黄金の日々 (官兵衛)
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転生王子ザナック

 
 
 
 
 お久々で御座います。

 凄まじい勢いで書き殴らせて頂いた物語ですので、凄まじい勢いで読み捨てて頂き、僅かばかりでも楽しんで頂ければ幸いです。

 あと、読み終えたあと、予告詐欺という言葉の意味を知ります。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ああ……金色の世界だ。

 

 

 

 死の色は黄金の輝きだったんだ。

 

 

 

 光る空気が滑らかに体を包む。

 

 

 

 

 ────。

 

 

 

 

 ゴホッ ゴボ ゲホッ 

 

 

 

 ゲホ コポッ ゲホッ

 

 

 ガハッ

 

 

 ッ!

 

 

 

 ……○○○!!? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつ気づいたか?

 

 そうだなあ……6歳か7歳のころ、いわゆる物心がつく頃って奴だな。

 

 そのぐらいから夢を……見始めたんだよ。

 

 良く見る夢だった。

 

 そこでの自分は二人の両親に小さい家で育てられて、体が弱くて、それでも必死に頑張って勉強をして……そして父親と同じ道を進んで……そんな夢だったんだ。

 

 

 そして現実での俺はザナック様と周りから呼ばれる人間だった。みんながそう呼ぶものだから、名前の『ザナック』の後に敬称の『様』ってのはセットでつけるものだって当たり前に受け入れていたんだ。その頃は。

 

 自分が周りとは違うらしいと気づいたのは、普通の生活……といっても王族の生活だから特別なのは当たり前なんだが、問題は生まれながらにそういう暮らし、そういう扱いを受けてきたのなら、それが当たり前になるはずなのに、どうしても自分にはそれが受け入れられなかったんだ。余りにも大きな違和感に包まれて、自我が目覚めたが故に自我がオカシクなってしまいそうになっていた。そんな頃にずっと見てきた夢が実は自分の本当の姿なんじゃないかって、今の自分は胡蝶の夢でいうところの蝶じゃないかって。

 

 ……そもそも『胡蝶の夢』なんて言葉はこの世界に無いのに、なんでこんな言葉を俺は知っているのだろうか?

 そんなふうに自問自答しながら悶々と七歳くらいの俺は苦しんでいた。大体こんなことを考える七歳児は異常だ。でも俺の学力は平凡で、決して自分が天才児じゃないことを知っている。

 

 ……そんな風に悶々としながら城の庭を歩いていると、突然、俺の脳内に膨大な色というか映像というか、3Dなのに質量を感じるほどのデーターが脳内にドプンッと生まれたんだ。

 

 それでようやく気づけたんだ。今まで変な夢だと思っていた映像。そして今、脳内に溢れた記憶は前世の記憶(・・・・・)なんじゃないかって。

 

 俺の前世は酷い酷い世界だった。

 

 格差社会の行き過ぎた末路とでも言おうか……俺はアーコロジーの中で暮らすことが許されたギリギリの家庭で生まれ育った。アーコロジーというのは進みすぎた地球汚染や治安の悪化から、選ばれた人々を守るために作られた巨大な人工生活圏のことだ。ここに入ることの許されない人々は汚染し尽くされた空気の中で生きていくために人工肺を埋め込まなくてはならず、その代金をローンで支払い続けるために過酷な労働に放り出され、国と企業からの搾取のために生かされていると聞いたことがある。

 そう考えると自分を取り巻く環境は、もう少しだけマシだったが、両親が下級公務員である家庭環境では進学、就職、そして病弱な子供(おれ)へのケアにも限度があっただろうけど、親には充分に育んでもらっており感謝の念しか無い。

 

 そんな俺が18歳になった時に中古で買ってもらったのがDMMORPG『ユグドラシル』だった。基本は課金ありきのゲームらしいのだが、当時既にゲーム開始から数年が経っており、廃課金勢やガチ勢と張り合える状態ではなかったので、初めから諦めて無課金を貫いて楽しんでいた。種別はヒューマンで前衛戦士(タンク)が俺のプレイスタイルだった。きっと現実の俺とは違い、タフで頼りになるところに憧れたのだろう。

 父のコネで最下級の公務員に拾ってもらい、ギリギリ社会の歯車として働くことを許された『アーコロジー内の底辺』が俺の生活だったんだ。

 もちろんそもそもアーコロジーに入れない層が多く居る訳で、自分の立場が贅沢なんだってことは分かっていた。これが贅沢だという社会に失望し、ユグドラシルに逃避する日々……そして、ゲーム中に発作が起きて、咳が止まらなくなり、そのまま……そんなどうしようもないのが俺の前世の記憶だ。

 

 それを突然散歩中に思い出したのが、この世で産まれ育てられた俺・ザナック(7歳)だ。

 ……正確には ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフという名前を付けられて新しい人生を与えられたことに気づいた俺は、「この人生を、大切に生きて、大切に死のう……」と固く拳を握りしめて誓った。突然の七歳児の重い宣言に、衛兵が「うわあ……」とドン引きで悲鳴をあげていた。

 

 それからの俺は、我ながら凄く頑張り始めた。

 せっかくの二度目の人生だ。

 生活(いき)るのではなく、生きる。

 勉強に剣術に魔法に奮闘するのだ。

 まて、魔法ってなんだ?と思うかも知れない。いや……うん、前世とか言ってたけど、なんか前世より古い中世ヨーロッパの時代に魂が遡ったのかな……と思っていたが、そもそも俺の世界に魔法なんてなかった。あれ?前世……? 不思議な世界だなココは。ファンタジーだ。これは良い世界に生まれ変わり……転生って言うのかな?させてもらったものだ。ユグドラシルを愛していた俺にとっては嬉しい誤算だった。転生万歳!

 

 まあ「二度目の人生で中身は大人だし、脳みそも体も子供の頃から鍛えまくって……これは勝つる!」と思っていたけど、実に甘かったことをすぐに俺は思い知らされてしまう。

 もちろん努力する精神力や理性は大人並みにある。でもなんて云うか……こう、平均を少し上まわるのが限界と云うか、前世の記憶と知識が邪魔をして、この世界での当たり前で自然なことが出来なくなっているというか。

 

 まず勉強だが、文字も数学も歴史も科学も全部この世界の物なので、前世の物なんてなんの役にも立たない。正直、魔法のせいで科学が微妙におかしかった。

 全部、一から覚え直しだ。それだとこの世界の住人達と同じなのでノーハンデだと思うかも知れないが、むしろ昔の知識と思い込みがあるせいで2つがゴッチャになって就学の邪魔になった。

 

 魔法に関しては「貴種の方々が習うような物ではありません」と遠ざけられた。「そこを何とか!」と、ファンタジー世界の醍醐味である魔法を使ってみたくって必死に頼み込んで、来てもらった魔法師が俺を一目見て「ふるふる」と首を振った。欠片の才能もなかったらしい。

 

 なんだこの2度目の人生!普通、異世界転移・転生物って「凄い能力が……」とか「前の世界の知識で……」とかで楽しく出世していく物じゃなかったのか? 間違いなくハードモードなんだが。

 剣術も全く才能が無かった。とにかく運動音痴かつ反射神経が鈍かった。それでも努力は欠かさなかったんだ。前世の俺は病弱だった。外を走り回るなんて夢のまた夢で……それが今は目一杯全力疾走して、「ハアハアハアハアッ!」と全身で呼吸が出来ることが嬉しかったんだ。剣術と共に練習する馬術も下手だった。というか馬ってデカイんだね……怖い。何故か俺が「へあっ!」と気合を入れて走らせようとすると真横に移動するんだよね……馬ってこんな動き出来るんだな。でも難しくても苦しくても勉強も運動も頑張った。頑張り続けたんだよ。

 

 ただ、なんというかな……貴族って「優雅たれ」が前提なんだよね。少なくとも、この怠惰な王国では。必死にあくせく頑張っている時点で「王子としてみっともない」と周囲から後ろ指を指されるし、その見苦しい「努力」ってやつをしてもなお、平凡の域を出ないザナックという人間の評価は、予想以上に辛辣な物だった。

 「どれだけ食べても太れない豚」という陰口を聞いたことがある……よし、言った奴は王子命令で死刑な。

 

 仮にも継承権第二位の王子様だけど、逆に世間の目は厳しい。二度目の人生でなければ心が圧し折れてダラけた人生を送ることになっていただろうな。でも俺には前世の記憶がある。頑張りたくても頑張れなかった記憶と悔いの日々がある。努力を止めるなんて考えられないことだった。

 そんな生活を送っていたある日、神様が贈り物をくれたんだ。ある日、俺を産んでくれた母親が「お父様に娘が生まれたわ。貴方の妹ね」と突然俺に告げたのだ。

 

 実を言うと、ザナック(おれ)には兄弟が居る。いわゆる「腹違い」という奴で兄と姉が居るのだが、妹というのは初めてだった!前世を含めての「妹」というパワーワードにテンションの上がった俺は、早速会いに行こうと屋敷の廊下を駆け出したのだが、途中で会った妹の産みの親の従者達に止められた。俺を追いかけてきた俺の従者が相手方にペコペコと頭を下げていた。俺は引っ張られるように自室……と言っても俺様に与えられた邸へと連れ戻された。

 

「なんで兄が妹に会っちゃいけないんだ!?」

 不満とそうに叫ぶ俺を持て余したのか、執事のウォルコットが従者と交代して俺を諌める。

 

「どうされたのですか?ザナック様」

 

「俺は妹が産まれたっていうから会いに行っただけなんだ」

 

市井(しせい)の民ならいざ知らず、王子たる者が御妹様が誕生されたとして、そこまで感情を動かされるのは如何なものかと思われます」

 

「ええ……だって妹だぞ!?妹は愛でるものだろう!?」

 

「ははは……ザナック様は相変わらず変わっておられますなあ……どちらにせよ、ご出産は例え宮廷医と宮廷回復師が控えてようとも命がけの難事でありますれば、ご出産後の消耗など甚だ大変な状態でありましょうし、そこに母方の御家族でもないザナック様が突然訪問されるというのは如何でしょうや?」

 

「うっ」

 

「しかも相手方にとってザナック様は王位継承権第二位であらせられる上位の身でありますれば、身なりや化粧なども整えずに会うのは失礼に当たります。それらの迷惑を相手方にかけてまで妹の顔が見たいという好奇心を満たすためだけに強引に……というのはどうかと拙身は愚考いたします」

 

「わかったわかった!?なんか色々とゴメンよほお!」

 

 これだ……またやってしまった。こういう王侯貴族としての常識だの心構えというのが、前世の記憶が蘇った時から、どうしても身につかないのだ。

 どうしても、自分を当たり前のように特別視するということが出来ないんだ。それ迄は自然に出来ていたことなのに。

 

 

 

 結局「ラナー」と名付けられたその妹に会えたのは2ヶ月後のことだった。

 

 ああ、可愛かった。天使ってこういうのを言うんだろうな……。

 

 

 

 突然だが、妹の話が出たついでに俺の兄の話をしておきたいと思う。

 長男であり継承権第一位であるバルブロ。 バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ。

 

 俺とミドルネームが違うのは母親が違うからだ。あと、幼名や教会に授かった名前などが入るので兄弟でも違いはあるものだ。

 彼、バルブロは王子にふさわしく、図体だけはすくすくと成長しており、同年代と並べば頭一つ抜きん出るほどだ。貴族、特に王族にとって体の大きさというのは大事な才能の一つだ。見た目に迫力があるということはそれだけで相手を威圧できるし、頼りがいもある。そんな「感覚」を自然に抱かせるのは統率者にとっての重要条件の一つだと思う。とくに鎧や剣が重いこの世界ならなおさらで、分厚く頑丈な鎧を着て動くにも体力が必要だし、重い刀剣を振り回すのにも膂力が必要で、『体が大きい=力が強い=強さ・頼もしさ』というし公式は在る程度は成り立つ物なのだ。まあ、俺は背が低めだけどね。うん……。

 しかし、バルブロは雄大な体を持ちながらも、残念ながら……無残な資質の持ち主だと言わねばならない。

 なんというか……こー……馬鹿なのだ。それも愛嬌のある馬鹿ではない。悪い意味での馬鹿だ。

 

 勉強や剣術などは全くせずにヘラヘラと小貴族の子女を侍らせておべっかを言わせたり、俺が隠れて汗だくになりながら剣を振り回していると態々(わざわざ)それを見つけ出して嘲笑を浴びせに来たり、大人の商人に小遣いを強請っては溜め込んでニヤニヤしたり、小人(しょうじん)としか見えない王子を見るに我が国の行く末は暗い……。

 

 それは父上や周囲も分かっているようで元々取り沙汰されていたボウロロープ侯が首魁となっている『貴族派』と呼ばれる反王族派閥がジワジワと力を付けてきており、その理由の1つに「次期王である継承権第一位(バルブロ)が愚鈍であり、王族の未来が不安である」という物があるのは確かだ。

 

 ボウロロープ侯は40代の働き盛りで、未だに陣頭指揮でバハルス帝国との会戦で大活躍をする名将だと聞いている。名声人望は王に比肩するとも────。正直、父王ランポッサは王としては平凡としか云えない能力だろう、しかしながら善良な人間であり、平民からの人材登用を積極的に行うなどと、一定の行いは評価してくれても良いと思う。ただ最近は、年齢から来る衰えが始まっており……自分の父親に対して俺は何てことを言っているんだ? なんというか、前世の記憶が蘇ってからどうもオカシイな……。それまでの家族とか周囲への関心が薄れてしまったというか……。それ以降に培った人間関係だと大丈夫なんだけどな。言うなれば「ラナー>記憶の中の家族>父やバルブロなど」という感じだろうか? そんな訳でイヤな奴な上に、家族としての意識も薄れている俺にとってはクラスの馬鹿大将を見ているような感覚だった。正直に言うと別宅で育てられており、月に一回も会えないラナーも従姉妹の様な感覚だったんだ。

 

 そんな風に俺は無駄な努力を繰り返し、バルブロは放蕩三昧、そしてラナーは偶にしか会えないという日々が過ぎていった或る日……ラナーが産まれて8年ほど経った頃だったかな? 俺が15歳の頃に、俺とラナーの家庭教師を担当している学者の先生が、授業の合間の休憩に大きなため息をついていた。まるで前世によく居た『疲れ切って公共交通機関に身を投げ出しそうな大人』に、俺は気を使って「どうしたんですか?先生」と訪ねてみることにした。

 

 先生はハッとしたように此方を見た後、躊躇するかのような仕草をしながら口を開いた。

「いえ……そのザナック様の御妹であらせられるラナー様のことなのですが……」と眉間にシワを寄せてこぼした。

「ラナー? ああ…可愛いよねえ。天使だよね。地上に現れた天使!水飴のように潤んだ青い瞳。触ると溶けるんじゃないかと心配しそうなほど輝く金の髪……妹ってただでさえ可愛いと聞いていたけど、なんなのあの可愛さ!」

「いえ……そういうことでは無くてですね。ええ、麗しさには私も同意の一手ではあるのですが」

 

 あれ?可愛すぎてヤベえ!という話じゃないのか?

 

「私の愚痴などを笑って聞いてくださる大人なザナック王子に甘えるようで申し訳ないのですが……」

 

 まあ、前世の記憶がある分、精神的には良い年齢だもんな……。

 

「いえいえ そのような事は全く……ええ、そうですとも」

「突然、大人っぽさを気取っている!? その……ラナー様にも春から私が就かせて頂いて、勉学をお教えさせていただいているのですが……」

 

「うん 知ってる。あの親父、ラナーの余りの可愛さに政略結婚の道具とするのを避けたくて、色々と仕込もうとしている気がするんだ。ぺスペア侯爵の所に嫁いでいる長女が可哀相だよね……」

 

「その……勉強が出来ないのではなくて、出来すぎる気がするのです。いえ、私も理解に及ばずあやふやな説明になるのですが」

 

「へえ、才色兼備だったのか……あの馬鹿に少し分けてやってくれないか?色々と足りないんだアイツ。脳みそとか知性とか教養とか分別とか品性とか」

 

「んっうん!おほんおほん!その、バルブロ様のことは置いておいてですね!」

 

「俺はバルブロのことだと言ってないけどな」

 

「うっ」

 

「いや 先生もあの馬鹿(バルブロ)に散々苦労させられた上に首にされたから色々と思うことはあると思うが……で、ラナーがどうかしたの?」

 

 そう、あの可愛い天使ちゃんがどうしたというのか?賢くても何も問題がないと思うのだけど。

 

「そうですね……簡単に言うと、彼女は一を知る前に十一に到達するという……まごうことのない天才です」

 

 え……?

 

「理解が早いとか、そういうことでは無くて?」

 

「はい。事実をそのままお話しすると、数理の授業をしようと教科書をお渡ししたら、こう……ペラペラと一通り捲くったと思ったら『この次の教科書は○○について書かれているのでしょうね。そして、その次の教科書だと△△の解説かしら』と仰ったのです」

 

「んん?」

 うめき声を挙げつつ、俺は自分の持つ教科書の一番始めのページを開くと△△の数理解説が書かれていた。

 

「え?どういう……え? つまりラナーは一読して全て理解した上で筆者の癖や教育法などを推論したということか?しかもその次の段階の教科書まで」

 

「ええ、ええ。そうですとも、そういう反応を頂けて嬉しゅうございます」

 

 先生は「やっと同志を見つけた」とでも言わんばかりにホッとした顔をして続ける。

 

「しかも、『この数式なら、こう~こうとした方がシンプルで美しいのに』と教科書の是正箇所も指摘されたのです。よくよく精査してみるとラナー様の仰りようが正しく、正直……私には何も教えられることが見当たらないのです」

 

 ほあー やるなあーアイツ。

 

「なるほど……兄といい妹といい、先生には御迷惑をおかけしております」

 

 そう言って、俺は殊勝に先生に頭を下げる。

 

「おやめ下さい!? こんなことで王子様に頭を下げて頂くなど!」

 

「俺もすっごい駄目な生徒で申し訳ない。もっと物覚えと理解力が在れば良かったのに要領がわるくてさ。先生が根気よく教えてくれなかったら平凡になれたかも怪しいよ」

 

「いえ!お教えさせて頂く身としては、努力を怠らず、向上心の塊のようなザナック様は本当にやり甲斐のある生徒さんで御座います。その……失礼ではありますが、王侯貴族のご子息というよりは商人や魔術師の子息の方の様な才気渙発さと言いましょうか、大らかさと申しましょうか……褒めてますよ?」

 

「ああ……うん。正直、王子様とかよりもそっちの方が自分の性には合ってると思うから気にしないでくれ」

 

 そうか……ラナーがなあ……機会があったら色々と話してみよう。まあ今のところラナー付きの人々のガードが固くてなかなか会えないけどね。

 

 それから意識してラナーのことを知るようにしてみた。手始めに信用のおける従者で、ラナーの従者と繋がりがある者に、それとなく妹の「噂」段階で良いから情報を収集してみた。

 

 その結果を端的に書くと

 

 従者A「常に無表情」

 

 従者B「美しい蝶を叩き落として、訝しがる周囲に「ハエや蚊と同じ虫でしょう?」と呟いた」

 

 従者C「教会で神の教えを説かれて鼻で笑い「子供騙しね」と言い捨てた。」

 

 従者D「飼い犬のグロースが亡くなった時に泣くどころかヌイグルミの様に雑にイジったあとに『捨てといて』と言った」

 

 従者E「ランポッサ王の年始の市民への挨拶に帯同した時、城から参賀に集まった民をゴミを見るような目で見ていた。「多くの人に祝福してもらいましたね」と声をかけたら「24500匹くらい群がっていたわね」と答えた」

 

 

 

 うんうん……そうかそうか…………俺は親指を顎に当てると満足そうな顔をする。

 ふう……もう、良いかな? 落ち着いてるか? 俺は駄目だ。

 

 こっわっ!? オレの妹、こっわ!?

 

 サ、サイコパス!? シリアルキラーなの!あの()サイコパシーなのかな!

 

 なんというか、こう……俺の生きていた世界だったら、特別監察官にグリッグリッにマークされてるよ、きっと。

 もしくは危険思想人物保護法で白い壁の部屋に入れられているな……間違いなく。

 

 まさか妹が頭良すぎて駄目な子になっているとは……しかもお姫様だから放置プレーでスクスクと闇が育っている気がする!

 なんらかのケアが必要ではないだろうか? この世界だと何か精神面での緩和ケアなどは行われて……いる訳ないよな。放置され続けたら可愛い妹は、どうなってしまうのだろう? 俺の頭に昔見た映画などで、IQが高すぎて同調能力に齟齬をきたし、孤独の中で闇に落ちてサイコパスとなり、シリアルキラーへと変貌していく猟奇殺人者などの姿が浮かんだ。

 

 ……俺の妹を、そんな化物にしてなるものか!

 

 強く首を振って嫌な妄想を払いのけると、握った右手で強く左胸を叩いた。

 

 そんな風に想像以上だった妹の様子に戦々恐々としながら、無謀な使命感に懊悩としていた或る日、俺が部屋で自主勉強をしていると、窓から庭先をラナーとメイドが散歩をしている姿が見えた。今日は暖かくていい天気で散歩日和だからかな。またとないチャンスだ。

 

 俺は部屋の隅でメイドに「ちょっと気分転換に庭を散歩してくるよ」と言い捨てて、上着を手に取るとそそくさと部屋を出た。慌てふためいたメイドから俺の小さくなっていくであろう背中に向かって「御出になられるのはお庭だけにしてくださいね!」という悲鳴のような声がかけられた。俺は後ろ手に手を振って了承の意を告げつつ玄関に向かって走り抜ける。

 玄関脇の執務応対室居のウォルコットが突然現れた俺に驚いて目を白黒させつつ「ど、どうされましたか!?ザナック様!?」と俺を押し止めようとする。俺は「勉強のしすぎで疲れた。気分転換に庭を歩くだけだ」と告げるも「では、ただ今従僕(フットマン)を呼びますので」

 

「要らん!庭を歩くだけだからな。それとも俺が知らないだけで、王宮警備隊は無能であり、宮殿内も安全地ではないとウォルコットは考えているのか?」

 

「え!?いえ、決してそういうわけではありませんが……」

 

「ならば良かろう。俺の素行が気になると言うならオマエがのんびりと後をつけてくれば良いではないか。では先に行くぞ」

 

 自分に与えられた邸から、ただ出ようとするだけでこの手続の煩雑さである。いや……解ってるんだ。継承権第二位ということは継承権第一位(あのバカ)に何かあったら次期王となる身だ。警備システムの最大の敵は警備対象の突発的な行動(アクシデント)だ。それゆえに本来なら俺など屋敷内に閉じ込めておきたいのが彼らの本音だろう。

 昔の記憶が蘇る前なら、そういう不自然な不自由さを自然に受け入れられたのかもな……。かといって「戻らなければよかった」なんて思わないし、思ってはいけないと思うんだ。もし、それまでの俺だったら、ただただ流れに身を任せて揺蕩って生きていただろう。小さな父の小さなコネで掴ませてもらった最下級公務員という仕事。富裕層の世話をするためだけの歯車として生きていただけの俺はもう居ないのだ。……居ないよね?

 

 庭に出てラナーの姿を見つけた俺は、口笛を吹きながらご機嫌に歩きだす。こちらに気づいたラナーとお付きのメイドが怪訝な顔で俺を一瞥をすると、軽く会釈をして俺との距離を取り出す。

 わあ……すげえ避けられてるじゃないか。やめて、イジメられてたあの頃を思い出す……いや、イジメられるほど学校に行ってなかったな……良く考えたら。体弱かったからなあ……今は健康ポッチャリだが。ほんのり腹も出てるし。

 いきなり少し出っ腹になっている部分を自慢気に「パーン!」と叩いた音にビクッとなったのか、二人は動きを止めてコチラを振り返る。

 

「やあやあラナー奇遇だねあといい天気だね散歩かな?僕も散歩だよ」と話しかけてみる。

 

「ええ御機嫌よう……ザナックお兄様。……なぜ流れるように句読点を省略した話し方を?」

 

「なんでだろうな……」

 

「いえ、私に聞かれても……」

 

「今日は気持ちいい天気だな。ラナー」

 

「……この季節だと普通の気候だと思いますわ」

 

「俺もさ、部屋で勉強していたんだけど、気分転換に散歩したくなってな。気が合うじゃないか、流石兄妹だよな。兄妹。妹。可愛い」

 

「経過時間を考えますと、お部屋から私を発見して急いで来られたように思いますが」

 

「ふふ……オマエにはそう見えたのかもな」

 

「……なにか(わたくし)に御用でしょうか」

 

 ……用? いや用事があって呼び止めたという訳じゃない────むしろ……。

 

「うん。まあ少しだけ話したいことがあってな……あ、家族の話なので君は少し離れてくれないか?」

 ラナー付きのメイドは、俺の言葉に渋々と従うと、30メートルほど離れて心配そうにこっちを見てくる。信用ないな……俺。

 

 ラナーは感情の見えない目で俺を一瞥すると興味なさげに中空を見ていた。

 ただの平凡な人間でしか無い俺がなんて言えば良いだろう? 対応を間違えたら大変なことになるんじゃないか?そんな風に考えすぎて、何も話し出せない俺にラナーが焦れたように眉を潜めた。

  

 俺は思い切ってラナーの目の前に回り込むと、顔をラナーの顔に突き合わすように正面を捉えて言った。

 

「ラナーの事が心配なんだ」

 

 真顔で不思議なことを言う俺の言葉を受け止めたラナーは、目の前で毛虫が砕け散って破片が降り掛かってきたかのような顔をした。

 

「そのうち、賢いオマエはただの子供を演じだすだろう。良いお姫様になりきるだろう。でもそれじゃあオマエはいつまでも独りぼっちだ」

 

 ラナーの表情は、すっごい不信感と不機嫌と不快感が絶妙に混じり合った……つまり、Veryイヤそうな顔だった。眼の前の(オレ)という存在への拒否感を顔いっぱいに溢れさせていた。

 

「……」

 

 (いぶか)しげな顔をしたラナーは、それでも俺に少し興味を抱いたのか、距離を取りつつも俺の深淵を覗き込むかのような目で、俺を黙って観察している。それはまるで科学者が実験動物の様子を見つめているかのようだった。

 

 その静寂はメイドの「すみませんザナック様。まだお寒いですし、ラナー様はお館に帰らせていただきますね」という言葉で破られた。

 

 ハブとマングース(もちろん俺がハブだ)のような立ち会いを終えた俺は不意打ちでラナーの左頬をムニッと摘む。

 

「いひゃいですわ。お兄様」と不快気なラナーがジト目で睨んでくる。可愛い。

 

「ザナック様!? お妹君(いもうとぎみ)とはいえ、淑女にそれは不躾で御座います!」と離れていたメイドが悲鳴をあげながら近づいてくる。

 

「じゃあな、ラナー。また話そう!」

 俺はそう言い捨てて、後ろから俺を追ってきたウォルコットを見つけると、その脇を走り抜けがてら「いえーい」とハイタッチをして、キョトンとする執事を置いてザナックハウスへ帰るのであった。

 

 「人間の感情で一番強い感情は好奇心である」と聞いたことがある。

 

 全てを知り尽くした気になって、全てを理解した気になって、無感動になり無感情に日々を過ごしていたラナーが全ての人を同一視して拒む中で、俺に毒があると勘違いしてくれればそれで良い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
 長男じゃないので宮殿の庭(広大)などに生みの母と供に屋敷を与えられて育てられている設定です。
 年齢が不明だったのでラナーの年齢+7歳がザナックの年齢と仮設定。




 juto様 ひふみん様 みえる様 クオーレっと様 ジャックオーランタン様 タクサン様 誤字脱字の修正有難うございます


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妹愛(シスコン)王子ザナック

 

 

 

 

 

 

 ……この国の置かれた状況は、なかなか厳しいらしい。

 

 国というか王政府がまず斜陽も良いところだ。そしてその政府の大きな問題点の一つが王族派と貴族派の権力闘争だと云える。正直、もっと基盤がシッカリした国の王子様になりたかった……という気持ちはある。しかも後継者はあんなのだし。大きな功を成したる者は大きな報償を得るべきであるし、そして得た土地での経営が上手くいけば大きな力を得ることが出来る。それで兵を多く養えれば戦争時に活躍できるだろうし、得た利益により更に街を大きくして人が増えれば商売は上手くいき易く税収も増える。そうすれば街を大きくして、更に人を呼び込める……当たり前のことだ。名将と名高いボウロロープ侯は戦だけでなく統治にも腕を見せた。六大貴族の中でレエブン侯の次に広大な領土と兵を有しており、今や王に取って代わらんとする野心を隠そうともしていない。

 

 かと言って、王に反乱を起こすほど彼は馬鹿ではない。しかし……父・ランポッサ王はボウロロープ侯の娘を次期王である兄・バルブロの皇太子夫人として迎えることを決めた。これは父に取っては王族派と貴族派の融和を計る一手のつもりだったのだと思うが、俺には悪手だったと思うのだ。ボウロロープ侯にとって婿であるバルブロの子供、つまり次の次の王は自分の嫡孫になるのである。ボウロロープ侯は決して貴族としての家格は高くなかった。実力のみで這い上がってきたが故に家格が低く、貴族派という派閥を作らざるを得なかったとも云える人物に、将来的にではあるが、絶対的な「王家への介入権」を与えてしまったことになるのではないだろうか?

 

「いかんいかん……どうも独りだと鬱っぽくなってしまう」

 

 あれから警戒されているのかラナーとは接触できていない。執事のウォルコットに「ラナー様が可愛いとはいえ、からかったりしてはいけません」と注意をされた。

あの時の反応、表情から見て、やはり妹は危険な雰囲気がすると思う。時代が時代で身分が身分なら大量猟奇殺人でも行っていたのではないだろうか?と不安になる。しかしこの世界の人はノンビリというか大らかというか、「子供の頃はそんなもので御座いますよ」とか「大きくなれば大丈夫です」などと優しく見守っている。確かに外見は恐ろしく可愛い。すでに国内では『黄金』という渾名すら出回っていると聞く。『黄金』輝ける(かんばせ)と髪に相応しい渾名だ。しかしその中身は……優れすぎる脳ゆえに他人を理解し難い愚かな生き物としか認識出来ず、お姫様としての毎日が育む自尊心が、他人をゴミとしか認識出来なくする。

 

 危険だ。身分というのはホントにやっかいな劇薬だ。バルブロを見れば解る。運動はまだしも、頭も心も残念なバルブロですら当たり前のように他者を見下しているじゃないか。普通、あんなに馬鹿なら恥ずかしくて外に出るときは布きれでも被って歩きたくなるぞ? しかし、ただ一点の「自分はこの国の王太子であり、次期国王である」という一点のみで「父王以外で自分が頭を垂れなければならない人物は居ない!」と偉そうにふんぞり返れるわけだ。

 

 天才と言っても差し支えないらしい脳みそを持ったラナーが、悪影響を受けて怪物へと成長したらどうしよう? 本当なら、あれだけ賢くて麗らかなカリスマに溢れているなら、俺はむしろバルブロよりもラナーに次期女王になってもらって仕えたいくらいなのになあ? で、「じょっ、女王様とお呼び!」とか赤い顔したラナーに言われたい。あの冷たい眼で言われたい。

 

「あー ラナーに足蹴にされてえー」

 

「殿下!?」

 

 大きな声に驚いて振り返ると家庭教師の先生と、その影に隠れるようにラナーとラナー付きのメイドが居た。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……ちゃうねん」

 

「その……ザナック様の(へき)はともかくですね……」

 

 (へき)、言うな。

 

「……どこを蹴れば良いの?お兄様」

 

 えっ何この素直な良い娘。

 

「ははあ……オマエ、さてはラナーじゃないな?」

 

 ラナーっぽい娘は一瞬目を見開いたあと

 

「……お兄様は、本当に私の想像と思考を裏切って下さいますね」と初めて面白そうに薄ら笑いで呟いた。

 

「お嬢様、お(いとま)致しましょう。ザナック様はお疲れのご様子です」

 

 メイドが汚らわしい物でも見るかのような顔でラナーの肩をホールドし、自分の体をラナーと俺の間に入れる。

 くそう。第二継承者だからって、長男と随分差を付けやがって……知ってるぞ。オマエ……この前、庭でバルブロ(馬鹿)ラナー(天使)の頭を撫で撫でさせていただろ! そのときラナーは、死んだ魚が口の中で跳ね回ってるような顔してたけどな。

 

「うんうん おほん」と俺は落ち着きを取り戻すために咳き込んで仕切り直し、おもむろに語りかける。

 

「あれ?どうしたんだい?ラナー・マイエンジェル。今日は私の歴史学の時間だったと思うのだが」

 

「なかったことにっ!?」とメイドが驚き

 

「ザナック様が自分のことを「私」などと自称しているの初めて聞きました」と先生が頷き

 

「……」とラナーが気分悪そうにした。

 

「で、どうしたんだい?ラナー」

 

「折れませんわね……ザナック様」

 

「ラナー様は……その、授業の進みが異様に早くてですね……」と申し訳無さそうに先生が目を合わせずに話る。

 

「なるほど、俺に追いついた……と」

 

「ひらたく言えば、そうです」

 

「まるく言ったらどうなるんだ?」

 

「ま、まるくですか?」

 

「授業始めてもらってもよろしいでしょうか」

 とラナーが冷たく言い放つ。

 

「あ、はい」

 

「先生は、もー。な、先生なー仕方ないなー」

 

「なぜ全部私のせいに!?」

 

 この日はラナーと一緒にリ・エスティーゼ周辺国についての成り立ちについて習った。背後からラナーのメイドからゴゴゴゴゴゴ……という意味不明な視線を感じたが気の所為に違いない。しかし……相変わらず人の名前を覚えるのが難しい。顔の見極めは随分と出来るように成ったんだけどな。

 

 そんなふうに優しいんだか、優しくないんだか良くわからない日々が過ぎて行った。

 

 一緒に勉強することがあったから気づけたのだが、ラナーはやっぱり天才だった。数理的な問題だけではなく、文系の難問も卓越した推理力でパズルの様に解読していく様は素直に感心させられた。しかしラナーは俺の賛辞の言葉が心に届いていないのか「簡単なことです」と返される。きっと心の中では「なのに、こんな事も解らない事が理解できません」と続くのであろう。その忸怩たる思いのような苛立ちが、周囲の人間への不快感や不信感の原因の一つとなっているのかも知れない。ううむ、頭が良すぎるというのも可哀想な話だな……せめて色々と身に着けた大人になってからなら良かったのに。

 

「オマエ……可哀想だな」

 

 授業後の流れでお茶会となり、ラナー付きのメイドに「やだやだ!スコーンにはアカシアのハチミツじゃないとヤダー!」と王子様として相応しい振る舞いで駄々をこねてメイドに遠くまで取りにいかせたため、ラナーと二人きりになった時に切り出してみた。

 

「唐突ですね」とラナーがゲンナリとした顔で応える。

 

「オマエは知らないかも知れないが」

 

「お兄様が知っていて私に知らないことがあると?」

 

「ああ、あるよ」

 

「……え?」

 ラナーが俺の返事にキョトンとした顔をする。

 

「俺は知っているんだ。年を重ねる度に自分の将来が暗闇だと気付かされる子どもたち。定められた区域内でしか生きることも死ぬことも許されない人々。そして、その区域にすら入ることを許されない家畜以下の人々たち。オマエは知らないだろう。そんな地獄のような世界もどこかに確かに存在していて、そしてオマエの眼は彼らと同じ眼をしているんだ。失望と絶望の海で藻掻(もが)くことも止めて、のっそりとした死を選んだ様な彼らと同じ眼なんだ」

 

「っ!……何を仰られているのでしょうか。『地獄のような世界』『失望と絶望の海』……どうしてお兄様はそんな恐ろしい言葉を……」

 

 ラナーは先回と同じ様に俺の深淵を覗きこむかのように、ジッと何かを考えながら俺の眼を覗き込んでくる。

 

「まるで本当に知っているかの様に、幼少の私に……いえ、()()()()()、お兄様は()()()()() のですね?」

 

 俺が今、どんな眼をしていて、ラナーがこの眼から何を感じて、何を理解したのかは解らない。しかし、(かしこ)すぎる……(かしこ)すぎるラナー(いもうと)であるからこそ真実にいつか辿り着くかも知れない。この俺の魂は、この世界のものではないと。

 

 ラナーは今まで見たことがないほどに眼を輝かせると「……あなたはだあれ?」と呟いた。

 

 俺は「お兄ちゃんだよ」と答えた。この()やべえ。

 

 時間切れだ。コツコツコツと廊下を歩くメイドの靴音が聞こえたからだ。

 ノックの音がして「失礼します」という言葉が聞こえ「入れ」と応えるとガチャリと音を立ててドアが開き、「アカシアのハチミツを持ってまいり……もうスコーンを食べ終えられているじゃないですか!?」という非難が聞こえたのを合図に俺は「ごちそうさまでした。ラナーまたな」と告げて部屋から出た。出る時に一瞬見えたラナーは、初めて手に入れたオモチャが取り上げられたかのように忌々しげにメイドを見ていた。

 

 

 次の日、メイドの変死体が井戸から発見された。────嘘だが。

 そんなにホラーの様な展開もなく、一月ほど経った昼下がりに俺は剣術の鍛錬を行っていた。自分では結構熱心にやっているつもりだし筋肉も付いてきたように思うがボッコリしたお腹はへこんでくれない。俺は相変わらず、よく食べ、よく学び、よく食べ、よく動き、よく食べた。本当に、よく食べた。昔の記憶が戻ってからこの世界の食の素晴らしさに日々感動しつつ沢山食べてしまう。前世での食べ物はひどかった。合成肉に合成野菜。薄味の果物に決定的にマズいのは水だ。それら全てが自然の中で育まれて食卓に出されるこの世界の食べ物は本当に美味しすぎる。味付けは確かに単調だったり、コショウなどは貴重品であまり使われていなかったりするが、前世が酷すぎたのでどうでも良かった。俺が余りにも美味しそうに食べては感謝をやめないので、料理長は質・量ともに張り切って仕事をしてくれるし、俺も前世でうろ覚えの料理の作り方を教えてあげたりと俺が一番仲が良いのは料理長のシャビエルだろう。

 

 いつになったらポッチャリから解放されるのだろうか……一刻ほどの鍛錬を終えて水で濡らしたタオルで体の汗を拭っていると、目の前にラナー付きのメイドが現れた。

「……ザナック様。ラナー様が鍛錬後にお茶でも御一緒に如何でしょうかとの仰せです。その……お忙しいですわよね?」

 

 すごいイヤそうに誘うなあー。

 

「忙しくないので行かせてもらうと伝えてくれ」と告げて不満そうなメイドを無視して、一度邸宅に帰ろうかと思ったが、侍従達が面倒くさいので、体をキレイにし、身支度を軽く整えてラナー邸に向かった。

 

 ラナー邸に赴き、衛兵が起立する門をくぐり、玄関にてラナーにお似合いの可愛い花の形状をしたドアノッカーを「コツコツーン」と鳴らすと、メイドがドアを開けていらっしゃいませと挨拶をする。そして主人であるラナーも自ら玄関に出迎えてくれて「お待ちしておりました。お兄様」と挨拶を交わす。奥に案内され応接間に通される。とても良い香りが部屋中に広がって運動後の胃に訴えかけてくる。テーブルの上には焼きたてのブリオッシュが並べられており、ラナーが「どうぞお掛けになって下さい」と言いながら椅子に座る。

 俺の目の前にメイドが洗練された手付きで「カシャカシャ」と皿やナイフが並べられる。そしてドンと大きな瓶のアカシアのハチミツをドヤ顔で置かれる。……なんだこの人?アカシアのハチミツに良い思い出でもあるのかな?

 

「ブリオッシュといえば、強く濃厚な香りが特徴の菩提樹(シナノキ)のハチミツと合わせると最高に旨いんだ……」

 

「えっ」

 

「亡き祖父との思い出でね……ああ、良いんだ。アカシアでも……充分美味しいからね」

 

「っ! 取ってまいります!」

悔しそうに言い捨てるとメイドは部屋から出ようとする。

 

「俺の邸にあるからー ゆっくりで良いからー」と、その背中に声をかけた。ちなみに俺の館までは400mほど離れている。

 俺はメイドを見送ると、ブリオッシュ・ア・テートの頭を千切り、マーマレードのジャムを付けてもしゃもしゃと食べ始める。

 

「ふふふ。お兄様もお人が悪いですわね。ゾエが可哀想ですわよ?」

 とラナーが珍しく笑みを見せる。

 

「だって、あの子……バルブ……あの馬鹿と繋がりがあるだろ」

 

「そうね……バル……ゴミムシに私の情報を流しているみたいですわね」

 

「知ってたのか……まあ、俺はあの子が、バ……ゲス野郎の執事と接触しているのを見たからだが」

 

「ふふ。ゴキブ……バルブロお兄様も気が小さいようで、私の所に挨拶に来る貴族などを把握しておきたいようですわ」

 ここに来て新パターン!?というかラナーのバルブロ評が酷すぎて可哀想!

 

「まあ……ボウロロープ候の娘さんをもらってしまった事だしな……貴族派の力を借りて、自らを軽んずる王族派を威圧するとか……()()()が次期国王だ。というのに」

 

「そうですわね。ザナックお兄様でも気づくような事も理解できないまま、貴族派と王族派に悪い意味で一目置かれた状況に浮かれておられるのでしょう」

 

「全く……度し難いな。……あれ?今ディスられた?」

 

「紅茶をどうぞお兄様」

 

「ありがとう、ラナー。有り難く誤魔化されよう」

 

「そうして下さい」

 ラナーは瞬きもせず、オレの眼を覗き込んでくる。もし俺が訓練されたロリコンだったとしても、震えて夜も眠れなくなりそうな「闇」を纏った瞳だ。

 

「『深淵を覗き込む時、深淵もまた君を覗き込んでいるのだ』……とはニーチェの言葉だったかな」

 

「? 存じ上げあげませんわ」

 ああ、この世界の哲学者じゃないからな……。それでも俺はこの深淵(いもうと)と対峙しなければならない。

 

「……お兄ちゃんだからな」

 

「どうされたのですか?」

 

「俺はさ……オマエの全てを理解できる訳じゃないんだ」

 

「……そうですわね」

 ラナーの顔が無表情になる。

 

「オマエは賢すぎるからな。だから俺は、オマエのことが全部解るだなんて大言は吐かない。でもこれだけは言える。俺はお前のお兄ちゃんだ」

 ラナーは「またか」という顔を正面に戻す。

 

「つまり、俺はオマエの味方だ。いつだって味方だ。俺がオマエを理解しきれない替わりに、オマエが俺を理解しろ」

 

「……え?」

 ラナーが怪訝な顔で俺の顔を覗き込んだ。

 

「この世……現代社会の王族として正しいかどうかなんて分からないし、どうでも良い。俺はオマエのお兄ちゃんだからオマエを守りたいし大切にしたい。幸せになって欲しい。それは俺のワガママだってことは解ってる。それでもそのワガママを通したいというのが俺で、オマエの兄という人間なんだ……ということを理解しろ…してください」

 

「……なるほど」

 ラナーはこれ以上ないくらいに呆れた顔でポカンと口を開け、段々語気が弱りゆく俺の心を時間をかけて想像したあと失笑の見本の様に「フ」とだけ笑って口を歪ませた。

 

そして「そこまでぶん投げられるとは思いませんでした」と愉快そうに言った。

 

「だって俺は、賢さじゃオマエに勝てないし、愛を説けるほど風味豊かでもない」

 

「風味って……」

 小刻みに震えながら俺の魅惑のボディを覗き見したラナーは「良く染みてそうですけど……」と呟き、俯くと床を見ながら不思議声色で「まあ……『人生の素晴らしさを教えよう』とかフザけたことを言われなくて良かったです」と呟いた。

 

「そんな傲慢さは持ち合わせてないさ」

 

「アレでしたら嬉々として言いそうですけど」

 

「おお……もう名前すら……」

 

「ふふ……ゾエが帰って来ましたね」

 

 カツカツカツカツと早足で歩いてくる音が聞こえてくる。

 俺は立ち上がると、ラナーの頬をムニッとつまんで「では帰るよ。またな」と告げた。

 

「ふえ。ふぁたね。おにぃひゃま」

 

 ああ……今日は満点だったな。

 

 バタンと音がして「はぁはぁっ……し、失礼致します!」とメイドが入ってきた。

 

「はぁはぁ。シナノキのハチミツをザナック様の邸より持ってまいりました!」

 

「うん 有難う。これは俺が責任を持って返しておくよ」

 と、パシっとハチミツの瓶を受け取って部屋を後にした。

 

 俺の居なくなった部屋から「──────────っ!!!?」という声になりきらない悲鳴と地団駄が聞こえてきた。

 

 地団駄を踏む人って初めて会ったな……貴重な体験をさせてもらった。玄関のところで、俺が「ありがたや……」と地団駄メイドのゾエに向かって手を合わせだしたので門番がビクッとしたので俺はすかさず「うちの妹は世界一やあ──────!」と宣言し彼の混乱に追い打ちをかけながら帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 








赤原矢一様 白銀神雅魅様 黄金拍車様 タクサン様 so~tak様 ジント・H様 誤字脱字の修正を有難うございます

 yelm01様 お久しぶりです。前作から二年ぶりになりますね またお世話になってしまいました(笑)有難うございます


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泣き虫王子ザナック

 
 すみません。クライムとの出会いが良く解らなくて、かなり捏造入ってます。


 

 

 

 

 

 俺は馬車に揺られながらラナーと街道を進んでいる。最近、領土で起こった地震によって建造物の崩壊などが起こり、慰問として各地、各都市を見舞に訪れているのだ。

 まあ、それでも滅多にない外出にそれなりにワクワクしていたが、ラナーが子供という事もあって王都近郊の小さな町を回った後は父上達はそのまま訪問を続け、俺はラナーの保護者として一緒に王都へと帰ることになった。

 帰り道でラナーと二人で馬車に揺られながら、先程通り過ぎた町に再び訪れつつ走らせていると、窓の外をラナーが怪訝な顔で見ていることに気づいた。

 

「ん? ラナーどうした?」

 

「……お兄様、あの瓦礫ですけど」

 

「危ないから馬車から降りちゃ駄目だぞ」

 

「あの辺りを良く見て下さい」

 ラナーに促され俺は目をこらして良く見てみる。

 

「っ!? ラナー、見ちゃ駄目だ!」

 

 瓦礫の中から子供の手がピョコっと突きだしていたのだ。

 いくらラナーが普通の子供ではないとはいえ、子供の遺体に触れて欲しくはなかった。

 俺が手でラナーの目を塞ごうと顔に触れた瞬間、ラナーが冷たい声で言う。

 

「触らないで下さい。それに違います。良く見て下さい」

 ラナーが俺の耳を掴んでグイッと引っ張って強制的に瓦礫(がれき)の方へ向ける。痛い痛い。

 

「?」

 瓦礫(がれき)の山……その多くは煉瓦(レンガ)で出来ている。教会か何かだったのだろうか……という事はお祈りしているのは敬虔な信徒達であり清貧の中を慎ましく生活していたのかも知れない。今回はまだまだ復興中ではあるが、我々王族が慰問に来ると言うこともあって遺体などは片づけられているようだが……じゃあ?さっきの子供の遺体は?見落とされた?もう一度、瓦礫から飛び出した子供の手を見てみる……ん!?

 

「……さっきと指の形が違う?」

 俺がそう呟くとラナーは「そのようですね」と()まらなそうに呟いた。

 

「生きている……んだよな?」

 

「はい 事故発生から一週間ほど経ちますが、人は意外と頑丈らしいですよ」

 俺は急いで馬車の中で従者と俺たちを隔てていた窓ガラス(これがあったからラナーは平気で話してた)をキコキコとハンドルを回して降ろすと、「馬車を停めろ!」と叫んだ。

 

 馬車はようやく停まり、俺は急いでカーゴのドアノブを捻って、外へ出ようとする。すると周囲を走っていた警備騎兵がわらわらと集まってきて「王子!?いけません!」と口々に叫んでくる。

 

「クッ いや、あそこに瓦礫に埋まった子供が居るんだよ」

 

「はあ、そうですか解りました。後で村の者に伝えておきます」

 

「後で?……今、動けよ!俺たちは何人居るんだよ!復興中で大変な時に俺たちが助けて何が悪いんだ!」

 俺は思わず怒鳴った。温厚で変人なポッチャリ殿下だと俺のことを思っていた騎士達は驚いたようだ。

 

「し、しかし……瓦礫がいつ崩れてくるかも解りませんし……平民の命と殿下の身の安全では、明らかに重きをおかなくてはならないのは後者であります!」

 と、従者が口を出してくる。

 

「いや しかしだな」

 

「ザナック様は余りにも王族としての意識が薄うございます!普段からの別け隔ての意識なくんば、緊急時にて守られる者としての意識が薄くなり、それが大事に繋がるかも知れませんぞ!」

 

 ああ……あの子供の物と思われる手は、まだ動いてくれているだろうか? 市民たちが助けに行くまで頑張ってくれるだろうか?……今も、今までも必死に生きていたのにまだ?

 

 

「……仕方ないですねお兄様は」

 やるせない思いに焦燥感を募らせている俺を横目で見たラナーは、小さなため息とともに俺にだけ聞こえる声で、ぶっきら棒に呟いたかと思った瞬間、突然大きな声で悲鳴を上げた。

 

「キャアアアア!?お兄様!大変!あそこの瓦礫に幼い子供が埋まっているの!?早く、早く助けてあげてえぇぇぇ!」

 振り返るとラナーが「ハイハイ、あとは頑張んなさいよ」とでも言わんばかりに「ふう」とため息をついていつもの無表情に戻った。俺はラナーにニヤリと笑ってサムズアップする。そして慌てふためいたように

 

「おおおー 大変だあー!? ほら!お前たちも来るんだ!騎士ともあろう者が、よもや姫の悲痛な叫びに答えないなんて事があるまいなあ!」と出来うる限りの大声を上げながら馬車から飛び降りて、瓦礫へ向かってズンズンと歩き出す。

 

 警備兵や侍従たちは「は……え?」と一瞬顔を見合わせたあと、その多くが「自分は黄金(ラナー)の警護に付きたい」という感じで俺に続くものは殆んど居なかった。しかし俺が子供の腕が突き出ている瓦礫の山に辿り着いて、片っ端からレンガを取り除くためにポイポイとレンガを放り上げ出すと、ようやく警備兵たちも渋々といった感じで俺に続いた。そして市民も我々の不審な行動に気づくと、ようやく子供の腕に気づいて手伝い始めてくれた。しばらく続けていると木のドアが見えた。位置的に、このドアの下に子供が居るはずだ。そうか……レンガが体の上にドサドサと乗っていたら耐えられないもんな……俺はドアをガバッと持ち上げた。

 ……そこには大人の女性が居た。色んな……色んな所が歪んでしまって、顔や腕もアザだらけで……命の灯火はそこには見当たらなかった。ただ、その女性……は、全身で子供を……少年を庇うようにして亡くなっていた。そして、その少年が母親であろう女性の下から必死に伸ばしていた手が、腕が、俺達が見つけた光だった。このお母さんが必死に、ただ必死に守った命がそこにあった。命の煌きが……子供は眩しくなって何かに気づいたのだろうか、僅かに瞼を開いて母親を見た。見つめていた。じっとじっと見つめていた。俺は……今、二人を離すことをしたくなかった。母親と少年を一緒に抱きかかえて立ち上がった。警備兵が手を差し伸べようと一瞬動いたが、眼で制した。馬車へ連れて行って手当をしなければ……俺には剣の才能が無かった。馬術の才能も無かった。魔法も欠片も無かった。ただ努力だけは延々とした。筋力と体力は人並み以上にあるんだ。……今、この親子を一時(ひととき)も隔てることなく、ここから連れ出せる……俺の今までの努力は、例えこのためだけにあったとしても、何の悔いもなかった。俺の無駄な努力は全て報われた。今、この一瞬の時だけでお釣りがくるほどだ。

 

 抱えたまま歩き続けて馬車についた時、後ろで市民の子供が「王子様……すごく泣いてたよ」と誰かに言っていたのが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 少年の名はクライムといった。母親を墓地に埋め、行き先が無くなった少年を俺は城に連れて帰り、まずは近習として育て、ゆくゆくは警備兵なり騎士なりにしてやれれば良いと考えている。しかし何故かラナーのクライムへの関心が強い。今までだって多くの貴族の子どもたちがラナーの友人にと引っ切り無しに紹介されているはずだが、ラナーはむしろ自分と同じくらいの大きさという共通項があるが故に、理解できない彼、彼女たちを不快に思い、大人と違い打算的な考えが少ない子供達もまた、ラナーを不気味だと感じていたようで、ラナーに友人が出来たという話は聞いたことがなかった。

 

 しかしながらクライム少年はラナーの心を捉えたようだった。

 

 ラナーがクライムと出会ったのは、俺が彼を拾い出した馬車の中だった。

 

 ラナーは母親の遺体を一瞥したあと、その冷たい手を黙って握り続けるクライムを不思議そうな目で見ていた。しばらくしてクライムを俺が預かろうと思うと宣言した時にクライムは「ぼくのような平民が、王子様にお仕えするなんて、無理です」と静かに強く断られた。周囲からも「ふん、良く(わきま)えているではないか」という突慳貪(つっけんどん)な声が上がった。しかし、俺はその時の目に吸い寄せられた。最近、(にご)りきった(ラナー)ばかり見ていたせいか、クライムのどこまでも純粋で透き通った瞳に心が浄化される思いだった。この瞳にはデトックス効果があるのかも知れん。

 

 クライムとラナーの眼は対極の位置にあると言って良いと思う。

 その2つの瞳の出会いが、俺には珍しく強引な手に出を使わせた。

 

「君は俺に恩があるはずだな」と言った。

 クライムは輝く目はそのままに「はい!王子様には返すことの出来ない御恩が!本当に有難うございました」と真っ直ぐに答えた。

 

「うん じゃあ……恩返しにさ、俺の小姓として働いてくれ。ずっとじゃなくて良いし、嫌になったら辞めていいからさ」

「え……いえしかしボクなんて……不器用で、家の手伝いも何ひとつ上手く出来ないんです」と悲しそうに言った。

 

 するとラナーが突然「私の御小姓(そばこしょう)としては駄目でしょうか?」と発言した。

 場は一気に騒然とした。誰もが認める黄金姫(美少女)の小姓など、なんとなく、こー、楽しそうというか……いや、俺はラナー(こやつ)の泥沼の水を吸い上げた竜巻の様な荒々しい闇を知っているので、すごく結構ですが……。

 当然、周囲からは「新入りにラナー様の近習など任せられるか!」「平民が麗しの姫の側仕えだと!ふざけるな!」「オマエにはザナック様がお似合いだ!」「ラナー様の御御足(おみあし)に踏まれたい」「ザナック様で充分だろうが小僧!」

 ……おまえらエ・ランテル送りにするぞ。あと、なんか高レベルな変態が居たな。

 しかし、この騒ぎに乗じるほかはないだろう。

 

「というわけでクライム。俺の近習が嫌ならラナーの近習になりなさい。これからの君の事を考えると一時的でも良いから、その身を預けてくれないと心配でならないんだ」

 

「……本当にお優しすぎるお言葉と御恩に、どうすれば良いのかわかりません。ぼくで宜しければどのようにでもお使い下さい」

 そういうとクライムは土下座をしたまま涙を地面に落とし続けた。

 

「じゃあ、私の所に来る? 助けたのはお兄様だけど、見つけたのは私なのよ?」

 え?とクライムの顔が上がり、ラナーと近距離で眼があう。クライムは命の恩人への慕情の想いを、ラナーは実験動物を見るような好奇心に溢れた眼をお互い交錯させた。俺はそんな二人の出逢いとすれ違いが同時に起きているボーイ・ミーツ・ガールを困ったような顔で見守っていた。

 

 クライムは「出来たらお二人の召使いとしてお仕えしたいのですが、ボクは男ですのでザナック様のお側でお仕えさせて頂いた方が……」と宣言し警備兵の評価を買った。いやいやありがとうクライム。おかげでラナーの膨れっ面(ふくれっつら)という貴重な物を見ることが出来た。

 

「まあ 俺とラナーは仲良しだからな。良くお茶会もするし、ちょくちょく会えるだろうさ」

 

「誰が仲良しなんですか……」というラナーの小声の非難は無視する。

 

「それは……その……嬉しく……思います」

 凄く顔を真赤にしながらシドロモドロになるクライムはとても可愛かった。まさに「ふふふ、()いやつよのう」という奴だ。

 ……なぜだか俺の悪代官ポイントが急にウナギ登りに上がった気がするな。えっそんなポイントあるのか!?

 

(なん)悪代官ポイントで(心が)キレイなラナーと交換出来るのかな……」

 

「え!?」と絶句したクライムが「ラナー様は……とてもお美しいと思いますが」とフォローしてきた。いい子だ。

 

「またこの兄は変なことを言ってる……この兄は……」とラナーは白く濁った眼で見てくる。やめろ。ハイライトの無い眼で俺を見るんじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 









so~tak様  俺YOEE様 誤字脱字修正をありがとうございます


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衆道王子ザナック

 

  

 

 

 

 

 そんな訳でクライムはウチに来たわけだが、まあ実に良い子だった。

 初め、慣れない城での暮らしにオドオドとしていたクライムだが、その真っ直ぐな性格と謙虚でありながらも責任感があるが故に健気な献身は、ある意味、癒し系のマスコット的な扱いを徐々に受け始めている。しかし不器用なところや要領の悪さなどから、残念ながら彼を邪険に扱うものも居たが、俺にとっては、(ラナー)が殺伐としていたのでクライムというピュアな少年の存在は一服の清涼剤となり、クライムを可愛がることで癒やされた。

 おかしいな……ラナーの友人に良いと思ったのに俺の癒しにしてしまっている。

 しかし、ラナーなんかにクライムは勿体無い。あいつ、仕事中が真面目過ぎて、顔が常に強張っているんだ。どんな用事を言いつけても真剣に取り組んでくれる子犬系少年なんだぜ。

 ある日、いつも通りに剣の練習をしていると、俺の姿を見つけた貴族やメイド達が遠くでコソコソとなにか話しながら距離を取ってしまうことに気づいた。

 ……あれ?なんだろう、この避けられてる感じ。

 一緒に剣(刃引きしてある奴)を振り鍛錬に付き合ってくれていたクライムに「なんかさ……俺、避けられてない?」と聞いてみた。クライムは「ザナック様の御威光に近寄り難いのでは?」と真っ直ぐな瞳で答えてくれる。すげえ。この子、媚びるでもお世辞でもなく本気でそう考えてる!

 しかし……残念ながら実際はそうじゃないのは悲しいけど分かっている。執事のウォルコットに聞いても目をそらされる。……メイドに尋ねると意味ありげに「私はアリだと思います!」とか赤い顔で言われた。いや、本当になんなの?

 

 勉強後に疲れた頭を癒やすためにオヤツを摘みに厨房に行く。

 仲良くしている料理長のシャビエル(36歳)に「なにか摘むものなーい?」と聞きながら厨房を物色する。シャビエルは苦笑しながら「またですか? もう二刻もすれば夕食ですのに……そこの腸詰め(ソーセージ)でも食べてて下さいよ」と言われたままに腸詰めをシレッとパンに挟んでマスタードを塗りホットドッグを作り齧り付く。バリッという気持ちのいい音と共に肉汁が口内を弾けて溢れ、マスタードの刺激が鼻を抜ける。くっうう~ うまあうまあ。

 

「ふう……本当にザナック様は美味しそうにお食べになされますねぇ」

 

「いや本当に凄く旨いんだよ!この前の豚肉と香草のハチミツ漬けも美味しかったけど、何この腸詰め!?シャビエルは天才料理人だよね!」

 

「まあ……その、豚肉に鴨肉を合挽きして香草を混ぜ込んだんですがね……気に入ってもらえたようで嬉しいです」

 シャビエルは王子様からの手放しの賛辞にホクホク顔だ。

 

「なるほどなるほどぉ素晴らしい!」

 

「豚肉のレバーも含まれてますから精も付きますよ?駄目ですよクライム坊やを壊しちゃ」

 

「はっはっは 精がつくのか!それは良いな……ん?クライム?クライムがどうしたんだ?」

 

「まだ大人になっていないんですから、その……あんまり激しくすると壊れてしまいますよ」

 

「激しく……あっ剣の鍛錬の話かい?」

 

「え?」

 

「え?」

 

「いえ、ベッドでの鍛錬というか……」

 

「ベッド?」

 

「その……クライムはザナック様の寵童なのでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドン! 俺は珍しくテーブルを強く叩く。テーブルの持ち主は迷惑そうな顔をする。

 

「っていうことがあったんだよ! ラナー!!」

 

「はあ」

 

「俺が! 男色家で! なおかつ少年愛好家で! クライムも自分の愛人にするために拾ってきたって! ひどくない!?」

 

「事実じゃないですか」

 

「事実じゃねえよ!? 事実じゃねえよ!」

 

「2回も……」

 

「オマエあの時居たよね!? むしろ当事者だよね!?」

 

「ええ……私からクライムを奪って強引に自分のものに致しましたものね」

 そう言い捨てるラナーの目は冷え切っていた。あれ?怒ってらっしゃる?

 

「ラナーさん……もしかして御機嫌が麗しくない?」

 

「いえいえ……仲良し兄妹だから良く開かれるはずのお茶会だとか、クライムも頻繁に連れてきてくれるとか……一つとしてお守りになられないからといって、仲の良いお兄様に怒るなんてことは考えられませんわ」と凄く良い笑顔で言われる。

 

 ……そういえば、クライム保護後2ヶ月ほど経つがお茶会はもちろん、クライムをラナーに会わせることも忘れていた。

 

「これというのもクライムが可愛いのが悪いんだ。健気で素直で純粋で……ラナー(おまえ)に無い物を全て持ってるからな」

 

「まあ!?」

 自分が愛でられるのが当然だと、無意識に育ってきたラナーは思わず腰を浮かせて俺を睨む。おお……珍しくラナーさんマジ怒りだ。

 

「失礼いたします」と言いながら紅茶を持って入ってきたメイドが「やはりラナー様(シスコン)からクライム(ショタコン)に乗り換えを……」を呟いていた。待て待て待て待て。乗り換えも何もシスコンのにも乗ってねえよ。

 

「……この紅茶にハチミツを入れたいのだが」

 俺がそう呟くと、一瞬メイドがビクッとした。何だろう。ハチミツに嫌な思い出でもあるのだろうかな?カナ?

 

「しょ、少々お待ちくださいませ!」

 そう言い捨てるやいなや、メイドは一瞬部屋から出ていくとゴロゴロゴロと音を立ててカーゴを押して部屋に帰ってきた。

 カーゴの上には所狭しと色々な種類の蜂蜜の瓶が並べられている。なんだ、ハチミツ大好きっ子じゃないか。

 

「どうぞ!お好きなハチミツをお使い下さい!」

 

「やるなあ、ハニー」

 誰がハニーですか……という嫌そうなメイドの声を聞き流しながら蜂蜜の瓶を物色する。

 

「残念だなハニー。俺はクローバーのハチミツを紅茶に入れたいんだ。あの上品な淡い香りは紅茶に良く合うんだ」

 

「っ!? くっ! 探してきます!」

 あれはなかなかこの辺にはないぞ……遠くから「なんでそんなに蜂蜜に詳しいのよお──!?」という悲鳴が聞こえた。

 

 ラナーと二人きりになった瞬間、ラナーの顔が二段階くらいダラッと緩む。

 

「ラナー、この珍しいハチミツもらって良い?」

 

「好きにお使い下さい」

 

 俺は使ったことのないローズマリーのハチミツの瓶を開けてペロッと舐める。

 

「ローズマリーのハチミツ美味(うま)あ────!?」

 

「あら ローズマリーのハチミツは食されたことがなかったのですか?」

 

「なかったなあ……ローズってことは薔薇か」

 

「ふふ 一般的な薔薇っぽさは無い花ですわ。細長い葉にボテッとした茎が特徴で……まるで誰かさんみたいで、私はそんなに好きではありませんわ」

 

 ……へえ、誰のことなんだろうね。

「ふーん」と興味なさげに鼻を鳴らしながらも、その素晴らしい香りの虜になった俺は、パンに塗っては食べるを繰り返す。その俺の可愛い姿を見ていたラナーは「……だから太るのでは?」と小声で言った。やめて、傷つくんやで……。

 

「お兄様……最近面白いことが解ったのですけど、聞いて頂けますか?」

 

 ラナーはご機嫌で、まるで愉快なお友達のことを話すかのように朗らかに喋りだした。

 

「うんうん、どうしたんだい?ラナー」

 ふふ こういうの兄妹の会話みたいで憧れるなあ。

 みたいというか、実の兄妹だが。

 

「ええ。あのメイドのゾエ、リル、マエリス、クララ、イネス、コリーヌが居るでしょ?」

 

「ああ オマエ付きのメイドな」

 

「そう。彼女たち一人一人に違う嘘の噂話を流してみたのよ。世間話の流れで」

 

「ん……?」

 

「でね、面白いのよ。ゾエ、リルに流した噂は見事に噛み合って一つの物語となって宮廷に流布され始めたのね」

 

「ええ……」

 

「マエリス、クララは個別のままでチラホラ聞こえてきて」

 

「うん……」

 

「イネースに話した話は侍従長から「本当なのですか?」と確認がきたの。つまり、ゾエとリルは他人のふりをしながら裏で結託していて宮廷に力がある人物との繋がり……まあ、バルブロ兄様でしょうね。で、マエリスとクララは……ふふ」

 

「はい」

 

「コリーヌに話した話が誰かから聞こえてくることは無かったわ」

 

「コリーヌ……良い子だ」

 

「彼女、友達が居ないのかしら?」

 

「ちょっと待て」

 

 俺が一瞬夢見たほのぼのタイムを返せ。そしてお前のほうが友達居ないだろうが。

 あと、子供の自由研究の発表にしては刺激的すぎると思うんだ。兄さん。

 

 ん?待てよ?

 

「まさかとは思いますが……ラナーさん。流した噂というのは……」

 

「とある衆道王子の醜聞を少々」

 

「おまえかよ!? いや、おまえかよ!」

 

「なんで言い直したのかしら……」

 

「オマ、オマエのせいでなあ! クライムと散歩してるだけで「お熱いですわね」とか言われ、クライムと買い物に行くと「デートですか!?」と何かハァハァしてる女性に言われ、クライムと大型浴場に入って流し合いっこをすれば他の奴らは気を使って入ってこないわ! みんなの視線が生暖かいというか! ピンク色というか!」

 

「というかお兄様、クライムと一緒に居すぎですわ! 自慢ですか!? 自慢ですね?」

 

 今日のラナーは血圧高いな……。カボチャやナッツ類を食べろよ。

 

「そんなにオマエ、俺に会いたかったのか……あとカボチャとか食べなさい」

 

「違います。クライムを連れてきて下さい。なんなら置いていって下さい……かぼちゃ?」

 

 置いていっての辺りで変態(ラナー)の顔が怪しく歪む。

 

「そんな顔してる奴にウチの可愛いクライムを預けられるか!?」

 

「そんな!? あの子を見つけたのは私ですのに!」

 

「うるへー! クライムは俺のもんだ! 俺が抱き上げ……」

 

 ガチャ 「あの……その、クローバーのハチミツを……」

 

「あ」

「……」

「……」

「……ちゃうねん」

「……」

「……」

「……ほんまちゃうねん」

 

 俺は立ち上がって絶賛誤解中のメイドとの距離を詰める。

 

「ひぃ! 近づかないで下さい!」

 メイドは「失礼いたします! なにか御用があればお呼び下さい!」と告げると、逃げるようにドアから出ていく。

 

「……なっ! ほらな!」

 こうなる訳ですよ! ウガー! と涙ながらにラナーを見る。ラナーは悪い顔をしている。間違いなくワザとだコイツ!

 

「大丈夫です。これからは週一でクライムを連れて遊びに来て下されば、噂など再操作致しますよ?」

 

「くっ 俺の人気と引き換えにクライムを要求するとは……この、ラナー(人でなし)め!」

 

「……なんでしょう。今、ポッチャリした人から侮辱を受けたような。あとお兄様に人気などありません」

 

「おい、それはオマエが想定している以上に、俺の可愛いハートを傷つけているからな」

 

「急に真顔……」

 

「まあ良い。確かに週一でと言っていたのに忘れていたのは俺が悪かったしな。これからは偶に来るからさ」

 

「はい、そうして下さい。私達は仲のいい兄妹なのですから、何も変なことじゃありません。それに……」

 

「それに?」

 

「これで、これからはわざわざ珍しいハチミツを探さなくても大丈夫でしょ?」

 

「……いや それはそれで有り難いけど、噂の完璧な削除をお願いいたします」

 

「一度広がった噂を完璧に消すことなんて無理ですわ。むしろそれを利用しましょう」

 

「利用しているのはオマエで、利用されてるのは彼女達で、被害者は俺なんだが」

 

 あの噂が広がってから、クライムは周囲から少し優しくされるようになったらしい。

 俺を侮っている人には「あんな奴に酷い目に……」と同情され、俺を敬ってくれる人には「王子が申し訳ない……」と親切にされているらしい。

 

 くそー、酷う妹(ひどうと)め! これも初めから計算に入れていたな! 

 クライムに対する虫除けにもなるものな!

 その殺虫剤が強すぎて、ついでに俺の恋愛フラグも漏れなく死んでいくのだが!?

 鬼か!?アイツは! いや、鬼だ!アイツは!

 

 あれから週に一度はお茶会と称するラナーのクライムをイジる会が開かれるようになった。

 そしてラナーは完全にクライムの前では猫を被るようになった。

 『美しく純粋で優しく無邪気な世間知らずのお嬢様』というのが、きっとラナーが考える「クライムが憧憬するお姫様」の姿なのだろう。ラナーはそれをクライムやメイドたちの前で完璧に演じだしたのだ。可愛そうなクライムはラナーをそんなお姫様だと信じて憧れだした。くそう、そんなラナー(幻想)が本当だったらむしろ嬉しいのは俺だよ!

 

 クライムをお茶会に初めて連れて行った時に、このニューバージョンのラナーで初めて出迎えてくれて……

「まあ!?クライム!お久しぶりね!私、意地悪なお兄様のせいでクライムになかなか会えなくて寂しかったの……!」

 と、瞳を潤ませながらクライムの手を自らの両手で包んだ瞬間、真っ赤になって卒倒しそうなクライムと、真っ青になって吐きそうな俺とのコントラストが鮮やかだったからな!?

 しかも「うえー」って気持ち悪くなっている俺の(すね)にトゥーキックを食らわせた後、殺人者の眼で「本当のこと言ったら殺す」って呟いたからな!この酷う妹(ひどうと)ラナーちゃんは!

 

 まあ それでも嬉しかったんだな……俺は。

 

 もっと嫌な気分になるかと思ったんだ。兄として。でも杞憂だった。クライムはラナーの対極に位置するラナーには勿体無いくらいの良い子で、恐らくラナーが仮面を外したって変わらぬ忠義と憧憬と恋情を抱いたままで居てくれるだろう。それは時と共にお互いにジワジワと解っていくハズだ。そして、それまでは俺の前で毒を吐いたりガス抜きをしていてくれれば良い。少なくとも『素敵なお姫様』を演じ続けて、自分が壊れていくような思いをラナーにさせずにすみそうだと、俺は苦労しつつも時間が解決してくれそうな過ぎゆく日々を、優しいだけの時間だと安心していたんだ。

 

 

 ……この頃は。

 

 

 

 

 

 

 

 




 

鶴嘴様 誤字脱字修正を有り難う御座います。


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婚活王子ザナック

 

 

 

 

 最近、俺のあだ名が増えているという話をラナーが嬉しそうに言った。

 『耳無しゴブリン』というのが新しいニックネームらしいと妹が愉快そうに笑っていた。

 ちなみに『耳無しゴブリン』ってのは冒険者がゴブリン狩りで冒険者組合から賞金を貰うための引換券となるのがゴブリンの耳なので、耳のないゴブリンに出会ったら倒し損で無駄な徒労に終わるかららしい……なるほど、うんうん コイツも見つけて死刑な。

 

 

「戦士長? なんだその役職は? クライム、聞いたことがないぞ?」

 ラナーが13歳になった頃、クライムが「剣術の鍛錬をつけてもらいました!」と嬉しそうに報告してきたのだが、俺はそんな役職に覚えがなかった。

 

「はい。新しく創設された『戦士団』という精鋭部隊の隊長のことなんですが」

 

「ん? ああ!武芸大会で優勝したチャンピオンだ!」

 

「はい、その通りです。優勝したガゼフ・ストロノーフさんは本来近衛兵団の隊長などが任じられる予定だったのですが……」

 

「平民の身分であったから貴族派がゴネたんだよな……自分たちの既得権益を守るのに必死な愚物どもめ」

 

「……ザナック様、いけません。その様な発言が誰かの耳に入った場合、どの様に利用されるか解りません!」

 

「うっ、解った。気をつけよう……そうか、それで父上が新しい部隊を創設し、その長を任せた訳だな」

 

「はい」

 

「で、どんな人物だったんだ?ガゼフ戦士長は」

 

「はっ、非常にお強いのは勿論ですが、性格も実直にして至誠の想いが強く、そして私のような才のない者にも優しくして下さる御仁でした!」

 

「そうか……そういう人物が傍に居てくれることは誠に有り難いな」

 

「はい また機会があれば私の鍛錬を手伝って下さると仰っておりました!」

 

「え……良いなあ。王国最強の剣士に教えてもらえるとか。クライム、何とか次は俺も教えてもらえないものかなあ」

 

「はい ガゼフ様とお会いできることがあればお聞きしておきます!」

 

「おやめなさい、クライム。お兄様、第二継承権の王子と王の側近が近づいたとあらば、貴族派からガゼフ戦士長への当たりが更に強くなりましょう」

 

「居たのか、ラナー!?」

 

「ここは私の部屋です」

 

「ははは……」とクライムは苦笑いだ。

 

「元々は剣士として旅に出たり冒険者などもやっていたりした人物なんだっけ?」

 

「はい 身分証のない他国ではワーカーとしても働いていたとか」

 

「ワーカーか……決勝での相手も強かったな」

 

「そうなんですか?」

 

「あ、そうか……俺は父上と一緒に見てたからな」

 

「クライムは私と一緒に居りました」

 

「おい。俺の大事なクライムに何もしてないだろうなあ?」

 

「なっ!? ご、ご冗談が過ぎます!ザナック様!?」

 

 耳まで真っ赤にしたクライムが応えるのを兄妹で楽しむ。

 

「ところでラナー……オマエいくつか父上に色んなアイディアを献策しているようじゃないか」

 

「……誰にお聞きになりましたか?」

 

「えーっと……儀典教範のアルチェル・フォンドールからだったかな」

 

「失礼ですが、どのような口ぶりでお聞きになりましたか?」

 

「ん……まあ国を思う気持ちは素敵ですが女性が(まつりごと)に口を出すのは……みたいな?」

 

「なるほど」

 ラナーは何かを思案するように小さく頷いている。

 

「えっ アルチェル、死ぬの?」

 

「クライムの前で変なことを言わないで下さい。違います。私が父上に献策したのを知っているメンバーが、どのような感情と思惑で情報を伝え広がり、アルチェルに到ったのかによる情報ラインの推測と微調整をしたまでです。ちなみに彼は貴族派ですよ」

 

 なるほど、ラナー、悪い子だな。

 

「そうか……そういう難しい話は賢いオマエに任せるとして……妹よ」

 

「なんでしょうかお兄様」

 

「俺も、もう19歳だしそろそろ婚約者とか決めないといけないんじゃないだろうか?」

 バルブロも15歳でボウロロープ侯の娘と婚約してたしな。なんで俺の相手は決まってないんだ?

 

「ああ、まあ色々あるのですよ。愚物長男が貴族派の首魁と繋がってしまいましたからね。これで単純にバランスを取って次男を王族派と結婚した場合、ゴミ虫長男に何かがあった場合、王宮のバランスが崩れて焦ったボウロロープ侯などが強攻策に出る可能性もあります。何より、お兄様のこの前の……クライムの救出の一件が、美談として広めて……広まっていますので父上の中で『ザナックもなかなか良いな』という迷いが生まれているのやも知れませんね。つまり残念な長男が失態をおかして後継者として相応しくないという声が高まった場合は、次男に継がせる可能性もある。というお考えが芽生えたのでは?と」

 

「そして、次期国王の妻という最重要キーパーソンをギリギリまで取っておきたい……と?」

 

「はい あくまで私の推論ですが」

 

 うそん。前世では叶わなかった『結婚』という憧れのイベントが、こんな形で保留されているとか……。

 

「というか、王様になんてなりたくないのだが」

 

「そうでしょうね。……妹ごときに気遣いを続けておられる様な小さい方に、王様など重荷でしょう」

 

「オ、オマエに気なんて使ってねーし!?」

 

 全く、何を言ってるんだコイツは……。

 

「おい、クライム。何故慈母(じぼ)の微笑みで俺を見るんだ」

 

 俺は、むにむにとクライムのほっぺたを広げる作業をする。

 

 ううむ。王様か……RPGで始めに勇者に棍棒を渡す仕事の人だよな?

 王子として生まれ落ちたけど……王様なんてピンとこないな……父上の姿を見てるとゲンナリすること山のごとしだ。そんな責任は負いたくないのが本音だ。いくらバルブロに不安と不満が溜まろうとも……だ。王が背負う政府と国民の生命と権利と財産。そんな重責は凡人が背負うには重すぎるよ。

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、王宮で行われた貴族が集まっての懇談会に俺も参加した。

 50歳を越えたボウロロープ侯を発見する。戦傷まみれの顔と大きく野太い声がここまで響いてくる。今は流石に軍の先陣を切るような戦い方はしていないが、戦術家としては優秀であり、最近は王の直轄部隊であるガゼフの『戦士団』に対抗して5000の精鋭部隊を作ったと聞いている。意外と子供っぽい面があるのかも知れない。言わずと知れた反王派閥『貴族派』の首魁であり、次期国王であるバルブロの義理の父である。

 将来の王派閥は王になったバルブロとボウロロープに振り回されることになるだろう。……出来れば将来の可哀想な俺をどこかの辺境伯とかにしてくれないかな。

 

「ふむ……ウロヴァーナ辺境伯は王派の筆頭だし堅実で義理堅い。高齢だから娘じゃなくてお孫さんあたりに婿入りさせてくれないかな……」

 

 などと、俺が自身のゼクシィ案件と身を守る在り方に胸を躍らせていると、

 

「ザナック王子。ウロヴァーナ様のお孫さんは30歳くらいで、すでにお子様もおられます」

 と話しかけられて心臓が止まりかけた! びっくりした!

「おお、レエブン侯ではありませんか。これは失礼致しました」

 

 レエブン侯。エリアス・ブラント・デイル・レエブン……だったかな。金髪に鋭い目という外見そのままに切れ者として有名な六大貴族の中でも最大派閥と言っても良い名門貴族だ。まだ三十代だが落ち着きと貫禄は大したもので『武のボウロロープ』『知のレエブン』と言った感じだろうか……まあ、この人も確か貴族派なんだよな……割と王派閥とも仲良くやっているのでイズエルク伯なんかには「奴は信用の成らない『コウモリ』ですぞ!」と不興を買っているようだが……。

 

「ザナック様は、御結婚をなさりたいのですか?」

 

 ん? レエブン侯ともあろう人が俗な話題に食いついたぞ?

 

「ええまあ。割と子供好きなのと、中央政界から遠ざかりたいなあ……と」

 

「子供……良いですよね」レエブン侯の目にキラキラとした光が灯る。

 

 え? この人、こんなキャラだっけ?

 

「いやあ 一昨年ようやくこの年で子供を授かりまして!」

 

「はあ」

 

「男の子なのですが……あっ私はリーたんと呼んでおります!これがまあなんとも可愛らしい!」

 

「ほ、ほう」

 

「もう、私が寝ているリーたんの頬をむにむにとすると、寝ぼけ眼で私の指をギュッとね! こうギュッと!握るわけです。その力の儚げたるや!? その……なんというか! うっ……」

 

 あれ? 泣きだした!?

 

「全てを私に委ねたような存在に……もう私は何と言って良いのか……生まれて初めて、これが『愛』なんだ!と気づかされた訳です!」

 

「あ、はい」

 

「それに二歳にして言葉もかなり喋れまして!」

 

「え、続くの!?」

 

「しかしながら辿々しい感じで……おとーたま……とか!?もう!もう!」

 

「はい」

 

「ですから殿下も是非結婚なされることをお奨め致します。確か……イブル侯爵に良い年の娘さんが居たような」

 

「え、本当ですか?」

 思わず食いついた俺に

「はっはっは。レエブン侯は最近めっきり子煩悩になってなあ」

 

「これはブルムラシュー侯」

 と、俺は一礼する。突然現れたブルムラシュー侯はレエブン侯と同世代で一時期ライバルとされていた人物らしい。穏和な見た目と反して利己的な拝金主義者……というイメージが俺にはある。確か領土内に金山や鉱山を抱えており、かなりの金持ち貴族であるはずだ。

 

「レエブン侯。そんなに自慢の愛息ならば、いっそのこと陛下にお願いして黄金ラナー姫を降嫁してもらえばどうか?10歳以上離れていてもあの美貌と可愛い性格だ。なによりレエブン家にとって良い話じゃないかね?」

 

 その時、レエブン侯の顔が確かに変わった。恐怖の青色。怒りの赤色。複雑な表情はレエブン侯の心の何かを表しているようだ。

 俺は「レエブン侯のお子様はかなり素晴らしい子らしいので、うちのモンスター(悪い子)には勿体ないです」と言い捨ててその場を離れた。

 

 ブルムラシュー侯は「また殿下ったら憎まれ口を」と鼻で笑っていた。

 しかし、そのときのレエブン侯は信じられない物を見たかのような顔で、眼を見開いて俺を見ていた。

 

 

 

 

「そんなことがあったんですか」

 俺は、ラナーに懇談会での出来事をラナーの話を省いて話した。

 今日はいつものクライム参観日だ。しかし……ラナーのところのスイーツはいつも美味いな……。

 

「バルブロはボウロロープ侯に肩を抱かれてへらへらしてたよ」

 

「それはどうでも良いのですが、レエブン侯の思うところは昔とは変化してきているようですね」

 

「レエブン侯? 確かに様子が変だったな……もっと不気味で、才気走った野心家だと思っていたんだけど、まるで完全な親バカみたいだった」

 

「そうですわね……そのお兄様の話を含め、宮廷での噂などを紙縒(こよ)りのように集めて(つむ)いで考察してみますに……正直私には信じ難いことですがレエブン侯は御子様が出来た時より人が変わってしまったようですね。本当に私には良くわからないことなのですが」

 

「そうか……」

 レエブン侯のキラキラとした瞳を思い出す。確かにアレは邪気のない子供が好きすぎるパパの目だった。知らんけど。

 

「かの御仁は元々は王位簒奪を考えていた(ふし)のある野心家だったみたいですけど、二年前から激変して王派閥と貴族派閥のバランスに腐心しながら王国の安定に奔走しているみたいですわね」

 

「え そんなこと解るの?」

 

「はい 宮廷の噂だけでなく、父上やお兄様も色々と情報を下さいますし、総括して推理してみると……という感じですけど」

 

「お前すごいなあ!?」

「本当にラナー様は素晴らしいです!」

 俺とクライムは二人でパチパチパチパチパチパチと惜しみない拍手を送った。ラナーは煩そうだ。

 

「そんな訳でレエブン侯に近づいてみても良いのではないでしょうか? お兄様と同じで王派でも貴族派でもなく、国の安定を苦慮している人ですわ」

 

「えっ ザナック様は王派閥じゃなかったのですか!?」とクライムが驚く。

 

 うん、まあ正直そうなんだよねえ。積極的に王権の強化とか考えている訳でもないし、かと言って貴族派が最近は裏社会とも繋がっているとか耳にしているから好きにさせとくのもなあー、という感じ。国が平和で安定して、程よく民も安心して暮らせて……できれば自分は楽な立場で居たいという消極的な想いが漠然としてあるのは確かだ。前世の記憶も役に立ってないので、効果的に国を立て直す知識も能力も俺にはないだろう。むろん大切に人生を生きるつもりではあるし努力はするが、自分の差配一つで多くの人々を幸せにも不幸にもしてしまうなんて、前世の記憶があるせいでワガママにも成り切れなければ、無責任にもなりきれない。異世界転移もので一般人が突然飛ばされた先で権力者になって多くの人生を握るなんて……俺には無理だ。一応帝王学的なものは学んで権力者側として育てられたにも関わらずだ。育成失敗とか言うな。

 

「確かに(よしみ)は通じておいたほうが良いかもな。彼だけに頑張らせるわけにも行かないしな……俺が何か手助けできることもあるだろうし」

 

「……そうですわね。そうされるのが宜しいかと」

 

 ラナーは深い色の眼で俺を見る。俺の眼を覗き込む。俺の心を見通すかのように。

 

「あー 絶対コイツ何か企んでいるよ……」と、俺が呟くとラナーは急に俺の前でしゃがみ込んでアッパーストレートを撃つかのような体勢を取ると、下から上目遣いで「クライムの前で余計なこというな」と目で語りかけてきた。

 俺も負けじと、眼で「ラナーさん、ゴメンナサイ」と訴えた。

 負けじというか、負けていた。

 クライムはそんな俺たちを見て「さすが御兄妹……眼だけで語り合っておられる!」と感激していた。

 

 クライム……『憧れは、理解から一番遠い感情だ』って昔の偉い人が言ってたぞ……。

 

 俺は久々の怖いラナーに涙目に成りながら、心臓が悲鳴をあげるのを押さえつけていた。こんな恐い上目遣いが世の中にあるという新発見に戸惑っていた。というか知りたくなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 










赤原矢一様 Sheeena様 タクサン様 so~tak様 誤字脱字修正を有難うございます


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事件の勃発

 

 

 

 

 

「そのような不確かな情報で動くことが、そもそも陛下の威信を損なうというのに、更に国宝である装備を着用していくなど!」

 でっぷりと太り年老いたイブル侯爵は唾を飛ばしながら、国境付近で出没する賊の掃討を願い出た『戦士団』の戦士長を激しく糾弾する。この議場に本人は居ないが、議題に載せた陛下をも批判しているように聞こえる。

 

「それの何がいけないのだ? あれは私が戦士長に与えた物であり、彼は国の剣である。彼に危害が及ぶことがないよう国宝の装備をして赴いてもらうべきであろう」

 白髪に白髭……齢60を越えたリ・エスティーゼ王国の国王である、父・ランポッサ三世の擁護は真っ当な物であるように聞こえるが、貴族派の者にとってはそうではないらしい。言外に「平民に国宝を預けた王への無配慮」を責め、そして王が庇えば庇うほど、今度は王派から「御自身が見出した平民への偏愛」が目に付くと思わせるように議論を誘導している。

 

 だが、そもそもはエ・ランテル周辺区域での賊か何者かによる村落への連続襲撃事件への対策が問題なのであり、『戦士団』の派遣と、その軍備についてのみ焦点が当てられて議論されるのはおかしくないだろうか?

 

「父上。発言を御許可頂きたいのですが」

 

「おお ザナックよ。発言を許可しよう」

 

 俺は普段、この様な席では殆ど発言をしない。父上や進行役から意見を尋ねられたときに応える程度だ。そんな珍しい俺の挙手に父が戸惑いながらも発言を促してくれた。

 

「場所が気になりますね。カッツェ平野からエ・ランテル周辺の村が襲われているという話ですが……バハルス帝国とスレイン法国との接地面であります故、ただの賊ではなく、かの国からの威力偵察や挑発行為である可能性も低くはないかと思われます。イブル侯爵はそんな挑発などに乗って国益を損ずることを危惧されているのではないかと」

 

「そ、その通りです! いやあザナック殿下は良く解ってらっしゃる」

 

「今回は魔物ではないためにエ・ランテルの冒険者組合に動いてもらうわけにはいけませんが……エ・ランテルが駄目なら、近隣のエ・ペスペルや、エ・レェブルから兵を出して頂くわけにはいかないのでしょうか?エ・ランテルは重要な都市です。その近隣の村が荒らされるのを手をこまねいて見ていては王政府へ疑念が増えるばかりでしょう。そうなるとただでさえ苦労しているパナソレイ殿が身も細る思いをすることになるでしょう」

 

 議場の貴族達は「ぷひーぷひー」と言いながら汗だくになっている丸々と太ったパナソレイを思い浮かべて「はははは」と笑い声が広がった。

 

「どうでしょうか?もともとあの辺りは、我々が平民に開発を丸投げをしてしまった開拓村たちです。人手が足らない上に危険な区域でもあります。こういう時くらいは王政府として彼らを保護するべく兵を出し、村を要塞化し連絡網を構築致しましょう。そうすれば今回だけでなく永続的に賊や魔物から村を防ぐ手助けになり、村の発展に貢献する事が出来るでしょう」

 

 すると貴族の一人からザナックの発言に疑念の声があがる。

「しかし……ザナック様、平民のためにそこまでしてやる必要がありましょうか?」

 きっと、これは王派、貴族派共通の意見なのだろう。

「なんなら兵士から希望者を募って、期間限定で屯田兵として村の負担にならない人数の兵士を駐屯させてみては如何でしょうか? 兵士には村落の農家の次男三男が多く()りますし、農業は手慣れたものでしょう。彼らに村の周囲に堀をめぐらし、柵を作り、急を報せるための狼煙台(のろしだい)などを設営し、そして賊に襲われたときは籠城しつつ粘り強く戦い、狼煙で周囲の村に駐在する屯田兵に知らせて救援に集合して包囲させれば内と外からの挟撃になりますので撃退するのも可能かと。屯田兵の居る間に村の開拓事業も進むでしょうし、ひいては税金として国家の利益に繋がりますしね。我々にとっては微々たる徴収でも民が受ける恩恵は多いのではない……」

 

「お前は……一体何の話をしているのか!?」

 

「え?」

 俺が話している最中に、急に怒鳴り声が聞こえた。

 

 公衆の面前でどやしつけられるというのは前世を含めて初めての出来事だったので、俺は心底驚いて呆然とした顔で怒鳴った相手──バルブロを見た。

 

「今は緊急事態なのだぞ!何が屯田兵だ!そんな悠長な事を言っていられる訳がないだろう、この愚か者が!」

 

「……いえ、しかし賊の次の襲撃が本当にまだ続くのか、続くとしたら、いつ、どこに来るのかも分からない状況ですし、それならばいつ襲われても大丈夫な状態を作り出しつつ、民にも国にも恩恵がある方法を愚考致したまでですが」

 

「そんな時間はないと言っている!」

 

 ? なんだコイツ? まるで賊とやらが、すぐ来るのを()()()()()みたいなことを言うじゃないか。

 

「ならばすぐに近隣のペスペア侯とレエブン侯に兵を出してもらいましょう。それほど賊の襲撃が近いのでしたら、手弁当で良さそうですので兵站の心配もなさそうですし」

 

「駄目だ。軍隊行動は会戦への呼び水になりかねない。ここは『戦士団』に動いてもらおうではないか」

 

 もちろん『戦士団』は王国最強と言っていい部隊であり、小規模で機動力を活かせば国の損害も少ないうちに賊を追えるだろうし、なにより金がかからない。しかしそれは王派閥の都合でしかない。貴族派(彼ら)の狙いはなんだ?

 

「さよう。ここは『戦士団』の出番かと思います。ただし見た目は軍事行動と思われないように、平服で、そして少人数で動いてもらうべきです」

 

「それに敵地近くでの争いですし、何かの拍子に国宝である装備が敵に渡るのを阻止したいですな」

 

 その時は我が国の宝である戦士が死ぬということじゃないのか? 装備があれば格段に生存率が高くなると思うのだけど。

 こいつらの狙いが分からん……権力を握ろうとする予定の国を弱体化してどうするんだ? バルブロは第一継承者で黙っていても王座が転がってくるのに、王権に揺さぶりをかける必要があるのだろうか?

 

 

 

 結局『戦士団』の派遣が決定された。『戦士長』が望み。陛下がお認めに成り。反王派の妙な横槍はあったが予定通りと云える。ただし戦士長は平服に近い装備しか許されず、剣も国宝レイザーエッジの帯刀は許されなかった。

 会議が終わり、俺はいの一番に議場から外に出て、廊下を歩き出した。先程の俺の発言は頓珍漢な物だったらしく、あの後は一度も意見を求められなかった。

 

「むう恥ずかしい……」

 勇気を出して発言したのに見事にから回ってしまった。

 でも、それでも……俺は遣る瀬無い思いを、床を睨みつけて歩きながら呟く。

「……平民の利益と我々の利益がイコールで繋がっているのが理想の国家なのではないだろうか? 平民が苦労すればするほど、貴族(上に立つ者)が得をするという国家の在り方は絶対に歪みがでてくる。それじゃ、あの世界と一緒だ。そして、その歪みはいつか国の崩壊へと繋がるのでないだろうか?……まあ王政なんてどのみち長続きしないだろうしなーあああっ!?」

 

 顔をあげると目を見開いて驚愕しているガゼフ戦士長が俺を凝視して立っていた。

 そうか!戦士長の身分では今日の貴族会議への参加はおろか、出席も認められてはいない。しかし、市井の出である彼が、無辜なる民を助けたいという思いから父上に出撃を願い出たという話は聞いている。恐らく会議の行方をやきもきしながら議場の外──廊下をウロウロとしていたのだろう。そこをブツブツと物騒なことを言いながら王子が歩いてきた訳だ……そりゃ驚くよね。

 

「えーと……聞こえた?」

 

 ガゼフはしどろもどろという言葉を全身で表現しつつ、「う、あ、そ、その……あの」と言葉を喉から出すことに失敗していた。

 

 あーうん、聞いてたね。よしよしうんうん。反応がさあ……。

 

「ふう────」

 俺は大きく息を吐く。

 

「ザナック様?」

 

「おや? ガゼフ戦士長じゃないかっ!? いつも俺のクライムがお世話になっております!」

 

 突然の俺のセールスマンの様な口調による仕切り直しに「えっ」と一瞬戸惑ったあと彼は武人らしい立て直しを見せてくれた。

 

「いえっとんでもありません!彼の手ほどきは趣味でやらせて頂いているだけです。あの様な若者の成長を手助けることほど楽しいことはありませんからな」

 

「ああ……クライムは可愛いからな。解るよ」

 

「……やはり噂は」

 

「ん 何か言った?」

 

「いえ、ザナック様にこのようなことをお尋ねして申し訳ないのですが、エ・ランテル周辺区域への出兵の件はどうなりましたでしょうか」

 

「それは君たち『戦士団』に任せることになったよ。後に正式な辞令があるだろう」

 

「はっ望むところであります!」

 

「しかし、残念ながら装備も兵士数も充分な状態で赴かせてはあげられないようだ。父も頑張ったんだが……申し訳なく思う」

 

「いいえ大丈夫です!そういうのは慣れておりますのでね」

 そういうとガゼフは自信有り気に微笑んだ。やだ。いい男。

 

「おお……ガゼフか……」

 振り返ると父上が侍従とともに廊下に出てきた。ガゼフは「では失礼いたします」と俺に敬礼をすると父上の方へと歩いていった。

 

 俺は城の廊下を歩き続けて、途中のバルコニーに出ると、外の空気を大きく吸い込む。本当にこの世界の空気は美味い。タダで良いなんて、すごい贅沢だよなあ……。

 

「おい、ザナック。貴様の、先程の会議での発言は何なのだ?」

 

 突然、聞きたくない声がすぐ近くで聞こえた。半身で振り返ると我が兄バルブロが苛ついた顔で俺に詰め寄ってきた。図体がデカイのでなかなかの迫力だ。

 

「貴様、どうもラナーと仲良くしてるらしいな? 二人でコソコソと悪巧みでもしているのではないか? ん?」

 

 ラナーと仲が良い……なんて怖いことを言うんだ。この兄は。

 

「なんだその妹好き(シスコン)と、あの悪魔(いもうと)と仲が良いという恐ろしいパワーワードは?」

 

 次に会うのは法廷になるぞ?

 

「なにを意味の解らぬこと言っているのだ? 見てくれは良いけどあんなお人形さんみたいな奴と、良く仲良くやれるな? 変人同士気があうのだろうな」

 

「ラナーは良い子……ではないな。まあ可愛い……くもないな。でも人形なんかじゃないぞ?兄上。むしろ色々と脳内がグルングルンに回転している面白い奴なんだ」

 

「ふん、さっきのお前の小賢しい献策もラナーの押し売りなのだろう?」

 

 それを言うなら「受け売り」だ。

 しかしラナーが押し売りか……あながち間違ってはいないな。あいつにいつも俺の寿命や良心と引き換えに何かを売りつけられている気がする。

 

 ……それ悪魔じゃん。

 

「いや、俺の思いつきだよ。悪……ラナーならもっと良い案を出すさ」

 

 あと人道的に酷い案も出すな。何処かの村に餌を用意して敵を誘き寄せ、村人を蹂躙しだしてから村ごと燃やすとか。

 

「ハ!第二王子はお優しいことだな!良いか? 第三王女なんてのは政治外交の体の良い道具でしかないことを忘れるな。かと言って姫様だから下手な貴族とかに嫁がせるのも難しい。まあボウロロープ侯の息子の正室にでも早めに出してやるのが良いだろう。王家とボウロロープ家が強く結ばれるのは良いことだからな」

 

「まてよ、ボウロロープ侯の所は兄上の姻戚なので口幅ったいが、あそこの息子さんは不器量で有名じゃないか!?兄上はラナーの兄なんだから、もう少し妹のことを考えてあげてく……っ!?ぐふぅ」

 

「ザナック。先程から口答えばかりだな?次期国王の前で?」

 

 突然バルブロに殴られた。くそう。体力だけはあるからな……コイツ。

 

「お前達が陰で俺のことをバカにしていることを知らないとでも思っているのか!」

 

「げふっ」

 

 倒れた俺を、バルブロは重ねて蹴り上げる。

 

「残念ながら父上はもう耄碌(もうろく)されている。俺が兵権を握ったら大貴族と共に国を大きくしてみせよう」

 

 そう言い捨てたバルブロは俺を最後にもう一度おまけの様に蹴って去って行った。

 

「あー痛え。……『鍛えといて良かったシリーズ』に、こんなのが加わるとはな」

 俺はスックと立ち上がると、服についた汚れをパンパンと払って、颯爽とザナックハウスへと立ち去った。せめてもの強がりだ。まあ、門の所で俺を待つ従者に「背中に足跡が……」と言われてしまうのだが。

 

 

 

 

 

 

 







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少年愛(ショタコン)王子ザナック

 

 

 

「さあ……クライム。脱いでくれ」

 俺は期待に満ちた目でクライムの体を見つめる。

 

「はい……ザナック様の御意志なれば」

 クライムの表情からは緊張と恥じらいが感じられる。

 続けて服の擦れる音が微かに聞こえる。

 

「……触っても……良いか?」

「は、はい」

 俺とクライムの仲でも、こういう機会は余り無い。

 

「ふふ……凄いな」

 俺は指先をクライムの肌に這わせる。

 

「っ……く、くすぐったいです……ザナック様」

 

 ……はあはあはあはあ。

 

「おおう 流石クライム。こんなに成っているとはなあ」

 

「ザナック様……恥ずかしゅう御座います……」

 

 ……フーフーフーフーフー。

 

 そういって顔を羞恥に染めるクライムを俺は可愛いと思ってしまった。

 

 っていうか、

 

「そのドアの隙間から覗いているのは誰だ!」

 

 そう言って隙間の空いたドアを一気に開けると、ラナーが「はあはあはあはあっ」と荒い息を立てながら凄い顔をして鼻血を出していた。

 

 ……なんて顔をしてるんだ、ウチの黄金は……黄金なのか?

 

「ラ、ラナー様!?」

 

 恥ずかしそうに叫んだクライムは、俺に見せてくれていた鍛え上げられた腹筋を隠すために、シャツを一気に下ろすと向こうを向いてボタンを填め始めた。

 

 残念な妹を見ると「尊い……」と言いながら何かメモを取っていた。

 

「どうしたんだ?残念な妹(ラナー)。こっちに来るとは珍しいじゃないか」

 

「ふうふうふう……。 これはお兄様。奇遇ですね」

 

「え!ここ、俺の部屋なんだけど!?」

 

「二人が私を置いて男同士で結ばれる……なんでしょう。この(ウロ)のような、心が腐り落ちていく感情は………ふふ……くふふ」

 

 やめろ。なんだその業の深い眼は。

 

「なんだろう。こいつ、もう手遅れなんじゃないかな……」

 

「いけません……ザナック様」

 クライムは哀しみに溢れた眼で俺の肩を掴む。

 

「で、どうしたんだラナー?」

 

 鼻血を拭き終えたラナーは、歪んだ顔をクライムに見せないようにしながらムニムニと自分で顔の皮膚を弄ってクライム達の前用の『輝ける黄金の姫』モードへと移行する。毎回思うが本当に器用だなコイツ。

 

「どうしたのではありません。お兄様、その顔の傷は何ですか?……バルブロお兄様とケンカを為されたとお聞きしましたが本当なのですか?」

 ラナーは耳が早いな……まあ、ケンカというか一方的に殴り倒されたんだけどな。そう言うと直情的なところもあるクライムが憤ってバルブロを襲うかも知れんから、一応「兄弟ケンカをしただけだ」と言ってある。鬼のような鍛錬を続けるクライムは、すでにバルブロよりも強い。

 

「いや、あの馬鹿なんだけどさ」

 

「はい。バルブロ兄様がどうされたのですか?」

 

「……いや、あの知性と教養を全て母親の体に忘れて生まれてきた残念すぎる奴の事なんだけどさ」

 

「はい。バルブロ兄様がどうされたのですか?」

 

「よし、うん……バルブロが俺とオマエが仲が良いのを妬いているのか、自分が王になったらとっととオマエをボウロロープの息子の跡継ぎあたりに嫁に出すとかって言ってたので文句言ったら殴られた」

 

「……へえ。オフザケが過ぎるようですわね」

 

「だろ? 全くあの馬鹿兄貴は」

 

「私がお兄様と仲が良いとか本当に勘弁していただきたいものです」

 

「えっそこ!? やべえなんか泣きそう……」

 

「まあ王族の婚姻なんてそんなものでしょうが、それでも……ですね」

 

「すまんな。俺に力があったら、オマエとクライムを何とかくっつけてあげたいんだけどな」

 

「そっそんな!? 畏れ多いことで御座います!」

 と、突然話を振られたクライムが顔を真っ赤にして首を振る。

 

「まあ、どこへ嫁いだとしても、近習(きんじゅう)として連れて行って飼うことくらいは可能ですから」

 

「あれ? 今、クライムをペットみたいに言った?」

 

「言ってません」

 

「むしろオマエが禽獣(きんじゅう)だよ……」

 

「お兄様ったら……うふふ」

 痛い痛い痛い。クライムから絶妙に見えない角度で足を踏むな。

 

「ところでラナー。少し気になることがあるんだが」

 

 俺は会議でのあらましをラナーに聞いてもらった。色んな選択肢の中で『戦士団』の派遣に妙に貴族派が拘っていたこと。不自然な装備への注文。彼ら賊は何者なのか?

 

 

 

「そうですね……何処かの村に餌を用意して敵を誘き寄せ、村人を蹂躙しだしたら村ごと燃やせば済む話です」

「一字一句ぅ!?」

「はい?」

「いや……さすがラナーさんは鬼だなと」

「冗談です。そんな穴だらけの作戦が上手く行く訳ないじゃありませんか」

 

 冗談なのは、きっと村人ごと皆殺しのことじゃないんだろうな……。

 

「ええっとだなあ……そもそもただの賊なのか? 執拗に村を燃やしているところなど、妙な箇所がいくつかあるんだ。足跡(そくせき)を辿るとバハルス帝国からの侵略者にも見えないか? 次の会戦でガゼフ戦士長を警戒した帝国の罠だとは考えられないだろうか?」

 

「そうですわね……賊ではないのではないでしょうか。お兄様。思い出せる範囲で誰が、どう発言したのかを教えて下さいますか?」

 

「あ、ああ」

 

 俺は思い出せる限り一から話した。

 一通り聞き終えたラナーは「はあ」とため息混じりにつまらなさそうな顔をした。

「リステニア政務官はブルムラシュー侯の犬です。そしてブルムラシュー侯はバハルス帝国と繋がって居るわけですが、バハルス帝国側の利益を考えれば、彼のこの発言はおかしいですね。むしろスレイン法国が絡んでいるのではないでしょうか」

 

「えっえっ、ちょっと待って……ああ、うん、ごめん続けてくれ」

 俺が話の腰を折った瞬間ラナーさんが面倒臭そうな顔を見せた。ここは先を進めてもらおう。ブルムラシュー侯がバハルスに通じていると云うショッキングな発言は大いに気になるが。

 

「貴族派の多数はスレイン法国と繋がっております。スレイン法国は大国であり、かの国を後ろ盾にしたい貴族派にとっては当然のことでしょう」

 

「法国のメリットは?あそこは特殊な国で俗な理由では動かないと思うのだが」

 ええ……その話も気になること山のごとしなのだが、俺はラナーのやる気を削がないように話を流す。

 

「はい。法国は六大神が作った国で、ある一方において未だに行動理念が昔と変わっておりません。それは『人類の守護者たらん』というものです。少なくとも表向きには。しかし今は『人類悪の除去』という名目で、異形種などに対しての迫害だけではなく、人類を滅亡へと導く可能性がある物に対しても陰で動いている節があります。彼らからすればリ・エスティーゼ王国とは腐敗の進んだ『人類の病巣』の様な存在でしょう。ここでガゼフという王の切り札を殺せば、貴族派の台頭に繋がりますし、そうなれば均衡が崩れ、王国の崩壊の手助けになります」

 

 俺は呆然とラナーを見た。そんな剣呑な状況なのか!?

 

「貴族派にとっては王の切り札が死んで万々歳という訳です。自分たちが王の代わりに指導者の立場になりたいだけでしょうし、スレイン法国は麻薬の蔓延しつつある王国を見捨てつつあり、スレイン法国に巨大な借りのある新政府が出来れば、これから色々と自分たちの動きが楽になるでしょうしね」

 

 黒粉とか黒薬という麻薬が裏社会に広まっているとは聞いていたが、そんなに酷い状態なのか……貴族の間では縁がないせいか実感していなかったな。くそっ。

 

「……今からレエブン侯に兵を出すように頼めないだろうか」

 

「朝議で決まったことを無視して勝手に大貴族に兵を出されるように指示する……ペスペア侯など王位第三、第四継承者達の喜ぶ顔が浮かびますね」

 

「下手すりゃ反逆罪に問われるか……せめてガゼフに助言だけでも」

 

「ガゼフ戦士長と戦士団は、もう昨日出立されました……」

 クライムが苦しい顔で俺に報告する。

 

「くそっ、スレイン法国の罠の可能性が高いということは、ガゼフを待ち伏せているのはスレイン法国の兵ということになるな」

 

「はい あそこは恐ろしく強い特殊部隊をいくつも抱えておりますので、そのどれかが出てくると厳しいでしょうね」

 

「それでも、ガゼフ様は経験豊かな歴戦の戦士であり、近隣国最強の剣士であります! 何とか無事にお帰り下さるはずです」

 クライムは悲壮な顔で哀しげに訴えた。ラナーは「そうね……クライム。共に祈りましょう」とか言ってクライムの手を取った。いやオマエ、戦士長のことなんて微塵も思ってないだろ。なに自然にクライムと手を繋いで、見えない角度で「でへへ」とダラしない顔をしているんだよ。

 

 はあ……スレイン法国の特殊部隊が関わってるならマジックキャスターとか居るだろうし、俺の案が採用されたとしたら、村ごと焼かれただろうな……。危なかった。

 

「クライムには申し訳ないが、戦士長が駄目だったときのことを考えないとな……」

 俺はガゼフという好感の持てる人物の顔が頭に浮かび、思わず手を握りしめてしまう。ああいう人は失くしたくないのに……。

 

 

 

 

 

 

 しかし、その心配は無駄になった。良い方向で。

 

 一週間ほどして、戦士団の数は大幅に減らしたものの、ガゼフ戦士長は無事に任務をやり遂げて帰ってきたのだ。その彼の御前報告には参加出来なかったが、戦士長の無事を純粋に案じていたクライムを連れて戦士団の宿舎の方に会いに行ってみた。

 

 

「これはザナック殿下!? こんな汚いところへわざわざお越しに成られてどうされたのですか?」

 ガゼフは逞しい体に肌着を着ていただけだったので、俺への失礼になるかと考えたらしく「ちょっと制服を取りに部屋を出てもよろしいでしょうか……」と小声で尋ねてきた。

 

「戦士長……そういう儀礼的な物は無視してくれて良い。俺にとってアナタは父を守る守護神であり、国が誇る切り札なんだ。畏敬の念を抱いている相手に自分がたまたま王子という身分に生まれたというだけで、ことさらに儀礼を重んじ、しゃちほこばられても身の縮む思いだ。友人のように……とまで言うと、寧ろ無理強いになるから、せめてもう少しだけ胸襟を開いて付き合わせて欲しい」

 戦士長は、「これは……過分な評価を……」と言いながら俺の言葉の真意を測るかのように戸惑っていた。しかしクライムの表情をチラッと確認して、俺がどのような人間かを判断しおえたのか、安心したように「解りました。では私のことはガゼフとお呼び下さい」と言ってくれた。

 

「ではガゼフと遠慮無く呼ばせてもらう。俺のこともザナックで良い。さて、この度は任務遂行、誠に悦気(えっき)に堪えない。万全の装備と人員で送り出せなかったのは俺と父上の不徳の致すところだ。御前報告との二度手間になって申し訳ないが、結局相手は何者だったのか教えてくれないか?」

 

「……恐らく国家機密になると思うのですが、第二王子であるザナック様ならば、遅かれ早かれ知ることになる情報だと判断してお答えさせて頂きます。本来クライム君は下がってもらった方が宜しいのですが、ザナック様が後にクライム君に漏らされるのであれば一緒ですしね」そう言うとガゼフは髭の中の口を歪ませて男臭く、ニッと笑う。

 

「ああ、頼む」小気味の良い返答で助かるな。

 

「各地を賊が襲い回り、なかなか我々が行った先ではすでに襲われた後ばかりという体たらくでした。ようやくカルネ村にて賊に追いついたのですが、そこにはすでに賊を撃退してくれた凄腕のマジックキャスターが居ました。賊の着ていた鎧はバハルス帝国の物でしたが、どうやら中身はスレイン法国の者だったらしく、カルネ村の外でスレイン法国の『陽光聖典』という特殊部隊が私を待ち伏せていました」

 

 やはりラナーの推理通りスレイン法国の手の者だったのか!?

 

「彼らは召還魔法の術者の集まりであり、残念ながら戦士団は壊滅状態に陥りました……が、カルネ村を救ったマジックキャスターが私どもを救って下さり『陽光聖典』を撃退して下さったのです。ですが、その時すでに私は安全区域に転移させられた上に意識不明の状態だったので、どのような戦いがあったのかは測り知れません」

 

「そうか……無事で何よりだが……スレイン法国の特殊部隊を撥ねのけるとは、凄いマジックキャスターが居たものだな」

 

 王国(うち)に来てくれないかな……。

 

「その方を王国で傭うとか出来ないかなあ」

 

「難しいでしょう。実は勝手ながら我が国に勧誘をさせて頂いたのですが、ゴウン殿に素気(すげ)なく断られましたので」

 

「そうか……残念だな。……ゴウン殿?」

 

「はい 彼の御仁は名前を『アインズ・ウール・ゴウン』であると名乗られましたので」

 

 

 ……アインズ・ウール・ゴウン。

 

 

 ……アインズ・ウール・ゴウン……アインズ・ウール・ゴウン……だと?

 

 

 そんな馬鹿な、そんな馬鹿な!?そんな馬鹿な!!

 

 

 アインズ・ウール・ゴウン……を俺は知っている。

 

 

 当時、不思議な名前だと思って、名前の意味を検索して調べた思い出がある。

 名前に法則性はなく、創設時は、違う意味のある名前だったのを、後にドイツ語やオーストラリアの標語などを組み合わせて作られた名前だと後で知った。

 

 そう、つまり「偶然」とか「たまたま同じ名前」だとかは、ありえない名前のハズなんだ!

 

 何故、この世界で突然その名前が出てくる……っ!?

 

 

 

  

 

 

 『アインズ・ウール・ゴウン』

 

 

 ……それは、かつての俺が『ユグドラシル』の中で、1500人の仲間と共に攻め込んだ事もある有名なDQNギルドの名前だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 











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アインズ・ウール・ゴウン

 流石に捏造オンパレードじゃないとユグドラシルのシーンはどうしようもないですよね?


 

  

 

 

 

 

 

 

 

 転がっている石を見つめる。

 大きめの石を蹴ってみると、「コツン」と音を立て美しいモーションで10メートルほど飛んでいく。

 もっと小さな石を見つける。

 慎重に足の位置を確かめて蹴り上げる。

 しかし、石は足先に当たることもなく、転がることもなくそこに在り続ける。

 いや、正確にはそこに石がある訳ではない。あくまでCGとしての存在だ。

 

「この石の大きさからは判定が無いのか……」

 時間潰しに、そんなことを今更確かめた俺は満足そうに顔を上げる。

 いつもと同じ曇り空、雲の形もいつも通りだ。

 

『DMMO-RPG Yggdrasil(ユグドラシル)

 2126年から配信されたこのゲームに数年遅れで参加した俺は、その自由度の高すぎる世界観と美麗なCGにドップリとハマり込み、今では毎日6時間はやり続けるヘビーユーザーと化していた。

 「タンクと僧侶は引く手あまた」という格言通りに、大盾を担いで様々なクエに参加してきたが、今日は特別な日だ。

 ガヤガヤと周囲の話し声が聞こえてくる。

 大勢が集まる広場で、派手な鎧を着込んだヒューマンがパタパタと手を振る。

 

「はーい!注目ー!タンクさんたちも全員集合してくれましたかあー?」

「大丈夫デース」

「B班全員揃いました」

「C班も全員居ますよー」

「クラン『浪速魂・盾夫一筋』揃いました」

「クラン『ガードルシールド』もそろってまーす」

 

 次々と俺と同じ最前線を維持するタンク野郎共が野良、チーム関係なく集まっている。タンクだけで100人を越えるだろう。

 

「では、ギルド・アインズ・ウール・ゴウンの現在で解っているトラップなどについてレクチャーさせて頂きます。私、『5ちゃんねる連合』の『十 名犬モーザ・ドゥーヴ 十』と申します」

 

「よろ」「よろしう」「よろ」「よろ」「よろ」「よろ」「ヨロ」「よろ」「よろ」「よろ」「よろshik」「よろ」「yoro」「よろ」「よろ」「yoろ」「よろ」「よろ」

 

 「よろしく」の文字が画面中に乱立する。ええい鬱陶しい。

 

「えーっと、ナザリック攻略非公式WiKiは確認しておいてくれましたか?」

 

 元々はレイドボスが居たダンジョンである「ナザリック」を根城とするギルド・アインズ・ウール・ゴウンを、このゲームをやり込んでいる者で知らない者は居ないだろう。

 たった41人で世界ギルドランク9位に上り詰めた『悪』を標榜するドキュンギルド。

 41人で世界ランク9位がどれだけ異常かというと、例えば今日は個人でしか参加していないが、『2ch連合』なんかは3000人が所属しているのだ。正直憧れのギルドの一つなのだけど、彼らはPK、PKKをやるので、その辺りが自分とは趣味が違ったし、何より入会のための条件として「異形種であること」「社会人であること」という戒律があるという噂を聞いたことがある。俺は開始当時は学生であり、更に人間種でキャラメイクをしていた。このゲームでは1アカウントで1キャラクターしか作成出来なかったので諦めるほか無かったんだ。

 

 そんなユグドラシルでの冒険の日々で『アインズ・ウール・ゴウンの拠点に大兵団を組んで乗り込もうぜ!』というプレイヤー作成イベントが提示版に貼り付けられていた。アインズ・ウール・ゴウンの拠点、ナザリックは元々ボスキャラが居たダンジョンだが、今はそこを拠点とした彼らが手を入れまくって凄まじく進化し、運営が用意したボスのダンジョンよりも踏破が困難であるという噂が流れており、チームやクランどころか、五大最悪事件に怒りを覚えているギルドが総員で攻めても落とせなかったのだ。

 あのギルドには剣職世界最強の称号「ワールドチャンピオン」である「たっち・みー」という剣鬼が居る。そしてワールドディザスターの「ウルベルト」、何よりも有名なのは『公式未公認ラスボス』という異名を持つギルドマスターの「モモンガ」。この3人はその界隈では有名人であり、いつかは会ってみたいと思っていたので俺もこのイベントに喜んで参加したのだ。

 

「それで、1階から3階の間に出てくる階層ボスキャラNPCが吸血鬼のシャルティア・ブラッドフォールンですね。あのー昔前のイベントの時のレイドボスだったので、すでに戦った事がある人も居るでしょう」

「あー あのヤツメウナギみたいな口の……トラウマだわー」

「うえー」

「WiKiを読んでおいて下さいね。今はとても可愛いロリ吸血鬼に改造されておりまーす」

「おおー!」

「知ってるー! アインズ・ウール・ゴウンのファンサイトに貼られてた! AOG(あそこ)はNPCが凝っていて凄い完成度だからさあ。メンバーの中にプロの人とかも居て課金テクスチャーも使いまくっているからな、ちょっと他とはNPCのレベルが違うぜ」

「シャルちゃんファンは結構居るぞー!」

「むしろシャルちゃんに会いたいから参加したまである!」

「下層に美人メイドグループが居るという噂を聞いたことがある」

「マジか!?」

「ちなみにシャルティアは、プレイヤーが作成したNPCの中で世界最強という噂もありまーす。侮らないように」

「ええ……こええ」

「作成者が課金しまくってガチビルド構成ですし、高位装備と高位アイテムの塊だそうでーす」

「作成者って、あのバードマンだろ?」

「こんなのが全開で暴れたら早々に脱落者が出るだろうな……」 

 

 バードマンって『爆撃の翼王』ペロロンチーノのことだな……。

 と、攻略wikiを読み込んでいる俺は脳内で補足する。

 

 

 こんな感じで主催者のレクチャーが2階層、3階層と探索が進んでいる範囲で確認されているトラップの説明などを終え、1500人の寄せ集めは「打倒アインズ・ウール・ゴウン!」という少し軽いノリで侵攻を始めた。

 

 三階層で出現したシャルティア・ブラッドフォールンに黄色い歓声が飛ぶ中、必死で盾を振りかざし「攻撃しろこのヤロー!」とアタッカーに罵声を飛ばし、第四階層では湖の中からザパァーと現れた巨大ゴーレムに歓声があがり、第五階層で氷の魔神を数の暴力で倒し、第六階層でダークエルフの姉弟に男女双方のプレイヤーから「お持ち帰りしたい~!」との合唱が成り響いた。

 

 ……そして遂に、今までアインズ・ウール・ゴウンのギルメン以外は誰も足を踏み入れてないであろう8階層に突入した。

 1500人の勇士は1000人弱にまで減っていた。

 ……てゆーかなんなの?あのひどいトラップの数々は!?

 絶対に通らないといけない毒沼が延々と続いたり、転移系トラップがやたら多くて、プレイヤーの強さとかとは別の所で撃退されていくのだが……運ゲーかよ……。

 

 7階の最高位悪魔(アーチデヴィル)のデミウルゴスはスキルの炎の壁(ゲヘナ)で各個分断しつつ、3匹の魔将を盾に遠距離範囲魔法でジワジワと削ってくるし……もう!もうっ!嫌がらせが多いわあ……このダンジョン。俺の周りの人々も心が折れ始めているようだ。

 しかし次は8階。全部で10階だと聞いているからな……あと少しだ。

 1000人近くいるから何とか踏破したい。そして、10階で待つであろう彼らに会ってみたかった。

 

 ……しかし、8階に降り立ち、侵入を続けていた我々を広場で待ち受けていたのは、まさかのアインズ・ウール・ゴウンのメンバー達だった。

 

 

 彼らの真ん中に陣取っていた豪奢なローブとオドロオドロしいスタッフを持ったエルダーリッチが、ずずいと一歩前に出ると高らかに宣言をした。

 「ふっふっふっ……よくぞここまで参ったな人間共よ! ここからは我々が相手になろうではないか!」

 

 おおおー!あれはAOGのギルマスのモモンガさん!? すごい!本物だ!

 そして、ちゃんと魔王のロールプレイをしていてくれている!?

 

 なんてサービス精神の高い人達なんだ……とてもあの糞トラップを設置していた人達と同一人物とは思えない。

 同行した仲間達も同じ思いでクライマックスを演出してくれているAOGの人達への賛辞の空気で溢れた。

 

「よおーし! いくぞおー! もの共おー! タンクは壁を作りつつ距離を詰めよ!魔法部隊は高位魔法を準備!」

 

 そんな指揮官役の掛け声に盛り上がりの頂点に達していた俺たちは「うおおおー!」と雄叫びを上げた。

 

 そのとき、タンクとして最前列に居た俺にはアインズ・ウール・ゴウンの中で一人のメンバーがピンク色の小型モンスターをギルマスのモモンガに手渡していたのが見えた。

 そして彼が腕の中を俺たちに生贄のように差し出し、誰かがシールドバッシュでピンク色の小型モンスターに攻撃を加えた瞬間……最前列に居た俺の視界はブラックアウトした。

 ただ周りの悲鳴はヘッドフォンから漏れ聞こえた。

「うわあ!?強力なスタンだ!」

「極悪デバフが広がっているぞ!?」

「なんだあの発光する飛行体は!?」

「エナジードレイン!?助けてくれ!俺のキャラがエナジードレインを起こしている!」

「ぎゃあ! 彼奴ら斬りかかってきたぞ!くそっ動けねえー!ずりぃー!」

「ギルメンだけじゃねえ!なんか居るぞ!?」

「やべえ! あっちの広範囲の超位魔法が……駄目だ!対魔法抵抗が殆ど0にまで下げられちまってる!まともに喰らったら死ぬぞ!」

「転移魔法が発動しない!?逃げられない!?」

「ぐわぁー!もう駄目だ!主催者の提案どおりにセカンドウェポンで来るべきだった……この装備をこんなところにドロップしたくなかった!」

 

 阿鼻叫喚である。

 

 暫くの間、彼らによる蹂躙が行われ、侵入者は全員残らず彼らに撃退された。

 多くの装備品をドロップしてしまい彼らに没収されて酷い目にあった侵入者は多い。俺の愛盾も復活したときには失くなっていた……。

「あれはチートじゃないのか!?」と怒りの収まらぬ人達が運営にメール爆弾を投下したが「仕様です」の一言で撃沈した。

 

 これが俺が知るユグドラシルというゲーム内でのアインズ・ウール・ゴウンだ。

 

 どうして、その名前がこの世界に? 

 特殊な名前ゆえに偶然一緒というのは考えられない。

 

 俺はココに生まれ変わりとして居るんじゃなかったのか?

 何故、アインズ・ウール・ゴウンの関係者か、もしくはゲームをやっている人がいるんだ? 彼もまた前の世界を退場して、ここに産み落とされたのだろうか?

 

 カルネ村でアインズ・ウール・ゴウンと名乗ったマジックキャスターはユグドラシル関係者であることは間違いないだろう。確率的に一番高いのは俺と同じように、前世をあの世界で過ごして、こちらに転生した人物が昔の記憶の中からユグドラシルの中で有名だった『アインズ・ウール・ゴウン』という名前を取ったというものだろう。カルネ村とガゼフを救ってくれたという事はまともな人である可能性は高い!

 もちろん本当にアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーかも知れないが。どちらにせよ、前世を同じくする仲間だ。会いたい。会ってみたい。

 

 

 

「ガゼフ戦士長!そのアインズ・ウール・ゴウンと名乗る人物と、何とか会いたいのだが!」

 長らく沈思黙考していた俺が突然焦りながら話し出したことに面食らったガゼフは、俺を落ち着かせるようにゆっくりと語り出す。

「いえ、それが彼は世間知らずの魔術師ゆえに、各地を旅しながら時勢を把握したいと語っておりました」

 

「つまり解らないということか……」

 

「はい、申し訳ありません」

 ガゼフは申し訳なさそうに項垂れる。

 

「いや、全く君のせいじゃない。これっぽっちもだ。あと、本当にアナタが無事に帰ってきて嬉しい。クライムもとても心配していたんだ」

 

 俺はクライムを残してガゼフと別れて自分の屋敷へとトボトボと歩いて帰った。帰宅後に執事に「ワーカーや冒険者に金を渡して『アインズ・ウール・ゴウン』という人物を捜して欲しい。カルネ村の周辺に居るはずだ」と告げた。

 

 

 

 

 

 

 しかし、全く何の手がかりも無いまま日は流れ、俺はいつも通りにクライムと剣術の鍛錬をしていた。

 最近はクライムもどんどん強くなり、すでに俺よりも遥かに強いが、俺は俺でガゼフ戦士長がクライムに教えた内容をクライムを通して教わることで、僅かながらも練度が上がったような気がする。

 

 しばらくして休憩しているとラナーの所で見たメイドがクライムを呼びに現れた。

 なんだろうか?あいつめ……さては可愛いクライムを自分の部屋で強引に手籠めに……。

「クライム!?騙されるな!」

「はい?」

「ザナック様……ラナー様は御客様である御友人にクライム様を会わせたいと仰られているだけで御座います」

「くそ……本当なのか?」

「はい、大丈夫で御座います」

「そうか……ハチミツ!」

 俺は油断させた所でメイドの目を見て威嚇する。

「びくうっ」

 メイドは条件反射のように体が固まる。

「良し、行け!」

 あの恐怖を忘れるんじゃないぞ、ハニー。

 いつでもハチミツはオマエを狙っているんだ。

「ザナック様、意味が解りません……」

 クライムが珍しく困り顔で呆れていた。

 

 クライムが居なくなった後、屋敷に帰ってお風呂に入り、執事から各種報告を受け執務を行う。

 そして厨房に行くと料理長からオヤツをねだりサンドイッチを手に入れた俺は、紅茶とサンドイッチを楽しみながら読書をしていた。しばらくすると廊下を歩く音が聞こえ、ドアをノックする音とともに「クライムです。失礼致します」という声が聞こえた。そしてドアを開けて入ってきたクライムを見て俺は驚いた。

 

「クライム、どうしたんだ? その白銀の鎧は」

 クライムはデザインはシンプルだが、目立つ白銀色のフルプレートを恥ずかしそうに着ていた。もちろんクライムが好んで身につけるわけではないだろうから、あの悪魔からの贈り物だろう。

「あー、良い。ラナーだろ? ただでさえ『我々のアイドル・ラナー妃から可愛がられるなど不届きな奴め!?』と妬みや嫉妬がオマエに集まっているのに……」

 

 こんなの着て見せびらかしたら、イジメられるかも知れないじゃないか。

 

「よろしいのです、ザナック様。ラナー様がわざわざ私のために用意して下さった特注の鎧です。これを着ても笑われないような騎士を、ただただ必死に目指すだけで御座います」

 

 あー、もう良い子だなあー、クライムは! 

 クライム可愛いよ。可愛いよクライム。

 

「そうか。その心構えならラナーに文句をつけるのは辞めよう。それでオマエに会わせたい御客様というのは誰だったんだ?」

 

「はい、以前にも会わせて頂いたことのあるアダマンタイト級冒険者の『青の薔薇』御一行様の方々で御座いました」

 

「え?ラナーが……冒険者と?いつのまにそんな繋がりが?」

 

「はい、実は『青の薔薇』のリーダーであられるラキュース・アインドラ様は、元々は貴族アインドラ家のご令嬢であらせられまして、その頃にラナー様と何度かお会いしていたのが御縁とお聞きしております」

 

「へえー。そうだったのかあ……」

 

『青の薔薇』女性だけのチームで構成されている唯一のアダマンタイトチーム。

 正直興味一杯だ。

 

「はい。お優しい人達で、さすがラナー様の御友人で御座います」

 

 いやいやいやラナーに友人?ないない。

 

「クライムは冗談が上手いなあ」

 

「え!?」

 

 きっとラナーが友人のふりしてるだけか、相手が合わせてくれているだけなんだろう。いや、もちろん本当に友達とか作って欲しいんだけどね……。ただ、なんか可哀想で。ラナーじゃなくて相手が。絶対相手を手駒としか考えてないんだよな、アイツ。

 

「一度、友達は選ぶようにって、ちゃんと説教しないとな」

 

「そんなっ!?蒼薔薇の方々はとても素敵な人達で御座います!」

 

「うん。だから蒼薔薇に説教しないとな……」

 

「ザナック様……」

 

 いかん。俺のクライムが哀しそうな子犬の目でこちらを見ている。くそう、こいつラナー大好きっ子だからな。

 

「この、ラナー大好きっ子め」

 

「えっあの、そのっ」

 

「まあそこは否定しなくて良い。むしろ本当に頼むよ……頼むぞ!」

 

 俺は両手でクライムの肩を掴んで頼み込む。

 

「想像以上に必死だ……」

 

 クライムが涙目になった。なんでだ。

 

 

 

 

 






ベトンベトン様 Sheeena様 骸骨王様 so~tak様 誤字脱字修正 有難うございます


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エ・レェブルへの旅

すみません 設定ミスで8話9話を同時投稿してしまいました。8話「アインズ・ウール・ゴウン」を読まれていない方は、そちらからお読み下さい。


 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした。お兄様」

 顔をツヤツヤとさせたラナーが旅行帰りの俺を出迎えてくれた。

 旅行と行ってもエ・レエブルへの巡幸参りで、元はと言えば、ラナーの奨めもあったのでレエブン侯と(よしみ)を通じたことに始まる。

 大貴族は普通自分の広大な領地の経営に勤しむために王都リ・エスティーゼを訪れるのは行事などがある時などに限られるが、レエブン侯は割と頻繁に王都に訪れていた。何も知らなかった頃は気づいていなかったが、王派と貴族派の間を立ち回りながらバランスを保ち続けるために活動していたのだろう。

 そして現状を維持しながら安定的平和を目指すという考えは俺と一致するもので、胸襟を開きながら愛息を褒めるという方法で、レエブン侯とは同志であることを確かめ合う事ができた。俺にはラナーやレエブン侯の様な頭は無い。でも次期国王継承者第二位という立場はある。それを利用してもらって少しでも安定した王国への再建を実現してくれれば良い────本当ならラナーにも、もっと協力して欲しいのだが、アイツ自分とクライムが睦まじく暮らせる小さな世界が在ればそれで良さそうだからな。俺は……その世界に入ってないんだろうなあー。

 

 そもそも前世のあんな酷い世界だったとしても一応民主主義の国に産まれた。だからと言ってこの世界には早すぎる政治形態だろう。分かりやすい象徴、分かりやすい社会、何も考えずに下賜される権利……それがまだこの世界で必要とされている。前世の記憶で生かされるものはなにもない。ただ、悔いのないように生きたい。出来る範囲で……自分の出来ることを果たし少しでも多くの人が平和と幸せを享受できるなら、まあ、それで良いよな。

 

 それでレエブン侯がリ・エスティーゼに居ない時もアドバイスももらうために手紙をやり取りし、まるで文通のようなことをしていたわけだが、「一度、エ・レエブルに遊びに来ませんか?」という内容の手紙が来た。王族ということもあり、割と窮屈な暮らしをしていると自負しているが、父王の「行幸」に着いて行ったり、「外遊」という形でリ・エスティーゼ外に出ることはあるが年に数回だ。これは自分自身の用事で初めての外遊だ。

 割と面倒くさい細かいスケジュール表を宮内省に提出して許可をもらう。旅行先がゴリゴリの王派閥や貴族派閥だと問題はあったと思うが、幸いレエブン侯は「コウモリ」とすら揶揄されるほど、どちらにも良い顔をしてきた人で、すんなりと通ったことは彼の有能さを表していると云える。

 

 そして、出発の際に護衛と近習として当然のように連れて行こうとしたクライムの調子が悪くなった。胃痛か風邪か、なんとも腹痛に苦しむクライムを無理に連れて行くわけにも行かず「クライム……今回は無理せずに留守を頼むよ」と置いてきたわけだが、あのクライムが苦しむ表情を観ている時のラナーの危ない眼は何とも怖かった。……ん?というか、アレって送別にラナーに誘われたお茶会で食べたケーキのせいじゃないか? クライムは「いえ、ザナック様の警備中ですので!」と申し訳なさそうに断ることが多いのだが、今回ラナーにしつこくせがまれて珍しくケーキを食べてたな……そういえば。

 毒を盛られた?と後で疑惑が深まったが、後の祭りアフターカーニバルだ。

 つやつやとした顔のラナーが怖い。クライムがゲッソリしているのかと心配したが、そうでもないので変なことはさせられてなさそうだが。

 

 

「ただいま、ラナー……」

 疲れた顔で呟いた。

「うふふ、お疲れですわね」

「聞いているだろ? エ・ランテルの事件。冒険者が解決したズーラーノーンの奴」

「そのようですわね」

 

 そう、そもそもエ・レエブルに出かけた理由の一つに『エ・ランテルに比較的近いエ・レエブルで、アインズ・ウール・ゴウンと名乗る魔術師の手がかりをコソッと捜索する』という物があった。実際に従者に冒険者ギルドに走らせて聞き込みに行ってもらったり、魔術師協会に問い合わせたが梨のつぶてだった。そして俺がエ・レエブルで何をしていたかと言うと……主にレエブン侯の御子様、リーたんを可愛がる……というか褒め続けるというか、親バカ魔神と化したレエブン侯の息子攻めに対してひたすら頷き続け、追従をし続け、褒め続けた。何も知らない五歳児を褒め続けた俺を逆に誰か褒めてほしい。

 何も知らない五歳児と言ったが、短期間で叩き込まれた「リーたん」の情報量は半端ではなく、俺は今この世界でレエブン侯に次ぐ『リーたん博士』であることを自負しても良いだろう。

 

 おっと、脱線した。まったく、リーたんは魔性の御子様だな。

 

「そういえば冒険者組合を整理し、積極的な撫育を方針にしたのはオマエの提案した案だったよな?」

「ええ まあ」

 

 そう。それまでの依頼主と冒険者の関係だけではなく、国からの恒常クエストという形で、国の幹線道路などに巣食うモンスターを、冒険者に自主的に退治させて治安を良くしつつ、低レベル冒険者に仕事を与えることで食べていく金と経験を積ませることで、より冒険者の質が底上げされるという国策である。

 この策は始め「国家の治安を守るために、貴族などが武威を振るう」という今までの状況から大きな変化が危惧されたため、王派閥、貴族派関係なく根強い反対があった。

 それまでは、彼ら貴族が自分達の領土の重要幹線道路などにしか兵を出して守ることをしていなくて、それ以外への出兵の場合は支度金などを王にせびったり、それを笠に商人や平民に金などを要求していたため、極めて評判が悪かった。

 そして、その「上に立つものとして当たり前のことを、気が向いた時に行うだけで金や領民の依存心が稼げる」という便利な既得権益を手放したくない貴族は多かったのだ。

 そこで今回、ラナー案という腹案を持った王は珍しく強権を発動し、「街と街を結ぶ道に現れるモンスターを退治して平民の安全を自分たちで確保するか、冒険者への賞金の1/5を支払う事によって彼らに退治してもらうか選択せよ」と貴族達に迫ったのだ。

 ちなみに内訳は「王政府1/5 貴族1/5 商人ギルド1/5 教団1/5 その他通行料と関税などで1/5」というものであり、1/5という想定以下の支払いと、兵を出兵させた時の費用を秤にかけた貴族たちは「ラナー案」を呑むことになったのだ。

 王は政府だから当然で、貴族もそうだ。商人は交易で最も道路が安全であることの利益を享受する事が多いし、通行料はそのままとして……「教団はなんで金だしてんの?」と不思議に思う人は多いかも知れない。

 正直、前の世界を記憶している俺にもピンと来ていなかったので気持ちは解る。実を言うとこの時代、社会に対して教団・教会の役割は大きい。まず王・貴族とは別の支配体系で人を縛る大きな権力を持ち、教育機関としての役割も非常に大きい。更には地方裁判所と最高裁を兼ねており(高等裁判所は貴族)そして王とは別に10%までの税金をかける権利も持っている上に、特筆すべきことは政府よりも地方の隅々まで、しっかりした戸籍管理を行って平民の出生死亡を管理していることと、その凄まじい情報網を利用して、王政府から平民への布告も、教会が受け持って地方の隅々まで届けるのだ。

 もちろん純粋に教会というネットワークを利用した情報網で、どんな王よりも情報収集能力に優れているし、さらにこの世界では回復魔法も使うので教会の力は本当に強い。

 ただ、本来は魔法という分かりやすいはずの奇跡を教会だけでなく、あらゆる魔術師が理論体系を明らかにした上で行使するために、治癒魔法を昔のように神の奇跡だと認識する民は少なく、それが教会への神聖さが薄れ、俺がイメージしていた中世や近代に比べると教会に対して俗な機関として触れている人が少なくない分、「純粋な信仰心」は薄い人が多い気がする。

 

 ────まあ、それはあくまで俗物まみれのリ・エスティーゼ(うち)だけの話かも知れないが……スレイン法国とかは信仰心で成立している国だしね。

 

 エ・ランテルでの事件とは、俺がエ・レエブルに居る時に起こった、ズーラーノーンというカルト宗教の地下組織によるアンデッドを利用したテロ事件のことである。レエブン侯はありとあらゆる場所に諜報網を持っているため、俺は事件の翌日早朝には大事件の発生を知ることが出来、そして対策を練っている最中の朝にはすでに解決したことを知った。

 もともとエ・ランテルは我が国で最も危険な街である。下級貴族や役人などで不始末をした者に「エ・ランテル送りにするぞ」というのは割とスパイスの効いたブラックジョークとして流布されており、事実笑えない人も少なくない。

 エ・ランテルは我が国と最も仲が宜しくない『バハルス帝国』と『スレイン法国』に接触しており、カッツェ平野というバハルス帝国との会戦地のすぐそばである上に、魔物で溢れるトブの森も北に控えているという極地である。しかも王都リ・エスティーゼから最も遠隔地にあるために治安もよろしくない。

 しかし危険地帯であり、交易の要衝ということで冒険者や商人にとっては旨味のある土地であることは間違いなく、一癖も二癖もある人材や職業の集積地であるために統治が難しい。そんなこともあってこの『王国最重要城塞都市』は王の直轄地であり、政治的手腕に定評のあるパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアが市長に派遣されている。

 そのエ・ランテルで起こったアンデッドテロは市民への被害はほぼ「0(ゼロ)」で終えたことは冒険者たちの活躍による物だと聞いている。ラナーの冒険者を育てる計画がそれに寄与したことは疑いようがないだろう。

 こういう形でラナーの頭脳が国を良くする方向に効果を発揮したのは本当に素晴らしいことだと思う。出来ればバルブロを引き摺り落としてラナーに女王になって欲しいと密かに企んでいる。ふふふ。

 

「やりませんよ、女王なんて」

 

 ラナーが嫌そうな顔と白い目で俺を見た。

 

「エ、エスパー!?」

 うちの子、ついに脳内革命まで!?……脳内革命は超能力ではないが。

 

「いえ、普通に声に出して話しておられましたよ……ザナック様」

 クライムが困ったような顔で申し訳なさそうに言ってくる。やめろ、その優しさは俺に効く。

 

「なあ、ラナー、オマエが女王をやってくれよ」

「いやですよ」

「クライムもラナーが女王になって欲しいだろう?」

「もちろん美しく聡明なラナー様であれば国中の民が崇めて素晴らしい女王になられることでしょう。しかしながら、お優しく、朗らかなザナック様も王として申し分ないかと思います」

「あれ 微妙に誉められてない。というかクライム。ラナーを甘やかしすぎだぞ」

 

 そこまで言うと俺は悪戯っぽい顔になり

 

「まあ、将来嫁さんになった時に苦労するのはオマエだから良いけどな」と笑った。

「まあっ!?」とラナーは顔を赤くした。うわあ、可愛いよ。ラナー可愛い。

「クライムには、もっと素敵なお嫁さんが……」と言いつつチラチラとクライムを見ながらクライムと一瞬目が合うと恥ずかしそうに顔を背けた。凄く可愛いが、背けた後に悪い顔をしてヨダレを垂らしているのが見えた。今のはクライム向けのサービスだったらしい……いいなあ、サービス。

 

「いえ!? そんな私などにラナー様などと、畏れおおいことで御座います!」とクライムも顔を赤くして照れまくっている。可愛い。俺のクライムは今日も可愛いかった。

 

「なにクライムをイヤラシイ眼で見ているんですか!お兄様」

 

 おお……かつて妹からこんな罵声を浴びせられた兄がいるだろうか。

 

「……その眼でクライムを見て良いのは私だけです」と、ラナーがボソッとクライムに聞こえないように俺の耳元で囁く。すごい。人間って恐怖でこんなに心拍数が上がるんだ……ドキドキ。

 

 そんな人体の不思議展に直面しながらも、俺は『アインズ・ウール・ゴウン』と名乗った人物の情報が全く得られなかったことに焦燥感を覚えていた。彼の現れたカルネ村に直接人をやろうと思っている。

 

「ところでザナック様。レエブン侯のお子様は如何でしたか?」

「ウン リーたんハ 世界一カワイイ。カワイイ。メッチャホリデー! コレハコレハ リハツソウ ナ オコサンデスネ!」

 

「!? ラナー様!ザナック様が!?」

「あら 壊れたわ……どんな目にあったのかしら」

「ど、どうしましょう!?」

「部屋に連れて帰って叩けば治るわよ。さ、連れて行ってあげてね。クライム」

 

 

 ……こうして、帰城早々にザナック王子は寵童クライムに手を引かれて仲睦まじく良い笑顔で散歩をしていたという疑惑が城で広まりながら、俺はようやくリ・エスティーゼに帰ってきたのだった。あと、なんかすげえ頭がタンコブだらけで痛いんだけど、なにこれ?

 

 

 









5%アルコール様 Sheeena様 骸骨王様 誤字脱字修正を有難うございます


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ペトリコール

 

 

 

 

 

 

 城の自室で執務にあたる。父王の手伝いもあるのだが、要するに王が直々に返答するほどではない内容の手紙や挨拶状や礼状の作成が主な仕事だ。他には帝王学の一環なのか簡単な収支報告書の確認と計算や、稟議書の吟味なども手伝うこともあるし、教団関係の儀式に呼ばれることも多い。要は王の代理人として各地へ派遣されることが増え、王都リ・エスティーゼに引きこもっていた頃が懐かしい。仕事は多岐にわたり、なかなか忙しい。バルブロも大変だな……と思ったら、俺にアイツの分の仕事も押し付けられている事が判明した。野良ラナーを放り込むぞ。

 

「漫画やアニメの王子様って、学園に通って主人公のライバルになったり、テニスをしたり優雅で楽しそうなイメージがあったけど、現実は違うな……」

 

 そんな風に愚痴りながら窓の外を眺めていると、見たことのない女性の三人組と大女?が一人、なんか仮面を被った小型の生き物が一人歩いているのが見えた。彼らは守衛などに親しげに挨拶を交わしながら入場していく。

 

 ……あれ? もしかして、今のが噂のアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』では?

 クライムに聞いてみようと思って振り返ったが、良く考えたら今日はクライムは非番だった。本人は納得していなかったが、最低週に一度は休みを与えている。それでも充分ブラックなのにな。

 

 もう、今はラナーも俺も城の中に自分の部屋を与えられている。

 部屋というか前世で言うところの高級マンションの様な感じで、生活部屋、書斎、応接間、寝室などが一人一人に与えられている感じで、ラナーは姫ということで隣の女性中心の区域の方に行かなければ会えない。俺はテクテクと廊下を歩き、途中で守衛に挨拶をしつつ、ラナーの部屋に移動する。そして部屋の前に再び現れた守衛に挨拶を交わしてドアをノックして中からラナーの物ではなかったが声が掛かったので入ると、先程窓から見た五人組が応接室で鎮座しながら紅茶を飲んでいた。ラナーは席を外しているのか姿は見えない。

 

 俺が驚くのと同じように相手も驚いていたが、さすがに一流冒険者らしくすぐにこちらに反応した。

 

「タイプじゃない」と細身で小柄の女の子――――良く見ると隣の女の子と同じ顔をしていた――――が言った。

 同じ顔の娘が「論外」と続いた。

 奥に立っていた女性なのか男性なのか解りにくい生き物が、「カエルっぽいな……」と呟いた。

 仮面の子が「よせ、おまえら失礼だろ」と注意していた。

 最後にこちらを振り返った美しい女性が「……これはザナック王子!?仲間が失礼致しました!」と悲鳴を挙げつつ双子の頭を抑えながら深く頭を下げた。

 後で女界一のマッチョマンみたいなアマゾネスが「おいおい、王子様という言葉から受けるイメージからかけ離れすぎてるだろ」と言い放ち、仮面の子が「言葉とは時に残酷な物だ」と締めた。いや締めるな。

 

 こんな短時間で俺のガラスのハートに致命傷を与えるとは……さすがアダマンタイト冒険者だな!

 

 俺があまりのダメージに膝から崩れ落ちていると、ドアがガチャリと開いて、ラナーと手に円筒状に丸められた紙を持ったクライムが入ってきた。

 

「ザナック様!?どうされたのですか!?」とクライムが心配そうに俺の肩を支えてくれた。

「あら、お兄様。どうかされたのですか」とラナーが客人の前だからか少し丁寧めに応対してくれる。

「いや、大丈夫。ちょっと自分の部屋から歩いてきて疲れただけだ」

「え?100メートルほどですよ?」

「運動しないからそんな体なんだよ」

「おい、そこのゴリウーメン! さっきから心にぶっ刺さるような発言を繰り返すな!」

 泣き叫ぶ俺とゴリウーメンの間にクライムが体を入れると、

「ザナック様!?落ち着いて下さい。ええっと……ザナック様は蒼薔薇の方は初めてでしたよね? こちらがアダマンタイト級冒険者のリーダーであられるラキュース・アインドラ様、ティア様、ティナ様、ガガーラン様、イビルアイ様で御座います」と声を挙げた。

 

 クライムの紹介に合わせて蒼薔薇のメンバーは軽く会釈をしてくれる。

 

「ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフだ。第二王子をやっている。気軽にザナックと呼んで欲しい」

「ザナック。もう少し痩せた方が良いぞ」とガガーランが早速呼び捨てた。

「おい、そこのナイスガイ。オマエは様づけで呼べ」

「私たちは良いのか?ザナック」

「おい ザナック、パン買ってこい」

 と双子が連打する。

「……」

「兄さん、嬉しそうね……体がダラしないですわよ?」

「ダラしないのは顔だ!?体を変化させてまで悦びを表現するほど器用じゃねえわ!」

 割と、こー、年下の女の子に呼び捨てに呼ばれて邪険に扱われるのって……良いな。うん良い。

 あと体はもともとダラしないんだよ。何故だ……結構鍛錬してるのに……喰ひに喰ひけるからか?

 王族兄妹コントを不思議な顔をして見ていた蒼薔薇を痛ましく思ったのかクライムが手に持っていた紙……地図を広げる。

 

「おい?良いのか?」

 と仮面のイビルアイが俺をクイッと顎でしゃくり示す。

「ええ。ダラシのない兄なら大丈夫ですわ」

 と、ラナーが澄ました顔で言ったので

「はい。ダラシのない兄は気にせず続けて下さい」

 と、俺は精一杯キメ顔で言った。

「なんか虚ろな表情だが……」とガガーランに心配そうにされる。

「……では、次の八本指の黒粉栽培地区ですけど」とラナーが切り出した。

「えっ 八本指って地下組織最大の!? それに黒粉って麻薬のことだよな!?」

 思わず俺は驚いて、ラナーとクライムの顔を見る。

「ええ、そうですわ兄様」

「ザナック様。ラナー妃は私たちに依頼という形で、八本指の資金源である黒粉栽培を一つ一つ叩いているのです」

 リーダーのラキュースが説明してくれる。しかしこの娘、綺麗だなあ……。

「オマエ、そんな危険なことを父上の許可も取らずに!?」

 俺が驚いて注意しようとしたがラナーは

「王派にも貴族派にも八本指と繋がった物が大勢おります。極秘裏に進めなければならない措置ですので私のお小遣いで出来る範囲のことをやっているのです」

 

 ええ……ラナーがそんな人道的な良いことを? 危険を冒してまで? これ、クライムへ「自分の少ないお金を叩いてまで民と正義のために尽くす健気な姫」というパフォーマンスでやってないかコイツ。違和感しか感じない。他にも何か狙いが?くそう俺には解らんな。

 クライムの眼がさっきからキラキラしっぱなしで妹を見ている。そのラナーは「可哀想な姫」演技が垣間見えつつ、クライムに見えない角度で「でゅふふ 計画通り!」という表情に充ち満ちているんだが。おい、こいつの方がダラしない顔になってるぞ?

 俺が疑惑の眼でラナーをジーッと見ていると、イビルアイが「ずいぶん妹さんが心配な様子だが、大丈夫だ。我々ならあの程度の奴らにヘマはしないし、ラナー姫が絡んでいることは隠し通せる」と慰めてくれた。

 

 いや むしろ心配なのは毒牙にかかりつつあるクライムと騙されて危険な仕事をやらされている君たちなのだが。

 

 俺が困った顔をしているとガガーランが「アンタはこっちきな」と言って俺の肩を掴むと隣の部屋へと俺と二人きりになる。

 

 

 ドン

 

 

「やめて……犯さないで」

「おめーはタイプじゃねえ」

 と口撃を交わす。無論、最初が俺の台詞で、後がガガーランの台詞だ。あれ?おかしいな。なんで俺は壁ドンされてるんだ?

 

「そりゃあれだけ可愛い妹だ。心配になるのは解る。だが黒粉で多くの人が苦しんでいるのは確かなんだ。立派な妹さんだぜ」

「可愛い妹だとか、立派な妹だとか、そんな不思議な生き物が居るなら見せて欲しいもんだが……(主にクライムが)心配は心配だ。確か八本指だと強い用心棒とかが居るんだろ?」

 

 しかし、コイツら思ったよりも正義感が強いのか?

 

「まあね でも安心するんだね。あのちっこいのは底を見せていないが知識も実力も最高峰のマジックキャスターさね。底を見せていないと言えばリーダーもそうさ」

「ほう。一番荒事には向いて無さそうに見えるんだけど……あっ、王国で数少ない蘇生魔法が使えるんだっけ」

「ああ それに実は攻撃にも切り札を持っていてね」

「ほう」

「あの魔剣キリネイラムには凄まじい力が封印されていて、解放すると街一つを飲み込むほどらしいぜ」

「えらい危険な剣だな!?大丈夫なのか?」

「ああ。ラキュースは夜な夜な一人になってから「ふふ、私はあなたなんかに負けないわ!」と剣の力と戦いながら「超技! 暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)」の素振りをして鍛錬を忘れない自慢のリーダーだ」

「ん? だーく?めが? ん」

 

 ……んんー? なんだ、この俺の心の端に引っかかる恥ずかしい感情は!?

 

 まさか?いやまさか?

 

「あのラキュースって娘さんだけど……」

「おっと惚れちゃ駄目だよ? 彼女は特権階級が嫌で冒険者やってるんだから、王族なんて願い下げさね」

「いや、なんていうか……こー、あの娘、夜中に「くっ、抑えろ!この力の封印が解ける!」とか叫んでない?」

「なにっ?」

「あと、ひたすら詞を書き殴ったり、妖精が見えるって言ったり、シルバーアクセサリーを集めたり、世界は腐ってるとか言っちゃってみたり、この眼は闇が良く見えるとか呟いたりとかしてない?」

「アンタ!なんでそれを知っているんだい!?」

「ああ、うんうん、そうかそうか!」

 

 よほおーうし!アウトゥォ――――!

 

「よし、なんか解らんけどもう大丈夫だ。落ち着いた。むしろ少し下がった。みんなの所へ戻ろう」

「あ……そ、そうかい」

 

 俺たちはラナー達の居る部屋に戻り、ラキュースの耳元で「黒より暗く……」の一節をボソッと囁いた。ラキュースは「なっ何!?」と(くすぐ)ったそうに耳を抑えて逃げ去ると、隣の部屋で黒いノートを出して凄いスピードでメモをしていた。うん……使うが良い。由緒正しい『声に出して読みたい中二台詞』のハズだ。

 

 振り返るとティナとティアに「王子の特権でリーダーにセクハラを……糞豚が」と白く蔑んだ眼で見られた。

 やめて、本当に「本当」になっちゃうから。ぞくぞくぅ。

 

 

 そんなことがあってしばらくしてから、レエブン侯とエ・ランテルの事件について歓談をしていた。

 あのズーラーノーンの事件ではなく、エ・ランテル近郊にホニョペニョコという変な名前の吸血鬼が現れ、それを冒険者が討伐したという話である。

 

「どうもスレイン法国に派遣している諜報官が言うには、危険なドラゴンが復活しそうらしくて、その前触れとして強力な魔物が活動を始めたのではないか?というのが彼らの見解らしいです」

「太古のドラゴンだっけ?」

「ええ、そして吸血鬼を倒しに行ったチームで帰ってきた冒険者は二人組の1チームだけで、彼らはアダマンタイトに昇級したそうですよ?」

「そうか……王国の冒険者に貴重なアダマンタイトチームが増えたか、何かの時に切り札になってくれれば良いが」

「ええ。私も護衛は元オリハルコンチームの冒険者だった者達で固めていますが、彼らは本当に使えます。単純な強さだけでなく、機転や勇気、判断力が普通の戦士とは比べものになりません」

「なるほど……冒険でしか磨かれない物か……」

 

 少しユグドラシルでドキドキしていた頃を思い出してしまうな……。

 

 突然、ドアがコンコンとノックされた。

 レエブン侯が来ているときは「入れ」と言うまで誰も来るなと言ってあるから、ノックされるという事は何かあった時だ。

 

「入れ」

「はっ」

 従者がドアから入ってきた。彼はまだ若く、俺が以前「良い面構えをしているな……」と誉めたら「わ、私には愛する婚約者が居ます!」と良く解らない告白をしてきた記憶がある。不思議な風習を持った田舎の出なのかも知れない。

 

「実はクライム殿が市中の見回りから帰られたのですが、様子がおかしいと言いますか……鎧も傷が入ってますし何かあったのでは?と思いまして」

 

 んん? クライムがラナーからもらった大切な鎧を不用意なことで傷つけるハズはない。

「それで、クライムは?」

「はい、これをザナック様にと私に預けたあと、ラナー様に何か報告があるらしく……」と言って羊皮紙を渡される。

 

 手紙には『八本指のことで問題が発生致しました。急を要することなのでラナー様にご相談の後に御報告に参ります』と書かれていた。

 

 ううむ……なんだこの嫌な感じは。

 ラナーが絡んでいるのが奴らにバレたのか?

 八本指相手に友人(?)である蒼薔薇しか戦力のない身で大丈夫だろうか?

 くそっ!なぜ事態というものは急激にこうもうねりを見せるのだ!

 俺はレエブン侯にクライムメモを見て貰うと「ラナーが無謀なことをするとは思えないが、すまないが一緒にきてくれませんか」と同意を得て二人でラナーの部屋に向かった。

 

 長い廊下の窓から覗く空は暗く曇り、雨すら降りそうだ。

 

 雨上がりや雨が降る前の匂いには『ペトリコール』という名称がついている。

 『石のエッセンス』という意味だ。

 

 俺は窓から見える石畳から何故か不吉の前兆である匂い立つようなペトリコールが漂っているような気がして、自分が遂に何らかの運命に捕らわれたのだと、どこかで感じた。

 

 

  

 

 

 

 

 

 







団栗504号様 誤字脱字の修正を有難うございます


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裏面への侵入

 

  

 

 

 

 

 

 長い廊下をレエブン侯と供に歩いている。ラナーのいる部屋まではこんなに時間が掛かっただろうか?響く足音が今日は何故だか耳障りだ。

 隣のレエブン侯の顔を覗き込むと、もしかして彼は何かを掴んでいるのか、冷静な表情を崩さずに歩いている。

 

 ラナーの部屋のドアは開きっぱなしになっていて、誰かの見たことのある逞しい背中が見えた。彼が部屋の中の人物に礼をしてドアを閉めてこちらを向いた。

 

「ガゼフ戦士長!?」

「これはザナック様、ラナー様から聞きました八本指の件、確かに承りました」

 

 そう言うと気合いを入れつつ戦士長は遠ざかっていく。一体何が起きているのだろう。

 俺はドアをノックすると返事が聞こえる前にドアを開けた。

 中に居たラナーは大きな窓の前に立ち、曇り空を背にしながらも輝ける笑顔をこちらに向けてくる。

 きっと常人ならこの黄金の微笑みの前に手を挙げて降参し、ラナーのために命がけで戦う先兵となるだろう。だがな、甘く見るんじゃない、ラナー。ここに居るのは……今、運命と供にココに躍り込んできたのはお兄ちゃんだ。オマエのお兄ちゃんなんだ。あと病的な親バカも隣に居る。

 

「クライムは?」と俺は尋ねた。ここに来ているはずのクライムが居ない。

「クライムは出撃の準備をしに行きましたわ」

「後で俺の所に報告に来ると書いてあったのだが」

「急を要することですので、お兄様には私からお伝えすると言いました」

「クライムは俺の近従だ」

「今日はクライムの非番の日。つまり私のクライムの日よ」

「……なんの出撃だ?王都で勝手なマネは許されんぞ」

「勝手ではありません。ただし八本指に繋がる貴族の方が多いので内密に事を進めておりますが、父上にはすでに許可を得ております。ガゼフ戦士長も借りました。すれ違いましたでしょう?」

「なぜ急に……秘密維持のためとしても……もしかしてクライムが関わっているのか?」

「ええ クライムが親切にして頂いた、とある御老人が八本指に捨てられた娼婦を助けたところ揉めに揉めたそうです」

「クライムが御老人に?」

「はい。可愛いクライムが再び攫われた娼婦を助け出そうとする御老人を手伝いたいと。といっても多くの八本指の娼館のどこに拐われたのか分かりませんし、このタイミングで王都の八本指の息の掛かった娼館と隠れ家を一気に押さえます」

「全部を? クライムや蒼の薔薇だけでは手が足りんだろう?」

「ですからガゼフ戦士長と戦士団の有志。そして……最後の手はそこに」

 とだけ言うと、ラナーはまっすぐに俺……の隣のレエブン侯を指さす。

「……なるほど、私の兵を使わせろという訳ですな」

「はい」

「本気で?」

「ええ」

「では……私にあなたの本気を……本当を見せて下さい。覚えてらっしゃらないかも知れないが、私はアナタが本性を隠さずに生きていた頃にお会いしているのです!あの人間とは思えないほどの智と狂気の波動を!」

 

 レエブン侯がそう叫ぶとラナーは(うつむ)いて「まあ、そんなこと……」と呟いた。

 そしてラナーが再び顔を上げたとき、そこにはかつて子供の頃のラナーが居た。

 周囲の全てが不快という感情と、そんな馬鹿馬鹿しい環境に居る自分を(あざけ)る 絶望・絶念・捨鉢・悲観・自棄という負の感情を混ぜ合せた歪んだ口元。

 何色か判断できないくらいに暗く光を吸い込むような曇った瞳。

 これは間違いなく(ラナー)で、どうしようもなく怪物(ラナー)だった。

 

「こ、こんなにも!?」とレエブン侯は叫んでいた。

「ラナー…」俺は小さな声で(ラナー)の名を未練がましく呼んだ。

「……」

 ラナーは俺の声が聞こえなかったのか無視しているのか無反応のままだ。

 レエブン侯はそのラナーの顔に納得したのか興奮気味に言葉を荒げる。

「解りました!確かにこれは子供の頃に見せてもらった本当のあなただ。だからこそ問う!いったい何が目的なのでしょうか?この国を乗っ取られるおつもりか?」

「私? 私の目的は……クライムですわ」

「え……な、なにを……おっしゃら…」

「だろうねえ」と俺はレエブン侯の言葉の途中に口を挟んだ。

「はああ、クライムと、ずっとずっと一緒に居たい……それだけですわ」

「ク、クライム君と……?」

 レエブン侯は俺に「本当?」と眼で確かめてきたので俺は「ね?健全に狂ってるでしょ?」とにこやかに笑った。

 

「レエブン侯……私、レエブン侯の息子さんと結婚すれば良いと思うのです」

「わ、私のリーたんを誰が貴様のような化け……」

「おまえふざけんなよ!リーたんみたいな良い子はオマエに勿体ないわ!!このショタコン悪魔!」

 レエブン侯が何か言おうとしたのを半切れで叫んだ俺は「リータン カワイイヨ リータン」と何故か呟いた。あれ?なんで記憶が飛ぶんだ?

 

「いえ 結婚したあとの息子さんは誰か好きな女性と子を生せば宜しいかと……そして私はクライムと……ふふふ……ショタ?」

「なるほど……形式だけは結婚という形にしてしまうという訳ですな……そしてラナー姫はクライム君と結ばれる……と」

 

「結ばれる……ふふ 私、出来ればクライムを飼いたいと思っておりますの」

「え!?か、飼う?」

「はい 首輪をはめて……鎖で繋いで、私が鎖の先を持って……うふふ」

「へ、変た……」

「てめえー! オマエがクライムに劣情を募らせて(こじ)らせてるのは知ってたわ!この変態妹!」

「お兄様!さっきから(うるさ)いです!?」

 

 ラナーが切れた。

 

 いやだってレエブン侯、ショックで本音がダダ漏れだから、それでオマエが気を悪くすると、なんか後で恐いじゃない。

 

「ええっと、まあ、ラナー姫のクライム君への執着は本当だと感じました。では私は私兵を動かせるように準備をして参ります」

「できればレエブン侯には私兵だけでなく、もう一手お願い致します」

 

 もう一手? ラナーはレエブン侯に何をねだっているのだろう?

 

「ふふふ、さすがですねラナー様は。私が彼と連絡をとろうとしていることを知っておられたとは……」

「うふふ、その……依頼料を高めに弾んであげて下さいな」

「解りました。まあ金だけで左右される人物ではなさそうですが」

 

 そう言うとレエブン侯は逃げるようにこの部屋から出て行った。

 

「ラナー。正直俺には解らないんだ。なぜ今、八本指の処理が必要なんだ?もちろん奴らを処分出来るのは有り難いことではあるのだが、クライムの事しか考えていないのなら、クライムに老人と関わるのを止めてもらえば済む話じゃないか?」

 

「ふふふ 私……ここ数週間で色々と出会いがありまして」

「出会い? 浮気か?クライムが可哀想だろ」

「違います。それで色々と私も気づいてしまいまして。不条理だと思っていたことなんて、全然大したことじゃなかったってことを」

 

 ラナーは独り言のように淡々と独白する。

 

「思いもかけないことで運命は踊り、どうしようもない中で選べる手段には、限りがあるということを」

 俺は一杯になった悪い予感に踏みつぶされそうになりながら「思いもよらぬ運命ってなんだよ……」とだけ呟いた。

 

 ラナーは何も言わずに、ただ黙っていた。

 

 その後、みんなが出かけた後、俺はラナーの部屋で、妹と一緒に暗闇の広がる街並みを見ていた。

 遠くの方で魔法か何かの光が一瞬見えた気がする。

 今、まさにあの地で、クライムやガゼフ戦士長、そしてレエブン侯の兵士達が八本指と対峙しているのだろう。

 なんでだ?なんでこんなに急に物事が動き出すんだ?

 いや、違う……俺がエ・レエブルに行っていた時からすでに何かが始まっていたのか?

 ラナーは一体何を考えているんだ。もちろん本当にこの国を良くしたいという想いからの行動であれば良い。たとえソレが『クライムに良いところを見せたい』という不純な想いが降りかけられていても良い。

 ……でもきっと違うんだ。ラナーはそんなに単純じゃない。

 心配と不安になりながら部屋の中を熊のようにウロウロしていると「鬱陶しいです」とラナーに蹴られた。

 八本指同士の連絡をさせないために、全箇所をすでに一斉に襲いかかっているハズだからケリが着くのも早いはずだ。

 

「お兄様」

 突然、ラナーが無表情のまま小さく口を開いた。

 

「なんだ?」

「…最近クライムが急に強くなったと思いませんか?」

 

 ああ 気づいていた。何か急に心持ちがどっしりとして、剣の達人のような心の強さを持ったような気がすると戦士長が言っていた。

 

「なんか、ガゼフ戦士長の友人の剣士であるブレインって人にも色々と教えてもらっているらしいぞ」

「ふふ…クライムったらガゼフ戦士長に続いて、今度はブレイン様ですか」

「いや、剣の偉大なる先輩で、彼らもクライムを可愛がってくれているそうじゃないか」

「クライムには私だけが居れば良いのです」

 

 このヤンデレさんめー。

 

「まあ クライムにもそういうところあるよ」

「え?」

「あいつ、そういう所はオマエに似ていて、大抵あいつもオマエが居れば良いんだ」

「まあ!」ラナーは顔を赤く染める。

「でもさ。あいつは子供の頃に一遍に色々と失くしてしまったからさ」

「……」

 

 きっとラナーはあの時の、動かない母の手を黙って握り続けた少年を思い出しているのだろう。

 

「だから今度は守りたいんだよ。自分の大切なモノを。そのためにクライムはどれだけ周囲に「贔屓されている卑怯者」と蔑まされても、我慢して俺たちの傍に居てくれて、そして、俺やオマエの傍に自分が居るのは俺たちが贔屓をするような人間だからではなく、強くて頼りになるクライム(自分)だから傍に置いて頂けるだけなんだと皆に解らせるために剣術を磨き、どれだけ子供の頃から恋い焦がれても、抱き締めたりした瞬間に引き離されるのが解るから恋慕の想いを敬慕に換えて頑張ってるんじゃないか!全部クライムが頑張って守ってくれているんだよ」

 

「解っております。だから私はそれら全ての下らないものを終わらせたい。クライムも……いえ、終わらせてあげるの」

 

「ラナー……っ!」

 

 俺がラナーの普段にない顔に戸惑った瞬間、目を見開いてただただ驚いた。ラナーの背後にある大きな窓。

 そこに突如として、夜の帳が広がるはずの街の一角に大きな、大きすぎる炎の壁が立ち上っていたのだ。

 

 城の外に八本指襲撃の任が成功してぞろぞろと兵士や冒険者が帰ってくる姿を片目で見ながら、その炎が彼らを再び危険な目に遭わせることになるだろうと忸怩たる思いを抱いた。

 

 不吉な匂いは八本指のことじゃなかったんだと、ただただ呆然としながら、変わらぬ表情のラナーを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 










団栗504号様 誤字脱字修正を有難うございました


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昔、見た(景色)

 

 

 

 

 

 

 ……ユグドラシルで見たゲヘナの炎みたいだな。

 

 俺はラキュース達から、例の炎の細かい報告を受けた時に「害は無い」などの話を聞いてから、ぼおーっとそんな事を考えてた。

 ゲームでは確かアーチデヴィル(最上級悪魔)のスキルか何かで、主に目眩ましだったり、広範囲バフやデバフとしての効果も有った記憶がある。まあ、王都に出現した炎よりは小規模だったと思うけど。……キャラクターの対魔法力が高いと、少し透化されて炎の壁の中が見えるのでNPCやモンスター以外で使う人は余り居なかったかな。

 

 ……それに似た炎が王都の一角を囲んでいる。その中には多くの市民や国庫がある。

 八本指の討伐は順調だったハズなのに、とんだ大物が釣れてしまったらしい。

 

 作戦はラナーがテキパキと決定した。エ・ランテルの英雄であるアダマンタイトチームのモモンを先頭にしてゲヘナの炎を突破して、中に湧いているという低級悪魔たちの群れを切り開いて進入。それを陽動としつつ炎の中に居るであろう人々を救出。

 そして今回の騒動の元となったヤルダバオトという悪魔をモモン氏が討伐するという物だ。

 一介の人間が悪魔に勝てるのか?という疑念と不安は蒼の薔薇が言うには「モモン様と悪魔ヤルダバオトの戦いを見たが、有利に戦いを進めていたので、十分に可能性はある」とのことらしい。ひたすら応援するしかない。

 

 ただ、実は先程から非常に気になっていることが2つある。

 

 まず、一つ。俺は誰にも……あの炎の壁のことを「ゲヘナの炎」に似ているだとか、そんな話を一度もしていない。そんな事を言ってしまえば「ゲヘナの炎ってなんですか?」という質問が飛んでくるに決っているからだ。それに対して「俺の前世でやっていたゲームの中の魔法でさあ」などと答えられるわけがない。柔らかい壁の部屋に閉じ込められたり、鉄仮面を被せられて地下牢に閉じ込められたらどうするんだ。

 なのに作戦会議中に何人かが、あの炎のことを「ゲヘナの炎」と呼んでいたんだけど、どういう事だろう?

 『ゲヘナの炎』というのはあくまでユグドラシルの中のスキルの名前であり、この世界では聞いたことがないのだけど?

 ラナーに言葉の出所(でどころ)を聞いたら「物知りのイビルアイがそう呼んでたから」と答えたのでイビルアイに聞いたら「ももん様がそう仰っていたのだ!」と言われた。あと、なんか興奮してた。

 そう。レエブン侯の「もう一手」とはエ・ランテルの英雄であるアダマンタイト級冒険者『漆黒』のことだった。リーダーのモモンは、なんでもイビルアイ達が八本指の館を捜索中に出会った呪符使いのモンスターに出会い、退治出来そうな瞬間に現れた今回の敵である首魁ヤルダバオトが現れて苦戦しているところに、空から降ってきて彼女たちを助けたと聞いている。ヤルダバオトを追い払える強者。彼のお陰でこの作戦は成り立つのだ。

 その噂のモモン氏が遠くで一瞬ヘルムを取っている姿を拝見した。南国風……どこか東洋人っぽい顔立ちの中年だった。俺は自己紹介の後「あの炎の壁をゲヘナの炎って名付けたのはモモン殿らしいですけど、ゲヘナという言葉はどこから出てきたんですか?」と尋ねた。

 

「ん、あ、ああアレ?ですか……」

 

 ……なぜだろう? 隣の黒髪ロングの超絶美人がすっごい俺を睨んでいるんだが?

 やめて、本当に癖になるから。癖になるから!

 

「昔、似たような炎を他の悪魔が使用しているときに「ゲヘナの炎」だと言っていた事があったのです。デ、ヤルダバオトを退却させた後に現れた炎なので、思わず「ゲヘナの炎だ」と呟いてしまったのが広まってしまって……。本当にゲヘナの炎かどうかの確信がある訳ではありません。申し訳ない」と威圧感のある見かけと違い、営業職のサラリーマンの様な口調で、妙に丁寧に謝られてしまった。

「そうなのですか?非常に修羅場を潜っておられるのですね!?凄いなあ」

 と、感心と賞賛をして別れた。

 

 うーん 俺は魔術の才能がなかったから学ばせてもらえなかったし、身近の便利な魔法の数々はユグドラシルには無かったものばかりだから気づかなかったけど……なんだか最近、冒険者などに触れ合うと『ユグドラシル』時代に聞いたことのある様な魔法とかスキルを耳にするんだよね。どんな魔法だとか判断付くから便利で良いんだけどさ。まあ武技なんてのはユグドラシルには無かったけど、王国ではマジックキャスターの地位が低いから周りに居なくて詳しい魔術の知識がないのが痛いな……今度、イビルアイに話を聞いてみよう。

 

 もう一つの気になる点は、クライムを強者であるモモンが居る主力兼陽動部隊ではなく、俺やレエブン侯と一緒の安全な治安部隊でもなく、父上やガゼフ戦士長との掃討部隊でもなく、単独行動で低級悪魔を潜り抜けながらの市民救出部隊に任命したこと。クライム大好きっ子のラナーが、クライムにそんな危険な任務を与えたのは何故だ?しかも少人数でのチームで望むという。

 先程レエブン侯と問いただしたら「ここでクライムに栄誉と名声を稼がせておきたいのです。たとえ死んでもラキュースが復活させてくれますし、その場合レイズデッドで蘇生して生命力を失ったボロボロのクライムを、私が介抱してイチャイチャしても誰も文句を言えないでしょう?」みたいな言い訳を言っていた。正直、すごく違和感がある。レエブン侯は「わあ……やはり変態……」という感じで納得させられていたが、俺を舐めるんじゃない。この答えで納得させるための伏線で、あの時はああ答えただけじゃないのか?

 まあ、実に手段はラナーらしいのだが、そもそもクライムがやられれば炎の中の市民や財はどうなるのだろうか?蒼の薔薇に頼んであるのか?

 

 

 さて、もう一つの疑問を晴らしにラナーの元へ行こう。

 ラナーの部屋に入ると、ラナーは外で待機しているクライム、彼と同行することにしたブレイン(ガゼフ戦士長との決勝の相手だったんだって!?)とロックマイアーと供に戦いの前にスープなどの炊き出しを口にしているのを心配そうに見ている。

 

「やはり心配なのか?」

 

「お兄様の持ち場はここではなくてよ?」

 

 俺はレエブン侯と共に、ゲヘナの壁から悪魔達が外に出ないか見張りつつ、出たときに一般兵で対処することになっている。本当はクライムについていきたい気持ちもあったが、一兵卒と変わらない強さの俺ではどう考えてもクライムの脚を引っ張るだろう。

 

「なあ、本当に俺が見回る必要あるのか?あんまり……いや、全然役に立てんぞ?」

 何故か

「王子が自ら民に姿をさらしつつ歩くことで安心する民草は多いと思います。王はガゼフ戦士長と共に前線に出てしまいますし、第一継承権の王子は城の奥に籠もっておられますしね」

「それは仕方ないだろう。俺と一緒で役に立たないだろうし、籠もっていてもらわないと守るのが大変だろうからな」

「ええ…今は少しの兵でも遊ばせておく余裕などありませんわよ?」

「なあ、オマエやっぱり何か隠してない?」

「……たとえ隠してあったとしても、それは不必要な事なのでお伝えしていないだけだと兄上なら解って下さるのでは?」

 

 不必要なことだから言ってない。それは何を為すために不必要なんだ?逆に言うと、必要だから隠している?ということだよな。俺たちが知らない方が良い何かを知っている。知ってしまうと計画が狂うほどの何かを?

 ……ラナーは俺がラナー(自分)とクライムが結ばれるのを願っている事を知っているハズだ。その俺ですら知らない方が良いこと――――。

 

「そうか、ラナーは優しく……悪い子だな」

「……何を?」

 言ってしまうことで巻き込んでしまうということだ。それを知った俺が何らかの行動を取るだろうという事が予想出来て、なおかつ、その行動で俺やラナーやクライムに取って良くない結果が起こると予想しているのだ。

 

「大きなヒントだよな。不必要だから隠しているということは、逆に言うと何か目的があって、それを成し遂げるためには「隠すこと」が必要ということだ。この悪魔退治に関係があることなのか?いや、俺は街で治安活動をするだけだ。隠していることはもっと大きな枠組みに関わることだ。もちろんクライムを含めた自分の未来図に影響のあるような……やはり最近のオマエは何らかの目標……結末に向かって行動しているな? 最近だ。恐らくそれまでは俺も感じていた様に、ゆったりとしたペースで悪くないシナリオが進んでいたはずなんだ」

「……」

 

 ラナーは胡乱(うろん)な顔で沈黙している。

 

「最近……ナニかに出会った……と言ってたな。なんだそれは?」

「……」

「沈黙はこの場合答えだよ。そのナニかは今までの悪くなかった……このまま行けば俺とオマエが望んでいた物語の結末をぶち壊すようなナニかにオマエは出会ったんだな?」

 

 俺の中で色んな可能性が渦巻く。

 バルブロに脅迫された?

 いや、ラナーなら脅し返すな。

 メイド辺りに裏の顔を知られた?

 いや ラナーなら完全犯罪で始末するな。

 父上がラナーの婚姻相手を決めた?

 いや、ラナーなら相手貴族を(おとし)めて婚姻を反故に出来るな。

 ラナーの婚姻相手がバハルスやスレイン法国など、他国の大人物なら?

 いや、ラナーならいくらでも対処できるだろう。

 

 ラナーは天才だ。

 

 しかし俺がラナー(こいつ)を『悪魔』的だと恐れているのは、その心の闇から導き出される容赦のない手段にある。目的のために(その目的自体も歪んでいる場合が多いが)シンプルで有効な手管(てくだ)を使うことに何の躊躇(ちゅうちょ)もないのだ。くそっ悪魔の子(ラナー)め!俺の実の妹だが!

 

 ……まて、つまり悪魔的頭脳を持つラナー(悪魔)(それはただの悪魔だが)が計画の修正も出来ずに、ラナーにとっても優しい時間だったはずの今を壊してでも強引で性急な行動を取らざるを得ないほど追い込まれたのだとしたら……それは……その相手は……。

 

「悪魔の所業(しわざ)か……?」

 

「……」

 

 今、俺が呟いた言葉に対してのラナーの反応はどういうことだ?

 いつもなら「馬鹿なの?死ぬの?」と良い顔で口撃してくる場面じゃないのか?

 何故、ポーカーフェイスを崩さないんだ?それでは、まるで……まるで……俺の言った事が正解みたいじゃないか……。

 悪魔……悪魔の仕業。今、王都を襲っているのは……悪魔ヤルダバオト。

 出会いは必ずしも幸福を生むばかりでは無い。不幸な出会いも普通にある。それはまるで交通事故のように突然逃れようもなく……。

 

「ヤルダバオトに……お前は会ったのか?」

 

「……」

 

 ラナーの不思議な色に輝く瞳は正解だとも不正解だとも伝えてくれない。

 

 何かが激しく頭の中でフラッシュのように弾け続ける。

 

 外を見る。輝く火の壁は『ゲヘナの炎』だと名付けられた。俺の記憶もアレは『ゲヘナの炎』に似ていると訴えている。

 

『ゲヘナの炎』は『ユグドラシル』での『アーチデヴィル』達のスキルだ。

 

 突然現れた『アインズ・ウール・ゴウン』というユグドラシル世界固有の名称。

 

 アインズ・ウール・ゴウンの拠点ナザリックの攻略Wikiにも載っていて、俺も戦った中ボスの中にアーチデヴィルが……居た……確か第七階層守護者……。

 

「……デミウルゴス」

 

「っ!?」

 

 ラナーが声にならない悲鳴を挙げたのと、出発の合図の鐘が同時に部屋内に響いた。

 

「……さて そろそろ持ち場に行くか」

「行くのですか? 私と悪魔の茶番に付き合わなくても良いのですよ」

「いや オマエはオマエが思っているより優しいよ」

「……なにを?」

「少なくとも……人を数値としてしか見れないが故に、オマエは感情に左右されず効率的に小を殺して大を生かしていくのだろう。それはある意味において優しい結果を世界にもたらせてくれる事もあるのだと思う。俺は……クライムを何故危険な任務に就かせたのかを聞きたかったんだけど、その顔からすると悪魔と何らかの取引をしたのだろう。きっとクライムは安全なんだ。だからオマエはクライムを死地にやるんだ」

 

「お兄様……」

 

「そしてきっと俺もな。……俺も、ですよね? さあ続きはまた今度な。この茶番をシッカリとやり遂げなくては……オマエの望む最低限の未来すら手にすることが出来ないだろう?」

 

 俺は、この荒唐無稽な連想ゲームは何なんだと考えながら辿り着いた言葉で叫ぶラナーにショックを受けた。

 デミウルゴスだと?なんだ?偶々なのか?偶々、ユグドラシルで知ったアーチデヴィルの名前と、こちらのヤルダバオトの正体が同じ『デミウルゴス』という名前だったと? 理解できない不思議な状況の整理が追いつかないままだった。ただ、これ以上ここで妹を追いつめるのも苦しめるのは兄失格だ。それだけは確かだ。

 俺は王子様失格だとしても、ラナーのお兄ちゃん失格には成りたくなかったんだ。

 

 城の庭に出るとチーム『漆黒』を含めた多くの冒険者達とレエブン侯の兵士たち。ガゼフ戦士長は……居ないのか?まあ父や兄の護り手として命じられたのだろう。

 良く考えたら戦争にも出たことのない俺にとっては初めての戦いだ。ラナーの計算ではどうやら俺も安全らしいが……それでも緊張はする。

 愛馬に跨がらせてもらいレエブン侯の所に向かうと俺以上に緊張した兵士たちの顔が見える。低級とはいえ悪魔の群れが炎の壁の向こうに居て、彼らと対峙しなければならないのだと考えれば当然のことだろう。

 

 立場的には本来俺が演説みたいなことをしなければいけなさそうな雰囲気だったが、それはあくまで作戦指揮官であり、素晴らしいカリスマに溢れたラナー()にお願いすると「ここが兄上の唯一の見せ場なのに、なにを言ってるのですか」と言われながら足をグリグリと踏まれた。俺はもうそろそろ安全靴を履いたほうが良さそうだ。仕方ないので冒険者たちを中心とした突入部隊のリーダー的存在である蒼薔薇のラキュースにお願いした。安全な地に居るものが死地に飛び込む者を奮い立たせられるほど、俺はカリスマ性に溢れていない。カエルっぽさには溢れているらしいが……。こういう形で種族を超越したくなかった。

 

 遠くでラキュースが突入部隊に作戦と各種バフ魔法をかけ終えると「ウオオオ──!!」と雄叫びを上げて気勢を挙げている。

 

 黒く立派な鎧が見える。『漆黒』のモモンだ。ラナーの言葉からは出来レースであるかのようだったが、彼は実際には悪魔ヤルダバオト……もしくはデミウルゴスには勝てないままあしらわれるのだろうか?それともまさか殺される?ラナーの計算で導き出された必要最低限の犠牲者としてモモン氏は生贄として捧げられる運命なのだろうか。蒼薔薇は?他の冒険者は?そう考えると俺は居た堪れない気持ちになり、順々にゲヘナの炎に飛び込んでいく人たちにひたすら頭を下げ、無事を祈り続けた。

 彼らが居なくなり、これからレエブン侯と共にリ・エスティーゼの見回りを始める。特にゲヘナの壁から出てくる可能性がある悪魔に瞬時に対応出来るようにしておかなければ。

 

「いくぞ!」とレエブン侯が兵士に告げて、俺はレエブン侯と(くつわ)を並べて馬を進める。

 

 夜の中で月と星とゲヘナの炎だけが明るい街だ。住み慣れたはずの王都だ。

 馬を進めると恐怖に顔をひきつらせた市民が家の明かりを消して恐恐(こわごわ)とゲヘナを見つめている。俺は市民が集まっている場所を見つけては馬上から「大丈夫だ!安心して欲しい。ただしあの燃え盛る壁から低級魔族が突入部隊に蹴散らされて逃げてくる可能性もあるので、その時は我々が対処するので知らせてほしい。そして、いつでも逃げられる用意を!」と告げて廻った。

 しばらくすると遠くの方で「うわあ!?魔物だ!魔物が現れたぞ!?」という悲鳴が聞こえた。俺はレエブン侯と顔を見合わせて頷くと、兵たちとともに向かった。

 市民たちが「あそこあそこ!」と指す場所へと向かうと傷ついた一匹の低級悪魔がフラフラと道を歩きながら「ぐるあわああ」と声を挙げていた。大きさは130㎝ほどだろうか?

「弓を射よ!魔物がひるんだ瞬間に魔法武器隊が突撃し止めをさせ!」

 レエブン侯の指示通りに弓隊が至近距離で一斉射撃をし、悪魔が苦しそうに鳴いた瞬間に魔法処理を施した槍や刀剣を手にした兵たちが突入しめった刺しにする。……思ったよりも楽な作業だけど、なんか、こう、心に来るんだが……。

 その、なんだか一匹を集団で嬲り殺しにするという心苦しい作業を数回繰り返していると、市民から「ザナック王子!ありがとう!」という声が挙がった。いやいや気にすんなと手を振る。というか大変なのは市民に見える俺じゃなくて、ゲヘナの炎の向こうの奴らだからな……頑張れよ。

 

 数刻たって漏れ出てくる悪魔退治に慣れた頃、突然それはやってきた。さっきまでの低級ではなく中級とも言うべき強者の雰囲気を纏った大人の人間と変わらない大きさの悪魔が、傷ついた腕を押さえながら「ぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぅぅぅうう!」と低い唸り声を挙げながら地に臥せっていたのだ。

 そして先程までと同じ様に弓隊が急いで弓をつがえようとするが、それよりも早く、俺に向かって槍を振り上げながら突っ込んできたのだ。

 俺は慌ててグイッと手綱を引き馬の腹を蹴る。間に合わないと俺も諦め、周囲の兵達も、見物人の市民も思っただろうが、俺の愛馬は突然「ぴょん」と右へ飛び跳ねて正面から突進してきた悪魔を避けたのだ。周囲からは「なんという神業だ!?」と歓声が挙がった。いや違うんだ……俺の馬術の昔からの癖なんだ。

 しかし、俺が避けたことにより俺の後ろの兵士たちに悪魔が突っ込んで彼らを「ああぁぐぁああ」と叫びながら力任せに蹴散らしていく。

 

 どうする!?距離を取って弓を……いや、周囲の兵に当たるから撃てない。せっかく悪魔の背後を取っているが、剣で斬りかかるか?何の才能も無いから役に立てんな……。

 

 「実戦経験はないが……」そう呟くと俺は急いで馬を降りる。レエブン侯は「王子!?」と驚きの声をあげる。

 

 俺は周りの兵士を見渡して一番大きなタワーシールドを持った兵士から盾を借りると悪魔に向かって盾を構える。

 『ユグドラシル』でひたすら構え続けたタワーシールドを何故か慣れた手つきで構えると悪魔に向かってゆっくりと近づく。

 周囲から「王子!?危ないです!?」という制止の声が聞こえる。

「大丈夫だ!俺は一流のタンクだ!」と俺が叫ぶと悪魔が俺に気づいて「ぐぅあきゃあ!」と雄叫びを挙げて突っ込んできた。そして俺は構える盾に奴の体が当たる直前に「ここだ!」と全体重を盾に預けて悪魔に向かって盾を叩きつける。相手が本来の打点よりも距離を縮めることで体当たりの効果を減らし、そしてカウンターでの盾によるアタック!ゲームなら盾使いの基本である「パリィ」が発動して敵は動きを止めるはずだ……俺は瞑りたい目を見開いて悪魔を見ると、悪魔は盾に弾かれて驚いたような顔で体のバランスを崩していた。

 

「今だ!切り込めえええ!」

 俺が叫ぶと兵士たちは「ハッ」としたように我に返り、持っている武器が魔法武器でなかろうと一斉に隙きを見せた悪魔に叩き込んでいく。

 多勢に無勢。悪魔はボロボロになり地面に倒れ込んだ。そして今日一番の危機を乗り越えた兵士たちは「うおおおおお────!」と喚声が自然と挙がり、見物人からも大歓声があがる。「ザナック王子万歳!」という声も聞こえる。俺は震える手で盾を持ったまま固まってしまった左手の指を一本一本外して、盾を兵士に返す。「ザナック様が強者という話はついぞ聞いておりませんでしたが……」とレエブン侯が感心した顔で話しかけてきた。俺は「なあに……盾をちょっとな」ユグドラシルで5、6年ほどね。と答えた。

 ……パリィは使えなかった。左肩も脱臼しているかもしれない。右肘も痛みが酷い。これが、この世界での俺の現実だ。

 

 

 そして戦いは終わった。遠くから雄叫びの様な歓声が聞こえる。

 

 ヤルダバオト討伐隊被害人数55人、そして、ゲヘナの炎の中で国の倉庫に避難していたはずの市民の行方不明者が一万にものぼると云う……。これが人間を数値でしか見れないラナーだからこそ算出できた、もっとも少ない被害の理論値だったのだろう。そう俺は信じるしか無かった。

 

 それはきっと為政者として、どこまでも正しく、そして残酷な数字だった。

 

 

 

 

 

 

 




 
 
 
 





・「ゲヘナの炎」をアーチデヴィルの専用スキルだとザナックは認識しております(本当はどうなんでしょうか?)
・討伐隊の被害人数55人と仮設定

・重要な場面過ぎて、書き直しをし過ぎて読みづらい文章になっております。忝なし。


髙間様 Sheeena様 黄金拍車様 グリン様 誤字脱字の修正を有難うございます


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ハーレム王子ザナック

 

 

 

 

 

 

 

 王都悪魔襲撃事件より数日が経った頃、王都はすでに、その様なことが無かったかのように平穏を取り戻しつつあった。

 もしかして見せかけだけの平穏かも知れないが、それは市民の穏やかな暮らしを願う思いの表れだろう。俺だって平和な王都が何よりだ。そして出来れば地方でノンビリと暮らして余生を送りたいものだな……。

 そんな事を考えながら王都を馬で従者と供に闊歩していると、商店街を荷物運搬用のカーゴを引いている馬車と、見知った顔の男性を見つけた。

 俺は従者達に「知り合いだ。少し話したら家に帰るので護衛はもう良い」と告げて彼らを帰らせると馬車へと馬を向ける。

 

「あっ ザナック様だ!」

「おい!盾王子のザナック様だぞ!」

「いや 悪魔殺しのザナック様だろ!」

「馬使いのザナック様じゃなかったか?」

 

 ……増えてるな……アダ名。

 

 俺は彼らに手を振ると商店街の人達数百人が「おおお――!」と盛大な拍手と共に盛り上がる。

 

 なんか……人気出てきてる!?

 

 ……いや、なんかさあ、薄々気づいてはいたんだよ。

 「王子としての義務です」という言葉でラナーの言いなりに動いてきたけど……アイツ、本当に俺を王にするつもりじゃないだろうか?随分と人望とか声望のような物がアップして来ているのだが……。

 

 王とか本当に無理だからな!

 能力が無い。野心がない。なにより本人にヤル気がない! 

 ……おっとイケナイ。俺はさっきの男性を捜してみると、さっきの盛り上がりで俺の存在に気づいたらしく、少し離れた位置で馬車を停めて俺に敬意を払い帽子を取り頭を垂れていた。

 

「おお、すまんな、待っていてくれたのか」

 

「お疲れ様でした。ザナック様。事件では大活躍だったとお聞きしております」

 

 目の前の男、ラナーの家令をやっている男性が疲れたような顔で俺を讃えてくれる。

 

「いや それは誤解で俺は全然働いてないんだけどな……買い物か?」

 

 普段はラナーの領地(リ・エスティーゼ近郊)にて領内を取り仕切っている彼を王都で見るのは珍しい。

 王都でないと買えない物だろうか?普通の商品なら領内にある店舗で間に合わせるほうが領内の経済活動としての正しい姿だからな。

 

「ええ、何故かウチのメイドが世界中のハチミツを集めるんですよね」

「……変なメイドを持つと大変だな」

 

 そう言って俺は彼の肩を励ますようにポンと叩く。あと、ゴメンナサイの意味も込めてポンと叩く。

 

「それはそうと、なんでそんなに疲れてるんだよ?」

 そう、俺は昔馴染みのこの男が険しい顔で歩いていたので引き留めたのだ。

 彼は良い家の出であり、エリート官僚としてバリバリ働いていた人物だが、40歳くらいに出世争いに敗れて落魄しかけた所を、時の内務官に乞われてラナーの家令の任に就いた人物だ。もう50を過ぎているが、もっと精力的な男だったように記憶している。

 

「いえ……その……」

「あー、わかってるわかってるラナーのことだろ?」

「え!?あ……はい……流石に仲の良い御兄妹であらせられますね。ラナー様からお聞きになられておられましたか」

 

 えっ、当たってた!?

 適当だったのに……アイツが俺以外の人を困らせるのって珍しいな。

 んー、なんだろう。解らんな。特に『仲の良い兄妹』という単語の意味が解らん。

 

「ああ……あの件な。アレは、どうすんの?」

「まあその、可哀想ではありますが、衛兵達に頼んで殺処分してもらおうかと思っております。(たち)の悪い伝染病に罹っているらしく、処分後に燃やして埋めるように指示を頂いております」

 

 あ、ラナー領の家畜の話か……。

 

「そうか……もったいないなあ。食べられないのは残念だよな。」

「えっ!?食べ……ああ、その意味での……ええっとですね。お体に障りますし、街で営業されているちゃんとしたお店で御用意して頂いた方がよろしいかと」

 

 そりゃそうだよな。

 

「そうかー 君、良い店知ってる?」

「えっ その……ええっと、コレはあくまで、あくまで私の友人から聞いた話なのですが……」

「うむ」

「そうですね……エ・ランテルなら東地区の『紫の秘薬館』のアメリールが素晴らしいのですが、王都なら『橘の夢見館』のエリコットが最高です……と言っておりました」

「なるほど、行ってみるよ」

 

 俺は彼の背中を叩いて励ますと手を挙げて別れを告げた。

 

 エリコット?が最高か……聞いたことのない料理名だな。

 

 俺は帰宅すると執事を呼んで「悪いけど『橘の夢見館』という店の予約を取ってくれる?今日の晩に行くのでエリコットを頼むと伝えておいてくれ」と告げた。

 執事は急に真顔になり「申し上げます。王子たる者が娼館に出向くなど自重すべきで御座います」と強く答えた。

 

 え?娼館!?

 ……ど、どういうことだ?

 どういう……ん?

 

「……ところで、その名前が娼館だと良く知っているなあ?ウォルコット」

「しまった!?罠か!」

「黙れ。光の速さで返答しおってからに……このエロ執事め!」

 

 ……待て、娼館?

 ……食べるという意味を勘違いしてたという事は娼婦の扱いについて語っていたという事だよな

 ……伝染病に罹っているから処分して燃やす対象は、家畜ではなく……娼婦のことか!?

 

「用事を思い出した!ちょっと出てくる!」

 そう執事に言い捨てておれは走り出す。

 娼婦って……先日の事件で救い出され、ラナーが預かると言ったあの娘たちのことだよな?

 本当に手の尽くしようがない状態なら内密に事を進める必要はない。

 かと言って、ラナーが娼婦達を殺す理由はなんなんだ?

 そういえば……彼女たちを救い出したクライムに、彼女たちが感謝と感激で一杯になりキスの雨を降らせていたな。

 誘拐や人身売買で強制売春をやらされて、ハードな店で地獄のような日々を送っていたんだ!助けてくれた王子様に恋する娼婦が居ても仕方ないだろう!まあ現実の王子様は俺なんだけどな!

 

 あの野郎!狂った独占欲で文字通りに皆殺ししてどうするんだ!それじゃ本当に怪物に成り下がるぞ!

 

 ラナー家の家令……家令……居た!

 俺は必死に人波に馬を入れて家令を見つけ出した。

 彼は馬車に荷物を買い込んで、ラナーの領地へと向かうための門に並んでいるところだった。

 

「これはザナック様……先程は失礼致しました。どうされたのですか?」

「さっきの処分の話だが」

「は、はい」

「俺が全部引き受けた」

「えっ」

「良いヒーラーと薬師を知っているので全員とは云えないが救えると思う。救えた子はウチで面倒見るし、救えなかった子はちゃんと燃やして埋葬するから」

「それは……私としては有り難い提案ですが、ラナー様がなんと言うか」

「ラナーには言うな」

「え?いえ、申し訳ありませんがそれではラナー様を裏切ることになります。その様な不誠実なマネは出来ません」

 

 流石は一国の姫の家令に選ばれるだけのことはある。良い面構えと忠誠心の強さだ。

 

「あー 解った」

「はい?」

「ラナーにはザナック()が強引に娼婦を奪っていったと言え!」

「えっ」

「俺が!ハーレムを作るために!あの娘達を全部連れてくぞ!解ったな!」

「ザナック様がハーレムを!?」

 

 ざわざわざわざわ

 

「ザナック様がハーレムを作るらしい」

「なんでも娼婦を掻き集めているらしいぞ?」

「しかもラナー様の領地の娘にまで強引に奪いなさるそうな」

「両刀だったのか……」

 

 夕暮れの城門は人通りが激しく賑やかだなあー 

 おいおい どうした諸君?さっきの通りがかりの人気者ですよ?

 

 

 俺が市民の声に泣きそうな顔になっているのを見たラナー家の家令は

「……解りました。ザナック様にあの娘達を、お預けいたします」と言った。

 家令としてのプライドと忠義心もあっただろうが、強引な手を使ってでも娘達の面倒を助けようとする俺の真剣な顔にほだされたのか俺の手を強く握って頷いてくれた。

「ああ……あの娘達は俺に任せてくれ」

 俺もまた、家令の手を強く握って握手をした。

 

 

「商談成立みたいだぜ」と言う市民の声が聞こえた。おうい!?言い方ぁ――――!!

 

 

 

 そして俺のあだ名がまた増えた。

 

 

 

 その日の夜のウチに、さっそくウチの家令(ラナー領隣にある俺の領地の取り仕切りをやってもらっている。ウォルコットは執事として俺と城で秘書をやってくれている)が手配して、元・娼婦の子達を引き取ることが出来た。

 きっとラナーの家令も殺処分は気が進まなかったのだろう……。ただ「もしもの時はお使い下さい」と毒薬を渡されたらしい。確かに本当に伝染病に罹っているなら必要な処置かも知れない。その場合は我が家の者に精神的苦痛を与えることになるのだろう。

「すごく豪快なパワハラだな……」労働基準監督庁が黙っていないだろう。無いけど。

 

 そして医者や回復師に見せたが、やはり疫病に罹っている娘は一人も居なかった。

 くそっ ラナーめ……。クライムが知ったら泣くぞ?こんど説教だ。説教。

 

 安全を確認して、ようやく彼女たちを住まわせているゲストハウスに赴いてみる。

 もう無事であることを伝えたほうが良いだろうか?いや、わざわざ自国の姫が嫉妬魔神で自分たちを皆殺しにしようとしたなんて悪夢は知らないほうが良いだろう。

 ただ、突然ラナー領から移動させられて不安も大きいだろう。安心だけはさせてやらないとな。

 

 コンコンと一応ドアをノックして返事を待ってドアを開けると、かなりの人数の娘がそこには居た。この屋敷は二階建てで、全部で……8LDKくらいだったが、ほぼどの部屋にも5、6人が収容されており居住環境は悪そうだ。

 

 しばらくすると、その中で年かさの連中(と言っても20代だが)が俺の前にススッと集合し「その……ザナック殿下……でよろしいのでしょうか?」と怖ず怖ずと尋ねてきた。

「うむ その通りである」と頷くと、彼女たちは「やっぱり……」などとヒソヒソ話を始める。

「その……みんな疲れておりますし、ようやくあの地獄から解放されてホッとしながらも、恐怖心や嫌悪感が心と体にこびり付いた可哀相な娘たちばかりで御座います。どうか、今回は私ども5人の中からお選び下さいませ……」

「選ぶ? なんで?」

「ぜ、全員で御座いますか!?」

「(助けるなら)全員じゃないと意味無いだろう?」

「性欲の化け物……」小声で何かを呟いた女の子がフラフラと力なくへたり込む。

「おい 大丈夫か?」

 俺は彼女に手を差し伸べる。

「ひいっ」

「ひい?」

「お、お許し下さいませ!お許し下さいませ!」

「まだ、その……ラナー様に私たちが売られたというショックから立ち直れなくってですね……」

「え? ラナーが君たちを売るわけないだろ?」

 

 皆殺しにしようとしてただけだ。

 

「そ、そうで御座いますよね」

「ああ 君たちは……その……まだ八本指の残党が居て狙われる可能性が高いから、いつまでもラナーの所に居たら危険だろう?」

 

 五本指の悪魔(ラナー)に殺されるからな。

 

「ああ……なるほど、そうで御座いましたか……申し訳ありません。王子様にまでお手間を取らせまして」

「いや 良いから先ずはゆっくり療養してほしい」

「有り難う御座います」

 すると、彼女たちの後から若い娘がススッと近づいてきた。

「あの、すみません王子様。少しお願いしたいことがあるのですが」

「何かな?」

 

 おお 可愛い。あれ?もしかして俺のことを……!?

 

「その……私たちを助けて頂いたクライム様に是非お礼をしたくて……」

「お礼?伝えておくよ」

「いえ……その……直接そのマリエルとルーシィと3人でお礼をしたいなあーって……会わせて頂けますぅ?」

 

 

 彼女たちのしなだれかかるような仕草に眉を潜めながら観察をする。

 上気した身体。潤いを帯びた目。紅くなった顔。

 

「一番ダメなやつだよ!」

 

 

 俺も含めて金色の悪魔に全員殴殺されるわっ!!!

 

 

 

 思わずキレた。

 

 

 

 ついでに、またあだ名が増えたよ!ペース!?

 

 

 

 

 

 

 








粘土a様 誤字脱字の修正を有り難う御座いました


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戦の気運

 

 

 

 

 

 

「ザナック様、例の件は無事片付きまして御座います」

 

 教会での儀典に出席した後に城に帰り、執事の報告に肩の荷が降りた俺は「うむ ご苦労」と答える。

 例の件とはラナーがクライム達に「うちで保護します」とか言った癖に、クライムへの独占欲や嫉妬から始末しようとした娼婦たちのことだ。彼女たちは俺の領地で療養し、性病や暴行による怪我を持っているものが多かったので、薬師や教会回復師による治療を行い、郷里に帰りたいものは帰し、行く宛のない者は我が領地の中でメイドや店員などのサービス業、少数ではあるが再び娼婦になる者も居た。といっても我が領地は王都近郊の鄙びた牧歌的な所であり、お客さんは農家や商家の小倅や衛兵くらいしか居ないだろう。

「ま、気に入ったお客さんと結婚でもしてくれればお嫁さん不足の解消の足しになるだろう」

 うち……若い娘が少ないんだよな……領主の人気がないからかな、カナ。

 

 この件についてラナーは何も言ってこない。

 クライムは王国政府の中で最も活躍をしたということもあり、正式な騎士に叙勲……という話があったが「正式な騎士になると今ほど自由にザナック様とラナー様の間を行き来出来なくなりますので」と言って断った。

 まあ、一騎士という身分程度ではどうせラナーとの結婚が許されるわけではないから焦る必要は無いだろう。

 

「無駄にこれ以上、騎士団の連中や衛兵などからやっかみを増やす必要もないしな……」

「どうされましたか?ザナック様」

 クライムは白金の鎧に身を包み、俺の独り言を聞き逃がさなかった。

「ああ、クライムに癒やされるなあ……と思ってな」

「御冗談を。……もしや、癒やしが必要なほどお疲れなのでしょうか?」

 クライム、いや、クライムきゅんが真摯に心配で一杯の眼で俺を見てくる。

「ああ……クライムの透き通った瞳に癒やされる……身体の悪い物が浄化していくようだ」

 なんかマイナスイオンとか出てんじゃねえの?この子。クライムデトックス。

「え? そんな、私などにその様な力は……」

 ふふ、赤くなってる。今日も俺のクライムは可愛い。

「……しかし、こうなるとクライムはあんまりラナーの近くに行かないほうが良いかも知れないな」

「! な、なぜでございますか?」

 クライムがシュンとなる。きっと犬耳が垂れている状態だ。

「いや アイツは悪いモノだけで出来ているから、クライムの浄化範囲に入るとドロドロに溶けそうじゃん」

 もしくはキレイに服だけ残して蒸発しそう。しゅわああ~って。

「いけません!ザナック様。いつもの戯けとは思いますが、ラナー様の事をそのような……」

 

 突然バーン!と扉が開いて無表情なラナーがズカズカと無言で入ってくる。

「あ」

「……」

 ラナーは無言のままで俺に近づくと、俺の眼孔の当たりに拳をグリグリと押し付けてくる。なにこの痛くて怖くて地味な攻撃!?

「痛い痛い痛い!?てゆーか怖い怖い怖い!?なんか気分次第で目の玉を潰されそうで怖い!?」

「……」

「ラナー様……ザナック様が本気で泣きそうなのでやめてあげて下さい」

「泣くか!……いや、やっぱりゴメン泣くかも許してください痛い痛いぎりぎりするきりきりするう!」

「人が居ない間に、お兄様はクライムになんということを吹き込むのですか!」

「おまえが夜の街を見下ろして「わははー愚民どもめー」と言いながらワインを飲んでいることをバラしてごめんな」

「……いえ、私そんなラキュースみたいなこと言ってません!」

 なんで一瞬考えたんだよ……。

「馬鹿おまえラキュースだったら、夜の月を見上げながら「馬鹿な!?それが世界の選択だというの!」とか言うよ?」

「……本当に言いそうだわ」

「なぁー」

「えっ?ラキュース様って……え?」

「まあ あいつのミドル・エイジ・シンドロームのことはどうでも良い。どうだった?バカプロの様子は」

「……いえ、あのザナック様?」

「ええ、あの残念脳は相当焦ってるようですわよ」

「ラナー様まで……兄君で御座いますよ」

「あれー 俺もラナーも誰のこととか言ってないのにー」

「まあクライムったらバルブロお兄様のことをそんな風に思っていたのね!イケナイ人だわ」

「……お二人って本当に良く似た御兄妹ですよね」

「「それはない!」」

 

 リ・エスティーゼ宮殿の裏に呼び出すぞ!?

 

 

 

 

 ……さて、そろそろこの状況を整理しよう。

 

 先程、クライムの評価が上がったというが、実はそれ以上に上がったのが……上がってしまったのが俺の評判だ。確かに俺は市民や衛兵に見える所を闊歩していたが、実際に自ら戦ったと言えるのは一度だけなんだけどなあ。

 

「なんでこんなことに……」

 

 俺は両手で頭を抱える。

 

「往生際が悪いですわね」

「ザナック様は御立派に街をお守りに成られたではありませんか!誇られても良いことだと思います!」

 

 父王も戦士長と供に前線に立っており、城の奥に引き籠もっていた第一王子のバルブロへの声は厳しい。普段強圧的な態度で、平民にも貴族にも横柄に接してきた者が、臆病風に吹かれて普段馬鹿にしていた弟すら前線で市民のために戦っている中、城の奥で震えていたわけである。当然、世間では「次期国王にふさわしくない」「ザナック様の方が王の器である」という声が一気に噴出した。特に王派閥などは常日頃から苦々しく思っていたバルブロの失態をここぞとばかりに責め立て、それはもう無視できる熱量ではなかった。

 

 そこに降って湧いたのが、恒例のバハルス帝国との会戦の気運である。帝国はいつもよりも多い6万の軍を用意しており、好戦的な貴族の中では「帝国は今回は本気だ!いつもと違って睨み合って終わりじゃないぞ!」と気持ちを高ぶらせて張り切るものが多かった。

 それは前回の失態を挽回したいバルブロにとっても好機に思えたらしく、父王ランポッサ三世にしつこく参戦を願い出たのだ。

 

「父上は一軍をバルブロに許すだろうか? いつものように睨み合いだけならそれも構わんと思うが」

 というか王に成りたくない俺としては、正直バルブロには程々に頑張って欲しいのだ。俺としては王がバルブロで、ラナーが総合アドバイザーとして実権を握り、俺がどこかの辺境でのんびり暮らせればそれで良いのだし。

 

「レエブン侯からは兄が出るなら、ゲヘナで功を立てた俺にも軍を預かる権利はあるでしょうと言っていた。これ以上目立って本当に王になってしまったら誰が責任を取るんだ」

 

「煮えきりませんね。お兄様は」

 

「オマエやってくれよお」

 

「……」

 

 ラナーは半笑いで無視をする。

 

「なあ……クライム。妹に無視されるような兄は、王に相応しくないと思うんだ」

「いえ お二人は話さずとも心で通じ合っているので御座います。無視された……のではなく、言葉にする必要がないのではないしょうか」

「クライムはラナーに甘いなあ」

「いえ、そのようなことは決して」

「言っておくが、一緒に暮らす様になったら苦労するぞ?時には厳しいことも言わないと駄目だぞ?」

「ザナック様!?」

「まあ!お兄様ったら!?もう……」

 

 ラナーは恥ずかしそうに顔を背けると、クライムに見えない角度で「うぇへへ」というダラしない顔をする。そして俺を睨むと「もっと言え、もっと」と手をふりふりとして煽ってくる。おかしい……普通ツンデレの「ツン」と「デレ」というのは同一人物に食らわせてこそ有効な技だと思うのだが、何故担当が違うのだろう。

 

「なんだクライム、ラナーじゃ不満か?確かに、ちょっと……いやかなり、いや恐ろしいくらいに性格はドス黒いが、顔と計算高さだけはかなりのも……げふぅ!」

 

 俺のレバーに拳を叩き込んだラナーが「約束は守ってくださいね」と耳元で呟く。……約束?なにそれ怖い。とりあえず、後でジワジワ効いてくるものだろうな。いいもん持ってやがるぜ。

 

「バルブロ兄様の声望が地に落ちたため、義父のボウロロープ侯は娘婿の汚名返上のためにかなり張り切っておられるようですね」

「まあでも、全軍の指揮はレエブン侯が執るのだろう?だとすれば会戦になったとしても何とかならないかな? そりゃリ・エスティーゼ王国軍25万対バハルス帝国軍6万という数の差が全てではないのは解っているけど」

「数だけ25万の王国と、質と練度に長けた精鋭の帝国軍6万では防ぐのがやっとかと」

「しかもオマエが言うにはバハルス帝国のジルクニフが例年兵を出してきたのは、うちの兵糧に損害を与えて、国の経済バランスを崩し、国力を削ぐことが狙いだと言うのだろう?もう良いのか?ジルクニフにとって、もうウチは食べ頃になったというのか?」

 

 だとすると不味いな。

 

「どうなのでしょうか?レエブン侯には天才軍師が仕えているらしいですし」

 

 そう言いながらもラナーの眼に表情はない。俺の前で、こういう時のラナーは自分の心の底を見せないようにしている状態だ。

 

「そうか……ちょっとレエブン侯に話を聞いてみるかな……クライムはこのままラナーの相手をしてやってくれ」

「はっ」

 

 俺は、こそっと俺に「ないす!」とサムズアップをする金色の悪魔(ラナー)を無視して、レエブン侯が王都に常駐する時に使っている屋敷へと向かう。ある意味、レエブン侯の別荘のようなものだが、流石大貴族だけありその辺の貴族の本宅よりも大きく豪奢な作りだ。

 

「どうされましたかな?ザナック様」

「ほら、来月か再来月辺りに迫っている次のカッツェ平野での会戦についてな」

「殿下はお出にならないようで残念です。私としては誼を通じているザナック様が活躍して名声が上がり、次期国王になって頂くのが有り難いのですがね」

「いや 無茶言うなよ……次期国王も戦争も俺には無理だよ」

「私のように有能な軍師をお雇い下さい。なんなら良さそうな賢者を御紹介致しますよ?」

「一兵卒も持ってないのにそんなの要らないです……今回は帝国も本気で大会戦をするらしいと聞き及んでいるけど……本当かな?」

「難しいところですね。確かに例年よりは多いのですが、本当に戦う気があるならもう少し兵を増やすと思うのです。我々はガッチリと守れば良いだけですし、例え彼らに軍を抜かれても城塞都市エ・ランテルが後に控えてますからね。となると我々を叩いた上で、難攻不落のエ・ランテルを落とす兵力が必要に成るわけですが……いくら帝国兵が精強と言えど少ないように感じますね。しかも帝国は騎馬が中心ですが、攻城戦に必要なのは包囲網のための歩兵と、陣地構築の工兵です。騎馬では馬の糧秣も必要となり、例え我々に快勝したとしてもエ・ランテルを落とすことは出来ないのではないでしょうか」

「なるほど」

 

 確かに……彼らはカッツェ平野で勝っただけでは何も得ることが出来ないのだ。

 

「となるとバルブロが出してもらえたとしてもいつも通りの睨み合いだけで、戦功を立てることは出来ないか……」

「そうですね。そもそもランポッサ王の配慮で参陣は叶いませんでした」

「そうなのか?」

「はい。バルブロ殿下はボウロロープ侯に精鋭を預けてもらう約束を取り付けていたらしく大層ご不満のようでしたが」

「そうか、俺は何もしなくても良いんだよね?」

「しなくても良いではなく、することを許されなかったのです。王派からは王都の乱のご活躍の勢いに乗って、この戦いに出陣して欲しかったみたいですが、活躍しすぎてしまったため貴族派から猛反発に遭いましてな。どうやらザナック様は別の仕事を押し付けられる様です」

「良くやった。貴族派」

 いやあ、貴族派のお陰で戦争に行かなくて良いとか有り難いね。

「おやめ下さい。そしてもっと自信をお持ち下さい」

「俺が実際には殆ど働いていないことは、一緒にいたレエブン侯が一番良く知っているはずだが」

「ええ 殿下が盾一つで中級悪魔と対峙し、大怪我を負いながら皆を救ってくれたのを目の前で見ておりましたからな」

「それにそもそも、あの事件は被害が大きすぎるぞ。政府の財と市民をどれだけ失ったと?」

「はい、ですから英雄が必要なのです」

「英雄なら漆黒のモモン殿が居るではないか」

「失くしたモノは財と市民だけではありません。王政府への信頼も同時に失っているのです」

「ああ……そういうことか」

「ええ、モモンは国に取っての素晴らしい剣だが体ではない。そういうことです」

「ご高説をどうも。では『国の頭脳』のレエブン侯として、この戦いは心配要らないということで宜しいので?」

「そうですね。負けない戦いをすれば良いだけの我らとしては、本当に会戦に到ったとしても想定の範囲内で済む戦いかと。まだ時間もありますので馬防柵や対騎馬用パイクの用意も間に合いそうですし」

「そうか それは何より」

「はい。ワーカーなどにより、諜報は続けております。例えば最近、帝国首都のアーウィンタールで大きな地震があったのですが、それに巻き込まれて四騎士の一人が亡くなったとも。まあその代わりなのか新部隊を加えたみたいで、兵士数のかさ増しはそのせいではないかと」

「ふむ……」

 

 ……地震?

 そういえば、ゲヘナの炎っぽいのが挙がったアノ王都悪魔襲撃事件の時も地震があったな……。

 

 

 俺は自分の中の不穏な感覚に、どう向き合って良いのか解らないままレエブン侯の邸を御暇する。外で待っていた従者と共に馬車に乗り込むと王宮へと向かう。

 馬車の中で得体の知れない不安を抱えながら窓の外を眺めていると、王宮に近づくに連れ、数千の兵が城の外に整列し、まるで出撃を待っているかのような状態でいることが見えた。

 王宮の門が近づいて、馬車から降りた俺は怪訝な顔で謎の軍隊を見渡す。

 五千は居るな……会戦の準備にしては流石に早すぎないか? 閲兵だとしても先の話だと思うのだが? 俺はこの謎の軍隊が掲げる旗を捜す。

 まず『リ・エスティーゼ王国旗』が見える。そして『ヴァイセルフ旗』……アレは王族旗だ。父上の御親兵にしては装備が2段階くらい落ちる気がするのだが……ん!?

 そこには『バルブロ旗』がたなびいていた。……何故だ? バルブロは出陣を許されなかったはずだが?

 俺が不思議に思っていると、突然背中をガシンッ!と殴られた。

 

「ッ!? ゲホッゲホッゲホッ」

 

 俺が肋骨の一本でも折れていそうな痛みに悶え苦しんでいると

 

「はっ、大げさに苦しむではないか?愚弟が」

 

 ……なんでこんな目にあったうえに、こんな罵倒を受けなければならんのか。

 

「ゲホッ 兄上……カッツェ平野へ出陣されるので?まだ早くないですか?」

 

 俺がそう尋ねるとバルブロは眼尻を上げて赤い顔で「黙るが良い!」と叫んだ。

 

「エ・ランテル周辺地域への哨戒任務に行けとの命だ……父上は耄碌されたっ!」

 

 確かに合戦に出られないのは功を焦っているバルブロにとっては痛恨時だろうが……。

 周囲のバルブロへの評価が大暴落している事は聞いている。レエブン侯の話からは本来この様に軍を与えてもらうことすら叶わないほどに。確かに周囲への傲慢な態度や馬鹿な発言と行動。そしてそれを許していた「でも猪突猛進(バカ)で好戦的(短気)な部分は逆に見れば力強く勇猛と取れなくはない」というみんなの一縷の望みが、悪魔襲撃事件でのあまりに酷い怯懦で不甲斐ない様は、その糸を切ってしまったと言える。それにしてもあまりにバルブロの悪評が広まりすぎだとも思うのだが。ボウロロープ侯の人を見る目の無さを馬鹿にする貴族も居るという。……まさかこの噂のスムーズな広がり方ってラナーが絡んでいるんじゃないだろうな? そういえばあの事件の時もやたら俺に色んな役を振ってきていたな……アイツ。

 

 やめるんだラナー。本当に俺が次期国王になったらどうしてくれるんだ。

 

 しかし、きっと父上は王派と貴族派のバランスと、なにより可哀想な長男への温情をかけて、貴族派、王派閥ともに納得できるギリギリのラインの任務が、バルブロに与えられた仕事なのだろう。

 ……それなのに自分に相応しくないって拗ねるとか、バルブロはどこまで行ってもバルブロなんだなあ。

 

「この前の王都の件で各地に不穏な動きもあると聞いております。きっと重要な任務だと思います。ご武運を」

 

 俺は我ながら心にもないことをスラスラと喋ると、バルブロは「私の前でその口を開くな!!」と言い捨てて部隊の方へ肩を怒らせながら歩いていった。

 

 

 

 それが俺が見た兄上、バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフの最後の姿だった。

 

  

 ……ってなことに、ならなきゃいいなぁ

 

 

 俺のまったりライフ(未来)のためにも無事に帰ってくるんだぞ。

 

 俺は手を合わせて「これ以上馬鹿兄(バルブロ)が失敗しませんように」と神に祈った。

 

 

 

 

 

 




 
 




締めのお言葉を「らりる」さんに頂きました。有難うございます。



Sheeena様 誤字脱字の修正を有難うございます


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大魔法

 

 

 

 

 

 

「ザナック様、そろそろ王都リ・エスティーゼが近づいてきました」

 

「うむ」

 

 ガラガラガラガラという馬車の音に包まれながら、俺は長旅の終わりを感じる。

 往復の移動期間も含めてだが、実に一ヶ月に及ぶ『ローブル聖王国』への外遊は王都悪魔襲撃事件で活躍(してないのだが)しすぎた俺を警戒した貴族派による工作だろう。これがレエブン侯の言っていた「何らかの用事を押し付けられる」という奴だ。

 何故、俺が居ないことが貴族派にとっての工作かと云うと、そろそろバハルス帝国とのいつもの会戦があるはずで、彼らにすればバルブロを出陣させて出来れば活躍させることが大切なのだが、それに俺まで出て活躍されては意味が無くなってしまうという事なのだろうな。俺に軍なんて率いる事は出来んというのに。

 まあ、その陣張りなどは俺が『ローブル聖王国』に出かけているウチに全て決まっているはずだ。順当に行けば俺は留守役になるはずだ。思わず揺れる馬車の中で小さくガッツポーズをとってしまう。

 それよりも何よりも、あの金色の悪魔(ラナー)から解放されていた開放感で健やかで最高のバカンスになった。今回は珍しくクライムの同行にも文句をつけて来なかったしな。

 

「ザナック様……先程から心の中がダダ漏れで御座います……」

 マジで!?

「すまんな……あんな悪魔でもオマエの想い人だものな――――オマエまさか宗教の悪魔崇拝的な理由でアイツを……?」

「違います!? あと、そのっ、想い人だとか!そのっ私には余りにも畏れ多いことでございます!」

「おまえ今更そんなこと言うなよ。俺はアイツにバルブロの世話を任せて辺境伯にでもなって逃げるつもりなんだから、オマエがアイツを支えて癒し係にならないと、ストレスでバルブロを操って恐怖政治とか始まったらどうするんだ!?」

「そんな、まさかあのお優しいラナー様が……御冗談を」

 

 クライム……お前には全リ・エスティーゼ王国民の未来がかかっているんだ。

 

 

「まあ、それはそうと……可愛かったな……カルカ・ベサーレス聖王女様……」

「はい お美しく優しい王女様で御座いました。ザナック様……随分見惚れておられましたね」

「うん 正直、その……初恋かも知れん」

「おお、それほど……」

「うん まあ聖王女と第二継承権の王子では身分違いだからな……いや、まてよ?俺があの方の所へ婿入りするのならばむしろアリなのでは!?」

「そうですね……リ・エスティーゼ王国が大国になり、聖王国と強い同盟を結ぶ際に有り得るかも知れません」

「よし! ラナーならやってくれるだろう!バルブロもラナーも、俺が居なくなって気が休まるだろうしな!win-winじゃないか!」

「いえ ザナック様が居なくなることをラナー様が喜ぶとは思えないのですが……それに、ザナック様がバルブロ様ご出立の際に、長らく神に祈られていたと聞き及んでおります。なんだかんだと言われてもザナック様は御兄妹の事を想われておられるのですね」

 

 ……なんでそんな噂が広まって?

 

「くそう!俺が王女様に見とれていたらレメディオスとかいう聖騎士が睨みながら近づいてきて「おい ふと王子。その様な下品な目で我が聖王女を見るな」と凄みやがって……」

「えっ そんなことがあったんですか?」

「ああ しかも流れるように似た顔の神官から耳元で「あなたにお似合いの娘たちを豚小屋に用意しておきました」とか囁かれたよ」

「!? なんということを!」

 クライムは顔を真っ赤にして、一瞬にして怒りに火がついたようだ。

「大丈夫だ。「ふはは 果たして私が気に入る可愛子ちゃんがいるかな?ブヒブヒ」と言い返しておいたからな」

「言い返せてませんよっ……いや、言い返せてませんよ!?」

 おお クライムが強いツッコミを……。

「良いんだよ。将来俺が聖王国の婿王になったら、あいつら扱き使ってやるから」

「志が低い……」

 

 クライムがさめざめと泣いた。

 

 

 

 

 

 さて、もうすぐクライムが言った通り王都リ・エスティーゼが見えてくるハズだが……。

 王都に近づくにつれ、違和感の様な物に気づく。

「……クライム。この辺りの道なんだが、妙に状態が悪くなってないか?」

「……そうですね。(わだち)も大きく深くなっておりますし大軍が通った様にしか思えません」

「だよなあ。でもバハルス帝国との会戦って、まだ先の事では無かったのか?」

「はい 私もそう聞き及んでおりました」

 

 クライムはガゼフと一緒に参戦するかも知れなかった大戦だけに、その動向には気をつけていたハズだ。まあラナーの「危ないでしょ!」の一声で中止になったのだが。

 一応、出陣前には外遊から帰ってきて、戦勝祈願などにも出席し父王の出立の御見送りをする予定だったハズだ。

 

 そして遂に王都に辿り着いた時に、城門に『出師旗』が掲げられており、まだ先だったハズの出陣をすでに終えている事を確信した。

 

 何故早まったのかについて各所に問いただすと「珍しくバハルスから宣戦布告書が届いたことにより、予定より一週間早く出陣なされました」と聞かされた。

 まあ、俺は元より留守居役だから構わないが、出陣の日を逆算すると、すでにカッツェ平野に軍を展開していることだろう。出来ればいつも通り睨み合いだけで終わってくれた方が良いのだけれど、あまり長い滞陣になると、ただでさえ懐の寒い王国の食糧事情が恐ろしくなる。

「早く終わるに越したことはないよな……」

 俺はクライムと供に人々から帰城の祝いを受けて、その日は疲れからか早く寝ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 まず、一番始めに入ってきた報は、「リ・エスティーゼ王国軍、カッツェ平野でのバハルス帝国との戦いで敗北。我が軍は総崩れで御座います!」というものだった。

 

 早くといっても、ここまで早くとは言ってない……。

 

 俺は寝ているところを叩き起こされた不満もナニも言わずに機械的に黙々と着替えて自室を出ると、緊急時ということで玉座の間に移動して灯りを点けさせる。

 玉座の間には父王ランポッサ三世の旗が掛けられており、主の留守を守っている。

 クライムに頼んでラナーに伝令の知らせだけは伝えておいてくれるように頼む。

 

 今回、どれだけ異常事態かと言うと、第一報が敗戦の報というのがすでに異常だ。

 今まで会戦に到らなかったということもあり、もし会戦されて軍の激突などがあれば、その時点で伝令が走るはずなのだ。それが無い。しかも両軍合わせて30万もの大軍の激突であり、そんなに性急に勝負が決するモノではないはずなのだ。少数なら勢いでごまかせても、大軍同士での戦いは詰め将棋的な側面も持つ。どこか局地戦で劣勢であれば余剰戦力が応援に回り粘り強く戦えるし、かのフールーダ・パラダイン卿が以前の様にフライで空を飛びながらファイヤーボールを撃ち続けようが、当方にも対魔法防御の盾や、遠距離用の石弓などはかなり準備されており、それらの一斉射撃の中で魔法バリヤーを張りながら飛びつつ、ファイヤーボールを撃ち続けるなど、余程の魔力があっても25万の軍相手に続く物ではない。

 

 ……つまり、我が軍は別の何か強大な力にやられた? 短時間で?

 

 考えづらい……例えば25万の陣がどれだけ長大で広大だと思っているのだ。この世界での魔法や兵器で、その広範囲を覆う事は無理だろう。

 「ドラゴンとかか?」一匹なら無理だろうが複数居れば……そう言えばバハルス帝国の近隣にワイバーン部族が住んでいたな……しかし飛竜で25万がやられるとは思えない。対フールーダ対策で対空兵器にはこと欠かさないはずだったからだ。

 

 俺が玉座の間でウロウロと落ち着かない体を持てあましていると、部屋の前に人が集まりだした。大体が一報を聞きつけて駆けつけた貴族と、大貴族の執事や配下たちだ。貴族でもある程度の地位がないと玉座の間に勝手に入ることは許されていない。

 俺は「緊急時だ!情報を得た者は入って報告せよ。おい、そこのオマエ。すまんが書記をやってくれ。適当な板を持ってきて壁に立てかけて、これより大量に入ってくるであろう報告を次々に羊皮紙に書いては貼り付けよ。えーっと」俺は周りを一生懸命に見回すとボウロロープ侯の執事を見つける。実力主義の侯爵のことだ。きっと優秀に違いない。

「すまん、そこのボウロロープ家の人……名は?」

 俺に突然名指しされた老齢の執事は一瞬驚いた顔をしたがすぐに落ち着きを取り戻し「カルロスで御座います」と名乗った。

「よし、では君がこれから入ってくる様々な報告書を精査し、繋ぎ合わせて確実だと思える状況を浮かび上がらせてくれないか? では今より各地の街にも人を送れ!戦場からの報告や手紙であれば関係ある部分だけでも書き写させて貰いココに集めよ!」

 

 (こういうのはラナーにやって欲しいんだけどなあ……)

 俺は内心すごく愚痴りながら父の配下に指示を与えていく。

 

「負けたことだけは確かだ! 各都市から余裕があるなら救援軍をまずエ・ランテルに向けて出すように指示せよ!ただし敵の追撃軍がすでにエ・ランテルに辿り着いている場合は正面対決するのは避けよ!25万の軍を蹴散らしたナニかが敵にはあるぞ!」

「エ・ランテルが無傷なら味方はエ・ランテルに逃げ込むはずだ。戦場からエ・ランテルへの道筋に哨戒兵を飛ばせ!そして敗残兵を見つけたら事情聴取をしたのち各都市への受け入れ用意の布告をしろ」

 ……まずは王都リ・エスティーゼから救援軍を出すべきだな。本来ならガゼフ戦士長の出番だが彼は父と供に戦場に出張っている。俺が……行くしかないのか? 行きたくないなあ……しかし、この場所で必要な情報の整理と判断なんてラナーの真骨頂だろうからなあ。

 

 俺が悩んでいると玉座にラナーがクライムを引き連れて入ってくる。周囲からは「おお……ラナー姫!」という声が上がる。

「お兄様、ここはラナーが引き受けますので、どうぞ皆様方を救いにお向かい下さい」と(のたま)う。俺がクライムの顔をチラ見するとクライムは必要以上に無表情を気取っている。コイツ……。

 俺はラナーの耳元に口を近づけると小声で「おまえ絶対に機会を窺っていたろ」と囁いた。

 ラナーもまた小声で「ここからは兄さんでは荷が重いでしょう?それより父王や貴族達を救援し敗残兵を纏めに行って下さい。きっと彼らからは恩や忠義を得ることが出来るでしょう」

 

 ……こいつは本気で俺を次期国王に据えるつもりなのか?

 そういえばバルブロもその後、何の連絡もないぞ……。

 

「ボウロロープ軍を初めとした左翼に陣取っていた兵は全滅!」

「敵の魔道師による大魔法で全軍壊滅的被害を(こうむ)る」

「恐慌状態での敗走であるため、大混乱を起こしており、現時点で国王を初めとして主だった者の生存は不明」

「被害は、すでに10万を越えており、今も増えている最中です!」

 

 突如入ってきた三報に俺は顔が青ざめていくのを感じた。

「ラナー……」

「……お兄様、お行き下さい」

 

 俺は強く目を(つむ)る。次期国王候補に祭り上げられるのがイヤだとかそんなことを言っている状態じゃなかった。

「今より大混乱の中、敵の追撃を受けているであろう我が軍を救いに行く!エ・レエブルやエ・ペスペルにも守備兵を割いて救援軍を組織し、エ・ランテルで我々と合流せよと先触れを出せ!」

 

 クライムは……置いていこう。本来はガゼフ達に付き添って経験のために出陣の話もあったのだが、ラナーに蹴られたんだったな。行かなくて良かった。行ってたら危なかった……な?……行かなくて良かった? ラナーは危ないことを知っていた?

 

俺はラナーに「大魔法の魔道師ってフールーダ・パラダインのことだよな」と聞いたら、「さあ 私は知りませんが」と無表情で返された。

 

 うん 何か知ってるな。

 

 

 エ・ランテルへと街道を急ぐ。正直乗馬には自信がないが、周囲の馬たちに愛馬が合わせるので集団移動は割と何とかなるものだ。

 ……馬は群れで生きる生き物だからな。

 そんなことを考えながら急がせる。王都から騎兵で2000、(かち)で4000の兵卒がエ・ランテルへ向かっている。

 とりあえずは騎兵でエ・ランテルへ先に赴き、各地からの増援軍と歩兵を待っている間に、市民を駆り出してエ・ランテルとカッツェ平野の間に野戦堡塁を構築しなければ……。そして、敗走兵と逆行して、殿となっているであろうガゼフの戦士団かレエブン侯の精鋭に合流出来れば、カッツェ平野からの敗走兵がエ・ランテルに逃げ込む時間稼ぎが出来るはずだ。

 

 ……しかし、事態は思っていたよりも深刻だった。

 

 エ・ランテルに近づくにつれ数を増してゆく、すれ違う敗残兵の群れ、群れ、群れ。

 その全ての者が声をかけてもこちらと目を合わせることもなく人とは思えぬ悲鳴を上げながら馬を走らせる。そこに歩兵の姿は見えない。全ての騎乗した者が徒の者を見捨てて必死に馬に鞭を打ち続けているのだ。馬もまたナニかから必死に逃げるかのようにその脚を止めることはない。よく見ると街道沿いに走り続けて駄目になった馬や兵が泡を吹いて倒れている。そして馬を失った者は這いながらでも必死に逃げるためにもがいているのだ。

 

 ────一体、戦場でナニがあったのだろうか?────

 フールーダ・パラダインが使ったと思われる大魔法とは、もしかして集団パニックを起こす精神系魔法なのかも知れない。休憩中に、そんなことを共回りの者達と話しながら俺たちは2日後にエ・ランテルに到着する。

 エ・ランテルでは市長のパナソレイが主導して混乱を沈めるために教会の者が走り回って収容した敗残兵の心身のケアを行っており、そして城塞周りに市民による簡単なバリケードと堀を巡らせている最中であり、破城槌などの攻城兵器を近づけない工夫をしている。

 俺は久しぶりにあったパナソレイの丸い体にシンパシーを感じながら彼と話し込む。彼が敗残兵から聴き込んで分かったのは「敵と対峙すると敵が何らかの魔法で空中に文字や模様が浮かんだと思ったら、突如我軍の左翼がパタパタと倒れた。その後に大きな黒い魔物が数体現れて本隊で大暴れをして崩壊し大混乱のまま敗走した」という戦況だった。

 ────魔法による中空の文字と模様? ……まるでユグドラシルの超位魔法の起動シーンみたいだな。この世界では逸脱者フールーダが使えるのは第六位階の魔法を使えると聞いているが。

 俺たちが各地より救援兵が集まるのをエ・ランテルで待っていると、ボロボロの姿で騎乗する父王ランポッサ三世とレエブン侯が入城してきた。

 俺は二人に無事の慶びを伝えつつ戦塵を落としてもらい話を聞こうとするが二人共口を(つぐ)んでナニも語ろうとはしない。特にレエブン侯の精神的ショックは酷く常に震えているようにみえた。俺は教団の神官を呼んで「獅子ごとき心(ライオンズ・ハート)」などの心理療法術を二人と近習に施してもらい、何とか会話が出来る状態に回復させて戦況の聞き取りを行った。大変なショックのところを申し訳ないが、こちらとしては殿に合流して敗残兵を逃がすために危険地帯に飛び込むかどうかの判断をしなくてはならないのだ。

 

「父上、レエブン侯、大変に辛い心模様であるとは思いますが、どうか教えていただきたい。まず、我々はこれより敗走してきた軍を逆流して、少しでも兵をエ・ランテルに収容するために殿と合流しようと思うので……」

「馬鹿な!?やめろ!やめて下さい!あの戦場に行くなどと!」

「そうだザナックよ……やめよ……なにをしても無駄だ……殿などおらぬ……」

 焦燥しきる二人に俺は呆然とした。あの冷静なレエブン侯が、王としての経験が豊富で幾多の困難を経てきた父王が心より疲れ、心より恐怖しているということに。

「……解りました。私も、あたら兵を死地においやることは致しません。それで……一体何があったのでしょうか? また他の方々は?」

「儂には分からん……ただガゼフは儂らを逃すために死んだ」

「私の元冒険者(オリハルコン)チームの部下たちも全滅した。私を逃がすためにだ。正直……私にも何が起こったか分かってないんだが、彼らが話していた内容から推察できる戦況を話そう」

「戦士長が……レエブン侯、お願いいたします」

「まず、大軍同士でいつもの様に対陣する我らリ・エスティーゼ軍の前に進み出てきた敵の魔道士が……」

「フールーダ・パラダインですな」

「違う!そうではない奴は、その黒い影は『アインズ・ウール・ゴウン』だと名乗った。それはガゼフ殿が最も気をつけて欲しいと私に再三忠告してくれていた名前だ」

 

 ──────アインズ・ウール・ゴウン!? ここで……その名前が出てくるとは!?

「そうか……あれがアインズ・ウール・ゴウンか、なんという化物だったのか……これならガゼフの言うとおりにエ・ランテルを引き渡しても良かったな」

 突然の父王の発言に訳がわからない俺は「ど、どういうことですか?」と訳を尋ねる。

「そうか、ザナック様は外遊に出ておられましたよね……実はアインズ・ウール・ゴウンの名前で「エ・ランテル周辺は元より我が領地なので返還せよ」との訴えがきていたのです」とレエブン侯が説明してくれる。

「そんな無茶苦茶な!?」

 本当に無茶苦茶だ。訳が分からん。

「その通りだ。だが、ガゼフはな……彼の者に戦いを挑むくらいならエ・ランテルを手放すべきだと主張してな」

「我が国としては、そのような意見は受け入れられません。そして開戦へと至ったわけですが……」

 レエブン侯の顔が曇る。また指先が少しづつ震え出している。俺は彼に紅茶を差し出して少し落ち着いてもらった。

「その……まず、我々は守備兵をエ・ランテルに残して24万5千の兵をカッツェ平野に展開しました。右翼7万、左翼7万、中央軍10万5千の大軍です」

「はい」

「その前に悠々と現れたのです……500騎の怪物の騎兵が」

「怪物!?」

「それらを見た瞬間にボリス・アクセルソン……元オリハルコンの私の部下が「今すぐ撤退を!」と叫びました」

 ……涙ぐみながら語るレエブン侯が痛ましい。しかし聞かねば。

「そして間もなく中空に文字や模様によって出来た青白い魔法陣が現れました」

 さきほど兵士も証言していたな。俺がかつてユグドラシルで見たことのある超位魔法の起動シーンと似ている?

「そして、その魔法陣が消えたかと思うと……急に前触れもなくパタパタと左翼に居た七万の兵が力なく、糸の切れた操り人形の様に倒れたのです!突然に彼らは絶命したのです!七万の人間が!突如!」

「なんという……ことだ」

「問題は……それからです」

「えっ?」

「宙に浮いた穴からボトリボトリと黒い果実のような巨大な球体が5つ落ちてきました」

「……」

「その果実は地面に落ちると割れて中から無数の触手が生え……この世の者とは思えない啼き声をあげながら……私どもの軍に襲いかかってきたのです!そして巨躯を振り回し、ぐちゃぐちゃとひとをまるで茹でたジャガ芋のようにぐちやぐちゃああああっうあああ!?」

 レエブン侯はそのときの情景が脳裏に浮かんだのか、悲鳴を挙げながら頭を抱える。これは当分駄目かも知れん……。父上もレエブン侯の発言で色々と思い出したのか青白い顔をしながら小刻みに震えていて、今にも吐きだしそうだ。

 

 ――黒い球体から無数の触手が生えていて啼きながら暴れる、大きい化け物……それは、それは俺がユグドラシルで何度も見たことのある超位魔法に似ている気がする。

 

 俺は爪を噛みながら性能の悪い脳を働かせてみる。

 

 ……確か、ネクロマンサー系の術者が使う超位魔法のハズだ。

 名前は……確か『黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)』。

 俺は被害者側だが……始めにHPがガクンと削られて……それから1つ2つの仔山羊、もしくは黒山羊と呼ばれている気持ち悪い触手モンスターが現れる奴だ。これが非常にタンク泣かせな超位魔法で、自慢の体力を削られた後に体力がタップリあるモンスターが襲いかかってくるから相性が最悪だったな――ゲームでは。

 

 ――これ以上、聞くのは酷だ。

 

 戦士長といい、元オリハルコンの冒険者達といい、二人を支えてくれた大切な人物を失くし、自分自身も軍も全てが崩壊した人間がここに居るのだ。

 

 俺は敗残兵をエ・ランテルへ収容しつつ、来るかも知れない追撃軍に備えて塹壕などを掘り、対騎兵にパイクなどの準備だけはさせる。これだけ揃えても『アインズ・ウール・ゴウン』と名乗る人物が来たら何の意味もないのだ。ただ敗走兵にとっては自分たちの逃げ込んだ場所が少しでも安全な場所だと感じる必要があるだろう。

 俺はいつ訪れるか解らない『アインズ・ウール・ゴウン』という名の死がやってくることにビクビクしながら、少しでも王子としての顔を兵達に見せつけて「安心せよ!もう大丈夫だ!」とだけ叫び続けた。

 

 追撃は……無かった。

 バハルス帝国の方でも大魔法による混乱があったらしい。

 カッツェ平野でのバハルス帝国との戦い……いや、『アインズ・ウール・ゴウン』によるリ・エスティーゼ王国への虐殺は終わった。18万の死者の贄とともに。

 

 

 その日のうちに、王を含む生き残った全ての貴族の承認を経て、城塞都市『エ・ランテル』はアインズ・ウール・ゴウン魔導王の物となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 













団栗504号様 誤字脱字の修正を有難うございます


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モモンガ

 

 

 

 

 

 

 

「すまないな……わざわざ来て貰って」

「……かまいませんよ。こちとら、目的はあるのに手段が見えない状態でしてね」

 

 ガゼフと比べると細身の体。しかし切れ長の眼は、ある意味ガゼフ以上に剣呑な雰囲気を周囲に振りまいている。抜き身のナイフの様なオーラは、彼が一時期野盗の用心棒として働いていたという話に真実味をもたらせる。

 

 俺はガゼフが死んだのはアインズ・ウール・ゴウンと一騎打ちをした結果だと聞いて、それを見守っていた男「ブレイン・アングラウス」をクライムに頼んで来て貰ったのだ。

 

「王都襲撃事件・八本指一斉退治の時はクライムがお世話になったそうで忝ない」

 そう言って俺は一礼をする。

「え……あ、いや」

「実を言うと、私はアングラウス殿とガゼフ戦士長との剣技大会決勝を見ているので、クライムのお世話をして下さっていたのが貴方だと聞いて随分驚いた物です」

「お世話などと……俺、いや、私は彼の勇気に随分救われたのです。その心の強さは私やガゼフも感服していたものです」

「そうですか……戦士長の名前が出たところで不興を覚悟で聞いておきたいことがあるのですが」

「……ええ、ザナック王子はガゼフのことを「元」とか付けずに、自然に奴が誇りに思っていた「戦士長」という名で呼んでくれています。それに……実はガゼフが王子のことをとても買っていたんです」

「えっ?私のことを?」

 買われる様なことをした覚えが全くないのだが……。

「ええ ガゼフは現陛下が引退された時には自分自身も戦士長を退こうと考えておりました。しかし、貴方の事を気に入ったのか、或る時からもう少し続けてみたいという様な事を常々口にしてましてね。ですから私が知っていることであれば、なんでもお話しさせて頂きましょう」

「すまないな、有難う……」

 ガゼフが何故、そんなに俺なんかを認めてくれていたのかは解らない。でも、俺を認めてくれた貴重な人を無くしてしまった喪失感に襲われてしまう。

 

 ブレイン・アングラウスはガゼフのライバルであり友でもあった剣士で、ガゼフが死んだことで最もショックを受け、哀しみに打ちひしがれていたのは彼だとクライムは言っていた。友の誇りを胸に不躾な俺に応えてくれようとしている……いい漢だ。彼に次の戦士長を任せられると良いのだが。

 

「君が近くで見た『アインズ・ウール・ゴウン』と名乗る人物について、出来るだけのことを教えてくれないか?昔、カルネ村にも人はやったが要領を得なくてな……どうやら村の者は彼に恩義を感じているらしく、我々には殆ど何も話してくれなかったのだ」

 

 アインズ・ウール・ゴウンが一番始めに確認出来たカルネ村。今回の戦いに先んじてバルブロはカルネ村の住人を人質に捕ろうとしたという報告が上がってきている。醜い……しかしその後のバルブロは行方不明だ。これはカルネ村とアインズ・ウール・ゴウンにはやはり何らかの関係があり、彼の者によってバルブロは排除されたと考えるべきだろう。問いただすにもカルネ村はすでに『魔導国』に組み込まれており、入ることも難しい。

 

「そう……ですね」

 ブレイン・アングラウスは目を瞑り思い出したくないであろう光景を脳裏に呼び戻してくれている。

「アインズ・ウール・ゴウン、魔導王と呼びますね。彼は……少なくともガゼフが認めるほど果てしなく強く、そしてガゼフが信頼するに足る律儀さを持つ人物だと思います」

「律儀?」

「はい 魔導王は始め兵達の命を助ける代わりにガゼフに臣従を求めました」

「え?……魔導王が戦士長に? しかし奴は戦士長より遙かに強いのだろう?」

「ええ 果てしなく埋めることの出来ない差がありました。恐らくですが……アレは魔導王による……まるで遊び仲間でも誘うような思いつきで言ったのではないかと私は感じました」

「ほう つまり特に意味があった訳ではないと」

「ええ 実際に、ガゼフが魔導王に断りを入れて、しかも一騎打ちを申し込んだときも、そしてガゼフが破れたときも魔導王は兵達にそれ以上魔物を嗾けたりはしませんでした。断られたときの魔導王からは「ああ、残念だなあ」という拗ねたような雰囲気を感じました。恐らく魔導王はカルネ村で知己を得たガゼフを気に入っていたのだと思います。それゆえ彼が守りたかったものをそれ以上傷つけるのをやめてくれたのではないかと」

「戦士長が守りたい物……王、兵、民……国か」

「そして戦士としての矜持。一つは誇りとして、もう一つは……強敵と戦うという仕合わせです」

「そうか……戦士長は本懐を遂げたと言っていいのだな」

「ええ 本人も蘇生は望まぬと言っていました。彼は戦う相手である魔導王に全てを託して死ぬことである意味、呪いをかけたのです。「後は頼むよ……私が認める貴方よ」という」

「ああ……そうか」

 

 俺は密かに憧れていたガゼフ戦士長の死を悲しみながらも、全てをやり切った清々しい漢の生き様に胸が熱くなった。なんという掛け替えのない男を失ってしまったのだろうか!

 しかし、王子たるもの配下の一人を特別扱いして別離の悲しみに身悶えて泣くわけにはいかない。

「ガゼブはぁ君にさいごおをぉ看取っでもらえてじあわぜだったと……」

「ボロ泣きじゃないですか……」

「ぐふっぐふっうええ……」

 

 

 耐えきれずに一頻り泣いてしまったあと、ブレイン・アングラウスが少し優しくしてくれる様になった。

「大丈夫ですか?」

「ああ……恥ずかしいところを見せた。すまん。魔導王のことについて続きを頼む」

「ああ、それで魔導王は結局アンデッドだったんだが、ガゼフが安心して剣を渡すくらいに信用を……」

「ちょっと待ってくれ!?」

「え、ああ」

「アンデッド!? アインズ・ウール・ゴウンと名乗る魔導王はアンデッド?」

「ええ、間違いないです」

「アンデッドの種類というか種族は……解ったか?」

「恐らくエルダーリッチだろうと思います」

「そんな……いや、その、どの様な姿をしていたかを教えてくれませんか!?……服装とか武器とか」

「そうですね……奴の姿は忘れようとしても忘れられません」

「ああ そうだろう……辛い事を頼んでいるのは解っているつもりだ」

 目の前で友人を殺されているのだ。

「まず、服装は豪奢な雰囲気に溢れた黒く金色の縁取りがなされたフード付きのローブ」

「うん」

「大きな赤い宝玉が付いた大きく厳つい肩パット」

「……ああ」

「骨の身体の真ん中にも赤く輝く宝玉が見えました」

 

 

 ――――嗚呼……。

 

 

 俺は誰か、俺と前世を共にする魔法使いが、この世界でアインズ・ウール・ゴウンを名乗っているのだと思っていた。アインズ・ウール・ゴウンという名前は特殊すぎて、偶然に生まれる名前じゃないから勝手にそう思っていた!

 俺と同じ様に前世の記憶を……と。

 違うのか?

 前提が間違っているのか?

 俺はゲーム中に死んだのだと思う……が、もしかしてゲーム、ユグドラシルの中に取り込まれたのか?

 この世界で偶に見られるユグドラシルとの共通点。特に魔法関係がそうだ。位階によるレベル分け、そしてカッツェ平野で展開されたと見られる超位魔法。いや、しかしこの世界はユグドラシルではない。国が違う、モンスターの種類や強さが違う、何よりも言葉が違う。文字が違う。

 王都悪魔襲撃事件でラナーがデミウルゴスという名前に反応をした。デミウルゴスはギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の中ボスだ。

 そして……アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターは『モモンガ』だ。公式非公認ラスボスとして有名なキャラクターだが、断じてNPCでは無い。『モモンガ』はエルダーリッチが育ちきって、色々複雑な職業やスキルを取得することでようやく成ることが出来る『オーバーロード』だった。それは召喚魔法を得意とするネクロマンサーとしての能力も持っていたはずだ。当然、あのカッツェ平野の大魔法も彼なら使えただろう。

 つまり『アインズ・ウール・ゴウン』は……『モモンガ』!?

 だとすると、彼は何故デミウルゴスと共にゲーム内のキャラクターの姿で、この世界に実在しているのだろうか? この世界は実はDMMORPGなのか?仮想空間の中なのか?俺がここで産まれて生きてきて触れ合った物も者も全てが存在しない幻想なのか?

 

 俺は吐き気と共に震え出す体を止めることが出来なかった。

 

 そんなはずは無い!

 俺は自分の太ももを拳で殴りつけてみる。ガスッ 筋肉が歪む!骨まで響く!痛い!大丈夫。ある!身体はある。幻なんかじゃない!気をしっかり持て。逃げるな。何と戦っているのか分からない恐怖から逃げるんじゃない!

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 ブレインが心配してくれている。当たり前だ。

「すまん。大丈夫だ。続きを頼む」

 

 ……アインズ・ウール・ゴウン、魔導王に会わなければ。

 

「ええと……魔導王とガゼフとの一騎打ちですが、何度思い起こしても不思議なのです。開始してガゼフが動き出した瞬間、魔導王は静止していました。これは確かです。しかし瞬きすらしていないのに突然次の瞬間にはガゼフはフラリと倒れたのです。魔導王は高位魔法なので蘇生は難しいだろうと呟いていました。何も動きもせずに目の前の敵の命を奪う魔法なんてあるのでしょうか?至近距離で戦士の初太刀の初動に移ろうとした刹那の瞬間に起動し、効果もすぐに現れるという魔法など」

「……リ・エスティーゼは魔法研究が随分遅れているから俺にも良く解らんな」

 

 そう俺は嘯いた。

 

 ────ある。

 

 というか、開始直後に時間停止の魔法を使ったんじゃないのか? 時間対策は必須だからな……俺もタンクで中レベルで魔法レジスト力が弱い頃は魔法抵抗力アップの指輪に頼っていたよ。

 あくまで、ユグドラシルのモモンガがゲームのままで魔導王となっているのなら可能だろう。むしろ辻褄が合う。

 待てよ? ゲーム内でも高レベルだとレジスト出来るから、時間停止魔法は中級モンスターとかに使うための魔法だったんだぞ? ガゼフは……あれだけ強かったガゼフは高位レベルではなかったということなのだろうか?もちろんユグドラシルにおいての話だが。

 冒険者組合がモンスターの強さを選定し確か「難易度」……いや「難度」だったかな。

 そんな数値で判定していて、ガゼフや蒼薔薇は難度100のモンスターを倒せる英雄級だと判定されているはずだ。俺はそれを勝手に「ゲームで言うとレベル100ってことなんだろうなあ……さすがガゼフ」とか考えていたのだが……?

 

「アングラウス殿としては、魔導王に勝てる者は居ないと感じられましたか?」

「……ブレインで良い。ガゼフのために泣いてくれた人にはそう呼んでほしい」

「分かった、ブレイン。……ふふ、同じやり取りをガゼフとしたな。君も俺をザナックと」

「それは光栄ですね。ではザナック様。正直言って魔導王の強さは計り知れない。そして俺が同じ様に計り知れないと思った人物に思い当たりは……あります」

「おお となるとやはり『漆黒の英雄』モモン殿か?」

「……いえ違います。確かに彼は強いし底知れぬ力がある気がしますが、剣技で言えばガゼフや俺より二段階は落ちます。武具や本人の持つ基本性能が高いために俺よりは強いかも知れませんが」

「え?そうなのか……」

「まず、一人はクライム君と八本指の事件の時に縁のあったセバスさんです」

「セバス?」

 何となくはクライムから聞いた覚えもあるが、詳しく教えてくれなかったんだよな。

「ええ、徒手空拳で戦う御老人だが、とんでもなく強い。クライムも稽古をつけてもらったことがあります」

 

 ……ん?そういえばその頃にクライムがふた皮くらい剥けて強くなったんだよな。セバス氏のお陰だったのか。

 

「その方と連絡は付けられますかな?」

「いや、それが八本指の後に、仕えていた金持ちの御令嬢と共に姿を消されてまして」

「そうか……それは残念だ」

「そして、もう一人……いやもう一匹と言うべきか」

「ん?」

「俺が野盗を辞めたキッカケでもあり、ヤルダバオトの関係者と見られる吸血鬼『シャルティア・ブラッドフォールン』です」

 

「………え」

 

 シャルティア・ブラッドフォールン!?

 

 嘘?

 嘘!?

 嘘お!!?

 

「見た目は!?シャルティアの!」

「えっ えっと王都で会った時は金髪でマスクを被っていました」

「あ、そ、そうか」

 

 別人だ!良かった!

 

「ただ、野盗の洞窟であった時は紫のポールガウンに大きなリボンを付け、銀髪で……人間で言うと13~15歳くらいの美少女という感じでした」

「え、あ……」

 

 シャルティア・ブラッドフォールンだ……間違いない。

 アインズ・ウール・ゴウンの拠点であるナザリックの最初の中ボスでファンも多い、ロリ吸血鬼だ!

 ヤルダバオトの関係者? そりゃそうだよ! ヤルダバオトがデミウルゴスだったらアイツら同僚じゃないか!?

 アインズ・ウール・ゴウン……ギルドマスター『モモンガ』の配下……ということか!?

 となると、王都の悪魔襲撃事件。そして今回のカッツェ平野は裏で彼らが関連しているということか?ユグドラシルの中のキャラクターがやはり実体化しているのか!?そしてモモンガも!?

 

「ああ゛ー ゔあー!」

「ど、どうしたんですか!?ザナック様!?」

 頭を抱えて床を転げまわる俺に驚いたブレインが慌てている。

 心配かけてすまないが、しかし今はこの太めのコロコロを見逃してくれ!

 もう、もうなんか訳が解らなさすぎて身悶えるしかないんだ!

 懊悩とする俺を可哀想な子を見てるような優しい目で見守っていてくれていた。

 

 コンコンと突然ドアがノックされた。俺はダバッと立ち上がり椅子に腰掛けて「入れ」と告げる。

 ブレインは俺のキレキレの動きを見て呆然としている。そして「ハッ」という声と共に侍従がドアを開けると「失礼いたします。ザナック殿下、陛下がお呼びです」

 父が?

「分かった。えーっと玉座の方か?」

「いえ 執務室の方で御座います」

「うむ すぐ行くとお伝えしてくれ」

「はっ」

 侍従はキビキビと敬礼をしてドアを閉めて立ち去る。

「ええっとブレイン殿。貴重な話を有難う。次の戦士長にと君を推す声が多く、受けてもらえると有り難いのだが」

「申し訳ありません。私はガゼフにこの剣を託されました。ランポッサ王からも御許可も頂きましたので、この剣を託せる人物を探そうと思います」

「……そうか。また相談したいこともあるかも知れないので、君と連絡が取れるようにしておいてくれると助かる」

「解りました。どこかに旅立つ際にはクライムにでも行き先などを告げる様に致します」

「うむ、有難う。今日は話を聞けて良かった」

 俺はブレインと熱い握手を交わすと、父の執務室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 執務室に入ると父上だけでなく数名の王派閥のメンバーが顔を揃えていた。

 

「うむ。来たかザナック。お前に重要な話がある。正式な発表は、まだだが事前に通告しておこうと思ってな」

「はい?」

 父上は満足そうな顔で俺の顔を見ると、うんうんと頷きおもむろに口を開いた。

 

「オマエを次期国王に指名する」

「えっ!? やだ!」

「は?」

 ざわざわざわと周囲は騒然とする……。

「ザナック?」

 父王は怪訝な顔で俺を見る。いかん、本音が出た。

「その……私が本当に王に相応しいとお思いでしょうか?全てに於いて私は凡人の域を出ません。私は辺境でノンビリ暮したいのです」

 ランポッサ王(父上)が早足でツカツカツカと歩いてくる。そして俺の可愛い耳に顔を寄せると凄い形相で「おまえ何を血迷ったことを言っておるんじゃ!?」

 小声で必死な声を出すという器用な技を使って慌てふためいた。

「血迷っているのは父上です!私にそんな器があるわけないでしょうが!?」

 と、俺も小声で叫ぶという器用な技を披露する。ふはは血のなせる技ですな!

 

「いや 最近のオマエは周囲の覚えも目出度いぞ?」

 父上は突然、背後の大臣達に聞こえるように俺を持ち上げだした。

「そうで御座います!ザナック様。王都悪魔襲撃事件では自ら悪魔の前に身を晒して、兵や臣民を守られたとか!」

「バルブロ様が出陣なさる時に、長い時間神に祈りを捧げられていたとも!」

「それにカッツェ平野での惨敗時での冷静な指示と自らの素早い救援軍の派遣など、王の才があったので御座いますなあ」

 

 ……練習したのか? この畳み掛けるような誉め言葉。

 

 俺は「ふうっ」と一息吐いて、彼らを見渡して自信満々に堂々と言い放つ。

 

「誤解です」

 

「そんな後ろ向きの誤解の使い方、初めて聞いたわ!?」

 

「まあまあ御待ち下さい父上、そして皆様方。確かに兄バルブロが行方不明になって久しいですが、そのうちひょっこり帰ってくるかも知れませんよ?」

 貴族たちはハラハラとした顔をお互いに交わすと小声で「帰ってきて欲しくないのう……」と囁きあっている。 おい、やめるんだ。父王が泣きそうに成ってるからな。

「ふう。もう一度言いますが、私は王の器ではありません。しかしながら、わが妹ラナーは民からも黄金と崇められる美しさとカリスマ性を備え、溢れるアイディアで無数の献策を行うという国を思う女神でもあります。まさに天が二物を与えたもうた才色兼備の妹のラナーが女王となり、私はその補佐をさせていただけますれば……」

 

 

 ガツッという高い金属音が室内に響く。父上が杖で俺の脚の甲を踏み抜いた音だ。

 

 フハハハッ!残念だったなあ父上!俺は城では何故か常に安全靴(鎧の靴を改造した物)を履くようなったのだ。

 

 勝利の余韻に浸りながら顔を上げると実の父が、再び泣きそうな顔をしていた。アレ?

 

 

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 


団栗504号様 Sheeena様 誤字の修正を有り難う御座います


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答え合わせ

 

 

 

 

 

 

 

「そんな訳で父上も老いたのだろうな……俺に国を託そうとするなんて正気の沙汰ではないぞ?」

 俺がラナーの部屋に来て、クライムとラナーに事の顛末を話すと、二人は呆然とした顔をした。

「お言葉ではありますがザナック様……ランポッサ王のお心を鑑みますに、そのお気持ちを無碍になされる……ラナー様!?」

 

 えっ ラナー? ラナーの方を向こうとした瞬間、「げしっ」と言う音がして、ラナーが俺の左膝に物理的に蹴りを入れた。ええー

 

「いたっ えっちょっとラナー!?」

 俺が痛みで屈んだ瞬間、顔の両頬をムニッと掴み上げて限界まで広げる。

 

 みしみしみしみしみしぃ!

 

「いひゃいいひゃいいひゃい!ふぁなーひゃん!?」

「……お兄様は、一体何を考えておいででございますか?」

 そう言うとラナーはニッコリと笑った。怖い。

「いひゃ ひぇもひょうひゃいひぇひふぃ……」

「何を言っているのか解りません」

 

 そらそーだろ!?

 俺はブルンと顔を振るわせて、ラナーの手を振りほどく。

 コイツ……俺のましゅまろホッペを千切るつもりだったんじゃなかろうか……。

 おかしいな……良くクライムがやられている時は微笑ましいと思っていたのに、俺がやられたら心から恐怖を感じたのだが。

 

「ふう……いや、でも将来的に辺境地で、のんびりライフを送るというのは昔からの俺の目標であってだなあ……」

 

 そう。二度目の人生を悔いなく送るために必死に頑張ってきた。前世が一般人という凡人の俺が王国の第二王子という重すぎる立場にも負けずに頑張ってきたじゃないか。でも王様だなんて、さすがにそりゃ無理だ。余りにも不釣り合い過ぎる。例えば何かの選択をしなくてはならない時に、普通の為政者なら取れるであろう「小を捨て大を取る」という判断を取れないために、目先の満足で未来の不幸を発芽させてしまうことになるかも知れない。今回のカッツェ平野の大虐殺でボウロロープを始め数多くの貴族派が死に、今は王派が権威を伸ばす時なのだろうが、一般人的な視野しか持たない俺には自分の利益のために、貴族派を陥れたり謀略を良しとすることは出来ないだろう。平凡なだけじゃない。リアルでの一般人のモラルや道徳が染み付いている俺には権力者として最低限必要な判断が出来ないのだから。

 ここまで国家が危急存亡の時に相応しい王は、俺じゃなくてラナーだと本気で思うんだけどなあ……父王や大臣たちには隠しているものな。ラナーの悪魔的な頭脳という奴を。

 ラナーは多くの提案をしているがその多くはお花畑けの様なフワフワした物が多い。ただ、ここぞという時に大きな成果をもたらすアイディアを提案してくる。もちろんお花畑はダミーで、彼らの目を逸らすために育てているだけに過ぎないのだ。

 

「私もクライムとのんびりと暮らしたいのですが、私に押しつけられると?」

 

 ラナーが俺にスッと近づく。やべえ刺されると思った俺は「ひぃっ」と男らしく悲鳴を上げて飛び退く。

 

「……お兄様、どうして私に何かされるような態度を?クライムの見ている前で」

「いや!?お前さっき蹴ったよね!」

「気のせいです」

「なんでやねん」

「気のせいです。ね?クライム」

「はい 気のせいです」

 !? そんな……クライム……。そうか酸素欠乏症で……。

 

「クライムが遂に暗黒面(ラナー)に落ちた!?」

「なんでしょう。今、ふくよかな人に悪口を言われた気がします」

 馬鹿な!? こいつ、俺の心を!?

「ザナック様。ラナー様が兄を足蹴にする訳がありません。先程のは気のせいか、見間違えに違いないのです」

 かっ カルト!?

「しっかりしろクライム!? オマエ、ガゼフに悪を討てと言い残されたんだろ!よく見ろクライム。悪とはコイツの事だ」

 俺はクライムの両肩を掴んで揺さぶると、決め顔でラナーを指さした。

「うふ」

 そんな笑顔を見せたラナーが、ゆっくりと片手を上げると俺の突きつけた指をギュッと握った。

 

 ぺきぽき あっ

 

「ぐぬうおおおおおおお!?」

「ざ、ザナック様ああああ!?」

 ゆ、指の関節が逆に曲がっている!?躊躇なく折りに来た!?鬼だ!貴様、格闘漫画に出てくる軍人か何かか!?

「大げさねえ お兄様。突き指くらいで」

「突き指で関節が規格外の曲がり方をするか!」

「王宮回復師のところへ行ってくださいな。その程度はすぐに治りますわ?」

「なにこのファンタジーの嫌な所!?相手を怪我させた時の罪悪感が軽すぎるわ!」

「はいはい では参りましょうか? お兄様」

「え?」

「王宮回復師の所へです。私が御案内致します」

「嫌だ!?絶対になんか酷いことされるもん!」

 アタイを校舎裏へ呼び出して、これ以上何する気よ!?

「そ、そうなのですか!?ラナー様」

「ほら!兄さんのせいでクライムが怯えてるでしょう!可哀想に」

「怯えてるのも可哀想なのも俺だ!?」

 

 この金色の悪魔め!

 

 

 

 

 

 

 さて……楽しい時間は、一旦終わりだ。

 俺は窓の外が赤くなってきたことを確認すると、ゆっくりと息を吐いた。

 

 

 

「……クライム。紅茶に入れるハチミツを取ってきてくれないか?」

 俺が無表情で、そう頼むとクライムは一瞬、ハッとした顔をした後、満面の笑みを見せた。

 

「はい。少し珍しいハチミツを探してまいりますので、少々お時間を頂きたく思います」

 クライムは俺とラナーに礼をすると部屋から出ていく。

「クライムは良い子だな」

「ええ、とても」

「オマエは悪い子だな」

「ええ、とても」

「さて……」

「何かを掴まれたのですね」

「ああ」

「解りました。では、私とお兄様の答え合わせと参りましょうか?」

 

 そう言うとラナーは高貴な姫に相応しいロイヤリティスマイルを見せた。

 

 

 

 

 

 

「言っておくけど間違っていたら教えてくれ」

「……」

 ラナーは薄目で俺を見つめ続ける。

「そして……正解だとしても何も変わらない。俺はオマエのお兄ちゃんだ」

「……懐かしい台詞ですわね」

「そうだな……オマエは、ある日突然出会ったんだな。悪魔に」

「……」ラナーは笑みを崩さない。

「元々はオマエは俺と同じ様に辺境地などで良いからクライムとノンビリと暮らせる未来を企んでいたと思うんだが」

「ええ そうですわね」

「しかし、それを悪魔の出現という大きすぎる出来事が全てひっくり返してしまった。オマエとクライム。そして俺が願っていた安穏とした変わらない毎日が続く……そんな未来の絵図を根本から引き裂いたんだ」

「……」

「奴の名前はヤルダバオト……として暴れた悪魔であり、本当の名前はデミウルゴス。お前にピンポイントで接触してきたということは前々から我が国を念入りに調査していたのだろうな」

 

「……」

 ラナーは『デミウルゴス』という名前のところで体を固くさせた。

 

「そしてお前は考えた。自分にとっての最低限の未来を得るために、この悪魔に何を差し出せば良いのだろうか?と」

「……」

「そして、取引は成立した。悪魔たちが欲している物、つまり人間と財宝を与えた。これが悪魔襲撃事件の一端だ」

「……」

「『もうすぐ会戦もありますし国庫の整理をした方が宜しいかと』という建議書が出されたのは襲撃事件の3週間前。その建議書提出者にはオマエの名前がサインされてある」

「……」

「少なくとも事件の三週間前には悪魔と取引があったんだろうな。国庫は整理されて、ある意味、金品を運びやすい状態になった倉庫と、人が入りやすいスペースの空いた倉庫群が肩を並べていた」

「……」

 

 ラナーは黙ったままだ。

 

「悪魔達は非常にスムーズに人も金も攫うことが出来ただろう。だが、冷たい目で見れば不幸中の幸いでもある」

「……何が、ですか?」

「もし、財宝も人も綺麗にまとまっていなければ、一体どれだけ王都は荒らされただろうか? 悪魔に(あらが)う人々の被害は?家族が攫われようとしたら命がけで助けようとして、彼らの被害はとんでもなく膨れあがっただろう」

「……」

「その襲撃事件はデミウルゴスだけが動いた訳ではなかった。例えば……吸血鬼のシャルティア・ブラッドフォールンも彼に協力していた」

「その名前は初めて聞きますわ」

「ふむ 珍しいな」

「ええ 少し悔しいですわね」

「そして、カッツェ平野での大虐殺。それを行ったのは魔導王『アインズ・ウール・ゴウン』」

「それは周知のとおりです」

「このアインズ・ウール・ゴウンはデミウルゴスとシャルティアの関係者だと俺は思っている」

「……」

「もう一つ気になっていることがある」

「はい」

「ブレイン・アングラウスは野盗の用心棒をやっている頃にシャルティアと会っているんだが、その場所と当時冒険者組合が複数のチームを差し向けることなった吸血鬼ホニョペニョコが現れたのは、ほぼ同時期で、かなり近い場所だ」

「……」

「1チームを除いて冒険者チームは全滅をした。唯一死ななかった、ホニョペニョコを倒した冒険者はアダマンタイトに昇格した。もしこのホニョペニョコがシャルティアと同一人物だとしたら?冒険者がアダマンタイトに出世するためのマッチポンプの道具だとしたら? その冒険者はホニョペニョコ……シャルティアと組んでいると考えられる。つまりアダマンタイト冒険者『漆黒』はアインズ・ウール・ゴウン、デミウルゴス、シャルティアの一味では無いのか?という疑念が俺には浮かんでいる」

「ということはエ・ランテルでモモンが魔導王の配下に入り、市民の支配がモモンの尽力により滞りなく進んでいるということも」

「ああ 初めから織り込み済みなのかもな。魔導王とは大した知恵者だよ」

「そうね……デミウルゴスという悪魔でも恐ろしい智者であるのに、その支配者はその上を行くらしいですわ」

「ほう」

 

 アインズ・ウール・ゴウンと名乗る魔導王はブレインの話を聞いた限りでは公式未公認ラスボスのモモンガではないかというのが、俺の推論だ。

 俺はずっと、彼も俺と同じようにゲーム中に死亡してこの世界に転生をしたのだろうと、そしてマスクを被り魔法の才能に恵まれてアインズ・ウール・ゴウンと名乗り魔導王となったのだと考えていた。それは十分ありえる話だったからだ。その軌跡は自分自身が体験しているのだから。

 有り得ないのはデミウルゴスとシャルティアの存在だ。なぜゲームのキャラが実体化しているんだ?

 そして、アインズ・ウール・ゴウン……骸骨のオーバーロード「モモンガ」もまた、何故ゲームのプレイアブルキャラが実体化しているのだろう?

 

「では……お兄様は一体、何者なの?」

「何者でもないよ」

「え?」

「でも、ある日オマエが生まれてくれて、その日から俺はお兄ちゃんになったんだ」

「黙って!」

「はい」

「アインズ・ウール・ゴウンの動きに関しては推理や洞察で導くことも出来るかもしれません。でも、何故『デミウルゴス』という名前を知っているのですか? 私の知らないシャルティアという吸血鬼の名前もです!この世界に突然現れたとしか思えない、あの悪魔の名前を何故!?」

「……」

「……」

「……」

「……?」

「……」

「喋って」

「はい」

 

「この世に突然現れたとしか思えない……だって?」

「はい もし彼らが今までこの世界に存在していたというのでしたら、アレだけの力と智謀を持ちながら、今、このタイミングで動き出す意味が何もないのです。智謀と能力に反して、この世界への知識の少なさは異常です。一番シックリくる答えは『彼らは突然この世界に現れて、()()()()()()()()()()()()()()()』などという馬鹿げた答えだけです。魔界のゲートでも開いたのでしょうか?スレイン法国の言うカタストロフドラゴンが呼び寄せたのかしら?」

 

 ラナーが取り乱すのを俺は初めて見た。

 ラナーは俺の瞳から自分が映らなくなることを許さないかの様に顔を近づけて、真正面に俺を見据える。

  

「昔も一時、考えました!兄さんの矛盾を!不可思議さを!」

「そうなのか?」

「ずっと見てきました。ずっとずっと見てきたのです!兄さんには、この世の者なら誰でも辿り着く考え方が出来ません。余りにも価値観がオカシイ。そして思考法がオカシイ。故に導き出される答えがオカシイ。逆にこの世の、この社会の人間では思いもつかない価値観や考え方が、その根底に流れています」

 

 ラナーの火が出るような熱量と、凍てつくような波動を同時に放出するその瞳が迷い子のように揺れながら俺の心を掴み上げる。

 

「つまり……兄さんは……兄さんも、突然この世界に現れた?……そして、彼らの名前を知っている……そう、何故知っているのか?ではなく、知っているのが当然な状態……つまり、彼らと同じ世界から来た……?」

 

 

 

「……」

「……」

「――――いや、それは俺にも解らん」

「え?」

「そもそも、俺にとってデミウルゴスだとかアインズ・ウール・ゴウンという存在は実在しない名前なんだ」

「どういう……ことですか?」

「そうだな……解りやすく言うぞ?」

「はい」

「例えば……お前が子供の頃に聞いていた御伽話。昔話ではなく御伽話とかがあるだろ?」

「はい 『天使のスーズ』や、リア王やマクベスなどの『ハイデルケン寓話』などが好きでした」

 

 ……リア王? マクベス? 俺の世界と同じ話だろうか?だとしたらハイデルケンって誰だよ。

 

「それでだ……お前が急に死ぬとする」

「え、お兄様?」

「ああ……それで終わりのハズの人生が、何故か突然もう一度、目が覚める。すると生まれたて赤ん坊のお前は知らない夫婦に抱かれて名前をつけられて、新しい人生が始まるんだ」

「宗教の一派にもありますね。魂が巡ったり、生まれ変わりの前世みたいなのとか」

「そう。ただ問題は、新しい生を受けた場所が前とは違う世界であるということと、前の人生の記憶が、何故かそのまま受け継がれていたと云うことだ」

「まさか……」

「そうだ。そういうことだよ」

「……なるほど……ああ!……なるほどですね」

「そして今の状況は、その新しい人生に天使のスーズやハイデルケン寓話の登場人物が現実の存在として目の前に現れて暴れている……という状況だ……何を言っているのか解らんと思うが、大丈夫だ。俺も解らん」

 

「いえ 解ります。そちらの方がしっくり来るのです」

「そうか?」

 

「ええ 本当に解ります。今、初めて私はザナック兄さんを理解出来ました。あの宿題を解くまでにこんなに時間がかかるとは思いませんでした」

 

 そう言うとラナーは笑った。初めて見たその顔は、本来は、子供の頃にコイツが本当に笑ったとしたら見ることの出来たであろう、無邪気で本当に天使の微笑みだった。

 

 ……何が「こんなに時間がかかると思わなかった」だ。

 俺が、オマエのその顔を見るために、一体何年かかったと思っているんだ……。

 知らず知らずに、景色が(にじ)んでゆく。

 金色のラナーと夕焼け光射す風景が一つとなって、まるでハチミツの海に潜っているかの様だった。

 

 

 

 答え合わせが済んで紅茶を一息で飲み干す。

 

「あら、クライムが本当にハチミツを持ってきたらどうなされるの?」

 と、ラナーが微笑みのままで尋ねてくる。

 

「むろん、そのハチミツも飲み干すさ!」

 俺はサムズアップして、キラリと笑顔を見せる。

 

「いえ、格好良い感じで仰られましたが、どこまで丸くなる気ですか」

「そんなに丸くないだろ」

「丸いですわ。クライムが頭を抱えてましたわよ。料理長が王子を甘やかすのですと」

「ふふ……シャビエルとはツーカーの仲だからな」

「……ところで兄さん」

「……なぜ急に悪い顔に」

「約束の件ですが」

「前も言ってたけど……約束って、なんの?」

「ふう……お兄様は言いました。「俺が王なら愛妹とクライムをくっつけてやるのに」と」

 

 …………言ったっけ? まあ 俺も馬鹿じゃない。ここで知らんとか言ったらバルブロの次に消されるのは俺かも知れん。あと愛妹(あいまい)ってなんだ。

 

「……確かに言ったね。うん、言った」

「はい」

 

 ラナーはゲスい顔でニマニマしている。オマエ本当に黄金って渾名が付いている一国の姫君か?

 

「しかし……だからと言ってバルブロを消したのは……」

「いえ あれは想定外でした。せいぜい失態を重ねて、完全に次期国王の芽が無くなるだけの予定でしたのに」

「今は行方不明扱いだけど……殺したのか?」

「人聞きが悪いですね。普通にしていて下されば精々蹴散らされて逃げ帰ってくるはずでしたのに、どうやら愚かな行動を選んでカルネ村の守護者に始末されたのではないかと」

「そんなの居るのか……」

「ええ。恐らく」

 

 よし、俺は絶対にカルネ村には行かないぞ。行くものか!

 

「そのうち帰ってくるかもと長老達を宥めたのに……と、いうことは本当に俺が次期国王になるしかないのだろうか」

「そうみたいですわね」

「……助けてよラナえもん」

「イヤですわ」

 

 ……えもん?と不思議そうな顔をしながらラナーは満足気に現状を楽しんでいる。

 先程までとは違い晴れやかな顔だ。

 

 ……結局、何処から何処までが酷妹(ひどうと)の手のひらの上だったのだろうか?

 

 俺は心の中で、優雅にノンビリ暮らしを楽しむザナック(自分)の未来絵図がボロボロに崩れ落ちていくのを感じた。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 




 
 
 



粘土a様 Sheeena様 忠犬友の会様 誤字脱字の修正を有難うございます


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使節団

 

  

 

 

 

 父上に呼ばれて「ついに次期国王を正式に任命されるのか……」と嫌な気分で登庁したものの、内容は「アインズ・ウール・ゴウン魔導国より親善大使が来るので、国賓として出迎えよ」という内容だった。いや……それも割と気が重い。というか恐い。

 ……ついにアインズ・ウール・ゴウンと対面かと気を引き締めたが、誰か部下が来るらしい。そりゃ急に国王が来るわけは無いよね。

 アインズ・ウール・ゴウンの正体が『モモンガ』であることは分かっている。問題は中身だ。俺のようにリアルの人間なら……きっと大丈夫だと思う。世界有数の『お人好し』という民族だからな。問題はデミウルゴスやシャルティアが実体化しているらしいことから、モモンガもゲームのキャラが実体化しているだけの場合だ。その時は……やはりロールプレイの通りに『魔王』なのだろうか……?

 

 しかし……バハルス帝国が魔導国に従属を願い出たのは想定外だった。ラナーは「魔導国に帝国がこんなに早く従属するとは……なかなかの判断力と決断力の持ち主ですね。ジルクニフ陛下は」と妙な感心の仕方をしていた。

「ウチも早く従属したほうが良いんじゃないの? で、統治に代官でも置いてもらってさ、父王をリ・エスティーゼ王国のラストエンペラーとして……」と言ったら腹の肉を摘まれて()じられた。なんでこいつ最近、地味に痛くて屈辱的な技を……!?

 

「それは従属ではなく全面降伏による支配下に置かれた状態です。もちろん従属化も視野には入れておかねばならないでしょうが、まだその時ではありません。魔導国のもとで繁栄するのと、魔導国と共に繁栄するのとでは雲泥の差があります」

「そりゃそうだろうけど」

「これからはお兄様に頑張ってもらいますから」

「えっ 本当に嫌なんだけど!?」

「……」

「痛い痛い痛い!?耳たぶを無理矢理、耳の穴にねじ込もうとするな!?オマエが思っている以上に痛いし恐いから!?」

 

 精神に来るわ!?

 

 

 

 

 

 

 

 さて 約束の日より一週間。まさに今日、『魔導国』である『エ・ランテル』より使節団が到着する日だ。

 正直、数日前から緊張しすぎて食事も喉を通らない日が続いた。ここで、俺や貴族達が彼らと友好関係を築かなければ、再びカッツェ平野での悲劇が、ここ王都『リ・エスティーゼ』にて行われないとも限らないのだ。

 俺は後に居並ぶ貴族達の群れをそっと流し見る。

 うん……知らない奴が多い。特に貴族派の多くの参列者が以前と顔ぶれを一変させてしまっている。もちろん理由は先の戦いにより、多くの当主を亡くしてしまい、急遽、その息子や次男三男、甥などが有り合わせの当主となってここに参列しているからだ。さきほどから慣れない人間達の、慣れない会話のやり取りと、慣れない駆け引きの薄っぺらさが俺の体に寒気を催している。王派だって半数近くがメンツを換えてしまっている。先の戦い後に人前に出られなくなった貴族達が多いのだという。PTSDって奴だろうか。

「ザナック様……そろそろ」と侍従が促してきたので、俺は「解った」とだけ応えて、騎士団に合図を送るとリ・エスティーゼの城門から城外に出て、使節団を騎馬にて整列し待つことにした。

「……エ・ランテルだとこっち方面の門で合ってるよな?」と近くにいた騎士に聞くと「はっその通りで御座います!」と緊張気味に返答をしてくれた。

 彼の緊張も解る。俺は空を見上げる。

 辺り一面は曇天であるのに、まるで切り取ったかのように王都リ・エスティーゼの上空だけポッカリと穴が空いて青空が広がっている。

 間違いなく魔法によるものであると気象予報士が青ざめて報告してくれた。

 

「こんな大魔術を平然と使ってくる相手なんだ。そりゃ緊張もするさ」

 そう言って俺は若い騎士の肩を叩いた。

「いえっ そのっ緊張しているのは、ザナック様に直に声を掛けて頂いたからで御座います」

 え? 俺?

「なんでだよ。俺なんてきっと君よりも弱いし、君よりも度胸も無く、君より丸い」

「確かにその様な噂は聞いております。でも、私は王都での悪魔が襲ってきたときに王都の中を駆けずり回る殿下のお姿を拝謁致しました。強くなくて、度胸も無いと御自身でも言われている御方が、あの状況で市民や兵卒を励ましながら戦い続けるのに、どれほどの大きな勇気を発揮されていたのかと感激致しまして……」

 ……まあ、戦ってないんだけどね。あと、丸いに関しては放置か。

「感激されるような事じゃないさ。ただ、その時は俺がそれをやる番だったってだけだ。地位や立場ももちろん関係在るけど、君も君のやるべき時が来たら、きっとやり遂げられることが出来るだろうさ」

 そう言って肩をポンと叩いて「なんか良いこと言った風」に仕上げることに成功をした。

 

「――――王子」

 突然、城門の上に立っている衛兵から声がかかった。

 ――――来たか。

「よし、最終確認だ。他国の国賓と変わらぬ応対をせよ。例えドロドロに溶けた魔物が現れても、丁寧に出迎えるのだ」

「はっ」

「相手が気分を害したら、最悪『カッツェ平野の悲劇』に『リ・エスティーゼの悲劇』が歴史に加わるのだと覚悟しておけよ」

「解りました!」

 カッツェ平野の噂を聞いている騎士達は身震いと共に「ゴクリ」と唾を飲み込んだ。

 

 そして使節団の先触れが現れた。

 赤い眼が煌々と輝く漆黒の一角獣に跨った、黒い鎧の騎士だ。もちろん中身は人ではないだろう。体から溢れてくる濃厚な気配が陽炎のように揺らめき、「死」という言葉が自然と脳裏に浮かび続ける。

 俺の愛馬がびくりと震え上がる。

「馬上より失礼!我らはアインズ・ウール・ゴウン魔導国が使節団である!」

 彼らはそう高らかに宣言をした。声は枯れたバイオリンのようなハスキーさと甲高さを奏でていた。

「リ・エスティーゼ王国第二王子ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフである!貴殿らを王宮まで案内するよう陛下より命じられている。我らの後についてきていただきたい!」

「確かに承った。では貴殿らの案内に従おう。我には名はないので種族名であるデス・キャバリエ死の騎兵と名乗らせて頂こう!」

「解りました。ではキャバリエ殿、この場にて使節団団長の方に挨拶をさせて頂いても?私が今回の団長殿の王宮内での行動の責任者ですので、私のことを覚えておいて頂きたいのです」

「承った!団長殿にお聞きしよう」

「感謝する」

 

 ……ふう。緊張した。そもそも魔物と話すのが人生で初めてだ。

 俺は奥へと戻っていく先触れの背中を見ながら、ぱちぱちと顔を手で叩いて気合いを入れ直した。

 

 しばらくするとデス・キャバリエが再び現れる。

「お待たせした。アインズ・ウール・ゴウン魔導国の団長にして魔導国の片腕であらせられるアルベド様がお会いされるとのことです。ザナック殿、どうぞこちらへ」

 俺は騎士達にココで待つようにと手で合図をすると馬から降りてデス・キャバリエの後を着いていった。

 これでも一応王族として厳しい礼儀作法や指導を受けてきた。言葉使いや姿勢など全ての知識と経験を総動員して失礼の無いようにしなければ。

「それでは、使節団団長、アルベド様です」

 

 そうキャバリエに紹介されながら馬車よりら出てくる影があった。

 人ではありえない頭より生える二本の角。

 人ではありえない腰より生える黒い翼。

 そしてなによりも、人とは思えないほどの美しさ。

 

 ……これは参った。正直、美人などラナーで見慣れているつもりだったが、こういう妖艶さと清楚さを併せ持つ美しさもあるのだな。

 俺は感服して片膝を突いて「ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフで御座います。今回のあなた方達の王都内での責任を持つ者です」と挨拶をした。

「あら お顔を上げてくださいますか」

 美しい声が頭上で生まれた。

「はっ」

「アインズ・ウール・ゴウン魔導国の使者として参りましたアルベドです。数日という僅かな間ですがよろしくお願いします」

 

 こうしてアインズ・ウール・ゴウン魔導国の使節団は王都リ・エスティーゼに入城した。

 

 

 

 

「ようこそ、アルベド殿」

 父王ランポッサ三世が席から立ち上がりアルベド殿を出迎える。

「陛下、お招きいただきありがとうございます」

 

 王家主催の立食パーティの始めに交わされたやり取り。これが今日の目的とも言える。楽団から優雅な音が鳴り響く。非公式な場で顔をちゃんと繋ぐというのは重要なことだ。

 後はただの立食パーティだ。いや「ただの」であることが必要なのだ。

 アルベド殿は侯爵などの偉いさんと挨拶を交わしたあとは一息ついて休憩をしている様だ。

 辺りを見ると男女問わずに多くの貴族達が彼女に注目をしていた。凄まじい美人だが人間ではない姿と、彼女の背後に居る国を警戒して近づかない人間が殆どだ、すると一人の若い貴族が彼女に話しかけだした。ん?初めて見る顔だ……。そこそこの地位なら俺や父に挨拶に来るはずだから、そんなに地位は高くない奴だと思うんだが……国賓に馴れ馴れしく話しかけるとは凄いハートの持ち主だな。まさかナンパしてたりしないよね?

 俺が緊張を和らげるために、ローストビーフとローストチキンと2杯目のワインを飲み干した頃、俺の服の右腕の部分を見知った老貴族が掴む。ん?どうした?

「侯爵……どうされました?」

「殿下……あの無礼者は我が家が面倒を見ている傍流の貴族の倅でございます……」

 震える手と赤い顔が怒りを表している。

「なかなか勇気のある若者ですな」

「あれは無謀であり国賓に対する無礼で御座います!王に申し訳が立ちませぬ……」

「そうか……解った。ちょっと止めてくる。若造の名は?」

「フィリップで御座います」

 俺は少しふらつきながらも、するすると会場の客を抜けてフィリップの元へと向かう。彼を遠巻きに見る貴族達は皆、眉を潜ませて怪訝な顔をしている。こいつ、これだけの視線の中で「我が舞踏会に……」とか宣えるとか本当に凄いな。

 アルベド殿が俺に気づいて「アラ?」という顔をする。なんという可憐さか……。俺はフィリップの背後に回ると、彼の膝裏に狙いを定めて、彼に前世での格闘技術の総決算である通称「膝かっくん」を喰らわせた。

 

 カクンッ

 

「あふぁあぁ!?」

 なんとも間抜けな悲鳴を挙げてフィリップは床へとしゃがみ込む。

「誰だ貴様あっ!」

「すまんがフィリップ君。私がアルベド殿と話があってな。ちょっと失礼するぞ」

「ぐっ あ……王子?」

 そう言い捨てて俺はアルベド殿を会場の隅にある比較的空いているソファーが置かれている箇所へとエスコートをする。

「申し訳ありませんね。ウチの馬鹿が失礼を致しました」

「ふふ 女であれば殿方に焦がれられるのは決して悪い気ではないのですけれど――ただ、我が身も心も唯一人のために捧げたものですので……少々困っておりました。お助け頂き有り難うございます」

「ええ 勿論ですとも。では、こちらで御休憩下さい」

「あら? 行かれますの?」

 

 ……まあ、用事なんて無いしな。ダイナマイトに火が点いてないからと言って、それでお手玉をする趣味は無いんでね。

 

「はい」

「私に御用がお有りなのではなかったのですか?」

 

 ……用事が無いことは解っているだろうに……何か話した方が良いのかな?

 

「ええっと……ではアルベド殿は使節団の団長として来られており、これはなかなかに重要なお役目だと思うのですが魔導国においては、どの様な地位や立場に就かれておいでなのでしょうか?」

 本来は隣国の地位とかは知っていないと駄目なんだが、何の情報も流れてこないからな……。

 

「この身は不遜ながらも、アインズ・ウール・ゴウン魔導国における階層守護者および領域守護者、全統括という地位を頂いております」

「えっ?」

「解りにくかったですわね……そうですね。アインズ様――ゴウン魔導王陛下の次席たる、守護者統括という地位に就かせて頂いているというべきかしら?」

「なるほど、そうでしたか」

 

 おいおい と云う事はデミウルゴスとかシャルティアよりもお偉いさんじゃないか!? 

 ゲームで見たこと無かったから少し気を抜いていたようだ。

 

「はい」

 

 にっこりとアルベド殿が微笑む。

 月夜の様な神秘的な美しさがすぐ近くで爆発する。

 

 ――――だから俺は、口を滑らしてしまったのだ。

 

「そ、そうですか、魔導国の次席とは凄い地位であられるのですね」

 

「ふふ (あるじ)の足手まといにないようにするので精一杯で御座います」

 

(あるじ)――――モモンガさんは御健勝であらせられますか?」

 

「――――ええ 御健勝であらせられますわ」

 

 その時、目の前の美しい人の金色の眼の瞳孔が縦に広がり俺を捉えた。

 そして、どこから出しているのか解らない低い声で俺の眼を覗き込みながら問う。

 

 

 

「――――ところで………何故、オマエは、そのいと尊き御名前を知っている?」

 

 

 

 ダイナマイトに火を点けたのは俺だった。

 

 

 

 白い美女は下から上目遣いで、先程までとは違う狂気の笑みを見せながら、俺を指さして呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――暗転――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 











団栗504号様 誤字の修正を有難うございます


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死の抱擁

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 暗い。

 

 暗い。

 

 暗い。

 

 眼の前が真っ暗だ。

 

 ……あれ? 寝ていたのか?

 

 暗いのは当たり前だ。(まぶた)を閉じていたのだから。

 

 おかしいな……ここは何処だ?

 

 寝ていた訳ではないのに意識が混濁する。

 ここは……先程まで居た建物の一室だということに気づく。

 

 確か、魔導国の使節団のアルベド団長と話していて……それから彼女の目が怪しく光って?

 

 あれ?体が動かない。そして少し痺れている。

 声も出な「ふがーふがー」少し出た。猿ぐつわ?をされているようだ。

 

「うふふふ 気がつきましたかしら? まさかあの様な低位魅了(チャーム)で完全魅了されて言いなりになるとは思わなかったのですわ」

「ふがっふがー」

「こんな形でプレイヤーが見つかるとは思わなかったものですから、準備不足で失礼致しました」

「ぶふーぶふー」

「お優しいアインズ様ならお止めになられるかも知れません。もしくはお気に病むこともあられるでしょう。やはりここは妻たる私が手を汚すべきかと思うのです」

 

 凄いな……これっぽっちも話を聞いてくれない。

 俺は大きな机の上に寝かされて手足を縛りつけられているようだ。

 

「まあ隣国の王子を消したことがバレれば戦争が起こるかも知れませんが……幸い会場の人々には貴方が私を誘ったところを見せておりますので、最悪でも無理矢理襲われたから正当防衛で撥ね除けただけなのに言いがかりをつけるとは何事か?とでも言って、不満を国ごと踏み潰せば良いだけですし」

 

 あれ? 突然、俺と国の危機!?

 こんなに、ぬるっと一国が滅ぶことがあるのだろうか?

 

「ぶかっふが────!?」

 

 俺は必死で抵抗をする。しかし手も足も動かない。

 

「まあ その前に色々とお聞きしたい事も御座いますので……」

 

 ご、拷問!?

 

「ブレインイーターに脳みそを食べてもらうとしましょうか。ちょうど良いのを呼んであるのよ?」

 

 拷問でお願いします!なんでも喋りますから!やだ!俺は豚であって猿じゃないんだ!

 

「────アルベド殿」

 

 突然、新しい声が聞こえた。誰だろう?

 

「────あら、パンドラズ・アクター?」

「いやはや、アルベド殿から御報告を頂き、過去に彼のことを調べた資料などを漁ったのですが……もし仮に、彼が本当にプレイヤーだったとしてもアインズ様の障害とは成りえない存在ですぞ?まずはアインズ様に御裁可を頂くべきではないかと」

「うふふ。でもいつか、そうなるかも知れないわ?例え小さな石ころでも、それに(つまず)く可能性があるのでしたら排除すべく動くのが妻としての努め──」

「その様な石ころに躓くアインズ様ではありますまい……夫を信じるのも妻の務めでは?」

「あらイヤだわ?パンドラズ・アクターったら!くふふ」

 

 バシンバシーン!と丸太が岩に当たるような大きなツッコミ音が聞こえる。

 すげえなあアルベドさん。あんな顔してゴリラみたいなパワーだ。

 

「ふはは、ちょっと痛いですぞぉ?アルベド殿ぉ……ところでアルベド殿、ギンヌンガガプは持ってきておられぬのですか?」

「持ってきてないわ。アレはギルドの秘宝の一つよ?必要とされる場面でもない限りは大切にしまってあるわ。早くタブラ・スマラグディナ様に変身し……」

 

「なるほど。安心いたしました。『──────だ、そうです』」

 

 

 

 

 

 

 

  さんがしゃしょくずー

 

 

 

 

 

 

 遠くで、昔見た青い猫型ロボットのセリフのように、随分と間の抜けた言い方で、そんな言葉が聞こえた。

 

 

 

「……これに囚われるということはワールドアイテムは持ってないようだな」

 

 突然響いた新たな声に体がビクリとする。

 

 周囲に先ほどとは違って、黒い障壁のようなものが張られた気がする。さっきまで居たアルベドさんたちの姿は見えない。

 代わりにローブに包まれた人物の姿が遠目に見える。その人物がパチンと指を鳴らすと、魔法なのかスルスルと俺の手枷足枷が解けていく。

 俺はアワアワと猿ぐつわを取って起き上がり、目を凝らして黒い影を見る。

 

「ふむ 間に合ってよかったな」

 

 そう呟く人物は、黒いローブに包まれて緑と赤のマスクで顔を覆い、そしてガントレットを着けていた。

 

 ────これはガゼフが言っていたアインズ・ウール・ゴウンの格好だ……それに、あのマスクどこかで……。

 

「嫉妬マスクだ!?これ!」

 

 その時、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴという音とともに空間が歪んでいくのを感じた。

 

「ほう……何故このマスクの異名を知っている?」

「言ってないです」

「いや 言っただろ」

「言ったかも」

「早いな、(てのひら)返すの……」

 

 そう疲れたような声を出しながら、アインズ・ウール・ゴウンと(おぼ)しき人物は自分のマスクを手に取り、マスクに向かってブツブツと魔法を唱えた。

 マスクを取った顔は骸骨で、特徴のある顎のシルエットと近づいてハッキリした服装は、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターだったモモンガさんに間違いない。

 

「やはりな。鑑定魔法で調べたとしても、その異名は出てこないぞ?お前は一体どこでその名ま……」

 

「も、ももんがさん!?」

 

 

 妙に静寂な空気が流れる。

 

 まるでモモンガさんはあたふたとしているかの様な雰囲気を漂わす。

 そんな訳はないだろうけど。

 

「……ぇ!? あの、すみません!?お知り合いの方でしたか!? も、もしやギルメンの誰かか!」

 

 ガシッ!とモモンガさんが両手で俺の肩を掴んで揺さぶる。ん!?これは!?

 

「ぐっはあああ────!?なんか全身から力が抜けるふぅ~!?痺れるぅぅぅ!」

「ああ!? すみませんすみません!ネガティブタッチです!」

 

 申し訳なさそうにそう言いながら、モモンガさんは黒い空間からポーションを取り出す。

 

「ああ……これユグドラシルのポーションだ……懐かしい」

 

 その赤色のポーションを呑むと、すぅーっと体が回復して行くのを感じた。

 

「ふああ このポーション、こんな味だったんだ……」

「そうか……君は味が解るんだよな。羨ましい」

「え……」

 俺はモモンガさんの姿を見る。キレイな骸骨で、内臓は勿論、舌などの感覚器も持ってないようだ。

 

「で……そろそろ君が何者なのかを聞かせてもらえるか?」

「何者も何も、俺はリ・エスティーゼ王国第二王子のザナック・ヴァルレオン・イガ……」

「あー そういうのは良い」

「え、いや良いって言われても」

「……お前は、プレイヤーだな?」

「プレイヤーって何ですか? アルベドさんも言ってたけど」

「ええ……そこからか?」

「何のプレイヤーのことなんですか?」

 本当になんなんだ?

「ユグドラシル……このゲームを知っているな?」

「勿論です。毎日六時間はやり込んでましたから」

「俺と変わらないな……解る解る、面白いも……じゃなくて、前の世界……ユグドラシルでの君は何者だったんだ?ギルドは?キャラクター名は?」

「え?ユグドラシルでの俺?」

 なぜ俺のゲームでのキャラに関係が?

「ええっと、野良でタンクをやっていてー。クランは何度か入っていたかな……アレ?キャラの名前が思い出せない……」

「ん?初心者だったのか?」

「違うよ? 五年くらいやり込んでました。当然レベルも100だったし盾も良いの持ってたよ。無課金勢だけどそれなりに鍛えてたんです」

 

「レベル100?」

 

 そう言いながら俺の魅惑的なボディを見回し「どういうことだ?」と不思議そうに呟く。

 

「どういうことだはこっちのセリフですよ。なぜモモンガさんはゲームの中のキャラの姿でココに居るんですか? しかもデミウルゴスとかシャルティアも実体化しているらしいじゃないですか」

「いや……私としてはむしろそれがスタンダードな状態なのだが」

「俺はどうやらゲーム中に発作か何かで死んだみたいでさ。それで気づいたらこの世界でザナックって名付けられた赤ん坊で……転生って言うんでしたっけ?生まれ変わり?なんかそういうのでこの世界に居たんだけど、モモンガさんたちは何でゲームの中のキャラで……こっちに?」

「えっ ザナックさんって現実(リアル)で死んだの?」

「はい 多分」

「そうか……俺とは違う形でこっちに来たんだな」

「モモンガさんは?」

「俺は……ユグドラシルがサービス終了になって、その最後をナザリックの皆と迎えたんだが、何故かそのまま終了と共にこっちの世界に飛ばされていたな。ナザリックの周りの毒沼が無くなっていてビックリしたよ」

「ナザリックごと!?あと、ユグドラシル終了したの!?」

「え、あ、うん はい」

「あ、たっちみーさんとかも来てるんですか?」

 

 そう尋ねるとモモンガさんは寂しそうな顔をして「……いいや、私だけさ」と答えた。

 

「ところで、何故、ウチのデミウルゴスやシャルティアのことを知っているんだ?私の名前もだ」

「ええ……いや、モモンガさんたちって、自分たちがどれだけ有名人だったのか分かってないんじゃないですか?」

「えっ そうですかね?」

「ファンサイトも沢山あったし、大体どこの攻略wikiも運営の用意したラスボスじゃなくて、アインズ・ウール・ゴウンのことを『公式非公認ラスボス』として取り上げてましたよ。ワールドチャンピオンのたっちみーさんも所属していましたしね」

 

「ああ、いやあ」

 

 モモンガさんはポリポリと恥ずかしそうに頭を掻いている。この骸骨、照れてる?

 

「しかし……そんな不思議なことがあるんですねえ」

 ゲームの世界……あくまで電子のデーターが異世界で実体化している?訳わからんな。

「あなたも大概ですけどね」

 そうかな……転生と転移なら、転生の方が生まれ変わり論なんて昔の宗教の常套手段だから歴史は古いと思うんだけどな。

 

「しかし、NPC達までが転移して実体化するとは……なんなんでしょうね?でも、仲間が居るってことは寂しくないとも言えますよ。NPCは、ちゃんと配下という扱いなんですか?」

 

 俺はキラキラした眼でモモンガさんを見た。するとモモンガさんは複雑な顔をした。

 

「いや まあ……一人じゃない頼もしさは確かにあるのだがな……」

「ええ しかもアインズ・ウール・ゴウン製だから高レベルで強いんでしょ?」

「それが問題なんですよね」

「え?」

「強すぎるんですよ……あの子たち」

「強すぎる? でもレベル100のNPCってプレイヤーのレベル100と互角くらいでしょ?この世で英雄級と言われるレベル100の人間たちが立ち上がれば……」

「英雄級がレベル100?」

 

 モモンガさんは不思議そうな顔をする。

 

「えっ 確かモモンガさんと戦ったガゼフ戦士長などは冒険者組合からも「難度100相当の英雄級」と指定されていたと思うのですが」

「違うんですよ……難度100とユグドラシルのレベルは全く別物です」

「えっ ユグドラシルレベルと、この世界の難易度とは違うんですか!?」

「うーん ……今言った、そのガゼフが居るじゃないですか。いやもう居ないんだけどね。私が殺したので」

「はあ」

 

  今の……ジョークのつもりだろうか?

 

「彼がフル装備したら一応大陸最強と言われていたのですが」

「はい」

「……あれが ユグドラシルレベルで30ちょっと」

「はあ!? あんなに強かったのに!?」

「うん なんか、ごめん」

「レベル30なんてユグドラシルで、やる気になれば一週間くらいで到達出来ますよ!?」

「うん でね、ナザリックではワールドアイテムなどでギルドに作れるNPCの限度を上げているわけで。デミウルゴスなどの階層守護者だけでなくてね……六大神って知ってる?」

「はい 伝説の神話ですよね? この世界の」

 

「まあ あれってどうやらここに転移してきたプレイヤーのことみたいなんだけど」

「えっ そうなんですか!?」

「で、六人で世界を救えるくらい強い訳だが……ウチ、そのレベル100のNPCがゴロゴロいるわけで……」

「はい」

「あのね この姿と種族に引っ張られているせいか人間の心は結構薄れてきてるけど基本的な性格とか価値観ってそんなに変わってないんだよな」

「はい」

「あの世界で道徳教育と情操教育を受けて立派な大人になったザナックさんが、周りはみんなゴミみたいな弱い人ばかりの世界に行ったとして「ひゃっはー 皆殺しだあー!」ってなります?」

「いえ なりません」

「うん だよな 俺だってそうなんだよ。そりゃあアンデッドに引っ張られているから人間を殺すことに対して躊躇はしないんだけど」

「しないんだ……」

「ふふ すまないな……バケモノだよな」

 モモンガさんは寂しそうに自嘲気味に笑った。

「いえ 仕方ないですよ……人には立場もあればその時の状況もあると思います」

「ふふ まあ、それでも人間を殺す事を楽しんだり喜んだり望んでしたいかって言うと……まったくしたくないんだよな。別に残虐になった訳ではないから。カッツェ平野の時に凄いことになっちゃった私が言うのもなんだけど」

 

「はい」いや 本当にね。

 

「でね 彼らNPCってのは心底自分たちを作ってくれた我々ギルドメンバーのことを慕い盲信し狂愛しているわけだ。一体だけでも大変なのにかなりの数のレベル100の彼らに囲まれて彼らの望む支配者ロールプレイをやりながら、自分の身を守るために自分よりも賢く優れた部下に囲まれてさ……なんというか、こう……あくまで一般人だったハズなのに、突然、核爆弾を抱えて頭脳も残忍さも含めて世界を滅ぼせそうなのがウロウロしている狂信者を抱える新興宗教の教祖様みたいな立場に突然放り込まれたんだよ……正直逃げたい気持ちもあったんだ。でもナザリックが暴走したら確実に世界は滅ぶだろうし。実際、先日部下が「我々がきっと宝石箱をアインズ様に捧げます!」とか言うわけだが……その宝石箱がこの世界のことらしいんだよな。言っておくけど、そんなの欲しがったことないんだよね……勘違いと思い込みが、ただただ積み重なり続けていくんだよ……」

 

 あれ? この骸骨、愚痴りながら泣いてる?

 

「俺はさ。大好きだった仲間が残してくれたナザリックや子供達を守れればそれで良かったはずなのに、なんでこんなことになったんだろうなあ……」

 

 そう言うと骸骨が座り込んで頭を抱えだした。

 

 うん なんか、こう……。

 

「モモンガさんも……大変なんだな……」

 と呟いて、ぽんと彼の肩を叩い……うっぎゃあああああ――――!?

 

「あー もー 勉強しろよ!?」

「はあはあはあ 死ぬかと思った」

「君は俺が絶望のオーラⅠを出すだけで死にそうなくらい弱いんだから気をつけないと駄目だぞ?」

「え モモンガさんはレベル100なのに?俺はユグドラシルレベルでどれくらいなの?」

 

 モモンガさんは少し離れてブツブツと魔法を詠唱しているようだ。

 

「……………え?」

 

 えって何!?

 

「…………Level4…ゴミかな?」

 モモンガさんは耐えきれずに笑っているようだ。

「ええ!?今まで一生懸命鍛錬してきたのに……」

 俺はショックで涙目になる。

 

「あ、ええと……冒険とか実戦をしてないからじゃないかな?逆にトレーニングだけでレベル4とは凄いんじゃないか?うん、大したもんだ。チュートリアルだけでレベル4だぞ?スゴくないか?」

 

 この骸骨……すごく慰めてくれるな。

 

「まあ立場上、それは難しかったんです……あとチュートリアルをやり込みすぎですよね……俺」

「おい、目が死んでいるぞ。で、ザナックは……ユグドラシルではなく現実社会ではどうだったんだ?」

「そうですね……ユグドラシルをやっているという事は同時期の世界の住人だと思いますが、アーコロジー……54-は-6生活区域に住んでいました」

「えっ アーコロジー内か?いいなあー。俺は外暮らしだったよ」

 

 ……それはまたなんとも苦しい環境だったのだなあ。

 

「まあ コロニー内の最下層でしたけどね。名ばかり公務員で中・上流階級の下僕みたいなものです。両親や自分の仕事を鑑みると、随分と機械の歯車みたいな生活をしていましたね。結局、上の人達にとって我々はアーコロジー外に排除したいけど、すると不便になるから置いてやってる……という感じでしたね」

「……お互い、前の世界のリアルの話をすると心が荒むので、もう止めようか」

「はい 止めましょう」

 

 俺たちは二人で死んだ目で床を見つめていた。モモンガさん……赤い眼光でレイプ目になれるとか、流石ただ者じゃないな……。

 

「そういえば、俺、ナザリックに入ったことあるんですよ」

「え!そうなのか?」

 モモンガさんは非常に驚いたようだ。

「あの……どこかのギルドが主催したイベントで1500人のプレイヤーでナザリックに攻め込んだことがありまして」

「あー!初めて八階層まで突破された例の奴かあ。懐かしい」

「はい それで攻略wikiとかを読み込んでいたので、シャルティアとかデミウルゴスとかも覚えていたんですよ」

「なるほど。ふふふ」

「前々からアインズ・ウール・ゴウンには憧れていたけど、入会資格なかったし」

「え?」

「だから、参加すれば皆さんに会えるかな……と思いまして」

「や、その……そうだったんですか」

 ……やはり照れてる?

「実際に八階で生モモンガさんに会えて嬉しかったですけど……」

「いやあ ははは」

「でも、あの八階層のギミックは反則ですよぉ!」

「いやいや あの後、色んな所から叩かれて大変だったんです。運営にも報告メールが沢山いったみたいでヒヤヒヤしてましたから」

「あれは一体どういうことだったのですか?俺、タンクで最前列だったんですけど視野がブラックアウトして動けなくなりましたけど」

「ははははは まあまあ良いじゃないか。そこはそれ、防衛上の機密事項という事で」

「ちいっ 口を滑らせてくれたら、次の攻略の時に楽になると思ったのにぃ」

「……ふふふふふ」

 

 モモンガさんは何とも言えない顔をしてから、嬉しそうに穏やかに「────待ってますよ。楽しみにしながら、待っていますからね」と静かに呟いた。

 

 

「それよりも、部下達が君をプレイヤーだとして殺そうとするのを止めるの大変だったんだからな……」と愚痴られる。

 

 アルベドさんはモモンガさんの邪魔を排除するために、この世界のプレイヤーを片っ端から抹殺しようとしたらしい。だが、おれは正しい意味でのプレイヤーではあったが、この世界で言うところの神様と同義語で使うような存在ではない。過去の話を聞く限りは、ユグドラシルプレイヤーがチーム単位でこの世界の時間帯で100年ごとに飛ばされているらしい。中には俺のように明らかに向こうの世界の知識を持ちながら、何の力も無い者もそれなりに存在したらしい。そういえば、ラナーから聞いた時に気になったから調べてみたけど……ロミオとジュリエットやマクベスなどのシェイクスピア作品だった物が「ハイデルケン」という作者の物語として書籍化されてベストセラーになっている。誰かがこちらの世界に飛ばされて、本にして稼いだのかも知れない。しまった!俺も何か芸があれば一儲け出来たかも知れないのに!

 

「ところでモモンガさん」

「……いや、今はアインズ・ウール・ゴウンと名乗っているので『アインズ』と呼んで欲しい」

「解りました。アインズさん……王都で行方不明になった1万の国民を返して欲しいというのは駄目ですかね?今も生きていればですけど」

「駄目だな。私は部下に不要な虐殺は不快だと伝えてある。彼らはそれを忠実に実行しているはずなんだ。中には人が食糧である種族も居るのに、だ。一万人という人数を何に使っているのか、全部を知っている訳ではない。でも、彼らが私を信じてくれているように、私も彼らを信じているのだ。きっと我らナザリックにとって必要な犠牲なのだろう」

「そうか……子供だけでも何とかならないかな?子供だけ行方不明になった母親が可哀想なんだ」

「ふむ……いや現時点では駄目だな。実は我々は子どもたちは安全を確保した上で学校を作り教育を施そうという計画がある。しかし子供たちが……」

 

 そこまで話したアインズさんは「ガクッ」と顎を目一杯に開いて、驚愕の顔を見せてくれた。

 

「まて……そもそも我々と王都の事件の関係を何故知っている?」

「まあ、それはそれ、一身上の機密事項って奴で……ちなみに妹は関係ないぞ?むしろ妹に教えたのが俺だ」

「ふむ……」

 

 モモ……アインズさんは何かを考えているようだ。そもそも俺は、ラナーが彼らとどういう形で繋がっていて、どんな約束があるのかを知らない。

 

「すまんが……少しだけ記憶を見せてもらっても良いか?」

「え?そんなこと出来るんですか!?」

「ああ」

「ユグドラシルにそんな魔法有りましたっけ?」

「あるぞ……タンクだからって魔法を知らなさ過ぎるだろ?私はユグドラシルの魔法の殆どを網羅しているぞ?」

 

 へ、変態だ!変態が居る!? ユグドラシルの魔法って800とか1000とかそれくらいあったはずだぞ!……これが世界レベルのギルド長か。

 

「解りました。どうぞ覗いて下さい」

「うむ すまないな」

 

 魔法を詠唱しだしたアインズさんは、しばらく「むう」だの「ええ……」だのと呟きながら俺の記憶を覗いている。

 その間の俺はボンヤリとした状態で、どれくらいの時間が経ったのかは分からなかったが、アインズさんは「うむ 有難う。もう終わったぞ」と言った。

 

 アインズさんは何とも言えない顔で俺を見続ける。

 あれ? 何かヤバイ物でも見つかった?

 

「これがシスコンか……」

「誰がシスコンだ」

 

 俺は骸骨の胸骨に厳しくツッコミを入れる。バシッ ぎゃあああああ────

 

「……いや 本当に学べよ!?」「はいはい、ネガティブタッチ切ったぞ」 

 

 やれやれとため息をついたアインズさんは、俺の正面に立つと

 

 

「はあ──────」

「え?」

「ああああ――――居た」

「ん?」

「はははははは――――――居たなあ!」

「?」

 

 すると俺に近づいて肩を叩こうとした。思わず条件反射で俺はビクッとする。

「大丈夫だ。ネガティブタッチは切ってある」

 

 そういうと 何度も何度も両手で俺の両肩をパンパンパンパンと叩き続けた。

 まるで俺がここに存在しているのを確かめるかのように。

 

 

 そしてアインズさんは俺を確保しつつアルベドさんから守るために展開していたというワールドアイテム「山河社稷図」を収納する。

 すると先程までの異空間が嘘のように、元居た一室が広がる。そこにはアインズさんに五体投地で謝罪するアルベドさんと、それを困ったように見ている軍服を来た埴輪が立っていた。

 アインズさんはポリポリと顎を掻くと「もう良いアルベド。頭を挙げよ」と告げる。

「いえ!今回は私の独断専行のせいで、いと尊き御身に態々お出まし頂くなど守護者統括としてあるまじき失態!」

「よい。お前の全てを許そうアルベド」

「なんという勿体無いお言葉を!?されども、慈悲なるアインズ様の御心を煩わせたのは事実!であれば信賞必罰のお言葉通りにどうか私に罰をお与え下さいませ!」

 

 悲痛な声で美人が泣き叫ぶ……凄い迫力あるなあ。

 

「ンナインズ様ァ!アルベド様の想いを知り共に動いていたワタクシにも罰をお与え下さい!」

 

 突然、軍服埴輪もアインズさんに土下座をする。……この人、なんか今、発音が変だったような?

 

 君たち二人は気づいてないようだがアインズさんはずっとゲッソリした顔をしている……凄いな、骸骨なのに更にゲッソリ感を出すとか……流石アインズさん。只者ではない。

 

「……確かに独断専行の罪は重い……組織において報・連・相は何よりも大事だからだ」

 

 本当にその通りだ。ウチのラナー()何一つ報告も連絡も相談もしてくれんが。

 ……信頼されてないのかな?カナ?

 

「はっ」

「申し訳ございません」

「罰は(のち)に与えよう。もし明確な指示がなければ罰が無いのが罰だと思うが良い」

「はっ謹んでお受けいたします」

 

 ……わあ……ふんわりと誤魔化したなあアインズさん。

 

 なんでも、過激派のアルベドさんと志を共にしつつも「アインズ様の意こそ大義である」と考えていたパンドラズ・アクター(軍服の埴輪の人)はアルベドさんの暴発を防ぐために敢えて同志となり動いていたらしい。そして今回ようやく見つけたプレイヤー()を始末しようとしたところを俺の事を洗い直して、殺さねばならない危険性はないと判断したパンドラズ・アクターがアインズさんに相談し俺を救ってくれたというのが事の顛末らしい。

 

「では我が名に於いて宣言する。このザナックは私の知人である。これよりは作戦などに微調整を加えて、彼を害することのないように」

「し、しかしアインズ様……」

「私は彼の記憶を覗かせてもらったが、彼に嘘はなく、彼が我々の脅威になることはないし、これまでの事件にも関与はしていない。解ったな?」

「ははっ」

「その……出来れば我が国への迫害も止めていただければ……」

「ふむ。確か、これ以降にリ・エスティーゼ王国をどうにかするという予定は別に無い……ハズ。ただ八本指はこちらで握らせてもらうが、まあそう無茶なことはさせない様にしよう」

「えっ あいつら壊滅してないの?」

「壊滅したのは一部の支所と実働部隊だけだ。首脳陣は完全に掌握している」

「黒粉の流通だけでも何とかしてほしいんですが」

「ふむ まあアレは人を滅ぼし国を腐らせるからな……我々としては別にリ・エスティーゼが滅びるよりは良き交易相手になってくれる方が嬉しい。無論、王子様は色々と便宜を図ってくれるんだろう?ふふふ」

 

 そう言ってアインズさんは不敵に笑った。

 

「くそう 悪の首領が板についてるじゃないか」

「ふははは! では後はアルベドに任せるぞ。ゆくぞパンドラズ・アクター!」

 

 アインズさんは黒い穴の様なものを空中に開くと、その穴に入っていった。……あっ!今の転移魔法のゲートか!

 

 ……ふう、なに気にこの世界で一番命の危機に晒された瞬間だったな。

 

 ……そして前の世界の同郷人に会えた。

 

 俺は隣で「あともう少しだったパンドラ潰すあともう少しだったパンドラ殺す……」とブツブツと呟き続けているアルベドさんを横目に見つつ、絶対に無いだろうと思っていた、前の世界の仲間に出会えたことに身悶えするほどに歓喜して顔を紅潮させ、ホッと肺から息を吐いた。

 

 気づいたら一時間近く、主賓と主催者ナンバー2がパーティから姿を消している状態だったので、俺は険しい目で床を睨み続けるアルベドさんを促し、二人で会場にコソコソと戻った。

 しかし、主賓が長時間も姿を消すというのは流石に大きな事態であったらしく、会場は異様な雰囲気に包まれており、そして移動しているところを先程のフィリップとかいう馬鹿が「あっ アルベド殿ぉ!?王子と二人っきりで何を!?」と素っ頓狂な声をあげてくれたお陰で衆人環視の中に晒されてしまった。

 そしてそれは思った以上に大きな波紋を起こすこととなった。

 

「おいおい……ハーレム王子が魔導国の使節団団長とお楽しみだったようだぜ」

 

 ……え?

 

「王子の権力で他国の使者を……下衆王子め!なんてヒドイことを!」

 

 ……ええー

 

「えっ衆道王子って両刀使いだったの!?」

 

 おい 最後の、おい。

 

 隣から煙るような殺気が立ち込め、アルベドさんが金色の瞳を赤褐色にしつつ真っ赤な顔で「……殺す。絶対に殺す。お前を殺してから皆殺しにする。もしくはこいつら全員を死刑にしなさい。そしてオマエも死ね。どちらかを選びなさい下等生物」と怒りに震えながら尋ねてきた。

 

 

 

 ええ……なにその斬新な二択(ルート)。行き着く先が一緒(バッドエンド)ですよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 
    




 
 
みそかつ様 粘土a様 くろにゃな様 asis様 消音様 誤字脱字の修正を有難うございます


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汚された日

 

 

 

 

 

 

 

  あの、色々あったパーティが終わり、無事にアインズ・ウール・ゴウン魔導国との国交交渉が済んだ。

 ひとまずは隣国としての体裁を整えられたハズだ。まあ、でも普通に考えれば王子が殺されそうになった大事件があったはずなのだが、それは勿論知る必要のないことだ。話が拗れて得するものは誰も居ないのだから。

 

 そして、ある日の貴族会議の時に突然父王が「ところで……バルブロが行方不明になって久しいのう。そろそろ我々も一度区切りをつけねばならないと思うのだが」と言い出した。

「もう半年ほど経ちますしね」

「さすがにいつまでも次期国王後継者を空位にしておくのも王政府としては宜しくないかと」

「いえ 私は兄上が無事に帰還されることを信じておりますぞ」

「カルネ村も魔導国に編入されましたから捜索も出来なくなりましたしね」

「私はそもそもバルブロ様に国王の荷は重いと思っておりました」

「あれ? 俺の声って誰にも聞こえないの?」

「幸い、次期候補に心当たりも御座いますし」

「うむ 最も脅威になるはずの魔導国の女大使と良い仲になるという手練手管は頼もしいですな」

「男も魔族も手当たり次第ですな……頼もしい」

「いやいや、それがハーレムを作るために娼館を潰しまくったという噂も……頼もしい」

「よし おまえら表へ出ろ。『頼もしい』と最後につければ悪口がチャラになるシステムなど無いという事を体に教えてやる」

「わ、私は切れ痔でして……どうかお許しを!?」

「私はタチですが、よろしいですかな?」

「よろしい。意見も出尽くして煮詰まったようだな……」

「父上、何処が煮詰まっていると?全く煮詰まってないですよ?まだ煮汁がドボドボですよ。あと、一人ヤベーのが居ます」

「では、正式に第二王子ザナックを、次期国王第一継承者として指名する。また、儂も老齢でありアインズ・ウール・ゴウン魔導国という古い世代では対応が困難な隣国が出来てしまった。ここは我が息子ザナックによる新しい感覚を発揮してもらうために『暫定王』として徐々に執務を取ってもらうつもりだ」

「!? 父上! わ、ワタシは!……むぐぅ!?」

 突然背後の衛兵が俺を羽交い締めにし、口を塞ぐ。そして右側の貴族が俺の右腕を、左側の貴族が俺の左腕を掴む。

「ふっむぐぅふうあー!?」

 

 なんか、最近もこんな目にあった気がするんだが!?

 

 そして父王がピラッと出した「暫定王承諾書」には、すでに俺の筆跡を真似て書かれたサインがされており、そこに「ぐぐぐっ」と俺の人差し指が近づけられていく。

 

 ぐぅおお────押してなるものかああああああ────!

 

 違う貴族が俺の親指を、ぴっとナイフで傷つけて血が流れる。

 なんだこの連携プレー!? おまえら練習しただろ!

 

「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ」俺は必死で抗う。誰か助けて下さい!今、ここで人権が潰されています!

「押ーせ!押ーせ!押ーせ!」のコールが周囲の貴族から挙がる。なんだこの貴族会議。

 

「むぐうむぐう!」

 

 ぐりぐり あっ ……血判をサインの脇に押してしまった。

 

 貴族たちは顔を見合わせてサムズアップをしあっている。父上も満足気に頷いている。

 そんな和気藹々とした歓喜の中で、唯一俺は泣きながら床に倒れ込んでいた。

 先程、俺を羽交い締めにしていた衛兵が近づいてきて

「……犬にでも噛まれたと思って忘れてください」と優しくハンカチを渡してくれた。

 

「ぐふっえふっ……ぐ、ぐれてやるう──!」

 俺はそう叫んで泣きながら会議室を飛び出す。

 ドアの脇に立っていた衛兵の一人が「殿下!?どうされたのですか!」と驚いていた。

 しかし、もう一人の衛兵が何かを知っているのか彼の肩を叩いて首を振った。

 彼の親指は赤い朱印が付いていた。……貴様が練習台か。

 

 

 

 俺は泣きながらラナーの部屋に辿り着く。

 ラナえも~ん!

「どうされたのですか!?ザナック様!?」

 クライムが心配そうに俺に駆け寄ってくる。

「クライムぅ~」と俺は泣きながらクライムを抱きしめる。

「クライムを離しなさい、駄兄(だけい)

 ラナーが後ろから俺の両耳の穴に人差し指をゴスッと突き立てる。

「はぐふっ!?」

 中国の暗殺者かなんかかオマエは!?

「なんで家庭内暴力をコンボで受けにゃならんのだ!?」

「一体何があったのですか?ザナック様。今朝は貴族会議では?」

「事件は会議室だけで起こってるんじゃない!この現場でも起こってるんだ!」

「なにを仰っているのですか? お兄様」

 ……ぐぬぬ。しれっとした顔で、この酷妹(ひどうと)め。

 

「聞いてくれ……第一継承権……次期国王に正式に指名された……しかも暫定王として執務に就き始めろって……酷いんだよ。あいつら!嫌がる俺を無理矢理……ぐすん」

 クライムとラナーはキョトンとした顔をしている。「それが?」という表情だ。

「いやいや、君たちね。あれだけ王様に成りたくないと言っていた俺が強制的に『暫定王』に就任させられたんだぞ?可哀想じゃないか!ザナックが!」

「いえ、ザナック様。バルブロ様に御不幸があられた以上、こうなるのは当然だと思います。それにザナック様は市民にも親しまれており、暫定王への就任は、きっと最近の暗い世情の中で明るいニュースとなりましょう」

「それに父上も、もう60を越えて御高齢であらせられますし、いつまでも第一線で働いてもらうのではなく、そろそろ安養の時を暮らして頂くのが子としての忠孝の道ではありませんか?」

「ラナーに人の道を説かれるとか……ぷっ」

「……」

 ラナーは自己紹介で「犬をハンマーで殴り殺すのが趣味です!あは!」と言いそうな転校生の眼で俺を見る。おかしいな……ここに犬は居ないはずなのに。ある意味、『炎の転校生』よりも『炎の転校生』だよオマエは……。

 俺は、いつラナーが『国電パンチ』を放っても大丈夫なように本棚を移動する。

「どうしたんですか?ザナック様」

「いや……踏ん張りが利かないようにな……」

「この兄はまた変なことを……ふう、クライム。お兄様は混乱してお疲れのようです。紅茶の用意をしてあげて下さい」

「はっ 解りましたラナー様。ではザナック様。お気を確かに……」

 クライムは自ら紅茶を入れてくれるために部屋を出て行く。

「……」

「……」

「お兄様……アルベド様がお怒りでしたが何をされたのですか?」

「えっ アルベドさんと会ったの?」

「はい パーティの後に」

「うわはあ 悪巧みですか。悪巧みですね」

 俺はジト目でラナーを見た。

「どうしたのですか?私の靴を煮詰めて呑みたそうな顔をして」

「してないよ!妹の靴を柔らかくして飲み干すという最新の性癖を備えた記憶はねえよ」

「まあ 二人きりで居たことを仲良くしていたと勘違いされて不愉快ということでしたが」

「あれはどう考えても俺のせいじゃないよ。というかそもそも俺を攫ったのアルベドさんだぞ!?ひどいな!」

「ふふ どうもお兄様がアインズ様と仲良くされていたことへの嫉妬も含まれているのではないかと」

「えっ ……おまえ一体どこまで知っているんだ?」

「まあ 憶測が多いのですけどね。ヘタに探ろうとして、あの方達に勘ぐられでもしたら台無しですし」

「アインズさんに会ったことは?」

「ありませんよ? アルベド様にお会いしたのも今回が初めてでしたし」

「そうか……アインズさん、触れると死にかけるから気をつけるんだぞ?」

「……なるべくお会いしないままでいたいですわね。その御様子ですと異世界人同士で(よしみ)を結べたようですね」

「異世界人か……それは少し違うと思うんだけどな。俺は(いち)からザナックをやってるつもりなんだけどな」

「彼らは、体ごと異界から来たのですね?」

「……少なくとも、以前に俺がオマエに言った推測は大体合ってたよ。なんでそうなったのかは彼らにも解ってないようだったけど」

「なるほど……ではアルベド様からお預かりした魔法道具をお渡し致します」

「え?」

 ラナーは、引き出しから高さ20㎝くらいの変わった形のハンドベルのようなアイテムを取り出した。

「これは2個で一組のアイテムで、もう片方はアインズ様がお持ちです。片方を鳴らすと相手のベルが光るというだけのアイテムなのですが、他にも色々と使い方はあるみたいです」

「ふむ……で、どうしろと?」

「アインズ様がお兄様に御用の際に光るので、準備が出来ればこちらのベルを鳴らし返せとの事です。後はお兄様がアインズ様に御用の際に使用すると来て下さるとか?」

「ふーむ」

「この様な特別なアイテムを下賜されたので、よりアルベド様が悋気(りんき)されあそばれたのではないでしょうか」

「流れ弾じゃないか……おっとお茶が入ったようだな」

 ドアをノックしてからクライムがティーセットをワゴンに乗せて部屋に入ってくる。

「まあ 有難う。クライム」

「いえ 美味しく入っていれば宜しいのですが……」

「最近、クライムの紅茶の腕がめきめき上がっていてな」

「そんな事ありませんよ、ザナック様」

 俺たちはクライムの紅茶を頂く。今日はアカシアのハチミツだ。美味い。

 

「ふふふ でもお兄様、パーティではアルベド様のお美しさに貴族の方々も呆然自失とされておられたとのことですが」

「まあ、確かに美人だったな。白いドレスが良く映えて……色気が……もう」

「お兄様もアルベド様を嫌らしい目で見惚れていたと、参列者の中でもっぱらの噂でしたわよ?」

「ああ いやオマエくらいに可愛い人が他にも居るんだなってビックリしただけだよ」

「はい?……え!?」

「まあ タイプは随分違うけどな。オマエが太陽の様な眩しさだとしたらアルベドさんは月の様なシットリとした感じで……」

「ちょっ……、あの……その」

「どうしたんだ?」

 ラナーの顔が赤くなっている。いかん、攻撃色だ!

「ちょっと待て。大丈夫だ。いくら綺麗だからってアルベドさんに心奪われて傀儡政権などにならんさ。オマエのお陰で美人には慣れてるんだ」

 俺は言い訳をしながら。ラナーとの距離を取る。

「~~~もう! ちょっと!クライムったら何をクスクスと笑っているんですの!」

「あははは! ラナー様、そんなに御自分の手の平でパタパタと顔を扇がれても効果がないのではないでしょうか?わたくしが扇子を持って参りましょうか!」

「まあ!クライムったら意地悪ね!誰に似たのかしら?」と俺を可愛く睨む。

「オマエだよ」と俺は「ドーン」と指でラナーを指した。

 

 

「……お二人です」クライムが真顔で応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 




Sheeena様 カド=フックベルグ様 誤字脱字修正を有難うございます


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悪い顔の暫定王

 

 

 

 

 暫定王としての布告が出たと共に俺の仕事量は数倍に膨れ上がった。

 あの時に俺の体を掴んでいた貴族たち(王国政府首脳)をこき使ってやろうと企んでいたのに、俺の暫定王の就任とともに殆どの当主が隠居して当主の座を子供へと譲ってしまった。くそう。

 仕方ないのでラナーに相談しながら内閣を組閣し、一番の肝である人物の出馬を嘆願し続けた。

 カッツェ平野の虐殺から、すっかり自領に引きこもってしまったレエブン侯の宰相就任が、俺を王とするというトリッキーな内閣にとって最も必要なパーツだろう。しかもラナーからは「アドバイス程度しかお手伝いしませんよ」と釘を刺されている。

 レエブン侯に何度か手紙を送ったが「表に出ず子供と過ごしたい……」という趣旨の返答を色んな言い方で返されただけだった。

 仕方ないのでレエブン侯の自領である『エ・レエブル』まで赴いて、「もしレエブン侯が宰相になってくれないならアインズ・ウール・ゴウンに従属する。エ・レエブルはエ・ランテルの近くですし直轄地として吸収されるかも知れませんな、あの大魔法使いの。自分の領地で魔法実験とかされても我々は文句言えませんし。あの魔法とか」と、懇切丁寧に説明したら、凄く渋々と引き受けてくれた。なんか最後は泣きながら息子さんを抱きしめていた……凄く悪いことをした気分だ。いや、したのか?

 

 レエブン侯は本当に有能だった。内政外政軍事の全ても万能に(こな)せたし、特に素晴らしかったのは人物鑑定、人を見る目だと思う。

 以前も無名の市井の軍師を最高指揮官に任じたり、ラナーのことを早くから見抜いていたりと、その片鱗はあったが、彼が指名する下級貴族の役人、官僚は有能揃いで国の統治能力が格段に上がった。貴族派の多くが物理的(・・・)に消滅したのを良いことに領地の転封や合併、割譲を成し遂げて大きな王直轄地を新たに作り上げたり、街道と河川の整備で作農地も拡大し、国力はエ・ランテルを失った分を既に取り戻しつつある。

 

 特に、相容れない敵国であったバハルス帝国とスレイン法国と接していたエ・ランテルが『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』として強大な(くさび)を打ってくれたことが想定外に大きな利益をもたらしていた。少なくとも、モモ……アインズさんの言葉を信じるのであれば(まあどれだけ警戒していても攻められたら一瞬で滅ぶので信じるしかないが)今まで帝国と法国相手に費やしていた膨大な軍事費を他に回せる訳で、八本指も大人しくなった状態で色々なことが上手く回りだした。これなら大商人たちへの長年の負債も少しずつ返済が出来るだろう。

 

 そんな矢先に、深夜、自室で書類を見ていると突然机の脇に置かれていたハンドベル(アインズさんに貰った物)がリンリンリーンと赤く光りながら鳴った。

 ……これは確かアインズさんからの御用の合図だっけ?

 で、俺はどうすれば良いのかな? あ、鳴らし返さないと駄目なんだよな。

 俺がベルを振るとベルは青く光るが音はならないようだ。

「呼び出す側は鳴らないシステムなんだな……」

 

 なるほどと感心していると「コツン」「コツン」と部屋の窓を何かがノックする音が聞こえた。急いで窓を開けると、黒い影の様なモノが窓の隙間から「ぬるり」と室内に飛び込んできて人の形になり、いつものとは違った簡素なローブを纏ったアインズさんが現れた。

 

「……次からベルが鳴ったら窓を開けてくれるか?」

「え? あ、はい」

「夜中に窓に小石を投げるのとか学生の恋愛漫画みたいで恥ずかしい……」

 

 確かに骸骨が夜中に窓に向かって「えいえい」と小石を投げている姿を想像すると……来るものがあるな。

 

「そうですね……もしやアインズさんはリアルで経験済みですか?」

「ないな。リアルでも魔法使いだったし。……君は?」

「ないですね。病弱で学校も殆ど行ってなかったので」

「……」

「……」

「よ、よしこの話は止めよう」

「ええ……自爆テロでしたね……」

 お互いに心に深刻なダメージを負った。

「そのベルは普通に使えたようで何よりだ」

「はい でも、こんなアイテム、ユグドラシルに在りましたっけ?」

 こんな不便なアイテムなくてもフレンド同士のチャット機能が充実していたからな。

「いや これはこっちの世界……バハルス帝国の魔道具市で買ったものだ」

「え そうなのですか!?」

 こっちの世界だとすれば便利な道具だ……リ・エスティーゼとバハルスではこんなに差が付いているのか……。

「あの国は通信魔法系の発展がめざましいぞ?まあ皇帝が優秀だからな。何が重要か解っているのだろう」

「すみませんね……優秀じゃない暫定王のリ・エスティーゼ王国ではこんなの売ってません」

「交易したまえ。我が国で取引を行えば税金も入ってくるしな! あ、暫定王就任おめでとう。ザナック」

「……はい 有難うございます」

 凄く嬉しくないんですけどね……。

「正式に王になったら贈り物を送るが……これを見てくれるか?」

 そういってアインズさんはボックスと思われる黒い穴から一本の剣を取り出す。

「……これは」

 剣は中々良い剣だった。ユグドラシルの世界ではどうかわからないが、この細やかな文様はドワーフが作ったものだろう。この国なら中流貴族が「我が家の家宝です」と大切にするレベルではないだろうか。

「ん?」

 良く良く剣の文様を見ると、ユグドラシルで見たことのある文字が書かれてあるのが見えた。俺がこの世界で、この文字の実物を見たのは初めてかも知れない。

「ルーン文字だ……」

「そうだ。ユグドラシルに限らずあの世界でのファンタジーでは欠かせない古代文字だ。実はこれはウチのドワーフが作った」

「えっ そうなんですか?良いなあ」

「うんうん いい反応を有難う。ルーン文字にはロマンあるよな!」

「はい 重ねがけして強くなっていく武器防具は素敵です。ロングソード+1とかいう素っ気のない表示は勘弁して頂きたいものです」

 なんだろう……今、何らかの集団に喧嘩を売ってしまった気がする。

「うむ 実はこれを販売したり、ウチで育てる冒険者達への報奨品として生産しようと思っている」

「良いですね。程よい強さというのが有り難いです。強すぎると与える側としては渡しにくいものですからね」

「良く分かっているなザナック。そう、ちょうど良いのだよ。ちなみにユグドラシルレベルで10~20くらいの物なら大量生産出来そうだ」

「お値段次第ですが、是非ウチでも買わせて欲しいですね。功を挙げる度に領土とか地位とかやっていたら堪らないですから」

「うんうん。そうだろそうだろ」

 

 アインズさんは上機嫌だ。俺なんて普段、ラナー1人相手に脳をフル回転させながら会話しても小馬鹿にされているのになあ。あれだけの悪魔たちと渡り合った上で感服させると云う凄い智謀の持ち主だというのに子供みたいに可愛いところもあるんだなあ。まあ、俺みたいな凡人相手の方が気楽に話せて楽なのかも知れないな。俺も楽しいから良いんだけどね。

 

「ところで、少し暫定王にお願いがあるのだが……」

「はい」

「実はアンデッドを労働力として運用していこうというプランがあるのだ」

「……アンデッドを?」

「アンデッドは疲れないし食糧も賃金も不要だ。不満を言うこともなければ、不眠不休で働き続けることが出来る。まあ単純な命令しか聞かないから、運搬や耕作、土木や鉱山業などが中心となるが……」

「……なるほど、それは確かに素晴らしいアイディアですね」

「そうだろ!わかってくれるよな!……ち 沈静化されたか」

「? はい 無賃金・無休養・無不満で働き続けるとか夢の労働力じゃないですか!」

「だよなあ。でも、どうも下僕(しもべ)達はピンと来てないんだよな……画期的な案だと思うんだけど」

「なるほど……配下の方からすればアインズさんのために「無休」「無給金」で働くのが当たり前だという感覚があるのかも知れませんね」

「え?」

「例えば、こちらの貴族にその案を披露しても「は?無給金?公共事業なら平民が血税として無償労働するのは当然だろうが!」「無休?動けなくなったら代わりの民を使えば良いだけだし」「不満?良し、ムチを打て!」という感覚なのではないでしょうか。これが魔導国の方々なら、より『アインズ様のために!』という想いが強いでしょうから、むしろアインズ様のために働けるという幸せを何故アンデッドに与えられるのですか?という疑問が付きまとうのかも知れません」

「……なるほど」

「私達はリアルの世界でブラック企業の中に身を置いていても、労働に対する対価だとか、休憩や休日という物が例え少なくても当然に存在しているものだと認識しており、それら全てをザックリと無視出来るアンデッドの労働力という新エネルギーにワクワクしますが。そもそも人権が希薄にしか存在しないこの世界では「人間で良いじゃん」みたいな意識があるのではないかと。むしろアンデッドに仕事を奪われるかも……とか」

「ううむ……なるほどな。いや、実はそのアンデッドを提供するという事業も始めようと考えていて、実際にウチではドワーフの鉱山などで試用し、満足のいく結果を出している。それでジルクニフに……バハルス帝国に申し出てみたのだが、まさに今、ザナックが言った理由で「調整に時間がかかります」と言われてしまってな」

「提供? 他国に貸し出されるのですか?」

「うむ 事業というのは我が国の中での労働力というだけではなく、他国や市民へも貸し出してレンタル料や、相手によっては売ることも考えている」

「そうなんですか?そうなるとかなりの量のアンデッドが必要になりますよね」

「……一応、何も無いところからでも作れるんだよ。アンデッドは」

「……一応?」

 俺はジト目で骸骨を見る。

「……まあ、ほら、先日沢山カッツェ平野で手に入ったからな。原材料」

「わあ……ちょっと引くわー」

「まあ そう言うな……なんかゴメン」

「知り合いがアンデッドとなって穴掘りしてたら、ちょっと、こう……」

「ううむ マスク等を被せることも検討しよう」

「そこまでしてレンタルを……あっまさかアンデッドを大量に国に入れた後で操って反乱を起こさせるとかですか?そりゃバハルス帝国も拒否しますよ」

「いや、そんなこと考えてないんだよね……下僕たちならともかく、俺は『部下を守る』『ギルメンを見つける』というのが最低にして最大目標でなあ、世界征服とかは二の次三の次というか、どうでも良いというか……そもそも、国を潰すならいくらでも簡単な方法があるからな」

「超位魔法……ですね」

「それもあるけど……この世界の人達って英雄級でもユグドラシルレベルで30台って説明したよな?」

「はい 恐ろしいことに」

「まずな、俺はユグドラシルの時から魔王のロールプレイを行ってきたからゲームでは普通取らないスキルを沢山とってるんだけど……例えば『上位物理無効化Ⅲ』とか『上位魔法無効化Ⅲ』というスキルを取っていて、これはレベル60までの物理攻撃と魔法攻撃を無効化するスキルなんだけど、レベル100のプレイヤーや、それ以上のボスを相手にするユグドラシルでは完全に死にスキルな訳です。でも、この世界だと殆どの物理攻撃も魔法攻撃も完全無効化されるし『絶望のオーラⅤ』を使うと……街を歩くだけでパタパタと殆どの人が死ぬね。呼吸困難、ショック死、心臓麻痺などでな。死の街が数刻で出来上がるな」

「歩く厄災ですね」

「おい なぜ距離を取る」

「ははは つまり国を滅ぼすくらい簡単に出来るのに、そんな間怠(まだる)っこしいことしませんよ?という事ですね」

「そうそう。本当に、普通に交易して、お互いに繁栄で良いんだよ。ただ、ナザリックの運営に金がかかるので、金を稼ぎたいし、ナザリックの武力やアンデッドを有効活用しながら我々全体の強化を図り、現在どこかに潜むプレイヤーや、100年後に来るかも知れないプレイヤーから子供たちを守るのが一応の目標だ」

「……思った以上に壮大な展開と、それに反して慎ましい目標と手段ですね」

「そ、そうかな?」

「いえ なんとなく部下たちとのすれ違いの原因みたいなものが見えました」

「慎重派なのだ……ということにしておいておくれ」

「その方がこの世界の住人としては有り難いですし、何よりもプレイヤーが居たとした時の事を考えたら大義なき行動は彼らを敵にしてしまうことになりかねないですからね」

「うむ……さて、話を戻しても良いかな?」

「はい、そうすると……そのアンデッドによるプランテーションをリ・エスティーゼ王国で作ってみてはどうか?……ということでしょうか? それとも単にリ・エスティーゼ王国の農場にアンデッドをレンタルしてみては?というお話ですか?」

「うむ 今のところは貸し出してのレンタル料でも頂こうかと考えているが、大規模農場をリ・エスティーゼ王国でか……それも面白い話だ」

「そうですね……いくつか条件をクリアすれば可能かも知れません」

「ふむ 聞こう」

「まず、私が暫定王ではなく正式な王になってからであること。多くの臣民を亡くした大戦から、まだ数ヶ月です。父上が半隠居した理由の一つに、あの戦いの責任を取った。という意味も在りますので、父上が正式な王であるうちは強引でも罷り通らないでしょう」

「うむ 君が王なら通ると?」

「……そうですね。魔導国は大戦の後に建国後、いち早く親善大使を送って下さいましたし、私が、その……団長とゴニョゴニョという噂も流れましたから、代替わりして魔導国と私が同盟で結ばれるのは苦々しく思う人もいるでしょうが、断行は可能だと思います」

「うむ なるほど」

「そして、我々がアンデッドを借りて事業を行った場合、アンデッドを嫌う団体から「王政府」への非難が高まるでしょうし、大規模農業を営む貴族からの反発も大きいでしょう」

「そうだな」

「ですから、我が政府としてはまず魔導国と強固な同盟関係を築くことを提案致します」

「ふむ」

「そうすれば我が広大な領土から農作地などに適した土地を借地として同盟国に貸すことに問題はありませんし、カッツェ平野での戦いを知っている者はアインズさんの強さを知っているため、魔導国からの要請が断りづらいことに理解があるはずです」

「ふふ 庇を貸して母屋を取られる。という風に危ぶむ者も出てくるのではないか?」

「かまいません 魔導国と同盟を結び国交と交易を増やすことで、魔導国内でのアンデッドの安全な運用などを目にする者も増えていくでしょうし、そのうち小さくても民間の結びつきも出てくるでしょう。別に魔導国は異形の者だけが住む街でないわけですから、生活必需品などはスレイン法国やバハルス帝国とやり取りをしているはずです。そこに、もと同じ国の商人が加わることはむしろ自然と言えるでしょう。そして、貸し出した土地からの収穫があり、利益が出れば人の気持ちなど簡単に変わるものです。しかもそれが自分の遠隔地であり安全が確保されていれば尚更です」

「となると?」

「はい、今までは魔物たちが出没し人が住むのに適していなかったトブの森付近などの危険地帯に耕作地を作って徐々に広げればよろしいかと。アンデッドですから危険地帯でも気になりませんし、元より自分たちが入れなかった地です。まさか『我が国の農作地を取りあげられた』などとは言いますまい」

「先程言った君たちの利益とは?」

「アインズさんはナザリック運営のために金を必要としているのですよね?」

「うむ」

「そこで、耕作地は借地として貸出しますが、家賃としてお金を頂くのではなく、収穫した穀物を安く売って頂くのはどうでしょうか。平均価格の何割引きかは熟考して決めたいと思いますが」

「ほう」

「以前、アインズさんはAOGがDQNギルドだったので、敵対プレーヤーに注意してユグドラシル金貨を市場に放出したくないと仰っておりました」

「うむ まあ、ユグドラシル金貨の方が価値が高いので、ナザリックの経費に使いたいというのもあるのだが」

「しかし、私もそうでしたが、AOGほどのギルドになれば、かなりのユグドラ金貨が貯まっているのではないですか?」

「ふふ まあな」

「その金貨を僅かばかりの手数料で、ウチが普段入れている分量の不純物を入れてリ・エスティーゼ金貨と鋳造し直して、この世界で使用して頂くのも良いのではないでしょうか?」

「うむ それは確かに困ったときには頼むかも知れないな」

「はい お任せ下さい。そして、アンデッドによる穀物をウチが買い取ることにより、この世界の金貨を正当に我々から入手出来ますので、先程のユグドラシル金貨の再鋳造で得た大金を魔導国が所有し使用することが不自然ではなくなります」

「なるほど。それは良いな」

「まあ、マネーロンダリングですね。ここは二人で悪い顔をする場面ですよ?」

「ふふふ」

「そして格安で購入させて頂いた穀物は有益に使わせていただきます。商人への払い下げ、貧困層への配給、国庫への貯蓄など色々あります。アインズさんが許してくれるのであれば他国への売却も考えており、慢性的な食糧不足を解消しつつ利益も出れば、この国で文句を言うものは少なくなりますしね。そして魔導国としての利点は、実はエ・ランテル周辺の土地は決して農業に向いている訳ではありません。それゆえに開発を平民に丸投げして小さな開拓村ばかりが出来ていた訳です。単純労働力であるアンデッドが農地を作成したとしても成功するかどうか解りませんし、この大事な一歩で失敗してしまえば、誰もが『アンデッドに農作業なんか無理に決まっている』との烙印を押されてしまうでしょう」

「むう」

「ですが、他のリ・エスティーゼの肥沃な土地は耕作地として優秀です。大きなプランテーションを作るのに向いておりますし、魔導国内ではプロパガンダだと疑われそうなアンデッドの有効活用の情報が信用されやすいでしょう。なによりも『アンデッドは安全であり、人に富をもたらすことも出来るのだ』というモデルケースになりますから、それは何よりも魔導王をアンデッドであるだけで忌避している現時点の世界中の人々への効果的な宣伝(アドバタイジング)になります。アインズさんのことだから、きっとそこまで考えておられたのでしょう?」

「……あどば……う、うむ、そうだな」

「やはり!さすがはアインズさんですね」

「……いや……違う、違うんだ。……デミウルゴスみたいなことを言うんじゃない」

「え?」

「やめろ!同世界人(オマエ)だけは俺をそんな風に見るな……」

「ど、どうしたんですか!?」

「俺は一般人だ!」

「え? いや、あんなギルドの運営をしていて、そして今やこの世界で魔導国を建国し、王に成られた人が何を言ってるんですか?」

「おい そこの暫定王。オ・マ・エもだ!」

「ぐむう……で、でも俺は本当に凡人で……」

「その凡人だった君が、突然放り込まれた世界で王子として育てられ、泣く泣くでも立派に王をやっているからこそ偉いんじゃないか!」

「鏡見てもらえます!?そっくりそのままお返し致しますよ!恐いNPCに囲まれた中で遂に一国の王と成られたではないですか!」

「ハアハア……」

「ふうふう……」

 

「「よし」」

 俺とアインズさんの目があった。

 

「「お互い知らない世界で良く頑張った!!!」」

 

 俺はアインズさんとガッシリと抱き合った……そうだ!俺たちは知らない世界に放り込まれて、本当に良く頑張ってきたんだ……誰にも褒められることも無く、ただただ頑張ってきたんだ……それをこの人だけは解ってくれるんだ……全部、全部解ってくれるんだ……やべえ惚れそう。骸骨なのに……てゆうか……。

 

「ぎぃやあああああああああああああああ!?」

「あー!一応他国なのでネガティブ・タッチ作動させてるの忘れてた。はっははははは」

「はははは、じゃねえわ!?」

 

 死ぬわ!?川の向こうで良い顔したガゼフが手を振ってたわ!

 

「すまんすまん レベル4の燃えるゴミを灰にする所だったな」

「くそう……誠意は行為で示して頂きたいものですな!」

「ほう? ふふふ」

「先程の格安で食糧を売って頂く件、宜しくお願いいたします!」

「ふうむ 確かに他国での実験。そして実績作り。格安だとしてもエクスチェンジボックスに放り込むよりは遙かに金になるな。しかし……私が勝手に決めてしまっても良いものかな?下僕の計画の邪魔になったりしないだろうか……」

「大丈夫です。賢い下僕には『ふふふ 敢えて私がそうした理由……オマエなら解るよな?』と思わせぶりに言えば『なるほど……そこまでお考えになられておられたとは』と勝手に理由を考えてくれますよ。俺はラナー相手にいつもこの手で誤魔化してます」

 

 で、「馬鹿なの?死ぬの?」と虫を見るような眼で見てくるんだよな、アイツ……。

 あれ?誤魔化せてないじゃん。

 

「おまえ……それはいつもの俺とデミウルゴスの会話だよ……なんだ?見てたの?」

 

 アインズさんは頭を抱えながらハイライトの消えた眼で俺を見る。だから、なんでそんなに器用なんだ……。

 

 

 

 

 

 

 









とんぱ様 Sheeena様 誤字脱字の修正を有難うございます


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ハチミツ王ザナック

 

 

 

 

 ふうふうふう。流石にこんな時間まで仕事をしていたら目が(かす)むな。

 

 首をゆっくりと回すと「グキゴキゴキ」という有り得ない音が首と肩から聞こえてきた。

「くそっ 白人は肩が凝らないから『肩こり』を現す言葉が無いって聞いたことあるけど、すっごい凝ってるじゃないか……」

 

 おかしいな……父上も勿論多忙ではあったけど、こんなに忙しい感じじゃなかったぞ?

 しかも俺には名宰相のレエブン侯が付いているというのに……?

 

 あれからも時々アインズさんが来て、お互い愚痴り合うんだけど、アインズさんも「俺はアンデッドだから大丈夫だけど、世間の支配者ってこんな重労働とストレスを続けてたら早死にすると思うんだが?」と不思議そうに言っていた。本当にそうだ。そもそも儀式的な物に日中の多くの時間を取られすぎだろ。誰々が就任するというと挨拶、辞めるというと挨拶、他国からの使者に挨拶、大商人に挨拶、教団関係者にも挨拶……挨拶!挨拶!挨拶!うるせえ!1日に何回「うむ、大儀である。これからも宜しく頼むぞ」と言えば良いんだよ!?こちとら部下が働いているのに自分だけ仕事をサボるとか出来ない質なんだよ!伸びゆく労働時間に、本当に労働基準監督署を作るべきじゃないだろうか?と真面目に考えてしまうが……間違いなく一番始めに摘発されるのは王政府で、俺だな……なんだそのギロチンを発明した人みたいなオチ。

 

 もー 疲れた。しかし、こりゃ確かにラナーに王をやらせなくて良かったなあとも思う。あんまり不眠とストレスでクマと吹き出物顔のラナーとか見たくないものな。

 

「父上も60歳にしては老けているなと思っていたが……ごめんよ。そりゃボロボロになるわ」

 

 

 リ・エスティーゼ王国は魔導国との国交を結び交易を始めた。といってもまずは民間と貴族個人を主体としたやり取りだ。

 

 そして、レエブン侯の元であらゆる改革を進めて、各国が魔導国の動きに注視している間にリ・エスティーゼ王国はスリム化されて腐敗した部分の除去にゆっくりとではあるが成功しつつある。本当にレエブン侯にお願いして良かった。一度「俺の代わりに冠を被ってみては?」と尋ねたが、「家臣が成り上がると、せっかく鳴りを潜めた野心家共を起こしてしまいます」「これ以上忙しくなったら子供と遊べません」「魔導王と会いたくないですし、リーたんが将来骸骨の生贄になるかと思うと……」という3つの理由で断られた。

 そして遂に、ラナーとレエブン侯とも相談した上で父ランポッサ王に禅譲してもらい、暫定王が外れる時が来た。

 

 まさか、俺が王になる日が来るなんてなあ。本当になるのか?嫌だなあ……ラナー代わってくんないかなあ……代わってくれないよなあ。暫定王の時点で辟易しているのだが……。

 どうしても嫌ならペスペア侯(彼は王の娘婿なので継承権がある)とかに譲る方法もなくはないのだが……魔導国と上手くやっていかねばならないことを考えたら、きっと俺が王になり、アインズさんとの同郷であることを存分に利用して、その慈悲に与るのが一番いいのだろう。少なくともラナーは俺がデミウルゴスの名前を呟いて、俺がアインズさんと同世界人の可能性を疑った時からそのルートも選択肢に入れていたのだろうな。これは(てい)の良い生贄ではないだろうか?

 

 戴冠式を終え、正式なリ・エスティーゼ王となった俺の最初の仕事はアインズ・ウール・ゴウン魔導国との強固な同盟だった。

 交易に関する税の軽減と、交流に関する利便性の向上。そして何よりもアンデッドによるプランテーション計画に必要な領土の貸し出しと軍事同盟の締結をした。

 後世には「国土を他国に売り渡した愚王」とのそしりを受けるかも知れない。しかし相手は国の1つや2つ鼻息一つで滅ぼせる力を持っている隣国なのだということを考慮して頂きたいものだな。

 また、軍事同盟に関しては、基本的に現在のリ・エスティーゼ王国は攻められることはあっても攻めることは殆どない国なのだ。理由は現時点がすでに目一杯に手を広げきった状態で、これ以上の支配力がウチには無い事が挙げられる。土地が肥沃で広大であるのに比べて軍隊が数を頼みにするしかないほど脆弱なんだよな。まあ肥沃で豊かだからこそ兵が弱くなるのかも知れないが、この辺りは地政学の分野になるのかな?まあ、この軍事同盟は攻めるときは手伝わないけど攻められたら助けに行くね?という同盟なので、普通に考えて魔導国が攻められることは考えにくい。得体が知れなさすぎるのと王が計り知れない強さであることだけが喧伝されているためだ。そして魔導国がどこかに攻めても手伝う必要はない。王国がどこかに攻める予定はないが、攻められる可能性がある。

 攻められた場合は魔導国が守ってくれると考えれば有り難すぎる盟約だ。まあ、魔導国としてはリ・エスティーゼ王国が売られた喧嘩を買った上で、売りもとを襲う大義名分が出来るくらいに考えているのかも知れない。アインズさんがではなく、その下僕達が。

 ……もちろん魔導国の王がアンデッドである。という事を理由にスレイン法国やアーグランド評議国などから何らかのアクションが起こる可能性はある。状況によっては条約の改正や、むしろ魔導国に従属させてもらって、魔導国が万が一負けた場合に帝国と一緒に「あいつらがやれって言ったんです」とか「あいつらが無理矢理……」という言い訳を取れるようにしなければならないかもな。……バハルス帝国はそれもあって、始めは魔導国の宗主国扱いだったのに彼らの下に潜り込んだのかも知れないな。凄く気持ちが解るよ。

 

 明くる日の朝、朝から「ふう……」と疲れて溜め息を吐く俺に

「お疲れさまです。ザナック様」と優しくクライムが紅茶を出してくれる。

 

 ああ クライムは俺を癒してくれるなあ……将来的には騎士団長か戦士団の戦士長に成ってもらうかも知れないな。すでに城兵の中では抜きんでた強さだと聞いている。

 

「お兄様にしては良く頑張っておられますよね。あら、王様と呼んだ方が良ろしいでしょうか?」

 

 そう言うとラナーは小悪魔のように悪戯っぽく笑う。その笑顔の可愛さにクライムは顔を赤くするが……騙されるな、そいつの本当の笑顔は性根の悪さが浮き出た大悪魔みたいな笑顔だ。

 

「王なんて呼ぶなよ。王なんて誰でも成れるが、オマエのお兄ちゃんには俺しか成れないんだからな」

「いえ 王もそうそう成れませんよ……ザナック様」とクライムが困ったような顔をする。

「そうだな……オマエらが結婚して生まれた子供を王にしよう。そうしよう。早く結婚しろよ」

「まあ お兄様ったら!……式はいつにしますか?クライム」

「え!?いや、その……私がラナー様に相応しいとは……」

「まだそんなこと言ってるのか?オマエは! じゃあいつになったらラナーに相応しいと思えるようになるんだ?騎士団長か?伯爵か?王様特権で何でも叶えてやるぞ!」

「まあ お兄様、いつになく頼もしい……」

「…………です」

「ん? どうしたクライム?」

「ガゼフ戦士長の意志を継ぎ、仇を討てればです!」

 クライムは断固とした決意を秘めた顔で言う。

 なるほど。俺はラナーと顔を見合わせる。

「今の時代、結婚なんて形式だけの物だと思うんだよ、ラナー」

「そうね 形に縛られず、まずは同居して……子供が出来てから難しいことは考えましょうか?クライム」

 

 ……クライムが露骨に「この二人はやはり似ている……」という複雑な顔をした。やめろ、傷つくから。

 

「ところでお兄様……何故か国内の養蜂業が盛んになっているとの事ですが」

「ああ……まあ、理由は解っているんだ」

 あからさまに話を変えたラナーに乗って俺はそう言うと数枚の書類をラナーとクライムに見せる。

「上納目録……ですか?」

「ああ 俺への貢ぎ物に食品がやたら多いんだよな……父上の時代に比べると。特に目立つのが……」

「……ハチミツ……ですわね」

「どうも市井では俺はかなりのハチミツ好きということになっているらしい」

 無論、嫌いではないが好物という程でもないのだが、なぜだ?

「恐らく私に就いていたメイド達から噂が広がったのではないでしょうか? 例えば皆それなりの家のお嬢様だったりしますから、「王宮務めをされていたお宅のお嬢様に、ザナック王への贈り物のアドバイスを……」などと話が行けばハチミツに関しての逸話がいくつかありますしね」

「なるほど」

 

 ふむ……つまりラナーが悪いと。

 

「ザナック様……上納された多くの御馳走を片っ端から御食べに為られているようですが、体に障りますので程ほどにして欲しいと典医が申しておりました」

「確かに前よりも丸くなられましたね。お兄様」

「そ、そうかな?」

 

 俺はドキドキしながら自分の体を見渡す。

 

「はい。それに最近は忙しくて以前のような鍛錬は出来なくなり運動不足にもなっております。どうか御自愛下さい」

「お兄様……いっそ運動を兼ねて街道周辺の魔物退治を護衛の元オリハルコンの方々と一緒にされればどうでしょうか?」

「元・冒険者とか?うーん」

 レエブン侯の奨めもあって、俺も護衛の兵に元・オリハルコンの冒険者チームを傭ったのだ。これにならってか、金のある貴族の中には元・冒険者を護衛に雇う者達が増え、はからずも「オリハルコンまで登れば貴族に高給で雇って貰えるぞ!」と冒険者の中でモチベーションがアップしている要因になっているらしい。

 正直、ユグドラシルのプレイヤーだった俺には魅力的な言葉だ。しかし俺は弱いぞお?王としては危険なことに身を晒すのはなあ……。

 

「クライムも着いていってあげなさいな。なるべく弱い敵を相手にすれば、元・オリハルコンがバックアップに着いて下さっているのですから安全ですわよ」

「はい!私がお守り致します」

「……解ったよ。確かに良い運動になるだろうしな」

 

 昔の将軍も鷹狩りとかしてたって云うもんな。しかし、どうやって空高く飛んでいる鷹を狩ったんだろうな?……銃だな。うん。もう火縄銃が伝来していたものな。

 

 そして元・オリハルコンの護衛にお願いして「初めての冒険」という栞を作ってもらい、俺はユグドラシルで慣れたタンクとして大盾を持って魔物の攻撃を防ぎながらシールドで殴る「シールドバッシュ」を使いつつ、俺の背後からクライムが飛び出して攻撃し仕留めるという方法で弱い魔物を中心に狩りをした。確かにストレスの発散にもなるし運動にもなる。なによりも、やはり冒険は楽しい。

 ユグドラシル時代の様にミッションだとか未知を求める探究心は刺激されないものの、実践である緊張感と、現実であることの生々しい匂いはそれ以上の充足感が体と心を満たしてくれたのだ。

 

 

 

 

 

「いやあ……良いものですね。冒険ってのは」

「ふふふ そうだな。解るよ」

 

 俺は定期的に開かれるアインズさんとの秘密の会合で冒険について熱く語っていた。

 

「アインズさんもこちらで冒険を?」

「ああ 冒険者となって暴れたものだ。ギガントバジリスクとかは中々歯応えがあったな」

 

 ……あれ?凄腕のマジックキャスターの冒険者の噂なんて聞いたことあったかな?

 

「そうなんですか?」

「ただ、サクサク倒せすぎてつまらないけどな」

「……いえ、すっごく大変なんですけど」

「あ ごめんごめんレベル4だもんな!はははは」

「良いんですよ……ゲームは序盤が一番面白いんです」

 

 悔し紛れに言った言葉だったが、アインズさんは「確かにな!」と何度も頷いてくれた。

 

「ところでザナック、渡したいものがあるのだが」

 

 そう言うと、アインズさんはボックスを開いて、大きな板の様な物を取り出し……!?

 

「こ、これは!」

「以前に聞いた名前でパンドラズアクターに捜させたらすぐに見つかってな」

 

 アインズさんが渡してくれたのは、俺がナザリックに攻め込み、返り討ちにあった時にドロップしてしまっていた愛盾『ヨルトゥムの嘆き』という名のタワー・シールドだ。色は灰色に白枠という地味な色彩で、形も高さ100㎝・幅80㎝で長方形で特になんて事のない長方形の形の大楯だが、俺は本当に気に入っていた。あるボスキャラを倒したときに、そのボスを守っていた騎士からドロップしたアイテムで実は割とレアな盾だったりする。

 

「わあ……これは本当に嬉しいよ!アインズさん!」

「ふふふ そうだろそうだろ」

 

 俺は喜んで『ヨルトゥム』を構えてみ……る?ん?アレ?

 

「どうしたんだ?ザナック?」

「おかしいな……荷物として持っている時は大丈夫なんだけど、盾として持ってみると決定的にバランスが取れない……これじゃ力が入らないし実戦で使えないよ!?」

「ふむ……ちょっと待て」

 

 アインズさんは何かの魔法を使い盾をじっと見ている。

 

「あ 解った」

「なんなの?」

「この盾、防具レベル68で、プレイヤーレベルが50以上無いと装備出来ない設定だわ」

「設定!?設定!そんなのあるんですか!?この世界にも!?」

「いや、ユグドラシルからキャラクター設定のまま直接来た我々と違って、君の場合は記憶以外は原住民と変わらないはずだ。恐らくバランスを取ったりが非常に難しい盾で、現時点では、その盾を扱う熟練度や力が足りないということなのだろう」

「くっ残念です……」

「まあ そのうち装備できるようになるかも知れないし飾っておきなさい」

「そうですね。国宝にしますよ……あ、何かお礼とかしたいんですが……ってウチにある物でアインズさんが欲しい物なんて無いですよね?」

「ううむ……ガゼフのレイザーエッジとかはコレクターとしては欲しい気もするが、同盟国の国宝をもらう訳にもいかないからな」

「食べ物もアインズさん要らないですしね……美味い物ばかりなんですけどねえ。御賞味頂けないのが残念です」

「……」

 アインズさんは「おまえ、食い過ぎじゃね?」という責める目で俺の腹を見てくる。

「ああ そうだ……従属国も出来たし、ドワーフの国とも国交を開いた。なかなか統治というものは難しいのだ。もちろんデミウルゴス達は良くやってくれているし不満は無いんだが……なんというか、こう……な。何か支配者としてのアドバイス的なものとかないか?」

「ナザリックの支配者が凡人に何を言ってるんですか?」

「いや オマエも生まれながらの王子様だろうが!?帝王学とかちゃんと受けて育ったんだろう?本当はジルクニフにそういう事を聞きたかったのに、あいつの俺への距離の取り方が凄いんだよ……」

 

 まあ、大量の核兵器を抱えた死神が「仲良くしようよ」とフレンドリーにハグしてきたら、普通の人はそうなるよな……。

 

「まあ、帝王学と言っても大したことはないのですが……そうですねえ。あ、リアルの世界でのテレビ番組で『水戸黄門』ってあったじゃないですか」

「ああ、うん。老人向けらしいから見たこと無かったけど、あったね。もう20代目くらいの黄門様なんだったっけ?」

「はい、あの黄門様のモデルになった水戸光圀公の言葉で「年貢を取るときは女とするようにし、少年とするようにしてはならない。女との場合は双方とも気持ちいいが、男との場合は一方が喜んでも相手は苦痛なのだ」という名言がありまして。俺は為政者という者は、例え偽善者でも良いから、支配されている人々が快く義務を果たしてくれる環境を作り……どうしたんですか?変な顔をして?」

「いや……情報は本当だったのか……いやいや俺は差別なんてしないぞ、うん」

 

 アインズさんは何やらブツブツ呟いている。

 

「アインズさん?」

「……うちにダークエルフの子供が居るのだが」

「え?あ、はい……ナザリックの中ボス……階層守護者でしたっけ?ダークエルフの双子ですよね」

 

 アインズさんが指先をパチリと鳴らすと目の前に1メートルほどの円形のモニターの様な映像が現れる。

 映像には、昔、戦ったことがある気がするダークエルフの双子が映っている。

 

「どうだ?」

 

 ……どうだ?ってどういう意味だろう?ナザリックの子らを可愛がっているアインズさんによる子供自慢なのかな?ふふふ、レエブン侯のところで子供自慢には慣れているのですよ?アインズさん。

 

「そうですね……お二人とも非常に可愛いと思います」

 

「その……どちらが好みだ?」

 

 好み? ……あ、もしかしてアインズさんも俺が男色家だとかいうゴシップを信じて……全くもう。根も葉もない噂だというのに。

 

「勿論、このスカートの娘……タレ目垂れ耳でとてもキュートですね。なんとお可愛らしいことか!大きくなったらお嫁さんに欲しいくらいです」

「」

「アインズさん?」

「……さすがに見る目がありますなあ……ザナック殿は。あとウチの子はあげませんので」

 

「……何故、急に敬語で?」

 

 アインズさんはローブで自分の骨身を隠しながら少し震えていた。

 

 

 

 

 それから、アインズさんと会話する時に距離が少し離れた気がする。主に肉体的な意味で。

 

 

 

 

 

 

 

 




残りは一気読みして頂きたいため、まとめて、もしくは連続の投稿になります。
お読みになる時は、話数にお気をつけ下さい。
次の題名は『もえる聖王国』です。目次の確認を宜しくお願いいたします。




高間様 ぽん吉様 対艦ヘリ骸龍様 誤字脱字の修正を有難うございます


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もえる聖王国

 

 

 

 

 

 目の前の女騎士が深々と頭を下げた状態でありながら、腹筋を能く使った張りのある声で朗々と言葉を続ける。

 

「……ということで、誠に申し訳ありませんが、今回のカルカ様への求婚は無かったことにして頂きたい旨を、言い……お伝えに下さい?言づてに参りました!」

 

「………………………遠方より御苦労であった。まずはごゆるりとして頂きたい。ではカルカ様には『お気を遣せてしまい申し訳ありませんでした。これからも変わらぬ友好を願います』とお伝え頂きたい」

 

 俺は死んだような顔で、使者として聖王国より来た「レメディオス」という名の知れた聖騎士に必死に言葉を返すのがやっとだった。

 

 使者達は俺に再礼を行いぞろぞろと帰って行く。一瞬、恐ろしい目つきでコチラをチラ見した侍従と目があった。クライムが「あの者の目つき只者ではありません!心配なので裏に潜んでおきます」と言って彼が至近距離で俺が振られるのを目撃した原因となった娘だ。

 

 

 ――――ふられた。振られた。降られた……。

 

 正式な王になったし行けるかも!と駄目もとで聖王国のカルカ・ベサーレス聖王女に求婚の使者を送った返事が今の返答である。完全に振られてしまった。

 

「ザナック様……お気を確かに、さあ部屋に戻りましょう」

 

 と、後ろに控えていたクライムが俺に声を掛けてくれ、俺の手を引いて私室へ連れて行ってくれる。

 

「さあ こちらにお座り下さい」

「うむ 大丈夫だ」

「……涙目で御座いますが」そう言ってクライムは白く鮮やかな金の模様で縁取られたハンカチを渡してくれた。

「すまんな……」

 そう言って目尻の涙を拭き取……このハンカチ、端っこに『クライム&ラナー』と書かれてある……。

「リア充がっ!ぐうお――!」

「ああっ止めて下さい!?姫から頂いたハンカチを引き千切ろうとしないで下さい!伸びます!」

「くそう!人間ヤッパリ中身より外見なんだな……」

「そんなことは御座いません。中身の方が大切で御座います」

「大事なのは外見なんだよ!?俺だって、いくら性格が良いゴキブリが居ても殺すし性格の悪い子ネコちゃんは可愛がるもの!」

「え、いや……種族を越えるのは極論ではないかと」

「何が「顔より性格」だよ!ラナー大好きっ子のオマエが言うなよ!うわあん!」

「そこでなぜ私の名前が出てくるのですか?」

 

 たぱたぱたぱたぱ──

 

「ぐぅわあちちちちちちち!?」

 紅茶を用意してきてくれたラナーが、その紅茶を俺に注いだ。

「派手に隣国の女王に振られて落ち込んでいると思えば……」

「その可哀想な兄に熱湯を掛けるなよ!?」

「知らないのですか? 豚肉は湯通しすると臭みが抜けるのですよ?」

「えっ 俺……臭いの?」

「大丈夫ですザナック様、体臭的な意味ではありません……そんな絶望に満ちた目でご自身の体を嗅がないで下さい」

「そうか……(くさ)いから結婚できないんだな」

「え?それだけだと思っているのですか?」

 ラナーが「まあ!?」という顔で俺を見る。

 

「傷心旅行に出たい……」

「ザナック様、駄目です。レエブン侯より決裁待ちの書類が山ほど届いております」

 むう 真面目で努力家のクライムに咎められてしまう。

「急に魔導国と同盟を結んで交易を始めたりするから……間違ってはいませんけど前段階に法整備や告知などをしておかないと、損害が大きくなる商会なども多いのですよ?」

「うむむ すまないな……魔導王との会話のノリ的に今、勢いに任せて約束しておいた方が……というチャンスだと思ったんだよ」

「はい 決して間違いではありません。それに少々損害が出ましょうとも、軍事費の大幅な節約と安く譲って下さる穀物の運用で我が国の将来は明るいと言えます。レエブン侯からの書類が増えたのもそのためです」

「ただ、格安で手に入れた穀物を、食糧不足で悩む市民に安めに払い下げたいが、そうすると穀倉地帯で利益を出している大貴族と農家達から不満が出るだろうな」

「まあ そのため領民が飢えないようにしつつ、穀物価格の暴落を避けつつ適度な価格と量を限定して卸し売る予定で御座います。そして残った分は他国へ売ればよろしいわけですし」

 

 アインズさんは穀物をエクスチェンジボックスで金貨に換えたが端た金にしかならなかったと愚痴っていた。格安でも広大な農地で大がかりなプランテーションを行うのだから膨大な量と金額になるだろうし……。

 

「膨大な穀物を買う金は大丈夫なのか?」

「交易による利益と、そもそもその穀物を払い下げた利益を考えれば何の問題もありません。お兄様がお考えになられている以上に、この大陸全土の慢性的な食糧不足は深刻なのです。言っておきますがリ・エスティーゼ王国は近辺諸国で、もっとも肥沃な土地であり、耕作により普通に糧秣を得ることが出来ますが、他国ではそうでは無いのですよ?まあ、それだけ豊かであるからこそ安心感からくる慢心と様々な地下組織が出てくる土壌になってしまった訳ですが」

 

 な?こいつを女王にした方が良かっただろ?

 俺は無くなった紅茶の替わりに水をティーカップに注ぐと一気に飲み干す。

 

「うん。難しいな。とりあえず魔導国とはこのまま仲良くだ……良いな?クライム」

「……はい。私は別に魔導王を殺したいとかそういう気持ちがあるわけではないのです。むしろ魔導王はアレだけの強さと地位を持ちながら、一戦士長であるガゼフ様と正々堂々と戦って下さいました。ただ、あの時にガゼフ様が届かなかった剣を……いつか届かせてみたいという思いがあるのみです」

「確かに戦士としてのガゼフはそうかも知れない。だがそれ以上にガゼフが貫いたのは自分が剣士であることよりも、我が身を砕いても国を守る信念だったと俺は考えているよ」

「そうですわね。実際に父上秘蔵の戦士長が亡くなることで、多くの被害を出した貴族派が王政府に対し不満と責を問うことを収めたという節もあります。戦士長は死してなお父上に尽くしてくださったのです」

 そう言うとラナーは手で顔を覆った。

 

「ラナー様……」

 クライムが悲痛なラナーに「なんとお優しい……」と感動の面持ちで居るが、騙されるな。それは嘘泣きだ!

 何故なら、クライムに見えない角度で「今、良い雰囲気でクライムに抱き締めてもらうから、はよ出て行け」とハンドサインを俺に送り続けているからな……ちなみにここは俺の部屋だ。

 俺はカップに水を注いで飲み干すと、クライムに「慰めてやってくれ」と小声で呟いて部屋を出た。

 

 

 

 安全と食料……恐らくこの世界で暮らす人々にとって、一番大切な物がそれかも知れない。

 自由だとか平等だとか平和だとか、夢だとか……それよりもまず安全であること、そして食べられることが大切なのだ。

 極論を言えば、安全であるなら平和じゃなくても良いし、不自由であっても良い。食べていけるのであれば、不平等でも、夢のない毎日でも良いわけだ。まだこの社会はそれだけ未成熟であり、生きてゆくことが難しい社会なのだろう。しかし魔導国との同盟で、その2つが叶ってしまった。

 

「これから、どうなるんだろうな……」

 

 それからしばらくして……ローブル聖王国の城塞都市カリンシャにヤルダバオトが現れて、聖王女カルカ・ベサーレスが行方不明になったとの報せが入った。

 金色の悪魔(ラナー)から「振られた女の子を、腹いせに怖い友達の部下に襲わせるとか……クズ中のクズですね」と氷のような目で見られた。

 

 

 誤解だ!?

 

 

 そして、魔導国によるリ・エスティーゼでの大規模農場の開拓と、その収穫物を買い上げての卸売業は計画通りに莫大な収益を出した。法を整備して腐敗を激減させ、民への食料の確保と交易による利益のお陰で減税が進み平民にとっては住みやすい国造りが進んでいる。新法により、国内の領土間での移動の自由が認められているのに関わらず、多くの貴族派は今まで通りのやり方を通したため、市民の貴族派の領土から国王直轄地への大移動が起こり、古い貴族は力を失っていった。また中には国法を無視して、領民の流出を力で押さえつけた貴族も居たがレエブン侯率いる国軍によって『王に逆らう不届き者』として鎮圧され国を追われた。

 

 ひたすらに過労とプレッシャーの日々、積み重なるストレス。

 これはもう駄目かも知れんと考え出した頃、ラナーから嬉しい提案があった。

 

「温泉療養!?」

「はい 以前「傷心旅行に行きたい……」と情けないことを仰られていたのでどうかなと」

「温泉あるのか!?」

「? はい 私の領地に御座いますが」

「ええ!知らなかった……」

「あの……なぜそんなに興奮してらっしゃるのでしょうか?」

 馬鹿な!温泉なんて前世でテレビCMやドラマの中でしか見たことのない贅沢品だったのだから興奮するに決まっているだろうが!?

「いやあ 温泉有るんだなあ……行く」

「ええ 元々は地元の猟師が使っていた野泉だったのですが、泉量が増えたので入浴施設を4軒ほど造りまして、観光や貴族用の秘湯として活用して頂こうかと……王都から近いですしね……あ、行かれるのですね」

「うん 最近ストレスが凄かったから実に有り難いよ」

「それは良う御座いました……では四番館にお泊まり下さい。そこでお兄様の影武者達を住まわせております」

「え!?そんなの雇っていたの!?」

「はい 正式に王になった頃より雇って、微妙に危険な時に兄上の代わりに儀礼に出席させたりしていました」

「便利!?」

「ですので、四番館へ逗留して頂ければ、『お 新しい影武者はなかなか似ているじゃねえか』と思われるだけですので、日頃のストレスから解放されてノンビリとお過ごしになることが出来るでしょう」

「天国!?」

「ふふ 喜んで頂けて嬉しゅう御座います。では施設には私から連絡を入れておきます」

「感謝!」

「何故単語でしか返事しないのかしら?」

 

 

 温泉回だと無邪気にはしゃいでいたが……残念ながら行けなかった。

 

 何故なら、色んな事が上手く回り出した頃に……俺が倒れたからだ。

 

 

 

 









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金色王ザナック

 

 

 

 

 

 

「はあ?生活習慣病?」

 

 アインズさんが戸惑いを隠せないまま口にする。

 

「……間違いなく、俺たちの時代でいうところの生活習慣病だと思うんです」

 

 俺は椅子に座った状態で、アインズさんにも椅子を勧める。

 

「頭痛、動悸・息切れ、肩こり・めまい、胸の痛み、むくみ……これは高血圧の症状です。しかも重度の」

「ふむ……」

「そして俺のアキレス腱に出来た脂肪の塊……あと俺の黒目の縁を見て欲しい」

「……ん?白い輪?」

「……それはコレステロールが溜まって出来た物です……高脂肪による脂質異常のサインです」

「脂質異常……」

 アインズさんは俺の体を見た後、チラッと自分の体と比べた。いや、比べるまでもないとは、この事ではないだろうか?

「……そして異常な喉の渇きと少量多尿のトイレ、時折訪れる全身の倦怠感や痺れ。典型的な糖尿病だと思う」

「……いや、しかし生活習慣病だからと云って、その……死ぬ訳ではないのだろう?」

「生活習慣病は死に至る病です。合併症で様々な病気を引き起こします……最近、高血糖からくる嘔吐感などがあって、「あ やべえ」とは思っていたんですけどね。大方、俺の膵臓や肝臓、腎臓が悲鳴を挙げているのでしょう。なんて言うんでしたっけ?へモグロビンとかガンマとか、なんかありましたよね」

「やけに詳しいじゃないか?」

「リアルの父が……ね」

「だから痩せろと言っただろうが!」

「だって!?美味しすぎるんですよ!この世界の食材は!本物の肉や果物がこんなに美味しいなんて!」

「それで死にかけていたら意味ないだろうが!」

 アインズさんは骨張った拳で俺のこめかみをグリグリとしてくる。

「痛い痛い痛い痛い!?」

「……ポーションやヒールで何とかならないのか?」

「一瞬だけ楽になるんですけどもね。恐らく人工透析の様に少し血を綺麗にする効果があるのかも知れない。でも根治治療は難しいみたいです。すぐに同じ症状が出始める。確かにヒールで治せるなら掛けられた時に痩せないと根治治療にならないものな……でも、ヒールを掛けられて痩せた奴なんて、確かに見たことねえわ!」

「ヒールダイエットで大儲けするチャンスを逃したな……」

「全く惜しいことをしましたよ。ふふふ」

「とにかく痩せろよ」

「いや……ヘタに無茶すると低血糖になって命に関わりますから」

「さすが詳しいな……いや、詳しいなら気をつけろよ!」

「はい」

 

 

 俺は、この世で最も死神っぽい人物に「命と体を大切にしろ!」と説教をされた貴重な人間なのではないだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

「お兄様。さすがに仕事に根を詰めすぎで御座います」

 

 珍しくクライムが非番の日なのにラナーが俺の執務室に一人でやってきた。

 非番で無ければクライムに会うためにココに来ることは多いし、非番であればクライムと二人でここに顔を見せることはある。しかし、クライムを連れずに? また何か企んでいるのだろうか?

 

「いや 毎日毎日、朝から夕方までを王の儀典で追われるから、夜に自室に帰ってからしか書類に目を通せなくてな」

「なぜそんなに書類が?」

「レエブン侯と彼の抜擢した官僚達は実に優秀でな?今までの国が放置しておいた細かな決済や悪法の改善など多岐にわたり活躍してくれている。さすがに悪い頭ではなかなか難しい書類なので理解するのに時間がかかるんだよ」

「……お手伝い致しましょうか?」

 

 こわっ なにこの親切で優しいラナーは!? 池に落として女神様に正直に答えた覚えはないぞ?

 ……いや、俺じゃなくクライムが池に落としたんじゃないか? アイツなら女神様に正直に答えるからな、うん。まて、そうすると何処かにあと一体、もしくは二体のラナーが居ると言うことだろうか?……国が滅ぶな。

 

「大丈夫だ。最低限の仕事をするのに手間取っているだけだ」

「いえ 正直に申しますと、これまでのお兄様の様子から、王になったからといってここまで無理をされるとは予想外でした。もっと大臣に丸投げするものかと……そのためのレエブン侯でしたし」

「オマエ……そんなにレエブン侯を便利使いするなよ……あの人、子供と会える回数が減って、マジで元気が無くなってきているぞ?」

 

 前世はやたらと与えられた立場(形から入る)や責任感と生真面目さに溢れる民族性だったからな……魂に刻み込まれているのかも知れない。社畜としての精神が。

 

「とにかく、こんなに遅くまで働いているとお体に障りますのでお手伝いします。この前も御倒れになられたではありませんか」

 

 そう言ってラナーは執務用の机とは別に来客用の机に書類を広げてペン立てを設置する。

「そうか……なら、この辺りの決算書などの書類を頼む。サインは俺がするから」

「大丈夫ですわ」

 そういうとラナーはスラスラと内容を読むと、並ぶ数字に注釈をサラサラと加えながら最後の俺の署名欄にも、俺のサインを真似てススッとサインをする。

「おお!?オマエ、俺のサイン真似るの上手いな!?」

「うふふ」

 むむ……こいつ、本当に何でも出来るのな。

 

 俺が黙々と書類を進めていると、突然「お兄様。もしやご病気なのではないでしょうか? 絶えることのない喉の渇き、やたらとトイレに駆け込まれるそのお姿は、症状を看るに『サイフォン』とか『消渇』と呼ばれる類の物かと推察致しますが」と目線は書類のままで話しかけてきた。

 

 サイフォン?消渇? ……あっ この世界での糖尿病のことか!?

 昔から記録されてる病気だもんな。さすがに鋭いな。うちの妹は。

 

「んん……まあ、オマエには隠してもバレるだろうな。大抵そうだと俺も思う」

「まあ!?」

「いや 大丈夫だ!確かに完治というよりも上手く付き合っていく病気だが、これで即・死ぬわけじゃない」

「しかし不治の病とも聞いております。甘い物や、小麦粉などを使った料理は禁止です」

「え!?」

「えっではありません。明日から私が紅茶をお入れ致します。いつもハチミツや砂糖をタップリ使われておりますよね?食事制限もするべきです」

「うっ」

 バレバレだな……。ストレスからストレス・イーターになって暴飲暴食になっていたからな。そりゃ病状も悪化するよ。

「解りましたね?」

 ラナーがニッコリと微笑む。

「はい」

 俺は諦めたように頷いた。

 

 

 

 

 夕方頃、厨房に赴くとシャビエルが奥で忙しそうに指示を出しているのが見えた。

 俺はシャビエルを手招きして呼び寄せる。

「どうしたんですか?王子……じゃないやザナック王」

「ふはは 小腹が空いた。何かおくれ?」

「……駄目です。ラナー姫から厳重な戒告が出ておりまして、ザナック様にお食事時以外で何かをお渡しすることは出来ません」

「な!?」

 そんな!?子供の頃からのつき合いで俺には甘々の料理長シャビエルが!?

「そんな事よりも、早く逃げないと知りませんよ?」

「え?」

 その時、四方八方から「ザナック王だ!?ザナック王が出たぞー!」という声が上がった。

 料理人やメイド達がわらわらと集まってくる。

 そして俺を遠巻きに包むと「ヘイ!ヘイ!ヘイ!」「ヘイヘイヘヘイ!」と喚声を挙げながら床をドンドンドンドンと足踏みに大きな音を鳴らし続ける。

 

 なにこの追い込み猟!?

 

「イノシシ狩りか!?ふざけてんのかオマエラ!」

「ふざけているのはザナック王で御座います。あれだけ優しい王妹であるラナー様が涙ぐみながら『どうか、お兄様のためにも餌を与えないで下さい……私心配で心配で』とお頼み下された願いを我々が聞かぬはずがないでしょうが!?」

 

 おい!その悲劇の王妹「餌」と言ってるからな!!

 

「ぐぬぬ お、王の命令である。そこの肉とパンを献上するが良い」

「お断り致します」キッパリ。

「ちょっとは悩めよ!?うわあん!あほ――!」

 俺は厨房を飛び出す。

「あ、王様!」

 お 引き留めてくれるのか?ふひひ。

「ちょうど良いので、そのまま宮殿を10周してきて下さい」「運動は大切ですぞ!」

 

 

 

 

「ヒザが砕け散るわ!?」

 

 

 デブを舐めるな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 








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逢魔が時

 

 

 

 

 

 

 

『――――ということであり、病気での死亡からの蘇生は生命力を使い果たしているせいか、成功例は少なく、また、一時蘇生に成功しても数瞬で再び永久の眠りにつくことが今までの研究により明らかにされております。

 また、回復魔法などは外傷には効果が望めますが、病気に関しては殆ど効果がありません。これは病などにより歪められた状態を、身体にとっての正常(当然)な状態であるという情報が身体に刻み込まれているのではないか?というのが現在での学会の主流で御座います。むしろ薬師による薬草などで、じっくりと療養して頂く方が効果的であるという意見が、皆の見解で御座いました。どうか陛下におかれましては、御自愛されますよう……』

 

 俺は国一番と云われる教団の回復師に出した手紙の返事を読んで丸めると、手紙をゴミ箱へと放り込む。

 

「つまり、細胞レベルで病気の情報が刻まれているから異常を異常と身体が判別しないので魔法で病魔を取り除けないってことだよな」

 まあ確かに細胞なんて新陳代謝で身体が丸ごと入れ替わるのに六年かかると言われているが、六年経ったら同時に全ての病苦から解放される訳じゃない。事故で喪失した腕や足が六年で生え替わることもなければ、体の傷が六年で消え去るわけではないからな。

 

 細胞は覚えている……か。

 

「忘れてくんねえかなあ」と愚痴り、ベッドから起きあがろうとするが力が入りにくい。

 ふうふうふう。

 ちなみに魔法使いなどは別らしい。現代風に言うと、自分の細胞の一つ一つにマナを送り込んで修復や活性化が出来るらしく、戦士などの英雄は普通に死ぬけど、魔法使いの英雄と言えるフールーダやリグリットが250歳という年齢になっても生きているのは魔法の才能の賜物とのことだ。魔法の才能が「0」の俺にはどうしようもないな。

 

 

 

 ふう。俺が王になってから数年が経ち、意外とリ・エスティーゼ王国の状況は悪くない。だけど、断じて俺が優れていた訳ではない。これだけは確かだ。

 まずはカッツェ平野の大虐殺による貴族派を初めとした18万もの死。そして、八本指の黒粉や犯罪を大きく減らすことが出来たこと。何よりもアインズ・ウール・ゴウン魔導国との関係が全て良い具合に噛み合って今に至ったのだと言える。

 まず、あの戦いにより多くの支配者階級を削減することが出来た。もちろん同時に多くの被支配者階級も失うことになったが、それも含めて新陳代謝が強制的に図れたという言い方も出来る。つまり……これはかなり冷酷な計算であるのは理解しているが、あの戦争において「何も生み出さない」人々が実に効率よく削減された上に、我々が魔導国から穀物を格安で購入することにより、起こるであろう穀物の価格下落に伴う、農家の不況を初めから間引いて緩和させることが出来たとも言えるのだ。

 リ・エスティーゼ王国は大陸の中では本来肥沃な土地に恵まれた国として知られているが、内情を知れば無駄があまりに多く、当時のバハルス帝国の経済操作もありガタガタになっている部分が多かったが、本当に良く立て直せたと感心する。主にレエブン侯の手腕とラナーの献策によるものだが。

 

 ウチが魔導国の提案を受け入れた上に、更に国内の土地を貸し出しての大型プランテーションに取りかかると発表したときのバハルス帝国ジルクニフ陛下は、かなり懐疑的だったようだが、成功した時は「馬鹿な!?いや、まさか?そんな普通に?え?」と訝しがりながら悔しそうにしていたと聞いている。最近はすっかり、モグラ似の魔物であるクアゴアと親友になり仲良くしているという噂を聞いたのだが……大丈夫だろうか?昔から「○○と天才は紙一重」と云うからな……。

 

「お疲れですか?」

 ラナーが紅茶を入れてくれたようだ。

「ああ クライムはどうした?」

「クライムは騎士団の訓練に教官として参加しております」

「……そうか、クライムの剣は才能じゃなく努力で身につけたものだから、先生にピッタリだよな」

「それがそうとも言えないのですよ?」

 あれ そうなの?

「え 何故?」

「クライムは自分に才能が無いのを解っております。それを全て努力で克服した訳ですが……よく考えて下さいお兄様。『努力で全てを克服するほどの努力』という物を、普通の人間が出来るとお思いでしょうか?」

「あ……そうか」

「はい 努力が出来ること自体が、一つの恵まれた才能で御座います。そして努力をし続けるにはその者の環境も大きく関わってくるからです」

「そうだな……頑張りたくても、やる気があってもどうしようもない場合もあるものな」

「はい。毎日1日15時間剣を振り続ければ到達出来る極地があったとして、家の都合や仕事のせいで時間が取れない者もおります。取れたとしても15時間剣を振り続けるだけの体を持たない場合も多いでしょう。そして何よりも一途に思い続けるためのモチベーションを保ち続けられる環境という物もあるでしょう」

「……クライムはオマエのために頑張ってきた」

「お兄様のためでもありますわ」

「……クライムに爵位を持たせるとしたら、どの辺りまで許されるかな?」

「……そうですわね。今の状態でしたら騎士爵は当然として男爵ならスグにでも成れますわね。手柄もありますし、無理をすれば子爵までならなんとか」

「子爵か」

 

 爵位は上から大公、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵という順だ。大雑把に言えばだが。

『大公』は王の伯父や王の分家などだが、今のウチには居ない。

『公爵』は王の兄弟がなることが多いが、アイツ死んでるからこれもうちには居ない。

『侯爵』は辺境伯とも言うのだが、本来は他国に接する国境地帯であるために軍事権や内政権を有している大貴族で、ウチは六大貴族としてボウロロープ侯やレエブン侯などがこれに当たる存在だったが、今は四大貴族に減っている。

『伯爵』は王と共に政治を為したりする者達で、ウチの大臣達もコレにあたる。王の直轄地などに派遣される場合も多い。

『子爵』は伯爵の補佐官で、レエブン侯が見出した多くの若い官僚達の各部門のリーダーや、大臣の補佐などが子爵に任命されている。

『男爵』は俺も前世で何度か聞いたことのある地位だが、要するに「領地を持つが家格が低い者」であり、現代風に言うと規模的にはある程度の独裁権を持つ町長さんだと思って欲しい。

 ちなみに宮中男爵という爵位もあり、これは先程の平の官僚達に与えられる爵位で、一代限りの爵位となる場合が多い。

『騎士爵』は読んで字の如く騎士のことだ。ただ騎士を名乗り馬に乗り武器を持つことを許可されたサラリーマンの様な物で、誰に仕えるかで随分と待遇は違ってくるようだ。

 

 ……王妹の降嫁には少し足りないな。

 王の妹だとか娘は普通は侯爵レベルじゃないと婚姻できないが……たまに有能な伯爵と結婚することもある。

 まあ いざとなったら強引に推し進めてやるさ。

 ラナーがクライムと結婚してしまえば、立場上はペスペア侯の所に嫁いでいる姉と同じ継承位になり妹の分、格落ちするからな。ラナーは王にならなくて済むはずなんだ。

「最低限の夢は守れるハズだ」

「誰の最低限の夢ですの?」

 あ 口に出してた。

「お兄様。私の夢は私の物ですし、雲のように移ろい行くものです。私の夢は私の力で叶えますわ」

「そうか……頑張れよ」

 

 ラナーは昔と変わらぬ蜂蜜色の髪を煌めかせて、目を閉じて少し笑っていた。

 

 相変わらず体調は頗る悪い。

 

 余程ラナーも気になったのか、一月ほど前から何度か「私の計算間違いでした。ここまで『王』という職業が兄さんを縛り殺すかのごとく苦しめるとは思っても見なかったのです。お兄様は、もっと自由で無責任な方では無かったのですか?……私が王を代わりましょう。どうか解放されて下さい」と真剣な顔で言ってきたことがある。

 

 しかし……王になってみて解ったが、王になんてなるもんじゃない。

 プレッシャーとか、ストレスとかで過労がとんでもない仕事だぞコレ。

 まあ……仕事というか地位だけど。

 幸いラナーは女だから、俺が生きている限りは暫定王などに任じられることは無いはずだ。俺が動けるウチにクライムと結婚させて……そうすると王位継承権はペスペア侯に移るはずなんだ。

 もう少しだ。

 もう少しだけなんだ。

 俺が生きている間はラナーは自由だ。

 

 

 ……だから、うん お兄ちゃんは頑張らないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








病死の場合は蘇生魔法では生き返らないと捏造設定。



みすた様 鎮東大将軍様 物数寄のほね様 誤字脱字の修正を有難うございました


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兄と妹(ザナック&ラナー)

 

 

 そして、俺は

 

 

 

 

 

 頑張れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「苦しいのか?」

 骸骨なのに心配そうな顔で、アインズさんが俺の顔を覗き込んでくる。

 

「……実を言うと、結構無理はしてたんだ。でも、ここ一週間くらいで無理も出来なくなってこの有様さ」

「ヒールやポーションでは駄目なのは解ったが……一度死んでから蘇生させてみるか?」

「……俺はレベル4のゴミだからリザレクションだと灰になるぞ?」

「内緒にしているが、実は高位ワンドを持っている。誰にも言うなよ?」

「いや、そもそも病気で死んだ人を蘇生って出来ないんじゃないのか?」

「……高位蘇生ワンドでも難しいだろうな。そもそもユグドラシルで『病気』というバッドステータスが無かったから解らないことが多い」

「そうか……」

「でも、もうすぐここに実験材料が出来るんだろ?試させてもらうぞ」

 アインズさんはジョークめいた感じで言った……相変わらずジョークが下手な人だ。骸骨だが。

 

「……良いよ。アインズさん。俺は満足なんだ」

「満足?」

「俺はこの世界に来て良かった!ハアハア……」

「……そうか」

「あんな機械の一部かの様な歯車じゃなかったよ。この世界では!リアルなんて……」

「「クソ喰らえ!」」

「「ははははは」」

 ゲホゲホゲホ!

 

「面白い妹も出来た」

「ああ」

「可愛い弟も」

「そうか」

「そして……そして、初めての友達が出来た」

「……」

 俺は震える手でアインズさんを指さすと、アインズさんはその手を包んでくれた。何故か一瞬、ラナーに指を折られた時の事がトラウマの様に頭に浮かんだが、固くて冷たいハズの骨の手が、そのときは何処までも暖かく柔らかく感じた。骸骨の方が妹よりも優しいとか。

 

「……その友達の願いだ。俺のアイテムを、指輪を使わせてくれないか?友を失うのは寂しい」

 アインズさんがボックスを探るようにしてアイテムを取り出す。

 !? 

 そ、その指輪は!?俺も貯めてあったチケットを使い果たしても出なかったユグドラシルのガチャで出るアイテム史上最もチートアイテムの!

 

「し、『星に願いを(シューティングスター)』!? 初めて実物を見た……ユグドラシルの中も含めて」

「ふふ これには俺のボーナスが注ぎ込まれてある」

「はは 見られただけで満足だよ……ああ……最後に良い物を見せてもらったなあ」

「勝手に思い出にするな。俺はオマエを思い出になどしたくないのだ。これに願えばオマエの病気や寿命など!」

 

「……モモンガさん」

 俺は力の入らない腕でモモンガさんの服を掴む。

「……俺は人として生きて、人として死ぬ。これは俺にとって……とてもとても贅沢で、あの世界では成し得なかった僥倖なんだ」

 

「……」

「……」

「ああ……なんて我が儘な奴だ」

「ああ 俺はとっても我が儘なんだ」

 

 アインズさんは俺の頭をぽんぽんと優しく叩くと「良く頑張ったな……」と泣きそうな顔で言ってから申し訳なさそうに「すまないが、生命の精髄(ライフ・エッセンス)でオマエの状態を確認しておいて良いか?オマエの妹に頼まれていてな」

 ああ、遺言や葬儀の用意が色々とあるもんな……アイツめ。魔王を小間使いにしやがって。

 アインズさんは軽く呪文を唱えると、出ている俺の数値のせいか苦悶に満ちた顔になる。

 

「ああ……くそ…………ん?」 

 ん?って何んだ。

 

「………………そういえばオマエの妹は何処に居るんだ?」

「ラナーがどうかしたんですか?……あと、さっきの「ん?」というのは一体……」

 アインズさんは何故か俺から目を逸らすと「妹にちょっと用事が出来てな」と言った。

「ラナーなら……廊下に出ると騒ぎになるから、いつものように煙化して外から行った方が良いだろう。窓から出て下へ一つ、西へ五つ目の窓がラナーの部屋だ」

「そうか、渡す物があってな」

 渡すもの?

「言っておくけど、その指輪やワンドを渡すんじゃないぞ」

 悪用しかしないぞ。アイツ。

「この辺りのアイテムは貴重品過ぎて、友人の妹とは云え渡すことは出来ないさ……では行くぞ」

「ああ……有難うモモンガさん」

「……アインズだ」

 

 アインズさんは何度も俺の方を振り返りながら名残惜しそうに窓を開けて姿を消した。

 

 ああ、俺は貴方を兄のように思っていたのかも知れない。

 

 ……呼吸が少しずつ苦しくなっている気がする。

 吸っても吸っても酸素を取り入れることが出来ていないような感覚だ。

 それにしても室内が暗いな。さっきより薄暗くなっているようだ。

 

 俺は震える腕で枕元の鈴を鳴らす。今までアインズさんが来ていたから人払いをしていたのだ。

 鈴の音と共に召使い達がドアから雪崩を打って入ってくる。

「御加減は如何でしょうか?ザナック様……」

 

「随分良いよ……君たちも、もう帰って休みなさい」

「いえ……私たちは……」

 帰らない……か。そんなに診立てが良くないのだろうか。

 

「すまないが、部屋を明るくしてくれないか」

「!?……はい…ザナック様……どうか私が戻るまで……お待ち下さい」

 ウォルコットの震える声が聞こえて、彼が部屋を出ていく音がした。

 

 しばらくするとガチャリとドアが開いて、ラナーの足音が聞こえる。

 アインズさんの用事は終わったらしい。

 

「ラナーか……」

「お兄様……」

「アインズさんは、なんと?」

「はい アルベド様にお願いしていたレポートを頂きました」

「レポート?」

「ええ 詳しくは乙女の秘密です」

 二人に共通した悩みとは……恋愛か?クライムもアインズさんもハッキリしないものなあ……。

 

 ゲホゲホ!

 

「っ大丈夫ですか?お兄様!」

 

 ふうふう……。

 なんだろうか。頭がスッキリしているようなボヤッとしているような不思議な感覚だ。

 冬の朝の深い霧に脳が包まれたようで、芯が冷えていくと同時に余計なことが考えられなくなっていく。

 

 ああ ああ これが――――か

 

 なら伝えなければ……この可愛い妹(バカ)に伝えなければ。

 

「すまない。後のことは頼む」

「お兄様、あまり話しては駄目です」

「民を愛せよとは言わない。でも、民が……皆が幸せだとクライムが幸せそうだろ?クライムを幸せにしてくれ。オマエにしか出来ないことだぞ」

「……お兄様」

「……オマエを女王にはしたくなかった。これ以上オマエが演じなくては為らない時間を増やしたくなかった。ぐふっ……な、情けないお兄ちゃんで、ゴメンなあ……」

 俺は泣きながら小声でラナーに謝り、その嫋やかな手を握った。ラナーの手を握ったのは初めてかも知れない。

 ラナーは手を握り返してくれた。その手は暖かかった。もしかして俺の手が冷たくなっていたためにそう思ったのかも知れない。でも最後に握ったラナーの手が温かいことを、俺は嬉しく思うんだ。

 ラナーの瞳は少しだけ濡れていて、俺は、今までの時間はきっと間違っていなかったのだと二度目の人生を与えてくれた奇跡に感謝をした。

 

「……ところで、大丈夫だよな?クライムの首に鎖をつけてたりしないよな?」

「まあ!?お兄様ったら。アレは何年前の戯れ言だとお思いですか?若気の至りで御座います」

 ラナーは不本意そうな顔で俺を見る。

「そうか……さて我が最愛の妹のことを託さねばな……クライムを呼んでくれ」

「はい わかりました。誰か、クライムを呼んできて下さい」

「……」

「……」

「いや。オマエは出ていけよ」

「いえ。衆道王と二人きりにするとクライムの身が心配ですから」

「誰が衆道王だ。誰が。良いから早く出て行け」

「えー」

「……ラナー。ハチミツが……舐めたいんだ」

 

 ラナーは怒ったような顔で、俺を悲しげに睨む。

 

「……はあ 何のハチミツですか?」

「……こう……オマエが取りに行くのに10分くらいかかる奴で」

「完全に言っちゃってるじゃないですか!?サボらないでください!」

 

 ラナーは赤い顔をしながら渋々と退室していく。

 そして入れ替わりにクライムが入ってくる。

 クライムの眼が真っ赤だ。純粋な眼に宿る純度の高い悲嘆の色だ。

 

「クライム……こっちへ」

「え あのザナック様……」

 俺は最後の力を使ってクライムを引き寄せると強引にシャツの第二ボタンまで引きちぎり、クライムの頭を抱えて首筋を確認する。

 

 周囲の者から見ると「まあ……衆道王が最後の力で愛人を抱きしめているわ」という光景に見えたことだろう。呼吸を荒げながら。

 

 俺は納得したかのように「うん、うん」と頷くと「はぁはぁ……残念な妹を頼む……」とクライムの手を強く握った。

 クライムは涙ながらに「ザナック様……」と嗚咽をもらしながら耐えきれないようにラナーが居る控室へと下がった。

 

 侍従長が再び俺の元に水差しを持って近づくと、コップに水を入れてくれる。

 ああ……これが末期の水ってやつか……朦朧とする意識の中で、大きく「ふううう──」とため息をついた俺は、起こした半身に最後の力を漲らせて天に向かい叫んだ。

 

 

 

 

「あーの嘘つき(ラナー)があ──────!?」

 

 

 

 

 

 ザナック王崩御。

 

 

 その悲報は国中を駆け巡った。

 善政を敷き、他国との国交を開き、何よりも国内の腐敗を一掃した名君の死に国民は悲しみに沈んだ。

 

 同盟国である、アインズ・ウール・ゴウン魔導国からは「これからも変わらぬ友誼を誓い、平和と安寧を友に捧ぐ」と一早く表明し、アインズ・ウール・ゴウンの武威を知る各国もそれにならった。

 

 

 ────尚、最後の言葉が愛妹の名だったこと、そして「私が居ない時に崩御されるなんて、馬鹿じゃないですか!?馬鹿じゃないですか!」と怒り心頭のラナー妃が、ザナック王の棺桶に大量のローズマリーのハチミツを降り注ぎ、王の蜂蜜漬けが出来たことは微笑ましい戯け話(おどけばなし)として語り継がれている。

 

 そして、この逸話が広まった後はリ・エスティーゼ王国の酒場や料理店では、ローズマリーの蜂蜜を『ザナックの憂鬱』と呼び、郷土料理の一つである『豚肉と香草のハチミツ漬け』を、豚を王、金色のハチミツをラナー姫に見立てて『兄と妹(ザナック&ラナー)』と親しみと寂しさを込めて呼ぶようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










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黄金の日々(最終話)

 

 

  

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ザナック王。いえ「お兄様」と呼ばせて頂きます。

 貴方が言ったのです。誰もが成れる王よりも、私の兄で居たいと。

 貴方は目を瞑り続けた私の目を開かせてくれました。

 貴方は白黒の世界に住んでいた私に色を教えてくれました。

 貴方は私に愛を教えてくれました。

 私が世界の美しさを、鮮やかさを知り、人を愛せたのは貴方のお陰です。

 貴方は色んな物を教えてくださったのに、充分にしてくださったのに。

 この上、私に哀しみや絶望という感情を教えてくれるのでしょうか?

 せめてもっと未来にして欲しかったというのは私のいつもの我が儘でしょうか?

 私の馬鹿な我が儘を、いつも優しく聞いて下さったのに……

 今回はどうして聞いて下さらないのでしょうか?

 いつか、私がそちらへ行くときには、いつものあの顔で迎えに来て下さい。

 その時は、たっぷりと待たせてあげますからね。

 

 私の最大の理解者であるお兄様へ

あなたの最大の理解者ラナーより』

 

 

 

 悲痛な追悼の言葉に周囲からは嗚咽が響く。

 

 国葬を終えて、ラナー姫の領土に作られたザナック王の王墓での納棺の儀で、亡き兄王へと想いを語りかけるラナーの神々しく、悲壮な姿に心を奪われない者は居ないだろう。

 会場を訪れた多くの貴族は亡き王は短い人生ではあったが、優しい妹に想われて、きっと幸せだったのだと寂寥の想いを慰めた。

 

 なぜザナック王の亡骸が代々の王墓ではなく、ラナー姫の領土にて、ちょうど完成したばかりの『戦没者慰霊公園』から急遽改築されて建設されたザナック王の王墓に埋葬されたのかについては、王が残した遺言について語られなくてはならない。

 ザナック王が残した遺書の量は膨大で、「遺書の量をもって、ザナック王は後世に名を残すことに成った」と口の悪い者は言ったとされている。

 その遺言書は実に400ページに及び、内政のことから外交のことに始まり、新法のことなど事細かに書かれていた。余りにも多すぎるために聴衆と司祭の健康を考えた結果、その殆どは遺言の公表の際に教団の最高司祭より告げられることはなかったが、重要な前文だけは伝えられて、公聴者の多くを驚愕させることになった。

 

 掻い摘んでいえば次の6点である。

 

1.継承権一位の妹ラナーを暫定女王とする。

2.ラナーは儀式などを中心に執り行い、国の政治と管理はレエブン侯が執り行うこと。

3.またラナーの暫定女王就任祝いとしてクライムとの結婚を特例として皆に赦して欲しいこと

4.クライムは暫定女王の夫を務めるに相応しい爵位として我がザナック領土を与え、侯爵に任ずる。

5.二人の間に子が恵まれれば正式な王とし、恵まれないときはラナーを正式な女王とする。

6.我が陵墓は王家伝来の地ではなく、ラナー領に造ること。

 

 この特殊な願いの込められた前文により、「さすがシスコン王だ……」という声が上がり、一部の貴族から「認められない!」という意見があったものの先王の遺言であることから「あの王ならこの我が儘は仕方がない……」という諦観の声や「『男はみんな下着で、女はみんな裸で暮らせ!』とか書かれていなくて良かった……」と先王の性癖から心配が膨らんでいた人々からホッと胸を撫で下ろす感想まで多岐に渡った。

 

 

 その他の大量の遺言の多くは法律や制度などの改正案などが多くを占めており、その細やかな民への心遣いは「かの王も存外気配りが行き届いた方だったのだな」という印象を市井に与えた。

 

 またこれらの遺言は以前に教団に提出された『暫定王承諾書』への本人のサインや、王が残した膨大な書類より無作為にラナー姫が選んだ決算書などへのサインなどを調査魔法により照らし合わせた結果、同一人物の書いたサインであることを教団が証明しており、遺言が本物であると正式に立証・承認された。

 

 

 

「ラナー様……」

 

 クライムは大勢の前で泣き続けるラナーの体を支えて、誰も居ない場所へと手を引いて連れ出す。

「……大丈夫よクライム」

「……」

 クライムは複雑な表情をして黙ってジッとラナーの顔を見続ける。

 クライムのいつもとは違う様子が気になったラナーは「どうしたの?クライム」と口にした。

「その……ラナー様」

「なあに?」

「嘘泣きは……もう、おやめ下さい」

 ラナーはしゃくり上げる喉をピタリと止める。

「……どうして、そう思うのかしら」

「わかるのです。なんとなく」

「なんとなく、なの?」

「はい ずっと貴女を見て来ましたから……わかります」

「そう……」

 ラナーはクライムの「ずっと見てきました」という言葉で、一瞬嬉しそうな顔をした後、悪戯がバレた子供のような顔をしてクライムを見つめた。

「……あのザナック様の御遺言は……偽物で御座いますね?」

「あら?なぜその様なことを?」

 ラナーはクライムの次の言葉を嬉しそうに待っている。

「ザナック様はレエブン侯とラナー様を心より信頼しておりました。もしアレがザナック様の物でしたら、あれだけ細々とした法整備などの指示をされる訳がありません」

「……そう」

「愚鈍な私に、何故ラナー様がそんな事を為されたかで思いつく理由は2つだけです」

「……」

「一つは恐らくラナー様が大切だと考えておられる前文への注意を分散させるためではないでしょうか。あれだけのページがあれば、一つ一つを精査し会議に掛けて是非を問うなどは難しそうですし」

「ふふ そうかも知れないわね」

「そして、もう一つは……残したかったのですよね。ザナック様に功績を。生きた証を。新たに整備された法律などは私が読んでも素晴らしい法律の数々だと思います。魔導国との共栄といい、斜陽にあったリ・エスティーゼ王国はこのザナック様の遺言の数々によって立ち直り、ザナック様は後世に『中興の祖』として名を残すでしょう。すでに新法を『ザナック法』と呼んでいる人々もおられるそうですよ?」

「ふふ……それは考えすぎかも知れなくてよ?クライム」

「そうでしょうか?」

「それで、だとしたらどうするの?クライム」

「え?」

「偽物だから遺書を認めない?……私との結婚もイヤ?」

「いえ……それは常々ザナック様が願っておられたことです。そして何よりも、イヤな訳が御座いません」

「ふふ よかった」

 そう言うとラナーは嬉しそうに顔を(ほころ)ばせた。

 その可愛い顔を見たときにクライムの心をズシンと冷たく重いなにかがのし掛かった。

 この愛しい人を、今まで一緒に見守ってきたもう一人の人物がもう居ないという事実が突然、痛烈にクライムの心臓を攻め立てたのだ。

 

「……ただ」

「ただ?」

「……ただ!私は!」

「どうしたの?クライム」

 顔をクシャクシャにしながら涙が溢れ出したクライムにラナーは戸惑う。

「せっかくラナー様と結ばれるのであれば、ザナック様を……ザナック様を一言、お兄様と呼びたかった……っ!呼びたかったのです!あの方を!ザナック様をお兄様と!兄上と!うわああああ!うわあああああああああああああああ!」

 

 クライムは地面に崩れ落ちて地面を叩き続け嗚咽を漏らし続ける。

 

「私を瓦礫より救って下さり!命を!人生を与えて下さり!そして今、家族まで与えて下さったあの方は私にとって、大切な大切な兄であり家族で御座いました!これだけは誰に不遜であると叱られようと決して曲げは致しません!」

「クライム……」

 ラナーはいつか見た少年が、あの時、泣くことも出来なかった分まで哀しみを爆発させる様子に心が震え続ける自分を感じた。

 そして、ようやく動き出した時間が時を刻み『クライムと生きていこう』と云う今更の事が体に浸透していく感覚に、耳を赤くさせている自分に震えた。

 

 愛しい人が顔を歪めながら大粒の涙を流し続ける様子にラナーは、困った子供をあやすように軽い口調でクライムに話しかける。

 

「クライム?」

「ぐふぅ……うう…ザナックさま……ザナックさま……っ!」

「……呼べば良いのではないかしら? クライム」

「うゔう……え? な、なにをでございますか?」

「お兄様を『兄さん』と呼びたいのでしょう?そうすれば良いのではないかしら」

「でも……ザナック様は……」

 

 ラナーの不思議な提案にクライムの涙が止まる。

 

「良いのよ? 私の領地の鄙びた温泉街に別宅を用意してあるから、そこでラキュースに蘇生をしてもらう予定なのですから」

「え!? な、何を仰っているのでしょうか?」

 哀しみの余り、ラナーがオカシクなってしまったのではないか?とクライムは混乱する。

「まだ時期ではありませんけど、そのうち生き返らせましょう。その時に好きなだけ呼んであげれば良いのですよ?」

「ラキュース様の蘇生魔法で……いえ、ザナック様の生命力では蘇生魔法に耐えうる事が出来ないハズです。レイズデットでは灰に……」

「ふう……何のために何度も魔物退治をさせていたと思っているの?人気取りや運動のためだけではないのですよ?。もう十分にレベルは上がっていますわ」と、ラナーはクライムに無邪気な笑顔で囁いた。

「しかし……そもそも病による死の蘇生は無理なハズでございます!」

「病死なら……ね?」

 

 ラナーは悪戯(いたずら)が上手くいった子供の様な顔をした。

 

「!? ま、まさか……ザナック様の死因は病死では……な…い?」

「うふふ」

 ラナーは楽しそうに笑みを崩さない。反してクライムは少し目眩(めまい)を感じてきた。

 

「……あの症状は糖尿病(サイフォン)だと、そこから肝臓へと至る病だと……」

 

 クライムは護衛として2人を守るために色々なことを勉強してきた。貴人である彼らを守るのに必要な知識の中で重要な物の中に「毒」に対する知識がある。そのためにクライムは意外と毒や劇薬に対する知識は豊富だ。その記憶が海産物から取れる毒の中で糖尿病(サイフォン)と同じ症状を起こしながら中毒死へと至る毒があったことを知らせてくれる。

 そして同時に、ある時期から、ザナックの紅茶はラナーが入れる様になっていた事に思い当たった。

 

 

「…………違う、毒?ザナック様の死因は毒死!?」

 

「放っておいたら本当に病死になってしまいそうだったのですよ?」

 

 笑顔を絶やさないまま、悪びれずに兄に毒を盛って殺した事を告白するラナーにクライムは戸惑いを隠せない。確かに生命力があるうちに毒死した場合は蘇生は出来るハズだ。

 

「し、しかしながらラキュース様が死んでから時間の経った蘇生は難しいと……」

「うふふ。知っているかしらクライム? 蜂蜜は腐らないのよ?」

「え?はい……そうなのですか?」

「お兄様の棺桶に注いだハチミツには、とある方から頂いた魔法薬が混ぜてあるの。十年は大丈夫よ」

「ええ……」

「うふふ。私、ある方から薬を処方してもらいましたから子供はすぐに恵まれるはずよ?その子にお兄様を起こさせるというのはどうかしら?」

 

 クライムはラナーが何故こういう行動に出たのかは理解出来た。

 きっと、ザナックを全てから解放するためなのだろう。

 しかし、多くの者が嘆き悲しみ、あの状況からザナックもそれ(・・)を知らなかっただろうことを想うと、それら全てがザナックのためだったとしても納得仕切れない感情がクライムの中で渦巻いて爆発する。

 

「台無しだ!!」

 

「うふふふ」

 ラナーは初めて自分にツッコミを入れたクライムの姿にご機嫌に笑う。

 

「もう、なんか色々と台無しです!!ラナー様!駄目です!駄目駄目です!!」

 

 

 クライムの可愛い雄叫びを聞き流しながら、ラナーは屈託無く子供のようにクルクルと優雅に舞うように回りながら、御機嫌で話し続ける。

 

 

 

 

「うふふふふ! ねえクライム? お兄様ったら蜂蜜漬けの状態で生き返るから、きっとスッゴク()せながら飛び起きるわよ? そして叫ぶの……『ラナー!?』って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ローズマリーの花言葉

 

 

『追憶』

 

 

『思い出』

 

 

『記憶』

 

 

『私を思って』

 

 

『静かな力強さ』

 

 

『変わらぬ愛』

 

 

『誠実』

 

 

『貞節』

 

 

 

 

『あなたは私を蘇らせる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
 

 ここまで付き合って下さった全ての忍耐強い皆様に感謝を。

 
 全てはローズマリーの花言葉と、最後のシーンから生まれた小説でした。

 モニターの前で『台無しだ!?』とクライムの様に叫んで頂ければ、割と幸いです。
 
 
 






 団栗504号様 ヨシユキ様 みすた様 0ribe様 五武蓮様 誤字脱字の修正を有難うございました


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