この腐った世界に救済を! (しやぶ)
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神を目指した者たち
第1話 邂逅
────私は夢を見ているのだろうか?
目の前には巨大なガストレアの死骸があった。コモドオオトカゲを十倍くらいに巨大化したようなその個体は、下顎が吹き飛んでいた。
それ自体は別に珍しくもなんともない。同じことは私の持つショットガンでも可能だろう。
────では、それを拳でやれと言われたらどうか。
私には無理だ。上位のイニシエーターには出来る存在も居るのかもしれないが……私の目の前でアレを殴り飛ばしたのは
『
目の前で起こっていても、到底信じられることではなかった。
……とりあえず落ち着くために、少し前のことでも考えよう。
私はついさっきまで、津波の様に押し寄せる夥しい数のガストレアを一人で食い止めていた。
──私が此処で足止めしなければ、里見さんが全力で戦えない。その一心でフルオートショットガンを撃ち続けた。
そうして弾が切れ、私は劣勢になった。丸腰でガストレアの大群に挑んだのだから当然だ。
口では劣勢になったら逃げると言っておきながら、それでも戦い続けた理由は……自分らしくない、非合理な感情論。
──私の存在を肯定してくれた人に、生きていて欲しい。
だから私は叫んだ。いつもと違う喉の使い方をしたからか 『普段の私を知る人が聞いても私だと判別出来ないだろうな』 と思うくらい変な声が出たが、どうせ誰も聞いていないからと、逃げ出したくなる度に叫んだ。
……もしかしたらそのせいだったのかもしれない。だって、彼の第一声は────
☆
──覚醒と半覚醒の間を漂うような、ゆらゆらとした感覚。だが心地良いその感覚は、自覚すると同時に消えてしまった。
気がつくと自分は森の中で、木に隠れて星が見えない夜空を見上げていた。
右を見て、左を見る。なぜ自分はこんな夜中に森に入ったのだろうか。
これは夢かと訝しんだが、夢にしては思考がハッキリし過ぎている。
──自分の名前は?
勿論『神崎真守』だ。この名前と付き合って十年経ったが、この名前を自分はかなり気に入って
そう、過去形だ。名前そのものを嫌いになったのではない。自分にこの名前は相応しくないと思う出来事があった筈だ
────思い出した。オレは、守らなかったんだ。
守れなかったのではない。オレは自分の意思で、あの子を見捨てた。
成績も良く、運動神経も抜群で、その場に居るだけでクラス全体の雰囲気を明るくしたあの子を、見捨てたのだ。
皆、あの子が『呪われた子供たち』だと知った途端に手のひらを返した。
『気持ち悪い』なら
── 妾は人間だ!
……誰も、聞く耳を持たなかった。
そう叫んだあの子には、ただただ死のように冷たい視線が向けられるだけだった。
オレはその『視線』が自分に向くかもしれないと、我が身可愛さであの子を裏切った。
──初めて会った日に、約束したのに。
『オレは神崎真守! 真実の真に守護の守って書いてマモル! 真に人を守れる男になれって意味なんだ! カッコいいだろ!? だから、
──オレは、何もしなかった。
口だけだった。泣きそうな目で『助けて』と訴えたあの子から、オレは目を逸らしたのだ。
そしてあの子は、学校を辞めた。
おそらくあの子はもう学校に行けない。
『呪われた子供たち』を受け入れてくれる学校など存在しないことは、小学生のオレでも察せている。
──もしあの時、オレがあの子を守っていれば、心の支えになれていれば……あの子は学校を辞めなかったのではないか?
もしあの子があのまま学校に通えていれば、将来凄い人になったのではないか?
……いや、本当は解っている。実際はオレがあの子を庇ったとしても、あの子は学校を去っただろう。
そしてその場合オレは、味方を失って残りの学校生活を過ごすことになったのだろう。
──だがそれでも、最後に見たあの子の顔は泣き顔ではなく笑顔になっていただろう。
あの子を罵った口で話しかけてくるクラスメイトの前で、オレは苦痛を感じずに済んだだろう。
だからオレは、森に入った。
──そうだ。オレはあの子に謝るために此処へ来た。
普通は『呪われた子供たち』でもない普通の子供は、こんな危険地帯には入れない。なのになぜオレは此処に来れたのか。
答えは単純明快。オレは森に向かう民警に『ガストレアからの逃亡時に生き餌として使ってくれ』と頼み込んで、ヘリに密航したのだ。
ガストレアが動けない子供と逃げる武装集団のどちらを優先して襲うかは、考えるまでもないだろう。
生け贄を用意すれば生存率は一気に上がる。人道的に問題があるが、荒くれ者の多い民警だ。密航させてくれると言う人はすぐに見つかった。
そして現場に到着した後も、オレの幸運は続いた。
なんと──未踏査領域に男性の子供がいることに気付いた民警のお兄さんが、オレを買った荒くれ者を殴り飛ばしたのだ。
── クソファッキン! テメェみたいな人間のクズがいるから、いつまで経っても民警は嫌われ者のままなんだよッ!
── 運が良かったわねアンタ。兄貴がいなかったら死んでたわよ?
それからは、二人と共に行動した。
時間が夜だったから昼間よりも活動している個体が少なかったことと、二人の腕が良かったことから、一度もガストレアに遭遇することはなかった。
そのままの調子で進むことが出来ればなんの問題もなく目的地まで辿り着くことができて、オレはあの子に再会できただろう。
──だが、オレの幸運はここまでだった。
近くで誰かが爆薬を使い、ガストレア達が起きてしまったのだ。
……その結果がコレだ。
今オレは、首から下のほぼ全身にガストレアの舌らしきものを何本も突き刺され、体液を大量に注入されていた。
抵抗しなかったからか、奴等は必要以上の傷を体に付けないつもりらしい──それでも複数の個体に群がられ、全身に穴が空いていたが。
ガストレアに体液を注入されれば、ガストレア化する未来は避けられない。
今は意識がハッキリしているが、もうじき心まで染まってしまうのだろう。
正直、オレはもう心が折れていた。
ガストレアウイルスが人間の体を作り替えるのに、そう長い時間は必要ない。正確に何分何秒かかるのかは知らないが、今このガストレア達から逃げたとしても、オレがあの子を見つけるまでこの自我が残っているとは思えない。
(……あの二人は、無事かな? せっかく目的を諦めてまで、自分から身投げしたんだ……無事で、いてほしいな……)
──だが、どうやらオレはまだ運に見放されてはいなかったらしい。
「ワたしガ! 逃げタらッ!
「…………里見?」
聞いたことのある名前だ。
たしか、最後にあの子と遊んだ時──
── やあお前たち、よく集まったなッ。俺が噂の
……あの子がよく口にしていた、ヒーローの名前。名字を耳にしたのはあの一回だけだったが、確かにあの人は『里見』と名乗っていた。
ならば────
自分に群がるガストレア達を殴り飛ばし、走る。
────こんな所で寝ていられない。
ガストレアウイルスの影響か、全身穴だらけでも痛みはない。それどころか力が溢れている。
叫び声の主が、本当に蓮太郎さんの知り合いかは判らないが、可能性は十分にある。ならオレは、その可能性に賭けよう。
────見つけた。
小型のガストレアに対し、ショットガンの銃身で殴って応戦する少女がいた。
そしてオレは、その少女に背後から襲いかかろうとしていたガストレアを殴り飛ばしつつ、問う。
「君は藍原延珠を知っているか!?」
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第2話 衝撃
「君は藍原延珠を知っているか!?」
背後から襲いかかってきたガストレアを殴り飛ばした少年──いや
ガストレアを拳で殴り飛ばした点から見て、鎧タイプの
「……そっか、知らないか」
「あ、いえっ!」
「無理しないでいいよ。伝言を頼みたかったんだけど、それを伝えられたところで、何かが変わるワケでもないし……それよりも、君は休んでて。オレが一体でも多く敵を削る」
そして彼は、私が延珠というイニシエーターを知っているということを伝える前に、敵の群へと突進していった。
☆
────目障りなデカブツから殴っていく。
オレは、賭けに負けた。少女はあの子を知らなかった。
──デカブツはもういない。小型を蹴散らさねば。
仕方のないことだ。里見という名字は珍しくもないのだから。
……そう理解していても、期待していた分落胆も大きい。
──個別に殴っていては間に合わない。武器が必要だ。
もう目的は果たせない。それならばせめて、あの子と同じ、イニシエーターの少女を助けて死のうと思った。
──ヘビのガストレアを振り回すと効率が上がった。だがまだ足りない。
そのためには、オレの自我が残っている内に敵を全滅させる必要がある。
──視界を開くために木をナギ倒ス。
ナのニさっきカラ敵が見えナい。オレには時間ガ無イノに。
──ドコダ、テキハドコニ……
「落ち着いて下さい、もう敵は全滅しています!」
「…………え?」
──正気に戻り、周囲を見渡す。
少女の言葉通り、視界の範囲内に動いているガストレアはいなかった。
「全く……人の返事も聞かずに一人で飛び出したと思ったら、暴走しだすだなんて……まぁ、呆けていた私も悪いんですけどね……」
「あ、あぁ。ごめ……ん? あれ、返事ってなんのことだっけ?」
すると、少女は呆れた表情で答えてくれた。
「『藍原延珠を知っているか』という質問の返事です。私の答えは、藍原かは知らないが、延珠というイニシエーターを知っている。です」
「本当に!?」
その内容は、ついさっき諦めた目的がまだ果たせるというというものだった。
「えぇ。里見蓮太郎さんのパートナーであるイニシエーターの名前ですが、間違いありませんか?」
「あぁそうだ! 間違いない! 君に延珠ちゃんへ伝えてほしいことがある!」
これで悔いなく死ねると、この時オレは思っていた。だが────
「はぁ、構いませんが……御自分で伝えなくてよろしいのですか?」
「そうしたい気持ちは山々なんだけど、オレはもうすぐガストレアになっちゃうから、自分では伝えられないんだ。だから伝言を聞いたら、ついでにオレを殺してくれると助かる」
「んなっ!? いつの間にそんな傷を!?」
「君に会う前だよ。首から下は穴だらけだろ? でもそのおかげで、君を助けられた。ガストレアウイルスの力無しでは、こんな数のガストレアを倒すことは出来なかったよ」
「……鎧は無傷のように見えるんですけど」
「え、鎧……? あれ、ホントだ。こんなのいつ着たんだろ」
「……ちょっとその兜、外してくれませんか?」
「お、おう……ごめん、ちょっと手伝ってくれない?」
「……では、引っ張りますね」
「…………外れないな」
「外れませんね…………まさか」
「まさか……?」
「モデルヒューマンのガストレア?」
「…………冗談だよね?」
「…………」
「…………マジか」
「マジです」
────オレはまだ、死ねないらしい。
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第3話 混沌
────沈黙が痛い。
「えっと……自己紹介でもする?」
自分が『意識を保ったままガストレア化しているかもしれない』という事実から目を逸らすべく、少女に通常時であれば無難と言える話題を提供する。
「そうですね。私の名前は千寿夏世。これでもIP序列1584位の高位ランカーです。特技は、イルカの因子をもっているので泳ぎが速いことです。貴方の名前は?」
どうやら沈黙が辛かったのは彼女──千寿さんも同じだったらしく、快く返答してくれた。
「オレの名前は神崎真守。延珠ちゃんの元クラスメイトで、此処には延珠ちゃんを追いかけて来たんだ」
すると、千寿さんは目を丸くした。
「……クラスメイト? 貴方今何歳ですか?」
「10歳だよ?」
「…………マジですか?」
「マジです」
「これは……ますますモデルヒューマンのガストレア疑惑が深まりましたね……」
「……ちなみに、君から見て今のオレってどういう感じなんだ?」
「身長約185cmで、全身鎧の人間。声からして10代後半から20代前半の男性……といったところでしょうか」
以前の自分と共通している点は、性別だけのようだ。それなのに体に違和感は無い。それが逆に気持ち悪かった……話題を変えよう。
「そういえば、千寿さんのパートナーは今どこに?」
「最前線で影胤ペア……
────影胤ペア……? 今の民警は、人間を相手にしているのか?
「なるほど……本当に申し訳ない」
だがそれよりも、自分のような得体の知れない奴のために、千寿さんを足止めしていることへ罪悪感を覚えて頭を下げる。
すると彼女は首を横に振った。
「いいえ、謝ることではありません。どちらにせよ、武器がない今の私が加勢に行っても、足手まといにしかなりませんから」
そう言った千寿さんの顔はとても悔しそうで──だから思わず、こんなことを言ってしまった。
「じゃあさ、一緒に行かない?」
☆
────思わず頷いてしまった……
確かに彼──神崎さんは、強い。おそらく万全の私と将監さんの二人がかりでも勝てないくらいに。それ程彼の戦闘には、私が今までに見たどの民警ペアよりも凄まじいものがあった。
それでも相手は、序列元134位のペア。
『新人類創造計画』の機械化兵士と、『接近戦では無敵』と言われる超一流の剣士だ。
────そして何より、将監さんは一度彼等に敗北している。
いや、彼等と言ったが実際のところ……明らかに手を抜いている影胤一人に圧倒されたのだ。
いくら神崎さんが強いと言っても、彼は戦闘訓練も積んでいない一般人なのだ。そんな規格外を相手にして無事で済む筈がない。
それなのに────私は今、彼を影胤ペアの元へ案内している。
210もあった私のIQはどこへ行ったのか、何故こんなことをしているのか、自分でもよく解らない。
──そしてその答えは出ないまま、目的地が見え、声が聞こえた。
☆
── 蓮太郎ぉッ! 死ぬなッ!
「延珠ちゃん!?」
この声を聞き間違える筈がない。
声色からして、かなりの危機的状況だ。
──千寿さんには悪いが、彼女に合わせて落としていた速度を全開にし、置き去りにする。
そして現場に辿り着き──視界に映った光景に、感情が振り切れた。
転倒し、何かに向かって手を伸ばしている彼女に、銃を向ける存在がいたのだ。
────おい、何をしている?
それでも彼女は自分の身など顧みず、嗚咽混じりの声で何かを叫び続けた。
── 妾を一人にしないで。
その声で心臓が跳ね、全身の血が沸騰する。
────また、彼女を一人にするのか?
否! 断じて否だッ!!
────ならばどうするべきだ?
決まっている。それは────
「ッヅ、──あああああああああああああああああああああッッッ!!!」
「里見くん、君は一体──」
────今だ。
延珠ちゃんに銃を向けたまま小さく口を開け、凍り付いていた仮面野郎に、ダッシュの勢いを乗せた全力の蹴りをお見舞いしてやる。
「──
奴にとって完全に想定外だったであろうその一撃は、彼に防御をさせる隙を与えず、対象を100m以上先まで吹き飛ばし、海に落とした。
「「「「え?」」」」
劇的な復活を遂げた蓮太郎さんも、直前まで泣きじゃくっていた延珠ちゃんも、少し遅れて到着した千寿さんも、仮面野郎のパートナーであろう二刀の少女も──皆大きく口を開け、ポカーンとしていた。
その中で最初に動いたのは、二刀の少女だった。
「そんな……パパァ、パパァァァ」
少女は海の、仮面野郎が落ちた方向を向いて膝をつき、絶望の表情を浮かべていた。
次に動いたのは、それを見て複雑そうな顔をした延珠ちゃんだった。
「蓮太郎……妾はどう動くべきだと思う?」
「…………スマン。俺にも解らん」
「私の苦悩は一体なんだったのでしょう……」
自分でやっておいてなんだが、カオスだった。
そして、事態はさらに混迷を極めていく────
☆
蓮太郎の胸ポケットが震え、無味乾燥な電子音が響いた。
『えっと……生きてるみたいね? 里見くん』
「あ、あぁ。終わったよ。約束通り……? 勝った……つっていいのか? 木更さん」
戦いが締まらない結末を迎えた影響で、彼の返答は少し歯切れが悪い。
『うん……見てた。そこにいる鎧の人のことは気になるけど……それよりも君に一つ、悪いニュースを伝えなきゃいけないわ』
木更はいつになく暗い声を出した。
「悪いニュース……?」
『落ち着いて聞いてね──ステージⅤのガストレアが姿を現した。今、会議室の人間はパニックに陥っているわ』
「え……?」
蓮太郎は小さく疑問符を返すしかなかった。
もう、東京エリアは終わったのだ。みんな殺される。誰一人、助からない。
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第4話 終戦
『これはほぼ現在進行形の話よ』
話によると、乱入者による影胤ペアの撃破に戸惑いながらも、会議室が沸き返るのとほぼ同時に、ステージⅤ出現の報が知らされ、全員が顔色をなくした。
東京湾に侵入した規格外サイズのガストレアの頭が見えた瞬間、ミサイルや毒ガス弾等が発射されたが全て無意味。頼みのバラニウム徹甲弾はガストレアの装殻が硬すぎて弾かれたそうだ。
「全部、お終いなのか? もう、東京エリアは助からねぇのかよ?」
蓮太郎はぎゅっと目をつぶり、祈るようにして木更の答えを待った。
やがて彼女はいつも通り凜と声を張った。
『諦めるのは早いわ。たったいま私の考えた作戦が物理的に可能か聖天子様に聞いてみたら、聖天子様は「おそらく出来る」と仰ったわ』
「希望が残されてる……? ど、どうやるんだッ」
『君達の姿はこちらからも見えてるわ。答えは君から見て南東方向にある』
────天の梯子。
それが、東京エリア最後の希望だった。
『あなたたちが目標地点に一番近いわ。時間がないの、君がやるのよ、里見くん』
☆
蓮太郎と木更が重要な話をしている一方で、真守達は……カオス継続中だった。
「そういえば、礼を言っていなかったな鎧の人! 蓮太郎を助けてくれてありがとうなのだ!」
「──ッ! あぁ……いいんだ。それよりも延珠ちゃん、オレは……」
「む? お主、どこかで会ったか? お主の様な者は一度会ったら忘れぬと思うのだが……」
「グハァッ!?」
「わぁ!? なぜ突然倒れるのだ!? 怪我か!? 傷を見せてみよ!」
「いや……傷は無い」
「嘘を吐くでない! いいから脱げ! いや、もういい妾が脱がす! えぇい抵抗するな──わ、妾の力でも脱がせられぬだと……!?」
延珠に話し掛けられ、『やっと謝ることが出来る!』という歓喜と緊張、そして『許してもらえなかったらどうしよう』という不安で口ごもっていたら、そもそも存在そのものを忘れられているという事実を叩き付けられた────と真守は思っているらしい。
どうやら、自分の身体的特徴が性別以外別物になっていることを忘れているようだ。
「コホン。お二人共、里見さんが電話中なのでもう少しお静かに」
そして騒がしい二人に夏世が割って入ることで、ようやく混沌が終わる。
「む、それもそうだな……
あ、お主のことはちゃんと覚えておるぞ? お主にも礼を言っていなかったな。感謝するのだ。
……しかしお主、よく一人であの大群を倒したな……」
「いいえ、一人ではありませんよ。この方──神崎真守さんが協力してくれました。この名前に聞き覚えはありませんか?」
「うむ、確かにその名は知っている。妾の友達と同じ名前だからな……真守からしたら、もう妾は友達ではないのだろうが……」
延珠が悲しそうな表情をすると、逆に夏世は優しく笑った。
「いいえ、そんなことはないみたいですよ? ほら神崎さん聞きましたよね? 蹲ってないで、ちゃっちゃと謝って仲直りしたらどうです? そのために態々こんな危険地帯に来たんでしょう?」
「…………解ってるよ……
──延珠ちゃん!」
「ひゃい!?」
突然の大声に驚く延珠の前で、真守は膝を畳んで両手をつき、頭を地面に擦り付けた。
「約束を破ったこと、本当にごめん。守るって言ったのに、オレは君が一番助けを求めてた時に、君を見捨てた。それでどれだけ君が傷付くか考えず、保身に走ったんだ……最低なことをしたって解ってる。それでもこの通りだ。許してほしい」
見知らぬ男が突然土下座をしたことで、延珠は慌てて止めようとしたが──言葉の内容を理解すると目を見開き、問うた。
その問いに、真守は頭を下げたまま答える。
「え……? 待て、お主──真守か?」
「……うん。この姿のことは色々あって……気付いたらこうなってた」
「…………頭を上げてくれぬか?」
その言葉にようやく真守が頭を上げると──延珠はその頭に強烈なチョップをお見舞いした。
「この愚か者ーー!!」
「アベシッ!?」
「──ッ! ──ッッ!? 硬っ! どうなっておるのだその頭!」
「え!? あぁっごめん!」
「謝る必要などない! それよりもお主、こんな危険地帯に来おって! よくも妾の想いを無駄にしてくれたな!! 妾がなぜ戦っているのか教えてやろうか!」
「え?」
「人類を救うためだ! 当然その中にはお主達も含まれておる! 一度拒絶されたからとて、妾が学校の皆を嫌いになる道理など無い!!」
──真守には、その時延珠が見せた笑顔が……太陽よりも輝いて見えたと言う。
彼は知らないことだが、延珠は学校を去った日にモデルスパイダーのガストレアと戦闘、撃破した後こう言ったのだ────
『どうだ……? 妾は戦っただろう……? 学校の皆……守ったぞ……?』
その時の彼女は、泣いていた。
理解していたからだ。どんなに彼等へ奉仕したところで、彼等は二度と藍原延珠を受け入れないと。
────だから知らない。藍原延珠にとって、神崎真守という存在が取った行動が、どれ程の救いを与えたのかを────
「嫌う道理がない……? あれだけ酷い掌返しを喰らっておきながら、オレ達を恨んでないのか?」
「……恨む気持ちが無いと言えば嘘になる。それでも妾は、一度仲良くなった者達を嫌いたくない。だから、妾が恨むのはお主達ではなく『呪われた子供たち』を差別する世の仕組みだ」
────ただ、息を飲んだ。
真守にはその答えが、同じ10歳の子供が出したものとは思えなかったのだ。
(……オレだったら、許せねぇよ……憎まずには、いられねぇ……!
……これが人類を救うために戦い続ける女の子と、10年間ぬくぬくと平穏を貪っていたオレの差か────)
「────やっぱ凄いや。延珠ちゃんは」
「ふふん。もっと褒めて良いぞ?」
そうして目的を果たした二人は笑い合った。
真守は友人を取り戻した。延珠は影胤ペアを撃破した。後は蓮太郎の電話が終わるのを待ち、家に帰ってハッピーエンド──となる筈だった。しかし電話を終えた彼の眼は『まだ戦いは終わってない』と言っていた。
それを見て、延珠も気を引き締める。
「……まだ、終わっていないのだな?」
「あぁ。延珠、天の梯子へ向かうぞ。ステージⅤが現れた」
「──ッ! 止められなかったのだな……」
「ステージⅤ? ガストレアのステージはⅣで終わりなんじゃ……」
「世界を滅ぼした11体のガストレア、その総称だ。奴等の最大の特徴は、
「それは……バラニウムが通用しないガストレアってことですか?」
「全く効かないワケではない。再生阻害は通用する。ステージⅤといえど、討伐記録はあるんだ。だから今回は、俺がアレを使ってステージⅤを倒す」
「解った。なら妾は蓮太郎をあそこまで運べば良いのだな?」
「あぁ」
「オレに何か、出来ることは……」
「アンタは夏世と一緒に此処で待っていてくれ」
「あぁ。ステージⅤは蓮太郎と妾がなんとかする! 真守は何も心配せず、此処で妾達の帰りを待っているが良い!」
「……ごめん。オレは結局、肝心な時に君を守れない……」
「そのようなこと、気にするでない。どうしても気になるなら、そうだな……
そう言い残し、延珠は蓮太郎を背負って走った。
「
────そして彼等は、『東京エリアの英雄』になった────
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元勾田小学校の児童たち
第5話 暴露
☆ 視点変更
★ 場面転換
となっております
──どうしてこうなった。
「頼む、サインを! サインをくれ! ここに一筆名前を書いてくれるだけで良い! 報酬なら何億だろうと用意する! 後生一生の頼みだ! 君の体を私にくれッ!!」
絶世の美女と言っていいだろう美貌の持ち主が、出会った時は不健康なほど青白かった肌を紅潮させ、オレの両肩を掴んで必死に頼み込んでくる。ちなみに今のオレはパンツ一枚でほぼ裸だ。
この場面だけ見ると誤解されそうなので言っておくが『体』というのは文字通りの意味であり、決して色っぽい展開ではない。
「君の体が手に入るならなんでもする! この通りだ!!」
「は!? 頭を上げてください! 皆びっくりして入って来ちゃったじゃないですか!」
「いいや! 君が『Yes』と言うまで頭は上げない!!」
今、初対面の人間に土下座をされた延珠ちゃんの気持ちが解った……成る程これは心臓に悪い。
本当に、どうしてこうなったのか────
☆
時は巻き戻り、蓮太郎と延珠が
「やったぞ真守! 約束通りステージⅤを倒して来たのだ!」
「うん。お疲れさま」
「…………なぁアンタ、本当に延珠のクラスメイトだった真守君か? いくらなんでも変わりすぎだろ……」
「ハハハ……我ながら、驚愕ビフォーアフターですよね…………あれ? 蓮太郎さん、腕が……」
「あぁ気にすんな、元々義腕だ。それよりお前のことだろ。その鎧、脱げないんだってな」
「え? あ、はいそうなんですよ……『消えろ』って言って消えてくれれば──」
「延珠、夏世! 見る、な……遅かったか」
「……え?」
────静寂。そして
「「キャ──!!」」
一拍の後に悲鳴が響き渡る。
状況を説明しよう。真守が『消えろ』と言った瞬間、本当に鎧が彼の体の中に沈みこむようにして消えたのだ。
彼の実年齢は10歳。だが今の彼は、日本の平均的な成人男性と比べても大柄と言える体躯だ。つまり────
「「なんで裸なのだ(なんですか)お主(貴方)!!」」
──森に入った時点で着ていた服が無事である道理が無い。
「はい!? あれマジだオレの服どこ行った!?」
「全裸に鎧……まさか真守がそんな変態さんだったとは……流石の妾も友達を続けられる気がしなくなってきたぞ……」
「うぅ、見てしまった……見てしまいました……」
「そんな!? 待って、待ってくれ延珠ちゃん! 誤解だ! 森に入った時はちゃんと着てたから!」
「ち、近寄るでないこの変態! それはつまり態々脱いでから鎧を着けたということだろう!? 尚更変態ではないか!」
「いや脱いでないから! たぶんガストレアに襲われた時に破れただけだって! そうだ鎧! 鎧さんカムバック!!」
「……解る。解るぞ真守君……気付いたら変態扱いされるその理不尽──君とは仲良くなれそうだ」
「蓮太郎さん! 同情するなら服をくれ!!」
「だが断る」
「蓮太郎さんの薄情者めーー!!」
────その後ヘリが迎えに来るまで、彼は全裸だったとさ。
★
そして四人が運ばれたのは東京エリア第一区、聖天子の居る聖居だった。
彼女はレッドカーペットと、小さくつづらに折れた大理石の階段を登った頂上にある玉座に、ゆったりと腰掛けながら問う。
「皆さん、激戦の直後でお疲れでしょうが答えて頂きます。そこの男性は一体何者ですか?」
その内容は、今回のテロ事件の実行犯『蛭子影胤』にトドメを刺した『作戦参加者ではない人物』の正体を探るもの。
それも当然だろう。不意討ちとは言え序列元134位を一撃で戦闘不能に出来る存在を、名前も所属も目的も不明のまま放置するワケにはいかない。
「ワタシハ神崎真守、勾田小学校ノ5年生デス」
それを事前に説明を受けて理解していた真守は、失礼の無いように予め練習していた受け答えをする──が、緊張で片言になり、さらに怪しい印象を与えてしまった。
「……里見さん、彼が何者か知っていますか?」
そのため聖天子は『見え透いた嘘を吐いている』と判断し、蓮太郎に話を振る。
「信じられないだろうが、コイツが言っていることは本当だ。俺はコイツがこうなる前からの知人だからほぼ間違い無い。俺と神崎真守だけしか知らない筈のことを、コイツは知っていたからな」
しかし蓮太郎がデタラメな証言を肯定したことで混乱し始める。
「…………延珠さん、貴方は勾田小学校出身でしたよね? 彼と神崎真守は同一人物ですか?」
「うむ、間違い無いぞ!」
────即答であった。聖天子は目頭を揉む
「………………では、質問を変えましょう。小学5年生の男子児童である神崎さんは、どこの国の回し者ですか?」
「はい? えっと……回し者ってスパイのことですよね? どうしてそう思ったんですか? 今のオレって外国人に見えるんです?」
勿論違う。
理由はいくつかあるが、大きく分けて二つ。
一つは聖天子権限でも出所の知れない外骨格を着ていたことから、外国と深い繋がりがあると判断したこと。
もう一つは、蛭子影胤がグリューネワルト翁の機械化兵士だから。
グリューネワルト翁は同じ四賢人の室戸菫ですら『天才としての格が違う』と評価する規格外だ。その彼が施した技術の粋が詰まっている影胤の体を『回収されると困る』と思う勢力がいてもおかしくない。
「『今のオレ』ですか。なるほど、その顔は素顔ではないと。それで、影胤を倒した貴方のバックは東京エリアに何を望むのですか?」
「…………蓮太郎さん助けて。会話が成立しない」
あまりに話が噛み合わないので、真守は涙目になって蓮太郎に助けを求めた。
蓮太郎は頷き、口を開く。
「聖天子様、情報を絶対に漏らさないと断言出来る護衛だけ連れて菫先生の研究室に来てくれないか? 勿論俺達の武器は全部そっちに預ける」
「構いませんが……なぜ態々そんなことを?」
「このことを知る人間は少ない方が良い。あからさまにおかしい証言をしているのはそのせいだ。この場での会話は全て録音されてるんだろ? 来てくれれば解る」
「…………良いでしょう」
★
────そして冒頭へ至る。
研究室に入ると菫が『
「えっと、ちなみに『Yes』って言ったらどうなるんですか?」
「それは────」
菫は質問に答えようとしたが、直前にハッとして固まる。
少し間を置いて、菫が意を決したように頭を上げた。
「すまない、この要求は無かったことにしてくれ。私はもう少しで誓いを破るところだった」
「誓い、ですか」
「あぁ。私は医者であり、医者は命を救う者だ。だから私は命への畏敬を忘れないために誓ったんだ 『科学者である前に医者であろう』 とね」
「先生が我を失うくらい興奮してるとこ初めて見たぜ……んで、先生から見て今の真守はどういう状態なんだ?」
「『どういう状態』というのは、体内侵食率の話かい? それなら答えは
「はい? オレ結構な量の体液注入されてたと思うんですけど……実際変な鎧とか、超人的な身体能力だったりとか、体にいろいろ影響出てますし。それでガストレア化しないなんてことあり得るんですか?」
「あり得ない。と君に会う前までは断言していただろうね。その程度には異常事態だ。だが原因は予想出来ている」
「流石先生。で、原因はなんなんだ?」
「神崎君には人間にもガストレアにも存在しない謎の臓器があることが判明した。おそらくそれが原因だ。私はその臓器を
☆
「それで、話ってなんですか?」
室戸先生は
侵食率検査を終わらせた延珠ちゃんと蓮太郎さんは自宅のアパートへ。
移動中にパートナーの戦死を報告された千寿さんは所属先の三ヶ島ロイヤルガーダーへ。
オレのスパイ疑惑も晴れた。だが姿の変わってしまったオレは家には帰れないので、室戸先生の泊めてくれるという提案に甘えることにした。
そして全員が研究室を出ていった直後、室戸先生が『君にだけ聞いてほしい話がある。数分間静かにしてくれ』と耳打ちしたのだ。
「延珠ちゃんのために森へ入った君に、折り入って頼みたいことがある」
「それがあの子を守ることに繋がるのなら、どんなことでも引き受けますよ」
正直どんな話なのかと身構えていたが、それはオレが誓いを守るならば頼まれずともやるべきことである可能性が高いと分かり、肩の力を抜いた。
だが室戸先生の言葉は、オレの予想とはかけ離れたものだった。
「延珠ちゃんと戦って、あの子を徹底的に叩き潰してくれ」
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第6話 決闘
「ルールを確認するわ」
今オレは、凄まじい怒気を滲ませこちらを睨む延珠ちゃんと対峙している。
「勝利条件は対戦相手を降参もしくは気絶させることのみ。降参の方法は、口で『降参』と言うか、地面のタップするかの二通りよ…………ねぇ、本当にやるの? 言っとくけど、延珠ちゃんはかなり強いし、里見君が絡むと容赦しなくなるから、凄く危険よ?」
「知ってます。室戸先生に聞きましたから」
そうだ。イニシエーターとしての延珠ちゃんの情報は全て、二週間前室戸先生に聞いて知っている。
その情報の中には、延珠ちゃん本人すら知らない秘密も含まれていたのだから────
「最後の警告なのだ。真守、今すぐ蓮太郎に謝るならまだ許す。だから──」
「前言撤回はしないし、何度だって言うよ。
「…………そうか。ならばお主は妾の敵だ」
────瞳が赤くなった。どうやらやっと戦う決心をしてくれたらしい。
ここまで本当に長かった。超一流のイニシエーターたる延珠ちゃんが相手でも戦えるよう、夏世ちゃんと室戸先生に協力してもらって自身の能力を把握するのに2日。室戸先生が用意してくれた
実は14日の準備期間で一番苦労した時間は、延珠ちゃんにこの勝負でどうやって本気を出させるかを考えている時だったりする。
なにせ蓮太郎さんをダシにすれば簡単に釣れると思っていたのに、実際は延珠ちゃんを怒らせることに成功しても蓮太郎さんが宥めてしまうのだ。
更にはいざ戦おうという場面になっても、オレを攻撃することが気乗りしなかったのか、今の今まで怒気はあっても戦意は無いという意味不明な状態だったのだから。
「はぁ……仕方ない──両者、準備は良いですか?」
延珠ちゃんはこっちを見たまま黙って頷く。
────考え事は終わりだ。練習通りにやれ。
オレは自分の舌を噛んで血を流す。
── クロカタゾウムシ
怪我を修復するためM.O.の外に出たガストレアウイルスを操作して、身体強化──鎧の構築に回す。
コレが菫先生と夏世ちゃんの見付けてくれた、能力を一番手軽に発動する方法だった。
「オレの準備は終わったよ」
「おぉ……その鎧、自由に出し入れ出来るようになったのだな」
「それでは──始め!!」
☆
────二週間前。
そもそも、何故真守が延珠と戦う決心をしたのかと言えば……
「コレはさっき取ったデータで作った延珠ちゃんの最新診断カルテだ。その内容は本人とそのプロモーター以外に教えてはいけないことになっているからルール違反なのだが、君には見てほしい」
「……良いんですか?」
「ルール違反だと言っているだろう? だが断言しよう。君はコレを見なければ後悔する」
「……分かりましたよ。じゃあ見させてもらいますね──ッ!?」
今の延珠は、体内侵食率42.8%という超危険域に達している。そのことを知ったからだ。
「延珠ちゃんにはショックを受けないよう、低い数値を伝えてある。だからこのことを知っているのは私と蓮太郎君、そして君の三人だけだ。そして私は彼女にこの事実を伝える気はない。おそらく蓮太郎君もな」
「どうしてッ! このまま戦い続けたら、延珠ちゃんはあと二年も生きられないんでしょう!?」
「彼女に民警を辞めさせても、逆効果だからだ。それはIISOから侵食抑制剤の支給が受けられなくなるということを意味するからね。そしてあの子はイニシエーターである限り、戦いを止めることは出来ない。
──だが、君次第では延珠ちゃんを救えるかもしれない」
「本当ですか!?」
「あぁ。形象崩壊までの予測期間は、侵食抑制剤を指示通り処方している状態にあり、平均的な頻度でイニシエーターが能力を解放して
「オレが延珠ちゃんの代わりに戦えば、もっと長く生きることが出来る?」
「そういうことだ。抑制剤を使って大人しくしていれば体内侵食率の進行は殆ど0に抑えられる。人並み以上に長生き出来るだろうさ。だが彼女はお人好しの頑固者だし、どうせ『妾に友達を矢面に立たせて引っ込んでいろと言うのか!』とか言って結局戦おうとするだろう?」
「あー……あの子なら言いますね……絶対」
「だから上下関係を叩き込むのさ。そうすれば君は胸を張って『オレの方が強いんだから当然だ』と言えるだろう?」
「なるほど!」
「ここで重要になるのは、君がどの程度自分について把握しているかだ。君は、今すぐ鎧を纏えと言われたら可能かい?」
「…………無理です」
「あの映像と聞いた話の限りだと、能力を自由に扱えれば君と延珠ちゃんの戦いは────」
☆
──先手必勝。
開始の合図と同時に飛び出しハイキックをお見舞いする。
手加減はするし、あの鎧の頑丈さも知っているが……やはり友達を攻撃するのは気が進まない。軽く数発当てて降参してくれれば良いのだが……
実の所、蓮太郎を悪く言われたことに対してはあまり怒っていない。どちらかというと、あの真守に『クズ』と言わせた蓮太郎が何をしたのか問いただしたい気分の方が強い──と、それはともかく。
「てりゃッ!」
直撃だ。コレでどのくらいのダメージが入ったか、様子を見る。
「効かないよ」
「……本気じゃなかったとはいえ、妾の──モデルラビットの蹴りを喰らってビクともしないとはな。流石に驚いたぞ……」
「この期に及んでまだ手加減……いや足加減か? まぁどっちでも良いけど、本気を出してくれないと意味が無いんだよね──よし、じゃあこうしよう」
「……真守?」
────様子がおかしい。
「この勝負でオレが勝ったら、君の目の前で蓮太郎さんのことを殺すから。本気、出してね?」
「…………は?」
────コイツ、今なんて言った?
「聞こえなかった? じゃあもう一回──」
「もう、いい」
「……今度こそ、本気だよね?」
「見損なったぞ、真守……もうお主を友達とは思わぬ。ここからは容赦しない」
「うん、それでいい。殺すつもりで来なよ」
☆
────そろそろ頃合いか。
「ハアアアァァッ!!」
「懲りないねぇ。効かないって言ってるのに」
最初と違って鎧越しでも伝わる衝撃と気合から、延珠ちゃんの本気度が伝わってくる。
だが加減を止めた彼女の攻撃も、オレの鎧の前では無力だった。無抵抗の相手をこれだけ蹴って効果が無ければ、流石に心が折れるだろう。
「──なんでッ! どうしてだ真守……! 何故そこまで蓮太郎を恨む!?」
────攻撃が止んだ。あとは種明かしをするだけだ。
「理由なら、君が降参してくれたら話すよ」
「そうしたらお主は蓮太郎を殺すのだろう!?」
「あぁ、それは──」
「木更も黙ってないで何か言ったらどうなのだ!? お主は蓮太郎が殺されても良いのか!?」
言葉を遮られてしまったがまぁいい。木更さんには決闘を申し込むことになった経緯を話してある。この流れなら木更さんが種明かしを──
「そうね、あんなでも家の社員ですもの。命を狙われてるなら助けてあげないと。天童式抜刀術一の型一番──」
────してくれることなく何故か構えを取った。
「えっ、ちょっと木更さ──」
「『滴水成氷』」
「ひでぶっ!?」
鎧は斬れなかったが衝撃で吹っ飛ばされた。痛い。
────待て、痛いだと!? 鎧越しにダメージ与えるとかこの人本当に人間か!?
「もしや
「天童式抜刀術零の型三番──」
────え、殺気?
いやいや気のせ──首が飛ぶ未来が見えた。
ダメだ喰らったら死ぬ! 逃げろ!!
── サバクトビバッタ
これぞ訓練の成果、能力の同時発動だ! 今のオレなら二つ────
「逃がさないわよ? 『阿魏悪双頭剣』」
「うあぁぁああ!?」
鎧越しに足と首を、皮一枚だけ斬られた。間合いはたっぷり5mは稼いだ筈なのに、どうして斬撃が届くのかは解らない。
だが一つだけ解ったことがある────
★
────木更さん曰く。
── 事情は知ってるけどやり過ぎ
── 次天童と呼んだら斬り落とす
とのことだった。何を斬り落とされるのかは分からないし分かりたくないから置いといて────
「この大バカ者ーー!!」
「なんでさっ!?」
──事情を話したら、延珠ちゃんに正座させられました。解せぬ。
「何が『なんでさ』なのだ! そういうことなら最初から教えてくれれば良かったではないか! 妾は戦闘狂じゃないし、そういう事情なら進んで前線に出ようとは思わぬぞ!?」
「え、マジで?」「え、ホントに?」
「…………まさかお主等、本当に妾を戦闘狂だと思っていたのか? 些か傷付くぞ……」
「室戸先生の話だとそういう印象」「里見君の話だとそういう印象」
「よしあの二人は後で蹴る」
「いや褒めてたんだよ? 『彼女は銃口を向けられても怯まず突っ込んでいける強い精神力がある』って。オレも凄いと思うよ? 実際オレは効かないって知った上で、延珠ちゃんの蹴りにビビってたし。だから戦うの好きなのかな? と」
「里見君のはただの愚痴だったわね……『敵を早く倒そうと先走って、ヘリから飛び降りて怪我をした』って……だから戦うの好きなのかな? と」
「う、何も言えぬ……だが妾は皆に心配を掛けてまで戦闘に拘る気は無い! それ以外でも人類に貢献は出来るのだからな! 妾より攻撃力が高い木更も書類仕事ばかりやってるし。あぁ、でも誰かがピンチになってたら止められても戦うからな?」
「…………前から思ってたんだけど、延珠ちゃんは同じ10歳って感じがしないんだよね……普通突然『今までの生活が出来なくなる』って言われたら、大人でも取り乱すと思うよ?」
「確かに。どんなに筋道が通ったことでも、心が納得するかは別だものね。なんでそんなに落ち着いていられるのかしら?」
「それは、その…….落ち着いてるというか………… 男の子が自分との約束を守るために戦ってくれるという状況に酔っているというか……言わせるな恥ずかしい!!」
────真っ赤になった顔を見せないよう、蹲る彼女を見て、心臓が跳ねる。
(……あぁ、やっぱオレ──延珠ちゃんが好きだ)
木更が零の型を使ったのは単純に、鎧ごと斬れる技が零の型しかなかったからです。
まぁ切り札を切った場合、木更ですら勝ち目零なのですが。
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第7話 喪失
体内侵食率は平均的な戦闘をして80日過ごすと1%進行します(傷の再生でも進行するらしいのですが、延珠が普通の人間で言うと致死量の何十倍もの麻酔を打たれても侵食が少ししか進まなかったので、どの程度影響があるのか不明)
上記の根拠は、原作二巻のラストで延珠の侵食率が43%で予測生存可能日数が560日とされ、一巻のラストが42.8%なのですが、一巻と二巻の間に約一月経過しています。約30日経っても16日分しか侵食していないというデータからです(この期間はガストレアの出現数が減っていたため延珠はあまり戦っていない)
────孤独。
人間誰しも生まれた瞬間には家族がいるもので、私の場合は両親と双子の兄が該当する。
優しい両親に、優しい兄。特別なものは何もない、ありふれているが充実した、穏やかな日々を送っていると……そう思っていた。
しかし世間一般からすると、私達の幸せは『異端』だったらしい。
両親は共に民警で、イニシエーターとの関係が良かった。そんな両親に育てられた私と兄は『呪われた子供たち』を『世界の救世主』だと思いながら育ったが──民意は、その真逆。
小学校に入る前にはそう教えられていたが、実感したのは入学してからだったか。交友範囲が広がったことで、私と兄はそれに気付かされたのだ。
誰もが『呪われた子供たち』はガストレアの同類であると、思い込んでいた。
私と兄は、それに同調することこそなかったが……真っ向から逆らう気も無かった。
────だから一人目を失った。大切な、親友を。
趣味が合う、明るくて優しい子だった。文武両道という言葉が似合う子だった。喋り方が特徴的な子だった。誰とでも仲良くなれる子だった。沢山の友人の中から……私を親友に選んでくれた。
──そんな彼女に出会ってから一年後、私の絶望が始まる。
ある日突然その子が『呪われた子供たち』だという噂が流れ、それを信じた子たちが嫌がらせを始めたのだ。
私は……何もしなかった。
確かに目が合ったのに。目で『助けて』と言っていたことを認識したのに。
私は逃げた。その目から逃げたのだ。
その時が、最初で最後の機会だった。勇気を出してもう一度会おうとした時には、もうその子は学校を去っていた。
その子は学校に鞄を置いて行った。だから翌日それを届けることを口実に、兄と二人でその子の家に行ったのだが、そこには誰もいなかった。
そのアパートの隣人達から情報を得ようとしたが、誰も行方を知らなかったので仕方なく諦め、鞄を持って家に帰った。
家に帰って、目に入ったのは、両親の置き手紙。
────遺書だった。そう明記されていたワケではないが、そうとしか思えない内容だった。
ショックを受けた私は、何も考えられなくなって部屋に閉じ籠った。
それから何度も、兄が部屋の外で私を励ますために声を掛けてくれたが……その時の私には逆効果だった。
私は一人になりたかったのだ。だから兄を拒絶した。『一人にさせて』と叫んでしまった。
────だから残る筈だった者まで失った。
── 勝手にしろよ。オレも勝手にする
そう言って兄が家を出る音が聞こえ、私は眠った。
────独りになって最初の日。
寝た時間が早かったせいか、この日は5時前に目が覚めた。気分は大分落ち着いていた。
二度寝する気にはなれなかったので、一人で食事を済ませて登校時間まで天誅ガールズのゲームをすることにした。
それから登校時間が迫ってきて、自分以外の部屋からは物音一つしない現状に不安になった私は兄の部屋へ行きノックをしたが……返事はなかった。
まさかと思いドアノブを回すと──部屋には誰も居なかった。
両親の部屋も、他の部屋も……私以外に誰もいない。昨日出ていった家族は、誰一人帰ってきていなかったのだ。
──その事実を認識した瞬間、鞄も持たずに家を飛び出した。
学校まで全力で走って行き、既に教室に居たクラスメイト達に昨日の放課後兄と会った人がいるかと聞いたが、誰も会っていなかった。
その後も兄が行きそうな場所を探し回ったが、何処にもいなかった。
そして手がかりが無くなると、家に帰って眠った。もう、何もしたくなかった。
────2日目。
この日はインターホンの音で起こされた。
兄が帰ってきてくれた────
そう思ってドアを開けたが、そこに居たのは知らない人だった。両親の殉職を報告しに来たらしい。
心の準備は出来ていた。だから泣かなかった。
代わりにストレスで吐いた。
この日は学校に行かなかった。
────3日目。
この日は両親の遺産目当てで近づいてくる、顔も名前も知らない親族にたくさん会った。
何より許せなかったことは、そいつらが全員『呪われた子供たち』を差別していて、民警の両親を侮辱したことだ。
だから全員追い返した。
その後また知らない人がやって来て、兄の扱いが行方不明から死亡に変わったと報告していった。
その人が帰ると大声で泣いた。泣いて泣いて泣き疲れるまで泣いて、また眠った。
この日も学校には行かなかった。
────4日目。
この日のことはあまり覚えていないが、私が倒れて病院に運ばれたことと、救急車を呼んでくれたのが心配して家に来た先生だということは覚えている。
────5~7日目。
倒れた原因は栄養失調だった。
この期間は食べた物を全て吐いてしまっていたので点滴だけだった。
────8日目。
この日はクラスメイトの一人がお見舞いに来た。
だが、その子も差別主義者だと思うと全く嬉しくなかった。
だからこう言ってやった────
── 実は私も『呪われた子供たち』なんだ
こう言われても私を友達と言うなら、それは本物の友情だと思った。だが、結果は予想通り。その子は悲鳴を上げて逃げ帰った。
── ハハ、バカな子……私が『呪われた子供たち』なら、この点滴の針はどうして黒くないんだろうね……
これで、いいのだ。もっと前からこうするべきだった。
そうしていれば、ただ一人の親友だけは失わずに済んだだろうに──
────そんなことを考えていたときだった。彼に出会ったのは。
『初めまして。突然押し掛けてごめんね?でもどうしても君に伝えたい情報があるんだ』
『何?まず名乗れ……?嫌だと言ったら?』
『ナースコールは面倒だなぁ……でも本名は言えないから通称で名乗ろう。ボクは〝グークル〟 なんでも知ってる不思議なお兄さんさ。例えば────』
── 君のお兄ちゃんが実は生きていることも、知っているよ?
グークルさんて誰?って思った人が殆どだと思いますが、一巻で名前だけ出てる人です
原作での行動:菫と同じく延珠に性知識とアレな語彙を提供している人。蓮太郎曰く悪人
つまり、名前だけ借りたオリキャラです
妹ちゃんはオリキャラじゃないです。誰でしょうね?(バレバレ)
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第8話 再会
「論外ですね。本名も明かせない人の情報に価値なんてありませんよ」
──賢い子だ。
人間とは愚かな生き物だ。自分にとって都合の良い情報だけを盲信する、与えられた情報を鵜呑みにする。それがいけないことだと理解していてもやってしまう者は大勢いる。
子供は特にその傾向が強い。純粋なんて言えば聞こえは良いが、それは単に他人を疑い自分で考える技能が足りていないだけの話だ。
──だがこの子は違った。
天涯孤独の身となったばかりで一番寂しい時期の筈なのに。
目の前で逝ったワケでもないから家族が死んだ実感も湧かない筈なのに。
これ等の予想が掠りもしていないということはないだろう。本当は考えることを放棄して、与えられた
だが────
「それは心外だなぁ。君はネットで、自分と同じ疑問を持った人の問答を覗いたことはあるかい? 彼等は皆偽名匿名だ。ならばネットの情報には全て価値が無いのかな?」
「う、それは……でも、絶対その理屈はおかしいと思います」
────やはり、屁理屈には弱いか。
「ハハハッ、いや~ごめんごめん。そうだよ? 君は何も間違ってない。からかっただけさ」
「…………じゃあ本名を教えてください」
「それはダメ。君がボクの本名を知ることは、お互いに不利益しか生まないからね。
『グークル』が通称だって教えたのは、ボクなりに最低限の誠意を示すためなんだ。理解してほしい」
超高位の民警ペアは世界の軍事バランスを左右する。だから国は彼等の情報を隠す。例えば──生死状態。
存在そのものが敵対勢力への圧力となる彼等は、死んだとしても情報が開示されないのだ。
だから自分が、
せっかくお国が
それに、12位と繋がりがあると知られたら、この子にとっても都合の悪いことになるだろう。だからボクは〝12位〟ではなくただの『情報屋』で良い。
「…………分かりました。それで、あなたと兄はどういう関係なんですか?」
「店主と常連客ってとこかな? 最後に会ったのは8日前に情報を売った時だね。今日はその時のお釣りを渡しに来たのさ。君のお兄ちゃんは『持っていても意味が無い』と言って、頑なに受け取ろうとしなかったからね」
「そうですか……じゃあそれは私が退院したら渡しておきます」
「渡せるのかい?」
「え? ……あ、私いま、兄さんが何処にいるのか知らない……」
「勾田大学病院の室戸研究室だよ。必要であろうことは全てこの紙に書いてあるから、何かあったら見ると良い」
「はぇ? あ、ありがとうございます……」
「それと、悪いけど気が変わった。お釣りはいつか自分で渡すことにするよ。迷惑料はその紙にある情報ってことで。いつかまた会おう!」
「は、はいっ!?」
目的は果たした。長居は無用────
── ありがとうございました! いつかまた!
「律儀な子だな。礼なんていらないのに……」
────もう少し残って、サービスしてあげても良かったかな?
次会う時が楽しみと思える程度には気に入った。
兄妹揃ってボク好みの良い子だったし。この二人のためなら──少しくらい、また戦場に出ても良いかもしれない。
☆
あれから4日経って退院した私は、グークルさんに渡されたメモに従い大学病院を訪れた。
受付を済ませ北側に向かって進むと急に人が減り、突き当たりに落とし穴──の様な階段が現れる。メモが無ければ気付けなかっただろう。
──階段を降りている時に感じた、なんだか気温とは別種の寒気については……気のせいだと信じたい。
「ここ……病院だよね?」
──場所を間違えたかもしれない。
一瞬本気でそう思わされてしまう程度には異様な扉だった。仰々しい悪魔のバストアップが刻まれている。
だが場所は自分で何度も確認したし、受付の人も合っていると言っていた。間違いは無いだろう。
そして深呼吸をし、扉を開ける決心が付いたところで──背後から何かが落ちる音が聞こえた。
驚いて振り返ると、知らない──だがどこか見覚えがある男性が、買い物袋を落とした音だと分かった。
「えっと、室戸研究室の方……ですよね? お聞きたいことがあるんですが……お時間、よろしいでしょうか?」
「…………」
────反応がない。この距離で聞こえない筈がないと思うのだが……
「あの……大丈夫ですか?」
「あ、あぁ悪いな
────同じだ。
声は全く違うけれど、その中にある私への思いやりに、同質のものを感じる。
まさか────
☆
────やらかしたぁぁあ!!
聖天子様にも室戸先生にも『君の存在、能力は
どうしよう、どうやってごまかせば────
「妹さんがいるんですか? 私くらいの」
「え? お、おう。よく分かったな……」
────セーフ! セーフだ!!
あ、でも今のオレって見た目20歳くらいだから分かる筈がないのか。焦って損したぜ。
「そうですか……実は私にも兄がいるんです。あなたくらいの」
「…………そうか」
────いやいや嘘吐くなよ! 家出する前のオレ、こんなデカくねぇから!
正体をバラしてそう叫んでやりたい気分だが、今のオレは赤の他人。そんなことを知っている訳がないので、我慢して相槌を打つ。
「それで……突然こんなこと言われても困ると思うんですけど、私、兄に謝らなきゃいけないことがあるんです。でも謝る勇気が無くて……だからその……練習させてくれませんか?」
「別に良いけど……此処でするのか?」
というかそもそも、妹に謝られるようなことをされた覚えがないのだが。
「はい。兄はこの研究室の中にいるので」
────あれ? オレが生きてることバレてね?
「……この研究室にいるのは、オレと室戸先生以外だと死体だけだぜ?」
「ごめん、兄さんが冷蔵庫に入れてたプリン、今日食べちゃった」
いや人の話聞けや! 遠回しに『アナタの兄は此処にはいません』って言ってるのに、なんで練習開始するのか解ら──待て、オレのプリン?
「おいバカあれ賞味期限ほぼ一ヶ月前だぞ!? 絶対腹壊しただろ大丈夫か!?」
「前から思ってたんだけど、兄さんって勉強出来るくせにバカだよね。こんな単純な手に引っ掛かるなんて……冗談に決まってるじゃん」
「え? …………あ」
────やらかしたぁぁぁああ!!!
もうごまかしようがない……か。
ならもう隠す必要もない。
「バカで悪かったな……それと、独りにしてごめんな? 舞」
「ううん、謝らないで。『一人にして』って言ったの私だもん……でも悪いと思うなら、もう勝手にいなくならないでね? 真守」
「あぁ約束する。今度こそ絶対『守る』」
──肉体だけでなく、心まで守り切って初めて、真の意味での〝守護者〟なのだから。
その後室戸研究室にて
「これからお世話になります」
「まぁ別に構わないし、霊安室を勝手に増設した私が言えた義理じゃないとは思うが......ここは児童養護施設じゃないぞ?」
これにて間章『元勾田小学校の児童たち』終了です
実は舞ちゃん『決闘』のときに見学してます(全くしゃべってないのでセリフ見ても分かりませんが)
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神算鬼謀の狙撃兵
第9話 分岐
──あぁ……アイツの言った通り、もう少し体力をつけておくべきだったなぁ……
もう五キロは逃走しただろうか。足の筋肉はパンパンになり、服は汗を吸い肌に張り付いて気持ち悪い。
「ツネヒロ、大丈夫?」
隣を並走している少女をチラリと見遣る。自分同様薄汚れた作業着を着ていて、年は自分より三つも下だ。
だが彼女は息一つ上がっておらず、気づかわしげに揺れる彼女の瞳は深いワインレッドだった。ガストレアと同じ赤い瞳。
「ぼ、僕は、だい、じょう、ぶ……朱里こそ、へい、き?」
噴き出す汗を懸命に拭いながら語りかけると、朱里は小さく頷く。
くずおれそうな膝を支え、歯を食いしばる。もう、自分一人の人生じゃないんだ。彼女を巻き込んでしまった以上、諦めることは許されない。
ここで捕まってしまえば、またあの暗い穴蔵に逆戻りだ。それだけは、絶対にご免だと思いながら後ろを振り返ると────
「見つけた!」
「「ひっ!?」」
────人間離れした速度で突っ込んでくるナニカがいた。
「ツネヒロ、私が戦ってるうちに逃げて!」
このままではすぐに追い付かれる。それを理解した彼女は反転し、ナニカに向かっていく。
「だ、駄目だよ朱里! あんなのに勝てる訳──」
「確保!」
言い終わる前に朱里が糸で拘束された。
その光景を見た瞬間、僕はナニカに向かっていった。
朱里が敵わないなら僕に勝てる道理はない。それでも────
「朱里を……離せぇ!!」
──ナニカへ拳を叩きつける。
「ツネヒロ、何やってるの!? 早く逃げて! 殺されちゃうッ!」
「それでも良い! 逃げた先に君がいないなら、死んだ方がマシだ!!」
──父の借金を返すために未踏査領域のバラニウム鉱山に送り込まれた時点で、僕の人生から希望は失われた。
だが彼女にはまだ希望があった。その希望は、いつしか僕の希望にもなっていたのだ。
だから、また希望を失うくらいならここで殺されも良いと決意した──だけど
「……残念だけど逃がさないし、殺しもしない。確保」
「お疲れさまです真護さん。これでやっと正規ペアが組めますね」
「うん。それは嬉しいんだけど……夏世、この人たち……本当に犯罪者なのか?」
「……本人たちが目の前にいるんです。聞いてみれば良いじゃないですか」
「それもそうだね。
──で、貴方たちは何をやったんですか? オレにはどうしても、貴方たちが進んで罪を犯す人間には見えないんですが」
「実は……」
僕達はまだ、希望を持って生きていけるらしい。
☆
「全然悪い人たちじゃありませんでしたね……どうします? もう『見つけました』と、先程依頼人に連絡してしまったのですが……」
「依頼人?」
風切り音と共に、常弘の足下に凄まじい速度でなにかが突き刺さる──ボウガンの矢だ。
「おぅ、見つけたぞクソガキどもッ!」
矢を放った人物──羽賀の眼には、隠しようのない憎悪が宿っている。
「待ってください! あなたが依頼人ですか? 聞きたいことがいくつかあるんですけどまずは一つ──
「あとで報酬はやるから黙って──」
「──いいから、答えてください」
「……チッ。あーあーそういやいたなぁ。ギャアギャアうるさくわめくから
「──吹き飛べクソ野郎ッ!!」
油断していた羽賀の顔面に、真護の拳がねじ込まれる。顔貌が叩き潰れ前歯を四本破壊、羽賀は鼻血を噴き出しながら五メートル近く吹き飛び、完全に沈黙した。
「手加減はしたので、一応生きてる筈です。後は貴方たちの好きにしてください」
「いや、好きにさせちゃ駄目ですからね?」
夏世はメモとペンを取り出すと、それに何か走らせて、常弘の手に握らせる。
「ここにいる殺人課の、多田島という警部の所に出頭してください。彼は『呪われた子供たち』の差別主義者ではないので力になってくれる筈です。里見蓮太郎の紹介だと言えばすぐに会えると思います。ヤクザが仏に見えるくらい恐ろしい顔の警部が出てきたら本物です」
「さ、里見蓮太郎!?」
「はい。私たちは天童民間警備会社の民警見習いですので、里見さんとは顔馴染みなんです」
「み、見習い……じゃあ天童民間警備会社の正社員ってどれくらい強いのよ……」
「戦闘力のみに関して言えば、この人は里見さんより強いですよ?」
「「えぇっ!?」」
「フフ、なにせ彼は──ちょっと失礼します」
夏世がパートナーを自慢しようとしたのを、携帯の着信音が遮る。
「真護さん、新しい獲物です。ステージⅠが23区で目撃されました。高空から迷い込んできた羽虫型のようです。かなり遠いですが、貴方なら大丈夫ですよね?」
「当然!」
そしてそのまま話が再開されることはなく、真護は夏世を背負い走り去った。
「…………行っちゃった……まだお礼も言ってないのに……」
「うん……
……朱里、僕将来民警になりたいッ! だから、その……良かったら、僕のイニシエーターになってほしいんだ!」
朱里は一瞬驚いて瞳を見開くが、はにかんで笑うと小首をかしげた。
「ツネヒロが、そうしたいなら」
その笑顔の眩しさに常弘は耳まで真っ赤になる。
そして気恥ずかしさに顔をそむけながら、二人は真護と夏世が消えた方を見つめていた────
☆
────凄い。
オレは今東京エリア第一区、聖居内の記者会見室で聖天子様の演説練習を見て、圧倒されていた。
何が凄いかと聞かれても答えられないが、彼女の演説には、興味のない話題でも人を聞き入らせる『なにか』があった。それこそ、聞いた人がその場に居る目的を忘れて夢中になってしまう程の『なにか』が。
「ごきげんよう、
──声を掛けられ、正気に戻る。
だが、ここで返事をしてはいけない。何故なら────
「聖天子様、もうオレは
「すみません、つい以前の癖で」
────神崎真守は、未到査領域で死んだことになっている。
これはおそらく、咄嗟に本名で呼ばれた時に正しい対処が出来るか、テストされているのだろう。
ちなみに今のオレは新しい身分証を貰い、『守屋真護』という名の20歳独身プロモーターということになっている。
「いえそれは構いません。それより、人払いをお願いします」
「えぇ」
────周囲の人間が下がった後、聖天子様が壇上を降りてこちらに近づいてきた。
「それで、直接聞きたいこととは? あまり長く時間は取れませんので手短にお願いしますね」
「では単刀直入に聞きます。
★
────結論から言って、聖天子様ですらグークルさんの情報を持っていなかった。
以前『ボクについて調べても何も出てこないよ? なんなら聖天子様にでも聞いてみれば良い』と言われたから本当に聞いてみたのだが……本当にあの人は何者なんだろうか。
この前背後から襲いかかってみたら『気配がダダ漏れだよ?』と言われて返り討ちにされたし。
──ちなみに襲った理由は、妹に危険な情報を渡したからだ。
情報の危険性は、室戸先生にしっかり話されたから少しは理解しているつもりだ。
その危険性は、情報屋のグークルさんならオレよりよっぽど深く理解しているだろう。
なのに彼は舞に情報を渡した。オレはその訳を聞きたかったのだ。
結果としては返り討ちに遭った上で訳を話され、グークルさんが来なければ舞は衰弱死していた可能性が高かったと知り、借りが増えてしまったのだが。
────まぁそれは別に構わない。グークルさんが何者だろうと、オレの恩人であることに変わりはないし、借りはいつか返すのだから。それに、此処へ来た本命の目的は果たした。
本命の目的とは、急遽入った依頼で聖居に来れなくなった蓮太郎さんの代わりに、護衛任務の説明を受け、契約書を受け取ることだ。
普通は聖天子様の説明会を優先するだろうに、蓮太郎さんが依頼を優先した理由は、以前彼が彼女に掴みかかりかけ、更には叙勲式をぶち壊しにしたから顔を合わせづらいということと、オレが聖天子様に直接聞きたいことがあると頼んだことの二つ。
で、なんで今オレがこんな説明口調で振り返りなんてしているのかと言うと────
「……出口、どこだよ」
単に、迷ったから気を紛らすためだ。
そうして暫く彷徨っていると、若い男性に声をかけられた。
「お困りのようですね。出口まで案内して差し上げましょう」
「本当ですか!? 助かります!」
これで漸く出られる──と思ったが
「代わりに、貴方が持っている契約書を破り捨ててくれたら……ですがね」
「はい?」
「ちなみに断った場合……腕と足の骨を一本ずつ粉砕します」
また暫く、道に迷うことになりそうだ。仕方ない。
頭を掻く自然な動作を意識し、傷を作る。発動する能力は──シャチがベストか。
──〝反響定位〟
溜息を吐くフリをして、超音波で周囲の状態を確認する──伏兵が五人。
「たった6人じゃあ、オレには勝てませんよ」
「──ッ!? 強がるな! お前達、出てこい!」
「……オレはただ、道案内をしてくれたらそれでいいんですが」
「いつまでそんな呑気なことが言っていられるかな……? お前達、やれ!」
そして五人がオレに飛びかかり──
「おやすみなさい。良い夢を見れたらいいですね」
オレは名も知らぬ六人を、チョウセンアサガオの能力で眠らせた。
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第10話 善悪
真守が聖居を出る頃には、空が茜色に染まっていた。
(やっと出れた……口達者な人の本気怖い……まさかあの人達が無罪放免になるとは……)
原因は、聖天子付き護衛官──保脇の熱弁に、重要参考人として巻き込まれていたからだ。
(奴等、蓮太郎さんが依頼受けたら絶対余計なことするんだろうなぁ……)
真守は深い溜息をつき、顔を上げる。
すると奇妙な光景が目に映った。
聖居前に据えられた凝った意匠の噴水の周りを、自転車が周回しているのだ。さきほどからずっと。
乗っているのは10歳くらいの女の子で、風で舞い上がるプラチナブロンドの美しい髪が、夕陽の赤い光を浴びてキラキラと光輝いている。
(ヤバイ……何がヤバイって、延珠ちゃんがいなかったら惚れてたかもしれないくらい超絶可愛いのに、ぶかぶかのパジャマを着て口を半開きにしたままスリッパで自転車漕いでるのはヤバイとしか言いようがない……何か事件に巻き込まれる前に止め──)
「──ッてぇなコラアアアアアアァァッ!! どこ見てんだよてめぇッ」
(……遅かったか)
真守が少女に声を掛けようと一歩踏み出した時には、いかにもヤンキーな金髪の少年が自分の足をわざと踏ませ、少女は自転車から投げ出されていた。
少女はなにが起こったのかよくわからないのか、ハッとして左右を見渡している。
そして少年は、そんな彼女に容赦なく蹴りを繰り出し──真守がそれを受け止める。
「あー……アナタと、後ろの二人は仲間ですよね? 女の子一人に寄って集って、何をやってるんですか何を……恥ずかしいとか思わないんです?」
「あぁ? なんだよてめぇ、正義の味方気取りですかぁ? そっちこそいい歳して恥ずかしいんじゃねぇの?」
「そもそもこっちは怪我させられた被害者ですし?むしろ悪の味方じゃね?」
「コイツにも慰謝料払ってもらおうぜ」
「あぁ、そうですか……だったら悪役らしく振る舞ってみましょうか」
──そう言うと真守は財布から万冊を十枚取り出し、バラ撒いた。
「拾えよ。一枚一枚、無様に。慰謝料が欲しかったんだろ? どうした? 早く掻き集めないと風で遠くに飛ばされるぞ?」
その悪役っぷりは、見事に少年達を激昂させた。
「てめぇッ、嘗めやがって!」
「ぶっ殺す!」
「三対一で勝てると思ってんのか!?」
「どうぞ、お好きなように」
言い終わるや否や、三人はそれぞれハイキック、リバーブロー、正拳突きを繰り出すが──真守は平然としていた。
(ガストレアウイルス中に含まれる因子の影響は、能力を使わずとも体に顕れるものだからね……一般人が相手なら、自傷するまでもない)
分かりやすいのは夏世のIQだろうか。彼女の知能は能力の解放によって変化しないが、その由来はイルカの因子であることは間違いない。
更に強く影響が出れば、猫なら耳、鳥なら羽が生えることもあるだろう。
ではステージⅣすら上回る数の因子を所有する真守の体には、どれ程の影響が出るのか────
──答えは、銃弾を視認して握り潰すことを『余裕』と宣う程の身体強化である。そんな彼に武器も使わず攻撃が通る訳が無い。
「選択肢をくれてやる。オレの反撃を喰らうか、金を拾ってとっとと失せるか……好きな方を選べ」
「「「サーセンした! すぐに失せます!!」」」
「…………今日は厄日だな……」
そう言って溜め息を吐く真守を、少女は呆けた表情で見上げていた。
「ダーク、ヒーロー……生まれて、初めて見ました……」
「正義のヒーローとは言ってくれないんだね……」
「お金をバラ撒く正義のヒーローは、ちょっと……」
「……確かに」
神崎少年、己の行動を思い返して自分に引く。
「……ところでここ、どこですか?」
真守は目の高さを少女に合わせ、返答する。
「東京エリア第一区、聖居前だよ。
君、どこから来たの? 保護者……お父さんとかお母さん、いないの? それとその格好についても説明があると嬉しい」
「………………………………………………さあ?」
反応まで、たっぷり十秒かかった。
「……じゃあ名前は?」
「それは……」
────なぜか、少女の視線が一瞬泳ぐ。
「エヴァ……です。エヴァ・フロスト」
「フロストさんね。オレは────」
(……子供相手に、偽名って使う意味あるのかな?)
「──真守だよ。神崎真守」
「……真守、さん?」
エヴァは口を半開きにしたまま、真守を見ていた。
「ん?」
「呼んでみた、だけですが……せっかくなので、聞きますね……
良かったんですか? お金、あげちゃっても……」
「あぁアレ? 良いんだよ。アレはオレからの嫌がらせだから」
「嫌がらせ……?」
「三で十は割れないだろ? アイツら絶対、残りの一を奪い合って仲間割れを起こすぜ?」
「仲間、割れ……やっぱりダークですね……」
「あー……そういう展開が嫌ならこういうのでもいい。残りの一万円で争うことを嫌った彼等は十万円を全て寄付金に使い、それを機に三人で慈善事業を始めましたとさ……とかさ。要するに、想像するだけなら自由ってことだよ」
「そう、ですか……そんな考え方も、あるん……ですね……」
「そうそう。まぁそれはさておき……フロストさん、もう一度聞くね。君はどこから来たの? 覚えてる範囲でいいから教えてほしいな」
エヴァは眠そうな半眼で首を前後左右に振り、顎に人差し指を当て、のろのろと喋りだす。
「たしか、今日はアパートで目が覚めて」
「うん」
「歯を磨いて」
「うんうん」
「シャワーを浴びて」
「うん?」
「服を着替えて」
「ちょっと待って!? シャワーを浴びて服を着替えてその状態なの!?」
「………………………………………………さあ?」
「……オーケーオーケー理解した。オレでは君を家に帰してあげることは難しいと理解した。交番行こうか」
「それは、ちょっと……」
真守はメモ用紙を取り出し、自分の電話番号を書いてエヴァに渡す。
「はい、これオレの電話番号。何かあったら電話していいから交番に行ってくれ。いやマジで…………なんで今かけるのかな??」
「真守さんが、偽の電話番号を教えたかもしれません」
「…………」
エヴァは真守に背を向けて携帯を操作すると、真守のポケットが震え始める。
彼は無言で携帯を取った。
『突然ですが、真守さんは十歳の少女に興味がありますね?』
「……訳を聞こうか」
────ちなみに真守の実年齢は十歳なので、普通のことである。
『私のパジャマから覗く肌をちらちらと眺めていたのを、ひしひしと感じました』
「バッ!? 見てねぇし!」
一応彼の名誉のために明記しておくが……真守くんは延珠ちゃん一筋なので、本当に見ていない。
『それと言いそびれましたが、私、アパートの場所、わかります』
「どこから来たのかわかってたんかい! あの問答はなんだったんだ!?」
本当に、なんだったのだろう。
「今日はとても、楽しい一日でした」
「あぁそうですかい……そりゃ良かったよ……」
どうやら彼女の中では、この茶番が楽しい一日としてメモリーされたらしい。
「また会えるといいですね。では、さようなら、真守さん」
「はいはい。
彼女は丁寧にお辞儀をすると、おぼつかない足取りで帰っていった────
☆
────空が闇色に塗られ、月が濃く輝く。
夜が来た。私の時間だ。
体の細胞一つ一つが覚醒して意識が鮮明になり、活力がみなぎって──電話が来た。
「マスターですか?」
『定時の報告をせよ』
「無事、東京エリアに潜入。これから一度アパートに戻って所定のポイントへアイテムの回収に向かいます」
『なにか異常は?』
「一度トラブルがありましたが、大事には至っていません。 ……親切な人に、助けていただいたので」
『なるべく他人との接触は避けろと言っただろう。 ……あらゆる情報の流出を避け、名前も極力偽名を使うんだぞ』
「はい。問題ありません」
『ティナ・スプラウト。お前の任務はなんだ?もう一度、私に聞かせておくれ』
「ご安心くださいマスター」
──顔を上げて月を見る。
意識は完全に覚醒していた。
「聖天子抹殺は、必ずや遂げられます」
救出時の行動の問題でティナの信頼度が蓮太郎より低いため、最初は偽名を使ってます
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第11話 願望
────雨が降ってきた。
ただでさえ夜間で視界が確保しにくく、強風で弾道の制御が難しかったのに、雨まで降ってきては狙撃なんて不可能だ──と、私以外の同業者は諦めるのだろう。
だがフクロウの因子と『NEXT』の力を持つ私には関係ない。
「聖天子、貴女に恨みはありませんが……ここで死んでいただきます」
(ごめんなさい)
心の中で謝罪し、引き金を引く。
──狙撃弾は狙い通り、リムジンに吸い込まれた。
車体は横に滑って標識に激突……停止。
後は燃料タンクを撃ってリムジンを爆発させれば今回の任務は終了だ──と思っていたのだが。
(……逃がしましたか)
車外に転がり出た人影が4つ。
無能な聖天子付き護衛官だけなら、今の一撃で殺れた筈なのだが……まぁいい、次で撃ち抜く。
ターゲットの前に誰かが立ったが無駄だ。貫通して当た────ッ!?
「すみませんマスター、失敗です。護衛に手練れの民警がいました。『シェンフィールド』回収後、速やかに撤退します」
『民警だとッ? 情報にはないぞ、あのマヌケな聖天子付き護衛官だけではないのかッ? クソッ、クソッ……おい、民警の姿を見たか?』
「はい、しかし遠すぎて顔立ちまでは見えませんでした」
──最後の狙撃弾はイニシエーターの蹴りで弾かれた。
見間違いでなければ、凄まじい使い手だ。強敵といえる。
「私を邪魔したあなたは…………誰」
── ありがとう。これで────
────待て、今私は何を考えた?
私は、敵に感謝したのか?
まさか……私は聖天子を殺すことを躊躇している?
────いや、あり得ない。そんな筈はない。
今まで何人も殺してきたのだ。今更一人の命を奪うことに抵抗なんて……
── またね、フロストさん
……どうして今、『彼』のことを思い出す?
「…………解らないなら、会って答えを出せばいい」
明日の予定は決まった。
☆
────朝、蓮太郎さんが室戸研究室を訪れて爆弾を投下した。
「聖天子様が狙撃されたぁ!?」
「あぁ。今回は延珠のおかげで一人も死なずに済んだが、次もそうとは限らない。だから真守には、その狙撃兵を倒して欲しいんだ」
「えぇ良いですよ……! オレとしても、聖天子様には生きて『ガストレア新法』を施行してもらわないと困りますからね。十秒で倒してやりますよ!」
オレのトップスピードは時速945kmらしいから、四秒あれば一キロは進める。そして一秒で敵を見つけて、残り五秒で拘束してやる──なんてことを考えていたら、蓮太郎さんに笑われた。
「む……なにが可笑しいんですか?」
「あぁ悪い、前に延珠が同じこと言ってたのを思い出してな」
(まぁ……コイツの場合は本当に出来そうだから怖いが)
「おぉ……それはちょっと嬉し──」
────電話だ。誰から?
「出て良いぞ」
「ありがとうございます。
もしもし? うんオレだよ。 ……お願い? まぁ、オレにできる範囲なら。 ……了解、じゃあ駅で会おう。
すみません蓮太郎さん、ちょっと用事ができました。詳しい話はその後で」
「おう分かった。午後七時くらいにもう一回来るから、それまでには帰ってこいよ?」
「了解です。では行ってきます!」
☆
────徐々にひとけがなくなっていき、不可思議なものが散見され始める。
巨大な怪物の足跡、血がこびりついた椅子、赤錆で真っ赤になった自動車──なるほど、これは確かに人が住みたがらない訳だ。
まぁだからこそ、この場所を……えら、ん…………
「さて、ここなら誰かに聞かれる心配はない。思う存分話し合おうか」
……しまった。眠くて一瞬意識が飛んでいた。
「…………すみません……眠くて、聞いていません……でした」
「謝らなくていいよ。それ、夜行性動物の因子でしょ?」
「──ッ!? いつから気付いて……?」
一瞬で眠気が吹き飛んだ。ボロを出した覚えはないのだが……
「鎌かけだったんだけど、正解か。察したのは今日呼び出された時。普通の人は絶対、外周区には近付かないからね。それと、そんだけ眠そうにしてたら誰だって変だなって思うよ? 電車の中でカフェインの錠剤をポリポリと異常な量食べてたし……そんな十歳の女の子がいたら皆そう思うでしょ……たぶん」
「なら貴方は、私が『呪われた子供たち』だと知った上で誘いを受けたのですか……?」
「うん。それが?」
「…………私たちのこと……恐くないんですか?」
「君たちの正体を知った途端に手のひらを返すクズ共の方が、よっぽど恐い」
彼は一瞬、とても辛そうな顔をした。
きっと『子供たち』に関わった過去があるのだろうが……私は、その『子供たち』の中でも更に異端だ。
だって、私は────
「──貴方の目の前に居るのが、人殺しだとしても?」
……何を、口走っているのだろう。
こんなことを言われたら、誰だって────
「恐くないよ。だって君、あの三人に能力を使わなかったし。誰彼構わず殺したがる快楽殺人鬼じゃないなら、恐がる理由はない」
「……ぇ?」
拒絶しない、と言うのか? この人は。
「──ッ! 私が殺したのは、一人や二人ではありません! 何人も、何人も……! 数え切れないほど殺しました!」
……あぁ、さっきから私は、どうして会ったばかりの人に、こんな自分の闇を曝け出しているのだろう。
「……そっか。辛かったね」
どうしてこの人は、私を突き放さないんだろう。
「……っ! 何なのですか、貴方はッ! なんで……!」
そうして『何故だ』と言いながら泣き始めた私の頭を、彼は優しく撫で、落ち着くまで背中をさすってくれた。
こんなに泣いたのはいつ以来だろうか──だが仕方ないだろう。両親が死んでからは、弱みを見せられる相手なんて誰もいなかったのだから。
同年代の親しかった仲間は皆死んでしまったし、生き残った5人の仲間は全員妹世代で、私は年長者として気丈であり続ける必要があった。
年上ならマスターがいたが、あの人に弱音なんて吐いたら何をされるか分からない。
……あぁそうか。私はずっと────
「ありがとうございます。もう落ち着きました。真守さんは優しいですね……なんだかお兄さんみたいです」
────こんな
「実際、フロストさんくらいの妹がいる兄だからね」
「そうですか……羨ましいなぁ……」
こんなに優しいお兄さんがいるなら、きっと妹さんは幸せ者だろう。
「二人だけの時は『お兄ちゃん』って呼んで、頼りにしてくれても良いんだよ? 最近妹は『お兄ちゃんって言うの面倒。真守なら三文字で済むから』とか言って、『お兄ちゃん』って呼んでくれないから、ちょっと寂しかったし」
────少し驚いた。
『羨ましい』の部分は面と向かって言うのは恥ずかしかったから、聞こえないように小声で呟いた筈なのだが……思っていた以上に声が出ていたらしい。
(……なら、少しくらい甘えても────)
「嬉しいです、でも遠慮しますね。胸を貸してもらえただけで、十分以上に満足しましたから」
────駄目だ。
にっこりと笑顔を作り、辞退する。
私は殺し屋。命令とはいえ数多の人生を、幸福を奪ってきた極悪人。
そんな私が何かを望むなんて、烏滸がましいにも程がある。
「嘘だな」
「嘘じゃないです」
「いいや、嘘だね」
「……どうして、分かるんですか?」
この演技はマスターや妹たちにも気付かれたことがないのに……
「フロストさん、もう何年も泣いてなかったでしょ? 泣き方が壊滅的にヘタだった。
……オレの前では我慢しなくていいから、辛いことは吐き出して、やりたいことは遠慮なく言うこと。全部、受け止めるからさ」
「……まだ二回しか会ってない子供のために、そこまでする理由はなんですか?」
今までの自分の行動を棚に上げて、問い詰める。
でもとにかく、このままじゃ駄目だと思った。このまま彼の優しさに甘えたら、私はもう────
「……見捨てたんだよ。オレ」
「……え?」
彼の口から、予想外な言葉が出てきた。
「ある女の子を、守るって約束したんだ……でもオレ、その子に助けを求められた時……何もしなかった」
「……何もできなかった、ではなく?」
「うん。その時オレは、保身に走ったんだ。
……今でも死にたくなるくらい、後悔してる」
「……その子は、どうなったんですか?」
「──ヒーローに、救われた」
「……はぇ?」
てっきり救いの無い話かと思っていたせいで、気の抜けた声が出た。
「今その子は、幸せに暮らしてるよ。それにオレも、謝ったら許してくれた」
「……結局、それの何が理由になるんですか?」
「オレの理想に、誰かを見捨てたという汚点は二つも必要ない! だから、黙ってオレに救われろ! 以上!」
「……ははっ、なんですか、それ! やっぱりダークですね、真守さんは!」
────この人になら、頼っても……いいのかもしれない。
気付けば私は、今まで押し殺していた願いを吐き出していた。
ずっと行ってみたかった所があると。
ずっと食べてみたかった物があると。
ずっと気になっていた物語があると。
「よし、じゃあ一つずつ片付けいきますか!」
「え、本当に叶えて……?」
「男に二言はない!」
── これ、一回言ってみたかったんだよ
そんなことを言いながら、彼は優しく私の手を引いてくれた。
だから────
「……フロストさん?」
急に立ち止まった私の方に振り返り、心配そうな顔で私を呼ぶ彼に、笑い掛ける。
「違います」
「え?」
「私の名前、本当は〝ティナ・スプラウト〟っていうんです」
「……本名を教えてくれたってことは、オレはスプラウトさんの信用を勝ち取れたと思っていいのかな?」
「『スプラウト』ではなく、『ティナ』と呼んでくれますか……? 私も真守さんのこと、『お兄さん』と呼ぶので」
「──分かったよ、
この時から、『痛い』だけだった私の人生から、痛みが消えていった。
それは今だけの……この人といる時だけの錯覚なのだろう。
だがそれでも良い。今はただ、この時を楽しみたいと──そう思えた。
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第12話 絶望
そして、グロ注意です
それでは本編をどうぞ!
「マスター、天童民間警備会社について情報をいただけませんか」
『なにが知りたい?』
────天童民間警備会社
私の狙撃を凌いだ民警ペアはそこに所属しているらしい。
今の私の任務は、次の暗殺を完全なものにするため『天童民間警備会社の社長──天童木更を殺害すること』である。
「マスター、私はあまり東京エリアには詳しくないのですが、天童という名字は聖天子付補佐官である天童菊之丞と同じかと思います。なにか関連性があるのでしょうか?」
『ああ、社長の天童木更は、天童菊之丞の孫だ。だが彼女は現在天童から離反して、単独天童民間警備会社をやっている。フン、こいつの経歴がなかなか面白い────社長の天童木更は幼い頃天童の屋敷に迷い込んできたガストレアに両親を喰い殺されており、自身もその時のストレスが原因で腎臓の機能を失っている』
「腎臓を?」
『そうだ。しかもどうやらこの事件、謀殺の疑いが濃いらしく、犯人は天童一族の誰からしい。復讐に取り憑かれた天童木更は狂気だけで剣の腕を磨いて、天童から出奔。いまも天童の一族を殺して回るために虎視眈々と機会を窺っているらしい』
「それは……」
なんとも血生臭い話だった。
しかし剣の達人、か……
『金がないのか少数精鋭主義なのか知らないが、天童民間警備会社に籍を置いているペアはたった二組しかいない。先日邪魔してきたのはその内の一組だ。
IP序列は1000位。イニシエーターの名は『藍原延珠』で、プロモーターの方は『里見蓮太郎』と言うらしい。国が情報管理しているせいで、軽く調べて分かるのはこの程度だが……心配ないな。1000位風情がお前の驚異になるとは思えん』
「もう一組の方は?」
『イニシエーター『千寿夏世』とプロモーター『守屋真護』
……このペアは無視していい。IP序列10686位の雑魚だ』
「了解しました。ではナビをお願いします」
★
マスターのナビに従い歩くと、ほどなくして小汚い四階建てのビルが見つかった。
ぐるりと首を巡らせて周囲の建物の高さを見る────なるほど、マスターの言った通りだ。これでは射界が確保できず、狙撃は不可能。やはり直接乗り込んで仕留める他ない。
「マスター、私は天童木更に負けますか?」
──電話の向こうから、大笑いが聞こえてきた。
『クハッ、あり得ん、あり得んよ……! 私の計算では、お前が天童木更に負ける確率は1%にも満たないというのに……!
はぁっ、はぁ──情報によると、いま事務所にいるのは天童木更と守屋真護のみだ。確実に始末しろ』
「了解しましたマスター。交信を終了します」
────同時に目蓋を閉じ、自分の胸に手を当てる。
そうして思い出すのは『彼』と出会ってからの一週間。
彼は宣言通り、私の全てを受け止めてくれた。
仕事への不満、マスターへの不満、妹たちへの不満を愚痴っても嫌な顔一つせず聞いてくれた。
どんなワガママを言っても、願いを叶えてくれた。
それでも彼は『この程度でワガママに入るのか?』と言ってくれたのだが。
(……大丈夫、しっかり思い出せる。あの時間は幻想なんかじゃない)
「……でもこんな不安になるんだったら、ペンダントを持って来るべきでした……」
最近、時々不安になる。
こんなに幸せでいいのか。寝て起きたら『全部夢だった』なんてことになるのではないか──そんな根拠のない、だけど決して消えてくれない不安に襲われるのだ。
そういう時、いつもはペンダントを握りしめる。彼がプレゼントしてくれた、青いロケットペンダントを。
そうすれば安心できるのだ。確かな形を持つペンダントは、夢のような日々が、現実にあったものだと証明してくれるから。
「まぁそれはそれで、任務中に失くしたり壊したりしないか、不安になるのでしょうが」
────さぁ、落ち着いたなら切り替えろ。
ここからの私は『少女 ティナ・スプラウト』ではなく『殺し屋
足音を殺して建物に入る。
メンテナンス費削減のためかエレベーターは設置されておらず、内階段のみからしか上階に上がれない構造らしい。
足音を忍ばせながら三階に上がる。ガトリングガンは室内戦用に極限まで
────着いた。
この『天童民間警備会社』と書かれたプレートが釘で吊り下げられている粗末な扉を開ければ戦闘開始だ────室内に居るのは女性一人。どうやらもう一人は席を外しているらしい。
「あなたが天童木更ですね?」
「……え?」
「お覚悟を」
トリガーボタンを押し込むと、バッテリー動力により回転銃身がスピンアップ、直後に耳を
────ペインレス・ガン
それがこの銃の別名。由来は、対象が文字通り『苦痛を感じる間もなく死ぬ』ことから来ている。
一秒間に百発を五秒、計五百個放たれた高速ライフル弾は、事務所内を竜巻が如き勢いで破壊した。これならば、天童木更は苦しまずに死ねただろう。
そして私が死体を確認するため一歩踏み出したところで────
「──オオオオオォォォッ!!」
怒りに震える咆哮。
── 新手ッ? 守屋真護か!
勘だけで上半身のバネをきかせて仰け反ると、直後に敵の腕が通過。バック転で飛び退く。
十分に距離を取り、地面に手をついた姿勢のまま顔を上げた。
「あなたは守屋真護ですね?」
いや、返事がなかっただけで、反応自体はあった。私の顔を見た途端に彼は追撃を止め、後退ったのだ。
────その理由は分からないが、何故かその訳を知ってはいけない気がした。
「……沈黙は肯定と受け取ります。
立ち去ってください、守屋真護。必要以上の殺生はしたくありません」
「……あなたもしかして、人を殺すのが怖いの?」
「天童木更!?」
背後から、
二対一では分が悪い。大人しく撤退しよう。
武器を手放し、敵の注意がそちらに向いた一瞬の隙を突いて逃走する。
「逃がさない! 『滴水成──ッ!?」
窓を割って飛び降りる。追手が来る気配はない。
無事逃げ切ることには成功した。しかし────
「──何故私を庇ったのですか、守屋真護」
☆
「……どうしてあの子を庇ったの? 真守君」
木更は腕を組み、微妙に怒気を滲ませながら問いかけた。
──そう。逃走するティナを行動不能にするべく放たれる筈だった『滴水成氷』は、真守の介入により中断された。
真守は鎧を解除し、自己否定に潰れそうな顔で頭を下げた。
「体が勝手に動いたんです……心が、納得してくれないんですよ……オレはあの子を──ティナを、敵として認識できません」
木更は答えを聞いて怒気を消し、気づかわしげに真守を見る。
「知り合い、だったのね……」
「でも次はっ、次こそは躊躇しません! あの子は絶対に、オレが止めてみせます!!」
真守は頭を下げたまま、半ば自分に言い聞かせるように宣言した。
木更はそれに、苦い顔で言及する。
「止めて、どうするの? 聖天子暗殺未遂なんて大罪、極刑は免れないわよ?」
「聖天子様に頼み込んで減刑を……!」
「国家元首は一民警の言葉で動いてくれないわ」
「じゃあどうしろって言うんですか!?」
──叫んでから真守はハッとする。
(これじゃ、ただの八つ当たりじゃんか……!)
真守は慌てて謝ろうとするが──すぐにそれどころではなくなった。何故なら────
「ごめん、なさい……私にも、分から……な……」
「……え?」
────木更が、倒れた。
★
────車内。
聖天子は膝の上で上品に手を重ねると、顔を伏せた。
「そんなことがあったのですか……すみません。良かれと思ってあなたに依頼したのですが、まさかこんなことになるとは」
「アンタが気にする事なんてなにもねぇよ。ウチとしてはキチンとリスク込みで金をもらってるし、建物は保健もおりそうだしな。
ただ、保脇は俺が犯人と通じてると思ってるからやりにくいったらねぇけどよ……」
「犯人と通じているのですか?」
「んな訳ねぇだろ……
斉武宗玄、あいつが犯人に決まっている」
聖天子の頭がぴくりと動き、悲しそうな表情で振り返る。
「里見さん、それは……」
「証拠はまだでてこない。でもアンタが死んで一番得する奴は誰かって考えると、あいつ以外考えられない」
「里見さん、今の話は私の胸にだけ止めておきます。決してそのようなことを他言しないでください」
言外に意味するところを知って、蓮太郎は思わず立ち上がりかけるが──聖天子はゆっくり首を振る。
「私は仮にも国家元首です。証拠もないのに会談を中止することなどできません」
「アンタッ、殺され──!」
「蓮太郎さん」
──聖天子の胸ぐらを掴みあげ、拳を振り上げかけた蓮太郎に、絶対零度の声がかけられる。
「それをさせないのが、オレ達の仕事でしょう?」
「……悪い。聖天子様も、すまなかった」
「構いません。私のためにしてくれたことでしょう?」
「……アンタをみすみす殺させるために、護衛を引き受けたわけじゃないからな……」
──それからしばらくして、聖天子たちを乗せた
蓮太郎はスライドドアを引くと、聖天子の方に手を伸ばす。
「さ、お姫様。行くぜ」
聖天子は恥ずかしそうに俯くと、黙って蓮太郎が差し出した手を取る。
────そして出迎えてきたのは、憤怒の形相をした保脇だった。
「里見蓮太郎、これはどういうことだ。なぜ聖天子様をこんな粗末な車に乗せている……!」
「リムジンじゃ危険だと判断した」
「なぜ私に報告しなかったッ」
蓮太郎は無言で保脇を睨む。
── お前の能力が信用できないからだよ
「貴様ぁ……貴様のような人間が──!」
「──静かにッ!」
突如、真守が警戒心を剥き出しにして叫んだ。
周囲の音が消えたことで、遅れて蓮太郎もその『
そして神経を張り詰めていた二人は、
────真守は右手の親指に噛み付き自傷、因子を発現させる。
── クロゴキブリ
── サバクトビバッタ
「砕けろッ!!」
聖天子に向けて直進する対戦車弾は、真守の強化された蹴りで弾かれた。
「蓮太郎さん、オレは狙撃手を追いますので、その間聖天子様を頼みます」
「……答えは出たのか?」
「いいえ。それは、アイツを拘束してから考えることにしました」
「そうか……気を付けろ。絶対に戻ってこい」
「はい、すぐに戻ります」
──因子を組み換える。
── メダカハネカクシ
── オニヤンマ
真守は上の服を脱ぎ、半裸になった。メダカハネカクシの能力を使う場合、服は邪魔だからだ。
────次の瞬間、真守は
メダカハネカクシのジェット噴射を、オニヤンマの急発進能力で初速からトップスピードに持っていき、移動中の情報収集も、オニヤンマの複眼で行う。
(たしか
しかしそこには肝心のティナが居なかった。
(何処だ、何処にいる!?)
「ティィナァァァ!!!」
────直後、前方から
(協力者!? いや、今は考える前に……!)
因子を再び組み換える。
── クロカタゾウムシ
── パラポネラ
全身を薄く防御する鎧では至近距離の狙撃弾は防げず、回避は間に合わない。故に、拳に硬化を集中させ、弾丸蟻の腕力で弾道を無理矢理逸らすという対処は模範解答だった。
────
二つの弾丸を凌いだ真守は、
☆
────達成感はなかった。あったのは『また一人殺してしまった』という罪悪感だけ。
一発目は初めから、敵に私の位置を誤認させ、逃げ場のない狩場へ誘導させるための罠。
敵の移動手段と速度には驚かされたし、どうやったらあんなデタラメな行為が可能になるのかは理解出来ないが……敵があの場に立った瞬間私の勝利が確定するという事実に変わりはなかった。
聖天子は逃げ、狙撃は不可能。新手はいない。となれば、後の作業は死体の確認と証拠隠滅。
前回、天童木更は殺したと思ったが生きていた。ならば今回も敵が生きているかもしれない。
そう思って狩場へ足を運んだ私は──そこにあった『モノ』を見て、人生最大の絶望に襲われることになる。
「──ぇ......?」
飛び散る数多の肉片、内臓、骨片。
「待って、お願い待って……!」
それらは最早、見慣れた惨状。
「うそ……ウソですよね……?」
だからこれはきっと……天罰なのだろう。
「…………そんな、どうして……どうして此処にいるんですか──」
そこにあったのは、この惨状の悲惨さを忘れた私に、罪を思い出させるべく用意された──生け贄。
そう、彼の名は────
「まもる、さん……」
私に『痛み』以外を与えてくれた、最愛の人。
──その亡骸が、野晒しにされていた。
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第13話 対話:ティナ視点
それでは本編をどうぞ!
────あぁ、またこれか。
夢を見ている。『彼』がまだ生きていた頃の──私が最も幸せだった一週間を、私とは違う形で過ごす〝ティナ〟と〝彼〟を、外から私が眺めている夢。
あり得たかもしれない、『彼』との別の思い出。見るたびに変わる幸せな七日間──だけど最悪の結末だけは、いつも同じ。
────場面が切り替わり、夜になる。
〝ティナ〟はスコープ越しに、餌であるライフルを監視している。
そして暫く監視を続けていると、突如現れた青年がライフルを蹴り飛ばし、何かを叫んだ。
それを見た〝ティナ〟は引き金に指をかけ、容赦なく敵を撃つ。その結果、どれ程の絶望に見舞われるのかも知らずに。
……傍観者である私は、その様子をただ見ることしか許されていない。
最初は何度も止めようとしたが……明晰夢のくせに、夢は私の思うように動いてはくれなかった。
そして〝ティナ〟が敵の死体を確認するため移動した先で──物言わぬ肉塊と化した"彼"の姿を見て絶望する。そこでいつも目が覚めるのだ────
(…………あれ?)
いつもならここで終わるのに、悪夢が消えない。
──そうして静止した夢の世界の中でただ一つ、肉塊だけが蠢き始めた。
(な、なんですかこの展開は!? 私、こんなの知らな──ッ!?)
蠢く肉塊──〝彼〟の骸と目が合った。
(〝ティナ〟じゃない。確実に、私を見ている……!?)
そこで、〝彼〟の口が動いていることに気付き──ハッとする。
(待って、まさか彼に
────骸はそのままゆっくりと口を開く。
(それだけはっ、それだけは本当にダメ! 彼にそれを言われたら、私は……!)
『──
「あぁぁああああああ!!!」
悲鳴を上げながら跳ね起きる。
彼は私に、たくさんのものを与えてくれた。『痛い』だけが人生ではないのだと教えてくれた。
──なのに。
「私はっ、私は……!」
彼に『痛み』とは無縁の世界で生きていて欲しかった。
彼には幸せになって欲しかった。
なのに、なのに……! よりにもよって私が、彼に『痛み』を与え、命を奪ってしまった。
本当なら今すぐにでも拳銃を咥え、己の延髄を撃ち抜いてやりたいくらいだが……それでも私は、死ねない。私の死に場所は、ここじゃない。
「──エイン・ランドッ……!」
元はと言えば、全部あの男が悪いのだ。あの男が私を東京エリアに送り込まなければ、私は彼を殺さずに────
「…………でもそれじゃあ、貴方に出会えなかったんですよね……」
首にかけていたロケットペンダントを開き、中に入っている写真を眺める。
彼と私は、どちらも満面の笑みを浮かべている。
……だがもう二度と、生きた彼の笑顔は見られない。
そして私も、彼の居ない世界で笑うことはないだろう。
──死んだら、彼とまた会えるだろうか。
……いや、無理だろう。
たとえ死後の世界があったとしても、彼の行き先は天国で、私は地獄に決まっている。
あぁしかし、かつての戦友達とは再会できるかもしれないな──
────そうして物思いにふけっていたところを、携帯の着信音に意識を引き戻された。
「……私です」
『第三回の警護計画書が流れてきた。いまからそちらの端末に送る。
愚かな連中だ。一体何度同じミスを繰り返す事やら……まあ我らとしては期せずして、三回目の暗殺の機会を得たわけだが』
(……いや、これは────)
「えぇ。僥倖ですね」
『ティナ・スプラウトよ、二度も絶好の機会をフイにして、我らが依頼主はご立腹だ。失敗は許されぬ』
「はい」
『万が一、敗北するような事態になったら──自害せよ』
「了解しました」
通話を切り、溜め息を吐く。あの頭でっかちは、コレが罠であることに気付いていないらしい。
「まぁ、いいです」
この程度のことにも気付けないのなら、私の叛意にも気付いていないのだろう。
──彼は私の演技を、初見で見破ったというのに。
「……さて、最後の仕事をしましょうか」
流石に任務を果たさず帰れば、逆に私が殺される。
エイン・ランドを殺せなければ、この先多くの被害が出るだろう。だから申し訳ないが、聖天子には犠牲になってもらう。
救われる人の数は、この方が多い。だから私はこれでいい。所詮私には、『殺戮』しか能がないのだから────
ポリタンクのガソリンを部屋の中にすべてぶちまけ、ライターを放る。
火災報知器が鳴り響き、野次馬が詰めかけ歓声を上げた。
……こんなに人がいるのに、誰も私を見ていない。私の側には誰もいない。
「…………だれか……」
……自分の口から無意識に漏れた単語に驚いた。
彼という温もりを知ってしまった私は、ここまで人との繋がりに飢えていたのか。
「……誰か、私を────」
──■■てください
続く言葉は、アパートが倒壊する音に掻き消された。
★
────決戦の夜。外周区。
殺し屋になって以来、初めて他人に甘えた場所。
そこに黒い
──里見蓮太郎と藍原延珠を護衛に残し、単身で私を討つ気か
千寿夏世がいないのは、プロモーターと違ってデータ通りの実力しかないからか、潜伏して機会を窺っているのか……
いずれにせよここまでは予想通り。だがここからは、予想外の連続だった。
守屋真護は、私が発見した時には既に
だが気のせいだと判断して狙撃し────息を飲む。
──そして守屋真護は何事もなかったかのように電話を掛け始める。
するとほぼ同時に、私の携帯が鳴る────表示されていた名前は、『
「真守さんの、携帯……?」
出るかどうか少し迷ったが、出ることにした。
『戦う前に一つ聞いてもいいか?』
────電話越しに聞いた声に、心臓が跳ねる。
以前聞いた時は叫び声だったから気づけなかったが、その声は今は亡き想い人と瓜二つだったから。
「……いいですよ。ただしその前に、私の質問に答えてくれたらですが」
『分かった。何が知りたい?』
「私が天童民間警備会社を襲撃したとき、アナタは私を庇いましたね。何故です?」
『約束だから──と言いたいところだけど、正直あの時思考停止中だったからなぁ……体が勝手に動いたんだよ』
──無意識に、誰かを助けるために動いたと言うのか。
「……そうですか。で、アナタの聞きたいことというのはなんです?」
『お前の戦う理由が知りたい』
……昔の私なら、『自分の存在理由を証明するため』と言っていたのでしょうが、今は……
「……強いて言うなら、罪滅ぼしでしょうか。
依頼主を殺して私も死ぬんです」
『……お前が死んだら、お前の家族や友達はどうなるんだよ?』
「残念ながら、全員向こうで私が来るのを待ってます」
『……妹がいると聞いたんだけど?』
何故知っているのかと少し驚いたが、真守さんの携帯を持っているのだから、彼から聞いたのだろうと考えれば合点がいく。
(私のことは誰にも話さないでとお願いしたのに……でも真守さんが進んで約束を破るとは思えませんし、それだけこの人を信用していたということなんでしょうね……)
「確かに血の繋がっていない
『オレは……お前が死んだら悲しいよ……』
……本当に、よく似ている。
だからだろうか。私は────
「アハハハハッ! 敵にそんなことを言うなんて、バカな人! ついこないだも、貴方と同じく私に優しくしたバカな人を殺しました! 貴方もよく知る人間ですよ? 私は貴方を殺します! あの人と、
──この人になら、殺されてもいいと思った。
『──ッ、お前が聖天子様を撃たないなら、オレ達が戦う理由は無いだろ!?』
「何を勘違いしてるんですか? 聖天子は殺しますよ。でないと依頼主に私の叛意がバレてしまうので」
『そんな……!』
この人が彼と同じ〝守護者〟なら、私という『殺し屋』を許さないだろう。だから────
「私は序列98位 〝
『……いいぜ、そんなに死にたいなら
────だから決して、彼が
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第13話 対話:真守視点
────二度目の狙撃事件から数時間後。
腹に大穴を空けられた真守は即座に病院へ搬送され、ベッドで横になっていた。
そんな彼の居る病室に飛び込む少女が三人。
「「「真守!!!」」」
舞、夏世、延珠である。三人は真守を見て顔を真っ青にし、悲鳴を上げるように名前を呼んだ。
────無理もない。
今の彼は体が動かせないよう四肢と胴体をベッドに縛られた状態で眠っているため、とても痛ましい姿をしているのだから。
「ん? あれ、どうしたのさ三人共……そんなに血相変えて」
「どうしたもこうしたもないよ! 今お兄ちゃん、自分がどのくらい重傷か解ってないの!?」
「真守さんが狙撃弾を受けて、病院に搬送されたと聞いて飛んできたんですよ!」
「重傷? 狙撃……
──ッ! あぁクソッ、オレは負けたのか……」
「すまぬ、すまぬ真守……! 妾のせいだっ、妾が狙撃手と戦うべきだったのだ!」
「いいえ、私のせいです! 私に真守さんと並び立てるだけの力があればこんなことには……!」
「それは違う! 二人はしっかり役割を果たしてた。悪いのは、自分から志願しといて依頼を達成出来なかったオレだけだよ……」
二人の役割とは、狙撃される可能性が高かった囮のリムジンの運転手を護衛することである。
そちらに真守がいなかったのは『
依頼人の蓮太郎は、真守が狙撃手と知り合いだと知った時に依頼を取り下げるかと提案したのだが、本人が言った通り、真守はそれを断って志願したのだ──閑話休題。
「いや、今回君が敗北した原因は私にある」
延珠、夏世、真守の謝罪合戦が始まろうとした時、乱入者が現れた。菫である。
「菫は関係ないだろう?」
「あるんだよ。なぜなら私が真守君の全力は、
「「切り札?」」
真守の切り札について全く知らない延珠と舞は同時に疑問を口にし、首をかしげた。
「簡単に言えばドーピング薬だ。アレを使った真守君の力は、
元々真守の全力を知っていた夏世と、ゾディアックが何者かを知らない舞は無反応だったが、ゾディアックの一体である
「次の会談では、切り札を解禁しよう。遠慮なく使うといい」
「待ってください先生! 次の会談って、一回目と二回目の間隔を考えたら一週間後じゃないですか! こんな重態の真守に戦わせる気ですか!?」
「舞、オレなら大丈夫だから。こんな傷くらい寝て起きたら治ってるよ。なんなら今すぐにでも戦えるぜ?」
「~~~~~~ッ!」
言いたいことが多すぎて逆に言葉が出ないのだろう。舞は瞳を潤ませながら口をパクパクさせていたが────
「バカッ!!」
────最終的にはそれだけ言って走り去った。
☆
────決戦の夜。外周区。
(はぁ……また舞と喧嘩別れしちゃったよ……『二度あることは』って言うし、嫌な予感が既にあるんだよなぁ……
……でも今は、目の前のことに集中しないと)
蓮太郎さんの協力によって、この場所に誘き寄せられているハズのティナを捜索し──見つけた。
数瞬送れてティナもオレに気づき、狙撃を行うが……
「見えているなら怖くない」
元々発動していたクロカタゾウムシに加え、クロゴキブリの因子を発動する。
強化された拳に
(ふむ、クロカタゾウムシは
────そんなことを考えながら電話を掛ける。
「戦う前に一つ聞いてもいいか?」
言いたいことは色々あるが、これだけは聞かねばならない
『いいですよ。ただしその前に、私の質問に答えてくれたらですが』
「分かった。何が知りたい?」
他人行儀な声に少し傷つくが、態度には出さない。
『私が天童民間警備会社を襲撃したとき、アナタは私を庇いましたね。何故です?』
────何故?
木更さんにも同じ質問をされたけど、やっぱり答えはこれしかない。
「約束だから──と言いたいところだけど、正直あの時思考停止中だったからなぁ……体が勝手に動いたんだよ」
『真の守護者』を目指す者として恥ずかしながら、あの時のオレは木更さんとティナ、どちらを守るか決められなかった。
今回は二人とも無事だったけれど、咄嗟にどちらかを選ばなければならなくなった時、今のオレでは
それでは〝守護者〟失格だ。論外だ。
だから心の中で反省する。次は必ず、自分の意思でどちらかを守ってみせると────理想としては、両方守れることではあるのだが。
『……そうですか。それで、アナタの聞きたいことというのはなんです?』
「お前の戦う理由が知りたい」
────ティナは少しの間考えて、口を開いた
『……強いて言うなら、罪滅ぼしでしょうか。
──────は?
答えが予想外すぎて一瞬思考が停止していた。
そして正気に戻ると、言い様のない黒い感情が沸いてきた。
────怒り、悲しみ、寂しさ、悔しさ。
その内のどれが自分の感情か分からない。その感情が己に向いているのか、ティナに向いているのかすらも曖昧だ。
でも、これだけは言える。
「お前が死んだら、お前の家族や友達はどうなるんだよ?」
『残念ながら、全員向こうで私が来るのを待ってます』
「……妹がいると聞いたんだけど?」
『確かに血の繋がっていない
────頭をハンマーで殴られた様な衝撃に襲われる。
オレは、思い上がっていた。
── 今までどんな生活を送ってきたか、ですか?
── 聞いても、面白くないですよ……? 私の生活は、人生は──『痛い』だけです
ティナはその後すぐに笑って、『でも今は凄く楽しい』と言った。
オレはそれを信じた。自分はティナの支えになれていると思っていたから。
でも違った。支えになれていたなら、ティナが心を開いて身を任せてくれていたのなら、こんなことは言わない。
もしそうだったなら────
「オレは……お前が死んだら悲しいよ……」
────この気持ちが、伝わらない訳がない
『アハハハハッ! 敵にそんなことを言うなんて、バカな人! ついこないだも、貴方と同じく私に優しくしたバカな人を殺しました! 貴方もよく知る人間ですよ?』
なんだと? それはどういう────
『私は貴方を殺します! あの人と、
……は?
落ち着こう。冷静に考えるんだ。
…………よし、状況を理解した。
オレはバカか!?
よく考えたら、ティナが神崎真守と守屋真護が同一人物であると判断できている訳がない。
そりゃあ狙撃弾を喰らわせたら死んだと思うし、他人行儀にもなるに決まっている。
……だがそもそもの話、何故ティナは依頼主から離反したのにまだ戦おうとしているんだ?
「お前が聖天子様を撃たないなら、オレ達が戦う理由は無いだろ!?」
『何を勘違いしてるんですか? 聖天子は殺しますよ。でないと依頼主に私の叛意がバレてしまうので』
「そんな……!」
……結局、戦わないといけないのか。
『私は序列98位 〝
────しかし幸い、この発言、この状況はオレにとって都合がいい。
「いいぜ、そんなに死にたいなら殺してやるよ……全種解放加減は無しだ。絶望に挑めよ、〝
────オレは元々、
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第14話 ヘンシン
──決着は一瞬で付いた。
電話を終えた直後に守屋真護の姿を見失い、次の瞬間近くで爆音がして──その時には終わっていた。
瓦礫の頂上には、仁王立ちして私を見つめる守屋真護がいる。
(私ですら視認不能な速度で間合いを詰めて、ビルを破壊した……?)
『絶望に挑むがいい』
彼がやったことを理解すると同時に、先の発言に納得する。なるほど確かに、こんな敵と戦うことになったら
だけど、
──再び守屋真護が高速移動して私の前に立ち、問いかけてくる。
「最期に言い遺すことは?」
「特に何も──いえ、すみません」
……そういえば、一つあった。
「神崎真守の妹に、『ごめんなさい』と伝えてください」
真守さんは以前『肉親は妹一人』と言っていた。つまり、妹さんにとっても彼は唯一の肉親だったということになる。
顔も名前も知らない相手だが、最後の家族を奪ってしまったことは謝っておきたかった。
「分かった。じゃあ、もういいな?」
「はい。お願いします」
膝を突いて両手を組み、祈る。
「天童式戦闘術一の型十二番──」
父さん、母さん、真守さん……もうすぐそっちに逝けそうです──
「『
──その言葉を最後に、私の意識は刈り取られた。
★
「ん……」
「あ、起きたか。おはようティナ。地獄へようこそ」
意識が覚醒すると、私は真守さんに膝枕をされていた。
「真守、さん?」
「おう。お前の〝守護者〟兼お兄ちゃんの真守さんですよ?」
──返事が、返ってきた。
恐る恐る手を伸ばし、彼の頬を撫で──触れることも出来る。それだけで、涙が出る程嬉しい。
「真守さん、真守さん! 真守さん!!」
「大丈夫。大丈夫だよ、ティナ。オレはちゃんと此処にいる。消えたりしない」
意味もなく何度も名前を呼び、泣きながら抱き着いている私は鬱陶しいだろうに……いつかと同じく、彼は私の頭を優しく撫で、背中をさすってくれた。
「ありがとうございます。もう大丈夫です……でも、どうして真守さんが地獄に?」
「地獄に行くのが罪人で、命を奪うことが罪だと言うのなら──オレは肉を食い過ぎたし、ガストレアを殺し過ぎたよ」
それは、罪と言えるのだろうか。
命を繋ぐために生き物を食べ、外敵を排除することは本当に罪なのか?
「『納得できない』って顔だね」
「……はい」
「あんま深く考えない方が良いよ? 所詮〝罪〟だの〝地獄〟だのなんてのは、人の主観によって変わるんだし。ちなみにオレの主観だと、ティナが居るから此処は天国」
「ハハ、『此処は天国』ですか……地獄に落ちても変わらないんですね。真守さんは」
「そりゃあね。地獄とは言ったものの、
「たしかに、現世も地獄みたいなものでしたからね……」
「うん。だけどその地獄でも、楽しい時間はあっただろ?
……少なくともオレにとって、ティナとの一週間は楽しい時間だった」
「真守さんだけじゃないですっ、私だって楽しかった! とても幸せで、生まれて初めてあんなに優しくされて……! 幸福過ぎて、不安になっちゃうくらいだったんですよ? だから──そんな顔、しないでください」
──〝守護者〟に泣き顔は、似合わないのだから。
「そっか……良かった。ならティナ、まだやりたいこと残ってただろ? オレに叶えさせてくれよ。残りの願いを全て」
そう言って彼は、手を差し伸べた。
この手を取れば、彼は絶対に私の願いを叶えてくれるだろう。彼はそういう人だから。
──でも、ここまでだ。
「待ってください。話さなきゃ……伝えなければいけないことがあるんです」
「ん、改まってどうしたのさ?」
「──真守さんを撃ったのは、私です」
私は、彼を地獄へ突き落とした張本人。これ以上彼の善意を受け取れる程、私も恥知らずではない。
……いや、そもそも初めて人を殺した日から、私は善意を受け取っていい存在ではなかった。
優しくしてくれた彼を銃殺した、恩知らずの恥知らず。それが私。
自白したら、ダムが決壊したみたいに自己嫌悪の念が溢れだしてきて──それでも彼は、『そんなことか』と言わんばかりに笑っていた。
「ごめん、知ってた」
「……ぇ?」
「だから、ティナが聖天子様を暗殺しようとしてたことも。暗殺に邪魔な天童民間警備会社を襲撃したことも。オレを撃ったことも。全部知ってたんだよ」
「……じゃあどうして」
──どうして私を拒絶しない?
──どうして私に恐怖しない?
どうして、どうして、どうして!
──どうして……こんな私を助けてくれるのだ。
「そんなの、もうどうだっていいじゃんか……『聖天子狙撃事件』は〝
「でも……」
「あぁもう終わった話をいつまでもウダウダと! ティナは今まで苦しんだ分、幸せになっていいの! だから『黙ってオレに救われろ!』」
そうだった。この人は──
「……やっぱりダークですね。真守さんは」
地獄の中で昏く光る、ヒーローなのだ。
「……私、今まで以上にワガママになっちゃいますよ?」
「あんなのワガママの内に入らないって言っただろ?」
「ふふっ、そうでしたね」
そして彼は根っからの〝守護者〟であり、〝お兄ちゃん〟でもある。そんな彼が、一度『守護する』と誓った相手を見捨てる筈がない。
それどころかきっと、私が拒絶しても彼は私を守るだろう──だから、これでいい。
差し伸べられていた手を取り、笑う。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「うん、じゃあ帰るか。
「はい!」
☆
──かびくさい建物の外に出ると清涼な空気と月光の光が出迎えて、真守は顔を上げる。
(ふぅ……まずティナは連れ出した。後の問題は、どうやって木更さんと室戸先生を説得するかだけだな)
彼の作戦は、戦場を偽装し『狙撃手は殺した』と嘘の報告をして、ティナを戦場で保護した身寄りのない一般人として引き取る。というものだった。
この作戦自体に大きな問題はない。
・狙撃手の撃破は公式の依頼ではなく、態々外周区の崩れたビルをひっくり返してまで死体を確認しようとは誰もしない。
・外周区では身寄りがなく、名前すら持たない『子供たち』は珍しくない。
・聖天子は『呪われた子供たち』に好意的。
・
以上の要因から、木更さえ黙っていれば、ティナが新しい名前と身分を手に入れることは容易なのだ。
──だが、彼は知らない。
真守達の様子は、二つの団体によって監視されていたことを。
一つは司馬重工。
蓮太郎の依頼により、未織が真守をサポートするため衛星を動かしたのだ。こちらは問題ない。
問題はもう一つの団体。それは──
突如銃声がして、ティナが膝を崩した。
「…………ぁ……」
「殺し屋風情がッ、てこずらせおって!」
「──聖天子付、護衛官……?」
居る筈のない5人を見て、真守は油を差し忘れた機械のような動きで首をかしげる。
「なんだ、その表情は? ゴミを一つ、お前の代わりに処分してやったんだぞ。感謝の一つぐらいしたらどうだ?」
「──殺す」
それは真守が抱いた、初めての明確な『殺意』
影胤の時は『死ね』という発言こそしたものの、『延珠を助ける』という意識が勝っていたために、無意識へ葬られていた感情。
今まで〝守護者〟として押さえつけられていたソレが、まさに牙を剥かんとしたその時──
「真護、さん……ダメです……!」
「さぁ、僕を殺してみろよ守屋真護! 次の瞬間、命乞いをしているそこの相棒が死ぬけどなぁ!」
「……はぁ」
四肢を撃ち抜かれ、頭に拳銃を押し付けられて自由を奪われながらも、千寿夏世は己が相棒の暴走を防いだ。
それをただの命乞いだと勘違いする保脇を、真守は心底軽蔑した。
「何が望みだ」
「そうだな、まずは両手を上にあげろ。ゆっくりとな。妙な動きをしたら……解っているな?」
「ハイハイ」
そして真守は指示に従い両手をゆっくりとあげ────指先から水鉄砲を発射し、夏世に向けられていた銃を弾いた。テッポウウオの因子を使ったのだ。
人質がいなくなれば真守に負けはない。後はただ因子を
「ごめん二人共、待たせた! すぐ病院に連れてくから!」
「無駄です……」
「なんでッ!」
「バラニウム、ですか……?」
──正解だ。
それをティナは腹部に一発、夏世は四肢に一発ずつ受けた。
夏世に至ってはそれに加えて鉛弾を使った『射的』で内臓がいくつか破損している。
外周区に病院なんて無い。だが電車を待つ余裕もない。電車より速く動ける真守が運ぶにも、二人の体に負担が掛かっては意味がない。
──どう足掻いても、二人が助かる見込みはなかった。
「マジかよ……」
それを理解し、真守はくずおれ自己嫌悪する。
「結局、誰も守れてないじゃんかクソ野郎……!」
想い人を裏切り、妹を孤独にし、相棒も義妹も救えない。
そんな誰一人守れず、救えない〝守護者〟に価値などありはしないだろう。
ならばいっそ、ここで二人と共に死んでしまおうか──
「真守さん……最期に、伝えたいことが……」
「……うん、言ってみて」
──そんな思考を打ち切り、真守は精一杯の笑顔を作った。
最期に見る顔が泣き顔では、悲しすぎるから。
「でも、その前に……手を……」
「うん──」
そしてティナは、真守の手を握り──最後の力で体を引き寄せ、キスをした。
「──好きです」
「……ぇ」
血の味がしたファーストキスは、真守の自暴自棄を吹き飛ばすには充分以上の威力を発揮した。
「だから、真守さん……私が、愛した人を……嫌いに……ならないで……」
「……ぁ、あぁあ……! 嫌だっ、目を閉じるな! 頼むティナッ、死なないでくれ!!」
「あなた、は……どうか……『痛み』の……無い…………」
そうして、何かを言い切ることもできないまま──ティナは動かなくなった。
「……ッ、ッ……!」
「まもる、さん……」
沈黙したティナを抱き締め、嗚咽を漏らす真守を、夏世は気遣わしげに見るが──違和感。
「クヒッ、クハハッ! アハハハハ!!!」
「──え?」
嗚咽ではない。最初から……彼は嗤っていたのだ。
「
そう言って彼は服を捲り上げて歯で固定し、服に仕込んでいた注射器の束を己の身に打ち込んだ。
その効果を、夏世は知っていた。
「薬を、5本同時に……? そんなことをしたら──」
そして
真守はもう一本注射器を取り出し、首に突き刺した。
これで合計6本。
『いいかい? コレを使う前に、二つ約束してほしい』
『一つ目は、他の人に使わないこと。君以外にはただの毒だからね』
『二つ目は、1本ずつ使うこと。複数同時に使っても意味がないどころか、危ないだけだからね』
『どのくらい危ないのかって? そりゃあ──』
「ガアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」
『──国がいくつか滅ぶくらい。かな」
ステージⅤ ゾディアックガストレア・キャンサーが──産声を上げた。
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第15話 救済
『射的』についてですが......少なくともバカ6人の内3人(保脇卓人、城ヶ崎大湖、芦名辰巳)は、暇潰しで外周区の『呪われた子供たち』をワイヤーで何重にも縛り付けて遠くから交代で撃っていく『射的』を日常的に行っていました
尚『生きて悲鳴を上げる人形は本当に撃っていて楽しかったし、殺したところで税金も納めていなければ戸籍もない連中だから、むしろエリア内の美化・清掃に一役買っていたと自負している』と供述しています
つまり、ド腐れ外道集団です
さぁ────
────巨大な翼
────鋭い牙と鉤爪
────刺々しい鱗の装甲
────毒針を持った6本の尾
────深紅に染まった8個の複眼
そして────100mを優に越える巨体
今も昔も変わらない。
「「「「「──バ、バケモノ......」」」」」
────
(どういうこと......?万が一にもこういうことがないように、室戸先生が渡した薬は5本だけだった筈なのに────)
そう。真守が形象崩壊するために必要な薬の数は
だが実際真守は戦闘前に1本、形象崩壊のために6本、つまり
なら残り2本はどこから現れたのか────
(────なんて、考えるべき点はそこじゃないでしょう私!今確認すべきは......!)
「うろたえるな!どんな化物だろうが頭か心臓をバラニウムで破壊してやれば死ぬんだ!」
「この図体だ、歩くだけでも相当辛いだろう!証拠に
(そうそこだ。完全にガストレア化しているにしては大人しい。まだ真守さんの自我が残っている可能性がある)
────だが悲しいかな。その保脇は実戦経験皆無な上に無知だった
彼は"ガストレアが大きさに応じて皮膚の硬度や体機能が強化される"ことも、最終形態たる
だから勝てるなどと勘違いしてしまう
だから彼等は──────地獄の責め苦を味わうことになったのだ
銃弾を受けて
── 尾の針は人体を何の抵抗もなく貫き、地面に深々と突き刺さる。これで彼等はもう逃げられない
次に両腕を切り落とした
── 一度尻尾を抜き、また突き刺す
両足も切断した
── 再び刺し直す
今後は生殖器を潰した
── 執拗に、何度も何度も千切り、叩き、その度に貫き続け────攻撃を止めると、夏世とティナを見た
(..................こんなの......真守さんじゃない)
──────そして
(ハハ......全く躊躇してくれませんか......)
夏世は己に空いた3つの穴を見て乾いた笑みを浮かべ────そのまま意識を手放した
☆
「千寿さん!起きてください!千寿さん!!」
── ............うるさい
誰かが私の名を呼び、体を揺すっているが────過去最高に頭と体が重くてどうにも反応する気になれない
普段は脳を半分ずつ眠らせて、常に何かしらの仕事をしているせいか、一度完全に眠るといつもこうなる
「おかしいですね..................心拍、呼吸共に異常なし。
............この子は何を言っているんだ?
そういえば、寝る前の記憶がない
── 何か......何かとても嫌なことがあったような────
「この6人は............まぁ放置でいいとして、流石にこの人を置いて
── 約束なんてクソ喰らえだ!!
「あぁっ!!」「キャッ!?」
──────思い出した
真守さんがゾディアックになって、聖天子付護衛官達を殺した後、私と......ティナと呼ばれていた暗殺者の少女も殺された筈だ
────だが少女の言った通り、あれだけあった傷が消えている
鉛弾の傷が治っているのはまぁいい、しかしバラニウムで付けられた傷まで治っているのはどういうことなのか......考えられる理由としては夢、もしくは────
「────まさかここは」
「違いますよ。現実ですし、あの世でもありません。私も最初にそれを疑いましたが、回りの景色がそのままですし、おそらく違うかと」
────言われて周囲を見渡す
確かに......崩れたビルも、無惨に殺された聖天子付護衛官達の死体もそのままだった
──────どうやら本当に生きているらしい
「............その反応ですと、貴女もどうして
「え?」
────まさか、この6人も生きている......?
そう思って恐る恐る近付くと────
── ウゥ......
── イタイ......
── タスケテ......
「ヒッ!?」
────ゾッとする呻き声が聞こえた
「私が起きた時にはもうその状態でした......私はフクロウの因子を持っているので、すぐに気付きましたよ......」
────彼等も私達と同じく傷は治っている
『痛い』というのが幻肢痛かどうかは分からないが、彼等は二度と理性と正気の世界には戻ってこれないだろう
「............私達を殺そうとした相手とはいえ......流石にコレは同情しますね......」
「えぇ............ところで千寿さん、私が気絶した後何があったのか、知っている範囲で教えてくれませんか?」
── どうする......?
下手に誤魔化していい話ではない。だが正直に話すのも得策ではないだろう
「............その前に、私の質問に答えてください。返答次第では、話すことは出来ません」
「了解しました。なんでも答えます」
「一つ目、貴女にとって神崎真守とはどのような存在ですか?」
── 誤魔化すにせよ、正直に話すにせよ、彼女について知らないことにはどうしようもない
そのために、先ずはこの子が真守さんにどんな感情を向けているのか知りたい
「"守護者"、義兄、救世主、命の恩人で、私の全てです」
── 即答ですか......嘘を言っているようにも見えませんでしたし............一体何をどうしたら敵をここまで心酔させられるんですか......?
「............あの後起こったことを、ありのままに話しましょう......絶対に信じないでしょうけど、本当のことを伝えます」
────すると、彼女は遠い目をし始めた
「真守さん......いえ、真護さんが色々規格外だということは知っているので......」
(対戦車ライフルで腹を撃ち抜いても2日後無傷で戦場に出たり、狙撃弾を拳で粉砕したり、身一つでビルを破壊したりする人ですからね......今更何を言われても驚きませんよ......)
「大丈夫です、信じますよ。あ、二つ目以降の質問はいいんですか?」
「必要ありません。貴女なら真守さんに害のある行動はしないと確信しましたから。それと、守屋真護は偽名です。まぁそれはさておき、あの後起こったことですが──────」
次回は真守視点です
それと、説明する機会がかなり後になりそうなので↓
『
原作4巻で延珠を気絶させるために蓮太郎が使った
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第16話 逃避
── 何かないか何かないか何かないか何かないのか!?
必死に頭を回転させ、二人を助ける方法がないのか、考えて考えて考えて──思いついた。
──もしも、他者の傷を癒すことが出来る生物がいるとしたら。
仮にそんな生物が存在したとして、現時点でオレはその生物の因子を持っていない。だが、室戸先生は『この薬は
『1本ずつ使うこと』
「クヒッ、クハハッ! アハハハハ!!!」
一瞬迷った自分を嘲笑う。
約束を守ることで二人を救えないのなら──
「約束なんてクソ喰らえだ!!」
昨日室戸先生に貰った注射器の束を、纏めて腹に打ち込む。
大丈夫、5本までなら形象崩壊は起こらない。でも──
タスマニアンキングクラブ ヒグマ ミイデラゴミムシ ラーテル スカンク ヒョウモンダコ デンキウナギ──ダメだ、どいつもこいつも役に立たな──
『いいか真守、『ねだるな。勝ち取れ。さすれば与えられん』だ。最初から誰かの力を当てにしたら駄目だ。自分で最大限努力して、それでも足りなかった時に初めて、誰かが最後の一歩を与えてくれる』
──まだだ! まだ終わってない……!
探せ、記憶を辿ればまだ何かある筈だ。
──そうだ、AGV試験薬。
その効力は、
ガストレアには形象崩壊を引き起こす過程で、オリジナルの能力を生み出す個体がいる。
先生はこの薬を『服用者を100%ガストレア化させる、AGV試験薬の改悪版』だとも言っていた。なら形象崩壊して、服用者をガストレア化させないAGV試験薬を生成する能力を獲得出来れば……二人を助けられるかもしれない。
──出来るのか?
先生の計算が間違っていて、6本使っても形象崩壊出来なければ失敗。
形象崩壊出来たとして、AGV試験薬を生み出せなければ失敗。
AGV試験薬を生み出せたとして、無毒化されていなければ失敗。
無毒化に成功したとして、薬効が足りていなければ失敗。
薬効が十分だったとして、オレが理性を失えば失敗。しかも、これが一番危険なくせに一番起こる可能性が高い。
高過ぎるリスクに対して成功する見込みは極薄。誰がどう見ても無謀な賭け。
──それでも、二人を失いたくない。
だったら、気合い入れて『勝ち取る』しかないだろ神崎真守!!
「ガアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」
肉体が生まれ変わり、進化を超越した変身を遂げる。
本能でAGV試験薬の生成方法は理解している。問題は、無毒化に成功しているか否か。
練習は出来ない。ぶっつけ本番で──と思っていたのだが、聖天子付護衛官達が目に入った。
(丁度いい、コイツ等モルモットにシよう)
尻尾からAGV試験薬を分泌し、致命傷一歩前の攻撃をしながら薬効を確認する。
(ガストレア化の兆候はナシ。薬効もジュウブンだ)
これなら助けられる──そう思って二人を見て、違和感に気付く。
(アレ……? ドッチが夏世で、ティナだッケ。どっちモ金髪ダカラ分かラない)
──違う! こんなもの、オレの思考じゃない!!
薬効を確認するだけならこんな拷問をする意味はないだろ! 麻酔で痛みを消してから攻撃することだって出来た筈だ! お前は色でしか人を識別出来ないのか!? ふざけるな!!
コレでは──化物の思考ではないか。
あぁそうか……変わったのは体だけじゃなく、魂もなのか。
オレは変身し──変心した。
精神は肉体に引っ張られると聞いたことがある。つまりこの場合は、オレの心が、ガストレアに引き寄せられている。
正気に戻った今は、二人を見分けられる。でも時間経過で
──今回の賭けは、引き分けか。
でも十分だろう。元々敗色濃厚だったのだから、負けていないだけ儲け物だ。
急いで二人にAGV試験薬を打ち込む。
でもその前に、ティナと夏世の顔を目に焼き付けておこう。
あぁ、そういえば延珠ちゃんと舞、室戸先生には悪いことをした。
守るという約束は果たせず、また『喧嘩別れして勝手にいなくなる』という暴挙、先生との約束に至っては『クソ』扱い。
それに、グークルさんへの借りを踏み倒すことにもなる。我ながら、見事なクズっぷりだ。
モノリスの外から東京エリアを一瞥する。
──約束一つ守れない、ロクでなしの一生だった。
……クズのまま終わりたくない。やりたいことがたくさん残っている。まだ死にたくない。
──黙れ。
心を押し殺し、飛翔する。
──遠くへ。
意外と思うように速度が出ない。
(もっと、モット遠く二)
早く。速く。でないと間に合わなイ。
(何ニ? ナンで遠クニ行こウトシテるンダッケ?)
逃げナイと。
(ナにカラ?)
──ナンダッケ。
★
気がつくと自分は森の中で、木に隠れて星が見えない夜空を見上げていた。
右を見て、左を見る。なぜ自分はこんな夜中に森に入ったのだろうか。
これは夢かと訝しんだが、夢にしては思考がハッキリし過ぎている。
──自分の名前は?
勿論──
「…………
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第17話 援軍
☆
──────夏世が話した内容は3つ
1つ目は真守がガストレア化したこと等の、ティナが気絶した後起こったこと
2つ目は
そして最後に、自分達が助かった理由の予想だ
────ちなみに予想の内容は『真守が形象崩壊した理由は、自分達に無毒化したAGV試験薬を使うためではないか?』というものだった。流石はIQ210。ドンピシャである
「........................確かに信じ難い話ですが、納得の行く話でもありました。貴重な情報、感謝します。ありがとうございました」
話を聞き終わったティナは夏世に一礼すると、東京エリアの中心部とは逆方向、モノリスの方へ歩き始めた
「待ってください、何処へ行くつもりですか?そちらにあるのはモノリスだけですよ?」
「解っています。目的地は未踏査領域......真守さんが居る場所なので、問題ありません」
「問題大ありです!未踏査領域に単騎で突入しようだなんて、死ぬ気ですか!?」
振り返らずに返答し、そのまま去ろうとするティナを、夏世は肩を掴んで止める
「死ぬ気なんて毛頭ないです。だからその手を放してください」
(シェンフィールドで見た限り、モノリス内でゾディアックが確認されたことで起こるパニックは無かった。東京エリアの中に居たなら千寿さんに協力してもらうつもりでしたが、外に居るならむしろ足手まとい......これ以上引き止めるようなら少し強引にでも振り払った方がお互いのためですかね......)
そしてティナは力を解放する準備をし────
「未踏査領域に行くこと自体を止める気はありません。ですが、少し待っていてください。私の予想が正しければ、もうそろそろ
「夏ぁぁ世ぉぉぉっ!!」
「延ッッ珠うううッ!!」
「......What?」
────頭上で行われた光景を見て放心する
パラシュート無しで泣きながら
────何とも締まらない援軍が、到着した
★
「紹介致します。今現在私に引っ付いていらっしゃる、こちらの大変鬱陶しい少女は『藍原延珠』。モデルラビットのイニシエーターで、パラシュート無しでヘリから飛び降りることが趣味という、頭の残念な子でございます」
「鬱陶しいとは何だ!未織に電話で『真守がガストレア化して、夏世が死んでしまった』と聞かされて、妾がどれだけ悲しんだと思っておる!?それと違う!ヘリから飛び降りたのはまだ2回目だ!趣味というなら天誅ガールズだな!」
「............」
夏世がジト目になり、ティナは突然口が悪くなった彼女に困惑する
(言い過ぎたかと思いましたが......やっぱり謝らなくていいですね......それに、心配させられたのは私もですし)
「突っ込むの
「夏世が毒舌なのはいつものことだし、実際IQ210を基準にしたら大体の人は頭が残念だからな。妾は気にしないぞ?というより、"そこ"とはどこのことだ?」
「............」
ティナが残念な生き物を見る目になった
「そしてこちらの男性が『里見蓮太郎』。『新人類創造計画』の機械化兵士です。周囲からはよく『不幸顔』『ロリコン』『変態グランドマスター』等と呼ばれていますが、面倒見が良くて誠実な人なんですよ?嘘なんて吐いてませんし、そう言えと脅されてもいませんから。えぇ、本当に。本当ですからね?」
「なぁ夏世、その誤解を招きそうな紹介の仕方はなんとかならねぇのか?」
「でも事実でしょう?」
「いや......そうだが......」
「認めましたね?『自分は誠実で面倒見が良い、ロリコンの変態だ』と認めましたね?」
「......半径50m以内に入らないでください」
ティナが養豚場の豚を見る目になった
「ハメやがったなコンチクショウッ!!こんな時ばっかイイ笑顔しやがって!そんなに俺が社会的に破滅していく様が面白いか!?」
「はいっ!」
普段無表情な夏世が、花が咲いたような笑顔で肯定し────
「......とまぁ冗談はこのくらいにしておいて、真面目な話をしましょう」
────直後、一転していつもの無表情に戻る
「......あぁ、そういうことですか」
そしてティナは、突然空を見上げて何かに納得し、頷いた
「えぇ、そういうことです。理解が早くて助かります」
「真面目な話は援軍が全員到着してからということですね?」
「......え?私は単に、この先連携を取りやすくするため私達に親近感を持ってほしかっただけなんですけど......蓮太郎さん、他にも援軍を呼んでいたんですか?」
「は?いや、援軍は俺達二人だけだが」
「はい?ではあの人は一体......」
その言葉で3人も空を見上げると──────
「「「──────は?」」」
──────
彼はパラシュートを着けていなかったが、見事な五点着地を披露し無傷で立ち上がる
「グ、グークルさん!?」
「どうしてお前がここに......!?」
「やぁ、蓮太郎君と延珠ちゃんは久しぶり。千寿さんとスプラウトさんは初めまして。ところで君達真守君の所に行くんだろ?」
「............流石"情報屋"。相変わらず異常に耳が早い。だが今回お前の出る幕はねぇよ」
蓮太郎は既に未織経由で司馬重工の衛星から真守の位置情報を掴んでいるし、新しい情報が入ればそれも伝えられるだろう。確かに"情報屋"の出る幕は無い。だが────
「あぁ、違う違う。今回は情報屋じゃなく
「言ってくれますね......そう言うアナタの序列はいくつなんですか?私を
────この男は、ただの"情報屋"ではない
「当然」
この男の、"民警"としての二つ名は────
「────
「「「「......は?」」」」
「二度とこの名を名乗る気はなかったんだけど......今日だけは、名乗らせてもらおう」
── IP序列 12位 ジョセフ・G・ニュートン
────"
3人はティナの"98位"、ジョセフの"12位"という序列に驚いて硬まっていたが、ティナだけは硬直せず、口を開いた
「............不満です」
「「「!?」」」
「へぇ、理由を聞いてもいいかい?」
「アナタが役に立つのか甚だ疑問な点はいくつかありますが......12位という序列が本当かどうかはさておき、"情報屋"なら前線には出ないで、ガストレアとの戦闘はイニシエーターに任せていたのでしょう?武器すら持たずに半裸で未踏査領域に突入しようとしているその態度は、実戦を知らないとしか思えません」
「対ガストレア戦で軽装は基本だよ?」
「発想が安直なんですよ......アナタ、本当は"ド素人"ではありませんか?」
ティナの疑念は尤もだ。超々高位序列者のプロモーターはほぼ全員、
何故ならジョセフくらいの序列にもなるとイニシエーターはゾーン到達者が当たり前で、プロモーターは大抵その親族が選ばれ、国の内地に監視付きで軟禁されることになる場合が多いからだ
理由は単純明快。圧倒的な力を持つゾーン到達者に『国の言うことを聞いて戦わないと家族が殺される』プレッシャーを与え、思い通りに操るためである
つまり"首輪"、もしくは"人質"と大して変わらないのだ────閑話休題
「はぁ......これだから人外は......『ハイブリット』だかなんだか知らないけど、訓練で人間に習得可能な技能も修復可能な欠点もあるのに、努力しないで手に入れた外付けの能力なんかに頼るから、相手の力量を測れなくなる......そうだ!ボクが役に立つかどうか、直接試してみたらどうだい?」
そう言ってファイティングポーズをとったジョセフを、ティナは冷ややかな目で見る
「............本気で、武器も使わず機械化兵士のイニシエーターたる私に勝つつもりですか......?」
「安心しなよ。98位風情に武器を使う程、ボクは弱くない」
「......その発言、後悔することになりますよ」
そしてティナもナイフを抜いて構え、一触即発の空気が流れる
この時点でようやく復活した蓮太郎と夏世が仲裁に入るが────
「オイオイ仲間割れしてる場合じゃねぇだろ......」
「そうですよスプラウトさん。流石に12位という話を鵜呑みにはしませんが、頭数は多い方が良いでしょう?」
「止めるな蓮太郎君!前々から言おうと思ってたんだが、ボクは
「止めないでください千寿さん!足手まといはいらないんですよ!」
────ヒートアップした二人は止まる気配がない。しかし────
「格の違いを見せ────ッ!?」
「人のままでは越えることの出来ない壁があると教え────ッ!?」
「いい加減にッ!!しなさ──い!!!」
────声と共に二人の丁度中間辺りへ"何か"が落ちてきて、どちらも硬直する
上空には、メガホンを持ってヘリコプターから何かを叫んでいる少女がいた
先に復活したのは、その"何か"の正体を知っているジョセフだった
「うわぁぁぁぁああ!?な、なんてことをするんだ君は!大事な物って言ったよね!?ソレ一つで国家予算が吹っ飛ぶくらい高価な物って言ったよね!?それを投げるって......!ケースに入ってるとはいえ投げるなんて......!」
地上付近まで高度を下げたヘリコプターから降りた舞は、ジョセフを烈火の如き勢いで糾弾する
「うるさいです!その"なんてこと"でもされない限り止まる気なかったですよね!?私の依頼は『
「う......ご、ごめ「私じゃなくスプラウトさんに謝ってください!」..................スミマセンでした............クッ屈辱だ......このボクが、人外に頭を下げることになるとは......!」
舞の剣幕に圧されてジョセフが謝るが......残念ながら肝心のティナは、舞の『
「貴女はもしや、真守さんの......」
「えぇ、私は『神崎舞』。神崎真守の妹です」
「............ごめんなさい」
「それは何に対する謝罪ですか?真守を撃ったことですか?真守がアナタを助けるためにガストレア化してしまったことですか?それとも、どちらでもない何かですか?」
「............その......全てです......」
「私は許せません。それはアナタと真守の問題ですから。私が口を出す権利はありませんよ」
「......、............ッ......解り、ました......」
ティナは何度か口を開いて何かを言おうとしていたが、舞の眼光が『アナタとこれ以上話すことは何もない』と言っていたので諦めたようだ
「......次!延珠ちゃん!」
「ひゃいっ!?」
「グークルさんもだけど、ヘリコプターから飛び降りたら危ないでしょ!蓮太郎さんに迷惑かかってたし、何より私が心配で心臓止まりそうになるから禁止!」
「イ、イエッサー!」
「最後!蓮太郎さん!」
「え、俺!?」
「どうしてしっかり夏世ちゃんを見ていなかったんですか!?真守がいなかったら夏世ちゃんは殺されてたんですよ!?」
「ッ!あぁ、そうだ。その通りだ......悪かったな夏世......俺がしっかりしていなかったせいで、お前を傷付けてしまった。真守がガストレア化したのも、元を辿れば俺の責任だ......皆、本当にすまなかった」
そう言って頭を下げた蓮太郎をこの場に居た全員が許し、改めて自己紹介という形で互いの能力を確認した後、彼等は未踏査領域へ出発した
グークルさんの本名は例によって借り物です。ここの"グークルさん"は原作グークルともテラフォのジョセフとも違う人なので、M.O.は持っていません。純粋な人間です
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第18話 崩壊
この辺りのプロットは複数あって、どれを採用するかで迷っていました......
第一部完結まであと少しなので、もう少しお付き合いください
それでは本編をどうぞ!
★
──────未踏査領域へは、蓮太郎・延珠・ジョセフ、夏世・ティナ・舞の2グループに分かれて、ヘリコプターで行われた
「それで蓮太郎君、話ってなんだい?」
「............お前、どうしてこんな危険な場所に舞ちゃんを連れてきた?」
「そういう依頼だからだよ」
「あの子の依頼は『真守を助けること』なんだよな?それならここまで連れてくる必要は無いだろ。いやそもそも、
「君のせいだよ」
「......はぁ?どうしてそうなる」
詰問口調の質問にジョセフは淡々と答え、蓮太郎は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする
「君が真守君を戦場に出すことを止めなかったから、舞ちゃんは
── 蓮太郎さん!真守を......!兄を止めてください......!今にも死んじゃいそうなくらいボロボロなのに次の戦いにも参加しようとしてて、誰もそれを止めようとしないんです......!
「でだ、肝心の君は彼女に何と言った?」
「それは──」
── 大丈夫だ。アイツは強い
「────その通りだ。実際真守君は圧勝し、聖天子付護衛官の乱入がなければ敵も味方も笑って終わるハッピーエンドになっていた。正しい判断をしたのは君達だよ。どうしようもない程
── 悪寒
このままだと、自分の中にある大切なナニカを粉々に破壊されてしまう────そんな感覚を蓮太郎は味わっていた
だがそれでも聞かなければならない。そんな予感もあったから────彼は制止しようとする言葉を必死に飲み込んだ
「なぁ蓮太郎君、もし
「......当然だ」
「へぇ、どうして?」
「どうしてって......
「その通り。どれ程の力を持とうがまだ10歳。守られるべき子供だ。それを踏まえて聞こうか蓮太郎君、
「────ぁ......」
── その時、ナニカが崩壊した
「やっと自覚したか。まぁ無理もないのかな?だって真守君は君より身長が高くてガタイもいい」
『呪われた子供たち』は力を解放しなければ普通の少女にしか見えない。だから辛うじて、蓮太郎は延珠と夏世が"守られるべき子供"なのだという認識を保つことが出来た
だが真守の場合はイニシエーター達と違って、どうしても"非力"という印象が付いて回る"女性"、"体が未発達"という二つのファクターが無い。だから10歳だということを覚えていても、延珠と夏世とは認識が違くなってしまった
「しかも、誰かさんと違って目上の人にタメ口利いたりしない。本当、良くできた子だよ」
民警は、プロモーターもそうだが人に悪意を向けられ続けて育った『呪われた子供たち』も含め、犯罪者紛いのならず者が多く存在する。その中で、誰に対しても丁寧な物腰で接する真守ペアのような存在は珍しかった
「その上、変に名前だけ売れてるせいで
真守と夏世は、司馬重工や三ヶ島ロイヤルガーダー等、繋がりがある大手企業の下請けから菫を始めとした個人の依頼までなんでも引き受け、朝から晩まで一日中休みなく働き続けていた
休憩と言えるだろう時間は食事と移動の間くらいなのに、その時間さえ惜しんで二つ同時に行いまた働くという、ブラック企業も裸足で逃げ出すオーバーワークを二週間
イルカの因子を持ち、休憩しながら活動出来る夏世と、
子供にそこまでさせてやっと、火の車だった天童民間警備会社はなんとか持ち直し始めたのだ
「嘘だろ......?木更さんはそんなの一言も......」
「言える訳ないだろう。言ったら君達が受け取る筈がないんだし。あぁ、だからって突っ返そうなんて考えるなよ?未だに君達の給料は相場より低いんだ。そんなことしたら木更ちゃんの胃に穴が空く」
「なら妾は......どうやって皆に報いれば良いのだ......?」
── 蓮太郎が、自分の通う学校を苦労して探してくれていることを知っていた
事務を手伝う内に、木更が今までどれ程身を削っていたのかを理解した
天童民間警備会社に入ってから、夏世の目に隈が出来たことに気付いていた
真守は涼しい顔をして、自分の知らない場所で自分達のために戦っていた
「妾は戦うことしか出来ぬ......蓮太郎のような知識も、木更のような事務処理能力も、夏世のような頭脳も、舞ちゃんのような料理の腕も......何もないのだ......なのに、前線に出ても皆に心配を掛けるだけ......妾は、どうすれば良いのだ......?」
「知識も、事務処理も、料理の腕も、今から身に着ければいいんだよ。焦らない焦らない。だって君はまだ子供なんだから────」
────神崎真守は『強い』
強さの定義は数多くあるが、少なくとも戦闘力・精神力・生活力の3つにおいて彼を『弱い』と判断する者はいないだろう
だが────
「────そして彼もまだ子供だ。子供と判断出来る要素が見えにくいだけの少年だ......その彼を進んで戦場に送り出すなんて、君が
「............」
────蓮太郎は『
だが、駄目だったのだ。彼の心は、自分自身を許せなかった
「借り物の拳に脆い理想......だからボクは、君が嫌いなんだよ............最後に聞こうか蓮太郎君。ボクが真守君のことをゾディアックと呼んだことについて、誰も何も言わなかったけど......君、真守君の心がガストレアになっていたら......どうするつもりだった?」
「それは────」
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第一部最終回:揺らがぬ守護者ルート 前編
★
──────6人はヘリから降り、徒歩で移動していた
今は、その途中で背後から襲い掛かって来たガストレア達とジョセフが戦っているところだ
「夏世ちゃん、グークルさんの次に序列が高いのって
「はい。私が元1584位で、蓮太郎さんペアが1000位。
蓮太郎達がギクシャクしていた間に、三人は名前で呼び合う仲になっていたようだ
「じゃあティナから見て、グークルさんってどのくらい強いの?」
────ジョセフは右から襲い掛かる
続けて手頃な石を上空の
「............私が今までに戦ったどのプロモーターより強いです。間違いなく、人のままで到達出来るレベルの極限ですね」
「聞き捨てなりませんね。いくら強くても真守さんより強いということはないでしょう?」
「真守さんは例外です。私とニュートンさんが戦えば、悔しいですが十中八九私が負けます。ですが真守さんが相手となると、そもそも"勝負"が成り立たないんですよ」
「あぁ、なるほど」
「でもティナは一回真守に勝ってるよね?」
「それは私が説明しますね。
「へー......じゃあ夏世ちゃんは、それを知ってて真守を送り出したんだ......ふーん......」
「い、いいえっ!それはその、そうなんですが、違うんです!
ジト目でプレッシャーを放つ舞に対し、普段は滅多に見られない慌てた姿で夏世が弁明を試みるが────舞はすぐにプレッシャーを消し、クスクスと笑い始めた
「......なんで笑ってるんですか?」
「ごめんね、グークルさんに聞いて知ってた。『光学スコープの弱点』でしょ?」
狙撃銃とほぼ必ず共に運用される光学スコープは、倍率に比例して対象が少量の移動で視界から外れるようになる
それだけではない。たとえ見えていたとしても、動いている的を狙撃する場合は、撃ってから弾が届くまでに相手がどれだけ動くのか予測する必要があるが、当然難易度は速度に応じて上がっていく
そのため
「............その通りです。ということはもしや、真守さんの攻略法もご存知で......?」
攻撃力・防御力・機動力・再生力────他の生物の因子を発現することにより圧倒的な身体能力を得る真守を倒したいなら、能力を使われる前に倒すのが定石だ
故に、索敵能力にも優れた真守に気付かれず攻撃するなら狙撃が最適なのだ────それでも狙撃手の存在に真守が気付いていないことを前提として、真守が切り札を使っていない状態で死角からの攻撃且つ一発目で意識を奪う必要があり、周囲に狙撃を防ぐ能力のある仲間がいない等、条件が多いのだが
(しかもその条件、真守さんが形象崩壊した時に手に入れた因子によっては更に厳しくなっている可能性があるのですから......恐ろしいですね)
「ふふっ、いつも冷静な夏世ちゃんの必死な姿......プライスレスでした」
「はぁ......貴女達兄妹には敵いませんね............それはそうと、ティナが先程からずっとソワソワしている様ですが......どうしましたか?」
「えっと......ヘリを降りた時からずっと、里見さんと藍原さんの顔が暗い気がするのですが......大丈夫なのでしょうか......?」
「言われてみればそうですね......緊張しているだけという気もしますが、少し様子を見てみましょう」
そうして三人が話していると、ジョセフが戻って来た
「蓮太郎君、コイツ達は何かに吸い寄せられているみたいだった。原因に予想は付いているけど、一応君の意見も聞いておきたい」
「............おそらく、警報フェロモン」
「うん、ボクもそう思う。真守君の自我が残っている可能性が上がったね」
「待て蓮太郎!話に付いていけぬ。どういうことだ?」
「基本的に、ガストレアは
「うむ」
「んで、コイツらは今異常に興奮した状態で、俺達と同じ方向に向かってた。火の無い所に煙は立たぬって言うだろ?自然の生物が異常な行動を取るってことは、それなりの原因がある筈だ」
「その原因が、警報ナントカということだな?だが、それと真守にどういう関係がある?」
「警報フェロモンな。コレを感知した生物は簡単に言うと、不安を感じるんだ。不安を感じた生物は、その原因から逃げる。もしくは
「警報フェロモンを使う生物の因子を持ったガストレアが真守を襲って、反撃を受けたから警報フェロモンを使った?」
「そういう可能性があるってことだ。警報フェロモンは揮発性が高いから拡散速度が速く、効果範囲は狭い。俺達の予想が合っているなら、もうすぐ再会出来るぞ」
★
──────進むにつれ血の臭いが濃くなり、道幅は大きくなってきた
「......舞ちゃん、大丈夫か?疲れたとか、気分が悪いとかあったら遠慮なく言うのだぞ?」
「ありがと、でも大丈夫。これでも鍛えてるから疲れてないよ。血の臭いに関しては、あまり気分のいいものじゃないけど......料理で慣れてるから、心配はいらないかな?」
「そうか......やはり
答えを聞き、延珠は自嘲気味に笑った
(ティナの言った通りだ......延珠ちゃんに元気が無い......蓮太郎さんと話してる時は普通だったのに、なんでだろ......?)
「そんなことないよ。唯でさえ私は足手まといなんだもん。こんな所でへこたれてらんないから、空元気を出してるだけ」
「..................なぁ、舞ちゃん......一つ、聞きたいことがあるのだが......」
「何?なんでも答える」
明らかに尋常ではない空気を察知し、舞は真剣な眼で延珠を見る
「もし......もしも、真守が「二人共、着いたよ」ッ!」
「あぁごめんごめん、話を遮ちゃったみたいだね。続けていいよ?」
「いや......やっぱりなんでもないのだ」
(間の悪い......!わざとやりましたね......!?)(悪いね......今は時間が無いんだ)
────山があった
その山は、ガストレアで出来ていた
亀に似たガストレア、猫と花が融合したようなガストレア、猪、狼、虎────その他ベースになっている生物を判断することすら不可能な程の変貌を遂げたガストレアがいた
ステージⅠからステージⅣまで、大きさも形態もバラバラだが────その全ては、死んでいるという点で共通していた
下手人は──────漆黒の鎧を身に纏い、骸の山の頂上で佇む神崎真守だった
「延珠......ちゃん......?」
無意識に、本人は呟いたことに気付いていないのではないか。そう思える程小さな声で、真守は延珠の名を呼んだ
「そうだ、妾だ!」
だが延珠はしっかりとその声を聞き取り、力を解放。真守の下に駆け寄り、真守も同時に腕を広げてそれを迎い入れ、熱い抱擁を交わし────
「良かった......お主が人間のままでいてくれて本当に良かった......」
────真守は無言で腕の力を強めた
「うっ、苦しい。苦しいぞ真守......」
真守は無言で腕の力を強め────延珠は己の体から骨が軋む音を聞いた
「痛ッ!?痛い!痛いと言っているのが聞こえぬのか!?」
真守は────
「ぇ......ちゃ......ごめ......レを────殺してくれ......!」
────腕の力を緩め、懇願した
延珠はその願いに──────
『真守君の心がガストレアになっていたら......どうするつもりだった?』
『それは────』
「まもる......わら、わは────」
「────グークルさんッ!妾ごと!!」
「斬れと言うんだね!?イイ覚悟だッ!」
────己の命を捨てる覚悟で応えた
その
「──グッ......!カ゛ア゛ア゛ア゛アァァァ!!!」
両腕を奪われた真守は痛みを紛らわすように咆哮し、延珠を抱えて後退するジョセフを追うが────
「────俺だって、覚悟は決めた」
『────殺すよ。アイツなら、そうしてほしいって言う筈だから』
────
しかし真守は
「蓮太郎、真守はさっき妾に『殺してくれ』と言ったのだ............トドメは、妾に刺させてくれぬか......?」
「駄目だ。お前に人は殺させない。保護者として、それは許さない」
「蓮太郎さん、兄の最期の願いなんです......叶えさせてくれませんか......?」
「......民警を続けるなら、仲間の介錯は遅かれ早かれ経験することです。延珠さんにとっても、悪いことではないかと」
二人の説得を受けて蓮太郎は暫く悩んだ結果、首を縦に振った
「..................分かった、任せる。行くぞ」
★
「ゥ......アァ......」
──────予想通り、真守は生きていた
木に寄り掛かる様にして座り込み、今にも死にそうな呻き声を上げているが、傷が既に塞がっているどころか、斬り落とされた両腕の再生が始まっている
「............これが最期だ。真守君に伝えておきたいことがあるなら、今しかないよ」
ジョセフの言う通り、何をするにもこれが最後の機会だった
「じゃあ延珠ちゃんからで。皆、いいよね?」
「......よいのか?」
「真守さんにとってこの中で一番特別な存在は、間違いなく延珠さんです。誰も文句は言いませんよ」
「............じゃあ、妾から。真守のことだ、約束のことで心を痛めているだろうが、気にすることはないぞ!妾に銃を向けていた影胤を倒してくれた時点で既に、約束は十分果たされていた」
「次は私でいい?............私は、"守護者"じゃない真守なんて見たくない。だって、私の中ではもうとっくに、真守は"真の守護者"に成っていて────私は、そんなお兄ちゃんみたいな民警に成りたいって思ってるから」
そして次は夏世に番が回ってきたのだが......彼女は何も言わずに真守をじっと見詰め、突然目を見開いたかと思えば、次の瞬間────
「────返せ......!私のパートナーを......真守さんを返せ......!」
────
活動報告の宣言通り(誰も見てないと思いますが)中途半端ですが投稿しました。次で切りよく終わらせますのでどうか御容赦をば......
内容を何度も最初から書き直しているせいで書き終わった後、文字数が少なくて絶望したのはナイショです
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第一部最終回:揺らがぬ守護者ルート 後編
勾田小学校に通う10歳の少年〝神崎真守〟は、クラスメイトの少女である〝藍原延珠〟が『呪われた子供たち』だと周囲が知ったことで起こったイジメを止めようともしなかったことに負い目を感じ、学校を去った彼女に謝ろうとしていた
後日真守は双子の妹〝神崎舞〟と共に延珠の家を訪れるが、彼女を見付けることが出来ずに帰宅すると────心に追い討ちを掛けるように両親の遺書が置いてあった
追い詰められた真守は『情報屋』のグークル(ジョセフ)を頼り、延珠が未踏査領域にいることを知る
自暴自棄になっていた真守は延珠に会うため己を生き餌として民警に売り、ヘリに密航する
その結果真守は延珠に会う前にガストレアに襲われ、万事休すかと思われたが────ガストレアウイルスを吸収する
真守はその直前に聞いた〝千寿夏世〟の叫びから、彼女が延珠のパートナーである〝里見蓮太郎〟の居場所を知っている可能性があると判断し、彼女を救出する
その後真守は夏世の導きで延珠と再会し、目的を果たした
その一月後、真守は〝エヴァ・フロスト〟と名乗る、聖天子暗殺を目的とした狙撃兵の少女に出会う
真守とエヴァ(ティナ)は互いを敵と知らぬまま親交を深めていき、次第にティナは真守に惹かれていった
────そしてある日、ティナは主である『四賢人』エイン・ランドの命令で天童民間警備会社を襲撃するが、標的〝天童木更〟の殺害に失敗する
この時真守は〝守屋真護〟として全身をクロカタゾウムシの鎧で覆った状態でティナと戦闘したため、意図せず一方的に相手の正体を知り、彼女を止めるため再戦に望むが......敗北。ティナは真守を殺してしまったと思い込み、生きる気力を無くしてしまう
ティナはそのまま聖天子暗殺任務を続行し、守屋真護(真守)と対決する
その結果は、切り札を解禁した真守の圧勝だった。そこまでは良かったのだが────真守に連れられ新しい人生を歩もうとしていたティナを、聖天子付き護衛官の銃弾が襲った
真守はその後すぐに聖天子付き護衛官6人を制圧したが、病院に搬送したところでティナも、盾に使われていた夏世も助からないと解ったことで、彼は二人を救うために賭けに出た
結論から言えば二人は助かったが、真守は変身と共に変心し、自害を決意する
そして未踏査領域へと飛び立った真守を連れ帰るか抹殺するためティナ・夏世・蓮太郎・延珠・グークル(ジョセフ)・舞が後を追い────そこで再会した真守は、理性を失いかけていて......延珠に『殺してくれ』と頼んだ
延珠はそれを聞き届け、ジョセフと蓮太郎が真守を行動不能にしたのだが......動けない真守の首を、夏世が突然締め始めて──────
「────どういうつもりですか?ティナ」
今まで静観を保っていたティナは突如真守の首を締め始めた夏世を見て血相を変え、彼女にナイフを突き付ける
「それは私のセリフですよ、夏世さん......早くその手を放してくれないと、私──何をするか分かりませんよ......?」
「嫌です!だって、
「知ってますが、それが何か?」
「貴女も気付いていたと言うのなら、どうして止めるんですか!?」
「
「............分かりました」
真っ赤だった夏世の瞳は本来の色を取り戻し、真守の首から手が外れた
夏世はそのまま距離を取り、近くの木に背を預けて『もう手を出すつもりは無い』とアピールするように、軽く両手を上げた
ティナはそこまで確認した後、真守の方へ向き直り、口を開く
「先ずはお礼を言わせてください。AGV試験薬で私達を助けてくれたのは、貴方ですよね?ありがとうございました」
「............」
彼はそれを、無言で見詰める
「それと、一つ質問があるのですが、よろしいでしょうか?」
「............」
返事は無い。それでもティナは質問を続ける
「どうして貴方は、死のうとしているんですか?」
「────」
相変わらず返事は無いが、代わりに彼が息を呑む音がした
「貴方はやろうと思えば藍原さんを締め殺せた筈ですし、その後のニュートンさんと里見さんの攻撃も、わざと受けてましたよね?何故ですか?」
「............」
「............無駄だスプラウト。コイツのことはもう──「潮時だからだよ」──なんだと......?」
『諦めろ』と蓮太郎が言い終わる前に、真守がそれを遮った
形象崩壊した元人間のガストレアが、以前の記憶を持っていたケースは確認されていない
どんなに知能が高くとも、ガストレアが人語を解したケースは確認されていない
人の言葉を発したのなら、それはガストレアではなく────
「────真守なのか?」
「違うと断言するよ里見蓮太郎。肉体的にも精神的にも、
────真守ではないのか
願望が混じったその問いは、躊躇なく本人によって切り捨てられた
「真守じゃねぇなら、お前は誰なんだ......!」
「さぁね?僕達が聞きたいよ。名前も無いし。まぁどうしても呼びたいなら、
〝
己を示す名を持たぬ故に、創造主の名で呼ばれた者
人智を越えた身体能力と、極短期間で自我を獲得して言語を解する成長性、そして人の心を併せ持つが、
そういう自虐を込めて、彼は己を『フラン』と呼ぶ
「ではフランさん、何が『潮時』なんですか?」
「あぁ、答えよう。僕を真守と呼ばないでくれた君にだけは、知っていてほしいからね」
そう前置きして、彼は語り始める
「ガストレアに寿命は無い。つまり僕達も、外敵に殺されない限り死ぬことはない。それは知っているよね?」
「はい」
「自分で言うのもアレだけど、僕って最強だと思うんだよね。ステージⅤの中でも無敵って言われてた
「そうですね。私の知り得る中で最強のイニシエーターですら、貴方の前では手も足も出ないでしょう」
「つまり僕がやろうと思えば、ステージⅠからⅤまで、ガストレアを根絶やしにすることも時間次第で可能だ────
「────ッ!」
「気付いたね?そうだよ。
『
────ガストレアは、滅びない
仮にガストレアウイルスがこの世から消滅した所で、何も変わらない
人間は自ら次の
「救えないのさ。人間は......どうしようもない程に、愚か過ぎる。だから僕達は
「それは──「だけど」──ッ!」
蓮太郎が『それは違う』と言い切る前に、フランは『まだ話は終わっていない』と主張するように言葉を遮る
「同時に僕達は、神崎真守の記憶を読むという形で知った〝真の守護者〟の在り方を──尊いと思った。自分達もそう在りたいと思ってしまったんだよ......」
「じゃあそうすりゃ良いだろ......!テメェにはそれを実現できるだけの力が有るだろうが!」
「正義の無い力なんて圧政に過ぎない!!僕達はなんだ!?その正体がコレだ!!」
────次の瞬間フランの体が膨れ上がり、体調150mを越えるガストレアの形を取った
『この姿を見ろ!
変化する怪物、文字通りの化物......!コレが僕達の正体だった!それが人を守りたいだって!?嗤えるよな!
人を殺しても、切り刻んで拷問しても!
異変は最初からあったのだ
因子の操作方法なんて知らない筈なのに、何故か鎧を纏っていた
ガストレアを薙ぎ倒し、初めて返り血を浴び、臓物を直視しても、全く動じなかった
そして何より────
────だが
フランの体が縮み、元の大きさに戻る
「そんな僕でもティナ・スプラウトと千寿夏世を......二つも命を守ることができた......こんな奇跡はもう二度と起こらないと思う。だからもう......『潮時』なんだよ」
「ふざけないでくださいッ!だから真守さんを道連れにすると!?アナタが消えれば......!」
「僕が消えれば、神崎真守が戻ってくると......君はそう言いたいのかい?千寿夏世。なら、一旦僕は俺に主導権を返すとしよう」
「............え?」
あまりにもあっさりとフランが要求を呑んだので夏世は唖然とし────
「────夏世......ごめん。道連れにしようとしてたのはフランじゃなくて......オレなんだ」
「どういう、ことですか......?」
────続けて驚愕する
フランは宣言通り、意識の主導権を真守に返している。夏世もそれが分かった
分かったからこそ......相棒が何を言っているのか理解できない
「逃げたんだよ......オレは、死ぬことから逃げた。自殺ならエリア内でも出来たのに、態々未踏査領域まで飛んだのは、死ぬのが怖かったからだ」
「............」
ならば尚更解らない。今の真守は死のうとしているだろう
だから真意を探るため、皆が聞きに徹する
「きっとオレは、長く生きれば生きる程未練が増えて、今以上に死が怖くなって......全てのガストレアを駆逐しても、満足なんて出来ない。『自衛のため』とか言い訳して、イニシエーターを殺して、プロモーターを殺して......いつか本物の怪物になってしまう。オレはそれが......何よりも怖い。だから────」
「────だから殺してって言うの!?お兄ちゃんの嘘吐き!『もう勝手にいなくならない』って約束したのに!!」
「............ごめん。オレは神崎真守じゃ......君の兄じゃないんだ......君の兄は、もうとっくに死んでいた────オレが殺したんだ」
「なんで......なんでそんなこと言うの......?もう分かんないよ......!私を独りにしないでよぉ......!」
「──ッ!真守、お主いいかげんに......!」
「舞を人殺しの妹にできるかよ......舞を化物の妹にできるかよ......!こんなオレが、誰かの兄を名乗っていい訳がないんだよ!!」
── ふふっ
「............何がおかしいんだ、ティナ」
張り詰めた空気の中に小さく響いた笑い声は、ティナのものだった
「だって、これが笑わずにいられますか?よりにもよって、殺し屋の私を助けた真守さんがそんなことを言うなんて!」
「......ティナは望んで人殺しをしてたワケじゃないだろ」
「じゃあ真守さんは殺したくて殺したんですか?違いますよね?」
真守は無言で首を横に振った
「............お前が殺したのは、影胤一人か?」
「......一人だろうと殺人に違いは「影胤の野郎はまだ死んでねぇぞ?」......え?」
「あの戦いの後、影胤から電話が来たんだ。態々伝えるようなことじゃないと思って教えなかったんだが......失敗だったみたいだな。すまなかった」
「............それでもオレは化物だ。すぐ感情に呑まれて暴走してしまう......次暴走した時に、誰も傷付かない保証はない」
「ボクが言えた義理じゃないし、口出しする気はなかったんだけど......言わせて貰うよ真守君。百人傷付けた罪は、千人の命を救うことで贖うんだ。死んだら贖罪は叶わない。ましてやまだ犯してもいない罪のために死ぬなんて、言語道断だよ」
「......オレは皆の知る神崎真守じゃない。フランだ。人間は
「いいえ、真守さんは真守さんですよ。私は以前の貴方のことを知りません。でも真守さんは〝守護者〟だった。私の心を守ってくれました。だから貴方は真守さんです」
「ティナ・スプラウト......君は僕を、受け入れることが出来るのかい......?」
「当然です」
「わ、妾だって!」
「今のお前を見る限り、害は無さそうだしな......俺も受け入れるよ」
「観察対象がより面白くなってくれるなら歓迎だね」
「......早く帰ろうよ、お兄ちゃん」
「............」
(彼の残虐性をこの目で直接見たのが私だけだから皆受け入れられるんです......室戸先生に協力してもらって、真守さんから切り離す方法を見付けないと......)
「────まだ一人、納得してない人が居るみたいだけど......僕達は、神崎真守として生きていいのかな?」
「はい。そして、迷子の私を家まで帰してくださいね?真守さん」
「............あぁ、帰ろう。オレ達の家に」
☆
────もう、
その後室戸研究室にて
「だから......!ここは児童養護施設じゃないと言ってるだろうがッ!!」
「すみませんでしたぁ!」
「まぁそれはいい......シェンフィールドのメンテで一々呼びつける手間が省けるからまぁいいとしよう......だが形象崩壊の件は看過できん!アレはどういうことだ!?」
「あ、アレは......延珠ちゃん戦の保険と緊急事態への対処用にそれぞれ貰っていた分を使いました......」
「............そういえば、予備は既に渡していたな。私としたことが、うっかりしていた......
......まぁいい。今回は皆無事だったから良しとしよう。だが、最悪世界が滅んでたんだからな?次また危険な賭けをしたら、成功しても生きたまま解剖するぞ?」
「はい......もうしません......」
「はぁ......分かったならいい
............そういえば、まだ言ってなかったな。おかえりなさい、皆」
「「「「ただいま帰りました」」」」
(............私も丸くなったものだな......この程度で許して、この程度で満たされているのだから......)
「あまり心配を掛けさせるなよ?真守」
「安心してください!これからはオレだけじゃなく、フランも居ますからね。ステージⅤが複数同時に攻めてくるような事態にならない限り、皆守りきってみせますよ!」
「そうかい......頼りにしてるよ?二人共」
これにて第一部完結です。最後まで読んで頂き感謝の極みです!
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第三次関東会戦
第1話 依頼
────神崎真守の直上には太陽があった。
足元には芝生があった。
そして、正面には黒板があった。
(平和だねぇ……)
2031年7月7日某時刻。東京エリア第39区、青空学校にて、真守は平和を噛み締めていた。
彼は約二ヶ月前の〝聖天子狙撃事件〟の折に形象崩壊したことで衛星から世界各国にその巨体を見咎められ、
では何故彼がこうして(半分ボランティアで経営されている外周区のものとは言え)学校に通えているのかと言えば、
彼は斬り飛ばした真守の腕を回収し、本国へ帰還。
人の身で
(マジで、ジョセフさんに返さなきゃいけない借りの量がトンでもないことになってるよなぁ……)
ジョセフはこのことに関して『舞ちゃんの依頼は〝君を助けること〟だからね。これも仕事の内さ』とコメントしているが、明らかに仕事量が報酬を上回っているため、真守はこれも〝借り〟として認識していた──閑話休題。
前述の通り、真守は青空教室に居た。
そして今日は新しく先生をやることになった蓮太郎と木更が初授業を行う日であり、二人は自己紹介をしていたのだが……既にどちらのこともよく知っている彼は話を半分聞き流して授業の始まりを待ち、なんとなしに過去を振り返って平和を噛み締めていたのだ。
──しかし、運命は彼に平和を享受させる気がないらしい。
「ごきげんようみなさん。勉強は楽しいですか?」
「せっ、聖天子様!? いつから──いや、何故
「国家の存亡に関わる非常事態だからです。里見さん、天童社長、千寿さん、そして神崎さん、あなたたちにお願いがあって来ました」
★
蓮太郎、木更、真守、夏世の4人は聖天子の説明を聞き終わったところだが……その内容は信じ難いものだった。
「……夏世、どういうことだと思う?」
「……情報が少ないので、今はなんとも」
ステージⅣ・アルデバランによるモノリスへのバラニウム侵食液注入と、モデル・アントの不可解な行動に、5人は揃って頭を抱えていた。
夏世の言う通り、情報が少な過ぎるのだ。これで正しい答えを出そうと考え込むのは時間の無駄だろう。
実際蓮太郎はそう判断し、考えが煮詰まった段階でゆるく首を振って顔を上げた。
「アルデバランの方は解らんが、アリの一件はおそらく陽動だろうな」
「陽動、ですか?」
聖天子は目を白黒させるが、やがて考え込むような表情をして続ける。
「里見さん、それは考えられません。
「いや、待ってください──『アリの自己犠牲』ですね?」
夏世の言葉に蓮太郎は満足そうに頷く。
「なんですか? それは」
「読んで字の如くですが、そうですね……例えばバクダンオオアリの、自爆して有毒な体液を浴びせることで、巣に浸入しようとする外敵を道連れにする習性などがそれに当たります」
「ではお二人は、自衛隊施設を襲ったモデル・アントの行動は自己犠牲の末のものだとお考えなのですか?」
「そうとしか考えられねぇだろ。体内にガストレアウイルスを保菌してるだけの『子供たち』でさえ、モノリスに近付き過ぎれば失神する場合もあるんだぜ? つまり奴等の目的は──」
「アルデバランがモノリスに取り付いてバラニウム侵食液を注入するまでの時間稼ぎ、ですか? 随分組織的な行動ですね……今までになく、統率が取れている」
聖天子は唸ったまま考え込んでしまうが、しばらくして顔を上げる。
「里見さんの説、大変参考になります。しかし凄いですね……複数のガストレア専門家が額を合わせながら検討しても答えが出なかった謎をこんな短時間で……」
「世辞はいらねぇよ。それより聖天子様、アンタは俺達になにをさせたいんだ?」
「里見さんに『アジュバント』を結成して欲しいのです」
「アジュバント? なんだよそれ」
「自衛隊組織に民警を組み込んで運用するための分隊システムのことですよ。蓮太郎さん」
「……よく知ってるな、真守」
「将来民警になるために勉強してたんです。もっとも、まさか体がこんな急成長するとは思っていませんでしたが……でもそのおかげで、座学免除の試験も一発合格です」
「あぁ、
「というか、里見くんはなんで知らないのよ。まさか、座学は寝てたとか言うんじゃないでしょうね?」
「そのまさかだが?」
木更が「あきれた」と言って額に手を当て、蓮太郎はバツが悪そうに頬を掻き、聖天子の方に向き直る。
「それで、どうしてアジュバントなんだ?」
「『蛭子影胤テロ事件』の時とは規模が違うからです。今回は最初から自衛隊も民警も可能な限り動員した総力戦になりますので、作戦行動を起こす場合の最小単位は分隊──つまりアジュバント単位で動いてもらうことになるのです」
「アジュバントを作らねぇと、作戦に参加すら出来ないってことか……」
聖天子は首肯し、今までの内容をまとめる。
「モノリス崩壊まであと6日。代替モノリスの製作と運搬には最短であと9日かかるので、里見さん達にはモノリス崩壊から代替モノリス建造着手までの3日間、エリア内に浸入してくるガストレアを一体残らず迎撃して欲しいのです」
彼女はそこで一度言葉を切り、背筋を伸ばして蓮太郎に頭を下げようとするが──夏世が待ったをかけた。
「いけません聖天子様。それでは対応が致命的に遅すぎます」
「夏世ちゃん、遅すぎるってどういうこと? 現状だとこれが最善手だと思うんだけど」
「分かりませんか社長?
『────』
木更、蓮太郎、真守が息を呑む音がした。
「態々ステージⅠを陽動に使い、内地に侵攻しなかった時点で、アルデバランがモノリスの影響を受けないステージⅤの領域には至っていないことは明白です。ですが、回復すればまた別のモノリスを破壊するために動くでしょう。つまり──」
「最初にアルデバランを叩くべき。ですよね? それは解っています。ですので、対策も用意してあります」
「その策は、拝聴しても?」
「勿論です。アルデバランの号令の下、モノリスの外にガストレアが集結しつつあるという話はしましたね?」
「はい」
「せっかく一箇所に集まって頂いたので、ミサイルで一網打尽にしてみようかと。アルデバランはその程度では討ち取れないでしょうが、それでも他のモノリスを破壊する余裕くらいは削げる筈です」
「な、なるほど……承知しました……」
笑顔でさらりと怖いことを言う聖天子に若干引きながらも、夏世は納得したようだ。
「それでは改めて──お願いします皆さん、国家のために、いま一度力を貸していただけませんか?」
7/7日:モノリス崩壊まで──残り5日
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第2話 勧誘
エレベーターのない古ぼけたビル階段を昇ると、ほどなくして目的地──『片桐民間警備会社』に辿り着き、真守と夏世はしばし立ち尽くした。
「たった二人で民警をやってる時点で事務所が大きくないのは分かってたけど、流石にこれは予想外……」
「ですね……」
看板が無ければ、まず間違いなくこの半分廃墟と言っても過言ではない場所が、現役の高位序列者が経営している会社とは思われないだろう。
「呼び鈴……は無いのか」
代わりにドアをノックしながら何度か呼びかけるが、返答はない。
「……また今度だね」
30分程粘ったが、それでも一向に反応が返って来る様子がないので痺れを切らし、二人は引き返そうとするが── 全体的に黒エナメルの服にスレイブチョーカー、エンジニアブーツというパンクなファッションの少女が現れたことで、足を止める。
「ん、お客さん?」
「片桐弓月さんですよね? 貴女と、貴女のお兄さんに依頼があるのですが……玉樹さんが今どこにいらっしゃるか分かりますか?」
「兄貴なら中に居るよ。今開けるからちょっと待ってて!」
そう言って弓月はチョーカーの裏から鍵を取り出し、扉を開けた。
「兄貴ぃ! クライアントが来たよ~!?」
彼女は中に入ると、コンバットブーツを机の上に投げ出しながら三角椅子で寝ている男──片桐玉樹を揺すって起こす。
「なんだよマイスウィート……」
「だから、クライアント! 久しぶりにお客さんが来たんだっつーの!」
「そうか──よっと!」
軽い掛け声を上げながら椅子から跳ね起きると、玉樹は真守の方を見て、片眉を上げた。
「……イイ体してんな。同業者か?」
「はい」
「つーことはアンタの依頼ってのは時期的にアレか。アジュバントのメンバー集めだな?」
「その通りです。では、商談に入ってもよろしいでしょうか?」
玉樹の問いには夏世が答えた。
普通のペアと違い、この二人はプロモーターとイニシエーターの役割が反対なのだ。
「ん? 商談はイニシエーターまか、せ…………待て。嬢ちゃんたしか、あの筋肉ダルマと組んでた──」
「はい。将監さんの元パートナー、千寿夏世です」
「だよな。今の序列はナンボよ?」
「1500位です」
「そいつぁ凄ぇな! 『闘神』伊熊将監と組んでた時より上じゃねぇか!」
ペアの組み直しをすると序列は大きく下がるので、3ヶ月という短期間で元より順位を上げるのは至難の業である。その偉業に、玉樹は掛け値なしの称賛を送った。
「フフ、パートナーが優秀ですので」
相棒を褒められ夏世の表情が緩むが、すぐに顔を引き締めて咳払いをし、逸れた話題を本筋に戻そうとする。
しかし玉樹はそれを制止し、口を開いた。
「その前に聞かせろ。モノリス崩壊とかいうクソファッキンなシナリオが迫ってるのは知ってるが……情報が全くと言っていい程入って来ねぇ。敵の数もそうだが、そもそもなんでモノリスが崩れるのかすら、オレっち達は知らねぇんだ。アンタ達は何か知ってんのか?」
「はい。敵の数は最大で約2000。崩壊の原因は、アルデバランがモノリスに取り付いてバラニウム侵食液を注入したことです」
弓月が目を丸くして、玉樹は目頭を揉んだ。
「出口はあっちだ。弓月、お客様がお帰りだぜ」
「いいえ、帰りませんよ? まだ話は終わっていませんからね」
「馬鹿言うんじゃねぇよ、オレっち達は自殺行為に付き合う気はないんだっつーの」
「では、十分な勝算があることを示せば話の続きを聞いてくれますか?」
「勝算、ね……まぁ聞くだけ聞いてやんよ」
玉樹が腰の位置を直して椅子が軋み、夏世は背筋を伸ばして説明を開始する。
「先程『敵の数は最大で2000』と言いましたが、今回の戦いにおいて『敵』は実質アルデバラン一体のみです」
「……どういうことだ?」
「アルデバランがモノリスに取り付いてバラニウム侵食液を注入している間、ステージⅠのモデルアントが自衛隊施設を襲っていました。そして、アルデバランが撤退した後ガストレア達は吸い寄せられるようにアルデバランの下へ集結し始めたのです。この意味が分かりますか?」
「…………統率力が異様に高い」
「つまりそれは、指揮官さえ倒せれば戦力が大きく削れることを意味します」
「だが、それにしたって数が多すぎるだろ」
「大丈夫です。アルデバランの号令で一箇所に集まったガストレアはミサイルを撃ち込んで数を減らす手筈になっています」
「なるほどな……それで、肝心のアルデバランを倒す手段はどうなってるんだ?」
大戦期にアルデバランが
元々片桐兄妹は『リスクがリターンを上回る仕事は受けない』慎重派だが、今回は特に警戒している。そのため、返答次第では依頼を突っぱね東京脱出用の航空券を購入することも想定していた。
そんな彼等に夏世が放った答えは──
「──私のパートナーです」
「…………はぁ?」
「ですから、私のパートナー。守屋真護さんこそ、アルデバランに対する切り札です」
一拍の後、玉樹と弓月は腹を抱えて笑い出した。
それを見た真守は、静かにただ一言──
「試してみますか?」
「…………あ?」
「オレがアルデバランと対峙するに値するか否か……その身で試してみる気はありませんか? と聞いたんです」
「ハッ、面白いじゃねぇか! 乗ったぜその勝負! オレっち達に勝てたらアジュバントの件、考えてやるよ!」
★
決闘は、片桐民間警備会社事務所からほど近くにある体育館で行われることになった。
元々体育館を使っていたが玉樹によって追い出された市民達は、民警同士の小競り合いを見るのが珍しいのか、ガヤガヤと喚きながら熱い視線を送ってくる。
「名乗るわよ! 序列1850位、モデル・スパイダー片桐弓月ッ」
「同じく序列1850位、片桐玉樹」
「ではオレも名乗りますね。序列1500位、守屋真護です」
対峙している民警がどちらも高位序列者であることを知り、ギャラリーが息を飲む。
「……おいアンタ、まさかイニシエーターなしでオレっち達の相手をする気か?」
「その程度も出来ないで、アルデバランの相手が務まると思うんですか?」
「ハッ、違いねぇ!」
その言葉を合図に弓月が力を解放して大きく跳躍し、真守の背後に着地する。
(……囲まれたか)
そして弓月と玉樹は一定の距離を取りながら、真守を中心に周回を開始した。
(クモの糸……これは放置したら能力を使わないと突破出来なくなりそうだな)
対する真守は常時強化されている五感で本来視認不能な糸の存在を確認し、短期決戦を仕掛けることを決め、弓月の方に突進するが──彼女はそれに取り合わず、天井に張り付くことで接近戦を拒否。
真守は弓月の予想外な行動で一瞬唖然とし、その隙を突いて玉樹が背後から殴りかかる。
「オラアアアッ!」
回避は糸によって封じられている。迎撃は間に合わない。故に真守は両腕を交差し受け止めることを選択した。
玉樹の腕は成人男性の太もも程の太さを持つ豪腕であり、そこにナックルダスター、俗にメリケンサックと呼ばれる武器を装着した彼の拳打は、生身の人間が出せる最高火力に迫るものがある。
しかし今回は相手が悪かった。人の限界を軽く飛び越えている真守はその程度では揺るがない。
突如爆音を上げてダスター──に見せかけたチェーンが回転し、真守の右腕を削った。
「痛ッッ!?」
鮮血が舞い、ギャラリーは悲鳴を上げる。
そして真守は反射的に距離を取り、糸に捕まってしまった。
「死に晒せぇえええ!」
そんな真守の顔面に玉樹は容赦なくチェーンソーの一撃を放ち、決着が付いた。
──真守の勝利という形で。
「『
それが貴方を倒した技の名です……と言っても、もう聞こえてないでしょうが」
何も特別なことは起こっていない。真守はただ普通にしゃがんで玉樹が放ったテレフォンパンチを回避し、ガラ空きの胴体へ意識を刈り取る拳を叩き込んだ。それだけだ。
胴体に比べて糸で拘束されていてもある程度回避行動が取れる頭部に、これから攻撃しますよと相手に伝えているような大振りの拳を放ったら、避けられてカウンターを喰らうのは当然なのだが……普通は腕の激痛と不可視の糸でそれどころではなくなっている筈なので、やはり相手が悪かったと言うべきだろう。
一方天井からその様子を見ていた弓月はというと、下に降りて真守に降参を勧告していた。
「兄貴を倒すなんて、やるじゃない! でもここまでよ。その状態じゃあもう戦えないでしょ? 早く病院に行って、腕を治療してもらいなさい」
「あー、大丈夫大丈夫。この程度の傷ならすぐ治るから」
「…………いや、どう見ても重傷でしょ」
「いやいや、大丈夫だから。
そう宣言した真守は水筒を取り出して中身を呷り、続けて傷口にかける。
するとみるみる傷が塞がっていき、宣言通り3秒後には傷が完治していた。
「え、何その薬コワッ! 何かヤバい副作用あるんじゃないのソレ!?」
「20%の確率でガストレア化します」
「アンタ市街地でなんてモン使ってんのよ!?」
(それを言うなら公衆の面前で流血沙汰になるような武器を使った玉樹さんはどうなんだと思ったことを言うべきか否か……)
「…………冗談だよ」
「何よその間は!? 全く冗談に聞こえないんですけど!?」
「いや、ガストレアウイルス由来の再生力ならバラニウムで付けられた傷を治せる訳ないでしょ?」
「む、言われてみれば……」
「本当の副作用は、猛烈な空腹感とテロメアの消耗による寿命の減少だよ」
──嘘である。
水筒の中身はただの水だし、再生力はガストレアウイルス由来のものだ。
しかしそんなことが周囲の人間に分かる筈もないので、全員真守のそれらしい言葉に誤魔化されたらしい。
「寿命が減少するって……やっぱりヤバい薬なんじゃない!」
「気にしたら負けだよ?」
「負けって何によ!?」
「何って──この勝負にだよッ!!」
次の瞬間糸を引きちぎりながら真守が突進し、弓月が目を剥く。
(今こそ新しく覚えた技を試す時!)
そして真守は一瞬で距離を詰め、弓月の顎に掌底を叩き込んだ。
天童式戦闘術の一の型に該当する、対象の脳を揺さぶって脳震盪を引き起こし、相手を無力化する技──『
「アハハ、足が笑って立てないわ……まさか、私の糸が引きちぎられるなんてね。アンタホントに人間?」
「4月に人間は卒業したよ」
「どうせなら3月にしときなさいよ…………誇りなさい守屋真護。アンタの勝ちよ」
── パチリ
弓月が負けを認めると同時に、観客の一人が拍手を送り始めた。
それは一人、また一人と増え続け、最終的には体育館全体を包み込むような万雷の拍手となった────
*
「なぁアンタ、どうしてオレっち達だったんだ?」
外に出た玉樹は、なんとなしにそう尋ねた。
「オレが知っている民警の中で、貴方達が一番信頼できるペアだったからです。実はオレ達、初対面じゃないんですよ?」
「あん? マジでか」
すると予想外の返答に、少し瞠目する。
「神崎真守という名に聞き覚えは?」
「……なんで今、あのガキの名前が出てくんだよ」
それはかつて、彼が助け切れなかった少年の名前。
そして苦虫を噛み潰したような顔をしている彼に、真守は笑いかけた。
「オレの名前、覚えててくれたんですね」
「……あぁ? テメェ、何言ってやがる」
「一度しかやらないので、よく見ててくださいね」
両目を指差し、玉樹が注目したのを確認して──真守は舌を噛んだ。
「──ッ、赤目だと!? テメェいつの間に感染しやがった!?」
「3ヶ月前に」
そうして解答する間に、傷の治療が完了した。
「目の色が、戻っただと? テメェは一体……」
「ですから、神崎真守ですよ」
「……あり得ねぇ。神崎真守は10歳のガキだった。そして、未踏査領域でガストレアに食われたところをこの目で見た」
「そうです。オレは10歳のガキで、3ヶ月前未踏査領域に入って……爆薬で起きた大量のガストレアに群がられ──この力を手に入れたんです」
「…………」
それは、当時その場に居た三人しか知り得ない状況だ。
彼自身は勿論、弓月もそれを態々言いふらそうとはしないことを考えれば、玉樹には全くの嘘とも思えなかった。
「……仮に百歩譲ってテメェがあのガキと同一人物だとして、その体はなんだ? デカくなり過ぎだろ」
「ガストレアウイルスは感染者の遺伝子特性を解析し、宿主を最適な形に作り替えます。この体は、おそらく〝神崎真守の肉体の全盛期〟つまりオレの最適な形をガストレアウイルスが再現したもの……と、とあるお医者様が仰っていました」
「……なんでガストレアウイルスに感染しても、形象崩壊しねぇんだよ」
「
ここで何かに気付いたのか、真守は『ハッ』とした顔で付け加えた。
「そういえばオレ、存在そのものがレベル11の国家機密なんで。あまり言いふらさないでくださいよ? 最悪消されちゃいます」
「だろうな……ガストレアウイルスを完全に克服した人間なんて存在、厄ネタ以外の何物でもねぇ」
その危険性は、玉樹も充分理解していた。
「──だが。お前が奴等を足止めしてくれなかったら、オレと弓月がどっちも無傷で帰るのはたぶん無理だった。
だからまぁ、その、なんだ──ありがとよ」
「感謝しなくちゃいけないのは、オレの方です。貴方達はオレを延珠ちゃんに会わせると約束してくれました。本当に、感謝してるんです」
「だがオレっち達は、約束を守れなかったばかりか、結局お前を生き餌にしたんだぜ……?」
「あんなの、オレが自分から突っ込んでったんですからノーカンですって。貴方達は、最後まで約束を守ろうとしてくれました。だから二人を選んだんです」
信頼の篭った眼差しに貫かれ、玉樹は気恥ずかしさから目を逸らした。
「あぁクソ調子狂うな……そんな目で見るんじゃねぇ!」
「ハハハ。それはともかく、これからよろしくお願いしますね。玉樹さん」
「はぁぁぁ……仕方ねぇなぁ。妹共々、面倒見てやんよ!」
7/8日:モノリス崩壊まで──残り4日
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第3話 不死
にも関わらず今回は超展開・短い・繋ぎだから山無しオチ無しと酷いことになっておりますが予めご了承ください......
その代わり次は早く投稿出来ると思いますのでどうかご容赦をば
それでは本編をどうぞ!
──────神崎真守は焦っていた
頭を潰す────再生する
胸を貫く────再生する
脳と心臓はガストレアの────否、それを持つ全生物に共通する、弱点と言えるのかすら怪しい生命線だ
生命線を失った生物は当然死亡する。失っても生存できるのなら、それは生命線とは言えないだろう
(ハハッ、つまりアレか?脳と心臓の両方を壊しても死なないコイツはゾンビか何かの親戚ですってか!?)
だが、アルデバランはその二つを失っても生きていた。『もしかしたら脳と心臓が複数、頭や胸以外の部位にあるかもしれない』と考え
(ふざけやがって......!
ちなみに切り離した体の一部から全身を再生されて増殖したら目も当てられないため、切断は試していないが......結果は同じだろう
(あぁクソ......!目の前に皆を助けられる手段が転がってるのに......!)
──────そもそも何故真守がアルデバランと戦っているのかと言えば、これまた聖天子直々の依頼である
7月8日、ガストレアの集結とほぼ時を同じくして、聖天子は予定通りイージス艦と戦闘機を使ってミサイルを発射したのだ
しかしイージス艦のトマホークミサイルは着弾する前に反応が消失。自衛隊の戦闘機に至ってはミサイルを使うこともなく、パイロットの原因不明の悲鳴を最後に交信を絶っている
つまりアルデバランは無傷。ダメージを与えられなかったということは、アルデバランが再びモノリスに取り付く余裕を取り戻すことを意味するのだ
────それだけは、是が非でも絶対に避けなければならない
だから聖天子は真守に頼った
真守はそれに二つ返事で応えたが、その時彼は条件を付けたのだ
『ダメージを与えて時間を稼ぐのは構いませんが......別に、そのままアルデバランを倒してしまっても構わないんですよね?』
『ならもし、オレがアルデバランを倒すことができた時は────
その狙いは『戸籍剥奪法』棄却への一手だ
参院を通過しかけていた『ガストレア新法』が棄却されたのは、皮肉なことに3ヶ月前菊之丞が人為的に起こそうとしていた〝呪われた子供たちによる悪事の露見〟が原因と言っても過言ではない
だから真守は、その逆をやろうと考えた
『呪われた子供たち』の一人、藍原延珠の英雄的行為によって民衆の好感度を少しでも回復させようとしたのだ
ここで他の『子供たち』ではなく延珠を選んだのは、決して真守のエゴではない。藍原延珠というイニシエーターのパートナーが〝東京エリアの英雄〟里見蓮太郎だからだ
スコーピオンとアルデバラン、単体でエリアを滅ぼせる脅威を二度も退けたペアが『戸籍剥奪法』への反対運動を本気で行えば、確かに多少の効果は期待できるだろう────だがそれは、あくまで真守がアルデバランを倒せていたらという話なのだが......
「────クソッ!クソォ!!」
何度殴ろうと、何度踏みつけようと、アルデバランは死ななかった
どこから再生のためのエネルギーを補充しているのか甚だ疑問だが、どれ程攻撃してもアルデバランはその度に再生した
「チッックショウガアアアアァァ!!!!」
────そして最後に力の限りアルデバランを蹴り飛ばし、衛星の監視が無くなる夜が終わる前に、真守は帰路に着いたのだった
☆
「申し訳ございません聖天子様......!オレは役立たずです......!あんな大口を叩いておいて、結局アルデバランを仕留め切れませんでした......!」
「────頭を上げてください守屋さん。役立たずなんてとんでもない。貴方は十二分に活躍してくれました」
これは本心からの言葉だ
アルデバランにダメージを与えてくれただけで従来の目標は十分達成されている。それに加えてアルデバランの周囲を固めていたガストレアの駆逐と、何よりミサイルを無力化していたと思われる
一箇所に集まっていたガストレア達は真守君の襲撃によってバラバラに逃げ、ガストレアXを失った今、再び一箇所に集まることはないと思われるのでミサイルはもう大きな効果を期待できないだろうが、それでも彼は十分過ぎる程の成果を叩き出してくれた
(しかし困りましたね......脳と心臓を同時に破壊した上で傷口を焼いても再生するとなると、バラニウム製の武器で同じことをしても復活されるでしょうし......)
実際アルデバランがモノリスに取り付けたことを考えれば、バラニウムの再生阻害もどこまで通用するか分からない
さて、どうしたものか────
「────聖天子様、一つお願いが」
「......?はい、なんでしょう」
「このようなことは可能でしょうか────」
────軽く検討してみた結果、そう難しいことではないように思える
だがそれは............いや、今更だ。ここで躊躇するのは偽善に他ならない
ならば私は、彼の願いを叶えよう
「可能です。
☆
真守は聖天子への報告をした後、天童民間警備会社にも報告をしていた
「............『元々の依頼の達成条件は満たせて報酬は貰えたんだからいいじゃないですか』なんて、口が裂けても言えませんね......」
「一体何の因子を取り込んだらそうなるんだ......?」
「アルデバランを倒さなきゃモノリスを作り直しても意味がないのに、相手が不死身だなんて......そんなのもうどうしようもないじゃない......!」
真守でさえアルデバランを倒せなかった
その事実は、蓮太郎達に多大な衝撃と絶望を与える結果となった
しかし一度敗北したにも関わらず、真守だけはまだ希望を捨ててはいなかった
「いえ、まだ道は残されています」
「────まさか真守さん、形象崩壊する気じゃありませんよね?」
「違うから安心して。というか夏世、まだフランを警戒してるのか......?」
「当然です。私以外に誰も警戒している人がいないんですから......まぁそれはさておき、真守さんの言う『道』とは一体?」
「司馬重工に頼ろうと思う」
「ゲ、未織のとこ......?」
「社長......今は私情で手段を選んでいられる状況ではないことくらい解ってますよね?」
「解ってるわよ!でも感情的に納得できるかは別でしょう!?」
「駄々こねんなよ木更さん。真守の姿を晒さずにアルデバランを倒そうとすんなら、兵器のスペシャリストの協力は必要不可欠だろ」
「駄々って何よ!誰も駄目とは言ってないじゃない!それと、仕事中なんだから社長って呼びなさい!」
「へいへい分かりましたよ社長......」
「それと蓮太郎さん、申し訳ないんですが
「おう分か────待て、今なんつった?」
「蓮太郎さんのアジュバントから、守屋真護と千寿夏世を除名してください」
──────静寂。そして
「「「はぁ!?」」」
一拍の後、社内に絶叫が響き渡る
「どういうことだよ夏世!?」
「いや私に聞かないでくださいよ!私だって初耳なんですから!」
「落ち着いてください。ちゃんと説明しますから」
そして少し時間を置いて3人が落ち着くのを待ち、真守は説明を開始する
「さっき説明した通り、アルデバランは極めて不死に近いガストレアなので、オレ以外が戦えばほぼ確実に多くの死人が出ると思います。だから聖天子様に頼んで、オレが全体の作戦を無視してアルデバランと戦えるように〝特攻隊〟を作ってもらったんです」
「..................そうか。いつも、お前には苦労を掛けてばかりだな......」
────本当は止めたい。子供にこれ以上命を懸けてほしくない。自分をもっと大事にしろと声を大にして叫びたい
だが、木更に『駄々こねんな』と言った舌の根も乾かぬ内に感情に任せてそんなことを言うなんて、蓮太郎には出来なかった
それに、今更なのだ
『子供だろうと力を持つ者を活用しない手は無い』という考えを否定することは、イニシエーターの存在そのものを否定する偽善に他ならないのだから。聖天子や蓮太郎に真守を止めることなど出来る訳がなかった
「そんなことありませんよ。むしろ、オレの方が蓮太郎さんに迷惑を掛けてますし......今だって、オレのせいで仕事が増えて、予定より一人多くアジュバントのメンバーを探さなくちゃいけなくなってるんですよ?」
「今日のメンバー集めで俺は戦果無し。対してお前は片桐兄妹を引き入れてるからプラマイゼロだろ」
「卑屈過ぎじゃないですか!?憧れてる人のそんな姿は見たくないんですけど!」
「憧れ......か。延珠といいお前といい、一体俺にどんな幻想を抱いてんだ......?」
「ああもう面倒な人達ですね!ウジウジしてる暇があるなら一秒でも早くメンバー集めに行ってくださいよ!私は司馬重工に依頼をしに行ってきます!」
「「お、おう......」」
7/8日:モノリス崩壊まで──残り4日
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第4話 仲間
────東京エリア第40区、32号モノリスの10km手前。前線司令部が置かれている民警軍団の拠点にて
「「────さて、第二ラウンドだ」」
往来を行き交う民警を眺めながら、蓮太郎と真守は同時にそう宣言した
此処はアジュバントに加わり損ねた民警達が、最後の望みを託す場所。勧誘に失敗し、昨日一日を棒に振った二人もその一員だ
蓮太郎の場合は『棚ぼたで成り上がった若輩者』だから。真守の場合は『任務の危険度が高過ぎる』から人が集まらないのだ
『棚ぼた』に関してはレールガンの弾が足りていなかったことやテロ事件の
「ところで里見さんは、あと何ペアくらいメンバーを集めようとしてるんですか?」
『シャンフィールドによる視覚拡張が役立つ筈だ』と言って付いてきたティナが、蓮太郎にそう尋ねると、蓮太郎は「理想はあと3ペアだ」と答える
「私も里見さんのアジュバントに入れれば良かったのですが......」
「意外だな。アジュバントに入れるなら、お前はまも......真護のチームに入りたがると思ったんだが」
「お兄さんならチームメンバーが誰だろうと、たとえ一人でも作戦を達成できると信じてますから」
「ティナ......そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、オレ一回任務失敗してるんだからね?」
「それでも、ですよ」
そう言って真守に微笑み掛けた後、ティナはめぼしい民警を見付けたのか、走り去って行った
「............なんつーか、愛されてるな」
「............蓮太郎さんも、延珠ちゃんに物凄く愛されてますよね」
「スマン、失言だった」
「いえ、気にしないでください」
共に、大切な家族のように思っている少女から熱烈な愛を受けているが、他に想い人がいる故にその愛を受け入れることが出来ない者同士。その苦しみは痛い程理解できた
「............俺達も、行くか」
「............はい。そうしましょう」
────二人の足取りは、重かった
☆
──────擦れ違う人々を見る
服装だけでも迷彩柄のいかにもな野戦服やら西洋風の鎧やらと様々な種類があり、更に武器でも各種銃火器・斧・剣・戦槌と細分化されていた
(────で、強そうな人は居た?)
『............ダメだね。どいつもこいつもまるで脅威を感じられない』
蓮太郎さんやティナなら身のこなしとかで強さを大体測れるんだろうが、天童式戦闘術をかじった程度のオレではそんな芸当は出来ない
だからフランの〝野生の勘〟的なものに期待したんだが......
(お前が脅威を感じたことのある人間なんて木更さんとジョセフさんくらいじゃんか......そんな高レベルじゃなくて良いんだよ。というかそんだけ強かったらオレでも見て分かる)
『んー......だったら、あのマッチョとか良いんじゃない?』
(マジか。どれど、れ............冗談だろオイ)
身長は目算で約190cmの高身長で、フランの言う通り体は筋肉質。それだけなら確かに好条件なのだが────その男は、
身に付けているのはパンツと顔全体を覆う覆面を除けば金棒のみ
『真守、ちょっと体の主導権渡して。僕がスカウトする』
(え、おまっ、マジでアレ仲間にする気か!?オレは嫌だぞあんな露出狂と一緒に戦うの!)
『でも、君の知識によると〝軽装の方が重装備より強い〟らしいじゃないか。ということは軽装の究極体を体現する彼は超絶強いということになるのでは?』
(それにしたって限度があるわ!とにかく!アレをスカウトするのは却────)
「────君、そこをどいてくれないか?この人混みの中で立ち止まって考え事をされると迷惑なのだが」
────いつの間にか正面まで来ていた露出狂に正論を言われてしまった......
というか、予想外にイケボでビビる
そして、そんなことに気を取られていたせいで
『──ちょっ!?フランテメェッ!』
(仕事中。気が散るから少し黙ってて)
『うぐっ』
「悪いね。アナタをどう口説けば良いか考えるのに夢中になっていた」
「ほう、君みたいなイイ男にそんなことを言われると不覚にもトキメキそうになるが......生憎俺はノンケなんでね。夜の相手は出来ないぜ?」
「安心してくれ僕もノンケだ。そうじゃなくてアジュバントの勧誘だよ」
「............そうか。なら此処は人の邪魔になる。向こうで腰を落ち着かせて話そうか」
★
「────それで、何故君は俺のような露出狂の変態プロモーターを見て、勧誘しようなんて思ったんだ?」
「道を歩きながら沢山の民警を見たけど......アナタは他の有象無象とは違ったからね」
「まぁ、明らかに服装がオカシイからな」
「そうじゃない。僕の〝勘〟では────序列千番台以上はたぶんアナタだけだった」
「............よく分かったな。他にいたかどうかは知らんが、確かに俺達の序列は千番越え。
『............なんつーか、期待通りの結果を出してくれたのは嬉しいんだけど......何だこの釈然としない感覚は......!』
(うるさいちょっと静かにして)
『解せぬ』
「だが、止めておけ。いくら序列が高かろうが、俺のようなイロモノがチームに居れば、それだけで新しい人員を迎い入れるのは困難になる。それに、元々アジュバントに所属している君以外の人間が俺達の加入を認めないだろう。序列千番台以上に拘らず、他の民警を誘った方が良いんじゃないか?」
............実際に話してみると、意外とマトモな人だなこの露出狂......
だけどオレ達には、千番台以上に拘らなくちゃいけない理由がある
「それじゃダメなんだ。僕は聖天子様直属の〝対アルデバラン専門特殊攻撃隊〟の隊長として、アルデバランと対峙するに値するアジュバントを作る義務がある。妥協は許されない」
「ハハハッ、それは驚いた!そんな大層な肩書きを持っていたのか君は!!しかし、聖天子様直属の部隊にこんな変態を入れて良いんですか隊長殿!?」
「問題無いね。戦場では実力が全てさ」
「ならいいだろう!序列810位 安部浩治、安部万里ペアは、君の傘下に入ろう!後で後悔しないでくださいよ!?」
(────よし!スカウトは成功したし、報酬とかそういう後の面倒な話は任せた!)
『お、おう......』
「............こちらのセリフですよ。報酬の額や、オレが本当に聖天子様直属の部隊長であるのか等の確認もせず、まだ名前も知らない相手と口約束とはいえ契約をしてしまうなんて......」
「大丈夫だ、問題ない。俺も君と同じく〝勘〟には自信があるんだ」
「そうですか......では安部浩治さん、安部万里さん、これからよろしくお願いします」
☆
それから真守と浩治は報酬等の事務的な話を済ませ、明かせる範囲で三人は己の能力について語ったり、たわいない世間話をしたりして親交を深めていた
そうしている内に日は傾き、浩治が『今日はお開きにしよう』と言おうとした時────大声が響いた
「......何事だ?」
「行ってみましょう」
三人は顔を見合せ、すぐに声の方向へ向かうことを決定。人だかりが出来ている場所、市場の往来から少し離れた草地に移動する
すると真守は、人混みの中に見知った顔があることに気付く
「ティナ、さっきぶり!でもって蓮太郎さん!これはどういう状況ですか!?」
「あぁ、真守か。民警の小競り合いだよ」
「小競り合い......?」
そう言われてドーナツ状の人だかりの中心部に居た四人を見て、その内の一人────バイザーを着けた長身の男に意識を向けた時、フランが感嘆の声を漏らした
『おぉ......真守、アイツ滅茶苦茶強いよ。絶対に引き入れろ』
(やっぱそう思う?でも、勧誘は他のアジュバントに入っていなければの話────なんて言ってる間に始まりそうだね)
モヒカン頭の男が傍らのイニシエーターに向かって顎をしゃくると、彼女はジャベリンの投擲モーションに入り、それを見たバイザーの男が視線を鋭くする
「やめておけ。この戦い、栄光も矜持もない戦いだ。勝っても負けてもつまらんぞ」
「うるッッせぇんだよコラアアアアアアアアァァァッ!!」
モヒカン男がアバカン・アサルトライフルをフルオート掃射、バイザーの男とそのイニシエーターを蜂の巣にせんとするが────少女が肩を貸す形で二人は空中に回避。続けて少女は
それを好機と見た槍持ちの少女は力を解放。少女の腕が〝バクン〟と音を立てて肥大化し、神速の槍が男に向けて放たれ────直後に破裂音が響き渡り、槍の切っ先と男の腕が激突
筋力特化型のイニシエーターである己の攻撃が、ただの人間に弾かれた。その光景を少女がどんな気持ちで見ていたかは分からないが、その瞬間に勝敗が決まったのは確かだ
助走と共に遠心力で体を回転させ、投擲の威力を高めた影響でつんのめっている少女と、最小限の動作で槍を弾いた男では、硬直時間に差があり過ぎたのだから
男はその間に少女に肉薄し、彼女の顎へ掌底を叩き込んだ
『真守、今の技って────』
(────あぁ、間違いない。『
その通りだった
実際同じ技でも真守が使った時と違い、技を受けたイニシエーターの少女は昏倒している
そしてバイザーの男が勝利した頃には、その相棒も勝負を決めていた
少女はモヒカン男の銃撃を全て回避し、弾切れした瞬間に突進。擦れ違い様に男のライフルのみを切断したのだ
モヒカン男は呆然と膝を突き、天を仰いだまま泡を吹いて失神した
少女がそれを確認した後恥ずかしそうに俯き、帽子を押さえながらオーディエンスに丁寧なお辞儀をすると、爆発的な歓声が生まれた
「まるで子供と大人の戦いだったな......」
「自分を殺そうとしている相手を殺さず無力化するには、圧倒的な実力差が必要ですからね......」
「ところで二人は、あの帽子の奴がモヒカンを倒す時何をしたのか見えたか?」
帽子の少女の機動は明らかに延珠と同じスピード特化型イニシエーターのそれだった故に、義眼を解放していない蓮太郎の動体視力では動きを捉えられなかったのだ
しかしフクロウの因子を持ったティナと、それプラスその他諸々の因子を所有する真守ならば見えた筈だという蓮太郎の期待に応え、二人は同時に解答を口にする
「「爪です」」
「爪?」
「はい。爪が一瞬で伸びて銃を切り裂き、また縮みました」
(となると、アイツの因子も自然と絞られてくるな────)
────それから考えが煮詰まった辺りで思考を打ち切り、蓮太郎は輪の中央で喝采を浴びるバイザーの男に双眸を向け、何かを確信したように首肯した
そして彼は輪の中心に歩みながら男の背に「おい──」と問う。バイザーの男も振り返り蓮太郎に気付くと、表情を険しくして彼の元へ静かに歩み寄っていく
「蓮太郎さん......?」
背後で蓮太郎の行動に首を傾げる真守の声を無視して彼は歩み続け、遂に二人の距離が互いの拳が届く距離になった瞬間、彼等の右腕が同時に跳ね上がる
周囲の人間は惨劇を予感して息を飲み────予想を裏切って二人の腕は再会の喜びでがっぷりと組合わさった
「投げ槍のイニシエーターを昏倒させたあの技、『三陀玉麒麟』だろ? ──ちっとも衰えてねーな、彰磨兄ぃ」
「正解だ。そして久しぶりだな、里見。お前の活躍、風の噂に聞いている。
「
「だが倒したことに変わりはないのだろう?............ということは、残念ながら噂は正しかったということになるのか......」
「おいおい、残念ながらってなんだよ」
「いや、そうだな。残念と言うのは失礼か......訂正しよう」
彰磨はそこで一呼吸置き────とんでもないことを宣った
「
──────絶句
皆、何を言って良いのか分からず硬直していた
その中で一番初めに動いたのは真守だった
「あ、あの......?貴方は突然何を口走っておられるのでしょうか??」
「いや、噂で知ったことなのだが......里見は一時期落ちぶれてゲイバーのストリッパーをやっていた経験が────」
「──あるわけねぇだろ!!!」
その後彰磨の誤解を解いて真守達が自己紹介を終えるまで、結構な時間を有しましたとさ
7/9日:モノリス崩壊まで──残り3日
切りがいいので7/9日はここまで。一応画面外で起こった展開はほぼ原作通り。木更・ティナペアが蓮太郎のアジュバントに参加、アジュバントメンバーの能力把握、我堂の演説で終了
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第5話 自滅
7/10:原作通り、テスト・将来の夢・回帰の炎の展開。ただしプレヤデスがいないことと、真守が蹴散らした大量のガストレアの死骸が(モザイク付きで)放映されているため、悲壮感が少しだけマシになっている(尚、治安は大して変わらず)
ということで10日は省略。最初から11日、からのモノリス崩壊まで突っ走ります
ちなみに蓮太郎は片桐兄妹以外の民警を引き入れに第9区を訪れて盲目の少女に会ってる設定です
──延珠ちゃんと二人、無言で町を歩く。
恋い焦がれる少女と二人きりで町を歩いているこの状況は、本来ならとても喜ばしいものなのだが……今だけは、そういう気分になれない。
周囲を見渡せば、ホームレスと思われる老害が支離滅裂な演説をしていたり、略奪品を積んだトラックが走っていたりと、世紀末な光景ばかりが目に入る。
しかも意味不明な演説は喝采を浴び、略奪品を積んだトラックの運転手は自警団の腕章を巻いているのだから質が悪い。
「すまないな真守……こんなことに付き合わせて」
「いや、やっぱ付いて来て正解だったよ。延珠ちゃんにこんなとこを一人で歩かせるワケにはいかない」
「心配性だな真守は……妾なら大丈夫なのに」
「何が大丈夫なのさ。ああいう奴等が一番に狙うのは弱い子供と老人なんだからね?」
「むぅ、妾は弱くないぞ」
「うんうん分かってる分かってる。延珠ちゃんが強いのは知ってるよ」
「なら」
「でもダメだよ。そういう問題じゃあないんだから」
「真守は過保護なのだ……」
「過保護で結構。〝守護者〟とはそういうものなのです」
それからまた無言で道を進み、延珠ちゃんの家に到着した。
この家には何度も遊びに来ているので大体どこに何があるのかは把握しているし、分からない物は住人の延珠ちゃんに聞けばいいから、ボストンバッグに手際よく頼まれた物を入れていく。
「真守、分かっておると思うが……」
「大丈夫、女の子の部屋には許可なく入らないって。そんなことしたら舞に殺されちゃうからね……」
ちなみに本来ならこの作業は蓮太郎さんが行う筈だったのだが、それによって〝蓮太郎先生〟がお休みになると〝木更先生〟が生徒からの大ブーイングを受けることは想像に難くなかったので、夏世が気を利かせたのか『延珠さんのパンツに手を出そうなんて、里見さんはやはりロリコン……?』と呟いて、蓮太郎さんが荷物の回収を延珠ちゃんに頼むよう誘導したのだ。
だがさっきも言った通り、延珠ちゃんにこんな危険な場所を一人で歩かせるワケにはいかないということで、オレが護衛兼荷物持ちとして同行しているというワケだ。
(今頃皆は何の授業を受けてるのかな……)
バッグに荷物を詰め終えて窓からこの荒廃した町を見ていると、なんだか外周区が恋しくなってくる──なんて考えていたら、蓮太郎さんから電話が来た。
「もしもし、真守です。どうしたんですか? 蓮太郎さん、まだ授業中ですよね?」
『そうなんだが、ちょっと気になることがあってな……居ても立ってもいられなくなった』
「気になること……ですか?」
『あぁ。帰りに寄ってほしい場所が────』
★
──第9区の駅で降りると、蓮太郎さんに教えてもらった歩道橋に向かって走る。
延珠ちゃんには、先に帰ってもらった。護衛としてどうなんだという話だが、これから向かう場所に連れていく方が危険だと判断した。
実際、その判断は正解だったと思う。強化された五感は、歩道橋から殺気の籠った声と血の臭いを拾っているのだから。
そして歩道橋の階段を上りきると、一人の少女に八人の大人たちが群がっているのが見えた。
「ねぇ……お前ら何やってんの?」
声色から尋常ではない様子を理解したのか全員の注意がこちらに向き、その内一人が返答した。
「見て分かるだろう!?
血の滴るバラニウムナイフを見せつけ、小太りの男は『駆除』をしていたと言う。他の奴らも、我が意を得たりと言いたげに首肯している。
────それに対しオレは、
「なるほど、お疲れさまです。じゃあ
八人はオレの反応が予想外だったらしく、困惑していた。
「なんですか、その反応。心外ですねぇ……
なので──」
見た目がグロテスクになるように複数の生物の因子を発現し、少しだけ変身する。
『──ついでにオレのことも駆除してくださいよぉ!!!』
すると────
『うわああああああああああああ!!!
──そして周囲には、誰も居なくなった。
「……ッ、何が
舌打ちと共に不満を吐き出し、少女に向き直る。
「君、何区から来たの? 送っていくよ」
「……あなたは、優しいですね……残念です。あなたのような人から死んでしまうなんて……この世界は本当に、悲しすぎる……」
「あぁ、ガストレア化のことなら安心してよ。さっきのは演技だからさ。オレはまだまだ死なないぜ」
「え? では、
「──それ、どういう意味?」
まさか、バレたのか? 目が見えないのなら、この状況でオレがガストレアウイルスを保菌しているかどうかなんて分かる訳がないのに。
「気を悪くしたのなら申し訳ありません。ただ、
「……いいや、正解だよ。オレは『普通の人』より、『呪われた子供』に近い存在だからね」
「……?」
言葉の意味を理解できていないのか、少女は笑顔で首を傾げているが……この娘、地味に凄いんじゃないか……?
いや、この能力を使って何か役に立つことがあるのかと聞かれたら答えられないけれども。
「……ねぇ君、妹さんを養うためにお金が必要なんだよね?」
──瞬間、少女の表情が抜け落ちた。
「水商売は、イヤです」
「お水の売り買いになんのトラウマが!?」
「……それ、本気で言ってます?」
「え、水商売ってそんなにヤバイの……?」
「……あなたは、知らない方が良いんじゃないかと」
──水商売とは、ヤバイものらしい。
「そ、そっか……とりあえず、ヤバイ商売の勧誘じゃない。君の特殊能力を活かせるかもしれない仕事があるんだ」
「民警、ですか……?」
「うん、今度は正解」
「私に戦いは無理ですよ……」
「戦いだけが民警の仕事じゃない。君の意思を尊重してくれる人を、オレが探すよ」
「……どうして、そこまでしてくれるんですか?」
「どうして? それは──オレが
☆
────残すところ一日になった。
民警軍団の団長である我堂は、今日一日を完全自由にした。最後だから自由を満喫しろという意図らしい。
片桐兄妹は食事と睡眠に。彰磨と翠は鍛練に。そして蓮太郎は、この日を『先生』として過ごすことをごく自然に選択していた。
ティナと木更も蓮太郎、延珠と同じく学校に行こうとは思っていたのだが、木更が眠りこけていたのでティナは彼女が起きるまで待つと言い、蓮太郎と延珠は先に登校することにしたようだ。
……それでも二人の出発時刻ではどんなに急いでも大遅刻なのだが、それはご愛嬌か。
こうして最後の一日は粛々と始まった。
蓮太郎と延珠は39区行きの切符を買うと、連れ立って電車に乗る。
「延珠、学校は楽しいか?」
「うむ、凄く楽しいぞ。
……蓮太郎は先生やるの、楽しくないのか……?」
「──いや、楽しいよ。お前のおかげだ」
その答えが予想外だったのか延珠は最初目を丸くしていたが、すぐに満面の笑みを浮かべて蓮太郎の腕に抱き付いた。
レールと枕木の上を跳ねる列車の音が優しく沈黙を埋め、穏やかに時間が流れていく。
そして列車は第39区に到着し、二人は駅から出て視界に廃墟ばかりが入る道を行き、教室を目指した。
『最後になるかもしれない今日は、希望と幸福の話をしよう』
だが、そう決意した蓮太郎の胸中は不吉な予感に満たされていた。
それは目的地に近付く程に大きくなっていき──ものが焼ける臭いと喧騒を感知した時、確信に変わる。
いつも蓮太郎達が青空教室として使っていたあたりで、生徒である『子供たち』と警官達が言い争っていたのだ。
『生徒の中には先に登校していた真守と夏世も居る。あの二人が居てここまでの大事になるということは、相当深刻な事態が発生しているに違いない』と判断した蓮太郎は、延珠と共に急いで現場に駆け付けた。
すると、二人の到着に気付いた生徒達は泣きながら蓮太郎に飛び付いた。
「蓮太郎先生ッ! 助けて!!」
「私達、先生に言われた通り耐えたんです……! でもッ、でもぉ……!」
「お願いです、助けてください……!」
「分かった、よく耐えてくれたな。もう大丈夫だ。俺がお前達を見捨てる訳ねぇだろ? だから落ち着いて、何があったのか話すんだ」
「……それは、私が話しましょう」
「夏世か。助かる」
「ですがその前に一つ確認を。ティナは今どこに?」
「スマン、まだテントだ」
「そうですか……なら良かったです。そのままティナを、ここに来させないでください」
「…………まさか、真守に何かあったのか?」
「……察してくださっているなら、話が早いです」
☆
自衛隊のヘリが近付いてきて、皆で『珍しいね』と話していたら、
それは真守さんが迎撃して、発電魚の因子を使ってバリアを張ってくれたのでなんとかなりましたが……攻撃は終わっていませんでした。いつの間にか私達を包囲していた自衛隊員達が姿を現し、銃撃を浴びせかけてきたんです。
当然ですよね。爆弾一つでは足の速い娘や勘の良い娘には逃げられますし、再生力が高い娘は殺し切れない可能性があるので。私が敵でもそうします。
それを防ぐために真守さんは、バリアをずっと維持し続けたんです。
デンキウナギを始めとする発電魚は発電中、
だから真守さんは、操作可能なガストレアウイルスの大半を電力の強化に回したんです。
それによって肉体の損傷速度が再生速度を上回り、真守さんは時間制限付きの戦いを強いられました。
──敵を殺していいなら、簡単だったでしょう。
──私達を庇わなくていいなら、さらに楽だったでしょう。
ですが真守さんは、決して敵を傷つけなかった。決して私達を見捨てなかった。
そうして全員を追い払った直後……真守さんは倒れました。
「それっきり、真守が全然動かなくなっちゃったの!」
「傷は治ってるのに、もうずっと息をしてないの……!」
「ねぇ先生、助けて!」
── 真守を、助けてあげて!!
☆
警官達と言い争っていたのは、
遺体は見せてもらったが、『傷は治っている』という証言通り、とても死んでいるとは思えない程綺麗だった。
しかし先生の言では『綺麗なのは外側だけで、中身は酷い状態。具体的には
このことは聖天子や未織、安部ペアに伝えられ、予定を真守抜きでのアルデバラン討伐作戦に組み直しているようだが────もう、お終いだ。
だって、
東京エリアを守る
不死身に限りなく近いアルデバランを殺すために用意されたEP爆弾は、仕様上単体では意味がない。敵に風穴を空けるためのサブウェポンと、爆弾を捻って衝撃を与えないように体内に放り込む人間が必要になるからだ。
だが、俺達にはそんな高火力で貫通力のある武器なんて無いし、取り巻きを排除して接近し、抵抗するアルデバランの体内に爆弾を放り込んで生還できるような強者もいない。
本来なら安部ペアと、明日来るという真守のアジュバントの最後の一人が露払いをし、真守がアルデバランに風穴を空けてEP爆弾を放り込む手筈だったのに────人類は、自ら切り札を手放した。
この腐った世界には、救われる者など居ないのだ。
7/12日────モノリス崩壊
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第6話 処罰
「延珠──」
32号モノリスが倒壊してすぐ、蓮太郎は戦場に出るため延珠に声を掛けようとした。
だが、彼女の表情を見て口を閉ざす。
「ぁ……なんだ、蓮太郎か……どうしたのだ? そんなに慌てて……」
蓮太郎はゾッとした。
「……予想より一日早く、モノリスが倒壊した。
あの轟音で、気付いてなかったのか?」
「いや、気付いていたぞ。
だが──
「は……?
それがどうしたってお前……戦いに行かねぇと」
「そうだな。
だけど、どうしてだろうな、蓮太郎──妾は、戦いたくない」
……延珠が戦いを拒んだことを、蓮太郎は意外とは思わなかった。
「なぁ蓮太郎……妾は、思ったのだ。思ってしまったのだ……
──自衛隊の奴らなんて、みんな死んでしまえばよいと」
「延珠……『奪われた世代』が、憎いか?」
「──憎い」
「じゃあなんで──お前はそんな顔をしてるんだ?」
延珠の表情には、自己嫌悪の念が表れていた。
「──だって、真守は最期まで信念を貫いた!
危険を承知で未踏査領域まで来てくれた! ガストレアになっても夏世とティナを救ってみせた! 命を捨ててクラスの皆を守り抜いた!
なのに、妾は……! 自衛隊が憎い。奪われた世代が憎い。どうしようもないくらい、憎くて憎くて堪らないのだ。
そして、どうして真守は人を殺してでも生き残ってくれなかったのかと──そんなことを思ってしまった、自分自身が情け無い! これでは、妾が大嫌いな『奪われた世代』と、何も変わらぬではないか!」
「……延珠、お前はやっぱり、凄い奴だよ」
憎しみを抱くのは仕方ない。感情は生物の性である故に。問題はその後だ。
──人間を敢えて他の生物と区別する点があるのなら、感情を制御する『理性』の有無こそがそうだろう。
『奪われた世代』の多くは、憎しみに呑まれて『獣』となった。
しかし『獣』が『バケモノ』と呼ぶ少女は、憎しみを御する『人』で在ろうとしている。
「……妾は凄くない。真守ならきっと、躊躇せず戦いに向かっていた」
「安心しろ。俺だって本当は、アイツを殺した奴が居る組織の援軍なんて、真っ平ごめんだよ」
「蓮太郎も、なのか……?」
「そうだ。でも自衛隊の奴らだって、東京エリアを守りたいのは本気の筈だ。中にはさ、民警と仲良くしたい奴だって居るかもしれない」
「……あぁ」
「そういう一部の人間のために、俺はアルデバランを倒して、東京エリアを存続させるよ。
──どっかの誰か曰く、この世界は俺にしか救えないらしいからな」
「……そうだ。蓮太郎だけが、この世界を救える」
「でも、俺だけじゃ無理だ。この腕がアルデバランを葬り得るとしても、この脚じゃ奴の元まで届かない」
「──ならば、妾がその脚になろう」
「頼めるか?」
「うむ。任せておけ」
「なら、行けるな?」
「うむ!」
「……意外と、大丈夫そうですね」
延珠が覚悟を完了させたタイミングを見計らい、夏世が姿を現した。
「夏世、見ておったのか!?」
「はい。不躾ながら、様子を伺っていました。いつまでもウジウジしているようなら、引き摺ってでも連れて行こうかと思っていたのですが──その必要はなさそうなので、安心しました」
そこで一度言葉を切り、夏世は蓮太郎の方に向き直る。
「ところで里見さん、一応聞いておきますけど、基地までどうやって行くつもりですか?」
「タクシーで」
「バカですね。そんなのは真っ先に逃げ散ってますよ。
私が里見さんを背負って走ります。延珠さんは私に合わせてください」
「む、蓮太郎は妾が背負う!」
「二人揃ってバカなんですか? ご自身の侵食率を考えてください」
「むぅ、それを言われたら引くしかないではないか……」
そうして渋々延珠は納得し、三人はエントランスから外に飛び出した。
☆
縦に1.618km、横に1kmもの大きさがある超巨大構造物、モノリスの倒壊によって夥しい量の砂塵と白化モノリス灰が舞い上がり、それによって発生した厚い雲で太陽は隠された。
それは見る者に否応なく世界の終わりを連想させ、ただでさえ最悪な気分が更に悪くなる。
「菫先生……真守の遺体は、どうするんですか?」
「舞ちゃんか……何故まだ逃げていないんだい?」
「延珠ちゃん達が負けて、ここまでガストレアが来るようなら、どこに居たって変わりませんよ。だったら私は、真守の側に居たいです」
「どこに居ても変わらない、か……一理あるが、10歳児の回答じゃないねぇ」
「今時の10歳児は皆こんな感じですよ。それで、真守をどうするんですか?」
「そうだねぇ……真守君の体は生きてる内に大体調べ終わってるし、今更死んでから調べるようなこともない。というか彼の皮膚は硬すぎてメスも通らないから、本人に硬度を下げてもらわないと解剖できないしね。普通に火葬するのが一番じゃないかな?」
「そうですか…………でも、もし問題が無ければ、土葬にしてくれませんか?」
「真守君の遺言かい?」
「はい。生前、よく『火葬より土葬がいい』と言っていたので」
「分かった。ならそうしよう」
「ありがとうございま──」
「──じゃあッ、真守の埋葬は私達にやらせてください!」
「え? 皆、どうしてここに……?」
菫先生の言葉が終わるや否や、部屋にクラスメイトの皆が飛び込んできた。
「私達も舞ちゃんと同じなんだよ。どうせ逃げたって、赤鬼の私達を受け入れてくれる場所なんて無いんだもの。だったら皆と一緒に居たいし、真守だって一人じゃ寂しいでしょ?」
「それに私達だって、真守になにかしてあげたいよ……だから、皆が集まる教室の近くに、私達の手で埋葬してあげたいって思ったの」
「でも、あの教室は……」
「『黒板があり生徒さえいれば、どこだろうとそこは教室になる』って、長老も言ってたでしょ? 教室は、あそこじゃなくても良いんだよ」
「そうじゃなくてッ! また爆弾が落とされるかもしれないんだよ!? 今度は皆死んじゃうかもしれない!!」
「いや、その可能性は低いんじゃないか? バラニウムが大量に詰まった爆弾なんて一般人がそう簡単に用意できる物じゃないし、今回自衛隊が動いたのだって、世論の流れと混乱期のドサクサに紛れたものだ。
それに、この戦いが終わった頃にはステージⅤとアルデバランのダブルパンチで自衛隊はテンテコ舞だろうさ。平和に学校生活を謳歌している『子供たち』にちょっかいかけてる余裕なんて無いと思うけどねぇ」
「それってつまり、自衛隊が落ち着いた後に世論が『子供たち』に不利なように動いたら、また同じことが起こる可能性があるってことですよね?」
「自衛隊は陸海空全てが
つまりだ舞ちゃん、バラニウムの価値は昔から高かったが、これから東京エリアにおいてバラニウムの価値は更に高騰する。そんな状況で爆弾の警戒をするのは杞憂と言っていい」
「でも……」
「君はアレか。癌になる可能性が怖くて、トーストとか焼き芋の焦げを食べられないタイプの人間だろ? 人生それじゃつまらんだろうに……
それとも何か、実は青空教室が嫌いだったりするのかい?」
「それは無いです!」
「じゃあ問題ないだろう?」
「むぅ……」
────自分が間違っているとは思わないが、反論の言葉が出てこない。私の負けだ。
「地下に引きこもって、他人と接する機会なんて殆ど無いのに……そんなに他人の説得が上手いだなんて、ズルいです」
「ああ、私の隠れた特技さ」
そう言ってフッと笑うと、先生は皆の方に向き直った。
「じゃあ、この子は皆に任せよう。丁重に扱ってくれよ?」
『はい!』
☆
──────7/12日午後5時 1800体からなるアルデバラン軍襲来。7000の自衛隊決戦兵と戦闘を開始。
7/13日午前2時 自衛隊は地上のガストレアを一掃したが、アルデバランに対する決め手が無く、奮戦虚しく敗北。1500体を葬ったが、代わりに1700人が敵陣に加わった。
その後アルデバラン軍2000体と民警軍団500ペア1000人が激突。
アルデバラン軍は飛行ガストレアを利用した挟み撃ちを試みるが、里見蓮太郎率いるアジュバントに動きを察知され、失敗。また、我堂長正率いるアジュバントによる攻撃で限界を迎えたのか、アルデバランは撤退した。
結果として民警軍団はアルデバラン軍に1200体の損害を与え、200人の被害を出し、内50人が敵の傘下に加わったと見られている。
数だけ見れば850対800とほぼ互角だが、負傷者はお互い様として人類側はペアの片割れを殺害ないし戦闘不能にされ戦力が半減以下になった者もいるし、主戦力であるイニシエーターは肉体的な傷を回復することはできるが、10歳の未熟な心に刻まれた
極論だがガストレア側はアルデバラン一体さえ残っていれば何度でもやり直せる。そしてそのアルデバランが不死身という、最早負ける要素が見当たらない状態──
「──とまぁ、現状はこんなものだ」
「絶望的だな」
戦闘から一夜明け、蓮太郎は他のプロモーターと共に死体の回収等の作業を終え、アジュバントのメンバー(加えて夏世とアジュバントが解散になったことで蓮太郎のチームに再編された安部ペア)と食事や情報の共有をしていたのだが、その時彼は団長の我堂に呼び出され、民警軍団の仮設本部に来ていた。
そして蓮太郎がアルデバラン軍の統率力の高さについての考察を話し、続けて我堂が昨夜の戦闘の結果についてのデータを相手に伝えたところで──
「返す言葉もない……
──だがその上で我々は今日、さらに辛い決断を下さねばならない」
我堂達の〝圧〟が高まる。
「何の、話だ……?」
「里見リーダー、君をここに呼んだ理由はな……アルデバランの分析を聞くためではない。君の
「ま、待ってくれッ! アンタも本陣裏手に回り込んだガストレアのことは知ってんだろ!?」
「だが、命令違反は命令違反だ。君の行動は他の民警には敵前逃亡に見えたそうだぞ?」
「ふざけんな! なら、全滅の危機をみすみす見逃せば良かったのかよ!?」
「それでも、メンバーの半数以上が1000番越えの強力なアジュバントが列を離れたことで、他の民警に致命的な動揺を与えたのは事実だ。その代償を払って貰おう。
──君のアジュバントを解体し、君を極刑に処する」
「……あぁ、そうか」
── 極刑。つまり死刑。
その判決を聞いた蓮太郎は、静かにそう呟いただけだった。
「……意外だな。諦めたのかね?」
「なんだ、暴れてほしかったのか?」
「君には個人的に期待していたんだがな……こんなに諦めの早い男だとは思っていなかったんだよ」
「諦める? 馬鹿言え、話はこれからだ。
──我堂、俺と賭けをしないか?」
「賭け……?」
「そうだ。俺には不死身のアルデバランを殺す手段がある。使わない手は無いんじゃねぇか?」
「ほう、その『手段』というのは? 何故、昨夜の戦いでそれを使わなかった?」
「手段は司馬重工製の特殊爆弾。勿論使おうとした。だが使えなかった。理由はそこにいるアンタの息子に聞いてみろよ」
「……英彦、説明しろ」
「ひぃっ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」
「…………話にならんな。里見リーダー、説明してもらおうか」
「ソイツは『持ち場を離れるな』の一点張りで、俺のアジュバントを自分達のチームから離れさせないようにしてたんだ。よっぽど死にたくなかったんだろうな」
「──ッ! 当たり前だろう!? 誰だって死にたくないに決まってるじゃないかッ! それに、僕は本当は画家になりたかったんだ! 最初から覚悟を決めていた君達と違って、死ぬ覚悟なんてできてない! もう勘弁してくれよッ!!」
英彦はそう言って頭を抱え、泣き始めた。
「……この愚か者を民警にしたのは私だ。私の判断ミス、ということか──だが里見リーダー、手段が誰でも使える爆弾なら、君でなければならない理由は無いだろう。君を極刑に処し、その後爆弾を押収してもいいのだが?」
「いや、俺以外がその爆弾を使っても意味がねぇ。ただぶつけるだけじゃ駄目なんだ。体内深くで爆発させないといけない。そのためには、戦車砲より衝撃力も貫通力もあるサブウェポンが必要になる。俺の義肢以外で、アンタはそんなものを用意できるのか?」
「……その話が本当である証拠は?」
「その爆弾は元々、聖天子様直属の部隊〝対アルデバラン専門特殊攻撃隊〟の隊長であり、俺の後輩でもあった『守屋真護』が使う予定だった物だ。話なら聖天子様と司馬重工の社長令嬢に聞けばいい。俺の携帯はその二人に直接繋がるようになっている」
「……いや、必要ない」
「──じゃあ」
「あぁ、君に賭けよう。君のアジュバントに、アルデバラン討伐任務を任せる。これに成功すれば、君達の命令違反については不問とする」
「嗚呼──やってやる。アイツが守ろうとした東京エリアを、アルデバランの好きにさせるかよ」
前回後書きに書き忘れた考察は菫先生に語ってもらいました。
爆殺の犯人を自衛隊にした理由ですが、いくら日本に偏って存在してるとはいえ、貴重なバラニウムを使った爆弾を、一般人が手に入れて、人を越えた能力を持つ『子供たち』を一回の攻撃で殺し切るなんてできるのか?と考え、しやぶは『できない』と判断したからです。
地雷型で、遠くから監視して『子供たち』が集まったタイミングで爆破するならイケるかもしれませんが……盲目の少女イベント(二回目)の時に男が言った台詞が個人的な決め手でした。
『やっぱりアンタ等民警が守ってるのは、そいつ等ガキ共なんだな』
じゃあ、コイツ等が『自分達を守ってくれている』と思っている組織は?
──第二次関東会戦で勝利し、彼等を守った実績のある自衛隊でしょう。
自衛隊なら装備は簡単に手に入る。しかも、保脇達の行動からも分かる通り、基本的に『子供たち』を殺した犯人探しなんて行われない。さらにさらに、自衛隊は命の掛かった戦いでも民警に協力を要請しない点から、『死んでも民警の手は借りたくないくらい大嫌い』ということが分かります。爆殺実行の精神的ハードルも低いですね。
そして蓮太郎が盲目の少女を助ける時、ライセンスを見せるのですが……アニメ版の描写だと、ライセンスに大きな文字で『里見蓮太郎』って書いてあるんですよ……
これって男達が蓮太郎へのヘイトを高める→蓮太郎が『子供たち』の先生をやっているという情報をどこかから入手する→腹いせに『子供たち』を殺すよう自衛隊に依頼した→自衛隊的に大嫌いな民警の象徴的な蓮太郎へ嫌がらせをするチャンス→爆撃 とかありえそうじゃないですか?
え? 飛躍しすぎだし、理論はガバガバ? デスヨネー。
次の話題行きましょうッ!
最初に真守君が200体削った上にプレヤデスも居ないので、自衛隊は制空権を取り、割と善戦しますが……アルデバランがどうしようもなさすぎるんですよね。
そしてその後の民警VSガストレアですが、民警軍団は怪我人を合わせた100人だけで(アルデバランが消えて倒しやすくなっていた。プラス大部分は逃げたとはいえ)敵を全滅させているので、もっと倒せていてもいいかなーとは思ったんですが、生き残ること重視ならこれくらいかな? ということで討伐数は控えめにしました。一撃でガストレア30体を葬る木更さんのことは考えたら負けです。
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第7話 任務
「────そうですか。なんと言うか......お兄さんらしい最期ですね」
「............あぁ、本当に......アイツらしい」
アルデバラン討伐任務を課せられたからには、真守の死を明かさないワケにはいかない
だから協力を仰ぐ前に、蓮太郎はティナに彼の訃報を伝えたのだが────彼女の反応は淡白なものだった
しかしそれを見た蓮太郎は『意外だ』とは思わない。何故なら、態度とは裏腹にティナの眼は雄弁にその感情を語っていたのだから
────深紅。すなわち憤怒
悲しみも勿論あるだろう。だが、ティナが
「それで、このタイミングで私にその話をしたということは......恩赦を条件にアルデバランの討伐を依頼されたから、私の力が必要......といった所でしょうか」
「............話が早くて助かる」
東京エリアは崖っぷち。自分のアジュバントは命令違反をして処罰の対象。逃げれば大絶滅。戦わなければ仲間と共に極刑、良くても厳罰は免れない。こんな状況で〝最高戦力〟たる己が落ち込んで使い物にならなくなるなど、あってはならない────そう自戒して、彼女は気丈に振る舞うのだ
彼女はもう二度と、誰かの前で泣くことはないのだろう。それを悟り、蓮太郎は苦虫を噛み潰したような顔で返答するしかなかった
だって、それを悟ったところで......彼女が己より弱い相手に弱音を吐く訳がないことは、分かり切っていたから
だが、それでも──────
── 他の誰でもないッ!蓮太郎、お主だけが世界を救えるのだと妾は信じておる!
(────あぁ、そうだよな。俺がやるしかないんだ)
「ティナ、俺は真守より弱くて、頼りにならねぇと思う。実際今もこうしてお前や延珠みたいな『子供たち』に頼ってるくせにって言われたら、返す言葉もない
だけどいつか絶対、お前達を守れるくらい強くなるから────それまでは、お前の力を貸してくれ」
「............言われずとも、力は貸してあげます。ですから────必ず生き残って、
「ありがとう。絶対に、
「............安心してください。
「頼もしいな」
「............Sorry.」
────この時、蓮太郎は気付いていなかった
『安心して』と言って笑った後、ティナが声には出さずに『ごめんなさい』と言ったことに
彼女の発言には、
☆
────目を細めて遠くを見ると、かすかに森のようなものが見える。我堂が言っていた『ガストレアたちが潜伏する森』というのはおそらくこれだろう
「里見、身を隠せそうな建物があるが......どうする?」
建物の中を縫うように進めば飛行ガストレアに捕捉される危険性が下がるが、当然直進するより時間がかかる
アルデバランは傷が完治すれば再び侵攻を開始するであろうことを考えれば、行軍は少しでも速い方が良いのだが────
「────中に入ろう」
今まで行軍速度を下げてまで周囲のガストレアに気を使って移動していたというのにここで直進するのもおかしな話だと思ったので、工場の中に入ることにした
............覚悟はしていたが、屋内には見ていて気分が良くなるようなものは無かった
廊下の手すりには血の手形がこびりついているし、臓物をぶちまけて引きずったような跡も見える
そして何より、なんらかの動物が食べ散らかした骨が見つかったのはマズイ。つまりそれは、ここらを縄張りにしているガストレアのテリトリーに入ってしまったということなのだから
「急いでここを抜けるぞ」
行軍速度を上げて工場街を出ると、森はもはや目前だった。距離はおよそ100m。ここまで来ればもう安心だ────と思ったところで、ティナと翠がその楽観を一蹴する
「気を抜かないでください、追跡されています。数は増え続けていますが、現時点で10体以上です」
「......臭いからして、これはモデルウルフの────」
「────オオオオオオオォォォォン!」
翠の言葉を証明するように次の瞬間狼の遠吠えが響き渡り、続けて背後から無数の足音と荒い
「皆走れッ!」
ここまできたら声を抑える意味など無い。大声で全員に逃げるよう指示する
すると、アジュバントのメンバーがアルデバランと対峙する前に消耗するワケにはいかない俺を中心に円陣を組んで逃走を開始した────ただ一人、ティナを除いて
「
──────悪寒
この状況で誰か一人が殿を担当するのはおかしなことじゃない。序列元98位の彼女なら、敵を全滅させた後すぐに追い付いてくれるだろうという信頼もある
なのに......嫌な予感がするのは何故なのか
仲間達もティナを信頼し、後ろの警戒を捨てて前に進む速度を上げている。今更引き返すことはできない
ただ、滅多に表情を変えない夏世が歯を喰い縛ってどこか葛藤しているように見えたのが気がかりだった
★
ティナの活躍により、途中で正面に回り込まれて囲まれるなんてこともなく逃げ切ることに成功したため、一度休憩を取って夏世を問い詰めようと思っていたのだが────
「────皆さんすみません、先に進んでください。私はあの鳥頭を連れ戻しに行ってきます」
その必要はなく、聞きたいことは夏世が自分から話してくれるらしい
「心配せずとも、ティナなら自力で戻ってこれると思うぞ?」
「いえ、戻ってくることで私達に危険が及ぶ限り、あの娘が戻ってくることはあり得ません」
「............夏世さんは、ティナさんが負けると思っているんですか......?」
「いいえ?あの娘は確かにイヌっころに負けるようなタマじゃないですよ。必ず敵を蹴散らして、これからも私達を支援してくれるでしょう
ですがそれでも、帰ってくることはないと断言します」
「あぁもうじれってぇなぁ!これだから頭のいい奴の話は嫌なんだ!馬鹿のオレっちにも解るように話してくれ!」
「分かりました。それでは事実だけ端的に申し上げますと────ティナは命を狙われていて、私達を巻き込む前に去る機会を探していたんですよ」
「狙われてるって、一体誰に......?」
ティナは元殺し屋という経歴を考えれば、どれだけ恨みを買っていてもおかしくはない
だが、彼女程の実力者が逃げ回らないといけないような相手は思い付かないのだが────
「四賢人の一人、エイン・ランドです」
「────エイン・ランドだと?ティナを機械化兵士にした奴......ってことはまさか!?」
「えぇ。強化イニシエーターはティナが把握しているだけでも5人。しかもその内の一人は
ですがティナはあの事件で死んだことになっている人間なので、このまま私達と一緒にいても刺客が来る可能性なんて殆ど無いんですよ?それなのにあの鳥頭は......!
とりあえず、そういうことなので私は引き、かえ──────」
「夏世?どうし──────」
振り返って硬直した夏世の視線を追い、そこで信じられないものを見て、己も硬直する
何故なら──────
「引き返す?それは不可能だ。何故なら、私達が立ちはだかっている」
「会いたかったよ延珠────斬り合お?」
「蛭子、影胤......!?」
──────かつて三度生死を競い、一度も勝てなかった最強の魔人が......そこに居た
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第8話 不発
「どうしてお前が此処に居るんだ────影胤ッ!」
「君のイニシエーターを見た途端、娘が『斬りたい斬りたい』と駄々をこね始めてね......断る理由も無かったし、私も君と決着を付けたかったからね」
「答えになってねぇよ!」
「答えたら戦ってくれるのかい?」
────会話にならない
この親子は『どちらが強いか』ということにしか興味がないのだと悟った蓮太郎は、この盤面を切り抜けるための最善策を導くために思考し、指示を出す
「夏世はティナを連れ戻しに行ってくれ
延珠は小比奈の、安部は影胤の相手を頼む。翠は安部をサポートしてくれ。勝つ必要はない。二人が帰るまで持ちこたえてくれればいい」
「承った」
「は、はい!」
「......延珠、大丈夫か?」
蓮太郎の采配を聞いて翠と安部は返事をしたにも関わらず、普段なら真っ先に返事をする筈の延珠の反応がない
蓮太郎は一抹の不安に駆られ、延珠に再び声を掛けるが────すぐに杞憂であると分かった
「蓮太郎、確認なのだが......
延珠は先日の戦いで、
体内侵食率のこともあるが──意外なことに、延珠は集団戦の場合、支援に徹した方が強いのだ
遠距離・範囲攻撃手段となる武器を持たず、スピードを活かした近距離戦特化型のイニシエーターである彼女は、攻撃しようとすれば当然前に出なければならない
だがそうすると、フレンドリーファイアのリスクが発生する。故に彼女のスピードが最大の働きを見せるのは、
味方を窮地から離脱させる時にこそ、藍原延珠は真価を発揮するのだ
しかし、思うように戦えないというのは彼女にとって大きなストレスになっていたらしい。久々の全力戦闘を前に、延珠の目は文字通り爛々と輝いていた
「............あぁ、構わない。思いっきり蹴り飛ばしてやれ」
「うむ!」
そして蓮太郎は残りのメンバーと共に先へ進もうとするが────
「待て里見。何故俺でなく安部なんだ?翠が残るなら、俺も────」
パートナーと分断されることになる彰磨は、蓮太郎の采配に納得していなかった
蓮太郎は心の中で舌打ちをする
彰磨の気持ちは蓮太郎も分かっているし、敬愛する兄弟子に対して悪感情は抱きたくないのだが、今回ばかりは状況が悪すぎる
どうしたものかと蓮太郎が頭を悩ましたその時────木更と夏世が助け船を出した
「彰磨君、耐えて。私達じゃ安部さんの邪魔になるわ」
「............」
「薙沢さん、私だって本当は残りたいんです。アレは、私の前パートナーの仇ですから......
でも、ダメなんです。アレを倒せるのは
「............すまん、情けない姿を見せた。先を急ごう」
「............悪いな、彰磨兄ぃ」
その言葉を最後に、蓮太郎達は駆け出した
☆
「............パパ、良いの?アイツ、逃げちゃう」
「良いんだよ、小比奈。今は、私達の驚異を理解している彼等をして『即興ペアでもこの私を倒せる可能性がある』と言わしめた彼に興味がある」
────しかし、何度見ても安部と呼ばれた青年から驚異を感じ取ることはできない
強いか弱いかで言えば、強いのだろう。だがそれでも、私の斥力フィールドが破られるとは思えない。それにそもそも、武器を隠せるような格好ではないから警戒するのもバカらしい
────そう、
彼の格好からは、自分に視線を引き付けることで、何かから意識を逸らそうとする狙いを感じる。しかし、それが何なのか全く検討が付かない。あからさまな『手札を隠してなんていない』というポーズは、逆に『隠し玉がある』と言っているのに、そんなものは見当たらない
だからこそ興味深い。彼は一体、何を見せてくれるのだろうか────
「ふぅん......じゃあ行ってくるけど、気を付けてね? パパ。ソイツ、何か隠してるから」
「やはり小比奈もそう思うかい?ククク、楽しみだねぇ......では行ってきなさい、小比奈」
「はぁい、行ってきまーす────それじゃ延珠、あっちで斬り合お?」
「............二人共、焦ってはならぬぞ。生きてさえいてくれれば、妾とティナが援護に向かえるのだからな」
「延珠、もう勝った気でいるの? アハ、良いね、良いね。その方が、負かした時にイイ顔をしてくれそうだし」
────そして娘と
「さぁ、君達の力を見せてくれ。私は世界を滅ぼす者。誰にも私を止めることは出来ない」
それを聞いた彼は────驚くべきことに、
「............何をしている?」
「俺は力を見せる気なんて無いという意思表示だ」
─────ただの、期待外れだったということか
高揚していた心が、冷めていくのが分かる
「なら、死ね」
だから私は落胆と共に引き金を引いて────
☆
────次の瞬間、怪音と共に
「お疲れさま、
「............ん」
── IP序列 810位 安部万里
彼女の保有因子は『ミナミハナイカ』
浩治が注意を引き付け、万里が仕留める。言葉にすればそれだけの初見殺しだが、実戦ではその初見で殺されてしまえば次は無い。故に彼等は対人戦において無敗を貫いてきた。だからこそ、影胤という格上すらも葬り得る────
(......あれ?あの人
────などという勘違いをしてしまう
「ダメです万里さんッ!その人はまだ────」
翠は違和感に気付くと同時に声を上げたが、時すでに遅し。言い切る前に斥力フィールドが発生し、万里の体を吹き飛ばした
完全に不意を突かれた万里は受け身も取れず木に激突し、気絶
そして影胤は自分の頭を両手で掴むと、強引に首を元の向きに戻した
「んなっ!? ......貴様、本当に人間か?」
「人間だとも。私と戦った者は皆最初にそう言うがね......ただ内蔵をバラニウムの機械に置き換えているだけだというのに」
「里見リーダーと同じ、機械化兵士ということか......」
「彼とは正反対だがね。色々と────っとそうはいかない。君達の狙いはこの娘だろう?」
影胤が万里に銃を向け、回り込んで彼女を回収しようとしていた翠が硬直する
「確かに君は目を引くが、タネが割れればそう怖くはない。君達にもう勝ち目はないよ」
「............あぁ、そうだな、降参だ。土下座しろと言われりゃするし、靴を舐めろと言うなら舐めるから、命だけは助けてくれないか?」
「ふむ?別に構わないが......条件が二つ。一つは私に近付かないこと。もう一つは────
「............万里をどうするつもりだ?」
「安心したまえ、殺しはしない。ただ、彼女の毒で〝蠱毒の壺〟を作ったら......それはそれは面白いことになりそうじゃないか?」
光を捻じ曲げる能力を持ったガストレアがエリア内に侵入した場合、そのエリアがパンデミックで壊滅するまでには三日も必要ない
そして万里は、
「────殺す」
── 止めねばならない
その命に代えてでも、彼女が奴の手に渡ることだけは避けねばならないと────そう決意した浩治は、奥歯に仕込んだ最後の切り札を切り、一息で影胤の前まで躍り出た
彼に人間の限界を越える速度をもたらした、最後の切り札──それは、ドーピング
〝最強の盾〟と評される斥力フィールドを正攻法で突破することはほぼ不可能。故に、彼の勝ち筋は徹頭徹尾『不意を突く』こと以外に無い
だから────
「ヒヒッ、やはりまだ手があったようだね」
── マキシマムペイン
全ての手を見せてしまった彼に勝ち目は......無い
「これで残りは君一人になったワケだが......まだやるかい?」
「──っ......」
影胤の問いに、翠は瞳を赤熱させることで応えるが......その体は小刻みに震えていた
「......力の差を理解しているのなら、止めておきたまえ。今の私は予想外の収穫を得て気分が良い。だから、君達のことは殺さないであげよう」
── 当然、君が何もしなければ......ね
そう言って影胤は、延珠達が向かった方向に歩きだした
このまま止めなければ、万里と延珠が危険だ
────だが、翠は動けない
ここで下手に動いて翠が負けた場合、浩治共々死ぬだけだから
────二人の距離が10メートル離れる
......翠は動かない
────20メートル
............翠は、動かない
────30メートル
翠は────
☆
「──ここが、ガストレアの拠点......」
視界は大きく開けており、大小様々な個体が見渡す限りに存在する
(......まるで百鬼夜行だな)
────その中心に、奴は居た
全長約50メートルの巨大ガストレア──最強のステージⅣ 敵将アルデバラン
我堂が負わせた傷が回復しきっていないのだろう。身じろぎ一つせず、周囲を部下で固めて回復に専念しているらしい
(真守と我堂のおかげで、奴の体力は大分落ちている筈......ティナが離脱する前に、ここの位置情報を掴んでくれたからこそ、この状況を作れたワケだが────)
......突然、何故か弓月に小突かれた
『何ウダウダ悩んでんのよ。私達の目標はアルデバラン一体。でもって目標は、三百六十度四方を護衛で囲んでいる
どこから挑んでも同じなら、正面から一点突破。その後離脱。これ以外に何か方法ある?』
『......そうだな。皆、準備はいいか?』
────全員が、無言で首を縦に振った
「──行くぞッ!!」
真っ先に躍り出たのは木更。『
「皆、走ってッ!!」
全力で駆け出し、片桐兄妹と彰磨がそれに合わせて左右を固めてくれている
敵襲に気付いたガストレア達が殺到するが──遅い。その全てに取り合わず、一部の素早い個体や反応の早かった個体のみを、三人が蹴散らしてくれている
「先に行け、里見!」
彰磨の合図と共に、温存していた義足を解放。義眼の演算に従い、ガストレア達の隙間を超高速で潜り抜ける
「──ヒュルオオオオオオオオオオオ!!!」
ようやっと目覚めたアルデバランが怒りの咆哮を上げるが──迎撃は来ない。やはり奴はまだ本調子ではないのだ
(我堂の剣でも突破できたんだ──先生に貰った俺の拳が、通用しない訳がない)
狙うのは──胸部。この一撃に全てを懸ける
── 〝
EP爆弾を持った腕は、確かにアルデバランを貫いた。返り血で全身が真っ赤に染まる
(後は起爆缶を捻って、義手の連結を切れば────)
超バラニウムの義手がアルデバランの体内深くに潜っていき、通り道がゆっくりと塞がっていく
「アルデバランにEP爆弾をセット完了! 全員速やかに爆風圏外まで離脱せよッ!」
指示を出し、己も離脱する
義眼と義足の能力で、浮き足立っているガストレア達を回避しながら、仲間の元へ合流した
追っ手は来ていない。アルデバランは深追いするより、自分を守るべきだと判断したのだろう
(バカめ。後三分しない内に、EP爆弾が起動する。そうすれば取り巻きごと、お前達はお終いだ────)
「残り三十秒! 総員衝撃に備えろ!」
全員がショック体制に入ったことを確認し、自分も爆発衝撃に耐える準備をした
(────3、2、1、0............え?)
はっとして目を見開き、慌てて時計を確認
────そして
あまりにもあっさりと、起爆予想時刻は過ぎていた
────EP爆弾は、不発だった
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第9話 復活:蓮太郎視点
──覚悟は、驚くほどあっさりと完了した
「最終命令だ。総員撤退。以降の指揮は、薙沢彰磨に一任する」
「ま、待ってよ里見くん! そっちは、アルデバランの────」
「いいんだ。俺は、
「──うそ、まさか......!」
そのまさかだ。EP爆弾には、もう一つ起爆方法がある
簡単な話──衝撃を与える。それだけでいい
「お馬鹿! そんなことしたら......!」
「死ぬだろうな」
「そんなあっさり......! 真守くんに続いて、里見くんまで死んじゃったら、私は、延珠ちゃんは......!」
「............それでも、俺は行くよ」
「どうして!? 一度退きましょうよ! きっとまだ何か方法があるわ!」
「他の方法? 脳と心臓を同時に潰して、傷口を焼いて塞いでも再生するバケモノ相手に、他の方法だって? 馬鹿言うなよ、木更さん。そんなものがあるなら、人類はここまで追い詰められてねぇよ」
奴の体内深くまで衝撃を届けるには、通常兵器では荷が重い。だから、俺がやるしかない
「......里見、俺が代わろう」
「駄目だ」
「いや、俺の技は外道の技。金輪際封印しなきゃならん。死に場所としては、上等だ」
「いいや、彰磨兄ぃ一人であの包囲網を突破できるとは思えねぇ。さっきも見たろ? 俺には義足のスラスターと義眼がある。死ぬのは、俺一人でいい」
「いや」
「いや──」
「────あぁもう煩いですねっ! 要するに、誰も死ななきゃ良いんでしょう!?」
「......え?」
この、声は────
「だったら、
「ま、
死んだ筈の〝守護者〟が、そこにいた
「なんですか、その顔は。まるで幽霊でも見たような顔ですね」
「いや、だって、お前......! 全身の水分が吹き飛んだって、先生が......!」
「そりゃそうですよ。
「え......? ──あ」
── ネムリユスリカ
この虫は、クリプトビオシスと呼ばれる『乾眠状態』に入ると不死性を発揮する
いや、正確には────
「死ぬ直前に、フランがオレを
「はっ、ハハッ......! なんでもアリだなオイ!」
「はい。実はオレ、なんでもアリなんですよ──てなワケで、後はオレに任せてください」
こうして、最後は割とあっさり第三次関東会戦は終戦した────
次は一週間以内に仕上げます!(信用ならぬ)
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第9話 復活:真守視点
「──だぁっ、死ぬかと思ったッ!」
時は少し巻き戻り、東京エリア外周区・第三十九区。青空教室跡地にて。
俺──神崎真守は復活した。
「うぇっ、マッズ......口に土詰まってた......てか全身泥々だし......くっさ。最悪なんだけど......」
しかしまぁ、そんな些事は置いといて。
「情報収集、しないとな」
自分がどれだけ眠っていたのか。戦況はどうなっているのか。それらを確認しなければならない────
★
「────という訳で室戸先生、ちょっち戦況を知りたいのでお時間よろしいでしょうか」
「......待て。ちょっと待ってくれ。 ......え? 君、本当に本物の真守くんかい?」
「はい。本物ですよ? ほら、尻尾とか生えますし」
能力を使ってサソリの尻尾を出したり引っ込めたりしていたら、先生が頭を抱え始めた。
「............えぇい、君について考えるのは止めだ! グリューネワルト翁の設計図の百倍意味が分からない! 考え過ぎるとSAN値チェックが入りそうだ!」
「オレはクトゥルフの邪神か何かですか」
「そっちのがよっぽどマシだ!
えぇいそれより、戦況を知りたいんだったな!? 君が眠っていたのは約二日間! その間に一度人類とガストレアがドンパチやって、クソったれの自衛隊が無様に惨敗! その後民警がなんとかガストレア軍を追い返したはいいが、その時蓮太郎くんが無能な上司のせいで戦犯にされた!」
「はい!? じゃあ今蓮太郎さんは!?」
「アジュバントのメンバーと、少数の助っ人を連れてガストレア軍にカチコミしに行った。EP爆弾は彼が持ってる。君以外でアレを使えるのは蓮太郎くんだけだからね」
「なるほど。方角は?」
「待て。今地図を用意する────」
★
────で、アルデバランの根城に音速飛行(比喩に非らず)した結果、既にEP爆弾のセットは完了していることが分かった。
「だからまぁ、後はテメェをぶん殴るだけの簡単なお仕事なんだけど──その前に」
『ニィイ』と、歯を剥き出しにして嗤う。
「オレ、実は再生力にちょっと難ありっぽいんだよね。だからさ──
「キュッ、キュオオオオオォォォッ!!!」
心なしか、アルデバランの咆哮には恐怖が多分に含まれているような気がした。
少しだけ哀れだが......人類の敵にかける情けは無い。
「それじゃあアルデバラン──イタダキマスッ!」
こうして最後は割とあっさり、人類側が勝利した。
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第10話 復讐
『第三次関東会戦報告書』
2031年四月末のガストレア『スコーピオン』と、同年七月中旬のガストレア『アルデバラン』による東京エリアの累積ダメージを算出。
陸上自衛隊戦力79%減衰。
海上自衛隊戦力45%減衰。
航空自衛隊戦力50%減衰。
民間警備会社正規登録ペア数11%減衰。
この戦いでめざましい戦果を上げたアジュバントメンバーを以下の序列に昇格。
里見分隊。
里見蓮太郎、藍原延珠ペア 800位から285位に。
片桐玉樹、片桐弓月ペア 1850位から950位に。
天童木更、エヴァ・フロストペア 9200位から3300位に。
薙沢彰磨、布施翠ペア 970位から420位に。
対アルデバラン専門特殊攻撃隊。
守屋真護、千寿夏世ペア 1500位から400位に。
阿部浩治、阿部万里ペア 810位から364位に。
東京エリアはモノリス崩壊から『大絶滅』の運命を覆した、世界で初めてのモデルケースとなった。
以上。
☆
あれからどうなったのかと言うと。
アルデバランは勿論、その周囲のガストレアは塵芥すら残さず消滅。生き残った少数のガストレアは逃げ出した。
影胤に連れ去られかけた万里は、翠が連れ戻した。意を決してあの魔人に勝負を挑み、その戦闘音で目を覚ました万里と共になんとか逃走したのだとか。
延珠は夏世、ティナが加勢したことで難なく離脱したとのこと。
その後真守と再会した延珠、夏世、ティナは彼に抱き付いたり噛み付いたり、泣きながら押し倒したりと、揉みくちゃにしていたが......それはともかく。
蓮太郎、木更、真守の三人は、37区の廃墟化した『天童流道場』にて
蓮太郎と真守は正座で。木更は『殺人刀・雪影』を杖にして、立ったまま──沈黙による重苦しい空気が、場を支配していた。
──その空気が動いた切っ掛けは、扉の音。どうやら待ち人が到着したらしい。
「木更......」
「ようこそ、和光お兄様」
──天童和光と、天童木更。血の繋がった兄妹は、憎悪の籠もった声で互いの名を呼んだ。
「お兄様、約束通り、誰にもここに来ることは言っていませんね?」
「お前こそ、約束のものは持ってきたんだろうな?」
彼女は懐から書類の束を取り出し、兄の足下に投げ渡した。
和光は秘書の椎名にそれを拾わせて受け取ると、一枚ずつ素早く目を通した。
「クソッ、一体どこでッ?」
木更は普段見せない嗜虐的な笑みを見せる。
「ウチには世界一の情報屋がいるんですよ」
「情報屋だと......? あり得ない。全部処分したはずだ!」
「ではソレは一体なんなのでしょうね? それより話を先に進めましょうよ、お兄様」
「............」
和光は、黙って先を促した。
「一応聞いておきます。何故バラニウムに混ぜ物を?」
「フン、お前は何も分かっておらんな。木更──」
それから和光は、汚い金を使って叶えた、汚い人間の欲望について語り始めた。
「率直に言って、吐き気がします。あなたたちのような人間のクズが、あの大戦で死ぬべきだった」
「真の悪人は死なない。金をばらまいて 『死』がそれを拾い集めている間に必ず逃げおおせる」
「──もう結構です。始めましょう。双方、立会人を前に」
和光は椎名を。木更は蓮太郎を立会人にした。
二人は和光と木更の中間に向かい合って立つと、まずは椎名が右手を挙げて宣誓した。
続けて周囲の視線が蓮太郎に向かう。
彼は辛そうな表情でゆっくり右手を挙げるが、すぐに下げて首を振る。
「この戦い、どうしてもやんなきゃ駄目なのか?」
「蓮太郎、この女を生かしておくわけにはいかんのだよ!」
「やらせて里見くん。お父様とお母様の仇の一人を、ようやく追い詰めたのよ?」
蓮太郎はさらに何か言い募ろうとするが、やがて右手を挙げて宣誓した。
蓮太郎と椎名は壁際まで後退し、広い道場中央は二人の空間になった。
「この日を十年、待ち焦がれていたわ」
「嬉しいよ木更。腹違いとはいえ、妹のお前とこうやってスキンシップを取ることができるのは」
一気に道場の空気が変質し、張り詰めたものになる。
天童流の型は三すくみ。木更と和光は、互いに相手の弱点を突くため型を高速で組み換え続けて拮抗する。
先に痺れを切らしたのは木更だった。通常の型での突破は困難と判断し、奥の手である『零の型』を見せたのだ。
対する和光はと言うと、型の創出を行った木更に激昂し、定石を捨てて愚直な一撃を放った。
その結果は────
「──天童式抜刀術零の型三番 『阿魏悪双頭剣』
それがお兄様を斬った技の名前です」
和光の、敗北。槍は弾かれ、左足を斬られていた。
木更は、彼に止めを刺さんと刀の柄に手をかける。
「天童式抜刀術零の型一番──」
「────そこまでです」
それを止めたのは、やはりと言うべきか、真守だった。
「......彼の情報には感謝するけど、余計なことをしてくれたわね......貴方に止められたら、
木更は苦虫を噛み潰したような顔で真守を見つめ、和光、椎名、蓮太郎の三人は対照的に、希望の眼差しで彼を見た。
しかし────
「いや、
それを聞いて、周囲の反応は逆転した。
「ちょっ、お前何言ってんだよまも......守屋!」
「里見くん、ちょっと黙ってて。それで、守屋さんならどうするの?」
真守は、悪魔的な笑みで木更に計画を話す。
「分かりませんか? 木更さん、復讐は古今東西より『目には目を』と相場が決まっています。
言葉の意味を理解できなかった和光と椎名は首をかしげるが、真守の正体を知っている蓮太郎は青ざめ、木更は嗤う。
「あぁ確かに、それはイイわね......お願いできるかしら? 守屋さん」
「えぇ、お任せください────」
そうして真守はサソリの因子を使い、尻尾で椎名を貫いた。
「──ひぁぎゃっ!?」
「し、椎名ぁぁぁ!?」
「イイですねぇイイですねぇ。木更さんにとっての両親くらい『大切な人』でないと意味がなかったので、その反応は実にイイ。木更さん的にはどうです?」
「えぇ、出だしとしては上々ね」
「安心しました。では次の工程に入りま──」
「──止めろぉぉおおおお!!!」
豹変した真守を見ていられず、蓮太郎は遂に個人兵装を解放してまで止めに入った。
だが......
「──ガッ......」
「......里見くんは、そこで寝てて」
木更が剣の柄で蓮太郎を殴り、気絶させた。
「では気を取り直して、次の工程です」
「ヒッ、止めろバケモノ! それ以上私の側に近寄るなあああああ!!!」
「了解です。じゃあ近付かずにはいグサリッ!」
「ギッ、ギャア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
「ピンポイントで腎臓を狙うのは流石に無理なので、これでいいですかね?」
「まぁ、仕方ないわね」
「じゃあこれで木更さんの分が終了したので、次は蓮太郎さんの分です」
「やっ、やめてくれ......! 助け──」
「言われて止めるなら、初めからやらないですよ。てなワケでハイまず腕ッ!」
「イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛!!?!?」
「次は足ッ!」
「くぁwせdrftgyふじこlp......!」
「最後は目、ですけど......どうします? そろそろ死にそうですし、最後は木更さんがやりますか?」
「............ありがとう。でもいいわ。
「そうでしたね。じゃあ一応、左目のついでに左足の方もかじっときますか」
「ギャッ......ぅ......」
「......気絶しちゃいましたね......で、どうでした? 満足できましたか?」
「............私としては満足だけど......〝守護者〟的にOKだったの?」
「......父さんが今の俺を見たら、失望どころじゃ済まないでしょうね」
「......『正義』では、『悪』を裁けない。『悪』を裁けるのは、より強い『絶対悪』
私は、私が間違ってるとは思わない。でもきっと、里見くんは私を止めるでしょうね。いつか、敵同士になるかもしれない」
── その時貴方がどうするか、考えておいてね。
木更はそう言うと、すたすたと道場を出て行った。
「──和光お兄様、
「......げぇ、バレてるじゃん......」
真守は、椎名と和光を殺していない。
保脇達の時と同じく、AGV試験薬を使って死なないようにしていたのだ。無論、前回と違って麻酔も含んでいる。しかしそれでも、二人は痛みに耐えられずに気絶したのだが。
「蓮太郎さん、戦いはオレがなんとかするんで、メンタルケアは頼みますよ? いやマジで......あの人を救えるのは、蓮太郎さんしかいない」
誰もが闇に惹かれる中、『正義』を貫かんとする青年に向けて、『守護』の理想を掲げる少年は呟いた。
「願わくば、この腐った世界に救済を────」
アジュバントメンバーだけでアルデバランを討伐してるので、序列は少し色を付けてます。
後は小話をいくつかやって、完結です。オリ章を二つほど用意してあるので、いつか復活はしますがね!
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後日談
困るのはハミングバードの自爆くらいですが......AGV試験薬をしこたまぶち込めばなんとかなるでしょう(適当)
そして8巻が出るまでは7巻も書く予定が無いので、後書くとしたら日常編やらのオリ章となる訳です。
オリ章で予定しているのは、エインの強化イニシエーター達と戦う『ティナ・スプラウト奪還戦』と、ジョセフと真守がメインの『双子と十二位の鎮魂歌』です。
後は昔の話を手直ししつつオリ章を書くまでまた暫くお別れです。ここまでご愛読ありがとうございました!
──東京エリアには、平和が戻っていた。
暴徒は鎮圧され、エリア外に避難していた人間も戻って来ている。その中に大勢の民警が混じっていたのは、呆れたことだが......誰だって、身に危険が迫っているという情報を一早く手に入れてしまったら、逃げたくもなるだろう。シェルター当選券の略奪、飛行機の闇チケットの売買を行う輩に比べたら可愛いものだ。
何はともあれ、重要な点は『大きな危機が去った』という事実である。
「──なのに里見ちゃんったら、どうして今になって『強くなりたい』なんて言い出したん? こないだの大戦で、里見ちゃんが苦戦したって話は、特に聞かへんかったけどなぁ......」
確かに蓮太郎は、今まで大きな苦戦を経験していない。
負け戦なら、影胤とのものがあるが......アレは蓮太郎が力を封印していたからノーカウント。一度は全力でぶつかり合ったが、それも結局は真守の乱入により有耶無耶になった。森で彼と再会した時も、逃げの一手を打ったために、決着は付いていない。
ティナとも本格的に戦ったことはないし、アルデバランもEP爆弾が正常に稼働していれば、蓮太郎だけで勝てていた。
だが────
「......今まで苦戦しなかったのは、仲間に恵まれていたのと、先生がくれた力のおかげだ。俺自身は、何もできてない」
「そないに自分を卑下せんでも......」
「いいや、このままじゃ、ダメなんだ」
──『天童殺しの天童』
木更は残る四人の仇を前にした時、必ず再び復讐鬼と化すだろう。
その時蓮太郎が今のままでは......きっと誰にも、彼女を止めることはできない。
「俺さ......頼まれちまったんだよ。『世界を救ってくれ』って」
「......無理やろ。そんなフワッとしてて、デカすぎる願い......どうやって叶える気なん?」
「俺も分からん。何度も『できない』って伝えた。
なのにソイツはさ......無邪気に俺なら、『里見蓮太郎ならできる』って信じてやがるんだよ。
だからまぁ、できれば俺としても──失望されたくはねぇんだ」
「......バカな人やな。里見ちゃんは......まぁウチは、そんな里見ちゃんが好きなんやけど」
「バッ、何言ってんだお前は! それよりこの訓練室、本当は一年先まで予約が埋まってるんだろ? さっさと始めようぜ」
蓮太郎が『百載無窮の構え』を取り、義眼を開放する。
(俺は、藍原延珠の保護者として、神崎真守の憧れとして──俺の誇れる俺になる)
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番外
人物紹介(最新話までのネタバレが多分に含まれています)
それではどうぞ!
里見 蓮太郎
身長 174cm 体重 62kg 年齢 16歳
IP序列 123452位→1000位→800位→285位
原作主人公の少年
口は悪いが、根は世話好きの善人。家事スキルが高く、主要人物中トップクラスの女子力を誇る。
天童式戦闘術初段
『新人類創造計画』の機械化兵士として右腕に10発、右足に15発仕込んだカートリッジを炸裂させることで得られる超火力の攻撃は、『最強の矛』と評される。だが彼の持つ最強の個人兵装は義眼の方であり、解放時は普段に比べ22倍の戦闘力を得る(腕と足の場合は3倍らしい)
本人は否定しているが、心の中で『里見蓮太郎は藍原延珠の笑顔がなければ一秒たりとも生存出来ない』と言ったりする重度のロリコン。
原作との違いは、延珠が戦いから身を引いたため心労が減ったことと、『他人の死』への麻痺が始まっていないこと。
序列は正史より上がっていないが、アルデバラン討伐後に武者修行を始めた結果、原作と大差ない力量まで腕を上げた(具体的に言うと『人銃一体の境地』開眼)
己のルーツと両親の死の真相を知ることが目標
神崎 真守
身長 185cm 体重 78kg 年齢 10歳
IP序列 まだない→10686位→1500位→400位
オリ主の少年
『真に人を守れる男になれ』という願いから付けられた"真守"という名を誇りに思っている。
蓮太郎以上の激情家で、度々暴走して回りが見えなくなる。
両親が家に居ないことが多かったため料理を作る機会が多く、そこそこ上手い。
菫の診察により、ガストレアウイルスを吸収する
菫と夏世により、普段は体内侵食率0%だが怪我をしている時と、ガストレアウイルスが体内に残っている間は体内侵食率が上がり、所有因子の能力を発動出来ることが判明(『暴露』で鎧が消えたのは『消えろ』と言ったからではなく、傷の再生とウイルスの吸収が終わったため)
自傷で能力を発動する場合、同時に四つまで因子を操作出来る(四つ同時に能力を発動している間、傷の再生は行われない)
ウイルスを外部から注入された場合、同時発動限界数は解除。
戦闘は主に自傷して『クロカタゾウムシ』と『サバクトビバッタ』の因子を発動し、突進して蹴るだけの脳筋戦法(だがそれで大体片付く)
ステージⅤを全滅させることが目標。
菫から個人的な依頼を受けることが度々あり、報酬として結構な額を受け取っているため、金銭感覚が狂い始めている。
能力を発動せずとも強いことが判明(強さのイメージは
形象崩壊後、ガストレアとしての人格〝フラン〟が現れた。尚フランは真守より因子を操作する技能が極めて高く、少量のウイルスを体外から摂取できれば形象崩壊も可能。
ちなみにフランの意識の核は脳ではなくM.O.にあるため、感覚は基本的に真守と共有しているが、完全に同じものではない。
藍原 延珠
身長 145cm 年齢 10歳
IP序列 123452位→1000位→800位→285位
原作メインヒロインの少女
口調は尊大だが、素直で天真爛漫。蓮太郎と天誅ガールズをこよなく愛する。
モデルラビットのイニシエーター
ウサギらしく脚力が高いため、蹴り主体のスピード特化型。その実力は、IP序列元134位 蛭子 小比奈と比べても見劣りしない。
原作との違いは真守の影響で、学校を辞めた後も舞との交流が続いているため心の傷が小さくなっていることと、己の本当の体内侵食率を知らされ、戦場から一線を退いていること。
また、ティナと戦闘していないため体内侵食率が正史より低くなっている(四巻終了時点で本来43.5%のところを、42.8%で進行を抑えている)
蓮太郎と同じく正史より序列が下がっているが、戦闘力は変わらない。
生みの親を探し出すことが目標。
千寿 夏世
年齢 (第一世代の『呪われた子供たち』らしいのでおそらく)10歳
IP序列 1584位→無し→10686位→1500位→400位
穏やかでユーモアのある性格だが、気を許した相手には毒舌になることが多い(命を救われたからか、真守は例外)
モデルドルフィンのイニシエーター
武器は司馬重工製のフルオートショットガン。
IQが高い代わりに戦闘力が低いと思われることが多いがそんなことはなく、その気になればシカのガストレアの突進を受け止めることも出来る(アニメではカットされたシーン)
原作との違いは、足止めを途中から真守が肩代わりしたため体内侵食率が上がらず、『蛭子影胤テロ事件』後も生存していること。その後は真守のパートナーとして、室戸研究室に泊めてもらっている。
蛭子 影胤
IP序列元134位
戦争、闘争を求める殺人鬼だが『誰かに必要とされたい』というありふれた願いを持つ一面もある。
三日月型の穴が三つ空いた、笑顔の仮面をいつも着けている。
『新人類創造計画』の機械化兵士として『最強の盾』と評される斥力フィールドを扱う。
『最強の盾』は蓮太郎と対比した評価であるが、こちらは攻撃にも応用可能な上に弾切れがない。
原作との違いは、AGV試験薬により復活した蓮太郎に驚愕し、凍り付いていた場面で真守の乱入で退場させられた点。ちなみにダメージは蓮太郎の
伊熊 将監
原作と違いがないため省略
天童 木更
年齢 16歳
IP序列 9200位→3300位
普段は気位が高いと同時に、優しく包容力のあるお嬢様と言った印象を与えるが、その本性は『天童殺しの天童』『復讐鬼』である。
機械化兵士でも『呪われた子供たち』でもないが、異常に強い。その戦闘能力は謎が多い。
天童式抜刀術免許皆伝。彼女の抜刀術は10m先の岩を軽々と切断する(最大で射程何mになるかは不明)
原作では天童民間警備会社の最強と呼ばれている(
原作でティナに天童社長と呼ばれても怒らないのに、真守には『次天童と呼んだら斬り落とす』と言ったのは、木更が自然な流れで『天童って呼ばないで』と言える流れがなかなか来ないからだろうと考えた、しやぶの独自解釈です(原作一巻で蓮太郎が『でも木更さん、〝天童〟だって言われるの嫌いなんだろ』と言っているのでおかしくはない筈......)
原作との違いは、真守と夏世が天童民間警備会社に入社したため収入が少し増え、微妙に生活水準が上がったこと。
聖天子
年齢 16歳
東京エリアの三代目統治者
独裁思考であるが名君、同時に理想主義者の側面も持ち合わせる
近寄りがたい程の美貌を持つ
木更と同じく美和女学院に在籍していて、成績は首席(ただし政務で多忙なため、一度も登校出来ていない)
原作との違いは、真守についての対処で仕事が増えたこと
室戸 菫
『新人類創造計画』元最高責任者
『四賢人』『神医』等の称号を持つ世界最高峰の頭脳を持つ一人だが、現在は地下室に引き込もって映画と18禁ゲーム漬けになっている残念美人。
原作との違いは、延珠の体内侵食率について心配がなくなったことと、同居人となった真守と舞が作る健康的な料理のお陰で、餓死しかかることがなくなったこと。
アルブレヒト グリューネワルト
原作と違いがないため省略
グークル(ジョセフ)
IP序列 12位→暫定1位
情報屋
レベル11の機密情報アクセスキーを所有しているため『なんでも知ってる』という謳い文句に恥じない情報網を持つ。
嘗てステージⅤの一体と対峙し討伐したが、その際パートナーのイニシエーターを亡くしている。それ以来は戦いに嫌気が差し、正体を隠して情報屋を営んでいた。
表向きは生きていることになっているが、実際は死んでいる──と思われているが死んでいないというややこしい存在。
趣味は人間観察。
本編で登場した戦法は剣を用いた白兵戦のみだが、その強さはティナに『戦えば十中八九負ける』と言わしめる程。
ゾディアック2体の討伐という他の追随を許さない功績により、IISOが特例で『ペアの組み直し後の序列を1位にする』と確約している。
神崎 舞
年齢 10歳
真守の双子の妹で、延珠の親友。
裏表がなく心優しい少女。
蓮太郎や真守より料理が上手い。
本人は至って普通の少女だが、偉人級の人物との繋がりを複数持つ。
真守のM.O.を受け継ぐことができる存在であるが……
原作との違いは、学校を辞めて室戸研究室に泊めてもらっていることと、延珠との交流が途切れていないこと。
ティナ・スプラウト(エヴァ・フロスト)
年齢 10歳
IP序列 98位→無し→9200位→3300位
モデルオウルのイニシエーター
狙撃を得意分野とし、銃火器全般+ナイフや暗器も使えるオールラウンダー。
機械化兵士としては、頭に埋め込んだニューロチップを活用した、武器の遠隔操作やシェンフィールドによる視覚補助に加え、体内に仕込まれた金属製のバランサーが心臓の鼓動と呼吸による腕のブレを消していることによって可能となる〝超精密射撃〟を行う。
因子の影響で極度の夜型人間になっているため朝は寝惚けてパジャマのまま外に出てしまう残念系美少女──だったのだが、現在は夜に睡眠薬を飲んで眠ることで徐々に朝型に対応している。
聖天子狙撃事件終結後は真守の計画通り新しい名前を貰い、真守達と共に室戸研究室と神崎家に交互に住んでいる。
真守に好意を抱いていて、真守は延珠のことが好きだと知っても諦めず、アプローチを仕掛けている(延珠との関係は良好)
天童 菊之丞
年齢 おそらく70代(蓮太郎を弟子にした時点で62歳)
原作と違いがないため省略
保脇 卓人
斉武 宗玄
原作と違いがないため省略
司馬 未織
原作と違いがないため省略
城ヶ崎 大湖
芦名 辰巳
原作との違いは、
片桐 弓月
年齢 (おそらく)10歳
IP序列 1850位→950位
明るい性格でいたずらっ子という、延珠と似通った部分が多い少女。
モデルスパイダーのイニシエーター
戦闘スタイルは糸を使ったトリッキーなもの。糸は移動手段やテリトリー作成・敵の拘束に使われる。能力の関係上事前準備に時間をかければかけるだけ強力になり、原作では格上のティナを追い詰めた。
原作と違ってプロモーターである真守一人に圧倒されたのに自信を喪失しなかったのは、真守が規格外過ぎて悔しさよりも驚愕が勝ったから(というか原作の負け方も自信を叩き折られるような酷いものではないと思うのですが……)
片桐 玉樹
年齢 20才以上
IP序列 1850位→950位
弓月のプロモーターにして、血の繋がった兄。
蓮太郎以上の料理上手(ただし事務所にはジャンクフードのゴミが大量に散らかっている模様)
言動はキテレツだが、頼りになる兄貴分。
戦闘スタイルは、バラニウムチェーンソーを用いた高火力の攻撃で、弓月の糸により拘束された相手を狩るのが定石。特殊なサングラスによって糸を視認し、連携はよりスムーズに行われる。
質問があれば追記します!
例:Q.何故小比奈を書いていない?
A.名前が出てないから(小比奈は二刀の少女としか書かれていない)
Q.保脇たち雑過ぎじゃない?
A.どうしてもって言うなら追記しますけど......
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メリーバッドエンド:バケモノの守護者ルート
申し訳ありませんが本編はしばらくお待ちください。4月中には上げますので......
ヘリで蓮太郎がジョセフを問い詰めなかった場合の分岐です
──────どうして、こんなことになっちゃったのかな......
私はただ、父や兄のような────〝真の守護者〟になりたかっただけなのに
最初は上手くやれていた筈だ。効率は悪かったが、目標へ確実に近付いていた実感があった。力を使いこなせるようになる程に、守れる数が増えていったのだから
────だが、どんなに強力な力があっても、一人で守れる数には限界があった
この頃から、身近な人達が消えていった
蓮太郎さんが、夏世ちゃんが、グークルさんが、木更さんが、そして────遂に延珠ちゃんすらも私の元を去り、そこで漸く私は事態の深刻さを悟った
しかし私は『何か重大な失敗をしてしまったに違いない』ということは分かっても、それが何なのか全く検討が付かなかったのだ
今まで私が生み出した『私たち』は、オリジナルである私が先天的に得たものではないからなのか
マモルにはM.O.を受け継いでもらった。これにより、私は常人より身体能力が高くて五感が優れているだけの只人になってしまったが、別に構わない。力なら『私たち』が持っている
更に性別を『私たち』とは違う男にし、エピソード記憶の引き継ぎもしないことで、
そしてマモルを外周区に置き去りにし、世界を見てもらうことにした
マモルは記憶を持たないが故に『今の私』より『真守』に近い存在だ。その彼がこの世界を生きる中でどんな答えを出すのかを知れば、私はきっと間違いに気付き、世界をより良くできる
そうすればきっと、延珠ちゃん達も帰ってきてくれる筈だと────そう、思っていた
実際、延珠ちゃんはマモルと共に私の元へやってきた。
「............そういえば蓮太郎さんも木更さんもいないけど、どうしたの?」
「............舞ちゃん、あれから何十年経ってると思っておるのだ?二人共、妾を置いてとっくに向こうへ逝ってしまったぞ」
「そっか......そんなに時間が経ってたか......それにしても、余命約500日だった延珠ちゃんが一番長生きするなんてね」
「............安心するがよい。お主を送った後、妾もすぐそちらに逝く」
「ゆっくりでいいよ。私から解放された後の世界を楽しんでから来て」
「残念ながら、昨日の時点で妾の体内侵食率は49.7%。今回の戦いでゾーンの力を使ったから、もう妾には時間が無いのだ」
「............そっか、残念
じゃあさ、最後に聞かせてよ。私はどこで間違ったのか」
「............舞ちゃんは間違ってない。間違っていたのは世界の方だ
でも、世界は正しい在り方を取り戻しつつあるのだ。もう、舞ちゃん一人が頑張る必要はなくなった。だから妾が────引導を渡しに来たのだ」
「............そっか。そっかぁ......私は間違ってなかったんだ......」
「............うむ。舞ちゃんは間違ってなどいなかったのだ────だから安心して、先に向こうで待っているがよい」
「うん、じゃあね。延珠ちゃん」
「あぁ、サヨナラだ。舞ちゃん──────
──────お疲れさま」
延珠が『覚悟』を決められず、ジョセフが真守を斬り殺した世界線
舞ちゃんがM.O.を受け継ぎ、チャツボボヤの能力で体を増やしてガストレアを駆逐し、ゾディアックも全滅した世界
この舞ちゃんは大分やさぐれて闇墜ちしてるので、『日本純血会』のメンバーを始めとして一般人を大量虐殺してたりします
それでも彼女は〝守護者〟だった。『バケモノ』と呼ばれた少女達を守るために化物となった心優しい少女だったのだ
そんな彼女の最期をどう捉えるかは、貴方次第
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ドラマCDSS:狂気のお鍋パーティー(前編)
「蓮太郎、まだか? まだなのか?」
「待て。まだだ」
アルデバラン討伐後、某日。
ハッピービルディング三F・天童民間警備会社事務所内にて、身内間での慰労鍋パーティーが開催されようとしていた。
「うー、何故だ! もう充分煮込んだだろう!? 手洗いうがいはしたし、今日はパンツをはいてるぞ!?」
「延珠ちゃん、それは当たり前だよ……」
「元気ですねぇ、延珠さんは……」
「逆に夏世ちゃんは、大人し過ぎるんじゃない? 子供の内に、はしゃげるだけはしゃいでおかないと損よ」
「……私は見ているだけで充分ですよ。社長」
「営業時間外の時は社長って呼ばないで!」
「どうして書き入れ時に事務所が閉まってるんですか? おっぱい魔人の木更さん」
「ごめんなさい、やっぱり社長と呼んでほしいわ……」
延珠が飛び跳ね、舞が注意し、夏世が呆れ、木更と(主に)蓮太郎が被害を受つつなんとかする。そんな日常の光景を、窓枠に腰掛けたティナは笑顔で眺めていた。
「そんなとこに座ってたら危ないよ、ティナ」
「──きゃっ。
……突然声を掛けないでください。落ちかけたじゃないですか」
「わざと落っこちに行ったように見えたんだけど?」
「バレましたか」
「バレバレだよ」
「──さて、そろそろいいぞ。窓際二人も早く席着けよ〜」
「「分かりましたー!」」
「「…………」」
「「──ぷははっ!」」
見事に声が重なり、二人は顔を見合わせ、同時に笑った。
こんな平和がずっと続けばいいと──皆がそう願っていた。
──だがその願いは、思いもよらない形で早くも崩れ去ることになる。
「「「「「「「…………」」」」」」」
鍋の蓋が取り払われ、自らを覆い隠す物が無くなった『ソレ』は、その場に居た全員の目を釘付けにした。
萎んだ紫のカサ。異様なヌメり。桃色の斑点──端的に言って、毒キノコにしか見えなかった。
「……いただきます」
『あっ!』
最初に動いたのは真守だった。
僅かに躊躇しながらも素早く箸を伸ばし、誰かが止める間もなく『ソレ』を口に運ぶ。
皆が見守る中、真守は静かに『ソレ』を咀嚼し、呑み込んで──
「──ウッ!」
『真守!!』
その直後に、彼は胸を押さえて顔を伏せた。
ある者は駆け寄り、ある者は携帯を取り出して救急に連絡を入れようとした、その時。
「──美味い!」
「「「「「「……え?」」」」」」
「M.O.に反応はありませんでした。見た目が毒々しいだけの、美味しいキノコですよ。コレ」
その言葉に、皆が胸を撫で下ろした。
「もう、心配したじゃないですか」
「さっきの仕返しだよ。ティナ」
「俺達までビビらせないでくれ……」
「ハハハ、すみません」
「でもこれで、安心してお鍋が食べられるわね!」
「そうだな。じゃあ皆手を合わせて──」
『いただきます!』
「ハフハフ。しかし、ングング。じむふぉでごふぁんというのも──ゴクン。いいものだな!」
「口に物いれて喋んな」
「アハハ……でも、皆で食べた方が美味しいじゃないですか」
「──まぁ、そうだな」
「ふー、ふー…………なるほど。お兄さんが言った通り、味は美味しい……夏世さんも、そんなに気になるなら一つ食べてみたらいいじゃないですか。あと一つしか残ってませんよ?」
「……里見さんもたしか、まだ食べてなかったですよね?」
「あぁ、俺のことは気にすんな。真守のことを信用してないワケじゃないんだが、どうにも嫌な予感がして……こう、骨が軋むような宇宙的脅威を検出したというか……」
スペースウォリア、びっくら爆風……うっ、頭が。
「里見さん、実はこないだ温泉旅行のチケットが当たったのですけど、私の代わりに行きませんか?」
「里見君、肩凝ってない? 揉んであげるわよ」
「……真守、これ現実か? 夏世と木更さんが俺に優しいなんて、夢としか思えないんだが」
「現実です。現実ですから。もう、休んでいいんですよ」
「お、おいなんだよ。それだと俺がもうすぐ死ぬみたいじゃねぇか」
「…………」
木更が無言で肩を揉み始めた。これを機に、彼の待遇をもう少し改善してあげてほしい。
「……さて、では早く片付けて、里見さんを休ませてあげませんとね──はむっ。ん、本当に美味しい」
そんなこんなで彼らは鍋を完食し、スープの余りでシメの雑炊を作った所で──遂に異変は起こった。
雑炊を一口食べた真守が突然目を見開き、匙を落としたのだ。
「……あれ、なんだ、コレ……マズ、イ」
「真守……? いや、普通に美味いと思うぞ」
「ちが、う。みんな、早く──グゥッ!」
そして、彼は何かを言いかけて倒れた。
「真守、どうしたのだ!?」
「お兄、ちゃん?」
「は、ぇ……? なんで真守さんが倒れて……」
「きゅっ、救急車……救急車呼ばないと……」
「待て木更さん! 真守は普通の医者には診せらんねぇ。俺が先生に連絡を──」
「──必要ない」
「真守……? 大じょ──」
「気軽に声を掛けるな。ニンゲン風情が」
「…………え?」
「黙って平伏しろ。下等生物共」
──目覚めた彼は、狂気に侵されていた。
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狂気のお鍋パーティー(後編)
「「「「「木更さん、そこに正座」」」」」
「ごめんなさぁいっ!!」
──結論から言うと、毒キノコを持ち込んだ犯人は木更だった。
動機は『食費を浮かせるために鍋パを提案したはいいが、具材を一つ持ち寄ることすらできないほど困窮していたから』
しかし当然、ここで一つの疑問が発生する。『影胤テロ』『聖天子狙撃事件』『第三次関東会戦』を解決したことで多大な報酬を得ている筈なのに、何故そこまで金が無いのか、だ。
その理由は……
「借金をしたのはまぁ、仕方がないです。借りる相手が闇金なのも、一番身近な相手なので、ギリギリ分からなくはないです。ですが──
いま夏世が説明してくれた通り、木更は借金をしていたのだ。しかも、蓮太郎の臓器を無許可で担保にして。
「木更……それは流石に、ダメ
「……最低です」
延珠と舞も、珍しく冷ややかな目になるというものだ。
「ごめんね……ごめんね里見くん」
「…………まぁ、それはいい。よくはねぇけど、過ぎたことはしょうがねぇ。重要なことは……一刻も早く、真守を治す方法を探さねぇといけないってことだ」
普段の彼女なら、『社員の蓮太郎は社長である自分のものなのだから臓器くらい黙って差し出せ』くらい言うであろうが……流石に今回は二次被害が大き過ぎたからか、木更は素直に謝った。
「
──まぁ謝って済む問題ではないので、当然このように、本気でブチギレている者もいるワケだが。
「どうどう。落ち着きなよ、スプラウトさん。僕としても、ガストレアウイルスの防御をすり抜ける毒があるなんて、予想外だったけど……なんとか夜までには解毒してみせるからさ」
それでも大半が落ち着いているのは、こうしてフランが真守の暴走を抑えているからだ。
「…………命拾いしましたね、社長」
「え、何。私殺されてたかもしれないの……?」
「ハハハ。いくら真守ラブなティナでも、それは言葉の綾
「…………」
「え、そこで無言は怖いん
「……延珠さん、ちょっとそこでじっとしててください」
「う、うむ。構わぬが……どうしたというの
ティナはそっと延珠から距離を取り、正座をしている木更以外を手招きした。
「舞さん、延珠さんの口調って……」
「……うん。いつにも増して、変になってるね。お兄ちゃんほどではないけど」
「延珠が『のじゃロリ』になっちまった……」
「……これで、あのキノコを食べると性格が変わるのはほぼ確定ですか」
「でも害がなさそうな性格変化だったのは、不幸中の幸いだね」
「……ちなみに、俺以外でキノコ食べてない奴って……」
「「「…………」」」
「いねぇよなぁ……」
つまり、マトモに動けるのは男性陣のみ。
「……今のところ、食べた順番におかしくなってるよな。最初が真守で、次が延珠。最後が夏世ってのは覚えてる」
「そうですね」
「三番目に食べたのは──」
「木更、早まるでないッ」
「止めないでよぉ延珠ちゃん! 私なんてっ、私なんてぇぇぇ!!!」
……言ってるそばから、発病した木更が包丁で切腹しかけていた。
「……麻酔打ってきます」
「……頼んだ」
──残り三人。
「チッ、ぎゃあぎゃあうるっせぇですね……」
いや、残り二人だった。ティナがヤンキー化した。
「……あれ、順番的には私の方が先に食べてたと思うんだけど」
「姐御はまぁ、アニキの妹ですから……特殊な体してんすよ。きっと」
「えぇ……? 菫先生には何も言われなかったんだけどな……」
「というか性格が変わっても、口調以外はあまり変わらないんですね。状態としては、酔っているのと大差はないのかも──」
「あぁ? 何ガン飛ばしながらブツブツ言ってやがるんですか? 気持ち悪いですね」
「──ア゛?」
「落ち着け夏世。将監みたいな顔になってるぞ」
「うるせぇ不幸面。撃ち殺すぞ」
「マジで将監化してんじゃねぇか……」
これで全員発病したことになる。が──
「……蓮太郎さん。本当に私、どこもおかしくなってませんか?」
「ビックリするくらい、いつものマトモな舞ちゃんだな」
「どうしよう、逆に怖い」
「──皆っ、無事か!?」
「あっ、先生」
──真守が発病した時点でこっそり呼び出されていた菫が到着したことで、この件は無事解決したのだった。
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