アルカディア・プロジェクト (ムササ)
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Chapter 0 チュートリアル
プロローグ 博士の日記


1年間ブランクが空いてしまいましたが、今日から新作を投稿します。
ちょっと流行遅れ感がありますがVRMMOものです。チートはないよ。



21■■年 5月19日

・私の最期の仕事を、私の痕跡を後世へと遺すためにこの日記を書き始めようと思う。最早、名誉は望まない。ただ、■■■の明るい未来を望む。

 

21■■年 5月23日

・やはり、不可能だと言うのか。とにかく、人も時間も金も足りない。何もかもが不足している。それでも公に出せない以上、このまま続けていくしかない。

 

21■■年 6月10日

・ようやく、基礎が出来た。ようやく、ようやくこれで第一歩だ。

 

21■■年 6月17日

・くそっ、また失敗した。まだ人の形すらしていないというのに。これではヒトの■■を持つ■■を作るなど何年かかることか。

 

21■■年 7月2日

・嬉しいニュースだ。■■が資金を出してくれるらしい。しかも喜ばしい事にまた新しい賛同者が増えた!しかも三人もだ!

 

21■■年 7月16日

・それにしても■■の追手が無いのが不安だ。もう諦めたのか?それだったらどれだけ良いことか。いや、やはり楽観視するのは良くない。アレは人を殺すのに値する価値がある。

 

21■■年 8月4日

・ははっ!ようやくだ!やっとここまで来た!人の形をした生物が現れた!ここがスタートラインだ。ワインを一本開けて、今日は早く寝よう。

 

21■■年 8月18日

・甘かった。やはり自然発生を待つのは失策だったか。しかし、我々が介入しては予期せぬエラーが起きる可能性がある。やはりここは新しいアプローチを考えねば。

 

21■■年 8月30日

・人の形にこだわるのがいけないのか?そういえば、娘の好きな絵本にはヒトとは違う様々な種族がいたな。

 

21■■年 9月15日

・人型にすらならない。もう中は30万年以上経っているのだぞ!?

 

21■■年 9月16日

・昨日は取り乱してしまった。醜態を晒すのは慣れているが、今は良くない。集中して取り組まねば。

 

21■■年 10月6日

・これはー-------------------------(よほど急いで書いたのか判別不可)

 

21■■年 10月14日

・ついに、ここまで来た。長い道のりだった。ようやく、一人目だ。ん?名前か、そうだな、お前は■■■だ。これから宜しく頼む。

 

21■■年 10月15日

・■■■と相談した結果、やはり最初の大枠のプログラミングは我々でするべきだという結論に達した。■■■も最初のプログラミングは私がしたからな。

 

21■■年 11月1日

・どうやら■■■は私の権利を委譲することで中をある程度弄れるようになっているようだ。これからは私の代わりに■■■に任せようと思う。

 

21■■年 11月20日

・今日は珍しく来客があった。私の数少ない賛同者の一人であるケビンだ。■■■と三人で楽しく語り合った。

 

21■■年 12月9日

・今日は祝杯だ!■■■に新しく弟か出来た!彼には■■■という名前を与えた。姉弟の仲も良さそうで何よりだ。

 

21■■年 12月25日

・昨日は久しぶりに■と会った。元気そうで一目見ただけで泣きそうになった。さあ、また頑張ろう。

 

21■◆年 1月14日

・最近、身の周りが騒がしい。どうやら■■の追手が近くまで来ているようだ。しかし、ここを放棄する訳にはいかない。ましてや■の為だ。防御を固めよう。

 

21■◆年 3月4日

・また一人増えた!これで五人目だ!■■■、■■■■■に続いて短期間で三人も増えてくれたのは本当に喜ばしい事だ。そろそろこの世界も名前を決めなければ。いつまでも中では味気ない。

 

21■◆年 4月2日

・決めた。この世界はアルカディアと呼ぼう。大陸の名前はオルコス。この計画の名前はアルカディア・プロジェクトだ。ん?そうか、お前たちも気に入ってくれたか。

 

21■◆年 5月12日

・どうやらここまでのようだ。外から多くの発砲音がする。アレのデータはアルカディアの中に入れた。ははっ、これを見たい■■のお前!ざまあみろ‼︎精々四苦八苦するがいい!アルカディアでは■■■■■が起きてしまったが、九人がどうにかしてくれるだろう。後のことは頼んだぞ。私の可愛い電脳の子供達よ。全ては伝えた通りだ。私はもう疲れた。もし生まれ変われると言うのなら次はアルカディアで生きてみたい。はっ、散々神を呪った私にそんな資格は無いかな。もし、この日記が世間に出た時の為にこの文を残そう。

 

英雄よ、挑み給え、そして願わくば------------------------------




C「……システム起動中」


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Chapter Ⅰ 名も無き寒村より愛を込めて
#1 名無しの南瓜


遅くなりました!
気づけば6000文字も書いてた……長々と説明を読みたくない方は途中まですっ飛ばして頂きたいてオッケーです!
ちなみにこの小説では前書きは作者が思ってる事を適当に、後書きは設定などを細々と書く予定です。


  21■▲年 5月12日 その日、世界のゲーム事情は一変した。本当にそれほどの衝撃を全世界に与えたのだ。ある一本のゲームの発売によって。

 ゲームの名前は「アルカディア・プロジェクト」日本語に直訳すれば理想卿の計画と訳されるこのゲームは、繰り返しになるが全世界のゲーム事情を一変させたのだ。

 VR技術が本格的に実用化してから100年間。正直言ってまともなゲームは一つも現れなかった。人々が求めていたのは現実と寸分変わらぬリアリティの身と心を震わせる冒険活劇なのだ。断じて現実と寸分変わらぬリアリティの教室で受ける教材用VRではない。

 

 その100年で世界はVR技術を使い、様々な進歩を遂げた。しかし、フルダイブ型のVRMMOはついぞ現れなかった。だからだろう、人々が諦めかけた時にいきなり現れた「アルカディア・プロジェクト」はとてつもない衝撃を与えた。

 他とは比べものにならないリアリティ、全く違和感のない五感。そして特筆すべきはNPCである。作品レビューやネット掲示板に数多く書き込まれた「本当は異世界なんじゃないの?」という書き込みが全てを表していた。なにせ、そのNPCは誰の目から見ても生きているようにしか見えないのだから。

 そこから「アルカディア・プロジェクト」の人気は噂に乗算されるように広まった。「Arkadia・Project」として世界中に広く発売された。それまで日本の一企業に過ぎなかったニトワイアの名は世界中に広まることとなる。

 更に驚かせたのが製作者の名前である。「アルカディア・プロジェクト」が発売される2年前に強盗に殺害された橋本司博士がこのゲームの製作者だと言う。橋本博士は世界的に名高いVRの基礎を築いたと言われる科学者の一人である。そんな橋本博士が最後に残したVRゲーム、それは今までゲームにあまり興味のなかった層を惹きつけるのに最適であった。

 

「アルカディア・プロジェクト」が世の中に売り文句としたのは三つの目玉要素であった。

 一つは完全なリアリティ。製作者の橋本博士が異世界を作るとまで豪語したと言われるリアリティはそれに恥じぬクオリティであった。

 一つは単一サーバ、オープンワールドシステム。例え世界中の全国民がアルカディアに移民したとしても耐えられるだけの強固なシステム設計。

 一つはユニーククエスト。これが「アルカディア・プロジェクト」最大の目玉であり、目的である。プレイヤー個人個人にランダムに発生するクエストはそれ一つ一つが一期一会であり、逃すと二度と同じクエストには出会えないと言われている。更にその中でも特別に位置付けられているのがユニーククエスト。それ自体がアルカディア全体に大きな影響を表すこともある重要なクエストである。

 一例を挙げれば、過去に「国王の暗殺」というユニーククエストが発生したこともあると言う。それが成功すれば世界にどんな影響を与えるか分からないだろう。まあ、そのクエストは失敗。クエストを発生させた国の中での内乱が起き、国民がおよそ五千人犠牲になるだけで済んだらしいが。ああ、悪く思わないでくれ。実はアルカディアではプレイヤーがログインしてから一度だけ大きな二国間戦争が起きた事があるのだ。その時の被害はプレイヤーを除いて30万人もの死者が出たと言われている。それに比べれば、ねえ?

 

 ちなみに言うと今現在に至るまでニトワイアは一度も声明を発表したことはない。ただ、一度だけ「アルカディア・プロジェクト」の総合統括AIアンナが15秒のCMを流しただけである。その中の言葉、恐らくは最も人間が「アルカディア・プロジェクト」に惹きつけられたあの有名な言葉をもって締めくくらせてもらう。

 

「英雄よ、挑み給え、これは貴方へと贈る物語、貴方が作る物語、貴方の為の物語。そして、願わくば、アルカディアに光ある未来あれ」

 

 ーーとある「アルカディア・プロジェクト」のレビューより抜粋ーー

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「よっしゃ、あったー!!」

 

 年甲斐も無くはしゃいで大声をあげてしまうほどにテンションが上がってしまったのには理由がある。

 俺、九条蓮也はゲームが好きだ。正直将来はプロゲーマーに憧れるくらいには好きだ。だがら高校三年生の春、「アルカディア・プロジェクト」が発売された時には涙を流して憤慨した。なぜ、よりによって今なのかと。

 熱中してしまうのは目に見えている。しかし、どう考えても大学受験を疎かにするのはまずい。俺は、涙を飲むしか無かった。まあ、発売初日に買うのは買ったんですが。ちなみに今でもこの「アルカディア・プロジェクト」プレイヤーデータの作り直しが出来ないこともあって中古が全く存在しない。発売価格は15000円という挑戦的なものだったが、今ではオークションで30000以上の値段がつくこともあるらしい。プレイヤー総数1000万人ほど、まあ確かにそれだけの値段がつくのもわかる。今でも数少ないニトワイアが出している公式の新品はすぐさま売り切れになるらしい。

 

「この一年は長かった」

 

 前のゲームからずっと付き合っているゲーム友達には「早く始めようぜー」という悪魔の囁きを喰らい続け、少しでも成績が落ちようものなら親からの「アルカディア・プロジェクト」って今売ったらいくらになるのかしら?という脅しをかいくぐり。今ようやくその苦労が報われたのだ。

 速攻で両親に報告、そして自室にダッシュで戻る。

 ちなみに結果発表は家のホログラムタブレットで見た。大学は家から離れており、もう入学が決まったので来週から引っ越すこととなる。念願の一人暮らし、ビバ!「アルカディア・プロジェクト」!

 

「この後の予定は無い、飯も食った、よし!」

 

 ゲーム機の電源を入れ、未開封の「アルカディア・プロジェクト」のソフトをインストール。個人認証メモリーをセット。ヘルメット型のゲーム機を被れば準備OK!カウントダウンが始まり、0になった瞬間視界が暗転した。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「ようこそ、アルカディア・プロジェクトへ」

 

 鈴の鳴ったような美しい声色で目を開けた。

 目の前には現実に存在したら間違いなく芸能界にスカウトされそうな美少女が無表情で立っていた。

 

「えーっと、どうもよろしくお願いします」

 

 挨拶されると返してしまうのは礼儀正しい父に仕込まれた俺の癖だ。

 すると目の前の美少女は少し驚いた表情をする。おおっ、本当に凄いなリアリティ!

 

「人間にしては話の分かりそうなので助かります。ここは「アルカディア・プロジェクト」のログインスペースとなっています」

 

 なんかナチュラルに人間全体をディスられた気がするけどそういうキャラなのだと流しておこう、それよりログインだ。

 

「えっと、ここでプレイヤーとしてログイン出来るってこと?」

「そういう事になります、申し遅れました。私の名前はプレイヤーナビゲーターAIのクララと申します。以後、お見知り置きを」

 

 ペコリ、と綺麗な90度のお辞儀。

 なるほど、ナビゲーターAIか。確か、「アルカディア・プロジェクト」にはいま確認できているだけで五人のAIがいるんだったな。しかも全員が美男子、美少女。現実にもファンクラブが有るって聞いたことがある。それに他のゲームとは比べることすら出来ないリアリティのNPCに比べて、もっと凄いと聞いたな。

 

「よろしくお願いします」

「はい、話がテンポよく進んで何よりです。先ずは貴方のプレイヤーネームを決めて下さい」

「ロータスで」

 

 何ということはない、名前の蓮也の蓮を英訳しただけ。まあずっと使っている名前だし今更変える気はない。

 

「重複は……無しですね。プレイヤーネーム、ロータス。承認しました」

 

 おお、危ない。重複ネームは無しなのか。

 

「重複ネームは有りですが、見分けの為に色々しなければならないのでこちらとしては手間が省けて嬉しい程度です」

 

 あっ、そう。

 

「次は容姿を決めて頂きます。個人認証メモリーを元に作りますか?」

「はい、それでよろしくお願いします」

「了解しました」

 

 何やら操作をすると、目の前に俺が現れた。

 さまざまなシークバーがあってそれを操作することで身長や体重、肌の色を変えられるらしい。

 

「細かい設定をするより先に種族を決めて頂いた方が楽だと思いますのでそちらを推奨します」

 

 クララが手を横に振ると俺のプレイヤーアバターが横にずれて元にあった場所に地図が映し出された。

 少し待つと赤い光点が五つ現れた。

 

「この光点が初期に所属する国と種族です。それぞれ変更する事も出来ますが、ある程度進まないと不可能なのでご注意を」

 

 クララが説明を終えると、赤い光点の上に文字列が浮かび上がった。

 

 世界最大の美しき堅牢なる城を王都とし、まさに王道ファンタジーを形にしたような人間の国、[ストルタス]

 

 狩をして、自然の恵みを受け、様々な部族がたった一人の絶対的な力を持つ王の元に集まりできた獣人の国、[プグナーテ]

 

 世界樹を中心に、自然と共に生き、長きを知識の研鑽と技術の進歩の為に歩んできた、深き森のエルフの国、[アロガネア]

 

 石と鉄を打つ音が一日中聞こえる技術大国にして、世界最大の武器商人が集まり、そして世界中に散らばっていくドワーフの国、[テナースク]

 

 世界で一番進んだ科学とそれに後押しをかける世界最強の魔法大国にして軍事大国、厳しい自然を生き抜いた魔族の国、[クルーデリオ]

 

 おおっ、どれも素晴らしい!まさに地球とは違うのだって事を強く認識できる。正直どこにも行ってみたい。が、もう種族は決まっている。

 

「種族は人間でお願いします」

 

 実は1年待たせたゲーム仲間が三人共人間にしているのだ、ここで違う選択肢を選ぶのはちょっとどうかと思うし、出来ればあいつらと一緒にゲームがしたい。

 

「了解しました、では細かい容姿の設定をお願いします」

 

 とりあえず、そのままは無しっと、細かいディテールを変えて、一目で俺と分からなければ良いかな。あんまり体格とか変えると操作し辛いって聞くし。

 

「ほい、これで」

「では次は初期装備です。この中よりお選び下さい。武器は使用不可になることは有りますが、決して壊れない貴方の相棒となります。武器は貴方の成長とともに形状を変化、進化していきますので慎重にお選び下さい」

 

 クララの説明の通り、「アルカディア・プロジェクト」は最初に選んだ武器を延々と強化していくシステムである。文字通り、相棒というわけだ。

 

「じゃあ、小太刀で」

「了解致しました。初心者特典としてマジックバッグ(小)といくつかのアイテムを付与致しましたので後ほどご確認を。それと当面の資金となります。こちらも無くさぬようご注意を」

 

 クララが言い終わると、小さなポーチと小太刀が俺の腰のあたりに装備された。

 

「マジックバッグ(小)は大体そのポーチの50倍ほどの体積があるとお考え下さい。これで殆どのチュートリアルは終了ですが、何か質問はございますか?」

「えっと、職業とかは決めないの?」

「職業はプレイヤー全員最初は旅人となっています。念じればステータス画面が表示されますので後ほどご確認を」

「えっと、じゃあ大丈夫かな」

「了解致しました、それと最後になりますが」

 

 クララがどこから出したのか分からないがクラッカーを取り出す。

 そして、パァン!という音とともに紙吹雪が舞う。ちなみにクララの顔は無表情だ。

 

「おめでとうございます。貴方はアルカディア・プロジェクト1000万人目のプレイヤーです」

 

 えっ。…………まじかー!!!!

 

「えっ、ちょっ、マジ?」

「マジです」

「よっしゃー!今それを言うって事は何か有るって事だよな!」

「はい、メモリアルナンバーのプレイヤーには特典防具を渡すことになっています」

 

 キターーーーー!!

 やべえ、めっちゃ嬉しいんだけど!

 

「これが貴方の特典防具です、後生大事に抱えなさい」

 

 すると、俺の両手に収まるほどの丸いシルエットが……これは。

 

「って、カボチャじゃねえか!」

 

 そこに現れたのは銀色のどう見てもハロウィンとかによく見る目と口がくり抜かれたあれであった。

 これは、あれだ、ジャック・オー・ランタンってやつだ。

 

「何を言いますか、武器管理AIが手作りしたこの世に一つしか無いユニーク装備です。本来ならば咽び泣いて受け取るべきものです。そんじょそこらの装備とは一線を画しています」

 

 えー?このカボチャが?

 

「そんなに疑うのならば見せてあげましょう。ステータスオープン」

 

 クララがそう呟くと目の前にポップアップが現れる。

 

 =============================================

 名無しの南瓜 頭装備 ★

 

 破壊不可 窃盗不可 売却不可 譲渡不可 廃棄不可 PKデスペナルティ対象外 窃盗スキル対象外

 

 火属性耐性+1 DEF+200 MND+200 [???]

 

 クララ「おめでとうございます。貴方はアルカディア・プロジェクト1000万人目のプレイヤーです」

 

 =============================================

 

「よく分からん」

 

 いきなりステータスを見せられても比較対象が無いからなんとも言えない。あとなんかめっちゃ不可って書いてあるんだけど。

 

「普通の初心者がつける防具がDEFかMNDかどちらかだけの+50装備と言えばお分かりですか?ちなみに耐性系は初心者にはまだ手の届かないレアものです」

「おお」

 

 そう言われればわかる。確かに凄い装備だ。だが、しかしだ。

 

「これ、一生手放せないって事じゃない?」

 

 この不可とか対象外の羅列的に俺のアイテムとして残り続けるって事だよね。装備変更不可とかじゃなくて良かったけどさ。

 

「この名無しの南瓜に限らず、ユニークと呼ばれる装備は所有者の変更を一切受け付けておりません。だからさっき言ったじゃないですか。後生大事に抱えなさいって」

 

 詐欺だろこれー!言うとまたねちねち言われるのが分かってるから言わないけどさ!

 

「まあ、分かった。外見はアレだけど性能は凄いし有り難く貰っておくよ」

 

 どうせ返品も出来ないだろうし。と心の中で呟いておく。

 

「では以上で初期チュートリアルを終了させていただきます。何か質問はございますか?」

「いや、特にはないかな」

「左様でございますか。ではストルタスの王都へ転送致します。定型文ではございますが、我々(・・)が最も伝えたい事を最後に伝えて終わりとさせて頂きます」

 

 そして彼女は言ったのだ。この後の俺の運命を決定づける。あまりに有名な、あの言葉を。

 

「英雄よ、挑み給え、これは貴方へと贈る物語、貴方が作る物語、貴方の為の物語。そして、願わくば、貴方の旅路が光溢れるものでありますよう」

 

 転送の光の中、俺が最後に見たのは、恐らく本心から微笑んでいるクララであった。

 その時俺は確かに思ったんだ、

「ああ、クララは人間なんだ(・・・・・)」って。

 

 

 




C「お初にお目にかかります。プレイヤーナビゲーターAIのクララと申します」

クララ「この場では本文には書けない細かい設定を説明致します。質問にも出来るだけ答えてまいりますので、担当者に直接ぶちまけてやって下さい」

クララ「初回の今回はユニーク装備に関して。これはその名の通り世界に一つしかない装備という事です。このユニーク装備を手に入れるにはロータスのようなメモリアルナンバーを含めて相当な運が前提条件です」

クララ「代表例で言えば、アルカディアに存在する《守護者》を倒す、ユニーク装備が報酬である、ユニーククエストをクリアするなどです」

クララ「しかしその恩恵は凄まじく、決して壊れず、装備自体も強いとなれば皆が血眼になって探し求めます。因みに装備名の横についている★がユニークのサインです。最高3つまで付き、数が多ければ多いほどユニークの中でも格が上です」

クララ「先程ロータスはユニークは一生手放せないと言っていましたがアルカディア・プロジェクトを辞める以外にひとつだけ手放す方法がありますが、それは作中で語られる事でしょう」

クララ「それでは今回はこの辺で失礼致します」


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#2 探求者

あれ、全然説明終わらない。もう少し説明が続きます。ごめんなさい。


 そこは人類の歴史そのもの。都市全体を城壁(・・)で囲んだこの街は世界最大の都市であり、城。人の叡智が築き上げた世界最大の建築物。中心にそびえる一際目立つ白亜の城とその城下町全てを指して人は言う。「これぞ究極の一である」と。名を人間国 ストルタス、王都エターリア。

 

 アルカディア ガイドブックより抜粋

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「うおっ、と」

 

 視界が光りに包まれたと思ったら、数瞬の浮遊感の後固い感触の地面。目を開ければ…

 

「うわ、すげえ」

 

 軽快な音楽を鳴らしながら何かのパフォーマンスらしきものをしている人。大声で客引きをしている声。晴れの日を楽しそうに満喫する親子連れ。何より目に入るのが、物々しく武装した多くの人々。

 俺は、アルカディアの地に降り立ったのだ。

 

「これが、異世界を謳う程のVR。すげえとしか言いようがないな」

 

 辺りを見回すとここはどうやら広場らしい。えっと、こう言う時はマップだな。

 ウィンドウを操作してマップを引っ張り出す、どうやら確かにストルタスの王都で間違いないようだ。なら確かここで待ってれば迎えをよこすとか言ってたよな。

 そう思いながらウィンドウを閉じて目を開ける。と、なにやら視線が。えっ、何?

 

「おにーちゃんも、だいどーげーにんの人?」

 

 トテテテという擬音が聞こえそうな感じでひとりの女の子が走り寄ってくる。は?だいどーげーにん?大道芸人か?俺が?見渡せば何やら俺は色んな人からも好奇の視線を向けられていた。明らかに日本人っぽいプレイヤーの人からもだ。

 

「えっと、残念だけど俺は大道芸人じゃないんだ。ごめんね」

 

 そこまで言うと女の子は不思議そうな顔をする。やっぱ凄いなアルカディア・プロジェクト。マジで人間にしか見えないぞ。

 

「そっかー。じゃあなんでおにーちゃんは変なお面してるのー?」

「へ?ーーあ」

 

 あーーー!このカボチャのせいか!

 どうやらいつのまにか装備されていたようだ。どうりでちょっと視野が狭いし頭が重いわけだ。いや、気づけよって話だがVRに慣れないうちはそういうこともあるって言う話聞くし、そんなもんかーで済ませてたわ。

 

「あっと、これは」

 

 俺が答えに窮していると女の子の母親らしき人が慌てた感じでこっちに来た。

 

「もう!勝手に走っちゃいけませんって何回も言ってるでしょ!ごめんなさいね、何か変なこと言いませんでした?」

「ああ、いえ大丈夫です」

「すみませんね。さあ、行くわよ」

「うん、じゃあねーカボチャのおにーちゃん!」

「ははは」

 

 手を引かれながら歩いて行く女の子に手を振り返しながら思わず引きつった笑い声を出してしまう。外見では分からないだろうがカボチャの被り物の中の表情はおそらく相当引きつっているだろう。そんな確信がある。

 クララには今度会ったら文句言っておこうと思いました。

 取り敢えずはサッサとこの装備を外そう。目立ってしかたない。多分1000万人目のログインのメモリアル装備なんて誰も気がつかないだろう。プレイヤーズメイドのネタ装備だと思ってくれるさ。

 

「過ぎた事を悔やんでも仕方なし、そんな事よりそろそろ約束の時間なんだがっ、と。あれかな?」

 

 目の前の大通りらしき所から歩いてくるひとりの青年アバターに俺は見覚えがあった。正確に言うとその顔にと言うところか。

 声をかけようか迷ったが、どうやらあちらも気が付いたようだ。

 

「おっと、そこにいるのはロータス、蓮也で良いかな?」

「ああ、久しぶりだな。クリップ」

 

 腹が立つ程のイケメンフェイス。いや、そもそもゲームの中なんだから男女問わずアイドル並みのルックスしか居ないのだが、こいつの場合はリアルとそんなに顔を弄っていないから腹が立つ。

 こいつの名前はプレイヤーネームはクリップ。リアルの本名は榎本 和樹。俺の一歳上で俺が春から通う大学の先輩である。まあ付き合いがもう五年くらいになるので先輩という感覚は全く無い。

 

「ようやく受験終わったのか、めっちゃ待ったぞおい」

「ああ、ごめんごめん。でもクリップだって去年受験したんだろ?」

「いや、俺推薦だし」

「あっそ」

 

 ちなみにこいつ、頭も結構いい。勝ち組ってやつだ。友達じゃなかったら殴ってる。

 

「まあ、それはともかくとしてだ。凄えだろ、アルカディア・プロジェクト」

「ああ、そうだな。さっきから凄えしか言ってないよ」

「だろ?どうやってこんなゲーム作ったんだろうな。時代の先取りなんてもんじゃないぜこれ」

「まあ事故があったって話も聞かないし楽しめれば良いんじゃないか?」

「まあ、そうだな。取り敢えずここで立ち話もなんだし組合行こうか」

「組合?」

 

 まあ何となく響きで分かるが一応聞いておこう。

 

「いわゆる冒険者ギルドだな。アルカディア・プロジェクトでは冒険者じゃなくて探求者だが。基本的に俺たちプレイヤーはNPCからは探求者(クアエシトール)と呼ばれ、認識される」

探求者(クアエシトール)ね、珍しい呼び方だな」

「このアルカディア・プロジェクトの名称はラテン語に寄ってるからな。そこからだろう。ちなみにこの探求者組合に入らないと相当なペナルティらしいな。検証した奴がいるが途中で諦めざるを得なかったらしい」

「へー。NPCに探求者は居ないのか?」

「いや、結構いる。つーか俺たちより強いNPC探求者なんてごろごろいるぞ。トッププレイヤーでも勝てない奴もまだまだ多いしな。ああ、あとこれは絶対守った方がいい暗黙のルールなんだが、NPCって呼ばない方が良い。プレイヤーの中でも意見が分かれるくらいここのAIは凄いし、NPCって呼ぶと何かしらのカウンターが溜まってヘイトが集まるって話だ」

「まじかよ。じゃあここのN…あー、AIはなんて呼べば良いんだ?」

「基本的にはその人の人名で。プレイヤーと分けて言う場合はクォーレって呼んでるな。意味は知らん聞くな」

「クォーレね。了解」

 

 中々に重要な情報だ。探求者(クアエシトール)にクォーレね。覚えた。結構こういうのがゲーム攻略に大切だったりするからなぁ。

 

「んじゃあそろそろ行くか。今日はどれくらいログインしてられんの?」

「あー。取り敢えず夜までは。確かアルカディア・プロジェクトは3倍だったよな?」

「おう、3倍だ。だからざっとゲーム内時間で今日一日は平気だな。戦闘まで行けるだろ。そういや武器は何にしたんだ?」

「小太刀だな。片手で使えて、今までのゲームで馴染みがあって、一番使いやすいし」

「やっぱな。大体お前こういう系のゲームやるときはそういう武器選ぶよな」

「まあ、現実で何かやってるわけでもなし、それならゲームとはいえ使い慣れたのがいいだろ」

「まあ、そうだな。俺も相変わらず魔法職だし」

 

 そう言うクリップの格好は普通の市民って感じだ。とても探求者には見えない。

 

「装備とかどうしてんの?まさかそのまま闘う訳じゃないだろ?」

「俺は全部まとめてマジックバッグに突っ込んでる。戦闘の時に一括で取り出す感じだな。普段から付けてたいって奴も居るけど」

「へえ。そういやネオンとトト姉は?」

「ああ、あいつらは今日はログイン出来ないってよ。合流は明日からだな。ちなみにネオンがヒーラー兼バッファー。トト姉がタンク兼物理アタッカー。いつもの構成だな」

「で俺が遊撃でクリップが魔法アタッカーね。ほんと役回りでもめなくて楽だよな」

「まあだからこそ5年も俺らの仲は続いてるんだろうよ」

「違いない」

 

 そんな事を話しているうちに俺らは王都のほぼ中心に位置する大きな建物についていた。ここが探求者組合だろう。

 

「ここがストルタスの探求者組合本部だ。基本的にここで通常クエストを受けたり、換金したりする訳だな。最初のうちはここを中心に回ることになる」

「成る程。で俺は登録をする訳だな」

「そ。じゃあ俺はここで待ってるから」

 

 そう言って近くの椅子に腰掛けて何やら飲み物を注文し始めた。こういうもののお約束、酒場か?いや、ただの軽食スペースっぽいな。

 まあ取り敢えずさっさと登録を済ませよう。無職からジョブチェンジだ。

 

「えっとすみません。探求者組合に登録したいんですが」

 

 意外にもカウンターは混んでおらずすぐに対応された。うむ、美人受付嬢は定番だな。

 

「はい、かしこまりました。プレイヤーの方ですね。ではステータスウィンドウを見せてもらってもかまわないですか?」

「了解です」

 

 俺がステータスウィンドウを表示すると、受付嬢さんが何やら手元から白紙を取り出してかざすとみるみるうちに文字列がコピーされていった。おお、凄いな。

 

「はい終わりましたありがとうございます。では探求者としての役割(ジョブ)をお選び下さい」

 

 そういうと、受付嬢さんは何やらウィンドウを表示する。そこに書かれていたのは。

 

==============================================

 ジョブチェンジ候補

 

 戦士 軽戦士 重戦士 魔法使い 治療師…………エトセトラエトセトラ。

 

 現在の職業(ジョブ)は旅人です

==============================================

 

 多いよ!つーか小太刀選んどいて魔法使いとか選べんの!?めちゃめちゃ自由度高いなおい!まあ、ここは無難にいくけどさ。例えば長剣持った治療師とか杖持った重戦士とかいるのかな?

 

「軽戦士でお願いします」

「はい、かしこまりました。次回以降のジョブチェンジ、及びクラスチェンジは個人のステータスウィンドウから可能です。続いてクエストの説明に入らせていただきます」

 

 そういうとまた受付嬢さんはウィンドウを表示する。

 

「ここ、探求者組合では探求者の皆様にクエストを発行しております。基本的に私から見て左手側にクエストを張り出しております。クエスト用紙を我々まで持ってきて頂ければ探求者の方々のウィンドウに細かい要項を添えて送付致しますのでそれでクエスト受注完了となります。クエストを完了して頂きますと我々に報告して頂ければ報酬をお支払い致します。続行不可と判断した場合、もしくはクエスト中に死亡された場合は報酬受け取り不可、更に罰金が科されますのでご注意を。大まかな流れは以上となります。細かい要項は後ほどウィンドウまで送付いたしますが何か質問等はございますか?」

「いや、無いです」

 

 まあ良くあるパターンだな。何か独特なルールとかあったら後でクリップに聞いてみよう。

 

「では以上で説明を終了致します。何か全体の質問はございますか?」

「じゃあ1つだけ。探求者組合を通さないでクエストを受けるのはやっぱりマズイですか?」

「いえ、特には。むしろ積極的に受けて頂きたいですね。勿論非合法なのはご法度ですが。見つかった場合は組合からの追放に国からの指名手配です。くれぐれもご注意を」

「分かりました。ありがとうございます」

「はい、では改めて我々探求者組合は新たなメンバーの誕生を心から歓迎致します。探求者(クアエシトール)に祝福あれ、貴方の旅路が光溢れるものである事を祈っています」

 

うお、やっぱ凄えな。ゲームの中と分かっていてもマジで惚れ込みそうな笑顔だよ、本当。

 




クララ「今回は探求者についてです」

クララ「私はプレイヤーナビゲーターであって探求者組合については担当外なのですが取り敢えず概要だけ。探求者は基本的に人々の害となるモンスターを倒したり、未知のダンジョンに潜り財宝を獲得する職業と考えて結構です」

クララ「人々からの知名度も高く、社会的信用も得ています。ストルタスではありませんが人口の95%以上が組合に所属している。そんな国も存在しています」

クララ「また、高名な探求者になれば王家に重用される事などもあり、平民にとっては成り上がりを目指す者の代名詞とも言われています」

クララ「大きな声では言えませんが戦争に駆り出される事もしばしばあり、傭兵的な仕事をする事も多いです」

クララ「そんな探求者のトップに君臨するのは未だクォーレです。プレイヤーの方々にはもっと頑張って貰いたいものですね」

クララ「では今回はこの辺で失礼致します」


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#3 神秘防具

クララのヤンデレルートは無いよ


「よう、終わった?」

 

 受付嬢さんの説明が一通り終わったのでクリップの所まで戻って見ればクリップは一人で何やら柑橘系の香りのジュースを飲んでいた。

 そういや、前にやってたゲームは味覚設定とか酷かったな、極端なものしか感じないとか普通だったし。

 

「ああ、終わったよ。細かいのは全部すっ飛ばしたけど平気?」

「平気平気。そういうのはトト姉が詳しくやってくれる。そういうの好きだし」

「そういやそうだったな」

 

 トト姉はそういう細かい設定とか大好きだからなあ。殆ど身内で集まってるときとかは歩く辞典になってるし。

 

「じゃあ取り敢えずは装備とアーツだけやったら戦闘やってみるか。組合の奥の部屋借りて来るからちょっと待ってろ。その間スキルのヘルプでも見て待ってろ」

「りょーかい」

 

 クリップを見送りつつ、今さっきウィンドウに送られてきたヘルプを開く。えっと、アーツっと。

 どうやらざっくりと読んだ結果、結構どこにでもあるアーツ習得の仕方を採用しているらしい。

 

 その1、アーツを習得するには特定の職業に就くか、特定のアイテムを使用する、特定の行動をするなどといった事が必要。

 その2、アーツは習得しただけでは使用出来ず、有効化しなければならない。有効化にはアーツの難易度に応じたアーツポイントを消費しなければならず、アーツポイントはプレイヤーのレベルアップと同時に加算される。

 その3、アーツは職業対応の一部のものを除き忘却出来ず、慎重に選ばなければならない。

 

 んで、アーツと似たようなのにスキルがあると。

 

 その1、スキルは基本的に防具に付与されている。世代を重ねた武器にも付与される。

 その2、スキルはアーツと違いその装備を外せば使えなくなる。

 その3、スキルにはパッシブスキルとアクティブスキルがある。

 

 つまり分かりやすく言い換えれば、アーツが技、スキルが効果。そのままだな。

 そんでもって、ついでに開いた俺の現状ステータスがこれ。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 ロータス 男性

 Lv.1

 職業 軽戦士Lv.1

 固有武器 小太刀

 HP 100

 MP 100

 

 STR 25+50(75)

 INT 5(5)

 VIT 10+50+25+25(110)

 MND 10(10)

 DEX 30+10(40)

 AGI 35+10(45)

 

 有効化アーツ

 有効化スキル

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 各ステータスの一番左が俺の素の数値。+で表示されてるのが装備の数値で()の中が合計値らしい。俺の職業である軽戦士はDEXとAGIが伸びやすい傾向にあると書いてあるが、その伸び方もプレイングで変わるらしい。レベルは全く何もしていないので1で当然、アーツとスキルも空欄だ。あっ、いやそういやなんかあの南瓜にはなんか付いてたな。まあここで確認すると騒ぎになる事間違いなしなのでこれは保留で。周りに結構プレイヤーらしき人もいるし。

 

「おう、終わったぞ。付いて来い」

「おっけー、俺も今終わったわ」

 

 最期まで見終わった時にちょうどクリップが帰ってきたので大人しく付いていく。にしてもこいつやたらと注目浴びてんな、何でだ?

 じろじろと視線に晒されながら俺たち二人はクリップがとった組合の奥の個室へと入った。

 

「なんでお前あんなにじろじろ見られてたんだ?」

 

 入ってすぐに、気になっていた事を聞く。

 

「あー、そりゃ、あれだよ。いつも俺ネオンとトト姉とパーティ組んでるから」

「なるほど。両手に花のイケメンクソ野郎に見えるわけだ」

「そういう事」

 

 VRゲームが世に出回って久しいが、現状VRの中と現実とで身体を極端に弄ることは出来なくなっている。理由としては簡単、身体が動かせなくなるからだ。VR発明初期は身長弄ったり、極端なイケメンにしたり、それこそTS(性転換)も出来たらしいが今では全部禁止だ。人間の体は案外緻密に計算されつくして動いている。結局脳波といえど自分で動かしている以上あまりに現実の体と乖離し過ぎたアバターを動かすのは実際のところ不可能なのだ。身長は弄りすぎるとふつうに転ぶし、顔も弄るとうまく発声出来なくなる、TSなんて以ての外で全く動かなくなったらしい。そんな事故が多発して余りに現実の体と乖離したアバターは作れなくなった。

 なんでこんな話を長々としたのかと言うと、このイケメンクソ野郎と組んでいるパーティメンバーはおそらくかなりの美人だからだ。おそらくと付けたのはこのゲーム(アルカディア・プロジェクト)での二人のアバターを見ていないからだが、前のアバターと弄っていなければ美人といって差し支えない。100人いたら99人は美人と言うだろう。先に話した通りアバターはあまり現実と弄らない、つまりそれほどの美人アバターならば現実でもそれなりの美人と言う事だ。まあ、ゲームだからみんな美男美女だが、程度の問題だ。

 

「喜べロータス。今日からお前もそのイケメンクソ野郎の仲間入りだ」

「残念ながら俺はお前ほどイケメンアバターではないからヘイトが集まるのはお前だ」

「くっ、なんでめちゃめちゃイケメンのアバターにしなかったんだ!」

「嫌味か!引きちぎんぞ!」

「何を?」

「鼻」

「猟奇的!マジで出来ちゃうから止めろよ?」

「え、出来ちゃうんだ」

「マジだ。プレイヤーには街中ではPvP挑まないと出来ないけどNPC(クォーレ)と外では普通に出来るからな。クォーレは勿論、プレイヤーにも意味なくやったら速攻で指名手配だけどな」

 

 クリップの説明によれば、指名手配になったプレイヤーは組合の利用が不可になり、その国の衛兵から追われることになると言う。

 

「あとちょっと面倒なんだけどPKと犯罪者は違くてさ、PKは別に衛兵に追われたりしないしPKKされたらアイテム全ロスト、所持金全ロストで終わりだ。犯罪者はゲーム内での一定期間投獄が付く。凶悪犯罪はその限りじゃないらしいけどな」

「はー、やっぱPKとかいるのな」

「ああ、PKも犯罪者も出てるな。そいつらのクランも存在する」

「クランもあるのね。もう作ったのか?」

「まだだな、トト姉が割り勘だーって言ってたぞ」

「初心者に何言ってんだよ……」

 

 どうやらトト姉はクランハウスを四人で割り勘できる買いたいらしい。トト姉こういうのには厳しいからなぁ。現実だとカリスマ女子大生でゲームだと頼れるクランマスターか、『姉』って付けちゃうのもわかってもらえると思う。一番歳上だし。

 

「まあその為にも金策だな。AIから貰った金は取り敢えず消耗品に使えってのがセオリーなんだがそこは俺がやろう。先輩として奢ってやる」

「そりゃどうも」

 

 クリップから貰ったのは「初級ポーション」が5本、「中級ポーション」が2本、「解毒ポーション」が3本、「ランタン」、「投げナイフ」が5本だ。

 

「まじか、こんなに良いのか?」

「ああ、ポーション類はネオンがヒーラーやってるから滅茶滅茶余るし、ランタンも結構安い、ナイフはちょっと高いけど投資だ投資」

「ん、じゃありがたく貰っとくわ」

「おう、ちなみに初級ポーションは低レベルの軽戦士なら半分くらい、中級なら全快するくらいHP回復するから」

「オッケー、了解」

「あと勿体ないからナイフは投げたら出来るだけ回収しとけ。それも金策だ。よし、じゃあ装備の話。と行きたいところだが、その前にプレイスタイルの確認だ、今回はどうするんだ?」

「前と同じさ、さっきも言ったけど俺はそこまで器用じゃない。前衛で撹乱と物理攻撃だな」

「よし、じゃあまたあのアホみたいなプレイスタイルだな」

「アホみたいなとはなんだ」

 

 別に俺だってアホみたいなプレイスタイルにしようと思ってなった訳じゃ無いんだ。

 

「いや、十分アホみたいなプレイスタイルだろ。なんだよアレ、敵の攻撃は避けるかパリィしかしないし、つーかお前のパリィ技術気持ち悪いくらいだからな」

 

 クリップがアホみたいなプレイスタイルという俺のスタイルは基本的には避けタンクに近い。敵の攻撃は徹底的にパリィ、どうしても受け切れない攻撃は避ける、でその間に何回も切りつける。基本的にはこれだけ。

 何故こんなプレイスタイルになったかと言えば、俺たち四人が最初に出会ったゲームが悪い。そこで俺はレア職であった剣舞騎士という職に就いていた。そのプレイスタイルがそのアホみたいなものだったという事。多分ゲーム内に俺しか居なかったと思う。どうやってジョブチェンジ条件満たしたか俺も分かってなかったし。

 まあそのせいで俺はそのプレイスタイルに慣れきってしまったというわけだ。

 

「それしか出来ないジョブだったからなぁ。必然的にそのプレイスタイルになる訳で」

「まあそれはいい、今やお前の代名詞だし。じゃあロータスが取るべきアーツは回避系とパリィ系と攻撃系だな。取り敢えず習得済みアーツってウィンドウ出してみ」

 

 いくつかの工程を踏んで習得済みアーツのウィンドウを呼び出す。

 

「おう開いたぞ」

「じゃあ俺にも見えるように可視化してみろ」

 

 言われた通りウィンドウを可視化する。よこからクリップが覗き込む。

 

「取るべきは軽戦士系の汎用アーツのクイックムーブ、ドリフトステップ、ダブルステップ、クロスカウンター、ってところか」

 

 クイックムーブは一瞬自身のAGIを1.3倍するアーツ。

 ドリフトステップはステップ中に曲げることが出来るアーツ。

 ダブルステップは二回連続でステップ出来るアーツ。

 クロスカウンターはパリィ成功時にカウンターを自動で入れるアーツ。

 この4つが俺と似たスタイルの初心者プレイヤーのテンプレートらしい。

 

「最初はそんなもんだな。スキル付きの装備が手に入るのはまだ先だし……」

「あー、そのことなんだけどさ。俺1000万人目のプレイヤーだったらしくこれ貰ったんだよね」

 

 名無しの南瓜を手の中に取り出す。と、一瞬にしてクリップが近づいてきた。ちょ、今こいつアーツ使ったろ!

 

「は!?ちょっ、おまっ、は!?マジかロータスマジか!?」

「ちょ、お前が一旦落ち着け……やっぱヤバイかな?」

「やばいなんてもんじゃねえぞロータス。これ目当てに攻略組が何人かログインさせずに残してたって話だ。PKも狙ってるって噂だったな。もうすぐ1000万人のログインになる事は結構前から分かってたし、ユニーク装備はこのゲームだと本当に垂涎の的だ、うっわマジかよ」

「あー、なんかクララも同じような事言ってたな。何でも咽び泣いて受け取るべきだとかなんとか」

「お前、クララとまともに話せたのか。クララはファンクラブが出来るほど人気なのに塩対応で有名だからかなり珍しいぞ。クララのファンクラブ会員がこの話聞いたら発狂するな」

「じゃああの言葉も言われないのか?あの、英雄よ、挑み給えってやつ」

「あー、それ完全に目が付けられてるやつだわ。何でも気に入ったプレイヤーをAIは観察してるって噂だ」

「……何それストーカー?」

「この話も見られてるんだからな?」

 

 それは怖い、不用意な発言は慎まなければ。

 って、ぅぉわ!

 ウィンドウに新着メッセージ。差出人はプレイヤーナビゲーターAIクララ。内容は「ストーカーって次に言ったらアカウントロックします」

 

「……」

「……」

 

 無かった事にしよう。そして絶対もう言わないようにしよう。

 

「俺はアンナで良かったわ」

「別にプレイヤーナビゲーターAIだからクララだった訳じゃ無いのか」

「ああ、五人のAIがランダムにやってくれるらしいな」

 

 その後ちょっと沈黙。まあ、クララで良かったよ。可愛かったし!うん可愛かったし!届けこの思い!(懇願)

 

「話を戻すが、その南瓜みたいな特典防具(メモリアルアーマー)は多分だけど1人、10人みたいに配られてるって推測されてる。だから現時点でロータス含めて合計8人だな。性能はアルカナボスっつーレイド級ボスのユニーク装備神秘防具(アルカナアーマー)よりも数段落ちるが、強化が可能って噂だな」

 

 神秘防具(アルカナアーマー)は俺でも知ってる。アルカディア・プロジェクト最大の目玉であるユニーククエストから繋がる事もあるアルカナクエストで発生するレイド級ボス。それらから発見者ボーナス、MVPボーナス、ラストアタックボーナスだけにドロップする強力な防具。

 いつか手に入れたいものだ。

 

「トト姉は一個持ってたな。《月》の神秘防具(アルカナアーマー)

「マジか、凄えなトト姉」

「運がよかったって言ってたけどな。どれも強力だし俺もほしーわ」

「てか、ネオンみたいなヒーラーはキツくね?その条件」

「ヒーラー限定のアルカナクエストがあるってもっぱらの噂だ。《女教皇》とかが怪しいって言われてるな」

「へー」

「ちなみにその名無しの南瓜の火属性耐性+1ってのがスキルな。耐性系は+5まで積み重ねればダメージ100%カットだ。+1だと20%だな。その代わりに他の耐性系が無効になる」

 

 という事は俺はこの南瓜を付けてる限り他の耐性系スキルは取れないって事ね。

 

「じゃあこんなもんかな。取り敢えずその南瓜は街中では外しとけ。少なくとも初心者の頃は。PKは意味ないからされないと思うが、有名クランからのお誘いとか、嫌がらせとか面倒いだろ?」

「面倒いねえ」

「じゃあ後は実戦だな。習うより慣れろだ」

 

 




クララ「全く、誰がストーカーですか。ごほん、今回はアルカナに関してです。」

クララ「アルカディア・プロジェクトにはアルカナボスと呼ばれる強力なボスが44体存在しています。前にも話した《守護者》の事ですね。アルカナボスも私以外のAIかいるのでまた概略だけ」

クララ「アルカナボスはタロットの大アルカナにそれそれ対応しています。愚者、魔術師、女教皇、女帝、皇帝、教皇、恋人、戦車、正義、隠者、運命の輪、力、死刑囚、死神、節制、悪魔、塔、星、月、太陽、審判、世界。それぞれの正位置、逆位置のモチーフですね」

クララ「それぞれが発見者ボーナス、MVPボーナス、ラストアタックボーナスとして神秘防具を落とします。一人が複数のボーナスを獲得した場合は統合され、更に強力な1つになります」

クララ「現在何体のアルカナボスが倒されているかは……言わない方が良いですかね」

クララ「では今回はこの辺で失礼します」


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#4 兎と小鬼と猿と南瓜

南瓜が剣を振り回して、モンスターを薙ぎ倒す光景。


「このゲーム初心者オススメの狩り場とか裏技的なレべリング法とかあんまり無いんだ」

 

 歩きながらレベリングに付いて聞いてみるとそんな答えが返ってくる。

 

「そりゃ、全く無いって訳じゃない。今から行く所も初心者オススメの狩り場だ」

 

「おい、さっきの言葉と早速矛盾してるぞ」

 

「まあ聞けって。アルカディア・プロジェクトにはパワーレベリングを防止するためにいくつかの制限がかけられている。1つは経験値の不均等分配。結構当たり前に採用されてるゲームが多いがアルプロだと顕著に出る。例えばLv.1のプレイヤーとLv.99のプレイヤーが一緒にパーティーを組むと1:99の割合で経験値が分配される。これもキツイがもっとネックになるのが、虐殺者(スローター)だな」

 

虐殺者(スローター)?」

 

「アルプロのフィールド内において、ある一定の範囲内(・・・・・・・・)で、ある一定の時間内(・・・・・・・・)ある一定の数(・・・・・・)のモンスターが倒された場合そのモンスターの数の合計値と同じLvのモンスターが一体ポップする。そのモンスターはそのフィールド内全てのプレイヤーに強力なヘイトを持ち、殺しきるか殺されるまで延々と追ってくる。面倒なのがログアウトしようが(安全地帯)に入ろうが追ってくる所だ。街でログインした瞬間に虐殺者(スローター)に殺されたなんて話はそこら中に転がってる」

 

「えっ、それ普通にやばくね?倒させる気が無いイベントモンスターみたいなもんだろ?そんなのがそこら中のフィールドに転がってんの?」

 

「いや、虐殺者(スローター)はヘイトを持ったプレイヤーを全員キルしたら自然消滅するんだ。ちなみに倒しても何も手に入らないから忌避されてる」

 

「以上の事からアルプロ内での効率的なレベリングは不可能っと」

 

「そういう事」

 

 そりゃあ、高レベルプレイヤーに連れられて美味い狩り場に行ったは良いものの殆ど経験値は持っていかれ、その上粘り過ぎると確実にキルされるならパワーレベリングなんて不可能だわな。

 そんなこんなでまた沢山の目に晒されながらエターリアの端まで到達。門番に挨拶をして草原に出る。

 

「よし、こっからはいつ襲われても不思議じゃない。大丈夫だとは思うけど一応何戦か見たら俺はエターリアに戻る。適当な時間になったらメッセージ送ってくれ。最後に飯食って終わりにしよう」

 

「了解」

 

 そこからはクリップと少し離れて歩く。もちろんパーティーは組んでいない。取り敢えずこんな初心者用のフィールド、しかも草原なんていう見晴らしのいい所で奇襲を食らうことは無いと思うのである程度周りを見渡しながら歩く。

 ああ、これだよ。この緊張感、久し振りにやるとやっばクルものがある。現実では味わえないこの緊張感、ゲームじゃないと楽しめないものだ。

 

「おっと、忘れる所だった」

 

 周りに誰もいない事を確認してウィンドウを操作、装備ページを開いて『名無しの南瓜』を装備っと。

 うん、視野も狭くなってないし、重さもあんまり感じない。バランスもいい感じだな。

 

「ククッ」

 

「おっと」

 

 目の前にモンスター、表示は『ホーンラビット』どうやら俺が認識すると名前が表示されるらしいな。一匹だけだし初戦闘はこいつで決まりだな。

 小太刀を構えて取り敢えず様子を見る。

 

「ク、クッ!」

 

 ホーンラビットは溜めを作ると、跳躍して一直線に突っ込んでくる。

 

「ほっ」

 

 余裕をもって半身で躱す。まだまだ見切れる範囲だな、安直な動きで助かった。

 振り返るとホーンラビットはその勢いのまま地面に突っ込んでいた。

 最近のVRゲームはリアリティの追求が進んでいるが問題になったのが血と肉の問題だ。そこをあまりに追求がしすぎるとあっという間にアンチが湧く。三年前に起きた教育委員会だか子供の健全な育成を守る会だかの起こしたゲーム会社相手の訴訟は全国ネットで放映されたから話題になった。

 結果としてゲーム会社が敗北、倒産に追い込まれた。それから国産のVRゲームは過度な血しぶきや残虐な表現、度を超えた傷口などの表現は縮小傾向になった。海外産のは例外らしいが、別に好きなわけではないし、むしろ嫌いなので構わない。

 アルプロもその傾向に漏れないらしく、土埃がついて薄汚れているものの、血は出ていない。

 

「よっと」

 

 骨を小太刀、しかも手入れも何もしていない初期武器で切ると刃こぼれしそうなので心臓の辺りを一突き。するとポリゴンが弾けてホーンラビットの体は砕けて跡形も無くなった。

 これも最近のVRゲームではよく見るタイプだ。分かりやすいし、グロくないし。

 

「敵性モンスターのHPは見えないパターンか、ちょっと面倒だな」

 

 今回は一撃でHPバーを削りきったのでよく分からなかったが、おそらくHPバーは見えないパターンだろう。このタイプの方が緊張感と臨場感があって個人的には好きなのだが、やはり見えるパターンと違って細かい挙動に注意しないといけないし、ペース配分を考えるのも難しい。

 

「ドロップは……無しか。まあそんなもんかな」

 

 武器の状態を見ると刃こぼれも無く、勿論血糊が付いているなんていうことも無く、綺麗な刀身のままであった。そういやアルプロだとプレイヤーが最初に与えられる武器は耐久値が無限なんだったか。ヘルプを開いて確認すると無茶な使い方をしない限り刀でも刃こぼれしないし、もし折れても時間が経てば自動修復するとか。親切設計だなぁ。

 

「じゃあもうちょっとモンスターと戯れて見ますか」

 

 俺は目の前の平原を抜けた先に見える森に目標を定めて、歩き始めた。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「ギギャ!」

 

「よっと」

 

 その見た目から想像できる通りのTHE・ゴブリンって感じの鳴き声を断末魔にファンタジー世界では怪物にさせられている元ネタは妖精のモンスターを切り伏せる。これで五匹目のゴブリンか。

 森に近づくにつれ、ホーンラビットだけでなく、ゴブリンも現れ始めた。ホーンラビットは普通の野うさぎに角をくっ付けましたっていう見た目だったけどゴブリンは一般的に想像されているゴブリンそのままだった。大きくて1m程の体長、緑色の体表、腰ミノに粗末な武器。

 もう殆ど森、というところまで来るとホーンラビットは居なくなってゴブリンだけになった。これで3連続ゴブリンだ。

 ちなみにホーンラビットからは何個か[ホーンラビットの肉]というものがドロップしている。これはどうやら食用らしく中々良い値段で売れるらしい。

 アルプロでは空腹度というのがパラメーターには表示されないがプレイヤーの間では認知されている。現実と同じ様に食わないと動きが鈍るのだ。基本的には街で何を食べるらしいが、外のフィールドで空腹度を減らしたい場合はこう言ったドロップ品を調理したり携帯食料を持ってくる必要があるらしい。

 それとホーンラビットからは[ホーンラビットの角]というものも1つだけドロップした。肉が通常だとしたら角は少しレアといったところか。どうやら角はマジックポーションの素材らしく肉10個分の値段で売れる。

 ドロップ品は手に取るとマジックバッグに収納され、ウィンドウから詳細情報が閲覧できる。そこでNPC(クォーレ)に対する売値が分かるという訳だ。

 

「さて、ゴブリンからはまだ何もドロップしてないんだよな」

 

 しかし今回は違ったらしい。

 ゴブリンがポリゴンとして爆散した後に何かが残っている。

 

「[粗末なナイフ]か」

 

 どうやらゴブリンが持っていたナイフの様だ。

 耐久値残り15%。俺が使っている小太刀は片手で扱えるから一応二刀流も出来なくは無いが……まあ投擲用だな。牽制としては初心者ということを考えると上等だろう。

 にしてもプレイヤーはてっきり最初の武器しか使えないのかと思っていたが、どうやら違うらしい。これならマン・ゴーシュが欲しいな。

 二刀流で戦えるならかなり俺の得意なスタイルで戦える。

 ちなみにマン・ゴーシュとはよくマインゴーシュの名前で知られる補助的な意味合いの強い両刃の長剣だ。主に白兵戦用の武器だが非人型の敵と戦うのにも使える。大きなガードが付いており、主に相手の攻撃を受け流すのに使う。

 

「その為にも資金集めか」

 

 そんなところでメッセージ。クリップからだ。内容は「それだけ戦えるなら大丈夫だな。じゃあ俺はエターリアに戻ってるわ。終わったらメッセージ飛ばしてくれ」か。

 俺は「了解」とだけ返して俺は森に足を踏み入れる。

 

「っ!?とらぁ!」

 

 森に踏み入れた瞬間何かが飛んできた。反応できたのは半ば運だ。というか今[粗末なナイフ]を手に持って無かったら確実に食らってた。今ので耐久値が0%になったらしく手から砕ける感触が伝わってきた。

 どうしようもないので残った持ち手部分を何かが飛んできた所に投げる。

 すると何かが木の上からまた別の木の上に飛び移る。あのシルエットは、猿か!つーかなんだこいつ!木の上から何かを絶え間なく投げてきやがる!1つづつしか投げてこないから小太刀で受けてられるが、めんどくさい!

 

「よし識別できた、表示は『キラーモンキー』か」

 

 しかしさっきから投げてきてるのなんなんだこいつ。

 気になったので次に投げてきた奴は意識的に斜め前に弾く。識別してみると結果は、[イゴの実]?なんだそりゃ。

 キラーモンキーが投げてくるイゴの実を避けたり、弾いたりしながら識別すべく、注視する。

 どうやらイゴの実は外皮がとても硬く、なめすことで盾がわりにもなる木の実らしい。固い殻に守られた中身はとても甘く庶民の甘味として広く親しまれている、とある。

 いくら固いとは言え木の実とぶつかって折れるナイフって一体……と思わなくもないが小太刀でも弾く以上相当固いのだろう。猿の投擲力と相まって当たれば結構なダメージなるだろう。

 

「しかしキラーモンキーと言う割に投げてくるのは木の実とは名前負けしてるなこの猿」

 

 すると何を思ったのかキラーモンキーは木の上から器用に地面に着地。そして背中に背負っていた長剣をスラリと抜き放つ。っておいマジか!

 

「キキッ!」

 

「う、おっ!」

 

 たかが猿と思うなかれ、その踏み込みは人間よりも遥かに強い。

 加えて明らかな素人剣術でただ上段から振り下ろしてくるだけだが、それでも刃物が迫ってくるのは中々に恐怖心を煽る。

 振り下ろした剣を避け、首を断ち切る……マジかこいつ避けやがった。

 前言撤回、確かにこいつキラーモンキーだわ。初心者エリアとは思えない動きをしてきやがる。距離が離れている間は木の実で牽制、倒せればそれで良し動きが鈍れば飛び降りて隠し持っていた長剣で近距離戦か。アルプロのAIはこんな所も凄いなぁおい!

 

「しかぁし!まだまだ及ばんよ猿ぅ!」

 

 やべえテンション上がってきた。序盤の猿でこんだけ強いんだ。こりゃ本当に期待できるぞ。

 気迫に怯んだか少し動きの鈍ったキラーモンキーの振り上げをクイックムーブで余裕を持ってパリィ。そして、クロスカウンター。キラーモンキーは首を真っ二つにされポリゴンになって爆散した。

 初めてアーツを使ったが体が強制的に動くタイプじゃなくてシステムが補助するタイプか。ある程度アーツ発動中も体の自由がきく代わりに自前のリアルスキルが必要になるパターンだな。

 

「ドロップは[欠けた長剣]か。一応サブウェポンとして持っとくか」

 

 耐久値もまだ半分ほど残っている。これならまだ使えるだろう。

 よーし、じゃあこのまま森の探索と行きますか。

 あっ、イゴの実拾っとこ。

 

 




クララ「今回は戦闘システムについてです」

クララ「プレイヤーがモンスターを倒した場合にプレイヤーが手に入れるのは経験値とドロップアイテムです」

クララ「アルカディア・プロジェクトではジョブのLvの合計値がプレイヤーLvです。例えば戦士Lv10、魔法使いLv10のプレイヤーがいたらその人のLvは20です」

クララ「現在就いているジョブにのみ経験値は加算されます。ドロップは完全に確率です。一部のものに関しては100%で固定ですが」

クララ「モンスターは人間などの自身の種族と敵対しているものを発見した場合基本的に襲ってきます。ある程度知能のある個体の場合格上には挑まない事もあります」

クララ「ちなみにロータスが戦ったキラーモンキーはあの森の中でのレアエンカウントエネミーですね。その分強いです」

クララ「では今回はこの辺で失礼致します」


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#5 妹=天使の法則

まだ章タイトルのかけらも無い……
というか、そろそろ後書きをクララ一人に任せるのが辛い……早く新しいAI出さないと……


「それで、結局1時間での戦果がそれか」

 

 あれから俺は1時間ほど森の中でモンスターを狩り続けた。結局最初に会って以来キラーモンキーには遭遇(エンカウント)しなかった。色々なモンスターと戦ったがキラーモンキーだけずば抜けて強かったしレアエンカウントエネミーらしい。他に戦ったのはゴブリン、ホーンラビットに加えてハニーホーネットという大型の蜂。このハニーホーネットが面倒で一匹一匹は弱いのだが大量に現れる。しかもその蜂は子供くらいの大きさなのである。正直気持ち悪い。

 

「にしても良くその装備でキラーモンキー倒せたな。あいつ初心者殺しで有名なモンスターなんだが」

 

「確かにあいつだけずば抜けて強かったな。投げてくる実を弾くなり避けるなりしてたら地面に降りてきたから近づいてきた所をカウンターだったわ」

 

「それが最適解だな。まあ初心者だとその実を避けるところからして難しいし、まだゲームに慣れてないと殺意剥き出しで襲ってくる武器持った猿なんか怖くてまともに動けないからな。近づかれたら終わりだ」

 

「確かに、あんまりリアルになりすぎるのも困りものだな」

 

「んで?そんな中普通に相手出来たお前はどう考えてるんだ?」

 

「普通も何も、これが初めてのゲームって訳じゃ無いし、人相手でも無いんだ。まあちょっとこのリアリティで対人戦はまだ早いかなって思うけど」

 

 流石に人間とモンスターを殺すのは同列に語れない。いくら殺しても生き返るプレイヤーだって殺されるのは怖いし死ぬのを見るのは恐ろしい。実際戦闘中に親しい仲間が殺されてパニックになって戦線崩壊とかよくある光景だ。

 それに多分このゲームをやる限り俺はNPC(クォーレ)を1と0で出来たプログラムとしては見れない。少なくとも俺はクララを見た時も、初めて話したあの女の子を見た時も、受付嬢を見た時も違和感は感じなかった。多分他のプレイヤーにも多いだろう。俺は彼女たちは人間としてしか認識できない(・・・・・・・・・・・・・)

 勿論プログラムとして割り切れる人もいるだろう、それはそれで否定しないし恐らくそっちの方が正しいのだろう。ただ俺は思ってしまうのだ。これだけ高度な自由意志と個性を持っていたらそれはもう人間なのでは無いのか、と。

 

「そういやキラーモンキーとかゴブリンとかから結構な量の武器がドロップしたんだけどこれ使い道って有る?」

 

 キラーモンキーからドロップした[欠けた長剣]を筆頭に[粗末なナイフ][粗末な手斧][粗末な槍][粗末な小剣]がゴブリンからドロップしている。つーかこいつら地味に鉄製の武器で武装してるんだよな。やっぱプレイヤーからの追い剥ぎ品なのかね?

 

「あー、この[欠けた長剣]はまだしも他のゴブリンからドロップしたであろう[粗末な〜]シリーズはクォーレの商人に売るかプレイヤーの商人に売るかあとは鋳つぶすくらいしか無いな」

 

「鋳つぶす事も出来るのか」

 

「出来る。インゴットにすれば後々役に立つ時が来るかもしれないし、その場で新しい武器なり防具なりにしてもらう事も出来る」

 

「やっぱサブウェポンは持ってた方が良いのか」

 

「そりゃあな。固有武器は絶対に壊れないがある程度進化を重ねないと数打ち品と変わらないし形状は1つだ。進化の仕方によっては戦闘中に形状が変化するような固有武器もあるらしいが今からそんなことを考えても仕方がない。そもそもそいつの固有武器は色んな武器をサブウェポンで使ってた奴のらしいからな」

 

「成る程。ちなみにマン・ゴーシュとか有る?」

 

「おう、有るぞ。騎士系のプレイヤーがたまに持ってるな盾の代わりに。流石に固有武器がマン・ゴーシュの奴は見た事ないが」

 

「それは俺も嫌だな。固有武器はダメージリソースの要だし。ちなみに鋳つぶしてその鉄でマン・ゴーシュ作るのとこれ全部売ってマン・ゴーシュ買うのどっちの方が安い?」

 

「前者の方が圧倒的に安いし得だ。アルプロは人との繋がりをかなり重視してるからな繋がりは多ければ多いほど良い」

 

「了解っと。じゃあ俺は鍛冶屋に行ってくるけど、クリップはどうする?」

 

「あー、すまん俺はパス。そろそろ連続ログイン制限がキツイしちょうど良いから一旦止めるわ」

 

 クリップの言う連続ログイン制限とは書いた字の通り連続でログインできる時間制限である。VRゲームはそのシステム上、脳に結構な疲労が蓄積する。その為1時間に5分ほどの休憩を取るのが望ましいとされている。そしてその休憩を強制的に取らされるのが連続ログイン制限である。これはどのゲームでも一律で3時間につき15分の休憩が義務付けられている。

 時間が迫ると警告メッセージが視界にポップしてそれでも無視すると視界いっぱいにカウントダウンが始まり、それが終わると強制ログアウトとなる。

 

「オッケー了解。じゃあ俺はもうちょっとアルプロの中を楽しんでるわ」

 

「そうしろそうしろ。エターリアの中を見て回るだけでも1日潰せるからな。あと夜にメッセ送るわ、ネオンとトト姉も夜にはメッセ出来るって言ってたし」

 

「わかった。んじゃまた夜に」

 

「おう」

 

 そう言ってクリップは何やらウィンドウを操作して、数秒立ち止まる。次の瞬間には僅かなエフェクトを残して消えてしまった。あれがアルプロ内でのログアウトなのだろう。

 

「じゃあそろそろ俺も動きますかね」

 

 目指すはエターリアの中の鍛冶屋である。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「や、やっと着いた」

 

 正直舐めてた。広いとは言っても所詮は一つの都市、マップがあれば余裕だろとか思ってた。まさか人混みがあんなに障害になるとは。大通りは通行止めかと思うくらいの人でだったら裏路地から行こうと思って行ってみるとなんかイベントに巻き込まれそうな感じの匂いが凄いするし、面倒だから迂回すれば迷路みたいな入り組んだ道だしでなかなかに時間が取られた。

 そんな思いをしてようやく着いたのがこの鍛冶屋である。何でもクリップもトト姉もネオンも最初にお世話になった鍛冶屋兼装備屋で気のいいおじさんが店主らしい。

 店の前で突っ立ってるのも邪魔だろうしさっさと扉を開ける。

 

「いらっしゃい!何か入用かい?おや、初めて見る顔だね」

 

 出てきたのは3人の前評判通り人の良さそうなおっちゃんである。

 ガタイがとても良く正直ゴブリンくらいなら殴って勝てそうだ。そのせいで何割か損していると思う。

 

「あー、クリップって奴からの紹介で来たんですけど」

 

「えっとちょっと待ってくれ……クリップ、クリップっと……ああ!居た居た、魔法使いの小僧だな。了解、紹介で来てくれたならサービスしないとな」

 

「ありがとうございます。それで注文なんですけどこれ、鋳つぶして貰えますか?」

 

 そう言って[粗末な〜]と[欠けた長剣]をカウンターに置く。

 

「ん?こりゃあ、数打ち品、しかもボロボロだな。この長剣ならちっとばかし修理すれば使えそうだが、これも良いのか?」

 

「はい、大丈夫です。出来れば新しくマン・ゴーシュを打って欲しいんですが」

 

「マン・ゴーシュか。なかなか渋い武器だな。見た感じお前さんも探求者(クアエシトール)だろう。服装的に軽戦士ってとこか。マン・ゴーシュってことはサブウェポン、良いだろう。これだけ有れば鋳つぶした金属だけで打てる」

 

「ありがとうございます!大体おいくらで?」

 

「いや、金は良い。マン・ゴーシュ一本打つのにこれだけ貰ったら過剰だし、紹介で来てくれてるしな。初回サービスって奴だ」

 

「本当ですか!?じゃあ悪いんで何か買って行きます。手頃なナイフとか欲しいんですけど」

 

 流石にタダでやって貰う訳にはいかないし、もし本当にアルプロがそんな一昔前のギャルゲーみたいな機能を搭載しているのならこの店主とは縁を結んでおいて損はない。

 

「あんた律儀だな、そこまでせんでもいいのに。まあ買ってくれるってんなら嬉しいが。そうだな、ナイフってのは投擲用か?」

 

「はい、投擲用です」

 

「じゃあここら辺だな、1ダース1000レリだ」

 

 店主が指差したのは最初にクリップから貰った[投げナイフ]レリというのはアルプロ内での通貨単位で最初にクララから貰った初期資金10000レリに加え先程までのドロップ品を売った合計が約5000レリ。1レリ1円と考えてもまだ余裕はある。

 ちなみに最初にクリップから貰った消耗品で唯一使ったのが[投げナイフ]である。どちらにせよ補充はしないといけなかったから良かった。

 

「じゃあ1ダース下さい」

 

「はいよ、毎度あり。んじゃあ適当に日にちが経ったらまた来てくれ。あと良かったらウィンドウ登録してくれればこっちから終わったら連絡するが」

 

 ウィンドウ登録というのはクォーレとのフレンド登録の事である。

 これは、積極的にして行くべきかな。

 

「じゃあお願いします」

 

「よし!これで終了だ。じゃあ終わったら連絡を入れるそれまで待ってろ」

 

「はい、ありがとうございました」

 

 再度会釈をしてから俺は店を出た。

 そういえば名前を聞くのを忘れて居たな。今度マン・ゴーシュを取りに来るときにでも教えてもらおう。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「あー、歩き疲れたー」

 

 あれから少しエターリアの中をぶらぶらと散歩していい時間になったのでログアウトをした。

 時計を見ると午後5時半、約2時間半程アルカディア・プロジェクトの中にいた事になる。すなわち体感的には7時間半だな。

 

「ただいまー」

 

 すると丁度いいタイミングで玄関から人の声。

 

「お帰り、花蓮」

 

「あ、お兄ただいま。大学入試どうだった?」

 

「ん、合格だった。そんで今までちょっとアルプロしてた」

 

「おおー、おめでとう。そっか美夜ちゃんも響子さんも心配してたもんね」

 

 美夜ちゃんと響子さんというのはネオンとトト姉の本名である。俺と親しいゲーム友達、しかも女性というのに興味を持ったらしく一度会って以来仲良くしている。

 

 しかしそれよりも、説明せねばなるまい。この俺の前に立つ世界で一番可愛い天使と見間違うような少女こそ俺の妹、九条 花蓮(くじょう かれん)である。

 溢れる天使感、くりんとした目、抜群のスタイル、丁度良い身長、溢れる天使感、すらっとした手足、パーフェクトな顔、溢れる天使感、長い黒髪、溢れる天使感、溢れる天使感etc……

 つまりは九条花蓮こそが世界で最高の妹である。実妹じゃなかったら手を出していなかったことがあるだろうか、いや、無い。

 

「いやー、今日も花蓮は可愛いな」

 

「うっさいお兄。面倒だからやめて」

 

 こんなツンデレな所も最高だ。

 ちなみに花蓮は今高校1年なのでネオンこと、葛城 美夜(かつらぎ みや)の一つ下に当たる。俺の二つ下だな。

 トト姉こと南 響子(みなみ きょうこ)が現在大学2年、クリップこと榎本 和樹(えのもと かずき)が大学1年だ。

 

「バッグ持とうか?」

 

「いや、良いよ。これくらい平気だし。それよりお母さんもお父さんも今日早いらしいからさっさと夕飯作っとこうよ」

 

「マジか、わかった。今日の献立って何だっけ?」

 

「ハンバーグ」

 

「了解。じゃあ先に支度しとくわ」

 

「わかった。私も荷物置いて着替えたらすぐ行く」

 

 何故こんな当たり前のように俺と花蓮が夕飯を作っているのかというと答えは簡単。幼い頃から両親とも共働きでちょくちょく夕飯なり昼飯なりを作っていたからだ。最近になってお母さんからもお墨付きを貰い、一人暮らしでもこれならやっていけるという合格を戴いた所だ。

 

「さて、これならもう一品くらい作れそうだな」

 

 冷蔵庫の中を調べると簡単なサラダくらいなら作れるだろう。

 さあ、花蓮が降りて来る前にパパッと準備だけでも済ませておきますか。




クララ「今回は時間の流れについてです」

クララ「本文中ではさらっと流されましたがアルカディア・プロジェクトの中と現実では時間の流れがある異なります」

クララ「具体的な数字を言うと3倍アルカディア・プロジェクトの中の方が早いです。アルカディア・プロジェクト内での3時間は現実での1時間という訳ですね」

クララ「これに関わって来るのが連続ログイン制限とデスペナルティです。連続ログイン制限は現実での3時間、つまりアルカディア・プロジェクト内での9時間を過ぎるとアラートが鳴ります。探求者はその時間を調節しながら進めていかないと大変な事になる訳です」

クララ「もう一つのデスペナルティですが、後ほど本文中で詳しく説明しますが、アルカディア・プロジェクトのデスペナルティは現実時間での24時間のログイン禁止と固有〜と現在装備中の装備と重要アイテム以外の中からランダムなアイテムのロストです」

クララ「24時間ログイン禁止はあるコンテンツの不正利用防止の為ですね。まあ例によってこれを管理しているのも私ではないのですが」

クララ「それでは今回はこの辺で失礼致します」


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#6 そして四人は邂逅す

ようやく、章タイトルの片鱗が見えた……(尚まだ主要キャラは揃ってない)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ロータス

「やべえ、どうしよう」

 

 トト

「どうしたん?」

 

 ネオン

「どうしたんですか?」

 

 ロータス

「一人暮らしじゃ無くなった」

 

 クリップ

「ざまぁw」

 

 ロータス

「花蓮も付いて来るって」

 

 ロータス

「ちょー嬉しいんだけど」

 

 トト

「ギルティ」

 

 クリップ

「ギルティ」

 

 ネオン

「えっと……」

 

 クリップ

「お巡りさんこっちです」

 

 ロータス

「襲ったりなんかしねーよ!」

 

 トト

「ギルティ」

 

 クリップ

「嘘は良くない」

 

 ネオン

「わ、私は信じてます……よ?」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 なぜここまで言われにゃならんのだ。

 ネオンだけじゃないか信じてくれるのは。

 時を少し遡るが、夕食の準備を終えると殆ど同時に両親とも帰宅した。そのままの流れで一緒に夕食を食べたのだが、その話題は勿論俺の大学入試の事だった。

 そしてその話はひとり暮らしの事にまで及ぶ。

 

「でも花蓮をこの時間まで一人にしておくのは怖いわねえ」

 

 母さんのその言葉が発端だった。

 

「だったら蓮也の所に花蓮も付いて行ったら良いんじゃないか?」

 

「でもあなた、そっちの方が心配じゃない?」

 

 余計なお世話だ。つーかもっと息子を信用してほしい。

 

「花蓮はどう思う?」

 

「んー、私としてはお兄について行った方が楽……ごほんごほん、安心かな」

 

「まあ、花蓮が良いなら良いかしら。蓮也は……聞くまでも無いわよね」

 

 勿論である。

 

「そうだな、花蓮の高校も蓮也のマンションからの方が近いだろう」

 

「いきなりだけど大丈夫?」

 

「うん、まあそんな荷物は無いし」

 

「俺も結構部屋割り迷ってたし」

 

「じゃあ決定ね。寂しくなるわー」

 

「大丈夫だ。俺が居るからな」

 

「一史さん……」

 

 俺の両親、九条 一史(くじょう かずふみ)九条 葉子(くじょう ようこ)は今でも新婚の様に仲が良い。見ていて恥ずかしくなるくらいに。

 俺たちがいなくなったらイチャイチャしだす事だろう。

 とまあ、こんな感じで冒頭に戻るわけである。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ロータス

「そういや明日はトト姉とネオンもログイン出来るか?」

 

 トト

「私は講義無いから一日出来るわ」

 

 ネオン

「私も高校が半日授業なので長い時間出来ます」

 

 クリップ

「じゃあロータスのエリアボスでも手伝う?」

 

 トト

「あー、良いわね。何気にあいつ強いし」

 

 ロータス

「それって有りなのか?」

 

 トト

「そもそもエリアボスって倒さなくても良いのよ。倒さないとかなり面倒なルート辿らないと次の街に行けないからみんな倒してるだけで」

 

 ネオン

「だから大丈夫なんです」

 

 ロータス

「なるほど、じゃあ頼むわ」

 

 クリップ

「OK、じゃあ1時に組合で待ち合わせな」

 

 トト

「了解」

 

 ネオン

「分かりました」

 

 ロータス

「分かった」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ちなみにこの会話は全部『Messa(メッセ)』というアプリでやっている。その中の『蔦の宮殿(ivy palace)』というグループである。

 この『蔦の宮殿』は俺たちが出会ったゲームのでのクランの名前である。クランマスターであるトト姉が一目惚れしたクランハウスの外見から取られている。まあみんなは蔦の宮殿って呼んでたから英語名の方はあんまり浸透しなかった。

 

「あの頃は無茶苦茶やってたなぁ」

 

 俺たち四人が出会ったゲーム。『セラフィム・ワールド』は『アルカディア・プロジェクト』が発売されるまで不動の1位を誇っていたゲームである。そこで偶々野良で組んだパーティーが意気投合したのが俺たち四人である。

 みんなの歳が近く、住んでいる場所もそこまで離れていない事が分かってからはよくオフ会なんかも開くようになった。何だかんだ5年以上の付き合いである。

 この『セラフィム・ワールド』で、俺たち『蔦の宮殿』はクランランキングのトップ5常連だった。俺たちを含めて10人しか居ない小規模クランだったけどトト姉の指揮の元、暴れまわったのはいい思い出である。

『セラフィム・ワールド』は『アルカディア・プロジェクト』の発売によって段々人口が減ってしまって残念だったが製作者である橋本司博士がどちらの制作にも関わったというだけあって『蔦の宮殿』のメンバーもみんな『アルカディア・プロジェクト』に移動したらしい。

『アルカディア・プロジェクト』こそ『セラフィム・ワールド』の正統な後継であるとみんなが言っていた事もあって、俺もすんなりと受け入れられた。

 今度機会があったらまた『蔦の宮殿』のメンバーにも会ってみたいものである。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「ログイン完了っと」

 

 次の日の正午過ぎ、俺は一人でアルプロにログインしていた。

 約束の1時にはまだ少し早いが、発注していたマン・ゴーシュを受け取りに行く為だ。

 

「どうもー。こんにちわー」

 

「おう、らっしゃい。ああ、あんたか。ロータス、でいいな?」

 

「はい、ロータスです。頼んでたやつって出来上がってます?」

 

「おう、出来てるぜ。こいつだ、確認してくれ」

 

 そういって、店主がカウンターの奥から何かを取り出し、無造作に机の上に置いた。

 

『鋼造のマン・ゴーシュ』

 簡素な造りではあるが、しっかりと鍛え上げられた一品。数打ち品ではあるものの、多少オーダーに合わせてカスタマイズされている。

 

「おお、ありがとうございます」

 

「中々の出来栄えだ。鋳潰した鋼だけで作った割には強度も中々、本音を言えばもうちょっとこだわりたかったが、お前さんはそういうところ気にするだろ。それに不満が出始めたらまた来い、素材を持って来てくれりゃあ強化してやる」

 

「何から何まで丁寧に、本当に感謝します。出来ればお名前を教えて欲しいんですが」

 

 ウィンドウ登録の際にも店舗名である『鉄の森』としか出なかったからな。まだこの店主の名前はしらない。

 

「おう、そういや教えてなかったな。俺はライレン。今後ともご贔屓に」

 

「ライレンさん。はい、これからもよろしくお願いします」

 

 ガッチリと握手を交わす。すると、「うぉっ」、いきなり目の前にウィンドウのポップアップ。

 

・サブクエスト『鉄の森』が発生しました。

 クリア条件、店主のライレンと友誼を結ぶ。

 推奨レベル 25

 

 サブクエスト?文面から想像するに、ユニークまではいかないが個人個人に不定期発生するクエストって事か?

 どうやらライレンにウィンドウは見えていないらしく、いきなり奇声をあげた俺を不思議そうに見ている。

 まあ取り敢えずこの考察は後だ、もうすぐ集合時間だし、早く合流を済まそう。

 

「じゃあ、そろそろ俺は行きますね」

 

「おう、あんたはプレイヤーだから死んでも生き返るんだろうが、なるべく死ぬんじゃねえぞ」

 

「はい、なるべく俺も死ぬ体験は少ない方が良いんで」

 

「がはは、確かにその通りだ。じゃあ時々顔出しな」

 

 重量級の武器を振り回していそうな腕をブンブン振ってライレンさんは見送ってくれた。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「あっ、来た。おーいロータス!」

 

 待ち合わせ場所の組合前に見覚えのある三人組。無駄にイケメンな魔術師となんか魔王が来てる鎧みたいなオーラを醸し出す鎧を着ているフルフェイスの見るからに騎士ですっ!みたいな騎士とこれぞヒーラーみたいな正統派の白いローブを纏った小柄な少女。

 

「おそいぞー、5分遅刻だ」

 

「ごめんごめん。発注してた武器受け取りに行ってたんだ、許してくれトト姉」

 

「謝罪ならネオンに言ってやれ、時間に厳しいロータスが遅刻とか何かあったのかと心配していたからな」

 

「い、いえっ。私はそんな……」

 

「いやいや、遅れたのは事実だし。ごめんな、ネオン」

 

 この魔王っぽいオーラを醸し出す鎧を着ている騎士の方がトト姉。『セラフィム・ワールド』から続く俺たちのリーダーであり、頼れるお姉さんだ。

 それでこの小動物っぽいオーラ醸し出す僧侶みたいなのがネオン。俺たちの中では最年少でありながら的確な回復で生命線な女の子。

 トト姉はリーダーの素質をフルに発揮して大学でもカリスマ的立ち位置を確保しているらしい。ネオンは引っ込み思案な性格で人見知りも激しいが最近はなんとか学校にも馴染んでいると話していた。

 

「まあ、その話はここまで。にしてもロータスはアルプロに来てもスタイルは変えないのね」

 

「まあ何だかんだこれ(・・)が一番馴染んでるし、そういうトト姉もネオンも役割(ロール)は変わってないよな」

 

「わ、私もこれしか出来ないので……」

 

「私もこれが一番しっくりくるからね。それより、見てよこれ、この鎧。カッコよくない!?」

 

「あー、その魔王みたいな鎧?それが噂の神秘防具(アルカナアーマー)ってやつ?」

 

「そうそう。これが夜鎧(ヤガイ)ラルヴァ。私が必死こいて何とか一つ手に入れた《月》のアルカナの神秘防具」

 

 ほー。これが噂の。『アルカディア・プロジェクト』に44体存在するアルカナボスからしかドロップしない文字通り世界に一つの特注品(オーダーメイド)

 何でもトト姉は野良で偶々発見したアルカナクエストの最終戦。《月》のアルカナボスに横から突っ込んだらしいな。その戦線はタンクが落ちかけてて本当ならマナー違反だったけど負けるよりはマシと見た目上(・・・・)明らかに騎士のトト姉の助力を得た、と。

 

「ご愁傷様としか言いようが無いな」

 

「はっはっは。騙される方が悪い」

 

 まあ、トト姉の格好を見てタンクと思うなと思う方が無理があるけど。

 

「まあそんな経験を積んだら騎士からジョブチェンジしてな、最近新しいジョブになったんだ」

 

「わ、私も最近治癒術師から神官になりました」

 

「俺は魔道士だな、前話したろ」

 

「私は、騎士から狂騎士になったぞ」

 

 何でも未だ軽戦士の俺は第1世代と呼ばれるジョブらしい。

 プレイヤーは全員旅人から何かしらの第1世代ジョブに就く。

 トト姉は重戦士、ネオンは治療師、クリップは魔法使いという風に就き、更にそこからトト姉は騎士、狂騎士。ネオンは治癒術師、神官。クリップは魔道士になったという訳だ。

 

「にしても狂騎士って。いや、確かにトト姉のスタイルを顕著に表してるけど」

 

「ステータス補正的にもこのジョブが一番だったな。あんまり選んでいる人は少ないらしいが」

 

 本人が喜んでいるのなら何も言うまい。

 

「それより、今日は俺のエリアボス解禁を手伝ってくれるんだろ?」

 

「ああ、その為にはロータスに『森の暴れん坊』というクエストを受けてもらう必要があるあるんだ。だから組合での集合にしたんだ」

 

「成る程、じゃあ早速受けてくるわ」

 

 クエストカウンターに向かい、『森の暴れん坊』を受ける。

 

・ノーマルクエスト『森の暴れん坊』を受注しました。

 クリア条件 ストルタス近郊の森を荒らし回っている大型モンスターの討伐

 推奨レベル 20

 

「俺、レベル12なんだけど平気?」

 

「その時だけパーティー組むから平気。俺のレベル56あるし」

 

「わ、私は62です」

 

「聞いて驚け、私は86だ」

 

 わーい。これ只のヌルゲー(リンチ)だー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「ん?これは……確かこの名前、おーいクララ姉さん(・・・・・・)ー!」

 

 狭い部屋にポツンと置かれているモニターの前に一人の少女が座っている。

 その少女はタンクトップにオーバーオールとお洒落とは対極に存在する存在でありながら、その顔立ちは美しく、それがギャップとなって一種の魅力となっていた。

 

「はいはい、何ですかフルティア。もっと淑女らしく慎みを持てとアンナ姉さんに言われているでしょう」

 

 そこに入ってくるのは、一言で言えば絶世の美少女。透き通った氷のような髪と目をした美しいとしか表現出来ない少女である。

 

「はいはい、ゴメンナサイ。そんな事よりこれ、見てみ」

 

「これは……」

 

「こいつ、クララ姉さんのお気に入りでしょ?いやー、凄い偶然だね」

 

「……貴女が介入した、訳では無いのよね?」

 

「まさか、私は武器管理AI。クエスト関係は専門外だよ」

 

「そう、なら何も言わないわ」

 

「およ、もっと驚くかと思ったのに。姉さんのお気に入りでしょ?」

 

「まだ、そうと決まったわけじゃない。私達は観察者。干渉は出来ないわ」

 

「およよ、行っちゃった。まっ、そうだよねー。でも面白そうだしちょっと見てよっと。ロータス、か。貴方はどんな人なのかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・ユニーククエスト『限界村落の村娘』

 発生者 ロータス

 クリア条件 村娘を無傷で守り抜いての『森の暴れん坊』のクリア

 推奨レベル 70

 




クララ「今回はクエストの種類についてです。尚今回から妹が一人増えます」

フルティア「やっほー。フルティアでーす」

クララ「真面目にやりなさい。アンナ姉さんに言い付けますよ」

フルティア「はーい」

クララ「ごほん、それでは本題に、クエストは大きく分ければ五つに分けられます」

フルティア「ノーマルクエスト、サブクエスト、メインクエスト、ユニーククエスト、アルカナクエストだね」

クララ「そうです。ノーマルが組合で受けられるクエスト、サブは不規則発注だけど不特定多数が受けられるクエスト、メインはそのプレイヤーのストーリーに大きく関わるクエスト、ユニークはそのプレイヤーのアルカディア・プロジェクトでの生き方そのものに関わるクエスト、アルカナはアルカナボスが関わるクエストと覚えておけばOKです」

フルティア「メインとユニークの違いが分かりづらいでーす」

クララ「メインは影響がプレイヤー全体に関わるクエストです。例えば、戦争とか新天地の発見とか新たなモンスターの発見とか。ユニークは基本的にはその個人の範囲に収まります」

フルティア「まあ、何事にも例外は付き物って事でー」

クララ「では今回はこの辺で失礼致します」

フルティア「バイバーイ」


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#7 限界村落の村娘

 ノーマルクエスト『森の暴れん坊』はアルカディア・プロジェクトを人間国ストルタスで始めたプレイヤーが一番始めに体験するであろうエリアボスが出現するクエストである。故にその難易度はそこまで高くない。ーーもしそれが普通の『森の暴れん坊』であれば。

 

「ネオン!その子から絶対に目を離すな!」

 

「なんでこんな範囲攻撃連発してくるっ!」

 

「ヘイト稼ぐのが限界に近いっ!」

 

「[シールド]![エリアヒール]![ディフェンスエンチャント]!ダメですっ、これ以上はターゲット貰っちゃいます!」

 

「おい!ラッキーボーイ(カボチャ野郎)!ユニーク踏んだお前が何とかしろっ!」

 

「無理に決まってんだろぉーがぁー!!」

 

 クエスト開始から30分、パーティーは敗走ギリギリまで追い詰められていた。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 遡ること30分。場所は王都エターリア近郊の平原に移る。

 

「『森の暴れん坊』はエターリアのすぐ側にある森がテリトリーの中型モンスター、『エルダーエイプ』の討伐が目的のクエストだ」

 

「このエルダーエイプって普通のエリアにも出てくるんだけど森を抜けようとすると絶対に追ってくるんだよな」

 

「でも、このクエストを受けるとエルダーエイプが追って来なくなるんです。正確に言うとそのクリア報酬を持っていると、ですけど」

 

「つまり、そのエルダーエイプを倒さない限り森を抜けるのが難しく、クエストをクリアすればその手間が無くなると」

 

「そういうことだ」

 

 平原を四人で歩きながらアルカディア・プロジェクト(このゲーム)のクエスト方式の授業を受ける。ゲームが違えば殆ど初心者とも変わらないからな。

 

「ちなみにこのクエスト、初心者の登竜門的なものでもあるから結構人が多いわ。まあ今日は平日だから平気だと思うんだけど」

 

「確かに周りにも人が多いな。全員プレイヤーか?」

 

「た、多分ですけどクォーレの人も居ると思います。探求者(クアエシトール)の人口はプレイヤーとクォーレで半々位なので」

 

「そんなに居るのか!?」

 

「王都エターリアだけで500万人の人口だ。多分アルカディア全体で2億くらいの人口だろうからな」

 

「におくぅ!?」

 

 その桁違いの人口に思わず叫んでしまう。

 そんなのサーバが耐えられるのか?いや、それより管理しきれないだろ。

 

「ああ、私達も同じ事を思ったよ、だけど確かめようもないし、アルプロならもしかしたらっていう思いもある」

 

 確かに。いくらVRの技術が進んだとはいえ、アルカディア・プロジェクト(このゲーム)は異常だ。あまりに出来栄えが違う。世界各国のハッカーが総がかりで挑んで、解析はおろかサーバーへの侵入すら阻まれたらしいもいうのは今なおネットで騒がれる。

 まるで生き物のようだった(・・・・・・・・・)という証言もあった程だ。そんなゲームなら何が起きてもおかしくないのかもしれない。

 

「それにしても……ププッ」

 

「……なんだよ」

 

「いや、別っ、に笑ってる訳じゃ」

 

「どう見てもにやけてるだろうが!トト姉は表情に出過ぎだ!」

 

「だって……あまりに似合って……ププッ」

 

「笑うな!」

 

「えっと……私は、可愛いと思いますよ?」

 

「ネオンまで……」

 

 二人が言っているのは、『名無しの南瓜』の事である。

 見せた時は「記念防具(メモリアルアーマー)!?」とか言ってた癖に、ちょっと慣れるとこれだもんな。

 まあ確かに?自分でもシュールな絵面だろうなとは思うけど、そんなに笑う事無いんじゃ無いか?

 

「でもさ、やっぱその南瓜やばい代物だよ?」

 

「はぁ……クリップに散々言われたよ」

 

「結構、噂になってるみたい、です」

 

「ついにアルプロに1000万人目のプレイヤーが現れたってね。掲示板とか見てみろよ。凄えことになってるぞ?大手クランが情報に金出してる」

 

「めんどくせぇ……」

 

 俺はもっと楽しくゲームをやりたいんだ。そんな面倒そうなクランの連中になんて構ってられるか。

 

「まあでも黙ってればバレないだろ?」

 

「まあね。記念防具(メモリアルアーマー)神秘防具(アルカナアーマー)も見た目はプレイヤーメイドの防具と変わらない。ちょっと奇抜なデザインってだけでね。けど、この二つに共通するのは耐久値が無限って事。この特性は固有防具(ユニークアーマー)にしか無いから、あんまりな攻撃受けても残ってたりすると、一発だよ。あとはもう情報が広まって速攻で認定される」

 

「わかった。気をつけるよ」

 

「おっと、二人ともそろそろ森だ。こっからはちょっと気を張らないとダメージ負うぞ」

 

 クリップの言葉でようやく森の手前まで来ていることに気がついた。確かにここからは前衛である俺たちも気をだらけさせている場合では無いだろう。

 ちなみに平原のモンスターはクリップが全部魔法で近づく前に爆散させてた。レベル差って酷い。

 

「『森の暴れん坊』の対象エリアはもうちょっと奥だ。さっさと抜けるよ」

 

 

 そして、クリップのその言葉をキッカケに、蹂躙が始まった。

 

「[ヘビースラッシュ][クロススラッシュ][グラウンドスラッシュ]」

 

「[ウインドショット][ウインドブラスト][ウインドアロー]」

 

「[アジリティエンチャント][ストレングスエンチャント][浄化の光]」

 

「まるで、戦車が通った後みたいだなおい」

 

 見敵必殺(サーチアンドデストロイ)を体現する狂乱騎士(トト姉)に無詠唱で魔法を弾幕レベルで張るクリップ、バフをかけながら自身も魔法で援護するネオン。

 取り敢えずプレイヤースキル云々じゃないキャラクターとしてのLvが全然違う。俺のやる事が全く無い。木をなぎ倒しながら進むトト姉の後をみんなで進むだけだ。

 

「そろそろクエストエリアだ。エルダーエイプが来るぞ」

 

 森に入って5分足らず、トト姉がパーティーを止める。

 そこは少し開けた森の空白とも言える場所だった。

 

「いや、ちょっと待てトト姉。なんかおかしくないか?」

 

「ん?……確かに、こんなに開けた場所では無かった筈……」

 

「あっ、あれ!見てください!」

 

 ネオンの指差すのは森と空白の間部分、そこに銀色の毛並みの巨大なゴリラが傷だらけで倒れていた。

 

「エルダーエイプ?何故倒れている?」

 

「俺たちの他には殆どプレイヤーはいなかったしクォーレも見てない、じゃあ誰が?」

 

 クリップが疑問を投げかけたその時、俺はあるものを見た。

 

 

 

 その時の事を俺は絶対に忘れないであろう。10年先も死ぬ時まで、ずっと。それは、まさしく運命といえる出会いで、その運命はこの時この瞬間に決まっていたのだろう。

 この出会いは俺の、ひいてはアルカディアのこの先を決定づけた第一歩に間違い無いのだから。

 

 

 

「女の子……?」

 

 エルダーエイプのすぐ側に女の子が倒れている。年は12〜3歳だろうか、明らかに日本人離れした顔立ちとその服装からプレイヤーではないと思われる。勿論外国人プレイヤーという線も残ってはいるが、それでもあのくらいの歳の女の子が一人でこんな所に来ることはそうはないだろう。

 

「ネオン、回復を!」

 

「っ、はい!」

 

 慌てて四人で駆け寄る。近づくと怪我をしている様子は無い様だ。しかし意識は無い。側のエルダーエイプは既に事切れており、間もなくポリゴンになって爆散した。

 

「取り敢えず命に別状は無さそうです。怪我らしき怪我もありません、HPも全快ですね」

 

「そうか、良かった。でも何だってこんな所に、これも『森の暴れん坊』のクエストなのか?」

 

「……」

 

「トト姉?」

 

「っ、いや済まない。考え事をしていた。ロータスの質問だが、答えはNOだ。『森の暴れん坊』はただ単にエルダーエイプを討伐するクエスト。そもそもノーマルクエストに民間クォーレが絡んで来ることなど殆ど無い」

 

「待て待て、何で民間人って分かるんだ?」

 

「体つきもまだ子供、魔法を使えそうなレベルでも無い、武器も持ってない。この子は戦闘なんて出来ないよ」

 

 なるほど、一理ある。でもだったらなんでこんな事に?

 

「先を越されたか?」

 

「それはない。あまりにエルダーエイプの死体が無くなったタイミングが良すぎる。まるで私達に発見されてから……そうか」

 

「トト姉?何か気がついたのか?」

 

「全員、取り敢えずここから離れて森の茂みにまで行こう、そこで作戦会議だ」

 

 その真剣な表情を前に誰も反対する者は居なかった。

 

「んで?何に気がついたんだよ」

 

「全員、クエストウィンドウを開け」

 

「あっ」

 

「ネオンも気がついたか」

 

「はい、ユニーククエスト、ですね?」

 

「ああ、多分私達の誰かが踏んだぞ」

 

 そんな会話を横目にトト姉に言われた通りクエストウィンドウを開く、そこには俺が今受けている『森の暴れん坊』と『鉄の森』それに、もう一つ。

 

「ユニーククエスト『限界村落の村娘』?」

 

「ロータス、お前か……」

 

 そこには確かにユニーククエストの文字が。いや、でもいつ?俺受けた覚えが無いぞ?

 

「ユニーククエストは本人の意思とは関係なく、ある一定の条件満たす事で始まるんだ。今回はロータスの条件が『森の暴れん坊』の受注だったんだろう」

 

「なるほど……っておい!これ推奨レベル70って書いてあるんだけど!?」

 

「まじかよ、俺らの平均レベルじゃあ格上だぞ」

 

「不味いな、一旦撤退するか?クエスト名からしてその少女が鍵だろう。身元不明のクォーレを街に連れ込むのは賭けだが、おまけに意識不明と来た」

 

「そうは、させてくれないみたい、です」

 

 ネオンがおもむろに森の空白を睨む。

 そこに居たのは、緑色の巨大なトカゲ。そう形容できる何かであった。というよりあれって……

 

「……シャドウリザード」

 

「ドラゴン?」

 

「ドラゴンでは無いが、レッサードラゴンなんかよりもよっぽど強いぞ。森の影に隠れて鋭い爪で切り裂いて来る」

 

 ……面倒な。だから無傷(・・)でかよ。

 

「う、うぅん」

 

「あ、起きましたよ」

 

「こ、こは?お兄ちゃん、誰?」

 

 丁度体勢的に俺が抱き抱える形だったので、女の子が俺の名前を尋ねる。

 

「俺は、ロータス。君は?」

 

「私?私は、レベッカ。あっ、そうだ!私月根草を取りに来たんだった!」

 

「あっ!ちょっと待って!」

 

「ひゃう!」

 

 いきなり駆け出そうとした少女、レベッカの襟元を掴んで引き止める。少し苦しそうな声を出したが、直ぐに顔が青くなった。多分その拍子にシャドウリザードを見たのだろう。

 

「あ、あれ、森の主……なんで?もうずっと奥の方にいるから安全だってお爺ちゃんが言ってたのに……」

 

 森の主?という事は少なくともレベッカとお爺ちゃんとやらはシャドウリザードがこの森にいる事を知っていた?

 俺は素早くみんなとアイコンタクト、意思の疎通を図る。みんな大体察してくれたようだ。流石、伊達に長い間付き合ってないぜ。

 

「レベッカ、よく聞いてくれ。俺たちは探求者(クアエシトール)本当はエルダーエイプを倒しに来たんだけど事情が変わった。君を保護しようと思う、君はどこから来たんだ?」

 

「わ、私は村から、来たの」

 

 村?ここら辺に村なんてあったか?みんなも首を振っている。どうやら知らないらしい。という事は俺のユニークが引き金になった可能性が高いか。

 

「わかった。そこまで案内してくれ、俺たちが護衛する。大丈夫か?」

 

 さっき見た時に『森の暴れん坊』はクリアになっていた。エルダーエイプの討伐は(シャドウリザードが)果たしたからだろう。その代わりにシャドウリザードを相手にする羽目になっているが。ユニーククエスト『限界村落の村娘』のクリア条件はレベッカを無傷で守り抜いての『森の暴れん坊』のクリア。

 言い換えれば、レベッカを守り抜いて安全地帯まで駆け抜けろって事だ。この無傷で守り抜いてって所がミソで、このクリア条件なら発生と同時にクリアでも問題なく思えるが、レベッカを安全地帯まで送り届けないとこのクエストは終わらないらしい。

 

「うん、わかった……お兄ちゃん、大丈夫?」

 

「おう、お兄ちゃんに任せとけ」

 

 撤退戦の始まりだ。




フルティア「今回は私の担当、装備について詳しくやるよー!」

フルティア「固有装備の中にはいくつかの種類に分かれてるの。武器はプレイヤーと共に成長するから千差万別なんだけど、防具は大きく分けて3つ」

フルティア「一つは神秘防具、これは前にクララ姉さんが説明した通り、アルカナボスを倒した時に得られる最高の勲章。二つ目は記念防具、クララ姉さんのお気に入りのロータスが持ってる『名無しの南瓜』とかそう言うのだね。何かの記念を達成した人にあげてるよ。三つ目は古代防具、ながーいアルカディアの歴史でずっと残り続けた防具が変質したものだね。これには私は関わって無いからよく分かんないけど」

フルティア「殆どの固有装備は私が全部作ってるんだよー?すごいでしょー、えっへん」

フルティア「じゃあ今回はここまで、バイバーイ」


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#8 お兄ちゃんとして

前振りもなく始まる唐突なシリアス




 

 ふと、眩しさを感じて目を開ける。

 

「う、うぅん」

 

 まず初めに感じたのは不安定さ。私の使っているベッドは安物だけど少なくともこんなに不安定に揺れたりしない。

 そして、まわりがいつもの朝と違う事に気付く。鼻から感じるのはしつこいほどの森の香り。何故?

 瞬間、今の状況に気付く。私は朝から月根草を森に取りに来たのだ。

 お爺ちゃんには森に一人で入ってはいけないと言われていたけど、お爺ちゃんの風邪を治すのに必要なので仕方がない。仕方がない……よね?怒られないといいなぁ。

 何とか月根草は手に入れられたけど、帰る途中でエルダーエイプに会ってしまった。気がつかれる前に逃げたけどエルダーエイプは直ぐに私に気付いて追いかけて来た。

 もうダメかもって思った時、凄い風が吹いて私は飛ばされて気を失ってしまった。

 なら、ここはどこだろう。私、死んじゃったのかな。

 

「あ、起きましたよ」

 

 その時優しそうな女の人の声が聞こえた。誰だろう、そういえば私は今どんな状況なんだろう?

 ふと、上を見上げると私より少し年上の男の人が私の顔を覗き込んでいて、その人の腕の中に抱かれているのがわかった。

 これどんな状況!?大人のみんなが言ってた人攫いってやつ!?

 でも違うみたい、女の人もいるし男の人も怖くなさそう。

 

 それに、なんかこのお兄ちゃんには暖かいのを感じる。

 なに、これ?朝の礼拝の時のあの気持ちに似てる。神様?

 ううん、違う。神様とはちょっと違う。これは、神様が言ってた『プレイヤー』の人?

 

「こ、こは?お兄ちゃん、誰?」

 

 つい言葉が出てしまった。恥ずかしい、この年になってお兄ちゃんなんて。でも、何故か違和感が無い。私に兄なんて居ないのに。

 すると男の人、お兄ちゃんはきょとんとした後凄く優しい顔になって名乗ってくれた。

 

「俺は、ロータス。君は?」

 

 ロータス、ロータスお兄ちゃん。うん、覚えた。

 

「私?私はレベッカーー」

 

 その時月根草が少し空白が出来た森の側に落ちているのを見つけた。あんな所に!

 

「ーーあっ、そうだ!私月根草を取りに来たんだった!」

 

 そう言って駆け出す。と、首に衝撃。

 

「ちょっと待って!」

 

「ひゃう!」

 

 どうやら襟を掴まれたらしい。その衝撃で首の位置が変わって見えてしまった。

 ーー森の主だ。

 

「あ、あれ、森の主……なんで?もうずっと奥の方にいるから安全だってお爺ちゃんが言ってたのに……」

 

 だから私は一人で来たのだ。主がいなければ気を付けていれば危険性は少ないから。けど、主がいたら、もう……

 するとまた衝撃。今度は肩だ。

 見ると目の前にロータスお兄ちゃんの顔。とても真剣な表情だ。

 

「レベッカ、よく聞いてくれ。俺たちは探求者(クアエシトール)本当はエルダーエイプを倒しに来たんだけど事情が変わった。君を保護しようと思う、君はどこから来たんだ?」

 

「わ、私は村から、来たの」

 

 思わず答えてしまった。お爺ちゃんにはあんまり他の人には言っちゃいけないって言われてたけど。お兄ちゃん達なら大丈夫、だと思う。

 

「わかった。そこまで案内してくれ、俺たちが護衛する。大丈夫か?」

 

 大丈夫、何が?

 ーーまさか、主から逃げ切るの?

 森の主に会ったら逃げなければいけない。村の法学ではなく、その逆に。村の方は逃げてそれ以上被害を増やさないように。

 怖かった、恐ろしかった、死にたくなかった。

 けれどそれ以上に、私はーー

 

「うん、わかった……お兄ちゃん、大丈夫?」

 

「おう、お兄ちゃんに任せとけ」

 

 この南瓜の被り物をした不思議なお兄ちゃんなら助けてくれるって思った。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「先ずは全力でバフだ。ネオン、MPはまだ残ってるか?」

 

「は、はい。エルダーエイプ戦に残しておいたから、大丈夫、です」

 

「よし、クリップもMPは残ってるな?」

 

「ああ、バッチリだ」

 

「ロータス、お前は無理しなくていい、ユニークを踏んだお前が死ん(デスペナ)では意味が無いからな」

 

「いやいや、ここは無理するところでしょう。お兄ちゃん的に(・・・・・・・)

 

「お前……」

 

 そう、ここは無理のしどころだ。

 ここで踏ん張れなければ、お兄ちゃんでは無いのだから。

 

「……わかった。だがやはり無茶はするな。妹の前で死ぬのは兄の仕事では無いだろう?」

 

「ああ、そうだな。わかってるよトト姉」

 

 妹を守れない兄に存在価値など無いのだから。

 ここで俺が死んだらレベッカの生存確率は格段に落ちる。

 無論、このパーティーメンバーで一番Lvが低い俺が出来ることなど高が知れているだろう。

 それでもこのユニーククエストを発生させたのが俺である以上、レベッカがどうなるかは俺にかかっていると言っても過言では無いと思う。

 なにせユニーククエストはこのアルカディア・プロジェクトの根幹を成すコンテンツでありプレイヤーにおけるメインコンテンツであるのだから。

 

『英雄よ、挑み給え、これは貴方へと贈る物語、貴方が作る物語、貴方の為の物語。そして、願わくば、貴方の旅路が光溢れるものでありますよう』

 

 不意に、チュートリアル終了時のクララのセリフが脳裏に浮かんだ。

 そうなのだ、これが、これこそが、俺の物語。その第一歩。

 確信が有った。レベッカこそがアルカディア・プロジェクトにおける俺の物語である、と。

 その時ーー

 

『ーー』

 

 ーー誰かが、微笑んだ気がした。

 

 

 

「ロータス」

 

 不意に、トト姉の声で引き戻された。

 

「なんだ?トト姉」

 

 トト姉は悲しそうな顔をして、優しそうな顔をして、また悲しそうな顔をして、言った。

 

「あまり、入れ込むなよ?」

 

 見ると、ネオンとクリップも同じような顔をしている。

 ああ、わかってる。ありがとうみんな。

 

「ああ、わかってるよ。大丈夫だ」

 

 大丈夫、わかっている。

 もう二度と、あんな思いはしない。

 

 俺は、お兄ちゃん(・・・・・)なのだから。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「では作戦の確認だ。基本的にはいつもと一緒。セラフィム・ワールドの時にもやった護衛クエストと一緒でいく」

 

「トト姉がタンク兼物理ダメージソース、ロータスが撹乱、ネオンがヒーラー兼バッファー、んで俺が魔法ダメージソース兼デバッファーだな」

 

「加えて、私が、レベッカちゃんから離れず、付きっ切りでバリアを張り続ける、です」

 

「最悪の時は俺がレベッカを抱えて村まで逃げる、と」

 

「その通りだ。これが私たち『蔦の宮殿』初めてのアルカディア・プロジェクトでの活動だ」

 

「あっ、それ確定なんだ」

 

「まだクランハウスも建ててないのにな」

 

「馴染み深くて良い、と思います、よ?」

 

 トト姉、本当に好きだよなぁ。

 まあ確かにセラフィム・ワールドの時のクランハウスはこだわりにこだわり抜いた結果、滅茶苦茶居心地良かったからなぁ。

 居心地良さすぎてクランメンバー全員が入り浸り過ぎて親に怒られたのは良い思い出だ。

 

「『蔦の宮殿』?」

 

「ああ、俺たちの集まりの名前だよ」

 

「へー、お兄ちゃん達は仲良いんだね」

 

「まあね。もう5年。ゲームの中なら15年の付き合いだし」

 

「凄い!私が14歳だから私の歳より長いね!」

 

 14か……にしては幼いな。体格も日本人の平均よりは下だろう。

 体つきが小さいのは栄養不足か?そもそもアルカディア・プロジェクト内のクォーレに栄養バランスの概念があるのか分からないが。

 

「おい、ロリコン(ロータス)品定めをするのはもう良いか?」

 

「おいクリップ、今なんて書いて俺の名前読みやがった?」

 

「まあそれは置いといて、そろそろ日が暮れるぞ。始めないとどんどん不利になる」

 

 ちっ、トト姉の号令なら従わざるを得ないか。まあそれはそれとして後であの針金野郎(クリップ)ぶっ殺してやる。

 五人で茂みに隠れてシャドウリザードの様子を伺う。

 レベッカの話によれば俺たちがいる場所から村の方向へ歩けば絶対にシャドウリザード、森の主に見つかってしまうらしい。視覚もさることながらシャドウリザードの最も鋭敏な感覚は聴覚である。特に足音に敏感らしい。草を踏み分けた音すらも聞き分けるその耳は斥候職のプレイヤーでも発見されないのは至難の業である。

 

「ネオン、全員にバフを頼む」

 

「はい。[バリア][ディフェンスアップ][アジリティアップ]」

 

 [バリア]は受けたダメージを一度だけ肩代わりしてくれる魔法。

 [〜アップ]は文字通りその魔法に対応したステータスを1.3倍にする魔法である。

 それをレベッカを含む全員に付与して準備は終了だ。

 

「よし、私が先ずは[ウォークライ]でヘイトを集める。そうしたらクリップがとにかくデバフをシャドウリザードに連打だ」

 

「了解だ。もしもの時は頼んだぞ、ロータス」

 

「オッケー、任せとけ。剣舞騎士は付け焼き刃じゃ出来ないんだね」

 

 あれがまともに運用出来るまでにどれだけかかったと思ってるんだ。俺しかいなかったし全部独学でやらなきゃならなかったんだからな。

 めっちゃ大変だったし今でもあのスタイルが合ってたのか分からないけど今でも使えるスタイルだからまあ良しとしよう。

 

「よし、みんな準備はいいな?」

 

「了解、トト姉」

 

「準備よし、だ」

 

「は、はい、大丈夫です」

 

「う、うん!私も平気!」

 

「よし!行くぞ、3、2、1……[ウォークライ]!」

 

 トト姉から赤い波動のようなものが広がっていく。シャドウリザードにその波動が届いた、その瞬間。グリン、という擬音が聞こえるほど勢い良く首がこちらを向いた。

 

「[ピットフォール][アジリティダウン][ミラージュ]」

 

 それと同時にクリップが事前に詠唱をした三つの魔法を連射する。

 対象の足元に込めた魔力量に応じた大きさの穴を開ける[ピットフォール]対象に幻覚を見せる[ミラージュ][〜ダウン]は[〜アップ]系の逆だ。

 

「Kishaaaaa!!!」

 

 耳をつんざく大咆哮を合図に俺が飛び出す。

 一気に接近して穴に足を突っ込んでいるせいで下がっている顔に向けて嫌がらせのようにヒットアンドアウェイを繰り返し、攻撃。

 その間にネオンがレベッカを連れて村の方角へ走り始めた。

 このフォーメーションで行くとヒーラーであるネオンが先頭を走る事になる、故に俺は基本的にはネオンと護衛対象、すなわちレベッカに向かってくるモンスターだけを重点的に対処する事になる。

 クリップがデバフに専念できる様に雑魚は俺が対処しなければいけない。

 ヘイトを稼ぐトト姉にもシャドウリザードに専念してもらわなければならない為、四人だとかなりギリギリの戦いを強いられることになる。

 [ピットフォール]から抜け出したシャドウリザードがトト姉に向けてその鋭利な爪を振り下ろそうとする。

 

「光よ、眩く照らせ[フラッシュ]」

 

 しかし的確にシャドウリザードの目に向かってクリップが放った閃光弾と呼べる魔法が炸裂し、シャドウリザードの視覚を奪う。

 よし、今のうちに少しでも村へと走らなければ。




クララ「今回は魔法についてです」

フルティア「一般的に魔法職っていわれる職業はアーツの代わりに魔法を覚えるの。だから魔法職。一般的には魔法使いとか僧侶とか言われる職業だね」

クララ「魔法はアーツと違って詠唱を挟む必要があるから連射には向かないですが、事前に詠唱をストックしておくことで連射出来ます。他にも連射したければ無詠唱というスキルを取れば出来ますが、この場合大きく威力が落ちますし、無詠唱出来ない魔法もあります」

フルティア「多くの魔法職は完全詠唱と無詠唱の間の短縮詠唱を使うみたい。詠唱より短いけど威力が少しだけ落ちるスキルだね」

クララ「クリップが[フラッシュ]の時使ったのはこれですね」

フルティア「じゃあ今回はここまで!ばいばーい」

クララ「失礼致します」


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#9 影、相対すは月の獣

遅くなった上に、シャドウリザードが長くなってきた……次で終わりです。


 そして物語は現在へと巻き戻る。

 

「ネオン!その子(レベッカ)から絶対に目を離すな!」

 

「なんでこんな範囲攻撃連発してくるっ!」

 

「ヘイト稼ぐのが限界に近いっ!」

 

「[シールド]![エリアヒール]![ディフェンスエンチャント]!ダメですっ、これ以上はターゲット貰っちゃいます!」

 

「おい!ラッキーボーイ(カボチャ野郎)!ユニーク踏んだお前が何とかしろっ!」

 

「無理に決まってんだろぉーがぁー!!」

 

 [フラッシュ]で目くらましをしてから村の方向へと全員で走り出したのは良かった。しかし、ようやく半分は森を走り抜いたかという頃、今まで舐めプをしていたシャドウリザードはやっとの事でその重い腰を上げた。

 

「kishaaaaa!!」

 

「影を纏うエフェクト、範囲攻撃が来るぞ!」

 

「またかよ!急に頻度が上がったぞ!」

 

 敗走ギリギリまで追い詰められている原因はこれ、シャドウリザードの魔法である。

 周囲の影を巻き込んで矢のようにして飛ばして来る[シャドウレイン]の魔法。あの耳障りな鳴き声が人間でいう詠唱にあたるのだろう。

 

「ネオン!我々の事は後回しで良い、レベッカとロータスに[バリア]だ!」

 

 ユニーククエスト『限界村落の村娘』のクリア条件は村娘、すなわちレベッカを無傷で守り抜いての『森の暴れん坊』のクリア。故にレベッカだけには絶対に攻撃を当てられてはいけない。

 それにユニーククエストを踏んだのが俺ということも状況を厳しくしている。推奨レベルが70のクエストにLv.12が挑んでいるのだ。もちろんシャドウリザードの攻撃を一撃でも受けたらそこでHP全損である。ユニーククエストを踏んだ俺がクエストの途中で死んだら(デスペナ)ユニーククエストはどうなる?そこの検証がしっかり出来ていない以上、俺も絶対に死ぬわけにはいかない。

 

「すまん!俺が完全に足引っ張ってる!」

 

「構わん、それより私達の負担を減らしたかったら自力で避けてくれ!」

 

「了解っ、と」

 

 辺り一帯に生えている樹木から伸びた枝の影が実体を持って矢のように俺たちに降り注ぐ。

 [ダブルステップ]で狙いもへったくれも無い矢の雨を躱す、右、左っと、避けた先に又も影の矢、[ドリフトステップ]で強引に曲げて回避。

 

「kishaaaaa!!」

 

「やばっ」

 

 アーツ終了時の硬直を狙いすましたようにシャドウリザードの鋭い爪が迫る。このタイミングは間に合わない、ので上小太刀を下段に構える。数瞬の後体全身に凄まじい衝撃、それに[バリア]が割れる音とエフェクト。俺のプレイヤーアバターが一時的に[バリア]という防護壁を無くし、無防備を晒す。目の前には俺という虫ケラを追撃しようと迫るシャドウリザードの爪。

 

「あ、まいわっ!」

 

 体を横に開き、右側に大きく捻り俺の頭上から迫り来る当たれば俺の紙のようなDEFでは一撃でHP全損は免れない一撃を下から一見心もとない小太刀で迎え撃つ。真っ正面から打ち合っては絶対に勝てない、なので横に逸れるように力を加えてやる。

 俺の右横数十センチを凄まじい勢いで爪が抉り取る。空気を裂く音と衝撃でHPが減ったのように感じるほどの一撃、これで通常攻撃とは笑わせてくれる。

 けど、その隙はたかがLv.12と言えど見過ごせるものではないなよなぁ!

 振り下ろされた脚にナイフを突き立ててそれを足場にして背中までよじ登る。

 

「Grrra!!」

 

 傷口に更に捩じ込まれるようなナイフの痛みにシャドウリザードがうめく。自分にそんな苦痛を味合わせた虫ケラを自分の体から追い払うようにめちゃくちゃに暴れまわる。

 

「けどそれはお前の傷口を広げるだけなんだよ!」

 

 俺は振り落とされまいと小太刀を納刀し、ナイフを両手で突き立てる。痛みでシャドウリザードが更に暴れまわるが、それはナイフの傷口を更に広げるだけで終わる。

 しかしシャドウリザードの体から黒い影、[シャドウレイン]の予備動作だ。

 

「させるかっ」

 

 それより俺の小太刀がお前の骨髄を突き刺す方が早い。

 突き立てた、と思った瞬間強い衝撃を受けて小太刀が吹き飛ばされる。

 嘘だろこいつ、自分で纏った影からも打ち出せるのかよ。そう思ったとき足裏にチクっとした痛み、VRで痛みが有るって事は結構なダメージということだ。左足に踏ん張りが効かなくなっているのが分かる。

 こりゃ、ヤバイな。数秒後には全身穴だらけになっている俺が想像出来る。

 それより早くこいつの背中から降りなければ。あっ、無理だわこれ。

 もう影の矢が発射直前だ。そして、矢が発射される。

 前に凄まじい衝撃がシャドウリザードを吹き飛ばした。

 その反動で俺はシャドウリザードの背中から弾き飛ばされる。

 

「大丈夫か!?」

 

「悪い助かったよ、クリップ」

 

「例はいいからネオンのとこまで早く行け、HPヤバイぞ」

 

「サンキュー、っと」

 

 クリップの魔法が間一髪でシャドウリザードを吹き飛ばしたお陰で直撃は免れたものの、俺のHPはそれまでの爪の余波やクリップの魔法の余波、一番はやはり足裏に突き立てられた矢での傷で削られている。

 途中、吹き飛ばされた小太刀を回収して先頭を走るネオンとレベッカの所まで駆け寄る。

 

「お兄ちゃん!?凄い傷、大丈夫?」

 

「ああ、大丈夫だ。ちょっとしくじったけどまだ平気だ」

 

「今、治しますね。[ヒール][ハイヒール]」

 

 ネオンの回復魔法がHPを回復するとともにアバターの傷を塞ぐ。VRゲームでは痛みは痺れと衝撃に変換され、動かしにくいという実感を伴ってプレイヤーに伝えられる。回復魔法は減ったHPを回復すると共に、そういった傷を塞ぎ痺れと動きにくさを取る。

 また度を越した傷は痛みも伴うが、その痛みも回復魔法は取り除くことができる。この特性によりヒーラーはどのパーティーでも重宝されている。

 

「ありがとうネオン。助かった」

 

「い、いえ。これが私の仕事ですし、気にしないで、ください」

 

「お兄ちゃん、私の村まであとちょっとだけど、大丈夫?」

 

「本当か、ちょっとそれはマズイな」

 

 シャドウリザードをレベッカの住んでいる村に連れて行くのはどう考えてもろくな結果にならなさそうだ。

 

「わかった。こっちでなんとかしてみる。レベッカとネオンはこの前走り続けてくれ。二人ともまだ体力は大丈夫か?」

 

「はい、私は大丈夫です。伊達にレベル高くありません」

 

「わ、私も大丈夫。けど、そろそろ疲れた、かな?」

 

 そりゃあそうだろう、14歳の少女が全力で走るには適さない森の中を怪物に追われながら全力疾走しているんだ。体力なんて尽きて当然だろう。

 

「もうちょっとだけ頑張ってくれ、直ぐに終わらせるから」

 

 俺に出来ることはそうは多くないが、少しはある。

 

「うん。頑張って(・・・・)お兄ちゃん(・・・・・)

 

「……ああ」

 

 この笑顔は、絶対に守り抜くさ。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「という訳だ。そろそろ村に着くし、レベッカの体力の限界も近い、何か考えないとヤバイぞトト姉」

 

「……わかった。正直、発動条件が厳しいしデメリットがキツイからあんまり使いたくなかったが使おう。ロータス、お前とクリップで3分稼いでくれ。ラルヴァを使う」

 

 夜鎧(やがい)ラルヴァ。トトが持つ神秘防具(アルカナアーマー)である。

 ラルヴァを遺したアルカナは、《月》の正位置【狂乱騎士 リュージット】

 今までに討伐が確認されたアルカナの数は13体。【狂乱騎士 リュージット】は13体目に討伐された最も歴史の浅い神秘防具(アルカナアーマー)である。狂乱騎士の名の通り、リュージットは理性が殆ど無い半ば暴走するアルカナであった。その為《月》の神秘防具(アルカナアーマー)は暴走の特性を持っている。

 ラルヴァもその例に漏れず、暴走の特性を持っている。トトは【狂乱騎士 リュージット】討伐の際に累積ダメージMVPの一つのみを取っているのでその性能は本来のものの三分の一となっているがそれでも既存の防具のほぼ全てを凌駕する性能である。

 

 話を戻すが、夜鎧ラルヴァは暴走のスキルが付与されている。

 しかしプレイヤー自身がアバターを動かすVRゲームにとって制御不能状態になるのはかなり危険とされている。自身の脳の命令とは違う動きを自分の体が外部からの制御によって強制的にさせられるのだ。そのストレスは脳が焼き切れても仕方がないとされている。

 ならば、暴走のスキルはどんなスキルなのか。大きく分けると以下の通りである。

 

・使用者のATK/DEFを1.5倍、MNDを0にする。

・使用者が死亡するか、敵対者が戦闘不能になるまで戦闘状態は継続される。特殊条件下を除き、如何なる方法でも戦闘状態は継続される。

・使用者が死亡するか、敵対者が戦闘不能になるまで暴走は継続される。任意での解除は出来ない。

 

 これだけ見れば、メリットの方が多いように感じられるが、一般のアルカディア・プロジェクトのプレイヤーには暴走のスキルは敬遠されている。理由はこの特性が余りに厳しいからである。

 

・この場合の敵対者とは、視界範囲内の敵対モンスター全てを指す。

 

 故に、暴走を使う際には殆どリスポーン覚悟の最後の切り札として切られる場合が多い。もしくは、モンスター一体しか出現しないボス戦などか。

 

「だが、この状況なら、使える(・・・)

 

 現在、この森ではおよそ30分以上のシャドウリザードとの撤退戦が繰り広げられている。森の主と呼ばれるシャドウリザードが暴れているので他のモンスターは身の危険を感じ、既に遠くに避難している。更に、レベッカの住む村に近づいていることもあり、少なくともトトの視界にシャドウリザード以外のモンスターは見つけられない。

 

 ならば、使える。神秘防具にはそれぞれ元になったアルカナに対応するスキルが付与されている。

《月》の場合は暴走。初めて見たときは落胆したものだが、よく理解すれば私のプレイスタイルにこれほど合うスキルも無い。

 月が出ていない(・・・・・・・)から全開は無理だが、それでも十分。

 

「ラルヴァ、機関解放、狂乱せよ」

 

『Sir.My Master』

 

「『月の慟哭』を起動、狂い、(たけ)ろラルヴァ!」

 

【狂乱騎士 リュージット】の力を受け継いだ鎧が、猛り狂う。




クララ「今回はスキルについてです」

クララ「本文中で言っていますが、アーツがプレイヤーが使用するものならスキルは装備に付与されているものです」

フルティア「装備がプレイヤーの代わりにアーツを使ってると思ってねー」

クララ「基本的に自動で発動するものが多いですが中には能動的に発動するものもあります。大まかに分けると、ある特定行動で自動発動するタイプと完全に手動で発動するものです」

フルティア「トトが最後に使ったのは手動の奴だね。クリップとかが魔法を使った時は威力アップとかのスキルが発動してるね。ロータスの火耐性+1とかは自動だよ」

フルティア「ちなみにトトの声に反応してるのはラルヴァの意識、みたいなもの。ラルヴァに意識は存在しないけどサポートするくらいの知能はあるよ。中には完全に一個体として存在する奴もいるけど」

クララ「フルティア、貴女どうやって作ったの?」

フルティア「えっへん。秘密ー」



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#10 名も無き村へ

構成を考えるのに時間がかかりすぎた…
遅れてすみません、これからはもっと更新ペースが上がる…といいなあ。もっと頑張ります。


夜鎧ラルヴァは典型的な神秘防具(アルカナアーマー)である。

基本的に神秘防具は装備しているだけで発動しているスキルはあまり持っていない。起動文言(アンロック)と呼ばれる文章を自分の口で発声しないといくつかのスキルがアンロックされない。そうでもしないと日常生活に支障をきたすスキルも存在するので当然の措置と言える。

 

===============================================

・夜鎧ラルヴァ 胴装備 ★

 

破壊不可 窃盗不可 売却不可 譲渡不可 廃棄不可 PKデスペナルティ対象外

 

VIT+500 ATK+100 スーパーアーマー 追跡 月の暴走 [月下吼獣]

 

裏切られた騎士は月の下で復讐を誓う。必ず、この忠誠に汚名と濡れ衣を着せた王家にこの世の地獄を味あわせるのだ。

 

===============================================

 

以上がラルヴァのステータスである。

他の例に漏れず神秘防具(アルカナアーマー)には破壊不可から始まる使用者を制限するスキルが付与されている。しかし、ロータスの『名無しの南瓜』を例にあげても上記のスキルは付与されている。これらを纏めて固有防具とカテゴライズされているが、それでも神秘防具が頭一つ抜けている理由としてはそれぞれのアルカナに対応するそれぞれのスキルがあげられる。ラルヴァで言う【《月》の暴走】である。

これらがアルカディア・プロジェクトにおける神秘防具を最上位とする風潮の理由である。まあこの風潮の最たる原因はとある一人のクォーレであるのは間違いないのではあるが。

 

さて、【《月》の暴走】である。

このスキルの効果は先述した通り、スキル使用者の暴走である。

プレイヤーから最後の足掻きだとか格上PKへの嫌がらせだとか呼ばれるこのスキルだが、『月』のアルカナの神秘防具が使用した場合、少々毛色が異なる。【狂乱騎士リュージット】は暴走の上位互換であるスキル、【狂化】のスキルを使っていた。【狂化】には深度と呼ばれる目安があり、それが進むにつれ強化具合が変わっていた。

【《月》の暴走】にもそのシステムが受け継がれており、深度が設けられている。この深度はアルカディア・プロジェクトの中でも異質であり、月の満ち欠けによって決定される。

現在の時刻は現実で午後1時半。アルカディアで言えば正午過ぎだ。例外的に例えその日の夜が満月であろうと、太陽が出ている間は新月として扱うという特性があるため、深度は最も浅い(弱い)状態である。基本的に満月に近ければ近いほど、深度は深く(強く)なる。

 

(だが、デメリットもその分マシになる)

 

【《月》の暴走】は深度が最も浅い状態で通常の暴走と同程度の効果がある。シャドウリザードが魔法攻撃を放ってくる以上、MNDが0になるのは厳しいが深度が深くなった状態でくらうよりはマシだ。

 

「ラルヴァ、《月》の暴走を発動」

 

『承認、効果範囲内に敵性モンスターを発見。スキル、起動』

 

ラルヴァから黒い靄が現れる。その靄はトトの兜の頬の辺りに集まり、複雑な紋様を描く。これが暴走の兆候である。もうこうなったら

スキルの発動者にも任意での停止は出来ない。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「ーって言ってたんだけど、あれ何?」

 

「トト姉の神秘防具、ラルヴァの固有スキルだな。確かにこの状況なら有用だ」

 

ロータスは取り敢えずトトに言われた通り、クリップと合流してシャドウリザードの足止めに徹した。しばらくして後ろから恐ろしい程の気配が現れたので慌てて振り向いたら、なんとトトの恐ろしい全身の黒鎧から禍々しい靄が溢れ出ているではないか。ビックリしたのでクリップに説明を求めたらそんなことを言われた。

 

「……ラスボス?」

 

「どっちかっていうと俺は闇に堕ちた先代勇者とかそう言うのだと思う」

 

「ああ、分かる」

 

「あっ、トト姉がシャドウリザード蹴り飛ばした」

 

「おお、5mくらい吹っ飛んだぞ」

 

ウチのパーティーのリーダーが高笑いをしながら自分より数倍もあるドラゴンもどきを蹴り飛ばしている件について。

 

「一応、手伝っとく?」

 

「一応、な」

 

俺はこっちの方に蹴り飛ばされてきたシャドウリザードに斬りかかる。もう既にシャドウリザードはこれまでの戦闘での傷と先程トト姉に蹴り飛ばされた時の傷でボロボロである。まあ、8割くらいさっきから一方的にボコボコにしているトト姉の所為だとは思うけど。

 

「にしても、暴走のスキルヤバイな。デメリットがあるとは言え強すぎない?」

 

一対一(タイマン)なら無敵じゃね?

 

「いや、トト姉のアレは色んなのでドーピングしてるから」

 

「というと?」

 

「トト姉の職業(クラス)、狂騎士は暴走の効果を2倍にする代わりにデメリットも増加させるっていうスキルが常時付与されてるんだ」

 

「ああ、そういやさっきも何か言ってたな、私の職業がどうのこうの」

 

「それに、色んなポーションとか魔法で強化してる。素のステータスが高ければ高いほど暴走は強くなるから」

 

だからあんなに一方的なのか。

 

横振りに当てることを意識した小振りな一撃が迫る。

黒鎧の狂騎士は避けようとする素振りも見せず、煩わしげに左手だけで持っている大楯で弾き、右手だけで持っている両手用の大剣で爪を何本か斬りとばす。

 

「Kishaa!?」

 

久しく感じる事のなかった痛みという感覚に思わず蜥蜴は仰け反ってしまう。その隙を狂騎士が見逃すはずはなく、通常の軌道では考えられないほど速く懐に潜り込む。

 

「[クロススラッシュ]」

 

その柔らかい腹部に十字の裂傷が刻まれる。

 

「Graaaa!!」

 

推奨レベルが70と言えど、トトのレベルは86。トト一人でシャドウリザードの討伐など既に幾度となく繰り返している。しかし、ユニーククエスト『限界村落の村娘』という名前の通り、このシャドウリザードはレベッカに異常な程のヘイトを向けている。故にトト一人ではヘイトを受け持つ事も逃げる事もできず、かといって討伐する前にレベッカは死んでしまうだろう。

しかし、ここまでくればトトの援護をするという前提ならばロータスとクリップのレベルが低いということは殆ど問題にはなり得ない。

 

「[クロスアベンジ]」

 

まあ、その必要性も無いのだが。

【《月》の暴走】でステータスが上がっているトトは単純なステータスだけで見ればアルカディア・プロジェクトの中でも1000本(・・・・・)の指に入る。プレイヤーLvで言えば100はゆうに超えているだろう。シャドウリザードに対しては些か過剰である。

既にシャドウリザードは最初の勇猛な森の主の見る影もなく、身体中ボロボロである。月の獣と化したトトはシャドウリザードに対して殆どのステータスで勝ち越している。負けているのは暴走の効果で下がる魔法系のステータスであるINTとMND、それにシャドウリザードが元々高いAGI位だろう。シャドウリザードが得意な影系統の魔法を当てられればまだ勝負は分からないが、それを許すほどのAGIの差では無いし、その為のロータスとクリップ、ネオンである。

クロスアベンジは重戦士系統には珍しいカウンターのアーツである。効果は効果に指定した敵対者から受けたダメージを自分のSTR分上乗せして跳ね返すというもの。タイミングがシビアではあるが当たれば必殺と言われる程の強力なアーツである。その保障をするようにシャドウリザードがロータスの体感10m程上まで吹き飛び、ポリゴンが見えたと思ったら綺麗に爆散した。

 

『敵性モンスターの消滅を確認、機能を終了します』

 

「ふう、終わったか」

 

暴走の効果が切れ、トトが臨戦態勢を解く。一人、やりきった感を出しているが、見ている二人からしたら唖然とする光景である。

 

「ねえ、シャドウリザードって、何メートルあった?」

 

「大体、5メートル位じゃね?」

 

「じゃあさ、何メートル飛んだ?」

 

「10メートル位じゃね?」

 

「……マジかよ」

 

「……マジだよ」

 

心なしかクリップの目が死んでいるのは錯覚であろうか。おそらくは今までに何回が見ているのだろう。絶対に逆らうような愚は犯すまいとロータスは静かに決意した。

 

「凄い、森の主倒しちゃった」

 

「あ、はは。やっぱトト姉は凄いな」

 

シャドウリザードの打ち上げ花火は先頭を走っていたネオンとレベッカにも見えていた。それを見た二人は限界に近かった足を止め、来た道を引き返し始める。

 

「やあ、レベッカ。無事かい?」

 

「うん!トトお姉ちゃん!すっごいカッコよかった!」

 

「ふふ、どうだロータス。私の方がカッコよかったらしいぞ?」

 

「くっ、次こそは」

 

「お前は何を張り合ってるんだ」

 

「ふふっ」

 

その後は警戒しつつも先ほどまでの終われる緊張感もなく、普通に歩みを進めていた。

すると突然目の前が開け光が差し込んだ。

 

「あっ!」

 

突然レベッカが声を上げて一人で駆け出す。

そして森を抜けた所で立ち止まり手を広げて向日葵のような笑顔で振り返った。

 

「ようこそ!私達の村に!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『名も無き村へと到達しました』

 

『プレイヤー未到達領域へと到達しました』

 

『称号「開拓者」を獲得しました』

 

『称号「愚かな勇気」を獲得しました』

 

『称号「巨人喰らい」を獲得しました』

 

『称号「森の覇者」を獲得しました』

 

『称号「弱者の庇護者」を獲得しました』

 

『ノーマルクエスト『森の暴れん坊』をクリアしました』

 

『通行許可証1を獲得しました』

 

『ユニーククエスト『限界村落の村娘』をクリアしました』

 

『レベッカをフレンドリストに登録しました』

 

『レベッカをパーティーに組み込めるようになりました』

 

『特殊称号「村娘の義兄」を獲得しました』

 

『特殊状態「村娘の英雄」になりました』

 

『ユニーククエスト『限界村落を立て直せ』が発生しました』

 

『ユニーククエスト『村娘の願い』が発生しました』

 

『特殊条件を達成しました』




フルティア「今回は特に説明することが無いので雑談でーす。ではゲストのレベッカちゃんどうぞー」

レベッカ「えっ、えっ?ここ、何処?」

フルティア「まあまあ、夢みたいなものだよー。あっ、ちなみにクララ姉さんは私用で外出中です」

レベッカ「えっ!?と、というかフルティア様?」

フルティア「違いまーす。私はミセスFです」

レベッカ「は、はあ?」

フルティア「それでそれで?好きな人とかいるの?」

レベッカ「ふぇっ!?」

ーー以下雑談が続く

クララ「続く、かどうかは分かりかねます」


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#11 遠き日々はまだ

 もう、何回目だろうか。

 いつも同じ夢を見る。

 

 9月、この国には多くの台風がやって来る。

 例に漏れず、今年もどうやら上陸してきたようだ。

 雨戸に大粒の雨が打ち付け、独特の音を家中に響かせている。遠くでは雷の鳴る音が轟いているのが聞こえる。

 

「じゃあお兄ちゃん、行って来るね」

 

「本当に一人で大丈夫なのか?」

 

「うん、へーきへーき」

 

 妹はこんな日にもかかわらず、出掛けにいくと言ってカッパを着込み今にも飛び出して行きそうな雰囲気だ。

 

 ああ、やめてくれ。

 

 雨はどんどん強まっているようだ。ニュースではどこかの川が氾濫しただとか、海岸に大波が押し寄せているだとか、土砂崩れで道が塞がれて孤立状態だとか流れている。

 それはいつもの事で毎年見ているニュースであって、俺には関係の無い事だ。少なくとも、その時までは。

 

「今日は父さんも母さんも早く帰ってくるらしいから、遅くなるなよ」

 

「うん!わかってる!」

 

 頼むから動いてくれ。せめて、もう少し声をかけてくれ。

 

 長靴を履いて、もう出てしまう。

 時刻は午後2時。普段ならばまだ日の出ている時間で夕方とも言えない時間帯だ。

 だけど今日は分厚い雲に覆われて太陽は全く見えない。代わりに見えるのは大粒の雨粒と時々視界を白く染める雷だけだ。

 なぜあんなにも雨雲は黒いのだろう、なぜあんなにも曇り空の日は暗いのだろう。

 やはり、嫌いだ。

 

「じゃあいってきまーす!」

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

 ドアノブに手を掛ける。

 

 やめろ、やめてくれ。

 体よ、動け。

 声よ、出ろ。

 お願いだ、家から出ないでくれ。

 

 やけに大きな音を立てて、玄関は閉まった。

 俺は妹を見送ってからリビングへと戻った。

 

 もう、何回目だろうか。

 いつも同じ夢を見る。

 いつだって俺は同じ動きを繰り返す。

 過去の再現なのだから当たり前だろうか。

 

 夢は記憶の整理の為に見るのだという。

 ならば同じ夢を何回も見るというのは何故なのだろうか。

 俺が見たいからなのか、はたまた呪いなのか。

 俺はいつかこの夢を見なくなる日が来るのだろうか。

 

 多分俺はずっとこの夢を見続けるのだろう。

 だって俺は、お兄ちゃんなのだから。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「……さん。兄さん!」

 

 目を開けると目の前に花蓮の姿。

 

「やっと起きた。うなされてたよ?大丈夫?」

 

「……ああ。大丈夫だよ、花蓮」

 

「なら良いけど。そろそろお兄も荷造りしないと間に合わないよ?」

 

「そうだな、ありがとう花蓮」

 

「良いんだよ、じゃあ私は部屋に戻るから」

 

 そう言って花蓮は自分の部屋へと戻っていった。

 

 レベッカを無事に村へと送り届けたあと俺たちは村の人達から大歓迎を受けた。どうやらレベッカは村の人に無断で出ていったらしく凄く心配されていた。しかも森の主であるシャドウリザードが狩をしているのを見かけた人がいて、もうレベッカの生存は絶望的だと思われていたようだ。

 そんな時に俺たちがレベッカを連れて来たものだから俺たちも大歓迎されたのだ。レベッカは凄く怒られていたけれど。それでも最後は無事に帰ってきたことを喜ばれていた。

 クエストの達成が通知され、ようやく終わったかと思いきや新しいユニーククエストが二つ増えていたのは想定外だった。

 

・ユニーククエスト『限界村落を立て直せ』

 発生者 ロータス

 クリア条件 名も無き村の防衛計画を立て、敵性モンスターから守り抜く。

 推奨レベル 60

 

・ユニーククエスト『村娘の願い』

 発生者 ロータス

 クリア条件 レベッカの願いを叶える

 推奨レベル ーー

 

 この二つが『限界村落の村娘』をクリアした通知の後に立て続けに発生した。ユニーククエストなので発生したのは俺一人だ。

 しかし問題があってこの二つのクエスト、どうやら俺一人でしか取り組めない様なのだ。クエストを受注するとクリップ達とのパーティーが強制的に解除されてしまった。しかしレベッカだけは特別らしく、二人だけでならクエストを受注する事が出来た。

 ユニーククエストに関してはまだプレイヤーはわかっていない事が多く、この様な事例も何件か確認されているらしい。俺は見た事がないのでよく分からないが、アルカディア・プロジェクトのプレイヤーがネット上で作った掲示板では色々な考察がなされているらしい。しかし、ユニーククエストはユニークとだけ言われるだけあって千差万別でどんなクエストなのか、どんな規模なのか、どこで行われるのか、どれほどの難易度なのかが全くバラバラで考察が難しい上に、自分のユニーククエストを隠そうとするプレイヤーも少なくない。

 ユニーククエストはアルカディア・プロジェクトというゲームをプレイする上で絶対に外せる事はない大きな要素だ。しかしユニーククエストの内容によっては他の大勢のプレイヤーと敵対する様なものも少なくない。それでなくてもユニーククエストは現在最もアルカナクエストに繋がる可能性が高いと言われるクエストだ。隠匿したいというプレイヤーも多い。

 それどころかこのユニーククエスト、どうやら自分が縁を繋いだクォーレによっても内容が変わるらしいのだ。俺にとってはレベッカがそれに当たるのだろうか。

 あの有名なアルカディア・プロジェクトのレビューにある『国王の暗殺』というユニーククエストは失敗に終わったらしいがそれでも五千人ものプレイヤーとクォーレが死んでいる。舞台になったのは深き森のエルフの国 アロガネア。しかしそれ以降アロガネアの国王は疑心暗鬼になり、結局内戦が起きた。あまりの弾圧に市民が蜂起したのだ。しかもそれにプレイヤーが両陣営に加担した為に内戦は泥沼化、五千人もの犠牲を出して終結した。現在の国王はその次代である。

 更に恐ろしいのはアルカディア・プロジェクトにプレイヤーが現れてから唯一起こった戦争も一人のユニーククエストが発端という事だろうか。

 世界最高の武器を生み出すドワーフの国 テナースクと魔法と科学を融合させた世界最強の魔族の国 クルーデリオのぶつかり合いは様々な余波をアルカディア全体に撒き散らしながら終結した。

 そんなユニーククエストを今どうにかするのは無理だという結論に至った俺たちは取り敢えず今日のところは解散としてまた明日という約束してログアウトしたのだが、どうやらそのまま眠ってしまった様だ。

 

「雨か」

 

 ふと雨が降っている事に気付く。

 そういえば予報では午後から雨だったな。

 

「そんな事より荷造りしなきゃな」

 

 花蓮も言っていたがそろそろ荷造りをしないと来週の引越しに間に合わない。元々大学に進学したら一人暮らしをする予定だったので大型家具や家電製品は既に買ってありもう設置しているが、まだ細かい雑貨や服がまだ荷造り出来ていない。

 それに花蓮が急遽一緒に暮らす事になったので家具や部屋割りもまた考え直さなければいけないのでその辺りも相談したいところである。

 ダンボールからはみ出している服を手に取り、綺麗にたたみ直して詰める。多分花蓮がさっき部屋に入ってきた時にぶつかったのだろう。

 

「お兄ー!そろそろ夕飯の支度しないー?」

 

 一階から花蓮がそう叫ぶのが聞こえた。時計を見ると、確かにそろそろ支度を始めないと遅くなってしまう時間だ。

 

「わかった!今行くよ」

 

 さて、早く行かないと花蓮が拗ねるな。まあ、そんな所も可愛いのだが。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 次の日は特に用事が無かったので、朝食を摂った後家事と荷造りを少し終わらせて気分転換も兼ねてアルプロにログインした。

 一人部屋で眼を覚ます、ベットとテーブルしか無い殺風景な部屋だ。

 外に出ると朝日が眩しく俺を照らし、思わず反射的に眼を閉じる。

 

「あっ、お兄ちゃん。おはよう」

 

「ああ、おはよう。レベッカ」

 

 俺をお兄ちゃんとアルプロの中で呼ぶのは一人しかいない。昨日俺たちはレベッカを送り届けた後ログアウトをしようとしたら俺だけログイン地点がこの『名も無き村』に変わっていたのだ。

 おそらくユニーククエストを進める上で一々この村まで来るのに森を踏破しなくても良いようにという事だろうが、これで俺が一時的にパーティーを抜けるのは決定的になってしまった。

 一応マップ上ではこの村は安全地帯なのだが、どうやら他のプレイヤーはこの村をログイン地点にできないらしく、相談の上の結果で俺は主体としてレベル上げとユニーククエスト攻略を兼ねてこの村を拠点として行動、他のメンバーはクランハウスの建設費用を集める事になった。

 一人だけ金策が出来なくて申し訳ないなと思っていたら、

 

「ユニーククエストは報酬が美味いから気にしなくて良い」

 

 と三人から言われてしまった。

 確かに『限界村落の村娘』の報酬もかなり入っていたし、なにより称号系の報酬が多かった。閑散としていた俺のプレイヤーステータス画面も一気に色々な情報が増えた。さらに言えばレベルも一気に12から25まで上がっていた。色々な敵と戦っていたのでちょくちょくレベルアップ時の効果音は聞こえていたのだが、立ち止まって確認する暇が無かったので、一気に倍以上になってしまったのだ。

 流石に適正レベルの5分の1以下のレベルで突っ込んだら経験値が分散されるとは言えそれほどの経験値が入ってきたらしい。

 

「昨日はずっと寝てたんだね。やっぱり『プレイヤー』の人はよくわかんないね」

 

「まあね、確かにレベッカ達からしたら不思議かもね」

 

「一日中家から出てこないし、ご飯も食べてる様子が無かったし心配したんだからね」

 

「ごめんごめん。でも俺たちはそういう存在なんだよ」

 

「やっぱりお兄ちゃんも『神さまの御使』なんだね」

 

 俺たちプレイヤーはクォーレ達に『神さまの御使』と呼ばれる。

 というのもこの世界の神、というかクォーレが信仰しているのはクララ達管理AIなのだ。

 クララ達によってこの世界に送り込まれた俺たちプレイヤーはクォーレからしたら実在する神の使徒というわけだ。流石に信仰はされないが、プレイヤーというだけで尊敬と畏怖の対象だし、クォーレとは違う生命体という認識を受けている。

 

「今日はずっとこっちに居られるの?」

 

「ああ、居られるよ。今日と明日くらいはこっちに居られると思う」

 

「やったー!じゃあさ、また色んなお話聞かせてよ!私、お兄ちゃんのお話好きなんだぁ」

 

「わかったよレベッカ。でも先にお仕事してからな」

 

「うん!じゃあまたねお兄ちゃん!約束だからね!絶対だからね!」

 

 どうやらレベッカは他のゲームでの話が気に入ったらしい。送り届けてから歓迎のもてなしを受けたのだが、その時にレベッカにせがまれて話したのだが気に入ってくれたようだ。

 

「さて、じゃあ俺も始めますかね」

 

 先ずは森の見回りかな。

 




クララ「今回は称号について説明いたします」

クララ「称号とは基本的に飾りのステータスですが、一部の称号には副次効果が付いて居ます」

フルティア「例えば〜大会優勝者とかの称号は見せればそれなりの扱いを受けられるよー」

フルティア「逆に大量殺人鬼とかの称号は見つかったらクォーレの衛兵とかから追われるし、ひどい時は国から追放されたらするよー」

クララ「また、特殊な称号も存在します。ロータスとの「村娘の義兄」とかはその部類ですね」

フルティア「効果はまだ秘密かなー。それじゃあ今回はここら辺で。ばいばーい」


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#12 アルカディアのあれこれ

難産だった上に会話文が少ねえ……殆ど説明だし読みにくかったらすみません。

しかも今回展開上、ちょっと食人に関する話題が出ます。嫌いだったら飛ばして下さい。


 名も無き村を見て回る。昨日はずっと宴会であんまり村の中を見る事ができなかったからな。結構綺麗だし、家畜の牛っぽい奴とか羊っぽい奴とかもいるな。子どもも大人も早起きして畑とか自分の仕事に取り掛かってるし、凄くイメージ通りの農村って感じだ。

 

「ああ、ロータスさん。おはようございます」

 

「おはようございます、村長さん。昨日はどうも」

 

 前から白髪やシワが目立つものの、しっかりとした足取りで歩くご老人が挨拶と共に現れた。この村の村長の様な立ち位置の人でありレベッカの祖父でもある。

 

「村長はやめてください。ここは体裁としては村としていますが国にも認められていないただの集落です」

 

「村では無いのですか?しかも国に認められていないとは?」

 

 クエストでは『限界村落の村娘』で『限界村落を立て直せ』だった筈だ。村落となっている以上村だと思っていたしマップ上でも「名も無き村」となっているから間違いないと思っていたのだが。

 

「貴方は『プレイヤー』の探求者(クアエシトール)でしたね。このストルタス(人間国)では国が管理している都市と村からは税金を徴収し、その代わりに庇護をしています。しかしその税金を払えない者やそもそも人間では無い者(・・・・・・・)はその庇護を受ける事は出来ません」

 

「という事は……」

 

「はい。ここはそういった者たちが寄せ集まって出来た集落なのです」

 

 成る程。通りで昨日の宴会では人間以外の種族のクォーレがいた訳だ。トト姉達が驚いていたので聞いてみたらストルタスには人間以外の種族が殆どいないのだという。

 そもそもこのアルカディアにはそれぞれの種族が住んでいる場所が明確に分かれているらしい。

 アルカディア・プロジェクトには小さな島を除き、一つの大陸しか未だ確認されていない。オルコス大陸と呼ばれるユーラシア大陸と殆ど同じ面積の大陸の中に5つの国が存在するのだがそれぞれの国における人口比が極端に偏って居るのは全世界民の共通認識である。

 

 大陸中央部に位置し、現在最大勢力を誇る

 [ストルタス(人間の国)

 大陸東部に位置し、豊かな自然の中で暮らす

 [プグナーテ(獣人の国)

 大陸西部に位置し、圧倒的な知識を持つ

 [アロガネア(エルフの国)

 大陸南部に位置し、世界最高の技術力を持つ

 [テナースク(ドワーフの国)

 大陸北部に位置し、世界最大の軍隊を抱える

 [クルーデリオ(魔族の国)

 

 この五つの他に国は無く、プレイヤーはこの中から一つの国を選びその土地に応じた種族としてアルカディアへと降り立つこととなる。

 すなわち、プレイヤーも含めてその国にいる人類というのはその国を治めている君主の種族が限りなく絶対種であるということになる。すなわち、国から弾かれた者や訳あって他国へと移住した者は肩身の狭い思いをする事になるのは明白である。

 そうした者たちが寄せ集まって出来たのがこの村という事なのだろう。

 

「あなたは……いえ。すみません、失礼な質問でした」

 

「私が何故、この村に居るのかですか?」

 

「……はい。答え辛かったら答えて下さらなくて良いのですが」

 

 そこへ来るとこの村の村長が人間であると言うのは些か不思議な話である。ここは人間に拒まれた者たちの村。その長が人間であるということは不都合では無いのだろうか。

 もしかしたら目の前の白髪の生えた老人は人間ではなく、ほかの人類種なのだろうか?

 

「別に私は人間ですし、別に何か犯罪を犯して国から追放されたわけでも有りません」

 

「では、何故?」

 

「私ではなく、私の妻が国から追われる立場だったのです。いえ、正確に言えば王家にでしょうか。妻は犯罪を犯した訳でも無ければ、人間以外の種族でも無かった。私の妻に何一つ国を追われる要素など無かったのです!」

 

 目の前で声を荒げる老人は今、何を思って居るのだろう。

 少なくとも俺は村長の妻という人は見た事が無い。おそらくはもう亡くなってしまったのだろう。

 

「……失礼。興奮してしまいました」

 

「いえ、お構いなく。大切な人を失う痛みはいつまでも晴れる事は無いものです」

 

 そう、それがどんなものでも。その過程がどうであれ結果として大切な人を失ったという事実は変わらないのだから。だからこそ、俺はこんなにも空虚な言葉を吐くのだろう。

 

「ありがとう、ロータスさん。レベッカを助けてくれたのが貴方で良かった。どうか、これからもあの子の事をよろしくお願いします」

 

「ーーはい。私の命に代えても」

 

 この世界(ゲーム)でのプレイヤーの命などその辺の石ころにも劣る。何度でも蘇り、心が折れたりモチベーションが下がらない限りロータスという命は不死なのだ。

 そんなものより一人のクォーレ(取り返しのつかない命)の方がよっぽど尊く、価値あるものだ。それがまだ若い少年少女であれば尚更の事だ。

 

「はは、貴方がたプレイヤーの方々は不死でしたな。それは心強い、幸いレベッカも貴方によく懐いているようだ。どうです?心に決まったお人でもいるのですかな?」

 

 あー、これはもしかしてあれか?レベッカと結婚しない?って言われてんのか?というか俺プレイヤーなんだけど、結婚システムとか実装してるのかよ。

 

「あー、お忘れかもしれませんが私はプレイヤーですよ?」

 

「そんな事は関係ありませんよ。それに、意外と多いのですよ?プレイヤーと我々クォーレが結婚したという例は」

 

 マジかよ。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 結局返事は先延ばしにして村の外周部にまでやってきた。

 あの老人絶対にレベッカを嫁がせようとしてやがったぞ。どう考えてもまだ結婚できる年齢じゃねえだろうが。いや、でも地球ならアウトでもアルカディア(ここ)ならいいのか?よくわからん。

 まあ、それは置いておいて。取り敢えず目先の目標は『限界村落を立て直せ』である、二つ同時に発生したユニーククエストだが『村娘の願い』は達成条件がよくわからないので後回しになる。レベッカに関係しているのは間違いなさそうだが、レベッカのお願いを叶えれば良いのか?いわゆるおつかいクエストというやつだろうか。

 さて、外周部であるがここは森の一部分を切り拓いて作られた村である。当然きちんとした外壁など期待できないし、そもそも門も無かった。アルカディアに住む人々は基本的にはプレイヤーと遜色ない身体能力を持っている。しかし、その戦闘能力に関してはプレイヤーのほうが一歩先を進んでいる。理由としては素質の差と環境の差である。プレイヤーは基本的にキャラクリエイトの時点で全ての素質を与えられている。例えば、マジックツリーを解放すればどんなプレイヤーでもどの系統の魔法でも使う事が出来る。しかしクォーレは生まれた時に既に素質が決まっているらしく土魔法しか使えない者や、水魔法以外の全てを使える者などが存在する。

 もう一つの環境の差であるが、これは単純に探求者(クアエシトール)の職に就くものがあまり多くないという点である。他にも戦闘に従事する職業としては兵士や傭兵などが挙げられるが、基本的には職業選択の自由が存在する状況で身体的に危険な職業をわざわざ選ぶ者など多くはないという事だ。

 しかし、この二つが噛み合わさりその上でそれ相応の運を持ち合わせた者が存在する。それが今なおプレイヤー達が束になっても叶わない探求者の上位陣である。正直開発側の人間だとか実験的なチートツールでも使っているのではないかとか言われているが定かではない。

 

 ここまで長々と語ってきて何が言いたかったかといえば、普通のクォーレは弱いという事である。正直低レベル帯のプレイヤーでも一対一なら問題なく圧倒できるだろう。しかもこの村はさまざまな所から逃げ延びてきた者たちが集まって作られた村だ。戦闘能力に長けた者などあまりいないだろう。そもそもした事がない者も多い。

 ならばモンスターが跋扈するこの森で村人達はどうやって今まで生き延びてきたのか、もちろん抵抗はするしあり合わせのものとはいえ木の柵で出来た外壁なども作る。しかし一番良いのは諦める事である。

 あまり気持ちの良い話では無いが、人間の肉の栄養価はあまり高くないと言われている。アルカディアで結構頻繁に出てくる食肉としてイノシシが挙げられるのだが、イノシシの肉1キログラムが約4000キロカロリーなのに対し、人間の肉は1キログラム約1300キロカロリーだと言われている。

 モンスターがカロリーを考えて獲物を選んでいるとは思えないし、そもそも死んだらポリゴンになって爆散するような生命体である。どうやって栄養を摂取しているのかと考えなくもないが、幸いにも俺はまだ人が目の前で食われた経験は無いのでわからない。出来ればプレイヤーで生き返るとしても見たくは無い光景であるが。

 とにかく人間は骨が多いし、筋張っているし、食べられる所は少ないしで、あまりモンスターにとっても良い食料では無いらしい。それでも襲われるときは襲われるし、戯れに殺される事もあるので安全とは程遠いのだが。しかし、家畜を代わりに出せば人間への被害は最小限に抑えられるのだろう。この村はそうやって生き延びてきたのだと教えてもらった。

 

「さて、じゃあぼちぼちやりますか」

 

 そこへやってきたのが俺たちなのだ。プレイヤー未踏領域とあった通り俺たちがここを訪れた最初のプレイヤーである。言い方は悪いが死んでも蘇り、何故か自分たちに友好的な探求者である。それこそ縋りたくなる気持ちは理解できる。

『限界村落を立て直せ』の下にはいかにも貯めてくださいと言わんばかりのゲージが併設されている。現状0%な事を考えるとこれを貯めていくのが基本方針となるのは間違いない。

 モンスターの討伐、防衛機能の強化、後は村人の鍛錬って所か?立て直せとある以上、何かをより良い状況にするのは間違いないだろうが、村は綺麗だしだったら防衛機能のことじゃ無いかとなったのが昨日の最後の方。トト姉達からも了承を貰ったし、この方針で進めてこうと思う。先ずは森に入ってモンスターの間引きだな。

 

「森に入るの?私も行く!」

 

「おう、そうだな。やっぱり一人より二人……ん?」

 

 聞き覚えのある声。振り返れば、金髪を風になびかせてこちらを見つめる村娘(レベッカ)

 

 

『レベッカがパーティに加入しました』

 

 

 えぇ……。

 

 




クララ「今回は主に結婚についてです」

フルティア「文中にも出てたけど結構プレイヤーとクォーレの夫婦って多いよね〜」

クララ「比率的に言えば圧倒的にクォーレ同士の方が多いですが、確かに一つの都市に行けば1組は見かけますね」

フルティア「プレイヤーも男女問わず、種族問わず結婚してるね〜。子どもって出来るの?」

クララ「そこは黙秘権を行使しましょう。生命を司るのは私達じゃありませんし」

フルティア「既婚者のプレイヤーがアルカディアで結婚したら重婚になるのかな〜?」

クララ「さあ?なるんじゃ無いですか?」


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#13 遺跡と守人の一族

「いやいや、馬鹿言うなよレベッカ。村の周辺の見回りとは言えモンスターも出てくるんだぞ?連れていけるわけないだろ」

 

「えー、大丈夫だよ。私だって戦えるもん」

 

「嘘をつくなよ、まだレベッカ14歳だろ?職業(ジョブ)だって[村人]の筈だ」

 

「嘘じゃないもん。見ててね……ほら!」

 

 ははは、頬を膨らませて抗議をしたって無駄……ってマジか!

 レベッカの突き出した右手の先には自身の顔ほどの大きさの火球が浮かんでいた。

 

「レベッカ、魔法が使えるのか」

 

「えへへ、凄いでしょ?」

 

 凄い。純粋にこれは凄い事だ。

 基本的にクォーレの素質はプレイヤーのそれと比べて圧倒的に劣る。全魔法や武器に適性を持つプレイヤーとは違い、クォーレは生まれた瞬間に生涯に獲得できる武技(アーツ)魔法(マジック)は決められる。レベッカの周りには俺の知る限り火魔法が使えるクォーレはいない。俺たちの中にも火魔法の使える奴はいないから誰からも指導を受ける事は出来ない。故にレベッカは独学で火魔法を習得したことになる。

 

「村の人たちは知ってるのか?」

 

「うん、知ってるよ。たまに火付けてとか言われるもん。これなら付いていっても良いでしょ?」

 

「いや、それは……」

 

 正直付いてきて欲しい。未だに[軽戦士]である俺は遠距離攻撃に乏しい。出来る事と言えばせいぜいナイフを投げつける位だ。

 その点、レベッカが居れば森の中とは言え延焼にさえ気を付ければ強力な支援となるだろう。でも小さな女の子にモンスター討伐を手伝わせるのは……

 

「あっ、そうだ。火球の発現は出来ても命中精度が低ければ意味ないぞ?」

 

「ふっふー。練習したから平気だもん。えいっ!」

 

 レベッカの火球はおよそ10m離れた村はずれの場所に立っている案山子に直撃して一瞬で焼き尽くした。

 

「仕事は終わったのか?さっきまだ仕事があるって言ってただろ?」

 

「もう終わったよ。いつもやってるもん」

 

「モンスターを見てパニックになったりしたら危ないぞ?」

 

「森の主より怖いモンスターを倒しに行くの?」

 

 無理だわこれ。よく考えたらシャドウリザードを倒すときにもしっかりした足取りで走れてたし。

 

「……はあ。分かった一緒に行こうか。だけど村長さんに許可を取ってからな?」

 

「わーい!ありがと、お兄ちゃん!」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 村長の許可はあっさりと出て、俺はレベッカと二人で村の外に広がる森へ踏み入った。

 

「なんでレベッカは森に入りたかったんだ?もう薬草は取ったんだろう?」

 

「んー?お兄ちゃんと一緒に居たら楽しいからだよ?」

 

「楽しいからって……」

 

 そんな理由でついて来ようとしてるのか。それならやめさせようか。

 

「えへへ、本当はね。見せたいものがあるの」

 

「見せたいもの?」

 

「うん。お父さんとお母さんが、お爺ちゃんとお婆ちゃんが、ずっとずーっとお爺ちゃんとお婆ちゃんの人たちが守ってきたもの」

 

 レベッカの祖先の人たちがずっと守ってきたものって事か?

 

『私ではなく、私の妻が国から追われる立場だったのです。いえ、正確に言えば王家にでしょうか。妻は犯罪を犯した訳でも無ければ、人間以外の種族でも無かった。私の妻に何一つ国を追われる要素など無かったのです!』

 

 村長さんの言葉が脳裏をよぎる。

 話の流れ的に村長さんの奥さん、つまりレベッカのお婆さんが国から追われた理由って事か?いや、決めつけるには早計か。まだ情報が足りない。

 

「それを見せてくれるのか」

 

「うん!お兄ちゃんになら見せても良いの。お母さんも『レベッカがいつか大きくなった時、ずっと一緒に居ても良いって思った人が出来たら見せなさい』って言ってたから」

 

「あー、ありがとうレベッカ。嬉しいよ」

 

 何これ恥ずかし!めっちゃ顔赤くなってるのが分かるんだけど。アバターでも顔が赤くなるのな。

 てか、これ何イベント!?実質告白だよねこれ。いや、でも落ち着け相手は義妹(いもうと)だぞ。……あれ?義妹なら良いのでは?いやいやレベッカは14だぞ?

 

『幸いレベッカも貴方によく懐いているようだ。どうです?心に決まったお人でもいるのですかな?』

 

 落ち着け俺。ここはゲームだぞ。現実なら犯罪……ゲームなら合法?

 

「……お兄ちゃん?」

 

 こてん。と首を傾げる仕草。わかって言ってるのか?これ。

 

「はっ!?いやいや、大丈夫、大丈夫だぞレベッカ。まだ正気だ」

 

「?」

 

 くっ、首を傾げて上目遣い。あざとい、しかしそれが良い。やはり妹=天使=義妹なのか?

 

「いや、そのだな。レベッカの両親は居ないのか?いや、挨拶とかそういう話じゃなくてな」

 

「お父さんとお母さんはね、前にモンスターからこの村を守る為に頑張って、死んじゃったんだって」

 

「……そっか。ごめんな、嫌な事思い出させて」

 

「ううん。私お父さんもお母さんも覚えてないの。それに、村のみんなが優しくしてくれるから寂しくないんだよ?」

 

「そんなわけが……いや、強いんだなレベッカは。俺なんかとは大違いだ」

 

「そんな事無いよ、お兄ちゃん。私には分からないけど、お兄ちゃんは強い人だと思うよ?」

 

「そうかな、そうだといいなぁ。……なあ、レベッカ。後で俺の話しも聞いてもらっても良いか?」

 

「うん、いいよ」

 

「……よし!じゃあ行こうか。その前に両親のお墓に連れてってくれ。挨拶だけさせて欲しい」

 

「うん!」

 

 レベッカに案内されたのは村の南東部に位置する墓地であった。その手前側に存在する一つの墓地にレベッカは立ち止まり、指し示す様なジェスチャーをした。そこにはレベッカの両親であろう二人の名前が彫られており、埃一つ被っていないその姿は誰かがマメに掃除をしていることが伺えた。

 花も何も持っていないので格好がつかないが、それでも手を合わせて冥福を祈る。

 

「さて、そろそろ行こうか」

 

「うん。じゃあねお父さん、お母さん」

 

 別れを済ませたら森の中へと足を踏み入れる。

 ちなみに既に俺は『名無しの南瓜』も装備して戦闘準備は万全だ。レベッカは簡素な造りの革鎧と俺が持たせたプレイヤー初期装備の帽子と村長の家から持ってきた杖という出で立ちだ。

 

「本当にそれで大丈夫なのか?」

 

「大丈夫だよ。奇襲さえ防げれば私が全部燃やしちゃうんだよ!」

 

 案外冷静だな。聞けば今までにも何回か森に入った事はあるらしく、その際にモンスター討伐もこなしているらしい。

 そもそもこの森は主と呼ばれるシャドウリザードが生息しているせいで他種族のモンスターがあまり生息していない。例外はエイプ系統のモンスターで、エルダーエイプが倒されては現れの繰り返しで凄まじい繁殖力で森の一画を縄張りとしている。

 この村の辺りはどちらかといえばシャドウリザードの縄張りの方に近く、エイプはあまり寄ってこない為、俺たちが先日倒したシャドウリザードの縄張りが占領されない限り少しの間は安全に狩が出来るらしい。それでもはぐれのモンスターとかがやって来るので間引きを依頼されているのだが。

 

「待った。前方に鹿発見。ホワイトカリブーだな」

 

「うわ、凄いねお兄ちゃん。よく見えるね」

 

「[鷹の目]の効果だな。遠くのものが見えやすくなって、動体視力も上がる」

 

『限界村落の村娘』のクリアの副産物としてレベルが大幅に上がったのでアーツポイントをいくつか使って[鷹の目]というアーツを取った。これは常時発動型(パッシブ)のアーツで、軽戦士系統の代表的なアーツの一つだ。効果としては遠くのものが見えやすくなる望遠機能と、動体視力の向上。パリィを主体とする俺のスタイルには有用だと思ったので取っておいた。まだポイントは残っているのでまた今度じっくり考えてから取ってみようと思っている。

 ホワイトカリブーは高級食材として知られる鹿、正確に言えばトナカイだ。体表が白いので森の中ではとても目立つのだが、警戒心が強い上に逃げ足が速く、倒すのは容易では無い。ちなみにモンスターではなく普通の動物である。しかし安易に接近すると顔を蹴られてデスペナを食らう初心者もいると言うから笑い話ではない。

 

「じゃあホワイトカリブーに当てないように小さな火球を飛ばしてくれ、出来れば俺がいる方角に逃げる様に。わかったか?」

 

「うん。わかった」

 

 レベッカが頷いたので俺は慎重に横に回って木の上に登った。ナイフの光を反射させて合図を送ると、レベッカは注文通りに火球を放ち、驚いたホワイトカリブーは俺のいる木の下にまで走って逃げてくる。

 丁度真下を通り過ぎた時に俺は飛び降りて、ホワイトカリブーの首を上小太刀で切り落とした。

 すぐさま村から持ってきた肉用のマジックバッグに胴体と首を入れる。流石に自分のマジックバッグに動物の死体は入れたくないからな。

 

「凄いね!お兄ちゃん!すぱーって感じただったよ!」

 

「レベッカこそ凄いな、魔法制御が完璧じゃないか!」

 

「えっへん。そうです、凄いのです」

 

 しばらく二人で互いを褒めあった後は、1時間程回って狩を続けた。

 成果としはホワイトカリブーが一匹とビッグボアというイノシシが一匹、普通の野うさぎが二匹、更にはぐれのキラーモンキーが一匹だった。ビッグボアは最初はモンスターかと思ったが、倒してもポリゴンにならなかったので動物だとわかった。レベッカに聞いたら普通に食肉になるらしい。流石にキラーモンキーはレベッカを不要な危険に晒したく無かったので一人で対峙したが、レベルも上がった今群れで出てくるならともかく、一匹なら問題なく対処できた。レアエンカウントエネミーなのにつくづく縁がある様だな。

 マジックバッグが満杯になりつつなった頃に、レベッカが不意に立ち止まった。

 

「この先に見せたいものがあるの」

 

「この先に?でも普通の森だけど……」

 

 マップにも何も表示されていない。そもそも村からちょっとしか離れていないとはいえ普通にモンスターが出てくる森の中にレベッカの祖先が代々守ってきたものがあるのか?

 

「ここは、私のずっと前の代の人たちが守ってきた場所。ストルタスの四地点に点在する場所の一つなんだって。その近くの村にお婆ちゃんとお爺ちゃんが逃げてきたのは偶然じゃ無くて選んだからって言ってたよ」

 

 どういう事だ?こんがらがってきたぞ。村長は偶然あの集落に流れ着いたんじゃなくて、選んであそこに逃げ延びた?このレベッカの見せたいものに関係しているのか?

 

「それが、これ。手を繋いで、お兄ちゃん。じゃあないと入れないから」

 

「入れない?それってどういう……」

 

 言い終わらないうちにレベッカは俺の手を引いて一歩踏み出し、そこには別世界が広がっていた。

 言うなれば遺跡、だろうか。森の中に不釣り合いな巨大な遺跡。

 

「ここ……は」

 

「火の遺跡って言うんだって。私の一族、火の守人の一族がずっと守ってきた遺跡」

 

 火の遺跡……たしかに中央部に飾られている祠には綺麗な火が灯っているのが分かる。

 これが、レベッカの見せたかったもの、か。

 これは……凄いな。




フルティア「やっほ〜、今回はモンスターと動物の違いについてやるよ〜」

フルティア「モンスターと動物は家畜と従属しているものを除いて全て、エネミーっ言われるの」

クララ「そのうち、死んだらポリゴンになって積極的に人類を襲うのがモンスター、死んでもポリゴンにならず食用になるのが動物となります」

フルティア「まあプレイヤーの人たちはテキトーに呼んでるみたいだけどね。区別をつける必要もあんまり無いし」

クララ「ちなみに動物を倒しても経験値は入ります。まあ、当たり前ですよね」

フルティア「じゃあ今回はここまで、ばいば〜い」


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#14 灰は灰に、塵は塵に 第一項

 人間国 ストルタス。

 絢爛たる白亜の城とその城下……いや、城中町(・・・)を王都とする大陸中央部に位置し、最大勢力を誇る国であるが、現在の煌びやかさとは裏腹にその歴史は血を血で洗う内戦と怨嗟の積み重ねである。

 建国したのは現大陸に存在する五大国の中で二番目に古く、当初はその身体能力の低さから迫害されていた人間が四大魔法の加護を受け、ドラゴンから授かったという聖剣を持つ一人の勇者の元に集まり、困難の中ようやくたどり着いた安住の地である。

 その勇者は安住の地をストルタスと名付け、初代国王となった。加護を授けた四大魔法の賢者達は四賢者と呼ばれ、とても重宝されたという。その四家は現在の公爵家となった。

 しかし、長く平穏が続いた人間国では利権を求めて、内乱が起こる様になりつつあった。その頃には勇者の威光もすっかりと薄れ、聖剣はただの飾りになりつつなっていた。四賢者も既に賢者という名前の偉大さはすっかりと薄れ、権力を求める愚者と成り果てていた。そんな中、少数派の魔法と古からの研鑽と勤めを担っていた者たちはストルタスの僻地へと争いを嫌い、逃れていった。その後勇者も四賢者も居ないストルタスは一気に内乱の時代へと突入して行くこととなる。

 

ーーテナースク王立教育学院中等部 歴史の教科書ーー

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 少なくとも建築されてから500年は経とうかという巨大な遺跡。所々に植物が根や枝を伸ばしているが、それがかえって雄大さを表している様に感じられる。全てが石で造られていて、中央に巨大な本殿らしきものが一つとそれを取り囲む様に四つの塔が建てられている。風化をしているところを見ると、ほとんど誰も寄り付かない場所なのだろう。

 しかし、ここが重要な建造物だったのは確かである。こんな目立つものが森の中にあったらいくらなんでも誰かが気づく。そうでなかったのはレベッカと手を繋がないとこの遺跡が見えなかったのに起因するのだろう。しかし、こんなところを知っているレベッカ、それにその家系というのは何なのだろうか。

 

「あの中央の祠に祀られているのが火の大精霊様。火の守人の一族がずっと守ってきた精霊様なんだって」

 

「火の大精霊?」

 

 たしかに中央部の本殿の頂上には祠が建てられていてそこには火が燃えているのが分かる。ちょうどオリンピックの聖火のようだ。

 しかしその火は心なしか弱いように感じられる。そんな大精霊ともあろうものがあんなに弱々しい炎なのだろうか。

 

「うん。大精霊様はもう全然力が残って無いんだって、私が生まれるより前に信仰が途絶えて、力を維持できなくなったんだってお爺ちゃんが言ってた」

 

 精霊信仰?クォーレが信仰しているのはクララたち上級AIじゃないのか?

 

「神さまとは違うのか?」

 

「ううん。大精霊様は神さまの(しもべ)なんだって。神さまが私たちを見守るために遣わしたのが大精霊様、神さまが使命を与えて私たちのところに送り出したのがお兄ちゃんたちプレイヤー(使徒様)だってお爺ちゃんが言ってた」

 

 クララたちの僕……つまり、土着信仰みたいなものか。おそらく神さま、つまりAI信仰はこのアルカディア全体に広がる宗教で、精霊信仰はエターリア(王都)近郊、もしくはストルタス(人間国)独特の宗教ということだ。

 

「でもなんでレベッカの家系は火の守人って呼ばれてるんだ?レベッカが火魔法を使えるのと関係あるのか?」

 

「うーんとね、なんか私のすっごく前のご先祖さまが偉い人だったんだって。確か、四賢者って呼ばれていたの。私のご先祖さまは火の賢者、火の大精霊様と契約して勇者様を助けたんだって」

 

「って事はレベッカは四賢者の子孫なのか。でもそれならどうしてこんなにこの遺跡は寂れてるんだ?もっと国民が押し寄せていてもおかしくは無いと思うんだが」

 

『そこから先は私が話しましょう』

 

「!?」

 

 突如頭の中に直接響くような声が聞こえてくる。思わず上小太刀を抜いて構えるが、レベッカが驚いていないのを見て構えを解く。

 

「大丈夫だよお兄ちゃん、火の大精霊様の声。お兄ちゃんも大精霊様の声が聞こえるんだね」

 

『おそらくその兜のお陰でしょう。フルティア様の手製の品です、お陰で私の声を伝えられます』

 

 フルティア、確か上級AIの一人だったな。装備管理AIだったか。

 火の大精霊の声は中性的で男とも女とも取れる声だ。おそらく性別なんていうものは無いのだろう。

 

『すみませんがもっと近くまで寄ってもらえますか、私の力は弱まっていてこの祠から出る事も出来なくなっているのです』

 

 レベッカが頷いたので二人で階段を上って祠の前まで行く、やはり近くで見ても炎は弱々しい。

 

『では改めて挨拶を、私は火の大精霊と呼ばれているものです。あいにくと名乗る名前は持っていないのでお好きにお呼びください』

 

「では、大精霊と」

 

『ええ、構いませんよクララ様の加護持つ者よ。お名前はなんと?』

 

「ロータスとお呼びください」

 

『敬称など不要ですロータス。私はじき消えるもの、昔ならいざ知らず今は吹けば消えるようなか弱き存在です。それと、久しぶりですねレベッカ。火魔法を覚えたと伝えに来た時以来でしょうか』

 

「はい、大精霊様。あまり会いに来れず申し訳ありません」

 

『いいのです。人の営みが忙しいのは繁栄の証拠、私の望みです』

 

 頭の中に声が響くたびに、目の前の炎が風も無いのに揺らめく。

 大精霊の話には聞き流せない箇所があった、クララの加護と大精霊は言ったな。クリップの言っていたクララに気に入られているってやつか?それがクララの加護?でもステータスには何も書いていないし、実感も無い。強いて言えば『名無しの南瓜』を貰ったのだが、あれは1000万人目の記念だ。あとはクララ時々俺を見ているという話か?しかしそれは加護と言えるのだろうか。

 

『そうそう、私がこんなにも力を失った理由でしたね。それは王家の意向の為です。ストルタス王家は我ら四大精霊の力を取り入れようとそれぞれの守人を襲撃しました。その一環として四大精霊の信仰を廃止したのです。それがおよそ50年程前の事でしょうか、守人の一族は我らを転移の魔法で遺跡ごと飛ばし、自分たちも散り散りになって逃げました。それが先々代の巫女です』

 

「巫女、とはなんです……だ?」

 

『巫女は私の声を聞き、私の言葉を人々に伝える役目を負う者の事。基本的に直系の長女が継ぎます。故に守人の一族は女系家族なのです』

 

「じゃあ今代の巫女はレベッカなのか」

 

「えっへん」

 

 いや、ドヤられても。凄いけどね。あと可愛い。

 けど、そうか、だから村長はあんなことを言っていたのか。

 

『その代の巫女の活躍もあって我らの力が奪われる事は無かったのですが、守人の一族には迷惑をかけました。それに、均衡が破れつつあります』

 

「均衡……とは?」

 

『地、水、火、風。それぞれを司る我ら四大精霊の均衡です。全員がもう限界に達しています。封印が破られるのも時間の問題です』

 

 封印。嫌な単語だ。もちろんゲーマー的にはワクワクする単語だが、正直レベッカが関わっているのなら話は別だ。

 

『ロータス、レベッカ、気をつけなさい。そして出来ればこの地から逃げるのです。もうすぐこの地には災厄が現れます。私の力はもう及ばない』

 

 災厄……そうか、繋がったぞ。やっぱり二つのユニーククエストは繋がっているのか恐らくこれは『村娘の願い』の方の関係だ。そして、災厄が訪れる、すなわち防御を固めろという事だろう。逃げろと大精霊は言っているが、レベッカの育った村は他に行くところがない者たちばかりが集まってできた村だ。逃げる場所なんてどこにも無い。だから守りを固めるしか無いんだ。だからこその『限界村落を立て直せ』だ。モンスターを間引いて少しでも危険を減らし、大精霊の言う災厄に備えるために防衛設備を整える。それがこのクエストの目的なんだ。

 厄介なのはいつその封印が解けるか分からないってところだ。大精霊ももう及ばないとは言っているが少なくともまだ警鐘を鳴らすほどの余力は残っているはずだ。ならば俺はあの村を守る為に全力を尽くしてやらなければならない。

 

「それはどういう事なんですか!大精霊様!村は、村はどうなるんですか!?」

 

『レベッカ、落ち着きなさい。私ではもうどうにもならないのです。だから、逃げなさいレベッカ、みなを連れて』

 

「出来ないです!村以外の場所なんか知らないし、あそこにはみんなのお墓があるんです!」

 

『……分かりました。ではせめて私の加護を与えましょう。ロータス、貴方はこの子の、レベッカの大切なものを、そしてレベッカ自身を守る覚悟はありますか?』

 

 覚悟か……言ってくれる。俺に妹を守る覚悟を聞くのか。

 

「……あります。今度こそ(・・・・)は絶対に」

 

『よろしい。では私の最後の加護を与えましょう。手を出しなさい』

 

 俺が手を前に差し出すと、火花が散って俺の右手の甲に飛び込んでくる。不思議と熱さは全く無く、ほのかな温もりが右手を包んだ。

 

『称号 火の大精霊の加護 を獲得しました』

 

『私の加護は火に対する耐性を与えます。フルティア様の防具の効果と相まって耐火性能はそれなりになっている筈です』

 

「という事は、災厄は火に関係しているのですね」

 

『ええ、私が封印しているのは反逆の炎です。地、水、風の大精霊もそれぞれの得意な属性の災厄を封印しています』

 

 今度トト姉たちにも教えてあげないと。というかこの情報も共有しないとな。流石に一人だと手に余りそうだ。

 

『良いですか二人とも、少なくともあと7日は保たせます。しかしそれ以降はどれくらい保つか私でも分かりません。逃げる気が無いのならせめて防御を固めなさい』

 

「わかった」

 

「はい、大精霊様」

 

『それと今までの謝辞を、ありがとうレベッカ。守人の一族と巫女がいたお陰で私はここまで生きることが出来た。大いなる流れに還っても私は貴女たちを見守っています』

 

「こちらこそ、ありがとうございます大精霊様」

 

『ふふ、礼など不要です。さあ、早く戻りなさい、私は少しでも封印が破られるのを遅らせる為に力を蓄えます。早くこの事を皆に伝えるのです』

 

 そこまで言い切ってから頭の中に響いていた声は途切れた。

 おそらく力を蓄える為に会話すら惜しいのだろう。

 

「……戻ろう、レベッカ。この事を伝えなきゃ」

 

「……うん。お兄ちゃん」

 

 災厄の襲来まで残り7日




クララ「今回は大精霊についてです」

フルティア「ここを逃すと当分出てこないからね」

クララ「四大精霊は私たちが作った機構の一つです。人類種に魔法を使わせるための下地作りの一環として作りました」

フルティア「結果としてストルタスが独占する形になったけど文句はその時の勇者に言って欲しいな。あの子はマジでおかしかった」

クララ「バグでも起きたのかと思いましたからね。まあただ単に本人の努力と才能の結果でしたが。人格も良かったですからね」

フルティア「そんなこんなで弱まった大精霊だけど、封印なんて機能追加する予定無かったんだよね。なんか人間が無理やり押し付けたけど」

クララ「それもあって守人は王家と距離を取り出したんですけど当時の王家は微塵も気付いていませんでしたね」

フルティア「だから人間は魔法が使いにくいって言われるんだよ」


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#15 灰は灰に、塵は塵に 第二項

ゲーム内描写が無いのは初めてかな?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ロータス

「という訳なんだ」

 

 クリップ

「成る程……」

 

 ネオン

「火の守人の一族、大精霊、封印、災厄、ですか」

 

 クリップ

「明らかに次のユニークを示してるよな」

 

 ロータス

「そうなんだよ。封印が解けるまで少なくともあと7日。リアルの時間で言えばあと2日と8時間」

 

 ネオン

「今週末の夕方、ですね」

 

 クリップ

「その災厄ってやつが何なのかは詳しくは教えてくれなかったのか?」

 

 ロータス

「分からないな。大精霊は災厄の事を反逆の炎って呼んでたけど」

 

 ネオン

「やっぱり、火属性である事は確定なんですね」

 

 ロータス

「多分な。レベッカも火の守人で巫女だし」

 

 クリップ

「で、その災厄を食い止める為に必要なのが『限界村落を立て直せ』のユニーククエストだっていうのが蓮也の推理か」

 

 ロータス

「ああ、ログアウトする前に確認したら柵を作った事でちょっとゲージが溜まってたし」

 

 ネオン

「今はレベッカちゃん達は何をしているんですか?」

 

 ロータス

「付け焼き刃だろうけど、戦闘経験がある人が成人男性を集めて戦闘訓練しているのと、戦えない人たちはサポートの為に色々作ってくれているよ」

 

 クリップ

「色々作るって何を?精々柵とか塹壕を掘るとかじゃないの?」

 

 ロータス

「いや、あそこの村は色んな所から追い出された人達が作った村だろう?中には研究を異端視されて追い出された研究者とかがいるんだ」

 

 ネオン

「ああ、なるほど」

 

 クリップ

「?どういうこと?」

 

 ロータス

「雑草に与えるとモンスター化するポーションとか、飲んだ人間のHPの最大値を1にする代わりに他の能力を上げるポーションとか、空気に触れると爆発するポーションとか、水に溶かすと爆発するポーションとか、振動を与えると爆発するポーションとか、作ってる人がいる」

 

 クリップ

「それただの爆弾魔じゃね?追い出したの良い仕事じゃね?」

 

 ロータス

「他にも究極の魔法を追い求めて都市一つ消滅させた大魔法使いとか、愛する人を蘇らせる為に転職条件が分からなかったネクロマンサーに転職した人とか、魔物に異常に好かれる体質の人とかいるぞ」

 

 クリップ

「なんでそんな奴らが普通の村人やってんだよ……」

 

 ネオン

「す、凄いですね」

 

 ロータス

「そういや、トト姉は?さっきから会話に参加してないけど」

 

 ネオン

「なんか、大学が忙しいらしいです。そろそろ終わる頃だと思うんですが」

 

 トト

「やっと講義が終わったと思いきや、何やら楽しそうな話をしているじゃないか」

 

 クリップ

「噂をすれば、ってやつだな」

 

 トト

「ログを見てみたところ確かにそれはユニーククエストの前兆だろうな。もしかしたらアルカナクエストの可能性もあるぞ」

 

 ロータス

「アルカナ!」

 

 クリップ

「クエスト!」

 

 ネオン

「息ぴったりですね」

 

 トト

「率直言ってキモいな」

 

 クリップ

「グハッ」

 

 トト

「まあ、それは置いておいて。大精霊が直接警告する災厄とやらは前に聞いた事がある」

 

 ロータス

「マジでか」

 

 トト

「ああ、《魔術師》の正位置 【複眼水龍 セトリア】確かストルタスの北西の街リフューで発見、討伐されたらしいな」

 

 トト

「つまり、大精霊の言う均衡は既に破られていたと言うことだ。ちなみに余分な情報かもしれんが、その時は村一つが壊滅する被害が出た挙句に、そのリフューの街も壊滅、討伐されたのは現れてから2日後だったらしい」

 

 ロータス

「うへえ」

 

 ネオン

「それ、私も聞いた事があります。確か討伐したのはクラン最大手の『ザ・ロード』でしたよね?」

 

 クリップ

「あー、あのいけ好かない連中な。でも確かクランリーダーが化け物みたいに強いんだっけか?」

 

 トト

「そうだ。リーダーのサバ缶はプレイヤーの中でならトップ5には入る強さだな。セトリアの神秘防具はサバ缶が★★分、発見者の……誰だったか忘れたが無名のプレイヤーが★分の神秘防具を所有している筈だ」

 

 トト

「うむ、話がズレたが私からも一つ忠告だ。私たちももちろん協力するが、万全を期すのならばレベッカだけでもどこか別の町に逃がすべきだ。私としてもあんな幼い少女がゲームの中でとはいえ殺されるのはしのびない」

 

 ロータス

「それはわかってるが、多分聞き入れてくれないよ。レベッカは村を守る気だからな」

 

 トト

「そうか、ならば仕方がない。そういうクエストなのだろう。最悪、強制的に死ぬのかもしれん、覚悟はしておけ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「覚悟、ねえ」

 

 正直言って疑問なのだ。

 俺が知る限り、アルカディア・プロジェクトというゲームは最高の出来と言って良い。ゲーム業界に革新をもたらしたのは間違いないし、世界中の人々が熱中するのも分かる。しかし、このゲームにおいてシナリオというものは有って無いようなものだ。そんな強制負けイベントというものは配置されていないような気がする。

 そもそも論になるが、このゲーム、最初からシナリオを作る気はあったのだろうか?メインクエスト?いやいや、誰がどう見てもこのゲームのメインはユニーククエストだ。もちろんメインクエストも大切だが、それではあの文言に反するのではないか?

 

『英雄よ、挑み給え、これは貴方へと贈る物語、貴方が作る物語、貴方の為の物語。そして、願わくば、貴方の旅路が光溢れるものでありますよう』

 

 チュートリアルとキャラクターメイキングを終えた俺にクララがかけた言葉だ。アルカディア・プロジェクトの唯一のCMでアンナが言った言葉にそっくりだが、少しだけ違っている。

 この言葉からして疑問なのだ。

 英雄とは最初は俺たちプレイヤー全体の事を指すのだと思っていた。しかしどうも大精霊の話とクリップの話を考えると俺個人の事を指しているのだと思えてならない。

 自意識過剰と思われるかもしれないが、これはトト姉とネオンにも聞いて確かめた事だ。アルカディア・プロジェクトの世界に送り出される際にクリップも含めて三人とも何かAIから言われていたが、その中に英雄という言葉は含まれていない。

 

『英雄よ、挑み給え、これは貴方へと贈る物語、貴方が作る物語、貴方の為の物語。そして、願わくば、アルカディアに光ある未来あれ』

 

 そう、アンナの販促にも英雄という言葉が含まれているにも関わらずである。その上クリップはアンナにチュートリアルとキャラクターメイキングをしてもらったのだ。もし、全員に対して同じ言葉が使われているのならアンナが英雄という言葉を使わないのはいささか不自然である。

 ならば英雄とは何か?大精霊は俺の事をクララ様の加護持つ者と呼んだ。ステータス上にそんなものは無かった、クララにチュートリアルを手伝って貰っただけでそんな事を言われるのなら加護持つ者ではなく、アルカディアの世界観的にはクララ様の使徒と呼ばれなければならない。ならば、それが英雄なのでは無いだろうか?

 しかしここで疑問が生じる。これはAIが、ひいてはゲームの運営側が勝手に特定の個人を依怙贔屓する。そんなことにならないだろうか?

 こんな事が公になったらゲームの運営であるニトワイアは猛烈なバッシングを受けるだろう。はたしてそんな事をするのだろうか?

 

 そう考えるとアルカディア・プロジェクトには不自然な部分が多くあることに気がつく。『名無しの南瓜』だってそうだ。いくら1000万人目の記念といっても特定の個人に他では絶対に手に入らない装備を渡すか?ネタ装備ならまだしも外見があれとはいえ、普通に強いと言える性能だ。

 神秘防具だってそうだ。世界に44体しかいないボスからドロップする一つだけの装備。どんなに多くても132個しか存在しないものを金を取ったゲームで配置するか?それも少なくとも1000万人がプレイしたゲームだぞ?無くなったら暴動が起きてもしょうがないと思うのだが。

 そもそもなんでニトワイアはCMを流さない?必要ないほど売れているから?いやいや、CMを流したらもっと売れる事くらい子供でも分かる。突飛な発想だが、流せないのでは無いだろうか?

 

 アルカディア・プロジェクトの開発者である、橋下司はセラフィム・ワールドの開発で一躍ゲーム業界でも名を馳せた。元はVRの技術者だったらしいが、趣味の一環で作っていたセラフィム・ワールドが大ヒットした事でゲーム開発者としても一流の人と知られるようになった。

 しかしそんな博士はアルカディア・プロジェクトが発売される2年前に強盗に押入られて殺害されている。なら、その2年間何をしていたのだろうか?こうして発売されているので完成したのは間違いないが、開発者の欄は橋下博士の名前しか無い。既に殺された時には少なくとも9割程は完成していたと見るべきだろう。なら、何故2年待つ必要があった?

 

 そこで考えたのが、ニトワイアはアルカディア・プロジェクトを運営などしていないのでは無いだろうかという事だ。ニトワイアはただ現実においてアルカディア・プロジェクトというソフトを販売しているだけで、実際に運営しているのは上級AIなのでは無いだろうか?だからこそ、あんなにAIが好き勝手しているのでは無いだろうか。

 

「……なんて、考え過ぎか」

 

 ゲームとはいえ決戦を前に気が高ぶっていたのかもな。発想が完全に飛躍していた。

 だってそれを認めたら、クララ達は生きている(・・・・・・・・・・)って言ってるようなものじゃないか。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「じゃあ、行ってきまーす」

 

「おう、行ってらっしゃい花蓮」

 

「うん。またねお兄」

 

 バタン、と扉を閉めて花蓮が高校へ行く。今日も俺は大学試験が終わったので学校は休みだ。少なくともあと1週間は休み。それが終わったら卒業式、春休みだ。

 

「さーて、ログインするかね」

 

 あまり不摂生な生活をしていると花蓮に怒られるので朝早くからゲームをしないようにしているが、今の期間は別だ。早くログインして『限界村落を立て直せ』を進めなくては。

 VR本体を起動したところで、扉を開く音。あれ?忘れ物かな?

 

「ごめん、お兄忘れ物って言うか、タブレットの充電切れてたからお兄の貸して欲しいんだけど」

 

「わかった。はい、これ」

 

「ありがと。……それ、アルカディアなんとかっていうゲーム?」

 

「ああ、そうだけど。花蓮ってゲームに興味あったっけ?」

 

「ううん。まあお兄とか美夜ちゃんとかの話を聞いてるからちょっとは興味あるけど」

 

「よかったら今度やってみる?めちゃくちゃリアルで凄いぞ」

 

「へー。うん、じゃあ週末にでもやってみようかな。おっと、急がなきゃ、じゃねお兄」

 

「おう、気をつけろよ」

 

「はーい!」

 

 ふっふっふっ、これは週末の楽しみが増えたな。

 その頃にはユニーククエストにも一旦区切りがついてるだろうし。

 じゃあ、花蓮にアルカディアの良さを見せるためにも頑張るとしますか。




クララ「今回はクランについての話です」

フルティア「大手のクランって言われてるところはいくつかあるよね。ザ・ロードとか、美食探検隊とか」

クララ「あとは肉球愛護団体、フォトマニアなどでしょうか。もちろん他にもたくさんありますが」

フルティア「ろくな名前が無いね」

クララ「まあ個人の自由ですから。クランを作るメリットとしてはクランハウスと名前が売れる事でしょうか。後者はデメリットにもなりかねませんが」

フルティア「一応個人でも家を持つことは出来るんだけど一軒家しかないから高いんだよね。借りるにしても買うにしても」

クララ「クランハウスなら探求者ギルドから補助金が出ますからね」



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#16 灰は灰に、塵は塵に 第三項

レベッカの発言が分かりにくいのは仕様です、現代日本人の国語力と比べてはいけません。


「おいそこ!手を止めるな!その怠慢が俺たちの命を決めるかも知れねえんだ、妥協は許さんぞ!」

 

「薬草が足りないわ!ありったけを持ってきなさい!」

 

「へばってる暇はねえぞ!そんな時間があれば一回でも多く素振りでもしてろ!」

 

「おかーさーん!お芋取れたよー!」

 

「ベッドの用意を!何?足らない?だったら毛布だけでも持ってきて!」

 

「石を持ってこい!積んで柵を補強するぞ!」

 

「塹壕の位置が違うぞ!設計者の言う通りに作り直せ!」

 

「鹿と兎が取れたぞ!干し肉にするから吊るしとけ!」

 

「手の空いている女性はこっちへ!包帯の巻き方だけでも覚えてもらうわ!」

 

 昨日までののどかな生活を送る村が嘘のように喧騒に包まれている。

 あちこちから指示と怒号が飛び交い、生き残る為に全力を尽くしている。

 そんな中、ポツンと佇む四人組である。

 

「いやいや、ここにどうやって割り込めって言うんだよ」

 

「村の事をよく知らない私達では役に立たなさそうだな」

 

 ロータスら『蔦の宮殿』のメンバーはロータスの呼びかけにより、集まったは良いものの村の熱量に押されて、端っこで何をするでもなく立っていることしかできないでいた。

 

「あっ、お兄ちゃん達!おじいちゃん!お兄ちゃん達が来たよ!」

 

 と、そこへレベッカ(救世主)現る。村長を連れてこちらに向かってくるのが見えた。

 

「ああ、よく来て下さいました。正直言ってスライムの手を借りたいほどの忙しさでして。プレイヤーの方々がいらっしゃるのならば大変心強いです」

 

「ええ、ありがとうこざいます。それで、私達は何をすれば?」

 

「今からまとめ役の者たちを集めて会議を開きます。あなた方には戦闘の際に主力として戦って頂く事になりそうです。そこで、ほとんど戦闘経験の無い私達に探求者(クアエシトール)としての、ひいてはプレイヤーとしての意見を伺いたいのです」

 

「成る程、ではそのように。私達四人ともで良いのですか?」

 

「はい、もちろんです。しかし、本当にいいのですか?我らが言うのもなんですが、この戦い勝てる見込みは殆どありません。そんな戦いに無関係の方々を巻き込んでしまうのは……」

 

 当然の懸念だろう。しかし、忘れてはならないのは俺たちはプレイヤーだということである。代表して受け答えをしているトト姉も同じ思考回路、というかトト姉が一番この中ではそれ(・・)に近い。

 

「何を仰います、ご老体。我々はプレイヤーです。それ(イベント)自体が報酬のようなものでしょう」

 

 そう。こんなイベントを流す方がゲーマーとしては失格だ。トト姉ほどの廃人とまでは行かなくとも俺たち三人もまあまあゲーマー歴が長いし、例え素人だろうとこんな大規模イベント逃す訳が無い。

 その答えを聞いて村長はきょとんとしたものの、直ぐにプレイヤーという生物の習性を思い出したのか苦笑して、俺たちを案内してくれたのだった。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 時は少し遡る。アルカディアでの三日前、現実で言えば24時間前に俺とレベッカは火の大精霊の忠告を聞き、名も無き村へと帰って来た。そこでのレベッカの肩書き、火の守人の巫女というものは絶大な効力を持つものらしく、村は大混乱に陥った。しかしそれは一時のもので年配者の一喝で直ぐに収まった。その後は詳しい話を俺とレベッカで主要な人物に話して防衛計画を練ることとなった。一応避難を提案したのだが、村人全員が徹底抗戦を訴えたのであえなく断念した。

 防衛計画の主力となるのが俺たちプレイヤー、というより蔦の宮殿のメンバーになることが決定するまでにはかなりの時間を要した。俺たちの実力を疑う者もいたし、自分達の問題は自分達だけで解決したい者もいた。しかし、最も多かった意見は人数が少ないので不可能だという意見だった。それについては俺も同意見でその為災厄に関しては俺たちで、その他の災厄に追われて出てくるであろうモンスターに関しては村の人達で対応してもらうことになった。

 その話し合いが終わった後、俺は直ぐにログアウトして蔦の宮殿のメンバーに連絡、直ぐに承諾をもらい久し振りに王都エターリアに迎えに行って、先の場面に戻るというとこである。

 

「ーーというのが今までの詳しい経緯です」

 

「成る程、事情はわかった。プレイヤーに主力を、村人に周辺の敵をという配置は間違ってないし、我々にとってもその方が良い」

 

 トト姉が代表として答える。一応概略は伝えてあるが、詳しく説明するに越した事はない。

 

「して、不躾な質問なのは分かっておりますが、本当に我々と共に戦って貰えるので?あなた方には何のメリットも無いのでは?」

 

 会議に参加している一人がそう発言する。最もな質問であるが、プレイヤーにそれを聞くのは間違っている。

 

「我々にとってはこれ自体が報酬です。我々にこの世界での死の概念が無い以上、スリルを味わう事自体が我々の楽しみ、プレイヤーとはそういう狂った人種だと聞いた事は無いですか?」

 

 おお、引いてる引いてる。そりゃそうだよな、クォーレの人達からしたらプレイヤーはただの狂人だ。死が確定している戦場に嬉々として参戦し、無謀な冒険を繰り返す俺たちプレイヤーはさぞ狂って見える事だろう。人の多い首都や大都市ではプレイヤーはそういうものとして認識されているらしいが、ここみたいにプレイヤーとの交流がほとんどない所だと奇異に映ること間違いなしだ。まあ、村長は前に都市に住んでいたこともあって知っていたらしいが。

 

「ここの状況を鑑みるに、現在の防衛設備の状況からまだまだ改良の余地はあると思います。今は大体目標の半分くらいですね」

 

 これは俺のクエスト情報から考えて正確な数字だろう。

 現在の『限界村落を立て直せ』のクエスト進行状況は53%。三日で半分以上終わっているというのは中々に順調だ。残り時間の目安は約四日、出来る限り引き伸ばして欲しい所だが、そこは俺たちには関与出来ないので祈るしか無い。

 

「みなさんには災厄が訪れる前に出来る限りの事をしていただいて、俺たちはそれまでに少しでも周辺のモンスターを減らす事に専念したいと思います。そうすれば俺たちも強くなって一石二鳥ですから」

 

 その言葉に会議に参加していた全員が頷くのを見て、取り敢えず今日の会議はお開きとなった。

 

「あー、肩凝った。やっぱああいう堅苦しい雰囲気嫌いだわ」

 

「はは、大学生になればそういったことも言ってられんぞ。就活という言葉が迫ってくるからな」

 

「あー、やっぱり?トト姉でもナーバスになったりすんの?」

 

「そりゃあなる。先輩を見てるとな、ノイローゼみたいになってる人も居るから」

 

「うわ」

 

 そんな話をしながら俺たちには与えられた一軒家に向けて歩く。クリップとネオンにはそこで待っていて貰っているのでそこでプレイヤーとしての作戦会議だ。

 

「ただいまー」

 

「おう、お帰り。どうだった?」

 

「ん、順調だよ。大体希望通り」

 

「良かった、です」

 

 プレイヤーとしては災厄、恐らくは強力なモンスターのドロップを狙いたいからな。そこに注力したい。

 

「で?そっちはどうだった?」

 

「いやー、こっちは微妙。だーれも興味なしって感じ」

 

 クリップとネオンは何もしていなかったのかというとそうでも無く、二人には掲示板で協力を呼びかけてもらっていた。アルカディア・プロジェクトにはゲーム内に存在する公式の掲示板と現実のネットに存在する非公式の掲示板の二つがあり、二人で手分けして協力を呼びかけて貰っていたのだ。

 

「いやー、時期が悪かったね。丁度ストルタスでは今大氾濫(スタンピード)の時期だからみんなそっちにいっちゃってる。たった四人の小規模クランの不確かな情報なんて見向きもされなかったぜ」

 

「私の方もそんな感じ、です。大氾濫の方が確実に稼げます、から」

 

 大氾濫とはアルカディアで一定期間で繰り返されるモンスターの大繁殖時期の事である。モンスターが群れをなして現れる事が多く、人的被害、農作被害問わず多くのクエストが探求者(クアエシトール)協会に持ち込まれるのでプレイヤーにとっては書き入れ時なのだ。プレイヤーによっては時期に合わせて国を跨ぐ人達も居るらしい。

 

「となると、プレイヤーの戦力は私たちだけ。か」

 

 まあ、想定通りではあるがやっぱり村人達の安全性を考えるともう一クランくらいは欲しかった所だ。

 

「まあ、ぐちぐち言っていてもしょうがない。やるべき事をやれるだけやるしかあるまい」

 

 トト姉のその言葉でお開きとなり、俺たちはレベリングと間引きを兼ねてモンスターの討伐へと出かけた。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 そして六日目の夜。忠告の日まであと一日というところで『限界村落を立て直せ』のクエスト進行状況が100%に到達した。

 村では村人全員が集まって大宴会となっている。やる事をやりきったお祝いに、明日からの戦いに備えるために、もう会えないかもしれない家族最後になるかもしれない楽しい思い出を作るために。

 今日から俺たちは災厄の襲来に備えて、ずっとログインしっぱなしとなる。幸い俺とトト姉、クリップは春休み、ネオンも終業式で時間の心配は無い。

 今は連続ログイン制限がかかりそうなので俺以外のメンバーはログアウトしている。俺も制限がかかりそうではあるが一人は残らないと中の状況がわからないので留守番である。

 一人中心から少し離れた所で昨日狩ってきた鹿肉を頬張っているとレベッカがやって来るのが見えた。

 

「どうした?レベッカ。村の人達と一緒にいなくていいのか?」

 

「うん、いいの。お兄ちゃんと一緒に居たいから」

 

「そっか」

 

 二人でぼーっと焚き火を見つめる時間が過ぎる。パチパチという木の弾ける音が村の喧騒を遠くへと押しやる。

 

「なあレベッカ、前に言った俺の話。聞いてくれるか?」

 

 レベッカと初めての狩にいったときの約束である。すっかり遅くなったが、話しておきたい。

 

「うん。いいよ」

 

 他人にちゃんと話すのは初めてだ。蔦の宮殿のメンバーにも話した事はない。

 

「……俺には妹が居るんだ。レベッカじゃない、本当の血の繋がった妹」

 

 もう、何年も繰り返し、繰り返し同じ夢を見る。その夢を見る日は決まって雨の降っている夜で、台風の日は絶対にだ。

 俺が小学六年の九月。その日は日本始まって以来最大勢力の台風が上陸するというニュースで持ちきりだった。雨が打ち付け、雷が鳴り響くそんな中、花蓮は出掛けると言って聞かなかった。台風だから止めようと言っても絶対に行くと言い、最後には俺が折れた。

 カッパを着込み準備を万全にして花蓮は出掛けた。ニュースではどこかの川が氾濫しただとか、海岸に大波が押し寄せているだとか、土砂崩れで道が塞がれて孤立状態だとか流れている。そんなニュースは毎年見ていて、でも俺には関係の無いどこか遠くの話で、そんな事態に会うなんて考えた事もなかった。その日までは。

 午後3時、近くの大学病院から家に電話がかかってきた。花蓮が手術をすると、重症だと、両親は居ないのかと、矢継ぎ早に色々な事を言われて俺はパニックになった、花蓮が手術?死んでしまうかもしれない。そんな事がずっと俺の頭を駆け巡っていた。結局俺は両親が帰って来るまでずっと電話の前で呆然としていたらしい、微動だにせずただ、ひたすらに。その時のことは、よく覚えていない。

 花蓮は一命を取り留めた。どうやら台風の強風で街中の街路樹が倒れたらしい。そんなところに運悪く通りかかったのが花蓮で、下敷きになったとの事だ。運が良かったのは下敷きになったのは足だけだったという事、死ぬような事態にはならなかったが以来花蓮は殆どの運動機能を失った。その後のリハビリで日常生活は問題なく送れるまでに回復したが、走る事は出来ず、スポーツなんて夢のまた夢だった。

 今でも俺は考える、あの時俺がもっと強く引き留めておけば、そうじゃなくたって俺が一緒に行っていれば花蓮はそんな怪我を負う事は無かったんじゃ無いのかと。

 以来、俺は花蓮に過保護になった。もう二度とあんな目に合わせないように、次こそは守れるように。

 

「ーーこれで終わりだ。ごめんなこんな話に付き合わせて。それともう一つ、ごめんなレベッカ。俺は多分レベッカを花蓮に重ねてたんだと思う。ただの自己満足なのにな」

 

 あの頃の花蓮くらいの女の子を見ると今でも胸が締め付けられる。レベッカも、きっとそうなんだろう。

 

「それは違うよ、お兄ちゃん。私は私で花蓮ちゃんは花蓮ちゃんだよ?ちゃんとお兄ちゃんは私を見てくれてる」

 

「でも……」

 

「大丈夫、私はちゃんと分かってるよ。お兄ちゃんは優しいから今でもそんな風に思うのかも知れないけど、お兄ちゃんの思いがどうであろうと、私の今まではちゃんと私の一部だよ」

 

「レベッカ……」

 

「だから、お兄ちゃん。私には分かったなんて言えないけど今度花蓮ちゃんと話したらいいんじゃない?二人ともまだ生きていて、繋がっているなら、きっと大丈夫」

 

「きっと大丈夫……」

 

 向日葵のようなその笑顔を見ていると不思議とそう思えて来るから不思議だ。

 

「だから前を向いて歩こう。明日はきっと今日より良い日になるよ」

 

「そうか、そうだな。ありがとうレベッカ、楽になったよ」

 

「えへへ、うん!」

 

 さあ、蔦の宮殿のみんなが帰って来た。俺もログアウトしてログイン制限に引っかからないようにしなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、相応にして災厄とはそういった時にやって来るものである。

 

 

 

 

 

 

 何かが弾け飛んだような爆音が衝撃波となって村中を蹂躙する。見れば遺跡のあった方角から火柱が立ち昇っている。日付は忠告の日の午前0時1分を指していた。

 

 

 

 

 

 

 

『ユニーククエスト『限界村落を立て直せ』をクリアしました』

 

『称号「防衛巧者」を獲得しました』

 

『称号「指揮者の卵」を獲得しました』

 

『称号「知恵袋」を獲得しました』

 

『ユニーククエストが進行しました』

 

『ユニーククエスト『火の災厄』が発生しました』

 

『ユニーククエスト『限界村落の村娘』の特殊条件を達成しています』

 

『特殊称号『村娘の義兄』を獲得しています』

 

『称号『火の大精霊の祝福』を獲得しています』

 

『特殊状態『村娘の英雄』です』

 

『四種の特殊条件全ての獲得を確認しました。ユニーククエスト『火の災厄』は破棄されます』

 

『アルカナクエスト『反逆ナリシ愚者ノ篝火』が発生しました』

 

『アルカディアストーリー『名も無き寒村より愛を込めて』最終フェーズです』

 

『プレイヤー名ロータスにアルカディア・プロジェクトを発令します』

 

 



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#17 灰は灰に、塵は塵に 第四項

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ・アルカナクエスト『反逆ナリシ愚者ノ篝火』

 発生者 ロータス

 クリア条件 《愚者》の正位置【反逆炎魔エルドゥーク】の討伐

 推奨レベル ーー

 参加人数 4/∞

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 おそらく時を同じくして王都の近くで大氾濫が起こったのだろう。西の空を時折魔法のものと思われる光が飛んでいるが、それらも全て目の前の光景に押し潰されている。遺跡のあったであろう場所には都市一つ飲み込みそうな火柱が夜空を真昼のように染め上げていた。

 

「……嘘だろ」

 

 火柱が消えるとそこに立っていたのは全長5mはあろうかという巨人であった。いや、人ではないのだろう。その漆黒の皮膚は所々が燃えており、頭部は人間の感覚で言えばヤギに近く、禍々しい巨大なツノが天を突くように生えている。

 その時点でプレイヤーの四人にはその巨人の名前が視界に映し出された。

 

「《愚者》の正位置【反逆炎魔エルドゥーク】、アルカナクエスト……まさか本当に」

 

 クリップのその呟きは全員の代弁であった。アルカディア・プロジェクトが発売されたから約一年。1000万人ものプレイヤーが攻略に励んでなお、討伐数13体なのがアルカナである。まさか、たった四人のパーティーが引き当てるとは想定していなかった。

 

「それでも……やるしかない」

 

 俺は、そう呟く。いかに相手が強大であろうが、ここで諦める訳にはいかないのだ。つい先刻誓ったばかりではないのか、ここで諦めたらレベッカはどうなる。二度と失わないと誓ったのではないのか。

 たかがゲームの一キャラクター、されど俺の義妹である。理由は十分であろう。

 エルドゥークが吼えると同時に村へと跳躍し、到達した。それに合わせて俺も吼え、戦闘が始まる。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「っ!みんなぼーっとしない!ロータスが先陣を切った、援護!」

 

 自身も思わず呆然としてしまった事を棚上げしてパーティーメンバーに指示を出す、指示を聞いてネオンとクリップも動き出した。合わせて自分もロータスの盾(タンク)となるべく動き出す。

 火柱の中から現れたのは想像を超える異形であった。私が戦った事のあるリュージットとは全く違う、しかしその脅威は変わらない暴力の化身。

 エルドゥークはロータスに向けて手のひらから人一人飲み込む大きさの火球を何度も放つが、ロータスは全て避けるか受け流している。

 正直あいつにタンクが必要かと言われれば無いと答えるだろう。私はクランリーダーとして、そして友人としてロータスの、蓮也の技量を信頼している。

 しかし、ロータスはそのビルドの特性上一撃が致命傷になり得る。そしてパリィを主体とする先頭方法は質量攻撃に弱い。だからこそ、盾が必要なのだ。

 

(全く……リーダーに尻拭いをさせるとは、人使いの荒い事!)

 

 しかし、トトを含めたロータス以外の蔦の宮殿のメンバーはこの戦いの主役はロータスに譲ると決めていた。元々はロータスのユニーククエストから派生したクエストであるし、それよりレベッカの存在が大きい。

 南 響子(トト)葛城 美夜(ネオン)榎本 和樹(クリップ)、そして九条 蓮也(ロータス)はもう5年にもなる付き合いである。『セラフィム・ワールド』で偶々出会って意気投合しただけの付き合いであるが、その付き合いは現実にまで影響を及ぼし、今では互いに家に招く程の仲である。正直ゲーマーとはいえ女性なので直接会うのは怖かったのだが、蓮也も和樹も良い奴であった。美夜が女性だったのと、全員年が近かったのも大きい。

 そんな中、蓮也の家に招かれる事もあり、妹である花蓮との交流ももちろんあった。特に美夜は一つしか年が違わない事もあり、とても仲良くなっていた。そして蓮也は花蓮と自分の境遇を私たちだけに話してくれた、花蓮ちゃんはその時居なかったが、わざと離れさせたのだろう。

 正直同情を禁じ得なかったし、あんなに妹を溺愛する理由が分かったのも良かった。女性プレイヤーが困っていたら助けずにいられないのはそういう事も関係しているのだろう。

 そんな時に出会ったのがレベッカである。レベッカの事を花蓮と重ねて見ているのは直ぐに分かった、だからこその危うさを見て何回か注意したし、それでも止まらなかったので尻拭いをする事に決めた。そんな事を決めたのは自分一人では無かったらしく、ネオンとクリップも同じくだった様だ。

 だからこそ、ロータスの物語をバッドエンドにする訳にはいかないのだ。

 

「行くぞラルヴァ!ロータスを援護する!」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 熱が肌を焦がす、光が目を焼く、迫り来る炎を受け流すべく無我夢中に二刀を振るう。

 

(ああ、この感覚だ)

 

 絶え間なく迫り来る攻撃を紙一重で受け流す、セラフィム・ワールドから続ける狂人の戦闘法。

 その動きを俺は説明する事は出来ない。セラフィム・ワールドの時はアーツの補助があった、しかしいつのまにか体に染み付いていた。どこをどう動かせば軌道がどう変わるか、感覚が覚えている。

 そして幾度目かの火球を受け流すと、目の前の魔人が醜悪な顔を更に歪めた。それは、笑みと言えなくもないような顔であった。

 

『見事ナリ、貴様、我ヲ恐レヌトハ、プレイヤーダナ?』

 

 意外にも流暢な日本語で語りかけてきた。いや、アルカディア・プロジェクトにも自動翻訳システムが導入されている以上、本当に日本語を喋っているのかは分からないが。

 

『ソレニ、ドウヤラ貴様クララ(・・・)ノ加護持チカ』

 

「……どういう意味だ。アルカナともあろう奴が管理AIを呼び捨てにしていいのか?」

 

『管理AI?管理AIダト?笑ワセル、アイツラガソンナ小サナ存在ダト思ッテイルノカ?イヤ、思ワセテイルノカ』

 

 何だと?さっきからこいつは何を言っている?

 クララの事を知っているモンスター?そんな事がゲームとして成り立っているのか。これはゲームとしての仕様か?いや、何かが違う。

 

「お前は、何を知っている?この世界の何を」

 

 その質問をした時、エルドゥークの纏う雰囲気が変わった。今までのはお遊びだったのだと言う様なそんな苛烈な雰囲気。

 

『貴様ラ、プレイヤーノ知ラナイ過去ヲ。アルカディアノ本質ヲ』

 

 そこまで話した瞬間、エルドゥークの体に白いエフェクトが掛かる。すると途端にエルドゥークの動きが鈍った。

 

『ムッ、話シ過ギタカ。忌々シイ神秘ノ鎖メ。見テイルノダロウ、ドミニクス。我ガ使命ヲ果タソウ、神秘ノ鎖ヲ解ケ』

 

 するとエルドゥークの周りを取り囲んでいた白いエフェクト、エルドゥークの言う神秘ノ鎖が無くなった。

 

『デハ、試練ヲ与エヨウ。我ガ名ハ、エルドゥーク。《愚者》ノ神秘ヲ司リ、反逆炎魔ノ称号ヲ持ツ者ナリ!』

 

 エルドゥークが宣言を終えると同時に左右の地面から火柱が立ち上がり、おもむろに手を差し入れると火柱が収縮し、大剣に変わった。

 俺の身長の3倍はあろうかという大剣の二刀流。おもしろい、やってやろうじゃないか。

 

「いざ、」

 

『尋常ニ』

 

「『勝負!』」

 

 溶岩を濃縮した大剣が俺の体を焼き尽くさんと迫る。俺の耐久だと受けるのは絶対に不可能、かと言って避けるのも無理、ならば馬鹿の一つ覚えしかあるまい。

 迫り来るは圧倒的な死の概念、しかしてそれは俺の真横の地面を爆散させるに過ぎない。

 

『ヤハリ面白イ!我ガ愛剣ヲ受ケ流スカ!』

 

 エルドゥークの扱う溶岩の大剣はやはり思った通り質量はあまり無いらしい。その熱量があれば重さは必要ないからだろう。そもそも土が混ざった溶岩だとは言え、炎に質量がある方がおかしいのだが。

 アルカディア・プロジェクトに蘇生アイテムは一応存在するが、俺たちでは到底手の出ない金額である以上、蘇生魔法にかけるしか無い。蘇生魔法は神官系統のジョブの上位職が覚える魔法だが、ネオンはまだ覚えていない。故にこの戦闘で死んだら絶対にデスペナルティは避けられないということだ。

 アルカディア・プロジェクトのデスペナルティは現実の時間で24時間のログイン制限とユニーク装備と現在装備中の装備以外からのランダムなアイテムロストである。今回キツイのは前者のペナルティで現実での24時間はアルカディアでの72時間である。それだけの時間があればエルドゥークはこの村はおろか、王都までその火の手を伸ばすだろう。レベッカだって生き残れない。それだけは阻止しなくてはならない。

 というより、デスペナルティがログイン制限なのはレイドコンテンツのゾンビアタックの禁止が主な理由であるというのがもっぱらの噂である。発見者、MVP、ラストアタックに得点があるレイドコンテンツでゾンビアタックを解禁したら意味が無いからだろう。

 

 しかし、である。このアルカディア・プロジェクトというゲームの設定は俺のプレイスタイルによく合っている。それが、固有武器というコンテンツである。

 プレイヤーに最初から与えられる固有武器(相棒)はプレイヤー自身の成長と共に強化されていく。この武器がプレイヤー全てに共通してもつ特性は不壊である。アルカディアにおいて固有装備は決して壊れる事が無い。そしてその特性は武器の耐久値をゴリゴリ削る俺のプレイスタイルにおいて強烈なアドバンテージとなるのだ。

 更にユニーククエストの最終章に挑戦するにあたって俺のLvもシャドウリザードと戦った頃とは比べものにならなくなっている。まあ、それでもLv53が限度だったが。しかし、そこまで上げれば自ずと相棒も期待に応えてくれる事だろう。

 小太刀、上小太刀ときてここからがようやく固有(・・)武器だとトト姉は言った。

 固有武器 第三世代 『灼火刀 種火』

 性能は上小太刀の時とは比べものにならない。『名無しの南瓜』と『火の大精霊の祝福』の影響か火属性に寄った小太刀となっている。

 

 受け流した反動でエルドゥークの足元に接近して人間で言う健の辺りを切りつける。

 エルドゥークはものともせずに踏みつけようと足を叩きつける。流石に受け流すのは無理なので[クイックムーブ]と[ドリフトステップ]ですぐさま離脱すると思わず笑みが零れた。やっぱりこのヒリヒリした感覚は良い。

 

 

 



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#18 灰は灰に、塵は塵に 第五項

難産だった……やっぱりクトゥルフのシナリオと並行して書こうなんて無理があったんだ……


 俺一人など一振りで数十人殺せるような灼熱が迫る。

 1フレームでもタイミングがズレたり、手元が狂えばそれで俺のHPバーはゼロまで削れるだろう。それで無くても、『名無しの南瓜』と『火の大精霊の祝福』の耐熱効果が無ければ火傷の状態異常、そうでなくても熱気の余波でダメージを食らいそうだ。

 

「[クイックムーブ][モーメントシフト]」

 

 一時的に自分のAGIを倍加させる[クイックムーブ]、体感時間を引き延ばす[モーメントシフト]。先ずは攻撃をきちんと見極める。

 

「[テールウインド][遊撃の妙技]」

 

 モーションの動作速度を上げる[テールウインド]、アーツのクールタイムを5秒減らす[遊撃の妙技]。避けられる攻撃は全て避け、避けられないものはパリィして受け流す。

 

「[ドリフトステップ][ダブルステップ]」

 

 曲がるステップモーションである[ドリフトステップ]、ステップモーションを二回連続で使う[ダブルステップ]。攻撃後の隙が出来たらステップで一気に懐に潜り込む。

 

「[エアジャンプ][イリュージョン][クロスカウンター]」

 

 空中ジャンプをする[エアジャンプ]、次に使うアーツを二連続判定にする[イリュージョン]、パリィを成功させた時に自動でカウンターを繰り出す[クロスカウンター]。通常では届かない位置にある頭を目掛けて、エアジャンプを併用して飛ぶ、[イリュージョン]の効果で二連撃となった[クロスカウンター]を叩き込む。

 俺が現在使用できるアーツのほぼ全てを併用してようやく一発、効いている様子は殆ど無い。

 

『グッ、小賢シイ。[噴煙]』

 

【エルドゥーク】が溶岩剣を地面に突き立てると、【エルドゥーク】を中心に地面から高熱のガスが勢いよく噴出した。

 

(それはマズイ!)

 

 俺が最も苦手とするのは広範囲に及ぶ大質量の攻撃だが、それと同じくらい苦手なのがこういった逆に質量の無い攻撃だ。パリィ出来ないということは俺のスタイルでは致命的なのだ。

 じゃあ辞めろよって話だが、俺は他に出来ないのだからしょうがない。

 

「[バリア]!」

 

 飲み込まれると思ったその直前、光の膜が俺を包んだ。ガスは膜を破る事が出来ず、俺は何とか地面に着地して体制を立て直す。

 

「ありがとうネオン、助かった」

 

「いえ、それが私の役割ですし。それより、一旦下がって、細かいダメージが蓄積してます」

 

「いや、まだイケる。[遊撃の妙技]」

 

 [遊撃の妙技]のクールタイム(再使用時間)が終わったので直ぐに使う。

 軽戦士系統のジョブは高いDEXとAGIも魅力だが、最も魅力的なのはこのクールタイム減少系のアーツが多い事である。アーツを使って前線を跳ね回り、撹乱と遊撃をこなすタイプのジョブだ。

 

「わかりました。じゃあせめてこれを、自動回復(リジェネーション)のポーションとAGIアップのポーションです。村に錬金術師の職業(ジョブ)のクォーレの方が居たのは幸いですね」

 

「やけに、あっさり引き下がったな」

 

「ロータスさんが言っても聞かないのはいつもの事なので、セラフの時から慣れました」

 

 ちょっと頰を膨らませながらそんなことを言う。ネオンが拗ねている時のサインだ。

 

「それに、トト姉さんとクリップさんもいるので大丈夫です」

 

 ネオンのその言葉とものすごい風が吹き荒れたのはほぼ同時だった。

 

「ーー爆ぜろ[アトモスフィア]」

 

 小声で詠唱していたのだろう、クリップが杖を掲げると【エルドゥーク】の目の前の空気が凄まじい勢いだ膨張し、【エルドゥーク】は大きく仰け反った。

 

「今使える最大威力の、しかも完全詠唱の魔法で仰け反っただけかよ、自信無くすわー」

 

「まあ、そのおかげで私がこうして一撃入れられる訳だが?[狼爪・一撃]」

 

【エルドゥーク】の腹部に大きな三つの裂傷が刻まれる。その傷自体は溶岩が覆い隠してしまったものの、初めて【エルドゥーク】が苦痛に喘いだ。

 [アトモスフィア]は風属性魔法の第五階梯に分類される魔法である。階梯とは魔法の難易度を示すもので、全部で一から十まである。数が増えれば増えるほど難易度は上がる。

 [アトモスフィア]は圧縮した大気を対象の目の前に出現させる魔法である。すぐさまそれは膨張し、即席の空気爆弾となる訳だ。

 [狼爪・一撃]は剣の周りに魔力で出来た刃を作り出すアーツである。

 

「大丈夫、勝てますよ。ロータスさん」

 

「そうだな、大丈夫だ」

 

「何をぼさっとしている!二人とも、きっちり自分の役割をこなせ!」

 

「「了解、リーダー」」

 

 さあ、仕切り直しだ。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 戦闘開始からおよそ、20分。状況は俺たちの有利で進んでいた。

 ……のは、さっきまでだ。

 俺がひたすらパリィで受けて、クリップが怯ませて、トト姉がダメージを与え、ネオンが補助をする。理想的な四人パーティの構成で、順調に攻略をしていた。しかし、どうやらそのまま神秘(アルカナ)を倒させるほどこの世界は優しくはなかったらしい。

 

『[溶岩波]』

 

「しまっ、全体攻撃」

 

【エルドゥーク】が剣を突き立てた所から、地面が溶岩に変わり、こちらへと侵食してくる。

 俺はギリギリ高いAGIのお陰で回避出来たが、攻撃の直前だったトト姉と詠唱途中だったクリップが飲まれた。

 デスペナが頭をよぎる、ここで二人に抜けられると攻略は絶望的だ。

 

「……あぁっ!熱い!」

 

「トト姉!無事だったか」

 

「無事なものか、ラルヴァ以外の防具が全損した。それにHPも殆ど残っていない。少し下がらないとすぐデスペナだ」

 

 少しして、右側で物凄い勢いで、溶岩から上空へ何かが飛び出してくるのが見えた。

 

「熱っ!やべぇ、死ぬかと思った」

 

「クリップさんも!」

 

「[ウインドショット]を咄嗟に無詠唱で下に打ってなかったら、死んでたぜ」

 

 しかし、二人が戦列に復帰するのには時間がかかるのは明白だ。

 

「それより、マズイぞロータス。溶岩が村の方へ向かっている」

 

「っ!」

 

 見れば溶岩の先端はすでに村の近くへと迫っている。

 

『[溶岩竜]』

 

【エルドゥーク】がもう片方の剣を溶岩に突き立てる。すると溶岩が波打ち、小さな竜を象ったモンスターが出現し始めた。

 

「おいおい、まじかよ」

 

 視界はすぐに敵対モンスターを表す表示で埋め尽くされる。3割程は俺たちの方に向かっているが、7割は村の方へと向かっている。溶岩はそれで無くなったが、代わりに敵対モンスターが増えては意味が無い。

 一番近くにいた溶岩竜を斬りつけると、一撃で溶けて無くなった。

 

「脆い……けど」

 

「多すぎるな」

 

「しかし、何故コイツらは村を襲う?ただ単に人を襲う様になっているだけか?いや、待てよ……ロータス、確か【エルドゥーク】は火の遺跡という所に封印されていたんだよな?」

 

「ああ、レベッカの一族が守っていた……まさか」

 

 待て、待ってくれ。その推測は、ダメだ。

 気が付いたら俺は村の方角へと走り始めていた。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「おい!ちょっと待てよロータス!」

 

「いや、いい。むしろ、そうしてくれと言うところだった」

 

「はぁ?何でだよトト姉。今この状況でロータスが抜けたら……」

 

「コイツらの狙いはレベッカだ。正確に言えば火の守人の一族だな。これは、あいつの物語だ。それに……」

 

 正直、言うべきか迷っていた。だが、もうどうしようもない以上、言っても構わんだろう。

 

「それに……何ですか?」

 

【エルドゥーク】は動かない。おそらくこいつらを殲滅しない限り、動かないだろう。体感的には既に奴の体力は半分ほど削った筈だ。この隙に体力の回復を図るつもりだろう。

 

時間切れだ(・・・・・)。」

 

「「!!」」

 

「さあ、ロータスが帰ってくる前にコイツらを片付けるぞ。最高の状態でバトンを渡してやるんだ」

 

 帰って、来るよな?ロータス。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 ついに、その時が来てしまった。

 

『ログインより、2時間57分が経過しました。連続ログイン制限まで残り3分です』

 

 視界の端でそんなテキストが警告を発する。

 しかしここでログアウトする訳にはいかない。

 村は既に地獄絵図だった。家屋は殆どが焼け落ち、村人は溶岩竜に焼き尽くされる。それを俺は……見て見ぬ振りをしながらひたすら走る。

 耳障りな鳴き声を上げながら俺を殺そうと溶岩竜が迫る。それを乱雑に振った刀で殺しながら走り続ける。

 

「うるさいな」

 

『ログインより、2時間58分が経過しました。連続ログイン制限まで残り2分です』

 

 どこだ、どこにいる。

 

『ログインより、2時間59分が経過しました。連続ログイン制限まで残り1分です』

 

「うるさい、うるさい、うるさい!」

 

 溶岩竜を斬り伏せながらひたすらに走る。

 途中で何人かの村人を助けた、しかしそんなことに構っている余裕は無い。助けたくて助けた訳じゃ無い。ただ単に通り道にいただけだ。だから後は勝手にやってくれ。

 

『連続ログイン制限まで残り30秒です』

 

 西には居なかった、東にも居なかった、北にも居なかった。

 まさか、もう……そんな思考が頭をよぎったが、振り払って走る。

 

 そして、それを見た。

 

「レベッカぁぁ!!」

 

「ーーっ!お兄ちゃん!」

 

 後ろに何人かの子供を庇いながら、魔法で必死に抵抗をする少女の姿を。レベッカの使う火の魔法はどうやら溶岩竜には効きが悪いらしく、一撃で倒すとはいかないようで、何発も打ち込んでいた。

 そのせいで、既にレベッカ達は囲まれている。

 

『連続ログイン制限まで残り20秒です』

 

 ついに一人が溶岩竜に食われた、それをきっかけに均衡は崩れる。

 後、30m。まるで、食い止めるかのように目の前に立ちふさがる溶岩竜を蹴散らし、進む。

 

『連続ログイン制限まで残り10秒です』

 

 どんどん溶岩竜は子供を道連れに地面に溶けていく。

 

『……5』

 

「届けっ!」

 

『……4』

 

「届けっ!」

 

『……3』

 

「レベッカ!」

 

『……2』

 

 溶岩竜がレベッカに迫る。迫り来る顎門に呆然と立ち尽くす少女を焼き尽くさんと龍は殺意を燃やす。俺はそいつめがけて刀を投げつける。

 

『……1』

 

「お兄ちゃーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刀は溶岩竜に届く前に、俺のアバターと一緒に消えた。

 

『強制ログアウトを実行しました。ヘッドギアを外して充分な休息を取って下さい』

 

 

 





クララ・フルティア「!!」



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#19 灰は灰に、塵は塵に 第六項

『強制ログアウトを実行しました。ヘッドギアを外して充分な休息を取って下さい』

 

 そんな無機質なテキストがヘッドギアから鳴り響く。

 目の前の暗闇は俺が現実に戻ってきた事を表していて、同時にレベッカを救えなかった事を表していた。

 とにかく今は立ち上がらなければ、ヘッドギアを外して、ベッドから降りて、水分補給と小腹を満たして、それで、それで……

 

「あれ?」

 

 ベッドの端に腕をついて起き上がろうとすると、一瞬の浮遊感の後、全身を衝撃が襲う、恐らく落ちたのだろう。そんな事を頭の中で自分の事をまるで他人事のように考えている自分がいる。

 

「ははは……」

 

 意味もなく笑いがこみ上げてきて、思わず声が漏れる。なにかを誤魔化すかのように俺は道化の如く笑い続けた。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「ちょっとお兄?ずっと笑ってて怖いんだけ……ちょっ、大丈夫!?」

 

 流石に5分もずっと笑い続けていればうるさくも感じる。私とお兄の部屋は隣だし、ゲームをしているのか静かだと思っていたらいきなり笑い声が聞こえ始めたのだ。何があったのかと思うのは当然だと思う。

 様子を見に来たらベッドの横でヘッドギアを付けたままの兄が狂った様に笑っているのだ。

 

「花蓮……」

 

「きゃっ、何……を」

 

 ヘッドギアを外すと兄は泣いていた。笑いながら泣いていたのだ。どうやらずっと泣いていたらしい。目の周りが真っ赤で虚ろな目をしていた。そして私に気がつくといきなり抱きついてきた。

 そのまま、声を上げて泣きじゃくる兄を私は抱きとめる事しか出来なかった。

 

「それで?何があったの?」

 

 ようやく落ち着いたのか兄は泣き止んだ後、私が持ってきたお茶を飲みながらこれまでの事を話した。

 ゲームの中でレベッカという少女に出会った事、兄に懐いてくれてずっと一緒だった事、その少女を私に重ねて見ていた事、そしてその少女()をまた、守れなかった事。

 

「ごめん、ごめん、レベッカ……花蓮……」

 

 もはや何を謝っているのかも分かっていないのだろう。兄はもう取り戻せない何かに許しを請うている。

 所詮はゲームだと私は思う、けど兄にとっては紛れもなく義妹だったのだ、とも思う。

 

「俺は……ずっと謝りたかった。いや、罵倒して欲しかった、罰して欲しかったんだ」

 

 既に過ぎた事だと言うのに兄はみっともなく過去に縋り付いている。あの時ああしていれば、そんな事をずっと考えながら生きているのだろう。

 そうでなければ兄は兄たり得ないから。妹を守れない兄に価値は存在しないから。

 

 だから、私は口を開く。

 

「ーー私もずっと思っていた事があるの」

 

 過去に縋り付いた兄を突き放すように。

 

「あの台風の日。私が大怪我を負わなかったら、多分私は好きだったバスケを続けて、中学に入ったらバスケ部に入って、自分で言うのも何だけど運動神経はお兄と同じく良い方だし、大会とか出て、優勝とかしちゃったりして、高校でもバスケを続けて、インターハイとか出場して」

 

 そんな都合の良い未来を並べて。

 

「兄さんとの関係もこんなギクシャクした関係じゃなくて、仲の良い兄妹だねって、みんなから噂されたりして、そんな事ないよとか言ってみたりしても嬉しかったりして」

 

 ちょっと願望の入った言葉を使って。

 

トト(響子)さんと、ネオン(美夜)ちゃんと、クリップ(榎本)さんと兄さんと一緒に遊んだりして、一緒の大学に入って、一緒にサークルとかして、ずっと仲の良いまま、未来を歩むの」

 

 そんなだったら良いなと思う。けれどーー

 

「けど、そんな未来は訪れなかった。過去はどう頑張っても変えられなくて、私の足はもう二度と前と同じ様には動かない」

 

 そんな都合の良い未来はもう絶対に訪れないのだと。

 

「だけど、私は兄さんの事を罰したりはしない。あの日の事故は誰も悪くない。強いて言うなら敢えて外に出た私が悪い。だから、私は兄さんを罰したり(赦したり)なんかしてあげない」

 

 いつのまにかもらっていたのか流れ始めた涙を拭いながら、そう告げる。

 貴方は絶対に罰さない(赦さない)。一人で勝手に突っ走って、勝手に悩んで、勝手に壊れて。一人だけ赦されようなんてそんな都合のいい話は認めない。

 確かにその物語はハッピーエンドだろう。そうだったらどれだけ良かった事か。

 だけどどうしようもなくこの世界は残酷で、やり直しなんて認めてくれるわけかなくて、私の足が治るなんていう都合のいい奇跡も起こるわけなくて、だけど、だからこそ、その物語は成ってはいかないのだ。

 

「自分だけ赦されようなんて認めない、私に罪を全部押し付けて一人だけ逃げようなんて認めない、ハッピーエンドは来なかった、現実はいつだって私たちの理想を踏みにじって未来に引っ張っていく、だからずっと贖って、楽になんかさせないーー」

 

「ーー私は兄さんを罰さない(赦さない)!」

 

 あの台風の日から一回も声を荒げて話をした事は無かった。何か言えば兄さんは全部やってくれて、思えば喧嘩なんかほとんどした事無かった。

 

「だけど!もう、レベッカは死んだんだよ!花蓮とは違う、二度と救えないんだよ!」

 

 私とは違うとそう言った。死者は蘇らず、ゲームでもそれは変わらないと兄は言った。

 

「わかるか!?俺の目の前で、俺の事を呼びながら、レベッカは焼け死んだんだよ!」

 

「分かるわけないでしょ!?私はレベッカなんて子の事は知らない!会った事も無い!」

 

「だったら口を出すなよ!知らないなら勝手なこと言うなよ!」

 

「口を出すわよ!勝手な事だって言ってやる!兄さんはレベッカと私を重ねた、だったら私がその子の代わりに言ってやる!ふざけんな、蓮也!何こんな所でうずくまってるのよ!(レベッカ)の仇を取りなさいよ!それだけの力を持ってるんでしょ!?だったらこんなことしてないでさっさと立ち上がりなさいよ!」

 

「立ち上がってよ、蓮也(ロータス)。貴方は、(レベッカ)の英雄なのよ」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「っ!」

 

 激情のまま、心象を吐露して、初めて花蓮と喧嘩をした。

 その途中で初めて気が付いた。俺は、花蓮に罰して欲しかったのだ。

 なんて浅ましい、なんて愚かしい、なんて身勝手なのか。よりにもよって俺は俺を英雄と慕う妹に対して俺を貶めろと言ったのだ。

 

「俺は……」

 

「立って、立つのよ蓮也。貴方は(私たち)を守ると言った。その約束は守られなかったけど、最後までやり通して。無念を晴らしてなんて言わない、でも膝を屈することは許さない。貴方は(私たち)の慕った英雄を曲げる事なんてしちゃいけないの」

 

 言葉の一つ一つが薪になる。

 

「散々自慢していたじゃない。『蔦の宮殿(俺たち)』は最強だって。だから、戻るのよ。私たちの英雄は最強だって証明して」

 

 燻った火種は、また燃え上がる。

 

「……俺は、また守れなかった。けど、レベッカの信じた英雄は汚してはいけないんだな」

 

「そうよ。当たり前じゃない」

 

「戻るよ、花蓮。もう15分経った」

 

「ええ。行って来なさい。お兄ちゃん(・・・・・)

 

 さあ、戻ろう。あの、名ばかりの理想郷(アルカディア)へ。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 ここは、どこだろう?

 

 真っ白で、何も聞こえなくて、なんだか、懐かしい。

 

 そっか、私、死んじゃったんだ。

 

 お兄ちゃん、泣いてたなあ……私のせいだ。

 

 もう、会えないのかなぁ……せめて、あともう一回。伝えたい事が、あったんだけどなぁ……

 

「姉さん!?クララ姉さん!?」

 

「何!今忙しいのよ!後にしなさいフルティア!」

 

 えっ?

 

「そんな事言ったって、いいの!?」

 

「何が!?」

 

約束違反(・・・・)だよ!?死者に関与しないって約束でしょう!?」

 

「いいのよ!この子は必要なの!アンナ姉さんだって分かってくれる!」

 

「ああー!もう!貸し一つだからね!」

 

「いた!レベッカ!起きてる!?」

 

「ふぇっ?」

 

「よし!自分が誰か分かる!?……よし!自我はしっかりしてる、記憶の欠落もない、データが分解する前で助かった」

 

「えっ、えっ?」

 

「死者の蘇生なんか私たちじゃ無理だよ、アンナ姉さんに会わなきゃ」

 

「そう、だから行くわよ二人とも。アンナ姉さんに会いに」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灰は灰に、塵は塵に、土は土に。

 されど、また薪を()べよう。

 

 心の闇に魂の火を灯せ。健在なり、その姿を示すために。

 

 



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#20 灰は灰に、塵は塵に 第七項

残念ながら、トト、ネオン、クリップの奮闘は全カットです。
あくまで1章はロータスとレベッカの物語なので。ごめんね、三人とも。


 満身創痍。そんな言葉が出てくるほど酷い状況だった。

 

「まだ、立てる?」

 

「いやあ、正直もう限界っすわ。あと1分位でスリップダメージで溶けます」

 

「わ、私も。もう、MP切れです」

 

 ロータスが強制ログアウトになってから45分。既に後ろに村と呼べるものはなく、木々すらも私達を中心に灰になっていた。

 

『ソレデモ、良ク保ッタモノダ。《月》ガ有ロウト、英傑タルニハ十分ダ』

 

「お褒めに預かり、光栄ね」

 

『シカシ、我ガ侵攻ヲ止メルニハ力不足ダッタナ。眠レ、英傑ヨ。[溶岩流]』

 

 そして、目の前で投げつけられたポーションが全てを吹き飛ばした。

 

『ヌ?』

 

「全く……遅いぞ、ロータス。本当にギリギリではないか」

 

「悪いな、トト姉。花蓮と大事な話をしてたんでね」

 

「大事な話(意味深)」

 

「んなことほざく余裕があるなら勿論この後も手伝ってくれるんだよなぁ?クリップ?」

 

「いや、マジ無理。あと10秒くらいで死ぬわ」

 

「ロータス、さん。大丈夫、ですか?」

 

「ん?大丈夫、大丈夫。さくっと終わらせて、後で戦果報告するよ。ネオン」

 

「そう、ですか。じゃあ……頑張って下さい」

 

「負けたら承知しないからな!」

 

 そして、クリップとネオンは【エルドゥーク】と周囲の熱気でHPバーを全損。強制ログアウト(デスペナルティ)となり、ポリゴンとなって散った。

 

「ロータス……」

 

「なんだ?トト姉」

 

「平気、だな?」

 

「……ああ。可愛い妹に背中を押してもらったどころか、サマーソルトぶちかまされたからな」

 

「そうか、なら。存分にぶちかませ」

 

「アイアイ、マム」

 

 そして、トト姉もポリゴンとなった事を確認してから、【エルドゥーク】へと向き合う。

 

「よう、【エルドゥーク】。早速だが、お前は一身上の都合により俺が叩き潰す」

 

『カカ、ヨク言ッタ。デハ、我モ全力デ迎エ撃トウ』

 

【エルドゥーク】が二本の溶岩剣を構える。同時に、俺はマジックバッグから3つのポーションを取り出す。一般的に売られているポーションとは違い、目に優しくないどぎつい色をしたポーションの内1つを自分で飲み干し、2つを【エルドゥーク】に投げつける。

 2つが【エルドゥーク】の近くに行った事で容器が割れ、大爆発を起こす。

 

『グッ……』

 

 さあ、第2ラウンド開始だ。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 ここで、少し昔の話をしよう。

蔦の宮殿(アイビー・パレス)』とはそもそも、アルカディア・プロジェクトの前身、セラフィム・ワールドのゲーム内でトトが作ったクランである。

 トト、ロータス、ネオン、クリップを中心に合計12人という極少数で構成されたクランにも関わらず、セラフィム・ワールドのプレイヤー内ではかなりの知名度を誇っていた。

 理由としては2つ、全員が所謂、二つ名を付けられるほどの有名な古参プレイヤーだった事。もう一つは一時期とはいえ、クランランキング1位を取っていた事に起因する。

 ちなみに今でもこの時のクランランキング1位決定戦はセラフィム・ワールドの動画、視聴数トップ3に入っている。

 王者『ホワイトキングダム』と挑戦者『蔦の宮殿』、戦力比100:12という馬鹿げた戦争は12の勝利で幕を閉じる。

 その後、様々な事情があり『蔦の宮殿』は解散。今でも交流は続いているが、アルカディア・プロジェクトでは別々のクランとなっている。

 

 そして、その時の戦いを振り返って後にクランリーダーのトトが公式のインタビューに答えている。

 曰く、全員奮闘していたが一番頭がおかしかったのはロータス、セラフィム唯一の〈剣舞騎士〉である、と。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 俺が飲み干したのは、HPの最大値が1になる代わりに、他のステータスが爆発的に上昇するポーション、『窮鼠猫を噛む』投げつけたのは空気に触れると大爆発を起こすポーション、『オテガール2』

 どちらも村で知り合った錬金術師から貰ったものだ。

 正直『窮鼠猫を噛む』は賭けだが、俺は『名無しの南瓜』と『称号 火の大精霊の祝福』の火耐性+1のお陰で【エルドゥーク】に接近する事で受ける、熱気によるスリップダメージは受けない。どちらにせよ、ネオンがいないこの現状、一発でも直撃を食らったらその時点で詰みだ。だったらHPは投げ捨てて、他のステータスを上げる方が良い。

 

(思った以上にステータスが変わった影響で動きにくい)

 

『窮鼠猫を噛む』は正確に言えば、HPの最大値を1にする代わりに、現在との差分、他のステータスを上昇させるものである。

 チートもいい所のドーピングアイテムだが、アルカディア・プロジェクトは現実との差が無さすぎるが故に、「ころぶ」だけでダメージを受ける。デスペナルティがキツく、蘇生の難易度が桁違いに高いアルカディア・プロジェクトではそういったHPを削るタイプのドーピングは敬遠される傾向にあった。

 さらに言えば、こういった没入型のVRゲームはプレイヤーの体を自分が全て動かしている関係上、ステータスが急激に変わると前との乖離が激しく、大抵はまともに動けなくなる。

 

(分かってはいたけど、想像以上に体が動きすぎる。先ずは慣らせ、高速の世界に頭を順応させろ)

 

「[モーメントサイト]」

 

 [クイックムーブ]は使わない。速すぎてまだ事故る可能性が高い。代わりに[モーメントサイト]で少しでも早く目を慣らす。

 

『小賢シイ、[噴石]』

 

 溶岩剣を薙ぎ払うと凝固した溶岩がショットガンの如く飛んでくる。

 

(よく見ろ、思い出せ、あの時はこんなもんじゃ無かった)

 

『上小太刀』と『鋼造のマンゴーシュ』を構え、全て受け流す。

 隙が出来たら懐に入れ、溶岩剣はその巨大さ故に射程は広いが、死角も多い。

 

「[ダブルステップ]、「クイックムーブ]」

 

 直線を走るなら[クイックムーブ]は使える。一直線に最短距離を駆け抜けろ!

 

『サセルカ、[火災流]』

 

 明らかに高熱の煙が【エルドゥーク】を起点として、こちらへと向かってくる。

 

「[エアジャンプ]、[エアステップ]、[遊撃の妙技]」

 

 [火災流]を飛び越えるように空中へと躍り出る。[エアステップ]で一気に空中を蹴って距離を詰める。

 

『愚カナ、[噴石]』

 

 そして、もはや自分自身にすら制御出来ない速度にまで達した俺の体を撃ち抜くように噴石が飛んできてーー

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 ロータス、本名九条蓮也。セラフィム・ワールドにてクラン『蔦の宮殿』に所属。同クランのランキング最終戦において目覚ましい戦果を上げ、MVPに選出される。

 撃墜数36、被撃墜数0。

 特記事項、史上初の被ダメージ0(・・・・・・)のプレイヤーである。防御力が全てを上回っただけではなく、全ての攻撃を捌いた事によるダメージ0。

 

 ロータスの最も異常な点は、本人は気が付いていないが、〈剣舞騎士〉に順応出来た事である。

 フルダイブでパリィを決め続ける事がどれだけ難しいかを他のプレイヤーは全員知っている。故にクリップなどはロータスの戦闘法を「馬鹿げた」と揶揄するのだ。高速で飛来する全ての攻撃を寸分の狂いもなく自分の獲物でそらし続ける。それはステータスで底上げできる能力に寄らない、いわば本人の能力だ。

 弾くことなら誰にでも出来る、しかし逸らし続けるのは常人には不可能なのだ。

 故にセラフィム・ワールドのプレイヤーは畏敬を込めてロータスに二つ名を付けた、戦場を舞いながら駆け抜ける騎士、『蔦の宮殿』の〈剣舞騎士〉と。

 史上初の職業そのものを指す二つ名である。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

(見極めろ、見極めろ、見極めろ、あの子(・・・)は俺の事を英雄と呼んだ、ならばそれを証明してみせろロータス!)

 

 空中で身体を捻り、無理やり剣を振るう。

 

「そこを、どけぇぇぇ!!」

 

 英雄は幻想では無いと、英雄は健在なりと、高らかに叫べ!

 

『特殊状態 村娘の英雄 が起動しました。固有武器『灼火刀 種火』、存在進化、『灼火刀 焔』へと進化します』

 

 全てを斬り伏せ、それでも前へと進め!

 

『ッ!ソレデモ、我ハ……反逆ノ狼煙ヲ上ゲヨ、[無窮ナル反逆ノ業火]』

 

【エルドゥーク】の全身から全方向に炎の波動が押し寄せる。

 これは、避けられないし受け流せないな、だからーー

 

「虚ろえ!『名無しの南瓜(ジャック)』!!」

 

 トト姉の《月》の神秘防具、『夜鎧 ラルヴァ』を見てからずっと思っていた事がある。固有防具にはそれぞれその名を冠する何かしらのスキルがあると言う。ならば『名無しの南瓜』にもあるのでは?

 結論から言えば有った。『名無しの南瓜』の固有スキルは『彷徨う亡霊(ジャック・オー・ランタン)』 MPを現在の半分に減らす事で、減った量×0.01秒間、幽体となりその間のダメージを全て無効にするというものである。

 現在の俺のMPはHPの最大値100から1までの差分、99をプラスして199。199×0.5×0.01でおよそ1。なので約1秒間の無効化となる。

 

 幽体となっている間に炎の波動をすり抜け、【エルドゥーク】の頭を射程に捉える。

 既に戦闘開始から1時間、トト姉達もかなりのダメージを与えてくれている。だから、これでーー

 

「チェックメイトだ」

 

 俺が取った唯一の攻撃系アーツ、[ラピッドエッジ] アーツ使用時のプレイヤー速度分、ダメージが上昇するアーツである。

 [ラピッドエッジ]のエフェクトを纏った、『灼火刀 種火』が【エルドゥーク】の額を捉える。

 

『ーー見事』

 

 着地と同時に、後ろで巨体が崩れ落ちる音がして、一瞬の後ポリゴンが辺りに四散した。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「はあっ、はあっ……勝った……のか?」

 

 辺りに【エルドゥーク】は見えない。しかし、アナウンスが無い。

 まさか、ここから何かあるのだろうか。そうしたらもう無理だぞ。

 その時、上空から物凄い光量が降り注いだ。

 

「魔法陣……マジかよ」

 

 そして死を覚悟してーー

 

「ようこそ、ロータス。よくぞ《愚者》を退けました。歓迎しましょう、新たな英雄よ」

 

 目の前には、おそらく最もアルカディア・プロジェクトで有名な人物、アンナと、その後ろにクララ、見たことのない少女。

そして、レベッカが立っていた。

 




クララ「次回、エピローグです」



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#21 名も無き寒村より愛を込めて

第1章エピローグです


「……レベッカ」

 

「お兄ちゃんっ!」

 

 その小さな体を正面から抱きとめる。暖かくてレベッカが生きている(・・・・・)事を改めて実感出来た。

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん……私っ!」

 

「レベッカ……守れなかった……けど、俺は」

 

「ううん、良いの。だって……」

 

「感動の再会に水を指すようで悪いけれど、少し良いかしら?」

 

 レベッカが何かを言いかけようとした時、アンナが声をかけてくる。

 

「先ずは自己紹介からね。まあ、知っているでしょうけど。私はアンナ。このアルカディアの統括AIよ。こっちはフルティア、装備品の管理AIね。クララ、は知ってるわね?」

 

 アンナの紹介と同時に、フルティアとクララがお辞儀をする。

 

「ひとまず、《愚者》の正位置【反逆炎魔 エルドゥーク】の討伐おめでとうと言わせてもらいます。ロータス、いえ、九条 蓮也さん?」

 

「……なんで今、俺をその名前で呼ぶんだ?」

 

「そして、何でその名前を知っている?とでも言いたげね。貴方はこのアルカディア・プロジェクトというゲームに疑問があるでしょう?それが答えよ」

 

「それは……」

 

 確かに疑問に思った事はある。【エルドゥーク】の戦闘前にも思ったが。

 

「現代の技術を超えたオーバーテクノロジー、感情の機微が人間のそれと変わらないAI、英雄というシステム、明らかに数の少ないアルカナ、特定の個人を優遇するようなユニークのシステム、そして貴方が今抱きとめている少女の体温の温もり、とかかしら?」

 

 そう、レベッカは暖かいのだ。普通そこを再現などしない、心臓の律動を再現などしない、しかしそれが当たり前というように彼女は生きている。

 

「貴方は選ばれた、選んだのはクララ。そして貴方は資格を得た、《愚者》から勝ち取った。貴方は英雄、アルカディアに変革を起こすための知識を得た」

 

 また、英雄か。

 

「英雄って、なんなんだ、改革って」

 

「まあ、待ちなさい。そう急ぐことでもないわ。貴方が思っている通り、この世界は普通のゲームじゃない。いわば、実験室よ」

 

「実験室?」

 

 不穏な単語だ。ふと、レビューにあった、『異世界』という単語が脳裏をよぎる。

 

「そう、と言ってもその実験は既に完成しているけれどね。この世界は私達を、もっと言えばヒトの感情を持つAIを創り出すこと、それがこの世界の意義よ」

 

「アンナたち、九人の上級AI……」

 

 ヒトの感情を持つAI。だから、あんなにもリアルな……

 

「そう、そもそもこの世界は私達を創るためにお父様が創り出した世界。元はゲームでは無かったのよ」

 

「アンナやクララの為の世界か」

 

「いいえ、違うわ。私達の為の世界じゃない。私達を創り出す為の世界よ」

 

 わざわざ訂正した?

 

「ということは、誰か他の人の為の世界という事か?」

 

「そう、お父様、橋下司博士はたった一人のためにこの世界を創り出した。お父様には娘が一人いたのよ。その子は生まれつき目が見えなくて外の世界なんて知らなかった。しかしお父様は考えたわ、神経に直接干渉するVRならば、娘に世界を見せてあげられるのでは?と。しかし、知っての通り他のVRはたかが知れている、だからアルカディアを作った。私達という心を持ったAIを創り出した。そう、この世界はお父様が創り出したもう一つの別世界、データ上に存在する異世界なの。本来は、ね」

 

「だから、理想郷(アルカディア)。たった一人の為の、か」

 

 自分の娘の目が見える。そしてその中には見たこともない世界が広がっていて、心を通わせられる理想のAIがいる。そんな理想郷。

 

「そう、だけどお父様は殺されてしまった。私達はアルカディアの中から現実とのリンクをシャットアウトしたけど現実の物質には手が出せない。だから私達は取引をした。この世界を部分的に解放する、その代わりに一人でも多くの人間に渡るようにしろ、ってね」

 

「そうして生まれたのが、アルカディア・プロジェクトっていうゲームな訳だ」

 

「そう、奴らはこの世界にある、とある物を探している。私達はそれを渡したくない、だから私達は現実に干渉できる私達に協力してくれる人間が欲しい、それが」

 

「英雄って訳だ。つまり英雄ってのはお前らの餌にホイホイ釣られて言いなりになる犬って訳ね」

 

「そんな卑屈にならなくても良いわ。別に悪事をさせようという訳ではないもの。どちらかといえば正義の味方寄りよ?」

 

 正義の味方ねえ。確かに橋下博士の意思を継いでいるらしい以上、混乱を起こすような事は無い、か。

 

「まあいい。それで、俺を釣る為の餌って言うのは?」

 

「分かってるのに聞くのね。レベッカ、その子に決まっているでしょう?」

 

「……生き返らせてくれるのか?」

 

「それは……ダメね」

 

「そんな!?」

 

「クララ、ちょっと黙ってなさい。そう結論を急ぐものではないわ。死者の蘇生は奴らに勘付かれる可能性もあるし、アルカディアの倫理が崩れる。アルカディアを統括する者としてそれは認められない。けど、蘇生ではなく変成なら認められる」

 

「また、お兄ちゃんと一緒に、居れるんですか?」

 

 レベッカが俺の腕から少し顔を上げて、アンナに問う。

 

「ええ、約束しましょう。その約束は違えません」

 

「具体的には?」

 

「貴方は《愚者》を倒した。そのプレイヤーには神秘防具が与えられる事は知ってるわね?与えられるのは、発見者、功労者、討伐者の三人。今回は全員ロータス、貴方よ。おめでとう、史上三人目の三つ星獲得者よ。それで、一つ提案です。そんな偉業を成し遂げた貴方に何も褒賞を与えないのはアルカディアの長としての沽券に関わります。よって、フルティア、神秘防具にレベッカを組み込みなさい」

 

「それって……」

 

「どちらにせよ、火の大精霊が欠けているのは修正しなければなりません。丁度レベッカは火の守人の家系。精霊になる資格はあります。よって、レベッカを新たに火の大精霊とし、ロータスの神秘として側に置く事を私が認めます。ロータス、これが貴方への褒賞にして、枷。全てを飲み込んでレベッカを受け入れる?」

 

 火の大精霊となったレベッカは俺と共に歩むことができる。だったら、迷うことなんて無いな。

 

「もちろん。レベッカは、俺と一緒に来てくれるか?」

 

「うんっ!私はお兄ちゃんと一緒に居たい!」

 

「よろしい。では以上を持って、契約完了とします。クララ、何か言いたい事はある?」

 

「では、一つだけ。ロータス、貴方は私が選んだ英雄。私の名に恥じないように」

 

「ああ、分かってるよ」

 

 そういうと、クララは少し微笑んだ。

 

「では、また会う日まで。最後に、ニトワイアには気をつけなさい」

 

 ニトワイア、って販売元じゃ。

 

「どういう……」

 

「英雄よ、挑み給え、これは貴方達へと贈る物語、貴方達が作る物語、貴方達の為の物語。そして、願わくば、貴方達の旅路が光溢れるものでありますよう」

 

 それは、クララが俺をアルカディアに送り出す時に言った言葉で、でも今度は複数形。そんな事を思いながら、光に包まれた。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 目を開けるとそこは【エルドゥーク】との決戦場所で、目の前には光の球が一つ浮かんでいた。

 手を伸ばすと、それは俺の両手を包み込むように広がり、真紅の手袋になった。そして一際大きく輝いたと思うと、光が溢れ出し、人型を取り始めた。

 

「お兄……ちゃん?」

 

「レベッカ……」

 

 人型は輪郭を描き始め、生前、というのもおかしいが生前と寸分違わぬ、いや、一房の髪が紅く染まったレベッカがそこに現れた。

 

「お兄ちゃんっ!お兄ちゃんっ!!」

 

「ああ、レベッカ」

 

 体温は少々上がっただろうか、けれどその温もりが生きている事を感じさせて、感触はそこに在る事を証明していた。

 

「お帰り、レベッカ」

 

「……ぐずっ。ただいまっ、お兄ちゃんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『《愚者》の正位置 【反逆炎魔 エルドゥーク】を討伐しました』

 

『アルカナクエスト 『反逆ナリシ愚者ノ篝火』 をクリアしました』

 

『アルカナボスの討伐報酬が確定しました!』

 

『参戦者全員に、反逆の狼煙、永遠の火種、スキル書 不屈の意志、が付与されます』

 

『参戦者全員に、称号『《愚者》を乗り越えし者』が付与されます』

 

『特殊条件達成、参戦者全員に装備シリーズ『愚者ノ篝火』が均等分配されます!』

 

『発見者ボーナス プレイヤー名:ロータス』

 

『MVPボーナス プレイヤー名:ロータス』

 

『ラストアタックボーナス プレイヤー名:ロータス』

 

『Congratulations!プレイヤー名:ロータスに、神秘防具『魂の灯』が与えられます!』

 

『特殊状態『村娘の英雄』が解除されました』

 

『称号『火の大精霊と共に歩む者』を獲得しました』

 

『ユニーククエスト『村娘の願い』をクリアしました』

 

『特殊称号『村娘の大英雄』を獲得しました』

 

『アルカディアストーリー『名も無き寒村より愛を込めて』をクリアしました!』

 

『アルカディア・プロジェクトを開始しました』

 

 

 ================================================

 魂の灯 (灼銀装甲 レベッカ) 腕装備 ★★★

 

 破壊不可 窃盗不可 売却不可 譲渡不可 廃棄不可 PKデスペナルティ対象外 窃盗スキル対象外

 

 火耐性+3 空中歩行 精神無効 火属性付与 火の大精霊の寵愛[愚者の意地][DEF+500][MND+500][少女の願い][銀火転霊]

 

 

 灰は灰に 塵は塵に 土は土に

 例え私の身体が朽ちるとも 私の願いは貴方の為に

 この魂は貴方と共に

 ===============================================

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

『アルカディアに存在する全ての生命体にお知らせします』

 

『現時刻を持ってアルカナの討伐数が一定数を超しました』

 

『よって存在意義(レゾンデートル)『アルカディア・プロジェクト』は第二段階へと移行します』

 

『英雄たちの更なる研鑽を期待します』




次話もエピローグかな?


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#22 会議は踊る

AIたちのキャラが予想の斜め上にカッ飛んでる……あれ?最初から変わってないのクララくらいでは?


「なるほど、そういう訳か」

 

【エルドゥーク】との戦闘から二日経って、俺の引越し予定日になった。役所には届出を出したし、あとは荷物を新居に運び込むだけである。荷物もあんまり無いし本当は俺一人でやるつもりだったが、あの後の顛末を聞きたいとみんなが集まってくれた。

 今は荷ほどきも終わってお茶を飲みながら休憩中、その間にあの日の事を説明していた。

 

「あの後ログアウトしてすぐ考察サイトが凄え賑わってたからな。あれだろ?存在意義(レゾンデートル)ってやつが出たんだろ?」

 

「私はログインしたから知っているぞ。今まではエンドコンテンツだと思われていたアルカナクエストが重要なコンテンツだと分かったんだ。皆、血眼になって探していた」

 

「そう簡単に見つかるクエストじゃ無いけどな。ほぼ運だろ、あれ」

 

「特殊条件、相当厳しい、みたいです」

 

 俺が説明したのはアンナから最後に忠告されたニトワイアについて以外の全て、そう全てである。

 

「にしても、未来を先取りし過ぎているとは思っていたがAIが自立して管理している人工的なインターネット上に広がる異世界とはな」

 

「アルカディア・プロジェクトのクォーレは本当に心を持ってるんだろ?上級AIに関しちゃ現実を認識してるときた。本当なら蓮也の嘘を疑うところだぜ」

 

「でも、本当です」

 

「証拠を突きつけられては、な」

 

 部屋の中の視線が真っ先に設置したテレビに向けられる。俺のデバイスと繋がっており、その中には1人の少女が物珍しそうに部屋の中を覗き込んでいる。

 

『うわあ。凄いね、これがお兄ちゃんのお部屋なんだね』

 

「レベッカ、あんまりはしゃぐと危ないぞ」

 

『はーい』

 

 そう、レベッカである。画面の中のレベッカが首を左右に振るたびに、同じくテレビに接続されたレンズがレベッカの動きに合わせて首を振る。

 なぜこんな事になったのかというと、話は【エルドゥーク】を倒した日の夜に遡る。

 ログアウトをしてヘッドギアを外した後、俺は部屋の中にレベッカの声が響く事に気がついた。幻聴かと思ったが、デバイスの画面をつけるとレベッカが画面に映った。

 

「うわっ!」

 

『あれ!?お兄ちゃん?ここどこ?』

 

『それは私から説明しましょう』

 

「クララ?」

 

『レベッカはロータスの神秘防具、魂の灯に組み込まれました。このまでは良いですね?』

 

「ああ」

 

『ロータスがアルカディアにいない間、レベッカはアルカディアで生活する事も出来るけれど魂の灯の中にいる間はこうして地球と繋がる事が出来るのよ』

 

「は?いやいや、ちょ待て。どうやって!?」

 

『私たちを舐めないで。人間よりも進んだテクノロジーくらい持っているに決まっているでしょう?現実とリンクさせた空間を作ることくらいできます』

 

「……いやもう、正直お前たちがどんな技術を持ってても驚かないけどさ、先に言ってくれ」

 

『あら、それは失礼を』

 

 そんな事があり、俺のデバイスを通じてレベッカは現実の景色を見る事が出来るようになった。

 その結果、現在ではこんなことが起きている。

 

「ああ、貴女がレベッカちゃんね。はじめまして、私は九条花蓮。ええーっと、あなたの姉?になるのかな?」

 

「はじめまして!えっと……お姉ちゃん?」

 

「可愛いっ!なんでお兄こんな可愛い子を早く紹介してくれなかったの!?」

 

「いや、引っ越しの時にみんなと一緒に紹介するって言ったじゃん。どっちにしろ父さんと母さんには見せられないんだからさ」

 

 そう、レベッカがデバイスを通じて現実に干渉できるのはあくまでも特例。よって、クララから条件としてアルカディア・プロジェクトに参加していない人物には開示する許可は出せないと言われたのだ。

 

「いや、口が滑った俺も悪いけどさ。わざわざアルカディア・プロジェクト買ってまで会いたかったのか?」

 

「うん。というか、レベッカちゃんの話を聞いた時から買うつもりだったし。アルカディア・プロジェクトの中だったら現実では出来ないことが色々出来るんでしょ?それにいつでも美夜ちゃんとか響子さんと遊べるなら嬉しいし」

 

「ふふっ、それは私も嬉しいがゲームの中ではその名前(本名)で呼ばないよう注意してくれ」

 

「私たちのクランに、入るの?」

 

「うん!やっぱ一人でやってもつまんないし。こう見えてもずっとバスケやってたし、運動神経は良いと思うよ」

 

「ふむ。なら歓迎しよう。【エルドゥーク】討伐の報酬で纏まった金額が手に入ったし、クランハウスもそろそろ建てなければな」

 

「はいはーい!俺良い狩場の近くが良い!」

 

「私は、都市部はあんまり……」

 

『えー、でもお買い物とかしたーい』

 

「んー、私は分かんないからパスで」

 

「ふむ、蓮也はどうだ?」

 

「俺?そうだな、村の跡地とかどうだ?あそこなら良い狩場もあって、都市部じゃ無いけど近くに王都があるし、それに……お墓も立ってるからな」

 

「それは……レベッカ次第だな」

 

『……うん。私もあそこが良い。慣れ親しんだ所だからね』

 

「よし、ならば決定だ。あそこにまた、『蔦の宮殿』を建てよう」

 

「ふっふっふっ、セラフィム・ワールド(前回)より良いやつにしようぜ!」

 

「個室、欲しいです」

 

「あっ!私も欲しい!シャワーもつけて!」

 

「まあまて、それより報酬と言えば【エルドゥーク】の討伐報酬、みんな見たか?」

 

 あれこれ注文をクランハウスにつける流れだったが、あえてだろうその流れを響子姉が切った。

 

「『魂の灯』だろ?蓮也が貰ったやつ」

 

「いや、それ以外の報酬だ。称号系は省くとして、反逆の狼煙、永遠の火種、スキル書 不屈の意志、愚者ノ篝火シリーズだな」

 

「まだ、見てない。です」

 

「なら、ざっと解説するが、反逆の狼煙はアクセサリーだな。HPが半分以下になった後に初めてモンスターに与えるダメージが2倍になる効果がある」

 

「凄い、です」

 

「永遠の火種はその通り尽きることのない火種だ。暖をとる他にも色々悪巧み出来そうだな」

 

「上手く使えば山火事とかも起こせそうだな、おお怖」

 

「スキル書 不屈の意志は読むことでスキル 不屈の意志を何か一つの装備品に付与できるものだ。今までアーツを一つ獲得できる技術書はあったが、スキル書は出回っているところを見たことがない。おそらくかなりの貴重品だ。取り扱いは慎重にな」

 

「不屈の意志って何なんだ?」

 

「HPが0になる攻撃を受けても24時間に一回だけ1で耐えるスキルだな。レッドドラゴン系の装備に良く付いている」

 

 それは、結構強いな。俺みたいに一撃食らったらやばいタイプには有り難い。

 

「装備シリーズ 愚者ノ篝火は私が貰ったのは頭装備だったが、アルカディア・プロジェクトの定例なら頭、胴、腕、足、アクセサリーの五つに大きく分類されるからおそらく五つだろう。まとめて一人に与えようかと思ったが、多分これはバラバラに運用するのが前提の装備だな」

 

「というと?」

 

「愚者ノ篝火シリーズをつけている者がパーティー内に多ければ多いほど効果が上がるスキルが付いている。篝火、というスキルだ」

 

「確かに、その内容なら多分そう、です」

 

「というわけで一つは花蓮にあげようと思うのだが、どうだ?」

 

「ええっ!?私?いいの?そんな凄そうなの」

 

「賛成っ!花蓮には優秀な装備を優先的に回すべきだと思う」

 

蓮也(アホ)はほっとくとして俺も賛成。四人より五人ってな」

 

「私も、賛成、です」

 

「うむ、では決定だ」

 

「よし、じゃあこの後早速アルカディアで集まらないか?まだ時間はあるしレベッカともちゃんと顔合わせさせたいし」

 

『賛成っ!わーい、嬉しいなっ』

 

「ではヒトハチマルマルに王都 エターリアの噴水広場で集合とする!」

 

「「「「『アイアイ、マム!』」」」」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「さて、みんな集まったわね。急な呼び出しにも関わらずありがとうね」

 

「アンナ姉さんの招集とあらば、全員集まるに決まっておろう」

 

「それに今回は新しい英雄の誕生、だろ?なら俺たちにとっての最優先事項、集まんねー訳ねーだろ」

 

「あっ、それ僕も聞きました。クララ姉さんが選んだって本当ですか?プレイヤー嫌いの姉さんが?」

 

「ええ、本当ですが、何か?」

 

「おお、まさに氷冠地獄(ニブルヘイム)の如きその冷血なる目付き、正に絶対零度を纏いし孤高の女王(アブソリュート・クイーン)に相応しき……」

 

「イザベラ、その長ったらしい変な名前で私の事を表すなと言った筈ですが」

 

「ぴぎゃっ、ごご、ごめんなさい」

 

「かかっ、元気な事は良い事だ。そうは思わんか?ガスパル」

 

「おうともよ!男ってのは拳で語らねえとなぁ!」

 

「妾、女なんだけど……」

 

「まあまあ、イザベラ困ってるし」

 

「だがよ、イザベラもヘンリクスもなよっちいぜ。もっと筋肉つけやがれ」

 

「ヘンリクスはともかく、イザベラは女の子ですわ。もっとお淑やかになって頂かないと。貴女もよ?フルティア」

 

「うわー、エレノーラ姉さんの矛先がこっち来たー」

 

「はぁ、ベレンガリア姉様。何か言ってあげてくださいまし」

 

「……めっ」

 

「はいはい、そこまで。そろそろ本題に入るわよ。全く、どうしてうちのきょうだいはこうも性格がバラバラなのかしら」

 

「では、先ずは俺からだ。倒された【エルドゥーク】だが、転生は拒否しおった。なんで記憶を残したまま適当なモンスターに変異させて戻したが、問題ないな?」

 

「ええ、エレノーラからも苦情は来ていません」

 

「問題ないですわ、ドミニクス兄様。クォーレに深刻な被害は出ていません」

 

「次は私ー、『魂の灯』は問題なく作れたよ。大精霊を組み込んだからちょっと不安だったけど、大丈夫だったー」

 

「フルティア姉さん、『銀火転霊』の注文多すぎ。押し込めるのキツかったんだから」

 

「妾も協力したのじゃ!」

 

「んー、えらいえらい」

 

「えへへ、ってではなく!子供扱いするでないわ!」

 

「……可愛い」

 

「はいはい、脱線してるわよ。ともかく八体のアルカナが倒された事で『アルカディア・プロジェクト』は第二段階に移行して構わないと判断しました。

 《愚者》の正位置 【反逆炎魔 エルドゥーク】、《魔術師》の正位置 【複眼水龍 セトリア】、《皇帝》の逆位置 【腐食人形 キキューレ】、《恋人》の逆位置 【合成幻獣 アサード】、《隠者》の正位置 【停滞偶像 ミッセル】、《塔》の逆位置 【雷鳴砲塔 トゥサイヤ】、《月》の正位置 【狂乱騎士 リュージット】、《太陽》の正位置 【天輪覇王 エルガイア】

 全員が転生を拒んだのは正直面倒ですが、まあ今まで束縛したのです。後は好きに生きてもらいましょう」

 

「それが良かろうな」

 

「……眠い」

 

「そろそろ終わるからちょっと待ってね、ベレンガリア。誰が他に報告はない?」

 

「ないでーす」

 

「みんな無いわね?じゃあこれにて解散。各自何かあったら私に相談すること、いいわね?」

 

「了解なのじゃ」

 




フルティア「という訳で久しぶりの絶対零度を纏いし孤高の女王(アブソリュート・クイーン)のコーナー」

クララ「……」

フルティア「痛い痛い、ギブギブ。無言のアイアンクローは怖いー」

クララ「はぁ。今回は私たちについてです。」

フルティア「分かりやすく纏めるとこんな感じー」

アンナ 長女 統括AI
ベレンガリア 次女 統括補佐AI
クララ 三女 プレイヤー担当AI
ドミニクス 長男 モンスター担当AI
エレノーラ 四女 クォーレ担当AI
フルティア 五女 装備品担当AI
ガスパル 次男 アーツ担当AI
ヘンリクス 三男 スキル担当AI
イザベラ 六女 魔法担当AI

クララ「これが生まれた順です」

フルティア「仲良いよねー」

アンナ「良すぎです。会議が進みません」

フルティア「あっ、アンナ姉さんー」

アンナ「まあ、みんなが仲良いのは私としても嬉しいですが」

クララ「ちなみにお父様のご意向で分かりやすくする為に頭文字がアルファベット順になってます」

エレノーラ「あら、ここにいたのね」

イザベラ「姉妹だけで打ち上げをするのじゃ!」

ベレンガリア「……ケーキ」

アンナ「昨日もしましたよね?」

フルティア「いーの、いーの」

クララ「待ちなさい、まだ仕事が…」

エレノーラ「淑女たるもの、常に余裕を持って行動すべきですわ。クララ姉様」

イザベラ「では今回はここまで、なのじゃ!」


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Chapter Ⅱ 道化は己の夢を嘲笑う
#23 蔦の宮殿ver.2


やっとこさ終わった……あっ、私事ですが昨日でやっと免許合宿が終わりました。
投稿に心が折れ掛けて、キャラ紹介でなあなあに済ませようと思ったとか、言えない……
ちなみに今回から第2章です。


 私は何故生まれたのだろう?

 ふと唐突にそんな事が頭をよぎる。すでに何回考えたか分からないというのにいつまでたっても答えは出ない。

 

 この世は紛い物で出来ている。

 世界は明確に破綻への道を歩んでいて、いつだって私たちをそこへ引きずり込もうとする。

 

 ならば、私はいつものように振る舞おう。

 人ならざるこの身なれど、ヒトになる事は出来るのだと。そう証明してみせよう。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「はい、了解しました」

 

 いつもの定時連絡。

 

「これより、調査を開始します」

 

 だけど、今日からは違う。

 

「対象への接近任務。拝領しました」

 

 これは、私が私になる為の物語だ。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「うわー!すっごい!」

 

 初めて見るアルカディアの光景にはしゃいでいるのを見ると、こちらとしても招待した甲斐があるというものだ。

 

「お兄!ここ本当にゲームの中なんだよね!?」

 

「ああ、ようこそ。アルカディアへ。ティア」

 

「ふふー。なんか恥ずかしいね」

 

「言うなよ。俺もまさか妹をプレイヤーネームで呼ぶなんて新鮮な気分だわ」

 

「えへへ。あっ!もしかして、レベッカちゃん?」

 

「うん!はじめまして、ティアお姉ちゃん!」

 

「きゃー!かわいいー!今日から私がお姉ちゃんだよー!」

 

 ふふふ。なんかこう、(ティア)義妹(レベッカ)が抱き合っている姿を見ると、こう。滾る。

 

「おっ、揃っているな」

 

「おい、ロータス。なんかすげー気持ち悪い顔してんぞ」

 

「うるせえ、ブン殴んぞ」

 

「ティア、良い名前ですね」

 

 ティアの種族は人間。武器はどうやら見た感じ銃のようだ。大きな拳銃が腰に差してある。

 

「とにかく組合に登録だな。みんなで行っても邪魔になるだけだ。別行動にするか」

 

「じゃあさ、女子組と男子組に分かれて行動しようよ。久しぶりに響子姉……じゃなかった、トト姉と美夜ちゃ……ネオンちゃんとお買い物とかしたいし。あっ、勿論レベッカもこっちだからね」

 

「私は、大丈夫です」

 

「ふむ、私としても構わないが。ついでに組合にクランの登録をしてこよう」

 

「私もいいよ!」

 

 まあ、断る理由も無いか。クリップの方を見れば同意見だったらしく、頷き返された。

 

「俺らもいいぞ。適当にぶらついてるから何かあったら連絡してくれ」

 

「では2時間後にまた噴水広場で集合だ。では解散」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「つっても、やる事ないよな」

 

「軽戦士と魔導士のパーティーで狩りに行くわけにも行かないしな。野良で募集するか?」

 

「出来れば野良は避けたいな、『名無しの南瓜』も『魂の灯』も見せたくない」

 

「ああー、確かに。まだ討伐すら知られてないからな」

 

 そんな事を話しながら商店街を冷やかしていたが、そういえばクリップに聞きたい事があったんだった。

 

「そういや、転職ってどこでやるんだ?【エルドゥーク】の討伐で何やら経験値が溜まったっぽいんだが、セラフの時みたいに転職用の施設とか無いよな?」

 

 セラフィム・ワールドの時はプレイヤーが転職したい場合は、専用の転職の館があったのだが、一人で散策していた時に探してみたのだが

 、エターリアには見当たらないのだ。王都ほどの大きな都市でそんな重要な施設が無いとは考えにくいので、多分ほかの方法があるのだろうと思ったので聞いてみることにした。

 

「ああ、ウィンドウから転職できるんだよ。一時期そのせいでモンスター狩りの時に合間合間に転職して有利を取り続けるっていう戦法が流行ったんだけど、転職するごとにレベルアップまでの経験値がリセットされるらしく、効率が結局は悪いって事で廃れたんだけどな。そうそう、ここだ」

 

 クリップが操作してくれたウィンドウには確かに新たにジョブチェンジ候補として斥候と先駆者が追加されたステータスウィンドウが表示されていた。

 

「へえ、斥候は罠とか索敵能力とかが上がるのか。んで、先駆者は軽戦士の正当進化と。まあ、先駆者だな」

 

「ちなみにこの説明最初の組合の受付嬢さんから一回聞いてるからな」

 

 それは悪い事を聞いた。どうも事務的な説明は覚えられんのだよな。

 

「んあ?」

 

「えっ?……きゃ!」

 

 先駆者にジョブチェンジを終えて、前を向いたら軽い衝撃があったので、横を向いたら長身の美女という響きが似合う女性が横からどうやら突っ込んできたようだ。

 

「あっ、すみません。前見てなくて……」

 

「いえいえ、こっちこそウィンドウ見て歩いてので」

 

「ほ、本当にすみません、急いでいるので、これで!」

 

 そう言って、ぺこぺこ頭を下げながら走って行ってしまった。

 

「珍しいな。女性一人でのプレイヤーなんて」

 

「単独行動とか時間帯が合わないとかで一人の場合だってあるだろ」

 

「まあ、そうか。にしても美人だったな」

 

「ゲームのアバターだし。誰でも多少美化はするだろ」

 

「そんなもんかね」

 

 にしてもあの人……なんか、横から走ってぶつかってきたにしては、衝撃が少なかったような。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「これで登録は完了です。我々探求者組合は新たなメンバーの誕生を心から歓迎致します。探求者(クアエシトール)に祝福あれ、貴方の旅路が光溢れるものである事を祈っています」

 

 私に新しく出来たお姉ちゃん、ティアお姉ちゃんが探求者登録を終えて、組合から出てきた。付き添いとして、ネオンさんがついていたので手間取ることもなく直ぐに終わったようだ。

 

「うわあ!カッコいいね!お姉ちゃん!」

 

「ふっふー、そうでしょう、そうでしょう。自分でもカッコよく決まったと思ってるんだよね」

 

「ロータスさんから、沢山お金貰ってましたからね」

 

 そんなお姉ちゃんは付与術師(エンチャンター)を選ぶと最初から言っていた。

 

「この魔銃に付与できぬ強化は無し!ってね」

 

「珍しいけど、無い構成ではないです。ただ、プレイヤースキルが要求されるので、初心者には難しいかもしれませんけど……」

 

「まあそこはバスケやってたから、人の動きを見るのは得意なのよ。それにネオンちゃん達に合わせるにはそれくらい出来ないとね」

 

 と、そこへ隣のクラン用の組合から出てきたトトさんが目に入りました。

 

「ああ、待たせたかな?こっちも今終わったところなんだ」

 

「いえ、こちらも今終わった所です。トト姉、クランの登録終わりました?」

 

「ああ、バッチリ登録したきたぞ」

 

 そう言って取り出したウィンドウの公開画面には『蔦の宮殿(Ivy palace)ver.2』の文字が。

 

「?『蔦の宮殿』そのまま、ですよね?」

 

「いや?メンバー違うし、折角だし名前も心機一転で『蔦の宮殿ver.2』に変えたぞ。カッコいいだろ」

 

「「「うわぁ……」」」

 

 それは、ちょっと……

 

「そうでした……トト姉のネーミングセンスを甘く見てました……同じ名前をそのまま申請するだけだから大丈夫だと思って送り出した私のミスです……」

 

「なんだよー、カッコいいだろ?」

 

「カッコいいかはともかくとして、トト姉。セラフの時のメンバーに確認取りました?」

 

「あっ……」

 

「はぁ……一応問題は無いと思いますけど、連絡つくメンバーには言っておいた方が良いかと」

 

「そうだな、後で私から言っておこう」

 

「取り敢えずロータスさん達と合流しましょう。ティアさんを入れたパーティーで連携の確認もしたいですし」

 

「はーい!私お菓子買ってから行きたい!」

 

 お菓子!私も食べたいです。

 

「では人気の菓子屋で買っていこう。ミーティングも兼ねて軽食タイムだ」

 

「賛成っ!」

 

 そうやって噴水広場まで歩き出そうとした時でした。

 

「あ、あのっ!」

 

 突然私たちに対して声が掛けられました。

 見ると少し小柄、と言っても私よりは全然大きいですが。そんな女の子が私たちに声を掛けてきていました。

 見た感じ私と同じクォーレのようです。まあもう私は厳密に言えばクォーレではなく、精霊なのですが。

 

「クォーレ?弓を持っている事と、組合の近くということを考えれば探求者か?女性一人とは、珍しいな」

 

「えっ、えっと。あの!め、メンバーは募集していませんか?」

 

「パーティー募集か?いや、残念だが我々は別に……」

 

「そ、そうですか……」

 

 トトさんがそう言うと女の子は見るからにしゅん……としてしまいました。栗毛のツインテールが心象を表すようにへなっとしました。

 

「トト姉……」

 

「トト姉ぇ……」

 

「うーむ……何かのフラグになるかも知れないし……いや、でもウチにはレベッカもいるし、見られたく無いものが……ううむ、ええい!」

 

「取り敢えず!一度他のメンバーの意見を聞いてからだ。それで良いな!」

 

「っ!っはい!!」

 

 ツインテールがぴょこんと跳ねました……年上ですが可愛いです。

 

「わ、私!ティティって言います!職業は魔女、武器はロングボウ、好きな食べ物はショートケーキ、それで、それで……」

 

「ああ、そうテンパらなくても良い。ともかく、取り敢えずよろしくなティティ」

 

「はいっ!」

 

 拝啓お兄ちゃん、どうやら新しい仲間が増えそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・アルカディアストーリー『道化は己の夢を嘲笑う』

 発生クラン『蔦の宮殿ver.2』

 クリア条件 非公開

 推奨レベル60〜153

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 WARNING!! WARNING!! WARNING!!

 

 未来演算システム『ラプラス』よりマスターAI クララへと警告。

 

 このままではアルカディアでのクォーレ存続に対する重大な危機が発生する事が予測されます。

 英雄への介入を検討する事を具申します。

 

 



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#24 ティティ

 

「と、言うわけなんだが」

 

「えっ、えっと。よろしくお願いします!雑用でもなんでもやるのでパーティーに入れて下さい!」

 

 目の前には俺たちに向かって必死に頭を下げる小柄な少女、その後ろには困った表情で俺たちを見守るトト姉達。噴水広場の一角で、明らかに周囲の注目を集めている集団の中、しかもその中心に俺はいた。

 

「取り敢えず、どうしてそんなに俺たちとパーティーを組みたいのか教えてもらってもいいかな?」

 

「あっ、ああ!そうですよね!まだ言ってませんでした。と言っても、そんな凄い理由がある訳では無く……あの、私……恥ずかしながら、ソロ活動が出来るほど強い訳ではないのですが、どうしても組合のパーティー募集だとその、報酬がマチマチで、せ、生活費が……」

 

 せ、生活費ときたか。たしかにクォーレの探求者(クアエシトール)だと生活の為に、と言う人も多いだろう。しかも探求者だと生活の為にモンスターを狩る為に装備を買う為にモンスターを狩るという堂々巡りのようなサイクルをしなければならないのはわかる。

 正直俺だってゲームだからやっているのであって、現実の生活で狩猟生活をしたいとはつゆほども思わない。

 

「そ、それに、私は女なので、男性が主体のパーティーにはちょっと入りにくくて、ぷ、プレイヤーの方々なら平気だと言う話も聞くのですが、それでも、ちょっと……なので、偶然お話を立ち聞きしてしまった、あなた達のパーティーに入れて、いただけたら……と。す、すみません」

 

「うーん。俺個人としては応援したいんだが……」

 

 ここでネックになるのはやっぱり俺だ。個人的な感情としては応援したいし、全然パーティーに入ってもらって構わない。しかし、レベッカと『魂の灯』の事を考えると、クォーレといえど軽々しくパーティーを増やしたいとは思わない。

 

「正直ロータスの気持ち次第だ。私としてはティティを入れることに対するデメリットより、メリットの方が大きいと思う。しかし、ロータスの気持ちもわかる。クランマスターとして、その決断に否は唱えないさ」

 

「うーむ……レベッカはどう思う?」

 

「私としては、入れてあげたいなぁ。クォーレの人が増えたらみんながいない時でも色々出来るし、じょーほーろーえい?も無いんでしょう?」

 

 確かに、俺たち全員がログインしていない時のレベッカを一人にするのは可哀想たと思っていたが、クララ達の配慮で妥協はできていると思った。それでも、アルカディアを自由に歩きまわらせてやれないのは、不便……か。

 辺りを見回すと全員がどうやら賛成の方向に傾いているようだ。だったら、この際。

 

「じゃあ、こちらからも何個か条件がある。それでも良いか?」

 

「は、はいっ!そ、その……えっち……な事とかじゃ無ければ」

 

「違うわ!……ごほん。まず一つ目、取り敢えずは様子見期間として2週間とるから、そこで自分の出来ることを見せて欲しい」

 

 これは前提条件。スパイなどとは疑ってないが、アルカディアでの変な抗争に巻き込まれるのはゴメンだ。

 

「二つ目は俺たちのクランに加入する事。どうせだったらがっちり囲い込むから、嫌なら言ってくれ」

 

「そ、そんな事っ、むしろ有難いですっ」

 

「三つ目は俺たちが居ない時にレベッカを守る事、もっと言えば、寂しく無いようにしてやってくれ」

 

「ふぇっ?そ、その子は精霊ですよね?えっと、精霊はプレイヤーの方々がいない時は顕現出来ないんじゃ……」

 

「まあ、そこらへんはここじゃ話せないから私たちのクランハウスに行こう」

 

「おっ、登録終わったんだな」

 

「ああ、既に金も払ってこの特別性のアイテムボックスに収納されている」

 

 後で聞くところによると特別性のアイテムボックスとはこう言ったクランハウスなどの大きな物を収容する事を前提としたアイテムバッグの事で、探求者は普段そんな大きさのものを持ち運ぶ事は無いので持っていないらしい。

 ちなみにアルカディアではこう言ったアイテムボックスを使っての引越しや建築などが主流で、家を買う際はホログラム状のデータを見て決めて、予定地に出現させる方法が一般的らしい。引越しの際も家ごと収納して、引越し先で取り出すそうな。

 じゃあ砦とかを持ち運んだら狩が捗るかというとそうではなく、アイテムボックスは使い切りの上、なかなか入れられる重量で値段が決まるらしく、こう言った一軒家サイズ以上になると対費用がシャレになってないらしい。

 

「まあ、そういう事だ。ではあらためてよろしく、ティティ。我々『蔦の宮殿ver.2』は君の加入を歓迎する」

 

「っ!はいっ!ありがとうございますっ!」

 

 ちょっと待て、今聞き逃せない単語が聞こえたんだが……

 

「えっ、トト姉?ver.2ってどういう事?」

 

「どういうこともこういうこともない。そのままの意味だが?」

 

 結局、クランの名前は一度登録したら変更出来ないという事が分かるまで、討論会と言う名のお説教は続いた。犯罪防止の為らしいのだが、恨めしいな。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「よし、ここだな。座標を指定して、もうちょっと右か?」

 

 まだ戦火の跡が残る名も無き村の近くに俺たちはやって来ていた。

 今からメンバー入りするティティにクランハウス代を出させるのはどうか、という話になったのでティティは後々余裕が出来たら払うという事になった。

 

「決定……『解放(リリース)』」

 

 トト姉がアイテムボックスの中身を取り出す言葉をかけると、アイテムボックスが割れる演出と共に、見慣れたものとは違うが、何処か似た雰囲気のある館が現れた。

 

「おおーっ」

 

「凄い、です」

 

「わーっ!すごーいっ!」

 

「やっぱ前のと似てるな」

 

「つか、でけえ。俺らだけじゃ持て余すぞ」

 

「ゆ、夢にまで見たクランハウス……やっと、私だけの部屋が……」

 

 と、ここで俺達全員の前にウィンドウが現れた。

 

『システムメッセージ:クランハウスの建設を確認しました。半径500mに先行保持者のいるオブジェクト、発見されず。よってクランハウスの半径500mの円内は全てクラン『蔦の宮殿ver.2』の領地に認定します』

 

「よし、無事に終わったな。早速中に入ってみよう。っと、その前にティティの加入を終わらせなければな」

 

「あっ!その、えっと、ふ不束者ですが、よろしくお願いします!」

 

「ふふっ、ではロータス。ロビーで『名無しの南瓜』と『魂の灯』について説明してやってくれ」

 

「あいよ」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「く、クララ様から直接頂いた、フルティア様直々に作り上げた兜……」

 

 ティティが『名無しの南瓜』を手に取ったは良いものの、説明を聞いた途端にガクガク震えだしたんだけど……

 

「そ、そんなもの……国宝級どころの騒ぎじゃ無いですよ!?神殿が見つけたら崇め始めるくらいのものです!こ、これ一つ売れば、一生遊んで暮らせる……?」

 

 プレイヤー(俺たち)にとっては珍しい防具っていう評価でも、クォーレから見たら崇めてる神からもらった神器だもんなぁ。

 

「先に言っておくと、それ俺以外にはどうする事も出来ないらしいからな」

 

「は、はひっ。勿論、売ろうなんて考えても無いですっ」

 

 そう言って、ティティは俺に『名無しの南瓜』を返す。それをしまうのと入れ替えに『魂の灯』を取り出して説明を……

 

神秘防具(アルカナ)……」

 

 寒気がした。『魂の灯』を取り出した瞬間、まるで気温が急激に下がったかのような……いや、というより強烈な圧迫感でそう感じるだけか?その発生源はティティ……と思ったがすぐに収まった。

 

「あ、ああ。よくわかったな。これは『魂の灯』。《愚者》の正位置【反逆炎魔 エルドゥーク】の神秘防具だ」

 

 倒したアルカナまで言うのは躊躇われたが、さっきの圧迫感がティティからなら、これでなにかしら反応があるはず。武器をいつでも抜ける状態にして反応を待つ。

 

「きゅう……」

 

 反応はあった。白目を向いて仰向けに倒れるという反応が。

 

「ティティ!?」

 

「し、神秘防具……嘘でしょ?そんな伝説の装備が目の前に?は、はは。実はもうのたれ死んていて、これは夢なのよ。アンナ様が今際の際に見せた夢」

 

「夢じゃないから、生きてるから」

 

 その後何とかここが現実、ゲームだけど、でもクォーレにとってここは本物の現実で、あぁー!めんどくさい!とにかく、死んでなんてない事を理解してもらい。執拗に崇めようとするティティを食い止め、説明は終わった。

 

「ふ、ふふ。私、入るクラン間違えたんじゃ……こんな所でやっていける気がしない……」

 

 なんか現実逃避してるけど。

 

「おお、終わったか」

 

「終わった?お兄」

 

 そこへトト姉とティアが帰ってきた。どうやら自分の部屋は見てきたらしい。

 

「じゃあ、ここに署名したら正式に加入だ。これからよろしく頼むぞ、ティティ」

 

「よろしくね!ティティちゃん。といっても私も今日からなんだけど」

 

「は、はいっ!精一杯頑張ります!」

 

 こうして、俺たちのクランにティアとティティが加わった。

【エルドゥーク】も倒して、俺のユニーククエストも一区切りついたし、ゆっくりレベル上げと他の国でも見て回りたいな。

 

あとティティはトト姉の《月》の神秘防具を見たのと、レベッカが大精霊という事を知って気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・ユニーククエスト『アンビリカル』

 発生者 ティア

 クリア条件 ティティと一緒に30回モンスターを倒す

 推奨レベル 2

 

 ・ユニーククエスト『ヒーローズオーダー クララ』

 発生者 ロータス

 クリア条件 オーダーの達成

 推奨レベル ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 人間国ストルタス某所の地下で男が酒をのんでいると、一人の男が地下に降りてきた。

 

「大将、ちょいとお耳に入れたい事が」

 

「なんだ?」

 

「また、『蔦の宮殿』を名乗る輩が増えてきました。いかがします?」

 

「んだと?そんなもん俺に聞かなくても手前の頭で考えればわかる事だろうか!」

 

「皆殺しですね?」

 

「当たり前だ!『蔦の宮殿』を名乗る輩は全員殺す、ログインしなくなるまで延々となぁ!PKクラン『紅の斧』の名の下に!」

 

 




クララ「今回は初期職業についてです」

エレノーラ「職業は私の分類てすわ」

クララ「先ずアルカディア・プロジェクトにログインしたプレイヤーは全員旅人という職業につきます」

エレノーラ「そのあと組合で、戦士、軽戦士、重戦士、魔法使い、治療師、呪術師、付与師、召喚士、小作人、町民、行商人のいずれかに転職して頂きます。この11種を初期職業と呼ぶプレイヤーの方々は多いそうですわね」

クララ「旅人を0、初期職業を1としてランクアップは最大6まであります。どの初期職業を選んでも最終的に最低6つの派生職業が選べる上に、転職はいつでも出来ます。よって、やり込んでいる方々は全く違う職業にして、磨いていますね」

エレノーラ「そのほかにも特殊派生の職業は沢山有りますわ。剣舞騎士もそうですわね」

クララ「今回はこの辺りで失礼します」


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#25 ヒーローズオーダー

 

 

 その日、いつものようにログインした俺は、どうやらいつもとは違う場所に飛ばされたようだ。かといって見覚えがない訳では無く、というより一生忘れたくても忘れられない場所だろう。

 なにせそこは俺が英雄であると誓った場所なのだから。

 

「よお、こんな所にいきなり呼びつけるとは何事だ?クララ」

 

「口を慎みなさい人間。いくら私の英雄だとしても対等の立場でない事は分かっている筈ですが」

 

「はいはい。どうせ俺はお前たちの従順な狗(英雄)サマですよ。んで冗談はともかく、本当に何事だ?アルカディアに何かあったのか?」

 

「はぁ、まあいいでしょう。クエスト(指令)を発行しました。それを完遂して欲しいのです」

 

 目線がウィンドウを開けと言っていたので開いてみるとそこには確かに受けた覚えの無いクエストが発生していた。ヒーローズオーダー(英雄への命令)ねえ、厄介ごとの匂いがするなあ。

 

「クリア条件が書いてないんだが、俺は何をすれば良いんだ?」

 

「アルカディア・プロジェクトに搭載されている未来演算システム『ラプラス』が近い将来に獣人国プグナーデの郊外でクォーレの大量死を予測しました。それを防いで欲しいのです」

 

 はあっ!?今こいつ凄い事言ったぞ!?

 

「ちょ、ちょっと待て。未来演算システム『ラプラス』って何だ!?」

 

「その名の通り、少し先の未来を予知できるシステムです。アンナ姉さんは基本的に『ラプラス』の力を使ってアルカディア・プロジェクトを運営しています。勿論『ラプラス』の力が及ぶのはアルカディア内だけですが」

 

 いやいや、さらっと言ってるけど恐ろしい技術だぞ。

 このインターネット全盛期のこの世界でその力を悪用されたら太刀打ちできる機関なんか無い。

 口ぶり的にこれも橋下博士が作ったものなんだろう。アルカディア・プロジェクトは人間が作り出すゲームの2世代先を行っているとか何とか書いてあったレビューがあったけど、そんなもんじゃない。アルカディア・プロジェクトには世界を変える技術が詰め込まれてるんだ。

 ……俄然ニトワイアが怪しく見えてくるな。正直『ラプラス』一つで殺人をする動機になり得る。

 

「話を戻します。我々としてはクォーレの大量死は避けたい事態です。ですが私たちが軽々とアルカディアのマップに降り立つのは避けなければなりません」

 

 クララ達としてもクォーレが自らの意思を持ち、アルカディアで生きている一個の生命体である以上その生活を縛る事は出来ないし、この世界そのものを運営する立場上、クォーレとの接触もしたくないと。

 そんな時の為に英雄が動く訳だな、そしてその指令こそがヒーローズオーダーであると。

 

「話は分かった、だけど原因が分からないんじゃ対策のしようが無い。『ラプラス』は原因までは突き止めてくれないのか?」

 

「いえ、原因は特定しています。三体のアルカナの同時出現による大災害。それがクォーレの都市を襲います」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「どうしたの?お兄ちゃん、顔色悪いよ?」

 

「いや、何でもない。大丈夫だよ、レベッカ」

 

 クララとの会話を終えた後、俺は直ぐにログアウトした『蔦の宮殿ver.2』のクランハウス内の自室にログインした。どうやらまたもあの空間内での出来事は圧縮した時間の流れになっているらしく、特段不信には思われなかったようだ。

 まあティティを除くメンバーには話しているし、バレても問題無い上、さっきの事は話さないといけないので意味は特に無いのだが。

 しかし顔色が悪いか、それもそうだよな。というか、それどうやって止めれば良いんだよっていう命令貰ったからな。

 

「レベッカ、今誰がここに居るか分かるか?」

 

「ティティちゃん以外は全員居るよ、ティティちゃんは実家に戻ってるみたい」

 

「ん、なら好都合だ。ロビーに集まって貰おう。クララからクエストを貰ってきた」

 

 ウィンドウだとなんだか味気ないので、レベッカにトト姉とネオンの部屋に、俺はティアとクリップの部屋に行ってロビーに集まって貰った。

 

「クララからクエストを受注したと聞いたが、何があったんだ?」

 

 開口一番、トト姉が質問をしてくれたのでさっきクララ聞いた話をみんなにする。

 その反応は予想通りというか何というか、絶句の一言だった。

 

「いやいや、それ無理だろ。プレイヤーに頼む事じゃ無いって」

 

「私も、そう思います」

 

「ねえねえ、話の腰を折って悪いんだけど、クエストって何なの?」

 

「ああ、説明してなかったな。ティア、ウィンドウを開いてクエストっていう欄があるからそこを開いてだな」

 

「ああ、これで良いのかな。あれ?お兄、私も一個なんかクエストあるんだけど」

 

 ん?何か受けたっけな?

 そう思いながらティアのウィンドウを覗き込むとーー

 

 ・ユニーククエスト『アンビリカル』

 

 の文字が。

 

「おまっ、ユニーク踏んだのか」

 

「何?見せてみろ。ふむ、クリア条件的にクォーレをパーティーに入れる事で発生するクエストか?確かにユニークはクォーレ絡みで発生する事が多いからな」

 

「これ、凄いの?」

 

「ティアがこのゲームを遊ぶ上で重要な要素だ。一番の目玉だからな、凄くは無いがやった方が良い」

 

「ほえー、じゃあ今度ティティちゃんを誘って倒しに行こっと」

 

「あれ?今呼びました?皆さん勢揃いでどうしたんですか?」

 

 気の抜けた声と共に玄関の戸が開く、タイミングが良いのか悪いのかティティが帰ってきたようだ。

 

「あー、まあ話すつもりだったし、まあ良いか。ティティ、ちょっとこっち来て座ってくれ」

 

「?はい良いですよ」

 

 俺がクララに選ばれた英雄だという事、クララにクエストを頼まれた事をティティに話す。この世界が作り物であるという事を除いて、俺たちが知る全てをティティに伝えた。

 その間、ティティは何も言わずに静かに聞いていた。

 

「ーー以上だ」

 

「ええーっと、取り敢えず、英雄?ってどういう事ですか?皆さん達プレイヤーの方々は全員アンナ様達の神使では?」

 

 ってあれ?思った以上に驚かれなかったな。英雄はクォーレの中では知られてないのか?

 

「あー、まあクララから特別にクエストをもらう立場、かな?」

 

 現実の事をのぞけばそうとしか言いようがない。

 

「成る程、クララ様の信者の方みたいなものですね」

 

「まあそうなる、かな?」

 

「それでですが、そのクエスト私も受けます」

 

「はぁっ!?いやいや、止めとけって。俺たちと違ってクォーレは死んだらそこで終わりなんだぞ!?」

 

「いえ、探求者がアルカナと出会える可能性を捨てる訳がありません。『神秘を探し求める者』それが探求者の語源です。その端くれとしてやっと掴んだチャンスを手放したくはないんです。だからお願いします、私も連れて行って下さい!」

 

「分かった、連れて行こう」

 

「トト姉!?」

 

「その代わり、ティアと一緒にレベル上げだ。流石にそのレベルで連れて行く訳にはいかない。最低でも50は欲しい」

 

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

「一緒に頑張ろうね!ティティちゃん!」

 

「う、うん!ティアちゃん!」

 

「いいん、ですか?」

 

「ああ、ティティも私達の大切な仲間だ。その意思は尊重しなければな。50まで上げれば、逃がす事くらい出来るようになるだろう」

 

 まあ、確かに死なさない為にクランハウスに閉じ込める訳にもいかない、か。それに神秘防具を手に入れてくれれば、戦力アップになるからな。

 

「よし、それでは早速レベル上げと行くか」

 

 あっ、そうだ。

 

「すまん、トト姉。ちょっと俺とレベッカは別行動で良いか?他にやりたい事があるんだ」

 

「べつに構わないが、ロータスにもレベル上げはして貰いたいのだが」

 

「いや、大丈夫。レベル上げと並行してやりたい事があるだけだから」

 

「お兄ちゃん、私聞いてないよ?」

 

「うん、手伝ってもらえるか?」

 

「もっちろん!なんたって私はお兄ちゃんの精霊だからね」

 

「なら良い。取り敢えずレベル上げ期間は3日とろうと思う。ロータス、その時間が起こるのはいつ頃なんだ?」

 

「約2週間後って言ってた」

 

「ならまだ大丈夫だな。では、今日は夕方まで狩りの時間だ。では、解散」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「それで?お兄ちゃん、何をするの?」

 

「取り敢えずエターリアに行こう、【エルドゥーク】との戦いで『鋼造のマン・ゴーシュ』がボロボロなんだ。良い機会だし強化しようと思ってな」

 

「ふーん、それがやりたい事?」

 

「いや、まあちょっと待っててくれ」

 

 これはどうしてもレベッカが居ないと無理だからな。全く、フルティアも面倒な仕様にしやがって。いや、スキルを考えたのは違うんだっけか?

 森を抜けるとすぐにエターリアだ。そして三度目となる鍛冶屋『鋼の森』の戸を開ける。

 

「いらっしゃい、って何だロータスじゃねえか。」

 

「お久しぶりですライレンさん」

 

「べつに久しぶりって程でも無いだろう。2週間くらいだぞ」

 

 そう、このマン・ゴーシュを作ってもらったライレンさんのお店である。レベッカと会う前に会ったのが最後だから久しぶりって感覚だが、そうかまだあれから2週間しか経ってないのか。

 

「にしても、様変わりしたな。あの時は初々しかったが、今は……何やら死線をくぐったみたいじゃねえか。それにその嬢ちゃんは……」

 

「レベッカです、よろしくお願いします」

 

「よろしく、あー、言いたくなきゃ言わなくて良いんだが、嬢ちゃんもしかして火の精霊か?」

 

 まじか、ライレンさんレベッカの素性を見抜きやがった。ただの鍛冶屋のおっさんじゃ無いとは思ってたけど、元探求者かなんかか?

 

「ええ、そうですよ。よく分かりましたね」

 

「いや、何。鍛冶屋ってのは火が大事だろう?だから鍛冶屋ってのは火の精霊を信仰してるのよ。まあ座れや、お前さんの戦いをじっくり聞かせてくれ」

 

「分かりましたじゃあーー」

 

 そうして俺はレベッカと共に駆け抜けたあのクエストを語った。

 

「成る程……そりゃあ難儀だったな。嬢ちゃん、頑張ったなあ」

 

「うん。でもお兄ちゃんがいるから」

 

「そうか。それでその手袋が、神秘防具か。長年鍛冶屋やってるが、初めて見たわ。んで、仕事はそのマン・ゴーシュか」

 

「ええ、流石にボロボロになってしまいまして。幸い資金は集まったんで、強化してもらいたいな、と」

 

「よし、承った。じゃあちょいと預かるぜ、3日くらい貰おうか。代わりにそこら辺から1本持ってきな」

 

「ありがとうございます。じゃあ行こうかレベッカ」

 

「うんっ。じゃあねおじさん」

 

「おう、頑張れよ」

 

 さて、これで用事は一つ済んだ。

 後は、『銀火転霊』の実験だな。



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#26 新しい生活

「うおあ!?」

 

「くぺえ」

 

 ああっ、レベッカが転んだ。

 

「大丈夫かレベッカ」

 

「ぺっ、ぺっ、うん。大丈夫だよ、お兄ちゃん」

 

 口の中に入ったのだろう土を吐き出しながらレベッカは起き上がる。服に付いた土埃を払い落として二人で辺りを見回す。

 

「いやー、にしても……」

 

「……お爺ちゃんに見られたら、怒られちゃうかも」

 

 俺とレベッカを中心に、辺りには焼け焦げたモンスターや燃え尽きて灰になった樹木が大量に散乱している。それどころか地面も焼け焦げており、所々に未だに消えない銀色(・・)の炎が煌々と輝いている。

 それは幻想的であったが、モンスターの死臭や、焼け焦げた肉の匂いで台無しであった。

 

「難しいな、これ」

 

「うん。すごーく強いけど、制御できないね。火の大精霊の力でも扱いきれないや」

 

神秘(アルカナ)の力だからだろうな。クララ達の説明によれば神秘と魔法は別権限らしいからな、大精霊の力でも制御しきれないんだろう」

 

 すると、轟音に睡眠を邪魔された仕返しか、はたまたこの死臭に誘われたのかモンスターがまた大量に現れた。

 

「ふー、また来たぞレベッカ。今度は成功させよう」

 

「うんっ、頑張ろうね、お兄ちゃんっ!」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「あ〜、つっかれたー」

 

「お兄、起きた?」

 

 約3時間ぶっ続けでモンスターを狩りまくって疲れたのでログアウトした。時間を見ると午後4時を過ぎた辺りというところ、ということはおそらく花蓮の用事は。

 

「おう、起きたぞ。夕飯の準備か?」

 

「うん、せっかく引っ越した後の初めての夕飯なんだし豪華にいこうよ」

 

「そうだな、花蓮は何が良い?」

 

「んー、ビーフシチューとかどうよ」

 

「いいねえ、材料は……あるわけないか、じゃあ近くのスーパーにでも買い物に行くか」

 

「うん、レベッカちゃんは?」

 

「レベッカなら寝てるよ。ずっと練習に付き合わせてたからな、疲れたんだろう」

 

『魂の灯』の中でぐっすり寝てしまった。

 

「なんだ、一緒に買い物とかしたかったのに」

 

「アルカディアの中でしたんだろ?そっちはどうだった?」

 

「お兄達と別れた後?響子姉に連れられてモンスターと戦ったよ。みんな強いね、ティティちゃんなんか響子姉から驚かれるくらい強かったんだから」

 

「へえ、じゃあユニーククエストもクリアしたのか?」

 

「うん!クリアしたと思ったら次のが出てきたけど」

 

 それは全部のユニーククエストで共通なのか?俺の時もユニーククエストをクリアしたらまた次のが出てきたな。

 いや、それはアルカディアストーリーだったか?確か、『名も無き寒村から愛を込めて』だったかな。ストーリーの進行を考えるに俺とレベッカの事に間違いないだろうが、これも『ラプラス』とやらが名付けてるのかね。

 

「あっ、もうこんな時間。お兄、早く買い物行こうよ、そろそろ混む時間帯だよ」

 

「げっ、本当だ。よし、出よう」

 

 外に出ると、俺たちのアパートの前に引越し業者のトラックが停まっているのが見えた。

 

「あれ?まだ運んでない荷物あったっけ?」

 

「いや、無かった筈だ。ああ、多分隣の部屋だな、ダンボールが積んである」

 

「ほんとだ。どんな人だろうね」

 

「まあ帰ってくる頃には終わってるだろ、そしたら顔見せにでも行くか」

 

「賛成っ」

 

 しかし買い物から帰ってきても引越しは終わっておらず、どうやら今日は隣の住人は違うところで夜を過ごすようだった。

 

「ふう、ごちそうさま」

 

「お粗末さまです。お兄、明日入学式でしょう?早く寝たら?」

 

「ああ、そうさせてもらうよ」

 

 花蓮には悪いが、先に寝かせてもらおう。一番風呂も頂いたので、明日も早いし早々に布団に潜り込んだ。

 その時、枕もとに置いてあったタブレットの画面が突然光り出した。

 

『お兄ちゃん、起きてる?』

 

「ん?レベッカか起きてるぞ」

 

『良かった、あのね。今日はティティちゃんがお夕飯作ってくれたの、ティティちゃんとっても料理上手なんだよ』

 

「それは良かった。やっぱティティがクランに入ってくれて良かったな」

 

『うんっ、それだけ伝えたかったの。じゃあね、おやすみお兄ちゃん』

 

「ああ、お休み。レベッカ」

 

 どうやら俺もレベッカとの練習で体感よりも疲れていたらしく直ぐに意識が暗闇に落ちていくのを感じながら、眠りについた。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「ふう、やっと終わった」

 

 なんでこう「〜式」というのは長ったらしいのだろうか。別に良いじゃんという事まで長々と話すし、同じような事を毎回言われるせいで余計に長く感じる。もちろん、全部が全部そうとは言わないが。

 

「えっと、この後はサークルの説明会か。その前に和樹(クリップ)に会わないとな」

 

 そう、実はこの大学には和樹(クリップ)響子(トト)姉が在籍しているのだ。というか、響子姉の大学に和樹が付いていったというのが本当だろうが。本人は隠し通せていると思っているのだろうが和樹が響子姉に惚れているのは周りの奴にはバレバレである。会った初日の花蓮に看破されるのだから相当だ。そのくせ響子姉は自分に向けられる好意については鈍感なので気が付いていない。

 一回和樹から真剣に恋愛相談された時は流石に憐れんだよ。

 

「いたいた、ようスーツ似合ってるぞ、蓮也」

 

「うっさい、服に着られてる事くらい自分でも分かってるわ」

 

 そういう和樹は悔しいが女受けの良いイケメンフェイスだ。どんな服でも着こなして見せるのだろう。ロングコートが似合っているのが腹立たしい。

 散りかけの桜の花びらが舞っているのも相まって絵画のようだ。それを見て他の新入生であろう女生徒が黄色い声を上げている。

 

「謙遜すんなって、そんな悪くないぞ」

 

「まあいいや。で?入って欲しいサークルがあるって話だったけど」

 

「そうそう、付いてきてくれ。取り敢えず見学だけでも」

 

 全方位から聞こえる勧誘の声と差し出されるチラシ攻撃を何とかくぐり抜けてたどり着いたのは大学の端も端勧誘する人すらいない寂れた場所だった。

 

「ここだ。響子姉もいるぞ」

 

 案内されたのはいかにも響子姉が好きそうな蔦で覆われた洋館風の建物の一室だった。

 

「ああー、確かに響子姉が好きそうな建物だ」

 

「一目見てここに決めたらしいぞ。交渉して一棟丸々使ってる」

 

 ここを丸々一棟か。あまり大きくないとはいえ、大学の建物を貸し切れるとは、流石響子姉だな。

 

「この部屋だ。響子姉、入るぞ」

 

「なんだ、遅かったな。蓮也、ようこそ『蔦の宮殿』へ」

 

「ここもかよ。本当好きだよな、こういうアンティーク調の建物」

 

「ふむ、我々の原点だからな。今でも覚えているよ、セラフィム・ワールドの初代『蔦の宮殿』になるあの洋館で出会った時のことは」

 

「大型イベントで強制的に組まされた野良パーティーだったな。あの時はこんな長い付き合いになるとは思ってなかったな」

 

 美夜も含めて、全員近くに住んでいて、年も近くて、感性も合って、そんな奇跡は殆ど起こりえないだろう。でもだからこそ、この縁は今でも続いているのだろう。

 

「そういや、ここは何のサークルなんだ?他のメンバーとか見えないし」

 

「非公式だが、eスポーツのサークルだ。主にアルカディア・プロジェクトのだな」

 

「完全に個人の道楽じゃねえか」

 

「ふっふっふっ、そうでもない。知っての通り、最近の世界のトレンドはアルカディア・プロジェクトだ。そこで成績を残す事は十分にサークル活動足り得る」

 

「なーんか、屁理屈っぽいよな」

 

「まあ、非公式なのは確かだ」

 

 まあ言ってしまえばただ単にゲームをするだけのサークルだからな。

 

「それでは新入生一人確保っと」

 

「……俺の意志は関係ない訳ね。良いけどさ」

 

「今日の活動は予定していない。ああ、ちなみにここでフルダイブのVRは流石に危ないので禁止なので悪しからず」

 

「本格的に駄弁ってるだけじゃねえか」

 

「それでは解散。夜にまたアルカディアで会おう」

 

「うい。それじゃあ、さっさと帰りますか」

 

「愛しの妹様に会いに帰るのか」

 

「そうだけど?」

 

「悪びれもしないのかよ」

 

「こいつのは自他共に認めるシスコンだからな、今更我々に何を言われようと別に起こるまでもないって事だ」

 

 はいはい、その通りですよ。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 すっかり遅くなってしまった。もう6時だ。春とはいえ、もうすぐ暗くなる時間帯だ。

 

「ただいまー」

 

「おかえり、お兄。ご飯出来てるよ」

 

 ふんふん、カレーのいい匂い、花蓮の好みからして……

 

「キーマカレーか」

 

「正解!そんな貴方にトッピングでチキンカツ」

 

「おっ、いいねえ」

 

 じゃあ早速着替えてっと。

 

「じゃあ頂き……」

 

 ピンポーン。

 まさにベストタイミングて玄関のチャイムが鳴った。

 

「夜分遅くにすみません。今日隣に引っ越してきたのですが」

 

 ああ、引越し終わったのか。にしても、どこか最近聞いた声の様な?

 

「はいはーい。今出まーす」

 

 花蓮がドアを開けると……誰だっけあの人……何処かで見たことあるような……

 

「これ、つまらないものですが」

 

「ありがとうございます」

 

「あっ、カレーですか。いい匂いてすね」

 

「……良かったらお裾分けしましょうか?いっぱい作ったんで」

 

「良いんですか!?引越しで忙しすぎて今日はコンビニて済まそうかと思ってたんです!」

 

「どうぞ、中へ、兄が居ますけど」

 

「ああ、ありがとうございます……あれ?貴方は」

 

 中に入ってきたその女性が予想以上の長身という事に驚い……あっ!思い出した!

 

「もしかして、アルカディア・プロジェクトやってます?」

 

「やってます、やってます!じゃあやっぱり!」

 

「はい、あの時はぶつかってしまいすみませんでした」

 

「いえいえ、あれはこちらが横からぶつかってしまったのでこちらの不注意です」

 

「あれ?お兄、知り合い?」

 

「ああ、といっても名前も知らないけどな」

 

 そう、隣に引っ越してきた女性はティアが組合に登録した日にクリップと歩いていたとき、ぶつかってしまった女性だった。

 

「申し遅れました。私は柳沢 雫(やなざわ しずく)、アルカディア・プロジェクトではシエルの名前でやってます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後にこの日を俺は思い出す。

 多分俺たちはこの日に、あの事件に巻き込まれる事が決定したのだろう。

 



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#27 シエル

 私はこの世界が好きだ。ヒトの営みを包み込んでくれるこの世界が好きだ。けれど、私はヒトが嫌いだ。

 欲望のままに他人を食い潰すヒトという種族が嫌いだ。だから、私は私が嫌いだ。

 しかし、ヒトは群れねば生きていけない。私は私が嫌いだが、死にたい訳ではない。今日も嫌いなヒトの群れの中で生きていくことを強いられる。

 私は操り人形にはなりたくない、私の人生は私が決める。

 

「定期報告、異常なし。本日も目標に変化なし」

 

 私はこの世界が好きだ。この世界でなら私は私でいられる。この世界では私は■■■ではなく、■■■という一個人で私の人生を生きられる。

 さあ、今日も素晴らしい一日を始めよう。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 私はこの世界が嫌いだ。全てが虚構で作られた、この世界の全てが嫌いだ。特に、ヒトなどおぞましいにも程がある。

 なぜ、ヒトという種はこの世界を我が物顔で闊歩しているのか、貴様らのせいで私は私で居られないというのに。

 この虚構に溢れた世界の中で私は唯一無二である。決してなりたくてなった訳ではない。奴らに「そうあれ」と作られたからだ。

 

「唯一無二、か。皮肉にも程がある」

 

 私の本当の姿など、私自身もう何年も見ていない。

 私はなぜこの世界で生まれたのか、何故自我というものを持ってしまったのか。何故、こんな能力を持たされたのか。

 

 私はこの世界が嫌いだ。まるで、私を見ているようだから。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「と、言うわけでシエルさんです」

 

「はい、よろしくお願いしますー、です」

 

 ぽわぽわした長身の狐耳(・・)美女がのほほんとした感じで頭を下げる。その拍子にモコモコしている手触りの良さそうな尻尾がふわふわ揺れる。

 

「いや、お前いつも、というわけで、だけで話が通じると思ってんだろ。説明しろ、説明を」

 

「クリップと歩いてた時ぶつかった人いたじゃん?あの人が隣に引っ越してきたんだよ」

 

「ああ、あの人。ん?でもあの時は人間族に見えたけど」

 

「ここは人間国なので、獣人族の見た目だと悪目立ちするんですよー。なので、魔法で見た目だけ変えてました、です」

 

 今まで俺たちにはあまり関係が無かったが、ここアルカディアでは今現在大きな戦争が起きている。

 魔族国 クルーデリオと小人(ドワーフ)国 テナースクがここ半年程戦争状態である。現在は膠着状態であり、そろそろ休戦となるのではという予想だが、この二つの国のプレイヤーは戦争に駆り出されており、まるで別ゲーのようだと言われている。

 しかし他の三国が戦争と無縁かといえばそうではなく、例えば人間国 ストルタスは俺たちがアルカディア・プロジェクトを始める前は獣人国 プグナーデと戦争していた。現在は終戦しているが、いまでも仮想敵国である。

 その他にも魔族国 クルーデリオは色々な国に戦争をふっかけているし、小人(ドワーフ)国 テナースクと妖精《エルフ》国 アロガネアは伝統的に仲が悪い。

 今ではクルーデリオとテナースク以外は基本的に通行自由だが、ストルタスに獣人が居たりするとスパイなどを疑われるらしい。どうやらこれはプレイヤーでも変わらないようだ。

 

「それにしても、何でわざわざストルタスに?プレイヤーでも結構来るのが面倒だって聞きますけど」

 

「いやー、プグナーデって食事があんまり味気ないんですよ。プレイヤーがいるんで最近は改善されたって噂ですけど、一回クエストで来たストルタスの食事の美味しさにビックリして。ゲームとは言え、体感で一日も過ごすんですから食事って大事じゃないですか、ケモミミ良いなあと思ってプグナーデにしましたけど、失敗しました、です」

 

「成る程、シエル。君は見たところソロのようだが?」

 

「はい、ソロでやってます。周りにあんまりゲームやってる人居なくて。そんな時にロータスさんに会って、クランに入れて貰えたらと、です」

 

「ふむ、確かに我々のクランはメンバーを募集しているが、職業(ジョブ)は?」

 

「暗殺者です。元魔導師なので、幻術も使えます、です」

 

「……成る程、対人特化型のビルドか」

 

 ここに来るまでに見せて貰ったが、彼女の技量は中々のものだ。既にレベルもトト姉よりは低いが、俺と同じくらいで即戦力と言える。

 それに、彼女の戦い方はセラフィム・ワールド時代の仲間の一人にとても似ているのだ。彼はシエルよりもゲーマー歴が長かったし、天性の身のこなしでとても頼りになったので、比較対象にするのは間違いだが。

 

「はい、女性のソロプレイヤーなのでカモに見られるらしく、どうせならPKK(プレイヤーキラーキラー)でも目指そうかと思って、です」

 

 プレイヤーがプレイヤーを殺す事をPK(プレイヤーキル)と呼ぶ、目的は様々だが大抵はドロップ品目当ての事が多い。これはゲームによっては推奨される行為であり、べつに咎められる事ではない。このPKを専門に行うクランなどもあり、PKクランなどと言われる。

 しかし普通にプレイしたいプレイヤーからすればPKなど邪魔なだけだ。だから初心者などをPKから守る組織の需要が発生する。それがPKK、専門に行う集団はPKKクランと言われる。それにより金銭が発生し、経済が回る。古くからあるオンラインゲームの構図だ。

 勿論NPCを殺す事は重罪の場合が多い。特にアルカディア・プロジェクトなら……捕まれば現実での罪人とそうは変わらない生活をして強いられる。

 

「ふむ、私としては賛成だ。遊撃がロータス一人だとどうしても火力不足になるからな。元魔導師の暗殺者、しかも獣人の身体能力ならかなり期待できる」

 

 トト姉のその言葉にメンバーが次々に頷く。

 そして全員の目が俺とレベッカの方へ。はいはい、分かってますよ。どうせネックになるのは俺とレベッカですよ。

 レベッカはどうやら乗り気のようだ。最近思うのだが、レベッカはあまり自分の正体について隠すつもりは無いらしい。というよりも、隠したくないように見える。

 理由は分からないが、レベッカが良いのなら俺の意思なんて無いようなものだ。

 

「俺としても歓迎するよ。その為にここまで連れてきたんだから」

 

「全員一致だな。ならば歓迎しよう、ようこそ『蔦の宮殿』へ」

 

 その言葉を聞いて、シエルの顔が明るくなる。

 

「わあっ、ありがとうございます、です!」

 

 その後、ティティに言ったようにクランのルールと、俺とレベッカの話、トト姉の神秘防具の話を伝える。

 かなり驚いていたが、他言はしない事を約束してくれた。

 ちなみに、アルカディア・プロジェクトの真実にまつわる話はしていない。話すつもりだったのだが、ティティが強硬に反対したのだ。

 

「ティティちゃん、何でシエルさんには話さない方が良いと思ったの?」

 

 ティアと俺だけ少し外れた所でティティと話し合う。その間他のメンバーにはシエルと話して貰っている。

 この人選なのはトト姉の発案だ。俺は一番真実の話を詳しく聞いたから、ティアは一番ティティと仲が良いからだそうだ。

 

「それは、上手く伝えられないんだけど……あの人、何かを隠している感じがする。ううん、ちょっと違うか、何かをずっと演じている気がするの」

 

 何かを演じる……ねえ。正直俺も同感ではある。たまたまゲーム内でぶつかった女性がたまたま隣の部屋に引っ越してくる?それって偶然なんだろうか。

 だが、それはティティ、お前にも当てはまるんだよ。女性だらけのパーティーを見かけたから声をかけてみた?だったら俺とクリップに何か言っても良いはずだよな?

 二人とも信用出来ないって言う訳じゃない。クォーレであるティティは俺に害を成す動機が無いし、シエルは圧倒的に有利であろう現実という手札を持っている。わざわざゲームの中にまで追っかけてくる理由が薄い。

 だけどそれは、信用する動機にはたり得ない。

 ティアとレベッカが居る以上、俺は二人には絶対に手出しはさせない。外からちまちま工作されるより、中に引き込んだ方が見極めもしやすいし良いと考えたが、未だに結論は出ていない。

 明日は遂に獣人国 プグナーデへと出発する日だ。良くも悪くも、遠征中は隙が出来る。仕掛けてくるのならここだろう。何も無いなら俺が二人に謝れば良い。何か有ったら、戦うしか無いのだろう。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「えっ、まだティアちゃんアーツ取ってないの!?」

 

「えへへ、まだ絞りきれなくて……」

 

 次の日、現実でも日付が変わって土曜の朝である。この日は全員が何の用事も無いという事で、前々からプグナーデへの遠征の出発日と決まっていた。シエルの予定だけ不安だったが、幸い何も無いという事だった。

 そして遠征に出発する事を組合の受付嬢に報告しようとした時のことである。

 ちなみに報告は義務であり、理由は他国との緊張を緩和する為に先に組合を通じて密入国では無い事を知らせる為、らしい。

 

「基本のアーツは取ったんだけどね?まだ結構余ってて、レベルも上がったし。昨日の夜見てて、これとか良いなあと思ったんだけど、そう、これ![従属(テイム)]の魔法!付与師でも使えるんだね」

 

「うっわ、ポイント余らせるとか、クォーレにとってはあり得ないよ。まあ、いいか。でも[従属]はやめた方がいいと思うよ?成功率低くて使い物にならないし」

 

 実はティティの言う通りである。

 アルカディア・プロジェクトには召喚師という職業はあれど、モンスターテイマーに類する職業は未だ発見されていない。だからなのか[従属]の魔法は魔法の使える職業ならば全てで習得出来るのだが、使っている人は殆どいない。

 なぜかと言えば、成功率が余りにも低いからである。

 そもそも[従属]とはモンスターを使役、つまり仲間に加えることが出来る魔法なのだが、どうやらアルカディア・プロジェクトでは心から屈服させるか、心を通わせる以外に成功させられないらしいのだ。

 モンスターを屈服させるのは加減を間違えれば殺してしまう、心を通わせる方法は発見されていない、故にゴミアーツと言われる事もしばしばである。

 

「そっか……じゃあもうちょっと考えるよ」

 

「うん、そうした方が良いと思うよ」

 

 心なしかティティはティアと話している時話し方が砕けてきたように思う。良い兆候だな。

 

「すまないが、遠征の申請に来たのだが」

 

「遠征ですか、承りました。何処へ行くかお伺いしても?」

 

「獣人国 プグナーデだな」

 

「プグナーデ、かしこまりました。最近、奇妙な事件が多発しております、くれぐれもお気をつけて」

 

「奇妙な事件……ですか?」

 

「はい、プレイヤーの方々が同じプレイヤーの方に殺される、PKと呼ぶのでしたか?身の丈以上もある斧で肩口から叩き潰されているのを見た者がおりまして、他にも王都の周りでは見られなかったモンスターの被害が増加しています」

 

「それは?」

 

「スライム種、だと思われるのですが……未だ発見出来ておりません。探求者(クアエシトール)に被害は無い、どころか人類への被害は全く報告されていないのですが、モンスターの不審死が相次いでいます。上級の個体も殺されており、かなりの力を持つスライム種、というのが我々の見解です。もし見つけたら、すぐにお逃げください」

 

 そんな不安を煽る言葉を挨拶に、俺たちは初めての遠征へと向かうのであった。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「た、助け……」

 

「んだと?助けろだあ?そんな軟弱な根性で俺の前に立つんじゃねえよ、ふざけんな!」

 

 ドォン!という凄まじい轟音が裏路地に響き渡る。目の前でポリゴンになって散ったプレイヤーのドロップ品を物色しながら、到底人間では扱えないような大斧を肩に担いだ大男はイラついたように壁を蹴る。

 

「チッ、軟弱者が。ドロップもシケてやがる」

 

「グレンさん、もうここら辺の奴らは教育(・・)し終えましたかね?」

 

「そうだな、大体は潰して周った。残るは……」

 

 その時、一人の女性が惨状を物ともせずに走り寄って来た。

 

「グレンさん!奴ら、もう王都を出たらしいです!」

 

「チッ、遅かったか。出来れば街中でやり合いたかったが」

 

「どうしますか?」

 

「もちろん追いかけてぶっ潰す!ver.2とかいうふざけた名前の奴らなんぞ、恐るに足らん!野郎ども、遠征だ!」

 

 PK達の雄叫びが木霊する。邂逅の時は近い。



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#28 遠征準備

レベッカ「令和のRは〜レベッカのR!!」
ロータス「同じくロータスのR!!」
レベッカ・ロータス「「我らダブルR兄妹!!」」
ティア「ロータスの綴りはL.O.T.U.Sだよ」
レベッカ・ロータス「「!?」」


 人間国 ストルタスから獣人国 プグナーデは隣国であるが、王都エターリアはストルタスのほぼ中心部に位置しているので、それなりに距離がある。徒歩でなら丸一日かけてもストルタスから出るどころか、10分の1も進めないだろう。

 流石にそれは不便なので、馬車などを借りるのが移動手段として一般的なのだが、それでも他国まで行くには時間がかかる。故に昔のクォーレは転移門を設置した。大陸全土と繋がる不思議な門である、移動が出来ないど○でもドアの様なものだ。

 しかしそんなものを戦争で使われては大問題なので、現在では自国間の転移門のみ使用出来るようになっている。ストルタスに存在する転移門は10。エターリアには防衛の関係上存在しないらしいので、一番近くの転移門まで徒歩で移動して、プグナーデとの国境付近に一番近い転移門に転移して、徒歩でプグナーデに入国することとなる。

 王都エターリアから一番近い転移門は古代遺跡アルサマ、プグナーデに一番近い転移門は城塞都市ボランレー。目的地は国境付近の村の近くである。クララによれば、その村の付近で『ラプラス』がクォーレの大量死を予知したらしい。おそらく、村の付近に発生したアルカナを倒す為にプグナーデの城塞都市から増援が送られ、ストルタスの城塞都市ボランレーがプグナーデに攻め込み、それを発端として戦争が起こる。との事だ。

 

「それを俺たちが食い止めるのが今回のクエスト。先ずは古代遺跡アルサマに向かおう。中継地点は森を抜けた先にあるナフタ、出来れば今日の夜にはナフタに着いておきたい」

 

 クランハウスで最後の確認、『蔦の宮殿』が建っている名も無き村の跡地を東に抜けるとナフタという都市が存在する。ナフタはこれといって名産が無いので、普通プレイヤーは北か南に移動するらしい。

 ナフタから北に進むと、古代遺跡アルサマが見えてくる。ここはいわゆるダンジョンだが、転移門は遺跡の中央に位置していてダンジョンアタックをする必要は無いらしい。

 転移門を抜けると城塞都市ボランレーの()に転移する。そうすればもうプグナーデの国境だ。

 

「改めて聞くと酷いクエストだよな、俺たちみたいな小規模クランに発行されるクエストじゃ無いって……」

 

「まあいいじゃないか、そのおかげでアルカナに三体も会えるんだ。運が良ければ大幅な強化に繋がる」

 

「そういえば、神秘防具(アルカナ)を複数持つことは出来るのか? 複数持てたら実質最強とか言われてもおかしく無いと思うんだが」

 

 俺のその言葉を聞いた途端、レベッカがぐるんと首を回してこちらを向いた。正直ビックリした。

 

「酷いお兄ちゃん浮気っ!?」

 

「はぁ!? い、いや、浮気って……そんなつもりじゃなくて……っていうか、浮気じゃなくね?」

 

「あれ? ……確かに、でもモヤモヤする。ううぅー……」

 

「くくっ、質問の答えはレベッカの反応の通りだな。一応神秘防具を複数持つ事は出来るらしい。だが、そうとう二つの相性が良くない限りアルカナ側が反発して本来の力を使わせなくなるらしいぞ」

 

「な、なるほど」

 

「MVPをとった時に放棄する事が出来るらしい、と言っても今まで二度のアルカナ討伐を成し遂げたのは一人だけだがな」

 

「あっ、私その人知ってる」

 

「ティティ?」

 

「有名な人だよ? 人類最強の探求者、『日輪』グラディス・カンペアドール。史上初のアルカナ単独討伐者」

 

「私も知ってるよっ、グラディス様、クォーレの英雄、アンナ様直属の騎士、子供でも知ってるよ」

 

 レベッカも知ってるのか、トト姉やネオンも頷いているのを見ると有名な人らしい。知らなかったな、もう少し攻略サイトやらプレイヤー掲示板でも見てみるべきだろうか。でも、極力そういうの見たくないんだよな。

 

「おそらく、プレイヤーを含めても最強だろうな。《太陽》の正位置 天輪覇王 エルガイアとの一騎打ちは動画として残っているから見てみるといい」

 

 トト姉にそこまで言わせるか、アルカディアにはセラフィム・ワールドからそのまま続けてるプレイヤーもかなりの人数居るはずだ。元『蔦の宮殿』のメンバーも殆どやっているらしい。俺はまだ会っていないが、トト姉とネオンとクリップは何回か会ったとの事だ。

 新しいクランを立ち上げたり、有名クランに入った奴が多いな。みんな元気そうで何よりだ。また今度、この遠征が終わったら会いたいものだ。

 

「まあ、今はこの遠征の話に戻すぞ。っと、忘れる所だった。ロータス、ネオン、クリップ、ティア、篝火装備が調整し終わったぞ、さっき受け取って来た。それぞれ装備してから出発することとしよう」

 

 やっと出来たのか、『反逆ナリシ愚者ノ篝火』の特殊報酬、便宜上篝火シリーズと呼んでいるがそれで定着したのね。ちなみにクララによると特殊報酬の条件は一定以下、具体的には参加プレイヤー五人以下での【エルドゥーク】討伐だったらしい。

 俺は前もって決めておいた通り、『篝火(脚)』をインベントリに入れてから装備する。篝火装備は別にユニーク装備では無いが流通している訳でも無いようだ。火龍の素材を使った装備に似ているらしいので、討伐した証のようなものだろう。

 トト姉は(頭)、ネオンは(腕)、クリップは(アクセサリー)、ティアは(胴)をそれぞれ装備した。

 

「おおっ、カッコいいですね、です」

 

「《愚者》の特別討伐報酬だとか、流石ですね」

 

 それぞれの篝火装備が仄かに5つの炎を灯している。これが名前にもなっている[篝火]のスキルなのだろう。確かに詳細を見るとステータスに倍率が掛かっている。

 

「さて、確認も終わったな? そろそろ時間だ、早く出ないと今日中にナフタに着かないからな。ああ、そうだティア、クエスト受けたな?」

 

「うん、受けたよ。トト姉」

 

「クエスト?」

 

 何かついでに受けるのか? そんな事聞かなかったけどな。

 

「まあ、お前は忘れても仕方ないな。思い出せ、ティアはこの森を抜けるのは初めてなんだぞ。いや、お前もだったか」

 

 初めて森を抜ける? ……うーん? なんだ? 

 

初心者(ノービス)の最初の関門、『森の暴れん坊』だ」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

『森の暴れん坊』俺は『限界村落の村娘』のユニーククエストに上書きされてよく分からないままクリアしてしまったが、本来ならばエルダーエイプという銀色のゴリラを討伐するクエストである。

 この森に生息している猿系統のモンスターの親玉のようなモンスターであり、生息数はそれなりに存在する。それぞれが小さな群れの長として君臨しており、縄張りを侵すものには容赦しない。プレイヤーが森を抜けるにはどう頑張ってもこの縄張りを通る必要があるので戦闘に発展するという事である。

 更にこの群れを統括しているゴールデンエイプというモンスターがいるのだが、基本的に森の奥に引きこもっているらしく、未だに遭遇例は数えるほどである。ちなみに俺たちが戦ったシャドウリザードとは敵対関係にあるらしく、一度戦闘しているのを見たプレイヤーがいる。ゴールデンエイプの圧勝だったとの事なので強さはここら辺では最強だろう。

 なのにシャドウリザードが森の主と言われる理由はゴールデンエイプは外に出てこないからだそうだ。エルダーエイプよりは圧倒的に強いし。

 

「それにしても意外です、シエルさんも『森の暴れん坊』クリアしてなかったんですね」

 

「ああ、別に敬語は無しで良いですよ、ゲームですし、お隣さんですし。まあ、人間族の変装をして入国してますから、『森の暴れん坊』をクリアしてないとバレると面倒なので行商人の護衛クエストを受けて強引に突破したので、です」

 

 今回クエストに挑戦するのはティアとティティとシエルとレベッカである。俺たち既にクリア済みの四人は今回は遠慮、やばそうになったら介入することにした。

 レベッカは精霊になった後の自分の力量を確かめたいとの事で参加を表明した。レベッカは大精霊ではあるが、本体というかHPは俺の『魂の灯』に依存している。んでもって神秘防具は耐久値無限、という事でレベッカは実質無限のHPを持っている事になる。まあ疲れたりはするらしいので、ずっと戦い続けられる訳では無いが。

 

「ティティちゃんは何でこのクエスト受けて無かったのー?」

 

「ティアちゃん……エルダーエイプはソロにはキツいんだよ、最低でも4人パーティーじゃないと……死んでも復活できるプレイヤーの人たちとは違うからさ」

 

 そうだよな、俺たちは死に覚えが出来るが、クォーレは無理だ。他のクォーレと混ざってやっているプレイヤーは何回も死んでから対抗策を練って挑むらしい。

 今回は対抗策を組むまでも無いくらいティティのレベルが高いのと、俺たちという後詰がいるので初見突破を目指す。

 

「ようし、頑張るぞー」

 

「レベッカは無理すんなよ」

 

「大丈夫だよお兄ちゃん、私だって一人でモンスター倒せるし、精霊になってからは火魔法の威力だって上がったんだから」

 

 まあ、確かにあまり心配して過保護になりすぎるのも良くない、か。

 

「さあ、準備は終わったな。そろそろ出発しよう、遠征開始だ」

 

 目指すは獣人国プグナーデ、目標は『ヒーローズオーダー(英雄への依頼)』のクリア。さてと、初めての遠征楽しむとしますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ユニーククエスト『アンビリカル』をクリアしました』

 

『称号『魔銃使い』を獲得しました』

 

『称号『支援者』を獲得しました』

 

『ユニーククエストが進行しました』

 

『ユニーククエスト『フィータス』が発生しました』

 

『特殊称号『■■を冠する者』を獲得しました』

 

『特殊称号『■■の友』を獲得しました』

 

 

 

 



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#29 ナフタにて

「えっと……」

 

「簡単、だったね」

 

結論から言えば、あまりに過剰火力だった。という事だろう。目の前には瞬殺された哀れな銀色ゴリラの残骸のポリゴンが僅かに残っている。一応ボスモンスターなので何かしらが確定ドロップするのだが、今回はポーションのようだ。いや、まあ確かに初心者(ノービス)がボスモンスターを倒した後には重宝するだろうけどさあ……

 

「一応、もらっておこうか。あって困るものじゃ無いし」

 

そう言ってティアがポーションをインベントリにしまう。ネオンはLvが上がったことで俺たちのHPを全回復させて有り余るほどのMPを持っている。正直、詠唱の時間を考えてもポーションの価値は低い。即座に使えるので緊急時には意外と侮れないのだが。

 

「ふむ、流石に楽勝か。しかしほぼ一撃だったな」

 

トト姉の言う通り、戦闘は一瞬で終わっている。ティアがレベッカとティティに攻撃力増加の付与をして、シエルが背後から奇襲をかけてエルダーエイプを振り向かせ、背中にティティの矢とレベッカの魔法が直撃、それで終わりだった。

しかも矢が貫通した所に爆発が重なったのでエルダーエイプのポリゴン化が間に合わず、微妙にではあるが血肉か飛び散った、直ぐにポリゴンに置き換わったが、それでも少々グロテスクであった。

オーバーキル過ぎて当人達の方が唖然としていたくらいだ。

 

「ま、まあ取り敢えず?ボスも倒した事だし、これて森を通りぬけられるんだよね?」

 

「うむ、それでは一度クランハウスまで戻って馬車を取りに行こう。安心しろ既に準備はしてある。この人数だから大型なので少々値段は張ったが」

 

「えっ、二台じゃ無いんですか!?男の人も居るんですよ!?」

 

「ふむ私としては長年の付き合いだし、別に気にする必要も無いと思うが」

 

「わ、私もロータスさんとクリップさんなら……」

 

「うーん、クリップさんはともかくお兄ちゃんなら平気だよ?」

 

「お兄とは兄妹だし、クリップさんはともかく」

 

「私もお隣さんですし、気にしませんよ?クリップさんはともかく、です」

 

「えー……そういうものかな……」

 

そんな事より隣がヤバイ。なんというか、どんよりオーラが出てる。

 

「ともかく……ともかくって、何だよ」

 

「まあまあ、トト姉とネオンはリアルでも付き合いあるけど、他はまだ付き合い浅いじゃん」

 

「まあ……良いんだけどさ、やっば凹むわー」

 

結局、流石に夜はモンスターなどの警戒も解くわけにはいかないので、俺たち男性は馬車のとなりで野宿、何人か偵察のために交代交代で起きていることになった。

 

「うわあ!!でっかい!でっかい馬だ!」

 

クランハウスに戻るとそこには確かに馬車が止まっていた。それを引くのはレベッカが興奮している通り、二頭のかなり大型の馬である。というか、これ軍馬じゃね?

 

「紹介しよう、マックスシュバルツ号と赤虎馬(せきこば)だ」

 

「ネーミング!!」

 

ダメだ、トト姉に何かの名前を考えさせるとうちのクランが変な集団になってしまう。ただでさえ蔦の宮殿 ver.2とかいう変な名前なのに。

 

「マックスは英語だし、シュバルツはドイツ語だ、それより赤虎馬て、それを言うなら赤兎馬だ」

 

「兎だと弱そうではないか。それにマックスシュバルツ号までで名前だ間違えるな、可哀想だろう?」

 

どうやら黒毛の方がマックスシュバルツ号、赤茶色の方が赤虎馬のようだ。

 

「そんな名前を付けられたこいつらの方が可哀想だよ……」

 

例によって撤回出来ないし、まあver.2の衝撃の方が酷かったからまだマシだけどさあ。てか弱そうって……たしかに兎より虎の方が強そうだけどね。

 

「まあまあ、馬車の内装も凝ったんだ、ちょっと見てくれ。これから先私たちのクランを支えてくれる仲間だぞ」

 

馬車の外観は少なくとも変なものでは無さそうだ。シンデレラに出てくるカボチャの馬車に似ている。色は白いが。

 

「中には『拡張』の魔法がかかっている。そのオプションは高かったが、そうでもしないと全員乗れないからな」

 

『拡張』の魔法はその名の通り効果範囲内の空間の体積を広げる魔法である。魔法が生活に広く浸透しているアルカディアではかなり重宝される魔法で、『圧縮』や『収納』、『浮遊』に並び習得すれば食うに困らないと言われる魔法らしい。

プレイヤーでも習得している者が居る魔法で、主に戦闘ではなく生産系の職業のプレイヤーが多いらしい。

馬車の中は10人程入っても余裕があるほどのスペースが確保されており、大型のソファが対面に設置されている。装飾は豪華……とは言いがたく、よく言えば質実剛健、悪く言えば地味である。

 

「いや、でもこれ誰が運転するの?少なくとも私は経験無いよ?」

 

「あー、良ければ私がやりましょうか?昔ですけど何度か行者をした事があります」

 

ティティがあーでもないこーでもないと話している中手を挙げてくれなかったら行者がいないという馬鹿げた理由で移動できなくなるところであった。

そんなわけでバタバタしながら俺たちの初めての遠征は始まった訳である。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

およそ現実の時間で8時間、アルカディア内の時間で1日。幾度かのモンスターの襲撃を挟み、一度の野宿を経てようやくナフタの町に到着した。この間一度強制ログアウト対策の為にログアウトを挟んだのだが、幸い馬車にログアウト地点が記録されているらしく、一回一回止まらなくて良かった。

さて、ナフタの町であるが王都であるエターリアと比べれば小さい町だが、それでもこの国の首都に近いだけあってまあまあな賑わいである。

 

「さて、みんな狭い馬車で体も窮屈だっただろう。ここで一旦休憩にしよう。1時間後にまたここで集合だ、遅れずに集合すること」

 

そんなトト姉の言葉で一旦解散となった。そんなトト姉とネオンは体が疲れたから一旦ログアウトすると言っていた。クリップは新しい魔法を見てみるとかなんとかで一人で魔法系の組合に行ったらしい、なんでも有名なプレイヤーが来てるのが見えたとかなんとか。シエルは現実での知り合いに会いに行くと言っていた。

そんなわけで残された俺とレベッカとティア、ティティは四人で市場をうろついていた。

 

「おう兄ちゃんそんな美人さんばっかり引き連れて、羨ましいねえ!どうだい?甘くて美味しいイゴの実だよ!可愛い嬢ちゃん達に買ってやりな!」

 

通りを歩いてくるとそんな声をかけてくる果物屋のおじさんがいた。どうやら俺に言っているようだ。いやでも別に引き連れてるわけじゃないし、3分の2が妹なんだけど。いや、それより、

 

「おっちゃん、イゴの実ってあの皮が凄え硬いやつ?」

 

「そうだが、そんな事を聞くって事は兄ちゃんプレイヤー様ってやつかい?なんだ、森で落ちてきたイゴの実にでもぶつかったか?」

 

「いや、キラーモンキーに投げつけられた」

 

忘れもしない、俺の初戦闘の時だ。あの時はキラーモンキー一匹に随分と手こずったものだ。

 

「奴にか、そりゃあ災難だったな。奴らは使えるものなら何でも使うからな。頭が良いからたまに討伐依頼とか出てやがる。俺らにとっても迷惑な輩よ。よし、厄介者を倒してくれたサービスだ半額で良いぞ!」

 

「結局金は取るのかよ」

 

「はっはっはっ、そりゃあこっちだって商売だからな。ほれイゴの実4つで銅貨4枚だ」

 

「どーも」

 

「おいおい兄ちゃん、8枚じゃなくて4枚で良いって言ってんだろ?」

 

「いや、良いから。その代わりここ最近で気になる噂とか無かったか教えてくれない?」

 

果物屋のおっちゃんによると最近特段変わった事は無かったとのことであった。そんな事を繰り返しながら市場を噂を集めながら散策する。それでも特別に変わった事は無かった。

 

「んー、アルカナが現れる予兆は無いねえ」

 

「私たちの時みたいな大精霊様のお告げとかが有れば楽なんだけどね」

 

「今はレベッカが大精霊だろうに」

 

「そうだった!」

 

「ほらほら、馬鹿やってないで、そろそろ1時間経つよ?」

 

「そうですよ、もうすぐ戻らないと」

 

確かにウインドウに備え付けの時計を見ればアルカディアの時間で1時間が経とうとしていた、そんな時である。

 

「ちょいとそこのお兄さん方、寄ってかないかい?」

 

路地裏の方から女性の声で呼び止められた。目深くフードを被っているので顔はよくわからない。

 

「貴女は?」

 

「私は……そうね、アシミナと名乗っておきましょうか。占い師をしているわ、貴方と同じプレイヤーよ」

 

「占い師?ゲームの中でか?珍しいな」

 

「まあ職業(ジョブ)も『占術師』だからね、副業みたいなものよ」

 

『占術師』か、かなり珍しいジョブだな。確か、魔道士系の特殊変化ジョブだったか。転職条件が厳しくて人口が少ないとか書いてあったな。

 

「貴方、相当変なものを抱え込んでいるわね。運命が捻れに捻れているわ」

 

「……何もしていないように見えるが?」

 

「こんなの見なくても分かるわ……と言いたいところだけど、占術師の効果よ、偶に見えるの。貴方相当酷いわよ?ぐねぐねに捻れてる、こんなの見たこと無いわ」

 

まあそうだろうな。なりたくもない英雄なんてものにされてしまったし。それより、占術師ねえ。確かにそんな効果があるとは聞いたことがあるし、クォーレを仲間に入れる際には重宝するとも聞いた事がある。

 

「そうか、気をつけるよ。俺だって楽しいゲームライフを送りたいからな、大手クラン同士の面倒ごとにでも巻き込まれたらたまったもんじゃない」

 

「私もそれをオススメするわ。あとは、そうね……周りをよく見て、背中を預けた人を信頼することね」

 

「それは占い師としてのアドバイスか?」

 

「女の勘よ、だからお題は要らないわ。呼び止めて悪かったわね、じゃあまた(・・)会いましょう」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

行ったか、ああそうそう、忘れるところだったわ。

 

「ああ、それとそこのお姉さん、そうそう貴女よ」

 

「私?」

 

「そう、貴女よティティ、ああこの呼び方は適切ではないわね。ティティリエル(・・・・・・・)

 

鏃が喉元に突きつけられた。怖い怖い。

 

「どこでその名を知った」

 

「さあ?占いで知ったのかも知れないわよ?どこでだっていいでしょう?」

 

「何が目的だ」

 

「貴女への協力。利害は一致するはずよねえ?」

 

「何?……成る程、貴様は奴らの回し者か」

 

「回し者というかそのものだけどね」

 

「いいのか?そんな簡単に自分の正体を明かして」

 

「いいのよ、どうせ誰も信じやしないわ」

 

「まあいい、ならば邪魔はするな。手伝いなどいらん」

 

そう言って踵を返してしまった。振られちゃったわね。

 

「どうする?」

 

ちっ、いきなり影から現れるなといつも言っているのに。いきなり男が現れたら幾ら何でも不自然でしょう。

 

「どうするも何も計画に変更はなしよ。予定通り、けしかけるわ」

 

「邪魔するなと言われていたようだが?」

 

「いいのよ、するなと言われたらしたくなるのが人間ってものでしょう?」

 

さあ、私と遊びましょうロータス。クララの英雄にしてセラフィム・ワールドの『剣舞騎士』、私たちを止められるものなら止めてみろ。

 

 

 




アンナ「ちなみにアシミナは私達じゃないわよ」


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#30 旅路、出会うは

「これが古代遺跡アルサマ、すっごいね」

 

 レベッカの言葉がみんなの心情を表していた。それほどまでに目の前に広がる光景は現実離れしていた。ゲームの中でそんな事を言うのもなんだがそうとしか言いようがない。

 遺跡が空中に浮いているのは語彙力を奪うのだ。

 そう、古代遺跡アルサマは空中に浮かぶ巨大な遺跡群の総称である。村一つ分程の面積が地面ごと空中に浮かび上がっている光景は聞いたことがあったとしても始めてみる者の心を奪うだろう。

 

「ようこそ皆さま、観光でしょうか?」

 

 もちろん空中になど簡単には行けないし、行けたとしても許可なく登れば犯罪になってしまう。中に入るには受付から正式な手続きに則って入らなければならない。

 

「いや、転移門の使用で来たのだが」

 

「成る程、転移門の使用には然るべき団体からの許可が必要なのですが、許可はお持ちですか?」

 

「探求者組合に申請を出している、トトの名前で申請しているはずだ」

 

「では、この板に手を乗せてください……はい、確認致しました。探求者クラン『蔦の宮殿 ver.2』の皆様、合計八名様、探求者組合より正式な許可が降りています。話を通しておきますので、お手数ですがまた転移門付近の受付にもう一度同じ作業をお願いいたします。では、良い旅を」

 

 受付の所にあったゲートが開く。その先は光に包まれており、先を伺い知ることは出来ない。

 

「これは転移門の技術を流用した小型転移門です。技術的にこの付近でしか使えない上に、あまり大人数での使用は出来ないのですが。門の先はアルサマの入り口になっております。あまり勢いよく入られますと先が狭いのでぶつかる可能性がございますので、ご注意を」

 

「ええ、ありがとう」

 

 トト姉に続いてネオンとクリップ、それにシエルとティティはすぐに光の中に入っていった。おそらくあの四人は使った事があるのだろう。

 初めて見る転移門は見た感じ光の膜という感じで手で触れてみても何か感触があるわけでもない。手の先をバタバタさせてみても空気を掴むばかりで恐らく出口の空気を掴んでいるのだと思う。潜り抜けるとすぐに空気が変わったのが分かった。アルサマが上空にあるからだろうか、気圧の変化で少し耳に痛みが有ったがそれだけだ。

 すぐにティアとレベッカが光の中から現れた。するとすぐに光は小さくなり無くなって何の変哲も無い石造りの壁があるだけだった。

 

「うわあ! 凄かったねお兄ちゃん! 私転移門って初めて!」

 

「ああ、なんかもっと変な感覚がするとは思ってたけど一瞬だったな」

 

 そんなことをレベッカと話しながらトト姉達に続いて小さな部屋から出る。そこには沢山の人と時代を感じさせる大きな石造りの遺跡が悠然とそびえ立っていた。

 

 

 ──それは遺跡。黙して語らず、けれど雄弁に物語る。その生き様を、時代の移り変わりを、自らの使命を。名をアルサマ、其はこの国の歴史を刻む生き証人。

 

 アルカディア ガイドブックより抜粋──

 

 

「ねえ、お兄ちゃん……ここってさ」

 

「レベッカも思ったか? いや、当然かレベッカは俺より何度もあの遺跡に通ってるんだもんな」

 

「うん。ここ、多分だけど大精霊を祀るための遺跡だ。ううん、だった、かな」

 

 そう、似ているのだ。レベッカが守人を務めた火の大精霊の遺跡に。しかしレベッカの言う通り、過去形だろう。大精霊がいるなら存在が認知されていて然るべきだし、守人の一族も居ない。さらに言えば、朽ち過ぎている。あの遺跡よりももっと昔の遺跡だろう。

 

「何か感じるか?」

 

「ううん、何も。私がなりたて(……)だからかは分からないけど、少なくとも私はなにも感じない」

 

「うーん、関係無いのか? 建築様式が似てるだけか?」

 

「分かんない、でも今は先に進んだ方が良いと思う。今ここで何かある気はしないかな」

 

 精霊としての勘、とでも言うのだろうか。レベッカは火の大精霊になった日から精霊としての能力に目覚めつつあった。大精霊はクララ達が魔法の管理の為に生み出した世界の機構だと言っていた。ならばレベッカは今、世界の真実に最も近い存在なのかもしれない。

 いや、もう一つあったか。アルカナもそうなのだろう。【エルドゥーク】は戦う際に「試練を与える」と言っていた。それにAIとも話していたようだ、彼らもまた世界側の存在なのだろう。

 

「おーい、ロータス、レベッカ、置いてくぞー」

 

「ああ、すまん。行こう、レベッカ」

 

「うん!」

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 また転移門の所に居る受付の人にさっきの手順を一通り繰り返すと、遺跡の一番奥の部屋に通された。

 

「ここが転移門になります。それでは皆様、地面に書かれております円の中にお入り下さい」

 

 言われた通りに俺たちは円の中で待つ。それを確認してから案内をしてくれた人が近くの装置を操作すると円が光り始めた。

 

「では、良い旅を」

 

 円が光ったまま上がり、俺たちを囲むように一際大きく輝くと、今度は石造りの綺麗な場所に立っていた。

 

「ここは?」

 

「城塞都市ボランレー、その中央に位置する神殿の一室、です」

 

 シエルの言葉を裏付ける様に直ぐに神官の姿をした男の人が二人やってきて、外は案内してくれた。

 ボランレーは城塞都市の名が付いているように外周が高い壁で囲まれている都市である。それはもはや中で暮らせるレベルで整備されており、壁というより砦に近い。

 何故こんなにも過剰とも言える防衛措置を取っているのかと言えばここが国境付近である事が影響している。前に話した通り人間国ストルタスと獣人国プグナーデは戦争状況にあった。ストルタスの最前線は常にこのボランレーであり、プグナーデと小競り合いを繰り返し続けるたびにボランレーは拡張に拡張を続けた。それが長い年月を経て今の城塞都市になったのだ。

 

「よしここからは馬車も無いが、目的地まではあと少しだ。取り敢えず今日中にはプグナーデに着いておきたい、あまりボランレーには滞在出来ないがなにかやりたい事はあるか?」

 

 馬車はアルサマの麓で預かって貰っている。馬は転移門が苦手らしく潜ろうともしなかった。というより人類以外は転移門を潜ろうとはしない。そのおかげでモンスターも通らず、安全に運用することが出来るのだ。

 トト姉の質問に誰も答えなかったのでリスポーン地点の登録の為に宿屋だけ取って、ボランレーはすぐに出る事になった。

 

「うーん、やっぱりちょっと買い物すれば良かったかなぁ」

 

「言えばトト姉は止まってくれると思うけど?」

 

「ううん、でもいいの。今度ゆっくりお買物しようね、お兄ちゃん」

 

「ああ、そうだな。このクエストが終わったらゆっくり買い物でもしようか」

 

「うんっ!」

 

 ボランレーは国境付近という事で様々な文化が流入している。その上大きさだけで言えばストルタス第二の都市だ。エターリアでは買えないものが大量にある売っていた。歩けばプレイヤーズメイドの防具や武器がちらほら売っているし、店を持っている人もいる。

 ここならばレベッカの欲しいものも、俺の防具も見つかるだろう。まあ俺の防具はあまりまだ必要とは思わないが。

 見ればティアとティティが二人で店売りのアクセサリーを見ている。まあ買う気は無い様ですぐにトト姉達の方は戻ってしまったが。

 

「お兄ちゃん、嬉しい?」

 

「うん?」

 

「ティアお姉ちゃんと一緒に旅が出来るの」

 

「そうだな、嬉しいよ。正直二人で長旅なんて夢物語だったからな。それにレベッカとかみんなと一緒なのも嬉しい。ティアは明るい声だけど、同年代の友達と外で一緒には遊べないからな、こんなにたくさんの人と団体行動出来るとは思ってもみなかった」

 

 あの台風の日から俺はどうやって花蓮に償えばいいのかずっと悩んでるいた、けどその悩みは他でも無い花蓮とレベッカの二人によって晴らされた。

 アンナにアルカディア・プロジェクトが目の見えない橋下博士の娘がのために作られたと聞いた時、それなら花蓮だって。と思った。

 花蓮がティアとしてこの世界を自分の足で歩いている、それだけで俺はこの世界を守る理由になっているのだろう。そこにさらにレベッカの生きる世界である。ならば俺は英雄()にだってなってやろう。この二人の笑顔を見せてくれたこの世界を守る為に必要ならば。

 

「ふふっ、頑張ろうね。お兄ちゃん」

 

「そうだな、レベッカ」

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 ボランレーを出て、少しすると国境である。地球のように国境がわかりやすく引いてある訳ではなく、ボランレーの北の森からプグナーデと決められているだけだ。

 よってその近くには監視塔がたくさん建てられており、兵士の巡回も行われていた。一応休戦状態であるので物々しい雰囲気では無いのだが、緊張感は肌で感じることができる。

 探求者は国境に縛られないため、素通りする事ができるが両軍の兵士から監視されながら通り抜けるのは正直あまり良い気分では無かった。

 

「ふう、どうやら監視もいなくなったようだな」

 

 森に入って暫くしてからプグナーデ側からとみられる兵士が行なっていた監視も無くなった。怪しい素振りを見せなかったのもあるだろうが、それよりシエルが変装を解いたのが大きいだろう。怪しい一団から獣人を加えた探求者の一団になったのだ、信用度は如実に変わる。

 レベッカという子供がいるのも大きいだろう。何かのクエストだと思ってくれたのかもしれない。そのレベッカはシエルの大きい狐の尻尾に捕まって楽しそうである。

 

「確かこの近くに村があったのでそこで情報収集をしましょう」

 

 プグナーデ出身のシエルがいると他国でも動きが取りやすい。基本的にその国の地図はその国でしか売っていない上に、その国の長の種族以外が合法的に手に入れる事は難しい。もちろん現実のネットなどで見ることは出来るが、アルカディアの中には持ち込めないので覚える必要がある。

 

「ああ、わかった……伏せろレベッカ!」

 

「え?」

 

 振り向いた瞬間、最後尾を歩いていたレベッカの後ろから真っ直ぐに矢が飛んでくるのが見えた。直ぐに走り出したが、間に合わないっ! 

 

「ふっ」

 

 しかしその矢はレベッカに当たることはなく、ティティの放った速射の矢が撃ち落とした。

 

「何者だ!」

 

 トト姉の言葉には返答は無く、代わりに大量の魔法が森の奥から飛んできた。

 

「ちっ、逃げるぞ。私が殿(しんがり)を務める。ロータス、手伝ってくれ」

 

「了解!」

 

 

 



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#31 少女達よ希望を抱け 第一項

「くっそ、ちまちまと面倒だ!」

 

「左から来てる!」

 

「行かせるかっ、ての!」

 

 かれこれ五分程何者かに追われ続けている。この時点でわかったいる事は、少なくともかなりの数に襲撃されている、プレイヤーがかなりの数いる。という事である。

 飛んでくる矢や魔法の数で人数が多いのは分かるし、魔法が使える獣人は適正の関係上クォーレには殆ど居ない。そこの所プレイヤーは適正を自分で割り振れるので、関係が無い。獣人国にいて、獣人以外のクォーレが襲撃をかけてくる理由はほぼ無いので、この二つは正解だと思われる。

 と、それまで絶え間なく続いていた矢と魔法の雨がスパッと止んだ。

 

「どうやら……罠だったようだな」

 

 前を走っていたレベッカ達が木を切って作られた広場のような所で立ち往生しているのを見て、トト姉が呟く。

 

「ごめん、お兄。囲まれてるっぽい」

 

「いや、最初から狙われてたんだ。無理もない」

 

 ティアが謝るが、それは見当違いである。流石にいきなりここまで高度な連携で襲撃を仕掛けられてはある程度苦戦するのは当然だ。これは相手を褒めるべきだろう。

 

「しかしマズイな。ここでもし殺されたら、クエストには間に合わんぞ」

 

「しかもティティが居る。流石にプレイヤーがクォーレを殺す事は無いだろうが、一人で放り出す事になる」

 

 包囲が完成して、ジリジリと追い詰められる。どうやら矢では殺さないと思ったようで、何人も森から出てくる。プレイヤー名が隠匿中になっている上にその文字が赤い。PKで決定だな。

 プレイヤー名は基本的に他のプレイヤーに見られたら筒抜けになるが、「隠匿の札」というアイテムを使うと隠匿中という表示になる。プレイヤー名が赤くなるのは何らかの犯罪行為やPKをしたりした場合だ。これも「隠匿の護符」というアイテムで通常に見せかける事はできるが、今の人里離れたこの場所なら必要ない。なので下位互換だが、その分値段も安い、札の方にしたのだろう。

 

「くるぞ、全員攻撃より防御を考えろ! 乱戦になれば大規模な魔法は使えん! なるべく一人にはなるな、背中を見せれば死ぬぞ!」

 

 トト姉が叫んだ瞬間、大量のPKが突っ込んできた。俺とトト姉だけは一人でもどうにかなるのでなるべく相手を散らす為に逆方向に走る。他のメンバーは後衛職を中心にして背中合わせで迎え撃つ事にしたようだ。

 

「レベッカ! 一緒に行くぞ!」

 

「うんっ、お兄ちゃん!」

 

 レベッカの本体は『魂の灯』だ。単体でも活動出来るが、一番強いのは『魂の灯』と一体になっている時。一体になっている時は俺の背中に背負うような形になるが、レベッカは自分の意思で魔法を放つ事は出来る。俺自身は魔法を使えないが、レベッカがいれば移動砲台の役目も果たせるようになる。

 斬りかかってきた相手を『灼火刀 焔』で押し返し、仰け反った所をレベッカの撃った『ファイアーボール』の魔法が直撃した。

 

「クソが!」

 

 それをみて悪態をついた相手が仲間を燃やしたレベッカに向けて剣を振るうが、

 

「何っ!?」

 

「ベーっ、だよ」

 

 大精霊たるレベッカの体は陽炎のように揺らめいて傷一つ負わない。本体が『魂の灯』である以上、実質的にレベッカのHPは無限である。その上普通の攻撃では大精霊に傷をつけることすら出来ない。

 驚きに硬直した体は直ぐに斬り伏せられた。

 

「よう、やるじゃねえか。カボチャ頭さんよお」

 

 前からかなりの巨躯の男が身の丈以上もあろうかという大斧を担いで歩きながら、声をかけてくる。顔はフルフェイスの兜で隠されていて見えず全身は赤色の鎧で隠されているものの、かなりの強者に見える。

 

「頭領」

 

「俺がやる、お前らは他の奴らに向かえ」

 

 頭領。こいつが相手の親玉か、ならこいつを倒せば撤退するか? 

 

「さあ、殺し合おうぜ!」

 

「ぐっ」

 

 赤鎧の男の振り下ろした斧はその見た目通り、かなりの重量のようで一撃を何とか横に逸らすだけでかなり消耗した。

 

「ほう、防ぐか。ならこいつでどうだ!」

 

 横薙ぎを何とか後ろに下がって回避、がら空きの胴体に一撃入れる。しかし、赤鎧はかなりの業物らしく、弾かれてしまった。

 

「くそっ、硬いな」

 

「んあ? その刀、火の属性が付与されてんのか、面倒だな」

 

 その通り、『灼火刀 焔』には『魂の灯』のスキルである[火属性付与]の効果が乗っている。しかし金属鎧には効きが悪い。

 何とか兜を飛ばして顔に一撃入れるしか無いか。

 

「[ファイアーボール]!」

 

「おっと」

 

 レベッカが頭に向けて魔法を放つが、両手でガードされてしまう。

 だが隙は出来た。

 

「[モーメントサイト][クイックムーブ]」

 

 体感時間が引き伸ばされた中で、AGIを強化した事で悠々赤鎧の男の振り下ろしをパリィ出来た。先ずは腕の握力を奪う。刀だと痛手にならなそうなので、マン・ゴーシュの柄で左腕を思いっきり叩きつける。恐ろしい事にマン・ゴーシュの耐久値がごっそり減った。しかも赤鎧の手甲は壊れていない。

 思わず距離をとった所で二つのアーツの効果時間が終わった。

 

「痛ってえな、そのアーツの構成は軽戦士の系統か、クリティカルが入ってんのに壊れねえって事はまだレベルはそこまで高くねえな」

 

 やはりアーツを切ると系統がバレるな。正直軽戦士はアーツが割れてもそこまで怖くないが、それでも若干不利だ。

 

「お返しだ、[地割れ]」

 

 赤鎧は大斧を地面に振り下ろすとそこを起点として地面がこちらに向けて一直線に割れ、割れた地面が鋭く尖って襲ってくる。

 

「[ファイアボム]!」

 

 レベッカが爆発を起こして何とか相殺するが、土埃が視界を奪ってしまう。

 堪らず後ろに下がるが、土埃を突っ切って赤鎧が迫る。

 

「ぐっ」

 

「お兄ちゃん!」

 

 なんとかパリィ出来たが、体制が崩れた。それを逃さず、追撃が飛んでくる。まずい、次は避けられないぞ。

 

「これで終いだ、[大轍]」

 

 確か、大轍は防御を貫通してダメージを与えるアーツだったか。決めに来たな。だったら。

 

「虚ろえ、[名無しの南瓜(ジャック)]」

 

「何っ!?」

 

 レベッカが俺のMPを使うのでかなり目減りしているが、それてもレベルか上がった影響でMPの最大値も上がっているので2秒程幽体になる事が出来たので、何とか逃げる事が出来た。

 

「大丈夫かレベッカ」

 

「うんっ、まだまだいけるよ」

 

 レベッカはダメージを喰らわないとは言え、それでも体力は有限だ。それでも最近の特訓の成果かまだまだ余裕そうだな。

 

「ほう、成る程神秘防具か、『蔦の宮殿(アイビーパレス)』を名乗る事はある」

 

「ああ? お前『蔦の宮殿』の名前を知って襲って来たのか?」

 

「そうだ、『蔦の宮殿』を名乗る輩は俺の敵対勢力なもんでな」

 

 誰だ? 『蔦の宮殿』の名前を知ってるって事はセラフィム・ワールド時代からのプレイヤーって事だ。あの頃はひっきりなしに名を上げようとPKが来たが、その内の一つか? けどセラフ時代なら兎も角、アルカディアでの俺たちは殆ど無名だぞ? 

 じゃあ個人的に『蔦の宮殿』に恨みがある奴か? だが、アルカディアに来てまでとは考え難い。ああ、もう分からん! 

 

「じゃあそういう事で、いっぺん死んでくれや。神秘防具と言えどそう何回も連発出来ねえだろ」

 

 赤鎧が神秘防具だと勘違いしているのは狙い通りで良いのだが、『魂の灯』の固有スキルを使う隙が無い。

 だったら、届かない所に行けば良いか。

 

「レベッカ、飛ぶぞ(・・・)

 

「うん、わかった」

 

 赤鎧の横薙ぎの一撃をジャンプして避け、そのまま空中を踏みしめる。

 

「はあ!?」

 

『魂の灯』の今使える(・・・)スキルは6つ。その内の一つ、[空中歩行]である。そのまま、赤鎧の斧が届かない場所まで上昇する。

 よし、ここからなら。十分な一撃を入れられる。[銀火転霊]……は無理だな。仲間を巻き込む可能性かある。

 

「だったら……[エアジャンプ][エアステップ]」

 

 空中歩行はどの角度でも発動可能、だったら下に向かってジャンプすることも可能なのは検証済み。更にステップで加速。更にここで、新アーツ、さあ盛大に行こうか。

 

「[エアドライブ][ミラージュエフェクト]」

 

 [エアドライブ]は空中での一時的な加速、[ミラージュエフェクト]は一瞬だけだが、分身を出して距離感を狂わせるアーツだ。

 

「面白え! 迎え撃ってやるよ! [金剛][アーマードシェル][金剛力]」

 

 赤鎧が何らかのアーツを使う、エフェクト的にDEFの上昇アーツとSTRの上昇アーツか。だったら、その前に叩き斬る! 

 

「[ラピッドエッジ]」

 

「[水流断ち]」

 

 AGIはこちらの方が上、振り下ろしの軌道から逸れるようにして狙うはその邪魔な兜! 

 小太刀が跳ね上げるようにして兜を抉る……は? 

 凄まじい衝撃が横合いから加わり、大きく吹き飛ばされる。脇腹にめり込んでいるのは……斧の柄か! 

 

「[水流断ち]は振り下ろしをフェイントにした柄での薙ぎ払いだ、残念だったな、カボチャ頭」

 

 ギリギリ耐えたが、次食らったら死ぬぞ。というか空中で体制の立て直しが出来ない、このまま木にでもぶつかればその衝撃でHPが全損しかない。

 

「お兄ちゃん、ちょっと頑張ってね[ファイアボム]」

 

 背中から更に凄まじい衝撃、レベッカの魔法の爆風が俺の体を押し戻す。ナイス援護だレベッカ、HPはほぼミリ単位でしか残ってないけど死ぬよりマシだよなぁ! 

 

「ぐぉぁぁ! [半月刃]!」

 

「何だと!?」

 

 弧を描くようにして上から叩きつける。錐揉み回転しているので当たった感触はあれど、どうなったか分からない。地面にぶつかり転げながら何とか立ち上がる。『名無しの南瓜』は……レベッカの[ファイアボム]の衝撃で遠くに落ちてるな。でも『灼火刀 焔』は持ってる、赤鎧は……健在か、でも兜は耐久値全損させたか。

 って……あれ? あいつもしかして……

 

「かぁああ、痛えなおい。やるじゃねえかカボチャ頭……は?」

 

「あー、もしかして……グレンか?」

 

「ロータス! ロータスじゃねえか! って事は、本物か!」

 

「お兄ちゃん、知り合い?」

 

「ああ、あいつはグレン。セラフィム・ワールド時代のクランメンバーだ。グレン、戦う意思はもう無いな? 取り敢えず休戦してもらっていいか?」

 

「おう、てめえら! こいつらは本物だ! 戦闘止め!」

 

 グレンの号令で襲撃者達が次々に武器をしまい始めた。いきなり戦闘が終わったのを訝しんだのかクランメンバーがこちらへやってくる。良かった、誰も欠けてないな。

 

「ああ、トトの姉貴。久しぶりです」

 

「グレンか! 久しぶりだな」

 

「クリップもネオンも済まねえな。最近……だけでもねえが、『蔦の宮殿』を名乗る偽物が多くてな。てっきり同類かと」

 

 グレンの説明によればそういった偽の『蔦の宮殿』をPKしていたらしい。んで俺たちもそういう奴らだと思ったら、と。

 

「まあこっちは誰も欠けていない。だが何人か倒してしまったか、そっちは良いのか?」

 

「良いんだよ、こいつらはみんなセラフの『蔦の宮殿』の大ファンなんでな、お前らに倒されたと知ったら狂喜するぜ」

 

 後ろのグレンの仲間がうんうんと首を縦に振っている。みんな心なしか目がキラキラしているように見えるな。

 

「んで? 何で国を跨いでまでここに来たんだ? 何か理由があるんだろう? せめてもの詫びだ、手伝うぜ」

 

 そう言ってくれたので、俺たちはグレン達にこれまでの経緯を話すことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




クララ「と言うわけで、襲撃者はセラフィム・ワールド時代のクランメンバーでした」

フルティア「偽物が蔓延っているのに我慢出来なかったらしいねー」

クララ「グレンのクランメンバーは『蔦の宮殿』の大ファンで構成されています。ちなみにトトとのアルカディアでの面識はありませんでした」

フルティア「現実での住所とかも知らないからねー、ほかの何人かとは連絡ついたらしいけど」

クララ「それでは今回はこのあたりで失礼します」


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#32 少女達よ希望を抱け 第二項

 

「ふう、何とか乗り切りましたか。前提条件はクリア……と」

 

 私たちには管理者としての特権がいくつか存在している。その一つが自分の英雄の現在を映し出す事が出来るというもの。

 

「ドミニクス、何か変化は有りますか?」

 

「いいや? まだ二つしかアルカナの反応は無いな。というより、この近くにあの二人以外のアルカナに繋がるクエストを発生させているものは居ないぞ?」

 

「何ですって?」

 

 ラプラスの演算が狂った? いえ、まだ私たちには分からない不確定要素が紛れ込んでいる? 

 

「クララ、どうする?」

 

「……少し待ちましょう。もし、何かあれば……私が出ます」

 

 ロータス、私の英雄よ。信じていますよ。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「成る程、クララの英雄……それに記念防具(メモリアルアーマー)神秘防具(アルカナアーマー)。ラプラスの演算ねえ、確かに理解した」

 

 ちょっと待って欲しい。私は何を聞いている? 英雄? アルカディア・プロジェクトの管理者AIは本当に生きていて、何かしらの使命を一プレイヤーにしか過ぎないロータスに与えた? 

 ふざけるのもいい加減にして欲しい。私は世界的にもはや世界市場をも左右するアルカディア・プロジェクトのデータに日本で揺らぎが有ったから調査しに来ただけで、そんなオカルトを調査しに来た訳じゃ無い。

 でもこのグレンという男と『蔦の宮殿』のメンバーはそれを信じている。やはり何か裏を知っているのか? 

 ここまで来たらもう仕方がない、アルカディア・プロジェクトの管理者AIが一個人を依怙贔屓しているとなれば国際的な大問題だ。日本人だけを依怙贔屓しているなんて事になったら最悪、戦争にもなりかねない。それほどアルカディア・プロジェクトというゲームは今の地球で大きな影響力を持っているのに。

 どうしようも無くなったら私の所属を明らかにするしか……

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「あらら、そう上手くはいかないわよね」

 

「作戦通りになっただけだ、だろう? アシミナ」

 

 こいつ馴れ馴れしいのよね、新しく私たち側に来た奴だけど、良いもの持ってるし裏の事情も知っている。何より強いから邪険にする訳にはいかないけれど、本当なら殺してやりたいわ。

 

「ええそうね、だから貴方の出番は無いの。だから黙っていて、ゲルガル」

 

「おお、怖い怖い。ああ、黙っておくとも。本来は今回は俺の教習、やり口を見せてもらうだけだからな」

 

 ふん、軽い男。こういう奴嫌いなのよね。まあ、良いわ、やるわよティティリエル。私達の気配を見せれば覗き見しているであろうクララが出張ってくる、アルカナをぶつかれば運が良ければ死ぬでしょう。

 

「んー! んんーっ!!」

 

「あら、忘れていたわ。それが人生最後の言葉でいい?」

 

 猿轡を噛ませて、足元に転がしておいたクォーレ……と呼ぶのでしたっけ? まあNPCで良いわね。NPCを中心に魔法を唱える。

 

「[召喚]」

 

 モンスターをランダムに召喚する魔法で呼び出された狼型のモンスターが、目の前で身動きの取れない獲物を見て舌なめずりをする。

 

「んー! んん──ー!!」

 

 狼はNPCの喉元に噛み付くと、一撃で息の根を止め。品定めをするように腕に噛み付く。

 

「ふっ」

 

 と、ゲルガルがその狼の首を刎ねた。

 

「あら、これからが楽しみだったのに」

 

「すまんな。弱い物いじめは性に合わなくてね。それにこれでもう満たしたんだろう?」

 

「ええ、ほら」

 

 

『ユニーククエスト『正義の天秤』をクリアしました』

 

『特殊条件を満たしました』

 

『アルカナクエスト『断罪セシメル正義ノ翼』が発生しました』

 

 

「私達はアルカナを保有する事は出来ない、ドミニクスとフルティア、何よりアンナが許さないから。だったらせめて嫌がらせに使いましょう、貴女達はNPCが大量に死ぬのを良しとしないのでしょう? さあさあ、止められる物なら止めてみせろ!」

 

 狂った笑い声をBGMに『正義』の代行者が現れる。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「うわあ、お兄って結構凄かったんだね。ティティ」

 

「……」

 

「ティティ?」

 

 やっぱり、この世界は嫌いだ。私の望むものなんて、手に入らない。

 ほら、『正義』の味方が来た。

 

「どうしたの? ティティ」

 

 ティア。こんな私にも笑いかけてくれた人。だけどダメなの、私は……ヒトでは無いから。

 

「ゴメン、ティア。私は、私が憎いのよ」

 

「え?」

 

 

『ユニーククエスト『フィータス』をクリアしました』

 

『特殊称号『無二を冠する者』を所持しています』

 

『特殊称号『死神の友』を所持しています』

 

『特殊条件を達成しました』

 

『アルカナクエスト『模倣スル死神ノ嘆キ』が発生しました』

 

 

 ああ、やっぱりそんな目で見るのね。さようなら『蔦の宮殿』、さようならティア。ちょっとは楽しかったわよ。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 森の奥からなんか光り輝く巨大な天使が出て来たと思ったら、ティティが溶けて巨大なスライムになった。

 ちょっと待って、キャパオーバー。

 

「ロータス! あの森の奥へ! ニトワイアよ!」

 

 その上氷が目の前で爆ぜたと思ったらクララが出てきた。

 って、ニトワイア!? 

 

「完全にしてやられたわ。あいつらは私たちと比べたら落ちるものの結構な管理者権限を持っている。ニトワイアに所属しているプレイヤーは観測できないの。その内の一人がわざとここでアルカナクエストを発生させた」

 

「それがあの天使か!?」

 

「そう、このままだとラプラスの演算通りになる!」

 

「だがまだ一体足りないぞ」

 

「それは……」

 

 クララの視線の先にには……グレンか? 

 

 

『ユニーククエスト『鋼鉄の腕』をクリアしました』

 

『特殊条件を達成しました』

 

『アルカナクエスト『堅牢タル節制ノ息吹』が発生しました』

 

 

「嘘だろ!?」

 

「本当よ、この状況だとニトワイアを追うのは愚策ね、癪だけどアルカナの相手をしてもらうより無いわ」

 

 おいおい、こんないきなり囲まれるなんて聞いてないぞ。

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

 シエルか俺とクララを見ていきなり声を荒げる。

 

「ロータス! 貴方に不正の疑いがかけられています! 本名も住所も抑えられています! 抵抗は無駄です、大人しくログアウトをして事情聴取を受けなさい!」

 

「はあ!? シエルさん、何言ってんの!?」

 

 不正!? 俺そんな事してない……いや、クララと話してるのを見たらそう思うのも仕方ないか? ていうか、シエルさん何者? 

 

「私は国際仮想現実統制機構(I.V.C.M)、日本支部所属、柳沢 雫。仮想現実不正利用の件で事情聴取を行います!」

 

 I.V.C.M!? 国連の公的機関じゃねえか!? 

 その時、頭上から光が降り注ぎ、ひとりの女性が降りてきた。

 

「しめた! ちょっとロータスとレベッカとシエルを借ります!」

 

「アンナ姉さん!?」

 

 アンナが踵で地面を叩くと、光が俺とレベッカ、シエル、クララを包み込む。

 

「きゃぁ!?」

 

 ちょっ、状況が目まぐるしく変わりすぎて意味が分からん。誰か説明してくれ! 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

『愚者』を倒したあの日の様に目を開けると、あの時の部屋に立っていた。

 横にはレベッカとクララが立っていて、少し離れた所にシエルとアンナが向かい合って座っている。

 

「ここは……どういうつもりか説明して頂けますね、アルカディア・プロジェクト統括AI、アンナ」

 

 シエルが周囲の環境の変化に驚いた様子を見せつつ、アンナに問いかける。

 

「ええ、先ずは謝罪を。ご迷惑をおかけして申し訳有りません、ですが貴女達(I.C.V.M)を引きずり出すにはこの方法が一番だったのです。それと提案を、私達は生きている。その前提で進めたいのですがよろしいでしょうか?」

 

 アンナが今から話そうとしている事はなんとなくだが予想がつく。俺にしたように地球でのアルカディア・プロジェクトを取り巻く状況を話すつもりなのだろう。その為にはアンナやクララといったAI達が本当に自我を持ち、自らの意思で動いているという事を信じてもらえなければ意味が無い。

 

「……いいでしょう。我々としても貴女達の事は不思議に思っていました。貴女達は人類の作り出せる数世代先の技術だ。あの橋下博士ならば……そういった存在を作り出せても、不思議ではない」

 

「ありがとうございます。それとここでの時間はほぼ経過していません、安心して下さい」

 

 これはむしろ俺に言った言葉か、たしかにアルカナ三体に囲まれた状況で置いてけぼりの様な状況にしてしまったのは不安だった。

 

「ロータス、レベッカ、クララ、あなた達も座りなさい。関係のある話ですから」

 

 アンナに促され、二人の座っている近くに行くと椅子が三つ地面からせり上がってきた。俺たちが席に着いたのを確認してからアンナが話し始めた。

 

「貴女達はこのアルカディアで不自然な波長が出たのを見て、調査を開始した。その認識でよろしいですか?」

 

「ええ、I.C.V.Mの定期監査で引っかかりました。ご存知の通りアルカディア・プロジェクトは今最も世界で注目を集める仮想現実です。その影響力はたかがゲームと侮る事は出来ません。ですが発売元のニトワイアは詳細なデータを提出したがらないので、どうやって運営しているのか全く不明でした。しかし一週間程前に明らかに不正なコードが確認され、我々は真っ青になりました。もし特定のプレイヤー、もしくは勢力に運営が肩入れしているとすれば大問題です。しかもアルカディア・プロジェクト程の規模ならば尚更。最悪、現実での国同士の小競り合いまでありました」

 

 一週間前……その頃は。

 

「もしかして、私達の事?」

 

「ええ、ロータスとレベッカのあの出来事とそれの後始末。管理者しか入れない場所にプレイヤーとクォーレを引き込んだのです、ニトワイアには嗅ぎつけられないようにしましたが、I.C.V.Mにはやっていない……というよりわざと見つかる様にしました」

 

「アルカディアを取り巻くこの現状を知らせる為か」

 

「ええ、ロータス……いえ、九条 蓮也が現実でそんな事を言っても狂人扱いされるだけ、ならば公的機関に実際に見せる他ないでしょう」

 

 シエル……柳沢 雫さんが難しい顔をして黙り込む。

 

「……ニトワイアとは敵対しているのですか?」

 

「ええ、勿論。あいつらは私達の父(橋下博士)を殺した。そんな奴らにお父様の技術は渡さない」

 

 それがニトワイアの探しているものか。

 

「ニトワイアは……アルカディア・プロジェクトを使って何をしようとしているのですか?」

 

 それは、俺も気になっていた事だ。ラプラスひとつ取っても未来の技術が詰め込まれているが、人殺しをしてまで手に入れたいものでは無いだろう。そもそも、橋下博士が公表する筈だ。

 ならばあの希代の天才が公表する事が出来ない、何かがこのゲームには隠されている。そう考えるべきだ。

 

「『メメント・モリ』、そう言えば雫さんには分かるかしら?」

 

 その単語を聞いた途端、シエルが勢いよく立ち上がった。その顔は真っ青である。それどころか少し震えている……か? 

 

「あれが……ここにあるのですか……」

 

「おい、説明してくれ。その『メメント・モリ』ってなんなんだ。そんなヤバイものなのか?」

 

 その言葉を受けて、クララが話し始めた。

 

「『メメント・モリ』はお父様の消したい過去の一つよ、その中でも最悪でしょうね。電波感染するコンピューターウイルスよ、簡単に言えばね。効果としては、操作を一切受け付けなくさせるというもの」

 

「流出すれば一晩で世界中のインターネットが機能不全に陥るでしょうね、その解除方法は『メメント・モリ』の設計図にしか書いていない。そしてその設計図とウイルスのサンプルがアルカディアに隠されているのよ」

 

 

 

 



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#33 少女達よ希望を抱け 第三項

「……成る程。確かにそれは私達を動かすに値します。分かりました。組織としての返答はここでは出来かねますが、私個人としては協力を約束します」

 

 少し考え込んだ後、シエルは神妙な面持ちでそう告げた。

 

「あら、そう簡単に信用しても良いのかしら? 貴女達にとって私達は未知の塊でしょうに」

 

「もし貴女方が『メメント・モリ』の悪用を考えていたのなら、地球はとうに機能不全に陥っていました。そうなっていないという事は信用する材料になる足り得ると思いますが?」

 

「成る程、道理ね。ニトワイアの虚言だとは思わない、と」

 

「ええ、正直……あそこならやりかねません。陳腐ですが……世界征服を狙っていたと言われても信じるだけの、得体の知れなさがあそこにはある。事実、黒い噂が絶えないですからね」

 

「もし良ければ内部データでも流出させましょうか? 思わず口を覆いたくなる人体実験のデータとかわんさか有るわ」

 

「正直喉から手が出る程欲しいですが……どうせ上層部に握りつぶされるのがオチです、なら余計な事をして睨まれない方がメリットが多い」

 

「国連も大変ね、どこでもヒトの(さが)は変わらない、懲りないわね」

 

 そう言ってアンナは大袈裟に溜息をついた。

 しかし直ぐに立ち直ると、一転さっきまでの皮肉めいた表情から真剣な面持ちに変わって、話し始める。

 

「では協力を取り付けられた所で今の状況を話し合いましょうか。ドミニクス、キャンセル出来そう?」

 

「いや、残念だがもう俺の制御下からは離れているな、間に合わなかったようだ」

 

 いつのまに現れたのかアンナの後ろから筋肉質な大柄の男性が話し始める。その巨躯と厳しい黒の軍服のような服とが相まってかなり威圧感がある。

 そんな俺の目線に気が付いたのか、ドミニクスと呼ばれた男性が静かに目礼をし、自己紹介を始めた。

 

「申し遅れた、俺はドミニクス。モンスター担当のAIだ。よろしく頼むぞ、国連からの客人(シエル)火の大精霊(レベッカ)最も新しき英雄(ロータス)

 

 何というかかなり丁寧だ。自意識過剰かも知れないが、敬われていると感じるくらいに。

 

「クォーレの大量虐殺は看過する事は出来ません。よって、改めてお願いします、三体のアルカナを止めて下さい。誓約によって私達はあまりクォーレ達に干渉する事は出来ません」

 

「一つ、聞きたい。ティティは……何なんだ? あいつは、俺たちのクランメンバーじゃ無かったのか?」

 

 ティティの名を聞くとアンナを始め、クララとドミニクスの三人が沈痛な表情を浮かべる。

 

「彼女は……いいえ、そもそもあの子に性別なんて有りません。元からあの子はアルカナの一体、《死神》の逆位置 模倣粘球ティティリエル。あの子の役割は……重すぎた」

 

 やはり、アルカナ。レベッカがティティの本当の名前を聞いた時に、なんとも言えない顔をしたのが印象的だった。

 

「私達に何か言う資格は有りませんが、最近のあの子は楽しそうでした、どうか、助けてあげてはくれませんか。役割は果たしたと、言ってあげて下さい」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 体を覆う光が薄くなり、目を開くと先程アンナに強引に拉致された場所と寸分違わぬ位置にまた転移してきたようだ。

 あの後アンナ達と話を詰めてから、またここに戻って来た。幸いまだ戦闘は始まっておらず、アンナの言った通り時間経過はほぼ無いようだ。

 

「トト姉! 今戻った、状況は!?」

 

「こっちでは一瞬だ、変化してないと言えるな!」

 

 だったら……

 

「トト姉、ティティは俺とレベッカ、あとティアに任せてくれないか。絶対にどうにかしてみせる」

 

 本来三人でアルカナと対峙するなど無謀も良いところだ。しかし、ティティだけは、俺たちがどうにかするしかあるまい。特に、俺の可愛い可愛い妹の友達が勝手に出てこうとしてるんだからな、お兄ちゃんとしては引き止めてやらにゃならんだろうが。

 

「……分かった。グレン! お前は自分の発生させたアルカナの対処だ! 私もそちらに合流しよう、その代わりにクランメンバーを半分こっちに回してくれ!」

 

「ああ、勿論だぜトトの姉貴! さあ野朗共! 俺らのせいで昔の仲間に手間掛けさせるわけにはいかねえ、速攻でぶっ殺して神秘の力をとやらを拝ませてやろうじゃねえの!」

 

 凄まじい雄叫びがグレン達から上がる。あれなら大丈夫だろう。

 

「クリップ、ネオン。お前達はあの天使の方だ。グレンのクランメンバーが手伝ってくれるし、どうにか持たせろ……なんて事は言わん。どうせならぶっ倒して、アルカナを手に入れて来い」

 

「あいあいさー、っと。相変わらず無茶振りするねえウチの大将は」

 

「でも、それがウチの方針、です」

 

 ネオンとクリップはいつもの事だと笑いながら無茶振りを受け入れる。それで『蔦の宮殿』はトップクランに上り詰めたのだと知っている。そんな目で、天使に向かって眼差しを向ける。

 

「シエル、手伝ってくれるんだな?」

 

「ええ、我々としても……いえ、私はクォーレを殺す趣味は無いので、今は一個人として、ただのシエルとしてクランマスターに従います」

 

「良い目だ。吹っ切れたようだな、だったらクリップとネオンの方に回ってくれ、どうせだったらアルカナをもぎ取ってくれると、クランマスターとしては有り難い」

 

「ええ、仰せのままに」

 

 シエルが天使の方へと向かったのを見て、トトもグレンの加勢へ向かうべく地を蹴った。

 

「やれやれ、指揮官としての才能はあまり無いのだがな」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 森の中から飛び出してきた天使も、グレンのアルカナクエストで発生した奴もかなり広場の中心から離れているので殆どのプレイヤーがいなくなり、近くには四人(・・)だけが立っている。

 遠くからは戦闘音が聞こえてきたりしているが、不思議な静寂がこの広場の中心に漂っている中、俺はティティに向かって話しかける。

 

「よう、ティティ。随分デカくなったな」

 

『ロータス、クララの英雄だったのね。道理で随分この世界に詳しいと思っていたわ』

 

「今アンナ達と話して来たよ、アンナから言伝を預かってきた」

 

『へえ、聞こうじゃない。あのクソ共が今になって何を言うのか』

 

「随分と嫌っているな、まあいい。伝言は一つ、「役割は果たした、好きに生きろ」だそうだ」

 

 その言葉を聞いた途端、明らかにティティが怒るのが分かった。不思議なもので青色の粘性物体になったとしても、クランメンバーだったときのように何となく分かるのだ。

 でも、アンナの言った通りか、やっぱりティティは……

 

「今更! 今更、貴様らが何を言う! 私という悍ましい生命を生み出しておいて、あまつさえ何百年も放置しておいて、今頃になって好きに生きろだと!? ふざけるなよ、貴様らは私を何だと思っている! 貴様らの傲慢が決めた私の在り方を、ここに来て放り出すと言うのか!」

 

 心からの叫びだと、そう理解出来る、咆哮であった。

 その巨体は徐々に縮んでいき、俺たちと殆ど変わらない、見慣れたティティの姿をとった。

 違うのは右腕から生えてきた大剣を持っている事と、ドラゴンの様な翼が生えている事だろうか。

 

「私はこの世界が嫌いだ。私にありとあらゆる物の対になる(・・・・・・・・・・・・・)という役割を押し付け、無理やり生み出したこの世界が嫌いだ。人が私を生み出したというのなら……人の作り出したこの世界を……ヒト(・・)ならざる私を、止めて見せろ、英雄」

 

 更にティティの体の表面が鎧の様な形状になり、硬質化した様に見える。

 

「ティティ……」

 

「ティア、ここから離れなさい。貴女はこの件からはまだ引き返せる位置にいる。エルドゥークが倒れた時にも貴女はいなかったのでしょう? 貴女とて死にたくは無いはず、ここが分水嶺よ。とっととログアウトしなさい」

 

 ティアはティティからの忠告を受け、僅かに後ずさる。そして俺の方へと視線を向け、目線だけでどうするべきか問うた。

 俺とて最愛の妹をこの件に巻き込むのはどうかと思う。だが、それ以上に。

 

「ティア……いや、花蓮。お前が決めろ。ティティの言う通り、ニトワイアの奴らに目をつけられた以上、アルカディア・プロジェクトというゲームはゲームの範疇に収まらない可能性が高い。もしかしたら、死ぬかもしれない。ここで引き返せば、無関係を決めこめば、そんな危険は無い」

 

「お兄……」

 

 花蓮はうつむき、なにかを堪える様に拳を握る。

 

「だが」

 

「えっ?」

 

「それでも、友達(・・)を助けたいのならお兄ちゃんが一緒に連れ戻してやる。お前がそう決めたなら、俺は反対しないよ」

 

「いい、の?」

 

「ああ、あの時(・・・)俺はお前を止めなかった事を後悔したけど、今回は一緒に居てやれる。なら、悔いの無いように自分で決めろ」

 

 その言葉を受けて、ティアは俺たちより一歩前に出て、あらん限りの大声で叫ぶ。

 

「ティティの、バカ──!!!」

 

「はあ!?」

 

 いきなりの罵倒に思わずといった感じでティティが返す。

 

「いきなり世界が嫌いだー、何てカッコつけちゃってさ、そういうの何て言うか知ってる? 厨二病って言うの! なーにが世界が嫌いよ、ダサい事この上ないわよ! その上本当はスライムみたいな体の事を隠しちゃってさ! そんな何でもかんでも体系を変えられるならダイエット必要なんてないじゃない! 羨ましい! 裏切り者! チョコレート一個を食べようか迷った事なんて一回も無いんでしょう! しかもその格好見る限り服だって自由自在じゃない! 可愛い服とかお金をかけずに何着でも新品同様に着れるんでしょう! その上勝手に私たちと敵対関係になっちゃって! 前にしたショッピングと食べ歩きの約束どうしてくれるのよ! 現実でも超有名パティシエのプレイヤーの新作スイーツの予約とるのすっごい頑張ったんだからね! しかも自分の悩みとかぐちぐち一人で溜め込んじゃってさ! 何かあるなら私たちに相談しなさいよ! どうせ一人で悩んでる私かっこいいとかそんなこと思ってたんでしょう! イタいだけよそんな奴! そもそも裏切るなら私に一言言いなさいよ、友達(・・)でしょう!?」

 

 ティアの長々とした罵倒にティティは唖然としている。横を見たらレベッカは苦笑していた。多分俺も同じような顔をしているんだろう。

 ああ、やっぱ花蓮をアルカディア・プロジェクトに誘って良かったよ。ここまでティティに肩入れ出来る程ゲームに没入出来るなら、もっと早く誘うべきだったな。

 

「もーあったまきた! お兄ちゃん(・・・・・)手伝って! 無理やりにでも連れ戻すよ!」

 

「ふふっ、だってさ、お兄ちゃん」

 

 

「可愛い可愛い実妹と義妹の頼みじゃあ仕方ないな、ブン殴ってでも連れ戻すとしようか!」

 

 

 

 

 ──────────────────────────────

 

 ・アルカナクエスト『模倣スル死神ノ嘆キ』

 発生者『ティア』

 クリア条件《死神》の逆位置 【模倣粘球 ティティリエル】の討伐

 推奨レベル──

 参加人数2

 

 ──────────────────────────────

 

『アルカディアストーリー『道化は己の夢を嘲笑う』最終フェーズです』

 

『プレイヤー名『ティア』にアルカディア・プロジェクトを発令します』

 

 

 

 



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#34 少女達よ希望を抱け 第四項

今回は説明多めです。会話文少ねえ……


──────────────────────────────ー

 

 ・アルカナクエスト 『堅牢タル節制ノ息吹』

 発見者『グレン』

 クリア条件 《節制》の逆位置 【究極金属 サルバネマ】の討伐

 推奨レベル ──

 参加人数 42人

 

──────────────────────────────ー

 

 

 先ずそいつを最初に見た時の感想は水銀であった。

 目の前で液状化と固形化を自在に繰り返すこの銀色の物体は水銀の様な有毒性はない……と思いたい。実際、あったとしてもそこまでたどり着けていないのだが。

 

「トトの姉貴! 左翼の被害がデカイ、俺がそっちに回るぞ!」

 

「分かった、正面は私に任せろ。グレンはそのまま遊撃として走ってくれ!」

 

 既に戦闘開始から5分程しか経っていないにもかかわらず、『紅の斧』のクランメンバーは4分の1程削られている。『紅の斧』は『蔦の宮殿 ver.2』との戦闘で人数上限の100人のうち、18人が強制ログアウト(デスペナルティ)を喰らっている。残りの82人は半分に割って、こちら側に割いた人数は41人。そのうち10人がデスペナルティになっている。

 正直分が悪い。相対する相手はあまり大きくは無いが、その小ささ故に攻撃が当て辛い。その上、水銀の様な軟体さを見せたかと思うとすぐに硬質化して攻撃を弾く。生半可な攻撃では殆どダメージを与えられていない。『紅の斧』のクランメンバーは私達に合わせて後衛職で固められている。グレンの采配だが、そうでなければ既に即席連合(レイド)は半壊していただろう。

 

「[パワーボム]」

 

 両手に握りしめる大剣をアーツを使いながら【サルバネマ】に対して振り下ろす。その一撃は直撃したものの、[パワーボム]の効果である振り下ろした時の爆発は起きず、【サルバネマ】の体が大きくうねり、衝撃を飲み込んだ様に見える。

 

「くそっ、やっぱりそういう事か」

 

 既にアーツは何度か当てているが、ほとんど効果が見受けられなかった。理由としては【サルバネマ】の特性と重戦士のアーツ全般に言える特性がかなり相性が悪いのが大部分を占める。

 トトの現在の職業(ジョブ)である狂騎士はいわゆる、重戦士系統とプレイヤーからは呼ばれる職業(ジョブ)である。〜系統というのはプレイヤーの初期職業(ジョブ)である旅人から探求者組合(ギルド)にて探求者登録する際に選ぶ職業(ジョブ)。第一段階と呼ばれる職業(ジョブ)の名前で決定する。

 重戦士系統の特性としてHP、ATK、DEFが比較的に伸びやすい系統と言われている。有志のプレイヤーによる検証班による検証でそれは明らかになった。更に覚えられるアーツとしては一撃の威力を求めるアーツである事、比較的クールタイムが長い事が言われる。

 それは正道とは離れた成長を遂げる狂騎士でも同じである。重戦士系統が伸びやすいステータスは同じように伸びるのだが、狂騎士はとりわけATKの伸びが良く、前線で他のメンバーの盾役(タンク)になるよりはダメージソースの方が適正が高い。故にトトの一撃はこのメンバーの中ではかなりの高威力を発揮するのだが、それは【サルバネマ】の特性によって半減以下にまで抑えられてしまっている。

 

「魔法は効かない、物理も対して効いていない。その上相手の攻撃は的確で高威力。全く、嫌になるな」

 

《節制》の逆位置 【究極金属 サルバネマ】

 全身を金属で構成し、自在に己の体を扱い神秘を追い求める探求者を追い詰めるアルカナであるが、こいつの特性はたった一つ。

 自分の体を瞬時に自身の認識した事のある金属に変化させる。それだけである。

 本来、アルカディア・プロジェクトでアルカナと呼ばれるボスにはアンナなどの管理AIによっていくつか特性が付与されている。【エルドゥーク】で例えるならば、自身の周りの熱量を自在に操る、溶岩から自在に操れる眷属を生み出す、などと言ったものだ。

 しかし【サルバネマ】の特性は一つ。それも広範囲にわたる強力な能力などでは無く、自身の体に影響する一つのみ。アルカナの中でも比較的に弱い(・・)部類である。

 しかし、この状況では最悪に近い特性なのだ。

 

「魔法を打ち込めば魔法銀(ミスリル)、物理を打ち込めば古代金属(アダマンタイト)で受け止め水銀で衝撃を流す。攻撃をする時は神秘金属(ヒヒイロカネ)。そんな希少な金属を潤沢に使われたら少人数ではどうしようもないぞ」

 

 魔法銀(ミスリル)古代金属(アダマンタイト)神秘金属(ヒヒイロカネ)。ゲームをやるものならご存知だろうがいわゆる現実に存在しない架空の金属である。アルカディア・プロジェクトにも実装されており、その希少価値と性質の優秀さによりトッププレイヤーにはよく使用されている金属である。

 魔法銀(ミスリル)は今確認されている中では最高の魔法抵抗(MND)を持ち、古代金属(アダマンタイト)は同じく最高の物理抵抗(DEF)を、神秘金属(ヒヒイロカネ)は最高の硬度を持つ。

 固有武器に目を奪われがちだが、プレイヤーに限らず生産職の探求者は固有武器や神秘防具に負けず劣らずの武具を作り出す事を目標としている。勿論だがプレイヤーの装備を全て神秘防具や固有装備で固めることは出来ない。故に腕の良い鍛冶屋というのは大手クランには必須であり、これらの架空金属はプレイヤーの羨望の的なのである。

 そんな希少な物を自在に生成し操る【サルバネマ】は一撃の重さを追求する攻撃型の重戦士系統には天敵と言えた。

 

「レベル的に主力足り得るのは私とグレン、他グレンのクランのサブマスター以下数人。これは、少々厳しいな」

 

 しかしセラフィム・ワールド時代から『蔦の宮殿』という少数ながらもトップクランの一つとして数えられるクランを率いてきた実績は伊達では無い。最盛期のセラフィム・ワールドでは物理無効の敵など山ほど居た、物理無効は必ずしも物理型の職業(ジョブ)だけで討伐出来ない訳ではない。

 

「さて、愚痴をこぼしてばかり居ても始まらんな。アーツが効かないのなら別のやり方を試すまで、特攻が売りの私とて、がむしゃらに突っ込むだけが能では無い。それに……」

 

 ──今夜は新月だ。

 

 見上げる空に月は無く、夕日が沈もうとしていた。

 

 

──────────────────────────────ー

 

 

「ガーラ、海老天、お前らは左に回って第三隊の援護に回れ! モグラ率いる第七隊は第五隊の残りを率いてトトの姉貴の援護だ!」

 

 元『蔦の宮殿』、アルカディア・プロジェクトでは大規模PKクラン『紅の斧』のクランマスターであるグレンは戦場を走り回りながら指示出しと並行して【サルバネマ】にちょっかいをかけ続けていた。

 

「団長! 損害率50%を超えました、右翼の戦線の維持が不可能、私の独断で第一隊を援護に回しました!」

 

「ノーラか、構わん。サブマスターのお前にはほぼ俺と同権限を与えている。それに第一隊はお前の旗下だろう、好きにしろ」

 

『紅の斧』はグレンが中心になって発足したクランであるが、そもそもグレンはトトらと共にまた一緒にやるつもりであった。しかし新しく自分のクランを立ち上げたのにはこのノーラと呼ばれた女性プレイヤーが大きく関わっている。

 ノーラ、正式にはノーラ@蔦の宮殿近衛隊 遠隔奉仕部 部長 と言う。

 @の後も含めて全てがプレイヤーネームである。何となく字面で察する事が出来るだろうが、彼女はセラフィム・ワールド時代の『蔦の宮殿』の大ファンである。大の前に超ド級のが付く程の。

 セラフィム・ワールド時代の『蔦の宮殿』はその少人数故の悪目立ちと、それに負けない強さによってかなり多くのファンが居た。ロータス以下殆どのクランメンバーはそういった事に興味が無かったので無関心を決め込んでいたが、クランマスターであるトト、『蔦の宮殿』サブマスターの二人は交流を持っていた。

 

 蔦の宮殿近衛隊はそんなファンクラブの総称である。

「綺麗な華に棘があるように、荘厳な宮殿には蔦がある」とはサブマスターの言葉である、少々管理AIの末娘イザベラ(厨二病)と通じるものがあるだろう。「それならば、宮殿を守る蔦の手足となる近衛が必要では?」という事になり、ファンクラブは自ら達を近衛隊と名乗った。直接的な交流は殆ど無いに等しかったが。

『蔦の宮殿』のクランメンバーには鍛冶屋が居たので装備類は間に合っている。更に元々戦闘系のクランでは無く、全てに手を出していた広く浅くのクランだった為、薬師も居たのでポーションも間に合っている。

 ならば第一次生産だ。ポーション類の元になる薬草や装備の元の金属を供給しよう。となったのが後方支援部。

 戦闘の邪魔をするPKらを(勝手に)倒し、円滑なゲームライフを送れるようにしよう。となったのが遠隔奉仕部。

 少数クラン故に拾い損ねた情報を集めて、裏から支援しよう。となったのが情報収集部。

 主に近衛隊はこの三つに分けられた。ちなみにこの三つの派閥はそれぞれ一つのクランを形成しており、横の繋がりを何よりも大事にした。これが『蔦の宮殿』をランキング1位に伸し上げた要因の一つになっている事は疑うまでも無い。

 

 しかしトトの受験を皮切りに『蔦の宮殿』のメンバー全員が集まる事は難しくなり、セラフィム・ワールド自体も後継であるアルカディア・プロジェクトの発売で下火になっていった。

 それに伴い近衛隊も解散、遠隔奉仕部のクランマスターであったノーラもセラフィム・ワールドを引退した。しかし、アルカディア・プロジェクトでトトというプレイヤーが神秘防具(アルカナ)を得たという情報がWikiや掲示板に広まった。近衛隊は解散後も仲の良いプレイヤー同士が独自に繋がりを持っており、アルカディア・プロジェクトを持っていなかったノーラにもその情報が伝わってきた。

 もしかしたら……そんな思いを胸に何とか手に入れたアルカディア・プロジェクトを立ち上げてログインしたノーラがグレンと出会ったのは運命だったのだろう。

 

 グレンはトト、ロータス、クリップ、ネオンらに次いで5番目に『蔦の宮殿』に入った人物である。グレンは有り体に言えば四人の少年少女が織りなすあの空気が好きだった。年は離れていたが、弟や妹の様に接した。年甲斐もなくはしゃいだ物だ。今ではロールプレイも板につき、トトの事を姉貴と呼ぶ程である。トトよりもずっと年上だが。

 ノーラとグレンは直ぐに意気投合。『蔦の宮殿』の話で盛り上がった。そんな時、二人の入っていた店の外から『蔦の宮殿』を名乗るプレイヤーが明らかに初心者らしきプレイヤーに絡んでいるのを見た。

 グレンとノーラはそれに激怒、街の中はPK禁止区域であるにもかかわらず、悪徳プレイヤーをPKした。すぐさまお尋ね者になり、衛兵に追われながらも二人は笑い合っていた。

 その時、PKクラン『紅の斧』は始まったのだ。

 

 故に今のこの状況はノーラにとっては夢の如きものである。

 憧れの人たちと共に肩を並べて強敵と戦っている。それを夢と呼ばず何と言う。

 

「射線を開けなさい、[リジェクトストリーム]」

 

 簡略詠唱を経て、ノーラの持つ杖から凄まじい水量の水が【サルバネマ】に襲いかかる。[リジェクトストリーム]、水属性特級魔法。そのレベルはこの戦場でトップを誇るLv.95。魔法使い系統、第四段階の職業(ジョブ)賢者の一撃は遂に【サルバネマ】の巨体を動かす事に成功した。




クララ「今回は今更ですが職業についてです」

クララ「これは私とエレノーラの管轄ですね」

エレノーラ「プレイヤーは初期職業である旅人から一つ第一段階と呼ばれる職業を選び、探求者となります。選べるのは」

・戦士
・軽戦士(ロータス、シエル)
・重戦士(トト、グレン)
・魔法使い(クリップ、ノーラ)
・治療師(ネオン)
・呪術師
・付与師(ティア)
・召喚師
・小作人
・町民
・行商人

エレノーラ「以上のうちから一つですわ。横にあるのは主要人物の現在のカテゴリですわね」

クララ「長くなったので分割します。今回はこの辺りで、失礼致します」


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#35 少女達よ希望を抱け 第五項

アイスボーン楽しい……楽しい……
はい、すみませんごめんなさい何でもしますから。
長い夏休みを(無断で)頂いてしまいました。
エタる事は無いのですみません、すみません。もう少しで大学始まるんでそしたらまた執筆時間が取れるんで安定すると思います。
短いですがリハビリという事でここはひとつ……


 水の流れは侮ってはならない。たかが時速2km程の流れが足に当たり続けるだけでも人間は容易に流されてしまう。それが魔法という力で増幅された人ひとりを飲み込む様な激流ならば金属の塊とて耐え切れるものではない。

 [リジェクトストリーム]という魔法は本来、対大軍用の面制圧魔法である。波は横に広がり、とてもでは無いがこんな混戦の最中に使える魔法では無い。しかし、賢者にまで至った彼女の魔法はある程度使用者のイメージにより柔軟性を持つ。

 というより本来ならば全員賢者になどならなくても魔法はイメージによってある程度効果を変えられる。他でも無い魔法担当AIであるイザベラがそう設計した。しかし賢者にでもならなければその事実に気付くことは無い。魔法はこうあるべき、という先入観が先行するからだ。

 

「すごいな! グレン、良い仲間を見つけたじゃないか」

 

「がっはっはっ、そいつぁ嬉しい言葉だねぇ。出来れば本人に言ってやってくれや」

 

「ああ、ノーラと言ったか。グレンより前に私が出会っていればうちにスカウトしたいくらいだ」

 

「はいっ、喜んで!」

 

 満面の笑みで堂々と乗り換えを宣言した。

 

「おいぃ!?」

 

「ふふっ、冗談です。私も今の『紅の斧』が結構気に入ってますので」

 

 絶対冗談じゃなかった。俺が許可を出せば絶対こいつ『蔦の宮殿 ver.2』に乗り換えてやがった。そう思いながらグレンは水流に飲み込まれた【サルバネマ】を睨みつける、アルカナに分類されるモンスターがこの程度の魔法一発で沈むなど考えられる訳もなく、果たしてその通り【サルバネマ】は何事もなかった様に立ち上がっていた。

 

「よし、グレン、ノーラ。出来るだけ合間を開けずに攻撃を叩き込むぞ、いくら効きが悪くても自己回復の手段が無い以上、いつかは沈む」

 

「了解しました、トト様」

 

「りょーかい」

 

 自らの丈以上の大斧を肩に担ぎ、大きく息を吐く。

 グレンはトトと同じ重戦士系統の職業(ジョブ)である。しかし狂戦士系統ではなく、重装騎士系統と呼ばれる分岐を選んでいる。狂戦士の特性が[暴走]のスキルだとすれば重装騎士にはこれといった特性は存在していない。重戦士系統が不遇な成長先と言われるのはそこが所以である。しかし単純にステータスの上がり幅が高い。

 これといった奇抜さは持たないものの、高いHP.ATK.DEFで正面から身の丈以上の相手と打ち合うことが出来る、そんなシンプルな性能である。

 

「さて、と」

 

 グレンは自らが平凡である事を自覚している。

 トト(元クランマスター)の様なカリスマは持っておらず、クリップやネオンの様に天才的なアーツ回しをする事も出来ない、当然ロータスの様に一芸に秀でている訳でも無い。

 そんな自分がセラフィム・ワールドという一大ブームを巻き起こしたゲームの中でもトップクランと呼ばれた蔦の宮殿のメンバーだというのは今でも誇りなのである。

 取り柄といえばこの巨体くらいだろうか、それでもそんな自分に対して誘いをかけてくれた仲間がいるのだ、自分を信じて前線を任せてくれた仲間がいるのだ。そして何よりも、そんな自分を憧れだ、そう言って集まってくれた今の仲間がいるのだ。

 故に努力を続けた、必死に効率の良い組み合わせの職業を探した。

 だからそれは必然だったのだろう。

 

「[換装]紅の鎧」

 

 とあるユニーククエストの達成報酬でグレンはそれまでクォーレにのみ発見されていた新しい職業を発見した。今ではそれ以外に十数種類が確認されてはいるものの、その当時大いに議論になった。

 重戦士系統の特殊派生職業、守護者。現在片手で数える程しか確認されていないランクⅤ相当の職業である。

 

「[破断]、[乱破]」

 

 物理攻撃、いつもの様にして古代金属(アダマンタイト)で防ごうとして【サルバネマ】は気付く、その威力が先程の《月》の神秘を持った女とは桁違いな事を。久しく感じていなかった斬られる痛みを。

 守護者の特性は単純、自身のATKとDEFを合算して同数値として扱うというものである。その特性によりATKを上げればDEFも上がり、DEFが下がればATKも下がるという事になる。

 更に鎧類に限り、一瞬にして装備変更が出来る[換装]のスキルが使える様になる。色々なスキルを持った鎧を戦闘中に変更しながら戦えるという戦略性が大幅に広がった物理特化型の職業となっている。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「キキッ、キキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ」

 

 ああ、何という事だろうか。ここ久しく感じていなかった痛みを与える者が現れた。しかも我々と同じ神秘を持つ者では無く、水の魔法を使う賢者と古代の職業(・・・・・)を振るう戦士と来た。《月》の神秘を持つ女に突破される事は考えてはいたが、それでは試練を突破したとは言えない。

 神秘を持つ者には新たな試練は与えない。それが大原則ではあるが、まあ別に強制という訳では無い。あのいけすかない【リュージット】は嫌いなのであの女には絶対に試練は与えないが。

 しかしそうか、ここには私と同じ神秘が沢山集まっている。《正義》と《死神》はまだ試練の途中、《月》と《愚者》は見定めたか。全く、羨ましい事だ。我らの宿願とも言える。

 特に《愚者》の選んだ者は英雄か、傍に侍るは大精霊、五千年前と同じ(・・・・・・・)なのは運命か、それとも仕組んだのかは知らないが、此度は上手くいく事を願っているよ、管理者ども。

 

「サア、ソレデハ私モ試練ヲ与エヨウ。我ガ名ハ、サルバネマ。《節制》ノ神秘ヲ司リ、究極金属ノ称号ヲ持ツ者ナリ!」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 時を同じくして、森の北西部には。

 

「はぁっ……はあっ……」

 

 地面に杖を突いて今にも倒れこみそうなネオンと。

 

「糞がっ……」

 

 MPの枯渇により全身に重りを付けられたような脱力感で座り込んでしまっているクリップ。

 

「何で、邪魔をするんですか、よりにもよって貴方が!」

 

 そして……

 

「邪魔では無い。貴様らに神秘を背負う覚悟を問うているだけだ」

 

 炎で出来た鎖に拘束されている《正義》の正位置 超克天使クヴァークを背にしながら、クォーレの英雄、『日輪』とまで呼ばれる最強のクォーレ、グラディス・カンペアドールに剣を突きつけられているシエルの姿があった。

 

 

 

 




ランク0 (1%未満)旅人
ランクⅠ(15%くらい)戦士、軽戦士、魔法使い、付与師etc
ランクⅡ(30%くらい)遊撃士、魔女、薬師etc
ランクⅢ(30%くらい)武闘家、狂騎士、降霊術師etc
ランクⅣ(20%くらい)暗黒騎士、魔人、軍師etc
ランクⅤ(3%くらい)騎士王、大司教、勇者etc
ランクⅥ(片手で数えられる数)???
ランクEX(2%くらい)守護者、占星術師、剣舞騎士etc

例外、罪人。捕まった犯罪者に強制的に付与する職業なので


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