一撃男、異世界転移。 (N瓦)
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前日譚
【1】一撃男、異世界転移
───日常は一日、また一日と巡る。
「なぁジェノス、このマンガの新刊いつ出るか分かるか?確かそろそろだったよな」
「それでしたら明後日です。俺が買ってきましょうか?」
「え、いやそこまでは…」
『ヒーロー狩りが問題となっていますが───』
『A級ヒーローのみならず、S級のタンクトップマスターもヒーロー狩りに被害を受けており、ヒーロー協会としての今後の対応が───』
『今はヒーローにしか被害が出ていませんが、今後は市民などにも───』
ジェノスが、部屋で過ごすサイタマの何気ない一挙手一投足全てにまで注意を払って観察。
サイタマも、初めはジェノスの態度に慣れなかったが、今となっては気にしておらず。
特に観ない昼のワイドショーを垂れ流しにし、マンガを読み漁る。───に、
「別に俺、自分で買いに行くわ」
「わかりました」
しかし日常も時として崩壊、或いは変異することがある。そのきっかけが進学であったり、転勤であったり。
───99.9999999………%起こりえないことではあるが、まるでファンタジーのような異世界転移であったり。
「ん?」
ザザザ───。突然、テレビにノイズが入り、画面が砂嵐で埋まった。
「おや……接触不良ですかね?」
「ほっときゃ直るだろ」
「それもそうですね」
そんなテレビ画面に注意することなくサイタマはマンガを読み進め、空いている手でポテトチップスを口に運ぶ。
ジェノスも、特に気にした様子はなくノートに熱心に何かを書き込んでいた。
───数秒後。街の喧騒もしっかりと聞こえて来て、テレビも再び電波を受信し始めたようだ。
『最近再び問題となっているヒーロー
「……?」
いち早く異変に気付いたのはジェノス。
(ヒーロー狩りでは死者はまだ出ていないはずだが)
流れている番組は、そしてコーナーで扱っている内容は明らかに見知らぬものだった。
ヒーロー狩りとは少し違う。
かと言ってチャンネルを変えた記憶も無いし、裏番組として放送していたものとも違う。
何より、その番組の出演者のことを誰一人として知らない。
「……!?」
いや、待て。
外から聞こえてくるのはなんだ?───何故、Z市に
サイタマは呑気にマンガを読み続けていたが、ジェノスはその事実に凍った。
窓の外に青空が広がっているのは変わりないが、下を覗けば何か恐ろしい事実が得られる───そんな気がした。
しかし現状、それを確認しない訳には行くまい。恐る恐る窓から顔を出すと───
「………っっ」
絶句。
師であるサイタマと初めて出会った時以来の衝撃。
そこに広がる外の世界は───Z市のゴーストタウンとは全く異なるものだったのだから。
外には子供達やカップル、家族連れなど───街を彩る歩行者が多くいて。
交通機関もしっかりとその役割を果たしており。
Z市という"死んだ街"とは全く異なる光景そのものだった。
驚くべきは突然の状況変化だけでは無い。獣人や類似した存在───例えば獣のような風貌の男や、爬虫類のような顔をしている女───が街中を歩いていても、周りの人間は気にした様子もなく、見向きもしない。
まるでそれが当たり前であるかのように。
「サイタマ先生……緊急事態です」
「……んぁ?」
其れは、戦闘力のみならず頭脳すらもハイスペックであるジェノスですら、処理しきれないイレギュラーだった。
───二人の男の異世界転移。
これは、緑谷出久がオールマイトに出会う前年の
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【2】「嫌な予感はしてたわ」
原因不明。
転移して二日目の夕刻。純白のマントに黄色のコスチュームを着たサイタマは、一人スーパーの特売から帰宅途中だった。
「……異世界に飛ばされたって言ったってな…実感湧かねぇわ」
卵やら野菜やらが詰め込まれたレジ袋を片手にサイタマはふと呟いた。
───イマイチ実感のわかない「転移」という事実。
此処は異世界と呼ぶには、サイタマが元々いた世界とあまりに似すぎていた。
文明レベルもだが、何よりヒーローも怪人もいるらしい。
近所のスーパーをあらかた漁った帰りに街を歩けば、怪人と戦うアメコミさながらの衣装に身を包んだヒーローは当たり前の光景だった。
つまりサイタマにとってはどっちでもいいのだ。
今いる場所が元の世界でも、この世界でも。
要は趣味であるヒーロー活動ができさえすれば、それで。
因みに昨日、つまり転移初日。
状況の変化を特に気にせずマンガを読んでいたサイタマに代わって、イレギュラーに対応したのはジェノスだった。
ジェノスが異変に気付いてからは、まず確かめたのは周囲の環境だった。
外の賑わいから判断してそこまで心配していなかったが、環境が、土地が、空気が死んでいたならば───人間としての肉体を超越したサイタマなら余裕だろうが───生存圏は遥かに狭くなっていたことだろう。
そして、獣人や異形の者達が街を歩く姿を見た時に半ば確信したのだ。
恐らくここが、かつてサイタマ達がいた場所とは異なる世界だという事実に。
サイタマ達が元いた世界では、家族連れの怪人達が跋扈していたならば地獄絵図間違いなしだ。
異世界転移───。
到底理解はできないことではあったが、それ以外の結論を思いつかなかった。
とは言え、その段階では根拠の少ない推論には違いなかった。
故に、人間以外の他種族と共存したアナザーワールド───それがこの世界である。そう、仮定した。
その仮説を元に、次に確認すべきは彼らの戸籍があるか。
つまり師匠であるサイタマと
街の様相を見るに、この世界の文明の発展度合いは彼らがいた世界と大差ないと思える。
高度な文明には法と秩序の整備が必要不可欠───それはこの世界も例外では無いジェノスは推測。
知性ありし生物が共存していくための基盤などは、結局は変わらないはず。
結論から言うと、ほぼ絶望的だと思えたサイタマとジェノスの戸籍は何故か存在していた。
大家に聞けば、このアパートへの入居も正式な手続きを踏んだ上でのものだったという。
───つまり
実に魔訶不思議ではあるが……「理解」そのものを異世界転移という推論を立てた時点でとうに捨てていたジェノスは、起きた事実を客観的に整理するだけだった。
ここはテレビも映るし、言語も聞き取れる。
画面に映し出されるテロップも読むことが出来る。
それだけは幸いだった。
貯蓄───スーパーで実際に硬貨は使用できたので問題なさそうである───を切り崩せば当分は生きていけるはず。
ジェノスはS級ヒーローであったため、トップクラスの収入はあった。
弟子に頼るのもなんだが、そこは心配していない。
と言うより以前から家計は、ジェノス頼りなところもあった。
楽観的ではあるものの、戸籍もあったし、知らないところで入居手続きも済まされていたところを見るに口座も存在しているだろう。
「……それにしてもあんなにでっけぇ怪人が出てんのに、意外に緊張感が無いもんだな」
サイタマがいた世界との違いといえば、野次馬だろうか。
サイタマ自身は覚えてないことではあるが、かつて彼が対峙した敵の中には一撃で街が吹き飛ぶほどの威力の攻撃をする「ワクチンマン」や、特殊な薬を摂取したことで圧倒的な力を得た(と勘違いした)男だって居た。
そして、サイタマが唯一覚えてる怪人───ボロス。あの怪人だけは別格だった。サイタマが居なければ……考えるだけでもゾッとする。
最もそれは強かった怪人の例であり、災害レベル虎〜狼の怪人が出たとしても、野次馬は群がらなかったはず。
しかしどうだろう。
この世界の人々は、街中に怪人が出てもどこか安心したように見え……
「ん?」
そんな事を軽く考えていたら路地裏に迷い込んでしまっていたようだった。
スーパーからの帰り、近道をしようとしたのが間違いだったか。
(……まぁ道はどっかに続いてるだろ)
そんなふうに考え、見知らぬ土地でも道を戻ることなく、焦ることなく───サイタマは夕焼けすら届かない路地裏を突き進む。
(なんかここら辺を右だったような……)
完全に勘で進んだ結果、案の定迷う羽目になった。
(どこだここ!?)
勿論角を右に曲がったところで、そこに見覚えはない。
サイタマの脚力があればビルの屋上までひとっ飛び、そして高いところから自身が住むアパートまで跳べるが……それだと卵が衝撃に耐えられない。
(あー、っくそ。完全に迷った)
こうなってしまえば、迷子であるという事実をサイタマとて受け入れざるを得ない。
ただ、卵は諦めない。決して。あと幾つか角を曲がれば大通りに出るだろうとタカをくくって歩を進める。
───と。
次の角も向こうから、何やら呻き声が、そして語りかけるような低音が聞こえてくる。
「……偽善に走る意味の無いヒーロー観を持つ
「ぁ……ぐぅぅ…」
曲がった先には───
「え、お前何やってんの?」
「……?」
体から多量の血を流し、白い甲冑のようなコスチュームを着たヒーローと思しき者が地面に横たわり。
動けない彼の頭部を踏みつけ、長刀で肩付近を貫いている不気味な男。
(あ…こっちに来てから怪人初遭遇じゃん。それにしても悪趣味な見た目してんな……なんか人間っぽいし)
そう、不気味な男こそが怪人───つまりここで言うところの
その名は『ヒーロー殺し』のステイン。
「コスチューム……お前も見る限りヒーローだが、何だ?止めに来たのか?それとも、死にに来たのか?」
「俺は買い物の帰りだけど……とりあえず人の頭を踏むなよ」
「買い物袋片手に瀕死の人間を救援に来るのか。ヒーローとしての矜持もへったくれもないな…」
「…………マジで何言ってんの、お前」
買い物帰りにたまたま遭遇したのだからしょうがない、というよりステインの発言は全く意味が分からないとサイタマは真顔で返す。
「最期に……ハァ……名前くらいは聞いてやるよ。こいつの次はお前だがな」
「(あれ、俺ってもうプロじゃないんだよな?)……俺は趣味でヒーローをやっているサイタマだ」
「……
その直前までは、粛清を邪魔しに来たヒーローを消す。そういった殺気が溢れていたにも関わらず。その言葉を聞いて、サイタマに対するステインの殺気は明らかに弱まった。
趣味で動くヒーロー、ヴィジランテ。つまりプロヒーローという立場ではなくイリーガルな存在。
───と。一般的に言われてはいるが、ステインの見解は違った。ヴィジランテとはプロヒーローとは一線を画すヒーローだと彼は考える。名誉を重視する拝金主義とは、まさに異なる
「……がっ……逃げて…くれッ」
「口を動かす気力だけは残っていたか、偽物が」
腹や背に大きく開いた傷口だけでなく、未だ肩に深く刺さる長刀の激痛に耐えながらサイタマへ退避の選択肢を迫る男。
それもそうだ。このヒーロー殺しは相当の手練。
それこそ実力トップ層のヒーローでしか対処出来ないような化け物だ。
ステインに殺されそうな彼にとっては、顔も知らない無名ヒーローであるサイタマにそう言うのはしょうがない事だ。
ただ一つ、計算違いがあるとしたら───。
「逃げろったって、お前の方が重症じゃん……てかお前もお前で、そいつから避けろよ。話聞け」
「ほう……」
この緊迫した場において、一切背を向けることなく
その上でステインのことを退かせようとする。状況だけ見れば、ステインの凶刃が次は自身に降り注ぐかもしれないと言うのに。
───この男は、マシな方だ。
ステインはそう決定付けるも、一方で粛清の邪魔をされるわけにはいかない。
決して弛むこと無く、偽りの英雄を一人一人消して行き、その先に自身の希む「英雄回帰」が待っているはずなのだ。
「お前は生かす価値はあるが……」
殺すのは勿体無い。しかし社会を正す行為を妨害する意思はあるようだ。
ならば、と。
「邪魔をするなら……ハァ……身体の自由だけは貰うぞ」
肩に突き刺したままだった刀を抜いて。高速の踏み込みをそのままに───
ステインの意識は途絶えた。
サイタマの帰宅後すぐ───嫌に荷物が多いジェノスも帰宅。
「ただいま戻りました」
「おう、ジェノ…ス(その荷物は…すげぇ嫌な予感する)」
「おや……サイタマ先生。どこかにレジ袋を落としてしまったのですか?
「ん?…ああ、これか。まぁそんなところだな。少し急ぎたい用事があったからな」
台所で晩御飯を調理していたサイタマの横に置かれた卵パックだったが、その中は白い破片と黄色い液体に満たされていて、ゴミ箱行きは確定。
サイタマが言った用事とは即ち、できるだけ衝撃が無いように瀕死の彼を病院へと運ぶこと。
そして即座に現場に戻り、倒した不気味な男の身柄を言われた通り警察に届けることだった。
しかし、戻った時には血痕だけが残っており。手足を縛ったはずなのだが、その男は逃げていたようだ。
それ以上は追っても仕方が無いと思って、サイタマは引き返して帰宅したのだ。
卵は病院から現場へ戻る時にでも粉砕したのだろう。
「なるほど……それはそうと色々調べてきましたよ」
「おお」
ところで今の今までジェノスが外出していたのもある目的があったからなのである。
昨日は自身の生活について考察したジェノスだが、今日は一転してこの世界について。街の図書館で色々と調べていたのだ。
「まずは夕食を作ってしまいましょうか。手伝います」
配膳を終え、ジェノスがこの世界についてわかったことをサイタマに伝え始めた。
彼が調べていたのは取り分け「法律」と「ヒーロー」についてだ。
前者を知らなければそもそもの生活に問題が生じる可能性があり、後者を調べなければ師への不敬に当たるとジェノスは考えていた。
この世界にヒーローが存在していることは、テレビを見る限り分かる。
メディア露出が多いヒーローもいて、そこら辺は元の世界と変わらないようだった。
「では。まずこの社会レベルや文明レベルについてですが、ほぼ俺達がいた世界と変わらないと言って問題ないでしょう」
怒涛の勢いで六法全書を読み終えたジェノスの感想は、今言ったように「ほぼ変わらない」だった。
元の世界の法律をすべて頭に叩き込んでいる秀才ジェノスであるが、その知識と参照した結果、法律ひとつ取っても九十五%以上が一致していたのだ。
つまりは文明の発展レベルとそして科学力の進展がほぼ同じだと言える。
仮に
「そして違うところといえば───『ヒーロー』についての記述です」
ほぼ一致……となれば残りが全く異なっている訳で。それが『ヒーロー』の扱いについてだった。
そもそもヒーローとは『何か』ということでさえ、ジェノスの常識と異なっていた。
「んん、ヒーロー活動は出来るってことだよな?俺、怪人みたいなやつと会ったぞ?」
「ここでは怪人ではなく、
「まぁそれはどっちでもいいけど」
「そうですね、呼び方自体は俺達とっては些事なことです。本題ですが───この世界でのヒーローと
「個性?」
個性───と聞いてサイタマが思い返すのは、個性的なかつての知り合い。シルバーファングやフブキ、キングだ。然しここで言う"個性"は性格的な話ではなく、性質的な話だ。
サイタマは長話が極めて嫌いなことを考慮して言うならば。
「"個性"とはこの世界の誰もが持つ特殊能力のことです。それを悪用する者を
「それなら俺たちってヒーロー活動できないってことじゃねぇの。"個性"無いぞ」
サイタマの発言も的を射ている───が。ジェノスとてサイタマがそう言うと予想していた為、勿論答えは用意している。
「先生のその質問には後ほど答えさせて頂くとして、その前にヒーロー活動をするために
そしてそれを説明するには段階を踏む必要がある。
「この世界では、プロになるための試験を突破しなければ活動が許可されておらず……残念ながら、サイタマ先生のように趣味でのヒーロー活動は法律で
「は………いやいや待て。"個性"ってのを持ってない俺たちなら縛られて無いんじゃねぇの?"個性"で戦うのがプロのヒーローなんだろ?」
「いえ、そもそもプロヒーロー以外の者が"個性"を使うにしろ、使っていないにしろ、力を振るうことも当然法律で禁じられています。所謂、暴行罪ですね」
「詰んだだろ……それ……(あ。てかもう、一人殴ってるわ……)」
既にぶっ飛ばした怪人、もとい
絶望的な状況に落胆するサイタマであり、ヒーロー活動ができないのはそれほどのショックではあるが───そこで。
「───俺達もヒーロー試験を受けましょう!」
ジェノスが何やらパンフレットを取り出した。街のどこかから持ってきたのだろう。その表紙には「ヒーロー資格試験 要項」と大きく書かれ、金髪筋肉質の男と、全身から炎を吹き出している男の写真がでかでかと載っていた。
「ジェノス、お前さっき"個性"ある奴がヒーローになるって…………あぁ、そうか」
「そうです。"個性"を持たないものがヒーローになってはいけないと
実際ジェノスの言う通りだった。この世界では"個性"持ちが当たり前。何しろ総人口の八割超が該当するのだから。
それ故の固定観念なのだ。ヒーローは"個性"を持つものしかなれないというのは。
「なら受けるか、その試験」
「分かりました」
後ろめたさ無く趣味に勤しみたいサイタマとしては、やはり違法行為は遠慮したいところ。資格試験を受けることは即決される事案だった。
「ですが問題がひとつあります」
しかしこのままスムーズに……などといくわけでもなく。
ジェノスが調べた限りでは、この世界の高校には「ヒーロー科」なるものが存在している。
そこに合格することが、ヒーローになるための第一歩。それはプロヒーローの資格試験を受ける上でも、入学は最低条件であり。
「俺たちはヒーロー科がある高校を卒業した訳ではありません」
「おい」
サイタマは「今度こそ終わった」と嘆いていたが───どの世界も救済措置というのは存在する。
「だから勉強しましょう」
「高校に入れってことか?」
「ああ、いえ。違います」
高校を出ていない大人も、大学入試検定を取ることで大学の受験資格を得られるように。
その試験が課す得点の内訳は、身体測定三十点・戦闘試験三十五点・筆記試験三十五点。
「すげぇデジャブを感じるわ」
「まぁヒーローになるために必要な基礎はどこでも同じなのでしょう。合格率は例年一割から二割程度という比較的高い壁ですが、俺達なら楽勝だと思います」
「俺も筆記は諦めてるけど、ほかの二つは満点狙えそうだしな」
合格率が異様に低いのには訳がある。ヒーロー科への入試に合格していない者達が受験する試験がそれなのだ。そしてその試験を抜けた先には、本試と言えるプロヒーロー資格試験が待っている。故に生半な人材を資格試験へと通すわけにはいかないのだ。
そんな難関な試験を前に、自身の強さを自覚し、肉体スペック・戦闘能力の高さは自負しているサイタマ。しかし彼に悲報が一つ。
「先生、筆記で十五点未満なら不合格です」
そうなのである。
この試験での合格点は八十点。仮に筆記が十点だとして、そうだった時にサイタマの
「…………だからさっき勉強しようって言ったのか」
「そういうことです」
「お前が大荷物背負ってきた時から、嫌な予感はしてたんだ…」
因みにジェノスの大荷物も、対策のために購入・或いは図書館で借りた本をバックに詰め込んできたためだ。
「先生に対する失礼には当たると思いますが、以前受けたヒーロー試験でのサイタマ先生の筆記の結果は、好ましいものだったとは言えないでしょう」
そして、ジェノスは勝手に試験に申し込んでいたようだった。
本試験が九月に行われ、二人が受けようとしている試験は八月半ば。そして現在七月上旬なので───
「先生に違法なヒーロー活動をさせないためにも、俺も心を鬼にします。何がなんでも合格しましょう」
「…………おう……分かった」
ジェノスの言うことが最もであり、サイタマとて受け入れなければならない運命はあると諦めた。
八月中旬の試験までの一ヶ月間。ジェノスの監視もあり、ヒーロー活動が制限されているサイタマは
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CHAPTER0 - After
《1》
───保須市内のとある病院。
「兄さん!!」
息も絶え絶えに、一人の少年が病室へと勢い良く入ってきた。規律正しく生きてきたようなその風格から判断するに大人びてはいるが、その少年はまだ中学生。
そんな彼がどうして病院の通路を走ってまで駆け込んできたかと言うと───
「兄……さん」
少年の親族である兄、プロヒーロー『インゲニウム』がヒーロー殺しの手によって大怪我を負わされたと母からの連絡が入り、学校を早退して急ぎ足で病院にやってきたのだ。
病室には兄が寝ているベッドのそばで母の号泣が響き。当の兄は全身に包帯を巻き、呼吸器すらつけておりまさに瀕死という状況だった。
「ごめんな……天哉…心配かけさせちゃったなぁ…」
「そんなこと……っ!」
彼は兄が寝るベッドへ詰め寄り、手を握る。その手は───多くの人を助けてきた
そんな少年を見て、
「天哉くん、先程お母さんにも説明しましたが、
「っ!」
「それほどまでにギリギリだった。
「ヒーロー……ですか?」
医者から聞けば、スキンヘッドでヒーローのようなコスチュームをした二十代後半と思しき男が、大量に血を流す少年の兄をおぶって病院まで連れてきたのだと言う。
さらに驚くべきことに───スキンヘッドの彼は、
「ヒーロー殺しを!?」
「うん………ほんとうに、あの人は強かった……」
それほどまでの強者ならば少しは名が売れていいはずであるが……ヒーローに詳しいその少年も、プロヒーローである彼の兄も「スキンヘッドのヒーロー」など聞いたこともなかった。
「……だから俺は……その人に助けられちゃったなぁ……はは」
曰く、少年の兄はそこでヒーロー殺しを直接、警察に連れて行くよう言ったのだが、ヒーロー殺しを倒した当の男は彼を病院へ連れていくことを優先しようとしたらしい。
そこで折衷案として、そのスキンヘッドの彼がヒーロー殺しの手足を拘束。携帯で警察に連絡するに留めたらしい。
「いつか…お礼を言いたいな……」
重体な自分を、では無くヒーロー殺しの捕縛を優先するよう言った兄、インゲニウム。
(───なんて、誇らしいんだ)
医者によると下半身不随は必至らしい。それは、今後のヒーロー活動の望みは絶たれたということに他ならない。
最期の最期までヒーローを張り通した兄を誇らしく思い、涙があふれるが───同時に、あまりの悔しさへの涙も流れた。
(俺は、ヒーロー殺しを許さない)
それが、少年───飯田天哉が、最高のヒーローであるインゲニウムの将来を終わらせたヒーロー殺しへの復讐を誓った瞬間だった。
《2》
───場面は変わって、人気の少ない街の路地裏にて。
「ヒュウ…ヒュウ……なんなんだ、あいつは」
包帯に顔を包んだ不気味な男───ヒーロー殺し、ステインが息を切らしながら、壁伝いになんとか歩いていた。明らかにおかしい呼吸音は、肺に肋骨が突き刺さっている証拠。
偽りのヒーローであるインゲニウムを殺し、社会を正そうとしていた時だった。あのハゲの男が介入してきたのだ。そいつは「ヴィジランテ」を名乗った。ヴィジランテとは言わば、ヒーローの原点。それは見返りのない慈善行為そのものだ。
その男は殺すには惜しい気概だった為、いつもの如く"個性"にて身体の自由を奪うに留めるはずだった。
そう思って一歩踏み込んだ瞬間。自分の意識は消し飛んだ。原因はそのハゲの男なのだが、何をされたか全く見えなかった。文字通り、気付いたら意識を遮断されていた。
何人ものヒーローを殺してきたステインさえも見切れぬ神速の連撃。顔に一発、ボディに二発叩き込まれたことは負傷具合を省みれば推測できるが───何をされた?一秒にも満たないあの刹那に。
何度頭の中で考えてもその答えには辿り着かない。
意識を取り戻した頃には全身に走る激痛と、手足の拘束。自分を放置していたということは、インゲニウムを病院に連れていくことを優先したのだろう。路地裏では救急車は通れまい。大通りまで出るか、若しかすると直接運ぶ方が早いかもしれない。
彼らは恐らく警察を呼んでいたのだろうが、まだ自分は捕まるわけにはいかない。死力を振り絞って拘束から逃げ出して来たというわけだ。
今でもその痛みは続いている。しかし───ここで折れるわけにはいくまい。
(正しい社会の為に……)
包帯の奥に隠された『ヒーロー殺し』の眼には、理想を叶えるための強い決意が宿っていた。
余談だが、怪我の完治に一年以上。そして万全を期すまでにさらに数ヶ月かかった。そう───それは飯田天哉が入学した年、今から二年後の雄英高校体育祭の時期と丁度重なる。
(待っていろよ……世に蔓延る
その期間『ヒーロー殺し』はすっかりと息を潜め、世間では死亡説すら唱えられていたという。
しかし二年の時を経て『ヒーロー殺し』はまた動き出す。何故なら
───残り、三人。
《3》
時は少し流れ、現在九月一日。サイタマとジェノスは無事、プロヒーロー資格試験の受験資格を得ることが出来た。
参考までに試験での記録の一部をここに記そうと思う。
身体測定では、他の受験者の度肝を抜かせ、一瞬で戦意喪失させたのは記憶に新しいことだ。
例えばサイタマ。
五十メートル走、測定不能。(人の目や映像では追えないほど速いため「測定不能」扱い)
反復横跳び、測定不能。(人の目や映像では追えないほど速いため「測定不能」扱い)
遠投、測定不能。(ボールが認知圏外まで飛んだため、記録は実質「∞」扱い)
握力、測定不能。(どの握力計を使用しても握りつぶすため、記録は実質「∞」扱い)
etc…etc………
これが彼の身体測定の結果。当然得点は三十五点満点であり、全ての項目で記録を更新した。
また、ジェノスもサイタマ程ではないにしろ、全ての測定で規格外の数値を叩き出して満点だった。
そのような流れで彼ら二人は順調に戦闘試験も終え、サイタマにとっての「鬼門」筆記試験がやってきた。サイタマはわずか一桁しか点数が取れずに……という訳でもなく。
一ヶ月間のジェノスのスパルタが効果を発揮したのか、サイタマのマジ勉強───人生で初めての経験。ヒーロー活動の有無がかかれば、サイタマといえど本気を出すのは当たり前だ───が功を奏したのか三十点を得点した。因みに受験後にサイタマは、もう二度と勉強しねぇと漏らしていたという。
総合成績だが───サイタマは九十五点(全体二位)。そしてジェノスが九十八点(全体一位)と二人とも圧倒的な成績を叩き出し、受験資格を得た。
資格試験を終えていないため、未だヒーロー活動を許されていないサイタマはこれと言ってやることがない。今は自宅でマンガを読んだり、ゲームをしたりとダラダラしている。
そんな時、ふと湧いた疑問をジェノスにぶつけた。
「資格試験まで一ヶ月だけどよ、ジェノスはなんでヒーロー目指してるんだ?俺はまぁヒーロー活動したいだけだけど、お前って特に目的無くねぇか?」
前の世界にいた時は、狂サイボーグへの復讐という目的があった。そしてサイタマの指導により、S級でトップ十に入るという目標もあったが───異世界に来た今、其のどちらも無くなった。
───勿論、復讐心自体が消えた訳では無い。いつかはここに来てしまった原因を究明して、元の世界に戻り、復讐を果たしたいとは考えていた。概算して約七十億通りの"個性"も存在するため、異世界に跳ぶことも可能だろうと考えながら。
話が逸れたが、ジェノスがプロヒーローになろうとしているのは意味があるのだ。
「先生、俺はサイボーグです。俺の身体のメンテナンスをしていただける者と、最低でもビジネスパートナーのような関係になる必要があります。その為にはまず、ヒーローとして一度注目を浴びておいた方が良いかと思ったわけです。今のところは、パートナーを得たあとは収入源としてヒーロー活動でもしようと考えています」
ジェノスの現実的な考えにサイタマも感嘆する。この世界に来て完全に忘れていたが、言われてみればジェノスは全身サイボーグだ。
「へぇ……っつーか、お前よく考えてるな」
「サイタマ先生には劣ります」
(……こいつ素でこういうこと言うからなぁ)
「それはそうとメンテナンスを行ってくれる人を得た後は、公務員になるつもりです」
(……は?)
次いで出てきた言葉は、さらに意外なものだった。
ヒーローとして働いてる傍ら、二足の
「ヒーローである以上、いつ何が起こるか分かりません。俺はサイタマ先生ほど強くありませんので……そんな未熟な俺に不安要素がないと言えば嘘になります」
「お前は今まで何回かやられてるしな」
「ですので公務員かと」
「…………あ、あー、なるほど。まぁ、お前の考えはいいと思うぞ」
ジェノスがなぜ公務員をチョイスしたのかも分からないまま、とりあえず理解した振りをして師匠としての体裁を貫くサイタマ。
「サイタマ先生なら分かってくれると思いました。教師ならばプロヒーローと兼業出来るらしいので、教師になろうかと思います」
「……おう」
なぜ兼業するかすら理解出来ていないため、とりあえずここはスルーしてジェノスに全部喋らせる作戦に出た。
因みにジェノスがプロヒーローと教師を兼業しようとしたかと言うと、単に収入を考えてだ。
仮に。そう、例えば自身のパーツの一部が壊れ、ヒーローとして活動できない期間があったとする。
───その時に自分の生活費はどこから出す?貯金から、という考えもあるがパーツの修繕費にごっそり持っていかれれば、万に一つでもサイタマに世話になりかねないのだ。金銭面で。
弟子としてサイタマに献上することはなんら苦でもないが、金銭面でサイタマの迷惑になることだけは避けねばならない。
そのための副業だ。
ヒーロー活動が出来なくても、公務員という立場ならコンスタントに給料が入るはず。そう思っての行動だった。
「と、とりあえずプロヒーローとして活動できるように、二人で受かろうぜ!」
「はい!!」
結局ジェノスは兼業する意図を話すことなく(サイタマは理解していると思っているから)、サイタマは強引にこの話を終わらせた。
この二週間後の試験で見事合格を果たし、二人はプロヒーローになるための仮免許を獲た。
仮免を手に入れたヒーローの卵たち。今度は本免を手に入れるために、実際に活躍しているプロヒーローの元で一か月間の"実地研修"に取り組むのだが───その時に、サイタマとジェノスは対
そして物語は次章へと続く。
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第一章
【1】表裏一体の存在
───君はヒーローになれる。
入試シーズンも無事に終了し、春がやってきた。所謂、進学シーズンの到来だ。
若き才能は即ち、日本の「未来」なのだ。そんな、数多の「未来」が自らの進路へと踏み出した中。桜に見送られながら、住宅街を元気に駆ける一人の「未来」。
彼の名は「
その高校名は───。
「今日から僕も雄英かぁ……」
急ぐように走っていた緑谷は、そのスピードを緩めて歩みを止めて呟いた。現実味が無い……と言わんばかりに。
そして、その名が彼の進学先となる「雄英高校」。因みに雄英と言えば───緑谷が受験した超名門、ヒーロー科の知名度が高いことは言うまでもないだろう。
そう、この世界「にも」ヒーローが存在するのだ。
まるでファンタジー。まるでコミック。まるで夢物語。しかし、この世界ではそれが可能なのである。
ことは中国にて"発光する
今ではその"超常現象"は通称"個性"と呼ばれ、世界の約八割が"個性"持ちときた。そうなれば"個性"の日常生活への応用……に留まらず。悪事へ活用する人種も現れる。
悲しきかな───正義よりも、悪が先に世に蔓延るのはこの世の真理なのか。
世に現れた"個性"を悪用するならず者を人は
それがヒーロー。人々の心の拠り所である。
彼───緑谷出久もまたヒーローに憧れ、その道を突き進むことを望んだ少年の一人だった。元々"無個性"だった緑谷も、
雄英こそトップヒーローへの登竜門であり、世で活躍する多くは雄英出身だ。
しかし。
「ああっ、やばい!急がなきゃ!」
忘れ物をしないようにと、何度も確認したことが仇となったか。登校初日、入学式挙行日から遅刻など言語道断。
遅刻ギリギリであることに気づいた緑谷は、希望に満ち溢れた学校生活へ向けて、暖かい春の日差しに溢れた桜並木を走り出した───。
・
懸命に走ったが初っ端から遅刻をキメる……
(僕のクラスは……1-A!)
とはならず、なんとか間に合った緑谷。
広大な高校の入口付近に掲示してある新入生向けのクラス分け一覧を見上げる。玄関のドアすらサイズが規格外。推定三メートルほど。
(
「あ!そのモサモサ頭は!!」
「へぁ───っ!?」
と。雄英に入学したという事実に、改めて惚けていたところ、後ろから声をかけられた。
「やっぱり!プレゼント・マイクの言ってた通り、え、えーと……君、名前なんて言うの?」
緑谷に話しかけた彼女。
「あぁっ……えぇーと、は、はじめまして、、み、緑谷…ぃずく、です」
「そっかー、緑谷君か!緑谷君も受かってたんだね!まぁ、そりゃそうだよね。あんなに凄いパンチだったんだもん!!」
シャドーボクシングの真似事のように、「シュッシュ」と拳を素振りしているその少女は、受験終了後に学校側へ「ポイントを緑谷に対して譲りたい」との旨を直談判しに行ってくれていた女の子だ。
「あ、あの、それは…っ。本ッッ当にあなたのおかげで……その…」
「ん?……あれ!?っていうか、やばいよ!遅刻しちゃう!歩きながら話そ?」
彼女との距離感は、コミュ障オタク気質の緑谷には相当難しいものがある。
この少女にはパーソナルスペースが存在しないのか!? 緑谷がそう錯覚してしまいそうなほど顔が近く、まともに目も合わせられない……第三者から見ると、そこまで顔が近い訳でも無いのだが。
しかし遅刻寸前なのも事実。彼女に手を引かれて廊下を急ぐ。……尚この間、緑谷は常に赤面。
「そう言えばクラスどこだった?私は1-Aだったけど、緑谷君は?」
「ぇと…僕も1-Aで…した……」
「そうなんだ!同じだね!!」
「 」
初対面かつ可愛い女の子が放つ花のような満面の笑みは、緑谷を殺すには十分すぎる兵器だった。
・
1-Aの教室の前まで着いたのだが、やはりデカい。入試会場として雄英へと訪れた時に次いでら見るのは二度目だがやはり扉ひとつとっても圧倒される。
「わぁ……凄い」
「大きい……これってバリアフリーかな?」
玄関から教室の前に到着するまで十分弱、少女の方も自己紹介も済ませ。コミュ障の緑谷に対してシャワーのように語りかけてくる彼女、
「緑谷君、入ろ?」
「わ、え、……うん」
麗日に引かれて扉を開けると───そこには整然と並べられている机に一人ずつ、合計二十人程度が座っていた。彼らは全員クラスメイトであり。
見たところで顔と名前は一致していないのだが、遅刻ギリギリだった緑谷は掲示板にてクラスメイトの名前を見ていない。ざーっと軽くクラスにどんな人がいるか確認すると。
(うっ……かっちゃんとメガネの人も同じクラスだ)
「…………デク」
(でく?)
緑谷の中で「怖い人」という位置づけだった二人がまさかの同じクラス。出身中学すら同じである幼馴染の爆豪勝己と、眼鏡をかけた委員長然とした男とも1-Aだったことに少し尻込みするも───
「おい。あと四十七秒で鐘が鳴る、早く座れ」
緑谷と麗日が入室した時に声をかけた男。教壇に立つイケメンに緑谷の全意識が向いた。
「お、お、お、お、
「緑谷、麗日。お前ら二人以外は既に着席しているぞ」
イケメンの彼こそが、現在人気急上昇中のヒーロー「鬼サイボーグ」だ。
彼はプロデビュー前から注目を集め、デビューしてわずか数ヶ月後の
積極的なメディア露出も少なかったにも関わらず、登録者数日本最大規模のファンクラブの後押しもあって、そこからさらに半年後には順位を上げて第五位を獲得。
甘いマスクと人を虜にするような声とは裏腹に。灼熱の炎と、類まれなるセンスが光る近接戦闘で
そんなプロヒーローがなぜ1-Aの教壇に立っているかと言うと───。
「これで全員か。俺はこのクラスの副担任を受け持つことになったジェノスだ。ヒーローネームよりも、
ここ、雄英高校に務める全ての教師がプロヒーロー。
特にこのヒーロー科を受け持つ教師の質は高く。名実ともにトップヒーローである鬼サイボーグが副担任なのだ。
鬼サイボーグは緑谷と麗日が着席したのを確認後、鐘が鳴ると同時に軽い自己紹介をした。初対面であるはずの緑谷と麗日の名前を既に覚えている辺り、噂通りのしっかりとした性格のようだ。自己紹介と言っても「鬼サイボーグ」については良く知っているが、他に気になる点がひとつ。
「ジェノス先生、では担任の先生はどこにいらっしゃるのですか?」
制服と眼鏡が良く似合う男───緑谷が怖いと言った飯田の疑問は核心を突いているだろう。副担任のみ教室に姿を現し、一方1-Aを受け持つ担任は何処にいるのか。
「飯田。それは体育着に着替えて、グラウンドに行けばわかる」
「????」
しかし彼に対して、鬼サイボーグからは全く訳のわからない返答が返ってきた。
「体育着…グラウンド……ですか?」
「先生、初日って入学式とかガイダンスとかなんじゃ……」
生徒達の疑問も納得できる───が。
ここは雄英。クラス分けの掲示を見た時に緑谷が思った通り、何もかも
「ここの校風は『自由』。それは生徒に限った話では無い。
「???????」
───ヒーローの卵たちよ、ようこそ雄英高校ヒーロー科へ。
疑問を持つ生徒達の感情を脇において、彼らを運動着に着替えさせてグラウンドに向かわせたジェノス。
当の担任は、グラウンドにて仮眠をとっていた。その理由を聞けば、
「
だそうだ。どことなくかっこいいが、客観的に見るとグラウンドで寝てるだけである。
ところで、ジェノスにとっては教師とは慣れない職だ。兼業に教師を選んだが、教える立場・生徒を守る立場というのは
とは言え新米教師ではあるものの、ジェノス自体のスペックは言わずもがなであり。そして名実ともに備わっているトップのヒーローとなれば、教師歴一年目とあっても雄英高校に務めるのは自明だ。事実オールマイトも教育者としては新人中の新人ではあるが、雄英高校に勤務する運びとなった。最も、これはオールマイト本人の意思も反映されたたのだろうが。
「ふぅ」
誰もいない1-Aの教室を見渡しながら、特に何かをした訳でも無いのに軽く息を吐き出す。
家に帰れば敬愛するサイタマと、馴れ馴れしい
ジェノスに惚れただの、なんだの言いながら家に乗り込んできた女のことである。彼女もプロヒーローとして活躍しているようだが、フブキのようなポジションの女は要らないのだ。……サイタマ本人は今では大して気にしていないようなので彼女にはジェノスも口煩く言っていないが。
(明日の授業の準備だけして、定時で帰るか……いや、帰り道のスーパーで夕食の食材を買わなければ)
生徒達が相澤に洗礼を食らっているだろう頃、今宵の献立を考えながら1-Aを後にする主夫ジェノスであった。
───光が多いところでは、影もまた強くなるのだ。
ドイツの詩人ゲーテはかつてそう言ったが、言い得て妙とはまさにこのことだろう。
「一人の人間」にスポットを当てた時もそれは当てはまる。栄光を手に入れた裏側には、そのための努力や闘いがあったことを想像することは容易だ。
しかしそれは
「社会全体」にその言葉を適用させた時、その解釈は大きく変わる。
『ふふ…オールマイトが教師、か。面白いね』
「先生よぉ、オールマイトが
『……弔、もう準備は出来たのかい?』
年季の入った古びたBARに座る二人の青年と、バーテンダーのような男。
しかし、内二人は極めて不気味な格好をしている。一人は身体中───己の顔すらに「手」を取り付けて。もう一人は服から伸びる顔や腕の輪郭が、影のようにボヤけている。
───
「ああ……決行は一週間後くらい……情報は……そうだな。マスコミにでも陽動させるべきだよな」
そんな彼らに問いかけるように、BARのカウンターに設置してある液晶から男が問いかけてくる。呼ばれたのは「手」を仮面のように被っている青年だ。「手」のマスクによって顔ははっきりと伺えないが、指と指の間から覗く目には───筆舌しがたい狂気を宿らせている。
『そこは弔の思うがままにやればいいさ。それとそちらに助っ人は行ったかい?彼も
「暴れさせるにはもってこいの狂犬……感謝するぜ、先生」
「手」を仮面のように被る───死柄木弔が顔を向けた先には義眼の男。「先生」と呼ばれる彼が見つけたその男は、死柄木のような病的な見た目ではないものの。立ち振る舞いは、ある種の狂気に満ちていた。
「まだなのか!?な、早く行こうぜ!?平和の象徴をぶっ殺してぇな!!オールマイトの血を見てぇ!!」
「逸るな……それに、オールマイト殺しの役目を担うのはお前じゃねぇよ……勘違いすんじゃねぇ。その代わり好きなだけ暴れさせてやる」
席を立ち。興奮する助っ人に呆れながらものをいう死柄木に、「先生」は笑みをこぼす。
『そうだ。考えろ、弔。遮二無二に事を為しても、何も成長することは無い』
『───弔、君は僕を継ぐんだ』
『僕が
今はそのための礎を築く、準備期間なのだから。
今の社会には、
彼がいるからこそ、誰もが笑っていられるんだ。
───ならば。
オールマイトという強い強い光が社会を照らしているならば───。
その影は。その闇は。
さらに色濃くなるだろう。
『僕もいずれ、
待ってろよ、オールマイト』
画面の向こうから話しかけているから顔は見えないはずなのに───死柄木が「先生」と呼んだその男は、笑った気がした。
───君は
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