに行かなきゃいけない? あの子だって、俺に会いたくないはずだ! 

 

『それは貴方が怒鳴られると思っているだけです。そこに客観的な根拠はないはず。決めつけているだけでしょう』

 

 俺は、イラついてきた。アテナの言うことは図星なんだ。本当は俺が思い込んでいるだけ。勘違いかもしれない。でも、もし本当に今でも嫌われていたら立ち直れなくなる。

 

『この数週間のうちに、魔理沙が貴方の無実を証明しているはず。彼女の誤解も解けているはずです。その後彼女が何を思い、どう行動するか、貴方なら分かるでしょう』

 

 ──霊華のことだ。絶対泣くだろう。謝るだろう。でも俺は謝って欲しいんじゃない。彼女と和解できたところで、紫をどうにかしない限り俺はあの子と居られない。和解したってなんの意味もない! 

 

『何故そんなに馬鹿なんですか? もう少し賢いと思っていましたが』

 

 ──ムカつくな。なんでそんなに喧嘩売ってくるんだよ。

 

『和解できたら、生きる意味ができるでしょう。彼女とまた暮らすために生きようとするでしょう。そしてその思いは、紫を倒す原動力になります』

 

 ──和解できなかったら? 

 

『そんなことはありえません。私を信じなさい』

 

 ──何の根拠があって言い切っているんだこの女神は! 俺はもう、霊華が分からない。あの子がどんな人間なのか分からない。もう彼女を信じることができない。

 

 ──互いにこう思っているはずだ。「向こうが先に裏切った」と。

 

「クソッ、何が好きな人だ。俺だってあの子を信じてないじゃないか! ──でも! 俺はずっと誤解を解きたかったんだよ! でもさっきの夢で心が折れた……もう嫌なんだよ」

 

『……貴方が壊れていくのも、時間の問題ですね。いえ、よく持ったほうでしょう。頑張りましたね。もう、好きにしなさい』

 

 その日から、アテナとの会話は完全に無くなった。唯一残されていた心の支えを失い、俺の心には巨大な穴が生まれた。

 

 ───────────────

 

 何日経過しただろうか。1日も経っていないかもしれないし、1週間経っているかもしれない。記憶を遡る手間をかける程の興味もない。

 

 俺はあの夜からずっと同じ場所で横になっている。何もやる気が起きないのだ。何もかもどうでといいという気持ちなので、使い魔による監視も解いている。今までの反動か、何もかもを捨てた今は一日中眠っていられるようになった。

 

 たまに目を覚まし、直ぐに眠りにつく。

 

 不思議な事に、使い魔による警戒網を解いてから妖怪に襲われることが無くなった。そうでなければ俺は死んでいるはずだ。

 

 これだけ眠っているのに、朝目を覚ますと霊力が減っている時がある。僅かにだが、刀を握っていた記憶がある時もある。もしかしたら俺は眠りながら妖怪を迎撃しているのかもしれない。そんなことあるか? まあ、どうだっていい。

 

 ──眠くなってきた。

 

 そんなはずは無いのだ。ずっと眠っているのだから。でも、だんだん意識が無くなっていくのがわかる。もう何度目になるか分からない睡眠の時間だ。

 

 ───────────────

 

()は大鷲の上に乗って博麗神社に向かっている。その途中、何も無い草っ原の中に人影を見つけた。

 

「あれは……」

 

 ──ここからでも分かる霊力と()()。この感じ……

 

「久米、行き先変更よ」

 

 私は大鷲の久米に降下するよう命じた。

 

 人影の正体はやはり、私の予想通りの人物だった。

 

「何か、弱っているように見えるわ」

 

 近づこうとすると、彼から凄まじい神力が放たれてきた。これは山の神とは違った性質の力。しかし、その本質は神の力であることは間違いない。

 

 ──やっぱり、彼の中にいる神は和のものとは異なるようね。

 

「彼に危害を加えるつもりは無いわ。とても衰弱しているように見える。私に協力させてくれないかしら?」

 

 そう言うと、突然目の前に紙が現れた。それを手に取ってみると、慣れてなさそうな字体で文章が書かれていた。

 

 ──『貴女は前から私の存在に気づいていましたね。私から事情を話すことはできませんが、彼はこのままでは衰弱死します。その前に助けて欲しい。できれば、貴方以外に彼の居場所が分からない場所へ連れて行って欲しいのです』

 

「いいわ。取っておきの場所があるの」

 




ありがとうございました。よかったら感想ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#95「仙人の優しさに触れて」

 

 目が覚めた。何か夢を見ていたような気がするけど、思い出せない。思い出したところで碌でもない夢だろうから、むしろ思い出せない方がいい。

 

 ──ここは……どこだ? 

 

 どこか知らない部屋で眠っているようだ。何故? 

 

 俺は警戒しながら身体を起こした。

 

 俺は布団から離れて和室を出る。どうやら相当大きな屋敷にいるようだ。だが、永遠亭では無いようだし、白玉楼でもない。ならばここは何処だろうか。突然知らない場所で目が覚めたのだから、流石に「どうでもいい」という一言で終わらせることはできない。

 

 ──ここは雰囲気が明るいな

 

 まるで幻想郷とは別世界のようだ。冬が近づいてきて寒くなりつつあったのに、ここは春のように暖かい。

 

「あら」

 

 突然、横から声がした。

 

「──っ!」

 

 俺は大きく飛び退いて刀を数本創造する。いつでも放てるように準備をしつつ、手にも刀を握る。

 

「ごめんなさい。驚かせるつもりは無かったんだけど……。そんなに警戒しないで?」

 

 声の主は茨木華扇だった。そうか、ここは華扇の屋敷なのか。だが何故俺はここにいる? 

 

 俺は警戒を解くことをせず、そのまま問いかけた。

 

「貴方は()()()ですか? 仙人なのか、()なのか」

 

 鬼という単語を出した時、華扇はとても驚いたような顔をした。もっとも、一瞬で元の微笑んだ表情に戻ったが。

 

「私は今も昔も仙人よ。貴方を取って食おうとしている訳じゃないわ」

 

 ──原作に出てきた華扇は嘘をつく様な人じゃないだろう。警戒しなくてもいいかもしれない。

 

「俺を売り飛ばそうとしているんじゃないですか?」

「生憎、お金には困っていないわ」

 

 彼女から敵意を感じない。試しに信じてみようか。もし裏切られたらその時はその時だ。

 

 俺は創造した物を全て消した。その瞬間、全身から力が抜けた。

 

「大丈夫?」

 

 そのまま地面に倒れるはずだった俺は、華扇に抱き抱えられていた。

 

 ──疲れたな……

 

 俺は返事をすることもできず、再び眠りについた。

 

 ───────────────

 

 いい匂いがする。目を開けて見ると、隣で華扇が正座していた。俺はというと、また布団で寝かされていた。

 

「目が覚めたのね。貴方、眠ってばかりじゃ弱っていく一方よ。これを食べなさい」

 

 差し出されたのはお粥だった。俺は病人では無いんだけど……と思いつつも、自然と手が伸びた。

 

「いただきます……」

 

 蓮華を使って一口食す。何かの出汁を使ったお粥に梅干しを載せたシンプルなものだ。だがそれは今の俺にはとても美味しく感じられて、何より温かいものを口にできたことに感動した。

 

「お代わりはいかが?」

「……ください」

「はい。ゆっくり食べてね」

 

 何日ぶりの食事だろうか。最後に満腹になったのはいつだろうか。

 

「ご馳走様でした。あの……美味しかったです」

「お粗末様。また少し休めば次第に元気になるはずよ。シンプルに見えて栄養満点なの」

 

 華扇はそう言って笑みを浮かべた。

 

 ──久しぶりに人の純粋な笑顔を見た気がする。

 

 最近見た笑顔といえば、八雲紫の冷徹な笑みだ。華扇の笑顔は極普通の、()()の笑みだ。

 

 笑うということは正の感情から引き出されるものであるということを忘れていた。

 

「さて、私は食器を片付けてくるわね。貴方は眠っていていいわ」

 

 華扇はそう言って部屋を出ていった。

 

 俺はそれを見て、こう感じた。

 

 ──もっと、傍にいて欲しかったな……

 

 別に、華扇に恋情を抱いたわけじゃない。ただ、人の温もりに触れることができて、今まで我慢していた物が込み上げてきたのだ。我ながら、母親に甘える子供のようで面倒くさいと思う。

 

 ──華扇は俺の事情を聞いてこなかったな。知っているのかな……。なんでここに連れてきたんだろう。

 

 ───────────────

 

 また、いい匂いがしてきた。目を開けるとやはり、華扇がいた。

 

「すみません、寝てばかりで……」

「構わないわ。私は貴方を回復させる為にここに連れてきたのだから」

「……華扇さんは、何故俺を連れてきたんですか? もう少し詳しく教えて欲しいです」

 

 華扇は俺にお粥が入った器を渡してから説明してくれた。

 

 博麗神社に行こうとしている時にたまたま目に写ったらしい。酷く弱っていたから連れてきて、こうして面倒を見てくれているようだ。

 

「……最近、大変みたいね」

「知っているんですか?」

 

 華扇は横に首を振った。

 

「ただ、話によると放浪しているそうじゃない。霊夢も魔理沙も、霊華も皆、貴方のことを心配していたわ」

「……俺は元気だって伝えておいてください」

「それはできないわね。元気になってからじゃなきゃ」

 

 俺は俯いた。華扇の言う通り、俺は全然元気じゃない。

 

「俺は帰れないんです。霊華に嫌われちゃったから」

「その話は聞いたわ。犯人は確か、化け狸だったかしら。霊夢と魔理沙が事件の真相を突き止めたそうよ」

 

 狸かよ。なんてくだらないんだろう。狸のせいで独りになっているのか。

 

「霊華は貴方を探しているそうよ」

「どうして……」

「言っていいのかな。でも多分、貴方は相当悩んでいるのよね。じゃあ言った方がいいかな。……貴方に謝るんだって。それで、また一緒に神社で住むんだって言ってたわ」

 

 ──()()()()()()()()()()()()

 

 いや、そんなことは無いはずだ。むしろ、俺が今思い描いている霊華の方が偽物。これは俺の不安が作り出した、最悪を想定した偶像に過ぎない。

 

「俺は、霊華に嫌われたんです。俺は何もしてないって言っても、信じてもらえなくて……俺はそれが悲しくて……もう、嫌なんです。あの子に嫌われるってことが……! 何よりも辛い……!」

「大好きだものね。ショックだよね」

 

 感情がぐちゃぐちゃになってくる。

 

 華扇はそんな俺の頭を優しく撫でてくれた。まるで母親に慰めてもらっているような気分だ。そう思うと余計に全てを吐き出したい気持ちになる。

 

「俺たちの仲も、所詮その程度だったんだって! 狸に邪魔されて終わるくらい大したことなかったんだって思うと……」

「辛かったね。……霊華もね、凄く泣いてたわ。今の貴方のように、私に色々話してくれたの。あの子は自分をとても責めていた。どうして信じてあげられなかったんだろうって。どれだけ貴方を傷付けただろうって。傷を付けて勝手だけど、貴方と会って謝りたいと言っていたわ」

 

 アテナの言う通り、霊華は俺に謝ろうとしている。でもやっぱり、俺は謝って欲しいんじゃない。あの子と一緒に居たいだけだ。謝られたところで、もうひとつの問題が解決しなければ彼女と関われない。あの子に近づけば、あの子が紫に殺されてしまう。

 

 ──華扇に紫のことを話すか? ……いや、やっぱりダメだ。華扇と紫の仲は複雑でよく分からない。余計に掻き乱してしまうかもしれない。

 

「俺は、ある人に弾幕で勝たないと皆と会えないんです。だから、霊華とも……」

「それは、()()()()()?」

「──! 分かりません」

「隠さなくていいわ。ここは何重にも結界が張ってある。盗聴の恐れはないわ」

 

 ──紫相手なら結界も意味がないのでは? 

 

 やっぱり華扇に話すことはできない。この人にまで迷惑をかける訳にはいかない。

 

「分からないものは、分かりません。あの人はそんなに偉い人なんですか?」

「誰の事を言っているか分からないからなんとも言えないわね。まあ、そういう事ならある程度協力できるかもしれないわ」

 

 華扇は考える仕草を取ってから口を開いた。

 

「弾幕の修行をつけてあげる」

 




ありがとうございました。よかったら感想ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#96「vs 片腕有角の仙人──茨木華扇」

 俺は華扇に修行をつけてもらえることになった。華扇が作ってくれた料理は栄養満点だったので、俺の体調は万全となった。うつ症状も栄養面と睡眠でカバーできるらしく、気持ちの方も元気である。華扇にはとても感謝をしている。

 

 さて、俺は今、屋敷の廊下を1人で掃除しているのだが……

 

「はぁ、はぁ、1人でこの広さはキツすぎる!」

 

 そう、1人で掃除をするにはあまりにも広いのである。

 

 ───────────────

 

「はいお疲れ様。少し休憩したら早速修行に移りましょう」

 

 和室の掃除、廊下の雑巾がけ、庭の落ち葉掃きなどを終えるのに数時間かかった。疲れたことには疲れたが、なんというか、日頃と比べれば全然マシだと思える。

 

 生死をかけた戦いをしなくていいのなら、大半のことはマシと言えよう。

 

 休憩を挟んだ後、華扇の指示で庭に出た。

 

「本格的な修行に入る前に、まずは貴方の実力を知りたいわね」

「俺は弾幕より剣術の方が自信があります」

「それならこうしましょう。合計で10分の決闘。はじめの5分間は剣術を使う。それから5分間は弾幕で戦う。これでどう?」

「分かりました。そうしましょう」

 

 華扇は頷いて、少し離れていった。

 

「私はこの身体のみで御相手するけど、遠慮はいらないわ」

「訳アリの仙人ということは知っています。()()()()も。本気で行きます」

 

 俺は刀を鞘と一緒に創造して抜刀術の構えを取る。

 

 ───────────────

 

 ふむ。自信があると言うだけあって、構えが様になっている。

 

 私は砂利を宙に放り投げた。その砂利が地面に落ちるのを合図に、彼が仕掛けてくる。

 

 大した瞬発力だ。瞬間速度なら霊夢以上かな。

 

 一瞬のうちに私の懐まで接近した彼は刀を抜いた。抜刀の速度も速いが避けられないわけでは無い。いや、これは──? 

 

 横に避けようとした先には別の刀が迫ってきていた。

 

 これは、前と左右3方向からの斬撃……! 

 

「はっ!」

 

 気合一声で発生させた衝撃波のみで左右の刀を吹き飛ばす。そして、前から振り上げられる刀を手で掴み取ってみせた。

 

「──嘘だろ」

「私も驚いたわ。まさか3方向から斬撃を繰り出すとは。幻術ではなさそうだし、貴方の能力を使っているのかしら」

「この『斬造閃』を躱した人はいるけど、こんな崩し方をしてきた人は初めてです。でもね──」

 

 エモノを掴み取られた彼はあっさりと刀を手放した。その後地面に沈み込むように体勢を低くした後、足のバネを利用して更に肉薄してきた。数瞬前までは確かに無手だったはずだが、その手には刀が握られている。

 

「でぁあああ!!」

「ほう──」

 

 彼が放つ刺突を、先程奪い取った刀を持って逸らす。

 

 ──隙だらけだ

 

 刺突を逸らされた彼は私に背を向けている。これで終いだ。

 

「まだだ! ──創造」

「おっと」

 

 彼の背から数本の刀が出現し、私に向かって投射された。飛んでくる刀の対処をしている間に体勢を立て直した彼は、私に袈裟斬りを繰り出した。その斬撃を刀で受け止めて鍔迫り合いをしていると、彼は不敵に笑った。

 

「──消えろ」

 

 彼がそう言うと、私が手に持っていた刀が光の粒子に変わった。行方を阻んでいた障害物が消え、彼の斬撃は真っ直ぐ私に繰り出される。私は咄嗟に後ろへ飛び退くことで斬撃を躱す。

 

 ──器用、というよりは他に見ない個性的な戦い方をするわね。

 

 私が持っていた刀は、彼が能力で生み出した物。自分で生み出したものは任意のタイミングで消すことができるのか。

 

 ──刀を奪うまではいいけど、それを使って攻撃したり、投擲しても意味がないということか。

 

 彼が動き出した。振り下ろされる斬撃を左腕で難なく受け止めてみせると、またもや驚いた様子を見せる。

 

「妖怪ってのは本当に皮膚が硬いですね。見た目は綺麗な女性なのに、どんな中身なんですかね」

「別に私は人間の姿に化けている訳では無いのよ?」

「まあ、頑丈なお蔭で、女だからと手加減する必要がなくて楽ですよ」

「紳士なのね」

「まさか──」

 

 彼はそう言ってもう一度斬りかかってくる。私は同じように片腕で受け止めてみせる。

 

 ──さっきよりも鋭い

 

 刀を見てみると、霊力が込められていた。それも、ただ刀に霊力を纏わせているわけでは無い。纏わせる霊力の無駄をなくすため、薄く、鋭くなるように洗練されているのが分かる。相当な訓練を積まなければこの域には達しないだろう。

 

「──俺は、今から腕の一本は切断して見せようかと企んでいる外道ですよ」

「できるかしら?」

「やりますよ。俺は魂魄妖夢と魂魄妖梨の弟子だ。腕の一本取れなくては師に恥をかかせるというもの」

 

 ──この子、スイッチが入ると良い目をする。

 

 彼は全身に霊力を纏い始めた。屋敷に連れてくる前には見られなかった生気を強く感じる。これが彼の全快か。

 

 ──悪くないわね。

 

「──行きます」

 

 彼は地面を強く踏み込んだ。霊力を使った加速は凄まじく、先程までとは別人のように速い。

 

 彼は斬撃を高速で繰り出し続ける。剣撃も重く、鋭くなってきた。しかしそれでも私の腕には傷一つ付かない。

 

「残念ね」

「まだだ。──()()、妖斬剣!!」

 

 ──これはっ!? 

 

 彼が何かを呟いた瞬間、手に持っていた刀が白く発光し始めた。同時に身体を震わせるナニカを感じた。

 

「確か……貴方は陰陽玉に触れられなかったはず。ならば! 妖斬剣が効くはずだ!」

「くっ!」

 

 剣撃を躱すこと。これ自体は造作もない。所詮、速いといっても、人間ではない私から見れば大したことはない。だが、私はこの斬撃を恐れている。

 

 ──あの刀から嫌な力を感じる。

 

 まるで霊夢(巫女)が扱う退魔の札や針のようだ。否、(アレ)はそんな生易しいものでは無い。これは、かつて私の右腕を切った「妖刀 鬼切丸」を彷彿とさせる。

 

 ──あの刀に触れてはいけない! 

 

「そろそろ5分経つ頃だろう! ──創造『 弾幕ノ時雨・刀(レインバレット)』!!」

 

 勝負はそのまま弾幕戦に移った。彼は数十本の刀を瞬時に作り出すと、真っ直ぐ投射した。

 

 私は安堵した。今私を包んでいる弾幕は全て普通の刀なのだ。これなら何も心配はいらない。私が余裕の笑みを浮かべてみせると、彼は何かを覚悟するように、目を細めた。

 

「──祓え、妖斬剣!!」

「ここまでとはっ!」

 

 全ての刀が彼の叫びに呼応した。私を囲う弾幕は全て白く発光し、邪気祓いの力を放ち始めた。

 

「これは妖しき者を斬る剣! この弾幕に包まれた貴方は酷く消耗するはずだ」

 

 全くもってその通りである。過去のトラウマを引き起こすような物体が無数に飛んできてはたまったものではない。()()()の私ならともかく、今の私には妖斬剣(あの刀)を払うことはできない。恐らくは触れた瞬間に強い衝撃を受け、弾幕ごっこに負けるだろう。

 

 ──神谷祐哉。この子は霊夢や魔理沙から聞いていた情報より数倍強い。

 

「え──?」

 

 突然、全ての弾幕が光の粒子となって消滅した。邪気祓いの力が空気中に広がり、肌を痺れさせた。

 

「くそ……霊力が……」

 

 彼は膝から崩れ落ちた。先程まで感じていた生気を感じない。

 

 ──霊力切れか。なるほど、あれだけの代物を作り出すにはそれなりに消費するようね。

 

 危ないところだったと、私は思うのだった。

 

 

 ───────────────

 

 目が覚めた。外は暗い。使い魔によれば、今はまだ深夜のようだ。

 

 二度寝を決め込むにしても、目が覚めてしまった。

 

 俺は身体を起こして部屋を出ると、すぐそこの縁側に腰を下ろす。

 

 ──やっぱり、妖斬剣の創造は消耗が激しい。

 

 慣れていない物体の創造には、多くの霊力を消費する。さらに、妖斬剣は()()()()()()()を付与した特別な物体である。特殊な力を付与すると、その規模に比例して消費霊力量も上がる。

 

  弾幕ノ時雨・刀(レインバレット)に使う刀を全て妖斬剣にしたスペルカード── 弾幕ノ時雨・妖斬剣(レインバレット)──を開発したのはいいが、長持ちしない上に、それを使えば俺の霊力が空になるほど消耗するという問題がある。

 

 消耗が激しいからと言って、諦めるという選択肢はない。妖斬剣は、紫を倒す為の秘策になると考えているからだ。そのため、どうしても 弾幕ノ時雨・妖斬剣(レインバレット)を完成させたい。

 

 ──練習あるのみ。妖斬剣を創造しまくっていけば、段々慣れて霊力消費量が減るはず。

 

 今までもそうやってきたのだ。経験値が増えれば創造の精度は高まり、コストも下がる。

 

「──創造」

 

 刀を100本だけ創造した。たったの100本だが、俺の視界を埋めるくらいには多い。

 

 俺は深呼吸して、気合を入れる。

 

「祓え、妖斬剣」

 

 俺の声に反応した刀は全て妖斬剣へと変わった。

 

 俺は少しずつ妖斬剣を増やし続け、128本目を創造した時に華扇に話しかけられて気が散った。

 

「何かと思ったら、貴方だったのね、祐哉」

「わっ! 華扇さん? すみません、起こしちゃいましたか?」

「晩酌していたら身体が痺れてきてね。何事かと思って見に来たのよ」

「痺れ? ……飲みすぎでは?」

「まさか。私を誰だと思っているの? ……それはいいとして、その刀は何ものなの?」

 

 華扇はそう尋ねながら隣に腰掛けた。

 

「一言で言うなら妖怪の類によく効く刀、ですかね。元々は実体だったんですよ。折れちゃったけど。気に入ってたから、こうして創造する事で使い続けているんです」

「なるほど。確かに、並の妖怪なら少し触れただけで深刻なダメージを受けるでしょうね。恐らく私も、軽傷では済まない」

 

 ──華扇にそこまで言わせる程強いのか……

 

「ただ、量産するには霊力が足りないんですよね。俺の霊力も増えてきたけど、それでも百数本しか創造できない」

「それは心許ないわね」

 

 そうなのだ。数だけで言えば十分に感じるが、スペルカードとして成立させるには数千本は欲しい。

 

 勿論、 弾幕ノ時雨・刀(レインバレット)の中に数本だけ妖斬剣を混ぜるのもアリだろう。だが、それで紫を倒せるかと言われると不安だ。やはり、弾幕の8割以上は妖斬剣で構成して追い詰めたいところ。

 

「しかし納得がいったわ。身体が痺れる原因はその刀よ。離れていても嫌な感じがする。妖怪相手なら精神的にも、肉体的にも追い詰めることができる刀。貴方の切り札ってところかしら?」

「そうですね。コレなら()()()も倒せるはず。そうすれば俺はもう一度……」

 

 せめて、白玉楼には戻りたい。俺の成長を師匠たちに見てもらいたい。

 

 そして、できたらどうか、あの子ともう一度話がしたい。

 

「──必ず完成させる。日常を取り戻すために……!」




ありがとうございました。良かったら感想ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#97「吸血鬼との再会」

どうも、祐霊です。
途中で時間が飛ぶのでお願いします。


 華扇と勝負した翌日、俺は一晩で考えた事を華扇に話した。

 

「え、もう帰っちゃうの?」

「はい。今は妖斬剣を沢山創造できるようになる事が最優先だと思うんです。刀を作る度に華扇さんに迷惑をかけるのも申し訳ないですし」

「そう……力になれなくて申し訳ないわ」

「いえ! 助けてくれただけで十分嬉しいです。それに、新技のヒントも得られました。本当にありがとうございました」

 

 その後、華扇は俺を安全な場所まで送ってくれた。実は、華扇の屋敷は妖怪の山の中にある。妖怪の山は文字通り沢山の妖怪の住処なので、人間がうろちょろしているのは不味いのだ。身体強化と縮地を駆使すれば直ぐに下山できそうではあるが、万が一ということもあるので大人しく華扇を頼った。

 

 移動し、本当の別れをする時に華扇は「今度は博麗神社で会いましょう。皆でお酒呑もうね」と言った。

 

 華扇と別れ、俺はまた独りになった。だが、以前とは違い、今は前向きに物事を考えられるようになっていた。

 

 ──よし、早速修行を始めよう。

 

 打倒八雲紫。『 弾幕ノ時雨・妖斬剣(レインバレット)』──仮名──を完成させるのが当面の目標だ。妖斬剣の創造に慣れ、霊力の消費量を最小限に抑える修行をしようか。

 

 ───────────────

 

 祐哉が新技の開発に勤しんでいる頃、白玉楼には客人が来ていた。その客人は博麗の巫女と瓜二つの少女だった。彼女は友人の神谷祐哉を見つける手掛かりを探るために、知人と情報交換をしているのだ。

 

 白玉楼の前には紅魔館に赴いており、主のレミリアやメイドの咲夜、門番の美鈴に図書館のパチュリーにそれぞれ尋ねたが、有力な情報は得られなかった。祐哉なら行きそうな場所も相談したが、大体は人里が話題に出た。しかし、まず一番に人里を調査していた霊華は手掛かりを得られず落ち込むのであった。

 

 人里の調査は、「自分は避けられている」と考え、変装をした上で行っていた。なので、何日も人里を歩き回っていれば遭遇できるはずなのだ。それなのに遭遇できないということは、祐哉は人里には居ないのかもしれない。

 

 勿論、祐哉の方も変装をしている可能性もある。そう思った霊華は、人里を調査している間は常に霊力感知に神経を割いていた。一週間に及ぶ調査が終わる頃には、彼女の霊力感知スキルは相当高まっていた。

 

「そうは言っても、祐哉(アイツ)の能力を使えば霊力感知を誤魔化せるんじゃないか?」

「できないことはなさそうだよね」

 

 人里での調査結果を聞いた叶夢が、祐哉が能力を使った可能性について述べ、妖梨がそれを肯定した。その傍らでは妖夢が頷いている。

 

「そんなことされたらどうしようもないよ……」

 

 叶夢の意見を聞いた霊華は項垂れてしまった。

 

「アイツは……一体どうしちまったんだろうな」

「二人は神谷くんに会ったんだよね?」

「うん。だけど、僕も叶夢も詳しい事情は分からないんだ」

「どんなに聞いても『俺から離れろ』の一点張りだったぜ。ムカついたからアイツの刀折ってやった」

 

 叶夢の発言を聞いた霊華は目を丸くした。

 

「折ったって……刀を? そんな簡単に折れるものなの?」

「俺の刀は特殊なんだよ。まあ、刀を失って追い込まれたからまともな刀を創造できるようになったんだ。アイツにとってはプラスだろうさ」

「補足すると、叶夢の刀も折れてるからね。だから相打ちかな」

 

 霊華は、叶夢と妖梨の話を聞いて、刀に対するイメージが大分変わっていった。

 

 ──刀って意外と脆いのかな? 

 

 今、彼女の頭の中では刀がポキポキと折れるイメージが浮かんでいるが、流石にそこまで脆くはない。何でも斬れる程無敵ではないが、正しく使えば簡単に折れたりしない。白玉楼にあった刀なら尚更だ。

 

「そうそう、霊華ちゃん。アイツの刀ってすげーんだぜ! 妖斬剣って言ってな、妖の類を斬ることができるんだ! お蔭で俺の妖刀が簡単に折られちまってよ〜」

 

 叶夢は、まるで自分のことを自慢するように祐哉の刀や剣の腕前を語った。それを聞いた霊華は、最近の祐哉のことを知ることができて嬉しく思うのと同時に、益々会いたい気持ちが強くなっていった。

 

 ───────────────

 

 一方、紅魔館では。

 

 霊華が訪ねてきた後、主のレミリアとその妹、フランドールが会話をしていた。

 

「ユウヤがいなくなったって?」

「少し前からね。案外のんびり旅でもしているんだと思うけど。魔理沙もそうだったけど、皆騒ぎすぎなのよ」

「でもお姉様、折角の遊び相手が居なくなっちゃったら退屈しない?」

 

 フランドールは、飽くまでも雑談の流れで姉に提案した。

 

「探しに行ってみるのも面白いんじゃない?」

「珍しいわね。フランが外に出ようとするなんて」

「まあ、()()()()()()()()()()()を久しぶりに聞きたくなっただけよ。それに、お姉様に一度でも勝ったんだから、ちょっとくらい気になるわ」

「要するに、玩具と遊びたいのね」

「うん。お姉様も行かない?」

 

 フランは、「偶には身体を動かさなくちゃ」と言ってレミリアを見る。レミリアは特に断る理由もない為、妹の提案を承諾した。

 

 吸血鬼姉妹が手を組んだのと同時に、幻想郷のどこかに居る祐哉の絶望的な未来が確定した。

 

 

 ───────────────

 

 

 

 

 

 華扇に助けてもらい、『 弾幕ノ時雨・妖斬剣(レインバレット)』を完成させる修行を初めてから、()()()が経過した。

 

 ふと気になって使い魔に尋ねてみれば、今は睦月(1月)の中旬らしい。

 

 ──いつの間に年明けてたんだよ。

 

 孤独な俺にクリスマスなんてなかった。クリぼっち万歳! ……そもそも、幻想郷にそんなイベントはない。だが、もし外来人の中に企画を立てるのが好きな人が居たら、里でクリスマスイベントが開かれていたかもしれない。

 

 俺はクリスマスの日でも変わらず修行していた。勿論、大晦日やお正月も同様だ。紅白歌合戦も、年始の芸能人格付けチェックも見ていない。年越し蕎麦はもちろん、御節料理や餅も食べていない。

 

 本当に、いつの間に年を開けたんだ? 

 

「いや、待てよ? 俺は毎日里に行ってるんだから心当たりがあるはずだよな」

 

 俺は必死に過去を振り返る。俺は、1日3回、念の為変装をした上で人里で食事している。

 

「んっ! そういえば何日か店が開いてない日があったな。アレか!」

 

 幻想郷に、年中無休という概念は存在しない。故に、年末年始はどの店も休みだったのだ。

 

 ──通りで! てかなんで気づかなかったんだよ!? アホか俺は! 

 

 因みに、店が開いてなかった数日間は湖や川に行って魚を捕って食べた。味付けの手段が無くて寂しい思いをしたことを思い出した。

 

「そうか、もう三ヶ月ちょっと経ってるのか」

 

 俺が独りぼっちになってから、三ヶ月と半月程たっているらしい。この期間で俺は相当成長できたと思う。

 

 これだけの期間を過ごしていると流石に知っている妖怪と戦うこともあった。夜雀のミスティア・ローラレイや、リグル・ナイトバグ、三妖精等と戦った。どれも大妖怪程ではないが、ある程度の強さだったので、戦いの過程で学ぶものもあった。

 

 驚いたのは、少し前にルーミアと出会ったことだ。彼女はあの時の記憶が無い様子だった。今度は髪留め(御札)を千切らないように気をつけて戦った。覚醒したルーミアと戦ったあとだからか、簡単に勝利できたので拍子抜けだった。

 

 八雲紫との戦いは今も続いている。初めは彼女の弾幕に足が竦んで、避けるのも難しい状態だったが多少はマシになった。完全に余裕を持って挑めるようになるにはもう少しかかりそうだ。

 

「さて、一旦仮眠を取りますかね」

 

 もうすぐで日付が変わる。一応昼にも寝ているので、今はあまり眠くないのだが、特にやることもないので体を休めることにする。

 

 ──じゃあアテナ、今日もお願いします。

 

 俺はアテナに周りの警戒をお願いして眠りにつく。因みに、アテナは俺が再び一人になった時に話しかけてくれるようになった。どうやら、俺が衰弱していた時にも妖怪から守ってくれていたらしい。寝ている間に霊力が減っている時があったのは、そのためだ。

 

 

 

 ───────────────

 

 炸裂音がした。アテナや使い魔に起こされるまでもなく目を覚ますと、視界(夜空)いっぱいに色とりどりの弾幕が広がっていた。

 

 ──げっ!? 

 

 俺は咄嗟に魔法陣を創造して、スターバーストを放つ。自分に当たりそうな弾幕を全て消し去る頃には立ち上がって刀を腰に装備し終わった。

 

『突然弾幕が展開されました。丁度逆光ですね。月を見てください。敵はそこにいます』

 

 アテナに言われて空を見渡すと、月を背景にした人影が二つ存在した。

 

 人影は近づいてきて段々と大きくなってくる。

 

 ──これは驚いた。まさか、この日が来るとはな。

 

 人影は目の前に着陸し、洋風のお嬢様らしくカーテシーをする。

 

「最悪だ」

「あら、久しぶりの再会だというのにご挨拶ね」

「レミリアさん。その言葉、そのまま返させてもらいます。いきなり弾幕を撃って人を起こすなんて酷いですよ」

 

 紅魔館の吸血鬼姉妹が夜這いしに来た。俺の貞操()の危機である。

 

「最近顔を見せないから、こちらから出向いてあげたのよ。光栄に思いなさい?」

()()()()()()()()()()()

 

 ──()()()()

 

『こらこら、本音と建前が逆になっていますよ』

 

 ──やっちまったぜ! てへぺろ。

 

 だが、レミリアは特に気分を害してはいなそうである。

 

「今日は貴方と素敵な夜を過ごしたくて来たの」

 

 だから嫌なんだよ。どうせそれは俺にとって素敵じゃないから。知ってるから。

 

「刺激的で熱い夜になりそうですね……はぁ、お断りしてもいいですかね。寝たいんです」

「今夜は寝かせないわよ」

「……え、2対1で人間を襲おうとしてます?」

「安心なさい。私達は1人ずつスペルカードを使うわ。総枚数は互いに5枚。スペルカードを全て凌ぐか、先に被弾させた方が勝ち。貴方は私かフランのどちらかに一度でも被弾させることができればその時点で勝利となる」

 

 レミリアはこれでどう? と聞いてくる。

 

 嫌だなあ。でも断ってまた霊華を人質に取られるのは嫌だからな。仕方ない。

 

「二つ質問です。一つ目、剣術を使ってもいいですか?」

「構わないけどお勧めはしないわ」

「二つ目。前回同様、本気で能力を使わせてもらいますけど、いいですよね?」

「当然。少しでも加減を考えたことを後悔させてあげるわ」

「まさか、加減なんて考えたこともないですよ。ただ、何をしても怒らないで欲しいんです」

 

 今は夜なので、前回のように日光で倒すことはできない。ならば、若干反則に近いことをやるしかない。

 

 ──大丈夫。こういう時のために使い魔のストックは沢山用意してある。

 

 俺は常日頃から、霊力と魔力、それぞれを充填した使い魔を生産している。その貯蓄はエネルギー量だけでいえば霊夢や魔理沙はおろか、並大抵の妖怪にも勝るほどだ。まあ、だからといって勝負に勝てる訳じゃないんだが。

 

 ──半年以上かけて貯めたストックを全部使う訳には行かないし……

 

『今回の相手は手強いので、15体ずつ使用していいと思いますよ』

 

 ──大盤振る舞いですね。出し惜しみして死ぬよりマシか。

 

 俺は、アテナに使い魔のエネルギー管理のマネジメントを頼んでいる。そのマネージャーから、半月分のストックをこの数分に使う許可を得た。

 

「心の準備はいいかしら。フランも何か言ったら?」

「んー、そうね。私が勝ったらあの長ったらしい名前教えてくれる?」

「寿限無のことか。今言うから見逃してくれない?」

「それはダメ。私を楽しませてね、()()()

 

 何だ、ちゃんと俺の名前覚えてるじゃん。

 

 俺達は空を飛んで距離を取る。

 

「今夜は満月。月は紅くないけど楽しい夜になりそうね」

「永い夜になりそうだな」

 

 そして、戦いは始まった。




ありがとうございました。よかったら感想ください。

妖斬剣を使ったスペルカードを完成させるのに3ヶ月かかりました。
あまり時間を飛ばしたくないのですが、一週間程度で習得できるものじゃないと判断しました。
あと、3ヶ月前の祐哉では吸血鬼姉妹と戦えない()


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#98「vs フランドール&レミリア」

「──神罰『幼きデーモンロード』!」

 

 最初に動いたのはレミリアだ。

 

 この技は少しだけ記憶に残っている。持っていて良かった、久しぶりに役立った、原作知識。

 

 俺は身体全体を覆うように反射鏡を創造する。反射鏡は透明にしてあるので、鏡に視界を奪われることはない。これで幼きデーモンロードに対抗する準備が完了した。

 

 準備が終わった頃、複雑に絡みあった細いレーザーが撃たれた。その性質は俺のリフレクトトラップと似ていて、網目状に流れるレーザーに動きを制限されてしまう。更に、大小様々な弾幕が襲いかかってくる。

 

 ──危なっ! 

 

 弾幕の密度はとても濃く、弾を避けることに集中しすぎてレーザーに掠った。反射鏡の盾が無かったら今頃お陀仏だ。

 

 ──1秒も掠ってないのに、2枚壊れた。念の為6重の盾にしておいて良かった。

 

 レミリアが放つレーザーは細い分、光が一点集中するので直ぐに反射鏡が壊れてしまう。

 

 1枚目のスペルカードからヒヤヒヤしたが、幼きデーモンロードは何とか凌ぎきった。

 

「次は俺の番だ! ──銀符『悪魔祓いの十字架(ディアボロ・エクソシザー)』!」

 

 俺は、全長1m程の十字架を二人の周りにありったけ創造する。十字架は、クルクルと回転しながら自由に動き回り、ある十字架は青色の十字レーザーを、ある十字架は赤色の小弾幕をばらまいていく。

 

 悪魔には十字架が効くというが、この世界の吸血鬼には効かないらしい。それは知っていたが、銀製ならば別だろう。尤も、銀が有効なのかは確認が取れていないのだが。「効いたらいいな」程度である。

 

「気をつけなさいフラン」

「ただの十字架じゃなさそう。この感じ、銀製かな?」

「お願いしていい?」

「任せて、お姉様。──禁忌『禁じられた遊び』!!」

 

 フランがスペルカードを使った。彼女が何かを撒き散らすと、その物体は十字にレーザーを放ち始めた。赤色の十字レーザーを放つ十字架は俺の身長の数倍もあり、十字架同士が重なると避けるのが難しくなる。

 

 互いに似たようなスペルカードを使っているが、何を隠そう、俺の『悪魔祓いの十字架』は、フランの『禁じられた遊び』を参考に作っているのだ。原型との勝負は中々面白い絵面だ。

 

悪魔祓いの十字架(青の十字レーザー)』と『禁じられた遊び(赤の十字レーザー)』が衝突し、互いに破壊しあう形になった。十字架は相互崩壊を繰り返し、軈てこの場には何もなくなった。

 

 ──2枚目のカードも終了。

 

「悪魔退治用のとっておきが効かないとはね。これならどうだ? ──星符『スターバースト』!!」

 

 俺は自分の目の前に巨大な魔法陣を展開し、青と赤の極太レーザーを放つ。その後直ぐに二体の使い魔を創造し、命令を与える。使い魔によって放たれる小粒の星型弾は、銀河を彷彿とさせる渦巻き弾幕を形成した。二つの銀河は衝突し、爆発を引き起こした。

 

 ──俺の十八番、スターバースト。効いてるかな? 

 

 俺は、レーザーから離れて二人の様子を探る。

 

「……うわ、避けてる」

 

 驚いた。二人は極太レーザーを難なく躱した後、複雑に飛び交う星型弾幕をすり抜けるように飛び回っているのだ。

 

 ──それこそ紅魔館なんて丸呑みできるほど巨大なレーザーなのに、あの一瞬で範囲外へ逃げたのか! 

 

 恐ろしいスピードだ。これが吸血鬼か。

 

 勿論、レーザーも一点ばかりを狙っている訳ではない。逃げる相手を自動で追尾し、逃げる行方を星型弾幕が阻む筈なのだ。しかし、それらは彼女達になんの効力ももたらさなかったようだ。

 

 ──流石チート種族。夜において無敵か! 

 

 だから戦いたくなかったんだ。けど……

 

「……楽しいな」

 

 こんな気持ちは久しぶりだ。俺は今間違いなく、この戦いを楽しんでいる。決して有利な状況ではないのに、ワクワクしている。こんな純粋な気持ちで弾幕ごっこをするのはいつぶりだろうか……。

 

「勝ちたいな」

 

 戦いをやり過ごすのでは足りない。俺はこの勝負に勝ちたい。スペルカードルールがあるのだから、人間にだって勝つ可能性はあるのだ。

 

 ──やってやる。

 

「──水星『アクアバレット』!」

 

 俺はスターバーストを終わらせ、3枚目のスペルカードを使う。この技を使うのは久しぶりだ。今回は、消費する使い魔の数を増やす事で、直径50mの球体を作り出す。これは、本来の5倍大きい。

 

 かなりの大きさ故に、二人は突然の光景に驚いているようだ。

 

「──降り注げ」

 

 遥か上空に生成された巨大な球から水が漏れ始めた。落ちてくる雨滴の数は少しずつ増していき、数秒後にはシャワーの様に降り注いだ。一粒の雫が、人一人を飲み込める程のサイズになっている。加えて、雨滴は空気抵抗の影響を受けないため、凄まじい速度で、凄まじい威力で落ちてくる。

 

 俺には雨滴を目に捉えることはできないが、彼女達ならそれが適うはずだ。しかし、2人は全く動いていなかった。

 

 ──思った通り、()()()()()()()()ようだな

 

 吸血鬼は流水に弱い。『流水』の定義の中に、雨が含まれるのか心配だったが、それは杞憂に終わった。

 

「雨粒が大きく、粒の間隔が広い……小人になった気分だわ」

「……これがパチェと作り上げた()()か。まさか私達がそれを食らうことになるとはね。──出番よ、フラン」

「あは、壊していいの?」

「ええ。でも、破壊にも華やかさが必要だわ」

 

 レミリアはフランに頷いた。それを受けた彼女は、直ぐに行動を始めた。

 

「分かっているわ。──禁忌『レーヴァテイン』!!」

 

 フランの手に、弓なりの棒が握られた。

 

 レーヴァテインは、北欧神話に登場する神器である。それは剣という説もあれば、杖という説もあるとか。実際のところの定義はされていないが、フランにとってのレーヴァテインは、剣のようだ。

 

 レーヴァテインを宙に掲げると、刀身から炎が伸びた。

 

 ──デカすぎる……! 

 

 そのサイズは、百メートルを優に超えるだろう。流石の吸血鬼(フラン)でもあの剣は重いらしく、自由には扱えない様子だ。彼女は若干蹌踉けながらレーヴァテインを振り、火の弾を散らしながら水星に狙いを定める。

 

「そ〜れっ!」

 

 フランは炎を纏った大剣を水星に向けて振り払った。

 

「すげーな……」

 

 レーヴァテインに裂かれた水星は爆散してしまった。ただ裂かれただけならばまだ勝機があったが、爆散してしまえば水も蒸発してそれまでである。

 

 スペルカードは破られたが、大迫力のスペルカードを見ることができたので満足だ。

 

「凄いですね。流石吸血鬼」

「今度はフランのレーヴァテインに細工してくるかと思ったわ」

 

 細工……。前にレミリアと戦ったとき、内部破裂を使ってグングニルを壊したことか。

 

「アレは奥の手ですよ」

「ふうん。ほんの少し戸惑ったわ。本気で私たちの弱点を突いてくるとはね」

「まあ、貴女たちなら何とかすると信じていましたよ」

 

 なんたって、最強クラスの種族だからな。

 

「……信じるついでにもう一枚いいですか? 下手をすれば死にますけど」

「フラン、私達舐められているわよ」

「随分と逞しい人間だねぇ。霊夢と魔理沙を思い出すわ」

 

 先程までに確かに追い詰めていたはずだが、今のフランとレミリアからは余裕を感じる。次にどんな手を使っても必ず打ち勝てる自信があるのだろうか。それとも、俺をただの人間だと思って高を括っているのか。

 

「それで?」

「折角面白くなってきたんだもの。続けましょ? ユウヤ」

 

 フランは楽しそうに言った。

 

「じゃあ、頑張って死なないでね。──太陽『ザ・サン』!!」

 

 俺は数体の使い魔を創造して、先の水星よりも遥かに大きい太陽を生成した。その影響で、俺達の周りは昼間のように明るくなった。

 

 日符系統のスペルカードには、霊力を充填した使い魔が最低3体必要である。今回は、使い魔を12体使用している。

 

 太陽『ザ・サン』は、前に風見幽香に対して使った──日符『プロミネンス』──の上位互換である。

 

 擬似太陽は、本物に劣らぬ光と灼熱を発している。

 

 さて、今作った太陽は偽物だが、効果はどうだろうか? 俺の予想では、本物でなくてもある程度の効果があるのだが。

 

 フランとレミリアの方を見ると、慌てたように弾幕を放っている。太陽に向けて放たれた超高密度の弾幕は、壁を作って日光を遮った。

 

「お姉様!」

「任せなさい。──神槍『スピア・ザ・グングニル』!!」

 

 グングニルは北欧神話の主神、オーディンが持つ槍である。この槍は決して的を射損なうこともなく、敵を貫いたあとは自動的に持ち主の手に戻ってくるという。余談だが、この槍はいつか創造してみたい神器TOP10のひとつにある。

 

 レミリアの両の手には真紅の長槍が握られた。そして、間髪入れずに槍を擬似太陽に向けて投擲した。

 

「あーあ……これからだったのに」

 

 擬似太陽は一瞬で炸裂し、崩壊してしまった。

 明るくなっていた世界は再び闇を取り戻した。

 

「ふぅ、相変わらず殺意が高いわね」

「お姉様、恨まれてるの?」

「あの技、弾幕とか1つも撃ってないんですけど……」

「アレを見た瞬間に全身がヒリヒリしたわ。生憎傘を持ってきてなくてね。またの機会に見せてくれる?」

 

 ほう、やはり偽物でも嫌がらせ程度にはなるのか。死にはしないけど嫌なんだろうな。

 

「偽物じゃなかったら死んでたわ」

 

 ……うん、そうだろうね。

 

「さて、これで互いに残りのカードは1枚ずつね。私達は、2人で行くわ」

「2人で1枚のカード? 聞いた事ないな……」

 

 2人はアイコンタクトを取って、自身の背後に魔法陣を展開した。

 

「我等が吸血鬼に畏怖の念を抱きなさい」

「「──紅魔符『ブラッディカタストロフ』!!」」

 

 ──知らない技が来た! 

 

 レミリアは大量の矢をばら蒔き、フランは大きな紅弾を放ってくる。

 

 ──エグい! 人に向けて使う技じゃないだろ

 

『いや、貴方も人のこと言えませんよ?』

 

 いーや! あの吸血鬼達は人じゃないからいいんですー! 

 

『ふむ。それは一理ありますね。人間の貴方では死んで終わりでしょうから手を貸します。いいですか、あの矢はレミリアの魔法陣から出現しています。つまり、妖力で作られているものかと思われます』

 

 なるほど。それなら俺にも対抗策がある。

 

 この技はあまり人の目に触れたくないが、出し惜しみをして勝てる相手ではない。ここまで来たら勝ちたいんだ。

 

「──()()妖祓いの五月雨(レインバレット)』!!」

 

 俺は、魔法陣を沢山創造して刀を放つ。この刀は()()()()()だ。これが、3ヶ月間で完成させた技である。因みに、名前の読み方は良い物が思いつかなかったので流用することにした。

 

 この技は三段構えになっている。一つはばら撒き弾。もう一つは相手を直接狙う、所謂自機狙い弾。そして鉛直方向からの妖斬剣の雨である。

 

 この三段構えにより、攻略難易度は非常に高くなっている。如何に戦い慣れしていようが、前方と上空からの攻撃を避けるのは至難の業だ。

 

「この刀、嫌な感じがするわね」

 

 妖斬剣は吸血鬼にも問題なく効果があるようだ。

 

『祐哉、気をつけて。後ろからも来ていますよ』

 

 アテナに言われて後ろを確認すると、確かに小さな弾幕が迫っていた。

 

 ──なるほど、フランが放った大きな弾は一定の距離を進むと分裂して帰ってくるのか。

 

 時間が経過する毎に、レミリアが放つ矢が速くなっていく。無数の妖斬剣が近くの矢を祓って(打ち消して)いるが、それでも避けるのは難しい。

 

「楽しかったけど、そろそろ終わりにしましょう。死ぬ前に負けを認めなさい」

「嫌ですよ! 俺は負けない! ここで勝利し、()()()にも勝つんだ!! うおおおおおお!!」

 

 俺は妖斬剣を創造する頻度を上げ、2人を追い込む。

 

 ──必ずだ。絶対に勝つ! 

 

 

 

 

 

 

 ───────────────

 

 

 

 

「──くそっ! 引き分けか……!」

 

 勝敗の結果は両者引き分け。互いがスペルカードの制限時間以内に被弾しなかったのだ。

 

 レミリアとフランの合体スペルカード──ブラッディカタストロフ──は、時間が経過するにつれて矢の数が増え、フランが大きな球を放つ頻度が上がった。正直、俺が『妖祓いの五月雨』を使っていなかったら致命傷を受けていただろう。それ程までに恐ろしい技だった。

 

「私達二人を相手に引き分けるなんて。育てた甲斐があったわね」

「流石、お姉様を倒した力は伊達ではないようね」

 

 勝利はできなかったが、悔しさよりも楽しかったという思いの方が強い。大規模なスペルカードを連発することはそんなにないから、スッキリした。

 

「ストレス発散になりました。ありがとうございます」

「私もいい運動になったわ。また遊ぼうね、ユウヤ」

「弾幕ごっこならいいよ」

 

 ガチの殴り合いは遠慮するけど。流石に吸血鬼は身体能力が高すぎて、剣術では太刀打ちできないだろう。こればっかりはどうしようもない。

 

「さて、満足したし私達は戻るわ」

「……あっ! 待ってください!」

 

 俺は、あることを思い出して2人を呼び止めた。

 

「完全に忘れてたんですけど、2人は俺を殺しに来たんじゃないんですか?」

「まさか。折角育てたのに殺すわけがないでしょうに」

「壊しちゃうかもしれないけどね」

 

 2人が嘘をついているようには見えない。

 

「……誰かから、俺の事情を聞いてないですか?」

「貴方が失踪したって話?」

 

 もう少し反応を見るか。

 

「なんか、俺がお尋ね者になってるって噂を聞いたんですけど」

「ええ? 昔、天邪鬼がお尋ね者になっていたけど、貴方も何かしたの?」

「……俺は、何も。知らないならいいんです。呼び止めてすみません」

 

 レミリアは黙って俺の目を見つめてくる。心を見透かされているようで怖くなるが、見透かされてしまった方が楽に思えて目が離せない。

 

()()()?」

「……大丈夫、です」

「そう、死ぬ前に家に来なさい。フランが悲しむわ」

「そうそう、死んじゃダメ。ユウヤは壊れない玩具なんだから」

 

 ──いや、俺は壊れるぞ。なんなら、もう既に壊れてしまったよ。見た目じゃ分からないところがね。

 

 これ以上考えればまた憂鬱な気分になると思い、気持ちを切り替えて2人を見送る。

 

 俺は悪いことを考えないように、頭に焼き付いた二人の弾幕を想起することにした。

 

 ──今はただ、楽しかったことを思い返そう。




ありがとうございました。よかったら感想ください。

あと、週一投稿ですら無理そうです。すみません。やらなければならないことが多いのでまたお休みさせてください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#99「霊華との再会」

お久しぶりです。5465京と2456兆年ぶりの祐霊参上です。

投稿をやめてから4ヶ月経っている事に気づき、流石に焦ったので投稿します。
ただ、未だ就活中なので、またしばらく間を開ける事になります。

さてさて、全国の霊華ファンの皆様、お待たせしました。今回は彼女と再会します。

楽しんでいってください。




 吸血鬼姉妹と戦った日から、また少し時が経ち、春もすぐ目の前だ。

 

 弥生(3月)の下旬。俺の孤独な生活は今でも続いており、気付けば半年も経っている。この半年間は、今まで生きてきた17年間で、最も過酷で濃い時間だった。何せ命がかかっていたのだから。

 

 ──何とか春を迎えることができた。

 

 そんなことを思いつつ、里の甘味処で団子を頬張る。

 

 食事のために人里に来た俺は、珍しく寄り道をしている。この団子屋は、霊華とよく来ていた店だ。そんな場所でノスタルジックに浸ることで、今では顔も声も思い出せない女の子の存在を()()()()。これは心のメンテナンスなので定期的にやらなければならない。

 

 霊華のことはもう殆ど思い出せないのだ。案外、一緒にいる時間は短かった。

 

 だが、俺があの子に抱いた気持ちと、彼女との思い出は忘れていない。体質故、妖怪に狙われやすい彼女を守ると誓ったこと。竹妖怪を前に何もできず、強くなりたいと思ったこと。レミリア達の協力を得て成長したこと、それらは頭の中の記録として存在している。

 

 竹林異変が起きたときは、彼女と力を合わせ、共に修羅場をくぐった。お互いが無事に生きて帰れたことに喜んだっけな。更なる力を付けるため、白玉楼で剣術の修行をした。住み込みの修行だったが、定期的に霊華と会っていた。泊まりに来てくれた時はなんやかんやあって一緒に寝た。そして、デートにも行った。幸せだったなぁ……。

 

 団子を飲み込んだ俺は、満開の桜を眺めながらお茶を啜る。そして、溜息をつきながらポツリと言葉を零す。

 

「元気にしてるかな……」

 

 瞬間、俺の身体に緊張が走った。唐突な事にパニックになりそうだったが、()()()()はそれを見越してプログラムを仕組んでいた。

 

 

 ───────────────

 

 霊華は今日も祐哉を探していた。人里、紅魔館、白玉楼はもちろん、人里の近くにある命蓮寺や竹林の永遠亭、魔理沙が住む魔法の森等、思い付く場所は捜索したが、見つからなかった。

 

 捜索していない場所といえば、地底や妖怪の山の中なのだが、そこを捜索するのは霊夢によって禁止されていた。危険が伴うからである。

 

 祐哉がいなくなってから数ヶ月。普通なら捜索を諦めるだろう。実際、霊夢や魔理沙は既に捜索をやめていた。こういうと二人が薄情者に思えるかもしれないが、祐哉が右も左も分からない頃からサポートをしていた彼女達からすれば、彼の失踪は一つの親離れのようなものであった。だから、「祐哉なら大丈夫だろう」と考えている。

 

 だが、霊華は違った。彼女は彼に会って一言、謝罪をしたいのだ。そして、もう一度皆で楽しい時間を過ごしたいと思っている。

 

 彼女を突き動かすものは、自責の念と恋心だ。

 

「妖怪の気配がこんなに。……霊夢も言ってたけど、最近妖怪が多い気がするな」

 

 最近の霊華は、地名の無い原っぱや小さな森の中を探索している。魔法の森と違って、身体に悪影響を及ぼす瘴気の類は無いのだが、危険であるのは変わらない。獣道を探索すれば熊や猪がいることもあった。だが、幸い霊華は多くの動物と意思疎通ができるので、襲われる事は少なかった。中には意思疎通が取れない相手もいたが、そういうときは霊華が空に逃げる事で戦闘を避けていた。

 

 空を飛ぶことができない普通の動物相手にはこの対処法で間に合っていた。

 

 しかし──

 

「見つかった!」

 

 先程から妖怪の気配があったので警戒していたが、不幸にも遭遇してしまった。1体や2体ならエンカウントを避けられただろうが、彼女がいる森には数十体の妖怪がいた。

 

 実は、森に足を踏み入れる前から感知していた。しかし、祐哉捜索の手掛かりが無くなってきた彼女は、危険を承知で森に入ったのだ。

 

「もういや!」

 

 霊華は体質故に、妖怪に狙われた経験が多い方だ。だがそんな彼女も、流石に数十体の妖怪に追われたことはなかった。原作に登場した妖怪は1体も居らず、その見た目は霊華からすれば非現実的なものばかりだった。大きな目玉が一つしかない者、100cm程の大きさの蛾、魚の骨のような身体を持った化け物、ぞっとするような多足動物等、様々な見た目だ。普通の人は悲鳴を上げてしまうだろう。彼女の場合は余計に辛い。彼女は、動物の声が聞こえるため追ってくる魑魅魍魎の声も理解することができる。妖怪から聞こえる声の大半は、彼女をどのように料理しようかという内容だった。直ぐに捕食しようとする者も入れば、密着することで養分を吸い取る、嬲ることで恐怖のスパイスを加えてから食す等、妖怪によって捕食の仕方は様々だ。

 

 妖怪は空を飛べるので、空を飛んで逃げても意味がない。

 

 霊華には知る由もないが、彼女を追いかけている数十体の妖怪は群れているわけではない。たまたまそこに居合わせ、獲物を見つけただけなのだ。獲物を取り合っていると言えばわかりやすいだろう。これは異常事態である。

 

「来ないで!」

 

 霊華は、周りの()()に御札を投げつけた。御札が木に貼りつけられ、術が発動すると直方体の結界が生成された。霊華は全ての妖怪を結界に閉じ込め、足止めをしている間に逃げようとする。

 

 ──あの大群が相手だと長くもたない

 

 霊華が貼った結界は物理的な壁のようなもので、強い衝撃を受ければ壊れてしまう。妖怪は霊華を逃がすまいと結界内で暴れている。このままでは結界が壊れるのは時間の問題である。

 

「あ……」

 

 案の定、結界は数秒で破られてしまった。当然ながら、妖怪を撒くことはできていない。

 

 因みに、霊華は既に夢想封印を習得済みである。故に、その気になれば退治できるのだが、殺傷や退治を嫌う彼女の思考には、『戦う』という選択肢が無かった。

 

 祐哉が聞けば頭を抱えるだろうが、彼女は、殺すくらいなら殺された方がいいと考えるタイプの人間である。

 

 結界を破壊した妖怪はもうすぐ彼女に追い付く。

 

 

 霊華は恐怖故に足が竦んでしまった。

 

 

 博麗霊華の死は確定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──だがそれは、この男が居なければの話だ。

 

 霊華の運命を変える人間が、稲妻のような閃光と共に現れた。男は、虚空に刀を出現させると妖怪の大群へと飛ばした。

 

 彼は、黒の着物と灰色の袴を身に付けていた。特に飾りもなく、シンプルな服装は侍を彷彿とさせる。青年は、腰には二本の刀を帯び、その格好に恥じない気迫を放っていた。

 

「生きていてくれてよかった。俺が来たからにはもう大丈夫だ。後は任せて」

 

 霊華の目には、彼の後ろ姿がヒーローのように見えた。

 

 ───────────────

 

 必要最低限の情報が頭に入り込んできた。

 

 ──霊華が()()()。助けろ! 

 

 これだけで俺のやるべきことは分かった。()()()()()()()()にも対応し、目の前の魑魅魍魎に刀を投擲する。

 

 ──間に合って良かった。支配の能力による強制召喚……想定より消耗が小さくて助かった。どうやら時を操るよりはマシらしい。

 

 後ろには、足が竦んで立てずにいる女の子がいる。俺は、彼女を庇うように立ち、妖怪に話しかけた。

 

「よぉ、弱いものいじめは感心しないな」

「──ギィィ……」

「人語も話せぬ雑魚か。だが理解はできるだろう。──3秒やる。このまま退くか、滅ぼされるか。どちらか有益な方を選べ」

 

 カウントダウンしている間に、ブランケットを創り出して彼女の頭に被せる。

 

「──時間切れだ。『殺戮ノ時雨(ブラッディレイン)』」

 

 数十体は居ただろう魑魅魍魎は、体内から刃物を生やすと悶え苦しみ始めた。空を飛んでいた巨大な蛾は地に伏し、硬い身体を持つ虫のような妖怪の身体は千切れた。獰猛な風貌の獣は叫びながら鮮血の飛沫をあげる。飛び散った血液は、木々と地面を赤黒く染めた。

 

 ──本当に、気分が悪い。

 

 この技は、相手の体内に刀を創造することで身体の内側から破裂させるもの。その光景は、使用者の俺でさえ、使ったことを後悔するものである。

 

 だが、()()()がこんな大群に襲われているということに腹が立ったのだ。許せなかった。涎を垂らし、弱いものいじめをする糞共は必ず殺す。でも、一息には殺さない。これは、この子を襲おうとした報いなのだから。

 

 ──この子は、殺しも退治も望まない子だったよな。こんな光景は絶対に見せられない。

 

「はぁ……」

 

 俺は、足元でへたりこんでいる女の子を抱え、移動する。

 

 先程の場所から少し離れ、血の匂いもしなくなったところで女の子を降ろす。深呼吸をしてからブランケットをとる。

 

「神谷くん? 神谷くんですよね!?」

「さあ、どうだろうね。……多分()()()()()()()()

「あの、どうしてここに? さっきの妖怪は?」

「……俺が()()()()()

「また、助けてもらっちゃいましたね……」

 

 あのブランケットは例の如く特別仕様である。『嗅覚遮断』『感知妨害』『防音』の機能を付与していた。よって、彼女は俺が『殺戮ノ時雨』を使ったことも、妖怪の叫び声も、飛び散った血飛沫も、見ることも感じることもなかったはずだ。

 

「ありがとうございます。……どうしよう。神谷くんには言いたいことがいっぱいあって……言葉が纏まらないよ」

 

 俺はそんな彼女を見て、懐かしさを抱いた。

 

 ──やっぱり可愛いな。青い巫女服もよく似合っているし、表情がコロコロ変わるところとか好きだな。感情が豊かなんだろう。

 

「……博麗さん、悪いけど俺は君とは話せない。これ以上、一緒に居られない」

 

 これ以上近くに居ると、アイツに何されるか分からない。

 

 彼女の前から立ち去ろう。

 

「ぁ……」

 

 彼女の弱々しい声が聞こえた。俺は、心を殺してそれを無視する。

 

「……待って! お願い、これだけは言わせてください!」

 

 彼女は俺を呼び止めた。俺は立ち止まって、振り返らずに言葉を待つ。

 

 ──俺は何を言われるんだ? ……怖い、聞きたくない! 

 

 彼女に嫌われていると思っている時間があまりにも長すぎたんだろう。俺は、彼女と居るのが怖くなってしまったようだ。

 

 彼女のことが好きだけど怖いという、恐らく俺以外の人には理解できない複雑な気持ちだ。

 

 気付けば、俺は手を固く握り締めていた。

 

「……あのとき、酷いことを言ってごめんなさい。私……どうして神谷くんを信じられなかったんだろう……本当にごめんなさい」

「……そういうものだよ。仕方がない。きっと俺も同じことをした。俺達は妖怪が居ない世界から来たんだから、変化(へんげ)した偽物の可能性なんて思い付かないよ」

 

 思いの外スラスラと言葉が出てきた。

 

「だから、仕方ない。……()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺が霊華を孤独にさせる側じゃなくてよかった。

 

 紫に狙われるのが、霊華じゃなくてよかった。

 

 霊華が独りにならなくてよかった。

 

「お互い、酷い目に遭ったね」

 

 霊華に背を向けているので、彼女がどんな表情をしているのか分からない。もしかしたらまた泣いているのかもしれない。そうだとしたら、傍で慰めてあげられないことが悔やまれる。

 

「……ごめんなさい」

「いいって。怒ってないよ」

 

 ──ショックだったけど、とは言わない方がいいよな

 

 やっぱり霊華は泣いているようだ。ほんと、俺の分まで泣いてくれてるのかと思うくらいよく泣く子だ。

 

「神谷くん。私のことが嫌いだと思うけど、博麗神社に戻ってきて欲しいです。ちゃんとお詫びをさせてください。それと、霊夢とか魔理沙とか、あうんちゃんやコロも待ってますから、会ってあげてください」

「……博麗さん、これだけは誤解しないで欲しい。とっても大事なことなんだ。俺は別に、博麗さんが嫌いだから帰らないわけじゃないんだよ」

「じゃあ、どうして? 自分探しの旅なんて嘘! 神谷くんの霊力が前と違いすぎます! どんな生活を送ればこんな()()()()()()ものになるの……? やっぱり私が……!」

 

 ──ああ、もう! 

 

 俺は、縮地を使って彼女の元へ行き、強く抱き締める。

 

 もうどうにでもなれ! 紫、どうせ見ているんだろうが霊華に指一本でも触れてみろ。第二の能力を使ってでも対応させてもらう! 

 

「え……?」

()()、頼むから自分を責めないで欲しい。霊華は、『私が神谷くんを独りにさせて、何もかもを狂わせた』と思ってるんだろうけど、それは違う」

「どうして……」

 

 俺は、自分が口にする言葉に細心の注意を払う。『詳しいことは言えない』と言うのも危険な気がする。そのフレーズは、何らかの機密情報が絡むということを示唆するものだ。そこから直接八雲紫の企みまで到達することはできないだろうが、霊華の裏には霊夢と魔理沙がいる。異変解決の経験を発揮して真相に気付くかもしれない。そうなればアイツの目的は邪魔される。

 

 ──俺は、紫の企みがバレるような単語を口にしてはならない。もし口にすれば、口止めのために霊華が攫われるかもしれない。

 

 どうする? 『察してくれ』というのも似たようなものだ。かといって、自分探しの旅というのは無理がある。霊華が霊力の質を感じられる事を忘れていた。確か昔は「あったかい感じがして安心する」と言われた。そこから「冷たく寂しい」になってしまったのだ。自分探しの旅なんて言ったら、否が応でも神社に連れ戻そうとするだろう。

 

「……ちょっと、やりたいことがあってね。でもこれは俺1人でやらなきゃ意味がない、修行みたいなものかな。だから、誰にも頼れない。これ以上君と一緒にいたら、今までの努力が無駄になってしまう」

「どうしてそんなになってまで修行するの……?」

 

 痛い質問をするじゃないか。なんて言えばいいんだよ? 

 

「……どうしても勝ちたい奴が居るんだよ。()()……()()()()()って決めたんだ。早く戻れるように頑張るから、もう少し待ってて欲しい」

「……分かりました。絶対……戻ってきてね?」

 

 俺は、黙って笑ってみせる。そして、使い魔を創造して命令を与える。

 

「ところで、その簪よく似合ってるね」

「ありがとうございます。神谷くんがくれたんですよね。コロが教えてくれましたよ」

 

 ──しまった! そういえばコロに口止めしてなかったな。まあ、バレても問題はないけど、変な渡し方をしたからなんだか恥ずかしい。

 

「……本当は、()()()に渡すつもりだったんだ」

「そうだったんですね。この簪を身に付けていると、神谷くんと一緒にいるような気持ちになるんです」

 

 簪には、『全てを支配する程度の能力』を使った術をかけてある。その際に膨大な霊力を使ったので、霊華はそれを感じ取っているのだろう。

 

 術についてだが、霊華が抱く強い恐怖心がトリガーとなって発動することになっている。効果は、俺の居場所を支配することによって霊華の側までテレポートさせることだ。

 

「そっか。気に入ってもらえたようで良かった」

「毎日付けてますよ。本当にありがとう」

 

 女の子に贈り物をするのは初めてだったので大分迷ったが、本当によく似合っている。これを選んでよかった。

 

「さて、この使い魔に護衛を任せるから大丈夫だと思うけど、気をつけて帰ってね」

「ありがとう。……待ってるね?」

「うん、待ってて欲しい。そしたら頑張れるから」

 

 霊華は名残惜しそうに手を振ると、俺の使い魔を連れて歩いていった。

 

「さて」

 

 ──念の為他の使い魔を創造しておくか。

 

 十数体の使い魔を創造して霊華の周りを監視させる。

 

 これは、他の妖怪に襲われた時の対策だ。それともうひとつ、紫へのメッセージである。

 

 ──()()()()()()()()()

 

 紫が霊華の帰り道を襲う可能性を考えた行動である。霊華が付けている()に仕掛けた術のお蔭で、俺は彼女の元へ駆けつけることができるが、さっきので仕組みがバレただろう。もし紫が霊華を始末しようとする時はあの簪の対策をしてくるはずだ。

 

「あとは、俺自身の身の安全を──」

 

 自分の身も守らなくてはならない。そう思った矢先、何かが後ろに着地した。

 

「──ちっ! 随分と早いな。いや、やっぱり見てやがったなストーカー女!!」

「にゃん?」

「あ?」

 

 背後に降りてきた奴は八雲紫ではなく、猫だった。いや、ただの猫ではない。化け猫だ。それも、上等な飼い主を持つ式神(ペット)だ。

 

「……これは驚いた。昨今は少子化による人手不足が問題とされているが、まさか八雲一家も人手不足だとはな。自分の式神()式神()を送り込んでくるということは、そういうことなんだろう?」

「神谷祐哉。お前に恨みは無いがここで倒させてもらう!」

 

 化け猫の(ちぇん)は、持ち前の瞬発力を活かして肉薄してくる。

 

「──おお怖い。あまりにも怖いんで、語尾に『にゃん』とか付けたらどう? 可愛くなると思うんだが」

 

 俺は、橙の突進を刀で受け止める。

 

「可愛い必要なんてないのよっ!」

 

 橙は、周囲を素早く駆け回り、俺を翻弄しながら突進してくる。

 

「ちっ、ちょこまかと!」

 

 攻撃力はとても低い。紫やスカーレット姉妹の弾幕の方が怖いし威力もあった。それと比べたらどうということはない。

 

 けど……

 

 ──早すぎて追い付けないな。

 

 俺は魔法陣を展開して細いレーザーを沢山放つ。

 

「速くて当たらないなら、動きづらくしてやればいいよな?」

「お、弾幕ごっこする? いいよ。ただし、加減はするなと言われてるから、全力で行くね。──鬼神『飛翔毘沙門天』!!」

 

 橙は、俺の周りをグルグルと駆け回ると、弾幕を放ってきた。橙が駆けた軌道上に現れる弾は、バラバラに散っていくことで弾幕を構成する。

 

「スカスカな弾幕だなぁ。本当に俺を殺す気があるのか?」

 

 橙は誰かの指示で俺の元に来た様子だ。なら、指示した者は八雲藍だろう。藍は、紫の指示で橙をおくったのだろうか? 

 

 果たして紫は、橙に俺を殺せると思ったのだろうか。紫程の妖怪なら、人の強さを測り間違えることはないはず。それなら何のために? 

 

 ──橙を送ったのは藍……。藍が俺の戦力を測るためだとすれば納得できるか? 

 

 もしそうなら、紫は式神に情報を与えていないことになる。不自然な気もするが、いくら考えても妖怪の思考を理解できないのかもしれない。段々考えるのが馬鹿馬鹿しく思えてきた。

 

「まあいいや。──星符『スターバースト』!!」

「にゃん!」

 

 橙はレーザーに飲まれ、服がボロボロになった状態で地面に落下した。白目を剥いているので俺の勝ちだろう。

 

 橙推しの人には申し訳ないが、あまりにも隙だらけすぎるので早々に決着を付けさせてもらった。

 

 だって、次の出番を待ってる人がいるんだもの。

 

 突然、目の前から針が飛んできた。俺は難なく刀で払い、お返しとばかりに刀を数本投げつける。投げつけた先にいる人物は()()を払うことで弾いた。

 

「使い魔に戦わせ、自分は分析する。ま、常套手段だな。まさか、ペットを虐められて怒っているとか言わないですよね?」

「……今回は私が向かわせたのだから、怒ることはしないわ」

「あれ、思ったより温厚な人?」

 

 俺に針を投げてきたのは、八雲(らん)という紫の式神である。彼女は、元は九尾の狐で、それを紫が式神にしたのだ。スーパーコンピュータ並に頭が良く、特に演算処理においては無類の性能を発揮するとか。

 

 藍は、基本的に礼儀正しく、こちらから襲わない限りは攻撃してこない。今襲ってきたのは、紫に命令されたからだろう。

 

 ──ぱっと思い出せる情報はこの程度かな。

 

 彼女は、古代道教の法師が着ているような服を着ており、腕を交互の袖に隠した格好をしている。

 

 藍は、大きな尻尾を揺らしながら歩いてくる。

 

「私から仕掛けたのに怒ってしまっては、逆恨みになるでしょう」

「てっきり、逆恨みをしてくるものかと思っていたのでやりづらいです」

 

 むしろ逆恨みされた方が良かった。

 

「さて、今から私と戦ってもらうわ」

「……嫌だと言ったら?」

「紫様に報告し、指示を仰ぐ」

「どんな指示が予想される?」

「恐らく、貴方にとって不易な物になる。博麗神社、白玉楼……といえば分かるかな」

 

 ──やっぱりな。アイツはそういう奴だもんな。

 

「分かった。貴女と戦う理由はそれで十分だ。使いやすそうなコンピュータだったので大事にしたいところだが、所詮は他人の物。襲ってくるというのなら迎え撃つのみだ」

「では、弾幕ごっこをしましょう」

「いつも思うんだが、アレは絶対ごっこ遊びの域を超えてるよな。何度も死にかけてるよ」

「……スペルカードは3枚。先に被弾した方が負け。私が勝てば、貴方を妖怪の山に連行するように命じられているわ」

「……怖いこと言いますね。じゃあ、俺が勝ったらその心地よさそうな尻尾を触らせてもらっていいですか?」

「いいだろう」

 

 よし。モフるぞ。藍は敵だが、憎いわけじゃない。故に俺はあの柔らかそうな尻尾に触れたいのだ。

 

「勝負と言うからには、全力でやらせてもらいますよ。それと、戦う相手にはいつも言っている事なんですが──」

 

 妖怪の山に捨てられるのは流石に怖い。この戦い、必ず勝つ。

 

「──全力で力を使わせてもらいます。卑怯とは言わないでくださいね?」

「構わないよ。本気を出したところで、貴方は私には勝てないから」

「それじゃあ早速」

 

 俺と藍は同時に動き出した。

 

 




ありがとうございました。よかったら感想ください。

さて、やっと霊華の目的が果たせましたね。

次回は紫の式神である、八雲藍との戦いです。漸く、第4章もクライマックス手前といったところです。

霊想録は、第0話を含めれば今回で100話に到達しました。

物語もますます盛り上がっていきますので、ぜひご期待ください!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#100「vs 八雲藍!」

どうも、祐霊です。

遂に100話です! 

何話まで続くか分かりませんが、第4章はいよいよクライマックスです。

楽しんでいってください!



 俺は数体の使い魔を創造し、彼らに弾幕を張るよう命令する。一方、藍は力強く尻尾を振って針弾幕を飛ばしてくる。

 

 ──この密度。スカーレット姉妹や紫と並ぶ程だ。

 

 先程の橙の弾幕とは比にならない密度だが、このような弾幕は日頃から見ているので危なげなく避けきれた。

 

「──式神『前鬼後鬼の守護』」

 

 藍の一枚目のスペルカード。彼女の真横に放たれた大弾は、暫くすると向きを変えて俺の方へ飛んでくる。これだけならまだ良いが、大弾の通り道から無数の小弾から生まれたため一気に弾幕が完成した。だが、正直に言うとスペルカードを使う前の針弾幕の方が難しかった。

 

「即席で作ったスペルカードを喰らいな──悪弾『スパゲティコード』」

 

 俺達を囲うように十数個の魔法陣を展開。その後、魔法陣は「へにょりレーザー」を放つ。

 

 うねるように曲がるレーザーは、まるでスパゲティのように複雑に絡み合う。

 

「式神のプログラムも、(さぞ)かしスパゲティのようにグチャグチャなんだろうな」

「仮にそうだとしても紫様以外に手を付けないのだから問題ない」

 

 複雑な軌道を描く性質上、へにょりレーザーは避けるのが難しい。並大抵の者ではその流麗な軌道に翻弄され被弾してしまうだろう。しかし、藍は涼しい表情でそれを避けてみせる。流石は式神(コンピュータ)か。察するに、即座に弾道計算を行うことで、確実に回避しているのだろう。元々コンピュータは弾道計算用に作られたものだから、こういうことは得意なのだ。

 

「──式輝『狐狸妖怪レーザー』」

 

 藍が二枚目のスペルカードを宣言した。彼女が放った緑と黄の大小の弾幕は真っ直ぐ進み、その軌跡とほぼ垂直に細いレーザーが流れる。この弾幕を真上から見れば魚の骨のようになっているかもしれない。その場合、大小の弾道は脊椎に、レーザーは横に伸びる骨に例えられる。

 

 そんなことを考えつつ、俺は反射鏡の盾を創造して守りを固める。そして、レーザーの網に掛からないように慎重に移動しながら弾を避けていく。これを何度か繰り返していると、全ての弾幕が消えた。

 

「突然だが、セキュリティテストをしよう。──感染『マルウェア』」

 

 俺の二枚目のカード──感染『マルウェア』は、スマホやパソコンといったデバイスに存在する悪質なソフトウェア──通称・マルウェアから由来する。この弾幕は、緑色とダークブルー、オレンジと黄色が混ざった如何にも()()()()()()()色をしている。

 

「これは……式神としての機能を阻害しようとしているのか」

 

 藍は、毒々しい色の弾幕に対処しつつ呟いた。

 

 感染『マルウェア』の効果は藍の推測通りだ。この技は、使い魔に作らせたウイルスプログラムを弾幕として放出(アウトプット)するものだ。この弾の感染力は強く、セキュリティ的に脆弱なコンピュータは近づくだけで感染する。藍は式神だが、与えられた命令通りに動く存在なのでコンピュータの一種である。何より、主人の八雲紫が彼女をコンピュータと表現しているのだから間違いない。よって、このウイルスは式神に対して有効であり、一度(ひとたび)感染すれば脳の命令を掻き乱されて再起不能に陥るのだ。

 

「無駄なことを。紫様がこの程度の対策を施さぬはずがないだろう。私の式には厳重なセキュリティが施されている。私を破壊しようとしたのだろうが、残念だったな」

「おいおい、言ったはずだぜ? ()()()()()()()()()をすると。妖怪の賢者が使うコンピュータだ。セキュリティが脆弱じゃなくて良かったと思っているよ」

 

 元より、この技で藍を破壊する気はない。被弾してくれたらラッキーだと思っていた程度だ。

 

 幻想郷は、魔法や妖術といった概念が当たり前に存在する世界である。その中に、人の使い魔を乗っとる術があっても不思議ではない。弾幕を放つだけの使い魔ならまだ良いのだが、命令すればスーパーコンピューターに並ぶ演算ができる程の使い魔を乗っ取られたら大事だろう。それならば、何か対策を講じるべきである。何もしなかった結果、ある日反旗を翻されたとしても、それは主人の自業自得だ。

 

「しかし存外に多彩な弾幕を使うな。正直驚いている。一年前にやってきた時はただの人間だったはずだが」

「今でもただの人間だが?」

「ただの人間は、私や紫様を相手にして無事ではいられない。お前はもう、人間の域を超えているよ」

「はっ、加減しているくせに何を言う。ここ最近、アンタ達から殺意を感じなくなった。俺が殺気を浴びることに慣れすぎて感覚が麻痺したわけではないよな?」

「……私はお前と戦うように命じられただけ。殺意など抱くわけがないだろう」

 

 俺達は、会話しながらも互いに弾幕を放ち、自分に向かってくる弾を避けている。

 

「じゃあ、紫はどうなんだ?」

「さあ。紫様からその話は伺っていない」

「推測することはできるんじゃないのか?」

「あの方は私を凌駕する存在だ。私には到底予測できない」

 

 つまらない。実に機械らしい回答だ。

 

「アンタじゃダメだな。話にならない。──崩壊『ジェンガコード』!!」

「安心しろ! 予測できたところでお前に話すつもりはない! ──式神『橙』!!」

 

 互いに3枚目のスペルカードを切った。

 

 藍は、いつの間にか復活していた橙を呼び出し、命令を与えた。橙は強化されているのか、先程よりも素早く駆け出し、弾幕を撒き散らしていく。

 

 一方、俺が使った──崩壊『ジェンガコード』は、これまでのスペルカードと同様、使い魔によって放たれる。その弾幕は、格子状の箱を作るように規則正しく並び、ジェンガのように高く積み重ねていく。その後、別の使い魔が格子に向けて大弾幕を放つ。それが格子を構成する弾幕に当たると、格子はバラバラに崩壊して制御を失い、出鱈目に飛び交う。初めは避けるのに苦労しないが、大弾幕が放たれる間隔は時間の経過と共に短くなり、徐々に難易度が高まっていく。

 

「ちっ、流石に一筋縄ではいかないか」

 

 藍は徐々に激化する弾幕を軽やかに躱している。クルクルと駆け回る橙が弾幕を放つ頻度も高くなった。藍と俺の弾幕が衝突し、更に不規則に飛び交う。最早この場に規則性という概念は存在しない。

 

 ──あっぶねー! 自分の弾幕さえも敵に思える。

 

「にゃん」

「──っ! 速いっ!」

 

 橙が凄まじい速度ですぐ横を駆け抜けていった。橙が通った跡には弾幕が発生するので、縮地を使ってその場を離れる。

 

『敵及び弾幕の軌道を解析。──完了。6.28秒後に再び接触すると予測』

 

 ──OK、助かるぜ使い魔くん。

 

 使い魔くんによる解析のお蔭で、この技を破るチャンスを得た。後は俺の()()次第である。

 

 俺は、使い魔くんのカウントダウンに合わせ、刀をいつでも抜けるように構える。

 

 ──3

 

 計算だと、あと5秒間は動かなくても弾に当たらない。

 

 与えられた数秒間を無駄にせぬよう、深呼吸をして準備する。

 

 ──2

 

 全身に霊力を纏い、身体能力を向上させる。

 

 ──1

 

 使い魔くんの合図と共に虚空に向けて抜刀。言葉だけを聞けば奇行に思えるが、橙と藍にはその意味が理解できるはずだ。

 

 ──虚空は虚空でも、抜刀し終わった頃には橙が居る虚空なのだから

 

「ぎゃんっ!」

「……動物愛護団体に怒られるから加減(峰打ち)した。だが脳震盪は避けられないだろう」

 

 結果、刀は橙の頭部に当たった。峰打ちしなかったら無事では済まなかっただろう。開放前とはいえ、これは妖斬剣だ。恐らく、橙程度の妖怪なら簡単に両断できるだろう。

 

「まさか……橙の動きを予測し、迎え撃ったというのか? 人間のお前が……!?」

「そう驚くことじゃない。銃弾を切るのと同じさ。相手の方から凄い速さで飛んでくるなら、こっちは刀を当てるだけでいい。あまり俺を舐めるなよ、妖怪」

 

 なんてカッコつけてみたけど、使い魔くんがいなかったら橙の軌道を予測することなんてできなかったんだよね。まあ、使い魔君は俺が作ったものだし、俺の手柄と言っていいだろう。いいよね? 

 

「これで互いに残るスペルカードは1枚。この調子で勝たせてもらう」

「これまでの戦いで、お前の動きと技術はある程度理解した。よく鍛錬された剣技に瞬間移動とも言える()()()()。それに加えて、多彩な弾幕を放つ使い魔も所持している。どれも私の予想を上回るものだった。しかし、修正は済んだ。もうお前に勝ち目はない」

「おいおい、嘘だろ? こんな短時間で知り尽くせるほど、俺は単純な人間じゃないぜ。そんなこと言ってると足をすくわれちゃうよ?」

「調子に乗るなよ、人間。お前はどう足掻いても私には勝てない! ──超人『飛翔役小角』!!」

「それはどうかな! ──妖滅『妖祓いの五月雨(レインバレット)』!!」

 

 妖祓いの五月雨……本当は紫以外に使いたくなかった技だ。特に、紫と繋がりのある藍には、妖斬剣を見られたくなかった。しかし、出し惜しみしては勝てないと判断した。この前、俺はスカーレット姉妹と引き分けたが、それはこの技による無数の妖斬剣があったからこそだ。俺の戦闘力が上がったわけではないのだから、手を抜けば当然負ける。

 

 俺は数え切れないほどの魔法陣を創造すると、そこから無数の刀を放つ。ばら撒き弾に自機狙い弾、鉛直方向からの刀の雨が、藍を襲う。

 

 対する藍は、数秒間詠唱していた。それを終えると、彼女は身体にオーラを纏った。そして、()()()

 

 ──いや、速すぎるんだ! 

 

 藍は猛スピードで俺の方へ突進してきた。それに気づいた瞬間に縮地を使ったためなんとか回避できたが、彼女は間髪入れずに方向転換して肉薄してくる。

 

 ──直線的な高速移動だけでなく、藍が通った軌道上に弾幕が広がるのか。

 

 この技は、魔理沙が書いた魔導書に書いてあった気がする。確か、身体能力を飛躍的に上昇させる技だったと思う。役小角(えんのおづぬ)という遥か昔の魔法使いをイメージした物らしい。しかし、イメージしただけで身体能力を上げるとは流石は妖怪か。

 

「──祓え、妖斬剣!」

 

 藍は非常に素早い。だが、妖斬剣が飛び交う中ならどうだ? 

 

「──これは!?」

 

 全ての刀が開放状態の妖斬剣に変わった瞬間、藍は動きを止めた。しかし、一瞬で動揺を消し去って超速移動を再開した。

 

「この刀、何やら特別な力を帯びているようだな!」

「──!? 妖斬剣の弾幕を縫いながら走れるのか!」

 

 藍は、超速度で俺の弾幕の隙間を縫って迫ってくる。ジグザグに迫ってくる藍の軌道は最早予測不能。余計なことをしてしまった。

 

 ──危なっ!? 

 

 藍は、空気を蹴って方向転換すると直ぐに迫ってきた。

 

「驚いたぞ。並の妖怪では、この場に立った瞬間に消滅するだろう。だが、残念だったな。私なら耐えられる!」

 

 猛スピードで移動しながら話しかけてくる。

 

 ──わざわざ『耐える』と言ったってことは、()()()()のか。いいことを知った! 

 

「それでいいんだよ。この技を使って消滅されちまったら、反則勝ちみたいで嫌だからな。嫌がらせ程度が望ましいのさ」

 

 藍に返事をした際に、危うく弾に当たりそうになった。そろそろ話す余裕がなくなってきたな。それにしても、凄まじい弾の密度だ。妖斬剣が藍の妖弾を祓っているから辛うじて隙間があるが、もし他の技を使っていたら既に負けていただろう。

 

 藍の速度も上がってきて、生身でやり合うのがキツくなってきた。彼女の動きに対応するため、霊力を身体中に纏って身体能力を向上させる。

 

「より速くなったか。ならば!」

「ちっ、お前まで速くならなくていいんだよ!」

 

 藍は俺の身体強化に合わせて更に加速した。最早、全力で集中しなければ目で捉えることはできない。

 

「──っ!」

 

 藍が横を通り過ぎる度に、物凄い風圧が音と共に迫ってくる。

 

 ──そのうちソニックブームでも放ちそうだな。冗談じゃない。

 

「なあアンタ! 一体いつまで加速するつもりだ!?」

「この技は、私の身体能力を向上させるもの。妖力が尽きぬ限り何処までも加速する!」

 

 なんて滅茶苦茶なんだ。俺の体力を考えると、実質無限大に加速するようなもんだろ。

 

 ──俺の弾幕も風圧で乱れている。最早藍が被弾することはないだろう。

 

 こうなってしまっては決定打にはならない。しかし、藍を精神的に追い詰める効果がある限りは、妖祓いの五月雨を使い続ける価値はある。

 

「こんな奴相手にどうすれば勝てるんだよ……」

 

『ヒントをあげましょう。あの式神は、必ず貴方目掛けて突進してきています。貴方なら、手を打てますよね?』

 

 ──なるほど。さっきやったばかりだったな。

 

 アテナの助言のおかげで、藍を倒す算段はついた。本当に、ここぞという時に頼りになる神様だ。

 

『助言はできますが、実行するのは貴方です。大丈夫、祐哉ならできますよ』

『任せてください』

 

 俺は、藍の突進を避けつつ、全身に纏う霊力を一気に増やす。その増加量に比例して力が漲っていく。今の俺の強さは普段の十倍程度に上昇しているだろう。だがそれでも、素の身体能力では藍に敵わない。

 

「──うぉぉおおお!!」

 

 俺は中段の構えを取って藍を迎え撃つ。腕と足に纏う霊力を増やし、猛スピードで肉薄する藍に向かって()()()()。無謀ともいえる策だが、やるしかないのだ。

 

 半端な攻撃ではガードされてそれまでだ。ならば、あの技しかない。

 

 

 真上から頭に掛けて斬る「唐竹」。

 

 斜めに斬り掛かる「袈裟斬り」、「逆袈裟」。

 

 横から斬り掛かる「左薙」、「右薙」。

 

 斜め下から斬り掛かる「左切上」、「右切上」。

 

 下から斬り上げる「逆風」。

 

 胸を突く「刺突」。

 

 

 九つの斬撃を全く同時に放つ、防御回避共に不可能な技……! 

 

 

「行くぞ! 飛天御剣流──!」

 

 ──創造、『超速度投射』付与!! 

 

「『九頭龍閃(くずりゅうせん)』────!!」

 

 創造した刀と自分の持つ刀を合わせて九本。壱、弐、参、肆、伍、陸、漆、捌、玖の斬撃を叩き込む。

 

 霊力を使った突進で勢いをつけた斬撃は藍の身体を突き刺した……! 

 

「無駄だ……!!」

「──馬鹿な!?」

 

 信じ難いが、藍は確かに九つの尾で斬撃を一つずつ受け止めていた。豊かな毛が生えているため、恐らくダメージは殆ど与えられていないだろう。

 

 藍は、勝ちを確信したように俺に襲いかかる。

 

 ──まだだ! 俺は、諦めない!! 

 

 俺は、自分に勢いが残っているうちに強く地面を踏みつけ、更に藍に迫る。

 

「──祓え! 妖斬剣!!」

 

 瞬間、藍の尾に刺さった九つの刀が解放され、激しく発光した。

 

「この近距離で、九つの妖斬剣に耐えられるもんなら耐えてみろ! おぉぉぉぉぉぉぉおおお!!」

 

 もう一歩踏み出すことで、斬撃の勢いが増す。

 

「や、止めろ……! その刀で私に触れるな! ぐぁああああああ!!」

 

 藍は、悲鳴とも取れる叫び声を上げながら吹き飛んでいった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……。うぅ……はぁ、はぁ……」

 

 全力で攻撃した影響で脈が上がりすぎて吐きそうなくらい苦しい! 

 

 ──本当に、九頭龍閃を使うと疲れる。所詮は見様見真似か。本家には劣る。だがそれでも……

 

「勝ったぞ! この調子でアイツにも勝利し、平穏を取り戻す!」

 

 ────────────

 

「ぐぅぅ……ぐああ!」

 

 少し離れたところで、藍が苦しそうに悶えている。彼女の九つの尾には妖斬剣が刺さったままなのだ。

 

「俺の勝ちでいいですよね? 良いなら助けますけど」

「ぐぅぅ……人間の助けなど……ましてや敵の施しは受けない!」

「いやいや、妖怪がその刀に触れることはできないんだから、人間の助けは要りますよ。このままだと本当に消滅しそうなので、勝手に助けますね」

 

 俺が指を鳴らすと、この場にあった妖斬剣が全て光の粒子に変わった。それにより、断続的に苦しんでいた藍は少し落ち着いた様子だ。だがそれでも、直ぐには動けないだろう。

 

 ──妖斬剣って凄いんだな。使い道を誤ると大事になるぞ。

 

「大丈夫ですか?」

「問題、ない。お前の勝ちだ。私に構わずここから去れ」

 

 ──そうもいかないだろう。紫相手なら別だが、藍には恨みはない。戦いが終われば対立する気もない。

 

 とは言っても、普通に助けようとすれば嫌がるだろうな。あ、そうだ。

 

「あれ? 俺が勝ったらモフらせてくれる約束ですよね? ちゃんとモフらせてもらいますよ!」

「ああ、分かった。好きにしろ」

「あ〜、綺麗な尻尾が汚れちまったなぁ〜 綺麗な尻尾をモフモフしたいなあ」

「私にどうしろと言うんだ……」

 

 なんというか、弱りすぎてて調子狂うな。解釈違いなんで、もうちょっとシャキッとしてくれ。

 

「取り敢えず今日は帰って、風呂に入ってください。さっぱりしたらモフらせてくださいね」

「……約束は約束だ。分かった」

 

 それは素直に嬉しいな。

 

「でも困ったなぁ、その状態じゃ生きて帰れるか怪しくないですか? 妖斬剣の効果は妖怪にとって猛毒のようなもの。刀が抜けたとはいえ、まだその効果は残っているはず」

「結論から話せ」

 

 結論から話したら絶対断ったよね!? なんで怒られなきゃいけないんですか!? 

 

「……妖斬剣の効果を打ち消すための処置をさせてください」

「…………」

「死にますよ?」

 

 頑固な妖怪だな! もういい、勝手にやらせてもらう。

 

 ──創造、魔法陣。『解毒』付与

 

 俺は、藍が横になっている地面に魔法陣を創造する。その効果は、俺が「毒」と認識したものを取り除くものだ。

 

「はい、これで終わり」

「……身体を蝕むような毒が消えた。何をした?」

「処置、ですよ。そういう効果を持ったものを創造しただけです」

 

 ────────────

 

 藍の服は、ところどころ破れている。手入れされていた美しい9つの尾はツヤを失い、埃をかぶってしまっている。俯いている表情は暗く、申し訳なさそうに立っている。

 

「申し訳ございません。紫様」

 

 藍は祐哉に敗北した後、主の元へと戻っていた。

 

 紫は、藍のその一言で結果を察した。紫は、戦いの一部始終を見てはいなかった。

 

「どうだった?」

「……神谷祐哉は、私の計算を遥かに凌駕する存在でした」

 

 紫は続きを待った。

 

「彼の『創造』は、非常に自由度が高く、状況に応じて最適な対応ができます。何よりも、彼の機転を利かす頭脳に驚かされました。まさか敗北するとは思いもしませんでした」

 

 紫はため息をついた。藍の報告は、既知のものだったからだ。祐哉のことは、常に見守っているアテナを除けば、紫が一番知っているのだ。

 

 なら、何故紫は藍に戦いを命じたのか。

 

「藍、貴方に与えた命令はなんだったかしら」

「神谷祐哉と戦闘し、データを取るように、と命じられました」

「そう、私は『戦いに勝て』とは命じていない。貴方は取ってきたデータを報告するだけで良い」

 

 元々紫は、勝敗を重視してはいなかった。もちろん、普通に戦えば最強の妖獣である藍が勝つだろう。しかし、祐哉が紫に見せていない『奥の手』を使えば或いは、とも考えていた。

 

 その『奥の手』として考えられるのは……

 

「彼は、創造した刀を全て白く発光させました。その瞬間、文字通り総毛立ちました。あの刀は恐らく、『妖の類を斬る』ものかと思われます」

「そう、それよ。私の求めている情報はその刀についてなのよ」

 

 ドンピシャな話題になったことで、紫は機嫌を取り戻した様子だ。主が欲しい情報が分かった藍は、刀をメインに話し始めた。

 

「その刀は、『妖斬剣』と呼ばれていました。名前からして、その効果は私の予想の通りだと考えられます。刀一本を相手にするならば、全く問題ないのです。ですが、彼はスペルカードに使う弾幕全てを妖斬剣に変えました」

 

 藍は続けた。

 

「より厄介なのは、普通の刀を一瞬にして妖斬剣に変化させることです。私の周りに飛び交う刀が、突然妖斬剣になりました。これは、夏の炎天下にいる時に突然極寒の地に落とされたような感覚でした」

「ふふ、おかしな例えね。まあ、要するに『背筋が凍る』ということかしら。妖獣にも効くということは、精神攻撃の類ではないのね」

 

 一般に、妖獣は精神攻撃に強いとされている。妖獣である藍がこれ程衰弱しているのだから、妖斬剣は相手の精神に漬け込むものではないのだろう。

 

 妖斬剣は『妖の類を斬る』。より正確には、『妖の類を()()』ものであり、刀で斬らずとも周囲の者に影響を与えるのだと紫は推測した。

 

「普通の刀が妖斬剣に変化したのね?」

「はい。変化の前に、『祓え、妖斬剣』と言っていました」

「それが妖斬剣を作るトリガーと見ていいでしょうね」

「なるほど……。てっきり、年頃故の発言かと思いました」

 

 藍は、所謂厨二病的な発言だと思っていたのだ。あながち間違ってはいないのかもしれない。

 

「妖斬剣に触れてはなりません。紫様といえど、致命傷は免れないかと」

「ふふ、そこまでなのね。でも、私が攻撃を受けると思う?」

「いいえ」

 

 藍は即答して見せた。

 

「ただ、妖斬剣にはそれ程の力があるということを御報告したかったのです」

 

 藍の忠告を受けた紫は笑みを浮かべた。

 

「……紫様、神谷祐哉は本当に、幻想郷に仇なす存在なのでしょうか」

 

 藍は、自分を助けた後に気絶した祐哉の事を思い浮かべた。恐らくは霊力切れを起こしたのだろう。もし、幻想郷に仇なす者なら、自分の力を振り絞ってまで妖怪を助けるだろうか。彼は、必死に生きようとする人間そのものでしかないのではないか。そう考えていた。

 

「貴方は余計なことを考える必要はない。ただ私の言うことに従えばいいのです」

「は、失礼致しました」

 

 紫は、これ以上話すことはないと看做(みな)して藍を下がらせた。

 

「そろそろかしらね」

 

 彼女の呟きを聞いた者はおらず、その真意もまた不明である。

 




ありがとうございました。よかったら感想ください。

妖斬剣ってすごいんだなと、改めて思わされる回でしたね。

この調子で紫にも勝てるといいですね。


──

プライベートの方が落ち着いてきたので、また投稿を再開します。お待たせしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#101「最終決戦・前編」

時が満ちました。




 卯月の上旬──桜が一斉に花を咲かせ、幻想郷の至る所が桃色に彩られている。日中に吹く風は、温かく心地よい。

 

 そんな春の満月の夜、俺は1人森の中に立っていた。

 

 俺は、懐から一枚の紙を取り出した。それは、半年前に霊華と太陽の畑で撮影した写真だった。

 

 楽しそうな表情をした自分と、何処か幸せそうな霊華。そんな2人は、まるで恋人のように見える。

 

 ──今思うと、あのときの幸せは前借りだったんだな。

 

 当時が幸せ過ぎた分、不幸が一気に押し寄せてきたのかもしれない。まあ何にせよ、俺はこれから幸せを取り戻すから、どうでもいいことだ。

 

 ──今日で、全てが決まる! 

 

「ごきげんよう」

「来たか。いよいよ今日で終わるんだな……」

 

 ふと、何処からか声がした。週に一度は必ず聞いてきた声だ。

 

「ええ、短い半年でしたわ」

「俺にとっては、この半年が何年にも感じられるよ。漸くだ。遂にこの生活が終わる」

「……既に遺書は書き終えましたか?」

「ああ、『明日帰る』と、ついさっき手紙を送ったところさ」

 

 今日は、八雲紫との()()()()()()だ。

 

 藍と戦った翌日、どこからともなく手紙が届いた。そこには、「今日から一週間後、どちらかが敗北、或いは死ぬまで戦う」という内容が書かれていた。

 

 それから今日までの間は、()()()()()()入念な準備に励んだ。

 

 ──対策は済んでいる。あとは落ち着いて戦うだけ……

 

「この期に及んで、まだ希望を抱いているとは。明るい性格なのね」

「真っ暗さ。でも、そんな俺を支えてくれる存在がいる。だから希望を持てるんだよ」

「いいわ。もう始めましょう。使用スペルカードは5枚。先に2回被弾した方が負け。私の勝ちは即ち、今日が貴方の命日となることを意味する。貴方の要求は?」

「俺が勝ったら、以前のように好きに過ごさせてもらう。それと、二度と俺や俺の知り合いを殺そうとしたり、人質にして利用しないことを約束……いや、厳守してもらおうか」

 

 紫は、俺の要求を承諾した。

 

「では……辞世の句を詠む時間くらいは与えるわ」

「そんな時間要らねえよ。俺は死ぬわけにはいかない。必ずお前に勝って、自由を取り戻すんだ!」

 

 戦いの火蓋が切られた。

 

 ────────────

 

「罔両『八雲紫の神隠し』」

 

 紫は、スペルカードの使用を宣言すると直ぐに姿を消した。次の瞬間、彼女がいた場所から細いレーザーが蝶と共に放たれる。紫の蝶弾幕は綺麗なものだが、触れれば呪いにでもかかりそうな禍々しい雰囲気を感じる。

 

「ハーイ」

 

 紫が突然背後に現れた。咄嗟に振り向くが、紫はそれよりも早く姿を消すため、不気味に思える。

 

 俺は、レーザーが放たれる前に縮地で距離を置く。このスペルカードは比較的簡単な部類にある。それに、これまでに何度か見たことがあるので問題なく避けられる。

 

 ──限りあるスペルカードの1枚を簡単な技に費やしてくれたことに感謝だな。この調子でいこう。

 

『──祐哉、上です!』

 

 アテナの警告を受けて見上げると、紫がスキマを大きく開いていた。

 

 ──これは……! 

 

「──廃線『ぶらり廃駅下車の旅』」

 

 非常に大きなスキマから、鉄塊が顔を出した。俺は、縮地を用いることで、下敷きになる運命を回避する。真下に射出された廃線は、地面にぶつかる前にスキマに飲み込まれた。

 

「ほらもう一回」

 

 今度は、真横から猛スピードで電車が走ってきた。この廃線()は、他のスペルカードよりも速い。そのため、俺は急いで廃線の軌道から離れる。

 

「危ないな、何が『ぶらり廃駅下車の旅』だ。呑気そうな名前しやがって! 『危険! 暴走とスリルの旅』に改名しろ!」

「危ないと言いつつも、特に危なげなく避けているじゃない。成長したわね。でも……」

 

 紫が指を鳴らすと、巨大なスキマが幾つも出現した。

 

 ──これは死ぬ。縮地でも間に合うかどうか分からないな。

 

「──これはどうかしら?」

 

 十数個のスキマから廃線が飛び出し、俺を確実に轢殺せんとばかりに走ってくる。

 

「星爆『デュアルバースト』」

 

 2つの巨大な魔法陣を創造して、極太レーザーを放つ。レーザーは、原点()を中心に回転することで全ての廃線を飲み込む。このレーザーは、周りの木をなるべく巻き込まないように、射程距離を調節してある。

 

「──本当、危ない。人間に対して使う技じゃないだろ。死ぬぞ」

「忘れたのかしら? 私は今日、貴方を殺すために戦っているの。加減はしないわ」

 

 ──確かに、今日の紫はいつもと違う。殺気もビンビンだし、使うスペルカードの枚数も多い。

 

「避けられない技を使うのは反則じゃなかったっけ?」

「貴方なら避けられないことはないと思っていましたわ」

「……ああ、そういう手口ね。俺もよく使うわ」

 

 ────────────

 

「これは……」

 

 昼食を食べ終えて自室に戻った()は、見覚えのある彫像が机の上に置かれていることに気づいた。ギリシアの勝利の女神ニケを模した彫像は、神谷くんの使い魔である。

 

 私が彫像の前に立つと、彫像が機械音声で話しかけてきた。

 

『こんにちは。ハクレイレイカさん。私の主、カミヤユウヤから、貴女へのメッセージをお預かりしています。読み上げますか?』

「神谷くんから? ……お願いします」

『承知致しました。──博麗さん、久しぶり。神谷です。明日中に神社に帰れるかもしれないから伝えておくね。突然帰って驚かせることも考えたけど、いよいよこれから最終決戦なんだ。ここで気合を入れるためにも、間接的にだけど博麗さんに話しかけている。必ず勝って、神社に戻るよ。だから……そのときは前みたいに沢山話したいな。博麗さんと話したり、出かけたりすることを楽しみにしているよ。それじゃあ、またね』

 

 暫くの沈黙が訪れた。

 

『メッセージは以上です』

 

 彫像はそう言うと、霊力の粒子となって空気に溶けていった。

 

 神谷くんが、帰ってくる。

 

「霊華、私これから買い物に行くから、留守番お願──どうしたの?」

 

 霊夢が私の部屋に入ってきた。何か話しかけてきたが、全く頭に入ってこなかった。

 

「霊夢、神谷くんが明日帰ってくるみたい」

「は? え? 帰ってくる? えーっと……本当に?」

 

 霊夢も珍しく動揺している。霊夢は、神谷くんがいなくなっても特に悲しんだり心配している様子を見せなかったから、興味が無いのかと思っていた。しかし、今の霊夢はなんだか嬉しそうだ。

 

「そう、それなら明日は宴会ね! 皆に声掛けなきゃ。霊華も手伝って」

「うん!」

 

 明日は神谷くんが帰ってくる。年甲斐もなくスキップしたい気分だ。

 

 ──楽しみだなあ。

 

 ────────────

 

 戦いが始まってから、もう15分は経っているだろう。今回はデスマッチだからか、スペルカード1枚辺りの時間が長い。幸い、これまでに放たれたスペルカードはこの半年間で見たことのあるものだった。そのため、ここまでは危なげなく弾を避けることができている。

 

 ──アテナとの修行の成果が出ている。

 

『そうですね。ここまでは順調です』

 

 俺は、紫から手紙を受け取った日以降、アテナと毎日訓練をした。その訓練は、精神世界で行われた。具体的には、紫との弾幕戦をイメージした戦闘訓練を行った。アテナ曰く、精神世界では割と自由が効くらしく、簡単に紫のスペルカードを再現してみせた。どうやら、俺の記憶を想起させることで、まるで本物のスペルカードを目の前にしているかのような体験ができるようになるらしい。そういうわけで、俺は今まで見たスペルカードを徹底攻略しているのだ。

 

 ──死ぬような思いを繰り返した甲斐があったな

 

 現在、紫は4枚のスペルカードを使い切っている。俺は3枚で、数の面では有利だ。万が一、5枚目のスペルカードが初見で、尚且つ難しいものだったら、弾幕を掻き消すボムとして使うこともできる。被弾数は、互いにゼロ。次のスペルカードで被弾させたいところだ。

 

 ──紫にも通用しそうな技はアレだな。あの技を使うなら、森で戦うのは避けた方がいいな。

 

 俺は、紫の針弾幕を避けながら少しずつ移動し、紫を森の外へ誘導する。

 

「── 太陽『ザ・サン』」

 

 俺は、数体の使い魔を創造する。その使い魔は、優に直径100mを超える太陽を生成した。その影響で、俺達の周りは昼間のように明るくなる。

 

 この技は、以前紅魔館の姉妹と戦ったときに使った。今回もあのとき同様、霊力を充填した使い魔を多く使用している。

 

「まあ、眩しいわ。何も見えないわね」

 

 紫が、真偽不明の感想を述べた。遥か上空に現れた擬似太陽は、灼熱と共に本物に劣らぬ光を発している。そのため、何も見えないくらい眩しいのは正しいのだ。その証拠に、俺はサングラスをかけている。だが、紫が本当に何も見えないかどうかは怪しいところだ。これまでの経験上、大妖怪は常に俺の予想を上回る行動、能力を見せてくる。故に、紫も何だかんだ見えている可能性は高い。

 

「まあいい。本当に見えないと言うのなら、灼熱の紅炎による熱線で焼かれてしまえ」

 

 俺が指を鳴らすと、擬似太陽の動きが活発になった。少しすると、太陽の(ふち)から紅い熱線が漏れ始める。更に時間が経つと、太陽から巨大なへにょりレーザーが無数に放たれた。それだけでなく、目が痛くなる程真っ赤な大小の弾幕も飛び始めた。

 

「──相当な規模ね。これ程のスペルカードを使えるのは、大妖怪の中でも限られてくるわ」

「そりゃあな。俺はアンタを倒すためなら出し惜しみをしないぜ」

 

 ──伊達に使い魔を12体も使ってないんだよ。

 

 因みに、この技には最低3体の使い魔が必要だ。逆にいうと、3体で十分なのだ。必要数の4倍のコストを払っているため、大妖怪が使うくらいの大規模の技になっているのだ。

 

 意外なことに、紫は熱線を避けることに苦戦しているようだ。不規則に飛び交うへにょりレーザーを紙一重で躱しているが、その熱線の性質上動きが読みづらい。そして──

 

 ──やった! 

 

 紫は、時間が経過するにつれて激化する熱線を躱していた。しかし、熱線を避けた先に飛んでいた大弾幕に被弾した。

 

 タイミング良くエネルギーを使い果たした擬似太陽は崩れ始める。それに伴い、あたりは思い出したかのように闇を取り戻していく。

 

「……まさか、私が一度でも被弾するとは。ふふ、いいわ。そのくらいでないと楽しくないもの」

「へっ、あまり強がるなよ。今まで戦ってきた大妖怪は皆、そうやって余裕ぶった後に一泡吹かされてきたんだ。まあ、アンタもそうなりたいのならそうしな。俺は一向に構わないぜ」

「ふっ……」

 

 紫の嘲笑が僅かに耳に届いた。

 

「何が面白い?」

「あら、聞こえた? ごめんなさいね。たった1回被弾させたくらいで嬉しくて舞い上がっている人間は滑稽だったもので……。そんな可愛い坊やを見れば、誰でも面白いと思うわ」

 

 紫は、自身の背後に大きなスキマを作り出した。そして、開いた扇子をこちらに差し向けて威圧してくる。

 

 ──今更その程度の威圧に臆するかよ。舐めるなよ? 妖怪が……! 

 

「そろそろ教えてあげましょう。貴方の未来(さき)に希望など無いことを! ──紫奥義『弾幕結界』」

 

 紫が、最後のスペルカードを宣言した。

 




ありがとうございました! もしよかったら感想ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#102「最終決戦・後編」

 紫は、最後のスペルカードを宣言すると姿を消した。──紫奥義『弾幕結界』。この技は、耐久スペルカードであるため、発動中は紫に直接攻撃することはできない。実際に見たのは初めてだが、一応外の世界にいたときは何度も見たことがある。そして、見る度に『無策で攻略するのは難しい技』だと感じていた。

 

 ──使い魔くん、頼んだ。

 

『──承知致しました。弾幕の分析を開始します』

 

 2つの魔法陣が現れ、俺の周りに円を描くように大きく移動する。その軌道上には御札が現れ、呆気にとられている内に、上下左右、全方位を完全に囲まれてしまった。まさに弾幕による結界。弾幕で相手を閉じ込める人物は中々居ない。それだけに高等な技なのだ。それを紫は軽々とやってみせる。

 

 結界が完成すると、徐々に御札が移動を始めた。この御札の隙間を上手く縫って躱さなければならない。

 

「ここかな……」

 

 半年間の経験もあり、今回は自力で攻略の糸口を見つけることができた。

 

 紫の魔法陣は、無慈悲にも2回目の弾幕結界を構築していく。御札の数は先程よりも増えている。

 

『──攻略ルート発見。捕まってください』

「よし、頼んだよ」

 

 俺が彫像に捕まると、彫像は移動を開始し、弾幕結界の隙間を上手く掻い潜る。

 

 3回目の弾幕結界が構築された。使い魔の数もかなり増え、最早すり抜けられる隙間は無いように見える。

 

「おい使い魔くん、行けるか?」

『問題ありません』

 

 ──使い魔に掴まって弾幕を潜り抜ける。若干狡い気もするけど、使えるものは全て使っていこう。

 

 使い魔の高度な分析力により、3回目の結界も攻略成功。続けて、4回目の弾幕結界が構築され始める。その様子を、「この調子ならやり過ごせるかもしれない」と思いながら眺めていると、使い魔からの悲報が届いた。

 

『──成功率、40%……防御態勢を整えてください』

 

 おいおい、AI搭載の使い魔ですら40%とかどんだけ難しいんだよ。

 

「……オーケー、俺がやったら成功率は0%だからな。全て任せるよ」

 

 360°何処を見ても紫色の御札がある。結界が完成し、御札の壁が徐々に迫ってくる。俺という荷物を背負った使い魔は、猛スピードで移動して迫る壁をすり抜けようとする。

 

「──痛っ! くっそ、こんなのホントに避けられんのかよ!?」

 

 使い魔は、最前のルートを分析してそのルートを辿っているはずだが、隙間が狭くなってきているため、弾幕にチリチリとカスっている。何十、何百という御札にカスっているため、まるで殴られたように全身が痛い。師匠からもらった和服は所々破け、不可避の弾幕を放つ紫に対して殺意が湧いてくる。

 

『──避けきれません。衝撃に備えてください』

「──俺が突破口を作るからそのまま行け! 星符『スターバースト』!!」

 

 俺は瞬時にスターバーストを繰り出し、俺達の行く手を阻む御札を破壊する。使い魔は、俺が強引に作り出した隙間を通って結界の外へ抜けた。

 

 ──心臓がバクバク言ってる。紙一重で弾幕を避けたのは初めてだ。マジ死ぬかと思ったわ。

 

「──次はボムを使いたくない。何とか攻略してくれ」

 

 ──確か、弾幕結界は5回同じ事を繰り返して終了だったと思う。だから、あと1回耐えればこの地獄は終わるのだ。

 

『──エラー。弾幕の密度がキャパシティを超えています』

 

 使い魔の言う通り、最後の弾幕結界にはもう隙間なんてものは無かった。紫が本気で俺を殺そうとしていることが分かる。

 

 ──チクショウ。舐めやがって。

 

「無理でもやるんだよ! お前は俺が作ったスーパーコンピュータだ。弱音吐く暇があったら解析しやがれ!」

 

 そう言いつつも、俺は万が一に備えて自分の身体に霊力を纏う。この弾幕を潜り抜けられる自信は無いし、霊夢や魔理沙ですら攻略できないんじゃないかと思ってしまう。だが、この試練を超えなければ、俺は平和な日常を取り戻せない。

 

『成功率、0.5%──実行しますか?』

「はは……やるしかねーだろ。頼りにしてるぜ、相棒」

 

 紫の使い魔は、余程念入りに弾幕結界を構築したようだ。その証拠に、何処を見ても御札しかない。まるで、御札の繭に包まれた蚕になった気分だ。御札による繭は、バラバラに動き出していく。これらの動きには規則性があり、俺の使い魔はそれを見切って攻略できる。だが、問題は弾数が多すぎることだ。単純な規則性は、複数絡まって混沌を生み出している。迫り来る御札の壁を、一つ、二つと躱していく。まだ弾幕結界の外は顔を見せない。紫色の御札の壁に黒い隙間が見え始めたら、この技が収束に向かうことを意味する。六つ、七つと弾幕をすり抜けていく。この間も紙一重で被弾を避けているため、俺の和服は最早服として機能していない。

 

 心臓の音が頭に響く。この技の攻略に関しては、俺は何も努力をしていない。だが、使い魔に全てを委ねることも楽ではない。下手したら無数の御札に当たって死ぬのだ。死と隣り合わせの環境にいるため、脈は上がり、気づけば息をすることも忘れている。無呼吸であることに気づいても、呑気に呼吸することはできない。

 

 迫る御札の壁を十回超えたそのとき、漸く闇が姿を表した。この闇は、弾幕結界の外を意味する。

 

 ──行け、行け! もうちょっとだ! 

 

 緊張のあまり、最早声を出すことは叶わない。俺は、見え始めた希望の()の一点を見て、地獄の収束を願う。

 

 あと少し。ほんの十秒で弾幕結界の外に出られただろう。そこまで進んだとき──

 

「──ぐぁっ!?」

 

 使い魔の首を掴んでいた俺の左腕に御札が炸裂した。突然、上から御札が飛んで来たのだ。使い魔も把握しきれない程の高密度。故に、今の被弾は完全に予想外の出来事だ。幸い、霊力を纏っていたから腕は潰れていない。かなり痛むが、動かせないことはない。俺は、無傷な右腕を使って使い魔に掴まり、再び希望の闇へと駆ける。

 

 ──やべぇ、このままじゃ避けきれずにまた食らう! 

 

『ここで待機しても被弾率は高まるのみ。このまま押し切ります』

 

 ──間に合え────っ!! 

 

 使い魔は、加速して猛スピードで弾幕の間をすり抜けていく。俺は使い魔にしがみついて結界を突破することを願い続ける。そして──

 

『ミッションコンプリート。被弾1……申し訳ございません』

 

 俺達は、地獄のような弾幕結界の外に到達した。

 

「気にするな。全身傷だらけで、さっき直撃した左腕も超痛いけど、何とか動かせる。この程度の損傷で済んだんだから、何も問題ない。ありがとう、使い魔くん」

 

 俺は、使い魔に労いの言葉を告げて創造を解除する。役目を終えた使い魔は粒子となり、空気中に溶けていった。

 

「まさか、弾幕結界を攻略するとは……」

 

 スペルカードを解除した紫が話しかけてきた。その声音からは、驚嘆の意思が込められているように感じる。

 

「てめえこの野郎。本当に俺を殺そうとしてきたな。一発もらった腕が超痛い。潰れたらどうしてくれんだよ」

「だから、貴方を殺すと言っているでしょう。弾幕結界は私のスペルカードの中でも究極の美しさを誇る。そんな弾幕に包まれて死ねば良かったのに」

 

 頭に来るぜ。こいつは人間じゃないから、倫理とか通用しないのは分かっている。だが、1回言わせて欲しい。

 

「アンタ、倫理観ってものを持ち合わせてないのか?」

「私と貴方(人間)では常識や価値観が異なる。その程度のことは貴方も分かっているはずでしょう」

 

 ──言われると思ったよ。クソが。

 

「もういい、だったら俺もやり返すだけだ。俺達人間の倫理観によれば、不用意に生き物を殺してはいけないというのが一般的だ。だが、その生き物に『アンタ(妖怪)』は含まれていない! 先に喧嘩を売ってきたのはそっちだ。文句は言うなよ? 俺はアンタを滅する! そして──!」

 

 緊迫した現場で、ほんの一瞬だけ脳裏に浮かんだのは、青い巫女服を身に纏った誰よりも可愛らしい女の子。彼氏でもない俺が贈った簪を喜んで毎日身に付けてくれるような優しい子……。

 

「──あの子との日常を取り戻すんだ!! これで最後だ。覚悟しろ! ──超神速『妖祓一閃(ようばらいいっせん)』!!」

 

 俺の最後のスペルカード。対する紫は既に使い切っている。そのため、紫は自力で俺の弾幕を避けなければならない。俺は、周囲に魔法陣をありったけ創造し、そこから刀を撒き散らす。四方八方から飛来する無数の刀に規則性はなく、所謂気合い避けをするしかないスペルカードだ。

 

 ──この技に、俺の全霊力を賭ける!! 

 

 この技を見て、紫は少しくらい驚くだろう。だがそれは、弾幕の密度に対してだ。俺は、今このときのために、ある程度実力を隠してきた。本気で戦っていたものの、常に奥の手は使わなかった。絶対に勝てると確信した今、本気を出すことによって、紫は自身の誤算にショックを受けるはずだ! 

 

「これが藍との戦いで使ったという刀の力……。これ程とは。加えてこの密度。さっきの太陽からの熱線攻撃よりも更に濃い。これが正真証銘貴方の本気かしら? 今までは力を隠していて、それを解放することで私の虚を衝くつもりだったのだろうけど、惜しいわね。あのとき、藍に使っていなければ私を倒せたのに」

 

 ──まるで、「初見じゃないから太刀打ちできます」とでも言うかのようだな。

 

 甘いんだよ! 

 

「真の奥の手はここからだ。──祓い()()()……! 妖斬剣!!」

 

 この場にある全ての刀が、霊力を込めた言霊に反応した。それにより、更に1段階解放された妖斬剣は、一層白く発光した。更に、無数の刀から非常に心地よい波動が放たれる。だが、心地よく感じるのは人間だけであり、妖怪にとってこの力は毒だ。例え相手が妖怪の賢者である八雲紫であったとしても、これは覆せない。

 

「おお……流石に驚いたわ。これは代々の巫女の夢想封印にも匹敵する。……ふふ、久しぶりに楽しめそうね!」

 

 今は深夜だが、辺りは昼間よりも強く発光している。遮光性を付与した眼鏡をかけていないとまともに身動きが取れないだろう。

 

 これ程眩しければ、流石に紫も避けられない……なんてことはなく、どういう訳か全ての刀を避けきっている。さっきの『ザ・サン』で眩しさの耐性がついたのか。

 

「さっきは油断したけれど、もう被弾はしないわ」

 

 本当に化け物だ。ここまでやって勝てないなんてな。だが、それも想定済みだ。今まで戦った奴らも、常に俺の予想を上回ってきたんだ。その分作戦は多めに用意してある。

 

「ふぅぅぅぅぅ……」

 

 俺は、大きく深呼吸して気合いを溜める。

 

「俺は──ッ!」

 

 俺は、ここまで殆どの攻撃を使い魔に任せていた。それは、最後の最後で霊力切れを起こさないためだ。

 

 俺は、残りの数秒に全てを込めるように全身から渾身の霊力を荒々しく放出する。殆ど満タンの霊力を全て捻り出すことで、限界を超えて肉体を強化する。

 

 抜刀の構えを取り、叫ぶ。

 

「──ここでお前を倒し、あの子との日々を取り戻す!」

 

 次の瞬間、地を蹴った。全霊力を使っている俺の身体は今、限界を数段超えている。故に、瞬間移動にも思える程の速さで駆けても身体に負担はかかっていない。

 

 ──流石に紫は凄いな。俺の全力の縮地でもちゃんと気配を感じているみたいだ。

 

 勿論、それも予想の範疇だ。だから俺は、バカ正直に真っ直ぐ突っ込むのではなく、紫の周囲を動き回ることで翻弄しているのだ。

 

 自分の足元に、踏むと加速する魔法陣を創造して、更に速度を増していく。ここまで来ればいよいよ『超神速』の完成だ。

 

 ──さて、敢えてもう一度叫ぼうか! 

 

「これで終わらせる。──超神速『妖祓一閃』!!」

 

 十分な加速を得た俺は、宙に創造した魔法陣を力強く踏みつけ、いよいよ紫目掛けて肉薄する。

 

 刹那、紫が間合いに入るのと同時に抜刀して振り抜く。

 

 

 

 

 

 

 ──これで……! 

 

 

 

 

 

 

 ──俺の……! 

 

 

 

 

 

 ──勝ちだ……!! 

 

 

 

 

 

「くっ……!」

 

 苦悶の声をあげたのは紫の方だ。俺は、遂に紫をここまで追い詰めることができるようになった。そのことにかつてない喜びを感じつつも、徐々に焦燥感が込み上げてくる。

 

 紫は、俺の刀に対抗すべく結界を張ったのだ。しかし、妖力で作り上げた結界など、解放した妖斬剣の前では無に等しい。等しいのだが、紫は信じられないスピードで無数の結界を張り続けている。その生成速度は1秒間に数千枚単位だろう。故に、妖しきものを祓う剣でさえも、祓いきれていない。

 

 ──これは! 

 

 俺の剣閃が徐々に逸らされている。紫め、結界を作る角度を計算して剣を滑らせ、斬撃を凌ぐつもりか。

 

「はぁぁあぁあああああ!!」

 

 ──ここを逃せば俺に勝機はない。勢いがあるうちに次の一手を繰り出す! 

 

 ──創造、魔法陣。『軌道修正』、『加速』付与!! 

 

 俺は紫の結界の手前に魔法陣を創造して、自ら刀を滑らせる。その結果、渾身の抜刀術は空振りに終わった。

 

 だが、これで終わりじゃない。俺は勢いを殺さずに右に一回転する。その遠心力で更なるパワーを得た俺は、再び紫に斬り掛かる。

 

 ──そして! 

 

「くっ……間に合わ──」

 

 紫は声を出す暇も惜しいというように歯を食いしばった。そして、俺の剣先が首に触れる寸前で膨大な妖力を放った。

 

「──ぐぁっ!?」

 

 高密度で放たれた妖力からは、衝撃波を生まれた。その衝撃波に直撃した俺は、遥か遠くまで吹き飛ばされる。戦いの序盤にいた森の木々にぶち当たり、十数本の木を破壊しても失速しない。

 

 ──くそ、くそっ! 終わりじゃないのか! これは弾幕ごっこだぞ! あんなの反則だろ! 紫め、絶対に斬ってやる! 

 

 だが、そんな気持ちとは裏腹に、身体の方が限界を迎え始めた。否、限界は既に超えていたのだ。膨大な霊力を纏うことで身体強化をしていたが、徐々に出力が弱まっている。そのため、全力の動作に耐えられなくなってきたのだ。さっきまでは、木にぶつかっても痛くなかったのに、段々痛みを感じるようになってきた。そして、一度それを認識すると、一気に身体が動かなくなる。

 

 ──あ……死んだ。吹き飛ばされた勢いが無くならない。この勢いが落ち着くより先に俺が力尽きる。

 

「くそ……ここまで来て、勝てないのかよ……!」

 

 身体も動かず、能力も発動できない。何もできないことが悔しくて視界が潤む。ここに来て悔し泣きしそうになる自分に腹を立てていると、突然誰かに受け止められた。さっきまでのスピードが嘘のように急停止した。それなのに、特に衝撃もなく停止したことに驚きつつ、受け止めてくれた人物を確認する。

 

「──!? なんで……?」

「助けない方が良かったかしら」

「アンタに俺を助けるメリットがあるのかよ? 殺そうとしてたくせに!」

 

 俺を受け止めた人物は、紫だった。

 

「メリットしかないわ。逆に言えば、貴方に死なれては困るの」

「は……?」

 

 今の紫からは、殺気を感じない。何がどうなっているんだ。

 

「おめでとう。この勝負、貴方の勝ちよ。ちょっと試験をするつもりが、危うく退治されるところだったわ」

 

 紫は相変わらず意味不明なことを話しているが、理解する暇もなく意識が遠のいた。




ありがとうございました。良かったら感想ください。

祐哉はきっと、「絶対に霊華との日常を取り戻す」という強い意志があったから成し遂げられたのだと思います。

紫の最強感は出せたかなぁ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#103「八雲紫の計画」

どうも、祐霊です。

今回は、ずっと長い間謎だった紫の行動理由がわかります。


 鳥の囀りが聞こえる。その呑気な声が、改めて春を感じさせる。

 

 ──あれ、俺はどうして寝ているんだ……? 

 

 瞼を開くと、木造の天井が目に映った。その天井に見覚えはない。

 

 左腕に重心を傾けて身体を起こす。

 

「痛っ!? く〜、めっちゃ痛い。そういえば被弾したんだった」

 

 俺は、腕を痛めていたことを忘れていたため、思い切り体重をかけてしまった。この世の終わりかと思うくらい痛む左腕に目をやると、包帯が巻かれていた。この屋敷の住人が手当をしてくれたのだろうか。ただ包帯を巻いても意味が無いし、もしかしたら薬を塗ってくれたのかもしれない。

 

 ──それで、ここはどこなんだ? 

 

 今わかっていることは、知らない人の家にいるということ。この部屋の造り的に、博麗神社や永遠亭、白玉楼でもなければ、華扇の屋敷でもなさそうだ。

 

「紫はどこに行ったんだろう。意味わからないこと言ってたな」

 

 取り敢えず、部屋を出て人を探すとしよう。

 

 ──そういえば、俺が着ていた和服はボロボロになってたけど、わざわざ新しい服を着せてくれたのか。優しい人だな。

 

 部屋を出る前に刀を探したが、見当たらない。恐らくこの家の持ち主が持っているのだろう。俺は、代わりの刀を創造し、帯に刺してから部屋の障子に手を伸ばす。すると──

 

「おわっ」

「おや」

 

 俺が障子を開けようとしたとき、丁度障子が開かれた。

 

「藍……」

「目が覚めていたのか。もう動けるか?」

「何故貴女がここに? いや、それよりここはどこなんですか?」

 

 障子を開いた主の藍に問いかけると、「ついてくるといい」と言って廊下を歩き出した。俺は、怪訝に思いながらも彼女から少し距離を置いて歩く。

 

 見た感じ、屋敷は白玉楼に負けないくらい大きい。現在地の予想をしながら歩いていると、藍が背を向けたまま話し始めた。

 

「今から、紫様の部屋に案内する」

「──! やっぱりここは紫の……!」

「そう。ここは紫様の屋敷。紫様がこの屋敷に人を招くことは滅多にないのだぞ。喜ぶといい」

 

 確かに、紫の家を見たことがあるものはいないと聞く。もしかしたら霊夢や魔理沙も知らないのかもしれない。それなのに、なぜ態々連れてこられたのだろうか。

 

 ── さっきの戦いで霊力を使い尽くしてしまった。もし戦いになったら今度は勝てない。

 

 念の為、奥の手である「霊力回復」の発動準備をする。

 

「この部屋だ。──紫様、神谷祐哉をお連れしました」

「どうぞ」

 

 障子の向こうから、意外に優しげな返事が聞こえる。

 

 藍が障子を開け、俺に入室を促す。

 

 俺は、心の準備をしてから部屋に入る。

 

 部屋は和室で、茶色の机が置かれており、片側には紫が座っていた。

 

「おはよう、少しは休めたかしら」

「……多少は」

「それはよかった。さあ、座って」

「正気か?」

 

 紫は敵だ。俺を殺そうとしているんだ。そんな奴と呑気に座っておしゃべりできるほど強者ではない。

 

「まあ、当然の反応ね。私は、もう貴方を殺す気はないわ。いえ、本当は初めからそのつもりはなかったのだけど」

「は?」

「さっきの勝負は、貴方の勝ち。故に貴方は合格したの」

「もしかして、日本語と似た独自の言語を話していないか? 俺にも伝わる日本語を話してくれ」

「全て話すから、まずはおかけなさい」

 

 このままでは話が進まない。仕方ないので、帯に掛けた刀を鞘ごと抜いて畳に置き、俺は腰を下ろす。

 

「お茶を用意させましょう」

「どうせ飲まないからいらない」

「外来人はお茶を好まないのかしら」

 

 わかっているくせに。敵から出された飲食物に薬や毒が盛られていることなんてザラにある。警戒しないわけがないだろう。

 

「まあいいわ。どこから話そうかしらね。何か聞きたいことはある?」

「アンタの目的は? 散々俺を殺そうとしていたくせに、演技だったとでもいうのか? だとしたら何故?」

「その通り。私の目的は、貴方を鍛えることだった。私の期待通り、半年前と比べて心身ともに見違えるように成長したわね」

「……? 何のために鍛えようと? 俺は白玉楼で修行していたじゃないか」

「単刀直入に言えば、貴方には今起きている異変の解決に協力してもらいたいの。規模は小さいけれど、それはまだ芽が生えただけで、これから益々規模が大きくなるわ。最悪、幻想郷が支配されるかもしれない。だから、それを未然に防ぐために貴方の力が必要なの」

 

 随分とスケールの大きい話が始まったな。

 

「半年前、紅魔館の近くに研究所が現れたことは知っているかしら」

「ああ。……そういえば、妖怪の遺伝子情報を集めていたな。もしかして?」

「そう」

 

 紫は、お茶を啜る。机の上には紫の湯呑みしか置かれていない。

 

「詳しく」

「あの研究所は、1ヶ月経った後に元の世界に帰った……はずだったの。けれど、どうやらまだ何処かに潜んでいるようなのよ」

「へぇ」

「彼らが公に帰還した後から、各地で妖怪による不穏な噂が流れ始めたわ」

「よかったじゃないか」

 

 妖怪からすれば、それはいいことなんじゃないのか? 

 

「貴方は知らないと思うけど、人里の人間が数人食われているわ。他にも、嫌がらせのような被害を受ける者が多くなった。後者はともかく、前者は私たちにとっても望ましくない。人間が減りすぎたら私たちの存在も危うくなるからね。故に、人里の人間を不用意に食ってはいけないというルールがあるのよ」

「それにもかかわらず、被害を受けた者がいると。一応聞くが、ルールを破る妖怪はどの程度いるんだ?」

「最近は滅多になくなったわ。だからこそ、異例の事態というわけ。あと、妖怪の数が異常な程に増えてきているのよねぇ。……さて、研究所の話に移るけど、貴方も言っていたように、あそこは妖怪のDNAを集めていたわね。さらに、『幻想とされる存在の再現』を目指していた」

 

 話が見えてきたな。つまり──

 

「なるほど。あの研究所が今でも幻想郷のどこかで暗躍し、彼らにとって『幻想とされる存在』である妖怪を排出している。こんな感じかな」

「私はそう考えているわ」

「しかし、幻想郷が支配される云々はどういうことなんだ? 一応言っておくが、俺は何もするつもりはないからな?」

「それは承知しているわ。私が懸念しているのは、数パターンある。一つは、今後奴らがより多くの妖怪を輩出し続け、人間が食い尽くされること。これは支配ではなく、人類と妖怪サイドの滅亡だけどね。もう一つは、より強大な妖怪を生み出し、オリジナルの妖怪が蹂躙されること。他には、幻想とされる存在を生み出すこと。例えば、強大な力を持った人工の神とかね」

 

 確かにそうなれば、俺達にも影響が出そうだ。食い止めた方が良いのは確かだ。

 

「なるほど。でも、それの解決は霊夢の仕事じゃないのか」

「そうなんだけどねぇ。霊夢を動かしたら、他の人間も多く動き出すじゃない? 現状は後出しで、さらに相手がどこで見ているか分からないのに、目立つようなことはしたくないのよ。だから、霊夢を動かすのはリスキーなの」

「今、どこで何をしているか分からない俺なら、隠密捜査に向いていると?」

「そう。さらに、奴らがどこに身を隠しているのか見つけられていなくてね。その点、貴方の能力があれば効率的に捜査できると思っているわ」

 

 現状は、霊夢よりも俺の方が向いているということか。まあ、その話が本当なら、協力してもいい。けれど、腑に落ちないことがある。

 

「事情はわかった。尤も、俺はアンタのことを信用しちゃいないけどな。それに、俺を殺すなんて嘘をついてまで鍛えさせようとした理由がわからないままだ。半年前にこの話を聞いていたら、普通に協力しただろうに」

「半年前の貴方ではダメなのよ。あまりにも弱すぎた。言ったでしょう。今後、強力な妖怪が輩出されるかもしれないと」

「──だとしても、俺を孤独にさせる必要はあったのか!? あんたら妖怪にとって一瞬だとしてもな、俺にとってあの半年は貴重な時間だったんだぞ! あの期間で確かに強くなったさ。でも、その代わりに他の全てを失った! 今更俺に居場所なんかない。ふざけるなよ? 俺はアンタの式神じゃない。奴隷扱いするな! 滅するぞ」

 

 俺は、こいつのせいで友達と別れることになったんだ。好きな人とも会えなくなった。さらにこいつは、俺の大切な人たちを人質に取った。絶対に許さない。

 

「どうしても、貴方には急成長してもらいたかった。私のためじゃない。全ては幻想郷のため。未来永劫、幻想郷を維持できるというのなら、死んでもいい。けれど今は、私と貴方の力が必要なの」

 

 そうだ。この人は、幻想郷を誰よりも愛している。だから、この言葉に嘘はないとわかる。俺も、自分の力が幻想郷を守るために役立つというなら、協力したい。俺だって幻想郷が好きなんだ。でも……

 

 ──俺はもう、この人を信じられない。

 

「最悪、私を信用しなくてもいい。けれど、どうか幻想郷を守るため、その力を行使していただけないでしょうか。この通り……お願いします」

 

 紫はそう言って、土下座してみせた。

 

「──!? や、やめろ! 八雲紫が人間相手にそんなことをするな! アンタはそんな奴じゃないはずだ」

 

 この部屋には俺と紫しかいない。故に、この醜態は他の誰も見ていない。そうでなければこんなことはしないだろう。

 

 ──これ以上、俺の中の「八雲紫」のイメージを壊さないでくれ……。

 

 でも、幻想郷のためなら自分のプライドを捨てるという点では……

 

 妖怪の賢者が、人間相手に土下座をしてまで頼み込む。これほどまでに屈辱的なことはないだろう。ここまでするのだから、信じてもいいのだろうか。

 

 ──アテナ、そういえば貴女は相手の感情を読めましたよね

 

『ええ。霊力や妖力の揺らぎ、質から様々なことを推測できます。紫は嘘をついていないと思いますよ。貴方がしたいようにすれば良いと思います』

 

 俺には二つの力がある。それも、どうやら俺のものではなく、中にいつの間にか宿った神様のものらしい。なぜ俺にそんな力が宿ったのかはわからなかったけど、幻想郷を守ることに貢献することが、俺の使命なのかもしれない。

 

 幻想郷を守ることは、自分はもちろん、大切な人たちとの生活を守ることに繋がる。断る理由はない。あとは、この人の話を信じるかどうか。

 

「……少し、考えさせてくれませんか」

「一週間以内に返事をもらえると嬉しいわ」

「分かった」

 

 その後、紫は藍を呼び出した。呼ばれた藍は、2本の刀を持って部屋に入ってきた。

 

「お前の刀だ」

「ありがとうございます」

「約束通り、博麗神社まで送るわ」

 

 藍から刀を受け取り、帰宅の準備を整える。

 

「祐哉、さっきの話は他言無用でお願いするわ」

「分かっています。……紫()()

 

 紫は少し驚いた様子を見せた後、僅かに微笑んだ。そして、スキマを生み出した。

 

「いい返事を待っているわ」

 

 俺は黙ってスキマの中へと足を踏み入れる。

 

 ───────────────

 

 桜の匂いがする。足元には石畳が、目の前には鳥居がある。

 

 ──博麗神社、懐かしいな。

 

「なんか、嫌だな。もうここは俺の家じゃない。いつもの拠点に帰りたい……」

 

 ずっと帰りたいと思っていたけれど、今更居場所はあるのか。どんな顔をして皆に会えばいいんだ……。

 

「やっぱいいや。やめよう」

 

 俺は、神社に背を向けて歩き出す。やっぱり、博麗神社にも白玉楼にも帰れない。

 

 そう思うと涙が出てくる。もう、自由になったのに、俺は独りなんだ。

 

「神谷くん?」

 

 全身に緊張が走った。突然前方に現れた少女と優しい声。俺にその呼び方をするのは……

 

「霊華……」

 

 天色の巫女服を見に纏った、大好きな女の子。俺は、この子にもう一度会うために今まで頑張ってきたのだ。

 

「神谷くん!」

 

 霊華が俺に抱きついてきた。戦闘時とは違った意味で心臓の脈が速くなる。

 

「おかえりなさい、神谷くん」

 

 霊華は目に涙を浮かべながらも屈託の無い笑顔を浮かべている。

 

 俺は、彼女の背に腕を回して力一杯抱きしめる。

 

「ただいま……霊華」

「うん、おかえり。待ってたよ」

 

 ──ああ、生きていてよかった。

 

 ──頑張ってよかった。

 

 ──また、霊華と会えてよかった。

 

「ずっと、会いたかった」

「私も……会いたかった」

 

 5分くらい抱き合っていただろうか。久しぶりの霊華分を充電していると、第3者に話しかけられた。

 

「あの〜お取り込み中悪いんだけど、続きは中に入ってからにしてくれない?」

 

 その言葉で意識が現実に戻ってきた俺たちは顔を赤くして離れる。

 

「あ、霊夢……。久しぶり」

「ん、久しぶり……じゃないわよ。要件は済んだんだって? 後で事情を話してもらうわよ。訳わかんないんだから、もう!」

 

 霊夢はそう言って境内を歩いていく。しばらく歩くと、思い出したように振り返ってきた。

 

「おかえり、祐哉」

「霊夢……ありがとう。ただいま」

 

 霊夢は再び歩き出した。

 

「霊夢も、心配してたんだと思いますよ。神谷くんが戻ってくるって言ったら、嬉しそうに宴会の準備を始めたんです」

「……宴会が楽しみなんじゃない?」

「それもあるかもしれないですけど……いや、私にはわかりますよ。あれはちょっとテンションが高いときの歩き方です! さっきまで普通だったから、神谷くんの帰りが嬉しいんだと思いますよ」

 

 霊夢博士か? まあ、そんなにいうなら「霊夢が俺の帰りを喜んでくれている」とポジティブに考えることにしよう。

 

「さ、私達も行きましょう」

 

 霊華はそう言うと、後ろから俺の背中を押して無理矢理歩かせた。俺は、そんな霊華の行動に心の中で感謝を述べ、背中を押してもらいながら建物に入っていく。

 




ありがとうございました。よかったら感想ください。

ついに祐哉が霊華の元に戻れました。今夜は宴です ∩(´^ヮ^`)∩ 

さて、紫の祐哉に対するこれまでの行動は、全ては彼を鍛えるため。そして、彼を鍛えることは幻想郷を守るためだったのです。所々で意味深な発言をしていたので、もしかしたら「紫は敵ではない」可能性に気づいた方もいらっしゃるかもしれませんね。

最後に、今更言っても説得力はないと思いますが……私は別に紫アンチではないです!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#104「おかえり」

「……結局、何も話せないと?」

「申し訳ないです」

 

 帰宅して速攻で風呂を済ませた俺は、居間で霊夢の尋問を受けている。

 

 俺が突然失踪した具体的な理由を求められたが、何処まで答えていいのか分からないため、黙るしかない。紫と戦っていたことくらい話してよさそうだが……。

 

「お邪魔するわ」

「──紫! 何しに来たのよ」

「そんな嫌そうな顔しないで、寂しいわ」

「アンタが来るときは厄介事を持ってくるときって決まっているのよ」

 

 紫が、しくしくと言って泣く。100%演技であることはこの場にいる全員が分かっている。

 

「霊夢が気になると思って、説明しに来たのに、帰ろうかしら」

「何の説明よ」

「今話していたでしょう。祐哉がこの半年間、どこで何をしていたのか」

 

 なるほど。紫が説明してくれるなら助かる。面倒な状況を作ったのは紫だ。あとは任せた。

 

「実は、私はこの半年の間、彼に稽古をつけていたのよ」

「どうしてアンタが? 訳も話さずに出て行った理由まで説明してくれる?」

 

 あれ、霊夢さん怒ってる? 

 

「半年前、幽々子に会いに白玉楼へ行ったのよ。そのとき、暇つぶしに彼と弾幕で遊んだの。結果は私の圧勝。強くなりたかった彼は、私に稽古をつけて欲しいと依頼してきたの」

「ふーん?」

 

 霊夢は、俺の目を見てきた。

 

 ──やべえ、誤魔化すっきゃねぇ

 

「あのときは本当に悔しかったんだ。白玉楼での努力がまるで無かったように感じた。だから、強い奴に協力してもらえばもっと強くなれると思って頼んだ」

「なんでそんなに力に固執するのよ」

 

 深堀しないでくれ。嘘なんだよ。

 

「それは……恥ずかしいから言えない」

「……ははーん? そういうことね。わかった。ならこれ以上は聞かないわ」

 

 霊夢は、隣で座っている霊華を見てニヤリと笑った。

 

「で? どうして何も説明しなかったわけ? 別に祐哉がどこに行こうたって構わないけど、行き先くらい言いなさいって言ったわよね?」

「ふふ、霊夢ったらまるでお母さんみたいね」

「茶化さないでくれる? ずっと一緒に住んでた人が突然居なくなったら気になるでしょ!!」

 

 それはごもっともだ。

 

「主に霊華がね」

「ふぇ……? 私!?」

 

 不意打ちを食らった霊華が惚けた声を出した。

 

「祐哉が居なくなってから、暫く元気無かったじゃない」

「や、止めてよ霊夢」

「……申し訳ございません。修行中は、霊夢達を含めた俺の友達には会わないというのが、紫との約束だったんだ」

 

 おい紫、納得のいく説明を頼むぜ。

 

「当然ですわ。人間、追い込まれた方が成長するもの。それは霊夢も経験済みではなくて?」

「それは……そうだけど……」

 

 霊夢にも心当たりがあるようだ。博麗の巫女になるまでの過程や、これまでの異変解決で修行をしたのだろう。霊夢はあまり修行をしないが、流石に全くしてこなかったわけではないと思う。

 

「わかった。でも、今度また何も言わずに失踪したらそのまま出禁よ」

「──!? それは困る!」

 

 ──霊華と一緒に住めなくなってしまう! 

 

「何よ、またやる予定でもあったの?」

「……今のところないけど」

 

 それならいいじゃない。と言って、霊夢はお茶を啜った。

 

「さて、そろそろ始めようか」

 

 霊夢は、もうさっきの話は忘れたというかのように話題を変えた。俺は、徐ろに立ち上がった霊夢に対して怪訝に思い、一体何を始めるのか問う。返ってきたのは、彼女のウインクする姿とどこかワクワクしているような口調による言葉だった。

 

「決まってるじゃない。祐哉が帰ってきたお祝いの準備よ」

 

 ───────────────

 

 神社の境内で、「乾杯」という掛け声が響いた。それを合図に、宴会が始まる。今回の宴会は、境内に敷いた御座の上にいくつかのテーブルを置いて、自由に席につく形式だ。折角桜が綺麗に咲いているので、折角だから外で宴会を行うことになった。参加メンバーは、俺、霊夢、魔理沙、霊華のいつもの4人組に加え、紅魔館と白玉楼の皆だ。他には、博麗神社にいつも居る狛犬のあうんと、仙人の華扇がいる。俺のことをずっと心配してくれた人を集めたということもあり、宴会が始まる前から俺は大人気である。

 

 まず、紅魔館の住人は、俺の失踪を知っていたが、お尋ね者になっていることは知らなかったようだ。それもそのはず、紫は俺をお尋ね者として吊し上げると言っていたが、あれは嘘だったのだ。そのため、彼女達の目には「長いこと音信不通だった人」というふうに映っているようだった。その証拠に、レミリアには「あまり友人に心配をかけるものではないわよ」と嗜められた。

 

 続いて白玉楼だが、幽々子からは「久しぶり。元気だったみたいね」という不思議な挨拶をされた。元気だったみたい、とは一体どういうことなのだろうか。まあ、それは置いておくとして、妖夢からは「無事で良かった。心配したよ」と言われた。何らかの事情があることを知っていた妖梨からは、「終わったんだね。お疲れ様。霊力を見れば、君が一層強くなったのがわかるよ」と言われた。そのときの妖梨はなんだか嬉しそうだった。最後に、叶夢だ。コイツには一発ぶん殴られた。修行の成果もあり、反射的に霊力を纏うことでガードに成功した。しかし、叶夢の方も霊力を込めたパンチを繰り出してきたこともあり、普通に痛かった。

 

「祐哉はさ、いつ白玉楼に戻るの?」

「えっ?」

 

 妖梨の突然の言葉に素っ頓狂な声を出してしまった。俺は、妖梨の杯に酒を注いでいた。人数も少ないことだし、これからみんなの酒も注いで回ろうかと考えていたとき、いつ帰ってくるのか尋ねられたのだ。

 

 答えに詰まったからか、隣で聞いていた叶夢が口を出してきた。

 

「まさかとは思うが、帰ってこないつもりじゃ無いだろうな?」

 

 ──俺の帰る場所って、二箇所もあるんだな。ありがたい。しかし……どうしたものか。

 

「うーん、迷ってるんだよね。白玉楼で久しぶりに皆で修行したい気持ちもある。でも、博麗神社で霊夢や魔理沙、霊華とも一緒に過ごしたいんだよね」

「よし、祐哉。お前は暫く神社に居ろ」

「うん、それがいいよ」

 

 叶夢は、俺が本音を告げると、神社で過ごすことを提案した。正直、意外だ。こいつのことだから問答無用で白玉楼に連れ戻すと思ったんだけど。叶夢の言葉に対し、妖夢と妖梨も頷いている。「意外だ」という気持ちが表情に表れていたのか、叶夢は俺の肩に腕を回して耳元で話しかけてくる。

 

「霊華ちゃんの側に居てやれよ。ここだけの話、お前が居なくなってからずっと落ち込んでたんだよ。なんつーか、思い詰めているような感じだった」

「そう……なんだ。ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうよ」

「気にすんなよ。……さて、俺はあそこに居るメイドさんに話しかけてこようかな!」

 

 叶夢はそう言って席を立ち、レミリアの隣にいる咲夜の元へ向かおうとする。ナンパでもするのだろうか。別に構わないが、俺はある一言を言うために呼び止める。

 

「──叶夢」

「お? どした」

「……ごめんな。迷惑とか、心配とか掛けたし、あのとき思いっきり八つ当たりした……。本当にごめん」

 

 叶夢は、俺がどんなに八つ当たりをしても、最後まで白玉楼に連れ戻そうとしてくれた。俺の帰りを待ってくれている人がいると言うことがわかって、救われた部分もあった。だが、差し伸べられた手をとることが許されない状況に苛立ち、辛く当たってしまった。そのことを思い出して独り罪悪感を感じることもよくあった。

 

「さっきの腹パンで勘弁してやるよ。お前には特別な試練が与えられていたって、幽々子さんから聞いたぜ。だから、別にいい。それより、今度俺と勝負しようぜ。この前の俺よりも何倍も強くなってることを見せてやる」

「そうか。俺もあれから強くなったからね。あの妖刀を細切れにしてやるから覚悟しな」

 

 俺達は、互いの修行の成果を見る日が楽しみになり、自然と笑顔を浮かべていた。

 

 ──あ、俺、今笑ってる気がする

 

『多分、笑えてないですよ』

 

 ──何でそんなこと言うんですか? 

 

『貴方、この半年間で一度も笑ってないですからね。表情筋が衰えています』

 

 確かに、最後に笑ったのはいつだったか思い出せない。常に苦しい表情をしていたのかもしれない。本当に辛かった。でも、そんな日々でも希望を失わずに頑張れたのは、アテナのお蔭だ。

 

 ──アテナ、支えてくれてありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

 

『どういたしまして。本当に、よく頑張りましたね。勿論、これからも支えていきますよ』

 

 ───────────────

 

 宴会が始まって数時間経ち、参加者は皆沢山飲んで出来上がってきた頃だ。一時は、宴会が始まってから再会した魔理沙に絡まれていた。いつもよりも飲むペースが早く、ベロンベロンになった魔理沙は、俺の背中をバシバシと叩きながら色々と説教した。長々と話していたが、記憶に残っているのは一つだけ。「せぇ〜かく私が狸を捕ってきたって言うのにさ〜? いなくなっちまったもんだからさ〜あ? そりゃないぜお前って訳よ。な〜わかるか〜?」と言うセリフだ。会話ではない。俺が返事をする前に別の話題に移ってしまい、ベラベラと話し続けるものだからあれは会話ではないのだ。残念なことに、後半は何を言っていたのかよく分からなかったし、「いい加減背中痛いなぁ。叩く力が地味に強いんだよな。霊力使おうかなぁ」と考え事をしていたため話の内容を覚えていない。因みに、話すだけ話した魔理沙は早々に潰れ、霊華に介抱されている。

 

 ──今日結局霊華と全然話せてないな……

 

 でも、今は魔理沙の介抱してるしなぁ。厠案件だから俺が手伝う訳にもいかないし……などと考えていると、よく知っている妖力を感じた。この妖力は、感知が不得意な俺でもわかるようになった。あと、妖力感知は日々の修行で多少身につけることに成功した。

 

「そんなに警戒しないでよ。もう敵じゃないんだから」

「条件反射で妖斬剣を作って刺すところだったのを堪えたので褒めて欲しいですね」

 

 妖力の正体は、紫だった。俺の返しに対して「おっかないわねぇ」と言いながら隣に腰掛けた。

 

「久しぶりの宴会は楽しんでいるかしら」

「……シャバの空気は美味いな、という思いが強いですね」

 

 懲役半年で牢にぶち込まれていたようなものだ。この表現も案外しっくりくる。

 

「さっきはどうも。何処まで話していいものか分からなかったんで、助かりました」

「まあ、あのくらいはね」

「……例の件ですが、大事なことを聞いてなかったですね。仮に協力するとして、具体的に俺は何をすればいいんですか?」

 

 例の件とは、当然紫が話していた異変のことだ。

 

「新米妖怪との接触と説得、場合によっては抹殺……さらに、奴ら(研究所)の捜索かしら。私の目的は、「新米の妖怪にルールを守らせること」。だから、従うなら幻想郷に受け入れるつもりよ。でも、従わないならやむを得ない」

「なるほど。だから俺が適任ってことですね。俺も霊夢のように、妖怪を効率よく始末することができるから」

「そう。貴方が私を滅するために作ったアレは最高の物よ。それに貴方は、妖怪を殺すことに躊躇しない。秘匿情報の管理もできる。他に適任はいないわ」

 

 妖斬剣なら、簡単に妖怪を消滅させることができる。さらに、創造の力で無数に作り出すことができる。紫の言うことは腑に落ちた。因みに、殺すことに躊躇しないのは、明らかにクズな妖怪が相手のときのみだ。つまり、紫は正に滅されるべき対象だったわけだ。

 

「その妖怪って、どのくらいいるんですか? いくらなんでも人手が足りないと思うんですけど。向こうの生産速度の方が早かったら無駄ですよね」

「そう、人手が足りないのよねぇ。藍と橙も動かしているのだけれど……。貴方の使い魔にあの刀を作らせることはできないの?」

「弾幕として……ですか。使い魔は創造の力を持っていないから刀状にはできないです。でも、同じ効力を持った弾幕を撃つことはできますよ。雑魚相手なら使い魔で対応できそうですね。各地にばら撒きましょうか」

「できそう?」

 

 使い魔に与えられる機能の最大数が決まっているが、足りるだろうか。また、研究所が排出する妖怪のレベルが分からないので、これで解決できるのか分からないからなんとも言えない。使い魔が手に負えないレベルだと無理だ。

 

「使い魔を用意するのは可能だと思います。ただ、効果があるかは試すしかないですね。動くなら早めの方が良さそうです」

「報酬は十分に支払うわ。貴方が幻想郷で5回人生を遊んで暮らせるくらいに。それと、必要なら私からの支援も惜しまない」

「休暇は? 有給はちゃんと取れるのでしょうか。とても気になります」

 

 そう言うと、紫は笑い出した。

 

「それ、外の世界での就活で聞くと人事にドン引きされるわよ」

「詳しいですね。別に、俺はこの仕事をやりたいわけじゃないんで、ブラックなら断るだけですが」

「弊社は歩合制。成果が出せるならいくらでも遊んで構わない。ああそれと、貴方の二つ目の能力のことだけど。あれは簡単に使えるものなの?」

「…………? いや、相当強く念じないと使えない制限がありますよ。その制限がなかったら、とっくの昔に貴女の存在を消滅させてますから」

「そう。気持ちの問題で発動できるかどうかが決まるのね。それなら念の為、すぐに使えるように訓練してもらいたいわ」

 

 なんだって? 使用を禁止してくるわけではなく、すぐに使えるようにすると? 

 

「いいんですか? 真っ先に貴女を消すかもしれないし、幻想郷を支配するかもしれないですよ」

「その心配はいらないわ。私にその力は通用しないもの」

 

 紫は、衝撃的なことをあっさりと言い放った。

 

 ──ハッタリか? 支配の力は多分、相当凄い神様から借りているものだと思うんだが。まさか、境界を操る力は、神の力をも破るというのか? 

 

「それに、霊華がいる限り幻想郷を裏切ることはないでしょう」

「いや、この能力がある限りいくらでもやりようはあるんですけどね」

「大丈夫。貴方は、私が数多くの候補の中から選んだ人材なのだから。貴方は幻想郷に危害を加えないと断言できるのよ」

 

 些か論理性が欠けていると思うが、紫のことだ。言わないだけで、確かな根拠があるのだろう。この能力を口実に始末されようとしていたときと逆の状況になったこともあり、困惑しているが、信じてくれるなら俺も助かる。

 

 ──それでも、用心するに越したことはない。

 

「わかりました。何か気に食わないことがあったら俺は貴女を消します。それでいいなら協力しますよ」

「ええ、そのときは私も貴方を始末します。どうか、そんなことが起こらない事を願って──」

 

 紫はそう言って、杯をこちらに向けた。

 

 俺は盃を重ねることでそれに応える。

 

「──乾杯」

 




ありがとうございました。気が向いたら感想ください。

全国の祐哉✖︎霊華ファンの同志よ。静まれ……
明日は二人がメインになります!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#105「大好きだよ」

お待たせしました。

楽しんでいってください!




「うーん……悪いな、霊華」

「ううん。気にしないで。それより、大丈夫?」

「ああ、お蔭さまでちょっとはマシになったぜ」

 

 私は、吐くほど酔い潰れた魔理沙を神社の縁側で介抱している。酔いを落ち着かせるため、水を沢山飲んだ魔理沙はまだ酔いが覚めていないが、吐き気は落ち着いたようだ。今、魔理沙は頭痛と戦っている。

 

 魔理沙は、お酒に強い方だ。少なくとも私よりは強い。普段の魔理沙ならばここまで酔い潰れることはない。しかし、今日は神谷くんが戻ってきた御祝いということで、お酒の提供者である華扇さんと霊夢の3人で酒飲み対決を行ったのがまずかった。因みに、この対決に主役の神谷くんがいないのは、彼が彼女達の誘いを断ったからだ。幸い、彼女達にもアルコールを無理強いするつもりはなかったようで、対決は3人で行われた。

 

 華扇さんが持ってきてくれるお酒は、いつも度数が高い。そんなお酒をグビグビとハイペースで飲めば、当然潰れる。

 

 ──何やってるんだか……って感じだけど、きっと魔理沙も神谷くんの帰りが嬉しいんだろうな

 

「くか〜 ふー」

 

 少量のお酒を飲んだ私は、少しぼーっとしていた。ふと、隣から寝息が聞こえて視線を向けると、魔理沙が寝ていた。

 

 私は、部屋から毛布を持ってきて彼女に掛けてあげる。

 

 ──今日、あんまり神谷くんと話せてないな……

 

 折角帰ってきたのに。

 

 彼に話し掛けようとすると、いつも誰かと話し込んでいて声を掛けられない。積もる話もあるだろうし、仕方ない。

 

 今、神谷くんは華扇さんとお話をしている。彼女は霊夢と魔理沙との酒飲み対決に勝ったらしい。霊夢は机の上で気持ち良さそうに寝ている。

 

 私は、寝ている魔理沙の横で一人お酒を飲む。別に、他の人と会話をすればいいのだが、今は神谷くんのことしか考えられない。

 

 ──酔っているからかな……

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 取り敢えず、一通り皆と話せたかな。半年ぶりの再会ということもあり、いつもよりも長く話し込んでしまった。これで漸く霊華と話せる。

 

 ──霊華は何処だろうか。おや? 

 

 彼女は、神社の縁側に座ったまま俯いていた。どうやら寝ているようだ。彼女の隣には、魔理沙が横になっている。そういえば、霊夢も気持ち良さそうに寝ている。自機組は皆おねんねか。

 

 俺は、霊華が寝ている縁側まで歩く。

 

 ──話したかったけど、寝ているなら後にしよう

 

 そう考えて、ブランケットを創造して彼女を包むように掛けてあげる。

 

「ん……あれ〜?」

「おわ、ごめん、起こした?」

 

 酔っていて舌が回らなくなっているようで、「あれ?」というより、「はぇ?」に近い反応を受けた。

 

「わたし、寝ちゃってたんだ」

「布団敷いてこようか?」

「ううん。へいき。ありがとう」

 

 まだ眠そうな霊華はまったりとしている。

 

「ねえ」

「ん?」

「こっち、来て?」

 

 霊華は、手で自分の横をポンポンと叩くことで、隣りに座るように促してきた。俺は、お言葉に甘えて隣に座る。

 

「やーだ。なんでそんなに遠いの? もっとこっち来てよ」

「ええ……」

 

 そう言われて少し距離を縮める。幅は30cm程まで近づいたが、まだ足りなかったようで霊華の方から近寄ってきた。

 

「おお、めっちゃ近いじゃん」

「いや?」

「嫌じゃないよ」

 

 まさかのゼロ距離。むしろ嬉しいです! 

 

「かーみやくん」

「んー?」

「ありがとう」

「へ?」

 

 唐突にお礼を言われた。よく分からない。

 

「いつも危ないときに助けてくれてありがとう」

「あー、そういえば結構頻繁にピンチに陥るよね。たまたま俺が駆けつけたときでも結構な回数あるし、日常的に妖怪に襲われてるの?」

「ううん。気配を察知できるようになってからは、妖怪がいるところに近づかないようにしてるんだ。だから最近は襲われないよ。どうしてかな、私がピンチになると駆けつけてくれるのは、いつも神谷くんなんだよね」

 

 そうなんだ。てっきり、霊夢や魔理沙にも助けられているものだと思っていた。

 

「助けてくれるときの神谷くんって、凄くカッコいいんだよね」

「え!? ん? ええっと……それは吊り橋効果ってやつじゃない?」

「そうかな。だとしても、もう手遅れだよ」

「何が?」

「やだ。ひみつ」

 

 なんやねん。

 

 酔っている霊華はよく分からない。

 

 ──だが、可愛い! 

 

「私、助けてもらってばかりだなぁ」

「そんなことないよ」

 

 霊華は、依然としてまったりとしながら首を傾げている。

 

「俺だってこの半年間、霊華が居なかったら頑張れなかったよ」

「え……? 私、何もしてないよ」

「……俺は、今日この日を迎えるまで何度も挫けそうになった。独りで寂しいし、理不尽な強さを持つ妖怪と沢山戦って、正直怖い思いを沢山してきた。でも、俺はその度に霊華のことを思い出してたんだよ。だから、頑張れた」

「そうなの?」

「そうなの」

「そっか。えへへ……力になれたなら良かった」

 

 霊華は、俺の言ったことを完全には理解していないだろう。事情を詳しく伝えていないから仕方ない。だがそれでも、霊華は嬉しそうに笑った。

 

 ──本当に、霊華には何度も助けられた。

 

 霊華が、生きる希望だった。元々、剣の修行を始めたのも彼女を守る力を身に付けたいからだった。そのためなら、辛い修行も耐えられた。そのくらい大きな存在だったため、霊華との関係が悪くなったときは本当に辛かった。頑張る理由を失ったのだ。その後、霊華と再会していなければ、俺は間違いなく藍や紫に勝てなかっただろう。「霊華が帰りを待ってくれている」という事実が、俺を再び走らせてくれた。それでも、藍と紫は非常に強く、正直勝てる気がしなかった。だがそんなときこそ、彼女のことを思い出し、「ここで勝って、必ず霊華と再会するんだ」という目的を叫んできた。そうすることで、自然と力が漲った。だから、俺も霊華に助けられてきたのだ。

 

「神谷くん、ちゃんとお酒飲んでる?」

「んー、少しは飲んでるよ。あんまり飲むと眠くなって人と話せなくなるからセーブしてるけど」

 

 俺は酒に弱い。少し飲んだだけで頭が痛くなるか、眠くなってしまうのだ。

 

「もうじきお開きだろうから、一緒に飲もう?」

 

 霊華は、そう言って立ち上がると、皆がいる机から徳利を持ってきた。

 

「どうぞー」

 

 霊華が俺の盃に酒を注いでくれる。その後、俺も彼女の盃に酒を注ごうとするが、さっき注いだばかりだったようで、このままでいいと言う。

 

「それじゃあ改めて、神谷くんの帰りを祝って、かんぱーい」

「乾杯」

 

 俺達は同時に酒を口にした。

 

「ん"っ!?」

「ほぇ?」

 

 ──おいおい、これってまさか……

 

 口に含んだ瞬間に分かる。度数高いやつじゃん。飲み込む前からアルコールの匂いが鼻まで届く。味も苦いというかなんというか、形容しがたいのだが、ヤバいということだけはわかる。勇気を振り絞って飲み込むと、喉が焼けるように熱くなる。そして、一気に逆上せたように頭も熱くなる。さらに、僅かな目眩もする。

 

「うげぇ……これ、華扇さんが持ってきたやつじゃない?」

「本当? ……間違えちゃったみたい。ごめんね」

 

 この宴会には、2種類の酒が用意されている。1つは、俺のように酒に強くない人が嗜む程度の酒。もう一つは、華扇が持ってきたアルコール度数がエグい酒だ。さっきまで俺達が飲んでいたのは前者。そして、今飲んだ酒は後者である。

 

 2種類の酒が混ざらないよう、徳利の種類も分けていた。だが、既に出来上がっていた霊華はそれを確認することを忘れ、間違えてこの酒を持ってきたのだろう。

 

「ま、まあ、明日も休みだし潰れても平気かな……」

 

 まずい。一気にボーっとしてきた。飲んだものがものなので、俺が弱すぎるからなのか、度数が高すぎるからか分からないが、既にクラクラする。

 

 俺は盃を置いて、霊華と雑談をする。少し話すと急に睡魔が訪れ、最早話が入ってこなくなってしまった。

 

「か、かみやくん」

「んあ?」

「顔真っ赤だし、少し横になった方がいいよ」

「んー、今めっちゃ眠い」

「ほら、こっちにおいで」

 

 霊華に袖を強めに引っ張られた。平衡感覚さえ曖昧になっている俺は容易にバランスを崩し、倒れてしまう。硬い床にぶつかると思ったが、実際は少し柔らかいクッションに受け止められた。目の前には、霊華の顔が見える。

 

 ──膝枕? 

 

「ゆっくり休んでね」

 

 霊華はそう言うと、優しく俺の頭を撫でてくれる。それについて何かを思う前に、入眠した。

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 私は、神谷くんに強めのお酒を飲ませてしまった。もちろん、わざとではない。2種類のお酒が混ざらないように徳利を分けていたのに、そのことを忘れて適当に持ってきてしまった。みるみるうちに顔を赤くし、酔っていく彼を見ると、「やってしまった」という罪悪感が徐々に高まっていった。そのお蔭で酔いが覚めてきた。

 

 私は、完全に酔いが覚める前に思い切って膝枕をしてみた。神谷くんが酔っていたこともあり、驚く程簡単にできた。

 

「可愛い」

 

 私の膝の上で寝ている彼の顔を見て、無意識に呟いてしまった。私を助けてくれるときの彼は、凛々しい表情をしていてとてもカッコいい。今の寝ている彼にその面影はなく、すやすやと寝る普通の青年だ。

 

 私は、彼の頭を優しく撫でる。心地良さそうに寝ている彼を見ると、いつまでもこうしていたいと思ってくる。

 

 暫く続けていると、誰かが歩み寄ってきた。そちらに目を向けると、紫さんがいた。

 

「少しいいかしら」

 

 私が頷くと、紫さんは隣に腰を下ろした。隣に居ると改めて感じる底知れぬ妖力。高い気品。少し気圧されて萎縮してしまいそう。紫さんを相手に堂々としていられる霊夢と魔理沙は凄いと思う。

 

 紫さんは、私の膝の上で寝ている神谷くんを見てから話しかけてきた。

 

「単刀直入に尋ねさせてもらうけど、貴女は彼のことをどう思っているの?」

 

 彼というのは言うまでもなく神谷くんのことだろう。

 

「えっと……大切な友達です」

「それだけ?」

「………………好き、です」

 

 本人に聞こえそうな状況でこの発言をするのは勇気が必要で、言葉を捻り出すのに時間がかかった。

 

「彼のどんなところが好き?」

「沢山あるんですけど、例えば強いところとか。力という意味での強さじゃなくて、自分より格上の妖怪が相手でも立ち向かえるという意味で強いんです。──それと、向上心を持って物事に取り組むところが好きです。あとは、優しいところですかね。神谷くんって、敵には容赦しない人だけど、仲間には凄く優しいんです。──あと、私が危ないときはいつだって神谷くんが助けてくれるんです。その場にいないのに、いつも駆けつけてくれる。そのときの神谷くんは凄くカッコよくて、思い出す度に胸がキュンとします。他には──」

「──ふふ、ありがとう。もう大丈夫よ?」

 

 しまった。気付いたら語ってしまった。

 

 私が紫さんに謝ると、彼女は首を横に振った。

 

「貴女がとっても彼を好いていることが伝わってきたわ。彼は幸せ者ね」

「そうでしょうか」

「ええ。それは勿論。こんなにも一途な人に愛されているのですから。「顔がいいから」であったり、「剣術の腕が立つから」でなくて良かったですわ」

「その2つも好きですよ?」

「そうだとしても、貴女は別の要素を取り上げた。それはきっと、真に彼を愛している証拠でしょう」

 

 あ、愛してるだなんて……。

 

 紫さんの言葉を聞いて恥ずかしがっていると、彼女は満足気に頷いた。

 

「やはり、貴女がいなければこの子はダメになっていたでしょうね」

「さっき、神谷くんも言ってくれました。そんなに大変な修行だったんですか?」

「──確かに私は、彼に修行をつけていたわ。けれど、彼にはそのことを言っていなかったの。彼が孤独になるように仕向けたのは私だから」

 

 私は言葉を失った。何か、宴会の前に聞いた話と違う気がした。

 

「ああ、貴女と彼が仲違いした原因に関しては私は関与していないわ」

「どういうことですか」

「あなた達が仲違いをした後、私はそれを利用して彼を独りにさせたの。幻想郷から追放すると言ってね。彼の()()()()()の能力は知っているでしょう? それを利用したの」

 

 もうひとつの能力……確か、『全てを支配する程度の能力』。それを利用したということは、神谷くんが懸念していたことが本当に起きてしまったのだろうか。

 

「あの力は幻想郷を管理する者として見過ごせるものではなかった。未熟な者が大それた力を持っていては危険すぎる。尤も、未熟でなくてもそうだけど。……だから、排除することを検討した」

 

 私は、気づいたら膝の上に眠る神谷くんを寝かせたまま抱き寄せていた。

 

 排除するということは、殺害、或いは外の世界への帰還。何にせよ、そんなのは嫌だ。そういう気持ちが無意識下に行動に出ていた。

 

 考えているうちに不安になった私は、酔いも覚めてきた。

 

「でも、少し気になる事ができてね。その調査のためには霊夢よりも彼の方が向いていると思った。だから私は彼を生かすことにした。不届き者に利用されないよう、強く鍛えることを条件にね」

「じゃあ、神谷くんが倒したかった人って、紫さんだったんですか?」

 

 紫さんは首肯したあと、のんびりと語り始めた。

 

「十中八九そうでしょうね。この子には、貴女と一緒に居られないのは私のせいだと思わせていたから。祐哉は、貴女と平和に過ごしていた日々を取り戻すために鍛えていたの。私を倒し、自由となることで、博麗神社(ここ)に帰ろうとしていた」

 

 一通り語り終わった紫さんは、お酒を口にする。

 

 やっぱり、自分探しの旅なんかじゃなかったんだ。さっき聞いた、話も何か違和感があった。神谷くんは、紫さんを倒そうとしていた……。

 

「戦いはどうなったんですか?」

「どう思う?」

「恐らく、神谷くんが勝ったから戻ってきたのだと思います。ただ、いくら神谷くんでも厳しそうだな、と……」

「半年前はそうね。奥義を回避できるレベルまで育てば合格にする予定だったのだけど、彼のやる気は凄まじいものだったわ。人間相手にあれ程までに力を使ったのは久しぶりね」

「そんなに……」

 

 紫さんは、どこか楽しそうに語る。

 

「私の想像を上回る成長を遂げることができたのは、貴女の存在が大きいと思うの。だから、貴女には真実を話すことにした。ここまでの話は内密にね? ──彼は、これからも困難に立ち向かっていくと思う。そんなときでも、貴女だけは傍にいてあげて欲しいわ」

「私でよければ……」

 

 私がそう言うと、紫さんはクスリと笑った。

 

「これは貴女にしか務まらないのよ。──さて、邪魔してごめんなさいね。夜はまだ長い。続きを楽しんでね」

 

 紫さんはそう言って席を立った。

 

「神谷くんは、私がそばにいたら喜んでくれるかな……。そうだといいな……」

 

 半年前、神谷くんに好きな人がいると知った。半年の辛い修行の中で、恋心に変化が起きているだろう。確実に、恋をしている余裕はなかっただろうから。

 

 もし、神谷くんに好きな人がいるなら、彼のそばに居るべき人はその人だ。

 

「私じゃない……」

 

 そう呟くと、胸が苦しくなった。

 

 神谷くんが戻ってきたら、思い切って想いを伝えてみようかと思ったこともあった。けれども、やっぱり怖くて言えない。伝えたとき、申し訳なさそうに「他に好きな人がいるんだ」と言われたら、私は立ち直れる気がしない。あっさりと諦めるには、好きでいる時間が長すぎた。

 

「苦しいなぁ……。生き物の気持ちは分かるのに、何で人の気持ちは分からないんだろう……。神谷くんの好きな人が分かったら、少しは楽なのに……」

 

 この考えは間違っている。それは分かっているつもりだ。人間誰しも、人が心の底で考えていることなど分からない。だから、我々は様々な言動から互いの気持ちを確認し合うことでコミュニケーションを図っている。でも、私のように人間以外の生き物の声を聞く力があると、欲張りな気持ちも芽生えてしまう。

 

「──私は臆病者だから、面と向かって言えないけど……」

 

 気付くと私は、神谷くんを独り占めするように抱きしめていた。

 

「……大好きだよ」

 

 どうか、この声が届かない(届く)ことを願って、私は想いを伝えた。




ありがとうございましたぁ!!!  良かったら感想ください!

くそっ……じれってーな。俺ちょっとやらしい雰囲気にして来ます!!

もう付き合っちゃえよ……。

霊華は、自分ばかりが助けられていると思っていましたが、実はそうでもないんですよね。ここまで彼の行動を見ている皆さんならお分かりだと思いますが、彼はしんどい時こそ霊華のことを思い出していました。お互いになくてはならない存在なのです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.1章 幻想郷を震わす者 〜Destiny rewriter〜
#106『vs紅美鈴』


どうも。今回からまた話が進みます。

楽しんでいってください!




 私と手合わせしていただけませんか。という、中華風の人からの一言を受け、俺は「うわぁ」という嫌そうな返事をした。本当に、幻想郷には血の気の多い妖怪が多い。

 

 遡ること数時間。俺は、久しぶりに紅魔館へ挨拶しに行こうと思い立った。そして今、紅魔館に着くと門番の紅美鈴が珍しく起きていて、館内に通してもらおうとしたら手合わせしようと声をかけられたのだ。

 

「……なぜ?」

「暫くお会いしないうちにかなり強くなったみたいですね。お嬢様方から伺っています。私も貴方の成長に興味があるのです」

「なるほど。美鈴さんにもお世話になっていますからね。わかりました」

 

 また霊華を人質にされたら面倒だし、それに格闘戦ができる人と本気で戦うのも面白い。

 

「──というわけで博麗さん。悪いんだけど、3面ボスと戦わせてくれる?」

「はい。私は横で応援してますね」

 

 満面の笑みで応援してくれた霊華の期待に応えるためにも、頑張ろう。

 

「ルールは、弾幕、打撃ありで10分間の勝負でどうですか」

「分かりました。それでいきましょう」

 

 俺たちは、互いに構えを取る。美鈴が打ち上げた石が地に着いたとき、闘いが始まった。その瞬間、目の前が色鮮やかな弾幕で埋め尽くされる。それに対し、俺は弾幕の隙間を見切って躱す。一方で、俺も開始と同時に刀の弾幕を放っていた。美鈴も危なげなく隙間を縫っている。初めはお互いに様子見をする形で終わった。

 

 互いの弾幕が消えた後、美鈴が俺の方へ一直線に向かってきた。俺は、抜刀術で彼女に斬り掛かるが空振りに終わる。

 

「こっちですよ」

「あざす」

 

 俺の後ろに回った彼女に話しかけられる。だが、彼女の動きは目で追えていたため、言われる前から気づいていた。形式上の感謝を述べながら後ろに斬り掛かると、驚くような光景が目に入り込んだ。

 

 ──俺の斬撃を、拳で止めただと? 

 

「……流石、メイド・イン・チャイナの拳は硬いですね。傷もつかないとは」

「貴方の刀も相当な業物ですね。私の拳で折れないとは。やはり、刀を正面から折るのは難しいですね」

「遠慮なく折っていいですよ。代わりはいくらでもあるんで」

 

 俺達は一旦距離を置いて体勢を立て直すと再び近接戦に移る。美鈴は、俺の数々の斬撃を難無く捌いてみせる。

 

 ──中々有効打を打てない。どうにかして隙を作りたい。

 

 俺は、縮地を使って瞬時に後退し、宙に創造した数本の刀を飛ばす。その後、美鈴がその刀を捌いている隙にもう一度接近し、上段から斬り降ろす。

 

「──ハッ!!」

「嘘だろ……」

 

 美鈴は、俺が刀を振り下ろす速度に対応し、振り下ろされている刀を横から殴りつけたのだ。刀は横からの衝撃に弱いこともあり、容易に折られた。

 

 ──なんという速さ! 久しぶりに人間と妖怪の格の違いを見せられた……。すげぇな

 

 刀を折られても楽観的になれるのは、この能力があるからだ。

 

「──創造」

 

 俺の手に握られた刀は、何事もなかったように元通りになった。

 

「あれ? 祐哉さんって、物を直せるんでしたっけ?」

「いや、折れた刀を消して、新しいものを持ち替えたんです。マジシャンに向いてると思いませんか?」

 

 さて、もう少し頑張らないと最悪死ぬかもしれない。

 

「霊力を身体に纏いましたか。なるほど、確かに強くなっている。でも、可能ならもう少し纏う量を増やした方がいい。身体に穴が開きますよ」

「こっわ……。殺さないでくださいよ?」

「それならもう少し本気で来てください。まだ余裕があることは、『気』で分かりますよ」

 

 ──なるほど。手を抜いているつもりはなかったが、彼女の言う通りだ。

 

 俺は、美鈴の忠告に従ってさらに霊力を纏い、中段の構えを取る。

 

「お言葉に甘えて本気出しますね。──神速『九頭龍閃』!」

 

 膨大な量の霊力を込めた踏み込みから爆発的な加速が生まれ、神速で肉薄する。その勢いを最大限に生かし、同時に九方向からの斬撃を繰り出す。

 

「──くっ!」

 

 驚いたことに、九つのうち(しち)の斬撃まで弾かれた。全く同時に放たれる斬撃であるのにも拘わらずだ。

 

「これを食らって全く吹き飛ばないってやばくないですか?」

「鍛えているので、このくらいは。それにしても、ほぼ同時……いや、今の斬撃は完全に同時に繰り出されましたね。貴方も十分に凄い」

 

 俺の場合は、八つの刀を創造して飛ばしているので何も凄くないが、それは伏せて、褒め言葉は有難く受け取っておくことにする。

 

「今度は私の番です」

 

 美鈴が正拳突きを繰り出した。たったそれだけ。目で追える速さの拳だが、俺は本能的に恐怖を覚えた。

 

 ──創造! 

 

 俺は、殴られる前に分厚い盾を創造して身を守ることに成功した。拳が当たった盾から鈍い金属音が響く。

 

 ──危なかった。盾は作らないと決めていたけど、モロにくらったら死ぬ気がした。

 

「盾、ですか。いい物を見せてあげます」

 

 美鈴はそういうと、音を立てて息を吐き始めた。

 

 ──アレは何かの呼吸法だ。また嫌な予感がする。

 

「ハッ!」

 

 美鈴が叫んだ瞬間、盾が粉々に弾け飛んだ。強い衝撃波が発生し、盾の後ろにいた俺も大きく吹き飛ばされる。

 

「げふっ」

 

 ガードが遅れた俺は吹き飛ばされ、地面に伏す。少し受け身をとるのを失敗したため頭が痛い。それに、身体中が痺れている。

 

「だ、大丈夫ですか! すみません、やりすぎてしまいました……」

 

 美鈴は慌てたように駆け寄ってくる。

 

「──らえ……」

「なんですか? 意識はありますか?」

 

 心配してくれてるところ悪いが、勝負はまだ終わっちゃいない。

 

 霊華の手前だ。かっこ悪い所を見せる訳には行かねーだろ! 

 

 やってやる! 

 

「──祓え! 妖斬剣!!」

 

 俺は、身体の痺れを堪えて強引に妖斬剣を振る。

 

 美鈴は、それを紙一重で避けた。

 

「くっそ……流石ですね。不意打ちは効かないか」

「……その刀、嫌な感じがしますね」

「これは俺の愛刀。これがあるから、俺は妖怪と闘える……。妖斬剣を抜いた以上、もう勝たせてもらいますよ」

 

 ──美鈴は非常に強い。恐らく、妖斬剣をもってしても、簡単には倒せない。

 

 ──素晴らしい。俺が強くなっても、まだ叶わない相手がいる。それなら、まだまだ俺は強くなれる。楽しくなってきた。

 

 俺は、妖斬剣を納刀して、構える。

 

「その闘気、いいですね。私も気を引き締めていきます」

 

 美鈴は、先と同じように虚空に正拳をぶつける。俺は、縮地を使って目に見えぬ空気弾を躱す。さらに、自分が着地する先に「()()()()()()()()()()()()()()()」を創造してスピードを上げる。これにより、俺は瞬く間に美鈴の懐に入り込み、抜刀する。

 

「我流抜刀術──斬造閃!!」

 

 美鈴は、妖斬剣を恐れ、俺が抜刀する刀に集中しているだろう。だが、これはただの抜刀術ではない。美鈴は、いつの間にか三方向から妖斬剣が迫っていることに気づき、慌てて避ける。しかし、僅かに反応が遅れたため、斬撃が決まった。

 

「ぐぁ!!」

 

 斬撃は、美鈴の左腕に命中した。妖斬剣の効力は凄まじく、腕を溶かすように切り落とした。

 

 ──しまった! やりすぎた!? 

 

 美鈴は、切り落とされた腕を傷口に当てる。微かな蒸気と共に傷が癒えていくようだ。

 

「……妖斬剣で斬ったのにその回復力。凄いですね」

「私、身体の丈夫さには自信があるんですが、恐ろしいですね。危うく消滅するところでしたよ」

 

 ──今更だけど、この刀は遊びで使って良いものじゃないかもしれない。最悪恩人を消滅させてしまう。

 

 妖斬剣は、妖の類ならば問答無用で祓ってしまう。美鈴は、強力な妖怪であったため、腕が切れるだけで済んだのだ。例えば妖精に使ったら触れる前に消えてしまうかもしれない。この刀は、紫を始末するためだけに強化を続けたものだから、効力は尋常じゃない。

 

 ──後で、少し効力を落とした妖斬剣を作ってみようかな。

 

「その刀を受け止める考えは捨てます。ここからは貴方の斬撃を全て避けて見せましょう」

「刀は普通受け止めるもんじゃないので、ぜひそうしてください」

 

 まだ時間はある。妖斬剣の威力を感じた美鈴は、宣言通り斬撃を躱そうとするだろう。ならば、ここからが勝負だ。

 

 俺は、納刀して、再び抜刀術の構えを取る。

 

 美鈴は、音を立てて力強く呼吸をする。恐らくは気を練っているのだろう。

 

 一撃必殺なのは互いに同じ。俺も最大限に集中する。

 

 互いに攻め時を伺っていると、上空から何か気配を感じた。

 

「「──誰だッ!?」」

 

 俺と美鈴が同時に空を見上げると、そこには小学生くらいの少女が浮いていた。その少女は、蝙蝠の翼を生やしている。彼女の仕業なのか、空はいつの間にか蒼く染まっている。

 

 ──レミリア……? しかし髪や服の色が違う。それに、雰囲気も違う……? 

 

「貴様、何者だ? 『気』がお嬢様とかなり似ている。しかし、貴様は邪悪だ」

 

 美鈴は警戒心を高めて、上空にいる生物に問う。やはり、姿こそレミリアに似ているものの、別人なのか。

 

「──頭が高い。頭を垂れて我の前に平伏せ」

「ぶっ」

 

 いけね。思わず笑っちまった。今時こんな痛い台詞吐く奴いるんだな。

 

「──おい」

「──!?」

 

 気づくと、上空にいたはずの生物が目の前に現れていた。

 

「貴様、人間だな? 食糧の分際で、我を笑うなど許されることではない。失せろ」

 

 生物がそういった瞬間、俺は吹き飛ばされていた。

 

「ぐっ!?」

 

 ──速い! 戦闘モードに入ってなかったらガードできずに死んでたぞ。

 

 遠くで霊華が叫ぶ声が聞こえる。

 

 ──不味い。今霊華があいつに狙われたら間に合わない。髪飾りにかけた術があるけど、発動する前に殺される! 

 

「くそっ」

 

 俺は、吹き飛ばされながらも無理矢理体勢を変える。

 

 ──足場を創造。『ベクトル逆転』付与! 

 

 空中に足場を創造し、足場に付与した効果で霊華の元へ跳ぶ。

 

「お前も。平伏せと言ったはずだ」

 

 レミリアに似た生物は、美鈴の額にトンと指を当てた。たったそれだけで、美鈴は吹き飛んでいった。

 

 ──化け物が。どんな馬鹿力だよ。

 

「──さて、そこな娘よ。貴様はどうする? あの人間のように肉片となりたいか? 今すぐ我の前に平伏すというなら、もう少しの間は生かしてやる」

 

 生物は、ゆっくりと歩きながら霊華に話しかける。霊華の手には、大幣が握られている。しかし、その手は恐怖で震えている。霊華の元まで辿り着くまでにまだ時間がかかる。しかし……

 

「遅い。死ね……」

 

 ──来たッ! 

 

 瞬間、脳に一つの命令が走った。

 

『霊華を守れ』

 

 これは、髪飾りにかけた術が発動した合図だ。術の効果で、俺は霊華のすぐ前にテレポートする。俺は、すぐさま妖斬剣を抜刀して生物の攻撃に対抗する。

 

「──我流抜刀術、斬造閃!!」

「何っ!?」

 

 生物の腕が霊華に触れる前に、妖斬剣で切り落とした。

 

「──星符!! 『スターバースト』!!」

 

 間髪入れずに魔法陣を創造し、生物に向けて極太のレーザーを放つ。その間に、俺は霊華の頭に手を乗せる。

 

「神谷くん、一体何がどうなってるの?」

「わからない。けど、あいつは強すぎる。だから、霊夢を呼んできてくれ」

 

 あいつは恐ろしく速いし、パワーも桁違いだ。正直、霊華を守り切れる自信がない。

 

 だから、俺は切り札を使う。

 

「やれやれ、この手はあまり使いたくなかったんだけどな……。ま、この状況なら成功するかな」

「神谷くん? 一体何を……」

「俺が死ぬ前に、霊夢を呼んで欲しい。頼んだよ」

 

 ──『()()()()()()()()()()()()』発動!! 霊華がいる位置情報を支配し、博麗神社に移動させる!! 

 

 頭の神経が焼き切れるような気持ちで強く念じると、能力の発動に成功し、霊華は目の前から姿を消した。

 

 一気に霊力を消費した影響で、僅かな立ちくらみが起こる。

 

「──さて、どうやって生き延びようかな」

 




ありがとうございました。よかったら感想をください!

不穏の予感。でも大丈夫。もう祐哉は一人じゃないですからね。

それでは、また!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#107「圧倒的強者」

「──さて、どうやって生き延びようかな」

「クハハ……中々痺れる光線だ。ただの人間ではないようだな」

 

 こいつ、スターバーストを避けなかったのか。あの生物のスピードなら、避けられたはず。何故わざわざ受けた? 

 

「さあ、もっと撃ってこい! 我が貴様の力を測ってやろう」

「その前に、アンタは何者なのか教えてくれないか?」

「我は、レミー。レミー様と呼ぶがいい」

「レミィ? わかりづらいからブルーレットでいいかな」

「なぜだ!」

「アンタ、レミリア・スカーレットのクローンだろう。オリジナルの愛称が『レミィ』でね。違いが分かりづらいのさ。あと、アンタの髪の色が青いからブルーレット」

 

 ブルーレット、置くだけ。我ながら吹きそうになる名前をつけてしまった。

 

「ブルーレット……。レミー・ブルーレットか。よし、今日から我はレミー・ブルーレットだ!」

 

 ──変なやつ

 

『側からみれば、初対面の敵に変なあだ名をつける貴方も変なやつですよ』

 

 ──へ!? 

 

「で、レミーは何者? 何が目的で来た?」

「我は、誇り高き吸血鬼。目的は、この地を支配することだ」

 

 幻想郷を支配するのか。可哀想に。俺の能力があればその夢は叶ったのにな。

 

「そうか。俺は、神谷祐哉。アンタみたいな奴に幻想郷のルールを伝える役目を担っている人間だ」

「必要ない。ルールは、我が作る」

 

 よくいるよね。そんなキャラ。

 

「じゃあ、残念だけど消滅してもらうよ」

「ククク……ハハハハハハハ! 人間であるお前が我を倒すだと?」

 

 レミーと話していると、美鈴が戻ってきた。よかった、美鈴が居れば心強い。

 

「すみません。時間稼ぎ、感謝します」

「──さて、そろそろ腹をくくって戦いますかね……」

 

 戦うのはいいが、妖怪である美鈴との共闘には、一つ大きな問題がある。それは、レミーに向けて放つ妖斬剣が美鈴にも影響を与えることだ。

 

 ──それなら、対策を施せばいい

 

「美鈴さん、これを」

 

 俺は、耳飾りを創造し、美鈴に手渡す。

 

「これは?」

「めっちゃ元気になる耳飾りです」

 

 美鈴は、耳飾りを受け取って装着する。

 

「……ほう、貴様、中々に頑丈だな」

 

 レミーは、美鈴の頑丈さに素直に感心した様子だ。美鈴は、服に多少の傷ができているものの、身体は無傷のようだ。

 

「この程度でやられたら、紅魔館の門番としてやっていけないのでね」

「紅魔館というのは、この館か?」

 

 レミーはそう言って、自身の目の前にある紅魔館に目をやる。

 

「強い気配をふたつ感じる……そのうち一方は……なるほど、我のオリジナルか。面白い。我がオリジナルならば、気が合うだろう。どれ、会いにいってみるか」

 

 レミーは、俺達に目もやらずに紅魔館の門前へ歩き始めた。しかし、美鈴が彼女の前に立つことで、それは阻止された。今は、俺と美鈴がレミーを挟むように立っている。

 

「退け」

「私は、紅魔館の門番。お前のような者を通すわけにはいかない」

「そうか。ならば──」

 

 レミーは、右の拳に妖力を集中させた。

 

「──力づくで突破する!」

 

 レミーが、美鈴に右ストレートを放った。美鈴は、それを紙一重で躱し、肘鉄を決める。腹にカウンターを食らったレミーは、大きく吹き飛んでいった。

 

 ──今日は色んな人が吹き飛ぶ日だな。嫌な日だぜ……

 

『余裕ですね』

 

 ──最近、感覚が壊れてきたんですよね。いちいち怖がっていたら、やってられないんですよ。

 

『それはごもっともですが、気を引き締めて。戻ってきますよ』

 

 アテナの言う通り、レミーが高速移動で真っ直ぐ美鈴に突進している。俺は、彼女が進む軌道上に刀を創造し、この技を使う。

 

「──殺戮ノ時雨(ブラッディレイン)

「グゥッ!?」

「あまりにも直線的な突進だからな。すごく攻撃しやすいぜ」

 

 レミーの身体に白い刀が刺さった。突然のことに驚いたレミーは、苦悶の声をあげて立ち止まる。既に苦しそうだが、殺戮ノ時雨(ブラッディレイン)はここからだ。

 

「グアアアアアアア!!」

 

 妖斬剣から次々と刀が生えていく。無論、生えてくる刀も全て妖斬剣だ。

 

 レミーは、この世の終わりのような叫び声をあげて地面に倒れた。

 

「終わった? 案外、大したこと無かったですね」

 

 美鈴が、そう言った。

 

 ──不味い。敵を攻撃した後の「やったか!?」は大体倒せてないフラグだ。そのくらいは某少年誌を読んで履修しておいてくれ! 

 

「──無駄だ」

「やっぱりかよ!!」

 

 目の前で地に伏したはずのレミーは、突如俺の後ろに現れて殴りかかってきた。それを予測していた俺は、妖斬剣で対応する。

 

 彼女の拳は、妖斬剣によってスッパリと切断された。

 

 レミーは、興味深そうに妖斬剣と自分の腕の切断面を見る。

 

「その刀、我を滅する力があるようだ」

「そういうアンタの力は何? さっき俺が殺したのは分身? それとも幻覚か?」

 

 視界の端に映ったレミーは、徐々に色素を失い、やがて消滅した。残ったのは、彼女の身体中に刺さっていた妖斬剣だけだ。理屈はわからないが、倒せていないのは確かだ。

 

「これが、我の能力──『運命を()()()()()程度の能力』だ。その刀で串刺しにされたという運命を書き換えることで、なかったことにした」

「チーターかよ」

「チーターではない。吸血鬼だ」

「ちげぇよ。規格外だって言ってんの。その能力、好きなときに好きなだけ使えるのか?」

 

 レミーは、俺の問いに対して鼻で笑うと、切れた腕に力を込めて再生させた。

 

「──さっきまでペラペラ話してくれたのに急にダンマリか。切れた腕を再生させたということは、その能力は乱発できないようだな」

 

 回数制限があるか、膨大な力を使うと見た。

 

『はい、能力を使ってからレミーの妖力が一気に減ったので、少なくとも後者の推測は正しいと思います。とはいえ、残りの妖力は底が見えないほど多いです』

 

 ──ふむ。それだけの能力だ。他にも制約があるだろう。そうでなければ困る。

 

 紫の言っていたことがわかってきた。もし支配の能力を簡単に使えたら、レミーの能力使用を禁止して有利に戦えるというわけか。

 

 ──待てよ。創造の能力で、物体に『能力使用禁止』を付与できないだろうか

 

「物は試しだ。──殺戮ノ時雨(ブラッディレイン)!」

 

 レミーの体内に、能力使用禁止を付与した妖斬剣を創造する。妖怪のレミーにとって、妖斬剣の効力は毒そのものだ。先刻と同じように叫び声を上げながら倒れていく。

 

 しかし──

 

「貴様らに我は倒せぬ。大人しく道を開けたほうが利口だと思うが?」

 

 レミーは、何事も無かったかのように起き上がった。刺さっていた妖斬剣は消えている。

 

 ──流石にキツイな。能力使用を禁止されているという運命さえも書き換えていると考えればいいのか? 

 

「退かないよ。言っただろ。アンタには消滅してもらうって」

「私も、門番として貴様を通すわけにはいかないと言ったはず」

「やれやれ、頑固な奴らだ。ならば!」

 

 レミーは、身体中から膨大な青い妖力を放出した。それは彼女の手に集まり、槍の形を作っていく。

 

「我がグングニルをもって貴様らを葬るまでッ!」

 

 レミーは、青いグングニルを大きく振り払うと、俺の心臓を目掛けて突いた。

 

 ──内部破裂(バースト)ッ! 

 

「これは!?」

 

 レミーは、内部破裂でグングニルを破壊されて驚いている。俺は、その隙をついてレミーに袈裟斬りを繰り出す。レミーについた傷は大きい。本来なら、妖斬剣の効果でレミーが消滅するはずだ。しかし、次の瞬間には傷が消えていて、破壊されたグングニルも元通りになっていた。

 

 間髪入れずに、レミーの体内に妖斬剣を創造。レミーはもう一度死ぬ。

 

「無駄だと言っているだろう。我を殺せるものは、この世にはおらぬ」

「チッ、能力はオートで発動するのか? さらに、発動にインターバルもないのかよ」

「そういうことだ。何やら分析していたようだが、この力は妖力を消耗する以外に制約はない」

 

 レミーは、グングニルを創成して襲いかかる。それを俺は難なく妖斬剣で受け止めてみせる。

 

「飽きた。そろそろ終わりにするとしよう」

「くっ……」

 

 だが次の瞬間、レミーの攻撃速度が上がった。恐ろしい速さだ。余裕は一気に無くなり、槍による突きと払いを受け流すので精一杯になる。

 

「ハッ!」

 

 美鈴が、俺とレミーの攻防に入り込んできた。2対1の戦いになったことで、俺の負担も軽減された。僅かに生まれた余裕を活かして、身体に纏う霊力量を増やす。身体能力を向上させることによって、妖怪同士の戦いに対応することが可能になった。

 

 レミーと美鈴が攻防している隙に内部破裂を使うが、当たらなくなってきた。

 

「無駄だ。突然刀が体内から生える奇術も、もう見切っている」

 

 ──そうかよ。なら直接斬るまでだ! 

 

 美鈴とレミーは、目を疑うような速さの攻防を繰り広げている。辛うじてだが、そんな戦いに俺もついていけている。

 

「任せます」

 

 その言葉と共に、美鈴がレミーから距離を置き、代わりに俺がレミーに斬撃を与える。美鈴は、後退しながら虚空を力強く蹴りつける。

 

「──九頭龍閃!!」

 

 俺は、レミーに斬撃を繰り出しつつ突進することで、彼女を美鈴の方に飛ばす。その先には、先刻美鈴が繰り出した気団が飛来していた。

 

「グハッ!」

 

 レミーは、正面から九つの斬撃を、背中からは強烈な気団をモロに食らった。しかし、同じことの繰り返しだ。どうやってもコイツを殺すことはできない。ここは、撤退するのが利口だろう。しかし、撤退すればレミーが紅魔館に侵入してしまう。そうなればレミリア達もタダでは済まないだろう。何より、美鈴を置いて退くことはできない。

 

 どうすればいい? 霊夢の到着を待っても、運命を書き換えられてしまう以上、封印しても無駄だろう。

 

『祐哉、レミーについて分かってきましたよ。この能力の制約は、妖力を使うだけ。確かにその通りですが、その消費量は使用回数と比例して増加するようです! この調子で行けば、もう一度能力を使えば底を尽きるかと思います』

 

 ──それは朗報だ! ジリ貧と思いきや、いつの間にか追い詰めていたという訳か! 

 

「……認めよう。我は、貴様らを甘く見すぎていたようだ。今まで加減してきたことは許せ。ここからは、加減はなしだ。──もう殺す」

 

 レミーは、瞬間移動した。目で追えなかったのか、本当に瞬間移動したのか分からないが、気づいたときには、奴はグングニルで美鈴の身体を貫いていた。

 

「なっ!? 速すぎる……」

「次は──」

 

 咄嗟に臨戦態勢を取るが、遅かった。

 

「──お前だ」

 

 次の瞬間、味わったこともない強い衝撃が全身を襲った。

 

「ぐあぁああああっ!! あがっ……」

 

 霊力を身に纏い、防御力を高めているのにもかかわらず、身体中の臓器までが痛む。骨も折れているだろう。

 

 ──くそ……俺は……死ぬのか? 

 

 そこまで考えて、俺の意識は途切れた。

 




ありがとうございました。良かったら感想ください!

それにしても、人に変な名前を付けておいてその名前で呼ばないとは、祐哉も中々変なやつですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#108「怖いよ……」

「入るぜ!」

「ちょっと魔理沙、病室なんだから静かにしなさいよ」

「祐哉は無事なのか?」

 

 私、霧雨魔理沙は、偶々永遠亭に来ていた。永琳の助手の鈴仙に手当をしてもらっているとき、ついさっき祐哉が運ばれて来たという話を聞いた。私は、居てもたってもいられなくなって病室に駆け込んだのだ。部屋には、霊夢と霊華が居た。霊夢は見たところ平然を装っているが、霊華は相変わらずというか、心配でたまらないといった様子だ。当然だ。私でさえ、心配のあまり霊夢に咎められるくらい慌ただしく入室したくらいだ。私は、霊夢の叱責を無視して親友の容態を尋ねる。

 

「……生きてはいるわ。ただ、骨折だけじゃなくて、内臓も幾つか潰れている。永琳の薬が無かったら今頃どうなっていたか分からない状態よ」

「あの宇宙人、腕は確かだからな。それなら完治したのか?」

「……まだ時間がかかるそうよ。確かに、永琳なら瞬時に完治させる薬を作ることはできるみたい。でも、それは身体にとって良くないことみたいで、負担もかかるし下手をすると寿命が縮むそうよ。だから、生死に関わる部分だけ薬で治して、後は通常の薬と自然回復で治すみたい」

 

 とりあえず、祐哉が死ぬことはなさそうだ。

 

「それはそうと、魔理沙はどうしてここに? 後で連絡しようとしてたんだけど」

「ちょっとドジを踏んじまってな。丁度お世話になってたんだ」

「まさかアンタまで変な奴にやられたんじゃないわよね?」

「んー、確かに変な奴だったなー」

 

 私は、自分が怪我を負った経緯を説明した。

 

「チルノが強かった?」

「ああ、彼奴相手に被弾したことなんて一度たりともなかったんだが……弾幕の濃さといい、殺意といい、なんか変だったな」

「冬も終わったし、力のピークは過ぎてるはず……これは」

 

 霊夢は、腕を組んで肩を落とす。

 

「──異変、なのかなぁ」

「祐哉もチルノにやられたクチか?」

「それが、分からないのよね。恐らく戦ったのは、祐哉と紅魔館の門番をやってる美鈴の2人。祐哉はともかく、美鈴は心臓を一突き」

 

 それを聞いた私は、思わず唾を飲み込んだ。今まで多くの異変解決を経験した私だが、その中でもトップクラスにショッキングな事件だ。

 

「──なあ、それって弾幕ごっこじゃないよな」

「多分ね。弾幕ごっこなら、都合よく心臓に当たらないだろうから。美鈴なら尚更ね」

「その美鈴は?」

「アイツもここに運ばれてきて、包帯を巻いてもらったそうよ。少し経つ頃には自分の足で立っていて、私達に挨拶だけして帰っていったわ」

 

 ──流石、妖怪か。

 

「ん? 美鈴と会ったなら、誰にやられたのか分かるんじゃないか」

「聞いたんだけど、教えてくれなかったのよね。『真実を確認したら報告する』とだけ言って帰ったわ」

 

 あー? どういうことだ。

 

「それなら、その報告か、祐哉が目覚めるのを待つしかないな」

 

 私は、布団に寝かされている祐哉の隣に腰を下ろして顔を覗き込む。

 

 悪い夢に魘されているように苦しそうな表情をしている。

 

「──見てられないぜ」

 

 やっと、また4人で暮らせると思っていたんだがな。

 

 祐哉は、皆の前から姿を消してから相当な鍛錬をしたらしい。その鍛錬が尋常ではないものだと悟ったのは、刀を持った姿を見たときだった。

 

 宴会の次の日、私は祐哉にたぬき妖怪を見せた。そのたぬき妖怪は、祐哉と霊華を仲違いさせたヤツだ。

 

 祐哉は、「今となってはもうどうでもいいんだけどね」と言いつつ、腰に帯びた刀をゆっくりと抜いた。抜刀したときの目付きは非常に鋭く、冷たいもので、思わず後ずさりしてしまった程だ。

 

 祐哉は、たぬきが封じられている結界に刀を近づけていく。たぬきは、刀が近づいてくるにつれて震えを増し、箸1本分の距離まで近づいたところで消滅した。

 

 もちろん、私は目を疑った。後ろで見ていた霊夢や霊華も同様だ。刀の動きが目に映らないくらい素早く斬りつけたのかと思ったが、違う気がした。そして、祐哉はこう言った。

 

「はは、解放前の刀で消滅するのか。その程度の奴に俺達は……」

 

 その言葉の真意は不明だが、その時の祐哉の表情はとても虚しそうだった。

 

 恐らく、祐哉が過ごした半年間は、私の想像を超える程過酷なものだったのだろう。そうでなければ、あんな妖怪を憎むような目付きにはならないだろう。

 

 私は、回想を止めて目の前で寝ている祐哉に問いかける。

 

「死ぬなよ、祐哉」

 

 ────────────

 

 時は、祐哉が永遠亭に運ばれたときまで遡る。

 

 ──誤算だった。

 

 そう考えると、思わず唇を噛む。

 

 祐哉、この私を圧倒してみせた彼がコテンパンに負けるとは。とりあえず──

 

「報酬は払う。だから、彼を助けて欲しい」

「これは驚いたわ。妖怪の賢者が人間の為に頼み事なんてね。……そういえば、前に彼が運ばれてきたときも、高額の医療費が入った巾着を置いていった人物が居たわ。彼は余程他人から必要とされているようね」

 

 月の賢者に直接物を頼むのは癪だが、神谷祐哉という人材をここで失うわけにはいかない。頭を下げて彼が助かるというのなら、致し方ない。

 

「大丈夫。生きているうちに運んでさえくれたら、助けてみせるわ」

 

 永琳は、そう言って彼の手術に向かった。

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 神谷くんが永遠亭に運ばれてから数時間経ち、いつの間にか陽が沈んでいた。霊夢と魔理沙は帰宅したが、私は神谷くんが心配なので、無理を言って泊まらせてもらえることになった。夕食の際には、鈴仙や永琳さんに慰められたが、私の心は晴れないまま深夜を迎えた。私は今、神谷くんが眠っている隣に布団を敷いて横になっている。しかし、横になって随分と経つのに眠れないでいた。あまりにも静かな環境は、私に良くない想像をさせるのだ。

 

 ──怖い……

 

 私は、紅魔館に到着したときのことを思い出す。

 

 ────

 ──

 

 私は、神谷くんの目の前にいたはずだったが、気づいたときには博麗神社にいた。何が何だか分からず、動揺はしたものの、神谷くんから頼まれたことを思い出し、霊夢にすぐに来て欲しいと叫ぶ。のんびりとお煎餅を齧っていた霊夢は呆気にとられていたが、私が激しく慌てているところを見てすぐに準備を始めた。場所は紅魔館であることを伝えると、霊夢は私に留守番しているように言って駆けつけて行った。霊夢の飛行速度は凄まじく、あっという間に見えなくなってしまった。

 

 私は待っているように言われたが、神谷くんが気になってとても大人しくしていられなかった。神谷くんと美鈴さんの2人を圧倒して見せた生物を相手に、私が太刀打ちできるはずはないが、そんなことを考えるよりも先に身体が動いていたのだ。

 

 いざ、紅魔館に到着すると、そこには悲惨な光景が待っていた。まず目に飛び込んできたのは、咲夜さんに抱き抱えられた美鈴さんだった。彼女の胸は真っ赤に染まっていて、その下には大きな血溜まりが広がっていた。

 

 突然目に飛び込んできた非日常が、私を硬直させた。恐る恐る神谷くんを見ると、外傷は見当たらないものの横たわっていた。霊夢は、彼を抱き抱えると、一目散に飛んでいった。霊夢が向かった先は永遠亭だと、すぐに分かった。改めて美鈴さんの方を見ると、そのときには既に二人の姿はなかった。

 

 その後、私も永遠亭に行くために迷いの竹林へ行った。この竹林は元々迷いやすい性質だが、どういうわけか私はいつも5分以内には到着できている。具体的な方角や位置は知らないが、勘を頼りに進むと到着するのだ。今回も、勘を頼りに竹林を駆けていると、目の前に突然陽気な妖怪が現れた。

 

「あははー! こんなところに人間発見。迷い込んできちゃったのかな〜? 折角だし……いただきま〜す!!」

 

 妖怪は私を食べようとしてくる。はっきりと理性を持った者が無闇に人間を喰おうとすることは珍しいが、そのときの私にはどうでも良いことだった。また、それが何の妖怪で、どのくらいの強さを持っているのかも関係のないことだった。

 

「そこを退いて!」

「嫌だよ。退いたら食べられないじゃん」

「──邪魔しないでよ!! 霊符『夢想封印』!!」

 

 時間が惜しかった私は、夢想封印を使った。激昂していたからか、私が放った光の弾強いは普段よりも力強いもので、妖怪を無力化することに成功した。殺してはいないはず。

 

 普段の私なら、攻撃したときに胸が痛むが、このときの私は退治した妖怪に目もくれずに先へ進んだ。

 

 それからも数体の妖怪に襲われ、撃退していった。漸く永遠亭に着いた頃には、私は汗を流し、肩で息をしていた。疲れ切った身体に鞭を打って入り口の扉を開けると、霊夢が廊下に立っていた。霊夢の指示を無視して永遠亭に来たことを叱られるかと思ったが、そんなことはなく、直ぐに事情を話してくれた。

 

 ──

 ────

 

 十数箇所の骨折。折れた骨が内臓に刺さって出血。あと少し搬送が遅ければ間に合わなかったレベル……。

 

 永遠亭に運んでくれたのは、咲夜さんだったようだ。あの人が時間を止めている間に搬送してくれたおかげで、神谷くんは助かった。

 

 今は、永琳さんが薬を駆使した結果、命に別状はない。ただ、命を繋いだだけなので数ヶ月は絶対安静の重症だ。

 

 ──どうして……

 

 折角、神谷くんが帰ってきてまた楽しい時間を過ごせるようになったのに。どうしてこんなことになってしまったのだろう。神谷くんは何も悪いことをしていないのに、どうして彼ばかりが酷い目に遭わなくちゃならないんだ。今回の件は、異変解決を何度も経験している霊夢と魔理沙でさえ絶望していた。ということは、これは異常なのだ。

 

 ──いつか、神谷くんがいなくなっちゃうかもしれない

 

 そう思い怖くなってきた私は、布団の中でうずくまる。

 

「神谷くん……」

 

 私は、心配のあまり身体を起こして神谷くんに近づく。そして、恐る恐る手首に触れる。脈はある。神谷くんはちゃんと生きている。ほっとした私は、もう一度布団に戻る。実は、この行動はこれが初めてではない。もう12回くらいはやっている。気になって仕方ないのだ。

 

 ───────────────

 

 じわじわと強まる痛みで目が覚めた。その痛みは、限度を知らないというように激痛に変わっていく。

 

「ゔっ……ぁ……」

 

 ──痛い痛い痛い痛い痛い痛い!! 

 

 今にも気絶しそうなほどな痛みで呼吸が乱れていく。

 

 ──俺は、死んじゃいないみたいだ。それはよかった。でも、死にそうなくらい身体が痛い。

 

「こんばんは」

「……ゅ……か……」

「喋らなくていいわ。そのまま寝ていて。──申し訳ないけど、貴方の意識の境界を弄らせてもらったわ。その影響で麻酔も切れて全身が痛みだしたのでしょう」

 

 ──こいつの仕業か! 何でそんなことを。殺す気か? 

 

 まさか、紫はまだ俺を殺そうと……

 

「その焦りや怒り、恐怖を忘れないで。その強い想いがトリガーになるのでしょう? 今、あの力を使って全身を治しなさい」

 

 紫は、そう言うと俺に向かってプレッシャーを放ってきた。これは妖気だ。今の弱り切った俺はモロにダメージを喰らう。

 

 ──まずい。ここで傷を癒さなくては殺される! ここで死ぬわけにはいかない! 

 

 そう思ったとき、俺は「いける」と確信した。

 

 ──全てを支配する程度の能力、発動! 俺の身体の状態を支配し、健康で無傷な状態にする! 

 

 俺が術を発動すると、傷がみるみるうちに再生していく。やがて、痛みが完全に消え去った。──しかし

 

「ぐぅぅ……あがっ……」

 

 ──なんで! 傷は完全に治したはずなのに。今度はどこを……

 

 傷を治した影響で疲れ切った俺は、ぐったりと横になっていた。しかし、突如として内臓に強い痛みが走った。原因が全く分からない。紫は何もしていないはずだ。

 

『霊力切れです。元々先の戦闘で、霊力をかなり消費したでしょう。回復しきっていないのに第二の能力を使いましたね。発動に必要な霊力が足りず、それでも無理矢理発動したため身体にダメージが行ったのです』

 

 いつか、同じことをした気がする。俺は、奥の手であるMP回復を使った。MP回復とは、霊力を貯蓄できる魔法陣から霊力を引き出すことだ。俺は、創造した物体に特殊な機能をつけられることに気づいてからずっと、余った霊力を夜寝る前に蓄え続けている。──全ては、霊力切れを起こしても戦えるようにするため……

 

 咳き込み、吐血しているうちに、霊力は回復した。

 

 ──もう一度、全てを支配する程度の能力を発動! 俺の身体を完治させろ! 

 

 俺の身体は、今度こそ完治した。その代償に、折角回復した霊力も底が尽きそうだ。それに伴い、激しい頭痛と目眩、動悸に襲われる。この症状は、急に霊力を失った影響で発生したのだろう。ここで霊力を回復すれば症状も落ち着くだろうが、奥の手である故あまり使いたくない。

 

 ──この能力はあまり乱発したくないのに、今日だけで4回も使った。まあ、その内2回は紫に使わされたんだけど。

 

 だが、短時間で何度も使ってみてわかったことがある。それは、強い痛みがあると、能力を使いやすいということだ。死を連想させる程の痛みが、事態の緊迫さを認識させ、生存本能を働かせるためだろう。

 

「よくやったわね」

 

 これまでの一部始終を見ていた紫は、俺の額に手をかざした。すると、嘘のように頭痛などの症状が治った。

 

「私の力で、痛みを感じなくさせたわ。麻酔のようなものだから、くれぐれも安静にね。細かいことはまた後日。──ああ、そうだ。そこで寝ている彼女にかけた術も解いておくわ」

 

 紫はそう言ってスキマの中に消えていった。

 

 ──そこに眠ている彼女? 

 

 部屋を見渡すと、確かに布団がもう一つ敷かれていた。人と思わしき物体が掛け布団を被っているため、誰かはわからない。その人物はモゾモゾと動きだし、むくりと起き上がった。

 

「──少しだけ寝られた……」

 

 その人物が独り言を呟いたかと思うと、両手足で這うように近づいてくる。

 

「神谷くん……良かった。ちゃんと生きてる」

 

 ──霊華……なんか、いつも心配してくれるな。ありがたい。

 

 出来れば、今すぐにでも起き上がって完治したことを伝えたい。しかし、そうすれば驚きのあまり悲鳴をあげるだろう。そうなってしまっては、他の部屋で眠っている人に申し訳ない。

 

 どうしたものかと考えていると、霊華がポツリと呟いた。

 

「神谷くん、このままいなくならないでね……私、こわいよ……」

 

 霊華は、俺の手を祈るように握っていた。

 




ありがとうございました。良かったら感想ください。

【支配の能力を使った4回とは】
・霊華がレミーに殺されそうになったときに発動した簪の術
・霊華を博麗神社に転送したとき
・1回目の治療
・2回目の治療
支配の能力、便利そうに見えるでしょうか。実は──


さて、実は、だいぶ昔に祐哉が永遠亭に運ばれたときも、紫がこっそり医療費を払っていました。当時の紫は、祐哉を殺そうとしていたので、お金を払った人が紫だと気づいた方は少ないのではないでしょうか。もし良かったら、確認してみてください!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#109「いじわる」

今更ですが、「vs紅美鈴」から5章に入っています。
5章 幻想郷を震わす者 〜Clones threaten the world〜 です。


「神谷くん、このままいなくならないでね……私、こわいよ……」

 

 霊華は、祈るように俺の手を握った。呟いた声は今にも消え入りそうで、心細い感情が現れていた。

 

 俺は、霊華を驚かせてしまうリスクなどどうでもいいと判断して、彼女の手を握り返した。すると霊華はピクっと反応し、俯いていた顔を上げた。

 

「れいか……」

「神谷くん……?」

「心配かけたね」

「もう目が覚めたの? 永琳さんの話だとまだ数日は起きないって……」

「さっき、スパルタな大妖怪が来て無理矢理起こされたんだよ。その後強引に治させられたから、傷の方も完治した。ただ、元気ではないかな。霊力は空っぽだし、麻酔が切れたら頭痛がすると思──おわっと!?」

 

 現状までの経緯を報告していると、霊華が俺の胸に飛び込んできた。

 

「ちゃんと、心臓動いてる。生きてる。良かった……」

「さっきも『ちゃんと生きてる』って言ってたね」

「だって、このまま死んじゃうかと思ったら怖くて堪らなかったんだもん」

 

 そうだね。正直、今回は俺も怖かった。スペルカードルールがない状況で吸血鬼と戦うのは無茶だった。吸血鬼は、高いスピードとパワーを兼ね備えた種族だ。それ故に、格闘戦で勝つのは難しい。殴り合えば力負けし、徒競走をすれば縮地を使っても敵わない。

 

「霊夢を呼んでくれてありがとう。2人は怪我しなかった?」

「うん。私達が着いたときにはもうあの人は居なかったから……。ごめんなさい、急いで駆け付けたけど間に合わなかった」

 

 霊華は、自分を責めるようにそう言ってきた。俺は、彼女の頭を優しく撫でてこう答えた。

 

「しょうがないさ。応援が来るまで持ちこたえられなかった俺の修行不足だ。それに、多分霊夢がいても勝てなかったから、寧ろ間に合わなくて良かったかもしれない」

「霊夢でも勝てないかな?」

「うーん、霊夢の本気を見たことがないから分からないけど、アイツは自分に不都合な運命を書き換えて無かったことにする厄介な能力を持ってるんだよね。頑張って5回くらい殺したけど意味がなかった」

「そんな!」

 

 霊華は、レミーの能力を聞いてアイツのチートぶりを理解した様子だ。

 

「不老不死じゃないですか」

「そう思ったよ。だから、霊夢が封印しても無駄だと思う」

「あの人は何者なんでしょうか。レミリアさんの姉妹とか?」

「……どうかな。名前がレミーであること、吸血鬼であること以外よく分からなかったよ」

 

 レミーはクローンであると言おうとしたが、止めた。この話をするには、根拠として研究所の話が必要になってくる。そうなれば、研究所が今も暗躍している可能性に到達するかもしれない。紫からある程度の口止めをされている以上、余計なことは話すべきではない。

 

「あと、幻想郷を支配することが目的とか言ってたよ。スペルカードルールを知らないことを考えると、余所者なんだと思う」

「だから弾幕を使ってこなかったんですね」

「そう。弾幕戦なら俺にも勝ち目はあったんだけどね。運命を書き換えたところで、被弾は被弾だから」

 

 ここで考え込んでも仕方ない。朝になったら紫も来るだろうし、今は休むべきだろう。

 

「神谷くんは、レミーを退治するんですか?」

「幻想郷の脅威になるなら、そうせざるを得ない。安心して過ごすためにもね」

 

 俺がそう言うと、霊華は少し黙り込んだ。やはり、妖怪を退治することをよく思っていないのだろう。ここでいう「退治」とは、今まで霊夢がやってきた「お仕置き」のような物ではなく、「封印」や「抹殺」だから尚更だ。

 

「神谷くんは、どうして怪我をしてまで妖怪を退治するんですか? 霊夢と違って、それが仕事というわけではないのに」

「俺に力があるからかな。ずっと考えてるんだよ。俺は普通の人間なのに、なんで大きな力を手に入れたんだろうって。本当は理由なんか無いかもしれないけど、俺は人や幻想郷を守るために与えられたんだと思っている。だから、この力は私欲だけでなく、人のためにも使いたいんだ。そういうわけで、幻想郷を支配しようとするやつは見過ごせない」

 

 特に、支配の力は自分のためには使いたくない。私欲で使うようになったら、俺は人の心を失うだろう。「幻想郷を支配する」と言っているレミーと同じような暴君になってしまう。

 

 ───────────────

 

 やっぱり、神谷くんは凄い。自分が持つ大きな力を振りかざすのではなく、それを人のために役立てようとするなんて。外の世界の人にアンケートを取ったら、きっと多くの人が私欲のために使うと答えるだろう。

 

 仮に人のために力を使おうとしても、それは生半可な覚悟では達成できない。神谷くんは、創造と支配の力を「誰かを敵から守るために戦う手段」として使っている。戦闘となれば、当然命の危険に晒されることもある。きっと、怖い思いを何度もしてきただろう。私だったら途中で心が折れてしまうと思う。だからこそ、私は彼が凄いと思っている。

 

 相手がどんなに強かろうと、自分の信念を貫くために戦い続けるのはカッコいいと思う。けれど、その結果毎回ボロボロになって帰ってくるのを見るのは辛い。いつか本当に死んでしまうのではないかと心配になる。本音を言えば、レミー退治に行って欲しくない。でも、そんなことを言って彼の足枷になるのは嫌だ。

 

 ──私はどうするべきなんだろう

 

 気づくと私は彼の服をぎゅっと握りしめていた。彼はそれに気づいたのか、私の頭を撫でてくれる。ポンポンと優しく撫でられると安心する。その影響か視野が広くなって、彼の胸板が前よりも隆起し、硬くなっていることに気づいた。彼の左腕も、以前よりもひと回りは大きくなっている。逞しくなったのは、表情だけではないようだ。

 

 ──この半年間、命懸けで頑張ったもんね……

 

「くすぐったいんだけど」

「ひゃっ!? ご、ごめんなさい。その、前より筋肉がついてるなって思って……」

「一応毎日筋トレしてるからね」

 

 神谷くんは、そう言って再び頭を撫でてくれる。大好きな人に頭を撫でられると嬉しくて幸せな気持ちになる。もっとして欲しいと思ってしまう。

 

「神谷くん、そんなことしていいの?」

「え? 何が?」

「神谷くんは好きな人がいるのに、私とこんなことしてていいの?」

「あ、ごめんね。嫌だったよね……申し訳ない」

 

 ちょっと意地悪をしてみたらものすごい勢いで謝られてしまった。私の頭に置かれていた手は無くなり、彼の胸の上で寝ていた私は布団に降ろされてしまう。なんだか全てを拒否されたように感じて一気に胸が締め付けられる。

 

 ──自爆しちゃった……。何してるんだろ

 

「私は全然嫌じゃなかったんだけどな……」

「え、でも霊華も好きな人がいるって言ってなかったっけ? もうその人はいいの?」

 

 ──もしかして、神谷くんは鈍いのかな。それとも、私のアピールが足りないのかな? 

 

 ともかく、宴会のときの告白は聞こえていなかったようだ。それはそれで良いけど、少し残念な気持ちもある。

 

「私は、今でも好きだよ。この半年間、ずっと……

「え? 今なんて──」

「──な、なんでもない! ごめんね。もう寝よっか?」

「え、めっちゃ気になる。最後の方よく聞こえなかったんだけど」

「……もういいもん。おやすみ〜」

「へっ!? ここで寝るの?」

 

 うっかり「この半年間ずっと」と言ってしまった。普通に考えて、神谷くんのことが好きってわかるよね? 絶対バレたと思ったのに、声が小さくて聞こえなかったらしい。そんな意地悪な人には仕返しをすることにした。私は思い切って彼の布団に侵入して抱きつく。思った通り神谷くんは慌てている。私は、早鐘を打っている心臓の鼓動を聞いて満足した。

 

 ──今のうちに独り占めしちゃおう。

 

 ───────────────

 

 祐哉と霊華が真夜中にイチャついている頃、紅魔館では会議が行われていた。その会議は始まってから数時間経過しているというのに、緊迫感は最高潮のままだった。当主のレミリアは、美鈴から事の経緯を聞いてから腕を組んで目を瞑り、黙り込んでしまったのだ。徐々に漏れ出す妖気には殺意が込められており、その場にいる誰もが冷や汗をかいている。因みに、この場にフランはいない。

 

「──咲夜」

「──! はい」

 

 数時間黙り込んでいたレミリアは、目を瞑ったまま咲夜の名を口にした。

 

「行くよ。誰だか知らないが、私の身内に手を出したんだ。挨拶は早い方がいいだろう」

「かしこまりました。支度をして参ります」

 

 咲夜がそう言うと、瞬く間にその場から消えた。

 

「恐れながらお嬢様」

「どうした、美鈴」

「敵は、運命を書き換える能力を持っています。私達は彼女を数回殺しました。しかし、毎度運命を書き換えられ、無傷の状態で襲ってきます。どうかお気を付けて」

「運命を書き換える? フフ、面白い」

「お嬢様、準備が整いました」

 

 美鈴とレミリアが話しているうちに、咲夜の準備が完了した。

 

「吸血鬼の居場所は突き止めた。行くよ」

 

 レミリアがそう言うと、咲夜と共に部屋から消えた。

 

 ───────────────

 

「お前が美鈴と祐哉をやった吸血鬼か?」

「そうだ。待っていたぞ。我が同胞よ」

「ああ、来てやったぞ。紅魔館から遠く離れた場所ではあったが、それでも十分に妖力を感じられた」

 

 レミリアの言う通り、レミーは妖力を放ってレミリアを誘っていたのだ。

 

「本当はこちらから出向こうと思ったんだが、思わぬ砂利に躓いてな。体力を回復させるために引き返させてもらった」

「砂利か。フッ、そんなことを言っているから躓いたんだよ。それに、二人は私の身内だ。余所者にそんなことを言われるのは我慢ならないな」

「そうか。気を悪くしたなら謝ろう。さて、我は同胞に話したいことがある。どうだろう。我と共にこの地を支配しないか?」

 

 レミーの提案を受けたレミリアは、静かに笑った。

 

「素晴らしい提案だ。だがお前と組むつもりはない。お前は私の身内を傷つけた報いを受け、この地から往ね!」

「早くも交渉決裂か? いいだろう。少し遊んでやる。そうすれば我の話を聞く気にもなるだろう!」

 

 蒼と紅の吸血鬼は、共に己の何倍もの大きさのグングニルを創成し、衝突した。

 




ありがとうございました。よかったら感想ください!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#110「祐哉は乙女心がわからない」

いけなーい! 遅刻遅刻〜! 
遅くなりました。今回は少し長いのでお許しください。



 雲一つない夜空の下、2体の吸血鬼が衝突している。始めは互いに様子見をして相手の出方を伺っているようだ。2本のグングニルで攻防を繰り返すが、隙が生まれることはなかった。このまま攻防を繰り返しても埒が明かないと考えた両者は、一旦距離を置いたと思うと、同時に槍を投擲した。蒼空のグングニルと真紅のグングニルが衝突、相殺され、激しい爆風が巻き起こる。

 

 この戦いは、身体能力が非常に優れている吸血鬼同士で行われている。それ故に、常人が戦況を目に捉えることはできない。

 

 そんなハイレベルの戦いを、紅き吸血鬼の従者──十六夜咲夜は固唾を呑んで見守っていた。咲夜は人間だが、常人離れした戦闘力と神にも匹敵する能力を持っている。そんな彼女の目は素早く動いており、その目は常に己が主を捉えていた。

 

 2体の攻防が中断された。

 

「力は互角。このまま続けても互いに消耗するだけだ。弾幕で決着を付けないか?」

「弾幕?」

「ああ、この地にはスペルカードルールというものがある。これに則ることで、消耗を抑えることができる。それになりより、やってみると奥が深い」

「クハハ、断る。何故我がこの地のルールに縛られなければならないのだ? 我は王だ。王は全ての頂点に立ち、全てを支配する存在! ルールがあるとすればそれは我が作ったもののみ!」

 

 レミーの暴君っぷりをみて、レミリアはやれやれとため息をつく。

 

「お前は幻想郷で暮らすのは絶望的に向いていないな。そんな調子では制裁されるぞ」

「王たる我に制裁を? クハハ、冗談はよせ」

「いや、冗談ではない。だが敢えて逆らうというのなら止めはしない……」

 

 レミリアはそう言うと、背後に己の数倍の大きさの魔法陣を展開した。

 

「身内を傷つけたものとはいえ、お前は同胞だ。故に、私の下に付くなら赦してやらんこともない。そう思っていたよ。だが、もうやめだ。ルール無用の戦いとなった時点で、お前の死は『絶対』になった。──行くぞ」

「クハハ……威勢のいい奴だ。流石は我がオリジナルか。それだけに残念だな。貴様と我が組めば退屈しないと思ったが、相容れないのなら仕方ない。──来い」

 

 ───────────────

 

 翌朝、いつもより身体が重くて目を覚ました。身体を起こそうとするとやはり重たい。傷は治したはずだと考えつつ胸を見ると、霊華が眠っていた。なるほど、身体が重い原因は物理的なもので、幸せな重みだったようだ。そうだ、俺は一晩霊華と共にしたのだ。こういう言い方をすると、なんだかアダルチックなことをしたように捉えられそうだが、断じてそんなことはない。健全な夜を過ごした。……年頃の男女が添い寝をすることが健全なのかはわからないが。

 

 ふと、部屋の外から足音が聞こえた。その音は徐々に大きくなり、丁度俺がいる部屋の前で止まった。

 

 ──まずい

 

 三度ノックの音がした後、部屋の障子が開かれた。部屋にやってきた鈴仙と目が合うと、彼女は動揺してみせた。

 

「入りますよ──って、ええ!? どういう状況? あれ、祐哉もう目が覚めたの? え? え? え〜っと、もしかして私、お楽しみの邪魔した? でも祐哉は重体患者だからそんなことしちゃまずくてえっと……」

「待て、待ってくれ、落ち着こうか? あ、ちょっ! 行かないで! これは誤解なんだよ! 誤解したままどっか行かないでくれー!!」

 

 朝っぱらから情報量の多い状況を目の当たりにした鈴仙は事情を飲み込めずに走り去ってしまった。

 

「ん〜 ん? おはよー」

「おはよう……って、起きたところ早速で申し訳ないんだけど、鈴仙に目撃されたよ?」

「うーん、そっかぁ」

「そっかぁ……ん!? 『そっかぁ』!? 大丈夫? 絶対誤解されてると思うんだけど」

「私はそんなに気にしないし、良いですよ」

 

 うそやん。めっちゃ大人な対応しますね。なんか一人で恥ずかしがってると思うと惨めだな……。そうか、ここは動じないのが正解なのか。

 

 俺達は軽く身嗜みを整えると、廊下に出る。その後、霊華の案内で鈴仙の元へ向かう。霊華は、鈴仙の妖力を感知することで、居場所を特定したらしい。凄いな。気配探知って日常生活にも使えるんだな。

 

「おはよう、鈴仙」

「お、おはよう。……あの、ひとついい?」

 

 鈴仙は神妙な面持ちで口を開く。

 

「2人は、いつくっついたの?」

 

 ──いや、そっちかよ。てっきり「なんで普通に立ってるの? 重体だよね?」と言われると思ったんだけど

 

「うぇ!? え! な、なに言ってるの鈴仙!!」

 

 おいおい、どうした霊華。こういうときは大人な対応をするのが普通なんじゃないのかい? 夜中俺逹がイチャついたのも嘘。今俺達が付き合っている疑惑もデマ。どちらも嘘に変わりないのだから、ここは動じる必要はないのでは? 

 

『敢えてこの言葉を送りましょう』

 

 ──おおアテナ。女神として俺にアドバイスをくれるんですか? 

 

『馬鹿』

 

 ──えっ……? 

 

『剣術より乙女心を学ぶことをお勧めします』

 

 わかんないよ。この場で動揺するのはわかるよ。でもそれならさっき鈴仙に誤解されたときも動じるよね? 

 

 アテナの言葉の意味を考えて唸っていると、まだ正気に戻っていない霊華は俺の腕をポカポカ叩いてきた。

 

「どうして神谷くんはそんなに冷静なんですか!?」

「いや……その言葉、数分前の博麗さんに返したいんだけど」

 

 ふと鈴仙の方を見ると、俺達を見ながら苦笑いを浮かべていた。

 

「朝っぱらからイチャつくとはやってくれるね〜」

「もう! イチャついてないもん!」

「……かー! もうわからん。謎だわ……なにが違うんだよ」

 

 俺が頭を抱えていると、鈴仙が漸く望みのツッコミを入れてきた。

 

「で、祐哉はどうして立っていられるの?」

「なんやかんやあって治った」

「意味わかんない」

 

 でしょうね。

 

 その後、永琳の診察を受けて退院の許可を得た俺は、身支度をしている。因みに、永琳も大変驚いていた。鈴仙に話したとき同様に「なんやかんやあって治りました」と言うと、何故か納得したように頷いてそれ以上詮索されることはなかった。それはそれで気味が悪かったが、詮索されても困るので黙って部屋を出た。

 

 着替えを済ませた俺達は、博麗神社に帰ろうとした。しかし、部屋に人が入ってきて予定が変更される。やってきたのは紫だった。

 

「おはよう。霊華、申し訳ないのだけど、少し彼を借りても良いかしら。話したいことがあるの」

「わかりました。私は外で待っていますね」

 

 霊華は、遠回しに部屋を追い出された。その後紫は、部屋に結界を貼った。恐らく、外に声が聞こえないようにするためのものだろう。そうなれば紫の用件はただ一つだ。

 

 俺達は座布団の上に座り、会議を始めた。

 

「まずは退院おめでとう」

「ご迷惑をおかけしました」

 

 ご心配をおかけしました。と言おうか迷ったが、まず間違いなく心配されていないから別の言葉を返した。

 

「なにがあったのか、詳細を報告してもらえるかしら」

 

 俺は、レミーとの戦闘の一部始終を話す。

 

「隠密で動くつもりが、早くも計画倒れね」

「でも、こうなることは少しくらい想定していたんでしょう?」

 

 そう言うと、紫は僅かに笑みを浮かべた。

 

「どうしますか?」

「貴方の考えは?」

「こうなったら紅魔館と協力したらどうですかね。俺1人じゃとても敵わないし、仲間は必要ですよ」

 

 紫は、首を横に振った。

 

「藍の報告によれば、紅魔館のお嬢様じゃダメね。昨夜2人が戦っていたのだけど、どうやら、オリジナルとクローンの力は互角らしいの。だから、運命を弄っても互いに干渉できない様子だったわ」

「うわぁ、まじか。互角なら、引き分けたんですか?」

「ええ、2人の力は完全に拮抗していた。故に、一度も殺すことができていないとか。情けないわね」

 

 そう言う紫は過去一の笑顔を見せる。相変わらず嫌な性格だ。

 

「どんなにヒヨッコだとしても、吸血鬼は幻想郷のパワーバランスの一角を担う程の存在。ルール無用の戦いで私達妖怪が戦うことは非効率ということがわかったわ。アイツを倒すには、貴方のあの剣を使うのが一番効果的ね」

「うーん、レミリアの運命操作でレミーの能力を無効化できない以上、何度も能力を使わせて妖力切れを狙うしかないですもんね。でも、さっきも言った通り俺1人で戦うのは不可能ですよ。悔しいけど、俺が全力で戦っても吸血鬼の戦いにはついていけない。最低でももう一人は近距離戦で戦う仲間が欲しいところ……」

「大丈夫。霊夢にも戦わせるわ。こうなってしまっては隠せないもの。大丈夫。いくらでも修正できるわ」

 

 その後も、俺達は会議を進め、ここで決めたこと以外は俺の判断に任されることになった。

 

 会議が終わった後、紫は部屋を出て霊華に「今日1日祐哉を借りるわ。でも安心して。夜にはちゃんと返してあげるから。存分に夜を楽しんでね」と意味深なことを言った。そのときの霊華の反応は残念ながら見えなかった。

 

 俺は、紫の指示で紅魔館に直行することになった。霊華は紫と博麗神社に行き、霊夢に事情を話すことになっている。じきに霊夢も紅魔館に来るだろう。また、霊華はこれから紫と修行をする手筈だ。そうでもしなければ、レミーとの戦いに入ってきそうだと判断したのだ。今回の戦いは殺傷を嫌う霊華にとって辛いものだ。だから、来ない方がいい。

 

 ───────────────

 

「──と、こんな感じで2人は朝まで戦い、結局決着がつかないまま幕を閉じたわ」

 

 紅魔館に着いた俺は咲夜に頼んで、昨晩の吸血鬼の戦いについて話してもらっていた。咲夜から聞いた話は、先程紫から聞いたものに肉付けしたものだった。

 

 ──レミリアの運命操作が通用しないのは本当というわけか

 

「今、レミリアさんは?」

「お休み中よ。数時間にわたる戦闘をしたから、消耗が激しいみたい」

「そうですか。話したいことがあったんですが、目覚めるのはいつ頃になりますかね」

「少し寝ると仰っていたけど……長くて一日くらいかしら」

 

 ──「少し」とは? 

 

「二度手間になるけど時間が惜しいし、霊夢が来たら他の人も集めて会議をしたいです」

「会議?」

「はい。俺と霊夢は、レミー・ブルーレットを封印または抹殺します。しかし、スペルカードルールがない以上、2人では厳しい。そこで、皆さんの力を貸していただきたいと考えています」

「そうね。私も、あの偽物を消したいと思っていたところよ。私も仲間に入れて欲しいわね。野放しにしていては、いつお嬢様が風評被害を受けるかわからないもの」

「……レミーは、里の人間を何人か喰ったそうですね」

「ええ、わざわざ霧を出して日中も活動しているみたい。おかげで今は里中で吸血鬼の話題が広がっているわ」

 

 ──吸血鬼を恐れてくれるなら被害はなさそうだが……? 

 

 そんなことを考えていると、部屋の外から声がした。

 

 ──割とイラついてるな

 

 咲夜がドアを開けると、来客の霊夢が入室した。ピリピリした空気を感じる。

 

「おはよう、霊夢。心配かけたね」

「聞いたわ! 一晩で完治したって? 紫が無理矢理治したって言ってたけど大丈夫なの?」

 

 ほう、紫が治したことになっているのか。確かに、境界の力の捉え方によっては強引に証明できそうだ。オッケー。

 

「ああ、今のところはなんともない」

「そう。ならいいんだけど……。今度こそダメかと思ったわ」

 

 霊夢は安心したようで、ホッとため息をついた。

 

「それで、私と祐哉でその……レミー?を倒すように言われたわ」

「ああ、紅魔館の人達も力を貸してくれるみたいだから、早速会議を始めよう」

「いいえ。その前にやることがあるわ」

 

 霊夢はそう言って俺の真正面まで近づいてきた。霊華と瓜二つの容姿だが、どこか雰囲気は違う。久しぶりに会った霊夢を懐かしく感じつつ、彼女の行動を待つ。俺をじっと見つめていた彼女は、ふわりと笑った。彼女と似ているだけあって、不覚にも胸が高まる。だが、直ぐに気味が悪いと思った。まるで何かを企んでいるみたいに感じられる。

 

「隙あり!」

「おっと!」

 

 案の定、霊夢は攻撃を仕掛けてきた。どこかに隠し持っていた大幣を振って俺に叩きつけてきたのだ。油断はしていたが、俺はそれを刀で受け止めることに成功した。

 

「……まさか、霊夢の偽物か?」

 

 一気に警戒心を高め、身体に霊力を纏う。

 

「……私の思い過ごしか」

 

 霊夢はそう言って大幣を引っ込め、袖の中にしまう。呆気に取られた俺が彼女を見つめていると、「危ないから早くしまってよ」と言われる。仕方ないので納刀した後、霊夢に説明を求めた。

 

「昨日の一件で、戦うことに恐怖を抱いているんじゃないかと思ったのよ。まあ、杞憂だったみたいだけど」

 

 そうか。確かに、トラウマになってもおかしくない……というより、トラウマになるのが当然か。

 

「……あの程度で再起不能になるんだったら、俺はとっくに死んでいるよ」

「強くなったのは間違いなさそうね。それは認める。けどね、私はこの一件を解決するのに誰かと協力するつもりはないわ」

「本気で言っているのか? 相手はルールなんて無視してくる奴だぞ」

「私はそんな中でも戦ったことあるし問題ないわ。それに……ルール無用が望みなら私にも考えがある」

 

 ──そうか、夢想天生! 

 

 夢想天生とは、霊夢の奥義的な技だ。この技を使うと何人たりとも彼女に触れることはできなくなり、御札が一方的に襲ってくるらしい。

 

「無駄だよ。逃げられたらどうするつもりだ?」

「そしたらその時に考えればいいじゃない。とにかく、私なら無傷で戦えるしうまくいけばそれで終わるかもしれない。皆がこれ以上傷つくこともないのよ」

 

 ──これは、霊夢なりの気遣いだろうか。そんな様子は滅多に見せないが、霊夢は仲間が傷ついたら心配する優しい子だ。きっと、俺が何度か死にかけているからいよいよ我慢できなくなったのだろう。

 

 そう考えていると、横でやりとりを見ていた咲夜が口を開いた。

 

「霊夢。あなた変わったわね。友人を傷つけられて苛立っているんでしょう」

「っ! ……まあ、それなりにね」

「やっぱりそうだったのか、霊夢! ありがとう。なんか凄く嬉しいよ」

「本当に貴方は変な奴ね! 人が心配するとそうやって嬉しそうにするのなんなの?」

 

 だって、外の世界にいたときからの推しが俺を心配してくれてるんだぞ。嬉しいに決まってるじゃないか! しかも、心配するってことはそれなりに友達だと思ってくれているんだろうし。

 

「へへっ、嬉しいんだから仕方ないでしょ。……心配してくれるのは嬉しいけど、俺は戦うよ。霊夢がなんと言おうとね。やられっぱなしは性に合わないから」

 

 俺は、親友の目を見て自分の想いをぶつける。自分が本気であることを伝えるには、目を見て熱意を身体で表現するのが一番だ。

 

「……そう。それなら、私と勝負して貴方の力を見せて。どっちみち、お互いの力量がわからなかったら協力なんてできないからね。もし私が勝って、戦力にならないと判断したらこの件から身を引いてもらうわ。それでいい?」

「なるほど。自己PRをして、俺の強さを見せればいいんだね。──わかった。ルールは?」

「実践に近いものがいいから、そうね……打撲以上の怪我を負わせなければなんでもありっていうのはどう?」

「……いやだ。夢想天生を使うのだけは勘弁してほしい。それを破るのは望ましくないからね」

「なーんだ。使おうと思ってたんだけどな〜」

 

 アホ! そんなチート技使われたら何もできないだろうが。さては俺に勝たせる気無いな? 恐らく第二の能力を使えば無効化できるかもしれないけど、そういうことはあまりしたくないんだよ、勘弁してくれ。

 

「わかった。互いに常に実体化していること。相手を降参させた方が勝ちね」

 

 今まで「常に実体化していること」なんてルールを聞いたことがあるだろうか。いや、無い。

 

「わかった。それでいこう」

「まあ、夢想天生がなくても貴方に勝ち目はないけどね」

 

 カッチーン。めちゃくちゃ舐められてるじゃん。これは相手が主人公だろうが関係ない。あっと言わせてやるぜ! 

 

 俺は敢えて言い返したい気持ちを抑える。この気持ちを戦うモチベーションに変えるためだ。

 

 ──さて、主人公補正がありませんように……。あったら勝てん。

 




ありがとうございました。よかったら感想ください。

【2人が添い寝しているところを目撃され、妙な誤解をされていることを告げられた霊華の心境】
「昨日はあまり寝られなかったから眠いなぁ……。え? まあ鈴仙は私が神谷くんのことを好きだって知っているし、別にいいかな」

そう、彼女の脳は半分以上眠っていたのだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#111「vs博麗霊夢」

 やるからには本気でやりたいということで、俺達は一旦外に出て戦うことにした。互いの間合いよりも離れた位置に立ち、戦闘の構えを取る俺と霊夢の横では、咲夜と美鈴が見守っている。

 

「二人とも、準備はいいわね。──始め!」

 

 咲夜の掛け声により、闘いの火蓋が落とされた。霊夢は御札を鋭く飛ばしてくる。

 

「オラッ!」

 

 俺は腰に携えた刀を抜刀しながら霊力の刃を飛ばす。その刃は御札と衝突し、爆発する。視界が土煙で遮られている間に、縮地を用いて霊夢の背を取る。そのまま霊夢が俺に気付く前に袈裟斬りを繰り出す。

 

「──っ! 速いわね……」

 

 流石は霊夢だ。完全に入ったと思った一撃は、(すんで)の所でガードされた。大幣と刀との鍔迫り合い。パワーでは男の俺が有利。しかし、霊夢の戦闘センスは俺を遥かに上回るだろうから油断できない。

 

「これはどういうつもり? 何で木刀なんか使ってるのよ」

「本気で戦うんだ。斬れたら危ないだろ。それに、打撲以上の怪我は負わせたら俺の負けになっちまう」

「そのうち真剣にしとけばよかったって後悔するわ──」

 

 突然、前から押される力がなくなってバランスを崩す。一瞬で俺の背後をとった霊夢が大幣を払っている。

 

「──よ!」

「危なっ!」

 

 バランスを崩していた俺は、敢えてそのまま地面に倒れ込み、受身をとる要領で転がることで回避した。その後、直ぐに立ち上がって木刀を構える。

 

 ──今のは、瞬間移動か? もし、ただの高速移動ならまずい。俺は霊夢の動きを見切れなかった。

 

『瞬間移動です。霊夢は間違いなく突然目の前から消え、貴方の背後に現れました』

 

 ──何故かワープできるんだっけ? 空を飛ぶ程度の能力によるものなのか? 

 

 取り敢えず、常に霊夢がワープする可能性を考える必要がある。

 

『来ますよ』

 

 ──ちゃんと気づいてますよ! 

 

 霊夢は詠唱を始めたかと思うと、煌々としたオーラを纏った。その数秒後には詠唱が終わり、十八番の技を繰り出す。

 

「──夢想封印!」

 

 彼女の周りから光弾が数個放たれた。バランスボールくらいの大きさのそれらが素早く飛んでくる。俺は夢想封印をギリギリまで引き付けた後、縮地を使って躱す。

 

 そして、縮地で得た勢いを利用して霊夢の真正面から斬り掛かる。霊夢は俺が繰り出す無数の斬撃を受け止め、時には払ってみせる。

 

 ──霊夢は体術もいけるのか

 

「そこっ!」

 

 霊夢は、俺が木刀を真上から振り下ろしたタイミングで横に躱し、大幣で俺の手首を叩いた。その衝撃で手から木刀が抜け落ちた。俺は直ぐに新しい木刀を創造しようとするが、それよりも早くに霊夢が俺の腕を掴み、投げ技を繰り出した。

 

「ちっ!」

 

 投げられている間、俺は空中で強引に霊夢を振り払うことで技を回避する。回避すると同時に木刀を複数創造し、射出することで動きを牽制する。

 

「器用ね。大体のヤツは今ので一本取れるんだけど」

「投げただけで降参するのか?」

「その後、封魔陣に繋げるからね」

「なるほど。嫌な予感は当たったか」

 

 ──今のところは、霊夢と闘えている。しかし、勝利までの道筋が思いつかない。

 

 この闘いは、降参させたら勝ち。ただ霊夢に勝つというよりは、俺の力が吸血鬼との闘いに役立つことをアピールすることに重点を置くべきだろう。

 

 そこまで考えた俺は、木刀を解放することで妖斬剣にする。妖斬剣は、必ずしも、いつも使っている刀である必要はない。予め『合図に応じて妖斬剣に変化する』機能を付与すればいいのだ。

 

「この刀の名前は妖斬剣。妖の類を祓う力を帯びた刀だ。剣とは言っているけど、この力は創造の能力で与えたものだから、どんなものにでもこの力は与えられる。例えば、妖斬剣の効力を持った大幣を作れたりする」

 

 俺は、霊夢に妖斬剣の説明をする。

 

「気になる性能だが、まずその辺の雑魚妖怪は近づいただけで消滅する。強い妖怪でも、例えば美鈴さんやレミリアさんをも震えさせた実績がある。あとは、八雲藍や紫にもね。嘘だと思うなら、後で聞いてみればいいよ」

 

 俺は、手に持った妖斬剣を消すと、指をピンと立てる。

 

「大妖怪ですら震えさせる強力な刀だが、これは当然人間にはなんの効力も持たない。だから、霊夢には使わない。その予定だったよ。でも、ここからは敢えて使おう。妖斬剣の使い方、汎用性の高さを見ればきっと俺を採用したくなる」

 

 俺はそう言って、妖祓いの五月雨(レインバレット)を使う。

 

「なるほど……」

 

 数多の魔法陣から射出される無数の妖斬剣。これを見た霊夢は、感嘆の声を漏らした。

 

「弾の数や密度は申し分ない。加えて、それだけの力を持った刀をこんなに量産できるのは確かに凄いわ。あんまり美しくないけど、まあ今回はどうでもいいか」

 

 霊夢は、実際に妖祓いの五月雨(レインバレット)を避けながら感想を述べた。

 

「その刀のことはよくわかったわ。これで貴方自身も強ければ合格ね」

 

 霊夢は地上にいた俺の目の前に現れると、大幣を刀のように振って斬撃を繰り出してきた。霊夢がワープしてきた時点で木刀を創造していた俺は、難なく斬撃を受け止める。

 

 ──体術ができるとは言っても、斬撃においては俺の方が慣れている。攻撃を見破るのは容易い

 

「面倒臭いけど、ここからは本気でいく! だから貴方も私をレミーだと思ってかかってきなさい!」

 

 大幣を振りながら叫ぶ霊夢。それに呼応するように彼女の身体から霊力が溢れていく。

 

「えっ、霊夢も霊力を使えるのか?」

「これは妖梨の受け売りよ。貴方もさっき紅魔館でやっていたでしょ。そのとき、昔見たのを思い出したのよ」

 

 昔……ああ、春雪異変のときか? そうか、俺が知っている原作では妖梨はいない。けれど、この世界の幻想郷に妖梨は確かに存在する。彼も春雪異変のときに霊夢と闘ったのだろう。

 

「霊力操作って、そんな簡単にできるものじゃないんだけど?」

「へえ! 初めてやったけど簡単じゃない」

 

 霊力で身体強化した霊夢の斬撃は重くなった。霊夢が放出している霊力量は多いため、生身で受けることは難しい。

 

 ──霊力操作が簡単だって? 

 

「ったく、これだから天才は……。けどよ、こと霊力操作においては俺の方が慣れてる。それに、こちとら霊力操作のプロに修行をつけてもらってんだ。半端者に負けはしないぜ!」

 

 霊夢程の人が霊力操作を使えるなら、遠慮することはないだろう。本気を出しても勢い余って怪我をさせることもあるまい。

 

 俺は身体に霊力を纏うとフルパワーで木刀を振り、霊夢の大幣に当てる。僅か1秒程は力が拮抗しているように思えたが、直ぐに大幣が折れた。獲物を失った霊夢は咄嗟に徒手空拳に切り替え、次なる俺の斬撃に備える。しかし、もう勝ち筋は見えている。

 

「これで終わりだ!」

「舐めないでよね! 私は博麗の巫女よ! 木刀を1本捌くくらい、訳無いんだから!」

 

 ──ああ、霊夢は強いからな。そのくらいできるだろう。だが! 同時に9本を相手にできるか!? 

 

「無駄だね! オラァァァアアアア!!」

 

 ──九頭龍閃

 

 ゼロ距離で放たれた九つの斬撃。流石の霊夢もこんなものを見るのは初めてなのだろう。

 

「くっ……!」

 

 結果は言うまでもない。

 

「悪いけど、俺も本気だ。レミー退治、俺も参加させてもらうよ」

 

 前方に吹き飛んでいった霊夢は背中から地面に伏した。その様子をみて胸が痛むが、ちゃんと受身を取っているだろうし、纏っていた霊力量も半端じゃないから怪我はないだろう。その証拠に、数秒経った今は起き上がって、服についた埃を払っている。

 

「まだ続ける?」

「……今の、もう1回やってみて」

「え? ……わかった」

 

 俺と霊夢の間は数メートル開いている。だが、縮地を使えばこの程度の距離はゼロに等しい。

 

「行くよ、──九頭龍閃!」

 

 縮地を使った刹那、俺は既に霊夢の懐に入った。間髪入れずに九つの斬撃を繰り出した。──しかし

 

「──なっ!? ちっ……!」

 

 斬撃が当たろうとした瞬間、霊夢は目の前から消えた。勝ちを確信していたせいで驚いたが、直ぐにワープしたと察する。ワープした先が真上だと気づいたとき、霊夢は空高くから大量の御札を投げつけてきた。それはまるで御札の雨だ。だが、雨とは言っても範囲は狭い。故に、縮地を使えば簡単に避けられる。

 

 御札を投げ終わって着地した彼女から少し距離を取って様子を見ていると、霊夢は満足気に笑みを浮かべて口を開いた。

 

「よし。ちょっと焦ったけど、もうその技は効かないわ」

「確かに、1回見ただけで対処してくるとは思わなかった。流石だな」

「そうでしょ? まさか貴方から一撃を食らうとは思ってもみなかった。本当に強くなったのね」

「俺も、霊夢を驚かせてよかったよ」

「あの技を避けられた後の対処もよくできていたわ。私の瞬間移動と似てるわね」

「やたらベタ褒めするな。油断させる作戦か?」

「いいえ。貴方の力は十分分かったからもう終わりよ。頑張ろうね」

 

 その言葉を聞いて、俺はホッとため息をついた。

 

 ──よかった、終わりか。これ以上はヤバかった。

 

 実は、俺の霊力は今にも底が尽きそうなのだ。何故って? 昨日、第二の能力で使い尽くした霊力が回復しきってないからだ。もし霊力が切れたら霊夢と闘うことはできなかっただろう。

 

 ───────────────

 

 闘いに決着がつき、皆で元いた部屋に戻る道中、咲夜が霊夢に話しかけた。

 

「霊夢、自分が負けそうになったとき悔しかったんでしょう。だからもう1回使わせた。違う?」

「お腹空いたな……」

「露骨に話を逸らすってことはそうなのね。良かったわね、祐哉……あら?」

 

 俺が美鈴と話していると、前を歩いていた咲夜が俺の方を見ていた。

 

「どうかしましたか?」

「聞いてなかったの? それなら教えてあげる。霊夢が──」

 

 咲夜が何か口にしようとしたとき、霊夢が裏拳を繰り出した。咲夜はそれを難なく受け止め、霊夢を睨む。

 

「……そういえば、私も偽物と戦いたいのだけど、貴女に力を示す必要があるかしら?」

「アンタも戦うつもりだったの? そうね、捻り潰してあげる」

 

 よく分からないけど、2人の闘いは必見だ! 是非やって欲しい。

 

「お前達、何をしているの」

「……! お、お嬢様! お目覚めになられたのですね。お身体の方は……」

「問題ない」

 

 2人の闘いは、部屋から出てきたレミリアによって阻止された。残念すぎる。

 

「レミリアさん、お疲れ様です」

「あら、祐哉は全治数ヶ月の重症って聞いてたけど、どうしたの?」

「なんやかんやあって治りました」

「……へえ」

 

 意味がわからないといった反応をされた。まあ、仕方ない。真実を話すわけにもいかないし。

 

「レミリアさん、レミー・ブルーレットと闘ったそうですね。俺と霊夢はアイツを処分します。そのために、力を貸していただけないでしょうか」

「……アイツは、この私が全力を出しても倒せなかった。霊夢はともかく、祐哉にできるの?」

「祐哉の力は私が保証する。なんなら、アンタも戦ってみれば?」

「そうね。本気の私を前に何処までやれるか見てあげる」

 

 ──うーん、まずい。

 

「あの……申し上げにくいのですが……」

「何よ。怖気付いたの?」

「まさか。いずれ作戦を立てたら霊夢と共に模擬戦を頼むつもりでしたよ。ただ、今は勘弁してください。作戦もまだ決まっていないし、何より今の俺は霊力が無くなりかけているんです」

 

 実際の現場でそんな言葉は通用しない。もしそんなことを言われたら、諦めて戦うしかない。だがその場合、俺はMP回復の使用を余儀なくされる。あれは奥の手だから使いたくはないが、ここで手を抜いた戦いをすれば切り捨てられてしまう。

 

「え、貴方そんな中私と戦ってたの?」

「実は……。霊夢を相手に節約とかできなかったから、もう少し長引いたら霊力切れ起こしてたよ」

「何で言わなかったのよ」

「言い訳みたいじゃん」

 

 まだ霊力が回復しきれてないから宜しく。なんて言うのは負けたときのための保険みたいでみっともないだろう。

 

 俺と霊夢の話に区切りがつくと、レミリアが話しかけてきた。

 

「そういうことなら、先に作戦を立てなさい。2日後の夜に勝負をしましょう」

 

 レミリアはそう言って、部屋に戻っていった。そのとき、何となくだがふらついているように見えた。レミリア自身もまだ回復しきっていないのだろう。彼女をここまで消耗させたレミーは恐ろしい奴だ。恐らくレミーも同じくらい弱っているが、人間を喰ってとっくに回復しているだろう。

 

 ──化け物退治って大変なんだな

 

 




ありがとうございました。よかったら感想ください。

そろそろ疲れてきたのでしばらく投稿が遅くなるかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#112「作戦会議」

お疲れ様です。祐霊です。

めっっっっっっっっっっちゃお待たせしました!

4ヶ月ぶりの投稿で前の話を忘れた方のために、前回をあらすじを。必要なければ本編へどうぞ。

【あらすじ】
んー、纏まらん。
……前回の話を見てください()




 俺達は、元居た部屋に戻って作戦を練り始めた。

 

 まずはレミーの情報を全員で共有することから始めたのだが、改めて振り返ると頭が痛くなるような内容だった。

 

「指を弾いただけで美鈴を吹き飛ばすパワーに、目にも止まらぬスピードを併せ持つ。それに加えて死んでも復活する、か。厄介ね」

「それだけじゃない。俺が何より驚いたのは、ソイツと互角の力を持ったレミリアさんが一度も殺せなかったってこと。こんな奴にどうすれば勝てるのかな……」

 

 互角の力では倒せないなら、それ以上の力で倒すのがセオリーだ。しかし、純粋な力で吸血鬼に勝る人間はいない。

 

「でも、貴方はそんな奴を何度も倒したのよね。それは()()()()()を使ったから?」

 

「さっきの刀」が妖斬剣を指していると認識した俺は、霊夢の言葉に頷く。

 

「妖斬剣はレミーにも有効だった。あれは妖怪に強い刀だからね」

「それにしたって相手は吸血鬼よ? 本気を出した連中に攻撃が当たるの?」

「当てに行くのは難しいね。向こうから仕掛けてくるから、それを防御しつつ隙を見て攻める感じだった。最初は舐められてたから、妖斬剣を体内に創造するだけで倒せたんだけど……」

 

 レミーが俺達を舐めていたときに倒せなかったことが痛いな。

 

 そう考えつつ、言葉を続ける。

 

「本気を出したアイツは速すぎて目で追えなかったよ。気を付けた方がいい」

 

 ふーん、と霊夢が言った。「自分なら見えるだろうか」みたいなことを考えているのだろう。

 

「咲夜さんは、レミーの動きを見切れましたか?」

「ええ。私はちょっと特殊だからね」

「そうですか」

 

 ──もしかしたら俺はお荷物かもしれないな

 

 ───────────────

 

 作戦会議を終えて紅魔館を出る際、霊夢に「寄る所がある」と告げて別れた。

 

 その後、紫と合流して会議の件を報告した。

 

「了解よ。…………それで、どうしたの? 自信を無くした、みたいな顔ね」

「え、表情に出てましたか?」

 

 心境を読まれたことに驚くが、隠す必要もないので話してしまうことにする。

 

「正確には、この戦いに俺が必要なのか疑問に思っています。俺は本気のレミーの動きに対応できませんでした。これでは役に立たないでしょう。それに、霊夢と咲夜の方が今回の戦いに向いている」

「それはどうして?」

「2人の方が俺より安定して戦えるじゃないですか。霊夢は『夢想天生』を連発していればいいし、咲夜は時間を止めている間にナイフをレミーに刺せばいい。火力は十分。だから俺は武器の供給に徹します」

 

 俺がそう言うと、紫はクスクスと笑った。

 

「なんだ、そんなことで悩んでいたの。……良い? 攻め手は多い方がいいわ。構わず攻めなさい」

 

 紫は自身の目の前に小さなスキマを作り、中を覗く。

 

「丁度、最適な相談相手がいるから行ってきなさい」

 

 今度は俺の足元にスキマが作られた。咄嗟のことで反応が遅れた俺はそのままスキマに飲み込まれた。

 

 ───────────────

 

「あれ、祐哉? スキマが出てきたから紫さんが来ると思ったんだけど」

「妖梨……?」

 

 スキマによる転送先は白玉楼だった。そして目の前には妖梨がいた。

 

「その様子だと何か悩んでいるみたいだね。もうじき夕飯だから食べて行きなよ。話はその後にでも聞こうか」

「あ、いや……すぐに帰るって霊夢に言っちゃったんだ。ごめん」

「そっか。それなら今聞くよ」

 

 今の時間帯は夕飯前の入浴時間だ。白玉楼で暮らしていたときは、夕方まで修行した後、順番に入浴していた。恐らく叶夢は風呂だろう。

 

「あのさ、妖梨…………いや、()()として相談があるんですが」

 

 俺は一部の情報を伏せつつ事情と悩みを話した。

 

「君はいつも強大な敵に立ち向かっているよね。師匠として、親友として誇らしいよ」

 

 妖梨は俺の事情にコメントしてからアドバイスをくれる。

 

「君の悩みだけど、解決する術は全て教えているよ。あとはそれをどう使うかだ」

 

 なんだろうか。

 

 困ったときの対処法として初めに思い浮かぶのは、創造だ。

 

 動きが速すぎて目に映らないなら、動体視力を強化する物を創造すればいい。しかし、前に動体視力を強化する眼鏡を掛けていたら、妖夢に禁止されたのだ。さらに、無断で使用したら破門するとまで言われている。故に、最も簡単な手は使えないのだ。

 

 だが、妖梨は既に解決する術を教えていると言う。

 

「まあ、たまにはじっくり悩んでみなよ。ヒントは、さっき言った『既に教えている』ことだよ。つまり、もう君はその術を身に付けているんだ」

 

 ───────────────

 

 帰路についた俺は妖梨のアドバイスを頭の中で反芻するが、結局彼の言葉の真意に辿り着けぬまま博麗神社に到着していた。

 

 居間に入れば、霊夢に「遅い」と怒られてしまった。上の空で謝罪していると、台所にいる霊華に話しかけられた。

 

「あ、おかえりなさい! 丁度良かった。あと少しで夜ご飯ができますよ」

「ただいま。今日の夕飯は何?」

 

 煮物の良い匂いにつられて台所へ。手を洗った後に霊華の隣から鍋を覗き込む。

 

「今日はですね〜豚の角煮です!」

「ほんと!? 俺、豚の角煮好きなんだ! ……あ、早速使ってくれたんだ」

「はい。この使い魔、便利ですね。豚の角煮は初めて作るんですけど、うまくいきそうです」

 

 昨日、俺は霊夢と霊華に圧力鍋と使い魔をプレゼントした。使い魔には料理のレシピを学習させており、作りたい料理名を言えば手順を指示してくれる優れモノだ。また、手元にある材料を言えば、それを使った料理を提案してくれるという主婦の見方とも言える機能を持っている。

 

 因みに、俺は半年間の()り暮らしで「材料を入れると自動で調理してくれる鍋」を使っていた。料理が得意ではない上、面倒臭い自分にとっては欠かせないアイテムだ。

 

 初めは同じ物を2人にあげようとしたのだが、霊夢は別に要らないと言い、霊華は料理が好きだからと言って受け取ってくれなかった。その代わりに「料理を手伝ってくれる便利アイテム」をプレゼントしたら大喜びしてくれたのだ。

 

「「「いただきます」」」

 

 今晩のメニューは、ご飯と豚の角煮、味噌汁だ。どれもおかわりできるように多く作ってくれたらしい。

 

「ん〜美味しい。祐哉が帰ってきてから生活の質が上がったわ〜」

「え、前まで何食べてたの? ちゃんと食べてた?」

「霊華もいるし、ちゃんと食べてたよ」

「交代で作ったり、一緒に作ったり。ちゃんと三食食べていましたよ」

「でも、ここまで手の込んだ物は食べてなかったし、これも私の知っている豚の角煮とは比にならないわ」

 

 霊夢は、箸で簡単に切れる程に柔らかい厚切りの肉を頬張ると、幸せそうに微笑む。

 

「確かに、これは外の世界で食べた物より美味しいよ。博麗さんが料理上手で良かった」

「いえいえ、調理環境を整えてくれたからこそですよ」

 

 霊華は照れくさそうに謙遜する。

 

「後は材料ね。こんな上質なお肉、一体どこから仕入れたの?」

「ふふ、それは秘密さ」

 

 霊夢が言った通り、俺が来てから生活の質(QOL)……というか食事の質が上がったのだとすれば、それは「調理環境」と「食材」を提供した影響だと思う。

 

 調理器具は創造の力で用意し、食材の調達は紫にお願いしている。彼女に協力すれば「幻想郷で五回人生を遊んで暮らせる」程の対価を貰えるという契約を利用したのだ。

 

 遊んで暮らせるのは一回で十分なので、美味しいものを食べたいと相談した。その結果、月に二回、外の世界から高級食材を仕入れてくれることになったのだ。

 

 ──うん、美味しい。無限に食べられる。タウンワークで「豚の角煮を一生食べ続ける仕事」を探してみようかな。

 

 神社に戻ってまだ2日か3日ということもあり、まともなご飯が食べられることに幸せを感じる。美味しい料理を作ってくれた霊華のお蔭で、なんだかスッキリした。

 

 ───────────────

 

 ──翌日、紅魔館の大広間──

 

「作戦会議は終わったようね。それなら試してみる?」

 

 翌日、霊夢と共に紅魔館に行くとレミリアから模擬戦の誘いを受けた。

 

 明日行う予定だったが、いつレミーが動き出すかわからない以上、準備は早めに行った方がいいということでお願いすることにした。

 

「お嬢様、お身体はもう宜しいのですか」

「相手がお前達なら問題ない。遠慮はいらないよ」

 

 レミリアは、咲夜の問いに挑発的な笑みを浮かべて返した。咲夜は、膝まで届くスカートの内からナイフを取り出し、一歩前に出た。そして、結構ノリノリな口調で話しかけてくる。

 

「そういうことなら、3人でやっちゃいましょう」

「舐められてるってことは分かったわ。勢い余って退治しても文句言わないでよね!」

 

 霊夢は大幣とお札を構えて準備万端だ。それを見て、俺は少し遠慮しがちに帯刀に手を添える。闘う理由がないときはどうもやる気が起きない。

 

 ──作戦らしい作戦も決まっていないし、チームワークも無しに勝てるのかな? 

 

 全員が戦闘準備を整えた後、合図もなく各々動き始めた。

 

 レミリアは宙に浮かび、霊夢は御札を投げ、俺は刀を放つ。

 

 俺達の攻撃が当たる頃、無数のナイフが突然レミリアの前に現れる。

 

「霊夢、時間稼いでくれる?」

「分かった」

 

 俺が霊夢に頼むと、彼女はレミリアの元へ向かっていった。俺はそれを視界の端に捉え、隣にいる咲夜に声をかける。

 

「咲夜さんは寸止めで良いので時間を止めてナイフを刺してきてください」

「任せて」

 

 レミリアは、俺達が話している間にグングニルを生成して、三種類の弾幕を蹴散らしていた。その後、迫ってきている霊夢に向かって跳ぼうとする。

 

「……流石は咲夜ね」

 

 しかし、レミリアの初動は咲夜によって阻まれた。後ろからナイフを首筋に突き付けられたレミリアは、咲夜を称賛する。

 

「これで1回殺しました」

 

 主人に向かって言うセリフではないが、彼女は楽しそうに言った。

 

 ──やっぱり、咲夜1人でいいんじゃないかな

 

 そう思っていると突然咲夜が隣に来た。毎度のことながら少し心臓に悪い。

 

「残念だけど、この手が通じるのは1回だけね」

「そうみたいですね」

 

 レミリアから強いプレッシャーを感じる。恐らく、その正体は妖力だ。妖力で防御されているなら、普通のナイフは通らないだろう。

 

 ──ならば

 

 創造したナイフを手に持つ。

 

「このナイフに妖斬剣と同じ力を込めました。これならあのガードは破れると思います。やらなくていいですけ──あれ?」

 

 やらなくていい。そう言っている間に手からナイフが無くなり、咲夜も消えた。

 

 ──不味い。レミリアにとってそれは致命傷になるぞ

 

 咲夜のナイフ攻撃はレミリアのガードを容易く貫く。そう思っていると……

 

「──っ!?」

 

 ナイフが俺の元に飛来する。咄嗟に首を傾けることで紙一重の回避に成功するが、ナイフは宙をジグザグに飛び回って方向転換し、再び俺に向かってきた。

 

「どういうことだ!?」

 

 刀でナイフを斬る。

 

 ナイフが砕け散る様子を見届ける代わりにレミリアを見れば、丁度グングニルを振り払っていた。薙ぎ払い攻撃を食らった咲夜が猛スピードでこちらに飛んできたため、俺は足腰に霊力を集めて踏ん張りを強化してから受け止める。

 

「大丈夫ですか?」

「ええ……。お嬢様が本気だったら今のでやられていたわ」

「何があったんですか?」

「お嬢様に直接斬りかかるつもりだったのに、()()()()()()()の。仕方なくナイフを投げたら、お嬢様に当たる直前に軌道が逸れたわ。それも、有り得ない角度でね」

「外したってことですか? 咲夜さんが?」

 

 咲夜と話していると、爆音が聞こえた。音がした方に目を向けると、霊夢がバク宙の要領で回転しながら下がってきていた。爆発が起きているのはその先……恐らく、攻撃を喰らったのはレミリアの方だ。

 

「ふう、流石に簡単にはいかないわね……。何か分かった?」

「丁度よかった。霊夢にも言っておくけど、多分私の攻撃はもうお嬢様に当たらないわ」

「どういうこと?」

「十中八九、お嬢様の力によるものでしょうね」

 

 それって、『運命を操る程度の能力』のことか? 

 

 そう考えていると、爆風の中から現れたレミリアが服についた埃を払いながら地に足を付けた。そして、耳を疑うような発言をする。

 

「咲夜とナイフの運命を操ったわ。これで咲夜は私に近づけないし、あのナイフは壊れるまで延々と祐哉を狙い続ける」

 

 ──なんだって!? 

 

「確か祐哉は創造した物を消すことができたわね。でも、あのナイフは消せなかったはずよ。私の下僕(しもべ)にした時点で貴方の制御下から外れているからね」

「じゃあ、もし俺が『ナイフの破壊』ではなく『創造の解除』を選択していたら……」

「避ける暇もなく刺さっていた」

 

 なんということだ。運命操作とはこんなにも恐ろしい能力だったのか。

 

「でも、どんな力にも弱点はあるもの。高度な運命操作は、何らかの形で対象に触れないとできない」

「咲夜に捕まったときに既に行動していたわけね。ナイフの方はアンタに当たった瞬間に操ったの?」

 

 霊夢の質問にレミリアは首を横に振った。

 

「そんなことしたら無事じゃ済まないわ。私の妖力の壁に触れた瞬間に操ったのよ」

 

 そんなに強い力があるなら、レミリアにもレミー退治を手伝って欲しかったな。2人の能力がぶつかると相殺されるらしいから、そうもいかないけど。

 

「レミリアさんとレミーの力は何が違うんだろ……」

 

 俺の呟きにレミリアが答えた。

 

「かなり違うわよ。私は、『人や物の運命を見て誘導する』ことができる。例えば、私は自分の死を予知して回避できるけど、死んでからじゃ何もできない。対して、レミー(アイツ)はこれらができない代わりに、『死んだことを無かったことにできる』のだと思うわ」

 

 

 恐らく、こういうことだろう。

 

 

 レミリア:未来予知+未来の改変

(例)死ぬ未来を予知+回避

 

 レミー:過去と現在の改変

(例)死んだ瞬間にその運命を「死んでいない運命」に書き換える

 

 

「さっき私は、ナイフの『私に当たる運命』を操って『祐哉に当たる運命』にしたのよ。多分、アイツも結果的に見れば同じ事ができるけど、そこに至るまでのプロセスは全く異なるはず」

「うーん、なるほど……」

「さっきから何を言っているのか全然わからないんだけど」

「安心していいよ霊夢。俺も整理しきれてないから」

「要するに、私達が本気で力を使えば色々できるってことよ。さて……」

 

 ──ぐっ!? 

 

 気づくと殴り飛ばされていた。ガードが遅れた分、攻撃を食らった腹が鈍く痛む。

 

「まだまだ、これからよ」

 

 レミリアは、今もなお吹き飛ばされている俺を先回りして話しかけてきた。そして、そのまま後ろから殴られる。

 

「ぅ……!」

「ほら、どうしたの? 貴方の力はそんなものかしら」

 

 ──速すぎる! レミリアの動きが目に映らない。妖夢や妖梨より速いかもしれない。

 

「くそっ!」

 

 俺にできることは大きく分けて『霊力操作』、『剣術による近接戦闘』、『創造』、『支配』の四つだ。支配は論外としても、これだけの力があれば十分レミリアに太刀打ちできるはずなのだ。

 

 ──どうしたら勝てるか考えろ。自分が持ち得る力を組み合わせるんだ

 

「このままじゃ袋の鼠だよ!」

 

 四方八方から突進してくるレミリア。その動きを予測できないために予想外の方向から攻撃を受ける状況がストレスとダメージを蓄積させていく。

 

 一応霊力で身体を強化しているが、それでもダメージはあるため早々に「袋」から抜けたい。

 

 ──そうだ、攻撃が来る場所がわからないなら、()()()()()()()()()()()()()。それも、必要なときに瞬間的に現れる壁が望ましい。

 

「──痛っ!」

 

 頬に鋭い痛みが走った。思わず手で触れると、僅かに血に濡れた。幸い擦り傷程度で済んだようだが、深傷を負うのも時間の問題だろう。

 

 ──アイデアは浮かんだ。迷っている暇はない。早くなんとかしないとあっという間にリタイアだ。

 

 やるしかない! 

 

 




ありがとうございました!
もし良かったら感想をください! 励みになります。

レミリアの能力は独自解釈です。原作ではどういった能力なのか語られていないようなのでご注意を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#113「明鏡止水」

 目を瞑り、体外に放出していた霊力を操作する。

 

 今まで俺は霊力をなんとなく放出していた。身体強化をするだけならそれで十分だったからだ。

 

 今回は意図的に球状に展開するんだ。

 

 ──霊力を薄く、広く伸ばすイメージ……

 

 理想は自分から半径4m程先に霊力の壁を作ること。

 

 このような霊力操作は難易度が高く、加えて初挑戦であるため、要する集中力は尋常ではない。

 

 霊力の壁を展開した後は、自分の領域にある物体を感知する。

 

 無論、思うようにできずにタコ殴りにされる。

 

 それでも諦めずに集中する。

 

 ──段々レミリアが間合いに入ってきた瞬間を感知できるようになってきたぞ。

 

 真横から仕掛けてくる……。次は旋回してから斜め上、5時の方向からの打撃……。もう一度旋回。その次は……

 

 ──真正面からの貫手! 

 

 俺は目を見開いて縮地を使う。ほんの一歩分だけ左に避けるのと同時に、刀を身体の右に構える。

 

「つぁ!!」

 

 レミリアの叫び声が聞こえたタイミングで、手に持っていた刀に大きな衝撃が伝わってきた。

 

「ちっ!」

 

 強い衝撃で思わず刀を手放してしまったが、なんてことはない。また刀を創造すればいいだけのこと。

 

 俺は、鞘に入れた状態の刀を創造して左手に持つ。

 

「今のは危なかった。私の動きを見切ったのか、勘が当たったのか。どっちかしら?」

「さて? まぐれかどうか試してみればいいですよ。但し、今度は予め妖斬剣を解放します。大方、慌てて刀を掴んでへし折ったんでしょうけど、今度触れたら終わりですからね」

「ふん、ちょっと自信がついたって顔つきね。いいわ。その挑発……乗ってあげる!!」

 

 そう言って、レミリアは一旦後退した。

 

 俺はその間に抜刀術の構えを取り、目を閉じて心を沈めていく。

 

 さっきのでコツは掴んだ。雑念は捨て、心を無にしていく感覚……。

 

 そうすれば、己の領域に入り込んだ物体の姿形、動きが感知できる。

 

 ──来た。今度は真後ろからの突進か

 

「そこだっ!!」

 

 俺は抜刀の際に得た遠心力を活かして背後に斬り掛かる。そのままレミリアを斬れるかと思いきや、彼女は咄嗟に棒状の塊を生成して対抗してみせた。

 

 目を開けて視れば、それは真紅のグングニルだった。どうやら、妖斬剣を持ってしてもグングニルを即座に打ち消すことはできないようだ。

 

 恐らく、妖斬剣が妖力の塊(グングニル)を祓うよりも早くに妖力が供給されているからだろう。それ故に、見かけ上は拮抗しているのだ。

 

「厄介な刀ね」

「その言葉、そのままお返しします」

 

 レミリアは、後ろに高く飛び退いた。

 

 ──さあ、次の段階に進もう

 

 ───────────────

 

 お嬢様と祐哉の一騎打ちが始まった。当然、お嬢様が優勢だ。彼女は、いつかの戦いと同じように上空からグングニルを構えている。私は霊夢に、加勢するべきかどうか尋ねた。

 

「……もう少し様子を見る。もしものときはお願いね」

「お安い御用よ」

 

 私達が見守っていると、祐哉は『()()()()』と呟いた。その後、祐哉の周りに球状の膜ができる。

 

 明鏡止水とは、邪念のない、落ち着いた静かな心境のことだ。

 

 私には、目の前にある状況と明鏡止水という言葉が結びつかない。霊夢の方を見るが、首を振った。

 

「何をするつもりなのかしら。さっきの動きから察するに、アレの軌道を捉えて避けようとしているとか? でも、間に合うかな」

 

 お嬢様が紅槍を放たんとする瞬間に私の能力──『時間を操る程度の能力』を発動する。

 

 ──時は緩やかに流れる……

 

 瞬間、世界の色が欠けてモノクロになり、周りの物全ての動きが亀より遅くなる。

 

 ──これは……! 

 

 お嬢様が投げた槍が彼の霊力壁に触れた瞬間、まるでヤスリで研いだかのように削れている。

 

 私は目の前で起こっている不可解な現象を追及すべく、彼の元に寄っていく。

 

「なるほど、考えたわね」

 

 間近で見ればよくわかる。彼は、霊力壁に触れた物体と同じ大きさの物体を重ねて造り出しているのだ。

 

「槍が削れている」ように見えるのは、これを繰り返しているからだろう。恐らく、壁に触れた物体の位置とサイズの感知は1%の誤差も許されないだろう。

 

 ──相当高度な技術なはず。霊力をこれほど使いこなす人は久しぶりに見た。そういえば、彼の師匠は白玉楼の霊力使いだったわね。道理で……

 

「ふふ……」

 

 相変わらず、貴方はグングニルの対処が上手いわね。

 

 私は、彼の心配をする必要がないと判断して霊夢の元に戻る。

 

 ──時は正常に流れる

 

 ───────────────

 

「はあ、はあ……」

 

 俺は、膝から崩れ落ちていた。汗が頬を伝っていく。

 

 ──なんとか形にはなったな。

 

『「明鏡止水」。霊力操作と内部破裂(バースト)を駆使した超高等技術ですね。一回で成功させた集中力と挑戦した度胸は誇っていいですが、もし失敗していたら今頃串刺しですよ』

 

 ──この技は便利なように思えて相当な集中力を使う。内部破裂もなかなかだったがその比じゃない。

 

 そもそも、霊力を球状に展開して維持する時点で大変なのだ。続いて、領域に入り込んだ物体の位置と大きさを感知するのも難しい。

 

 また、感知と同時並行で全く同じ大きさの物体を創造しなくてはならない。

 

 さらに、1秒間で60回も物体を創造しており、その度に脳にかなりの負担がかかっている。

 

 ゆくゆくは、この技をオートで発動できるようにしたいのだが、それには練習が必要そうだ。

 

『明鏡止水を極めるのも良いですが、レミリアの素早い動きを捉えるだけならもっと楽な方法がありますよ』

 

 ──ゑ“? 

 

『貴方は下手に能力があるので難しいことをやろうとする傾向があります。そして、それをやり遂げることができてしまう……。さっきは褒めましたが、簡単な方法がないかどうか考えるのも大切ですよ』

 

 ──ごもっともで……

 

『恐らく、妖梨が言いたかったことは霊力による身体強化を活かせということではないでしょうか。さっき咲夜を受け止めたとき、貴方は足腰に霊力を集めていましたね。何故あんなことをしたんですか?』

 

 ──何故って、足腰を強化するためだけど…………あっ! 

 

 アテナに言われて漸く気付いた。何故気づかなかったのだろう。最初からこうすればよかったじゃないか。

 

「さあ、レミリアさん。続けましょう!」

「良いわ。次は何を見せてくれるのかしら」

 

 レミリアは俺の言葉に機嫌良さそうに返答すると、もう一度グングニルを生成して一直線に肉薄してきた。

 

 俺は、普段通りに身体に霊力を纏った後、目に霊力を集中させる。

 

「はぁっ!」

「ほう……」

 

 正面からのグングニルを妖斬剣で受け止めることに成功。槍を受けられたレミリアは、一旦退いて俺の周りを素早く飛び回る。

 

 ──かなりの霊力を使って動体視力を強化しているのにまだ動きが速く感じる。流石はレミリアだ。でも、最低限の動きは捉えられるぞ。

 

 十分に加速したレミリアが再び仕掛けてくる。その動きを見切った俺は、レミリアの攻撃に合わせて妖斬剣を振る。

 

「そこだ!」

「──素晴らしい!」

 

 ───────────────

 

 祐哉がこの短時間で飛躍的に成長しているのを感じる。初めは防御すらままならなかったが、今では動きを見切ることはもちろん、避ける、捌くといった対応もできている。

 

「さて、そろそろ私達も仕掛けるわよ」

「ああ、そういえばこれは3人で連携を図る訓練だったわね」

「そうよ? 足を引っ張らないでね」

「あら、足を引っ張るのは霊夢の方よ。私の方が速いもの」

 

 ───────────────

 

 長いこと剣を振っているため、息が切れてきた。しかし、レミリアは休む暇もなく連撃を繰り出してくる。

 

 体力差という、人間と妖怪の間に生じる絶対的な壁の存在を感じてくる。

 

「ほらほら、どうしたの? スピードが落ちてるよ!」

「がっ!」

 

 レミリアが槍を払ってくることを読み、身を屈ませて躱そうとするが、彼女はそれを読んで蹴りを入れてくる。それをモロにくらって壁まで飛ばされ、壁を貫いても勢いは落ちない。もし霊力でガードしていなければ、今頃全身粉砕骨折しているだろう。

 

「っ……!」

 

 砕けそうな身体を根性で動かし、床に刺した刀を支えに立ち上がろうとする。

 

 しかし身体は動かない。痙攣した手足に力は入らず、立ち上がれずに膝から崩れ落ちる。

 

 ──息が苦しい。身体も限界がきている。

 

「まずは1人脱落ね」

 

 レミリアはそう言って俺に飛びかかってくる。集中力が完全に切れた俺はもう霊力操作ができない。動きが見えない故に訪れる恐怖をもう一度味わいつつ覚悟を決める。しかし──

 

「──『殺人ドール』!」

 

 声が聞こえたのと同時に無数のナイフが目の前に降ってきた。これは咲夜によるレミリアへの牽制だ。

 

「危ないところだったわね」

 

 例の如く突然横に現れる咲夜。いつもなら心臓に悪いと心の中で呟くところだが……

 

「助かりました」

「貴方も大切な戦力なんだから、簡単にはやらせないわ」

 

 大切な戦力、か。流石にお世辞かなぁ。でも、仮にそうだとしてもそう言ってくれたのは嬉しい。

 

 そう思っていると、咲夜が静かに語り始めた。

 

「……貴方は以前、お嬢様達と引き分けたそうね。正直に言うとその話を聞いても信じられなかったの」

 

 最後に咲夜に会ったときは剣術の修行を始める前だったから、そう思われてもおかしくない。

 

「よっぽどお二人が手加減したのだと思っていたけれど、今はもう微塵も疑っていないわ。貴方は見違える程に強くなった。ルールのない戦いでお嬢様を倒すのは難しいけれど、私達3人ならできるかもしれない──」

 

 咲夜は、一歩前に進んでナイフを構えた。

 

「──だから、今はゆっくり休んでいて。回復したら3人で一気に決めるわよ」

「──! はいっ!」

 

 咲夜が俺の力を頼りにしてくれていることが伝わってきて心が軽くなるのを感じた。

 

 ──やる気が戻ってきた

 

 ───────────────

 

「待たせたわね」

「遅いわよ。危うく1人で片付けるところだったわ」

 

 霊夢はそんなことを言っているが、流石に冗談だろう。

 

「霊夢、あなたは祐哉をどう思っているの?」

「どうって、どういう意味?」

「戦力として、よ。他に何があるの?」

「んー、そうね。十分やっていけるんじゃないかな。あの子を守るために頑張ってたからね。口にしてはいなくても見ればわかるわ」

 

 あの子……? ああ、()()()ね。

 

「私もあんな風に殿方に守られたいですわ」

「……アンタを守れる奴なんてそう居ないでしょ」

「それは霊夢だってそうでしょう」

「私は別にいいもん。守ってもらわなくたって……」

 

 霊夢はそう言ってそっぽを向いた。

 

「おしゃべりしているのは、時間稼ぎかい?」

「作戦会議ですわ、お嬢様」

「そんな暇、アイツはくれないよ!」

 

 お嬢様はそう言うと翼に力を込めた。彼女が飛びかかってくるよりも早く、霊夢が動き出した。

 

「させないわよ! 『八方龍殺陣』!!」

 

 部屋中に無数の御札が散りばめられる。広間は瞬く間に御札と弾幕で埋め尽くされていく。いつも思うけど、こんなに沢山の御札を一体どこにしまっているのかしら。

 

「──時よ止まれ、『ザ・ワールド』!」

 

 世界がモノクロになり、全ての物は動きを完全に止めた。そんな中、私だけが唯一行動できる。

 

 私が投げつけた無数のナイフは、お嬢様のすぐ手前でピタリと止まった。

 

「──時は動き出す」

 

 瞬間、モノクロの世界が色を取り戻し、動き始めた。お嬢様は、突然目の前に現れたナイフを見ても動揺した素振りを見せず、手で振り払おうとした。……あるいは、先程のようにナイフの運命を操ろうとしたのかもしれない。

 

「──これは!?」

 

 しかし、直ぐにナイフに込められた力に気付いた様子。そう、今投げたナイフはついさっき祐哉から貰ったもの。彼は、「これなら妖力の壁越しでも触れないはずです」と言っていた。

 

 このナイフは煌々と光っており、温かな波動を帯びている。

 

「触れるどころか、近付くのも嫌になるわね」

 

 お嬢様はそう言うと、2人がかりの弾幕を上手く縫って躱してみせた。

 

 ──流石お嬢様。

 

「ですがこれはルール無用の戦い。当てに行きます。──『ザ・ワールド』」

 

 世界はもう一度モノクロになる。私はお嬢様を抱えてナイフの軌道上に運ぶ。これにより、時が動き出せばお嬢様はナイフに当たる。

 

「お嬢様ならきっと、なんとかすると信じていますわ」

 

 ──時は動き出す。

 

「くっ、咲夜か! 『不夜城レッド』!!」

 

 お嬢様はその身から十字の紅いレーザーを放つことでナイフと御札を蹴散らす。回転する十字レーザーの軌道上に霊夢がいることに気づいた私は、再び時を止めて彼女を移動させようとする。

 

 ──霊夢の周りの弾幕が濃すぎて近づけないわね。まあ、霊夢ならなんとかするでしょう。

 

 そう思った私は彼女の救出を諦めて次の手を考える。

 

 ───────────────

 

「あれは、不夜城レッド……だっけ? 流石に、妖斬剣の第二段階でもレーザーには敵わないなぁ」

 

 俺は、咲夜に第二段階の妖斬剣を渡しておいた。正確には、妖斬剣の力を付与したナイフだ。刀と同じ力を付与しているため、「祓え、妖斬剣」と唱えれば当然第二形態になれる。

 

 ──あのままだと霊夢にレーザーが当たるぞ。霊夢は気づいているのか? あの子なら心配はいらないと思うけど、万が一のこともある。

 

「創造、反射鏡!」

 

 反射角を計算して反射鏡を創造する。これにより、紅いレーザーは幾度か反射を繰り返してレミリアに向かっていく。

 

 辺り一帯が真っ赤に染まったことに気付いた霊夢は、八方龍殺陣を解いた。

 

 一方、レミリアはレーザーが自信に返ってくることに驚いて『不夜城レッド』を解く。

 

 その隙に霊夢がこちらにやってきた。

 

「ごめん、見てなかった。助かったわ」

「それは良かった」

「もう回復できたの?」

「うん。お待たせ」

「じゃあ、そろそろ終わらせようか」

 

 霊夢の言葉に頷くと、彼女はまた飛び立っていった。今の俺達の立ち位置は丁度3人でレミリアを挟んでいる形になっている。

 

 勝負を決めるなら今だ。

 

「──『夢想天生』!」

 

 霊夢の周囲に八つの陰陽玉が現れた。そこから発生した御札は直線状に並び、レミリア目掛けて高速で飛来する。

 

『夢想天生』は、霊夢の奥の手であり、俺は勿論多くの人が相手にしたくないと言う技だ。

 

 これは、ありとあらゆるものから浮くことで透明人間のような無敵状態となるという反則技なのだ。

 

 彼女によると、ありとあらゆるものから浮くということは「空を飛ぶ程度の能力」の本質なのだそう。

 

 本来、厄介な技を使う相手には直接攻撃すれば妨害できるが、この状態の霊夢には触れられないため、この手は使えない。

 

 さらに、霊夢曰く目を瞑っているだけで夢想天生を使えるため、長時間使っても疲れないらしい。まさに主人公の奥の手にふさわしい技だ。

 

「──『デフレーションワールド』!」

 

 霊夢に続いて、咲夜も大技の名を口にした。

 

 咲夜はナイフを幾つかの方向に投げた。その数秒後、突然ナイフの軌道上に無数のナイフが現れた。直線的に飛ぶナイフはまるで極細レーザーのようだ。

 

『デフレーションワールド』は、時空を収縮させることで投げたナイフの過去と未来を具現化させる技だったと思う。

 

 説明を聞いても「なるほど分からん」としか言えない。

 

 ナイフを投げる。そのナイフが投げられた瞬間とその1秒後のナイフ、更に1秒後のナイフ、またまた1秒後のナイフ……というように、過去と未来のナイフを同時に顕現させているのだ。故に基本的に一直線に飛ぶため、それは実質的にレーザーとも言える。

 

 当然、咲夜が今使っているナイフは全て『第二形態の妖斬剣』であるため、レミリアに乗っ取られる心配はない。

 

「──『妖滅の氷雨(ラスト・レインバレット)』!!」

 

 切り札(ラストワード)を使った2人に合わせて、俺もラストワードを使うことにした。大広間全体に十数個の魔法陣を展開し、そこからランダムな方向に妖斬剣を放つ。無数に放たれた妖斬剣は瞬く間に大広間を埋め尽くした。一部の弾幕は咲夜の『デフレーションワールド』と衝突してしまうが、大したことない。

 

 ──その辺の妖怪にこの技を使ったら弱い者イジメになるけど、戦う前に遠慮は要らないって言っていたし、いいかな? 

 

「──祓い尽くせ、妖斬剣!!」

 

 瞬間、俺の言霊に反応した妖斬剣が全て第三段階へと変わっていく。第二段階より強く発光する妖斬剣は、あの八雲紫も感心する威力を誇る。刀が放つ波動は人間にとって温かなものだが、妖怪にとっては氷雨そのものだ。

 

 3種類の濃厚で強力な弾幕がレミリアを襲う。3人の人間が勝利を確信したそのとき、レミリアが紅く発光した。

 

 ───────────────

 

「疲れた」

「疲れたね」

 

 レミリアとの模擬戦を終えた後、俺達はお茶会という名の休憩をとっている。レミリアが着替え中で、咲夜がそれに付き添っているため部屋には俺達2人しかいない。

 

 この部屋に来てから暫く経つが、会話は殆どない。俺もそうだが、流石に霊夢も疲れたようだ。

 

「お前達、中々楽しかったよ」

 

 ボロボロになった服を着替えてきたレミリアが咲夜とともに部屋に入ってきた。そんな彼女は椅子に座るや否や上から目線な感想を口にした後、咲夜に着席するように促す。それを受けた咲夜は一礼して席についた。

 

 本来であれば従者である咲夜はレミリアの側で立って待機するのだろうが、疲労している咲夜にそれを強いるほど酷ではないようだ。

 

「納得いかないなぁ」

「そう言わないで、霊夢。あのまま続けていたら今頃瓦礫の下敷きになってるわよ?」

「なんとかなるでしょ。ね? 祐哉」

「レーザーで紅魔館にトドメを刺していいならね」

 

 今は昼で外は快晴。もし霊夢の言う通り決着がつくまで戦っていれば紅魔館は更地と化し、レミリアは太陽に焼かれ塵になり、主人を失った咲夜が独り涙していただろう。

 

 瓦礫だのトドメだのと言っている状況を理解してもらうには、勝負の行方から説明するのが早い。

 

 レミリアは俺達三人の弾幕に対抗するためにラストワードを使った。

 

 彼女のラストワード──『スカーレットディスティニー』は無数のナイフ弾幕を高速で全方位に放つのと同時に、紅い大弾幕をばら撒くというものだ。

 

 妖力で生成されたナイフは小さかったため、妖斬剣が触れた瞬間に打ち消すことができたのだが、大弾幕には敵わなかった。

 

 強い妖力が込められた大弾幕と妖斬剣の力が衝突すると、爆発が生じた。弾幕なので大弾幕も妖斬剣も無数に存在する。つまり、部屋中で爆発が生じるわけで、紅魔館がその衝撃に耐えられなかったのだ。大広間の壁にヒビが広がり、パラパラと天井の破片が落下してきていることに気づくにはそう時間が掛からなかった。

 

「このままでは紅魔館が崩れる」と考えたのは俺だけではなかったのだろう。全員が次第に弾幕を止めていく中、いち早く次の行動に移っていた咲夜が俺に向かって叫んできた。

 

 それは、創造の力で天井と壁を補強して欲しいという内容だった。咲夜の手には懐中時計が握られていたから、時間を操って建物の崩壊を遅らせていたのだろう。

 

 俺は、残りの霊力を惜しまずに使い、東京ドーム数個分の広さを持つ部屋を支える物体を作り出した。正直、模擬戦よりもこの作業の方が疲れた。サイズが大きいので俺の霊力はスッカラカンである。

 

「それで、アイツには勝てそう?」

「余裕ね」

「勿論ですわ」

「正気か!? 結構手加減されてたと思うけど……」

 

 2人とも、何でそんなに自信に満ちているんだ。

 

「初めてにしては連携も取れていたと思うわ。時間を操る奴と創造者とかいう反則人間が集まれば勝てるでしょ」

 

 と、霊夢が言った。

 

「……確認したいのだけど、一番の反則は貴女だって自覚はある?」

「マジそれ」

 

 やろうと思えばずっと夢想天生を使って一方的に攻められ、妖怪にとってその攻撃は全て必殺そのものだなんて、反則そのものじゃないか。

 

「ま、もし私達だけで無理だったとしても、大丈夫よ」

「何か隠し球でもあるの?」

「忘れたの? アイツが黙ってるわけないでしょ? レミーのことだって、きっと勝手に調べてると思うわ」

 

 アイツ……ああ、アイツか。霊夢と同じくらい頼りになる親友だ。

 

 咲夜も霊夢の言う「アイツ」を思い浮かべたのか、「そうね」と言って紅茶を口にした。

 

 ───────────────

 

 夕方、俺は今日の出来事を報告するため、紫と会っていた。

 

「そのメンバーなら心配はいらないでしょうけど、もし太刀打ちできないようならあの力を使うことを勧めるわ」

「意外ですね。前にも思いましたけど、まさか紫さんの方から使用を促されるとは」

「創造の力では吸血鬼の能力を禁止できなかった。それなら、もう一つの手段を取る他にないでしょう?」

「貴女の力でなんとかできないんですか」

「愚問ね。でもこれは貴方がやることに意味があるの。レミーを倒すことは過程であって目的ではない。いつでも私がサポートできるとは限らないのよ」

「……分かりました」

「そうと決まれば、早速訓練をしましょうか」

 

 




ありがとうございました。
よかったら感想ください!

以下、任意で読んでください。

【本編で書ききれないであろう妖斬剣の設定】
・第1段階
 見た目は普通の日本刀。妖怪が嫌う力を宿している。そこらの妖怪なら、頑丈な肉体も斬ることができる。また、雑魚妖怪の場合、妖斬剣に触れる前にその刀気で浄化される。

・第2段階
 「祓え、妖斬剣」という言葉に反応してこの段階に至る。第2段階の妖斬剣は刀身が白く発光する。刀から放たれる波動は人間にとって心地よい物だが、妖怪の類にとっては背筋が凍る程に不快なもの。第1段階よりも斬れ味が上がる。

・第3段階
 「祓い尽くせ、妖斬剣」という言葉に反応してこの段階に至る。第2段階よりも一層強い光を放ち、斬れ味も上昇する。第3段階の妖斬剣は八雲紫やその式神である八雲藍といった強力な妖怪にも効果がある。

 なお、妖斬剣は「妖しき者(物)を祓う力」を付与した刀であるため、それ以外の存在にとっては普通に斬れ味のいい日本刀でしかない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#114「神谷くんを守りたいから……」

 ──博麗神社の境内──

 

「──創造」

 

 自身の周りに沢山の魔法陣を創り出す。そして、一度深呼吸をして目を閉じた後、指を鳴らす。

 

 それを合図に、魔法陣から無数の刀が射出されていく。対象は()()()()だ。

 

 あらゆる角度から異なるスピードで自由に飛び交う刀は、複雑な弾幕を構成している。

 

 ──『明鏡止水』

 

 心を静ませ、無心になって霊力を広げる。そして、自分の領域に入り込んだ物体の位置と大きさを瞬時に感知し、同じサイズの物体を同じ位置に創造する。

 

 ──14.3秒か

 

 俺はこの場に創造した物体を全て消しながら目を開ける。

 

「痛っ! 頭痛い……」

「そろそろ休んだら? 私も疲れてきちゃった」

「そうしようか。ありがとう、霊夢」

「後で何か奢ってね」

「はいよー」

 

 俺と霊夢は一旦家に戻って縁側に腰掛ける。

 

「お疲れ様です。お茶どうぞ」

「ありがとう」

 

 霊華が淹れてくれたお茶を飲みつつ、疲れた頭を休ませる。

 

「修行の調子はどうですか?」

「順調といえば順調……でも、レミー戦までには間に合わないと思う。スケジュール的な意味では遅れているかな」

 

『「明鏡止水」はこれまで身に付けたどの技術よりも難しいでしょうね。少なくともオート発動は当分無理です』

 

 俺もアテナの意見に同意だ。

 

「しかしこうも動きが無いと落ち着かないわね。嵐の前の静けさって言うのかしら」

 

 模擬戦を終えてから早一週間。レミー・ブルーレットは未だに動きを見せない。こちらから探してもいいのだが、紫には捜索するくらいなら鍛錬した方がいいと言われている。それもそうだと思った俺は、準備期間が伸びたと考えて修行しているのだ。

 

「最近は人里にも被害は出てないみたいだからね。何処かで暗躍しているのは間違いないだろうけど」

「下手に仲間とか連れてこられると面倒よね。……祐哉、一戦やろっか」

 

 縁側から降りた霊夢がそう言った。

 

「珍しいな。なんでもないときに霊夢の方から誘ってくるなんて」

「貴方の『明鏡止水』を完成させるためよ。ちょっと荒っぽい手だけど、無理矢理にでも強くなってもらう。……死なれたくないから」

「そっか、それなら付き合ってもらおうかな」

 

 俺は空になった湯呑みをお盆に乗せて境内へ歩く。

 

 ───────────────

 

 ──めっちゃ疲れた

 

 霊夢との一戦は凡そ30分間に渡って繰り広げられた。大体の弾幕ごっこは15分程度なので、そのくらいまでは体力が持つのだが、倍の時間闘うのは辛かった。

 

 模擬戦の後、風呂と夕飯を済ませた俺は自室で休んでいる。身体は重く、このまま寝てしまいたいところだが、眠気よりも焦燥感が勝っているのでそうもいかない。

 

 創造の力に加え、霊力を用いた剣術の習得によって俺はかなり強くなった。弾幕ごっこでは、あの八雲紫にも勝つレベルまで成長できた。しかし、だからといって俺が最強になったわけではない。

 

 所詮、対等に戦えるルールの中で競い、勝利しただけに過ぎない。一方、レミーとの戦闘にルールはない。純粋な殺し合いなのだ。

 

 ──このままじゃ絶対に勝てない

 

 共に戦う霊夢と咲夜の実力は本物。彼女らは数々の異変を解決してきたのだ。しかし、それもルールがある世界で戦ったからに過ぎない。

 

 ──俺達の中で誰かが死ぬ可能性だってある。全滅すら有り得る。

 

『怖いですか』

 

 ──怖い、か。そうですね。自分が死ぬことはもちろん、仲間を失うのが怖いです。

 

『当然です。しかし、戦うと決めた以上殺す覚悟はもちろん、殺される覚悟もしなければなりません』

 

 アテナの言うことは正論だと思う。

 

『それか、絶対に仲間を守るという覚悟を決めるしかありません。まあ、今回最も死亡率が高いのは貴方だと思いますが、強いて言うならそんな貴方を庇って仲間が死ぬかもしれませんね』

 

 ──! 

 

『言葉を失う気持ちは分かります。ですが、戦ではよくある話ですよ』

 

 自分の無力さで自分が死ぬならまだいい。でも、そんな俺のせいで仲間を失うのは絶対に嫌だ。

 

「寝転がってる場合じゃない……!」

 

 俺は刀を手に取って境内に出ていく。そして、明鏡止水の練習に取り組む。

 

 己の周囲に魔法陣を展開し、自分に向けて無数の刀を放つ。あらゆる角度からあらゆる速さで迫るそれらを全て予測するのは不可能。

 

 霊力を展開して、その壁に触れた物を創造で打ち消していく。

 

 徐々に刀の数を増やして難易度を上げていく。

 

 ──早く、早く強くならないと……! 

 

「痛っ!!」

 

 刀が頬を掠った。霊力の壁をすり抜けたということは、集中力が落ちている証拠だ。

 

「くそっ!!」

 

 自分でも焦っているのがわかる。だが、歯止めが効かなくなってしまった俺は創造する刀を更に増やしていく。

 

 ──壁に触れた物は全部破壊しろ!! 

 

「神谷くん!!」

 

 突然、女の子の声がした。声質が霊夢とそっくりなので判別は難しいが、その呼び方をするのは霊華しかいない。

 

 彼女が叫んだ後に、刀とは違う何かが俺の霊力壁に触れた。当然、それを感知するのと同時に『明鏡止水』を発動する。

 

「──なんだ!?」

 

 不可解なことが起きた。

 

 雲散霧消するはずの物体が、()()()()()()()()()()()()()()()のだ。間違いなく明鏡止水は成功していたはずなのに……。

 

 驚きのあまり目を開けてしまった俺は、直ぐに自分の誤ちに気付くことになる。

 

 ──しまった! 今『明鏡止水』を解いたら俺は串刺しになる!! 

 

 今から抜刀したり躱そうとしたところで間に合わない。俺は防御のために霊力を放出して身構える。

 

「あの刀を弾いてっ!」

 

 霊華が御札を投擲した。俺の元に飛んできた御札が規則的に並ぶと青い壁を生成した。無数の刀が霊華の結界に突き刺さるが、ヒビひとつ入らず事なきを得る。

 

 ──助かった……

 

「ありがとう」

「いえ、驚かせちゃってごめんなさい。でも、あのままだったら刀が神谷くんに刺さっていたから……」

「えっ! そうなの?」

 

 既に風呂を済ませ、寝間着を着た霊華は首肯する。霊華が助けてくれなかったら今頃永遠亭行きだ。もしかしたら出血多量で死んでいたかもしれない……。自分の技でうっかり死ぬとかダサすぎる。

 

「『明鏡止水』って、目を閉じていないとダメなんですか?」

「今のところそうだね」

 

 明鏡止水は極限まで集中する必要があるため、目を閉じなければならない。故に刀が感知網をすり抜けてきた場合は、無防備な状態で刀に刺されるのだ。

 

「そうですか。未完成なら一人で練習するのは危ないですよ。私も手伝わせてください!」

 

 霊華の言う通り、この訓練を一人で行うのは危険だ。だからこそ、昼間の練習では予め俺の領域内に入った霊夢が俺に刺さりそうな刀を払ってくれていた。

 

「ありがたいけど、危ないからいいよ」

「危ないのは神谷くんもでしょ?」

「俺はやりたくてやってるから」

「私も、手伝いたいから手伝うんです」

「…………」

「……やっぱり私じゃ頼りないですか。頑張りすぎている神谷くんを少しでも助けられたらって思ったんですけど……」

 

 霊華はそう言って、残念そうに俯く。

 

「いや、そういうわけじゃなくて……。万が一博麗さんを傷付けたら俺は自分を許せないから……」

「大丈夫です! 私だって少しは強くなったんですよ? 流石に刀を全て払うのは無理ですけど、神谷くんだって頻繁に失敗するわけじゃないでしょ?」

 

 ん〜……困った。

 

「いつも私を守ってくれるんですから、たまには私にも神谷くんを守らせてください」

 

 やる気満々といった様子の霊華。こうなってしまっては断れない。

 

 ──まあいいか……

 

「分かった。お願いします」

「はいっ!」

 

 俺が彼女にお願いすると、彼女はとても嬉しそうに頷いた。

 

 ───────────────

 

「ふぅ、そろそろ終わろうか」

「お疲れ様でした! 完璧でしたね」

「過去一集中したからね」

 

 そう。霊華を傷付けたくないのなら、俺が明鏡止水を失敗しなければいいのだ。

 

 それができたら苦労はしないのだが、とにかくそう自分に言い聞かせて訓練に挑んだ。『彼女を守る』と思って取り組んだおかげなのか、過去最高の精度で発動できた。

 

「そうだ、神谷くんに渡そうと思ってたんだ」

 

 何かを思い出した霊華は、小さな物体を差し出してきた。

 

「これは?」

「御守りです! 霊夢と紫さんに教わりながら作りました。きっと役に立つので、良かったら貰ってください」

 

 御守り……神社に沢山あるのに、俺のために作ってくれたんだ。嬉しいな……。

 

「ありがとう。大切にするね」

 

 彼女から貰った御守りを暫く眺めつつ、何処に身に付けようか考える。

 

 ──和服にポケットみたいなのを作って、そこに入れようかな。

 

 こういうとき、創造の力があると便利だ。ポケットくらいなら簡単に付け足せる。早速明日から身につけようと考えていると、霊華が突然ビクッと震えた。

 

「どうしたの?」

「……なに、これ……? 凄い嫌な感じがする……」

「ええ? どうしたの?」

 

 霊華は何かに怯えるように身を縮ませているが、俺にはなんのことか分からない。

 

 どうしたものかと考えていると、建物の方から霊夢が叫んできた。

 

「なにこれ!」

「霊夢もか。一体何の話さ? ドッキリか?」

「感じませんか? 何か、禍々しい物がアチコチで動いているんです」

 

 霊華にそう言われて周りを見渡すが、俺には何も分からない。

 

『無理もありません。訓練して多少はマシになったとはいえ、貴方は気配探知が苦手なのですから』

 

 ──アテナにも分かりますか? 

 

『もちろん。30体は軽く超えていますね』

 

 ──正確な位置は? 

 

『……この近くだと人里に多いですね。………………感知網を広げてみてわかりましたが、紅魔館や迷いの竹林にも何体か近づいています。──訂正します。幻想郷の至る所に広がっています。その数は今も尚増えている……』

 

「──ということらしいんだが、合ってる?」

「はい。神谷くんも感じたんですね。それなら私の勘違いじゃなさそう……」

 

 アテナから聞いた現状を口にすることで、彼女らとの認識を揃える。

 

「霊夢、この状況どうみる? 俺は()()()の仕業だと思うんだけど」

「そうかもね。なんにせよこのまま黙って見過ごすわけにはいかないわ。私は人里に行ってくる」

 

 賛成だ。他の勢力は各々で何とかできるだろうからな。

 

「俺も行く」

「私も……!」

「ダメだ。博麗さんは待っててくれ」

「どうして?」

「これがもしレミーの仕業なら、今までの異変よりも危険だ。そんな戦いに博麗さんが行く必要はない」

「それなら神谷くんだってそうじゃないですか……! 私だって強くなったんです。私の手で誰かを助けられるなら、助けたいんです!」

 

 紫との契約で、俺は戦わなくてはならない。しかし、当然霊華はそんな事情を知らない。

 

 ──俺は聖人でも勇者でも物語の主人公でもない。だから、綺麗事は言わない。口にはしないが、俺にとっては人里の人よりも霊華の方が大切だ。勿論、人里の人達は助けるつもりだ。だが、そんな危ないところに霊華を連れていきたくない。

 

「……祐哉、ちょっとこっちに来て」

 

 霊華と話していると、霊夢に呼ばれる。彼女の元に歩いている内に霊華は部屋に入ってしまった。道中の足取りは力強かった。

 

 ──霊華は人里に向かうつもりだ。

 

 何としても止めなくてはならない。

 

「霊夢からも言ってやってくれ。霊華に何かあったら俺は……!」

「そうね。私も心配だけど、ここで一人にさせるわけにもいかないわ。だって──」

「──敵か」

 

 霊夢は袖から御札を取りだし、俺は刀を創造して射出する。

 

「ここも安全じゃないみたいだからね」

「チッ……」

 

 俺と霊夢の攻撃が、背後に現れた2つの黒い塊に命中する。その塊は呻き声を上げながらスライムのように破裂した。ビチャッという音を立てて肉片が飛び散り、境内を汚す。

 

「神社って神聖な場所なんじゃないのか? こんな奴を寄せ付けない結界があるものだと思っていたけど」

「そんなものがあるなら日頃から妖怪が遊びに来たりしないでしょ」

「…………。それなら俺が結界を一時的に創造すれば──」

「やめた方がいいと思う。あの子はもう結界の技術を身に付けているから簡単に解除されるわ。一人にさせるより、貴方が側に居た方がいいでしょ」

 

 ──上手くいかないな。仕方ない。

 

「そろそろ向かわないと手遅れになるわね」

 

 諦めた俺は、身に付けていた寝間着を()()し、それと同時に新しい和服を着る。創造の能力を使った早着替えである。

 

 霊夢はまだ風呂に入っていなかったため、着替える必要はない。あとは霊華が着替えればいつでも駆けつけられる。

 

「先に行ってるからね。あの子は貴方が守ってあげて」

「ああ……」

 

 霊夢は人里の方向へ飛んでいった。その飛行速度は凄まじく、あっという間に見えなくなった。

 

 今回の敵は強いから自分の命を守るのに精一杯だ。だから、霊華を戦場に連れていく気はなかった。しかし、幻想郷全てが戦場になった以上、覚悟を決めるしかない。

 

 ──どんな手を使ってでも絶対に守りきる! 

 

「霊夢は?」

「先に行ったよ」

「……そうですか」

 

 着替えが終わって出てきた霊華。

 

 俺は境内に飛び散った黒い物体を指さした。

 

「それは今幻想郷中で暴れている生物の死骸だ。さっき俺と霊夢が始末した。これからもっと悲惨な光景を目の当たりにすることになる。人だって死んでいるかもしれない。君は……そんな中で戦えるのか?」

 

 吐き気を催すような地獄。外の世界で育った俺達には厳しい現実だ。しかし、戦わないという選択肢はない。俺の力は人々を……何より霊華を守るために使うと決めたのだから。

 

「俺がここに結界を張るから、その中で待っていてくれ。大丈夫。中にいる限り安全だし、気配も音も感じない。俺ならそういったものを創れる」

 

 霊華は俯いて何かを考えているようだが、俺もそろそろ行かなくてはならない。

 

 俺は博麗神社一帯に結界を創る。念の為、結界が破壊されたり、外から何かが侵入したら俺に伝わるように仕掛けを作っておく。

 

「じゃあ、行ってくるよ」

 

 俺はそう言って結界の外へ出る。

 

 ───────────────

 

 時は霊華が着替えに行ったところまで遡る。

 

 霊華にも意思があった。

 

 自分の力が人助けに役立つなら、助けたい。

 

 また、祐哉と霊夢が危険を顧みずに駆け付けようとしているのに、自分だけ安全な場所に居たくないという思いがあった。

 

 そして何より、祐哉を守りたいという気持ちが強かった。

 

 祐哉はいつも、一人で無茶をしては永遠亭に運ばれている。今まではなんやかんや回復できたし、この前なんか全治数ヶ月の傷を一晩で治してしまった。

 

 でもそれは奇跡なのだ。

 

 本来あるはずのないことだ。

 

 当時は、祐哉が目を覚ましたことが嬉しくて疑問に思わなかったが、後で考えてみれば不自然だと思った。永琳の治療による回復ではないはずだ。

 

 ならば、創造か支配の能力で完治させたと考えるのが自然。もしも傷の具合を支配することで強引に治したのだとすれば、楽観視はできない。

 

 それほどの力をノーリスクで使えるとは思えなかった。今はなんともなくても、後で何か大きな代償を払うことになるかもしれない……。

 

 勿論、これらは根拠の無い考察──否、()()でしかない。霊華の不安が負のイメージを作り上げただけに過ぎない。しかし、霊華の心配していることが起きないとは言いきれない。

 

 故に、霊華は決意した。

 

 ──神谷くんに支配の力を使わせてはいけない。そこまでの無茶をさせてはならない。そのために、私が神谷くんを守るんだ! 

 

 ──神谷くんはいつも私を守ってくれる。少しだけど力を付けた今、少しでもお返しをしたい。彼の助けになりたい。……神谷くんの隣にずっといたいから。

 

 己の決意を確かめながら着替えていた霊華は、頭に付けたリボンをギュッと力強く結び、ドレッサーの引き出しから()を取り出した。そのとき……

 

 ──これは!? 

 

 博麗神社の敷地内に不気味な生物が現れた。

 

 その生物は気配からして霊夢と祐哉のすぐ近くにいる。

 

 霊華がいる場所からは少なくとも10mは離れているが、生物の不気味な感情()が聞こえてきた。

 

 普通は室内から外にいる生物の感情は聞こえない。それなら何故霊華の元に届いたのか。答えは簡単だ。生物の「負の感情()」がそれほどまでに大きかったのだ。

 

 感情は言語として伝わるときもあれば、気持ちがダイレクトに伝わってくるときもある。

 

 今回は、霊華には理解できない言語とぐちゃぐちゃに絡んだ負の感情が伝わってきた。

 

 その感情は黒く、暗く、(くろ)く、赤く、(あか)い。

 

 先程から感じていた吐き気の正体はこれだった。

 

 こんな生物が幻想郷中で沢山湧いている。

 

 果たして、自分はそれに耐えられるのか。

 

 霊華は自分の体質を制御しきれない。人間以外の生物の感情が問答無用で届いてくる。「声を聞きたくても聞こえない」ことがあったとしても、こちらから「聞きたくない」と拒絶することはできない。

 

 ──逃げちゃダメだ。ここで待っていたとしても、苦しいのは変わらない。だったら、覚悟を決めなきゃ。

 

 でも、苦しい。怖い。

 

 殺す。虐殺だ。殺戮だ。そう言った怨嗟が頭に響く。

 

 

 呼吸が早まる。

 

 

 身体が震える。

 

 

 一人では耐えられない。

 

 

 誰かに助けて欲しい……。

 

 

「違う……。私は助けてもらう為に行くんじゃない……。誰かを助けるために……神谷くんを守るために戦いに行くんだ!」

 

 ──行かなくちゃ

 

 霊華は、震える手で簪を頭に付け、鏡に映った不安そうな自分の顔を両手で叩く。

 

 ──大丈夫。私だって強くなったんだ。絶対に神谷くんに無茶をさせない! 

 

 霊華は境内に向かっていった。その足は僅かに震えていた。

 

 震えながらも覚悟を決めた霊華は、祐哉に現実を突きつけられていた。

 

 霊華が妖怪にも情けをかけ、殺しを嫌う心の優しい子であることを祐哉が知っていたからだ。

 

 これは最早戦争。殺し、殺される世界。期間は1日で終わるかもしれないし、長く続くかもしれない。無数の勢力に負ければ今日で幻想郷が終わるかもしれない。

 

 そんな窮地に立たされているのだ。

 

 霊華がこの状況に耐えられるとはとても思えなかったのだ。

 

 だから、祐哉は霊華に神社で待っていて欲しいと思っている。多少の霊力と創造の力を使えば、特殊な結界を張ることができる。彼女を守れるのだ。

 

 彼の能力は、生物からの認識を阻害する事で侵入を防いだり、音や気配も中に入ってこない仕組みを付与できる。

 

 だから、一緒に戦いに行くより安全だと判断した。

 

 祐哉は霊華を守ることを最優先としている。いざという時は、どんな無茶もやってのけるだろう。例え、その結果自らが死に至るとしても……。

 

 祐哉のそんな想いは、残念ながら霊華には伝わっていなかった。

 

 それどころではなかったのだ。

 

 実際に生物の死骸を見たことで、現実を理解したのだ。

 

 

 

 自分はこの地獄を進めるのか? 

 

 

 

 ここで待っていた方がいいのでは? 

 

 

 

 祐哉が神社に結界を張った瞬間、霊華は安堵した。

 

 ──声が聞こえなくなった。

 

 祐哉はその間に結界の外へ歩みを進めている。

 

 その背中を見たとき、霊華の脳裏に過去のトラウマが浮かんだ。

 

 

 ──神谷くんが()()居なくなっちゃう。

 

 

 ──今度こそ会えなくなっちゃうかもしれない。

 

 

 ──行くんだ。例え苦しくても、私は神谷くんを守りたいんだから! 

 

 

 ──もう、後悔したくない

 

 

 霊華は、祐哉の背に駆け寄って、彼の手を掴んだ。

 

「待って! 私も……私も行きます!」

 

 振り返った祐哉は、驚いた表情をしていた。

 

「本当に大丈夫? ……俺は心配なんだよ」

「……1つ、お願いがあります。神谷くんの創造で、私の能力に制限をかけてもらえませんか? あの黒い生物の負の感情が強すぎて怖いんです」

 

 2人が会話している最中、黒い塊がまた降ってきた。その塊が着地するよりも、また、霊華が身構えるよりも先に祐哉が指を鳴らした。それを合図に、生物の落下地点に刀が現れる。黒い塊は為す術なく自ら串刺しになった。

 

 そして、彼は何事もなかったように話し始める。

 

「それなら結界の中に居た方がいい。もちろんこの場でそういった機能を持つ物を作ることはできるけどね。今回は敵を滅することを躊躇したら最後、自分が殺されるよ」

「分かっています。だから私は躊躇いません! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!! 今ハッキリ理解しました。あの黒い生物は負の感情の塊。何人殺せるか仲間同士で競っているそうです。人を殺すことを望み、それを嗤っている! そんなものを野放しにはできません! 霊夢から教わった()()の力が役に立つはずです! 私を連れて行ってください!!」

 

 祐哉は、霊華の目の前で黒い生物を殺した。殺しを嫌う霊華の前で、だ。しかし、霊華はそれを責めることも目を逸らすこともしなかった。

 

 霊華は生物の声を聞いたのだ。

 

 人の命を弄ぶ生物に対し、怒りを覚えた。信じられなかった。

 

 今こうしている間にも、人里では多くの人が襲われているかもしれない。そう思うと、早く行かなくてはという気持ちが強まった。

 

 そんな彼女の事情を大まかにだが推測した祐哉には、彼女に覚悟があることが感じられた。

 

 よって、祐哉は力を使うことにした。

 

「──分かった。俺と一緒に幻想郷を救おう!」

 

 祐哉の霊力が霊華を包むと、巫女服の上に、オリーブの木を模した装飾が施された。

 

 




ありがとうございました。
よかったら感想ください!

ヒント:オリーブの木、神話


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#115「夜明けまで4時間あるんですが……?」

しいねてふー! らおわえなそ。

つひせいなえとなこづすえ!


 祐哉の霊力が霊華を包み込むと、彼女の巫女服にオリーブの木をモチーフとした装飾が施された。

 

 現在、彼が物体に付与できる力の数は6つに増えている。そして、今創造した装飾に付与された加護は最大の6つである。

 

 彼が1つの物体にここまで力を盛り込んだのは、使い魔を作ったときが最初で最後だった。大抵の場合は能力を1つ付与するだけで十分だったからだ。

 

 しかし、今回は霊華を守りたいという一心で惜しみなく力を行使した。

 

 

【装飾に付与された機能】

 1.『体質制御』

 霊華の『愛される程度の能力』を制御することで、黒い生物から伝わる負の感情を99%カットするもの。残り1%を残した理由は、霊華に最低限の緊張感を持たせるため。同じ理由で、『精神安定』などの機能を付与しなかった。戦場における過度なリラックスは死を招くためだ。

 

 2.『身体機能向上』

 身に付けた者の身体能力を大幅に向上させるもの。運動神経は勿論、暗視能力や動体視力といった力も向上する。ただし、嗅覚や聴覚は任意で向上する。(敏感になり過ぎては戦闘に支障をきたすため)

 

 3.『交信機能』

 祐哉と念話する為の機能。別行動を取ったときや緊急用。

 

 4.『霊力貯蔵』

 霊力のストック。身に付けた者の霊力が尽きそうになると自動で回復させる機能。(祐哉が持つMP回復のストックを分け与えた)

 

 5.『妖祓い』

 身に付けた者に妖斬剣と同じ効果を付与する機能。徒手空拳による攻撃は勿論、御札や大幣を使った攻撃にも補正がかかる。

 

 6.『座標転換(テレポート)

 身に付けた者や祐哉が望んだときに、望んだ位置にテレポートできる機能。

 

 以上

 

 

 まさに神憑った力が霊華に与えられた。

 

 これが、彼の『物体を創造する程度の能力』の本気である。

 

 神業とも言える行いの対価は全体の霊力の半分程度だった。これを多いと捉えるか少ないと捉えるかは人それぞれだろう。少なくとも彼は「霊華を守るためならば、全霊力を費やしても良い」と考えていたため、意外と少なく感じていた。

 

「一瞬で行くから準備して」

 

 祐哉はそう言って霊華の肩に手を置いた。

 

 ──『座標転換』発動。人里へ。

 

 祐哉が頭の中で唱えたことによって、装飾の力が発動した。

 

 ───────────────

 

 俺達は瞬く間に人里へ移動した。

 

 

 

 

 しかし──

 

 

 

 

「可笑しい。確かに人里に飛んだはずなのに」

「あ、あれ? 神社は……?」

「ここは人里だよ。さっき創造の力で博麗さんにとある能力を渡したんだ。その効果でテレポートしたんだよ。でもどこにも人里がないな」

「……なんか、前にもこういうことがありましたよね。竹林異変のときだったかな」

 

 そういえば、竹林異変のときも里が見えなかったな。これは慧音の仕業だったな。確かあれは慧音より強力な者には効果がないはず。果たして、黒い生物相手にはどうなのか。そもそも慧音の力は「なかったことにする」だけであって、消すわけではなかったはずだ。そのため、もし見えていなくても、人里に侵入することはできる。そう考えると黒い生物相手にはあまり効果がないかもしれない。

 

『このままでは不便ですね』

 

 ──あんまりこういうことしたくないんですけど、見えないなら見えるようにするしかないですね。

 

 特殊な眼鏡を創造して身に付けることでいつも通りの視界を取り戻す。

 

「博麗さんはこれを」

 

 俺は霊華に目薬を渡す。これを使えば人里が見えるはずだ。

 

「おお、ちゃんと見えます」

「よし、行こうか」

 

 早速里に入ろうと1歩踏み出したとき、俺は底無しの穴に落ちた。

 

「うわぁぁぁあああ──────!?」

 

 慌てて空を飛ぼうとするも間に合わず、そのまま穴に吸い込まれてしまった。

 

「くそ、敵か!?」

「騒がせてごめんなさいね」

 

 謝罪してきた人物は八雲紫だった。それを確認した俺は、抜刀しかけた刀を戻して質問する。

 

「──レミーの場所は?」

「捜索中よ。状況の整理と今後の流れについて話すために来てもらったわ」

「それはいいんですが、早く戻りたいので手短にお願いしますね」

「そう心配することはないと思うけれど。だって、今のあの子は()()()()()()()でしょう?」

「貴女から見てもそう思いますか」

 

 俺をスキマに引きずり込む際に霊華の様子に気づいたのだろう。紫ならば一瞥しただけで霊華に掛けたバフを見切れるはずだ。

 

「ヘタをすれば霊夢にも匹敵する。そう思わせるほどの力を持っているわ。彼女を守りたいのは分かるけど、あそこまでする必要はあったの? あれじゃあ守られるのは貴方の方よ」

「必要だからやったんです。勘違いしているようですが、俺は別に『守ったという実績』が欲しいわけじゃない。あの子が危険な目に遭わなければそれでいいんです」

「つまり、あの子の気を引く為に守ろうとしているわけではないということね?」

「そうですが? …………俺は今まで下心で動いてると思われてたんですか?」

 

 紫は暫く間を空けて口を開いた。

 

「……本題に入りましょうか」

「心外ですね」

「ついさっき、里の人間を安全な場所へ運んだわ。朝までに戦争が終われば彼らは何事もなかったように活動するでしょう」

 

 ──話を逸らしやがった。

 

「……犠牲者の数は?」

「居ないはず。わざわざ私が起きているときに攻めてきてくれたんですもの。対処は直ぐにできたわ」

 

 ──流石は紫。有能だ。紫としても里の人間が虐殺されるとあっては無視できないからな。

 

「俺のやるべきことは?」

「悪魔退治よ」

「悪魔? あの黒いヤツは悪魔なんですか?」

「そう。正体を突き止めるのに苦労したのよ? 言語の壁を破壊するところからスタートしたからね。流石に()()()は学んでいないもので……」

「悪魔は何体いるんですかね。戦力差を考えると朝までに片付けるどころかこっちが負けると思いますが」

式神(コンピュータ)を使ったところ、悪魔は666666体()()みたい。それから増えることは無いわね」

 

 わざわざそんな数にしたのか。妙なこだわりを感じるな。

 

 ──じゃなくて

 

「66万!? え、ヤバくないですか?」

「このままなら勝てるから問題ないわ。戦力の心配もいらない」

 

 紫はそう言って数個のスキマを開いた。

 

「ご覧なさい。各勢力が至る所で悪魔と戦っているでしょう。もっとも、多くの者は祭りのように楽しんでいるようだけど。まあ皆、自分の領域を攻められて黙ってないのよ」

 

 ──本当だ。怒っている人もいるけど、殆ど楽しそうに戦っているな。暇つぶしになるのかな。呑気過ぎて呆れてくる……

 

「私の見立てでは、悪魔は朝になれば力を失うか元いた世界に戻るわ。それまでの間、人里に入り込んでいる悪魔を全て退治してくれる? 建物を壊されると修復が大変なのよ」

 

 ──えーと、今何時だっけ? 

 

『丁度日付が変わった頃かと』

 

 ──本気で言ってます? 

 

『ええ』

 

「私はレミーの捜索に集中するわ。悪魔を召喚したのは彼女だろうから、可能なら解除させる。まあ、あまり期待できないけどね。戦いになったとしても夜明けまで時間を稼ぐわ。弱点の太陽が昇り次第、貴方達の出番だから宜しくね」

「え、それってつまり──」

「──宜しくね」

 

 紫は俺に有無を言わさずにスキマを開いた。俺は紫に文句を言い切る前に人里へ戻されてしまった。

 

 ──正気か!? 俺に死ねって言ってるのアイツ? 

 

 今から夜明けまで戦えって、体力がもつわけない。

 

 ふと気付くと、俺は大量の悪魔に囲まれていた。

 

 ──アイツほんっと……! 

 

 ──敵群の中心なんかに転送しやがって! 

 

ねいざい(????)! めとさつ(????)! しをそ(???)!」

「──頭おかしいんじゃねえの!?」

 

 俺は愚痴を言いながら刀をばら撒いていく。適当に弾幕を放ったこともあって結構な数を撃ち漏らすが、瞬時に抜刀し斬撃を飛ばすことでリカバリーする。

 

「──案外大したことなさそうだな。数は多いけど力は弱いみたいだ」

 

 妖斬剣ではなく、普通の刀で倒せたのが何よりの証拠だ。

 

 ──早く霊華と合流したいな。

 

 霊華と『交信』できることを思い出した俺は、悪魔から距離を取るために一旦空を飛んで彼女に念話を掛けた。

 

「もしもし、聞こえる?」

『うわわっ!? え! 神谷くんですか!? 一体どこに!?』

「あー、ごめん。今、貴女の頭に直接語りかけています……。さっき紫に誘拐されて今戻ってきたところ。人里のどこかに居るんだけど、博麗さんはどこにいる?」

『なんだか電話みたいですね。……私も里の中で黒い生物を退治しているところですよ』

 

 戦闘中なのか、声の抑揚に違和感がある。

 

「もしかして俺、邪魔してる?」

『いえ、何だか調子がいいんです。身体が軽いし、黒いのが私に近づいただけで霧散していくんですよ』

「それも言い忘れていたね。実はさっき、博麗さんを超強くしたんだよ。けど、力の源は巫女服の装飾だから、万一服が破れたら一気に元通りだ。気を付けてね」

 

 覚悟を決めたとはいえ、戦場に行けばまたダメになるかもしれないと思っていたが、声を聞く限りは平気そうだ。

 

『凄いですね……でも神谷くんは大丈夫なんですか?』

「どういうこと?」

『いや、その……私を強くしてくれたんですよね? そのために無理をさせちゃったんじゃないかって……』

「なるほど。全然問題ないから気にしないで。霊力もまだ残っているし」

『そうですか……。ところで、神谷くんは戦闘中じゃないんですか?』

 

 丁度その頃、豪邸にありそうな椅子を空中に作り、その椅子から下を眺めていた。

 

「一応戦闘中、かな。いやあ、里を埋め尽くすくらいワラワラと居るとかえって楽だねぇ」

 

 俺は、道路の幅と同じ長さの妖斬剣を里の端に創造した。その後、妖斬剣を徐々に横に動かしていくことで大量の悪魔を祓っている。

 

 まるで箒でゴミを掃いているみたいだ。

 

「ところで、霊夢は見なかった?」

『霊夢なら、少し離れたところで力を感じますよ』

「じゃあ、一旦合流しようか。今から博麗さんを呼ぶね」

 

 ──『座標転換』発動。霊華を俺の元へ。

 

 脳内で唱えるだけで直ぐに霊華と合流することができた。

 

「やっほ」

「わっ……! ……これはさっきのテレポート? あ、神谷くん、良かった。黒い生物に紛れちゃって神谷くんが感知できないから心配してました」

「霊夢は感知できたのに俺の位置は分からなかったの?」

「霊夢は夢想封印を連発しているので。簡単に言えば、力を放出している分感知しやすいんです」

 

 なるほど。それに比べて俺は1回能力を使っただけで呑気に椅子に座っているだけだから感知できないのか。

 

 俺は霊華に頼んで霊夢がいる場所まで案内してもらった。これにより、霊夢と合流することができた。

 

「おつかれ、霊夢」

「2人とも無事だったのね──って霊華!? 貴女、霊華よね?」

「う、うん……」

「なんか、力強い気がするのは気のせい?」

 

 凄いな。みんな一目見ただけで分かっちゃうんだ。因みに俺は変化が全然わからない。俺の感知スキルが低いだけなのか、みんなが優秀なのか……。

 

「さて、さっき紫から情報を貰ったよ。あの黒い生物は悪魔らしい。悪魔は666666体いて、各地で妖怪も戦っているらしい」

「私もさっき聞いたわ」

 

 ──朝まで時間を稼ぐことと、その後レミーと戦うことは霊華に言わないようにアドバイスされたな

 

 紫曰く、下手に伝えてしまったら彼女を不安にさせてしまうからだそうだ。

 

「里の人達は無事かな……あの黒い悪魔は家の中には侵入していないみたいなんだけど……」

「ああ、皆避難させたらしいわよ」

 

 霊華の心配は霊夢によって解消された。

 

「だから後は家を守りつつ里の掃除をするだけなんだけど、数が多すぎるわ。大技を使えばその辺の家まで壊しちゃうし……」

 

 俺達は今、空で会話している。幸いなことに悪魔は空を飛べないようなのだ。悪魔は人里の道という道を埋め尽くすように蠢いている。

 

 それを見下ろしていると、一つの案を思いついた。

 

「レーザーで焼き払おうと思う。2人には結界で家を守って欲しいんだけど、できそうかな」

「そうしようか。2人でやればできると思うわ」

 

 二人は、より強力な結界を張るため、民家の一つ一つに御札を張りに行った。その間襲ってくる悪魔は体力温存のために極力無視することになっている。持久戦ということもあって使う霊力は最小限にしたいからだ。

 

 2人が準備している間に里の外を眺めていると、遠くの方に気になるものを見つけた。

 

 双眼鏡を作って覗き込んだ瞬間、一気に不安感が高まった。

 

 ──嫌な予感がする。

 

 早くコイツらを倒さないと……

 

 




うれぐにおじずえむせつ。りくとつるくいちおこづすえ!

ヒント:五十音表。規則性あり。

「暇すぎて呼吸しかやることない!」っていう方は解読してみてください。見たことがある人はいると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#116「召喚されし者(d94tyx;dmk)

byiafー! 84;ew@r。



「準備できたわ。掃除よろしく」

「……分かった」

 

 俺は巨大な魔法陣を里の端に創造し、そこからレーザーを放った。数秒の間だけ放たれたレーザーは里の民家ごと飲み込んだが、2人のおかげで無傷で済んだ。

 

「掃除完了ね。また湧いてくる前に里全体を結界で囲っちゃいましょう」

uywbs=(??????)……」

「「「!?」」」

 

 不気味な声が聞こえた。日本語どころか人間の言葉とは思えない禍々しい魔力の篭った声。

 

 声がした方を見れば、黒い人型のナニカが立っていた。人型ではあるが、角や牙、翼と尾を生やしている。

 

 背丈は高く、2mに達しているだろう。

 

 ──コイツは、さっき双眼鏡で見たヤツだ。

 

 見るからに強く、ヤバい奴だ。

 

b;w@fz4d@ue(????????????)? ──しつれいしました。これで いしそつう を はかれる でしょうか?」

「こちらの言語に合わせてくれるとはありがたい。アンタ、何者だ? 俺達に何か用か?」

「……ふむ。わたし の ことば が きこえて いなかったのなら もういちど いいます」

 

 次の瞬間、再び魔力の篭った声で話しかけてくる。

 

「──よくも わたし の なかま を やってくれましたね

 

 たった一言だが、悪魔から衝撃波でも飛んでいるのではないかと錯覚する程の威圧感を感じる。

 

「あなたたちは、わたしたち に とって じゃくてん となる ちから を もっている。おそうじします」

 

 悪魔と俺は同時に動いた。

 

 俺は縮地で霊夢と霊華の元に移動した後、「もしもの時は頼む」と言った。

 

 悪魔は初めから俺を狙っていたのか、縮地に付いてきた。このままでは三人とも攻撃される。

 

「──明鏡止水」

 

 空中で霊力を展開する。貫手を繰り出していた悪魔は指先から削り取られていく。

 

「おー、すごいですね」

 

 悪魔は感嘆の声を漏らすと翼を羽ばたかせて俺達から距離をとる。

 

 ──咄嗟に回避することでダメージを最小限に抑えたか

 

「──あなたたちも、ちから を かしなさい」

 

 削られた指先を再生した悪魔は里中で蠢く有象無象に声をかけた。せっかく人里を掃除したのに、目の前の悪魔を相手にしている内にまた集まってきてしまった。

 

 ──下にいる有象無象はコイツの手下なのか?

 

 下っ端悪魔共は悲鳴をあげ始めた。

 

「仲間を喰っている……」

 

 霊夢が言うように、下っ端悪魔共は互いを捕食している。先に食い尽くした方が勝ち。もっとも、生き残った方も無傷では済まないが……。

 

 そう考えた俺は、有象無象を放置して目の前の悪魔に集中する。

 

「わたしたち あくま には れべる が あります。かれら は れべる1。あくま は れべる1 から すたーと します。かれら は いのち を くらう ことで せいちょう します。ほんとう は にんげん を くらう ことが のぞましい のですが、この せかい に にんげん は あなたたち いがい に いない ようです」

 

 時間稼ぎのつもりか、悪魔は語り始めた。

 

「だから仕方なく共食いをさせて成長させようとしているのか。確かに、レベル1じゃ俺達に歯が立たないからな」

「そのとおりです」

「で? お前のレベルは? 2か?」

「わたしは……れべる4(ふぉー)です。さっき しんか したんですよ。うふふ」

 

 レベル4は何故か照れるように身体をモジモジとさせて答えた。全身が黒く、容姿に愛らしさなどない故、その仕草から感じるものはない。強いて言うなら──

 

「気色悪い」

 

 だ。

 

「要は、アイツらが強くなる前に倒せばいい話でしょ? ここは手分けしましょう。アイツの相手は祐哉にお願いしてもいい? 情報を聞き出してくれると助かるわ」

「分かった」

「霊華は祐哉のサポートをお願いね」

 

 霊夢の指示で俺達は二手に分かれた。

 

「くすくす。ほら、ごらんなさい。はね が はえた もの が うまれた でしょう。あれが れべる2 です」

 

 レベル4の言う通り、地上を見れば羽を生やした悪魔が次々に生まれている。

 

 ──まずい。空中を自由に飛び交うやつが増えたら戦いにくくなる。

 

 霊夢が夢想封印にて悪魔を祓っているが、あれだけの数を相手にするには手数が足りない。霊夢には悪いが少し手を出させてもらおう。

 

「──スターバースト!」

 

 先程同様、地上に魔法陣を展開してレーザーを放つ。今の攻撃でレベル1の数は大幅に削れた。後は霊夢に任せよう。

 

 そう思い、レベル4に視線を戻そうとしたとき──

 

「──よそみ したら しにますよ?」

「──しまっ……!?」

 

 レベル4が懐に入り込んできた。

 

 反応が遅れた。

 

 死──

 

「──夢想封印!!」

 

 神々しい大玉がレベル4の背後に直撃する。

 

「ぐはっ……!?」

「──貴方こそ、余所見したら退治しますよ」

 

 今の霊華はパワーアップしている。故に、夢想封印の火力は霊夢にも劣らない、悪魔に対して必殺の攻撃となる。

 

 レベル4は苦しそうに呻き、蹌踉ける。俺はその隙に抜刀して斬撃を繰り出す。

 

「──祓え、妖斬剣。我流抜刀術『斬造閃』!!」

「ぎゃぁあああああああああああああああ──────────!!」

「くっ!」

「きゃっ!?」

 

 左右前方から斬撃を食らったレベル4は、この世の終わりのような悲鳴をあげた。その声量は遥か遠くの山にも届きそうな程大きい。思わず両手で耳を塞いでしまう。

 

 レベル4はその間に飛び退き、体勢を立て直す。

 

「舐めんなよ! 『殺戮の時雨(ブラッディ・レイン)』!!」

 

 耳を塞ぎながら殺戮の時雨を発動する。

 

 体内から無数の妖斬剣に刺されたレベル4は吐血する。

 

「──博麗さん!!」

「夢想封印!!」

「うううううぅぅがぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ──────────!!!!!!!!」

 

 夢想封印に飲み込まれたレベル4は再び叫び声をあげる。その声はあまりにも大きく、人里の建物や周辺の木々を震わせる。

 

 悪魔の弱点を付ける妖斬剣と夢想封印による連続攻撃。

 

 流石に倒せたはずだ。

 

 ──霊華と組んで戦うのは初めてだけど、息はぴったりだな。

 

「──あぶなかった」

「嘘……」

 

 未だ輝きを放つ光球から声がした。

 

「れべるすりぃー だった ころ の わたし なら まけていた……」

 

 霊華はレベル4の言葉に、或いは目の前で起きている事象に驚愕している。無理もない。俺も、口にはしていないが正直驚いている。

 

「ですが、わたし は れべるふぉー。しんか した わたし の ぱわー は けたちがい。あなたたち が なに を しよう と、わたし には かてません」

 

 遂に光球から脱出したレベル4は無傷だった。今は何事も無かったように宙に浮いている。

 

 ──俺の妖斬剣と、一時的に霊夢と同等の力を持つ霊華の夢想封印を食らってもピンピンしてやがる。

 

「くすくす。こうしている あいだ にも かれら は ぱわーあっぷ している。あなたたち は もうすぐ まけます」

 

 ───────────────

 

 祐哉と霊華がレベル4に苦戦している間に、他の下級悪魔は成長を続けていた。既に半数がレベル2になっており、徐々にレベル3も増えてきている。

 

 レベル2になると羽を生やし、レベル3になるとその巨躯に無数の砲台を宿す。砲台から魔弾を発射することで、レベル2よりも効率的に殺すことが可能となり、その分レベル4への進化も早くなるのだ。

 

 ──こうなったら霊華に頑張ってもらうしかない

 

 そう考えた祐哉は「座標転換」で霊華を自身の元に移動させ、作戦を伝える。

 

「私一人で、ですか?」

「ああ、レベル4はすぐに倒せない。それなら、アイツは一旦無視してレベル3の増殖を阻止するべきだ。これ以上レベル4を増やさないためにもね。大丈夫、今の博麗さんならできるよ」

「そうかな……」

「そうだよ。だから自信を持ってな」

「……分かりました。頑張ります!」

 

 祐哉は霊華の瞳に力が篭もるのを見た後、目を閉じて『明鏡止水』を使う。この領域内には霊華も含まれている。

 

「夢想封印!!」

 

 霊華が領域内で夢想封印を行使する。

 

 大量の光弾がレベル3の放つ魔弾に向かっていく。悪魔の力が込められた魔弾は強力だが、それが魔弾である以上、巫女の夢想封印で打ち消すことができるはずだ。

 

 実際、狙い通りに魔弾を打ち消せているが、一つの光弾で一つの魔弾を相殺するので精一杯だ。無数に飛んでくる魔弾に対し、こちらが放てる光弾の数は十数個程度が限界だ。

 

 ──手数が足りない! 

 

 そう考えた霊華は、遠くにいる霊夢の方へ目を向ける。霊夢もまた、夢想封印を使って数多の悪魔を祓っていた。

 

 ──あれは「夢想封印 寂」。確かにあの技なら普通の夢想封印よりも多くの敵を相手にできる。

 

 ──でも、私は「夢想封印 散」までしか使えない。

 

 夢想封印は数種類あり、霊夢が使っている「夢想封印 寂」は「夢想封印 散」の上位互換となる技だ。その違いを簡単に言えば、弾の速度や数が挙げられる。また、技の威力も寂の方が強い。

 

 そして、『夢想封印 散』は純粋な夢想封印と比べて、弾数が多い分一発の威力は()()

 

 こういった性質を持つため、実力が乏しいことを自覚している霊華は、魔弾を打ち消す威力を出せるとは思えなかった。

 

「6p6p! b@l6db@l6d♪」

「……!」

 

 ──レベル3の数が増えてきた。夢想封印(このまま)では神谷くんを守りきれない。

 

「やるしか、ないよね……」

 

 霊華は()()()()()()()()()()()()

 

 それはつまり、魔弾の雨を遮るものがなくなったことを意味する。

 

 一応、祐哉の『明鏡止水』で魔弾を弾けるが、未完成の技であるため失敗する可能性もある。

 

 当然霊華はそのことを理解していた。だから、魔弾が『明鏡止水』の射程距離に入る直前に技を切り替えた。

 

「迷っている暇はない! 私ならできる! 私を信じて任せてくれた神谷くんを信じるんだ! ──『夢想封印 ()』!!」

 

 意を決して、初めての技に挑戦した。

 

 自分を頼ってくれた祐哉の期待に応えるために。

 

 そして、大好きな人を守るために──

 




3lt@s4b@x@ejdq。9tzqotyc4hq@xe。

ヒント:日本語対応のキーボード。または、「o2]b@-y7hg」

暇を極めた方は暗号解読してみてください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#117「彼女の英雄なのだから!」

 霊夢は祐哉と霊華から少し離れたところで戦っていた。

 

 彼女の役目は、悪魔の進化を食い止めること。

 

 得意の夢想封印ならば、悪魔を無抵抗に祓うことができる。

 

 しかし──

 

「ああもう、数が多すぎる! なんなのよ!」

 

 悪魔はまさに掃いて捨てるほど存在する。これまでに数百体の悪魔(レベル1)を退治したが、気付けば里が埋め尽くされている。それもそのはず、何せ人里から見える外の景色が全て悪魔で埋め尽くされているのだ。霊夢の行いは焼け石に水だ。

 

 しかし、それでもやらなければならない。放置すれば悪魔は共喰いを続けて進化を続けていくのだから。

 

「『夢想封印 侘』!!」

 

 霊夢は技を切り替えた。ただの光弾を放つ夢想封印とは違い、この技は御札がメインとなる。大量の御札を消費する代わりに手数が増えるため、この場に適していると判断したのだろう。

 

 ──なるべく建物を傷付けないようにしないと……

 

 出鱈目にばら撒かれた様に見えた御札はよく見ると悪魔にしか当たっていない。

 

「2@ーy 2@ーy! co、s^@.9」

「──っ!?」

 

 霊夢が御札をばらまいているところへ、黒い何かが高速で飛び込んだ。持ち前の勘で躱した霊夢は大幣を飛翔体に叩きつけた。それだけで飛翔体は消滅する。

 

 ──もしかして、アレが進化した悪魔かしら

 

 他にもいるかもしれない。そう思って周囲を見渡してみれば、羽の生えた悪魔が徐々に増えていることに気付いた。

 

「『夢想封印 寂』!!」

 

 霊夢は広範囲を狙える技に切り替えて空を飛ぶレベル2と地を蠢くレベル1を同時に相手にする。

 

「eqeq! iy:@y! h4! 0qa、dytr.!」

 

 遠くから理解不能の声がする。感知が得意な霊夢は、声がした方を見ずとも状況の悪化を理解できた。

 

 声の主は里の外にいる。その数は30体以上……。

 

 彼らはレベル2と同じ羽を持ち、それに加えて身体中に無数の砲台を宿していた。

 

「──あー、これは無理かなぁ……」

 

 レベル2の進化形態の援軍を見て、霊夢は思わず呟いた。

 

 弱音にも聞こえる言葉だが、彼女は戦いを諦めていたわけではない。

 

「皆の家を無傷で済ますのは無理かも。まずはこの状況をどうにかすることを優先しないと……! 『夢想封印 瞬』!!」

 

 霊夢はゆっくりと真っ直ぐに飛び始めた。

 

 本人はそのつもりだが、傍から見た挙動は全く違う。

 

「f7e!」

「x@yc@4q@」

「d8ytyes@4q@」

「0gnb♪」

 

 第三者目線で見た彼女は高速で飛び回りながら御札をばら撒いていた。その速度は徐々に速くなり、やがて瞬間移動に達する。この場にいる悪魔は霊夢の動きに対応できずに退治されていく。

 

 ───────────────

 

「──『夢想封印 寂』!!」

「40──!! h.de……。h.……de……qr:……」

 

 意を決して新技に挑戦する霊華。結果は完璧。博麗の巫女と名乗っても誰も疑わない出来だった。

 

 霊華にその自覚はないが、()()()()を受けた彼女が失敗する道理はなかった。勢い良く撒かれた御札は無数の魔弾を無力化し、数多の悪魔を浄化していく。

 

 その様子を見ていたレベル4は感嘆の声を上げた。

 

「ふむ。なかなかやりますね。れべるすりぃー に あなたたち の あいて は つとまらない ようです」

 

 レベル4は、下ろしていた腕をゆっくりと持ち上げる。

 

「それなら、こうしましょう」

 

 掌を霊華に向けて詠唱をすると、彼女の周囲に黒い靄が現れた。霊華はそれを煙たがるように手で払うが、払いきることはできない。払っても払っても靄は湧いてくる。まるで「霊華から湧いている」ように。

 

「きゃっ!」

「なっ!? 霊華!!」

 

 異変に気づいた祐哉が、明鏡止水を解除して目を開けた。

 

「うぅ……か、みやくん……」

 

 靄に包まれた霊華は苦しそうに咳き込む。

 

 ──この靄は何だ。どこから湧いてきた? 俺の明鏡止水では感知できなかったぞ。

 

「くすくす。びっくりした でしょう。め を とじている から そうなるんですよ」

「──おい。お前、何をした?」

「くすくす。きになる? きになるよね。うふふ」

何をしたと聞いているんだッ!! 

 

 ──返答次第では、お前を滅する!! 

 

 彼の霊力が怒りに呼応して迸る。

 

「その むすめ の 『こころ の やみ』 を ぞうふく させました。まあ、かのじょ は ()()() だったんですけどね。だから、すこし ごういん に いじくりました」

 

 レベル4の能力は、心の闇(負の感情)を増幅させるというものだった。

 

「『こころ の やみ』に のまれた ひと を ほうち すれば しにます。わたし の しもべ として はたらいた あとにね」

 

 更に、対象の精神と肉体(『心身』)が弱いほど蝕みの速度が早くなると言った。

 

「──創造!」

 

 祐哉は『邪気祓い』を付与した札を創造して霊華に貼り付けた。

 

「うふふ、むだむだ」

 

 だが、札は効果を示さずにボロボロと崩れ落ちた。

 

 ──邪気祓いが効かない!? 霊華に取り込まれた靄は邪気とは違うのか? 何故効かないんだ。

 

「わたし を たおさない かぎり むしばみ は とまりませんよ」

「ああ、そうかよっ!」

 

 ならば、と祐哉は足元に作った自己加速の陣を踏みつけ、悪魔(レベル4)も見切れぬスピードで肉薄し、防御態勢をとられる前に抜刀する。

 

 だが、そこへフッと現れた()()が斬撃を大幣で受け止め、祐哉が唖然としている内に蹴りを繰り出す。

 

「がっ──!?」

 

 その蹴りは重く、祐哉はレベル1の海に叩き落とされる。

 

 空から降ってきたエサを見てケタケタと嗤う悪魔。近くにいた悪魔はうつ伏せになっているエサを我先に食おうと這い寄る。

 

 しかし、悪魔の大きな口に噛み付かれることを嫌った祐哉(エサ)は、喰われる寸前に全身から力強く霊力を放った。その衝撃で吹き飛ばされた悪魔は悲鳴をあげる。

 

 悪魔が怯えている隙に立ち上がった祐哉は次の行動に移ろうとするが、すぐ側まで迫っていた霊華が今にも大幣を振り下ろさんとしていることに気づき、妖斬剣で受け止める。

 

 ──くっ……なんて力だ……

 

 本当に人間かと疑いたくなるほどに重い一撃に叩き潰され、膝を折る。

 

 そのまま地面に押し潰されそうになるが、(しのぎ)で斬撃を受け流し、縮地で強引に距離を取る。

 

 だが、移動した先には既に霊華がいた。

 

 ──速い! 全力の縮地だぞ!? 

 

 先回りした霊華が大幣を剣のように振る。

 

 先程の攻撃から、黒い靄が霊華の力を向上させていると理解した祐哉はそれを妖斬剣で受ける。

 

「うわっ!」

 

 しかし、斬撃の衝撃を殺しきることができずに遠くまで吹き飛ばされる。

 

 ──なんなんだこの強さは!? 普段の数十倍強い。そう思わせる程に強く、速すぎる!! 

 

 ──くそ、レベル4の能力はそんなにも強力なのか……! 

 

『恐らく、違うと思います』

 

 心中で愚痴を呟く彼に、アテナが話しかける。

 

『今の霊華は、さっき貴方が与えた力を使いこなしているように見えます。瘴気で身体能力が上がったとはいえ、それだけで妖怪に匹敵する力を得られるとは思えない。貴方の強化とレベル4の強化の掛け算でこの力を得たのでしょう』

 

 アテナは更に言葉を続ける。

 

『また、貴方の速さに追いついているという解釈は間違いです。彼女は間違いなく「座標転換」を使っています』

 

 彼女の言葉を聞いた祐哉は、「アテナがそう言うのならそうなんだろう」と結論づけた。その上で次の結論に至る。

 

 ──じゃあ、霊華の強化を解除すればいいのか。

 

「強化されているから勝てないなら、強化を剥がせばいい」という誰でも思いつく答えをアテナは否定した。

 

『レベル4は「心身が弱いほど蝕みの速度が上がる」と言っていました。それが事実なら、強化を解除した結果、霊華を余計に苦しませるかもしれません。彼女がパワーアップしているという状況は寧ろ幸運だと言えます』

 

 ──つまり、このまま超強い霊華と戦わなきゃいけないのか。

 

 高速移動ではなくテレポートをしてくるという時点で、その移動速度は妖夢や妖梨よりも速い。瞬間移動する相手と戦った経験が薄い彼は不利だ。

 

 強いて言えば、獲物が刃物ではないため斬られることはないという点だけが救いだ。もっとも、今の霊華に大幣で叩かれたら骨は砕け、内臓は破裂するだろうが。

 

 最早人間の域を超えている。

 

 ──人間ではなく、強力な妖怪と戦うつもりで行かないとダメだ

 

 敵が妖怪ならば「殺戮の時雨」やレーザーで戦えただろう。

 

 しかし、今の相手は人間で、彼の想い人だ。

 

 どうしても、やりづらさというものが付き纏う。

 

 それを感じながらも彼は戦う手段を考え、実行に移す。

 

「……これならどうだ」

 

 祐哉は霊華の周囲を「内側の時の流れが遅くなる」壁で覆った。

 

 範囲が限定されているとはいえ、時を操るという神懸かった力を付与したのにも拘らず、霊力の消費は想定よりも少ないようだ。

 

 これには理由があるのだが、今の祐哉は疑問にすら思わなかった。

 

 ただ無我夢中で霊華を助ける。それだけに集中していた。

 

 辺り一帯に魔法陣を作った祐哉は、そこから無数の妖斬剣を放つ。

 

「その かたな、さっきの……!」

 

 レベル4が妖斬剣の不気味な力に警戒する。その一方で、妖斬剣の恐ろしさを知らないレベル3以下の悪魔が巻き添えを食う形で祓われていく。

 

 手に持った妖斬剣を納刀し、至る所に創造した自己加速用の足場を踏み、目にも止まらぬ速度でレベル4を翻弄する。

 

「はやすぎますね。あは、わたし、しぬのかな」

「ああ、お前は一番やっちゃいけないことをした。お前の行動が俺を怒らせたんだ。だからお前は苦しんで死ぬ。せめて自分の行いを悔やみながら逝け! 

 

 

 ──『妖祓一閃(ようばらいいっせん)』!!」

 

 繰り出されるは神速を超えた超神速の抜刀術──。

 

 その身から荒々しく放たれている霊力は青白く光っている。その様はまさに電光石火と言えよう。

 

 祐哉の渾身の一撃は、今度こそレベル4の首筋に命中するだろう。

 

 そのとき、横から「バキン」という何かを砕く音が聞こえた。

 

 そして──

 

「……『夢想封印』」

 

 透き通った声が、まるで歌を口ずさむかのように軽く、静かに放たれた。

 

 瞬間、その声からは想像もできない苛烈な連撃が彼を襲った。

 

「がぁっ……!」

 

 降り注ぐ色とりどりの光弾がまるで鉄球にも感じられる。光弾に直撃した祐哉はもう一度地面に叩き落とされ、落下の衝撃に耐えきれなかった地面にヒビが入った。

 

 これほどの威力。全開の霊力放出に加え、着地時の受け身がなければ今頃肉片も残っていないだろう。

 

 そんな絶望的な状況で、祐哉はこんなことを考えていた。

 

 ──はは……すげぇや。霊華、こんなに強かったんだ。俺なんかが守るのは烏滸がましいことだったのかもしれない

 

 手も足も出ないとはまさにこのこと。強くなった霊華に対し、自分は何もできない。そんな状況が情けなくて、今までの自分が恥ずかしく思えてくる。

 

 そんな彼に、レベル1の悪魔が歓喜の声をあげて覆い被さる。

 

 しかし、次の瞬間には悲鳴に切り替えることになった。

 

 一つの妖斬剣が、うつ伏せに倒れている祐哉の背に現れたのだ。

 

 妖斬剣を創造した術者は祐哉ではなかった。彼の中に宿りしギリシア神話の女神──アテナが『物体を創造する程度の能力』を強制的に発動させたのだ。

 

『祐哉、このような低俗な悪魔に屈してはいけません。今、この場で霊華(あの子)を助けられるのは貴方しかいない。いいえ、例えどんな状況でも、貴方以外に()()()()()。彼女を守ることが貴方の意思でしょう』

 

 ──嗚呼

 

『ならば、立ちなさい。休んでいる暇はありません。剣を取りなさい。貴方は、彼女の英雄なのだから……!』

 

 ──そうだ、俺は何をしていたのだろう。霊華の強さに絶望でもしたか? 例え俺より強かろうが、霊華は今も苦しんでいるんだ! そんな状況から救うために修行を重ねたんだろ。なら、今行動しないでどうする! 

 

 祐哉は、地面に刺した妖斬剣を支えにゆっくりと立ち上がる。

 

 その眼には再び強い闘志が宿っていた。

 




ありがとうございました。
良かったら感想ください!!

※2021/11/10追記※
次回のお話の投稿が少し遅れます。
申し訳ないです……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#118「──俺が!! 絶対に助けるからっ!!」

Excelに触ると破壊衝動に駆られがち。どうも、祐霊です。

昨日はすみません。お待たせしました(待ってる人がいるのか知らんけど)




 霊華を助けると決意して立ち上がった祐哉に悪魔が這い寄る。

 

「:q:q」

「うるせぇよ……」

「thpe? b@fy、63r@:?」

「俺は、霊華を助けるんだ……」

「qr:.? ;e3? s@aoxj?」

「──邪魔を、するなッ!!」

 

 祐哉は、全身から惜しみなく霊力を放ち、その衝撃波で大量のレベル1を吹き飛ばす。

 

 ──雑魚はもう無視だ。

 

 ──だが、動きを制限する結界を破られた以上、霊華を無視してレベル4を仕留めることはできない。

 

 ──ならば、霊華の相手をしながらレベル4を倒すまで。当然、難易度は高いが──

 

「──舐めるなよ、悪魔共。俺は必ずやってみせる!」

「くすくす、まだ たちあがりますか。いいですね。ぶざま に あがく すがた、もっと みせてください」

 

 祐哉は、右手に持った妖斬剣を天に突きつけた。

 

 それを合図に、レベル4の斜め上空から無数の刀が雨よりも速く降り注ぐ。広範囲かつ唐突に繰り出された攻撃に対し反応が遅れたレベル4は、辛うじて急所を避けたものの両脚に被弾する。霊力が籠ったそれは簡単に彼の脚を破壊。レベル4はそのまま地に伏す。

 

「ぐっ!」

「安心しろよ。それはただの剣だ。楽には殺さない。──次は、お前の右腕だ」

 

 今度は、天に向けた刀を振り下ろした。

 

 天に現れた複数の魔法陣。そこから切っ先が顔を覗かせると一斉に投射される。無数の刀が先刻よりも速度を増して地に降り注ぐ。しかし、その射出速度よりも速くに移動した霊華がレベル4に降りかかる刀を弾く。普段の霊華を知っている者が見れば誰もが眼を疑う光景に、祐哉は静かに呟く。

 

「そう来ると思ったよ、博麗さん」

 

 今の霊華はレベル4の守護者だ。

 

 レベル4を狙えば霊華は必ず守りに来る。

 

 それを理解していた祐哉は、霊華を誘導したのだ。

 

 祐哉は霊華が無数の刀を対処している間にレベル4に肉薄し、斬りかかる。しかし──

 

 ──くそ! 結界で天蓋を作ったか。そして空いた手で斬撃を止められた……。霊華の賢さも健在か……! 

 

「ほんっとやりづらい!!」

「…………」

 

 妖斬剣と大幣による鍔迫り合い。瘴気と霊力が衝突し、非物理的な火花が散る。

 

 斬撃を止められた祐哉は一度霊華から離れた後、遠慮なしのフルパワーで追撃する。しかしそれも、涼しい顔で受け止められる。その表情は先程よりも冷たくなっていた。

 

 やはり、今の霊華は祐哉の何倍も強い。それは他でもない祐哉が一番理解していた。だからこそ、大切な想い人に向かって全力の斬撃を繰り出せたのだ。

 

 間違って傷つけてしまう。といった心配が微塵も湧かないほどに実力差を理解させられたから……。

 

「私は……この方を……守る」

「──っ!」

 

 霊華が静かに言った言葉は、祐哉の心を抉った。

 

 ずっと一緒にいた自分と敵対してまで、共通の敵だったレベル4を守ろうとする姿勢が、まるで突き放されているように感じた。否、実際に突き放された。

 

「……嘘だ。……それは君の望みじゃないはずだ! 操られているだけなんだ! 目を覚ましてくれ!」

「……貴方は、誰? 何故この方を狙うの?」

 

 そのとき、彼女が頭に付けていたリボンがほどけた。青いリボンは泥まみれの地面に落ちていく。

 

 ──誰……か。霊華、俺のこと忘れちゃったんだ……流石に泣きたくなってくるなぁ……

 

 それでも、挫けてはいけないと言い聞かせ、それ以上心が傷つく前に口を開く。

 

「──俺が!! 絶対に助けるからっ!! だから、もう少しの間辛抱してくれ!」

「意味がわかりません。何故()()()()()んですか? ……私を助ける? 私はそんなことを望んでいない。止めてください。迷惑です」

「くすくす、その ようす だと しょうき に よる しんしょく が すすんで きているみたい。

 

 じゅんちょう じゅんちょう♪ 

 

 もうすこし で かんせい する。たのしみ だなぁ。

 

 おまえ は どんな かお を するんだろう。

 

 ぜつぼう した かお を そうぞう すると わくわく するなぁ」

「──っ! ……本当はお前を嬲り殺してやるつもりだったが、これ以上外道の声を聞きたくなくなった。そんなに死にたいなら今すぐ消してやるよ! ──()()()()()!! 妖斬剣ッ!!!!」

「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア──────!!?? なん、だ、ア……ガァ! このちからはっ……!」

 

 祐哉の妖斬剣は未だ霊華によって行手を阻まれている。つまり、レベル4には触れていない。それにも拘らず、こうしてレベル4にダメージを与えている。それほどまでの力が刀に込められているのだ。

 

 ──このまま祓い尽くしてやるッ! 

 

「させない!」

 

 しかし、守護対象が滅ぼされようとしているのを見逃すほど、霊華は無能ではなかった。

 

 彼女は祐哉を蹴り飛ばした。相変わらずのパワーに押し負けた祐哉は遠くまで吹き飛ばされるが、祐哉が足掻かないはずがない。

 

 彼は吹き飛びながらもレベル4の体内に直接妖斬剣を創造して祓い尽くさんとする。

 

「無駄です」

 

 霊華がそう言って大幣を振るうと()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 ???????????????? 

 

 

 

 

 

 理解不能。

 

 

 

 

 

 

 ──今のは、なんだ? 大幣を振ったようにしか見えなかった。たったそれだけで妖斬剣が消えるわけがない。

 

 不可解な現象を目の当たりにした祐哉が愕然としていると、霊華を包む瘴気が一層強まった。

 

「……うぐぅ……ぁ……」

 

 霊華が苦悶の表情を浮かべる。しかし、直ぐに冷たい表情に戻った。吸い込まれる程綺麗で透き通っていた瞳の面影はなく、底無し沼のように濁っている。最早そこに生気は感じられなくなってしまった。

 

「それが貴方の能力ですか。厄介だ。よもや体内に刀を生成するとは……」

 

 声を聞いただけで冷たい心が伝わってくる。変わり果てた彼女を見た祐哉は更に心を傷める。もう、かつての霊華はいなくなってしまった。

 

「──!?」

 

 祐哉は、突然目の前に現れた霊華の斬撃を受け止めながら話しかける。

 

「…………よぉ、()()。その言い方だと霊華の記憶は継いでいないようだな。身体と能力を乗っ取ったというところか?」

「その通り。この身体の持ち主は、心の奥底で泣いている。実に無力で、哀れだ。嗚呼……その様を見ると身震いが止まらない。心が昂る!!」

 

 そう言った彼女は初めて笑った。心底楽しそうに……。

 

「外道が……!」

 

 ──人の不幸に対してしか笑わない。これじゃ霊華の真逆だ。

 

 祐哉には知る由もないが、レベル4の術を食らった霊華には別の人格が作られていた。

 

 レベル4の力は負の感情を増幅させることだが、それは誰もが持ち合わせながらも理性で押し殺している感情を刺激して溢れさせるというもの。要は、1を100にも1000にも強化できるのだ。

 

 しかし、霊華が持つ負の感情は皆無と言えるほど少なかった。

 

 故に、レベル4は強引に負の感情を作る(注ぐ)手段をとった。

 

 負の感情を自在に操れる彼は、周りにいる悪魔の悪意を少しずつ抽出し、瘴気に変えた。それを吸い込ませて体内に入れることで負の感情を作ったのだ。霊華に根付いた悪意は、彼女の身体を糧として増殖する。先刻、祐哉の「邪気祓いの御札」で払えなかったのは、瘴気が非常に強力で、なおかつ無尽蔵に湧いていたからだ。

 

 さて、負の感情が霊華の中に侵入し、もはや彼女の面影が無くなってしまった今、正の彼女は消滅したのだろうか。答えは否だ。負の感情は霊華の人格に溶け込むことができず、結果として「正」と「負」の2つの人格を内包する形になった。

 

 そして今は負の感情が身体を支配しているのだ。

 

「外道、か。当然だろう。()()負の感情しか持っていない」

「その割に静かだな。理性を失って暴れ狂うものかと思ったが?」

「負の感情と言ってもいくつか種類がある。もちろん、破壊衝動に身を委ねることもあるが、今の私は人間の哀れで惨めな姿を見ることに快楽を得るのだ。この身体の持ち主が良い例だ。現に今、己の無力さに涙しているのだぞ? 実に儚く、美しい。嗚呼っ! もっと見せて欲しい!!」

「…………あっそ」

 

 清々しい程の屑だ。

 

 ここまでくると却って冷静になれる。

 

「どうでもいいけど、隙だらけだぜ」

 

 祐哉は創造した御札を霊華の額に貼り付けた。

 

 この札は瘴気と負の感情を祓うというもの。

 

 ピンポイントで都合良くできるのが『物体を創造する程度の能力』だ。

 

 普段ならば、相手の能力を対策し尽くし無力化するような使い方をしない。

 

 何故なら、その行為は彼にとって、相手の矜恃を踏みにじり、侮辱することにほかならないからだ。

 

 しかし、「自分の主義」と「霊華を救うこと」どちらが大切かと言えば当然後者に天秤が傾く。

 

 故に、この一件が始まってから常に全力で能力を使っているというわけだ。

 

「無駄だ」

 

 だが、その全力もまるで意味を成していない。

 

 霊華に貼ったお札が、次の瞬間には霧散してしまった。

 

 ──まただ。一体どうして? こいつの能力か? 

 

「ふふ、本当に便利な力だな。この女とお前は相性が良いようだ。お前にとっては最悪だがな」

「どういうことだ」

「さあ? お前に教えて私に何の得がある? ──さて、今の私は気分が良い。お前がこの女のことを諦め、あの方を攻撃しないと誓うのなら見逃してやろう」

「おい。その約束はよ、俺に()()()()()()()()()んだ?」

「阿呆か? 貴様の命が助かるのだ。それともまさか、この後に及んで私に勝てるとでも思っているのか?」

「ハッ、阿呆はお前だろ。大切な子が独りで泣いているっていうのに、それを見捨てて逃げるやつがどこにいるんだよ!」

「ほう。では、私からこの女を取り返してみせろ。尤も、それは不可能だがな。私が完全にこの身体を支配したとき、お前は敗北するのだ。そこで絶望したお前の姿を見るのもまた一興」

 

『……祐哉、恐らくですが霊華は貴方の創造を打ち消す能力があります。どういった理屈かはわかりませんが、そうとしか考えられません』

 

 ──なるほど。それなら全ての疑問を解消できる。じゃあ、粘り強く攻めるしかないな

 

 霊華から距離を取った祐哉は、自身の背後に()()()()()刀を次々に創造していく。

 

 この刀は妖斬剣ではなく、全く新しい物……。

 

()()()()とやらに刃を向けるか」

「こんな(なまくら)じゃ豆腐も斬れないよ」

 

 ──『感情のリンク』、『退魔』、『潜在意識強化』、『斬れ味大幅減少』付与

 

「ハッタリか? 私には冷徹な殺気を放つ刀に見えるが」

()()()()、な。だが、霊華からはそう見えていないはずだ。そういう力を付与してあるからな」

「ふむ。物体を生成し、力を付与する。お前は付与術師(エンチャンター)なのか」

 

 創造した刀を霊華に向けて放つ。

 

 当然、霊華は大幣で刀を次々打ち払っていく。

 

 その際、彼女は祐哉の刀を「弾く」のではなく、文字通り「霧散」させている。

 

 故に彼の攻撃は完全なる無駄と言える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見かけ上は、だが。

 

「くっ……これは……?」

 

 刀を打ち払う度に霊華の動きが鈍くなっていく。

 

 その隙に、祐哉が手に持った刀で斬り込む。()()()()との何度目かの鍔迫り合い。彼の霊力が込められた斬撃に対し、それを上回る力で押し返してみせる。

 

「霊華を返せ!」

「無駄だと何度言えばわかる? お前が何度刀を作ろうが、私はその度に打ち消せるのだ!」

 

()()()()が大幣を握る手に力を込めると、祐哉が持っていた刀が霧散した。これで彼は徒手となる。

 

「……ああそうだろうよ。だがな、お前が何度刀を打ち消そうが、俺はその度に創造できる!」

 

 祐哉はすかさず新たな刀を創造し、間髪入れずに巻き技を繰り出す。それにより、今度は霊華の手から大幣が弾かれる。

 

「……実に厄介な能力だ」

 

()()()()はそう言って右手を宙に翳す。

 

 すると、たった今遠くへ飛んでいったはずの大幣が直線的な軌道を描いて彼女の手元に戻ってきた。

 

「厄介、ねぇ。創造を打ち消しておいてよく言うぜ。こんなことされたのは初めてだ。それに、遠くにある物を引き寄せられるのか? 厄介なのはお互い様だろ」

 

 霊華が大幣を手にしたことで、戦いは振り出しに戻った。

 

 ──さて、どうしたものか……

 

 




ありがとうございました。
よかったら感想ください!!

祐霊の感想「闇の霊ちゃんめっちゃ強ない? びっくりしてんだけど」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#119「神谷くんが強い理由」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──真っ暗だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 否、その表現は少し違うか。

 

 黒く濃い靄によって霞みがかっている。

 

 その靄は、心を蝕んでいく。

 

 ──怖い

 

 突然、自分の中に黒い瘴気が入り込んできたのだ。

 

 祐哉の手で能力が制限されているため、今の彼女は悪魔から伝わる負の感情にも多少の耐性がある。

 

 しかし、直接注ぎ込まれてしまってはそれも意味をなさなかった。

 

 霊華はあっという間に黒い感情に包まれた。

 

 得体の知れない、味わったことの無い感情が、自分の中に溶け込んでいく。

 

 

 

 ──気持ち悪い

 

 

 

 ──このままではおかしくなってしまう。

 

 

 

 ──自分が自分ではなくなってしまう。

 

 

 

 そんな状況から逃れるためか、霊華の思考は停止していった。

 

 しかしそれは逃避行動であって解決にはならない。むしろ、抵抗を止めるということは入り込んできた負の感情を受け入れることと同義だ。

 

 故に「博麗霊華」という人格は瞬く間に隔離され、負の感情で形成された全く別の人格が表に出てしまった。

 

 その結果、意図せず想い人と戦わされている。

 

 せめてこの状況を目にしないで済むのならまだ良かっただろう。

 

 しかし不幸にも視覚だけは確保されていた。

 

 暗闇の中、()()()()()を眺める。音はない。そのスクリーンでは、神谷祐哉が蹴り飛ばされていた。

 

 

 

 

 ──あ……

 

 

 

 

 一人称視点で撮影された動画故に、誰が祐哉を蹴ったのかは分からなかった。

 

 ただ分かるのは、祐哉が今一人で戦っているということだけだ。

 

 2回目の蹴り。祐哉は信じられない程遠くまで吹き飛ばされた。その光景を見て、思わず目を閉じてしまう。

 

 ──ッ!? 

 

 しかし、目を閉じてもそのスクリーンは消えなかった。

 

 ハッと目を開き、視線を逸らしてみても、何をしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 気が狂いそうだ。

 

 祐哉が一方的に嬲られているところを見ることしかできない。

 

 ──やだ、やめてよ……

 

 ──いったい誰がこんなことを……。えっ!? 

 

 その時、スクリーンに青い巫女服の一部が映った。この映り方、まさか……しかし、それ以外に考えられない。

 

 ──これは、私の視界……? どうなってるの。止めてよ! それ以上神谷くんを傷付けないで!! 私は神谷くんを守るって、無茶をさせないって誓ったのに!! どうして……!! 

 

 故意ではないとはいえ、己の決意と真逆のことをしてしまっている。

 

 視界が潤む。しかし、それは錯覚にしかすぎず、実際に涙が浮かぶことはなかった。()()()()()涙は存在しないのだ。

 

 ただ、心を締め付けられていく。目の前の惨劇を見ても、自分は泣くことすらできない。

 

 彼のおかげで強くなれたと、自惚れていた。

 

 結局、根の部分は変わらず弱いままだった。

 

「もう、嫌だ……」

 

 霊華はスクリーン以外に何も無い暗闇の中で言葉を零した。

 

「楽しんでもらえたかしら」

 

 その声を拾う者がいた。霊華は声の主を探す。

 

「ココよ、ココ。と言っても貴女に私は見えないと思うけれど」

 

 声がした方を見るが、スクリーンが邪魔をして声の主が見えない。

 

 見えないけれど、感じることはできた。ドロドロとした負の感情の沼の中、最も負のオーラが強い場所がある。恐らく、声の主はそこに居る。

 

「止めてよ……」

「もう見るのが嫌になった?」

「もう見たくない! ここはどこなの? 何がどうなってるの……」

「それは残念。楽しいのはここからなのに。……ここは、精神世界。分かりやすく言えば心の中よ」

「……あなたは誰?」

「ふふっ」

 

 何が楽しいのか、声の主は笑った。

 

()()()()()()()()()()()()。私達2人とも博麗霊華よ」

「え……?」

「私は貴女の負の感情だけを集めた人格」

 

 何を言っているのか、理解できなかった。

 

 ただ、よく聞くと()()の声は自分のものだった。

 

「でも、目的は違うわ。貴女は悪魔を退治したいのでしょう。けれど、私の目的は()()()をお守りすること。貴女には悪いけど、その力は、あの方を守るために使わせてもらう」

 

 不思議と、『あの方』が誰を指すのかだけは理解できた。

 

「違う……その力は神谷くんを守るためのもの! 返して!」

「皮肉なものね。その力は祐哉(アイツ)の力を無効化できる。守りたい人と相性が悪すぎる」

 

 自分が触れた道具の力を引き出すことができる。それが、『愛される程度の能力』を応用した霊華だけの特技──『神技親善』。

 

 例えば大幣の力を引き出した場合、魔力や霊力といったエネルギーの塊を霧散させることができる。また、妖怪の類への攻撃力を上げることができる。

 

 先刻から祐哉の創造物が打ち消されているのは、()()()()がこの力を使っているからだった。

 

 実は、祐哉が単純に物体を創造した場合は打ち消せないのだが、先程から創造している物には全て特殊な能力が付与されているため、祐哉は『神技親善』の効果を誤解している。

 

 同じ創造物でも、普通の刀は霊力を帯びないため打ち消せないが、妖斬剣は打ち消せるのだ。

 

 その理由は、刀に能力を付与した際に込められた膨大な霊力に反応しているためだ。

 

 しかし当然ながら祐哉はこのことを知らない。霊華も、『物体を創造する程度の能力』について熟知しているわけではないので、「神谷くんの創造を(全て)解除してしまう」と認識している。

 

「さて、貴女の身体と力で大切な人を始末したらまた来るわ。それまでの間は()()でも見ていなさい」

 

 声がそう言うと気配が薄れていった。

 

「待って!!」

 

 霊華の制止も虚しく響くだけだ。

 

 スクリーンに上映された映像が動き始めた。

 

()()()()は彼に肉薄すると右手に持った大幣を叩きつけた。

 

 ただそれだけなのに、祐哉は嘘みたいに吹き飛んでいく。

 

()()()()の周りには黒い瘴気が漂っている。

 

 その力が、本来の霊華が持つ霊力と合わさって相乗効果を生み出すことで人外の力となったのだ。

 

 そんな攻撃を喰らっても祐哉が戦い続けられるのは、「霊華を助ける」という強い意志が彼に力を与えているからに他ならない。

 

 仰向けに受け身を取った彼は、地面に刺した刀を支えに立ち上がる。

 

「……大丈夫、だよ」

 

 ──っ! 

 

 この「上映」には音声がない。しかし、確かに祐哉の声が聞こえた。

 

 スクリーンに映った彼は、頭からは血が流れていて、服もボロボロだ。

 

 誰が見ても満身創痍の彼は、霊華に向かって笑ってみせた。

 

 そして、直ぐ傍まで接近した祐哉は ()()()()と剣を交わす。

 

 動体視力が強化されているからか、瞬間移動とも言える速度を目で追うことができた。

 

 

 

 彼は叫ぶ。

 

 

 

()()()()が彼の斬撃を受けたそのとき、スクリーンにノイズが発生した。それと同時に、声が聞こえてくる。

 

「霊……返……!」

 

()()()()が蹌踉たのだろう。映像が揺れた。

 

 しかし、()()()()も負けじと大幣を振り上げることで彼の刀を掻き消した。直後、彼が新しい刀を生み出すよりも早くに御札を投げつける。祐哉は縮地でそれを躱すが、札は何処までも彼を追尾する。

 

 ──あれも私の能力……

 

 己の力が祐哉を苦しめていると考えた霊華は俯く。

 

()()()()が放った御札は「神技親善」の効果を受けた結果、対象に命中するまで何処までも追跡する不可避の攻撃と化している。

 

 それを察したのか、祐哉は御札に対して数本の刀を射出する。

 

 刀と御札を衝突させることでやり過ごせるかと思われたが、刀が競り負けてしまった。

 

「神技親善」によって強化された御札は、「封じる」ことに特化している。故に、刀が衝突した瞬間にその力を極限まで封じ込むことで実質的な無力化を行なったのだ。

 

 無論、強力すぎる故に普段の弾幕ごっこには使用していない。しかし、タガが外れた()()()()が加減などするはずもなく、今こうして猛威を奮っているのだ。

 

 祐哉はこの絶望的な状況で目を閉じた。

 

 それは一見、勝負を放棄した者が取る行動に見える。しかし、映像を見ている霊華にはそれが意味のある行動だと理解できていた。

 

 ──凄い……

 

 彼の『明鏡止水』によって、御札は無力化されていく。

 

 明鏡止水を初めて見た()()()()には、何が起きたのかわからない。彼女が驚愕している隙を突いて、彼はもう一度肉薄し、刀を振るう。

 

 人を殺すための凶器を向けられているはずなのに、それを怖いとは思わなかった。

 

 寧ろ、大幣を通して触れる刀から心地良い波動が感じられた。

 

()()()()()()()()()()()

「あ……」

 

 今度は、ハッキリと聞こえた。

 

 間違いなく、彼は今私に話しかけてきた。

 

 大好きな彼の声。その声を聞くだけで、黒に染まった心が浄化されていく。

 

 スクリーンにノイズが走る。

 

()()()()が反撃しているが、幾度も刀を交えた祐哉はその衝撃を最小限に抑えて受けられるようになっていた。

 

 ここまで彼を圧倒していた()()()()が初めて劣勢になった。

 

「うぅ……。アイツ、何者なの……」

「その声は、『私』……?」

 

()()()()が潜在意識の世界にきた。

 

「どう考えても、私の方が強いのに……! どうして勝てないの!?」

 

()()()()による、愚痴にも捉えられる叫びに、霊華が答えた。

 

「神谷くんは、私にとってヒーローなの。いつも、私が困っているときにそばにいてくれて、手を差し伸べてくれる。そして、彼は私には無い強い意志を持っている。……これは人から聞いたことだけど、今の戦いで伝わってきた。彼を支えている意志が何かはわからないけれど、その目に力が宿っている限り、誰にも負けない。最後は絶対に勝つの。神谷くんが強い理由は、創造でも霊力操作でも剣術でもない。意志の力なんだよ」

「……意志の……力……。なるほど、アイツが貴女の名前を呼ぶ度に力を増していたことがずっと疑問だったが、そういうことだったのか。アイツは貴女のことが…………」

 

 そう言うと、負の霊華の気配が薄れていった。

 

「……まだ戦うの?」

「いいや。もう、限界だ。見てみなよ」

 

()()()()がそういうと、スクリーンのノイズが晴れた。

 

 ──えっ

 

()()()()は祐哉に抱きしめられていた。

 

 彼は、彼女を抱きしめたまま頭に手を乗せ、創造の力を行使した。

 

 霊華の頭には、先程ほどけてしまったリボンがつけられた。

 

 このリボンには、()()()()と戦う際に作った刀と同様、『感情のリンク』、『退魔』、『潜在意識強化』の力が付与されていた。

 

「もう大丈夫」

 

 彼の言葉を聞くことで、霊華は身体の感覚を取り戻していく。

 

 ──いっぱい傷つけたのに……

 

 不本意とはいえ、自分が彼を傷つけたことには違いない。それなのに、自分の頭を撫でる手つきはとても優しかった。

 

「ここまで追い詰められては、私も抗えない。どうやら、アイツの斬撃には退魔の力が宿っていたようだ。私は直に消えるだろう」

「…………」

「ふ、そんな顔をするな。貴女にとって私は悪そのもののはず。そういった表情は、仲間に向けるものよ」

「でも……貴女は私なんでしょう」

「さっきはそう言ったわ。でも所詮は貴女をベースに作られた仮初の人格にすぎない。元々貴女の中にいたわけではないのだから、貴女が悲しむ必要はない」

「でも……」

 

 スクリーンにヒビが入っていく。

 

「……貴女は、優しいんだな。だからこそ、貴女が壊れる姿を見たかった。でも、最後にそんな顔で看取ってくれるなら、いいかな……」

 

 既に、負の霊華は消えかかっている。元の霊華がその気になればいつでも身体の支配権を取り戻すことができる。しかし、彼女はもう1人の自分を看取る道を選んだ。

 

「もう、いくよ……。最後にアドバイスをしてあげる。貴女やアイツではあの方には勝てないから、早く逃げることね」

 

 スクリーンのヒビは徐々に広がっていく。

 

「……逃げないよ。私は、戦うと決めたの。彼を守るために」

 

 スクリーンが砕け散り、潜在意識の中で視界を取り戻した。

 

「そうかい。……それなら……精々……足掻く……こと、ね……」

 

 その言葉を最後に、負の霊華の気配は完全に消えた。

 

 世界の闇が払われていく。代わりに、彼女本来の世界を取り戻していく。その世界は、どこまでも青い空と透き通るような湖が広がっている。

 

 最期に少しだけ見えたもう1人の彼女は、微かに笑っているようだった。

 

「──戻ってきて、霊華」

 

()()。そう呼ばれたことで、彼女の意識は完全に覚醒した。

 

 精神世界からの視点ではなく、完全な一人称視点を取り戻す。

 

「……かみやくん……」

「霊華? 本当に?」

「ごめんなさい……ありがとう……」

 

 元の世界に戻ることができて安心したのか、自然と涙が出てきた。

 

「良かった……。本当に、良かった……」

 

 涙脆い彼女を見て、普段の彼女に戻ったことを確信した祐哉は、強く彼女を抱きしめた。

 

 そんな祐哉に対し、霊華も強く抱きしめ返した。

 

「くそ……。おまえ……! じぶん で わたし の ちから を ふりはらったのか!?」

 

 しかし、戦いはまだ続いている。レベル4という強敵がまだ残っている。

 

 2人は名残惜しそうに互いを離し、レベル4に向き直る。

 

「私の力じゃないですよ。全部、神谷くんのおかげです。私は強くなんてない……」

「カミヤ? なら、その カミヤ を てごま に しよう!」

 

 レベル4がそう言うと、黒い瘴気が祐哉を囲い出した。

 

 しかし、霊華がそれを振り払った。

 

「二度も同じことをさせると思いますか? 巫女見習いとはいえ、私は博麗の巫女の弟子です! 舐めないでください」

「……まずは、お前を倒さないと再会を喜べないようだな、レベル4」

 

 祐哉は、霊華の左に立ち、刀を納刀する。そして、腰を落としてレベル4を見据える。

 

 それが抜刀術の構えであることに気がついた彼女は、彼が攻撃を仕掛ける前に声をかけた。

 

「神谷くん、レベル4の相手は私に任せてくれませんか」

「大丈夫? さっきので博麗さんの霊力はほとんど使い切ってるでしょ。予備の霊力も使っているはず……無理しないでいいよ」

「それは神谷くんも同じでしょう? それに、私の手で倒したいんです。迷惑をかけてしまった分の埋め合わせをさせてください」

 

 祐哉を見る霊華の眼差しには、強い決意が見られた。

 

 彼は迷惑をかけられたと思っていないし、霊華が謝る必要もないと考えている。

 

 しかし、自分が霊華の立場にいたら恐らく同じことを言うだろうと考えた。故に、この戦いを霊華に任せることにした。

 

「……わかったよ。お節介かもしれないけど、もう一度手を貸そう」

 

 祐哉がそう言うと、彼は彼女の頭に手を置いた。

 

 そこから膨大な力が流れ込んでゆく……

 

 ──『悪魔祓い』、『耐・負の感情』、『身体強化』、『霊力増強』付与。

 

「──さあ、行っておいで。博麗さんが幻想郷を救うんだ」

 

 膨大な霊力を消費した反動で急な立ちくらみと頭痛に苛まれた祐哉は、なるべく態度に出さないようにして霊華を激励した。

 

「ありがとう。行ってきます」

 

 霊華は、力強く地面を踏み締め、レベル4に迫る。10mはあった距離を一瞬で詰め、まるで抜刀術を繰り出すかのように大幣を下から振り抜いた。

 

 大幣による右斬上の斬撃は、レベル4に抵抗の間も与えずに切り裂いた。

 

「あ、が……」

 

 先程までの苦戦が嘘のようだ。

 

 レベル4との戦いが幕を下ろした。あまりにも呆気ない。これには祐哉も思わず呆然としてしまう。しかし、霊華の行動はそれで終わりではなかった。

 

「この悪魔達は放っておけません。彼らに幻想郷から立ち去る気がないのなら、私がこの戦いを終わらせます!」

 

 霊華はそう言って宙に浮かんだ。そして、詠唱をすると白い光弾を放った。

 

「──『夢想雪華』!!」

 

 これは、かつて守谷の巫女、東風谷早苗との戦闘で使用した技。

 

 光弾は彼女を中心に60°間隔で六方向に枝分かれしていく。その先からも枝分かれしており、フラクタル構造を形成している。

 

 当時は陰陽玉を使用していたが、今回彼女の手元にそれはない。

 

 しかし、祐哉による二度の強力なお節介(バフ)を受けた今、彼女は自力で使えるようになっていた。

 

 元々陰陽玉を使っていたのは、弾幕を構成するだけの霊力を補うためだった。今は膨大な霊力を持っているため、陰陽玉が不要なのは不思議なことではない。

 

 彼女の夢想雪華は、どこまでも枝分かれを続ける。今もなお地を蠢く悪魔は、粉雪のような白い光弾に触れた瞬間に溶けていった──。

 




──悪魔が蠢く春夜、季節外れの粉雪が数分に渡って舞い落ちた。神光を放つ一人の蒼き少女はその雪をもって悪魔を退き、戦いに終止符を打った。

この戦いは、後に『悪魔異変』と呼称される。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#120「休みなさい」

 60万を超える悪魔が居た。その大半は地を蠢き、互いを貪り食うことしかできぬ弱者であったが、時間が経過するにつれて彼らは羽を生やし、空中戦を可能とした。

 

 これに対し、幻想郷の各勢力が対抗したが、それでも物量で押され、状況は厳しいままだった。

 

 やがて悪魔はその身に宿した砲台から魔弾の雨を降らし始め、幻想郷が支配されるのも時間の問題だった。

 

 そんな状況の中、1人の見習い巫女が動いた。

 

 彼女の禊は博麗の巫女にも劣らぬものだった。

 

 結果、無限にも感じられた悪魔は一体も残らずに消滅した。

 

 

 

 

 ───────────────

 

「気を失っているだけみたい」

「良かった……」

 

 霊華は、悪魔との戦いに終止符を打った後、倒れてしまった。今は創造した布団に寝かせている。

 

 無理もない。あんなデカい規模で技を使ったんだ。創造の力でアシストしたとはいえ、かなりの負担がかかっていただろう。

 

「貴方は大丈夫なの?」

 

 霊夢が心配そうにこちらを見る。

 

「正直に言っていいなら、相当キツい」

 

「太陽が昇り次第、貴方達の出番だから宜しく」。この戦いの序盤に紫に言われたことだ。俺達は来たるレミー戦に向けて力を温存する必要があった。

 

 しかし、霊華がレベル4の術に落ちた時点でその考えは消えていた。彼女を救うため、力を惜しまずに使った結果、今の俺は意識こそ保っているものの、大地に仰向けで伏している。

 

「こんなことになるなら、私がアイツと戦えばよかったわ」

「誰にも予想できなかったんだから仕方ない。大丈夫。残り少ないけど霊力の回復手段はある」

 

 ──問題は……

 

「ボロボロじゃない……」

 

 そう。俺は霊華との戦いで相当な傷を負っている。数えきれない程のかすり傷に、既に止血したとはいえ頭部から流血する程の傷も負っている。また、何度も大幣で殴られた全身は気を失いそうになるくらい痛む。唯一、骨折していないことが幸いだ。

 

「この前みたいに傷を治せないの? 全治数ヶ月の怪我を治してたじゃない」

「あれは奥の手だからそう何度も使えないんだよ。霊力が尽きてレミー戦で役に立てなくなってもいいなら別だけど」

「それは困るわね。十中八九、悪魔を召喚したのはレミーでしょ? あの数を召喚できるようなやつ、私と咲夜だけじゃ流石に無理だと思う」

 

 それを言ったら3人でもキツいだろう。一度負けている俺が加わっても変わらないのでは? ──と思ったが敢えて口にはしなかった。

 

「全く、貴方は大事な戦力なんだからね。もっと計画的に戦いなさいよ」

「いやそれはほんと、返す言葉もないです」

「まあでも、2人が無事で良かった。……朝まで休んでていいわよ。少し寝たら疲れもマシになるんじゃない?」

 

 時刻は夜中の3時頃。日の出まで2時間程度だろうか? 

 

「敵もいなくなったし、それも良いか。布団で寝るなら創造するけど、どうする?」

「私は周りを見張っておくからいらないわ。大丈夫、そんなに疲れてないから」

「なんだか申し訳ない。やっぱり俺も起きてるよ」

 

 そう言って起き上がると、霊夢は俺の肩を叩くように両手を置いた。

 

「あのね、さっきの話覚えてる? 休まずに戦ってすぐにやられたら困るの! や! す! み! な! さ! い!」

 

 霊夢は一呼吸ごとに俺の肩を力強く揺する。あまりにも勢いがあるので首がグワングワン揺れる。

 

「わ、わかったよ」

 

 霊夢の勢いに気圧された俺は片膝を立てて地に座り、背中を近くの民家の壁に押し当てて目を閉じた。その横に霊夢が座ったかと思うと、独り言のような小さな声で話しかけられた。

 

「おつかれさま。ゆっくり休んでね」

 

 その言葉を聞いて、先程のやりとりは俺のためを思ってのことだと理解した。既に意識が無くなりつつあった俺は心の中で感謝し、そのまま眠りについた。

 

 ───────────────

 

 全ての悪魔が退治される少し前、紅魔館や霧の湖の近くにある開けた地には魔理沙がいた。

 

 悪魔は魔法の森にも侵入していた。しかし、その数は人里よりは少なく、()()には時間がかからなかった。

 

 異変の匂いを嗅ぎつけた魔理沙は、自宅で魔法に必要な道具を揃えると森の外へ飛び立った。

 

「なんだこりゃ。そこらじゅうでドンパチやってるな。祭りをやるなんて聞いてないが……」

 

 箒に跨って空を飛んでいる魔理沙は、幻想郷の至る場所で弾幕やビームが飛び交っているのを見た。

 

 彼女の元へ、数体のレベル2が飛びかかった。そんな悪魔の攻撃を魔理沙は魔法で撃ち落とした。そして、違和感の正体に気づく。

 

「こいつら、弾幕を撃ってこないのか。なら、余所者か? 今時スペルカードルールを守らない奴と言ったら、それくらいだろう」

 

 自分の考察を口に出しながらも、次々に襲いかかる悪魔を迎撃している。手応えこそないものの、数が多い。

 

「的がこんだけあるんだ。楽しくなりそうだぜ。──『マスタースパーク』!!」

 

 魔理沙はミニ八卦炉を正面に向けると、極太の超強力熱光線を放った。その太さは彼女の身長の3倍を超えるだろう。

 

 レーザーは空を侵食していたレベル2の大群を飲み込んでいった。

 

 あまりに強力。

 

 どこまでも続くレーザーは遥か遠くの悪魔をも飲み込む。彼女はこの一撃で数千もの悪魔を焼き払ってみせた。

 

 しかし、その功績を嘲笑うかのように他の悪魔がワラワラと湧いて出る。

 

「おいおい、どんだけいるんだよ。数だけで言ったらこれまでの異変の比にならないな……。至る所での戦い、突如現れた悪魔の軍勢……なるほど、これが戦争ってやつか」

 

 魔理沙は「やれやれ」と言いながら次なる魔法を繰り出した。

 

 ───────────────

 

 悪魔の共喰いによる進化は各地で行われていた。しかし、広範囲を狙い撃つ魔法を多く持つ魔理沙はその隙を与えなかったため、人里で暴れていたようなレベル4は現れなかった。

 

 魔理沙は、数だけで中身のない軍勢に飽き始めていた。そんなとき、ソイツが現れた。

 

「そろそろ、各勢力も疲弊してくることだろう。この世界の支配が完了するのも時間の問題。実に良い夜だ」

「誰だ?」

「何を見ている? 下等種」

 

 彼女の視線の先には、紅魔館の当主、レミリア・スカーレットと酷似した吸血鬼の姿があった。彼女と異なる点は服の色と雰囲気くらいだろう。彼女の脳裏に、フランドールの他に双子の姉妹が居たのかという考えが走った。

 

「随分と偉そうな奴が出てきたな。いや、いつものことか?」

「フッ、何を言う。我は偉そうなのではない。偉いのだ。我は夜の帝王、レミー・ブルーレットだ」

「これはこれは。私は霧雨魔理沙だ。夜の帝王とやらに聞かせてもらおうか。お前が悪魔(こいつら)の親玉か?」

「然り。この悪魔共は、(われ)が魔界より呼び寄せた眷属なり」

「確かに良い夜だ。霊夢よりも先に主犯を見つけ、それを退治することができるんだからな!」

「ほう、貴様も我を退治するなどと抜かすか。いいだろう。今は気分が良い。身の程を弁えぬ下等種には我自ら手を下してくれる!」

 

 吸血鬼と魔理沙の戦いが始まる。

 

 レミーは主に接近戦で戦う。その実力は本物で、同じように近接戦闘が得意な祐哉と美鈴を瀕死まで追い詰めた程だ。ならば、中・遠距離型の魔理沙が勝つ可能性は絶望的に低いだろう。

 

 案の定、魔理沙はレミーの初動についていくことができなかった。想像以上のスピードで肉薄するレミーに対し、魔法の行使も間に合わない。魔理沙は開幕直後に敗北する。

 

 

 

 

 

 

 

 と、思われた。

 

 しかし、そこへ誰も予想していない第三者が現れた。

 

「あら危ない」

「なっ!? お前は!?」

「コイツにスペルカードルールは()()()から離れた方がいいわよ」

「……貴様、人間ではないな? 何者だ!!」

「初めまして。私は八雲紫。この地を管理する者よ」

「ほう、管理者か。漸くこの地を我に渡す気になったか?」

「目的はこの地を支配すること、だったかしら? ──いいだろう。滅される覚悟があるのならば力ずくで掛かってくるといい」

 

 紫から濃厚な殺気が放たれた。それは少し離れたところから様子を伺っている魔理沙が震えたほどだ。昔、魔理沙は彼女と対立したことがあったが、そのときでさえもここまでの殺気は感じなかった。紫が本気でレミーを駆除しようとしていることが伝わった。

 

「全く、いい加減に呆れてくるわ。何故これ程までに力の差を理解できぬ者で溢れかえっている? 既に力を見せつけたはずだが? 地を見ろ。宙を見ろ。そこには悪魔がいる。66万以上の眷属を従えているのだぞ。ならば、その上に立つ我の力は貴様らと比にならないことが何故わからん?」

「可笑しなことを発言する辺り、貴様の底も見えているのよ」

 

 紫は皮肉じみた笑みを浮かべながら続けた。

 

「たとえ数は多くとも皆…………()()()()()()

 

 魔理沙はその言葉に同調するように笑った。

 

「へっ、全くだ。数の量は認めるが、中身が無さすぎる。こんなの、その辺の人間にだって倒せるぜ」

「貴様らッ……! たった今貴様らはこの我の逆鱗に触れた! その罪、死を持って償え!!」

「短気なところがまた小物なのよねぇ」

 

 今度こそ、来訪者と原住民の戦いが始まった。

 

 ───────────────

 

 ──分が悪すぎる

 

 レミーとの戦闘に幕が下ろされてから僅か2分程で実感した。

 

 魔理沙の戦闘スタイルは魔法を駆使したもの。身体強化魔法は得意ではないため、常に相手と間合いをとることが望ましい。

 

 そのため、レミーを近づけまいと弾幕を展開しているのだが、レミーはダメージ覚悟で特攻して来るため、どうしても思うように戦えずにいる。

 

「ちっ、だったらこれはどうだっ!」

 

 魔理沙は懐から薬瓶を取り出し、放り投げるとそれを目掛けて弾幕を放った。

 

 被弾した薬瓶は砕け散り、中に入っていた液体が突然気体と化した。揮発性の物質だったというわけではない。これは魔法の産物であり、科学は殆ど関与していない。

 

 レミーは弱い者から仕留めようとしているのだろうか。先程から八雲紫ではなく、魔理沙の方を狙っている。

 

 主な攻撃手段が徒手空拳であるレミーは、懲りずに魔理沙に肉薄する。つまり、先程の揮発した魔法の産物(マジックアイテム)の中に飛び込んだのだ。

 

 それを見た魔理沙はしてやったりというように笑みを浮かべた。

 

「──マスタースパーク!!」

 

 ゼロ距離で放たれた極太レーザー。その威力は神谷祐哉のスターバーストとは比にならないとレミーは実感した。

 

「グゥ……熱い……全身が焼けていく……大した威力だがそれでは我は殺れんぞ!!」

 

 レミーは全身から濃密な気を放った。それは彼女を中心とした()の十字レーザー。レミリア(オリジナル)が使う『不夜城レッド』の色違いの技を使うあたり、遺伝子には逆らえないと言うのは本当なのかもしれない。

 

 名前に違和感があるが、()()()()()()()()とでも名付けようか。その蒼き不夜城レッドは魔理沙のマスタースパークと拮抗したかと思うと、じわじわと押し返して行った。

 

 マスタースパークが他のレーザーに押し負けるなど滅多にない。故にこの技に絶対の信頼を持っていた魔理沙は焦りを見せた。しかし、そこで調子を崩すような彼女ではない。

 

「──次はこれだ! 『ダブルスパーク』!!」

 

 直ぐに落ち着きを取り戻した魔理沙は、二門から放たれるマスタースパーク──ダブルスパークを使う。攻撃範囲は2倍程度だが技の威力は相乗効果によって何倍にも膨れ上がっている。

 

 その結果、レミーの蒼き不夜城レッドを撃ち破り、そのまま彼女を飲み込んだ。

 

「ぐぉぉぉぁぁあああっ!!」

 

 レミーの壮絶な叫び。

 

 暫く経って魔理沙はレーザーを止めた。

 

 全身から滝のような汗を流し、肩で息をしているがその表情は力強いままだ。

 

「へっ! どんなもんだ!!」

 

 口調とは裏腹に警戒を怠っていなかった。故に彼女は目の前で繰り広げられる不可思議な現象に対する驚きを最小限に抑えることができた。

 

「流石は吸血鬼か……化け物だな」

 

 全身を焦げ尽くされ、身体の一部を損傷したレミーはみるみるうちに再生した。

 

 吸血鬼は頭以外が吹き飛んでも一晩で回復できるという。

 

 しかし、レミーはそれと同等の傷を一瞬で治癒して見せた。

 

「ククク……なかなかどうして。想像よりも愉しませてくれる……」

「どんな再生力だよ」

「普段ならばこの傷は治せぬことはなくとも時間を要する。だが、今の我は人間を喰った故に力が漲っている。ならば一瞬で回復できるのも道理。素晴らしい攻撃だったが、我を殺すには足りん」

 

 真っ当な方法ではレミーを倒すことはできない。

 

「……やはりそうか」

 

 2人の戦いを静観していた紫が呟いた。

 

 レミーを倒せるのは、吸血鬼の弱点をつける者のみ。

 

 ならば、当初の予定通り自分の役目を果たすべきだ。

 

 紫は、レミーの鉤爪が魔理沙を抉るより一瞬早く結界を貼り、彼女を助ける。

 

 強固な結界に攻撃を阻まれたレミーは、一度距離をとった。その隙に紫が魔理沙の元へ移動する。

 

「お生憎だけど魔理沙、貴女には撤退を進めるわ」

「断る。確かにコイツ相手に肉弾戦はキツいが、手はある」

 

 忠告を無視されるという、予想通りの展開に溜息をついた紫は、魔理沙の元から離れた。

 

 そして次の瞬間、

 

「がっ!?」

 

 魔理沙はレミーによる流星の如く鋭い蹴りを喰らい、遥か遠くまで飛ばされた。

 

「……人の忠告は聞くものよ。長生きしたいのならね」

「他愛ない。これで邪魔者は居なくなった。早速貴様を葬り、この地を支配するとしよう」

「お子様にアドバイスをしておくわね。──あまり人間を舐めていると、()()()()()()()()()?」

 

 そこから日の出までの数時間の間、紫とレミーによる激闘が繰り広げられた。

 

 ───────────────

 

「ごめん祐哉、起きてくれる?」

 

 霊夢の声で、息苦しい無の時間が動いた。

 

 睡眠中に気を失っていたような感覚……こういうときは決まって身体が休まっていない。その証拠に、立ち上がろうとすれば目眩がして壁にもたれかかってしまう。

 

「……時間か?」

「うん。まだもうちょっとあるけど、その様子じゃ早めに起こして正解だったわね」

「助かった。いきなり戦わされたら即効死ぬところだった」

 

 俺は再び地面に座り込んで少しづつ脳と身体を覚醒させていく。

 

 ──相変わらず身体はあちこち痛い。が、多少はマシになったか? 

 

 霊力は残り少ない。今のうちにMP回復を使っておこう。

 

 霊力を回復した俺は、凝り固まった身体をほぐすために柔軟運動をする。

 

『祐哉、いけそうですか?』

『本調子とは程遠いけど、やりますよ』

『霊力のストックは?』

『あと1回満タンにできる程度ですかね。正直もう使えないと考えています』

『……この戦いで随分と消費しましたね』

 

 ──流石に調子に乗って使いすぎたかな

 

 俺は創造した布団で眠っている霊華の元へ近づく。

 

 良かった、ぐっすり眠ったままだ。特に苦しそうな様子もないし、このまま寝ていれば回復できるだろう。

 

 俺は、霊華を起こさないように彼女の髪に触れる。

 

「レミーと戦うこと、伝えてなかったね。後で知ったら怒るかな……。また悲しませてしまうかもしれない。無傷では帰れないからね」

 

 辺りが明るくなってきた。

 

 もうじき夜明けだ。

 

「お疲れ様、霊華。今度は俺が頑張る番だ。──行ってきます」

 




ありがとうございました。
お気軽に感想を頂けるとモチベになりますヾ(*´∀`*)ノ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#121「神群槍(グングニル)

 八雲紫とレミーの戦いが始まって数時間。

 

 紫はレミーの苛烈な攻撃を受け続けても平然としていた。

 

 この数時間で幾度も技が交差しているが、両名共ほとんど無傷である。

 

「クハハ! 管理者というだけのことはある。我を相手に渡り合うとはな。だが、貴様に我は倒せん。時間の無駄だ」

「時間の無駄? 周りをよく見てみなさい」

 

 紫にそう言われたレミーは、素直に辺りを見渡した。

 

「──不味い。もう夜明けか」

「そう。貴女の時間は終わったの」

 

 陽が昇りつつあることに気づいたレミーは、慌てて霧を出した。

 

 かつての紅霧異変と異なるのは、霧の色が青いことだ。

 

「そんなことをしても無駄よ。これからは彼らの時間なのだから」

 

 紫は自身の前にスキマを展開した。

 

 そこから現れたのは、3人の人間だった。

 

 ───────────────

 

「フン、下等種3匹が雁首揃えてやってきたか。なんだその目は。よもや、貴様らもこの我を倒そうなどと抜かすまい?」

「見下した態度は相変わらずだな。まあ、好きにすればいいさ。さて、悪いことは言わない。俺達とスペルカードルールに則った弾幕戦をしよう。3対1だが、お前は強い。多少のハンデはくれてもいいだろ?」

「前に言ったはずだ。ルールに従うのは貴様らの方だと。ルールは我が作る」

()()()()()()()()()()()()()()。──後悔するぜ。後で弾幕ごっこをしておけばよかったって……滅されるその瞬間によぉ……」

「クハハ……貴様には我の力を見せつけたはずだ。どいつもこいつも、勝ち目がないことが何故わからん? おツムの弱さもそこまでいくと道化に見えるぞ」

 

 レミーはそう言って嗤う。

 

「人間舐めんなよ上位種が。こと成長性に関しては俺達人間の方が優れているということを思い知らせてやる。そして断言しよう。お前は俺達に負けて消滅するんだ。最後に、もう一度だけ訊く。──弾幕戦に応じれば命だけは助けてやるが、どうする?」

「不敬者が。この我を見下すか! いいだろう。まずはお前から仕留め、他の女共も食い殺すまでだ!」

 

 長かった押し問答は終わりを迎えた。

 

 結局、話し合いで解決はできないのだ。

 

 まあもっとも、誰も話し合いで解決しようと考えていないのだが。

 

「──行くぞ、下等種」

 

 レミーが蝙蝠のような羽にグッと力を入れると、猛スピードで肉薄する。

 

 ──やっぱり速いな。でも……

 

 俺は掌を目の前に翳し、()()()()()

 

「あがっ!?」

 

 手応えあり。

 

 その鋭い鉤爪で俺を切り裂かんとしたレミーは、領域の壁に触れた事で跡形もなく霧散する。

 

「あら、もうすっかりモノにしたんじゃない? 霊華のお蔭かしらね」

「止してくれ、調子に乗れば失敗する。それに、もしモノにできたなら霊夢のお蔭でもあるだろ」

「──二人共、今ので一度仕留めたのは確かだけど、油断しないで」

 

 そうだ。()()()()()()()()()()()()で死ぬなら苦労していない。

 

「油断はしてないわ。暇潰しよ。──ほら、こうしている間に罠にかかったみたい」

 

 咲夜の忠告に、霊夢は答えた。

 

 周辺にはいつの間にか無数の御札が広がっていた。

 

「──『八方鬼縛陣』」

「札で我の動きを制限するつもりか。だがそれだけでは殺れんぞ」

「そんなこと、アンタに言われるまでもないわ。()()()

()()()()

 

 ──『妖祓いの五月雨(レインバレット)

 

 俺は、数え切れないほどの魔法陣を創造し、そこから無数の刀を放つ。ばら撒き弾に自機狙い弾、鉛直方向からの刀の雨が、レミーを襲う。

 

 二人の連携技は高密度で、隙間と呼べる隙間は無かった。

 

 しかし、レミーは持ち前の素早さを活かして弾幕を掻い潜る。

 

「クハハ……まさか貴様ら、弾幕ごっことやらをやっているのか? この弾幕の隙間は意図的に作られたものだな。舐められたものだ」

「いーや? 勘違いしてないか? もう俺達はお前を生かすつもりはない。なあ、霊夢?」

「当然。退治されたいみたいだからお望み通り退治するわよ」

 

 そう、今行われている戦闘はいつもの遊びではない。正真正銘の殺し合い。加減などするはずもない。

 

 要するに、弾幕ごっこでは禁止されている必中の攻撃が許されるわけだ。

 

 霊夢は手に持った大幣を横に振り払った。それが合図となり、吸血()を捕()する陣の隙間が更に狭まっていく。それよりも早く捕縛から逃れようとするレミーだが、術者は博麗の巫女だ。結界術に長けた彼女が逃がすはずがなかった。

 

「小癪な!!」

「陣から逃れることができないと判断して、陣と刀を破壊するつもりか。だが、忘れていないか? 俺の刀はお前を滅ぼせるということを……」

 

 ──祓え、妖斬剣

 

 創造した全ての刀が力を解放する。

 

「あがッ……」

 

 妖斬剣が放つ温か(冷徹)な波動にさらされたレミーは吐血しながら蹌踉ける。そんな彼女に対し、数多の白刃が無慈悲に降り注いだ。

 

 ──これで、2回。

 

 今、レミーは八方鬼縛陣と妖祓の五月雨の術中にある。レミーは復活するが、陣から逃れることができない以上、このまま時間が経過すれば倒せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 否。

 

 運命を書き換える能力を持っている奴をそう簡単に倒せるはずがない。

 

「おのれッ……!」

 

 復活直後、()()()に現れたレミーは怒号をあげた。

 

 瞬間、蒼き大妖力弾が目の前を埋め尽くした。

 

 普段の弾幕ごっこで見ているソレと同じものだが、やはり密度が異なる。隙間なく、猛スピードで放たれた妖力弾は一つの巨大な壁を構成している。

 

「──『スターバースト』」

「──『夢想封印』」

 

 回避不能と判断した俺は、極太レーザーで壁を貫く。それによって生まれた穴を霊夢から放たれた光弾が突き抜けていく。

 

 レミーは突如として飛来した光弾を躱すため、高速で飛び回る。十数個におよぶホーミング弾が何処までも彼女を追い続けるが、空中を高速で飛び回るレミーには当たらない。

 

「──執拗い!!」

 

 レミーにとって、夢想封印を避けることは簡単だった。だが、霊夢は何処までも光弾の数を増やし、その数が数十個に達したとき、レミーが痺れを切らす。

 

 掌に集めた妖力を解放、凝縮。それは形状を変えて槍となる。

 

 レミーは蒼き神槍を薙ぎ払うことで光弾を蹴散らした。

 

 ──霊夢の夢想封印を弾くのか!? そんなこと、少なくとも妖怪にはできないはずだ。やっぱりコイツは強い。どうする? 

 

「舐めんじゃないわよ!!」

 

 突如として霊夢が叫んだ。

 

 彼女が大幣を縦に振ると、レミーの上部に光弾が現れた。

 

「──なんだ、この大きさはッ!?」

 

 そう、一口に光弾と言っても、その大きさは他の光弾の数十倍。直径10mは優に超えるだろう。

 

「神聖な輝きに呑まれなさい!!」

「グゥゥゥゥゥアアアアアアア!!」

 

 超巨大という表現では足りない程大きな光弾に呑まれたレミーは3度目の死を迎えた。

 

 ──すげぇ……カッコイイな、霊夢! これが博麗の巫女の力なんだ!! 

 

「ふぅ、このまま封印されてくれたらいいんだけど」

「どうだろうな。アイツの強さはこんなものじゃないから、余裕で復活してきてもおかしくないよ」

「でも、このまま夢想封印で攻め続ければそのうち倒せるんじゃない?」

「霊夢、貴女はあの規模の技をあと4回も使えるの?」

「行けるんじゃない? やったことないけど」

 

 ──マジかよ。

 

 あれだけ大きな弾だ。それを作る為には膨大な霊力を消費するはず。

 

 ──霊力を最大までチャージした使い魔十体分は使ったんじゃないのか? 

 

 ──もしかして、霊夢ってとんでもない量の霊力を持ってる? 

 

『おや、気づいていなかったんですか? 彼女の霊力量は貴方の百倍はありますよ』

 

 ──なんかもう、流石っすねって感じ。

 

「クク……クハハハハハハ!! どうやら、下等種の中にも多少は力を持つ者がいるようだな。良いだろう。少しばかり力を奮ってやる」

「本当に生き返るんだ。まるで不老不死ね」

「ああ、だけど奴の命は有限だ。霊夢にとってはチョロいっしょ?」

 

 今回の戦いで、霊夢の強さを改めて実感した。この子は俺の何倍も強い。霊夢がいれば勝てる。

 

「そうね。そんなに大したことないわ」

 

 霊夢はそう言って、再び夢想封印を放った。

 

 迫り来る光弾に対しレミーは不敵に笑うだけで避けようとする素振りをみせない。

 

 光弾はそのままレミーに直撃する。

 

 しかし──

 

「その技は先刻(さっき)見た。もう良い。他にないのか? 下等種の()()

 

 ──どういうことだ? 夢想封印は確実に命中したはず! どう見ても効いてないぞ。

 

「……以前、そこの小僧と戦ったときは何度も同じ手を食い、手を焼いたからな……。その対策はしている」

 

 ──対策。…………同じ手を食い、手を焼いた……その対策……。

 

「2人とも、分かったかもしれない」

「なにが?」

「霊夢の夢想封印が急に効かなくなった理由だよ。簡単だ。アイツが能力を使ったんだ。例えば、『夢想封印が自分にとって弱点である運命を書き換える』とか」

「回りくどいことするわね。それなら『全ての攻撃に強い運命』に書き換えればいいんじゃないの?」

「まあね。でも、それはできないんじゃない? 俺たちが思っているより便利な能力ではないのかもしれない。ある程度の制約がある可能性がある。例えば、さっき言った運命の改変を行うには『対象の技を一度食らう必要がある』とか、『一度死まで追い込んだ技にしか使えない』とか」

 

 まあ、能力の詳細が分からない以上、仕組みを考えても仕方ない。

 

「っと……俺が言いたいのはこんなことじゃなくてだな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことを伝えたかった」

「それならそうと言いなさいよ」

「え、すみません……」

「2人とも、集中して」

 

 突如、地上から真紅の線が伸びた。それは真っ直ぐにレミーの元へ向かっていく。

 

 ──速すぎてよく見えないけど、アレは多分レミリアの……

 

 レミーはその()の軌道から逃れるが、線は直角に曲がることでレミーを確実に狙い撃ちする。

 

「やはりこの()からは逃れられんか。フン、()がオリジナルよ。貴様はその槍の運命を操り、必中の攻撃を可能としたのだろうが……」

 

 紅槍の性質を瞬時に見抜いたレミーは、神速で迫る槍を()()()()()()()、そのまま身を捻って撃ち放った。

 

 レミーの()に触れた紅槍は蒼槍へと代わる。

 

 ──この軌道、狙いは俺か!! 

 

「くっ……」

 

 咄嗟に縮地を使おうとするが迫る槍の方が一瞬速い。

 

 ──死……

 

 ───────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──時が止まる。

 

「……ヤツめ、お嬢様のグングニルを乗っ取ったのか」

 

 モノクロになった世界の中で唯一動ける者が呟いた。

 

「そのまま自分の技で死になさい」

 

 時の支配者は手に持った懐中時計の蓋を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───────────────

 

 ──??? 何が起きた? 

 

 目の前には蒼き槍がある。それは間違いない。

 

 しかし──

 

「何事だ!? 何故槍が我に向かってきているのだ」

 

 そう、「此方()に向かってきていた」槍が「彼処(レミー)に向かっている」のだ。

 

「……フン、原因はわからんが我には当たらんぞ?」

 

 そのままレミーを穿つと思われた蒼槍は、ジグザグに軌道を変えた。物理法則を無視したその動きは明らかにレミーの力の影響を受けている。

 

 つまり、どうあっても槍は俺に当たる。

 

 内部破裂(バースト)や明鏡止水は間に合わないだろう。

 

「させないよ! 『スピア・ザ・グングニル』!!」

 

 声と共に、地上から真紅の槍が飛んで来る。それは蒼槍に衝突し、爆発する。

 

「──必中の槍がこんなに厄介だとは思わなかったわね」

「咲夜さん!?」

 

 気付くと咲夜に抱えられていた。よく見ればさっきとは違う場所に移動している。

 

「助かりました。あのままだったら槍の直撃は免れても爆風でやられてました」

「危なくなったらまた助けるから、どんどん攻めて」

 

 助かるな。咲夜が援護してくれるなら俺達は防御を捨てて特攻できる。

 

「ふむ。多すぎるな。1匹ずつ相手にしていては埒が明かない。ならば──」

「──嘘だろ……」

 

 レミーが手を上げると、背後に無数のグングニルが次々に生成されていく。

 

「あれじゃまるで祐哉の……」

 

 霊夢の言う通り、無数の武器を生成して投擲する攻撃は俺のやり方と似ている。

 

「でも、規模が違うぞ。アレは俺達どころか、下にある湖や紅魔館、その周辺ごと穿つだろう」

「クハハ。最早逃げ場はない。先刻貴様らが我にしたことだ。卑怯とは抜かすまい? ──せめて足掻いてみせろ」

 

 レミーが手を振り下ろすのを合図に、不可避の群槍が飛来する。

 

「──『スターバースト』!!」

「──『夢想封印』!!」

「──『殺人ドール』!!」

 

 俺は7つの魔法陣を創造し、それぞれから極太のレーザーを放つ。

 

 霊夢と咲夜も各々の技で迫り来る蒼群槍に立ち向かう。

 

 ──ダメだ! グングニルの力が強過ぎて相殺できない!! 

 

 ──明鏡止水を使うか? だが、この数の槍を削るには霊力が足りない。

 

 明鏡止水は、無数の攻撃に対して弱い。何故なら、この技は物体が領域に侵入する度に創造の力を使うからだ。創造には霊力を用いる。一回の創造に使う霊力は少なくても、塵が積もって馬鹿に出来なくなる。

 

 ──妖斬剣でもこの数のグングニルは祓えない。やるならそれこそ神様並の力が必要だろう

 

 ──どうする、どうする! どうする!? 

 

 霊夢も咲夜も、作戦があるようには見えない。

 

 このままでは全滅する──。

 

 




ありがとうございました!!
よかったら感想ください(˙◁˙)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#122「頼もしい助っ人」

 ──このメンバーで戦っても勝てないのか? 

 

「……クソ、諦めてたまるかよ!! ここで俺達が負けたら、幻想郷が終わる!! そんなことはさせない!!」

「──よく言った!! それでこそ私の親友だぜ!!」

 

 何処からか、声がした。

 

 いつも明るくて、誰よりもパワフルな親友の声。

 

「随分とデカくて痛そうな雨だが、私の魔()の相手じゃないぜ! ──『ファイナルマスタースパーク』!!」

 

 直後、文字通り目の前が真っ白になった。続いて耳を劈くような音が襲ってくる。

 

 ──これがファイナルマスタースパーク。初めて見た。

 

 それはマスタースパークやダブルスパークよりも大きく、力強い。

 

 地上から放たれた超極太レーザーは、レミーと神群槍を全て呑み込み、更に空を包む分厚い蒼霧へ突き抜けていく。

 

 彼女がレーザーを止めた。

 

 暫くして、強い光で見えなくなった視界が戻る。空を見れば、分厚い霧に穴が空いていた。そこからは陽光が入ってくる。槍の雨は勿論、レミーの姿はない。

 

 鳥肌が立った。

 

 ──これが、魔理沙の本気……。やっぱ凄いなぁ

 

「魔理沙、やっぱり来たわね」

「おう、霊夢。今までの異変の中でも上位にあたる規模だ。私が来ないわけないだろ?」

「……助かったわ魔理沙。相変わらず凄い火力ね」

「咲夜も、怪我はなさそうだな。そんで──」

 

 地上からやってきた魔理沙は霊夢と咲夜と話す。その後、俺を見てきた。

 

「よっ、お前も頑張ってるな!」

「魔理沙……お前、カッコよすぎるだろ! さっきのマスタースパーク、感動したよ!!」

「ん、そうか? へへっ、そっか!」

 

 魔理沙は少し照れくさそうに、だが嬉しそうに笑った。

 

 魔理沙を見ると勇気が湧いてくる。

 

「……っと、どうやら復活したみたいだな。どんな再生力だよ……」

 

 空に空いた穴が再び霧で埋め尽くされていく。それによって陽光は遮られてしまう。完全に陽光が遮断された後、復活したレミーが現れる。

 

「魔理沙、手短に説明するわ。奴は運命を書き換える能力を持っている。で、主に自己蘇生に使ってくるわ。今ので一回死んでいるはずだからこれで4回。あと3回倒せば完全に退治できる」

「運命操作か。レミリアと姿が似ているのは偶然じゃなさそうだな。()()()()()()()()()()()

 

 ──魔理沙も加わって4人。レミリアは多分これ以上参加してこないだろう。さっき霊夢に「邪魔」って言われてたから。

 

 気の毒だけど、さっき俺が死にかけたのはレミリアがグングニルを投げたからとも言えるのでフォローはできない。

 

「……そこの魔女はさっき葬ったと思ったが?」

「お前の攻撃が私に当たる直前、(アイツ)が結界で衝撃を弱めてくれたんでな。生憎私は生きてるぜ。足だってちゃんとある」

 

 ──ん? 魔理沙はレミーと戦ってたのか? ところどころ服がボロボロなのはそういう事か。

 

「お話中悪いんだけどさぁ──」

 

 霊夢が動いた。

 

 と思った瞬間、消えた。そして、レミーが苦悶の声をあげた。

 

「──さっさとやられてくれない?」

 

 何事だと思ってそちらを見れば、いつの間にかレミーの頭上に移動していた霊夢に大幣で殴られていた。そして、間髪入れず御札の雨を降らして地上に落とす。

 

 咲夜も驚いているようだから、彼女が運んだのではなさそうだ。

 

 となれば霊夢がワープしたのか。

 

「これで5回ね。そろそろ眠くなってきたから、早く帰りたいわ」

 

 ──霊夢お前、こんな強敵相手によくそんなこと言えるな。自機組にとってレミーは取るに足らない存在なのだろうか? 

 

「こ……の……!! この下等種共がぁぁぁああああああ!!! 1度ならず2度までも! この我をここまで追い詰めるとはッ!!!!」

「アンタ、言う程強くないじゃない。思えば祐哉に5回殺されたんでしょ? 美鈴が援護していたんだろうけど、本当に強いやつは1回も死なないのよ」

「なんだと!!」

 

 霊夢に煽られたレミーは怒り狂ったように霊夢を襲う。だが、霊夢は軽々と避けてみせる。単調な攻撃では霊夢に当たらないと理解したのか、レミーは連続して拳を繰り出す。

 

 その攻防は見ているだけで息が詰まる。

 

 ──前回と同じなら、自己蘇生を使えるのは残り1回。その後もう一度殺せば再生できずに死ぬはずだ。

 

「咲夜さん、魔理沙。霊夢はああ言ってるけど、油断しないで欲しい。俺が戦った時は5回殺した後に本気を出してきた」

「アイツの強さはこの程度じゃないってことか?」

「ああ。具体的には、接近戦になれば動きが早すぎて目で追えなくなった。俺はともかく、武術家の美鈴さんが一瞬で負けたんだ。絶対に油断するなよ。死ぬぞ」

 

 奴を舐めてはいけないと霊夢にも伝えたいが距離的に声が届かない。それに、あの凄まじい攻防の中に割って入ることはできない。

 

「動いたぞ!」

 

 魔理沙が叫んだ。

 

 互いに有効打を繰り出せない状況に痺れを切らしたレミーは一瞬で霊夢から距離を取り、呪文を詠唱した。

 

 それに合わせるように黒い靄が現れた。その靄は徐々に門の形を作っていく。

 

「アレは……」

 

 咲夜が呟いた。

 

「アレが何か分かるんですか?」

「ええ。この感じ、お嬢様が悪魔を召喚するときと似ているわ。なるほど、さっき暴れていた悪魔共はアイツが召喚していたのね」

 

 やはりそうだったか。そして悪魔召喚が目の前で行われているなら止めなくてはならない。

 

「先刻の戦いで分かったことは量より質を重視すべきということ。──これでどうだ?」

 

 レミーに作り上げた魔界の門から十体の悪魔が出てきた。数は少ないが、その内二体はレベル4で他がレベル3だ。

 

「2人は砲台持ちの相手を」

 

 咲夜と魔理沙が頷いてそれぞれ技を繰り出す。

 

「──レベル4は厄介だ。何かされる前に潰させてもらう!!」

 

 ──殺戮の時雨(ブラッディ・レイン)!! 

 

 俺は狙いを2体のレベル4に定め、彼らの体内に無数の妖斬剣を創造する。

 

「──祓い尽くせ、妖斬剣」

 

 最大解放の妖斬剣。その輝きに呑まれた2体のレベル4は叫び声を上げながら蒸発した。

 

「よし、悪魔は全滅したな。レミーは……」

 

 悪魔という下僕をまたしても失ったレミーは、標的を変えて咲夜に飛び掛っていた。しかし時止めができる彼女には当たらない。攻撃を避けられたレミーは舌打ちをして魔理沙を狙う。

 

「グガッ!」

 

 魔理沙のマスタースパークに呑まれるレミー。

 

「おのれぇぇぇ……!!」

 

 全身を焦がされたレミーは一瞬で再生した後、俺に飛びかかる。

 

「──手当り次第かよ!」

 

 俺は抜刀術でカウンターを仕掛ける。

 

「遅い」

「ぐぁっ!!」

 

 しかし、俺の攻撃は躱されてしまう。そのまま繰り出された鋭い蹴りによって吹き飛ばされる。

 

 ──なんつー威力だ! このままじゃ相当遠くまで飛ばされるぞ

 

 そう思っていると、突然現れた咲夜に助けられる。

 

 彼女に礼を言いながらレミーの行方を確認すれば、再び霊夢に飛びかかっているところだった。

 

「──『夢想天生』」

 

 霊夢が呟いた後、レミーの鋭い貫手が彼女を貫くかと思われたが、実際は霊夢に命中することなくすり抜ける形で終わった。

 

「これは!?」

 

 己の身体がすり抜けたレミーは不可解という表情をしている。

 

「アイツの相手は霊夢に任せましょう。それより、怪我はない?」

 

 レミーの蹴りが直撃した足を見ると、血が流れていた。

 

 ──道理で痛いはずだ

 

 流血に気がついた咲夜はしゃがんで手当てを始める。

 

「骨は折れていないけど、傷がかなり深い。布を巻いただけでは止血できないわね」

「じゃあこの布を巻いてもらえますか。これは特別性です」

 

 巻いただけで止血できる布を創造した俺は、咲夜にお願いして巻いてもらう。

 

「動ける?」

「痛ッ──!」

 

 試しに一歩踏み出してみたが、それだけで激痛が走った。これではとても──

 

「痛み止めを作ればなんとか……」

「……いや、お前はもう休め」

 

 俺たちの様子を見ていた魔理沙が、ここでリタイアするように言ってくる。それを聞いた咲夜も頷いている。

 

「……俺はまだやれるよ」

 

 即効性の痛み止めを患部に直接創造し、実際に歩いてみせることでなんともないとアピールしようとするが、思うように歩けずに蹌踉てしまう。

 

「お前は攻撃を紙一重で避けたんだろ? なら、攻撃が掠ったってことだ。私もさっきアイツに蹴られたからわかる。アレはただの蹴りじゃない。傷口を見たらまるで刃物でスッパリと斬られたみたいだった」

「なるほど。筋肉が切れたのね。腱にダメージがなければいいけど……。とにかく、止血して痛みをなくしても動けないのはそのせいね」

 

 つまり、俺は剣で斬り込む際、満足に踏み込むことができないのか。

 

 剣士にとってそれは致命的だ。斬撃の威力は半減してしまう。

 

「大丈夫。数ある戦闘手段のうち一つが使えなくなっただけだ。創造がある限り、俺はまだ戦える」

「……確かに、貴方の力は必要ね」

「……だな。恐らく4人全員が力を合わせないと勝てないぜ、アレは。だが無理はするなよ」

「分かってる。これ以上負傷しないように互いに気をつけよう」

 

 ───────────────

 

 祐哉達三人が傷の手当てをしている中、霊夢は1人でレミーと戦っていた。

 

 レミーにとっては一対一で戦うチャンスであり、今のうちに彼女を葬りたいところである。しかし、どういうわけか彼女の攻撃は霊夢に当たらなかった。確かにそこに存在しているのに、触れられない。それだけならいいが、彼女からは無数の札が放たれてくる。一直線に並んだそれは直ぐにレミー(対象)を狙い撃つ。追尾性に優れた札のせいで動きが制限される。

 

 ──攻撃を避けること自体は難しくない。

 

 レミーはそう考えていた。『夢想天生』を初めて見た者がこのような感想を抱くことは稀だが、超速度の飛行が可能で、動体視力に優れた彼女にとっては紛れもない事実だった。

 

 弾幕は難しくない。しかし、問題は別にあった。

 

「この攻撃は一体いつまで続くのだ?」

 

 複雑に飛来する札を難なく躱しながら呟く。

 

「もう随分と同じ技を使っている。何故札が尽きない? あの下等種の力は無限か? ……いいや、そんなはずはない。我とて力は有限なのだ。そんなことはあってはならない」

 

 ならば、何故? 

 

 レミーは知らない。

 

 霊夢の『夢想天生』は、本人が目を瞑るだけで使えるということを。故に、彼女が疲れを感じることはない。

 

 こちらの攻撃は当たらず、敵から一方的に攻撃される理不尽さに、レミーは気分を害す。

 

「よかろう。貴様に触れられぬというのなら──」

 

 作戦があるのか、不敵な笑みを浮かべたレミーは札弾幕の隙間を掻い潜って霊夢に肉薄した。そして、右手に蒼槍を生成すると、彼女目掛けて薙ぎ払った。

 

 結果は見えている。何をしようが、ありとあらゆるものから浮いている霊夢には当たらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──はずだった。

 

「──!?」

 

 グングニルが彼女の身体をすり抜けることはなく、そのまま地上まで落とされた。

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()だけのこと。だが今のは中々良い技だ。他の者には敗れまい。なに、恥じる必要はない。相手が悪かっただけだ」

 

 

 ───────────────

 

「なっ!? 霊夢!!」

「咲夜、霊夢を!」

「任せて」

 

 霊夢がグングニルを喰らった。不味い。

 

 俺達は地上から2人の戦闘を見ていたため、迅速に対応できた。

 

 咲夜が時間を止めて霊夢を救出する。その間に俺と魔理沙でレミーを引き付ける。

 

「──『イベントホライズン』!!」

「──創造」

 

 魔理沙は高密度の星弾幕を、俺は無数の妖斬剣を創造することでレミーを足止めする。

 

「悪い、魔理沙。こっち頼んでいいか」

「どうするつもりだ!?」

「霊夢の傷の具合を見る。万が一の場合、霊夢を助けられるのは俺しかいないから」

「分かった。頼んだぜ」

 

 俺は空を飛んで霊夢の元へ駆けつける。

 

「大丈夫か! 霊夢!」

「気を失っているみたい。それに、腕が折れているわね」

「──っ!」

 

 気を失い、身体の力が抜けた霊夢は、地面に寝かされていた。

 

 腕は素人が見ても分かるほどに骨折しており、ありえない方向へ曲がっていた。

 

 ──ふざけやがって……! 

 

「──祓い尽くせ!! 妖斬剣!! 悪しき吸血鬼を殺せ!!」

 

 怒りに任せた発言は、レミーを足止めしている刀に届いた。それらは()()()変化し、レミーの身体を蝕んでいく。

 

 遠くの方で悲鳴が聞こえる。

 

 ──いい気味だ。これは親友を傷つけた報い。存分に苦しめ。

 

 戦う以上、負傷や死は当然。それはわかっているが、実際に仲間がやられて冷静でいられるかは別だ。

 

「取り乱さないで。怒っても事態が良くなることはないわ」

 

 気付けば、拳が痛くなるくらいに強く握りしめていた。咲夜の声で、狭まっていた視野が取り戻される。

 

「大丈夫だよ、霊夢。直ぐに直してあげるからね」

 

 俺は、霊夢の前に座って彼女の手を握る。

 

 そして、目を瞑って深呼吸をする。

 

「咲夜さん、すみませんが暫く俺達を守ってください」

「任せて」

 

 ──願うは、霊夢の完治。

 

 ──彼女の身体の非常を正常へ……

 

 ──幻想郷の未来のため、彼女を必要とする者のため……

 

 ──また、彼女自身のため

 

 ──そして、これは俺の我儘だけど……! 

 

 ──霊夢には元気でいて欲しい。

 

 ──笑っていてほしい。

 

 ──霊夢を含めた4()()で一緒に居たい! 

 

 ──だから、俺はこの子を助ける

 

 ──絶対に……!! 

 

 

 

 

 

 

 もう一度、大きく息を吸う。

 

 ──『全てを支配する程度の能力』発動!! 霊夢の身体を完治させろ!! 

 




ありがとうございました。
よかったら感想ください( ´・ω・`)

また使いましたね、能力。さてさて……

※追記
レポート作成にめちゃくちゃ手間取ってるので投稿遅れます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#123「人間 vs 吸血鬼」

どうも、祐霊です。2022年も宜しくお願い致します。

長かったレミー戦もこれで終わりです。本作品で一番人気のある紫戦よりも気合を入れて書きましたので、楽しんで頂ければ幸いです。




 目を瞑り、周りの音が聞こえなくなるほど集中して祈ることで、第二の能力にかけられた鍵を解除する。瞬間、俺の身体からは信じられないほど膨大な力が溢れ出た。霊力とはどこか違うその力は霊夢の元へ流れていく。

 

 目を開けると、霊夢の折れていた腕は元通りになっていた。

 

 ──良かった……。

 

「祐哉……貴方一体何を……?」

 

 霊夢の治療(再生)の一部始終を見ていた咲夜は、信じられない物を見たという顔をしている。

 

 ──能力を使うしかなかったとはいえ、咲夜に見られたか。面倒なことになったな

 

「霊夢を治したんですよ」

「それも創造の力なの?」

「…………そうです。さっき俺の傷を手当てしたのと一緒です」

「なら何故、自分の傷は直さないの? その力で完治させればいいのに」

 

 答えは簡単だ。創造の能力では多少の傷ならともかく、大きな傷を完治させることはできないのだ。理由はわからないが、どんな機能を付与しても完治とまではいかない。時間を止める機能を付与するより簡単そうなのに、そういうことはできないのだ。

 

 大きな傷を治すには支配の能力を使わなくてはならないのだが、制約と代償があるため簡単には使えない。流石に、使わなければ死ぬような傷を負えば迷いなく使うが、自然に治癒できそうな傷には使わない。

 

「タダで直せるわけじゃないから、ですかね?」

 

 咲夜は俺に支配の力があることを知らない。教えるわけにもいかないため、こう言うしかない。

 

「そんなことより、早く魔理沙に加勢しないと──くっ……」

 

 話を切り上げて立ち上がろうとしたが、酷い目眩に襲われて倒れ込んでしまった。

 

 ──視界がグルグル回っていて気持ち悪い……。支配を使った反動が来たんだ。

 

 視界は一昔前のテレビの砂嵐のようにチカチカとし、やがて白くなっていく。全身に巡る血が冷えていくようなこの感覚は何度経験しても気分が悪い。

 

 ──霊力のストックを全て引き出して回復するしかない。いよいよ後が無くなってきた。こんな調子で最後までもつのか? 

 

「ちょっと、大丈夫? 凄い汗よ。無理したんでしょう。そのまま休んでなさい」

 

 そうしたいのは山々だが、そうもいかないだろう。

 

 レミーの方も頃合いだ。

 

 霊力が回復して少しはマシになったが、まだ気分は悪い。

 

 肩で息をしながら身体を無理矢理起こし、上空にいるレミーを見ると彼女は動揺しているようだった。

 

「ば、馬鹿な……!! この我が六度も?」

 

 アテナの見立てでは、『自己蘇生』を使うたびに消費する妖力量が増えるという。具体的には、6回蘇生すれば底なしに思えた妖力が尽きるはずだ。

 

──倒すなら今だ。

 

「やむを得ん。こうなれば……」

 

 しかし、追い詰められていることを一番理解しているレミーは、俺達とは真逆の方向へ飛び始めた。

 

 ──撤退する気か。だがな……

 

「──ッ!? 前に向かっているはずが進めん」

「二度も逃すと思うか? ここまで追い詰めるのに苦労したんだ。このまま倒れてもらう」

「貴様……これは貴様の仕業か!!」

「そうだ。今、お前は特別製の鎖で縛られている。逃げられないのはそのせいだ」

 

 皆がレミーと戦っている間に「対となる札から500m以上離れることができない」機能を付与した札を紅魔館に貼っておいた。

 

 その「対となる札」は、霊夢が使う札と混ぜてあった。無数のお札に紛れた特別製の札は、今もなおレミーに気付かれずに身体に貼り付いている。

 

「まあ、運命を書き換えれば逃げられるだろうな。だが、今のお前にそれだけの妖力があるか?」

「フン、何か勘違いしていないか?」

「勘違いだ?」

「我の能力は『運命を書き換える』こと。確かに今、我の妖力は残り少ないがあと一度使うには足る」

 

 なにやら嫌な予感がする。

 

「貴様等と戦う過程で力の使い方が分かってきた。素直に礼を言おう。我のパワーアップに貢献した褒美として、我の本気を見せてやる。──運命改変(ディスティニー・リライト)

 

 レミーがそう呟くと、彼女から強い風が巻き起こった。その風はどこまでも強さを増していく。

 

「クハハ……。こうなった以上、貴様らに勝ち目はないぞ」

 

 彼女が放つプレッシャーは大妖怪に匹敵する程強い。弱っているとは思えない。それどころか、最初より強くなっているような……。

 

 ──まさか!? 

 

「気づいたか?」

「……妖力を()()()()()()?」

「凡人の貴様にも感じ取れたようだな。そうだ。我の妖力が尽きかけていたことは認めよう。だが、我はその運命すら書き換えたのだ!」

 

 ──馬鹿な……!? 少量の妖力で無限の妖力を得るなんておかしいだろ! なんつー能力だ! 

 

 レミーの妖力は益々膨れ上がり、青い妖力が身を包んでいるのがはっきり見えるようになった。

 

 気付けば俺の身体は震えていて、冷や汗もかいていた。

 

 ──霊夢が気を失っている今、これだけの妖力を持った奴を相手に戦えるのか? 

 

「クハハハハハハハハ!! 我は今、無限のパワーを手に入れた!! どんな運命も我の思うがまま! これで貴様等から逃げるという屈辱的な行動を取らずに済んだわけだ。最早、幻想郷は我の物になったも同然ッ! 全て支配してくれよう……貴様ら全員を葬ってからゆっくりとな……」

 

 レミーは自分の力を見せつけんとばかりに、妖力を更に放出した。

 

 こんなに膨大な妖力を感じたことはない。八雲紫でさえ、こんなに沢山の妖力をぶつけてくることはなかった。

 

 ──荒々しく、冷たい。空気が凝縮されているのがわかる。離れているのに息をするのも苦しい……! 

 

 上手く呼吸ができなくなり、息が荒くなってくる。

 

 思わず胸に手を当てると、和服の内側に昨晩貰った()()があるのを感じた。

 

──怯むな。今ここで諦めたら全てが終わる。やるしかない!

 

「……咲夜さん、お願いがあります」

 

 咲夜に頼み事を伝えた後、右手に刀を握る。

 

「──全てを支配、ね。お前には無理だよ」

「クハハ、よく聞こえなかったぞ? 下等種」

 

 瞬間、俺はレミーの真上に移動した。

 

「──この俺がいる限り、支配なんかさせねぇって言ってんだよ!!」

「っ! 瞬間移動か。態々やられに来るとは阿呆だな」

 

 レミーが右手に妖力を集めてグングニルを形成しようとするが、完成する前に妖斬剣で妖力を斬る。溜め込んだ膨大な妖力が搔き消されたことに動揺している隙に無数の斬撃を繰り出す。

 

「グガッ! ……おのれ! 調子に乗るなよ下等種!!」

「っ……!」

 

 レミーの身体を斬り付けるが、コイツは瞬時に再生して拳を鋭く突きつけてくる。それを刀で防御し、隙を見て攻撃を繰り出す。この攻防を数秒の間で無数に繰り返す。

 

 ──なんて速さだ! 霊力で動体視力を強化しても追いきれない……! 

 

 ──致命傷は全力で避けろ。だが、小さな傷は諦めてでも攻撃しなければ……! 

 

「クハハ、精々集中して避けろ。気を抜けば即死するぞ?」

「くっ……!」

 

 俺は、空中に足場を創造して縮地でレミーの背後を取る。

 

「お前こそ調子に乗ってんじゃねーぞ……!!」

 

 ──九頭龍閃!! 

 

「小賢しい!!」

 

 レミーはグングニルで九本の刀を弾き飛ばし、そのまま武器を失った俺を穿とうとする。

 

 ──内部破裂(バースト)!! 

 

 膨大な妖力が込められた槍は暴発し、持ち主に反動が伝わる。

 

 ──コイツは一々動揺する癖がある。今が好機!! 

 

「はぁぁぁああ!!」

 

 レミーが次の手を繰り出す前に両腕を切断し、回復している隙に胴を斬る。

 

「ぐぅ、貴様……! どこにそんな力が!! とうに力尽きていてもおかしくないはずだ! 何故まだ動ける!」

「今、俺はキレている。お前が仲間を傷つけたからだ! その怒りが俺の限界を越えさせたんだ!!」

 

 ──祓い尽くせ妖斬剣!! 

 

「せぇぇぇぇぇああ!!」

「アアアァァァアァアアアアア!!!!」

「いい加減、くたばれ!!」

 

 死力を振り絞って、何度も、何度も斬りつける。最大開放の妖斬剣はレミーの身体を何度も刻んでいる。だというのに、コイツは死なない! 何度も『自己蘇生』を発動しているのに妖力が減っている様子もない!! 

 

「これならどうだッ!」

 

 一旦レミーから距離をとる。その後、周囲にありったけの魔法陣を創造し、負傷していない方の足で魔法陣を踏んでいく。両足が使えない分速度が落ちるので、その分多くの自己加速陣を用意してカバーする。

 

 ──妖祓一閃!! 

 

「ぎぃぃぃぃぁぁぁぁあああ!!!!」

 

 効いているはずなんだ! 実際、レミーはこの技を喰らって霧散した。だが、すぐに復活してしまう。

 

「クハハッ! どうしたぁ! 下等種!! それだけか? もっと打ってこい!! 我は貴様の攻撃を全て受け止めてみせよう! 無敵化も使わん!」

「はぁっ、はぁっ! くそ……!」

 

 大技を連発したせいで、一気に息が苦しくなった。

 

 最早レミーの猛攻を防御するので精一杯だ。

 

 ──このままではッ! 

 

 そのとき、景色が変わった。

 

「祐哉、少し冷静になりなさい」

 

 今度は咲夜が俺と入れ替わる形でレミーを攻めにいく。

 

 ──これは……! 咲夜が助けてくれなかったらあのまま負けていた。危なかった……! 

 

 膝から崩れ落ち、咳き込むほど乱れた呼吸を整えようとしていると、側にいた魔理沙が話しかけてきた。

 

「祐哉、1人で戦うなよ。私達も居るんだからさ」

「……悪い」

「それにしても、どうしたらアイツに勝てるかね。今のアイツは間違いなく幻想郷で一番強いぞ。なんせ、死んでも死なないんだからな。せめて永遠亭の奴らみたいに理性があれば」

「俺に……考えが……ある。こうなったら……出し惜しみはできない」

 

 息が切れてまともに話せないのがもどかしい。

 

「時間を……稼いでくれないか」

「勝算があるの?」

「霊夢? お前、目が覚めたのか」

 

 いつの間にか目を覚ましていた霊夢が寄ってくる。問題なく完治できたみたいで良かった。

 

「今起きたわ。気を失うなんて情けないわ。それより、私の腕を治したのは誰? 折れてたと思うんだけど」

「祐哉が治してたぞ」

「──!」

 

 魔理沙の返答を聞いた霊夢は一瞬、目に見えて固まった。何故かは分からない。霊夢の認識では、俺は「創造の力で傷を治せる」というふうになっているはずだ。そう思わせるために言動に気をつけているのだ。故に、今更驚くことではない。

 

「どうかした? もしかして、まだ何処か痛む?」

「ううん。傷は平気よ。何か古傷も消えているし、寧ろここ数年で一番体調がいいかも。でも貴方………………いや、何でもない。助けてくれてありがとうね」

「どうしたんだよ? まあ、どういたしまして。──っと、今はお喋りしてる暇はないぞ。起きて直ぐで悪いけど、戦える?」

「お蔭さまでね。どのくらい時間を稼げばいい?」

 

 俺は2人に作戦を伝える。

 

「じゃあ言ってくる。そっちは頼んだわ」

「気をつけてな」

「お互いにね」

 

 霊夢が咲夜に加勢する。

 

「じゃあ、頼んだよ。魔理沙」

「流れ弾から守ればいいんだな? 任せろ! お前には指一本触れさせないぜ!」

 

 一方、魔理沙には俺を庇ってもらうことになっている。

 

 戦いは皆に任せ、俺は座ったまま、抜刀した刀に手を添える。

 

 ───────────────

 

 ──我は唯一無二の存在だ! 故に、下等種如きに後れを取るはずはないのだ。

 

 ──それなのに、何故我はこのような雑魚を相手に苦戦している? 

 

「『ミスディレクション』!!」

 

 銀髪のメイドが無数のナイフを投げてくる。これらは全て銀で作られているため、投げられると不快になる。

 

 ──この女は決定力に欠ける。コイツに殺されることはないが、妙な奇術を使う。

 

 コイツがいなければ、既に下等種共は全滅している。

 

 あと一息でトドメをさせるというタイミングでコイツが仲間を逃すから攻め切れない。

 

 

 ──あの魔女もそうだ。

 

 アイツが来なければ、グングニルの雨で仕留められていた! 

 

 今もアイツが彼処にいなければ創造の小僧を仕留められるはずだった! 

 

 

 ──巫女の技は危険だ。

 

 巫女の攻撃全てに退魔の効果が付与されている。食らえば動きが鈍るから必ず回避しなければならない。また、巫女の戦闘能力は非常に高い。先程殺すつもりで攻撃したのにも拘らず、咄嗟に霊力でガードしてみせた。

 

 目を瞑っていたはずなのに何故我の攻撃が読めたのだ! 

 

 

 ──そしてあの小僧。アイツは何者なのだ! 

 

 純粋なパワー、速度、接近戦においては巫女に勝るが、それ以外の潜在的な戦闘力では巫女のそれを遥かに下回る。

 

 正直、この我ならば取るに足らない存在なのだ。それなのに、未だに殺せていない。

 

 確かに銀髪女の活躍も大きいが、小僧の力の影響も大きい。あのとき()がグングニルを何らかの方法で破壊してみせた。あれは何なのだ。それに、我は見ていたぞ。あの小僧は巫女の傍で何らかの術を行使した! その瞬間に放たれた強大な力……アレは一体何だ? 普段の小僧から感じられるものではない。まるで別人のようだった。

 

 とにかく、小僧は得体の知れぬ力で巫女の傷を癒してみせた。今だって何かを企んでいる様子だ。あの小僧の力は未知数。小僧を仕留めなければ全滅させるのは難しいだろう。だが、銀髪女と巫女がそうさせない。

 

「このッ! 人間どもがぁぁぁああぁああ!! 食糧の分際でッ! この我に刃向かうなッ!!」

 

 我は、妖力をありったけ使って、巨大な妖力弾を無数に放つ。しかし、近くにいた銀髪女と巫女には当たらない。それどころか姿も見当たらない。

 

 ──あそこか! 

 

 二人は、金髪の魔女の元に移動していた。相変わらずチョコマカと動く。

 

「む──?」

 

 地上にいる魔女が正八角形の物体をこちらに向けてきたかと思うと、広範囲に及ぶレーザーを放った。このレーザーは我の皮膚をジリジリと焼くが、所詮はその程度。避ける価値もない。──そう考えていると、レーザーがぴたりと止んだ。一気に視界が取り戻されると、我の翼が燃えていることに気づく。

 

 ──おのれ魔女め!! ハナからこれを狙って……! 

 

 日光を遮る霧が、先程のレーザーによって払われていた。霧の壁に空いた穴から陽光が差している。

 

「だが無駄なことだ!」

 

 我は直ぐ様霧を用意し、陽光焼けを防ぐ。

 

「一瞬……ほんのちょっと隙ができれば十分だぜ!! 『ブレイジングスター』!!」

 

 金髪魔女は箒に跨ると、後端からレーザーを放ち、それを推進力として突進してきた。

 

「グゥ……! 小癪な……」

 

 真下から垂直に向かってきた金髪魔女が乗っている箒の柄が我の鳩尾に決まり、激痛が走る。レーザーから得た推進力もあり、我は空高くまで打ち上げられる。

 

「観念するんだな、このまま霧の上まで打ち上げてやるぜ!」

「小賢しい!!」

「グハっ……!」

 

 我は金髪魔女を蹴り払うことで強引に攻撃を逸らす。

 

 ──クハハ……今のは危ないところだったぞ。

 

 だが、どんな攻撃も我を滅ぼすにまでは至らない。所詮、それが人間という下等種の限界なのだ。

 

 ──さて、そろそろ何かを仕掛けてくるか? 

 

 下等種共を支えているのは間違いなく銀髪メイドだ。あの女が攻撃のきっかけを作っている。断言しよう。あの女は間違いなく、もう一度誰かを瞬間移動させてくる。

 

 ──それがわかっていれば、対処するのは容易い

 

 ───────────────

 

 全ての準備が整った俺は、流れ弾から身を守ってくれた仲間を見上げる。

 

 霊夢と咲夜の視線の先には、魔理沙が居た。

 

 箒に跨った彼女は、彗星の如く天へ昇っていた。

 

 その推進力を活かし、レミーを霧よりも高い所へ押し込むつもりなのだろう。確かにそれができれば日光に晒すことができる。太陽ならば吸血鬼を無条件に殺せるだろう。

 

 レミーは魔理沙の狙いを理解していたのだろう。彼女は慌てたように魔理沙を蹴り払い、霧を更に濃くした。

 

「魔理沙!!」

 

 魔理沙は物凄い勢いで落下していく。落下地点は霧の湖。しかし、あの落下速度では例え水面でも無事じゃ済まない。

 

 俺は彼女の元へ駆けつけるために立ち上がろうとするが、咲夜に制止される。

 

「魔理沙は私に任せて。それより、準備はできたの?」

「はい」

「じゃあ直ぐにやるわよ」

 

 俺はフラつきながらも鞘を支えに立ち上がる。

 

「大丈夫なの? また顔色悪いわよ」

 

 ダメそうに見えるのか、咲夜が心配してくれる。

 

「貴方、無茶してない? ついさっきだって物凄い霊力を使ってたわね。もう、今の貴方には殆ど霊力がないはずよ」

 

 流石にバレるか。

 

 そう。俺は2人に庇ってもらっている間、刀に対して第二の能力を使った。もうこの手しかないのだ。

 

 さっきから連続して使い過ぎたためか、酷く調子が悪い。しかし、レミーを倒すためにはあと1回あの力を使わなくてはならない。

 

 ──足りるだろうか……

 

 ──いや、やるんだ。やるしかない! 

 

「……大丈夫じゃないし無茶してるさ。でも、皆そうだろ。……あと一撃、死ぬ気で放つ。だから、ここで決めるよ」

「分かった」

「了解」

 

 霊夢と咲夜が順に頷いた。

 

 瞬間、俺は咲夜の手によってレミーの真上に移動した。

 

 彼女の下には、自力でワープした霊夢がレミーに迫っている。

 

「やはり来たか。だが2人同時とはな。ならばまず、貴様から仕留めるとしよう……()()()ッ!!」

「なにっ!?」

 

 俺達の存在に気付いたレミーは既にグングニルを構えていた。

 

 ──まさか、読まれていたのか? クソ、同じ手を使い過ぎたか!! 

 

「あえて、唱えよう。──『スピア・ザ・グングニル』」

 

 レミーは蒼槍を()()()()

 

 ──間に合わない! 

 

 咲夜は今、魔理沙を介抱しているはずだ。暫く救助は頼れない。

 

 内部破裂を使えば、霊力が尽きてジ・エンド。似たような理由で『明鏡止水』も使えない。

 

 恐らくあの槍は必中必殺の運命を握っている。避ける選択肢はなく、受け切るか破壊するしかない。

 

 ──手詰まりだ。

 

 グングニルは、実際には刹那の時間で飛来しているのだろうが、まるで時が止まったかのように遅く感じられる。

 

 これは今までにも味わったことがある。死が近づいて来たときの感覚。

 

 ──ここまで来て負けるのか? 

 

 ──俺が死んでも、霊夢が仕留めてくれるだろうか

 

「認めよう。貴様はこの我を二度も追い詰めるほど強い。だからこそ、とっておきをくれてやる。一矢一殺の槍だ。そのまま散れ」

 

 蒼槍はもう直ぐ側まで来ている。

 

 それに対し、俺は何もできない。

 

 目を瞑り、死期を待つ。

 

 

 

 

 瞬間、自分の胸から強い霊力を感じた。自分の霊力ではない。

 

「なに──っ!?」

 

 レミーの声と金属音に似た音に思わず目を開けると、眼前に張られた青色の結界が槍の行方を阻んでいた。

 

 飛来する槍と同じ青色だが、禍々しく澱んだ槍と違い、その結界は青空のように綺麗で透き通っていた。

 

 ──この感じ、間違いない。

 

 この暖かな感覚は……

 

「君が……守ってくれたのか…………霊華」

 

 胸に手を当てる。

 

 和服の内側には、彼女がくれた御守りが縫い付けられている。

 

 今もなお強い霊力を発しているそれは、俺に勇気をくれる。

 

「我が槍を受け止めただと? だが無駄だ。そんな壁、我の槍にとってはガラスも同然よ。直ぐに砕け散るだろう」

「……無理だよ。確かに、この結界はガラスみたいな見た目をしている。だがな、最近のガラスは色々あるんだぜ。そしてこれは、お前の攻撃に耐え得るだけの強度があるようだ」

「フン、ならば耐久テストと行こうか。そのガラス細工は一体何本の槍を受け止められる?」

 

 レミーはそう言って、2つ目の槍を投擲するが、霊華が御守りにかけた術は砕けなかった。だが、槍も負けじと結界の先にいる俺を穿つために進み続ける。

 

『あの子は本当に、貴方を想っているのですね』

『アテナ?』

『そうでなければ、これほどの強度の結界は張れません。彼女のためにも、ここで死ねませんよ』

 

 ──その通りだ。

 

 俺は()()、あの子に助けられた。帰って礼をするんだ。そのためにも、俺は負けるわけにはいかない。

 

『霊華には助けられました。お蔭で、私も準備が整いました』

 

 アテナがそう言うと、膨大な霊力が身体を包んだ。

 

『私の神力を霊力に変換するのに時間を食いましたが、これで暫くは持つはず』

 

 ──凄い霊力だ。俺の霊力の数倍はある。これが、アテナの力……。身体が軽い。これなら間違いなく足りる。

 

『力は与えました。存分に暴れなさい!! そして長かった戦いに終止符を打ちましょう!!』

『はい!』

 

 ──創造、大幣。『退魔の力・極』、『斬撃加速度大幅上昇』付与!! 

 

 これだけでは不十分だ。

 

 準備はできている。

 

 必要な霊力は貰った。

 

 あとは、発動するだけだ──!! 

 

 ──『全てを支配する程度の能力』、発動!! 因果を断ち切れッ!! 

 

「それを使うんだ、霊夢!!」

 

 霊夢は眼前に現れた大幣を手に取り、構える。

 

 俺は、アテナに貰った霊力で内部破裂を使用してレミーの槍を破壊する。

 

 それを受け、レミーが新たに槍を生成するが、もう遅い。

 

 空中に作った『自己加速』の魔法陣を蹴り、レミーへ肉薄する。

 

 俺はレミーの上から、そして霊夢は下から、挟み撃ちをする形で斬りかかる。

 

「フン、その程度の速さでは我には当たらんぞ」

 

 レミーは、俺達の攻撃が届く前に横に移動した。

 

「クハハ……!! 残念だったな。そのまま共倒れすれば良いわ!!」

 

 挟み撃ちの対象がいなくなれば、俺と霊夢が衝突するのは必然。だが、

 

 ──計画通り!! 

 

「このまま行くぞ、霊夢っ!!」

「ええ!! ここで決めるわよ!!」

 

 俺達は、互いに向けて右斬り上げの斬撃を繰り出す。

 

「「──『妖祓一閃・双刃』!!」」

 

 互いの斬撃が交わり、鍔迫り合いになる。

 

 だが、それは彼女がいなければの話だ。

 

「なに──ッ!?」

 

 斬撃が互いに命中する瞬間、俺と霊夢の間にレミーが現れた。必然的に斬撃を喰らうことになったレミーは驚愕の表情を浮かべる。

 

 ───────────────

 

「な、何故──? 我は貴様らの攻撃を避けたはずだ……」

 

 我は、口元から飛び散った液体を拭う。

 

 ──血……我の……? 

 

 そのとき、地上でこちらを見上げている女が視界に入った。

 

 ──そうか、あの奇術師の仕業か。

 

 この2人が衝突する直前に我を移動させたのだろう。

 

 小賢しい真似を……! 

 

「だがそれも無駄なことだ。何度我を斬ろうが、我の命までは絶て──ガハッ!?」

 

 吐血。

 

 可笑しい。

 

 そろそろ蘇生が始まっても良い頃合いだ。なのに、何故……? 

 

 目の前の小僧が不敵に笑っている。

 

「──貴様ッ!! 貴様だな! 一体何をした!!」

「……お前は、調子に乗りすぎた。そして強すぎた。だから俺も、()()()()()を使わざるを得なくなった。お蔭で何かを失うかもしれないがな」

「何をしたと聞いているのだッ!!」

「──俺がお前を()()()()。金輪際運命を書き換えることを禁ずる。そして──霊夢!!」

「任せて!」

 

 小僧は巫女に声をかけると、我から離れた。もう刀は刺さっていないが、我の術は発動しない。

 

「──『夢想封印 終』!!」

 

 巫女から神秘的な光弾が放たれた。我は、近距離から放たれたそれに為す術なく飲み込まれる。

 

「ぐぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 最早手足は動かない。術も使えない。

 

 ──お、おのれ! この我が人間に敗北するのか……? 

 

 我は何もできぬまま、地上に叩き落とされる。

 

 凄まじい速度で地に衝突したが落下によるダメージは無い。深刻なのは先程の斬撃と光弾の方だ。

 

「ぐぅぅ……早く撤退せねば……!」

「させない!!」

 

 動かぬ身体を強引に動かして地を這いずるも、奇術師が投げたナイフが手足に刺さり、動きを制限される。それだけではない。先程の光弾を受けた影響か、身体が動かなくなってきた。

 

 ──もはやここまでか……

 

「アンタは終わりよ。ここで封印する」

「クハハ……精々その封印が解ける日を怯えて待つが良い。そのときは貴様らの子孫を皆喰ってやる!」

 

 ───────────────

 

「クハハ……精々その封印が解ける日を怯えて待つが良い。そのときは貴様らの子孫を皆喰ってやる!」

 

 レミーは捨て台詞を残して()()()()

 

 霊夢が使った『夢想封印 終』は初めて見たが、対象を石化して封印する技なのだろう。その性質上、加減が効かず、妖怪を懲らしめる域を越えるから今まで使ってこなかったのかもしれない。

 

「……そう。最後の最後で考えを改めたら、数百年後は自由にさせてもいいと思ったんだけど……。こんなやつを放置したら子孫に恨まれちゃうわね。……祐哉、ごめんね。お願いしてもいいかな」

 

 妖怪とはいえ、殺しをさせることに対しての謝罪だろうか。

 

 ──霊夢は優しいな。最初からレミーを殺そうとしていた俺と違って、なんだかんだ改心のチャンスを与えようとしていたのか

 

「──任せてくれ」

 

 石化したレミーの正面に移動する。

 

「復活の機会を与えると思ったか?」

 

 人間と幻想郷を脅かす者は断罪する。例え、非道だと言われようとも。

 

 手にするは俺の愛刀、妖斬剣。力を最大限に開放したそれは、白銀の光を放っている。

 

 妖斬剣を天に掲げ、レミーに語りかける。

 

「哀れな悪魔よ……お前にこの言葉を贈ろう。──郷に入っては郷に従え。意味は……辞書でも引いて確かめるんだな。あの世で、ゆっくりと」

 

 力強く刀を振り下ろす。

 

 石化したレミーは、たったそれだけで砕け散った。

 

 粉砕され、霧散したレミーは、空を覆った霧と共に空気に溶けていった。

 




ありがとうございました!!
よかったら感想ください!!

※祐霊氏は絶賛卒研発表準備中なので次の投稿はいつになるかわかりませんが、のんびり待ってもらえると嬉しいです。



※あとがき※
 はい。ここからは悪魔異変に対する私自身の感想です。
 レミーは私にとって想定外の存在です。祐哉と美鈴の戦いに勝手に割って入って来ました。危険因子かつ話が通じないので倒すしか無かったんですが、もっとサクッと倒せると思っていました。そしたらなんか、悪魔異変とか起こされちゃいました。
 正直、レミーが強すぎて祐哉達が勝てるのか不安になった回数は1度や2度ではありません。祐哉、霊夢、魔理沙、咲夜……4人全員の力をフルで使ってようやく勝つことができました。ああ、霊華の御守りがなかったら結末は分からないので、5人の戦いだったともいえるでしょうか。本作品では、グングニルが二本衝突してもヒビが入らない結界を張るのは人間にはほぼ不可能なことです。アテナの言う通り、霊華の強い想いが強固な結界を作り上げたのです。


 レミーは生まれて間もないため経験が浅いです。やたら簡単に殺せたのはそのためです。自分の能力で復活できるからといってガードを疎かにし、攻撃も単調(脳筋ともいう)でした。あと、本気を出すのが遅すぎる! でも、もしレミーが戦闘経験豊富だったり慢心してなかったら100%負けてますけどね。吸血鬼だし、支配の能力を使う前に葬れそう。



さて、今回は想定外の連発だったので私自身、とても楽しかったです。
皆さんにも楽しんでいただけていたら、幸いです。

それでは、また。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 #124「私にできること」

どうも、祐霊です。
最近高評価を頂いてモチベが向上したので、霊華視点の番外編を書いてみました。(評価ありがとうございます)
時系列としては110話頃の話です。まだ霊華は色々悩んでいます。


 神谷くんが帰ってきた日に宴会をして、その翌日にレミーという吸血鬼に襲われた。逃がしてもらった私は無事だったけど、彼は全治3ヶ月の怪我を負って入院することになった。しかし、次の日には完治して退院した。

 

 これらがたった3日間のうちに起こったなんて、誰が信じるだろうか。とても慌ただしい3日間だったけど、今度こそゆっくりできるはずだと期待していた。

 

 それなのに──

 

「今日1日祐哉を借りるわ。でも安心して。夜にはちゃんと返してあげるから。存分に夜を楽しんでね」

 

 紫さんにそう言われ、私は神社に帰ることになった。

 

 神社まで送ってくれた紫さんが霊夢に何かを話すと、霊夢まで出かけてしまった。

 

 ──皆、忙しいのかな。寂しいな……

 

「さて、霊華。美味しい和菓子を持ってきたのだけど、一緒に食べない?」

 

 ショックが大きかったのでそんな気分ではなかったけど、笑顔で箱を差し出す彼女の誘いを断ることはできなかった。

 

「ありがとうございます。お茶を淹れますね」

 

 ───────────────

 

 紫さんが持ってきてくれたお土産はカステラだった。濃厚な玉子の味がベースで、ザラメが程よい甘味を醸し出している。人工甘味料のような不自然な味はしない、高級そうなカステラだ。

 

 ──わあ、美味しい。

 

 外の世界で食べたカステラはスーパーに売っている安物だっただけに、思わず目を見開くほど美味しい。

 

 私の様子を見て僅かに微笑んだ紫さんも、菓子楊枝で一口サイズに切って口にする。

 

 ──私だけこんな美味しい物貰って皆に申し訳ないな……

 

 ──神谷くんと霊夢はどこに行ったのかな。また危険な目に遭わないと良いんだけど……

 

「祐哉が心配?」

 

 考え事をしていたのがバレたみたいだ。それにしても、何で心配してることまで分かったんだろう? 

 

「えっ…………はい……」

「心配せずとも、彼は強いわ。だから大丈夫」

 

 紫さんがそう言うくらいだから、相当強いのだろう。

 

「でも、神谷くんはしょっちゅう永遠亭に入院しているんです。昨日なんて全治数ヶ月の怪我をしたんですよ。それなのにいつの間にか治ってるし……何がなんだか分からなくて……。きっと能力で治したんだろうけど、私は不安なんです。あれだけの傷を治せる力にリスクがないとは思えません。仮にノーリスクだとしても、神谷くんは怪我を恐れなくなるかもしれない。……どっちにしても、このままじゃいつか……神谷くんが…………」

 

 頭の中でぐちゃぐちゃになっている考えを吐き出していく内に不安な気持ちが一気に強まった。

 

「……かみやくんが…………しんじゃうんじゃないかって…………!」

 

 目頭が熱くなる。紫さんの前で泣くのは恥ずかしいので俯いて隠そうとしたけど無理だ。

 

 紫さんは黙って私の横に座り直すと、まるでお母さんのように優しく抱きしめてくれる。

 

 気を使ってくれたのはありがたかった。

 

 でも、素直に喜ぶことはできない自分がいる。

 

 ──同い年の霊夢達は心も身体も強い。自分より格上の存在に対しても怯まずに立ち向かえる。

 

 ──それなのに私はどうだ。こんなところで、泣くことしかできないなんて、情けない……

 

 ──私は元高校生だ。もう、大人に慰めてもらうような歳じゃない。

 

 ──いつまでも泣いてちゃダメだよね。でも、どうしたらいいのか分からないよ……。私はただ皆と……神谷くんと一緒に過ごしたいだけなのになぁ。

 

 ──「もう戦わないで。危険なことしないで」って言いたいけど、私のワガママで神谷くんを縛り付けたくない。せめて無事に帰ってきて欲しい。

 

 ──何か私にできないかな……

 

「本当に、あの子は幸せ者ね」

「え……?」

「だってそうでしょう。あの子は、こんなにも愛されているのよ」

 

 宴会のときも言ってたな、紫さん。

 

 愛してる、かぁ……。

 

 ちょっと前の私は首を傾げたかもしれないけど、今は違う。

 

 ──私は、神谷くんが大好きで大切で、愛してるんだ

 

「あ、その、神谷くんには内緒でお願いします……」

「あら、もう気付かれているかもよ?」

「ふぇっ!? え!? そうなんですか!?」

「ふふっ。良い反応ね。……まあ、可能性はあるんじゃないかしら」

 

 わわわっわわわたしの気持ちが、気付かれている!?!? 

 

 ──え! やだやだ! そんなの……恥ずかしい! 

 

「貴女は感情が豊かなのね。見ていて可愛らしいわ。なるほど、彼はそこに惹かれたのね」

 

 大変だ。動揺して紫さんの言葉が頭に入ってこなくなっちゃった! あああああああ恥ずかしい……顔と耳が熱い。絶対赤くなってるよぉ! 

 

 恥ずかしくて目を瞑っていると、肩を叩かれた。目を開けるとグラスを持った紫さんが居た。

 

「水を飲んで落ち着きなさいな」

「あ、ありがとうございます……」

 

 私は受け取った水を一気飲みした後深呼吸する。

 

「その、ごめんなさい。おもてなしする側なのに……」

「気にしないで。よく遊びに来てるから物の配置は知っているのよ。それより、落ち着いた?」

「おかげさまで……」

「良かったわ〜 これでやっと本題に入れるわね」

「本題?」

 

 紫さんは向かいの席でお茶を一口飲むと少し真面目な雰囲気で話し始めた。

 

「私の見立てだと、貴女は祐哉の助けになりたいと考えているけど、どうすればいいか分からず悩んでいる。という感じなんだけど、当たってる?」

「当たってます! 凄いですね」

「結論から言うと、貴女の望みは叶えられるわ」

 

 紫さんは立ち上がると「ついてきて」と言って歩き出した。

 

 紫さんが向かった先は御札や御籤(おみくじ)などの授与品が保管してある部屋だった。箪笥の引き出しを上から順に開け、目当ての物を見つけた彼女はそれを取り出した。

 

「今からこれを作りましょう」

「御守り、ですか? ごめんなさい、私はまだ神事のお手伝いしかしたことがなくて、授与品を作ったことはないんです」

「問題ないわ。ねえ、御守りってなんだと思う?」

「……持ち主を守ってくれる有難いアイテム……?」

「平たく言えばそんな感じね。嬉しいことに、これを作れば祐哉を守れるのよ」

 

 御守りは神様の御加護が宿った物。これは嘘っぱちではなく、本当のことだ。ただし、神職の人が作ることで初めてその効力を発揮するから、私のような素人が作っても気休めにもならない。

 

 ──紫さんはまだ私を慰めてくれてるのかな……

 

「素人が作った御守りが役に立つのか疑問に思っていそうな顔ね」

「──! ……なんでもお見通しなんですね。巫女見習いが作っても効果があるんですか?」

「この場合、作り手が神職である必要はないわ。大事なのは持ち主への想いよ」

 

 紫さんが言ってることを理解する前に裁縫箱と布袋、御札と小さい木板を渡された。

 

 そのとき、紫さんは何処かで聞いたことあるようなフレーズを発した。

 

「想い人の安全と必勝を祈願した世界でたった一つの御守りを作ろう。──創刊号特別価格、今なら無料! ()()()()()()()()()♪」

 

 ──ディ〇ゴステ〇ーニ? 

 

「久しぶりに聞きました。外の世界のCMなのにご存知なんですね」

「外の世界からの漂流物を見たことがあってね、部品が足りなくて外の世界を探しているときにたまたま耳にしたのよ」

 

 確かに、あれは一回で完結しないもんね。

 

「さあ、早速取り掛かりましょう」

 

 居間に戻ると、紫さんが御守りの作り方を教えてくれた。

 

 まずは布袋に刺繍をするのだが、特別性ということで不思議な紋様を縫うことになった。

 

 その際は必ず神谷くんのことを考えるように言われた。紫さんによれば、相手の安全や幸福を願いながら御守りを作ることで効力が強まるとか。

 

「貴女の祐哉に対する気持ちは世界で一番強く、美しい。だから、完成すれば祐哉を必ず護ってくれるわ」

「頑張ります」

 

 そこから半日程刺繍をした。お昼前に始めて、夢中になっていたらご飯を食べることもなく夕方になっていた。随分とかかったけど遂に完成だ。

 

「次ね」

 

 紫さんに言われた通りの手順で木板と御札を布袋に入れて封をする。

 

「さて、ここからが本番よ」

「あれ、そうなんですか?」

「今のは下準備。これから1週間、常に霊力を注ぐのよ。勿論、心を込めてね」

「1週間、ですか」

「注意点がひとつ。注ぐ霊力は量より質よ。少しずつ丁寧に注いでね」

 

 ──なんだか難しそうだけどやってみよう。

 

 早速御守りに霊力を込めてみると、思いの外簡単にできた。

 

 ──よくよく考えると普段から霊力を込める修行をしてたな。慣れてるけど、これを1週間も続けられるかな? 

 

 ──思えば、この技術を教えてくれたのは神谷くんだったなぁ。御札を真っ直ぐ飛ばせなくて悩んでいた私に「御札に霊力を込めたらどうか」ってアドバイスしてくれた。やってみたら本当に御札を飛ばせたんだよね。嬉しかったなぁ。

 

「上手上手。その調子よ。──さて、私はそろそろ戻るわね。続きは霊夢に聞くといいわ」

「良かったらお夕飯食べていきませんか? 御礼も兼ねてご馳走させてください」

「ごめんなさい。今日は用があるの。また今度来るから、そのときはお言葉に甘えさせてもらうわ」

「分かりました。今日はありがとうございました」

「頑張ってね」

 

 紫さんはそっと微笑むと、スキマを開いて中に入っていった。

 

 ──御守りかぁ。神谷くん、喜んでくれるかなあ

 

 私は手に握った御守りを胸に近づけて祈る。

 

 ──神谷くんを守ってあげてね

 




ありがとうございました。
良かったらお気軽に感想ください。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 5~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。