カンピオーネ 吸血公 (ノムリ)
しおりを挟む

プロローグ

【新たに確認されたカンピオーネについての報告書より抜粋】

 

 極東の島国、日本より生まれた新たな王。カンピオーネが誕生されました。

 名は、矢崎(やざき)修斗(しゅうと)

 魔術や呪などに関わった履歴なく、武術などに対しても知識は無いに等しく、何処にでもいる一般の高校生。

 

 殺した二柱の神の名は"まつろわぬヴラド"と”まつろわぬケルヌンノス”

 

 簒奪した権能は、《鮮血の威光》と《静寂たる狭間の森》

 

 

 《鮮血の威光》ヴラドは吸血鬼の始まりともいえる人物。串刺し公という呼び名で呼ばれていたという伝承も存在する。

 吸血鬼は生命の根源である血を吸い、蘇った死人または不死の存在とも言われる。狼男やフランケンシュタイの怪物と並び、世界中で知られている怪物の一体でもある。

 吸血鬼は、銀を恐れ。心臓に杭を打ち込むことで殺すことができる。十字架や聖水、ニンニクや流水、日光や炎が弱点だと言われているなど、数多くの弱点が知られているものの。中には、書物を書く際に勝手に追加されてものの存在してるため、必ずしも弱点とはなりえない。

 その姿をコウモリや狼などの動物、霧や蒸気に変身でき、人を魅了する力を持っているとも言われている。

 

 《静寂たる狭間の森》狩猟の神にして冥府の神。獣王・動物の王ともされている。

 頭に二本の角、手には山羊、蛇の頭を持っている。足を組み座っている姿で描かれ、その姿勢は瞑想しているシャーマンが呪術を行おうとしている姿だと言われている。

 

 

 

 

 @@@

 

 

 

 個室の中に二人。

「これが貴方の資料の一部です」

 修斗の向かいに座って茶を啜るスーツを着たツリ目の男皿木(さらき)(けい)が、渡してきた資料に目を通す。

 

 日本の魔術結社、正史編纂委員会の一員であると同時に日本に生まれたカンピオーネである修斗とやり取りをする役人。

 少しでも言葉を間違えれば怒りに任せて殺されるやもしれない程に危険な役目に、ただ、愛知担当だったという理由で白羽の矢が立った不運な男。

 

「呼び名は『吸血公』で頼むね。ヴラドに選別として渡された名前だから使っておきたい」

「承知しております。それと、学校に居る巫女を通して情報を渡すことがこれからあると思いますので。明日の朝、屋上に行き顔合わせだけでもお願いします」

 羊羹を口に放り込み、返した資料をカバンにしまい。お茶を飲み干し、先に席を立った。

 

「では、仕事がありますのでこれにて。あ、会計は済ませておきますので、ごゆっくりどうぞ」

 ささっと、準備を済ませて出ていく皿木さんを見送りながら、残った羊羹を頬張りながら数日前の旅行で起こった事件を思い出す。

 

 だだっ広いだけの空き地に広がっていた緑溢れる森に地面や木から突き出た杭。

 空や大地を埋め尽くす大量の鳥、ネズミ、コウモリ、狼、虎、鹿などの獣の群れ。

 そんな異様な光景の中で、もっとも異質に存在感を放つものが二つ。頭から角の生えた神と黒いマントを纏い赤い目の怪物。

 

 不運にも、二柱の戦いに迷い込んだ人間()が二柱の決闘を壊し、そして二柱を殺した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日ノ本の女神

 家から徒歩でニ十分の距離にある公立高校。

 屋上に繋がる階段を欠伸をしながら登り、屋上につながるドアを開けた。そこに立っていたのは小学校から顔なじみで、一年・二年と連続して同じクラスになった新実(にいみ)鳴音(めいね)

「まさか、友達がカンピオーネになるなんて思ってなかったけど。自己紹介は必要ないよね」

「てか、同じクラスに王が居るってどういう心境なの?」

 

 二人の間に数秒の間、無言の空気が流れた。

「う~ん、畏まって話すのは違和感があるかな。あと、スマホの番号を交換しておきたいんだけど」

 カバンからピンクのハートのストラップが付いたスマホを取り出した。

 見せられた番号を入力し終わると、残り十分ほどで授業が始まる時刻になることに気づき、急いで教室に戻った。

 

 

 

@@@

 

 

 揺れる車の中から後ろに流れていく景色を眺める。

「学校が終わって、すぐなのにすいません」

 バックミラー越しに後部座席に座る此方に視線を向けながら頭を下げる。

 横に座る新実は、車に乗ってからずっと電話をしている。今、向かっている場所とやり取りをしているようだが、焦りを含んだ声からして状況はあまり芳しくないようだ。

 何があったか聞いていいすか、と運転をしている皿木さんに声を掛けると、横にいる巫女さんが説明しますよ、と言った。

 横に視線を送ると、通話を終えて溜息をしながら口を開いた。

「その、えっと、私に許嫁の話しがありました」

「……おめでと」

 おめでたくないです、と溜息混じりに零した。

「今年で高校三年生になったので、卒業後は巫女として本格的に働きます。特に巫女は後継ぎを生む為に早くから婿を取ったり、嫁に行ったりします。今回もその話が来たのですが、私の内より身分の高い家が二つ嫁に来て欲しいと言ってました。その二つの家の間で対立が……」

「なんというか、他人事だから言うけど。……アホだな。てか、新実の家ってそんなに大きいのか?」

 

「いえ、新実さんの家が目的ではなく。新実鳴音さんの持つ能力が目当てなんでしょう。鳴音さんには、”精神治癒”という稀有な天性の能力が宿っています。効果は文字のままで、呪術師にとって精神は切っても切り離せないものですから。呪術師として能力が高い人からすれば喉から手が出る程欲しがります」

 

 人ひとりの人生が掛かっているのに、目当ては能力っていうのは気に入らないな。

 そう思っていると車は高速を降りて、一般道路を走る。

 都市部を抜けて徐々に家は少なくなっていき、林の中を進んでいくと、

「着きました。ここです」

 車が止まり、そこにあったのは石で作られた長い階段だった。

「なが!」

 山の下から上にある建物を繋ぐ斜面を削って作られた階段。

 では、行きましょうか、と言って皿木さんと鳴音は一段一段、上にあがっていく。黙って後ろに付いて登るものの一行に頂上にたどり着かない。

 体力的には問題ないのだが、理由も分からずにただ上り続けるというのは、暇でしかたがない。というか何故、俺は此処まで連れてこられたんだ。

「そいえば、俺が連れてこられた理由ってなんですか?」

「簡単よ、カンピオーネの鶴の一声で止めてもらおうかと」

 見事に利用されているようだ、俺も使えるものは使う主義だから。文句はないかな。

 

 溜息と同時に少し笑っていると、なんの前触れもなく肌がピリピリする感覚を味わった。

 過去に一度、味わった感覚だ。

 前を歩く鳴音も気づいたのか、階段を上る足が止まった。

「う…そ…なんで、いきなり…」

 その顔は、青く染まり、体は震えている。

「二人とも、今すぐ車に戻って!早く!」

 一段飛ばしで、階段を上り開けっぱなしの門を潜る。

 

 この感覚は”まつろわぬ神”が傍にいる時に感じるもの。

 人ではありえない存在感。

 地上にいることで天災を生む特異点。

 ”まつろわぬ神”の存在を感じる方向に土足のまま、家の中を走っていく。

 襖を大きく開くと、そこに居たのは人型の神と足元に転がる複数の死体だった。

 

「うむ、神殺しか。地上に姿を現してすぐに出会えるとは」

 長い黒髪に紫の着物を着ていた。

 黒髪ってことは、日本の神だと思うけど女の神はイザナミくらいしか思い浮かばないけど。

「何を考えているのかしら、そういえば自己紹介をしていなかったわ。わたくしはイザナミ。この日ノ本を作った神の片割れよ」

 優雅に笑いながら自分の正体を明かしたまつろわぬイザナミ。

 

 




ふと疑問に思ったのですが、カンピオーネを読んでいる皆さんは、自分で権能を考えたりすることってあるのですが?
ということで、活動報告のところに作っておくので、こういう権能考えてみた。というやつ教えてほしいです。

ちなみに、作品に登場することはないです。
すでに主人公が使う権能は決まっているので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黄泉の女王

 イザナミ。

 日本神話の中で最初に生まれた片割れの女神。日本という大陸を無から生み出し、数多くの山や海、森羅万象からなる神々を産み落とした大地母神。火の神であるヒノカグツチを産み落とした際に、陰部に火傷を負って命を落とした。

 死したイザナミは、黄泉の国の食べ物を口にしてしまう行為黄泉戸喫(ヨモツヘグヒ)をしてしまいイザナミは黄泉の住人になってしまった。

 イザナミを追って黄泉にきたイザナギに、黄泉神に地上への帰還が可能か相談しに行き、イザナギに待つように告げたが一向に返事が返ってこないことを不安に駆られてイザナギは、約束を破ってイザナミの姿を見てしまった。

 その姿は腐乱して蛆がたかり、蛇の姿をした8柱の雷神の八雷神が纏わりついていた。

 姿を見られたイザナミは、黄泉醜女(よもつしこめ)黄泉軍(よもついくさ)、八雷神に逃げるイザナギを追いかけさせるが身に付けているものを投げ、葡萄とタケノコを囮にして黄泉醜女から逃げ。黄泉軍と八雷神をヒノカグツチを殺すのに使った十拳剣で振り払いながら黄泉比良坂(よもつひらさか)にあった桃の実を三つ投げたところ、黄泉の国の悪霊たちは逃げ帰った。

 この神話によってイザナミは『生命の祖神』でありながら『死の神』という世界中の神話における大地の神にあてまはり、自然物の生成と消滅、生と死の循環を象徴するものでもある。

 

「カンピオーネになって最初に戦うのが、大地母神なのは運が悪すぎるよな」

 呼吸を整えて、聖句を口にする。 

「《悪を選び、この身は悪に染まった。ああ、香ばしい血の香りだ。敵の血で喉を潤わせるとしよう。我が国に足を踏み入れた罪はその血で贖うがいい》」

 《鮮血の威光》の聖句を唱えたことで、自分の体が人間から吸血鬼へ変わっていくのが分かる。

 肉が、血が、骨が、形を変えて全身が変化を遂げた。

 

「面妖なものだ、西洋の物の怪か。ふむ、まずは小手調べとしようか」

 口元を着物で隠しながら、俺を舐めるように見つめ。ふぅ~、と黒い吐息は吐き出した。すると、イザナミの足元に転がってる死体がゆっくりと動き始めた。

 その動きは糸で吊るされた人形のようにぎこちなかったが、自分の足で立ち上がり、精気の無い瞳が此方を見ていた。

 アーッとB級のゾンビ映画さながらの動きをしながら迫ってきた。

 黄泉の女神はやっぱり死体を操れるのか。

 

 近づいてくるゾンビに向かって意識を集中する。そして、ゾンビの足元の床から黒い"杭"が生まれ、胸を貫いた。串刺しにしたのだ。

次々に杭を生み出しゾンビを串刺しにしている。伝説に語られるヴラドの異名を「串刺し公」を示すように。

 

 

「ほう、杭か、面妖な。ならば人間でダメなら鬼とするか。来たれ、黄泉の通路!」

 高らかに叫んだイザナミの足元から広がる黒い渦。

 黒い渦は徐々に壁を伝い、部屋を飲み込んでいく。

「流石に逃げないとヤバイか」

 黒い渦のヤバさに警戒して、後ろに数歩後退りする。

 黒い渦はやがて、建物全体を飲み込んでいた。形こそ建物の原型を留めているものの、それはもう違う何かだ。

 

「黄泉軍を呼び出すには黄泉と繋げる扉が必要でな。これでやっと呼び出せる。敵を捕らえよ黄泉軍よ!」

 イザナミの声に導かれ、黒い渦から赤い目を輝かせながら出て来たのは鬼。

 姿形は様々、角が一本の鬼や二本の鬼。赤色や青色など統一感はない。

 

 ギャー!やグギー!と奇声を上げながら迫ってくる黄泉軍の数は二十を超え、今も増え続けている。

 

 迫ってくる黄泉軍に向かって杭を生み出し貫き。貫かずとも杭は、それだけで壁やスパイクの役目を果たす。

 黄泉軍の数が減れば増え、また杭で数を減らすを繰り返していくうちに、黄泉軍の居る間にうまれた隙間から槍のように細く鋭い杭を生み出し、槍投げの要領でイザナミの顔目掛けて投げつけた。

 

「ほっ!」

 黄泉軍の顔の間を抜けて真っすぐに突き進む槍杭。

 飛んできた槍杭にイザナミは気づいたが、もう穂先が当たる直前だ。

 当たると思われた瞬間、射線に飛び込んできた黄泉軍がイザナミに当たりそうだった槍杭に串刺しにされ、穂先はイザナミの頬を掠めるだけで終わった。

 

 頬から流れる血を手で拭い取り、自分が傷つけられたことを認識したイザナミ。

「まさか傷をつけられるとは侮っていたか。故に本気を出そう」

 イザナミの纏う空気が一層、濃密差を増した。

 体から漏れ出るものは、黄泉の空気ではなく雷。

 頭、胸、腹、女陰、左手、右手、左脚、右足の八つから迸る雷、イザナミが黄泉に来た後に生まれた雷の神々、火雷大神(ほのいかづちのおおかみ)

 

「我が子たちよ、童の敵を殺すのだ」

 イザナミの指示に従い、姿を稲妻へと変えて向かってきた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

女神の刃

雷の速度で移動する八つの神。その形は球体状の雷の塊。

いくらカンピオーネが人間の限界を越えていたとしても、目で追うにも限度がある。

 

加えて肌の近く通る度に、服を焦がし肌を焼いていく。

「速すぎて、杭が当たらねぇ!」地面から間髪を容れずに生み出し続ける杭を掠りもしなければ、障害物にもなっていない。

 

「やはり、雷速には対応できないか」

嬉しそうに笑うイザナミの声に、イラッとしながらも反論する余裕さえない。避けるのが精一杯の状態だ。

 

あと、あと少しで、使えるのに!

あと少しで、沈みきる太陽に僅かに目を向けた瞬間。

 

 バチッ!と八つの雷が胸を貫いて行った。

「ガァアアアアア!」

 全身に流れる電流。

 地面に膝から崩れ落ち、服は焦げ体のあちこちから湯気がでている。

 地面を黒く染める血だまり、僅かに聞こえる呼吸の音。

 

「神殺しとはいえ、子供か」

 つまらぬ、と吐き捨てて地面に倒れている修斗に目も向けずに歩いていくイザナミ。その周りを護衛するようについて行く八つの雷塊。

 

 修斗は歩いて行くイザナミにも付き従う炎雷大神(ほのいかづちのおおかみ)にも目を向けずに、遠のく意識の中であるものに目を向けていた。

 

 それは太陽。

 山影に沈み、残り数秒で全てが沈みゆく太陽を見つめていた。

 太陽が沈めば必ずやってくるもの、それを修斗は待っている。《鮮血の威光》のもう一つの能力、太陽が沈み()という魔の物の時間が来たときにだけ使うことが出来る能力。 

 

 ヴラドは確かに”串刺し公”という異名がある。だが、もう一つ。世界的に有名な異名を持つ。

 吸血公、ヴラド・ツェペシュ。

 「残酷」で有名だったヴラドは、後世で存在していた吸血鬼の伝承と合体。

 

 《鮮血の威光》の効果は二つある。

 日中は、ワラキアの為に戦い抜いた領主としての”串刺し公、ヴラド・ツェペシュ”。

 月夜は、作品によって人々の記憶に残ったフィクションとしての”吸血公、ヴラド・ツェペシュ”。

 

 太陽が沈みきったことできたる夜。

 吸血鬼は夜に蠢く魔の物。

 そして、吸血鬼には多くの能力が備わっている。

 姿を霧や獣に変え、尋常ならざる怪力を誇り、異常な治癒力を持ち、獣を従える力を持ち、目を見た相手を操る魅了の力を操り、銀、十字架、聖水、日光を弱点としている。

 修斗が文字通り変身する吸血鬼は、伝承の真祖の吸血鬼(トゥルー・ヴァンパイア)だ。

 

 人間の体から全身が吸血鬼へと変身を遂げた修斗の体は、自動で傷の治癒を開始した。

 数秒で開いていた穴は塞がり、目は血のような赤色になっていた。

 

 体を起こし立ち上がる。

「もう一戦、行こうか」

 

「ほう、傷が消えているな」 

 振り返ったイザナミを驚いているというよりは、嬉しそうに笑っていた。

「先ほどとは違い、本物の妖怪になってるようじゃな」

 嬉しそうに笑うイザナミの目は人間を見ていた目から、異形の化け物を見る目であり、同族を見る目でもあった。

 行け、という指示に従い、漂っていて炎雷大神たちは一斉に向かってきた。

 

 雷速で移動して迫ってくる炎雷大神を躱し、軽く足に力を入れて無防備になったイザナミに向かって突き進んだ。

 人間だった時では、絶対に出すことの出来ない速度を出して。一撃で倒す気概を籠めて振るった拳だったが、イザナミの手の中に出現した剣によって防がれて。

「イザナミが剣とかありかよ!」

「何を言うか。童が生んだ加具土命は、イザナギの持つ十束剣によって殺されたからな。関節的にせよ産み落とし殺したのは童じゃ」

 

 イザナミが剣を使って戦えるなんて予想してなかった。

 コンパクトに振る拳をイザナミは剣で防ぐ。拳は刃に当たる度に皮膚が切れ、血が飛び散るが傷すぐに癒えて再び殴る。

 後ろではバチバチッ!という音と共に影から生み出した黒い狼や鴉と炎雷大神との戦いが行われている

 

「さあ、折角の戦いじゃ!楽しまなくてはな!」

 着物を優雅に振り乱し、十束剣を構えてイザナミ。

「ああ、とことんやろうか」

 握っていた手を解き、手刀へと変えて両手を剣の如く構えを取る。

 刃を片手で弾き、爪先を剣先の如く鋭く突き出す。だが、空いていた腕を動かし爪先はイザナミの体に触れることなく、着物特有の長い袖丈を貫通しただけだった。

 

 弾かれて十束剣を片手で器用に戻し、片手を袖丈に絡まれて身動きの取れない修斗に向かって十束剣を突きだした。

「これで終い(しま)にするかのぅ!」

 見事に十束剣は修斗の心臓を貫いた。だが、血を流したのは修斗とイザナミだった。

「見事じゃ。まさか、先に剣を弾いて手の爪を伸ばすとは」

 十束剣を弾いて片手では、心臓を狙っている十束剣を防ぐことはできない。ならば、十束剣を防がずに、イザナミの心臓を狙って爪を伸ばす。それが修斗のだした結論だった。

 本来なら両者とも死亡していた。だが、修斗は吸血鬼の治癒の力がある、だからこそ博打打ちに売ってでた。

   

「童の遠い子孫が神殺しになってるとは、誇らしいことじゃのぅ」

 一人事なのか、それとも対峙した時から思っていことなのか、それだけを口にして心臓に刺さっていた十束剣も、後ろで戦っていた炎雷大神も、そしてイザナミ自身も粒子となって消えて行った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

出世払い

 空に三日月が輝く中、雲の上を蝙蝠のような翼を背中から生やして飛んでいく。

 夜の冷えた空気を頬で感じるが、それも心地よく思える。

 

「頼まれた仕事はこなさないとな」

 まつろわぬイザナミとの戦いが終わって数日後に、皿木さん経由である依頼をされた。内容はカンピオーネの一人、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン侯爵に連れて行かれた、万理谷祐里を連れ戻して欲しいというものだ。

 なんでヴォバン侯爵がそんなことをしているかといえば、簡単だ『まつわぬ神招来の儀』をするため。

 儀式は魔女や媛巫女たちを生贄にすることでまつろわぬ神を地上に召喚するという単純なものだが、仮にヴォバン侯爵が倒されれば他の王が代わりに戦うことになるし、生贄となった魔女や媛巫女たちへの精神と肉体の負担は計り知れない。

  それ故に、『正史編纂委員会』という組織として取り返しに行けば、組織ごと敵として認識されるかもしれないが、王である俺が動いたとしても最悪戦って話がつく可能性がある。

 その一点に賭けたいらしい。

 

「博打ちにも程があると思うけど」

 翼を傾け風を斬り降下しながら、雲の中を進む。

 視界は白一色となり、下に降下するに増して肌に感じるまつろわぬ神とカンピオーネの存在感。

 

「もう、まつろわぬ神が居んのか。急ぐか」

 翼をより傾けることで空気抵抗を減らし、より加速して急降下する。

 雲を抜け、雲の下に出るとそこは荒れ果てた大地だった。

 人が住んで居る気配など微塵もなく。あるものと言えば、何十年も人の手が加えられていない捨てられた神殿がある位だ。

 問題はその神殿の中に簡易な服を着た人がいることだ。

 恐らく生贄として集められた魔女や媛巫女たちだろう。僅に歩いている者や這いながら倒れている子に声を掛けている者もいる。

 

 地上に降り、歩きながら万理谷祐里を探し始める。

「正史編纂委員会所属の万理谷祐里って居るか~!」

 大声を出したことで、その場に居た少女たちが一斉に此方を見た。

 

「は、はい!万理谷祐里は私です」

 僅か数分で目的の少女は見つかり、傍らには俺を警戒している銀髪のポニーテールの少女が立っていた。

「あの、貴方は?」

「俺は七人目のカンピオーネ、矢吹修斗だ。正史編纂委員会からの依頼でな、お前を連れて帰って来て欲しい、とのことだ」

「待ってください。お前を、ってことは助けるのは私だけなのですか!?」

「当たり前だろ、俺がボランティアで助けに来たとでも思ったのかよ」

「俺はここにきたのは万理谷祐里を連れて帰るっていう正史編纂委員会の依頼を完了する為に来たんだ。勿論、他のカンピオーネを見てみたいって言うのもあるけど、他の子は別の組織に所属してるんだろ。それは組織の問題、管轄違いだな」

 そんな!と周りに今だ意識を失っている子や肩を支え合っている子を見る万理谷。

 

「なら…なら私が!貴方様に依頼をするというのはどうですか!」

 万理谷の横に立っていた子がそういった。

「…本気か?依頼の報酬は金だぞ、それも相当な額の」

「……い、いくらほどでしょうか」

「大体、円で250万くらいじゃないか。他のカンピオーネと戦闘が有った場合は上乗せが発生するからもう少し高くなるかもな」

 万理谷と銀髪の子は二人揃って後ろを向いてヒソヒソと会話を始めた。

 

「リリアナさん、払えますか?」

「万理谷祐里よ。流石に私もそこまで動かせるお金はないぞ!」

「…他の子たちを置いて行くわけには……」

 正直、後ろを向いた程度じゃカンピオーネの強化された感覚で会話が聞こえてしまうのだが、切羽詰まっている二人にはそれを気にする余裕はないらしく。

 しかたないと言って、腹をくくった銀髪の少女は俺の目をしっかりと見て

「出世払いでお願いします!」

 ……は?…出世払い。

「っぷ!ハッハハ!ハハハハ!カンピオーネ、相手に出世払いか!」

 カンピオーネはまつろわむ神が地上に現れた時に戦うという代わりに何をしても許されるという暗黙のルールがある。ヴォバン侯爵が世界中から生贄を集めても反撃されないのもこれが一部の理由だ。勿論、戦っても勝てるわけがないというわけもあるが。

 その相手に、一切の保証のない出世払い。

 これは笑わずにいられない。

 

「面白い!けど、命を賭けて戦うカンピオーネに保証のない口約束が使えるとでも」

「うぅ…」

 銀髪の少女は狼狽えた。

「まあ、その話は後にした方がいいらしいな」

 銀髪の少女から目を離し、ある方角を見ると本来の大きさとは比較にならないサイズの大型の狼の群れがこっちに向かって走ってきている姿があった。

 

「そういえば、君、名前は」

「は、はい!『青銅黒十字』に所属しているリリアナ・クラニチャールです」

「じゃあ、リリアナ。生贄にされた子たち全員を一ヶ所に集めてくれる、バラバラだと権能が使えないから」

「権能ですか?」

「ああ、ケルヌンノスから簒奪した権能。攻撃性は一切ないけど守りと治癒の効果があるから。狼は俺の方で足止めしておくよ」

 

「はい!任せてください!」

 任されたことが嬉しいのか、今までで一番元気な声を出して走っていくリリアナ。その後ろを手伝います、と言って後を追う万理谷。

 

「さて、時間稼ぎと行きますか」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

狼害と戦闘狂

 イザナミから簒奪した権能《霊魂召喚(ソウル・サモンズ)》。

 黄泉の国から霊魂を呼び骸骨に宿らせるという単純なものだ。数には上限がなく、圧倒的な物量戦において最大の効果を発揮する。

 

 目の前では、狼の群れと骸骨との軍勢が入り乱れている。

 骸骨は狼の数より多く。牙や爪で体を砕かれようと勝手にくっつき元に戻り、五体の骸骨が合体して大型の一体になって狼たちを薙ぎ払っているのもいる。

 

「本体は霊魂だから砕かれても元に戻るし、くっついてデカくなるのか」

 自分の知らない権能の効果を知れたことは、良かった部分だ。

 そうこうしているうちに、狼の群れは骸骨によって全滅させられ、役目を終えた骸骨に宿っていた霊魂は黄泉へと戻る。残された骸骨は塵となって消えた。

 

「王よ。生贄にされていた全員を集めました」

 声を掛けて来たリリアナの方を振り向くと、一人残らず集められていた。

「んじゃ、お前も入れ、始めるから【開け、狭間へ続く道。全ての獣に癒しを与えし安らぎの森よ。いかなる傷も、いかなる死も遠ざけよ。ここは、全ての獣が安らぎを得られる森】」

 聖句を唱えると、少女たちを包むように透けた緑色のドームが生まれた。

 ケルヌンノスから簒奪して権能《静寂たる狭間の森(フォレスト・サイレント)》。

 ケルヌンノスの所持していたアストラル界にある森の一部を此方側の世界に移動させ、いかなる生物の傷も治癒させる。森はアストラル界と繋がっており此方側からは一部の権能以外から攻撃も受け付けない。

 攻撃性は一切ない代わりに防御と回復に重点を置いた権能。

 

「こ、これは…森。アストラル界の一部を此方側に召喚しているのか!」

 魔女であるリリアナにはこの権能がどれほどの物か理解しながら驚愕した。

「回復するまで俺は暇に……ならないみたいだな」

 

 後ろに感じる気配。

「ほう、放った狼共が消えたと思えば、まさか新たな王が来ていたとは」

 立っていたのは、この大事の原因であるヴォバン侯爵だった。

「てっきり、召喚したまつろわぬ神と戦ってると思ったけどもう戦い終わったのか?」

「嫌な事を思い出させてくれるな小僧!」

 なんか、地雷を踏んだっポイ…。

「折角の獲物を奪われた分は新人の王で埋めるとしよう!」

「それ、ただの八つ当たりだろ!」

 応して、暴君の埋め合わせなのか八つ当たりに付き合う羽目になった。

 

 

@@@

 

 

「私を退屈させてくれるなよ小僧!」

 その声と共にヴォバン侯爵の足元の影が広がる。影から這い出て来たのは、権能によって魂を繋ぎ留められた、無数の死者たちだった。

 ヴォバン侯爵の手によって殺された戦士や呪術師は権能『死せる従僕の檻』によって縛られ、死した後も安らぎを手に入れることはできない。

「生前は私を楽しませてくれた者たちだ!まずは、これを乗り越えてみせよ!」

「数には数だ【この声に応じ来たれ黄泉の軍勢。死者の女王たる我が命でる】」

 従僕たちの対抗策として骸骨を再び召喚する。

 剣や杖、鎧を装備したヴォバン侯爵の呼んだ従僕とは違って、俺の呼ぶ骸骨は武装は一切なく生前の技なども使えない、故に数。質より量で押し切る。骸骨を従僕の約三倍の数を召喚した。

 

「私と似た効果の権能を持っているようだが、貴様の権能は死者を呼び出すだけか」

 従僕たちは剣を構え、杖を掲げて攻撃を始めた。骸骨は簡単に剣で砕かれ、魔術で吹っ飛ばされていく。それこそ面白いほどに。

 それでも骸骨は上半身だけで匍匐前進で進み従僕の足にしがみ付き動きを止めると、他の骸骨と協力し合い一人の従僕を地面に倒し、滅多打ちにしている。倒された骸骨の背骨と脇腹、頭蓋骨を繋げ、槍にようにして戦っているものや、狼の群れと対峙した時のように合体して薙ぎ払っている姿もある。

 若干、B級映画のようだが、呪力の消費も少なく済むので良しとしよう。

 

 従僕も骸骨も同じく命を持たない死者。その決着が着くことはない。

「従僕どもでは数に負けるか。ならば!」

 顔を顰めたと思えば、新しい権能を使うことを決めたらしい。

 

 ―――グゥオオオオオオオオオオオオオオ!

 遠吠えのような声を上げながら着ていたコートを引き裂き、ヴォバン侯爵は巨大な人狼へと変貌を遂げた。

 全身を包む灰色の毛皮、爛々と光るエメラルドの瞳、大口から覗ける牙と人の頭を握りつぶせそうなほど大きな手と鋭い爪。

 人らしさの一切ない怪物。

「おいおい、マジかよ」

 流石にこれは想像してなかった。

 頬が引き攣るのを感じながら権能《鮮血の威光》に意識を集中させる。

「それが貴様が最初に手に入れたという権能か。吸血鬼だと聞いていたが、目が黒から赤に変わっている辺り掌握が進んでいるようだな」

「自分の目の色なんて知らねえよ!」

 拳を握り力一杯脚に力を入れて踏み出した。

 強化された怪力と身体能力に任せた力任せの戦闘法―――至近距離での殴り合い(インファイト)

 

 

 自分の数十センチは超える背丈の人狼の懐に潜り込み、とにかく殴る。

「優雅さの欠片もない戦術だな!」

「勝ちさえすれば泥臭くてもいいんだよ!とっとと、くたばれ!」

 

 肩や脇腹に掠る人狼の爪が肉を抉るが、吸血鬼の再生力で傷はなくなる。

「忌々しい。私と同様の自分を変身させる権能か」

 グシャと背中にヴォバン侯爵の五指が食い込んだ。

 皮膚を突き破り、肉に食い込む鋭い爪。

「っく!はぁぁぁ!」

 背中に感じる激痛を意地で無視して拳を振るう。動けば動くほど強く感じる痛みに顔が歪むが、離れるわけにはいかない。一度ヴォバン侯爵から離れてしまえば、もう懐に潜るチャンスは手に入らないだろう。

 拳を鳩尾に向かってぶつける。手の感触からすれば、恐らく肋骨の何本かはいったはずだ。

 

「うぐ!離れろ小僧!」

 大きな顎に生えそろう牙の間から血が垂れた。異常な怪力からなる拳をニ十発も食らったヴォバン侯爵の巨体には、着実にダメージが蓄積していっている。

 背中に突き立てている手と反対の腕を振り上げ、振り下ろそうとした時、

 

「僕は、僕に斬れぬ物の存在を許さない――――」

 僅かに聞き取れる程の声だったが、カンピオーネの感覚にははっきりと聞き取れた。

 それは聖句であることも、そしてその声の主がヴォバン侯爵にとってどれだけ忌々しい存在であるかもヴォバン侯爵の瞳を見れば理解できた。

 

「この剣は地上の全てを斬り裂く無敵の刃だと」

 聖句を唱え終えると、修斗とヴォバン侯爵目掛けて飛んできた人影。

 修斗はヴォバン侯爵を前蹴りで蹴りつけ、反動を利用してその場を離れる。地面を転がり膝立ちの状態で元居た場所に目を向けると、アロハシャツを着て頭にサングラスをつけた男が立っていた。肩に担いだ剣と剣を持つ右手は銀色に輝いている。

 

「カンピオーネか……」

「グォォォォオオオオオオオオオオオッッッ!!!よくも私の前に姿を見せることが出来たな、サルバトーレの小僧!」 

 

 修斗とヴォバン侯爵の間に割って入った男の名は、サルバトーレ・ドニ。まつろわぬヌアダを殺したカンピオーネだった。

 

「だって、近くで王同士が戦っているとなれば行くしかないじゃないか」  

 行かないだろ、と心の中で思いながらも、ヴォバン侯爵だけでも手一杯なのに増えた敵をどうやって相手するか解決法を頭をフル回転させて考える。

 

「さぁ!続きをしようじゃないか!」

 人狼と剣士と吸血鬼。

 狼王と剣王と吸血公。

 三つ巴の王同士の戦いが始まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。