1981時は止まった (ぴのこ)
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クライシス

人類破滅の危機を救えるのはたった一人
この男のみである。


1981年3月29日

 

時は高度経済成長を遂げた8年後

米国では元俳優のR米大統領が銃で胸部を打たれるが未遂に終わり

一命を取り留める事件があった。

 

音楽ではサイケデリックや新ロック、フュージョン旋風が巻き起こり

ビートルズなどが原点となる新風が席巻する時代である。

 

木戸聖哉(きどせいや)は2065年から時空を遡って現れた未来人だ。

亜種が進化し、不滅の病原菌が人類を絶滅に追いやっている窮地を救うため

自ら開発したタイムマシンに乗って過去の時代へとやってきた。

 

1981年に米国ロスにおいて、ある同性愛者男性に後天性免疫不全症候群感染の症例が

初めて報告された。科学者であり医師でもある木戸は

人口減少を断絶させるために最も効果的なこの年に照準を合わせ、時空間移動マシンの開発を

進めてきた。

 

木戸のいる時間世界では、ほとんどの人種が滅び

残っているのは、コーカソイド系とモンゴロイド系のみであった。

 

1981年以前はまだ人口が増え続けていたため人類の破滅の危惧は

皆無だったが、日本でのバブル成長期以降は、DINKSディンクス(ダブルインカムノーキッズ)

という生活スタイルが流行り、人口減少に拍車をかけた。

 

木戸の目的はこの時代での新種の病原菌を死滅させることと

各人種のDNAを採取し、2065年に持ち帰り遺伝子操作させ人種と人口を

増やすことである。

 

木戸が開発したマシンでは時空間移動が可能だが、マシン自体を

発見され破壊されてしまうと自分の時代に戻れないという最大の弱点があった。

従って人目に付かない山奥であったり、未開地に着地させる必要があった。

 

そのためアマゾンの奥地のような、人里離れた渓谷に短期間

マシンを置いておく他、術がなかったのである。

 

木戸は有る程度の言語は駆使できるものの、希少言語である民族語などは

習得しておらず、通訳を介して街にでる必要があった。

 

木戸の時代であれば遠隔操作で通訳の調達も可能であるが

1981年に遠隔通訳を行えば、未知の現象として捉えられ

公に晒されてしまう危険性があったため、遠隔通訳の使用は不可であった。

 

木戸が一番最初に到達したい場所は日本であり、本人の研究所があるM県の

T大研究室であった。そこにはその時代でもDNA採取他、必要な研究施設が

揃っているからだ。また、木戸聖哉の祖祖父である木戸勇哉(ゆうや)が

この研究施設の責任者であった。

 

大切なのは、時空の法則を破らず木戸勇哉とコンタクトをとり、現在置かれている状況を

勇哉に説明し、理解させ協力を得る必要があった。

 

 

 




助けてドラえもん!


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セットアップ

木戸聖哉の最初の活動は
1981年の日本に移動することだ。


1981年 日本 沖縄 恩納村ナップ島

セットアップ開始

 

グググググ・・・・・

 

(1990年代半ばになると沖縄へのツアー客が増え始めるが

この頃はまだ無人島のリゾート開発は行われていないはずだ。

短期間ならここにマシンを置いても問題ない。

干潮時に徒歩で恩納村まで移動し、満潮時に活動してまた干潮時に戻る。

 

本土からは飛行機でM県までの直行便がある。タクシーで空港まで

移動すればよい。もうこの頃は沖縄までのパスポートは必要ない。

 

1972年に米国領から日本に返還され、それ以降は国内便での

移動が可能になった。

 

M県からの移動は高速バスと市営バスで研究所までの移動が可能だ。

移動手段は確認済みだが、どうやって木戸勇哉博士を説得しようか・・・)

 

木戸は、時空間移動中にすべての必要道具をチェックした。

書類関連はマシン内PCで作成、プリントアウトが可能だ。

 

木戸博士に見せる書類を手早く作成し、ブリーフケースに入れ

それをバックパックに詰め込んだ。島での移動はバックパックがないと

不便だからだ。

 

ガガガガガガタン

およそ1時間程かかっただろうか。マシンが陸地に着したようだ。

 

(とりあえずこの【調査中につき立ち入り禁止】の立て看板を置き

万が一に備えよう。)

 

木戸は三重ロックを解除し、マシンのドアをゆっくりと開けた。

季節は春、沖縄ではすでに30度を超す暑さだったが、森林に囲まれている為

東京や大阪のようなコンクリート輻射熱による暑さとは質が違うため

海風が心地良い。

 

目的地は20度前後であるから、衣類の予備も持参し、いざM県への

移動を開始しようとしていた。海を徒歩で渡るため、ビーチサンダルに履き替えようと

腰をかがめたその時

 

目の前をシュッ!と何かが横切った。

鳥ではない、また動物でもないなにかだ。

 

人間のようでもあったが、振り向いてもその姿はない。

 

「すいません!どなたかおられますか?」

 

木戸は声をあげてみたが、返答はなかった。

地図上では降り立った地は、間違いなくナップ島のはずだ。

ナップ島は正式名をヨウ島といい、無人島である。

 

住人はいないはずだが、調査員や研究員の類が訪れている可能性も

なくはない。もし、人間がいるならば、木戸が研究目的で

マシンを設置していることを告げる必要がある。

 

マスコミ関係でなければ、特に広まる心配はないが、

恩納村からきている人間であれば、まずはコンタクトを取り

怪しまれないようにしなければならない。。M県に到達するまでは

慎重に行動することを心がける木戸だった。

 

しばらく島を歩いてみたが、人気はなかった。

 

(気のせいだったか・・・)

 

とりあえず、マシンにロックをし、立て看板を数か所設置してから

潮が引いた海から徒歩で恩納村へと向かった。

 

 




どこでもドアがあったらいいのに!



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ワンナイトステイ

とりあえずタイムトリップは成功した木戸。
次の異動先のM県までナップ島から無事たどりつけるだろうか。


数十分歩いた後、木戸は恩納村本土にたどりついた。

マシン内でずっと座っていたせいか、腰とふくらはぎが痛む。

マシン内温度は23度に設定されていたので

気温差も多少体に負担をかける要因となったようだ。

 

(これは少し本土で休んでからフライトをしたほうがよいな

エコノミー症候群になってしまうとやっかいだ。体調の回復を待って

M県までのフライトプランを立てよう)

 

陸地にあがり、木陰に腰をおろして少し休むことにした。

飲料と食料は多少多めに持ってきてある。

持参したペットボトルを開け、水分補給をした。

 

すると、小柄な女性が近づいてきた。

腰まで伸びた黒髪が風になびいていた。

 

「あの・・・内地の方ですか?」

 

(沖縄では本島を外地といい、日本本土を内地と言う。

そして、内地の人間をナイチャーと呼んでいる。

顔をみれば、大方内地か外地かは判断が付く。やはり、私も

内地の人間に見えるのであろう)

 

「はい、内地のM県から参りました。大学の研究調査でこちらを

訪れましたが、少々疲れてしまいましたので、休憩していたところです。」

 

「大学の先生でいらっしゃるのね。よろしければ私の

お店でお休みください。小さな食堂ですが、ソーキソバぐらいなら

お出しできますので」

 

「それはありがたい。ご厚意に甘えさせていただきます。

腹ぺこだったもんで・・・」

 

「それでは、先生、どうぞこちらに」

 

歩いてほんの数分のところに、小さな食堂があった。

 

「とても素敵な食堂ですね。なんだかとっても落ちつきます」

 

「父がはじめたんです。最初は村の人々が農作業の途中に

立ち寄って食事をしていたんですが、最近では本島の学生さんも

ちらほら訪れるようになって。それでメニューを増やしたんです。

先生のお口に合うと良いのですが・・・」

 

「うん!これはおいしい!この小さい瓶はコーレーグースですね?

僕、大好きなんですよ。僕の時代にも・・・いえ、昔、おみやげで

いただいたことがあって、それから大ファンなんですよ!」

 

「先生、ご存じなんですね!コーレーグースはソーキソバとよく合うんです。

人によってはゴーヤチャンプルーにかける方もおられます。」

 

「泡盛に島唐辛子をつけこんだものなんですよね?内地じゃあなかなか手に入らないので、たくさん買って送ってもらったことがありますよ!」

 

「先生は泡盛もお好きで?」

 

「ええ!泡盛、マッコリ大好きです」

 

「よろしかったら、今日はこちらで一泊なさってはいかがでしょう?

夜には父ももどってきます。自分で釣った魚を、宿泊客の皆さんに

お出ししているんですよ。とても好評なんです。先生が晩酌してくださったら

父もよろこびます」

 

「いやぁ・・・なんだか至れりつくせりで、悪いなあ。でも

沖縄の魚もぜひいただいてみたいので、お言葉に甘えます」

 

黒髪の女性は満面の笑みで、木戸にさんぴん茶でもてなした。

 

「ああ、このすっきり感がたまらないなあ。中国のジャスミン茶と

同じようだが、僕は沖縄のさんぴん茶が好きだ。

 

研究中も、よくさんぴん茶を飲んで頭をすっきりさせたもんですよ」

 

「うちにたくさん茶葉がありますので、お持ち帰りください。

研究出張はお疲れになられると思いますから、今日はゆっくりお休みください」

 

「ありがとうございます!M県からなにか送りますよ。」

 

「まあ、うれしい!もしよかったら・・・・」

 

「遠慮せずに言ってください!」

 

「M県のきいろくて柔らかいスィーツがありますよね?あれ、

一度でいいから食べてみたいって思っていたんです」

 

「『薙の星』ですね!いいですよ。おやすいご用だ。M県にもどったら

早速送りますよ」

 

「うわぁ!うれしい!先生、楽しみにしていますね」

 

「ええ、待っててください」

 

軽食を済ませると、案内された部屋に荷物を置き、シャワーを浴び

窓辺で荷物の整理をしていた。

 

『宮里食堂』

 

沖縄特有の名字だ。喜納とか比嘉とか、宮里は沖縄に多い姓である。

先程、丁重にもてなしてくれた女性も、宮里鈴音(みやざとすずね)、

生まれてから一度も恩納村を出たことがなく、本土の那覇市にさえも訪れたことが

ないとのことだった。古風で落ちついた雰囲気ではあるものの、明るく

親しげで、笑顔が素敵な女性だった。

 

木戸は一刻も早くM県に移動すべきではあったが、この土地のゆったりした空気と

暖かい人情に触れて、数日滞在してみたくなっていた。

 

しかし、時は待ってはくれない。

T大に保管してある各人種のDNAを持ち帰り、人類絶滅の危機を

救わねばならない。

 

とりあえずこれらのDNAで人口を増やし、少数民族に関しては

U.S.Aの大学から南米のDNAを集める。アフリカに関しては

エジプトのカイロ大学を目指す。

 

スケジュールは詰まってた。タイムトラベルも頻繁にできるわけではない。

自分が開発したマシンでは、せいぜい5回がいいところだろう。

精度の保障はない。1回1回を慎重に移動する必要がある。

 

とり急ぎ、日本は銃で攻撃される心配がないため、プライオリティをここに

置いたが、U.S.Aやエジプトでは危険が伴う。マシンを最大限に

補強してからでなければ、移動はかなり困難を極める。

 

そのためには、まずT大で目的を果たさねばならない。

 

今日はここに一晩泊めてもらって、これからの計画を綿密に

たてなければ・・・と、鈴音が差し入れてくれたちんすこうと

ジャスミン茶を飲みながら、大きなシステム手帳を開いた。

 

 

 




タケコプターちょうだい!!!!


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虹色の絆

鈴音の父と木戸勇哉との意外な接点が聖哉を驚かせる。


「鈴音~!釣れたぞ~!グルクンだぁ~

早速唐揚げにでもしてくれ~」

 

「お帰り、父さん。お客様がいらっしゃるの。

お酒いける方のようだから、一緒にお食事してちょうだい」

 

「おう?久しぶりの客だな。学生か?」

 

「いいえ、研究者でいらっしゃる先生よ。今、お呼びするわね。」

 

聖哉の部屋の方に移動する鈴音。

 

「先生!すぐにお食事のご用意をしますけど、最初にお酒如何ですか?

父が帰ってまいりましたので」

 

2階にいる聖哉に、鈴音が階下から呼びかけた。

 

「ありがとうございます。今、行きます」

 

聖哉が降りて食卓に向かおうとした時に、鈴音の父と顔を合わせた。

 

「あい!木戸先生じゃないか!」

 

「え???僕をご存じで?」

 

「木戸勇哉先生であるね?」

 

「あ・・・勇哉は親戚で、僕は木戸聖哉といいます。」

 

「いやあ・・・そっくりなんでびっくりしたよ」

 

「勇哉をご存じで?」

 

鈴音の父、光悦と木戸勇哉がどうして知り合あったのか

晩酌しながら話を聞くことになった。

 

「父さんと先生のご親戚が知り合いだったなんて

なんて奇遇なのかしら」

 

酒を注ぎながら、鈴音が笑顔で二人の会話に加わる。

 

「あきちゃびよ~。驚いたよ。ボクがね、釣りをしていたときね

誰かが溺れているわけ。どうもこっちの人じゃないなってすぐに

わかって、海に飛び込んで、助けたさー。それが木戸先生ね」

 

「そうだったんですか!」

 

聖夜はこんな偶然があるものかと、驚いた。自分で設定した時代

自分で決めた場所なのに、まさか祖祖父の知り合いだったとは・・・

 

「勇哉先生もね、泡盛とまっこりがすきだったのね。」

 

どうりで研究室に「コーレーグースの作り方」という説明書きがあるはずだ。

なんとなく興味をそそられた聖夜は、材料を取り寄せコーレーグースを作ってみたところ

はまってしまったのだった。

 

「私も大好きなんですよ。それでよく取り寄せていたんです」

 

「あい、めずらしいね?内地に送るのには、送料すごく高いよ?」

 

(今の時代はネットですぐ注文できるし、この時代よりは頻繁にご当地みやげなどを

簡単に送付できるからな・・・それを言ってもわからないだろうし)

 

「あ、そうなんです。研究室仲間で、沖縄出張に行った人に

直接お店から送ってもらうようお願いしたりしていたんですよ」

 

「あ~。そうだったのね。今度から、うちに頼んでいいよ。送ってあげるから」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「勇哉先生は元気かな?こっちで一緒に飲んだときいろいろ話しをしてね。

ボクがね、SF好きって言ったら、持ってた小説を置いてってくれて

自分とこ戻ったら、たくさん本を送ってくれたんだよ」

 

「そうだったんですか・・・」

 

「うん。八瀬ふたたびとかすきでさぁ~。NNNでドラマもやってたのね。

でさ、あれはテレパスの話だけど、タイムトラベラーも出てくるわけ。

将来、タイムマシンとかできちゃったりしてね、って先生に話したら

 

『いつの時代に行ってみたいですか?』って聞くから、

 

昭和25年がいいなって言ったのね。」

 

「どうして昭和25年なんですか?」

 

「ん?ボクのにーちゃんがね、いてね。亡くなっちゃったの。

子供の時に馬の後ろにリアカー付けて走ってたんだけど、にーちゃん

そのリアカーに乗ってて。リアカー古かったわけ。

杭が出ていたのわからず、振動でそれが頭に突き刺さってしまって。

亡くなったの」

 

「・・・・・そうだったんですか・・・・」

 

「ボク、それ見ちゃってね。まだ小1だったんだけど。

あまりのショックで勉強も手に付かなくて、学校いかなくなっちゃって

1年落第したのね。

 

でもね、この子の母親が救ってくれたのよ」

 

「鈴音さんの、お母さんですか?」

 

「うん。弓音(ゆずね)って言ってね、すごく前向きで強い女なのね。

ボクがね、『この世の終わり』って顔してたら

 

『おにいさんはいつもあなたのそばにいるわ。

肩にのっかっているよ。私には見える。赤い髪色のキジムナーは

あなたのにいさん。森に行けば、いつでも会えるわ。』

 

そう言うからね、ボクはいつも森にいったの。そしたら

赤い髪の男の子がボクの前に現れて

 

『がんばれ』

 

って笑顔で言うから、ボクは、ああ、弓音が言った事は

ほんとだったって。そう思って強く生きることができたわけ」

 

「素敵な方に巡り会えたんですね」

 

「そうね。一生の宝物だったね。でね、海で勇哉先生が

溺れてたとき、一瞬兄に見えたのよ。それで

なにがなんでも助けなきゃって思ったわけ」

 

「ありがとうございます!お父さんが助けてくれたおかげで

今の私があるんです」

 

「え?」

 

「あ、いや、その、勇哉の研究に影響されて、僕も学者の道を選んだんです」

 

「そっかー。人助けしといて、よかったな~」

 

聖哉はタイムマシンに光悦を乗せて、兄に会わせてあげたいと思ったが

時空の法則を破ることはできない。また、今のこのタイムマシンのクオリティでは

タイムトラベルできるのはせいぜい5、6回がいいところだ。

開発を重ねて、強度をあげていく必要があるが

今はDNA採取が優先だ。マシンの開発にまでは手が回らない。

 

とにかく、聖哉はM県に移動しなければいけなかった。

虹色の魚、グルクンの唐揚げをつまみながら、早々に出発する手筈を考える聖哉だった。




慎重に迅速に次の行動に移さねばならない。
時は待ってはくれない。


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ジレンマ

1981年3月、沖縄本島からM県へと移動を試みる未来人木戸聖哉は
移動したM県でアクシデントに見舞われる。

この出来事が聖哉の計画を大いに狂わすことに・・・


宮里親子へしばしの別れを告げ

聖哉は那覇空港に向かった。

 

沖縄からM県への直行便が就航して間もない

この年は便数が限られていたが

とにかく移動しなければいけなかったため

宮里家でゆっくりすることもままならなかった。

 

M県の国内空港に到着すると、聖哉の

目の前で、長身の若い男性が倒れた。

 

聖哉はすぐに応急処置を施し、空港近くの病院に搬送の手配をする。

 

小早川央(おばやかわひろ)というこの男性は

18才の高校3年生だった。

 

事件はこの1ヶ月前に起こった。

小早川青年の恋人が、目の前でビルの上から飛び降り自らの命を絶ってしまうという

衝撃の現場を目撃してしまう。

 

亡くなった少女が残した日記に記された内容から

この青年はすべての事実を知る。

 

放心状態になりながらも、パイロットを目指していた

小早川青年はM県の国内空港に来ていた。

 

耳をつんざくようなジェット機の爆音を聞いた瞬間

小早川青年はめまいを起こして倒れてしまう。彼は数日間不眠でいたため

ほとんど心神喪失の状態であった。

 

倒れた現場に居合わせた聖哉は

小早川青年とはまったくの赤の他人であったが、この青年が倒れた時、

日記帳を抱きしめていたことから

なにか事情があると察して、身元引受人として、治療費を負担する。

 

目が覚めた小早川青年に、聖哉は倒れていた経緯を話すと

見ず知らずの自分を助けてくれた恩人に

青年はことのいきさつを話しはじめる。

 

あまりの衝撃の事実に、他人事とは言え、感情移入してしまう聖哉。

 

内容はこうだった。

 

-ある女子校で生徒から人気の数学教師がいた。

しかし、ひとりの少女だけはこの教師には興味を抱かなかったため、

抜け駆けする心配がないという理由で、仲間から

教師へのファンレター日記を渡すことを頼まれる。

 

数学教師はこの少女を見た瞬間、息を呑む。ある人に

この少女が酷似していたからだ。

 

何度かファンレター日記を渡しに行くうちに

教師のほうから、少女を誘惑しはじめる。

 

少女は戸惑いながらも、数学教師の憂いを帯びた表情が気になり

次第に惹かれ始め、やがて関係を持ってしまう。

 

教師が外国出張から帰ると少女は教師に会いに行くが

けんもほろろにそっけなくされる。

 

少女はショックを受けるが、その時、明るく

奔放でお気楽なある男子生徒が声をかける。

 

文化祭のダンスで一緒に踊ったこの男子生徒は

少女に一目惚れをしたのだった。

 

少女に交際を申し込む男子生徒。それを拒む少女。

なぜなら、少女は数学教師の事が気になっていたから。

 

ある日、少女は自分の体に新しい命が宿っていることを

知る。それを教師に告げたところ、ふしだらな女がやったことだ、

父親がだれかはわからないだろうと、予想外な言葉を浴びせられたことに

落胆する。

 

少女は交際を申し込んできた男子高校生のやさしさに触れるたびに

彼と寄り添いたいと思い始める。

 

だが、彼女は悪魔の子供を宿してしまった。そのことが

少女を苦しめていた。

 

ずっと男子生徒のそばにいたい。彼と幸せになりたい。

そう思えば思うほど追いつめられ、最後には

自らの命を絶つ決断をしてしまう。

 

男子生徒は、自分の目の前からいなくなった少女を血眼になって探していた時

ビルの上から人が降ってくるのを目撃する。

それは、他でもない自分が初めて心から愛した女だった。

 

男子生徒は衝撃のあまり、地面にたたきつけられた

少女を抱いたまま数時間その場に座り込む。

 

少女は即死だった。

 

後に、少女がつけた日記が発見される。

数学教師がなぜこの少女をいたぶっていたのか。

 

悪魔のようなこの男は、自分の妻に酷似した少女を、妻の身代わりにしたのだった。

教師は妻を愛していたが、権力のある父の前ではなにもできず

妻の機嫌をとりながらの生活にいやけがさしていた。

 

こんな人でなし男の憂さ晴らしに身も心もボロボロにされた哀れな少女。

そして、この悪魔教師とは兄弟のように親密だった男子生徒。

 

男子生徒は事実を知ったとき、すべてを憎みながら生きることを誓う。

苦しみもがき、自分を痛めつける毎日。

そんなある日、朦朧としながら、空港に足を向ける。

 

そこで気を失ったところを、聖哉に助けられる。

 

事の経緯を知った聖哉は、この哀れな男子高校生

小早川央を助けたいと思ってしまう。

あと少しだけ早く小早川が少女に出会っていれば、

少女が命を絶つ事はなかっただろうに。

 

しかし、タイムトリップには回数に制限がある。

無駄遣いはできない。

 

ジレンマに苦しむ聖哉。

絶望にうちひしがれたこの青年を救う手だてはないのか・・・

 

たった一人を救うために

人類救済計画を後回しにする訳にもいかない。

 

聖哉はとりあえずこの青年をT大学付属病院に

入院させることにした。




実は小早川央は聖哉の計画成功への大きな鍵を
握っていた。


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クルーMay 19

聖哉の計画は滞っているようだが・・・


1981年5月19日

 

木戸聖哉が人類救済計画をスタートし

早2ヶ月が過ぎた。

 

未だDNAの採取は目標数を達成していない。

研究目的でT大学に潜入できたものの

自分の祖先である木戸勇哉にはすべての計画事案について

理解を得られていない。

 

とり急ぎ、派遣研究員としてT大学への潜入は成功し

木戸勇哉博士の研究室で助手として働くというミッションは

達成できていた。

 

一方で、自分の時代へ無事帰還できるかという危惧もある。

タイムマシンの置き場となっている恩納村の様子も気になっていた。

聖哉は、現地で世話になった宮里親子とも密に連絡を取り合っていた。

 

宮里光悦の娘、宮里鈴音の母親である弓音は

長い闘病生活を送っていた。

若年性アルツハイマーを煩っていたため

鈴音が小さいときから入退院を繰り返していた。

 

弓音は北海道出身であったが、光悦と出会い

沖縄に嫁いできた。

鈴音が小さい頃は病弱であったため

1日のほとんどを母の弓音と過ごすことが多く

地元の子供達と遊ぶ機会がなかった。

 

そのため鈴音は沖縄の方言はあまり使わず

標準語で話している。

聖哉が光悦と話しているとたまに理解できない方言がある。

そのときは鈴音が通訳してくれる。

 

沖縄の方言は、元来琉球語という

日本語とは異なった言語であるため、光悦が地元民と

話している言葉は、ほとんど外国語にしかきこえない。

 

なんくるないさー = だいじょうぶ。なんとかなるさ

あきちゃびよー = 驚いた!

くくる = こころ

 

基本、母音が e と o

の発音がないのである。

つまり、a i u のみだ。

 

つきつめていくと非常に興味深い言語体系を

成している。

時間が許すので有れば、聖哉は琉球語、つまり

沖縄方言を研究したいと思っていた。

 

だがしかし、今はそんな時ではない。

一刻も早くDNAを採取しなければならない。

 

小早川の件も抱えたままだ。

一旦、退院はできたものの、未だカウンセリング中だ。

ただし、聖哉の研究を手伝わせることに成功したため

失意の青年は、なんとか生きながらえている。

 

木戸勇哉博士も小早川に期待を寄せ、できれば

このまま継続して研究室を手伝って欲しいと考えていた。

小早川の夢であるパイロットになるための

視力が足りないため、もはや断念せざるを得ない

そう悟った小早川は、木戸勇哉ラボでの仕事を

視野に入れようとしていた。

 

そんな様子をみていた聖哉は

無理に小早川をタイムトリップさせなくても

よいのではないかと考えはじめていた。

 

今はまだ自分を責め続けている小早川ではあったが

徐々にではあるが前向きに生きようとしている。

そのことが、彼女への供養にもなると言い聞かせているようだ。

 

小早川研究員が加わったことで、新たな研究成果が

生まれるということを、このときまだ聖哉も勇哉も知るはずがなかった。

 

 

 

 




時空間の旅には、いくつかの条件があるため
簡単に過去の時代に遡ることはできない。

人類救済プランは果たして成功するのだろうか。


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涙そうそう

小早川研究員のある日


新緑がまぶしい季節

研究室の窓には青々とした葉の隙間から木漏れ日が注いでいた。

爽やかに晴れた初夏のある日、

小早川研究員は在りし日の出来事を回想していた。

 

「栞!待って~!早いって!」

 

心臓破りの坂を、小早川の恋人、栞は

笑顔で駆け上がっていく。栞は小さい体を

地面とほぼ平行になるように、前屈みになって

険しい坂を駆け上がる。

 

「負けた、オレ、負けた!だから、一緒に

上がろうってば」

 

栞は笑顔で坂の上から小早川を見下ろす。

 

「小早川君は背が高いから、坂上りではハンデなのよ。」

 

「あー、このときばかりは、この長い足が

じゃまだなー」

 

「そんな足、邪魔だから切っておしまい」

 

「お、お嬢様!後生だから、そんな残酷なこと

おっしゃらないでください!」

 

「ふふふ・・・アイス奢ってくれたら許す」

 

「わ、わかりました。水色のあれですね。

棒つきアイス、じゃりじゃり君、奢りますから!」

 

「じゃあ、坂降りたらすぐに買ってきてね。

りんごデニッシュも食べたいな」

 

「わかりましたーーーー

初めてのお使いだぁーーーーーっ」

 

坂のてっぺんまで登り切ると

2人は並んで下まで降りていった。

 

「いやぁ~。まだ真夏じゃないのに

こう暑いと、アイス3本ぐらい食えちゃうな。

 

そろそろサクランボの季節だけど、

サクランボ一箱買うなら、じゃりじゃり君大人買いしてぇー!」

 

「そんなに一度に食べたら、お腹こわしちゃうじゃない」

 

「一度に食べるわけないでしょ。毎日3本づつ食べるの」

 

「それでもお腹壊すわよ!1日三本って・・・」

 

「いーのいーの。オレのデザートタイムだから」

 

「体冷やすのはよくないのよ。夏こそ、冷たいものは

控えないといけないんだからね」

 

看護士を目指していた栞は、健康管理に関する知識集めを

常に意識していた。そのため、暴飲暴食ぎみの小早川の体調を

気遣っていた。

 

「栞ちゃん、ご存じのよーに

オレはさー、ピーマンとなすの素揚げが大好きだからさ。

食後には甘いものが欲しいのよ。

 

あれ、醤油に七味のっけんだけどさ、一面七味になるぐらいが

うまいんだよな~」

 

「油はねて、怒られたくせに」

 

「男の料理はワイルドなのだ。

あとは、ご飯の上にマグロとわさびのっけて

水じゃーって注いで食べるとうまいんだぜ?」

 

「結構です・・・・私、生魚は苦手だから」

 

「へぃ?回転寿司とか行ってたじゃん?」

 

「うん。海老、エビ、えび、とたまごと

カッパだけ食べてたんだよ」

 

「はい???まじで???お寿司好きっていってたじゃん?」

 

「すきだよ。酢飯が好きなの。たこやイカも食べる。

魚以外の寿司は大好き。あ、北海道の回転寿司やさん

行ったときは、魚も食べたよ」

 

「栞ちゃま、なんつー贅沢・・・」

 

「お魚はトラウマがあるから、あまり食べなかったの。

小学校低学年のときに、ニシンの骨が喉に刺さって

とれなくなったって、耳鼻科で抜いてもらったの。

 

それから、こわくてこわくて、給食では必ず魚を残したの」

 

「あれ?さんま食べてなかった?」

 

「さんまは好きだよ。だって、骨よけられるでしょ?

あと、甘露煮にしちゃえば骨も食べられるし。あと、

川魚は好きよ」

 

「そっか!じゃ、今度釣りに行こうか?」

 

「いいわね!私、釣りは大好き!」

 

「うぉーーーっし!じゃあ、今度休みとって

栞ちゃんとデートだっ!」

 

「ふふっ、楽しみにしてる!」

 

 

------

 

 

 

 

揺れる木々の葉っぱを眺めながら、ありし日の

恋人との会話を思いだしていた。

 

実現することのなかった、栞との船旅だったが

近々、研究の一環で沖縄海洋への出張を命じられていた

小早川だった。

 




聖哉は研究室にとどまり、小早川が沖縄へ。
果たして、木戸聖哉の目的とするDNA採取は成功へ
導かれるのであろうか。


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琉球のたより

小早川研究員が木戸勇哉と聖哉にあてた手紙


1981年当時、携帯電話は当然まだなく

近未来をテーマにしたテレビアニメには、そういった類の機器が登場し

将来はいつでもどこでも誰にでも直接

電話をかけることができたらいいなという夢を持った

こどもたちが、もしもし電話でままごとをするという時代だった。

 

この当時の連絡手段は、当然宅電。

長い文章の報告を送るとなるとFAX。

ただし、どこの家にもあるというわけではないので

簡単ではない。事業所同士であれば難なく送ることができた。

 

もちろんコンビニから送信なんてこともできない。

もっぱら長文は手紙。

 

小早川研究員はT大宛てに

報告文書を書き、郵送した。

 

「木戸先生、聖哉さん、僕は南国沖縄で

快適な日々を過ごしています。研究目的ではありますが

先生方のおかげで、大分傷も癒えてきました。

 

世の中には色々な人がいて、たくさんの考え方があり

それぞれの生活を送っているのだなと

 

同じ日本でありながら、まったく違う生活様式に触れ

思うことが多々ありました。

 

この生活様式をみている限り、研究データにも十分に

反映できそうです。DNA採取および、研究マシンの確認は

十分にとり行いますので、どうぞご心配なさらないでください。」

 

研究マシンとは、木戸聖哉が沖縄の恩納村に残したタイムマシンのことだ。

所在を確認し、ランプの点滅だけを確認して報告して欲しいと

聖哉が小早川に依頼したのであった。

 

「それにしても、先生、ここ沖縄は現在は日本ですが、

その昔は琉球王国として栄え、中国や朝鮮半島(現在の韓国)と

交流があったんですね。これらの文化の反映が色濃く伺えます。

 

こちらの人々のDNAを採取したらわかると思いますが

沖縄、つまり琉球民のDNAは本土の人々とは異なる分子が

発見されるかと思われます。採取の為に住民に協力を仰ぎ、数多くのデータを

取得したいと思います。 以上、ご報告まで

 

追伸 恋人の栞のことは、引きずっていないといったら

ウソになりますが、沖縄のディダ、太陽を浴びていると、

彼女の笑顔が浮かび、いつもそこにいるような錯覚に陥ります。

 

また、沖縄の人々の暖かさに触れ、人生は、つらいことも少なくないが

良いこともそれ以上に訪れるのだということを学びました。

 

こちらへの派遣を命じてくださって、本当にありがとうございました。」

 

木戸勇哉が小早川への沖縄出張を命じたのは、単にDNA採取だけではなく

彼の心のリハビリも兼ねて、出張を命じたのであった。

 

それを理解していた聖哉は、本来なら自分が沖縄に行くべき所を

小早川研究員に、調査を譲ったのであった。

 

しかも、まだDNAの採取は不十分であったため、一旦小早川に

マシンの所在と状態をチェックさせ、あとはT大での調査研究に

時間を割いた方が合理的だと判断したからだ。

 

小早川隊員からの写真入り手紙をながめながら

聖哉も自分の時代への景色に思いを馳せていた。

 

 

 




少しずつではあるが、人類救済計画は
進んでいるようだ。

だがしかし、未だ課題は残されている。


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