戦騎絶響シンフォギア (青い青)
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予期せぬ来訪 己の内にあるものは

読んで頂き有難うございます。


定時に仕事も終わり、職場の先輩といつもの居酒屋で飲んだ後、彼、神城 奏太(かみしろ そうた)は帰途に着いていた。

 

黒髪の短髪、身長174センチ、体重66キロ、少々彫りが深く学生の頃はよく上に年を間違えられていたが、最近は年が顔に近づいたのか、顔が年に近づいたのか、年相応に見られる事も増え、時には若く見られる事すら増えた事を喜ぶ25歳。

 

そんな彼は頬を撫でる程よく冷えた風を浴び、程よく酔った頭を冷ましながら歩いていた。

 

彼の家は最寄りの地下鉄駅から歩いて20分、静かで、近くにはコンビニとそこそこに大きな複合型商業施設がある為、日々の生活に不備を感じたことは無い。

 

一つ不満をあげるならば、近くに酒を飲める店が極端に少ないという事だけだった。

 

「ふぅ、良い風だ」

 

風を浴び、ふと見上げてみると、そこには星空があった。

今夜は雲もなく、街灯も少ないこの道では、いつもよりも幾分か星も多く見えるような気がした。

 

風を浴びつつ、星空を眺めつつ、我が家への帰路を歩くこと10数分、そろそろ自分の住むアパートが見えてくるといった所で、奏太は思いもしないモノと出会う。

 

「ん?」

 

先程より道の先に誰かが居る事は分かっていた。

只、近づくにつれ、先に居る誰かの輪郭がはっきりとしてくるにつれ、それは誰かではなく、()()()であった事が分かった。

 

「な?は?あれって………ノイズ…か?」

 

奏太はそのなにかに見覚えがあった。

戦姫絶唱シンフォギア、そのアニメに敵として出てくる、認定特異災害。

 

ノイズ。

 

「着ぐるみか?…………て、おいっ!?」

 

最初着ぐるみと思い、近づきじっくりと見ようとしたところ、体が捻れ紐状に変形し特攻してきた。

 

「がっ、痛ぅぅ、何だってんだよ!?」

 

突如自身にきた特攻を横に飛ぶように転がり避け、奏太は悪態をついた。

着ぐるみの線は無くなった。

着ぐるみが体を捻り特攻なんてかけてくるわけがない。

信じられない事ではあるが、コレは本物だ。何故とか、どうして、とかはこの際思考の端に置いておく。

今はとにかく逃げなけば死んでしまうのだ。

 

炭素分解。

 

ノイズに接触した部分を起点に、対象者を文字通り炭と化し分解する凶悪な特性。

 

そこには分解して生じた炭のみが残り、分解された者を示すものなど何も残らない。

 

「やばい!やばい!やばすぎる!」

 

その事を、アニメを通じて知っている奏太は走った。ペース配分も何も考えずひたすらに来た道を逆走する形で走った。

 

触れられたら即終了。

少しのミスも許されず、逃げ切らなければ死んでしまうその状況に、奏太は焦りに焦っていた。

 

その焦り故に奏太はあるミスをしてしまう。

そのまま来た道を真っ直ぐに戻り、人通りの多い場所へと戻れば、他の人間にノイズをなすりつけ、やり過ごす事が出来たかもしれなかった。

 

人道的にその選択はどうかと思う者もいると思うが、自身に命の危機が迫る中、他者の命にまで気をかけられる人間はそうそう居ない。

 

ましてや奏太自身、自分の周りさえ平和なら世界がどうなっても良い、と思っている人種だ。

 

しかし、奏太はその選択をしなかった。

 

他人になすりつけ危機を回避する可能性よりも、道を曲がり逃走を複雑にする事でノイズを撒ける可能性にかけてしまったのだった。

 

その選択が間違いであった事は、遂に奏太の体力が尽き、派手に転んでしまったところで、それに気付く。

 

「はあっはぁっはぁっ…………糞がっ!」

 

逃げる最中も、ノイズは体を紐状にして特攻を仕掛けていた。

それをなんとか避けつつ逃げていた為、体力はもう残っていない。

なけなしの体力や、最後の体力等はとうの昔に使い果たしている。

 

今の奏太は、転んだ体勢のままうつ伏せの体を起こすことすら出来ない状態だった。

 

「はぁっ、はぁっ、がっ!?!?!?」

 

それでも、逃げる為、生きる為、走り出そうと顔を前に向け、体を起こそうとした時、紐状と化し特攻してきたノイズが

 

 

 

奏太の腹を貫いた。

 

 

 

「あああああああああああ!!!」

 

激痛と共に底の無い恐怖が奏太を襲う。

絶叫をあげながら、奏太の頭の中は様々な思考に埋め尽くされていく。

 

(貫かれた!?俺の腹!?ノイズに!?炭素分解!?死ぬ!?俺が!?何で!?糞っ!死にたく無い!殺す!嫌だ!)

 

「ごぶっ」

 

ノイズに腹を貫かれた為、口から血を吐き出してしまう。

 

そう、()()()()()()()()()()()()()

 

「そう……いえ…ば……な……で…炭素…………分……解…………」

 

されないんだ?

 

奏太は大量に血を失い、意識が朦朧とする中、最大の疑問にぶつかった。

 

ノイズに触れられた者はタイムラグ無く即座に炭素分解され、炭と化す。

 

その筈だった。

 

たった一度の例外も無い。

 

それなのに、腹部を貫かれた自分はまだ生きている。

 

何故。

 

分からない。

 

だが。

 

それならば。

 

あのキャラの、あのセリフ。

 

アニメのセリフだが、奏太の心を強く打ったあのセリフ。

 

天羽 奏のあのセリフ。

 

現状を打破する言葉ではないことは、奏太も分かっている。

 

それでも奏太の口を出たのは、あのセリフだった。

 

「い……生きる…の…をーーー」

 

 

「ーーー諦めて………たまるかぁぁぁああ!!!」

 

いつもよりも多い星空の下、奏太の絶叫が辺りに響き渡る。

 

万事休す。

 

しかし、奏太の心は諦めてはいなかった。

 

少しでも長く、たとえそれが1秒にも満たない時間だったとしても。

 

生きるのを諦めなかった。

 

『かかか、よう吼えた』

 

「……な…に?」

 

息も絶え絶えの中、突如頭の中で響き渡る謎の声。

 

妙齢の女性を思わせるその声に、奏太は自分の置かれている状況も忘れ、驚き固まってしまう。

 

『かかか、よう吼えた。と、言ったのじゃ。死の間際まで生き汚い人間は今まで多く見てきたが、死が決まった今も、かように生き汚い人間は初めてじゃ』

 

かかか。と、再び頭の中で笑い声が聞こえる。

 

声の正体を問い質したい奏太であったが、現在進行形で血が抜け、刻一刻と死に近づいている現状を、改めて思い出し、ただ一言悪態を吐くだけに止まった。

 

「わ…るい……が………少…し…黙……れ」

 

今はそれどころじゃない。

 

そう続けたかったが、もう声も出せない程に奏太の体は、死に近づいていた。

 

『そうであったな。お主にゆるりと言葉を交わす時間などないのであったな。続きの話は()()()に着いたらゆるりと話すとしようぞ。

 

…………すまぬ』

 

最早謎の声の主が何を言ってるいるかも奏太は理解出来なかった。

 

しかし、辛うじて聞こえた最後の謝罪の言葉、その意味を理解する前に奏太の視界は暗転し、意識は深い闇へと沈むよう途絶えてしまった……。




原作キャラは次回登場予定です。


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辿り着いた先 その力をもって成す事は

遅くなり申し訳ないです。
又、予想以上に長文となってしまいました。
ちょっせえ言いながら読んで頂ければ幸いです。


けたたましく、騒々しい。

 

そこでは多くの人々の声が。

 

悲鳴が。

 

絶叫が。

 

辺りに響き、更には逃げ惑う人々の足音が地を震わせていた。

 

そんな中、奏太は建物に背を預け気を失っていた。

 

これだけの騒音の中、奏太は目を覚ます気配が見られない。

 

体には一切の傷も無く、はたから見れば逃げ出す人々の波に弾かれ、頭を打ち気絶したかのように見える。

 

逃げ惑う人々の目に奏太は映っていない。

 

仮に気絶した奏太に気づいたとして、自身に危機が迫る中、その危機を顧みず助けようと動く人はそうそう存在しない。

 

が、極稀にそういった人物は確かに存在するのだ。

 

未だに目を覚まさない奏太の前に、そんな極稀が現れた。

 

「おい!お前!おいっ!おいっ!おいって!」

 

「……ん…俺は……こ…こは?」

 

大声で声をかけられ、激しく体を揺さぶられ、奏太はようやく目を覚ました。

しかし、覚醒には程遠い状態で目の焦点もあっていない。

 

「吹っ飛ばされて頭でも打ったか!?とにかく早く目を覚ませ!もうそこに来てるんだぞ!」

 

周りの騒々しさに負けない大きな声で、奏太に声をかける青年。

 

年の頃は16、17程で、身長は170あるかないかくらいだろうか。

服装は学校の制服と思われるものを身に纏っており、髪は茶髪の耳を覆う程の長さで、目は大きく、男性でありながら、可愛らしい印象を受ける見た目であった。

 

「……来てるって?…何が?」

 

起き抜けの頭を何とか働かせて、耳に届いた言葉を咀嚼し口にする。

呆けた奏太の、呆けた言葉に、青年は激高しながら奏太に言葉をぶつける。

 

「何馬鹿な事いってんだよ!ガチ馬鹿が!ノイズが来てるんだよ!直ぐそこまで!ノイズが!」

 

「ノ……イズ?…………ノイズ!?」

 

奏太の耳に届いた不穏な言葉。

自らを襲われ、命の危機に瀕する事になった忌むべき名。

 

その名を聞き、意味を理解したと同時に奏太の意識は一気に覚醒を迎えた。

 

「ふぅ、ようやく目ぇ覚めたか。とにかく逃げるぞ。もう少し行けばシェルターがある」

 

「あ、ああ。その前に君の名前は?」

 

青年から伸ばされた手を取り、奏太は青年の名を聞く為、声をかける。

 

青年はノイズが迫ってる中、呑気に悠長な事を聞いて来た奏太に若干のイラつきを浮かべた顔をして、怒鳴りつけるように…………いや、怒鳴りつけながら答えた。

 

「葵だ!八代 葵(やつしろ あおい)!とにかく逃げるぞって言ったばっかだろうが!このガチ馬鹿!んなのは後だ!後!……っ!!」

 

奏太を無理矢理に立たせ、逃げる為の一歩を踏み出そうと振り向いた矢先、葵の視線の先には、自分と同じようにノイズから逃げていた3人の人間が、同じ数のノイズに貫かれ灰となった光景が目に映った。

 

最悪な事に、3人を炭素分解し同じく自身も炭と化し消えていったノイズとは別に、更に3体のノイズが葵と奏太の直ぐ近くにまで迫っていた。

 

「畜生!間に合わなかったか!…………いや、まだだ。まだここまで追いついたのは3体、残りの多くはまだ追いついてない。おい!お前!」

 

顔はノイズの方へと向け、葵は奏太に声をかける。

 

「な、何だ?」

 

目の前で人が炭素分解された光景を目の当たりにして、驚き戸惑い、恐怖に足を竦めながら奏太は声を返した。

 

奏太の返事を聞いた葵は、しっかりとした口調で奏太にある提案をだす。

 

「いいか?よく聞けよ?今から俺が囮になる。その隙をついてお前は逃げろ。なるべく3体引きつけるが、1体でもお前に向かったらすまん。諦めてくれ。どうせ先に俺が死ぬ。先に死んでお前が来るの待っててやる。もし、上手く3体とも引きつけられたら俺のことはいいから、全力で逃げろ。……分かったな!!」

 

そう言うと同時に、葵は人々が逃げていた方向とは逆に向かい走りだした。

 

葵からの提案に言葉も出ず、今も尚足が竦み体が動かない奏太は訳が分からなかった。

 

葵が助かる可能性は無い。ゼロだ。

 

奇跡的に三体のノイズを切り抜けたとしても、彼の向かう先には大小様々なノイズが数を数えるのも億劫なくらい大挙して居るのだ。

 

そもそも三体のノイズを撒く事自体が無理なのである。

 

それは一体のノイズからすら、逃げ切れなかった奏太が、身をもって知っている。

 

そんな事を奏太は頭の中で考えていたところ、視界の中にいた3体のノイズは葵へと体を向けた。

 

向けてしまった。

 

つまり葵の作戦は成功したという事だ。後はこのまま葵とは反対方向へ走って、この先にあるというシェルターへ避難すればいい。

 

でも。

 

どうしてこいつは見ず知らずの他人の自分を命がけで助けてくれるんだろう。

 

自分に声なんかかけないで、さっさと逃げてればあいつは助かったかもしれないのに。

 

分からない。

 

まったくもって訳が分からない。

 

分からないけど。

 

 

 

 

 

 

助けたい。

 

 

 

 

 

 

自分の命を顧みないこの馬鹿を。

 

赤の他人の自分なんかを助けようとしてくれてるこの馬鹿を。

 

何の力もない自分だけど。

 

絶対に死なせたくない。

 

 

そう考えた自分に気付いた時、足の震えは止まっていた。

 

 

『かかか。よう言った。いや、よくぞ決意した』

 

意識を失う前に聞いた、謎の女性の声。

 

それが頭の中で聞こえたと奏太が認識した瞬間、世界から色は消え、目に映る全てのものが動きを止めた。

 

「な、何んだ!?」

 

「かっかっか。始めましてお主様。いや、あちらの世界で声をかけておるから二度目ましてかのう?かかか」

 

頭の中で聞いた声が、現実に聞こえ、その声が聞こえた先、正確には自身の左隣に目を向けるとそこには、長い黒髪を鬼灯(ほおずき)の飾りが着いた(かんざし)で結い上げ、白を基調とし、桜の描かれた着物を纏う妙齢の女性の姿があった。

 

「まあ始めましてでも、二度目ましてでも、どちらでも構わぬか。かかか。それでお主様」

 

奏太をお主様と呼び、女性は赤い瞳を向ける。

 

「……何だ?」

 

突然現れた女性に最大限の警戒をもって奏太は返事をする。

 

そんな奏太の様子を見て女性は、楽しそうに笑いながら話を続けた。

 

「かかか。そう警戒しなくても大丈夫じゃ。してお主様よ…………助けたいか?」

 

「は?」

 

「助けたいのか?と、聞いておる。お主様を逃がす為、囮となったあの小僧を助けたいのか?と、聞いておる」

 

何故?とか、どうやって?とか、聞きたい事はいくらでもあった。

 

目の前に現れたこの女性の事にしてもそうだ。

 

だが、今はそれら全ては些細な事。

 

今の自分は葵を救う事が全てだ。

 

「助けたい」

 

女性の赤い瞳を正面から見据え、はっきりと言った。

 

「人をやめる事となってもか?」

 

女性も同じように奏太の瞳を正面から見据え、はっきりと言う。

 

「人をやめる事となっても」

 

人をやめる。

 

そんなあり得ない話に、奏太は一瞬の躊躇いもなく即答した。

 

「…………流石に即答されるとは思わなかったのじゃ」

 

これには女性も面食らったようで、赤い瞳を大きくさせていた。

 

「怖くはないのか?不安はないのか?何故即答出来る?ノリや勢いだけで答えたとしたら、もう一度自分の人生全てを思い出し、深く深く考えるのじゃ」

 

「その必要はないよ」

 

その必要はない。

 

何故そんな事を言えるのか、その真意を探る為、女性は奏太の言葉の続きを待った。

 

「俺は昔からアニメとかゲームとか大好きでさ、25歳にもなったてのに、いまだに毎日毎日アニメやゲーム三昧だ」

 

体動かすのや、外で遊ぶのも好きだから、アウトドアなインドア派、もしくはインドアなアウトドア派だな。

 

と、奏太は続けた。

 

「で、さ。アニメとかゲームにハマってくると、考える訳よ。アニメのあのシーン、俺ならどうする?ゲームで出てきたあの選択、自分は何を選ぶ?てな感じでな。

 

今回のも勿論考えてたよ、力を得る代わりに人間を止める。そんなシチュエーションのゲームやアニメなんかいくらでもあるし、いくらでもやったし見た。そしてその度に考えた。

 

答えはイエスだ。

その得た力で、自分の大切な人達を守れるなら、俺は人間をやめる。やめられる」

 

その言葉を聞き、女性は溜息を吐いて呆れ顔で奏太にある事を言う。

 

「お主様よ。その言い分だと、お主様が人間をやめる事の出来る理由は、自分の大切な人達の為じゃろう?いつからあの小僧はお主様にとって大切な人になったのじゃ?

 

言ってしまえばあの小僧は勝手にお主様を救う為に勝手に囮になっただけじゃろう?お主様はそういう人間は結構見捨てられる人種じゃなかったかの?」

 

女性からの辛辣な物言いに、奏太は視線を逸らさず、真っ直ぐに女性を見据え言葉を続けた。

 

「確かに……な。勝手に誰かを助けようとして、勝手に助けるのも、勝手に死ぬのも好きにしたらいい。その結果はそいつ自身の責任だ、そんな奴を助ける義理は俺には無い。

 

……けど。

 

葵は違うだろ?あいつは勝手に誰かを助ける為に囮になったんじゃない。あいつは勝手に()を助ける為に囮になってくれたんだ。

 

あいつはもうどうでも良い他人じゃない。命懸けで俺を助けようとしてくれた瞬間から俺には大切な人達の1人だ」

 

奏太の思いを聞き、目を伏せ暫し何かを思考した後、女性は再び赤い瞳を奏太へと向け、言葉を発した。

 

「お主様の考え。思い。しかと理解した」

 

「なら」

 

「うむっ。お主様に力を授けよう」

 

満面の笑みで女性はそう言った。

 

「その為にお主様に一つの事をお願いしたい。

 

お主様……

 

……妾に名前をつけてくれぬか?」

 

「はい?」

 

何を頼まれるのか、軽く身構えていた奏太であったが、流石にそれは予想していなかった。

 

「じゃから、名前をつけてくれと言うたんじゃ」

 

「何で名前なんだ?」

 

「元々妾に名前が無い。妾の使用者たる者に名前をつけてもらって、始めて妾は使用者………お主様にはこう言った方が分かり易いかの?

名前をつけてもらって始めて妾は()()()と繋がる事が出来る」

 

「なっ!?」

 

女性の口から出た言葉に、奏太は目を開き驚きの声をあげる。

 

適合者、それはつまり。

 

「聖……遺物」

 

「そう。妾は聖遺物じゃ。あくまで今の時代の者達の呼び名に合わせるならば……じゃ。

 

更に言うならば、カテゴリー的には完全聖遺物になるのぅ」

 

「…………」

 

女性の正体は聖遺物であった。

その正体だけでも驚愕の事実であったのに、更には完全聖遺物だと彼女は言った。

 

流石に奏太も驚き固まってしまい、開いた口が塞がらない状態であった。

 

「融合型完全聖遺物とでも言うのじゃろうな…………ん?。

 

お主様?聞いておるか?」

 

「あ、ああ……軽く、いや、かなり驚いたけど大丈夫。アニメやゲームならあり得るパターンだ」

 

「ふむ。ならば続けるぞ?妾は聖遺物。融合型完全聖遺物じゃ。融合の言葉から分かる通り、妾は適合者と融合を果たすことにより力を発揮することが出来る。お主様に人を止める事となってもか?と聞いたのはそういう事じゃ。

 

人でありながら人ではない。聖遺物でありながら聖遺物ではない。

 

人でありながら聖遺物でもある。

 

お主様はそんな存在になる」

 

人でありながら人ではなくなる。

そんな存在になると言われても奏太は、たじろぐ様子もなく強い意志を瞳に込め頷いた。

 

そんな様子を見て、女性は満足そうに頷き返した後、話を続けた。

 

「話を戻すが、妾には名前がない。機体識別コードも、製造番号も、妾を妾たらしめる名称、呼称といったものが一切ない。

 

それは適合者に名前をつけてもらい、その名をもって、適合者とより深く深く融け合わさる為なのじゃ。

 

名前とは、自己と他者を分ける為の単なる記号ではない。名前とはその者の本質、つまりは魂を表すのじゃ。

 

その為にお主様には、妾に名前をつけて欲しい。

 

妾に魂をつけて欲しいのじゃ。」

 

聖遺物である女性の話を聞き、目を伏せ奏太は考える。

 

深く深く考える。

 

これから一生を共にする相棒の名前を。

 

魂の名前を。

 

そんな奏太の様子を、女性は期待と少しばかりの不安を混ぜた眼差しを送る。

 

それから少しの時間が経った頃、伏せた目を上げ、奏太は女性に名前を告げた。

 

「お前の名前は……桜……桜童子」

 

「桜童子………それが妾の名前」

 

「ああ。今からお前の名前は桜童子だ」

 

桜童子。

 

その名前を貰った女性……いや、桜童子は、自身の名を呟く事数回、再び満面の笑みを浮かべ奏太に言葉を返した。

 

「うむっ、良き名じゃ。気に入ったぞお主様っ」

 

「そりゃ良かった。……ああ、普段は桜って呼ぶから」

 

「うむ、了解じゃ」

 

「………なら、始めるか」

 

奏太のその言葉に、桜童子は頷きを一つ返すと、それを始めた。

 

人でありながら人ではなく。

 

聖遺物でありながら聖遺物ではない。

 

人でもあり。

 

聖遺物でもある。

 

そんな存在となる為の契約を。

 

「……桜童子を聖名として認証。

適合者神城奏太を新たなマスターとして認証…………お主様、手を」

 

そう言われ差し出された右手を奏太は取る。

 

「これより妾達は1つとなる。それはお主様が死ぬまで続く事となる訳じゃが……。

 

………………すまぬな、お主様」

 

「ん?どうした?いきなり。………て、そういえば、気失う前にも謝られてたと思うんだけど」

 

急に自分に謝罪してきた桜童子に、奏太は疑問を覚えつつ、元々あった疑問も桜童子にぶつけてみた。

 

「お主様が先程ノイズに襲われていたのは偶然じゃが、そこに妾が居たのは偶然ではない。

 

元々妾はバビロニアの宝物庫に居ったのじゃが、何の因果か分からんが突然目の前に時空の裂け目が現れての。ソロモンの杖で開けたのとも違う開き方じゃった為、不思議に思い調べようとした矢先、お主様を襲ったノイズが突然その裂け目に飛び込んでしまっての。どこに繋がっておるか分からなかったが、このままでは裂け目の先でノイズの犠牲者が出ると思っての、気付いたらノイズを追って裂け目に入っておった。

 

ただ世界を渡った衝撃の為か、気を失っておってての、気付いた時にはお主様が腹を貫かれておって、()えておった」

 

「あの時、あそこにノイズがいた事は分かった。けど、桜に謝られる理由が分からん。

 

桜があの時、腹ぶっ刺された俺を助けてくれたんだろ?何で謝る?」

 

着ている服をめくりノイズに刺された腹に奏太は視線を送った。

 

そこには傷痕も無く、刺される前と変わらない自分の腹がある。

 

ただ、何か言いようのない違和感があったが、生きてるんだからいいや。と、結論付け、桜童子からの返答を待った。

 

「確かに、お主様を助けたのは妾じゃ、死にそうになっておるお主様を見つけ、助ける為にお主様の意志も確認せず、勝手に仮契約をした。何の条件も無しに妾も他者に力を行使出来ぬからのぅ。

 

そして妾の力を使い、お主様の体を構成している()()()()()()()()()()()()()()

 

妾がお主様に謝ったのはの…………そのままお主様を死なせた方が良かったのかもしれぬ……と、思ったからじゃ。

 

あのまま死んでおったら、お主様は人として死ぬ事が出来た。

 

じゃが……妾の被害者を出したくないという我儘の為にお主様を生かしてしまった。そして妾との契約を決意してくれた以上、お主様はある意味もう人して死ぬ事は叶わぬ。

 

そしてお主様。ここはもうお主様が生きておった世界ではない。

 

お主様が生きていた世界ではアニメとして存在していた世界。

 

戦姫絶唱シンフォギアの世界なのじゃ。

 

あちらの世界に戻る術が分からぬ以上、お主様があちらに戻る事は、もう叶わぬやもしれん…………。

 

…………じゃから、お主様に謝ったのじゃ」

 

そのような事を、桜童子は悲痛な面持ちで語った。

 

そして奏太は桜童子と手を取り合ったまま、顔を伏せ、少し思考を巡らせると、伏せていた顔を上げ、桜童子に話しかけた。

 

「今その時の事を思い出してたんだけど、あの時桜は、続きの話はあちらに着いたら、って言ってなかったか?

 

桜がこの世界に連れて着たんじゃないの?」

 

「うむ。確かに妾はその様に言った。

……じゃが、妾がお主様をこちらに連れて来た訳ではないのじゃ。

 

お主様が腹を貫かれておったあの時、時空の裂け目がお主様の直ぐ背後にまた現れての、その裂け目に飲まれる事を確信したのと同時に、その裂け目の先が妾が元々居た世界である事も何故か確信したのじゃ。

 

故にこの世界に辿り着く事を確信した妾のはあのような事を言ったのじゃ」

 

「そうだったのか。

 

……まっ、気にすんな。こうして生きている事だし、あの時桜が助けてくれなかったら、俺はあのまんま死んでたんだからな。感謝はしても、怒ったり、恨んだりなんかしないって。

 

確かに思う事は色々ある。

 

俺は普通の一般人だったからな、普通に家族が居て、普通に友達が居て、普通に働いて、普通に生きていた。

 

今まで普通に有った帰る場所に帰れなくなったってのには、確かに思うところがある。

 

でも、やっぱ感謝しかないんだよ。

今俺は生きてるんだから。生きたかったんだ俺は。だから俺はあの時言ったんだよ。あの言葉を。聞いたろ?」

 

生きるのを諦めてたまるか。

 

確かに奏太はあの時、そう言った。

 

死を決したその場でさえ、この様な言葉を発せる奏太が面白く、気に入り、改めて必ず助けたいと桜童子は思ったのだ。

 

だから助けた。

 

ノイズに襲われる筈の誰かを助ける為と、反射的に時空の裂け目へと飛び込んだ桜童子だったが、その判断は間違いではなかったと、改めてそう思ったのだ。

 

「そう………で、あったな。

かかか、今思い出しても痛快じゃ」

 

「だろ?俺は生き汚いんだ」

 

ニヤリと笑い奏太はそう続けた。

それを見て桜童子も、かかかと愉快そうに笑うのであった。

 

「分かった、もう妾も何も言わん。共に生きようぞ、お主様」

 

「ああ、よろしくな桜。っと、桜。これからはお主様じゃなくて、名前で呼んでくれ。様付けで呼ばれた事なんて無いからな、むず痒くてしょうがないや」

 

「かかか、了解じゃ。奏太」

 

そう言って桜童子はひと笑いすると、光の粒子になって奏太の体に吸い込まれるように消えていった。

 

奏太の体に特に変わった様子は見られない。

 

奏太は手を開いたり、握ったりを繰り返し体の調子を確認する。

 

「特に何かが変わった感じはないな」

 

『かかか、何、案ずるでない。融合は完璧に完全に終えとるよ』

 

「そうなのか?」

 

突如頭の中に桜童子の声が響いたが、自分と融合したからだと、納得した奏太は、驚く事もなく、桜童子の言葉に疑問を返す。

 

『うむ。今の奏太では、そう感じるのも無理もない。

じゃが、この先妾の力を使いこなせていくにつれ、そのままでも人間離れした力を発揮出来るようになるじゃろう。

 

それこそ風鳴弦十郎のような……の』

 

「俺もOTONAの階段を登り始めた訳だ。

 

……けどさ、桜。今俺が必要なのはーー」

 

『勿論分かっておるよ』

 

奏太の言葉を遮り、桜童子は頭の中から話を始める。

 

『妾と融合した今、奏太の胸の奥には(うた)が宿っておる』

 

「ん?そう……なのか?全然詩なんて浮かんでこないけど?」

 

桜童子に言われ、胸に手を当て、必死に頭に詩を浮かべるが、一向に浮かんでこない。

 

『それはそうじゃ、常に詩が浮かんでおっては、奏太も落ち着かんじゃろ?

胸に宿った詩を奥から浮かべるには、奏太の【戦う】という決意が必要なのじゃ』

 

「俺の……戦う…決意」

 

『そうじゃ。奏太は何の為に戦う?何の為に拳を握る?何の為に命をかける?』

 

考えるまでもなかった。

 

自分を助けようとしてくれる葵の為、拳を握り、命をかける。

 

その想いを胸に強く浮かべたと同時に、奏太の胸の奥から、詩が浮かび上がってきた。

 

「これが……この詩が」

 

『そう、それが奏太の詩じゃ。奏太だけの詩じゃ。

 

さあっ、高らかに歌い上げよっ。

 

その時こそ、妾達は真に一つとなり、戦場(いくさば)翔ける騎士とならん』

 

瞳を閉じ、戦う決意を胸に抱き、奏太は高らかに歌い上げる。

 

人と聖遺物が一つとなる詩を。

 

「血を()み、死を()み、惨禍を食らう、桜童子!」

 

 

 

止まった世界に光が溢れた。

 

 

 

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一方その頃。

 

私立リディアン音楽院地下に存在する、特異災害対策機動部二課本部。

 

現在そこは慌ただしい雰囲気に包まれていた。

 

「司令っ!」

 

「どうした、友里」

 

情報処理担当の友里 あおいは焦りと驚きを混じえた様子で、司令である風鳴 弦十郎に声をかけた。

 

「先程ノイズの出現を確認したポイントに、凄まじい量のフォニックゲインが検出されましたっ!」

 

「何だとっ!?翼と響君か!?」

 

「いえっ、2人ではありません!装者両名今も現場へ急行中です!」

 

「一体何が起きているというんだ!?了子君!アウフヴァッヘン波形の照合は!?」

 

「まさか………この波形は……………」

 

弦十郎から声をかけられた櫻井了子は、声をかけられた事に気がついていないのか、ぶつぶつと独り言をこぼしていた。

 

「了子君?」

 

「え?あっ、あぁはいはい、アウフヴァッヘン波形ね。照合結果unknownと出ているわ」

 

「それは、つまり……」

 

「……そう、つまり、今確認されたフォニックゲインは、現存する私達が把握している聖遺物から発せられたものではなく、私達のしらない未知の聖遺物から発せられたものになるわね」

 

「一体何故……今」

 

「それを今言ってもしょうがないでしょ弦十郎君。聖遺物やそれに関わるものに常識や理屈は通用しない、それは弦十郎君も分かってる事じゃない、それよりも今私達に必要な事は状況の把握じゃなくて?」

 

「……あぁ、その通りだな。友里!翼と響君に現場への到着を急ぐよう伝えてくれ!」

 

「了解!」

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

「はっ、はっ、はっ」

 

全速力で葵は走る。

 

見ず知らずの奏太を助ける為。

 

自らの命を代償として。

 

「はっ、はっ、……よしっ、三体共引き付けたな。これであいつは助かるだろ」

 

そう言う葵は笑顔だった。

 

その表情から、奏太が助かる事を心から喜んでいる事が見て取れる。

 

その様子は明らかに異常であった。

 

見ず知らずの他人を助ける為に命を賭ける。

 

その賭けというのも、命が助かるか助からないかの賭けではない。

 

自分の命を捨てた結果、奏太が助かるか助からないかの賭けだ。

 

自分の死が前提の事である。

 

明らかに異常。

 

それも度を超えた異常だ。

 

アニメ戦姫絶唱シンフォギアの中で主人公である立花 響も、自身の命さえも顧みない自己犠牲の精神を、前向きな自殺衝動や歪と評されている。

 

八代 葵。彼も立花 響のそれに通じるものがある。

 

彼の異常な自己犠牲はどこから来るのか……

 

それを知る者はまだ居ない。

 

「ノイズの大軍まで目測で3?いや400メートルか?まぁ、その前に後ろのノイズに灰にされるんだろうけ……痛っ!」

 

足がもつれ激しく転んでしまった。

 

それを見たノイズは好機と見たのか、たまたまなのか、その体を捻り特攻する形をとっていた。

 

突如葵の視界に映るものがスローモーションになる。

 

(ああ………ここで終わりか……)

 

ゆっくり、ゆっくりと、コマ送りのようなスローモーションで紐状と化したノイズが自身に迫って来る。

 

しかも三体。

 

自身の終わりを確信した葵は、一思いに楽になろうと目を瞑り、来たる死を待った。

 

 

 

その時。

 

 

 

「生きるのを諦めてんじゃねぇぇぇえええ!!!」

 

 

何者かの咆哮の様な叫び声が聞こえ、閉じていた目を開けると、そこには炭と化し風に舞うノイズを背景に、拳を振り抜いた形で、自身の目の前に立つ人の姿があった。

 

ただ、その姿は全く見覚えの無いものだった。

 

赤色に染まった一本角の付いた額当て、額当て同様、赤を基調とした肩鎧に、黒い鎧下着、赤を基調とし鬼の顔が意匠された手甲と脛当て。

 

そんなぱっと見、鬼と見間違えてしまう程の人物が、拳を突き出し静止している。

 

声をかけようにも、何と言えばいいのか分からない。

 

軽くパニックになった葵は、自身の置かれている状況も忘れ、目を大きく開き、ただ動きを止めていた。

 

「おい」

 

「な、何だ?」

 

急に声をかけられ、驚きながらも返事を返す葵。

 

その返事を確認したその誰かは、ゆっくりと振り抜いた拳を下げ、その顔を葵に晒した。

 

「お、お前っ!」

 

その誰かとは。

 

「さっきのガチ馬鹿じゃねえか!」

 

「おう、さっきぶりだな」

 

奏太であった。

 

鬼の装具をその身に纏い、不敵な笑みを浮かべながら葵の前に立っていた。

 

「なんでこんな所に居るんだよっ!それにその姿は何なんだよっ!?」

 

「勿論お前を助ける為にここに居る。この姿は企業秘密だ」

 

「企業秘密って………訳わかんねぇよ」

 

「今はそれでいいよ。ほら、お前はシェルターに避難しな」

 

そう言って奏太は、葵の手を取り無理やり立たせると、先程葵自身が言っていたシェルターへの道を指差した。

 

「お前はどうするんだよ?」

 

「ノイズ共を皆殺す」

 

「皆殺すって……出来んのかよ?」

 

200メートル先にまで迫ったノイズの大軍を見据え、そう言った奏太に心配そうに葵は言う。

 

「出来る。だからお前は早く避難しろ」

 

出来る。そう言い切り奏太は言った。

 

それだけの力があるのだろう。

葵は、奏太1人残して行く事に納得出来ない表情を見せるも、自分が残っても何の役にも立てない事を理解している為、納得のいかない表情のまま、一度頷き、シェルターへと駆け出した。

 

そして、少し走り出した所で振り返り、奏太へと声をかける。

 

「名前……お前の名前はっ!?」

 

「神城奏太だ!」

 

「神城奏太……な、よしっ覚えた。奏太!ありがとう!助けてくれて!必ず又会うぞ!必ず!」

 

「はっ、ホントいい人過ぎんだろお前。ああっ!必ず又会おうな!」

 

その言葉を聞き、葵は拳を突き出すと、笑顔を見せ、再びシェルターへの道を駆け出した。

 

奏太はその姿を確認すると、迫り来るノイズの大軍へと目を向けた。

 

『かかか、本当に良き男じゃ。必ず助けねばな。のう?奏太?』

 

「ああ、全くだな………絶対助けなきゃな。……だから、行くぞ?桜」

 

『うむっ、いつでもOKじゃ』

 

「よしっ」

 

奏太が声を発すると同時に、桜童子は歌を歌う。

 

それは儚くも力強く、穏やかにして激しい、戦う決意と意味が込められた歌だった。

 

胸の奥より聞こえてくる歌と共に、奏太はノイズの大軍へと足を踏み出すと、次の瞬間恐るべき速度でノイズの大軍へと拳を突き出し突撃した。

 

「らぁぁぁあああ!!」

 

咆哮を上げながらノイズの大軍の先頭から最後尾まで、多数のノイズを灰へと変え突き進むと、反転し、回し蹴りの要領で足を振り抜く。

 

「うらっ!」

 

すると、その軌跡から赤い三日月の様な衝撃波が飛び出し、奏太によって左右に分けられたノイズ達の、左半分を斬り進んで行った。

 

赫月(あかつき)

 

技を放つと同時に、この言葉が頭の中に浮かび、今放った技の名前である事を、奏太は理解した。

 

今の一連の流れで撃ち漏らしたノイズを含め、目算で残りのノイズは100体程、その各々が奏太へと向かってくる。

 

戦略等は無い。

 

ノイズにそのような知性は無い。

 

ひたすらに、無感情に、人類のみを殺戮する兵器は、自身の能力を使い、攻撃対象を灰へと変えるだけである。

 

『ふむ、初めての戦いにしては、よく戦えておる』

 

「よく言う。今まで喧嘩の一つもした事ないのに()()()()()?戦い方が。これが桜の能力か?」

 

そう、これまでの人生奏太は戦った事など一度もない、格闘技を経験した事も無ければ、奏太自身が言った通り、殴り合いの喧嘩をした事すら一度としてない。

 

ならば何故今こうして奏太はノイズを倒す事が出来たのか、それは何故か解ったからだ。

 

戦い方、つまりは体の動かし方、使い方をだ。

 

おそらく……いや、どう考えても桜の能力によるものに違いないと考えた奏太は、桜にその事について尋ねた。

 

『能力などと大それたものではないよ、ただの副産物じゃよ。妾と融合した事による……の』

 

「副産物?」

 

呑気に会話を始めた2人だが、今現在ノイズに襲われている真っ最中である。

 

正確に言うならば、奏太がよく言う、と、言葉を発した辺りから。

 

奏太は襲いかかるノイズの攻撃を避け、いなし、カウンターで拳や蹴りを叩き込み、倒し続けていた。

 

『うむ、今奏太には妾に蓄積された、歴代使用者達の戦闘経験が宿っておる。その戦闘経験が奏太の思考や状況に応じて、フィードバックされておる訳じゃな、先程放った赫月が妾の能力と言えなくもないが、妾の聖遺物としての固有能力は又別にある。ただそれを奏太が確認出来るのは、次の機会になりそうじゃの』

 

「みたいだな……っと」

 

そう言い奏太がノイズを殴り倒すと、残りは手がアイロンの形をしたノイズ一体だけであった。

 

「あいつでラス1だな」

 

そう言い、ノイズを視界に収めると、最初の攻撃の様に、瞬速で突撃すると、最後のノイズを殴り倒し、灰へと変えた。

 

「ふぅ」

 

『かかか、上出来じゃ』

 

「そりゃどーも……ありゃ?」

 

労いの言葉をかけた桜に言葉を返すと、奏太はふらつきよろけてしまう。

 

『まあ無理もない、突如ノイズに襲われ腹を貫かれたと思ったら、今度は世界を渡り、妾と融合した上に、すぐさま戦いじゃからな。体に不調はないが、心にきたんじゃろ』

 

「マジか。くぁぁぁ、気抜けばこの場で落ちちゃいそうだ。んじゃ、さっさとズラかるとするか」

 

「ん?ズラかるのか?この場に留まって二課と接触しないのか?」

 

正式名称特異災害対策機動部二課。

 

シンフォギアシステムを用いノイズ被害の対策を担う政府機関。

 

その二課との接触を持たない選択をした奏太に、桜は疑問の声を上げた。

 

「今は……な。俺自身まだ桜の事を完璧に把握してないし、この世界が何期の頃か分からないからな、せめてこの世界が何期か分かるまでは、二課との接触は避けようと思う」

 

『成る程のう、了解じゃ。ならば早速ズラかるとしようかの』

 

「おう」

 

『して、ズラかるにしても行くあてはあるのかの?』

 

「はっはっは…………無いっ」

 

『かかか、愉快痛快っ、ならば風の吹くまま、気の向くままズラかるとしようかの』

 

「そうしようか……のっ」

 

桜の言葉を真似、奏太は大きく跳躍し、ビルの上を跳び駆けながら、その場から離れるのであった。

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

特異災害対策機動部二課本部。

 

「フォニックゲイン反応急速離脱!いえロストしました!」

 

「なんだと!?」

 

「そして今、一課と風鳴翼、立花響、装者2名も現場に到着!」

 

「一課の連中に情報隠蔽と同時に、今回の件の目撃者の捜索をさせろ!翼!響君!」

 

「はい」

 

「はいっ師匠!」

 

あおいに指示を出した後、弦十郎はシンフォギア装者、風鳴 翼、立花 響に通信をかけた。

 

正面の巨大モニターに2人の顔が映り出される。

 

「先程言った未知の聖遺物と思われるものが、その場から姿を眩ました。翼と響君は、その場に待機。現在了子君もそっちに向かっている、了子君と合流後は了子君の指示に従ってくれ」

 

「了解しました」

 

「了解です師匠。未知の聖遺物……どんなのなんでしょうね」

 

響は顎に手をやり、思案顔で呟くようにそう言葉にした。

 

「分からん。…………ただ、確認したフォニックゲイン量は、解析の結果翼のフォニックゲインの量を遥かに超える値が検出された」

 

「えっ!?翼さんを超える!?」

 

弦十郎の言葉に、響は目を大きく開き驚きの声を上げた。

 

また、翼も声こそ上げなかったものの、耳にした言葉に驚きの表情を浮かべている。

 

幼少の頃より訓練によって高めてきた、自身のフォニックゲインを超越する量を有する者がいる事に驚きを禁じ得なかった。

 

「うむ。敵か味方かまだ分からんからな。その場に現れたノイズを倒した事から我々と敵対する可能性は無いと思いたいが、楽観は出来んからな、万が一接触した際は十分警戒するように。特に翼、お前は病み上がりなんだからな」

 

「はい。分かっています」

 

「大丈夫ですよ師匠!翼さんには私がついてます!」

 

胸をドンと叩き、弦十郎に響は笑顔でそう告げた。

 

翼に憧れ、ただ追いかけるだけではなく、支え助けようとするその姿に、弟子の成長を感じ、弦十郎は笑みを見せた。

 

「ふっ、なら翼の事は響君に任せたぞ」

 

「任されましたっ」

 

「司令。櫻井女史が現場に到着しました」

 

「分かった。と言う訳だ翼、響君。後は了子君の指示に従ってくれ。以上だ」

 

「「はいっ」」

 

2人に指示を出した後、弦十郎は通信を切り、司令室を後にしようとした。

 

「司令どちらに行かれるのですか?」

 

それをたまたま見ていたあおいに言及された。

 

「なに、ちょいと野暮用だ」

 

「いいんですか?了子さんの報告を待ってなくて」

 

後で怒られても知りませんよ。……と友里 あおいと同じ情報処理担当の藤尭 朔也がコンソールを忙しく操作しながらボヤくように言った。

 

「了子君のあの様子じゃ、暫く帰ってこんだろう。それに帰ってきたとしても、暫くは研究室にこもりきりだろうよ、故に彼女からの報告は暫くは上がってこない。だから、俺が野暮用を済ませるなら今しかないんだよ」

 

「ですが、今が緊急時には変わりない事なので、司令が司令室を空けないで欲しいんですが」

 

「そして、その皺寄せは緒川さんにいくと」

 

あおいと朔也2人からの言葉に、何も言い返せない弦十郎は、苦笑いを浮かべ司令室を後にするのであった。




長々と読んで頂き有難うございました。
次回からはもう少し早いテンポで物語を進めていけたらな、と思っております。
投稿ペースに関しては…………精一杯善処します。
ではでは。


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