バンドリ!~オプション付き5人と少女達の物語~ (akiresu)
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5人の朝は騒がしい

 


-ピピピピピピピピピピピー

 

「う~ん……」 カチャッ

 

 部屋に鳴り響くアラーム音で俺は目を覚ました。俺は赤城(あかしろ) レン、今日から高校生活を始める高校1年生だ。眠い目をこすりながら手探りで目覚ましのスイッチを押して音を止めると部屋の窓から差し込む朝日が顔に直接かかり、余りのまぶしさにうつ伏せに寝返りを打ってそのままベットに伏してしまった。

 

 レン「あ~だるい……」

 

 早く起きて仕度しないと、そうは思っていても正直かなりだるくてたまらない。このまま二度寝してしまおうか?

そう思ったその時だった。

 

-ピロン-

 

 枕元に置いてあった携帯から通知音が鳴った。誰からメッセージが来たのかは大方予想がついた。うつ伏せの状態のままスマホの通話アプリを開きグループトークを見た。やっぱりあいつからだった。

 

 ?『おはよう、3人ともちゃんと起きてる?』

 

 メッセージの送り主はある事が切っ掛けで仲良くなった中学からの友人の1人だった。このグループトークは俺も含め同じ理由で中学から仲良くなった友達5人でやっている。そう、つまりこのメッセージを見ている人物はあと3人いる。なのに何故かメッセージには3人と書かれていた。一体どういうことだ?そう考えていると他のやつらからもメッセージが来た。

 

 ?『オッス!俺は今起きた所だ!』

 

 ?『僕も今起きました』

 

 ?『おはよう、俺は2時間前に起きた』

 

 相変わらずこいつにいたっては起きるのはえーな。ちゃんと睡眠時間足りてるのかよ?おっと、俺も一応返信しなきゃ。

 

 レン『4人ともおはよう、俺も今起きたばっかだ』

 

 ?『はぁ~、やっぱりこの3人は今起きたんだ。今日は入学式なんだから遅刻しないでよ?』

 

 やっぱりとは何だやっぱりとは、人を寝坊常習犯みたくいいやがって。メッセージを見た俺はすぐに携帯の画面を暗くし時計を確認した。7時か、少しのんびりしすぎたか。

 

 レン「あいつらとは7時半に駅で待ち合わせだったな。仕方ない、今日はトーストで我慢するか」

 

 ベットから起き上がった俺は壁にハンガーでかけていた黄土色の制服に着替えるとトーストを銜えたまま、急いで待ち合わせの駅へと向かった。道中で同じ制服を着た女の子とぶつかるなんて恋愛漫画王道の展開は起こることなく俺は無事駅に着いた。駅前には同じ制服を着たそれぞれ青、緑、金、ピンク色の髪をした4人の男子がいた。

 

 レン「4人ともおはよう!」

 

 ピンクの髪「あっ!レンおはよう」

 

 最初に挨拶を返してきたこのピンクの髪のこいつは桃瀬 明日香(ももせ あすか)。どちらかと言えば女子よりの中性的な顔立ちをしており高く澄んだ声をしている世に言う男の娘というやつだ。よく女子と間違えられ、それをかなり気にしている。無類の小説好きでいろんな分野の小説本を持っており、ネット小説サイトに自作小説を挙げたりしている。

 

 緑の髪「大丈夫ですよレン、僕も今来たばかりですから」

 

 緑色の髪で黒縁の眼鏡を掛けたこいつは石美登 利久(いしみど りく)。おっとりとした少し天然な性格をしているがかなりのゲーム好きでアクションゲームだけでなく、レースゲーム、カードゲーム、ボードゲームなどいろんなゲームが得意で大会で優勝した事が何度もあるかなりのゲーマーだ。

 

 金色の髪「ようレン!安心しろまだまだ時間はあるから」

 

 声を聴いただけでもかなり元気であることが伝わってくる金髪のこいつは黄島 来人(きじま らいと)。普段から元気が有り余っているんじゃないかってくらいの元気人だ。スポーツ万能でかなり明るい性格ではあるが、女の子に目がなくて学校や街中で色んな子に声をかけてはあっさり振られたり、顔に紅葉型ができてたりするなんて日常茶飯だ。

 

 青色の髪「でも、もう少し余裕をもって行動した方がいいんじゃないか?」

 

 クールな感じの青髪のこいつは海原 碧斗(うなばら あおと)。いつも冷静沈着で俺ら5人の中でもダントツで1番のイケメン。父親はテレビや雑誌で時折取り上げられている有名な高級レストランの料理長をしており、こいつ自身の料理の腕もかなりのもので、店出せるんじゃないか?ってレベルのものだ。

 俺達5人はある事が切っ掛けで中学の時に仲良くなり、5人で一緒にこの町にある高校に通おうと話し合った末花咲川学園を受験した。そこは元々女子高だったが今年から共学になり5人とも見事に受かり今もこうして同じ制服を着て一緒に登校することができている。

 

 明日香「それじゃあ、レンも来たことだし行こうか?」

 

 碧斗「ああ、そうだな」

 

 明日香の言葉に軽く返事を返して俺たちは今日から通う学校へと向かった。

 

 来人「いや~、それにしても高校楽しみだな~」

 

 道中、来人が突然とそんなこと口にした。いったいどうしたんだ急に?まぁ俺も楽しみでは無い訳では無いが。

 

 レン「へ~、来人がそんなこと言うなんてお前って意外と学校好きだったんだな?中学の時は授業ダリ~とか言っていたのにな」

 

 来人「フフフっ、いいかねレン?人は絶えず進歩していくものなのだよ、俺だって春休みの間に少しは進歩したのさ」

 

 レン「おおーまさか来人がそんなことを言うようになるとは、成長したな~-ツンツン-うん?」

 

 感心していたら急に肩を利久につつかれた。いったいどうしたんだ?碧斗もなんかため息ついてあきれた表情してるし、明日香にいたっては・・・あれ?なんか満面の笑みを浮かべてる。けどなぜだろう?なんか怖い・・・

 

 明日香「それで来人は何が楽しみなのかな?」

 

 来人「フフフっ、そんなの決まっているじゃないか!花咲川学園は元々女子高!しかも今年から共学になり、更には新入生男子も俺たちを含めても数える程度!可愛い女子の先輩やクラスメートに囲まれて学校生活を送れるなんて幻想だと思われていた夢の学園ハーレムが実gグエッ!」

 

 明日香「やっぱりそういうことだったんだ?人は進歩していくもの?君の方がよっぽど進歩していないじゃないか?そんな軽薄な行動は慎めっていつも言ってるよね?ね?ねっ!?」

 

 来人が自分の野望を言い終える前に明日香が来人の首を腕で締め上げた。そういうことだったか。利久と碧斗と明日香はこの事を分かっていたのか・・・人は絶えず進歩していくものって一番進歩していないお前がよく言えたな・・・にしてもこの光景も見慣れたな、来人が女の子をナンパしたりして、それを見た明日香が来人に制裁を加える。あっ、来人の顔が青くなってきたしそろそろやめさせるか。

 

 レン「明日香、その辺にしてやれって。来人がそろそろ限界だ」

 

 パっ  

 

 来人「げほっ!げほっ!ぜぇー、ぜぇー」

 

 明日香が手を放すと来人は一気に息を吸い込み噎せてしまった。そして呼吸を整えたらキッとこっちを睨みつけてきた。どうした?そんな恨めしい顔して。

 

 来人「クッソ~!何でだよ!?ハーレムを望んで何が悪いんだよ!?既にモテモテハーレム状態のお前達にモテない俺の気持ちがわかるのか!?俺だってモテてーよ!」

 

 来人が心から叫び声をあげた。正直聞いてて引いた。うん、でも女子にモテたいいって言うその心は男なら分からなくは無い。けど、こいつ中学の時そんなにモテなかったっけ?まあ、ここはもてない男の俺が励ましてやるか。

 

 レン「あ~来人、そう嘆くなって。ほら、俺だって全然モテないし。それ「嘘だッ!!」!?」

 

 来人「レン、お前がモテないだと!?碧斗の次にモテモテだったお前がよく言えたな!?」

 

 へ?俺がモテた?しかもこの中で2番目に?・・・うん、覚えがないな!

 

 レン「いやいやいや、そんなことないだろ?ていうかお前の方がまだモテてただろ?」

  

 来人「え?それ本当か!?」

 

 レン「う、うん。結構運動部の女子から人気あったんだぞ。助っ人に来ると運動できて、色々と丁寧に指導してくれるって」

 

 来人「じゃ、じゃあ何で誰も告白してこなかったんだ?バレンタインも一個ももらえなかったし・・・」

 

 確かに謎だ。なんでこいつチョコもらえなかったんだ?利久も思い当たる節が無いか考え込んでいる。

 

 利久「う〜ん・・・確かに変ですね?以前運動部の女の子から来人への告白の相談をされた時も、来人は可愛い女の子が街で見つけてはすぐに声をかけるぐらいに大好きなので君なら良い返事がもらえますよって伝えたんですけどねえ・・・」

 

 いやそれだよ!お前のせーかよ!でもまあ元はと言えばこいつがナンパしまくってるのがいけないんだし・・・うん?来人?

 

 プルプルプルプル

 

 来人「よっしゃ~!俺はモテてたんd「「うるさ~い!」」!?」

 

 ビックリした~いきなり碧斗がと明日香が声を上げた。

 

 碧斗「さっきから五月蠅いんだよ!」

 

 明日香「周りの人の迷惑も考えてよ!ほんと恥ずかしい!」

 

 碧斗「それに3人ともこんなところで道草喰ってていいのか!?」

 

 明日香「入学初日から遅刻なんて僕は嫌なんだけど!?」

 

 レ利来「「「は、はい。ごめんなさい」」」

 

 いや、なんで俺と利久も謝ってんだ?全面的に悪いの来人だろ。でも今はそんなことより早く学校に行かなきゃ2人の言う通りほんとに遅刻しちゃう。とりあえず俺たちは学校へと向かった。

学校に着くとそこにはクラスの割り当て表が貼りだされていて多くの生徒がそれを見ていた。さてと、俺のクラスはと・・・

 

 レン「おお、あったあったA組か。明日香は?」

 

 明日香「僕もA組だったよ。よかった一緒のクラスだね」

 

 来人「俺もだ!やったな!」

 

 よかった、これで知ってるやつが誰もいないってなったら俺はかなり絶望していたかもしれない。てことはもちろん碧斗と利久も・・・

 

 碧斗「あっ、おれはB組だ」

 

 利久「僕もBです」

 

 マジかよ・・・・でもまあ、誰か一人だけ違うクラスになるってことは避けられたか。これはこれでよかったかな?

 

 ドンッ

 

 ?「きゃっ!」

 

 安堵していると誰かにぶつかってしまった。おっといけないいけない。

 

 レン「おっとごめん、大丈夫か?」

   

 ?「うん、大丈夫!」

 

 振り返るとそこには猫耳のような髪形をした茶髪の女の子がいた。軽く背中ぶつかっただけだったけどとりあえず無事を確認した。

 

 レン「ごめん、ちょっと考え事してて。あ、俺はA組の赤城レン。君は?」

  

  俺はさりげなく目の前の少女に名前を尋ねた。

 

 香澄「私は戸山香澄、同じA組だよ。これからよろしく、レン君!」

 

 そう言うと彼女は俺に笑顔を見せた。その明るい笑顔に一瞬ドキッとしてしまったが俺も笑顔で答えた。

 

 レン「ああ、よろしくな。戸山さん」

 



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3人は初日からかなり目立つ

 自分のクラスを確認した俺達は教室へと向かいクラスが違う碧斗と利久と別れ、俺は教室にある自分の席に座って、入学式が始まるまでの間来人と明日香とおしゃべりをしていた。それにしても…

 

 レン「圧倒的に女子が多いな…」

 

 来人「何だレン、不満なのか?」

 

 レン「いや、不満てことではないんだけど・・・やっぱり周りからの視線が気になる…」

 

 明日香「それは仕方ないよ、このクラスで男子は僕達3人だけみたいだし」

 

 おい、それマジかよ。どおりで周りの女の子たちが俺達3人を見ながらひそひそ言っているわけだ。俺は女子に話しかけるのってあんまり得意じゃないのになんか憂鬱だな~・・・明日香は見た目に趣味のこともあって中学の時から女子とよく話してて慣れてるし、来人にいたっては・・・・うん、言うまででもないだろう・・・・こいつら二人はすぐに女子と仲良くなれるからクラスにもうまくなじめるだろうけど、それに引き換え俺はあんまり女子と話す方じゃないし

 

 レン「ほんと、俺だけ憂鬱だ~…」

 

 明日香「大丈夫だよレン、きっとすぐに打ち解けられるよ。ほら、別に仲のいい女の子がいないってわけでもないんだしさ」

 

 レン「あーうーん確かに居ない訳ではないけどさ~、でもそれとこれとは別問題だろ?さっきから周りの女子達から俺達なんかひそひそ言われてるし、きっとなんかあの人怖~いとか、汚らわしいとか言われてんだよ・・・こんなんじゃ話しかけても避けられるだろ?」

 

 明日香「あ~う~ん・・・」

 

 レン「?どうしたんだ明日香?」

 

 明日香「いや~その~さっきのって本気で言ってる?」

 

 レン「当たり前だろ、それがどうしたんだ?」

 

 明日香「い、いや別に・・・何でもないよ・・・」

 

 明日香「(やっぱり気付いてなかった!周りの子たちはそんな風に言ってないよ!むしろ逆だよ!さっきから僕達に視線を向けてるのも僕達に、特にレンに熱い視線を送ってるんだよ!さっきからひそひそしゃべってる話の内容も・・・

 

 「あそこにいる男子3人やばくない?」

 

 「うん、あのピンクの髪の子本当に男なの?」 

 

 「すっごくかわいい!」

 

 「それよりもあの赤髪の人かっこよくない?」

 

 「うん、ほんとすごくかっこいい!」

 

 ・・・・・てな感じだったし!)」

 

 レン「お、おい明日香、本当にどうしたんだ?」

 

 明日香「いや、別に何でもないよ」ジー

 

 レン「お、おう、そうか・・・」

 

 じゃあ、なんでさっきから俺を睨みつけて来てるんだよ。訳が分からん。それよりも・・・

 

 レン「そんなことよりも明日香、あれを止めに行かなくていいのか?」

 

 明日香「え?あっ!」

 

 俺は後ろの方を指さした。明日香は一瞬キョトンとしたがその先にある光景を見て声を上げると今朝登校中に見せたのと同じ笑顔になった。俺の後ろにあった光景、それは・・・女子をナンパしている来人だった。

 

 明日香「ごめんレン、ちょっと行ってくる」   

 

 レン「ああ、程々にな?」

 

 さてと、明日香が来人に制裁を加える様を見届けるとしますか。にしても早速教室でナンパとか、あいつもよくやるよな~

 

 来人「君達すっごい可愛いね!俺、黄島 来人っていうんだ!良ければ君たちの名前教えてよ!できれば連絡先も」

 

 ポンッ

 

 来人「うん?なにか用k…」

 

 明日香「来人、何してるのかな?」ニコッ

 

 来人「あ・明日香、こ・これはそう!ただクラスに早くなじめるように話しかけただけであって「じゃあさ」ヒッ!」

 

 明日香「なんでいつものようにちゃっかり連絡先まで聞いたのかな?」

 

 来人「そ、それはその~…」

 

 明日香「はぁ~…ごめんね君達、来人のことちょっと借りて行くね?」

 

 「は、はい、どうぞ」

 

 明日香「それじゃあ来人、逝こうか?」ガシッ

 

 来人「ちょ、ちょっと待って明日香さん、字が違いませんかね!?おいレン!見てないで助けてくれー!」

 

 来人が明日香に襟をつかまれ引きずられながらも俺に助けを求めてきた。けど、正直言ってこの事に関してはかかわりあいたくないから俺がとるべき行動は一つ

 

 レン「・・・・誰だお前?」

 

 来人「他人の振りすんじゃねー!いやー!」

 

 来人が明日香に廊下まで引きずられていく様子を俺は机に伏しながら見ていた。それよりも来人と明日香が教室から居なくなってしまったからこの教室にいる男子は俺一人という状況だ。改めてもう一度周りを見渡したが俺が知っている顔が誰一人として・・・あれ?3人ほど見覚えのある人物がいた。ひとりは俺のことに気付いているのか他の女子と話しながらもこちらをチラチラと見てきている銀髪の三つ編みにしたおさげの少女の姿があった。彼女の名は若宮 イヴ、日本人とフィンランド人のハーフの帰国子女でおそらくこのクラスで一番の有名人だ。今テレビやイベントなどにも多数出演しているアイドルバンド「Pastel*Paletts」のメンバーでキーボードを担当しており、元モデルである為、現在もモデル業を中心に活動している。

 

 レン「イヴちゃん、クラスここだったんだ…」

 

 もうひとりはオレンジ色のショートヘアーで、こちらも他の女子と楽しそうに話しているが、俺のことに気が付いていないようだった。彼女の名は北沢 はぐみ、この町の商店街にあるお肉屋さん北沢精肉店の娘で、「ハロー、ハッピーワールド」という世界を笑顔にすることを目的としたバンドのメンバーでもあり、ベースを担当している。ボーイッシュな性格をしていて来人と同じくらいの元気人だ。

 

 レン「はぐみもクラス一緒なのかよ…」

 

 そしてもうひとりは一番左端の席に座っていた大人しい雰囲気の黒髪ショートヘアの少女、

 

 レン「あの娘は確かゆりさんの妹の・・・」

 

 俺がそう心の声を漏らしたその時だった。突然横から声をかけられた。

 

 「あれレン君?」

 

 「あっ、レンもクラスここだったんだ」

 

 レン「え?あっ」

 

 声のした方に視線を向けるとそこには見知った二人の少女の顔があった。ひとりはポニーテールにした髪に黄色いリボンを付けた小学校の時からの知り合いで、この町の商店街にあるパン屋、やまぶきベーカリーの長女、山吹 沙綾。もうひとりは特徴的な猫耳のような髪形をしていた先程知り合ったばっかりの少女、戸山 香澄の姿があった。   

 

 レン「戸山さん、それに沙綾」

 

 香澄「香澄でいいよ」

 

 沙綾「あれ?二人ともすでに顔見知り?」

 

 レン「ああ、昇降口のところでな」

 

 香澄「二人とも知り合いだったの?」

 

 沙綾「うん、ちょっとね」 

 

 レン「そっちの二人も知り合いだったのか?」

 

 香澄「うんうん、私達も自分のクラス確認してる時に。ところでレン君の席ってここなの?」

 

 レン「うん、そうだけど」

 

 それがどうしたんだ?あれ?なんか戸山さ・・・香澄が若干うれしそうな顔してる。

 

 香澄「そっか!それじゃあ私と席隣だね!」

 

 香澄が笑顔で言ってきた。まぁさっき会ったばかりとは言えど知らない人よりはましか。なんかちょっと安心した。

 

 レン「そうか、それじゃあこれからよろしくな?」

 

 香澄「うん!」 

 

 沙綾「ところでレン、他の4人は?」

 

 レン「あ~碧斗と利久は隣のクラス。来人と明日香は「あれ?沙綾ちゃん、と隣の子は?」おいでなさった」

 

 3人で話していると教室の入口から声がし、見ると明日香が教室に入ってきた。その後ろについて腹を抑えながら暗い顔をした来人が入ってきた。来人は教室に入って来るや否や俺を思いっきり睨みつけてきた。おいおい、そんなに怖い顔で俺を睨まないでくれ…

 

 沙綾「あっ、2人ともおはよう」

 

 香澄「えーと、この2人は?」

 

 香澄が2人のことを俺に聞いてきた。そうだなとりあえずこの2人のことを紹介しないとな。

 

 レン「ああ、この2人は中学の時からの俺の友達の…」

 

 来人「初めまして!俺は黄島 来人!君の名前は?」ガシッ

 

 さっきまで暗い顔をしていた来人が香澄をみるなりいきなり元の来人に戻り戸山さんの両手を掴んだ。おいおい、いきなり何してんだ。香澄も戸惑ってるじゃないか。そう思ったその時

 

 グイッ

 

 来人「いててててててて」

 

 沙綾が来人の耳を思いっきり引っ張って香澄から来人を引き離した。おお、ナイス沙綾

 

 沙綾「来人、いきなり女の子の手を握ったりするのはやめなさい。香澄が驚いてるでしょ?」

 

 明日香「来人、まだ反省したりないのかな?」

 

 来人「ヒッ、ごめんなさい…」

 

 はぁ~全くこいつはすぐにナンパに走るんだから…まぁそんなことはさておき

 

 レン「ええと、こいつはこれが平常運転だからあんま気にしないでくれ。それでこっちが」

 

 明日香「桃瀬 明日香です」

 

 明日香の名前を聞いて少しピクリと反応した。いったいどうしたんだ?

 

 香澄「偶然!私の妹も明日香って名前なんだ!あっ!私は戸山 香澄、来人君、明日香君よろしくね!」

 

 来人「おう!よろしく!」

 

 明日香「うん、よろしく」

 

 先生「はーい新入生の皆さん、式が始まりますから体育館に移動してください」

 

 3人が自己紹介を終えると調度よく先生が来た。

 

 沙綾「それじゃあ、4人とも行こうか」

 

 香澄「うん!」

 

 レン「ああ」

 

 来人「おう!」

 

 明日香「うん」

 

 

 

   ―――――――――――――――――――—―――――――――

 

 

 

 俺達は体育館に移動して入学式が始まった。式の最中、生徒はそれぞれの席に座り、教頭先生の進行や校長先生や生徒会長からの歓迎の言葉を聞いているだけだから退屈だ。しかし、校長の話はともかく生徒会長の方は一応聞いておかなくては。何せこの学校の現生徒会長、鰐部 七菜さんと俺は知り合いなのだから。でもまあ、ただ座って話きいているだけでいいんだから入学式は楽でいいや。しかし、その考えは予想外な出来事によってぶち壊された。

 

 教頭先生「続いて、新入生代表の言葉。新入生代表、市ヶ谷 有咲」

 

 新入生代表の言葉は確か成績一位の優等生が言うわけだが・・・

 

 教頭先生「あれ?市ヶ谷、市ヶ谷有咲。いないのか?」

  

 なんと新入生代表の言葉を言うべき市ヶ谷さんという人が入学初日から来ていないというハプニングが起こった。周りの人達もざわざわしだした。まあ、来ていないならこういう場合は2番目の人が代わりに言うのだが・・・

 

 教頭先生「え~では改めまして、新入生代表の言葉。新入生代表、赤城 レン」

 

 レン「え?」 

 

 指名されたのは、俺でした…

 

 教頭先生「赤城 レン!」

 

 レン「は、はいっ!」

 

 とりあえず名前を呼ばれたから、返事をして席を立ちステージへと上がる。まずい、なんて言えばいいんだ!?

いきなり代理で新入生代表の言葉を言えなんて唐突すぎる!しかもアドリブという何たるむちゃぶり!ああ、どうしよう!?でもまあ、緊張はしないだろ。大勢の人の前に立つなんて慣れっこだし。なんたって俺は・・・いや、今はそんなことどうでもいいか、とりあえずなんか言わなきゃ。

 

 レン「え~と、私達新入生一同は勉学や部活動に勤しみ、青春を謳歌し、悔いの無い高校生活をこの3年間送っていきたいと思います。どうぞ、よろしくお願いします」

 

 -パチパチパチパチー

 

 体育館に拍手が響いた。まあ、何とかなったみたいだ。とりあえず俺はステージから降りて自分の席へと戻った。

 

 教頭先生「え~以上を持ちまして入学式を終了致します」  

 

 

 

   ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 入学式を終え、教室に戻ってた俺は自分の席に座り机に伏して明日香、来人、香澄、沙綾と話していた。

 

 レン「はぁ~まさか俺があんなことしなきゃなんないなんて…」

 

 来人「フンッ、さっき俺のことを見捨てたから天罰が下ったんだ」 

 

明日香「でもまさか初日から来ない人が出るなんてね~。えーと、市ヶ谷さんだっけ?」

 

 沙綾「うん、あの人も私と同じで中学から此処に通ってるんだ。中学の時も少し有名だった。学校も結構休みがちなのに成績は3年間ずっとトップで」

 

 明日香「へ~、でもまさかその人の代理がレンになるなんてちょと以外だったな~。てっきり碧斗がやると思ってた」

 

 レン「自分でも驚いてるよ、まさか俺が入試の点数一番良かったなんて」

 

 沙綾「レンって意外と勉強できたんだね」

 

 明日香「僕らが通ってた中学じゃ、僕らが毎回1位から5位を独占してたからね」

 

 香澄「レン君達ってすごいんだね!」

 

 香澄がそう言った直後、担任の先生が教室に入ってきた。   

 

 担任「皆さん自分の席に戻ってください」

 

 先生がそう言うとそれぞれ教室にいた生徒は自分の席に戻った。全員が自分の席に戻ったのを見ると先生は自分の自己紹介をして全員に「よろしくお願いします」と一言言った。そして俺達も一人一人自己紹介をすることになった。

 

 担任「それじゃあ、自己紹介をしましょうか。名前の他にも何かPRをしたいことがあればお願いします。まずは牛込さんから」

 

 りみ「は、はい!牛込 りみです。えーと・・・その・・・よ、よろしくお願いします」  

 

 牛込さんはそう言うと軽く会釈をして席に座った。やっぱりすごい緊張してるみたいだ。その後もひとりひとりが自己紹介し、そして俺の番に回ってきた。

 

 レン「入学式でのことで皆さん知っていると思いますが赤城 レンです。好きなことはアニメや特撮を観たり、その主題歌を聞いたりすることです。皆さんどうぞよろしくお願いします」

 

 そして、少し進んで・・・来人の番になった。なんだかこいつの自己紹介は嫌な予感がする… 

 

 来人「黄島 来人です!好きなことはスポーツをすること、そして・・・かわいい女の子と仲良くすることです!」

 

 うん、案の定言いやがったこいつ!自己紹介でいきなり何言ってやがんだ!けどそんなこと言ってっと・・・

 

 来人「だから俺、こんなにもかわいい子だらけのクラスに入れてすごくうれしいです!だから皆さん、よければ俺に連絡先を教えtグエッ!」

 

 やっぱり・・・来人の後ろの席の明日香が後ろから来人の首を登校の時と同様に笑顔で締めあげた。そしてそのまま自分の自己紹介を始めた。

  

 

 明日香「えー皆さん、来人のことはあんまり気にしないでください。この人はこういう病気なんです。僕の名前は桃瀬 明日香っていいます。好きなことは歌を歌うことと読書で、主にラノベ本を愛読しています。あと、ラノベ原作のアニメを観るのも好きです。どうぞよろしくお願いします」

 

 明日香は自己紹介を終えると来人と共に何事もなかったかのように席に着いた。うん、案の定この教室内にいる人全員が引きつった顔をしちゃってる…唯一の例外は俺らのこと知っている沙綾だけは苦笑いを浮かべていた。

 

 担任「さて、それじゃあ次の人お願いします」

 

 先生が何事もなかったかのように自己紹介を再開させた。先生、ほんとすいません・・・

 そして自己紹介は続き、俺の隣に座っている香澄の番になった。香澄は少し何かを考えた表情をした後席を立った。

 

 香澄「皆さんこんにちわ、戸山 香澄、15歳です!」

 

 開口一番に自分の年齢を言った。周りからは少し笑いが起こった。いや、ここにいる全員、先生以外は15歳だよ・・・多分…

 

 香澄「ここに来たのは楽しそうだったからです。中学は地元の学校だったんですけど、妹がここに通てて文化祭に来てみたらみんな楽しそうでキラキラしててここしかないって決めました。だから今すっごくドキドキしてます」

 

 香澄は楽しそうにここへ来た理由を語った。へー、妹さんがここに通ってるんだ。来人の奴が手出してあの時みたいになんなきゃいいけど…

 

 香澄「えーと、私小さい頃に星の鼓動を聞いたことがあってキラキラドキドキってそういうのを見つけたいです。キラキラドキドキしたいです!」

 

 香澄の自己紹介を聞いて教室内が静まり返った。事の張本人はこの状況に首をかしげてしまっている。そんな沈黙の中、一人の生徒が口を開いた。

 

 「星の鼓動って?」

 

 香澄「えーとね、星がキラキラキラ―てしてて」

 

 うん、言ってることはさっぱりわからん。周りからは再びクスクスと笑う声や可愛いといった声が聞こえてきた。でも言いたいことは何となくわかった気がする。

 

 担任「戸山さんありがとうございます」

 

 担任の先生がそう言うと香澄は席に着いた。そしてその後も自己紹介は続き全員が終わると先生からいくつか連絡があった後、その日は終わりとなった。  

 

  香澄「レン君、来人君、明日香君、それじゃあまた明日ね」

 

 沙綾「じゃあ3人とも、また明日」

 

 香澄と沙綾は俺ら3人にそう言うと教室を出ていった。如何やら二人は一緒に帰るらしい。

 

 レン「ああ、また明日」

 

 来人「じゃあなあ」

 

 明日香「うん、じゃあね」

 

 レン「さてと、碧斗と利久も終わっただろうし俺等も帰るか?」

 

 来人「ああ、そうだな」

 

 明日香「うん」

 

 俺の問いに二人がそう返事をしたその時だった。それとほぼ同時に教室の入口に碧斗と利久が顔をのぞかせた。

 

 碧斗「3人とも、こっちも終わったぞ」

 

 利久「僕達も帰りましょう」

 

 噂をすれば、ちょうど二人も来たことだし帰るか。

 

 レン「ああ、わかった」

 

 俺は二人にそう返事を返すと、学校を出て5人で帰路をたどるのだった。

 



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遊びの誘いは唐突に

 碧斗「4人とも、また明日」

 

 来人「おう、じゃあなー」

 

 明日香「それじゃあまた明日」

  

 利久「ええ、また明日」

 

 レン「じゃあな」

 

 一緒に帰っていた俺達はそれぞれの家に帰るため途中で別れ、それぞれの帰路をたどっていった。4人を見送ると俺はカバンからイヤホンを取り出し、自分の耳に着けると携帯を操作して、最近はやりのアニソンをかけ、途中で鼻歌を歌ったりしながら軽快な足取りで自分の帰路をたどった。そうしているといつの間にか自分の家にたどり着いていた。俺の家はその辺にある普通の家よりも結構大きく、大抵の人が羨ましがる程だ。けど俺はこの家をあまり好きではない。家が大きいと掃除が大変だ。そして何より、これだけ広いと・・・独りで居るとかなり寂しさを感じるからだ。

 

 レン「ただいまー」

 

 そう言いながら俺は家の入口の扉を開けた。しかし、帰ってくる声はなくただ暗い家内がシーンと静まり返っていた。まあ・・・

 

 レン「誰もいないなんて分かり切っているんだけどね・・・」

 

 何せ今、この家には俺以外の人はだれも住んでいないのだから。俺には両親の他に三つ年の離れた兄が1人いた。父は大企業の社長をしており、母は有名なファッションブランドのデザイナーをしていた。父は3年前から仕事の都合でヨーロッパの方に単身赴任をしている。しかし、長期休みや記念日の日には必ず休みを取って一時帰国してくるが、基本的にはこの家で俺と母と兄との3人で暮らしていた。しかしある事情で母と兄も父の下へと行ってしまい、俺は独りこの町に残り独り暮らしをしているのが現状だ。

 

 レン「さてと、今日はこの後どうするかな~」

 

 俺が午後からどうするか悩んでいたその時だった。

 

       ーピロンー

 

 携帯から通知音が鳴り、通話アプリを開くとグループトークにメッセージが来ていた。

送り主は利久だった。

 

 利久『今から遊びに行きませんか?』

 

 レン「・・・唐突だなおい…」

 

   ――――――――――――――――――― 

 

 利久から突然の誘いを受けて俺は制服から普段着に着替えて近くのゲームセンターに来ていた。というかつい30分くらい前に「また明日」て言って別れたばっかだぞ。にしても・・・

 

 レン「珍しいな、碧斗と明日香がまだ来てないなんて」

 

 利久「ええ、僕達3人ならともかくあの2人は本当に珍しいですね」

 

 俺ら5人の中でも特にまじめで集合より10分前には必ず来ている二人がまだ来ていないなんて・・・

 

 来人「お!来たぞ・・・ってどうしたんだ明日香?少し疲れた感じになってるけど」  

 

 碧斗と明日香が一緒に来たが何やら明日香の表情が少し疲れている。碧斗は明日香に同情しているような視線を向けているし。いったい何があったんだ?とりあえず聞いてみるか。

 

 レン「2人とも遅かったけど、何かあったのか?」

 

 明日香「いやー・・・ちょっとね…」

 

 碧斗「ここに来る途中に明日香がナンパされた」 

 

 明日香「ちょっと碧斗!」

 

 ああ、成程な。前にも言ったが明日香はこの見た目と声のせいでよく女と間違えられる。前に一回女の子しゃべりをやってもらった事があったが、その姿あはまんま美少女であまりの可愛さに普段は冷静で女っ気のまったく無い碧斗ですら顔を赤らめてしまい、来人にいたっては大量の鼻血を噴き出し気絶してしまうほどだった。つまり明日香はそれくらい可愛くてこいつのことを初めて見た人は大抵誰でも女と間違え、街中を歩くと何も知らない男達からよくナンパされるのだ。だがしかし・・・

 

 レン「今回は碧斗も手伝ったのか?」

 

 明日香「そうなんだよ、碧斗が来てくれて本当に助か「いや、俺が見た時には全員明日香が片付けてた」碧斗!」 

 

 レン「そ、そうか」

 

 しかし、明日香をナンパした奴は全員失敗している。理由は二つ、ひとつは明日香は口がうまくナンパしてきた人達をうまく撒いているから。そしてもうひとつは明日香と来人のやり取りを見ている者なら察しが付くだろう。

中には無理やり明日香を連れて行こうとする連中も多々いる。そう言った連中は全員・・・明日香に粛清されているのだ。どう粛清されるかというともう△△△とかxxxでしか表せない感じだ。俺達5人は腕っぷしにはかなりの自信があり、特に明日香は俺達5人の中でも特にやばい。

 

 利久「そんな事よりも全員揃ったんですから、早く中で遊びましょうよ」 

    

 突然利久が口を開いた。そうだな、ここでこんな話をしていても時間の無駄だしな。俺達は利久の意見に賛成して、ゲームセンターへと入った。中に入ると俺達は色んなゲームで遊んだ。ただ・・・

 

 -エアホッケー- 

 

 

 利久「それ!」

 

 ガコン!

 

 利久「やった!また僕の勝ちですね!」

 

 来人「・・・・・・」

 

 -マ〇カー- 

 

 利久「よっし!また僕がぶっちぎりで1位です!」

 

 碧斗「・・・・」

 

 -格闘ゲ-ム-

 

  YOU WIN!

 

 利久「どうですレン、これが嵌め技の力です!」

 

 レン「・・・・・・」

 

 俺達は色々と対戦型のゲームをやって遊んでいた。しかし・・・

 

 利久「あれ?レン、碧斗、来人、どうしたんです?浮かない顔して」

 

 レ碧来「「「みんなお前が一人勝ちしてるからこうなってんだろうが!」」」

 

 そう、ゲーセンで遊び始めてから20分しかたっていないにもかかわらず俺達3人は利久に完膚なきまでに叩きのめされていた・・・

 

 利久「そうなんですか?僕は一緒に遊べてすごく楽しいですけど」

   

 レ碧来「「「・・・」」」

 

 笑顔でこう言われてしまっては黙る事しかできない。利久がこういう天然な性格なのは俺達もよく分かっているし何よりも利久にゲームに勝とうなんて無理な話だ。あれ?そういえば・・・

  

 レン「明日香は?」

 

 明日香「ねえ利久、これ取ってよ」

 

 声のした方を見ると明日香がUFOキャッチャーのところにいた。利久を呼んだってことは如何やら景品が取れないみたいだ。あいつが今取ろうとしているのは今流行りのキャラクターのぬいぐるみだった。

                

 利久「ええ、まかせてください」

  

 そう言うと利久は難なくぬいぐるみを取ってしまった。相変わらずすごいなおい。俺は利久のゲームの腕に改めて感心しつつ次にどのゲームで遊ぶか中を見渡していた。すると、

 

 ?「フフフっ・・・我が闇のえーとえーと、リンリン次なんて言うんだっけ?」

 

 ?「そこは・・・・・だよ?」

 

 ドラムの演奏ゲームのところで目が留まった。格好つけて何か中二病くさいことを言おうとしていた黒いリボンを付けて薄紫色の髪をツインテールにした少女と、その子に何か耳打ちしながら言っている少し大人しい雰囲気の黒髪ロングの少女の姿があった。そしてこの2人は間違いなく俺達の知り合いだ。

 

 ?「フフフっ・・・我が闇n「あこちゃん、燐子さん」ウェッ!」

 

 ?「キャッ!」

 

 後ろから声をかけたがかなり驚かれてしまった。そこまで驚かれるとさすがに傷つくな~

 

 あこ「え?レ、レン君!?」

 

 この薄紫色の髪をツインテールにしたこの子の名は宇田川 あこ。Roseliaというバンドのメンバーでドラムをやっている中学3年生だ。

 

 燐子「あ、レンさん・・・どうも」

 

 先程あこちゃんにリンリンと呼ばれていたこの黒髪ロングの大人しい雰囲気の人は白金 燐子さん。彼女もRoseliaのメンバーでキーボードを担当している。いったいこんなところでどうしたんだ?

 

 レン「2人とも今日はどうしてここに?」

 

 あこ「レン君の方こそどうしてここに・・・」

 

 レン「いや、ちょっとみんなで遊びに行こうってことになって」

 

 俺がそう言うと燐子さんが反応した。

 

 燐子「あの・・・もしかして、利久君も一緒なんですか?」

 

 レン「え?ええ、そこにいますけど」

 

 俺はそう言うとUFOキャッチャーの方を指さした。すると燐子さんは頬を赤く染めて少しモジモジし始め、利久の方から視線をそらした。本当にどうしたんだいったい?

 

 燐子「あの!そ、それじゃあ私達帰りますから!」

 

 あこ「え?ちょ、ちょっとリンリン!?」

 

 そう言うと燐子さんはあこちゃんの手を掴むと顔を赤くしながらそそくさとゲーセンから出て行ってしまった。

 

 碧斗「今の人って・・・」

 

 来人「あこちゃんと燐子さん?」

 

 利久「何かあったんですか?」

 

 明日香「急に帰っちゃったけど」

 

 ちょうどあこちゃんと燐子さんが出ていくところを目にした4人が俺に聞いてきた。

 

 レン「さあ?俺にもさっぱり・・・そういえば利久がいるか聞いたら顔を赤くしていきなり帰っちゃたんだよ」

 

 利久「え、僕?」

 

 利久、まさかとは思うが・・・

 

 レン「お前、燐子さんに何かしたか?」

 

 利久「いやいやいや!僕は何もしてないですよ!」

 

 レン「本当に?」

 

 利久「本当です!」

 

 ふむ、ここまで言うってことは本当なんだろう。けどそうなるとなんで利久がいるのを知ったとたんに顔を赤くして帰ったんだ?あれ?なんか俺と利久のことを来人と明日香が睨みつけてきた。あれ?なんで俺まで?

 

 明日香「まったく・・・2人とも鈍感」

 

 来人「ほんと、爆発四散すればいいのに…」

 

 いや、ひどくない!?ほんと何なんだよ!?まあ、とりあえずこのことに関しては今考えても仕方ない。とにかく今は遊ぶか。

 

 レン「まあ、とりあえず遊ぼう。時間がもったいないし」

 

 碧斗「それもそうだな」

 

 利久「ですね」

 

 来人「次どうする?」

 

 明日香「そろそろ他のところにもいかない?」

 

 利久「僕は賛成です」

 

 来人「俺も!」

 

 碧斗「いいんじゃないか?」

 

 そのあと俺達はCDショップやカラオケに行き遊んだ。しかし、かなり遊んだためか少し小腹がすいた。

 

 レン「なあ、少し小腹空かないか?」

 

 明日香「確かにちょっと空いたかも」

 

 利久「僕も少し空きました」

 

 来人「俺も少し空いた」

 

 碧斗「確かに、そうだな」

 

 全員一致ということで俺達は小腹を満たすためにある場所へと向かった。そこは、商店街の中にあるやまぶきベーカリーというパン屋だった。俺達は店の中に入るとそこには案の定見知った人物がレジに立っていた。

 

 沙綾「いらっしゃいませ・・・て、なんだレン達か」

 

 レン「悪かったな俺達で」

 

 沙綾「で、何にするの?」

 

 レン「いつもので」

 

 碧斗「俺もいつもの」

 

 来人「俺も!」

 

 利久「僕もいつものやつで」

 

 明日香「僕もいつもの」

 

 沙綾「了解」

 

 沙綾はそう言うと袋にメロンパン、クロワッサン、チーズパン、アンパン、チョココロネを入れて差し出してくれた。

 

 沙綾「丁度1000円ね」 

 

 レン「サンキュウ」

 

 袋を受け取ると俺がメロンパン、碧斗がクロワッサン、来人がチーズパン、利久があんパン、明日香がチョココロネを袋から取り出し口に含んだ。

 

 レン「うん、相変わらず美味い」

 

 碧斗「ああ、そうだな」

 

 来人「俺、ここに婿入りしたい!」

 

 利久「ほんと、最高においしいです」

 

 明日香「もう1個買っちゃおうかな?」

 

 沙綾「フフッお褒めの言葉ありがとうございます。あと来人、そんなこと絶対にさせないから」

 

 来人「そんな~」

 

 俺達は美味しいと口にしながらパンを食べた。そして食べ終えると俺達は店を後にした。

 

 レン「じゃあな沙綾。また明日学校でな」

 

 来人「またな!」

 

 明日香「じゃあ、また明日」

 

 碧斗「また来る」

 

 利久「ごちそうさまでした」

 

 沙綾「ありがとうございました。また明日ね」

 

 さてと、店を出て時計を確認したが時刻は4時半を回っていた。日も傾き始めてきたしそろそろ帰るか。

 

 レン「じゃあ、そろそろ帰るか」

 

 碧斗「そうだな、じゃあ今度こそ本当にじゃあな」 

 

 来人「おう!またな」

 

 利久「ええ、また明日」

 

 明日香「レン、利久、来人、明日遅刻しないでよ。じゃあ、また明日」

 

 俺達はそれぞれの家に帰るためにここで別れることにした。あ、そうだ。利久に聞こうと思ってたことがあるんだった。

 

 レン「あ、そうだ利久」

 

 利久「うん?なんですか?」

 

 レン「どうして今日は急に遊びに行こうなんて言い出したんだ?」

 

 利久「ああ、それはねレンが家で一人で寂しがっているんじゃないかと思って」

 

 レン「そ、そうか・・・ありがとな!」

 

 なんかちょっと馬鹿にされた気がするけどそこは天然な利久だから仕方ない。俺の家の事情っを知っていてそんな風に気を使ってくれたなんて泣かせるじゃねえか…俺はいい友達に巡り合えて幸せ者だな…

 

 利久「まあ、本当は僕がみんなと遊びたかったってだけなんですけどね」

 

 レン「・・・・」

 

 俺の感動を返しやがれこの天然眼鏡

 

 利久「それじゃあ、また明日」

 

 レン「うん、また明日…」

 

 こうして俺達は本日二度目の帰宅をするのだった。  



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会いたくない人とは自然とあってしまうもの

 翌日、俺達5人は昨日と同じように一緒に登校していた。

 

 レン「そういえば昨日聞きそびれたけど碧斗と利久のクラスってどういう感じなんだ?」

 

 俺はふと疑問に思ったこと2人に聞いた。

 

 碧斗「別に、なんてことない普通のクラスだ。ただ一つ上げるとすれば初日から登校していない人がいたってくらいだ」

 

 初日から登校していない人?それってもしかして例の・・・

 

 レン「それって例の市ヶ谷さん?」

 

 碧斗「ああそうだ。その市ヶ谷さんの隣の席が…」

 

 利久「僕なんですよね」

 

 レン「そ、そうなんだ」

 

 隣の席の人が初日から不登校なんて・・・あっ、でも俺の隣の席の人は変わり者だった。なんかちょっと共感した。

 

 碧斗「ところでそっちはどうなんだ?」

 

 こっちのクラスかー・・・えーと…

 

 レン「かなりインパクトある自己紹介をした人が3人いた」

 

 俺がそう言うと明日香と来人ピクリと反応してこちらから目をそらした。

 

 来人「エー、ソンナヒトイタッケカ?」

 

 明日香「ボクタチオボエガナイナー」

 

 おい、当事者の中の2名が何を言うか。二人の反応を見て利久はきょとんとして、碧斗は何か察したのか呆れた目で明日香と来人を見ていた。

 

 レン「ああ、あと知り合いが4人いた」

 

 利久「え、誰ですか?」

 

 レン「沙綾、はぐみ、あとイヴちゃんとりみちゃん」   

 

 碧斗「なんだ沙綾とクラス一緒だったのか」

 

 利久「それにはぐみちゃんとイヴちゃんとりみちゃんもですか」

 

 俺が自分のクラスにいた知り合いのことを話していたそのときだった。突然後ろから元気な2人の女の子の声が聞こえてきた。

 

 「あっ、レン君、碧斗君、リッ君、ライ君、あっ君!」

 

 「5人ともおはよう!」

 

 聞き覚えのある声が聞こえ、俺ら5人は振り向くとそこには俺達と同じ花咲川学園の制服を着た破天荒オーラ丸出しのオレンジのショートヘアーの少女と金髪ロングの少女、クラスメイトの北沢 はぐみとその友人であり、俺の幼馴染でもあり、俺が会いたくなかった人物、弦巻 こころの姿があった。

 

 レン「はぐみ、それにこころ…」

 

 俺はちょっと引きつった顔をしてしまった。理由はこの金髪ロングの少女、弦巻 こころにある。彼女はぐみが所属しているバンド「ハロー、ハッピーワールド!」のボーカルを担当しており、リーダーでもある。結構なお転婆娘ではあるが実は世界的に有名な財閥のご令嬢でかなりでかい豪邸に住んでいて、いつも周りに黒い服を着たSPの様な人がついているのだが・・・いた、さっきから電柱や郵便ポストなんかの陰に隠れてこちらをチラチラと見ている黒いスーツを着て、サングラスを掛けた人が3人見えた。

 

 こころ「そうだわレン!お父様からレンに伝えてって頼まれたことがあるの!」

 

 彼女は次に何を言うのか察した。碧斗達4人もそれぞれ察した表情をしていた。ああ、またか…

 

 こころ「『レン君、何時になったら家のこころとの許嫁の話しを受け入れてくれるんだ?』ですって」

 

 うん、またそれか…こころのお父さんからの伝言を聞いて俺は深いため息を漏らした。実は俺の父親とこころのお父さんは古くからの友人で企業間でもビジネスパートナーとして深い親交があった。それである日の社交パーティー、酔った勢いでこころのお父さんが俺をこころの婿にくれないか?て俺の父親に聞いたら二つ返事でOKしたらしい。いや、ちゃんと本人の合意を得てからにしろよそこは!まあ、そんなこんなで俺はそのことを断り続けているのだが肝心のこころは・・・

 

 こころ「ところでレン、何時もお父様から聞いているけどイイナズケてなあに?どんな漬物なの?」

 

 はぐみ「あっ!それ私も気になる!美味しいの?」

 

 そう、許嫁の意味すら知らないのだ。それはこころの隣にいるはぐみも同様で俺はこのことを利用していつもこの件をはぐらかしている。もしこころが許嫁の意味を知ってしまい、俺と結婚する気満々になってしまったら色々と面倒だからだ。まあ、こころがそんな気になるなんてありえないだろうけどな。

 

 レン「さあ、なんだろう?でもこころ、はぐみ、この言葉の意味は知っちゃいけないって母さんが言ってたから知らない方がいいと思う」 

 

 こころ・はぐみ「「うん(ええ)、わかった(わ)!」」

 

 俺はいつものようにはぐらかすと2人はわかったと言うとじゃあまた学校でと言いながら走り去っていった。

 

 碧斗「臆病者」

 

 利久「今の逃げ方は流石にどうかと思います」

 

 明日香「ほんとヘタレ・・・」

 

 来人「爆発すりゃいいのに・・・」

 

 いきなり4人が罵倒してきた。ひどくね!?

 

 レン「と、とりあえず早く行かないと遅刻するぞ!」

 

 俺がそう言うと4人はやる気のない返事をして俺達は学校へと向かった。

 

   

 

 

 

      ―――――――――――――――――――――—―――――――――

 

 

 

 

 

 レン「はぁーなんかもう疲れた」

 

 さっきのこともあって俺は校門に着くなりそう呟いた。すると後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。

 

 沙綾「5人ともおはよう。レンどうしたの?疲れた顔してるけど」

 

 碧斗「安心しろ沙綾。よくあることだ」

 

 沙綾「そうなの?ならいいや」

 

 おいちょっと沙綾さん冷たすぎやしませんか?

 

 香澄「レン君!来人君!明日香君!沙綾!おはよう!あれ、そっちの2人は?」

 

 おっと、今度は香澄がいた。あ、そういえば香澄には紹介してなかったな。

 

 レン「香澄おはよう。この2人は俺の中学の時からの友達の・・・」

 

 碧斗「海原 碧斗だ」

 

 利久「石美登 利久っていいます。どうぞよろしく。えーと…」

 

 香澄「戸山 香澄、よろしくね?碧斗君!利久君!」

 

 碧斗「ああ、よろしく」

 

 利久「ええ、よろしく」

 

 香澄と碧斗と利久は互いに自己紹介をした。そしてその後俺達は教室へと向かい碧斗と利久の二人と別れた。

 そして俺は高校生活最初の授業をしっかりと受け何事もなく高校生活2日目を過ごしていた。

 

    -放課後-

 

 放課後になり1年生はそのまま帰る人、部活動見学に行くもので別れていた。沙綾は家の手伝いがあるため数ぐに帰ってしまい、来人は当然のことながら運動部を見て回るらしく、他の3人も色々見て回るらしい。俺は部活に入る気はないがどうしようか…

 

 香澄「レン君は部活どこか入るの?」

 

 俺が今日この後どうするか悩んでいると不意に香澄に声を掛けられた。 

 

 レン「いや、俺は部活はやらないつもりだけど…香澄は?」

 

 香澄「私は色々見てまわってみる。何かキラキラドキドキできることが見つかるかもしれないし」  

 

 レン「そうか、見つかるといいな」

 

 香澄「うん!それじゃあレン君また明日!」

 

 彼女はそう言うとそのまま教室から出て行ってしまった。よし、俺もちょっと見てくるかな。1人で帰るのもなんだし、この学校のどこに何があるのかまだよく分からないから学校の中見て回るついでに行くかな。

 

 レン「それじゃあ、行くか」

 

 そして部活見学のために俺はまず将棋部を訪れたがなんか一つの机を囲って人だかりができていてさらにはその人だかりから「あの1年生部長相手にすごい」なんて声が聞こえてきたんだが、まさか・・・ 

 

 利久「王手です」 

 

 「ま、まいりました」   

 

 「すごい、部長にまで勝っちゃうなんて!」

 

 うん、やっぱりあのゲーマー(利久)がいた。利久が勝った瞬間、周りから歓声と拍手が巻き起こった。   

 

 「ねえ君、将棋部に入らない?」

 

 利久「う~ん、誘ってくれるのはうれしいですけど・・・ごめんなさい。僕は他に夢中になっていることがあるので。それじゃあ、お邪魔しました」

 

 利久はそう言うと椅子から立って部長さんに一礼した。まさか部長直々のお誘いをけるなんてな…

 

 レン「利久、お前何やってんだ?」

 

 利久「あっ、レン。レンも見学ですか?」

 

 レン「まあな・・・ところで利久、お前何で部長直々のお誘いを断ったんだ?」

 

 利久「だって、将棋よりもアッチの方が楽しいですから。それに部活に入ったらアッチの時間も少なくなりますからね」

 

 レン「そうか・・・ありがとな…」ボソッ

 

 利久「え?ええ、どう致しまして」

 

 レン「いや、今のが聴こえるとか相変わらず地獄耳だな」

 

 利久「それほどでも」

 

 レン「いや、誉めてねえよ」

 

 利久「そうですか。あっ!そうだレン!一緒に見て回りませんか?一人より二人で見て回った方が楽しいですし」

 

 レン「ああ、そうだな」

 

 俺は利久の誘いを受けて、利久と部活を見て回ることにした。そして次に俺と利久は弓道部の見学に来たが・・・

 

 レン「利久、なんで弓道?お前って運動とかってあんましない方なのに」

 

 利久「ああ大した理由じゃないですよ。ちょっと弓道がシューティンゲームに似てたから」

 

レン「いやどこがだよ」

 

 でもまあ、なんかこいつらしい理由だな。そう思っていると不意に後ろから声を掛けられた。

 

 「あら、見学に来た一年生ですか?失礼、そこを通りたいので避けていただけますか?」

 

とても丁寧な言葉づかいで若干冷ややかな声だった。この声、聞き覚えが・・・恐る恐る俺が振り返るとそこには浅葱色の髪を背中まで伸ばした俺の苦手な女の人が立っていた。

 

 「あら石美登さん。それにレンさん…」   

  

 この人の名は氷川 紗夜。昨日ゲームセンターで会ったあこちゃんと燐子さんと同じ「Roselia」のメンバーであり、ギターを担当している。実はある事が理由で俺達、と言っても俺と来人はこの人に・・・嫌われている…

 

 レン「ど、どうも紗夜さん…」

 

 利久「紗夜さん、こんにちわ」

 

 紗夜「今日はお2人だけですか?」

 

 レン「は、はい、それじゃあお邪魔しましたー」 

 

 利久「え?さっき来たばっかりなのに?もう少し見ていきましょうよ」

 

 いやいやいや、俺のことを嫌っている人が目の前にいるんだぞ!そんな人の近くに好き好んでいる奴はいねえだろ!とにかくここから早く立ち去りたい! 

 

 レン「いいから!他のところに行こう!」

 

 利久「ええ~、まあ・・・仕方ありません…それじゃあ紗夜さんお邪魔しました」

 

 利久は律儀に紗夜さんに一礼した。いいから早く行くぞ!

 

 紗夜「待ちなさい!」

 

 この場を即立ち去ろうとしたら突然紗夜さんに呼び止められた。もう何ですか!? 

 

 レン「・・・何ですか?」

 

 紗夜「レンさん、黄島さんに伝えてほしいことがあるのですが」

 

 レン「ああ、はい…」

 

 紗夜「もしあの時のような学校の風紀を乱すような行いをした場合、風紀委員として厳重に罰すると伝えておいていただけますか?」

 

 レン「はい、承知しました」

 

 うん、たぶん恐らくだけど私念も少し混じってるなこれは…

 

 紗夜「あ、それとレンさん。今の言葉はあなたに対しても言ったつもりですからよく覚えておいてくださいね?」

 

 レン「・・・はい」

 

 いや、俺はそんなこと一切致しませんから。そもそもあの時だって悪いのは俺じゃなくて来人ですから!ほんといいとばっちりですよ!とりあえず紗夜さんとのやり取りのせいで精神的に疲れた俺は利久には申し訳ないが今日は帰ることにした。もうなんか、今日は会いたくない人と会っちゃう呪いにでも掛けられてるのか? 



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偶然会っては振り回される

 高校生活が始まって数日がったある日の昼休み、俺達5人は屋上で昼食をとっていたのだが・・・

 

 利久「はい、チェックメイトです」

 

 来人「くっそ~!また負けた~!」

 

 お昼を食べながら利久と来人はチェスをやっていた。結果は・・・言うまででもないだろう…

 

 碧斗「これでチェス73連敗、将棋57連敗、囲碁32連敗、オセロ111連敗、麻雀21連敗だな。また連敗記録更新だな」

 

 明日香「来人も懲りないね、そもそもゲームで利久に勝とうなんて無理な話なのに」

 

 利久「でも、腕は上がってきましたよ。もっと腕を上げれば本気の僕ともまともにやりあえるかもしれませんよ」

 

 レ碧来「「「まだ本気じゃなかったのか・・・」」」

 

 こいつの性格からして褒めているんだろうけど嫌味にしか聞こえねえ…

 

 利久「そういえば4人はどこか部活に入るんですか?色々見て回ってたみたいですけど」

 

 そういえば俺は学校の中をただ見て回りたかったからそのついでで部活見学に行ってたけどこいつらはどうなんだ?

 

 明日香「僕は入らないよ?」

 

 碧斗「俺もどこにも入るつもりはない」

 

 来人「俺も、別に部活やりたくて見学行ってたわけじゃないし」

 

 レン「え?なんだ3人もか?」

 

 碧斗「ああ、俺はただ単にこの学校のどこに何があるか知りたかっただけだしな」

 

 明日香「うん、僕も同じく」

 

 来人「俺も大体そんな感じだ」

 

 なんだ、考えていることは全員同じだったてことか。

 

 利久「それじゃあ皆放課後はどうするの?」

 

 レン「放課後かー、どうするかな・・・」

 

 俺がこれからの放課後をどう過ごそうか試行していたその時だった。不意に碧斗が口を開いた。

 

 碧斗「そういえばレン、ここ最近俺達やってないけどいいのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――"バンドの練習"――――――    」

 

 

 碧斗の言葉に他の3人も反応した。今はその話題出さないでほしかったな・・・実は俺達5人はバンドをやっている。俺達のバンドは周りからかなり変わり者呼ばわりされていて、理由は色々あるが一番はパートにある。パートは碧斗がドラム、利久がキーボード、明日香がベース、俺がギター、そして来人はサックスをやっている。管楽器がいるバンドは確かに珍しいが、それだけじゃない。バンドには楽器と欠かせない存在があと1つある。そう、ボーカルだ。俺達のバンドのボーカルは俺と明日香の二人でやっている。別にボーカルが2人いるバンドなんてちょっと珍しいくらいにしか思われないかもしれないが俺達のバンドは曲によって歌い手が変わるのだ。俺が歌う時もあれば、明日香が歌う時もあり、2人でデュエットすることもある。俺達のバンドがなぜこのようになっているかというと色々と理由はあるが兎に角この異色さから俺達のバンドはかなり目立った存在だった。

 

 利久「確かに、部活の見学に行ったりであんまりやりませんでしたしね」

 

 明日香「そうだね、僕も久しぶりに演奏したいし」

 

 来人「少しやってなかったからだいぶ鈍っちまってるかもしれないしな」

 

 3人が練習をやろうと言ってきたがどうしようか・・・

 

 碧斗「でもまあ、お前がやるって言うならやるし、やらないって言うならやらない。

俺達はお前に合わせるよ。なんたってこのバンドの・・・「Brave(ブレイブ) Binae(ビーネ)」のリーダーはお前なんだからな」

 

 レン「碧斗・・・」

 

 碧斗の奴、口ではああ言ってるけどきっと練習したいんだろうな。確かにさっきの3人の言う通り俺達はここ最近練習できてなかったし、そして何よりも腕が落ちてたら怒る人がいるからなぁ…

 

 レン「よし分かった。明日の放課後やるか」

 

 碧斗「そうか分かった。あっ、そういえば放課後といえば今日グリグリのライブがあるらしいぞ。俺は行かないが4人は見に行くのか?」

 

 「Glitter*Green」、グリグリの愛称で呼ばれているこの学校の先輩4人がやっているガールズバンドで生徒会長の鰐部 七菜さん、そして俺と明日香と来人のクラスメイトの牛込 りみの姉、牛込 ゆりさんもこのバンドのメンバーだ。

 

 明日香「僕は行こうかな?」

 

 利久「僕も行こうと思います」

 

 来人「う~ん・・・悪いけど俺はパスで」

 

 グリグリのライブか・・・という事はあそこでやるのか。行きたいのは山々なんだが場所がねぇ…

 

 碧斗「レンはどうする?」

 

 レン「俺もパスで…」

 

 悪いけどあそこに行ったら絶対あの人に出くわすから・・・

 

 碧斗「そうか、あっ、そろそろ昼休み終わる時間だな。教室に戻るぞ」

 

 碧斗のその一言を聞き俺達は教室へと急いで戻り屋上を後にした。

 

  -放課後-

 

 4人と別れて俺は今日も独り家路についていた。 

 

 レン「はぁ~俺もグリグリのライブ見に行きたかったんだけどなぁ~・・・あれ?」

 

 俺はそうぼやいでいると目の前に電柱の前でかがんでいる見覚えのある少女の後姿があった。花咲川学園の制服に、特徴的な猫耳のような髪形、もしかして…

 

 レン「おーい、香澄」

 

 俺が名前を呼ぶとその少女、戸山 香澄は振り返った。

 

 香澄「あっ!レン君」

 

 レン「今帰りか?」

 

 香澄「うん!レン君も?」

 

 レン「ああ、ところでこんな所でどうしたんだ?」

 

 香澄「そうだレン君、これ見て!」

 

 そう言いながら香澄が手に持ったものを見せてきた。香澄の手には夕陽に照らされて光る星のシールがあった。

 

 レン「星のシール?」

 

 香澄「うん、ここに落ちてたの。あっ!見てそこにも張ってある!あっ!あっちにも!」  

 

 香澄はそう言いながらガードレールと隣の電柱を指さした。本当だ、それになんか続いてるみたいだ。なんでこんなに貼ってあるんだ?

     

 香澄「ねえレン君、行ってみよう!」

 

 レン「え?ちょ、香澄!?」

 

 俺は香澄に腕を掴まれるとそのまま彼女に引っ張られてしまった。香澄って、なんかちょっとこころみたいだな・・・そう思いながら俺は香澄に連れられて星のシールの後をたどった。そして少し走ったところで香澄の足が止まった。

 

 レン「うおっ!ちょっとどうしたんだ急に止まって?」

 

 見るとそこには「流星堂」と書かれた看板が掛けられたお店の前だった。

 

 香澄「ここって…」

 

 レン「質屋か」

 

 看板にも質って大きく書かれていたし、店の外から見えるガラスケースの中にもアンティークな品が入っていたから恐らくそうだろう。

 

 香澄「流星堂・・・あっ!」

 

 香澄は声を上げると店の横にあった塀に挟まれた細い道へと進んでいった。塀の壁には無数の星のシールが貼られており、進んだ先には蔵があった。

 

 レン「ちょっ、香澄。そっちに行っちゃ駄目だって!」

 

 香澄「大丈夫だよ!それに何があるかレン君気にならない?」 

 

 レン「うっ、確かに気にはなるけど・・・っておい!何勝手に開けてるんだ!?」

 

 香澄は俺の注意も聞かずに勝手に蔵の戸を開けてしまった。おい、マジで何やってんだ!?

 

 香澄「すみませーん」

 

 戸を開けた香澄は中をキョロキョロと見渡しながら誰かいないか呼びかけたがかえってくる声はなく、俺も中を覗いてみたが中は埃をかぶった色んなものが置かれていた。 

 

 レン「物置みたいだな」

 

 香澄「うん、あっ!」

 

 レン「うん、どうした?」

 

 香澄「あれ・・・」

 

 香澄が声を上げて中を指さした。見るとそこには赤い大きな星のシールが貼られたギターケースがあった。

 

 レン「ギターケース?」

 

 俺がそう呟いたその時だった

 

 ?「両手を上げろ!」

 

 香澄「ひゃっ!」

 

 レン「うぉっ!」

 

 突然の声に驚き俺と香澄は裏返った声を上げながら言われた通りに両手を上げた。振り返るとそこには鋏を持ったツインテールの金髪の少女がいた。

 

 ?「簡単に見つかるとはとんだ素人だな!初犯!?」

 

 え?香澄はともかく俺見ず知らずの人に犯罪者ってみなされてるの!?

 

 香澄「すみません!これ見つけて「両手!」はいっ!」

 

 香澄は謝罪しながら拾ったシールを見せようとしたら金髪の少女に威圧され裏返った返事をして両手をぴんと伸ばした。

 

 ?「名前!」

 

 香澄「戸山 香澄、15歳です!」

 

 ?「ほら!そっちの共犯者も!」

 

 え?共犯者?どこどこ?どこにいるの?辺りを見渡してみたがそれらしき人は見当たらないけど…

 

 ?「お前のことだよ赤髪!」

 

 ですよね~・・・はぁ~こんなことならあの人に会うの我慢して利久と明日香と一緒にグリグリのライブに行けばよかった~… 

 

 ?「ほら名前!」

 

 レン「ヒっ!赤城 レン、同じく15歳です!」

 

 ?「それ本名?偽名使ってんなら・・・止めるよ」

 

 そう言いながら少女は鋏を見せつけてきた。え?止めるって何?息の根を!?いやいやいや!それだけで!?こえーよ!そう思ったその直後、香澄が口を開いた。

 

 香澄「お泊り?」

 

 レン「いや、なんでs「違う!あんたら2人を捕まえるって言ってんの!」

 

 俺が香澄に突っ込みを入れようとしたら金髪の少女に先を越された。おお、見事な突込み。

 

 香澄「え!?ドロボーじゃないです!」

 

 香澄がそういったその刹那、金髪の少女が俺達を見て「あっ!」と声を上げた。え、なに?

 

 ?「花咲川・・・うちの生徒か…」

 

 香澄「同じ学校!?何年生!?私高1!」

 

 ?「違うから~!」

 

 レン「いや、今完全にうちの生徒って言ったよな」

 

 ?「!・・・・もう出ってって!質屋はあっち!こっちは全部ごみ!」

 

 香澄「ごみ?あれも?」

 

 そう言いながら香澄はさっきのギターケースを指さした。 

 

 ?「はぁ?」

 

 香澄「あの星の」

 

 ?「質流れのギターかなんかでしょ」

 

 香澄「見てもいい?」

 

 ?「はぁ?」

 

 レン「おいこら香澄この状況で聞くことか?」

 

 香澄「だって気になるんだもん。ねえ、触っていい?」

 

 ?「お前なぁ~・・・」

 

 香澄「ちょっとだけ!ちょっだけ~!」

 

 香澄はそう言いながら金髪の少女の服を掴みんでゆすり、駄々をこねだした。

 

 ?「ちょと!やめろ!はなせって!服が伸びる~!おいそこのお前!こいつ引きはがせ!」

 

 結局金髪の少女は俺に助けを求めてきた。けど・・・

 

 レン「ごめんなさい、この子は俺では手に負えません」

 

 駄々っ子鎮めるなんて面倒だもの

 

 ?「はぁ!?ちょっとお前ふざけんな!」

 

 香澄「ねえちょっとだけでいいから見せて~!」

 

 ?「ああ~もう分かったから離れろ~!」

 

 香澄の押しに負けて少女は諦めて俺達にギターを見せてくれた。

   

 ?「はぁ~、触ったら出っててよ…」

 

 香澄「うん」

 

 香澄はうなずくとギターケースを開けた。すると中には星の形をした赤いギターが入っていて、香澄はそれを目を輝かせながら手に取った。このギターって確か・・・

 

 香澄「星のギター」

 

 レン「ランダムスター…」

 

 香澄「レン君知ってるの?」

 

 レン「うん、ちょっとな」

 

 香澄「へ~ランダムスターって言うんだ」

 

 そう言うと香澄は手に取ったギターの弦を一本弾いた。すると小さい音が響いた。

 

 香澄「うわぁ鳴った!すごい!鳴ったよ!聞こえた!?」

 

 香澄ははしゃぎ、目を輝かせながらさらにギターを弾いた。そういえば、俺も初めてギターを持った時、こんな感じではしゃいでたな~・・・なんか懐かしい…

 

 ?「ハイ終わりー」

 

 香澄「え?待って、もうちょっと」

 

 ?「終わりっつったろー!」

  

 香澄「もうちょっと!もうちょっと!」

 

 少女にギターを弾くのをやめさせられた香澄がまた駄々をこねだした。さすがにこれは止めた方がいいかな?

 

 レン「ほら香澄、もういいだろ。これ以上この人に迷惑かけるな」

 

 香澄「でも、もうちょっと弾きたいー!」

 

 ?「そんなに弾きたきゃ楽器屋さんとかライブハウスに行けよ!」

 

 香澄「え?ライブハウス?どこにあるの!?」

 

  ?「知らねーよ!」

 

 香澄「わかった!探してくる!」

 

 そう言うと香澄はランダムスターを抱えたまま蔵を飛び出て行った。その姿を見て俺と金髪の少女は呆気にとられてしまった。

 

 ?「あいつ、何なんだよ…」

 

 レン「何かすまん・・・俺のクラスメイトが…」

 

 ?「別にお前が謝る事じゃねえだろ?」

 

 レン「うん、そうだな…ところでさあ」

 

 ?「なに?」

 

 レン「香澄のこと、追いかけなくていいのか?あいつ、ギター持って行ったぞ」

 

 ?「え?あっ!ドロボー!」

 

 レン「それじゃあ、後は任せた」

 

 俺はクールに去るぜ…-ガシッ-え?なに、不意に腕を掴まれたけど・・・まさか!

 

 レン「あのーすみません、なんで俺の腕を掴んでいるんですかね?」 

 

 ?「お前ひとりだけ逃がすわけねえだろ共犯者さん。とっとと追いかけるぞ!」

 

 レン「ちょっと何で!?俺はただ巻き込まれただけなのに!?」

 

 ?「警察に通報するぞ?」

 

 レン「喜んでお供させていただきます。え~と…」

 

 ?「有咲」

 

 レン「え?」

 

 有咲「アタシの名前だよ」

 

 レン「そ、そうか」

 

 そして俺は有咲と一緒に香澄のことを追いかけることとなった。しかし、蔵を出て道に出るとそこには・・・立ち往生している香澄の姿があった。

 

 ?「あいつ何やってんだ?」

 

 レン「さあ?うん?まさか・・・」

 

 俺は辺りをキョロキョロしている香澄に声をかけた。

 

 レン「香澄」

 

 香澄「あっ、レン君!」

 

 レン「お前・・・ライブハウスの場所分からずに飛び出したな?」

 

 香澄「え?どうしてわかったの!?」

 

 やっぱりかコンチキショー

 

          

          ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 そして俺と香澄と有咲はライブハウスを目指して歩いていた。そして香澄の腕には今もランダムスターが大事そうに抱えられていた。そして俺と香澄は有咲がネットで検索してくれた近くのライブハウスへと向かっているのだが・・・この辺のから一番近い場所でこの道、まさかとは思うがあそこじゃあないよな…

 

 有咲「あ、あった」

 

 如何やらついたようだが・・・やっぱりここだったか…俺等3人の目の前には俺が一番行きたくなかった場所、ライブハウス「SPACE」があった。

 

 レン「よし俺はこれで失礼s「あそこ?やったー!」うわちょっと香澄!」

 

 俺と有咲は手を引かれて今日のライブを見に来た人達の列に並ばされてしまった。抜け出そうにも香澄が俺と有咲の裾をつかんで離さないし、そして何より有咲がさっきから自分だけ逃げるなと言いたげな視線を送ってくる。マジで怖い…とにかく逃げられないとなったら仕方ない。どうかあの人とだけは出くわしませんように!そう祈っていたら・・・

 

 スタッフ「次の方どうぞ」

 

 列は順調に進み気が付いたら俺達の番になっていた。

 

 香澄「あの、ギター弾きたいんですけど」

 

 香澄はスタッフの人にそう言ったがスタッフの人は苦笑いしてしまった。

 

 有咲「ほら、やっぱりむりなんだって!」 

 

 レン「ああ、有咲の言う通りだぞ香澄。ここのステージに上がれ「ここのステージに上がれるのはオーディションに合格した奴らだけだ」ゲッ…」

 

 俺がこの場所のことを香澄に説明しようとしたら突然高齢の女性の声が聞こえてきた。

この声の主はすぐに分かった。俺が1番会いたくなかった人物がそこに立っていた。

紫色のメッシュが入った白髪頭に杖を突いて歩く高齢の女性、ここ「SPACE」のオーナー都築 詩船さんの姿があった。

 

 オーナー「あんた達、ライブハウスは初めてかい?」

 

 香澄「は、はい!初めてです!」

 

 オーナー「ライブ、見ていくかい?」

 

 香澄「良いんですか?」

 

 有咲「やばいって、頭振ったりとかするんだって」

 

 オーナー「見てもいないうちから決めつけるんじゃないよ」

 

 有咲「じゃあ、確かめてやる!チケット代いくら!?」 

 

 オーナー「高校生かい?」

 

 有咲「違います~」

 

 レン「おい、あんま見栄貼るもんじゃないぞ。素直に高校生って言っておけ」

 

 オーナー「1200円」 

 

 香澄「あの、高校生駄目ですか?」

 

 オーナー「600円」

 

 有咲「ええ!?」

 

 いわんこっちゃない、結局有咲は素直に高校生だと言って600円を払って会場の中へと入っていった。俺も行かないって言ってたけどせっかく来たんだからグリグリのライブ見て行くかな。そう思って俺も香澄と有咲に続いて会場に入ろうとした。しかしその瞬間

 

   -グイッ-

   

 レン「グエッ!」

 

 いきなり襟を掴まれた。掴んでいる人物はすぐに分かった。

 

 レン「あの~放してくれませんか?でないと俺、ライブ見に行けないんですよね・・・オーナー…」

 

 オーナー「そうかい、それならまずはいつも道理の呼び方で呼びな。今はアタシ等以外誰もいないんだ」

 

 レン「・・・はぁ~、わかりましたよ・・・

 

 

       

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

              -師匠-…」    

 



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師匠には敵わない

 このライブハウスSPACEはガールズバンドの聖地と呼ばれている。このライブハウスのオーナー、都築 詩船さんは全国ツアーもやっていた人気バンドの元メンバーであったがバンドを引退後、「ライブハウスは怖い」というイメージを無くすために立ち上げた。そしてこの人は俺達Brave Binaeの師匠でもある。バンドを始めようとしたとき俺達5人、特に碧斗、利久、来人の3人はバントのことを知らないバンド初心者だった。俺と明日香はある理由である程度のことは知ってはいたがバンドを組むのは初めてだった。しかし、ある伝手でSPACEのオーナーに出会い、楽器の弾き方等のバンドのイロハを教わり今現在も活動することができている。そして・・・ 

 

 レン「えーと・・・それで師匠、何か御用でしょうか?」

 

 今現在、そのオーナーは俺の制服の襟をつかんできている。さっき香澄たちと話していた時と表情は変わってはいないが少し不機嫌なのがオーナーの手を通して伝わってくる。俺は恐る恐るオーナーに俺を引き留めている理由を聞いてみた。ぶっちゃけ早く放してほしい。早く会場に入らないとライブ始まっちゃうですけど…

 

 オーナー「じゃあ聞かせてもらうけど・・・なんでここ2ヶ月顔も見せに来なかったんだい?」

 

 レン「・・・え?」

 

 オーナー「言ったはずだよ、1ヶ月に2回はここに来て演奏を見せに来るようにって」

 

 うっ、確かに練習さぼってないか確認するためだとかでそう言われてたけど・・・たったそれだけのことを聞くためだけに引き留められたの?

 

 レン「いや-、それには少し事情がありまして…」

 

 オーナー「まさか練習をずっとさぼってたなんて言うんじゃないだろうね?」

 

 レン「そ、そんなことある訳ないじゃないですかー」

 

 図星だった・・・けど、ここはごまかさないと後々面倒なことになる。それにこっちだって色々とあったんですから…

 

 オーナー「ふーん・・・まあいいさ。とりあえずここに来なかった罰は後で言い渡すとして今日はライブ見に来たんだろ?とっとと行きな」

 

 レン「・・・はい、失礼します」

  

 師匠に言われて俺はとりあえず会場に入った。いや、あんたが引き留めたんでしょうが!声に出して言いたかったが言うと面倒くさいことになりそうだから黙っておくことにした。というか罰があるのかよ…まあいいか、兎に角今はライブを楽しむとしますか。

 

 香澄「あっ!レン君遅いよー!何所に行ってたの!?」

 

 レン「ごめん、ちょっとトイレに行ってた」

 

 香澄「もう!ライブ始まっちゃうところだったんだよ!」

 

 会場に入ると入口の近くにいた香澄が問い詰めてきた。隣にいた有咲はさっきから携帯で何かを調べているようだった。

 

 レン「だからごめんって。ところで有咲、さっきから何調べてるんだ?」

 

 有咲「えっ?ああ、ちょっとここのこと調べてた。ええと何々、ガールズバンドの聖地?今日ライブするバンドも知らない名前ばっか」

 

 レン「そりゃあそうだろ、メジャーデビューしてる超有名バンドが学生バンド用のライブハウスに来てライブすると思うか?ましてやお前はライブハウス初めてなんだろ?」

 

 有咲「まっ、それもそうだな」

 

 有咲がそう言うとステージの照明以外の明かりが消えてステージの脇から黄緑色のステージ衣装に身を包んだ俺達の先輩バンド、Glitter⋆Greenの4人が出てきた。その瞬間、会場にいた観客の人達から歓声が上がり、グリグリの4人はそれぞれの楽器を手にすると白いギターを手にしたボーカルの牛込 ゆりさんがマイクを使って会場に呼び掛けた。

 

 ゆり「SPACE!遊ぶ準備はできてますか!」

 

 ゆりさんの呼びかけが会場内に響くとそれに応えて観客の人達も手を突き上げたり、ペンライトを振ったりしながら再び歓声を上げた。  

 

 ゆり「OK!いくよ~!」

  

 その掛け声とともにグリグリの曲「Don'tbe afraid!」の演奏が始まった。その演奏している姿を見て隣にいた香澄も目をキラキラと輝かせながら歓喜の声を上げていた。

 

 香澄「すごい!すごいね!」

 

 レン「ああ、そうだな」  

 

 うん、その通りだな。やっぱりいつ見てもこの4人の演奏はすごい。俺達も負けてられないな・・・ふとそう思ったその瞬間、いきなり手を掴まれた。またかよ!今日なんか俺掴まれすぎじゃね!?しかもそのたびに色々と面倒な目に合ってるし!今度は何だよ!?俺は隣に視線を向けると香澄が俺と有咲の手を掴んでさっきと同じキラキラと目を輝かせながら見てきていた。

 

 香澄「ねえ2人とも、バンドやろう!」

 

 有レ「「はぁ?」」 

 

 香澄のこの一言に俺と有咲の声がはもった。急に何言い出してんの?

 

 有咲「何でアタシがそんなことしなくちゃなんねえんだよ」

 

 香澄「あっ!ちょっと待って!」

 

 そう言うと有咲は後ろを向いてこの会場から出て行こうとした。しかし・・・

 

 ?「きゃっ!」

 

 有咲「あっ、すいません」

 

 前を見ていなかったせいか有咲はすぐ後ろにいた人に気付かずぶつかってしまった。

 

 レン「おい有咲何やってんだよ。大丈夫ですか・・・って」

 

 俺はぶつかった人を見るとそこにいたのはグリグリのボーカルのゆりさんの妹で俺と香澄のクラスメイトの牛込 りみだった。 

 

 レン「あれ、りみちゃん」

 

 りみ「えっ?あっ、レン君。それに市ヶ谷・・・さん?」

 

 香澄「え?市ヶ谷?」

 

 有咲「っ!・・・返して!」

 

 香澄「あっ!まって、市ヶ谷さん!」

 

 有咲は香澄を睨みつけると香澄の腕からランダムスターを取り上げてSPACEから出て行き香澄も後を追って会場から出た。

 

 スタッフ「あれ、帰るの?」

 

 会場を出て受付にいたスタッフの人に聞かれると香澄は振り返り、先程と変わらないキラキラした目をして答えた。

 

 香澄「また来ます!絶対ここでライブします!」

 

 そう言うと香澄は有咲を追ってSPACEを後にした。その様子を会場の出入り口の前で俺とりみちゃんはただ茫然と見ていた。しかし、そんなことよりも俺には気になることがあった。今確かりみちゃんが有咲のことを市ヶ谷さんって呼んでたよな?まさかとは思うが・・・ちょっとりみちゃんに聞いてみるか。

 

 レン「ねえりみちゃん、今有咲のこと市ヶ谷さんって呼んでたけど知ってるの?」 

 

 りみ「え?う、うん、ほら、入学式のときに学校に来てなかった人いたでしょ?あの人だよ」

 

 レン「てことはあの市ヶ谷 有咲!?」

 

 りみ「う・・うん、そうだけど…」

 

 マジかよ、そうと分かってたなら入学式のときの文句、言っておくべきだったな・・・今度言いに行こう…俺がそう決意したその時、後ろから声がきこえてきた。後ろには花咲川学園の男子の制服を着た俺のよく知る2人の人物、明日香と利久がいた。

 

 明日香「りみちゃん、そんなところでどうしt・・・あれ?レン!来てたの!?」

 

 利久「えっ?あっ!レン、どうしてここに!?来ないって言ってたのに!?」

 

 りみ「あっ、明日香君、利久君」

 

 レン「明日香、利久、ちょっと色々あってな」

 

 明日香「そうなんだ、まあ、何があったかは聞かないでおくよ・・・それよりもレン、僕と利久はそろそろ帰るけどレンはどうする?」

 

 りみ「えっ、明日香君もう帰っちゃうの?」

 

 明日香と利久の早すぎる帰宅宣言を聞いてりみちゃんがいきなり驚きの声を上げた。ちょっとびっくりした。

 

 明日香「うん、僕たちはあくまでグリグリのライブを見たかっただけだから目的は果たせたからいいかなって」

 

 レン「そうか、じゃあ俺も帰る。それじゃありみちゃんまた明日」

 

 利久「りみちゃん、また明日」

 

 明日香「また明日学校で」 

    

 りみ「う、うん・・・また明日…」

 

 明日香がもう帰ると聞くとりみちゃんは目を潤わせてとても残念そうな表情をしていた。なんでそんなに残念がるんだ?そう思いながら俺達3人はSPACEを後にしようとした。けどなんか忘れているような…

 

 レン「じゃあk「帰らせると思っていたのかい?」あっ…」

 

 利久「えっ?」

 

 明日香「あっ…」

 

 受付の方から声がして俺達3人はそっちを見た。そこには受付の椅子に座った師匠の姿があり、先程までいたスタッフの女の人はいなくなっていた。そうだ思い出した・・・師匠に罰を言い渡されるんだった…

 

 オーナー「なんだ、石美登と明日香も来てたのかい。丁度よかった、2人にも話がある」

 

 師匠は俺達3人を睨みつけてきた。いや、普段から険しい表情をしているからそう見えているだけかもしれないが…けどそれだけでなく横にいた明日香と利久からも突き刺さるような視線が向けられてきた。

 

 明日香「えーと・・・師匠、僕達何かしましたか?」  

 

 利久「全くと言っていいほど心当たりがないのですが?」

 

 オーナー「そうかい、なら何であんた達、2ヶ月もここに顔を見せにすらこなかったんだい?」

 

 レン「ですから、来た時にも言いましたけど色々とあったんですって」

 

 明日香「そ、そうですよ!それに僕達3人だけ責められるなんてそれはないですよ!」

 

 利久「そうです!碧斗と来人だって同罪じゃないですか!」

 

 オーナー「あの2人なら定期的にここで楽器の演奏を聴かせに来てたよ」

 

 レ明利「「「えっ?」」」

 

 オーナー「来なかったのはあんた達3人だけだ」

 

 俺達3人は師匠に言い分をぶつけたがあっけなく撃沈された。と言うか碧斗と来人来てたのかよ!

 

 レン「で、俺達にどんな罰を下すんですか?」

 

 とりあえず俺は諦めて潔く罰を受けることにした。人間、諦めが肝心ってどっかの誰かも言ってたし。さあ、どんな罰を言い渡すんですか?俺は覚悟を決めました!

 

 オーナー「そうだね・・・それじゃあ・・・」

 

 レ明利「「「-ゴクリ-」」」

 

 オーナー「週4でここの手伝いに来な」

 

 レ明利「「「え?」」」

 

 オーナー「時給700円だ」

 

 レン「ちょっーーーーと待ってください」

 

 オーナー「何だい?なにか文句あるのかい?」

 

 いえ、そうじゃなくてそれってつまり・・・

 

 利久「ここでバイトしろってことですか?」

 

 オーナー「そう言ったつもりだったけど伝わらなかったのかい?」

 

 明日香「それが罰なんですか?」

 

 オーナー「なんだい、もっと厳しい方がいいのかい?」

 

 レン「いえいえいえ、そういう事じゃなくてですね」

 

 利久「何でバイトなんですか?」

 

 オーナー「うちも人手が足りてないんだ。それに、あんた達のことだからアニメのDVD買ったり」

 

 レン「うっ」

 

 オーナー「小説買ったり」

 

 明日香「うぐっ」

 

 オーナー「ゲーム勝ったりして財布がピンチなんだろ?」

 

 利久「・・・」

 

 オーナーはピンポイントで言い当ててきた。ごもっともです・・・返す言葉もございません…

 

 オーナー「それにレン、あんたは独り暮らしなんだからバイト探してたんだろ?」

 

 そこも見抜かれてましたか・・・なんかこの人には隠し事はできないな・・・

 

 レン「わかりました。それで?いつからくればいいんですか?」

 

 とりあえずいつからシフトに入ればいいのか聞いておかなくちゃな

 

 オーナー「明日は人では足りてるから、明後日から来な。仕事内容は前に手伝ってもらった時とおなじだ」

 

 明後日か、明日はバンドの練習するって約束してたから丁度良かった。

 

 レン「わかりました。2人もそれでいいか?」

 

 とりあえず明日香と利久にも確認を取る。もしかしたら何か予定が入ってるかもしれないしな。

 

 利久「僕は問題ありませんよ」

 

 よし、利久はOKかということはもちろん明日香も・・・

 

 明日香「あの~すみません師匠・・・実は・・・」

 

 明日香は何故か気まずそうにしていた。あれ?明日香その日何か予定でもあるのか?てっきりないと思っていたけど・・・しかし明日香の発言は俺の予想の斜め上を行くものだった。 

 

 明日香「実は僕、もう他にバイト先が決まっているんですよね…」

 

 ・・・まじかよ、というかいつの間に決まってたんだよ!何所だよ!

 

 オーナー「そうかい、なら仕方ない。明日香、あんたは免除だ。レン、石美登、あんたら2人は明後日から頼んだよ」

 

 いやいやいや!罰をそんな簡単に免除していいのかよ!けどまあ仕方ない・・・俺と利久とで頑張るか。

 

 レン「わかりましたそれじゃあよろしくお願いします」

 

 利久「ほんと、助かります」

 

 オーナー「礼なんていらないよ、とりあえず言いたいことはそれだけだ。今日はもう帰んな」  

 

 師匠にそういわれ、俺達3人はSPACEを後にしようとした。しかしその時、

 

 オーナー「そうだレン、ひとつ聞き忘れてた」

 

 再びオーナーに呼び止められた。今度は何ですか?

 

 レン「なんですか?」

 

 オーナー「今日一緒に来てたギターを持った嬢ちゃんは友達かい?」

 

 ギターを持った嬢ちゃん?ああ、香澄のことか

 

 レン「ええ、クラスメイトですけどそれがどうかしたんですか?」

 

 オーナー「べつに、ただ気になっただけだ」

 

 ただ気になっただけって・・・何かあると思ったらそんなことかよ…

 

 レン「そうですか、それじゃあ失礼します」

 

 そう言って俺はSPACEを出て明日香と利久の後を追った。その時俺はある事をふと思いだした。

 

 レン「そういえば香澄のバンドの誘い、断るの忘れてた…」

 

 

 

 _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ 

 

 

 

 レン達3人がいなくなったSPACEのロビー、そこでオーナーはスタッフのシフトの日程表を手にしていた。

 

 オーナー「まったく・・・世話がやける弟子だね」

 

 そう呟くとレンと利久のシフトをどこに入れるか考えながら日程表とにらめっこをしながら考えていた。すると奥のスタッフルームの扉が開き中から今日カウンターに立っていたスタッフの真次 凛々子が姿を見せた。

 

 凛々子「あれ?オーナーどうしたんですか?シフトの日程表なんて見つめて」

 

 オーナー「ああ、新しく入ったバイトをどこに入れようかと思ってね」

 

 凛々子「え?いつの間に雇ったんですか?どんな人なんですか?」

 

 オーナー「アタシのバカ弟子の中の2人だ」 

 

 凛々子「あー、確かBrave Binaeでしたっけ?あの子たちって面白いバンドですよね?」

 

 オーナー「そうかい?あたしから言わせればあいつらはただのバカだ」

 

 凛々子「あははは・・・結構手厳しいですね…」

 

 オーナーのレン達5人に対する厳しいコメントに思わず凛々子は苦笑いしてしまった。しかし途中で何かを思い出したかのように「あっ」と声を上げた。

 

 凛々子「面白い子と言えば今日来てたあの赤いギター持った女の子、絶対にここでライブします!なんて言ってましたね?」

 

 オーナー「ああ、そうだったね・・・」 

 

 笑いながら凛々子は香澄のことを話していた。そしてオーナーもそのことを聞いて普段の硬い表情から不思議と笑みが浮かんでいた。そのオーナーの珍しい姿に凛々子は驚いた。

 

 凛々子「オ、オーナー?どうしたんですか?」

 

 オーナー「そういえば、同じことを言ってた馬鹿がいたのを思い出してね」

 

 そう言うとオーナーは遠い目をして過去にこのライブハウスであったことを思い出していた

 

 ―――――――過去にここを訪れていた―――――――――赤い髪の少年のことを

 

 

 「俺、----って言います!俺、バンドを結成してまたここに来ます!そして俺、

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――絶対にここでライブします!――――――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーナー「レン(あいつ)は本当にあんたによく似ちまったよ・・・・・・晴緋(はるひ)…」

 

 

 オーナーは懐かし気にそうつぶやくのだった。

 



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泊りの日の翌日はちょっと災難

投稿が遅れてしまい申し訳ありません。実はPCが壊れてしまい新しいのを買うためにこの半年間バイトを頑張っておりました。そしてつい先日ようやくあたらしいPCを買うことができました。今までの分の遅れを取り戻すためにこれからも頑張って投稿していきます。


 -レン、お前たちの演奏・・・最っ高に良かったぞ!-

 

 目の前の人はそう言うと握りこぶしを目の前に突き出してきた。俺その言葉にうれしさと共に少し照れくささを感じた。俺はその人に答えるために握りこぶしをつくり、突き合せようとした。しかし、俺手が触れようとした瞬間、その人は俺から離れどんどん遠くに行ってしまう。

 

 レン「待って!いかないで!」

 

 俺は悲痛な叫び声をあげながら必死に追いかけた。息が上がっても、足に激痛がはしっても、俺は叫んで、走り、追いかけた。しかし、どんなに望んでも、どんなに走っても、その人はどんどん俺から離れて行ってしまう。

 

 -すまないレン。だけどお前はこっちに残ってギターを続けてくれ…そして、俺達が叶えられなかった夢をお前達が叶えてくれ-

 

 レン「待って・・・よ・・・・・・俺・・を・・・・おいていかないで・・・・」

 

 俺はついに足を止めてしまった。気が付くと俺の頬からは一筋の涙が流れていた。その涙は一滴地面に落ちるとそれを皮切りに目から涙があふれ、何滴も何滴も雨の様に地に落ちていった。「待って」と俺は何度も口にするがその人の姿はついに見えなくなってしまっていた。そして膝をついた俺の耳には遠くから自分を呼ぶかのような声が何度も何度も響いた。

 

 -レン・・・・・・レン・・・レン・・・-

 

 しかし不思議なことに離れて行ってしまうその人の声は小さくならず、むしろ次第に大きくなっていくように聞こえた。そして・・・

 

 

 

 

 「レン!

 

 

 レン「うわぁ~~~~~!」

 

                  -ガバッ-

 

 ひときわ大きな声が耳元で響き思わず俺は大声を上げてしまった。そして、俺は目を覚ました。

 

 レン「なんだ、夢か・・・ん?」

 

 しかし、目の前には俺の部屋では無く見慣れない和室の光景が広がり、畳と檜の独特のにおいが鼻を刺激してきて、俺は浴衣を着て布団に寝かされていた。いったい何がどうなってんだ?まだ覚めきっていない脳で俺が思考していると聞きなれた声が聞こえてきた。

 

 明日香「あ、やっと起きた。大丈夫?うなされてたけど?」

 

 見ると制服を着た明日香の姿があった。なんで明日香がこk・・・そうだ、思い出した。俺は昨日、SPACEの帰りに明日香の家に泊めてもらったんだった。

 

 

 

  -昨日の夜-

 

 

 利久と別れて俺と明日香は二人で夜道を歩いていた。その時、明日香が俺に声をかけてきた。 

 

 明日香「ねえレン・・・なんで僕についてくるの?」

 

 俺は明日香に突然問われた。ついていく理由?そんなの決まってんじゃんか。

 

 レン「夕飯御馳走になろうと思っただけですけど?」

 

 明日香「うん、まず何でそんな結論に至ったのか聞かせてもえないかな?」

 

 レン「作るの面倒くさい、冷蔵庫空っぽ」

 

 明日香「なるほど、実に簡潔で分かりやすい説明だったよ」

 

 レン「それほどでも」

 

 明日香「褒めてない褒めてない」

 

 レン「明日香、駄目か?」

 

 明日香「・・・・はぁ~、わかったよ…」

 

 そう言うと明日香は携帯を取り出し、どこかに電話をした。会話が聞こえてきたが内容からして恐らく明日香の家だろう。

 

 明日香「いいってさ」

 

 レン「わるいな」

 

 こうして俺は明日香の家で夕飯をご馳走になることになった。そして俺は明日香と共に明日香の自宅へと歩を進めた。そしてしばらく歩いていると俺達は明日香の家にたどり着いた。そこは大きい白塗りの壁の塀に囲まれ、入り口に木でできた大きな門が付いた和風の瓦屋根の大きなお屋敷だった。門に着いた扉を開けて中に入るとそこには錦鯉が泳ぐ大きな池に、桜、松、紅葉などの木の他にも沢山の花が植えられた大きな庭が広がっていた。うん、いつ来てもやっぱ明日香の家はすごいな~

 

 レン「相変わらず立派だな・・・」 

 

 実は明日香は俺と同じで凄いお坊ちゃまだ。桃瀬家と聞けばこの国では知らない人はいない超有名な名家だ。桃瀬家は平安時代から続く1000年もの歴史がある芸能一族で、この家の人は全員芸能の仕事をしいて時の天皇や将軍の前でも披露していたという。その家訓は今も続いており明日香自身も親の言いつけで芸能活動をやっていた時期があり、高い演技力と可愛らしい見た目からかなりの数多くのテレビ番組に出演していて大人気だった。

 

 明日香「ほらレン、ぼーっとしてないで中に入ろう」

 

 俺は目の前に広がる光景に呆気に取られていると明日香に声を掛けられ正気に戻り、玄関から中へと入った。

 

 明日香「ただいま帰りました」

 

 レン「お邪魔します」

 

 ?「おかえりなさい明日香、レン君もお久しぶり」 

 

 中に入ると桃色の着物を着た師匠と同じくらいの見た目年齢のとても綺麗な白髪の女性が出迎えてくれた。この人は桃瀬 菫さん。明日香のおばあさんで若い頃は芸者をやっていて舞がとても上手で日本一の芸者なんて呼ばれていたらしい。

 

 明日香「おばあちゃんただいま」

 

 レン「御無沙汰してます」

 

 菫「ささ、どうぞどうぞ、ご飯ももうできているからお二人とも手を洗っていらっしゃい」

 

 俺は家にあげてもらうと明日香の後について洗面所へと行き手を洗うと居間に通された。そこには大きいちゃぶ台の上には白いご飯と茉莉麩の入った澄まし汁、筍の煮物、そして鯛の煮つけと頭付きの刺身、何とも豪華な和食一式が並んでいた。そして菫さんの隣に少し陽気そうに見えるが貫禄のあるおじいさんが座っていた。その人は僕を見ると笑顔で挨拶してきた。

 

 ?「おお、レン君じゃないか!久しぶりだね~」

 

 レン「お久しぶりです源蔵さん」

 

 この人は桃瀬 源蔵さん、明日香のお祖父さんで落語家をやっていて沢山のお弟子さんがいる。とても芸達者な人でなんと人間国宝なのだ。一度落語を見せてもらった事があったがとても面白くて芸に引き込まれてしまった。

 

 菫「それじゃあ座って、4人で食べましょう」

 

 レ・明「「いただきます」」

 

 菫さんに促されちゃぶ台の前に座るり、手を合わせ食前の挨拶をすると俺は目の前の豪華な料理に箸をつけ、口に運んだ。うん、どれもとてもおいしい。思わずほおが緩んでしまう。

 

 レン「う~ん、とっても美味しいです」

 

 菫「ふふふ、ありがとう。そう言ってもらえると作ったかいがあるわ」

 

 源蔵「いやー、それにしても4人でご飯を食べるなんて久しぶりだな~」

 

 そういえば明日香の両親って家にあんまりいないんだっけ。明日香の父親は超有名な役者で今でも舞台やドラマに引っ張りだこの超有名人で、母親も日本を代表する劇団の出身で主役を何度も務めている大女優だ。多忙な両親であるためこの家にいることも少なく、祖父母が明日香の親代わりをしていた。そして明日香には姉が1人いるのだが留学の為3月から俺の両親と兄と同じようにヨーロッパに行ってしまい、今は海外の演劇の学校に通っているため今この家では明日香と菫さん、源蔵さんの3人で暮らしているらしい。

 

 源蔵「そうだレン君。今日は泊っていったらどうだい?」

 

 レン「え?」

 

 菫「それはいいですね」

 

 突然の2人の言葉に少し唖然としてしまった。え?なに?どゆこと?

 

 源蔵「ほら、もう外もかなり暗くなっているしそんな中を帰るのは危ないだろう?」

 

 ああ成程、そういうことか。けどただでさえいきなり夕飯をご馳走になっているのにそれに加えて止めてもらうなんてかなり気が引ける。

 

 レン「すみません、お気遣いはうれしいですが流石にそこまでして頂く訳には・・・」

 

 源蔵「いやいや、気にすることはないよ。むしろ泊っていってくれないか?明日香はいままでに友達を家に泊めるなんてこと1回もなくてな、こうゆう機会も少しは経験してもらいたいと思ってな」

 

 でも当の明日香は?そう思って視線を向けると少し顔を赤くして「別に僕は構わないよ」なんてちょっときつめに言ってきた。よし、そうゆうことなら・・・

 

 レン「それじゃあお言葉に甘えさせてもらいます」

 

 そんなこんなで俺は明日香の家に泊めてもらうことになり、明日香の部屋で寝ていたんだった。それで今に至ると・・・

 

 明日香「レン!」

 

 レン「うぉっ!」

 

 明日香「ほら早く着替えて、遅刻するよ」

 

 レン「あ、ああ...」 

 

 明日香に促され俺は制服に着替えると昨日と同じ今で朝食をご馳走になった。メニューは白米に納豆、卵焼きに焼き魚、味噌汁と株の浅漬け。さぱっりとした日本の朝食だった。だがとても美味しく朝から元気が湧いてくる。なんか今日1日もがんばれそうな気がする。朝食を食べ終わると俺は明日香と一緒に登校するために玄関から外に出ようとしていた。

 

 レン「それじゃあ、お邪魔しました」

 

 明日香「じゃあ行ってきます」

 

 菫「ええ、2人ともいってらっしゃい」

 

 菫さんに見送られて俺と明日香は玄関を出ると他の3人との待ち合わせの場所へとむかった。そして待ち合わせ場所につくとそこには既に碧斗がいた。碧斗は俺たちに気が付くと声をかけてきた。

 

 碧斗「おはよう2人とも、珍しいなレンが早いなんて・・・明日は地球最後の日かもしれないな」

 

 うぐっ、確かに俺と利久と来人は遅刻常習犯でよく待ち合わせにも遅れるがそこまで言うことか?

 

 明日香「碧斗、それはさすがに言いすぎだよ。せめて日本沈没くらいだよ」

 

 おい明日香、全然フォローになってないぞ。しかも言ってる意味合いはあんま変わってねーぞ。 

 

 碧斗「そうか、それは失礼した。ところで明日香、なんでレンと一緒に来たんだ?」

 

 明日香「ああ、それは――――――――――――――――――――」

 

 とりあえず、昨日のことを説明した。

 

 碧斗「そうか・・・師匠に捕まったのか・・・自業自得だな。まあ、バイト先が見つかったんだろ?よかったな」

 

 こいつ、他人事だと思って・・・何が「よかったな」だよ!確かにその通りだけど・・・そう思っていると超明るい声が聞こえてきた。お、来たか。

 

 来人「おっはよー!お、レンが早いなんて珍しいな!明日はアルマゲドンでも起きるんじゃないか?」

 

 お前も言うか・・・俺が待ち合わせに遅れないってそんなにすごいことなのか?

 

 レン「おはよう・・・裏切者...」

 

 来人「いや急にどうした!?俺なんかした!?」

 

 とりあえずイラっとしたから昨日のことに対する苛つきも込めて言っておくことにした。さてと、後は利久が来るのを「おはよう・・・」!?びっくりした・・・いきなり超暗い声が聞こえてきた。声のした方を見ると目の下に隈ができためっちゃ暗い顔の利久がいた。

 

 利久「あれ・・・珍しい・・・・ですね?レンが僕より早いなんて・・・あs「言わせねーよ」?」

 

 よし、とりあえず利久が言うのだけは阻止できた。どいつもこいつも俺が早く来たことを天変地異の前触れみたく言いやがって…それよりもこいつのこの表情、ああまたか・・・

 

 レン「利久、お前また遅くまでやってたのか?」

 

 利久「ええ・・・ちょっとイベントがありまして…」

 

 やっぱりか、利久がこんな風になる理由はいつも決まっている。利久は前にも言ったがかなりのゲーマーで夜遅くまでゲームに熱中するなんてことがよくあり、特にNFOというPCオンラインゲームをよくやっている。このゲームはかなり人気で、俺と他の3人も利久に勧められてやっている。あと以前ゲーセンで会った燐子さんとあこちゃんもプレイしている。利久のことだおそらくあの2人と一緒にまた夜遅くまでやっていたんだろう。

 

 レン「はぁー、気をつけろよ?とりあえず揃ったことだし行くか」

 

 そういうと、俺達は登校するために学校に向かって足を進めた。 



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天然発言は恐ろしい

 利久「はぁぁ~~~~」

 

 学校につき教室に向かっていると利久は大欠伸を掻いた。まったく夜遅くまでゲームやったりしてるからこうなるんだぞ。

 

 利久「うぅ~眠いです~」

 

 レン「おいおい大丈夫かよ・・・」

 

 来人「まったくお前は普段からゲームばっかしてるからだぞ。少しは俺を見習って明るく元気になったらどうだ?」

 

 いやいや、来人を見習えって・・・お前の元気さをまねできる人なんて・・・あっ、3人ほどいた。でもあの3人は色々と普通の人よりもぶっ飛びすぎだしな、インドア派の利久にそんなことできるわけ…

 

 利久「ふぁ~~~~…え?何か言いましたか?」

 

 あ、聞いてなかった…しかもまた欠伸までしやがって・・・来人のやつもさっきの発言に引きつった表情してるし、碧斗はため息をついてあきれて明日香はクスクス笑っている。

 

 来人「いや聞いとけよ!」

 

 来人が突っ込むも利久はまた呑気に欠伸しだした。が、利久が口を開けた瞬間・・・

 

 利久「ふぁ~-ドンッ!-「「うわぁ!」」

 

 突然目の前に女子生徒が現れ、利久とぶつかってしまった。2人は驚きの声を上げるとぶつかった衝撃でしりもちをついてしまった。しかし俺はそのぶつかった少女に目をやると驚いた。何せ目の前にいたのは・・・

 

 有咲「いってぇ~~・・・あっ!ごめんない!」

 

 昨日であった少女、市ヶ谷 有咲だった。

 

 レン「あれ?有咲?」

 

 俺は何気なく名前を呼ぶと有咲は俺の方を向いた。すると目を見開いて驚いた表情をしていた。

 

 有咲「あっ!お前昨日の!」

 

 そう言うとすぐに立ち上がり何処かへ走り去ってしまった。

 

 レン「あいつ、今日学校に来てたんだ・・・」

 

 利久「あの人は確か・・・」

 

 明日香「昨日香澄ちゃんとレンと一緒にSPACEに来てた娘だよね?」

 

 碧斗「なんだ?3人とも知ってるのか?」

 

 来人「金髪ロリ巨乳・・・だと?レン、あの娘の住所教えろ」

 

 そっか、この4人は知らないのか・・・てちょっと待て。来人、お前今なんて言った?あ、明日香に鳩尾殴られた。

 

 利久「いいえ、僕と明日香は昨日レンと香澄ちゃんと一緒にSPACEに来ているのを偶々見かけただけですから。レンは知っているんですか?」 

 

 レン「ああ、市ヶ谷 有咲。この前言ってた利久の隣の席の人」

 

 利久「え?あの人がそうなんですか?とても可愛い人でしたね」

 

 レ碧明来「「「「・・・・・・」」」」

 

 ああ、またか・・・利久の天然発言だ。来人と違ってこいつの天然発言は無意識で言っているから尚のことたちが悪い。こいつのこの天然な性格が原因でいったい今まで何人の人が勘違いをしてきたことだろうか・・・

 

 利久「それにしても、急に走り出したりしてどうしたんでしょうか?」

 

 レン「確かに・・・なにかあったのか?」

   

 

 

 

 

 

 ――――――――――一方そのころ有咲は――――――――――

 

 

 

 有咲「ぶぇっくしゅんっ!う~~…香澄(アイツ)何なんだよ・・・それにあの赤い髪のやつにも出くわすなんて・・・」 

  

 トイレの個室に逃げ込みHRまで隠れていた・・・そして教室に戻り、自分の席に座った。しかし席に着いたその瞬間、突然隣から声をかけられた。

 

 利久「あ、おはようございます」

 

 有咲「え?」

 

 突然声をかけられ少し驚いたが声をかけてきた人物を見てさらに驚いてしまった。何せ隣に座っていたのは先程廊下でぶつかった利久だったのだから。

 

 有咲「あっ!さっきはごめんなさい。急にぶつかったりして」

 

 声をかけてきた人物が今朝自分がぶつかってしまった人だとわかるとレンと香澄の時とは打って変わって丁寧な言葉づかいで対応した。

 

 利久「いえ、大丈夫ですよ気にしてませんから。あ、僕は石美登 利久って言います。どうぞよろしく」

 

 有咲「私は「市ヶ谷 有咲」え?」

 

 利久「知っていますよ。友達に教えてもらいましたから」

 

 「友達に教えてもらった」その言葉を聞いて有咲は気が付いた。利久とぶつかったときにレンが一緒にいたことを。まさかと思い有咲は利久に問いただそうとした。

 

 有咲「ええと、友達ってどなたですか?」

 

 利久「・・・」

 

 しかし利久からは返事が返ってこなかった。

 

 有咲「あの~聞こえてますか~?」

 

 利久「・・・」

 

 再び呼びかけたが利久から返事はなかった。有咲は少しイラついてしまいつい素を出してしまった。

 

 有咲「おい!ちょっと聞いてんのかよ!」

 

 そして少し怒鳴った瞬間、有咲は気が付いた。

 

 利久「・・・zzz・・・スピー・・・」

 

 利久が寝ていることに…

 

 有咲「ね、寝てる?なんなんだよこいつ…」

 

 その後利久は授業が始まっても寝続け、お昼休みに碧斗に起こされるまで起きず、有咲はその間に早退していた。

 

 

        

 

 

         ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 レン「んっ~~!やっと昼休みだ」

 

 午前の授業が終わってずっと座りっぱなしだったため俺は伸びをして体をほぐしていた。それは隣にいる香澄も同様だった。しかし、

 

 香澄「んっ~~!ご飯・・・じゃない!」

 

 レン「え?」

 

 香澄は突然声を上げると立ち上り教室を出ていこうとしていた。

 

 レン「香澄、どこ行くんだ?」

 

 香澄「隣の教室、有咲の所に」

 

 レン「ああそうか、なら俺も行くよ。俺も利久と碧斗のこと呼びに行くし」

 

 俺と香澄はB組の教室に向かった。しかし教室に入るもそこに有咲の姿はなかった。

 

 香澄「あれ?有咲は?」

 

 レン「またどこかに行ったんじゃないか?利久、お前有咲がどこに行ったか知ってるか?」

 

 俺は隣の席に座っている利久に聞こうとした。しかし・・・

 

 利久「・・・zzz・・スピー・・・zzz・・・」

 

 レン「え?寝てる?」

 

 俺がそう言った直後ふいに後ろから声をかけられた。

 

 碧斗「市ヶ谷なら3時間目終わった後に早退したぞ。利久に関しては1時間目からずっと寝たままだ・・・はぁーしょうがないな・・・起・き・ろ!」

 

 ――――ズキュシッ!――――

 

 碧斗はそう言うと利久の耳の下を親指で突いた。すると、

 

 利久「痛いっ!」

 

 熟睡状態だった利久は目を覚ました。碧斗いわくこの状態の利久を起こすにはこの方法が一番いいらしい。 

 

 利久「あれ、どうしてレンがここに?あれ?香澄ちゃんまで」

 

 こいつ、今まで自分が寝てたってことに気づいてねえな。

 

 レン「俺はお前を呼びに来たんだよ」

 

 香澄「私は有咲に話があって」 

 

 利久「そうでしたか。あれ?そういえば市ヶ谷さんは?」

 

 碧斗「早退した、それよりももう昼休みだぞ。俺は先に屋上に行ってる」

 

 香澄「じゃあ私も沙綾待たせちゃってるから」

 

 そう言うと2人は教室を後にし、屋上に行ってしまった。

 

 利久「早退?大丈夫でしょうか?」

 

 レン「さあな、とりあえず俺らも行くぞ」

 

 俺と利久は来人と明日香が待つ屋上へと向かった。

 

 

 ――――――――所変わって、学校広場――――――――

 

 香澄は沙綾のもとに行く前にジュースを買おうと自販機を目指していた。そして自販機の前に行くとそこには昨日ライブハウスで偶然会ったクラスメイトの牛込 りみの姿があった。それを見た香澄は後ろからりみに声をかけた。

 

 香澄「どれにするの?」

 

 りみ「きゃっ!」

 

 香澄「フフ~ン」

 

 突然声をかけられて驚くりみに対して香澄は頬ずりをしてその行動にりみはさらに驚いた。

 

 香澄「私オレンジ」

 

 しかし香澄は全く動じず狼狽えるりみを後目にオレンジジュースを買った。そしてりみがジュースを買うと昨日のことを質問した。

 

 香澄「牛込さん昨日いたよね?」

 

 りみ「え?」

 

 香澄「バンドやってるの?いつからやってるの?なに弾くの?歌?ライブいつ?」

 

 りみ「ちゃう!じゃ、じゃなくて・・・あの・・・」 

 

 ぐいぐいと質問してくる香澄に動揺してしまい、つい普段は出さないようにしている関西弁がつい口から出てしまった。

 

 香澄「え、関西弁?かわいい!」

 

 りみ「中学の時こっちに来て・・・う~気を抜くと出ちゃう…」

 

 つい関西弁を口にしてしまい、りみは恥ずかしく少し顔を赤らめてしまった。

 

 香澄「可愛いからいいよ~。でもそっかーやってないか~」

 

 りみ「お姉ちゃんが・・・」

 

 香澄「うん?」

 

 りみ「グリグリ・・・Glitter⋆Greenのギターなんだ」

 

 それを聞いて香澄の脳裏に昨日のライブをしている牛込 ゆりの姿が浮かんだ。

 

 香澄「すごい!お姉さん凄いかっこよかった!」

 

 りみ「ッ!うん!」

 

 香澄の子の言葉を聞きりみは自分のあこがれの存在である姉を褒められとても嬉しくなり先程の緊張感はどこかへ吹っ飛び香澄の言葉に笑顔でうなずいていた。

 

 香澄「すっごいキラキラしてた!」

 

 りみ「うん!」

 

 香澄「ライブやりたいよ!」

 

 りみ「うん!」

 

 そしてテンションが上がった香澄はりみに抱き着いた。

 

 香澄「やろう!」

 

 りみ「・・・え?」

 

 香澄の突然の誘いにりみは驚きのあまり固まってしまった。そして気が付いたら香澄に連れられ沙綾が待つ広場のベンチの前にいた。   

 

 

 沙綾「バンドやるんだ、牛込さん」

 

 りみ「え~と・・あの・・・その…」

 

 香澄「りみりん凄いんだよ!・・・なんだっけ?」

 

 りみ「ベース?」

 

 香澄「ベースができる!」

 

 りみ「ちょっとだけだよ」

 

 香澄「ちょっとでもすごいよー!りみりん座って」

 

 りみ「うん…」

 

 香澄に促されりみはベンチに座った。しかし少し戸惑っている表情をしていたため沙綾は助け舟を出した。

 

 沙綾「牛込さん、いやなら断っていいんだよ」

 

 香澄「ひどい、りみり~ん」

 

 りみ「い、いや、いやじゃないよ・・・戸山さんが誘ってくれて私「りみり~ん!」きゃっ!」

 

 りみが嫌じゃないというのを聞いて、香澄は嬉しさのあまり言い終わる前にりみに抱き着いていた。

 

 香澄「香澄でいいよ~」

 

 沙綾はりみに香澄が抱き着く姿を微笑ましく見ていた。そして沙綾は香澄が今朝言っていた有紗に家の蔵にあったギターについて聞いた。

 

 沙綾「それで、今朝言ってた星のギターってどれ?」

 

 沙綾はスマホを使い色々なギターを検索していた。

 

 香澄「えっーと、確かレン君がランダムスターっていってた」

 

 沙綾「ランダムスター・・・もしかしてこれ?」

 

 そういうと沙綾は香澄にスマホの画面を見せた。

 

 香澄「あ!うん!これこれ!これだよ沙綾!」

 

 沙綾「刺さりそう」

 

 昨日見たギターの画像にテンションがあがっている香澄を見て意味は笑みを浮かべていた。すると香澄はりみの方を向いた。  

 

 香澄「バンド初めてなんだ、コツとか弾き方とかいろいろ教えて」

 

 香澄の突然のお願いにりみは動揺を隠せなかった。しかし戸惑いながらも断ろうとしたその時だった。

 

 りみ「教えるなんて・・・それにギターなら私なんかよりもレn「また負けた―――!」!?」 

 どこからか叫び声が聞こえてきてりみの言葉を遮った。 

 

 香澄「え!?なに!?今の声!?」

 

 突然の出来事に香澄とりみだけでなく他の外に出ていた生徒も驚いていた。しかし沙綾だけは今の声を聴いても動じずむしろ呆れた表情をしていた。 

 

 沙綾「はぁー、またか~」

 

 香澄「え、なになに?どういうこと?」

 

 沙綾「今の声はたぶん来人だよ。利久にボードゲームに負けるといっつもあんな風に叫び声あげてるの」

 

 沙綾の言う通り、ちょうど屋上では来人が利久にオセロで負けていた。しかも全面真っ黒にされて。その後3人はお昼を食べながら談笑し昼休みが終わり、午後の授業も終わり放課後をむかえていた。

 

 

 

     

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 香澄「じゃあねレン君!また明日!」 

 

 レン「ああ、じゃあな香澄」

 

 さてと、放課後になった。今日この後は久しぶりに5人で練習だったな、一旦家に戻ってギター取ってこなくちゃな。

 

 来人「じゃあなレン、俺は先に行って待ってるからな」

 

 明日香「それじゃあレンまた後で」

 

 レン「ああ、わかった。じゃあな」

 

 そんじゃ、早いとこギター取ってきますか。俺は教室を後にして校門を出ようとしていた。その時だった…

 

 利久「おーい!レーン!ちょっと待ってくださーい!」

 

 突然利久の声が聞こえ振り返ると昇降口から利久が俺を呼びながら駆け寄ってきた。

 

 利久「はぁ・・・はぁ・・・よかった、間に合って」

 

 レン「どうした利久、俺になんか用か?」

 

 俺が聞くと利久は息を整えた後に答えた。  

 

 利久「ちょっと頼みがありまして。レン、市ヶ谷さんの家の場所知ってるんですよね?」

 

 レン「有咲の家?まあ知ってるけど・・・それがどうしたんだ?」

 

 利久「実は居眠りをしていた罰で先生から市ヶ谷さんの家までこのプリントを届けるように言われまして。一応住所の書かれたメモを渡されたのですがよくわからなくて・・・だからレン、案内してくれませんか?」

 

 いや、なんで俺がお前の罰に付き合わなきゃならないんだよ…それにアイツ今朝の反応見るに俺のこと多分嫌ってるだろうしな・・・ 

 

 レン「悪いけど利久、俺もギター取ってこなくちゃならないから案内してると練習に遅れちまう。だから…」

 

 利久「あ、それなら心配には及びませんよ。碧斗には僕とレンは少し用事があって遅れるって伝えておきましたから」

 

 レン「・・・」

 

 どうやら俺に逃げ場はなかったらしい。仕方ない…

 

 レン「わかったよ、案内してやる」

 

 利久「ありがとうございます。それじゃあ早くいきましょう」

 

 俺は利久を流星堂まで案内することになった。そして、俺と利久は流星堂についた。しかし蔵の前まで行くとそこにはなぜか香澄の姿もあった。

 

 レン「あれ、香澄。なんでお前がここにいるんだ?」

 

 香澄「あ、レン君。それにリッ君も」

 

 有咲「な、なんでお前らもここに来たんだよ!」

 

 あーやっぱり嫌われてたか・・・またとばっちりで嫌われちまったよ…

 

 レン「そんなにかっかすんなって、それに用があるのは俺じゃなくてこっちだ」

 

 俺は後ろにいた利久を指さした。 

 

 利久「どうも市ヶ谷さん、これを届けに来ました」

 

 そう言うと利久はカバンからプリントを取り出し有咲に渡した。

 

 利久「ところでどうして早退したんですか?どこか体調でも悪いんですか?」

 

 有咲「違う、自主休校。ずっと居なくたって必要な単位は取れるし、ずっと居てもいい事ないから。つーかいるだけ無駄」

 

 利久「そうなんですか?そなことないと思いますけど…」

 

 有咲「は?」

 

 利久「だって勉強以外でも友達と話したり、一緒にお昼食べたり、行事を頑張ったり、楽しいことが沢山あるじゃないですか?ですからいるだけ無駄なんてことはないと思いますけど」

 

 有咲「なに?自慢?」

 

 利久「え?いや、別にそんなつもりじゃあ…」

 

 有咲「学校は勉強するところ、別に友達と仲良くするための場所じゃねえだろ」

 

 利久の一言に有咲は機嫌を損ねてしまった。けど有咲のこの発言、それに学校もよく休んでるみたいだし、まさかとは思うけど・・・

 

 利久「もしかして・・・友達いないんですか?」

 

 有咲「なっ!?」

 

 あっちゃ~、こいつ言いやがった・・・利久は天然な性格の悪いところがここで出てきたか…うわぁ~有咲のやつ顔真っ赤になってるし。

 

 有咲「・・・ぅ・・ょ・・・」

 

 利久「え?なんですって?」

 

 有咲「そうだよ!いねーよ!

 

 利久「ひっ!」ビクッ!

 

 香澄「!?」ビクッ!

 

 あ、有咲がキレた。しかも目じりには少し涙が浮かんでるし。

 

 利久「す、すいません!まさか本当にいないなんて思いもしませんでした!市ヶ谷さん友達沢山いそうでしたから…」

 

 有咲「はぁ!?どこをどう見たらそう言えんだよ!」

 

 利久「だ、だって市ヶ谷さんすごく可愛いじゃないですか!」

 

 有咲「は、はぁ!?」

 

 お、再び利久の天然が発動した。有咲の顔の赤みがさらに増した。これを本心で無意識のうちに言っているんだから・・・利久、恐ろしいやつ…

 

 有咲「・・・で・・・・け・・・・」

 

 利久「へ?」

 

 有咲「とっとと出ていけーーーーー!

 

 レン「うぉっ!」

 

 利久「うわぁっ!」

 

 香澄「きゃっ!」

 

 ――――バンッ!―――― 

 

 有咲が叫び声をあげると俺たち3人は蔵から閉め出された。利久、また天然発言で人を怒らせやがって…

 

 利久「レン、もしかして僕、またやってしまいましたか?」

 

 レン「うん、もしかしなくてもやってるな」

 

 利久「そ、そうでしたか…」ショボーン

 

 あーあ、めっちゃ自己嫌悪に陥ってるよ。そういえば・・・

 

 レン「ところで香澄は何でここにいたんだ?」

 

 香澄「うん、あの星のギター、もう1回見せてもらいたくて」

 

 レン「そうか、それでどうだった?」

 

 香澄「ダメだったよ~、それに有咲あのギター、オークションに出しちゃってて」

 

 レン「オークション?どれぐらい値がついてた?」

 

 香澄「・・・30万円」

 

 レン「あー、成程な」

 

 確かにランダムスターはレアなギターだし、欲しがるマニアも結構いるらしいし。

 

 香澄「はぁ~もう1回だけでいいから触りたいよ~」

 

 香澄、ここまで言うってことはよっぽどあのランダムスター気に入ったんだな。でも触るだけなら簡単なことじゃないか?

 

 レン「そんなの簡単なことだろ?」

 

 香澄「え?どうゆうこと?」 

 

 レン「ただアイツにお願すればいいんだよ」

 

 香澄「え?」

 

 レン「アイツ押しには結構弱そうだし、何より友達(・・)の頼みなら聞いてくれるかもしれないだろ?もしかしたらギターも譲ってくれるかもしれないぞ?」

 

 香澄「そっか・・・そうだよね!ありがとうレン君!私、有咲にお願してみる!何度も何度もお願いして、またギター触らせてもらう!」

 

 レン「そうか、頑張れよ!」

 

 香澄「うん!じゃあねレン君、利久君、また明日!」

 

 レン「ああ、またな!」

 

 よし、それじゃあ・・・・

 

 レン「利久、いつまで落ち込んでるんだ?さっさと行くぞ。練習時間が無くなる」

 

 利久「あ、はい・・・すいません・・・」

 

 俺は利久の意識を戻すと流星堂を後にし、途中俺の家により俺のギターをとってから練習場所にむかった。

 

 ――――その頃、蔵の中では――――

 

 有咲「か、か、か、可愛いって///・・・すごく可愛いって///・・・アイツ、何言ってんだよ!///」

 

 有咲が利久に可愛いと言われたことに顔を赤くして狼狽えていた。なにせ生まれて初めて同級生から、しかも男子から可愛いと言われたのだ。小学生の時からあまり周囲の人とは話さず、中学の時は女子校で男子との関わりなど全くもってなかったのだ。

 

 有咲「ああ~!・・・ほんと、思い出すだけで・・・なんか、ずっとドキドキする///・・・でも、いや・・・じゃない///・・・なんなんだよこれ~!?///」

 

 有咲は利久のことを思い浮かべる度に胸の鼓動が早くなり、体が熱くなっていった。有咲には全くもって今の自分の状態が理解できなかった。今まで人と関わろうとしなかった少女が感じた初めての気持ち。彼女がこの気持ちの正体を知るのは、まだまだ先のこと・・・



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練習は楽しく

 流星堂を後にした俺と利久は他の3人が待つ練習場所となるある場所へと到着した。俺と利久の目の前には俺の家よりも大きいかなりの豪邸があった。そしてその表札には「黄島」と書かれていた。そう、ここは来人の家だ。なぜ練習の為にここに来たのかというと実は来人の父親はかなり有名な芸術家で、音・絵・文の3つの分野で名をはせていており、来人自身も父親の影響で幼い頃から色んな楽器を弾くことができ、絵もかなりの腕前でコンクールでも何度も賞を獲得している。そのため仕事部屋兼練習部屋として自宅にスタジオが設けられていて設備もかなり整っているため、俺達はそこを練習場所としてよく使わせてもらっている。とりあえず俺は中にいる来人を呼ぶためにインターホンを鳴らした。

 

 ――――ピンポーン――――

 

 するとドアが開き、中から来人が顔をのぞかせた。

 

 来人「お、2人ともやっと来たか!待ちくたびれたぞ!」

 

 利久「すいません・・・」

 

 レン「ごめん、ちょっと利久に付き合ってた」

 

 来人「ああ、話は碧斗から聞いてる。取りえず上がれ、明日香と碧斗も待ってるぞ」

 

 レン「了解」

 

 利久「お邪魔します」

 

 来人に促され俺と利久は家に上げてもらいスタジオへとむかった。そして中に入ると大物芸術家だけあってか中には高い機材や色んな種類の楽器が置かれていた。どうやら機材のセッティングが済まされ、先に到着していた明日香と碧斗が軽く楽器を鳴らしていた。どうやらチューニングも既に終えているようだ。

 

 レン「待たせたな、二人とも」

 

 利久「お待たせしました」

 

 明日香「遅いよ、こっちはもう準備できてるよ」

 

 そういいながら明日香は自身の愛用している白と桃色のベースを手にしていた。

 

 レン「わりーわりー、すぐに準備するからちょっと待ってろ」

 

 俺はギターケースを下ろすと中から赤と黒の2色で炎の模様が描かれたギターを取り出すとアンプと繋げ、チューニングをした。久しぶりに取り出されたそれはしばらく失われていた俺の気持ちを再び燃え上がらせようとしているようだった。

 

 レン「よし、準備できたぞ」

 

 来人「そうか、じゃあ俺は今日はこいつを使うかな」

 

 そう言うと来人は壁際に置かれていたサックス、エレキギター、アコースティックギター、エレキバイオリン、二胡の5つのの楽器の中からサックスを手に取った。ここに置かれている5つの楽器は来人の物で実はバンドの演奏にも使うものだ。前に来人はサックスをやっているといったが実はそれだけじゃない。基本的にはサックスを使うが、その時の気分によって演奏する楽器を変えている。

 

 さてと、練習開始・・・と、その前に・・・

 

 レン「で、何を演奏する?今日の俺の気分は『W-B-X』」

 

 明日香「僕は『Hey World』」

 

 碧斗「『希望の唄』」

 

 来人「俺は『BREAKTHROUGH』だ!」

 

 利久「『Key Plus Words』です」  

 

 これが俺たちの練習方法だ。俺らはよくライブでアニメ、ドラマ、映画、ゲームの曲をカバーしている。その中で今までカバーした曲の中からそれぞれが演奏したい曲を挙げ、その中から幾つかを俺らの曲と一緒にその日の練習で演奏する。練習中のリクリエーションの一環だ。だがこうも見事にバラバラとなると・・・

 

 レン「よし、やるぞ…」

 

 明日香「うん…」

 

 碧斗「ああ…」

 

 来人「恨みっこなしだぞ…」

 

 利久「それはこっちのセリフです…」

 

 そう言うと俺らは互いを睨み合い、固唾を飲み、そして・・・握りしめた拳を振り上げて思いっきり振り下ろした…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   『最初はグー!じゃんけんポンッ!』 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが練習で演奏するカバー曲の決め方だ。じゃんけんほど公平かつ平和的な決め方は他には無いだろう。そしてその勝負の結果は・・・

 

 レン・・・チョキ

 

 明日香・・・チョキ

 

 碧斗・・・グー

 

 来人・・・チョキ

 

 利久・・・グー

 

 どうやら今回は碧斗と利久の勝ちのようだ。

 

 レン「・・・・・」 

 

 碧斗「決まったな」

 

 来人「くそ~負けちまった」

 

 明日香「でも仕方ない」

 

 利久「恨みっこなし、ですからね」  

 

 さてと、カバー曲も決まったことだし・・・

 

 レン「よし!それじゃあ練習始めるぞ!5人で合わせるの久しぶりだからまずは全部の曲を1番だけ一通りやってみるぞ」 

 

 碧斗「わかった」

 

 明日香「うん」

 

 来人「おう」 

 

 利久「わかりまし」

 

 碧斗「それじゃあいくぞ・・・one・two・one!two!three!」

 

 碧斗がスティックを打ち鳴らすとそれを合図に俺達5人の演奏が始まった。

 

 

  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 久しぶりにギターを弾いたが胸の奥底が熱くなるかのような快感に心踊らされ、俺は夢中でギターを弾いていた。気づいた時には一通りの演奏が終わっていた。

 

 

 レン「利久、どうだった?」

 

 利久「う~ん・・・率直に言ってかなり落ちてました。レンと明日香は特にミスが多かったです。2人とも全部の曲でコードを押さえるのが所々遅れれてました。自主練を怠っているのが丸分かりですよ?けど来人と碧斗は完璧でした。碧斗もしっかりとリズムを取れてましたし、来人も碧斗に合わせられてました。あとそれから・・・」

 

 俺は利久に感想を聞いた。すると利久からは的確で細かい評価が返ってきた。相変わらずいい耳してるな・・・実は利久はすごい音感と暗記力を持っている。ありとあらゆる音を聞き分け、一度音を聞けばその曲は譜面に表すことができ、格闘ゲームをする時も画面を見なくてもゲームの音だけでプレイできるほどだ。そのため練習での評価やカバー曲の楽譜はいつも利久にお願いしている。

 

 利久「兎に角2人は帰ってから今日出来てなかったところをしっかりと練習てください」

 

 レン「ああ、わかった」

 

 明日香「うん、わかったよ」

 

 レン「よし、それじゃあ一通り通したことだし次はカバー曲の方をやるぞ!まずは『希望の唄』」 

 

 一通り通した俺たちはお待ちかねのカバー曲の演奏に移り、一曲目の演奏を始めた。自分が演奏したかった曲だったからか心なしか碧斗のドラムにはさっきよりもキレがあることが感じられた。

 

 レン「次は『Key Plus Words』」

 

 二曲目の演奏を終えると全員の表情はとても清々しい様な、生き生きとしている様な、そんな表情をしていた。これを一言で表すとするならば・・・

 

 レ碧明来利「「「「「やりきった」」」」」

 

 無意識のうちに口から零れた俺ら五人の声が重なり、互いに顔を見合わせた。そして・・・

 

 レ明来利「「「「あはははは!」」」」

 

 俺と明日香と来人と利久は大声で笑った。ただ碧斗だけはあまり表情には出さずすまし顔で「フッ」と微笑していた。 

 

 レン「よし!じゃあ、今日はここまでにしておくか!」

 

 碧斗「ああ、そうだな」

 

 明日香「うん、僕も賛成」

 

 来人「『やりきった』って言ったのにこれ以上やったらおかしいもんな!」

 

 利久「ですね」

 

 そう言うと俺達は後片付けをし、来人の家を後にした。

 

 来人「じゃーなー!」

 

 レン「ああ、また明日」

 

 碧斗「ああ、またな」   

 

 利久「おじゃましました」

 

 明日香「うん、また明日」

 

 俺は4人と別れると家を目指した。そして、家に着くと俺はいつものように静まり返った暗がりに向かって「ただいま」と一言言った。わかり切ってはいても心のどこかでは寂しいと思っていまいついつい溜息が出てしまう。

 

 レン「はぁー・・・」

 

 しかしその時だった。

 

 ――――グゥ~~――――

 

 突如俺の腹が鳴った。久しぶりの練習で疲れたからな、こういう時は美味いもの食って気分を晴らそう!そう思いながら俺は夕飯を作るために冷蔵庫を開けた。しかし、この時俺は気づくべきだった。冷蔵庫を開けた瞬間、俺は固まった。そうだった、すっかり忘れていた。今うちの冷蔵庫の中は・・・・・

 

 レン「すっからかん・・・だと?」

 

 俺はその場で絶望のあまり膝をついてしまった。いや待て、まだ希望はある!俺は棚の中をあさった。そして、見つけた!こんな時の心強い味方、そう!

 

 レン「カップラ~メ~ン!」

 

 よかった、これで俺は空腹に苦しむということはないようだ!早速お湯を沸かすとカップの中に注ぎあとは蓋をして3分待つだけ。

 

 レン「よし!できた!」

 

 俺は蓋を開けると夢中で麺をすすり、箸を進めた。

 

 レン「ふー食った食った」

 

 俺は食い終わると風呂に入り今日一日の疲れを落とした後自室に向かうと再びギターを取り出し、今日利久に言われたところを練習した。けど、ちゃんと弾けているか不安だな…

 

 レン「ちゃんと弾けてるかな?どうかなにい・・・」

 

 俺は何気なく口にしようとした言葉を言い止まった。

 

 レン「何言おうとしてんだよ・・・ここには俺以外誰もいないじゃないか…」

 

 なんか少しモヤモヤする…少し気分を晴らすため外の空気を吸おうと思いベランダに出た。ふと、上を見上げるとそこには満天の星空が広がっていた。

 

 レン「星空を見ているとなんか色々と嫌なこと忘れちゃうな」

 

 そういえば・・・

 

 レン「小学生の時、キャンプ場で天体観測したなー」

 

 そう思っていると、ふとあの時言われた言葉を思い出した。

 

 『なあレン、知ってるか?この星の光はずっと遠くから何億、何千万年もかけてと届いた物なんだ。それがずっと昔から世界中で色んな人に見られてきた。俺達は遠い時間・場所にいる人と同じものを見ている。人は誰もがこの星空で繋がっている・・・』

 

 レン「この星空で繋がっている・・・か…今頃、父さんと母さんとあの2人もこの星を見ているのかな…」

 

  俺はそう呟くと部屋の中に戻りベッドに入った。その時俺はふとあることに気が付いた。

 

 レン「そういえば・・・ヨーロッパって今昼真っ只中じゃあ…」

 

 やばい、もし今の独り言を誰かに聞かれていたら恥ずかし過ぎて普通に死ねる…

 

 レン「・・・寝よ」

 

 俺は目をつぶった。見えないが俺の顔はおそらく赤面していることだろう…




 
 
  


 W―B―X・・・『仮面ライダーW』op

 Hey World・・・『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』op

 希望の唄・・・『食戟のソーマ』op

 BREAKTHROUGH・・・『アイシールド21』op

key plus words 『Persona4 the ANIMATION』op


 


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バイト初日は大変

 放課後、俺と利久はライブハウス『SPACE』を目指していた。そう、今日から俺と利久はあそこでバイトをすることになっている。つまり今日はバイト初日だ。

 

 レン「利久、急がないとまた師匠にぐちぐち言われるぞ」

 

 利久「・・・はぁ~・・・・・」

 

 レン「利久?」

 

 利久「え?何か言いましたか?」

 

 レン「だから、急がないと師匠にぐちぐち言われるぞって」

 

 利久「あ、そうですね。早くいきましょうか」

 

 レン「大丈夫か?昼休みの時から元気ないぞ」

 

 利久「ええ、実は――――――――――――――」

 

 俺は利久から元気がない理由を聞いた。 

 

 レン「なるほどな、有咲に避けられて落ち込んでたのか」

 

 利久「はい・・・今朝から話しかけても無視されたり、キツイ反応されてりして・・・昨日のことも謝りたいのに・・・」

 

 確かに有咲のやつ昨日めっちゃ怒ってたもんな。けど、あいつなんであんなに怒ってたんだ?ただ可愛いって言われただけだろ?むしろ褒められてるのになんでだ?そんなに可愛いって言われるのが嫌だったのか?でもそんなこと言われて怒る女の子なんているわ・・・いやいるな…アイツも前に可愛いって言ったとき機嫌損ねてたっけ…つまり有咲はアイツと同じ類の女ってことか・・・となると話は簡単だな。

 

 レン「大丈夫だ利久、話しかけたら先ずは即謝れ。そうすれば有咲は許してくれる」

 

 利久「本当ですか?」

 

 レン「ああ、俺を信じろ」

 

 利久「わかりました!明日ちゃんと謝ってみます!」 

   

 レン「よし、それじゃあ急ぐぞ。時間食っちまったからな」

 

 利久「はい」

 

 俺と利久は走り、『SPACE』へと急いで向かった。

 

 

 

         ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 オーナー「やっと来たのかい、次からはもっと早く来な」

 

 俺と利久は急いで来たが結局師匠に小言を言われた。 

 

 オーナー「まずはこれに着替えな」

 

 そう言うとオーナーはここのスタッフが着るTシャツとズボンを渡してきた。

 

 レン「はい」

 

 利久「わかりました」

 

 俺は服を受け取るとそれをもってスタッフ専用の更衣室に入り、渡された服に着替えた。

 

 オーナー「着替え終わったかい。それじゃあ、仕事方は真次に聞きな。それとここで仕事してる間はオーナーと呼びな」

   

 そう言い残すと師匠は自室に入っていった。いや人任せかよ・・・で、その真次さんって?そう思っていたら同じスタッフTシャツを着た俺らより年上の女の人がいた。あれ?この人って確かいつもカウンターに立ってる人だよな?

 

 凛々子「君達が赤城 レン君と石美登 利久君だよね?オーナーから話は聞いてるよ。私は真次 凛々子、ここでの仕事で分からないことがあったら何でも聞いてね?」

 

 レ利「「はい、よろしくお願いします」」

 

 そして俺と利久は凛々子さんから掃除の仕方やステージのセッティングに機械の扱い方、カウンターでの仕事のやり方等ここでのことを色々と教わった。やってみて分かったがライブハウスの仕事って結構大変なんだな。

 

 凛々子「あ、そろそろ時間ね」

 

 レン「え?時間って何のですか?」

 

 俺が凛々子さんに聞いたその時、師匠が先程の部屋から出てきた。

 

 オーナー「そろそろオーディションの時間だよ。石美登、お前が音響をやりな」

 

 利久「あ、はい」

 

 師匠は利久を連れ会場の方にに入っていった。ああ、なんだオーディションか。ここではバンドがライブに出るにはオーディションに合格しなくてはいけない。オーディションに合格するには演奏技術はもちろん求められるが、それよりももっと求められることがある。それは・・・演奏をやりきったかどうか。師匠はオーディションを受けたバンドには演奏が終わった後に必ずやりきったかどうかを聞く。なんでも昔ライブでやる気のない演奏をしたバンドがいたらしく、それ以来ここではライブをする度にオーディションを行い、そこで全力の演奏をしたバンドだけにライブに出ることを許している。利久を連れてったってことはおそらく利久に演奏の評価をさせるんだろう。そう思っていると入り口の扉が開いた。お、どうやらオーディションを受けに来たバンドが来たようだ。

 

 レン「あ、こんにちは。オーディションを受けに来たバンドですか・・・って」

 

 俺はバンドに挨拶をしようとして止まった。

 

 ?「ヤッホ~~~!ファイヤープリンスレン君!久しぶり~~~~!」ワシャワシャ

 

 突然、花咲川の制服に身を包んだめっちゃテンションが高いショートヘアーの女の人が俺に飛びついてきて頭をワシャワシャッとしてきた。

 

 レン「ちょ・・・ひなこさん・・・やめてください」

 

 この人は二十騎 ひなこ。俺らの先輩の3年生でGlitter*Greenのドラムでもある。普段からめちゃくちゃテンションが高く、よく大声を上げたり、叫び声を上げたりしている。今絶賛俺にしてきているこのやたらと激しいスキンシップもこの人の挨拶のようなものなのだが、こんなことしていると・・・

 

 ?「こらぁ!アンタはまたそうやって!ごめんねレン君、いきなりひなこが飛びついたりして」

 

 突然ひなこさんは茶色い髪をシュシュでまとめポニーテールにした女の人に引きはがされた。この人は鵜沢 リィ。ひなこさんと同じく花咲川に通う3年生でGlitter*Greenのベースを担当していて、いつもデべコというキャラクターのぬいぐるみを持ち歩いている。この町にある江戸川楽器店という楽器屋さんでアルバイトをしていて俺もよくお世話になっている。

 

 レン「リィさん、ありがとうございます」 

  

 ゆり「あら、レン君その格好どうしたの?」

 

 七菜「もしかしてアルバイト?」

 

 今度はゆりさんと七菜さんの2人が中に入ってきた。これでGlitter*Greenが揃った。 

 

 レン「ゆりさん、七菜さん。ええ、ちょっと訳ありで今日から利久とここでバイトすることになったんです」

 

 ゆり「そうだったの。それで利久君は?」

 

 レン「オーナーと一緒にステージの方に、多分オーディションの審査だと思います。皆さんも次のライブのオーディションを受けに来たんですよね?」

 

 ゆり「ええ、そうよ。けど利久君も審査に加わるとなると今日は一段と厳しくなるな~」

 

 レン「大丈夫ですよ!グリグリの演奏はSPACE1ですし、なによりも求められるのは演奏技術じゃなくて・・・」

 

 ゆり「やり切ったかどうか。でしょ?」

 

 ゆりさんは笑顔で俺に聞いてきた。さすがSPACE常連、よくわかっている。

 

 レン「それじゃあ、オーディション頑張ってください!」

 

 ゆり「ええ、よかったらレン君も見ててね?」 

 

 レン「はい!もちろんです!」

 

 ゆり「じゃあ、また後でね」 

 

 七菜「アルバイト、頑張ってね」

 

 ひなこ「レ~ン~く~ん!ファイト~!」

 

 リィ「うっせぇ!とっとと行くぞ!ごめんねレン君バイト頑張ってね~」 

 

 レン「はい、皆さんも頑張ってください!」

 

 グリグリの4人はステージへと向かっていった。俺はロビーにあるモニターの方に目を向けた。するとそこにはステージに立つグリグリの4人の姿が映し出されていた。ここではオーディションの様子を他の人にも見れるようにしていて、その模様はこのモニターで見ることが出来る。

 

 グリグリ『Glitter*Greenです。よろしくお願いします!』

 

 4人は師匠に一礼すると演奏を始めた。俺は夢中になって4人が演奏する姿を見ていたがあっという間に演奏は終わった。

 

 オーナー『石美登、あんたは今の演奏聴いてどうだった?』 

 

 利久『そうですね、とてもよかったと思いますよ?ただベースが少しだけ勢いが足りていませんでした。あとドラムのテンポが所々少し早くなりそうになっている所がありました。』

 

 オーナー『だそうだ。これを踏まえたうえで聞くよ。やり切ったかい?』

 

 グリグリ『はい!やり切りました!』

 

 オーナー『よし、合格だ』

 

 グリグリ『はい!ありがとうございました!』

 

 よかった、合格できたみたいだ。おっと、どうやら余韻に浸っている時間はないみたいだ。オーディションを受けに来たバンドが次々と入店してきた。さてと、それじゃあ仕事に取り掛かるとしますか。

 

 レン「お待たせしました。アイスコーヒーです」

 

 利久「次のバンド、準備お願いしまーす!」

 

 その後、俺と利久は忙しく動いていた。今まで知らなかったがライブハウスの仕事って結構大変なんだな。俺らはスタッフの大変さを噛み締めた。そして、数時間の激務が終わった。

 

 ゆり「2人ともお疲れ様」

 

 レン「あれ?ゆりさん達まだ残ってたんですか?」

 

 七菜「ええ、他のバンドも見たくて」

 

 ひなこ「レ~ン君!お疲れ?チョーお疲れー!?よ~し!ひなちゃんのハグで癒してあげよ~!」

 

 リィ「やめろ!余計に疲れるだろうが!」

 

 ゆり「それじゃあ、私たちは帰るから」

 

 七菜「また明日学校で」

 

 ひなこ「2人ともバイバ~イ!」

 

 リィ「お疲れさまでした」

 

 4人はSPACEを後にした。しかし途中でゆりさんが立ち止まり俺らの方を振り返った。

 

 ゆり「そういえばレン君、利久君、あなた達は次のライブに出ないの?」

 

 レン「・・・・・はい・・・残念ですけど、俺らは出ませんよ」

 

 利久「レン・・・」

 

 ゆり「そう・・・ごめんなさい、余計なこと聞いちゃったわね」

 

 レン「いえ、そんなことないです。気にしないでください」

 

 ゆり「そう、わかったわ。それじゃレン君、利久君、またね」

 

 そう言うとゆりさんはSPACEから出ていった。ごめんなさい、ゆりさん。俺は・・・もうここでのライブには出ないって決めているんです・・・

 

 利久「レン・・・レンがここでのライブには出ないって決めていることはわかっています。本当なら此処にはもう来ないようにしてたって事も。でも、もう一度出てみてもいいんじゃないですか?それに・・・他の3人に、あの人達だって、きっとレンがここでのライブに出ることを望んでいるはずですよ?まあ、無理にとは言いませんが…」

 

 レン「利久・・・けど・・・今の俺に出る資格なんて・・・」

 

 俺が呟こうとしたその時、スタッフルームの扉が開き中から凛々子さんが出てきた。

 

 凛々子「あ、2人ともお疲れ様。オーナーが今日はもう上がっていいって」

 

 利久「あ、はい!わかりました!じゃあレン、帰りましょう」 

 

 レン「ああ、凛々子さん先に失礼します」

 

 凛々子「ええ、あっ!そうだこれ、シフトの日程表。2人のシフトの入り時間が書いてあるから」

 

 レン「ありがとうございます」

 

 利久「それじゃあ、僕たちは着替えてきますね」    

 

 そう言うと俺と利久は制服に着替えSPACEを後にした。さてと、俺は行くとしますか。

 

 利久「あれ?レンの帰り道ってこっちじゃありませんでしたっけ?」

 

 レン「ああ、ちょっとスーパーに、冷蔵庫の中空っぽの儘ってわけにもいかないだろ?それにこの時間だとセールやってるし」

 

 利久「ああ、成程。じゃあ僕も行きます」

 

 レン「え?どうして?」

 

 利久「それは勿論、夜戦(NFO)に備えて物資(お菓子とジュース)の補給n「早く寝ろ!」わかりました・・・」

 

 利久はブーたれていたがまた明日もあんな状態で来て、授業中に寝るなんてことになったらこいつの成績にも関わるし、居残りや補修なんてなったらバンドの方にも支障が出るし、バイトでこいつの分の仕事が俺の方に回ってきやがる。それだけは断じて御免だ!

 

 レン「じゃあな」

 

 利久「はい、また明日」

 

 利久と別れ、俺はスーパーに向かった。

 

 

         

 

 

     ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 レン「さてと、今日安いのは・・・お!ヒレ肉がお買い得だ!今日は豚カツかな?あ細切れ肉も」

 

 俺は籠の中に特売品のヒレ肉と細切れ肉を入れた。豚カツとなるとあと必要なのは・・・

 

 レン「げ、キャベツがちょっと高くなってる。あとは卵とサラダ油と・・・」

 

 俺は必要なものをかごに入れるとレジへと向かい会計を済ませた。ちょっと買いすぎたかな?

 

 ?「あれ?レン君?」

 

 レン「え?あっ!」

 

 ふいに声をかけられ振り返るとそこには俺が、というよりも日本中の人が良く知るピンク色のセミロングの髪の女の人がいた。

 

 レン「彩さん!?どうしてここに!?」

 

 彩「ちょっと仕事帰りにお母さんに買い物を頼まれちゃって」

 

 この人は丸山 彩。花咲川に通う高校2年生、つまり俺の先輩だ。俺と明日香と来人のクラスメイトの若宮 イヴちゃんと同じくアイドルバンド、Pastel⋆Palletのメンバーでボーカルを担当している。と言うよりも・・・

 

 レン「そうですか・・・てか変装しなくて良いんですか?人気アイドルがこんな所にいたら大騒ぎになりますよ?」

 

 彩「いやー、それが誰にも気づかれなくて・・・」

 

 レン「マジですか…」

 

 彩さんはコクリと頷いた。ええ・・・人気アイドルのましてやセンターの人が居るのに気づかないなんて…あ、でも確か彩さんってステージに立ってるときは髪をツインテールにしてなかったっけ?もしかして、今は髪を下ろしてるからそれで気づかれてないとか?

 

 レン「確かに・・・彩さんて普段からアイドルオーラほぼ皆無だしな…」

 

 彩「え!?ちょっとレン君!今のどういう意味!?」

 

 あ、やべ・・・声に出てたか…

 

 レン「えーと・・・ほら、彩さんって普段から「アイドルやってますよ~」って感じがしないじゃないですか。色々ドジをやらかしたり、ちょっと抜けてたりとかして・・・」

 

 彩「レン君・・・それ全然フォローになってないよ…」

 

 レン「え!?えーと、そうじゃなくて・・・俺が言いたいのは、その~え~と・・・」

 

 彩「ふふふ、もういーよ。気にしてないから」

 

 失礼なことを言ったにもかかわらず彩さんは笑顔で許してくれた。すいません・・・おれ、気が利いたこと言えなくて・・・ 

 

 彩「ところで、レン君も買い物?」

 

 レン「はい、調度セールの時間だったので。1人暮らししてるとこういうのは逃せないんで」 

 

 彩「そっか、大変だね?」

 

 レン「いえ、自分で決めたことですし。ところで彩さん、買物は終わったんですか?」

 

 彩「うん、ちょうど終わったところ。レン君は?」  

 

 レン「俺もちょうど終わったところです。あ、それなら家まで送りましょうか?」 

 

 彩「え?そんな悪いよ!」

 

 レン「でも可愛い女の子、ましてや人気アイドに暗い夜道を1人で歩かせるなんて事出来ませんよ」

 

 もしかしたら不審者に出くわすかもしれない、例えば狂信的なファンとか、ナンパ野郎(来人)とか、ストーカーとか、女好きのバカ金髪(来人)とか、アホ(来人)とか・・・ 

 

 彩「か・可愛い!?エヘヘ、そんなことないよ~///それにレン君もカッコいいよ~///」 

 

 レン「彩さん?」

 

 なんかブツブツ言ってるけどどうしたんだ?

 

 レン「彩さん?」

 

 彩「え!?な、なあに?」

 

 レン「さっきから何かブツブツ言ってましたけど・・・どうしたんですか?」

 

 彩「な、何でもないよ!ほら!じゃあ行こう!」

 

 レン「あ、はい」

 

 俺は彩さんを家まで送っていった。その道中彩さんの顔が赤かったように見えたがきっと気のせいだろう。  



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やっぱり朝は少し騒がしい

 SPACEでのアルバイトが始まってから数日が経った。この数日で色々やったが結構大変だった。と言うよりもよりも、師匠・・・人使いめっちゃ荒い!しかも明らかに他のスタッフよりも仕事量が多い!なに!?何なのあの人!俺が弟子だからって何の躊躇いも無くこき使ってんの!?容赦ねえな…まあ、そんな愚痴てたって学校を休むわけにはいかない。俺は今日も4人と一緒に登校しているのだが・・・

 

 利久「・・・zzz・・・スピー・・・ムニャムニャ・・・」

 

 来人「重いー!おいお前ら代われ!」 

 

 今絶賛利久は来人に背負われながら眠りこけている。今朝駅に集まったら利久はまた前と同じ様にかなり寝不足気味だった。そしたら急に倒れ、偶々近くにいた来人が支えた結果そのまま負ぶらせ登校している。それにしてもさっきから五月蠅い。全くこの中で1番運動できるくせに・・・

 

 来人「だから代われって!」

 

 レン「やだ」

 

 碧斗「断る」

 

 明日香「無理」

     

 来人「ひどい!薄情物!こいつどんだけ重いと思ってんだよ!」

 

 レン「我慢しろ、それぐらい負んぶ出来なきゃ女の子も負んぶすること出来ないぞ?」

 

 来人「ふざけんな!こんなダラシねえ寝顔してる天然野郎と可愛い女の子を一緒にすんな!少なくとも女の子はこいつよりはぜってー軽い!」

 

 そんな事ねえと思うけどな・・・事実重かったし…てか来人、お前女の子を負んぶしたことあんのか?お前がやったら通報物だぞ?てか、ダラシねえって・・・お前仲間に対して容赦ねえな…

 

 来人「なあ碧斗、お前もそう思うだろ!?こいつと女の子を一緒にするなんて女の子に対して失礼だろ!?」

 

 そこかよ!?てかなんで碧斗に聞いたんだよ・・・ほら、碧斗も呆れてるし… 

 

 碧斗「下らない、そんなこと俺が知るか」

 

 来人「なら例えを変えよう、霜降り牛肉とそこにいる鈍感野郎は同等か?」

 

 そう言いながら来人は俺に指をさしてきた。いや例えを変えるって対象人物まで変えるのかよ。

 

 碧斗「そんなボケナスと高級食材を一緒にするな!」

 

 いや、お前もかよ!てかボケナスってなに!?ひどくない!?うん?なんか寒気が・・・そう思って後ろを見ると・・・

 

 明日香「3人とも・・・遅刻するよ?」-ゴゴゴゴゴゴ―    

 

 レ碧来「「「ヒッ!」」」

 

 笑顔だけど目が笑っていない明日香の姿があった。めっちゃ怖い…

 

 明日香「来人?」

 

 来人「はいッ!」

 

 明日香「利久のことは責任を持ってちゃんと学校まで負ぶってね?」

 

 来人「わかりました!」

 

 結局、利久は来人が負ぶって行く事になった。この間にも利久は呑気に眠っていた。

 

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  

 

 香澄「おっはよ~!」

 

 有咲「それやめろ!」

 

 校門の前に着くと、ランダムスターを弾き鳴らしている香澄とそれを止める有咲の姿があった。

 

 香澄「あ!レン君、碧斗君、あっ君、ライ君、リッ君、おはよう!」

 

 有咲「っ!ご、ごきげんよう」

 

 明日香「おはよう」

 

 碧斗「ああ、おはよう」

 

 来人「2人とも、おはよう!今日も可愛いね!」

 

 レン「香澄、そのギター・・・」 

 

 それって確か有咲の家の蔵にあったやつだよな?

 

 香澄「レン君の言った通りだったよ。何度もお願いしたら有咲がギターを譲ってくれたの!」

   

 レン「そうか・・・けど弾きながら登校するのはやめた方がいいぞ」

 

 せめてケースには入れて持ち歩けよ。

 

 香澄「あ、おはようございます!」

 

 香澄は俺が警告しているにもかかわらず無視して近くの人に挨拶をした。そこには七菜さんと他の生徒会の人が居た。あ、これやばいな・・・ 

 

 「没収」

 

 香澄「ええ!?ギターダメなんですか!?」

 

 「弾きながらとかありえないから!」

 

 七菜「放課後、生徒会室に来て」 

 

 香澄はギターを生徒会の人に没収されてしまい落ち込んでしまった。何やってんだ・・・そう思い呆れていると不意に後ろから声をかけられた。

 

 りみ「レン君、なにかあったの?」

 

 レン「りみちゃん、おはよう。いや、香澄がギター弾きながら登校して生徒会にギター没収された」 

 

 りみ「そ、そうなんだ・・・か、香澄ちゃん!」

 

 香澄「あ、りみり~ん!」

 

 香澄はりみちゃんに気が付くと駆け寄り泣き付いた。急に抱き着かれりみちゃんは少し戸惑っていた。

 

 りみ「あ・・・え、えーと、ななちゃん・・・生徒会長なら大丈夫だよ…」

 

 りみちゃんの言葉を聞き、香澄はりみちゃんから離れた。けど・・・

 

 レン「ごめん、りみちゃん。あれを見せられると大丈夫じゃない気がしてくるんだけど…」

 

 りみ「え?」

 

 俺が指をさした方を見るとそこには・・・

 

 七菜「3人とも、しっかりと押さえててね?」

 

 来人「承知しました」

 

 明日香「はい」

 

 碧斗「どうぞやってください」

 

 依然として眠っている利久のことを碧斗、明日香、来人がホールドしながら立たせている姿があった。

 

 七菜「それじゃ・・・すぅー・・・」

 

 七菜さんは息を深く吸うと手を振り上げ、そして・・・

 

 

 

 

 ――――――パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!――――――

 

 

 

 

 

 利久の頬に思いっきり往復ビンタをかました。うわぁ~痛そ~…

 

 利久「ふぁ~~~・・・あれ?どうして七菜さんが目の前に?後なんか頬っぺたが少しヒリヒリします…」

 

 ようやくお目覚めかよ・・・まったく、どんだけ寝不足なんだか… 

 

 七菜「利久君、あなたまた夜遅くまでゲームしてたわね?夜はしっかり睡眠をとらないとだめよ?」

 

 利久「は、はい・・・ごめんなさい・・・来人もご迷惑をおかけしました・・・」  

 

 そう言うと利久は他の3人と一緒に校舎へと入っていった。さっきの絵面を見せられた香澄と有咲とりみちゃんは呆然と立ち尽くし、香澄はより不安げな表情をしていた。

 

 有咲「よ、容赦ねーな・・・」

 

 香澄「だ、大丈夫かな・・・?私のギター、ちゃんと帰ってくるかな?」 

 

 りみ「だ、大丈夫だから、安心して・・・」

 

 レン「大丈夫大丈夫、七菜さん結構優しいから」

 

 ほんと、見つかったのが紗夜さんじゃなくてよかった。あの人はめっちゃ厳しいから反省文とか書かせてきそうだしな。

 

 香澄「あ!そうだ!2人とも、バンドの練習、有咲の家でしよう!」

 

 有咲「勝手に誘うな!」

 

 香澄「え~」

 

 香澄は突然思い出したかのようにそう言いながら俺とりみちゃんの肩をつかんできた。バンドの練習?あ!そうだった、俺まだ断ってなかった・・・て、りみちゃんも?もしかして・・・ついにりみちゃんもバンドを始めるの?俺はりみちゃんの方に視線を向けた。するとこちらを見ていたりみちゃんと視線が合った。その目を見て何が言いたいのか伝わってきた。

 

 りみ(え?レン君香澄ちゃんとバンドやるの!?)

 

 レン「いや、入らないからな!?香澄が勝手に言ってるだけだからな!?第一リーダーが他のバンドに入っちゃダメでしょ!」

 

 俺は何とか小声でりみちゃんに伝えた。それを聞いてりみちゃんは「そっか」と少し安心した表情をしていた。

 

 レン「わるいな香澄、俺はお前とバンドはやらない」

 

 香澄「え!?どうして!?」

 

 本当はここで俺もバンドやっててリーダーだからって言えばいいんだろうけど言ったら言ったで面倒なことになりそうだから黙っておくか…

 

 レン「バイトが忙しいんだ。雇い主の人が俺のこと結構こき使うし、何より俺にその気がない。それにグリグリを見てバンド始めようと思ったんだろ?だったら女子だけでガールズバンドやった方がいい」

 

 香澄「そっか~、残念・・・それじゃありみりんは!?」

 

 りみ「えーと・・・」 

 

 俺の返答を聞いた香澄は残念がったがすぐに立ち直り今度はりみちゃんの方に聞いた。ゆりさんに強い憧れを抱いている彼女のことだ、ついに自分もバンドを組めるのだから喜んで行くと思っていた。しかし・・・その表情は少し悲しげだった…

 

 りみ「あの!ごめんなさい!やっぱり・・・バンド・・・できない…」

 

 香澄「え?」

 

 そう言うとりみちゃんは校舎の方へと走っていってしまった。俺と香澄と有咲は突然の彼女の謝罪に呆気に取られ、呆然と立ち尽くしてしまった。しかしすぐに気が付き、りみちゃんのことを追いかけた。

 

 

 

 

     ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 一方その頃教室では―――――――――

 

 

 明日香「来人、何か言うことはあるかな?」

 

 来人「別に俺は普通に朝の挨拶をsオーケー、オーケー、分かったからその手を放してはくれないか?」

 

 今現在、僕は来人のことをこの手で机の上に組み伏せていた。理由は勿論いつものように来人が女の子に手を出していたからだ。 

 

 明日香「まったく、なんで女の子に手を出すのかな?」

 

 来人「そこに女の子がいるからd待って待って待って、力を込めるな。骨が逝ってしまう」

 

 明日香「え?なに?もっと力を込めて二度とナンパが出来ないように腕を折ってトラウマを植え付けてくださいだって?喜んで」

 

 来人「言ってない!言ってない!言ってない!それはただお前がやりたいだけだろ!?」

 

 明日香「予防だよ」

 

 来人「俺の行動を風邪みたいに言わないでくれます!?」

 

 明日香「やめなよそんなこと言うの・・・風邪のウィルスが不快な思いをするでしょ?」

 

 来人「なんでだよ!なんで病原菌の心配をするんだよ!?」

 

 明日香「病原菌以下が何言ってるの?」

 

 来人「ひどい!」

 

 まったく、いっつも思うけどなんでナンパなんてするんだろ?ちょっとは学習してほしい・・・少しはレンを見なら・・・いやダメだ。下手したらアレはコレよりもたちが悪い…アッチもアッチで少しは学習してほしい… 

 

 来人「てか明日香!いい加減に放せよ!」

 

 明日香「あ、ごめんごめん」

 

 すっかり忘れてた。僕はすぐに来人を放した。その時だった。それと同時にりみちゃんが教室に駆け込んできた。そして彼女は自分の席に向かうと息を整えた。

 

 りみ「やっちゃった・・・」

 

 やっちゃった?微かだったけど確かにそう言ったよね?りみちゃん、なにかあったの?そう思っていると今度は彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 香澄「りみりーん!」

 

 りみ「あっ!」

 

 今の声、香澄ちゃん?何故か分からないけどりみちゃんは今の呼び声を聞いて狼狽るとカーテンの後ろに隠れた。けど・・・足が丸見え・・・全く隠れられてない…案の定、香澄ちゃんが教室に入ってきたらすぐに見つかちゃった。

 

 香澄「りみりん発見!」

 

 そう言うと香澄ちゃんはカーテンごとりみちゃんに抱き着いて、りみちゃんはカーテンにくるまれながらもがいていた。止めに行こうかと思ったその瞬間、調度レンも教室に入ってきた。レンは香澄ちゃんを見つけると深いため息をついて香澄ちゃんの頭に手刀を振り下ろした。

 

 レン「はぁ~、ていっ!」

 

 香澄「痛いっ!レン君なにするの!?」 

 

 レン「それはこっちのセリフだ。嫌がってるだろ?」

 

 香澄「う、ごめん…」

 

 りみ「ぷはぁ~」

 

 香澄ちゃんが離れるとりみちゃんはカーテンから顔だけを出した。ミノムシかな?

 

 香澄「なんでダメなの?」  

 

 ダメ?りみちゃん、香澄ちゃんと何かやろうとしてたのかな?

 

 香澄「親にダメって言われた?」

 

 りみ「ううん」

 

 香澄「誰かに脅された?」

 

 りみ「ううん」

 

 香澄「じゃあ・・・やっぱり私とやるの・・・」

 

 りみ「あ、うんうんうんうんうんうん」

 

 りみちゃんは全力で否定したけど首を振りすぎて目を回してその場にへたり込んでしまった。て、大丈夫!?

僕はりみちゃんに駆け寄った。

 

 香澄「りみりん!?」

 

 レン「りみちゃん!?」

 

 明日香「りみちゃん!だいじょうぶ!?」

 

 沙綾「牛込さん!?」

 

 あれ、沙綾ちゃん来てたんだ。て、そうじゃなくて!

 

 明日香「りみちゃん!しかっりして!」

 

 りみ「う~~・・・ごめんなひゃい・・・」

 

 りみちゃんは気を失ってしまった。ありゃりゃ・・・

 

 レン「気失っちゃってる・・・」

 

 明日香「仕方ない・・・よいしょっと!」

 

 僕はりみちゃんを保健室に運ぶために抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこってやつだ。ちょっと沙綾ちゃん、ニヤニヤするのやめてもらえる?来人もニヤニヤしてるし、やっぱり腕の1本やっとくべきだったかな?

 

 レン「明日香、いいのか?別に俺が運んでも「いいから!」お、おう・・・」

 

 まったく、彩さんに見られたりでもしたらどうするのさ…あの人真に受けやすいからあらぬ誤解が生まれる。

 

 明日香「じゃあ、ちょっと行ってくる」

 

 そう言うと僕はりみちゃんを保健室まで運んだ。道中、色んな人に見られてヒソヒソ言われたけどあまり気にしてられなかった。けど、この時僕は気づかなかった。この状況を見られると面倒くさい人に見られていたことに・・・

 

 

 

 

 

 ――――――パシャリ!――――― 

 

 

 

 

 

 ゆり「ちょっと遅く来たけど中々いい光景が見れたわ。それにしてもりみをお姫様抱っこするなんて、明日香君も大胆ね!フフッ、明日香君が私の弟になる日が待ち遠しいわね」 

 

 ゆりさんはそう言いながらさっき撮った僕がりみちゃんをお姫様抱っこで運んでいる写真を眺めながらニヤニヤしていた。

 けど、そこではもう1人、プラチナブロンドの長い髪の女の人が僕がりみちゃんを運ぶ光景を見ていた。

 

 

 ?「明日香君が・・・女の子をお姫さま抱っこ?ふーん、朝からなかなか見せつけてくれるじゃない?これはちょっと色々と聞かないといけないみたいね?次ぎに合ったときは覚悟しておいてね?ねえ、明 日 香 君 ?

 

 

 明日香「ヒッ!今なんだか寒気が・・・」

 

 とりあえず僕はりみちゃんを保健室まで運ぶとベッドに寝かせ、教室に戻った。しばらくしたらりみちゃんは教室に戻ってきた。けどなぜだか顔が赤かった。大丈夫かな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 ―――――昼休み―――――

 

 俺らは屋上に来ていた。理由は勿論5人で昼食をとるためだ。けど今日はりみちゃんも一緒だった。俺達が来た時、りみちゃんは独りチョココロネをほおばっていた。そりゃあ今朝に香澄とあんなことがあったんだ、気まずくてお昼を一緒に食べるなんてできないだろうな。けど・・・なんでりみちゃん断ったんだろ?

 

 レン「ねえ、りみちゃん。どうして香澄の誘いを断ったの?」

 

 りみ「えっ!?」

 

 明日香「レン!」

 

 あ、やっぱ聞いちゃまずかったかな・・・

 

 レン「ごめん・・・ちょっと気になって・・・けど、香澄とやるの嫌じゃないんだろ?」 

  

 りみ「・・・うん・・・私、香澄ちゃんが誘ってくれて・・・めっちゃ嬉しかった・・・」

 

 利久「なら、どうしてですか?」 

 

 りみ「そ、それは・・・ごめん!」

 

 レン「りみちゃん!?ちょっと待って!」

 

 りみちゃんは屋上を立ち去ってしまった。俺はすぐにに立ち上がりりみちゃんを追いかけようとした。けど・・・

 

 ―――――ガシッ!―――――

 

 腕をつかまれ引き留められた。目を向けると碧斗が俺の腕をつかんでいた。

 

 レン「碧斗?」

 

 碧斗「追うな、今はそっとしておいてやれ」

 

 レン「けど・・・」

 

 碧斗「それに、それはお前の役目じゃない。もっと適任者がいる」

 

 そう言うと碧斗は明日香の方に視線を向けた。明日香?そうか、確かにその通りだな。

 

 明日香「は~・・・わかったよ。レン、僕に任せてもらえる?」

 

 レン「ああ、頼む」

 

 とりあえず俺達はこの一件を明日香に任せることにした。



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必要なのは勇気

 ―――――翌日の放課後―――――

 

 今日、レンと利久はバイトのシフトが入っていないらしい。だから今日の放課後は来人の家で練習をしないかって言われた。けど・・・

 

 明日香「ごめん!今日この後バイト入ってるから」

 

 来人「わるいな、俺も今日はバイトだから」

 

 レン「そうか・・・いや、気にするな。じゃあ頑張れよ」

 

 残念ながら今日は僕と来人にバイトがあってできない。残念だけど練習はまたの機会に。とりあえず僕は来人と一緒にバイト先に向かった。けど、その道中・・・

 

 明日香「来人、あれ・・・」

 

 来人「うん?あ!」

 

 僕が指さす先には外国人夫婦に話し掛けられて、狼狽えているりみちゃんの姿があった。どうやら道を聞かれているみたいだけど英語で聞かれているから何を言っているのかさっぱり解らないみたいだ。けどその時だった。

 

 香澄「どうしたの?」

 

 どこからともなく香澄ちゃんがが現れた。香澄ちゃんは外国人夫婦を見ると話し掛けにいった。もしかして香澄ちゃん、英語話せるの?

 

 香澄「ハロー!アイムカスミ!アイムギタリスト!」

 

 うん、どうやらできないみたいだ。突然のことに外国人夫婦の2人も「どうゆうこと?」って顔に出てるし、状況がさらに悪化した。

 

 明日香「これは助けた方がいいよね?」

 

 来人「だな!」

 

 困っている女の子を見て助けないなんて男として恥ずかしいしね。

 

 明日香「香澄ちゃん!りみちゃん!」

 

 りみ「明日香君!?来人君!?」

 

 香澄「あ!2人とも、今この人達に道を聞かれてるんだけど・・・」

 

 明日香「大丈夫、状況は理解してるから。それじゃあ来人、頼んだよ」

 

 来人「俺頼りかよ!お前がやるんじゃないのかよ!?」  

 

 明日香「僕が話すより来人が話した方がいいでしょ?なにせ来人は英語もフランス語もペラペラなんだから」

 

 来人「あー!わかったよ!・・・Excuse me,where do you want go?・・・ふむふむ、なるほどなるほど・・・If that place go straight this way and you will turn right at the third traffic light.Will guide.」

 

 来人に対応を任せると僕らは外国人夫婦を目的の場所まで案内することになりそこまで送っていった。

 

 来人「I got up.・・・No problem, you are welcome.」

 

 来人の英話術のおかげで外国人夫婦に道案内して2人を送り届けることができた。これで一件落着かな?そして僕らは近くの公園の階段で一休みしていた。

 

 香澄「案内できてよかったね!あっ君とライ君が来てくれて助かったよ!」

 

 りみ「うん・・・2人ともありがとう…」

 

 明日香「別にいいよ、たまたま通りかかっただけだし」

 

 来人「そうそう、それに目の前で女の子が困ってたら助けるのは男として当然のことだよ」

 

 りみ「私すぐに上がっちゃうしテンパっちゃって・・・かっこわるい…」

 

 来人「そんなことないよ、りみちゃんは可愛いよ」

 

 香澄「そうだよ、ライ君の言う通りりみりんは可愛いよ」

 

 りみ「うんうん・・・香澄ちゃんすごい・・・」

 

 香澄「え?」

 

 りみ「自己紹介とか、バンドのこととか・・・全部一生懸命で・・・楽しそうで・・・」  

 

 明日香「りみちゃん・・・」

 

 りみ「香澄ちゃんがバンドに誘ってくれて嬉しかった。でも・・・ステージに上がるの怖くて・・・みんなに見られてると頭真っ白なって動けなくなっちゃう・・・お姉ちゃんみたいにかっこよく出来ない、間違えたら迷惑かけちゃう・・・きっと、がっかりさせちゃう…」

 

 明日香「っ!」

 

 来人「・・・」

 

 そうゆうことだったんだ・・・りみちゃんがゆりさん、グリグリ、そしてバンドに対して強い憧れを抱いていたのに、今まで誰ともバンドを組まないで、香澄ちゃんの誘いも断っていたのは・・・りみちゃんは自分に自信を持てなかっからだったんだ…

 

 りみ「ごめんね…」

 

 香澄「うんうん」

 

 香澄ちゃんは首を横に振ると立ち上がって階段を昇った。

 

 明日香「香澄ちゃん?」

 

 香澄「りみりんとまた話せてよかった!」

 

 そう言うと香澄ちゃんは横にあった滑り台から無邪気な子供のように滑り降りて、着地するとりみちゃんに向けて笑顔を見せた。それを見たりみちゃんはさっきまでの浮かない顔と打って変わって笑顔になった。

 

 香澄「それじゃあ私行くね?有咲のこと待たせちゃってるから」

 

 そう言うと香澄ちゃんはこの場を後にした。香澄ちゃん凄いな・・・それなりに付き合いがある僕達でも今まで聞くことが出来なかったりみちゃんの胸の内を会ってたった数日の関係なのに聞き出すなんて・・・

 

 来人「おっと、そういえばバイトに行かなきゃいけないんだった」

 

 明日香「あ!そうだった!」

 

 そうだった!こんな所にいる場合じゃなかった!急いでいかなきゃ!そう思って僕は立ち上がろうとした。けどその時だった。

 

 来人「おっと、お前はここに残れ」

 

 来人に止められた。え?ちょっと何言ってんの!?

 

 明日香「ちょっと来人!?」

 

 来人「安心しろ、店長にはお前は遅れるって伝えておくから。じゃあねりみちゃん、また明日!」 

 

 そう言うと来人は足早にこの場を去っていった。相変わらず逃げ足速いんだから・・・まあ、こうなった以上仕方ない、レンにも頼まれてるし・・・

 

 明日香「よっこらせ」

 

 りみ「あ、明日香君!?」

 

 僕はりみちゃんの隣に腰を下ろした。突然のことにりみちゃんは驚きを隠せないでいた。

 

 明日香「隣、いい?」

 

 りみ「う、うん///いいけど・・・その・・・アルバイトはいいの?」

 

 明日香「大丈夫、まだ時間はあるから」  

 

 りみ「そ、そうなんだ///」  

 

 明日香「・・・・・」

 

 りみ「・・・・・」

 

 すっごく気まずい!ああもう!沈黙が続いて何とも言えない空気になってるし!レンも来人も僕にどうしろっていうのさ!?兎に角今はこの空気を何とかするためになんか言わなきゃ・・・

 

 明日香「あ、あのさ、りみちゃんはどうしてベース始めたの?」

 

 りみ「え!?えーと・・・やっぱり、お姉ちゃんがやってたから・・・かな?」

 

 明日香「そ、そっか・・・そうだよね…」

 

 やばい!さっきよりも気まずくなった!あ~僕の馬鹿!なんで答え解ってる質問をしちゃうのさ!

 

 りみ「あ、明日香君は・・・どうしてベース始めたの?」  

  

 明日香「え?僕?僕はレンにお願されたから。あと、小さい頃お婆ちゃんに三味線と琴の稽古を付けられてたからかな?」

 

 りみ「そうなんだ・・・ね、ねえ、明日香君は、どうしてレン君とバンドやろうって思ったの?」

 

 明日香「え?ああ、そういえばりみちゃんには僕がレン達とバンド始めた時のこと話したことなかったっけ」

 

 あんまり人に聞かせる様なもんじゃないけど・・・りみちゃんになら、いいかな?

 

 明日香「実は僕、最初はバンドやりたくなかったんだ」

 

 りみ「え!?そうだったの!?」   

 

 明日香「うん、りみちゃんはさあ、僕が親の言いつけで子役やってたのは・・・知ってるよね?」

   

 りみ「う、うん・・・でも、やめちゃったんだよね?どうして?」

 

 明日香「・・・嫌になったんだ・・・芸能活動が…」 

 

 りみ「え?えーと・・・なにかあったの?」

 

 明日香「まあね・・・最初の頃は楽しかった。演じることも楽しかったし、うまく出来ると周りの人も褒めてくれて、友達も沢山できた。でも・・・人気が出るに連れて学校に行けなくなることが多くなって、他にも沢山の習い事に子役の稽古で遊ぶ時間も無くて、友達とも距離ができちゃったんだ。ただ、それだけならよかった・・・学校に行ってないのにテストでは毎回100点を取ってて、それを面白く思わないクラスの子から・・・虐めを受けてたんだ…」

 

 りみ「え・・・」

 

 明日香「でも、まだ僕には芸能活動が残ってた。仕事先で出来た子役の友達が。けど、人気が出て、仕事が増えるに連れてにつれて・・・他の子役の子達からの当りも酷くなってきたんだ…」

 

 今でも覚えてる・・・あの時、友達だと思ってた子達、そして・・・あの人から言われた言葉を・・・

 

 『ほんと気楽でいいわね。桃瀬家の人間ってだけで仕事が貰えて、周りからもチヤホヤされて!何の努力もしてない親の七光のくせに!』

 

 明日香「そして僕は、芸能活動をするのが嫌になったんだ…」

 

 りみ「そ、そんな・・・お家の人は知ってたの?」

 

 明日香「うんうん、僕が隠してた。でも結局お婆ちゃんとお爺ちゃんと姉さんにばれちゃってね。その時に言ったんだ、もう子役をやめたいって・・・父さんと母さんもそれを許してくれて、学生の間は好きにしていいって。だから僕は、小学校を卒業するのと同時に芸能活動をやめて、それに関することをやるのが嫌になったんだ・・・劇もダンスも楽器の演奏も歌も・・・けど2年生の時に出会ったんだ。僕を変えてくれた存在に…」

 

 りみ「もしかして・・・レン君?」

 

 明日香「うん、その時レンは僕に一緒にバンドをやってほしいって言ってきたんだ。でも僕は断った。けど何度も何度もお願いされて、やりたいって思うようになっていったんだ。でも、そのたびにあの時のことが頭をよぎって・・・また友達だと思っていた人に裏切られる、この人もどうせ僕が桃瀬家の人間だから頼んでいるんだ。そう思ったら信じていいのか自信が持てなくなった・・・けどレン達は約束してくれた。絶対に裏切らないし、絶対に友達はやめない!俺はお前とバンドがやりたいんだ!って・・・その後、姉さんの説得も受けて僕はバンドをやることにしたんだ」

 

 りみ「そんなことがあったんだ・・・」

 

 明日香「うん・・・おっと、ちょっと話過ぎたかな?そろそろ行かなくちゃ」

 

 僕は立ち上がるとその場を後にしようとしたその時だった・・・

 

 りみ「ま、待って!」

 

 急にりみちゃんに呼び止められた。

 

 明日香「どうかしたの?」

 

 りみ「わ、私も、変えられるかな?自分を変えること・・・できるかな?」

 

 彼女はそう言いながら僕の目をまっすぐ見つめてきた。その瞳からは強い意志を感じられた。

 

 明日香「りみちゃん・・・大丈夫だよ、変わりたいって思ったその瞬間から、人は変わり始めているんだ。もし変わりたいって思うなら、後はりみちゃん次第だよ!」 

 

  僕は彼女の健闘を称えると同時に勇気づける意を込めて、彼女の頭の上に手を置いた。

 

 りみ「ひゃ!?///はぅ~~///」 

 

 僕に頭を撫でられるとりみちゃんは顔を赤くして少し嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

 りみ「ねえ、明日香君・・・覚えてるかな?私たちが初めて会った時のこと…」

 

 明日香「え?」

 

 りみちゃんと初めて会った時のこと?それって・・・

 

 りみ「あ・・・ご、ごめんね?急に変なこと聞いちゃって・・・じゃ、じゃあ明日香君、またね」

 

 明日香「あ!ちょっとりみちゃん!」

 

 僕は呼び止めたがりみちゃんは走り去ってしまった。初めて会った時か・・・それって・・・僕が小学生の頃、お爺ちゃんとお婆ちゃんに連れられて大阪に行った時のことかな?

 

 明日香「そうだ、バイトに行かなきゃ」

 

 すっかり忘れていた。兎に角急がなきゃ!僕はバイト先の店までダッシュで向かった。   

 

 

 

 

 

 

 

     ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

  -商店街-

 

   

 明日香「まずい!時間ギリギリだよ!」

 

 僕はひたすら走り、商店街のある店にたどり着いた。そこには僕のバイト先である、羽沢珈琲店があった。僕は急いで店の裏口から中に入った。

 

 来人「お、ようやく来たか」

 

 イヴ「明日香さん、主役は遅れて登場するなんてブシドーですね!」 

 

 僕は店の中に入ると来人とクラスメイトで同じバイト仲間の若宮 イヴちゃんに声をかけられた。

 

 明日香「ごめん、ちょっと遅れた。後イヴちゃん、それは違うから」

 

 先程イヴちゃんがブシドーと言っていたが、彼女は日本の侍の武士道精神に憧れを抱いていて他の人がとる行動に対してよく武士道を感じるらく、それに感激して「ブシドー」と言っている。けど大抵はさっきみたいに武士道の使い方を間違えている。

 

 明日香「て、そんな事より早く準備しなくちゃ!」

 

 僕は店員のエプロンを身に着けると来人とイヴちゃんと一緒にお店の方に向かった。するとそこには独りで接客をする同じエプロンを身に着けた茶色いショートヘアの女の子の姿があった。僕は彼女に声をかけた。

 

 明日香「つぐみちゃん」

 

 つぐみ「あ!明日香君!」

 

 この娘は羽沢 つぐみちゃん。性からもわかる通りこの店の店長の娘で、この店の看板娘でもある。実は彼女はレンとは幼馴染で他にも幼馴染の女の子が4人いる。そしてその娘達と一緒にAfterglowというバンドをやっていて、彼女はキーボードを担当している。

 

 つぐみ「どうしたの?遅れるって来人君が言ってたけど」

 

 明日香「ギリギリ間に合ったよ。あ、手伝うよ」

 

 つぐみ「うん、ありがとう」

 

 イヴ「ツグミさん!お疲れ様です!」 

 

 来人「つぐみちゃん、お疲れ!」

 

 つぐみ「あ、イヴちゃん、来人君、お疲れ様」

 

 さてと、それじゃあ僕も仕事に取り掛かかるかな。

 

 明日香「お待たせしました。こちら、キャラメルラテになります」

 

 つぐみ「いらっしゃいませ、2名様ですね。こちらの席にどうぞ」

 

 イヴ「お待たせしました。こちらショートケーキです」

 

 この後僕達は一緒にお客さんの接客をして、僕と来人は、時々厨房の方に入って店長と奥さんと一緒に珈琲を淹れたり、ケーキを作ったりしていた。そして気が付いたら辺りも暗くなり、終業時刻になった。仕事を終えた僕と来人とイヴちゃんはお客さんが居なくなったお店の中で客席に座って一休みしていた。

 

 来人「だ~!疲れた~!」

 

 明日香「来人は僕達よりも忙しかったからね」

 

 イヴ「ライトさんは今日も修行を頑張ってましたね!ブシドーです!」

 

 つぐみ「お疲れ様~。これ、お父さんとお母さんから。よかったら食べて」

 

 僕達は雑談をしていると、つぐみちゃんがトレーにチーズケーキと珈琲と紅茶を載せて持ってきてくれた。待ってました!これが僕と来人がここでバイトをしている理由だ。ここでは仕事終わりに時々店長が珈琲とケーキをご馳走してくれる。僕はケーキが、来人は珈琲が大好物だ。それで僕と来人はケーキ作りと珈琲の淹れ方を教わることと時々出てくるこの賄いが目的でここでバイトをしている。

 

 明日香「ありがとう、つぐみちゃん」

 

 僕はつぐみちゃんからケーキと紅茶を受け取った。残念ながら僕は珈琲が苦手で、ここでケーキを食べるときはいつも紅茶を頼んでいる。僕はフォークを使ってケーキを口に運ぶと、その濃厚な甘さと香りを堪能すると紅茶で流し込んだ。これさえあればバイトの疲れなんてどころか、嫌な出来事の記憶もどこかに消え去って明日も頑張ろうって気持ちになれる。僕はケーキを食べ終えると着替えをして、幸せな気持ちに浸りながら帰路についた。

 

 



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主役は遅れて来るもの

 レン「SPACEのライブ?」

 

 香澄「うん!日曜日に!有咲とりみりんと沙綾と一緒に!」

 

 俺は今、香澄に明後日に行われるSPACEのライブを一緒に観に行こうと誘われた。けど・・・

 

 レン「わるいな、その日はバイトだ」

 

 俺もそのライブの準備と運営に駆り出されている。ほんと、弟子使いが荒い師匠だよ・・・

 

 香澄「そっか~・・・残念…」

 

 香澄は一緒に行けなくて残念がってるけど、当日は俺もその場にいるんだよなー…

 

 レン「まあそういう事だから、じゃあな」

 

 香澄「うん、またね!」

   

 俺は教室を出て香澄と別れると碧斗達が待つ校門まで向かった。

 

 レン「わり、待たせたな・・・って、あれ?明日香と利久は?」

 

 俺は校門まで来たが何故か明日香と利久の姿がなかった。

 

 碧斗「あの2人なら明日香は用事があるからって先に帰った。利久は居残りだ」

 

 レン「そうか、今日は練習できると思ったんだけどな…」

 

 来人「残念だったな、でも仕方ないだろ」

 

 レン「まあ、そうなんだけど・・・」

 

 いや、利久の居残りに関しては仕方なくないか・・・アイツの自業自得だしな…

 

 来人「そういえばレン、香澄ちゃんと何を話してたんだ?」

 

 レン「ああ、日曜日にあるSPACEのライブに一緒に行かないかって誘われた」

 

 来人「なに!?それはつまり・・・デートのお誘いを受けたと言うのか!?女の子とデートできるなんて・・・羨ましいぞ貴様!」

 

 デート?いや、香澄にそんな気はさらさら無かったと思うぞ?というか有咲とりみちゃんと沙綾も一緒だからデートとは呼べないと思うぞ?

 

 レン「いや、デートじゃないと思うぞ?別に2人っきりって訳じゃないし、そもそも断ったし…」

 

 来人「なに!?断っただと!?何て贅沢な!」

 

 碧斗「うるさい」―――ドカッ!―――  

 

 来人「いっ痛~~~・・・」

 

 さっきから喧しい来人を碧斗が弁慶の泣き所を蹴って大人しくさせた。碧斗ナイス!

  

 碧斗「そんなにデートしたかったらすればいいだろ。現に誘えばしてくれる人が4人居るだろ」

 

 来人「いやまあ、そうなんだけど・・・それはちょっと無理だ…1人はそもそもデートって行為どころか男と2人でいるってだけで問題になるし、1人は俺の財布に大打撃を与えるし、他の2人はさっきの2人もそうだけど、その後すごい報復が待ってる・・・下手したら俺の命に係わる…」

 

 うわぁ~・・・来人の顔が真っ青になってる…普段の元気は何処へやら…

 

 碧斗「ところでレン、SPACEのライブにはグリグリも出るんだったよな?」

 

 レン「え?ああ、出るけど・・・それが?」

 

 碧斗「いや、なんでもない…」

 

 レン「?」

 

 いったいどうしたんだ?こいつは表情があまり変わらないから分かり難いけど、2年間も一緒にいた俺には分かる。今こいつは一瞬不安気な顔をした。俺がその理由を思案していると来人が口を開いた。

 

 来人「そういえば3年生って今修学旅行で沖縄だったよな?それで帰ってくるのが日曜日・・・あれ?ライブ当日じゃん!?」   

 

 ああ、そういえばそうだったな・・・

 

 レン「ああ、何でも帰ってきたら空港からそのままSPACEに直行するらしい」 

 

 来人「へぇ~、大変だな~」

 

 碧斗「・・・・・・」

 

 レン「碧斗?」

 

 碧斗「あ、ああ・・・そうだな」

 

 まただ、碧斗がさっきみたいな不安気な表情になった…どうしたんだ? 

 

 碧斗が不安げな表情をしていた理由を俺はその時は分からなかった。しかし、家に帰ってテレビを付けた時、その理由を知ることとなった。

 

 『日本近海で大型の台風が発生しました。週末には上陸する事となるでしょう』

 

 レン「ゆりさん達、ライブに間に合うかな・・・」

 

 俺は碧斗が感じていたのと同じ不安を抱きながらライブ当日を迎えた… 

 

 

 

 

 

 ―――――SPACE―――――

 

 

 

 オーナー「ほら!急いで準備しな!今日は早めに開けなきゃいけないんだ!」

 

 レン「はいはーい承知しました」

 

 オーナー「はいは1回!」

 

 利久「オーナー、機材の準備とステージの掃除終わりました。リハーサルはいつでも出来ますよ」

 

 オーナー「よし、次はドリンクカウンターの方の準備だ。レン、お前が入りな!」

 

 レン「はい、わかりました」

 

 まったく、相変わらず俺と利久に対する扱いが荒い…でも確かに今は雨が降っているからライブを観に来たお客さんを外で待たせる訳にはいかない。 

 

 オーナー「そろそろ店を開けるよ!」 

 

 そうこうしている中に開場時間になった。SPACEを開けると今日のライブに出るバンドやライブを観に来た客が次々と入ってきた。俺はドリンクカウンターの方で飲み物の受け渡しをしながら時々中に入ってくる人に目を向けていたが・・・その中にはグリグリの姿はなかっt・・・あれ?さっき何人か見覚えのある人が居た様な・・・気のせいかな?て、そうじゃなかった!もうすぐライブが始まるのに一向にグリグリの4人は来ない。俺は不安に駆られていると不意に声をかけられた。

 

 りみ「レン君」

 

 レン「あ!りみちゃん」

 

 気が付くと今日のライブを観に来たりみちゃんの姿があった。けどその表情は少し不安気だった。

 

 りみ「お姉ちゃん達、もう来てる?」

 

 レン「ううん、まだ来てないんだ…」

 

 りみ「そうなんだ・・・」

 

 レン「もしかしてゆりさん達、昨日の台風のせいで?」

 

 りみ「うん、それが・・・――――――――――」     

 

 俺はりみちゃんからグリグリの4人が遅れている理由を聞いた。案の定、昨日のテレビで流れてた台風の影響で帰りの飛行機の出発が遅れているらしい。

 

 りみ「お姉ちゃん達・・・間に合うかな・・・」

 

 レン「大丈夫、あの4人は絶対に間に合うから。だからりみちゃんはライブを楽しんで」

 

 りみ「うん・・・そうだね…じゃあレン君、アルバイト頑張ってね」

 

 そう言うとりみちゃんはホールの方に入っていった。しばらくしたら香澄と有咲がやってきた。

 

 香澄「レン君!?」

 

 有咲「その格好どうしたんだよ!?」

 

 レン「見ての通りアルバイトだ。利久と一緒にここでアルバイトしてるんだよ。あれ?沙綾は?」

 

 香澄「それが急に来れないって…」

 

 レン「そうか・・・それよりドリンクだろ?なんにする?」

 

 香澄「私メロンソーダ!」

 

 有咲「オレンジジュース」

 

 レン「了解」

 

 俺が飲み物を渡すと2人はロビーの椅子に座ってジュースを飲みながらライブの開始を待っていた。その間俺は入口の方に目を向けていたが一向にグリグリは姿を見せなかった。そして、4人が来ないまま、ライブが始まってしまった・・・

 

 利久「レン!グリグリ来ましたか?」

 

 レン「いや・・・まだ来ない…」

 

 利久「そんな・・・もうライブも終盤ですよ!?」

 

 レン「利久、落ち着け。凛々子さん達も長引かせるよう他のバンドにお願いしてる。兎に角、俺らに出来ることは4人が来るのを信じて待つことだけだ」

 

 利久「そう・・・ですね…」

 

 その後も、俺らは只管待ち続けた。けれどもグリグリが来る気配は一向に無かった・・・俺は楽屋にいるりみちゃんに状況を聞きに行った。そこには香澄と有咲の姿もあった。

 

 レン「りみちゃん、ゆりさん達は?」

 

 りみ「今はまだ飛行機の中みたい・・・」

 

 レン「まずいな・・・ライブが終わるまでに間に合わない…」

 

 香澄「来るまで待つのは?」 

 

 オーナー「ダメ!」

 

 香澄が解決案を出すがオーナーに却下された。

 

 オーナー「何があろうとお客さんを待たせるのはダメ!それだけはやっちゃいけないんだよ」

 

 香澄「もし間に合わなかったら・・・」

 

 オーナー「そん時は二度とうちの敷居は跨がせない」

 

 レン「な!?」

 

 香澄「そんな!?」

 

 まずい・・・このままじゃ、グリグリはもう・・・ここでのライブはできなくなる…

 

 レン「大丈夫だ、絶対に間に合う!他のバンドの人達も時間稼ぎに協力してくれてるんだ!」

 

 りみ「・・・・・・」

 

 香澄「大丈夫だよりみりん!レン君もこう言ってるんだし、絶対に間に合うよ!」

 

 りみ「・・・うん!」

 

 しかし、どれだけ待ってもグリグリは来なかった・・・そして・・・  

 

 オーナー「ほら、片付け!」

 

 これ以上待つ訳にはいかないと判断したオーナーはライブを終わらせることにした・・・くそ!このままじゃ、グリグリは二度とここでライブ出来なくなる…

 

 レン「・・・っ!!」

 

 俺は・・・何もできないのか?俺にはどうすることもできないのか!?俺は自分の無能さに苛立っていたその時だった。

 

 香澄『こんにちは!戸山 香澄です! キ~ラ~キ~ラ~光る~♪お~空~の~星~よ~♪』

 

 香澄がステージに立ち、キラキラ星を歌いだし、そこにカスタネットを持った有咲も加わり合唱を始めた。香澄のやつ、あれで時間を稼ぐつもりか!?

 

 利久「レン!香澄ちゃんと市ヶ谷さんが!」

 

 レン「利久・・・ああ、あれで時間を稼ぐつもりらしい・・・」

 

 利久「そうじゃないです!」

 

 そうじゃない?どうゆうことだ?

 

 利久「僕が言いたいのはバンドをやっていない2人がステージに立って時間を稼ごうとしているのに見ているだけでいいんですか!?」

 

 レン「ッ!!」

 

 利久・・・お前まさか・・・

 

 レン「けど!俺達はオーディションを通ってないんだぞ!それに・・・俺にはその資格が・・・」

 

 利久「あります!僕達はバンドをやっています、そしてレンはそのバンドのリーダー、資格ならそれで十分じゃないですか!それに・・・あの時の事を自分のせいだと思って、責任を感じているなら、それはお門違いですよ!」

 

 レン「けど・・・」

 

 利久「レン!どうしてレンが、バンド名をBrave Binaeにしたか忘れたんですか!?誰にでも希望と勇気を与えられるヒーローの様な存在になりたいから・・・そうでしょう!?今女の子2人が必死に時間を稼ごうと頑張っているのに、それを大の男が見ているだけなんて・・・そんなの・・・ヒーローがするようなことじゃないです!」

 

 レン「利久・・・」

 

 利久「それに、約束したんでしょう!?あの人達の夢を受け継いで僕達が叶えるって!今ここで何もしなかったら、それすらも出来ませんよ!」 

 

 レン「・・・!!」

 

 そうか・・・そうだ…俺達は約束したんだ・・・果たす事が出来なかった、あの人達の夢を叶えるって!本当なら2度とここのステージには立たないと決めていた…けど、あの約束を果たすために・・・そして何よりゆりさん達を助ける為ならこれ以上この誓いを破る理由はない!

 

 レン「利久、2人の所に行ってやってくれ。合唱にはピアノが必要だろ?俺はその間にギターを取ってくる!」

 

 利久「…!はい!わかりました、任せてください!」

 

 俺は家に向かい走り出した。俺は走りながら、スマホのトークアプリのグループトークに一言メッセージを送った。

 

 

 

 

 レン『緊急事態!全員、楽器を持ってSPACEに集合!』

 

 

 

 

 

     ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 俺はギターを手にして戻るとスティックを持った碧斗、ベースケースを背負った明日香、バイオリンケースを持った来人の姿があった。

 

 碧斗「遅い、どこ行ってた」

 

 明日香「まったく・・・何時も急なんだから…」

 

 来人「ま、それでこそ俺達のリーダーだけどな!」

 

 レン「お前ら・・・」

 

 碧斗「ほら、早く準備しろ」 

 

 来人「いつまでも女の子に無理させる訳にはいかないからな!」 

 

 明日香「今度何か奢ってよ?」

 

 レン「ああ!いくぞ!」

 

 俺は3人と一緒にステージに向かった。するとそこには香澄と有咲の合唱に合わせてキーボードを弾く利久と一緒にベースを弾くりみちゃんの姿があった。 

 

 レン「りみちゃん・・・よし!お前ら準備はいいか!?」

 

 碧斗「ああ!」

 

 明日香「大丈夫だよ!」

 

 来人「いつでも行ける!」

 

 よし、行くか!俺はステージに出ると歌い続ける香澄の肩に手をかけた。

 

 レン「香澄、もう十分だそこを避けろ」

 

 香澄「ううん・・・まだ駄目、グリグリは絶対に来る!」

 

 しかし香澄は観客にの方から視線をそらさずステージを降りることを拒んだ。

 

 レン「いいから!そこ避けろ!」

 

 香澄「けど!・・・え?」

 

 香澄は俺の方を振り向いて反論しようとしたが俺達の姿を見て止まった。まったく・・・

 

 レン「選手交代だ」

 

 香澄「レン君?碧斗君にあっ君!それにライ君も」

 

 レン「あとは俺達に任せろ!」

 

 香澄「…!うん!」

 

 明日香「りみちゃんお疲れ様。後は僕達がやるから」

 

 りみ「うん!」

 

 明日香もりみちゃんと交代するとベースをアンプとつなぎ俺の隣に立った。俺達の急な登場に観客の人達もざわめいていた。俺はギターを1回弾き鳴らすとマイクを使い観客に呼び掛けようとした。けどの時、俺は観客に目を向けたが一瞬固まってしまった。なにせ・・・目の前に知り合いが6人もいたのだから…

 

 レン「(げ!蘭、モカ、美咲、それに日菜さんと千聖さんと薫さんまで!?今日のライブ観に来てたのかよ!?)」

 

 向こうも俺たちの登場に驚いていたが今はライブに集中しないと・・・俺は気を引き締めてMCを始めた。

 

 レン「こんにちは~!メンバー紹介!ドラムの碧斗!キーボードの利久!今日はバイオリンの来人!ベース&ボーカルの明日香!そして俺がギター&ボーカルのレン!俺達Brave Binae!俺達の演奏、聴いてくれ!」

 

 俺のMCを合図に俺達の演奏が始まった。俺は一心不乱にギターを弾き鳴らし一生懸命歌った!そして1曲目が終わった。俺はチラリと横を向いたがまだグリグリの姿は見えない。こうなったら・・・

 

 レン「ありがと~!次の曲ですが・・・そこの人!好きなアニメはある?」

 

 俺は観客の1人の女の人を指さし、質問した。

 

 「え!?え~と・・・Fate/が好きです」

 

 突然のことに一瞬戸惑ったが、その人は俺の問いかけに答えてくれた。俺達はライブでよく時間稼ぎやアンコールを頼まれたときにカバー曲をやるがその時観客の人から好きな作品や曲を聞いてその曲をカバーする。今回はFate/か・・・よし!

 

 レン「ありがとう!明日香、チェンジだ」

 

 明日香「了解!」

 

 俺は明日香と立ち位置を入れ替えた。そして今度は明日香が観客に向かって呼びかけた。

 

 明日香「次の曲はカバー曲です。聴いてください!oath sign!」

 

 明日香の掛け声を合図に来人と利久がイントロを弾き出した――――――――――

 

 明日香「光をかざして 躊躇いを消した あげたかったのは未来で 泣いてる夜抱いたまま 嘆きを叫んで~」 

 

 人気アニメの曲だけあってか会場は大盛り上がりを見せた。そしてついに・・・

 

 リィ「お待たせ~!」

 

 グリグリが到着した。

 

 レン「来たか・・・みんなありがとう!次は皆さんお待ちかねのGlitter*Green!最後まで盛り上がってくれ!」

 

 俺達はステージを後にしたがすれ違いざまにゆりさんと一言言葉を交わした。

 

 レン「トリは頼みましたよ」

 

 ゆり「ええ、まかせて」

   

 そう言うと俺は4人と一緒に楽屋に戻った。そこには先程ステージに立っていた香澄、有咲、りみちゃんの3人の姿があった。香澄は俺達に気が付くと飛びついてきた。

 

 レン「うわぁ!?香澄!?」

 

 香澄「レン君達凄かった!レン君達の演奏、すっごいキラキラドキドキした!」

 

 レン「あ、ああ・・・ありがとう…お前達のキラキラ星もなかなかだったぞ?」 

 

 香澄「そうでしょ!?りみりんもかっこよかった!すごいキラキラしてた!」

 

 明日香「確かに、りみちゃんのベース、凄く良かったよ!」

 

 りみ「う、うん///ありがとう///香澄ちゃんと有咲ちゃん見てたら、私も、頑張りたいって・・・怖かったけど・・・楽しかった!私も、バンドしたい!」

 

 香澄「りみり~ん!」

 

 りみちゃんの言葉を聞いて香澄は嬉しさのあまりりみちゃんに抱き着いた。如何やらりみちゃんの悩みも晴れたみたいだ。これなら香澄も3ピースバンドが出来るかな?

 

 レン「やったな香澄、これでメンバーは3人、ようやくバンドができるな?」 

 

 香澄「うん!あ!そうだ!レン君!どうしてバンドやってるってこと黙ってたの!?」

 

 あー・・・やっぱり追求しちゃいますか…この後俺は香澄に根掘り葉掘り色々と聞かれて疲れた。けどそこに拍車をかけるかのようにオーナーが来て俺達は今回のことを説教され、罰としてライブの後片付けなどの閉店作業を全部5人でやらされていた。

 

 レン「ありがとうございました!またのお越しをお待ちしております」

 

 俺は来客を出入り口で見送りをしていた。これで全員かな?俺は扉を閉めようとしたその時だった。

 

 ?「レン」

 

 ?「レン君お疲れ~」

 

 俺は不意に声を掛けられ、振り返るとそこには今日のライブの観客の中にいた俺のよく知る黒のショートヘアーに赤いメッシュが入った少女と灰色のショートヘアーの少女がいた。

 

 レン「蘭…モカ…」 

 

 赤いメッシュの方の名前は美竹 蘭。華道の家元の1人娘で少しツンケンした性格をしているが根は善いやつだ。灰色の髪の方の名前は青葉 モカ。おっとりとした性格とのんびりとした口調をしていて、蘭の1番の理解者でもある。この2人は商店街にあるカフェ、羽沢珈琲店の娘の羽沢 つぐみと他に2人の幼馴染がいて、そいつらと一緒にAfterglouというバンドをやっていおり、蘭がギター&ボーカル、モカがギターを担当している。ちなみに俺もこいつらとは幼馴染だ。  

 

 レン「なんか用か?」 

 

 蘭「・・・ねえ、ライブの時にキラキラ星歌ってた娘・・・あの娘誰?」

 

 え?ああ、香澄の事か・・・

 

 レン「クラスメイトだけど・・・それがどうしたんだ?そろそろ閉めなきゃいけないんだけど」   

 

 蘭「ふーん、クラスメイト・・・本当にそれだけ?随分と仲良さそうだったけど?」

 

 いや、それだけだけど・・・なんでそんなに聞いてくるんだよ…てかなんかちょっと怒ってね?

 

 レン「何が言いたいんだよ・・・」

 

 モカ「あの娘レン君の彼女さん?」  

  

 蘭「ちょ!?モカ!!」

 

 彼女?香澄が?

 

 レン「いやいやいや、ないないない」

 

 ありえねーよ・・・

 

 モカ「ほほーう、じゃあ付き合ってる娘はいるの?」

 

 レン「いる訳ねーだろ?俺はモテねーんだし・・・」

 

 モカ「なるほどー・・・だってさー蘭」 

 

 蘭「べ、別に・・・アタシはそんな事気にしてないし!じゃあね!」

 

 そう言うと蘭は少し怒りながら顔を赤くしてSPACEから出ていった。

 

 モカ「まったく、蘭ってば素直じゃないなー。レン君あまり女の子を引っ掛け過ぎないようにねー」

 

 レン「はぁ?どうゆう意味だよ?」

 

 モカ「しーらない。じゃあねー」

 

 モカはそう言い残すと蘭の後を追ってSPACEを出た。何なんだよ…そう思っていたその時だった・・・

 

 ?「ちょっとレン!」

 

 再び名前を呼ばれ振り返るとそこには同じく今日のライブを観に来ていた俺の知り合いの黒髪ロングの少女の姿があった。

 

 レン「ミッシェル、どうしたんだ?」

 

 ?「その呼び方はやめてって言ってるでしょ!」

 

 レン「冗談だ。どうした美咲?」

 

 彼女の名は奥沢 美咲。俺達と同じ花咲川に通う高校1年で、こころとはぐみと同じハロー、ハッピーワールドのメンバーで、DJをやっているのだが・・・ライブの際はミッシェルという商店街のマスコットキャラクターであるピンクの熊の着ぐるみの中に入ってライブに出ている。まあ、それには色々と理由があるのだが・・・それに関しての説明はまたの機会に…それよりどうしたんだ?

 

 美咲「いや、明日香と来人が大変なことになってるんだけど・・・」

 

 明日香と来人が?俺はその意味を知るために美咲が指さした方に目を向けた。するとそこには、紗夜さんとほぼ瓜二つのショートヘアーの女の人に抱き着かれている来人と背の高い紫色の髪をポニーテールにしたイケメンな女の人とプラチナブロンドのロングヘア―の女の人に挟まれている明日香の姿があった。うわ~大変そう…

 

 来人「ちょっ、ちょっと、日菜さん!?きゅ、急に抱き着かないでくださいよ!」

 

 ?「いいじゃ~ん、こうしてるとるんっ♪てするんだ~」

 

 今来人に抱き着いているこの人は氷川 日菜。名字とこの見た目からわかる通り紗夜さんの双子の妹さんで、アイドルバンドPastel⋆Palletのメンバーでギターを担当している。以前街中でナンパされた時に来人の事を気に入り、それからというもの来人に出くわす度にああやってよく抱き着いている。実は来人はナンパばっかりしているが抱き着かれたりするなどの女の子からの過度なスキンシップにかなり弱く、意外と初心な奴でこうなると滅茶苦茶テンパるため日菜さんに対しては少しだけ距離を置くようにしている。

 

 明日香「レ、レン!助け「まだ話は終わってないわよ」ひっ!」

 

 ?「明日香、君も中々隅に置けないじゃないか」 

 

 次に明日香の方。先程明日香に少し威圧をかけて話し掛けているプラチナブロンドの髪の女の人は白鷺 千聖。花咲川に通う2年生の先輩でこの人も日菜さんと同じパスパレのメンバーでベースを担当している。元子役の為、現在は女優業を中心に芸能活動をしており、明日香とは子役時代に事務所の先輩後輩の関係だった。そして背が高い紫髪のイケメンの女の人は瀬田 薫。千聖さんと幼馴染で美咲と同じハロハピのメンバーでギターを担当している。羽丘女子学園に通う高校2年生で演劇部に所属しており、少し気障な性格をしているがかなりイケメンな見た目と高い演技力で校内だけでなく、他行の女子への知名度もかなりありファンが沢山いる。ちなみに何故かこの人は明日香のことを結構気に入っているにしても・・・

 

 千聖「あら、レン君どうかしたのかしら?悪いけど今取り込み中なの。暇があるなら少しでも彩ちゃんの事を考えてあげて?」―――ニコリ―――

 

 怖っ!俺に対しても笑顔で威圧掛けてきたよこの人。うん?何でそこで彩さんが出てくるんだ?

 

 薫「やあファイヤープリンスレン。君はこころとゆうフィアンセがいながら・・・まったく罪な男だよ。だがかのシェイクスピアはこう言っている。愛は万人に、信頼は少数に。ああ、なんて儚いんだ」

 

 いやこっちはこっちで何言ってんの?フィアンセって・・・だから俺はこころの許嫁になる気はないって!後さっきの名言は何?俺ってこころ達以外から信頼されてないって言いたいの?てかそろそろ閉店作業しなきゃいけないんだけど。けど、なんかこれ以上関わるのめんどい。仕方ない・・・

 

 レン「そろそろ閉めなきゃいけないんでどうぞ2人の事を連れっててください」

 

 来人「はぁ!?」

 

 明日香「ちょ!レン!」

 

 そのまま来人と明日香は日菜さんと千聖さんと薫さんに連れていかれた。おい美咲、そんな目で見るな...

 

 美咲「レン・・・」

 

 レン「何も言うな美咲、これが最善の策だ」

 

 美咲「まあ・・・そうかも。じゃあレン、私帰るから」

 

 そう言うと美咲もSPACEを出た。

 

 レン「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 

 俺は扉を閉めてプレートを裏返して文字をcloseにした。その時外から何やら絶叫が聞こえた気がしたが気のせいだろう。その後俺は閉店作業をすべて終え帰宅した。



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再会したのは天然少女

 俺らはいつものように5人で登校していたが、今日は放課後に少し練習するため俺と明日香は楽器ケースを背負いながら登校していた。そして教室につくとそこでは香澄が他のクラスメイトにギターでキラキラ星を披露していた。

 

 レン「香澄、りみちゃんおはよう」

 

 明日香「おはよう香澄ちゃん、りみちゃん」 

 

 来人「おっはよう!今日も可愛いね!」

 

 りみ「うん、おはよう」

 

 香澄「あ!レン君、あっ君、ライ君おはよう。あ!それってもしかして2人の楽器?見せて見せて!」

 

 レン「ああ、別に構わない」

 

 明日香「うん、いいよ」

 

 俺等はケースを下ろすと中からギターとベースを取り出した。

 

 「すごい!レン君のギター炎が描いてある。かっこいいね!」

 

 「桃瀬君のも可愛い色してるし綺麗」

 

 クラスの女子2人は俺と明日香の楽器を見るとそれぞれの感想をくれた。楽器を褒められるとなんだかこっちまで嬉しくなる。香澄も目をキラキラさせながら見ていた。

 

 香澄「あ!」

 

 不意に香澄は教室の入り口に目を向けるとそこにはギターケースを背負った黒髪ロングの少女の姿があった。て、あれ?花園さん?この人は花園 たえ、俺達のクラスメイトで学校では普段から1人でいることが多く、ミステリアスな雰囲気を持っている。ちなみに彼女もSPACEでスタッフのアルバイトをしている。香澄は花園さんに早速話し掛けた。

 

 香澄「花園さんの?ギター?ベース?」

 

 しかし花園さんの視線は香澄が持つランダムスターに注がれていた。 

 

 たえ「それ・・・」

 

 香澄「へへ~ランダムスターていうんだよ」

 

 香澄は笑顔で自分のギターを見せるが花園さんはちょっと引きつった表情をしていた。

 

 たえ「変態だ…」

 

 香澄「え?」 

 

 香澄は花園さんの一言を聞いて固まってしまった。変態か・・・そういえば聞いたことがある、ランダムスターを使う人は変態だって。本当なのかなって思っていたけど・・・今の香澄を見て納得した。確かに・・・変態だ。でもこのことを知っているってことはもしかして花園さんもギターに詳しいのか?ちょっと話を聞こうと思ったが花園さんの視線が香澄の持つランダムスターから別の方に向けられ一点をジッと見つめていた。どこ見てるんだ?俺はその視線をたどるとそこにあったのは・・・

 

 たえ「・・・」ジー

 

 来人「はぐみおっはよー!」 

 

 はぐみ「ライ君おはよう!」

 

 来人?なぜか花園さんは来人の事を見つめていた。ぶっちゃけ少し怖い…無言で人をずっと見ているって軽くホラーだよ…来人・・・花園さんに何したんだ?

 

 

 ―――キーンコーンカーンコーン―――

 

 

 

 お、ちょうど予鈴が鳴った。俺はギターをしまうと席についた。その後香澄は授業中もずっと落ち込んでいた。そんなに変態呼ばわりされるの嫌だったのか?そして俺達は授業を終えて昼休みを迎えた。

 

 

 

 ―――学校広場―――

 

 

 俺達5人は香澄、有咲、りみちゃん、沙綾と9人でお昼ご飯を食べていた。普段なら屋上で5人で食べているが香澄に誘われて広場で食べることになった。香澄は依然として落ち込んでいた。

 

 香澄「私変態なのかな・・・」

 

 有咲「変態じゃん」

 

 レン「何を今さら」

 

 碧斗「右に同じく」

 

 香澄「え」

 

 沙綾「変ではある」

 

 明日香「確かに」

 

 来人「同感」

 

 香澄「ええ!?」

 

 6人に肯定され頼みの綱と言わんばかりに利久とりみちゃんに視線を向けた。

 

 りみ「え、えーと…」 

 

 利久「ノーコメントで」 

 

 しかし双方ともに肯定としか取れない反応をされてしまう。

 

 香澄「そうなんだ~~~~~!」   

 

 りみ「そ、そんなことないよ!ちょっと変だけど・・・全然変じゃないよ」

 

 利久「そ、そうですよ!香澄ちゃんは変態じゃなくて、少し個性的なだけですから」

 

 香澄「りみりーん!リッくーん!」

 

 2人とも香澄にフォローをいれた。けど・・・

 

 有咲「フォローになってなくね?」

 

 レン「利久に至ってはただオブラートに包んだだけだろ」

 

 香澄「有咲の方が変だよ!」

 

 有咲「はあ?」

 

 香澄「この前盆栽にトネガワ可愛いね~、お水あげるね~、て!」

 

 香澄は反撃とばかりに有咲の秘密を暴露した。うわぁ~・・・これは恥ずかしい、有咲顔真っ赤になってるし香澄容赦ねえな…てか有咲家でそんなことやってたのかよ…

 

 沙綾「へえ~」

 

 明日香「有咲ちゃんそんなことやってたんだ~」

 

 有咲「言ってねえ!」

 

 香澄「言ってた!」

 

 有咲「そんな言い方はしてねえ!」

 

 利久「言い方は、ということは盆栽に話しかけていたことは認めるんですね」

 

 有咲「っ!///」

 

 おい利久、そこに触れてやるな。もう有咲のSAN値が限界だ。

 

 沙綾「てかなんで変態?」

 

 お、沙綾が話題を戻した。香澄が変態呼ばわりされた理由か・・・

 

 香澄「わかんな~い!」

 

 沙綾「レン達は何か知ってる?」

 

 来人「ランダムスター」

 

 香澄「え?」

 

 来人「父さんが言ってた。ランダムスターみたいな変型ギターを使うやつは変態ばっかりだって」

 

 いや待て待て、お前の父親も持ってただろ。ランダムスター。それに限らず結構な数の変型ギターも・・・

 

 沙綾「変態ばっかり・・・」チラッ

 

 沙綾がそう呟くと全員の視線が香澄に集中した。そして全員納得いった表情になった。

 

 香澄「うわ~ん!やっぱり私変態なんだ~!」

 

 その後俺達は香澄をなだめると予鈴が鳴り、午後の授業に向かった。午後の授業は家庭科だった。裁縫の実習で袋づくりをすることになり、俺は買い物袋を作っていた。

 

 明日香「レン裁縫上手いね。流石デザイナーの息子」

 

 レン「そういうお前だって結構上手じゃないか。それは巾着袋か?」

 

 明日香「うん、お爺ちゃんとお婆ちゃんに夫婦巾着を作ってあげようと思って」

 

 へ~、親孝行してるな。あ、この場合は祖父母孝行か。

 

 香澄「布足りない~」

 

 レン「香澄、お前なに作ってるんだ・・・て、なんだこれ?」

 

 りみ「ギターの袋?ギターケースあるのに?」

 

 香澄「ケース入れる袋だよ」

 

 マジでなに作ってんだよ。改めて思う、やっぱり香澄は変態だ。

 

 先生「時間です。みんな片付けて」

 

 香澄「え!?」

 

 先生が授業の終了を告げた。見た感じ香澄はまだ終わってねーなこれ。時間内に終わらなかったら居残りって言われてたから、こりゃあ香澄居残り確定だな。

 

 先生「居残りは戸山さんと・・・」

 

 先生は他に終わっていない人が居ないか確認していた。そして告げられたのは・・・

 

 先生「花園さんね」

 

 え?花園さん?いったいなに作ってるんだ?俺はそっちに視線を向けるとそこには香澄と同じ様にギターケースをいれる袋を作っていた。いや、あんたもかよ…

 

 先生「あとは・・・」

 

 え?まだいるの?流石にこれ以上は・・・

 

 先生「黄島君ね」

 

 は?来人?いや、でもさすがに来人はそんなもの作るはずがない。俺は来人の方を見るとそこには・・・

 

 来人「え!?もう終わり!?まだ全然できてねーよ!」

 

 明らかに楽器ケースをいれるためであろう大きい作りかけの袋があった。ブルータス(来人)お前もか・・・来人は放課後に居残りとなってしまった。   

 

 

 

  

 

 

     ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 碧斗「はあ?居残り?」

 

 放課後になって今日居残りになったことを伝えたら俺は今碧斗に圧を掛けられた。レンと明日香と利久はため息をついて呆れていた。なに?たまには俺だって居残りになりますよ。高校生だもの。

 

 来人「そ、そんなに怒んなって・・・ほら、スマーイ「あ?」何でもないです、はい」

 

 碧斗「お前、文化祭が近いってわかってるのか?ただでさえレンと利久がバイトで忙しくて練習できてないんだぞ?それにお前がいなかったら練習場所が確保できないだろ?」

 

 来人「いや、それに関しては演奏を聴かせに行ってなっかたレンと利久がわr「「あ?」」いえ、何でもないです」 

 

 おっと、今度はレンと碧斗のダブルで威圧を掛けられた。これ以上は余計なこと言うのやめよう。 

 

 碧斗「兎に角、早く終わらせろ」

 

 来人「了解!超速で終わらせます!」 

 

 碧斗「それと・・・さっきから後ろで見つめてきてるやつを如何にかしろ」

 

 え?見つめてくる?碧斗の言葉を聞いて振りかるとそこには・・・

 

 たえ「・・・・・」ジー

 

 来人「うわぁっ!」

 

 数センチの至近距離でこちらを無言で見つめてくる花園さんの顔がドアップで映った。なに?確かに美少女に見つめられるのは嬉しいよ?でも瞬きせずに見つめられるって軽くホラーなんだけど?

 

 来人「は、花園さん?」

 

 俺は恐る恐る花園さんに声を掛けた。すると花園さんは・・・・

 

 

 ―――――ギュっ!―――――

 

 

 レ碧利明来『へ?』

 

 いきなり俺に抱き着いてきた。え?なに?どうゆうこと?

 

 来人「あのー・・・花園さん・・・?」

 

 たえ「やっと・・・やっと声かけてくれた…」 

 

 来人「え?どうゆうこと?」

 

 状況が全くの見込めないんですけど?それよりも・・・

 

 来人「(うぉ~!女の子に抱き着かれた!この美少女はなに?もう死んでもいい・・・、ウゾダドンドコドー!なんかすごいいい匂いする!あたってる・・・柔らかいものがなんかあたってる!Hallelujah・・・、ここは何処?私は誰?んんーっ、ecstasy・・・)

 

 俺の脳は思考を停止し、いろんなことが頭をよぎった。それはもうニコ生のコメントのように。

 

 レン「来人が・・・日菜さん以外の人に抱き着かれた・・・?」

 

 碧斗「俺は今夢を見ているのか?」

 

 利久「おおー大胆ですねー」

 

 明日香「あ、もしもし?警察ですか?今ワイセツ行為をしている人が・・・」

 

 おい、外野五月蠅いぞ・・・って・・・

 

 来人「待て明日香!早まるな!俺はなんもしてないぞ!?」

 

 明日香「ちっ…」

 

 おい、今舌打ちしたよな?て、そうじゃなくて!

 

 来人「ちょっと待って!」

 

 たえ「…?どうかしたの?顔、真っ赤だよ?」

 

 来人「誰のせいだと思ってんだよ!?」

 

 たえ「誰のせい?」

 

 ああー!もう何この人!さっきから引き剝がそうとしてるのに抱き着く力が強くて全然離れないし!それにこの首を傾げてる仕草もくっそ可愛い!

 

 来人「なんで抱き着いてきてんだよ!?」

 

 たえ「えーと?再会の喜びを分かち合うため?」

 

 来人「どこで会ったんだよ?」

 

 たえ「今こうして会ってるよ?」

 

 来人「違う、そうじゃない!俺が言いたいのは前にどこで会ったっかてことだよ!」

 

 ―――――パッ!―――――

 

 あ、やっと離れた。危ない、死ぬかと思った…

 

 たえ「・・・」ズーン・・・

 

 あれ?なんかすごい落ち込んでね?

 

 たえ「もしかして・・・忘れちゃったの?私の事・・・」

 

 来人「え?えーと?」

 

 たえ「酷い・・・私の初めてだったのに・・・」

 

 来人「え?」

 

 いやいやいや、何言いだしてんの!?

 

 レン「来人・・・もう過ちは犯していたのか」

 

 碧斗「ケダモノ・・・」

 

 利久「地獄でも達者で」

 

 明日香「死ね、ゴミクズ」

 

 すごい、見事なまでにゴミを見る目をしていやがる。

 

 来人「いやいやいや!全く身に覚えがないからな!?それで、君は俺とどこで会ったんだ!?」

 

 たえ「本当に忘れちゃったの?笛吹のライ君(・ ・ ・ ・ ・ ・)

  

 来人「なっ!?どうしてその呼び名を!?」

 

 いま彼女が言った呼び名は俺の幼稚園の時のあだ名だ。なんでそれを花園さんが知ってるんだ…

 

 レン「笛吹?」

 

 碧斗「なんだそれ?」

 

 明日香「来人が吹いているのはサックスだよ?」

 

 利久「あと、まったく心に響かない女の子への口説き文句です」

 

 おい利久、一言余計だ。

 

 来人「俺の幼稚園の時のあだ名だよ。なんでそれを知って・・・」

 

 たえ「私だよ、思い出せない?」

 

 来人「そうは言われても・・・・うん?」

 

 この首を傾げるときの仕草、そしてさっきの天然ボケ発言、思い出した!忘れもしない・・・

 

 来人「まさか・・・ウサギ好きの・・・たえ・・・ちゃん?」

 

 たえ「うん、そうだよ」

 

 来人「うぉ~!マジか!久しぶり!」

 

 レ碧利明「「「「は?どうゆうこと」」」」

 

 来人「そういえばお前らに話したことなかったな。俺と花園さん・・・たえちゃんはな―――――――――――」

 

 俺は4人にたえちゃんとの関係を説明した。

 

 レン「なるほど」

 

 碧斗「つまりお前と花園さんは・・・」 

 

 利久「同じ幼稚園に通っていた幼馴染で・・・」

 

 明日香「来人が初め口説いた女の子と」

 

 納得してくれたようで何よりだ。けど明日香、最後は余計だ。たえちゃんの事はよく覚えてる。なにせ俺が通っていた幼稚園で起きた大事件、ウサギ脱走事件を引き起こした張本人だからな。  

 

 たえ「ずっと会いたかった。ライ君は、私の初めての友達だったから。だから入学式の日、教室にいたときはすごく嬉しかった」

 

 レン「なーんだ、初めてって友達の事だったんだ」

 

 よかった、誤解も解けた。確かに、あの頃たえちゃんはあまり他の子達と遊んだりしないで1人でいることが多かったからな。

 

 碧斗「ところでお前らいいのか?」

 

 来人「え?」

 

 たえ「なにが?」

 

 碧斗「居残り」

 

 来た「あ…」

 

 この後俺はたえちゃんと香澄ちゃんと居残りをすることになった。放課後の教室に女の子2人と居残り・・・まさに極上空間だ。けど・・・

 

 香澄「ちょっとだけ・・・」

 

 たえちゃんは途中で手を止めてギターケースからギターを取り出すと弾き始めた。飽きるの早っ!

 

 香澄「青い!すごいカッコイイ!」

 

 そう言うと今度は香澄ちゃんがギターを取り出してつられて一緒に弾きだして香澄ちゃんはたえちゃんにチューニングのやり方や弾き方を教わっていた。けど途中で先生が来て注意され結局終わらず明日も残ることになった。もちろん俺も・・・

 

 

 

 

 

 

 

     ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 レン「おら!とっとと手動かせ!」

   

 来人「わかってるよ!やってんだろ!」

 

 翌日の放課後、俺と利久は今日もシフトが入っていなかったから今日こそは練習しようと思っていたら来人が今日も居残りになっていた。それで早く終わらせて練習するために昨日作り終わらなかった来人を俺は手伝う破目になった。なんで俺がこんなことを・・・

 

 香澄「すごい・・・どんどんできてる…」

 

 たえ「職人業だ・・・」

 

 レン「おいコラそこ!ギター持ってないで作業進めろ!花園さんがシフトに入れなきゃその分俺と利久がこき使われんだよ!」

 

 あの2人も終わってないのに作業進めないで何やってんだよ…

 

 香澄「ねえライ君、なんで5個も袋作ってるの?」

 

 来人「楽器をいれるためだよ、俺は5つの楽器を使うから」

 

 香澄「5つ!?すごい!私なんてギターだけでも大変なのに」

 

 レン「ほら!バイオリンケース用のは出来たぞ!」

 

 来人「こっちもアコギ用のできた」

 

 ほんと、まさか全部のをケースをいれる袋を作るとは思わなかったぞ…

 

 レン「よし、これで全部だな?早く提出してこい」

 

 香澄「レン君こっちも手伝って~」

 

 たえ「私の方も」

 

 レン「自分でやれー!」

 

 こいつら、終わらせる気あるのか?俺はこの2人の呑気さに少し呆れてしまった。   




 皆さんはバレンタインはどうでしたか?本命、義理、友、色々送る人もいれば貰う人もいたでしょう。
 自分は同じ部活の女子達にに声を掛けられ、「まさかチョコをくれるのか?」と淡い期待をしていたら「よこせ」と言われておやつに食べようとしていた手作りのフォンダンショコラを全部取られ、くれる人は誰もいませんでした…ホワイトデー・・・お返しあるかな?
 


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師匠は鬼厳しい

 

 レン「なあ香澄・・・なんで俺も連れきたんだ?」

 

 放課後、俺はなぜか香澄にりみちゃん、有咲、花園さんと一緒にSPACEに連れてこられた。俺、今日はシフト入ってないのに。今日は明日香と来人がバイトだからどこか適当にスタジオ借りて自主練しようと思ってたのに…

 

 香澄「私達、ここでバイトさせてください!」

 

 レン「おい聞けよ」

 

 香澄は俺を無視して凛々子さんにバイトさせてほしいとお願いした。うん?達ってことは・・・りみちゃんと有咲も?それは・・・無茶苦茶助かる!確かSPACEは今人手不足のはずだからスタッフが増えればあの弟子使いの荒い師匠も少しはこき使うのを抑えてくれるだろうし。俺と利久してみれば嬉しい限りだ。

 

 凛々子「バイト?」

 

 香澄「はい!」

 

 凛々子「3人で?」

 

 有咲「いえ」

 

 なん、だと?

 

 香澄「え!?みんなでやろうよ」

 

 有咲「ざけんなよてめえ!」

 

 りみ「私はお母さんたちに聞かないと・・・」

 

 なに!?してくれないのか!?

 

 レン「待ってくれ!俺からも頼む!ここでバイトしよう!」

 

 有咲「はあ?お前まで急にどうしたんだよ」

 

 りみ「レン君、どうしたの・・・?」

 

 凛々子「レ、レン君?」

 

 俺はバイトを進めると3人から疑いの目で見られた。まずい、もし師匠が人使い荒いから俺と利久の仕事を軽くするためにバイトしてほしいってことがばれたら、バイトしてくれない!

 

 レン「それは・・・その、えーと・・・」

 

 俺が何とか誤魔化そうとしていたその時だった。

 

 オーナー「準備中だ!関係者以外は出ろ」

 

 奥から師匠が姿を見せた。そうだ、直接頼めば香澄だけでも雇ってくれるかもしれない。

 

 有咲「げ~」

 

 りみ「こんにちは」

 

 香澄「オーナー、バイトさせてください」

 

 香澄はオーナーを見ると速、バイトさせてほしいとお願いした。けど・・・

 

 オーナー「そんな時間あんのかい?」

 

 香澄「え?」

 

 少しキツイ言い方をしてきた。そういえば師匠は香澄がバンドやろうとしていてそんな時間が無いことを知ってる。つまりこれはダメだと言われているということだ。そんな、これじゃあ俺と利久はこき使われ続ける…いや待て、俺からも頼めば許してくれるかもしれない・・・

 

 レン「オーナー!俺からも頼みます!香澄をここでバイトさせてあげて下さい!」 

 

 俺は師匠に向けて頭を下げた。しかし師匠は何も言わず俺の事をただジッと睨みつけてきた。

 

 レン「オ、オーナー?」

 

 オーナー「レン」

 

 レン「は、はい!」

 

 オーナー「なんでそこまでこの嬢ちゃんおここでバイトさせたいんだい?まさか、人が増えればアタシがこき使う人が増えてお前と石美登の扱いがマシになるからって訳じゃないだろうね?」

 

 有咲「はあ?」

 

 香り「「え?」」

 

 な、なんでわかったんだ!?この人読心術でもあるのか!?てか自覚有ったのかよ!

 

 レン「え?そ、ソンナワケナイジャナイデスカー」

 

 有咲「お前・・・」

 

 レン「有咲さん、そんなことないから。だからその軽蔑しきったような目をやめて」

 

 りみ「レ、レン君・・・」

 

 レン「待ってりみちゃん、そんなこと微塵も思ってないから露骨に距離を取らないで」

 

 凛々子「流石に女の子にそういう事させるのはどうかと思うよ?」

 

 レン「だから違いますって!ただ俺はここでバイトすれば香澄がバンドをやる上で色々と学べると思ってその善意の心でお願いしただけですって!」

 

 香澄「レン君」

 

 オーナー「ふーん」

 

 よかった、どうやらわかってくれたみたいだ。

 

 オーナー「なら、半人前のお前も色々と学ぶべきことがあるんだろう?なら丁度いい、今日はオフだったけどお前もシフトに入りな」

 

 レン「・・・へ?」

 

 どうしてそうなったー!何この人、そんなに俺のことこき使いたいの?鬼だ…

 

 レン「いやー残念ですけど今日は俺その辺のスタジオ借りて、1人でギターの練習しようと思ってたんでちょっとー…」

 

 オーナー「そうかい、なら今日のライブが終わった後にステージを使いな。久々にアタシがしごいてやるよ」

 

 オーマイゴッド!逃げようとしたらさらに追い詰められた。いや、師匠に教えてもらうのは嬉しいよ?ただこの人の指導滅茶苦茶厳しいんだよ!特にギターは!けどもう俺に逃げ場はない・・・

 

 レン「わかりました…入ります、入ればいいんですよね?」  

   

 俺は今日もシフトに入ることになった。最悪だ…俺は何時ものようにスッタフ専用Tシャツに着替えると今日のライブの準備に取り掛かった。

 

 レン「まったく・・・どうしてこうなったんだ…」

 

 その後俺はブラックボードに今日のライブに出るバンド名を書いている花園さんの横で窓拭きをしていた。香澄達は準備が終わるまで外で待たされていた。

 

 香澄「ダメかー…」

 

 有咲「いきなり何なんだよ」

 

 香澄「SPACEのこと、もっと分かるかなーって」  

   

 レン「なるほどな、それでバイトしようと思った訳か」

  

 香澄「うん、なんで聖地なの?」

 

 たえ「聖地は聖地だよ」

 

 香澄「なるほどー」

 

 レン「今ので分かったのかよ」

 

 有咲「全然わかんないんですけど」

 

 りみ「えーと、SPACEはガールズバンドの為に造られた場所なんだ。オーナーはツアーとかもやるバンドのギターでライブハウスは怖くて危なそうってイメージを壊したくて30年前に造ったの」

 

 レン「けど、ある日やる気のない演奏したバンドが居てな・・・それからオーナーはオーディションをやってここでライブするバンドの熱意を確かめているんだ」 

 

 有咲「こえ~」

 

 香澄「かっこいい!」

 

 怖いにかっこいいか・・・確かに2人の言ってることはよく分かる。師匠の音楽に対する姿勢はとても尊敬している。だからこそ俺達はあの人に弟子入りしたんだ。

 

 たえ「よく知ってるねりみ」

 

 りみ「お姉ちゃんに聞いたの」

 

 たえ「お姉ちゃんってグリグリのゆりさん?」

 

 りみ「うん、お姉ちゃん達もファーストライブはここって決めてた」

 

 レン「ファーストライブ・・・か…」

 

 そういえばあの人達もそうだったっけ・・・それに・・・ラストライブも…

 

 香澄「レン君?」

 

 有咲「おーい、大丈夫かー?」

 

 たえ「起きてるー?」

 

 レン「え?あ、ああ・・・大丈夫だ…」

 

 おっと、無意識のうちにボーっとしてたみたいだな。

 

 りみ「レン君・・・あ、そういえばレン君達もファーストライブはここだったよね?」

 

 レン「ああ、懐かしいな。あの時の俺達はほんと未熟だったよ」

 

 香澄「そうなんだ!あれ?そういえばレン君達って男なのにどうしてここでライブできてるの?」  

 

 レン「え?ああ、別にここはオーディションさえ受かればそういうのは関係ないんだよ。ライブを観たり、出たりするのに男も女も関係ないってオーナーは言ってて、音楽に一生懸命向き合ってる人にはここでのライブを許してるんだよ」

 

 たえ「でも実際レン達の演奏はすごいもん。神の異名を持つバンドなんて言われてるくらいだし。それにあのオーナーに弟子入りして楽器の弾き方を教わるなんてすごく羨ましいことだよ」

 

 香有「「・・・え?」」

 

 急に香澄と有咲の表情が固まった。なんだ?なんか変なこと言ったか?

 

 香澄「おたえ、今なんて?」

 

 有咲「今さらっと凄いこと言わなかったか?」

 

 香澄「神の異名を持つってなに!?凄くかっこよさそう!」

 

 有咲「そこじゃねーだろ!?あの婆さんの弟子!?どうゆうことだよ!?」

 

 香澄「え~!?レン君オーナーのお弟子さんなの!?」

 

 有咲「今気づいたのかよ!?」

 

 香澄「りみりんはこのこと知ってたの!?」

 

 りみ「う、うん・・・」

 

 あれ?この2人の反応から察するに、もしかして知らなかったのか?てっきりりみちゃんがもう教えてるもんだと思ってたけど…

 

 レン「なんだ、2人とも知らなかったのか。そうだよ、オーナーは俺の、俺達Brave Binaeの師匠なんだよ」

 

 有咲「マジかよ!?」

 

 香澄「だからレン君達の演奏はあんなにすごかったんだ!」

 

 レン「まあ確かに楽器の弾き方を教わりはしたけど、それは基礎中の基礎と応用くらいだよ。主に学んだことと言えばバンドの心得・・・かな?」

 

 香澄「心得…」

 

 有咲「じゃあ神の異名ってのはなんだよ?」

 

 レン「あーそれな・・・それは俺もよくわかんないんだよ…なんでも俺達の演奏を観た人が1人1人に日本の神様に例えてそんな風に呼んでるらしい」

 

 利久と来人は気に入っていたけど俺からしてみればちょっと恥ずかしい・・・俺らはそんな大したバンドじゃないのに…

 

 レン「おっと、そろそろ中の掃除もしなくちゃな。わるい、すぐに終わらせて中に入れるようにするからもう少し待っててくれ」

 

 香澄「うん、わかった」

 

 有咲「りょーかーい」

 

 りみ「気にしないで」  

 

 俺と花園さんは中に入りステージの機材のセッティングやホールの掃除などいろいろとライブの準備をした後、準備を終えて開店すると今日のライブに出るバンドとお客さんがやってきて今日のライブも大盛り上がりを見せた。

 

 レン「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 

 ライブが終わり、お客さんを見送ると閉店作業をするためにホールに入ると。そこには花園さんと話す香澄と有咲とりみちゃんの姿があった。

 

 レン「おーい、閉店作業始めるからそろそろ出ろ」

 

 香澄「あ!レン君、私達ライブするの!」

 

 有咲「まだいいとは言ってねー!」

 

 俺は3人を外に出そうとすると香澄達からライブすると言われた。 

   

 レン「ライブ?どこでやるんだ?」

 

 香澄「有咲の家の蔵で。凄いんだよ!蔵に地下室があってそこでやるんだ!クライブだよ!」

 

 レン「くらいぶ?あ、蔵でライブするからクライブか?」

 

 香澄「流石レン君、そうだよ!そのライブでおたえをドキドキさせられたら一緒にバンドやってくれるの!」

 

 たえが香澄のバンドに?そういえば聞いた話だと花園さんは小学生の頃からギターをやってるのに、今まで誰ともバンドをやっていなかったらしい。これは花園さんにとってもいい機会かもしれない。 

 

 レン「そうか、まあ取りえず閉店作業しなきゃだからそろそろ出てくれ」

 

 香澄「うん、じゃあねおたえ、レン君」

 

 有咲「あ、おいコラ待て!」

 

 りみ「えーと、レン君、おたえちゃんまたね。香澄ちゃん、有咲ちゃん、待ってー!」

 

 3人はそう言うとSPACEを後にした。ライブでドキドキさせるか・・・そういえば来人をバンドに加入した時もそんな感じだったな…

 

 レン「これは俺の予想だけど花園さんは絶対香澄達と一緒にバンドをやることになると思うぞ?」

 

 たえ「え?どうしてそう言い切れるの?」

 

 レン「アイツの事だ、一度ダメだったとしても何度もしつこく花園さんをバンドのメンバーにするために挑戦する。現に俺もそうだったし…」

 

 たえ「・・・ストーカーだったの?」

 

 レン「違う!なんでそうなる!?」

 

 コイツ、あの時の来人と同じこと言いやがって…

 

 レン「兎に角そういう事だから。あ、あと花園さん「おたえ」え?」

 

 たえ「レンも私の事そう呼んで。香澄が折角つけてくれたんだから」

 

 レン「あ、ああ・・・じゃあおたえはもう上がっていいってさ。後の事は俺がやるからオーナーから指示だ。どうせ俺最後まで残るし…」

 

 そう、俺にはこの後師匠からのしごきが待っているんだ…

 

 たえ「わかった、じゃあまたね」

 

 残された俺は軽い閉店作業を終えると、愛用のギターを持ってステージの上に立っていた。そして目の前にはオーディションの時のように椅子に座る師匠の姿があった。ただいつもと違うのはその横にはギターケースが置かれていたことだ。

 

 オーナー「準備はいいかい?」 

 

 レン「はい、けど師匠・・・それ・・・」

 

 オーナー「これがどうかしたのかい?」

 

 レン「どうもこうも・・・弾くんですか?無理しない方が・・・」

 

 師匠は見ての通り歳のせいか足を悪くしていて、それ以来ギターを弾くことが出来ていない。なのに大丈夫なのか?

 

 オーナー「馬鹿にすんじゃないよ!まだまだ若いもんには負けちゃいないさ」 

 

 レン「けど・・・」

 

 オーナー「そんなに心配ならギターをつなげるのを手伝いな」

 

 レン「あ、はい」

 

 俺は言われた通りギターケースから師匠愛用の白いVシェイプのギターを取り出し、ギターをシールドでエフェクターとアンプに繋げると師匠に渡した。

 

 レン「どうぞ」

 

 オーナー「よし、まずはアタシが弾くからそれを真似して弾いてみな」

 

 そう言うと師匠は椅子に座ったままギターを弾き鳴らした。さすが元プロの演奏なだけあってその腕前はとても凄かった。よくよく考えてみれば師匠がギターを弾く姿なんて滅多に見ることが出来ない貴重な光景だ。それを間近で見ることが出来るなんて、俺は改めて自分の今の状況の凄さを理解した。

 

 オーナー「ほら、やってみな」

 

 レン「は、はい!」

 

 師匠に言われ、俺は先程の師匠と同じ様にギターを弾き鳴らした。しかし・・・

 

 オーナー「ダメだ!も一度弾くからしっかり見てな!」

 

 容赦なくダメ出しをされてしまい、師匠に再びお手本を見せられた後もう一度弾き鳴らした。

 

 オーナー「そこ!またコードを押さえる指が違う!」

 

 レン「す、すいません」 

 

 オーナー「まったく・・・揃いも揃って同じ癖を持って…

 

 レン「え?」

 

 オーナー「なんでもない、今日はそこが弾けるようになるまで帰さないよ!」

 

 レン「ご、ご勘弁を~…」

 

 その後、師匠に何度も叱られながら俺は遅くまで練習していた。正直もう限界だった…

 

 オーナー「今日はここまでだ」

 

 レン「や、やっとか~…」

 

 オーナ「少しはましになったみたいだね。ここを掃除したらもう帰りな」

 

 ようやく帰宅の許可が下り、俺は言われた通りにステージの掃除を終えるとすぐさま帰宅した。家に着くと俺は疲労のあまり、すぐベッドに倒れ込んでしまった。



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クライブはウサギと一緒

 レン「やっと終わった~!」

 

 俺は帰りのHRが終わると思いっきり体を伸ばした。今日は花の金曜日、明日は学校はなく、さらには嬉しいことにバイトのシフトも土日共に入っていない。休日にあの鬼師匠からこき使われずに済むなんて、こんなにも嬉しいことはない。帰宅するために帰り支度を終えたその時だった。

 

香澄「ねえねえ、3人も明日のクライブ観に来てよ!」

 

 明日香と来人と一緒に教室を後にしようとしていたら急に香澄に呼び止められた。

 

 来人「はい?」

 

 明日香「え?くらいぶ?なにそれ?」

 

 突然の香澄の誘いに何も知らない明日香と来人は混乱してしまった。まずクライブって単語すら新しいからな。

 

 香澄「分からないの!?」

 

 レン「いや、普通説明なしに言われたら分からないからな?」

 

 俺はまず香澄が蔵でライブするって言ってたから察することが出来たけどこの2人はそのことを知らないから当然だ。

 

 香澄「あ、そっか、ごめんごめん。私と有咲とりみりんとおたえも4人でライブするの!有紗の家の蔵に地下があって、そこでやるの!」

 

 来人「成程、蔵でやるからクライブか。随分としゃれてる」

 

 明日香「も、てことは他にも誰か観に来るの?」

 

 香澄「うん、有咲のお婆ちゃんと沙綾とゆりさん。あ、あとおたえが彼氏連れて来るって!」

 

 へ~、ゆりさんも観に来るのか。妹思いのあの人の事だからやっぱり妹の初ライブは観に行ってあげたいのか。うん?今聞き捨てできない言葉が聞こえたぞ?おたえの彼氏!?

 

 来人「なに!?たえちゃんに彼氏!?」    

 

 明日香「え?たえちゃん彼氏いたんだ」

 

 レン「マジかよ・・・」

 

 香澄「うん、昼休みの時に彼も連れて来るって」

 

 明日香「へー、どんな人なんだろ?」

 

 来人「彼・・・うん?彼って・・・あれ?」

 

 うん?来人、急に考え込んでどうかしたのか?

  

 香澄「それで、観に来る?」

 

 来人「え?ああ、もちろん行くさ!」

 

 明日香「うん、僕も観に行きたいな」

 

 レン「俺も行く。あ、そうだ、碧斗と利久も誘っていいか?」

 

 香澄「もちろん!大歓迎だよ!」

 

 よかった、なら碧斗と利久には後で伝えるか。その後俺は家に帰った後、携帯で碧斗と利久に蔵イブの事を伝えた。そしたら2人とも有咲に誘われていたそうだ。蘭のやつみたいにつんけんしてるアイツが珍しい。とりあえず俺ら5人は明日の午前中、有咲の家の蔵にクライブを観に行くことになった。そして俺らは土曜日を迎えた。

 

 レン「4人ともおはよう」

 

 碧斗「おはよう」

 

 利久「おはようございます」

  

 明日香「香澄ちゃん、りみちゃん、沙綾ちゃん、有紗ちゃんおはよう」

 

 来人「おっはよー!」

 

 香澄「レン君、碧斗君、あっ君、リッ君、ライ君おはよう」

 

 沙綾「あ、来た来た」

 

 りみ「おはよう」

 

 有咲「お、おはよう」

 

 明日香「あ、りみちゃんその髪飾り可愛いね。凄く似合ってるよ」

 

 りみ「う、うん///ありがとう///」

 

 俺らは流星堂まで来ると有紗と先に到着していた香澄と沙綾とりみちゃん、そして香澄の傍らには香澄によく似た茶色いショートヘアーの女の子の姿があった。あれ?この娘は?

 

 レン「香澄、その娘は?」

 

 香澄「あ、紹介するね!妹のあっちゃん!」

 

 ?「戸山 明日香です。あの、姉がいつもお世話になってます」

 

 そう言い自己紹介をすると彼女、戸山 明日香は俺らに一礼した。そういえば言ってたな、明日香って名前の妹が中等部に通っているって。信じられない・・・本当に香澄の妹なのか?随分と礼儀正しい。俺は彼女に感心していると彼女は顔を上げ、ギョッとした表情になった。うん?如何したんだ?

 

 戸山妹「あっ!あの時の・・・」

 

 そう言うと彼女は俺の後ろにいた来人を指さした。俺達全員は来人に視線を向けた。すると来人も同じくギョッとした表情になって顔を青くしていた。

 

 香澄「え?あっちゃんライ君のこと知ってるの?」

 

 戸山妹「う、うん・・・」

 

 来人「あー・・・あの時はその・・・ごめんね…」

 

 レン「来人なにがあった?」

 

 明日香「今度は何をやらかしたの?」

 

 来人「いや実はな―――――――――――――――――」 

 

 来人は明日香ちゃんと会った時のことを俺ら4人だけに語りだした。

 

 

 

 

 

 

 

     ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――   

 

 

 

 

 

 

 

 俺は部活見学で各運動部を回って水泳部の見学に行った時の事だ。いやー水着姿の可愛い女の子がこんなにもいるなんて眼福眼福。そう思っているとかなり可愛い中等部の3人組の娘がいたのでちょっと話し掛けた。

 

 来人「こんにちは、君達可愛いね?名前はなんていうの?」

 

 戸山妹「な、なんですか急に!?」

 

 来人「ねえ、よかったら俺がタイムを伸ばす方法教えてあげるよ」

 

 俺は3人の女の子と仲良くなるために声を掛けた。その時だった・・・

 

 「とりゃ~~~~!」ドスッ!

 

 来人「ヒデブッ!」ドカッ!

 

 ―――バッシャーン!―――

 

 俺は突然横から飛蹴りを喰らい、プールに落とされた。何事!?水面に顔を出そうとしたその時だった。

 

 ―――ドスッ!―――

 

 頭を思いっきり踏まれて水中に押し戻された。

 

 来人「ガボボボボボボッ!?」

 

 い、息ができない!?

 

 ゆり「あなたたち大丈夫?なにもされてない?」

 

 今の声はゆりさん!?そう言えばこの人、水泳部の部長だっけ・・・て、そうじゃない!

 

 来人「ガボ!ガブボボ、ガボボボボボボボ!(ギブ!ゆりさん、俺死んじゃいます!)」

 

 戸山妹「は、はい・・・て、その人大丈夫ですか!?溺れかけてますけど!?」

 

 ゆり「大丈夫よ、未来の私の弟にお願いされてるの。もしこの人が部活見学の時にナンパしていたら、容赦なく排水溝に流してほしいって」

 

 明日香のやつ、そんな根回ししてやがったのか!?つーかマジでやばい!溺れる溺れる!

 

 戸山妹「は、はぁ・・・て、ダメですよ!?排水溝に流すなんて!?流石にそれはまずいんでその足どけてあげてください!」

 

 ゆり「うーん、あなたがそこまで言うなら」スッ

 

 来人「ブハッ―!はぁ・・・はぁ・・・死ぬかと思った…」

 

 女の子にお願されて、ゆりさんは足をどけてくれた。マジで助かった…

 

 ゆり「いい、来人君?今日はこの娘に免じて大目に見てあげるけど・・・今度水泳部の娘に手を出したら、七菜に言って氷川さんに伝えてもらうわよ?」ニコッ

 

 そう言うとゆりさんは俺に笑顔を見せてきた。この人の笑顔は素敵なんだけどこんなにも怖いと思ったことはない… 

 

 来人「はい、承知しました」

 

 

 

 

     

 

 

 

 

     ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 来人「てなことがあったんだよ…」

 

 そんなことがあったのかよ・・・ゆりさん容赦ねえな…それよりも・・・

 

 レン「お前また知り合いの妹に手を出したのかよ?日菜さんといいあこちゃんといい何やってんだよ…」

 

 俺ら4人は来人に対して若干冷ややかな目を向けてた。

 

 レン「ごめんね明日香ちゃん、このバカが迷惑かけて」

 

 戸山妹「いえ、気にしないでください。ところであなたは・・・」

 

 レン「おっと、そういえば自己紹介がまだだったな。俺は赤城 レン、香澄とは席が隣どうしなんだ。でこっちにいる4人が・・・」

 

 碧斗「海原 碧斗だ」

 

 利久「石美登 利久です。どうぞよろしく」  

 

 明日香「僕は桃瀬 明日香、僕も香澄ちゃんとはクラスメイトなんだ」

 

 来人「黄島 来人、よろしく」

 

 俺らは明日香ちゃんに自己紹介をした。

 

 戸山妹「赤城・・・レン・・・」

 

 その時、明日香ちゃんは俺を見て何か考えこんだ。いったいどうしたんだ?

 

 戸山妹「あの、前にどこかで会いませんでしたか?」

 

 レン「え?いや、ないと思う・・・たぶん…」

 

 この娘とは今日が初対面のはず。けどなんだろう・・・昔どこかで会った気がする…どこだっけ?俺は思い出そうとしていたその時だった。

 

 ―――ビリッ!―――

 

 香澄が背負っていたギターケースをいれる袋の底が破れ地面に落ちそうになった。しかしギリギリのところで丁度香澄の後ろにいた明日香ちゃんがケースを受け止めた。

 

 香澄「あー!」

 

 りみ「大丈夫!?」

 

 香澄「あっちゃんありがとう!」

 

 危ない危ない、あのまま地面に直撃してたらギターが使えなくなって大変なことになってた。

 

 ゆり「来た?」

 

 その時、入り口からゆりさんが現れた。噂をすればなんとやら。

 

 戸山妹「先輩!」

 

 香澄「え?」 

 

 戸山妹「水泳部の部長」

 

 香澄、ゆりさんが水泳部の部長だってこと知らなかったのか?

 

 レン「ゆりさん、おはようございます」

 

 ゆり「あら、5人ともおはよう」

 

 来人「ひっ!」ビクッ!  

 

 ゆり「来人君どうかしたの?結構汗が出てるわよ?」 

 

 来人「い、いえ、大丈夫です…」

 

 来人はさっきの話の事があってか、ゆりさんを見るや否や冷汗があふれるように出てきていた。けど確かに今のこの人の笑顔はなんかちょっと怖い。

 

 ゆり「そう、あ!もう中には入れるわよ」

 

 レン「そうですか、ありがとうございます」

 

 ゆりさんに促され俺らはライブの会場となる蔵の地下室へと入った。中に入ると俺らは有咲のお婆さんにジュースをいただき、座りながら花園さんの到着を待っていた。

 

 「ジュースでよかった?」

 

 沙綾「はい、ありがとうございます」   

 

 レン「すいません、気を使わせてしまって」

 

 「いいのよ、それにレン君と利久君だわよね?この前は有咲にプリントを届けてくれてありがとう」

 

 利久「いえ、当然のことをしたまでです」

 

 俺達はライブが始まるまでの間、雑談をしていた。その時だった・・・

 

 香澄「待て―――!」

 

 香澄の叫び声が上から聞こえてきて、それと同時に明日香ちゃんの目の前に青と赤のオッドアイの茶色いウサギが現れ、香澄も階段を駆け下りてきた。

 

 レン「う、ウサギ?」

 

 来人「あれ?このウサギって・・・」

 

 香澄「ウサギどこ!?」

 

 戸山妹「ここ」

 

 香澄「よかったー」

 

 明日香ちゃんはウサギを抱き上げるとそれを見た香澄は安堵の息を漏らした。

 

 有咲「いきなり放すなー!」

 

 香澄「ごめ~ん」

 

 たえ「オッドアイのおっちゃんだよ」

 

 明日香「おっちゃんって・・・」

 

 碧斗「なんか歳喰ってそうな名前だな・・・」

 

 沙綾「おたえ・・・」

 

 おたえ・・・ライブにウサギ連れてきたのかよ…そう思っていると

 

 戸山妹「うわぁ!」

 

 おっちゃんは突如明日香ちゃんの手を飛び出した。そして・・・

 

 来人「ぐえ!」

 

 来人の鳩尾にダイブした。おお、見事にクリーンヒットした。

 

 来人「やっぱり、たえちゃんが言ってた彼っておっちゃんのことだったのか…にしてもこの体当たり、懐かしいな…」

 

 『え?』

 

 沙綾「来人、このウサギのこと知ってるの?」

 

 来人「ああ、昔通ってた幼稚園にたえちゃんがこっそりウサギを連れてきたことがあってな。そん時、幼稚園で飼ってたウサギと遊ばせようとしてウサギ小屋の中のウサギを全部外に出したんだよ。その時連れてきてたウサギがこのおっちゃんだったんだよ」

 

 そんなことがあったのか・・・おたえ、何やってんだよ…

 

 たえ「うん、凄く懐かしい。あの時ライ君が草笛を吹いたらウサギが一斉にライ君に集まってきて、おっちゃんはさっきみたいにダイブしてた。でもその時だったよね?私とライ君が友達になったのも」 

 

 へ~、来人はその時から生き物に懐かれやすかったのか。実は来人は滅茶苦茶生き物に懐かれる。どんなにいう事を聞かない犬でも忠実になり、サバンナに行けばライオンがすり寄ってきて、公園のベンチで昼寝をすれば猫まみれになってしまうほどだ。ほんとこんだけ生き物に懐かれるのに女の子にモテないのは何でだろう?

 

 香澄「ライ君すごい!」

 

 有咲「つーか幼稚園にウサギ連れてってウサギ小屋のウサギ逃がすとかどんだけだよ…」

 

 ゆり「感心してるところ悪いけどライブは?」

 

 香澄「あ!やります!」

 

 そう言うと香澄達は楽器を手にしてそれぞれ指定の位置に立ち、一息入れると俺達に呼び掛けMCを始めた。ついに香澄達のバンドのファーストライブの幕が切って落とされた。

 

 香澄「こんにちわ、戸山 香澄です。クライブに来てくださってありがとうございます」

 

 そう言うと香澄達4人は一礼した。 

  

 「有咲~」 

 

 有咲「婆ちゃん!」

 

 すると有咲のお婆さんが有咲に向けて声援を送り、有咲はそれに少し顔を赤くした

 

 香澄「今日はおたえと沙綾とレン君、碧斗君、あっ君、リッ君、ライ君、あっちゃん、ゆりさん、お婆ちゃんをドキドキさせます。してくださったら嬉しいです!」

 

 ―――パチパチパチパチ―――

 

 香澄「いきます、『私の心はチョココロネ』!」

 

 香澄の掛け声を合図にりみちゃんがスマホで録音していたドラムの音を流し、4人の演奏が始まった。

 

 『わた~しの~ここ~ろは~ チョココロネ~ ひと口~かじれば~あふれちゃう~ 色んな~気持ちが~ はじけちゃう 』

 

 そして、演奏が終わった。俺達は無意識のうちに4人に拍手を送っていた。

 

 香澄「やった~!」

 

 有咲「マジでヤバかった!ホントヤバかったってー!」

 

 りみ「でも楽しかった!」 

 

 香澄「うん!」

 

 戸山妹「勝負じゃなかったんですか?」 

 

 沙綾「そうみたい」

 

 レン「別に香澄は最初から勝負だなんて一言も言ってないよ。おたえをドキドキさせるとしかね」

 

 戸山妹「え?じゃあどうして一緒に演奏していたんですか?」

 

 香澄「だって一緒に弾いた方がドキドキするから。ね!おたえ!」

 

 たえ「香澄!りみ!有咲!」

 

 有咲「うわぁ~!」

 

 おたえは嬉しさのあまり、香澄、有咲、りみちゃんの3人に思いっきり抱き着いた。

 

 利久「なんかデジャブですね」

 

 明日香「誰かさんをバンドに誘った時も、こんな感じで仲間になったもんね。ね、誰かさん」

 

 来人「うるせえ…けどまあ、これでたえちゃんは香澄ちゃん達のバンドに入ることは確定だな」

 

 レン「ああ、これでメンバーは4人だ。けど・・・」

 

 碧斗「このバンドは全てが揃っていない」

 

 明日香「うん…」

 

 利久「ですね…」

 

 そうだ、碧斗の言う通りこのバンドは完成していない。なぜならこのバンドには・・・

 

 碧斗「まだドラムがいない」

 

 そう、バンドをやる上で必要不可欠な存在であるドラムがまだこのバンドにはいない…ドラム担当が入るまでこのバンドは完成しない。

    

 来人「けど・・・やるやつは目星ついてるだろ?」

 

 そう、このバンドでドラムをやるべき存在は俺達の目の前にいるのだから…俺達の5人の視線は隣に座りながら笑顔で香澄達4人を見る山吹 沙綾に向いた。しかしその表情は、どこか辛そうで、そして・・・羨ましそうにしているように感じた…



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文化祭準備は賑やかに

 5月の末、花咲川学院文化祭が目前に迫ってきた。そのため今教室では文化祭に向けて各クラスの出し物を決めるためこの教室でも話し合いが始まろうとしていたのだが、その進行を務めるのが・・・

 

 香澄「実行委員にまりました。戸山 香澄です!文化祭イェーイ!」

 

 『イェーイ!』

 

 そう、香澄がこのクラスの実行委員になったのだ。黒板にも文化祭実行委員戸山香澄と大きく書かれている。正直不安しかない…

 

 香澄「出し物は、キラッとしてシュッとしてて可愛いのがいい!」

 

 「その前に副委員を決めないと」

 

 香澄「え?あ、そっか!えーと・・・」

  

 香澄は書記の人に言われ、教室内を見渡した。そして一人の人物に目が留まった。

 

 香澄「あ!沙綾!」

 

 沙綾「え?」

 

 香澄「沙綾!沙綾!沙綾!」

 

 沙綾「えー・・・え、いや私は・・・」

 

 「まあ沙綾だよね」  

 

 「香澄を何とかできるのは沙綾しかいない!」

 

 明日香「このクラスの中で一番しっかりしてるのは沙綾ちゃんだしね」

 

 来人「俺も賛成!」

 

 沙綾「・・・わかった、いいよ」

 

 香澄「やった~!」

 

 香澄に指名された沙綾は少し戸惑っていたが周りの人にも勧められて副委員になることを了承した。よかった、ストッパー役がいればうまくいきそうだ。俺は安心していたその時だった・・・

 

 先生「そうそう、今年の1年生は男子からも実行委員を1人出すように言われてるの。だから3人の中から1人、戸山さんと山吹さんのサポートをする人も決めて」

 

 レ明来「「「え…」」」

 

 先生の発言を聞き俺は唖然とした。マジで?香澄のサポートとなるとマジでめんどい。こころ程ではないが香澄も結構ぶっ飛んでるところあるからな。ここは1番体力がある来人に押し付けよう。が、しかし・・・そう巧くは行かなかった。

 

 香澄「じゃあレン君で!」

 

 レン「はあ!?」

 

 香澄は俺を指名してきた。なんで!?

 

 レン「異議あり!なんで俺!?」

 

 香澄「いや~、なんかビビってきたから!」

 

 なんだよその日菜さんが言いそうな理由は…

 

 沙綾「私もレンに賛成かな?」

 

 レン「沙綾!?」

 

 「確かにレン君と香澄ってしっくりくるよね」

 

 「バンドやってるとことか、赤いギター使ってるとことか共通点あるしね」

 

 レン「そこ関係ある!?」

 

 イヴ「レンさん、女の子に助けを求められたら助けるのが武士の務めですよ!」

 

 レン「いや、別に俺武士じゃないし」

 

 はぐみ「レン君、困っている人がいたら助けてあげなきゃダメって母ちゃんが言ってたよ!」

 

 レン「いや香澄は困ってねえだろ、寧ろ俺が困ってるよ…」

 

 周りの人達も俺が実行委員やることに賛成している。しょうがない・・・

 

 レン「はぁ~・・・わかったよ、やるよ、やればいいんだろ?」 

 

 イブちゃんとはぐみにもここまで言われたら断れねえよ…

 

 先生「じゃあ決まりね」

 

 来人「よかったなレン、女の子2人と一緒に文化祭準備できるなんて」

 

 明日香「大変だろうけど頑張って」

 

 お前ら他人事だと思って…取り敢えずクラスでの出し物は次の話し合いに持ち越しとなった。

 

    

 

 

 

 

     ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 昼休みになり、今日も俺らは屋上に集まって昼飯を食べていた。そして互いのクラスの文化祭準備の状況報告をしていた。

 

 碧斗「ふーん、お前が実行委員か」

 

 レン「ああ、そっちは?」

 

 利久「こっちのクラスでは僕がやることになりました」

 

 レン「あー、成程な」

 

 明日香「確かに利久の暗記力はこうゆう時に便利だもんね」

 

 利久「便利って・・・僕はスーパーコンピューターじゃないんですけど…あ、王手です」

 

 来人「またかよコンチキショー!」

 

 利久は将棋盤から視線をそらして、俺らと会話しながらも来人との将棋対決に勝利していた。しかも飛車角落ちで。さっきは否定してたけど、この暗記力とゲームの腕前からして本当にコイツの脳は最新鋭のコンピューターでも入っているんじゃないか?

 

 ―――キーンコーンカーンコーン―――

 

 おっと、そうこうしている中にチャイムが鳴った。そろそろ教室委戻らないとな。  

 

 利久「おっと、もう時間ですか。じゃあレン、また放課後の集まりで」

 

 レン「ああ、またな」

 

 俺らは屋上を後にし、教室に戻り、午後の授業を終えると放課後に会議室では菜七さんの進行によって文化祭実行委員の会議が行われていた。

 

 七菜「では、1回目の会議を終わります」

 

 そして七菜さんが会議を終わらせると各クラス実行委員の人は会議室を後にした。今日の会議では各実行委員の顔合わせと軽い報告と生徒会からの説明だけだったが・・・

 

 沙綾「企画書、企画団体シート、模擬店総轄ノート、こっちはステージ貸し出しの申請書に、機材貸し出しの申請書」

 

 香澄「う~・・・ドキドキしない書類がいっぱいだよ~…」

 

 香澄は次回の会議で提出する書類ですでに頭がいっぱいいっぱいにになってしまって会議テーブルに伏せてしまっている。自分で立候補しておいてこれじゃあ仕事が俺と沙綾、主に俺に回ってくるな…ちくしょう、あいつらこれを見越して俺に押し付けやがったな…

 

 レン「おいおい大丈夫かよ・・・」

 

 香澄「大丈夫!頑張って書く!」

 

 香澄は起き上がるとそう言いながらやる気を見せた。この調子なら、大丈夫かな?けど問題は・・・

 

 利久「・・・zzz・・・ス―――――・・・zzz・・・」

 

 会議が始まって物の10分で寝ているコイツだ。七菜さんも途中呆れてたし、こいつと比べたら香澄はマシなのかもしれない。

 

 レン「おーい、利久起きろ」

 

 利久「ふぇ?なんですか・・・?会議は?」

 

 レン「終わったよ、お前が寝ている間にな。そのプリントを次の会議で提出するからそれまでに書いておけ」

 

 利久「わかりました、では僕も失礼しますね」

 

 そう言うと利久はプリントを持って会議室から出ていった。

 

 沙綾「あれ?レンもこのプリント渡されてなかった?」

 

 そう言うと沙綾はステージと機材の貸し出しの申請書を見せてきた。

 

 レン「さあな・・・」

 

 沙綾「まさかレン・・・さっき利久のプリントの中に・・・」

 

 レン「さあて、何のことだ?それよりも、早くその書類かき終わらせるぞ」

 

 この後教室に戻り、香澄が提出する書類を書くのを手伝っていたのだが・・・

 

 香澄「・・・フフーン・・・」

 

 沙綾「こら」

 

 香澄「うわぁ~難しいよ~!」

 

 香澄は書類を書いていると、途中で落書きをはじめ沙綾に注意されていた。しかし沙綾はその香澄の姿を見てクスリと笑みを浮かべていた。

 

 沙綾「ごめん、なんか弟たちの宿題見てるときみたいだなって。家の手伝いもあるから遅くまでは出来ないけど、私も頑張るから」

 

 レン「俺も、こんな書類師匠の扱いに比べたら楽なもんだよ」 

 

 香澄「さあ~や~!レンく~ん!」

 

 沙綾「できない子ほど可愛いって言うし」

 

 香澄「酷い~」

 

 レン「兎に角早く書け、片方は俺が書いてやるから」

 

 そう言うと俺は香澄から申請書を1枚受け取り、俺が色々と記入した。

 

 香澄「レン君ありがと~!」

 

 この後申請書を書き終え、他の企画書は明日のクラスでの話し合いで出し物が決まってから書くことになった。

 

 レン「じゃあな、俺はこの後バイトだから利久を呼んでから帰る」

 

 香澄「うん、じゃあねレン君」

 

 沙綾「また明日」

 

 俺は教室を出ると隣の教室に利久を呼びに行きそのままSPACEへと向かい、バイトをして1日を終えた。そして翌日、クラスの出し物ではカフェをやることになった。香澄は1日店長と書かれてタスキを身に着けながら進行していた。

 

 香澄「1-Aカフェ、オーナーの戸山 香澄です!イェーイ!」

 

 『イェーイ!』

 

 香澄「コンセプトはキラッ、シュッて可愛くてグイッ!ドーン!て感じ!」

 

 レン「まったく言ってる意味が分からない」

 

 沙綾「うーん、たぶん・・・」

 

 沙綾は香澄の言ったことの意味が分かったのか黒板に書き記していった。今ので分かるとかスゲーな…

 

 ・オシャレ

 

 ・スタイリッシュ

 

 ・可愛い

 

 ・落ち着いた感じ

 

 香澄「これ!」

 

 『お~!』

 

 今の『お~!』は香澄の提案の良さに対するものなのか、それとも沙綾の理解力に対する『お~!』なのか、多分後者だろうな…それはさて置き、クラス内から様々な意見が飛び交った。

 

 「メイド喫茶は?」

 

 「先輩のクラスやるらしいよ」

 

 「男装執事喫茶」

 

 「ヤバい絶対に合う」

 

 明日香「僕達はどうなの?」

 

 「う-ん、女装してもらうとか?」

 

 明日香「それは却下!」

 

 「普通にエプロン作っても可愛くない?」

 

 香澄「可愛いエプロン、異議ナーシ!」 

 

 「アクセで個性出すとか」

 

 香澄「異議なし異議ナーシ!」

 

 来人「服のデザインに関しては打って付けの人が居るもんな」

 

 レン「おい、俺にデザインをやらせる気か?」

 

 香澄「レン君デザインできるの?じゃあエプロンのデザインはレン君の担当で!」

 

 レン「はあ?!勝手に決めるな!」 

 

 沙綾「じゃあ衣装はそんな感じで」

  

 レン「おい、俺はまだいいとは一言も言ってないぞ!?」

 

 沙綾「食べ物はどうする?」

 

 俺の意見は受け付けないと言いたいのですか、そうですか。それじゃあ次は食べ物か、クラス内からは色々な案の声が上がった。ケーキ、ラーメン、たこ焼き、ハンバーガー・・・

 

 たえ「ハバネロピザ」

 

 香澄「辛そう」

 

 たえ「ハバネロ抜けば辛くないよ」

 

 沙綾「それハバネロピザって言わなくない」

 

 来人「もはやただのピザだ」

 

 ピザか・・・悪くはないな。けど他の意見も中々、俺らはどうしようか悩んでいるとりみちゃんが手を上げた。

 

 りみ「はい!」

 

 香澄「はい、りみりん!」  

 

 りみ「あの、パンがいいかなって。チョココロネとか、沙綾ちゃんちのパンとか・・・チョココロネ美味しいし!」

 

 沙綾「うち?」

 

 成程、やまぶきベーカリーのパンか・・・いいな。この学校内や町内でも常連の人は結構いるらしいしな。

 

 来人「いいなそれ!パンならお茶にも珈琲にも合うし」

 

 はぐみ「はぐみも賛成!沙綾の家のパン美味しいもん!」

 

 りみちゃんの意見に周りの人は賛成した。

 

 レン「全員一致、どうする沙綾?」

 

 沙綾「家かー・・・わかった、聞いてみる」

 

 『お~』

 

 香澄「りみりんナイス~!」

 

 とてもいい案を出したことで周りはりみちゃんを賛美した。

 

 香澄「みんな、文化祭やりたいか~!」

 

 『おー!』 

 

 香澄「可愛い喫茶店にしたいか~!」

 

 『おー!』

 

 こうして1-Aは文化祭で喫茶店をやることになり、準備のために色々と動き出した。この学校の文化祭は結構規模が大きいため、連日授業もなく文化祭準備に動いていた。けど俺達はそれ以外にもやるべきことがあった。そう、文化祭でのライブだ。そっちの方の計画を決めるために俺らは練習もかねて放課後に来人の家で集まっていた。

 

 レン「それでだ、文化祭ライブでの曲はどうする?」

 

 来人「無難に俺らの持ち歌とカバー曲をやるのでいいんじゃないか?」

 

 利久「でも、それだけとなんか物足りないですね…」

 

 確かに、カバー曲は場を盛り上げるにはいいかもしれない。けど、それだけだとなんかやるせない。

 

 碧斗「ならどうするんだ?」

 

 明日香「碧斗、それを聞くのは野暮だと思うよ?」 

 

 来人「だな、もう答え1つしかないもんな?」

 

 レン「ああ、新曲をやる!」

 

 利久「ま、でしょうね・・・わかってましたよ、そう言うと思って曲の方は幾つか作ってあります」

 

 碧斗「なら作詞はレンの仕事だな」

 

作詞、それは曲を作る上で必要な作業だ。俺らのバンドでは作詞は俺と明日香でやっているが、楽曲作りで俺が作詞をする時は曲先、明日香の時は詞先の手法でやる。今回は利久がすでに曲を幾つか用意しているため、その中から俺が気にいったものを選び詞を付ける。

 

 レン「ああ、任せておけ。利久、後で俺のスマホにデータを送っておいてくれ」

 

 利久「はい、わかりました。それじゃあ後は・・・」

 

 来人「カバー曲だな」

 

 明日香「高校の文化祭だからアニメの主題歌は生徒には受けがいいかもしれないけど・・・」

 

 碧斗「アニメを見ない人も中にはいる、何より高校の文化祭は親や地域の人なんかの大人の人も見に来る。なら今時のアニソンを知らない人もかなりいるだろうな…」

 

 レン「じゃあ映画とかドラマの主題歌を中心に歌った方がいいか」

 

 来人「そうだな!じゃあ俺は・・・」

 

 この後文化祭ライブで歌う曲を決め、一通り音合わせをした。

 

 レン「あ、もうこんな時間か・・・悪い、この後俺用事あるから」

 

 利久「え?どこか行くんですか?」

 

 レン「やまぶきベーカリーに、文化祭のカフェで出すパンの試食とエプロン作りに」

 

 碧斗「そうか、じゃあ今日は解散だな」 

 

 来人「ああ、じゃあな!また明日」

 

 この後、俺は来人の家を出るとやまぶきベーカリーへと向かった。

 

 レン「おじゃまします」

 

 「やあレン君、香澄ちゃん達ならもう来て奥の方にいるよ」

 

 俺は店の中に入るとこの店の店主で沙綾の父でもある山吹 亘史さんが迎え入れてくれて、店の奥にある住居スペースに通された。そこには香澄とりみちゃんとおたえと沙綾、ついでになんでか有咲の姿があった。 

 

 レン「わりい、待たせたな。てかなんで有咲がいるんだ?」

 

 有咲「香澄に連れてこられたんだよ」

 

 レン「あー・・・なんだ、災難だったな?」

 

 俺が有咲に同情していると部屋の扉が開き、そこから沙綾の母である山吹 千紘さんと妹である沙南ちゃんが中に入ってきた。

 

 千紘「みんないらっしゃい」  

 

 レン「千紘さん、おじゃましてます。沙南ちゃんも久しぶり」

 

 沙南「うん、レンお兄ちゃん久しぶり」

   

 千紘「そうそう、文化祭の喫茶店で使うエプロン作るのよね、よかったらこれ使って」

 

 そう言うと千紘さんはやまぶきベーカリーの店員用のエプロン差し出してきた。これはすごくありがたい。

 

 レン「ありがとうございます。じゃあ早速始めるけど、どうゆう感じがいい?」

 

 俺はエプロンを受け取ると裁縫道具を使って刺繍をいれたりとエプロンに手を加えた。

 

 沙綾「これでオーケー」

 

 香澄「わぁ~やった~!」  

 

 レン「サンキュー沙綾、手伝ってくれて」 

 

 作業を終えると早速5人は完成したエプロンを身に着けていた。香澄には胸元に3つの星のワッペンが着けられりみちゃんには音符、おたえにはウサギの刺繍がはいっており、それぞれ違うデザインになっている。

 

 香澄「それにしてもレン君すごいよ!裁縫凄い上手だった!」 

 

 レン「まあな、小さい頃から母さんが服造ってるところよく見てたし、バンドの衣装作りとかよくやってるから」  

 

 千紘「可愛いじゃない、みんな家で働く?お客さんたくさん増えそう」

 

 俺はお盆にジュースを載せた千紘さんはエプロン姿の5人を見て、可愛いとほめてくれた。その傍らでは沙南ちゃんが千紘さんの後ろに隠れながらこちらを覗いてきていた。

 

 香澄「へへ、さーなんも着る?」

 

 沙南「さーなん?」

 

 香澄「沙南ちゃんだから、さーなん」

 

 有咲「まーた変な・・・」

 

 香澄「えー、可愛いでしょ?いい?」

 

 沙南「うん・・・」

 

 香澄「可愛いー!」  

 

 香澄の問いかけに沙南ちゃんはコクリと頷いた。可愛い。俺もこんな妹がほしかったな・・・ほんと、妹のいる人が羨ましい・・・そう思っていると部屋の扉が開き、そこから沙綾の弟の純が顔をのぞかせた。

 

 純「あ、また来てる」

 

 レン「お、純久しぶり」

 

 香澄「じゅんじゅんだ!じゅんじゅーん!」

 

 たえ「じゅんじゅんーん」

 

 純は香澄とおたえに愛称で呼ばれると顔を真っ赤にした。そして・・・

 

 純「うんこ!うんこ!うんこ~!」

 

 うんこと連呼しながら2階へと駆け上がっていってしまった。相変わらず照れ屋さんだな純は。

 

 香澄「え~!?」

 

 沙綾「純コラッ!」

 

 千紘「ごめんねー、お姉ちゃんの友達が来て照れてるだけだから」  

 

 有咲「う、うんこ・・・クスッ・・・」

 

 りみ「有咲ちゃんダメ!」

 

 有咲は純の叫んだ言葉に吹き出しそうになっていたがりみちゃんがそれを止めた。あぶない、今ので笑ったら色々と有咲が終わってた。この後香澄達は文化祭ライブでやる新曲作りの作業をやるらしい、俺も作詞をしなきゃいけないから先に帰ることにした。

 

 千紘「あら?もう帰っちゃうの?折角だから夕ご飯食べていけばいいのに、純と沙南もきっと喜ぶわよ」

 

 レン「いえ、流石にそこまでしてもらう訳にはいきませんよ。それに俺も曲作りしないといけないんで、それじゃあおじゃましました」 

 

 俺はやまぶきベーカリーを後にして帰宅すると、利久から送られてきた曲をもとに夜遅くまで作詞作業をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

     ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――    

 

 

   

 

 

  ―――――翌日―――――

 

 

 レン「Poppin’Party?」

 

 香澄「へへ~、どう?可愛いでしょ?有咲が考えたんだ!」

 

 明日香「へ~、有咲ちゃんが・・・うん、僕もいいと思うな。この絵もとっても可愛いし」

 

 りみ「っ!えへへ///・・・ありがとう///」

 

 学校中の至る所にPoppinn’Partyと書かれた手作りのフライヤーが貼られていた。香澄達4人はそれを学校の至る所に貼って廻っていた。

 

 碧斗「Poppin’Partyか・・・戸山に相応しいバンド名かもな・・・うん?これは・・・」

 

 碧斗も昇降口近くに貼られているフライヤーを眺めていた。しかしそこには、香澄、りみ、たえ、有咲の他にもう1人の人物の名前が書かれていた。そこにはSāyaと書かれていた。

 

 碧斗「沙綾?アイツやる気になったのか?あ・・・」

 

 ちょうど後ろを振り返るとそこに本人の姿があった。碧斗は丁度いいと思い沙綾に声を掛けようとした。

 

 碧斗「さあ「沙綾」 

 

 しかし碧斗が声を掛けようとするのよりも先に他の人物が沙綾の名前を呼んだ。

 

 沙綾「ナツ…」

 

 それは碧斗のクラスメイトである海野 夏希だった。碧斗は何かを感じ下駄箱の陰に隠れ2人の会話に聞き耳を立てていた。

 

 夏希「なんか・・・久しぶり。て、同じ学校なのに変だけど…」 

 

 沙綾「うん…」

 

 夏希は何気なく横に貼られていたフライヤーに目をやるとそこに沙綾の名前が書かれていることに気が付いた。

 

 夏希「バンドやるの?よかった、やるきになt「やらない」え…」

 

 沙綾「友達が間違って書いちゃって…」

 

 沙綾は「ごめん」と一言言うとその場から去っていった。

 

 夏希「沙綾…」

 

 碧斗「海野」

 

 夏希「え!?碧斗?」 

 

 碧斗は沙綾が立ち去るのと、下駄箱の陰から姿を現し夏希に声を掛けた。突然の碧斗の登場に夏希は驚いていた。  

 

 夏希「もしかして、聞いてた?」

 

 碧斗「まあな…」

 

 夏希「沙綾・・・やっぱりあの時の事…」  

 

 碧斗「だろうな・・・けど、それは俺達に如何こうできる問題じゃない。これはアイツ自身の問題だ」

 

 夏希「わかってる、けど・・・やっぱり沙綾には・・・」

 

 碧斗「お前の言いたいことも分からなくはない・・・けどこのことに関してはそっとしておいてやれ。それはお前の役目じゃない」

 

 夏希「碧斗…」

 

 碧斗「じゃあな、俺も係りの仕事があるから」

 

 そう言うと碧斗はその場を立ち去った。

 

 碧斗「さてと、放課後にバイトできないか聞きに行くか」 

 

 碧斗は去り際に夏希に聞こえない声でポツリと呟いた。

 



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ドラムは叩けない

 文化祭3日前、俺らは着々と準備を進めていた。そして俺は今教室でカフェのシフトの入り時間を話し合っていた。ちなみに実行委員である香澄は体育館に4人でステージの下見に行っているため、俺と沙綾でクラスの人と話し合って決めていた。

 

 レン「俺ら3人はこの時間以外ならどこに入れてもいいから」

 

 「じゃあ、私はここで」

 

 沙綾「うん、ありがとう・・・うん、これで決定」

 

 「おつかれ」

 

 沙綾「あとは香澄だけかな」

 

 シフトの入り時間の希望を見てみると香澄はライブの時間以外、ほぼ全ての時間に入っていた。 

 

 レン「香澄の事だ、きっと俺らに殆ど任せっきりになってたから、その分こっちで頑張ろうとしているんじゃないのか?」

 

 「フフッ、働きすぎ」

 

 沙綾「どっかで休憩いれてあげなきゃね。まだ戻ってきてない?」

 

 「ステージ見に行ったまま」

 

 沙綾「そっか、じゃあちょっと様子見てくる」

 

 レン「あ、俺も行く。俺もステージの下見してきたいし、それにもし利久がまだステージのセッティングしてたら手伝わないといけないしな」

  

 沙綾「わかった、じゃあちょっと行ってくるね」

 

 「うん、いってらっしゃい」

 

 そして俺と沙綾は体育館へと向かった。

 

 

 

 

 

     ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 俺は今体育館に来て、利久の機材セッティングの手伝いをしていた。利久はSPACEでバイトしているから、それで七菜さんにセッティングを頼まれたらしい。そして体育館には俺と利久の他に戸山と市ヶ谷、牛込、花園も来ていた。

 

 利久「すいません、碧斗とおたえちゃんにまで手伝ってもらちゃって」

 

 たえ「ううん、別にいいよ」

 

 碧斗「手伝いって・・・俺に関してはお前が無理やり連れてきたんだろうが…」

 

 俺は少し溜息をついていると戸山がステージに上がってきた。

 

 香澄「ライブまであと3日!ふぅ~~!」

 

 戸山は突然叫び声をあげた。この姿、まんまひなこ先輩だな… 

 

 香澄「あ!ドラムだ!ドラムある!」

 

 りみ「他のバンドと共有で使うんだって」

 

 香澄「おお、私達は?」

 

 りみ「え?」

 

 有咲「誰がやんの?」

 

 香澄「うーん・・・あ、そうだ!」

 

 碧斗「戸山?」

 

 利久「香澄ちゃん?」

 

 戸山は何かひらめくとギターを取り出し、ドラムのスローンに座った。は?なにするつもりだ?まさかとは思うが・・・

 

 香澄「ドラムギターの戸山 香澄です!」

 

 案の定だった・・・俺の予想が間違いであってほしいとは思ったが、当たってしまった・・・ドラムか・・・けどアイツは・・・いや、やっぱりこのバンドにはアイツが必要だ。このバンドのドラムはアイツ以外いない。料理ではその食材にあった調味料と調理法があるように、バンドにもそれに合った音楽とメンバーが存在する。このバンドにとっては、きっとアイツがそうだ・・・

 

 有咲「ドラム叩きながらギター弾くわけ?」

 

 香澄「ダメ?」

 

 有咲「やれば」  

 

 そう言われると戸山はギターの先端でハイハットシンバルを打ち鳴らした。

 

 碧斗「やめておけ、ドラムはただ叩けばいいってもんじゃない。下手したらギターよりも難しい。それにそんなことしたらドラムとギターが余計に傷つく」

 

 りみ「同時には無理じゃないかな」

 

 たえ「阿修羅観音様ならできるかも」

 

 有咲「香澄観音には無理だろ、ライブは今回だけじゃねえし」

 

 利久「阿修羅・・・碧斗、できますか?」

 

 花園の言葉を聞いて利久は俺にギターとドラムを同時に出来るか聞いてきた。いや、俺の二つ名が阿修羅だからって流石に冗談だろ?

  

 碧斗「無理に決まってるだろ・・・そもそも俺はギターを弾けない」

 

 利久「え、できないんですか?料理は3品も4品も同時に作れるのにですか?」

 

 碧斗「それとこれとはわけが違うだろ・・・」

 

 利久「そうですか・・・うん?」

 

 突然利久が体育館の入り口に目を向けた。しかしそこは準備のために出入りしている人が時々出入りしているだけであとは特に何もなかった。

 

 碧斗「どうした?」

 

 利久「・・・いえ、何でもないです。そうです碧斗、折角ですから軽く叩いてもらえませんか?一応音の方も確認したいですし」

 

 碧斗「ああ、わかった。戸山そこをどけ」

 

 香澄「あ、うん」

 

 戸山と入れ替わりスローンに座ると常備されていたスティックを手に持ち、俺はカウントを取るためスティックを打ち鳴らそうとしたら不意に利久が俺だけに聞こえる大きさの小声で一言言ってきた。   

 

 利久「あ、折角香澄ちゃん達も見ているんですから本気でお願いします」

 

 まったく、仕方ない・・・わかった、やってやるよ。俺は今度こそスティックを打ち鳴らしカウントを取った。

 

 碧斗「one、two・・・one!two!three!」

 

 俺は激しく、必死にドラムを打ち鳴らした。その時の俺は爽快感に駆られていた。そして俺が打ち終わると、体育館にいた人全員が拍手をしていた。

 

 碧斗「どうだった?」

 

 利久「ええ、問題ありません」

 

 香澄「すごい!碧斗君すごかった!凄いドンドン!バーン!てなってた!」

 

 有咲「やべー・・・マジで震えた…」

 

 りみ「私も碧斗君がソロで叩くところ久しぶりに見たけど、凄かった!」

 

 たえ「凄い・・・さすが蒼海の阿修羅」

 

 有咲「なんだそれ?」

 

 利久「碧斗の二つ名ですよ。時に穏やかに、時に荒々しい、海の様なドラムの音を醸し出し、激しく叩く姿が複数の腕を持つ阿修羅の様だからそう呼ばれているんです」

 

 碧斗「おい…」

 

 利久は丁寧に説明しているが、俺はその二つ名は正直嫌いだ。幾つもの武器を手にする戦いの神なんて・・・俺も料理人である以上誰かを傷付けて、その手を血に汚すなんてことはあってはならない。だからこそ、そんな神が二つ名なんて嫌気がさす…

 

 レン「おーい!」  

 

 その時、レンが体育館に入ってきた。大方、ステージの様子見にでも来たのか。 

 

 利久「あ、レン!丁度機材の確認が終わりました。特に問題はありませんでした」

 

 レン「そうか、それならよかった。それと香澄、りみちゃん、おたえ。シフトの入り時間がだいたいまとまったから、これでいいか確認してくれ」

 

 香澄「えーと・・・うん、私はこれでいいよ」

 

 りみ「私もこれで大丈夫だよ」

 

 たえ「うん、私もこれでいいよ」

 

 レン「ならよかった、それじゃあ確認が終わったら早く戻って来いよ。色々と準備しなくちゃならないんだから」 

 

 香澄「あ、そうだった・・・それじゃあ戻ろう」

 

 りみ「そうだね」

 

 たえ「うん、わかった」

 

 利久「それじゃあ僕達も戻りましょうか?」

 

 有咲「そうだな」

 

 碧斗「ああ、そうする」

 

 そう言うと戸山達3人はレンに、俺と市ヶ谷は利久にについて教室に戻ることにした。その時、レンはすれ違いざまに小声で一言言ってきた。

 

 レン「ありがとな、本気で叩いてくれて・・・」

 

 碧斗「・・・ふん、俺は何時でも本気だ…」

 

 俺はその言葉に言い返すように一言そう呟いた。この後俺達は文化祭準備を進めて、放課後を迎えた。俺は学校が終わると、ある場所へと直行した。実はつい最近俺もバイトを始めた。そして俺はバイト先に向かった。

 

 

 

 

 

      ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

  

 

 

 リィ「了解、それじゃあ終わるまで店の中で時間つぶしてて」

 

 レン「はい、いつもありがとうございます」

 

 放課後、俺は文化祭ライブに向けてギターの点検をしてもらうために、この町にある楽器屋の江戸川楽器店へと来ていた。本当は今日も5人で集まろうと思っていたけど、碧斗が今日からバイトを始めたらしく結局自主練となった。俺はリィさんにギターを渡すと点検が終わるまでの間、店の中を見て回ることにした。そうしていると2人の知人と鉢合わせた。

 

 ひなこ「ヤッホー!レン君元気ー!?」

 

 夏希「あ、レン」

 

 レン「ひなこさん、それに夏希も」

 

 1人はグリグリのドラムの二十騎 ひなこさん、もう1人は俺は碧斗と利久のクラスメイトの海野 夏希だった。俺は夏希に目をやると彼女はギターケースを背負っていた。実は彼女も『CHiSPA』とゆうバンドをやっていて、俺と同じでギターボーカルを担当している。

 

 レン「夏希もギターの点検か?」

 

 夏希「うん」

 

 俺達が他愛もない会話をしていたその時だった。突然店の扉が勢いよく開き、香澄達4人が入店してきた。  

 

 たえ「1ば~ん!」

 

 香澄「2番だ~」

 

 有咲「いきなり走んなよ!」 

 

 香澄「えー、いい運動になったでしょ?」

 

 たえ「うん、有咲の為だよ」

 

 有咲「どうゆう意味だてめえ・・・」

 

 有咲は息を整えておたえを睨みつけていた。何やってんだよ…

 

 レン「なんだ、4人も来たのか」

 

 香澄「あ、レン君!レン君も来てたんだ!」

 

 レン「ああ、ちょっとギターの点検にな」 

 

 夏希「市ヶ谷さん?」

 

 有咲「うん?」

 

 有咲「は・・・!」

 

 香澄「有咲?」

 

 有咲は夏希に名前を呼ばれ、こちらの存在に気づくと香澄の背に姿を隠し、咳払いをした。そして次に顔をのぞかせると一瞬でさっきとは打って変わったにこやかな笑顔を夏希に向けてきた。え?なにコイツ・・・そういえば利久が言ってたっけ、有咲は教室では丁寧な言葉づかいで素を隠してるって。けど今さら遅い気がする。さっき俺らの真ん前で素をさらけ出してたし…

 

 有咲「ごきげんよう」

 

 有咲はにこやかな笑顔のまま上品に挨拶してきた。しかし・・・

 

 たえ「ごきげんよう」

 

 おたえがスカートの裾を持って、お嬢様風に挨拶を返した。いや、アンタに挨拶したわけじゃねえよ。てかお嬢様言葉を使ってる人初めて見たぞ。一応本物のお嬢様の幼馴染がいるけどアイツに至ってはこんな言葉遣いしないし、寧ろ年上に対してまで呼び捨て&ため語で話してお嬢様感を全く感じさせないしな…

 

 有咲「お前じゃねえ!はっ!」

 

 おっと、有咲がおたえに突っ込みをいれた。完全に夏希に素をさらけ出したな。その姿を見て夏希は笑い出した。

 

 夏希「アッハッハッハ・・・・ちょっと意外、バンドやるんだ」

 

 有咲「成り行きで・・・」

 

 香澄「有咲のクラスメイト?」

 

 有咲「うん、まあ・・・」

 

 有咲は香澄の問いに頷きながら夏希に視線を戻すとその後ろに隠れていたひなこさんと目が合った。

 

 りみ「あ、ひなちゃん」

 

 香澄「わぁ~先輩だ」

 

 ひなこさんは夏希の後ろから前に出ると無言で香澄達に近づいてきた。まずい、あれが来る!俺はとっさに耳を塞いだ。そしてひなこさんが立ち止まり、ニコリと笑みを浮かべると・・・

 

 ひなこ「集え少女よ!大志を抱け!ふぅ~~~~~!

 

 両出を掲げ何時ものハイテンションで大声を上げた。マジでうるさい。一方突然のひなこさんの豹変ぶりに香澄と有咲と花園さんは一瞬困惑したが、つられて香澄も声を上げた。いやそこは乗るな!

 

 香澄「え?え!?ふぅー抱けー!」

 

 ひなこ「声が小さい!

 

 香澄「う・・・抱け~~~~!

 

 ひなこ「お店に迷惑だ~~~~~!」    

 

 香澄「ええ!?」

 

 レン「いやいや、アンタが叫ばせたんでしょうが!しかもその発言完全にブーメランですから!ほら、有咲も引いてるじゃないですか!」

 

 有咲「や、やべーりみ!やべーよこの人!」

 

 りみ「いい人だよ」

 

 夏希「バンドの相談とか乗ってくれるし」

 

 りみちゃんと夏希は苦笑いでフォローをいれた。まあ確かに、悪い人ではないんだよな…

 

 ひなこ「えーと・・・キラキラ星の香澄ちゃん!花園ミステリアスたえちゃん!蔵弁慶の有咲ちゃん!」

 

 有咲「蔵弁慶!?」

 

 レン「はは、かなりピッタリじゃん」

 

 有咲「うっせえ!笑うな!」

 

 ひなこ「そしてマイシスターりみちゃん!」 

 

 りみ「違うよ」

 

 ひなこ「可愛い少女達は~、全部ひなちゃんワールドにご招た~~~い!」

 

 有咲「ヤバすぎだろ・・・」

 

 ひなこ「リィちゃーん、新しい少女たちをお迎えできたよー!ありがとハッピー!」

 

 リィ「うるせえ!仕事中だ!」

 

 ひなこ「怒られちゃった。ごめんねパーティー!てへ☆」 

 

 たえ「ライブ中は全然喋らないから静かな人かと思ってた」

 

 香澄「うんうん」

 

 確かに、俺もひなこさんの普段の状態を初めてみたときはめっちゃくちゃ驚いた。真面目に多重人格なんじゃって思った。

 

 りみ「リィちゃんに止められてるんだよね」

 

 ひなこ「うーん、なんかね、イメージ壊れるから黙っとけって。なんでだろうねー?なんでかなー?あ!有咲ちゃんツインテ可愛い!」

 

 有咲「うわぁ~!?なに~!?助けてりみ~!」 

 

 ひなこさんは秒で興味が有咲のツインテールに移り、有咲に頬ずりをした。突然の激しいスキンシップに困惑しりみに助けを求めた。しかし香澄はその様子を見て何かをひらめいた。

 

 香澄「お!先輩だ!先輩、ドラムやってください!」

 

 ドラム?もしかして香澄達のバンドのか?

 

 ひなこ「はい!喜んで!」

 

 レン「決断はや!」

 

 有咲「即決!?」

 

 ひなこ「うーん・・・でも~、君たちの近くにはひなこちゃんよりばっちりな子がいるぜ~。ね?レン君、なっちゃん」 

   

 レン「…!」

 

 夏希「・・・」

 

 ひなこさんの発言に俺と夏希は一瞬黙り込んでしまった。そして少しの間の後に、夏希はその人物の名を口にした。

 

 夏希「沙綾の・・・ことですか?」

 

 香澄「・・・え?」

 

 りみ「沙綾ちゃんが?」

 

 レン「実はな・・・」

 

 夏希「ちょっと待ってレン!話すの!?」 

 

 俺は4人の疑問に答えようとしたが夏希に止められた。けど俺はやっぱり話すべきだと思う。沙綾の為にも…

 

 レン「お前の言いたいことはわかる。けどこのことは話すべきだと俺は思う…」

 

 夏希「わかった…」

 

 ひなこ「じゃあ後の説明は2人に任せた~」

 

 そう言うとひなこさんは空気を呼んでくれたのか俺達から離れてバイト中のリィさんのもとに駆け寄っていった。そして俺と夏希は、沙綾の過去の事を4人に話した――――――――――――――

 

 

 

 りみ「沙綾ちゃん、バンドやってたんだ…」

 

 俺と夏希は4人にスマホに映し出されていた沙綾とバンドを組んでいたころの写真を見せながら説明していた。

 

 たえ「中学の頃から・・・凄いね」 

 

 夏希「結局・・・一緒にライブはやれなかったけどね…」

 

 有咲「なんで?」

 

 夏希「理由は・・・色々あると思うけど・・・」 

 

 レン「多分ファーストライブの時の事だろうな・・・」

 

 たえ「なにがあったの?」

 

 レン「街のお祭でな、ちょっとしたステージが設けられて近くの学校のダンス部とかがライブをしていて、それに沙綾を含めた当時のCHiSPAも出ることになっていたんだ…」

 

 夏希「けどもうすぐ私たちの出番って時だった。必ず観に来るって言ってた沙綾のお母さんと弟と妹が観客の中にいなくて、家に電話したら・・・お母さんが倒れて救急車で運ばれたって…」

 

 香澄「え…」

 

 りみ「そんな…」

 

 有咲「マジかよ…」

 

 たえ「大丈夫だったの?」

 

 夏希「うん、命に別状はなかったって。元々体が弱かったらしくて…」

 

 香澄「そっか、よかったー…」

 

 有咲「じゃあライブは?」

 

 レン「丁度そのステージには俺らも上がる予定だったから、沙綾の代打で碧斗が入ってその場は何とかなった。けど・・・沙綾はライブに出ることが出来なくて、その後すぐにバンドを抜けて、結局沙綾は1回もステージに立つことはなかった…」   

 

 たえ「そんなことがあったんだ…」

 

 夏希「でも・・・それだけじゃない気がする・・・1人で悩んで全部1人で決めちゃって・・・何も言ってくれなくて・・・だから戸山さん達のチラシ見て嬉しかったんだ…」

 

 夏希がすべてを話し終えるとその場は静まり返ってしまい、リィさんが俺のギターの点検が終わったことを知らせてくれたことでその沈黙は破られた。

 

 レン「リィさん、ありがとうございました。またお願いします」

 

 リィ「うん、またね」

 

 俺はリィさんにお礼を言い店を出た。そして俺は、この場にいないある人物に願いを託すかのようにポツリと一言呟いた。

 

 レン「そっちは任せたぞ・・・碧斗…」

 

 その呟きは夜の街の中に溶け込み消えていった。

 

 

 

 

 

     ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

 

 

 

 

 

 ―――一方その頃、やまぶきベーカリーでは・・・―――

 

 俺はバイト先であるやまぶきベーカリーで焼き立てのパンを補充していた。けどその姿を沙綾がずっと見てきているから気になってしょうがない。いったいどうしたんだ?

 

 沙綾「・・・ねえ碧斗」

 

 碧斗「なんだ?」

 

 沙綾「どうして碧斗がここにいるの?」

 

 碧斗「見て分かるだろ?バイトだ」

 

 沙綾「うん、じゃあもう1つ質問いい?」

 

 碧斗「どうぞ」

 

 沙綾「なんで家でバイトしてるの?」 

 

 碧斗「別に・・・ただの小遣い稼ぎついでにパンの作り方教えてもらってるだけだ」

 

 沙綾「いやいやいや、何度も料理コンテストで優勝して手に入れた2000万位の賞金があるでしょ?なのにどうして?」

 

 碧斗「待て、なんでお前が俺の預金の額を知ってる?」

 

 沙綾「え、いやー・・・ちょっと前に利久が私たちの前で言ってて…」

 

 碧斗「チッ、あの天然・・・まあいい、それならちょっとデカい買い物をして全部使った」

 

 沙綾「全部使った!?なにに!?」

 

 碧斗「そんなことはどうでもいいだろ。それよりもこっちは俺がいるから千紘さんを手伝ってきたらどうだ?」

 

 沙綾「うん・・・ありがとう」

 

 沙綾は一言そう言う店の奥に入っていった。しかしそのすぐ後に沙綾の大声が聞こえてきた。

 

 沙綾「お父さん!お母さんが!」

 

 亘史「どうした!?すまない碧斗君、今日はもう店を閉めるから入り口を閉めたら後はもう帰っていいよ」

  

 碧斗「はい、分かりました」

 

 俺は亘史さんに頼まれ、店の入り口に掛かっていたプレートを裏返しcloseにすると入口の鍵を掛けると俺もこっそりと様子見をした。盗み見をするのはちょっと気が引けたが如何やらただの貧血だったようだ。俺は一安心するとふと台所に目が移り、見てみると作りかけのカレーがあった。

 

 碧斗「まだジャガイモとルーは入れてないか・・・」

 

 俺は包丁を手に持つとまな板の上に置いてあったじゃぎもの皮を剥くと包丁の角で目を取り、ひと口大の大きさに切、火にかけた鍋の中に入れて煮込んだ。ジャガイモに火が通るまで少し時間がかかるから残った玉葱やあり合せの野菜を刻み、皿に盛りつけてサラダを作った。そして俺が持っていたスナック菓子を細かく砕き、酢、オリーブ油、塩コショウ、細かく刻んだパセリなどの香味野菜と混ぜてお手軽なドレッシングも作り作った。それらを作り終えると鍋に入れたジャガイモに串をさし、火が通っていることを確認した。

 

 碧斗「そろそろいいか」

 

 ―――パキッ!パキッ!―――

 

 俺はルーを割って鍋に入れると摩り下ろしたジャガイモ、味噌も加えて鍋の中をかき混ぜ、ルーが解けてとろみがつくとインスタントコーヒーを少し入れて、鍋をかき混ぜると火を止めてカレーが完成した。

 

 碧斗「こんなものか・・・」

 

 俺は一仕事終えて俺はこの場を去ろうとした。しかし・・・

 

 沙綾「碧斗?」

 

 碧斗「・・・最悪だ…」

 

 こっそり帰ろうとしたら沙綾と千紘さんと鉢合わせた。向こうも既に帰ったと思った俺がここにいることに心底驚いているみたいだ。

 

 千紘「どうしてここに・・・あれ?」

 

 千紘さんの視線が俺の後ろにある作り立てのカレーとサラダに気が付いた。まずい・・バレたなこれは…

 

 沙綾「碧斗、これ「おじゃましました」え!?」

 

 俺は何か言われる前に足早にその場を立ち去り帰宅した。けど、明日学校で会うから結局なんか言われるんだよな。まったく・・・余計なことするんじゃなかった…しかし、俺の勘に反して沙綾は何も言わず、いつも通り話し掛けてきた。どうやら余計な心配だったみたいだ。そして放課後、今日は文化祭前日だから俺らは明日のライブに向けて、来人の家で練習をしていた。

 

 利久「うん、とても良かったです。これなら明日のライブは何も問題はないと思いますよ」 

 

 来人「よっし!この調子ならライブも大成功間違いなしだな!」

 

 明日香「うん!」

 

 利久「ただ・・・」

 

 来人「うん?」

 

 利久「レン、何かあったんですか?いつもの覇気が感じられませんでしたよ?」 

 

 レン「・・・わり…」

 

 碧斗「・・・」

 

 レンが?いったい何があった?

 

 明日香「確かに・・・ミスこそなかったけど、さっきの演奏はちょっと違和感があったかも…」

 

 来人「いったいどうしたんだ?」

 

 レン「・・・実は―――――」

 

 レンの言葉を聞いた瞬間、俺は来人の家を飛び出していた。そして全力疾走でやまぶきベーカリーへと向かった。

 

 碧斗「あの馬鹿!戸山達に話したのか!」 

 

 俺は目的地に着くと自宅側の入り口にあるインターホンを鳴らした。すると中から千紘さんが出てきた。

 

 千紘「碧斗君?」

 

 碧斗「あの、戸山来てますか?」

 

 千紘「香澄ちゃん?それなら沙綾の部屋にいるけど」

 

 碧斗「一足遅かったか…」 

 

 千紘「えーと、よく分からないけど・・・よかったら上がっていって」

 

 碧斗「はい、おじゃまします」

 

 俺は千紘さんの言葉に甘えて家に上げてもらった。するとそこには市ヶ谷と牛込と花園の姿があった。

 

 りみ「碧斗君」

 

 有咲「なんでお前が来たんだよ…」

 

 たえ「やっほー」

 

 碧斗「お前らも来てたのか…」

 

 大方、戸山のやつを追いかけてきたんだろうな。そう思ったその時だった…

 

 沙綾『そんなわけないじゃん!香澄にはわかんない!』

 

 突然上から沙綾の怒号が聞こえてきた。その声に驚いて、近くからこっちを覗いていた純は泣きながら店の方に走り去ってしまった。その後も沙綾の怒号は聞こえてきた。さらに今度は戸山の声も聞こえてきた。

 

 沙綾『私だけ楽しんでいいの!?いいわけないじゃん!』

 

 香澄『何でも1人で決めちゃうのズルい!ズルい!ズルい!』   

 

 会話の内容からして、如何やら言い争ってるみたいだ。やっぱりこうなったか…

 

 碧斗「純の所に行ってくる、2人のことは頼む…」

 

 りみ「うん・・・」

 

 有咲「了解…」 

 

 たえ「うん・・・まかせて…」 

   

 俺は店の方に行くと純が千紘さんに抱き着いて泣いていた。

 

 純「ヒッ・・・グスッ・・・碧斗・・・兄ちゃん・・・」

 

 碧斗「純、そんなに泣くな・・・男だろ?」

 

 俺は泣いている純の頭を優しくなでて、少し落ち着かせた。

 

 千紘「碧斗君、なにかあったの?」

 

 碧斗「沙綾が戸山と喧嘩したみたいで・・・」

 

 千紘「そう・・・」

 

 千紘さんはある程度のことは察したらしく、とてもつらそうな表情をしていた。しばらくすると沙綾が店の方に来た。きっと純に謝りに来たんだろう…

 

 沙綾「碧斗…」

 

 碧斗「沙綾、お前には3つ言いたいことがある」

 

 沙綾「え・・・」

 

 碧斗「まず1つ目、お前は我慢し過ぎだ。少しは自分に正直になれ。次に2つ目、仲間ってのはな迷惑かけてなんぼだ。仲間に迷惑がかかるからバンドしちゃいけないなんてことはない。俺らのバンドを見てみろ、迷惑ばっかかけてるような奴が居るのにちゃんと成り立ってる」

 

 沙綾「・・・」

 

 碧斗「そして3つ目・・・あんまり家族と周りに心配かけさせるな」

 

 沙綾「え…」

 

 碧斗「じゃあな」

 

 俺はそう言うとやまぶきベーカリーを後にした。俺が出来るのはここまでだ。明日は文化祭当日、後のことは戸山達と沙綾次第だ… 



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結成ライブは文化祭

 文化祭当日、学校内では準備のために全校生徒が忙しく動き回り、1-Aの教室ではクラス全員で机を拭いたり、教室内の掃除をしたりとカフェの開店準備をしていた。しかし、その中には沙綾の姿がなかった。今まで遅刻なんて一切したことがなかったのに…

 

 りみ「沙綾ちゃん・・・来ないね…」

 

 明日香「なにかあったのかな?」

 

 たえ「香澄、家行ったんだよね?」

 

 香澄「うん・・・ちょっとだけ…」

 

 「パン届いたよー」

 

 「香澄、レン君、来て」

 

 香澄「うん」

 

 レン「わかった」

 

 俺達が沙綾の心配をしているとやまぶきベーカリーからカフェで出すパンが届いた。丁度いい、亘史さんに何があったか聞こう。俺と香澄は学校の裏口に向かうと先に来ていた人達がパンの積み下ろしをしていた。

 

 香澄「あの、沙綾は・・・」

 

 亘氏「・・・今朝、妻がね…」

 

 レン「千紘さんに何かあったんですか!?」

 

 亘氏「あー大したことじゃない。昔から貧血気味でね、娘が病院に連れていくと聞かなくて」 

 

 レン「そうですか・・・ならよかったです」

 

 亘史「迷惑かけてすまないね」

 

 香澄「全然迷惑なんかじゃ・・・あの、さーやにこっちは大丈夫って伝えてもらえますか?」

 

 亘史「ああ、うちの娘からも伝言だ」

 

 香澄「え・・・」

 

 俺と香澄は沙綾からの伝言を聞くと校舎に戻った。教室に戻ると香澄はクラス全員に呼び掛けた。

 

 香澄「みんな!最高の文化祭にしよう!みんなで絶対絶対大成功させよう!行くぞー!1-A!1-A!えい!えい!」

 

 たえ「やー!」

 

 ―――ズコッ!―――

 

 来人「たえちゃん…」

 

 明日香「そこは普通おーじゃ…」

 

 おたえの掛け声に何人かはこけた。まあ、おたえらしいというかなんというか・・・  

 

 レン「まあ、良いんじゃないか?」

 

 香澄「うん!」

 

 『1-A!1-A!えい!えい!やー!』

 

 みんなで掛け声を上げて気合を入れをした。そして、1-Aカフェはオープンし、高校生最初の文化祭がスタートした。しばらくすると俺と明日香と来人は休憩時間になるなったので少し校内を見て回ることにした。

 

 レン「じゃあ俺らは校内見て回ってくるから」

 

 香澄「うん、行ってらっしゃい」

 

 レン「さてと、とりあえず2年生の所に行ってみるか?」

 

 明日香「うん」

 

 来人「ああ」

 

 俺らは2年生の教室へと向かった。しかしその道中、階段を上ろうとしたら・・・

 

 こころ「はい!」

 

 『お~!』パチパチパチパチ 

   

 踊り場でマジックを披露しているこころがいた。てか校舎の中で鳩を出すな!

 

 レン「こころ・・・お前なにやってんだ…」

 

 こころ「あらレンじゃない、見ての通りマジックでみんな笑顔にしているのよ!」

 

 レン「いやそれは見ればわかるけど・・・」

 

 こころ「そうだわレン!今から披露するマジックをちょっと手伝ってくれないかしら?」

 

 え?こころの披露するマジックの手伝い?なんかすごく嫌な予感が・・・

 

 レン「あのーこころさん、その大きな箱と手に持っている鋸で何をするつもりでしょうか?」

 

 こころ「決まってるじゃない、人体切断マジックよ!成功すればきっとみんな笑顔になるわ!」

 

 レン「いやいやいや!なんで俺がそんなことに付き合わされなきゃならねーんだよ!」

  

 俺は明日香と来人に視線を向けて助けを求めたが完全に観客の中に混じり「いいぞ!やれやれ!」と言っていた。後で覚えてろよ・・・くそ!この2人は宛にならない・・・そうだ!こういう時は・・・

 

 レン「そうだ!ミッシェルは!?アイツの方が適任だろ!?」

 

 こころ「そうね!ミッシェルにお願いしましょう!ミッシェル―!」

 

 こころは俺の提案を受け入れると、大声で名前を呼びながらミッシェルを探しに行った。すまない美咲・・・

 

 来人「なんでやらなかったんだよ?」

 

 明日香「あそこは普通周りの押しに負けて折れるところでしょ?」

 

 こいつらは俺に死ねといいたいのか?ちなみにこの後俺は少しげっそりとした美咲とすれ違ったが、思いっきり睨まれたのは言うまでもない。とりあえず俺らは階段を上がり2年生の教室へと向かった。そこにはお茶屋さんや、映画の上映会など色々と面白そうなものが沢山あった。

 

 レン「へー、先輩達はこういうのやってるんだ」

 

 明日香「部活で使ってる所もあるらしいしね」

 

 俺らは2年生の出し物はどれも面白そうで目移りしてしまう。どこから行こうか考えていたその時だった。

 

 ?「ふぇ~~~!」

 

 レン「うん!?」

 

 来人「今の声って・・・」

 

 明日香「凄い聞き覚えが・・・」 

  

 何処からか聞き覚えがある独特な叫び声が聞こえてきた。今の声、まさか・・・

 

 明日香「あ!あれ!」

 

 レン「え・・・あ!」

 

 俺と来人は明日香が指をさす方に視線を向けると、そこには占いの屋台で水色のセミロングの髪を左側で纏めサイドテールにした女の人が筮竹をぶちまけていた。そしてその人は俺らの知り合いだった。

 

 レン「花音さん・・・」

 

 あの女の人は松原 花音。俺らの1つ上の先輩で若干内気な性格をしており、それに加えてとても方向音吐である。そのせいか花音さんの親友である千聖さんは花音さんに対して結構過保護だ。実はこの人もバンド活動をしていて、こころや美咲と同じハロー、ハッピーワールドのメンバーでドラムを担当している。にしても・・・

 

 レン「占いか・・・」

 

 来人「面白そうだな」

 

 明日香「挨拶ついでにちょっと寄ってみる?」

 

 レン「ああ」

 

 人に占ってもらう事なんて滅多にないからちょっと行ってみるか。俺ら3人は花音さんに占ってもらうことにした。

 

 花音「いらっしゃいませ・・・あ、レン君、明日香君、来人君」

 

 レン「こんにちわ花音さん」

 

 明日香「3人、占ってもらってもいいですか?」

 

 花音「うん、いいよ。それじゃあどの占いにする?」

 

 如何やらここの屋台は占い方法も選べるらしく占いの種類が書かれた紙を渡された。へ~、色々あるな。星座、血液、ソウルナンバー、水晶、筮竹、手相、タロット、こっくりさん…

 

 レン「こっくりさん!?」

 

 花音「うん、千聖ちゃんの提案なんだ。前に仕事のロケで行った神社で紙の作り方とやり方を教えてもらったんだって」

 

 千聖さん・・・何提案してるんですか…

 

 明日香「・・・呪われたりしませんよね?」

 

 花音「大丈夫だよ・・・たぶん…」

 

 来人「たぶん!?」

 

 花音「まだ試した人が1人もいなくて・・・」

 

 そりゃそうでしょうね・・・こっくりさんをやった後精神に異常をきたしたとか、狐に取りつかれたとか、そんな噂があるんだから…

 

 花音「えっと・・・どうする?」

 

 明日香「僕はて「こっくりさんで」!?」

 

 レ来「「!?」」

 

 花音「あ、千聖ちゃん」

 

 急に後ろから声が聞こえ、振り向くとそこには千聖さんがいた。びっくりした…

 

 千聖「お疲れ様、花音。それで、もちろんやるわよね?こっくりさん」

 

 明日香「いえ、僕はt「やるわよね?」・・・はい…」

 

 怖っ!こっくりさんとか幽霊なんかよりこの人の方が全然怖い。結局俺ら3人はこっくりさんをやらされた。この後俺らは休憩時間も終わりが近かったから教室に戻ることにした。1-Aカフェにはやまぶきベーカリーのパンと来人の淹れるコーヒー、明日香の淹れる抹茶ラテ、そして現役アイドルであるイヴちゃんの羽沢珈琲店バイト3人組の接客が大人気で、かなりの数の人来店してくれた。しかしその中に1人、ピンクのドレスにオレンジ色の頭巾を身に着けた1人コーヒーを飲んでいた。あれって・・・

 

 レン「なあ明日香、あれって・・・」

 

 明日香「ああ、有咲ちゃんだね。なんでもB組のイベントで参加型舞台に出てた王子様とお姫様を見つけたら豪華賞品が貰えるんだって」

 

 なるほど、かなり目立ってるからすぐ見つかりそうだけどな。あの格好から察するに有咲はお姫様だよな?

 

 レン「じゃあ王子様は?」

 

 明日香「・・・利久だよ」

 

 レン「利久?アイツ今どこに?」

 

 明日香「それが・・・」

 

 明日香は教室の後ろの方を指さした。ロッカー?まさか・・・俺は恐る恐る開けて中を覗いてみた。するとそこには・・・

 

 ―――ガチャ―――

 

 利久「!」

 

 ―――バタン!―――

 

 俺はなにも見なかった。ロッカーを開けたら迷彩服を着て、バンダナを捲いた利久がいたなんてことはなかった。しかも俺に見つかった瞬間に一瞬利久の頭の上に!が見えて変な音が聞こえたなんてことはない。それに今ロッカーが開いて、中から段ボール箱が出てきてそれがどこかに向かっているなんてことはきっと気のせいだ。 

 

 レン「俺はなにも見なかった」

 

 明日香「それがいい」

 

 イヴちゃんは目を輝かせて「ニンジャです!」とか言っているが気にしないでおこう。でもイヴちゃん、段ボールをかぶって移動するのは忍者じゃなくてコードネームが蛇の某傭兵だから。けど周りの人が何かに目が釘付けになっている中、ただ1人だけそれに目を向けず、スマホをずっと見つめている人物がいた。

  

 香澄「・・・」

 

 レン「香澄、どうかしたのか?」

 

 香澄「・・・!ううん、何でもない」

 

 レン「・・・そうか…」

 

 何でもないわけないだろ・・・一瞬見えたが画面には沙綾に電話しようとしているところが映っていたから…

 

 レン「・・・」

 

 碧斗「おーい!レン!」

 

 俺は少し沙綾のことを心配していると碧斗が教室の入り口にいて俺を呼んでいた。

 

 レン「なんだ?」

  

 碧斗「ああ、沙綾はどうした?」

 

 レン「来てない…」

 

 碧斗「は?何かあったのか?」

 

 レン「実はな――――――」

 

 俺は亘史さんに教えてもらったことをそのまま碧斗に伝えた。すると碧斗は「そうか」と一言だけ言って去っていった。あ、そういえばそろそろリハの時間だ。俺らも体育館に行くかな。

 

 レン「明日香、来人、そろそろリハの時間だ」

 

 明日香「うん」

 

 来人「了解」

 

 取り敢えず俺ら3人は一旦抜けて体育館に向かった。するとステージにはドラムやアンプ等の機材に紛れて不自然に置かれた段ボールがあった。

 

 レン「・・・」

 

 俺は呆れながらもそれを開けると中には制服姿の利久がいた。いつの間に着替えたんだよ・・・

 

 利久「あ、見つかっちゃいましたね」

 

 明日香「いやいや」

 

 来人「見つかっちゃいましたね。じゃねーよ」

 

 レン「お前これで見つからないと思っていたのか?」

 

 利久「当たり前です。ここは建物の中なんですから段ボールでの隠密行動は効果的です。現に誰にも見つかりませんでした」

 

 いやいや!逆に不自然すぎるわ!てかそれは見つからなかったんじゃなくて、全員引いて誰も声を掛けなかっただけだよ!けどこいつの事だから気づいていないんだろうな。此処はそっとしておくか…それよりも・・・

 

 レン「ところで碧斗は?先に来てたはずだぞ?」

 

 利久「碧斗?あー、それなら此処に来る前に昇降口から外に出ていくところを見ましたよ?」

 

 レン「はあ!?」

 

 明日香「外に出てった!?」

 

 来人「なんで止めなかったんだよ!?」

 

 利久「え?だって僕は隠れているんですよ?わざわざ見つかりに行くなんて馬鹿な真似はしませんよ?」

 

 いやいやいや!沢山の人が居る中で段ボールかぶって〇タルギアごっこしている時点で馬鹿だよ!

 

 レン「リハーサルの時間だってのにどこに行ったんだよ!?」

 

 俺達は碧斗が突然居なくなったことに焦っているその時だった。

 

 ―――ピロン!―――  

 

 携帯の通知音が鳴った。俺は画面を点けるとそこに書かれているメッセージを見て溜息が出た。

 

 碧斗『沙綾を迎えに行ってくる。ライブには間に合わせる』

 

 レン「たく・・・頼んだぞ、碧斗」

 

 

 

 

 

     ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、町にある総合病院に沙綾はいた。今朝方、急に体調を崩した母を弟と妹と一緒に連れてきたが、医者からは軽い貧血と診断され一安心していた。しかし文化祭に行けず、香澄やレン達クラスメイトへの申し訳なさでいっぱいになっていた。ふと携帯を見ると香澄から2件のメッセージが着ていたことに気が付き、録音されていたメッセージを再生するとカフェでの様子やクラス全員からの報告が録音されており、「こっちは大丈夫!」とみんな言っていた。

 

 沙綾「みんな・・・」

 

 全員からのメッセージを聞くと少し気持ちが軽くなりふと笑みがこぼれていた。沙綾は続けざまに2件目のメッセージを再生したが今度は香澄1人からだった。

 

 香澄『もしもし、こっちは大丈夫。凄く楽しい!凄く、凄く、すっごく!だから、ライブも頑張るね!沙綾に届くくらい頑張るから!それから歌詞、沙綾の家に届けたよ。沙綾とみんなで作った歌。よかったら読んでね』

 

 香澄からのメッセージを聞き終え、ポケットから今朝香澄が届けてくれた歌詞が書かれた紙を取り出して読み進めていくと様々なことが沙綾の頭の中に浮かび上がってきた。夏希達とバンドやっていた時のこと、香澄と出会った時のこと、香澄達と一緒に文化祭の準備をしていた時のこと、そして歌詞を読み終えると自然と涙が溢れ出てきた。

 

 沙綾「・・・」

 

 千紘「沙綾」

 

 沙綾は名前を呼ばれ振り向くと自身の母と弟と妹の姿があった。

 

 千紘「行って」

 

 沙綾の胸の内を察して、千紘は沙綾に今すぐに学校に行ってほしいといった。しかし沙綾はここを離れる訳にはいかないと思い首を横に振った。 

 

 千紘「沙綾は優しいね。お母さんにも皆にも凄く優しい。その優しさをもっと自分に向けて」

 

 沙綾「・・・できないよ…」

 

 千紘「沙綾ならできる。1人じゃないんだから・・・そうよね?」

 

 沙綾「え?」

 

 千紘は沙綾の頭をなでると「沙綾ならできる」と一言言うと後ろの柱に向かって「そうよね?」と問いかけた。何の変哲もない柱に向かって千紘が話しかけたことに沙綾は訳が分からず柱の方に視線を向けるとその陰から1人の人物が現れ沙綾は驚いた。何せそこから姿を見せたのは今学校にいるはずの海原 碧斗だったのだから。

 

 

  

 

 

 

     ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 千紘さんに問いかけられ、俺は柱の陰から沙綾の前に姿を現した。何時から気付いていたんだ?

 

 沙綾「碧斗!?」

 

 沙綾は予想外の俺の登場にかなり驚いていた。そりゃそうか…それよりも・・・

 

 碧斗「沙綾、千紘さんの言う通りお前は1人じゃない。お前が自分に優しくなれないならその分俺がお前に優しくする!俺だけじゃない、戸山に市ヶ谷、レンに明日香、千紘さんに亘氏さん、純と沙南、クラスの奴等もだ!だからお前はもう少しその優しさに甘えろ!」 

 

 沙綾「・・・」

 

 沙南「さーなんがいるから大丈夫」

 

 純「俺も」

 

 純と沙南も沙綾に学校に向かってもらうためにここは任せてほしいと言ってきた。何時もはやんちゃだけどほんと姉思いのいい弟と妹だな。

 

 碧斗「ここまで言われたら行かない訳にはいかないな?」

 

 沙綾「うん・・・すぅーはぁー・・・なんか私全然だめだね」

 

 千紘「行ってらっしゃい」

 

 純・沙南「「行ってらっしゃい」  

 

 沙綾「・・・行ってきます!」

 

 碧斗「フッ・・・じゃあ、俺も失礼します」

 

 千紘さんと純と沙南の言葉に背中を押された沙綾は病院の出口に向かって走り出した。俺もそれに続いてこの場を去ろうとした。

 

 千紘「碧斗君」

 

 しかし不意に千紘さんに呼び止められた。なんだ?

 

 千紘「沙綾のこと、よろしくね」

 

 碧斗「はい、任せてください」

 

 俺はそう答えると沙綾の後を追い、病院の出口付近で追いついた。たく、沙綾のやつ、ここから走って学校まで行くつもりかよ・・・

 

 碧斗「沙綾待て」

 

 沙綾「え?なに碧斗?」

 

 碧斗「お前走っていくつもりか?」

 

 沙綾「当たり前じゃん、そうじゃなきゃ香澄達のライブに間に合わない」

 

 碧斗「はぁー・・・そうかよ・・・ほれ!」

 

 俺は沙綾にバイクのヘルメットを投げ渡すと近くに止めて置いたバイクに跨り、ヘルメットを被りバイクの後ろを指さした。

 

 沙綾「へ?」

 

 碧斗「ほら、とっとと乗れ」

 

 沙綾「うん!」

 

 俺は沙綾を後ろに乗せるとエンジンをかけて学校に向けてバイクを走らせた。

 

 沙綾「碧斗、このバイクどうしたの?」

 

 碧斗「今まで溜めてた料理コンテストの優勝賞金を使った。免許は春休みの間に教習所に通って取った」

 

 沙綾「じゃあこの前言ってた大きい買い物ってこれのことだったの?」

 

 碧斗「ああ、そうだ。しっかり掴まってろ!少し飛ばすぞ!」

 

 沙綾「そういえばどうしてここに来たの?」

 

 はあ?俺がここに来た理由?そんなの決まってるだろ…

 

 碧斗「決まってるだろ、お前を迎えに来たんだ!それ以外に理由はない!それよりもしっかり捕まってろ!」

 

 沙綾「…!うん///ありがとう///」

 

 沙綾が俺に捕まる力が少し強くなったことを確認するとバイクの速度を少し上げた。そしてしばらくバイクを走らせると花咲川学園の校門前に到着した。

 

 碧斗「着いたぞ、急げ!」

 

 沙綾「うん!」

 

 バイクを降りると俺と沙綾は体育館に向かって走った。そして体育館の入り口の前に来た時、演奏を終えた海野達CHiSPAの4人とはと合わせた。

 

 碧斗「海野・・・」

 

 沙綾「・・・ナツ!フミカ!マユ!私「楽しかったよ」!」 

 

 夏希「沙綾とのバンド・・・楽しかった…沙綾は?」

 

 沙綾「・・・うっ・・・楽しかった・・・楽しくて・・・大好きだったよ…」

 

 海野の言葉を聞いた沙綾の目からは、再び涙が溢れ出ていた。

 

 夏希「そんだけ、みんな待ってるよ」

 

 夏希がそう言うと現CHiSPAのドラムを担当している大湖 里実が沙綾にスティックを差し出した。

 

 里実「あのこれ・・・」

 

 真結「家の新メンバーのサトちゃん」

 

 文華「恥ずかしがりだけど演奏は派手」

 

 里実「そうかな?」

 

 沙綾「ありがとう、借りるね」

 

 沙綾はスティックを受け取ると「あ」と声を出して今度は俺の方を向いた。なんだ?

 

 沙綾「碧斗もありがとう、私のこと迎えに来てくれて」

 

 なんだそんな事か、俺はこっちを向く沙綾の向きを180度動かすとその背中を軽くに叩いた。

 

 碧斗「早く行け、戸山達がお前のことを待ってる。今まで溜まってたぶん、思いっきりやって来い」

 

 沙綾「うん!」

 

 沙綾はうなずくと体育館の入り口の扉を開けて中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

     ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 レン「碧斗のやつまだかよ・・・もう香澄達の演奏始まってるぞ」

 

 俺らは沙綾と沙綾のことを迎えにくとだけ残して学校から出ていった碧斗のことを待っていた。しかしすでに香澄達の番は回ってきてしまっている。

 

 利久「次が最後の曲みたいですよ」

 

 来人「どうすんだよ!次は俺達の番だってのに!」

 

 明日香「来人、落ち着いて。香澄ちゃん達の演奏が始まる」

 

 まったく・・・どこで道草食っているんだ…俺はそう思っていると香澄が観客への呼びかけを始め、ステージの方を向いた。

 

 香澄「ありがとうございましたー!次は、今日の為に造った曲です。皆で作った曲、今日は1人いないけど、何時か一緒に歌おうって約束しました。何時かはまだだけど、信じてる。一緒に歌うこと・・・できるって…」

 

 明日香「香澄ちゃん・・・」

 

 来人「クソッ!碧斗のやつ・・・何してんだよ!」

 

 来人も焦りをあらわにし、香澄達が最後の曲の演奏を始めようとしたその時だった。

 

 ―――ガラガラガラ―――

 

 突然体育館の入り口の扉が開いた。そしてそこには待ちわびた人物がドラムスティックを持って立っていた。ようやく来たか…

 

 香澄「さーや!」

 

 たえ「さーや!」

 

 りみ「さーやちゃん!」

 

 沙綾はステージの前まで行くと香澄沙綾に向けて手を伸ばし、それを掴むとステージに上りドラムのチューニングすると軽く弾き鳴らした。

 

 有咲「できんの?」

 

 沙綾「どうだろう、1回聴いただけだし、絶対ボロボロ」

 

 たえ「そこは気持ちで」

   

 りみ「一緒に頑張ろう」

 

 沙綾・・・こっそり練習してやがったな。もうバンドはやらないとか言っておいてほとんどブランク感じさせねえじゃん。

 

 香澄「お待たせしました。聴いてください!『STARBEAT!~ホシノコドウ~』!」

 

 香澄のその掛け声を合図に、香澄達、Poppin’Partyが初めて5人で作った曲。そいて、初めての5人での演奏が始まった。

 

 『走~てた いつも走~てた 愛と勇気を届けた~い 』

 

 碧斗「揃ったな」

 

 レン「碧斗!?いつの間に・・・けどまあ、そうだな」

 

 利久「ギターボーカル、ベース、キーボード」

 

 明日香「そしてリードギターとドラム」

 

 来人「やっと5人揃ったな」 

 

 俺らは5人それっての演奏を夢中になって聞いていた。そして香澄達は演奏を終えるとメンバー紹介を始めた。

 

 香澄「メンバー紹介します!青いギターのおたえ!ベースのりみりん!あっちが有咲!」

 

 有咲「キーボード!」

 

 香澄「ドラムのー沙綾!ランダムスターの戸山 香澄!私達5人で――――――」

 

 『Poppin’Partyです!』  

 

 来人「フゥー!最高のライブだったぜ!」

 

 レン「おいおい、テンション上がり過ぎてぶっ倒れるなよ?次は・・・」

 

 明日香「僕達の番、だもんね?」

 

 利久「ええ、行きましょう!」

 

 碧斗「ああ!」

 

 レン「まったく・・・一時はどうなるかと思ったけど、碧斗が間に合ってよかったぞ。何せ今日は特別な日だからな」

 

 明日香「特別な日?」

 

 碧斗「何かあったか?」

 

 碧斗・・・まさか忘れたのか!?

 

 レン「はぁ~・・・忘れたのか?今日は碧斗、俺とお前がコンビを組んだ日だろ?」

 

 碧斗「っ!?そんなことまだ覚えてたのか…」

 

 レン「当たり前だ、今は5人だけど・・・あそこからすべては始まったんだ。それよりも行くぞ!」

 

 碧斗「ああ」

 

 利久「ええ」

 

 明日香「うん」

 

 来人「おう!」 

 

 俺達はステージに上がると俺と来人はギターを明日香はベースをアンプにつなぎ、観客に呼び掛けた。

 

 レン「俺達、Brave Binae!まずは1曲目、聞いてください!『Love so sweet』」

 

 『おーもいで ずっとずっと忘れない空 ふたりがはーなれていっても こんな好きな人に 出逢ーう季節二度ーとない』

 

 レン「続いて2曲目です!聞いてください!『初めの一歩』

 

 『行け! 飛べ! ありのままで 不安も迷いもあるけれど やってみなきゃ わかーらない 事がたくさんあるんだよ』

 

 レン「3曲目、『NO MORE CRY』」

 

 『走り出すよ NO MORE CRY NO MORE CRY 君の手も引いてゆけるーーー』

 

 レン「次の曲です『心の絆』」

 

 『心の扉を開ーけて 新しい君に会ーえる いつだって そこにある 愛という光』 

 

 レン「次が最後の曲です、最後はこの日の為に作った新曲です。聴いてください!『Re’start』」

 

 この曲の意味は再出発。そう、個の文化祭ライブが、俺らの新しいスタートだ!俺等のが演奏を終えると、体育館中から拍手と歓声が巻き起こった。

 

 レン「さあ、俺等の再スタートだ!」

 




 Love so sweet・・・TVドラマ『花より男子2』主題歌

 初めの一歩・・・TVアニメ『チア男子!!』OP 

 NO MORE CRY・・・TVドラマ『ごくせん』主題歌

 心の絆・・・『ウルトラマンコスモス』ED


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スケットは2バンド

 文化祭が終わり、季節は6月、いよいよ夏が始まろうとしていた。花咲川学園でも衣替えが行われ、学校に通う生徒たちも全員夏服になっていた。けれども俺らは相も変わらず朝は5人で登校し、昼休みには一緒に昼食を取り、放課後はバイトかバンドの練習に明け暮れていた。そして今日も放課後を迎えていた。

 

 レン「じゃあな香澄」

 

 香澄「うん、また明日」

 

 レン「さてと・・・明日香、来人、そろそろ行くぞっ・・・て…」

 

 来人「・・・フッ…」

 

 なんか来人が教室を儚げに眺めていた。それはもう薫さんみたいに、てか薫さんそのものだ・・・

 

 レン「おい来人どうした?薫さんの真似したってお前はモテないぞ?」

 

 下手した千聖さんに消されるぞ?

 

 来人「ちげーよ!てかモテない言うな!」

 

 レン「じゃあ何してたんだよ?」

 

 来人「フッ、レン、教室内を見てみろ」

 

 教室内?見渡してみたけけど見えるのは・・・

 

 レン「机と椅子がどうかしたのか?」

 

 来人「そっちじゃねえよ!他に見えるものがあるだろ?」

 

 他に?他に見えるものといったら・・・

 

 レン「夏服姿の女子?」

 

 来人「そう!見てみろよ、衣替えする前とは違って袖とスカートの丈が短くなって、以前は隠されていた色白の腕と太腿!薄い生地になったことによってよりはっきりと分かるようになった体のライン!男にとってこの時期の教室はまさにアヴァロン!」

 

 うわぁー・・・今朝からずっと様子がおかしいと思ってはいたけど授業中もそんなこと思っていたのかよ…

 

 レン「そうか、そういえば来人、もう1つ見えてるものがあった」

 

 来人「なんだ?」

 

 レン「今お前の後ろに立ってる明日香」

 

 来人「え?」

 

 ―――ズキュシッ!―――

 

 来人「ああああああ!目がああああああ!」

 

 来人は後ろに立っている明日香から目つぶしを喰らい、大声を上げてのたうち回っていた。

 

 明日香「ケダモノ」

 

 明日香は来人に向けて一言いい放つと、ワイシャツの襟を掴み教室から引きずっていった。俺はギターケースを背負うと明日香に続き、校門前で待つ碧斗、利久と合流して一緒に帰宅した。そして翌日、その日は土曜日だった為俺達は来人の家に集まりいつも通り練習をしていた。

 

 レン「よし、じゃあまず今日はこの前の新曲を最後までやるぞ」

 

 来人「了解、今日はこいつでやってみる」 

 

 そう言うと来人はエレキバイオリンを手に持ち、碧斗がカウントを取り演奏が始まった。

 

 レン「利久どうだった?」  

 

 利久「問題ないです、来人もこの曲をバイオリンで演奏するのは初めてでしたけど上手く弾けていたので良かったです」

 

 来人「よし、じゃあ他の楽器でも演奏してみていいか?」

 

 レン「ああ、もちろんだ」

 

 来人「じゃあ次はこいつだ」

 

 そう言って来人がサックスを手にしたその時だった。

 

 ―――ピロン!―――

 

 突然俺のスマホの通知音が鳴った。

 

 レン「ちょっと待ってくれ」

 

 碧斗「ああ」

 

 俺はスマホの画面を点けるとそこには凛々子さんからメッセージが着ていた。

 

 明日香「誰から?」

 

 レン「凛々子さんからだ。ええと何々・・・え!?」

 

 俺はメッセージの内容を見て絶句した。

 

 利久「どうかしましたか?」

 

 レン「SPACEのスタッフが全員インフルエンザで倒れたって…」

 

 来人「なんだって!?」

 

 利久「確か今日のライブは・・・」

 

 明日香「グリグリとRoseliaが出るはずじゃあ…」

 

 レン「ああ・・・今師匠が1人でライブの準備をしようとしてるらしい…」

 

 利久「レン」

 

 レン「ああ、わかってる。悪いな、今日の練習はここまでだ。じゃあな」

 

 俺はギターをしまうと、利久と一緒に来人の家を後にしようとした。しかし・・・

 

 碧斗「待て」

 

 碧斗に呼び止められた。人が急いでるときになんだ?

 

 レン「なんだ?」

 

 碧斗「お前ら2人だけ行ってライブの準備間に合うのか?」

 

 レン「それは・・・」

 

 確かにそうだ・・・でも足の不自由な師匠が1人でもライブの準備をやろうとしているんだ。バイトといえど動ける俺ら2人が行かないわけにはいかない。

 

 レン「確かにその通りだ。けどそんなこと知るか、師匠が1人でもやろうとしているんだ。弟子の俺が手伝わなくてどうするんだ!」

 

 碧斗「そうかよ・・・」

 

 明日香「はぁ~・・・」

 

 来人「馬鹿だなコイツ」

 

 レン「はぁ!?」

 

 利久「レン、碧斗は一緒に手伝いに行くと言っているんですよ」

 

 明日香「それに今の言い分だと僕達全員行かない訳にはいかないんじゃないの?」

 

 来人「どうせ今日はこの後暇だしな?」

 

 レン「お前ら・・・」

 

 碧斗「ほら、とっとと行くぞ。時間は限られているんだ」  

 

 レン「ああ!」

 

 俺ら5人は練習を中断して師匠を手伝うためにSPACEに向かった。するとそこには香澄達Poppin’Party5人の姿もあった。

 

 レン「香澄!オーナー、手伝いに来ました」

 

 香澄「レン君!」

 

 オーナー「なんだ、海原たちも付いて来たのかい。ならとっと準備しな!嬢ちゃん達も花園とこいつらから仕事のやり方聞きながらやりな」

 

 『はい!』

 

 俺達10人はスタッフ専用のシャツに着替えると早速ライブのじゅびに取り掛かった。碧斗と来人と利久はステージの掃除をやり、俺は香澄と有咲と沙綾と一緒に玄関前の掃除、明日香はりみちゃん、おたえと一緒にロビーの掃除をやっていた。掃除を終えると今度は俺と香澄、沙綾、有咲はドリンクカウンターの準備に取り掛かった。

 

 レン「ドリンクの補充完了、ジュースはこのコップに、コーヒーと紅茶はアイスの時はジュースと同じコップに、ホットはこのカップに、日本茶はこの湯呑に入れて出してくれ」

 

 沙綾「了解」

 

 有咲「よし、全部覚えた」

 

 沙綾「流石学年トップ」

 

 有咲「余裕~」

 

 オーナー「1回練習してみな」

 

 香澄「じゃあ行くね、コーラとメロンソーダと紅茶と昆布茶ください」

 

 有咲「1200円になります」

 

 香澄「計算早や!」

 

 有咲「全部値段同じだし」

 

 有咲が香澄に突っ込みを入れている間に沙綾はドリンクを容器に注ぎ、カウンターの上に並べた。

 

 沙綾「お待たせしました」

 

 香澄「準備早や!」

 

 沙綾「パン屋で慣れてるから」

 

 香澄「チームワークいい!」

 

 オーナー「後片付けておきな」

 

 オーナーは一言いい残すとステージの方へと入っていった。

 

 沙綾「飲んでいいのかな?」

 

 香澄「メロンソーダ」

 

 有咲「あ!狙ってたのに!だいたいお前何にもしてねえじゃねえか!」

 

 沙綾「昆布茶いい?」

 

 有咲「渋いね…」 

 

 レン「じゃあ俺はコーラ」

 

 有咲「あー!それも狙ってたのに!」

 

 レン「早いもん勝ち。それよりも早く飲め、次はステージのセッティングだ」

 

 俺はコーラを一気に流し込むとホールに入り、全員でステージ準備を始め、碧斗とおたえは脚立を使って照明のセッティングをやっていた。

 

 碧斗「照明のセッティング終わったぞ」

 

 たえ「点けてみて」

 

 りみ「あ、えーと・・・」

 

 オーナー「パーライト!」

 

 りみ「あ、はい!えーと・・・きゃあ!」

 

 りみちゃんはおたえに照明をつけてほしいと頼まれたが、機械の操作方法が分からず間違えてミラーボールのスイッチを入れてしまった。

 

 オーナー「違うやり直し!」

 

 りみ「あ、はい!えーと・・・」

 

 利久「そこの右上のボタンを押して」

 

 りみ「うん!」

 

 しかし困惑していたりみちゃんに利久が助け舟を出して照明のスイッチの場所を教えてもらい何とかつけることが出来た。

 

 オーナー「本番までに覚えな」

 

 りみ「はい!利久君ありがとう」

 

 利久「どういたしまして。大丈夫ですよ、本番の時も分からなくなったら僕が隣で教えますから」

 

 りみ「うん」

 

 ステージのセッティングを終えると今度はチケット売り場の準備をすることになり、お釣の確認と補充をしていた。

 

 レン「えーと、5000円札がひーふーみー・・・15枚で75000円、1000円札が30枚で30000円と」

 

 有咲「100円が50枚で5000円、500円が50枚だと25000円」

 

 香澄「お~、大金だ」

 

 沙綾「貸して」

 

 沙綾は棒状にまとめられた小銭を金庫の角に打つ付けると小銭をばらして金庫の中に入れた。

 

 香澄「やりたいやりたーい!」

 

 それを見た香澄は自分もやりたいと子供のように言いだした。

 

 沙綾「待って待って」

 

 オーナー「あんた達!遊びじゃないんだよ」

 

 香有沙「「「は、はい!」」」

 

 しかしその一部始終をオーナーに見られてしまい怒られてしまった。  

 

 オーナー「レン!あんたもしっかりと注意しな!」

 

 レン「は、はい・・・すいません…」

 

 ついでに俺も怒られた。解せぬ…

 

 オーナー「それが終わったらあんた達3人は楽屋の掃除をやりな。レン、お前はステージの方に行って機材の準備をやりな」

 

 レン「はい、じゃあ後は任せた」

 

 香澄「うん」

 

 俺は香澄達に一言言い残すと、ステージの方に向かった。

 

 

 

 

 

     ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 オーナーに怒られた香澄達は指示を受けて楽屋の掃除をやっていた。 

 

 有咲「オーナー怖えー」

 

 沙綾「あれは怒られるよ」

 

 有咲「やっりずれー」

 

 沙綾「まあまあ」

 

 その時、机の上を拭いていた香澄は上に置かれ、表紙にSPACE NOTEと書かれた1冊のノートに目が留まった。

 

 香澄「ノートだ」

 

 香澄はそれを開くとそこには今までここでライブしてきたバンド達のライブでの感想やオーナーへの感謝の言葉など、様々な書置きが書かれていた。

 

 沙綾「みんなバンド?」

 

 有咲「へー」

 

 中には若かりし頃の姿や笑顔でバンドの娘達と一緒にいるといった様々なオーナーの姿を収めた写真も貼られていた。

 

 沙綾「オーナーも笑ってるね」

 

 香澄「うん・・・あ、見て見て!これ!」

 

 有咲「これって・・・」

 

 沙綾「あ!」

 

 香澄がページを進めると、そこには自分たちもよく知る二つのバンドの書置きと、オーナーとともに写る写真が貼られているのを見つけた。1つは今日のライブに出る自分たちの先輩バンドのGlitter⋆Green。

 

 香澄「ゆりさん達だ!」

 

 有咲「前にりみが言ってたファーストライブの時のか」

 

 沙綾「それにこっちは・・・」

 

 そしてもう1つは今現在、自分たちと共にライブの準備作業をしているBrave Binaeだった。

 

 香澄「レン君達だ」

 

 有咲「この写真だけオーナー笑ってねーな、しかも直筆でダメ出しまで書かれてるし…」

 

 沙綾「あははは・・・弟子には厳しいね…」

 

 香澄達はそのページを一通り見終えるとまたページを進めた。しかし、また1つのページで手が止まった。

 

 香澄「え・・・」

 

 有咲「どうした香澄?」

 

 香澄「ここに写ってるのって・・・」

 

 香澄はある男女混合の5人組バンドの写真を指さした。

 

 香澄「レン君と・・・あっ君?」

 

 有咲「え!?いや・・・違うな。でもスゲー似てる…」

 

 その写真にはオーナーの他にドラムスティックを手に持ち、前髪を目元まで伸ばした灰色の髪の青年、虹色のギターを持ち、所々に色とりどりのメッシュが入った茶髪の青年、キーボードを抱えた薄水色の長い髪の女性、そして赤いギターを持ったレンにとてもよく似た赤い髪の青年と桜の花びらが描かれた薄紅色のベースを手に持った明日香に似た長いピンク色の髪の女性が写っていた。香澄と有咲はそのバンドの写真をまじまじと見ていた。すると香澄は不意に首を傾げた。

 

 香澄「あれ?でも私、この人のこと・・・見たことある気がする…」

 

 有咲「はあ?さっきレンに似てるって言っただろ?なあ沙綾・・・」

   

 沙綾「・・・」

 

 有咲は沙綾に話しかけたが沙綾はそれに反応せず、ただその写真を見つめていた。しかしその表情はどこか何かを懐かしんでいる様だった。しかしその時だった。

 

 リィ「おはようござ・・・おや」

 

 そこにデべコのぬいぐるみを手に持ち、昨日楽器店で会っていた鵜沢 リィが楽屋の入り口に立っていた。 

 

 香澄「あ、おはようございます」

 

 沙綾「今日だけお手伝いなんです」 

 

 リィ「そうなんだ、よろしく~!ドラムどう?」

 

 沙綾「いい感じです」

 

 リィ「よ~し」

 

 沙綾は昨日購入した電子ドラムのことでリィと会話していた。しかしその後ろで有咲は何かを警戒するように香澄の背に隠れていた。

 

 有咲「あの・・・あの人は・・・」

 

 リィ「うーん・・・あっ!あー!しまった!どこ行った!?」

 

 あの人と聞かれリィは一瞬誰の事だろうと考え込んだがすぐに気が付き当人を探した。するとその張本人である二十騎 ひなこはその近くで、近所の犬を可愛がる様にりみの頭を撫でまわしていた。

 

 ひなこ「よーし!よしよしよし!」

 

 リィ「ヤバい捕まえに行かないと!」

 

 リィはひなこを取り押さえるためにひなこのもとに駆け寄った。リィが入り口の前からいなくなるとそこから今度はゆりと七菜が姿を見せた。

 

 ゆ七「「おはようございます」」

 

 香有沙「「「おはようございます」」」

 

 ゆり「レン君から話聞いた」

 

 七菜「今日のライブよろしくね?」

 

 香澄「生徒会長」

 

 沙綾「どうして此処に?」

 

 七菜「ふふっ、これでいい?」―――カチャ―――

 

 香沙「「えー!?」」

 

 有咲「マジか・・・」 

 

 七菜はライブの時と同じように眼鏡をはずしその顔を香澄達に見せた。すると3人はその顔を見て七菜がグリグリのキーボードであることをそこで初めて知り、驚愕した。

 

 

 

 

 

     ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 レン「お、始まったか」 

 

 俺ら4人はグリグリがリハーサルをやっている間、ある程度の準備は終わらせていたため、少しロビーで休憩しながらその様子をモニターで見ていた。その時だった。

 

 「「「「「おはようございます」」」」」

 

 入り口の扉が開き、あこちゃん、燐子さん、紗夜さんに長い銀髪の髪に黒帳の髪飾りを付けた女の人とウェーブがかかった長い茶髪をポニーテールにしたギャルっぽい女の人を加えた今日のライブに出るバンドRoseliaの5人が入店した。5人は中に入ると俺等の存在に気づき銀髪の女の人と、ギャルっぽい女の人が声を掛けてきた。

 

 「あなた達がどうして此処に?」

 

 「もしかして今日のライブにでる・・・て訳じゃなさそうだね?」

 

 銀髪の女の人は湊 友希那。Roseliaのリーダーでボーカルを担当している。歌唱力がとても高く、バンドを結成する前は数多くのライブハウスで1人で歌を披露していたため孤高の歌姫という異名を持っている。ギャルっぽい女の人は今井 リサ。Roseliaのベース担当で友希那さんとは幼馴染の関係にある。見た目とは裏腹にお菓子作りが得意だったりと、とても女の子らしくお姉さん気質で、あこちゃんからはリサ姉と呼ばれている。

 

 レン「おはようございます、実は今日他のスタッフが全員インフルでダウンしちゃって・・・」

 

 明日香「それで僕達5人と香澄ちゃん達・・・同じ学校のバンドの娘達が手伝うことになったんです」   

 

 リサ「へぇ~、あれ?そういえば利久は?」

 

 レン「あー、利久なら音響に入って師匠のサポートをしてます」

 

 リサ「ふーん、だってさ~燐子」

 

 燐子「え!?えーと・・・その///・・・」

 

 まただ、また利久の名前が出たとたん燐子さんの顔が赤くなった。利久、お前本当に何もしてないのか?

 

 友希那「そう、兎に角私達の足を引っ張るような真似だけはしないでおいて」

 

 リサ「ちょっ!友希那・・・」

 

 レン「いいんですよリサさん。大丈夫です、任せてください」

 

 相変わらず友希那さんは音楽に関しては他の人に対して厳しいな。けど、けして妥協を許さない音楽に対する思いがきっとRoseliaという実力派バンドを作り上げたんだろう。俺達も見習わないといけないとつくづく思う。

 

 友希那「そう・・・」

 

 友希那さんは一言言い残すと楽屋の方に入っていった。

 

 リサ「ごめんねレン、じゃあまた後でね」

 

 あこ「りんりん行こう!」

 

 燐子「う、うん・・・あの・・・今日は・・・・・よろしくお願いします・・・」

 

 友希那さんに続いてリサさん、あこちゃん、燐子さんも楽屋の方に入っていった。けど紗夜さんは楽屋に向かう前に俺と来人のことを睨みつけてきた。

 

 紗夜「レンさん、黄島さん、ライブを観に来た観客の方に手を出すようなことがあったら・・・その時は分かってますね?」

 

 来人「しょ、承知しました!」

 

 レン「ひっ!ちょっと待ってくださいよ!俺はそんなことしませんから!てか今までもそんな事したことりませんから!」  

 

 紗夜「本当ですか?この年で既に婚約者がいて、それにもかかわらず何人もの女の子を惑わせているのにですか?それに・・・日菜と丸山さんの時のことはどう説明するんですか?詳しく聞きたいですね?」

 

 レン「いやまあ・・・それに関しては来人が俺を巻き込んだんですよ!それに前者は事実と違います!」

 

 碧斗「いや、当たってるだろ」  

 

 明日香「これ以上ないほどに的を射ているね」

 

 レン「どこがだよ!?」

 

 来人「巻き込まれたって言ったけどほんとは少し嬉しかったクセに」

 

 紗夜「黄島さん、少し黙りましょうか?」

 

 来人「はい、黙ります」

 

 リサ「紗夜~!何してるのー?早く来なよー!」

 

 紗夜「すいません、すぐに行きます。そういう訳なので、くれぐれもさっき言った様なことがないようにお願いします」

 

 紗夜さんはそう言い残すと楽屋の中に入っていった。しばらくするとRoseliaのリハーサルが始まり、それが終わると香澄達と師匠が出てきた。

 

 オーナー「開店準備!」

 

 『はい!』

 

 師匠の一言で俺らは動き、俺は開店時間になると入口の札を裏返してCLOSEからOPENにした。すると外で待っていたお客さんが店内に流れ込んできて、俺らはチケットの販売やドリンクの受け渡し等、忙しく動いていた。そしてライブが始まると人気バンド2組のライブだけあってか観客は一気に盛り上がり、今日のライブは大盛況で終わった。

 

 ゆり「お疲れ、お先に失礼するわね」

 

 レン「はい、ライブお疲れさまでした」

 

 ライブが終ると俺はゆりさん達を見送り、入口の扉に掛かっていた札を裏返して閉店作業に取り掛かりロビーの掃除をしていた。

 

 レン「ここは大体こんなもんか。次は楽屋の掃除しなきゃだけど・・・」

 

 俺は楽屋の掃除をやろうとしていたが実は今楽屋にRoseliaの5人がまだ残っていた。師匠も様子を見に行ったみたいだけどいったいどうしたんだろう?

 

 香澄「私、金庫返してくる」

 

 有咲「ちょ、待て!」

 

 レン「あ、俺も行く」

 

 俺が楽屋の方を気にしていると、香澄と有咲が金庫を師匠に返しに行こうとしたため俺も付いていった。

 

 有咲「それ大丈夫か?ほんと大丈夫か?」

 

 香澄「えー、大丈夫だって」

 

 レン「不安要素しかないのは気のせいか?・・・うん?」

 

 俺は楽屋の前まで行くと扉が開いていて、そこから女の人のすすり泣く声が聞こえてきた。今の声は・・・リサさん?俺らは楽屋の中を覗くとソファーに座りながら涙を流すリサさんとそれを慰める友希那さん達4人と師匠の姿があった。

 

 リサ「う・・・グスッ・・・う・・・・・」   

 

 オーナー「何時までも泣いてんじゃないよ。ライブってのは完璧な演奏が全てじゃない」

 

 リサ「え・・・」

 

 オーナー「客はどうして態々ライブハウスに歌を聞きに来てると思う?」

 

 リサ「それは・・・」

 

 オーナー「今この瞬間、目の前のアンタ達がどんなステージをやり切ってくれるか、それを楽しみにしているんだ」  

 

 リサ「・・・」

 

 オーナー「やり切ったんだろ?」

 

 リサ「・・・はい…」

 

 オーナー「胸を張って帰りな」

 

 リサ「・・・はい!」

 

 師匠の激励の言葉を聞いたリサさんは涙を拭うと、何時ものリサさんらしい明るい笑顔になっていた。

 

 レン「リサさん・・・」

 

 利久「レン、香澄ちゃん、有咲ちゃん」

 

 レン「利久」

 

 香澄「あ、リッ君」

 

 有咲「なんでお前まで・・・」

 

 後ろから声を掛けられ、振り向くとオレンジジュースの入ったコップを5つのせたトレーを持った利久がいた。

 

 レン「リサさんどうしたんだ?」

 

 利久「実はさっきのライブでミスをしてしまいまして・・・でももう心配いらないみたいですね?これ、オーナから頼まれていたので5人に渡してあげてください」

 

 レン「ああ、わかった」 

 

 俺は利久からトレーを受け取ると楽屋の中に入った。

 

 レン「失礼します、ライブお疲れさまでした」

 

 リサ「レン・・・それは?」

 

 オーナー「うちからの差し入れだ。飲んでいきな」

 

 紗夜「いいんですか?」

 

 オーナー「なんだい?料金なら気にしなくていい、こいつの給料から引いておく」

 

 そう言うと師匠は俺のことを指さしてきた。て・・・

 

 レン「はあ!?」

 

 紗夜「そういう事ならありがたくいただきます」

 

 友希那「そうね」

 

 リサ「いや~レンありがとう」

   

 あこ「レン君ありがとう!」

 

 燐子「その・・・ありがとう・・・・ございます・・・・」

 

 レン「ええ!どういたしまして!」

 

 俺はそう言い残すと楽屋を出ていき、閉店作業の続きに取り掛かった。ちっくしょぉーーーーーー!

 

 

 

 

 

     ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 利久「ふぅー、ようやく終わりました」

 

 明日香「こっちも終わったよ」

 

 碧斗「あとはステージの方か」

 

 利久「僕が様子見てきますね」 

 

 僕は閉店作業を粗方終えると、ステージの清掃をしている香澄ちゃん達の様子を見に行くことにしました。

 

 利久「5人ともステージの掃除は終わりましたか・・・あ…」

 

 中を覗くとそこには床の上で輪になって大の字で寝そべっている香澄ちゃん達の姿がありました。どうやら今日のライブの余韻に浸っているみたいです。すると香澄ちゃんが立ち上がりステージに上ると、それに続いておたえちゃん、りみちゃん、沙綾ちゃんもステージの上に上りました。

 

 沙綾「初めて立った…」

 

 香澄「・・・・・」

 

 たえ「・・・・・」

 

 りみ「・・・・・」

 

 沙綾「ここでライブしたいな…」

 

 りみ「またここで…」

 

 香澄「うん!ライブしよう!」

 

 たえ「次のオーディション、来週だよ」

 

 香澄「は!有咲!」

 

 有咲「マジか!?」

 

 香澄「みんなで受けよう!」

 

 沙綾「来週って・・・」

 

 りみ「ちょっと早すぎない?」

 

 たえ「毎日練習しなきゃ」

 

 香澄「今からやれば大丈夫だよ~」

 

 有咲「今から~!?」

 

 香澄ちゃん達はSPACEのオーディションを受けることを決めたみたいです。その光景を扉の陰から見ていた僕は彼女達がここでライブする姿を見るのが楽しみになりました。そして1週間後、この日もレンとシフトに入っていた僕はオーディションの様子をロビーのモニターで見ていました。しかし今日は碧斗、明日香、来人の3人も香澄ちゃん達がオーディションを受けると聞いてその様子を見に来ていました。

 

 香澄『Poppin'Partyです!』

 

 『よろしくお願いいます!』

 

 明日香「始まった」

 

 来人「でも・・・」

 

 碧斗「戸山以外表情が硬いな…」

 

 利久「ええ・・・あ、またズレが…」

 

 しかしかなり緊張しているせいか香澄ちゃん以外の4人の表情と演奏がガチガチで所々ミスが目立っていました。そして演奏が終わると師匠はいつものことを香澄ちゃん達に聞きました。

 

 オーナー『やり切ったと思う者は?』

 

 香澄『はい!』

 

 すると香澄ちゃんは手を上げて大きな声で返事をしました。しかし有咲ちゃん、りみちゃん、おたえちゃん、沙綾ちゃんは顔を俯かせてしまいました。それを見たオーナーは結果を告げました。

 

 オーナー『ダメだ!うちのステージに立たせる訳にはいかないね』

 

 香澄『また受けます!いっぱい練習して何回でも挑戦します!』

 

 流石元気で明るい香澄ちゃん、結果が不合格だったにもかかわらずまた挑戦すると元気に受け答えました。けれど、さっき一瞬師匠が浮かない声で「何回でもね…」と呟いたのが聞こえました。いったいどうしたんでしょうか?

 

 オーナー『頑張りな』

 

 師匠はそう一言告げると今度はおたえちゃんが口を開きました。

 

 たえ『あの、オーナー。スケジュール表見たんですけど後半が真っ白で・・・』

 

 香澄『え?』

 

 スケジュール?そういえば僕もちらりと見ましたけど何も書かれていませんでしたね。丁度僕も師匠に聞こうと思っていたので僕もその質問の答えに耳を傾けました。

 

 オーナー『花園とレンと利久にはまだ言ってなかったね・・・SPACEを閉めるよ』

 

 その言葉を聞いた瞬間、ステージとロビーを静寂が包み込みました。そして数秒後・・・

 

 『えぇ~~~!?』

 

 僕達の驚きの声がSPACE内に響きました。

 

 



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答えは何処に

 レン「嘘だろ…」

 

 碧斗「・・・・・」

 

 明日香「そんな・・・」

 

 利久「いったいどうして・・・」

 

 来人「マジかよ…」

 

 俺達5人は師匠の発言に唖然としていた。此処を閉める。つまりはSPACEがなくなるということだ。

 

 たえ『どうしてですか?』

 

 おたえはここを閉める理由を師匠に聞いた。すると師匠は目を瞑りその答えを口にした。

 

 オーナー『私はもうやり切った…閉めるまではしっかり頼むよ、花園』

 

 師匠はただそれだけ口にすると椅子から立ち上がり、ステージからロビーへと出てきた。師匠は俺達と目が合ったが、何も言わずに自室へと入っていってしまった。

 

 レン「師匠…」

 

 俺らはこの後師匠が出てくるまで閉店作業をしながら待っていた。そしてすべて終えてからしばらくロビーで待っていると、師匠はようやく自室から出てきた。

 

 オーナー「まだ残っていたのかい。やること終わったならとっと帰りな」

 

 レン「師匠、此処を閉めるってどういうことですか?」

 

 オーナー「そんなことを聞くためだけに態々残ってたのかい?」

 

 レン「・・・ええ…」

 

 オーナー「どうも何もそのまんまの意味だ。私はもうやり切った」

 

 碧斗「やり切ったって…」

 

 明日香「それだけじゃ分かりませんよ!」 

 

 来人「ちゃんと説明してくれなきゃ・・・俺達納得なんかできねえよ!」

 

 利久「師匠!」

 

 

 ―――カンッ!―――

 

 

 『!?』

 

 オーナー「騒ぐんじゃないよ!いいかい、ここは私のライブハウスなんだ!何時どんな理由で閉めようが私の勝手だ!お前達が納得する必要なんてないんだよ!」

 

 俺達はここを閉める理由を師匠に問い質すと、師匠は杖を床に打ち付けて俺達は怒鳴られた。

 

 オーナー「話は終わりだ、とっとと帰りな」

 

 師匠はそれだけ言い残すとまた自室に戻っていった。その後俺達は師匠に言われた通りすぐに帰宅した。その道中、俺らは言葉を発することはなく終始無言だった。そして翌日、俺達は何時ものように来人の家に集まっていた。しかし誰1人として表情に明るさはなかった。

 

 来人「なあ、俺達どうすればいいんだよ?」

 

 明日香「どうするって言ったって…」

 

 利久「そんなこと・・・わかりませんよ…」

 

 レン「・・・・・」

 

 俺達は楽器も持たず、練習に取り掛かろうとする気配は一切なかった。昨日師匠に言ったことは何も間違ってはいない。けど、俺達は納得なんか出来なかった。いや、あの場所が・・・SPACEが無くなってほしくないからこそ納得なんかしたくなかった。俺達が黙り込んでいるその時だった。

 

 碧斗「はぁー・・・バカバカしい…」

 

 突然の碧斗の溜息と一言によってその静寂は破られた。しかもその溜息は明らかに呆れ混じりだった。

 

 レン「え?」

 

 明日香「碧斗?」

 

 利久「どうしたんですか急に?」

 

 来人「バカバカしいってどういうことだよ?」

 

 碧斗「どうもこうも・・・悩んでる理由が下らないんだよ」     

 

 来人「はあ?」

 

 明日香「ちょ!来人!」

 

 利久「落ち着いてください!」

 

 碧斗の発言が気に障った来人は碧斗に掴み掛ろうとしたが明日香と利久に腕を羽交い絞めにされ止められた。

 

 来人「放せ!おい碧斗!今のどういう意味だよ!」

 

 碧斗「そのまんまの意味だ」

 

 明日香「ちょっと碧斗!うわっ!」

 

 利久「うわっ!」

 

 しかし碧斗の発言に怒りが収まらない来人は明日香と利久を振りほどくと碧斗の胸倉に掴み掛った。

 

 来人「ふざけるな!何が下らないんだ!?」

  

 碧斗「SPACEが無くなるって事を悩んでることがだ」

 

 来人「ッ!?」 

 

 次の瞬間、来人が握り拳を作り思いっきり振り上げた。そしてその拳を碧斗の顔めがけて振り下ろし、殴りかかろうとした。

 

 明日香「ッ!来人!」

 

 利久「ダメです!」

 

 

 

 ―――ガシッ!―――

 

 

 

 明日香「・・・え?」

 

 利久「あ・・・」

 

 碧斗「・・・・・」

 

 来人「なんで止めたんだよ・・・レン…」

 

 けど、俺が来人の腕を掴み寸前の所で止めた。来人は俺の手を振りほどくと碧斗の胸倉からも手を放した。

 

 レン「・・・今は仲間内でもめている場合じゃない。碧斗、何が言いたいんだ?」

 

 碧斗「昨日師匠は言っていただろ?やり切ったって…なら師匠がSPACEを閉める理由には十分だ。俺達が如何こう口にできる問題じゃない。納得が出来なくても、それを黙って受け入れなくちゃいけない。弟子である俺達は尚更な…」 

 

 レ明利来「「「「・・・・・」」」」

 

 碧斗の言う通りだ。どんなに納得出来なくてもSPACEが閉まるという現実を、俺達は受け入れなくちゃいけない。

 

 明日香「確かに・・・僕も目を背けてた。SPACEが無くなってほしくないから・・・でも!やっぱり、それじゃダメなんだ!」

 

 利久「ええ、僕も師匠がやり切る姿を見届けようと思います。それが弟子としての務めなら…」

 

 来人「俺も・・・師匠がやり切ったって言ったんだ。それを黙って受け入れないなんて・・・あの人の弟子失格だしな…けど、可愛い女の子達に会える場所が無くなっちまうのはやっぱ悲しいなー!」

 

 碧斗の言葉のおかげで俺達の迷いは消えて意見が合致した。俺も・・・見届けよう。たくさんの思い出が詰まったあの場所の最後を。

 

 碧斗「そうか・・・それで、どうするんだレン?」

 

 レン「俺も見届ける。俺達5人にとって大切な思い出が詰まった、あの場所の最後を…」

 

 碧斗「はぁー・・・」

 

 俺は碧斗の問いに答えると碧斗はまた呆れ混じりの溜息をした。なんで?

 

 碧斗「俺が聞きたいのはそんな事じゃない。どうするんだ―――――――――――――――――――――オーディション。受けるのか?受けないのか?」

 

 レン「・・・!」

 

 明日香「そっか、SPACEが閉まるってことは・・・」

 

 来人「次のライブが・・・SPACEの最後のライブになるのか…」

 

 利久「残念ですけど・・・仕方がありません…」

 

 そうだ・・・次に行われるライブがSPACE最後のライブ…あと1回しかあそこで演奏することが出来ないのか…

 

 来人「受けようぜレン!見届けるだけなんて俺達の省にあってないしな!」

 

 利久「僕も最後のライブに出たいです!」

 

 明日香「僕も、最後に僕達の演奏を師匠に聴いてほしい!」

 

 3人はライブに出たいと言ってきた。普通なら俺もこれに賛成してオーディションを受けると言うだろう。けど・・・

 

 レン「わるい、少し・・・考えさせてくれ…」

 

 来人「は!?」

 

 利久「え!?」

 

 明日香「レン!?」

 

 俺は・・・ライブに出ていいのか分からなかった。本当なら俺たち以上にSPACE最後のライブに出たい人達がいるのに・・・その人達はオーディションを受けるどころか、そのライブすら見ることが出来なくなってしまっているのに。それも・・・俺のせいで…だから俺はSPACEにも2度と行かない心算でいた。それなのに俺は、自分だけ呑気にライブに出ていいのか分からなかった…

 

 レン「わるい・・・この後俺用事あるから。じゃあな」

 

 明日香「レン!」

 

 来人「あ、おい!

 

 利久「ちょっと待ってください!」

  

 3人が俺のことを呼び止めたが俺は振り返らずにその場を後にし、ある場所へと向かった。この答えに通じる、何かを求めて…俺が向かった場所、それは勿論―――――――――――――――――――――

 

 

 

   ―――ガチャ―――  

 

 

 

 香澄「あ!レン君」

 

 ゆり「やっぱり来たんだ」

 

 此処、SPACEだ。そこには香澄達Poppin'Partyの5人とGlitter⋆Greenの4人が来ていた。

 

 レン「此処ももうすぐ無くなるから・・・少しでも長い時間此処にいたくて…それに・・・」 

 

 香澄「うん?どうかしたの?」

 

 レン「いや、なんでもない」

 

 俺は香澄達に心配を掛けさせなくて此処に来た本当の理由を言うのをやめた。

 

 レン「ところで香澄達は今日もオーディション受けに来たのか?」

 

 香澄「うん、でも受けさせてもらえなかったよー!」

 

 レン「そうか・・・」

 

 相変わらず厳しいなあの鬼師匠は・・・けど、おそらく師匠は気づいたんだ。香澄達に足りないものを…

 

 沙綾「私達、何がダメだったのかな?私達に足りないものっていったい…」

 

 ひなこ「よ~し!ひなちゃんが特別にヒントを上げちゃお~!・・・一生懸命考えること!」 

 

 たえ「一生懸命・・・」

 

 りみ「考える・・・」

 

 七菜「ふふ、ひなこにしては真面なこと言ったわ」

 

 ゆり「うん」

 

 りみ「お姉ちゃん・・・」

 

 ゆり「音楽の正解はないよ、答えなんてみんな違う」

 

 レン「まあ、要するに正解なんてものは自分で見つけ出せってことだ。人に正解を求めちゃいけない、星の数ほどある事の中から自分達で見つけ出さなきゃそれは意味をなさない。お前達で導き出した答え、それがお前達にとっての正解だ」

 

 香澄「自分で見つけ出す…よし!今から練習しよう!」

 

 たえ「うん!行こう!」

 

 有咲「あ、ちょ、お前ら待てー!」

 

 りみ「ま、待って!お姉ちゃんじゃあね」

 

 沙綾「はぁ~しょうがないなー…あの、アドバイスありがとうございました」

 

 香澄達はその答えを見つけようと練習するためにSPACEを後にした。ほんと騒がしいな…でも、あの前向きさはなんか良いな…俺は香澄達の後姿を微笑ましく見つめていた。すると不意にゆりさんが俺に声を掛けてきた。

 

 ゆり「ところでレン君達はどうするの?オーディション受けるの?」

 

 レン「俺は・・・まだ、わかりません…4人は受けたいって言っているんですけど・・・」

 

 ゆり「そう・・・」

 

 七菜「・・・まだ、あの時の事を気にしているの?」

 

 レン「・・・・・」

 

 ひなこ「もー、そんなに自分を責めても全然ハッピーな気分になれないよー!ここはひなちゃんのハグで「アンタはちょっと黙ってなさい」

 

 レン「いいんですよリィさん・・・ひなこさんも励ましてくれてありがとうございます」

 

 七菜「はぁー・・・レン君、気にしないでとは言わないけど、気にしすぎるのはよくないわ。他の人のことで親身になって悩んであげられるのは貴方の良い所だけど、あまり深く思い詰めすぎると貴方自身が傷付くだけじゃなくて周りの人にまで辛い思いをさせてしまうわ」

 

 レン「周りの人にまで・・・」

 

 七菜「こーら、また思い詰めた顔になってるわよ」

 

 レン「え!?す、すいません…」

 

 七菜「いい?もしそうなったら今度はその人のことでレン君は思い悩むことになって、また周りの人も思い悩むことになる。そしたら貴方はずっと自分自身を傷付け続けるだけで本末転倒よ」 

 

 七菜さんはそれだけ言うとゆりさん達はそれ以降は何も言ってこなかった。その後俺はゆりさん達と一緒に他のバンドのオーディションを見ていた。けど、しばらくすると俺はだんだん瞼が重くなり・・・意識を手放していた。

 

 

 

 

 

     ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 レンが来人の家を出て行った後、俺達も練習できる状態じゃなくなり今日は解散となった。午後から暇になった俺は特にやる事も無かったからバイト先のやまぶきベーカリーに行くと丁度亘氏さんも商店街の集まりで店を留守にしなくてはならなかったらしく、特別にシフトを入れてもらった。明日香と来人も羽沢珈琲店へと行きシフトを入れてもらったようだ。利久は多分ゲームセンターにでも行ったんだろう。俺はレジ打ちと品出しをしていると閉店の時間になり、亘氏さんに頼まれていた通り店の扉を閉めると千紘さんに報告をするために店の奥にある自宅スペースの台所に行った。

 

 碧斗「千紘さん、こっちは終わりました」

 

 千紘「お疲れ様。急にごめんね?ただでさえ毎日朝早くに来てもらってるのに」

 

 碧斗「いえ、俺も丁度やる事がなくてシフト入れてもらおうと思って来た所だったので。それにパン作り教えてほしいって頼んだのはこっちですから」 

 

 千紘「それでもよ。それに碧斗君が作ってくれる新作パンと日替わりサンドイッチ、凄く人気で家が繁盛してるのも碧斗君のおかげよ」 

 

 ああ、そういえば学校内でも話題になってるらしいな。数量限定にしてたから中々買えなくて開店前から店の前で待つ人を何人も見かけたな。

 

 碧斗「それは大袈裟です。この店が繁盛しているのは元々亘氏さんの作るパンが美味いからじゃないですか?」

 

 千紘「フフッ、そう言ってもらえると私達も嬉しいわ。そうだ、よかったら今日はご夕飯食べていく?」

 

 夕飯か・・・俺の家は父さんはレストランでシェフをやっていて、母さんはその店の支配人をやっているから帰りは2人とも遅くて普段から家では独りで作って食べることが多いからな…

 

 碧斗「あの、でしたら俺が夕飯作りますか?」

 

 千紘「え、でもさすがにそこまでしてもらう訳には・・・」

 

 碧斗「いえ、俺が食べて欲しいんです。普段は自分で食べる分しか作らないから、誰かに俺の作った料理を食べてもらえる機会なんて滅多にないんで。それに午後は千紘さんも働き詰めだったんですからこれくらい俺にもさせてください」

 

 千紘「そう?それじゃあお言葉に甘えさせてもらうわ。前に碧斗君が作ってくれたカレーとサラダ凄く美味しかったから今回も楽しみにしてるわね」  

 

 碧斗「はい、じゃあ冷蔵庫の中の物使わせてもらいます」

 

 俺は冷蔵庫の中を確認すると鶏肉と野菜、卵、その他諸々・・・よし、メニューは決まった。

 

 俺は鶏肉、玉葱、人参、ピーマン、卵、を取り出した。まずは玉葱と人参は皮を剥き、玉葱は上下の先端を切り落とすと根元を手で持ち生板の上ではなく空中で5mm幅で縦に切り込みを入れると今度は横に包丁を入れ、5mm幅の感覚で真空切りをしてみじん切りにした。こうすることで玉葱を使う際に辛味が少なくなる。けどこの方法をやるにはかなりの包丁テクニックがいる。次に人参を2mm大の厚さで銀杏切りにしてピーマンと鶏肉を賽の目切りにした。そしたら次はフライパンに油を敷き鶏肉から炒め、火が通ったら野菜を入れ軽く塩コショウを振り、こっちにも火が通ったら白飯、粉コンソメとケチャップを入れ、ヘラで切るように混ぜながら炒め、仕上にバターを入れてチキンライスを作った。次にもう1つフライパンを用意し、火にかけて熱したらそこにバターを入れ、溶けきったらそこに溶き卵を注ぎ半熟状態になったらそこにスライスチーズを置き、先程作ったチキンライスをその上に落とし卵で包むとフライパンの上に皿を逆さに置き、その状態でフライパンをひっくり返しすとオムライスが完成した。

 

 沙綾「ただいまー」

 

 ちょうど沙綾も帰ってきたみたいだ。沙綾は台所に入ってくると俺がいることに少し驚いていた。

 

 沙綾「碧斗?」

 

 碧斗「ああ、お帰り。夕飯できるから純と沙南呼んできてくれ」

 

 沙綾「あ、うん、わかった・・・て、そうじゃなくて!」

 

 千紘「早くしないと折角碧斗君が作ってくれたオムライスが冷めちゃうわよ」 

 

 沙綾「か、母さん・・・わかった呼んでくる」

 

 そう言うと沙綾は純と沙南を呼びに行き、俺はその間にケチャップをオムライスの上にかけておいた。だがただかけるのではなく、俺はそれを使って絵を描いた。

 

 純「今日はオムライスだ!」

 

 沙綾「これって・・・」

 

 純「かわいいー!」

 

 俺は純のオムライスの上には今放送中のヒーローの絵を、沙南にはパンダを、そして沙綾には・・・

 

 沙綾「ドラム…」

 

 碧斗「3人の好きそうなものを描いてみた。気に入らなかったか?」

 

 沙綾「ううん、すごく嬉しいけど・・・どうして?」

    

 碧斗「お前たちが喜べばと思ってな。料理ってのは味と見た目が良ければいいってわけじゃない。作った人の気持ちが味とか見た目に現れる。それは楽器の演奏も同じだ」

 

 沙綾「演奏も?」

 

 碧斗「ああ、技術があっても気持ちが何も籠ってなきゃ誰の心にも響かない。沙綾、お前はオーディションの時、何を思ってドラムを叩いてた?」 

 

 沙綾「それは・・・」

 

 碧斗「・・・はぁ~、言っておくが俺はこれ以上何も言わないぞ。これはお前達の問題だ。それと・・・純!」 

 

 純「ギクッ!」

 

 碧斗「なにピーマン避けてるんだ?」

 

 純「だ、だって苦いし・・・」

 

 碧斗「そうか、まあどうでもいいが・・・そういえば、お前しばらく小学校はお昼弁当だったな?」

 

 純「う、うん、そうだけど・・・」

 

 碧斗「もしピーマンを残したら、しばらくの間お前の弁当に、ピーマン山ほど刻むぞ~?」

 

 純「えぇ~!?わ、わかったよ!食べるよ!」

 

 そう言うと純はスプーン一杯のピーマンを口の中に入れ、涙目になっていた。その姿を見た千紘さんと沙南、そして沙綾は笑っていた。こんなに賑やかに夕飯食べるのは何時ぶりだったか・・・そう思うと俺も無意識のうちに・・・笑っていた。

 

 

 

 

 

     ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 レン「う・・・うん・・・?あ~寝ちゃってたのか…うん?これは・・・」

 

 俺は目を覚ますとタオルケットが掛けられていることに気が付いた。ゆりさん達か凛々子さんの誰かが掛けておいてくれたのか?俺は周りを見たがゆりさん達の姿はなく、辺りはすっかり暗くなっていた。え?今何時?俺は時計を確認すると・・・

 

 レン「えぇ~!?9時!?」 

 

 俺は急いで帰ろうとしたが出入り口を見て止まった。そこには師匠と何かを話す香澄の姿があった。アイツこんな時間に此処で何してるんだ?ちょっと気が引けるが2人の会話に聞き耳を立てた。

 

 香澄「やっぱり此処でライブしたいです。キラキラドキドキしたいだけじゃなくて、SPACEが好きだから!バイトして思ったんです。皆が大好きで、オーナーも大好きなこの場所が大好きだって」

 

 オーナー「だったら納得いく演奏見せてみな」

 

 香澄「絶対やります!」

 

 オーナー「・・・あんた全然変わんないね・・・ほんと、あん時のアイツを見てるみたいだよ…

 

 香澄「え?」

 

 オーナー「前に聞いた時もそうだった」

 

 香澄「練習いっぱいしたし、失敗はしたけど・・・楽しかったので!」

 

 オーナー「フッ・・・そういう所だけは褒めてやるよ。けど、何にも見えてない。周りも、自分も…」

 

 香澄「え?」

 

 オーナー「もう帰んな」

 

 香澄「オーナー!どういうことですか!?」

 

 オーナー「・・・あんたが一番出来てなかった」

 

 師匠はそれだけ言い残すと中に入ってきた。師匠の言葉を聞いた香澄は俯き、その場を立ち去った。

 

 レン「師匠…」

 

 オーナー「やっと起きたのかい。ならとっとと帰りな」

 

 レン「はい・・・」

 

 俺はSPACEを出ると家に帰宅した。そして数日後、香澄達Poppin'Partyの5人がオーディションを受けるためにSPACEを訪れた。

 

 たえ「オーディション受けさせてください」

 

 しかしその表情は以前と違ってとても緊張感が感じられるほど硬いものだった。ただ1人を覗いては…師匠は品定めするかのようにしばらく5人を見つめると一言告げた。

 

 オーナー「・・・入んな」

 

 師匠の返答を聞いた5人は少し表情が緩んだ。しかし香澄だけがいつもの香澄からは見せられない暗い表情をしていた。

   

 凛々子「次、Poppin'Party」

 

 『はい!』

 

 香澄「・・・・・」

 

 レン「香澄のやつ・・・大丈夫か…」

 

 もうすぐオーディションが始まろうとする中、ステージの上で香澄が明らかな作り笑いをしていた為、俺は不安で仕方なかった。

 

 オーナー『準備が出来たら始めな』

 

 ポピパ『はい!』

 

 そして、俺と利久とグリグリの4人が見守る中、Poppin'Partyの演奏が始まった。しかし・・・

 

 香澄「た・・・と・・・え…」

 

 香澄の歌声が聞こえなかった。いや、香澄の声が出ていなかった。突然の出来事に他の4人も楽器を弾く手を止めてしまった。オーディションは中断となってしまった。その時、俺の脳裏に一つの光景がフラッシュバックした。俺にとって、トラウマとなったあの出来事が・・・

 

 

 

 『おい!しっかりしろ!おい!」

 

 『救急車だ、救急車呼べ!」

 

 『ライブは一時中断だ!』

 

 

 

 まただ・・・また俺のせいで・・・

 

 レン「あ・・・ああ…」

 

 利久「レン?レン!?」

 

 ゆり「レン君!?」 

 

 利久とゆりさん達が俺のことを呼ぶ声が聞こえたが、それを最後に俺は意識を手放してしまった。

 

 

 

 

 

 



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ドキドキは仲間と一緒に

レン「う・・・あれ?此処は・・・」

 

 目を覚ますと俺は額にお絞りを乗せられ、タオルケットを掛けられた状態でソファーの上で寝かされていた。俺は体を起き上がらせると頭にズキリと痛みが走った。

 

 レン「・・・っ!・・・痛ってー…」 

 

 俺は頭を抑えながら辺りを見回した。スッタフルーム?俺、どうしてこんな所に?俺は自分の身に遭った事を思い出そうとしたその時だった、部屋の扉が開きそこから凛々子さんが中に入ってきて、俺の姿を見ると安心しきった顔をしてた。

 

 凛々子「レン君!よかった、目が覚めたんだね」

 

 レン「あの・・・俺どうしたんですか?」

 

 凛々子「もしかして、覚えてないの?」

 

 レン「え、えーと・・・」

 

 凛々子「私もよく分からないんだけど・・・レン君、急に倒れちゃったのよ?」

 

 レン「え?俺が?」

 

 凛々子「本当にびっくりしたんだから、急にゆりちゃんに呼ばれてロビーに行ったら気を失って倒れてて…」

 

 俺は思考を巡らせて今日の自分にあった出来事を思い返した。確か今日は香澄達5人がオーディションを受けに来てそれから――――――――――そうだ!

 

 レン「香澄!香澄達は!?」

 

 凛々子「そ、それは・・・」

 

 レン「どうなったんですか!?」

 

 凛々子「ちょ、ちょっと落ち着いて…」

 

 レン「あ、すいません…」

 

 俺は心配のあまり、凛々子さんに詰め寄って香澄達のことを問い質していた。凛々子さんは俺を落ち着かせるとあの後のことを教えてくれた。

 

 凛々子「Poppin'Partyの娘達ならあの後すぐに帰ったわ…あ、レン君のことは5人がロビーに来る前にこっちに運んで隠したから安心して」

 

 レン「そうですか・・・ありがとうございます」

 

 さっきあんな事があったんだ。あの5人にはこれ以上余計な心配を掛けさせたくなかったからよかった…

 

 レン「じゃあ、俺そろそろ仕事に戻りますね」

 

 凛々子「あ、ちょっと待っ」

 

 凛々子さんが俺のことを呼び止めようとしたが、俺はかなりの時間気を失っていたんだ。すぐに戻って閉店作業だけでもしないと。そう思って俺は仕事に戻るために扉を開けた。するとそこには・・・

 

 オーナー「・・・・・」――― ジー ―――

 

 レン「・・・・・」

 

 うん・・・

 

 レン「ギャー!妖怪鬼ば ――― ドガッ! ――― グハッ!」

 

 オーナー「もう1回気絶してみるかい?」

 

 俺は師匠に思いっきり杖でぶん殴られた。マジでもう一度気絶しそうになった。

 

 レン「遠慮しておきます・・・それでどうかしたんですか?」

 

 オーナー「別に、お前の阿保みたいな寝顔を観に来ただけだ」

 

 レン「さいですか・・・」

 

 オーナー「それよりも起きたならとっとと帰りな」

 

 レン「え?でもまだ閉店作業が…」

 

 オーナー「それならとっくに終わってる」

 

 レン「え?」

 

 オーナー「真次から聞いてないのかい?全部石美登が終わらせた」

 

 レン「利久が?」

 

 オーナー「外でお前の事を待ってる。早く行ってやりな、お前のことを凄く心配してた」

 

 レン「・・・はい、お疲れさまでした」

 

 俺は服を着替えて外に出ると、暗がりの中に立つ利久の姿があった。

 

 レン「利久!」

 

 利久「あ、レン!目が覚めたんですね、よかったー」

 

 レン「ごめんな、心配かけさせて」

 

 利久「気にしないでください、僕達は仲間じゃないですか」

 

 レン「・・・ああ、そうだな…」

 

 利久「さ、早く帰りましょう。お腹も空きましたし」

 

 レン「ああ・・・」

 

 利久の言葉に俺は頷くと帰路についた。

 

 利久「ところでレン、その顔の痣はどうしたんですか?」  

 

 レン「・・・聞かないでくれ」

 

 

 

 

 

     ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 翌朝、俺等は何時ものように学校に登校していた。けど・・・

 

 来人「香澄ちゃん、どうしたんだ?」

 

 明日香「休むなんて珍しいね?」

 

 レン「そうだな…」

 

 香澄は学校に来ていなかった。何時も隣から聞こえる明るい声が今日は聞こえない。そのことに俺は寂しさと罪悪感で真面に隣の空席を見ることが出来なかった。俺があの時、余計なことを言ったから、無理はするなって、あの時止めていなかったから…

 

 ―――キーンコーンカーンコーン――― 

 

 来人「お、チャイムが鳴った」

 

 明日香「早く席に着かないと」

 

 俺らは席に着くと先生が教室に入ってきた。ホームルームで香澄がいない訳を先生は聞かれたが如何やら病院に行ってから来るらしい。そして3時間目が始まる少し前に香澄は登校してきた。

 

 レン「香澄!」

 

 香澄「・・・」

 

 香澄は教室に入ってくるとこっちに向けて笑顔で手を振り返してきた。するとそれに気づいた教室内の人は香澄のもとに駆け寄っていった。

 

 「香澄おはよう」

 

 「声大丈夫?」 

 

 「ホント心配したんだから~」

 

 それに対して香澄は先程と変わらぬ笑顔とギリギリ聞こえるくらいの小声で受け答えしていた。その後香澄は普通に授業を受けていたが普段とは違うその物静かな姿に、梅雨の雨模様も合わさって教室内が暗く感じられた。翌日も香澄は声が出せず、外は晴れているのに香澄の表情は暗いままだった。もしかしたら次のオーディションまでに声が戻らないかもしれない。その不安で心がいっぱいだったんだろう。けどその心配は要らなかったみたいだ。なにせ・・・

 

 香澄「ご心配をおかけしました!」

 

 翌日には香澄の声が無事戻っていた。そして教室には無邪気な笑顔を振りき、元気で明るい何時もの香澄の姿があった。 

 

 有咲「ほんとだよ」

 

 りみ「よかった~」

 

 沙綾「今日から練習再開?」

 

 たえ「オーディションに間に合うね」

 

 「え!?ポピパ何か出るの!?」 

 

 たえ「SPACEのオーディション!」

 

 「SPACE?」

 

 「オーディション?」 

 

 「テレビ!?」

 

 沙綾「いやいや」

 

 りみ「ライブハウスのライブに出られるかどうかっていう」

 

 「え、すごーい!」

 

 「香澄、ライブいつ?」

 

 「え?あ、まだ分かんない」

 

 「そっかー」

 

 「頑張ってね!」

 

 香澄の声も戻ったことだしこれにて一件落着・・・とはならないみたいだ。なぜならさっき一瞬だったがオーディションという単語が出た瞬間に香澄の表情が曇った。その瞬間を如何やら沙綾達4人も見逃さなかったみたいだ。そして放課後、5人は練習をする為に有咲の家の蔵に向かっていった。 

 

 レン「はぁ~・・・ついてない」

 

 俺は独りギターを背負いながら帰路についていた。本当なら今日も5人で練習する予定だったが、来人と明日香が急な仕事でシフトに入れなくなったイヴちゃんの代わりにシフトに入ることになり無しとなってしまった。俺は溜息をつきながら歩き、公園の前を通りかかったその時だった。

 

 レン「あれ?香澄?」

 

 公園の真ん中でギターケースを抱えながら蹲る香澄の姿があった。アイツ有咲の家の蔵で練習してるんじゃなかったのか? 

   

 レン「香澄」

 

 香澄「あ・・・レン君…」

 

 レン「こんな所で何やってるんだ?練習はどうした?」

 

 香澄「私・・・私、歌えなかった…」

 

 俺は声を掛けると香澄は涙を流していた。歌えなかった、その言葉を聞いて俺はある程度察した。

 

 レン「そうか・・・とりあえずここで蹲ってるのもなんだし、そこに座らないか?俺でよければ話位は聞いてやるから」

 

 香澄「うん…」

 

 俺は香澄をベンチに座らせると近くの自販機でジュースを2つ買い片方を香澄に渡した。

 

 レン「ほれ、オレンジでよかったか?」

 

 香澄「ありがとう…」

 

 レン「それで、何があったんだ?」

 

 香澄「私、練習で歌えなかったの・・・家では大丈夫だったんだよ、ちゃんと声出て。でもね、ギター持ってマイクの前に立つと急に声が出せないの…」 

 

 レン「香澄…」

 

 香澄「もうダメなのかな?1番出来てないし・・・歌えないし・・・いっぱい練習しなくちゃいけないのに・・・次が最後なんだよ、無くなっちゃうんだよ、受かんなかったらたてなくなっちゃうんだよ、有咲も、りみりんも、おたえも、さーやもSPACEでライブしたいって言ってくれたのに・・・」 

 

 1番出来てない・・・か…香澄は師匠に言われたことをそこまで気にしてたのか。SPACEが無くなってしまう焦りと自分が他の4人の足を引っ張ている、きっと香澄はそんな不安に押しつぶされてしまったんだ…      

 

 レン「・・・師匠に言われたこと、そんなに気にしてたのか…」 

 

 香澄「え、レン君どうしてそのこと・・・」

 

 レン「あ…ごめん、実はあの時俺もあそこに居たんだ…でも香澄、あの時師匠が言ったのは技術のことじゃないと思うぞ?」

 

 香澄「え、それじゃあなんで…」

 

 レン「お前は5人の中じゃあ1番楽器初心者だ。技術面に関して1番出来てないのは仕方のないことだ」

 

 そもそも香澄はギター初めてすぐにバンドを組んだんだ。いくら何でも日が浅すぎる。他の4人に至ってはりみちゃんはゆりさんがギターに転向した時にベースを初めて、家では2人で何度もセッションしているし、おたえは小さい頃からギターをやっていて、沙綾は少しの間ではあるけど中学の時にドラムをやっていて、有咲は小さい頃にピアノをやっていた。これに対して香澄はギターを初めてまだ2ヶ月程しかたっていない。

 

 レン「でも、クライブと文化祭の時みたいにライブが出来るほどの実力は身についてる。寧ろ普通の人よりも上達するのが早い。けどあの時師匠はこうも言っていた。『何にも見えてない』ってな。香澄、お前はオーディションの時、他の4人のことは気にかけてたか?」 

 

 香澄「そ、それは・・・」

 

 俺が聞くと香澄は俯いて黙り込んでしまった。この反応から見るに図星か…

 

 レン「いいか香澄、バンドの演奏ってのはメンバー1人1人の音と思いがが合わさって1つの最高の音楽になるものなんだ。俺は今までいろんなバンドを見てきたけど、その音に乗せる思いはそれぞれ違っていた。仲間と一緒にいるいつも通りの時間を大事にしたい。ファンの人達にステージの上で輝く姿を見てもらいたい。頂点に立ち、世間に自分達の音楽を認めさせたい。自分達の音楽で世界中の人を笑顔にしたい。それぞれ思いは違った・・・けど、どのバンドも自分達の思い1つにして、しっかりと音に乗せて演奏していた」

 

 香澄「自分達の思い…」

 

 レン「けどあの時のお前はただ1人で突っ走って自分の音だけを出して、他の4人のことなんか考えていなかった。ステージの上に立っているのに、あんな気持ちも音もバラバラな演奏していたら観客を満足させることはできない。それは師匠が1番許さないことだ。オーディションの時、お前は自分のすべき事を出来て・・・いや、何もわかっていなかった」

 

 きっと師匠は、あの時香澄に対してこう言いたかったんだろう。

 

 香澄「レン君・・・私、どうしたらいいの?」

 

 不安に押しつぶされて如何していいか分からなくなった香澄は俺に助けを求めるかのように、涙目で問いかけてきた。でも・・・

 

 レン「ごめん香澄、それには答えられない」

 

 香澄「え・・・」

 

 レン「前に俺言ったよな、正解なんてものは自分で見つけ出せって。これはお前達5人の問題だ。それに俺が答えを出す事なんてできない・・・でも、ヒントくらいはやれる」

 

 そう言うと俺はギターを取り出し、きっと香澄が求める答えに近づけるであろう曲の弾き語りを始めた。

 

 レン「夢を追いかけて すべてが変~わ~る~」   

 

 アンプにつながっていない状態でギターを弾き鳴らし、弦をはじく音を響かせ、そして歌った。

 

 レン「夢を追いかけて すべてが変わる 強くなる意味を 心は知っ~てる 愛はどこにあ~る 

 

 気~づ~い~た~時に 君だけ~にできる なに~かが探し出せ~るさ~」

 

 香澄「私だけに出来る・・・何か…」

 

 レン「香澄、お前ももう気づいているんじゃないのか?師匠の言うやり切ったってことの意味が、お前がどんな気持ちで演奏すべきなのか、自分は何をすべきなのか・・・香澄、お前は何でバンドを始めたんだ?SPACEでライブする為か?」 

 

 香澄は俺の問いかけに最初少し黙っていた。しかしその後表情が変わり首を横に振った。

 

 香澄「ううん、違う・・・小さいときに感じた鼓動を・・・星の鼓動をまた感じたかったから・・・キラキラドキドキしたいから!でもそれは私1人だけじゃない・・・有咲にりみりん、それにおたえとさーやと、皆と一緒にキラキラドキドキしたい!だって・・・だって私は・・・このバンドが・・・ポピパのことが・・・大好きだから!」

 

 如何やら答えは出たみたいだな。さてと、それじゃあ・・・

 

 レン「だそうだ、そんな所で見てないでそろそろ出てきたらどうだ?」

 

 俺は公園の植木に向かって言い放った。するとその陰から有咲、りみちゃん、おたえ、沙綾の4人が姿を現した。きっと香澄を追いかけてきたんだろう。

 

 沙綾「あちゃー、バレてたか」

 

 有咲「何時から気付いてたんだよ・・・」

 

 りみ「えっと・・・ごめんね、盗み聞きしちゃって…」

 

 たえ「でもレンも香澄とオーナーの会話盗み聞きしてたんだから同罪だよ」  

 

 レン「そうかよ・・・」

 

 香澄「みんな・・・」

 

 有咲「言っとくけど、香澄が1番出来ないのなんて最初から分かってるから。それに周りが見えてないって事だって、香澄は1度やるって決めたらこっちの言い分聞かずに突っ走って周りを巻き込んで、たくさん迷惑かけられてきた。けど・・・悪くはなかった…香澄が巻き込んでくれたから、学校も楽しいかなって、また頑張ってみようかなって思えたし…」

 

 香澄「有咲・・・」

 

 たえ「私も、ステージに立つの私にはまだ早いかなって思ってた。だからわかんないけど頑張るって言い切っちゃう香澄が眩しかった。それに一緒に演奏した時、凄くドキドキした…一緒に頑張ってみようって思えた」

 

 りみ「私もライブに出るの自分には無理って・・・お姉ちゃん達にレン君達みたいに出来ないってあきらめてた…けど、香澄ちゃんが何も持たないでステージに出て行っちゃった時、眩しくて、そんな香澄ちゃん見てたら勇気が貰えた。だから踏み出せたんだよ?私も香澄ちゃんみたいにキラキラドキドキしたいなーって」   

 

 香澄「おたえ…りみりん…」

 

 沙綾「何かを追いかけてる香澄の姿、凄く輝いてた。私も今までずっと立ち止まって逃げてたけど、香澄が一緒にバンドやろうって手を差し伸べてくれたからナツ達とも向き合えて、またドラム始めることが出来たんだよ。まあ、どこかのお節介焼きで不愛想なヒーローさんも背中を押してくれたってのもあるけどね」

 

 香澄「さーや…」

 

 沙綾「香澄が引っ張り上げてくれたんだよ。私たち4人のこと。一緒にバンドやろうって」

 

 香澄「うぅ・・・だって・・・一緒にバンドやりたかったから…」

 

 4人の言葉を聞いた香澄は再び目から涙が溢れ出ていた。それはさっきまでの不安や辛さを洗い流しているようだった。そうだ、この4人は今までそれぞれ不安や悩みを抱えていた。けど、香澄が手を差し伸べたから、心の中にあった暗闇を照らしてくれたから1歩前に踏み出すことが出来たんだ。まるで夜を照らし、人を導く星のように…そして今の香澄にとってはこの4人がそうなんだ。

 

 有咲「それで、香澄はどうしたいの?」

 

 有咲は香澄に一言聞いた。けど、答えはみんな分かっている。

 

 香澄「みんなと・・・SPACEでライブしたい!」

 

 有咲「変わんねーな」

 

 たえ「ポピパは5人でポピパ」

 

 りみ「うん!みんなで頑張ろう」

 

 沙綾「フォローするし」

 

 香澄「みんな…」

 

 気が付くと香澄の顔にはいつもの明るい表情が戻っていた。やっぱり香澄には笑顔が似合うな。うん、今の5人なら大丈夫だ。SPACEのオーディションも絶対に受かる。確証はないけどそれだけは絶対に言い切れる。

 

 レン「さてと、邪魔者は退散するかな…」

 

 俺はその場を後にしようとした。しかしその時だった・・・

 

 香澄「レン君待って!」

 

 俺は香澄に呼び止められた。なんだよ、折角かっこよく去ろうと思ってたのに…

 

 レン「うん?なんだ?」

 

 香澄「さっきは相談に乗ってくれてありがとう。レン君もSPACEのライブ一緒に頑張ろう!」  

 

 香澄は俺に笑顔でそう言ってきた。けど・・・

 

 レン「・・・・・」

 

 俺は何も言わずにその場を立ち去った。いや、言うことが出来なかった。だって俺は・・・ライブに出ていいのか分からなかったから…

 

 レン「はぁ~・・・俺最低だな…」

 

 自分自身の答えすらまだ見つけられていないのに香澄に対してあんな偉そうなこと言って、その上逃げた…

 

 レン「俺は・・・どうすればいいんだ…」

 

 俺は悩み、考えながら道を歩いた。けどその度さっきの香澄の顔がちらついて頭から離れなかった。別に見惚れてしまったとかそんなんじゃない。ただ・・・似ていたからだ。あの太陽のような眩しい笑顔が・・・俺のあこがれだった存在に…俺は家に帰っても、そのことがずっと頭から離れることはなかった…   



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光は見失われた

 

 『みんな~!ありがと~!」

 

 ステージの上で俺の隣に立つその人は観客へと呼びかけた。会場内はステージのスポットライトと観客の振るペンライトの光に照らされたその人の顔からはそれ以上に明るい笑顔が輝いていた。けど・・・その人がステージの上そので笑顔を見せるのはそれが最後となってしまった…もう俺は、その笑顔を、その演奏を観ることはできない。その事実が突き付けられた時、俺は・・・光を見失った―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 レン「う、う~ん・・・うん?」

 

 俺は目を覚ますとベッドに胡坐をかき、ギタ-を手に持った状態で壁に寄りかかっていた。どうやら練習したまま寝てしまったようだ。おかげで体はバキバキになってしまい、それに加えてさっき見た夢・・・おかげで俺の寝起きは最悪だった…

 

 レン「はぁ~・・・最悪だ…」

 

 俺は重たい体を動かし、何時ものように学校に登校した。俺は教室に入ると何時ものように俺の隣の席に座るアイツが・・・戸山香澄が笑顔で挨拶をしてきた。

 

 香澄「レン君、あっ君、ライ君おはよう!」

 

 明日香「うん、おはよう」

 

 来人「おっはよー!」

 

 この笑顔を見ると自然と元気が貰た気がする。けど、それと同時に俺は少しつらい気持ちになった…

 

 レン「・・・・・」

 

 香澄「レン君?」

 

 レン「あ、ああ・・・おはよう」

 

 いけない、いけない。きっとまた俺は七菜さんに注意されてしまった時の様な暗い顔になってしまっていただろう。俺はせっかく笑顔が戻った香澄に余計な心配を掛けさせたくなくていつも通りを装った。しかし俺は今朝見た夢のことが頭から離れず、授業中も時々ボーっとしてしまった。   

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 昼休み、香澄達5人は中庭に集まり、楽しく会話をしながら昼食を食べていた。 

 

 たえ「有咲、このプチトマトと唐揚交換して」

 

 有咲「お前は等価交換って言葉を知ってるのか?」

 

 りみ「おたえちゃん、私のをあげるよ」

 

 有咲「りみいいのかよ?」

 

 たえ「ありがとうりみ。じゃあ有咲とはレタスと玉子焼きを・・・」

 

 有咲「だからなんでだよ!?はぁ~、たくしゃーねーな・・・ほら」

 

 沙綾「あっははは、結局あげちゃうんだね?」

 

 有咲はおたえからの鮫トレの申し出を受け、それに対し突っ込みを入れるも結局弁当のおかずをあげて、その2人のやり取りを見て沙綾が笑う。そんな賑やかな光景が中庭にはあった。ただ何時もなら此処で香澄も有咲のお婆ちゃん特製の玉子焼きをちゃっかり貰っているのだが・・・

 

 香澄「・・・・・」 

 

 香澄はどこか上の空だった。そんな香澄の状態を見た他の4人はその姿を不審に思い声を掛けた。

 

 沙綾「香澄?」

 

 香澄「え?どうかしたの?」

 

 有咲「どうかしたって・・・お前こそどうしたんだよ?」

 

 たえ「香澄ぼっーとしてた」

 

 香澄「ごめん、ちょっと考え事してた・・・」

 

 有咲「はぁ!?香澄が考え事!?熱でもあんのか!?」

 

 香澄「私だって考え事ぐらいするよー!」

 

 有咲は香澄が考え事していたといったことにとても驚き、その反応を見た香澄は大声で反論した。

 

 沙綾「それで、何を考えてたの?」

 

 りみ「もしかして、また何かあったの?」

 

 沙綾とりみも少し前のこともあり香澄のことを心配するが、香澄は「う、うーん…」と少し唸った後答えた。

 

 香澄「私じゃなくてレン君が・・・」

 

 有咲「レン?アイツがどうかしたのかよ?」

 

 香澄「なんか元気がなかったんだよね…」

 

 香澄の発言にりみと沙綾とおたえは心当たりがあった。なにせレンは今日の授業で何度も意識が抜け落ち、その都度先生に注意をされていた。授業を今まで真面目に受けてきたレンにして見ればそれはとても珍しい事だった。

 

 りみ「確かに・・・」

 

 たえ「寝不足だったのかな?」

 

 沙綾「おたえ、それは・・・レンならあり得る…」

 

 有咲「ならそうなんじゃね?」  

 

 香澄「うーん違うと思う・・・だってレン君、先週もあんな顔してた…」

 

 有咲「先週?それって確か・・・」

 

 りみ「オーナーにオーディション受けさせてもらえなかった時だよね?」

 

 たえ「そういえば・・・」

 

 沙綾「おたえ何か心当たりあるの?」

 

 たえ「ううん、違うけど・・・凛々子さんに聞いたんだけど、Brave Binae、オーディションまだ1回も受けてないんだって」

 

 香澄「え!?おたえそれホント!?」

 

 有咲「マジかよ・・・アイツらの事だからもうとっくに受かってるもんだと思ってた…」

 

 りみ「・・・・・」

 

 沙綾「・・・・・」

 

 おたえの言った通り、レン達Brave BinaeはSPACEの最後のライブのオーディションを受けていなかった。オーナーの弟子であるあの5人ならば最後のライブに出ようとするはずだ。だからこそオーディションを受けていないという事実は意外で驚きを隠せなかった。2人を除いては・・・

 

 香澄「なんでレン君達受けてないんだろ?」

 

 有咲「色々あるんじゃないのか?ライブ用の曲が出来てないとか・・・」

 

 香澄と有咲はレン達がオーディションを受けていないことと、レンの元気がなかった理由を考えていたその時だった・・・

 

 ひなこ「うーん、どうしてなんだろうねー?けど真実はいつもひとーつ!」

 

 有咲「うわー!!」

 

 突然有咲の後ろからグリグリのひなこがひょっこりと顔を覗かせて大声で叫んだ。有咲は突然のことに驚いたのと同時に過度なスキンシップを警戒してひなこから距離を取ると、りみを盾にしてその背に身を隠した。

 

 香澄「ひなちゃん先輩!」

 

 沙綾「どうしてここに?」 

 

 ひなこ「フッフッーン、可愛い女の子の居る所にひなちゃんあり!5人仲良く楽しそうにお昼を囲んでたから、ひなちゃんも飛び入りさせてもらったぜー!それで、今度は何を悩んでたの?ひなちゃんに言ってごらん」

 

 香澄達は5人は突然のひなこの登場に驚いた。しかし香澄はここでハッとした。グリグリの4人はここ毎日SPACEに通っていてそこにはレンも一緒にいた。この人ならばきっとレンの元気がない理由を知っているに違いない。そう思った香澄はひなこに聞いてみることにした。

 

 香澄「あの、レン君達どうしてオーディション受けてないか分かりますか?」

 

 たえ「今日もあまり元気なかったですし、それとも何か関係があるんですか?」

 

 有咲「いや、この人に聞いたってわかるわけ・・・」  

 

 ひなこ「うん、知ってるよ。それにその理由も」

 

 香澄「本当ですか!?」 

 

 有咲「マジかよ!?」

 

 ひなこ「というか、すでに知ってる人が2人此処にいるみたいだけどね~」

 

 そう言うとひなこはりみと沙綾に視線を向けた。

 

 香澄「え?りみりん、さーや何か知ってるの?」

 

 りみ「え、えーと・・・たぶんだけど…」

 

 沙綾「私も詳しくは分からないけど…」

 

 そう言いながら答える2人の姿はいう事も辛そうだった。なにせ2人は知っているのだから。レンに起こった辛い出来事を・・・その様子を見かねたのかひなこはある提案をした。

 

 ひなこ「よーし、もし知りたいっていうなら今日の放課後SPACEに全員集合!」

 

 それだけ言うとひなこはまるで嵐のように去っていった。そして放課後、5人はSPACEへと向かったのだった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 利久「凛々子さん、掃除終わりました」

 

 凛々子「ありがとう利久君」

 

 僕は今日もバイトのシフトに入っていました。しかし何時もと違うのは今日はレンがいなくてシフトに入っているのが僕だけということです。まあこうなっているのには僕に原因があるんですけどね・・・実は少し前に授業中の居眠りが原因で居残りを言い渡されしまい、シフトの方をおたえちゃんに無理言って日程を交換してもらったんです。なので今日はおたえちゃんの代わりに僕がシフトに入っています。僕はホールの掃除が終わったので次の指示を凛々子さんに聞こうとしたその時でした。

 

 ―――ガチャリ―――

 

 ゆり「こんにちわー」

 

 店の入り口が開き、ゆりさん達グリグリの4人が入店しました。さらにその後ろには香澄ちゃん達ポピパの5人もいました。今日オーディションは無いはずなのにいったいどうしたんでしょうか?そう思っているとゆりさんと目が合い、僕がいる事に気づくとゆりさんは少し気まずそうな表情をしました。え、僕何かしましたか?

 

 ゆり「利久君、今日はシフト入ってたんだ」

 

 利久「はい、前に居残りになったときに僕だけおたえちゃんと入り時間を交換してもらったんです」  

 

 ゆり「ということは今日は利久君だけ?」 

 

 利久「はい、そうですけど?」

 

 ゆり「そう、ならよかったわ・・・凛々子さん、利久君のこと少し借りてもいいですか?」 

 

 凛々子「え?ええ、掃除も大体終わってるかいいわよ」

 

 え?僕に用事?けど香澄ちゃん達もいて、それに全員真面目な表情になっています。これはちょっとただ事じゃないかもしれません。僕達はロビーにある椅子に座りました。

 

 利久「それで、急にどうしたんですか?」

 

 香澄「レン君のことでちょっと・・・レン君最近元気がなくて、それにオーディションも受けてないって聞いてその理由がちょっと知りたくて…」

 

 利久「…!」

 

 レンのこと、その言葉を聞いた瞬間にゆりさんが僕を呼んだ理由がわかりました。きっと香澄ちゃんたちに教えるつもりなんでしょう、あの時のことを・・・

 

 利久「わかりました。話せることは話します」   

  

 ゆり「ありがとう・・・いい、今から話すのはレン君がバンド始める切っ掛けになったある人の話よ。まず香澄ちゃん達はレン君の異名を知ってる?」

 

 香澄「異名?そういえば前におたえが言ってたよね?」

 

 有咲「確か神の異名だったけか?日本の神様にちなんで付けられたっていう・・・」

 

 たえ「うん、碧斗が蒼海の阿修羅、利久が森緑の稲荷大明神、明日香が桃源郷の弁財天、ライ君が黄金の月読、そしてレンが・・・紅蓮の須佐之男」

 

 ゆり「そうよ・・・」

 

 香澄「あの・・・」

 

 ゆり「どうかしたの香澄ちゃん?」

 

 香澄「すさのお?って誰ですか?」

 

 ―――ズコッ!―――

 

 七菜「と、戸山さん・・・」

 

 りみ「香澄ちゃん・・・」

 

 沙綾「香澄・・・」

 

 有咲「お前それ今聞くことかよ!」

 

 香澄「だって神様の名前言われたってわかんないよー!」

 

 リィ「あはは・・・まあ、しょうがないか…」

 

 たえ「須佐之男様は因幡の白兎を助けた大国主様のご先祖様だよ」

 

 香澄「ふーん、そうなんだ!」

 

 有咲「本当に分かったのか?」

 

 香澄「ううん、全然わかんない!」

 

 有咲「はぁー・・・須佐之男ってのはヤマタノオロチを退治した神様だよ!」

 

 香澄「あ、それは知ってる!首が沢山ある蛇だよね?」

 

 有咲「流石にそれは知ってたか…」

 

 ゆり「うっうん・・・話を戻していいかしら?」

 

 香澄「あ、ごめんなさい」

 

 ゆり「紅蓮の須佐之男、そう呼ばれるようになった理由は3つあるわ。1つ目はレン君の使うギターと髪が赤いから。2つ目は彼の持つギターに炎柄が描かれていてギターを弾く姿も荒々しくてまるで紅蓮の炎のようだから。そして3つ目が・・・彼が太陽の弟だから…」

 

 そう言うとゆりさんはスマホの画面に1つの写真を映し出した。そこには赤髪の男の人、色とりどりのメッシュが入った人、ピンク色の髪の女の人、灰色の髪の男の人、藍鼠色の髪の女の人が写っていました。

 

 香澄「この人達って・・・」

 

 有咲「楽屋に置かれてるノートにもこの人達の写真が貼ってあったよな?」

 

 利久「ああ、やっぱり見てましたか」

 

 前に手伝ってもらった時に香澄ちゃんと有咲ちゃんは楽屋の掃除をしてましたからもしかしてと思ってはいましたが案の定でした。ゆりさんの出した写真を初めて見た2人はこの5人のことを知らないようでした。ですがおたえちゃんは知っていたようでその名前を口にしました。

 

 たえ「Skyine(スカイン)!」

 

 香澄「え?」

 

 沙綾「やっぱりおたえは知ってたんだ?」

 

 たえ「知らないわけないよ、SPACEでのライブには毎回出てたし、それになんたって最強のバンドだもん」

 

 香澄「最強のバンド!?」

 

 ゆり「ええ・・・確かにそう呼ばれていたわ」

 

 有咲「でもこのバンドとアイツがどう関係するんですか?」

 

 ゆり「そうね、まずこの写真の中で私が注目してほしいのはこの人よ。この人の名前は赤城 晴緋(はるひ)。Skyineのリーダーで太陽と呼ばれた人、そして・・・レン君のお兄さんよ」

 

 香澄「レン君のお兄さん!?」

 

 有咲「アイツお兄さんいたのかよ!?じゃあ、その隣にいるピンクの髪の女の人ってまさか・・・」

 

 ゆり「有咲ちゃんの察した通りよ。その人は桃瀬 華美(はなび)、明日香君のお姉さんよ」

 

 有咲「桃瀬 華美って・・・あの女優の桃瀬 華美!?てことは明日香てやっぱりあの桃瀬家だったんだ…」

 

 香澄「え?有咲知ってるの?」

 

 有咲「おまっ!?知らねーのかよ!?桃瀬家といえば超有名な芸能人一族で桃瀬 華美っていったらそこの長女で去年まで何度もテレビに出てた人気学生女優だよ!」

 

 香澄「うーん・・・わかんない!でもすごいよ!あっ君のお姉さんもバンドやってたんだ!じゃあほかの人達ももしかして・・・」

 

 香澄ちゃんは僕の方にキラキラとした目で視線を送ってきました。何となくですけど聞きたいこと凄くがわかります。ですけど・・・

 

 利久「残念ですけど他の人達は僕たちの兄弟じゃないですよ」 

 

 香澄「そっかー、残念・・・」

 

 有咲「なんで残念がってるんだよ…」 

 

 香澄「だって最強のバンドだよ!それに芸能人の人もいて此処で毎回ライブしてた人なら会ってみたいじゃん!」

 

 会ってみたいですか・・・けどそれは残念でながら無理でしょう。なにせこのバンドは・・・

 

 りみ「香澄ちゃん、それは・・・」

 

 沙綾「香澄、残念だけど・・・」

 

 オーナー「それは無理だ」

 

 『!?』

 

 りみちゃんと沙綾ちゃんが言いよどんでいると不意に第11の声が聞こえ、声のした方を見ると師匠が目の前に立っていました。

 

 ゆり「オーナー」

 

 香澄「無理ってどういうことですか?」

 

 オーナー「そのバンドは解散したんだよ」

 

 香澄「え・・・」

 

 解散した。その言葉を聞いた瞬間、香澄ちゃんと有咲ちゃんの表情は固まり、他の7人は顔を俯かせてしまいました。しかし師匠はそんなこと気にも留めずにこのバンドのことを語りました。 

 

 オーナー「別に学生バンドが解散するなんて珍しいことでも何でもない。けど、あのバカは・・・レンのやつはその時に自分もギターをやめようとした…」 

 

 香澄「レン君がギターを!?」

 

 有咲「アイツが!?」

 

 たえ「うそ、あのレンが・・・」

 

 3人が驚くのは無理もないです。師匠の言った通り学生バンドが解散するのは然程珍しいことではありません。でも、それだけじゃないんです・・・レンがギターをやめようとしたのは…

 

 香澄「どうしてやめようとしたんですか!?」

 

 オーナー「そんな事アタシが知るわけないだろ。それはそいつらに聞きな。それと石美登、話が終わったら今日はもう帰っていい」

 

 利久「あ、はい!」

 

 それだけ言うと師匠は立ち去っていきました。それじゃあ・・・僕は話しましょう、レンがなぜギターをやめようとしたのか・・・

 

 利久「レンは自分のせいだと思っているんです。Skyineが解散したのは、晴緋さんがギターをやめざる終えなかったのは・・・」

 

 香澄「自分のせい・・・?」

 

 たえ「どういうこと?」 

 

 利久「Skyineが解散することになった切っ掛けは、あるイベントでの出来事でした。Skyineは僕達なんて足元にも及ばないほどとても高い演奏技術を持っていて、いろんなイベントでも優勝していて音楽の祭典と言われているFWF(フューチャーワールドフェス)の前年度の優勝バンドでもありました。その甲斐もあって事務所のスカウトも受けていて高校卒業後はプロの仲間入り・・・になるはずでした…」

 

 香澄「はずだった?」

 

 利久「はい・・・FWF優勝後にイベントの出演オファーがあって、それに僕達と一緒に出ることになっていて、そのイベントでもSkyineの演奏で会場は一気に盛り上がりを見せていました。ですがその最中、悲劇は起きました。演奏中・・・晴緋さんが倒れたんです…」 

 

 香澄「え・・・」

 

 有咲「な、なんでそうなったんだ?」  

 

 利久「生まれつき心臓が弱かったらしくて、もともと激しい運動なんかは出来なかったそうです。その時もライブで相当無理をしていたみたいで・・・その後ライブは中止、プロデビューの話も無くなりSkyineは解散することになったんです。レンはあの時晴緋さんを止めていれば・・・そうすればSkyineは解散することはなかった。晴緋さん達から音楽を奪ったのは自分だ。そんな自分にギターをやる資格はない。晴緋さん達がステージに立てなくなったのに自分だけステージに立つ訳にはいかない。そう思っているんですよ…」 

 

 香澄「そっか・・・だからオーディションを受けてなかったんだ…」

 

 有咲「別にアイツが責任を感じるようなことじゃねえじゃん…」

 

 有咲ちゃんの言う通り、レンが自分自身を責めるのはお門違いです。でも、それだけレンにとって晴緋さんという存在は大きかったんです…

 

 たえ「でも、結局はギターをやめなっかったんだよね?どうして?」

 

 利久「それは・・・約束があったからだと思います…」

 

 香澄「約束?」

 

 利久「レンは晴緋さんと約束したんです。晴緋さん達、Skyineの叶えられなかった夢を引き継いで、絶対に叶えるって…」

 

 香澄「その夢って?」

 

 利久「それは僕にもわかりません。聞いても教えてくれませんでしたし僕達も極力このことに関しては触れないようにしているので・・・けど、レンはそれ以来変わってしまいました・・・いつも演奏中は笑っていたレンが、今は心から笑顔を見せなくなりました…僕から話せることは以上です。もしもっと聞きたい事があるのなら、それは本人に聞いてください・・・」

 

 香澄「うん・・・リッ君ありがとう、ゆりさん達もありがとうございました」

 

 有咲「その・・・すいません、いろいろ話してもらって」

 

 たえ「じゃあね利久」 

 

 沙綾「また明日学校で」

 

 りみ「またね利久君、お姉ちゃん私先に帰ってるね」

 

 ゆり「うん、気をつけて帰ってね」

 

 話を聞き終えた香澄ちゃん達はSPACEを後にしました。そして香澄ちゃん達がいなくなった後、ゆりさん達は僕に問いかけてきました。

 

 ゆり「よかったの?全部話さなくて」

 

 利久「僕は話せることは全部話しましたよ?」

 

 七菜「全部じゃないでしょ、Skyineが解散した本当の理由」

 

 利久「別に嘘を言ってはいませんよ、それにそれはレンの口から話すべきだと思います」

 

 リィ「流石稲荷大明神・・・狐っぽいね…」

 

 ひなこ「でもでもー、利久君の言ってることにも一理あるぜー」

 

 ゆり「確かに、でもそれ以外にも話してない事があるでしょ?」

 

 利久「え?何のことですか?」

 

 七菜「レン君がギターをやめなかった理由よ。あれだけじゃないでしょ?」

 

 利久「え?そうなんですか?」

 

 リィ「あ、これは自覚がないパターンだ」

 

 利久「え?どういうことですか?教えてください!」

 

 ゆり「それこそレン君本人から聞いたら?」

 

 利久「え?何でですか?」

 

 僕はゆりさん達の言っていることの意味がさっぱり分かりませんでした。考えているとその様子を見ているゆりさん達の表情が心なしかニヤついている気がする。レンがギターをやめなかったのは晴緋さんとの約束があったからなんじゃ・・・僕はゆりさん達の言っていることの意味を必死に考えましたがその答えは一向に出ませんでした。



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約束は繋がり

 

 とても懐かしい光景だった、これは俺が小学校低学年の時だったか?ある夏の夜、緑の草が生い茂る高原で上空には普段都会では滅多に見ることのできない満天の星空が煌めく幻想的な光景が広がり、俺の隣では兄さんが天体望遠鏡をのぞき込んでいた。

 

 レン「すっごいキレイ!こんなに星がいっぱいあるの初めて見た!」 

 

 当時幼かった俺は初めて見た光景にとても感激していた。そんな俺の姿を見た兄さんは微笑みながらあることを口にした。

 

 晴緋「なあレン、知ってるか?この星の光はずっと遠くから何億、何千万年もかけて届いた物なんだ。それがずっと昔から世界中で色んな人に見られてきた。俺達は遠い時間・場所にいる人と同じものを見ている。人は誰もがこの星空でつながっている・・・」

 

 レン「・・・?どうゆうこと?」

 

 まだ幼かった俺は兄さんの言っていることの意味が理解できず首を傾げていた。そんな俺に対して兄さんは俺の頭の上に手を置き笑いながら諭すように言った。

 

 晴緋「今のお前にはまだ難しすぎたか・・・でも何時か分かる日が来る、その時にわかればいいさ」

 

 レン「・・・?よく分からないけど俺にも望遠鏡見せて!」

 

 晴緋「はいはい、分かったから落ち着け」

 

 俺は望遠鏡をのぞき込み天体観測を楽しんでいた。その時だった・・・

 

 ?『ねえあっちゃん見て見て!』

 

 突然女の子の声が聞こえてきて、声のした方を見るとそこには俺と同い年くらいの2人の女の子がいた。様子を見る限りどうやらあの2人も俺と兄さんと同様に2人だけでここへ星を見に来たようだ。

 

 晴緋「レン、折角だからあの子達も誘ってきたらどうだ?」

 

 レン「うん!」

 

 兄さんに言われた俺は2人の女の子の元に駆け寄り声をかけた。

 

 レン「ねえ君達」

 

 ?「え?」

 

 ?「きゃあ!?」

 

 俺が声をかけると片方の女の子が声をあげてもう1人の女の子の後ろに隠れた。どうやら驚かせてしまったようだ。

 

 レン「驚かせちゃってごめん、君たちも星を見に来たの?」

 

 ?「うん、もしかして君も?」

 

 レン「うん、よかったらこっちで一緒に見ない?天体望遠鏡で見るとすごいんだよ!」

 

 ?「天体望遠鏡!?行く行く!行こうあっちゃん!」

 

 そういうと目の前の女の子は後ろに隠れていた女の子にも呼び掛けた。するとその子は恐る恐る背中から顔をのぞかせて俺の様子をうかがってきた。

 

 レン「一緒に見よう!すごく楽しいよ!」

 

 ?「・・・うん!」

 

 その子がうなずくと俺は2人を連れて兄さんの元まで行った。兄さんは2人のことを快く迎えてくれて俺たちは4人で天体観測を楽しんだ。

 

 晴緋「この空いっぱいに広がる星の集まりが天の川っていうんだ」

 

 ?「へぇ~、あれが天の川なんだ!」

 

 晴緋「そしてあそこにある星がベガ、その向かい側にある星がアルタイル、織姫様と彦星様だよ」

 

 博識で物知りな兄さんは俺と2人の女の子にいろんな星に関する知識を教えてくれた。兄さんの話はとても面白くて俺と2人の女の子は夢中になって色々聞いて、星座版を使って一緒に星座を探したりした。しかし楽しい時間が過ぎてしまうのはあっという間だった。

 

 晴緋「あ、もうこんな時間だ。君達もそろそろ戻らないとお父さんとお母さんが心配するよ?」

 

 ?「え~、私もっとお兄ちゃんからお星さまの話聞きたい~!」

 

 ?「お姉ちゃん、唯でさえ内緒で来ちゃってるんだから遅くなると怒られちゃうよ」

 

 ?「う~・・・あ、じゃあさじゃあさ明日もここで一緒にお星さま観よう!」 

 

 晴緋「うーん、とっても素敵な提案だけど無理かなー、俺達も明日の朝には帰るし」

 

 ?「そんな~、折角仲良くなれたのに~…」      

 

 女の子がこれでお別れになってしまうと知ってとても悲しそうな表情をしていた。しかしその時だった、夜空に一筋の光が走った。

 

 レン「あ!流れ星!」

 

 ?「え?どこどこ!?」

 

 レン「ほら、あそこあそこ!」

 

 俺が上空に向かって指をさすと次から次へと流れ星が降り注いだ。

 

 晴緋「お、来たか!」

 

 レン「え?兄さんは流れ星が降るの知ってたの?」

 

 晴緋「ああ、ラジオで今日はペルセウス座流星群が観れるって言ってた。そうだ、折角だから3人で願い事してみたらどうだ?」

 

 レン「うん!」  

 

 ?「キラキラどきどきできますように!」

 

 レン「誰かを助けられるヒーローになる!」

 

 ?「あっちゃんは?」

 

 ?「私は・・・またお兄ちゃん達と一緒にお星さまを見れますように!」

 

 ?「あ!私もそれお願いする!」

 

 レン「俺も俺も!」

 

『また一緒にお星さまを見れますように!』

 

 俺達は星に再会を願った、そして・・・

 

 ?「また何時か絶対に会おうね!」

 

 レン「うん!約束だよ!」

 

 また会うことを約束し、俺と兄さんは2人の女の子と別れた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 レン「う~ん・・・なんかすごい懐かしい夢を見たな…それにしても・・・」

 

 あの時会った女の子2人、あの時は名前を聞かないで別れちゃったな。でも姉の方はきらきらドキドキとか言ってたし、妹の方はあっちゃんって呼ばれてたけど・・・まさかな…まあ色々と思う所はあるけど、とりあえず今は早く準備しなくちゃ。俺は準備を整えると何時ものように5人で登校した。

 

 香澄「あ・・・レン君おはよう」

 

 レン「あ、ああ・・・おはよう」  

 

 今日も香澄が挨拶をしてきたが一瞬間があった。いったい如何したんだ?その後授業中も香澄は時折俺の方をちらちらと見てきた。まさかとは思うが、やっぱりあの夢に出てきた女の子って・・・いや、まさかそんな奇跡みたいな事がある訳ないか…そして放課後、俺は学校が終わってすぐに家に帰宅していた。もうすぐテストがあるから師匠も学生の本分は勉強と言ってしばらくSPACEも出禁にされて特にやることのない俺は家に帰っていたのだが・・・

 

 レン「・・・」

 

 ―――クルッ―――

 

 レン「・・・」

 

 さっきから誰かの視線を感じる。試しに振り返ってみたがそこには人の姿はなかった。気のせいか?そう思い俺は再び歩を進めた。しかし今度は俺以外の足音が聞こえてきてそれを聞いて俺は確信した、確実に誰かに後をつけられている。俺は立ち止まり再び振り向いた。しかしやはりそこには誰も・・・うん?なんか電柱の後ろに隠れている人の姿が見えた。というか腕とかスカートの裾とか背負っているギターケースがはみ出てるし、そして何よりアスファルトに写るその人物の影、頭部に猫耳の様なものがあった。間違いない、あれは香澄だ。本人はあれで隠れているつもりなんだろうが・・・明らかにに隠れきれていない。

 

 レン「アイツ何やってんだ・・・」

 

 色々とアイツに聞きたいことはあるがちょっと泳がせてみるか…俺は再び歩を進め途中から小走りに切り替えた。すると向こうも同じく小走りを始めて俺は曲がり角を曲がるとすぐに壁に寄りかかり身を潜めた。すると目の前を香澄が小走りで通り過ぎ、俺を見失った香澄は辺りをキョロキョロと見渡して俺を探していた。

 

 香澄「う~・・・見失っちゃった…」

 

 レン「へ~何を見失ったんだ?」

 

 香澄「うんとね、レン君を追いかけてたんだけどここを曲がったら消えちゃったんだよ~・・・へ?」

 

 香澄はゆっくりと振り返ると俺と目が合い、顔から血の気が引いていた。さてと・・・

 

 レン「なんで俺を追いかけてたのか教えてもらおうか?」

 

 香澄「それはその・・・」

 

 俺は香澄に俺をつけてきていた理由を問い質した。しかし香澄は黙り込んでしまい話そうとはしなかった。

 

 レン「そんなに話しにくいことなのか?」

 

 香澄「う・・・ご、ごめんなさい!」

 

 レン「まったく・・・謝るくらいなら最初からやるな!はぁー・・・ついてこい」

 

 香澄「え?」

 

 レン「こんなところで話すのも癪だ。俺の家に来い」

 

 香澄「うん!レン君ありがとう!」

 

 とりあえず俺は香澄を家まで連れていくことにした。けど今の状況、明日香と来人がしったらまたなんか言ってきそうだな… 

 

 レン「着いたぞ」

 

 香澄「へ?ここがレン君の家?」

 

 レン「そうだけど?」

 

 香澄「大きい・・・もしかしてレン君の家って大金持ち?」

 

 レン「あ~まあな、とりあえず中に入るぞ」

 

 香澄「おじゃましまーす・・・うわ、中もすごい豪華!」

 

 俺は香澄を中に入れると結構驚いていた。いや、俺よりもすごい家に住んでいる人を俺は5人知っているから何とも言えない。

 

 香澄「お家の人は?」   

 

 レン「いない」

 

 香澄「え?どういうこと?」

 

 レン「父さんと母さんと兄さんはイギリス、爺ちゃんと婆ちゃんはアメリカの叔父さんの所にいる」

 

 香澄「じゃあレン君1人暮らししてるってこと?」

 

 レン「まあ、そうなるな」

 

 香澄「そう・・・なんだ…」

 

 明らかにおかしい、さっきから、いや今朝から香澄の様子がどうにもおかしい。今朝のあいさつも少しぎこちなかったし、それにさっきも俺の後をつけてくるなんて怪しすぎる。いったい何があったんだ? 

 

 レン「香澄」

 

 香澄「なあに?」

 

 レン「お前は俺に何を聞きに来たんだ?」

 

 香澄「その、おたえからレン君達オーディションまだ受けてないって聞いて・・・それでその理由を色んな人に聞いたら・・・」

 

 俺達がオーディションを受けていない理由?まさか・・・

 

 レン「お前、兄さんのことを聞いたな?」

 

 香澄「ギクッ!そ、それはその~・・・」

 

 レン「誰から聞いた?」

 

 香澄「う・・・ゆりさん達とリッ君、あとオーナーから…」

 

 レン「そうか・・・」

 

 やっぱりそうだったか・・・でも師匠は意外だった。あの人はこういう事あんまり人に話したりするような人じゃないのに…

 

 レン「それでお前は俺に何を聞きたいんだ?」

 

 香澄「レン君、どうしてオーディション受けないの?SPACEの最後のライブなんだよ・・・出たくないの?レン君達ってオーナーのお弟子さんなんでしょ?きっとオーナーも出てほしいって思ってる!」

 

 レン「香澄・・・」

 

 香澄「それにレン君は何も悪いことしてないのに・・・自分を攻めるのは間違ってる!」 

 

 何も悪いことはしてない・・・・か…違うんだ香澄、俺はもうしている、それも最悪なことを・・・

 

 レン「・・・そんなことはない…俺はひどいことをした。俺はギター始めて、バンドを結成した。そのせいで兄さんはバンドを解散させなきゃいけなくなったんだ!」 

 

 香澄「どういう・・・こと?」  

 

 レン「俺がまだ小さかった時、兄さんは生まれつき体が弱くて何もできなかった。スポーツをすることも、友達と外で遊ぶことさえもな…」

 

 今でもあの時の兄さんの姿は覚えてる。何度も入退院を繰り返して、外で遊ぶ他の子達を羨ましそうに、そして悲しげに見つめる兄さんの表情を…

 

 レン「けどそんな中兄さんが出会ったのがバンドだった。兄さんはギターを始めて中学2年の時にバンドを結成した。その時の兄さんは輝いてた。今までやりたい事ができなかった分すごく楽しんでて、そんな兄さんを見てたら俺も一緒の事がやりたくなって、俺もギターを始めて碧斗達とバンドを結成した」

 

 香澄「そっか、それでレン君はギターを始めたんだ…」

 

 レン「ああ、けど4ヶ月前にあのイベントステージでの悲劇が起きた」

 

 香澄「うん、それも聞いた・・・それでお兄さんのバンドは解散しちゃったんだよね…」

 

 レン「いや、違う。それだけじゃないんだ」

 

 香澄「え?」

 

 レン「その年で俺は中学を、兄さんは高校の卒業をまじかに控えていた時だった。父さんが俺をイギリスで留学させようとしたんだ」

 

 香澄「え?!留学!?どうして!?」   

 

 レン「うちの父さん大きい会社やっててさ、本当は父さんも俺達にも好きなことをやってほしかったんだろうけど、周りの人達の声もあって俺か兄さんのどちらかに将来継がせようとしていたんだ。でも兄さんはバンドのプロデビューの話があって将来が決まっていた、だから父さんは俺に継がせようとしたんだ。でもその話を知った兄さんはイベントでの出来事を理由にプロデビューの話無くしてバンドを解散させて、療養も兼ねて俺の代わりに留学することにしたんだ…」

 

 兄さんは絶対バンドをやめたくはなかったはずだ。それは華美さん達他の4人もそうだったに違いない。けど兄さんは・・・兄さん達は俺1人の為だけに自分達の夢を諦めた。あの人達の夢を奪ったのは他でもない、俺なんだ…  

 レン「あの時俺が兄さんの事しっかり気にかけていればライブで倒れることも、それを理由にバンドを解散させることもなかった。兄さんはやっと見つけたのに・・・自分にも出来る事を、今まで何にも挑戦することが出来なかった自分にも楽しめることを、それを俺は奪った」

 

 香澄「違う!そんなこと「違わないさ!」ッ!」

 

 レン「俺は5人の夢を奪った、それは変えようのない事実だ。俺が1つのバンドを潰したんだ!大切な人の夢を奪ったんだ!こんな俺に本来ならギターを握る資格なんてないんだ!夢を見ちゃいけないんだ!」

 

 俺は自分自身が抱える罪悪感をすべて吐き出した。すると俺の目柱は熱くなり、無意識に涙が零れ落ちていた。 

 

 香澄「レン君・・・じゃあ、何でギターをやめなかったの?」

 

 俺の話を聞いた香澄はその中で1つ疑問に残ることを聞いてきた。俺がギターをやめなかった理由、それは他でもない・・・

 

 レン「最初は、俺もギターをやめて一緒にイギリスに行こうとしたさ…でも、ギターは俺と兄さんを繋げてくれている唯一の物だし、ギターをしていると兄さんが近くにいる感じがするんだ。それに兄さんと約束したんだ・・・兄さん達が、Skyineが叶えられなかった夢を俺達が夢を叶えるって…」

 

 香澄「その夢って?」

 

 レン「輝くこと・・・大きな舞台で、さらなる高みで、誰かを照らせるような、誰かにとっての光のような輝ける存在になること…けど、俺には無理だ…」

    

 香澄「無理・・・?」

 

 レン「俺には兄さんの様にすることはできない。あの人のギターの腕はすごかった、俺には誰かを惹きつけられる、誰かの憧れになれるような事は出来ない。どれだけ努力したって足りないんだ!俺は、約束を果たすことができない・・・あの人に追いつくことなんて一生できないんだ!」

 

 香澄「そんなことない!」

 

 レン「ッ!?」

 

 香澄「だってレン君がギター弾いてるとき凄くキラキラしてた!それにその時のレン君見てたら私もキラキラドキドキしたもん!だから絶対に無理なんかじゃない!それにお兄さんだって、きっとレン君なら出来るって信じてる、信じたから夢を叶えてってお願いしたんだよ!」

 

 レン「お前に・・・お前に何がわかるんだ!?お前に俺の辛さがわかるのか!?今までずっと一緒にいた大切な人が居なくなって、頼んでもいないのに勝手に気使われて夢まであきらめられて、託されて、悩まされて、1人にされた俺の何がわかるんだ!?」

 

 

 ―――ドンッ!―――

 

 

 何も知らない癖に知ったようなことを言う香澄の言葉に苛立ちを覚えた俺はそれをぶつけるかのように声と同時に拳を壁に叩きつけた。しかしそれだけでは怒りは収まらず俺は香澄に対してさらに言葉をぶつけた。

 

 レン「帰ってくれ・・・」

 

 香澄「え・・・」

 

 レン「帰れってくれ!」

 

 香澄「ッ!・・・わかった・・・ごめんね…」

 

 そう言うと香澄は家を飛び出して立ち去った。「ごめんね…」本当は俺が言わなきゃいけないのに・・・俺はさっきの香澄の言葉と姿が頭から離れなかった。此処を出ていくとき一瞬見えた香澄の顔、アイツの目元には涙が浮かんでいた。自分から話しておいて八つ当たりして、その上女の子を泣かせてしまうなんて心底自分が嫌になる…

 

 レン「う・・・うわぁぁぁぁぁぁぁ~!」

 

 もうどうしようもなくなった俺はすべてを吐き出すかのように大声を上げ、そして泣いた…その声は他の誰にも聞こえることなく、唯々部屋の中でこだましていた。

 

 

 

 

 

 

     ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

沙綾「碧斗、今日もシフト入ってるけどいいの?テストも近いし」

 

 俺は放課後、俺は今日もバイトのシフトに入っていた。けど沙綾はテストが近いのにバイトをしている俺のことを心配してきた。でもこれに関してはお前に対しても同じことが言えるだろ?お前の方はテストに加えてSPACEのオーディションに向けてバンドの練習もしなくちゃはならない。

 

 碧斗「別に問題ない、むしろ俺からお願いした。ここ最近お前は忙しそうだったからシフトを入れさせてもらった。お前の方こそいいのか?今日は練習しなくて」

 

 沙綾「今日は香澄が練習を休むって、けどなんか少しだけ深刻そうな顔してた」

 

 碧斗「戸山が?」

 

 沙綾「うん」     

 

 碧斗「何か心当たりはあるのか?」

 

 沙綾「・・・たぶんだけど――――――」

 

 俺の問いに沙綾が答えようとしたその時だった。

 

 

 ―――カランカラン―――

 

 

 店の扉が開き誰かが入店してきた。俺と沙綾は咄嗟に対応しようとしたが止まった。なにせ入店してきたのは・・・

 

 香澄「・・・・・」

 

 つい今しがた話に出てきていた戸山だった。沙綾はいつものように戸山に声をかけようとしたその時だった。

 

 沙綾「あ、香澄いらっしゃ―――ダキッ!―――え!?」

 

 戸山はいきなり沙綾を見るなりいきなり抱き着いてきた。しかしその顔を見て俺と沙綾は再び固まった。俺と沙綾が顔を見ると戸山の目じりには涙が浮かび、今にも泣きそう・・・いや、泣いていた。

 

 香澄「さ~~や~~!ワダジどうしたらいいの~~~!?」

 

 沙綾「ど、どうしたの?とりあえず落ち着いて」

 

 突然泣きつかれた沙綾は戸山を宥め、しばらくすると戸山は落ち着いたのか沙綾から離れた。

 

 沙綾「落ち着いた?」

 

 香澄「う・・・グスッ・・・うん・・・・・・ありがとう・・・」

 

 碧斗「それで何があった?」

 

 香澄「私・・・レン君のこと怒らせちゃった…私、唯レン君にライブに出てほしかっただけなのに・・・なのに私・・・」

 

 成程な、大体わかった。大方レンにSPACEのオーディションを受けるよう説得しに行ってそれで晴緋さんのことを聞いてこうなったんだろう。けどそういう事なら心配はいらないかもしれない。

 

 碧斗「そうか、ならあまり気にするな。アイツのことだ、きっと今頃罪悪感でいっぱいになっているはずだ」

    

 香澄「え・・・」

 

 碧斗「アイツは優しすぎるんだ。アイツは前と変わった・・・けど、そこだけは出会った時から変わらなかった」

 

 香澄「レン君と・・・出会ったとき?」

 

 沙綾「そういえば私もその時の話聞いたことなかった。碧斗ってどうしてレンとバンド始めたの?」

 

 碧斗「別に、大した理由はない。そんな人に聴かせるほど面白い話でもない」

 

 沙綾「ふーん、そうなんだ・・・」

 

 おい、「そうなんだ」って言っておきながらなんで「興味津々」、「いいから話せ」って目をしているんだ… 

 

 碧斗「はぁ~、わかった・・・わかったからその目をやめろ」

 

 沙綾の圧に負けた俺は話すことにした。2年前、誰も寄り付かず孤独だった俺を変えてくれた、俺を初めて料理勝負で負かして背中を預かることになったアイツとの出会いにして、そして・・・Brave Binaeの始まりを――――



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出会いは始まり

 2年前、中学2年だった俺は教室の中で自分の席に座り小説本を眺めていた。そして周りの人間はそんな俺の姿を見ながら会話する奴らがほとんどで、その目は男女で二種類に分かれていた。女子はまるで高級品を見るかのような好奇の目で、そして男子は嫉妬や妬みの籠った怒りの目で俺のことを見ながら。すると1人の女子が俺に近づき話しかけてきた。

 

 「ねえねえ海原君、何読んでるの?」

 

 話しかけてきたその女子はこのクラスの中でもカーストの上位に当たる存在で学年のマドンナとまで言われている人物だった。そいつは笑顔を浮かべていたが明らかに作り笑いであることがすぐに分かった。まるで媚を売るように話しかけてきた女はこれで何人目だっただろうか。俺はうんざりしてそこには誰もいないかのようにその女子を無視した。

 

 碧斗「・・・・・・」

 

 「そう言えばこの前またコンテストで優勝したんだよね?その時に作った料理私にも食べさせてほしいな~?」 

 

 しかしそんなことは気にも留めずに俺に話しかけ続けてきた。さらにずっと無視していることに流石に怒りを覚えたのかついには怒鳴り散らしてきた。

 

 「なによ!?折角私が話しかけてあげてるのに無視!?こんな美人が不愛想で友達の居ない貴方に話しかけているんだから少しくらい喜んでもいいんじゃない?それとも私は貴方とは釣り合わないって言いたいの?お高くとまってほんといい御身分ね!」

 

 ほんと鬱陶しい・・・俺は目の前の女を黙らせるために無言でそいつを睨みつけた。

 

  碧斗「・・・」―――ギロッ―――

 

 「ひっ!な、何よその目は!?」

 

 するとそいつは怯み、そのままさっきまで自分が話していたグループへと戻っていき、周りの男子の視線の憎悪が一層強まった。何故こうなっているのか、理由は分かり切っていた。俺の顔立ちはかなり整っていて所謂イケメンと言われる部類に入る。それに加えて小学生のころから料理コンテストに何度も出場し、優勝してきて料理に関しては中学生の中ではかなりの腕前を持っており、学校での成績も優秀である為かなり女子にモテる。別にナルシストとかお高くとまっているとゆう訳ではないがそれを謙遜するほど嫌味な性格をしている訳でもなくただ単に事実として自覚している。しかしそれが理由で学校内の女子達は俺によく告白をしてくるのだが、明らかに下心が丸出しで俺という存在を恋人にする事で自分自身のスペックにしたいのが丸分かりだった為全て断っていた。しかしその行為が今度は男子の怒りを招くこととなった。自分の好きな女子が俺に告白して振られたことを知った男子、さらに俺がモテていることに嫉妬した男子がさっきの様に憎悪の目を向け、陰湿な嫌がらせをしてくる。それに加えて俺はさっき言われた通り不愛想であまり人と話さない、その為俺と仲良くしようとする者は誰もおらず、小学校からボッチを決め込んでいる。別に痛くもかゆくもないが・・・

 

 

 

 ―――キーンコーンカーンコーン―――

 

 

 おっと、予鈴が鳴ったから俺は小説を閉じると次の授業を確認した。えーと次は家庭科か・・・確か調理実習だ。俺は愛用の調理服を手に持つと家庭科室へと向かった。

 

 「きょうは餃子です。3人1組で作業を行ってください。包丁と火を使うときはしっかりと気を付けるように」

 

 教科担任の指示を受けた俺らはグループを作ろうとしたが周りの奴らはすでにグループを作り終え誰も俺と組もうとはしなかった。それもそうか、俺の腕があればあっという間に1人で作り終えてしまいペアになった奴は退屈もいいところだ。仕方なく俺は独りで作ろうと思っていたその時だった・・・

 

 「なあ、海原もグループ余ったのか?」

 

 俺は不意に声を掛けられて声のした方を見るとそいつがいた。他の奴らとは違い俺に対してフレンドリーに接してきて赤い髪をしたそいつ、赤城 レンが。

 

 碧斗「お前も余ったのか?」

 

 レン「ああ、ほら、うちのクラスに1人不登校の奴がいるだろ?それで1グループだけ2人になっちゃってな」

 

 碧斗「そうか・・・わかった、必然的にお前と組むしかないってことだな」

 

 レン「話が早くて助かる。それじゃあよろしく頼む」

 

 こうして俺はレンと一緒にグループを作ることになった。けど、この時は思いもしなかった。まさかこれがきっかけで、俺がこいつの背中を預かることになるなんて…

 

 レン「それじゃあ早速始めるか。まずはどうすれば・・・え・・・」

 

 俺は早速包丁を使いネギとニラとキャベツを刻んだ。それを塩もみにして水分を絞り出し、それをボウルにひき肉と入れると酒、みりん、醤油、ごま油を加えて混ぜて餡を作った。餡作りを高速で終わらるとレンは唖然としていた。

 

 レン「お前はえーな・・・」

 

 碧斗「慣れてるからな。ほら、皮で餡包むの手伝え」

 

 レン「ああ、わかった」

 

 結局レンは餡を皮で包む以外は殆んど見ているだけで俺がほぼすべての作業をやってしまった。餡を皮で包む以外何もやっていないレンはきっと不満だっただろう。そう思っていたその時だった。

 

 レン「よし決めた!海原・・・いや、碧斗!お前がドラムだ!」

 

 碧斗「・・・はあ?」

 

 いきなりこいつは何言ってんだ・・・周りの奴らもポカーンとしてるし・・・ドラム?あの太鼓みたいなやつとかシンバルがセットになってるやつか?

 

 レン「うん?どうしたんだ?ポカーンとして」

 

 碧斗「お前がいきなり意味不明なことを言うからだろ・・・」

 

 レン「意味不明?そうか、ならわかりやすく言う、俺のバンドのドラムはお前に決めた!お前にはドラムをやってもらう!」

 

 碧斗「全くもって理解できない・・・というかやることは決定事項なのか…」

 

 レン「お前のさっきの包丁捌きを見て決めた。俺と一緒にバンドやろうぜ!」 

 

 碧斗「訳が分からない・・・悪いが他をあたってくれ」

 

 レン「あ、おい!碧斗!」

 

 後片付けもすべて終えた俺はこの妙に暑苦しい奴から離れるために教室へと戻った。しかし・・・

 

 レン「なあ碧斗、いいだろ?一緒にバンドやろうぜ!」

 

 碧斗「さっきも言ったが他をあたれ。俺はドラムなんかやった事が無い」

 

 レン「大丈夫だ!お前のあの包丁捌きはすごかった!一切の乱れもなく一定のリズムで野菜を切る手の動き、あの腕ならお前は凄いドラマーになれる!」

 

 碧斗「別に俺はドラマーを目指してはいない・・・はぁー、言うだけ無駄か…」

 

 その後も暇さえあればしつこく俺をバンドに誘ってきた。話し掛けてくるだけならまだ良い、しかし此奴はありとあらゆる方法で俺を勧誘してきた。時には勧誘のビラを机や下駄箱に忍ばせ、明らかに怪しい契約書にサインさせようとして来たり、ラブレターに似せた勧誘の手紙を忍ばせたりしてきた。俺はこれらを全て・・・

 

 碧斗「・・・・・」―――ビリッ!ビリビリッ!―――

 

 破ってごみ箱に捨ててやった。

 

 レン「あーーーー!折角書いたってのに!人から貰った手紙はちゃんと読め!相手の思いはきちんと受け止めろ!断るんなら読んでから断れ!」

 

 碧斗「どうせ断ってもしつこく勧誘してくるだろ?」

 

 レン「当然だ!」

 

 碧斗「・・・はぁー、バカの極みだな…」

 

 レン「なっ!?」

 

 その時のレンの表情は今でも思い出すと少し笑えてくる。しかし、それでもめげずにレンは勧誘を続けてきた。するとそれと同時に俺に対する周りの反応も少し変わり始めていた。

 

 「海原君最近少しだけ柔らかくなったよね?」

 

 碧斗「はあ?」

 

 俺はまた何時ものようにクラスの女子から話し掛けられてきたが不意にそんなことを言われた。いったい何言ってんだ?

 

 「今までずっと表情崩さないで不愛想な顔してたけど、赤城君と話すようになってから表情が柔らかくなったから」

 

 俺の表情が?別に俺はしつこく勧誘してくるアイツをあしらっているだけだが…けど確かに、今まで俺に話しかけてきたやつは皆下心丸出しの女子と敵意むき出しの男子くらいだったがアイツだけは違った。勧誘が目的とは言えどアイツは今までの奴らとは違い純粋に俺と仲良くしようとして話し掛けてきた。その事に対して俺は多少なりとも嬉しさが有ったのかもしれない。けど、流石にイラつかない訳でもなかった俺は余りのしつこさに対して俺はついに我慢の限界がきてしまった。

 

 レン「なあ碧斗、バンドやろ「いい加減にしろ!何がバンドだ!何が凄いドラマーだ!そんなくだらない事をやったって時間の無駄だ!」

 

 俺は溜まっていた今までのイラつきを全てぶつけた。これだけ言えばきっと此奴も諦めるだろう。そう思っていたその時だった。

 

 レン「おい、今なんつった?」

 

 さっきの明るい表情とはまるで違う顔になりとても冷え切った声で言ってきた。その顔に浮かぶ物はまさしく怒りそのものだった。どうやら俺は此奴の逆鱗に触れてしまったようだ。 

 

 レン「バンドがくだらない?ふざけるな!バンドのことを何も知らないお前が勝手に決めつけるな!」

 

 碧斗「・・・!」

 

 驚いた、いつも明るく振舞ってた此奴がまさかここまで怒りをあらわにするとは・・・

 

 レン「放課後、俺に付き合え。お前にバンドの凄さを見せてやる」

 

 レンの剣幕に押された俺は頷くことしかできなかった。おそらくそれにはさっき俺が言ったことに対する罪悪感も有ったんだろう・・・放課後、俺はレンにある場所へと連れていかれた。

 

 碧斗「おい、どこに連れていくつもりだ?」

 

 レン「いいから黙って付いてこい」

 

 そう言われ俺が連れてこられた場所、そこは・・・

 

 レン「着いたぞ」

 

 碧斗「ここは・・・ライブハウス?」

 

 レン「そうだ、ここが俺が連れてきたかった場所。ライブハウス、『SPACE』だ」

 

 碧斗「SPACE・・・」

 

 俺は中に入るとライブのチケットをレンから渡され、それをスタッフの人に渡してホールの中に入った。そして俺は魅せられた。ステージの上で行われるバンドたちの演奏に、特にSkyineというバンドのドラムに俺は引き付けられた。最初は目元が前髪で隠され表情の分からない事と一言も言葉を発しなかったことから第一印象はとても暗そうだった。しかし演奏が始まると打って変わり、激しくドラムを叩く腕は雷光、響かせる音は雷鳴、演奏をするその姿はまさに雷神。俺はその人の姿に雷に打たれたかのような衝撃を受けた。

 

 碧斗「・・・・・」

 

 レン「どうだった、Skyineの演奏は?」

 

 碧斗「・・・!ああ、凄かった…」 

 

 俺は意識を持ってかれライブが終わった事にも気づかずにいた。きっとレンに声を掛けられなければ俺はこのままここに突っ立ったままだったかもしれない。さっきの人達の演奏を聴き終わり、俺は少し前にアイツに対して感情のまま言ったことを後悔した。

 

 碧斗「その・・・さっきは悪かったな…少し感情的になりすぎた。取り消す、バンドは下らなくなんかにない。バンドは凄い」

 

 レン「そうだろ!お前にも分かってもらえたみたいで何よりだ。それでどうだ?お前もバンドをやってみたくなったか?」 

 

 碧斗「ああ、まあな…」 

 

 レン「なら「けど!やっぱり俺はやらない」な!?」

 

 碧斗「俺は1度もドラムなんて、そもそも楽器なんてやった事のない超初心者だ。そんな俺がバンドをやっても迷惑かけるだけだ。どうせやるならちゃんとできる奴とやった方がいい。だから俺はお前とはバンドは出来ない」

 

 レン「なんだ、そんなことを気にしてたのか?それなら問題ない、俺もギター全然弾けない!」  

 

 碧斗「・・・・・はあ?」

 

 え?こいつ今なんて言った?ギターが弾けない?それも全く?それなのにこいつはバンドをやろうとしたのか?

 

 碧斗「ちょっと待て、お前も楽器できないのか?」

 

 レン「ああ!」

 

 碧斗「あれだけ大口叩いてたのにか?」

 

 レン「ああ!」

 

 碧斗「それなのにバンドをやろうとしたのか?」

 

 レン「ああ!」

 

 碧斗「・・・バカなのか?」

 

 レン「ああ!・・・あ?」

 

 碧斗「・・・・・帰る」

 

 レン「ちょっと待ってくれ!頼む!これから上手くなるから!だから一緒にバンドやろうぜ!大丈夫、俺もこれから上手くなるから~!」

 

 俺は帰ろうとしたらレンは腰に抱き着き縋ってきた。ふざけるな!

 

 碧斗「放せバカ!こんな不安だらけの奴と簡単にバンドなんかできるか!それと場所を考えろ!」

 

 今俺達はまだSPACEの中にいる。分かるだろ?俺達は今周りの人達に奇異の目で見られている。俺にまで被害がきている!

 

 レン「バカっていうな!バカって言った方がバカなんだ!よし分かった。なら碧斗、俺と料理勝負しろ!」

 

 碧斗「は?」  

 

 こいつ何言いだしてんだ?そもそも俺と料理勝負って分かってんのか?俺が料理のジュニアコンクールで何度も優勝してるってこと。

 

 レン「お前が勝ったら俺は今後お前を勧誘をしない。ただし俺が勝ったら俺とバンドをやってもらう」

 

 碧斗「別に構わないが・・・いいのか?お前も知ってるだろ?俺が料理コンクールで何度も優勝してるってこと」

 

 レン「当たり前だ。だから俺はお前に料理勝負を挑んだんだ!」

 

 成程、俺にとって1番の得意分野で勝負することで俺を納得させる。どうやらこいつは俺に勝つ気でいるらしい。けど、俺が勝てばこいつのしつこい勧誘を受けなくて済む。こんないい話はない。

 

 碧斗「わかった、その勝負受けてやる」

 

 レン「言ったな?なら明日の放課後学校の家庭科室でだ。ルールーは互いに1品作ってそれをクラスの人達に審査してもらう。作る品のジャンルは特に指定なし。どうだ?」

 

 碧斗「ああ、かまわない」

 

 レン「よし!じゃあまた明日な」

 

 碧斗「ああ・・・?お前は帰らないのか?」

 

 俺はライブハウスを出ようとしたが、レンは帰ろうとする気配すら見せなかった。

 

 レン「ああ、兄さんを待ってる。今日のライブに出てただろ?」

 

 碧斗「は?今日のライブに出てた?」

 

 レン「ああ、Skyineのギターボーカル、あれが俺の兄さんだ!」

 

 こいつ何サラッとカミングアウトしてんだ?確かに言われてみれば髪色も同じだし、顔付もどことなくこいつと似ていた。それに今のことを聞いてこいつがバンドをやろうとしている訳が大体わかった。

 

 碧斗「そうか、そういう事か…」

 

 レン「は?」

 

 碧斗「何でもない。明日は手加減しないからな」

 

 レン「その言葉、そっくりそのまま返してやる」

 

 碧斗「・・・ふん、面白いやつだ」 

 

 俺はそう呟くとSPACEを出た。そして翌日の放課後、俺達は学校の家庭科室にいた。家庭科室の中は俺とレンの勝負の審査員を務めるクラスメイトと何処から聞きつけたのかその勝負を見に来た他のクラスの連中で埋まっていた。今思うとよく先生が許可したな…

 

 レン「それじゃあ始めるぞ」

 

 碧斗「ああ」

 

 俺の返事を合図に勝負が始まった。俺ジャガイモを賽の目切りにし、玉葱を千切り、人参とビーツを銀杏切り、ニンニクをみじん切り、キャベツと牛の細切れ肉を一口大の大きさに切った。鍋にオリーブオイルとニンニクを入れて火にかけ、ニンニクの香りが漂ってきたところで牛肉と赤ワインを入れて炒め、色が変わったら今度は他の野菜と塩と胡椒を加えて少し炒め、ブイヨンスープ、トマトの水煮缶、ジャガイモ、月桂樹の葉、タイム、ビネガーを少し入れて煮詰めた。しばらくすると灰汁が出てきてそれを取り除きながら煮詰め、ジャガイモに火が通ったことを確認したら火を止めて皿によそうと上にサワークリームと刻みパセリを乗せてボルシチが完成した。俺は皿を出すとクラスの連中はひとくち口に入れるとそれを皮切りに一気に食べ進めてあっという間に皿が空になった。

 

 「凄く美味しかった!」

 

 「ああ、味も良かったけど香りもメッチャ良かった!」

 

 「さすが日本一料理が上手い中学生!」

 

 全員が美味いと口にして外野の連中も食わせろと騒ぎ立てていた。さらには・・・

 

 レン「超美味い!碧斗、おかわり!」

 

 碧斗「何でお前まで食ってるんだよ・・・しかもおかわりまで所望しやがって…」

 

 レン「待て待て、俺のももうすぐ完成するから・・・お、できたみたいだ」

 

 レンはそう言うと皿に自分の品を盛った。レンが作った品それは・・・」

 

 碧斗「肉じゃが?」

 

 レン「ああ、母さんから作り方を教えてもらった。さあ食ってくれ」

 

 クラスの連中はレンに差し出された料理を口にするとそれぞれ感想を口にした。

  

 「なんていうか・・・普通?」

 

 「美味いことには美味いけど・・・さっきのボルシチと比べるとなー…」

 

 「なんかいつも家で食べてる味がする…」

 

 正直言ってその反応は微妙だった。これじゃあ結果は丸見えだな・・・けど俺はちょっとこいつの作った料理に興味があった。クラスの奴らが普段食べてる肉じゃがってどんなふうなんだ?俺は気になって少し食わせてもらうことにした。

 

 碧斗「レン、俺も少しもらうぞ」

 

 レン「え?ああ、いいぞ。俺もさっきボルシチ食わせてもらったからな」

 

 そう言うとレンは俺に皿を差し出してきた。そういえば肉じゃがを食うのは何時ぶりだったか。まだ俺が小さくて料理が出来なかった頃、母さんが作ってくれたっけ・・・俺はその時の事に思い馳せながら肉じゃがを咀嚼した。

 

 碧斗「あむ・・・!」

 

 俺は衝撃を受けた。この味は・・・すき焼きのたれを使ったのか…けどこの味、間違いない。この味は母さんと同じ味・・・料理には作った人の心が現れるというが、この肉じゃがからは何というか・・・とても優しい味がした…

 

 レン「じゃあそろそろ結果発表と行くか。全員美味かった方の皿を指さしてくれ」

 

 俺は感傷に浸っているといつの間にか勝負の結果が出されようとしていた。そしてレンに言われた通り指をさしたのは・・・俺のボルシチだった。

 

 レン「はぁ~・・・当然といえば当然か。まあ仕方ない、約束は約束だ、今までしつこくして悪かったな。俺はもうお前を勧誘しな「ちょっと待て」へ?」  

 

 俺はその結果に待ったをかけた。そして・・・

 

 碧斗「俺は、こっちの方が美味かった」

 

 レンの肉じゃがを指さした。正直言って自分でも何をしてるのかわからなかった。対戦相手の料理を自分の料理より上手いと言う、それは自分の負けを認めるということだ。案の定俺の行動に家庭科室内にいる全員が驚きの表情になっていた。

 

 「海原君何言ってるの!?」

 

 「そうだぞ!なんで態々負けを認めるようなことをするんだよ!?」

 

 碧斗「別に・・・ただ料理に関しては噓をつきたくない。ただそれだけだ…」

 

 レン「碧斗・・・いいのか?全員お前の料理の方が美味かったって言っているんだぞ?」

 

 碧斗「別に構わない。俺がお前の肉じゃがの方が美味いと思った。それだけの話だ」

 

 レン「じゃあ、俺とバンドを・・・」

 

 碧斗「ああ、お前のバンドのドラム・・・俺が引き受けた!」

 

 レン「・・・!ああ!これからよろしくな碧斗!」

 

 碧斗「こちらこそよろしく頼む、レン」

 

 レン「よし!この調子で残りのメンバーを見つけるぞ!碧斗、お前も手伝え!」

 

 はぁ~、分かってはいたがやっぱり他にメンバーいなかったのか・・・それにやっぱ俺も手伝う羽目になるのか…しょうがない・・・

 

 碧斗「わかった、とことん付き合ってやる」

 

 こうして・・・俺とレンはコンビを組み、バンドを始めた。そしてこの瞬間、Brave Binaeが産声を上げた。この出来事の後、俺はクラスメイトとも上手くなじめるようになり、周りともしっかりと話せるようになった。

 

 碧斗「なあ、ちょっといいか?」

 

 「え?海原君!?ど、どうかしたの?」

 

 碧斗「その・・・前は悪かったな。無視して睨みつけたりして」

 

 「あ、そのこと・・・別にいわよ・・・私もその・・・偉そうな態度とちゃったし…」

 

 碧斗「そうか・・・あ、そういえば俺がコンクールで優勝した時に作った料理食いたいって言ってたよな?よければ今度作るか?」

 

 「え?いいの!?」

 

 碧斗「ああ、別に俺の作った料理を食べたいって言ってくれてるんだ。悪い気はしない。寧ろ少し嬉しい」

 

 「え、なになに?碧斗君が料理作ってくれるの!?私にも作って!」

 

 「ちょっと抜け駆けなんてずるいわよ!ねえ海原君、今度私に料理を教えてほしいな~?」

 

 しかしその代わりにレンにはしつこくされなくなったが、女子がよく迫ってくるようになった。そして・・・

 

 「なんなんだよ海原!お前ばっかモテやがってー!」 

 

 「ほんと羨ましいぞ貴様!一発殴らせろー!」

 

 「イケメンな上に超料理上手とか天は不平等だー!この怒り、てめえで晴らしてやらー!」

 

 男子はド直球に俺に怒りや妬みをぶつけてくるようになった。こういう時は・・・

 

 碧斗「・・・」―――ダッ!―――  

 

 「あ!逃げやがったぞ!追えー!」

 

 「待てコラー!」

 

 ―――ガラッ―――

 

 レン「お、碧斗おはよ「レン逃げるぞ!」はあ?て、なんじゃごりゃー!」

 

 「あ!赤城!お前も海原と同罪じゃー!」

 

 「貴様も俺等の怒りを受けやがれー!」

 

 「イケメンで家が大金持ちで成績優秀とか世の中なめとんのかー!」

 

 レン「なんか知らねえけど俺まで巻き込まれてるー!?」

 

 こうして、俺の新しい毎日が始まった――――――――――――――― 

 

 

 

 

 

     ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 碧斗「これが、俺とレンがバンドを始めた時の出来事だ」

 

 香澄「そんなことがあったんだ・・・」

 

 沙綾「ふーん・・・」

 

 碧斗「いやふーんって・・・聞いといてなんだよその反応?」

 

 沙綾「別にー?ただ碧斗はモテモテだったんだねー?」

 

 なんか妙に嫌味っぽい言い方だな?それになんかちょっと怒ってないか?

 

 香澄「それで、他の3人はどんなふうにメンバーになったの?」

 

 碧斗「は?もしかしてまだ話さないとだめなのか?」

 

 沙綾「碧斗、諦めた方がいいよ。香澄しつこく聞いてくるから。それに私も気になるし」

 

 碧斗「絶対そっちが1番の理由だろ?分かった話すよ。というよりもさっきの話にも少し出てたしな」

 

 香・沙「「え?」」

 

 碧斗「俺とレンのクラスにいた不登校児、それがBrave Binae3人目のメンバーだ」

 

 そう出会いは突然だった。まさかあんなところで会うことになるなんて俺も思いもしなかった。神の耳を持つ、天才ゲーマーと―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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音は聴こえる

 

 利久「おー!これは初代ドラクエにロックマン!FFにマリオ!それにファミコン本体にメガドライブまで!こんなにも旧型のゲームがあるなんて、ここはお宝の山です!」

 

 僕は放課後に流星堂に来ていました。何故来ていたかと言うと、今日帰り際、七菜さんに―――――――――

 

 

 

 七菜「利久君、ちょっといいかしら?」

 

 利久「七菜さん、どうかしたんですか?」

 

 七菜「実は今日の放課後に市ヶ谷さんの所に行ってあげてくれないかしら?」

 

 利久「有咲ちゃんの所に・・・ですか?」

 

 七菜「ええ、実は市ヶ谷さんにお願いされて時々キーボードを教えてあげているんだけど、今日急にできないかってお願いされちゃって・・・」

 

 そういえば確か今日は香澄ちゃん達との練習が無しになったとか言ってましたっけ。なるほど・・・

 

 利久「つまり七菜さんは自分の代わりに有咲ちゃんの特訓に付き合ってあげてほしいということですか?」

 

 七菜「ええ、話が早くて助かるわ。白金さんにお願いしようかとも思ったんだけど彼女かなり人見知りだし、それにテストも近いし・・・利久君ならその辺心配いらないでしょ?バイトの方も今オーナーにSPACE出禁を言い渡されてるし」

 

 利久「確かにそうですけど・・・まあ、いいですよ?もとより断る気はありませんでしたし」

 

 七菜「それじゃあお願いね。ついでに市ヶ谷さんとの仲も深められるといいんだけど…

 

 利久「え?」

 

 七菜「なんでもないわ。それじゃあ頼んだわよ」

 

 

 ―――――――――ということがありまして僕は流星堂に来ました。確かに有咲ちゃんは最初の頃に比べて心は開いてくれているみたいですけど、まだちょっと距離を取られているように感じます。なのでこういう機会を設けてもらえたのは凄くありがたいです。ついでに僕は質屋ということもあって何か中古のゲームがあるのではないかと思って中を見ていましたが・・・僕の読みはどうやら正しかったようです。ゲーム好きにはたまらない品がこんなに沢山あるなんて・・・此処は宝石箱です!

 

 有咲「で?買うのかよ?」

 

 利久「いえ、全部既に持っていますので不要です」

 

 有咲「なんだよ!じゃあ何でそんなにテンション上がってんだよ!」

 

 利久「だってこんなにも沢山初期のゲームがあるんですよ?こんなお宝に囲まれたらテンションも上がりますよ!」

 

 有咲「訳わかんねえ・・・つーかどんだけゲーム好きなんだよ?まあ大会で何度も優勝してるぐらいだから当然といえば当然なのか・・・」

 

 利久「え?どうしてその事を?」

 

 有咲「何でって・・・ネットニュースに載ってたんだよ。ゲーム世界大会優勝、将棋に囲碁のプロ棋士と対戦して圧勝、超有名ゲーム会社の若きプリンス、その他諸々・・・どんだけあるんだよ…」

 

 利久「あはは、なんかゲームやったりお父さんの会社の手伝いをしていたらなんか話が大きくなっちゃいまして・・・」

 

 実は僕のお父さんは有名なゲーム会社の社長で、あのNFOもお父さんの会社のゲームです。僕はそれが縁んで小さい頃からゲームが大好きでした。それで夢中になって遊んでいたらかなりの腕前になっていて、それに加えて生まれつきの耳の良さもあって僕は父さんの会社で作るゲームのテストプレイヤーや効果音・BGM製作にも係わってきました。

 

 有咲「これはもう大きくなるってレベルの話じゃねえよ・・・て、それよりも何でお前が来たんだよ?」

 

 利久「さっきも言った通り、僕が七菜さんの代理で来たんですけど・・・」

  

 は!も、もしかして・・・

 

 利久「僕が来るの・・・嫌でしたか?」

 

 有咲「な!?ば、ちげーよ!その、嫌とかじゃなくて・・・むしろ嬉しいつーか///・・・て、何言わせんだ~!///」

 

 え?え~!?なぜか急に怒りだしてしまいました。でもよくわかりませんけど、取り合えず嫌という訳ではないみたいなので一安心です。

 

 利久「ご、ごめんなさい」

 

 有咲「そうじゃなくて私が言いたいのは、テストが近いのに勉強しないで此処に来ていいのかってことだよ!」

 

 ああ、そいう事でしたか。  

 

 利久「それなら心配には及びません。テスト範囲の内容はすでに暗記済みです。というよりも教科書の中身は全部暗記してます」

 

 有咲「マジかよ・・・七菜さんからも聞いてたけどどんな頭してんだよ・・・ほんと羨ましい…」

 

 羨ましい・・・ですか…確かにこの暗記力のおかげで僕は学校でも高成績を取ることができています。けど、何もいいことばかりという訳じゃありません。だって、どうしても忘れたい嫌なことだって鮮明に覚えてしまうんですから…

 

 利久「・・・そ、そうです、それよりも地下に行きませんか?僕がここに来たのも特訓に付き合うためですから」 

  

 有咲「ああ、そうだな」

 

 僕は有咲ちゃんと一緒に蔵の地下に向かうと早速キーボードを準備して1曲弾いてもらうことにしました。

 

 利久「それじゃあまずは試しに『私の心はチョココロネ』を1回お願いします」

 

 有咲「わかった」

 

 有咲ちゃんはキーボードをアンプとつなぐとセッティングをして弾きました。そして弾き終えると僕に感想を求めてきました。

 

 有咲「で、どうだった?」

 

 利久「ええ、とてもよかったです。前に此処でライブした時よりもよくなってました。じゃあ次はこの曲をお願いします」

 

 そう言うと僕は鞄からカバー曲のスコアを取り出して有咲ちゃんに渡しました。渡した曲は・・・

 

 有咲「『Be somewhere』?」

 

 利久「はい、まずは僕がお手本で引いてみますね?」

 

 僕は有咲ちゃんのキーボードを借りると再びセッティングをしてお手本として一通り弾きました。

 

 利久「こんな感じです」

 

 有咲「スゲーな・・・生徒会長が何でお前をよこしたのか少しわかった気がする」

 

 利久「え?」

 

 有咲「聞いててわかる、スゲー上手い。私よりもずっと」

 

 突然有咲ちゃんに褒められました。こう、女の子から面と向かってこういう事言われると・・・なんかちょっと照れますね…でもきっと、それだけが理由じゃない気がします・・・

 

 利久「はは、お褒めに預かり光栄です。でも多分それだけじゃないと思いますよ?」 

 

 有咲「それだけじゃない?じゃあなんでだよ?」

 

 利久「きっと、似た者同士だったから・・・だと思いますよ?」

 

 有咲「はあ?どういう意味だよ!?言っとくけど私はお前みたいにゲーム好きじゃねーぞ!?」

 

 利久「ち、違いますよ!そうじゃなくて、実は・・・僕も元不登校だったんです…」

 

 有咲「・・・は?」

 

 利久「不登校になり始めたのは小学生の頃からでした。まあ、その時は半不登校みたいな感じでしたけど」

 

 有咲「おいちょっと待て、人が困惑してるうちに話し進めるな!なんで不登校だったんだよ!?」

 

 利久「あ、すいません。まぁ、僕が不登校だったのは・・・逃げたかったからです。現実から…」

 

 そう、あの時の僕は唯ひたすら逃げていました。この耳のせいで知りたくもないのに知ってしまった、人の本性から。そして、それら全てを忘れたくても忘れることができず、鮮明に覚えてしまうトラウマから・・・

 

 有咲「どういうことだよ・・・」

 

 利久「・・・少し長い話になりますけど、それでも聞きますか?」

 

 有咲「ああ…」

 

 有咲ちゃんの了承も得ましたし、それじゃあ話すとしましょう。全てに恐怖し、拒絶し・・・大切な人を亡くした悲しみに迷走していたあの頃のこと。そして、僕に手を差し伸べて、世界の見方を変えさせてくれた仲間との出会いを―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 たくさんの人が足繁く動く中、僕はヘッドホンを付けながら1人ある場所に向けて歩を進めていました。一度街に出ると、僕には普通の人には聴こえないような色んな音が聴こえました。至る所に潜む生き物の音、建物の中でおこる機械音、そして・・・道行く人の心の音と声。心の音、感情を持つ物は心の中にそれぞれの音を持っています。それは人の呼吸や心臓の鼓動の音、はたまた血の廻る音などが組み合わさることによって一種のメロディーとなり、それを聴くことで僕はその人が今何を思っているのか、何を感じているのかがわかりました。けど、それだけじゃありませんでした。それと一緒に僕はその人の声が聴こえてくるんです。けどそれは・・・地獄以外の何物でもありませんでした…何故かというと――――――――

 

 『あの上司うぜ~・・・早くくたばんねーかな…』

 

 『アイツほんと何なの?いつも猫ばっか被って・・・男の前で本性出して痛い目見ればいいのに」

 

 『もう何もかも嫌だ・・・幸せそうにしてる奴らが恨めしい!全部ぶっ壊してやりたい!』

 

 『こいつ金持ってるし、遊びのつもりで付き合ってたけど一緒にいても詰まんないし寧ろ超ウザい。まあ私には本命の人が居るし、適当に理由つけて別れよ・・・』

  

 『はぁ~・・・う〇こしたい…』

 

 こんな感じで人の心の声が聴こえてくるんです。それと同時にノイズの様な雑音も…聴きたくもないのに聴こえてしまう、この状況は学校でも一緒でした。教室に入るとみんなの会話が聞こえてきます。それに紛れてさっきの様な声も・・・そんな空間にいるのが嫌で僕は学校をさぼることが多くなり、現実の世界から逃れるためにゲームばかりに熱中するようになってしまいました。なので僕は本来なら外に出るのも嫌でしたが、ここ最近はある場所に足繁く通っていました。外出する際には少しでも音を聞こえなくするためにヘッドホンを装着して少し大きめに音楽をかけながら歩を進めていました。僕は目的の場所に着くとそこには白一色の大きな建物があり、入り口の自動ドアには総合病院の文字がありました。そう、此処は病院。僕は中に入るとある病室まで行きました。そしてその病室で入院する患者のネームプレートにはこう書かれていました。

 

 

 『石美登 花菜』

 

 

 

 ―――ガラッ―――

 

 

 

 扉を開けると、そこには白い空間に長い黒髪と翡翠の瞳をもった1人の女性がいました。その人はベッドの上で体を起こしながら窓の外を見ていましたが、僕が入ってきたことに気づくとこちらに視線を向け、慈愛に満ちた笑顔で向かい入れてくれました。この人こそが僕の母、石美登 花菜そのひとです。

 

 花菜「あら利久、今日も来てくれたの?」

 

 利久「はい、お母さんは体の方は大丈夫ですか?」

 

 花菜「全然元気よ、ホントなんで入院してるんだろうってくらいに。それよりも今日は平日だけど学校はどうしたの?」  

 

 利久「・・・・・」

 

 花菜「そう、今日も休んだの」 

 

 利久「ごめんなさい…」

 

 花菜「いいのよ、あなたにも思うところがあるんでしょう?それにお母さんは利久がそんな辛い思いをしてまで学校に行ってほしくないわ」

 

 利久「お母さん・・・」

 

 僕は学校をサボってしまっているのに、お母さんは優しく僕の頭を撫でながらその事を許してくれました。その時のお母さんからはハープやピアノ等の楽器でとても穏やかに、聴いていて癒されるような奇麗な音が聴こえてきました。僕は今まで色んな人の心の音を聴いてきましたが、こんなにも奇麗な楽器の音を出す人はお母さんだけでした。だから僕はお母さんといるととても安心して、今まで僕が耐える事ができたのもお母さんのお陰と言っても過言ではないかもしれません。

 

 花菜「それじゃあ今日も一緒にやりましょう」

 

 そう言うとお母さんはベッドの脇に設置されている机から譜面の書かれた紙とヘッドホンの繋がったノートパソコンを取るとベッドに取り付けられているテーブルの上に置きました。お母さんがやろうとしていること、それはお父さんの会社で作っているゲームのBGM作りでした。お母さんは小さい頃から作曲家になることが夢だったらしく、音楽学校を首席で卒業したのですが・・・卒業後に何故か昔馴染みというだけで当時出来たばかりだった僕のお父さん、「石美登 柊哉」のゲーム会社に就職して、紆余曲折を経て結婚して僕を産んだ今もお父さんの会社で専属の作曲家をしているのですが・・・

 

 利久「大丈夫なんですか?ここ毎日続けてやっているじゃないですか。あまり無理してほしくはないです」

 

見ての通り母さんは入院しています。しかし、お母さんは作曲作業が大好きでお父さんに入院中も作曲作業をやらせてほしいと頼み込んでやらせてもらっています。もちろんお父さんも最初は母さんは入院中の身で、そんな状態でいるときに仕事をさせてなるものかと反対していました。しかしお母さんに・・・

 

 花菜「別に私は新作のゲーム作りが心配で言っている訳ではなく、曲作りが好きだからやりたいと言っているだけです。それにずっとベッドの中に居るだけだと退屈すぎて逆に体調が悪化します。貴方は私に早死にしろというんですか?」

 

 ――――――と言われてしまい渋々了承しました。お父さん曰く、昔からお母さんは普段は淑やかなのですが時折意固地になってしまうことがあり、こうなってしまうとお父さんでも頭が上がらないそうです。そういう訳でお母さんは病室で作曲をしていて、僕も曲作りのイロハを教えてもらいながら一緒にやらせてもらっています。

 

 花菜「大丈夫、何度も言ってるけどこれはやりたくてやっているのよ。それに私はこうして利久と一緒に曲を作っている時間が何よりも好きなの。だから心配しなくても大丈夫よ?」

 

 利久「・・・はい、わかりました」

 

 その後僕はお母さんのゲームの曲作りを手伝ったり、ゲームで遊んだりして一緒の時間を過ごしました。しかし楽しい時間というものはあっという間に過ぎてしまうもので、気が付けば面会終了の時間になっていました。

 

 利久「それじゃあ僕は帰りますけど・・・無理だけは絶対にしないでくださいね?」

 

 花菜「はぁ~、あなたもお父さんと同じことを言うのね?本当に親子なんだから・・・大丈夫、利久も気を付けて帰ってね」

 

 

 大丈夫・・・おそらくお母さんはこの時この言葉を無理して言っていたんでしょう。けど僕には気づけませんでした。いや、気づいていたのに気づかない振りをしてしまっていたんでしょう…お母さんの身に起きていることを知りたくなかったから、お母さんと一緒にいる、一緒に曲作りをしているこの時間が大きな心の支えだったから…その事実を突きつけられたのはそれから1月もたたないうちでした。病院から連絡を受け、急いでお父さんと一緒にお母さんのいる病室に向かいました。中に入るとそこに写ったのは、お母さんが使っていたベッドを医師と数名の看護師さんが囲むように立ち、そのベッドの上で目を閉じた状態で全く動かないお母さんの姿でした。

 

 柊哉「花菜・・・そんな…」

 

 利久「おかあ・・・さん?」 

 

 その時、病室内には悲壮感と絶望感の漂う音が聴こえてきました。これはお父さんの心の音なのか、お医者さんや看護師さんの物なのか、はたまた僕自身の物なのか・・・けどその時の僕はただ目の前のことが信じられませんでした。いや、信じたくなかったといった方が正しいでしょう。その時の僕はただ目の前のことから目を背けたくて、お父さんやお医者さんにあることを聞いてしまいました。  

 

 利久「・・・お母さんは・・・・何処にいるんですか?」 

 

 『!?』

 

 利久「僕はお母さんに会いに来たんです。お母さんに合わせてください」

 

 柊哉「利久…」

 

 僕がお母さんの居場所を聞くと、お父さんが僕のことを抱きしめて泣いていました。違う・・・本当は分かってました。こんなことを聞きたくなんかありませんでした。でも、僕は思考を完全に失ってしまいこんなことを聞くことしかできませんでした。後から聞いた話ですが、どうやらお母さんは末期癌だったらしく、長くは生きられなかったそうです。それからしばらくした後お母さんの葬儀が執り行われて、そこでようやく僕は理解しました。お母さんが亡くなったことを、僕の祐逸の心の支えを失ったことを…

 

 利久「お母さん…」

 

 そんな僕に待っていたのは大きな絶望でした。僕はお母さんを失った悲しみに暮れて、四六時中部屋で塞ぎ込むようになりました。僕ははひたすら泣き続け、目の前が見えなくなり、声も枯れてしまうほど涙を流しました。そうして泣いていると、何処からか声が聴こえてきました・・・

 

 

 

 『死にたい・・・こんなに辛いならいっそ死んでしまいたい…』

 

 『アイツ殺す・・・絶対に殺す!』

 

 『気持ち悪い・・・話し掛けてくんじゃねえよ!』

 

 

 

 いやだいやだいやだ!こんな声聴きたくない!僕は力強く耳を塞ぎました。しかしそれでも声は聴こえ続ける。

 

 利久「うるさいうるさいうるさい!僕は・・・うわぁーーーーーー!」

 

 ついに我慢の限界を迎えた僕は大声で発狂して、そしてそこで目の前が暗闇に包まれました。次に目を覚ました時、僕は見覚えのある白一色の部屋で白いベッドに寝かされ、手には点滴が繋がれていました。僕は体を起こそうとしましたが上手く力が入らず動かすことができませんでした。ふと手に違和感を感じて、首だけ辛うじて動かすことができたので横に視線を向けました。するとそこには僕の手を握りながらベッドに伏せたお父さんの姿がありました。 

 

 利久「お父さん?」

 

 僕が呼びかけるとお父さんは目を見開いて驚きと安堵の混じった表情になり、あの時と同じように僕のことを抱きしめてくれました。その時お父さんは涙を流しながら何かを言っていました。けど・・・それを僕は聞き取ることができませんでした。僕が呼びかけても何も反応しない僕に困惑し、お医者さんを呼びました。その後僕は物音だけは聞くことができたのですがなぜか人の声だけが聴くことができず、筆談で何とか状況を知ることができました。

 

 利久『僕はどうしたんですか?』

 

 柊哉『部屋からいきなり叫び声が聞こえて行ってみたらお前が倒れてたんだ。急いで救急車を呼んでそれから丸3日寝たきりだったんだぞ?』

 

 利久『そうだったんですか・・・ごめんなさいお父さん、心配をおかけしてしまい』

 

 柊哉『本当に心配したんだからな?花菜が亡くなって、お前まで俺の前からいなくなったらと思うと肝を冷やした・・・けど、無事に目が覚めてよかった。どこか体に変なところはないか?』

 

 利久『聴こえません・・・お父さんとお医者さんの声が。他の音は聴こえるのに人の声だけが聴こえないんです。いったいどうしてですか?』

 

 柊哉『先生の話によるとどうも極度のストレスによるものらしい。脳が自動的に人の声だけを聞こえないようにして、お前自身を守ろうとしているんじゃないかって』

 

 利久『治るんですか?』

 

 僕が聞くとお父さんは少し悩むような仕草をした後ボードに筆を走らせました。

 

 柊哉『治ることには治らしいが・・・病院じゃ治療は出来ないそうだ』

 

 利久『どういうことですか?』

 

 柊哉『これはお前の心の問題。こればっかりは病院で如何こうできる事じゃないんだ。日々の生活の中でお前自身で直していくしかないんだ』

 

 利久『そうですか・・・わかりました。ところで僕は後どれくらい入院してなきゃいけないんですか?』

 

 柊哉『色々と検査をするから今日1日は入院してもらうことになる。検査の結果が良ければ明日には退院できるそうだ』

 

 それを知って僕は安心しました。その後お父さんは仕事があるので病室を出て、僕は独り病院に泊まることになりました。そして翌日、僕は迎えに来た父さんに連れられて病院を後にしました。そして外に出た時、僕の目の前に広がっていたのは天国でした。いつものように普通の人のは聴こえないような町中の音は聴こえましたが、それだけでした。人の声は一切聴こえず、今まで聞こえてきたあの雑音や負の感情の詰まった声も例外ではなく、その時世界はとても輝いて見えました。でもそれは・・・たったひと時でしかありませんでした。僕は学校に再び通いだしましたが、周りから僕に対する反応は全く変わりませんでした。話し掛けようにも筆談しかできず、そんな僕は居ないかの様に扱われ続け、孤独感がさらに強まった僕は再び不登校になりました。

 

 利久「(寂しい、僕はどうしていつも1人されるんですか?辛いです・・・)」

 

 僕は1人でいる事に対する悲しみに暮れていました。そんな悲しみを紛らわせるために僕はゲームに熱中して、学校に行かない日々を送っていたらいつの間にか僕は中学生になっていました。流石に卒業式や入学式、テストの日には学校に行っていましたがそれ以外の日は家かゲームセンターでゲームに明け暮れる生活を続けていた僕でしたが・・・そんなある日、僕は出会いました。僕を変えてくれる、最高の仲間と…それは僕がゲームセンターに来て格闘ゲームをしていた時のことでした。

 

 利久「(・・・?なんでしょう、先程一瞬何か聴こえたような…)」 

 

 一瞬ではありましたが、ゲームの機械音やBGMに紛れて何か別の音が聴こえた気がして、辺りを見渡し音の発生源を探しました。するとドラムの演奏ゲームの前に立つ僕が在籍している中学校の制服に身を包んだ赤髪の人と青髪の人に目がとまりました。何故目に留まったのか、その理由はすぐにわかりました。

 

 利久「・・・!」

 

 ほんの僅かではありましたがあの2人から聴こえたんです。赤い髪の人の方からはボーボーと劫火の音と歪みかかったギターの音が。そして青髪の人の方からはザーザーと波の潺の音と体に響くようなドラムの音が。この電子音ばかりの空間に不釣り合いな自然の音と楽器の音があの2人から聞こえてきたんです。この音は・・・間違いありません。あの日からずっと聴こえなくなっていた、僕が聴きたくないと思っていた、人の心の音…  

 

 利久「(久しぶりに聴きました。それに、楽器の音を出す人なんてお母さん以外では初めてです…そういえばあの制服、僕の学校と同じ・・・)」

 

 僕はあの2人のこと見つめてしまいましたが、すぐにゲーム機に向き直りゲームを再開しました。しかし少しすると、誰かが近づいてくる気配がしました。僕は振り返るとそこには先程の赤髪の人がキラキラした目で僕を見て何か言いながら立っていました。

 

 利久「(え?な、何ですかこの人・・・)」

 

 とりあえず何を言っているのか分からなかったので僕はホワイトボードにペンを走らせて筆談でしか会話できないことを伝えてホワイトボードを渡しました。すると向こうもペンを走らせて答えてくれました。

 

 レン『俺の名前は赤城 レン。俺達と一緒にバンドやろうぜ!』

 

 利久「(・・・はい?)」  

 

 この人はいったい何を言っているのか僕は理解できませんでした。バンド?あの楽器を演奏する?何で見ず知らずの僕に?僕は色々と疑問符を浮かべていると隣に立っていた青い髪の人が溜息をついてホワイトボードを差し出してきました。 

 

 碧斗『いきなりこのバカがすまない。俺は海原 碧斗、一応こいつとバンドを組んでて一緒に他のメンバーを探している真っ最中なんだ。それよりもお前もしかして石美登か?』

 

 利久『僕をご存じなんですか?』

 

 碧斗『ああ、一応俺とこのバカはお前とクラスメイトだ』

 

 驚きました。数える程度しか学校に行っていないのに覚えていてくれる人がいただなんて・・・ところで先ほどバンドと言っていましたがどういう事でしょうか?

 

 利久『そうなんですか。ところでお2人ともバンドを組んでいるんですか?』

 

 碧斗『まあな、と言っても今の所メンバーは俺とレンの2人だけどな。絶賛メンバーを探している真っ最中だ』

 

 なるほど、それで僕に声を掛けてきたという訳ですか。けど何で見ず知らずの僕に?

 

 利久『なんで僕を誘ったんですか?』

 

 レン『お前がほしいからだ!』

 

 ・・・はい?どういうことですか?言ってる意味がさっぱり理解できません…

 

 レン『お前がゲームしてる時の指の動き、凄かった。お前には俺のバンドのキーボードをやってもらう!』

 

 うん?なんかやる事確定していませんか?そう思っていると赤城さんのことを海原さんが小突いて言い争いを始めました。けどその姿は仲のいい友達同士が唯じゃれあっているようなものでとても微笑ましかったです。僕もこの2人の仲には入れたら・・・僕は一瞬だけですけどそう思いました。けど、すぐに学校での出来事や何時も聞こえてきていた人の本心の声のことが頭をよぎりその考えを払拭されました。

 

 利久『とても素敵なお誘いですけど・・・ごめんなさい』

 

 そして僕は逃げるようにゲームセンタ-を後にしました。この2人はそんな人ではないと分かっていました。でも人とかかわるとまたさっきの事が頭をよぎりどうしても人と関わることに恐怖してしまう。だから僕は差し伸べてくれた2人の手を拒絶してしまいました。けれども翌日、僕がゲームセンターに行くと・・・

 

 利久「・・・!」

 

 レン『よう利久!』

 

 碧斗『・・・・・』

 

 また2人がいました。何故ここに?その疑問は赤城さんの次の言葉で晴れました。

 

 レン『利久、俺達と一緒にバンドやろうぜ!』

 

 そう、懲りずに僕の勧誘に来たんです。

 

 利久『どうしてまた誘いに来たんですか?僕は断ったはずですよね?』

 

 レン『ああ、けど俺はお前とバンドがやりたい!だから誘いに来た!』

 

 なんでしょう・・・これってあれですよね?ストーカー宣告と受け取っていいんですよね?僕はちょっと引いてしまいその日はすぐに帰ることにしました。僕がゲームセンターから出ると昨日と同じような2人の小競り合いが聴こえたような気がしました。それからというもの、ゲームセンターに行く度2人が待ち構えていて赤城さんからしつこく勧誘をされましたがその都度断っていました。けどその代わりに対戦型ゲームで一緒に遊ぶようになり、楽しい毎日を送っていました。そんな日が続いていたある日のことでした。僕がゲームセンターに向かおうとしていた道中、僕は今日もあの2人と一緒にゲームで遊べることを楽しみにしながら歩いていました。しかしその時でした。

 

 

 

 ―――ドンッ!―――

 

 

 

 利久「・・・!」

 

 僕はついつい気を緩めてしまい目の前を歩いていた人にぶつかってしまいました。僕が顔を上げるとそこには僕よりも背が高く、着崩した制服に染めた髪にピアスを身に付けた明らかにガラの悪い高校生人6人が僕を睨みつけてきていました。その人達は何か僕に対して言ってきましたが僕は何を言っているのかわからず困惑しているとそのうちの2人に両腕を拘束され、気が付くと僕は何も抵抗することができずに路地裏まで連れてこられていました。僕は恐怖で身動きが取れずにいると、目の前の人達はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら壁際まで追いつめてきました。マズイ、下手したら殺される!そう思ったその直後、1人が拳を思いっきり振り上げ僕に振り下ろしてきました。殴られる。僕が目を瞑り、次に来る衝撃に備えようとしたその時でした・・・

 

 ?「ちょっと待て――――――――――!」

 

 どこからともなく人の声が聴こえてきました。この機に及んで幻聴?いえ、はっきりと聴こえる人の声。恐る恐る僕が目を開けると、そこには僕を守るかのように1人の人物が、特徴的な真っ赤な髪をした炎の様に暑苦しい彼、赤城 レンが6人の不良の前に立ちはだかっていました。

 

 レン「俺、惨状!」 

 

 しかもキメポーズしてキメ台詞を言いながら。けどそれよりも驚いたことが僕にはありました。

 

 レン「利久、大丈夫か!?て言っても聞こえないか・・・おいお前ら!俺のバンドメンバーに何しようとしてた!?」

 

 声が・・・聴こえたんです。今までずっと聴こえなかった人の声が。けどそれは向こうの不良グループも例外ではありませんでした。

 

 「なんだてめえ?」

  

 「1人で俺らとやり合おうってのか?」

 

 向こうは明らかにやる気満々、しかも高校生6人いてに対して赤城さんは1人で僕を守りながら応戦しなくてはならない。どちらが有利かは明らかでした。けれど・・・

 

 レン「ああやってやるよ!こいつはうちのキーボードだ!こいつには絶対指一本触れさせねえ!」

 

 彼は臆することなく立ち向かっていき、複数の高校生相手に見事な格闘術で応戦していました。その姿はまさに日曜の朝にテレビで見るヒーローのようでした。けど、やっぱり戦況は多勢に無勢。赤城さんは防戦一方となってしまい、ついにはボロボロになってしまいました。

 

 利久「赤城さん!」

 

 レン「へ・・・大丈夫、かすり傷だ…心配するな利久、お前は絶対に守り抜いてやる!」

 

 利久「どうして・・・」

 

 レン「ん?」

 

 利久「どうして僕の為にそこまでするんですか!?赤の他人でしかない僕の為にそこまで傷つくんですか!?」

 

 レン「そんなもん決まってるだろ!お前は俺の友達でバンドメンバーだからだ!」

 

 利久「え・・・」

 

 レン「それにヒーローは絶対目の前に困ったり、助けを求めてる存在があったら絶対に見捨てない!」

 

 友達・・・そんな事、生れてはじめて言われました…上辺なんかじゃない心からの言葉、それに対して言いようのない嬉しさを僕は感じました。

 

 「は!なんだよそれ?」

 

 「こいついかれてやがるぜ!」 

 

 けどそれに対して不良達はそれをあざ笑ってバカにしてきました。その時、僕の脳裏には1つの言葉が浮かびました。

 

 花菜『いい利久、今は逃げてもいいわ。でもね、いつかは向き合わなきゃいけないの。ゲームもそう、いつも逃げてばっかりだと大事なところで経験値が足りなくて敵が倒せない。そうなってくるとストーリーも全然進まなくてクリアできないわ…だからその時は、勇気を出して立ち向かって』

 

 利久「・・・うな・・・」

 

 「ああん?」

 

 利久「笑うな!僕の友達をバカにすることは絶対に許しません!」

 

 レン「利久・・・」

 

 僕は、生れて初めて怒りを覚えました。それにレンは僕の為にここまでしてくれたんです。そんなレンを笑うこの人達が許せなかった。その怒りは恐怖を消し去り、立ち向かう勇気に変えてくれました。僕はもう逃げない!

 

 「はっ!さっきまでビビってたやつがなにいきがって「とりゃ―――!」ぐはっ!」

 

 僕は1人に思いっきりアッパーをくらわせました。それはもうストリートファイターの昇竜拳の様に・・・僕は引き籠っていましたが、運動不足を解消する為に今までやってきた色んな格闘ゲームのキャラの動きを真似したりして鍛えてきたので対人戦に関しては少し自信がありました。

 

 利久「僕のことをひ弱なんて思っているのでしたら大間違いですよ!」

 

 レン「利久!」

 

 利久「赤城さん!いや、レン!やりましょう!」

 

 レン「ああ!このステージ・・・」

 

 レ・利「「俺(僕)達の超強力プレイでクリアしてやるぜ!(みせます!)」」

 

 それからの僕達は一方的でした。不良6人を相手に圧勝し、気が付くと6人は気絶していました。

 

 利久「・・・勝ちましたね?」

 

 レン「ああ・・・ありがとな、お前を助けるどころかこっちが助けられて…」

 

 利久「いえ、むしろお礼を言うのはこっちの方です。それに僕は当然のことをしたまでです。だって僕達は友達で・・・同じバンドのメンバーなんですから」

 

 レン「・・・!利久、じゃあ・・・」

 

 利久「はい!これからもよろしくお願いします!」

 

 レン「ああ!よーしこれでようやく3Pバンドができる!それじゃあいつも通りゲーセンにいくか!」

 

 利久「はい!」

 

 お母さん見てますか?僕に初めて友達ができました!でも、たぶん最後にはこうなっていたと思います。だってレンは、目の前に辛い思いをしている人がいたらその人に手を伸ばして、拒まれても掴んでで離さない、そんなヒーローだから!

 

 レン「ん?そういえば利久、お前普通に話せてるし俺の言ってることが聴こえるようになったのか!?」

 

 ・・・今更気づいたんですか…

 

 

 

     ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 碧斗「全く、やっぱりあいつは底知れないほどのバカだな。まあこんな風にお節介している俺も相当なのかもな…」

 

 そう呟く俺の周りにはさっきよりも大人数の不良が倒れていた。どうやらあの2人が相手していたやつらのうちの1人が仲間を呼んでいたらしい。けどその様子を見ていた俺はそいつらを全員相手していた。けど相手するにあたって俺は手で人傷付ける事だけは絶対にしないと決めているためすべて足技だけ使っていたが・・・案外行けるもんなんだな。と言うよりもこいつらが雑魚過ぎただけか・・・

 

 碧斗「まあそれよりも石美登・・・いや、利久の耳も元に戻ってメンバーになったことだし、これで万々歳だな」

 

 それに、これで条件は満たした訳だ。これでの人も例の頼みを受け入れてくれる筈だ。けどレンのことだ、まだメンバーを探すんだろうな・・・

 

 碧斗「まあ別にそれは今すぐする事じゃないか。とりあえず俺もゲーセンに行くか・・・」

 

 とりあえず俺は2人の待つゲーセンに向けて歩を進めた。その前に俺は薬局によって傷薬にガーゼ、シップに包帯を買うことも忘れなかった。アイツ結構ボロボロにされてたからな…そういえば俺も何かとこういうお節介をするようになったな・・・俺も利久もレンの影響を受けたか・・・けど、この時の俺は知る有もなかった。あと2人、レンのお節介に影響を受ける奴がいるなんて…

 



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姉は薦める

 

 香澄「リッ君・・・そんな事があったんだ…」

 

 沙綾「私も初めて聞いたけど・・・利久はお母さんを・・・」

 

 利久の過去、俺達と利久の出会いを聞いた2人は少し重苦しい表情をしていた。

 

 碧斗「けど、アイツはそれを乗り越えた。あの一件の後アイツは心の音のON・OFFができるようになったらしい。それ以来利久は学校にもしっかり行くようになって、俺達のバンドの作曲をする為に、父親の会社で曲作りを教えてもらう代わりにテストプレイヤーにもなって、その為にゲームの世界大会でも優勝した」

 

 まさかあんなに世間を怖がっていた人間がここまで世の中に出てくるようになるなんて・・・まあ利久の場合そんな話で済むレベルじゃないけどな…

 

 碧斗「そして何より利久は・・・大切な友達を得た。だからこそアイツは前に進めたんだ」

 

 香澄「リッ君・・・」

 

 碧斗「けど、もしかしたら利久はまだましな方だったのかもしれない・・・」

 

 香澄「え?」

 

 沙綾「どういう事・・・?」

 

 碧斗「アイツ以上に、人に傷付けられた奴がいるってことだ・・・」

 

 そう、利久は人の心の声が聴こえたからこそ人間不信に陥り、人と関わることを拒んでいた。けど・・・

 

 碧斗「そいつは利久とは逆だった。一生懸命努力してもそれを認められずに、人からも直接心無い言葉を投げかけられて、誰も信じる事が出来なくなった。そのせいで自分が好きだった、情熱を注いでいたものも・・・嫌いになった」

 

 沙綾「自分の好きなことを・・・」

 

 りみ「それってもしかして・・・明日香君のこと?」

 

 沙綾「え!?」

 

 香澄「り、りみりん!?」

 

 俺が再びメンバーの1人との出会いを語ろうとして沙綾がさらに表情を暗くしたその時、3人だけだった空間に新たな人物の声が響いた。それは戸山と沙綾のバンドメンバーの牛込だった。いきなりの牛込の登場についさっきまで浮かない表情をしていた2人も驚きの表情に変わっていた。ほんといつの間にいたんだ?というよりも牛込は明日香の過去を知っているのか?

 

 香澄「い、何時からいたの?」

 

 りみ「ついさっき。チョココロネを買いに来たんだけど、そしたら碧斗君の話が聴こえて・・・」

 

 沙綾「そ、そうだったんだ…」

 

 りみ「ご、ごめんね・・・驚かせちゃって…」

 

 碧斗「いや、こっちこそすまない。話しに夢中になって来た事にも気づかなくて・・・それよりも牛込は明日香の過去を知ってるのか?」

 

 りみ「う、うん・・・ちょっとだけ前に明日香君から教えてもらったから…」

 

 碧斗「明日香から?」

 

 アイツが自分から直接話すなんて珍しい・・・それだけ牛込に対して心を開いているってことか。

 

 りみ「明日香君言ってた・・・小役だった時、最初の頃は楽しかったけど、遊ぶ時間も作らないで芸能活動と習い事を頑張ってたら人気が出るにつれて学校でも浮くようになって、他の小役の子達からも酷く当たられて芸能活動と芸事が嫌になって、小役もやめたって…」

 

  確かに・・・自分の自由な時間すらも投げ打ってまで辛いことでもやり遂げてきたのに、周りからその努力すら認めてもらえず、見返りとして帰ってきたのはその努力を全否定するような言葉の数々。そんな目に遭ったら好きだったことが嫌になって、人を信じられなくなるのは無理もない。

 

 りみ「けど、こうも言ってた。レン君と出会って、レン君のおかげで変わることができて、もう一度人を信じれるようになったって…」

 

 沙綾「またレンなんだ・・・どうせまた学校とかで見かけて仲間にしたいと思って、色々と首を突っ込んでメンバーにしたんでしょ?」

 

 碧斗「いや、まあ大体合ってはいるが今回はちょっと違う」

 

 香澄「え?違うの?」

 

 碧斗「ああ、今回はちょっとした諸事情と仲介人がいたんだ」

 

 香・沙「「仲介人?」」

 

 碧斗「あー、またちょっと長い話になるけどな・・・」

 

 こうして、俺はまた長い話を今度は牛込を交えてすることになった。天女の生まれ変わりとも言われたベーシストとの出会いと、俺達があの人に弟子入りした時の出来事を―――――――――――

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 レン「オーナー、此奴がキーボードをやることになった利久です!約束通りメンバーは3人になりました。お願いします!弟子にしてください!」

 

 利久がメンバーになった翌日、レンに連れられて俺と利久はSPACEへと来ていたが・・・着いてすぐにレンはカウンターの椅子に座る此処のオーナーの都築 詩船に頭を下げ、利久はその様を見て困惑していた。分かるぞ利久、俺も前同じ目に遭った。実は俺がレンとバンドを組んですぐ、俺達は自主練のおかげで多少は楽器が弾けるようにはなった。しかし初心者である俺達には自分達だけで出来る事には限界があり、このままでは技術レベルが全く上がらない。そこで俺達はレンの提案で此処のオーナーに弟子入りを頼んだが・・・もちろんあっさりと断られ、その後レンが熱心に頼んだ末にメンバーをあと1人連れてくることを条件に弟子入りを許されたらしいのだが・・・

 

 オーナー「ダメだ!」

 

 レン「えー!?何でですか!?ちゃんと3人になったじゃないですか!」 

 

 なぜか断られた。なんでだ?メンバーが3人になったら良いんじゃないのか?俺と利久が頭に疑問符を浮かべているとオーナーは呆れ交じりにため息をついて口を開いた。

 

 オーナー「確かにあと1人メンバーを連れてくれば弟子にするとは言った。けど、私はベースをやるやつを連れてこいと言ったはずだよ?」

 

 碧斗「・・・はあ?」

 

 ベース?どういうことだ?俺はレンのことを思いっきり睨みつけた。するとレンは思い出したかのように口を開いた。

 

 レン「あー・・・そういえばそんな事を言っていたような…」

 

 碧斗「おい、それかなり大事なことなんじゃないのか?」

 

 そういえば3人組のロックバンドっていうのはギター、ドラム、ベースが基本だったか。まあベースがいないバンドもあることにはあるらしいが・・・残念なことに俺らは楽器初心者、変則的なバンドをやろうとするとまず演奏が成り立たないし、変な癖がついたりするかもしれない。だからこそベースは必要不可欠。なのにこいつはそんな大事なことを聞き逃していただと?

 

 オーナー「はぁー・・・」

 

 オーナーは再び呆れ交じりの溜息をこぼすと椅子から立ち上がり自室へと入って行ってしまった。

 

 オーナー「出直してきな!」

 

 しっかりと捨て台詞も添えて・・・その後俺達3人はロビーにある椅子に座りレンは項垂れ、利久は困惑していた。無理もない、キーボードをやってほしいと頼まれたのに、ほしいのはベースだと言われて追い返されたんだ。

 

 利久「えーと・・・なんかごめんなさい…」

 

 碧斗「別にお前が謝ることじゃないだろ。元はと言えばこのバカが大事な所を聞き逃していたのが原因だ」

 

 レン「誰がバカだ誰が。にしてもベースかー・・・」

 

 利久「あの、ベースをやる人がほしいのでしたら僕がやればいい話なんじゃ「それはダメだ!」え!?」

 

 レン「利久はこのバンドのキーボード担当だ。ギターでもボーカルでもましてやベースでもない、キーボードなんだ。それが1番似合ってる」

  

 碧斗「ならどうするんだ?」

 

 レン「決まってる、また探せばいい!」

 

 言うと思った・・・けどそう簡単に見つかるものか?そう思ったその時だった。

 

 ?「うーん、ずいぶんと悩んでるみたいだねー?」

 

 レ・碧・利「「「え?」」」

 

 突然のほほんとした声の女の人から話し掛けられた。しかもその声は聞き覚えのあるもので、俺達は声のした方を見るとそこには長いピンク色の髪をした俺等より年上の女の人がいて、その姿に俺は見覚えがあった。そう、あれは確かレンに連れられて初めて此処のライブを観に来た時・・・そうだ、レンのお兄さんのバンドのベースをやっていた人だ。けどそれ以外にもどこかで見たことがあるような・・・

 

 レン「華美さん!」

 

 俺は目の前の女性に対する既視感に首を傾げていると、レンはその女性の名前を呼びそれで俺はピンときた。華美?まさか・・・

 

 碧斗「もしかして・・・女優の桃瀬 華美か!?」

 

 利久「え?どなたですか?」

 

 碧斗「お前知らないのか!?芸能人だぞ!?」

 

 利久「すいません・・・テレビをあまり見ないものですから」

 

 碧斗「そうか、なら仕方ないか」 

      

 華美「お、もしかして君は私のこと知ってくれてるの?嬉しいね~!」

 

 知ってるも何も超有名人だ。テレビを中心に活躍し、もはやテレビで見ない日は無いといっても過言ではない大人気高校生女優。そんな超有名人が今目の前にいる。

 

 碧斗「何で芸能人の貴方がこんな所に!?」  

 

 華美「う~ん、何でって言われても私もバンドやってるから?」

 

 碧斗「あ、それもそうか・・・て、そういえば何でバンドを?」

 

 さっきも言ったがこの人は大人気女優。かなり多忙なはずなのに何でバンドを?

 

 華美「それはね~・・・晴緋の力になってあげたかったからかな?」  

 

 碧斗「レンのお兄さんの?」

 

 華美「うん・・・私が出会ったばかりの時、晴緋は明るさこそはあったけど持病のせいで何もできなくて、何時退屈そうにして心の底から笑えてなかった」

 

 持病、俺と利久は華美さんのその言葉を聞いた瞬間にレンの方にも視線を向けていた。

 

 レン「兄さんは小さい頃から心臓が弱かったんだ。だから激しい運動とか心臓に負担がかかることは禁止されてて何もできなかったんだ」

 

 華美「けどある日何があったのか突然バンドの勧誘のチラシを学校で配っててね、その時から晴緋は生き生きして心の底から笑ようになってた。そんな晴緋見てたら・・・応援したくなっちゃったの」

 

 そう言いながら華美さんはうっとりとした笑みを浮かべていた。その顔はとても愛おしそうで、まるで恋する乙女だった。それを見た俺は大体わかった。そうか、この人はレンのお兄さんのことを・・・

 

 華美「まあ私の話はさておき、それよりも話は聞かせてもらったわよ。レン君はベースをやる人を探しているんだよね?」

 

 レン「あ、はい」

 

 華美「ならちょうどいい人を知ってるわ。それも君達の同級生で」

 

 レン「本当ですか!?」

 

 驚いた、けど正直少しだけ疑わしい。こんなにも都合よくいい話が舞い込んでくるなんて・・・けどその疑いは次の利久の一言でなくなった。

 

 利久「別に嘘をついてはないみたいですよ?」

 

 碧斗「は?あ、まさか利久心の音を?」

 

 華美「え?なになに?どういうこと?」

 

 碧斗「あ・・・」

 

 俺は華美さんに利久のことを説明した。

 

 華美「ふーん、心の音をねー」

 

 利久「すいません、勝手に聴いちゃって・・・」

 

 華美「いいよいいよ、いきなりこんな美味しい話されたって信じられないのも無理はないしね」

 

 レン「それで、それって誰なんですか?」

 

 そうだ、俺達にとっての1番の疑問をまだ聞いていなかった。俺達のバンドのベースになれる人物、それはいったい誰なんだ?すると華美さんは俺達に1人の人物が写る、1枚の写真を見せてきた。そこに写っていたのは・・・

 

 レン「女の子?」

 

 利久「凄く可愛いですね」 

 

 ピンクの髪の美少女だった。けどこの見た目、どことなく華美さんに似ているような・・・それにちょっと見覚えがある気がするが・・・

 

 華美「・・・プククク・・・アッハッハッハ!」

 

 レ・碧・利「「「!?」」」

 

 俺達が写真に写る人物の感想を口にしていたら急に華美さんが笑いだした。気でも狂ったのか!? 

 

 華美「アッハッハッハ!・・・イヤーごめんね?3人とも見事に引っ搔かったから」 

 

 レ・碧・利「「「え?」」」

 

 華美「その子、女の子じゃなくて男よ?」

 

 レン「・・・え?お・・と・・・こ・・・?」

 

 華美「うん、男」

 

 『え――――――――――!?』

 

 嘘だろ!?この華奢な見た目で男なのか!?ほんと人は見かけによらない・・・あれ?でもそういえばコイツ・・・

 

 碧斗「そういえば隣のクラスにこんなやつがいたような・・・」

 

 レン「なに!?」

 

 利久「本当ですか!?」

 

 碧斗「ああ、確か文芸部に所属してたはずだ」

 

 前にちょっと本を借りに文芸部の部室に行ったときに見かけたくらいだが・・・

 

 華美「じゃあ、後のことは大丈夫そうだね?」

 

 レン「え?」

 

 華美「あとは君達に任せた!あ、それとその子に会った時私の名前はなるべく伏せておいてね。じゃあね~」

 

 そう言うと華美さんは嵐の様に去っていった。

 

 レン「ちょっ!華美さん!?行っちゃった・・・」

 

 碧斗「で、どうするんだ?そいつのこと誘うのか?」

 

 レン「あー・・・まあ折角の厚意を無碍にもできないし、それに他に宛ても無いし・・・兎に角、ジーとしててもドーにもならねえ!明日そいつに会いに行ってみよう」

  

 その後残された俺達は他に宛ても無かったから、華美さんの提案を受け入れて例の人物を勧誘してみることにした。そして翌日の昼休み―――――――――

 

 レン「よし行くか!」

 

 碧斗「ああ」

 

 利久「ええ」

 

 俺達は昼休みに隣の教室に行くと、突然の俺達の登場に教室内が騒めきだした。それもそうか、前にやった俺とレンの料理対決はかなり話題になっていたからその当人がいきなり教室に来たらそりゃ騒ぎにもなるか…けど俺達はそんなこと気にも留めず、教室内を見渡して例の人物を探した。しかしそれはすぐに見つける事が出来た。唯一人異色的な美しさを感じさせる雰囲気を醸し出し、窓際の席に1人でいる華奢なその姿は男とは解っていても女神と体現せずにはいられなかった。レンは目的の人物を見つけるとその席までまっすぐ向かっていった。当人はいきなりが自分の元までレンが来たことに一瞬かなり驚いていた。

 

 レン「なあ、えーと・・・」

 

 明日香「明日香」

 

 レン「え?」

 

 明日香「僕の名前です」

 

 レン「おお、明日香か。俺は赤城 レン!それじゃあ明日香、俺達と一緒にバンドやろうぜ!」

 

 明日香「は?」

 

 レン「丁度ベースやるヤツ探しててさ、そしたらある人からお前のことを進められてな。だから俺達のベースをやってくれ!」

 

 明日香「・・・はあ?」

 

 しかし、レンが勧誘のセリフを言った途端にその表情は一変した。普通こんなことをいきなり言われたら困惑するものだ、現に俺と利久がそうだったように。けど明日香のその表情はそうではなかった。それはまるで憎悪を含んでいるかのような、明らかに敵意をむき出しにしているもので、声も少しドスが効いていた。

 

 明日香「悪いけど、他をあたって」

 

 そう言うと明日香は立ち上がり、教室から出て行ってしまった。けど俺はその明日香のあの反応が何か引っ掛かった。まるで、バンドのことを・・・いや、音楽そのものを毛嫌いしているように見えて仕方なかった。けど今はそんな事を考えても仕方ない、とりあえず俺達は放課後にまた勧誘しに行くことにした。

 

 レン「失礼します」

 

 碧斗「失礼します」

 

 利久「お邪魔します」

 

 そして放課後に俺達は文芸部の部室へと来ていた。しかしそこに明日香はまだ来ておらず、女子部員が1人いるだけだった。確かこの人は・・・そうだ文芸部の部長だ。

 

 「え?えっと・・・君達は?」

 

 レン「あ、のー俺達明日香に話があって・・・」 

 

 「明日香?君達明日香君に何か―――ガラッ!―――「お疲れ様です・・・って、え?」あ、明日香君」

 

 部長さんが俺達に用件を聞こうとしたその時、丁度明日香が部室に入ってきた。しかし俺達の存在に気が付くと教室の時と同じ表情に変わっていた。

 

 レン「よう、明日香!俺達と一緒に「すいません部長、ちょっと体調がすぐれないので今日は帰ります」え、ちょっと待って―――バタン!―――あ・・・」

 

 そしてすぐさま部室から出て行ってしまった。俺達は唖然としてしまい、その様子を見て状況が理解できない部長さんが俺達に何があったのか聞いてきた。

 

 「えっと、君達明日香君と何かあったのですか?」

 

 碧斗「あ、実は―――――」

 

 俺は俺達がバンドをやろうとしている事、ベースをやる人を探していて明日香を薦められたこと、昼休みに勧誘をしに行って断られたことを説明した。華美さんの名前は伏せて。部長さんは俺の話を聞き、全て話し終えるとちょっと気難しそうにした。

 

 「残念だけど・・・明日香君は首を縦にはふらないと思う…」

 

 レン「え!?なんでですか!?」

 

 「だって明日香君は、芸事を嫌っていますから・・・特にバンドは尚更・・・」  

 

 芸事を嫌う?特にバンドは?いったいどういうことだ?

 

 利久「どういうことですか?」

 

 「その反応から見るに君達は知らないみたいですね。彼が桃瀬家の人間だということは・・・」    

 

 ・・・桃瀬家?明日香が!?

 

 利久「え!?そうなんですか!?」

 

 レン「ということは明日香は・・・」 

 

 そうか、俺は昨日の写真を見せられた時の違和感の謎が解けた。どこかでか見たことがるとは思っていたが・・・

 

 碧斗「レン「行くぞ2人とも」あ、おい待て!失礼しました」

 

 利久「レン?あ、あの、お邪魔しました」

 

 レンは部長さんから理由を聞かずに文芸部の部室から出ていき、そのまま学校を出てしまい、俺らはレンに促されるまま後をついていき、気が付くと駅前へと来ていた。しかしそこには普段見ない沢山の人だかりができていて、その隙間から僅かにのぞくことができたがどうやらドラマの撮影をやっているようだ。そしてその出演者の中には、華美さんの姿もあった。すると華美さんはこちらに気が付いたのか俺達に薄らと笑みを向けてきた。そしてしばらくすると監督の人から撮影終了の声が上がり、俺達は華美さんの元に向かった。

 

 華美「おー、3人も見に来てくれてたんだ。それでそれで、勧誘の方はうまくいったの?」

 

 レン「それ、分かってて聞いてますよね?」

 

 華美「・・・はぁ~、そりゃそう簡単にはいかないか…」

 

 レン「どうして・・・黙ってたんですか?明日香が、華美さんの弟だってこと…」

 

 華美「聞かれなかったから・・・て言う訳にはいかないよね…明日香はね、嫌っているの・・・芸事に関すること全て、自分が桃瀬家の人間であるってこともね…」

 

 利久「嫌っている?」

 

 碧斗「・・・それは、アイツが芸能活動をやめたことと何か関係あるんですか?」

 

 レン「え!?」

 

 利久「芸能活動!?」

 

 華美「知ってたんだ?」

 

 碧斗「アイツのことどこかで見たことあるって思って・・・思い出したんです。大人気小役、桃瀬 明日香。去年少しだけ騒ぎになってたから」

 

 レン「そういえばクラスが違かったからあんまり話は入ってこなかったけど、そんな話を小耳にはさんだな。それが明日香ってことか…」

 

 華美「ええ・・・レン君達には薦めた手前話さなきゃいけないよね・・・明日香はね―――――」 

 

 

 そして華美さんは俺達に話してくれた。明日香が何故芸能活動をやめて芸事を嫌うようになったのか、それを聞いて俺達はただ茫然としてしまった。

 

 レン「虐め・・・か…」

 

 碧斗「ありきたりと言えばありきたりだが・・・」

 

 利久「周りの友達全員から、それもただ自分が好きなことをやっていただけ・・・そんなの辛すぎます…」

 

 華美「そうね・・・あんなに楽しんで、一生懸命努力してたのに・・・待っていたのは友達の裏切りと心無い言葉の数々。まだ幼いあの子には、人を信じられなくなるには十分だったわ。そしてあの子は心を閉ざして、あんなにも楽しんでた芸事を嫌いになって、桃瀬家である自分自身のことも・・・」

 

 悲痛な趣でポツリポツリと明日香に起こったことを語る華美さん。その姿からは姉として何もしてあげられなかった悔しさや悲しさが犇々と伝わってきた。

 

 華美「でもね・・・もしかしたらまだ明日香は未練があるのかもしれない…」

 

 利久「え?どうしてそんな事がわかるんですか?」

 

 華美「だって明日香はあれ以来小説をたくさん読むようになって、どれもドラマ化された時に自分やお父様、お母様が出演してた作品だったから。それに、家でも時々置いてある楽器を名残惜しそうに眺めてる時がるし・・・そしてなにより、明日香が1番嫌っているのは他でもない私だから…」

 

 レン「華美さんを?いったいどうして?」

 

 華美「明日香はあんなにも辛い思いをして、芸事が嫌いになるまで至った。なのに私は今でもこうして芸能活動をしていて、さらにバンドまで初めてこうして芸事を楽しんでいる。だから私は・・・」

 

 そう言いながら、華美さんは涙を流し始め、さっきよりも悲壮感がより一層強まっていた。

 

 利久「は、華美さん!?」

 

 華美「グスッ・・・ごめんなさい、取り乱しちゃったわね…だから私には、何もしてげあれない・・・あの子を救ってあげる事は出来ない…だからレン君がバンド始めてメンバーを探してるって聞いた時、チャンスだって思ったの。きっとレン君なら明日香の心を開いて、また前みたいに芸事が好きで、私にも笑顔を向けてくれる明日香に戻ってくれるって。だからレン君に明日香のことを薦めたの」

 

 そうか、だからあの時華美さんは俺達に都合よく明日香を薦めたのか。

 

 華美「だからレン君、お願い!明日香を・・・レン君のバンドのメンバーにして、そして救ってあげて。いいように利用しようとしてるのも、ただ都合の良いことを言ってるだけだってのもわかってる。けど、私にはできないから・・・だから!」

 

 そう言い華美さんは涙目で俺達に頭を下げて懇願してきた。弟の為にここまでするなんて・・・相当弟思いなんだな…ここまでお願いされたら普通断るわけにはいかない。レンはそんな華美さんをしばらく見つめた後、その返答を口にした。

 

 レン「お断りします」

 

 ・・・はあ?今こいつは何と言った?断る?人気女優がましてや自分の兄のバンドのメンバーが涙を流しながら頭を下げているのに断るだと?俺はレンの口から出た予想外の返答に数秒固まってしまった。

 

 碧斗「はあ!?」  

 

 利久「ちょ、ちょっとレン何言っているんですか!?」

 

 華美「・・・そうだよね、レン君にもメンバーを選ぶ権利はあるもんね…無理言ってごめんね?」

 

 レン「華美さん、ちょっと勘違いしてませんか?俺は華美さんに頼まれたから明日香をメンバーにするんじゃありません」

 

 華美「え・・・」

 

 レン「俺はアイツを、明日香をメンバーにしたいと思ったから勧誘するんです。今日教室でアイツのこと初めて見ましたけど、その時思ったんです。俺達のバンドのベースはアイツだって・・・だから俺は明日香のことを絶対メンバーにします!助けを必要としてたら助けます!桃瀬家の人間だからとか、華美さんに頼まれたからとかじゃなく俺の意思で!」

 

 華美「・・・!」

 

 レンの言葉を聞いた瞬間、華美さんは俯かせてた顔を上げた。そしてレンをしばらく見つめた後、昨日の様にまた笑い出した。

 

 華美「・・・アッハッハッハ!」

 

 レン「は、華美さん・・・?俺なにか可笑しなこと言いました?」

 

 華美「ううん・・・ただ、やっぱりレン君は晴緋の弟なんだなーて」

 

 レン「え?どういう意味ですか?」

 

 華美「なーんでもない。それじゃあレン君、碧斗君、利久君、明日香のこと・・・よろしくね?」

 

 レ・碧・利「「「はい!」」」

 

 その後、俺達はそこで別れてそれぞれの帰路についた。そして翌日、俺達はまた明日香に勧誘を持ち掛けた。

 

 レン「よう明日香!」

 

 明日香「あ、昨日の・・・なんのよう?」

 

 レン「決まってるだろ?お前を誘いにきた!」

 

 明日香「また?昨日も言ったよね?他をあたってって」  

 

 レン「ああ、言ってたな!けど俺は他の人じゃなくてお前にやってもらいたいんだ!」

 

 明日香「・・・じゃあ言い方を変えさせてもらうよ。嫌だね!絶対にやらない!」

 

 まあ・・・結果は言うまでもなく撃沈に終わったが…けどその後もレンは何度も何度も明日香に話しかけた。

 

 明日香「また来たの?ほんと懲りないね・・・」

 

 レン「ああ、お前が良いというまで何度だって話し掛ける!」

 

 明日香「じゃあ聞くけどさ・・・なんでそんなに僕をメンバーにしたいの?探せばベースできる人なんていくらでもいるし、ましてや僕はベースなんてやったことないのに」

 

 レン「うーん、なんかうまく言えないけど・・・教室でお前のこと見た時に何か感じたんだ。俺達のバンドのベースはコイツだって…」

 

 明日香「・・・なにそれ?」

 

 レン「あまり深く追求しないでくれ・・・俺も自分で言って訳分かんなくなってんだから…」

 

 明日香「ふーん・・・それじゃあ後ろにる凄腕料理人と大手ゲーム会社の御曹子の2人はそんなふんわりとした理由を承知してメンバーになったの?」

 

 そう言うと明日香は俺と利久を指さして聞いてきた。いやそれはまあ・・・

 

 碧斗「別に承知してはいない。俺は勝負に負けたからメンバーになった」

 

 利久「僕はただ友達の頼みだったからっていうのと、助けてもらった恩があったからです」

 

 レン「ええ!?お前らそれでメンバーになるの受け入れたってのかよ!?」

 

 レンは項垂れているが普通そんなふんわりとした理由、受け入れろって方が無理だ。

 

 碧斗「何をいまさら」

 

 利久「というよりもそれ以外の理由がいりますか?」

 

 レン「そんな・・・」

 

 あ、レンがさらに落ち込んだ。どうやら今の出レンの戦意が喪失してしまったみたいだ。

 

 明日香「はぁ~、それじゃあ好きでやってるわけじゃないんでしょ?何でやめないの?そんなのに付き合ってたって、迷惑かけられるだけで何のメリットもないのに」

 

 メリットがない、か・・・確かにごもっともな意見だ。けどな・・・

 

 碧斗「確かにお前の言うことも一理ある。けどな、こいつと一緒にバンドやるのも悪くないって思ってる。上手く言えないけど・・・俺もレンとバンドがやりたいんだ」 

 

 利久「僕もそうです。レンと碧斗は、僕にできた初めての友達だから・・・一緒にバンドをやれることが嬉しいんです!」

 

 レン「碧斗・・・利久・・・」

 

 明日香「やりたい・・・嬉しい・・・か…」 

 

 俺と利久の答えを聞いた明日香は懐かしむようにそう小さく呟いた。この反応、やっぱり華美さんの言う通り明日香にはまだ芸事に対して心残りが・・・このまま俺達2人も説得に加われば押し切れるか?そう思ったその時、利久のやつが爆弾を放り込んできやがった…

 

 利久「明日香、僕達は明日香に何があったのかも全部華美さんから聞きました!けれども、明日香の中にまだ心残りがあるなら僕達と一緒にバンドやりましょう!また昔みたいに芸事を楽しむ明日香に戻ってほしいって華美さんも言ってました。だから!」 

 

 利久の訴えを聞いた瞬間、場が静まり返り俺とレンは頭を押さえた。このバカ・・・華美さんに名前は出すなって言われてただろうが!俺達の反応に対して、利久は自分の言ったことに気づかずに首を傾げていた。

 

 碧斗「おいバカ!その事は「ねえ、今のどういう意味?」ッ!」

 

 俺が利久に怒鳴ろうとしたら明日香がそれを遮り、俺達に今利久が言ったことの意味を聞いてきた。しかしその声は平常だったが明らかに怒気を孕んでいることが伝わってきて、俺達は一瞬ビクッとした。

 

 レン「いや今のはその「僕に何があったのか姉さんから聞いたってどういう事?それに何で姉さんの名前が出てきたの?」ヒッ!」

 

 明日香は俺達にそう聞いてきたがその怒気はさらに増し、顔にもそれが現れてまるで般若の様な形相を浮かべていて、それを見た俺達はめちゃくちゃビビった。人ってこんなに怖い顔できるものなのか…レンに至っては・・・

 

 レン「ベースやる人探してた時に華美さんから明日香のことを薦められて、その後に小役時代の時の事も聞きました!華美さんは俺の兄さんを通じて知り合いました!」

 

 恐怖のあまり全部ゲロッた。コイツもコイツで薄情だな…

 

 明日香「ッ!あの人は・・・!」

 

 レンがゲロッた事を聞いた明日香は下を向いて一言呟くと俺達を睨みつけて、そのまま背を向けた。

 

 レン「あ、待ってくれ明日香!」

 

 それをレンは肩に手を置き止めようとした。しかし・・・

 

 ―――ガシッ!―――

 

 レン「・・・へ?」

 

 ―――ブンッ!―――

 

 レン「うわぁぁぁぁ!」

 

 明日香に腕をつかまれたと思いきや、次の瞬間には見事に投げられていた。

 

 レン「いてぇー・・・」

 

 そして明日香は床に仰向けで倒れるレンを睨みつけながら突き放すように拒絶の言葉を言い放ってきた。 

 

 明日香「もう二度と僕に話しかけてこないで!」

 

 俺達はそれに対して何も言うことができず、ただ呆然とその場に立ち尽くしてしまった。そして俺達の前から去る明日香の後姿とさっき拒絶の言葉を言い放った時に一瞬見せた悲しみに満ちた表情、それを見て俺達は悟った。明日香の笑顔を取り戻すどころか、余計に気づ付けてしまったのだと…

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 香澄「その後どうなっちゃったの!?」

 

 俺は明日香との出会いを語り一息入れると、話の続きが気になって仕方のない戸山が続きを急かしてきた。ちょっと待て、俺も話し疲れたんだから少し休ませろ…

 

 碧斗「その後、俺達はまた明日香に話しかけに行った。けど・・・明日香からの反応は最初の頃よりも最悪になった。けれど何があったのか・・・急に心変わりして俺達とバンドをやることを承諾してくれた」

 

 沙綾「え?急に?何があったの?」

 

 碧斗「さあな、本人に聞いてもみたがはぐらかされて教えてくれなかった」

 

 ほんと何があったんだか・・・そう思ったその時だった・・・

 

 明日香「別に・・・大した理由はないよ」

 

 碧斗「・・・!?」

 

 香澄「あっ君!?」

 

 りみ「明日香君!?」

 

 沙綾「あ、明日香!?何時からいたの!?」

 

 話しの張本人である明日香が店の中にいた。いつの間に・・・ほんと、噂をすればなんとやらとはよく言ったものだ…

 

 明日香「ちょっと小腹がすいておやつのパンを買いに来たら、人様の過去を勝手にベラベラ喋る人が見えたからね」

 

 う・・・それは絶対俺のことを言ってるだろ…

 

 碧斗「わるかった・・・」

 

 明日香「ほんと、来人だったらシバいてたよ?まあいいけど、別に聴かれて困るようなことでもないし」

 

 なら言うなよ・・・けど明日香が来たならちょうどいい。ここから先は本人に話してもらうとしよう。

 

 碧斗「なら明日香、続きはお前の口から話してくれ。俺はもう2人分話して疲れた」

 

 明日香「・・・はぁ~、碧斗にはデリカシーってものが無いの?まあいいや、ここからは僕が話すよ」

 

 そいうと明日香は語り始めた。俺達も知らない、あの時自分に起こった自身の心境に変化となった出来事を…

 



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友達は信じる

 生まれた時から、僕の人生は決まっていた。いや、決められていたと言った方が正しいかもしれない。桃瀬家は平安時代から続く芸能の一族。最初は舞踊を披露する家系だったらしいけど、時代が進むにつれて様々な芸事を嗜むようになって、歌舞伎や能の役者、大道芸氏になった人もいたらしい。その家訓は今でも続いていて、桃瀬家には代々続く3つの決まりごとがあった。

 

 1つ、桃瀬家の人間は将来芸事を生業とする事。

 

 2つ、桃瀬家の当主は芸事を生業とする人を嫁、または婿とすること。

 

 そして3つ、桃瀬家の人間でありながら芸の道を進まない者は例外なく勘当すること。

 

 だから僕も幼いころから芸の道を進む為に、小役をすることを両親から言いつけられて、お爺ちゃんとお婆ちゃんからは桃瀬家として、そして名家の人間としての教養で、華道に書道、柔道や弓道などの様々な習い事を教わってきた。だからこそ・・・僕には自由がなかった…

 物心がついた時にはもう芸の道を進むことを決めていて、僕自身もその道を進むことに何の疑いも持っていなかった。僕がいい結果を出せば周りの大人達や、学校や他の小役の友達に褒めてもらえたし、そして何より・・・両親や姉さんと一緒のことをやれるのが嬉しかった。だからこそ僕は芸能活動をすることが楽しかった。けど・・・両親はそうじゃなかった…僕がいい結果を出しても両親は僕を褒めてはくれなかった。けどもっと結果を出せば両親も僕のことを褒めてくれる。そう信じて更に芸能活動を頑張った。けど・・・現実は非常だった…僕が努力して得たのは、友達と思っていた人達の裏切りと僕の心を砕く心無い言葉だった。その中でも1番傷つけた言葉が、1つ上の先輩から言われた―――――

 

 『ほんと気楽でいいわね。桃瀬家の人間ってだけで仕事が貰えて、周りからもチヤホヤされて!何の努力もしてない親の七光りのくせに!』

 

 それを聞いた瞬間に悟った。そうか・・・今まで周りが僕を褒めてくれてたのも、僕が結果を出せてたのも、両親が僕を褒めてくれなかったのも・・・全部、僕が桃瀬家の人間だったからなんだ…それなら周りのあの反応も納得がいく。それもそうだ、本当に努力をして浮かばれなかった人からして見れば、親の名前だけで此処まで来れた僕は嫌われて当然だ。今まで努力してきたけど・・・それは所詮した心算でしかなかったんだ。両親も、それを分かっていたから僕のこと褒めることはしなかったんだ。周りが可愛い、奇麗だって言ってくれるこの見た目だって両親が美男美女だから得られたもの。そう思った途端、何もかもが嫌いになった。芸事も、自分自身が桃瀬家であるということも、僕自身のことも。けど、その時はまだやめようとは思わなかった。なぜかというと、さっきも言った桃瀬家の決まりごとがあったからだ。

 

 桃瀬家の人間でありながら芸の道を進まない者は例外なく勘当すること。

 

 小さい頃から両親に強く言い聞かされてた僕は、それが嫌で芸能活動を続けた。確かに僕は自分が桃瀬家の人間であることも、芸事をする事も嫌だった。

 けど・・・それ以上に家族との縁を切られて、本当に1人になってしまうことが嫌だった。だからこそ僕はそんな自分を偽って、芸事が好きな自分を演じて日々を過ごしてきた。けれど、流石芸能一族の人間なだけあってすぐにお爺ちゃんとお婆ちゃん、そして姉さんにこのことが見破られてしまい、無気力になっていた僕は僕の身に起きた事、僕の胸の内を全てを話してしまった。僕が小役をやめたいと思っていることも・・・そして僕の話を聞いた3人はこのことを両親にも伝えた。このことを知ったらお父さんはきっと僕を勘当するだろう。けど、その考えとは裏腹にお父さんは僕が小役をやめる事を許してくれて、学生の間の残り10年間は僕の好きにしていいと言ってくれた。

 そして僕は小学校を卒業するのと同時に小役をやめて、中学も僕が通っていた小中高エスカレーター式の学校から、公立の学校に通うことにした。引退に関してもお父さんやお爺ちゃんの力で大事にならないようにしてくれて、テレビなんかでも報道されず、世間に騒がれることなく穏便に引退することができた。

 もう僕を縛るものは何もない、嫌な事をしなくて済む、もう傷付けられることはない、そう思っていた。けれど、そんな僕に残っていたのは、やりがいを失ったことから来る虚無感と傷付けられることへの恐怖から来る疑心感だった。中学に上ると、小役時代の影響があって僕を知っていた人達が話しかけてきた。けどその時に言われた第一声のほとんどが・・・

 

 「君ってあの小役の桃瀬 明日香なんでしょ」

 

 「君テレビに出てたよね」

 

 「君って芸能人なんでしょ?」

 

 こんな感じで誰も今の僕じゃなくて、過去の小役だった時の桃瀬 明日香としてしか見てくれなかった。だから僕が芸能界を引退している旨を教えると・・・みんな僕から興味を無くして話しかけてこなくなり、僕の疑心感がさらに強まるだけとなった。もう何も縛られるものはないと思っていた。けど・・・ここでも僕は桃瀬家という家の名に縛られ、そして僕は他人を信じる事が出来なくなってしまった。

 そんな僕が逃げ込んだのは、文学作品の世界だった。本はドラマや舞台と違って登場人物を演じている人の姿を見る事もなく、声を聴くこともない。本を読んでいる時だけ僕は誰にも邪魔されることなく、僕のだけの世界に浸りこんで、本当の僕でいられた気がした。だから僕は文芸部に入り、僕1人だけの平和で自由な世界へと翼を広げていた。

 けど、僕だけのその世界はある人物との出会いで終わりを告げた。僕が2年生になってからしばらくの時間が流れたある日のこと、僕は何時ものように教室で1人小説を読んでいたその時だった。急に教室内が騒めき始めて入り口から足音が聞こえてきて、それは僕の目の前で止まり、赤い髪をした人物が僕の目の前に立っていた。当然のことながら僕は突然の出来事にかなり驚かされていた。それもそのはず、僕の知り合いにこんな人はいないしましてや僕はこの学校内に友達と言えるような存在はいないんだ。それなのにいきなり僕の前に現れた彼は親しげに話し掛けてきた。

 

 レン「なあ、えーと・・・」

 

 けれどその人は僕に話しかけてきたはいいけど何か言い淀んでいた。どうやら僕の名前を知らないみたいだった。え?名前も知らない人にいきなり話し掛けてきたのこの人は? 

 

 明日香「明日香」

 

 レン「え?」

 

 明日香「僕の名前です」

 

 とりあえずこのままだと話が進まないから僕は名前を教えておくことにした。けれども警戒心を解くことはしなかった。名前を知らないのにいきなり話し掛けてくるなんて明らかに怪しすぎる。けれどもその警戒心は次の彼の一言で変わることになった。敵意という名の憎悪へと・・・

 

 レン「おお、明日香か。俺は赤城 レン!それじゃあ明日香、俺達と一緒にバンドやろうぜ!」

 

 明日香「は?」

 

 レン「丁度ベースやるヤツ探しててさ、そしたらある人からお前のことを薦められてな。だから俺達のベースをやってくれ!」 

 

 明日香「・・・はあ?」

 

 この人は今なんて言った?自分達と一緒にバンド?僕にベースをやってほしい?フザケルナ!

 

 明日香「悪いけど、他をあたって」

 

 僕はレンからの勧誘を突き放すように言って断った。気分を害した僕は席を立つと1人本を読みなおすために教室を出ていった。けれども放課後、僕が文芸部の部室に行くと・・・

 

 明日香「お疲れ様です・・・って、え?」

 

 「あ、明日香君」

 

 そこには部長の他に昼休みに教室に来ていた赤城 レンと教室に来た時に彼に付き添っていた青髪の男子と緑髪の男子の姿があった。確か青髪の方が海原 碧斗、緑髪の方が石美登 利久だったはず。碧斗は料理コンテストのジュニア部門で連続優勝していることで、利久は少し前まで幽霊生徒だったけどテストでの成績順位がいつも1桁なことで2人とも学年内では有名だった。

 

 明日香「すいません部長、ちょっと体調がすぐれないので今日は帰ります」

 

 僕は3人の存在を認識するとすぐに部室を出て帰路に着いた。3人が僕をバンドに勧誘するために部室に来ているのは明白だった。だから僕はその場をすぐに去りたかった。また勧誘の話を口にされたくなかったから…何でバンドでベースなんだ・・・よりによって僕が特に嫌っていることを・・・翌日から、3人は僕を勧誘しに来るようになって、その度に僕は突き放すような言い方で断っていた。けれども何度も何度も僕に話しかけに来る、その事が気になった僕はレンに何で僕を誘うのか聞いてみることにした。そして返ってきた答えが・・・

 

 レン「うーん・・・なんかうまく言えないけど・・・教室でお前のこと見た時に何か感じたんだ。俺達のバンドのベースはコイツだって…」 

 

 なんていう訳が分からない曖昧なものだった。

 

 明日香「・・・なにそれ?」

 

 レン「あまり深く追求しないでくれ・・・俺も自分で言って訳分かんなくなってんだから…」

 

 自分でも分かってないって・・・なら既にメンバーになっている他の2人はそれを受け入れたってこと?僕は碧斗と利久にそのことを聞いてみた。

 

 明日香「ふーん・・・それじゃあ後ろにいる凄腕料理人と大手ゲーム会社の御曹司の2人はそんなふんわりとした理由を承知してメンバーになったの?」

 

 碧斗「別に承知してはいない。俺は勝負に負けたからメンバーになった」

  

 利久「僕はただ友達の頼みだったからっていうのと、助けたもらった恩があったからです」

 

 うん、どうやら受け入れていなかったみたいだ。そりゃそうだ。言った本人すら理解できてない理由を受け入れるなんてやっぱり無理がある。

 

 レン「ええ!?お前らそれでメンバーになるの受け入れたってのかよ!?」

 

 碧斗「何をいまさら」

 

 利久「というよりもそれ以外の理由がいりますか?」

 

 レン「そんな・・・」

 

 2人から理由を聞いたレンは落ち込み、地に膝を付けて項垂れてしまった。いやこれが当然の反応だと思うんだけど・・・

 

 明日香「はぁ~、それじゃ好きでやってるわけじゃないんでしょ?何でやめないの?そんなのに付き合ったって、迷惑かけられるだけで何のメリットもないのに」

 

 碧斗「確かにお前の言うことも一理ある。けどな、こいつと一緒にバンドやるのも悪くないって思ってる。上手く言えないけど・・・俺もレンとバンドがやりたいんだ」

 

 利久「僕もそうです。レンと碧斗は、僕にできた初めての友達だから・・・一緒にバンドをやれることが嬉しいんです!」

 

 レン「碧斗・・・利久・・・」

 

 明日香「やりたい・・・嬉しい・・・か…」

 

 そういえば僕も芸能活動をしていた時はそんな思いで頑張っていたっけ・・・この3人と一緒なら、もしかしたら僕ももう1度あの時みたいに楽しく過ごせるかも・・・この3人となら、一緒にバンドをやってみてもいいかも・・・この3人のことは、信じても良いかもしれない・・・そんな考えが僕の頭をよぎった。けど、それは次に放たれた一言で一瞬にして消え失せた。

 

 利久「明日香、僕達は明日香に何があったのかも全部華美さんから聞きました!けれども、明日香の中にまだ心残りがあるなら僕達と一緒にバンドやりましょう!また昔みたいに芸事を楽しむ明日香に戻ってほしいって華美さんも言ってました。だから!」

 

 ・・・はあ?イマナンテイッタ?ドウシテ今姉サンノ名前ガデテキタンダ?

 

 明日香「ねえ、今のどういう意味?」

 

 レン「いや今のはその「僕に何があったのか姉さんから聞いたってどういう事?それに何で姉さんの名前が出てきたの?」ヒッ!」

 

 僕は3人のことを問い詰めた。するとレンは顔を青ざめて全部話した。

 

 レン「ベースやる人探してた時に華美さんから明日香のことを薦められて、その後に小役時代の時の事も聞きました!華美さんは俺の兄さんを通じて知り合いました!」

 

 明日香「ッ!あの人は・・・!」

 

 なんで・・・なんで余計なことをしてくるんだ!この3人が姉さんの差し金だと分かった途端、僕は3人と言葉を交わすのも嫌になりその場を去ろうとした。

 

 レン「あ、待ってくれ明日香!」

 

 するとレンが僕の肩に手を置き止めようとしてきた。やめろ・・・僕に、僕にさわるな!

 

 

 

 ―――ガシッ!―――

 

 

 

 レン「へ?」

 

 

 

 ―――ブンッ!―――

 

 

 

 レン「うわぁぁぁぁ!」

 

 僕はレンの腕をつかむとそのまま背負い投げをして床に叩きつけた。そして仰向けで倒れているレンを思いっきり睨みつけると拒絶の言葉を放った。

 

 明日香「もう二度と僕に話しかけてこないで!」

 

 そのまま僕は走り去った。まただ、また裏切られた!友達になれるって・・・信じても良いって思ったのに!僕は走った。ただひたすらに走った。そして息が切れて立ち止まると、思いっきり声をあげて泣いた…

 

 明日香「う・・・あぁぁ~~~~!」

 

 どうして・・・なんで僕は何時も裏切られるんだ・・・その後、一頻り泣いて落ち着いた僕は家へと帰った。

 

 明日香「ただいま帰りました…」

 

 僕は家に上がるとそのまま自分の部屋へと向かいました。今日は姉さんは何時も道理撮影の仕事でお婆ちゃんとお爺ちゃんが帰りが遅いと言っていたから帰ってくる声はない。そう思っていたら・・・

 

 華美「あ、明日香お帰りー」

 

 突然横の襖が開き、今一番見たくなかった顔が目の前に現れた。

 

 明日香「・・・」

 

 華美「ちょっとー、無視しないでよー」

 

 明日香「・・・なんでここにいるの?ドラマの撮影は?」

 

 華美「いやー、出演する俳優さんが連絡ミスでダブルブッキングしちゃってて急遽中止になっちゃったんだよねー」  

 

 明日香「そう・・・」

 

 華美「ねえ、なんだか何時にも増して冷たすぎない?私何かしちゃった?」

 

 何かした?この人は自分が何をしたのか分かってないの?。僕のことを謀っておいて・・・今の僕はこの人の声を聴くだけで沸々と怒りが募っていく。

 

 明日香「何かした・・・だって…僕に嫌な事をさせようとしておいて・・・」

 

 華美「・・・!な、何のことかなー」

 

 しらを切ろうとする姉さんを見て僕の怒りは限界点を迎え、溢れ出た怒りは言葉となって僕の口から吐き出された。

 

 明日香「とぼけないで!あの3人から聞いたよ・・・僕にバンドをやらせるために、姉さんが3人を嗾けてきたってこと!」

 

 華美「な!?えーと、それはそのー・・・」

 

 明日香「なんで・・・なんで余計なことしたんだ!僕はやっと・・・本当に信じられる友達ができると思ったのに…なのにどうして!?」   

 

 華美「明日香・・・私はただあなたに・・・」

 

 明日香「僕になに!?もう1度芸の道に進んでほしいの!?」

 

 華美「違う・・・私は・・・」

 

 明日香「違わないでしょ!?姉さんは・・・自分の為に僕に芸能界に戻ってほしいだけでしょ!?」

 

 華美「・・・どういう意味よ?」

 

 そう言った瞬間、姉さんの声色が変わり、冷たいものになった。けれども怒りで思考力を失っていた僕はその事に気づかず言葉をぶつけ続けた。

 

 明日香「赤城 晴緋さん・・・だっけ?レンから聞いた時に思い出したよ・・・この人姉さんのバンドのリーダーで彼氏でしょ?」

 

 華美「・・・だからどうしたのよ?」

 

 明日香「もし僕が芸能界に戻らなかったらあと8年後に僕はこの家を勘当される。そうなれば姉さんは桃瀬家の当主として芸能界の人から誰かを婿に取らなきゃいけなくなる」

 

 聞けばあの人は日本代表する大企業の御曹子で長男、将来は会社を継がなきゃいけない筈だ。そうなると晴緋さんは芸能界に入ることは決してなく、家の決まりごとに厳しいお父さんに姉さんと晴緋さんの仲は決して認めてもらえない。とどのつまりは・・・

 

 明日香「姉さんはただ、晴緋さんとのお付き合いをお父さんに認めさせるために・・・僕に桃瀬家の当主になってもらう為に・・・僕に芸能界に戻ってもらいたいだけで・・・その為に自分の弟と恋人の弟までも利用したんだ!」

 

 ―――パシンッ!―――

 

 僕が言い切った瞬間、乾いた音が響き、僕の頬に一瞬痛みがはしった。

 

 明日香「なにするんだ!」

 

 華美「そっちこそ何言ってんのよ!?私がそんな事の為にあなた達を利用するなんてことするわけないでしょ!?私とレン君達がどんな思いでいたか・・・あなたにそれが分かるの?分かりもしない癖にそんな知ったようなこと言わないで!」

 

 そう吐き捨てると姉さんは襖を閉じて部屋に籠ってしまい、僕はその場に立ち尽くしてしまった。しばらくすると中から姉さんのすすり泣く声が聴こえてきて、それと同時に今になって打たれた頬がヒリヒリと痛み出した。

 

 明日香「人をだまして裏切るような人の気持ちなんて・・・わかりたくもない…」

 

 僕は自分の部屋に向かうと部屋着に着替え、気分直しに本棚にあるお気に入りの小説を手に取ると畳に寝っ転がり、そのまま黙読をした。けれども・・・一向に気分は晴れない。その時だった、何処からか渋みのある低い音が聴こえてきた。けどこの音の正体と発生源はすぐに分かった。その時の僕は何を思ったのか部屋を出るとその音の場所へと向けて歩を進め、そして僕は姉さんの部屋の前へと来ていた。

 

 明日香「・・・姉さん、入るよ…」

 

 僕は襖越しに中へと呼びかけると短く「どうぞ」と、一言だけ帰ってきてそれを聴いた僕は中へと入った。するとそこにはミニサイズのアンプに繋がった薄紅色に桜の花びらが彩られたベースを抱えた姉さんの姿があった。 

 

 華美「どうかしたの?」

 

 明日香「えーと・・・」 

 

 どうしよう・・・ここにはただ魔が差して無意識のうちに来ただけだし、それにさっきのこともあって凄く気まずい…姉さんの問い掛けに僕は何と言おうか言い淀んでいた。

 

 華美「・・・明日香、弾いてみる?」

 

 しかし姉さんはケロッとしていて、僕に自分のベースを差し出してきてそんなことを聞いてきた。普段の僕なら嫌だと言って拒否していた。けどその時だけはなぜか僕は首を縦に振り、気が付いた時にはベースを受け取ってズシリとした重さを両腕で感じ、僕は姉さんに教えてもらいながらベースを弾いた。

 

 華美「・・・ねえ明日香、あなたもベースをやってみたらどう?」

 

 しばらく弾いていたら不意に姉さんはそんなことを聞いてきた。

 

 明日香「姉さん・・・でも僕がベースを始めたところでバンドを組むことなんて・・・」

 

 ギターとキーボードはシンガーの人が用いる事はあるけど、ベースはバンドのリズム隊の1つで、他の楽器と一緒に演奏して初めて意味を成す楽器だ。だけどバンドを組んだ所で人を信じる事の出来ない僕と組んでくれる人なんて・・・

 

 華美「レン君達がいるじゃない?」

 

 明日香「・・・・・」 

 

 確かにあの3人は組んでくれるかもしれない。でも結局のところあの3人は姉さんに言われて僕を誘いに来ただけで本当に僕を仲間にしたい訳じゃないし、それに僕はあの3人のことを拒絶した。そしてなにより・・・

 

 明日香「無理だよ・・・だって僕がメンバーになったって・・・迷惑かけてがっかりさせるだけだから…」

 

 華美「どういうこと・・・?」

 

 明日香「才能もない、努力したって何も身に着けることもできない、あるのは桃瀬家の肩書だけ…そんな大した実力もない僕がメンバーにいても、またあの時みたいに周りを不快にさせて終わるだけだよ…」

 

 仲良くなって、また突き放されて傷付けられるくらいなら・・・最初から僕の方から突き放していた方がいい…

 

 華美「明日香・・・」

 

 明日香「ベース貸してくれてありがとう・・・それとさっきはごめんね・・・あんな感情的になちゃって…」

 

 僕はそう言うと部屋を出て自室に戻った。そして翌日、僕は学校に登校するとレン達と鉢合わせた。けれども僕は昨日のことがあって顔を合わせても無視を決め込み、それ以降も3人のことは避けるようになった。けれどそんな日が続いていたある日、家に帰ろうとしていたら校門前に例の3人が待ち伏せしていて僕は捕まってしまった。

 

 レン「待ってたぞ明日香、ちょっと話がある」

 

 明日香「そう、僕は無いからそこを退けてもらえる?」

 

 僕は3人を避けて校門から出ようとした。しかしその時だった・・・

 

 利久「ま、待ってください!」

 

 ―――ガシッ!―――

 

 利久に抱き着かれて無理やり止められた。

 

 明日香「・・・離してもらえる?」

 

 利久「離しません!」 

 

 明日香「いいから離して」

 

 利久「嫌です!話を聞いてもらうまでこの手は絶対に離しません!」

 

 明日香「・・・手を離して」

 

 利久「どうしてそんなに冷たくするんですか?もしかして僕嫌われちゃったんですか?あの事なら謝ります。だから・・・話だけでも聞いてもらえませんか?お願いします!」

 

 そうじゃないよ・・・さっきから利久が僕に抱き着きながらそんな事を言うもんだから周りから・・・

 

 「ねえあの人抱き着きながらあんなこと言ってるけど・・・」

 

 「ま、まさかのそういう関係なの?確かに片方の見た目女の子だし・・・」

 

 「き、禁断の恋ですわ~~~!」

 

 「男の娘とイケメン男子のこじれた関係・・・ハァハァ・・・いいわ~!」

 

 周りの女子からあらぬ誤解を受けている!違うからね!?僕はノーマルだからね!?普通に中身男だからね!?

おいそこの赤と青!変に気使って僕達を2人きりにしようとしないで!?

 

 明日香「あー!もうわかった!聞くから!話聞くから離してー!」

 

 そして僕は利久から手を放してもらい、今のことで周りの視線もあったから場所を変えて話を聞くことにした。

 

 明日香「それで、今度は何の用?また姉さんに何か・・・って訳じゃなさそうだね?」

 

 レン「ああ、まずはその・・・わるかった!お前に華美さんのこと黙ってて・・・」

 

 明日香「別にその事はもう怒ってない」  

 

 レン「そうか・・・じゃあ改めて言わせてもらう。明日香、俺達のバンドのベースをやってくれ!」

 

 そう言うとレンは前と同じように頭を下げてお願いしてきた。けれど・・・

 

 明日香「わるいけど、僕の答えは変わらないよ」

 

 レン「明日香・・・確かに華美さんのことを黙っていたのはわるかった。けど、俺は華美さんに頼まれたからお前を誘ってるわけじゃない。心の底からお前と一緒にバンドをやりたいと思っている。これだけは本当だ」

 

 明日香「・・・わかったよ、それは信じてあげる」

 

 レン「明日香、それじゃあ」

 

 明日香「けど、それは僕が桃瀬家だからなんじゃないの?」

 

 レン「え・・・」

 

 明日香「桃瀬家の人間である僕がメンバーになればバンドの名前もそこそこ世間に知れ渡る。それに僕の姉さんは君のお兄さんのバンドのベースをやっている。その弟である僕ならベースもかなり上手いはず。それで僕とバンドをやりたいんじゃないの?」

 

 レン「違う、そんなことはない!」

 

 明日香「どうだか・・・口では何とでもいえる。僕はそんな口先だけの言葉なんて信じない」 

 

 違う、本当はこんなこと言いたくない筈なのに・・・なのに、僕の口からは自然と流れるように3人への拒絶の言葉が紡がれた。

 

 レン「明日香・・・」

 

 明日香「話は終わり?それじゃあ僕は帰るね」

 

 僕は3人をしり目にその場を去ろうとして背を向けた。これでいいんだ、こうやって突き放せば3人は何時か諦めてくれる。そうすれば3人に迷惑がかかることも、また辛い思いをする事も無くて済む。これでいいんだ…僕は僕自身にそう言い聞かせた。けど、その時の僕は自分でその事に納得することができず胸がとても苦しかった。その時だった・・・

 

 レン「明日香!」

 

 僕はレンに呼び止められた。振り返るとレンは真っ直ぐに僕を見つめていた。

 

 レン「約束する!俺は絶対に裏切らないし、絶対に友達はやめない!俺はお前とバンドがやりたいんだ!桃瀬家だとか華美さんの弟だとかそんなの関係ない!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、何故か解らないけど僕には感じ取れた。この言葉は嘘偽りない、レンの心からの言葉だということが。けれど僕はそれに対して何も答えることなく、無言でその場を立ち去った。そんな僕の頭の中ではさっきレンに言われた言葉が帰宅した後も離れなかった。初めてだった。あんな風に真直ぐ面と向かって友達だって言われたのは・・・

  

 華美「明日香ー?帰ってるの?」

 

 不意に僕を呼ぶ声が聴こえてきて、気が付くと姉さんが帰ってくる時間になっていた。

 

 華美「あ、明日香帰ってたんなら返事してよ・・・ってどうしたの?」

 

 明日香「姉さん・・・」

 

 華美「はぁ~・・・その顔、もしかしてまたレン君達の事で悩んでるの?」

 

 流石に2度目となると顔を見ただけで分かったらしい。

 

 明日香「・・・うん…」

 

 華美「そんなに悩むくらいなら一緒にバンドやればいいのに。本当は貴方だってやりたいんでしょ?それに、自分でも思ってるんでしょ?あんなに他人のことを信じないってたけど、あの3人の事は信じる事ができるって」 

 

 明日香「・・・姉さんの言う通りだよ。あの3人は信じられる。けど!だからこそ・・・僕はあの3人とはバンドを出来ない…だって僕は碌な努力のやり方も知らない、どんなに頑張っても実力を身につける事が出来ない僕がいたら、ただ迷惑かけて、3人をがっかりさせちゃうだけだから…」

 

 華美「明日香・・・ねえ明日香、まだあの子に言われたことを気にしているのは分かるわ。でもね明日香、そんなのは出鱈目よ!」 

 

 明日香「え?」

 

 華美「確かに最初の頃は親の七光りで仕事をもらえてたりもしてた。でもそれを言わせない程の実力を身に着けて、その為にあなたは一生懸命努力してた。できてた!」

 

 明日香「そんなことないよ・・・だって、父さんと母さんは僕のことを1度も褒めてくれなかった。それが何よりの証拠だよ…」

 

 華美「ッ!そういう事かー…」

 

 そう言うと姉さんは額を押さえながら大きくため息をついて、呆れ顔で僕に語った。

 

 華美「あのね明日香、確かに2人とも明日香をあまり褒めたりしなかった。と言うか褒めてるところ見たことないわね…でもそれは別に明日香は嫌いだったからだとか、努力が身についてなかったからって訳じゃないのよ」

 

 明日香「じゃあ、どうして・・・」

  

 華美「あー・・・それはね、桃瀬家の言い伝えが理由なの。桃瀬家にはね、時折凄く芸の才に恵まれている女の子みたいな奇麗な容姿をした男が生まれる事があるの。そういう子を桃瀬家では昔から天女の生まれ変わりって呼んでるの」

 

 明日香「それが、どう関係してるの?」

 

 華美「わからないの?あなたがそうだってことよ」  

 

 僕が?確かに見た目が女の子みたいだってことに自覚はあるし、何ならそれが理由で誰かさんに着せ替え人形にされてよく女の子物の服を着せられてた。けど、絶対に違う。だって僕に芸の才脳なんてないんだから。

 

 明日香「そんなことないよ・・・僕に才能なんて「ある!」ッ!?」

 

 華美「いい明日香、あなたには才能が有った。だからこそ2人はあなたを褒めたりしなかったのよ。あなたが自分に才能がると分かって自惚れて天狗になって、努力することを知らない人間になってほしくなかったから。あなたに立派な桃瀬家の跡取りになってほしかったから厳しく育てようとしたの」  

 

 明日香「そうだったんだ・・・だから2人は僕のことを・・・けど、やっぱり僕に才能なんてないよ…」

 

 華美「はぁ・・・ねえ明日香、才能ってそんなに大事?言っとくけど物事をやるのに才能なんて必要ないの!それよりももっと大事な物があるの!」

 

 明日香「才能よりも・・・大事なもの?」

 

 華美「それはね・・・やりたいと思う本人の気持ちよ!この気持ちがなくちゃどんなことに挑戦しても、どんなに才能が有ったとしても上手くいかない。中途半端に終わってやり切ることなんてできない。やりたい、大好きって気持ちが大事なの!」

 

 姉さんの言葉を聞いて僕は思い出した。あの3人も最初からそう言ってたじゃないか。レンはプロを目指してるからバンドをやろうとしてたわけじゃなく、やりたいからやろうとしている。その気持ちは・・・小役をやっていた時の僕も同じだった! 

 

 明日香「姉さん・・・」

 

 華美「それにね明日香、何かをやるうえで1番いけないことは中途半端で終わる事じゃない。何かをやりたくても勇気が無くて1歩踏み出せなかったり、才能がないから自分には無理だって諦めたりしてチャンスを無駄にすることなの。ねえ明日香、あなたはどうしたいの?」  

 

 僕がどうしたいかだって?そんなの・・・もう答えは決まってる!

 

 明日香「やりたい・・・レン達と一緒にバンドがやりたい!レンたちのバンドのベースは僕がやりたい!」

 

 華美「明日香…」

 

 僕が自分の気持ちを声に出して言うと、それを聴いた姉さんは笑って頷いてくれた。

 

 華美「よし!なら明日香、明日の休みにこの場所に行きなさい。レン君達はそこであなたのことを待ってる」

 

 そう言うと姉さんは僕に行先の住所が書かれた紙を差し出してきた。その場所の名は・・・

 

 明日香「ライブハウスSPACE…」

 

 そうか、バンドをやるってことはいつかは僕ステージに立ってライブすることになるのか…

 

 明日香「でも姉さん、僕にベースが上手くできるのかな?」

 

 僕は未だに胸の中に残っている不安を漏らした。けれど姉さんは・・・ 

 

 華美「大丈夫、明日その場所に行けばその不安は万事解決するわ。それに私もいろいろと教えてあげるから。だって私はあなたの・・・お姉ちゃんなんだから」

 

 僕の背中を押して不安を消し去ってくれた。そして翌日、僕は姉さんに言われた場所に向かおうとしていた。

 

 明日香「それじゃあ行ってきます」

 

 そして僕が玄関を出ようとしていたその時だった。

 

 華美「ちょっと待って明日香」

 

 急に姉さんに呼び止められた。しかも手に長方形の大きな箱を抱えていた。え?何その箱?

 

 華美「開けてみて」

 

 明日香「うん・・・」

 

 言われるがまま僕はその箱を開いた。その中には楽器のケースが入っていて、そのファスナーをさらに開けると中にあったのは白と桃色のベースだった。

 

 華美「お父様の伝であなたのイメージに合わせてオーダーメイドしてもらってたの。気に入った?」

 

 明日香「オーダーメイドって・・・高かったんじゃ!?」 

 

 華美「大丈夫よ結構稼いでるから。それに、バンドやるなら必要でしょ?今日はそれを持って行って。私からのお祝いよ」 

 

 明日香「ッ!うん!行ってきます!」

 

 僕はそれを背負うと3人の待つライブハウスSPACEへと駆けだした。そして僕は目的地に到着すると扉を開けて中に入った。すると中には若干不機嫌そうな表情をしながらカウンター席に座る高齢の女性と、それに頭を下げるレンの姿がった。

 

 レン「お願いします!俺達に指導をしてください!」

 

 オーナー「だから何度も言ってるだろう。ベースをやるヤツを連れてきなって。それともまだ見つからないのかい?」

 

 レン「いいえ!そんなことはありません!俺達のバンドのベースをやるヤツはもう決まってます!そいつ以外ベースはあり得ません!」

 

 オーナー「だったらそいつを此処に連れてきな。そしたらすぐにでも指導してやる」

 

 明日香「じゃあ、今すぐ始めてもらってもいいですか?」

 

 レン「え!?あ、明日香!?」

 

 碧斗「いつの間に・・・」

 

 利久「どうしてここに!?」

 

 僕が話しかけるとレンと利久は凄く驚いていた。それよりも僕がここにいる理由?そんなの・・・

 

 明日香「そんなの決まってるでしょ?僕はこのバンドのベースだからだよ」

 

 そう言うと僕は背負っていた楽器ケースを見せた。

 

 レン「明日香・・・それじゃあ!」

 

 明日香「うん・・・僕もやってみたくなっちゃった。芸事は嫌いだった。けど、もう1度楽しかった時のあの気持ちを、あの感覚を感じたい!あんな事を3人に言っちゃったのに都合がいいことを言っているのも分かってる。けど、もし僕を許してくれるなら・・・僕を、このバンドのベースにください!お願いします!」

 

 僕は頭を下げてお願いした。けれども3人からの返事は返ってこない。僕は恐る恐る顔を上げた。すると3人は困惑した顔をしていた。

 

 レン「明日香なに言ってるんだ?」

 

 利久「さっき自分で言ってたじゃないですか?僕はこのバンドのベースだって」

 

 碧斗「自分がこのバンドのベースだって言った後でベースをやらせてくれって・・・明らかに言ってることが矛盾しているぞ?それにさっきレンも言ってただろ、このバンドのベースはお前以外あり得ないって」

 

 明日香「そっか・・・そうだよね。ごめんね、いきなり変なこと言っちゃって。さてと・・・」

 

 僕はカウンター席に座っている高齢の女性の方に視線を向けた。

 

 明日香「都築 詩船さんですよね?僕は桃瀬 明日香と言います」

 

 オーナー「桃瀬・・・ああ、華美の弟かい。そうかい、あんたがこいつらのベースを・・・わかった、けどその前に1つ確認させてもらうよ。あんた達、バンドをやる以上半端な気持ちでやるのは許さない。最後までやり切る、その覚悟はあるかい?」

 

 オーナーの問い掛けに僕達4人は顔を見合わせると互いに頷き合い再びオーナーに視線を戻し、その答えを口にした。

 

 レ碧利明「「「「はい!最後までやり切ります!」」」」

 

 俺達の返答を聞いたオーナーは薄く笑みを浮かべ、僕達をステージへと通した。

 

 オーナー「言っておくけど、指導は手加減しない。ビシバシしごいてやる。弱音を吐くんじゃないよ!」

 

 「「「「はい!よろしくお願いします!師匠!」」」」

 

 この日、僕はバンドのベースになって、僕達4人はオーナーの弟子になった。ちなみに僕はこの後とあることがきっかけでバンドのボーカルも務めることになるんだけど・・・その話はまた別の機会に。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 明日香「これが僕がベースをやることになったときの出来事だよ」

 

 碧斗「そうか・・・あの時華美さんはそうやって明日香を説得してたのか…」

 

 明日香「うん、あの頃の僕は人を信じるのが怖かった。けどレンがきっかけをくれて、姉さんが背中を押してくれたから今の僕がある。2人には感謝してもしきれないよ」

 

 香澄「すっごく優しいお姉さんだったね!あれ?そういえばあっ君のお姉さんって女優なんだよね?最近のテレビでそんな人見たことないけど今どうしてるの?」 

 

 沙綾「留学してるっては聞いてたけど・・・どこに行ったの?」

 

 明日香「あー・・・イギリスの演劇学校だよ…」

 

 香澄「へー、イギリスかー・・・うん?」

 

 沙綾「え?イギリス?そういえば・・・」

 

 りみ「晴緋さんもイギリスだったよね?」

 

 そう・・・バンドが解散した後急に言い出したからあの時はほんと驚いたよ。しかも理由が・・・

 

 明日香「うん・・・晴緋さんが留学するってなった時、自分も一緒に付いて行くって言いだして・・・まさかの恋人を追いかける為だけに留学したんだ…」

 

 ほんと、ぶっ飛んだ人だったよ…けど、きっとそれほどまで姉さんは晴緋さんに一途だったんだ。

  

 明日香「ほんと、あれだけ誰かのことを一途に思えるのは凄いと思うよ。うちには筋金入りの鈍感と特別天然記念物と堅物とアホしかいないからね…」

    

 碧斗「おい、誰が堅物だ誰が」

 

 沙綾「まあまあ碧斗が堅物だってことは置いといて」

 

 碧斗「おい」

 

 沙綾「それで?最後の1人のアホはどうやってメンバーになったの?」

 

 ああ、そういえばまだ碧斗は話してなかったんだっけ。けど・・・

 

 碧斗「その話は今日はもう遅い。その話は明日花園も交えて学校で話す。それに・・・アイツの過去に関することを聞くなら本人の口から話した方がいい」

 

 確かに、来人の過去はそう簡単に他人に話していいものじゃないしね…こうしてこの日は解散となり、僕達の始まりの話の続きは翌日に持ち越しとなった。 

 



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ヒーローは5色

 翌日、昼休みに俺達は学校の中庭で前と同じように戸山達と昼食を一緒に取ることになっていたのだが・・・

 

 香澄「お待たせー・・・あれ?レン君は?」

 

 碧斗「誘ったが断わられた。今は1人になりたいらしい」

 

 香澄「そっか…」

 

 沙綾「やっぱり昨日ことで香澄と顔を会わせずらいんじゃない?教室でもレンは顔を合わせようともしなかったし…」

 

 香澄「・・・・・」

 

 やはり昨日のことがあってか戸山はレンとすれ違い状態にあるみたいだ。しかしその事を知らない内6人が頭に疑問符を浮かべていた。

 

 利久「え?香澄ちゃん昨日レンと何かあったんですか?」

 

 りみ「そういえば今日2人とも会話してなかったね?」

 

 明日香「2人とも顔を合わせればなんか思いつめた表情して目をそらしてたし」

 

 香澄「それは・・・」

 

 戸山は昨日のことを何も知らない6人に話そうか言い淀み、暫くの間沈黙が続いた。しかしその沈黙は次に飛んできた一言でぶち壊された。

 

 たえ「もしかして香澄・・・レンに告白したの?」

 

 『え!?』

 

 有咲「お前本当かよ!?」

 

 りみ「か、か、か、香澄ちゃんレン君に告白したの!?」

 

 利久「え!?そうなんですか!?」

 

 明日香「えー・・・全く、レンはまた女の子を落としたの…」

 

 来人「あいつ、マジで1回修羅場に会えばいいのに…」

 

 花園が爆弾発言をしたことによってうち3人は驚き、1人はまたかと呆れ、最後の1人は恨み言を吐いていた。

 

 香澄「ち、違うよおたえ!してないからー!」  

 

 それに対して戸山は顔を真っ赤にしながら必死に否定した。けど戸山のこの反応・・・もしかして若干脈ありか?だとしたら難儀だな…て、そうじゃなかった。とりあえず戸山は昨日レンのことを説得しようとして逆に怒らせてしまったことを6人にはなし誤解を解いた。

 

 利久「成程、つまり・・・」

 

 明日香「2人揃って罪悪感で顔を合わせずらいってことだね」

 

 香澄「う、うん・・・」

 

 来人「まったくアイツらしいっちゃアイツらしいけどな・・・そういえば何で急にまたこのメンバーで飯食うことになったんだ?」

 

 碧斗「ああ・・・実はな――――――」

 

 俺は昨日の出来事の一部始終を来人に話した。すると来るとは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

 来人「なに人に無断で約束してんだよ・・・しかも俺の過去を話せって・・・」

 

 碧斗「正直悪かったと思っている。だが後悔はしていない」

 

 来人「このヤロウ・・・」

 

 碧斗「まあ話せる範囲で構わない、お前の昔の事とか俺達とバンドを組むことになった経緯を戸山達に教えてやってほしい」

 

 来人は俺のことを睨みつけてくるが、観念したのか深くため息をついて話す決心をした。すると昔の来人のことを知っている花園が何かを思い出すかのように口を開いた。

 

 たえ「そういえば・・・幼稚園に通ってた時のライ君って今と違ったよね?なんていうか・・・今よりもずっと大人しかったし、女の子に話し掛けに行ったりしてなかった」

 

 沙綾「え!?それ本当なの!?あの来人が?」

 

 りみ「え!?来人君小さい時はナンパしてなかったの!?」

 

 しかしその言葉を聞いた瞬間、沙綾と牛込が驚きの声を上げて来人に詰め寄った・・・というか牛込の中でもやっぱり来人=ナンパのイメージがあったのか… 

 

 来人「おい待て、2人ともちょっと失礼じゃないか?わかった、わかったから!そんな詰め寄るな!」

 

 碧斗「2人とも落ち着け。とりあえずお前の話を聞かせてやってくれ」

 

 来人「はぁ・・・それで?どこから話せばいいんだ?」

 

 碧斗「全部だ」

 

 来人「わかった・・・」

 

 そう言うと来人は一息つき、自分の過去を話し始めた。

 

 来人「俺が生まれたのは横浜の産婦人科だった。3203gの元気な赤ん坊で「誰が生い立ちから話せって言った!あと、しれっと噓をつくな嘘を!」

 

 俺は来人の話の出だしに突っ込みを入れた。しかしここで俺はハッとした。突っ込みを入れるのに熱が入り余計なことを口にしてしまった…

 

 香澄「うそ?」

 

 俺の言葉を聞き逃さなかった戸山は首を傾げながらさっき俺が口にした事の意味を聞いてきて、来人と利久と明日香は呆れた目で俺のことを見てきた。  

 

 沙綾「どういうこと?」

 

 たえ「ひょっとしてライ君・・・宇宙人なの!?」

 

 来人「そうそう、火星探索をした宇宙飛行士についてた地球外生命体がお腹の中の赤ちゃんに自分の遺伝子を・・・て、違うから!誰が筋肉バカ脱獄犯ライダーだ!」  

 

 たえ「それじゃあ野生児だったの?」

 

 来人「そうそう、故郷の村を滅ぼされて命からがら逃がされた俺は野生のトラに・・・て、俺は某激獣タイガー拳の使い手でもないから!」  

 

 有咲「いいからとっとと話を進めろー!こっちは漫才見せられに来てるわけじゃねーんだぞ!?」 

 

 来人「すいません・・・」

 

 来人は市ヶ谷に一括され茶番漫才を終わらせた。やれやれ・・・ようやく話が始まる…

 

 来人「それじゃあ今度こそちゃんと話すぞ」

 

 そう言うと来人は語り始めた。本来人に聞かせることのない・・・世界の残酷さを知った幼き日のことを。その時に感じた・・・血の繋がりの無い家族の愛を…自身を変えた人生最大の悲しい別れと、そこから立ち直らせてくれた出会いを…

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 自分の最も古い記憶は何かと聞かれたら大抵の人は何と答えるだろうか?俺の最も古い記憶は日本ではない別のある国のある街だった。そこは雨期に入ったためか雨が一頻り降り続け、そこの薄暗い裏路地では雨音に交じりながら悲痛な赤子の鳴き声が響き、ごみ置き場の上にはまだ乳離れもできていない1人の小さな金色の髪の赤子が置かれていた。その赤子こそ他でもない幼き頃のこの俺、そう俺は捨て子だった。当時の俺は喋ることはもちろん、身動きすらとることができず、辺りを見渡せば変わることのない曇り空と建物の壁、そんな状況下で俺はただ泣くことしかできなかった。

 

 来人「オギャー!オギャー!オギャー!」

 

 次第に雨の影響で体が冷えだし、早く温めなければ赤子ならばすぐに死んでしまう。それは生物特有の生存本能から助けを呼んでいたのか、はたまた1人でいる事に耐え難い寂しさを感じていたからなのか、何方にせよ俺は誰かに来てもらう為に泣き続けていた。するとどこに隠れていたのか野良猫たちが俺の周りに集まり、俺を温めるかのように寄り添ってきた。これにより低体温症で死ぬことは免れた。しかし、体が温められたからと言って長く放置されていたことから来る飢餓状態の問題がまだ残っていた。数日間何も口にしていない乳幼児の体は栄養失調に陥り、このままでは餓死してしまう。それを逃れようとした俺は再び大きな鳴き声を上げた。

 

 来人「オギャー!オギャー!オギャー!」

 

 しかし俺がいるのは滅多に人が通らない裏路地、さらには折角上げた鳴き声も雨音にかき消されて誰にも聞こえず、まさに状況は絶望的だった。それでも俺は泣き続けた。それが赤子の本能だったからなのかも知れないが、それでも最後まで生きる意志を諦めなかった。けれども幼い赤子にそこまでの体力があるはずもなく、次第に声も弱くなっていき、ついには泣くのをやめてしまい、小さな1つの命が消えようとしていた・・・その時だった。

 

 

 

 ―――カツカツカツカツ―――

 

 

 

 突然足音が聞こえてきてその音はどんどん近づいてきていた。その足音は俺の元まで来ると止まり、薄れゆく意識の中で俺の目に映ったのは1人の男だった。俺はその人に抱きかかえられとそのまま意識を手放してしまい、次に目を覚ました時にはとても豪華な部屋で揺り籠の中で寝かされていた。すると部屋の扉が開き、中に金髪の若い女の人が入ってきてその人は俺を見るや駆け寄って抱きしめてくれた。

 

 「よかった・・・もう大丈夫だから…」

 

 その時俺は生れて初めて人の温もりを感じた。それ以降のことは記憶には残っていないが・・・俺は黄島 来人という名前をもらい、拾ってくれた命の恩人である黄島 岳斗とその妻である黄島 エレンの息子となって、2人に本当の息子として愛情をもって大事に育てられた。その1年後には妹もできて、俺は妹と共に日本で幼少期を過ごした。なんでも父さんはとても名の知れた芸術家で普段は日本に住んでいるのだが、今は海外からの依頼をこなしたり作品の幅を広げる為に色んな国を回っていて、俺を拾ったのもその最中だったらしい。けれども赤子2人を連れて海外を転々とするのは流石に無理があった為、1度日本に帰国して俺と妹がある程度大きくなるまで旅を控えることにしたそうだ。ちなみにたえちゃんと出会ったのもこの頃だ。けれども妹が幼稚園を卒園すると俺達の将来の視野を広げさせる意も込めて旅を再開させて、4人で色んな国を回った。アメリカにフランス、ドイツ、インド、中国、ロシア、アフリカに南米、チベット、数ヶ月単位で色んな国に行った。けど、その中には荒れた国もたくさんあった。テロに犯罪が横行し、住む場所も宛ても無くさまよい餓えや貧困に苦しむ人々に溢れ、何より酷く心を痛めたのは・・・それらに苦しめられる自分と歳の変わらない子供達だった…父さんはそれらを世界に伝え広めたり、そういった人々への支援や子供達の通う学校の設立を目的として芸術活動をしているそうだ。けど、この時俺の中で1つの疑問が生まれた。俺もそういった子の1人の筈なのになぜ俺だけがあの時拾われて2人の子供として育てられることになったのか?気になった俺は2人に聞いてみた。すると2人は顔を曇らせ、俺の生まれ故郷である国のことを話してくれた。

 

 「お前の生まれた国はな・・・とても平和でそれこそ貧しい人なんていないと言われるほどだった…けれどもお前はその国で生れてすぐ捨てられた。それも誰にも見つけて貰えないような場所に…」 

 

 それを聴いて俺はすぐに察した。そう、俺の生みの親は別にやむを得ない事情があった訳じゃなくただ単純に邪魔だったから、いらなかったから捨てたということを…それを知った時、俺の中で湧き上がった感情は怒りでも悲しみでもなく、恐怖だった…自分の子の命を簡単に蔑ろにする人の血を引いているのか、俺も何時かはそんな風になってしまうのではないか、そして・・・また俺はいらない存在になってこの2人からも捨てられてしまうのではないか…この2人に限ってそんな事は無いということは俺が1番よく理解している。けれどもその時はそんな事を考える余裕がないほどに俺の思考は恐怖で満たされてしまっていた。その時だった、不意に両親が俺のことを抱きしめてくれた。そして俺に優しく、それでいて強く言い聞かせてきた。

 

 岳斗「来人、大丈夫だ。たとえ血の繋がりが無くても、お前は私達の大切な息子だ。それに私はお前を見つけた時に心に決めたんだ。今にも消えてしまいそうな程弱っていたお前をこれからは私達が守っていく、決して離したりしないと」

 

 エレン「あなたを産んだ人達は自分でお腹を痛めて産んだ子供を自分勝手な理由で捨てるなんて親として・・・いえ、人として最低なことをした。けれどもそれはその人達がそういう人だったってだけであなたまでそうなる訳じゃない。だから私達はあなたに名付けたの、あなたがlight()あふれる明るい未来を生きる人になってほしい、誰かの未来のlight(明かり)になれるような人なってほしいって…」

 

 岳斗「それにな来人、確かに世界中には大人の勝手な都合でお前より辛い思いをしている子供が山ほどいる。お金も住む場所も家族もない、学校にも通えずに小さい時から辛い仕事をしている子が。けどそういう子供達を1人でも助けて、この現実を世界に広めようとし始めたのは・・・お前が家に来てからなんだ…」

 

 来人「僕が?」

 

 エレン「そうよ、お父さんはあなたに誰かを照らせるようになってほしいって名付けた手前、自分達がお手本にならなきゃいけないからって色んな国への支援を始めたの。言い換えれば来人、あなたが私たちの息子になってくれたから今もこうして沢山の人に生きる希望を与えられているの。あなたはもう誰かの未来を明るい照らせているのよ」

 

 岳斗「そうだ、だから来人・・・この世界に生まれて、私達の息子になってくれて―――――

 

 

「「ありがとう」」

 

 

 ありがとう、その言葉を言われた瞬間俺の心のうちは嬉しさで満たされた。嬉しくて嬉しくて・・・涙を流して、大声で泣いた。するとそれを聴きつけたのか突然部屋の扉が開き、そこから母さんと同じ奇麗な金髪をした俺の妹、黄島 未羽が入ってきた。未羽は泣いている俺を抱きしめる両親を見るや駆け寄ってきた。

 

 未羽「お兄さまどうして泣いてるの?どこか痛いの?」

 

 来人「ううん・・・大丈夫だよ未羽。なんでもない…」

 

 未羽「何でもなくないでしょ!何でもないのに泣いてるなんておかしい!私もお兄さまを慰めるの!」

 

 そう言うと未羽は両親と同様に俺を抱きしめてくれた。ありがとう未羽・・・もう俺はこんなことで悩まない!俺は黄島 岳斗とエレンの息子で、未羽のお兄ちゃんだって胸を張って生きていく!そして、3人に幸せを貰った分、沢山の人を幸せにできるようになるんだ!俺はその時、幼少期から抱いていた父への憧れは大きくなり、俺は決心した。俺は父さんの様に芸術の力で世界中の人の心を照らす存在になると…それから俺は父さんから主に音楽について色々と教わり、色んな楽器の弾き方や音楽に関する知識を学んだ。そして俺は父さんからあることを教わった。

 

 岳斗「なあ来人、芸術家が良い作品を生み出す切っ掛けは何だと思う?」

 

 来人「うーん・・・あ、楽しいって思った時?」

 

 岳斗「ははっ、確かにそれもあるかもな。けど私は1番の切っ掛けはやっぱりこれなんじゃないかと思うんだ」

 

 来人「それってなあに?」

 

 岳斗「出会いさ…人の心を変えてしまうような大きな出会い・・・それは人に留まらず様々な物事との出会いが人の運命を大きく変える。私はそう思うんだ」

 

 来人「父さんはそんな出会いがあったの?」

 

 岳斗「ああ・・・山ほどあった。その中でも特に私を変えてくれた大きな出会いが3つあった。1つ目は師匠との出会い。幼き日の私に芸術の素晴らしさを教えてくれて、私に芸術家としての道を示してくれた。2つ目はエレンとの出会い。旅先で偶然出会って、作品作りに思い悩んでいた時にいつも優しく励ましてくれて・・・それ以来私の心の支えとなってくれた。そして3つ目は・・・いや、これは言わなくてもいいか」

 

 来人「え~!?なんでなんで?」

  

 岳斗「だって前にもう話しているから言う必要ないだろ?」

 

 来人「え?」

 

 今思い返すと、その時の父さんの顔はどこか照れ臭そうだった。そして父さんは俺の問いをはぐらかすと続けて笑顔で言ってきた。

 

 岳斗「まあ、私が何を言いたいかというと、いずれお前にもそういう出会いが訪れる。その時はその人を大切にするんだぞ?」

 

 来人「うん!」

 

 それから1年後、俺は父さんの言うような俺自身を変える出会いをすることとなった。けどそれが俺の人生で最も辛くて悲しい、最大のトラウマになる出来事だとは・・・その時は思いもしなかった…

 それは次に俺たち家族が訪れた国にある辺境の村での出来事だった。その国は隣国と戦争状態にあり、何度も町が襲撃を受けて破壊されていた。なんでも今この国に父さんの古い知り合いの戦場カメラマンの人が来ていて、この国の情勢を伝える手伝いをするために今回はこの国に訪れ、俺達が向かった村でその人と落ち合うことになっていた。そこは国のはずれで戦争の被害は全くと言っていいほどなく、その為襲撃を受けた町に住んでいた人の一部が移り住んでいた。俺はそんな村の散策して1人で歩いていた時のことだった。村にはタイ米の稲田や畑が辺り一面に広がり、俺は畦道を歩いていると突然声を掛けられた。

 

 ?「ねえ、あなたこの辺じゃ見ないけどどこから来たの?」

 

 来人「え?」

 

 俺は声のする方を向くとそこには麦わら帽子をかぶり、日焼けした肌をに黒い髪の俺と同い年くらいの女の子がいた。その子は俺の元まで駆け寄ってくるとまじまじと見つめてきた。

 

 ?「あ、髪も金色だし目も青色ってことは外国の人だよね?もしかして最近村に来たっていう芸術家って君の家族?」

 

 来人「う、うん、そうだけど・・・君は?」

 

 シャラ「私はシャラ!」

 

 来人「僕は来人」

 

 シャラと名乗った少女に俺も名を名乗った。話しを聞くと彼女も難民の1人で故郷の街が襲撃に会った際に両親を亡くし、祖父と共にこの村へと逃れてきたのだが村に来てすぐに祖父を亡くしてしまい、それからは水運びなどの農作業の手伝いを仕事にしながら1人で生活しているそうだ…何でもこの村にいる同年齢の子供は彼女だけらしく、彼女が少し人懐っこいのもあって俺とシャラは会ってすぐに仲良くなった。それからというもの俺はシャラと一緒に村の人達の農作業を手伝ったり、森の中を探検して遊んだり、一緒に絵をかいたりして村にいる間の殆どの時間を彼女と過ごしていた。そんな日々を過ごしている中で、俺は明るく懸命に頑張るシャラの姿に次第に惹かれていき、何時しか俺の中には彼女に対する特別な思いが芽生えていた。けど、そんな日々は突如として終わりを告げる事となった…村にきてしばらくたったある日のことだった・・・

 

 岳斗「来人、急ですまないが明日この村を出ることになった」

 

 来人「え!?」

 

 突然の父さんの宣言に俺は驚きを隠せなず動揺してしまった。父さんから話を聞くと本来の目的地である戦争被害を受けた町から安全の確認が取れたためすぐにそこへ向かうことにしたそうだ。けど、それはつまりシャラとお別れをしなくてはならないということでもあった。そんなのは嫌だ!そう思ってからの俺の行動は早かった。

 

 来人「シャラー!」

 

 シャラ「あ!どうしたのライト、そんなに急いで?」

 

 俺はいつものようにシャラのもとまで向かうと早速本題を切り出した。

 

 来人「シャラ、今日はどうしても君に伝えなくちゃいけないことがあるんだ」

 

 シャラ「え?なになに?」

 

 来人「実は僕・・・明日村を出ることになったんだ…」

 

 シャラ「え・・・そう、なんだ…じゃあ今日でライトとはお別れなんだね…」

 

 来人「いや、そうはならないよ」

 

 シャラ「え?」 

 

 来人「シャラ、僕と一緒に行こう!僕と一緒に世界を回ろう!」 

 

 シャラと離れたくなかった俺は彼女も旅に誘った。父さんにお願いすればシャラが旅に同行することをきっと許してくれるはず、そう思って俺は彼女に手を差し伸べた。しかし・・・

 

 シャラ「ごめんなさい!私はあなたと一緒には行けない!」 

 

 来人「え・・・」

 

 その手は拒まれた。思ってもみなかった返答に俺は動揺しながら理由を聞いた。 

 

 来人「どうして?」

 

 シャラ「ライトの誘いはとっても嬉しい。私もあなたと一緒に行きたい」

 

 来人「なら「けど!」ッ!」

 

 シャラ「それ以上に私はこの村の人達と一緒にいたい!パパとママとお爺ちゃんがいなくなって、1人になった私を温かく受け入れて優しくしてくれた村の人達は私にとっての家族なの。だから私は家族を捨てるなんてことできない」

 

 家族、その言葉を聞かされたら引き下がるしかないじゃないか・・・

 

 来人「そっか・・・そうだよね。ごめんね、無理言っちゃって…」

 

 シャラ「ううん、気にしないで。でも・・・ライトとはこれでお別れなんだよね…」

 

 そういうとシャラは落ち込んだ表情になり、顔を俯かせてしまった。確かに、せっかく仲良くなったのにこのままお別れなんて寂しい…

 

 シャラ「あ!そうだ!ねえライト、明日の朝村を出る前にまたここに来てもらえる?」

 

 来人「う、うん」

 

 シャラ「絶対だからね?じゃあまた明日」

 

 そういうと彼女は走り去っていった。そして翌日、俺は約束通り待ち合わせの場所へと向かった。

 

 シャラ「あ、ライトー!」

 

 来人「シャラ!」

 

 シャラ「ごめんね、忙しいのに呼び出しちゃって」

 

 来人「構わないよ。それで、どうして僕を呼び出したの?」 

 

 シャラ「うん、ライトにこれを渡そうと思って」

 

 そういうと彼女は手を差してきて、その中にはミサンガが握られていた。

 

 来人「これを僕に?」

 

 シャラ「うん、いつでも私を思い出せるようにって」

 

 来人「ありがとうシャラ!僕も何か渡したいんだけど・・・」

 

 シャラ「別にいいよ、そこまで気を使わなくても」

 

 来人「そういう訳にはいかないよ。うーん・・・あ、そうだ!これ僕の気に入りのハーモニカ!」

 

 俺は彼女に父さんからプレゼントしてもらったいつも持ち歩いているハーモニカを渡した。

 

 シャラ「いいの?これとっても大事なものなんでしょ?」」

 

 来人「うん、でもそれはあげるんじゃなくて預かっててもらうんだ!いつか僕は音楽家になってまたこの村に来るから、その時まで預かっててほしいんだ」

 

 シャラ「うん!わかった。それじゃあライトも大きくなったら絶対に音楽家になって村に演奏を聴かせに来てね?」 

 

 来人「うん、約束する!」

 

 そして僕はシャラと別れると両親と妹、そして父さんの友人の戦場カメラマンの人と一緒に町に作物を売りに行く時に使うロバが引く大きな荷車に乗って村を後にした。俺は荷車に揺られながら名残惜しく徐々に離れていく村のある場所を見つめていた。さよなら・・・僕の初恋の人…俺が村での思い出に思い馳せていたその時・・・それは突然として巻き起こった…

 

 

 

 ―――ドッガーン!―――

 

 

 

 突然大きな爆発音が鳴り響き、その音に反応したロバは動きを止めて荷車の動きも止まった。

 

 岳斗「ッ!なんだ今の音は?」

 

 エレン「いったい何があったの?」

 

 未羽「ねえ!あれ!」

 

 俺達は突然の出来事に困惑しているとある場所を指さし未羽が声を上げた。そして未羽が指をさす方を見るとそこには・・・村のあった場所から黒い煙が上がっていた。それを見た瞬間俺は咄嗟に馬車を飛び降りて村に向かって走りだした。シャラ・・・無事でいてくれ!その一心で俺は止める両親の声も聞かずに走り続けた。そして村に着くと、そこに広がっていたのは地獄絵図だった。家々が燃えて物が焦げた臭いが漂い、耳を劈くような銃声と逃げ惑う村の人達の悲鳴が響き渡り、地面には何人もの動かなくなった村の人達が倒れていた。その光景に恐怖し一瞬固まったが無我夢中だった俺は瞬時にそれを振り払いすぐに目当ての人物の名を叫んだ。

 

 来人「シャラー!」

 

 すると俺の声が届いたのか人混みの中から彼女がこちらに駆け寄ってきた。

 

 シャラ「ライト!?どうしてここに!?村を出たんじゃなかったの!?」

 

 来人「うん、けどいきなり村の方から爆発音が聴こえて煙が上がっているのが見えたから・・・」

 

 シャラ「それで戻ってきたの!?何でそんな危ないことしたの!」

 

 来人「そ、それは・・・そんな事よりもずっとここにいたら僕達も危ない。早く逃げよう!」

 

 シャラ「ッ!う、うん・・・」  

 

 俺はシャラの手を掴むと俺が来た道を走った。しかしその先には銃を持った民兵が何人もいて行く手を塞がれてしまっていた。まずい、アイツらに見つかったら2人とも命は無い…万事休すか・・・そう思ったその時だった。

 

 「来人君!こっちだ!」

 

 突然茂みの中から俺を呼ぶ声が聴こえ、そこを見るとさっき一緒に馬車に乗っていた父さんの友人の戦場カメラマンの人がいた。俺達は言われるがまますぐに茂みに入り込むとその人に案内され、身を潜めながらその場を逃げ出した。そして、あと少しで村出られると思ったその時だった・・・

 

 「おい!逃げだした奴がここにもいたぞ!」

 

 最悪なことに民兵に見つかってしまった。もし捕まれば確実に殺される!俺達は全力で走って逃げた。次の瞬間・・・

 

 

 

 ―――バンッ!―――

 

 

 

 1発の銃声が鳴り響き、それと同時に俺が掴んでいた手がするりと抜け落ちた…俺は恐る恐る後ろを振り返ると、そこには背中を真っ赤に染めて地べたに俯せで倒れるシャラの姿が映った…

 

 来人「う、嘘・・・シャラ・・・シャラ!」

 

 俺はすぐさま彼女に駆け寄ろうとしたが腕をつかまれて引き留められた。

 

 「ダメだ!早く逃げないと君まで撃たれる!」 

    

 来人「放して!シャラ!シャラ!!」

 

 俺は掴まれた腕を振り解こうとしたが子供の力では敵わず、俺は抱きかかえられてその場から逃がされた。その時でも俺はずっと後ろを見ながらどんどん遠くなっていく最愛の人の名を叫び続けた。

 

 来人「嫌だ!シャラ!シャーラー!」 

 

 しかし、悔しくもその必死の呼びかけにも彼女は反応することなく、俺は大声で泣き叫んだ。そして、気づいた時には手を引かれながら両親と妹の元まで連れ戻されていた。

 

 未羽「あ、お兄様!無事でよかった」

 

 エレン「来人!なんであんな危ないことしたの!?ケガじゃ済まないところだったのよ!」

 

 俺の姿を見るなり未羽は安堵し、母さんは涙目で怒ってきて2人ともとても心配していた事がわかった。父さんはとても厳しい表情を浮かべながら無言で俺のことを見つめていた。 

 

 岳斗「来人・・・」

 

 来人「父さん・・・僕・・・助けられなかった…シャラを・・・」 

 

 岳斗「ッ!・・・そうか・・・」

 

 父さんはそれだけ言うとあとは何も言わなかった。その後俺達は再び馬車に乗ると目的の街へと向かい、そこでの活動を終えると旅を終わらせ、俺は小学校5年生の秋に日本に戻ってきた。きっと父さんもかなり責任を感じていたんだ・・・俺を危険な目に合わせ、心に深い傷とトラウマを与えてしまったことを…その傷を少しでも癒そうとして気を使ってくれたんだ。

 

 来人「初めましての人は初めまして、久しぶりの人はお久しぶり。黄島 来人です。少し前までは父の仕事の関係で海外を転々としてました。1年の時までこの学校にいたから何人か知っている人がいると思いますが改めてよろしくお願いします」

 

 日本に戻ってきた俺は以前通っていた小学校に再び通い始めて日本での平和な暮らしを送っていた。けれども俺の心の傷は癒える事は無く、今でもあの時の光景を夢で見る…

 

 ―――シャラ!!嫌だ!シャラ!シャラー!―――

 

 目の前には血を流して倒れる彼女の姿。俺は手を伸ばすが彼女はどんどん遠ざかっていくばかり…こんな夢を毎夜みては目を覚ます。そんな毎日を送っていた俺の脳裏に浮かんだのはあの言葉だった・・・

 

 岳斗『人の心を変えてしまうような大きな出会い・・・それは人に留まらず様々な物事との出会いが人の運命を大きく変える』

 

 そうだ・・・彼女を忘れてしまうぐらい何か夢中になれる存在を見つけられれば、こんな辛い思いをしなくても済むかもしれない…そう思ってからの俺の行動は早かった。音楽以外にも様々なことに挑戦した。父さんに教わりながら絵を描き、サッカー、野球、水泳にテニス、色んなスポーツをやり始めて全力で勤しんだ。けれど俺はそれだけに留まらず人にも出会いを求めた。

 

 来人「ヤッホー!お前たち今日も元気かー!」

 

 「お、おう・・・なんかお前バカにテンション高いな・・・」

 

 来人「そうか?俺はいつもこんな感じだぜ?」

    

 「お、俺?お前一人称僕じゃなかったか?」

 

 来人「そんな細かい事別にいいじゃないか。楽しければなんだって・・・お!君もしかして髪型変えた?すっごく似合ってるよー!」

 

 俺は周りに明るくフレンドリーに振舞い自分を捨てて・・・()()になった。沢山の人を幸せにすると誓ったのに、1番幸せにしてあげたかった最愛の人を幸せにすることができなかった僕という存在はいらないから…だから俺は過去の自分の事を捨て去るために常に笑顔を振りまき、さらに熱い恋を求めて女の子に重点的に話しかけまくった。そして時がたって中学生になるとすっかり周りには俺はチャラ男のイメージが浸透して、俺の行いはさらにエスカレートした。街に出て可愛い女の子を見れば話し掛け、部活動では色んな運動部に助っ人に入っては女子部員やマネージャーの娘に話しかけまくった。さらに俺は放課後、夕方になると駅前にある広場やステージを使わせてもらってそこで路上ライブをさせてもらい、サックスにバイオリン、ギターを使いながらクラシックの他に女の子が好きそうな曲の演奏をしながら道行く女の子を口説いていた。そんな生活を続けて1年がたったある日のことだった。俺は出会った、心に傷を負った俺を変えてくれた最高の仲間と・・・

 

 来人「そこの可愛い君!俺の演奏聴きに来てよ!君の為ならどんな曲だって演奏してみせるよ!」

 

 「え・・・いや、結構です!」

 

 来人「うーん釣れないな~・・・お!今度は超絶美少女発見!」

 

 何時ものように放課後に路上ライブをやる為に駅前に向かっている最中、俺は美少女を見つけた。短めのピンク色の髪に白粉を塗ったかのような白い肌、服装はボーイッシュだがそんな事は気にならない程他の娘とはレベルが違う、もう神々しいほどにまでその娘は美しかった。絶対お近づきになってやるぜ!

 

 来人「ねえそこの君!」

 

 ?「え?あ、僕の事って・・・」

 

 おお、一人称が僕って、これが世に言う僕っ娘か!しかもこの娘、楽器ケース背負ってるな。ギターよりもケースが少し大きいってことはベースか。これはセッションしてもらえるかも!

 

 来人「ねえ、君が背負ってるそれってベースだよね?俺とセッションしない?」

 

 ?「いや、遠慮しておくよ」

 

 来人「え~、そんな釣れないこと言うなよ~!ねえ、少しだけでいいから!君の得意な曲でいいからさ~!」

 

 ?「はぁ~・・・じゃあストレートに言わせてもらうよ。嫌だね!僕は君みたいなチャラ男に割いてる時間は無いんだよ黄島 来人さん!」

 

 え?なんで俺の名前知っているんだ?もしかして・・・

 

 来人「君もしかして俺と同じ学校の生徒?学年とクラスは?」

 

 ?「ちょ・・・あ~!もう面倒くさい!僕はこれからバンドの練習に行かなきゃいけないんだ!」

 

 バンド?そういえば最近ガールズバンドがブームになり始めてて、学生間でもバンドを組んでライブハウスでライブをしたりしているらしい。つまりこの娘もそういったうちの1人ってことか・・・だったら!

 

 来人「なになに、バンド!?じゃあさじゃあさ俺も君のバンドのメンバーに合わせてよ!君みたいな可愛い女の子がいるバンドなら是非ともその演奏を聴かせてほしい!」

 

 俺はとびっきりの笑顔を浮かべてお願いした。これならこの娘も了承してくれる。そう思った次の瞬間・・・

 

 ?「はあ?今、ナンテイッタ?」

 

 なんかすごい怒気が溢れ出てきた!しかも殺気を感じる程に!ちょっとこの娘なんでこんなに怒ってんの!?

 

 来人「ちょ、ちょっと待ってくれ!女の子がそんな殺気なんか出したらせかっくの可愛さが台無しだよ?」

 

 ―――ブチッ―――

 

 なに!?今完全に何かがキレる音したよね!?俺がビビった次の瞬間、急に全身に衝撃を感じ気が付くと俺は地面に組み伏されていた。え?なに!?

 

 ?「もう1回言ってみなよ・・・」

 

 来人「放して!痛い痛い痛い!」

 

 押さえつけられた腕にさらに力が籠められた。腕に激痛が走り、俺は痛さのあまり悶絶した。やばいやばいやばい!これ本気で折る気だ!

 

 ?「違う違う、僕は悶絶しろじゃなくてもう1回言ってみてって言ったんだ。もしくは腕を折られる前に泣いて詫びろ、と捉えてもらっても構わないよ?」

 

 え?なにこの娘ドSなの!?俺もしかしなくてもメッチャやばい娘に話し掛けちゃった!?俺が恐怖と後悔の念に駆られていたその時、見覚えのある3人の男子がこっちに歩いてきた。

 

 レン「おーい明日香!」

 

 碧斗「待ち合わせの時間になっても来ないから探しに来てみれば・・・何やってるんだ?」

 

 利久「道端でプロレスごっこですか?せめてそうゆうのは公園の砂場でやりましょうよ」

 

 こいつらは確か学校の女子の中でも人気の男子の海原 碧斗、石美登 利久、そして赤城 レン。最近バンドを始めただとかでなにかとつるんでいることで有名な3人だ。なんだ?この娘はこいつ等と知り合いなのか?

 

 来人「赤城、海原、石美登・・・何でお前らがここに?この娘とどうゆう関係だ?」

 

 レン「え?えーとお前は確か・・・」

 

 来人「黄島 来人だ」

 

 レン「そうそう、来人だ。学校1のチャラ男で運動部の助っ人の!それでそのチャラ男の来人は何で道端で明日香とプロレスごっこしているんだ?」

 

 明日香「別に僕はそんなことしてるつもりはないよ…ちょっとこの人にナンパされて、後は言わなくてもわかるよね?」

 

 レン「あー・・・なるほど…」

 

 碧斗「まあ自業自得だが・・・ちょっと可哀そうだな…」

 

 利久「ドンマイです」

 

 いや、なんか知らないけど会って数秒で哀れまれた!?全然話が理解できない!

 

 来人「ちょっと待て!人を置いて会話を進めるな!」

 

 レン「あー・・・大変言いにくいんだが」

 

 碧斗「明日香は男だ」 

 

 へ、男?オトコ、おとこ・・・OTOKO・・・Man…

 

 来人「う、噓だろ!?男!?こんな可愛いのに!?」

 

 明日香「ねえ、マジで折っていい?」

 

 レン「残念なことにな・・・」

 

 来人「そ、そんな・・・う、ウゾダドンドコド~ン!」   

 

 そう言えば小耳にはさんだことがある。めっちゃ可愛い女の子みたいな見た目の男の娘が同学年にいるって。その名前が確か・・・そう、桃瀬 明日香!屈辱だ…美少女だと思って声を掛けたのがまさかの男だったなんて・・・まさに俺の人生最大の黒歴史が出来上がった瞬間だった。  

 

 来人「見た目がこんなにも可愛い美少女なのに男だなんて・・・」

 

 明日香「よし、折るだけじゃなくてもう2度とナンパなんかできないようにしてあげるよ」 

 

 あ、俺終わった。そう思ったその直後、俺をボコそうとする明日香を止める声が上がった。

 

 レン「まあまあ明日香、来人も悪気があった訳じゃないだろうから許してやってくれ」

 

 明日香「レンが言うなら・・・」 

 

 そう言うと明日香は俺を解放してくれた。いやー、助かったー。

 

 来人「はぁー、ようやく解放された…けどまさか男を口説こうとしたなんて・・・屈辱だ…」

 

 明日香「ねえ殴っていい?いいよね?」

 

 レン「まあ落ち着けって明日香。ところで来人だったよな?お前サックス持ってるけど弾けるのか?」

 

 来人「ああ・・・それ以外にも一応フルートにトランペット、ギターとバイオリン、二胡なんか大体の弦楽器と管楽器は弾ける」

 

 レン「そうか・・・なあ来人、よかったら演奏を見せてくれないか?」

 

 来人「まあ、別に構わないが・・・流石に今ここで弾くわけにはいかない。付いてこい、俺がいつも演奏をしている場所があるからそこで聞かせてやる」

 

 俺はレン達4人を駅前の広場まで連れて行くとそこでケースからサックスを取り出した。

 

 来人「何かリクエストはあるか?何でも弾いてやるよ」

 

 碧斗「なら、俺からいいか?『ゴールデンタイムラバー』を頼む」

 

 来人「ああいいぞ。はぁ・・・♪~ 」

 

 リクエストに応えて俺は夕陽の射す駅前でサックスを弾きならした。この時間は学校や仕事から帰りに電車を利用する多くの人が行きかうため観客を集めやすく、さらに夕陽を受けた俺のサックスがさらに輝く。まさに路上ライブをするにはゴールデンタイムだった。

 

 来人「ふぅ~・・・」

 

 ―――パチ!パチ!パチ!―――

 

 曲が終わると5分弱の間にもかかわらず、俺の周りには複数人の人が集まり拍手を送ってくれていた。その中から俺の演奏を聴きたいと言ってきた人物に目をやるとニヤリと笑みを浮かべ口を開いた。

 

 レン「よし来人、俺達と一緒にバンドやろうぜ!」

 

 来人「は・・・はぁ?」

 

 俺はいきなりの事に困惑の声を上げたが他の3人は溜息をついて呆れていた。なんかもう見慣れてる感じだ。それに対してレンは気にも留めずに話を続けた。 

 

 レン「俺は自分のバンドをやるならメンバーは5人がいいって思ってたんだ。それに、お前の演奏を聴いてたらお前と一緒にステージに立って演奏したいって思った!だから俺達と一緒にバンドをやってくれ!」

 

 一緒にバンドをやってほしいか・・・今まで楽器の演奏は基本1人でだったし、誰かと一緒に弾くのもたまに父さんや未羽とセッションするくらいだったから中々新鮮で面白いかも知れない。けど・・・

 

 来人「わるいな、俺は納豆と男が大嫌いなんだ!可愛い女の子からのお誘いならまだしも、むさ苦しい男・・・ましてや俺よりもイケメンでモテモテな野郎の頼みなんて真っ平ごめんだね!」

 

 レン「え、えー・・・」

 

 碧斗「凄い僻みと私念が混じった理由だな・・・」

 

 明日香「ここまでハッキリ言われるといっそ清々しい…」

 

 俺は捨て台詞を残すとそれに戸惑っているレンと、さっき以上に呆れ交じりの冷たい視線を俺に向けてきた碧斗と明日香を後目にその場を立ち去った。唯1人、俺に悲しげな視線を向けている人物に気づくことなく…それからレンは毎日俺の路上ライブに通い詰めてくるようになり、学校でも事ある毎に俺に話し掛けてくるようになった。

 

 レン「頼む来人、俺達と一緒にバンドをやってくれ!」

 

 来人「しつこいな・・・お前は俺のストーカーなのか?」

 

 レン「な!?誰がストーカーだ!」

 

 来人「お前だよ、お前。生憎だが俺に男からストーカー行為をされて喜ぶような趣味は無い。熱烈な女の子のストーカーは何時でもWelcomeだが、男からの熱烈アピールはNo thank youだ!」

 

 俺はそれを何度もあしらったがそれでも諦めずにレンは俺に話掛けてきた。けれども、碧斗と明日香はその事をあまり快く思っていないみたいだった。

 

 碧斗「レン、流石に今回は諦めた方が得策だ。俺はこういう何かしら厄介ごとを持ち込んできそうなやつをメンバーにするのは反対だ」

 

 明日香「僕も、こんな浮ついた性格の人が仲間になるのは賛成できない」

 

 2人はレンが俺をメンバーに勧誘する事に反対の意を示した。けど、ただ1人だけ動じずにレンに助け舟を出す人がいた。

 

 利久「あの・・・僕はいいと思いますよ?来人が仲間になるの。来人みたいな演奏が凄く上手い人がメンバーになればバンドの躍進にもなりますし、何よりリーダーであるレンが仲間にしたいと言っているんですから反対する理由がありません。それに、来人は女の子にモテたいんですよね?なら尚更僕達と一緒にバンドをやった方がいいと思いますよ?」

 

 利久だった。こいつは2人とは逆に賛成の意を示し、それに加えて尚更自分達とバンドをやった方がいいと進めてきた。

 

 来人「その理由は?」

 

 利久「まずイケメンという点でしたらそれは来人にも言えると思えますよ?それに学校内で名が知れている3人と一緒にバンドをやれば女子の注目を集める事はまず間違いないですし、少なくとも大してかっこよくもない僕よりも来人は人気者でモテモテになれると思いますよ?」

 

 なるほど、言われてみればそれもそうかもしれない。けれども利久、自分は大してかっこよくないとか嫌味か?嫌味なのか?まあそれはいい、それよりもだ・・・

 

 来人「確かにお前の言う通りかもしれないな。お前らと一緒にバンドをやれば俺もモテモテ男子の仲間入りか・・・悪くないかもしれないな」

 

 レン「それじゃあ「ただし!」ッ!?」

 

 来人「条件がある」

 

 レン「条件・・・それはなんだ?」

 

 来人「レン、お前は俺の演奏を聴いて俺と一緒にバンドがしたいと言ったな?」   

 

 レン「ああ・・・」

 

 来人「なら、俺にお前たちの演奏を聴かせてくれ。お前達と一緒に演奏したい、俺にそう思わせられたらお前達のバンドのメンバーになってやる」        

 

 流石に会って間もないやつらにバンドのメンバーになってくれと頼まれても直ぐに頷く事は出来ない。父さんから聞いたことがある。複数人の演奏は演奏者同士の調和や波長があってこそ美しく完成され、余計な存在があると意図も簡単に壊れてしまう。オーケーストラなどの大人数の演奏にはそれを合わせる為に指揮者という存在があるがバンドにはそれがない。だからこそ、こいつらの演奏を聴き定めて俺という存在が入る場があるか否か確かめる必要がある。

 

 来人「場所はここのステージだ。時間は明日以降の放課後と休日でやる日とタイミングはお前に任せる。お前達の演奏、楽しみにしてる」

 

 レン「ああ、絶対お前を仲間にしてみせる!」 

 

 レンはそう高らかに宣言し、その様子を見た碧斗と明日香は溜息をついたが、表情は微かに笑みを浮かべていた。翌日、俺はいつもの場所に訪れるとそこには広間にポータブル電源とミニアンプを置き、それらにギター、ベース、電子ドラム、キーボードを繋いで立つ4人の姿があった。

 

 レン「ふぅー・・・よし!こんにちは、俺達中学の同級生でバンドをやっている・・・・・」

 

 うん?MC始めたと思ったら気直ぐに黙り込んだぞ。いったいどうしたんだ?

 

 レン「そういえば俺達・・・バンド名考えてなかった」

 

 突然のレンの発言に俺と碧斗達を含めた周りの人達が唖然とした。いやそれめっちゃ大事だろ!なんで考えてねえんだよ!俺コイツとバンドやるのやめようかな…

 

 レン「まあ無いものは仕方ないんでとりあえず今は『ヒーローズ(仮)』とでもしておいてください」

 

 ダッさ!仮だから仕方ないかもしれないけどそう思わずにはいられなかった。

 

 レン「気を取り直して。俺達はまだ結成したばかりで未熟なので演奏もあまり上手くないです。けど今日はあるヤツと賭けをして、そいつに納得がいく演奏を聴かせるために今日はここでライブします。俺達はまだ自分達の曲を持っていないので、やる曲は全部カバー曲ですが良ければ聴いて行ってください!それじゃあまずは1曲目、『ネバギバ!』」

 

 レンの掛け声を合図に演奏が始まり、俺はそれを他の観客に紛れて静かに見ていた。

 

 レン「もう心配無いよお前なら そう空が笑~てる気がした 汗と涙の数 きっと輝ける~」

 

 その演奏は完璧だった。まだ日が浅いにも関わらず4人の息が合った演奏を出来ていた。見ただけで相当練習した事が窺える素晴らしい演奏だった。しかし・・・唯それだけだった。俺が一緒に演奏したいとはどうしても思えなかった。その後もレン達はほぼ毎日駅前で路上ライブをしていたが一緒に演奏したいと思える瞬間は無かった。

 

 レン「来人、今日はどうだった?」

 

 来人「うーん、演奏は申し分ない。寧ろ完璧だった」

 

 レン「なら「だからこそ」・・・?」

 

 来人「俺は一緒に演奏したいとは思えなかった。と言うよりも・・・お前たちの演奏は俺を必要としていなかった」

 

 毎日4人が演奏する姿を俺は見ていたが、その姿は俺にはまぶしすぎる程にとても輝いて見えた。今はまだ未熟かもしれないが・・・何時かこの4人は音楽で誰かを照らせる様な存在になる。この4人の完璧な演奏の中に俺の出す音が加わってしまったら、こいつ等の音は簡単に壊れてただの雑音へとなり果ててしまう…それだけは絶対にダメだ!また俺のせいで・・・誰かの明るい未来を奪うようなことはもうしたくないから…

 

 来人「もし俺がいたら・・・お前達のバンドは崩壊する。だからこそ俺はお前達のバンドに加わる訳にはいかないんだ…」

 

 レン「来人・・・」

 

 来人「そういう訳だからお前らは自信を持っていい。今の状態でライブに出ても大丈夫、観客を沸かす事は出来る。よければその時は俺も呼んでくれ。観に行くからさ!じゃあ、頑張れよー!」

 

 俺は4人に応援の言葉を残すとその場を去った。これだけ言えばきっとあいつらも諦めるはずだ。明日からは前みたいに1人で路上ライブをする日々に戻る。そう思っていた。けど翌日・・・  

 

 レン「こんにちは!今日もここで路上ライブをさせてもらう『ヒーローズ(仮)』です!よかったら俺達の演奏聴いて行ったください!」

 

 俺は駅前に行くとそこには変わらずにあの4人いた。何でいるんだ・・・まさか、あれだけはっきりと言ったのにまだ諦めてないのか!?けど、どうせ何時もみたいに完璧な演奏を4人でするに違いない。しかし、その考えは演奏が始まって変わった。

 

 レン「聴いてください!」

 

 レンの掛け声を合図に演奏が始まった。しかしその演奏は・・・

 

 「なんだ?なんか昨日より下手になってないか?」

 

 「と言うよりなんか物足りない・・・」

 

 「急にどうしたんだ?」

 

 昨日とは明らかに違う、4人の演奏が輝いて見えない…その理由はすぐに分かった。演奏の音がワンパート分足りてない。他の聴いている観客も退屈しているほどにそれは明らかだった。かくいう俺もその1人なわけで・・・なんなんだこの演奏は!?聴いててイライラするのと同時に・・・凄く体がうずく!俺はその衝動についに耐え切れなくなり――――――

 

 来人「ちょっと待て!」

 

 気が付いた時にはもう行動を起こしていた・・・ 

 

 来人「なんだよその物足りない演奏は!こんな演奏人様に聞かせられるか!」

 

 そう言うと俺はサックスを手に持ち、レンの隣に立った。

 

 レン「来人・・・それじゃあ改めて、俺達5人の演奏を聴いてください!」

 

 そして俺はレン達と一緒にカバー曲を演奏した。そして演奏を終えると周りからは拍手が巻き起こり、俺の隣ではレンがニヤリと笑みを浮かべていた。まさか・・・

 

 来人「お前、嵌めやがったな・・・」

 

 レン「まあな。けど、ヒントをくれたのはお前だろ?俺達の演奏はお前を必要としていなかった・・・裏を返せばお前を必要としている演奏を聴かせればいいってことだ!」

 

 来人「ッ!どうしてそこまでお前は俺を仲間にしたいんだよ・・・」

 

 レン「言っただろ?お前の演奏を聴いて一緒に演奏したいって思ったからだ!それに・・・利久が言ってた。楽器を弾いている時、お前からは悲しい音が聴こえてくるって…」

 

 来人「俺から?どういうことだよ?」

 

 利久「実は僕、人の心の音を聴くことが出来るんです。普段の来人は明るく振舞ってましたが・・・その時の来人からはとても悲しい音がして、それが楽器を弾いている時は特により一層強まるんです…それにあの悲しい音には聞き覚えがあるんです。あの音はそう・・・誰か大切な人を亡くして悲しんでいる人の音です…」

 

 レン「それを聴いて俺、放って置けないって思ったんだ。なあ来人、よかったら俺達にお前に何があったのか話してくれないか?出来る事なら俺達はお前の支えになりたい!」

 

 大切な人を亡くして悲しんでいる音か・・・まさかそこまで読まれているとはな…本当は俺は数年前のあの時の出来事が、初恋の人を亡くした時のことが未だに忘れられずにいた。あの時もらったミサンガだって肌身離さず付けているし、ここで夕方に演奏しているのだって本当はシャラを偲んで・・・天国にいるであろう彼女に届ける為に俺は楽器を奏でていた…忘れようと思っていても結局忘れられないこんなにも女々しい自分が嫌になる。こいつ等には隠しても無駄だろうし、いっそ話してしまえば少しは楽になるかもしれない・・・

 

 来人「俺さあ・・・女の子を1人死なせてるんだ…」

 

 レ碧利明『ッ!?』   

 

 案の定、俺が話を切り出すと4人は驚いていた。そりゃあ行き成り人を死なせてるって言えば誰でも驚くか・・・けど俺はそこに追い打ちをかけるかのようにもう1つの真実を打ち明けた。

 

 来人「やっぱり血は争えないってことなのかな・・・平気で人を殺そうとするような人の血を引いているんだからさ…」

 

 俺は全てを話した。俺が初恋の人を目の前で亡くし、その事を忘れようとしてこんな事をしていること。そして、俺が捨て子であったこと・・・

 

 来人「とまあこんな感じだ。どうだ?」

 

 碧斗「どうだって言われても・・・」

 

 明日香「言葉も出ないよ…」

 

 すべてを聞いた4人の表情はとても重苦しいものだった。ただ1人を除いては・・・

 

 レン「・・・・・」

 

 利久「レン?」 

 

 俺に聞いてきた当の本人であるレンは顔を俯かせたまま黙り込んでいた。そして顔を上げて見せたその表情は、とても怒っていた。

 

 レン「なあ来人、そんな辛い出来事話してるのに・・・何でそんな平気そうに笑っていられるんだよ?」   

 

 来人「・・・平気なんかじゃない…無理にでも笑ってないと、今にも泣きそうになっちまうんだ…」

 

 本当は辛くて辛くて仕様がない。けどこうやって笑顔を保ってないと、過去の僕という存在を捨てる事が出来ない。けどその考えは、すぐに払拭された・・・

 

 レン「だったら・・・俺達の前だけでいいからさ、無理に強がらないで少しぐらい弱音を吐けよ!辛い時に辛いって言えなかったら、人の痛みが分からないような人間になっちまうぞ!俺達はお前の悲しみを理解してやる事は出来ないかもしれないし、一緒に背負ってやる事は出来ないかもしれない。けど、お前の傍にいてやる事は出来る!」

 

 来人「レン・・・」

 

 レン「それに来人、お前は普段から作り笑いばっかしてるけど、楽器を演奏してる時は少しだけど心から楽しそうに笑ってた。知ってるか?お前自身の笑顔、なかなか悪くない」

 

 来人「俺自身の・・・笑顔?」  

 

 レン「お前は沢山の人の心を照らして笑顔にする為に楽器を始めたんだろ?けどお前自身がもし作り笑いしか出来ないって言うなら、俺達がお前のことを笑顔にする!だから来人、お前の夢に俺達も付き合わせてくれないか?」

 

 そう言うとレンは俺に手を差し伸ばしてきた。初めてだった、俺の夢に付き合うって言ってくれたのは・・・今まで世界中を旅してきたけど、すぐに別の場所に移ってしまうから仲間と一緒に何かに挑戦するなんてこと出来なかった。一瞬、本当に俺が仲間に加わって良いのか戸惑った。けど、笑顔で俺がその手を取るの待つ4人の姿を見てすぐに俺はその手を掴んだ。

 

 レン「改めてこれからよろしくな、来人!」

 

 来人「ああ・・・けどまず初めに聞かせてほしいことがる。レン、お前の夢って何なんだ?俺だけ教えておいてお前らが教えてくれないってのは不公平じゃないか?」

 

 俺が問いかけると、レンは明るく、生き生きとした表情で自身の夢を口にした。

 

 レン「俺は・・・俺はヒーローになることだ!誰にでも希望と勇気を与えられる、そんなヒーローに俺はなる!」

 

 来人「ヒーロー?」

 

 レン「ああ、子供のころからの夢だったんだ!テレビでやってる特撮とかアニメに出てくるヒーローみたいになりたいって。けど、成長するうちに俺には特別な力なんて無い、ヒーローになんかなれないって気づかされた。でも音楽はそんな人を変えてくれる、誰もが身に着けられる特別な力なんだ!だから俺はその力を使って沢山の人に希望と勇気を与えられる、ヒーローになる!」

 

 来人「ハハハッ!とても正気とは思えないな?けど悪くないな、お前の夢。俺もその夢、付き合うぜ!だから見せてくれ!お前が夢を叶えるその瞬間を・・・そしてその先を!」

 

 明日香「ちょっと、僕達も忘れないでよ?」

 

 利久「僕達も付き合いますよ!」  

 

 碧斗「俺もお前の背中を預かった身だ。最後まで支える」

 

 レン「お前ら・・・よし!ならとことん付き合ってもらう!夢の果てまで!」   

  

 こうして、俺達のバンドは結成された。俺は生みの親に捨てられて、初恋の人を亡くした悲しい俺の過去を変える事は出来ない・・・けど、未来は変える事が出来るかもしれない。俺達は進んでいく、これから先に待っている明るい未来に向かって。この5人でなら、それがきっと出来る!ちなみに、この後俺達はSPACEでのファーストライブをする事になるんだけど・・・その話はまたの機会のお楽しみってことで!

 

 

 

 

   ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

 

 

 

 

 

 来人「これが俺がバンドに入って、5人そろった時の話だ」

 

 俺が話し終えると案の定、場の空気が少し重くなった。

 

 たえ「ライ君・・・」

 

 沙綾「ごめん来人・・・」

 

 有咲「こんな話、気軽に聞いていいことじゃなかった…」

 

 来人「別に気にすることないって。過ぎた事を何時までも思い悩んでたって仕様がないだろ?」

 

 りみ「でも・・・こんなの辛すぎるよ…」

 

 辛すぎるか・・・確かに俺の今までの出来事は客観的に見れば前途多難って言葉じゃ表せない程辛いものだったかもしれない。けど・・・

 

 来人「確かにそうかもしれない。けど・・・あの時の出来事には、辛いこと以上にシャラと過ごした楽しかった日々の思い出もあった…その思い出の中でシャラは生きている。だから俺はこの時の事は絶対に忘れちゃいけないんだ…」

 

 そう言いながら俺は右手首に付けてある少し汚れたミサンガを懐かしげに眺めた。

 

 来人「それに俺にはそれ以上の出会いがあった。俺を支えてくれる、俺のすべてを受け入れてくれた仲間にな…こいつらは紛れもない、俺にとって最高のヒーローだ!」

 

 俺は目の前にいる碧斗、利久、明日香の3人に視線を向けると若干照れ臭そうに視線をそらし、周りはその姿を微笑ましい目で見ていた。けどそこで沙綾が何か引っかかる事があったようで俺に疑問を投げかけた。

 

 沙綾「ねえ来人、そんなにいい出会いがあったのになんでナンパを続けてるの?」

 

 りみ「そういえばどうして?」

 

 来人「あ〜・・・確かにそうだけどさ、けどやっぱりいつまでももう会えない人の事を思い続けてたら天国にいるシャラに心配されるだろ?だから1歩前に進む為にも、俺は新しい恋を求めて女の子に声を掛けいるんだ」

 

 沙綾「来人・・・」

 

 りみ「来人君・・・」

 

 有咲「ただチャラチャラしてた訳じゃなかったんだな」

 

 お、3人の俺を見る目が優しくなった。ちょっとかっこつけすぎたかな?

 

 明日香「とかなんとか言ってるけど、実際はただナンパが癖になってやめられなくなっただけでしょ?」

 

 来人「おい言うなよ!折角かっこ良くきまったのによ〜」

 

 沙綾「ああうん、なんかそんな気は少ししてた」

 

 りみ「えーと、さすがに私も今のはちょっと引いたかも…」

 

 有咲「一瞬かっこいいって思ったのが恥ずかしい…」

 

 来人「うぐっ!」

 

 3人の軽蔑の言葉で俺の精神にクリティカルでダメージが入った。すると今度はたえちゃんが追撃をしてきた。

 

 たえ「安心してライ君、たとえライ君が最低な人でも、おっちゃん達はライ君の事軽蔑しないから」

 

 来人「いやウサギにまで軽蔑されてたまるか!?てか、え、なに、その言い方だとたえちゃんは俺の軽蔑してるって事!?やだなにそれ泣いていい?」

 

 明日香に暴露され、温かい視線が一気に冷たくなったが周りには笑いが起こり、場の空気は少し暖かくなった。そんな中、ただ1人だけ俯きながら何かを呟いていた。

 

 香澄「・・・・・」

 

 りみ「香澄ちゃん?」

 

 沙綾「香澄?」

 

 香澄「私、思い出した・・・」

 

 明日香「思い出したって?」  

 

 明日香が香澄ちゃんに問いかけるもその声は耳には入らず、急に立ち上がると自身の決心を口にした。

 

 香澄「私、もう1度レン君と話してくる!やっぱり私レン君にはSPACEの最後のライブに出てほしい!」

 

 そう言う香澄ちゃんの目には、確かな決意とレンに対する何か特別な思いが感じられた。もしかして香澄ちゃん・・・いや、今そんな事どうでもいいか。香澄ちゃんがレンを説得しようとしてくれてるんだ。それなら俺達もするべき事をしなくちゃな・・・

 

 来人「そっか・・・なら香澄ちゃん、説得が上手く行ったらレンに伝えておいてくれないか?『俺達は初めて5人で一緒に演奏したあの場所で待ってる』って」

 

 香澄「うん、分かった。絶対にレン君を行かせるから!」

 

 俺達はレンの事は香澄ちゃんに任せる事にした。そして放課後、俺達4人はそこにいた。初めて5人で演奏した思い出の場所に楽器を手にして。いずれやってくる、俺達のリーダーを待って…  

 



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大切な人は傍に

 ヒーロー、それは多くの人を助け、悪を倒す正義の味方。俺はヒーローになりたかった。たとえどんな逆境に晒されようとも、その度に立ち上がり立ち向かっていくその姿がかっこよくて・・・そんな存在になりたかった。ヒーローと聞くと物語や伝説に登場する英雄しかり、ウルトラマンや戦隊にライダーの様な特撮もの、アニメや漫画の主人公等個々それぞれに理想のヒーロー像を思い浮かべるだろう。けど、俺にとっての1番のヒーローはもっと身近にいた、掛け替えのない5人の存在だった…

 

 1人は普段から表情をあまり見せず、口数も少なく暗い雰囲気を醸し出しているが、一度スティックを握れば様変わりして、嵐の様に激しく雷の様に力強い音を出しステージ上でピカリと輝く雷神と謳われたドラマー、稲神 時雨。

 

 1人は極地の様に冷えきり、冷静沈着な性格をしているが、キーボードを弾けばまるで極寒の夜空を彩るオーロラの様に美しくステージで煌めくピアニスト、京極 光莉。

 

 1人は何事にも捕らわれずに在るがままに自分の好きなように生き、常に派手さを求めてステージ上でも虹色の7弦ギターを巧みに扱い派手な演奏を心掛けたギタリスト、名護 虹太。

 

 1人はぶっ飛んだ発想と性格をしており、それに劣らぬ儚げな美しさを持ち合わせたまるで夜空に上がる打ち上げ花火のようにステージに華を添えるベーシスト、桃瀬 華美。

 

 そして最後の1人は、その胸の内には常に熱い思いに燃え、明るく、温かく、優しい笑顔と歌で人の心を照らす太陽で、そしてそれと同時に常に俺にとっての憧れの№1ヒーローだったギタリスト、赤城 晴緋。

 

 そしてこの5人によって結成されたバンドを見る人はこう呼んだ。ステージという名の空で輝き、観る者を照らす5つの光、「Skyine」と・・・そんな5人の姿に焦がれを抱く人も多くいた。かく言う俺もそんな人の内の1人だった。けど、その憧れの存在は今はもういない。他でもない俺のせいで…

 

 


 

 

 レン「・・・・・」

 

 夕暮れ時、普段なら5人で歩くはずの道を今日は1人で進んでいた。昨日の出来事がしこりの様に頭から離れず、こんなモヤモヤした状態で一緒にいたらあいつ等に対しても変に当たり散らしてしまいそうになって怖かった。だから1人になり、そのモヤモヤを少しでも晴らす為にある場所へと向かっていた。

 

 レン「やっと着いた・・・あれ?」

  

 俺が来た場所、それは町の中にあるなんてことない高台だった。楽器を背負いながらそこを登るのは一苦労だ。けど此処を登れば俺が住んでいる町が一望でき、この場所から見える景色はとても奇麗で心が洗われ、それに滅多に人が来ないため1人で心を落ち着けるには打って付けの場所だった。だから俺はこの場所に来たのだが・・・目的の場所につくとそこには先客がいた。珍しい、この場所のことを知っている人はあまりいないのに…

 

 レン「こんにちは・・・って、え?…」

 

 香澄「あ!レン君!」

 

 レン「香澄!?何でここに!?」 

 

 先客の正体は何と香澄だった。なんで香澄がここを知っているんだ!?

 

 香澄「私レン君ともう一度話したくて・・・それで碧斗君達に聞いたら此処にいるはずだって・・・」

 

 アイツ等か・・・余計な事喋りやがって…けどまあこのお陰でするべき事が出来るかな…

 

 レン「そうか・・・なあ香澄、その・・・昨日和すまなかった。昨日お前に八つ当たりみたいなことして…」

 

 香澄「ううん、いいよ気にしてないから」

 

 レン「そうか・・・ならよかった…」  

 

 香澄「それよりもここの景色、すっごく綺麗だね!私こんな場所があったなんて知らなかった」

 

 レン「まあな、ここは隠れた名所で知ってる人は少ないからな。俺が今までに見た中で2番目に好きな風景だ…」

 

 香澄「2番目?それじゃあ1番は?」

 

 レン「・・・・・小さい頃に家族4人でキャンプに行ったことがあってな、その時に兄さんと一緒に流星群を見たんだ。それが俺が今まで見た中で1番好きな風景…」

 

 香澄「え・・・」

 

 あの時の事はよく覚えてる。なにせ多忙な父さんと母さんと4人で一緒に出掛けた事なんて数えるくらいしかなかったのだから。だからこそ、あの時に出会った2人の姉妹のことも・・・

 

 レン「その時、そこで出会った同い年の女の子と仲良くなって一緒に天体観測をしたんだ」

 

 あの時姉の方が星に告げた願いと以前聴いた香澄の口癖の言葉、そしてこの話をした時の香澄の驚いたような反応。他にも色々と材料はあったが俺の疑問は確信に変わった。

 

 レン「香澄と明日香ちゃんなんだろ?あの時、一緒に星を見た女の子・・・」

 

 香澄「レン君・・・覚えてくれてたんだ…」

 

 レン「ああ、改めて言うのも変だけど・・・久しぶり香澄、また会えて嬉しい」

 

 香澄「レン君・・・レンく~ん!」

 

 レン「ぐふっ!ちょ、いきなり抱き着くな!」

 

 俺は不意に感極まった香澄にいきなり抱き着かれた。いつも抱き着いているポピパの面子ならつゆ知らず、男の俺に行き成り抱き着くな!やばい!柔らかい物が俺に当たってるし!あ、こいつ意外とあるな・・・て、何考えてんだ俺は!?なんかいい匂いもしてくるしまずい!

 

 レン「ちょ、香澄落ち着け!1回離れろ!」

 

 香澄「あ、ごめん嬉しくてつい…」

 

 レン「はぁ・・・あんまり男に抱きつくな…」

 

 俺じゃなかったら変に勘違いしてただろうが…けどまあ、それくらい嬉しかったんだろう。数年の時を経て奇跡の再会をしたんだから。

 

 香澄「だって嬉しかったんだもん。レン君が約束を守ってくれたから」

 

 約束か・・・確かにしたけど、あの時俺達はまた会う事を星にも願った。きっと・・・

 

 レン「それはきっと、星が叶えてくれたからかもしれないな。だってあの時したもう1つの願いを、お前は叶えたから」

 

 香澄「もう1つの願い?」

 

 レン「ああ、あの時星に願っただろ?キラキラしドキドキしたい。それをお前は叶えた」

 

 香澄はランダムスターと出会って、バンドに出会い、そして有咲にりみちゃん、おたえに沙綾の5人でバンドを組みライブをしてキラキラ輝き、沢山のドキドキを感じていた。

 

 香澄「ッ!それならレン君だってそうだよ」

 

 レン「え?」

 

 香澄「あの時レン君も一緒にお願いしてた。誰かを助けれるヒーローになるって。レン君もそのお願い叶えれてるよ」

 

 俺が願いを?いや、そんな筈は無い。だって俺はそんなヒーローになる事なんて出来ていない。寧ろ今の俺は人の夢を奪い、傷付けるようなヒーローとは程遠い存在になってしまっている…

 

 レン「いや、俺は叶えれてなんかいない。俺は兄さんと、兄さんのバンドの夢を奪った…それに俺は香澄が師匠に厳しいこと言われて、それで無理してることだって気付いてたのに香澄の声が出なくなるまで何もしなかった!昨日だって、香澄が俺の背中を押そうとしてくれてたのに・・・なのに俺はそれに八つ当たりして、2度もお前を傷付けた!そんな俺はヒーローなんかじゃ無い!」

 

 香澄「そんなことない!だって碧斗君達が言ってたもん!」

 

 レン「え・・・」

 

 碧斗達が・・・?アイツら香澄に他に何話したんだ?まさか・・・! 

 

 香澄「全部教えてくれたよ!レン君がバンドを始めようとした時のこと、レン君が碧斗君、リッ君、あっ君、ライ君をバンドのメンバーにした時のこと・・・レン君は気付いてないかもしれないけど、皆レン君に助けられてるんだよ!」

 

 レン「俺が・・・アイツらを?」

 

 香澄「うん、それに碧斗君達だけじゃないよ。前にグリグリがライブに間に合わなくなりそうになった時だってレン君達が出てくれたからあの後もグリグリはSPACEでのライブに出られた!私だって声が出なくなった時レン君が相談に乗ってくれたから答えを見つける事が出来てまた歌えるようになったんだよ!レン君は自分のこと酷い事した人だって言っているけど・・・でもレン君はそれ以上に沢山の人を助けてる!だからレン君は最高にかっこいいヒーローだよ!」 

 

 レン「・・・!」

 

 最高にかっこいいヒーロー・・・そんなこと面と向かって初めていわれた。けど、今の俺にとってはその言葉が救いだった…今まで俺は誰かに夢と希望を与えられるヒーローになりたいと願い、それを目標として今まで生きてきた。悲しんでいる人、困っている人がいたら必ず手を差し伸べ、そんな人達の心を救いたいと思ってバンドを始めて最高の仲間とも出会う事が出来た。けれども俺にはその中でただ1つだけ不安なことがあった・・・それはこんな俺が本当に人を救う事が出来ていたのか?俺がやっていた事は唯の余計なお世話だったんじゃないのか?けれどその不安はたった今払拭された。香澄の言葉のおかげで俺はちゃんと人を助けられていた事が確信できた。

 

 レン「そっか・・・香澄、ありがとう。お前のおかげで少し気が楽になった」 

 

 香澄「そっか・・・それならよかっ「けど!」え?」

 

 レン「けど・・・やっぱり俺は、自分の事がまだ許せない…俺が悪いわけじゃないってのは分かってる。でも、こうでも思ってないと兄さんがバンドも、ギターもやめなきゃならなかった事を受け入れられないんだ!それに俺はあの時した兄さんとの約束を果たすことだって出来ないんだ!」

 

 誰が悪いわけでもないのは頭の中では分かり切っている。けど人というものはそれがサガなのか、悪い出来事に対しては責任を負う対象を見つけ出そうとし、そしてその時の俺がその対象としたのは他でもない俺自身だった…

 

 レン「それで俺は決めたんだ、俺や兄さん達にとって1番思い入れのあるSPACEでのライブはもうしない、近づくこともしない、それが俺が受けるべき罰なんだって・・・」

 

 まあ、やむを得ない事情があったとは言えど結局のところそれすら破ってしまったけどな…

 

 レン「次のSPACEのラストライブだって俺は出たいさ。だからこそ、出るわけには行かないんだ!兄さん達はでられなくなったのに、俺だけ楽しくライブに出るなんてことしたくないんだ!」

 

 そうだ、このまま俺はライブに出られなかったことを後悔し続けるしかないんだ。自分自身にそう言い聞かせる俺の目からは涙が流れ落ちてきた。ダメだ、本当は泣くことだって許されないのに・・・なのに涙があふれて止まらない。その時だった・・・

 

 「何生意気なこと言ってんだい!」

 

 突然その場所に第3の声が響いた。けどその声はとても聞き馴染みのある声で、普段の厳しさがよく伝わるものだった。俺と香澄は声のした方に目をやるとカツカツと杖を付く音と共に階段を上がってくる人物が姿を現した。けどその人物の登場に俺は驚きを隠せなかった。なんで・・・如何して貴方が此処に居るんですか…

 

 香澄「オーナー!?」

 

 レン「師匠!?」

 

 師匠は階段を登りきると真っ直ぐ俺の目の前へと来て胸倉に掴み掛かり、そしてそのまま俺へと怒りの声を浴びせてきた。

 

 オーナー「レン、その顔はなんだい!その目はなんだい!その涙はなんだい!SPACEのラストライブに出るわけにはいかない?ふざけんじゃないよ!そんなセリフ、オーディションに受かってから言いな!今のお前みたいに自分の勝手で悩んで、それから逃げているようなやつはオーディションを受ける資格すらないよ!」

 

 レン「そ、それは・・・」

 

 返す言葉が無かった。そうだ、俺はただ単に叶える覚悟も度胸も無くて、逃げていただけだったんだ。兄さんから託された夢と、その重荷から・・・

 

 オーナー「まったくお前は何時までくよくよしてんじゃないよ!Skyineはもうない!いない奴らの背中ばっか見てたってどうにもならない!今のお前には何が残ってるんだい!」

 

 レン「・・・・・」

 

 俺に残っているもの・・・そう聞かれ思い浮かんだのは他でもない、俺と一緒にステージに立つあの4人の姿だった。けど俺の脳内に浮かんだ光景はそれだけにと止まらず、他にも多数の少女の顔が思い浮かんだ。友希那さん達Roselia、蘭達Afterglow、彩さん達Pastel*Palettes、こころ達ハロー、ハッピーワールド、ゆりさん達Glitter*Green、そして、香澄達Poppin'Party。同じバンドを通して仲良くなった複数のガールズバンドの姿が・・・それと同時に俺の背中にズシリと重い感覚が走り、俺を現実世界へと引き戻した。その重さはいつも感じていたなれたものだったが、今この瞬間はそれがいつもより重く感じられた。そうだ、答えは単純明快だった…

 

 レン「俺には、仲間がいる…ギターがある…夢がある…俺には・・・まだバンドがある!」

 

 俺がそう口にすると師匠は俺から手を離した。そして師匠はその答えを待っていたと言うかのように口元にニヤリと笑みを浮かべていた。

 

 オーナー「そうかい・・・だったらこんな所で黄昏てんじゃないよ!お前には、やるべき事があるんだろう?」

 

 そうだ、師匠の言う通り俺にはやんなきゃならない事がある!

 

 レン「はい!俺は・・・いや、俺達は絶対SPACEのラストライブに出ます!」

 

 オーナー「だったらまずはオーディションに合格しな。半端な演奏をする奴は、うちのライブには出させないよ」

 

 レン「わかってます。だから、今度のオーディション絶対にに行くからまってて下さいよ?俺達と・・・」

 

 そこまで言うと俺は近くにいた香澄の手を掴み引き寄せた。

 

 レン「香澄達のこと」

 

 香澄「レン君・・・あ、そうだ!レン君、碧斗君達からレン君に伝えてってお願いされてた事があるの。『初めて5人で一緒に演奏したあの場所で待ってる』って」

 

 レン「ッ!そうか・・・ありがとな香澄。ならまずはアイツらの所に行かなきゃな!」

 

 丁度俺も弾きたくてうずうずしてたところだ。オーディションの前にひと暴れしに行くか!

 

 レン「師匠、ありがとうございます。お陰で色々と吹っ切れました!」

 

 オーナー「フッ・・・別に、アタシはただお前の事が見てられなかったから説教しに来ただけだ。アタシの弟子を名乗るならこの程度のことでヘコタレてんじゃないよ!」

 

 う・・・相変わらず厳しい…こういう時くらい素直に礼を受け取って欲しい…まあそれが師匠らしいっちゃらしいけど。取り敢えずこれ以上アイツ等待たせるわけにもいかないしさっさといくか。俺は2人に背を向けて階段へ歩を進た。すると・・・

 

 オーナー「レン」

 

 師匠に呼び止められた。まだ何かあるのか?

 

 オーナー「最後までやり切るんだよ」

 

 レン「・・・はい、勿論です!」

 

 俺は師匠から最高のエールを受けて、4人の待つ路上ライブの場所へと向かった。

 

 

 


 

 

 

 レンが去った後、残されたオーナーと香澄は暫くその場に立ち尽くし沈黙の間が続いていた。しかしそれもオーナーの一声によりすぐに破られた。

 

 オーナー「それじゃあ、アタシは帰るよ。アンタも早く帰りな」

 

 そう言い残してその場を去ろうとした。しかしそれを香澄が呼び止めた。

 

 香澄「あの、オーナー!ありがとうございます。レン君の事説得してくれて」

 

 オーナー「別に大した事は何もしてないよ。ただアタシはアイツの師匠としての務めと晴緋との約束を果たしただけだ」

 

 香澄「え?レン君のお兄さんの?」

 

 オーナー「ああ、アイツが日本(ここ)を去る前に頼まれたんだよ」

 

 そういうオーナーの脳裏には晴緋との最後の会話が思い浮かんでいた。

 

 

 

 ―――オーナー『本当にいいのかい、レンのやつを1人残して?アイツがどれだけお前の事慕っているのか、分からない訳じゃないだろう』

 

 晴緋『ええ、それは勿論。けど、きっとレンなら大丈夫ですよ。それに、もうアイツに俺とSkyineは必要ないから…』

 

 オーナー『なんでそう言い切れはるんだい』

 

 晴緋『今のアイツが見るべきなのは俺の背中じゃない。前に広がっているのはアイツのバンドの演奏を待つ観客、そしてアイツの隣と後ろには頼れる最高の仲間がいる。アイツは俺の後を追いかけてきた時とは違う、もう別の道を進んでいるんです。もし挫けるような事があっても、その時は彼等が支えてくれますよ』

 

 オーナー『・・・そうかい』

 

 晴緋『でも、やっぱり少し心配なんです。もしかしたら今のアイツは俺という目標をなくして周りが見えなくなっているかもしれない。そうなったら仲間から差し伸ばされた手にも気付けないんじゃないかって…もしそうなった時はオーナー、師匠としてレンの事を助けてあげてください。お願いします』

 

 

 ―――オーナー「アイツ等はバンドとしてはまだまだ半人前いや、1/3人前だ。けど、仲間を思い合ったり互いに支え合ったりする誰かを思う心は1人前だよ。2年間その成長を見れただけでアタシはアイツ等の師匠としての務めも・・・やり切った…」

 

 香澄「オーナー・・・」

 

 オーナー「言っとくけどこの事はアイツ等には他言無用だよ!」

 

 香澄「は、はい!」

 

 オーナーは香澄にそれだけ言い残してその場を後にした。その場に1人残された香澄は思い出したように「あっ」と声を上げると直ぐにある場所へ向かって駆け出した。

 

 


 

 

 明日香「ありがとうございました~!それじゃ次の曲・・・と言いたいところだけど少し疲れちゃったので小休憩を挟みます」

 

 駅前広場に来ていた僕達4人は来人が仲間になった時みたいに路上ライブをしていた。けどあの時と違うのは今回僕達が待っているのは来人じゃなくて僕達のリーダ-だってことだった。

 

 碧斗「おい明日香、2時間以上ぶっ通しで歌ってベース弾くなんて流石に無理しすぎじゃないのか?」

 

 明日香「別にこれくらいどうってことないよ。碧斗の方こそずっと激しくドラム叩いてたけど腕は大丈夫なの?」

 

 碧斗「別に平気だ」

 

 碧斗はそう言いながら余裕そうな表情を見せるけど、利久がこっそりと腕を指で突いた瞬間・・・

 

 ーーーツンッーーー

 

 碧斗「いっ痛〜・・・」

 

 表情を歪ませて滅茶苦茶痛がった。さっきの余裕な表情は何処へやら…

 

 利久「やっぱり無理してるじゃないですか」

 

 碧斗「うっ、そういうお前はどうなんだ?手見せてみろ」

 

 利久「え・・・いや、えーと黙秘します」

 

 碧斗「それは何か喋る時だ。いいから見せろ!」

 

 今度は碧斗が反撃とばかりに利久の手を掴んで掌を見ると、案の定利久の指には幾つもの豆ができて潰れていた。

 

 碧斗「やっぱりな」

 

 利久「そ、それなら来人だってそうですよ!」

 

 来人「ちょっ!今度は俺に振るのかよ!?」

 

 いきなり振られて焦る来人。実は来人、演奏の途中でピックが割れてしまい、替えのピックも切らしていたからそこからずっと指弾きでギターを弾いていた。その手の指には案の定、皮が捲れたりと小さな傷がいくつもできていた。

 

 明日香「まったく・・・ほら3人とも、手出して」

 

 僕は鞄から絆創膏と湿布を取り出すと碧斗の腕に湿布、利久と来人の指に絆創膏を貼った。

 

 碧斗「いっ・・・もう少し優しく貼ってくれ…」 

 

 明日香「文句言わない、これくらい男なら黙って耐える」

 

 利久「痛た・・・ありがとうございます…」

 

 来人「・・・・・」

 

 明日香「なに来人?さっきからジッと僕のこと見つめたりして・・・」   

 

 来人の指に絆創膏を貼っているとなぜか来人が僕の事を見つめてきた。なに?ぶっちゃけなんかちょっと気持ち悪い…

 

 来人「いや、こうやって明日香が手当てしてるとこ見てるとなんか女の子にしか見えないなーって・・・けど男にされてるって分かってるからちょっと虚しくなる…」

 

 複雑そうな表情をしながら溜息を吐く来人。僕はそんな来人の右手を両手で優しく包み込み、とびっきりの笑顔を浮かべた。そして・・・

 

 来人「え、なに?気持ち悪いんだけど」

 

 明日香「・・・・・バルス!」

 

 ―――メキメキメキ!―――

 

 来人「ぎゃぁぁぁぁぁ~!手が!手がぁぁぁ!」 

 

 握っていた来人の手を思いっきり握りつぶしてやった。

 

 来人「なんだよ今の呪文!?滅びよってことか!?この手は男に握りつぶされる為じゃなくて女の子の柔らかい手を包み込む為にあるんだ!」

 

 碧斗「いや、他にも色々とあるだろ…」

 

 利久「そうですよ。手を包み込む以外にも頭を撫でてあげたり、抱きしめてあげたり、女の子に手を使ってしてあげられる事は沢山ありますよ」

 

 碧斗「いや、そういう事じゃねえよ」

 

 若干論点がズレてる利久の発言は兎も角。これ以上続けるとなると4人とも負担がかなり大きい。けど、ここで止めるわけにはいかない。レンが来るまで、このライブを続けなくちゃ…

 

 明日香「よし、休憩終わり!早いとこ演奏を再開させないと観客が待ちくたびれちゃう」

 

 僕の掛け声をあげると、3人も再び楽器を構え直して演奏の準備を整えた。

 

 明日香「あ〜あ〜・・・あ〜・・・」

 

 喉の調子を確認する為に軽く声出しをしたけど・・・若干声が引っかかるような感覚があった。どうやら利久も気づいたみたいだ。

 

 利久「明日香「大丈夫」でもそのまま歌い続けたら最悪・・・」

 

 明日香「心配しないで、そんなヘマはしないよ・・・お待たせしました!演奏を再開させたいと思います!次はこの曲、聞いてください。『REASON』!」

 

 僕は深く息を吸うと、それをそっと吐き出すように歌い出した。

 

 明日香「いるよ傍に一番近く 今はただそれだけでいいから いつかそっと言いかけた 夢の続きを 聞かせてよ〜 』

 

 けどAメロに入った直後、喉にちくりと痛みが走った。突然の事に咄嗟の判断が出来なかった。まずい、このままだと咳き込んでしまう!なんとか必死に耐えてAメロは歌い切っけど、サビの入りがしっかりと歌うことが出来ずに演奏が崩れる!ああ・・・もう限界だ…

 

 明日香「ゲホッ!ゲホッ!」

 

僕が咳を出したその時・・・演奏は乱れることなく続き、さらに不思議なことに歌も続いていた。僕以外の誰かが曲の続きを歌っていた。来人?いや違う、利久でも碧斗でもない。いったい誰が?いや、そんな答えはもうその歌声を聞いた瞬間からわかっていた。だってこの歌声は僕達4人が嫌というほど聴いた、大好きな歌声だっんだから。

 

 レン「向かい風と知っていながら〜 それでも進む理由がある〜 だから友よ 老いてく為だけに生きるのは〜まだ早いだろう 」

 

 僕達が待ち続けたヒーローが僕の隣に立って、歌を紡いでいた。まったく、来るのが遅いよ・・・レンの姿を見た僕はすぐに喉を整えると一緒にその続きを歌った。

 

 「「身につけたもの〜 抱え込んだもの〜 手放した時〜 始まる何か〜 上手く生きてく〜 レシピを破り捨てて感じる〜 reason そう僕らのやり方で〜」」

 

 そして全部歌い切ると安堵の息を漏らし、僕はレンの方を向くと丁度目が合った。

 

 レン「明日香、待たせたな!」

 

 そう言いながら飛びっきりの笑顔を浮かべた。そして・・・

 

 明日香「レン・・・」

 

 ーーーグイッ!ーーー

 

 レン「いたたたたたた!」

 

 その顔にムカついた僕は両頬を思いっきり引っ張ってやった。

 

 明日香「なにが『待たせたな!』だよ!」

 

 レン「いや、でもほら!ヒーローは遅れてやってくるもんだろ?」

 

 明日香「うるさい!レンの場合その台詞は遅刻した時の言い訳でしょ!?だいたいなにあのタイミングで僕をフォローする様に颯爽と現れてボーカルに加わってるのさ!格好よ過ぎるんだよー!」

 

 レン「いや理不尽!?」

 

 碧斗「明日香、その辺にしておいてやれ。一応人前だしな」

 

 そうだった…取り敢えず色々と当たり散らしてやったけど、碧斗にも止められたし今回はこれくらいしておいてあげる。本当は全然当たり足りないけど…

 

 明日香「そうだね、まだライブは終わってない・・・レン、主役が来たからには最後しっかりと締めてよ?」

 

 来人「ギターも交代だ。俺もそろそろ指がやべえ」

 

 レン「ああ、分かってる」

 

 そう言って頷くとレンはケースからギターを、来人はエレキバイオリンを取り出してチューニングをやり、シールドで小型アンプと繋いだ。

 

 レン「なあ明日香、まだ少し歌えるか?」

 

 レンは僕に心配そうに聞いてきた。確かにさっきの事もあったし、これ以上僕の喉に負担を掛けさせるのは良くない。けどーーー

 

 明日香「大丈夫だよ。だってレンが一緒だから!」

 

 レン「っ!よし!お待たせしました!次で今日のライブ最後の曲になります!と、その前によければ俺の身の上話を聞いてください。俺には憧れの人がいました。勉強ができて、沢山の人に好かれて、ギターも凄く上手くて、それでいつもキラキラ輝いてた、そんな人でした。けどその人は今は声の届かないほど遠い所に行ってしまい、離れ離れになって時々寂しいと思う事もあります。でも、ギターを弾いていると何故かその人がすぐ近くに一緒にいるような気持ちになれるんです。だからその人に俺の・・・いや、俺達の思いが届くようにこの曲を歌います。聴いてください!『TWO AS ONE』!」

 

 レンが曲名を告げると、何時ものようにそれを合図にイントロの音と共に碧斗、利久、来人のコーラスが流れた。

 

 碧・利・来「「「oh oh oh〜 oh oh oh〜 oh oh oh〜oh〜」」」

 

 レン「眩しい太陽も 穏やかな月の夜も こんなに綺麗に見え〜る〜の〜は」

 

 明日香「僕の中の君と 君の中の僕が どの瞬間も一緒にいるから」

 

 レン「触れる Your touch 聞こえ〜る Voice 側にいる誰よりも近くで」

 

 明日香「繋がってるような 特別な感覚 届く気持ち」

 

 レン「たとえ今は〜離れてても〜 空と海の〜続く限りWe're TWO AS ONE 」

 

 明日香「君を支える〜存在でいた〜い Just like you are mine 僕らだけのサイン」

 

 そして僕とレンは、今は遠くにいる兄姉に僕達の思いが届くように。たとえ離れていても心はいつも側にある。そんな願いと思いを込めて僕達2人はこの曲を歌った。

 

 レン「Can't break us apart 何より強〜い Feeling TWO AS ONE 僕らだけのサイン」

 

 


 

 

 ーーーパチパチパチパチーーー

 

 レン「ありがとうございました〜!」

 

 周りから拍手と歓声が鳴り響き、無事にライブを終ることが出来た。そして俺達の演奏を聴き終えた観客の人達は満足そうな顔で散り散りに去っていく中、そこから1人見知った人が駆け寄ってきた。

 

 香澄「レン君!」

 

 レン「香澄!?お前帰ったんじゃなかったのか!?」

 

 香澄「だってレン君達がライブするの見たかったんだもん。だからみんなで見に来たんだよ」

 

 レン「みんなって・・・まさか!」

 

 香澄の後ろに視線を向けると案の定他のポピパのメンバー4人の姿もあった。

 

 有咲「よ、よお・・・」

 

 りみ「えへへ、来ちゃった」

 

 たえ「やっほー」

 

 沙綾「その様子だと、ちゃんと香澄と仲直りしたんだね?」 

 

 レン「お前ら・・・どうして此処に…」

 

 碧斗「俺達が誘った」

 

 利久「観客は1人でも多い方がいいですからね」

 

 来人「可愛い女の子が見に来てくれればより一層気合が入るしな?」

 

 やっぱりお前らか・・・まあ俺らも前にクライブ誘ってもらったから誘うのは当然か…

 

 レン「そうか・・・それでどうだった?俺達のライブは?」

 

 香澄「うん、すっごく良かった!特にレン君の表情、文化祭のライブの時よりキラキラしてた!」

 

 レン「え、そうか?俺そんな顔してたかな・・・」

 

 沙綾「してたよ。なんて言うかレン、前みたいに思いっきり楽しく笑ってた」

 

 りみ「うん、あんな風にレン君が楽しそうに歌ってる顔、半年ぶりに見たかも」

 

 半年・・・ああ、兄さん達のバンドの解散が決まる前だな。あの頃までは、ただ純粋に楽しかった。ギターを弾くことが、5人でバンドをやることが・・・けど俺は兄さんとSkyineという憧れの存在を見失い、それ以降は何のためにバンドをしているのか迷走していた。けど、俺は見つけた。いや、思い出した。俺がバンドをやる理由を、俺自身が叶えたい夢を・・・

 

 レン「まあ、色々と吹っ切れたからな・・・」

 

 沙綾「そっか。それでレンがまたバンドを楽しめるようになったなら良かった。それはさて置き・・・」

 

 レン「へ?」 

 

 沙綾はニヤリと笑み浮かべると俺に近づいてきた。けど何故だろう、その笑顔に恐怖を感じる。え、なに沙綾さん?ちょっと黒いオーラ的なものが出ててますよ。ウルトラ怖いんですけど!?恐怖で硬直していると、沙綾は俺の耳元に顔を近づけてボソリと呟いた。

 

 沙綾「レン、今度また香澄を泣かせるようなことしたら・・・タダジャオカナイカラ…」

 

 ヤ、ヤベーイ・・・今日今この瞬間、俺の怒らせてはいけない人リストに、沙綾の名前が加わった。

 

 碧斗「おいレン、そろそろずらかるぞ。ここも早く避けないと迷惑になる」

 

 レン「あ、ああ、わかった。じゃあそういう事だから。5人ともわざわざライブ観に来てくれてありがとな。また明日学校で」

 

 香澄「うん、また明日」

 

 碧斗に呼ばれて沙綾の威圧から解放されると香澄達が帰るのを見送り、俺もギターと周辺機器を片付けはじめた。

 

 碧斗「なあレン、さっき沙綾になに言われてたんだ?」

 

 すると碧斗が不意にさっきの事を聞いてきた。けどさっきの事をストレートに言ったら、後々沙綾にバレて麺棒でシバかれる未来しか見えない。だから俺は必要最低限の事だけを伝えて強く言い聞かせた。

 

 レン「あー、碧斗・・・絶対に沙綾は怒らせるな。いいな?」

 

 碧斗「は?あー、なるべく気をつける」

 

 いきなりの事に若干、困惑しながら返事をしたが大体は伝わったみたいだ。

 

 碧斗「あ、それとレンにもう1つ聞きたい事がある」

 

 レン「な、なんだ?」

 

 碧斗「レン、お前戸山と昔どこかで会った事あるんだろ?」

 

 レン「は?なんで碧斗がその事知ってるんだ?」

 

 碧斗「やっぱりそうなのか。いや、今日の昼休みに戸山がもう1度お前と話しをしに行くって言いだした時にこうも言ってたんだ。思い出した・・・てな。それでもしかしてと思ってな」

 

 レン「あー・・・じつはなーーー」

 

 俺はさっきの高台での事を4人に話した。小さい頃に1度香澄と会っていた事、そして再会を約束した事を全部。

 

 碧斗「お前・・・その時から既にもう…」

 

 利久「なんだか凄くロマンチックですね」

 

 明日香「けどその話を聞く限りじゃあ香澄ちゃんって・・・はぁ~、蘭ちゃんと彩さんが気の毒でならないよ…」

 

 来人「どこのラブコメ漫画の主人公だよコイツ…」

 

 レン「おいそこの3人、なんだその目は?」

 

 なんか碧斗と明日香と来人から冷ややかな目線を送られた。てか明日香、なんでそこで蘭と彩さんが出てくるんだよ…

 

 明日香「レン、そういう所だよ」

 

 碧斗「俺も、流石にここまで来るとどうかと思う」

 

 来人「まあ、刺されないよう気を付けろよ」

 

 利久「・・・?よくわかりませんけど、とりあえずレンが悪いということで」

 

 レン「いやなんでだよ!?」 

 

 なんかスゲー理不尽を受けた。利久に至ってはなに何となくで俺を悪者にしてんだよ!?けどまあ、この5人での下らないやり取りもなんか悪くないなって思える。今この瞬間、俺の傍にいてくれる掛け替えのないこの4人の存在が、今日はいつも以上に愛おしく思える・・・そんな気がした…

 



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テストは2回ある

 レン「よし・・・」

 

 シーンと静まり静寂と緊張感に包まれた教室。そこには時計の秒針の音だけが響き、クラス生徒の全員が強張った表情で教壇に立つ先生の合図を今か今かと待っていた。そしてついにその時が訪れた。

 

 先生「それでは、はじめ!」

 

 先生の掛け声と同時に全員が机の上に置かれた裏返しにされた用紙をひっくり返し、シャーペンを片手に持ち、3日間に亘る戦闘(テスト)の最終日の第1戦が始まった。全員が数学の問題が書かれた紙にペンを走らせては途中で手を止めては再び動き出す作業を数度繰り返し、唯ひたすら続けているうちに戦闘終了を告げるチャイムが鳴り響いた。 

 

 先生「そこまで!後ろの人は答案用紙を集めて持ってきてください」

 

 レン「だぁ~・・・」

 

 先生の声を聴いた瞬間に一気に気が抜けて机に倒れ伏した。けどその隣では俺以上に披露感を出した香澄が唸り声をあげていた。

 

 レン「おいおい香澄、大丈夫か?」

 

 香澄「うー・・・わかんない…」

 

 まあ苦手科目だったからこの疲れぶりは仕方ないが・・・けどこれがあと2回ある。香澄の頭が限界を迎えないか心配だ。

 

 レン「まあ終わったもんをいちいち考えても仕方ない。今日を乗り切ればあとは夏休みを待つだけなんだ」

 

 香澄「うん!そうだよね!それにテスト勉強もレン君と有咲に教えてもらったんだもん!きっと大丈夫だよね!」

 

 レン「まあ、そりゃそうだが・・・それに関しては昨日お前が泣き付いてきたからだろうが…」   

 

 昨日テストを終えて下校した後、香澄から電話が掛かってきた。しかもかなり泣き縋るように…

 

 香澄『レンぐ~ん!だずげで~!!』

 

 レン「うおっ!?か、香澄?どうしたんだよ急に・・・」

 

 香澄『有咲の家の蔵に皆で勉強してたんだけど数学が全然分かんないんだよ~!』

 

 レン「だからってなんで俺に・・・」

 

 香澄『沙綾がレン君は数学が得意だからって・・・』

 

 レン「沙綾・・・」

 

 確かに俺の得意科目は数学だけど、俺沙綾にその事教えたことあったっけか?あ、多分アイツかつぐみ経緯だな…けど沙綾となるとな・・・この前の事もあるし俺に拒否権はねえな。

 

 レン「大体わかった。じゃあ俺も蔵に行けばいいんだろ?」

 

 香澄「いいの!?」

 

 レン「断る理由もないし。それに何より・・・女の子に泣いて助けてって言われたのに助けないなんてヒーローのする様な事じゃないしな」

 

 そんなこんなで俺は有咲の手助けをする為に香澄、及びりみちゃん、おたえ、沙綾に勉強を教える事になった。特に香澄とおたえに教えるのは骨が折れた。香澄は少し前に教えたこともすぐに忘れるし、おたえは速攻で他の事に意識が移ったり寝たりするしでかなり参った…

 

 レン「まあ、あと2教科だけなんだから気楽にいこうぜ。あんまり張り詰めても無駄に体力使って頭が動かなくなるかもだぞ?」

 

 香澄「それは絶対にダメ!!よーし!私残りの教科は気楽にやる!」

 

 レン「だからって気を抜きすぎるなよ?それで夏休み補修になったりでもしたらバンドの時間も減るからな?」

 

 香澄「えー!?難しすぎるよ~!!」

 

 先生「皆席についてー!次のテスト用紙配るからー!」

 

 さてと、次の戦いの始まりだ。先生に言われた通り席に着くと戦闘準備を整えて第2戦へと臨んだ。そして続くだい3戦を終え、ついにその時が訪れた。

 

 先生「これで期末考査は終わりますが、分からなかった所はしっかりと復讐を怠らないように」

 

 帰りのホームルームが終わり、俺達はやっとテストという名の戦争の終戦宣言を受けた。そして数日後、俺達の戦線結果が張り出された。結果はと言うと・・・

 

 1位 市ヶ谷 有咲 

 

 1位 石美登 利久 

 

 3位 海原 碧斗  

 

 4位 桃瀬 明日香 

 

 5位 赤城 レン

 

 6位 黄島 来人

 

 順位は有咲と利久がダブル1位。その後に続いて碧斗、明日香、俺、来人となっていた。

 

 レン「お、今回は利久が1位か。しかも有咲も並んで」

 

 来人「ちぇー、俺は5位以内に入ってねえのか」

 

 碧斗「けど市ヶ谷がここまでやるとは・・・最初の頃は授業にあんま出てなかったのに凄いな…」

 

 俺らは有咲の勉強のできに感心していた。けど当の本人はどこか納得のいっていない表情をしていた。どうしたんだ?

 

 レン「有咲どうしたんだ?1位を取ったんだからもっと喜んでもいいのに」

 

 有咲「喜べって・・・確かにちょっとは嬉しいけど…けど教科別ではどれも1位取ってないから素直に喜べねえんだよ!お前ら1位取った教科言ってみろ!」

 

 レン「え?俺は数学」

 

 碧斗「科学」

 

 利久「地理と歴史です」

 

 明日香「現国と古文だけど」

 

 来人「英語だ」

 

 有咲「ほらな!私は全部2位なんだよ!それなのに総合で1位とか納得いかねえんだよ!」

 

 ええ・・・そんな事言われてもな…取っちまったもんは仕方ないだろ…

 

 レン「まあ、考査の結果も大事だけど・・・俺達にはもう1つ大事なテストがあるだろ?」

 

 有咲「ッ!そうだな」

 

 そう、今日この後俺達には絶対に受けなきゃならないテストがもう1つある。そして・・・放課後を迎えた俺達はその試験会場となる場所に来ていた。ライブハウス、SPACEへと…

 

 レン「いよいよだな・・・」

 

 香澄「うん・・・」

 

 入口の扉を開き中に入ると、そこにはフロントに立つ師匠の姿があった。

 

 オーナー「来たね・・・」

 

 『はい!』

 

 「ポピパ~!ブレビ~!」

 

 不意に囁くように俺達を呼ぶ声が聴こえ、声のした方を見るとそこにはグリグリの4人の姿があった。

 

 りみ「お姉ちゃん」

 

 レン「今日も見に来てたんですね」

 

 ゆり「ええ、妹のバンドがここのオーディションに出るからその応援に。あ、勿論あなた達の事も応援してるから」

 

 レン「あ、ありがとうございます」 

 

 オーナー「こっちは準備できた。それでどっちが先に受けるんだい?」

 

 ホールの入り口から師匠が俺達を呼んできた。如何やらステージの準備も整ったみたいだ。

 

 来人「ならここは当然レディーファーストってことで」

 

 レン「だな!香澄、お前達が先に行ってこい」

 

 香澄「うん!よーし!絶対にオーディション合格するぞー!」

 

 ステージへと向かっていく香澄達を見届けると俺たちもロビーの椅子に座り、今度はモニターに映った5人の姿に目を向けた。するとガチャリと入り口の扉が開く音が聴こえ、そっちを見ると香澄の妹の明日香ちゃんがいた。

 

 レン「お、明日香ちゃん」

 

 「先輩、お姉ちゃんは・・・」

 

 ゆり「丁度今から始まるところよ」

 

 明日香ちゃんも俺達の隣の椅子に腰を下ろし、モニターに目を向けるとそこにはステージの上で円陣を組むポピパ5人の姿が映っていた。

 

 香澄[『ポピパ~~!』

 

 

 ポピパ『オ~~!』 

 

 5人は掛け声を上げるとそれぞれの位置に付き、沙綾がスティックでカウントを取ると演奏が始まった。曲は前回と同じ『前ヘススメ』。けど、1つだけ前と違う事があった。それは・・・

 

 

 碧斗「ボーカルを5人全員にしたのか」

 

 来人「けど中々にいいチョイスだ」

 

 確かにその通りだ。前のオーディションで受からなかった理由、それはポピパの演奏に一体感が無かったことだった。だからこそ心を1つに演奏するのに香澄達がとったパート別にボーカルを分け、それぞれにバトンを受け渡すように曲を紡いでいく方法はとてもいい選択だ。だからこそ香澄、有咲、りみちゃん、沙綾、おたえ・・・

 

 レン「お前達5人、今最高にキラキラ輝いてるぞ」

 

 そして演奏が終わるとSPACEの中は静寂に包まれ、師匠も俺達もステージの上で息を荒くする5人の姿をただ黙って見つめていた。けどそんな沈黙を破ったのは有咲だった。有咲はその場で蹲ると嗚咽を漏らして泣き始めた。

 

 有咲「ミスった・・・あんなに練習したのに・・・グスッ…」

 

 けどそれを皮切りに他の4人の涙腺のダムも決壊し涙を流していた。

 

 りみ「私も・・・指、震えちゃった・・・でも、最後まで弾いたよ。有咲ちゃんも」

 

 有咲「・・・うん!」 

 

 オーナー「・・・・・そっちの4人は聞くまでもなさそうだね…戸山(アンタ)は?」

 

 香澄「・・・やり切りました!」

 

 香澄は涙を拭うと師匠の問いに力強く頷き、その答えを聞いた師匠は椅子から立ち上がると5人の事をじっと見つめながら目の前まで近づいて行った。

 

 オーナー「アンタ達がどれだけ努力して、どれだけ頑張ったかなんてそれはアンタ達にしかわからない。けど、これだけは言える・・・いいライブだった…」

 

 そして師匠は口元に笑みを浮かべるとオーディションの結果を告げた。

 

 オーナー「合格」

 

 それを聴いたポピパ5人は全員で抱きしめ合い再び泣き始めた。けどそれはさっきの後悔からきたものじゃなく、互いに喜びを分かち合うものだった。けどその涙を流すのはステージに立つ5人だけじゃなかった・・・

 

 ゆ・利「「うっ・・・よかった・・・よかったよ(です)~ 」」

 

 俺達の隣では利久とゆりさんが揃って泣いていた。というか・・・

 

 レン「利久、お前も何でそんな泣いてんだ」

 

 利久「グスッ・・・そういうレンだって・・・目から流れてるものは何ですか?」

 

 レン「え?」

 

 言われた通り自分の目元に触れると、そこは確かに涙で濡れていた。あれ?俺なんで泣いて・・・いや、理由は分かり切ってた。さっき香澄達は演奏で師匠に良いライブだったと言わせた。普段からあまり人の演奏を褒めたりしないあの師匠にだ。つまりポピパの演奏はそれほどにまで素晴らしく感動できるものだった。けどそれと同時に俺にはさっきの演奏中の5人の姿が重なって見えたんだ。かつてここでライブをしていた時のSkyineに…

 

 明日香「まったく・・・レンまでそんなに泣いてどうするの?次は僕達の番だっていうのに」   

 

 レン「ああ、分かってるよ。それに俺の予想だとそろそろ・・・」

 

 オーナー「お前達、何時までも感傷に浸ってんじゃないよ!早く準備しな!」

 

 案の定師匠が俺達を呼びに来た。相変わらず俺達には対してはかなり厳しい…

 

 レン「わかりました。よし行くぞ」   

   

 碧斗「ああ」

 

 利久「ウッ・・・はい・・・」

 

 明日香「利久・・・いい加減泣き止みなよ…」

   

 来人「ちょっと緊張感そがれるぞ…」

 

 いや利久まだ泣いてたのかよ・・・というよりもお前が香澄達以上に泣いてどうすんだよ…取り合えず泣いてる利久も連れて俺達はステージに移動して、途中ロビーに戻る香澄達ともすれ違った。

 

 香澄「あ、レン君!ねえねえ、私達の演奏どうだった!?」

 

 レン「ああ、スゲーよかった。お前達5人とも文化祭の時よりもずっとキラキラしてた」

 

 香澄「ほんとに!?やったー!」 

 

 利久「うぅ・・・本当に・・・凄く良かったですよ…」

 

 有咲「いやお前は何でそんなに泣いてんだ?」

 

 利久「だって・・・ポピパの演奏が凄く良かったんですもん…有咲ちゃんだって、さっきスーテジの上でこれぐらい泣いてたじゃないですか…」

 

 有咲「は・・・ちょま!?私は泣いてねー!?」

 

 利久「グスッ・・・え?でもモニターに映ってましたよ?演奏終わってすぐと、師匠に合格って言われて5人で抱き合ってる時に…」

 

 有咲「うぅ~///忘れろ~!///全部忘れろ~!///」

 

 有咲はそう叫ぶと顔を真っ赤にして再び涙目になりながら利久をポカポカと叩いた。

 

 利久「えぇ!?無理ですよ~!僕は見聞きしたもの全部暗記してしまいますし、それに僕だけじゃなくてゆりさん達も一緒に見てたんですから~!」 

 

 碧斗「そういう訳だから市ヶ谷、諦めろ」

 

 利久「あ!でもでも、心配いりませんよ!有咲ちゃんは泣いてる顔も凄く可愛かったですから!」

 

 有咲「う・・・うわぁ〜!」

 

 りみ「あ、有咲ちゃん!」

 

 香澄「有咲!?」

 

 有咲はついに羞恥心に耐えられなくなり、叫び声を上げながら走り去り、りみちゃんがその後を追っていった。ありゃ暫くトイレに引き篭もるな・・・

 

 利久「あ!有咲ちゃん!あの、これもしかして僕・・・また有咲ちゃんにやっちゃいましたか?」

 

 「「「「うん、やっちゃってる」」」」

 

 たえ「なーかしたーなーかしたー」

 

 利久「そ、そんな〜…」

 

 レン「はいはい、そんな事よりも師匠に急かされてるんだから早くステージに行くぞ。落ち込むのはこの後師匠に不合格って言われてからにしろ」

 

 利久「それ事実的に落ち込む事が許されてないじゃないですか…」

 

 レン「ああ、そう言ったつもりだが?まさかお前は俺達が落ちる事を考えてんのか?」

 

 利久「・・・フフッ。まさか、そんな事微塵も考えてませんよ!僕達は絶対に受かって、SPACEのラストライブに出ます!」

 

 利久はクスリと笑みを浮かべると声高々に宣言し、それを聞いた他の3人も同じ様に笑みを浮かべていた。気持ちみんな一緒か…

 

 レン「よし、行くか!じゃあ香澄、また後でな」

 

 香澄「うん、レン君達の演奏楽しみにしてるね!」

 

 レン「ああ!期待以上のもんを見せてやる!」

 

 そう言うとそのまま俺達は香澄達と別れ、楽器を持ってステージに向かった。その時、ふと来人が俺に確認を取る様に聞いてきた。

 

 来人「なあレン、オーディションで師匠に聴かせる曲、本当に新しく作ったやつじゃなくてアレで良かったのか?」

 

 ああ、その事か。来人の言いたいことも分からなくもない。ここでオーディションを受けるバンドは、大体が次のライブで披露する新曲が此処のステージで観客に聴かせられるものかどうか、それを確認してもらうのも兼ねて師匠の前で演奏している。かく言う俺達もそういう事が何度かあった。けど・・・

 

 レン「ああ、いいんだ。今回のオーディションでバンドに本気かどうか以上に、俺達は師匠に見せなきゃいけないものがある。それを見せるのに、これ以上に最適な曲はないからな」

 

 俺の言葉に4人は同感だと強く頷いていた。そして俺達はステージの上まで来るとそれぞれの立ち位置に着き、楽器のセッティングをすると深呼吸をして師匠と向かい合った。

 

 オーナー「準備はできたかい?」

 

 『はい!』

 

 オーナー「言っておくけど、お前達が弟子だからって演奏の評価は手加減はしないよ。寧ろさっきの嬢ちゃん達よりも厳しくする。たとえ演奏のをやり切ったとしても、前よりも質が落ちてたら容赦なく落とすから覚悟しておきな!」

 

 相変わらず俺達弟子に対してはかなり厳しい。けど、それでこそ俺達の師匠だ。だから俺はその言葉に答えるべく、今から演奏する曲の名をつげた。

 

 レン「わかってますよ師匠。だったら今の俺達の演奏の腕前がどの程度か1番よく分かるようにします。それじゃあ師匠、聞いてください!『awaken up』!」

 

 『awaken up』、目覚め。それは物語の始まりの定番シチュエーション。この曲は俺達が5人で初めて作り、初めてSPACEのライブで披露したBlave Binaeの物語の始まりの曲にして、俺達が最も多くのライブで披露した曲。つまり、俺達の2年間の成長を最大限に表してくれる曲だ!このステージで初めて演奏した荒削りな部分が多かった。けど、あれから演奏技術を身につけて更に色々とアレンジも加えて進化させたこの曲を、師匠に俺達の成長した姿を見てほしい、その一心で一生懸命演奏して歌った。そして・・・

 

 レン「はぁ、はぁ、はぁ…」

 

 曲の演奏が終わって全てを出し尽くした俺達は息切らし、ステージの床には汗が滴り落ちていた。そんな俺達の様子を、師匠は睨む様な目つきで黙ってみ続けていた。そして長い沈黙の後溜息をつき、師匠はようやく言葉を発した。

 

 オーナー「はぁ・・・お前達にやりきったかなんて聞くのはやぶさかだね。それを踏まえて言わせてもろうよ、全然ダメだ!」 

 

 師匠は初っ端から俺達にハッキリとダメ出ししてきた。けど俺達からしてみれば師匠からの酷評なんて何時もの事だ。師匠は俺達の演奏を評価する時、必ず最初にダメ出しをする。それを分かりきっていた俺達は動じる事なく、師匠も俺達を気にも止めずにその続きを口にした。

 

 オーナー「お前達は此処に来た2年前の時よりも演奏技術は確かに上がった。さっきの演奏だって今まで演奏した『awaken up』の中では1番良かった。けど!まだまだお前達のは演奏のレベルはSkyenには全然届いてない!今のお前達じゃあ晴緋達Skyenの叶えられなかった夢を叶えるなんて、それこそ夢のまた夢だ!」

 

 師匠は俺達が1番気にしているであろう事も容赦なくハッキリと言ってきた。ぐうの音も出ないまさに正論だった。

 

 オーナー「けどその事は、お前達が1番よく分かってるだろ?他でも無い、Skyenの事を1番近くで見てきたお前達なら・・・それなのになんでお前達はバンドを続けているんだい?」

 

 師匠の言う通りだ…どれだけ努力したとしても俺達の演奏がSkyenに並ぶ程のレベルになる保証も根拠もどこにも無い。それは兄さん達から託された夢を叶える事を目標にしているとなれば尚の事絶望的だ。

 

 レン「確かに俺がギターとバンドをやめようとした時、兄さんが夢を託してくれたから続ける事にしました…」

 

 そう、あの時の俺はようやく兄弟2人で一緒の事が出来て、兄さんが夢を叶えた時はその場に一緒に居たいと強く願っていたのに、それが叶わないとしった悲しみと悔しさからギターとバンドを続ける意味を見失ってしまっていた。だからこそ、あの時兄さんが夢を託してくれた事に理由を見出した・・・と言うよりその事に縋り、俺はギターとバンドを続ける事にした。

 

 レン「けど!それは俺の本当にやりたい事じゃなかった!俺が兄さん達の夢を叶えようとしたのは俺自身の夢だったからじゃない・・・償だった…」

 

 あのライブイベントの時、無理していた兄さんを止めていなかった事。そして俺が日本に残る為に兄さんにバンドを捨てさせてしまった事に責任を感じ、俺にはバンドを続ける資格なんて無い思っていた。けど、心の何処かではまだバンドを続けていたいとも思ったいた。

 

 レン「あの時の俺は兄さんからバンドを奪ってしまったこんな俺でも、バンドを続けていい理由を欲していました。その最中に兄さんが夢を託してくれて、叶えてほしいと言ってくれたから、それを成す為ならバンドする事が許されると思って、その為に努力してたら・・・いつの間にか本当に俺がやりたい事、やらなきゃいけない事・・・分からなくなってました…」

 

 そもそも俺は兄さんに憧れて、そして沢山の人に夢と希望を与えられるヒーローの様な存在になりたくて、その為にギターを始めて、そして碧斗、利久、明日香、来人とバンドを結成した。けど、バンドを続ける中で俺はそれ以上にやりたいと思う事があった。けど兄さんの事で頭が一杯になってしまい、俺はそれを忘れてしまっていた。ついこの間までは…

 

 レン「けど、この前師匠が叱ってくれたお陰で思い出す事が出来ました。俺はこの4人と一緒にバンドがやりたい!そして最後まで、このバンドをやり切りたい!だから俺達はこれからもバンドを続けます。満足いくまでやり切る、その時まで」

 

 俺は声高らかに1番やりたい事を宣言すると、それを聴いた師匠は前と同じ笑みを浮かべていた。

 

 オーナー「だったら私から言うことはこれだけだ。合格!」

 

 『っ!はい!ありがとうございました!』

 

 

 

 



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