ネギドラ!~龍玉輝く異世界へ~ (カゲシン)
しおりを挟む

プロローグ

 場所は埼玉県麻帆良市 麻帆良学園

 

 時は、麻帆良祭最終日

 

「では……私はそろそろ行くとするネ」

 

「超さん」

 

 学園内のとある一エリア

 

 そこにそびえたつ石柱の上に、高所であることに対しまるで恐れる様子を見せない少年少女が数名

 

 内一人はその中で唯一の少年、ネギ・スプリングフィールド

 

 残りはその彼の生徒、超鈴音含む数名の少女

 

 その下では彼らよりも数倍多い少女達が、ギャーギャーと大声を周囲に広がせながら大暴れ

 

 超鈴音が突如として取り出した、とある一冊の書物を巡っての争奪戦

 

 それは未来人の彼女が未来から持ち込んできたもので、ネギ・スプリングフィールドの将来の伴侶までもが書き記されたという家系図

 

 ネギを想う者、愛す者、単に興味がある者etc……

 

 各々が他人には見せてたまるかと、前述の通り大暴れの真っ最中であった

 

 そんな彼女たちがいる下と、今ネギ達がいる上とはまるで別空間を思わせる

 

 下の面々には一瞥もくれず、ネギと超は更に言葉を交わしていった

 

「どうしても……なんですか?」

 

「いや……楽しい別れになたヨ、礼を言うネギ坊主。私には上々ネ」

 

「でも……本当にこれでいいんですか!? 超さん、あなたは何一つ……」

 

 ネギは食い入るように超へ

 

「いや……案ずるなネギ坊主。私の望みは既に達せられた」

 

 超はそのネギの言葉に笑顔を返す

 

「え……そ、それはどういう……」

 

「わが望みは消えた、だが私はまだ生きている」

 

 超の周りから魔力があふれ出す

 

 その超の頭上には、突如巨大な魔法陣

 

 それに吸い寄せられるかのように、超の身体が上昇する

 

「ならば私は、私の戦いの場へと戻ろう。ネギ坊主、君はここで戦い抜いていけ」

 

「超さん……」

 

 ここに残らないかと、先程ネギに誘われた

 

 この時代に残って自分と共に 偉大な魔法使い マギステル・マギ を目指さないか、と

 

 それも悪くないとつい思ってしまった超だが、今はもう迷いは無い

 

 ただ心残りだったのは、この未来への帰還が異常気象の影響で予定より一年早まったこと

 

 しかしこれを逃せば、帰還は二十年以上先となる

 

 クラスメイトと共に参加する卒業式とこれとを天秤にかけた回数は、0ではない

 

(だが私は、やらねばならない……すまぬなネギ坊主、そして……)

 

 超は自身が浮き上がる感覚を確認しつつ、ネギから視線を外して真下のクラスメイトらを見やる

 

 続いて、石柱に立つ残りの面々へ最後の言葉を放つ

 

 今回も彼女に最大限の協力をしてくれた最高の相棒、ハカセへ

 

 超包子(チャオパオズ)では片腕以上の役割を果たしてくれた、五月へ

 

 今はもはや自立した個体とも言える彼女の最高傑作、茶々丸へ

 

 最後に

 

「いつかまた……手合わせするネ!」

 

「……ウム!必ず!」

 

 掛け値無しに一番の親友、古へ

 

 いつかまた、必ず

 

 こう言葉を交わした、その直後だった

 

「!?」

 

 超の頭上の魔法陣が、さっきまでと違っておかしな光を放ち始めたのは

 

「な、何事ネ!?」

 

「超さん?」

 

 超は身体を浮かせたまま首だけを後ろに向け、魔法陣を目にしてさらに驚きを大きくした

 

 この驚き様からして、もともとこういう仕様という線は絶対にあり得ない

 

(おかしい!予定上とはまるで異なる反応、このままでは全く違う術式が……くっ、しかも中断不可カ!?)

 

「超さん、どうしたんですか!?」

 

「ネギ坊主!古!みんなここから離れるネ!」

 

 顔を再び正面に向け、超が声を荒げた

 

 これから何が起こるか正確には把握出来ていない、だが彼女は直感した

 

 マズい!

 

 このままネギ達がここにいると危ない、と

 

「ネギ坊主!」

 

「ネギ先生!」

 

「ネギ!」

 

(っ!よりによってこんな時に!)

 

 そこへあまりにもタイミングが悪く、超らに近づく三人

 

「楓さん!龍宮隊長!コタロー君!」

 

 ネギがその三人の名を大きく口に出した

 

「さっきからすごい光がするので、何事かと思って来てみたのでござるよ」

 

「なんや!?超姉ちゃん浮いとるで!」

 

 楓がここに参上したわけを述べ、コタローは空中の超を指差す

 

「早く!早くここから逃げ……」

 

 超が楓ら三人も含め、改めて目の前の全員へ言い放ち切る前にそれは起こった

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 魔法陣から、まるで破裂した風船のように光がカッと飛び出した

 

 閃光弾の何倍もあるようなとてつもない光が

 

 まず真っ先に、発光源の正面の超が

 

 続けてすぐ近くにいたネギ達八人が、言うまでもなくそれに飲み込まれ

 

 石柱の下にいた明日菜達も、気づくやいなや走り出したが同じようにすぐ飲み込まれていった

 

 叫び声をあげる者もいたが、掻き消される

 

 光はネギ達を飲み込むと、ほんの数秒で収まった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネギ君!超君!明日菜く……ん……」

 

 魔法先生の中で一番近くにいたタカミチ

 

 この事態に気付き誰に言われるでもなく現場へ急行した彼だったが、もう遅かった

 

「いたぞ爺、あそこだ……おいタカミチ!ここで一体何が起こった!?」

 

 それからさらに数秒のタイムラグ

 

 たまたま共にいた学園長と一緒に、真祖の吸血鬼エヴァンジェリンが到着

 

 詰め寄って詰問するが、タカミチが言えることは唯一つ

 

「ネギ君や超君達が……消えた」

 

 これだけだった

 

「なっ!?」

 

「何じゃと!?」

 

 そう

 

 先ほどまでネギ達がいた、現在タカミチ達三人が立っているこの場所

 

 ここにはもう、ネギ達十数名は完全に姿を消していたのだから

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邂逅・修行編
第1話 初遭遇 英雄の息子二人出会う


 とりあえず、ストーリーに一応区切りがつく三話文まで投稿いたします。


「うーん……ここは……」

 

 どこからか吹いた風

 

 地に横たわる少年、ネギ・スプリングフィールドの頬を優しく撫でる

 

 それを受け、ネギは覚醒し両目を開く

 

 先程まで完全に意識を喪失していたことを自覚し、とりあえず上半身だけ起こす

 

 続いて手の甲で両目をこすり、まだ少々ぼやけ気味な頭の中を整理していく

 

(そうだ、さっき僕はあの光に飲み込まれて……それで気が付いたらここに……)

 

 だんだんと意識がはっきりとし、意識を失う直前の記憶も蘇る

 

 そして、あることがスッと頭をよぎった

 

(他のみんなは!?)

 

 ネギは目を見開き、辺りを見回す

 

 すぐさま視界に二人の姿が入った

 

「コタロー君!いいんちょさん!」

 

 すぐ近くに、少し前のネギ同様気を失っているコタローとあやかの姿が

 

 ネギは立ち上がると二人のそばへ駆け寄り、片手でそれぞれの身体を揺する

 

「んあ、ネギ?」

 

「ネギ……先生?」

 

 もしこのまま目を覚まさなかったら

 

 そんなネギの杞憂は吹き飛び、目を覚ました二人とすぐさま目を合わせる

 

 どうやら先ほどまでのネギと同じく、気を失っていただけのようだ

 

 そのことにネギは安堵する

 

 意識がはっきりしてきた二人は身体を起こし、服に付いた砂埃を払いながら立ち上がった

 

 その間にネギは改めて周囲を見渡すが、コタローとあやか以外は誰一人おらず

 

 さっきとは別の不安が、ネギの中を駆け巡る

 

「……なあネギ、俺達どうなってもーたんや?」

 

「あ、コタロー君」

 

 混乱しそうになるネギを我に返らせたのはコタロー

 

 あやかよりも少しづつ現状を把握してきたのか、自分より先に起きていたネギへと尋ねた

 

「それにここ何処や?どう見ても麻帆良やないで?」

 

 そう、三人がいたのはさっきまでの場所ではなかった

 

 周りは木々が生い茂り、鳥がさえずり

 

 近くの川から流れる綺麗な水

 

 一応麻帆良にもそういう場所は有るのだが、そういった場所なら麓の方に学園都市が顔を出している筈

 

 だがそういったものはまるで無し

 

「え?あ、ホントだ!」

 

 ネギの方はそっちまで気が回っていなかったか、コタローに言われようやく気付いた

 

「それじゃあ、ここは学園外!?」

 

「十中八九そうやろな……あの光にやられてから、記憶が全然あらへん」

 

 これについては自分もそうだと述べ、少ない情報を頼りにネギはコタローと推測を進める

 

 口火を切ったのはコタロー

 

「そもそもあの光って何やったんや?」

 

「あれは超さんが、未来へ帰るって言って発動させた魔法陣で……」

 

「にしては超姉ちゃん随分慌てとったで?」

 

「多分超さんの予想してなかったことが……けどあの超さんが、数年前から準備していた術式のミスをするとは思えない」

 

 とすれば原因は別、外部からの介入か

 

 あるいは内部、発動媒体としていた世界樹に問題が起きたのか

 

 幾らでも予想を挙げることは出来たがそのまま平行線、そこから先へは進まない

 

「つまり超姉ちゃんが発動しとったんは、世界樹の魔力を使った大掛かりな転移魔法……何らかの原因でそれが暴走して、俺らも巻き込まれたわけか」

 

「あ、あの……転移魔法って何のことですの?」

 

「せやからまとめて俺らも転移魔法で飛ばされたんやろ。場所も全然特定出来てへんし早いとこ一つでも多く手掛かりを……」

 

「コタロー君コタロー君!」

 

「…………?」

 

「うげっ!しもうた!」

 

 あやかがいつの間にか二人の会話に入り込んでいた

 

 あわてて言葉を止めたコタローだがもう遅い

 

「あの、ネギ先生?先程仰られていた『魔法』というのは?」

 

「いやあの、これは、その」

 

 ただあたふたとするネギ

 

 隣でコタローも回避法を考えるが浮かばず

 

 アスナに初めて魔法を見られた時と同様、逃げ道がまるで見つからない

 

 が、数秒ネギが慌てふためくのが時間稼ぎになったのか

 

「お、おいネギ!誰かこっち来るで!」

 

 コタローのこの発言に至る

 

 よく耳を澄ませると、確かにガサガサと植物を押しのけてこちらへ誰かが向かってくる音

 

「ほ、ホントだ!もしかしたらこの辺りに住んでる人かも!」

 

 ネギはあやかから視線を外し、音のする方を向く

 

 誤魔化しとしては弱いかもしれないが、魔法バレを防ぎたいネギとしてはなりふり構っていられず

 

 音は確かに、こちらへ向かって大きく近づく

  

「えっと、確かこの辺だと思ったんだけど……」

 

 次は、音の主の声

 

 それから数秒と経たず、生い茂る木々の中からその少年が現れた

 

 歳はネギやコタローと同じ程

 

 紫の道着を身に纏い、コタローよりさらに大きく跳ねた黒髪

 

 少年はネギ達と目が合い、さっきの一人ごとから続けるように言葉を放つ

 

「えっとすいません、さっきこの辺りで凄い光が起こって……あ、ひょっとして、さっきの光の正体って君たち?」

 

 どうやらネギ達がここへ転移した際に、魔法陣のあの光のように大きく発光があったようだ

 

 それを目にして追ってきた少年は、ネギ達に問いかける

 

「……多分合ってると思います。それと、こっちからもいいですか?」

 

 ネギは肯定し、今度は逆に少年へと尋ね返す

 

 何しろ土地勘0の場所へ飛ばされてから、初めて遭遇した人物だ

 

 訊きたい事は山ほどある

 

 その中でネギは、優先順位一位の問いを少年へ放った

 

 此処は一体どこなのか?と

 

 少年はポカンとした表情をした後、すぐ返答

 

「どこって、パオズ山だけど?」

 

「……パオズ山?」

 

 今度は逆に、ネギの顔がポカンとしたそれに変わる

 

 その後ろでコタローは眉をひそめ、あやかはやや右に首を傾けた

 

 三人が三人とも、そんな山の名前は記憶の片隅にも皆無

 

 せめて麻帆良からのおおまかな距離が分かれば、そう思っていただけにネギやコタローはこの返答に困惑を見せることとなる

 

「……あ、良かったら家に来る?家に戻れば地図があるから、パオズ山の位置とか教えてあげられるけど」

 

 それを見かねて、少年のこの提案

 

 彼の自宅はこの山の中、しかも歩いてすぐの場所だという

 

 ネギ達はこの好意を受け、ついて来てと言って歩き出す少年の後ろを追った

 

「本当にありがとうございます。あの、お名前聞いてもいいですか?」

 

「僕?僕は悟飯、孫悟飯っていうんだ」

 

 これが、偉大なる英雄を父に持つ二人の少年の出会いであった




 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 発覚した事実 今いる別の『地球』

「まあ!こんな山奥で、お母様とお爺様の三人で暮らしてますの?」

 

「それと生まれたばかりの弟が一人、悟天っていうんです」

 

 ネギ達三人は、少年悟飯に連れられて未知なる山、パオズ山を歩き進んでいく

 

 その間の三人の行動は、それぞれがまるで違っていた

 

 ネギは山内に自生する植物や、時折姿を見せる小動物から現在位置の特定が少しは出来ないかと周囲に目配せし、

 

 あやかは今も『自分達が見知らぬ場所にいつのまにかいる』という事実しか分かっておらず、暇を持て余した結果悟飯と会話を交わし、

 

 コタローは自身の右手を強く握っては放し、握っては放しを繰り返す

 

(やっぱりおかしい……なんやこれ)

 

 そうする中でコタローは、自身の中に沸く違和感に眉をひそめていた

 

(確認したいんやけど、あやか姉ちゃんもおるし大っぴらには出来へんな。やるなら一旦あいつの家に着いて、一段落ついてから……)

 

「コタロー君、どうしたの?」

 

「……ん、なんでもない」

 

 自然と歩みが遅れ、それに気付いたネギが声をかけたがコタローは掌を左右に振る

 

(あとそれとは別に……あやか姉ちゃんはともかくとして、まさかネギまで気付いてないとかあらへんよな?)

 

「あ、見えてきた、あれが僕の家」

 

「随分と変わったデザインですのね……」

 

 そうこうする内に一行は目的地に到着、悟飯が前方へ指をさす

 

 見えてきたのは、半球に近い形状をした一軒屋

 

 悟飯はとりあえず母に事情を説明してくると言って、一足先に家の中へと駆け込んだ

 

(孫悟飯、気ぃ抑えて誤魔化してるみたいやけど分かるで……あいつ、達人とかそんなレベルやない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、事情を説明して母から了承を得た悟飯と共に三人は家へとあがる

 

「な、何これ!?」

 

「これホンマに地球儀か!?」

 

「私達が知っているのと、全く違いますわ……」

 

 すぐに悟飯が地図とついでに近くにあった地球儀を持ってきたが、地球儀を見て三人が放った言葉は確実に驚きを帯びたものだった

 

 地球儀に記されているもの全てにまるで覚えがない

 

 慌ててネギは、今度は地図を借りて目を通し始める

 

「……違う」

 

 パオズ山を含めた一地域を記した地図、やはり見覚えがない

 

「……違う」

 

 パオズ山がある大陸全体をまとめた地図帳、やはり見覚えがない

 

「……違う」

 

 その他片っ端から見てみたが、全て自分の記憶とは合致せず

 

 いくら探しても『麻帆良』どころか『日本』そのものが無かった

 

「……無い、麻帆良が」

 

「ネ、ネギ先生?」

 

 ネギの声色は、焦燥と不安を如実に示していた

 

(まさか……まさか……)

 

「あの、君大丈夫?」

 

 顔色を悪くしたネギを心配したのか、悟飯が覗き込む

 

「……すみません、今西暦何年か分かりますか?」

 

「え?西暦?」

 

「……言い直します、今年は何年ですか?」

 

「えっと……エイジ768年、かな」

 

 何か思うところがあったか、ネギは悟飯の問いには答えず逆に訊き返した

 

 悟飯は『西暦』という言葉を把握できず、帰ってきたのはまるでネギも知らない年号

 

 そんなネギの中で一つの仮説が打ち立てられ、表情がさらに険しく変わる

 

「おい、どうしたんやネギ?ネギ!」

 

 ネギは自分達に何も言わない、そのことにコタローが苛立ちを覚え声を荒げる

 

 ネギは少し深めに一回呼吸し、不安を覚えながらもその仮説を話し出す

 

「まだ推測の範囲を出ないけど……いや、でも十中八九そうだと考えるしかないんだ……」

 

「だから何やねんそれは!」

 

 ネギはちらりとあやかの方を見た

 

(もう、話すしかない……)

 

 完全な非常事態だ、魔法バレがどうと言っている場合ではないとネギは悟っていた

 

 悟飯以上に今の自分を心配そうな表情で見つめるあやか

 

 彼女にも聞こえるように、ネギはさっきよりももう少しだけ声を大きくし再び口を開ける

 

「おそらく、僕達はあの暴走した転移魔法のせいで……」

 

「神隠しの一種、だべか」

 

「っ!」

 

 するとその最後の部分を、先程からネギ達の近くで話を聞いていた大男が代わりに口から零した

 

「んぁ、そういえば自己紹介してなかっただな。オラは牛魔王、そこにいる悟飯のじいさんだべ」

 

 孫悟飯の祖父、牛魔王である

 

「昔オラのお師匠様……武天老師様が話してくれたことがあるだ。うんと若ぇ頃、何処からともなく見知らぬ子供が突然迷いこんできて、すぐに何処かさ消えちまったことがあった、ってな。つまり坊主達もその子供みてえに、こことは別の世界から来ちまったんでねえだか?」

 

「はい、僕が言いたかったことと殆ど同じです。つまり僕達は『麻帆良のある地球』から『麻帆良のない地球』へ……所謂並行世界、別次元の地球へ飛ばされたと考えられます」

 

「べ、別次元の地球!?んなこと有り得るんか!?」

 

「世界樹のあの膨大な魔力を考えれば、不可能とは言い切れないよ……それといいんちょさん、さっき言いかけたこと、お話します」

 

 もうここまで考察が進んだ以上、あやか相手に隠し続ける気はもうなかった

 

 事の現状を自分やコタロー同様に把握してもらうべく、ネギは意を決してあやかに話し始めた

 

 自分達がこんな場所まで飛ばされた原因であろう、『魔法』についてを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……成程、そういうことでしたのね……まだ混乱が収まっていませんが、全て把握いたしましたわ」

 

「本当にすみませんでした、ずっと黙ってたこともそうですし……それに、こんなことに巻き込んでしまって……全部僕の責任です」

 

「何を仰いますのネギ先生!ネギ先生に悪いところなど、何一つ有りませんわ!」

 

 全て言い終わった後も、やはりあやかはあやかだった

 

 ネギの両手を両側から握りしめ、腰を屈めて顔をネギのすぐ近くまで持ってくる

 

「それよりも、本来秘匿である魔法の存在について、私を信頼して話してくださったこと……この雪広あやか、歓喜の極みですわ!」

 

「あの、いいんちょさん顔近……」

 

「ネギ先生へ最大限の助力をいたすことを、私はここに約束いたします!ですのでネギ先生、是非私もその『仮契約』とやらでパートナーに……」

 

「ほい、終了ー」

 

「ちょっ、何するんです!折角ネギ先生とさらに分かりあうことが出来た私の至福のひと時を……」

 

 と、ここでコタローが後ろ襟を引いてあやかを引き剥がす

 

「んなことしてる場合ちゃうやろ今は……で、ネギ。帰る方法は何か心当たりあるんか?」

 

「それについては、まだ……」

 

 そう、今自分達がいる場所が分かったのは良い

 

 しかし彼らの肝心な目的、『麻帆良への帰還』が出来ないことには意味が無いのだ

 

 コタローにそこを突かれ、たじろぐネギ

 

 一方で牛魔王は顎に手を当てて何か考え込んでいる

 

 彼や悟飯もネギが話すことに多大な理解を示しており、ネギもそれには大いに助かっていた

 

 そんな牛魔王が、今度は悟飯へと視線を向ける

 

「そういや悟飯、もうあれからそろそろ一年経つんでねえだか?異世界っつうのがどれだけ凄ぇところかはオラもよく分からねえが、ひょっとすりゃあ……」

 

「そうか!ドラゴンボールがあった!」

 

 悟飯も牛魔王の意を察し、大きな声をあげた

 

 そう、この世界にはあるのだ

 

 『不可能』を『可能』に変える、神にしか作れぬ神秘の龍玉が

 

 再び『?』な顔になった三人に、悟飯はこの奇跡の存在『ドラゴンボール』についての説明をするのだった

 

 これには三人とも、『異世界の地球』など問題外と言わんが如く大いに驚いたという

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんじゃあ、三人はこの部屋を使ってけろ」

 

「本当にありがとうございますチチさん、こんな見ず知らずの僕達のために……」

 

「いいだいいだ、気にすんな。悟飯ちゃんも一緒に居たいって言ってることだしな」

 

 一連のことを話し終わった後、次なる問題は『帰還までの居住場所』であった

 

 ドラゴンボールは一回使用すると、それから一年以上経たねば再使用出来ない

 

 悟飯達は去年ドラゴンボールを使ったらしく、あと三週間ほどでちょうど一年経つとのこと

 

 その三週間の間、どこでどうやって寝泊まりするのか

 

 頭を悩ませるネギ達だったが、思いのほか簡単に解決へと至った

 

 悟飯の母、チチがこの家で居候することを提案したのだ

 

 このことには悟飯も、そして牛魔王も一切反対なし

 

 特に悟飯は同年代の知り合いが出来て嬉しいという部分も大きかったのだろう、一番強く賛成した

 

 というわけで他にあてもなし、そのご厚意に甘えることとなったのである

 

 今はチチがネギ達を、今日から寝るのに使う空き部屋に案内しているところ

 

「じゃあ何か家のお手伝いだけでも……ってあれ?コタロー君は?」

 

 ネギがふと後ろを振り返ると、さっきまでいた筈のコタローの姿がない

 

 チチとあやかもこの時ようやく気付いたようで、三人揃って辺りを見回すがやはりいない

 

 さらに言えば、悟飯まで姿を消している

 

「おっ父、悟飯ちゃん達そっちさ行ってねえだかー?」

 

 チチはリビングにいる牛魔王に声をかける、返事はすぐ返ってきた

 

「ん?さっき二人揃って外へ出てっただぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コタローくーん?何処ー?」

 

 悟飯はコタローの気を追い、最初にネギ達が倒れていたすぐ近くの場所まで足を踏み入れる

 

 この辺りまで来たところで気が消え、目視でコタローを探し始めていた

 

(消えたっていうよりは、多分コタローが自分で気配を消したんだよな……)

 

 平地ではあるが、その周囲には高い木々が生え揃っている

 

 悟飯は視線を高くし、隠れていると思われるコタローの捜索を続行するが

 

「っ!」

 

 すぐに終了

 

 コタローが自分から居場所を教えてきたからだ

 

 背後から突如、凄い速度で手のひら大の石が飛んできた

 

「危ないじゃないかコタロー君!どうしていきなりこんなこと!」

 

 悟飯は石が飛んでくる気配をすぐ察知し、振り向きざまに右手を伸ばして受け止める

 

 そのまま身体の向きを反転させ、木から飛び降りて着地したコタローと目を合わせた

 

「危ないやて?余裕ぶっこいてその石キャッチしといてよく言うわ、やっぱり俺の見立て通りやったな」

 

 コタローは突如構えをとり、悟飯へ鋭い視線を飛ばす

 

 さらには体内で気を練り上げ、どんどん高めていることを悟飯は感じ取る

 

「お前の着てるそれ、道着やろ?しかも今は隠してるみたいやが、かなりぶっ飛んだ腕前と見たで」

 

「えっ!?」

 

「まあ何が言いたいかっちゅーとな……悟飯、俺と勝負してもらおか!」

 

 コタローは拳を握りしめ、悟飯の返事も待たず気を開放

 

 吹き出た気は、周囲の木々の葉を揺らした

 




 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 強襲の末に 知った強さ芽生えた友情

「勝……負?」

 

「せや、男と男の真剣勝負」

 

 コタローは気を全身にめぐらせ、臨戦体勢

 

 一方の悟飯もとりあえず受けの構えを取ったが、戦意はまだ見られない

 

「俺も武道家の端くれなんや、目の前にいる強そな相手を見逃すほど根性腐ってないで?」

 

 逆にコタローは地に着けている両足へさらに力を込め、いつでも飛び出せるよう準備した

 

「でも、ケガとかしたら危ないし……」

 

「アホ!武道家が対戦相手のケガ心配してどないすんねん」

 

 だがやはり、悟飯に戦う気は見られず

 

 この後コタローは『男なら覚悟決めろ』だの『それでも男か』等と悟飯に説得兼挑発を繰り返すが、まるで進展しない

 

「……じゃあそれとも何か?俺じゃ全然相手にならへんて馬鹿にしとんのか?」

 

「ち、違うよ!僕はただ……」

 

 コタローに残された手段は、一つだけだった

 

「……せやったら俺が、お前が隠してるその本気を出させたる!マジでぶっ倒しにいくで!」

 

 そう、実力行使

 

 悟飯から了解という名の開始合図をずっと待っていたコタローの足は、それを待たずして大地を蹴る

 

 一瞬で距離を詰め、気を込めた右拳を放った

 

「わわ、ちょっと!」

 

 あわや顔面直撃かと思われたコタローの奇襲だったが、悟飯はそれを回避

 

 右足を軸に左半身を退かせ、攻撃を避ける

 

「まだまだ!」

 

 コタローも攻撃の手を緩めない

 

 胴体や顔をめがけて、さっきよりさらに高速で拳を連続で放つ

 

(やっぱりな……)

 

 その間にコタローはあの時の、悟飯の家へ移動中の際の違和感が確信へと変わっていた

 

(別の『地球』か、なるほど確かに俺らのいた地球とは全然違うわ。気の巡り方が尋常やあらへん、おそらくネギも同様に魔力を行使できると見たで)

 

 麻帆良にいた時、もっと正確に言えばこの世界に来る前と比べて明らかに動きのキレが違う

 

 歩きながら悟飯の家へ向かう際にふと意識し、次に右手を軽く気を通してみた際かなりの違和感として頭の中に留まっていたのだ

 

(ちょっと前に行かせてもろたエヴァンジェリンの別荘では、全体の魔力がどうとかでネギらのパワーが上がっとったが……こりゃ気も魔力も該当するうえ上昇量も半端ないスーパー版やな)

 

 つまり現在コタローは、普段の十二分以上の実力を発揮しながら攻撃していることになる

 

 だが悟飯はその攻撃を難なく受け流す、動きに乱れは皆無

 

「やっぱり強いやんか悟飯!けど避けてばっかじゃ……」

 

 打撃のみでは難しいと判断したかコタロー、即座に戦法を変更

 

 握っていた右拳を解き、防御のために出していた悟飯の腕を掴んだ

 

「勝てへ、んおおっ!?」

 

 これで攻撃が届く、そう思い左拳を突き出そうとしたコタローは宙を舞う

 

 そうなった理由はごく単純、コタローも受け身をとった後すぐ把握

 

 悟飯が掴まれた自身の腕を大きく回し、掴んでいたコタローを全身ごとふっ飛ばしたのだ

 

 それも、コタローが怪我をしないよう配慮された、ギリギリの力加減で

 

「くっそ……があっ!」

 

 受け身をとってコンマ数秒で起き上がったコタローは、再び打撃技で攻め立てる

 

 蹴りも混ぜて攻撃パターンを複雑にするが、それでも悟飯には当たらず

 

「コ、コタロー君!とりあえず落ち着いて!ね?」

 

 まだ悟飯には大きく余裕が見て取れ、最小限の回避を繰り返しつつコタローへ制止を呼び掛けた

 

 だがコタローは止まらない

 

 彼の胸の内に芽生えるのは、苛立ちと焦りと怒り

 

 一向に攻め返してこない悟飯に延々と攻め続け、さらに数十秒

 

「……はあっ、はあっ、はあっ……」

 

 コタローの攻めの手は止まり、悟飯の目の前で棒立ちになって顔を俯かせる

 

 悟飯の方からはコタローの表情を窺い知ることは出来なかったが、ようやく分かってくれたのかと一先ず安堵の悟飯

 

 もっとも

 

「さよか……俺じゃ相手にならへん、相手する価値も無い。そう言いたいんやな?」

 

「え!?」

 

「ここまで馬鹿にされたんはいつぶりやったかなぁ……」

 

 これは悟飯が勝手に思い込んだだけの、完全な勘違い

 

 コタローが重く言葉を絞り出し両拳を握りしめ、彼の顔から出た雫が一粒地面に吸い込まれる

 

 そして、それに悟飯が動揺を見せたのとほぼ同時

 

「くっそ、思い出してもうたやないか!上等!何が何でもその隠した爪出させたる!」

 

 コタローは大きくバック宙で跳び上がった

 

(単なる肉弾戦じゃてんでダメ、覚悟はしとったがこれほどまでとはな……なら、これや!)

 

 宙を舞いながらコタローは下の地面を見据え、右手の五指全てに力を注ぎこむ

 

 その右手は着地直後に地面へ付けられ、コタローの咆哮が周囲に轟いた

 

「狗……神ぃぃぃぃぃぃっ!!」

 

(っ!?コタロー君の周りの影が!)

 

 今の時刻は昼過ぎくらいであろうか

 

 太陽の光は二人の上から降り注ぎ、足元に影を作り出している

 

 が、コタローの影は彼のもとから飛び立った

 

 闇の如き黒を身に纏った『狗神』に姿を変え、主である彼の意のままに駆けだして

 

(その反応、やっぱこれ系の技は未経験……ならまだ目はある!)

 

(全部から気を感じる……気を使って生み出した分身体!?)

 

 数は八、それら全員が悟飯を追い込まんと四方八方を疾走する

 

「いっけえええええええっ!」

 

 コタローの合図で、一斉に飛びかかった

 

 悟飯の腕を、足を、頭を、体を、それぞれが別々に狙いを定める 

 

(これで体勢崩させて、その隙を狙うしかあらへん!)

 

 その間にコタローは、気で残りの狗神を練り上げ右拳に集束

 

 破壊力を増したその拳は狗神同様漆黒に染まり、彼自身も飛び出した

 

「うっりゃああああああ!」

 

 目の前で、狗神全部が消滅した

 

 

 

「!?」

 

 コタローの目に映るのは、右腕を大きく振るった後の悟飯の姿

 

 そう、あくまで『振るった後』の姿のみ

 

 振るったその瞬間は、コタローの目に一切映らず

 

 だが事実、悟飯に襲いかかっていた狗神は全ていなくなったのだ

 

 そして悟飯に突撃するコタローの足は、もう止められない

 

「狗音……」

 

 だが考え方を変えれば、現在悟飯は攻撃直後で動きが止まっているとも取れる

 

 狗神で固めた拳を、コタローは悟飯の顔面めがけ突き出した

 

「爆砕拳ーー!」

 

 狗神越しだが、ズンと拳から確かな手応えが伝わる

 

(よっしゃ!もろた……)

 

 コタローは悟飯のもとから吹っ飛んだのは、その直後だった

 

(……は?)

 

 視界の中でどんどん小さくなる悟飯

 

 木にぶつかったか、背中に走る衝撃と鈍痛

 

 起き上がる力もすぐには沸かせず、コタローは全身を地に預ける

 

 自分達を探しに家を出たネギがあの音を聞いて駆けつけ、合流するのはこのすぐ後のことであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあー、こんなボロクソやられるとは思わへんかったわ。完敗やな……」

 

「コタロー君、本当に大丈夫なの?」

 

「ちょっと痛むけど平気や平気……まあ、思い返せばさっきは随分とガキ臭いこしてもうたし、因果応報やんな」

 

 ある程度回復したコタローは、悟飯達の手を借りることもなく共に帰路につく

 

 ネギは未だに怪我の塩梅を気にしているが、平気平気とコタローは軽く笑って返す

 

 とは言ってもコタローが激突した木、実はあの後なんとへし折れる始末

 

 それほど凄まじい衝撃だったということだ、ネギが心配するのも無理はない

 

「けどまあ最後のあれは悟飯も幾らか本気出してくれたみたいやし、良しとしとくわ」

 

 最後に悟飯が行ったのは、単純に『全身から気を放出する』という行為

 

 コタローが感じた手応えは拳と気がぶつかり合った際のそれで、その拮抗は一瞬と持たず吹っ飛ばされていた

 

「けどコタロー君も凄く強いんだね、僕今まで大人の人としか戦ったことなかったから驚いちゃったよ」

 

「よせや、まだ悟飯には全然届いてへんやろ。あ、ちなみにネギもそこそこやれるで?俺と同じか少し上くらいは」

 

「え?いや、僕なんかまだまだ……」

 

「そう言えば、ちょっと前に魔法とか言ってたよね?ネギ君は使えるの?」

 

「……まあ、そうだね。あとは拳法とかも教えてもらってて、それと併用して戦う感じかな」

 

 学校には通わず自宅学習という形をとっていた悟飯にとって、ネギやコタローのような同年代の話し相手ができるというのは本当に稀なこと

 

 先ほど悟飯も言った通り今まで年上の面々としか接しておらず、やはり嬉しかったのだろう

 

 ネギ達との会話は、途切れることを知らない

 

 そうやって、悟飯の自宅が目の前まで見えてきた際のこと

 

「あ、そうだ。ネギ君達も一緒に大会出ない?」

 

 悟飯が二人に、こう提案したのだ

 

「ん?」

 

「大会?」

 

 そもそも、あの場所でネギ達と悟飯が出会ったのはそれが理由

 

 二週間後にバトルアイランドという島で行われる武道大会、『天下一大武道会』

 

 悟飯は自分の師匠と共に参加することを決めており、しばらく勉強ばかりで鈍っていた戦闘の勘を取り戻すためにあそこで修行していたとのこと

 

 その際ネギが飛ばされてきた光を目にし……というわけだ

 

「ネギ君はまだちゃんと見てないから分からないけど、コタロー君と同じくらい強いなら二人ともきっといいとこまでいける筈だよ」

 

「面白そうやな……ネギ、どないする?俺は当然出るで、二週間ばっちし修行してな」

 

「うーん……けどまだ他のみんなの場所も分かってないのに、僕達そんな大会に出てもいいのかな?」

 

 そもそも自分達同様、この世界に来ているかどうかも不明なのだ

 

 悟飯の言うドラゴンボールで『他の異世界にいる仲間含め全員を元の世界に戻す』という方法もおそらく取れるわけだが、自分の生徒達の安否を確認しないことにはやはり不安でしょうがない

 

 ネギは大会までの二週間を、生徒らの捜索ではなく修行へあてることにやや抵抗を感じていた

 

「まあそれも一理あるんやけどな……けどネギ、来てるかも分からへん仲間全員を二週間中に探すのなんてまず無理やろ?」

 

 おそらくこの世界の地球も、元いた世界の地球とそう大きさは変わらない

 

 加えてネギはあちらの世界に、飛行用の杖を置いてきてしまっていた 

 

 このことから、二週間での捜索はまず不可能だと言えた

 

「それに今思いついたんやけど、闇雲に探すよか大会出て目立った方が絶対効果あるで。悟飯、確かその大会かなりでかい言うてたな?」

 

「え?うん、まあそうだね、世界中から参加者を募集してるし、スポンサーもかなりのお金持ちみたい」

 

「…………あ、そうか!僕達がその大会に出れば、中継とかを通じてみんなに僕達の無事を教えられるし、何より合流がしやすくなる!」

 

「しかも世界中から参加者を募る大規模な武道大会や。菲部長なら真っ先に飛びついてくるやろうし、他にも俺らみたいな考え持ったのが大会会場に来るかもしれへん」

 

 他にいい方法もない現状だ、ネギ達の行動方針は纏まった

 

「それじゃあ悟飯、俺達もみっちり修行さしてもらうで!大会までに絶対一泡吹かせたるからな!」

 

「じゃあ僕もよろしく、えっと……」

 

「コタロー君と同じで呼び捨てでいいよ。僕たち殆ど同い年だしさ」

 

「……よろしく、悟飯君」

 

「うん!一緒に頑張ろうね、ネギ君、コタロー君!」

 

 ネギの照れながらの笑みを、悟飯も同じく笑みで返した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみにその晩

 

(ネギ先生と同じ部屋、ネギ先生と同じ部屋、ネギ先生と同じ部屋……)

 

 チチに与えられた一室の中で、あやかは延々と毛布にくるまりながら感激&興奮で一睡もせず初めての夜を終えた

 




 とりあえず、以上四本で今回の投稿を終了させていただきます。近いうちに続きの話も加筆修正なんかをしつつ投稿したいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 ではでは


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 大誤解刹那 一瞬即発、即開戦

 しばらくの間は、数キャラごとを一グループとして順にストーリーを回していきます。ということでネギ達の話はとりあえず前話までで一区切り。この話から別のキャラ達が登場です。


 場所は、パオズ山とは遠く離れた別の山

 

 パオズ山と比べても遜色ないほどの自然にあふれ、豊かな動植物に澄んだ川

 

 川の上流へ上流へと上っていくと、その先にあったのは巨大な滝

 

 ゴゴゴゴゴと大きな音を立てながら流れ落ちるその滝に、ある人物が座禅を組みながら打たれていた

 

(悟飯が言っていた例の大会まで、あと二週間か……)

 

 その人物とは、孫悟飯の師ピッコロ

 

 全身の肌が緑色という極めて特徴的な容姿を持つ、地球から遠く離れた星『ナメック星』出身の戦士だ

 

 一年前に起こったとある戦い以降、ピッコロは住む場所を同郷の知り合いが暮らす神殿へと移していた

 

 しかし二週間後に行われる天下一大武道会の話を耳にし、本腰を入れて修行をしようと現在はこの山に篭り修行を行っている

 

(悟飯は勘を取り戻すまで俺とは修行しないと言っていたが……組み手の相手がいないというのはいささか退屈だな)

 

 ここ一年は平和が戻ったこともあり勉強続きで、まったくと言っていいほどトレーニングの類を怠っていた悟飯

 

 そんな今の自分がピッコロと一緒に修行をしても迷惑を掛けるだけだと、悟飯は合同稽古の一週間延期を申し出ていた

 

 それまでに実践の勘を取り戻してみせる、ということだろう

 

(それに、一年前にセルを倒した時のあの強さ……その域にまでたった一週間で戻せるかどうかは疑問だ、いくらあの悟飯でもな)

 

 とは言っても、愛弟子悟飯と本気で戦えるまたとない機会

 

 ピッコロは悟飯がやってくるその時まで、ただ己自身のみで修行を重ねるのみ

 

 降り注ぐ大量の豪水にも一切うろたえることなく、閉じた瞼は開くそぶりを見せず

 

「……ん?」

 

 しかし、彼のその両目は突如として開かれた

 

「今、何か光ったな。それに俺の知らない気が全部で……四つ」

 

 滝の水圧など完全無視といった様子で、彼は禅を解いて立ち上がり滝を出る

 

 その後グッと力を込めて全身から軽く気を出すと、身体中に付いていた水滴が吹き飛ぶ

 

「……行ってみるか」

 

 感じた気がある場所までの最短距離、木々が生い茂る森の中へと彼は入っていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……生き倒れか?いや、にしては妙だな、服があまりにも綺麗過ぎる」

 

 一分ほど森の中を進み、目にしたのは地面の上で倒れ込む少女三人+小動物一匹だった

 

 右手に野太刀を握りしめ、自身の黒髪を左側へひとまとめにした小柄な少女

 

 腰まで届く綺麗な黒髪を持つ少女、背丈は野太刀の少女と同じほどでやはり小柄

 

 最後の一人はその二人よりも頭一つ分ほど背が高く、着ている服の中に大量の武器を仕込んでいることをすぐにピッコロは見抜く

 

(邪悪な気は感じない……が、まずは話を聞かねば始まらんな。さっきの光も十中八九、こいつらと関係してると見てよさそうだ)

 

「う、ううう……何処でぃここは……」

 

(む?こいつ、喋れるのか)

 

 今から無理矢理でも起こすか、自然に起きるのを待つか

 

 どうするかと考ようとしたその矢先で、一匹の小動物(オコジョ)が呻き声をあげながら覚醒

 

 目を擦りながら周囲を見渡すオコジョは、後ろから摘み上げられピッコロと目を合わす

 

「おいオコジョ、幾つか訊きたいことがある」

 

「んあ?…………うぎゃああああああああっ!まっ、魔族だああああああああっ!?」

 

 途端にそのオコジョ、アルベール・カモミールは自身の小さな身体から絶叫を辺りに響かせた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……つまりお前らは、その超という知り合いの魔法陣の光に飲み込まれ、気が付いたらこの場所にいたというんだな?」

 

「ヘ、ヘイ、オッシャルトオリデス……」

 

 ピッコロの左手に胴を丸々掴まれながら、カモミール(通称カモ)はガクガクと全身を震わせつつも何とか彼に答えを返す

 

 先ほどまでカモは魔族だ魔族だとぎゃあぎゃあ騒ぎ続け、これでは進展しないと悟ったピッコロがほんのちょっと力を込めながら胴を掴み一言

 

『静かにしろ、このまま握り潰してやってもいいんだぞ?』

 

 カモや彼の主がよく知る吸血鬼さながらの迫力で言い放たれ、自然と言葉は止まっていた

 

 そこから色々と話を聞き出し、現在へと至る

 

「け、けどピッコロの旦那、俺っち達マジで別の地球から来たって言うンすか!?」

 

「少なくともさっき聞いた情報からでは、そうとしか仮説が立てられん」

 

 カモが口にした地名、人物、出来事

 

 それら全てにピッコロはまるで覚えがなく、逆にピッコロが口にした地名等にもカモは首を捻った

 

 カモ達の記憶が意図的に操作されていない限り、そう考えるしかないとピッコロは結論付けたのだ

 

(魔法陣による転移魔法……悟空の瞬間移動を大規模かつ無差別的にしたものに近いと考えれば、ドラゴンボールでの帰還も不可能ではないだろう。むしろ今俺が気になるのは……)

 

 この件については話を打ち切り、ピッコロはカモを握ったまま少女三人に視線を向ける

 

「まあ元の世界へ帰る手段については何とかしよう、一応アテがある」

 

「まじっスか!?」

 

「ああ、だが一つ条件とでも言おうか……このガキ共相手に試したいことがあってな」

 

「え?」

 

 カモも遅れて、まだ目を覚まさずにいる少女らの方を首だけ回して見た

 

 そのカモに見えるように、ピッコロは左手の人差し指で三人のうち二人を指差す

 

「そっちのノッポとそっちの剣士、とりあえずこいつら二人を起こせ」

 

 カモは漸くピッコロの右手から解放され、早くしろと急かすピッコロの機嫌を損ねぬよう慌てて彼女達のもとへ走った

 

 素早く肩辺りまで駆け上がり、頬をペシペシと叩きながら名を呼ぶ

 

「刹那の姉さん!刹那の姉さん!起きて下せえ!」

 

「……んっ……」

 

 反応あり

 

 ピッコロが剣士と呼んだ方の少女、桜咲刹那の瞼が上がる

 

 起きてくることを確信したカモはその場から即離脱

 

「とおっ!楓の姉さん!楓の姉さんってば!」

 

 素早く隣の少女、長瀬楓のもとへと飛び移り、先ほど同様に頬を叩きながら呼びかけた

 

「むにゃ……カモ殿、何事でござるk……!?」

 

「カ、カモさん!ここは一体!?っ!お嬢様!」

 

 周囲の異常に気付き、二人が跳ね起きたのはほぼ同時

 

 刹那は三人目の少女、近衛木乃香のもとへすかさず移動し剣の柄に手を

 

 楓は懐からクナイを取り出して構え、ピッコロにこれ以上ないほどの警戒を見せる

 

「お嬢様!ご無事ですか!?」

 

「ふみゅ……せっちゃん?」

 

 気絶していた木乃香に刹那は慌てて呼び掛け、木乃香覚醒

 

 これには安堵したいところであるが、現在目の前にはそれ以上の非常事態があり刹那には不可能

 

 既に刹那は抜刀を終え、楓以上に鋭い目でピッコロを見据えた

 

「おい貴様!ここは何処だ!それにネギ先生やアスナさん達を何処へやった!」

 

 それに対しピッコロ

 

(ほう、思った以上にデカい気だな……そっちの女も同じくらいか)

 

「答えろ!」

 

 決して動じず、二人の品定め

 

 どうやら二人の強さは想像していた以上のそれであり、余裕も含め口の端が僅かに上がる

 

(それに俺のことを敵と認識しているようだな、これはこれで面白いか……おいカモ)

 

「へっ?」

 

 あることを思いついたピッコロは、カモに念を飛ばして刹那達へ聞こえぬように伝達

 

 当初は事情説明後にしようと考えていたが、気が変わった

 

(こいつら二人、少々いたぶらせてもらうぞ)

 

「はあぁっ!?ちょっ!ピッコロの旦那そりゃどういう意……」

 

「おいガキ共、ネギの居所が知りたいんだったな?」

 

 ピッコロは舞空術でゆっくりと浮上しながら、見下すように刹那と楓に目を向ける

 

「特別サービスだ、この俺に傷一つでも付けられたら教えてやる」

 

「なっ!?」

 

「…………」

 

 このピッコロの挑発に顔を歪ませたのは刹那、楓は無言だが僅かに眉をひそめた

 

「どうした、かかって来ないのか?」

 

(あれ、これってヤバくねえっすかね?)

 

 明らかに一瞬即発な雰囲気

 

 ピッコロの容姿にやや怯えているのか、木乃香は刹那の後ろにつき服の裾を摘まんでいる

 

 このことも含め、刹那の中でどんどん怒りが湧き上がっているのをカモは察した

 

(ピッコロの旦那が何考えてんのかは知らねえが、刹那の姉さんと本気でやり合うなんて事態になったらタダじゃ済まねえっての!)

 

 カモは慌てて刹那のもとへ

 

「あの、刹那の姉さん、ちぃっとばかし聞いてもらいてぇことが……」

 

「カモさん!木乃香お嬢様と安全な場所へ!」

 

「えええっ!?」

 

 しかし刹那はカモの言葉に耳も貸さず、地面を蹴って飛び出す

 

 愛刀『夕凪』には、自身の気と共に練りだした雷を纏わせた

 

「ふっ!そうでなくてはな!」

 

「貴様ぁぁぁっ!逃げる気か!」

 

 刹那が動いてくれたのを見て、ピッコロは後退

 

 森の奥へと進み入り、それを刹那が吠えながら追う

 

「刹那殿!待つでござる!」

 

 楓も同様に飛び出し、冷静さを欠いていると容易に分かる刹那の後を追った

 

「ああああっ!二人とも行っちまった!」

 

 高速で移動する二人に追いつく術は、カモには無い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雷光剣!」

 

 夕凪から放たれた斬激が、雷と共にピッコロへと襲いかかる

 

「ずああああっ!」

 

 しかしピッコロはこれを、全身から噴き出した気で全てはじき返す

 

 先程水を飛ばしたそれとは勢いがまるで段違い

 

 二人が交戦を開始した場所は、出口も見えぬほど木々が生い茂った森の中

 

 刹那は近くの木の枝に足をつけ、攻撃を防がれたことに舌打ちした

 

「くっ!今の攻撃を防ぐとは……っ、楓!」

 

「一人では危険でござろう、助太刀いたす」

 

 すると後ろから追ってきた楓の気配に気付き、振り向けば楓が両手にクナイを持って参上

 

 二対一

 

 しかしピッコロは、その余裕を崩さない

 

(さて、どこまで出来るか試させてもらおうか……)

 

「はあっ!」

 

 楓の手から投じられる、三本のクナイ

 

 それが開戦の合図だった



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 これが力の差 沈む忍そして剣士

 森に生える無数の木の中の一本

 

 そこのてっぺんにピッコロは立ち、乱した呼吸を整えている最中の二人を見下ろす

 

 既にあの開戦から数分が経過

 

 ピッコロは重り付きの装備を付けたままで、傷一つなし

 

 また、刹那と楓も疲労の色を見せるが同じく

 

 ただし両者の間には、疲労以外に決定的な差が一つあった

 

「くっ、一体どうなっている……」

 

 暖簾に腕押し、糠に釘

 

「まさか……傷一つどころか、触れることも叶わぬとは」

 

 つまりは、今楓が言ったとおりである

 

 現在に至るまでの流れを順に辿ろう

 

 まず開戦の合図として投じられたクナイは、舞空術によって軽く横に移動してかわされる

 

 その間に刹那が瞬動で即座に接近し斬りかかるが、愛刀夕凪は空を切った

 

 瞬動に急ブレーキをかけて後ろを見てみれば、背を向けている自分を無視して楓と交戦

 

 攻めたてる楓の体術を全て、掠らせることすら許さず全回避

 

 そこへ刹那が再び斬りかかったが、これも瞬時にかわされる

 

 二人の視界から姿が消え、これまた別の場所からピッコロの気を感じ取る

 

 今度は楓の後方

 

 攻撃する絶好のチャンスにも拘わらず、またも自分からは動かず笑って見せた

 

 そこからは延々と同じ展開

 

 一人ないし二人が攻撃する→全てかわす→少ししたら瞬時に別の場所へ移動する の繰り返しである

 

 ピッコロは汗一つかくことなく、刹那達の猛攻をかわし続けていた

 

 

「おいどうした?まさかこれで終わりじゃないだろうな」

 

 ピッコロは木から飛び、地に降り立つ

 

 本来なら飛び降りたその隙に攻撃したいところであったが、それを予測し且つ回避出来るだけの力をピッコロが持っているのは重々把握している

 

 構えを崩さぬまま二人は、ピッコロと同じ位置で改めて対峙

 

「……楓、どうやらこちらも力の出し惜しみは出来ないようだ」

 

「あいあい、では拙者が先陣をば……」

 

 刹那と楓は小声で数言交わすと、両者は全くの別方向へと跳躍した

 

 刹那がバックステップで後方へ

 

 楓が前方のピッコロへ

 

「影分身!」

 

 ピッコロの目の前で、楓はその数を四倍に増やす

 

「ほう、天津飯と同じ技か」

 

 ピッコロはボソリとそう呟き、四人の楓と交戦

 

 楓達はピッコロの前後左右の位置につき、同時攻撃

 

「「「「せやあああっ!」」」」

 

 方や回し蹴り、方や正拳、方や貫手、方や膝蹴り

 

 四種の攻撃がピッコロを襲う

 

(さて、また全部避けれんこともないが……そろそろ趣向を変えてみるか)

 

 少し考え、ピッコロは左右に手を伸ばした

 

 左の正拳、右の膝蹴りを受け止め

 

「ずあああっ!」

 

「「!?」」

 

 そこから気を放出し、楓二人をぶっ飛ばす

 

 この間に、前方からの貫手と後方からの回し蹴りが命中したわけだが

 

(……顔色一つ、変化無しでござるか)

 

 ダメージは皆無

 

 その上素早く手元に戻されたピッコロの手は、自身の腹部へ伸ばされた楓の右手を掴み、投げた

 

 幸い回し蹴りをした楓はすぐに引いており反撃を受けず、懐からクナイを取り出して投擲

 

 これをピッコロは指二本で難なく挟み、自身がぶっ飛ばした楓二人を見やる

 

 木に激突した二人は、ボンと音を立てて消滅した

 

(……数を増やしたことによるパワー減少も無い、どうやら天津飯のとは原理そのものが違うようだな)

 

 前方の楓は本体だったようで消える様子はなく、懐からクナイを取り出し同じく投擲

 

 ピッコロはこれまた指で挟む

 

 楓は新たに影分身を出すそぶりもなく、ただ離れた位置からピッコロの前後に立って動きを伺うのみ

 

(さて、残るは剣士のガキだが……さっきから俺達の周りを走り回って一体何のつもりだ?)

 

 楓と交戦中に援護射撃をしてくることを予想したピッコロは、あの攻防の最中も刹那の動きを気から察知

 

 今いる楓二人よりもさらに外側を、円を描くようにちょうど一周したところだ

 

(っ!あいつめ!)

 

 直後、ピッコロが感じ取ったのは無数の気

 

 刹那が通った軌跡上の幾つもの点に、忽ち導火線の火のように全体へ気が伝達

 

 次の瞬間、その全てが爆ぜた

 

 刹那が周囲の木々に仕掛けた爆符、つまり術式を込めた札は『気を送り込む』という合図を受けて一斉爆破

 

 中央にいるピッコロを狙い、十数メートル級の大木が彼目掛け大量に倒れこむ

 

 符の存在を知る楓は、ピッコロよりも一足先に刹那の意図に気付いて退散済み

 

「ふっ、随分と大掛かりな真似を……」

 

 ピッコロからすれば、気功波でこれら全てを消し去ることは容易い

 

 しかしそれでは興醒めだ、だから彼は

 

(向こうの策に……乗ってやるか)

 

 一番無難な方法で避ける

 

 超スピードで木々の間を潜り抜け、包囲網から脱出

 

 その先には彼女の予定通り、そしてピッコロの予想通り

 

「斬魔剣!」

 

 刹那が待ち構え、最高のタイミングで剣技を放った

 

 対魔族には一番の威力を誇るこの技で、刹那は決めにかかる

 

 ピッコロが言った『傷を一つでも付ける』ではなく、それ以上の『倒す』という目的を剣に込めて

 

(成程、退魔の技か……だが)

 

「!?」

 

(残念だったな)

 

 確かにこのタイミングであの技をされては、完全な回避は難しいだろう

 

 さらには相手は刀、対するこちらは素手

 

 が、ピッコロは知っている

 

 かつて自分を大いに苦しめた、宇宙の帝王

 

 そいつを軽々と切り裂いた名剣を相手に、指一本で全て受け切った男のことを

 

 当時の彼の実力をとうに超えているピッコロに、同じようなことが出来ない道理は無かった

 

 気を極限に集中させた右の手刀で、刹那の剣を受け止める

 

 刹那の動揺は、過去最高に膨れ上がった

 

(馬鹿な!?今までで一番気を込めた、私の斬魔剣を片手で……)

 

「刹那!下がるでござる!」

 

 楓が叫ぶが、ピッコロの手刀とつばぜり合いを続ける刹那がそれに反応したのは、通常よりも数瞬遅れてのこと

 

 その間にピッコロがカウンターを、空いた左手で刹那の胴体に掌底を決めるのはどれほど容易なことであっただろう

 

(こんな……こと、が……)

 

 刹那は飛んだ、腹部への衝撃で意識を刈り取られながら、生い茂る木々の中へ

 

 最後に刹那が見たのは、既に自分のことは眼中にないピッコロ

 

 そしてその彼に向かい、攻撃する楓

 

 その数、十六人

 

「なっ、何だとぉっ!?」

 

 彼女の持ち技、影分身で生み出すことが可能な最大人数

 

 ピッコロが今まで目にしてきた分身の類の技に、これほどまでに数を増やすものは存在せず

 

 自然と両目は、大きく見開かれていた

 

「これで……どうでござるっ!」

 

 全ての楓が、右掌の中に気を灯し殴りかかる

 

 いや、掌の中の気弾をぶつけに向かったと言うべきか

 

 前後左右上下、全ての方向をカバーするように位置する楓のこの攻撃

 

 ピッコロはその場から、動かない

 

「……ぬおおおおおおおっ!」

 

 ピッコロは吼え、彼を中心に周囲は大きく爆発を引き起こした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カモ君!今の爆発!」

 

「ヤベぇヤベぇ!俺っちの予想の斜め上行ってるじゃねえかよ!」

 

 遥か遠くまで距離を開けられてしまっていたカモと木乃香も、この爆発で彼らの現在地を知る

 

 カモを肩に乗せて木乃香は走り、円状に木々が倒されているその場所まで到着

 

「う、上だ!」

 

「え?」

 

 カモが指差した上空を、木乃香が見上げる

 

 爆煙が晴れたそこに、ピッコロはいた

 

 意識を失いダラリと手足を伸ばす楓を、自身の左腕に乗せて

 

「う、嘘だろ!?楓姉さんを無傷で!?」

 

 ピッコロは下にいるカモ達を目視で確認し、ゆっくりと降下

 

 地面の上に楓を横たえさせ、続いて刹那の方を指差す

 

 木乃香は彼女の名を叫び、駆け寄った

 

「せ、刹那の姉さんまで……一体何をしたんでぇ!?ピッコロの旦那!」

 

「言っただろ、少々いたぶらせてもらうとな……ん?」

 

 木乃香の肩から降りたカモを見下ろしつつ淡々と話すピッコロだったが、ここで違和感

 

 右手を額に持っていき、手元に戻すとそこにあったのは紫色の液体

 

 ほんの僅かに見られたそれは、ナメック星人の血液

 

(ほう、全部防ぎきったと思っていたんだが……それにこっちもか)

 

 加えて右手側面に、薄くだが縦一文字に沿って出来た切り傷が一本

 

 即ち、刹那の斬魔剣の跡

 

「……合格、だな」

 

「はぁ!?」

 

 いい相手が見つかった

 

 自分の目に誤りはなかったな、とピッコロは内心笑みを浮かべていた

 

 とりあえずは、事情をカモと木乃香に話しておかねばなるまい

 

 そして後は待つ、あと三十分もすれば訪れる二人の目覚めを



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 和解なるか 目覚めた二人

「以上が、俺とこいつがさっきまで話してた内容だ。理解できたか?」

 

「……なあカモ君、この人ホンマに信じてええの?」

 

「うーん……とりあえず今は、ピッコロの旦那に頼るしかないってのが現状なんスよ」

 

 あの激戦後、目の前で刹那と楓が倒された事態に木乃香は大混乱

 

 特に刹那がボロボロの状態で倒れていたのは余程堪えたか、涙目になって駆け寄りすぐさま治癒魔法を施す

 

 ネギとの仮契約で手に入れたアーティファクト、東風(コチ)檜扇(ヒオウギ)

 

 この世界でも問題なく使うことが出来、制限時間ギリギリで刹那の傷は全快

 

 そこへすかさずピッコロが近寄り、事情を知らぬ木乃香へ説明に入った

 

 当然木乃香は大いに警戒する、理由は言うまでもないだろう

 

 仕方ないなとピッコロはカモに目配せ(半ば睨みつけての脅迫)し、両者間の仲立ちを依頼(強制)

 

 カモは何とか木乃香を落ち着かせ、少し腰を引かしながらも木乃香はピッコロとカモの話を聞き始めた

 

 そして今はちょうど、『元の世界に帰るアテがある』まで話し終えたところ

 

 しかしながらまだ木乃香は完全に信用しきれず、二人が目を覚まさぬ現在唯一信頼できるカモへ不安そうな声を漏らした

 

「それに……せっちゃん達を挑発して戦って、あんな目に遭わせた理由まだ聞いてへん」

 

「あ、それは俺っちもまだでさぁ!なあピッコロの旦那!あれは一体……」

 

「待て。……一人お目覚めだ」

 

 木乃香の傍らに寝かされていた刹那の瞼が、上がり始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まず一つ詫びておこう、俺はネギについてはまるで知らん。お前らを焚きつけるにはちょうどいいと思って言ったデタラメだ、すまなかった」

 

「…………」

 

 目覚めた刹那がまず最初にとった行動は、『木乃香の前に立つ』だった

 

 愛刀夕凪はピッコロにやられた際手放してしまっており、徒手空拳の構えをとりピッコロを睨みつける

 

 が、カモが慌てて制止、今度こそ刹那にちゃんと話をすることに成功

 

 この時になってようやく、ピッコロは彼女らに先程の戦闘の理由について話した

 

「……貴方が私達の敵ではなくここは異世界、そして元の世界へ帰るためのアテがある。ここまでは分かりました。ですが私や楓を挑発してまで、戦闘に持ち込んだのはどういうことですか?」

 

「実は近々、武道大会が開催されることになっている」

 

「……武道大会?」

 

「ああ、本来なら良い修行相手がいるんだが都合が悪くてな……折角なんでお前達二人を試させてもらった、ああやった方が戦闘時の本来の実力を過不足なく測れると思ってな」

 

「試した?」

 

「そこのオコジョから許可は取ったぞ」

 

「ピッコロの旦那!?」

 

 途端に今度は、カモの方へ鋭い目つきを飛ばす刹那

 

 まるで覚えがないカモは、全身を使って横へぶんぶんと振り否定の意

 

 正確に言えば、彼はただカモに『刹那と楓をいたぶる(試す)』ことを一方的に伝えただけ

 

 そのことにカモが返事する間もなく戦闘になったため、このような齟齬が発生していた

 

「合格ということにしといてやる、実力はまだまだだが修行相手としては使えるだろう。まあ俺といるのがそんなに嫌なら好きにしろ、ここから出て行ってお仲間探しなりなんなりしてるんだな」

 

「…………」

 

 刹那は答えに悩み、黙り込む

 

 彼女個人の意見としては一択、いきなり挑発して戦闘に持ち込むような奴と一緒になんて御免だ

 

 だがここでピッコロと分かれたとして、そこから先はどうなる

 

 元の世界へ返ることももちろんだが、文化も慣習も科学技術も何もかも、一切合財不明なこの世界において知識0でどうやって生きていく

 

 刹那がここを出て行くとなれば木乃香も一緒だ、言うまでもなくこれは彼女にとって当然のこと

 

 しかしそうすれば上記のような不都合を、自身だけでなく木乃香にまで与えてしまうことになる

 

 だがピッコロと行動を共にするのも最善策だとは決断しきれずにいる、それこそ木乃香に何かあってからでは遅いのだ

 

 不安そうな顔でいる木乃香を一瞥した後、再び刹那は頭を悩みに悩ませる

 

(どうすればいいんだ……私自身はどうでもいい、木乃香お嬢様にとって一番の選択、選択を……)

 

「では拙者は、お世話にならせてもらうでござるかな」

 

「……え?」

 

 そんな中で静寂を破ったのは、ついさっきまで気を失っていた一人の少女

 

 長瀬楓は首を鳴らしながら立ち上がり、ピッコロの横にまで歩み寄った

 

「か、楓さん!起きてたん!?」

 

「少々前、武道大会のくだり辺りからでござったかな。拙者がいきなり話に入るとまたややこしくなりそうだったので、横になったまま静聴させてもらったでござる」

 

「そ、それより楓!さっき言ったのは……」

 

「無論言葉通り、二週間この御仁のもとで拙者は修行をいたす」

 

 刹那に対し、楓は即答

 

 ピッコロを除く三人が三人とも、この即答に信じられず

 

 彼女らから言葉が出る前に、楓は続ける

 

 曰く、『悪意を持って戦っているわけではないとピッコロと交戦の折に気づいた』

 

 拳と拳を直接交わし戦闘していた楓は、冷静さをいつもより欠いてたと言える刹那よりもピッコロの気の『質』を過敏に感知

 

 姿形こそ魔族のそれではあったが、感じられた気に邪悪のそれは皆無

 

 古い傷跡のごとく、触れてようやく判るほどほんの僅か程度あったが、ただそれだけだ

 

「それにピッコロ殿との修行なら、麻帆良でするよりも何倍の成果が得られることやら。生かす手は無いでござろう?」

 

「えっとつまり、ピッコロさんは絶対悪い人やないってことでええん?」

 

「でござろう、とは言ってもなかなか手厳しいところもお持ちのようでござるが」

 

 楓は腹部に手を当てる、まだ痛みがあった

 

 あの時ピッコロに気爆波でふっとばされた後一発喰らわされており、骨折や内臓損傷に至らないギリギリの力でだが刹那よりもダメージは大きい

 

 確認もかねて軽く押すと痛みが走り、僅かに眉をひそめる

 

 それを見た木乃香は、すかさずポケットの中から一本の杖を取り出した

 

「あ、楓さんやっぱり怪我傷むん?ウチ治したるで」

 

「おお、すまぬでござる」

 

 木乃香は呪文詠唱を行い、杖の先を楓の腹部へ向けて最後に一言

 

治癒(クーラ)

 

「んっ?」

 

 暖かな光が楓の患部を覆い、痛みを和らげる

 

 しかし木乃香の力不足か、または余程のダメージだったか

 

 完全治癒には至らず、唱え終わった後木乃香は申し訳なさそうに呟いた

 

「ありゃりゃ、全部は無理やったか……ほんまやったらウチのアーティファクト使うてあげたいんやけど、せっちゃんにさっきやってもうたんよ。堪忍な楓さん」

 

「いやいや、これなら問題なく動けるでござるし修行も充分可能。かたじけない、木乃香殿」

 

「……随分便利な技だな、お前らのいた世界の『魔法使い』というのはあれが全員使えるのか?」

 

 木乃香と楓の一連のやり取りを見たピッコロは、彼女らの会話からは外れているカモと刹那に目を向ける

 

 ピッコロの問いには、カモが答えた

 

「全員ってわけじゃないッスね、魔法使いにも得手不得手はあるッスから。木乃香嬢ちゃんは治癒魔法に才能が突出してるんでさあ」

 

(ふむ、得手不得手……そういえば昔デンデにも似たようなことを言われたな)

 

「……それで刹那の姉さん、結局どうするんスか?」

 

 カモの答えに一言も返さず、ピッコロは何やら考え込み始める

 

 別段続けてピッコロへ話すこともないカモ、次は刹那に向け口を開いた

 

「…………強く、なれるんですね?」

 

「刹那の姉さん?」

 

 刹那が言葉を発した相手は、カモではなくピッコロ

 

「楓が言うように、もし私があなたと二週間修行を共にすれば、私は強くなれるんですね?」

 

「……どうだかな、貴様自身に強くなろうとする意志がなければ無意味だ」

 

「あります!」

 

 突然に声を荒げた刹那

 

 カモと木乃香は驚きで硬直、楓はそれほどでなくピッコロも同様

 

 強く握られた両拳を小刻みに震わせて、刹那は再び沈黙の中に戻る

 

 さっきのピッコロとの戦いの内容を思い出す、結果は誰が見ても完敗

 

 しかも楓と二人がかりでこの結果だ、惜しかった云々の反論の余地もない

 

 もしピッコロが完全に『悪』で、自分達を襲ってきていたとしたら

 

 自分と楓は瞬殺だったろう、そして残った木乃香は……

 

(私は……まだまだ無力だっ!)

 

 木乃香を守るため、もっと強くならなければならない

 

 この世界に来て今までより一層強くなったその思いが、先程の一言に集約され放たれていた

 

 対するピッコロの行動は、刹那へではなく

 

「……おい、お前らはどうする」

 

 カモと木乃香へ、ここを去るか共にいるかの意思確認

 

「ウチは、せっちゃんについていくえ」

 

「……お、お世話になるッス旦那」

 

 この両者の言葉を聞き、ピッコロは楓と刹那を交互に見た後に身体を反転

 

 ゆっくり歩を進めながら、呟くように声を発した

 

「寝床になりそうなほら穴が近くにある、屋根のある場所で寝たいなら四人ともさっさとついてこい」

 

 『四』人、ピッコロは確かにそう言った

 

 真っ先に後を追ったのは楓

 

 続いて木乃香と刹那が、ほぼ同時に進み出す

 

(麻帆良でするよりも何倍もの成果、か。そうだ、私は……ここで強くなってみせる、絶対にだ)

 

 刹那の歩みは、強い決意に満ちたそれであった

 




 以上で今回の分の投稿は終了です。ストックの関係上、ここから先は投稿速度の減少は避けて通れませんが、ご了承くださいませ。
 また次回からメインキャラ変わります、ではではお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 武道家古菲 老師と相対し、殴る

 ネギ達のと刹那達のは3話構成でしたが、今回分は2話構成になっております。


「ちょっとだけじゃ……ちょっとだけ……」

 

 何か聞こえてくる、知らない男の声

 

 それに、声とは別に妙な音も聞こえてきた

 

 よくよく耳を澄ましてみると、それは呼吸音

 

 だがそれはやけに速く、まるで舌を出した犬のよう

 

 しかもその吐息が肌に触れ、身体に悪寒が走る

 

「ん……」

 

 先程まで気を失い、今もまだ虚ろな状態の少女古菲

 

 しかし走ってきた悪寒に促されるように、ゆっくりと目を開けてみた

 

 いたのは犬ではなく、サングラスをした一人の老人

 

「「あ」」

 

 古と目が合い、両者動きが止まる

 

 老人は、指を一本伸ばしていた

 

 右の人差し指、その先は古の胸

 

「……グッドモーニング」

 

 仰向けの自分の胸を触ろうとするサングラスの男は

 

「うわわわわあ!」

 

「ぶげえ!」

 

 反射的に手が出てしまった古により、容赦なく殴り飛ばされた

 

 右パンチが顔に直撃し、ドシンと壁に激突し音を立てて倒れる

 

「あービックリしたアル。って、此処はどこアルか?」

 

 自分の状況を確認する古

 

 いた場所はベッドの上、どうやら家の中

 

 隣にはクラスメイトの四葉五月、こちらはまだ眠っていた

 

「武天老師様!どうしました!?」

 

 すると、古達がいる部屋に一人の青年が入室

 

 さっきの叫び声と倒れる音に気付いたのだろう、殴ってからほんの数秒だ

 

 頭はツルツルで額に六つの点、着ているのは山吹色の道着

 

「老師?」

 

 老師というフレーズに反応し、古は自分が殴った男を再び見やる

 

「アイヤー!おじいちゃんだたアルか!?」

 

 前述の通り、その男は老人

 

 殴ったことを少し後悔しはじめた古、近付いて様子を伺おうとしたが静止

 

 武天老師と呼ばれた老人は、鼻を押さえながら自分から起き上がってきた

 

「いたたた、ちーっと寝てる隙にツンツンしようとしただけじゃったのに……」

 

「それは武天老師様が悪いですよ、第一いつもはピチピチギャルがーとか言ってらっしゃるのに」

 

「いや、どんなもんに育つのか将来性のチェックを……ゴホン、いかん本人の前じゃった」

 

「……」

 

 横目で老人をジトーっと見る青年は、次に古の方を向く

 

「えっと、大丈夫?ホントに何もされてない?」

 

「平気アルが……一体誰アル?」

 

「あ、ごめんごめん。俺の名前はクリリン、君は?」

 

「古菲アル、隣で寝てるのはサツキ」

 

 その後クリリンは、現在に至るまでの経緯を古に話した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間にすれば数分ほどで済んだだろうか、要約すると以下のようになる

 

 数時間前にこの建物、カメハウス内でくつろいでいたクリリン達

 

 が、突如外から眩い光が発生

 

 慌てて外に出てみれば、砂浜で気を失って倒れていた古と五月

 

 外傷はどこにもなかったが、そのままにしておくわけにもいかず

 

 家の中へ運び込み、こうして古が目を覚まし今に至るとのことだった

 

「いやー、なんかすまなかたアルなー」

 

「いいよいいよ、だから教えてくれないか?」

 

「んう?」

 

「君達はどこから来たんだ?最初は漂流したのかと思ったんだけど、それにしては服が全然濡れていなかった。それにあの光は一体……」

 

「……信じてもらえるかはわからんアルが……」

 

 古もクリリンと同じく話す、今に至るまでの経緯

 

 ただし途中から記憶が無いため、あくまで覚えている限りの話

 

 必然的に、光に飲み込まれる直前までの話が主

 

 また、話の流れで魔法使いや未来人のことも話さざるをえなかった

 

 以前ネギに他言厳禁と言われていたが、この状況下では仕方ないと自己判断で話すことにする

 

 不安半分に語ったが、なんとクリリンも武天老師もこれを全て信じてくれた

 

「両方実際に知り合いがいるから」、と笑いながらその理由を語る

 

 だがその直後、衝撃的な事実を古は知ることとなる

 

「でも日本なんて国、この地球にはないぜ?」

 

「え!?」

 

 地球なのに日本がない

 

 そんなキテレツな事態に頭がついていけなくなる

 

「じゃあ中国は!?私の祖国、人口世界一アル!」

 

「いや、それも聞いたことは……ねえ?武天老師様」

 

「うむ、聞き慣れん名じゃの」

 

「? ? ?」

 

 考えれば考えるほどこんがらがり、ついには頭痛までする始末

 

 それを見かねた武天老師が助け舟、今までの話から仮説を立ててそれを口にする

 

「うむ……つまり古ちゃん達は日本とかいう国が存在するこことは違う地球、言うなれば平行世界か別次元かなんかの地球から来た、ということかもじゃな」

 

「おお、別世界!そゆことアルか!えっと……」

 

「ワシの名は亀仙人、武天老師とも呼ばれておる。まあ気軽に亀仙人の方で呼んでくれれば結構じゃよ」

 

 ここにきてようやく、武天老師もとい亀仙人が古に自己紹介

 

「亀じい、じゃあ私達帰れないアルか?」

 

 うーん、とうなる亀仙人

 

 そこへ、そんなことないさとクリリンが会話に入ってきた

 

「ドラゴンボールを使えばいいのさ」

 

 これに、なるほどと亀仙人は膝を打つ

 

 当然古は『?』な状態なわけで、詳しくクリリンは説明する

 

 ドラゴンボールがどういうものかということ

 

 それを使えば古達が元の世界に帰れること

 

 そして、あと三週間で石から元に戻ること

 

「行くあてが無いんじゃったら、ここに三週間おるかの?」

 

「ええ!?」

 

 亀仙人の提案に顔がこわばる古、自然に先ほどの出来事が脳裏をよぎった

 

「ほら武天老師様、さっきこの子に変なことするから」

 

「いや、だから未遂じゃ未遂!ほれ、この跡!それより先にこの通り一発貰ったんじゃって!」

 

(うーん……どうするアルか?)

 

 古はこめかみに指を当てた

 

 だが、見ず知らずの古達を三週間も置いてくれる所などまず無い

 

 それに、今から探すとなれば五月にも迷惑がかかってしまうだろう

 

「なあなあ、どうじゃ?辺りは一面綺麗な海、今ならウミガメに乗っての海中遊泳と女の子にもオススメの亀仙流エクササイズビデオがついてくるぞ?」

 

「武天老師様、何もそこまでしなくたって……最悪ブルマさん辺りに連絡して向こうで預かってもらえばいいでしょうに」

 

「うるさい!男二人と亀一匹だけの華がない生活を何年も送っとるわしの身にもなってみい!」

 

「そんなめちゃくちゃな……」

 

(……ん?武天『老師』に『亀仙流』?)

 

 古が悩んでいると、必死に説得しようとする亀仙人とそれに呆れるクリリンの言葉が数度交わされた

 

 その中から耳に入ってきた幾つかの言葉が、古に興味を抱かせる

 

「亀じい、今言った亀仙流いうのはもしや拳法の流派か何かアルか?」

 

「お、そうじゃぞ。なんじゃなんじゃ、やっぱり古ちゃんも亀仙流エクササイズビデオが欲しくなってきたか?」

 

「いや、ビデオは別にいいアル……しかも老師いうことは、亀じいはその亀仙流の……」

 

「うむ、いかにも。……オホン」

 

 亀仙人はサングラス越しにだが、咳払いをしつつ視線をクリリンへ

 

 言わんとしてることを把握し、クリリンは亀仙人の言葉に続けた

 

「あー……これでも武天老師様は、武術の神様と呼ばれた凄いお方なんだ」

 

「武術の神様!」

 

「いやークリリン、そこまで言わんでも。照れるのう」

 

(自分から言わせたのに……)

 

 クリリンの説明に目を輝かせた古は、ベッドから跳ね起きて亀仙人の正面に着地

 

 思えば、自分のあの一撃を無防備で受けながらわりかし平気そうだったのも合点がいく

 

 古は行動に迷いはなかった

 

 一瞬で自身の得意とする中国拳法、その内の一つ八極拳の構えをとる

 

「な、なんじゃ?」

 

「亀じい、もとい老師!ここは是非、私と一つ手合わせ願うアル!」

 

 そして声高らかに、亀仙人へと対戦を申し込んだ

 

 突然の要求に戸惑う亀仙人だが、古は言葉をつづける

 

「私も武道家、強い者と戦いたいのは本能アル。武術の神様、つまり武神と聞けばワクワクしない方がおかしいアルよ!」

 

 ウキウキした様子が声色から非常にわかりやすく感じ取れる

 

 古は拳を握り締め、気を込めた

 

 いつも以上に溢れた気が拳から吹き出し、古の気分はさらに高揚する

 

「さあ!今の私は絶好調アルネ!」

 

「ま、待て。わしはもうこんなジジイじゃ、それに弟子のクリリンのほうがとっくにわしより強くなっとる。ほれクリリン、折角じゃし相手をしてやらんか」

 

「武天老師様!?」

 

 神様を超えたアルか!と驚く古、途端に興味はクリリンへ移った

 

「ならクリリン、私と勝負するアル!」

 

 今度はクリリンの方を向き、構えを取り直す

 

「え、えー……」

 

「別にいいじゃろ、師匠命令じゃ。それにわしも古ちゃんがどれくらい強いか、見てみたいしのう」

 

「武天老師様まで……」

 

(さっきみたいなパンチ、もっかい喰らったらシャレにならん)

 

「さあ!」

 

「……はぁ~、しょうがないな」

 

 どうやら相手をしない方向で古を説得させるのは無理そうだ、そうクリリンは判断した

 

 そこまで言うなら一回だけ、とクリリンは渋々了承する

 

 三人は階段を下りて家の外に出た

 

「うわー、ここ島だたアルか!」

 

 先程亀仙人が言ったように、正真正銘辺り一面海という光景

 

 これに驚く古だが、それ以上に優先すべき事項があることは忘れるわけもなし

 

 早速始めるアルと意気揚々にクリリンと向き合った 

 

 五メートルほど距離をあけ、古は既に準備万端

 

 亀仙人はというと、家の中からビーチで使うような椅子を持ち出して家の入口の傍に設置

 

 そこに座ると、隣にウミガメを呼んで二人の様子を眺める

 

 しかしなかなか始まらない

 

「クーリーリーン!ちゃんと構えるアルよ!」

 

 原因は、やはりどこかやる気の無いクリリンの態度

 

 棒立ちのまま始めようとした彼に古は怒り、思わず声を荒げる

 

「あ、ごめんごめん」

 

 一応言われたままに構えを取るクリリン

 

 しかしどこか抜けている印象、このやる気の無さには少なからず理由があった

 

(あの古って娘、確かにそこらの武道家よりは格段に強いみたいだけど……)

 

 気の大きさを見る限り、自分よりはどう見積もっても確実に下である

 

 本気を出せばアッサリと勝ててしまうだろう

 

 クリリンはそう踏んだのだ

 

(それに女の子相手だしなぁ、どうも勝手がわかんないぜ)

 

「来ないならこっちから行くアルよー」

 

「おーう」

 

 まあ強さを見るってことなら、とクリリンは自身の気をさほど解放せず戦闘態勢

 

 感じられる古の気より、ほんの一回り大きくしただけ

 

 これで充分あしらえるだろう、そうあたりをつけた

 

 そしてこのあと、クリリンは知ることになる

 

「……ハイヤッ!」

 

「!?」

 

 中国武術研究会部長、古菲がどのような武道家であるかということを



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 中国拳法の極意 柔よ剛を捌ききれ

「アイヤッ!」

 

「!」

 

 ほんの一瞬だった

 

 中国拳法の移動法、活歩で古はクリリンの懐に入り込む

 

(うおっ!?思ってたよりも速……)

 

 拳を打ち込もうとしているのを把握し、両手を前方に出して防御

 

 だが、クリリンの腹部に拳はしっかりと打ち込まれた

 

馬蹄崩拳(マーティポンチュアン)!)

 

「っ!?」

 

 打とうとしていた右拳はフェイク

 

 握っていたそれを解き、防御に出したクリリンの両手を跳ね除けさらに彼の懐へ

 

 後退しようとするクリリンを左手で掴んで引き寄せ距離を開かせず、改めて右拳を放ったのだ

 

 我流ながらも、気を練り上げ威力を上昇させた古の崩拳

 

 気を集中し防御するという基本動作も、気の大きさに見合わぬ古の動きのキレに動揺し失念

 

 クリリンはあまりにも、古をなめていた

 

 腹部に走るダメージでやや眉を寄せ、次なる古の攻撃と対峙する

 

 古は勢いそのままに回し蹴りを試みるが、クリリンはこれを回避

 

 これなら先程の動きに対応できると予想をつけたところまで気を上げ、高速で後ろに下がって距離をとる

 

 しかし古は、さらに速度を上げてきた

 

(っ!?まだ上がるのか!)

 

(フッフッフ、なんだかいつもより調子いいアル!ばしばし行くアルよー!)

 

 バックステップという形をとった以上、すぐに減速したクリリンとの距離はまた縮まる

 

 お次は右の手刀、振り下ろした先はクリリンの首の付け根

 

 今度は左腕を上げて防御し、その攻撃の重さを腕越しに感じ取る

 

(やっぱり……気は俺のほうが勝っているのに……っ!)

 

 気による『力』そのものは比べるまでもなく、気を抑えている現状でも自分の方が上

 

 それが確信できるレベルにも拘わらず、また古に食わされた

 

(硬開門!)

 

 古は右腕を折りたたみ、突っ込んだ勢いを殺さぬまま潜り込むようにして右肘を正面に打つ

 

 今度は鳩尾、急所の一部を的確に突かれてダメージ

 

 焦るクリリンは一転し攻めに移る、適当に攻撃の全てを捌き切るかというつい先程の考えは一旦破棄した

 

 当然全力を叩き込むわけにはいかないが、一発で勝負を終わらせるつもりで多めに気を込めた右拳

 

 クリリンが攻撃に転じたのを把握した古は足を止めており、『受け』の体勢

 

 狙いは腹、クリリンは拳を放つ

 

「アイヤッ!」

 

 同時に古の両手が動き、交錯

 

「……え?」

 

 軌道が逸れ、拳含め全身が古の横を通り抜けた

 

 力によって正面から弾き返されたのとはまるで別の感覚

 

「うおっ!」

 

 直後にカウンターの拳が襲いかかり、クリリンはさらに速度を上げて再びかわす

 

 咄嗟に気を上げずさっきのままであれば、間違いなく脇腹へ無防備のまま貰っていただろう

 

「またかわしたアルか……けど、徐々に本気を見せてきたみたいアルな、痛たた……」

 

 構えをとって古と向かい合うと、古は右手をプラプラ振っていた

 

 片手で威力を殺しつつ横へ受け流し、反対の手ですかさず攻撃しようとしていたのだが、気を多めに込めていたクリリンの拳は片手で流しきれず

 

 やむなく即座に両手での受け流しに切り替え、その結果として攻撃のタイミングが僅かに遅延

 

 加えて、片手で受け流そうとした一瞬のうちに右手首へ痛みを残された

 

 まあ戦闘に多大な支障が出るほどのそれではなく、すぐに古は完全な構えに戻す

 

 この両者のやり取りを、亀仙人は同居亀であるウミガメと共に眺めていた

 

「なんだかクリリンさん、色々とやりづらそうな感じですね。古さんが女の子だからでしょうか?」

 

「いや、ちと違うな。確かにクリリンは全力を出しておらんが、それはあくまで手合わせのために相手の『力量』を見据えた上でじゃ。古ちゃん相手に勝負自体はちゃんとやっておるし、勝つための気の大きさは本来なら現時点で充分じゃ」

 

「だったら何で……」

 

「彼女の持つ体術は、完全にその差を埋めきっておるのじゃよ」

 

 クリリンは古のようにちゃんとした拳法が出来るわけではない

 

 いや、やや語弊があるが、古の使う八極拳等のように系統化もしくは概要化出来てないというべきか

 

 亀仙人の元での修行は主に、基礎力の向上を中心に置いていた

 

 その上で自身の格闘術を、実戦形式を中心に叩き込んでいく形

 

 ゆえに、クリリンの格闘術自体はほぼ我流といっても差し支えない

 

 師である亀仙人もとい武天老師の動きを参考にしたことも無いわけではなかったが、結局は自分がやりやすいスタイルに落ち着かせている

 

 亀仙流入門前に多林寺で修行していたこともあったが、それも極めるには至らず

 

「その上クリリンはああも焦っておる、気では勝る相手に勝ち切れずにいることでな。そりゃあ手加減なしのフルパワーでぶつかれば圧倒出来るじゃろうが、本来ならずっと格下である古ちゃん相手にそんな真似あいつには出来んて」

 

 クリリンが冷静さを取り戻し、体術分も含めた力量差を把握して立ち振る舞えば問題なく勝てる勝負

 

 そう亀仙人はウミガメに解説した

 

 そうこうする間に両者の間でまた攻防

 

 またも力の加減を誤ったクリリンの攻撃をすり抜け、今度は力一杯の攻撃を古は決める

 

 足を払って踏ん張りを効かなくした上での攻撃は、クリリンを海まで吹っ飛ばした

 

 ドボンと音を立てて着水し、その位置から古は目を離さない

 

「どうしたアル?手を抜かずもっと本気出すヨロシ」

 

 水面に姿を見せないクリリン

 

 クリリンは大丈夫かとアワアワするウミガメの隣で、亀仙人はさっきまで硬めだった表情を緩めた

 

(……うむ、文字通り頭を冷やしたか)

 

「わわわ!何アルか!?」

 

 次の瞬間、水面から無数の気弾が古めがけて飛んでくる

 

 距離を取れたことも幸いし、ワンパターンだった戦法をやめて古を牽制する方法に出た

 

「真名の羅漢銭より速いアルー!」

 

 近くにいる亀仙人達に配慮してか、気弾は全て古の半径一~二メートル以内に着弾するよう軌道が調整されている

 

 これらを必死に、先日クラスメイトと対戦したのと同じ要領でかわす古

 

 だがやはり全部は無理だった

 

「うおおっ!?」

 

 避けて右足を着地させようとしたちょうどその場所を、気弾が一足先に着弾して砂を大きく抉る

 

 遅れて着いた古の右足はその場で踏ん張り切れず、バランスを崩した

 

 そこへ突如古の左横から、本日最速のスピードで移動してきたクリリンが姿を現した

 

 そのままミドルキック

 

 腰にヒットし、先程のクリリンくらいの速さで吹っ飛ぶ古

 

 しかしクリリンからは決して目を離さず、そのまま受身をとって体勢を立て直す

 

 辺りは砂浜、衝撃は少ない

 

「……さっきとキレがまるで違うアルな、クリリン」

 

「海に入ったら頭が冷めてな、折角だし面白いもん見せてやるよ」

 

 互いにニッと笑うと、クリリンが先に動いた

 

「さっきは牽制用に撃った気弾に大分驚いてたみたいだが、こいつはどうだ?」

 

「?」

 

 腰の両手をやり、気を込め始める

 

「かーめーはーめー……」

 

 その両手の中には、徐々に青白い光が灯される

 

「うおっ!?」

 

「波ーーー!」

 

 手から放たれたそれは光線状となり、クリリンから古へと真っ直ぐに放たれた

 

 だが両者の間には距離がありすぎた

 

 古はそれを横へ飛んでかわす、右足は痛めてはおらず問題なく動いた

 

「またまた隙ありアル!」

 

 そのままクリリンに突っ込み、攻撃を狙う

 

「それはどっちかな?」

 

「え?」

 

 クリリンは口元を上げると、かめはめ波を放っている両手をクイっと動かした

 

 手元での僅かな動きを受け、かめはめ波はその軌道を変える

 

 最終的にはUターン状にまで曲がり、古の方へあらためて向かい始めていた

 

「あれを曲げるアルか!?」

 

 それにすぐ気づいた古だが、かわすことは既に不可能な距離

 

(防御に回れば、後ろからもろに攻撃を受けるアル、だったら……)

 

 古は覚悟を決めそのままクリリンの元へ駆け続けることを選択

 

 当然だがかめはめ波は古に直撃、箇所は背中の中央

 

「うっ、ぐ!」

 

 正面から受けても致命傷を避けられるよう、クリリンはあらかじめかめはめ波の威力を調整してはいた

 

 しかしこの勝負を終わらせるに充分な程の威力は残している

 

 ぶつかった瞬間かめはめ波は四散、古がその場で膝をつくものだとクリリンは予想していたが

 

「……まだアル!」

 

 古は倒れることなく、むしろかめはめ波に押される様にして接近してきた

 

(背中に気を集中させてガードした!?)

 

(咄嗟にやったガ……成功アルな!)

 

「なっ!」

 

 古の足が高々と上がった

 

 虚を突かれ、それはクリリンのアゴに見事に命中

 

 尻餅とまではいかぬものの、大きく体勢を崩したクリリンに

 

「これで、決まりア……」

 

 崩拳を打とうとした古が

 

「うっ、しまた…」

 

「え?」

 

 今度は逆に、クリリンの目の前で膝をつき大きく隙を見せる形になる

 

 その間にクリリンはすぐ体勢を立て直し、立ち上がろうとした古の眼前に拳を出してみせた

 

「これで俺の勝ち、かな」

 

「……ありゃりゃりゃ、ちょとあの攻撃を受け切るのは無茶だたアルかな。フラついてバランス崩したアル」

 

「うむ、勝負ありじゃ!」

 

 日は徐々に傾き、夕方に差し掛かっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味ーーーーーい!こんなに美味いもん、ワシは初めて食べたぞ!」

 

「当たり前ネ、五月の特製アルよ?」

 

 日がほぼ落ちかけた頃になり、一同は夕食ということでテーブルを囲む

 

 あの決着後、一応古の背と足を診ておこうということで(結局怪我らしい怪我はせずに済んでいた)、カメハウス内に入るとちょうど五月が起床

 

 事情を説明すると、不安になったり慌てるようなそぶりをまるで彼女は見せず

 

 元々肝っ玉が座ってるというか、超と色々関わっていたことで非日常系の事象に耐性があったのか

 

 なんにせよ五月も、古と同様この現状を受け入れることが出来た

 

 すると五月が時計を見て、助けていただいたお礼に是非と言って許可をもらい夕食を作るため台所へ

 

 普段この家で食事を作るクリリンが一緒にやろうかとするが、ここは五月に任せるよう古が引きとめて数十分後夕食は完成

 

 結果は先程の通り、一口食べた直後に亀仙人は感激の声をあげた

 

 クリリンは亀仙人ほどオーバーではなかったが、確かに自分のとは比べられないその美味しさに感激し一口一口を噛み締めている

 

 残り物で簡単に作った炒飯と煮物だったが、だからこそ彼女の腕が如実に現れたとも言えた

 

 そうやって食事は進み、落ち着いたところで亀仙人は古の方に話を切り出した

 

「さっちゃんの料理もそうじゃが、古ちゃんの拳法の腕もなかなかのもんじゃったな。時折やっとったあの独特な動きは、向こうの世界のものかの?」

 

「太極拳に八極拳、その他諸々アルかネ。私の母国が誇る自慢の拳法アル」

 

 序盤にクリリンのミスが散見されたとはいえ、彼相手にあの善戦をしたことは亀仙人も大きく買っていた

 

 するとここで、クリリンが何か思い出したのかアッと声を漏らす

 

「そういえばさっきまでの手合わせで有耶無耶になってたけど、結局どうする?」

 

「ん?ここで住むかどうかのことアルか?」

 

「そうそうすっかり忘れてたぜ、どうしてもここが嫌ってんなら俺達の知り合いに声かけて……」

 

「ふっふっふ……もはやそれは愚問というやつアルよ!」

 

 古は箸を持たない左手で拳を作り、先程ではないが気を込めて強く握りしめる

 

 続いて亀仙人とクリリンを交互に見た

 

「武術の神と呼ばれた武天老師(ウーティェンラオシー)とその弟子クリリン、この二人のもとで修行する以外の選択なんて考えられないアル!サツキはどするアルか?」

 

「折角ですし、私も古菲さんとご一緒します」

 

「決まりアルな!よろしくアル二人とも!」

 

 五月の料理を咀嚼中だった亀仙人は、慌ててそれを飲み込む

 

 二人がここに居てくれることが決まり、余程喜んでいるのか声にも如実に出ていた

 

「おおっ、そいつは良かった!こんな美味いもん食わせてもらった次の日から、またクリリンの料理に戻るのかと思っとったら……ううう」

 

「……下手くそで悪ぅございましたね」

 

「んまあ、それはともかくして……一緒に修行というのは確かに悪くないのう、折角じゃし古ちゃんも大会に出てみたらいいかもしれんしな」 

 

「大会!?武道大会やるアルか!?」

 

 テーブルに膝を乗せんばかりに古は身をガバリと乗り出し、ついさっき手合わせを申し込んだ時と同様に目を輝かせた

 

 亀仙人は古の問いに首を縦に動かして答え、続いて簡単にその大会について話す

 

 今から二週間後に行われる武道大会、『天下一大武道会』

 

 全世界から武道家を募る超大規模な大会で、賞金もかなりのもの

 

 クリリンや亀仙人が知ってる範囲でも、クリリンと互角に近い強さを持つ知り合いが一人出場を決めている

 

 腕試し、ではなく賞金目当てという形だがクリリンも出場をつい先日決意

 

 いい機会であるし、修行したいという古の提案に対し亀仙人は肯定的であった

 

 古ちゃんも出てみたいかの?と尋ねた直後、ついに古の両膝がテーブルに乗る

 

「断る理由など何処にも無いアル!クリリン!是非とも合同での修行を頼むネ!」

 

「ま、まあ確かに俺も古の使ってた体術には興味あるけど……」

 

「私もクリリンみたいに気をガンガン上手く使いたいアル!稽古を通じて互いに教え合えば万事解決無問題(モーマンタイ)ヨ!そうアルよね?」

 

「だ……だな、それじゃあよろしく頼むよ」

 

 テーブルの上で両膝をついた古はクリリンのところまで移動、ギョッと驚いたクリリンは慌てて手前の皿を脇に寄せる

 

 古は彼を押しに押し(加えて、あと数センチで物理的にも押してしまいそうな距離まで接近中)、ついに了承へ漕ぎつける

 

 そこから古の行動は早かった

 

 テーブルを猫のように身軽な動きで跳び降り、クリリンの腕を掴んで外へ引く

 

「そうと決まれば早速開始アル!」

 

「は!?」

 

 かれこれ話していた間に、外はすっかり夜

 

 そんなことを古は遠慮するそぶりも見せず、さっきの会話の勢いそのままにクリリンを引っ張り出した

 

「ちょっ、タンマ!そんな急がなくても明日からやれば……」

 

「さっきよりもっと本気出すアルよクリリン!その上で今度こそ私が決めるアル!」

 

 有無を言わさず構えを取って臨戦態勢の古、鋭い眼光は月明かりに照らされたクリリンを真っ直ぐに捉える

 

「いざ!」

 

「はっはっは……こんな光景を見るのも、何年ぶりになるかのう」

 

 亀仙人は自宅の窓から久しぶりに、稽古に勤しむ二人の武道家を眺めた

 




 以上二本で今回分は終了です

 古菲を亀仙流の面々のところにしたのは、主に亀仙人が理由です。武天『老師』や亀仙流という拳法流派がある場所の方が色々と彼女を動かせ易いな、というストーリー構成上楽に進めたいがための理由なんですが。

 次回も2話構成になります、ただ2話とも投稿するかはそれ以降の話の進行ペースにもよりますのでご了承ください。ではでは


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 目覚めた先は巨大企業 出でよ炎の魔人

 サブタイから分かるかと思いますが、今回出るキャラは彼女達です。合計で今日は2本、ではどうぞお楽しみください。


「……どか、のどか」

 

「うーん……ハルナ?」

 

 親友、早乙女ハルナの声を耳にする

 

 自分がいるのは随分とふかふかしたベッドの上、寮の自分の部屋のより断然上質だ

 

 ハルナが横にいて、自分は見知らぬ場所のベッドの上、今分かったのはそれだけ

 

 どんな状況下にいるかも殆ど定かでないまま、宮崎のどかは目を覚ました

 

「ここ……どこ?」

 

 寝ぼけ眼で辺りを見る、やはり知っている場所では無い

 

「私だって訊きたいわよ」

 

 訊いてみたが、あっさり首を横にふられた

 

 ハルナも同様、気がついたらこの部屋のベッドの上

 

 彼女の方が先に目を覚まし、隣で眠るのどかを見つけて起こしたらしい

 

「ここ、麻帆良学園なのかな?もしかして私達、また超さんの道具か何かで……」

 

「とにかく、この部屋から出てみましょ」

 

 寝起きで少々体はだるいが、こんな非常時に甘いことは言っていられない

 

 ベッドから二人は降り、その先で目に入った正面のドアへ歩を進める

 

 開けた瞬間、罠が飛び出すかもわからない

 

 そんな考えが頭をよぎったせいか、のどかはドアへ手を伸ばすのを躊躇った

 

 見かねてハルナが意を決し、自らがドアを開けんとのどかより一歩前へ出たちょうどその時

 

「あら、二人とも目が覚めたのね、よかったー」

 

「「っ!……?」」

 

 反対側から、別の誰かがドアを開けて突如入室

 

 思わず身構える二人、自分らの知人ではない

 

 が、どうも危害を加えんとしてやって来たわけではなさそうだ

 

「ちょっとー、そんなに怖がらなくてもいいってば。……まあ、いきなりこんな状況じゃ仕方ないかもね」

 

「……えっと、どちら様ですか?」

 

 この女性、ブルマはハルナの問いに答えると共に現在に至るまでの過程を話してくれた

 

 簡潔にまとめると、

 ・気分転換に自宅の庭園へ足を運んでみると、そこで三人の少女が倒れていた

 ・とりあえず空いている部屋へ運ぼうとしたら、その内の一人が一足先に目を覚ました

 ・その子から大まかな事情を聞き、その後二人(つまりのどかとハルナ)をこの部屋まで運び込んだ

 

 以上のことをブルマは説明する

 

「あ、ありがとうございます。こんな見ず知らずの私達のこと……」

 

「いいのいいの。そういうわけでその子からあなた達の名前も聞いてるわ、あなたがハルナで、あなたがのどかね」

 

 名前を双方確認し、自己紹介を終えたところでブルマは二人を連れて部屋を出る

 

 のどか達と一緒に現れたもう一人の少女は、ここより下の階の研究室にいるのだという

 

 廊下を進むにつれ、この建物がかなり巨大であることに二人は気付き始めた

 

「自宅兼会社の研究所なのよここ、だから建物としては確かにかなり巨大ね」

 

「へー、研究所……」

 

「しかも本社とは別に建ってるわけですよね……すっごいお金持ち」

 

 三十秒ほど歩くと、一同は鉄製の扉の前に到着

 

「この研究室の中よ。父さん?入るわね」

 

 ノックをし、ブルマはドアを開ける

 

 研究室の中には、ブルマの父親と思わしき白髪の男性と

 

「あ、早乙女さん宮崎さん。起きたんですね」

 

「葉加瀬さん!」

 

「やっぱりハカセか……」

 

 ハカセこと、葉加瀬聡美の姿があった

 

「この子、『この世界の発明品は革命的だ、すばらしい』なんていうから色々見せてあげてるのよ」

 

「葉加瀬さんらしいですね……ってあれ?」

 

 何かブルマの言葉に引っかかった様子ののどか

 

「この世界?」

 

「……あーいっけない、まだ肝心なこと話してなかったわね」 

 

 二人ともよく聞いて、とブルマがあらかじめ言い、続ける

 

「さっき聡美から聞いたこととかを総合すると、あなた達はこの世界の人間じゃないみたいなのよね」

 

「「……」」

 

 一瞬理解できず固まる二人だが、すぐ我に帰る

 

「「え!?」」

 

 そこへ葉加瀬が、地球儀をのどか達の所へ持ってきた

 

「これを見てください」

 

「あれ?日本が無い……」

 

「しかも何この大陸!?全然見たことないんだけど!」

 

 これは本当に地球儀かと疑いをかけるハルナだが、葉加瀬は間違いなく『ここ』の地球儀だと主張する

 

「どうやら私達は超さんのあの光……転移魔法の暴走によってここ、別次元の地球へと飛ばされてしまったようです」

 

 既に二人はネギ達との関わりを通して、魔法や時間渡航といった超常現象を経験済み

 

 故に葉加瀬の言葉は自然と信じることが出来、より一層現状の深刻さの理解は早かった

 

「ネギ先生や夕映は!?それに他のみんなも……」

 

 こののどかの問いに、わかりません、と葉加瀬は答える

 

 此処とはさらに別次元へ飛ばされた可能性もあることを話すと、のどかの両足の力がフッと抜けた

 

 床へ両膝が付こうとしたところで、何とかハルナが腕を伸ばして支える

 

「ちょっ、のどかしっかり!」

 

「そんな……ネギ、先生……夕映……」

 

「大丈夫よのどか」

 

「……ブルマさん?」

 

 ネギや夕映、大切な皆の安否が分からない、確認する術も現状では無い

 

 絶望に打ちひしがれる、まさにその直前ののどかへ声をかけたのはブルマ

 

 のどか達の世界には存在しない、ある不思議なアイテムの名を口にした

 

「ドラゴンボールを使えば、きっとみんな揃って帰れるわ」

 

「え、帰れる?」

 

「そうよ」

 

「ちょっと待ってブルマさん、ドラゴンボールって何です?」

 

 初めてドラゴンボールの名を耳にするのなら、ハルナがしたような質問が出るのは当然

 

 待っていましたとばかりにブルマは解説した

 

 神殿に住む地球の神が作り出した、ドラゴンボールの存在について

 

 それは七つ集めればあらゆる願いを叶えられる物であり、ここにいる三人を含め仲間全員を元の世界へ戻してと願えば良いということ

 

 現在は石になっていて使用不可、ただし三週間後には元に戻ること

 

 最後に、世界中へ飛び散っているそれらを探すためのレーダーの存在をだ

 

 加えてドラゴンボール復活までの三週間、ブルマは三人をここで居候させてやることに決定する

 

 これ以上無いであろう厚意に、同時に二人は頭を下げた

 

「でもその代わりにお願いが一つ……あなた達の魔法、見せてくれないかしら?」

 

「「え!?」」

 

 魔法云々のことは、先に葉加瀬が色々と話してしまったらしい

 

 曰く、ブルマの知り合いにも魔法を使う老婆がいるが、随分と金にがめつく見られる機会が少ないんだとか

 

 泊まり賃と思えばいいかと軽く考え、二人はポケットからカードを取り出した

 

 ネギや夕映ならともかく、二人が出来る『魔法』といえばこのカードしかない

 

「「アデアット」」

 

 呪文を一言、二人は同時に口にする

 

 カードは輝きを放つと同時に、その姿は別物へと変貌

 

 分厚い洋書とクロッキー帳になり、それぞれの両手に収まった

 

「おお!それが魔法のアイテムね!」

 

「私達の世界ではアーティファクトと呼んでます」

 

 そういうとのどかは自身のアーティファクト『いどのえにっき』を開く

 

 本の能力を説明するよりも先に、のどかはブルマへ質問を一つ

 

「えっと……ブルマさん、失礼ですが今お幾つですか?」

 

 のどかがそう尋ねると、本に絵と文章が浮かんできた

 

 絵はフフンと誇らしげな顔をするブルマ、文章は

 

“あら、のどかには何歳くらいに見えたのかしら?実はもう35なんだけどねー”

 

 と書かれていた

 

「35!?」

 

「若っ!」

 

 覗きこんでいたハルナ共々、驚きを露わにする

 

 同様に、現時点でまだ答えを口に出していなかったブルマも驚きの表情を見せた

 

 いどのえにっきの能力は、相手の表層意識を読み取るいわば読心術

 

 そのことをのどかが簡単に説明すると、次はハルナのクロッキー帳に目が向けられる

 

 先程は説明を省いたが、ハルナのカードからはクロッキー帳の他にもアイテムが出現

 

 ベレー帽とエプロン、さらには羽ペンが装備されていた

 

「私のはこのペンを使ってですね……えっと、何描こうかな」

 

 ハルナは早速羽ペンで、クロッキー帳に何を描くかと思案する

 

 今いる場所が場所のため、あまり大きなものは描けない

 

 適当に研究室内の物でも模写してみるかと、ふと後ろを振り返る

 

「ブルマさんこんにちわー、遊びに来ました」

 

 目に入ったのは、宙に浮くネコ(?)のような小動物だった

 

「あれ?初めて見ますねこの子達、ブルマさんのお知り合……」

 

「え!?何この喋るネコちゃん!?」

 

「ふえっ!?」

 

 ハルナの手が咄嗟に伸び、ネコ(?)の両脇を掴んで引き寄せて手元へ

 

 続いて、何か機械仕掛けであることを疑っているのか身体のあちこちを触りだす

 

「あひゃっ、く、くすぐったいですやめてくださいーー!」

 

「うーん、何にも無い……やっぱりカモくんみたいに、こっちの世界にも喋る動物がいるってことかしら」

 

「た、助けてヤムチャ様ー!」

 

「おーいブルマ、重力室貸してく……プーアル!?」

 

 それに数秒遅れ、ヤムチャと呼ばれた男性が研究室へと入ってきた

 

 身につけているのは山吹色の道着、知り合いの古のように武道でもやっているのか

 

 そして顔、頬に数ヵ所傷跡が見られたが、なかなかどうして男前な顔立ちだ

 

 こうしてハルナの興味がヤムチャの方へ逸れた隙をつき、プーアルは彼女の手から抜け出しヤムチャへと飛びついた

 

「ヤムチャ様ー!」

 

「ど、どうしたんだプーアル……それになんだか、見知らぬ顔が幾つかいるみたいだが」

 

 プーアルを捕まえていたハルナは当然として、その周辺を見れば他にも初対面の少女が二人で合計三人

 

 ハルナ達からしてもヤムチャのことは何一つ知らない、この人誰ですとブルマに訪ねたのはやはりハルナ

 

「私の古い友人でヤムチャっていうの、一応武道家よ」

 

「一応って何だよ一応って……っていうか、そっちこそ誰なんだ?」

 

「あ、ごめんヤムチャ。彼女達は……」

 

 ブルマはヤムチャにこれまでの経緯を簡潔に説明し、情報を共有

 

 ヤムチャも同じく信じてくれ、これまた同じく魔法のことにも興味を持った模様

 

 俺にも見せてくれよ、こう頼むヤムチャを拒む理由は別段ハルナには無かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の魔法を見せるなら、狭い研究室ではなくやはり広い別の場所の方がいいだろう

 

 そう考えたハルナはブルマに広い場所は無いかと訊いてみると、敷地内にある庭園に案内された

 

 始めにハルナ達が倒れていた場所で、確かに個人の所有物としては普通でない大きさ

 

「ここでいい?ハルナ」

 

「OKです!それじゃあ……」

 

 ハルナは羽ペンをクロッキー帳に伸ばす

 

 折角だ、新作でも即興で描いてみるか

 

 そう思い立ったハルナは、頭の中で思い浮かべたイメージを一気に描き出した

 

 描く直前目にしたのはヤムチャ

 

 武道家の称号は伊達ではなく、相当鍛えているようで腕や胸の筋肉がかなり隆々としている

 

 これがハルナの中で強い印象だったのか、描かれたのは筋肉隆々な巨人型モンスター

 

 それだけでは味気ないので、何か属性的なものを追加しようと炎を追加

 

 あとはアクセントに二本の角を頭から飛び出させ、黒の紋様を身体や顔につけ完成

 

 名前もパッと浮かび出た、あとはその名を叫ぶだけ

 

落書帝国(インペリウム・グラフィケース)!出でよ、炎の魔人(インフェルノ・アニキ)!」

 

 クロッキー帳は激しく光りだし、そこから文字通り炎の魔人が飛び出した



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 見つけた絶好の相手 これぞゴーレム修行法

「出でよ、炎の魔人(インフェルノ・アニキ)!」

 

「ファファファファファファ!」

 

 クロッキー帳から、輝きと共に真紅の魔人が出現した

 

 魔人と名付けるだけあって迫力は十分

 

 全身に紅いオーラを漂わせ、隆々とした胸板の前で両腕を組んで不気味な笑い声をあげる

 

 ヤムチャ、ブルマ共々、これはかなり予想の斜め上をいっていた模様

 

「す、すげー……」

 

「描いた絵を実体化させる能力ってこと?ハルナ」

 

「そうです、やろうと思えばブルマさんそっくりのゴーレムだって作れますよ」

 

 ブルマは感心し、同時にすぐ近くにいたプーアルを見やる

 

 つまりハルナの力は、作りたい物を自由に作り出す能力

 

 彼と似ていると思ったのだろう、ポツリと呟いた

 

「へー、ひょっとしたらプーアルの変身能力よりも凄いのかもね」

 

「なっ!?し、失礼な!」

 

 その昔盗賊家業を営んでいたヤムチャ、その頃からの彼の唯一無二の相棒がプーアルだ

 

 南部変身幼稚園出身のプーアルには、最近は披露することが少なくなったがある能力がある

 

「僕だってこのくらい!やあっ!」

 

 ボワンと煙のようなものが、プーアルの掛け声と同時に一瞬出現

 

 晴れた煙の中には、元のプーアルの姿は無い

 

「お、それやるの久々だなプーアル」

 

「えっへん、どうです!」

 

 『変身能力』

 

 現在のプーアルは、炎の魔人(インフェルノ・アニキ)の姿を模したものとなっていた

 

 身体の大きさまで同じほどにまで膨れ上がり、本物と正面から向かい合う

 

 炎の魔人(インフェルノ・アニキ)が二体も並ぶ壮絶な光景

 

 になる筈なのだが、どこかこの図には不協和音が存在していた

 

「……かわいい」

 

 理由は、のどかが漏らしたこの言葉が全て

 

 オリジナルとプーアル版、両者の決定的な違いがそれ

 

 オリジナルの顔→ギラギラした黒目、ゴツリとした鼻、横長に大きく開かれた口

 

 プーアル版の顔→まんまるお目目、小さく殆ど目立たない鼻、まんまるお口

 

 つまりプーアル版は、顔のパーツがそのままプーアル

 

 さらに言えば筋肉隆々のボディも完全再現は出来ておらず、どことなく柔らかい丸みが散見

 

「ふぁふぁふぁふぁふぁふぁ!」

 

 真似して笑い声をあげてもみるが、当然声も元のまま

 

 迫力という物は微塵として感じられず、この場にいた者全員が思わず心の内で呟いた

 

 あ、かわいい と

 

「ファッファッファッファッファッファ!」

 

「ふえええっ!?」

 

 ただし例外が一人、というより一体、それは炎の魔人(インフェルノ・アニキ)

 

 対抗してプーアルのすぐ近くまで顔を近づけ大笑いをし、ビビらせ変身を解除させる

 

 プーアル完全敗北の瞬間だった

 

「ヤムチャ様ー!」

 

 ヤムチャは自分に飛びつくプーアルを、身体と両腕で受け止める

 

 よしよしと頭を数度撫でた後、自身より遥かに巨漢な魔人の顔を見上げた

 

 ヤムチャにはちょっと、気になることがあった

 

「……ハルナ、こいつって実際に敵と戦わせたりできるのか?」

 

「え?まあ戦闘用ゴーレムってイメ-ジで作りましたから、結構な戦闘力はあると思いますけど」

 

 やはりか、とヤムチャは納得する

 

 先程から、炎の魔人(インフェルノ・アニキ)からピリピリと感じてくるものがあった

 

 過去に強敵から感じた『気』のようで、どこか違うもの

 

 ハルナはこのゴーレムを魔法の一種として呼び出していた

 

 そのためヤムチャはこれを自身の中で『魔力』と名付けて思考を進める

 

(今感じる魔力の大きさが向こうの基準だとどれくらいかはまだ判断出来んわけだが……かなりでかいよな)

 

 少なくともあの力が戦闘に発揮された場合、ハルナの言うとおり結構な戦闘力、それこそ常人相手ではまず無双を誇るのではなかろうか

 

 問題はその無双が、どれくらいの相手にまで及ぶかどうか

 

 もとより、本日ここへ足を運んだのはある大会に向けての修行目的

 

「……ハルナ、だったな。ちょっとこいつで俺に攻撃してみてくれ」

 

「え!?」

 

 試して損は無かろうと、ヤムチャはハルナへ提案した

 

 まだヤムチャの実力の一片すら見たことが無いハルナは多少躊躇するが、心配いらんと本人に言われては断りようが無く

 

「……ほんとにいいんですか?」

 

「ああ、どんとこい」

 

 決行

 

 ヤムチャはブルマとプーアルを自身から離れさせ、右掌をスッと胸の前まで上げて的を作る

 

 ここにパンチしろ、ということだろう

 

「どれくらいの力があるのか興味があるんでな、全力で攻撃してみてくれ」

 

「……本当に大丈夫なんですよね?」

 

「だから心配ないって」

 

「じゃあ……攻撃」

 

 躊躇いをやや見せつつも、攻撃を指示

 

 ハルナがヤムチャに指をさすと、炎の魔人(インフェルノ・アニキ)は大きく振りかぶって右ストレートを放つ

 

「ふんっ!」

 

 ヤムチャはそれを右手で受け止め、続いて両足を地面へ強く踏み込ませた

 

「うおおおっ!」

 

 予想以上のパワー、始めはそれほど構えておらず対応が僅かに遅れる

 

 その場に踏みとどまれず、下の芝生を削りながら後退

 

 右掌と両足への気の充填が追いつき、動きが止まったのは三メートルほど動いた後であった

 

 ハルナの指示で魔人は拳を引き、ヤムチャは攻撃を受け止めた右掌を見やる

 

 炎を冠する魔人だけあってその拳には炎が宿っており、気で防ぎきる前に少々火傷を負ってしまったようだ

 

 もっともそれ自体に対して痛みは無く、おそらくヤムチャの治癒力ならば数日で回復するだろう

 

 むしろ、あたりをつけていたよりもパワーが強大だったことに今は感心している

 

「そのゴーレム、思ったよりやるじゃないか」

 

「でしょ?私もこのアーティファクト気に入っちゃってるんです」

 

 絵の上手さ、更には創造力によって幾らでも強さを発揮できるアイテム

 

 これほど自分にピッタリなものも無いだろう、手に入れた当初ハルナもそう思ったものだ

 

 そして、ヤムチャはあることを考え始める

 

 目にしたゴーレムは目の前の一体だけだが、即興であれ程のものを描きあげたということはハルナの画力は相当の物

 

 つまり頼みさえすれば、幾らでも色々な物を描いてもらえるのではないか

 

 そう、例えば修行相手

 

 二週間後に控えた、天下一大武道会に向けての修行相手を

 

「ブルマ、この子達お前の家で居候させるのか?」

 

「ええ、そのつもりだけど」

 

「……ハルナ、ちょっと頼まれてくれないか?」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いな、こんなこといきなり頼んで」

 

「別にいいですよ、三週間もあそこでゴロゴロしてるだけってのも退屈ですし」

 

 ハルナ達がいた大都市、西の都から数十キロ離れた先にある荒野

 

 周囲は開けていて人通りは殆どなく、修行にはもってこいの場所

 

 そこに現在、ヤムチャとハルナの二人が立っていた

 

「ハカセは研究所の中に缶詰、のどかはこの世界の本に興味津津……私だってこの異世界を楽しみたいので」

 

 ハルナはヤムチャと会話しながらも、そちらへ目を向けているのはほんの数瞬

 

 主な視線の先は左手に持つクロッキー帳

 

 右手には羽ペンを持ち、凄まじい速度で一体の人物像を描き出している

 

「それで必殺技が、手からエネルギー波を飛ばす『かめはめ波』と、自在にエネルギー球を動かせる『繰気弾』と、えっと……」

 

「『狼牙風風拳』だ。こう、両手を狼に模した感じで連続攻撃をだな……」

 

「あーはいはいOKですからあんまし動かないでくださいね……っと、まあこんなもんですか」

 

 最後にページの端に幾らか書き込みをし、作業完了

 

 ハルナは息を吐き、面を上げてヤムチャと完全に目を合わせた

 

「言っときますけど、実力の完全再現は無理ですからね?」

 

「わかってるわかってる、それでも充分修行になるから問題ねえよ。早く出してみてくれ」

 

「はいはい……」

 

 ハルナはクロッキー帳を持ち替え、絵が描かれた面をヤムチャへと向ける

 

「出でよ!パル様戦闘ゴーレムNO.3……荒野のハイエナ ヤムチャ!」

 

 炎の魔人(インフェルノ・アニキ)の時と同様、ページ部分から迸る光

 

 そこから飛び出した一体のゴーレムが、ヤムチャと対峙した

 

 ハルナが呼んだ名の通り、そのゴーレムは正にヤムチャそのもの

 

 本人からすればまるで鏡を見ているようなほどの再現度

 

「それじゃヤムチャゴーレム、しっかりヤムチャさんの相手してね」

 

「ふっ、お遊びはいい加減にしろってとこを見せてやるぜ」

 

「うおっ!声まで出るのか!?」

 

 上から、ハルナ、ヤムチャゴーレム、ヤムチャの順

 

 ゴーレムには書き込みによって声の付加も可能、そっくりな声色で台詞を言い放ったヤムチャゴーレムにヤムチャが驚くのも無理はない

 

 想像以上の出来に思わず舌を巻くが、このゴーレムを作らせたのはそうやって驚くためではない

 

「最初に技の説明はしたが……本当にこいつ使えるんだよな?」

 

「説明書によれば可能みたいです、私が考えた以外の技ってのは初めてなんですけど」

 

 ヤムチャは構えをとる、ヤムチャゴーレムも全く同じ構え

 

「はいやーーーーー!」

 

 先に飛び出したのは、ヤムチャゴーレム

 

 それを受けてヤムチャも飛び出した

 

 中央で交錯、両者の拳が狭い空間内で乱舞する

 

(はっはっは!どうだクリリン、お前にはこんな都合のいい修行相手はいまい!勝てる、勝てるぞ!勝って優勝賞金1億ゼニーは俺のも……)

 

 ヤムチャゴーレムの拳が、隙をついてヤムチャの頬を抉った

 

「ぐべええっ!」

 

「ヤ、ヤムチャさーん!」

 

 この時、ハルナは思ってもみなかっただろう

 

 自身のゴーレムの存在が、ヤムチャの練習相手だけに終わることは決してなかったということを

 

 それを知るのは、もう少し後の話である




 二本目遅くなって済みません、今回の投票は以上となります。

 一応次回分でストック切れになるので、今晩と明日はさらに頑張って書き進めます。ではでは


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 え、悪魔!?ここは砂漠のど真ん中

 今回の話は2話構成なんですが、書き溜めのストックの関係上今日は一本だけということで。
 加えて今回はDBの原作初期、いわゆるアニメ無印版のキャラが多数登場します、あまり詳しくない方すみません。


「朝倉さん!夕映さん!お願いですから起きてください!大変なんですよー!」

 

 相坂さよ

 

 3―A幽霊生徒の彼女は、必死になってクラスメイト二人を起こそうと奮起していた

 

 二人より先に覚醒したさよは、目の前の事態に驚愕

 

 辺りは砂漠、気絶する直前までいた麻帆良の欠片すら無し

 

 周囲の様子を見に行こうかとも考えたが、二人を置いていくことはまず出来ない

 

 幽霊であるため手を触れること、例えば担いで一緒に移動したり、肩を揺すって起こすといった行動も不可

 

 仕方なしに声を荒げ、それで目を覚ましてくれることを願うしかなかった

 

 だが、かれこれそうやって十分近く経過

 

 そもそも元の世界で彼女の声を聞きとれる者は殆どおらず、例外は片手で数えられる程度

 

 二人の内の一人、朝倉和美はその数少ない例外なわけだが、気絶しているとなるとそれも厳しい

 

 空からは太陽が照りつけ、二人の身体からは汗が流れ続ける

 

 加えて呼吸がやや乱れ始めたのにさよが気付いたのは、呼びかけ続けるのに少し疲れて一旦休憩した時だった

 

「ああっ、た、大変です!このままじゃ二人が、えっと……そ、そう!熱中症になっちゃいます!」

 

 より事態が深刻であるのを確信し、さよは慌てて周囲を見渡す

 

 熱中症の対策として彼女が真っ先に浮かんだのは、『水を飲ませる』

 

 しかし辺りにどこか水場は無いのかと必死になってから数十秒後、自身の身体では彼女らに水を飲ませることが出来ないことに気付く

 

 同様に、『日陰に移動』させたり『氷を当てて体温を下げ』たりも不可

 

 八方ふさがり、彼女の焦りは頂点に達しようとしていた

 

「どどどどどど、どうしたら、どうしたら……朝倉さんお願いだから起きてくださーい!」

 

 『助けを呼びに行く』のも、自分を認知出来る者がまずいないであろうことを考えたら可能性は絶望的

 

 故にこうして、二人が目を覚ますのを信じて呼び続けるしかない

 

 そうさよは考えていた

 

「朝倉さん起き……?」

 

 彼が飛来してくるその瞬間までは、だ

 

 彼女も最初は何がなんだか分からなかった

 

 頭上に影が出来、ゆっくりと接近

 

 鳥か、飛行機か、そう考えたもしたがどちらでもない

 

 全身が黒色で頭に角、背には羽

 

 そんな悪魔のような外見をした生物が、自分達のすぐ側に降り立った

 

「まったく、婆さんの言うことは外れねえなぁ……ほんとにこんな砂漠のど真ん中にいやがった」

 

 彼は目の前で倒れている二人、綾瀬夕映と朝倉和美を一瞥

 

 続いて膝を折り、両手をそれぞれの身体へと伸ばして軽々と担ぎ上げる

 

 突然のことで思わず固まっていたさよ、ここでようやく我に返って止めに入った

 

「や、やめてください!夕映さんも朝倉さんも、その、食べてもきっと美味しくありませんから!」

 

 とっさに浮かんだ止め文句がこれ

 

 さらに、止めたところで向こうは聞こえてないんだから意味が無い、と言った後に気付く

 

 そう、普通ならさよの声は大抵の者は耳にすることは出来ない

 

 よほど『普通でない者』でない限りは、だ

 

「あのな、俺は別に人食いの趣味なんかねえよ」

 

「……あれ?」

 

 目が合い、返事をされた

 

 普通に自分と会話してきたことに信じられず、さよは再び開口

 

「私のこと、見えてるんですか?それに……聞こえて」

 

「嬢ちゃん以外に誰がいんだよ。んでこの二人、知り合いか?」

 

「え、あ、はい。同じ学校のクラスメイトで……」

 

「ここを西に少し行くと知り合いの婆さんがいる、とりあえずそこへこいつら運ぶぜ」

 

「えと、あの、その……」

 

「幽霊なら飛ぶなりなんなりしてさっさとついてこい!」

 

「は、はいいぃっ!」

 

 彼は羽をバサリと鳴らし、再度飛翔

 

 さよはあわあわと困惑してその場から動けなかったが、一喝され後を追った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え!?占ったって、その今乗ってる水晶玉で!?」

 

「そうじゃ。でなきゃお主たち今頃おっ死んどったぞ、感謝せい」

 

 占いババの館、今夕映達三人がいる建物のことを人はそう呼ぶ

 

 運び込まれた後、夕映と朝倉は程なくして回復

 

 水を幾杯か喉へ通した後、さよから事の次第を聞いた

 

 その後、タイミングを見計らったようにこの建物の主人である占いババが入室

 

 身長は三人の中で一番小柄である夕映よりもうんと低く、全身黒色の服装に三角帽子と、魔女を思わせる容貌

 

 更にはその『魔女』を裏付けるかのように、こちらへの移動手段は徒歩でなく水晶玉

 

 身の丈の半分以上の大きさはまずあるその玉はフワリと宙に浮いており、そこの上へ正座した状態で占いババはやってきた

 

 今はちょうど、夕映達が砂漠に出現した経緯を含めて情報交換の最中

 

「にしてもよ婆さん、他の星やあの世とかならともかく、別次元の地球から来たっていうのはちょっと話が飛躍しすぎじゃねえのか?」

 

「別にありえん話じゃなかろうて、アックマン」

 

 ちなみに現在部屋にいるのは合計五名

 

 夕映達三人に占いババ、そして夕映達を此処まで連れてきた張本人の彼

 

 名をアックマンといい、占いババとは少なからず縁が深い人物である

 

 目覚めた当初夕映達は彼の容姿に驚くが、おそらく悪い人ではないと把握していたさよがすぐに説明

 

 そのまま、占いババの入室後もなし崩し的に会話に加わっていた

 

「娘らが話す『地球』とワシ達が知るこの『地球』、本質的なところは変わらんが肝心の中身がまるでチグハグじゃ。それに、『太陽系第三惑星』なんてもんがこの宇宙に二つもあると思うかの?」

 

「記憶を弄られたって可能性もあんだろ、何の意味があってされたかは知らねえが」

 

「それも無い。部屋に入った時パッと三人を見たが、そんな形跡は残っとらんかったわい」

 

「あの、すみません……」

 

 とは言っても互いに情報を出し尽くした後、つまり考察のところまで段階が進むと喋っていたのは殆ど占いババとアックマン

 

 こちらの入る余地がなかなか無く、見かねて夕映が二人の間に入り込んだ

 

 すると占いババは何かを思い出したようで、顔を彼女の方へ向け距離を詰める

 

「おっと、そうじゃそうじゃ忘れとったわい。ほれ」

 

「え?」

 

 続けてシワだらけの右手をパーにし、掌を上にして夕映のすぐ目の前まで差し出した

 

「金、じゃ。居場所占って助けまで寄越したんじゃから当然じゃろ」

 

「……はい?」

 

 先程の情報交換で既に判明していたことだが、元いた地球と今いる地球とでは通貨が異なる

 

 元いた地球では国ごとにバラバラで、例えば日本だと円

 

 今いる地球では地球全体で統一、単位はゼニー

 

 1円=1ゼニーくらいの価値とみて良さそうであるが、当然夕映や朝倉の持つ円は此処では役に立たない

 

「わしの占い料は高いぞ?一回一千万ゼニーじゃ。まあ特別に割り引いたとしても……何?金が無い?しょうがないのう……」

 

 どうも占いババは、夕映達を連れて来させた時点でこうしようと決めていたと見える

 

「超特別サービスじゃ、この館の二週間のタダ働きで勘弁してやるか。のう?アックマン」

 

「……婆さんの好きにすりゃあいいだろ」

 

「あのさ、夕映っち。これってば一体……」

 

「……断る材料がこちらに無い以上、従うしかないでしょうね」

 

 諦めた様子で、夕映は息を吐いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋を出る前に時計を見ると、午前十時前

 

 こちらへ飛ばされる直前は日も沈んで夜だったのだが、眠気は特に感じず身体は普通に動く

 

 現在、綾瀬夕映は一人で館の奥にある書庫にいた

 

 占いババに命じられた、まず最初の仕事は掃除

 

 装備は雑巾一枚、ハタキ一本にハンカチ一枚

 

 あまり整理されて、というより人が入ってすらいなかったか、埃が溢れ返るその書庫内で彼女はハンカチ片手にハタキを振るう

 

 脚立を上って本棚の最上部をパタパタとはたくと、これでもかと埃が飛び出し顔面へ降りかかった

 

 ハンカチで口元を覆っていたが防ぎきれず、むせ返る

 

「げほっ、ごほっごほっ……ううう、これはあまりにも酷いです」

 

 『一先ず本や棚にかかっている埃を全部落とした後、床に落ちたそれを雑巾で拭いて掃除終了』

 

 という考えでもってかれこれ十数分右手を動かし続けたが、まだ半分と終わらない

 

 未だ埃にむせながらも脚立を下り、次のポイントへ移動する

 

「しかし、個人でこんなに大量の本を所有しているとは……おや?」

 

 その最中、ふと一冊の本が目に入って立ち止った

 

 そういえば、この世界の書物はどのようなものがあるかまだ知らない

 

 著者・作者は一人として元いた地球と同じ人物はいない、ならば本も然り

 

 図書館探検部部員、綾瀬夕映はその本へ自然と手を伸ばす

 

 背表紙の文字は大半が掠れていたが、唯一『MAGI』という部分だけは読みとれた

 

 目に入った理由はそれ、MAGIとはラテン語で『魔法使い』の属格の意味を持つ

 

 棚から抜き取って表紙を見ると、やはり自分でも読めそうな言語で書かれている

 

 元々、この掃除に時間制限は設けられていない

 

「……ま、ゆっくりやればいいですよね」

 

 夕映はページに手をかけ、パラリとまずは一ページ目をめくった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっへっへっへ」

 

「ぎゃああああああ!ま、まいったーー!」

 

 所変わって館の外、一人の男が叫び声をあげる

 

 服装を見る限り、何かしらの武術経験者だろう

 

 その男に一体の怪物がしがみつき、牙を肩に突き立て血をすすっていた

 

「ちっ、もう終わりか……ほらよ、御馳走さん」

 

「ひえええええっ!」

 

 怪物はギブアップ宣言を受け、男を開放

 

 情けない声を漏らしながら、男は白いタイルの床で出来た舞台から外へと走り出る

 

 その男の姿を見て、彼の知り合いであろう別の男が意気揚々と舞台へと上がった

 

「くそおおっ!今度は俺が相手だー!」

 

「ケケケケ、今度はさっきの奴より吸わせてくれよ?」

 

 そして、試合開始

 

 この様子を、占いババは楽しそうに観戦

 

 更には占いババ含めた全体の様子を、館の中からさよ達は眺めていた

 

「あわわわわ、大変です……さっきの人、あんなに血を吸われちゃって……」

 

「ん?平気平気、ちゃんとあいつは加減して吸ってるからよ」

 

「それにしても準備0で来たんだなあの人達、こりゃ僕の出番は無さそうだ」

 

 そこらの一般人が見れば、眺めているのは一人だけに見えるだろう

 

 全身包帯でグルグル巻きになっている巨漢、その名もミイラくん

 

 しかし実は、その場所には更に二人いる

 

 一人は言うまでも無く、幽霊相坂さよ

 

「あの……本当に透明なんですね、私最初はてっきり手品か何かかと」

 

「アハハハ、別にいいよ。あ、話しづらいならサングラスとマスクでも掛けとこうか?」

 

 そしてもう一人、透明人間のスケさん

 

 幽霊のさよでさえ目視不可な彼だが、ちゃんと実体そのものはあり彼女の横に立っていた

 

「いえ、大丈夫ですお構いなく……占いババさんって、ああいうのがお好きなんですか?」

 

「まあね」

 

 前述の通り、占いババの占い料金はとんでもなく巨額である

 

 となると占ってもらいにやって来るのは一部の金持ちばかり、いつの日からかそれだけではつまらないと考え始めたらしい

 

 その結果がこれ、占いババが用意した戦士達との団体戦だ

 

 五対五の勝ち抜き戦で勝利すれば、一千万ゼニーの占い料はタダ

 

 これを始めてから、館への来客は倍増した

 

 とはいっても、そう易々と占ってやるほど占いババも甘くは無い

 

 用意する戦士は毎回強者揃い、並の格闘家相手ではまず負けない強さを誇る

 

 その証拠の一つとして現在先鋒で戦っている彼、ドラキュラマン

 

 得意の吸血攻撃であっという間に三人抜きを果たし、既に四人目と対戦していた

 

 血を毎回吸っているためか疲れは無く、またも機敏な動きで四人目の男を翻弄する

 

 もう勝負の行方は知れたもの、そう思ったのかミイラくんはいつのまにか館の奥へと消えていた

 

「とは言っても、今まで五人抜きをした人なんてほぼゼロさ。僕が知ってるだけでも一組だけだね」

 

「へー、凄いんですねその人達」

 

 その間に、またも悲鳴が一つ

 

 それはドラキュラマンの勝利宣告にほぼ等しく、すぐさま五人目が出てきたが結果は同じ

 

 向こうのあまりの不甲斐なさに占いババは罵声を幾つも浴びせ、試合場から不満そうな顔をして館の中へと戻って来た

 

 その後ろにはドラキュラマン、沢山の血を吸えたためか占いババとは対照的にかなり満足気だ

 

 さらにその後ろには朝倉和美、先程まであった来客の行列を整理する仕事を命じられていた

 

「おいスケ、そこにいんだろ?今日はもう終いらしいから、奥行って酒飲もうぜ」

 

 ということらしく、ドラキュラマンはスケを伴い館の奥へ

 

 占いババは朝倉へ新たな仕事、現在夕映がいる所とは別の部屋の清掃を命じる

 

 サボるでないぞと最後に釘を刺した後、占いババはさよの方へと振り返った

 

 占いババもアックマン達同様、さよの目視をさも当然のように行っている

 

 というより、現在この館内でさよの目視がまともに出来ないのは夕映一人のみ

 

 朝倉と占いババ以外は全員お化けまたはそれに似た類の人外であり、占いババも齢500を超えておりある意味人外と言えないことも無い

 

「さて、と。そろそろいい加減お主にも何か働いてもらいたいんじゃが……この館内じゃ出来ることが無いからのう、見事に透けとるし」

 

「うっ、すみません……」

 

「というわけで、今からちょっと付き合え」

 

「?」

 

 朝倉と夕映は現在掃除仕事、そんな中さよだけが仕事をしていない

 

 というのもさよが幽霊であるため実体が無く、何かを持ったり運んだりということが出来ないのだ

 

 さっきまでは一応『対戦の順番待ちをしているミイラくん達の話し相手』という名目であの場所に居させていたのだが、正直仕事と言っていいのかかなり怪しいレベル

 

 そこで占いババ、さよにでも出来る仕事を思いつき、占い稼業を途中で切り上げた

 

「あの、私にも出来るお仕事って……」

 

「お主、地縛霊ということはまだ会ったことがないんじゃろ?」

 

 自分の近くに寄るようさよに命じ

 

「誰にですか?」

 

「閻魔じゃよ、閻魔」

 

「ええっ!?」

 

 二人はその場から、一瞬で消えた

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 今の私に出来ること 綾瀬夕映の固い決意

「夕映さぁ~ん、晩御飯はどうですか~?」

 

「もうじき終わるです、もう占いババさんはお帰りに?」

 

「いえ、けどもう少しだと思いますので~」

 

 占いババの館は、占いババの仕事場兼居住地だ

 

 故に中には食事のための大部屋、それに隣する形で厨房もある

 

 掃除を終えた夕映が次に命じられた仕事は、今晩の食事の支度

 

 館の主である占いババは現在外出中

 

 出かけるにあたり、あらかじめ自身の付き人であるオバケにこう言っておいた

 

『あいつらの掃除が終わったら、わしが帰るまでに晩飯を全員分作っておくよう言っておけ』

 

 それを受けて夕映は厨房に入り、現在に至る

 

「けどあの世かー、さよちゃん大丈夫かな……」

 

「ん?どうしたです朝倉さん?」

 

 ちなみに、この支度には夕映にやや遅れて朝倉も合流済み

 

 自由に使っていいと言われた冷蔵庫の中身を夕映が次々と調理し、朝倉がそれを盛り付けるという段取りだ

 

 どうやら本日は格闘場の戦士達も一緒に食べるらしく、都合十人分ほどの皿を食器棚から出していた

 

「いや、何かあのオバケから聞いたんだけどさ、さよちゃんババさんと一緒にあの世の閻魔大王のとこに行ったらしいんだよ」

 

「はあ……まあオバケを従えてるくらいですし、『あの世とこの世とを自由に行き来できる能力』があの方にあったとしても今更そこまで驚きませんがね」

 

「それでさ、もしうっかり間違えて他の人と一緒に裁かれちゃったりしたら……なーんて考えちゃってね」

 

「……あんまりシャレにならない冗談はやめてくださいです」

 

 頭に天使の輪を浮かべ、両手を組みながら目を閉じ昇天する相坂さよ

 

 そんな図が容易に想像できた夕映は、思わず包丁を持つ手を止める

 

「ごめんごめん、けど凄いよねババさん。水晶玉使って宙に浮いたり占ったり、更にはさよちゃん連れてあの世までパッと一瞬でだよ?あ、それと主菜の盛り付けもう終わったよ」

 

「なら飲み物の準備をお願いします。オバケさん、そっちの棚にワインがあったんですが出しても大丈夫ですか?」

 

「はい、占いババ様のお気に入りは別の場所に保管してありますので。とりあえず二本ほど用意しておけば問題ないかと」

 

「では朝倉さん」

 

「りょうかーい」

 

 朝倉は棚の方に駆け寄り、並べられたワインに手を伸ばす

 

 ラベルを見たところで選べるはずもなく、手前にあったのから二本を適当に取り出した

 

「まあ最後のはともかく、前の二つは私達の世界の定義では正真正銘の『魔法』ですね」

 

 夕映も止めていた手を再び動かし始め、元々大詰めだったこともあり一分ほどで野菜サラダの材料の残りを切り終える

 

「朝倉さん、私もやりますのでワインを置いたら一緒にサラダの盛り付けお願いします」

 

「今置いてきたよー、そういえば夕映っちもちょっぴり魔法使えるんだよね」

 

「はい、とはいっても本当にまだ初歩の初歩ですが。現に麻帆良祭ではアーティファクト頼りで、未だに自衛の手段も持てていないです」

 

 まな板のみじん切りキャベツをボウルに空け、そこからそれぞれの分の皿に少量づつ乗せる

 

「とりあえずここに二週間は置いてもらえるけどさ、その間も練習は続けるの?」

 

「時間が取れるならやはりしておきたいですね。ネギ先生達の行方も気になりますし、この世界をあてもなく探して回るのでしたら少しでも実力をつけておかないと」

 

 続いて先に切っておいた別のボウルの野菜も、順に皿の外側から円を描くように盛り付けていく

 

「そうだよね、ネギ君達も無事だといいんだけど……」

 

(ただ、初心者同然の私が二週間やそこらで身に付けられることはたかが知れているです。魔法辞典である私のアーティファクトがあるとはいえ、やはり厳しすぎます) 

 

 最後にあらかじめ用意していたドレッシングを、入れ物を振ったのち全体にかけて完成である

 

「よっしできたー、それじゃ隣の大部屋に運んでいこっか」

 

(『みんなの居場所の特定手段』と『移動手段』、探そうと思えば最低でもこの二つが無ければ話になりません。そしてそれらを私一人の力で二週間の間に会得することは……到底無理です)

 

「……夕映っち?」

 

(特定手段と移動手段……占う、飛ぶ……)

 

「夕映っちってば!」

 

「っ!す、すみません朝倉さん、ちょっと考え事をしていたです」

 

 夕映の目の前には、両手にサラダの皿を持ちやや呆れ顔を見せる朝倉がいた

 

 いつまでたっても動かないことに業を煮やし、少々強めに呼ばれたことでようやく夕映は彼女に気が付く

 

「用意出来てなかったらババさんなんて言うか分かんないよー?下手したら、ただ働き一週間延長!なんてことも……」

 

「い、急ぎましょう!」

 

 慌てて夕映は目の前のサラダを手に取り、朝倉より先に厨房を飛び出す

 

 占いババがさよを伴って帰宅したのは、最後の一皿を並べ終えてから一分も経たないギリギリの時間だった 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしてもビックリしましたー。あの世ってああなってたんですねー」

 

「どんなだったの?さよちゃん」

 

 占いババの帰宅後、一同は長テーブルを囲んで夕食をとっていた

 

 夕映達の料理はまあまあの出来だったのか、占いババは褒めこそしないが文句も言わず黙々と口に運んでいる

 

「閻魔のおじ様は初め怖いなぁーって思ったんですけど、話してたらとっても優しい方だったんですよ」

 

 ちなみにさよは食べられないので、席につくだけついてみんなと話しているだけである

 

 さよの隣にいる朝倉は、彼女のあの世での土産話に耳を傾けていた

 

「ちなみにさ、その閻魔様ってのはやっぱり閻魔帳と杓持って裁いてたりとかしてたわけ?」

 

「んーと、ノートらしきものは持ってましたけど杓ではなく木槌でしたね、裁判所の偉い人が使うような。それと周りも働いてた鬼さんもなんですが、全員ネクタイにスーツで真面目な感じでした」

 

「え、なにその現代的職場」

 

「……」

 

 イメージとかけ離れた内容に唖然とする朝倉、元いた世界では古くから伝わる神格だったためそうなってしまうのも無理はないか

 

 一方で夕映は初めに数口食べてからどうも箸の進みが遅く、どこか心此処にあらずといった様子

 

「あ、ごめん夕映っち。さよちゃんの話しならご飯の後にまとめて私が……って、おーい」

 

 会話に入ってこないのに気付いて朝倉が話しかけるも、反応せず

 

「さて、それじゃあもう寝るかの。後片付けはまかせたぞ」

 

「……っ!ま、待ってくださいです!」

 

 そんな夕映が大きく動いたのは、占いババのこの言葉を聞いてから

 

 占いババがナプキンで口元を拭い終え、椅子を降りようとしたところで夕映は席を立つ

 

 そのまま占いババの方へ急いで足を運び、正面に立った

 

「少し、よろしいでしょうか?」

 

「……なんじゃ、簡潔にな」

 

 夕映は占いババが乗ろうとしていた水晶玉を一瞥した後、話し始めた

 

「占いババさんは魔女、つまり私達の世界で言うところの魔法使いなのですよね?」

 

「うむ、確かに占う時や水晶玉を浮かす時は……お前さん達でいうところの魔法を使っておるかのう」

 

 訊きたいのはそれだけか?と占いババは話を切り上げようとするが、夕映はそれを許さなかった

 

「……何の真似じゃ?」

 

「ここに居させていただく間、どうか私に魔法のご指導をしてもらえないでしょうか!」

 

 膝を折って両手両足を床に着け、頭を深々と下げる

 

「ちょっ、夕映っちいきなり何やっ……」

 

「厚かましいお願いであることは承知の上です!ですが、どうしても貴方様のお力が私には必要なんです!」

 

 これには朝倉も驚きを隠せなかった

 

 そんな彼女の声を遮るようにして夕映は声を荒げ、必死に頭を下げ続ける

 

「そういえば、お前さん達以外もこっちに来ているかもしれんのじゃったな……そいつらを探すためにわしの魔法を、といったところかのう」

 

「はい……もちろん仕事もちゃんと続けるです。仕事外で空いた時間、ほんの少しだけでも構いません!」

 

「断る、わしは弟子を取る気は……」

 

「お願いです!」

 

 夕映に諦める様子は、微塵として感じられない

 

 占いババはここでしばしの沈黙、次に出す言葉が早々には思い浮かばなかった

 

(こやつ、このままじゃテコでも動きそうにないのう……)

 

「別にいいじゃねえか婆さん、弟子の一人や二人くらいとったって」

 

 ここで、膠着状態の二人に割っている男がいた

 

 アックマンは飲んでいたワインをテーブルに置き、占いババのすぐ横まで移動する

 

「婆さんくらいの腕なら、人にもの教えるくらい簡単だろ?どうせ金持ってくる客は対して来ねえし、昼前までで仕事切り上げて面倒見てやれよ」

 

「アックマン、お主他人事だと思って……ああ分かった分かった、それならチャンスをやるわい」

 

「本当ですか!?」

 

 思わず上げた夕映の顔には嬉しさが容易に見てとれた

 

 ちょっと待つよう指示すると、占いババは水晶に乗って厨房へと入っていく

 

 ほどなくして、何やら厳重に包装された上に紐でぐるぐる巻きにされた瓶を一本持ってきた

 

「本当にわしのもとで真剣に修行する気があるか、その覚悟を試させてもらおうかの」

 

「覚悟……ですか?」

 

 占いババは紐をつかみ、ゆっくりとほどく

 

 続いて包装紙を取っていくと、瓶の中身が姿を見せる

 

「ほれ、さっさと立って」

 

「はいで……うっ!」

 

 中に入っていたのは、ドロドロとして青みがかかった茶色の液体だった

 

 しかもその他に瓶の底で転がる物があり、一体何だと注視してみるとそれは目玉

 

 コロリと転がった目がちょうど夕映の視線とかち合い、思わず顔を遠ざけた

 

「おい婆さん!なんだこのゲテモン!」

 

「魔界ガマガエルの目玉漬け体液ドリンク、じゃったかの確か名前は。200年位前にうちで働いてた闘技場戦士がお歳暮か何かでくれたんじゃが……どうも見た目が酷くて飲む気になれんくての」

 

 それならなぜ200年も放っておいたとアックマンが訊くと、どうもかなりのレア物らしく捨てるに捨てきれなかったらしい

 

 占いババは蓋に手をかけ、ポンという小気味いい音と共に瓶から外す

 

「ねえババさん、まさかそれを夕映っちに飲ませようってんじゃ……うわ、くっさ!」

 

 自分の席からは動いていなかった朝倉だが、途端に辺りに漂った悪臭に鼻をつまむ

 

 ちなみにこの時点で、瓶と朝倉との距離は5メートル近くはあった

 

「これをコップ一杯、吐き出さずに飲み干してみい。そうしたらお前さんの要求とアックマンの言った条件、どちらとも呑んでやるわい。心配せんでも魔界のスポーツドリンクみたいなもんじゃから、毒はありゃせんよ」

 

 手元にあったコップに、そのおぞましいドリンクをなみなみと注ぐ

 

「と~~っても臭くてと~~っても苦くてと~~っても不味いらしいが、わしの弟子になる覚悟があるならそのくらい楽勝じゃろ?ほれ、弟子になりたいなら飲まんか」

 

「……」

 

 鼻をつまみながら、占いババは片手でコップを夕映のいる方へと押しやった

 

 夕映はコップの中のドリンクを見つめながら、動かない

 

(婆さんの奴、チャンスとか言っときながら……やっぱり端っから弟子にする気なんてねえんじゃねえか、こんな劇物めいたもんあの嬢ちゃんに飲めるわけねえだろ)

 

(ふぉっふぉっふぉ、常人なら口に含んだ瞬間ぶちまけるレベルじゃ。弟子なんて面倒くさいもの、わざわざとるわけないじゃろ)

 

 夕映の右腕が小刻みに震えを見せる

 

 あとは向こうが音を上げるか、口に含んで一瞬で吐き出すのを待つだけ

 

(もう数秒して動かなかったら、あと五秒とか言って焦らせてやるかのう)

 

 そう心の中で考え数秒、閉じていた占いババの口が開いた

 

「飲む気がないなら時間切れにするぞ?5……4……っ!?」

 

「なっ!?」

 

「夕映っち!?」

 

 数字を言い始めた直後、コップへと伸びる一本の腕

 

 その先にあった右手は確かに、コップの真ん中をしっかりと掴んでいる

 

 占いババはその腕の元を見て辿ると、そこには覚悟を決めた表情の夕映がいた

 

(まさか、こっちが急かしたとはいえ本当に飲む気か!?)

 

「やって……やるです!」

 

 腕を手元に戻し、コップの淵を自らの唇にあてがう

 

 0距離で漂う猛烈な悪臭に涙目になりながら、彼女は

 

「んっ……ぐっ……ぐうっ……」

 

 コップの中身を口内へと運んだ

 

(ほれ、吐き出せ!)

 

 途端に口内に走る強烈な苦み、渋み、臭み

 

 過去にさんざん他人から不味い不味いと評されるドリンクを嬉々として飲み続けていた彼女にとっても、ドリンクという範疇を超えたこれはあまりにも手強すぎた

 

 すぐさま吐き出したくなる衝動に駆られるが、懸命にそれを堪え続ける

 

 空いた左手はスカートのすそをこれでもかと握りしめ、両目もまた痛みが走るほどにまで強く瞑った

 

(ネギ先生の……のどかの……みんなのために私は、ここで引くわけにはいかないんです!)

 

 首の角度を上げ、そのまま流し込みにかかる

 

 次の瞬間、夕映の喉はゴクリと確かに音をたてた

 

「なんじゃと!?」

 

(嘘だろおい!)

 

(このまま……一気に!)

 

 そこから数度、大きく飲み込む音が部屋の中で響く

 

 夕映が口からコップを離してテーブルへ置いた時、コップの中は完全に空だった

 

「し、信じられん……」

 

「婆さん、さっき言ったこと覚えてるよな?調子に乗ってあんな約束す……っておい嬢ちゃん、大丈夫か?」

 

 占いババが狼狽する様子を見て、珍しいのかニヤニヤ笑いながら話すアックマン

 

 だが横目で見た夕映の様子を見ると、その顔はすぐに戻された

 

 ぼんやりと半開きな目は焦点が合わず、飲み干したばかりの口からは荒い呼吸音が漏れる

 

「少々気分が……朝倉さん、埋め合わせは明日するので、申し訳ないですが先に一人で部屋で休ませてもらってもい……あうぅ」

 

「夕映っち!?」

 

 とうとう朝倉も席を立ち、夕映のもとへ駆け寄って肩を貸す

 

「私も部屋まで一緒に行くから!」

 

「すみません、一晩寝れば治りますので……流石にあのドリンクは手強かったです、うっ」

 

「わ、私も一緒に行きます!」

 

 30センチ近い身長差で歩きにくそうであったが、夕映は朝倉に連れられて部屋を出ていった

 

 さよも後を追っていき、残ったのは占いババの館のいつもの面々

 

「……魔界の生き物の体液をコップも一杯飲みゃ、そりゃ調子もおかしくならぁな」

 

「しかし、まさか全部飲むとはのう……」

 

「こんなんで約束反故にしたらあの嬢ちゃん、明日何するか分かんねえぜ?」

 

「わかっとる……幾らか魔法を教えてやればいいんじゃろ、流石に今回はわしもやり過ぎたと反省しとるよ」

 

 占いババは水晶の上に座りなおし、部屋の外へと出ていく

 

「明日の支度をせにゃならんでな、あーあ忙しくなるわい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ私は、晩御飯の後片付けしに戻るね」

 

「はい、すみません朝倉さん。おやすみなさい」

 

「おやすみー、お大事にね?」

 

 部屋のドアが閉められ、夕映は真っ暗な部屋の天井を見つめる

 

(なんにせよ、これからですね。明日は今日以上に大変なのは確実ですし、早く寝なければ)

 

 布団に入ると、今日の疲れがドッと出てきたのか夕映は自分の瞼が重くなるのを感じた

 

(しかし今は大分楽になりましたが、実際飲み干した後はかなり焦ったですね。まさか……)

 

 夕映はあの時、朝倉が自らのもとへ駆け寄った時のことを思い出す

 

 朝倉の声に反応して僅かにそっちを見たのだが、朝倉のすぐ横に彼女の姿が確かにあった

 

(さよさんが普通に目視出来るようになるとは思わなかったです、一瞬このまま死んでしまうのかと。移動中楽になり始めてからも見え続けてましたし、どうもあのドリンクのせいみたいですね)

 

 朝倉とさよはそのことに気付いていない様子だったので、朝になったら挨拶がてら話しておこう

 

 そう考えて少ししたあたりで、夕映はいつの間にか眠りに落ちていた

 

「ネギ先生……のど、か……待ってて、ください……です」

 




 以上で夕映編終了、次回も2話構成の内1話を投稿予定です。

 ちなみにですが、魔界ガマガエルはDB原作には登場しません。今回書くにあたって、『ナメック星にもいるくらいだし魔界にもカエルくらいいるだろ』という考えから生まれたオリジナル設定です、一応補足しておきます。では


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 突如山での大遭難 佐々木まき絵危機一髪

 今回書くにあたってネギまの単行本を引っ張り出したんですが、まき絵のあの格好はやっぱりとんでもないと思うんですよ、はい。持ってない方は17巻の表紙をアマゾンとかで探していただければわかります。ではどうぞ


「アスナー、何か見えたー?」

 

「んー、ちょっと待ってもうすぐてっぺんだからー」

 

 ここは、雪国とまではいかないがかなり北寄りに位置する地区

 

 この世界はおおまかに東西南北の4つのエリアに区分けされ、それぞれに首都的な役割を持つ大きな都が置かれている

 

 その内の一つである北の都から南西に数十キロ、そこにそびえ立つ山が現在彼女達のいる場所だった

 

 現在神楽坂明日菜は佐々木まき絵に急かされながら、一本の大木を登っている

 

 先に目を覚ましたのはまき絵、次に彼女に起こされる形でアスナ

 

 ところどころ雪が残る山中で吹いた風は、麻帆良祭の時のままのまき絵の服はあまりにも寒すぎた

 

 当然ながら、今自分達が何処にいるかなど分かるわけもない

 

 何とかアスナだけはこれが魔法関係によるものであることを推測することが出来たが、それ以上考察を進めることは不可能だった

 

 そこで、とりあえず高いところから辺りの様子を見ようと考えたわけだ

 

「ん、しょっと……あ、見えた見えた!ずーっと向こうに街がある!」

 

「ホント!?」

 

 登り終えたアスナは周囲を見渡し、視線の先にかなり大きいであろう都市を発見する

 

 そのことを下にいるまき絵に伝え、スルスルと登るよりも速く木を降りていく

 

 最後は地面から二mほどの地点で飛び降り、綺麗に着地した

 

「おおー、凄い!何か前よりも速くなってない?」

 

「なんかいつもより身体が軽いというか、やけに楽に動けるのよ」

 

「ふーん、まあいっか。とにかく下山しなきゃ、この格好のままじゃ風邪引いちゃうよ……」

 

 さっきまで動きっぱなしだったアスナと違い、さっきからずっと立ちっぱなしで動かなかったまき絵は肌寒いこの山の気候に身を震わせる

 

 アスナもその意見に賛成し、二人はひとまずはこの山の下山を目標に歩き始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、降りる道が何処にも無かった……」

 

「うぅ……疲れたよぉ」

 

 しかし、二人を待ち受けていたのはこの山の膨大な自然

 

 歩く先歩く先で崖や急すぎる傾斜、進んでいくには枝木があまりにも多すぎる樹林等が行く手を阻む

 

 そもそも二人の今格好自体、山を登るには余りにも不向きすぎる

 

 アスナは首回りと両腕、加えて両膝からつま先にかけて西洋式の鎧を装備

 

 こちらはまだ本格的なものと比べ幾分か軽量化がなされており、なおかつアスナの馬鹿力もあいまって行動に支障はないからまだいい、問題はまき絵

 

 生地こそ違えどはたから見れば所謂セーラースク水であり、あとはブーツと膝まであるソックスだけ

 

 上はノースリーブで腕は丸出し、下は太ももから膝上数センチまで露出しているという有様だ

 

 当然体力の消耗も早く、3―Aの面子では運動能力が上位に位置する彼女も疲れが如実に見えてきた

 

 とりあえず元いた場所に戻ろうということになり、現在位置は先程アスナが登っていた大木の前

 

(こっそりカードで念話してみたけど通じないし……こんな非常事態に何やってんのよバカネギ!)

 

「どうしようアスナ……なんか太陽沈み始めてるし、もう夕方前だよ?」

 

「げ、マズいじゃないそれ……」

 

 今の状態で山の中の夜を迎えるのは、もはや自殺行為と言っていい

 

 最低でも寝る場所の確保が必要なのだが、今まで下りていった道を思い出すもそんな場所は無かった筈だ

 

「しかもさっきいっぱい歩いて汗かいちゃったし……へくちっ!うぅ」

 

 残された時間はあまり無い

 

「……あーもうこうなったら下山中止!登ってどこか休める場所探すわよまきちゃん!」

 

「ええ!?」

 

 意を決してアスナは再び歩き始めた、ただし今までとは正反対の向き

 

 今立っている場所の傾斜からして完全に『登り』の方向であり、まき絵は困惑しながらもアスナの後を追う

 

 だが、このアスナの判断は正解だろう

 

 夜になって視界が利かなくなれば、下山どころではない

 

 しかもあの大木の上から見えた景色からして、現在位置での標高も相当なもの

 

 元々、今日中に下山することは不可能だったのだ

 

 そうやって登り続けて十分程、アスナの耳にある音が聞こえてきた

 

「……滝?」

 

 高い所から激しく下へ打ちつけられたような水音

 

 断続的に聞こえてくるそれは、近くに滝が流れていることを二人に示す

 

 喉も乾いてきていたまき絵は音のする方へ行ってみようと提案し、その方向へと進んでいった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「滝、あったけど……反対側だったわね」

 

「うん、反対側」

 

 音を幾らか遮っていた木々の間を抜け、二人の耳には精細な滝の音が流れ込む

 

 正面に見えたのは水の落下開始場所である、滝口

 

 そこから視線を下に落とすと、激しく水しぶきをあげる滝壺が見えた

 

 二人がたどり着いた先は、滝が流れる崖とは反対側に位置する崖

 

 高さは向こうの滝口の地点とほぼ同じで、滝口から滝壺まではゆうに70m以上はある

 

 見つけはしたが、その水を飲むことは現状では叶いそうにない

 

「うぅー、お腹空いた喉乾いた足痛いー、ネギくーん……」

 

 とうとうその場でまき絵は膝を折り、次に全身を地に預けて弱弱しい声を吐いた

 

「ちょっ、まきちゃんこんなところで何やっ……ん?」

 

「どしたのアスナー?」

 

 視点が極端に低くなったまき絵と違い、まだ立ったままのアスナの視界には滝壺が入っている

 

「人……」

 

「え?」

 

「人よ!下の方に人がいるのよそれも二人!」

 

 その辺りへふと目をやった彼女は、滝壺に躊躇いなく近づく二人の存在を捉えていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、始めるか」

 

 滝壺から先を流れる川の中を、一人の男が歩いていく

 

 目の前の滝を見据えながら、彼は上に着ていた修行着を脱いで隣にいたもう一人に手渡す

 

 筋肉隆々とした上半身が顔を見せ、その厚い胸板には古い刀傷が薄く一本

 

 だが一番の特徴は額にあるもう一つの目だろう、滝を見据えていた彼の目は全部で三つ

 

「……っ、ずあああああっ!」

 

 手を伸ばせば届く場所にまで移動するとその男、天津飯は己の右腕を見つめながら力を込めた

 

 直後、彼の右肩から先が激しく吹き出した白い気で包まれる

 

 それを正面の滝へめがけ、拳を作って打ち出した

 

 吹き出した気は滝の水圧を押しのけ、腕に水がかかることはない

 

 次に天津飯は、右腕をそのままに全身からも気を放出

 

 素早く滝壺の中へと身をすべり込ませ、右腕同様に上から降りかかる水を弾き返していた

 

「はああああああああああ……」

 

 ここから更に、天津飯は気を練り上げ放出量を増していく

 

 初めは天津飯から数センチ先で弾かれていた水は、次第にその距離を離していった

 

 そしてその距離が20センチに届こうとした、ちょうどその時

 

「な、何あれー!?」

 

「!?」

 

「天さん、あそこ!」

 

 遠くから天津飯の耳に入る、甲高い少女の声

 

 彼の弟分である餃子(チャオズ)が指差した方を見ると、そこにいたのは二人の少女

 

 自分らがいる場所とは反対の崖の上で、一人は立ったまま、もう一人はさらに崖の近くで四つん這いになって自分達のことを見下ろしている

 

「な、何故こんな山奥に……いや、それよりも」

 

 天津飯と餃子の二人が、修行のためにこの山へ籠ってもうじき一年

 

 山の中の大まかな地理は把握しており、少女達がいる地点にも何度か立ち寄ったことがある

 

「おい聞こえるか!今すぐそこから離れろ!そこは崩れやす……」

 

「きゃあああああっ!」

 

「遅かったか!」

 

 土質的に他より比較的脆いあの場所で、ああも崖の端まで近づけばいつ崩れてもおかしくない

 

 それを知っていた天津飯は警告するが、彼が言うようにもう遅かった

 

 前触れもなく突如として陥落、より手前にいた少女はそれに巻き込まれる

 

 もう一人が慌てて手を伸ばしていたが届かず、土砂と共に少女は落下

 

「天さん!」

 

「分かっている!」

 

 既に天津飯は滝から身を出しており、すぐにその場から舞空術で飛び立った

 

 一秒もかからず追いついた彼は土砂を掻い潜り掻い潜り、手を伸ばす

 

「たっ、助けてー!ネギく……あれ?」

 

 腕の中に納まった少女は、一瞬何が起きたのか理解出来なかった

 

 それに数秒遅れ、彼女と一緒に落ちた土砂が下の川に着水

 

 音を聞いて下を向き、再び元の位置に顔を戻す

 

「私……た、助かっちゃった?」

 

 目が合った天津飯に対し、そう佐々木まき絵は間の抜けたような声を漏らした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まきちゃん大丈夫だった!?」

 

「怖かったに決まってるじゃんー!」

 

 危険だと改めて警告され、一行は崖から十メートル少々の距離を開ける

 

 アスナの目の前には、天津飯から降ろされたまき絵が涙目になって飛びつく姿があった

 

 天津飯はというと、大事に至らなかったことにとりあえず安堵

 

 すると餃子が彼と同じく舞空術で追いつき、服を受け取ってそのまま着る

 

 まき絵が少し落ち着いたところで、天津飯は二人に近づいて話しかけた

 

「ところでお前達、どうやってこんな山奥まで入り込んだ?ここはめったに登山者も来ない山だ、それに……とてもその格好で荷物も無しに登ってきたとは考えられんのだが」

 

「えっと……なんて言ったらいいか、その……」

 

「わ、私達だって分かんないだもん!さっきまで学校にいたのに何か突然パーッと光って、気が付いたら山の中にいて!」

 

 言葉を選ぼうとモゴつくアスナをよそに、天津飯の問いに答えたのはまき絵

 

 彼女はありのまま、山中で目を覚ますまでの出来事を天津飯へと伝えた

 

 しかし当然ながら、今のまき絵の言葉だけで事態を知ることは出来ない

 

「……分かった、詳しく話を聞こう。だがひとまずここから移動した方がいい、もうすぐ日が落ちる」

 

「え?あ、はい」

 

「近くに俺達が夜寝るのに使っている洞窟がある、話はそこでだ」

 

 空は赤く染まり、既に夕方も終わりに差し掛かっていた

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 咸卦法発動! 猛烈ピンチの友を救え

「……もう一度確認するぞ、お前達はこの世界地図に見覚えがないんだな?」

 

 日はほぼ沈み、空も大半が夜に染まる

 

 アスナ達二人は天津飯と餃子にそれぞれ抱えられ、舞空術であの場所から移動

 

 暫く行った先にあった洞窟で四人は身を落ち着かせた

 

 天津飯達が拠点としても利用するその中にあったのは毛布と食料、他には僅かな調理具と衣類のみ

 

 ひとまず天津飯は毛布を手に取り、夜になるのにその格好では寒かろうと言ってまき絵へ投げ渡す

 

 その毛布にまき絵がくるまったところで、天津飯は自己紹介を交わすと改めてアスナ達から話を聞いた

 

 この時二人が主に話したのは、先程まき絵が言ったことの補足

 

 学校とは自分達が通う埼玉県の麻帆良学園のこと

 

 突然パーッと光ったのも、よくよく思い出してみればそれより前からクラスメイトの超鈴音の周りでおかしな光が出ていたこと

 

 気が付いたら山の中というのは、突然光った直後に気を失ってしまいこの山までどう来たかがまるで把握していないこと

 

 とりあえずはこの三つを話すと、気になる点は幾つもあったが天津飯が真っ先に問いただそうとしたのはこのことだった

 

 埼玉県とはなんだ?

 

 自分達と同じ言語で話す相手からそれを訊かれたのだから、アスナ達は最初面喰らっていただろう

 

 さらにアスナ達が今いる場所を天津飯が話すと、少女二人で顔を見合わせ首をかしげる

 

 世界単位での東西南北の区分けなど、聞いたことなどあるわけもない

 

 天津飯側とアスナ側で明らかな齟齬が生じていることが分かる

 

 そこで天津飯はその齟齬を明確にするために、アスナ達に世界地図を書かせてみることにした

 

 ペンと一緒に一枚のチラシを出し、裏に大まかでいいから書いてみてくれと一言

 

 分かりましたとアスナは答え、ペンを片手に格闘開始

 

 ……そうなのだ、そう形容出来るほどアスナの顔は険しかった

 

 大まかでいいと言ってるのに、その大まかな形を思い出すだけでも四苦八苦しているのがよく分かる

 

 手が止まってから暫く経つと、隣にいたまき絵にバトンタッチ

 

 しかしまき絵も同様、すぐに手が止まる

 

 これでは埒があかないと悟った天津飯は、書くのをやめさせて自分達が持つ世界地図を広げた

 

 本当は二つを同時に比べて見たかったが、書けないのあればしょうがあるまい

 

 すると、二人共が自分達の知る世界地図とは違うと答えたのだ

 

 明らかに異なっているからこその即答だった

 

 これに対し改めて確認を取った時に口にしたのが、冒頭での天津飯の台詞である

 

「だ、だって形全然違うし……あ、それに私達がいた日本だって何処にもない!」

 

「に、日本?天さん……これってどういうこと?」

 

 まき絵の主張に、今まで話を聞いていただけだった餃子も思わず声を漏らす

 

 餃子に尋ねられた天津飯は腕を組み、アスナ達の顔を交互に見やった

 

(二人が嘘をついている様子はない……ならば何故こうもお互いの地球についての情報が噛みあわないんだ。それこそまるで別物、地球が二つなければ説明が……地球が二つ、いや、地球がもう一つ?)

 

 ここで天津飯は、タイムマシンで未来からやってきたかつての仲間のことを思い出していた

 

(『ほんの些細な変化が起こるだけで、何通りもの未来が生まれてしまう』あいつは確かにそう言っていたな……これは根本的な部分、つまり『未来』を『地球』に置き換えたとしても通じるものがあるんじゃないか?)

 

 つまり今の時代から彼の時代までの十数年という規模ではなく、それぞれの地球を完全な別物と認識してしまうほどの大規模な変革だ

 

 そうして生まれた別次元の地球とも言える場所から、アスナ達はやってきたのではないか

 

 天津飯の中ではそう仮説が立てられていた

 

(だがあくまで推測の域でしかない……確信を得ようにも、ここにいる四人では到底たどり着けまい)

 

「あの……どうしました?」

 

(ここから一番近い場所だと……南西にあるカリン塔、か)

 

 だがなんにせよ、今日はもう遅い

 

 アスナ達の方へ向き直り、いや大丈夫だととりあえず返答する

 

「ひとまず今夜はもうここで休んだ方がいい。今いる場所から南西に下ったところにカリン様という仙猫がおられるから、とりあえずは明日そこへ行って話をしてみよう」

 

「は、はい……」

 

(せんびょう……千秒?)

 

「それじゃあ僕、晩御飯作る」

 

「ああ、頼む餃子」

 

 これ以上、この場で出来ることはなかった

 

 大まかな行動方針を二人に伝えると、餃子は晩御飯の支度にとりかかり天津飯は奥から木製の皿をアスナ達の分まで取り出す

 

 二十分もするとキノコと山菜のスープが完成し、気絶する前も含め半日近く何も食べていなかった二人は瞬く間に平らげた

 

 その後天津飯はアスナにも毛布を渡し、早くも四人は床につくこととなったのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んん、むにゅう」

 

 しかし0時を回って少しした頃、まき絵は目元を擦りながらその身を起こす

 

 毛布こそ貸してもらったが、ベッドや敷布団といった気の利いたものはこの洞窟の中には無い

 

 よって寝る場所は地面の上、少しでも寝やすいよう石は除去されていたがやはり硬い

 

 毛布もただかけるのではなく全身に巻くようにして寝てみたが、それでも朝まで熟睡するには程遠かった

 

「おしっこ……あっ」

 

 洞窟の出口を見やり、立ち上がると寝ぼけ眼でそのまま歩き出す

 

 すると途中で地面にあった何かを蹴り飛ばした

 

 寝るのに邪魔だとアスナが外して枕元に置いていた鎧だ

 

 まき絵ほどでないが少なからず眠りが浅かったアスナは、この音で目を覚ます

 

「うん?……まきちゃんどしたの?」

 

「……トイレ」

 

「あ、そう、いってらしゃーい……」

 

「うん……」

 

 しかしまき絵同様寝ぼけ気味だったアスナは、おぼつかない足取りで外へ出ようとするまき絵をそのまま気にせず送り出した

 

 まき絵は洞窟を出ると、山道を前へ前へと歩き続ける

 

 この時夜風はまるで吹いていなかったのだが、それがまき絵にとって幸運だったかと言えばそうではない

 

「あれ……トイレ……どこ?」

 

 この時のまき絵の目的は『用を足せそうな場所を探す』ではなく『トイレを探す』だった

 

 つまるところ、現在位置を記憶から完全にすっ飛ばしたまま出ていったのだ

 

 一吹きでも夜風に当たれば眠気も吹っ飛んで気が付いただろうが、そうはならない

 

 そんなまき絵が我に返ったきっかけは、あまりにも彼女にとって災難な出来事であった

 

「……んう?」

 

 グニュ、暗いなか足元も注視せず歩いていたまき絵は何かを踏んづける

 

 何だろう、そう思うよりも先に彼女の耳に飛び込んだのは

 

「ブモオオオオオオオオオオッッ!」

 

「ひゃっ!?」

 

 けたたましい猛獣の咆哮

 

 途端にまき絵は目を大きく見開き、同時に目の前の存在を確認した

 

 まき絵のいた世界でめったにお目にかかれないであろう、全長3メートル近い大イノシシ

 

 踏んづけていたのはそのイノシシの尻尾、慌てて足を引っ込めたがもう遅い

 

「な……なんで私ばっかりーー!」

 

「ブモオオオオオオオオオオッッ!」

 

 イノシシの顔は明らかに怒りのそれであり、まき絵が背を向けて走り出すと少し遅れて彼女を追いかけ始めた

 

 まき絵はもと来た山道を戻りながらひた走るが、当然ながら速さはイノシシの方が上

 

 近づいていく足音の大きさに比例してまき絵の焦りは増していく

 

 曲がり道で時折距離を稼ぐが、その度にイノシシはぶつかった木をなぎ倒して自身のパワーをありありとまき絵に示す

 

「ブモオオオオオオオオオオッッ!」

 

「たっ、助けてアスナー!」

 

 半泣きになりながらもついに見えてきた洞窟の入り口では、愕然とした表情で立つアスナがいた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「げっ!?何よあのイノシシ!」

 

 まき絵が洞窟を出てからなかなか寝直せず半起きでいたアスナは、イノシシの咆哮を耳にし何事かと洞窟の入口まで足を運んでいた

 

 すると段々と大きなってくる鳴き声、しかも何やら木が倒れる音まで聞こえてくるではないか

 

 身構えていたら案の定、その正体はこちらへとやって来た

 

 ただし、そのイノシシに追いかけられる佐々木まき絵というオマケ付きで

 

「ちょっとまきちゃん何したの!?」

 

「尻尾踏んだら怒っちゃったのー!」

 

(カードで魔力貰うだけじゃ……無理ね)

 

 アスナは短く溜息を吐くと、両手を上げてそれぞれ均等に別の力を込める

 

 左手に込めたのは魔力、右手に込めたのは気

 

 このままではただの魔力と気、もちろんまだ先がある

 

「左手に魔力……右手に気……」

 

「おい、何が起きた!っ、いかんアスナ、下が……」

 

 天津飯も起きてきたようだが、もうアスナは止まらなかった

 

「咸卦法!」

 

「!?」

 

 絶妙なバランスで調整された魔力と気、二つを両手を合致させることで完全に融合

 

 魔力でも気でもない、咸卦の力を全身に纏う

 

 纏った次の瞬間には、まき絵とイノシシの方へ駆け出していた 

 

(い、今のは一体……気ともう一つ別の何かを出したと思ったら、二つを組み合わせた!?)

 

 まき絵の横を通り抜け、イノシシの猛突進を正面から受け止める

 

「っ、こっのぉ……」

 

 ぶつかって最初は一メートル近く後退を強いられるが、次第に咸卦の力がさらに増していくと状況は一変

 

 ぶつかった初めの位置まで押し戻し、そのまま後ろへとイノシシを下がらせる

 

 もう一度確認するが、このイノシシの大きさは全長約3m

 

 それを15の少女が正面からの押し合いで圧倒した挙句

 

「……だりゃああああっ!」

 

 たった今、捻りを加えながらぶん投げた

 

「ブモギャアアンッ!」

 

 身体の側面を地面に打ち付け、先程までとは質の異なる鳴き声を発するイノシシ

 

 少しして起き上がるが、さっきのような気迫はまるで感じられない

 

 まき絵とアスナを交互に睨んだのを最後に、そそくさとその場から去っていった

 

 アスナは咸卦法を解除し、へたりこんでいるまき絵を見下ろす

 

「あーびっくりした……大丈夫まきちゃん?怪我ない?」

 

「いや、むしろ私の方がアスナにびっくりしてたり……あ、天津飯さん」

 

「おいアスナ、今一体何をした?ただ力持ちなだけですとは言わせんぞ」

 

 すると天津飯が、二人のもとへ歩み寄る

 

「え!?えっと、これはですね……」

 

「少なくとも、最初に気を使っていることだけは俺にも分かった。だがその先がサッパリだ……確か『魔力』と言ってなかったか?」

 

(もうこれは……まきちゃんがいるからって黙り通すのは無理みたいね)

 

 アスナは洞窟で天津飯に事の次第を話した際、まき絵がいることもあって魔法についての言及は避けていた

 

 そもそも魔法と言ったところで大半の者は信じないだろう、と見当がついていたこともある

 

 しかしどうも、この後更に天津飯の言葉を聞くと魔法に関する認識があるようなのだ

 

 ネギと再会して、まき絵にバレたと知られても文句を言われる道理はあるまい

 

 こう考えたアスナは、先程使っていた咸卦法のことも含め『魔法』についてのことを皆に話すのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さてそれから数時間後、かくして色々あった初日の夜が明けたわけだが、朝食を採っても一行に出発の気配はない

 

「天さん、多分あれじゃ数日は雨」

 

「だな……」

 

 カリン塔のある南西の方角、その上空を広範囲に渡って大きな雨雲が覆い尽くしているのを天津飯の三つの目が捉えていた

 

 このままカリン塔へ舞空術で飛んで移動するとなると、まず雨の直撃を受けてしまうだろう

 

 迂回しようにも結局はカリン塔周辺で雨に当たってしまうし、抱えられたまま移動するアスナ達の負担を考えるとやはり最短距離で行きたいところである

 

 仕方なく天津飯は事情を二人に話し、カリン塔へ行くのを数日延期することに決定した

 

 だが幸いなことに、こちらに天候の大きな崩れはない

 

「じゃあ天さん、僕行ってくる」

 

「ああ、頼んだぞ」

 

 時刻が午前9時を回った頃、餃子は北東の方角へ向けて飛び立った

 

 北の都まで出向き、当面のアスナ達の衣類を確保するためである

 

「すみません天津飯さん、寝泊まりさせて貰ってる上に服まで……」

 

「別に構わんさ。それより……本当にやる気なのか?」

 

「はい」

 

 天津飯から荷物の中から、修行着を一着引っ張り出す

 

 実は昨晩、改めて寝ようかとなった時に彼女は天津飯にこう提案していた

 

 どれだけのお返しになるかは分かりませんが、私に修行を手伝わせてもらうことは出来ませんか?と

 

 答えは今になるまで先延ばしにしていたが、改めて彼はアスナの意志を確かめる

 

「確かにアスナの……咸卦法と言ったか、あれは興味深いし相当の力を秘めている。だが結局肝心のお前の実力が伴わなければ、俺の修行についていくことは到底出来んぞ」

 

「分かってます、だからほんの少しの手伝いだけでもいいんです。このままお世話になりっぱなしなのは、私の性分じゃないんで」

 

「…………」

 

 結局のところ、天津飯がアスナの面倒を見る形に近くなることは想像するに容易かった

 

 しかしその一方で、あることが一武道家として頭から離れないでもいた

 

(気にならないわけじゃない……もしこのポテンシャルを秘めた彼女が、俺との修行でどこまで実力を伸ばせるのか。というのはな)

 

「やっぱり……駄目ですか?」

 

「…………受け取れ」

 

「え?おっ、とと」 

 

 しばし無言でいた後、天津飯は持っていた修行着をアスナへと投げ渡す

 

 唐突な出来事にアスナはもたつきを見せるが、地面に落とすことなくそれを両手で受け止めた

 

「俺や餃子が見せた空を飛ぶ技、舞空術というんだが……お前ほどの才能が有れば、数日でコツを掴むことも難しくないかもしれん」

 

「じゃあ……」

 

「カリン様の所へ行く時も、俺や餃子に抱えられたままよりは幾らか自分で飛べた方がいいんじゃないか?もっとも俺の修行に音を上げず、舞空術を覚えられたらの話だがな」

 

 天津飯はもう一着修行着を取り出し、着替えながらそうアスナに聞こえるよう呟く

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「ここから二十分ほど歩いた所に、あの滝とは別に普段から使ってる修行場がある……今日はそこでするとしよう」

 

「はい!」

 

 まき絵が昨晩歩いたのと同じ道を天津飯は進み、アスナは慌てて修行着を羽織りながら彼の後を追った

 




 これにてアスナ編終了、次回はおそらく1話のみでの構成になります。

 ただ今回の分で書き溜めのストックが本当に尽きた上かなり書き直しが必要なため、次回の投稿は明後日以降になると思われます。

 今まで毎日投稿してまいりましたが、次回分を含めこれから投稿ペースが遅くなっていきますことをどうぞご了承くださいませ。ではでは


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 ちう茶々地球冒険録① 聖地カリン編

 結局完全オリジナルで書き直してたら遅くなりました、お待たせしてすみません。ではどうぞ


 天津飯やアスナがいる場所からずーっと南西に進んだ先には、とあるとてつもなく高い塔が建っていた

 

 その名をカリン塔といい、そこにはカリン様という仙猫つまり猫の仙人が時折下界を見下ろしながら平和に過ごしている

 

 そんなカリン塔の周囲は森や草原と言った自然に囲まれ、その中心に位置しているのが聖地カリンだ

 

 古くから住む原住民が集落を形成しており、今も聖地としてカリン塔を守り続けている

 

 現在どうやら、集落の中でちょっとした騒ぎが起きているようだ

 

「え!?森へ行ったっきり帰ってこない!?」

 

「おそらくな。今日はこんな天気だし、危ないから森には入るなと言っていたらしいんだが……」

 

 話しているのは二人の男性

 

 二十代半ば程の青年が、父親らしき男から詳しい話を聞いていた

 

 なんでも、集落に住むある家族の一人息子の姿が遊びに出て昼過ぎから見えなくなっているらしい

 

 現在の時刻は午後四時を少々回ったところで、まだ夕方と呼ぶにも少々早い時刻

 

 しかし朝からどうも天候が安定せず、今では雨が降り続いていて止む気配はない

 

 それどころか更に空模様は悪くなるばかりで、もう少しすれば雷でも落ちそうな程だ

 

 こんな天気になっても帰ってこないということは、森の中で何かあって動けないのか、もしくは森のどこかで雨宿りを決めて動かずにいるのか

 

 これから先は暫く天候の回復が見込めないことを考えると、放っておくという選択肢は取れない

 

「それに今しがた、森の上空を怪しい人影が飛んでいるのを見た者がいるという話も聞いた。何かあっては遅い……今から私は森の中を探しに行こうと思う、お前もすぐに支度をしろ」

 

「分かりました父上!」

 

 青年はすぐさま家から弓矢を持ち出し、再び父の前に立つ

 

「よし、では行くぞウパ!」

 

「はい!」

 

 聖地カリンの戦士、ボラの後を青年ウパは追っていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい、まだ着かないのかよ」

 

「今までの移動速度を考えますと、残り三十分ほどかと。もうじきです千雨さん、頑張ってください」

 

 その一方で、聖地カリンの集落へ向けて足を運ぶ少女らがいた

 

 絡繰茶々丸と長谷川千雨、この二名である

 

 気が付いた時、二人は既にこの森の中にいた

 

 最初事態が理解できずに激しく動揺していた千雨、その一方で茶々丸はある程度すぐに把握する

 

 おそらくではあるが、自分達は転移魔法の類で飛ばされて今この場所にいるのだと千雨に話した

 

 千雨は既に麻帆良祭を通して魔法を知り、その使い手であるネギと深い関わりを持ってしまっている

 

 故に『魔法のせい』は否定材料に出来ず、他に理由も思いつかないため茶々丸の言うことに納得するのに時間はかからなかった

 

 しかしその茶々丸も最も現状で肝心な点、今自分達が何処にいるのかというのは分からず

 

 普段なら衛星情報等から現在位置を割り出すことくらい朝飯前なのだが、本人曰く内部にインプットした地図を参照してもエラーしか出ないらしい

 

 仕方がなく彼女は、周囲の目視による現在地の確認を行った

 

 魔力を動力として動くガイノイドの茶々丸は、その魔力をジェット噴射させることで上空へ飛翔

 

 すると森を抜けた先に小規模ながら集落があるのを発見し、その方角を正確に記録したのち着陸、千雨に伝えてその方向へと今も歩き続けている

 

「なあ、さっきのジェット噴射使ってパーッと飛んでけねえのか?私をおぶるなりしてさ」

 

「あれは私の動力である魔力を多量に消費してしまいます、この先何が起こるか分からない上補給の目途も立たない現状では、無闇に使ってしまうのはあまり推奨出来ません」

 

「はいはいそうですか、我慢して歩きゃいいんだろ……っつ!」

 

 歩くのに疲れを見せてきた千雨だが、自らの提案を却下され思わず不満を零す

 

 だがそんな彼女の口から突然、不満とは違った声が漏れた

 

「どうされましたか?」

 

「いや、ちょっと枝が引っかかって血ぃ出た」

 

 現在の千雨の格好は、麻帆良祭の時そのままで夏服セーラー服にミニスカート

 

 出来るだけ早く森を出たいという千雨の意向に沿って、やや草木が他より多く茂る道を度々通っていたのだが、やはりというか無茶が祟った結果である

 

「少し休憩も兼ねて手当てしたほうがよろしいのでは……」

 

「それよか今は森出るのが先だろ、何か本格的に降りだしてきたぞ」

 

 千雨は上を向き、より一層悪くなっていく上空を眺める

 

 かけていた伊達眼鏡のレンズはたちまち雨粒によって濡らされ、レンズ越しの視界は完全にボヤけてしまった

 

 高く伸びる木々の葉が幾らか遮っていてもこれなのだから、現在どれだけ降っているのだろうか

 

「つうかさっきから見えるあの馬鹿でかい塔は何なん……おいどうしたよ急に止まって」

 

「すみません千雨さん、お静かに願います」

 

 茶々丸が安全を確認しながら先に進みその後ろを千雨がついているのだが、茶々丸が突如立ち止まったことで千雨もその場で足を止める

 

 問い正そうとする千雨の口を、逆に茶々丸は掌で覆って喋るのをやめさせた

 

 自然と千雨は言葉を止め、茶々丸と同じ方向へ顔を向けて耳を澄ます

 

 すると、今まで雨音で気付かなかったが何やら子供の泣き声がするのが聞こえた

 

 放っておくことは出来ず、すぐさま茶々丸は進路を変更して子供のいる方へと走る

 

「おいおい、マジでいたじゃねえか」 

 

「どうやら怪我をしているようですね……大丈夫ですか?」

 

 千雨も仕方なく茶々丸の後を追うと、そこにいたのは木の下で座り込んでいる十歳ほどの少年だった

 

 茶々丸は少年に近付くと、大きく腫れた患部の足首に手をやる

 

 指先が触れた瞬間少年は悲鳴に近い声を上げ、重度の捻挫かそれに近い重傷であることはすぐに分かった

 

「……失礼します」

 

「わっ、わあっ!?」

 

 茶々丸は少年の膝裏と背中に手を回してヒョイと持ち上げ、後ろに立つ千雨の方へと向き直る

 

 少年はいきなりの茶々丸の行動に慌てるが、彼女に敵意が無いことが分かるとすぐ大人しくなった

 

「このまま運んでく気か?」

 

「ここでは碌に治療も出来ません。服装からしてこの先の集落の方のようですし、目的地が同じなら時間のロスもありません」

 

「あ、ありがとう……お姉ちゃん」

 

 こうして茶々丸と千雨の二人に、少年を加えて移動を再開

 

 少年一人を抱えていたところで茶々丸の動きは決して鈍ることなく、先程同様順調に出口へ向けて進んでいく

 

 さらにこの移動の最中、少年からこのあたりの地域の情報を聞くことも出来た

 

 少年曰く、ここは西の都からうんと西にいったところにある聖地カリンの森

 

 そして森の中からも見えるあの大きな塔は、仙人カリン様が住むカリン塔

 

 聞き慣れない単語だらけで千雨は怪訝そうな表情だったが、一方で茶々丸は着々と自身の中で情報の整理を進めていた

 

(衛星情報が一切無し、聞いたこともない地名、そして現在の建築技術では到底不可能なあのカリン塔……ここを私達がいた地球と同一視するのは、難しいかもしれませんね)

 

 何にせよ、更なる情報が必要だ

 

 三人がもう少々進んでいくと、突然耳につんざく轟音が響き渡る

 

「うおっ!?今のかなり近いぞ!」

 

 ついに上空の雨雲から、集落でボラ達が危惧していたように雷が落ちてきた

 

 しかも千雨の言う通り一行と落雷地点との距離は遠くなく、雷光と雷鳴のタイムラグは皆無

 

 雨脚も強くなる一方で、雨具もなく全員が雨で身体を濡らしている現状は非常に危険と言わざるを得なかった

 

「おいボケロボ!あとどんだけかかんだよこの森出るのに!」

 

「おおよそ、あと十分少々……ですが、あと三分で間に合わせましょう」

 

「は?ってこらこらこら!」

 

 緊急を要すると判断した茶々丸は、少年を片手で抱えなおして空いた右手を千雨へと伸ばす

 

 腰に手を回し、有無を言わさず持ち上げて脇に抱え込んだ

 

「こちらも落とさぬよう注意しますが……暴れないでいてください」

 

 茶々丸が初めに出した到着までの予定時間は、千雨が遅れないよう彼女にスピードを合わせたうえでの計算結果

 

 では茶々丸だけがそういった事情を考えずに移動した場合を計算したらどうなるか、結果は初めのそれよりも数倍早くなる

 

 落ちないよう細心の注意を払いつつ、茶々丸は森の中を駆け出した

 

「わっわっわっ!おい待てボケロボ!速い速い速い!」

 

「舌を噛みますよ千雨さん、お静かに」

 

 顔を上げた千雨の目の前に映ったのは、目まぐるしい速度で動く森の景色

 

 千雨に木や枝が当たらぬように配慮したコース取りを茶々丸はしていたが、本人からしたらたまったものではない

 

「そういう問題じゃ……っ!」

 

 続けざまに抗議する千雨を、ここであるものが黙らせる

 

 茶々丸の前方に位置する大木が被雷、さっき以上の音が周囲を包み込む

 

 その上急停止した茶々丸めがけ、狙ったかのように倒れてきた

 

「千雨さん、下がって下さい」

 

「ん?あたっ!」

 

 茶々丸は落とすように千雨をその場で解放、両手を突きつつ千雨は地につく

 

 これで右腕が空き、それを前へと突き出して大木を受け止める

 

 揺れ落ちる葉っぱ、ズンと響く重い音、茶々丸の右肘と両膝が一瞬曲がった

 

「お、お姉ちゃん……」

 

「大丈夫ですよ」

 

 茶々丸は少年の顔の後、自身の右横をチラリと見る

 

 千雨は既に茶々丸の言うとおり後ろへ退避、これで問題はなくなった

 

 真下から力を入れて止めていた目の前の大木だが、手首を少し返してその向きを右へと寄せる

 

 体勢を崩すことなく大木を右横に落とし、地面とぶつかり鈍い音を立てた

 

 ロボットであるため当然なのだが、茶々丸は汗一つかかず平然とした顔で後にいる千雨へと向き直る

 

「では千雨さん、移動を再開しましょ……おや」

 

「おい君達!大丈夫か!」

 

「ボラさん!ウパ兄ちゃん!」

 

 そこへ落雷と倒木の音を聞きつけボラ達がやって来たのは、ほぼ同時だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ!?異世界に飛ばされた!?」

 

「先程ボラさんから色々お話を伺い、最終的な結論が出せたところです」

 

 茶々丸達が森を抜け、聖地カリンの集落に到着してから約三十分ほどが経過

 

 気が抜けたためか腕の傷が痛み始めてきた千雨は、少年と共に彼の家でさっきまで手当てを受けていた

 

 一方で茶々丸はそことは別の住居、ボラ親子の家屋に足を運び更なる情報収集

 

 そこで前述の通り色々と話を聞いた結果、確信に至って千雨の所まで戻ってきたところ

 

「名前こそ地球ですが、実際は私達の知るもの大きく異なり世界全体が一つの連邦国家として統治を……千雨さん?」

 

「なんだよふざけんじゃねえぞ……魔法だの気だのはこの際もういいよ認めちまったし、けど次元飛び越えて異世界トリップはねえだろファンタジーすぎだろ。しかも同じ地球だが中身が違うって……」

 

 腕の痛みとは別種のそれが千雨の頭部を襲い、茶々丸に向かって話すでもなくブツブツと言葉を漏らす

 

 一回呼び掛けたが返事はなく、どうしたものかと茶々丸が待っていると、少しして千雨は口を止めて茶々丸と顔を合わせた

 

「……んで?まさかこういう時お決まりの、『帰れる手段は今のところ分からない』とかだったりすんのか?」

 

「いえ、それは少し見当がついたのですが……ここからかなりの移動が要求されます」

 

 そう言って茶々丸が取り出したのは、ボラから一枚譲ってもらったこの地球の世界地図

 

 茶々丸は地図上で一番大きな大陸の西側を指差し、ここが自分達の現在位置と説明する

 

 次に茶々丸はその指を右へ滑らし、大陸のほぼ東端で止めた

 

「この東エリアに、パオズ山という山があります。そこに孫悟空という方が住んでらっしゃるのですが、ボラさんによれば過去に一度その方によって命を救われたと」

 

「……で、それと私らが帰るのとどういう関係があるんだ?」

 

「正確には、その孫悟空さんが『あるアイテムを使って龍を呼び出し、その龍の力で既に亡くなっていたボラさんを生き返らせた』です」

 

「今度は龍……おいちょっと待て、生き返らせた!?」

 

「何でも願い事を叶える球、ドラゴンボールという名前だそうです。ただ現在それがどこにあるか等はボラさん達も分かりかねるそうで、こちらから出向いて本人から話を聞くことが必要になります」

 

 そのため、次の自分達の目的地は大陸東エリア

 

 明らかに距離がありすぎることを千雨は指摘するが、そこは船を利用しましょうと茶々丸は続けた

 

 今いる場所から北上すると大陸の西端に位置する港町があり、そこから船に乗って西にいけば東エリアまで一晩で到着するという

 

 ただし位置の関係上そこから幾つかの街を経由してパオズ山に向かわねばならず、長い旅になることは避けられそうにない

 

「ボラさん達のご厚意で数日分の水と食料をいただけることになりました、あとは現地調達で何とかしてパオズ山を目指しましょう」

 

「……他に方法がないんだな?」

 

「今のところは。それにネギ先生や他の皆さんについて、何か情報が得られるかもしれません」

 

 茶々丸が言い終わると、千雨は諦めたように深いため息を吐き出す

 

 続いて窓の外を見やると、まだ雨は降り続いているようで出歩けそうにはない

 

 これについては明日になれば雨が大人しくなるとみられ、今晩千雨達はこの集落で一泊させてもらうことを茶々丸とボラが話し合い、了承にこぎつけていた

 

 その場所は今二人がいる、森で助けた少年の家である

 

「雨のなか歩き続けたのでお疲れかと思います。もうすぐ夕食とのことですので、それをとりましたら今夜はもうお休みになった方がよろしいかと」

 

「分かった分かった、言われなくたってこっちはへとへとだよ」

 

 かくして千雨と茶々丸の、パオズ山目指しての旅は始まったのであった




 次回もリメイクではなく完全新作を書くので遅くなります。少なくとも今回ほどは間を開けぬよう頑張りますので、どうぞご勘弁を。ではでは


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 超戦士への第一歩 飛翔せよ舞空術!

 結局さらに遅れました、おそらく次回以降も遅くなるんだろうなと第17話を書きながら思う今日この頃。ではどうぞ


 パオズ山、のどかな自然が広がる美しい山だ

 

 流れる川では魚達が優雅に泳ぎ、空では鳥達が綺麗な鳴き声を囀らせ飛んでいる

 

 しかし現在、パオズ山にて飛んでいるのは鳥だけではなかった

 

 十メートルほど上空に一人、地上十数センチのところに一人

 

 飛んでいるというよりは、その場で静止しているため浮いているという言い方の方が正しいか

 

 犬上小太郎と雪広あやかはそれを暫く続けたあと、ゆっくりと高度を下げて地面に着地した

 

 両者額に汗を垂らし、地に足が付いたことを確認するとフーと息を吐く

 

「凄いよコタロー君!たった三日でもうそこまで出来るなんて!」

 

「気のコントロールの仕方を覚えればすぐ出来る言うたのは悟飯の方やろ?元々、気自体はこっち来る前から俺は使っとったさかいな」

 

 天下一大武道会に向けて、コタロー達は悟飯の家に居候しながら修行を続けていた

 

 主な内容としては悟飯がコタロー達に、自身の持つ技術を教えつつ簡易的な組手の相手を務めるというもの

 

 コタローの強襲事件があった翌日から開始、今日で三日目になる

 

 初めはネギとコタローだけが参加していたのだが、初日の晩に話を聞いてから二日目以降はあやかも参加

 

 気の扱い方の初歩的な内容ということで舞空術について教えている段階だったので、ついていける範囲までならいいではないかと悟飯が言ったためネギとコタローも了承している

 

 現在の成果だが、まずコタローについては悟飯が驚くことからも分かるが著しいものがあった

 

 『浮く』そのものは初日が終わるころには会得、そこから高度を上げていく段階に入ったのが二日目

 

 三日目である今日の開始時点では、幾らでも飛べると言わんばかりに空高くまで飛んでいく

 

 一方、一日遅れのあやかもコタローほどではないがかなり順調

 

 今は十数センチを数秒浮かすのがやっとだが、それでもこちらは充分過ぎる成果と言えた

 

「あとさっきはあやか姉ちゃんに合わせとったけど、もう横移動やって楽勝や。ほれ」

 

 さらにコタローは、悟飯に自身の上達ぶりを見せつける

 

 数十センチほど身体を浮かばせた後、上でなく横、悟飯の周りをグルリと一周飛んだ

 

「そういえばネギ君、大丈夫かな……」

 

 さて、ここで今いない残りの一人、ネギについて悟飯が触れた

 

 ネギと悟飯達との間には、決定的な違いがある

 

 ネギが使うのは魔力で、悟飯達が使うのは気だ

 

 初日に舞空術を悟飯が教えようとした時、この問題が露呈した

 

 戦闘時、例えば拳に込めて攻撃力を上げる、といったような時の使い方はどちらもさして違いはない

 

 しかしいざ舞空術で飛んでみようとなると、そうはいかなかった

 

 コタローのように上手くコツがつかめず、悟飯も魔力の扱い方についてはアドバイスが送れない

 

 二日目の後半辺りからだろうか、ネギは舞空術関係の練習については森の奥で一人でおこなっていた

 

「あいつのことやし平気やと思うけど……そんなら、俺が様子見てくるわ」

 

 コタローはネギがいる森の方を向き、浮いたまま全身に気を込めてみる

 

 目に見えて気が体表に出たのを確認すると、続いて身体を少し前傾

 

「これの練習もかねて……なっ!」

 

 次の瞬間、コタローは舞空術で高速で飛び出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル……」

 

 ネギは始動キーを唱え、自身の周りに魔力を纏わせる

 

 発動させようとしているのは、自身が得意としている風系統の魔法だ

 

(普通にやって出来ないなら、これで少しでも補助になれば……)

 

 本来魔法使いは舞空術、ネギのいた世界での一般的な呼び名でいうと浮遊術を覚えなくても空は飛べる

 

 ネギもそれは例外ではなく、元の世界でも父から貰った杖を使って飛んでいた

 

 現在その杖は麻帆良の土地に置き去りであるが、ネギが真剣にこの技の習得に励んでいる理由はそれだけではなかった

 

風よ(ウインテ)!」

 

 自らの父、ナギ・スプリングフィールドの言葉を思い出したからだ

 

 正確には彼の従者、アルビレオ・イマが自身のアーティファクトによって再生したナギの人格が放った言葉というべきか

 

 ”あーー しかし何だ アレだ ホラ 浮遊術がねーとハイレベルじゃキツいぜ?”

 

 普通の魔法使いなら、箒や杖で飛ぶことさえできれば大抵の移動に関しては問題ない

 

 ナギが言っていたのは前述の通りそれよりも上のレベル、空中戦における優位性を見越しての助言だった

 

 箒や杖で飛ぶ場合、仮にその上で魔法を行使しようとするとコントロールの都合上最低でも片手の使用が不自由になる

 

 肉弾戦となればそれが不利になるのは尚更だ、跨っているため足技は使えないことに加え、片手が塞がって満足な攻防も出来ないのは空中で敵に接近された時に致命的だ

 

 もっとも今の時代、ここまでハイレベルの戦闘機会に立ち会う魔法使いの数は少ない

 

 すると結局のところ習得までの苦労の割に見合うリターンはあまりなく、『箒や杖で飛べれば問題ない』ということで落ち着いてしまうのだ

 

 そのためネギも麻帆良祭での格闘大会があるまでは覚えようという気はなく、彼と同い年くらいには既に習得していた父とはこの時点で大きく差があったことになる

 

「このまま……体勢を維持、このまま、このまま……」

 

 気の使い方と通じる部分は参考に、他は殆どネギ自身の我流によるこの特訓

 

 何とか浮くところまではこじつけたが、どうも魔力の使い方が全身から見てムラが出るのか体勢が安定しない

 

 そこで風魔法を併用して不安定な部分の補助として使用したところ、どうやらネギの思惑通りとなった模様

 

 ネギの全身は風によって周囲に土ぼこりを上げながら、ゆっくりと上昇していった

 

 ある程度の高度にまで達した後、ネギはそこから少しづつ風よ(ウインテ)の出力を下げていく

 

 あくまで風魔法は補助、純粋に魔力だけで飛ばなくては実戦において意味を成さない

 

 風は収まり、逆に魔力そのものはさらに強さを増す

 

 まるで、補助輪という支えを失いながらも全速力で走り出す自転車のように

 

「……できたっ!」

 

 おおよそ上空五メートル、ネギは確かに浮遊術でその身を中に浮かせていた

 

 喜びを露わにし、下の様子を見る

 

 杖に体重を預けて飛んでいた頃とは、この上空五メートルはてんで違っていた

 

「おっ、ようやく出来たんかネギ」

 

「うわっ!コタローく……」

 

 早速このまま飛んでいって悟飯達に見せよう

 

 そう考えたネギの目の前に、コタローがいきなり姿を見せた

 

「ちょっ、待って待って!いきなり下がったからバランスが……わっ、わっ!」

 

「はははっ、なんやそれ下手くそやなー」

 

 コタローは舞空術で急接近して目の前で急ブレーキ

 

 コタロー自身としてはちゃんと止まれるように調整したのだが、衝突を恐れたネギは思わず速度をつけて後退

 

 そこから突如バランスを崩し、軸のずれたやじろべえのように身体を前後左右に非常に不安定な様子のまま揺らす

 

 それがかなり滑稽に見えたのか、コタローの口元を緩ませ次に笑い声を発せさせた

 

 手を伸ばし掴んでやると、すぐにネギは体勢を立て直す

 

「まあなんにせよ、これで全員飛べるようになったな。はよ悟飯達と合流するで」

 

「うん……え、全員?」

 

「んーまあ、あやか姉ちゃんはまだ十数センチやし『飛ぶ』いうよりは『浮く』やな。けどあやか姉ちゃんセンスあるで」

 

「嘘!?」

 

 この後、どっちが早く悟飯のところに着くか競争しようとコタローが提案し、結果はコタローの圧勝

 

 負けず嫌いであるネギがこの後浮遊術の腕を上げ、コタローにリベンジを果たすのは僅か三日後のことであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、実力からしてネギ達より遥かに下であるあやかも参加して稽古を行っていることからも分かるが、悟飯のネギ達に対しての指導はかなり緩い

 

 基本的にはネギ達のペースに合わせ、向こうから何か要望があればそれに応じてアドバイスや組み手の相手を務めたりといった感じ

 

「魔空包囲弾ーー!」

 

 しかし彼の師、ピッコロは刹那達に対してスパルタを貫いていた

 

 コタロー以上に飲み込みの早かった刹那と楓は、現在舞空術で遥か上空にいた

 

 その周囲にピッコロは気弾を大量に放ち、着弾する前に空中で静止させる

 

「さあ!威力は加減してやったがそれでも触れればダメージは避けられん!舞空術で抜け出してみるんだな!」

 

 気弾はそれなりの密度で弾幕を形成しており、抜け出るための最低の隙間はあるがほんの些細なブレが命取りになると言えた

 

「ピッ、ピッコロの旦那!幾らなんでも覚えたての二人にあれは無茶じゃねえッスか!?」

 

「そ、そうや!もし本当に大怪我でもしたら……」

 

 不安そうな表情でカモと木乃香が上空を見上げながらピッコロに抗議するが、ピッコロにやめる気はない

 

 強くなりたい、そう言った二人に現在出来る最高の修行をさせている

 

 それだけのことだ、そう言ってピッコロは空中の気弾の静止に努める

 

「いやいやいや、いくら木乃香嬢ちゃんの治癒魔法があるってそんn……って早っ!?」

 

「……ほう、気付いたか」

 

「あいあい」

 

 楓帰還、これはカモや木乃香が予想する以上に早かった

 

 ピッコロの横に立ち、楓はいつもの糸目のまま口端をほんの少し上げる

 

「意地が悪いでござるなピッコロ殿も。一箇所だけ、単に直進するだけで方向転換なしに抜け出せるルートを用意しておくとは。」

 

「別にチマチマ細かく間を縫って抜け出せとは言っていない、それにそうやって抜け出そうとしているあいつも正解だ」

 

 未だ上空に残る刹那は、細かく移動と空中静止と繰り返し少しづつ魔空包囲弾を抜けていく

 

 楓よりも舞空術、というより対空行動全般に才のあった刹那は、楓に少し遅れて脱出し地上へと降り立った

 

「はあっ、はあっ、はあっ……」

 

 しかし当たれば即アウトのプレッシャーは大きく、長時間かわし続けていた刹那の疲労は楓の比ではない

 

 呼吸は荒く、地面に汗が一筋落ちた

 

「何をボサッとしている刹那、次は俺と二対一の組み手だ早く準備をしろ」

 

「ええ!?ピッコロの旦那、刹那の嬢ちゃん疲れてるんだし少しくらい休憩させたって……」

 

「ほう、ほんの一分や二分舞空術で飛んだからってもう休憩か。随分といいご身分だな、刹那」

 

「カモさん……私は平気です、ご心配には及びません。始めましょう」

 

 刹那は無理やり呼吸を整え、全身に気を通してピッコロを鋭い眼光で見据える

 

 この三日間だけでも、ほぼ一日中通しての鍛錬の成果か刹那の気は明らかに上がっていた

 

 しかし刹那はこの現状に到底満足してはいない

 

(見ていろ、大会まであと十日……今はまだこの様だが、何としてでも鼻を明かしてやる!)

 

(刹那殿の原動力はまさにコレでござるからなぁ……まあ単純に強くなりたいという理由だけでこの修行を続ける拙者も、相当なのでござろうがな)

 

 鼻を明かすとまでは言わないが、二週間修行した結果実際どこまで伸びたのか試すにはピッコロの言う大会は最高の機会だ

 

 楓も刹那同様ピッコロの指示に従い、気を込めて刹那の隣に立ちピッコロと向かい合う

 

「お嬢様、お下がりください」

 

「う、うん……」

 

「そうだな、今日は……こうしてみるか」

 

 木乃香(と彼女の肩に乗ったカモ)が遠くに移動したのを確認すると、ピッコロは自身の足元に指先から光線を飛ばす

 

 それをぐるりと一周、完成した半径一メートルちょっとの円の中にピッコロは仁王立ち

 

「俺はここから出ん、思う存分かかって来い。ただし離れて休もうものなら容赦なく気功波が飛んでくるのを覚悟しておけ」

 

「……あいあい」

 

「いくぞぉっ!」

 

 二人は同時に駆け出し、ピッコロめがけて拳を振るった

 

 悟飯とピッコロ、そしてそれぞれの師事につくネギ達と刹那達

 

 まるで正反対の修行生活を送る両者が相対するのは、もう少々先のことである




この話から暫く、にじファン版に無かったハーメルン版オリジナルの分の話が続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 師の違い 古とアスナの伸びゆく先は

 ここ数日リアルが忙しすぎて全く筆が進まなかったカゲシンです、大変申し訳ない。ではどうぞ。


 武術の神様武天老師、またの名を亀仙人

 

 その彼が住むカメハウスが建つ島の砂浜に、彼とは違う二人の人物が立っていた

 

 中国拳法の型を取り、演武の様な形で次々と技を繰り出しているのは古菲

 

 それを脇で見ているのはクリリン、かなり熱心な様子で眺めている

 

 毎日麻帆良でもやっていた稽古なのだが、この時古は麻帆良とは違った状態で行っていた

 

 背負っているのは、巨大な甲羅

 

 クリリンも昔やっていた修行法だと亀仙人に紹介され、古は修行二日目から嬉々としてそれを取り入れていた

 

 ここに来てから早四日、甲羅を背負ってからかれこれ三日は経っている

 

 ちなみに甲羅の重量は、現在カメハウス内にある最重量の物で八十キロ

 

 自身の体重の倍近くある代物を背負い、古は少量の汗を流しながら両手両足を振るった

 

 一通り終わると、古は甲羅はそのままに息を吐きクリリンの方に向き直る

 

「クリリーン、もうちょと重いのないアルかな?」

 

「うーん、これ以上重いのだと逆にな……」

 

 クリリンは悩ましい表情で古を見た

 

 続いて視線を横にずらすと、亀仙人が椅子に座って二人の様子を眺めつつ時折カップに入れた飲み物を口に運んでいる

 

 クリリンの視線に気付いた亀仙人は手に持つカップを脇に置き、よいしょと立ち上がった

 

「ふむ、初めの手合せでも思ったが古ちゃんの格闘技術は中々のもんじゃ。それについてはこっちが手出しして色々弄るのは逆効果と言える、だからこそこうして基礎パワーの向上を狙って甲羅トレーニングをさせてみたが……八十キロではもう慣れてしもうたか」

 

 重い物を身に付けることで負荷をかける、トレーニングにおいてはよくある手法だ

 

 亀仙流においてもそれは取り入れられており、亀仙人の弟子が過去何人も甲羅を背負って修行に励んでいた

 

 現在古もクリリンの弟子のような形で修行しているため、言ってみれば亀仙人の孫弟子である

 

 よってクリリン達の例に倣いその修行を続けていたが、これ以上続けることに彼らは難色を示していた

 

「これ以上重いのも用意出来なくはないが、そのせいであまり変な癖がつくのも考え物じゃしな……」

 

 負荷をかけるといっても、『甲羅を背負う』という特性上両手両足までには完全にかからない

 

 すると背負って慣らしている時はいいが、いざ外した時に古の中国武術の繊細な動きのバランスが崩れる恐れがあった

 

 ただパワーを上げたいだけならいいが、それによる弊害が懸念される以上甲羅だけに頼る修行法は推奨出来ない、そう亀仙人は言っているのだ

 

「それじゃあどうするアル?手足にも重り着けるアルか?」

 

「ひとまずはそうなるかのう……おっ、クリリン、お主確か天界で修行してた時に貰った道着がありゃせんかったか?」

 

「ああ、そう言えば……確か奥にしまってる筈です、ちょっと取ってきます」

 

 クリリンはカメハウスの中へと駆け入った

 

 カメハウスの中からは昔の荷物を片っ端からひっくり返す音が聞こえ、どこへいったかな、と首を捻っている姿が容易に想像できるクリリンの声が漏れる

 

「道着……アルか?」

 

「うむ、知り合いの何人かも修行の時に着ていたやつじゃ。今背負っとる甲羅よりもずっと重い代物じゃぞ、すっかり忘れとったわい」

 

「おおっ!」

 

「しかしクリリンのやつ当分出てきそうにないのう……」

 

 亀仙人は数歩だけ進んで玄関の前へ

 

 そこから中を覗き込んでみたが、本当にどこへしまったか忘れたのかクリリンはどうやら二階へ上がっているようだった

 

「なら見つかるまで、別の修行をするまでアル!」

 

「ふむ……そういえば古ちゃん、気の扱い方についてはクリリンから何か教わったのか?」

 

「込め方や練り方とかは一通りアルかな、例えば……ハイヤッ!」

 

 古は海岸の方へ身体を向けると、中段の突きを一発

 

 目に見えて気が溢れ返っていた右拳からのそれは、直接触れずとも大きく水飛沫を上げさせた

 

「おおっ、初めてクリリンと手合わせした時よりも威力が上がっておるのう」

 

「大分コツを覚えたアル……が、まだクリリンみたいに手に出して撃ったりは無理ヨ」

 

「気功波か……どれ、クリリンが出てくるまでわしがコーチしてみるか」

 

「老師自らアルか!?」

 

 この亀仙人の提案に、古が嬉々としない理由はない

 

 たまには身体を動かさんとのうと亀仙人は言い、次に古の前に立って構えを取った

 

 古もクリリンが撃つのを見た、かめはめ波の構え

 

 同じ構えをしてみいと古に言うと、彼女も見よう見まねで同様に構える

 

「さっき古ちゃんは拳に気を込めとったが、手を握らんでも……例えば手掌にでも大丈夫か?」

 

「無論アル!」

 

「なら説明が楽じゃな、イメージとしては(てのひら)そのものに直接ではなくその少し先、掌同士で作ったこの空間の中に込めるんじゃ」

 

 そう言って亀仙人が少し気を込めると、両手の間に青白い光が灯った

 

 両手で上手くコントロールされたその気は、手の中から逃げることなく一定量づつ大きさを増していく

 

「気功波とは、本来身体に内在してる気を外へ引っ張り出して相手に放つ特別な技。だからこそ途中で飛散せぬよう自身でコントロールすることが求められる、難しいのはそこなんじゃ」

 

「だから両手で囲うようにして気を集めるアルか?」

 

「その通り、こうすれば気を逃がすことなく集め易い。そうやって気を集束して放つのが……波あああっ!」

 

 完全に込めきったわけではないが、亀仙人の両手から気功波が真っ直ぐ放たれる

 

 あくまで見本という形で撃ったため、海の上を数十メートルも飛ぶとあっさり消えた

 

「かめはめ波、というわけじゃ。それじゃあ、古ちゃんも気を込めるところからやってみい」

 

「わかたアル!ぬぐぐぐぐ……」

 

(思えば、こうやってかめはめ波を教え込むなんて何年ぶりかのう……悟空やクリリンは見よう見まねで勝手に覚えよったし、ヤムチャ以来か)

 

 古は亀仙人の言葉一つ一つを、実に素直な様子で聞き入れ実行している

 

 亀仙人はまたも十数年前、カメハウスに集い修行する弟子達のことを思い返していた

 

「波っ!あ、ちょとだけ出たアル!出たアルよね老師!?」

 

「うむ、いいぞ古ちゃん」

 

 暫くするとクリリンが道着を見つけてきたが、ほぼ同時に昼ごはんが出来ましたと五月に呼ばれ食事休み

 

 この後は古が逆に師となって二時間ほどクリリンに自身の中国武術を伝授、これも修行を始めてから定例のメニューとなっている

 

「そうそう古、さっき道着探してる時前言った知り合いに電話しといたんだ。そしたら三日くらいで修行道具こっちに送ってくれるってさ」

 

「甲羅や道着よりも凄いアルか?」

 

「ふふん、聞いて驚くなよ。実は俺もまだやったことないんだけど、重力を……」

 

 亀仙流クリリンとその弟子古菲の修行の日々は、これからも続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さてほぼ同時刻、古と同級である神楽坂明日菜も天津飯達と修行の日々に明け暮れていた

 

「行くよ、アスナ!」

 

「はい!」

 

 餃子の合図に答え、アスナは餃子と同時に駆け出す

 

 その先にいるのは天津飯、距離を取るでも迎撃しようとするでもなくその場に立ったまま二人の攻撃に応じる

 

 餃子はアスナよりも短い手足ながらも、その小さな体躯からは想像出来ないスピードで次々と蹴りや突き

 アスナはアーティファクトであるハマノツルギ(ハリセンモード)を展開、加えて自らの得意とする足技を絡める

 

 前方斜め二方向から攻めたてられる天津飯だが、動揺は欠片も見られない

 

 基本的に攻撃のリーチは決まっている、餃子が超近距離でアスナがそれよりちょっと長い近距離

 

 天津飯の三つ目はアスナが攻撃動作に入った瞬間を捉えることで攻撃の軌道を即座に予測し、すぐさま回避行動に移ることで餃子の攻撃を見切る猶予が充分に手に入る

 

 巧みな立ち回りと両腕の防御動作で、二人の攻撃を全て防ぎ切っていた

 

 また、この時点でアスナは既に咸卦法を発動済、地上での近距離戦においてはこれ以上ない全力である

 

「どうしたアスナ!それが精一杯か!」 

 

「……まだまだぁ!」

 

 アスナは脚を止め腕を止め、次の瞬間後ろへステップを踏んで後退

 

 一定の距離をとるとその場で垂直に飛び上がった

 

 その間にアーティファクトは仮契約カードに戻し、空いた右手と共に両手の五指をそれぞれ合わせる

 

 両手の間に球形に近い空間が出来上がり、そこへアスナは咸卦の気を瞬時に込め、

 

「せやあああっ!」

 

 バレーボール大の気弾を、頭上に抱え上げた状態から天津飯目掛け投げ下ろした

 

 餃子もアスナとタイミングを同じくして下がっており、人差し指一本だけを天津飯に向け攻撃する

 

「どどん波!」

 

 光線状の気功波攻撃、両者それぞれの技が天津飯を襲う

 

「……」

 

 だがそれでも天津飯はその場から動かない

 

 何故なら、彼にとってそれらの攻撃は避けるまでもなかったから

 

「……はああああああっっ!」

 

 全身から突如として猛烈に湧き上がる気、咆哮と共にそれは爆発

 

 アスナの気弾と餃子のどどん波、その両方を難なくかき消した

 

 それに伴い、気によって巻き起こされた爆風がアスナ達二人を吹き飛ばしにかかる

 

 地上にいた餃子は何とか踏ん張り、体勢を維持

 

 一方のアスナは空中にいたためそんなことは出来ず、その場でのけぞるような形でバランスを崩す

 

 しかし、何とか高度はそのままに少し時間を経て元の状態に戻った

 

 フーと息を吐き、アスナは地上の天津飯と目を合わす

 

「おいアスナ、大丈夫か」

 

「な、何とか……けどやっぱりこれってかなり難しいですよ、全然小回り効きませんし」

 

「慣れれば何てことはない、むしろ俺はお前が既にここまで出来ていることに驚いているんだがな」

 

 舞空術で浮遊するアスナは、ゆっくりと降下し着地

 

 天津飯の修行の手伝いという名目で始まった三人での合同稽古

 

 実質的にはアスナの実力の底上げを天津飯らが支援する形に近いのだが、その成果は目まぐるしいものがあった

 

 元より麻帆良の武道大会においても、参加選手からの念話によるアドバイスだけで咸卦法を巧みに操り更にはその時の対戦相手である刹那を追い詰めたことまである

 

 吸収力は凄まじく、加えて咸卦の気の強大なエネルギー量を利用してあっという間に舞空術を会得する

 

 気功波そのものの扱いについてはまだ難があったが、撃ち出すことが出来るなら上出来といっていい

 

「とりあえずは一旦飯にしよう、午後はそうだな……何か気功波系統の技、さっき餃子が使ったどどん波の練習でもしてみるか?」

 

「すみません、本当はそういう時間も天津飯さん自身の修行にあてるべきなのに……」

 

「お前が強くなればなるほどこっちとしても助かるんだ、気にしなくてもいい。それじゃあ餃子、頼む」

 

「うん、まき絵と合流してお昼ご飯作る」

 

 森の向こう側に、煙が一本立ち上っている

 

 その地点では佐々木まき絵が火をくべて既に昼食作りの準備に入っており、餃子はそこを目指して真っ直ぐ飛んでいった

 

 残った二人は餃子の後を舞空術で追いはせず、少々迂回するようなルートでまき絵のいる場所へと歩いて向かう

 

 お昼が出来上がるまでの時間つぶしも兼ねて、夕食以降に使う用の山菜を採るためだった

 

「~~~~♪」

 

(だがアスナの覚えが早いからといって、少々急ぎ過ぎたかもしれんな。本来なら初めの一週間くらいは、気の扱いに耐えうるだけの基礎力の向上を重点に置くべきだった。それが今は半実戦形式……)

 

 そんな中天津飯はアスナの現在の修行内容を振り返る、彼らは知る由も無いが彼らのは修行内容は古達のとは大分かけ離れている

 

 クリリンは古に舞空術や気功波の習得を別段急がせてはいなかった、あくまで教えたのは古の拳法を活かしつつ攻撃力を上げるための気の込め方や練り方が中心で、他は甲羅トレーニングのように負荷をかけての基礎力の向上を狙うメニュー

 

 おそらく古が天津飯のもとでアスナと同様のメニューをこなしていた場合、舞空術で飛ぶことも気功波を放つことも現時点で容易だった筈だ

 

 しかし基礎力に関しては、クリリンと修行する古の方がそちらに時間を割いている以上アスナよりも伸びていた

 

(近い内、何か別の修行法を考えた方がいいかもしれんな……)

 

 師とする人物が違う以上、修行内容に差が出るのは必然であり避けられない事実

 

 その結果が表れるのは十日後、皆が一同に会する天下一大武道会である

 




 本当は一週目の登場順に書く予定(つまりネギ→刹那→古→ハルナ→アスナ→夕映→千雨)でしたが、武闘派は武闘派同士で話固めた方がいいなということで順番変えました。
 次回はおそらくハルナです、ではでは。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 誕生新ゴーレム!? 王子ベジータは何を思う

 にじファン版にはない完全書き下ろしとはいえ、流石に遅すぎましたすみません。その分中身を普通より増量しましたのでご勘弁を。ではどうぞ


 西の都にある、カプセルコーポレーション研究所

 

 社長であるブリーフ一家の住居も兼ねたその建物の廊下を、一人の男が黙々と歩いていた

 

 異世界からやって来たハルナ達を保護し、居候することを許してくれたカプセルコーポレーション令嬢のブルマ

 

 そんな彼女の夫である、ベジータだ

 

 地球においては悟飯の父、孫悟空とかつて地球の運命をかけた戦いを繰り広げ、その後は幾度となく地球宇宙と場所を問わず共に戦ってきたほどの実力者

 

 地球での最初の一戦以降は悟空と戦う機会をことごとく逃しているのだが、ベジータは正真正銘の決着をつけるべく五年以上に渡って厳しい修行を自らに課せ続けていた

 

 しかしそれも、ちょうど一年前にピタリと終わりを告げる

 

 自身との実力差を示したまま、好敵手カカロットこと孫悟空はこの世を去った

 

 ドラゴンボールによって生き返ることもなく、息子悟飯に地球を任せ自分はあの世で修行することを選んだのだ

 

 かつて下剋上することを誓ったフリーザも、自身の細胞を取り込んだ忌々しい人造人間セルも既にいない

 

 ベジータが戦う相手は、もうこの地球にはいなかった

 

 そんなベジータはいつものように朝食をとるべく、自室を出ると決して軽くない足取りで廊下を進む

 

 目的地まで半分ほど差し掛かった頃か、ある個室のドアの前を通ったところでちょうどそのドアが開く

 

 横にスライドするタイプのそれから出てきた一人の少女が、危うくベジータとぶつかりかけ足を慌てて止めた

 

「きゃっ、ごっ、ごめんなさい……」

 

 宮崎のどかはベジータの顔を確認、ややおびえた様子を見せる

 

「……ふん」

 

 数日前から、ブルマが居候を許しここに住み始めた少女達の一人

 

 初日の夕食時にブルマから話を聞かされたが、ベジータはさほど興味を持たなかった

 

 今回も彼女のことは意に関せず、再び歩き始めた

 

 のどかは足を止めたまま、自身から離れていく彼の背中を見送る

 

(ううっ、やっぱり、話せないな……)

 

 担任ネギとの交流を通して、かなり改善されたのどかの男性恐怖症だが(現にヤムチャ相手にはこれまで何度か会話を交わせている)、ベジータ相手にはまだ一度もまともに出来ていない

 

 ベジータ自身に会話する意思が無いのもあるが、加えて普段からの彼の雰囲気に臆している面もある

 

 のどかはまだ、ベジータが怖かった

 

(けど、ベジータさん……)

 

 そして「怖い」の他に、のどかがベジータに対して思ったことがもう一つ

 

(やっぱり今日も、元気なさそうだったな……)

 

 「哀しそう」、だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?今日は相手しなくていいんですか?」

 

「ああ、今日は重力室でいっちょ自主トレでもしようと思ってな」

 

 朝食の時間も終わると、お馴染みといった様子でヤムチャが訪ねてきた

 

 最近は早乙女ハルナのゴーレム相手に実戦形式の修行を重ねていたが、今日の目的はそれにあらず

 

 いや、正確にはここに来る直前まではゴーレムを相手にするつもりだったのだが

 

(まさかクリリンが重力装置をブルマに頼むなんてな……何倍までやるかは知らないが、こっちもやっておくに越したことはない)

 

 到着直後研究室を訪ねると、何やら作業中のブルマを発見

 

 何してんだ訊くと、クリリンが昨日「重力装置をホイポイカプセルにして送ってくれ」と電話してきたらしい

 

 クリリンも大会優勝を狙って本腰を入れてきたなと焦ったヤムチャは、自分もやるかと決めたそうだ

 

「ハルナも毎日俺の相手で大変だろ?たまには休めって、な?」

 

 そういうわけで暇になったハルナは、何か面白いものはないかとブルマの許可を得て書庫の中に入り物色を開始していた

 

 いつもはのどかもいて本を色々読み漁っているのだが、今日は本を数冊持ち出して庭園まで足を運びそこで読んでいる

 

 ゆえに今はハルナ一人、本棚を一段一段丁寧に見て回る

 

 この世界にハルナが知る作家は一人としていない、本そのものもまた然り

 

「うーん、どれから手を付けるべきか……情報皆無だからなぁ、表紙とタイトルくらいしか判断材料が……お?」

 

 どれにするかと決めかねていると、現在物色している本棚の隣にある棚に気が付いた

 

 サイズはほぼ同じだが、観音開きのガラス戸がついており他よりも上等であることが分かる

 

 何が入っているのかとハルナが戸を開けてみると、中にあったのは数冊のアルバムだった

 

 表紙を見ると年代別に分けられており、そこらの本よりも真っ先に興味をハルナは持つ

 

 まずは最初に手に取った一冊を開く、目に入ったのは若かりし頃のブルマとヤムチャ

 

「うっわ、二人とも今と全然違う。ヤムチャさんすんごい長髪……二人って昔付き合ったりしてたのかしら」

 

 ハルナのページをめくる手、他のアルバムを取り出す手は止まらない

 

 左から順に読んでいったアルバムはちょうど年代順に整理されており、最後の一ページには赤ん坊を抱いているブルマの写真が数枚、これで終了

 

「ベジータさんあんまり写ってないわね……まあ多分取られるの基本嫌がったんでしょうけどね、あの人不愛想だし」

 

 アルバムを見る限り、どうもブルマのベジータとの付き合いはヤムチャとのそれより大分短いようで、写真に写っている年代の広さからもそれが窺がえる

 

 加えてハルナは、写真の男性陣を見てある感想を抱かずにはいられなかった

 

「にしても、武道家の知り合い多いのねブルマさん。ヤムチャさんとベジータさんはともかくとして、他の人もみんな凄い筋肉……あ」

 

 と、ここでハルナ突如閃く

 

 ちょっとした好奇心、そしてヤムチャ達を驚かそうという悪戯心が彼女を動かした

 

「……アデアット」

 

 ハルナは書庫にて、アルバムを数冊広げながらペンを走らせる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブルマ宅の庭園には、父ブリーフが動物好きなこともありペット達が多数いる

 

 犬、猫、鳥、さらには恐竜までいるというカオス空間を形成していた

 

 恐竜の存在は初日にハルナがゴーレムを披露してすぐ後に判明していて、のどかは当初庭に入ることにかなりの躊躇いを見せていた

 

 しかしブルマから話を聞いてみたり実際様子を観察してみると、長い間飼われて人間慣れしているのか大人しいし、基本庭園内に入ってきた人間を怖がらせぬよう自分から近づいて直接干渉しようとしない行動理念を持っているように感じられた

 

 現にのどかは庭園の芝生に腰を下ろして本を読んでいるが、恐竜は端の方に移動している

 

(なんか、私が邪魔しに入ってきちゃったみたいで悪かったかな……あれ?)

 

 一旦本から目を離して恐竜が移動した方向へ目をやる、木々に隠れていてよく姿は見えないがどうも寝そべって日向ぼっこに興じているようだった

 

 するとその手前、のどかと恐竜の中間にいる犬猫達がのどかのいる方向を一斉に向いて移動を開始する

 

 ワン、ニャー、バウ、ナーとそれぞれ可愛らしい鳴き声を発しながら、計十数匹が迫る

 

「え!?え!?」

 

「ははっ、あなたじゃなくて私よのどか」

 

「あっ、ブルマさん」

 

 背後からの声を受け、振り返るとそこにいたのはブルマ

 

 両手にはそれぞれ動物達のエサと容器、時刻は正午に近付こうとしていた

 

「作業の息抜きも兼ねて、餌やりにね。のどかもあげてみる?」

 

「じゃあ折角ですし、やってみます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ、はあっ、たまったもんじゃねえぜ……ベジータの奴これ以上の修行を三年間も続けてたのか」

 

「お、ヤムチャ君お疲れ。はいこれ」

 

「すみません、んぐ、んぐ……」

 

 重力室の扉が開き、一人の男が顔を出す

 

 呼吸は荒く全身汗だく、ヤムチャは出るや否やドリンクを受け取り流し込む

 

 ベジータが修行をやめて以来久々の稼働だったため、万一に備えブルマの父ブリーフが外で待機していた

 

「しかしまぁ、無事に動いてくれて良かった良かった。調子を確認しようにも、わしやブルマが中に入って動かすわけにはいかないからねえ。そうだ、そろそろお昼だけど、食べてくかね?」

 

「それじゃあお言葉に甘え……ん?」

 

 続いて予め用意していたタオルで汗を拭う、するとあることに気付きヤムチャの動きが止まる

 

 ブリーフは気付いていないが、こちらへ近づく複数の気配

 

 一つはハルナ、他にも彼女の使役するゴーレムの魔力を察知した

 

「どうしたんだい?」

 

「いえ、ハルナがこっちに向かってるみたいで……」

 

 どうやらゴーレムの数は複数、どれも微妙にだが違いが感じられる

 

(それにどれも覚えがない……新作のゴーレムでも作ったのか?)

 

「やっほー、ヤムチャさんいますー?あ、いたいた」

 

 来訪と共にドアが開き、頭頂の触覚二本を揺らしながらハルナはうきうきとした様子で入室した

 

 どうしたとヤムチャが訊くと、彼の予想通りつい先刻新しいゴーレムを作ったので見てほしいとのことだった

 

 廊下に待機させていたゴーレムにハルナは手招きし、中へと入れる

 

「さっきブルマさん達のアルバムを見つけちゃいまして。写真見ただけの粗削りですけど、どうです似てます?」

 

「うおっ!?」

 

「ほー、こりゃ凄いね」

 

 一体、一体、一体、計三体のゴーレムが入ってくる

 

 山吹色の道着を着た者が二体、内一体はそこそこの背丈で、もう一体はハルナより低身長でスキンヘッド

 

 最後の一体は他の二体よりも長身だが、それ以上に特徴的だったのは額にある第三の目

 

 そう、そこにいたのはヤムチャと昔からの付き合いである三人の武道家

 

 悟空、クリリン、天津飯を模したゴーレム達であった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は戻り庭園内、ブルマはのどかの隣に腰掛け会話を交わす

 

 いや、一方的にブルマがのどかへ説明するように話しているという方が正しいか

 

「まあ、こんな感じかしらね」

 

「そんなことが……」

 

 エサやりをしている最中、のどかは今朝方のベジータのことを思い出す

 

 今まで殆どベジータについての話は聞いたことが無く、気になっていたのどかはブルマに尋ねたのだ

 

 初めはホイホイ話していいものかと考えたブルマだったが、のどかが真剣にベジータのことを案じていることを察したのか、大まかにであるが話した

 

 現在に至るまでの戦い、孫悟空と切磋琢磨してきた日々、そしてその悟空の死

 

 死線を共に戦いもした、彼らのライバル以上とも言える関係

 

 女であるのどかが完全に把握しきるのは難しいものであったが、ベジータの気持ちを幾らか察することは可能だ

 

 自身が修行し続けてきた、自身が生きる上での根幹に近い、最大の目標を目の前で失った

 

 その喪失感は彼の中では、この一年という短い間では到底消しきれないものなのだろう

 

 いや、もしかしたらこのままずっと、続くのかもしれない

 

 今までのどかが読んできた本の中でもそんな終わり方をする話は数知れず、それらの最後の一ページの像が幾つも彼女の頭の中でふとよぎった

 

「けどね……私は信じてるの」

 

「ブルマ……さん?」

 

 しかし、ブルマは違う

 

 力強く、言葉を続ける

 

「働きもせず、延々重力室に籠る修行馬鹿でもこの際いいの。今みたいなんじゃなくて、昔みたいなベジータに戻ってくれるのをね。五年位前かしら……孫君が死んだんじゃないかって時に、これで宇宙最強は俺だとか言ってたくらいなのよ?」

 

「そう、ですね……私も、そうなったらいいと思います」

 

 ブルマは、強かった

 

「ブルマさんにとっても、それに何よりベジータさん本人にとっ……ひゃあああいっ!?じ、地震!?」

 

「え!?」

 

 感銘を受けたのどかも同意の言葉を紡ごうとするが、言い終わるよりも先にそれは途中で止められる

 

 突如として庭園全体を、地震のような揺れが襲った

 

 ブルマも少なからず動揺を見せ、辺りにいた犬猫達も一目散に草陰や木陰へと逃げていく、決して気のせいでは済まされない

 

 するとブルマが、まさかといった表情で建物の壁部の方へと顔を向ける

 

 合わせてのどかも向くと次の瞬間

 

「ば、爆はっ……人が、落ちっ……」

 

「ちょっ、何よこれ!」

 

 壁が爆発音と共に大破、それと共に吹っ飛ばされ落ちてくる人影が一つ

 

 着ている服の色を遠目に見るとヤムチャと同じであり、よくよく見ると髪の長さが違う

 

 顔を確認するよりも先に、それはボワンと音を立て消滅

 

「消えた、ってことはハルナのゴーレムですね。まさか、ヤムチャさんがあんなことを……」

 

「違う……いくらヤムチャでも、人様の家をぶっ壊すなんて真似はしないわ」

 

「じゃあ誰が……」

 

「一人しか、いないわね」

 

「ブルマさん!?」

 

 ブルマは腰を上げ、庭園の出口へと走り出した

 

 意図を理解するのが遅れたのどかはその場で数秒硬直したが、気付くや否や慌てて彼女の後を追う

 

 行くべき部屋は、修行用の重力室を置いているそれ

 

 爆発した場所がその部屋だと把握するのは昔から住んでいるブルマにとって難しくなく、屋内に入ると最短ルートを即座に選択

 

 場所からここより二階上

 

 エレベーターは現在最上階まで上がっており、降りてくるのを待つよりはと階段を駆け上がる

 

「あの……馬鹿!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時はやや遡る

 

 ハルナが新たに用意した新作ゴーレムにヤムチャとブリーフ、特に前者が興味津々であった

 

 肩や上腕、胸板に手をやりその再現度を実感する

 

「っはー、写真だけにしてはよく出来てるじゃないか。俺みたいに直接スケッチしたわけじゃないんだろ?」

 

「ですねー、ただ年代にかなり幅あったんで体格どうするかは結構悩みましたよ?一番近そうな写真だけだと情報量足りませんし」

 

「ああ……クリリンと、特に悟空な」

 

「変わりすぎなんですもんこの二人……あ、で、どうしますこれ?今度から使います?」

 

 思わず苦言を漏らしたハルナだったが、ここに来た本来の目的を思い出す

 

 現在ヤムチャの修行相手を務めているのは炎の魔人とヤムチャゴーレムの二体

 

 いい加減数を増やそうと思っていたのだが、この二体を超えるゴーレムが中々生まれずなし崩し的にこの二体だけとなっていた

 

 ハルナのゴーレムの強さの源は彼女自身の画力や絵の精度、そしてイメージ力によって付加される特性や技といった能力

 

 前者はこちらへ来てからも毎日スケッチ等をして磨いている最中だが、後者がなかなか上手くいかない

 

 何でも思うが儘に設定できるわけではなく、あくまで魔力・気の使用の延長線上によるものしか搭載は不可能、ゴーレムを行使しているのがその魔力なのだから無理もないが

 

 そうなると彼女の想像だけでは限界があり、ある程度元の力を知ることによるリアリティが必要となる

 

 その結果生まれたのが、ヤムチャ本人からかめはめ波や狼牙風風拳を伝承させたヤムチャゴーレムだ

 

「どんな技使ってたかーってのをヤムチャさんから教えてもらえれば、ヤムチャゴーレムほどじゃないですけど一応修行相手になるんじゃないかと」

 

「うーん、教えるって言っても気功砲や界王拳は伝聞だけで再現するのは……そういやこいつら、今の状態でも戦えるんだよな?」

 

「まあ戦闘用のゴーレムとして召喚してますから、いつもの二体より大分弱くなりますけど一応は」

 

 ヤムチャが天津飯ゴーレム、悟空ゴーレムと順に目をやった時、彼らの姿を見てふとある考えが浮かぶ

 

 炎の魔人やヤムチャゴーレムより弱いということは、このゴーレム達の弱さは相当なのだろう

 

 それこそ自身も大した力を使わず、例えば奥にある重力室の中でもどこも壊さずに捌けるくらいには

 

「ちょっとこいつら二体で、俺に攻撃させてみてくれないか?俺はこの場で全部避けるからさ」

 

「え、危なくないですかそれ。屋内ですよここ」

 

「いいからいいから、今スイッチ切ってあるからこの中でやろう。気功波系使わなきゃ問題ないって」

 

 かくして、ヤムチャ対ゴーレム二体の簡易組手が突如開始

 

 よほど早くやってみたかったか、四方に壁上方に天井がある重力室の中でだ

 

 ブリーフは『ベジータ君みたく派手に暴れて壊さないように』と念を押し、中に入った二人と二体を外から眺める

 

「弱いまんまですけど、本当にいいんですか?」

 

「いいからいいから、二体まとめてかかってきなさい」

 

 ハルナの指示を受け、二体は同時に襲い掛かった

 

 技も何も一切なし、ただただ殴る蹴るの単純な攻撃を戦略性もなしに繰り出すだけのもの

 

 ヤムチャにはそれらが過去の戦いからすればまるで止まっているようにも見え、余裕綽々の笑みを浮かべながら次々とかわしていく

 

「そらそらー!どうした悟空、それに天津飯!お前らの力はそんなものかー?」

 

「随分楽しそうじゃのー、ヤムチャ君」

 

 素人目でもわかる圧倒的実力差の戦いを見ながら、ブリーフが零した発言は正にその通りであった

 

 現在に至るまで実力ではとても及ばず、かつて戦いにおいて苦汁を舐めさせられもした目の前の二人

 

 それにそっくりなゴーレムを相手に、ヤムチャはまるで本人そのものと相手をしているような振る舞いで組み手を続行している

 

 かわし続けかわし続けなお満足げな表情、その笑顔は消えない

 

「カカ……ロット?」

 

「ん?あっ」

 

 彼の来訪、その時までは

 

 ハルナが召喚したゴーレムはもう一体いた、そうクリリンのゴーレム

 

 ヤムチャから指名も受けず、ハルナから指示も受けずで部屋の入り口近くに棒立ちでいたのだが、それをたまたま発見される

 

 しかしどこか本人との差異を感じ、部屋の奥まで覗いて見た結果がこれである

 

 べジータはブリーフの横まで歩み寄り、重力室の中の様子を信じられないという表情で見つめていた

 

 カカロットもとい悟空がヤムチャ相手に子供扱い、ヤムチャは笑みまで浮かべている

 

 調子に乗ったヤムチャが軽く足払いをかけてその場で転ばせたところで、ついに辛抱たまらず自ら動く

 

 拳を強く握り締め、重力室のドアを殴り飛ばし入室

 

「ヤムチャーーーーッッ!」

 

「うえぇ!?ベ、ベジータ!」

 

「これは一体どういうことだ……」

 

 ヤムチャの笑みは消え、ゴーレム二体の足は止まりハルナは両目を見開きべジータを見る

 

 疑念疑問怒り諸々をどういうことだの一言でまとめ、ヤムチャの方へ一歩一歩と近づく

 

 流石にヤムチャも、さっきまでの行動がべジータを怒らせるには充分すぎるものだと認識したか動揺を隠せず、返す言葉を見つけられず言いよどむ

 

 べジータはそんな彼をよそに、一番の目的である彼の隣の人物へと次は目をやった

 

 姿かたち、それは間違いなくべジータの宿命のライバルのそれ

 

「……違う」

 

 だがべジータは納得がいかない、いや納得してはいけないと再認識をする

 

 一年ぶりに振るった二発目の拳は、この場の誰もが捉えられない速度で悟空ゴーレムを殴り飛ばしていた

 

 殴り飛ばされた悟空ゴーレムは重力室の壁に直撃

 

 そのまま壁を突き破り、ダメージに耐え切れず少ししてゴーレムは消滅する

 

「あんなのが……あんなのがカカロットであってたまるかーーっ!」

 

「いだああああいっ!」

 

「……ん?」

 

 べジータの怒りの咆哮に続いて重力室に響いたのは、ハルナの絶叫だった

 

 ハルナのゴーレムは完全独立体ではなく、術者ハルナにダメージがフェードバックする形でリンクしている

 

 返ってくる割合は微々たるものなのだが、壁を突き破るほど吹っ飛ばされる一撃では彼女も到底耐え切れなかった

 

 消滅した悟空ゴーレムは再びアーティファクトにイラストとして戻り、その際魔力によって僅かに光を灯す

 

 この瞬間をベジータを見逃さなかった

 

(……まさか)

 

 確かめようとべジータは新たにターゲットを定める、天津飯ゴーレムだ

 

 ハルナに指示を受ける暇もアーティファクト内に戻る暇も与えず、一瞬で接近

 

 胸倉をつかみ、背中から床に力強く投げて叩きつける

 

「あぎゃっ!」

 

 さっきほどではないがまたハルナにダメージ、ゴーレムも消滅する

 

 そしてまたアーティファクトに光が灯る、これでベジータは確信した

 

「貴様かあああぁっ!」

 

「ひいっ!」

 

「ちょっとベジータ!」

 

 ハルナに詰め寄り、襟をつかんで引き込む

 

 涙目になってハルナが声を漏らすと、ほぼ同時にブルマが姿を現した

 

「離しなさい!ハルナに何やってんの!」

 

「黙れ!」

 

 止めようとするブルマを一喝し、改めてハルナに向き合い怒りに満ちた形相で睨みつける

 

「いいか、俺が言いたいことは一つだけだよく聞け」

 

「は、はひ……」

 

「他の奴のはどうでもいい、だがな……あんなふざけた紛い物のカカロットを次また出してみろ、今度は容赦しないことを覚悟しておけ!いいな!」

 

 バランスを崩して尻餅をつく程度にハルナを突き飛ばし、ベジータは踵を返して重力室を出る

 

 ハルナ、ヤムチャ、ブリーフはその場から動けず、唯一ブルマだけがベジータに食って掛かっていたが、それを無視して部屋を出る

 

「あ、ベジータさ……」

 

「……どけ」

 

「は、はいっ……」

 

 部屋を出るとブルマの後を追ってきていたのどかとちょうど鉢合わせるが、ただ一言で彼女を廊下の隅へと追いやった

 

「……くそったれが」

 

 今ある感情のやり場が無いことに憤慨したまま、ベジータは自室へ向け足を進める

 

 その足取りはかつての彼を思わせるそれに見えたが、それでもまだ、ベジータは「哀しそう」なままであった




 新作書き下ろしシリーズは一応あと2~3話ほど続く予定です、出来れば今月中に2本くらいは投稿したいですね。ではでは


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 夕映、決死のおつかい!?守り抜け超大金

 結局ひと月近くかかりました、どうもすいませんカゲシンです。前回より短いですが、ではどうぞ。


 空飛ぶ魔法使い、といえば何を連想するだろうか

 

 普通の人なら大抵、『魔法使いが空を飛ぶための道具』ということで箒を思い浮かべる

 

 杖と箒両方持つと嵩張ることもあってネギのように杖を併用して空を飛ぶ魔法使いもいるが、基本はやはり箒だ

 

 掃く方を後ろ側にし、柄に跨って空を飛ぶ

 

 そんな誰もが思い浮かぶ光景が、少女二人の前で現実となっていた

 

 朝倉和美と相坂さよは、こちらへ向かってくるもう一人の少女を出迎える

 

「凄いです夕映さんー!」

 

「おおー!飛べてる飛べてる!」

 

 箒に乗って上空を一回り

 

 綾瀬夕映は減速しながら体勢を安定させ、ゆっくりと二人の前に着陸した

 

「ありがとうございます、この五日間ずっと練習した甲斐があったです」

 

 占いババに弟子入りして早数日、こうして午後はずっと修行の日々を送っている

 

火よ灯れ(アールデスカット)のように杖から出す単純な魔法は元々幾つか使えていたため、最初に占いババから命じられたことは『箒で飛べるようになれ』だった

 

 初日はまず占いババが実演してみせ(箒に乗って飛ぶのは数百年ぶりとは本人の談)、とりあえずやってみろの一言

 

 当然いきなり言われても飛べるはずもなく、そこから少しづつ技術を覚えて積み重ねていく

 

 そうして三日目になってようやく安定して浮くようになり、五日目の今日は朝倉達も称賛するほどの出来にまで仕上がった

 

「しっかし、そんな三日四日でほいほい飛べるもんなの?いや、元々夕映っちは下地があったわけだけどさ」

 

「色々要因はあったと思うですが……おそらくは、あのドリンクが一番でしょうね」

 

「ああ、あれね……」

 

 忘れもしない、来訪初日の夜での出来事

 

 弟子入りを志願する夕映を体よく退かせようと占いババが用意した、魔界生物の体液を使った特製ドリンク

 

 それを夕映は覚悟をもって飲み干し現在に至るわけなのだが、その際ドリンクの作用か彼女の中で色々と変化が起こっていた

 

「でもこうやって、夕映さんとお話しできるようになったのは嬉しかったです!」

 

 まず、相坂さよの目視が常時可能になったという点

 

 3-Aの中では彼女が見える者は片手で数える程度なのだが、夕映もあの日からその中に名を連ねる

 

 そしてもう一つ、これが夕映の言う一番の要因なのだが、当初より魔力が確実に上がっていたのだ

 

 飲みきった後体調を崩したのは、体内で魔力がいきなり増幅して身体が適応しきれずにいたから

 

 あの世の出来事を回想し終えると、夕映は朝倉達と別れ占いババのもとへ

 

 占いババもまた、朝倉達とは場所は違えど先程の夕映の飛行を見ており、夕映が着くや否や簡潔に評価を口にする

 

「まあ、及第点かの」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

 今まで『駄目じゃな』『こんなことも出来んか』等散々に言われ続けていたことを思うと、夕映にとってこれは賛辞の言葉に違いなかった

 

 続いて占いババが切り出したのは、次なる修行の内容についてだ

 

 服の中から地図を一枚取出し、次に自身と他一名のサインが入った書類を一枚、合計二枚を夕映へと手渡す

 

「わざわざ営業時間短くしてまで面倒見てやってるんじゃ、修行がてら仕事の手伝いでもしてもらわんとのう」

 

「占いババさん、この地図は一体何処の?それにもう一枚は……念書か何かですか?」

 

「この前来た常連客が代金を持ってくるのを忘れてしまってな、後日払うということで書いてもらったんじゃよ。ここから五十キロほど行った先におるから、ひとっ飛びして回収してこい」

 

「ご、ごじゅっ……」

 

 思わず夕映は言葉を詰まらせる

 

 飛べるといっても今の夕映では自転車以上自動車未満がせいぜいであり、一定速度で飛び続けるなら片道二時間はかかる

 

 初日に脱水症状を起こしかけてしまったように、占いババの館の周囲は一面砂漠で高温な地域

 

 往復四時間近くをその環境下で飛ぶのは、かなり大変であることは想像に難くなかった

 

「暑い中飛ぶのが嫌なら、気温が下がる夜まで待ってから行くんじゃな。当然、回収してくるまでお主の飯は無しじゃが」

 

「……すぐに支度をしてくるです!」

 

「よろしい」

 

 今から飛んでいけば、往路はともかく復路は大分気温が下がる

 

 修行と夕食を両天秤にとった判断を下し、夕映はすぐさま出発の準備にとりかかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ここで占いババの商売のことについて振り返ってみよう

 

 占いババの商売は名前の通り占い稼業、やって来た客が望む内容を自身の水晶玉を使って占うというものだ

 

 無くしてしまった○○を見つけて欲しい、株を買いたいがどこを買えばいい等々

 

 代金が高額なこともあり、基本的に客は皆金持ちで金銭絡みの内容も多い

 

 その代金なのだが、一千万ゼニー(ゼニーと円の相場はほぼ同じのようだ)という大金である

 

 そんな大金を夕映は、ジュラルミンケースに入った状態の現金で渡された

 

「一千万くらいならと思ったら……なんで三千万も渡されるですかっ!」

 

 それも、想定していた三倍の金額を、だ

 

 今回の回収相手、世界一の大富豪と称されるギョーサン・マネー氏は占いババに複数回占ってもらっていた

 

 内容としては、今度10歳になる息子のドルの誕生日に何をしたらいいか、というもの

 

 すると水晶玉にミスターサタンが映り、ならばと自身がスポンサーになって武道大会を開催することに決めたらしい

 

 残り二回は開催する会場と大会のプロデューサーの選出で、息子のためならと惜しみもなくつぎ込む姿勢を見せた

 

 結果として夕映が背負っているのは、およそ三キロ少々の札束が入ったジュラルミンケースである

 

 片手で持とうとすると飛行時に操作性やバランスの問題があるため、マネー氏の家からビニール紐を貰って無理やり身体に結び付けていた

 

「しかしケースも含めて総重量が増えたせいか、魔力の消費が思った以上に進んでます。一旦どこかで休憩を取らなけれ……?」

 

 下はひたすら砂漠砂漠砂漠、どこか休める木陰は無いかと飛行しながら周囲を見渡す

 

 すると夕映の耳に、さっきまでは無かった音が突如として入ってきた

 

 鳥か何かが翼を羽ばたかせ、空を飛んでいるような音

 

 しかし音の大きさが尋常ではない、音の主がかなり巨大であることは容易に予測できた

 

 その上、こちらに向かって近付いてきている

 

 後ろから聞こえたため、振り返って確認すると

 

「なっ!?」

 

 夕映は一瞬自らの目を疑った

 

「ドラゴッ……」

 

「ようお嬢ちゃん、随分重そうなもん背負ってんじゃねえか」

 

「喋っ!?」

 

 そして直後に自らの耳も、だ

 

 目の前に現れたのは人語を解し喋る、ドラゴンに近い風貌をした怪獣

 

 占いババの館の闘技場戦士も皆人外であるが、ミイラ男やドラキュラと人型だったためこういったタイプと相対すのは初めてのことである

 

 箒に乗って飛んでいるのが珍しいのか、ジュラルミンケースを紐で身体に括りつけているのが珍しいのか、夕映のことをジロジロと見る

 

「俺はギラン、ここいらじゃちょっとした顔でな。初めて見る顔だが、面白いもんに乗ってんじゃねえか」

 

(これは面倒なのに絡まれたですね……なんか素行も良くなさそうですし、適当にあしらってさっさと退散しましょう)

 

 目つきの悪さや雰囲気は悪漢のそれであり、嫌な予感がした夕映

 

 急いでいるのでと理由をつけ、この場を離れようと試みるが

 

「まあいいじゃねえかよ、この俺が話してやってんだちょっと付き合え」

 

「いえ、本当に急用なんですから……」

 

 相手はなかなか開放しようとしない

 

 こうしている間にも時間は過ぎていく、夕映は時間が惜しかった

 

 すると夕映の拒む素振りが強くなるにつれ、ギランの方も次第に態度が変わっていく

 

「ああそうかい、そんじゃーほれ」

 

「は?」

 

「ここらじゃ新入りはみんな俺にあいさつに来るのが普通なんだよ。それを態々こっちから出向いてやったんだ、手間賃と勉強料寄越せつってんだよ」

 

(うげ、やっぱり……)

 

 ようは体のいいカツアゲだ、この辺りで初めての顔を発見して近づけばまず無条件でこの要求が可能になる

 

 予想した通り面倒な事態へと発展し、夕映の顔は焦燥をあらわにし背中のケースに意識が向いた

 

(これを奪われるわけにはいかないです!)

 

「おら、さっさと出せよ。金がねぇなら背中のケースでもいいぞ、なんか高価なもんでも入ってんだろ?」

 

(高価なもんどころか、まんま三千万ゼニーの大金です!)

 

「逃げようとか考えてんじゃねえよな?ガキだからって舐めてると痛い目見せてやんぞおら!」

 

 ギランの面相が更に悪人のそれへと変わり、両拳を交互に鳴らして怒号と共に威嚇する

 

 腕っぷしの差は明らか、正面突破は不可能と夕映は悟った

 

(戦いの歌はまだ未修得……飛んで逃げ切るしか道は無し、ですか)

 

「黙ってりゃどうにかなるとでも思って……」

 

「わ、分かりました!出しますです!」

 

 業を煮やしたギランが、ついに実力行使に出ようと夕映へとその太い腕を伸ばす

 

 しかし夕映の言葉を聞いてピタリと止め、逃げる素振りがないことを確認し満足げな表情を見せた

 

「分かりゃいいんだよ、最初からそう言ってればさっさと行かせてやったっつーの」

 

「今財布を出しますから……」

 

 そう言って夕映は、羽織っていたマントの内側に手を入れる

 

 しかし占いババから小遣いも貰っていない夕映は、背中の札束を除けば完全に無一文

 

 マントの内側にあったのは、もしものためと仕込んでおいた二つのアイテム

 

 それらを内ポケットの中で手に取ると、素早く小さな声で魔法の始動キーを紡ぐ

 

「プラクテ ビギ・ナル……」

 

「おいまだかよ財布は!」

 

(食らいやがれですっ!)

 

 そして素早く手を抜き取り、もう片方の手で小ビンの栓を外してその中身をギランへとぶっかけた

 

 一瞬何が起きたか分からなかったギランだが、その直後自身の嗅・味・触覚の三つにとんでもないものが襲い掛かる

 

「っ!?んがあああああっっぅ!!!」

 

 目に入った液体はとてつもない刺激を与えその両瞼を閉じさせ、鼻に入った液体はとてつもない悪臭を放ち、口に入った液体はとてつもない苦みを口内全体に広げる

 

 魔界ガマガエルの目玉漬け体液ドリンク

 

 魔力補充用に念のためと少量持ち出していたそれは、本来とは違った用途ではあるが確かに機能した

 

 目を閉じたことで視覚も機能しなくなったギランは、否応なく次なる夕映の攻撃を受ける

 

魔法の射手(サギタ・マギカ)戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)!!」

 

 取り出したもう一つのアイテム、初心者用の杖から放たれる三本の風矢

 

 ギランへと絡みつき、動きを完全に拘束する

 

(今のうちに!)

 

 すかさず夕映はそれぞれの手に杖と小ビンを持ったまま箒の柄を掴み、全速力で箒を発進させた

 

 目潰しにしろ魔法の射手にしろ、稼げることの出来る時間は有限だ

 

 とにかく距離を離すべく、夕映は魔力を惜しみなく注ぎ込む

 

(まだ……まだ速度が足らないです……ええいっ!)

 

 それでもこのままでは追いつかれると踏んだ夕映、手に持つ小ビンの中身がまだ僅かに残っていることに気付く

 

 先日の出来事がフラッシュバックするも、再びその液体を口内に流し込む

 

「うっ、ぐううう……でやああああっ!」

 

 体内から湧き上がる魔力は全て自らが乗る箒へと注がれ、夕映は猛スピードで加速した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お、そろそろ嬢ちゃん帰ってくるみたいだぞ」

 

「え、ずいぶん早くないですか?」

 

 日が沈み始め、空が赤く染まりだした頃

 

 夕映が不在のため朝倉が一人で夕食の支度を行い、さよはアックマンを話し相手にして時間を潰していた

 

 そうしているとアックマンが夕映の接近に気付く、一方さよは予想よりも早い夕映の帰還に少々驚いている

 

「かなり飛ばしてやがんな、別にまだ急ぐほどの時間でもねえのに」

 

「何かあったんでしょうか……」

 

「ちょっと見てくる、幽霊の嬢ちゃんはここで待ってな」

 

 そう言ってさよを館内に残し、アックマンは館を出る

 

 夕映の魔力を感知した方角を見ると、安定しない軌道でこちらへ飛んでくる夕映が目に入った

 

「おいおい、どうしたってんだよ一体」

 

 その彼女の姿を見て、アックマンの顔は苦くなる

 

 顔は疲労と焦燥に染まっているのが遠目からも分かり、アックマンがこちらを見ているということに気付いたのは大分接近してからのこと

 

 着地も大失敗、減速の加減を誤って地面を転がるようにして動きを止める

 

「げほっ、げほっ……ア、アックマンさん……」

 

「大丈夫か嬢ちゃん?何があった……って、箒についてるそいつは」

 

「帰路の途中でゴロツキに絡まれまして……撒こうとしたんですが、すみませんです……」

 

「ゴロツキ?そういや気がもう一つ……」

 

 アックマンが駆け寄ると、箒についたあるものを発見

 

 紫色をしたゼリー状のガムのようなもの、これが箒の後端にべっとりと張り付いていた

 

 そうなると箒のスピードも大分落ちる上、燃費もかなり悪くなっていたはず

 

 それでなおあのスピードを出したことにアックマンは驚くが、呑気に感心している場合ではないだろう

 

 このガムの主が既に、夕映に追いつきアックマンの背後に立っていたのだから

 

「このクソガキ、散々手こずらせやがって……おいこらてめえ、そこどけ!」

 

「……誰だか知らねえが、怪我したくなきゃ帰んな」

 

「なんだとぉっ!?」

 

 目を血走らせ、緑色の肌に赤色を混ぜた状態でギランは怒号を吐く

 

 もちろん、アックマンにどく気はない

 

 さっさと帰った方が身のためだという旨をアックマンは伝えるが、ギランももちろん従う気はない

 

 それどころか、より一層ギランの神経は逆撫でされ怒りのボルテージがさらに上がる

 

 血管が浮かぶほどに拳を握りしめ、アックマンへと殴りかかった

 

「この野ろ……なっ!?」

 

「ほれ、これで分かっただろ」

 

 しかしその拳は届くことはない、アックマンに指一本で完全に阻まれたからだ

 

 さらにギランは力を込めるが、アックマンはビクともしない

 

「んがががががが……」

 

「それじゃあさっさと」

 

「んごっ」

 

「お帰り願おう……かっ!」

 

 デコピンを顎に一発、ほんの軽くだがギランを沈めるには充分過ぎる

 

 こちらへ倒れ込むギランを抱えると、軽々抱え上げ投げ飛ばした

 

 気絶したギランは何も言わず、ただひたすらに元来た方角へ吹っ飛ぶだけである

 

「いっちょあがりっと。おい嬢ちゃん、きついんなら中まで運ぶぜ?」

 

「いえ、ご心配なく……疲れてるだけですので立って歩くくらいは何とか」

 

 夕映の方へ向き直ると、夕映は箒を杖代わりに突きながら立ち上がっていた

 

 確かに見る限り疲労はあっても怪我は無いようだ、足取りは重いが何とか進めている

 

 それでも危なっかしいと感じたのか、アックマンは速度を合わせて夕映のすぐ横について歩く

 

「本当に……ご迷惑を、お掛けしましたです」

 

「別にあれくらい大したことねえよ、まあこれであいつも二度とちょっかいかけてこないだろ」

 

 館内に入ると、夕映は括り付けていた紐を解いてケースを両手で持ち直す

 

 箒はいったん壁に立てかけ、占いババに届けると言ってアックマンから離れるように奥へと向かった

 

 そう言えばあんなものも背負って飛んでたのか、とこの時アックマンは思い出す

 

(婆さんが飲ませたあのドリンクのせいもあるが、随分頑張るじゃねえか)

 

 初めにドリンクを飲み干したことも含め、今までの夕映の意志の強さの背景には明確な目標があるのだろう

 

 でなければあそこまで我武者羅にやることは出来まい

 

(さて、なら俺も負けてらんねえわな……嬢ちゃんの事も気になるが、俺は俺で目標があるんだ)

 

「あ、アックマンさん。そろそろお食事の支度が……」

 

「オバケか……丁度良かった、予定よりちょっと早いが婆さんに伝えといてくれ。『地獄に戻りたくなったんで飯が済んだらよろしく』ってよ」

 

「え?」

 

 この日から数日、アックマンは占いババの館から姿を消す

 

 その理由を夕映達が知るのは、そしてアックマンが地獄から館へ戻ってくるのは、また次の話




 マニアックなキャラばっかり目立たせてすみません、にじファン版でもこんなんでした。

 ちょっと予定変更で書き下ろしシリーズ一旦中断、次回からは暫くにじファンでやったやつをリメイクしたのを投稿します。なので早く投稿できるといいなぁ(遠い目)
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 ちう茶々地球冒険録② とある港町編

 もっと長くかかるかと思ったけどこのくらいで済んで良かった(小並感)

 というわけでどうぞ


 カプセルコーポレーションがある西の都から、さらに西

 

 大陸の西端に、とある港町があった

 

 西の都には劣るが、それでも港があることで人の出入りも多くそれなりの賑わいを見せている

 

 そんな町の中の喫茶店で、テーブルに地図と雑誌を広げて会話を交わす二人組の少女

 

「ここから定期的に出てる東の都行きの船、その乗船料が……いや、確かに距離考えたら高いのは当然なわけなんだが」

 

「客船ですから、サービス料金もそれなりに含まれてると考えていいでしょうね」

 

 長谷川千雨と絡繰茶々丸、二人はこの港町で現在三日程足止めを食らっていた

 

 聖地カリンを出て一日少々、無事当初の目的地であったこの町に到着

 

 しかしながら次の目的地、大陸東エリアまでどう行くかについては困難を極めた

 

 当座の資金については何とか茶々丸が日雇いの仕事を見つけたが、ここを出て東へ渡るにはあまりにも足りない

 

 なけなしの金で世界地図と旅行雑誌を買い、一杯のコーヒーだけで粘ってそろそろ一時間が経とうとしていた

 

 ちまちま飲み進めていたコーヒーも、あと一口で空になる

 

「第二のルートとしては、ここから西の都まで向かってそこから飛行機に乗るという方法もあります。こちらの方が代金としては安上がりです」

 

「それはそれで、こっから西の都までどう移動するかって話になんだろうが。タクシーにしろバスにしろ、結局料金が上積みになっちまう」

 

 ちなみに、茶々丸の魔力供給をどうするかという問題があったがそれは既に解決していた

 

 ネギとの仮契約でパクティオーカードを持つ千雨は、カード経由で魔力をある程度発現させることが可能だと聖地カリンからの移動時に発覚

 

 供給のためのゼンマイも茶々丸が普段から持ち歩いていたことが功を奏し、今では一日一回仕事終わりに千雨が巻いている

 

 そうすると今度は『東の都まで茶々丸で飛んでいけばいいじゃないか』という案が挙がったが、本人によりこれは却下

 

 聖地カリン到着前にも言われていたことだが、魔力ジェットによる飛行はかなりの消費を伴う

 

 するとどうなるかというと、途中休憩が挟めない海を渡っての最短ルートが不可能

 

 また、大陸横断も距離や飛行性能を考えると途方もない時間がかかるのは明白

 

 したがってこうして、交通機関での移動を検討しているわけだ

 

「なんにせよ、まだ暫くの間はこの町で旅費を稼ぐ必要がありますね」

 

「まあそういうこったな、それに関してはよろしく頼むわ」

 

「千雨さんも、引き続き情報収集をよろしくお願いします」

 

 茶々丸が見つけた日雇いの仕事は、どれも肉体労働に属するそれ

 

 千雨にはとてもじゃないがこなせそうになく、代わりといってはなんだが町の中でネギ達についての情報は無いか調べて回っていた

 

 とは言っても、現状の成果は殆んど無い

 

 ギリギリ成果と呼べそうなものは、もしかしたら古菲辺りが出たがるかも知れない武道大会の存在くらいか

 

 その点も含めてやはり、出来る限り早くこの港町を発ちたいと考えていた

 

「では、休憩時間も終わりますしそろそろ私は戻ります」

 

「ああ、それじゃまた夜に此処で……」

 

 千雨はカップを手に取り、最後の一口を飲み干す

 

 カップをテーブルの上に戻し、会計を済ませ店を出ようと席を立ったその時だった

 

「ドロボーーーー!」

 

「「!?」」

 

 突如耳に入った男の声、その声は千雨の耳を震わせ思わずその場で立ち止まらせる

 

 無論自分らはドロボウ、つまり無銭飲食をするつもりなど毛頭ない

 

 そもそもその男の声がしたのは店の外、二人はその方向を見やった

 

 店の壁ガラスを隔てて千雨と茶々丸の前を、三人組が大層慌てた様子で通り抜ける

 

 背がかなり低い、全身水色の男

 

 ロングの黒髪の、三人の中では一番長身の女性

 

 最後に、紫の忍装束を着た犬型の獣人

 

 三人の手の内には、零れそうなほどに大量の貴金属類が抱えられていた

 

 というか逃げるのに精一杯らしく、現に三人が通った後には一つ二つネックレスや指輪が落ちている

 

「あいつらドロボウだ!誰か!誰でもいいから捕まえてくれー!」

 

 ここで最初の声の主の男が、走りながら千雨達の前にようやく姿を見せた

 

 三人組を追い続けてはいるものの既に疲労困憊、声を出すのが精いっぱいで自身ではとても追いつけそうにない

 

「……千雨さん」

 

「ん?」

 

 男の様子を見た茶々丸は、続いて彼の先を走って逃げる三人組に視線を合わせる

 

「ちょっと行ってきます」

 

「は?まさかあいつら追いかけるってのか!?」

 

「そのまさかです」

 

 伝票を千雨に握らせ、茶々丸は駆け出した

 

 ガラス戸は勢いよく開かれ、瞬く間に彼女の姿は千雨の視界から消失

 

「こんな時まで人助けかよあいつは……あ、平気ですあいつ私の連れなんで。会計お願いします」

 

 後を追う理由も脚力も持たない千雨は、何事だと慌てる店員に伝票を渡した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ピラフ様、見事成功ですね」

 

「わっはっは!ピラフ様の実力思い知ったか!」

 

「実力というか、ただ逃げ足が速いだけのような……」

 

 現在逃走中の三人組の彼ら、通称ピラフ一味

 

 十数年前、悟空達からドラゴンボールを奪い、世界征服を企んだ悪党である

 

 だがその目論見は二度にわたって失敗

 

 さらには融合前のピッコロの父、ピッコロ大魔王の封印を解き共謀を図ったことまであった

 

 しかしそれも、大魔王に裏切られたことで無様な失敗を遂げる

 

 それ以降ズルズルと落ちぶれていき、今に至るわけだ

 

 先頭を走る青色の男、ピラフは店の男が追いかけてこなくなったことに大層上機嫌

 

「これらを他の都市で高く売り飛ばし、世界征服のための資金にしてくれるわ!」

 

 今彼らが走っているのは、人混みも大分はけた裏路地

 

 このまま町の外まで出れば、あとは自前のマシンを出して逃走完了である

 

「ん?……うぎゃあ!ピ、ピラフ様!」

 

「なんだシュウ!騒々しい!」

 

 と、ここでふと後ろを振り返った犬型の獣人、シュウがひっくり返ったような声をあげる

 

 走るその足は動かしたままだが、明らかに意識は視線の先一点に集中していた

 

「建物の上から誰か追いかけてきます!それも凄い速さで!」

 

「なんだとぉ!?」

 

 間違いなくそれは、ピラフ達を一点目標に据え追跡していた

 

 建物と建物の間をほぼ水平に近いジャンプで次々と飛び越え、確実に追ってきている

 

「お、落ち着け!ほら見ろもう路地を抜けた!あとはピラフマシンを出せば逃げ切れ……」

 

「そうはいきません」

 

「「「え!?」」」

 

 路地を抜け広い場所に出たところで、三人の目の前に一人の少女が舞い降りた

 

 建物の屋根の上から踏み切り、彼らの頭上を一回転して着地

 

 いったん背を向ける格好となったが、すぐさま向き直し少女絡繰茶々丸は視線を向けた

 

「その両手の物、返していただきます」

 

「な、何だお前は!?そこをどけ!」

 

 四人がいるのは、ちょうど町の入り口近辺

 

 ここを突破できれば、後はどうとでも逃げられる

 

 しかしそれを、茶々丸が許すはずがない

 

「どくことは出来ません、持っているそれをこちらに」

 

 表情一つ変えず、淡々とピラフ達に言い放つ

 

「ピ、ピラフ様、いかがいたしましょう!?」

 

「し、しょうがない……これを使って追っ払うしかあるまい」

 

 長髪の女性マイが震え気味に言うと、ピラフは懐から何かを取り出し二人に見せる

 

 それに反応し、二人も同じ行動をとる

 

 右手には万能収納カプセル、ホイポイカプセルが収められていた

 

「出でよ!ピラフマシン!」

 

 三人は同時にカプセルのスイッチを押し、目の前に放り投げる

 

 ボンという音と共に出てきた物、それは

 

「!?」

 

 青、緑、ピンクの三体の巨大ロボだった

 

 三人はすぐさまそれぞれのマシンに乗り込み、起動させる

 

「ピラフ様!準備できました!」

 

「こっちもです!」

 

「ようし!ピラフマシン、合体!」

 

 ピラフの掛け声と共に、三体のマシンがそれぞれ飛び上がる

 

 マイが乗る一番大きいピンクのマシンを中心として、三体が一体のマシンへと組みあがっていく

 

 組みあがるといっても、緑の上にピンク、ピンクの上に青という単純な合体なのだが

 

 合体を完了させ、茶々丸の目の前に鎮座する

 

 やや風が起こり、茶々丸の髪の毛が軽くなびいた

 

「どうだアンテナ女!怪我をしたくなければそこをどくがいい!」

 

 てっぺんの青のマシンに乗るピラフが、マシン内で茶々丸を指差すのが見える

 

 だが茶々丸は

 

「どきません、こちらへお返しを」

 

 どくことはない

 

「……ええい!だったら力づくだ!マイ!」

 

「はい!」

 

 ピンクのマシンに乗っている女、マイは自身のマシンを操作し、右腕を茶々丸に伸ばす

 

 そのまま捕まえてしまおうという考えらしい

 

「無駄です」

 

 しかし茶々丸はこれをジャンプして楽々とかわす

 

 そのまま落ちた勢いを利用し、右腕にパンチを一発

 

 真ん中から先が木っ端微塵に砕けた

 

「「「!?」」」

 

 三人が驚くのもつかの間、茶々丸は次なる行動に移る

 

 動きを止めるために、合体ピラフマシンの膝部分を突きを入れて両方破壊

 

 肘打ちで左腕部分を肩から粉砕

 

 そして、胴体に回し蹴りをして仰向けに転倒させる

 

「あわわわわ……」

 

 一連の動きを、茶々丸は表情をまったく変えずに遂行

 

 それに対し何も出来ずにいるピラフ達を、次第に恐怖させていった

 

 最後に茶々丸は、ピラフの乗る青マシンのハッチの上に立つ

 

 無機質な彼女の瞳は、ちょうどピラフを見下ろす形となる

 

「返してください」

 

「わ、分かった!じゃあこうしよう!見逃してくれたら今持ってる分から半分、いや三分の二を……ひぃっ!」

 

 声を震わせながらも最後の抵抗(というより半分逃げの妥協案か)を見せたピラフ

 

 しかし、ついにはその気力さえも喪失してしまった

 

 茶々丸が目から発射したレーザーが、ビュンと音を立てピラフの顔の両隣にそれぞれ命中したのだ

 

 強化ガラスのハッチはなんの意味も成さず、穴が二つ

 

 茶々丸はひざを折り、さらに近距離でピラフを見据えた

 

「返していただけますね?」

 

「は、はひ……」

 

 弱々しい声で、ピラフはそう答えるしかなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『間もなく、東の都行きの便が出港いたします。乗船される方は……』

 

「んー……改めて確認してみると、東の都からも結構距離あるなおい」

 

「今まで同様、旅先旅先で資金調達が必須になるかと」

 

「せめて私もやれる仕事があればなぁ……」

 

 船外に流れる放送を、千雨と茶々丸は船内にて耳にする

 

 しかしそれについて関心は0、客室のテーブルに広げた地図に全て向けられていた

 

「一番の問題は、この世界では私達の身分を証明する物が0ということ。結果として私がやったような日雇いくらいしか無いのが現状です」

 

「しかも都会となると、ありそうな日雇いの仕事と言えば……」

 

「おそらく工事関係が大半、過酷な肉体労働となるのは確実でしょうね」

 

 ピラフ一味から盗まれた貴金属類を奪い返した茶々丸は、逃げる道中落とした物も出来るだけ回収し店へと返却

 

 金が無いと困っていた矢先での出来事ではあったが、ネコババして町を去るという選択肢は初めから茶々丸には無かった

 

 すると店の者が取り返してくれた礼ということで、ある物を手渡される

 

 ピラフ一味が盗みに入った店は貴金属店に加えて金券ショップとしても営業しており、ここから出港している船の乗船料として使用できる金券を手に入れることが出来た

 

 かくしてもう暫く滞在して旅費を稼ぐ筈の予定は急遽変更、その日の晩出港の便に二人は乗り込んだ

 

「千雨さんは引き続き、現地での情報収集をお願いします。次の東の都はこの世界の地球で五指に入る大都市、ネギ先生達の誰かが身を置いている可能性も高いでしょう」

 

「その点考えると、西の都経由で飛行機乗るのも悪くはなかったんだよな……まあお前がいいもん手に入れてくれたから、利用しない手は無いわけだが」

 

 そう言いながら千雨はテーブル上の地図を片付け眼鏡を外し、備え付けのベッドへと足を入れる

 

 夕食もとうに済ませ、時刻は間もなく10時を迎えようかという頃

 

 着いた先でも引き続き苦労するであろうことは承知しており、出来るだけこの船内で疲れをとっておきたい

 

 ここ数日カプセルホテルでの寝泊りが続いていただけに、今入ってるベッドは千雨に今は安らぎの時だと教えているようだった

 

「ふあぁ、それじゃあもう私は寝るぞ……ゼンマイ巻くのは明日の朝でいいな?」

 

「はい、おやすみなさい千雨さん」

 

 千雨は最後まで布団をかぶり、それを最後に茶々丸も閉口

 

(東の都での滞在期間は、次の街が近いことも考えると長くて三日。その次の街の名前は……)

 

 千雨の睡眠を妨げぬよう、無言のままなるべく物音を立てず今後の旅の予定を整理した

 

(……オレンジシティ。いえ、最近改名されてサタンシティ、でしたね)

 

 船は西へ西へ、千雨達を乗せてひたすらに進む

 




 ちう茶々編は他のと比べて話の動かし方が違うから書いてて色々面白いです、固定キャラ最小でゲスト的なキャラ出せますから。

 今年中にあと何本投稿出来ることやら……最低一本最高三本?でしょうか

 ではまた次回


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 悟飯へ決めろ!この一週間を込めた一撃

最低年末までにあと一本、よし何とかセーフですね(震え声)
正直すいませんでした、ちょっと書き直すだけだしと調子乗ってたらずるずる大晦日です。
ではどうぞ


「おーいネギ、悟飯、早よ始めようやー!」

 

 パオズ山に建つ一軒屋の外で、コタローは親友二人の名を大声で呼ぶ

 

 いつもなら既に、大会へ向けての合同の修行を始めている時間

 

 にも拘らず、表に出て準備を終えているのは現在コタローだけだった

 

「ちょっと待ってコタロー君、あと一問で終わるみたいだから」

 

 そこへ、悟飯の部屋の窓からネギが顔を出す

 

 将来学者になるという夢を持つ悟飯は、一年前のセルとの戦い以降日々学問に励んでいた

 

 大会を控えた現状でもそれは、量をやや減らしながらも習慣として継続している

 

 それを邂逅初日の晩に知ったネギは、定期的に悟飯の勉強を見てやっていた

 

 数学や化学のような理数系の分野はネギ達のいた地球と内容に大差なく、大学修了級の頭脳を持つネギなら充分に教えられる

 

 ネギの言うとおり残るは最後の一問のみで、それを悟飯は急いで解き終え家の外へと飛び出した

 

 机に向かう時点で修行着には着替えており、すかさずネギも合流し三人が揃う

 

「ごめんごめん、昨日の分でやり終えてないのがあってさ」

 

「ったく、修行前に勉強なんかよーやれるな。個人で好きにやってるなら別に後回してでも構わへんやろ」

 

「まあまあコタロー君……」

 

 少々ではあるが修行時間が削れたことに悪態をつくコタローをネギが宥め、いよいよ開始

 

 家のすぐ近くでやるわけにもいかないので、少し離れた平地まで飛んで移動する

 

 と、ここでこの場に不在の彼女のことについて触れねばなるまい

 

「……ところで、いいんちょさんは?」

 

「とっくに二人より先に家出て裏の森で自主練しとるで。多分あと一時間もすれば下りてくるんちゃうか?」

 

 開始当初ネギとコタローと共に舞空術習得に励んでいたあやかは、一週間が過ぎた現在ネギ達とは基本違ったメニューをこなしていた

 

 舞空術習得後は悟飯との組手の割合が増えたのだが、悟飯の実力はネギら二人がかりでも片手で余りあるほどの差がある

 

 当然基本パワーで劣るあやかには一層ついていけるはずもなく、かといって彼女の基礎力を上げるために時間を割いていてはネギ達の修行に響く

 

 それを自覚したあやかは、あくまで悟飯やネギに見てもらうのは最小限に留めて個人での修行を中心に行うようになった

 

 舞空術はそれなりに出来るようになったため、今やっているのはおそらく気功波の発現辺りだろうか

 

「そっか……本当は始めに少し見てあげたかったんだけど、あやかさんには悪いことしちゃったかな」

 

「悟飯、それはもうええからとっとと始めるで」

 

「あ、うんそうだね。まずは二対一の組手からかな」

 

 いつも修行で使っている平地に到着し、三人は降りる

 

 そして悟飯の先程の言葉を受け、ネギとコタローは悟飯の正面へと陣取った

 

 コタローは気を、ネギは魔力をそれぞれ全身に纏わせ準備完了

 

「いつでもいいよ二人とも!」

 

「よっし、行くでネギ!」

 

「うん!」

 

 この言葉と同時に、ネギとコタローは瞬動で悟飯に突っ込む

 

 瞬く間に距離を詰めた二人は、握った拳を悟飯へ

 

 だがその攻撃を悟飯が喰らうことはない

 

 即座に身をかがめ、拳二つは頭上を通過

 

 すかさず今度は蹴りが二発飛んでくるが、それは両腕を縦にし完璧に防ぐ

 

 激しい攻防戦が始まった

 

 悟飯の教えを受け、当初より実力を上げた二人の攻撃は猛烈な勢いで悟飯に迫る

 

 拳や蹴りが空を切る音、あるいは悟飯が防御に使った手や腕との衝突音がほぼ絶え間なく周囲に響いた

 

 しかしその中で悟飯への有効打、即ち顔やボディへの命中は一発たりとも無い

 

 全て避けるか防がれる

 

 修行を始めた当初も、一週間が過ぎた現在もそれは変わらない

 

(けど今日こそは……当てたるで!ネギ!)

 

(うん!)

 

 だが今日、ここで状況は一変した

 

(これで……どうや!)

 

「!」

 

 右拳二つをかわし終えたところで、悟飯の目に第三の右拳が入る

 

 明らかにネギ達はまだ突き出したままであり、二人のものではない

 

 いや、正確にはコタローのものとも言えるのか

 

「食ら……ぐっ、やっぱこれも避けるか!」

 

 気を使った分身で、楓も使っていた影分身

 

 彼女と比べれば数も気の練度もうんと劣るが、小太郎も使用可能である

 

 実は対悟飯で披露するのはこれが初めてで、一応は悟飯の虚を突くことが出来たがすぐに対応される

 

 少量気を高めてスピードを上げて回避、後退して現状を把握した

 

(残像拳……じゃない、確かにあれは実体!コタロー君こんな技……もっ!?)

 

(けど、まだまだ増えるで!)

 

 悟飯が下がったことで攻撃に一拍置くことになったコタローは、悟飯へ突撃しながらさらに影分身を展開

 

 その数四体、元いたのと本体を合わせて六人のコタローが悟飯へと襲い掛かる

 

 前後左右を取り囲み、先程以上の攻撃の雨

 

「……だあああっ!」

 

「っ!ようやくそっちから手ぇ出してきたな、待っとったで!」

 

 それを受け、ついに悟飯は自らの拳を今日初めて振るった

 

 影分身と本体とで異なる気の流れを敏感に察知し、分身体を二体ほど正確に打ち抜く

 

 攻撃を受けた二体は煙のようなものをあげて消滅、攻め手が減ってしまったわけだがコタローに不安気な表情など一切ない

 

 自身は悟飯への攻撃を続けながら、更に影分身を展開

 

 攻撃に対処しながら、悟飯は次々と影分身へ攻撃するがその頭数が減ることはない

 

 気功波を使えばまとめて倒すことも不可能ではないが、それでは組手にならないと思ったか使用せず

 

 悟飯は一旦、舞空術で空中へ移動するという選択肢を取った

 

「逃がすかい!」

 

 コタローがその後を追い、影分身と共に一斉に空へと飛び上がる

 

 まず最初の一体が拳を振り上げ攻撃態勢、残りの者も後ろからそれに続く

 

 しかしそれは、コタローの失策だった

 

 悟飯はしてやったりの笑みを見せ、最初に殴りかかってきたコタローのパンチをかわす

 

 そして次の影分身へも攻撃、この間が地上と比べ圧倒的に速い

 

「しまっ……」

 

「一対複数と、一対一を複数やるのとじゃ全然違うからね」

 

 さっきまでは影分身撃破直後に「他の影分身又は本物の攻撃をかわす」という動作が入っていたが、ほぼ同方向から順に攻めていったさっきの状況ではその必要はない

 

 瞬く間に影分身は全滅、残る本体のコタローのすぐ目の前に悟飯が迫る

 

「まだ……やあああああああっ!」

 

 これで勝負あり、否、コタローは次なる攻撃を仕掛けた

 

 今度は両手から気弾攻撃、自らの拳と遜色ない速さで悟飯へ向けて飛ばす

 

 コタローに一撃与え組手に一区切りつけようとした悟飯だが、これはいけないとまず顔面に来た一発目を高速で身を逸らして回避

 

 その間に右手に気を込め、更に飛んでくる気弾を弾き始めた

 

「だだだだだだだだああっ!」

 

 コタローは距離をとりつつ次々と気弾攻撃

 

 この間に他の攻撃が出来れば良かったのだが、今のコタローの実力ではこの状態で影分身を出すには気の消耗が激しすぎる

 

 それも悟飯はこうして気弾を弾きながら把握

 

 そのため現状では、まず自身がこの弾幕を突破しようとしない限り状況に進展はない

 

 あるいは、コタローが気を使い果たすか

 

(コタローくんにとって得することはないはず、なのに……)

 

 よってコタローの意図が読めずにいた

 

 そう、コタローが気弾を放ち続ける以外に攻撃が出来ない今、悟飯を他に攻撃出来るものはいな……

 

「だああああああっ!」

 

(しまっ、ネギく……!?)

 

 いや、もう一人、ネギがいた

 

 思い返せば空中戦以降後、もっと遡ればコタローが地上で影分身を展開した頃からネギが攻撃してくるのを見ていない

 

 失念していた悟飯の左脇から、ネギが咆哮と共に突っ込み右腕を振り上げる

 

 しかし万一に備え、悟飯が気弾を弾くのに使っていたのは右手のみ

 

 左手は空いており、ネギの攻撃を防ぐにはこれ一本で充分

 

 現に悟飯は即座にネギの手を止めたが、問題はその先

 

 ネギの右手の先は、グーでなくパー

 

 受け止められた後に即座に切り替えし、悟飯の腕を掴む

 

魔法の射手(サギタ・マギカ)戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)!!」

 

 その先から、捕縛効果を持つネギ得意の風魔法の矢が飛び出した

 

 これも悟飯は初見、完全に面食らい反応が遅れる

 

 風矢は悟飯の全身、更には防御に使っていた左右の腕まで巻き込んで拘束

 

「ぐっ……」

 

 至近距離での発動のため効力は最大であり、悟飯が振りほどくまでにコタローの気弾は見事着弾

 

 振りほどいた直後には、好機と見たコタローが気弾の連射をやめて殴りかかっていた

 

「っだああああ!」

 

白き雷(フルグラティオー・アルビカンス)!」

 

 更には、ネギが高速で詠唱を済ませ攻撃呪文を放つ

 

(これでどうや!)

 

(当たれええええぇっ!)

 

 一週間策に策を重ね、一発でも何とか有効打を決めようと練りに練った今回の攻撃

 

 コタローの気弾が命中こそしたが、有効打には到底足りえない

 

 二人の攻撃に悟飯は

 

「……はああああっ!」

 

 この一週間の中で一番に高めた気をもって、迎え撃った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛たたた……効いたでぇ悟飯」

 

「でも凄かったよ二人共、ここまで強くなるなんて」

 

 組手は終わり、悟飯達三人はあやかが自主練から戻ってくるのを待っていた

 

 結果は、やはりというべきかネギ達の完敗

 

 ネギの稲妻は悟飯を捉えこそしたが、全身から放った気が完全に防御

 

 避けもせず片腕すら使わず、コタローの攻撃を完全体勢で受けきった結果は言わずもがな

 

 次の瞬間には、大怪我をせぬよう調節された悟飯の攻撃が二人を地上へと叩き落とした

 

「まあかれこれ一週間やしな、なんも成果なしのままズルズルいくんはあかんて」

 

「そうかもう一週間、大会まで折り返しなんだよね」

 

「……あ」

 

 思えばここへ来てから大分経つ、そのことを振り返るネギとコタロー

 

 一方で悟飯は、二人が放った『一週間』という言葉で突如あることを思い出した

 

「『あ』?」

 

「どないしたんや?悟飯」

 

 本来大会前ということであれば、ネギやコタロー以外にも彼にとってうってつけの修行相手がいたはずだ

 

 他でもない悟飯の師匠、しかし彼は合同での修行に断りを入れていた

 

 最後の戦いからも修行を続けていた師に対し、自身は勉強に打ち込み始めたことで戦闘の勘が鈍っていることが明らかだったためだ

 

 一週間待ってください、それまでには勘を取り戻してみせます

 

 ネギ達と会う前日、悟飯はそう言った

 

 そして既に、その一週間は過ぎていた

 




三が日までにもう一本目指して頑張ります、この話からの続き物ですので勢いそのままに書いていこうと思います。

読んでる方の大半はもう年を越してるとは思いますが、それではみなさん良いお年を。2014年もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 やって来た!空飛びここまでネギ先生

 大変お待たせしました、もうね、春になりましたよ。先延ばし先延ばししてたら書き方まで忘れちゃって、ほんとすいませんでした。では、どうぞ


 悟飯が師との約束を思い出した一方で、時を同じくしてその師はというと

 

「でやあああ!」

 

 打撃音を周囲に響かせ、一対一の組み手を行っていた

 

 自らと相対するは長瀬楓

 

 場所は初日に拳を交えたあの森の中

 

 刹那が爆符によって倒した木々は彼の手によってとうの昔に片付けられ、今では地上戦に適した広い平地と化している

 

 全力で向かってくる楓に対し、ピッコロは右手を使わずに左手一本で相手をしていた

 

「どうした!最初より動きが鈍いぞ!」

 

 だがそれでも、ピッコロは完全に防ぎきっている

 

 顔からは汗一つ出ていない、むしろ汗をかいているのはひたすらピッコロに攻撃を仕掛ける楓の方

 

 そんな様子を刹那・木乃香・カモの三名は、二人から少し離れた場所で座りながら眺めていた

 

 よく見ると木乃香の手には杖、その先には刹那がおり傷を治療しているようだ

 

「しっかしピッコロの旦那……やっぱりと言うか何と言うか、ただモンじゃねーな」

 

「はい、ああして我々と何時間も続けているというのに……」

 

 木乃香の肩に乗っていたカモが呟き、それに答えながらも刹那はピッコロ達から目を離さない

 

「全然疲れへんもんな……はいせっちゃん、治療済んだえ」

 

「ありがとうございます、お嬢様」

 

 木乃香の杖から灯っていた光が消え、彼女自身から終了の知らせを受ける刹那

 

 これには刹那も一旦視線を外し、木乃香と正面から目を合わし礼を述べた

 

「ずああああっ!」

 

「ぐっ!」

 

「ええって、ウチも練習になって……うわっ、楓さん!?」

 

 二人が会話を交わし始めてまもなく、それは中断を止む無くされる

 

 先程まで受けに回り続けていたピッコロが、ついに楓へ反撃

 

 左拳から放たれた拳圧は楓をあっという間に吹き飛ばし、刹那達の頭上を飛び越え周りに残っていた大木の内の一本に激突

 

 その幹は楓がぶつかった箇所から二つにへし折れ、倒れる際耳に響く音と思わずむせ返りそうになる砂煙をあげた

 

 そこから楓は身を左右に揺らしながら姿を現す、しかしこのままピッコロへ再び攻め込めるほどの力はもう無い

 

 心配そうに駆け寄る木乃香のすぐ横まで移動すると、脱力して尻餅をつくようにその場で腰を下ろす

 

「次!刹那!」

 

「は、はい!」

 

 ピッコロの声を聞くと、刹那はすぐさま立ち上がって駆け出した

 

 その手に夕凪は無し、我が身一つでピッコロへと猛攻を開始する

 

「ほなすぐに治したるさかいな、プラ・クテ ビギ・ナル……」

 

「毎度毎度、すまぬでござるな木乃香殿……あたたた」

 

 木乃香は詠唱し、刹那の時と同様に杖の先に光を灯す

 

 手馴れた様子で、今度は楓の治療を始めた

 

 現在ピッコロ達三人の修行は、木乃香も含めた四人合意の上で以下のように行われている

 

 ピッコロVS楓(その間刹那を治療)

     ↓

 楓がダウン

     ↓

 刹那と交代

     ↓

 ピッコロVS刹那(その間楓を治療)

     ↓

 刹那がダウン

     ↓

 楓と交代

 

 これを、食事や睡眠等の時間を除いてほぼ一日中延々とだ

 

 ただしこのサイクルは木乃香の治癒魔法がないと成立しないこともあり、彼女の魔力切れが一応の区切りとなっている

 

 最初はすぐ魔力が切れてやや効率に難が見られたこの修行も、毎日続けたことで自力を上げたのか木乃香の最大魔力が目に見えて上昇、長時間での修行が可能になった

 

 刹那と楓同様、彼女もまた自らの腕をこの一週間で上げている

 

 楓の治療もすぐ終わり、二人はピッコロと刹那の組み手に目を移した

 

「でやあっ!」

 

 刹那が右拳を放つが、ピッコロは左手で難なく受け止める

 

「まだ動きが、甘いっ!」

 

「ぐふっ!」

 

 気絶する一歩手前に威力を調整された右の膝蹴り、刹那の腹を捉え彼女の口から空気を無理やり吐き出させた

 

 思わず腹を押さえようかと左手が動いたが、そんな時間をピッコロは与えない

 

 刹那の拳を止めていた左手で、横へとなぎ払う

 

「ぐっ!まだだあっ!」

 

 倒れ込む前に何とか受身を取った刹那は、鋭くピッコロを睨みつけ再び飛びかかる

 

 しかしその攻撃もまた、ピッコロには届かず

 

 数発刹那の拳をひょいと避けた後、姿が消えたかと一瞬錯覚する速度で身を屈める

 

 そこから右足を伸ばして足払い

 

 重心のバランスはいとも簡単に崩れ、受身を取るより先に脇腹と肘を強く地に打ちつけた

 

「っつ……がぁっ!」

 

 後は、楓の時と同じ

 

 ピッコロは左拳を突き出し、刹那を吹き飛ばす

 

 ただし射出角度が低かったためか、楓ほど高くは飛ばずの低空飛行

 

 地面に数度身体をぶつけながら、転がるようにして木乃香達の前に倒れ込んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、あむ……ピッコロ殿が言うように、もう一週間が過ぎたのではござらぬか?」

 

「確かにそうやね、孫悟飯君やったっけ?」

 

 天気は快晴、日は高々と登り現在は一同の真上に位置している

 

 元いた世界とは日にちも異なり、こちらでは現在5月

 

 ひと月ほどのズレがあるわけだが、今いる地域の気候と麻帆良の六月のそれとは大きな差はなく、違和感を覚えることはあまりなかった

 

 さて、修行を一旦切り上げた一行は今は昼食の時である

 

 最後に吹っ飛ばされた刹那の治療を終えたところで木乃香の魔力が打ち止めとなり、時間もちょうど頃合だった

 

 こちらに来てから彼女達が食べているのは山に自生する植物や木の実が主で、今食べているのはキノコを火で炙ったものと林檎

 

 一方で摂食の習慣を持たないピッコロは、時折竹製の水筒から水を飲みながら皆が食べ終わるのを待つ

 

 というのがいつもの光景なのだが、ピッコロは水筒を脇に置き木乃香達の方へ向き直り口を開く

 

 普段は彼女達の会話に進んで加わることはないのだが、今回は話題が話題であったため自然と加わっていた

 

「そうだな、本来なら今日の朝にはここに来ている筈だ」

 

「ピッコロさん迎えに行かんで良かったん?びゅーんって飛んでいけばすぐ着いてたやろ」

 

「そんなものいらん。来ないということはあいつなりの事情が何か出来たということだろう、わざわざそれにちょっかいを出しに行く必要もあるまい」

 

「まあ修行相手ってことなら、今は刹那の姉さん達がいるわけッスからね」

 

(もっとも、これがいかほどピッコロ殿の修行になっているかは疑問でござるがな)

 

 カモの言葉に、楓は胸の内で苦笑していた

 

 そうこうする間に食事も終わりに近付き、火の始末のため水を持ってこようと木乃香が立ち上がる

 

 ここから少し行くと川があり、ピッコロも含め一同がそれを飲み水として使用している

 

 朝食の時にも使った残りを容器に入れておいたのだが蓋を閉め忘れ、山の動物が目をつけたのか先程覗いてみると見事に中身が空になっていた

 

「ほな、うち新しい水汲んでくるえ」

 

「ではお嬢様、私もお供しま……っ!?」

 

 木乃香の後を追おうとし、刹那が片膝を立てる

 

 次いでもう片方も立てようとしたところで、彼女は動きをピタリと止めてしまった

 

 時間にして一秒ほどだろうか、硬直が解けるとサイドポニーを大きく揺らして顔を向けた先は自身の後方

 

(こっちに何者かが、向かってきている?しかも気の大きさからするに……)

 

(ピッコロ殿に勝るとも劣らぬ相当の腕前と見たでござるよ)

 

 こちらへと急速に接近してくる巨大な気

 

 刹那だけでなく楓も感知しており、まだ姿こそ見えていないが二人が向いた先は完全に同方向だ

 

 ピッコロとの修行を通じてこういった感知能力も向上してみせた二人に対し、木乃香とカモはわけがわからず刹那達とは違った意味で動きを止めてしまう

 

「えっと、せっちゃんどないしたん急に?ピッコロさんわかる?」

 

「悟飯がこっちへ向かってきている。それを気の動きで把握した、ただそれだけのことだ。もっとも……」

 

 ここで修行する前だったなら、二人が反応するのはもう少々遅れていただろう

 

 そういったことでも修行の成果が現れた、それ自体はいい

 

 しかしピッコロが望んでいた結果とはやや差異が見られたようで、彼は眉をひそめていた

 

「……悟飯が近付いているという一点に気を取られて、肝心なことに気付かないようではまだまだだがな」

 

 木乃香との会話を切ると、今度は刹那達にも聞こえるようピッコロは声を震わせる

 

「まだ気付かないか!こっちに向かっている気は、悟飯の他に幾つだ!」

 

「え?他に?」

 

「……む!?」

 

 刹那達はピッコロの方へ向き直り、それからすぐ元の方向へと意識を戻す

 

 ピッコロの発言の意味するところを真っ先に把握し、実行に移したのは楓

 

 意識を集中し、悟飯のすぐ傍にポツポツとある複数の小さな気を感じ取った

 

「二つ……いや三つでござるか?」

 

「そうだ、加えてその内の一つからは気とは別に大きな力が感じ取れる」

 

「っ、まさか……」

 

 そう言いながらピッコロは僅かに木乃香へと目をやる、それに気付いたのは刹那の方が早かった

 

 懐から一枚のカードを取り出し、まずはこちらへ向かってくる悟飯一行に対し意識を傾倒させる

 

 確かに感じる気とは別の力、それは木乃香も行使する「魔力」そのものに違いなかった

 

 次はカード、自身が持つ仮契約カードから魔力を発現させ先ほどのものと比較

 

 答えは一秒と経たず出た

 

「ネギ先生だ!ネギ先生がこちらへ向かっている!」

 

「兄貴が!?」

 

「ほんまなんせっちゃん!?」

 

「やはりか……」

 

 刹那の驚きの声に、木乃香とカモが続く

 

 元より刹那達の仲間の誰かとあたりをつけていたピッコロは、納得した様子を見せる

 

 刹那が木乃香の問いに間違いないと答えると、次に飛んできたのは楓の報告

 

 残る二つの気の内、一つはどうやらコタローであることもこの時点で分かった

 

「あと一人はどうも誰かに負ぶさっているのか、悟飯殿と一緒に飛んでるコタロー殿より気を解放しておらぬ故少々判別つきかねるでござるなぁ……うーむ」

 

「え~、誰やろ。ピッコロさんが知らんいうことは、少なくともうちらの知り合いやんな?」

 

 まほら武道会での試合観戦、更には直接拳を交えたこともあってコタローの気の判別はすぐできた

 

 しかし残るもう一つの気の持ち主は、どうもどちらにも該当しないようだ

 

 ということはアスナや古、真名が対象から外される。気自体はうっすらと感じるので茶々丸も除外

 

「そうだ刹那の姉さん、兄貴が近くまで来てるってんならカードで直接連絡取れんじゃねえか」

 

 はて、すると誰だろう。その疑問を解決できぬものかと更に気を探らんとし楓は集中を開始

 

 をしようとしたところで、カモから刹那へと一つの提案がなされた

 

 ちょうど刹那の手にはカードもある

 

 ネギがこの世界へ来た拍子にカードをなくした、という事態になってない限りいとも簡単に叶うだろう

 

 刹那も納得し、カモに言われるがまま自身の持つカードを額へと当てた

 

「……おいカモ、あのカードは木乃香が持っていたのと同じ物か?」

 

「そういや今まで木乃香姉さんしかカード使ってなかったっスね。アーティファクトを出す以外にも、契約を交わした(マスター)と遠距離から念話する機能もついてるんでさぁ」

 

「ネギ先生聞こえますか!私です、刹那です!」

 

 この刹那の声はほどなくして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ネギ先生聞こえますか!私です、刹那です!”

 

「うぇ!?刹那さん!?」

 

「どないしたんや?ネギ」

 

「……ネギ君?」

 

 こちらに向かって飛行中のマスター、ネギ・スプリングフィールドの耳へと確かに届いた

 

 あの時悟飯から事情を聞いたネギとコタローは彼の師ピッコロの存在に興味を示し、今からでも行こうと提案(特に積極的だったのはコタロー)

 

 パオズ山から少々距離があるが、舞空術(ネギの場合は魔力による浮遊術)での飛行が出来るならさして苦にもならないし問題なかろう

 

 そう考えた悟飯は、ピッコロにネギ達を紹介したかったこともあり了承した

 

 それとほぼ同時刻にあやかが自主練から帰還し、彼女の中で大分形になってきた舞空術の実践練習の意味も兼ねて三人と共に同行することになった 

 

 とは言っても気の総量及び技量は片道を飛び切るには足りず、申し訳なさ半分嬉しさ半分にあやかはネギに背負われていた

 

 そうやって悟飯、ネギ、コタローの三人が飛行中というのが現在の状況

 

「刹那さんからだよ!多分仮契約カードからの念話で……えっと刹那さんのカードは……」

 

 ネギも念話の返信をしようと、懐から仮契約カードをまとめて取り出す

 

 刹那と違いネギの持つカードは従者の数だけあり現時点で七枚

 

 なにぶんカードを扱うこと自体久々であり(来訪二日目辺りまでは、連絡が取れないか駄目元で一応使用してはみた)、どうも持つ手がおぼつかない

 

“ネギくーん、うちもおるでー。そっちにコタ君以外誰がおるんー?”

 

「わわわ!木乃香さんまで!?」

 

 そこへ追撃をかけるように、木乃香からの念話も頭の中に響く

 

 突然に突然が重なり、慌てふためくネギの目には七枚の内の二枚さえも捉えることは容易ではなかった

 

「ネギ先生、桜咲さんでしたらその左から二ば……あっ」

 

 その様子を背中から見ていたあやかが、見るに見かねて手をカードの束へと伸ばす

 

 ネギのことを思っての行動だったのは間違いない

 

「あっ……ああああっ!カード!カードが!」

 

 しかし結果として起きたのは、カードを移動させるネギの手との衝突

 

 それに伴う、カード全落下という大悲劇だった

 

「ももも、申し、申し訳ございませんネギ先生!わたくしなんてことを……」

 

「い、いいんちょさん背中の上でそんな、動かないでください落ちちゃいますよ!」

 

 こんな状態でネギが拾いに行けるわけもなく、事態の把握がネギとあやかよりも数秒遅れた悟飯ら二人が慌てて回収に向かう

 

 結局のところ、カード全回収と確認で三分

 

 刹那及び木乃香との念話による簡易的な情報交換に五分、そこからの移動に三十分

 

 ネギ達が刹那達と合流するのは、今からおよそ四十分程過ぎてからのことであった

 

 




 次は〇〇までにとか書くと遅れる気しかしないので特に明記はしませんが、一日も早い更新が出来たらなと思いますので。今度ともどうかよろしくお願いします。ではでは


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 開いた!師・修行・力の差 

 いやはや、時間が過ぎるのはあっという間ですね。……はい、遅すぎました本当にすいません。では本編どうぞ


「ネーギくーん!」

 

「わぷっ、こっ木乃香さんストップ……」

 

 突如、ネギの目の前は黒へと染まる

 

 めのまえが まっくらに なった!

 

 とはいっても、別にネギの手持ちが全滅したとかそういうわけではない

 

 カードを介しての情報交換を終え、ネギ達は無事ピッコロと共にいる刹那達との合流に成功

 

 上空から着地すると、直後にネギは木乃香に正面から抱きしめられていた

 

「ホンマに無事で良かったー、安心したわー!」

 

 このようなスキンシップを受けたことは初めてではなく、麻帆良にいた頃も何度か体験している

 

 しかしその頃とはどうも違う、そんな感覚がネギの中にはあった

 

 その正体は、顔を身体に押し付けられることで彼の鼻腔をくすぐる彼女の香り

 

 制服やパジャマ姿で抱きしめられたあの頃にした香りは、石鹸やボディソープの成分が混ざったそれ

 

 一方で今の木乃香からは、どこか自然に溢れたそんな感想を抱かせるものだった

 

「あっ、もしかして汗臭かったん?せやったらごめんなネギ君」

 

「い、いえそんなことは……」

 

 その正体は木乃香の言うとおり、中に着込む肌着が吸い込んだ彼女の汗

 

 今の季節は春、加えてこの辺り一帯はやや温帯気味の気候で暖かい

 

 自ら鍛錬のため身体を動かす刹那や楓ほどではなくとも、体温調節のため発汗してしまうのはしょうがない

 

 木乃香はネギを解放すると、ちゃんと洗濯したのにと自分で胸元辺りの布地を鼻先まで持っていく

 

 いくら山に篭っての生活が続いているとは言え、来訪当初の服を今に至るまでそのまま着続けているということは流石にない

 

 かつて悟飯に魔族の服を授けたことがあるように、カモの進言もありピッコロは自身の魔術によって三人へ必要最低限の衣服を提供していた

 

 そのため木乃香が今着ているのも、昨日川で洗濯した後乾かしたものである

 

 ここでもう一つ追加する、木乃香からは太陽の香りもした

 

「……ほう、ということは今日までお前がこいつらに稽古をつけてたわけか」

 

「はい、僕やピッコロさんと同じで大会に出るために。三人とも、特にネギ君とコタロー君はどんどん強くなってます」

 

「どんどん強く、な……」

 

 一方、ネギ達から少し離れた場所で話しているのはピッコロと悟飯

 

 先程の情報交換で伝えきれてないことは山ほどあり、今は舞空術を使ってここまで飛んできたネギ達のことについてだ

 

 その話の流れから、彼らが悟飯と大会へ向けて共に修行していることをピッコロは知る

 

 視線の先にはネギ、続いてコタロー、最後にあやかと順々に移る

 

「随分と昔の話になるが……悟飯、お前と初めて会った時俺が何といったか覚えているか?」

 

「え?」

 

「『どうせ鍛えてもらうならお父さんの方が良かった』。そう言ったお前に、俺が何と言ったかだ」

 

 あれは、悟飯にとって忘れることのできない出来事だった

 

 突然現れた男に攫われ、父が助けに来てくれたと思ったら気が付くとまた別の人物に攫われる

 

 目の前の人物、ピッコロと今に至るまでの長い師弟関係の始まり

 

 あの時の言葉の一つ一つは無意識のうちに胸の内に深く刻まれ、ほどなくして悟飯はその記憶を掘り起こす

 

「お父さんは甘いから、師匠には向いてない。そうピッコロさんは言いました」

 

「そうだ。どうやらそういうところはあいつに似たらしいな……ちょうどいい、折角の機会だ」

 

 ピッコロは悟飯と話す傍ら、楓達の会話に聞き耳を立てていた

 

 相手はコタロー、こちらに来てからどんな修行をしたか等について熱心に話しているようだった

 

 前に楓から聞いた話によれば、楓や刹那には劣るもののコタローの実力は向こうの世界では中々の使い手に相当するとのこと

 

 ネギについてはコタローに肉薄、あるいはそれを上回るポテンシャルを持つと評していた

 

 『お前達が本気で戦ったらどっちが勝つ?』

 

 『そうでござるな……こちらへ来る前なら七分三分程と言いたいところでござるが、今なら負ける気は殆どしないでござるよ』

 

 これが二日ほど前、ピッコロと楓が交わした会話である

 

「ふむ、確かに随分とコタロー殿も腕を上げたようでござるな」

 

「せやで!今だったら楓姉ちゃんにだって……」

 

「なら早速、やってみるか?」

 

「「ん?」」

 

 そしてピッコロは提案する

 

 楓とコタローだけでない、ネギと刹那もすぐ傍まで呼び寄せる

 

「悟飯、お前があいつらをどこまで鍛えたのか見せてもらうぞ。二対二だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ俺が楓姉ちゃん、ネギが刹那姉ちゃんの相手でええな」

 

 ネギとコタロー、刹那と楓が二対二の形で対峙する

 

 ネギの正面には刹那、コタローの正面には楓

 

 木乃香とあやかは戦闘に巻き込まれぬよう距離を置き、その少し前にピッコロと悟飯が立つ

 

 この模擬戦の提案はコタローにとって渡りに船、むしろ自分の方から手合せしようと楓に申し出ようとしていたくらいだ

 

 ネギも純粋に、今の自分がどこまで強くなったのか興味があった

 

 悟飯という遥か上の存在とは別に、刹那や楓というまだ抗いようがある力量差を持つ彼女達と戦うことでそれを確かめてみたかった

 

 対戦カードは『前よりどっちが強くなったか』をはっきりさせんがため、過去に拳を交わしたこの二組

 

「勝負は相手が気を失うか降参するまで、場合によっては俺が止めに入る。では始めろ!」

 

「よっしゃ!行くでネギ!」

 

「うん!」

 

 開始の合図と共に、コタローとネギはそれぞれ気と魔力を全身に滾らせた

 

 構えを取って正面の自身の対戦相手を見据え、相手の動きに合わせていつでも動ける体勢

 

(楓姉ちゃん達も相当修行してきたんやろうが、俺らだってそうそう負けへんで!)

 

(刹那さん……)

 

 楓達の方はというと、少年二人と比べまだ大人しい

 

 不意打ちされぬよう隙を見せずにいる最低限の格好ではあるが、攻めようという気概というか気配があまり感じられずにいた

 

 加えてネギは、刹那が本来右手に収めているはずの獲物が何一つ無いことにも疑念を持たずにはいられない

 

 あくまで模擬戦の形であるし、真剣である夕凪を使わないのはまだ分かる

 

 しかし刀剣の類の使用を禁止されたまほら武道会で彼女と戦った際、彼女は代わりの獲物として自身の気を通したデッキブラシを使用した

 

 なのに今は徒手空拳、つまり素手のみでネギと戦おうとしている、彼女は剣士であるにもかかわらずだ

 

「では……」

 

 数秒の硬直の後、四人の中で最初に動いたのは楓

 

 といっても傍目から見ればうんと些細なものだ、飛び出さんと右足で軽く地面を踏み込むという動作

 

 しかしその直後、こうなると予見したものは果たして何人いただろうか

 

「っがあぁ!?」

 

「こちらから、参るでござるよ」

 

 ネギが見据える刹那の横から、楓の姿が消える

 

 コタローが吐き出す声と蹴り飛ばされるその姿、ネギの耳と目が認識したのはほぼ同時

 

 楓は一瞬の内に、コタローの背後への移動を完了させていた

 

 地面に強く打ちつけられる音が一つ、コタローが咄嗟に気の込めた手で受け身を取った音

 

 それでも勢いは殺し切れず、あわや刹那にぶつかろうという所まで飛ばされる

 

「っ、楓!」

 

「おっと、すまぬすまぬ」

 

 刹那はそれを横跳びで回避、楓を少し睨むとすぐさまその視線の先をネギへと戻す

 

 そしてそのまま、ネギに向かって瞬動を用いて正面から襲い掛かる

 

 あの回避が無ければ、刹那も楓同様自分の背後に突如として攻撃を決めにかかったかもわからない

 

 その事実に一瞬ネギは身を強張らせながらも、古直伝中国拳法の構えで刹那を迎え撃った

 

 コタローも足で地を削りつつその身をようやく静止、今度は自分から楓に攻撃を仕掛ける

 

 少年組と少女組、四人の戦闘は幕を開けた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その開幕から数分、戦いを見守るあやかが見せた表情は唖然としたそれ

 

 木乃香とその肩に乗るカモは、一応納得しつつも驚きを隠せないという状態

 

「カモ、一応訊くぞ。この世界へ来る前、あいつらの実力差は目の前のあれと比べてどうだった?」

 

 ピッコロは開始当初と何一つ変わらない、その表情のまま顔も見ずカモに尋ねた

 

 ネギと刹那の試合は直接見た、一方で修学旅行でのコタローと楓の戦いは殆ど見れていない

 

 しかしまほら武道会において後者二人は、クウネル・サンダースという共通の敵を相手に戦っている

 

 その試合の内容から幾らか実力差の把握も出来なくもない、それを踏まえてカモは答える

 

「……元々楓姉さん達の方が強かったスけど、あそこまでひどいもんじゃなかったですぜ」

 

 目の前に地に身を伏せる少年が二人

 

 始めこそ不意を突かれた形だったが、直後の交戦では修行の成果を見せ少女二人に食い下がってはいた

 

 しかしそれも最初まで、徐々に実力差を見せつけられ体力を削られる

 

 そして今、刹那の蹴りと楓の肘鉄を受けてほぼ同じ時同じ場所で彼らはダウンを奪われたところ

 

 するとその内の一人、コタローが口元を拭って立ち上がる

 

 拭ったのは倒れた際についた砂、そして自らの血

 

 残るもう一人、ネギは片膝までは突いたがそこから動けない

 

 その二人へ、楓と刹那が最後の攻撃にかかる

 

 コタローの最後の拳は難なくかわされ、震えを見せる下半身へ脚払い

 

 仕上げに額をトンと二本指で突き、腰や背より先に頭部が地面へ真っ先に叩きつけられた

 

 ネギは右手から魔法の射手(サギタ・マギカ)、しかし刹那は既に背後についていた

 

 襟を掴んで地面に組み伏せ、反撃を許さぬよう右腕は右脚で押さえつける

 

 これを受けネギはギブアップ、コタローは気を失いKO

 

「勝負あり、だな。木乃香、治してやれ」

 

「は、はいな!プラクテ……」

 

 木乃香は杖を片手に駆け寄る

 

 怪我人の治療はこの一週間で数百とこなした、詠唱も忽ち終わり到着と同時に術を施す

 

 場所が場所なだけあって、戦いは主に小技の応酬

 

 大敗を喫したネギ達だが、ダメージは浅くすぐに治療は完了

 

 彼らに比べれば屁のようなものであったが、何発かは攻撃を貰っていたようで楓と刹那もちょいと杖一振りで傷は消えた

 

「凄いです刹那さん!まさかこんなに強くなってるなんて思わなかったですよ!」

 

 傷が癒え、立ち上がったネギがまず口にしたのは彼女らへの称賛

 

 攻め手はことごとく捌かれ、逆に向こうの攻めはこちらの防御を綺麗に掻い潜って的確に当てに来る

 

 悟飯と手合せした時にも何度か感じた、いわゆる清々しい負けというのが一番的を得た言い方だろうか

 

「っがあああああ!ここまで差がつくなんて思わへんかったわっ!どんな修行してたんや楓姉ちゃん、ズルいで!」

 

 一方で目を覚ましたコタローは、負けた悔しさに加えて楓達の強さへの嫉妬を吐き出す

 

 どんな修行をしてきたか、その問いにどう返したものかと楓は首を捻る

 

 そんな彼女の耳に、一人の足音が入り込んだ

 

「ならやってみるか?今から大会まで一週間」

 

 声の主は、ピッコロだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お母さんただいま!」

 

「おかえり悟飯ちゃん」

 

 日は大きく傾き、パオズ山は夕日に染まっていた

 

 ピッコロのもとから戻り、悟飯宅のドアを開けて入る者が

 

「……ん?ネギ君達は一緒じゃねえだか?」

 

「えっと、それは……」

 

 二人、悟飯とあやかのみである

 

 ネギとコタロー、この二名はピッコロの所に残っていた

 

 あの戦いの後ピッコロは指摘する、悟飯のもとで修行を続ければさらに差が広がるかもしれんぞと

 

 たった一週間とはいえ、ああも実力が開いたのは修行の内容が大きいだろう

 

 残り僅かな時間で、少しでも実力をつけて大会に臨みたい

 

 そして出来ることなら、悟飯相手に一泡吹かせてみせたい

 

 それを望むコタローはピッコロの言葉を受けて決意する、自分もここで修行すると

 

 ピッコロはさも当然といった様子でコタローを受け入れた

 

 もとよりあの言葉は、楓達の修行の刺激とすべくピッコロがコタローを誘導させるために言ったもの

 

 楓は思わず口元を緩ませる、これもピッコロの予想通りの光景だった

 

 そしてネギもコタローに引っ張られる形で残ることになり、帰還する悟飯とあやかを見送った

 

 あやかはネギの身を案じずにはいられなかったが、自分の実力ではここで修行しネギを気に掛けるほどの余裕はまず無いだろう、そう自覚もしていたため残ることは出来ず

 

(元々お二人の修行の邪魔になっていた私が手出しできる問題ではない、分かってはいますわ……けど、ネギ先生ーーー!)

 

 しかし帰還途中、悟飯が合同稽古で出向く際同行する以外にネギと会えないことに気付くと、後悔の念もまた彼女の中を支配していた

 

 その日の夜、いつもより広く感じる部屋の中であやかは眠りにつく

 

 やはり無理に無理を言って自分もあそこに残るべきだったのではないか、と未練がましく胸の内で繰り返し呟きながら

 

 そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずあああっ!」

 

「っが!」

 

「あ、兄貴!ピッコロの旦那、今のはちょっとやりすぎですぜ!」

 

「ふむ、魔法障壁か……ギリギリの加減が少し難しいなこれは」

 

 それに遅れて約二時間、日付が変わって少しした頃

 

 ネギは組み手によりピッコロの蹴りを腹部に受け、広い大地の上にて眠りについた




 次回も夏の内には何とか一本、投稿が不定期化して申し訳ないです。ではでは


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 まさかの再会 轟く銃声山中で

 再び無印キャラ登場、本作では無印キャラがちょくちょく登場しますのでご了承ください。ではどうぞ


 時は春、場所は大自然

 

 木々が生い茂り、残雪の傍らでは草花が姿を見せ春の息吹を感じさせる

 

 空では、冬の間大人しくしていた鳥達が時折鳴き声をあげながら飛んでいた

 

 ピヨ、チュン、トントントン

 

 北エリアの、ある山から聞こえる音

 

 はて、三つ目の音は何だろう、鳥の鳴き声ではないのは確かだ

 

 ではキツツキ辺りが木をつついているのか?いや、この辺りにキツツキは生息していない

 

 そもそも、嘴で木をつついただけではこんな音は出ない

 

 ザクザクザク、グツグツグツ

 

 新たに聞こえた二つの音、これはもはや動植物が自然の中で出す音ではないのは明らかだ

 

 そこには二名の男女がいた

 

 火を起こして包丁を振るい、湯を沸かして食材を切っていた

 

 佐々木まき絵と餃子は、大自然の恩恵を受けながら本日の昼食作りに精を出していた

 

「まき絵、こっちはもう準備できた」

 

「こっちももうじき切り終わるよー、はいお待たせー」

 

 作っているのはラーメン、以前カメハウスで亀仙人達に振舞ったこともある餃子の得意料理の一つ

 

 麺や基本的な調味料こそ麓の町で購入したものだが、他の具材は殆どが山で採ったものを使っている

 

 中には餃子が個人的に栽培しているものまであり、山で自給自足の修行生活を送る上で不可欠な栄養面での配慮から餃子のキャリアの長さを感じさせた

 

 既に出汁をとった湯の中に、包丁で切ったほうれん草や人参、たけのこ等をまき絵が放る

 

 あとは具を煮つつ調味料で味を整えてスープ完成、次に麺を新しい湯で茹でて最後にそれぞれを容器に盛り付ければ完成という寸法だ

 

 ここから先は完全に台所番である餃子の領域だ、まき絵が手を出せることは殆どない

 

 調味料を片手に鍋を覗き込む餃子の背を眺めていると、することが無くなったまき絵は手でなく口を動かしていた

 

「そういえばさ餃子くん、さっきの女の人って一体何だったの?」

 

「……昔、色々あった」

 

 背中を向けたまま餃子はまき絵の言葉に応える

 

 そう、あれは今から数時間ほど前に遡る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「塩と醤油と中華麺と……これだけだっけ?今日のご飯用に買うの」

 

「そう、これで全部」

 

 あれから一週間近くも山の中

 

 やることもなく暇だ暇だと駄々をこねるまき絵を見かねた天津飯は、餃子と共に北の都へ買い物に行かせていた

 

 街一番の大型スーパーの中を、カゴを片手にまき絵は餃子と練り歩く

 

 こうするだけでも今までと違った刺激が得られたことは間違いない、まき絵の表情は今朝よりも明るい

 

「けどさー、他に買うものあるんじゃないかなー。ほら、例えば……」

 

「……お菓子なら、買わない」

 

「えー、いいじゃんけちんぼー」

 

 お菓子をカゴに入れようとしたところを餃子に阻まれ口を尖らせるが、すぐに元に戻った

 

 レジを通して会計を済ますと、二人は袋を手にスーパーを出る

 

 そこで、数年ぶりに彼女と対面する

 

「あ」

 

「?」

 

「……あああっ!見つけたぞ餃子!」

 

 大きくウェーブがかかった金髪、頭には赤い大きなリボンが結ばれている

 

 目つきは野生動物のそれにように鋭く、正面に位置する餃子に対しそれを全力で浴びせにかかる

 

「テメエがいるってことは天津飯もいんだな!?どこだどこだ!天津飯どこだー!」

 

 名はランチ、かつてのカメハウスの住人はどこからか機関銃を取り出し上空へ掃射した

 

 もちろん実弾、二人は知り合いなのかと訊こうとしたまき絵だったがこれにより言葉がひゅんと引っ込む

 

 加えて、逃げようとしても足が動かない

 

 ランチは一歩一歩と銃を構えたまま近づく、やはりまき絵は動けない

 

「あわ、あわわわわ……」

 

「まき絵、逃げる!」

 

「え!?」

 

 まき絵と対照的にすぐさま動いたのは餃子、まず買い物袋を全てまき絵に預ける

 

 そして彼女の後ろに回り、胴を抱えて一気に舞空術で飛翔しランチから逃走した

 

「わわっ!餃子君速い!速いってば!」

 

「こぉらぁああ!逃げんじゃねえ、天津飯のとこ連れてけー!」

 

 背後から聞こえる銃声、もう二人は振り返らなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん、てことは随分久々に会ったんだ。あーそれにしても怖かった……」

 

「うん、後で天さんにも知らせないと」

 

 天下一武道会での邂逅や、その後惚れられての追い掛け回され続けた日々など

 

 背を向けたまま餃子は語る、まき絵は時折相槌を打ちながら聞き入った

 

 その間に大分鍋の中は煮えたようで、味も整えスープは完成

 

 おたまで掬って味を確かめる、問題ない

 

 それを見たまき絵も味見をしたいと近づいてきたので残りを渡す、美味しいと歓喜の声を上げた

 

「やっぱり餃子君料理上手ー!さっちゃんといい勝負だってこれ!」

 

 さっちゃん、まき絵のクラスメイトのことだが餃子は知らない

 

 しかし褒められて悪い気はしない、口元が思わず緩んだ

 

 さて、日はまもなく頂点にまで上がろうかというところ

 

 現在修行中の天津飯とアスナは正午までには戻ると言っていた、ならばもうそろそろだろう

 

 スープと具も出来た、残りの支度も早く済ませようと買い物袋から麺を取り出すべく手を伸ばす

 

 するとその手の動きがピタリと止まる、背後から聞こえた音によってだ

 

 ガサリガサリ、草を掻き分けこちらに向かう音

 

「あ、アスナ達帰ってきたみたい。麺が伸びずに全員で食べられて丁度良かったね」

 

 いや違う、と餃子はまき絵の言葉を声に出さず否定した

 

 天津飯達がいつもの修行場で修行しているなら、帰ってくる道はあっちじゃない

 

 すると、あの音の主は一体……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、最後にもう一本やってひとまず仕舞いにしよう」

 

「はい!」

 

 空を見上げ、もうじき正午になることを確認し天津飯はアスナにそう告げる

 

 一定のペースで落ち着いた呼吸を見せる天津飯とは対照的に、アスナの息は大分荒れていた

 

 それでもアスナは振り絞る、両足に力を

 

 左手から魔力を、右手から気を

 

(咸卦法!)

 

 自身の戦闘力を最大まで引き上げ、天津飯に襲いかかる

 

 蹴り、蹴り、蹴り

 

 手にハマノツルギの姿は無い、完全な肉弾戦

 

 それを天津飯は、腕で受けつつ避けつつといった具合で上手く捌いていた

 

(この咸卦法という技、大した技だ……アスナもこの一週間で幾らか強くなったとは言え、ただ気だけを使うよりも数倍は上の戦闘力を発揮している)

 

 無論、咸卦法を用いた今でも天津飯の敵ではない

 

 しかし彼の見立てでは、咸卦法込みで考えればアスナの戦闘力の上昇効率は常人のそれを遥かに凌駕している

 

 例えるなら常人が単純な鍛錬で10上げるのに対して、アスナは同じ鍛錬で2や3上げるだけで咸卦法と合わせて10まで高めることが可能ということ

 

(つまりは、強くなる早さが他の奴より……俺よりもうんと早いということだ、おそろしいぜまったく)

 

 修行を開始した初日とは比べ物にならない動き、これまでの成果が咸卦法により更に引き上げられ天津飯に今も牙を剥く

 

 ただまあ、と一区切りを入れ、次の言葉を最後に天津飯の独白は終了した

 

(惜しむらくは、その咸卦法をまだ完全には使いこなせていないことか。そろそろ、だな)

 

 パシュン、天津飯の予測通りそれは訪れる

 

 アスナのスピードが突如として遅くなる、蹴りのキレも格段に落ちた

 

 そしてパワーも、最後に受け止めた蹴りからして明らかに下がっているのが見て取れる

 

 アスナの表情はしまったと言わんばかりのそれ、慌てて蹴り出した足を戻し体勢を整えた

 

「す、すいません。もう少しはもつと思ったんですけど……」

 

「いや、いい。さっきから殆ど休み無しで続けていたからな、無理もない」

 

 天津飯がこの一週間で見極めた、アスナの咸卦法の弱点

 

 それは力のコントロールが上手く出来ていないことによる維持時間の短さ、ひいては持久力の無さ

 

 これは気を使って戦う戦闘にも深く通じることがあるため、把握はさほど難しくなかった

 

 通常、戦闘において常時気を全開に吹き出したまま戦うということは滅多にない

 

 その吹き出した気全てが無駄なく戦闘に反映されることは少ないからだ

 

 アスナの咸卦法もそう、傍目から見れば目を奪いかねない勢いでその力を噴き出させているが無駄があまりにも多い

 

 仮に放出量を数割抑えたとしよう、それでも戦闘内容に大きな差は出ないと天津飯は踏んでいた

 

 長期戦も想定したパワーコントロール、これがアスナの抱える大きな無視できぬ課題だった

 

「じゃあ餃子達の所に戻ろう……お、ちょうどいいところに。一粒食べるといい、疲労によく効く」

 

「ありがとうございます、っむ……んー、酸っぱぁ!」

 

 帰る道中に木の実を一粒、ちぎってアスナにやる

 

 そうしている内に、餃子達がいる地点まであと数十メートルの所まで到達

 

「そういえば今日は麓まで買い物行ってたんですよね、二人」

 

「ああ、だから多分今日の昼は……」

 

 そろそろ姿が見えるか、そんな辺りまで来たところで

 

「きゃーーー!」

 

「わああーー!」

 

「「!?」」

 

 姿より先に二人の悲鳴が飛び込んだ

 

 何事だと焦るアスナ、悲鳴がしたという一点だけでは正確な状況はわからない

 

 すると直後に機関銃のものと思しき銃声が十数発、鳥が数羽上空に逃げるのが目に入る

 

「……まさか」

 

「あ、天津飯さん!」

 

 天津飯が突如駆け出した、元々自分も現場へ向かうつもりだったアスナは慌てて後を追う

 

 到着したアスナの目の前にいたのは、一足先に着いた天津飯と

 

「あ、アスナ~!天津飯さ~ん!」

 

「わわわ……」

 

 涙目のまき絵、慌て顔の餃子そして

 

「見ーつーけーたーぞー、天津飯」

 

 山道を殆ど準備無しで登ってきたのか全身ボロボロ

 

 それでいて、鬼のような形相で機関銃を携えるランチその人

 

「ラ、ランチ……どうしてここに」

 

「餃子と北の都で会ってな、逃げてきた方を追ってここまで来たんだよ。一緒に見たことねえガキ連れてたから、嫌な予感はしてたがよぉ……」

 

 天津飯の問いに、ランチは声と肩を震わせながら答える

 

 そして天津飯の後ろにつくアスナに目をやり、より一層その震えは増した

 

「オレのこと振り切ってまで、今もずっとストイックに修行してると思ってたら……まだ乳くせえガキ二人もはべらせて、こんな山ん中で何やってんだテメエはよぉ!?」

 

「ま、待て誤解だ!これには込み入った……」

 

「うるせえ!」

 

 天津飯の言葉に耳も貸さず、先程上空に掃射した機関銃の向きをついに上から正面へと変更

 

 中身は実弾、そして撃とうと決めたら撃ってくる人物だということを天津飯は知っていた

 

「あ、あの、これは一体どういう……」

 

「そこのガキも動くんじゃねえ!風穴開けられてえのか!」

 

 ランチと天津飯の事情を唯一知らないアスナは困惑を隠せないが、そんなことお構いなしにランチは銃口を今度はアスナに向ける

 

 これはマズイ止めようがないと天津飯は悟り、自身の足元で尻餅をつくまき絵の首襟を掴み叫ぶ

 

「アスナ、餃子!飛べ!」

 

 三人は同時に、舞空術で飛翔した

 

 餃子は言わずもがな、アスナも並々ならぬ事態だということは把握でき天津飯に従う

 

「っはあ!?待てぇ天津飯!」

 

 天津飯が選択したのは、撤退だった

 

 背後から聞こえる、ランチの怒声と銃声

 

 山を下るようにして飛行したため凶弾を浴びることはなく、そのまま一行は南西へ進路を取りながら飛び続けた

 

 しばらく飛ぶともう姿は見えず、声も聞こえず、銃声だけはしぶとく聞こえていたがこれも少々経つと消える

 

 先頭を飛ぶのは天津飯、横に餃子が並び後方にアスナ

 

 掴んでいたまき絵は途中でアスナに渡し、おぶられている状態

 

 まさかここまで追いかけてくるとは、と天津飯は額を押さえそのまま冷や汗を拭った

 

「天さん、これからどうする?」

 

「……荷物を置いてきたから何時かは取りに戻る必要があるが、暫くは別の場所にいた方がいいかもしれん」

 

 取りに戻ると銃を片手に片手に待ち構えるランチ、という光景が思わず頭をよぎる

 

 しかし数日も経てば自分達を探しに別の場所へ移動するかもしれないし、『大人しいランチ』になってるかもしれない、とにかく今すぐ戻るのだけは厳禁だ

 

「……まきちゃん、一体どうなってんの?」

 

「えっとね、なんかあのランチって人天津飯さんの追っかけをずっとやってるらしくって……」

 

 蚊帳の外だったアスナへの補完はまき絵が自然に行っていた

 

 すると残る問題は、ほとぼりが冷めるまで何処に身を寄せるかである

 

 これについては、実はもう殆ど決めていた

 

 本来ならアスナ達が来た翌日には向かう筈だった、天候不良により中止してそのまま行かずにいた、あの場所

 

 進路は南西、一行はカリン塔へと向かう

 




 また暫く忙しくなりますが、出来る範囲で書き進めますのでどうぞ今後ともよろしくです、はい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 到着カリン塔 頂上には一匹と一人

 またかなり間が空いてしまい申し訳ない、夏休み中にもう少し気合を入れるべきでした。ではどうぞ


 天まで高く、伸びる塔

 

 てっぺんはどこまで行けばあるのか、雲に隠れてその答えは地上からでは分からない

 

 どこまでも、どこまでも高くそれはそびえ立つ

 

 その塔の名はカリン塔、そして今アスナがいるのはそのカリン塔を守護する聖地カリン

 

「うっわぁ、やっぱり改めて見るととんでもない高さね……」

 

「今までこの塔を登りきった者は十人といない、君達を連れてきた彼らはその内の二人だ」

 

 アスナはカリン塔のすぐ下から、首を傾け遥か上を眺める

 

 そんな彼女を後ろから離れて見守るのは、この聖地カリンの戦士ボラ

 

 天津飯達一行が聖地カリンに到着したのは、昨日の夕方頃のこと

 

 天津飯と餃子はここの者とは幾らか縁があり、着くと集落の者達は快く彼らを出迎えた

 

 ひとまずおおまかな事情を話すと、アスナ達が天津飯達と会った日と時を同じくして千雨と茶々丸がここに滞在していたという話をボラ達から耳にする

 

 後を追おうにも日が経ちすぎており困難を極める、アスナは千雨達を探したかったが泣く泣く諦めることになった

 

 また、仙猫カリンと会う件についてだが既に日も落ちかけている

 

 このことはとりあえず明日にしようということで、その日の晩は泊めさせてもらった

 

 そしてその翌朝、つまり今日の朝になってさて行こうかとなった時、天津飯がアスナにこう提案したのだ

 

 この塔のてっぺんまで登ってみる気はないか?と

 

 当然アスナは初めは困惑した、しかし天津飯はこう続けた

 

“アスナ、お前の咸卦法の弱点……ひいてはお前自身の弱点は、このカリン塔の修行によって克服出来るんじゃないかと俺は踏んでいる。それに俺の見立てでは、咸卦法のパワーコントロールさえ完璧に出来ればこの塔を登りきることは不可能じゃないはずだ”

 

 上記の言葉に、勿論無理強いするつもりは無いがなと最後に付け加える

 

 これを受けてアスナは考える、この挑戦受けるべきか否か

 

 舞空術を会得した現在、登る途中でのリタイヤは然程難しくはない

 

 それに他でもない天津飯からの提案だ、とりあえず一度挑戦してみる価値はあるのではなかろうか

 

 アスナは了承した、そして天津飯達三人は後のことを聖地カリンの守人であるボラ親子に任せて一足先にカリン塔の頂上へと飛翔する

 

 そして時は現在に戻る、アスナが見上げた先には既に彼らの姿は無い

 

「しかし、本当に大丈夫か?彼がああまで言ったのだから止めようとまではせんが、この塔を登りきるのは……」

 

「……ご心配なく」

 

 アスナは両手にそれぞれ込める、左手に魔力を右手に気を

 

 湧き上がる咸卦の気が、離れた場所にいるボラにも目視できるほど彼女の髪や服を揺らす

 

 次にアスナはカリン塔へ手をかけ足をかけ

 

「体力だけには、自信あるんで。せりゃあああああっ!」

 

 目指す先はてっぺん、仙猫カリンのいるその場所へ向けて登り始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううっ、なんかだんだん寒くなってきた……」

 

「この辺りは温暖な気候とはいえ、俺達がいた山の高度はずいぶん前に超えたからな。餃子」

 

「うん、はいまき絵」

 

 アスナの遥か遥か先、まき絵を背負った天津飯と餃子は頂上へ向けてまだ飛び続けていた

 

 二人の本来の飛行速度を考えれば既に到着しているところだが、一般人まき絵の負担を考慮し比較的低速での飛行を行っている

 

 高度の上昇に伴い気温は下がり、肩を震わせたまき絵に餃子は肩に抱えていた上着を渡す

 

 こうなることを見越して予め聖地カリンで借りていたものだ、まき絵は嬉々としてそれを受け取り羽織る

 

「あの、カリン様っていう猫こんな寒いところに住んでるんですか?」

 

「いや、もう少し上まで行けば寒くはなくなるはずだ」

 

「?」

 

 当たり前の話だが、気温というものは原則的に標高が高ければ高いほど下がる

 

 しかし天津飯や餃子が経験する限り、カリン塔及びさらにその上にある例の神殿が寒かったという記憶はない

 

 おそらくそういう術が施されているんだろうな、と天津飯は自身の推測を述べまき絵は納得する

 

「それにしても、千雨ちゃん達がここに来てたなんて思わなかったなぁ……」

 

「本来ならすぐにでも探しに行きたかっただろうが、済まなかったな」

 

「いいですいいです、昨日も言ってましたけど探すの絶対大変ですもん」

 

「そういえばまき絵のクラスメイトのこと、あんまり聞いたことない」

 

「色んな人がいるよー、天津飯さんみたいに拳法やってるくーふぇとか、忍者で分身とかやっちゃう楓さんとか……」

 

 頂上へ向かう間、まき絵が暇を潰す方法は天津飯達と会話するくらいしかなかった

 

 しかし思ってみれば、天津飯は普段一日中アスナと修行の日々

 

 食事作りなどでよく行動を共に餃子はともかく、こうやって彼と色々話すのはまき絵にとって初めてであった

 

 思いのほか会話は弾み、話した内容はまず自身とアスナを除く3―Aクラスメイト29人について大まかに

 

 次に、彼女の中で再会が一番待ち遠しいであろうネギ・スプリングフィールドについてこと細やかに

 

 他にも、今思えば魔法と関連が深くあったと考えられる麻帆良学園内で起きた様々な事件についても色々と

 

 そうやって話してからどれほど経っただろうか

 

 ひとまず話は小休止し、小腹が空いていたのでまき絵は餃子から今度は握り飯をもらい口に運ぶ

 

 これも朝の内に用意していたもので、冷えた米粒が一つ一つ口の中に広がる

 

 いつもならある米特有の粘りはなく、新鮮な触感を噛みしめつつ嚥下し完食

 

「……あ、もしかしてあれ!?」

 

「見えてきたな」

 

 カリン塔の頂上がついに顔を見せたのは、その直後のことであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、着きおったかの」

 

「あ?」

 

 唐突に一匹の猫が、杖を片手に呟いた

 

 気配を感じたか音を耳にしたか、ヒゲと耳がピクリピクリと動く

 

 その傍らで鼻をほじりながら横に寝そべる肥満体の男は、呟かれた言葉を受け怪訝そうな表情を見せる

 

「ついさっきからこっちへ向かってきてる者がおってな……ヤジロベー、お主も知ってる天津飯と餃子じゃ」

 

 へー珍しい、ヤジロベーはそう言って隅にある階段の方に目をやった

 

 よく耳を澄ましてみると、なるほど階下は騒がしい

 

 しかしおかしい、聞き覚えのない声が耳に飛び込んだ

 

「……なんか二人以外にもいにゃーか?」

 

 まき絵のいた世界でいうところの名古屋弁に近い喋り方、ヤジロベーは感じた疑問をそのまま漏らす

 

 餃子の声が一般の成人男性と比べて結構高いであることは記憶しているが、聞こえてくる声の内の一つは間違いなく大して年も重ねていない少女が発しているそれ

 

 階段を踏む音が聞こえ始め、声がこちらへと近づく

 

「わーすごい、ほんとにここ全然寒くな……ああああっ!いたー!」

 

 両脇にまとめた小さなピンクのツインを揺らし、少女佐々木まき絵は階段から姿を見せる

 

 足取りは軽く、登りきるとすぐに目の前のカリンを指差し大きく声をあげた

 

 そしてそのまま駆け寄ると、両腕を広げその中にカリンを丸ごと納める

 

「おわっ、いきなり何をするんじゃ!」

 

「かーわーいーいー!ホントにこの猫ちゃん喋るんだー!モフモフー!」

 

「こ、こらっ!」

 

 昔、クラスメイト椎名桜子の飼い猫を抱かせてもらったことがあった

 

 初対面のまき絵に驚き、腕の中でいやいやと動く様子が可愛らしかったことを覚えている

 

 それとまったく同じ反応を、その猫より大きく抱き甲斐がありモフモフのカリンはしていた

 

 抱擁、頬ずり、歓喜

 

 そんなまき絵の胸の中でカリンは身をよじり、何とか肩の上まで顔を持っていき周囲の視界を確保

 

 まき絵の後を追って階段を上ってきた天津飯と餃子の姿が現れる

 

「お久しぶりですカリン様、急にお邪魔してすみません。今日はお話したいことが」

 

「うむ、よく来たのう天津飯。で、すまんがとりあえずこの子を……」

 

「……餃子、頼む」

 

「ほらまき絵、一旦離れる」

 

「えー!?もうちょっとだけー!」

 

 餃子はまき絵をカリンから難なく引き剥がし、これでようやく本題へと入る

 

 そう、元はと言えばここへ来た理由はアスナの修行のためでもランチから逃げるためでもない

 

 仙猫カリン、800年以上も年を重ねた彼の知恵を借りに来たのだ

 

 今から一週間前、天津飯達のもとへと舞い込んできたアスナ達

 

 彼女達が言う元の世界、天津飯が推測する別次元の地球、その正体について

 

「では、話してもらおうかのう」

 

「……一週間前、俺と餃子は山の中で彼女のことを見つけました」

 

「えっと、私以外にもう一人、アスナっていう友達と二人で急に山の中で遭難しちゃって……」

 

 これらのことを天津飯、そしてまき絵は語る、カリンは時折頷きながらその話に耳を傾ける

 

 餃子は時折二人の話に補足するような形で話に加わる、ヤジロベーは訳がわからずといった様子で終始蚊帳の外だっただろうか

 

 そうやって話して数分

 

 カリン様はどう思われますか?と天津飯が尋ねた所でひとまず話に一区切りがつく

 

「ふむ、別次元か。成るほどのう、お主中々ええ感しておるわ」

 

 カリンは皆から背を向け、部屋の隅まで歩く

 

 顔を出すとその下方にあるのは、一面に広がる雲

 

 さらにその先にある下界を数箇所見通すと、顔を引っ込め元の場所まで戻る

 

 その間、カリンの行動に口を出すものはいない

 

 そしてようやく、天津飯の問いに最後まで答えた

 

「一週間ほど前、この地球の様々な場所……正確な数までは把握しきれておらんが、次元の歪みをわしは感知した。そしてそこから突如として現れた、少年少女の姿も何人か確認したわい。過去から分岐した並行世界かはともかく、概ねお主の見解で間違いないじゃろう」

 

「私達以外も!?」

 

 真っ先に食いついたのはまき絵

 

 詳細を聞かんと、離していた距離を再び詰める

 

 カリンを脇に抱え、先程まで下界を見下ろしていた位置まで移動

 

「ネギ君は!?ネギ君はいたの!?ってあれ、ここからじゃ全然見えない……」

 

「待て待て!姿を確認したとは言ったが、今いる場所まで完全把握は出来とらん。一旦下ろさんか!」

 

 まき絵は興奮冷めやらぬままカリンを下ろし、下ろされたカリンは改めて下界を見下ろす

 

 膨大な地上から特定人物を探し出す、普通なら骨が折れる作業だろう

 

 しかしまき絵の仲間達の一部、常人を凌駕する戦闘力を有する者達ならば話は変わる

 

 顔の両側にある髭がピクリと動く、気を高めたのか急激に上昇した戦闘力を探知した

 

「おったおった、五人ほどおるのう」

 

「ネギ君は!?」

 

「名前までは知らん、特徴を言うから自分で照合しとくれ。黒髪ツンツン頭が一人、随分背が高い細目のが一人……」

 

 場所は山奥の森、組手か何かで修行に励む男女数名を確認

 

 一人一人の特徴を大まかにカリンは述べ、まき絵は頭の中で自身の知り合い達の姿と照らし合わせる

 

 最初のはコタロー、次は楓だろう、カリンはさらに続ける

 

 髪を片側一つにまとめた黒髪の者、裕奈かと一瞬思ったが黒ということは刹那か

 

 組手には参加していない黒髪長髪の者、これだけの情報だと木乃香かアキラか分かりかねる

 

 そして最後の一人

 

「少年……かのう、茶髪で弦の無い眼鏡を……」

 

「ネギ君だー!」

 

 ここまで言えば十分だった

 

 場所は何処だとまき絵は尋ねるが、この世界の地理を全く把握してない彼女に説明することは不可能である

 

 どうしたもんかと言葉を濁していると、カリンは「ん?」とネギのいる場所とは別の場所に目をやった

 

 それは今いるてっぺんの真下

 

「天津飯、この子と一緒にお主の所に来たアスナというのは……少し前からこの塔を登っておる子で合っとるか?」

 

「……気付いていらっしゃいましたか」

 

「登り始めた頃からな。あれだけ力垂れ流しとれば嫌でも気づく、お主も随分無茶やらすもんじゃわい」

 

 咸卦の気についての細かい知識までは無かったが、気と魔力を合わせたその強力な力の感知までは容易なこと

 

 そもそも聖地カリンに余所者が来るという自体が希で、今までそういったことがあるとカリンは漏れなく見下ろして動向を確認していた

 

「最初はただ俺の修行に付き合ってくれてただけだったんですが、最近じゃ俺と一緒に大会に出たいとまで言い出しまして……」

 

 天下一大武道会

 

 今からおよそ一週間後に開催される、全世界から参加者を集めて行われる武道大会

 

 セルゲーム終了後からも絶えず修行を続けてきていた天津飯は、ひと月ほど前に開催の知らせを受け出場を決意していた

 

 それをアスナに話したのは合同で修行を初めて三日ほど経ってからのことだったか、私も出ますと意気揚々に宣言し以前より修行に身が入り始めたのを天津飯は思い出す

 

「成程のう、まあお主や悟飯のようなのが相手じゃなければ問題なく勝ち進める実力はあるようじゃな」

 

「そういえばアスナ大丈夫なの?落ちたりとかしてない?」

 

「うんや、落ちてはおらんが……そろそろ危ないかもわからん」

 

「え!?」

 

 カリンはまき絵の腕の中で、顔を渋めつつアスナの様子を眺め続けた




 ヤジロベーの名古屋弁がかなり面倒だったのがこの話を書いてて一番の思い出。
 書き溜めがあと一話あるので、もう一話先の進行具合も見て遅くても来週には投稿したい次第です。ではでは


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 極めろ咸卦法! 目指せアスナ頂点へ

 予定以上に筆が進んだので早めにもう一話。勢いがある内にどんどん書き進めたいところ、ではどうぞ


「はぁー、はぁー……やっばいかも、これは」

 

 吐き出される息は、回数も量も規則性がなく荒い

 

 頭部から出た汗はこめかみから頬へと滑り落ち、柱に両手でしがみついてる現状では拭うことも出来ずそのまま首筋まで向かったところで服の生地に吸われ消える

 

 全身からも流れ、高度が上がるにつれ初めは体温ほどあった汗も次第に本人の身を震わせる冷や水へと変貌

 

 咸卦法を発動さえしていれば簡易的な防寒・防熱作用が働くため本来ならさして問題はないのだが、アスナの全身からは咸卦の気が消えていた

 

 天津飯との修行で実力を高めていたアスナだったが、実力の向上がそのまま咸卦法の継続時間の増加には繋がっていない

 

 咸卦法とは気と魔力の合成によるものであり、この世界へ来る以前からアスナは魔力より気の絶対量の方が上

 

 するとどうなるか、これまでの修行の中で魔力増加に繋がるものはなく増えたのは気

 

 魔力の絶対量が変わらぬ以上、生み出すことの出来る咸卦の気の量に変化は無い

 

 その持続時間は、いつもどおりだだ漏れ状態ではもって三十分

 

 無論アスナも成すがままにだだ漏れのまま登っていたわけではない

 

 三十分で登りきれるなんて甘い見通しは端から無く、咸卦の気の放出量のコントロールを自分なりにしようと努める

 

 しかし登り始めてからの土壇場ではそうそう上手くいくものではなく、出力を半分ほど減らすので精いっぱい

 

 それでも本来抑えるべき目標とは程遠く、さらに量を減らそうとすると勢い余って完全に切ってしまう、もしくはそうなりそうなところから慌てて少し増やそうとして結局全力放出になるかという両極端

 

 しかも咸卦法発動には両手を合わせる必要があり、切れた際の再発動には気を込めた足のみで一時的に身体を支える必要がありとにかく困難を極めた

 

 そういったこともあり現在アスナがとっている手段は、『とりあえず咸卦法を使わずいける範囲まで登り、限界が来たら咸卦法で登る』というもの

 

 咸卦法を使わない間に魔力の回復を図り、出来る限り登り続けつつ咸卦法の使用時間を伸ばそうという考え方

 

 その結果はどうだったかというと、冒頭の彼女の台詞に集約されていると言えよう

 

 気のみでの身体強化は、咸卦の気のそれと比べれば遥かに劣る

 

 当然登る速さも、身体への負担も、消耗する体力もそれに伴い変わるのは明白

 

 魔力が全快するまでは持つだろうというのはとんだ計算違い、手足・身体は上空で柱にしがみついたまま動きを止めていた

 

「甘く見てたわけじゃ、ないけど……はあっ、やっぱり長すぎでしょこの塔」

 

 地上を見下ろすといった真似はあえてしないが、相当の距離を今まで登ってきたのは容易にイメージできる

 

 では逆に見上げてみるとどうか、その先はひたすら雲

 

 カリン塔の頂上、一足先に天津飯が上がっていった仙猫カリンの住処は未だ見えない

 

 こうやって暫く動きを止めていると、体力の回復はともかく呼吸はとりあえず安定し始めた

 

 今のまま、気のみでの登頂はもう無理と判断したアスナは再び咸卦法を発動する

 

 もとはと言えば咸卦法で登りきることが今回の修行なのだからと胸の内で復唱し、再度咸卦の気の調節に努め始めた

 

「出し過ぎても駄目、出さな過ぎても駄目……」

 

 アスナの全身から出る咸卦の気が不安定に増加減少を繰り返す

 

 登り初めに挑戦した時と比べ魔力の量は少ない、吹き出す咸卦の気の勢いもそれに伴い落ちていた

 

「ああもう、全然回復してな……あれ、でもさっきより」

 

 咸卦の気を纏う間は身体の負担も減るため、止まっていては勿体ないと少しづつ登りながら調整を行っているアスナ

 

 そこでふと、気を増減させている自身の両腕を見てアスナは最初との相違点を見つけた

 

「……小さく抑えられてる?」

 

 前述の通り、出力を全開時と比べて減らすこと自体は既に彼女は可能である

 

 しかしそれは全体の半分、元々の持続時間が三十分なのだから倍になっても一時間が関の山

 

 だが今アスナがひとまず安定させて抑えている咸卦の気の出力はどれ程なのか

 

 半分どころではない、三分の一ないしは四分の一にまで減っているのが大きさから見てとれた

 

「あ、そっか。『今の気と魔力から出せる咸卦の気の最大出力』の半分の大きさがこれなんだ……」

 

 疲弊状態から全快を待たず再開したことによって生まれたこの事態

 

 アスナはこれを吉と捉える、そして身体に叩き込みながら登る

 

 登る際の負担は、体力消費の疲労を差し引けば序盤とさして変わりない

 

 咸卦法の出力が、カリン塔を登る現在の状況に適したそれに着実と近づいていることを示す

 

「この状態を、魔力が全回復した後でも出来れば……いけるっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む、少々じゃが持ち直したようじゃな」

 

「そのようですね」

 

「……にしても、じゃ。あの娘は何故あそこまでして自身を鍛えようとしておるんじゃ?いくらお主に恩義を感じとるからといって、一切拒まずカリン塔に挑戦するというのはちと疑問を覚えるぞわしは」

 

 カリン塔の最上部から、カリンはアスナの様子を見下ろす

 

 隣には天津飯、雲に隠れて姿こそ確認出来ないが気と魔力の増減具合から今の状態を大まかにであるが把握しつつカリンの言葉を耳に入れて補足していた

 

 そこへカリンから飛んでくる一つの疑問、天津飯は数秒言葉を濁した後それを返す

 

 アスナが修行を開始した大まかな経緯は、来訪直後にまき絵と説明した際に話していた

 

 命の危険に晒されたまき絵を救出したこと、加えて当面の間の衣食住の手配をしてくれたこと

 

 その恩に少しでも応えるべく、天津飯の修行を手伝おうと考えたのが始まり

 

 加えて、大会のことを知り自分も参加しようと意気込んだというのは先に語った通りである

 

「以前、修行の終わりにアスナがこうこぼしたのを耳にしたことがあります……『今のままじゃ駄目なんです、もっと強くならなきゃ』と」

 

 天津飯が記憶を遡った先は数日前、修行の終わりにアスナと話していた時のこと

 

 彼女とまき絵がこの世界へ来る直前までいた、麻帆良学園での学園祭についてが話題

 

 クラスメイトの一人超鈴音が起こした、秘匿の存在『魔法』を全世界に知らしめようとする大規模テロ

 

 それに対し、阻止せんと動いたアスナ含めたネギ一行(パーティ)

 

 特に少年ネギ・スプリングフィールドによる縦横無尽の活躍は、首謀者超を打ち破り彼女の計画を止めるに直接繋がったものである

 

 そんな彼についてや、他にも共に協力して戦ったクラスメイト達についてもアスナは話していた

 

 しかし途中で天津飯ははてどうしたと気付く、アスナは自身のことについてはまるで話そうとしないではないか

 

 指摘するとアスナはこう言った、私はネギや千雨ちゃんみたいな大それた活躍は出来てませんと

 

 戦力として買われ戦場に立って幾らか貢献こそしたが、自身の力は同じ仲間である刹那や楓と比べれば遥かに劣る

 

 二人との一番の違いは魔法無効化(マジックキャンセル)能力だが、本来それによりなるべきネギの盾という役割は決戦時与えられることはなかった

 

 幻術とはいえネギ救出時偽高畑相手に、そして刹那及び高畑と共同戦線を張りながら超一人相手に手も足も出なかったこと

 

 これらのような、自身の力不足を痛感させられた出来事ばかりが思い返される

 

 その時こぼれた言葉が、『今のままじゃ駄目なんです、もっと強くならなきゃ』

 

「とにかく、アスナは本気なんです。自身を強くしようとするあの意志は間違いなく」

 

「ふむ……しかし流石にもう限界じゃぞあの子は」

 

 全身から溢れる咸卦の気に落ち着きが見え始めた、これについては彼女にとって大きな進歩だろう

 

 あの出力を維持し登り続ければ、この場所まで辿り着くことも本来なら不可能ではない話だ

 

 しかしアスナの場合、そこに至るまでに失ったものがあまりにも多すぎた

 

「見た限りでは既にかなりの体力を消耗しておる、あれでは気や魔力より先に身体のほうがまいってしまうぞ」

 

「アスナは既に舞空術を使えます、登るのはもう無理と判断してここまで飛んでくるのは……いえ、ないでしょうねおそらく」

 

「お主の話を聞く限りではな、頃合を見て迎えに行ってやったほうがよいぞこれは」

 

 二人の予想は当たっていた

 

 

 

 

 

「てっ、天津飯さん……」

 

「ここまでだ、初めてにしてはよくやったと言いたいが……無茶が過ぎる」

 

 この後一時間以上に渡りアスナはカリン塔を登り続けたが、途中で明らかな魔力および気および体力の枯渇状態に陥った

 

 カリン塔の挑戦をギブアップして上まで舞空術で飛んでくるには、タイミングとして完全に遅すぎる

 

 幸いその様子を観察していた天津飯がすぐさま下へおり、我が身が落ちるまでやらんとする気概まで見えた彼女をいい加減にしろと叱責し回収した

 

 伸ばされた右腕にアスナは体重を預けると、落ちんと踏ん張っていた四肢は途端に脱力

 

 天津飯に抱えられる彼女の表情はどこか悔しそうで、またどこか今回得られた成果に幾らか満足しているようにも見える

 

 

 

 

 

「天津飯さん……私、全快したらもう一回登りますから!今度こそは絶対いけます!」

 

「……そう言うと思ってたさ。カリン様から仙豆をいただければ着いてすぐにでも全快するんだが、ひとまず今日はもうやめておけ」

 

「仙豆?」

 

 

 

 

 

 有言実行、アスナはそれをして見せた

 

 その日の晩はカリン塔の頂上で夜を明かし、翌朝再び聖地カリンまで降り立ち始めから登頂のやり直し

 

 とはいっても咸卦法のコツをまだ完全に掴めたわけではなく、前回より距離こそ伸びたがまた失敗、今度は自ら限界を見極めギブアップを選択

 

「もう一回です!大分いけたんで次こそは!」

 

 この修行の中で確実に得られているものがあると実感したアスナは、挑戦そのものを諦める気は既に無し

 

「ん?まあ構わんじゃろう、武の道をひたすらにゆく者を拒むなんて邪推なことはせんよ」

 

「おいおい、四人も増えたら俺の寝ぇ場所が狭くなぁじゃにーか」

 

「何もせんと一日中ゴロゴロしとるお主にそんなことを言う筋合いは無い!」

 

「あだっ、杖で殴りゃーでもええだろ!」

 

 カリンもまたそんな彼女の姿勢に好意的で、元いた山に当分戻りづらいこともあってヤジロベー同様ここに暫く置かせてくれることにもなった

 

 環境は整った、ひたむきにアスナは修行に励む

 

 カリン塔を登り切り、天津飯と更に『上』のステージでの修行を行うのはもう数日ほど後の出来事である




 文字数と内容的に前の話とまとめて一本でも良かったんじゃないか、と一個前を投稿してから思ってしまったり。

 次回分も既に書き終えてるので、次々回以降の進行具合を見たり修正諸々で週末には投稿出来たらなと思います。ではでは


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 古菲奮起 始まった超修行

 最近ネギま!でこのサイトで検索かけたら同じくドラゴンボールとクロスさせた作品を見つけました。にじファン時代もそういった作品を見ながら楽しく書いてたものです。ではどうぞ


 南の海、オーシャンブルーの色を持つそれのど真ん中にそびえ立つピンクの一軒家

 

 名はカメハウス、今ここには計四名の男女と一匹のカメが住んでいた

 

「ん?五月何作ってんだ?」

 

「スポーツドリンクらしいですよ」

 

 クリリンはテーブルの上に並べられた数本のボトルを見つける

 

 その横では四葉五月がもう一本のボトルに飲み物を注いでおり、ウミガメによればスポーツドリンクを製作中とのこと

 

 クリリンと古菲、二人が出場する天下一大武道会の開催は近い

 

 それに伴い激しさを増す両者を見かねて、五月は朝食の片づけを済ませた後さっそく取り掛かっていた

 

 よければ一本どうぞと勧められ、その言葉に甘えクリリンは一本手に取り口をつける

 

「……ん、美味い!」

 

「そうじゃろそうじゃろ、一汗かいた後に飲むこの一杯は最高じゃわい」

 

「武天老師様……女の子が同じ部屋の中にいるんですから、そういったものはご自重なさっては」

 

 一口飲んで真っ先に出た感想に亀仙人も賛同、彼の右手にもまた同じボトルが握られていた

 

 額や背からは汗も流れ顔も赤い、ただしクリリン達のような理由ではなく、だ

 

 ウミガメが呆れ半分に進言した後、見やった方向には一台のテレビ

 

 そこに映っていたのは、やや露出が多めのトレーニングウェアを身に纏いエクササイズを行う美人女性達の姿

 

 集団の先頭に立つトレーナーらしき女性がワンツーワンツーと声を張れば、亀仙人もにやけ顔でそれに応え他の女性達と同様にワンツーワンツーと手足を動かしていた

 

 ちなみにTV番組ではなく、わざわざ亀仙人が通販で購入しデッキで再生しているシリーズ物のDVDである

 

「な、何を言うか!わしはいたって健全にエクササイズで健康管理をじゃな……」

 

“さあ、今度は背中を大きく反らして!はいワンツー、ワンツー”

 

「おおおおっ!こりゃすごい!」

 

「……はぁ」

 

 亀仙人はすぐ反論したが、途端にまたテレビの中に目を奪われる

 

 上体を反らしたことで真上を向いたトレーナーの双丘の動きを、興奮した様子で観察した

 

 こりゃだめだとウミガメはため息を一つ吐き、すごすごとカメハウスの外へと玄関から出る

 

 その様子を目で追ったクリリンは、更にその先にある物を見てあることを思いつく

 

「あ、そうだそのスポーツドリンク俺が直接持っていくよ、多分あいつまだ暫く入ってるだろうし」

 

 ではお願いしますと五月は最後の一本に蓋をし、数本ある内の二本をクリリンに渡す

 

 残りはぬるくならないようにと冷蔵庫へ入れ始め、クリリンはありがとなと五月に礼を述べてカメハウスを出る

 

 出たすぐ先にあったのは、身の丈の数倍はある直径を持つ球状の建造物だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つい先日クリリンが知り合いに頼み、作って送ってもらったものである

 

 中身は広い部屋が一室、それのみで他には無い

 

 内部の詳細を語るとすれば、まず最初に目に入るのが機械を組み込み床から天井まで届く柱が中央に一本

 

 現在稼働中であるかを示すように、小さな駆動音を内部から鳴らしている

 

 そして床は正方形の赤いタイルの様なものが一面に貼られ、壁には外の様子を確認出来るよう円形の窓が周囲に万遍なく設置

 

「ふっ……ふうっ、んぐぐぐ……」

 

 その中に古菲は一人籠り、黙々と修行の日々に明け暮れていた

 

 現在やっているのは逆立ち指立て伏せ、頭は地にそして足は天を向く

 

 彼女の腕力をもってすれば本来朝飯前でこなせるこの行為も、今は顔を苦渋に歪めつつ実行中

 

 曲げたまま数秒間固定していた肘を伸ばし、伸びきったところで限界が来たか体勢を解く

 

 身体をくの字にし右足左足の順で床に着地すると、大きく身を揺らし片膝をついたところでようやく安定する

 

「うはぁ、掻いたアル掻いたアル。えと、どこ置いたアルかね……」

 

 いかにさっきまでの修行が熾烈で、そしてそれを集中して行っていたかは外見を見れば明らかだった

 

 洪水と形容出来そうな量の汗を掻いてる上に服も汗で濡れ逆立ちで乱れ、根元で留めていたヘアゴムも大きくズレている

 

 古は全身から吹き出た汗を拭おうと、服の乱れを直しながら足元に置いたタオルへと手を伸ばした

 

 掴んで手元まで運ぶ際によいしょの一声、まるで一荷物運ぶような台詞

 

 しかしこれは決して比喩にあらず、現に古にとってこのタオルは一荷物なのだから

 

「さて、次は八極拳の型辺りを一通りこなし……あ、クリリン!」

 

“おーい古、五月からスポーツドリンクの差し入れだってよ。ハッチ開けてくれ”

 

 すると室内上部からザザザと一瞬ノイズ音がし、次にクリリンの声

 

 窓から様子を見ると外に彼の姿、外部に取り付けられたマイクを通して中に声が届けられていた

 

 古は慌てて行動に移す、まず中央の柱へやや身を重そうにしながら移動

 

 数字がデジタル表示された液晶の横にあるボタンを一つ押すと、柱から発生していた駆動音が完全にやむ

 

 続いて出口まで足を運ぶ、先程までのとは打って変わって足取りは軽い

 

 そこに設置された二つのボタンのうち『開』と書かれた方を右手でポンと押し、ハッチを開けクリリンを迎え入れた

 

 今しがた言っていたスポーツドリンクは右手に飲みかけが一本、左手に満タンのものが二本

 

「うおっ、すごいことになってんな古……ほら、とりあえず水分取っとけ。俺もさっき飲んだけどかなり美味かったぞ」

 

「五月の作ったものなら当たり前アルよ!」

 

 中に足を踏み入れたクリリンは、身体から熱が抜けず湯気が上がる古の姿を見て真っ先にドリンクを手渡す

 

 すかさずキャップを開け、古はぐびぐびとドリンクで喉を勢いよく鳴らした

 

「……ップハー!生き返るアルねー!」

 

「しっかし、まさかここまでお前が気に入るとは思わなかったよ」

 

「大会までの修行全部をクリリンや老師に任すわけにはいかないアルからな、それにすっごい効果ヨこれは!」

 

「ははっ、ちなみに今は何倍でやってんだ?重力装置」

 

 重力室、カメハウスの正面に鎮座する球体の正体はこれだった

 

 クリリンが製作を依頼した知り合い、ブリーフ博士が初めにこれを作ったのは五年程前のこと

 

 ナメック星へ向かう悟空が移動中でも修行出来るようにと、宇宙船の一部分として組み込んだのである

 

 以後もベジータの修行用として、他の宇宙船や自宅内の一室に増設したりと何度か自身の腕を振るって製作している

 

 今回は『宇宙船のように航行機能は必要ない』かつ『重力設定の最大値はさほど高くなくていい』といった理由から時間はさほどかからず、配送用にホイポイカプセルにするのにやや手間が掛かった程度で済んでいた

 

「いやぁ、徐々に慣らしてるアルが十倍までの道のりは遠いかナという感じで……今は八倍で完璧に動けるよう努力中アル」

 

「おいおい、まだ使い始めて二日かそこらだろ。ちょっと飛ばし過ぎじゃないか?」

 

「大会まで残り六日!ビシバシこなさなくてはとても間に合わぬアル!」

 

(こういうところホント悟空にそっくりなんだよなぁこいつ……)

 

 ちなみに重力室が届く直前まで、古はクリリンから重り付きの道着を借りて修行をしていた

 

 十年近く前に天界での修行に使用していたもので、その重量はリストバンド諸々全て合わせて百キロ

 

 更にはその上から道着以前に付けていた甲羅を背負うまでやらかし、全重量は百八十キロ

 

 クリリンらの指導で気の扱い方を上達させた古は、それすらも数日でこなせるようになっていた

 

 百八十キロというと、古の体重を四十五キロと仮定すればちょうど四倍

 

 つまりこの重力室での修行に換算すれば、使用開始直前まで古は五倍に相当する内容をこなしていたことになる

 

 とはいっても実際は道着+甲羅と違い腕や頭も万遍なく重くなるのでやや差異はあるが、実際重力装置を五倍から始めても問題ないほどに彼女は成長していた

 

「あ、そうだ古。お前が教えてくれた型なんだけどさ、上手く出来てるかいまいちわかんなくてよ……ちょっと実戦方式で試したいんだ、一旦外に出て相手してもらえるか?」

 

「おっ、こちらとしても望むところアル!今度こそ私が決めてみせるアルよ!……おっと、クリリンちょと待つヨロシ」

 

 古はクリリンの提案を受け、了承し意気揚揚に腕を回し鼻を鳴らす

 

 自分の力量に合わせ、クリリンが今まで全力で相手をしてはいないことを古は知っている

 

 残された時間でどこまで出来るかはわからないが、彼女の最終的な修行目標は『クリリンの全力を引き出し、それに少しでも肉薄する』ことである

 

 相変わらずのやる気っぷりにクリリンはハハと笑うと出口へ向かうが、それを彼女は呼び止めた

 

「ん?どうした?」

 

「どうせなら私の成果も見てもらいところアルゆえ、こういう勝負を提案するヨ!」

 

 クリリンの全力を垣間見たいと願う古には、一つ考えがあった

 

 これまで幾度となく行ってきた組手を振り返れば、自身の実力と一番剥離した力を振るってきたのはおそらく最初の一戦だろう

 

 その要因は『初見』と『焦燥』

 

 加減する前提で戦うにも関わらず、初めて戦うため実力がどれほどか正確には分かっていない

 

 気の大きさとは別に中国武術という要素によって、思いのほかパワーの調整に手こずる

 

 これらに近いものがあれば、クリリンの全力に少しでも近いものと立ち会えるのではないか

 

 そして今この時、条件は揃っていた

 

 まず古は駆け足で重力室の入口に近付き、『閉』のボタンをひと押し

 

 続いて重力室中央のコンピューターまで行き、数度パネルを弄りボタンを押す

 

 液晶に映る数字は『6』、今の古が戦闘のため動ける最大の重力である

 

「うおっ!?」

 

 重力装置は作動し古には慣れ親しんだ重力、クリリンには初体験の重力がかかる

 

(動けないわけじゃないけど、これは中々……)

 

 高重力での修行、実をいうと悟空らの中で唯一クリリンのみが未体験であった

 

 セルゲームに向けて修行した面々は一年前に精神と時の部屋で、他の地球戦士達も更に昔に界王星で

 

 古さえも数日で慣らしたとはいえ、今この一瞬で適応しろというのは少々難がある

 

(六倍重力下での私の動きはまだ見せたことがない……そして一気に畳み掛けるアル!)

 

 慣れない重力六倍に、クリリンはまだ焦りを収められないでいる

 

 『初見』と『焦燥』、二つの条件を引っさげ古はクリリンに突撃した

 

 




 二話構成です、もう一話は多分来週の真ん中辺りでしょうか。ではでは


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 重力室決戦開戦! 決着はまさかの一撃

 


「アイヤーーーーーッ!」

 

「わっ、古ちょっタンマ!」

 

 飛び込んでくる、カンフー少女の鉄拳

 

 普段とまるで違う重さの全身にいつも以上の力を込め、クリリンは動く

 

 左横、次いで正面ギリギリに古の拳が飛ぶ

 

 身体全体を右に傾け直後にバックステップで後ろに回避するという行動の結果起きたもので、少しでも遅れれば間違いなく拳は彼の顔ないし鳩尾を抉っていただろう

 

 古の攻撃は続く、体軸を安定させた拳・蹴りが絶え間なく襲いかかる

 

 後退を主とした回避は、閉鎖空間である重力室内では限界がある

 

 これ以上の後退は後々行動の選択肢を狭めかねないと判断したクリリンは、攻撃の対処方法を変更

 

 足を止め、腕を前へ出し直接攻撃を受け止めるという新たな防御手段をここでとった

 

(ぐっ思った以上に重い、これが六倍の重力……いや、それを差し引いても古の攻撃力は格段に上がってる!)

 

 侮っていたわけではない、しかし今まで通りの気構えで防御をした結果驚かされたのは事実

 

 下がってしまった足をすぐ戻し、これ以上押されてたまるかと一撃一撃を正面から迎え撃ち防ぎにかかる

 

「まだまだアルーー!」

 

「……っの!」

 

 それらを数発捌き、幾らか今の重力に慣れてきたところでようやくクリリンが反撃に打って出た

 

 身を低く屈め、下段水平の回し蹴りで古の足を刈りにかかる

 

「うおっ!?」

 

 古から漏れる驚きの声

 

 それは、今まで古が見たクリリンの動きの中で一番早かったのではないだろうか

 

 右の蹴りの直後のため一本のみでその身を支えていた左足は呆気なく床から離され、身体全体を斜めに傾けさせる

 

(よしっ、これでひとまず……)

 

 ひとまず古の攻撃は止んだ、とこの時クリリンは思った

 

 直後に倒れざまから古が咄嗟に放った気弾が自身に迫るのを、その目で見るまでは

 

「気だっ……」

 

「クリリン、もっと本気見せるアル!」

 

 受け止めた腕で爆発した気弾の向こう側から、古の声

 

 万が一流れ弾が壁や床に当たり、重力室が壊れてしまっては元も子もない

 

 自分はもちろん古も重々に承知しており、気功波は撃ってこないだろうとクリリンは考えていたが完全に裏をかかれた

 

 気功波の生成がまだ上手く出来ないのもあるが、撃ってきた気弾に攻撃力は殆ど無し

 

 弾かれたり避けられたりしても設備の致命的な損傷には至らない、あくまで牽制のための気弾

 

 実際クリリンは腕を交差し防御したことで追撃の時間を奪われ、古が再び体勢を戻すための時間を与えていた

 

 急接近した古の左手がクリリンの右腕を掴み、懐へ潜り込まんと引き寄せる

 

 初めての手合わせの際にもあったこの流れ、それをクリリンは

 

「だったら見せてやる……よっ!」

 

「なっ、へぶ!」

 

 あの時ほど甘くない、そう言わんばかりにカウンターを古に決めてみせた

 

 腕を掴んできたのは片手一本、振りほどくことは難しくない

 

 肘を固定点として、そこから先を手首を返しながら小さく右に一回転

 

 左回りに捻られた古の右手は中指から小指の三指がクリリンの腕から離れ、そのまま逆に古の腕を掴み返す

 

 引き寄せ体勢を崩させながら腕から手を離し、空いた左脇に右掌底を打ち込んだ

 

(この返しは、前に私が教えた……)

 

「どうだ古。いきなりだったんで驚いたが、もう同じ手は食わないぜ?おっと、こいつもな」

 

「ぐぐっ……」

 

 懐に潜り込んでから打つつもりだった古の拳は、まだ解かれていなかった

 

 クリリンが右腕を引くその瞬間を狙って放ったが、左手で正面から掴んで止められる

 

「そらっ!」

 

「わわっ」

 

 力を込めて押し切ろうにも、元々の力の差を考えれば正面突破は不可能

 

 すかさずクリリンは古の右手首を握り、彼女の重心を崩し回転させ投げ飛ばす

 

 合気のような投げで小さな円を描き高速で投げられると、外れかけて直してなかった右のヘアゴムが完全に外れ古の背とほぼ同時に床についた

 

 古は咄嗟に受身を取りはしたが、クリリンの左手に右腕を掴まれたままで主導権は動かない

 

(ここまで即座に対応されるとは……完敗アルなこれは)

 

 古に極端なダメージは一切無し、動きを封じるないしは無力化するのに最適の威力でクリリンは反撃を行った

 

 それも気を高めての力による制圧ではなく、古に教えてもらった内容も踏まえての『柔』によるものが大半を占める、完全対応に要した時間も初日と比べうんと短い

 

 一方で古は自身が誇る中国拳法こそ主軸において拳を振るったが、序盤に主導権を握った要因は六倍重力に耐え自在に動けるようになった慣れとパワーの向上

 

 クリリンと対比してみれば、どちらかというと『剛』に重きを置いたような攻めを見せていた

 

 あの時と丁度逆、しかもそれに気付いたのは今

 

 これ以上の戦闘続行は意味を成さないと確信した古は、息を口から漏らし右腕に込めていた力を抜く

 

 それを左手を通して察したクリリンは古を開放、かくして決着はついた

 

「……遅いかもしれないアルが、不意打ち紛いの真似をしてすまなかたアル」

 

「いいっていいって、結果的には久しぶりに緊迫感のある組手が出来たわけだし。けどそれにしたって、随分腕を上げたじゃないか」

 

「まだまだアルよ、んっ……まあ今度の大会、そうでなくとも元の世界に戻るまでには、クリリンの今以上の本気と正真正銘の勝負をしてやるアル!」

 

 古は六倍の重力に抗いながら上体を起こす、吹っ切れた様子で敗戦に対する悔しさは殆ど見られない

 

 頼もしい表情を見せられてクリリンからも力が抜ける、そして六倍の重力下にいることを改めて認識した

 

「にしてもやっぱ効くなぁこれ。悟空やベジータはともかく、ヤムチャさんや天津飯はこれの倍近くで修行してたのか……」

 

「スイッチ、もう切ったほうがいいアルね。うんしょ……」

 

「あ、俺が切るよ。お前はそこで少し休んで……うおっ!?」

 

「!?」

 

 一歩踏み出したところで、クリリンから驚きの声が漏れる

 

 力だけでなく気も抜けていた、注意が足りなかった

 

 先程取れ、足元に落ちていた古のヘアゴムにクリリンは気付いていなかった

 

(やばっ、古にぶつか……)

 

 ヘアゴムについていた玉を踏んで前方へと転倒、その先には古

 

 あまりに突然のことで向こうも回避行動をとれておらず、このままでは激突は必至

 

 クリリンの体重は四十五キロ、そして今この場の重力は六倍

 

 頭部の重さは全体の一割前後なので、およそ二十七キロのヘッドバッドが炸裂してしまうことになる

 

(こっ、の!)

 

 咄嗟にクリリンは左腕を伸ばし、肘を曲げつつも床に手をつく

 

 何とか勢いを殺し、激突は回避

 

「あっ」

 

 ただし回避したのは激突のみ、古への突撃は避けられず

 

「っ!?っ!?」

 

 古は半開きの口で顔を真っ赤にしたまま胸元を見る

 

 自身の右胸には、勢いを殺しポフンといった感じで飛び込んできたクリリンの左頬

 

 一方の左胸には、つける床が近くに無くパーのまま乗っかってきたクリリンの右手

 

「わっ悪い、く……」

 

 クリリンはしまったという顔ですぐ顔を起こし謝罪の弁を発しようとしたが、届くことはなかった

 

「いっいい、いきなり何するアルかぁぁぁ!?」

 

「がああぁっ!」

 

 故意ではないとわかっていたが、恥ずかしさから飛び出した右拳は完全に無意識の産物

 

 話そうと開けていた口の下顎部分を頬とまとめて完璧に捉え、自身に被さるように位置していた無抵抗のクリリンを重力室の端近くまでぶっ飛ばす

 

 先程まで触れていた両胸を左腕で覆い、息を荒くしてクリリンが地に伏せるのを見届けた

 

「いい、いくら私より強い男だからと言ても、やっていいことには、限度が……はっ」

 

 ここで、ようやく冷静に状況を整理するに至る

 

「し、しまたアル!クリリン!クリリーン!」

 

 クリリンに起き上がる様子はない

 

 急いで古は立ち上がり、クリリンの元に駆け寄る

 

 うつ伏せになっていたため、下に手を差し入れ仰向けに返す

 

 古の一撃はクリリンの顎をこれ以上ないほど正確に捉えており、脳を揺らし完全にダウン

 

 肩を揺すっても、両頬にビンタをかましても起きない

 

「とと、とりあえず外へ運び出……ぐぐぐ、重いアルぅ……」

 

 片腕を自身の肩にかけ、持ち上げようとするが六倍重力下では中々上がらない

 

 目を『><』にしながら粘ること十数秒

 

「……しまた、装置を切るのが先だたアル!」

 

 訂正する、古はあの時点でやはり冷静ではなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんじゃなんじゃ!?古ちゃん、クリリンに勝ちおったのか!一体どうやって!」

 

「あ、あはは……(とてもじゃないが言えんアルよ)」

 

 クリリンを背負いカメハウスに戻った古だったが、亀仙人の問いに答えることは出来ず

 

 暫くして目を覚ましたクリリンも同様で、『いいパンチを食らってしまった』とだけ亀仙人には答えた

 

 




 最近の平均文字数からしたら今回ちょっと短めになりました、もう一回古達の出番回ったら長めに書きたいです。
 次回は週末ですお楽しみに、ではでは。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 ちう茶々地球冒険録③ メイドさん編

 今回アニメオリジナルのキャラが登場します。
 『Z』映画版のストーリーを持ち込んでるんで分かるかもしれませんが、今作ではアニメ版の設定も結構採用していくと思いますのでご了承ください。
 ではどうぞ


(ああ心配だ心配だ、あいつちゃんとやってるんだろうな)

 

 左右に広がる長い廊下、並べられた数個から成る椅子の列、腰をかける女性達

 

 廊下に敷かれているのは高級そうなカーペット、壁には絵画が何枚も飾られいかにも豪邸の廊下といったところ

 

(一応短時間だが、それなりの心得というものは教えておいた。あとはあいつがその通りやれるか、向こうさんがどう評価してくれるかだが……)

 

 椅子の列の終わりの少し先にはドア、つい先程一人の少女が入室して数分が経過

 

 その少女の帰還を待ちながら、ドアの一番近くの椅子に座るもう一人の少女がいた

 

(くっそ、中が全然聴こえねぇ……ん?でも終わったか)

 

 中の様子を窺い知ることは出来なかったが、ガタリと鳴った椅子の音から終了という区切りは把握出来た

 

 少しするとドアが開き、数分前まで同じく列に並んでいた少女が姿を見せる

 

「……駄目だったのか?」

 

「少々愛想が無い、と。そのように言われました、申し訳ありません」

 

「ああもういいって、こんな場所で頭下げられてもこっちが困るっつの」

 

 どうやら開始前のレクチャーはさほど意味を成さなかったようだ

 

 とはいえ彼女がその内容を100%実行出来るとは思ってなかったらしく、しょうがないと素直に割り切ることにした

 

「私ら二人の内どっちかが合格すりゃ上等なんだ、あとは私がなんとかやってみるよ」

 

「では私は着替えて表で待機していますので……よろしくお願いします、千雨さん」

 

 メイド服を着た少女長谷川千雨に、同じくメイド服を着た少女絡繰茶々丸は後を託す

 

 移動する茶々丸の背を目で追っていると、次の方どうぞと部屋の中から呼ぶ声がし千雨は覚悟を決める

 

(こんな真似、麻帆良祭であんな経験してなきゃする気すら起きなかったんだろうな)

 

 いつも着用していた伊達眼鏡は外してある、気だるそうな表情と声色が呼ばれた途端豹変した

 

「っはーい!失礼しまーす!」

 

 ノブに手を掛け、開けると同時に満面の笑みと猫撫で声が部屋の中に飛び込む

 

 部屋にいたのはテーブルにつく男性二人、一人はどこにでもいるようなスーツ姿の中年男性

 

 右手には名簿を持ち、先程千雨を呼んだのも彼のようだ

 

 問題はもう一人、服の上からでもわかる筋肉質の身体とアフロヘアーの男

 

「あーっ!本物のミスターサタン様だぁ!憧れのサタン様に生でお会い出来るなんて、えへへ……ちう、とーっても感激ですっ!」

 

「お、おお……そうかそうか、それは良かった。えへへ……」

 

「えー、ではまず自己紹介からお願いします」

 

「はいっ!東の都から来ました、ちうです。よろしくお願いします!(嘘は言ってねえぞ嘘は、二つの意味でな)」

 

 ちう、もとい千雨そして茶々丸が現在いるのは大陸東エリアサタンシティ

 

 その中で一番の大きさを誇る建物、格闘家ミスターサタンの豪邸であった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(※数時間前)

 

「私にも出来そうな働き口が見つかった?」

 

「はい、こちらです」

 

 旅の目的は、大陸東エリアのパオズ山に住んでいるという孫悟空との接触

 

 ドラゴンボールについての情報を得るべく、千雨と茶々丸は船に乗りまずは東の都にたどり着いた

 

 道中ネギ達の情報が得られないかと、地球上で五指に入るその大都市で数日滞在したが成果はまるで無し

 

 仕方なく先へ進もうと東の都を発ち、次に到着したのがここサタンシティだ

 

 ネギ達について等の情報収集と旅の資金調達のため、ここでもまた数日滞在するつもりでいた二人

 

 ひとまずは二手に別れて地理の把握と簡単な情報収集をすることとなり、あらかじめ決めていた二時間後の現在は街中のカフェで向かい合わせに座っていた

 

 茶々丸は千雨の前に、A4サイズ程の大きさの一枚の紙を提示する

 

「『メイドさん急募!あの英雄ミスターサタンのもとで、君も働いてみないか?』……なんだこりゃ?」

 

「ミスターサタン氏については、千雨さんは既にご存知ですね?」

 

「地球を悪から救った天才格闘家、だったか?この街に住んでるみたいだな」

 

 東の都、更には東の都行きの船に乗った西エリアの港町

 

 この世界についての情報を色々調べていた際彼の名は幾度と目にし、そして耳にしてきた

 

 数日後に開かれる武道大会のポスターにもでかでかと写真が載っており、どうやらスペシャルゲストとして参加するとのことだ

 

「そのサタン氏が今度開かれる大会に先立ち、同伴させる専属メイドの募集をしているとか」

 

「ミスターサタン本人も参加しての面接兼アピールタイムで決定、ねぇ……」

 

「そこで、私達二人もそのオーディションに参加してみてはどうでしょう。時間も無いですし、すぐにでも支度をして」

 

「はあ!?」

 

 改めて千雨はチラシに視線を戻し、募集要項の欄に目をやった

 

 開催日は今日、しかも受付締切まであと数時間しかないではないか

 

「いや、確かに私もお前ばっかり働かせて悪いとは思ってたけどさ。これってつまり、少なくとも来週やる大会が終わるまでミスターサタンって奴の傍から離れられないってことだろ。一週間近くでここで足止めってのは長すぎないか?」

 

「千雨さんの仰っていることも間違ってはいません。しかし、それ以上のメリットがあるのもまた事実です」

 

 突然の提案に千雨は難色を示すが、茶々丸の主張はこうだ

 

 今回の肝は『天下一大武道会にタダで行ける』ということである

 

 以前も話に上がったのだが、現在行方を追っている3ーAメンバーは何名かこの大会に足を運ぶ可能性が高い

 

 古菲やコタロー辺りは単純に腕試し目的で参加しそうだし、ネギや夕映といった頭脳派組はそういった彼女の考えを見越して探しに来るかも知れない

 

 ドラゴンボールについても、他の面々から更に情報を得られればより一層麻帆良への帰還に近づけるだろう

 

 加えて世界規模の知名度を誇るミスターサタンの傍にいることで、大会までの間も新情報を得る分には世界中を旅して歩き回るよりは確実に効率が良い

 

「それと住み込みのお仕事のようですし、資金の節約という意味でも……」

 

「あーもう分かった分かった、行けばいいんだろ行けば。けど受かる保証なんて全然無いんだから、変な期待はしない方がいいんじゃねえかと思うぞ」

 

 否定材料を持たない千雨は折れ、詳細をさらに見るべくチラシに再び目を注ぐ

 

(ふーん、面接兼アピールタイムは貸し出されるメイド服を着て、か。あくまで仕事は給仕メインだろうし、極端なミニってことはねぇだろ。ならここはメイド服必殺のメイドターンで、こうロングスカートをパッと広げてだな……あ、カチューシャは勿論あるんだろうな)

 

 折れ、というよりは少々乗り気になってきた模様

 

 思えば東の都行きの船内以降、ちゃんとした場所で寝ていない

 

 宿賃を節約するためカプセルホテルだったりネットカフェだったり、街から街への道中では野宿さえも一度経験している

 

 久しぶりに布団で寝られるかもと心を弾ませ、ネットアイドルちうはかつて自室で着こなしたこともあるメイド服での立ち振る舞いのシミュレートを開始していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして二人はメイドオーディションに臨んだというわけだ

 

 受付まで行ってみると、名前を書いてメイド服に着替えたらあとは並ぶだけという千雨に言わせれば『ザル過ぎるがおかげで助かった』進行方法

 

 この世界に籍を持たない二人も問題なく受けることが出来たわけだが、茶々丸の結果はあまり好ましいものではなかった

 

 茶々丸がメイドとしてアピール出来る点といえば掃除・洗濯・料理といった家事スキルの高さなのだが、単なる一室では口頭でしか伝えられずそれを印象づけさせるのは難しい

 

 そもそもサタン側も今回のオーディションではそういうスキルを持ったメイドを求めているわけでなく、主な条件は『愛想がいい』・『可愛らしい』・『一緒にいて気分がいい』といったものとなる

 

 そういったアピールはやはり上手く出来なかったなと、茶々丸は振り返りながら扉を抜け庭に出た

 

 面接兼アピールタイムが終わると、参加者は更衣室でメイド服から着替え一律的にここへ出るようになっている

 

 全員の審査が終わってから夕方に合格者をまとめて発表するらしく、まだ敷地内には多くの参加者が残っていた

 

「……?なんでしょうあの人だかりは」

 

 千雨との合流を円滑にするべく茶々丸は出口近くで足を止めるが、そこである光景が目に入る

 

 本宅とは別の建物が隣に一つ、そこの窓や入口に多くの女性達が集まり中を覗き込む

 

 聴こえてくる声は大別して二つ、一つはその女性達による黄色い声

 

 もう一つは建物の中から聞こえる、男衆らによる気合の入った太い声

 

 建物の入口に掲げられた看板には『ミスターサタン道場』の文字、中にいるのはトレーニングに励むサタンの弟子達だった

 

「でぇぇぇやああっ!」

 

「ぐああっ!」

 

「「きゃー!カロニー様ー!」」

 

 黄色い歓声の向かっている先は、道場内中央のリングで技を決める一人の金髪の男

 

 相手の突進を素早くかわし、後頭部へ回転蹴りを叩き込みダウンさせる

 

(カロニー……記事で見たことがあります、確かサタン氏の二番弟子でしたね)

 

 今いる場所からさほど離れてないこともあり、茶々丸も道場に足を運んでいた

 

 カロニーはリング中央に陣取り、向かってくる他の弟子達を一人また一人とスパーリングの形で下していく

 

 それを茶々丸は値踏みするが、強いといってもやはり表の世界レベル止まりかという結論をすぐに下した

 

(あの時対面した限りでは、サタン氏の実力も……)

 

 強いことは強いだろう、ただし気・魔法等による裏の世界を知る彼女は彼らを完全な『強者』と見なすことは出来なかった

 

(……おや?)

 

 一通り見て概ねのレベルもわかり去ろうとした茶々丸だったが、一人の人物の存在が彼女の足を止める

 

 ロングの黒髪を耳の横辺りから左右で二つにまとめ、ハンドグローブを両手にやる気十分な『少女』が一人

 

 歳はネギより一つか二つほど上だろうか、それでも背丈はやはり小さくウエイトも道場にいる者の半分以下しかない

 

「よっし!カロニー、次は私よ!」

 

 握った右拳を左掌に力強く打ち込みやる気十分、少女はリングに上がりカロニーとのスパーリングを開始する

 

(あの年齢であの動き、かなり筋がいいですね……倍以上ある体格相手に、あそこまで立ち回れるとは)

 

 現段階の実力で言えば、少女も健闘しているがカロニーの方が上だ

 

 ただし両者の体格差を考えれば、少女の健闘がいかに凄いかが分かるだろう

 

 仮に今の彼女がカロニー並みの体格を持っていたとすれば、マットに沈んでいるのは間違いなく彼の方だ

 

 数年後にはサタンより強くなってもおかしくない、そんな評価を茶々丸はしていた

 

(ただ、この世界での一番の使い手がサタン氏ということを考えるとそこから先はどこまで伸ばせるか……古菲さんのように良い師に出会えればもしくは、といったところでしょうか)

 

 裏の世界を知らずにいながら、あそこまでの実力を身につけた一人のクラスメイトの姿を茶々丸は再生する

 

 決着はというと一人辺り三分区切りと決められていたらしく、ジリリと鳴ったベルが二人の動きを止めさせた

 

「ふぅ、流石に疲れたな。よし、じゃあ一旦休け……こら!何だそこのおっさん!」

 

 他の弟子から受け取ったタオルで汗を拭いながらリングを降りようとしたところで、カロニーは突如として声を荒らげた

 

 オーディションもあり多くの人が屋敷内に入っているということで、外からなら今日は道場の見学を許可していた

 

 しかしその男は一声もかけず、道場の中へ平然として足を踏み入れている

 

「ほー、随分立派な道場だ。ここの主の地球の英雄様は、相当金を貰ってつぎ込んで建てたと見える」

 

「おい!無視するんじゃない!」

 

「……ん?」

 

 二回目で自分が呼ばれた事に気付いたか、それとも答えるのが面倒でさっきまで耳を貸さずにいたのか男はようやくカロニーの方へ顔を向ける

 

「勝手に中まで入られちゃ困るんだよ!部外者はとっとと……」

 

「いや失礼、ここはミスターサタンの道場と思って足を運んだんだが……本人はいないのか?」

 

「わっ!?」

 

(っ、速い)

 

 屋内にも関わらず、風がカロニーの頬を撫でる

 

 そこからひと呼吸するよりも速く、男はリングに一瞬で上がりカロニーの背後まで移動していた

 

 その動きは、茶々丸をして『速い』と言わせるほどのもの

 

 加えてよく見てみれば、男の風貌はかなり異様

 

 後頭部から長く伸びる三つ編みはともかく、そこ以外の頭部はヘルメットのようなもので完全に隠れている

 

 両目もスコープのようなものを装着しており、服はピンクを基調とした中華風のそれ

 

「ミ、ミスターサタンに何のようだ!」

 

「なぁに、会えば一瞬で済む簡単な用事さ」

 

 何より一番茶々丸が気になったのは、その服の胸部に書かれた血のように赤い一文字

 

 

    『 殺 』

 

 

「ミスターサタンを、殺しに来た」

 

 先程のベルが告げたのは、スパーリングの終了の他にもう一つ

 

 とてつもなく危険な香りを放つ、この男の来訪も告げていた




 次の話の文字数がかなり多くなったので、2話に区切るか現在考え中。
 次回更新は一週間後くらいになりそうです、ではでは。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 ちう茶々地球冒険録④ 開戦編

 結局分割することにしました、予定より少々遅れて申し訳ないです。ではどうぞ


 サタンシティからかなり離れ、海も越えた先にある島にメイクイーン城という城がある

 

 原則的にこの世界の統治はキングキャッスルに住む国王が一括しているのだが、それとは別にこの島では代々城に住む一族が少なからず権力を持ち富を膨らましていた

 

 現在の当主はジャガー・バッタ男爵、ミスターサタンとは幼馴染である

 

 彼が今熱を入れているのはバイオテクノロジーだという

 

 研究施設を城内に建て、優秀な科学者を招き日々研究を進めているとか

 

 その施設内では現在、彼と共にもう一人の男がテーブルを囲んでいた

 

「大したことはない、の一言だな。あれなら何人来ようと、さっきのように一瞬で片付けられる」

 

「ぐんぬぬ、まっさかおらの自慢のバイオ戦士がああも見事にやられっとは思わなんだ……」

 

 後から口を開いた東北訛りに近い喋りをする男、彼がジャガー男爵だ

 

「どういう目的かは知らんが、最強の戦士を作ろうと考えているのなら諦めることだ。この私がいるからな」

 

「サタンをギッタギタにしてやろうと思ってたっちゅうのに、これじゃまた一から出直しだぁ……」

 

「……サタン?」

 

 彼がバイオテクノロジーに手を出した目的は、最強のバイオ戦士を作り出すこと

 

 サタンの幼馴染だとは先に述べたが、幼少時は格闘家を目指しサタンと競い合っていたライバル関係でもあった

 

 ところがサタンに敗れたことでその夢を断念、現在は父の跡を継いでこの城の主として収まっている身である

 

 一方でサタンを倒すという夢は諦めておらず、そのためにバイオ戦士研究に心血を捧げていた

 

 そして近年になって研究がかなり進み、何人かのバイオ戦士の完成に成功

 

 実力をテストしようと、自身の従兄弟で秘書も務めるメンメンに『サタンとは別に腕自慢の格闘家を連れて来い』と命令

 

 しかしそこらの格闘家は大抵サタンと親交がある者ばかりで、倒した後サタンにバイオ戦士の情報が漏れるかも分からない

 

 そこで所謂『裏社会』の格闘家にターゲットを絞り、探し当てたのが今ジャガー男爵の向かいに座る人物

 

「ハッハッハ、何だ男爵、ミスターサタンを倒したかったのか。それなら何もこんな戦士を作らずとも、私に依頼すれば済む話だ」

 

「どっ、どういうことけ!?桃白白先生!」 

 

 かつて悟飯の父孫悟空をも苦しめた殺し屋、桃白白

 

 ついさっきジャガー男爵のバイオ戦士を一人残らず倒してみせた彼は、サタンの名を聞き不敵に笑った

 

「南の都あたりだったかな、昔あいつとは会ったことがある。なぁに大したことはない、ひと捻りで半殺しにしてやったさ」

 

「そういや数年前に、サタンが大怪我したっつう記事が新聞に……」

 

「事故という形で誤魔化したようだが、やったのは私だ。今会いに行って私の顔を見せれば、腰でも抜かすかもしれんぞ」

 

「け、けんども……」

 

「あの時と同じようにミスターサタンをひと捻りで沈めてやろう、ただし報酬として五千万ゼニー頂く。奴の無様な姿を記録して持ち帰る手間賃も込みでな」

 

 桃白白は右目のスコープの側面を指でトントンと叩く、ジャガー男爵は頭を悩ませていた

 

 報酬を払うことは容易いが、それでは今まで手がけてきた研究の意味が無くなってしまう

 

「はっきり言おう、あんな肉達磨では私は当然ながらミスターサタンすら倒せん」

 

「ぐぬぬ……」

 

 しかしサタンをギッタギタにしたいという気持ちも強く、結局ジャガー男爵はそれに負けた

 

「わかった!ただし報酬はサタンをギッタギタにした映像と交換だ!嘘ついて持ち逃げは許さねっぞ!」

 

「いいだろう、ミスターサタンの最『期』の姿を記録して持ち帰ることを約束する」

 

「よっす交渉成立!惨めな姿さ撮られて、これで奴も最『後』だガッハッハッハ……」

 

「では今から向かうとしよう、さっきの実戦テスト代金は私が戻るまでに振り込んでおくように」

 

 ここで、両者の間で重大な認識のズレが発生していた

 

 ジャガーは桃白白が『かつてサタンを半殺しにした』という点から彼に依頼

 

 桃白白はジャガーが『自分の本職は殺し屋』と知った上で依頼したものと解釈

 

 つまりどういうことかというと、ジャガーが頼んだのは『サタンの半殺し』だが、桃白白が今から行おうとしているのは『サタンの殺害』なのだ

 

(あの時確かに殺したと思っていたが、奴はしぶとく生きていた……丁度いい依頼が来た、今度こそ完璧に殺してやろう)

 

 これは、桃白白がサタンシティに赴く数時間前の出来事である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここにいないということは、屋敷の中か……邪魔をしたな、続きをしてもらって構わんぞ」

 

 桃白白はリング中央から道場全体を見渡し、サタンがこの場にいないことを改めて確認

 

 外へ出るべく歩を進めるのだが、彼はやむなく足を止めることになる

 

 出口へ向かおうとする彼の前方には、それを妨げるべく複数の男達が立ちはだかっていた

 

「ミスターサタンを殺すだって?」

 

「冗談も大概にしやがれ!」

 

「天下のサタン道場でこんな真似をして、無傷で帰れると思うなよ!」

 

「はて、困ったな。私が頼まれたのはミスターサタン一人だけだ、これではタダ働きになってしまう」

 

「ほざけぇっ!」

 

 道を塞いでいたサタンの弟子の一人がこう言うと、その場にいた者達数名は一斉に桃白白へ襲いかかる

 

 つまらなそうな顔をする桃白白は、その場から動かない

 

 いや、唯一右腕だけがスっと顔の辺りまで上がる

 

「仕方ない、半殺しというのは性に合わんがそこで寝ててもらおう」

 

「っ、いけません皆さん。攻撃をやめ……」

 

 茶々丸が静止の言葉をかけるが、もう遅かった

 

 動く右腕、動きが止まる男達、血を噴き出し倒れる男達

 

 何が起きたか目視出来たのは彼女のみ、他の者はただ結果だけを目にし叫び声をあげる

 

(あの一瞬の内に、四人を指一本の攻撃で……)

 

「わっ、わあああぁぁっ!」

 

「ひっ、人殺しぃ!」

 

 襲いかかった者は全部で四人、その全員が桃白白の足元で瀕死の状態に陥っていた

 

 一人は額、一人は喉、一人は左胸、最後の一人はこめかみに小さな穴が一つ

 

「ふん、生かしておいてやったのに人殺しとはよく言ったものだな。まああくまで『今は生きている』だけだが」

 

 よく見れば桃白白の右手人差し指は血に赤く染まり、不機嫌そうな顔でポケットからハンカチを取り出し拭っている

 

 他の箇所に返り血らしいものがかかった場所は無い、指一本のみの攻撃は正確に四人を絶命直前まで追い込んでいた

 

「さて、他に私の邪魔をしようという輩がいるならとっとと来てもらおうか。そらどけっ!」

 

 進もうとして四人の内の一人の身体に足が当たり、蹴り飛ばして道を開ける

 

 この場にいた全員に、桃白白の強さと恐ろしさを伝えるには既に充分だった

 

 まず、四人に続いて攻撃しようとしていた弟子達がその場から逃げ出した

 

 次に、その者達が目の前を通り過ぎていった弟子達も続くように逃げ出した

 

 道場内だけではない、惨劇を目の当たりにした道場外のギャラリーも甲高い叫び声をあげて走り去っていく

 

 まだ助かるかも分からない四人のもとへ向かう者はいない

 

 桃白白がいる場所から道場の出口、更には本邸入口までの道に彼の行く手を阻むものはなくなった

 

 いや、ただ一人だけそうでない者がいた

 

「……おやお嬢ちゃん、何か用かな?」

 

「ぱっパパを殺すだなんて、絶対させない!帰って!」

 

 正面から対峙するその少女の足は、まるで子鹿

 

 顔の前で構えて握られた拳は、一発叩いてやれば簡単に解けそうな弱々しさがあった

 

 恐怖を少しでも抑えるために近くで倒れるサタンの弟子達を視界から外し、声を震わせながら桃白白に言った

 

「パパ?ああ、そうかそうか。ミスターサタンの一人娘、ビーデルというのはお嬢ちゃんのことか」

 

 先程とは打って変わって、桃白白は愉快そうに笑う

 

 それは漸く十を過ぎた頃の少女が自分に拳を向けているという異様な光景にか、もしくは今回のターゲットの娘という都合のいい人物と会えたからか

 

「ちょうどいい、屋敷の中を案内してもらおう。流石のミスターサタンも、娘が捕まってるとなれば姿を見せるだろう」

 

「っ、嫌っ!離して!」

 

(もう、静観してるわけにはいかないですね……)

 

 下がって距離を取ることも、拳を振るって抵抗することも出来なかった

 

 瞬く間に左手首を掴まれ少女ビーデルは拘束される、その場で杭を打ち込まれたかのように微塵と腕を動かすことは叶わない 

 

 ビーデルを引きずりながら、桃白白は一歩また一歩と歩みを再開させる

 

 桃白白の進行方向とは反対側、道場の隅まで身体を寄せながら彼女の身を案じ名前を小さく漏らす者が何名かいた

 

 ただしそれだけ、救出に飛び出せる者はその中に一人としていない

 

 しょうがない、彼らの中にそれをするに必要な強さと覚悟を持ち合わせた者がいないのだから

 

「っ!?な、なんだ貴様!」

 

「えっ?えっ?」

 

「そこまでです」

 

 そして唯一その両方を備えていた彼女、絡繰茶々丸はついに突撃する

 

 ビーデルを掴んで右手の使用が不自由なのを見越して右側から回り込み高速で接近、薙ぎ払うように左足で上体目掛け回し蹴りを放った

 

 この攻撃方法を選んだのにも理由がある、桃白白が取れる選択肢の問題だ

 

 現在の桃白白はビーデルを掴み、瞬時に大きく移動をし距離を取ることは難しい

 

 しかし茶々丸の深く踏み込んでの蹴りは、上体を反らすといった簡単な回避動作で対応出来るものではない

 

 さらに左手は防御に使おうにもすぐには届かない、すると桃白白の行動として考えられるのは幾つかしかない

 

 甘んじてその攻撃を受けるか

 

「早く道場の外へ、あとは私が」

 

「うっ、うん!」

 

 右手を離し、距離を取るか防御するか

 

 結果として取ったのは後者、上腕が茶々丸の蹴りを受け止める

 

 その間に茶々丸はビーデルを下がらせ、完全に一対一の状況へ持ち込んだ

 

「ほぉ、なかなかの使い手のようだな」

 

「あなたの相手は私がします。これ以上、見過ごすわけにはいきませんので」

 

「……面白い」

 

 続く第二撃、横腹を狙った茶々丸の正拳もまた防がれる

 

 そこから文字通り返す刀で放たれる桃白白の手刀は、拳をすぐに引き後退した茶々丸の目の前を通過した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ここまで大騒ぎになって屋敷内で何も起きていない筈がない

 

 桃白白がサタンの弟子四人を血の海に沈めたのと、千雨が自分の番を終え部屋から出たのはほぼ同時だった

 

「おいおいおいおい、何だってんだよいったい……」

 

 屋敷の外から聞こえる叫び声、屋敷内で慌ただしく響く足音

 

 更衣室に向かおうとしていた千雨も思わず足を止める

 

「ミスターサターーーン!」

 

「うわっ!何だ何だ!?」

 

 すると正面から、廊下の角を曲がってきた男がこちらに向かって激走

 

 更に後ろからけたたましくドアが開き、男が名を呼んだサタン本人が飛び出してきた

 

「どうしたー!私の道場で何があった!」

 

「大変です!道場で貴方を殺すと言い出す不審な男が突然現れて、道場にいた者が四人も……」

 

「なにいっ!?ビーデルは!?ビーデルは無事なのか!?」

 

「すみませんそこまでは……少なくともあの時点でまだ道場の中には居たはずです」

 

「とっ、とにかく向かうぞ!オーディションはひとまず中止だ!」

 

 どちらも自分にぶつかりかねない勢いで走ってきており、壁に背を向け千雨は後退する

 

 そこへ先程道場から逃げてきた弟子の一人と、サタンとの会話が目の前で繰り広げられた

 

 二人はすぐさま駆け出し、屋敷の出口まで向かう

 

 思わず呆気にとられた千雨だったが、二人が向かっていった方向を見てある可能性を考えてしまった

 

(迷子のガキに宝石泥棒、そんで今度は殺すとかぬかす道場破り。どうして行く先々でこんな面倒事……ん?まさかあいつまた関わろうとしてねえよな!?)

 

 しかも見事に正解である

 

 何か不都合なことを起こして、この世界での行動を制限されることは一番あってはならない

 

 第六感に近いものが千雨に所謂『嫌な予感』というものを想起させ、その身を動かさせた

 

「頼むから壊れたり捕まったりはすんなよ……あのボケロボッ!」

 




 一応補足をしておきますと、冒頭に出たジャガー男爵らは劇場版のキャラですね。加えて最近鳥山先生が公開した、サタンと桃白白の関係についての設定も採用しています。
 次回は週の半ばくらいでしょうか、連休中に出来るだけ書き進めておきたいです。ではでは


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 ちう茶々地球冒険録⑤ 終戦編

 触れるのが少々遅れましたが、お気に入り登録が200件を突破しました。みなさん応援ありがとうございます。


(実際のところまずいですね、消耗具合から考えてこちらの方が尽きるのが恐らく先でしょう)

 

「ハハハハどうした!始めに襲ってきた時の威勢の良さはどこへ行った!」

 

 道場の中で、拳と蹴りの交わし合いが続く

 

 序盤こそ茶々丸が今にも押し切らんばかりの猛攻を見せるも、現在はかなり落ち着きを見せている

 

 一方の桃白白は自分のペースを崩さず、茶々丸が崩れた瞬間即牙を剥かんと隙の無い攻防

 

 壁の隅にいた者も今は全員道場から脱出し、中にいるのは二人きり

 

 これでひとまず、『これ以上の犠牲者を出さない』ようにと考える茶々丸の第一目的は達成したことになる

 

 すると次に成すべきことは、『目の前のこの男を退散させるないしは無力化させる』である

 

 しかしこれはかなり厳しい、茶々丸は桃白白の貫手を避けつつ改めてそう認識

 

(始めに皆さんを逃がすため、かなりのエネルギーを消耗してしまいました。まだ幾らか余裕があったからとはいえ、今朝方千雨さんから魔力供給を受けなかったのは完全に失敗でしたね)

 

 開戦当初、茶々丸は自身のエネルギーである魔力をフルパワーで開放

 

 桃白白を壁際まで無理矢理力技で押し込み、倒すとまではいかないものの釘付けすることに成功していた

 

 その目的は、当時まだ道場内にいた者を安全に外へと逃がすため

 

 同時に先程桃白白にやられた弟子達も運び出すよう拳を振るいながら指示をし、多量のエネルギーを犠牲にそれは何とか遂行された

 

 しかしそこからが問題、あの出力で猛攻をしながらも桃白白を制するには届かない

 

 戦闘時間が明らかにもたないことを計算した茶々丸は出力を落とし技巧戦に持ち込むが、それでもなお桃白白を落とす術が見つからずにいた

 

「ずあああっ!」

 

「くっ!」

 

「ほう、止めるか」

 

 飛んできた桃白白の左拳を右掌で掴み取る、押し切られることはなく拮抗状態を維持

 

 他の四肢による攻撃が無いかと注意を向けるが、その気配はない

 

「しかし貴様、わかっているだろうな?殺し屋の私の仕事をここまで邪魔しているんだ、さっきの雑魚共に対する仕打ち程度じゃ済まさん。殺される覚悟があるものとこちらは判断させてもらうぞ」

 

「……」

 

 茶々丸は無言の肯定、桃白白もそれを受け取り拳を茶々丸に向けて押すが押しきれない

 

 自分が掴み向こうが掴まれている以上、ひとまずイニシアチブはこちらにある

 

 そう判断し手を解かず策を模索する茶々丸に対し、

 

「そうか、では遠慮なく」

 

「しまっ……」

 

 桃白白は手をかける、茶々丸は完全に虚を突かれた

 

 右手にあった手応えが消失、桃白白の拳から力が抜ける

 

 いや、『力が拳から』抜けたのではない

 

 正しくは、『拳が桃白白から』外れたのだ

 

「もらったああぁぁ!」

 

 左手が外れた桃白白の手首から飛び出すは仕込み刀、狙う先は茶々丸の右脇

 

 力の押し合いから急遽解放された茶々丸は右半身から体勢を大きく崩し、かわせない

 

「くっ!」

 

「む?」

 

 最大限の抵抗としてその場で身を捻るが、それでも桃白白の刀は茶々丸の身を抉った

 

 追撃の手からは後退して逃れ、両者の間を離す

 

 そこから距離を詰めるかと思いきや、桃白白は訝しんだ顔で自身の刀を眺める

 

「……成る程、機械仕掛けかその身体は。私と同じサイボーグというわけだな、中々の動きだが一体どこまで改造した?」

 

「いえ、私はサイボーグではなくアンドロイドです。正確にはガイノイドですが」

 

 茶々丸を切った瞬間、今まで手にかけた者達とまるで違う手応えを感じた

 

 刀を見れば一目瞭然だった、血肉は一切付着せず僅かに刃こぼれまで確認できる

 

「まぁいい、そんなことは大した問題じゃない。サイボーグにしろアンドロイドにしろ人間にしろ、さっきの攻撃を受ければ途端に動きが落ちるのは明白だからな」

 

 口でも行動でも、桃白白の言葉を否定することは出来なかった

 

 彼の刀は茶々丸の右脇を深々と抉り、下半身に重心を置いて踏ん張ったり腰を捻ったりといったような動きが著しく制限されている

 

 先程までと同じ攻防は期待出来そうにない、決着は近いなと桃白白は推測しほくそ笑む

 

 すると慌ただしい足音と共に、一人の男がやってきた

 

「うおーっ!道場破りめ!このミスターサタンが成ば……げええっ!?」

 

「おっと丁度いい、探す手間が省けた」

 

 現在位置を整理すると道場の入口側に茶々丸、奥の方に桃白白が立っている

 

 そこへ意気揚々と駆け込んで一秒と経たず、ミスターサタンは足を止め腰を引いた

 

 その理由は道場にいる見覚えのある服装の男を見たからで、次に髪型を見てほぼ確信に変わる

 

 かつて自身に瀕死の重傷を負わせたあの男がここにいる、自分を殺しにやってきた

 

(こ、こりゃマズイ。ひとまず退散し……っおい!ちょっと待て!)

 

「さあサタン!早くあの女の子に代わって倒してやってください!」

 

「「サーターン!サーターン!」」

 

 下がって道場から数歩出たところで、後ろから背中を直接押す一人の弟子、言葉で背中を押してくる多数の弟子達

 

 再び戻されそうになったところで、踏ん張っていた両脚を突如折りサタンはその場でうずくまる

 

 突然の行動に弟子の一人がどうしましたと声をかけるが、それは瞬く間にサタンの声にかき消された

 

「あー痛たたたたっ!くっ、くそぉっ!こんな時に、セルと戦った時の脇腹の古傷があぁっ!」

 

「え!?」

 

 かつてセルゲームでも用いた方法で、参戦回避を試みる

 

「しかし、サタンが戦わなければあの女の子がどうなるか……」

 

「うっ……す、少し経てばマシになる!だからほんのちょっとだけ休ませろ!あの男を倒すためだ!」

 

 サタンを無理に立たせて戦場に放り込もうとする者は、一人もいなかった

 

 罪悪感が僅かに残るが、ひとまず時間は稼げるかとサタンは少しばかり安堵する

 

 しかしそれは一瞬の安堵、その場にうずくまりろくな動きが出来ない今の状態を桃白白が見逃すはずがなかった

 

「もらったあああっ!」

 

「させません」

 

 突撃する桃白白、阻止せんとする茶々丸

 

 掴んででも動きを止めようと手を伸ばすが、桃白白はその場で跳躍し飛び越えてかわす

 

 振り上げる左腕の刀、サタンに逃げる余裕は無い

 

(ひっ、ひえええええっ!)

 

 刀はサタンを頭から真っ二つに切り裂かんと真上から振り下ろされ

 

「ぬおおおっ!?」

 

「えっ」

 

 刃の切っ先が目鼻の先を通過、つまり当たらず空を切った

 

 驚きのサタンが見たものは、足を浮かし腹を地に向ける桃白白

 

「ミスターサタン、この場からすぐ逃げてください」

 

 桃白白の右足首を掴む腕があった、ただし肘よりやや先の部分までしかない腕

 

 直接移動では追いつけないと判断した茶々丸は、右腕のロケットパンチを発射していた

 

 引き戻し用のロープを伴った有線式であるため刀を持つ桃白白相手には控えたかったが、緊急事態でやむを得ず使用

 

 結果、桃白白を腹這いで地に伏せさせ、サタンは九死に一生を得る

 

(たっ助かった、しかしどうして見ず知らずの私のためにここまで……ロボット!?)

 

 飛んできた茶々丸の腕を見て、彼女がロボットであることをサタンは把握する

 

 危機から救わんと動く機械人間

 

 サタンの頭にこの言葉と、一年前に会った一人の男のことが浮かんできた

 

(逃げろとあの子が言ってるんだぞ、何でこんな時にあいつのことを……)

 

 たった数分の出来事だった

 

 もしもう少し早くあの場所から逃げていれば、会うことすら無かった

 

 なのに彼の言葉が、よりにもよって逃げたいと思うこんな時に頭から離れない

 

 

 

 

“お……お前も少しは役に立ちたいだろ?か……格闘技の世界チャンピオンらしいから……”

 

 

 

 

「くそっ、小娘め小癪な真似を……」

 

「だありゃーーっ!」

 

「何ぃっ!?」

 

 気付けばサタンは手刀を放っていた、その先にあるのはさっきまで自分を狙っていた刀

 

 自分に恐れをなしていたサタンの方から動くことはない、そう考えていた桃白白は茶々丸にばかり気が向きサタンは完全ノーマーク

 

 世界チャンピオンの一撃は、根元からその刀身を折った

 

「貴様ーー!」

 

「ひええっ、ごめんなさ……」

 

 サタンに掴みかかろうと右手を伸ばす桃白白だが、再び空を切る

 

 飛ばしていた右腕を、足首を掴んだままワイヤーを引き戻して茶々丸が回収

 

 引きずられながら、桃白白は道場内へ戻される

 

 そのまま茶々丸は後方へ投げ飛ばし、再びサタンと桃白白の間に茶々丸が入る形

 

(左手の刀は使えず、相手は実質片手。これなら充分戦えます)

 

 先程外した左手は茶々丸の近くの床に転がっていた、拾って再装着しようと近付こうものなら茶々丸の攻撃が先に決まるだろう

 

「よもや私がここまで苦戦することになるとはな……だが、それももう終わりだ!」

 

 しかし左手を取り戻そうと桃白白は考えていなかった、すっと右腕を上げ正面へ水平に伸ばす

 

 左手の時と同じ音を立てて、今度は右手が桃白白から外れた

 

「今度は何を……」

 

「一撃で決めてやる!このスーパーどどん波でな!」

 

 断面から覗くのは発射口、既に発射準備に入っており徐々に光を帯びていく

 

 桃白白の両目のスコープはそれぞれが休みなく動き、茶々丸に照準を絞る

 

「避けたければ避けるがいい、スーパーどどん波はどこまでも追っていく。その最中に後ろの奴らが巻き添えを食うとも限らんぞ?」

 

「っ!」

 

 茶々丸は完全にタイミングを逃していた、最善の手段は右手を外した瞬間接近戦で攻め込むことだった

 

 スーパーどどん波も撃てず両手も使えない状況なら、右脇の損傷のハンデを加味しても勝機はかなりあっただろう

 

 今から接近しても、上手く引きつけられたのち至近距離で撃たれてお仕舞いだ

 

 目からレーザーを撃っても向こうが撃つ前ならかわすだろうし、相殺を狙おうにも確実に威力不足

 

 すると取れる選択肢は、避けるか正面から防御するかの二つしかない

 

「はっはっは!覚悟を決めたか、いいだろう!」

 

 茶々丸は後者を選び身構え、桃白白は高らかに笑う

 

 音と光の大きさが更に増す、威力が相当のものである事は間違いない

 

 耐えきれるかどうかは分からない、完全に賭けだった

 

「スーパーどどん波ーーーー!」

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 桃白白の口から漏れる、怪訝そうな声

 

 おかしなことが起こった

 

 桃白白は技名を叫んだが、一向にその技が放たれない

 

「スーパーどどん波ー!……っ!?」

 

 チャージしたエネルギーが徐々に失われ、発射口から光が消える

 

「ど、どうしたというのだこれは!?今まで故障したことなど一度も……」

 

 予想外の出来事に困惑、左腕で叩いたり中を覗き込んだりするが改善の兆しは見えない

 

 原因を把握するのは、周りから彼らの声を耳にしてからのことだった

 

〔解析完了ですちうたまー〕

 

〔発射プログラム停止させましたー〕

 

〔すっごいギリギリでしたが間に合いましたー〕

 

〔茶々丸さんチャンスですー〕

 

「何だこいつら!?いつの間に私の近くに!」

 

「あれは……」

 

 桃白白の周囲を、黄色いネズミのような生物が四匹飛んでいた

 

 『ちうたま』というのが誰かは分かりかねるが、言葉の端々からスーパーどどん波を止めたのが彼らだと桃白白が結論づけるのはそう遅くはなかった

 

 腕を振るって叩き飛ばすが、装置に回復の兆しは見られない

 

 しかも何度倒しても蘇る、これではきりがないと桃白白は憤慨していた

 

 一方であの四匹に見覚えがあった茶々丸は後ろを振り返る、予想通り彼女がいた

 

(あのバカ、やっぱり面倒事に巻き込まれてるじゃねえか!)

 

 身体の大半を壁に隠しながら中の様子を伺う少女、長谷川千雨はしかめっ面で自身のアーティファクトを握り締める

 

 千雨のアーティファクト、力の王笏(スケプトルム・ウィルトゥアーレ)の能力は電子精霊の使役と電子空間への干渉

 

 サタンに少し遅れて道場に駆けつけた千雨は、茶々丸と対峙する桃白白を見てすぐに彼が機械類に何らかの恩恵を受けていることを予測

 

 何かあってからでは遅いとアーティファクトを展開し、解析及び茶々丸のサポートになる対処を電子精霊に命じ飛ばしていた

 

 桃白白のスーパーどどん波は、サイボーグへ改造したことによる科学兵器の色合いが強い

 

 エネルギーのチャージ及び発射には内部の機械を介さなければならず、そのことを解析した電子精霊達はすぐさま内部に侵入しその機能を停止させていた

 

(助かりました、ありがとうございます千雨さん)

 

 スーパーどどん波はもう撃てない、茶々丸が一転攻勢に出るには充分な理由だった

 

 再び右腕を正面に向け、出力全開で発射

 

 電子精霊を追い払おうとする桃白白は反応が遅れ、腹へ一撃を見舞われる

 

「っがあぁ!こっの……しまった!」

 

 その場で踏ん張り動かない桃白白の服をそのまま右手は掴み、先程同様ワイヤーを引き戻し回収

 

 ワイヤーを切ろうと左腕を振るが、刀は既に折られていて使えない

 

 振りかぶった茶々丸の左拳が、こちらの顔面へ飛んでくる

 

(だがそんな一撃、余裕で防御してや……!?)

 

 そこへ更なる非常事態が桃白白に襲いかかった

 

 正面に見据えていた茶々丸の姿が、突如現れたノイズに隠れて見えなくなる

 

 スコープの明らかな故障、もちろん原因は

 

〔モニタリング関係もアクセス完了ー〕

 

〔どんどん妨害しますよー〕

 

 彼ら電子精霊である

 

 茶々丸の一撃は見事顔面を抉り、インパクトの瞬間に右手を離したことで桃白白は殴り飛ばされ道場の壁を突き破った

 

「やった!倒したぞ!」

 

「いいえ、まだです」

 

 サタンが喜びの声を上げるが茶々丸は即座に否定する、あの一撃だけではまだKOには至らない

 

 右腕を嵌め直し、後を追って駆け出る

 

 破れた壁を抜けると、やはり桃白白は立ち上がっていた

 

 横には根元から折られた一本の木、幹の部分から先までは彼の腕の中に収まっていた

 

 両手共に無いため腕部分で挟む無理矢理な形だが、常人を遥かに超える腕力はそれを可能としている

 

「……それを武器として私に振るうつもりでしたら、無駄だということを予め忠告しておきます」

 

「ふん、勘違いするな。いいか、今回は不覚をとったが次はそうはいかんぞ、チャンピオン共々念仏でも唱えて待っているんだ……なっ!」

 

 桃白白は持っていた木を、茶々丸とは正反対の方へ勢いよく投げ飛ばす

 

 直後に彼の足は地を蹴り、同じ方向へと跳躍

 

 幹の上へと着地し、彼を乗せた木は遥か彼方へと飛んでいった

 

(距離を取ってようやく視界が回復したか。くそっ、よもや私が同じ奴を二回も殺し損ねるとは……これであいつが二人目だ。それに茶々丸とか言ったな……奴はいつか私の手でバラバラにしてやる!)

 

 あくまで実力では負けていない、そう自負する桃白白だったがいかんせん状況が悪すぎた

 

 戦略的撤退を決意し実行した彼の内心は決して穏やかではなく、顔面全体が強張り歯ぎしりを大きく鳴らした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミスターサタン、お怪我はありませんか」

 

「え?ああ、はい……」

 

 桃白白の姿が見えなくなると、茶々丸は引き返し道場の入口を出る

 

 見るとサタンが腰を抜かしたままその場にまだ居たため、手を差し出し立ち上がらせた

 

 横を向くと千雨が隅でアーティファクトをカードに戻しているのが見えたが、目が合うと千雨の方から逸らしてきた

 

 大騒ぎの一因を担った茶々丸の知り合いだと周囲にバレるのを恐れたためで、茶々丸も無理に話しかけるような真似はしなかった

 

 サタンが無傷であることを確認すると、次に茶々丸は自身の身の振り方について考えることとなる

 

(ひとまずこの場からは退散した方が無難でしょうか。やはり右脇の損傷具合が気になりますし、ハカセのようにはいかないでしょうが簡易的な修理を何処かで……)

 

「すっごーい!ねえねえ、あなたって凄く強いのね!」

 

「貴方は……」

 

 屋敷の出口の方に足を向けたところで、腰元に抱きつく一人の少女がいた

 

 振り返ってみれば見覚えのある顔、先程茶々丸が助けだしたサタンの一人娘ビーデルだ

 

「私ビーデル!さっきは助けてくれてありがとう!」

 

「絡繰茶々丸です、そちらも怪我一つ無いようで何よりでした」

 

「茶々丸ね!ねえ茶々丸お願い、私のコーチになって!」

 

「え!?」

 

「コーチ、ですか?」

 

 お礼の言葉に続いて、予想外の言葉が飛んできた

 

 真っ先に驚きの声をあげたのはサタン、それに少し遅れ確認も兼ねて茶々丸が訊き返す

 

「そうコーチ!私茶々丸みたいに強くなりたい!」

 

 茶々丸に助けられた後も、ビーデルは彼女の戦いを見続けていた

 

 自分と同じ女性でありながら、あの男と互角の戦いを展開した彼女にビーデルは憧れを抱かざるにはいられなかったのだ

 

 途中で茶々丸が腕を飛ばすという非人間的な動きも見ていたが、それを除いた上でも実力は本物と信じて疑わない

 

「パパは最近相手してくれないし、道場のみんなは私がパパの娘だからってどこか遠慮してるし……だから茶々丸に鍛えて欲しいの!」

 

「ですが私は部外者の身で……」

 

「……あっ、そうだ思い出したぞ!いやー私としたことがすっかり忘れていた!」

 

 茶々丸が難色を示したところで、いきなりサタンが大声をあげる

 

 弟子の一人がどういうことかと尋ねると、サタンは茶々丸の肩に手をかけ話し始めた

 

「この子はその……そう、私が遠征先でスカウトしてきた新しい弟子でな。ビーデルも最近年頃だし、気兼ねなくマンツーマンでコーチ出来るような人材を探していたんだ」

 

「あの、ミスターサタン」

 

 当然今言っていることは口から出まかせだ、茶々丸本人の口から否定することは容易い

 

 しかしサタンがボソボソと、茶々丸の口を止め彼女のみに聞こえるよう話しかける

 

「えーとその、出来たら話を合わせて頂きたいんですが」

 

「そう言われましても……」

 

 話し方はいつの間にか敬語混じり、サタンはどうしてもそういうことにしておきたいらしい

 

「ビーデルもああ言ってることだし、ここは一つ私の顔を立てて」

 

(千雨さん、この場合私はどうしたらいいんでしょうか)

 

(ええい!こっちを見るなこっちを!合・わ・せ・と・け!絶好の機会じゃねえか!)

 

(了解しました)

 

 サタンが茶々丸にこっそり話していた内容を概ね察していた千雨は、再び目を向けてきた茶々丸に目を尖らせ『合わせとけ』と口パクで返答

 

 かなりの面倒事に巻き込まれたのも事実だが、一方で相当の収穫だった

 

「……そうですね、よく考えてみれば私はミスターサタンに呼ばれた身でした。そして理由はビーデル様、貴方の専属コーチとしてです」

 

「本当!?」

 

 世界チャンピオンの娘の専属コーチ、これは専属メイドに勝るとも劣らない立ち位置

 

 大会への同伴もおそらく問題なく可能であるし、この世界の情報収集においてもかなり有利に進めることが出来るだろう

 

「ガッハッハ、本当だともビーデル!最近頑張ってるお前にパパからのご褒美だぞ(たっ助かったー……さっきの奴がまた来るみたいなことを言ってたし、この子が相手してくれなきゃ私が殺されてしまう)」

 

「今日からよろしくお願いします」

 

「うん!」

 

 周りもサタンの言葉を信じ、サタンがスカウトしてきた弟子なら強いのも納得だと茶々丸の存在を受け入れる

 

 事態を何とかまとめたサタンは、オーディションの再開を宣言し屋敷へと帰還

 

 ビーデルは茶々丸を引っ張って何処かに行ってしまい、残った千雨は一人息を漏らした

 

(ったく、今回もたまたま上手くことが運んだからいいものの……これじゃ先が思いやられるっつーの。まさか今度の大会でも変なことに巻き込まれたりしねーだろうな)

 

 その答えは数日後、本人が直接大会会場で目にすることになる

 

 夕方になるとオーディションの合格者が発表され、その中には千雨も入っていたのだ

 

 天下一大武道会、開催は刻一刻と迫っていた




 茶々丸対桃白白は元々リメイク前でも書いた話でしたが、パワーバランスの変更や『千雨が空気にならないよう介入させよう』という意図のもとストーリー構成ごと一から新しく書いてます

 連休での書き溜めが中途半端だったため次回はおそらく一週間後くらいです、ではでは。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 何だあれは!? 早乙女ハルナ、公園にて

 この作品のサブタイトルってドラゴンボールのアニメ調を結構意識してるんですが、中々難しい。言葉が前の話と被ってないか度々不安になります。
 ではどうぞ


 朝食はちゃんと毎日食べよう、一日を送る上での活力となる

 

 学生時代、そのようなことを聞かされた者が大半ではないだろうか

 

 麻帆良学園中等部、早乙女ハルナも例外ではなかった

 

 漫画研究会に所属し、更にそれとは別に年二回の祭典に参加したりと彼女の学園生活は多忙を極めていた

 

 締め切りが近い日は徹夜が当たり前、そうしなかった日は寝坊直前で慌てて朝食も食べず学校へ行くこともしばしば

 

 同室の夕映やのどかには度々咎められていたが、中々改善せず

 

 しかしこの世界に来てからは比較的健康的な生活を送るようになり、朝食も毎朝摂っていた

 

 つまりハルナは毎朝、今日一日を送る上での活力を得ていたのだ

 

 ただし

 

「はーいべジータちゃーん、おかわりどんどんあるわよー」

 

「あぐっ……そこに置いておけ」

 

「ちょっとべジータ、自分で食った分の皿くらいは片付けなさいよ」

 

「……ふん」

 

 それと時を同じくして、活力を奪われもしていた

 

(うっへー凄い量、何回見ても慣れないわあれは)

 

「……おい、何ジロジロ見てやがる」

 

「っ!」

 

 囲んで朝食を摂るテーブルの隅に、皿の山が一つ築かれる

 

 建築主はハルナの正面に座る男、べジータだった

 

 まだ朝だというのに、ブルマの母が運んでくる料理を次々と平らげペースは衰えることを知らない

 

 サイヤ人特有の異常な食欲は、戦うことをやめた今でも健在

 

 居候になってから何度と目にしたきたハルナだが未だに慣れず

 

 そこへ視線に気付いたのかべジータが不機嫌な顔で睨みを利かせ、ハルナは慌てて顔を伏せ右手に持つトーストを頬張る

 

 先日の悟空ゴーレムの一件以来、べジータに対する苦手意識はかなりのものにまで達していた

 

(もー嫌……そりゃあれは私が悪かったけどさぁ、なにも家の中で目が会うたび睨んでこなくたっていいじゃない)

 

「ハ、ハルナ。大丈夫?」

 

「……あんまし」

 

 気遣ってくれた親友のどかに、ハルナは弱々しい声で返答する

 

「そういえば父さん、聡美が来てないけどまだ研究所?」

 

「ああそうだよ。先日研究所のコンピューターから見つけたデータに興味津々でね、昨日の夜からずっと……」

 

「やっぱり……あんまり無理しないよう父さんからも言ってやってよね。ちょっと呼んでくるわ」

 

 ブルマ宅に居候する残りの一人、葉加瀬聡美の姿はここには無い

 

 来訪当初から彼女は研究所に入り浸り、この世界独自の科学技術を吸収しようと日々奮闘しており今も朝食を抜いてまで取り組もうとしている模様

 

 ただしそんな不健康な生活を何度も見過ごしてはいられないブルマは、半分ほど食べ終えると葉加瀬を呼びに部屋から退出

 

 それから数分後、皿の山を放置したままべジータは食事を終え席を立った

 

 幾らか気が楽になったハルナは食の進みを元のように速める、こちらは食べた分の皿をキッチンまで運び片付ける

 

 そこから元いたテーブルに戻ろうとしたところで、久々に彼の顔を見た

 

「あ、ハルナさん」

 

「プーアルくん?」

 

 ヤムチャがかつて盗賊稼業をしていた頃から、年数にしては二十年来に渡って彼と共にいた相棒プーアル

 

 重力室を借りにここへ来る時もヤムチャは大抵連れてきていた、しかし今回はヤムチャ本人の姿がない

 

「どうもお久しぶりです、いつもヤムチャ様がお世話になってます」

 

「そうよそれそれ、ちょっと訊きたかったの。ヤムチャさんがここ数日全然来てくれないけど、何かあったりしたの?」

 

 あの事件の後、ヤムチャがここに足を運んだのは翌日の一回だけ

 

 それから顔すら出さなくなり、ここ数日ハルナは暇を持て余していた

 

 プーアルは普段見せる無垢な表情をやや歪め、申し訳なさそうな顔で話す

 

「えっと……それについてヤムチャ様からお話があるそうで、十時頃に公園まで来て欲しいとのことです」

 

「?」

 

 久々の修行相手としての誘いか、と思いきやよくよく考えるとおかしい

 

 今までハルナがヤムチャの修行相手をする際は、西の都郊外まで移動して行っていた

 

 しかもヤムチャがここまで出向いてハルナを迎えに来た後、一緒に飛行して向かうという形でだ

 

 だが今回に限っては、どうやらこちらから向かう必要があるらしい

 

「道が分からないんでしたら、僕が案内しますので」

 

「(そういえば西の都の中を歩いて回ったことって殆ど無かったわね)……了解、ここから公園ってどのくらい?」

 

「十五分も歩けば着きます」

 

「じゃあ九時半くらいにまた来て、それまでに支度しとくから」

 

 無事約束を取り付けることができたプーアルは、ヤムチャに知らせてくると言いこの場を後にする

 

 どういった要件だろうと考えながら、ハルナは元いた椅子に戻り腰を下ろした

 

「てことはハルナお出かけ?」

 

「そうね、折角だしのどかも一緒に出てみる?」

 

「うーんどうしようかな……あ、ブルマさん」

 

 するとプーアルと入れ違いの形で、葉加瀬を連れてブルマが帰還してくる

 

 葉加瀬は寝ぼけ眼に寝癖によれよれの白衣という格好で、ブルマに誘導され空いた席に着席

 

 ブルマの母は用意が良く、蒸しタオルを持ってきて葉加瀬の目の前に置いた

 

「聡美ったら研究所の床の上でそのまま寝てたのよ。聡美、多少の夜更しは目をつぶるけど寝る時はちゃんと自分の部屋で寝なさい。いいわね?」

 

「……はい、すみませんでした」

 

 葉加瀬はそう言いながら洗顔の代わりに蒸しタオルで顔を拭き、寝癖直しのため広げて頭の上に置く

 

「そうだブルマさん、私この後ちょっと出掛けますね」

 

「あら、どうかしたの?」

 

「えっと。さっきプーアルさんが来て、ハルナに公園まで来て欲しいっていうヤムチャさんからの伝言が……」

 

「へー、ここに足を運ぶでもなくハルナの方を呼び出すねぇ。何考えてんのかしらあいつ」

 

 ハルナと同じ疑問を持ちながらブルマは飲みかけのコーヒーを口に運ぶ、時間を置きすぎて冷めていた

 

 公園までの道のりはプーアルが案内してくれるところまで話すと、ハルナは再びのどかの方へと話題を振り直す

 

「で、のどかもどう?あんた私と違って外出すら碌にしてないじゃない」

 

「うーん……けど私、ヤムチャさんに会っても話すこと無いし」

 

「それじゃあ図書館にでも行く?公園のすぐ近くだし、私もついていくから好きな本借りてもいいわよ」

 

「いいんですか!?」

 

 消極的な素振りを見せていたのどかが、途端に変貌した

 

 元の世界、麻帆良に帰っては一生読むことの出来ない本

 

 その魅惑に囚われた彼女は、今日までひたすらにブルマ宅の本を読み漁っていた

 

 しかし一週間もすると家の中にある大抵の小説・童話ものには手をつけてしまい、他にはないかとあちこちを探していたところである

 

「ええ、いい機会だしみんなで出掛けましょう。聡美、あなたどうする?」

 

「んぐっ……折角の申し出ですが、私はまた研究所に戻って続けたい作業があるので」

 

「あらそう分かったわ、けどホントに無理すんじゃないわよ?」

 

「分かってますって、それじゃ私はこれで」

 

 葉加瀬は朝食を早々と口に運び、頭の蒸しタオルを取ってみると寝癖も幾らか大人しめになっていた

 

 タオルを二つ四つと小気味良く折りたたみ、テーブルの上に置いて離席

 

 自分の居場所は此処にあらずと言わんばかりに、すぐさま研究室へと向かう

 

 彼女の研究への熱の入れようを、ブルマは当時の自分以上だと評し口から零した

 

「『この科学技術をモノにし持ち帰ることは、私に与えられた使命なのです!』とか言ってたわね初日から。すっごい情熱」

 

「いやぁ聡美くんは実に熱心な子だよ。最近は勉強がてら私の仕事の手伝いもしてくれてね、まだ若いのに基礎的な機械工学の知識はしっかりしてるし助かってるよ」

 

「父さん、聡美がタダ働きで使えるからって無理矢理こき使ったりしてないわよね?」

 

「とんでもない、そこまではせんよ」

 

 麻帆良一の天才超鈴音の右腕である彼女の実力は、天才博士ブリーフの目にも留まっていたようだ

 

 こうして出掛けるのはブルマ、ハルナ、のどかの三人に決まり、陽が程よく上がってきた頃プーアルは再びやって来た

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、私とのどかは図書館行ってくるわね」

 

「はーい」

 

「ヤムチャ様はこちらです」

 

 プーアルに先導され、歩くこと十五分

 

 ハルナ達がいるのはこの世界の五大都市の内の一つ、西の都

 

 人々の賑わいも相当のもので、平日の昼間から通りは人に溢れ道路は車がひっきりなしに走行している

 

 その車なのだがハルナ達は驚かされてしまう、なんと車輪が無い

 

 ホバークラフトよろしく地上から数十センチ浮上し、大きく揺れることなく道路上を走る

 

 動力は車体後部から何か噴射しているのかと思いきや、ふと近くの駐車場を見ればバック駐車の真っ最中

 

 そもそも信号前ではブレーキをちゃんと決め、カーブでは横にスライドせず普通の車同様に曲がっている

 

 葉加瀬がいたら道中あちこちで足を止めて目を光らせていただろう、連れてこなくて良かったかもしれない

 

 どうやらこれも元いた世界とはかけ離れた科学技術の代物らしく、葉加瀬もいないし詳しく話されても理解出来ないだろうとハルナはブルマに訊くことをやめた

 

 そうやっている内に一同は公園の入り口まで到着、ここで二手に分かれる

 

 公園の向かいにある図書館にブルマとのどかが入り、残った一人ハルナはプーアルと共に公園の中へと進んだ

 

「あっいたいたヤムチャさーん」

 

「お、来たか。わざわざ来てもらってすまないな」

 

 公園奥にあるベンチ、そこにヤムチャはいた

 

 服装はいつも通りオレンジの道着、見つけるのは簡単だった

 

「どうしたんですかヤムチャさん?最近全然来ないし」

 

「えっと、そのことなんだがな……」

 

 会って早々、ハルナは当初から持ち続けていた疑問をヤムチャにぶつける

 

 当人はというと何やら言いづらそうな雰囲気、少しして答えた

 

「実は、大会まで西の都から離れて修行することにしたんだ。つまり世話になったお前に別れの挨拶を、と思ってな」

 

「え!?どうしたんですかいきなり!」

 

 思いがけない告白だった、ハルナは続けざまに尋ねる

 

「いや、お前のゴーレムに頼りっぱなしってのは悪いじゃないか。それにほら、ダメージが幾らか返ってくるんだろ?これ以上続けても、お前に迷惑かけてばっかだし……な?」

 

「そんな……ダメージは基本たいしたことないし、私としてはアーティファクトの練習にもなっていい機会だったんですよ?それに今更すぎるんじゃ……あ」

 

 理由としてはそれらしかったが、いまいち納得がいかない

 

 ダメージのフェードバックについてハルナは修行初日で説明しており、両者折り込み済みで今まで何度も修行をおこなっていた

 

 なのに今になってそのことで『ハルナに迷惑をかける』を理由として持ち出した、これにはハルナも眉をひそめる

 

 何か隠してないかと疑い始めた直後、ある一つの可能性を見出した

 

「……ベジータさん」

 

「っ!?」

 

 ポツリと一言、ヤムチャにだけ聞こえるよう声を漏らす

 

 ヤムチャの表情が強張り口をきゅっと閉じる、当たりだ

 

「あーやっぱり!ベジータさんと顔合わせたくないからだ!」

 

 ハルナはあの事件の翌日、ヤムチャが最後にブルマ宅へ足を運んだ時のことを思い出す

 

 流石に昨日のことがあったため重力室の使用は控え、自分を外に連れ出して修行しようとしたのだが、そういえばその時たまたまヤムチャはベジータと鉢合わせしていた

 

 ベジータの視線から逃げていたため確認していないが、彼はヤムチャに対しても自分と同じ反応をしていたのではないだろうか

 

 そうハルナは予想する、実際それは当たっていた

 

「まっ、待て誤解だ!別に今のベジータが怖いとかそんなわけじゃ……」

 

「絶対そうですよね!?お陰で被害に遭ってるの私だけなんですよ?」

 

「とにかく、俺は西の都を出る!おいプーアル行くぞ」

 

 途端にうろたえ始めたヤムチャにハルナは詰問するが、長くは続かなかった

 

 プーアルを片腕で抱いたヤムチャは、舞空術でハルナの手の届かぬ位置まで上がる

 

「まあ大会で会えることは会えるし、その時また改めて話そう……ブルマ達にもよろしくな」

 

「ヤムチャさん!ヤムチャさ……うわ、行っちゃった」

 

 今から飛行用ゴーレムを使っても追いつけないことは知っている、ハルナは小さくなっていくヤムチャの姿を見送るしかなかった

 

 えーうっそだぁと投げやりに言葉を吐き、ヤムチャが座っていたベンチに腰掛け背を預ける

 

「なーんで逃げるかなーもう……あー、することがなくなった」

 

 のどかはこの世界の本を読み漁り、葉加瀬は研究所に缶詰で日夜勉強の毎日

 

 ハルナはヤムチャの修行相手をしたり、ゴーレム作成のアイデアを練ったりというのがこれまでの日課

 

 ゴーレム作成もようは『ヤムチャの修行相手に良さそうなものはないか』が動機なので、ハルナは途端に暇を持て余すこととなった

 

「漫画描こうにも道具無いし、わざわざ一式揃えてもらうのはブルマさんに悪いし……あー暇」

 

 空いた時間でこの世界の漫画をアイデアの参考がてら読んでいたが、数が少なく既に読破済み

 

 そこでひとまずの案として、古本屋を探してそこに行ってみるというのが浮かぶ

 

 家に篭っているよりは行動的だし、何より外にいればベジータと会わない

 

 更に数分ほど考えたが、他に良さそうな案は出ず

 

 じゃあそれにするかと心中で決定の判を押し、図書館でブルマ達と合流しようとしたその時だった

 

「ん?……何あれ」

 

 ベンチ上で脱力し遠い目をしていたところ、ちょうど発見

 

 上空に黒い点がポツリ、前触れもなく現れる

 

 目を凝らしてよく見ると、西の都を出て更に遠くの地点を飛ぶ何らかの物体であることが分かった

 

 細部までは遠すぎて把握出来ないが、何かSF系の映画で出てきそうな乗り物みたいな形状か

 

 えっまさかと目を疑うハルナ、しかし以前ブルマから聞いた話を思い出す

 

(そういえばブルマさん、宇宙船に乗って宇宙へ行ったとか言ってたような……それに宇宙人の方から地球に来たことも何度かあるって。まさか宇宙人が乗った宇宙船!?)

 

 空を飛ぶ物体は高度を下げ、今いる場所からは見えなくなる

 

 おそらく地上に着陸したのだろう、方角と大まかな距離は分かる

 

「……アデアット」

 

 ハルナは思わず立ち上がり、アーティファクトを取り出していた




 次回の投稿も一週間後になりそうです、ではでは。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 父母との再会 未来戦士緊急参戦

 来年公開の新作映画、皆さんはどう思われますか?自分はとても楽しみです。『一昔前のキャラを掘り返す』というのが、本作でもよくやってるように好きなんです。では本編をどうぞ


「のどかー、借りる本決まっ……あら」

 

 五大都市の一つだけあって、西の都の図書館はかなりの大きさだった

 

 麻帆良学園の図書館島を知るのどかやハルナからしても、設備の充実具合や蔵書数には中々に目を見張るものがある

 

 平日ながらそこそこの人数が足を運んでおり、一旦別行動をとったブルマがのどかを見つけるのには少々時間を食った

 

 大テーブルの隅に座って数冊の本を積み、真剣に読み込むのどかの姿

 

 視線は決して本から外さず、首から下もページをめくる両手以外は殆ど動いていない

 

 今しがた掛けた声も届いていないようだ、はてどうするかとブルマは腰に手を当て思考する

 

(……まあ、急いで借りて帰らなきゃってわけじゃないし、もう少しここに居させといてあげますか)

 

 思えば、誰かを伴っての図書館来館は何年ぶりだろうか

 

 学生時代に何度かあった程度で、それ以降はまるで記憶にない

 

 現在の親しい人物として思い浮かぶ者達が大抵、読書とは遠縁にある者ばかりのため誘ったことすらなかった

 

 そう考えると今回は滅多にない機会、ブルマは自分も何か本を探すかと踵を返す

 

(お昼になったらどうするかは、ハルナと合流してからかしらね……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、そのハルナだがブルマとの合流を放棄し空を飛行中

 

「さーて、先遣隊は上手くやってくれてるかしらね……」

 

 先程公園で目撃した謎の飛行物体、その正体を確認すべく彼女は飛行用ゴーレムで西の都から出ていた

 

 彼女が魔法含めた『異能』に関わり始めたのは、麻帆良祭途中からとかなり日が浅い

 

 そういったファンタジー要素への慣れも少なく、本件への興味を抑えることは難しかった

 

 とはいっても単なる無鉄砲な行動を控えるあたりは、一度ネギ達と修羅場をくぐっただけのことはあるか

 

 今乗っているゴーレムとは別にスピード重視で別のゴーレムを三体、正確な地点把握も兼ねて現地へと派遣していた

 

「上手くいったらスケッチさせてもらおうかしら、なんせ本物の宇宙人とあればそれこそ滅多にない機会。むっふっふ、パル様ゴーレム軍団の一いっったあああぁぁ!?」

 

 しかしそれが成功に結びつくかは別問題、過去にもあった痛みがハルナの全身を走り抜ける

 

 ゴーレムが受けたと思しきダメージが、術者ハルナのもとに返ってきた

 

 まさかと思い、慌ててアーティファクトのページを開く

 

「げっ、マジ?」

 

 本来ページから抜け出し白紙となっている筈の部分に、既にゴーレムが戻っていた

 

 痛みがあったのは一回のみ、つまり一撃をもってしてそのゴーレムが倒されたということになる

 

(……あーこれはやばいかも。やっぱ一旦ブルマさんとこ帰痛たたたっ!」

 

 心中の呟きが、いつの間にか口から出る叫びへ

 

 またもダメージがハルナを襲う、これで残るゴーレムは一体

 

 飛行用ゴーレムの動きも止め、痛みと思考を落ち着かせようと深く呼吸を二回

 

「えっと、残ってるのはヤムチャゴーレムだけ、と。戻ってこいって指示も出せないし、ダメージ覚悟でもう引き返した方が無難ね……ってあら?」

 

 アーティファクトのページを開いて確認、またもやられたようだ

 

 このままだとヤムチャゴーレムがやられるのも時間の問題ではと察したハルナは、仕方ないという思いが強いなか撤退を決める

 

 もし自身が鉢合わせした時のことを考えると、身の安全の保証がまるでないのは明らか

 

 そこで念のため自身の周りに護衛用のゴーレムを出そうとしたところで、正面からこちらに向かってくる何かを捉えた

 

 ヤムチャゴーレムだ、こちらに一直線で飛んでくる

 

「おお、身の危険を感じて戻ってきたのね、中々優秀な判断してくれるじゃないの。ん?ちょっと待って何あれ」

 

 ただし、後ろに別の者を引き連れて

 

 もしやあいつ、敵を振り切れずここまで逃げてきたのではないか

 

 そんな考えが頭をよぎり、ハルナの背筋を震わせた

 

「ゴッ、ゴーレム全員召喚!」

 

 ダメージのフェードバックはこの際いい、とにかく時間を稼がねば

 

 そう考えたハルナはアーティファクトから片っ端、それこそあの一件で封印していた三体のゴーレムすらも壁として召喚する

 

 飛行用ゴーレムの向きを反転、後ろには目もくれず逃げの一手を打った

 

「女の子!?ね、ねえ待って君!」

 

「うわぁ!?」

 

 しかしゴーレムの動きはまたも止まる、今度はハルナの意思でなく外部からの力によって

 

 一瞬で進行方向に回り込まれ、ゴーレムの頭に手を伸ばされる

 

「君、ヤムチャさんの知り合い?それに今現れた悟空さん達は一体……」

 

「あれ、何か見覚えのあるような……ああっ!」

 

 ハルナの目の前に現れたのは、一人の青年だった

 

 肩に掛かるか掛からないかくらいの、男性にしてはそれなりの紫色の長髪

 

 顔立ちは中々のもの、加えてヤムチャ同様鍛えているのか服の上からでも体格の良さが分かる

 

 ハルナは記憶を掘り起こし、ある人物と見事に合致した

 

 それは以前書庫で見たアルバム内の、一年前の写真に写っていて

 

 それは何回か抱かせてもらった、ブルマとベジータとの一人息子によく似ていて

 

「もしかしてトランクスさん!?未来からタイムマシンで来たっていう!?」

 

「え!?」

 

 それはずばり、正解だったわけだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハルナとトランクスの邂逅には、事故的な側面も強かった

 

 理由としては、ハルナが派遣した先遣部隊のビジュアル

 

 アイデアが行き詰まっていたハルナは、のどかとの合わせ技を使いブルマの協力のもと何体か新作ゴーレムを完成させていた

 

 のどかとの合わせ技というのは、いどのえにっきでブルマの表層心理を読み取りその絵をハルナなりにアレンジを加えて完成形にするというもの

 

 いどのえにっきに浮かばせるのは、過去にブルマが出会った敵

 

 その結果作ったのがザーボンゴーレムと名も知らぬフリーザ軍兵士ゴーレム、先遣部隊の内のニ体だ

 

 服装はフリーザ軍戦闘服のままでご丁寧にスカウターまで装備(機能再現まではしてないが)、過去にフリーザ達と戦ったことのあるトランクスは敵と認識し思わず攻撃してしまった

 

 ヤムチャゴーレムを選出し、先遣隊全滅を避け無事に合流出来たのは不幸中の幸いか

 

「へー、それじゃあ人造人間は無事破壊できたのね」

 

「はい、それとセルも。これで別の過去にセルが現れることもなくなりました」

 

 さて、ブルマからすれば一年、トランクスからすれば三年ぶりの再会だ

 

 その再会は西の都図書館で行われ、今は自宅へ戻らんと四人で移動中のところ

 

 親子二人の会話を、のどかとハルナは後ろでそれとなく聞きながらついていく

 

「そっか、今ブルマさんの家にいるトランクス君とは別人なんだ」

 

「分岐した先の未来から来たって話だもんね、そうなると超りんの話も現実味が前より帯びてきたというかなんというか……」

 

 『未来を変えるため、時を越え過去へとやってきた』

 

 トランクスと同じ目的を持っていた人物を、二人は知っていた

 

「それでトランクス、こっちにはどのくらいまでいるつもり?」

 

「悟飯さんや他の皆さんにも一回会っておきたいですからね、もし迷惑じゃなければまた何日かお世話になってもいいですか?」

 

「もっちろん、何日かなんて言わず一週間二週間くらい居てちょうだい!それにしてもこのタイミングで来てくれるなんて、渡りに船だったわ」

 

 ブルマとトランクスの会話に戻ろう、一年前の戦いでもそうだったがトランクスはブルマの家に身を置くようだ

 

 加えてブルマの言葉に何か含みがあると感じ、どういうことかとトランクスが尋ねると天下一大武道会の存在を聞かされた

 

「そんな大会が……」

 

「優勝者には賞金一億ゼニーと、世界温泉巡り旅行ですって。クリリンくん相手にヤムチャじゃ、正直頼りなかったのよね」

 

 今までヤムチャへしてきたサポート、重力室の提供や時折食事に同席させたことは実はブルマが提示した交換条件

 

 優勝した時の賞金は全額受け取っていい代わりに温泉巡り旅行はこちらに譲ること、というものだ

 

 ヤムチャの一番の参加目的は賞金だったため文句なく承諾、更にはハルナのゴーレムを修行相手として借りることも出来ここ数日ヤムチャはブルマに頭が上がらなかったという

 

「え?その大会に悟飯さんやピッコロさんは出ないんですか?それに……」

 

「実際私もそこが気になってたのよ、ヤムチャは『どうせ悟飯はチチさんにどやされて勉強三昧、ピッコロは悟飯絡みでもない限りそういったイベントには出ないだろ』って言って確認もとらなかったけど。なんにせよこれ以上なく頼もしいわ、出てくれるわよね?」

 

 他ならぬ母からの頼みだ、トランクスは了承する

 

 しかし一方で、話に挙がらないある一名の人物についてトランクスは気になってしょうがなかった

 

「……父さんは、出ないんですね」

 

「……」

 

 ブルマは無言の肯定、概ねの事情をトランクスはそれで察した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりです、父さん」

 

「……」

 

 ブルマ宅に着くと祖父母への挨拶もそこそこに、トランクスはある部屋へと向かった

 

 脇のボタンを押し、扉が横にスライドして開くと見覚えのある背が目に入る

 

 まだ陽の高いうちからベッド上で横に寝そべるその男の姿は、当時の彼を知る者からは異質にしか映らなかった

 

「今回は17号と18号、それにセルを倒せたことを報告しに未来から来ました。悟空さんや父さん達のお陰です」

 

「……」

 

 言葉は返ってこない、聞いているのか聞いていないのか、聞こうともしてないのかは後ろ姿だけではわからない

 

 第一に成すべき筈だったことはこれで済ませた、しかし今はそれ以上に成すべきことがトランクスにはあった

 

「……驚かないんですね、母さんは図書館の中にもかかわらず大声をあげてましたよ」

 

「お前がここへ来る途中の時点で、先に気付いただけだ」

 

 三年ぶりに聞いた父の声に、かつて感じた覇気は無かった

 

「用が済んだなら、さっさと出ていけ」

 

「……未来の世界で三年間、一人っきりでずっと修行してきました。地球を守る戦士はもう俺しかいないから、そして……」

 

 ベジータの言葉に従うこともなく、部屋の中へさらに足を踏み入れる

 

「父さんや悟飯さんに、強くなった姿を見てもらいたかったから」

 

「……出ていけ」

 

「もう一度、相手をさせてくれませんか。ずっとというわけにはいきません、けど少しの間だけでも父さんの修行の手伝いを……」

 

「出ていけと言ってるのが聞こえんのか!!」

 

「っ!」

 

 さっきまでは何も感じなかった、だから恐れることなく踏み入れることが出来た

 

 なのに今の怒号はどうした、かつてと同じものを感じ足が止まる

 

「……俺は、戦うことをやめたんだ」

 

「父さん……」

 

 次に発せられた言葉は、比べられぬほど弱々しい

 

 けれど、これ以上近付こうとトランクスは思えなかった

 

 踵を返し部屋を出る、ベジータから声は掛からない

 

 両者背中合わせのまま、最後にこの言葉を残して

 

「母さんがチチさんに確認を取りました……今度の大会、悟飯さんとピッコロさんも出場するそうです。俺もそれに出て、悟飯さんに勝って優勝してみせます」

 

「!?」

 

「その時はどうか、もう一度俺のよく知る父さんの姿を見せてください……お願いします」

 

 扉が閉まり両者の間を遮断する、両者とも再び開けようとはしない

 

 外から聞こえる交通の音とは別に、部屋から離れていくトランクスの足音が嫌にベジータの耳についた

 

 怒りか、悔しさか、自己嫌悪か

 

「……くそったれがっ!」

 

 振り下ろされた右拳はベッドを叩き、そばにあった枕は天井に届かん勢いで跳ね上がった




 くそったれとくそったれで、くそったれがダブってしまった。

 リメイク前では大会前のベジータに触れなかったこともあり書くたび苦戦の連続です。

 次回も一週間後の予定です。ではでは


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話 大スランプ!?鋼の心で突き破れ!

 


「はいっ、今日のお掃除おしまいー」

 

「朝倉さんお疲れ様です!」

 

 西の都からうーーんと南下、ひたすら南下した先に一軒の建物があった

 

 占いババの館、先日からそこに居候する三人の少女はそれぞれの生活を送る

 

 頭に三角巾、右手にハタキを持った朝倉は本日命じられた清掃業務の終了を宣言し身を伸ばす

 

 隣にはさよ、途中から朝倉に付き添っていたらしい

 

 寝食の場を提供する代わりに、二週間のタダ働き

 

 それが占いババから与えられた朝倉達への使命、命を救われたこともあり彼女達は従っていた

 

 ただし、どこまで真剣に取り組むかは別問題

 

「さーて、また話でも聞きに行こうっと」

 

「……あれ?朝倉さん、まだあっちの棚が終わってませんよ」

 

「ん?へーきへーき、また後でまとめてやっとくからさ」

 

 几帳面なさよが見落としはないかと点検をしたところ不備を発見、しかし朝倉はそれを放置し部屋から出ることを選択

 

 館の中での生活しか出来ない朝倉の現在の楽しみは、情報収集

 

 館にある古新聞古雑誌を読み漁り、更には闘技場戦士から話を聞いたりなどし、この世界についての理解を深めようとここ毎日は館内のあちこちへ足を運んでいた

 

「占いババさんに怒られちゃいますよー」

 

「問題ないって、ババさん今は夕映っちに付きっきりだしバレないバレな……うげっ」

 

「終わっとらんならさっさと済ませろ、飯の支度もあるでな」

 

 しかし朝倉の目の前に、その占いババが不機嫌そうな顔で姿を見せる

 

 午後はいつも夕映の魔法指導にあたっており、この時間この場所に現れることは無いはずだ

 

 一週間以上の雑用生活を過ごし占いババの行動パターンを把握していた朝倉は、予想外の現状に思わず顔を引きつらせた

 

「……ババさん、夕映っちの稽古は?」

 

「出来があまりにも悪いんで終わらせた、今は自主練中じゃろ。それとさよ、仕事じゃついてこい」

 

 朝倉の問いに簡潔に答えると、占いババの乗る水晶玉が百八十度横に回る

 

 次いで朝倉の傍にいたさよを呼びつけ、自身の横につけさせた

 

「もしかしてまた地獄ですか?」

 

「そうじゃ、明日から働く闘技場戦士を何人か迎えに行く。お主には付き添いついでに、何か閻魔の手伝いでもしてもらおうかの」

 

「閻魔のおじ様のですか?分かりました、それじゃ朝倉さん行ってきまーす!」

 

「サボるでないぞ」

 

 さよが朝倉に手を振り、占いババが釘を刺したところで二人の姿は目の前から消える

 

 部屋に残された朝倉は、苦い表情で頭を掻く

 

 今度こそ占いババからこの場からいなくなったわけだが、再びサボる気力がスっと消えていた

 

 よくよく考えれば、占いババは水晶玉を使って遠くの場所を見ることが出来る

 

 地獄からサボっている自分の様子を映し出し、それを見て現世に帰還し突如目の前にパッ

 

 そんな心臓に悪そうな光景が頭をよぎり、放り投げていたハタキを拾い三角巾を締め直す

 

「ちゃんと終わらせれば、文句言われる筋合いはないもんね。そういうことそういうこと、さっさと終わらせよーっと」

 

 夕映の様子を気にしつつも、朝倉は課せられた清掃業務を再開した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁーっ、はぁーっ、駄目です。まさかここまで難しいとは……」

 

 先程朝倉が掃除していた部屋は、始めに三人が占いババ達と出会った客間

 

 外部からの者も通すことがある部屋だが、この館には余程のことがない限り部外者を入れない一室があった

 

 それが今夕映のいる、占いババの部屋

 

 周囲には魔法書が入った本棚、以前書庫で夕映が読んだものより専門性が高いものが納められている

 

 他にも何やら怪しい雰囲気を漂わせる魔法薬の瓶や、調合用のフラスコや巨大窯

 

 魔法に関するあらゆる物が詰め込まれたこの部屋は、夕映に魔法を教授するにあたってうってつけと言えた

 

 ちなみに部外者を基本的に入れないのは、魔法道具には取り扱いの難しいものが多いため

 

 それに先立って夕映は自身のアーティファクトを用い幾らか勉強しており、晴れて入室の許可を占いババからもらっていた

 

 その部屋の中で現在夕映は一人、椅子に座りテーブル上の水晶玉とにらめっこの真っ最中

 

 この水晶玉は占いババが普段使っているものではなく、別の小さいもの

 

 テーブル中央には、鍵のかけられた正方形の黒い箱

 

 本日彼女に与えられた課題は、『水晶玉で黒い箱の中身を映し出せ』

 

 ようは占いババが普段の占いでも用いる、基礎的な念視魔法の一種だ

 

 アーティファクトで術式・詠唱を前もって調べ理解していたはずの夕映だったが、結果は振るわなかった

 

 いくら魔力を込めても、詠唱を唱え直しても水晶玉には一向に映る気配がない

 

 打開策が見つからず、内容が進まず占いババも業を煮やして部屋から退出

 

 『その水晶玉は貸しておく、明日までに出来るようにしておけ』

 

 占いババにはこう言われていた

 

 それから自主練ということでこの部屋で数時間、ひたすら水晶玉に魔力を込め箱の中身を探っていた

 

 その魔力が底を尽きそうになり、ひとまず休憩に入ったところで現在に至る

 

「ひとまず魔力の回復を……あ、寝室にドリンクを置いてきたままでした」

 

 ポケットに手を入れるが、意中の物はそこにあらず

 

 最後に見た場所は何処かと過去の自分の動きを再生し、着替えの際一旦取り出し枕元に置いたことを思い出した

 

 寝室まで取りに行くだけの余力はまだ充分にある、夕映は立ち上がると部屋の扉まで足を運んだ

 

「なんとしてでも成功させねば……ってうわっ!」

 

「よう嬢ちゃん、邪魔するぜ」

 

 手を伸ばそうとしたその時、外から別の者が手をかけ扉は開かれる

 

 一、ニ歩下がった夕映の目の前に現れたのは、ここ数日姿を見せていなかったあの男

 

「アックマンさん!こっちへ戻ってたですか?」

 

「ついさっきな。嬢ちゃんがここにいるって婆さんから聞いたんで、気になって様子を見に来ちまった」

 

 全身を黒に染めたその姿は、そうそう忘れられるものではない

 

 早々にアックマンの名が夕映の口から飛び出し、ここに来た経緯を話したアックマンはそのまま入室した

 

「あっ、中に入るのは……」

 

「心配ねえよ、婆さんの許可はうんと前からもらってる。ところで嬢ちゃん、調子はどうだ?」

 

「……」

 

 自分の部屋かのように堂々と中を踏み進む、どうやら何度かここに入ったことがあるようだ

 

 テーブルの上にある水晶玉、他にも脇に置かれた魔法書等を見てついさっきまで修行の最中だったことを察したアックマン

 

 ここ数日の間にどれだけ成長していたか

 

 来訪初日から何かと目をかけてくれていた彼からの問いに、夕映は上手く返せなかった

 

「なんだぁ?答えられねぇってことは、つまりはそういうことなんだな?」

 

 否定は出来ない、無言のまま夕映は顔を俯かせる

 

 それは肯定の頷きにも見え、俯く直前に見えた表情からもそうだと推測することは容易い

 

 短く息を吐き、アックマンは近くの壁に寄りかかった

 

「あのなぁ、嬢ちゃんはまだ若いんだ。一回二回のスランプで落ち込んでちゃキリがねえ、もうちっとばかし余裕を持ってもいいと思うぜ」

 

「……時間が、無いですから」

 

「あん?」

 

 漸く返ってきた夕映の言葉

 

 それは想定していたよりも細く小さく、アックマンが聞き取るのもギリギリだった

 

「この館での二週間のタダ働きが終わったら、私は館を出て他のみんなを探しに回るつもりでした。それには占術と飛行術の魔法、どちらも必要だと思い占いババさんに弟子入りしたです」

 

「別に二週間って縛りをつけなくたっていいだろ。婆さんに頼めば一週間でも二週間でも延長してくれるさ、今まで通りタダ働きもついてくるだろうがな」

 

「タダ働きは寝食の場を提供していただいてる対価として充分納得しています……ですが魔法指導は別です、私はそれに見合う対価を今もろくに占いババさんへ返せていないです」

 

「それで焦ってるってのか?」

 

「それだけじゃありません。もしアックマンさんの言うように甘えて延長してもらったとします、それはつまりネギ先生達の捜索を延長することにもなるです」

 

 想い人が、親友が、今どんな目に遭っているかしれたものじゃない

 

 もし探しに行ける、助けに行けるのが自分しか残っていなかったら

 

 そんな最悪のケースを考えたことは、一度や二度じゃ済まされない

 

 本当なら箒で飛べるようになった今、すぐにでも探しに飛んでいきたいがグッと堪えていた

 

 さらにもう一歩先、皆の場所を占えるようになればより確実に探せると分かっていたからだ

 

 なのにそこへ向かおうとしているこの時、いつ超えられるか分からぬ足止めを食っていることに夕映は耐えられる自信がなかった

 

「ですから、私は……」

 

「……ちょいと、ある昔話をしてやるよ」

 

「え?」

 

「そこの椅子、座んな」

 

 次に吐露する言葉を探しながら、夕映は下唇を噛む

 

 そこへ、唐突な申し出がアックマンからなされた

 

 顔を上げると、さっきまで座っていた椅子をアックマンが指差している

 

 言われるがまま夕映はそこに腰をおろす、強張っていた両脚が少し楽になったように感じた

 

「ある男の話だ、その男は自分の強さにうーんと自信があった。現にこの世界で有名な武道大会でも二回優勝、当時は有頂天だったさ」

 

(……)

 

「それが、んーとそうだな……十八年前か、その男は衝撃的な大敗を喫した。最後はパンチ一発でノックアウト、相手は嬢ちゃんよりも小さいくらいのがきんちょさ」

 

(え?)

 

「当然負けて悔しかった、そしていつかリベンジをしようと生まれ故郷である地獄へと修行に戻った。だがそこからが文字通り本当の地獄だったのさ」

 

(地獄で、って……)

 

「地獄ってのは嬢ちゃんも知ってると思うが、死んだ悪人が次々とやって来る。今言ったガキンチョに倒されたやつも大勢いたな、しかもうんと強いのが続々とだ」

 

「あの、それって……」

 

「その男は地獄の悪人共にやられるたび、自分の未熟さを実感したのさ。こいつらを倒したあいつにはまだまだ及ばない、超えたと思ったら更に強い奴らが地獄にやって来る。目標はどんどん遠くへ、止まることなく離れ続けていく」

 

「アックマンさ……」

 

「けど諦めたことは一度だってねえ、今も修行を続けてる。何故だか分かるか?決して折れることのない、鋼のような心を持ち続けようとしたからだ」

 

「鋼のような心、ですか?」

 

「おうよ。そのがきんちょ……今はもうがきんちょじゃねえか、その男を倒してやるんだって強い意志によってな」

 

 さっきまで一人語りを続けていたが、ようやく自分の言葉に返してくれた

 

 夕映は自然と、アックマンの話に更に聞き入っていた

 

「何としても仲間達を探し出したい、だったか。嬢ちゃんもそういう強い意志があったから、あん時もあのドリンクを飲めたんだろ?ようは今もその延長戦よ」

 

「延長戦……」

 

「結局は最初に俺が言ったことと変わりねえ。一回二回の失敗でくよくよすんな、それに心をもっと強く持て、そういうこった。おr……ゴホン、その男もそうやって折れずにいるんだ」

 

「その男も、ですか」

 

「……そうだ」

 

 最後に見せた失敗に、夕映は口を緩ませる

 

 そもそも語り口からして不自然だった、伝聞だけでは話しきれない内面的なことも的確に述べていた

 

 それに黒い肌に誤魔化されよく見えなかったが、よくよく注意してみれば生傷がそこかしこに散見できる

 

 今指摘することは簡単だ、しかし夕映はそうしなかった

 

「十八年、ですか……一日二日でこうなっていた自分が、ひどく小さく情けなく感じるです」

 

「変われるかどうかは、嬢ちゃん次第なんだぜ」

 

「……何だか色々とスッキリした気がするです、ありがとうございます」

 

「ならいいんだ、邪魔したな」

 

 夕映の見せる顔に、来室当初の暗さは無い

 

 場所を聞いた時の占いババの機嫌の悪さから、何かあったと思い足を運んだが一応は役に立てたか

 

 目の前の結果にアックマンは満足すると、壁から背を離し出口へ歩を進める

 

 扉を閉める直前、このタイミングになって夕映は呼び止めた

 

「アックマンさん!」

 

「ん?」

 

 部屋に入り直して突っかかってくることは、彼の性格からして無いことは知っている

 

「いつか、勝てるといいですね。ご健闘をお祈りしてますです」 

 

「ぐっ……ああ、そうだな」

 

 だからこそ、このタイミングで言ってやった

 

 一応は『その男』宛てともとれる言葉だが、明らかに本意は別にあるそれ

 

 夕映のしてやったりな表情と合わせ、現にアックマンはそちらの方と解釈したようだ

 

 扉は締まり、夕映一人が残された

 

「さて、思い返せば少々私も熱くなってたようですね……アデアット」

 

 カードは本に変わり、彼女の小さな両手に収まる

 

 上手くいかない現状のまま、同じことをひたすらに繰り返す

 

 明らかに非効率であるというのに、どうも失念していたらしい

 

「行き詰まったら別方向から、これは万事において有効なのです」

 

 ページを次々と捲る夕映の目は、泳ぐことなくまっすぐと目の前を捉えていた




 次回から四週目、これで全キャラの話一通りやったら大会編に突入です。次の投稿も一週間後の予定です、ではでは。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 もう日が無い!向かうは最高の修行場

 時は、たとえ望まなくても確実に進む

 

「っずあああ!」

 

「くっ!」

 

 体感時間という言葉があるが結局は同じだ、一時間過ぎれば一時間後がやって来る

 

 二十四時間過ぎれば二十四時間後がやって来る

 

「狗っ神ぃぃっ!」

 

「でっ、風楯(デフレクシオ)!」

 

 そして今から四十五時間後、天下一大武道会の開催はすぐそこまで迫っていた

 

 厳密に言えば開催は明後日の午前十時、現在の時刻は午後一時を回ったところ

 

 大会前日となる明日はあまり無理は出来ず、実質今日が修行の山場となる

 

 ネギとコタローは一対一の組手で総仕上げにかかっていた

 

「はぁっ、はぁっ……よー防いだなネギ、せやったらもう一本いくで」

 

「待ってコタローくん!さっきからすごい汗だよ、少し休憩を……」

 

「どアホ、もう時間が無いんやぞ。少しでも力付けんことには、大会で……」

 

 一時間近く続けているこの組手、ネギは休息すべしと提案するがコタローは聞き入れようとしない

 

 ネギに叱咤する傍ら突き出した拳を引き、構え直す

 

 しかしそこで突如身体が揺れる、コタロー視点からはネギの姿が一瞬歪んだ

 

 握られていた拳は解かれ、ネギの背後にある木の幹に手をついて体重を預ける格好に

 

 当然目の前でそんなことをやられ、慌てないネギではない

 

「コタローくん!?」

 

「あかん……ちょっと目眩してもうた」

 

「休まないとダメだって!」

 

 コタローの肩に両手をやって支える、更にそのまま下に力を入れて無理やり座らせた

 

 距離を詰めてみて分かったことだが、呼吸も荒くしっかりと聞こえる

 

 この数日間ピッコロの厳しいに厳しいを重ねた修行を遂行してきたが、それでもここまでの症状は見たことがない

 

 コタローは自身に、今まで以上の負荷をかけて今日の特訓を行っていた

 

「コタロー君、ここ最近ちょっと焦りすぎだよ」

 

「……楓姉ちゃん達は昨日の朝から、別メニュー言われてピッコロさんに連れてかれてるやろ?」

 

「それは仕方ないよ、ここに来た時点で二人とは大分離されてたんだから」

 

「それでもや!少なくとも二人に追いつかな、俺は満足できへん!」

 

 今この場にいるのは、ネギとコタローの二人のみ

 

 コタローが言うように、楓と刹那の姿は昨日から無い

 

 二人が起きた時には既におらず、ピッコロから言付けを頼まれたカモからの伝聞で別メニューのことを知った

 

 木乃香は近くの水場へ水汲みに行っており、カモもそれに付いて行っている

 

「あーーーーくそっ!時間が足りないんや根本的に!」

 

 どこからそんな気力が湧いて出たのか、コタローは天を仰ぎ叫ぶ

 

 それは仕方ないと宥めることは、ネギには出来なかった

 

 口には出さないものの、コタローと同じ不満をネギも持っていたから

 

 短い時間に追われながら修行に精を出していたことは、過去にもあった

 

 思えばそれが、『魔法戦士』という現在のスタイルに行き着く一つの切欠だったと思い返せる

 

 エヴァンジェリンの弟子入りテスト、古から教授を受けた中国拳法で茶々丸に攻撃を当てろというものだ

 

 告知から実施までの期間はたったの三日、それでもネギはがむしゃらに自らを鍛え、最後には合格出来た

 

 それと比べて今回はどうか、大会の存在を知らされたのは十日ちょっと程前、楓と刹那の実力を見せつけられピッコロと合同で修行するようになったのは五日前

 

 どちらをスタートラインと定めてもあの時より準備期間は長い、しかしゴール地点で飛び越えるべきハードルは今までの比ではない

 

 ネギもコタローと同じだ

 

「そう、だね……僕ももっと時間が欲しい。楓さんや刹那さんだけじゃない、悟飯君やピッコロさんに少しでも近づけるための時間が」

 

 大会だけではない、別れの時もほぼ決まっており迫っていた

 

 ドラゴンボールが復活するまで、残り十日前後

 

 他のみんなの安否も気になる以上、収集及び使用を遅らせることはしたくない

 

 大会が終った後でも少しづつ、と悠長なことも言ってられなかった

 

 そうしてネギも本心を吐き出し、両者の主張が出揃ったちょうどその時だ

 

「ふん、向上心はあの二人に負けてないようだな」

 

「「!?」」

 

 奥の大木の陰から聞き覚えのある声が飛んできた

 

 兆候はまるでなし、まるでこの場に瞬間移動したかのような突然の登場

 

「ピッコロさん!戻ってたんですか」

 

(あかん、全然気付かんかった……十メートルも離れてへんぞ)

 

 気配を完全に消していたことにネギは純粋に驚き、コタローは己の未熟さを再確認し歯噛みする

 

 ネギ達のすぐ前まで歩み寄ると、ピッコロは左右に軽く首を振った

 

「木乃香とカモは……もうじきここに戻ってくるな、手間が省けてちょうどいい」

 

「え、何で分かっ……」

 

「俺の耳は普通の奴とは出来が違うんだ、まあそんなことはどうでもいい」

 

 木乃香とカモの会話、そして足音を聞き取ると顔を正面に戻す

 

 その先にはまだ座ったままでいるネギ達、彼らを見下ろすような形で話を続ける

 

「俺が連れて行く前、あいつらも同じことを言っていた。時間が足りない、もっと欲しいとな」

 

「実際そうやからしゃあないやん、大会が延びるわけやないんさかい……」

 

「そこで、今あいつらには特別な修行をさせている。さっきお前達がやっていた組手より、何百倍も効率のいい修行をな」

 

「っ、何百倍……」

 

「なんやそれ!?」

 

 特別、何百倍、その言葉は二人を十二分に惹きつける

 

 予想通りの食いつきに、ピッコロは口元を釣り上げた

 

「ただし、その分苦しみも相当だぞ。断言できるがお前達の想像を遥かに超えている、ここでの修行なんぞ比にもならん。あいつらはそれを承知で俺について来た、お前達はどうだ?」

 

「上等や!ネギ、俺達もやったろうやないか!」

 

「……うん!」

 

「あれ、ピッコロさん帰ってきたんか」

 

 二人の決意と共に、草木が揺れ音を立てる

 

 先程のピッコロの予測通り、カモを肩に乗せ木乃香が帰還

 

 木乃香はピッコロの姿を確認すると、昨日一緒に連れて行った二人の行方を周囲を見回して探す

 

「……せっちゃん達は一緒と違うん?」

 

「ネギ、木乃香を背負ってやれ。流石にこいつらだけで半日以上置いておくわけにもいくまい」

 

「あ、はい」

 

 ピッコロに言われ、ネギは木乃香を背負う

 

 今から移動する先に刹那達がいる、そのことを木乃香は察し特にピッコロに追求はせず素直にネギの背へ乗った

 

 ついてこいと言い、ネギ達を先導する形でピッコロは舞空術で飛翔

 

 その後をネギとコタローが追う、進行方向は上向きでどんどんと高度が上がる

 

 さっきまでネギ達がいた場所は山中、あの時点でそこそこの高さがあったのにだ

 

「ひゃー、すっごい高いわー」

 

「落ちないようにしっかり捕まっててくださいね、木乃香さん。あの、ピッコロさん、一体今からどこへ……」

 

 杖のように落下防止の補助がかかるわけでもない、あやかのようにいざという時自力飛行出来るわけでもない

 

 当然ながら、木乃香を背負うネギは自然と慎重になっていた

 

 極力揺らさぬよう気を配り、背負られる当人にも注意を促す

 

 そんな中で尋ねてきた内容に、ピッコロは短く簡潔に答えた

 

「地球の神がいる所だ」

 

「か、神様!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん、ピッコロ、他の異世界人連れてもうじき戻ってくる」

 

「そうみたいですね」

 

 聖地カリンにそびえ立つカリン塔、その頂上からさらに上へ行ったところに神殿があった

 

 曲面を下向きにした半球に近い形をしたものが宙に浮き、その平面部分のやや外側に建っている

 

 そこに住んでいるのは他でもない、言葉通りの神様である

 

 カリン塔の主であるカリンから認められた者しか入ることを許されない、一般人には不可侵の領域

 

 ロケットやジェット機で向かおうものなら周囲の結界に弾き返される、元々はそういう場所だった

 

 しかし一年前に起きた神の代替わりと前後し、結界の類は張られなくなり誰でも入ることが可能になっている

 

 とはいっても存在さえ知らなければ近づく者はおろか見かける者さえ誰一人としておらず、神の居住地としての秘匿性は一定を保ち続けていた

 

 そんな神殿に新たな来訪者が接近中、それを迎えようと表に出る二人の姿があった

 

 体色、顔つきはピッコロそっくり、一方で背丈はネギよりも小さい少年

 

 隣に立つのは肌黒でやや太めの男、格好はネギ達の世界でいうところのアラビアンな雰囲気を漂わせる

 

「気とは違う別の力が一つ……楓さん達が言っていた、ネギさんという人でしょうか」

 

「多分そう、昨日までいた天津飯達といい、最近人来るの多い」

 

 地球の神デンデが推測した通り、こちらに向かう一行の内の一人はネギ

 

 ほどなくしてピッコロ達は到着、連れてきたのは少年少女三人にオコジョが一匹

 

 その中に、話で聞いたとおりの容姿の少年の姿があった

 

「あ、えっと初めまして。ネギ・スプリングフィールドといいます」

 

「知ってる。それとあっちがコタロー、そっちが木乃香。楓達から話、聞いてる」

 

 到着早々、コタローと木乃香は宙に浮かぶ建造物に興味を示したのか辺りを見渡す

 

 残るネギは三人を代表するような形で挨拶をし、ポポがそれに応える

 

 指を差され名前を呼ばれた二人はポポの方へ向き帰り、会話に加わった

 

「あ、やっぱりせっちゃん達ここにおるんや。んーと、神様がおる言われたんやけど……」

 

「私ミスターポポ、神様の付き人。そして、こちらが神様」

 

「うおっ、ピッコロさんそっくりやん!」

 

「僕とピッコロさんは同じナメック星人ですからね」

 

「ネギ、コタロー。話はそれくらいにしてついてこい」

 

 自己紹介もそこそこに、ここに来た本来の目的にピッコロは帰着させる

 

 木乃香のことをポポに任せ、ネギとコタローを引き連れ神殿へと入っていった

 

 神殿の周囲に人影はなく、楓と刹那がいるとすればこの中ということになる

 

(……おっかしーなぁ)

 

 だがどういうことだ、そう思いコタローは首を捻る

 

 いる筈の二人の気が微塵として感じられない、中にいるのは自分達三人だけのように感じる

 

 気配を消して隠れているのかと一瞬考える、しかしさしてそうする理由が無い

 

 ネギの方を見ると、同じようなことを考えているのか少々眉をひそませていた

 

「もうじきあいつらが部屋から出てくる、そうしたら今度はお前達の番だ」

 

「部屋?」

 

「ここだ」

 

 三十秒とかからず、ピッコロは足を止める

 

 正面には一枚のドア、ここがピッコロの言った部屋か

 

 ドア越しで楓達の気を感じられないほど二人は鈍感じゃない、まずまず疑念は深まるばかりだった

 

「あの、ピッコロさん、本当に楓さん達がこの中に……っ!?」

 

(なんや、これっ……!)

 

 ピッコロの方へ一歩踏み出し、耐えかねたネギが尋ねようとしたその時だ

 

 ドアのノブが内側から音を立てて回り、開かれる

 

 その隙間から漏れ二人の背筋を痺れさせる大きな気、これが突然に出現した

 

「おっ、ネギ坊主達もやはり来たでござるか」

 

「ピッコロさん!あの、木乃香お嬢様は……」

 

 その主は他でもない楓と刹那の二人、この事実がネギ達を更に戦慄させる

 

 別れてから丸一日と少し、にもかかわらず彼女達は想像を遥かに超えるパワーアップを果たしていた

 

(まるで別人や……この世界で一週間ぶりに再会した、あの時よりも伸び幅がぶっ飛んどる!)

 

(しかも、たった一日で……)

 

「木乃香なら表だ、今はポポ達と話でもしているところだろう」

 

「失礼します!」

 

 持ち込んでいた夕凪を右手に握り締め、刹那はすぐさまこの場を離れ走り去る

 

 その後ろ姿をフフと笑いながら見送った楓は、ピッコロへと向き直った

 

「ピッコロ殿、拙者もこれで失礼致す。残りの時間は一人で調整と休息にあてさせてもらうでござる、合流は当日の朝ということで」

 

「俺に手の内を見せたくない、ということか」

 

「あいあい、では」

 

 長居は無用、楓は三人の前から一瞬で姿を消した

 

 実際のところは超スピードでこの場から移動しただけなのだが、ネギ達からすれば動きを目で追うことも叶わず瞬間移動と見なしても大して変わりがない

 

 到着時と同じく、部屋の前に三人が立つ構図に戻った

 

「……入るで、ネギ」

 

「う、うん!」

 

 この部屋の中に何が待ち受けるか、ネギ達はまだ知らされていない

 

 来る前に聞かされた『想像を遥かに超える苦痛』の存在、それに対する不安は完全に払拭されたわけではなかった

 

 しかし今の楓達の姿は、少年二人の足を扉へと更に向かわせた

 

 ピッコロを抜いたコタローが扉に手をかけ、それにネギが続く

 

「よし、いい目だ。ここがお前達の修行の総仕上げの場……」

 

 扉が再び、開かれた

 

「……精神と時の部屋だ」




 ついに遅れてしまいました、連絡もできずすみません。
 次回は一週間後を予定しています、ではでは


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話 これが修行の総仕上げ!精神と時の部屋

 


「いない!」

 

 ニ対ニの模擬戦をした修行場にも

 

「いない!」

 

 寝床にしているらしき洞窟にも

 

「いない!」

 

 水汲みに使いそうな川にも

 

「いない!どこにもいませんわーーー!」

 

 愛する少年の姿はどこにもなく、雪広あやかは山中で声を荒らげた

 

 愛する少年、ネギだけでなく他の者もいない

 

 コタローも木乃香も楓も刹那もピッコロもカモも、いくら探しても見つからず

 

「折角、修行に励むネギ先生へのために、差し入れを作って持ってきましたのに……」

 

 あの日ネギと分かれてから、あやかは独自に特訓を重ねていた

 

 前にコタローから話を聞いたことがあるが、この世界では元いた世界より気や魔力を大きく発現することができるようだ

 

 同サイズの惑星同士でも、密度や周囲の天体の位置関係等様々な条件次第でその星の環境は大いに変わる

 

 上記は天文部のルームメイトから聞いたことだが、ならこの世界の地球について当てはめても何ら不思議な話ではない

 

 まるで違う歩みを進めてきた歴史、太陽系を飛び出した先にも数多く存在する高度な宇宙技術

 

 麻帆良のある自分らの地球とは別物のそれが生まれうる要因は、大まかであるが幾つも考えられた

 

 話を戻すが、それによりネギ達だけでなく、あやかの気功術の上達も目を見張るペースで進行

 

 今回のパオズ山からの移動は、一切他人の手を借りず自力飛行のみでここまでたどり着いていた

 

 ただし楽々とまではいかず、到着直後から辺りを駆け回ったこともあり激しい呼吸のままその場にへたり込む

 

「あ、いたいた、あやかさーん!」

 

 そんなあやかの後ろから声が掛かる、一緒について来た悟飯だ

 

 彼女とは違いあの日からも毎日通っていた悟飯だったが、今日は家の手伝いで出発が昼過ぎまでずれ込んでしまっていた

 

「大丈夫ですか?少しここで身体を休めたほうがいいですよ」

 

「うう、ネギ先生はいずこへ……」

 

「それがどうも、この山や周辺にはいないみたいなんです」

 

 ネギを探しに飛び出したあやかの後を追いながら、悟飯も気によって他の皆の行方を探っていた

 

 しかしあやかの言うとおり、ここ近辺にネギ達の気・魔力は感じられない

 

「それでは、一体何処に?」

 

「ええっとですね、うーん……え!?」

 

「?」

 

 探知範囲を遠くまで広げることで何個かようやく捕まえられたが、それでも数が合わないのだ

 

(刹那さんと木乃香さんが……神様の神殿!? それに楓さんがここと神殿の中間辺りにいる。ピッコロさんは二人を神殿まで連れて行ってたのか!)

 

 楓・刹那・ピッコロの不在は昨日も来ていたため知っていたが、その詳細を探ろうとしたのは今日になってようやくのことである

 

(けどネギ君達は?神殿の近くにはいないみたいだし……)

 

「あの……」

 

「あ、えっと……距離も離れてる上に力を抑えているのか、どこにいるかまではちょっと分からないんです」

 

 ひとまず今日は、ここで少し休んでからパオズ山に戻ることにしましょう

 

 そう悟飯は提案し、探す力を持たず他の案も持たないあやかは渋々ながら同意した

 

 ここから神殿まで行くとなると、あやかのペースに合わせれば相当の時間がかかってしまう

 

 今の今までの行動を見る限り、手がかりらしい場所があるといえばついていくと言って聞かないだろう

 

 今日は泊まらず日帰りで帰ることを前もって母に話していたため、行動を起こすには今の時刻からでは遅すぎた

 

(まさか、ね……けど明日、あやかさんと一緒に神殿まで行ってみたほうがいいかもしれないな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すー……はー……。やっぱりや、空気めっちゃ薄いでここ」

 

「それにすごい暑さだよ。ピッコロさん、この部屋って……」

 

「これで配置は覚えたな、ついてこい」

 

 白白白白、とにかく辺り一面の白が視界を覆い尽くしていた

 

 扉を開けて飛び込んできたこの空間に、ネギとコタローは驚かずにはいられない

 

 第一に、外から見たのと比べて明らかにおかしい広さ

 

 屋根がある部分を抜けた所には(そもそも建物の中に更に屋根があるというのもおかしな話なのだが)地平線が見えるほどの平地が広がり、そこから先は天井らしき上空の仕切りが確認出来ない

 

 第二に、今二人が述べた室内の異常環境

 

 神殿自体が高所にあるため空気が薄いのは当然なのだが到着時より輪を掛けて呼吸が辛い、その上砂漠か何処かに放り込まれたと錯覚してしまうほどの暑さがこの空間を支配していた

 

 ピッコロは驚くネギ達をよそに、顔色一つ変えず二人に続いて入室

 

 今いる場所が修行の拠点となるようで、風呂や寝床といった室内の設備を簡単に説明する

 

 それが終わるとさっきと反対に、三人の中で一番最初に基本拠点から外へと歩み出た

 

「お前達が考えてる通り、ここはさっきまでいた部屋の外とは完全に別空間だ。広さは地球一個分、空気の薄さは四分の一、気温も最高最低間で百度近く変わる」

 

 そして何より、と続きを言いかけたところでピッコロの口が止まる

 

 二人があと数歩で出ようとしているところだった、何か思い出したようで言うのをやめる

 

「……まああいつらと同じく、実際に味わってみることだな」

 

 ピッコロは楓達にも、事前に教えてはいなかった

 

「ん?何やピッコロさ……っがぁぁあ!」

 

「コタローく……ぐうぅ!」

 

 二人は同時に表へ第一歩を踏み出す、それと同時に両手両膝を勢いよく打ちつけるように地へついた

 

 元々の身長差もかなりあったが、これで一層ピッコロが二人を見下ろす形になる

 

(なんやこれっ、身体が……あん時と同じや!)

 

 上から見えない力で押し付けられるような感覚、とにかく全身に途方もない重みがのしかかる

 

 コタローはこの世界へ来る前の、麻帆良祭での屈辱的なあの敗戦を嫌でも思い出した

 

「どうした、立てんか?」

 

「こっ、のぉおおおお!」

 

「戦いの……歌!」

 

 気と魔力、それぞれが二人を覆い力を与える

 

 ゆっくりであるが体勢を立て直し、手を地面から離し両足のみで全身を支えた

 

 ピッコロと目を合わせるその表情に余裕はない、この場に立つので精一杯

 

「……まあ無理もない、なんせ地球の十倍の重力だからな」

 

「十ばっ!?」

 

(やっぱ重力、か……)

 

 ネギは驚きコタローは歯噛みする、シチュエーションはまるで違うが楓達との再会時と同じだ

 

 しかし厳密にはネギの驚きはより複雑だった、この部屋の重力が十倍ということともう一つ

 

 自身がふらふらではあるものの、十倍の重力にある程度抗えているという事実

 

 この世界へ来た当初なら、間違いなく地を這ったまま碌に立つことすら出来なかっただろう

 

 コタローにやや遅れてまほら武道会のあの試合を思い起こし、当時の隣の親友の姿に自分を重ねた

 

「そして最後にもう一つ、この部屋は外の世界と時間の流れが違う。外での二十四時間、つまり一日はこちらの一年に相当する」

 

 これが十倍の重力と並び、精神と時の部屋が絶好の修行場と称される所以である

 

 一年前のセルとの戦い、ここでの修行がなければほぼ間違いなく今の地球は無かったと言っていい

 

「やっぱり師匠(マスター)の別荘と……いや、それよりもずっと」

 

「ほう、お前達の世界にも似たようなのがあるのか」

 

 ピッコロの説明を受け、ネギは元の世界で修行に使っていた魔法球を思い出さずにはいられない

 

 3-A教師としての仕事を全うする傍らエヴァに師事するという、圧倒的に時間が足りない激務

 

 それに対し一定以上の修行時間を確保するため使用されたのが、『別荘』とも呼ばれるエヴァンジェリン宅にある魔法球だ

 

 そこでは中での一日が外の一時間、つまり二十四倍

 

 一方で精神と時の部屋は中での一年が外の一日、三百六十五倍となる

 

 単純な時間効率でも十五倍、超重力といった環境の違いも含め別荘以上のポテンシャルをこの部屋が持っていることはネギも認めざるを得ない

 

「はい、でもここはそれ以上です……さっきの神様がこの部屋を?」

 

「いや違う、少なくとも先々代以前の神が作ったものだろう」

 

 一個人が魔法で作り出したのだとすれば、是非とも当人にお目にかかりたい

 

 もしやと思ってピッコロに尋ねたが、推測は外れ

 

 またその人物も含め、先代以前の神は皆地球にはもういないことも加えて説明された

 

「さて、早速修行を始めたいところだが……とりあえず、順番を決めてもらおうか」

 

「え?うわっ!?」

 

「三人一緒にするんやないんか?」

 

 ピッコロは話を切り替える、この話題についてはもう打ち切っていいという判断だろう

 

 実際これ以上の発展は難しく、いよいよ本番かと身構えたがそうではなかった

 

 『順番』の意味は何だとネギは思考をし、つい力の入れ加減を誤り再び膝をつけてしまう

 

 重力に抗うためのパワー運用はコタローの方がやや上手らしく、ネギが立ち直す間に代わりに訊いた

 

「この部屋の定員は二人だ、さっき寝床も見ただろう。まずはこの部屋での修行に耐えうるよう、俺が一対一で鍛え上げてやる」

 

 格闘素人の悟飯を一年、実質半年少々で戦えるよう育て上げたピッコロの指導力は並ではない

 

 しかしそれは、子供相手でもほとんど容赦しないスパルタによって成された側面もかなり大きかった

 

 悟飯の成長や先代の神との同化も併せてそのスパルタもなりを潜めていたのだが、弟子入りのような形で鍛えてやることになった楓達の登場は再びそれを呼び起こしていた

 

 ネギ達四人で回していた対ピッコロの組手でもそれぞれの負担はかなりあり、今まで二人で回していた楓達のことを考えて身を震わせたことはゼロじゃない

 

 そんなピッコロの相手を一人で務めなければならない、二人の喉が時を同じくして鳴った

 

「俺も同じことを考えていた……確かに時間が足りない。強くなりたいと言っているお前達に、ちゃんと一から基礎を叩き込むにはな」 

 

「まさか、楓さん達は昨日の朝からずっと……」

 

「いや、俺が鍛えたのは二ヶ月、つまり外の世界での四時間程になる。あいにく俺もずっと入りっぱなしは出来ないんでな、お前達も同じだけしごいてやるつもりだ」

 

 さあさっさと決めろ、そう言ってピッコロはコタロー達への返答を打ち切る

 

 コタローは隣に立つネギを見ると、既に体勢を立て直し同じくこちらに視線を送っていた

 

「……恨みっこなしやぞ」

 

「そっちこそ……」

 

 両者が望む順番は同じのようだ、どちらとも譲るつもりは無い

 

 ならばこれで決めるぞと強く握られる両者の拳、もちろん勝負は一回きり

 

 軽く前に引き、次の瞬間突き出した

 

「「じゃん!けん!……」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~おまけ~

 

「な、なあせっちゃん、うちも流石に恥ずかしいて……たった一日会わへんかっただけやん」

 

「うっ、グスッ、お嬢さ……このちゃああああん!」

 

「……ミスターポポ、食事の支度してくる」

 

「あ、置いていかないでください!」

 

 どうやら楓が神殿から離れたのは、この光景に居合わすのを避けるためもあったようである




 ちなみに本作では精神と時の部屋の『定員二人』の解釈について
・入ること自体なら三人以上でも可
・ただし一日=一年の時間の流れは二人以下じゃないと発生しない
 としています

 次回は一週間後を予定しています、ではでは


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話 港町まで競争だ!上空の舞空術レース

「せぇやっ!ほっ!はいやーーー!」

 

 球体の中で少女の拳が、少女の蹴りが四方八方へ飛び出す

 

 中国拳法には型を見せるための『演舞』というものが存在するが、それを手当たり次第早回しで再生しているといえばわかりやすいだろうか

 

 まあ演舞ではここまで大声を発し披露することはないので、別物といっても差し支えないだろう

 

 とにかく少女古菲は、全身全霊をかけて自身の技を空へ向け振るっていた

 

 体軸にブレはない、動きも正確でいつもどおりと言っていい

 

「……ふぅ、こんなもんアルかな。何とか間にあたアル」

 

 一通りやり終え、古は満足気な表情で息を漏らした

 

 今いる『普通でない環境』でいつもどおりの動きをするというのは、彼女が大会までに設けていた目標の一つ

 

 天下一大武道会の開催は翌日にまで迫っており、ギリギリだった

 

「これ以上の無理は逆効果アルから、な!」

 

 内部中央の装置に手をかけ、電源を落とす

 

 二桁に到達した液晶数字は消え、これまで幾度となく味わった感覚に身を震わせた

 

 四肢を少し動かすだけで分かる、全身が羽のように軽くなったと感じるそれ

 

 掛けていた負荷が過去最大なだけあり、一層嬉々として外へ身を運ぶ

 

「ん~~~~~!大会まで待ちきれないアルよ!」

 

 扉を開けると、潮の香りを纏った新鮮な空気が肺の中に飛び込んだ

 

 密閉空間に数時間閉じ篭っていた直後であり、ここ二週間吸い慣れた空気でも美味さを噛み締めるに充分に値する

 

 靴を介して伝わる砂浜の感触、砂の鳴る音も心地いい

 

 ふと横を見れば母国でもそう見られない、邪魔するものが何も無い完璧な水平線

 

 五感から感じる全ての物が、現在の古の胸を弾ませることに一役買っていた

 

 足取りも軽くカメハウス内へ戻る、ひとまず水分を摂って汗を掻いた服を着替えたい

 

「サツキー、冷蔵庫からドリン……あいや、クリリンどしたアルかそんなに驚いて」

 

 ドアを開けると、右手に数枚の紙を持つクリリンと正面から鉢合わせになった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「古!?やけに早くないか、いつもならもうちょっと重力室で……」

 

「いやいや、大会は明日アルからな。疲れを残すわけにもいかぬし、あとは休息にあてよう思たネ」

 

 大会前日に無理は禁物、このことはクリリンも承知していた

 

 そのためこちらも早めに修行を切り上げており、ある用事のため出掛ける支度を終えちょうど出ようとしたところ

 

 いつも着ている亀仙流の道着ではなく、Tシャツにジーパンとラフな格好

 

 古に内緒でこっそり行こうと思っていたようだが、彼女自身も早めに修行を切り上げることを計算に入れていなかった

 

「そ、そうか、んーと……」

 

「ん?何アルかそれ」

 

 ひとまず手に握った紙をポケットに突っ込む、その動きを古は見逃さない

 

 中身が気になったのか手を伸ばし、それを受けクリリンは後退

 

「むー、何故隠すアル」

 

「いや、そのだな……」

 

「ほっほっほ、バレてしまってはしょうがないのうクリリン」

 

 この場を凌ごうと頭を回すが、古を納得させる口実が浮かばない

 

 そんな彼の後ろから声がかかる、亀仙人だ

 

 口ぶりから紙の中身を知ってるのは明らかで、古の意識はそちらへと向けられた

 

 蓄えられた白髭を撫でながら、飄々とした様子でクリリンのすぐ横まで歩み寄る

 

「いやのう、クリリンは今から近くの港町まで行くところだったんじゃ。古ちゃんに内緒でな」

 

「むっ、武天老師様!」

 

「隠し事アルかクリリン!」

 

「ほれ、これを見てみい」

 

 狼狽し隙を見せるクリリンに亀仙人は手をかける

 

 ポケットに突っ込んだ紙を一枚抜き取り、クリリンが取り返す間もなく古へ差し出す

 

「ん?豚肉、蟹、強力粉、ニラ、にんにく……」

 

 食材が書き連ねてあるメモだ、一通り読み終えると亀仙人が続けて話す

 

「古ちゃんの好物の肉まん、それに今夜の材料じゃよ。なんせ明日は大会じゃからな、さっちゃんがご馳走を作ってくれるそうじゃぞ」

 

「ま、まあ、そういうことだよ」

 

「クリリン……」

 

 不満気な顔から一転、古の顔に笑みが戻る

 

 握られた右拳がわなわなと震え、次の瞬間天へ突き出された

 

「私も行くアルーー!」

 

「え!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっふっふ、どうアルか?」

 

「なっ!?」

 

「ほー、この短期間でものにしおったのか」

 

 服を着替えた古が最初に、続いてクリリンと亀仙人がカメハウスの外へ出た

 

 先ほど味わった砂浜の感触は、今の古には無い

 

 加えて同じ背丈ほどのクリリン、二人よりやや高めな亀仙人の両者の目線が上向きである

 

 対照的に古は自慢げな表情で腕を組み、二人を見下ろしていた

 

「重力室でも飛べるようになたし、一緒に飛んでいくのも余裕アルよ!」

 

「クリリン、こりゃ嫌と言っても勝手に飛んでついてくるぞ」

 

「……分かってます」

 

 観念したのか、クリリンは亀仙人の言葉を肯定し顔を伏せる

 

 思えば古が着替えてる間に出発すれば良かったのだが、待てと釘を刺された上ものの数分足らずで完了させてしまっていた

 

「古ちゃーん、クリリンがOKと言うとるぞー」

 

「おおっ!?」

 

「あと折角じゃし、今日の昼は二人共買い物ついでに向こうで食べなさい。さっちゃんにはワシから言っておくぞ」

 

「武天老師様!?」

 

 宙に浮いたままの古へ、亀仙人がクリリンに変わり了解の旨を伝える

 

 しかしそれだけに留まらない、買い物以外の予定を勝手に追加しクリリンの目を丸くさせた

 

 何を勝手に決めてるんですと今の発言を諌めるが、悪びれた様子もなく亀仙人は言葉を返す

 

「さっき古ちゃんも言ってたじゃろ、あとは無理せず休息にあてると。修行ばっかりだったことじゃし、色々と一緒に見て回ってやらんか」

 

「は、はぁ……」

 

「老師ー、それで港町というのはどっちアルかー?」

 

 クリリンと対照的に古は行く気まんまん、最初より気を開放しているのか髪の先端が揺れてるようにも見える

 

 訊かれた亀仙人は持っていた杖の先端を北西に向け、この方向をまっすぐと説明した

 

「しばらく飛ぶと水平線から建物が顔を出す、多少方向がズレておっても分かるはずじゃ」

 

「ふむふむ……ならクリリン、競争するアル!」

 

「は?」

 

「競争アルよ!今まで重力室の中でしか飛んでないから、狭くて退屈だたアル!」

 

 説明終了直後の唐突な申し出に、クリリンの口が止まる

 

 一方古は彼にお構い無しといった感じで、ウキウキ顔のまま更に気を解放しているのか髪の先端が揺れていた

 

 口はともかく思考は働いてたようで、クリリンは少々時間を置いて古の意図を察する

 

 ようは移動するまでの時間すら楽しみに当てたいと言っているのだ、加えて舞空術でこの大空を高速飛行したくて仕方ないのだろう

 

(ったく、落ち着きがないんだから……まあ分からなくもないけどな、俺も覚えた当初はあちこち飛んで回ったし)

 

 空を自由に飛び回る、そういう憧れが少年時代から無いわけではなかった

 

 自身のすぐ隣にそれが出来る人物、筋斗雲に乗る悟空がいたのも影響が大きかったかもしれない

 

 懐かしいなと昔を思い返すが、これによりクリリンは次の反応が遅れてしまった

 

「私に追いつけるアルかな?アイヤーーー!」

 

「…………ん? あ!」

 

 開始の合図も無しに、古がカメハウスから飛び立った

 

 高速で離れる一つの気、飛んだ際に起きた風に撫でられた自身の頬

 

 これらを感知してようやく気付く、我先にと古が一人で出発してしまったことに

 

「む、武天老師様!俺も行って来ます!」

 

 慌ててクリリンは、古の後を追いかけた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おおおおおおっ!凄いアル!鳥になた気分アルよ!)

 

 正面から風を受ける、下を見れば海面が手前側へ高速で流れる

 

 亀仙人が示した方角へ、古はひたすらに向かっていた

 

 広い空間を全速力で、こうも思い切り飛行するのは初めての経験

 

 ネギや刹那もこんな気分を味わっていたのかと、身近な飛行可能者二人を思い浮かべ今の自分と比較する

 

(このスピードならネギ坊主達と競争しても……っと、もう追いついて来たヨ)

 

 振り返らずスピードも緩めないが、自分よりうんと大きい気の接近を察知するのは容易だった

 

 気が吹き出る音、空気を突っ切る音がそれぞれ二種類づつ、同じ上空から発生する

 

 それに加えてもう一つ、彼からの静止の声

 

「古ー!一旦スピード緩めろー!」

 

「まだまだ……そう簡単には追いつかせんアルよ!」

 

 追いつかれるのは時間の問題と自覚済みだったが、少しでも長くこうしていたかった古は緩めない

 

 それどころか更に気を注ぎ込み、飛行のピッチを上げる

 

 この時古は二つのことに気付いていなかった、一つは焦燥を含んだクリリンの声色

 

「いいから止まれ!そんな飛び方してたらあっという間に気が……」

 

「へ?」

 

 もう一つは自身の気の消耗ペース、直後プスンと間の抜けた音が古から吹き出した

 

 改めて確認するが、舞空術での長時間及び高速での飛行を古が行ったのは今日が初めて

 

 また、ただその場に浮くだけと今のように空を飛ぶとでは、同じ舞空術でも気の扱いの勝手が大きく変わってくる

 

 後者についての慣れがまるで無い古は、前者の要領でずっと飛行を続けていた

 

 しかもよりスピードを出そうと、注ぎ込む気の量はうんと多くしているだけに始末が悪い

 

 一速までしか回したことのない車のエンジンが、そのまま高速道路でも同じ走り方をするようなものだ

 

 さっきまで修行をして消耗気味であったことも併せ、古の気は今この時をもって底をついた

 

「わっ!わわわわわ……」

 

 二~三度プスンと吹き出すと、スピードはガタ落ちしフラフラと落ち始める

 

 この高度から水面に叩きつけられたら、ただでは済まない

 

 慌てて再度飛行を試みるが、ついに浮力を完全に失い垂直落下を開始した

 

「ク、クリリーン!」

 

「古!」

 

 全身から風を受けるが、さっきとは打って変わって心地いいそれではあらず

 

 手足をばたつかせた勢いで反転、上を見上げる形になる

 

 そこで古の目に入ったのは、追いついて高度を落としながら手を伸ばすクリリンの姿

 

 目標は、ばたつかせた際振り上げた古の右腕

 

「うおっ!…………ふー」

 

「頼むから毎度毎度びっくりさせないでくれよな……大丈夫か?」

 

 空中の古の動きが、右手首を支点としてピタリと静止

 

 古の視線は掴まれた右腕、更にはその先にあるクリリンのやや呆れ気味の顔へ向けられた

 

「えと、大丈夫アルが……ちょと暫くは飛べそうにないアル」

 

「わかってるって。ほら、もう片方の腕も出せ」

 

 舞空術のための気こそ失ったが、まるで動けないわけじゃない

 

 古は両手でクリリンの腕を掴み、引っ張り上げてくれる彼の補助と合わせてよじ登った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、古達がカメハウスから飛んでいった本来の目的を思い出そう

 

 決して競争ではない、港街へと買い物へ向かうことだ

 

 しかしながら周囲に休むための陸地はない、カメハウスまで戻るのもかなり手間となる

 

 そのため港町までクリリンが舞空術で移動、そのクリリンに古が運ばれるという形をとることになった

 

「古、本当にこれで良かったのか?うっかり手とか離すんじゃないぞ」

 

「そのくらいの力はまだ残てるアルよ、それにあの体勢はどうも落ち着かないというか……」

 

 初めは古に負担をかけぬよう前方で横抱きにしていたのだが、数秒と経たず彼女の方から拒否をしだし自力で背中へと回り込んだ

 

 現在は背負って移動中、一応古の負担を減らすため幾らか前傾気味の姿勢でいる

 

「とにかく、帰りは競争なんてしないからな。ちゃんと俺と一緒に飛ぶこと」

 

「第一、いきなりああいう風に抱き抱えるというのはちょと……」

 

「古、俺の話聞いてるか?」

 

「んあっ!?も、勿論わかてるアルよ!」

 

 それから一時間近く飛び、二人は無事港街に到着した




 次回もおそらく一週間後くらいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話 決意新たに!亀仙流・古菲

 大幅に遅れてすみません、年内投稿出来たのが唯一の救いです。


「お待たせしましたお客様、こちら鯉の甘酢あんかけになります」

 

「おおっ!糖醋鯉魚(タンツゥリーユー)アルな!」

 

「しっかしよく食うな古……」

 

 港町に到着した二人は、ちょうど昼時ということもあり近くの料理店で昼食をとっていた

 

 海に面した港町だし魚料理が美味いだろうと考え、頼んでみるとこれが大当たり

 

 気の枯渇・疲労・空腹の三拍子が揃っていたことも併せ、古はたちまち最初に注文した料理を平らげていた

 

 今来たのは追加で頼んだもので、クリリンは既に食べ終え食後のコーヒーを口に運んでいる

 

「まあ好きなだけ食っていいって言ったのは俺だけどさ……夕食のことも考えろよ?」

 

「あむっ……んぐ。それは勿論わかてるアルが、帰りのことを考えると食べて力をつけねばと思たヨ」

 

「だな。帰りは色々荷物も持つし、途中でお前を運ぼうと思っても多分無理だ」

 

 クリリンの見立てでは、万全の状態の古ならカメハウスまで舞空術で帰ることは容易い

 

 しかしそんな急激な成長を見せているとはいえ、クリリンからしてみればまだまだ未熟であることも事実

 

 帰りは本格的に舞空術の扱い方も教授してやろう、そうクリリンは思った

 

「材料を買うのは最後に回して、お前の気が全快するまでは町の中を色々回ってみるか」

 

「いいアルなそれ!んむっ、あむっ……」

 

 ならば早く食事を済まそうということで、古の箸の進みが早まる

 

 それでいながら、料理の味を楽しむことは忘れない

 

 美味しそうに次々食べていく古の姿を、テーブルの向かい側から見てクリリンは思わず笑みをこぼす

 

 規模こそまるで違うが、同じように食べる親友のかつての姿を思い出していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから二時間ほど、クリリン達は町の中を色々と見て回った

 

「これが明日出る大会のポスターアルな。ふむふむ、世界チャンピオンミスターサタン……世界チャンピオンいうことはクリリンよりも強いアルか!?」

 

「え?ははは……」

 

 水産業が主となる港町ゆえ娯楽こそ少ないが、カメハウスに閉じこもりっぱなしだった古にとって英気を養うのには充分、亀仙人の狙いが的中したとも言える

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それじゃそろそろ市場の方に向かうか」

 

「そうアルな」

 

 短時間ながら町の散策を楽しんだ古の表情は明るい、クリリンの後ろをウキウキな足取りでついていく

 

 クリリンはポケットに手をさし入れた、買い物のメモを取り出すためだ

 

 亀仙人に抜き取られて古に渡った後、彼女が着替えに行った際回収していた

 

(んっと、メモメモ……あっ!)

 

「わぶっ!」

 

 探り当てたクリリンは直後に足を止め、背中に古がぶつかる

 

 これについては古が多少よろけただけで済んだものの、向こうが突然止まって起きたとなっては追求の一つもしたくなるのが道理である

 

 どしたアルかと古が尋ねると、クリリンは慌てた様子でメモと紙幣数枚を手渡してきた

 

「悪い古、急用を思い出した。ここを道なりにまっすぐ行けば市場に着く、これ渡しとくから一人で先に買いに行っててくれないか?」

 

「えー!?」

 

「あとで埋め合わせするから、な? すぐ戻る!」

 

 反転した古の表情をなるべく見ずに、クリリンは元来た道を引き返す

 

 慌てたままなのか、左手には先程古に渡した紙幣が入っていた財布

 

 右手には、ポケットに入っていたもう一枚の紙を握り締めたままでだ

 

「クリリーン!ありゃ、行ってしまたアル……」

 

 あとを追おうにも古はこの町の地理に明るくない、既に角を一つ二つ曲がっており探すのは難しいだろう

 

 市場への道とクリリンが引き返していった道、全くの正反対を交互に見やった後古は頬を膨らませた

 

「……なーんか怪しいアルな」

 

 とはいえ、彼からの頼みを無下にするわけにもいかない

 

 ならばさっさと買い物を済ませ、戻ってくる前にこちらから出向いて探してしまおうか

 

 古はそんなことを考えながら、進行方向を変えず市場へと駆け足で向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから時間にして十数分くらいだろうか

 

 古と別れた際には無かったホイポイカプセルを握り締め、クリリンは再び市場へ向け歩を進めていた

 

 眉は八の字に下がり、足取りもさほど軽くもない

 

「流石にさっきはちょっと無理やりだったか……」

 

 唐突に別行動を提案したことにやや負い目を感じていた模様

 

 右手を開き、カプセルがあるのを確認しまた握る

 

「まあ、夕食までは内緒にしたかったってのもあるけど……あとでちゃんと謝らないとな」

 

 出発前に古に見つかる、連れていってやれと亀仙人から言われる

 

 始めの予定と変わりすぎて、幾らか戸惑ってしまった

 

 しかし一方で、ああして一緒に町を歩いて回ったのは悪くなかったようにも思う

 

 カプセルをポケットに入れながらクリリンはそう振り返った

 

 早く合流しようと足を早め、一軒二軒と店の前を通り抜ける

 

 もう一軒を過ぎ、角を曲がれば市場まですぐ

 

 そんなタイミングで、事件は起きた

 

「っざけんじゃねーぞ!ちっくしょー!」

 

「うわーーー!」

 

「きゃあぁー!」

 

「!?」

 

 怒号、銃声、ガラスか何かが割れる音、怒号の主とは別の者の悲鳴

 

 これらが数秒足らずで一気に背後から繰り出され、クリリンは足を止め振り返る

 

 そこにあったのは酒場、入口から何人か客が飛び出してきた

 

「……あっ!あの声!」

 

 一連の要素の中で最もクリリンを駆り立てたのは、初っ端に発せられた聞き覚えのある声

 

 既に足は動いていた、意を決して店の中に突撃する

 

 中に残っていたのは数名、カウンター近くで怯える店員を除けば客はただ一人

 

「んぐっ、んぐっ……っぷぁー。おいもっと酒持って来い!」

 

「ランチさん!」

 

 実に数年ぶりの再会、かつてはカメハウスで一緒に暮らしていた仲間、ランチがそこにいた

 

 クリリンの存在に気付いたのは、声を聞いて数秒後

 

 顔の赤さも併せ、相当酔っていることが伺える

 

「……ん?おおっ、クリリンじゃねーか」

 

「何やってんすかこんな真昼間から!」

 

 店の中で強盗でもしてんじゃないかと当初は不安がよぎったが、どうやらやけ酒をしていただけでひとまずクリリンの焦りは増幅を止めた

 

 とはいえ『銃を片手に』酒をあおっているのは大問題に変わりないわけで、知り合いとして見過ごすことも出来ずすぐ近くまで詰め寄る

 

 ランチはその間ジョッキに酒を淵まで注ぎ、音を立てながら一気飲み

 

「何だ?話聞いてくれるってのか?んぐっ、んぐっ……」

 

「そりゃ気にもなりますよ、もしかして天津飯関け……ひっ!」

 

「そうだよ!天津飯が……ああちっくしょー!」

 

 しかし『天津飯』の言葉でそれはピタリと止む、ジョッキをテーブルに叩きつけ銃を持つ左手を高々と上げた

 

 再度発砲、カウンターから聞くに堪えない悲鳴が飛び込む

 

「ランチさん銃下ろして!天津飯と何かあったんですか?」

 

「……天津飯がな、女連れてたんだよ」

 

「は?」

 

 ランチを制し続きを聞いたクリリンは、一瞬意味が分からなかった

 

 自分が知る天津飯は、ストイックな武道家である

 

 平和になった今もおそらくは、どこかの山にでも篭って餃子と共に修行に励み続けている

 

 そう思っていただけに、ランチの言葉には衝撃だった

 

 自分やヤムチャならともかく、彼がそうしている図が想像できない

 

 ランチは更に酒を流し込み、続けた

 

「北エリアの山奥に、十五かそこらの若い女連れ込んでてよぉ……しかも餃子と一人づつかは知らねえが、二人もだぞ二人も!」

 

「は、はあ……」

 

「悟空もとっくの昔に結婚しちまったし、んぐっんぐっ……ぷはぁ、一人もんはもうオレ達だけってわけだ」

 

(あ、そうか。ヤムチャさんとブルマさんが別れたこと、ランチさん知らないんだ)

 

 ランチはクリリンの肩に回し、自らの方へ引き寄せる

 

 回した腕の先には空のグラス、すぐさま酒が注がれクリリンの口元へ迫った

 

「飲め」

 

「いや、あの、ランチさん?」

 

「なんだぁ?独り身同士飲み合おうっていうオレの誘いを無視するってのか!」

 

 面倒くさいことになった、クリリンはそう結論せざるを得ない

 

 戦闘力を度外視したこういう怖さというのは、ブルマ等も含めそう抗えるものではない

 

 いつになったら解放してくれるだろう、事情を知らぬ古は市場で待ちぼうけをくっているところか

 

「わ、わかりました。じゃあ、ちょっとだけ……」

 

 そんなことを考えながら、グラスに手を伸ばしたクリリンは酒を数口ほど飲んだ

 

 酒好きというわけではないが、亀仙人から誘われた際に快く付き合うくらいの嗜みはある

 

 しかし今飲む酒はとてもじゃないが美味しくは感じられなかった、すぐ隣にあるランチの視線が重々しい

 

 満足するか、はたまた酔い潰れるのはどれほど先か

 

 店員達は干渉する気は欠片もない、店内は二人だけの空間と化していた

 

 店の外の一般人も、ランチを恐れて入ろうとしない

 

 一般人とは異なるカテゴリーに属する彼女が入店したのは、それから五分ほど経ってからのこと

 

「オレはな、かれこれ十年以上あいつのことを追ってたんだ、一時期一緒に居たことだってあったさ。それがなんで、ぽっと出のガキんちょに取られるんだよー!」

 

「ランチさん、だからその話はもう何度も……」

 

「見つけたアルよクリリンー!」

 

「あん?」

 

「げっ!古!」

 

 店の外から飛び込んできた声

 

 まずランチ、次いでクリリンが酒場の入口を見やる

 

 まだ酒場に入るには早すぎる少女、古菲がクリリンを見つけ乗り込んできた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前なんでここに……」

 

「買い物終わらせて待ってたのに全然戻らないからアル!そしたら銃声が聞こえて、まさかと思て来てみたらズバリだたアルよ」

 

 慣れない町だから大変だったと、口を尖らせ更に古は言う

 

 両手には買い物袋、既にメモにあった材料は購入完了

 

 クリリンの隣まで来ると足を止め、店内を見回した

 

 そもそもここを見つけた切欠は銃声

 

 店内で銃を持った強盗か何かがいて、それをクリリンが撃退する光景を浮かべここまで来たのだ、なのに店内はさほど問題は無いように見える

 

「ありゃ?もう倒しちゃたアルか?」

 

「えっと、その……」

 

「ならさっさとカメハウスに帰るアル、ほら」

 

 古の目に映るのは、クリリン含め客二人が酒を飲んでいるという、なんてことはない普通の光景

 

 一旦荷物を左手に全部まとめ、右手でクリリンの腕を掴んで引っ張った

 

「ま、待て古!今はちょっと……」

 

「むぅ、また隠し事アルか?今日はクリリンそればっかりアル!」

 

 クリリンは焦りから慌て顔で古を制す、問題はその行為がどう見えるかだ

 

 本日二度に渡って同じような表情を見せられた古には、また自分をのけ者にしようとしてるのではと疑念を抱かざるを得なかった

 

 眉をつり上げ不満を口にする、そこでついに彼女が動いた

 

「……てめえも裏切りもんかーー!」

 

「わ!?ランチさんタンマタンマ!」

 

 ランチは再び銃をとり、今度は銃口をクリリンへと向ける

 

 銃ごときであっさり死ぬ奴じゃない、そう知っていることもあって躊躇いなく引き金を引いた

 

 弾は咄嗟に銃口を覆ったクリリンの掌に全弾命中、突き抜けることもなくその場に落ちる

 

 とは痛いものは痛い、クリリンは受け切ったあと手首から先をフルフルと振った

 

「っつ~~~……い、いきなり撃たないでくださいよ!」

 

「うるせぇ!さっきまでオレと同じ独り身みたいに振舞っときながら、ちゃっかりてめえはこしらえてんじゃねえか!」

 

「はあ!?」

 

 そしてランチの突拍子もない発言に、口を半開きにした

 

 次に古の顔を見ると、突然の発砲+手で受け止めたクリリンに対し大きく目を見開いて固まり気味

 

 すぐランチの方へ戻すと、彼女の顔がさっきよりすぐ近くに迫っていた

 

「違いますって!古は単に昔のランチさんみたく居候してるだけで……」

 

「さっきの今でそんなこと言われたって信じられっか!もういいお前には聞かねえ」

 

 クリリンの言葉に信用が置けず、ランチは怒りの形相のまま席を立つ

 

 古の方へと近づく、古もランチの接近を認知すると我に返り身構えた

 

 古は、銃を向けてくるなら即沈めるつもりでいた

 

 しかしランチは銃を下ろしたまま、代わりにもう片方の手を小指を立てた状態で上げる

 

「おいガキんちょ、お前こいつのコレか?」

 

「……?」

 

 小指を立てるというこのジェスチャーだが、どうも日本独自のものらしく中国出身の古には通じていない

 

 何度か繰り返しこのジェスチャーのまま尋ねるが当然進展はなく、要領を得ずランチは苛立ちを募らせる

 

 普段なら『通じていない』と判断しすぐ言い方を変えそうなものだが、いよいよ酔いが本格的に回ってきたのかその発想に至らない

 

 ランチからすれば、古がただ無言を貫いてるように見えていた

 

「……だあぁぁぁっ!ほら見ろクリリン!こいつは無言の肯定と見たぜオレは!」

 

「だから違いますってランチさん、落ち着いて……」

 

「オレの話を同情した風に聞きながら、心ん中じゃ自分には女がいるってほくそ笑んでたんだろ!」

 

「……女?」

 

 ランチは声を荒らげ、クリリンはこの場を収める術を知らず狼狽する

 

 そして古は、ランチの言葉から先程の質問の意味をようやく把握した

 

「あー嫌だ嫌だ!悟空やヤムチャはいいとして、天津飯やてめえはこんなガ……んぎゃっ!」

 

「!?」

 

 ランチが突如ぶっ飛ばされたのは、その直後のことである

 

 下手人は他でもない、やや顔を赤らめた古だった

 

「なっ、何言てるアルかもう……確かにクリリンは私より強い男アルが、あくまで亀仙流としての師弟関係でアルからして……」

 

 咄嗟に手が出た割には加減はしっかりしており、カウンターをぶち抜いて気絶こそしているが、逆に言えばただそれだけに留まっている

 

 怪我と言えそうなものは、木の破片による四肢の浅い傷くらいしかない

 

 クリリンがあれほど対処に困ったランチを、相手の言動もあったとはいえ古はたった一発で黙らせた

 

「……ああっ!今度もやてしまたアル!」

 

「わかった……帰ろう、古」

 

「え!?でもあれクリリンの知り合……」

 

「いいから、あの人なら大丈夫だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっはっは、そりゃ災難じゃったのうクリリン」

 

「笑ってますけどね武天老師様、こっちは本当に大変だったんですから」

 

 亀仙人が笑い、クリリンが渋い表情を見せる

 

 あの後クリリンと古は無事帰宅し、今はもう日は落ち切り夕食の時間

 

 買ってきた食材で五月が思い切り腕を振るい、テーブルを全員で囲みご馳走に舌鼓を打つ真っ最中だった

 

 特に古は帰りの舞空術で他の者より消耗していたためか、昼食時と同様に次々と口へ運んでいく

 

 その一方でクリリンと亀仙人の会話にも耳を傾けており、口に入ってたものを飲み込むとそれに加わる

 

「そういえばクリリン、買い物前に別れた時言てた用事というのは、あの人と会うことだたアルか?」

 

「ん?なんじゃクリリン、向こうで教えてなかったのか」

 

「元々夕食の時にって段取りだったじゃないですか。それを武天老師様が『一緒に連れてけ』なんて言うもんだから……」

 

 こっちは大変だった、繰り返し亀仙人にそう零したクリリンは椅子から降りた

 

 テーブルから離れて部屋の中央まで移動、充分なスペースが目の前にあるのを確かめると、ズボンのポケットからホイポイカプセルを取り出した

 

 親指でスイッチを押し、放り投げる

 

「ほら古、こっち来て開けてみろ」

 

「木箱、アルか?」

 

 ホイポイカプセルの存在については重力室の一件もあり知っているため、特に驚きは無い

 

 煙の中から現れたのは、数十センチ四方の木箱

 

 クリリンに言われるまま古は箱の所まで移動、葛籠と同じような形状の蓋に両手をかけ持ち上げる

 

「……え?」

 

 ここ二週間で見慣れた色、山吹色と紺色が古の目に飛び込んだ

 

 山吹色の道着が上下一セット、紺のアンダーシャツが一枚、同じく紺の帯が一本に靴が一足

 

 今日は違う格好だが、普段ならクリリンがいつも着ているものが一式揃っていた

 

 畳まれた道着の上に手を伸ばす、よく見れば『亀』の字もちゃんと書かれている

 

 着続けくたびれたようにも見えず、完全に新品

 

「今日の夕食とは別に、前から用意してたんだよ」

 

「五日ほど前じゃったか、クリリンが提案してきてのう。二週間とはいえクリリンやわしのもとで修行した以上、古ちゃんも立派な亀仙流じゃ」

 

「今日は色々とごめんな古、気に入ってくれるかは分から……」

 

「クリリン!」

 

 あの時クリリンが持っていたもう一枚の紙は、仕立て屋で注文した際の引換書

 

 数日前古が重力室に篭っている内に、内緒で港町まで飛んで注文していた

 

 事情を話すと共に今日一日の振る舞いを詫びるクリリン、その言葉を途中で古の声が遮った

 

「明日の大会、これで出るアル!当然アルよ!」

 

 道着を胸に抱いたまま、目をギラギラと光らせる

 

「亀仙流古菲!明日はこれまでの修行の集大成を見せることをここに宣言するヨ!」

 

「……だな、期待してるぜ古」

 

「クリリンも優勝アルよ!」

 

 カメハウスで武道家が二人、決意を新たに今夜から闘志を滾らせていた




 少々ペースが悪くなってきましたが、次回投稿は一週間後を目標に精進いたします。2015年もどうぞよろしくお願いします。ではでは


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話 映し出せ!ババからの最終試練

 あけましておめでとうございます、今年もネギドラをどうぞよろしくお願いします。


「さて、準備は良いか?」

 

「……はいです」

 

 占いババの館、その中にある大部屋

 

 普段は一同が食事の際に集いテーブルを囲うその場所に、真剣な面持ちでいる少女が一人

 

 綾瀬夕映は席についた状態で、目の前に置かれた水晶玉に手を伸ばす

 

(のどか、ネギ先生……)

 

「では開始じゃ、わしからの最終試練のな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の始まりは、十数分前に遡る

 

 占いババの館での生活が始まり、今日で二週間

 

 夕食も終わり、夕映は朝倉と共にその後片付けに勤しんでいた

 

「この生活も今日でおしまい、か……なんかあっという間だったかも」

 

「私はともかく、朝倉さんとさよさんはここに残ってもいいと思いますが……」

 

「夕映っち一人でみんなを探しに行かせるほど、私は無責任じゃないっての」

 

 水を流しながら皿をスポンジでこすり、汚れを落とし終えると朝倉は隣の夕映に渡す

 

 ここ占いババの館には食器洗い機なんて気の利いたものは無い、夕映はふきんを手に水気を拭き取る

 

「それに、ここから外に出た世界も見てみたいしね。明日から安全運転でよろしくっ」

 

「そっちがメインの理由に聞こえるんですが……まあ、一人後ろに乗せるだけなら問題ないです」

 

 この片付けが終わったら、部屋に戻り出発のための支度

 

 明日の朝にはここを出る手筈でいた

 

「あ、夕映さん朝倉さーん」

 

「ん?どうしたのさよちゃん」

 

 そこへ二人を呼ぶ声が後ろから聞こえる、振り返るとさよがスイスイと浮遊したまま接近

 

「えっと、夕映さんを大部屋に呼んでこいと占いババさんから言われて」

 

「私を、ですか?」

 

「はい、片付けは朝倉さん一人に任せてさっさと来いって」

 

 現在夕映達がいる厨房は大部屋の隣で、移動に十秒とかからない

 

 言付け通り残りの作業を朝倉に任せ、夕映はさよについていく形で大部屋まで移動した

 

 既に食器類は移動させた後であり、テーブルにあるのは中央の燭台のみ

 

 その筈だったが、片付けの際無かった物が新たにテーブル上に置かれていた

 

 占いババが普段移動や占いの際に用いる、あの巨大水晶玉だ

 

「ふむ、来たか。とりあえずわしの隣に座れ」

 

 席についているのは占いババ一人、水晶玉の前に陣取っている

 

 その隣の席に夕映は進み、腰を下ろす

 

「……今日で二週間、確か仲間を探しに行くんじゃったな」

 

「はい、今日まで本当にお世話になりましたです」

 

「まったくじゃ、いきなり魔法を教えろと土下座してきた時は驚いたわい」

 

 あっという間の二週間、朝倉の言うとおりだった

 

 あの日の出来事は二人共、まるで昨日のことのように鮮明に思い出せる

 

「まあいい、本題に入るぞ。お主が探している仲間というのは……こやつらで間違いないか?」

 

「!?」

 

 回想もそこそこに、占いババは話を本筋に戻す

 

 目の前の水晶玉に手を伸ばし、数秒と経たずある映像を映し出した

 

 それは二週間ぶりに目にすることになる、夕映にとって代え難い大切な二人

 

 ネギとのどかの二人が、笑顔で顔を合わせている光景だった

 

「ネギ先生!のどっ……」

 

「ほい、おしまい」

 

 夕映が食い入るようにその像へ顔を迫らせると、占いババは手を水晶玉から離す

 

 二人の姿は消え、夕映の声も詰まるように止まった

 

 どうして消すのか、そう訴えるような目を占いババに向ける

 

「……続きが見たいなら、お主自身の力で見ることじゃ」

 

「え?」

 

 ネギ達の場所が知りたいなら、占いババに直接占ってもらえばいいのではないか

 

 館でのタダ働きを始めてすぐの頃、朝倉が考えたことである

 

 実際そうしてもらえれば、夕映は箒で飛べるようになるだけで問題が解決する

 

 しかし朝倉が頼んでみたところ、即刻却下されていた

 

 “タダ働きを延長するから占ってくれじゃと?たわけ、この前提示した二週間がどれほどサービスしてやったかわからんのか?本来ならむこう三年ほど働かされても、文句は言えんのじゃぞ”

 

 正規の占い料は当然払えず、闘技場戦士と戦うだけの戦力も無い

 

 結局のところ夕映が修行で力をつけること以外に方法が無い、そのことを上記の一件で朝倉は、そして彼女から伝え聞かされた夕映とさよは認識していた

 

 にもかかわらず占いババは、ネギ達の場所を水晶玉に映した

 

 相応の理由がなければ有り得ない事であり、実際それは目の前に存在していた

 

「この二週間でどれほど力をつけたか、確かめさせてもらおうかのう。何も無しならともかく、ヒントとして断片的に見せてやったんじゃ、それとわしがいつも使っている水晶玉も貸してやる。これはかなりの大サービスじゃぞ?」

 

「つまり、今からやるのは……」

 

「まあ言うなら、わしからの最終試練といったところかの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして今に至る、既に夕映は詠唱を開始し水晶玉へと魔力を込めていた

 

「プラクテ ビギ・ナル……」

 

 魔力によって水晶玉に淡い光が灯り始める

 

 中心には白いもやのようなものがかかり、先程まで透けて見えていたテーブルの向こう側は隠れてしまう

 

 ここにお目当ての像が映し出されれば、合格となる

 

(ぐっ、やはりさっきの映像は現時点のものでは……とすればヒント付きとはいえ、かなりの難易度です)

 

 夕映は表情を苦くする、理由は映し出そうとする像の種類にあった

 

 夕映が占いババから学んだ占術魔法は、大きく二つに分けられる

 

 『離れた場所を映す』と『今と違う時間を映す』だ

 

 例えば、失くした指輪を見つけて欲しいと頼んだ客がいたとする

 

 この時占いババが水晶玉に映すのは、現在失くした指輪がある『離れた場所』

 

 例えば、今の恋人と上手くやれるかと相談しに来た客がいたとする

 

 この時占いババが水晶玉に映すのは、将来の二人がいる『今と違う時間』

 

 特に前者は基礎中の基礎にあたり、後者をやるにあたっても併用することが多い

 

 習い始めに課せられた『箱の中身を映し出せ』というのも、分類上前者に該当する

 

「ほれほれどうした、一向に映らんぞ」

 

(落ち着くです、さっき見た映像をもう一度頭の中に……)

 

 したがって『今と違う時間』の『離れた場所』を映そうとした場合、難易度は跳ね上がる

 

 これまでの修行で何とか使えるようになったとはいえ、占いババと比べれば天地の差

 

 0から映そうとすれば半径十数キロ、時間も一時間前が限度でその上未来視はほぼ出来ない

 

 そのことは占いババも知っている、知っている上でこの最終試練を提示してきた

 

(さっきのヒントで足りない実力をどこまでカバー出来るか、どこまで自分の力に出来るか……これはそういう試練ということですね?)

 

(そうじゃ。見せてみい、お主の力を)

 

 引くわけにはいかない、かつてアックマンに言った言葉が頭をよぎった

 

 “ですが魔法指導は別です、私はそれに見合う対価を今もろくに占いババさんへ返せていないです”

 

 試練に打ち勝つこと、つまりはこれまでの占いババの教えを無下にしないこと

 

 これが今自分に出来る唯一のお返し、そう考え映は決意を固めた

 

(未来視魔法の知識そのものは、占いババさんからの教えとアーティファクトで頭に入ってはいます。あとはそれを、どこまで使えるか……)

 

 その間も魔力を注ぎ込むことを忘れない

 

 そうしていると水晶玉の中に黒い影、像が形として現れた

 

「あっ!夕映さん!映ってます映ってます!」

 

(まだ、です!鮮明な形として映らない限り成功とは言えません!)

 

 後ろで眺めていたさよが嬉しそうな声をあげるが、夕映は表情を崩さない

 

 映っているのはただの影法師が二つ、ネギやのどかだと分かる材料は殆ど無く背景も映らない

 

(これじゃ頭の中に残っている記憶映像の劣化コピーでしかないです、目指すべきは更にその先!)

 

 ネギ達を探しに行けるだけの詳細な情報、それが得られるだけの鮮明な像を望んでいた

 

 さっき見た単なる一枚絵のような像でなく、本物の映像を

 

(そして私も、二人と一緒に……そうです、今から私が映さねばならないのは、これから起こる現実なんです!)

 

(……むっ?)

 

 夕映の目が大きく見開かれ、手から放たれる魔力の大きさが目に見えて増した

 

 まるでつっかえが取れたように、先程より勢いよく魔力が水晶玉へと注がれる

 

 変わったのは水晶玉の中身、映し出される像もだ

 

「わぁー、綺麗に映ってます!ネギ先生とのどかさ……あれ?」

 

(そう、これが……これから起こる私達の未来!)

 

 二つの影法師に色がつき、形が鮮明になり、ネギとのどかだという判別が容易についた

 

 しかしそれだけではない、もう一つ見過ごせない重大な変化がある

 

 映っている像が、二つから三つに増えていた

 

「これって……」

 

(……ふむ、ついにやりおったか)

 

 三つ目の像の正体は、さよが思わず目をやったその先に有り

 

 水晶玉に映し出された新たな姿

 

 それはネギ、のどか、そして夕映の三人が、先程以上の笑顔で再会を果たしているというものだった

 

(あとは場所です!全体を引いた構図にして、正確な位置を……っ!こんな、時に……)

 

 この未来を現実とすべく、夕映は仕上げに入ろうと映像を操作する

 

 と、ここで普段聡明な彼女の思考に、水晶玉の中とはまた別のもやがかかった

 

 加えて魔力の放出量が徐々に減っていくのも見てとれる、そうとすれば理由が明らか

 

(ドリンク……いや、ここで手を離し……消え……あと少しで……)

 

 魔力切れ、しかも補給行動をとることは現状不可能

 

 引き返せないことを覚悟していた夕映は、残る魔力だけで突き抜けることをぼやけ始めた思考で決定し実行する

 

(何か、文字だけ……でも……っ、見え……)

 

「夕映さん!頑張ってください!」

 

 魔力の消耗に伴い水晶玉の映像にも陰りが見え始めた、残された時間は少ない

 

 必死の思いで夕映は映像を動かす、どこかの島に居るようだが外景だけでは何処かわからない

 

 そんな中、アーチらしきものに文字が書かれてるのを見かけ、ぼやける視界の中でそれを読み取った

 

(天下一……大武……道……会……)

 

 読み終えたと同時に、夕映の目に映る映像はプツリと途切れる

 

 それは水晶玉への魔力が途切れたからであり、そして彼女自身の瞼が落ち切ったからであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んーと、つまり夕映っちはネギ君達の場所が占えたってこと?」

 

「左様、魔力の使い方に難有りじゃが、まあギリギリ合格点としてもよかろうて」

 

 朝倉が片付けを終えて駆けつけたのは、夕映が気を失ってすぐのことだった

 

 大部屋に入ってみれば、夕映がテーブル上に突っ伏してダウン

 

 そんな状況下では、さよや占いババに問い詰めずにはいられなかった

 

 一通りの事情を聞き終えると、ホッとした様子で朝倉は笑みを見せる

 

「けど良かった、ネギ君や本屋と合流の目処が立ったってのは、かなりの進展だもんね」

 

「私も早く、皆さんと会いたいです」

 

「でさ、ネギ君達とは何処で再会出来ることになってんの?」

 

「え?すみません、細かいところまでは私も見てなくて……夕映さんが目を覚ますまではちょっと」

 

「ここじゃよ」

 

「「?」」

 

 朝倉とさよのちょうど間に、一枚の紙がスッと差し出された

 

 朝倉はそれを手にとり、内容を読み上げる

 

「なになに、『天下一大武道会開催!栄光をこの手で掴み取れ!』……ふんふん、そんで場所と日時が……ってあれ?」

 

 何かおかしい

 

 ある程度目を通したところで朝倉は疑問符を浮かべた

 

「……あのさババさん、夕映っちがネギ君達の場所を占ったのってついさっきなんだよね?」

 

「そうじゃ」

 

「なのにその場所のチラシを今ババさんが持ってて……」

 

「うむ」

 

「その大会の開催日が、ちょうど私らのタダ働きが終わった日の翌日で……」

 

「うむ」

 

「…………」

 

「ほれ、さっさとこいつを連れて部屋に戻って寝ろ」

 

 つまりは、そういうことだった

 

 朝倉はこれ以上の追求はやめ、夕映の腕を肩にかける

 

 何にせよ明日の支度をしなくてはいけない、夕映も明日まで起きそうになく彼女の分まですることになりそうだ

 

「あの朝倉さん、さっきの話はどういう……」

 

「ん?いいのいいの、さよちゃんは別に気にしなくて」

 

 さよからの問いを苦笑いで受け流し、朝倉は部屋を出た

 

 そして一人残された占いババ

 

「おーい婆さん、明日のことなんだが……って、何だその顔」

 

「どうかしたのか?」

 

(なんであん時の嬢ちゃんと同じような顔してんだよ……)

 

 あとから大部屋に立ち寄ったアックマンによれば、暫くの間したり顔でいたという




 アスナ達とのどか達と茶々丸達、残り3つ書いたら大会編突入です、なんとかペースを守って2月までには入りたいところ。
 次回も一週間後を予定しています、ではでは。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40話 三者三様 それぞれの大会前夜

 年度末が近づき忙しくなったためか、予定から大幅に遅れてしまいました。すみません


 

 西の都、カプセルコーポレーション研究室に少女が一人

 

 これまで二週間、毎日欠かさず足を運び作業を続けていた

 

 今は顔に遮光面をあてがい、右手にハンダを持ち溶接作業に勤しんでいるところ

 

「ふっふっふ、いよいよ大詰めですね。あとは設計図通りに……」

 

「ハカセー、そろそろ明日の支度しろってブルマさんが……って、まだやってんのそれ」

 

 そんなところを彼女は、葉加瀬聡美はクラスメイト早乙女ハルナの入室によって作業を中断された

 

 ハンダのスイッチを切って遮光面を外し、やや不満そうな顔で葉加瀬はハルナと顔を合わせる

 

「もータイミング悪いですよ早乙女さん、もう少しで終わるところだったのに……」

 

「ハカセの言う『もう少し』ってのは、十分二十分じゃ済まないじゃん」

 

 ハルナはもう数歩中に踏み入り、研究室内を見回した

 

 あちこちに散らばる鉄片、工具、部品

 

 今朝ここを訪れた時はもう少し片付いていたはずなのだが、半日足らずでここまでとは恐れ入る

 

 そんなことを考えながら、台上に置かれた一本の腕に目をやる

 

「ところでさ、そんなに凄いわけ?この茶々丸さんの強化パーツってのは」

 

「凄いなんてものじゃありません、見てくださいこれを!」

 

 葉加瀬が横にあるパソコンに手を伸ばしてキーを叩き、ある画面を表示させた

 

 体表が網目状にレンダリングされた人体図で、そこから腕の部分にカーソルを合わせアップで写す

 

 より詳しい構造が書かれた設計図のような画面になり、葉加瀬はまくし立てるように語り始めた

 

「これはそこにある右腕のものでして……ここ!ここのパーツです!手首の可動を補佐するものなんですが、軽量性動作性耐久性諸々が今の茶々丸のそれとは比べ物になりません!」

 

「ちょっ、ハカ……」

 

「さらに特筆すべきは、動力に対するパフォーマンスの良さ!茶々丸の動力は魔力なのでやや勝手が違ってしまうんですが、それを差し引いても相当のパワーを発揮出来ます!いやー、魔力作動に対応出来るよう、こちらでオリジナルの調整をしたのが一番骨でしたよ……」

 

「いや、もうい……」

 

「そ・し・て!これら全体を覆う表面装甲!防御性能は計算上、超さんの未来技術と魔力を合わせた今のものより数段上!しかもこれに魔力による強化も加えれば、今までの茶々丸とはまるで別物の強さに……」

 

「ストーーップ!もういいからハカセ!」

 

 止めるタイミングを数回逃した後、ようやく葉加瀬の語り口を半ば無理やりだが止める

 

 手を両肩に置き顔を迫らせ、確実に声が耳に入る距離から静止の言葉をかけた

 

「え?しかしこれ以外にも両足や中核部の装置が……」

 

「い・い・か・ら!」

 

 工学的な知識を持たないハルナにとって、これ以上踏み込んだ話となれば理解も出来ず苦行となるのは自明の理

 

 それにここへ来たのはハカセを連れ戻すためである

 

 ここに長居すればするほど向こうのペースに呑まれ、手こずることになりそうだ

 

 そう確信したハルナは、強硬手段に打って出ることに決定

 

「(これなら始めからブルマさんが呼びに行けば良かったのに……)アデアット」

 

「あ、またお手伝い用のゴーレムですか?って、ちょっとちょっと早乙女さん!」

 

「はい回収ー」

 

 ゴーレム数体がかりで担ぎ上げ、葉加瀬を運び出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、こんなもんかしらね」

 

「すみませんブルマさん、色々手伝っていただいて」

 

 ハルナが葉加瀬を呼びに行ったのと同時刻、こちらでは既に支度を完了させていた

 

 トランクスが参加する天下一大武道会、その会場へ向かうための支度

 

 会場は海沿いにあり、西の都からは飛行機での移動となる

 

 一種の日帰り旅行のようなものだ、荷物を詰めた小型のポーチをのどかは両手で持った

 

「いいのよのどか。なんせ明日は……だもんね」

 

「はい……」

 

 押さえつけるように、ポーチを胸の上で強く抱く

 

 そこから数秒口をもごつかせた後、のどかはゆっくり口を開いた

 

「……ネギ先生と、会えるから」

 

 未来のトランクスがこの時代にやって来たあの日

 

 ブルマは電話で久しぶりに、パオズ山のチチに連絡を取っていた

 

 悟飯の大会参加の是非、それを確認するためだ

 

 結果彼だけでなくピッコロの参加を知ることができ、加えて非常に有益な情報も得る

 

 ネギ達の存在、そして今度の大会に悟飯と共に姿を見せるということ

 

 それを聞いた当時ののどかの様子は、ブルマは今でも鮮明に思い出せる

 

 あの時は安堵・歓喜諸々の感情が合わさり、その場で膝を折り涙を両目から零していた

 

「私も気になるわね、のどかがここまでゾッコンなネギ先生がどんな人なのか」

 

「も、もうっ、ブルマさん……」

 

「はーい、ハカセ連れてきましたよー」

 

 そうしている間に、ハルナが葉加瀬を連れて戻ってきた

 

 彼女の分を済ませたら、もう今夜はやることはない

 

 明日に備えて寝るだけだ、一同は最後の支度に動いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アスナ、そろそろ寝た方がいい。明日は早朝から会場まで飛んで移動するからな」

 

「あ、はい。すみません天津飯さん」

 

 場所は西から、北へ

 

 北エリアの山奥で拳と蹴りを空に放つアスナ、そんな彼女のもとに天津飯が歩み寄る

 

 額や首にうっすらと浮かぶ汗をタオルで拭いながら、アスナは彼の方を振り返った

 

「それにしても、本当に良かったのか?あのままお前の仲間達と合流しなくて」

 

「いいんですっ。あの時も言いましたけど、ネギには同日まで内緒にしてびっくりさせてやりたいし、天津飯さんの修行のお手伝いは大会前の最後までしたかったですから」

 

 日時は一昨日の朝まで遡る

 

 カリン塔を登り切ることに成功したアスナは、数日前から天津飯と天界での修行を行っていた

 

 カリン塔より更なる高所であるここは一層酸素も薄く、組手一本やるにしても強い負荷がかかる

 

 実力を高めるにはうってつけの場所、そうアスナは確信

 

 いっそのこと大会前日までいようかと考えていた時、ピッコロ達はやって来た

 

“楓さん!?それに刹那さんも!”

 

“アスナさん!ご無事でしたか!”

 

 アスナや刹那からすれば感動の再会、顔を合わせるやいなやすぐに抱擁を交わす

 

 楓も抱きつきこそしなかったが、笑みを見せ二人の様子を眺めていた

 

 しばしして落ち着きを取り戻すと、これまでの経緯をアスナと刹那は語り合う

 

 とは言っても、実は大体のことをアスナは把握していた

 

 下界を見下ろす力を持つ仙猫カリン、そして地球の神デンデ

 

 ここ数日で知り合った二人に下界を見てもらい、見つかった範囲で仲間達の現状を既に教えてもらっていたのだ

 

 大会に向けて修行に励むネギ達や古、あとはハルナや茶々丸の存在も確認済み

 

 上記の者らに共通することは、今度の大会において合流の目処が立っていることだろうか

 

 そのことを刹那にも伝えると、多くの面々の無事が知れたたためか、向こうもどこかホッとした様子を見せた

 

 それから少ししてピッコロから、楓達が今から特別の修行メニューを行うためこれ以上相手は出来ないこと、そして明日にはネギ達を連れてくるかもしれないことを聞かされる

 

 これを受けてアスナが下した決断は、『ここでの修行を今日中に打ち切る』

 

 カリン塔まで来る一因となったランチは既に元いた山から姿を消している、そうカリンから先日聞いてもいた

 

 ネギ達と近い内に会えることが確定していることとも併せ、ネギが来る前に山へ戻ることを天津飯に提案

 

 刹那達と大会での再会を約束し、ほどなくして天界を降りたというわけだ

 

「まーあえて言うなら、特別の修行メニューが何か気になったってことくらいですかね。一緒に参加してみたい気持ちも若干あったんですけど」

 

(わざわざ天界まで来て特別な修行、か。アスナにはまだ早いと思って教えなかったが、もしや……)

 

 楓達の行動に思うところがあったが、天津飯は口には出さない

 

 一方でアスナは動きを止めたこともあってか、北国の夜山の寒さにその身を軽く震わせていた

 

 確か今日の夕食のスープがまだ残っていたはず、餃子達の所まで戻り火を通してもらえば身体も暖まるだろう

 

 そう天津飯が教えてやると、アスナは一礼をしてこの場から離れる

 

「……まさかピッコロ達も出るとはな。一武道家として、今から楽しみになってきた」

 

 拳を握り、天津飯は天界のある上空を見上げた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っでやああああー!」

 

「お見事、しかしまだ隙が大き過ぎかと」

 

「えー!?」

 

 場所は北から、東へ

 

 ミスターサタン邸のトレーニングルームで、汗を流す少女がいた

 

 サタンの一人娘ビーデルの攻撃を、茶々丸は最低限の動きで捌く

 

 今しがた受け止めた蹴りのキレと威力を賞賛する一方で、時折垣間見える攻撃時の隙を指摘

 

 不満そうな声をあげるビーデルに、茶々丸は言葉を続けた

 

「多くの格闘技に言えることですが、威力の高い技はそうでないものと比べ隙が生じやすいものです。それをどこまで突き詰めて減らしていくか、また、使いどころを誤らず戦えるか……ビーデル様が強くなれるかは、それ次第です」

 

「……うん、わかったわ茶々丸!私もっともっと技を磨く!」

 

「とはいえ今夜はもう遅いですし、明日は大会もあります。切り上げましょう」

 

 これにビーデルは大きく頷くと、茶々丸と共に器具の片付けを開始した

 

 まだ一週間と経っていない両者の師弟関係だが、屋敷の使用人やサタンの弟子からは『まるで姉妹のよう』と評判、良好な関係を築いているようだ

 

「明日はお互い、頑張りましょ!」

 

「はい、私もビーデル様の御健闘をお祈りしています」

 

 明日開かれる天下一大武道会、これにはビーデルも腕試しの一環として参加を決めていた

 

 加えて、オープン参加なのだから一緒に出ようと彼女にせがまれ、やや流され気味の形だが茶々丸も一応ながら参加を表明

 

 名目上、茶々丸は『サタンがわざわざ遠くからスカウトしてきた弟子』という風に周囲から認知されている

 

 あの道場破り紛いの殺し屋を追い返したのは記憶に新しく、思わぬ優勝候補の登場かと参加決定時はサタンの弟子達の間で少々騒がれた

 

 しかし彼ら以上に心中穏やかでない者がいることは、外からこっそり窓越しに様子を伺っている彼の姿を見れば明らかだろう

 

(えええ、えらいこっちゃ……このままじゃあの子が優勝して、私と戦うことになってしまう)

 

 ミスターサタンは明日起こり得る光景を頭に浮かべ、顔を青くしていた

 

 天下一大武道会の優勝者には、賞金一億ゼニーと世界温泉巡り旅行

 

 そしてもう一つ、格闘技世界チャンピオンであるサタンへの挑戦権が与えられる

 

 茶々丸の実力については、過去に自身を圧倒した桃白白とのあの闘いを観たため完全に把握済み

 

 試合をすれば負けることは明らか、向こうが加減を誤ればあの戦闘力だと大怪我もあり得る

 

 かといって変に八百長を持ち掛けても、ビーデルに疑われる危険性が高い

 

(しかしどうする?当日腹が痛いと言ってうやむやに済ますか?だが……)

 

「サ・タ・ン・さ・まー」

 

「んおおっ!?」

 

 チャンピオンのプライド、自身の命、父としての威厳

 

 あらゆるものが天秤にかかり、どれも完全には傾ききらずガタガタと揺れ続ける

 

 何か案はないか、そう頭を悩ませていたところへ後ろから声がかかった

 

 膝上十センチ前後のミニスカートを擁したメイド服にエプロン、そしてカチューシャを着用

 

 サタン専属メイドの長谷川千雨は、声高らかに彼を呼びすぐ横まで駆け寄った

 

「ち、ちうちゃん?」

 

「サタン様、もう名前を覚えてくださったんですか?ちう、とーっても幸せです!」

 

 サタンの前では『ちう』として振舞うと決めている彼女は、笑みを決して崩さない

 

 そのまま、サタンを探していた理由、伝えるべき要件を話す

 

「あ、いっけなーい、大事な用があって来たんでした」

 

「大事な用?」

 

「はいっ、サタン様にお客様です。ただいま客間で、天下一大武道会のプロデューサーさんがお待ちになっています」

 

「そ、そういえば、大会の最後の打ち合わせがあったんだったな。分かった、今から向かおう」

 

「すぐにサタン様のお飲み物もお持ちしますね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから十分程か、千雨はカップとポットを乗せた盆を手に客間へと入室した

 

 テーブルを挟み、サタンともう一人の男性が向かい合い会話を交わしている

 

 明日行われる大会、天下一大武道会のプロデューサーだ

 

「お待たせしましたサタン様。あ、お茶のおかわりお淹れしますね」

 

「ああ、すまないね」

 

 お茶の淹れたカップをサタンの前に置き、プロデューサーの空のカップに新しくポットからお茶を注いだ

 

 勿論ここでも、千雨は『ちう』を崩さない

 

 プロデューサーは千雨と一度言葉を交わすと、彼女がお茶を淹れるのを横目に再びサタンと話し始めた

 

「それで、次は決勝戦ですね。準決勝終了から少々時間がかかりますので、その間に銀河戦士役の方々には地下への移動、配置を完了してもらいます。運営スタッフの同行は最小限、細かい指示はインカムを使います」

 

(……銀河戦士役?何の話してんだ?)

 

 二人の手にそれぞれ収まっている数枚綴じの資料、プロデューサーが新たにページをめくり説明する

 

 新たに淹れたお茶を置くと、千雨はプロデューサーの資料をさりげなくだが覗き込んだ

 

 その後のプロデューサーの説明も耳に入れ、大まかな内容を把握する

 

(成程、な……ようはプロレス的なアトラクションか)

 

 『今回の大会のため東西南北の銀河から特別に来てくれた、ぶっちぎりの戦士達』

 

 上記のような肩書きで出場者とは別に、四人の人物が大会の途中で参加する

 

 とは言っても本当に各銀河から呼ぶわけではない、その正体は派手なメイクで素顔を隠したサタンの弟子達だ

 

 出場者同士の試合とは別に彼らとのカードも組むことで、大会の進行の中だるみを防ぎ、単なる試合とは違った面白さを観戦客に提供するという試み

 

「メイクや衣装合わせの最終確認は明日の早朝、こちらへスタッフが伺います」

 

「うむ。こちらも四人の選出は済ませてあるし、大会に出場できないことも納得してもらっ……」

 

 当然ながら、銀河戦士役の者は正規出場者として大会に参加はできない

 

 銀河戦士が出るところまで勝ち進めばブッキングが起こるし、かと言って敗退者の中から見繕おうとすれば大会前のお披露目が出来ず衣装やメイクの準備が大変になる

 

 そういうわけでサタンも弟子の中から銀河戦士役を選ぶ際には、幾らか慎重になり相応の見返りも用意しておいた

 

(……あぁ~~っ!その手があったか!)

 

 そのことを思い返すと同時に、サタンはある案を頭の中で閃かせた

 

 残された時間を考えると実現可能かは分からない、けれど目の前にプロデューサーがいる以上聞いてみる価値はある

 

 サタンは身を乗り出し、プロデューサーにある提案を持ち掛けた

 

「プッ、プロデューサー!その銀河戦士なんだが、今から一人交代させることは出来んか!?」

 

「え?」

 

 現在時刻は午後十時

 

 半日後、天下一大武道会 開催!




 それぞれ単体で一話分の内容が書けず、三つまとめて一話になりました(キリよく40話になったのは偶然です)。
 次回から大会編突入ですが、おそらく次も一週間以内の投稿は厳しいです。多分月末か2月の頭までお待ちいただくことになるかと。
 ではでは


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天下一大武道会編
第41話 天下一大武道会開幕! 集結する仲間たち①


 長い間お待たせしてすみませんでした。新章開始と同時に、連載再開させていただきます。


 時刻は午後八時過ぎ、まだ朝が訪れてそう時間が経っていない頃

 

 快晴の空の下で日光に照らされるアーチが一つ、そこに書かれている文字は

 

 『天 下 一 大 武 道 会 』

 

 ここはその開催会場、バトルアイランド

 

 港の沿岸部分から長く延びる人工路の先にある、浮島のような会場だ

 

 開始時刻まで二時間を切り、朝方ながら近くには人が次々と集まってきていた

 

 既に港で出店が数店立ち並び、販売の準備を整えている

 

 大会開催に伴い港内でのこういった営業許可もとっているようで、港を含めた全体を『会場』と称していいかもしれない

 

 とはいえまだ時間があるのも事実、賑わいを見せるほどには至らない

 

 そのため南方から飛来する二つの人影、それが港からやや離れた場所に降り立つ様子を見た者はいなかった

 

「着いたアルー!」

 

「へー、凄えやこりゃ……会場の大きさは本家の天下一武道会の上をいくぜ」

 

 程なくして、同じ山吹色の道着を身につけた男女二人が会場に足を踏み入れる

 

 古はここまで飛んで来た達成感に声を弾ませ、クリリンは初めて目にする会場の大きさに舌を巻いていた

 

 二人は早朝カメハウスを出発し、ここまで舞空術で移動

 

 亀仙人は知り合いと合流してから会場に向かう手筈となっており、現在は別行動中である

 

「クリリン、ボサっとしてないで早く受付を済ますアル!ホラホラ」

 

「おいおい古、焦るなって」

 

 長時間の移動で少なからず気を消耗し疲れているはずなのだが、古はいつもと変わらぬ明るさでクリリンを引っ張った

 

 古は到着してすぐに受付を発見していたが、こんな時間のためか自分ら以外の参加者はいない

 

 並ぶ手間もなくクリリンは渡された用紙に名前を書き、登録はすぐに完了した

 

 持っていたペンを古に渡し今度は彼女の番、終わるのを待ちながらその間に辺りを見回す

 

 受付周辺にはいなかったが、会場全体ならどうだろうか

 

 そう思って探してみたが、参加者らしき姿は一つも見られない

 

「……あのー、もしかして俺達が一番乗りだったりします?」

 

 こんな早い時間に彼らが会場入りしたのは、移動時の古の消耗の回復を考えてのことだった

 

 移動中も海上で『参加者の中で一番最初に着くんじゃないか』と話していたことも思い出す

 

「いえ、少し前に三名の選手が登録しにいらっしゃいました」

 

「あ、そっすか」

 

 しかし受付の者に尋ねてみたところ、どうもそうではないらしい

 

 少しして古が書き終えると、今度は二枚の番号札を手渡された

 

「予選の際に必要となりますので、なくさないようお願いします。時間までには選手控え室にお集まりください」

 

 五センチ四方ほどの大きさの紙で、それぞれに『4』と『5』の数字

 

 番号自体は、受付を通した順番に則しているようだ

 

「てことは、その三人が最初に来たわけだ」

 

「むー、一番乗りは先を越されたアルか……」

 

 ひとまずこれで、古の体力回復を除けば予選開始まですることはなくなった

 

 番号札を受け取った二人は受付をあとにして、海の上の人口路を進み会場へと向かう

 

 控室の場所や周囲の施設を把握するのが目的で、そのあと近くを散策するのも面白い

 

「よーし着い……おおっ、やっぱ広いな」

 

「あっちにはでっかいモニターアル!」

 

 そう考えながら入口をくぐると、まず目に入ったのが大きく広がるロビー

 

 明るい黄色の床が一面に貼られ、古の言う通りそこかしこにモニターも設置されている

 

 映されているのは無人の試合場、外に出ずともここから試合を観戦できるというわけだ

 

 中央が吹き抜けた形で二階もあるようで、上がるための階段とエレベーターもすぐに見つけられた

 

「んー?けど控え室はどこアル?」

 

「どうも俺達、観客用の入口から入ったみたいだな」

 

 しかし肝心の、真っ先に確認しておこうとした控え室が見当たらない

 

 建物内を少し歩いて運営スタッフらしき人物を見つけ尋ねると、やはり選手用の入口が今入った所とは別にあるらしい

 

 受付で貰った番号札を許可証代わりに使うようで、なるほどと思いながら二人は来た道を引き返す

 

 そしてその途中でクリリンはある物を目にし、足を止めてポケットに手を入れた

 

「そうだ古、休みなしで飛んでて喉乾いたろ。そこの自販機で飲み物買ってやるよ」

 

「おっ!サンキューアルクリリ……」

 

 建物内には、外の出店とは別にジャンクフードの店やカフェも内設されていた

 

 しかしまだ開店はしておらず、その一方で自動販売機は既に稼働中

 

 クリリンの指差した方向にそれはあり、古は指を追うようにしてその先を見る

 

 自販機のすぐ近くには、買った飲み物をその場でくつろいで飲めるようにかベンチが設置

 

 そこにまだ早い時間ながら座る運営スタッフでない二人組を見つけ、古の言葉は途中で止まった

 

 遠目からでもよくわかる桃色の髪を小さく両サイドにまとめ、缶ジュースを傾ける少女が一人

 

 その髪を見ただけでも九割がた彼女と言い切っても良く、横顔を見てそれは完全な確信へと変わった

 

「……まき絵アルか!?」

 

「え!?くーふぇ!?」

 

「……?」

 

 こちらを向いた顔は間違いなく彼女のそれで、互いに名前を叫ぶとすぐ駆け寄る

 

 まき絵の隣に座っていたもう一人、餃子は何のことやらといった様子でポカンとした顔のまま動かない

 

「良かったー!このまま誰とも会わなかったらどうしようって思ってたもん!」

 

「こっちも心配してたアルよー!」

 

 両者の距離がなくなると、手を握り歓喜の言葉を吐き出し合った

 

「おい古、もしかしてお前のクラスメイ……餃子!」

 

「あっ」

 

 遅れてクリリンが古のあとを追うと、古同様自身の知り合いの存在に気付く

 

 これだけでは終わらない、先程クリリン達が入ってきた正面入口が開き二つの足音がこちらへとやってくる

 

 内一つは、まき絵と共にいる古のことを視認するとすぐさま駆け出してきた

 

「古ちゃん!」

 

「アスナもアルか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、そこから少々時は進み場所は変わる

 

 天下一大武道会会場へ向けて、海上を移動する者が一組

 

 本来海上を移動するのであれば、大抵用いるのは船か飛行機

 

「おおっ、速い速い。前見たときより速くなってんじゃん」

 

「あれ以降も特訓は続けてたですから。そろそろ到着のはずです」

 

 しかし海上の少女三人が乗るのは、船や飛行機にあらず

 

 先頭の綾瀬夕映が魔法によって操る箒、それによって飛行を続けていた

 

 明朝に天下一大武道会の詳細を聞いた夕映は、朝倉とさよを乗せてすぐに占いババの館を出発

 

 さよは幽霊のため数えないとしても、朝倉を乗せたことで総重量はいつもの二倍強

 

 それでもこの二週間の鍛錬の成果か、夕映は相当な速さで箒を飛ばすことができていた

 

「それにしても綺麗ですねー。私、海の真ん中から見る景色なんて初めてです」

 

「私は前にいいんちょの飛行機で似たようなの見たことあるけど、直接見るのとじゃ段違いだねー」

 

 そんな速さにもかかわらず、乗り慣れている夕映や元々飛べるさよはともかくとして、残る朝倉にも怯える様子は見られない

 

 箒による飛行は、単純に『浮いた箒が飛ぶ』というだけではない

 

 鉄棒にまたがる場合を考えれば想像はつくだろうが、ただ浮いている棒状の物に跨ると左右のバランスを誤った途端すぐにひっくり返ってしまう

 

 そこで魔法使い達は箒で飛行するに伴い、多少横にぶれても落ぬよう魔力によって周囲に力場を作っている

 

 自分から降りようとするか、もしくは余程強い力が横から掛かりでもしない限り落ちることはない

 

 その説明を事前に受け、なおかつ適応力の高い彼女はすっかり慣れてしまっていた

 

「さて、占いババさんからいただいた地図によればそろそろの筈なんですが……」

 

 舵を取る両手のうち右手だけを残し、夕映は左手で地図を開いて確認する

 

 占いババの館を出発し、一行が飛んでいった方向は東

 

 左手側には中央エリア、東エリアと続く大陸の沿岸部が見え、ここを沿うように進めば目的地のバトルアイランドに着く手筈となっている

 

「……船や飛行機が随分と集まってきてますし、あそこがそうみたいですね」

 

 視線をうんと遠方にやり、各方角から人が来てると思しき建造物にあたりをつけた

 

 その間に同じ方向へ進む船の真上を通過するが、簡易的な認識阻害の魔法をかけていたため気付かれることはない

 

 ただし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……む?」

 

「ん?どうした爺さん?」

 

「今さっき、船の上を誰かが飛んでいったように見えたんじゃが……」

 

「クリリンは先に向かってんだし、ヤムチャあたりじゃねーの?」

 

「いや、あれはヤムチャでは……」

 

 例外が一人、船上にいたようではあるが

 

 ともあれ、ついにその日を迎えた天下一大武道会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーっし!そんならそろそろ出発やな!」

 

「悟飯殿、道中の案内お願い致す」

 

「はいっ」

 

 各人がそれぞれの思いを持ち、次々と集結していた




 次回も書き溜めが済んでいるため、数日以内の投稿を予定しています。明確な日時が決まったら活動報告に書くかもしれませんので、もしよければそちらにも足を運んでください。ではでは


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話 天下一大武道会開幕! 集結する仲間たち②

「サタン様、お飲み物のお代わりをお持ちしましたー!」

 

「おっ、ちうちゃんありがとう」

 

 天下一大武道会

 

 間もなく開始ということもあり、屋内屋外問わず観客席には次々と人が集まってきていた

 

 予選が始まる頃には、隣の者と肩を合わせるほどに賑わいを見せることだろう

 

 そんな、良く言えば賑やか、悪く言えば窮屈な空間とはまるで別の場所に、彼はいた

 

 先日臨時で雇い入れた専属メイドからジュースを受け取り、ミスターサタンは僅かに顔を綻ばせた

 

 手にしたコップを口元で傾けながら視線を正面に戻すと、その先に見えるのは大会の予選会場

 

 全部で八つあるステージを見下ろすような形で一望でき、まさに特等席と呼ぶにふさわしい

 

 いまサタン達がいる場所は、今大会のVIPゲストのためだけに用意された特別観戦席

 

 テーブルには昼前ということもあって様々な皿料理が並び、壁側には冷蔵庫もありすぐに飲み物やデザートを用意できる備え

 

 一人が摂る分にしてはやや量が多めにも見えるかもしれないが、この席に招かれたゲストはサタンだけではない

 

「いやーミスターサタン、いよいよですな」

 

 斜め後方に座る肥満体型の男が、サタンの名を呼んだ

 

 男性ながら胸元や両手に高価な装飾品をあしらえ、いかにも『富豪』という雰囲気を漂わせる

 

 天下一大武道会を開催するにあたりスポンサーとなった、VIPゲストの一人ゴージャス・マネー氏であった

 

「息子のドルが喜んでくれてるのは勿論ですが、なんでもミスターサタンの娘さんも参加されてるとか。御健闘を祈ってますよ」

 

 そもそも天下一大武道会を開く切欠となったのは、マネーの息子であるドルの誕生日

 

 プレゼントとして何がふさわしいかをわざわざ占いババのもとまで相談に出向き、結果としてサタンをゲストに迎えた催し物をしようということになったのである

 

 その当人のドルはサタンの隣に座り、ペットのカメレオンとの戯れもそこそこに、サタンと会えたことに対する喜びを噛み締めていた

 

 世間一般の認識では、サタンは地球の危機を救ったスーパーヒーロー

 

 そんな彼と始めに握手をした際のゴツゴツとした手の感触がまだ残っているのか、時折右手を閉じ開きしている様子が見られる

 

「は、はは、どうも……」

 

 サタンはマネーにビーデルについての話題を振られると、途端に表情が変わった

 

 あくまで『いつも通り』を保ったままにしようという意思はあるようだが、明らかに動揺を含んだ顔色を見せてしまっている

 

 サタンの専属メイド千雨は、表情こそ見れなかったが声色からサタンの違和感を確認

 

(あーあ、やっぱり気にしてら。そりゃ当日になってあんなこと言えば、怒っちまうのも無理ねえだろうに……)

 

 原因を知る彼女は周囲から顔を背け、『ちう』でなく『長谷川千雨』を表に出し呆れ顔で息を漏らした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではもうじき着陸です、皆さんはスタンバイをよろしくお願いします」

 

(……ビーデル様は、そろそろ控え室で支度を終えた頃でしょうか)

 

 会場に向かう一機の飛行機、その中から茶々丸は外を眺める

 

 バトルアイランドの姿が明確に映り込み、今しがた言われたように着陸までは秒読み

 

 身に纏う派手な装飾の衣服を辺りに引っ掛けぬよう気をつけ、その場から立ち上がると出口の方へ近付く

 

 その動きはいつもの茶々丸のような精密さをあまり感じさせず、どこか違和感を覚える

 

 原因は今しがた名前が挙がったビーデル、そして今の自分の状況であった

 

 昨日の晩、サタンに呼び出され頼まれた内容は『大会参加を辞退して運営側に回る』こと

 

 もう少し細かく言えば、『大会ゲストとして東西南北の銀河からやってきた、銀河戦士役を演じる』である

 

 地球外からやって来たことをアピールさせるためか、体表はパステルカラーで派手にメイク

 

 衣装も先述の通りかなり派手で、その出で立ちは頭部のアンテナがなければ彼女を茶々丸だと知り合いが認識するのに少々骨になりそうなほど

 

 ともかく、昨晩茶々丸は現在の主であるサタンの頼みを引き受けてしまい、既に自室へ戻ってしまったビーデルには今朝になってサタンと共に報告

 

 これが明らかに失策で、突然のことにビーデルは憤慨し碌な会話も出来ぬまま両者は離れることになってしまった

 

(相談もなしにいきなりは失敗だったようです。大会が終わったら、ビーデル様に謝罪しなくてはいけませんね……)

 

 回想を終えたのと同じ頃に機体全体がやや揺れ、着陸を知らせる

 

 ハッチが開き、エスカレーター状のタラップが出てくると茶々丸はそれに乗ってゆっくりと降り始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天下一大武道会の特別ゲストとして参加することになった、4つの銀河を代表するぶっちぎりの戦士がただいま到着しました!おおっと、早くも盛り上がっております!」

 

「はは、なんだよありゃ。さしずめ正体はサタンの弟子ってとこか?」

 

 コーラ缶を片手に、飛行機から降りてくる戦士達を見て笑う者がいた

 

 彼もまた、天下一大武道会への参加を決めていた選手の一人

 

 クリリン達のような舞空術での移動ではなく、優勝して賞金を手に入れるんだという自信の表れか旅客機に搭乗してこのバトルアイランドにやって来ていた

 

「うおっ、女の子もいるのか!?しかも結構可愛い……やっぱ地球の英雄扱いされると、美味しい思いが出来るわけか」

 

「あ、見つけたー!ブルマさーん!いましたよー!」

 

「お、ハルナじゃないか」

 

 そして彼、ヤムチャはタイミングよくハルナとの合流に成功する

 

 群衆の中でも、ヤムチャの着ている山吹色の道着はよく目立つ

 

 近付いてヤムチャの顔を確認すると、ハルナは振り返りブルマ達へと腕を振りながら呼び寄せた

 

 ハルナ達はブルマが所有する自家用機でやって来ており、つい先ほど降りてきたばかりだという

 

 ブルマ、のどか、葉加瀬と続き、ヤムチャの前に姿を見せる

 

「父さん達は家で留守番よ、ベジータもここには来てないから安心しなさい」

 

「そっ、そうか、なら良かった……お、トランクスも来てたのか」

 

「だぁー、あぁー」

 

 加えてもう一人、ブルマの腕の中でご機嫌そうな顔を見せる赤ん坊にヤムチャは目を向けた

 

 一年前に共闘した未来のトランクスとは別の、いわば現代のトランクス

 

 何度か遊びに来ていたことで顔を覚えているのか、ヤムチャと目が合うと声をあげ前方に手を伸ばす

 

 純粋無垢なその振る舞いにヤムチャは笑みを浮かべ、指を一本出して握らせてやった

 

「あれ?大会ゲストの銀河戦士とかいうのは……」

 

「ああ、さっき飛行機から降りてもう向こうに行ったみたいだぞ」

 

「ありゃりゃ、少し遅かったか……あ!」

 

 辺りをキョロキョロするハルナに今しがた起きた内容を教えてやり、自身の後方をサムズアップで示す

 

 賑わいを見せるここら一帯の中で、とりわけ彼らが通っている箇所は歓声が多くあがっておりわかりやすい

 

 大方偽物だろうと辺りをつけながらも一度は見ておきたかったハルナは、やや表情に後悔気味の色を出す

 

「おかえりなさいトランクスさん、結構早かったですね」

 

「おいおいハルナ、トランクスはここに……」

 

「選手自体の数は大したことなくてね……ヤムチャさんじゃないですか、お久しぶりです。もしかしてあなたもこの大会に?」

 

「……えっ!?」

 

 続いて出た言葉にヤムチャは『ん?』といった表情、指は後方を示しているが顔は赤ん坊トランクスがいる表面を向いたままだ

 

 しかし次に後方から聞こえた声に、思わず顔をひきつらせつつ振り向いた

 

「ごめんなさいねヤムチャ。私達が来たのは、あんたじゃなくてトランクスの応援をしになの」

 

「それとブルマさんが確認を取ったそうですが、孫悟飯さんとピッコロさんという方も出場するみたいです。トランクスさんが言うにはとても強い人みたいですけど……あれ?」

 

「……」

 

 目の前に、もう一人のトランクス

 

 横から聞こえるブルマと葉加瀬の言葉を最後に、ヤムチャの動きは完全に止まった

 




 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第43話 天下一大武道会開幕! 集結する仲間たち③

「おおっ!やぱり修行してたのは私やアスナだけじゃなかたアルね!」

 

「もし大会で当たった時は、よろしくでござるよ古」

 

 天下一大武道会、世界中から二百人超の武道家が集まった大規模な武道大会だ

 

 参加者は当然ながら殆どが男性、しかしあくまで全員ではない

 

 少数ながら女性選手も大会に参加しており、そのため控え室も女性専用のものが一室備えられていた

 

 現在そこにいるのは全部で六名、その内五名が知り合い同士という状態

 

「……にしてもいいんちょ、あんたよく参加する気になったわね」

 

「一応ながら修行をつけさせてもらった身ですし、駄目で元々の力試しといったところですわね……ただしアスナさん、あなたに負ける気はさらさらありませんので、そこはあしからず」

 

「前日に少し見せてもらいましたが、少なくともまほら武道会の時のアスナさんより力は上かと。油断しない方がいいかもしれませんよ」

 

 楓、古、アスナ、あやか、刹那

 

 女性選手用控え室で再会した彼女達は、予選開始が近づくのも忘れ会話を交わし続けていた

 

 ただし古とあやかを除く三人は数日前に神の宮殿で会ったばかりでもあり、それも含めた話が続けて展開される

 

「ということは、私がクリリンと修行してたのも見られてたアルか……」

 

「あくまでカリン様や神様からの伝聞だけどね、私が直接見たわけじゃないし」

 

「しかしこれで、皆さんの所在が大分判明したことになりますわね」

 

 この世界に飛ばされた可能性の高い者として、あやかはあの時超の周辺にいた面々が該当すると考えていた

 

 そして現在共に行動している者、他の者からの情報でこの世界での存在が判明している者を除外すると残りはかなり少ない

 

「夕映殿、朝倉殿、さよ殿……それに真名、超殿でござるか」

 

 基本的にカリン、デンデが確認出来たのは屋外にいた者のみ

 

 したがって修行中のネギ達や古やハルナ、各地を放浪していた茶々丸達(もっとも、聖地カリンで既にアスナは存在を聞いていたが)を見つけ、アスナ達に教えた次第である

 

 逆に屋内に閉じこもりっぱなしの者は、余程注意を向けぬ限りは見つけにくかった模様

 

 五月は古から、のどかとハカセはあやかから、存在をそれぞれこの場で報告されていた

 

「この大会で何か手がかりが見つかるといいんですが……あ、そうだアスナさん、多分そろそろネギ先生からカードの念話が来ると思います」

 

「え?」

 

“アスナさん、ネギです!聞こえたら返事をお願いします!”

 

「わっ!?ネギ!?」

 

 まだ見ぬ仲間達の話題になったところで、刹那があることを思い出しアスナに話す

 

 それとタイミングをほぼ同じくして、アスナの脳内にネギの声が響き渡った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よかった、刹那さん達と合流したんですね!はい、はい……そうだったんですか」

 

(おっ、アスナ姉ちゃん当たりか)

 

 大会が始まるまで一時間を切り、多くの人で溢れかえっている会場

 

 コタローは周囲の雑音をなるたけ排除するよう意識し、隣でパクティオーカードを片手に念話するネギの声に耳を傾ける

 

 数十分前に会場入りしたネギ達は、受付を済ませると数組に分かれていた

 

 まず先述の通り、楓と刹那とあやかは女性用控え室へ

 

 ネギ、コタロー、悟飯の三人は会場とその近辺を周り、今もこうしてネギの仲間達の捜索を行っている

 

 ピッコロはこの雑踏の中に身を置くことを良しとしなかったのか、予選時の再会を約束してどこかへ行ってしまった

 

 また今回、大会参加組はクリリンや天津飯らと同じく舞空術で会場まで移動

 

 残る非参加組の木乃香、カモ、チチは交通機関を用いてここまで来ている(牛魔王は悟天のお守りのため留守番のようだ)

 

「はい、また後で合流を……はい、わかってますって。それじゃあ」

 

「アスナ姉ちゃん、ここに来とったんか」

 

「うん、悟飯君の知り合いと一緒に。僕達と同じで大会にも出るって」

 

 ネギはパクティオーカードによる念話を切ると、コタローへ先ほど得た成果を伝える

 

 他の面々の捜索を第一にしたため今から即合流することは見送ったが、本当はすぐにでも会いたいのだろう

 

 コタローがそう推測するのは、アスナの無事を知ったことによる歓喜の感情がこれでもかとネギの顔に出ていたため実に容易だった

 

「さっきはのどかさんの無事も確認できたし、次のカードを……」

 

 パクティオーカードによる念話、これは本日アスナが二番目

 

 最初に使ったのはのどかのカードである

 

 『のどか、ハルナ、葉加瀬がブルマ宅に居候している』

 

 精神と時の部屋での修行を終え、大会前日になって久しぶりに悟飯宅へ戻ったネギ

 

 その時彼はこのことをチチの口から聞かされていた

 

 天下一大武道会の観戦に来るであろうことも知り、捜索となった際にも真っ先に彼女のカードを取り出していた

 

 念話の有効範囲には限りがあるが、お互いが会場内にいるならまず問題はない

 

 すぐさま両者間で通じ、嬉々としたのどかの声を聞くことができた

 

 こちらもアスナの時同様ひとまず再会を後に回しているのだが、なんにせよ着々と皆の所在がわかってきたのは嬉しい限り

 

 次なるパートナーに連絡をとらんと、ネギは新たにカードを取り出した

 

「んーと、残ってんのはあのチビ助に……」

 

「千雨さんだね。ひとまず千雨さんと……」

 

「ネギくーん!」

 

 ちょうどカードを額に当てようとしたところで、後ろから名前を呼ばれる

 

 つい数分前にも聞いた声、振り向く前からもうわかっていた

 

「あっ、悟飯君」

 

 三人で会場内を捜索と先程説明したが、正確に言えば『ネギ&コタロー』と『悟飯一人』の計三人での捜索とした方が正しかっただろうか

 

 悟飯はネギの念話のような、目標を探すための特別な手段は持っていない

 

 そのため悟飯は少々別方向からの捜索、詳しく言えば『会場に来ている知り合いを、気を探ることにより見つけて情報収集を行う』という手段をとることにした

 

 しかし予め決めていた合流時間より少々早い、何かあったのだろうか

 

「どうし……」

 

「ネギっ、先生!」

 

 そのことをネギが尋ねるよりも早く、悟飯の後ろから飛び出した一つの影が言葉を遮った

 

 一度に大量の情報が、ネギの頭の中を駆け抜ける

 

 正面に見えた紫がかった髪は、すぐに顔の横まで移動し頬を撫でた

 

 木乃香以来だろうか、年頃の少女特有の香りが鼻腔を通り抜けた

 

 背中に回された腕は力こそ少女相応のものだが、離してなるものかという意志がこれでもかと伝わった

 

 ほんの数分前に聞いた時よりも、口から漏れてくる声は涙声だった

 

「のどか、さん……」

 

 魔法先生ネギ・スプリングフィールド、そのパートナー宮崎のどか

 

 彼と彼を愛する少女、二人はこの場で再会を果たした

 

 そして、もう一人……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウーロン、どこにもピチピチギャルはおらんぞ~」

 

「何見てんだよ爺さん!武道大会観に来たんだろうが!」

 

 場所はやや離れる

 

 会場内に観客のため設置されたカフェ、そのすぐ横に建てられた細身の柱によじ登るサングラスの老人がいた

 

 青地にハイビスカスの模様が入ったアロハシャツを身に付け、下は短パンという老人らしからぬ風貌

 

 亀仙人こと武天老師は、同行者ウーロンの叱責も無視し周囲の観察を続ける

 

「そんなもん観なくても悟飯かトランクスの優勝に決まっとるじゃろうが」

 

 クリリンとは別に船に乗って会場までやって来た亀仙人は、チチやブルマとも既に顔を合わせていた

 

 悟飯やトランクスの参加もその時知ってしまい、クリリンの優勝の目が無くなったとわかると途端にこうして会場内での物色を始めてしまったというわけだ

 

 先程は描写を省いたが、ウーロンの他に女性である五月を連れているにもかかわらずである

 

「だったらDカップやTバックなギャルを探してじゃな……」

 

 亀仙人としてはブルマと一緒にいたハルナを『なかなかのスタイル』と評し結構気に入ったようなのだが、ブルマが目を光らせていたため変に手を出せず

 

 そこへ姿を見せた悟飯と共にブルマ達はどこかへ行ってしまい、美味しい思いは出来ずに終わっていた

 

 他に逸材はいないものか

 

 そんな願望を持ちつつ左右に首を振っていると、ある一人の少女を捉えることに成功する

 

「……いたぁー!」

 

 人混みの中でも目立つ赤毛

 

 それを後頭部の上の方で一括りにしており、固めの髪質と併せてさながらパイナップルのように見えなくもない髪型

 

 しかしそれ以上に亀仙人が目を引いたのは、彼女の抜群のプロポーション

 

(さっきの子と比べるとヒップはともかく、ウエストは細いしバストサイズも上じゃ。こりゃすごいわい)

 

 上記の内容はあくまで亀仙人の目測なのだが、ほぼ当たっているあたりおそろしい

 

 柱からすぐさま滑り降りると、声を掛けようと接近を試みた

 

 ちょうど焦った様子でこちらの方向へ走ってきており、両者の接触まで三秒とかかりそうにない

 

「ハーイ、お嬢さ……んお?」

 

「すっ、すみませんです!」

 

 しかし頭の帽子のつばに手をやり、持ち上げて軽やかな挨拶をしようとしたその時

 

 亀仙人の横を小柄な少女が一人、肩を擦らせ謝罪の言葉と一緒に横を走り抜けていった

 

 多くの人が溢れかえる会場内、珍しいことでもない

 

 しかし目に入った彼女の格好を見て、思わず視線が後を追ってしまった

 

 紺色のローブに三角帽子、初めて見る姿ではない

 

(あれは……)

 

 数十分前、船上から上空を見上げた際のことを思い出す

 

 一瞬で飛び去っていく姿を見て、ウーロンにはヤムチャじゃないかと言われたが今わかった

 

 あの時、飛んでいたのは彼女だ

 

「姉ちゃんみたいな格好じゃが、飛んでたのはもしかして箒ほぎゃっ!」

 

「ちょっとちょっと!待ってってばー!」

 

 思考がそちらへ奪われていた間に、当初お目当てだった少女が接近

 

 先程よりも強めにぶつかり、吹っ飛ばされた亀仙人をそのままにローブの少女を追いかけていく

 

「あっ、朝倉さん!今ぶつかったのお爺さんですよ!」

 

「え!?やっば……けど夕映っちとはぐれるのもマズいって!」

 

 実は今亀仙人を抜いていったのは一人でなく二人

 

 後ろを向きつつ飛行するさよの言葉にやや眉をひそめつつも、朝倉は前方を走る夕映を追い続けた

 

「なんでまた急に走り出すかなーもう……」

 

「そういえば夕映さん、直前に『あの魔力は……』とか言ってたような……」

 

「魔力?……もしかしてネギ君!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(確か、魔力を感じたのはこの辺りの筈ですが……)

 

 予選の開始が近いこともあり、観客席へ次々と人が押し寄せてくる

 

 その人混みの流れと反対の方に夕映は進み、自身の周囲を見回していた

 

(一回目は突然だったので気のせいかとも思いましたが、二回目で確信が持てました……あれは、間違いありません!)

 

 念話か何かの簡素な魔法を使っていたのか発現された魔力は小さかったが、それでも彼が発した魔力であると分かるには充分

 

 人混みを綺麗に掻き分ける余裕はなく、数秒に一回は肩に衝撃を受ける

 

 それでも夕映は感知した魔力を辿り、彼を探し続けた

 

(そうだ、あの時水晶に映っていたのは……)

 

 魔力以外にも手掛かりはあった、昨晩夕映が水晶玉で見たあの光景だ

 

 この大会名を知ったのもあの時、忘れるはずがない

 

(あのアーチがあったのは……一般入場口のすぐ外!)

 

 さらに明確な方向を定め、夕映は足を速めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあーっ、はあーっ、この……辺りですね……」

 

 会場へ来た時にも見たアーチをすぐに見つけ、通り抜けたところでようやく人混みも減り場所が開ける

 

 アーチというとりあえずの目標にたどり着いたことで、稼働し続けだった両足の動きを夕映は停止

 

 やや深めの呼吸を2回して息を整え、さあ再開だと伏せ気味になっていた顔を上げる

 

 顔を伏せていたのは数秒だったが、その間に少なからず周囲の状況は変化していた

 

 例えば、すぐ横にある出店で商品を受け取った親子が店頭を後にしていたり

 

 例えば、上空で行われている航空ショーのアクロバット機が新たな隊列を組んでいたり

 

 

 

 例えば、両者の間に位置していた人がいなくなったことで抱擁する男女の姿が顔を見せていたり

 

 

 

「っ!」

 

 よくよく考えてみれば、驚くべきことではなかったのかもしれない

 

 水晶玉に映っていたのは、ネギ一人だけではなかった

 

 彼を探していれば、彼女が一緒にいてもなんらおかしくはない

 

 しかしそもそも夕映がここまで探しに来たのは『ネギの魔力を感じたから』、故に失念していたということか

 

 とにかく、目の前の光景は夕映の想定外であったことに違いはなく

 

「っ、っ……どっ……」

 

 彼と共にいた少女は彼同様に、意味こそ違えど大好きで、掛け替えのない親友であり

 

 両者が揃ってこの場に居た事実は、いつもは饒舌である夕映から言葉を奪っていた

 

 口は開いているのに声が、それに息すら止められているような感覚を覚える

 

 それを解くきっかけが、ただ立ち尽くしているだけの今は得ることが出来ていない

 

 このことを無意識の中で把握したのか、夕映は数秒の静止ののち文字通り動いた

 

 空気を求め|水面(みなも)へ上がる獣のように、呼吸を止め顔を赤くして

 

 周りの情報を遮断してまで一心不乱に、二人のもとへ駆け出した

 

「ん?……夕映!?」

 

「えっ、夕……」

 

 二人のことを遠巻きに見ていたもう一人の親友、早乙女ハルナが夕映発見者第一号

 

 ハルナの言葉を受けて彼女が、親友のどかが視線を向けるのと

 

「ふえっ!?」

 

「ゆっ、夕映さん!?」

 

 夕映が二人まとめて横から抱きつくのに、時間の差は殆ど無かった

 

 のどかと、彼女に少し遅れて夕映を見たネギは共に驚きの声をあげる

 

 二人の声が、顔を近くに寄せていたため夕映の両脇から勢いよく飛び込む

 

「……ど、かっ」

 

 これが、彼女にかかっていた魔法を解いた

 

 声を、息をせき止めていたものが突如と消え、栓を抜いたビールが如く噴き出した

 

「のどかっ!ネギ先生っ!」

 

「夕映……」

 

「夕映さん……」

 

 のどかの名を、ネギの名を、自身が冷静さを取り戻すまで止めることなく吐き続けた

 

 そしてその声は、途中で夕映を見失っていた朝倉とさよもこの場へ呼び寄せる

 

「ネギ君に宮崎、コタ君に……パルとハカセも!」

 

(凄い……夕映さん、ホントに未来を映してたんですね!)

 

 朝倉はハルナ達、さよは夕映達の方へそれぞれ駆け寄る

 

 ネギ以外の仲間達と大勢合流出来た驚きは大きく、加えてさよはもう一つあった

 

 夕映の表情を見るべく正面へ回ると、そこにあったのは目尻に小粒の涙を浮かばせつつの笑み

 

 更にネギとのどかも同様に笑みを見せている、間違いない

 

(のどか、ネギ先生……)

 

 昨晩夕映が水晶玉に映し出したものと何一つ変わらない、未来が現実となって今この場に現れた

 




 長いこと更新を遅らせてしまいすいませんでした。

 書き溜めはこの話で無くなりましたが、なんとかGW中に一本仕上げられるよう頑張ります。では


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44話 選手入場!予選開始、波乱の予感

「そーいや悟飯、今の今まで聞きそびれとったんやけど、なんで今日はいつもと違う道着なん?」

 

 天下一大武道会、その開幕及び予選開始の時は近い

 

 殆どの選手は控え室に集まっており、悟飯達もその例外ではなかった

 

 夕映やのどかとの再会後、その場にいた大会参加組は揃って移動

 

 二百を越える参加者を収めるため控え室は二室に分けられており、彼らが入ったのは第二控え室

 

 周りでは他の選手が試合に備え着替えていたり、スクワットで身体を温めていたり、中には瞑想に入る者までいたり

 

 一方で悟飯達は始めから試合用の格好で会場まで来たため、特に着替える必要は無し

 

 控え室でやることといえば精々、時間が来るまで備え付きのドリンクサーバーで喉を潤すか雑談するかくらい

 

 オレンジジュースを片手に、コタローは思い出したように悟飯へ今着ている道着について尋ねていた

 

「あれ、まだ話してなかったっけ」

 

 二週間前の邂逅から昨日までの間、悟飯は修行中一貫して同じ服装をしていた

 

 上下紫の道着、補足すれば上はノースリーブで帯は青

 

 彼の師匠であるピッコロと同じ服で、遡れば五歳くらいから同じタイプのものを使い続けているらしい

 

 しかし今回はそれとは大きく異なり、上下オレンジ色に紺のアンダーシャツだ

 

「これは僕のお父さんがいつも着ていた、亀仙流っていう流派の道着でね」

 

「あー、そういや前に写真で見たな」

 

 初見ではなくどこか覚えがあった道着だったのだが、悟飯に言われコタローは前に悟飯宅で見た写真のことを思い出した

 

「この大会の元になったのが天下一武道会っていう大会で、お父さんは何度も出場して腕を磨いていったらしいんだ。僕が生まれる前の話だけどね」

 

 もし生きていれば、この大会にも出たがったに違いない

 

 ならば父の分まで自分が目一杯戦おう、自分も父のように大会を通して腕を磨こう

 

 悟飯が今着ている亀仙流の道着は、そんな自身の意志を形にしたものだった

 

「まあ、俺も悟飯の本気が見れるんは楽しみやわ。ピッコロさん、ないしは……」

 

 コタローが視線の向きを変え、談笑する二人を見る

 

 一人はネギ、そしてもう一人は悟飯の本気を引き出せるであろう戦士

 

「あのトランクスさん相手なら見せてくれるんやろ?悟飯の本気」

 

 今日まで片鱗すら殆ど見せなかった悟飯の全力、来訪初日の襲撃からやはりコタローは興味を持ち続けていた

 

 トランクスが悟飯やピッコロに並ぶ実力者だということは、過去に悟飯から聞いた話で知っており、なおかつ先程対面した時も内に秘めた力を肌で感じ取っている

 

 無論自分が悟飯と戦うことを諦めたわけではないが、大会中ぶつかり合ってもおかしくない両者の勝負にはコタローも期待していた

 

 さてそのトランクスであるが、先述の通りネギとの会話の最中である

 

 初めはのどか達についての話で、これはのどかや夕映との再会から移動までの時間があまりなく互いの現状についてあまり話し込めなかったため

 

 といってもトランクスがのどかやハルナらと生活を共にしたのは一週間にも満たない、これについては軽く話すだけで終了

 

 むしろ本題はこの次で、超と同様に彼が経験している時間渡航について

 

「うーん、確かに移動先の座標がズレて目的地と違う場所に着くことはありえないわけじゃないけど……ネギ君達のようなケースは僕も経験がないし、何より方法も全然違うからね」

 

「そうですか……すみませんトランクスさん、突然こんなことを聞いたりして」

 

「気にしなくていいよ。『魔法による時間渡航』については僕も、母さんやのどかちゃんから話を聞いて興味があったんだ」

 

 ドラゴンボールを使えば元の世界へ帰れると悟飯から言われはしたが、なら良かったで済ます程ネギは単純ではない

 

 今回起きた異世界転移という大騒動、原因そのものはまだ詳しくは分からないまま

 

 超との合流の目処が立っていない現在、ネギとしては自分で可能なだけ情報を集めておきたかった

 

 成果は決して多くなかった、とはいえこの世界の者から話を聞けたのは収穫に違いない

 

 ネギは既に、間もなく行われる大会予選へ向け気持ちを切り替えていた

 

『皆様、長らくお待たせいたしました。只今より天下一大武道会を開始いたします!』

 

 控え室含め、会場全体に放送が流れたのはその直後のことであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいヤムチャ、もうすぐ予選だぞ。荷物くらい片付けたらどうだ」

 

「……ああ」

 

 場所は移り第二控え室、残りの男性選手は既に集結済み

 

 トランクスより先に受付を済ませていたヤムチャ、他にクリリンや天津飯、餃子が予選の開始をそこで待っているところだ

 

 各控え室には巨大モニターが設置され、会場内の様子を見ることが出来る

 

 現在は開会式の最中で、予選開始までもうじきといったところか

 

「しかし天津飯だけじゃなく餃子まで出るなんてな……ってあの、ヤムチャさん、ホントどうしたんすか一体」

 

 天津飯、餃子、それにクリリンは準備万端

 

 ただ唯一ヤムチャだけが、三人の誰が見ても分かるほどやる気のなさを露わにしている

 

 それは十数分前に三人のいるこの控え室に入ってきてからずっとで、理由を聞いても

 

「……予選が始まりゃ分かるよ」

 

 こうしか答えない

 

 クリリンは追求を諦め、開会式を映すモニターへ目をやった

 

 そろそろ終わったかなと思って見てみると、さっきまで挨拶をしていたスポンサーのマネー氏の姿が見えなくなっている

 

『それでは、出場選手の皆様に今大会の予選について説明いたします』

 

 そして次の瞬間画面が切り替わり、青色をバックに白い数字が無数に並ぶ映像が映し出された

 

 また、音声も切り替わったようで控え室内に限定して男性のアナウンスも流れ始める

 

「ん?何だこれ」

 

『予選は八つのグループに分かれてのバトルロイヤル形式。八つのバトルステージでそれぞれ最後まで勝ち残った選手のみが、準決勝戦へと進むことができます』

 

「天さん、この数字……」

 

「ああ、どうやらそのようだな」

 

『各バトルステージへの振り分けは、モニターに表示された通りです。受付時にお渡ししたカードの番号を確認し、係員の誘導に従って移動してください』

 

 モニターの数字はよく見ると、白線で八分割された四角形の中に同じように収まっていた

 

 各上部にはA~Hの文字があてがわれ、アナウンスの言う通りバトルステージの振り分けが表示されているというわけだ

 

(俺は4番だから……ステージCか。天津飯達は1番から3番、古は5番で……お、みんなバラバラに別れたな)

 

「ヤムチャ、お前は何番だったんだ?」

 

「……102番」

 

(ヤムチャさんも違う、これで予選での潰し合いはなくなったか)

 

 毎度毎度上手くバラけるな、とクリリンはかつての天下一武道会のことを思い出していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ルールは天下一武道会に準じ、武器の使用・急所攻撃は反則です。もちろん、相手を殺してもいけません。また、ステージから海へ落ちるか気絶、もしくは本人のギブアップをもって失格といたします』

 

「あ、良かったー。天津飯さん達とは被ってないわね」

 

「楓達はどたたアルか?」

 

「拙者はステージEで刹那殿はH、古やアスナ殿とは別でござるよ。ただ……」

 

 予選で自分の身内と当たるか否か

 

 やはり他の者も気になるようで、アスナ達のいる控え室でも番号を教えつつの照らし合わせが行われていた

 

「おーほっほ!思いのほか実現は早かったようですわね!」

 

「げっ、いいんちょまさか……」

 

(……流石に、全員バラバラとはいかないか)

 

 一番積極的に他に訊いていたのが古、楓はそれに答えるが直後に横であやかの高笑い

 

 アスナは顔をこわばらせ、刹那は神妙な面持ちでモニターを眺めていた

 

 誘導のための女性係員が入室してきたのは、このすぐ後である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまんな、遅くなった」

 

「あ、ピッコロさんや!」

 

「予選のグループ分けが発表されて、今から移動するところです」

 

「僕がA、コタロー君がBにネギ君がG、ピッコロさんは――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでは、今回出場する選手達の登場です』

 

 開会式が終了し、数分が経過

 

 屋外の観客席はついに完全に埋まり、そこに座る観客達は会場内に絶え間なく声を響かせる

 

 予選の開始を待ちわびる一同へ、それが秒読みで迫っていることをアナウンスによって告げられた

 

 小さな島内に作られた会場ということもあり、予選のバトルステージは主に柱状となって海上にそびえ立っている

 

 そこの中央からスライドして床が大きく開き、ぞれぞれ下から数十名の選手達が内部のリフトによって上がってきた

 

「えっと、ネギ先生は……」

 

「あ、おったで!」

 

 どの選手がどのステージに振り分けられたのか、観客達には知らされていない

 

 ネギは何処かと探すのどかの横で、先に発見した木乃香が指をさした

 

 ネギと別れた後にのどか達は木乃香と合流しており、木乃香と同行していたチチやカモも同じく

 

 カモは木乃香の肩に乗り、チチはブルマの隣に座っている

 

「悟飯ちゃーん!頑張るだぞー!」

 

「んーと、トランクスは……あ、いたいた!」

 

「えっ、どこです?」

 

 ブルマはトランクスの場所をほどなくして見つけ、ハルナに対して指し示す

 

「ほら、あそこよ。あとついでだけどヤムチャも見つけたわ、その一つ隣のところね」

 

 どれどれとハルナもそこへ視線を向けた

 

 一番の応援はもちろんブルマ同様トランクスだが、ベジータの件はともかく相当の交流があった以上ヤムチャもやはり気になっていたようだ

 

「あ、ホントだ。うわー、ヤムチャさん全然やる気無さそ……あっ!」

 

 間もなく始まるというのに、背を丸めたままで顔も上げようとしない

 

 おそらくチチのようにエールを送っても、気付かずにスルーしてしまうだろう

 

 こんな遠目から見ても分かる彼の落胆っぷりを確認すると、ハルナは周囲の他の選手達にも目をやり始めた

 

 トランクスとは別になったようだが、もしやネギ達の誰かと当たってしまったんじゃないか

 

 そんな予感がしていたようだが、的中

 

 ヤムチャのやや後方に立っていたのは、間違いなくハルナの知る人物

 

「ありゃりゃりゃ、こりゃくじ運悪かっ……」

 

「ハ、ハルナ……」

 

「のどか?どしたの?」

 

「トランクスさんの、ところ……あれって」

 

「……ええええっ!?」

 

 発覚した自身の知り合い同士の組み合わせ

 

 加えてのどかの指摘により、もう一組

 

 更に……

 

『では、予選開始ーーーー!』

 




 結局遅れました。
 次回から戦闘描写入れて文字数が増えるため、さらにペースが遅れそうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45話 見せろ意地!放った倒れざまの一矢

 天下一大武道会、その予選がついに始まった

 

 開始の合図と同時に選手達は交戦を開始し、客席では止まることのない歓声が飛び交い続ける

 

 今大会に参加した選手は全部で二百人超

 

 八つのバトルステージで各二十五名近くが、準決勝の椅子を巡って激しい戦いを展開していた

 

 しかしこうも数が多いと、全ての戦いに目を向けることはやはり出来ない

 

「アスナー!天津飯さーん!みんな頑張ってー!」

 

「うっへぇ、こりゃ全部は無理だぜ。どうする爺さん?」

 

 バトルステージを囲むように設置された屋外席だけではなく、会場内では屋内からモニターで試合を観ることもできる

 

 その一画では亀仙人と五月のカメハウス組にウーロン、そしてついさっき偶然にも合流したまき絵が一緒に予選を観戦していた

 

 まき絵も全部は無理と初めから分かっていたのか、観戦対象をあらかじめアスナ達だけに絞り込んでいるようだ

 

「うーむ……」

 

 ウーロンは亀仙人に意見を仰ぐが、当の本人は声を唸らせ返事もしない

 

 サングラスによってその表情は隠されているが、何やら悩ましい状態であると推測するのは簡単だった

 

「おい、爺さん。せめて返事くらいしろよな」

 

「確かに、どの子もいいのう……古ちゃんのクラスメイトは」

 

「はぁ?」

 

 しかしウーロンの悩みと亀仙人の悩み、二つがまるで別物だったと判明するのにそう時間はかからず

 

 やや鼻を鳴らしつつ答えた亀仙人に、ウーロンは呆れ顔で声を漏らした

 

 亀仙人の視線の先は古のクラスメイト達、アスナ・楓・あやかの三名

 

 目の前の相手を倒すべく身を躍らせる彼女達に、亀仙人は強く惹きつけられていた

 

 無論、武道的な意味ではない

 

「あの金髪のお嬢ちゃんは腰周りがキュッとしててたまらんし、忍者の格好しとる子は背もじゃが他もグンバツにデカい。古ちゃんの世界の十四、十五は発育が進んどるのう……将来有望じゃわい」

 

「だーかーらー!俺達が観に来たのは武道大会だっつーの!ったくこのスケベ爺さんは……」

 

 ウーロンはたまらず、予選開始前と同じことを亀仙人に対し訴えた

 

 一方亀仙人はウーロンのいる方の耳に指を突っ込んで防音

 

 顔を若干しかめつつ、これまた先程と同じ言い分を述べる

 

「そうは言っても悟飯やトランクスが出とる以上、優勝はどっちかじゃろ。予選だって二人共突破するに決まってるんじゃから、他の者のを観た方がじゃな……」

 

「さっきから観てんの試合じゃなくて女の乳尻じゃんかよ!」

 

(お二人共、やっぱり仲がよろしいんですね)

 

 こんな二人の掛け合いを横から見て、五月はフフと思わず笑う

 

 ウーロンは言葉を荒げてはいたが、本気で亀仙人のことを貶める気が無いことは何となくだがわかる

 

 彼らより喧騒の度合いがかなり強いアスナ&あやかの組み合わせに見慣れていることもあってか、五月は片方を宥めるといった介入も特にせず試合に目をやった

 

 観戦対象の基準はまき絵とほぼ同じで、二週間共に暮らしてきた古とクリリン

 

(クリリンさんは順調、古菲さんは……あっ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、悟飯が出てるのかよ。あいつは超サイヤ人じゃないか……」

 

 次々襲いかかる相手を、クリリンは難なく倒していく

 

 このままいけば予選突破は容易いだろう、しかし表情は喜ばしいそれとは遠かった

 

 目を向けているのはAブロック、そこでクリリン同様敵無し状態で予選を勝ち進む少年が一人

 

 悟飯はクリリンとは対照的に、笑顔を表に出して戦っていた

 

「ヤムチャさんや天津飯だけなら何とかなると思ったのに……」

 

 予選開始前に聞こえたチチからの声援

 

 それによって悟飯の存在に気付き、同時にあの時ヤムチャが落ち込んでいたわけも理解した

 

 そして、クリリンの受難はこれだけでは終わらない

 

「だだだだだだあ!」

 

「うぇ!?」

 

 上の方から聞き覚えのある声

 

 八つのバトルステージは高さがそれぞれ異なり、声の正体を確かめるためクリリンは上を向く

 

 更にはそれとほぼ同時に選手が数名、こちらのバトルステージまで落下してきたではないか

 

「ひょっとして……げ!」

 

 クリリンは恐る恐る見上げた先には、予想通りの人物

 

 いつもの白いマントをたなびかせ、敵を次々と倒しているピッコロの姿があった

 

「ピッコロまで……」

 

 クリリンはさらに落胆する

 

 ここまでくると、一瞬でも頭をよぎった嫌な予感が全て現実になりそうな気がしてならなかった

 

 それでも、いやいやまさかと自身に言い聞かせながら、他のバトルステージも見渡してみる

 

「まさか、トランクスは来てないよな……ああっ!いた!」

 

 しかしながら、嫌な予感は的中

 

 今いるステージCとほぼ同じ高さで隣に位置するステージD、そこに彼は立っていた

 

 言うまでもなく相手選手は彼の前に次々と倒れていき、残すは彼を含めて二名

 

 八つのバトルステージの中では、あそこが一番進行が早かった

 

「ん?もしかしてトランクスがいるのって……あああっ!やっぱりDだ!」

 

 トランクスと戦う最後の一人、その人物へクリリンは視線を向ける

 

 各バトルステージに表記はなく、どれがAでどれがBか等は見ただけでは分からない

 

 現在トランクスが戦っているのはステージD

 

 これをクリリンが把握したのは、ステージDに振り分けられた者の姿をそこで見たからにほかならなかった

 

「古!」

 

 クリリンは思わず、彼女の名を叫んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(これであとは一人だけ、なんだけど……)

 

 予選通過まで、相手はあと一人を残すのみ

 

 その最後の一人を前にして、トランクスは少々ながら動揺を表に出していた

 

 バトルロイヤル形式でここまで勝ち残ってきた以上、幾らか彼の戦いぶりは目にしているはずだ

 

 どんな相手でも、更には数人がかりで襲いかかられても、攻撃は一度も当たらず逆に殆ど一撃でノックアウト

 

 残り数名の時点では、トランクスに恐れをなして逃げ腰になった者も少なくない

 

 しかし自身と対峙する残りの一人は、そんな素振りを微塵として見せず

 

 澄んだ目で正面を真っ直ぐと見据え、準備万端とばかりに構えを取る

 

 加えて少々興奮気味なのか、フンスと鼻から息を漏らす様がやや離れたここからでも確認出来た

 

(一般人離れした気の大きさ……まさか、こんな女の子が出ているとは思わなかったな。それにあの道着、もしかすると……)

 

「さあ!残るは私達だけアルね!」

 

 見覚えのある服装ということもあり、何か話を切り出そうかとも考えていたトランクス

 

 しかしそれより先に向こう側、古からの声がかかり意識はそちらへ向けられた

 

「あ、ああ……そうみたいだね」

 

「相当な達人とお見受けしたアル。私の名は……」

 

 やはり古は、トランクスの戦いぶりを目にしていた

 

 予選開始数秒でトランクスの飛び抜けた強さを把握した古は、トランクスとは反対側に回って他の敵を倒しにかかった

 

 最後の最後で、他の者の邪魔もなく一対一での勝負をすることを望んだからだ

 

 古が今トランクスに対し抱いているのは、圧倒的強者への尊敬の念

 

 故にこの勝負前、古は自分から彼へ名乗りを挙げる

 

「……亀仙流、古菲!」

 

 道着を受け取ったあの夜から、この世界ではそう名乗ることを彼女は決めていた

 

 この名乗りにトランクスは驚きつつも、彼女があの道着である以上納得もする

 

(やっぱり!それに古菲という名前は、以前ハルナちゃんから聞いたことがある。ヤムチャさんや悟飯さんじゃないなら……クリリンさん?)

 

 ハルナから聞いた話も思い出し、向こうの世界からやって来た者であることも把握

 

 また、亀仙流の門下は少なく、この世界で彼女を鍛え道着を与えた者も消去法で簡単に絞り込めた

 

(だとすれば、色々話が聞きたいな。もしかしたら他のハルナちゃん達の仲間について、何か情報を……)

 

「いざ、尋常に……勝負!」

 

「!?」

 

 だが、ここで古に対するトランクスの考察は一旦打ち切り

 

 トランクスが考えをまとめるより先に、古は開戦の合図を自身の内で鳴らし一瞬で間合いを詰めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何アルか何アルか!?このピリピリと感じる凄まじい気は!)

 

 鉄拳を次々と放ちながら、古は戦慄する

 

 自分は当然として、元の世界の師や先程顔を合わせた刹那に楓

 

 その誰よりも遥かに上の巨大な気を、肉薄した距離での交戦を通じて感じ取っていた

 

 とにかく、実力の底らしきものがまるで見えない

 

 自身の攻撃を全て避け、そして受け流し、有効打の一つも与えられない

 

(ひょっとして、いやひょっとしなくても、この人はクリリンより……)

 

 こうした攻撃の捌かれ方は初めてではない

 

 大会前の修行、クリリンとの組手でも何度か体験してはいる

 

 しかしそれを踏まえた上でも、古はトランクスの底が見えない実力に対しこうした推測が頭をよぎってしまった

 

 既に遥か上に位置づけていたクリリンを、さらに突き抜けて上方に立たんとするトランクスの存在

 

 これに古は僅かだが動揺してしまい、身体の動きとも連動する

 

 何十発放ったか分からない右拳を引き、次の攻撃へ移るタイミングが前よりも明らかに遅れた

 

(なっ!?消え……っ!)

 

 途端に状況は一変した

 

 前方に見据えていたトランクスの姿は消え、再び放とうとした拳は手元に留まる

 

(くっ、間に合わ……)

 

 超スピードで移動したことは、クリリンとの時もあったため反射的に分かった

 

 どこへ移動したか、そちら次にとってくる行動は何か

 

 直後に両方とも気付いたが、それに全身が対応するよりもトランクスの動きの方が格段に速かった

 

「ぐぅっ!ぬ……」

 

 首筋に、瞬きするよりも速く衝撃が叩き込まれる

 

 『叩き込まれる瞬間』は殆ど認知できず、『叩き込まれていた』感覚が古の全身を駆け抜けた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まさか、女の子を海へ叩き落とすわけにもいかないからな)

 

 当て身が決まった手応えを右手刀から感じ、トランクスは強く結んでいた口から息を漏らす

 

 降参か場外か気絶、そのいずれかが当てはまれば予選での敗退となる

 

 開戦前の張り切りっぷりからして降参はまずしないだろうと踏んでおり、海へ落とすことにも抵抗があったことも併せ、トランクスは古を気絶させることを選択した

 

(さて……)

 

 身を沈ませる古に背を向け、トランクスはステージCに目をやった

 

 古との交戦中にクリリンの居場所は気で探知しており、自分の戦いなどお構いなしといった様子でこちらを凝視する彼の姿が見える

 

 あの驚きっぷりからして自分がこの時代にいることだけが原因ではあるまい、つまり予想が当たったということか

 

 そうトランクスは読みとった

 

(クリリンさんのところも残り人数は少ない、両方の勝ち抜けが決まり次第話を……ん?どうしたんだクリリンさんは)

 

 しかし、直後にクリリンの異変に気付く

 

 現在に至るまで見せ続けていた驚きの表情が、更に大きなものに変わったのだ

 

 【トランクスが古に当て身を食らわせ気絶させた】

 

 これ以降に驚く要素が何かあるというのだろうか

 

 トランクスはクリリンの意図が分からずにいたが

 

(まさ、か……っ!?)

 

 背後から感じた気配を受け、途端に氷解した

 

「アイッ、ヤアァァァァッ!」

 

 振り返り始めたのと同時に、古の拳が顔面へと飛んできた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(見せたアル、な……ようやく隙を!)

 

 焦点が定まらず、視界がぼやける

 

 それでも、古の意識は保たれたままだった

 

 本来、あの当て身を完璧に食らえば即気絶だろう

 

 実際トランクスも確かな手応えを感じたこともあり、それを信じて疑わなかった

 

 ただ、彼にとっての誤算が二つ

 

 一つは、『トランクスが当て身を仕掛けたこと』を古が直前になって認知したこと

 

 もう一つは、古が回避とは別の行動で当て身に対し抵抗を試みていたこと

 

(もって、あと数秒……これが最後の攻撃アル!)

 

 過去に古は、全力でないにしろクリリンの放ったかめはめ波を受け止めたことがある

 

 背中に気を集中させて防御力を高めたことによるもので、これと同様のことを古は実行した

 

 箇所的には初めての試みであったが、当て身が飛んでくるであろう首筋に気を集中

 

 トランクスが想定していた防御力をほんの僅かだが上回り、即気絶という事態を回避していた

 

 とはいえダメージによって食らい初めは体勢を崩し、更にはあくまで即気絶を免れただけでダウンするのも時間の問題

 

 残された時間に対し、より多くの気を拳に込める時間と、それを叩き込む時間

 

 一撃に賭けるという点において咄嗟に絶妙な配分を施し、ふらつく全身に鞭を打って古は飛び出した

 

 振り返り際にトランクスが見せた表情は、声にこそ出してないが「まさか」と今にも言わんばかりのそれ

 

 当て身を食らう直前の古と同じく、動揺が明らか

 

 回避という選択をとり、実行に移すまでの時間が確実に遅れてしまった

 

「くっ……」

 

 直撃とはいかなかったまでも、古の拳はトランクスの頬を掠った

 

(やた……アル……)

 

 ダメージは与えられなかったものの、初めての命中である

 

 一矢報いたことに古は歓喜し、確かに当てた自身の右拳を愛おしく見つめた

 

 しかし、古の反撃もここまで

 

「ぐっ、ぐぅぬ……」

 

 直撃にまで至らなかったのは、トランクスがギリギリで体軸をずらしたため

 

 よってトランクスの横を拳ごと、古は勢いよく通り抜ける

 

 このままでは腹なり顔なりを床に打ちつけん勢いだったため、たたらを踏みながら何とか阻止

 

 ちょうどそこで、時間が来た

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『トランクス選手、予選通過!』

 

 この放送は、気を失った古の耳には届かなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『クリリン選手、通過!』

 

「おい古!大丈夫か!」

 

 トランクスの予選通過から、一分足らず

 

 さっきとはうって変わって、クリリンは急ピッチで残りの選手達を撃破

 

 すぐさま予選通過を決め、放送と同時にステージDに飛び移った

 

「あ、クリリンさん。すみません、一応加減したつもりなんですが……」

 

「気絶してるだけ、だな……ったく、お前と古を見た途端びっくりしちまったよ」

 

 クリリンがこちらへ来るだろうと予測していたトランクスは、古を横に寝かせて待機していた

 

 そこへクリリンは駆け寄り、古の状態を確認する

 

 特に大きな怪我も無いことを確かめると安心し、トランクスとの会話へと移行した

 

「何でお前まで大会に出てくるかなー、俺一応優勝するつもりでこの大会出たんだぜ?」

 

「未来の人造人間を倒した報告に来たんですが、その時にこの大会のことを聞いたんです。えっと、この子はハルナちゃんの……いや、うーん、なんて言ったらいいのかな」

 

「……ネギ、って名前は分かるか?」

 

「あ、はい。さっき控え室で直接会って、色々話もしました」

 

「自慢の弟子ってことで、古が何度かそいつの名前を出してたよ。ってことは、今言ったハルナってのも……」

 

 トランクスはこの時代に来た経緯を話すと共に、古の素性について確認をとる

 

 やはりトランクスの思った通りで、ネギという共通項によってお互いに事情を把握できた

 

 そこから少々の情報交換を通して、現状を掘り下げる

 

「ということは、クリリンさんの所にはこの子を含めて二人いると」

 

「ああ、それと天津飯の所にも二人いる。その内一人は天津飯と一緒に大会出てるぜ」

 

「そうですか……すると相当な数になりますね。今言ったネギ君も、元の世界の仲間数人と一緒にこの大会に出ていると聞きました」

 

「おいおい、ってことはお前と古みたいに予選でかち合うのが他にも数組……ああっ!」

 

 そこで、予選開始前の自分の認識が誤りだったとクリリンは気付く

 

 これでは完全にバラけたところで、予選での潰し合いは不可避

 

 辺りを見渡し他のバトルステージの状況を確認すると、やはり起こっていた

 

「おいトランクス、今ヤムチャさんとやり合ってるのって……」

 

「はい……ネギ君の仲間の一人です」

 

 天下一大武道会、白熱の予選はまだ始まったばかり




 暫くはこのくらいのペースになりそうです。
 大会編開始前は後書きコーナーの開設も考えてましたが、ちょっと余裕がないのでこちらも当分やりそうにないです。
 もう少しで投稿開始から丸二年になるので、それまでに少しでも進めたいところです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第46話 激突!二匹の狼

 待っていた人がどれだけいたかは分かりませんが、大変お待たせしました


 時間は、クリリン驚愕の数分前まで遡る

 

 たった八つの椅子を巡り、各バトルステージで展開される激戦

 

 ここもまた例外ではなかった

 

 中央で大暴れしているのは身の丈2m超を誇る大男、ドスコイ

 

 名前の通り髷(まげ)を結ってマワシ一丁という、見たままに力士の格好をしている選手だ

 

 ピッコロをも上回る巨体から繰り出される張り手に、相手選手は次々とぶっ飛ばされていく

 

 残る選手達にも『まずはこいつをなんとかしなくては』という共通意識が芽生えているようで、数人がかりでドスコイ相手に襲いかかるという光景も見られた

 

 その一方で、我関せずといった様子でバトルステージに立つポールの上で寝そべる男が一人

 

 ヤムチャは、自らが置かれた現状に黄昏ていた

 

「まさか悟飯達まで参加してるとは思わなかったぜ。借金して飛行機に乗って来たっていうのになぁ……一億ゼニー稼ぐつもりだったのに」

 

 開会前、ハルナ達との再会もつかの間にトランクスの登場

 

 そして続けざまに、悟飯とピッコロの出場の情報

 

 優勝賞金が目当てだったヤムチャはその希望を奪われ、控え室にいた時から既にこの調子であった

 

 ちなみに本大会の予選の様子は、会場内にある無数のカメラから余すところなく映し出されている

 

 ヤムチャがこうして寝そべっているところも例外ではなく、モニターに出た際は客席のチチやブルマを呆れさせていたようだ

 

「さてと、どうすっかな予選は……」

 

 少ししてから、ヤムチャはこの後の行動について考える

 

 悟飯やトランクスをはじめとして、自身の知り合いとはとりあえず予選でかち合うことはなかった

 

 予選突破はまあ問題ないだろう、しかし勝ち抜いたところで優勝の可能性は0、なら予選を突破することに意味はあるのか?

 

 下で大暴れのドスコイの「ドスコイ!」という声をバックに、ヤムチャは悩んでいた

 

「……ん?」

 

 ところが少しして、様子がおかしいことにヤムチャは気付く

 

 さっきまで常時聞こえていたドスコイの声が、しなくなっていたのだ

 

 耳を澄ましても、聞こえてくるのは他のバトルステージの喧騒のみ

 

 ドスコイの声、更にはあの巨体から響き渡る足音すらまるで聞こえない

 

 そこでヤムチャは仰向けでいた体勢を反転させ、両手両膝をつきながら下の様子を見ることにした

 

「どうしたどうした、まさか俺が残ってること忘れて予選終わらせたんじゃ……!?」

 

 バトルステージ上には気を失ってその場に倒れ伏す参加者達が多数見られ、その中に彼がいることを見つけることは容易い

 

 巨漢ドスコイはヤムチャの気付かぬうちに、何者かによって倒されていた

 

「てっきりあいつが全員倒しちまうと思ってたんだが……」

 

 だとすれば、誰がドスコイを?

 

 そう考えるヤムチャへ、ほどなくして答えが返ってきた

 

 ただし直接言葉ではなく、少々乱暴なアプローチによってであるが

 

「そらっ」

 

「んおっ!?」

 

 四つん這いでいたヤムチャの臀部に、足の裏で踏むような蹴りが一発

 

 ヤムチャの口からはなんとも素っ頓狂な声

 

 着いていた両手両膝は剥がされ、一瞬飛び上がったのちポールから下へと落ちる

 

「うっ、うわーーっ!」

 

 あまりの突然の出来事に驚いたのか舞空術の使用すら失念し、蹴り落とされたヤムチャはそのまま落下しバトルステージ上に激突した

 

 落下箇所には幸いにも気絶した参加者はおらず、ヤムチャ一人が床材を砕くに留まる

 

 自分を蹴った者の正体を見ようと首だけは後方へ向けて回しており、床に打ちつけたのは顔の側面と身体の前面

 

「あだっ!」

 

 気による防御行動も疎かにしていたのかそこそこダメージはあったようで、ぶつけた箇所を手にやりつつ片膝を立てた

 

「痛たた、なんでいきなり後ろから……子供!?」

 

 自分が先程蹴られた場所を見上げ、ヤムチャは思わず声を裏返す

 

 そこにはまだ蹴りを入れた当人が立っており、腕を組んだ状態でこちらを見下ろしているようだ

 

 しかもよくよく見てみると背格好は小さく、年は十五にも満たない少年ではないか

 

「おうおっちゃん、子供で悪かったな」

 

「!?」

 

 直後、まだ声変わりもしていない少年の声がヤムチャの耳へ『後方』から飛び込んだ

 

 上方にいる少年の存在を確認しつつそちらへ顔を向けると、そこにもまた腕を組んで立つ者が一人

 

「なっ、なんでどっちにも……ふっ、双子!?」

 

「ちゃうわ、これは影分し……流石にやめとこか、やる前から手の内これ以上晒すんは」

 

 片方は遠くに居るため正確には分からないが、おそらく背格好はほぼ同じ

 

 服装も同じ、上下学ランで上はボタンを外した状態

 

「まあええわ、とにかく後は俺ら二人だけや。あのでっかい相撲取り含めて、残っとったんはみんな倒しといたさかいな」

 

 ヤムチャには馴染みの無い喋り口、関西弁で少年は次々と喋る

 

「始まってすぐに目ぇ付けてたんや、予選の面子の中ではおっちゃんが一番強いやんな。隠しとってもわかるで」

 

 腕組みを解き、戦闘態勢

 

 全身から吹き出した気が黒髪、そしてそこから顔を出す獣耳を揺らす

 

「さあ、やろうや!」

 

 犬上小太郎は、滾っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ネギ・スプリングフィールド選手、予選通過!』

 

『長瀬楓選手、予選通過!』

 

 場所は変わり、ステージEとステージG

 

 こちらでは予選が既に決着

 

 ピッコロのもとで修行を積んだ両名が、勝ち残りを決めていた

 

「楓さんも予選通過か。えっと、他のみんなは……」

 

 額から流れる一筋の汗をぬぐい、ネギは辺りを見回す

 

 トランクスの予選通過は先程耳にしたが、他の者はどうだろうか

 

 まずはアスナ、あやか、悟飯を順に確認

 

 続いてピッコロも確認、その直後ネギは後ろから肩を叩かれた

 

「やあやあネギ坊主、お疲れでござった」

 

「うわっ!楓さん!?」

 

 自身の背後に気を配っていなかったこともあるが、いとも簡単に楓に後ろを取られネギは声を裏返す

 

 振り向いてきたネギの驚き顔を見て楓はハッハッハと笑い、ネギよりも頭二つ近い高さから未決着のバトルステージ四つに流れるように視線をやった

 

「……残る席は四つでござるが、三つは概ね決まりでござるかな」

 

「三つ、ですか」

 

「ネギ坊主の戦いぶりはさっき横目に見てたでござるが、拙者ら同様中々に強くなってきたようでござるな」

 

「あはは、見られちゃいましたか……」

 

「あいあい。故に今、拙者は期待してるでござるよ?」

 

 一つ、二つ、三つと見て、最後の四つ目のバトルステージで楓の視線は止まる

 

 糸目の彼女の両目はそれでも細目ながら開かれ、その先にある戦いを鋭く見据えた

 

「本当なら無かった……番狂わせを」

 

 コタローの鋭い蹴りが、相手方の頬を捉えていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っっがあぁ!」

 

 頬に刺さった痛みが、そのまま脳天まで駆け上がる

 

 ただ、脳を揺すられるまでには至らなかったようで、体勢を戻すのにそう時間はかからなかった

 

(なんだ、こいつっ……十歳そこそこのガキがする動きじゃない!)

 

 開戦早々、仕掛けたのはコタローだった

 

 ドスコイ含め他の選手相手には見せなかった、全速力の瞬動を用いて正面から突撃

 

 この時はヤムチャだけでなくコタロー本人も驚いており、自分の身体が自分の身体でないと錯覚するほどの軽さを覚えていた

 

 そして正面に構えていたヤムチャの左腕を弾き、がら空きの顔面部へ勢いそのままに飛び蹴りをかまして今に至る

 

「まだ、やでぇ!」

 

(くそっ!)

 

 続いて追撃の右拳が飛んでくる

 

 しかし体勢を既に戻していたヤムチャはこれを左腕で防御、反撃せんと右手をコタローへと伸ばした

 

「あんまり大人を、舐め――」

 

 その右手は開かれたままで、拳の形は成しておらず

 

 殴ることに遠慮を覚えたのか、襟首辺りを掴んでひとまず組み伏せようかと考えていたようだが

 

「舐めてんのは、そっちやろ!」

 

「んぎぃぃっ!」

 

 その対応は、あまりにも悠長と言ってよかった

 

 『襟首を掴んで投げに移行』

 

 この行動を完了させるまでの時間と、コタローが拳を叩き込むまでの時間

 

 早かったのは後者で、顎へ下から左拳が突き上げられる

 

 あの時ヤムチャは、ただ握り拳を突き出して殴るのが一番早く一番有効だった

 

 言葉を漏らしていた最中での攻撃のため舌を噛み、悶絶

 

「っだああぁっ!」

 

「ごがっ!」

 

 そこへヤムチャとは対照的に、躊躇いなく放たれるコタローの右拳

 

 再び仕掛けたそれは、今度は間違いなくヤムチャの顔面を捉えた

 

(よっしゃ決まった!けど……)

 

 相手を殴り飛ばすまでに至った連撃の成功にコタローは口の端を僅かに上げるが、あくまで僅か

 

 本心から来る満足ではなく、すぐ口の形を戻す

 

(……やっぱちゃうんやんな、これは)

 

 一方ヤムチャは、刻まれたダメージを認識しつつすぐにまた体勢を戻していた

 

 表情からは、喜怒哀楽の喜や楽に相当するものは皆無

 

(こりゃ、ハルナのゴーレムとは強さの桁が違うぜ。痛てて……鼻折れてねぇだろうな)

 

「おうおっちゃん、いい加減にせぇや」

 

「なっ!またおっちゃんって……」

 

「手加減されて、んで勝って、ヤッターて喜ぶほど俺はアホちゃうで」

 

 一撃を食らった顔面に当てられていた右手だったが、コタローの言葉を受け握り拳に変わる

 

 表情は喜怒哀楽の怒に寄り始めていたが

 

「本気になったあんたを倒さな、目標のとっかかりにすらならへんのやからな」

 

「っ……」

 

 獣のような鋭さを持った眼光、更に高まった気を感じとり、ヤムチャは認識を改めた

 

 今日一番の構えをとり、立ちかけていた青筋も引っ込み表情はキュッと引き締まる

 

「……さっき言いかけたことだが、もう一度言わせてもらうぜ坊主」

 

「コタローや」

 

「コタロー、あんまり大人を……舐めたら駄目だぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わわっ、コタローく……ひゃっ!」

 

「ちょっとちょっと、大人気ないわねヤムチャったら。油断して始めに何発かやられたからって」

 

 天下一大武道会の会場、バトルアイランドは晴天に包まれていた

 

 西方に雲塊が一つあるのを除けば、青い空と太陽がひたすらに広がっている

 

 暦は春ながらも、南エリアに位置するここは現在温暖な気候

 

 喉の渇きを満たすため手にしていた飲料カップの握りを僅かに強くしながら、客席でブルマはヤムチャの行動に悪態をついていた

 

 彼女達の目に映っていたのは、始めとは打って変わって一方的な試合展開

 

 スピード、技のキレ、全てでコタローを大きく上回るヤムチャ

 

 彼の一撃一撃はコタローに容赦なくダメージを与え、逆にコタローの攻撃はことごとくいなされる

 

 ついには拳で頬をえぐられ地に伏すコタローの姿に、ブルマの隣にいた木乃香は思わず悲鳴をあげ目をそらす

 

「カモさんこれは、流石にマズイのでは……」

 

「ああ……コタローのやつ、おそらく本気出せとか言って相手を煽りやがったんだろう。いかにもあいつのやりそうなこったが、結果があれじゃあな」

 

 一方で少し離れた席では、決して目をそらさず戦いを冷静に見届ける二人がいた

 

 いや、正確には一人と一匹か。綾瀬夕映とアルベール・カモミール

 

 現在の戦況を不安視する夕映に対し、カモは現在に至った理由をコタローの性格を踏まえて考察しており、それは見事に的中していた

 

 ちなみに予選開始当初は木乃香の肩にいたカモだが、こうして夕映と話を交わすにあたって彼女の肩に場所を移している

 

「ピッコロの旦那達に扱かれて相当力をつけたもんだと思ってたんだが、ああも一方的とはな……」

 

「ヤムチャさん、でしたね。占いババさんの所で話は少し聞いたことがあるです」

 

「あっ、それなら私の方が詳しいかもだよ~」

 

「おっ、朝倉の姉さん、聞いてたのか」

 

 そこへもう一人、新たに会話へ加わる

 

 夕映と共にここバトルアイランドへやって来ていた、朝倉和美である

 

 カモ達の話の先がヤムチャになった途端に身を寄せ、どこからかメモ帳を取り出しページをめくり始めた

 

 占いババの館でのほぼ唯一の趣味とも言えた情報収集を、ここぞとばかりに発揮する気のようだ

 

 初めはブルマの元彼だの浮気性だのといった不必要な情報を紹介されたが、そこから先が本番

 

「んーと……で、占いババさんのチームとの団体戦にも出場して一勝。天下一武道会っていう大会では三大会連続ベスト8、どっちもそこそこ昔の話だけど、これ見る限り実力はなかなかって感じじゃないかな」

 

「ほうほう、んで実際コタロー相手にあの戦いっぷりってわけか」

 

「そゆことー。で、必殺技はロウガ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狼牙風風拳(ろうがふうふうけん)!」

 

(っ!あかん、これまともに食らったら終わる!)

 

 これまで蓄積されたダメージ、加えてヤムチャから発せられる飢狼が如き殺気

 

 コタローは確信し、動く

 

 気を込めた右足で地を蹴ってその身を後方へ下げ、距離を空ける

 

「はいぃぃっ!」

 

 第一撃、斜め上から振り下ろされる右手

 

 拳でもなく掌底でもない五指の先が折られたそれは、それこそ先ほど感じた狼の爪のようにコタローの眼前の空気を鋭く切り裂いた

 

 その空気を顔に浴び、コタローの中で攻撃をかわせた安堵は0

 

(くっそ、間に合……)

 

 すかさず第二撃、第三撃が飛んできた

 

「はいぃっ!はいぃっ!」

 

 左手、右手と順に降りかかる

 

 辛うじて両腕で防ぐが軽く弾かれ、がら空きの胴体をヤムチャの前に晒した

 

 当然ヤムチャの狼牙風風拳は第四撃第五撃、

 

「ぐっ、んぎぃっ……」

 

 第六撃第七撃と止まることはない

 

「はいっはいっはいっはいぃっ!」

 

 その全てをコタローは浴びた

 

 ガードを戻す間もなく、蹴りも織り交ぜた連撃をさらに数発

 

「はいぃやあぁぁぁっっ!」

 

「っがぁぁ!」

 

 締めは、かめはめ波のような形で両手を合わせてのW掌底

 

 鳩尾に打ち込まれたコタローは、踏ん張りも一切なくまっすぐ吹き飛ぶ

 

(よし、決まっ……)

 

 初撃の命中から連撃への繋ぎ、そしてとどめの一撃

 

 ハルナのゴーレムとの特訓は別として、実戦でここまで見事に決めたのはいつ以来になるだろうか

 

 ヤムチャは勝利を確信したのか追撃には入らず、自身から離れていくコタローの姿を見送った

 

 くの字気味の体勢は先行して飛ぶ上半身によって仰向けへ変わり、地面すれすれを2秒足らずほど飛行

 

 高度が落ちたのも上半身からで、両肩と頭がぶつかると続けて全身が跳ね、

 

「……はああっ!?」

 

 ―――煙となってその場から消えた

 

 ヤムチャは腹の底から驚愕の声を吐き出す。当然だ、目の前に見えていた勝ちが文字通り消え去ったのだから

 

「あいつ、どこ消えやがっ――」

 

「……げほっ、がほっ!」

 

(後ろ!?)

 

 行方自体はすぐに判明した。完全にノーマークだった背後で咳き込むコタローの声で気が付きヤムチャは振り返る

 

(っていうかしまったな、気で探ればいいのに俺としたことが……ん、3つ?)

 

 この振り返る刹那、思わず視覚のみで行方を追っていた己を恥じるとともに、異変に気付く

 

 頭数がおかしい

 

 その疑問は直後、振り返り切って視界に入った光景が解決してくれた

 

「ごほっ、ごほっ……しもた、咳漏れてもーたわ。休む時間、稼ぎ損ねてしもたかな」

 

「……最初の正体はそれか」

 

 片膝を突き、まだ呼吸の粗さが伺えるコタロー

 

 それをヤムチャから守るように、前に立つもう二人のコタロー

 

「せや、けど避けれたのはギリセーフって、げほっ……感じやな。何発かはもろたが、まあ我ながら上手くすり替われたわ」

 

「途中からとはいえ、俺の狼牙風風拳から逃げおおせるとはな……ただ、俺には本気を出せって言いながら、そっちの方が後出しか」

 

「本気のライダーかて、初っ端からキックはせんやろ?それと同じや」

 

 時間にして一分も無かったが、幾らかは回復に充てられたようだ

 

「こっから俺かて、さらに本気出してくで!」

 

 片膝を床から離し、影分身二体と共に戦闘体勢をヤムチャへと向けた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう、中々の練度。コタロー殿、やはり腕を大幅に上げたと見える」

 

「コタロー君……」

 

 晴天でありながら、西から強い風が絶えず吹き始める

 

 その風は飛ばす、少年と少女の戦闘直後の身体に籠る熱を

 

 またその風は揺らす、伸びていたからと出発直前に切りそろえた髪を

 

 ネギと楓は、変わらずバトルステージ上でジッとコタローの戦いを見届けていた

 

 楓が期待していた番狂わせ、それがコタローのことであったことは言うまでもないだろう

 

 現に序盤はヤムチャが油断した隙を突き、コタローが圧倒

 

 しかし状況は一変

 

 油断を解いたヤムチャは本気を見せ始め、今しがたはあわや必殺技の直撃というところまで来たではないか

 

 コタローの勝算、即ち番狂わせの可能性は低くなったと言わざるを得ない

 

 その結果を受けての二人の反応は対極的

 

 楓は達観、ネギは狼狽だった

 

「おや、どうしたでござるネギ坊主?勝負はこれからでござろうに」

 

「そ、それはそうなんですが……まさか、コタロー君とあの人とであそこまで差があるなんて……」

 

「ふむ……確かに、地力の差は如何ともし難いでござるな。あそこでの一年近い修行をもってしても、縮めこそすれど追いつくこと叶わずとは」

 

 今朝方の再会にて既に、楓はネギとコタローの急成長を見抜いていた

 

 自身も同じように強くなったこともあり、その理由も一点に絞られる

 

 その上で楓はヤムチャと自分らの力の差を認め、言葉を続けた

 

「拙者や刹那殿でも、あの御仁相手に正面からの真っ向勝負では勝ち目は薄いでござろうな」

 

「か、楓さんでも……」

 

「ただ……」

 

 しかし力の差を認めること即ち、負けを認めるにあらず

 

「一年足らずの修行云々でそこがどうにもならぬことは……あの部屋での修行中にネギ坊主達も分かっていたのでござろう?」

 

「っ!」

 

 3-Aではバカブルーなる渾名を頂戴している楓だが、それは決して『思慮が浅はか』と同義ではない

 

 精神と時の部屋での修行中、考えないはずもなかった

 

 遥か雲の上の存在であるピッコロや悟飯に、自身らはどれほど近付けるか、ということを

 

 そして『純粋な力』では到底届かないという結論を出し、あっさりと受け入れた

 

 長瀬楓とは、そういう少女であった

 

「もっとも、当初の想定であるピッコロ殿達よりも遙かに格が落ちるあの御仁とですらこの差とは……フフッ、いやはや、この世界の強者は底が知れぬでござるよ」

 

「あの、楓さん……」

 

「おっと、失敬。つまり拙者が言いたいことはでござるな……」

 

 更にはネギ達も同様の考えと見抜いていた楓は、改めてコタローの戦いに集中しながら言葉を述べた

  

「……ネギ坊主と同様に用意したであろう、コタロー殿の『それでも一矢報いるべく、あるいはほんの僅かでも勝ち筋を見出すべく講じた秘策』に、拙者はまだまだ期待しているということでござるよ」

 

 




 決着部分は既に書き上げてあるので、近いうちに投稿しようと思います


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第47話 喰らえ!狼が牙を剥く

 


「「でやあああっ!」」

 

「ふっ、せやぁっ!」

 

 風が吹き、運ばれた雲がバトルステージの上を覆い始める

 

 やや薄暗くなったステージBは、予選決着まで二名の選手を残すのみとなった

 

 コタロー、そしてヤムチャ

 

 しかし戦う選手の数は、二つにあらず

 

 二人のコタローの右拳が、正面から同時にヤムチャの顔面めがけ放たれる

 

 それをヤムチャは両腕を上げて防ぎ、返す刀でまずは右肘を一発

 

「ぐぁっ!」

 

「はいいぃっ!」

 

 続いて左の掌底、コタロー二人をそれぞれ吹き飛ばす

 

 しかしこれらはコタローが気を練って生成した影分身、どちらも煙を上げて消滅

 

「っだあああああっ!」

 

 本体は別にあり

 

 ヤムチャの背後、彼が左掌底を放った直後に姿を現し後頭部へ蹴り一閃

 

 咆哮と共に放たれたそれは、即座にヤムチャが振り返ったことでこめかみ含む側頭部に命中

 

 ガードは間に合わずヤムチャから絞るような声が漏れる

 

 が、その場で踏ん張った両足によって堪えきる

 

 被攻撃箇所に気を回して防御力を上げたためダメージもほぼなく、堪えている間に攻撃のための右拳の準備が整う

 

「はああぁっ!」

 

 空手の正拳突きが如く、180度の捻りを加えた拳がコタローの胸元をえぐりにかかる

 

 ヤムチャに蹴りを入れ空中で静止していた状態のコタローは、回避が間に合わない

 

 放った攻撃が蹴りゆえに空いていた両腕を咄嗟に前に出し、防御に回すのが精いっぱい

 

 結果、ぶつかりながらも両腕をすり抜けた拳がコタローを殴り飛ばした

 

 『影分身二体の同時攻撃による陽動からの本体の奇襲』は、以上のような失敗に終わる

 

 影分身を含めたとは云え、多対一でも戦況の有利不利を覆すには至らなかった

 

「ぐっ!くっ、そがっ!」

 

 しかしダメージに顔を歪ませつつも、コタローは気を込め反撃に移る

 

 受け身を取って即座に立ち上がると、両脇には既に新たな影分身が生み出されていた

 

 そして先程のように、この二体がまずはヤムチャへと襲い掛かる

 

「また性懲りもな……ん?」

 

 しかし全く同じというわけではなく、そのことにはヤムチャもすぐ気付く

 

 拳を振り上げて向かってきていたあの時とは違い、体勢を低くしてのタックル

 

 殴りかかるつもりはさらさらなく、影分身達の目的は一にも二にも接近そのものにあった

 

「「うおおおおおっっ!」」

 

 ヤムチャとの距離が彼のリーチギリギリまで近づくと、影分身達は両腕を前に出して飛び掛かる

 

「うぉっ!?こっ、のやろ!」

 

「だあああありゃりゃりゃぁっ!」

 

 一体は手刀を振り下ろして叩き落としたが、もう一体は仕損じる

 

 影分身はうつ伏せの体勢になりながら、両腕をヤムチャの片足に絡ませた

 

 そこへすかさず本体が突撃、ヤムチャは二択を迫られる

 

 足元の影分身を振り払うか、眼前の本体の攻撃を迎え撃つか

 

(くっ、さっきから何なんだこいつの技は……残像拳と違って実体を持ち、なおかつ天津飯のとは違ってパワーの分散も感じられない!)

 

 ヤムチャが選んだのは後者、片足のみの体捌きと両腕で迎え撃った

 

 今度はヤムチャもなかなか反撃に移れない

 

 防御体勢の両腕に分身前と遜色ない、いや更に威力が上回るコタローの一撃一撃が叩き込まれる

 

 しかし、あくまでそれ止まり

 

 そこから突破してのヤムチャへの有効打を、コタローはまだ与えられない

 

(まだやっ!まだ足りへん!これをぶち抜くには……)

 

 気を身体の奥から引っ張り出し、拳も今まで以上に強く握りしめる

 

 振るう、振るう、一撃一撃を自身の中でより最高のものにして

 

 それでも、ヤムチャへは満足に届かない

 

「くっ、そぉっ!」

 

 堪えきれず、またも口から漏れ出たコタローの焦燥

 

(このおっちゃんに、それに悟飯に届かすには……今以上の、力を!)

 

 この目の前の現実に対し、ただ為す術なく終わるのか

 

 否、そうならぬためコタローはこれまで修行を続けたのだ

 

 『悪態をつく』などという、勝ちへと続かぬ非生産的な行為は今しがたのもので打ち止め

 

 すぐさま、意味ある別のものへと替えられた

 

(っ!?)

 

 攻撃を捌くべく目まぐるしく動いていたヤムチャの目線が、一瞬だけ固まる

 

 それに至らしめた要因は勿論目の前の少年、コタロー以外になし

 

 戦いにおいて、相手と互いの視線が交錯することは珍しくない

 

 しかしだ、そのほんの一瞬でヤムチャは衝撃を受け、意識を割かれてしまった

 

「っずあああああっ!」

 

「ぐっ!」

 

 そこへすかさず、コタローの一撃

 

 防御に使われる両腕でなく、そこを抜けた先の胸上へついに叩き込まれた

 

「おらおらおらあっ!」

 

(こいつ、急に気が膨れ上が……いや、姿まで!?)

 

 上の学ランを脱ぎ捨てたコタローは、更なる攻撃を仕掛ける

 

 一方でヤムチャはやや持ち直し、防御で直撃を避けつつ改めて目の前の事態を整理する

 

 現在コタローから放たれる殺気に近いそれは、獲物を屠らんとする猛獣が如し

 

 いや、『殺気によってそう見える』というレベルではなく、文字通りそれは猛獣の目だった

 

 しかも、著しい変化は目だけではない

 

 

 

 

 耳は、元から顔を出していた獣耳がより上向きにピンと立つ

 

 

 髪は、発する気の色と同じく白に染まり長さは背の中ほどまで伸びる

 

 

 両腕は、増加した筋量と素肌を覆う白の体毛が合わさって初めより二回りは太く見える

 

 

 

 

 これこそが犬上小太郎の持つ『獣化』能力であり、孫悟飯との初交戦から修行中に至るまでこの異世界の者達には一切見せずにいた、とっておきの中のとっておきだった

 

(変身しただと!?それでもまだ俺の方が気はデカいが、こいつ(・・・)を残したままだと……まさかがあり得るか!?)

 

 このとっておきは、戦局に大きな変化をもたらした

 

 パワーとスピードが目に見えて増し、文字通りコタローを子ども扱いしていた当初と同じというわけにはいかない

 

 加えて、油断から敗北を招いたこれまでの幾多の記憶が頭をよぎる

 

 そうしてヤムチャが取った行動は

 

(一旦、仕切り直しだ!)

 

 影分身に右脚の自由を奪われ、コタローが主導権を握る超接近戦という現状のリセット

 

「……はあああぁっ!」

 

「うおっ!?」

 

 防御に使った両腕を含めた上半身から気を一気に放出させ、コタローとの距離を僅かながら開ける

 

 この際見せた彼の内なる気の爆発はこれまでで一番の出力であり、拳を振るっていたコタローを思わず仰け反らせることに成功した

 

 その隙を逃さず、両脚に力を込めたヤムチャは真上へ一気に跳躍

 

「いい加減……離れろ!」

 

 空中で一回転

 

 回し蹴りの要領で右脚を思い切り振ると、影分身は引っぺがされ地上へ一直線

 

 今までヤムチャを押さえるので力を使い果たしたのか、抵抗もなく床に叩きつけられ消滅した

 

(よっし、こうなりゃあとは……)

 

「でやあああっ!」

 

 影分身の消滅とほぼ同時に、舞空術で飛翔したコタローの攻撃が襲いかかる

 

 ここにきて初めて展開される、両者とも地から両足を離した完全な空中戦

 

 『地を踏みしめ身体を支える』という両脚の役割はなくなり、四肢全てが攻防に総動員される

 

 突き上げられるコタローの右拳を舞空術の横移動で回避し、晒された側部へ右脚の蹴りを一発

 

 回避された時点で体勢を即座に整えたのか、コタローはこれを左脚を立てて迎え撃つ

 

 しかしヤムチャの攻撃はこれでは終わらず、防がれた刹那に上体をコタローの懐へ潜り込ませていた

 

 舞空術で用いる気を上半身側に偏らせ、交錯の一瞬すらも接近の時間に充てていたのだ

 

「んげぁっ!」

 

 獣化で増した厚みなどものともせず、ヤムチャの左拳は腹筋をえぐる

 

「はいっはいっはいっはいっはいっ!」

 

 そこから続けざまに、両拳が次々と腹部へ叩き込まれた

 

 空気を吐き出しくの字になったコタロー、前へ出てきた彼の顎下へ

 

「はいいいいいぃっ!」

 

 左膝が容赦なく打ち込まれた

 

(こっちのもんだぜ!)

 

「……まだ、や!」

 

 戦況を完璧に立て直したと確信するヤムチャの耳に、まだ諦めぬコタローの咆哮が届く

 

 すかさずコタローの両手が伸びてくるが、させるかとこちらも両手を使い左右へ弾いた

 

(悟飯に俺の全部を見せず、いやぶつけずに……)

 

(っ、こいつ……)

 

 それでもコタローは、食らいつく

 

 弾かれた両手は、目標を当初定めていた肩口からヤムチャの両腕へと変更し即座に掴みかかる

 

 がっしと掴み、獣化によって以前より鋭く伸びた爪が食い込む

 

 これで両者が離されることはない

 

「っらああああぁっ!」

 

 蹴りで上を向かされた顔が、コタローの明確な意志を持って正面へと戻される

 

 初めの位置を過ぎ去り、止まったのはヤムチャの額に衝突した後だった

 

(……終わってたまるか!)

 

 打つ覚悟のある者と、打たれる覚悟がなかった者

 

 この両者の衝突で、どちらに軍配が上がるかと言えば間違いなく前者だ

 

「くぅっ、っのやろ……!?」

 

 予期せぬ攻撃に怯むヤムチャに、コタローは追撃を仕掛ける

 

 拳でも、蹴りでも、少なくとも何かしら一発は今のヤムチャになら決められる

 

 そう本能的に確信したコタローがとった行動は、上に挙げた二つのどちらでもなく

 

(っ、投げ技……違う、これは!)

 

「「「いっけえええええぇぇっっ!」」」

 

 タックル

 

 しかも、影分身を即座に二体展開しての三人がかり

 

 しかも、三人共が舞空術での加速をやめずにヤムチャをある一方向に押し込んでいる

 

 ヤムチャとコタロー達合わせて四人が一塊になって向かう先は、そう

 

 両者が戦闘を開始した地上に他ならなかった

 

(マズい、こっの……!こ、こいつどこにこんな力残して……)

 

 ヤムチャは当然抗う

 

 しかし獣化したコタローの両腕と十指、影分身と合わせて三十指がこれを阻む

 

 腹部と腰回りを本体が、大腿部周りと上膊部周りそれぞれに影分身ががっちりとロックを掛けている

 

 締め付ける腕と深く食い込む指爪、閉じた状態の四肢では力を入れてふりほどくこともそう簡単ではなかった

 

 更にはタイムリミット、すなわち地上への衝突までの時間もあまりにも短く

 

(間に合……)

 

 激しい激突音と砕かれた石材によって立ち上る粉煙

 

 戦いを見守る観客全員の耳と目に、それらは飛び込んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおおおっ!コタローのやつ、やりやがったぜ!」

 

 観客席で、手に汗握り叫ぶオコジョがいた

 

 オコジョ――アルベール・カモミール――は、コタローがヤムチャにしてみせた決死の一撃を目の当たりにしテンションを高ぶらせる

 

 なにせヤムチャが本気を見せ始めて以降、コタローの劣勢ばかりを見せつけられていたのだ

 

 武の心得のないカモですら分かる圧倒的な力の差

 

 しかしそれでもコタローは食らいつき続け、今しがたの攻撃に結び付けた

 

 親愛なる主人、ネギ・スプリングフィールドの親友である彼のその姿に、どうして落ち着いたままでいられようか

 

「いやいやいやいや、ちょっと私頭の中の整理がおっつかないよ……確かにコタ君耳やら尻尾やらで犬っぽいとこあったけどさ、あんな変身までしちゃうなんて」

 

「ふふん、まあそういうことさ朝倉の姉さん。俺っちは元々知ってたが、いつ使うのかってひやひやしてたぜ」

 

 カモの近くで観戦していた朝倉は、半ば驚愕半ば唖然といった様子で声を漏らす

 

 他の観客の歓声にかき消されそうな小さなものであったが、カモの耳には入っており自慢気に返された

 

「……あの、カモさん」

 

「あん?」

 

 どこからか扇子まで取り出し踊りだそうとするカモに、朝倉とは別の声がかかる

 

 観戦するにあたってカモに乗り場所として自身の肩を提供していた、綾瀬夕映だ

 

 カモが横を向くと彼女の横顔――――つまりはカモに声をかけつつも、視線の先は正面に向けられたままということである――――が目に入った

 

「どうしたんだよゆえっち?」

 

「あれ、を……」

 

 夕映は正面、次第に薄くなっていく粉煙へ向け指をさす

 

「ん?一体どうし……なぁ!?」

 

「先程からお二人の気を感じ取れていたので、変だとは思っていたんですが……」

 

 遠目ながらも、煙の中から二つの影が見え始めた

 

 一つは立ち上がり、もう一つは膝をついているのか姿勢が低いまま

 

 そこへより一層強い風が吹きつけ、両者の正体を露わにした

 

「今の攻撃……」

 

「おいおい嘘だろぉ!?」

 

「……まともにダメージを受けたのは、コタローさんの方です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごほっ、げほっ!ぐ、んぬ……」

 

(ここまで、だな……)

 

 獣化は解け、咳込み黒髪を揺らしつつ立ち上がろうとするコタロー

 

 その様子をヤムチャは、コタローほどでないが自身の受けたダメージに顔を強張らせながら見下ろしていた

 

(まさに紙一重、ってやつだったかもなあれは……いっつ)

 

 地上にぶつかる直前のあの一瞬の出来事は、今どころかここ暫くは鮮明に思い出せることを確信する

 

 

 

 

 

 あの時ヤムチャは、四肢の力のみで激突前までにコタローを振りほどくことは難しいと判断

 

 故に、このまま相手に攻撃を返すべく動いた

 

 まずは右手に気を一瞬で収束させ、大腿部周りを押さえていたコタローの影分身へゼロ距離で射出

 

 最速で事に及んだため出力を調整出来ず余波で右脚を焼くことになったが、結果として影分身を消滅させる

 

 そうして下半身を自由にしたのち、全力を込めて全身を左に反転させた

 

 両脚を広げたことによる遠心力の増加は回転を強め、上半身の不自由を補って余りある勢いを手に入れる

 

 結果として、地上へ先にその身をぶつけることになったのはコタローと相成った

 

 

 

 

 

 それでも180度の回転とまではいかず自らの左半身にも多少ダメージは入ったわけだが、コタローの攻撃をお返ししたのは紛れもない事実である

 

「えほっ、げっふ……はあ、はあ、はあ……」

 

「……もうよせコタロー、勝負はついた」

 

 荒々しい呼吸ながらも咳込みをどうにか抑え込み、コタローがようやく立ち上がった

 

 激突の瞬間までいたもう一体の影分身は、既に消滅済み

 

 新たに作ろうにも、あの消耗した様子を見るに必要量の気を絞り出せるかは怪しいだろう

 

 パワーとスピードを底上げしていた獣化も解かれ、既にヤムチャの目にはコタローは脅威としては映っていなかった

 

「……何言うてんのやおっちゃん、俺かて流石にルールくらいは覚えとるで」

 

「おまっ、またおっちゃんって……」

 

「気絶するか、場外落ちるか、降参するか……やろ?俺はまだ、そのどれにもなっとらん」

 

 ただ、脅威としていた時と変わらぬものが二つ

 

 獲物を射抜かんとする鋭い眼光と、燃え続ける闘志

 

「……今のお前なら、気絶にでも場外にでもすぐ出来ると言ってるんだぜ俺は」

 

「んなこと言うて、俺と戦うのがやんなったんとちゃうやろな?」

 

「初めにも言ったが、もう一度言うぞ。『あんまり大人は舐めたら駄目だぜ』」

 

「なら、そっちが俺のこと舐めるのはええんか?こうしてガチで戦ってる以上、大人も子供も今更関係ないやろ」

 

「こいつ……」

 

 しかしその二つも、”力”が伴わなければただ空元気であることを助長するだけ

 

 これだけダメージを負っていれば降参の一つでもするかと思っていたヤムチャだが、考えを改めた

 

 元より奇襲に対する最低限の警戒はしていたが、構えを取って更にそのレベルを上げる

 

「ならお望み通り、勝負の続きといこうか。次に目を覚ますまで医務室のベッドでおねんねしてるんだな」

 

 コタローの意思は問わず、自らの手で決着をつけることを決めた

 

 ヤムチャが構えをとったのを見ると、コタローは口元を釣り上げて同じく構える

 

「逆にそっちが、おねんねにならんとええけどな」

 

(残る体力も気の量もこっちがずっと上、なってたまるかよ)

 

 圧倒的なアドバンテージを確信したまま、ヤムチャはコタローを注視する

 

(あのフラフラの身体で攻撃の一つでも仕掛けてみろ、即座に撃ち落としてカウンターで沈めてやる)

 

 しかしヤムチャの考えに反し、コタローはすぐには動かない

 

 気を伺っているのか、それともヤムチャの攻撃を待っているのか

 

 両者の間に数秒の静寂

 

(あいつめ、あんなこと言っといて俺を焦らすつもりじゃ……)

 

 その数秒間――――両者の体感時間を無視して正確に時を刻む時計の秒針で換算すれば、四秒ないし五秒か――――ヤムチャの目の前には、コタローが呼吸でわずかに身を上下させる以外変化のない光景が映り続ける

 

 変化が訪れたのは、その秒針がもう一つ先へ移ってすぐのこと

 

(ん?雲が晴れたのか。影が出てき……!?)

 

 一度は会場全体を覆っていた雲が、吹き続ける風によって通り過ぎていった

 

 日の光が再び当たり、ちょうど南に背を向けていたヤムチャの影は前方に明確な輪郭をもって現れる

 

 本来ならば、今しがた頭をよぎった『雲が晴れた』や『影が現れた』という事象は彼の集中を妨げることなどあり得ない

 

 しかし今回に限り、とりわけ後者が彼の胸中をかき乱した

 

(何だこいつは!?)

 

 

 

 影はヤムチャの形を成さず、獣の――――詳しく述べるなら彼と浅からぬ縁のある狼のような――――形を成しており更にはこちらを睨みつけてくるではないか

 

 

 

(あいつ、何か仕掛けやがっ……)

 

 目の前の自分の影へハッキリと視線を送り、続けてコタローの方を見返す

 

 注意が外れたほんの一瞬のうちに、コタローは握っていた右拳を開き天へと突き上げ、叫んだ

 

「狗……神ぃぃぃぃぃぃっっ!!」

 

「!?」

 

 次の瞬間、先程まで平面に過ぎなかった獣の影が立体に姿を変えて飛び出した

 

 それも目の前の影だけではない

 

 右脇、胸部と道着の境目、道着の腹部の皺、帯の先端の裏側

 

 様々な箇所に出来た影は黒い気を纏い、黒狼となってヤムチャの全身へ食らいついた

 

 両脚へ、胴体へ、両腕へ、両肩へ

 

 当初の構えは崩され、拘束された無防備な姿をコタローに晒す

 

 そこへ、コタローは残る力全てを振り絞り突撃した

 

「うおおおおおおりゃあああぁぁっ!」

 

「このっ!こいつ、離れやが……」

 

 無論、ヤムチャはこれらを振りほどこうと力を込める

 

 先程と違って地上であるため、踏ん張ることでより力が出るはずなのだが

 

「なっ、なんで外れないんだ!?だったら気功波で……これもか?!」

 

 食らいついた黒狼、改め狗神達はビクともしない

 

 ならば影分身を吹き飛ばした時のようにと気を込めるが、こちらも思うように気を集められない

 

「うぐぁっ!」

 

 そこへコタローの右ストレートが届く

 

 空中戦でのお返しとばかりに、鳩尾寄りの腹部へまずは一撃

 

「っらあああぁっ!」

 

 そして防御も碌に出来ないヤムチャへ、コタローの連撃が決まり始めた

 

(間違いない、この黒いやつ……俺の気を吸い上げやがった!)

 

(これで正真正銘俺の全部や!ここで、決めきる!)

 

 対悟飯戦でも見せた、練り上げた気によって自在に使役するコタロー独自の術『狗神』

 

 この世界での修行を通し、格段の進化を遂げていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……ふむ、これがコタロー殿の用意した『策』というわけでござるな)

 

 たった今目の前で起きた、『まさかの』を頭に付けたくなるような形勢逆転

 

 隣で今も歓喜を露わにするネギとは対照的に、楓は表向きは落ち着いた様子のままバトルステージ上の二人を眺め続ける

 

(相手の身に潜み気を食らい、時が満ちれば牙を剥く。すると気になるのは、あれを仕込んだタイミングがいつだったかでござる)

 

 そして同時に、この一連の出来事についての考察までも始めていた

 

(コタロー殿が直接放つ様子や隙は無かった筈、となればあり得るのは……影分身を向かわせた時!)

 

 ヤムチャが驚愕していたことからも分かるが、彼は狗神の存在をその瞬間まで認知していなかった

 

 戦うにあたってコタローの動きを一挙手一投足ほぼ見逃さずいたにも拘わらず、だ

 

 だとすればいつコタローは狗神をヤムチャの身体に忍ばせたのか

 

 それは楓の予想がズバリ正解であった

 

 影分身は本人の気を用いて作られてることもあり、本人同様に気功波を初めとした気を用いる技を使わせることも修練次第では充分に可能である

 

 つまりあの時、ヤムチャの片足を封じ猛攻を仕掛けた接近戦

 

 コタロー本人の攻撃を迎え撃っていたその時、影分身はただ片足を押さえ込んでいたわけでは無かった

 

 ヤムチャの知らぬ所で文字通り身を削りながら狗神を生成し送り込み、彼の気を食らわせていた

 

(その上、食らっている間も本人は気を奪われていることに気付かない。飛び出すまではあれ自身も擬態して、本人の気と同様に身体の中を巡ってるというわけでござるか。それにしても……)

 

 考察が一通り済むと、楓は隣のネギを一瞥

 

 表情が緩み、フフと笑い鼻から息が抜ける

 

(あの技、というよりは作戦でござるか……コタロー殿らしからぬところを見るに、ネギ坊主も相当手を貸したようでござるな)

 

 まるで自分のことのように喜ぶネギの様子の背景には、『親友の活躍』以上のものが感じられた

 

「コタロー君!いけえーーーー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まだだ!まだ終わりじゃない!)

 

 コタローの猛攻を全身で浴びながらも、ヤムチャはまだ諦めず耐えていた

 

 攻撃どころか防御もままならない状況ではあったが、それには理由がある

 

(気もほとんど乗ってないこんな攻撃なんて……)

 

 これまでの戦いによる消耗もあり、コタローの一撃一撃が今までと比べてあまりにも軽かったのだ

 

 殴り疲れて倒れるなんてレベルまでは期待していないが、それでもこちらにチャンスが再び訪れるのはそう遠くないと確信していた

 

 狗神の拘束をなんとか解けないかとあちこちに力を込めつつ、気を待つ

 

(何発だって受けきってやる!)

 

(なんて、思ってるんやろなぁ……)

 

 ただし、それは今のコタローの攻撃のままならの話

 

(いくで……まずは一匹!)

 

「(!?急に右脚が動くようになっ)んぐっ!」

 

 コタローの突き上げた左拳が、ヤムチャの腹へ深々とめり込む

 

 その直前にヤムチャは右脚が自由に動くようになったことに驚愕を覚えていたが、この一撃の衝撃は瞬く間にそれを塗り替えた

 

(二匹!)

 

「(今度は左腕が動)おぐぁ!」

 

 続けて、左ももに蹴りが刺さる

 

 こちらも同様に、拘束が解かれた以上の衝撃を走らせた

 

(な、なんでここにきてこんな威力が……)

 

「まだまだぁぁっ!」

 

 威力が、これまでで一番かつ段違いに大きい

 

 抉るような、あるいは突き刺さるようなダメージが次々とヤムチャへと襲いかかった

 

 見れば解放された部位に既に狗神はおらず、動かせるようになったことで防御へ回すがそれでも

 

「だあああぁらららーーっ!」

 

 コタローの攻撃は、止められない

 

 気を狗神に食われた四肢の動きはこれまでと比べ精彩を欠き、攻撃によっていとも簡単に弾かれる

 

 あるいは攻撃に防御を合わせることすら、遅れて攻撃をそのまま受けることまで見られた

 

 突如として跳ね上がったコタローの攻撃力

 

 その理由にヤムチャが気付いたのは、全ての狗神が自身の周りから消えた時

 

(……く、黒?)

 

 視界に映るコタローの両腕が、狗神同様漆黒に染められていると認知したその時であった

 

「これで……」

 

(しまった!あいつ、俺の気を奪った黒いやつらを体内に……)

 

 ただ、その時というのは同時に、コタローが攻撃の最終段階に入った瞬間でもあり

 

「しまいやあああぁっ!」

 

 それを受けてヤムチャが、『耐え忍んで敵の消耗による反撃の期を待つ』という当初の方針を変更させる時間を与えなかった

 

「だあああありゃりゃりゃりゃりゃっ!」

 

 狗神を取り込んだ両腕が、最高威力最高速度のラッシュを叩き込む

 

 ヤムチャはそれを目で追えてはいたが、身体が反応出来ない

 

 気を奪われたことに加え、この攻撃以前に受けた数撃が確実にダメージを与えていた

 

 そして目では追えていた故に、コタローが現在繰り出す攻撃のある特徴に気付くことになる

 

(こい、つ……俺の……)

 

 狗神は両脚にも取り込まれており、今この瞬間では既に四肢を総動員した攻撃

 

 両手は拳でなく十指の先のみを折った、爪を立てる猛獣が如きフォーム

 

 両足は鋭い切れ味を帯びた足刀として、威力は申し分なし

 

「犬上小太郎流……」

 

 断っておくが、決してこれは『初めに食らったお返しをしてやろう』と故意に振るわれたものではない

 

 ヤムチャの気を食らった狗神を次々と取り込むに従い、自然と行われた動き

 

 身に余る膨大な量の気を受け取ったコタローが、現状の気の運用法としての最適解として無意識に導き出したのか

 

 あるいは元々ヤムチャの中にあった”気”そのものが、コタローをかつての主のように動かさんと働きかけたのか

 

「狼牙!風風拳やあああぁぁぁぁっっ!!」

 

 どちらにせよ言えることは、出自の異なる気と身体が今完全に一体化したということ

 

 途中でその動きをしていることを認知したコタローは、技名を叫ぶと共に最後の一撃をヤムチャへと見舞った

 

 攻撃自体はヤムチャのオリジナル同様、両掌によるW掌底

 

 ただし狗神全てを手首から先に集結させガチガチに固めた、コタローにしか放てない彼の最高の一撃であった

 

「…………」

 

 ヤムチャは数度地を跳ね、仰向けに倒れる

 

 今までならダメージや焦燥による苦悶の声が漏れていただろうが、今回は一つとして聞こえてこない

 

「はぁーっ……はぁーっ……」

 

 一方のコタローは両掌底を前方に突き出したまま、つまりフィニッシュ時の体勢から動かない

 

 残り僅かな体力からあの量の気をもっての大技を繰り出したことで、もはや追撃する余力は0

 

 それどころか、数歩前に踏み出してヤムチャの様子を伺うことすら叶わない状態であった

 

(どう……なった?)

 

 動きたくても、動けない

 

 この膠着状態を解いたのは、

 

 『い、犬上小太郎選手!予選通過!』

 

「!」

 

 ヤムチャの気絶を確認した運営による、勝利宣告

 

 途端に、バタンと倒れる音がした

 

 合わせていた手首は離れ、腕が垂れ膝が折れる

 

 尻餅には留まらず上体が後ろに傾き、背が床を叩く

 

 コタローはいつしか仰向けとなり、空を見ていた

 

 起き上がろうにも、身体の至る場所に力が入らない

 

 手も、足も、腰も、背も

 

 すぐに入れることが出来たのは首から上、とりわけ喉

 

「……っしゃあああああああ!!」

 

 勝利の雄たけびを、勝者コタローは存分に発した




 狗神の独自解釈なんかも結構入っておりますが、いかがだったでしょうか。

 パチンコやらUQやらでネギま!熱再燃中なので、続きも早く書き上げたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第48話 終わりは近い!残る激闘あと僅か

 

 興奮冷めやらぬ、天下一大武道会

 

 次の戦いへ駒を進めるべく、200人超の戦士達がたった八つの椅子を賭け激闘を繰り広げていた

 

 現在五つが埋まり、残る椅子は三つ

 

 そして内二つが、近々決着を迎えようとしていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せえええええりゃあっ!」

 

「ぐわああっ!」

 

 下から跳ね上がるような蹴りを受け、大の大人が宙を舞う

 

 鋭い一撃を放った少女は、次の相手へと狙いを定める

 

「このガキ……え!?」

 

 既にこちらへと手を伸ばしていたが、彼女からしてみれば緩慢な動き

 

 体軸をずらして掴みをかわすと、瞬時に懐に潜り込み

 

「はああっ!」

 

「おげぇっ!」

 

 鳩尾に抉り込むような一撃を見舞った

 

 齢十少々の体躯から放たれたとは思えない、重さと鋭さを兼ね備える洗練された攻撃

 

 大人相手に格上の立ち回りを見せるこの少女、何を隠そう本家天下一武道会の優勝者

 

 正確に言うなら『少年の部』優勝だが、参加当時は「出る部を間違えている」とまで言われたほど

 

 ミスターサタンの一人娘ビーデルは、ステージF残り二人というところまで勝ち残っていた

 

(もう!何が『茶々丸は選手としての参加はなくなった』よ!パパの……それに茶々丸のバカ!)

 

 しかし当のビーデル本人は、残り二人という状況をまだ認識していなかった

 

 内にあるのは、自らの師茶々丸の選手としての大会での活躍が見れなくなったことへの怒り

 

 そしてそれを少しでも晴らすべく、目の前の大人達を全力をもってぶっ倒すという単純な思考

 

(次!次の相手はどいつ!?)

 

 怒りの矛先を失ってたったの数秒

 

 その数秒すら空くことも嫌い、辺りを見渡してバトルステージ上に残っている選手を探す

 

(いた!)

 

 ほどなくして、バトルステージ上に残る最後の一人を捉えた

 

 こちらを認知しているようだが、戦闘態勢にはまだ入っていないようだ

 

 先手必勝とばかりにビーデルは飛びかかった

 

「だあああああああっ!……!?」

 

 

 

 おかしな事が起こった

 

 

 

「は!?」

 

 視線は一度も切らないまま、向かった筈だ

 

 なのに、男の姿は見えない

 

 目の前から消えた瞬間すら、ほとんど認知できなかった

 

 いなくなったと分かったタイミングは、元いた場所を拳が通り抜けてようやくのこと

 

(どこ消えたのあいつ!さっさと終わらせ……)

 

 

 

 トン、と小さく後ろで音が鳴った

 

 

 

(!?)

 

 それも、よほど近くにいなければ聞こえないであろう小さなトン

 

 その、よほど近くなトンの出所は何処か

 

 受けたビーデルが一番良く知っていた

 

(あ、嘘……)

 

 そう、自身の首筋だ

 

 叩き込まれた音と衝撃

 

 二つを認識したのと、全身から力が抜けたのは同じタイミング

 

「……これで、全員か」

 

 三の目で見下ろす男の声は、既に耳に入っていなかった

 

『天津飯選手、予選通過!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったー!天津飯さん勝ったー!」

 

 モニターを通し、知り合いの勝ち上がりを見届け歓喜する少女が一人

 

 少女の名は佐々木まき絵、両腕を突き上げ喜びを表す

 

「まあ、順当じゃのう」

 

「だよな。それに比べてヤムチャの奴、なーにやってんだか。はぁ」

 

 一方まき絵の傍で観戦する亀仙人とウーロンの両名は、喜んでいる様子はさほど無い

 

 天津飯なら勝って当然、予選の初めからそう思っていたのだろう

 

 加えてウーロンは、それに対比する形で先程のヤムチャの敗戦に呆れ顔を見せる

 

「いやいや、あの少年やりおるぞ。技もなかなかじゃしガッツも溢れとる。とはいえ……」

 

 亀仙人は既に決着の付いたステージBのモニターを見やる

 

 そこには未だ目を覚まさずのびたままのヤムチャが映されており、

 

「何度かあやつがしおった油断が、少なからず負けに繋がったのは確かじゃがのう」

 

 ウーロンに呆れられたヤムチャを擁護すると見せかけて、結局はウーロンと同じく嘆息を漏らすのだった

 

 さて、ここで一同は周囲の異変に気付くことになる

 

「……んう?何か急にざわつきだしたな」

 

 試合の真っ最中だけあり、予選開始から今に至るまで会場内は常に観客達の声で満たされていた

 

 そこへ、更に上乗せするような形で彼らの声が辺りに広がってきたのだ

 

「他二つはまだ決着はついとらん、すると……」

 

 ヤムチャとコタローの戦いに対して、にしてはタイミングが遅すぎる

 

 加えて亀仙人の言う通り、今も戦いが続くステージAとステージHにはまだ大きな動きは無い

 

 となれば原因は、今しがた決着を迎えたばかりのステージFか

 

「さっきそこら辺の人に聞いたんですが、なんか天津飯に負けたあの子、ミスターサタンの娘らしいですよ」

 

「ん?おおっ、クリリン!戻っておったのか!」

 

 その亀仙人の予想は、正解

 

 正解だということを、自らの弟子が図らずも伝えに来た

 

「はい、たった今。ちょっとした縁でトランクスも一緒に」

 

「お久しぶりです、武天老師様」

 

 クリリン、トランクス

 

 予選を早々と勝ち抜いた両名が、終了を待たずして帰還

 

 加えて、まだ目を覚まさぬ古菲もクリリンに負ぶさった状態でこの場に

 

「ふむ、予選では古ちゃんが世話になったのう」

 

 亀仙人は古→トランクスの順で視線を移し、トランクスの挨拶に応じた

 

「ミスターサタンっつーと、セルゲームで馬鹿やってたあいつか?」

 

「ああ。なんでもサタンが優勝したのとは別に、あの子は少年の部ってのでダントツの優勝してたんだと」

 

「ほーん……ようは普通のやつから見たら有力選手だったのが、たった一撃でやられたから驚いてんのか」

 

「みたいだな、今からこんなに驚いてたらこの後どうなっ……」

 

「アスナー!頑張れー!」 

 

 サタンの名を聞いたウーロンは、かつてテレビ中継で彼が見せた醜態を思い出す

 

 見せる表情は先程ヤムチャに対して向けられたものとさほど変わらず、クリリンの補足も含めて周囲の事情を把握したようだ

 

 そこからもう少々クリリンとの会話が続くかと思われたところで、割って入るようなまき絵の甲高い声で一旦言葉が止まる

 

 どうもまき絵は周囲の変化に気付いていないらしく、注意は今もモニターに向けられたまま

 

 クラスメイトかつバカレンジャー仲間、更にはこの世界に来てからずっと行動を共にしていた神楽坂明日菜が戦っているバトルステージに釘付けだった

 

「っと……そっか、まだ古達の仲間が戦ってんだったな」

 

「そうみたいですね。あ、けどクリリンさん……」

 

「ん?あ、……あいつがいんのかあそこは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーっほっほっほっほ!さあさあ、どうしましたのアスナさん!」

 

「あーもういいんちょしつこい!まだ他にも相手いるでしょ!?」

 

 残る数はとうに十を切っていた

 

 開始当初の二十六人に対してはやや手狭かと思われたバトルステージも、今では持て余しそうな広さに感じられる

 

 そこを思う存分駆け巡る少女が二人

 

 先程からまき絵が応援していた、アスナこと神楽坂明日菜

 

 そしてもう一人、こちらもまた、まき絵とは浅からぬ縁を持つ人物

 

「あなたとの決着が、第一ですわ!」

 

「くっ、の!だーかーらー!」

 

 いいんちょこと、雪広あやか

 

 バトルステージの外側を弧を描くように駆けるアスナに対し、並走して横から攻撃を加え続けている

 

 時には蹴り、時には手刀、時には投げ技を仕掛けんと手を開いて伸ばすことも

 

 それらを、アスナはことごとくいなしていく

 

 麻帆良にいた際も両者が激突する機会は少なくなかったが、その頃と比べたら両者の立場は逆

 

 手が早いアスナが先に仕掛け、合気の心得を持つあやかが受けに回る

 

 本来ならばこういう展開がお約束だったが、現在あべこべになったのはお互いに正当な理由があった

 

 

 

 

 まずアスナ

 

「後にさせてってば!先に向こうを……」

 

 彼女はこの予選にて、あやかよりも優先すべき相手を開始直後に見定めていた

 

 まだその人物と拳は一度も交わしてない

 

 しかし数人倒した動きを見ただけで、彼を圧倒的強者と認定するには充分過ぎた

 

 加えて天津飯との修行の成果か気の感知も以前より敏感になっており、内に秘められた膨大な気の大きさを幾らか感じ取ってもいたようだった

 

(天津飯さん達とかと同じで、タイマンじゃ絶対勝てない!だから今のうちから仕掛けたいのに、いいんちょったら!)

 

 故に、予選突破を諦めていない彼女としては混戦に乗じて奇襲をかけたいと考えていたのだ

 

 そのためには、彼から目を離すわけにはいかない

 

 そして、手の内を見せるタイミングを向こうに与えてはいけない

 

 つまりは、今本腰を入れてあやかの相手をするわけにはいかない

 

(なんで分かってくんないのよー!)

 

(……分かってるからこそ、今貴方に挑まなくてはならないんですのよ?アスナさん)

 

 一方のあやか

 

 彼女はアスナの思惑をほぼ把握していた

 

 自身が大してアスナの眼中に入っていないことも、意識の先がほぼ彼にあることも

 

 こうしてマークし続けていなければ、どこかしらでタイミングを見計らって攻撃を仕掛けに行くであろう事も

 

(貴方はまだ力量差の把握がおぼろげで、奇襲か何かでのよもやの勝ち星を夢見ているかもしれませんが……わたくしは断言いたしますわ、悟飯さんには絶対に勝てません)

 

 そう、アスナとあやかがいたのはステージA

 

 ステージ中央で次々と敵を倒し、アスナに圧倒的強者と認定されていた人物は他でもない孫悟飯

 

 そのためあやかは、既に予選の勝ち上がりは眼中になく

 

(ですからアスナさん、貴方を行かせるわけにはいきませんのよ!)

 

 ここでの目的はただ一つ、アスナとの戦いのみに絞られていた

 

 

 

 

 かくして、勝ちを求める者が消極的に

 

 かつ、勝ちを放棄した者が積極的になるというあべこべ状態が形成されているわけだ

 

 しかし、終わりは着々と近付き始めていた

 

(ってヤバい!このままじゃ私達三人だけになっちゃう!)

 

 ステージ中央で戦う選手達が、悟飯に倒され一人また一人と減っていく

 

 辺りに戦う相手がいなくなれば、最後に残った自分達に悟飯が注意を向けるのは明白

 

 そうなると奇襲もくそもない、そのためアスナは切り捨てねばならなかった

 

(……あーもう!分かったわよいいんちょ!)

 

 悟飯への注視と、手の内の隠匿を

 

「ったああっ!」

 

「っ!ようやく、ですわね」

 

「あんたがさっきからしつこいからでしょ!しょうがないから乗ってあげるつってんの!」

 

 走りを止め、ブレーキをかけたのとは反対側の足で上段の蹴りを放つ

 

 あやかはそれを右腕でガード、ついに二人の正真正銘の勝負が始まった

 

「しょうがない、ですか。早くわたくしを倒さないと向こうが一人だけになってしまいますし、アスナさんも大変ですわね」

 

「えっ、なんでわかっ……」

 

「お猿さんの考えてる事なんて、お見通しですわよ!」

 

 アスナの両足が地を離れる

 

 あやかが右手でアスナの足首を掴み、脇に抱え込んで身を捻って投げた

 

「づっ!」

 

「はあああっ!」

 

 あやかの投げ技を久々に食らったアスナは、何とか受身こそとるが半身を床に叩きつけられる

 

 そこへ追撃の掌底が飛んで来た

 

 しかしそれに伴いあやかはアスナの足から手を離しており、アスナは即座に攻撃の手から逃れる

 

「なっ、消え……」

 

「誰がお猿さんよ!」

 

「っ!本当のことを言っただけでしょう?第一、そんなに焦ってしまうくらいなら、初めから受けて立ってくださればよろしかったんではなくて!?」

 

「あんたがこんなにしつこいとは思わなかったの!」

 

 高速移動で側面まで回り込み、肘打ちを一発

 

 回り込んだ先は右側で、あやかは右手を攻撃に動員していたため防御が間に合わず直撃を許す

 

 だが一方でアスナが打ち込んだのは左肘で、利き手でなかった故にダメージは浅く済んだ

 

 あやかはそこから向き直りアスナと取っ組み合いに持ち込んだ

 

「しつこくて結構!100%負ける戦いにアスナさんを向かわせて、修行の成果を試す機会を奪われるのは心外ですもの」

 

「100ぱっ……あんた今それを言う!?」

 

「ええ言いますわ、そしてお見せいたしますわ!」

 

 攻撃が絶え間なく交わされる間も、両者の言葉は途切れない

 

 そうやって攻防が幾らか続いたのち、再び双方に転機が訪れた

 

 あやかの攻撃をアスナが防ぎ、弾き飛ばして両者の距離が開いた瞬間だった

 

「少しでもネギ先生の力のなるべく、修行した……その成果を!」

 

 再び正面からぶつかり合うかと思いきや、あやかがアスナの目の前から消えた

 

 いや、アスナの視界の外に出たのはほんの一瞬

 

 すぐアスナは気であやかを探知し、視覚でも後を追う

 

「え!?いいんちょ、あんたも飛べるの!?」

 

「食らいなさいアスナさん!」

 

 あやかは、上空にいた

 

 彼女が舞空術を修めていたことをアスナは知らず、驚愕で思わず足が止まる

 

 その間に、あやかは右手を上に掲げ力を籠め、放つ

 

 この世界で習得したとっておきの、彼女にとってかけがえのない技を

 




 コタロー戦同様、決着まで続きは書けてるので近い内に投稿します


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第49話 決まるか!?雪広あやか愛の秘技

~大会数日前、パオズ山~

 

「すごいですあやかさん!始めたばかりで気功波のコントロールをもうここまで身に着けるなんて!」

 

「ええ、ですが……なかなか消耗が激しいですわね」

 

 ネギとコタローが修行のためピッコロのもとに留まり、離れ離れになってから数日

 

 ネギ達ほどとはいかないまでも、あやかはパオズ山にて修行を自分なりに進めていた

 

 悟飯も日中はネギ達と合流して修行することがほとんどで、今回見てもらっているのもピッコロの所から戻ってきてからの夜遅く

 

 前方十数メートル先に用意された的を、あやかの放つ気功波が捉え粉々に砕いていた

 

「だとしても、あそこまで遠くはなかなか上手く狙えませんよ。元々合気柔術……でしたっけ?武術をやってるからかもしれませんが、筋がいいです」

 

「そう言っていただけるのは嬉しいんですが、やはり数発撃ってこの調子では……実戦では使えないんではありませんこと?」

 

「そうですね……」

 

 常人では到底為し得ない成果に悟飯は称賛の言葉を贈るが、多大な消耗によって実用性を伴っていないことにあやかは未だ不満を残していた

 

「消耗を抑えたいなら、例えば……こうやって、球状にするとかして一発ごとの消費量を少なくするとかでしょうか」

 

「えっ、気の形を変えるんですの?」

 

 そこで悟飯は手の平に気功弾を浮かべ、解決策を提示する

 

 手に宿した気をそのまま光線状に放っていたあやかは、こうした方法があるとは知らず目を丸くした

 

「はい。他にも僕の知ってるのだと……薄平たくして円盤状にしたり、指先からより細いのを出したりとか」

 

「色々ことが出来ますのね…………!?」

 

「あやかさん?」

 

「形を自在に変えることが出来るなら、もしかして……けど、わたくしのは気ですし……いえ、それでも形だけなら……」

 

「あ、あのーあやかさ「悟飯さん!」 は、はいっ」

 

 そして、あることを閃いた

 

「ありがとうございます!わたくし、次にネギ先生に会うまでにすべき目標を見つけることが出来ましたわ!」

 

「え?は、はい。良かった……ですね?」

 

「では早速、始めますわよー!」

 

 そしてあやか一世一代の特訓が、始まった

 

 

 

 

 

~大会前日、神の神殿~

 

「どう、でしょう?ネギ先生……わたくしなりに、頑張ってみたのですけれど」

 

 遙か上空で気功波が放たれ、消えた

 

 あやかがネギと再会したのは、彼がちょうど大会前最後の修行を終えたタイミングであった

 

 前日に再会しそびれたこともあって、あやかはより一層テンションを高めネギに飛び付く

 

 そしてすぐ、特訓の成果のお披露目となった

 

 お披露目と言っても、ただ気功波を一回撃つだけの簡素なもの

 

 しかしそれであやかにとっては、そしてネギにとっても充分なものであった

 

「……凄いです!いいんちょさん!」

 

「!?」

 

 ネギがあやかに駆け寄り、両手をとる

 

 修行を終えたばかりで疲れもまだ抜けていない筈なのだが、それを感じさせぬ笑みを浮かべていた

 

「僕は悟飯君やコタロー君みたいに『気』には明るくないですけど、これがすごく大変なことで、いいんちょさんがとても頑張った結果というのは分かります!」

 

「え、あの、その……」

 

「それに、色んな選択肢があった中でこれを選んでくれたって言うのが……ちょっと照れ臭くもありますけど、僕嬉しいです」

 

「ネ、ネギ先せ……あっ」

 

 久々の再会、予想以上の賛辞、伝わる温もり、正面から飛び込む笑み

 

「い、いいんちょさん!?」

 

「あ、あかん!いいんちょが鼻血出して気ぃ失っとる!」

 

 全ての要素が絡み合い作用した結果、あやかはネギに負けない満面の笑みを浮かべたまま気絶した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~大会当日 ステージA~

 

連弾(セリエス)光の7矢(ルーキス)!」

 

「は!?」

 

 あやかの右手から放たれた気功波は、七つに枝分かれして一斉にアスナへと襲いかかる

 

 それぞれが目映い光を帯び、先端は鋭さを伴った細い形状

 

 アスナはそれに見覚えがあり、それをあやかが放ったという事実に面食らった

 

(なんでネギの技をいいんちょが!?)

 

 そう、あやかが今しがた放った気功波は、ネギの使う|魔法の射手(サギタ・マギカ)に酷似していたのだ

 

 今までの戦闘で、あやかが気を用いて戦うことは既に分かっている

 

 なのに、魔力を用いて戦うネギの技が飛び出した

 

 あやかが舞空術を修めていたことの驚きと併せて、アスナは思わず固まってしまった

 

(ネギ先生からお墨付きをいただいた、雪広あやか渾身の一撃を食らいなさい!)

 

 実際のところ性能はともかくこうして形状を真似することは、魔力と気の違いはあれど不可能ではない

 

 気をコントロールして練り上げ、イメージに沿って形を変えられることは多くの先人が証明している

 

 だがあやかがこの技を目にしたのは、まほら武道会での試合と悟飯との修行の最初期のみ

 

 にも拘わらずほぼ完璧に再現出来ているのは、過去に悟飯が述べたようにあやかに気の才があったことと、それ以上にネギへの尋常でない愛故の賜物であろう

 

(さあ、どうですの!?)

 

 その場から一歩も動かないアスナへ、光の7矢は全弾着弾する

 

 命中を確信したあやかは、威力はアスナに対しどれほどかと次なる期待を寄せる

 

 しかし悲しいかな、その期待は途端に消え失せることになった

 

(……なっ!?)

 

 理由はアスナが持つ特有の、この異世界においては唯一無二とも云える能力

 

「……忘れてたわけじゃないけど、こっち来てからはこれ使うの随分久しぶりかしらね」

 

 

 魔法無効化(マジックキャンセル)

 

 

 ネギから聞かされていなかったあやかは、文字通り自身の成果を無に帰してしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法無効化(マジックキャンセル)能力、か……」

 

 少し前にステージFでの勝ち上がりを決めた天津飯は、クリリンやトランクスとは違い未だバトルステージ上に留まっていた

 

 アスナのいるステージAが未決着であり、移動中に肝心な瞬間を見逃すことを危惧したためだ

 

 今日に至るまでアスナと共に修行してきた天津飯は、当然ながらアスナのこの力を知っていた

 

「初めアスナに言われた時は到底信じられんかったが……やはり、改めて見ると恐ろしい力だ」

 

 切っ掛けは餃子を含めた三人での修行中、餃子の放った気弾を天津飯が弾き、アスナの方へと飛んでしまった時だった

 

 天津飯は避けろと叫ぶがアスナは構わず突進、直後に気弾は消滅

 

 アスナの攻撃を防いだ天津飯は即座に修行を中断、彼女を問い詰めて真相を知る

 

「あの時は万が一を恐れて試すことはしなかったが、もし本当に気や魔力の大小に拘わらず全てを打ち消せるのだとすれば……あいつは強力な矛だけでなく、隙の無い完璧な盾も所持していることになる」

 

 矛とは言うまでもなく、気と魔力を合わせた秘技『咸卦法』のこと

 

「今はまだ、仲間のあいつらには実力で負けてるかもしれんが……」

 

 額の第三の目はアスナを見据えたまま、左右の目は横に向けられ三人の戦士を捉える

 

 彼同様既に勝ち上がりを決めたネギ、コタロー、楓

 

「正しい師に就き、今後も修行を続ければ……追い抜く日はそう遠くないかも知れないな」

 

 予選の最中も天津飯は各ステージに目を配らせており、三人の戦いぶりも見届けていた

 

 とりわけ、かつては互いにしのぎを削った間柄であるヤムチャを倒したコタローの戦いは三人の中で相当に注視しており、天津飯の中ではなかなかに高い評価を残している

 

 それを踏まえた上で、天津飯はアスナに対し先程のような評価を下していた

 

「ただ惜しむらくは、現時点でまだ基礎の力が足りていないこと。そして……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故ですの!?ダメージが通らないのはともかく、当たった痕跡すら……」

 

「……あー、ごめんねいいんちょ。私こういうの効かないのよ」

 

「き、効かない?」

 

「そ。ネギから聞いてなかった?」

 

「い、いえ、何も。……やはりアスナさんも、飛べるようになってましたのね」

 

 申し訳無さそうにしながら、アスナはゆっくりと舞空術であやかのもとへと向かう

 

 気功波で迎撃出来そうな隙があるようにも見えたが、効かないことを理解したのかあやかはただその様子を目で追い続ける

 

「まあね、そして修行も目一杯したわ。あんたがどれほどやったかは分からないけど、多分それ以上には」

 

「……でしょうね。今の攻撃が効く効かないを抜きにしても、前より差が開いたのは明らかでしょうし」

 

 光の7矢がかき消された直後の焦燥はいつの間にやら消え、穏やかな表情だった

 

 アスナも『悟飯との交戦のため早く倒そう』という様子は一切見られなくなり、同様な表情を浮かべていた

 

「けどあんたが強くなったってのは、刹那さんが言ってた以上に伝わったわ」

 

「それはどうも」

 

「修行中ちょっと気にしてたのよね、これ以上差がぶっちぎりで開いたら張り合いがなくなるし、あんたに悪いかな~って」

 

「またまた、見え透いたご冗談を」

 

「冗談じゃないってば」

 

「まあ、そういうことにしておきましょうか。では、そろそろ……」

 

「ええ、終わらせましょ」

 

 上空で、二人は構えをとる

 

 直後、飛び出し攻撃が交錯した

 

 

 

 

 アスナの第一撃、右の蹴りをあやかは左腕で受ける

 

 あやかの第一撃、右手で掴みかかるがアスナの左手刀が叩き落とす

 

 アスナの第二撃、左手をそのままあやかに伸ばし衿を掴んで引き寄せ頭突きを一発

 

 あやかの第二撃、頭突きに怯まず左で拳を作りアスナの脇腹に叩き込む

 

 アスナの第三撃、気によるガードで攻撃をものともせずお返しにこちらも右拳で腹に一撃

 

 アスナの第四撃、両手で改めてあやかを掴み直し下へ投げ飛ばした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、いいんちょさん!?」

 

「おー、派手に水柱が上がったでござるなぁ」

 

 ネギと楓は、場所をコタローのいるステージBに移していた

 

 ヤムチャとの戦いを終え倒れ込んだままのコタローが中々起き上がってこず、心配になったためだ

 

「まあ、あやか姉ちゃんも修行したとはいえ俺らほどガチちゃうしな。妥当やろ」

 

 しかし楓が少し気を分けてやると、このように健在な様子を見せていた

 

 未だ動かずにいるのは天津飯と同じく、残りの戦いを見届けるため

 

 そしてたった今、けたたましく響く水音と立ち上る水柱が一つの戦いの決着を告げた

 

「にしても、アスナ姉ちゃん長引かせ過ぎだったんちゃうか?最後のあれ見る限りもっと早く終わらせられたやろ」

 

「ふむ、おそらくはいいんちょになるべく深手を負わせぬよう、加減の度合いを探っていたのでござろうな。あとは……」

 

 感じ取れる気の大きさと序盤の攻防から、コタローは両者の間に相当ある実力の開きに気付いていた

 

 にも拘わらずそこそこに決着が長引いたことに疑問を持っていたが、楓が推測を立てる

 

「……強くなったいいんちょとの勝負を、あっけなく終わらせることが心惜しかった。とかでござろうか?」

 

「は?まだ他に悟飯も残っとるんに、それは流石に悠長すぎやろ」

 

「……きっとそうだと思うよコタロー君、ほら」

 

「ん?あっ!」

 

 楓の推測にコタローは難色を示すが、ネギは逆に支持し遠方を指さす

 

 そこにはバトルステージから離れ、着水したあやかの様子を見に向かうアスナの姿があった

 

「悟飯殿とのことを考えているなら、まず取れない行動でござるな」

 

「はい、それにいいんちょさんは……アスナさんの親友ですから」

 

「親友、か……」

 

 ネギと楓は3―Aでの二人の様子を思い出しながら、コタローは親友という言葉を胸中に残しながら、あの時の二人と同じような穏やかな表情でそれを見届ける

 

 

 

 

 再び発生した、水音と水柱を認知するその瞬間までは

 

 

 

 

「「……え?」」

 

「……おや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(は!?いやいや、何?何が起き………は?!)

 

 アスナは水中に引きずり込まれた一瞬で、頭の中に幾つもの疑問符と感嘆符を並べていた

 

 楓の推測通りアスナはあやかを倒すための加減の度合いを序盤は探っており、その結果に合わせてあやかを投げ飛ばした

 

 しかしその検討付けも幾らか誤算があった

 

 投げる際に予想よりも大きい抵抗があやかから生じ、それでもなお投げようと余計に力を込めたため、力の加減と投げ飛ばす方向を誤ったのだ

 

 その結果が、先程の巨大な水音と水柱である

 

 もし気を失ったまま水中に沈んだ場合の危険性を考えたアスナは、あやかが上がってくるか確認すべく水面へとギリギリまで近付いた

 

 直後に、これである

 

「……ぷはぁっ!えほっ、えぼっ」

 

 自らを引きずり込んだ力は着水して間もなく解け、アスナは水面から顔を出す

 

 続けてすぐ隣で別の人物が顔を出し、第一声をあげた

 

「おーーーっほっほっほ!油断大敵ですわよアスナさん!」

 

 他でもない、あやかだった

 

 アスナが危惧していた気絶状態では全くなく、自らと同じくずぶ濡れになったアスナの様子を見てしたり顔な笑みを浮かべてすらいた

 

「……あんたねえええ!」

 

 対照的にアスナは眉をつり上げた怒り顔で、即座にあやかの方へ向き直り両手で肩を掴み激しく前後に揺する

 

「なんてことしてくれてんのよーー!」

 

「予想通り過ぎて笑えますわねアスナさん!さっきも申しましたでしょう油断大敵と!」

 

「は!?ふひゃっ!」

 

 あやかは一切物怖じせず、こちらは両手を伸ばしアスナの両頬を掴んで引き延ばした

 

「まだ予選が済んでないにも拘わらずさっきのような気の抜けよう!わたくしとあなたの今の実力差なら、本来難なくかわせる筈でしょう!?」

 

「ふぉっ、ふぉれふぁ……」

 

「こんな奇襲も想定出来ないあなたが、悟飯さん相手に奇襲混じりで勝負を挑もうなんてちゃんちゃらおかしいですわね!」

 

「ぷふぁっ、あんたが溺れてないか心配して見に来てやったのに何よその言い草は!」

 

「むぐふぅむ……ぷはっ、それが余計なお世話と言うんです!」

 

 両頬に掛かる指を振り払うと、アスナも負けじとあやかの頬を掴む

 

 それをどうにか振り払うと、あやかも再び頬を掴む

 

『孫悟飯選手、予選通過!』

 

「だいたいあんたは!」

 

「アスナさんこそ!」

 

 悟飯の勝ち抜けがアナウンスされたが、二人の耳には入らない

 

 水に浸かったからといって頭が冷めることはなく、ヒートアップは続く

 

 悟飯が気付いて止めに降りてくるまで、二人の取っ組み合いは続いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「惜しむらくは……ああして変なところで熱くなって、肝心な時に気が抜けるところ。か」

 

 天津飯はひとり、ため息を漏らす

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、残るバトルステージはあと一つ

 

「これで、全部済んだか」

 

「はい」

 

 ステージHに残っているのは、こちらも佳境であと二名

 

「変に出し惜しみするのはやめておけよ、刹那。俺がヤムチャみたく悠長に待つとは限らんぞ?」

 

「言われなくても、ですよ。ピッコロさん」

 

 他の全ての戦いを見届けた両者は、真剣な面持ちで向き合った

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第50話 予選の激戦ラストワン 刹那vsピッコロ

 残る席は一つ、それを争う選手は二名

 

 長かった予選もいよいよ終わりが間近に迫ってきた

 

 選手の数は減っても、戦いがそこにある限り観客達からの声援が減ることはない

 

 加えて目を向けるべき戦いが一つに絞られたことで、客席ではある種の一体感のようまで感じられるようになってきた

 

「ブルマさん、あの緑の人って確かすっごい強いんでしたっけ」

 

「ええ、そうよ。ヤムチャとは比べものにならないくらいにはね」

 

「え、そんな……」

 

 そんなとある一画で、残る二名の選手を知るもの達が集まり開始から通して予選を観戦していた

 

「ピッコロさんはこっちの世界でのせっちゃん達のお師匠さんやからなー、めちゃくちゃ強いんやで」

 

 上からハルナ、ブルマ、のどか、木乃香

 

 なかでも刹那とピッコロ両名をよく知る木乃香は、更に言葉を続けた

 

「けどせっちゃんかていっぱい修行したん、うち知っとるもん。勝つのは無理かも知れへんけど、最後まで応援するえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さあ、まずはどう仕掛けてくる?)

 

 木乃香達が見守る中、まだ両者とも動いていなかった

 

 いや、正確には両者『とも』と括るのは間違いだろう

 

 

 ピッコロは、動かない

 

 刹那は、動けない

 

 

(精神と時の部屋での組み手では、毎度毎度正面から突っ込んで来ていたが……)

 

(あれは組み手という体だからこそ、やられ続けても己の糧とすべくやっていた。しかし今、同じようにしてむざむざとやられるわけにはいかない)

 

 過去の記憶からピッコロは刹那が取り得る行動を予測するが、その予測は刹那も読んでいた

 

 過去に修行で多用した行動は即ち、ピッコロにとって一番捌きやすいそれと化す

 

(となれば、飛ぶなり廻るなりして少しでも俺を攪乱させるような行動をとってくるか?)

 

(正直、不安が無いわけじゃない。まだ実力の一端すら碌に見れていないこの人を相手に、直接試したことのない動きが何処まで通用するかというのは。だが……)

 

 しかし初めてのものをぶつけるのも、それはそれでリスクが伴うのも確か

 

 どちらにせよ、強敵を相手にする以上刹那は取るべきリスクを選ばなくてはならなかった

 

 いやむしろ、リスクを選ぶことが出来る現状を幸運に思うべきなのかもしれない

 

(……出し惜しみはしないと、たった今決めたばかりだ!)

 

 しばし選択を躊躇し、動けなかった刹那だがついに決断する

 

「……やああああっ!」

 

 刹那はピッコロへ瞬動で急速に接近を図り、同時に右手に気を込めた

 

(ほう、まさかの同じ行ど……いや、流石に違ったか)

 

 正面からの突撃だったが、これまでとは違っていた

 

 右手に込めた気は打撃にではなく無数の気弾の生成に使われ、刹那同様高速でピッコロへと迫る

 

 姿勢を低くし交差させたピッコロの両腕に、気弾は全て着弾し爆ぜた

 

(なるほど、威力は確かに上がったがこれは……読めたぞ)

 

 あえて一度攻撃を受け威力を確かめたピッコロは、威力にそぐわない大きさの爆煙の意味を即座に把握

 

「……そこだぁっ!」

 

 目の前が晴れるよりも先に、左腕を自身の左横に構える

 

「っ!」

 

 直後、回り込んでいた刹那の蹴りと交錯した

 

「だだだだだだだあっ!」

 

 そこで刹那は止まらず、続けざまに気を込めた両拳を叩き込みにかかる

 

(瞬動、だったな。あの一瞬のうちに、更に二回もか……)

 

 気或いは魔力を用いての移動術、瞬動

 

 刹那の元いた世界ではメジャーな技だが、弱点もある

 

 一度発動すると途中での方向転換が難しく、一定以上の達人相手には隙を生みかねないことだ

 

 それを刹那は、『目標距離の途中でもう片足を使って再度瞬動を行う』という方法で方向転換を実現させた

 

 無論超高速の中減速もなくピンポイントで地を蹴るため、難易度は相当高い

 

 しかしこれにより、見かけは瞬動だが虚空瞬動さながらの動きが可能となる

 

 瞬動を知る者にとっては虚を突ける技だったが、ピッコロは即座に看破してみせた

 

(だが、俺の耳を甘く見たな)

 

 そう、気弾の爆発で視覚を奪っただけではピッコロを撹乱するには至らず

 

 蹴りというアクションが入る瞬動の特性上、発動ごとに足と地のぶつかる音がどうしても発生する

 

 ピッコロの持つ類慣れなる聴力は、爆音の先に潜むその音を完璧に捉えていた

 

(今繰り出している攻撃も、最後に見た時よりパワー・スピード共に桁違い。だがそれでも……)

 

 更には刹那の連撃を、一度も有効打を与えさせぬまま必要最小限の動きで捌き続ける

 

 そして打った拳の数が百に届こうかという頃、ついにピッコロの手が刹那へと伸びた

 

「っ、ぐ……」

 

「いい加減にしろ、あと何百発打っても俺には届かんのが分からんか」

 

 右手首を掴み、単調なまま変わらずにいた今しがたの攻撃に悪態をつきつつ締め上げる

 

 押しても引いても、ピッコロの手は微塵と動かず刹那をその場に留めた

 

「どうせならもっと……」

 

「うわぁっ!」

 

「色々足掻いてみせろ!刹那!」

 

 直後、ピッコロは刹那を宙へ放り投げる

 

(くっ、言われなくてもそのつも……っ!?)

 

「はあぁっ!」

 

(虚空瞬動!)

 

 そこから、ほんの一瞬の間だった

 

 刹那がすぐに体勢を整え見据えた先にいたピッコロは、気功波を撃つべく左手をこちらへと向けていた

 

 自分へ気功波を撃つつもりだ、そう刹那が認識した直後にそれは撃ち出された

 

 対処を考える余裕など無きに等しく、刹那は咄嗟に空を蹴って命中を免れた

 

(今のは、食らえば間違えなくやられていた……)

 

 この回避は本当にぎりぎりで、横を通り抜けた気弾から感じた気の密度は、耐えきれない威力の一撃だと十二分に物語っていた

 

 四肢が弾け飛ぶ、身を突き破るとまではいかないまでも、骨肉がひしゃげ焼け爛れ動けなくなるレベルはあったとしてもおかしくない

 

 そんな攻撃をピッコロが躊躇いもなく行った

 

(……そうだ、今のは避けてもらわんとな)

 

 これまでの修行で見せたものとは比べ物にならず、見る者によっては殺意があるとも受け取られかねないこのピッコロの行動

 

(邪念で動きを鈍らせ、避けられるものを避けられんようなら話にならん。お前の覚悟、どこまで本気か見せてもらおう)

 

 その真意は、彼の体感時間でいうところの半年近く前まで遡ることになる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~大会二日前 精神と時の部屋~

 

「刹那殿が、でござるか?」

 

「ああ」

 

 白、白、白、白

 

 ひたすら白が果てなく広がる、精神と時の部屋

 

 そんな空間の一画で、白だらけの中ではよく目立つ二つの緑

 

 緑髪の長瀬楓と、緑肌のピッコロがそこにはいた

 

 修行で掻いた汗を流すため、楓が湯浴みをし丁度終えて出てきたタイミングでのこと

 

「ここでの修行は最後までついてきたし、力もつけた。だが、どうにもあいつからは何度も本気に近い殺気を感じてな」

 

「殺気……」

 

「今回だけでなく、思い返せばこれまでもだ。お前含めて何人も纏めて相手にしてて然程気にしてなかったんだが、一対一でもああでは流石に目立つ」

 

 カーテン越しに楓は、ピッコロが魔術で出した修行着に着替えながら話に耳を傾ける

 

 部屋と同じく白いカーテンは彼女の影を明瞭に映しているが、雄雌の概念がないナメック星人のピッコロにはまるで興味はない

 

 二週間共に生活してきた楓もそのことは重々わかっており、薄布一枚しかない仕切りもまるで気にせずその動きは淡々としていた

 

「それはまあ、なんというか……おそらくピッコロ殿のことを、仮想敵として認識し過ぎてるのではないかと」

 

「何だと?」

 

「拙者達が初めて会った時のやりとり、忘れてはないでござるよな?」

 

 修行着は麻帆良祭で龍宮真名と戦った時と、つまりはこの世界にきた時のものと同じ

 

 湿った足のせいで履きにくい足袋にやや苦戦しつつ、楓は言葉は続けた

 

「拙者達の力を見るべく、あたかも害を為す敵のように装い挑発。刹那殿はそれに乗り、助太刀に入った拙者諸共大敗を喫したでござる。あれが、相当堪えたんでござろうな」

 

「……もう少し分かるように話せ」

 

「負けた瞬間、刹那殿の胸中には何があったか。一つはほぼ間違いなく、木乃香殿を守れぬことに対する悔恨の念でござろう」

 

 あの時刹那は木乃香をカモと共に戦闘場所から離れさせたが、自身と楓が倒れた場合どうなるか

 

 開戦前の口ぶりをそのままピッコロの本性と受け取った場合、後を追って危害を与えていた可能性が高いと刹那は考えたはずだ

 

「ピッコロ殿から真意を聞かされた後も、それが胸に刻まれたままだとしたら……」

 

「無意識のうちに俺を、正真正銘の敵であるかのように見てしまってたということか。初めて会った時と同様に」

 

「それプラス、修行で何度も打ち負かされる度にその悔恨の念は晴れぬまま、最初ほどでないにしろ徐々に積み重ねれば……まあ、これは拙者の予想でござるゆえ参考程度にしていただければ」

 

「いや、充分だ、大体把握出来た。だとすれば、少々勿体なかったか……」

 

「勿体ない、とは?」

 

 着替え終え、間にあるカーテンを取っ払い楓が姿を見せる

 

 湯上がりでほのかに湿った肌と髪、赤みが普段よりもある頬が目に付くが、ピッコロはまるで意に介さず

 

「あいつがそういう気でいたのなら、もう少し修行のやり方があったってことだ」

 

 一対一での修行を刹那→楓の順で行ったことに、幾らか後悔を見せているようだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(お前が俺を敵のように見てしまっていたのなら、俺もギリギリまで『敵』として振る舞ってやろう……)

 

 刹那が避けた後も、ピッコロの攻撃は続いた

 

 先程同速度同威力の気功波を、両手から交互に撃ち出していく

 

 それらを刹那は、舞空術と虚空瞬動とを併せて次々と回避する

 

 これも初撃と同じく、すぐ横を通り抜けるギリギリの回避

 

(明らかに違う、今までのピッコロさんと!)

 

「そらどうした!これじゃあ、いつまで経っても俺に次の攻撃は届かんぞ!」

 

 現在、刹那とピッコロは一定の距離を保っている

 

 刹那としては接近して攻撃を図りたいところであったが、この気功波の波状攻撃がそれを阻む

 

 距離が近づけばそれだけ回避の所要時間が短くなり、直撃のリスクが高まる

 

 とはいえこのままでは、ピッコロの言うとおり一方的な展開が続くのも確か

 

「こっ、のおぉっ!」

 

「ずぁあぁっ!」

 

 刹那は牽制に気弾を一発放つが、それをピッコロは即座に撃ち落とす

 

 そして攻撃の手は緩まない

 

(これも駄目か!)

 

(そうだ、もっと抗え!足掻け刹那!)

 

(ならば……)

 

 それを受けて再び刹那の右手に気が込められる

 

 しかし今度は少し時間を掛けて、念入りに

 

 その間も気功波は襲い続けるが、それでも必死に避けつつ続ける

 

(これなら!)

 

「む?」

 

 溜めること数秒、刹那は右腕を伸ばし撃ち出す

 

 ただし正面にでなく右側、ピッコロのいるのとは見当違いの方向だ

 

 発射方向に一瞬疑問を抱くピッコロだったが、すぐにその意図を察した

 

(なるほど。俺の気功波の斜線上から外して、時間差攻撃か)

 

 刹那の気功波は、弧を描きながらピッコロへと向かってきていた

 

 先程の気弾は両者の間を真っ直ぐ通っており、ピッコロの気功波の通り道でもあった

 

 そのため刹那への攻撃を兼ねて撃ち落とすことが出来たわけだが、今回はそうもいかない

 

(あの気弾を撃ち落とそうと俺も気功波を放てば、それは刹那の攻撃とはなり得ない。すなわち気功波一発分の猶予をあいつに与えることになる)

 

(かといって私への気功波攻撃を続けるなら、着弾は必至。どこまでダメージが通るかはともかく、手元を狂わせられるだけの威力は込めたつもりだ!)

 

 今度は刹那が開戦の時とは逆に、ピッコロに択を与えてみせた

 

 その上、どちらを選んでも自身のすべき動きを予め定めてある択を

 

(あとは、この攻撃を避け続けてピッコロさんの行動を見届け……)

 

 

 

 

 

「だが、残念だったな」

 

 

 

 

「!?」

 

 ただしそれは、ピッコロがその択を素直に受け取った場合に限る

 

 これを失念していた刹那は、自身の目の前に現れたピッコロを前に思わず固まった

 

「俺があの場から動かないと、なぜ思いこんでいた?」

 

「ぐっ……」

 

 その間に、ピッコロは刹那の襟元を掴み

 

「はぁっ!」

 

「がぁぁっ!」

 

 足元へ投げ落とす

 

 背を地に叩きつけられ、刹那は息を吐き出した

 

 ここでもし投げられた身体の向きが反対であったら、刹那は終わっていたかもしれない

 

 上向きであったために、拳を握るピッコロの姿をすぐに見ることが出来た

 

「!!」

 

 直後、自身の横でピッコロの拳が床を砕いた

 

 これもまた、食らえば一撃で勝負ありとなる攻撃

 

 認知してすぐに身を転がしていなければ、間違いなく食らっていただろう

 

(やはり感じる、修行では感じなかった殺気を、これまでの攻撃全てに!)

 

(……やっと気付いたか)

 

 刹那はすぐさま跳ね起き、大会前までのピッコロとは違うことを確信する

 

(そして未だ消えず、か……そうだ、それでいい)

 

 そしてピッコロは、気付いた様子の刹那に対しほんの僅かだが口元をつり上げた

 

(こちらの殺気を受けて消え失せる殺気など、所詮は覚悟の無い紛い物。さあ、もっとぶつけてこい!)

 




これまでと同じく、決着まで書き上げ済み。推敲したのち近い内に投稿します


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第51話 予選決着!見せろ刹那、己の『すべて』

「……すごい」

 

 二人の戦いを開始から暫く見て、ようやく漏れた第一声がこれ

 

「今までにないくらい、力を振るうピッコロさんも」

 

 そこから溢れ出すように、言葉が次々とネギの口から飛び出した

 

「それに食らいつき続ける、刹那さんも」

 

 目の前の戦いには、緩みが一切無かった

 

 一瞬一瞬が、攻防の繰り返し

 

 僅かな隙でやられるような強力な攻撃

 

 逆に言えば隙を見せず、それを食らわず戦い続けている刹那

 

 この間にも、刹那とピッコロの交戦は絶え間なく続いていた

 

「けどこのままじゃ、もう持たへんで」

 

「うむ。ピッコロ殿は本当にギリギリの塩梅で刹那殿に攻撃を加えているようでござるが、そのギリギリは刹那殿の神経を否応なしにすり減らしている……」

 

「第一、そのギリギリっちゅうんがおかしいんや。あれじゃあ勝負でも、ましてや組み手紛いの稽古でもあらへん。必死に逃げて、抗う様を上から見下ろして楽しむような……悪趣味ないたぶりと変わらへんやろ」

 

 一方で、コタローはピッコロの振る舞いに少々納得がいかない様子

 

 あえてギリギリの攻撃を続けるということは、手を抜いていることを露骨に示しているともいえる

 

 あれでは生殺し、コタローはそう主張したかった

 

「コタロー殿と刹那殿の、強くなりたい理由やピッコロ殿と戦う理由が同じなら、そうなのでござろうがな」

 

「?」

 

(とはいえ、時間があまりないのも事実でござろう)

 

「か、楓さん!あれ!」

 

(む……刹那殿、そろそろどうにかせねば、本当に終わってしまうでござるよ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(どこだ!?どのタイミングであれを使える!?)

 

 刹那は再び、気功波の雨を空中で避け続けていた

 

 今度は気功波というか所謂気弾で、遠くから見れば『線』ではなく『点』の回避に近い

 

 端から見れば前より避け易いと思うかもしれないが、実際は違う

 

(体力もそうだが、気の消耗はこれ以上するわけにはいかない!それに……これらからどう抜け出す!?)

 

 刹那は第一撃を避けた箇所をほんの一瞬見て、奥歯を強く噛む

 

 避けた気弾は宙で静止し、刹那の空中での動きを制限していた

 

 よく見ると他にも数個、止まっている気弾がポツポツと

 

(増えれば増えるほど、対処は絶望的になる!考えろ!)

 

 そして現在進行形で、避けた気弾らは何個かに一個の割合で空中で動きを止め、その数を増やしていた

 

 技名こそピッコロは口にしなかったが、知る者が見ればあれが彼の必殺技『魔空包囲弾』であることは容易に分かるだろう

 

(前にも使ったが、今度は脱出の猶予も抜け道も用意せんぞ!さあ、どうする?)

 

(以前修行で囲まれたことがあるからわかるが、あれは本気でされたら脱出はほぼ無理だ!やるなら包囲網が完成する前の今しか無い!)

 

 問題の先送りが敗北に直結することを刹那は承知しており、早急の判断を迫られる

 

 理想は自分を囲む気弾達からうんと遠くまで離れることだが、現実は厳しい

 

 安全に抜けるための大回りのルートは、ピッコロの絶妙な攻撃が回避方向を制限し阻んでいる

 

 危険地帯、気弾と気弾の間を縫って通り抜けるのは、気弾がコントロール下に置かれたままである以上あまりにもリスクが大きすぎる

 

(動かされて道をふさがれたり、その場で起爆されたら一巻の終わりだ。ならどうするか……誘爆、させるしかない!)

 

 刹那の選択は、包囲される前に気弾そのものを消してしまうというものだった

 

(だが、私の攻撃では駄目だ。絶え間なく飛んでくるピッコロさんの気弾と、逆方向からの誘爆。その両方を同時に対処する力は私には無い。つまり……)

 

(その目、覚悟を決めたな)

 

 刹那は左拳を握りしめ、向かってくるピッコロの気弾を睨み付けるように見る

 

 それは離れた位置にいたピッコロからも確認でき、刹那の内にあるものを感じ取った

 

 

 

 

 

(ピッコロさんの気弾で誘爆させる!私が、弾き飛ばして!)

 

(相手から殺意を持って攻撃される覚悟と、もう一つ……その相手の攻撃を食らう覚悟が)

 

 

 

 

 

 次の瞬間、刹那は目をカッと見開き左腕を振るった

 

「ずぇぁああああぁぁっ!!」

 

 上腕全体、更には当たっていない肩や首元にまで激痛が走る

 

 それでも、刹那は痛みに耐え腕を振り抜いた

 

 ピッコロの気弾は刹那の腕では爆ぜず、進路を変え空中静止中の別の気弾に命中

 

(痛みがなんだ!集中を切らすな!この一瞬、逃せば次の機会はおそらくもう無……)

 

 直後、刹那は爆発の中に消える

 

 連鎖して次々と爆発していく気弾によって、刹那の姿は完全に見えなくなった

 

(左腕に気を集中させ、負傷を承知で無理矢理弾いたか……)

 

 爆発直前に放たれた気弾数発は、その中に飲み込まれていくが手応えは無し

 

 この状況では狙いを定められないと分かると、ピッコロは攻撃を中断し周囲に神経を集中させる

 

(あの誘爆や残りの気弾では、くたばっていまい……姿を晦ませ、それに乗じて仕掛けてくるつもりだな)

 

 爆音の中に潜む物音、刹那の気

 

 その両方を探りながら、ピッコロは攻撃に備える

 

(……妙だ、気の高まりは感じるがその場から動く気配が無い。まさかこの距離からそのまま攻撃してくる気か?)

 

 てっきり、中・近距離まで迫ってくるとばかり思っていたピッコロは、大まかながら感知出来る刹那の動向に首を捻りたくなった

 

 ただでさえ刹那とピッコロとは地力、即ち期待出来る攻撃の威力に大きな開きがある

 

 となれば刹那としては距離を詰め、少しでも威力の高い攻撃を叩き込みたい筈だ

 

 なのに刹那はあの場所、ピッコロから離れた上空から動かない

 

(ここにきて、俺の反撃を食らうのを恐れたか刹那!)

 

 

 

 

 

(違いますよ、ピッコロさん。私は……)

 

 

 

 

 

「!?」

 

 次の瞬間、ピッコロの不正解を糾弾するかのように刹那の攻撃が飛んできた

 

 気弾だ、それも無数の

 

(な、何が起きている!?)

 

 『無数の』といっても、実際に撃ち出される気弾の数は有限であり、同じ『無数の』と形容される連続攻撃があったとしてそれらには格差が存在する

 

 ピッコロほどの使い手ならよほどのレベル、例えばベジータが強敵相手に高速で両手を使って撃ち出すあの気弾攻撃並であっても、想定の範囲内として容易く対処出来たであろう

 

 しかし目の前の攻撃は、そのレベルを遙かに凌駕していた

 

 仮に刹那の腕が六本あり、かつベジータ並の速度で放ったとしてもお釣りが溢れんばかりの、圧倒的物量

 

 それに思わずピッコロは目を奪われ、その場から動かず両腕を掲げての防御体勢をとりその攻撃を受けた

 

 例えるなら、コンテナいっぱいに入っていたゴルフボールが、上空から隙間無く降り注ぐような

 

 それも一個一個が、ある一定の威力を持った気弾として超高速で

 

(避けるどうこうの問題じゃ無い!刹那のやつ、このバトルステージ全体に同密度の攻撃を叩き込んでやがる!)

 

 攻撃を受けながら周囲に目をやったピッコロは、辺りの無人の箇所も同様に気弾が届いていることを確認する

 

 予選開始早々二人は他の選手全員を倒しており、邪魔にならぬよう時間の有る内にバトルステージ上から退かせたため二次被害は無い

 

 しかし一番の問題は攻撃範囲や一般選手の安否ではなく、ピッコロの虚を突くほどまでの攻撃を実現させた攻撃手段だ

 

 上を向くと次々と襲いかかる気弾によって視界が遮られるが、それでもピッコロはどうにか刹那の姿を捉えた

 

(なっ!?コタローだけじゃなく、あいつもか!)

 

(私は……貴方に全力をぶつけるため、この選択をしたんです)

 

 コタローが獣化を今まで見せずにいたように、刹那もまたピッコロに隠していたことが一つ

 

 上空で刹那は自身の純白の翼を、より白く光らせ広げていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せっちゃん!」

 

「カモさん、あれは……」

 

「ああ、刹那の姉さん思い切ったことをしやがった……けどピッコロの旦那を相手取るには、あれくらい無茶しなきゃ確かに無理ってもんだ」

 

 木乃香の表情に、笑みが戻った

 

 刹那が爆発に飲み込まれた瞬間顔にさした青色は、無事であると分かった途端スッと引っ込む

 

 一方で夕映とカモは刹那が無事であることよりも、あの圧倒的な攻撃に関心が向けられていた

 

「ねえ、夕映っち。あれってさ……」

 

「朝倉さんは、刹那さんの翼のことはもう知ってるですね?」

 

「う、うん」

 

「おそらく刹那さんは翼の羽根一枚一枚に気を込めて、それらを一斉に撃ち出してるです」

 

「は!?」

 

 コタローの時と同じように、そこに朝倉も加わる

 

 今回は彼女の持つ情報でも手に負えずお手上げ、完全に夕映とカモに委ねる

 

 そして返ってきた答えに、声を裏返しながらのリアクションで応えた

 

「え?え?羽根一つ一つって、あれ全部で幾つあるのさ!?」

 

「俺にもわからねえが、とにかく相当な数だ。現に気弾攻撃にも拘わらず、『点』でなく『面』の攻撃でピッコロの旦那を押さえ込んでやがる」

 

 刹那が接近を図らなかった理由がここにある

 

 接近しての攻撃の場合、自身を上回るスピードの持ち主のピッコロは少し本気を出すだけで攻撃圏内からの脱出を容易に行える

 

 一方であの攻撃を遠距離から放射状に撃てば、威力は落ちるが広範囲の攻撃でピッコロを捉え続けることが可能というわけだ

 

「そして真に恐ろしいのは、そんな多大な気を消耗する攻撃を絶え間なく撃ち出し続ける刹那さんの気力です」

 

「あとどれだけ撃てるかわからねえが、『撃てるだけ撃ち続けてやる』って凄みを遠くからでも感じるぜ!」

 

「けど、あれホントにピッコロさんに効いてるの?そもそも実力差がすごくあるのに、あんな風に威力を分散させたんじゃ……」

 

 力の温存を一切考えない、いわば捨て身にも近い戦法

 

 それを理解し熱くなっているカモに、少し落ち着きを取り戻した朝倉が疑問を口にする

 

 攻撃を当てるのと、ダメージを通すのとでは当然ながら大きな差が存在する

 

 前者はともかくとしても、後者を満たしているとは考えにくいのではと朝倉は思っていた

 

「……朝倉の姉さんよぉ、なんで刹那の姉さんが攻撃範囲をバトルステージ上ぴったりにしたと思う?」

 

「え?なんでって……あ!」

 

 しかし、それすらもカモはあっさりと正答を返してみせる

 

 カモが指さした先は両者が戦うバトルステージ、ピッコロのいるやや下

 

 コタローの時と比べここまで戦局が見事に読めているのは、ピッコロ及び刹那と長期間同行し両者についてより把握をしていたからか

 

「刹那の姉さんの狙いはKOでも、ましてや『せめてもの一撃』でもねえ。足場を破壊し、海中へ押し込んでの場外負けだ!不退転、最後の大博打を仕掛けやがったのさ!」

 

 

 バトルステージHは、みるみる内にその高さを失っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そうか……俺に一矢報いるどころか、勝つ気でもいたのか)

 

 今も上空から絶えず降り注ぐ気弾と、崩れていく足場

 

 ピッコロは刹那の攻撃の意図を把握し、腕で顔を隠しながら口元を緩ませた

 

 一方の刹那の表情には、緩みは一切無い

 

 左腕のダメージと気の消耗に対し歯を食いしばって耐え、両翼を振るい気弾の暴風雨を浴びせ続けていた

 

(ピッコロさん、途中から気付きました。貴方が私の……どうしようもない我が儘に付き合ってくださったことには)

 

(楓の言うとおり、俺との初めの敗戦が余程堪えたか)

 

(貴方とのあの敗戦は正直、未熟な身とは云え私には辛すぎました。お嬢様を守る資格、それが本当に私にはあるのかと、何度己に問いかけても足りないくらいには)

 

(そして修行中、俺は度々お前にとって木乃香に害を為す仮想敵。酷い扱いをされたもんだ)

 

(不安を払拭するため、私は結果が欲しかった。掌で踊らされていたあのままでは終われない……どこかでそこから抜け出し懐まで潜り込み『どうだ!』と、貴方の鼻を明かしてやりたかった)

 

(もっとも、当時気付かなかった俺はいつも通り修行をつけ、いつも通りあしらってやったわけだがな)

 

(修行中それは叶わなかったが、この大会で最後かもしれないチャンスが巡ってきた。そしてピッコロさん、貴方は何も言わず私の挑戦を、わかったうえで正面から全霊を持って受けてくれた)

 

(そして今、見せてもらったぞ。力もそうだが、なによりも俺に挑む上で相応の覚悟を持った、今までで一番のお前の姿を)

 

 決して両者は、念話で会話をしているわけではない

 

 だがこの勝負の佳境、胸の内に思うことはほぼ共通していた

 

(だから私も、一矢報いた今に満足しません!全力で、全霊をもって勝負そのものに勝ちに行きます!)

 

(なら俺も、お前に見せてやるか……まだ遠く及ばんが、もう少しだけ全力に近い俺を、な!)

 

 足場が残り1メートルを切ろうかというところで、ピッコロは動く

 

 後ろ手にマントを掴み、気を通して硬化

 

「ずぇやぁぁっ!」

 

 上方に向けて広げて振るい、自身に着弾する筈だった無数の気弾を弾き返した

 

 弾き返された気弾は、さらに上方の気弾らと衝突

 

 爆発し、刹那の視界からピッコロが消える

 

 

 

 

 

「うおおおおぉぉっ!」

 

「!」

 

 次の瞬間

 

 刹那は迷わず右腕を突き出し、その先には一瞬で距離を詰めていたピッコロがいた

 

 

 

 

 

「……はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

「あと5センチ、そんなところか」

 

 上空で、静止する二人

 

 ピッコロへ突き出された刹那の貫手は、彼が肘部分を掴んで動きを止めていた

 

「読まれて、ましたか」

 

「いや、幾らか予想外だった。俺を待ち構えて攻撃してきたのも、この攻撃もな」 

 

 ピッコロはあの時今まで以上の、刹那の感知の限界範囲を大幅に超えたスピードで迫った

 

 にも拘わらず、待ってましたとばかりの攻撃

 

 加えて、貰えばただでは済まなかったかもしれない、今止めているこの攻撃

 

「動きが見れたわけじゃありません。ピッコロさんなら後発の気弾の雨を突き破ってでも正面から最短でやって来る、そう思ってからすぐに最速で技を放った。ただ、それだけの当てずっぽうです」

 

「それでもだ。前のお前なら、そんな賭けに出る土俵にすら立てなかったろうさ」

 

「…………」

 

「こいつは、最初に剣を使って俺に放ったのと同じ技だな?斬魔剣、だったか」

 

「……手刀や貫手に、どこまで力を乗せられるかは不安でしたが、『同じ』ですか」

 

 つまり刹那は、翼を用いたあの技が破られた際の最後の手段も持ち合わせていたということだ

 

 そしてそれを含め刹那は、ピッコロに全てを出し切った

 

「……おい、追いつめられてるのに、やけにいい顔をするじゃないか」

 

「ピッコロさん……」

 

 するとピッコロは、押さえ込んでいる右腕から力が抜けたことに気付く

 

 どうしたことかと刹那の顔を見てみると、さっきまでとはまるで違う様子に思わず言葉が出た

 

 表情から強ばりは消え、まるで憑きものが落ちたかのような

 

「……ありがとう、ございました」

 

「ふん」

 

 普段木乃香に向けるような、満足気で穏やかな表情で、刹那は最後に一言そう口にした

 

 対してピッコロは、右拳を一発叩き込む

 

 ピッコロは勝負の最後まで、刹那の『敵』として振るまい決着を付けさせた

 

 刹那はそれを素直に受け入れ、痛みを感じる間もなく意識を一瞬で刈り取られる

 

「…………」

 

「木乃香の奴は……あそこか」

 

『マ、マジュニア選手、予選通過です!これで予選は、終了です!』

 

 長かった予選は、ついに全てが終わった

 

『一時間の休憩ののち、準決勝戦を開始いたします!』

 




 頑張って続き書きます。
 あと、感想を非ログイン状態でもOKに設定を変更しました。もしよろしければどうぞ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第52話 開始秒読み!もうじき始まる更なる激闘

(どうする……どうするアルか私……)

 

 暗闇にポツンと、少女が一人立っていた

 

 全身に気を滾らせ、長年修行を重ねてきた自慢の拳法の構えを崩さない

 

 彼女の目線の先には、ぼんやりとしたシルエットの人影が一つ

 

 亀仙流の道着を身に纏った少女、古菲はそれと対峙しているようである

 

(奴をどうにか倒さないと……私は、ここで立ち止まるわけにはいかぬアルヨ!)

 

 すると、人影がユラリと動き始めた

 

 正面からかち合うのを警戒したのか、古は瞬動で真横に飛んで再び距離を離す

 

 人影は向きを変え幾度となく接近を試みるが、それを超える速度で古は人影の横を取り続ける

 

(クリリン……私、やるアルよ!)

 

 ついには背後にまで回り込み、隙だらけの様子を確認するとこちらから仕掛けた

 

「ハイヤァーーーー!」

 

 瞬動で今度は相手との距離を詰める

 

 何故か打撃技ではなく、相手に飛び付いての裸締め

 

 両足は胴回りに絡ませ、左腕を頸部に通しその上から右腕を押し当てて全力で締め上げた

 

「さあ!どうアル!?」

 

 背後から密着した体勢のため、表情は窺い知ることが出来ない

 

 それでも腕に掴みかかってくる両手や乱れる呼吸音から、これが有効な攻撃になっていることは充分に分かった

 

「まだまだーーーーー!」

 

 余力のある古は更に力を入れて締め上げ、相手を落としに掛かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ、がっ……古、ちょ、もうや、め……」

 

「ムフフフフ、むにゃ……どうアルクリ、リン……私、勝てみせるアル……見届け、るヨロシ……むにゅにゃぁ」

 

「くーちゃんストップストップ!」

 

「あなたは今そのクリリンさんを攻撃してるですよ!」

 

 夢の中の相手、そして現実のクリリンを、気絶状態から目を覚まさぬままに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ことの起こりから、少々時間を巻き戻そう

 

 天下一大武道会、その長かった予選が終わってからすぐのこと

 

 次の準決勝まで時間が空くということで、図書館探検部の三人は会場のホール内を廻っていた

 

 ここでいう三人とは、四人いる図書館探検部メンバーの中で一番お決まりの組み合わせ

 

「え、じゃあもう箒で空飛べるようになったの?」

 

 宮崎のどか

 

「はいです、厳しい修行でしたが並程度には。のどかさえよければ、大会が終わった後にでも乗せてあげるですよ」

 

 綾瀬夕映

 

「ねえねえ夕映、私は?」

 

 早乙女ハルナ、この三人

 

「ハルナは……どうですかね。来る時朝倉さんは乗せれたので、のどかが大丈夫なのは確かなんですが」

 

「あーー!それどういう意味よ!?」

 

「冗談、ですよ。ふふっ」

 

 麻帆良では当たり前のように見られた、親友だからこその容赦の無いやりとり

 

 それがこの世界では、実に二週間ぶり

 

 いつもはそのまま流してしまうところであったが、懐かしさを覚えたか夕映は思わず続けて笑みを漏らした

 

(二週間……修行をしていたらあっという間に過ぎた時間ですが、こうして三人で話してみると、やはりうんと経っていたですね)

 

「ねえ夕映、この後のことなんだけど……」

 

「あ、そうでしたねのどか、軽食と飲み物を売店で調達するよう頼まれていたです」

 

 予選を共に観戦していたブルマや木乃香、朝倉達は観客席に残っていた

 

 全員で席を空けると戻った時に再び座れる保障がないためで、ようは席取り

 

 代わりに夕映達三人が、皆の分まで買いに出向いていたのだ

 

「始めは三人で手分けして店を回ろうと思ったですが……これは少々危険が伴いそうな」

 

「ていうか、店の前でもみくちゃよ。のどか一人でそれはマズイってば」

 

 そう、現在ホール内にいるのは観客席にいた者達だけではない

 

 席を取ることが出来ず、元々モニター越しにここで観戦していた人達が多数

 

 予選の真っ最中でもかなり込み合っていたのに加え、休憩時間ということで夕映達のような観客席からの移動組も合わせてかなりの混雑を見せていた

 

「ご、ごめんね二人とも……」

 

「いいっていいって、気にしないの。さ、行きましょ」

 

 というわけで、三人離れないことにしようという結論に至る

 

 のどかの右隣にハルナ、左隣に夕映という並びで進む

 

 そんな時だ、横から彼女達を呼ぶ声がした

 

「いたいた。おーい、ハルナちゃん、のどかちゃん」

 

「あ、トランクスさん!」

 

 雑踏の中でもよく通る声、ハルナも直ぐに気付いて首を向ける

 

 予選を勝ち抜き準決勝へ駒を進めた八人の内の一人、トランクスの帰還である

 

 こちらへ向かってくる彼の姿を確認すると、のどかの手を引いてハルナの方からも足を進めた

 

「予選お疲れさまでし……うげっ、あの時の」

 

「おおーっ、また会ったのうお嬢ちゃん」

 

 ヌッと、トランクスの背後から老人が一人

 

 腕を伸ばせば触れられる距離まで近付くと、ハルナはその老人の存在に漸く気付く

 

 老人の言う通り、会ったのは初めてではない

 

 予選前にも顔を合わせており、その際はブルマがいたため目立った行動こそしてこなかったものの、ハルナは自身に向けられていたあの視線を忘れてはいなかった

 

「おや、ちょっと顔色が悪いか?なんならわし秘伝のマッサージを全身に……」

 

「武天老師様、五月達の前なんですからやめてください」

 

 少々顔を強張らせ足を止めると、老人もとい亀仙人に追及されるハルナ

 

 亀仙人は距離を詰めようとするが、自身の後方にいた男がそれを制した

 

 背丈はハルナよりも低く童顔であったが、腕にガッチリと乗った筋肉は見る者によっては補って余りあるほどの頼もしさを覚えることだろう

 

 彼もまたトランクス同様予選を勝ち抜いた一人で、背には未だ目を覚まさぬ一人の少女を乗せていた

 

「なんじゃクリリン、ジョークじゃよジョーク。実際ほれ、まだノータッ……」

 

「くーちゃん!?」

 

 ノリが悪い奴じゃなと亀仙人がぶーたれるが、それをハルナが遮る

 

 亀仙人を止めた男、クリリンが背負っていたのは他でもない自身のクラスメイトであり、よくよく思い返せば目の前のトランクスと戦って敗れたのを先程観客席から見届けたではないか

 

 二人を連れてトランクス、トランクスの後方の亀仙人、両方の横を通り過ぎクリリンのところまで駆け寄った

 

「トランクスから聞いてるよ、古の友達なんだってな」

 

「え、えっと、あなたは……」

 

「俺はクリリン。古や五月とは、今日までずっと一緒に生活してたんだ」

 

 何故古菲をあなたが背負っているのか

 

 そう尋ねようと思っていたハルナだったが、クリリンの方から会話を切り出される

 

「で、見てたかもしれないが予選でトランクスに気絶させられて、んで今の今まで全然起きないと。けど、試合場に置いてくわけにもいかないだろ?」

 

「気絶っていうよりは、今は眠ってるっぽいけどね。ほらここ、笑いながらちょっぴりよだれ」

 

「あ、まきちゃんも!?」

 

「パル久しぶりー!それに本屋ちゃん達も!」

 

 自分と古が無関係でないことと、連れてきたわけを簡潔に話す

 

 更にはクリリンの後方から佐々木まき絵が顔をのぞかせ、安らかな表情でいる古の顔を指さした

 

 まき絵とハルナ達はここでようやくの再会と相成っており、いたことへの驚きの後はすぐ歓喜し手を取り合う

 

「私は古ちゃんとは別で、アスナと一緒にいたんだー」

 

「そうだったですか、私は朝倉さんとでした。元気そうで良かったです」

 

「うん、ほんとに……あれ、くーふぇさん?」

 

 と、ここでのどかがまき絵から視線を外す

 

 新たに向けた先は、クリリンの背にいる古だった

 

「ん……にゅむぅぁ……クリリ、ン……」

 

 もぞもぞと身を動かしながら、寝言を漏らす

 

 表情は先ほどまき絵が言った通り、口角が上がった状態の笑顔

 

(ほーほー、幸せそうにしちゃってまあ…………ん、もしや?)

 

 のどかに続いてハルナも古の顔を見やる、そして閃いた

 

「ねえねえのどか、アーティファクト使ってくーちゃんの夢の中見てみない?」

 

「え!?で、でもそれっていいのかな、勝手に、その……」

 

「えっと……ほら、もし悪夢でも見てたら私達で起こしてあげれるじゃない?」

 

「ハルナ、あれはアーティファクトで確かめるまでもなく、悪夢じゃないです。ハルナが夢を見たがる理由は別でしょうに」

 

「あはは、バレた?」

 

「頭と、鼻」

 

 そしてのどかに頼んでみるも、本人の承諾を待たずして横から夕映が止める

 

 頭頂部でピコピコ動く髪の毛と、僅かにヒクつかせた鼻の動きの両方共を彼女は見逃さなかった

 

「いやいや、だってさ、男の人に背負われてあんなだらしない顔で眠ってるくーちゃんの夢よ?見たくない?ラブ臭しない?」

 

「人の夢の中にまで干渉するのは流石に……それに、そんな匂いを嗅げるのはハルナだけです。しないです」

 

 夕映は両者の間に入り込み完全ガードの体勢だが、ハルナはなおも食い下がる

 

「けどほら!見なさいあれを!」

 

「にゃむぉぅ……はいやぁ……」

 

「足まで絡ませて!ね?ね?あんなくーちゃん見たことないでしょ!」

 

 もぞもぞしていた古が、垂らしていた足を上げた

 

 クリリンの前方に回し、交差までしながらギュッと締め付ける

 

 それを見つけたハルナは、鬼の首を取ったかのような喜びよう

 

「うぐっ」

 

「た、確かに……あれ?」

 

 そもそも『古が眠ったまま男性に背負われている』という状況自体が初見なので、そりゃあ見たことが無いのも当然なわけで

 

 しかしながらハルナの剣幕と勢いに飲まれ気味になった夕映とのどか

 

 頬にほんのり紅色を灯しながら、ハルナ同様古の方を思わずじっと見てしまう

 

 が、それも長くは続かなかった

 

 真っ先に気付いたのはのどか

 

「ん?どうした古、もう起き……がっ!?」

 

 肩辺りに回されていた両腕が、突然に輪を狭める

 

 肩の周りから、首の周りへ

 

 首に密着した左腕を右腕が上から抑え込み、絞め技の体勢に入っていた

 

 油断して、というよりおぶった相手からの首絞めなど当然想定するわけもなかったクリリンは、それを完璧に決められる

 

 これが本当の戦いなら腕を力づくで引き剥がすなり振り落とすなりを画策するが、寝ている古が相手なだけあってそれをクリリンは躊躇った

 

「おい、古……古、起きろ、く、古!」

 

 そのため声をかけて起こそうとしたのだが、結果は裏目

 

 古の力はより強まり、よりクリリンを締め上げた

 

「まだ……まだぁ……」

 

「ぐっ、がっ……古、ちょ、もうや、め……」

 

 そして、冒頭に戻る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、なんというかその……すまなかたアル」

 

「えほっ、まあいいよ大したことなかったし」

 

「それにしても、うえぇ、これはちょと不味すぎアルよぉ」

 

 結局、その場にいた中で一番力のあるトランクスが後ろに回って引き剥がした

 

 引き剥がした後も暫く古は寝ぼけていたが、そこは夕映が対処

 

 懐に忍ばせていた小瓶の中身、魔界ガマガエルの目玉漬け体液ドリンクを古の口の中へ一垂らし

 

 かつて夕映も味わった口内に広がる苦み渋み臭み含めた強烈な刺激が古を絶叫させ、途端に目を覚ました

 

「事態が事態でしたので」

 

「あと、力が上手く入らぬアル……毒、とは違うアルよね?」

 

 周囲の説明等で状況の把握に至ると、古はまずクリリンに謝罪した

 

 クリリンは軽く咳き込みこそしたが、ダメージが残るほどでもなく笑って許す

 

 次に古が気にしたのは、未だに尾を引く口内の不快感と自身の身体の違和感だった

 

 拳を握って気を込めようとするが、いつものように上手くいかない

 

 寝起きのせいかとも一瞬考えたが、そういう感じではないなと口に出すまでも無く胸の中で否定

 

「ああ……これ、魔力が凝縮された飲料ですので、気を扱う古菲さんとは相性が悪いかもしれないですね」

 

「ん?魔力があるとなんか駄目なのか?」

 

「えっと、気と魔力は反発し合うみたいで……」

 

 夕映が原因を推測し、クリリンが尋ね、のどかが理由を答える

 

「むぅー!なんかもやもやするアルー!」

 

「私の時と違って少量ですし、すぐ抜けるとは思うですが……」

 

「ったく、しょうがないな……ほら」

 

「ん?」

 

 不満そうに腕を振る古、それを見かねてクリリンが古の手を取った

 

 何事かと動きを止める古にお構いなしに、自身の手に光を灯らせる

 

 それは古にも伝わり、全身を通り抜けると光は消失

 

「ん?何アルかこれは」

 

「足りない分、俺の気を分けてやったんだよ。こんなもんで良かったか?」

 

 古は右手を二、三度グーパーさせ、確認

 

 先程と違い自身の中で気が満たされたことに気付くと、途端に表情が変わった

 

「おおおおおっ!これクリリンのアルか!?」

 

 さっきとは違った意味合いで腕をぶんぶんと振り回す

 

「おいおい、そんな暴れんなって」

 

「おとと、そアルな。けど、これが……」

 

 すぐクリリンに制され動きこそ止めるが、彼女が歓喜に震えたままであることは他人から見ても明らかであり、

 

「ねえ、のどかのどか」

 

「だ、駄目だよハルナぁ……」

 

「ハルナ、いい加減にするです。かけますよ?」

 

 再びハルナがいどのえにっき使いたい欲に駆られ、アワつくのどかと制する夕映という光景がもう一度

 

 ただし今度は、先程古にお見舞いしたドリンクをチラつかせ、一応制圧に成功

 

「わかった、わかったって。だから蓋閉めてってば、もうそこから臭う」

 

「まったく……」

 

「あ、そういえばさ、三人はアスナ達見てない?」

 

 そんなこんなでひとまず落ち着いたところへ、今度はまき絵が話を振ってきた

 

「アスナさんですか?予選でいいんちょさんと戦ってるのは見たですが……」

 

「その後!合流しようと思ったのに、全然見かけないんだもん。天津飯さん達も見つからないしさー」

 

 そういえば確かに、と夕映達三人は予選の時を思い出す

 

 いいんちょことあやかに水中に引きずり込まれ、喧嘩を始めたところまでは三人とも見ていたが、そこから先の記憶がどうも出てこない

 

「あの後すぐ刹那さんの試合に見入っちゃったからねー、どうしたんだろ二人とも」

 

「普通に考えるなら海から上がって、そこから何処かへ移動してる筈ですが……」

 

 その答えは、二人がずぶ濡れであることを考えれば導くことは容易

 

 そこへは現在、二人の少女が向かっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せっちゃん、左手ほんまに平気?」

 

「はい、お嬢様のおかげでこの通り」

 

 誰もいない通路を、二人が歩く

 

 近衛木乃香と、桜咲刹那

 

 予選が終わってすぐ、刹那はピッコロの手によって木乃香のもとへ運ばれた

 

 すぐに木乃香は自身の治癒魔法を刹那に施し、夕映達が買い出しに行ってすぐの辺りで刹那は目を覚ます

 

 木乃香がそれに喜ぶのもつかの間、まだその場に残っていたピッコロが二人にある物を手渡した

 

 

”ん?これどしたんピッコロさん”

”選手控え室にいる二人に、持って行ってやれ”

 

 

 木乃香達が向かっている女性選手用の控え室への通路は、使用者が少ないだけあって閑散としている

 

 最低限、男性選手が入り込まないためのスタッフが途中に一人いたくらいで、そこを通り抜けると本当に無人

 

 そのためすれ違う人を気にすることなく、横に広がったまま歩く

 

「えへへ、さよか。うちも二週間頑張った甲斐があったわ……けど、せっちゃんはそれ以上に頑張ったねんな」

 

 刹那の負傷は骨折こそ無かったが、ピッコロの気弾を無理矢理弾いた左腕を始めとしてあちこちにあった

 

 それでも木乃香は短時間で治してみせ、麻帆良にいた時より腕前が上がったことを如実に示していた

 

「そ、そうでしょうか?あそこまで完敗を喫した私が、そんな……」

 

「せや。それにせっちゃん、口ではそう言うても……顔がほら、ずっとええ感じやもん」

 

「ええ感じ、ですか」

 

「ピッコロさんと戦った後から、ずっとや。それまでは、なんやせっちゃん思いつめた顔多かったさかい」

 

 木乃香は刹那の称賛を素直に受けつつ刹那にも送ると、たたたと足を速め正面から刹那の表情を見つめて笑った

 

 このように木乃香が笑顔を向けることは、この世界へ来てからも幾度となくあった

 

「これで、いつものせっちゃんや」

 

「お嬢様……」

 

 その中で、今の笑顔が一番胸の奥まで染み入ったように刹那は感じた

 

 ただ、木乃香の笑顔がいつもと違ったわけではない

 

(ピッコロさん、繰り返すようですが……ありがとうございます)

 

 彼女の笑顔を受ける自分自身が変われたのだと、刹那は確信出来ていた

 

「……と、あかんあかん、はよこれ持っていかな。行こか、せっちゃん」

 

「そうですね、参りましょう」

 

 思わず足を止めていたのは、一分か二分か

 

 先に木乃香が気付いて歩を進め直し、その後を刹那が追う

 

 スタッフがいた所から先は一本道で、刹那が先行せずとも目的地へは迷わず行ける

 

「着いたー、ここやな」

 

 ドアの前で木乃香は足を止め、一応確認

 

 プレートには選手控え室の文字、奥からはよく知る二人の騒ぎ声

 

 問題なし、木乃香はドアノブを握り、開けた

 

「アスナー、いいんちょー、着替え持ってきたでー!」

 

 ピッコロから渡された衣服を片手に、入室

 

 中にいたのは、取っ組み合い直前の雰囲気を醸し出していた下着姿の二人の少女

 

「だいたいアスナさんは……あら、木乃香さん?」

 

「木乃香!?」

 

 あやかとアスナの両名は、予期せぬ控え室への来訪者をそれぞれきょとんとビックリの表情で出迎えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん……じゃあピッコロさんって、気と魔法の両方を使えるのね」

 

「魔法に関しては私達の知るそれとは体系が異なるようですが、そのようです」

 

「ウチが今着てる服もほら、ピッコロさんに貰てん」

 

 木乃香と刹那から話を聞きながら、アスナとあやかは受け取った服に袖を通していた

 

 この時まず最初に驚いたのは、それが海に落ちてずぶ濡れになったものとほぼ同一だったことだ

 

 裏地にあったタグの有無、書かれた文字等のデザインといった若干の差異こそあったが、だとしてもこんなものをすぐに用意出来るとは到底思えない

 

 そこへ木乃香が、ピッコロが魔法でポンと出してくれたと説明した

 

「似合うとるかな?結構お気に入りやねんこれ」

 

 木乃香が現在着ているのも同様に、ピッコロが出してくれたものだ

 

 ピッコロが女性の、しかもティーンエイジャーのファッションに詳しいわけもなく

 

 過去に目にした女性の服装の記憶をもとに何着か出し、その中から木乃香が気に入って選んだのがこれである

 

「へぇ、そうなの……そういやいいんちょのは、他のみんなのとはちょっと違う感じよね。古ちゃんや超さんみたいな中華寄りというか……」

 

「わたくしのは、居候先のチチさんからいただいたものですわ」

 

(ちち)さん?」

 

「チチさん、です。なんでも昔、同じような武道大会に出場された際着ていたものだとか……」

 

 アスナが着ている服は北の都で天津飯が買ってくれたもの、というのは以前にも触れたことがあったが、対するあやかの服装はどうか

 

 全体は紺色で随所に朱色のラインが入ったノースリーブのチャイナ服

 

 チャイナ服だけならスリットから生脚が覗かせそうなところだが、そこは朱色のチャイナパンツと併せて戦闘で足技を振るう際にも支障がない様にしてある

 

 もし当時あの場にいた者がここにいればあっと声を発したかもしれないが、これはあの第23回天下一武道会にてチチが着ていたものだ

 

 修行の時から彼女のお古を修行着代わりに借りていたあやかだったが、腕試しに大会出場を決めた際、その心意気やよしということで引っ張り出されたものを受け取っていた

 

「そんな大切なものを、野蛮なお猿さんのせいで海水まみれにされ、さっきはあろうことか燃やされそうに……」

 

「だーかーら!あれは力加減をうっかり間違えちゃったんだって何度も言ってるでしょ!」

 

 ちなみに木乃香達が入室する前に二人が言い争っていたのは、濡れた服をアスナが気による放熱で乾かそうとしたかららしい

 

 自分の方が強い気を出せるから任せろとアスナがさっそく試みて、始まってすぐ黒みを帯びた煙が上がりそうになり慌ててあやかが制止

 

 今までにやったことがあるのかと聞いてみれば、無いけど何とかなると思ってた、と

 

 更にはここが室内ということもあってあやかが嫌味たっぷりにたしなめ、いつものパターンというわけ

 

「あーはいはい、アスナもいいんちょもやめやめ。けど二人とも、麻帆良にいた頃と全然変わらんなぁ……うん、ほんまに。アスナが無事で、良かった」

 

「木乃香……」

 

 アスナが無事であること事体は、神殿で刹那と合流した際聞いていた

 

 しかしこうして対面し、声を聞いたのはこれが最初

 

 着替え終えたアスナの右手を、木乃香は両手で包むように握って笑った

 

 数秒間ほど続き、満足したかパッと手を放す

 

「…………よし。いいんちょも着替えたやんな?ほなこの後は四人一緒に、ネギ君達の応援しよか」

 

「構いませんが……どちらで観戦いたしましょう?木乃香さんが元いた場所に追加で三人というのは、少々無理がある気がいたしますけれど」

 

「あ、せやな。うーん……」

 

 次に、この後始まる準決勝を共に観戦することを提案した

 

 しかしながら、予選の時のように屋外の観客席に座ってとはいかないだろう

 

 この場にいる四人のうち木乃香以外の三人は、予選時には選手としてバトルステージに上がっており自分らが座る席を確保出来ていない

 

 予選だけを見て帰る観客がいるのを期待するというのも、少々無理がある

 

 それを懸念したあやかの発言を受け、確かにそうだと気付いた木乃香は数秒思案

 

「……せや、あの観客席よりもうんと特等席で観たらええやんか。早速ネギ君に聞いてみよー」

 

 その数秒でいい案を決められたようで、にっこりと笑い懐から仮契約(パクティオー)カードを取り出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さて、と。ようやく抜け出せたか……)

 

 一方、こちらでも木乃香同様に仮契約(パクティオー)カードを取り出す少女が一人

 

 場所は女子トイレの個室

 

(にしてもあのおっさん、いくらなんでも取り乱しすぎだろ。それに気付かないインタビュアーもインタビュアーだけどよ……まあいい、さっさとこいつを済まさねえとな)

 

 周りの個室に誰もいないことを確かめると、便座に腰を下ろしカードを額に当てる

 

「……もしもし、私だ、聞こえるか?さっきは無理だったが、今なら会話できる。聞こえてるならさっさと返j」

 

”千雨さん!?千雨さんなんですね!?”

 

「……そうだよ、っつーかうるさい」

 

 すぐに返事は帰ってきた

 

 メイド服を着た少女、長谷川千雨は飛んできたネギの大音量に少々顔をしかめる

 

”す、すみません。さっきは返答が無かったもので、てっきり会場にはいないものとばかり……”

 

「こっちにはこっちなりの事情があんだよ、察しろ。現に私は予選が終わるまで待ってやったろ?」

 

 この両者間についての時系列を辿ると、予選開始前まで遡る

 

 更に細かく言うなら夕映やのどかと再会した後かつ、選手控え室に入る前

 

 ネギは会場に来てから仲間捜索のため仮契約(パクティオー)カードで連絡を試みており、当然千雨のカードも使用していた

 

 しかし先ほどネギが述べた通り、のどかやアスナの時のように返っては来ず、使えるカードは全部使ってしまったため捜索を一時中断していたのだ

 

”あ、予選見てたんですね”

 

「ああ。細かいことは省くが、今私は大会関係者のところで専属メイド中だ。予選が済んで幾らか落ち着いたから、主人に休憩を貰って一旦抜け出してる」

 

”そうでしたか。えっと、それは千雨さん一人で?”

 

「メイドは私一人だが、茶々丸も別んとこで働いてるな」

 

”茶々丸さんも!?”

 

 念話ゆえ視界には入ってこないが、驚きと歓喜の混ざった声色からネギの表情が容易に想像出来た

 

 千雨が茶々丸の所在をネギに伝えると、次はネギが現在無事を確認している3-Aメンバーの名を次々と挙げていく

 

(おーおー、大漁もいいとこじゃんか。この大会に狙いを定めたのは大正解だったわけだ、やるじゃねえか茶々丸)

 

 サタンのもとで働くこと、ひいては天下一大武道会に赴くことを提案したのは元を返せば茶々丸

 

 何度かボケロボ呼びし悪態をついたこともあったが、やはりなんだかんだで頼りになるなと千雨は茶々丸へと聞こえない謝辞

 

「とすると、あと見つけてないのは……周囲どんくらいまで飛ばされたかはわかんねぇが、超は確定として」

 

”龍宮さんもおそらくは……え、あ、木乃香さん?”

 

「ん、他からも念話か?結構時間経っちまったし、こっちはもう切るぞ」

 

”え、そんな……”

 

 それからもう少々話し込んだところで、千雨はネギの様子がおかしいことに気付く

 

 どうやら他の従者(パートナー)から念話が飛んできたようで、ちょうどいいやと千雨は切り上げにかかった

 

 名残惜しそうな様子のネギの声が聞こえてきたが、千雨の方も流石にそろそろ戻らないと不審がられる時間まで過ぎていたようだ

 

「茶々丸は大会が終わるまで持ち場を離れられないし、私も一般観客席まで移動してってのも厳しい。そっちも仲間の応援含めて最後まで残るんだろ?ちゃんとした合流は大会終了後、ってところか」

 

”そう、ですね……千雨さん、お仕事頑張ってくださいね”

 

「そっちこそ準決勝の健闘お祈りしてますよ、ネギ先生。なんてな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はいわかりました、それでしたら簡単に出来ると思います。あと、夕映さんのアーティファクトで術式を確認出来るなら、木乃香さんもすぐに使えるようになるかと」

 

 千雨との念話を終え、ネギは木乃香と話しながら会場内を歩いていた

 

 内容は、今から合流してとある魔法をかけてくれないか、というもの

 

 ネギは了承し、比較的それが簡易的な魔法であることも伝える

 

「コタロー殿、折角でござるし木乃香殿に傷を治してもらうでござるよ。もしこの後当たるなら拙者も、消耗無しのベストなお主と戦いたい」

 

「せや……な。予選で一番消耗しとるの、間違いなく俺やわ」

 

 その両隣には、楓とコタローが並んで歩いていた

 

 これから木乃香との合流があることを察した楓は、ボロボロのコタローを気遣う

 

 歩調こそ他の二人に合わせているが、幾らか無理が伴っていることを彼女は感じ取っていた

 

 現にコタローのさっきの言葉、いつもなら「このくらいなんともない」・「俺だけそんなのフェアじゃない」と言いそうなものなのだが

 

 それだけ本人も、予選での激闘を自覚しているということなのか

 

「ところで楓姉ちゃん、今まで聞きそびれとったけど俺のやった技……」

 

「あいあい、おおむねタネは掴んだでござる。あの御仁の時のような奇襲を期待していては、拙者に勝てぬでござるよ?」

 

「あー、やっぱりか……正直俺も、あのおっちゃんともう一回やって勝てるか言われると自信無……ああっ!」

 

「ん?」

 

 ネギを挟んで左右にいた両者だが、少し歩を遅めネギの後方について近くに並ぶ

 

 そうして更に幾らか話していたところで、コタローが前方にいるなにかに気付き声をあげた

 

「よお、探したぜ」

 

「おっちゃん!」

 

「だからおっちゃんじゃなくて……そういや、名前言ってなかったんだっけか。ヤムチャだ、もうそんな風に呼ぶなよな」

 

 悟飯と同じ山吹色の道着、それ以上にあの顔をコタローは忘れる筈がない

 

 ヤムチャは三人の目の前に現れると、コタローのおっちゃん発言に苦言を呈しつつ自らの名を初めて明かした

 

「ヤムチャさん、か……で、何しに来たんや?」

 

「何しに、って……ほら」

 

「?」

 

 来た理由をコタローが尋ねると、ヤムチャは自らの右手を前に出す

 

「最初、舐めてかかったのはその……悪かった。だから、最後くらいはちゃんとしとこうって思ってさ。なのにお前、俺が気付いた時にはもう戻ってたもんだからよ」

 

 差し出された右手の意味に気付くと、コタローは笑ったまま無言でそれを握った

 

 しかも、常人なら悲鳴をあげるレベルで力をこめて、だ

 

「おいおい、ボロボロかと思ったら意外と元気じゃないか」

 

「堪忍なヤムチャさん、俺も失念しとったわ。男と男の真剣勝負、これを欠いたら台無しや」

 

「……頑張れよ、コタロー!」

 

「おう!」

 

 ヤムチャも力を込め握り返す

 

 まだ気が完全に戻ってないのか全力には遠いが、激励としては文句なしに伝わったようだ

 

 次に、ヤムチャは握手を解くと側にいたネギと楓を見やった

 

「そういや、ちゃんとは確認してないんだが……この二人も勝ち上がったのか?」

 

「は、はい!ネギ・スプリングフィールドです」

 

「同じく、長瀬楓でござる」

 

 ヤムチャが目を覚ましたのは予選が終了して少し経ってからであり、予選通過者の詳細な情報が頭に入っていなかった

 

 八人のうち目の前に三人、自然な流れで残る五人の内訳も訊いてみる

 

「えっと、悟飯君とピッコロさんとトランクスさんと……」

 

「あとは、確か名前は……クリリン殿と天津飯殿、でござったか」

 

(まあ、順当な面子か……ん?クリリンと天津飯は確か別だったよな、てことは……)

 

「そや、ヤムチャさん。俺らと一緒に、木乃香姉ちゃんのとこ行かへんか?」

 

 自分も良く知る強者達の名が順に挙げられ、五枠は瞬く間に埋まる

 

 ここでふと疑問が浮かんだのだが、突如飛んで来たコタローの提案にそれはかき消された

 

「ん?木乃香ってのもお前達の知り合いか?」

 

「いかにも。地球の神デンデ殿と同じく治癒術の心得があるでござるゆえ、コタロー殿の治療に向かうところだったでござる」

 

「さっき俺のことボロボロて言うたけど、ヤムチャさんも大概やで?」

 

 最後にコタローに叩き込まれた攻撃の分は勿論として、影分身を吹き飛ばすために放った気功波の余波による火傷や、地面激突時の左半身等

 

 実際ヤムチャもコタローに負けず劣らず満身創痍であり、治療を促される必要があるのも当然と言えた

 

「そうか?じゃあお言葉に甘……って、デンデのことも知ってるのか?」

 

「知ってるも何も、俺らあそこまで行って修行してたんやで」

 

「げっ、本当かよ……」

 

 ヤムチャは了承し、三人組は四人組となって再び歩き出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『えー、準決勝まで残り二十分となりました。ここで、準決勝四試合の組み合わせを発表いたします』

 

「おっ、いよいよね」

 

「ああ、ここでの組み合わせは優勝を目指すにあたって超重要だぜ。朝倉の姉さん」

 

 一時間というのは、長いようで短い

 

 現に三分の二である四十分が既に経過し、観客席の賑わいっぷりは予選開始時に近いほど

 

 その一画にて、予選と変わらぬ様子で朝倉とカモが会話を交わしていた

 

「え?どういう意味?」

 

「準決勝で四試合あるってことは、決勝進出は四人だ。つまり、決勝戦は変則的な戦いになる可能性が高い」

 

「ってことは、何人か強い選手が潰し合う一方で決勝に進みさえすれば……」

 

「ああ、ルール如何によっては兄貴達にも勝機があるかもしれねー、ってことさ」

 

 コタローがヤムチャにしてみせた下克上、負けはしたが刹那のピッコロに対する奮戦

 

 これらを目にしたカモとしては、自然と彼らに当初以上の期待を寄せてしまっていた

 

『勝負は一対一、それぞれを勝ち抜いた計四名が決勝戦へ進出となります』

 

 アナウンスに合わせて、屋外屋内各所に設置された巨大モニターに映像が映り出す

 

 画面内は二×四で線引きされ、右から順にニマスずつ現れる選手達の姿

 

 上下に位置する者同士が、準決勝での対戦相手となる

 

『準決勝へ進出した八名の選手は、開始五分前までには選手控え室まで移動を願います』

 

「おっ、ネギ君達は三人とも別れたね。っていうか、四試合目……」

 

「ああ、さっき潰し合いをすればとは言ったが……このカードは、かなりやべえぜ」

 

 組み合わせを見た、二人の反応はこの通り

 

 では、実際に戦う八人は、如何ほどか

 

 準決勝での対戦順に、見ていこう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っしゃああっ!早速来たで!」

 

 

 

「……うん、僕も三人の誰かとは、戦ってみたかったんだ」

 

 

第一試合

犬上小太郎 vs 孫悟飯

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この人は確か、前に悟飯君が言ってた……」

 

 

 

「相手は古の一番弟子、か。ヤムチャさんのこともあるし、油断しちゃ危ないかもな」

 

 

第二試合

ネギ・スプリングフィールド vs クリリン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ピッコロ殿や悟飯殿ほどではないにせよ、これは少々……厄介な相手とぶつかったでござるか)

 

 

 

「……『忍者で分身とかやっちゃう』だったか。果たして、どれほどのものかな」

 

 

第三試合

長瀬楓 vs 天津飯

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん、この時代へ来るまでどれほど鍛えたか……見せてもらおう」

 

 

 

(父さん、見ていますか?僕はこの試合、必ず勝って悟飯さんと戦います!)

 

 

第四試合

ピッコロ(マジュニア) vs トランクス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予選以上の激闘が、もうじき始まろうとしていた




 リメイク前と対戦カード一部変えてるんで一から書き直しの部分が多いですが、なんとか四試合分ちゃっちゃと書きたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第53話 男子三日会わざれば…… コタローvs悟飯

『準決勝第一試合は犬上小太郎選手と、孫悟飯選手との戦いです!』

 

 予選終了から一時間、その時はついにやって来た

 

 会場内に音声が流れ、そこで名前が出た二人は既にバトルステージに立っていた

 

 刹那が破壊したステージH以外は健在であり、その中で中央に位置するステージDが二人の戦いの舞台

 

 あとは、開始の合図を待つのみである

 

「悟飯!」

 

 そんな中で、コタローは学ランの上を脱ぎ捨てながら悟飯へと叫ぶ

 

 身体こそ木乃香に治して貰った後で傷一つ無いが、下のシャツやズボンのズタボロ具合は予選での激闘を物語っている

 

「予選でピッコロさんが刹那姉ちゃんにしたような……もしもあんな真似してみい、承知せえへんからな!」

 

「……うん!」

 

(とはいえ獣化と、狗神使うたあの技……どっちもヤムチャさんとの試合で出してもうとる。あれだけ大騒ぎしたんや、おそらく悟飯も見てたやろ)

 

 先程悟飯に言ったのは、紛れも無い本心

 

 だがその一方で、それに応えられるだけの戦いが自分に出来るのかという不安も内包していた

 

(予選でヤムチャさんと当たらなければ、か……いや、ちゃう!あれがあってこその今の俺や!)

 

 ふと、予選での組み合わせ次第では隠し玉を持ったまま臨めたのではという考えが浮かぶ

 

 しかしそれは一瞬で否定された、ヤムチャの戦いを通してより強くなった自分が今ここにいるという確信があったからだ

 

(なら、あれ以上の俺を……この戦いで、更に強くなってそれを悟飯に、見せたろやないか!)

 

 拳を強く握り締め、構えを取る

 

 右拳からまだじんじんとヤムチャに握られた際の感触、ひいては激励が感じ取れた気がした

 

 

『試合開始!』

 

 

「行くで!悟飯!」

 

 天下一大武道会、準決勝

 

 激闘四連戦の一戦目が、幕を開けた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まさか、いきなり悟飯さんと当たってしまうとは」

 

「けどコタ君、組み合わせが決まった瞬間めっちゃ嬉しそうやったやん」

 

 試合開始の合図よりも、少々前に遡る

 

 屋外観客席より上、更にはバトルステージにやや近い位置の空に四人の少女が浮かんでいた

 

 正確には三人が浮かび、内一人が残る一人を抱きかかえている、と言う方が正しいだろうか

 

「とにかく御覧なさいアスナさん。100%勝てないとわたくしが言った意味が、これで多少は分かるのではなくて?」

 

「うるっさいわね……まあ、一緒に観ようって木乃香と決めた手前、観ないわけにもいかないけど」

 

 上から順に刹那、木乃香、あやか、アスナ

 

 唯一飛べない木乃香を抱えているのは、刹那である

 

 選手控え室を出てネギ達と合流した四人は、ネギに認識阻害の魔法を施されていた

 

 四人揃っての観戦を良く見える場所でしたい、しかし元いた観客席では厳しい、その結果木乃香が考えた方法である

 

 本来なら四人のいるこの位置は観客席から丸見えなのだが、認識阻害の魔法によって一般人に認識されることはまず無い

 

 変に騒がれることもなく、心置きなく特等席での観戦が楽しめるというわけだ

 

「そういやこの中ではアスナだけやな、悟飯君のことよく知らへんの」

 

「一応天津飯さんから聞いてるわよ?天津飯さんより、ずっと強いって」

 

「それに加えて、ピッコロさんと互角以上の腕前です」

 

 ここで初めて、木乃香が四人の内訳について言及

 

 アスナを除く三人は悟飯あるいはピッコロのもとへ飛ばされ、大会一週間前には合流

 

 一方のアスナは、大会直前まで誰とも合流せず

 

 つまりは第一試合を戦う両選手についての情報量に、無視できない大きな差があると言えた

 

「うぇ!?あんな無茶苦茶やったあの人より下手したら強いってわけ!?」

 

「それでいて桜咲さんに見せた実力は、ほんの片鱗でしかありませんわ。直接拳を交わすレベルに届かず仕舞いのわたくしが言うのもなんですけれど」

 

 天津飯での伝聞でしか知らないアスナに、実際の戦いぶりを既に見せているピッコロと比較する形でその実力を示すと、当然ながら驚愕を露にする

 

 水没後に選手控え室へ移動していたアスナも、刹那とピッコロの激戦は中盤から終盤に掛けて室内モニターで観戦していた

 

「えぇ……じゃあコタローのやつ勝ち目ないんじゃ、って速!?」

 

 その間に試合開始が告げられ、バトルステージの両端に位置していた両者が動く

 

 姿は瞬く間に消え、文字通り目にも止まらぬ攻防が始まった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明文化していなかったが、準決勝のルールも予選の時と殆ど変わらない

 

 武器の使用・急所攻撃・対戦相手の殺害の禁止

 

 決着は海に落ちての場外負けか、気絶か本人のギブアップ

 

 となると、このルールはこう捉えることも出来る

 

 海に落ちさえしなければ、会場内のどこで戦ってもいい。と

 

 それこそ、予選のコタローや刹那のように上空でも良し

 

 そして今現在のように、別のバトルステージ上でも、良し

 

(やっぱりだ……コタロー君、最後に手合わせした時と比べてスピードが格段に上がっている!)

 

(これでもまだ、後ろどころか横すら取れへんか……なら、もっと飛ばすで!)

 

 会場内にある八つのバトルステージは、どれもが同じ高さにあるわけではない

 

 倍近くの高さのものもあれば、ほぼ隣同士密着したものもある

 

 広い視点から見れば、八つのバトルステージ全てを合わせて起伏の激しい一つの武舞台と捉えられなくも無い

 

 予選時は同時進行でそれぞれが戦っていたため半ば不文律のような形で不可侵領域と化していたが、この準決勝では満を持してそれが解かれた

 

 開始早々からステージDを飛び出し、仕掛け合い

 

 お互い大きな攻撃はまだ繰り出さず、徐々にスピードを上げて相手の出方を伺う

 

 特に積極的なのはコタローで、牽制の攻撃を次々と放ちつつ、好位置からの攻撃を決めんとギアをヤムチャ戦以上の速度で上げていった

 

(っ、コタロー君、ここにきて一番気を集中させて……来るっ!)

 

「「だあああああっっ!」」

 

 ここで悟飯は、コタローの気の流れの僅かな変化を敏感に捉える

 

 予測どおり今までとは違った攻撃、影分身との手数二倍の同時攻撃が真下から迫ってきた

 

(攻撃の重さも、前よりうんと……だけど!)

 

 それを悟飯は両腕を交差させ、舞空術で上昇しながら受け止める

 

 コタローと影分身も負けずと上昇してくるため、両者の間の距離は縮まりも離れもしない

 

 ……ただし、それはほんの数撃の間だけの話

 

「なっ……ぐがぁっ!」

 

(今みたいな単調な攻撃なら、あれだけで充分!)

 

 突如悟飯は、両腕のガードを解除

 

 そこからコタローと影分身の連撃を全て、一発も掠らせる事無く回避

 

 ガードした数撃だけで、以降飛んでくるであろうコタローの攻撃の軌道を見切る

 

 僅かに空いた攻撃の切れ目の一瞬でコタローの真横に付き、横蹴りで影分身共々吹っ飛ばした

 

(影分身をもう一体出せば……いや、あれはそういう問題ちゃう!もっと、俺自身にもっと力が無いことには話にならへん!)

 

 咄嗟に立てた右腕のガードごと蹴り抜かれたコタローは、飛ばされながら今しがたの攻撃の甘さを認識

 

(今のは効いたで悟飯……けど影分身、ただで消さすかいな!)

 

 同時に、たった一撃ながらも悟飯の攻撃が中々にダメージを与えてきたことも全身に走った痛みから把握

 

 その威力は、直接食らっていない影分身すら消えそうなほど

 

 影分身というのは、ヤムチャ戦でもそうだったように多大なダメージを受けると消失してしまう

 

 文字通りポンと呆気なく、作り出すため懸命に込めた気も一緒に霧散するという代物だ

 

 だがそれをコタローは、舞空術でブレーキを掛けながら抗う

 

 右手は悟飯の迎撃に備えて前方に構える一方で、残る左手は影分身の頭を掴む

 

 実際のところ、試したことは殆ど無い

 

 というか、『まさに消えそうな瞬間の影分身と、手を伸ばせば掴める距離にいる』という状況があまりにも特殊すぎて、試そうにも今まで試したことが無かった

 

「うおおおおおおおっ!」

 

「!?」

 

 そんな中で、コタローは成功してみせる

 

 予想通り影分身は消えてしまったのだが、それを生成する気も同様に虚空へ消えてしまったのか、答えは否である

 

 コタローの左掌にそれは納まり、巨大な気弾となって目の前に一瞬のうちに現れた

 

「食ら、えぇぇっっ!」

 

 自身が宙で静止する前に、それを投擲

 

 通常、大きな気弾を撃ち出すにあたっては多かれ少なかれタイムラグが生じる

 

 それを半ば無視したこの攻撃に、悟飯も思わず面食らい足を止める

 

 ゆえに回避でなく、その場でこのまま迎え撃つという選択肢を取った

 

(無理な体勢で放ったせいで、さして速くはない。これなら……)

 

(……ここや!)

 

 そして結果、予想だにしない攻撃を悟飯はもう一発受けることとなる

 

 

 

 

「犬上流・空牙八連弾!」

 

(!?二種類の攻撃を、ほぼ時間差0で同時に!?)

 

 

 

 

 弾き飛ばそうとした直前で、第一撃である巨大気弾が目の前で爆ぜた

 

 続けざまにコタローが放った、空牙という技

 

 気を爪のような形に変えて放つ気弾の一種で、元の世界にいた時は勿論この世界での修行でも何回か使ったことがある

 

 それを計八発撃ち、内最初の一発が巨大気弾に追い付き突き刺さったのだ

 

 悟飯は爆発に飲み込まれ、空牙の残る七発がそこへ追撃

 

(ここで……畳み掛ける!)

 

 空牙を放つ頃には宙で体勢を整えきっていたコタローは、命中の確認の間など一切置かず一瞬で距離を詰めにかかる

 

 その一瞬の間に己の姿を再び変貌させ、拳に黒狼達を宿しながら

 

「狗音……爆砕拳!」

 

 悟飯を覆い隠す煙を拳速で吹き飛ばしつつ、全力の一撃を、放つ

 

 煙が晴れて、姿を見せるまでほんの数秒

 

 悟飯は、避けることなくコタローの全力を迎え撃っていた

 

(やっぱり……見とったんやな、その顔は)

 

 姿が変わったことに対する反応が、悟飯の表情からは見られない

 

 コタローの推察通り、悟飯は予選中敵を倒していく中でヤムチャと戦うコタローの様子を少なからず視認

 

 ゆえに獣化による強化で一層速く一層重い一撃が飛んでくることは、爆発の中すぐに予想出来ていた

 

 狗音爆砕拳を左掌一つで、平然と受け止めている

 

 そこから悟飯の顔まで約三十センチ、『力』で押し切ろうとも届かなかった、明らかな実力差が生み出した距離

 

(けどな……これは、まだ見てへんやろ!)

 

「!」

 

 その距離を、今からコタローは『力』以外で詰めに掛かる

 

 突き出された黒拳が、突如融解

 

 正確には拳を覆う黒の部分、狗神が離散し新たな目標へと迫っていった

 

 左掌から左腕と伝っていき、悟飯本体へ

 

 ヤムチャ戦では予め忍ばせた狗神を拳へ集めたが、これはその逆

 

(まずい!気を奪われ……)

 

 楓ほどヤムチャ戦を注視出来たわけではないが、悟飯は狗神の効果をおおよそ理解していた

 

 突如気が減少したヤムチャと、逆に増大したコタロー、その時点で突如姿を見せた黒い影

 

 少なからず関係があることは想像に難くなく、自身へ伸びていく狗神に警戒を向けてしまう

 

 しかしそれはこの戦いで悟飯が見せた、唯一かつ最大の隙

 

 

 

 

 

「……らぁっ!」

 

「ぐっ!」

 

(……やっと入れたで、俺の一発!)

 

 

 

 

 

 視線・意識共に向けられていた左側と正反対、右側からコタローの拳が飛び悟飯の右頬を抉った

 

 狗神を纏っていた右拳とは対照的に、自らの純粋な気のみを乗せた左拳

 

 振り抜くことこそ叶わなかったが、コタローの口角は自然と釣り上がる

 

 一方の悟飯も拳で顔を横に向けられたままだが笑みを見せ、その体勢でコタローと目を合わせた

 

 次の瞬間、両者は気を放出させお互いを弾き飛ばす

 

「……悟飯!俺は今、最高に楽しいで!」

 

「僕もだよ!コタロー君!」

 

 気と気がぶつかって起きた気流が、二人の黒髪を揺らした

 

 だが二人の心は、信念は決して揺れない

 

 強くなった自分を見せんとするコタローと、それに応えんとする悟飯、そのどちらも

 

 風が止むよりも早く両者は動き、拳を振るい合った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コタローが悟飯の蹴りで更に上空へ打ち上げられたのは、それからほんの数秒後のことである

 

 各秒それぞれの内に両手では到底数えられぬほどの拳が飛び交ったが、有効打を貰ったのはコタローだけであった

 

 正面からの殴り合い、それぞれが相当数の拳を受けたが悟飯はものともせず

 

 コタローも負けじと食らいついていたが、限界が訪れ次なる拳が明らかに遅れたところを一蹴り

 

「空牙ぁっ!」

 

 それでも、コタローは悟飯への視線は切らさず

 

 手数でなく威力を重視した空牙を一発、全力で悟飯へ放つ

 

 こちらへ攻撃に向かってくる悟飯へ、空牙は正面から着弾

 

 以上ここまで

 

 試合中コタローが、悟飯を視界で捉えられたのはここまでで終わり

 

(……あ)

 

 背中に衝撃が走り、振り返る間もなく海面が急接近で迫る

 

 さっきまで悟飯が映っていた目の前は、一瞬でアクアブルーに染められた

 

『孫悟飯選手の勝ちー!』

 

 悟飯は一瞬でコタローの背後まで回り、左上から右下へ一気に右腕を振り抜いていた

 

 試合終了をアナウンスを聞くと、握っていた右拳の力を抜いて降下する

 

 降り立った先は、コタローが着水した地点のすぐ傍にある岩礁

 

 程なくして、コタローが息を乱しながらも上がってきた

 

「えほっ、えほっ、はぁっ……はぁっ……あっ」

 

 悟飯は片膝を曲げ、右手を差し出す

 

 表情は先程と変わらず、穏やかに笑ったまま

 

 それに気付くと、コタローは激しい消耗で険しかった表情を笑みに戻しこちらも右手を伸ばす

 

 がっしと掴み、掴まれる両者の右手

 

 そこに、言葉はもう必要なかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、次は俺の番だな」

 

 控え室のモニターで試合の行方を見届けると、クリリンは帯をギュッと締め直し立ち上がる

 

 準決勝は試合ごとに数分のインターバルが置かれることになっている

 

 前の試合の選手が退場するための時間であり、次の試合の選手が入場するための時間でもある

 

 クリリンにとっては、後者の時間

 

 控え室からなら急がずとも充分に間に合うが、早いに越したことは無いなと早速向かおうとする

 

「クリリン」

 

 そんな彼を、控え室にいるもう一人の男が呼び止めた

 

 準決勝に進出した八人は、それぞれ予選時に使っていた控え室を改めて使っている

 

「ん?どうした、天津飯」

 

 つまりもう一人の男というのは、天津飯

 

 出入り口近くの壁に背を付け、両腕を組んだまま三つの目全てでクリリンを見据える

 

 先述の通り急を要するわけではないので、クリリンは天津飯の呼び止めに素直に応じた

 

「お前が今から戦うネギという少年……用心した方が良い」

 

「え?そりゃあ、ヤムチャさんをまがりなりにも倒したあの子の仲間だってんだから、油断するつもりは無いさ」

 

「……餃子のこと、お前は知っているのか?」

 

「ん?餃子?」

 

「その様子だと、知らんようだな」

 

 話を聞いてみると、対戦相手のネギから急に餃子へと話題が変えられる

 

 名前が出たため思い返してみると、予選開始直前にここを出てから彼を見た記憶が無い

 

 予選を勝ち抜いた八人の中にいないということは、誰かしらに敗れたということ

 

 しかし、クリリンは餃子が負けたその瞬間を目にしていなかった

 

 餃子を倒したのは、誰か

 

「おい、まさか今の話の流れからして……」

 

「そうだ」

 

 予選前に確認出来ただけでも、天津飯・餃子・アスナ・古・ヤムチャと自らを合わせた六人は皆バトルステージの振り分けはバラバラだった

 

 そしてアスナのところは悟飯が、古のところはトランクスが、ヤムチャのところはコタローが勝ち上がっており、当然ながら彼らではない

 

 つまり三択にまで絞られるのだが、そもそもこの話になった大元を辿ればそこまで考えなくても答えは容易に想像がつくわけで

 

「……餃子を予選で倒したのは、ネギ・スプリングフィールド。お前が今から戦う、あの少年だ」

 

「っ…………」

 

 天津飯から肯定の言葉を受け取り、クリリンは咄嗟に言葉を出せなかった

 

 準決勝激闘四連戦、更なる激闘の開始まであと数分



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第54話 古菲、葛藤す ネギvsクリリン

『準決勝第二試合はネギ・スプリングフィールド選手と、クリリン選手との戦いです!』

 

(あいつが古の学校の先生で、拳法の一番弟子、そして……)

 

 第一試合、つまりはコタローと悟飯の試合を終え会場の熱気は更に高まっていた

 

 四方八方から歓声がバトルステージへ絶え間なく飛び込み続けている

 

 そんな中でもクリリンと相対する少年、ネギの声は透き通るように届いた

 

「よろしくお願いします!」

 

 右拳を左掌に当てて、一礼

 

 一人の武人として礼を重んじたネギの行動に、クリリンも軽く頭を下げて応じる

 

 しかし彼の中では、直前の天津飯とのやりとりが忘れられず何度も繰り返し流されていた

 

(……餃子を倒して勝ち上がったやつの正体、か)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子が、餃子を倒しただって?」

 

「ああ、餃子本人から話を聞いている。間違いない」

 

 時間は今から少し戻り、試合開始数分前

 

 場所は選手控え室、いるのは二人の戦士のみ

 

 天津飯から聞かされた事実に、クリリンは表情を硬くする

 

 かつては天下一武道会で熱戦を繰り広げた対立流派の好敵手、そしてサイヤ人襲来の際には共に神のもとで修行し戦った戦友の餃子

 

 彼が予選でネギに倒されていた、という事実

 

 加えて、今になってそれを知るに至ったという現状が、更なる事実を暗に示していた

 

「…………『聞いた』ってことは、天津飯も見てないんだな?」

 

「ああ、俺も見てない。というより、気付けなかった、という方が正しいか」

 

 餃子がネギに負けたこと自体は、ヤムチャがコタローにやられたことを鑑みれば有り得ない話ではない

 

 だが問題なのは、その敗北が知人かつ達人である二人が存ぜぬところで完遂していたことだ

 

 悟飯がコタローとヤムチャの試合内容を幾らか知っていたように、強者と強者のぶつかり合いは例え自分が戦っている最中でもすぐ近くで起こっていれば普通なら自然と気付く

 

 予選での相手にさして強いのがおらず、楽々勝ち抜いた二人なら尚更のこと

 

「つまり、そのネギってのは餃子に……」

 

「ほぼ何もさせず、試合中の俺達に気付かせぬまま静かに勝った。ということだ」

 

 どどん波を撃つ、超能力で拘束ないしは投げ飛ばす、舞空術で空中戦

 

 これらをもし餃子が予選でしていれば、間違いなく二人は餃子の戦いに気付ける

 

 だが二人は気付けなかった、つまりはそういうことなのである

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『試合開始!』

 

「やああああっ!」

 

(……っ!)

 

 何度繰り返されたか分からない回想は、試合開始の合図とネギの接近で漸く打ち切られた

 

 拳法家である古の弟子、それでいて膨大な魔力を備えた天才魔法使い

 

 近距離と遠距離どちらで攻めて来るのか予測出来ていなかったが、ネギの選択は前者

 

 中心目掛け崩拳を打ち込みに掛かるが、クリリンは身を翻してそれを回避する

 

(避けられない速さじゃない……けどなんだありゃ!?ただのパンチじゃないぞ!)

 

 クリリンはネギへの視線を切らず、自分がさっきまでいた場所を通り過ぎた拳を見て目を大きく見開いた

 

 ほんのりと発光する拳の周りを、光の帯が数本渦巻いている

 

(俺や古が気を込めて拳を打っても、ああはならない。ってことはあれが、魔法ってやつか)

 

 ネギが先制で放ったのは、ただの崩拳にあらず

 

 光の魔法の射手(サギタ・マギカ)を拳に纏わせて放つ、桜華崩拳

 

 拳士としての体術と魔法使いとしての魔法技術、双方が合わさって生み出された必殺技の一つ

 

 初っ端から、ネギはそれをクリリンへと放ってきた

 

(多分餃子の超能力とも完全に別物なんだろうな……あいつはこれにやられたのか?)

 

 結果としては躱されてしまったわけだが、『気』とは違う『魔法』の異質さを印象づけるには、この第一撃はある意味成功とも言えた

 

 そして、ネギの魔法攻撃は続く

 

戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)!」

 

(今度は、拳に乗せず直接飛ばしてきた!)

 

 ネギは攻撃を避けられた後すぐにクリリンを捕捉し、拳に乗せていた魔法の射手(サギタ・マギカ)を即解除

 

 光とは別属性、風の魔法の射手(サギタ・マギカ)を改めて放った

 

(しかもさっきとは色が違うぞ!別の魔法、なのか!?)

 

 元は同じ魔法の射手(サギタ・マギカ)でも、中身が別物であることは視覚からでも認知出来た

 

 白く光っていた光の魔法の射手(サギタ・マギカ)と違い、風のそれが放つ光は薄白な碧色

 

 性能も大きく異なり、『破壊』の光に対し風の属性効果は『捕縛』

 

「わっ!な、なんだこれ!?」

 

「はあああっ!」

 

 ガードしようと前に出された両腕に巻き付き、クリリンの動きを一部だが封じ込める

 

 そこへ再び、拳に魔力を込めたネギが攻め入った

 

 脚でのガードも届かない、顔を狙って一発

 

 両腕を使えないクリリンは、体捌きでそれを上手く躱す

 

「よっ、ほっ、こ……のぉっ!」

 

(は、早い!)

 

 ネギの攻撃は二発三発と繰り出され、同様に避けていく中でクリリンは両腕に力を込め続ける

 

 三発目を避けたところで、戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)の拘束を引きちぎった

 

 数秒と持たずに解かれたことにネギは驚嘆するが、既に放たれた四発目はもう止まらない

 

「はっ!」

 

「ぐああぁ!」

 

 狙った箇所はこれまでの三発と同じで顔、読み切られあっさりと拳を掴まれる

 

 拳を掴んだまま右腕を外へ払ってネギの体勢を崩し、そこへ左手で掌底を打ち込んだ

 

 打ち込む瞬間に右手は離され、ネギは苦悶の声と共に宙を舞う

 

(また変な感覚が……バリヤー、いや盾?何でもありだなほんとに)

 

(即席無詠唱とはいえ、風楯(デフレクシオー)がこんな簡単に……やっぱりこの人、強い!)

 

 打ち込んだ瞬間、拳を遮るような抵抗感と何か砕けるような音をクリリンは認知していた

 

 それはネギが急いで張った魔法障壁、風楯(デフレクシオー)

 

 幾らかの防御力を有し、突破されてもダメージ軽減に充分な仕事をしてくれる楯なのだが、クリリンはそれを簡単に突き破りかなりのダメージをネギに与える

 

 無詠唱ゆえ防御機能を最大まで引き出せなかったことを差し引いても、相当の攻撃力を有した一撃であることは間違いない

 

「さ、魔法の射手(サギタ・マギカ) 光の7矢(セリエス・ルーキス)!」

 

(さっきのとは違うやつ、か?ならこのまま!)

 

 連続でこの威力の攻撃を食らってはマズいと、ネギは魔法の射手(サギタ・マギカ)で牽制

 

 クリリンはこれを先程の戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)とは別物だと見抜くと、そのまま追撃の足を止めなかった

 

 軌道を直前まで見切り、気を込めた両腕で次々と弾き飛ばしていく

 

「(間に合え!)ラス・テル マ・スキル マギステル……」

 

 それでも、ただ突き進むよりかはネギへ迫るのが遅れる

 

 ネギはその僅かに遅れた時間に賭け、詠唱に充てる

 

逆 巻 け(ウェルタートゥル)  春の嵐(テンペスタース・ウェーリス)……」

 

 全ての魔法の射手(サギタ・マギカ)を突破したクリリンが、拳を手前に引く

 

 彼が突き出すより先に、ネギが右拳を前に出す

 

 クリリンの拳が飛ぶのと、ネギが詠唱を終えるのはほぼ同時だった

 

風 花(フランス)旋風風障壁(パリエース・ウェンティ・ウェルテンティス)!」

 

「!?」

 

 再び、クリリンは攻撃を遮られる感覚を受ける

 

 それは先程突き破ったものより強固であり、なによりもう一つ

 

 全身に強風を浴び、その身をまるごと押し返されたのだ

 

 勿論ネギへの攻撃は届かず仕舞い、後退を余儀なくされる

 

「な、なんだこりゃ!?」

 

 強風に煽られたが転倒とまではいかず、すぐさま両足を地につけ直してクリリンは前方を見やる

 

 そこには、今しがた狙いを定めたネギの姿は無く

 

「た……竜巻?」

 

 高さは、てっぺんを確認するため見上げねばならないほど

 

 竜巻状の巨大な風魔法のバリアが、両者を隔て今も渦巻いていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仕切り直し、ってところか……」

 

 木乃香がアスナ達と上空観戦していることで空いた一席、そこに座って準決勝戦を観戦する一人の男がいた

 

 予選でコタローに敗れたヤムチャである

 

「ねえヤムチャさん、あのクリリンさんってのもめっちゃ強いんでしたっけ?」

 

「ああ、流石にピッコロや悟飯ほどじゃないが……俺と同等、いやそれより上かもしれん」

 

 コタローと一緒に木乃香に治療して貰った折に、良ければ座ってぇなと本人に言われ快諾

 

 近くに座るハルナにクリリンのことを聞かれ、自身を含め数人と比較する形で答えた

 

「上かもしれん……じゃなくて間違いなく上でしょ、クリリン君の方が」

 

「なっ、おいブルマ……」

 

「おっ、すごいすごい!攻撃全部弾いてる!」

 

 そこへブルマが半ばからかうようにヤムチャの発言に難癖をつけ、ヤムチャが食ってかかりそうな所でハルナが試合の動きに気付いて声を大きくする

 

 クリリンがネギの風障壁に気弾を何発か撃ったのだが、全て弾かれていた

 

「あれなら、ネギ先生も暫くの間休めるかも……」

 

「……いや、あれは小手調べって感じだな。クリリンの本気の攻撃はあんなもんじゃない」

 

 ヤムチャが目をやった後も、クリリンは何発か撃って全て弾かれている

 

 のどかが少々ホッとした様子を見せたが、ヤムチャは違うと判断

 

「おそらく何か、全力攻撃とは別の突破方法を考えて……のどか、あの本でクリリンの心を読めないか?」

 

「す、すみません、ここからだとその、離れすぎてて……」

 

 真意まで推察出来なかったヤムチャは、読心術が可能なのどかを頼るが断られる

 

 いどのえにっきの有効範囲は半径数メートル、バトルステージまではとてもじゃないが届かない

 

 しかしそれに頼らずとも、クリリンはすぐさま行動でもって答えをヤムチャ達へと示した

 

「あれ?やっぱり正面から破るつもりじゃ……って遅!」

 

「そうか……ハルナ、クリリンの狙いは正面突破じゃない!」

 

 腰を落とし両手を横へやり、気を込める

 

 観客席からでも視認出来るほど両手が光り、気を知る者なら気功波を撃ち出そうとしていることがわかる

 

 そして実際撃ち出されたのだが、速度があまりにも遅すぎる

 

 先程のネギの魔法の射手(サギタ・マギカ)と比べても、差は明らか

 

 ハルナはその遅さに逆に驚いてしまうが、ヤムチャは気付く

 

 気の込め方、出現した気功波の滞空具合、撃ち出した後のクリリンの手つき

 

 自身のとある技との共通点を看破し、次の動きを確信する

 

「うおっ!上がっていった!?」

 

「クリリンの狙いは……上だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(骨は……折れてない、まだ充分戦える!)

 

 風障壁に囲まれたネギは、まず最初にクリリンから食らった箇所の負傷具合を確認

 

 打ち身レベルで済んでいたことに安堵すると共に、魔力を高め詠唱を紡ぎ始めていた

 

「ラス・テル マ・スキル マギステル……」

 

 使おうとしているのは、先程牽制にも使った光の魔法の射手(サギタ・マギカ)

 

 無詠唱と違って詠唱呪文ではより多くの本数を放つことが可能で、既に両の手で数えられない数の光矢が集まっていた

 

(無詠唱で撃てる数じゃあの人を押さえつけるのは無理だ……これで弾幕を張って、その隙を突いて更に仕掛ける!)

 

 周囲を囲む風障壁に遮られ姿は見えないが、感じる気を鑑みるに正面からは動いていない

 

 風障壁の解除は術者のネギが任意で行えるため、撃とうと思えばすぐにでも解いて奇襲可能な構え

 

(いくか?いや、これじゃまだ足りない……)

 

 しかしネギはすぐには実行せず、更に魔力を込め光の矢を生成していく

 

 時間経過で壁が消えるまでには一分以上時間が残されており、任意解除による奇襲狙いのため消滅ギリギリまでは無理にしても、出来る限りの威力を用意しておきたかった

 

(撃つまでの時間は、まだ……)

 

 そう、時間は充分にあった

 

 ただしそれはネギにとっての時間だけではなく、クリリンにとっても充分な時間

 

「ばっ!!!!!」

 

「!」

 

 風障壁越しにクリリンの声、同時にネギに悪寒が走った

 

 反射的にネギは、溜めた魔力を全て上空へと向け解き放つ

 

魔法の射手(サギタ・マギカ) 光の67矢(セリエス・ルーキス)!」

 

 撃つのと同時に、降り注ぐ音

 

 ネギが上を向き、事態を視覚でも確認したのはその後だった

 

(そんな!あれだけの量の気を、今いる位置から動かずに!?)

 

 気功波の雨が、ネギの光の矢と幾度とない衝突を繰り返していた

 

 

 

 

 

 

 ネギの旋風風障壁は、彼を全方位から同じように守ってくれているわけではない

 

 竜巻と形容されるように最上部は穴が空き、そこからであれば壁に正面からぶつかるより容易に突破が可能

 

 無論ネギもその弱点は把握しており、クリリンが舞空術で上へ飛んでこないかは気で位置を探りつつ警戒していた

 

 しかしクリリンは手の動きだけで気功波を巧みに操作し、逆にネギへ上部からの奇襲を食らわせた

 

(あの光の矢の一発一発の威力は、俺の気功波一発には遠く及ばない。どれだけ溜めてかはしらねえが、どこまで防げるかな)

 

 未だに両者を風障壁が阻み直接様子は見えないが、中から聞こえる音から自身の攻撃がネギの魔法とぶつかり合っていることは容易に想像出来た

 

 始めに数発撃った気弾によって、目の前の壁が並の攻撃で破れないことは確認済み

 

 となればあれは、今となってはネギの逃げ場を奪う檻

 

(あとは簡単だ、中でそのままやられるならそれで良し。そうでなく、あの檻から逃げられるのなら……)

 

 中での音が一回り小さくなると、竜巻が突如として消えた

 

 魔法の射手(サギタ・マギカ)を全てを撃ち切ってもなお攻撃を止めきれなかったネギが、たまらず旋風風障壁を解除し飛び出してきたのだ

 

 低姿勢で床を蹴った、瞬動での高速移動

 

(そらきた!)

 

 それでも、飛び出してくること一点に絞って注視していたクリリンにとって、ネギの動きを捉え接近するのはあまりにも容易

 

 直前まで右手で魔法を放ちガラ空きになっていた右脇に、気を込めた蹴りが飛ぶ

 

 気付いたネギは慌てて障壁を無詠唱で張りつつ右腕を下ろすが、なにぶん急なため防御の型までは取れず

 

「っがああああぁっ!」

 

 障壁と右腕の両方を突き破り、吹っ飛ばされた

 

 最初の掌底よりも高威力な一撃にネギは息を詰まらせ、クリリンへ魔法の一つも撃てない

 

 一度、二度と跳ねると、ネギは地に俯せた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネギ、坊主……」

 

 モニター越しでなく、生で二人の戦いを見届けたい!

 

 そう切願した古は、亀仙人達とどうにか屋外で試合を立ち見出来る場所を確保していた

 

 現在戦っているネギとクリリン、そのどちらもが彼女とは浅からぬ関係であった

 

 片や学舎の師かつ自身の一番弟子、片や亀仙流の兄弟子かつ中国拳法のみに限って言えば自身の二番弟子

 

 どちらを応援するか決めきれぬまま、試合は始まった

 

 そして大勢が決したかに見える現在、古は喜ぶでも悲しむでもない複雑な心境のまま声を漏らしていた

 

「ネギ君!頑張ってー!ほらくーふぇも応え……あ、そっか。クリリンさんってくーふぇの……」

 

 隣にいたまき絵は当然ネギの応援一択で、古にも促そうとするが言い切る前に彼女とクリリンの関係を思い出した

 

 古はより表情を渋め、戦いから目を逸らしたくなりそうな自分を諫めつつ面を上げ続ける

 

 その様子はまき絵だけでなく、共に観戦していたウーロンや五月ですら声をかけるのを躊躇ってしまうほど

 

(今、私はどうすればいいアル?見届けなければ、ならぬのに……私の心がこうも揺らいでは、二人に対して申し訳が、立たぬアルよ。一体どうなてるアル?今の、私は……)

 

「……昔、天下一武道会という大会にクリリンが出場したことがあってのう」

 

 そんな中、口を開いたのは亀仙人だった

 

「……老師?」

 

「あやつは準決勝まで駒を進めた……そしてその準決勝で戦った相手は、同じく亀仙流の孫悟空。つまりどちらも、わしの弟子じゃった」

 

「!」

 

 もう何年前になるか、今なお鮮明に思い出せる二人の勝負

 

 一場面一場面を思い返しながら、亀仙人は話を続ける

 

「二人の師として、どちらかに肩入れなど当然出来やせん。じゃが、わしのすることは決まっておったよ」

 

「……どうしたアルか?」

 

「お互いが技を決める度、修行の成果を形にしてくれる度、負けじと立ち上がる度……師として喜ばしい瞬間全てに於いて、称賛をどちらにも送ってやることじゃ。無論勝負の邪魔にならぬよう師匠らしくどっしり構え、口に出さずこっそりと。じゃけどな」

 

「どちらにも……全て……そうアル、私は二人の何を見てたアルか」

 

 古はこの時気付いた、『ネギが劣勢』という数ある内の一つの事実に惑わされ、見るべき箇所を幾度と誤っていたことを

 

 開始当初のネギの崩拳、躱されはしたが踏み込みも突きもかつてまほら武道会で見た時と比べものにならないほどのキレだった

 

 風矢でクリリンの動きを止めてからの顔を狙った攻撃も、拘束を解かれない内は間違いなく一番の有効打

 

 そして拘束を解いた後のクリリンのカウンターも、風障壁を攻略した気功波も

 

「……ふんっ!」

 

「うひゃっ!?どしたのくーふぇ頬なんか叩いて!?」

 

 両者が修行を積み重ね、かつこの勝負に懸命であるが故に見ることが出来たのだ

 

 その一つ一つを見てやれずに、何が師だ、何が弟子だ

 

 両手に気まで込め、今の恥ずべき自分に古は喝を叩き込んだ

 

 あまりの音にまき絵は面食らうが、それに構わず古は亀仙人へと向き直る

 

「老師、感謝するアル!吹っ切れたアルよ私は!」

 

「うむ、いい目じゃ。ほれ、まだ勝負は終わっとらんようじゃぞ」

 

 サングラス越しであるが、亀仙人は古の澄んだ双眸を確かに捉えていた

 

 杖の先をバトルステージに向けてやると、それらはスッと素直に後を追う

 

 亀仙人が最後に言った『こっそりと』を忠実に守ろうとしているのか、口元はギュっと締められ呼吸出来ているのか怪しんでしまうほど

 

(ネギ坊主、『負けるな』とは言わぬアルよ。けど見せて欲しいアル、私が幾ら『見事』と言ても言い足りないほどの勝負を……そして、クリリンも!私は全て見届けるアル!)

 

 バトルステージ上ではネギが、胸に手を当て立ち上がろうとしていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やっぱり目を背けちゃいけない……単純な攻撃出力、戦闘経験、どちらも大きな差をつけられている)

 

 息は、数秒遅れで漸く出来るようになった

 

(だから、さっきまでのあれじゃ駄目なんだ……どこか、攻撃を受けず一方的に決めたいという甘えが、間違いなくあった)

 

 胸元に当てた右手が、ポゥと淡い光を灯す

 

(悟飯君と同じ、普通にやったらまず勝てない相手……だから、その甘えは捨てなくちゃいけないんだ)

 

 立ちきった頃には右手は離され、正面のクリリンを見据えて開戦当初と同様に構えを取る

 

 あちらも同じく、油断した様子は皆無で隙の無い構えを見せる

 

(行くぞ!)

 

(来る!)

 

 向こうから動いて隙を晒してくれるのを期待するのは厳しい、故にネギの方から先に動き揺さぶりを掛けるほかなかった

 

 元より覚悟を決めたネギはそのつもりで、無詠唱で魔法を続けざまに二つ繰り出した

 

風精召喚(エウォカーティオ・ウァルキュリアールム)!」

 

 風魔法で作り出したネギの分身が二体、ネギの左右に出現し先行してクリリンに襲いかかる

 

魔法の射手(サギタ・マギカ) 雷の5矢(セリエス・フルグラリース)!」

 

 クリリンには初めて見せる、雷属性の魔法の射手(サギタ・マギカ)

 

 弧を描いてクリリンに迫り、直線的に向かう風精と共に初見魔法の同時攻撃

 

(また別の魔法、か……だが、もう食らわないぜ!)

 

 しかしクリリンは最初のように驚く様子もなく、落ち着いたまま

 

 バックステップで到達時間を稼ぎながら、気弾を連射

 

(それに、本命は別なんだろ?)

 

 気弾は魔法の射手(サギタ・マギカ)に命中、雷という属性を活かす間もなく飛散させる

 

 残る風精の対処に備えながら、その奥にいるネギの動向をクリリンは見逃さなかった

 

 繰り出してきた二つの魔法、弱いとは言わないがクリリンを倒そうと放ったにしてはあまりにも力不足

 

 となればこれは陽動、目を向けさせその隙に本命を叩き込もうとしているのではとクリリンは推察

 

 そしてそれは正解、ネギは足に魔力を集めて瞬動の準備に入っていた

 

(差し違えてでも、決める!)

 

 覚悟を決めた目つき、クリリンはそれにも気付く

 

 風精の攻撃の成否を待たずして、ネギもまたクリリンへ突撃した

 

「いいぜ……来いよ」

 

 まず風精が、左右に分かれて二体同時にクリリンへ攻撃

 

 狙いはもう読めていた、左右に注意を逸らして中央に本命の攻撃

 

 クリリンは、その場から一歩も動かず迎え撃つ

 

「はああっ!」

 

 ギリギリまで引きつけ、両腕を振るって手の甲で一撃

 

 風精は瞬く間に消えるが、前方のガードが空く

 

「雷華……崩拳!!」

 

 その、空いたタイミングぴったりにネギが拳を突き出した

 

 ネギの右拳には、先程撃たずに残していた雷の魔法の射手(サギタ・マギカ)が数本分

 

 腕を前方に戻して攻撃をガード、はもう間に合わない

 

 クリリンは、踏みしめていた左足をそっと離した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やっぱ、雷かこれ……ビリビリすんなぁ、直接食らってないのによ)

 

 帯電するネギの拳が、視界の左下に映り込んだ

 

 ネギの雷華崩拳はクリリンに当たることなく、右腕ごと動きを止められていた

 

 

 

 あの時クリリンは左足を上げ、右足を軸に左回りに反転

 

 その上少々右側に身を傾けたことで、中央を狙っていたネギの拳は空を殴る

 

 続いて手元へ戻した自らの左腕がガツン、左脇にネギの右腕を挟み込んだ

 

 

 

 その際僅かに触れた雷がクリリンの左半身を痺れさせたが、反応したのもほんの一瞬のこと

 

 クリリンの右拳は、決着をつけるべく既に狙いを定めていた

 

 右腕を伸ばしたまま動けなくされたネギの胴体はがら空きであり、左腕のみでは到底防げない

 

「ふんっ!」

 

「っ、がっ!」

 

 そして、打ち込まれた

 

 直撃を拒む壁、風楯(デフレクシオー)の感覚があったが構わず貫いた

 

 貫いた先にももう一枚、もう一枚と風楯(デフレクシオー)が幾重にも張られていたが、全て貫いた

 

 全て貫いた先にはネギの腹、拳はしっかりと抉った

 

 壁に阻まれ威力は多少落ちたが、充分な威力だった

 

 現にネギは痛みに目を見開き、空気をこれでもかと吐きだした

 

 だがネギは、次の瞬間笑った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……解放(エーミッタム)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(覚悟はしてたが、本当に危なかった……あの一発で気絶してたら、その場で終わってた……)

 

「なっ!?さっきより強……くっ、こっの……」

 

 ネギが倒れ伏し、そこから立ち上がるまでの数秒間

 

 用意していた魔法は、全部で五つあった

 

 風精召喚(エウォカーティオ・ウァルキュリアールム)魔法の射手(サギタ・マギカ)(雷)・風楯(デフレクシオー)

 

 そして、今展開されている戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)

 

 最後にその風矢をこのタイミングで発動に至らしめた遅延魔法、術式封印(ディラティオー・エフェクトゥス)の五つ

 

 クリリンの拳を受けた腹部に魔方陣が浮かび上がり、直後幾多もの風矢がクリリンを拘束した

 

 彼と密着していた術者のネギすらも巻き込んでだ

 

 拘束力も、至近距離からということもあり一回目の時より数倍はゆうにある

 

「ラス・テル マ・スキル マギステル……」

 

 魔力を込め、詠唱し、魔法を一つ発動させる時間は充分に稼ぐことが出来た

 

(ちょっと待て!今密着してんのに、さっきまでみたいな魔法撃ったらお前まで巻き添えを食うぞ!?)

 

(とか考えてるかもしれませんが、言われなくても攻撃魔法は使いませんよ。すぐ撃てる魔法は倒すには威力不足、上級魔法は詠唱に時間が掛かって間に合いませんから)

 

 ネギの両手が激しい光を帯びながら、それぞれ片方ずつクリリンの腕を力強く握る

 

 光の正体はネギの魔力、魔法へと形を変える前の力の源そのもの

 

(この魔法だけじゃ勝負は決まらない……けど、僕は勝つためにこの魔法に賭ける!予選の時以上に、出来る限りのフルパワーだ!)

 

 風矢が激しく軋むような音を立て始める、もう時間は残されていない

 

 腕に突き立てんばかりに十指へ力を込め、ネギは解き放った

 

「――――!!」

 

「!?」

 

 あまりに目映い光は、二人の姿を一瞬隠す

 

 更には多量の魔力が滾り流動したことで発生した、けたたましい音

 

 間近にいながらクリリンは、ネギの詠唱の最後を耳に入れることが出来なかった

 

 それから少し遅れ、驚愕を残したままながらもクリリンが力尽くで風矢の拘束から脱出

 

 すると、まるで割れた風船の中の空気のように、中央から両者は勢いよく弾き飛ばされた

 

「うおっ?!」

 

「くっ……」

 

 クリリンはどうにか、両の足のみで着地

 

 一方でネギはクリリンに貰った一撃のダメージが尾を引いたか、片膝片腕をつきながらようやく地に身を落ち着かせる

 

(なんだか分かんねえが、これ以上変なことさせるか!)

 

 この時、クリリンは自分の身に何が起きたか分かっていなかった

 

 ネギが体勢を崩したという事実、待てば未知なる攻撃が再び飛んでくるかもという焦燥

 

 この二つから、すかさず飛び掛かって攻撃すべしという決断を下す

 

 一瞬で距離を詰めるべく、足に気を込めて蹴る

 

 そして、ようやくクリリンは自身の置かれた状況を知ることとなった

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 クリリンは、両の手を地に着けて四つん這いになっていた

 

 蹴った瞬間つんのめり、修正もままならず始めの場所から1mも離れていない場所でだ

 

 こんなこと、当然だがこれまで一度も無かった

 

「なんだ、これ……手、が……」

 

 両の手が謎の光で覆われていることも、一度も無かった

 

 不測の事態、捌かねばならない情報が多量に入り込む

 

 故に新たな情報、ネギが体勢を整え攻撃しに向かってきたことの認知を少々遅らせてしまう

 

「桜華崩拳!」

 

「やべっ、しまっ……」

 

 クリリンは両手を正面で重ね、ネギの桜華崩拳を受け止めた

 

 今ではクリリンの方が不完全な体勢であり、ただ前に出しただけでは押し込まそうな勢い

 

「こっ、の……!?」

 

「はああああっ!」

 

 そのためこちらからも力を込めて押し返そうと試みたのだが、ここでまたクリリンに衝撃

 

 

 力を込めた瞬間、力が抜けた

 

 

 意味が分からないかもしれないが、当人のクリリンもおそらくこう表現するしかなかっただろう

 

 結果ネギの拳はクリリンの両手の防御を突破、頬を殴りつけ身を浮かせた

 

(なんだ!?俺の身体に、何が起きてんだよ!?)

 

 クリリンの中では攻撃のダメージ以上に、混乱が激しく渦巻いていた

 




 やっと書き終わりました、例によって後半部分は完成済み。数日中に投稿します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第55話 気と魔力 反する二つの衝突

「どうして……クリリンさんの調子が急に……」

 

「やっと、ネギのやつ決めよったか」

 

 悟飯とコタロー、準決勝を戦った二人は選手控え室に戻っていた

 

 コタローが海に落ちての決着だったため、着替えるのと海水を洗い流すのが目的だ

 

 着替えの用意をコタローはしていなかったのだが、そこはアスナやあやかの時と同じようにピッコロの出番

 

 同じ控え室で待機していた彼が、二人が入ってくるよりも先に着替えを出していた

 

「そっか、ネギ君と一緒に最後の修行してたからコタロー君は知ってるんだ」

 

「せや。あれは俺のやつよかホンマえげつないで」

 

 新しいシャツと学ランを身につけたコタローは、ネギが決めてみせたとっておきに思わず苦笑

 

 精神と時の部屋での修行中、彼も幾度と味わったのであろうことが伝わってくる

 

 悟飯はしばし自分だけで予想を立てようとするが、どうも答えが出てこない

 

「うーん……」

 

「本来の力を出そうにも出せない、という感じに見えますが……」

 

「今の内に言うとくけど、俺からタネは言わへんからな。まだ三人ともネギと戦う可能性あるさかい」

 

 ピッコロと同様に待機していたトランクスも考えるが、直接の原因は分からずにいるようだ

 

 これに対しコタローは教える気は0

 

 厳しい修行を乗り越え、互いに新技を作り上げたライバルとしてのけじめ、という意識が強くあるのだろう

 

 しかし残る一人、ピッコロはというと

 

「……ほう、そういうことか。予選と比べて、随分派手にやったものだな」

 

「ピッコロさん、分かったんですか!?」

 

「……なんや、一人バレてるやん」

 

 悟飯達二人と違い、幾らか理解のあるような素振りを見せた

 

「ネギとの修行中、色々と話を聞いて知識はあったんでな。まだ確定ではないが」

 

「ほーん、そういやネギも言うてたわ。『ピッコロさんにはすぐ見破られるかもしれない』て」

 

「一応聞くが、あの技……お前じゃ逆立ちしても、一生俺達には打てない技だな?」

 

「せや、やっぱり分かってるやん。けど……」

 

「安心しろ、他人にぺらぺら話す気はない」

 

 続いてコタローに確認の問いをし、正解を貰って確信に至る

 

(ならええわ、これで二人は気付かずのままや。ネギ、このまま気付かれん内に勝負決めたれ!)

 

 その間にも、戦いは止まることなく続いていく

 

 局面は一転してネギが優勢、これを一番拳を強く握って観ているのは他でもないコタロー

 

(そんで俺より大舞台、決勝で悟飯相手にぶちかましたるんや!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法の射手(サギタ・マギカ)雷の7矢(セリエス・フルグラリース)!」

 

(くっ、やっぱりか。距離を取ってもあの魔法の矢で追撃される!それに……)

 

 あれからクリリンはネギの打撃を数発浴びせられた

 

 思うように動かない両腕両脚、つまり腕での防御も足回りによる回避もままならないということ

 

 一旦態勢を立て直そうと、今しがた隙を見て離れようとしたのだがご覧のとおり

 

 退避に全力であったために、先程よりも多く矢を撃つ余裕がネギには出来ていた

 

 加えてクリリンは、この攻撃の対処の自由が無い

 

(……くそっ、まだ駄目だ!気弾まで撃てないなんて!)

 

 前と同じように気弾で撃ち落とそうと右手に気を込めようとするが、体表に形を為す前に飛散する

 

 『気』自体の感覚はあるのだが、膨らませる前に潰されてしまう、そんな感覚

 

 必然的に前方の7矢の対処は、自由に動かせない中での防御か回避に絞られていた

 

 水平にした両腕を前方へ出し、上下に並べて盾にする

 

「ぐあぁぁぁぁぁあっ!」

 

 着弾し、全身に雷が駆け巡った

 

 拳を脇で挟み込んだ時とは比べ物にならず、思わず絶叫を声に出す

 

 本数の増加以前に、根本的な威力が上がっているようにも感じられた

 

 ガードが崩れ、そこへネギが攻め立てる

 

「風華崩拳!」

 

 風の矢を纏わせたネギの第三の魔法拳、緩んだ両腕のガードを突き破らんと上段に突き出した

 

(まずい、あの色は!また縛られる!)

 

 色から風属性のそれと見破ったクリリンは警戒を強め、どうにか避けんとし抗う

 

 膝の力を瞬時に抜いて折り、姿勢を落とす

 

 ただ力を抜くだけならどうにかいつも通りにでき、頭の上を拳が掠める

 

 ネギの『左』拳が

 

(しまっ、狙いはあっちじゃなくて……)

 

 硬開門

 

 正中線上に立てた右肘が、鋭い踏み込みと共にクリリンの鳩尾へと突き出された

 

 風華崩拳の狙いは、上方へ注意を向けさせることにあった

 

「ごおふぁっ!この……おわぁっ!」

 

 自律的な呼吸とは別に肺から空気が吐き出され、クリリンは再び吹っ飛ばされる

 

 ここで彼は宙で態勢を整えようとしたのだが、これも失敗

 

 前後左右上下にコントロール不能な揺れが現れ、空中静止とならず地へ足を着く

 

 この調子では、ネギも飛べる以上空中戦を試みてもより一層不利を被るだけだろう

 

(舞空術までまともに使えなくなってやがる……何かが、何かがおかしくなってるんだ……)

 

 構えを取り直しながら、クリリンは必死になって原因解明のため思考を巡らせていく

 

 あの時のネギの攻撃を受けてから、自身の中で何が変わったか

 

(まず最初に突っ込もうとしてつんのめった、上半身に対して足の力が追いつかなかったせいだ)

 

 足に気を込めて、飛び出そうとした時

 

(次にネギの攻撃を押し返そうとして、逆に押し返されて……)

 

 両手に気を込め、パワーを上げようとした時

 

(気弾も撃てなくて、舞空術もコントロール出来なくて……)

 

 気を集め放出しようとした時、体内の気をコントロールして飛ぼうとした時

 

(そうだ、『気』だ。『力』って曖昧な括りじゃなくて、『気』がいつもみたいに扱えなくなってるんだ)

 

 おかしいと感じた時全てに言える共通点、クリリンは今それを見つけた

 

(まるで何かが体内にいて、俺の気を押さえ込もうとしている感じ、なのか?だから最初は力そのものが抜けたみたいに錯覚し……待てよ)

 

 更には、さして昔でないあの出来事が、瞬時に頭をよぎった

 

(何かが、いや別の力が……気を押さえ込む、というよりは…………反発?)

 

 

 

”力が上手く入らぬアル……毒、とは違うアルよね?”

 

”……気を扱う古菲さんとは相性が悪いかもしれないですね”

 

”えっと、気と魔力は反発し合うみたいで……”

 

 

 

(!!)

 

 全ての辻褄が合った

 

(そうか、魔力か!さっきからずっと俺の身体で光ってるこいつも、俺が気を使うのを何度も何度も邪魔してるのも、魔力。つまりあの時あいつは……)

 

 聞こえなかったネギの詠唱、だがどんな魔法だったかはほぼ確信出来た

 

(……俺の身体に魔力を、送り込んできたんだ!俺だけじゃない、予選で餃子にも!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気を扱う相手の身体に自らの魔力を、ですの?」

 

「はい、ほぼ間違いないでしょう」

 

 ネギとの長い修行を経て、魔法についての知識を蓄積させていたピッコロ

 

 試合前、既に気と魔力の反発を目の当たりにしていたクリリン

 

 今いる世界の住人では、彼ら以外に正解にたどり着いた者は殆どいないだろう

 

 しかし元より気と魔法の混在する世界にいた彼女達ならどうか

 

 実際上空では一人、クリリンより先に気付いていた少女がいた

 

「けど、ネギは相手のカードを持ってないじゃない。どうやって自分の魔力をあげるっていうのよ?」

 

戦いの歌(カントゥス・ベラークス)があります。おそらくネギ先生は術式を一部書き換え、密着した相手へも魔力を送り込めるようにしたのではないかと……この方法なら、仮契約の有無は関係ありません」

 

 刹那はアスナの疑問に、自らの推測を交えながら説明した

 

 彼女自身、推測ではありながらもほぼこれしかないだろうと半ば確信しており、実際それは正解であった

 

「アスナさんは勿論ご存知でしょうが、気と魔力は本来互いに反発しあうもの。同時に振るおうとすれば、力を打ち消し合ってしまいます」

 

「あ、修学旅行の後にエヴァちゃんが言うてたやつやね」

 

「はい。今クリリンさんはネギ先生の膨大な魔力で強化された状態、そこへいつものように動こうと気を発現してしまえば……」

 

「出そうとした気は打ち消され、更には現時点での魔力の強化も減少してしまう。というわけですわね?」

 

 木乃香やあやかの言葉も添えながら、一連のクリリンの不調の真相が語られる

 

 これに補足をするなら、あとは予選で餃子に使った時についてくらいだろうか

 

 今しがたクリリンへ魔力を供給した際に激しい光と音を伴ったわけだが、予選ではそのような様子は見られず

 

 これは光と音が送り込んだ魔力の量に比例するためで、クリリンより力の劣る餃子にネギが送り込んだ魔力は今さっき程大量でなくても事足りたため

 

 更には光は混戦時に使ったため周囲の選手が遮り、音も全八ステージの戦闘音が掻き消し、他のステージの選手達も気付けなかった

 

 四人の中で刹那が真っ先に気付けたのは、実際に自身も近い経験をしていたからだった

 

 先程木乃香が言及した、エヴァの『気と魔力は反発する』発言

 

 それよりも少し前、エヴァのその発言を聞く一因にもなったあの戦いに遡る

 

「はい、実際あの時は少し焦りました。カモさんに言われて成る程と両方の力を重ねようとして、途端に力が抜けてしまいましたからね」

 

「あ、それってネギと仮契約して妖怪と戦った時?」

 

 刹那の発言を受け、これにはアスナも気付いた

 

 修学旅行での、木乃香救出のための戦い

 

 刹那にとって、あらゆる意味でも一生忘れることの出来ないあの大決戦

 

「そうです、あの時はカード越しだったので私はすぐ供給を切って戦えましたが……今のクリリンさんはそうもいきません」

 

 従者への魔力供給は、仮契約(パクティオー)カードを介することで行われる

 

 そのためカードに働きかければ供給にストップを掛ける事も、場合によっては既に供給された魔力をカード越しに送り返すことも不可能ではない

 

 しかしカードを介して魔力を貰ったわけではないクリリンには、それが出来ないのだ

 

 完全な一方通行、体内に入り込んだ魔力は自身で処理するほかない

 

「アスナさんや高畑先生と違い、クリリンさんが気と魔力両方の扱いに長けているとは考えにくい……となれば、魔力を自発的に発散させることは難しい筈です」

 

「ほなら、ネギ君このまま勝てるん?」

 

「可能性は充分にあります。あとは、序盤で受けたダメージがどこまで響いているか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(それと、もう一つ気付いたぜ……さっきからあいつは、俺に攻撃を一発食らわせた後しつこく追ってこない)

 

 舞空術を失敗して、不完全な着地をして、構えを取り直して、おかしい原因を考察して

 

 こうしてる間、ネギはクリリンに追撃を仕掛けてこなかった

 

 肩で息をしながら、右手に今度は光の矢が集まっていく

 

(魔法の遠距離攻撃で牽制して、その間に接近して、古直伝の拳法を叩き込む、これが一連の流れ。ただむやみに接近戦を仕掛けるより、こうした方が俺がボロを出しやすいと踏んだんだろうな)

 

 飛んでくる魔法の対処、接近してくるネギへの警戒、接近戦への切り替え

 

 複数の段階を経ることで、クリリンが咄嗟に気を使おうとする場面は必然的に増える

 

 そうすれば魔力との反発で力は落ち、攻撃が通しやすくなる

 

(逆に言えば俺がボロを出さないと、つまり気を込めて魔力と反発させないと……この魔力のパワーアップ状態の相手は怖いってことだ)

 

 ネギの慎重な攻撃の理由を見抜くと、クリリンは前方に構えた自らの右腕を一瞥

 

 今自分は一切気を込めていない、という前提のもとで改めて見てみると、不自然を覚えるほどのパワーが溢れているのを感じ取れた

 

 もし吹っ飛ばされた状態でネギが追撃に来て、気を込めようとする間もなく無意識でこの腕を出せばどうなるか

 

 序盤に受けたダメージによる体力差で、逆にネギがやられる可能性も充分考えられる

 

(つまり、俺の気でこの魔力を反発させず、そのまま一発ぶちかませれば……)

 

戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)!」

 

(げっ、あの色はマズい!気を使わず、今ある力だけで……うおっ、こんなに飛べるのか!?)

 

 自身の気を封じられたカラクリ、それを見抜いたことで打開の道筋を一つ見出せた

 

 だがそこへ容赦なくネギの魔法が襲い掛かり、まずはその対処に追われることとなる

 

 飛んできたのは風の魔法の射手(サギタ・マギカ)、既に二度も苦渋を味わっている攻撃だ

 

 防御で幾らか凌げる光や雷と違い、直接のダメージこそ無いが接触するだけで動きを封じられてしまう

 

 つまりするべきは先に撃ち落とすか避けるかで、気弾が使えない以上後者を選択

 

 気で力を上げる、という今まで当たり前だった行程をせぬよう意識し蹴ってみると、魔力の強化によって回避に充分な跳躍をすることが出来た

 

(いいぞ、これなら一気にこっちから距離を詰められる!)

 

 真上のジャンプというよりは横っ飛びだったため、すぐまだ地に着く

 

 その地に着くジャストのタイミングで、再びクリリンは地を蹴った

 

 今度はネギへ真っ直ぐ向かう跳躍、拳も既に握ってある

 

 気を込めてしまわぬよう注力しながら、突き出した

 

「ぐぅぅっ!な、なんで……」

 

 攻撃をガードするネギから苦悶の声と、クリリンが急に鋭い動きを見せたことへの驚愕の声が漏れる

 

 これを好機と見るや、クリリンは続けざまに攻撃

 

 気弾が撃てず元より遠距離戦に持ち込めないこともあり、両者の勝負は接近戦に突入した

 

 

 

 

 

 図らずして、同じ(フォーム)での戦いになった

 

 クリリンは戦う上で、気を込めてしまわぬよう意識せねばならない

 

 そうなると力任せに拳を振るうことは許されない、クリリンの力任せの『力』とは気に他ならないからだ

 

 したがって有効だったのは力を無理に使わずとも戦える『技』、古から伝授された中国拳法の数々となる

 

 一方のネギも、クリリンにぴたりと距離を詰められ魔法が使えない

 

 無詠唱魔法ですら、意識を向けた途端に一撃を貰いかねない攻めが襲いかかろうとしているからだ

 

 故にこちらも、接近戦での選択肢が他にないこともあり必然的に古直伝の中国拳法での応戦となる

 

(さっきまでと、動きが全然違う。僕と同じ戦い方……まさか、古老師が!?)

 

(流石は古の自慢の弟子、ってとこか?魔法だけに目が行ってたが……接近戦の動きも悪くないぞこいつ!)

 

 攻撃を放っては捌かれ、懐に潜り込まんとすればいなされ、お互い未だ有効打は無し

 

 クリリンは現在の魔力強化状態以上の出力が出せず、ネギの守りを突破できない

 

 一方のネギもその防御に手一杯なところがあり、満足な攻撃が打てないでいた

 

(あともう少し、もう少しで一発を叩き込め……しまった!)

 

 いや、『打てないでいた』は誤り、正しくは『打たずにいた』である

 

 魔力で強化されている状態ではあるが、普段の全力とは程遠い攻撃しか打てず、拙攻が続きクリリンが焦るのを待っていた

 

 ついに気を無意識に込めてしまい、魔力との反発で全体の動きが急激に鈍る

 

「雷華崩拳!」

 

 そしてそれはネギに、魔法の射手(サギタ・マギカ)を拳に集め放たせるだけの隙を与えてしまった

 

「ぐああああああっっ!」

 

 クリリンは、もう何度目か分からない魔法拳の直撃を受ける

 

 それでもどうにか途中で気を抑え込み、魔力便りのたどたどしい足つきながら受身から立ち上がるを瞬時に行った

 

(くそっ、これじゃ勝てない!パワーも足りないし、気を使っちゃ駄目ってことは結局出来る動きに向こうと差がありすぎる!)

 

 クリリンは焦って気を使ってしまったこと以上に、気が使えないことによる先程の拙攻に歯噛みしていた

 

 古の教えてくれた格闘術は決して悪くない、しかし今の自分では結局のところ100%の発揮が出来ない

 

 長年の戦いで染みついてしまった気を用いる戦闘スタイル、それを意識して変えようとすれば動きがどこかぎこちなくなるのは必然だった

 

 倒せるだけの力自体はあると希望を見た右腕を、いざ戦闘となれば力不足じゃないかと認識を改め恨めしく見つめる

 

(せめて、この魔力でもう少しだけパワーを上げられれば……ん?今俺って、魔力ってのが全身に行き渡ってんだよな?)

 

 と、ここでクリリンは今の自分の状況をもう一度確かめ、一つ疑問が湧いた

 

(あれ、それじゃあ……)

 

 これまで自分が拳を全力で振るおうとした時、全身満遍なく気を割り振ったか、答えは否

 

 当たり前だが拳に一番気を集中させてきた、しかしさっきまでの攻撃はどうだろう

 

 気の代わりに強化してくれている魔力は、全身へ均等に流れたまま

 

 これでは、満足のいく攻撃が出来るわけもない

 

(出来るの、か?気と同じように、右手に……)

 

 右手に自然と力が入った、ただし気を込める為の力の入れ方ではない

 

「サ、魔法の射手(サギタ・マギカ)光の11矢(セリエス・ルーキス)!」

 

 ネギの魔法の矢が襲い掛かるが、クリリンはその場から跳躍してそれをかわす

 

 しかもそのまま別のバトルステージに身を移し、高低差で姿を隠して時間を稼いだ

 

「くっ、ぬううぅぅぅぅっ…………」

 

 全身を覆う光の波に、不自然な揺らめき

 

 ネギの魔力でなくクリリンの魔力として、彼の意思に従わんと揺れる

 

(いけ、るか?)

 

「だああああああっ!」

 

「!?」

 

 そこへ、クリリンが移動してきたのとは別ルートでネギが文字通り飛んできた

 

加速(アクケレレット)!」

 

「ぐぅおぇっ!」

 

 本来は箒ないし杖の加速に使われる魔法を自身に乗せ、小手先無しの体当たりをクリリンへぶちかます

 

(まずい、絶対にまずい!まさか魔力のコントロールをし始めるなんて……もう悠長に攻めてる余裕は無い!)

 

 どうやらクリリンの思惑に気付いたようで、ダメージが根強く残る全身に鞭を打って攻撃を決めた

 

 横から叩きつけられるような衝撃を受け再びクリリンは吹っ飛ぶが、右手への集中は切らしていなかった

 

「……どう、だあぁっ!」

 

「!」

 

 思わず、大声を張り上げていた

 

 体勢を戻しネギと正面から向き合った時には、右手の光の大きさは初めの数倍

 

 両脚・左腕に光はほぼ無く、クリリンは殆どの魔力を右手に集めることに成功していた

 

(これでパワー充分、左手で気弾だって撃て……って、あいつどこ行く気だ!?)

 

(もう接近戦は無理だ、確実に押し切られる!だったら今の僕に出来る最大の魔法を!)

 

 試しに左手に気を込めてみると、問題無しに気が伝わっていく

 

 右手には溢れんばかりの魔力を感じ、クリリンはしてやったりの表情

 

 しかしすぐそれは一変、目の前にいたネギが突如として飛び立っていったからだ

 

「ラス・テル マ・スキル マギステル……」

 

「また魔法か?させ……って、飛ぶのはまだ駄目かよ!?」

 

 後を追おうとするクリリンだったが、舞空術を試みた途端あの時と同じ感覚

 

 舞空術は全身の気を操って飛ぶ技法、つまり現在魔力が体内体外問わず集結している右手部分が明らかに足枷となっている

 

 それを見越したネギはバトルステージ上から離れ、空中で上級魔法を発動させにかかった

 

 クリリンに自身の魔力の大半を注ぎ込んだため、幾らか回復した現在まで撃てずにいたとっておき

 

 既に開いたこの距離なら、一回の跳躍での接近や気弾の牽制なら充分に対処できる

 

来たれ 雷(ウェニアント・スピーリトゥス)精 風の精(アエリアーレス・フルグリエンテース)雷を纏いて(クム・フルグラティオーニ)……」

 

 これまで何度も放ってきた風と雷、その両方が同時にネギのもとへ集まっていく

 

 ネギの操る最上級魔法の一つ、雷の暴風

 

 全貌がまだ見えぬ現時点でも、相当のものが飛んでくるとクリリンが察するのは容易であった

 

(うわ、ありゃかなりでかいぞ……両手ならともかく、片手で撃つ気功波じゃ押し込まれちまう!)

 

 右手に魔力が集まってるため、両手に気を集めて放つかめはめ波は使えない

 

 魔力を手でなく足に集めれば両手が使えるが、そうなると撃ち合いになった時その場での踏ん張りが効かなくなる

 

 結局のところクリリンがすべきは一つ、右手の魔力をどうにか全部無くしてしまうことだった

 

(気弾みたいに放出、は無理か。あいつみたいに魔法は使えないし、身体から無くすには……そうだ!)

 

 

 

 

 

 

 

 当然であるが、彼はその技法を知らなかった

 

 ただ、これまでの事象を踏まえて導いた案、それの偶然の産物

 

(今は左手で気が出せるなら、自分からこいつにぶつけて消してやる!)

 

 更には、彼がその道においては悟空や悟飯を凌ぐ達人だったこともあるだろう

 

「(よし出た、これを合わせ……)うおっ!?思い切り反発させたらこんな衝撃来んのか……」

 

 拡散エネルギー波、気円斬といった技の考案

 

 そしてなにより、充分な説明も無いまま元気玉を悟空から託されたにも拘わらず、発現させ狙い通りに撃ち出せるセンス

 

(ちまちま何度もぶつけてちゃ、反発の衝撃にもたついて間に合わない。次は残ってる魔力を一度に全部、ぴったり消せるだけの気をぶつけてやる!)

 

 気の繊細なコントロールに関してなら、純粋な戦闘力では他に遅れを取った現在でも彼は頭一つ抜けていた

 

 自身では魔力を発現できず、他の使い手が相互調節するなかで気の量を合わせるだけで済んだことも大きかっただろう

 

(これで、どうだ!)

 

 心中での宣言通り、右手に残った魔力に対応した寸分狂いの無い量の気が左手に

 

 

 

 『魔力』と『気』、相反する同量の二つをそれぞれの手に纏わせ、クリリンは正面でぶつける

 

 二人の勝負の決着は、それから十秒とかからなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、う……えぁ……」

 

「ネギ坊主!だいじょぶアルか!?」

 

「……ぅ……古、老師?」

 

 全身に走る痛みを、ネギは感じていた

 

 元から序盤の攻防でクリリンから手痛いダメージを受けていたが、今はそれ以上

 

 その上、直前の記憶がはっきりとしないときた

 

 故に彼は、何故目の前に古がいるのかも良く分かっていなかった

 

 咄嗟に彼女の名を声に出すと、喜んだ様子で横たわるネギの身を起こす

 

「おお!気が付いたアルな!ふむ、ふむ……クリリーン!平気そうアルー!」

 

「クリリン、さん……そうだ、試合は!?」

 

 クリリンの名を耳に入れ、咄嗟にネギは辺りを見回した

 

 自身が倒れていたのは、さっきまで戦っていたバトルステージ上

 

 下を見ると、上から強く打ち付けて出来た床の窪み

 

「……思い出した、あの時僕は……」

 

「おおっ、そうか。加減が効かなかったんで冷や冷やしてたんだが、大したことなくて良かったぜ」

 

 これらを目にし、あやふやだった記憶が少しずつ蘇る

 

 そこへ、少々ふらついた様子でクリリンが近付いてきた

 

「ほら、立てるか?」

 

「少し痛みます、っ、けど、何とか…………負けたんですね、僕は」

 

「ああ、俺が勝たせてもらった」

 

 手を差し出され、痛みが更に走るところをどうにか無理を通して立ち上がる

 

 クリリンから確認も取れ、漸くネギはおおよその出来事を思い出せた

 

(そう、あの時クリリンさんは魔力に自分の気をぶつけて……それからこっちへ飛んで来たから詠唱途中の雷の暴風をどうにか撃ったけど、掻き消されて……最後は接近戦が、二秒と持たずに……)

 

 真下へ叩き落され、この後の記憶が出てこないということはしばし気を失ってしまったのだろう

 

 その間にクリリンの勝利が宣告され、試合が終わったことで古が客席から飛び出してきた、ということか

 

「あの、クリリンさん。最後のなんですが……」

 

「あれか?俺も無我夢中だったからよく分かんないんだよ、なんかこう、今までにない力が湧いてきたっていうか……もう出ねえけど」

 

「やっぱり…………あれは咸k」

 

「それにしても二人とも!ナイスファイトだたアルー!」

 

 古が二人に飛び付いて会話を遮り、腕を回しぎゅっと引き寄せる

 

 ネギがクリリンの顔を見ようとすれば、古の顔で隠れてしまうほどの密着具合

 

 何より腕に込められた力がなかなかのもので、ネギが傷の痛みを再確認してしまうほど

 

「老師にはどっしり構える言われたアルが、我慢出来なかたアル!私よりずっと上のステージでの真剣勝負、しかと見させてもらたアルよ!」

 

「あの古老師、ちょっと強すぎ……痛いです近いですって」

 

「おとと、済まぬアル。時にネギ坊主」

 

「え?な、なんでしょう老師」

 

 ネギに言われ腕の力は緩めたが、距離は変わらずのまま古はネギの方を向く

 

「嵌め手を交えたとはいえ、クリリン相手に短期間でここまで肉薄するとは……何か特別な修行をしたと見たアルが?」

 

「はい、多分クリリンさんも知ってると思いますが、神様の神殿で……」

 

「え?お前あそこまで行ってきたのか!?」

 

「な、何アルそれは!?クリリン、私に隠してたアルか!?」

 

 自分とは比べものにならない成長の理由を尋ねると、耳慣れない単語に驚いて顔の向きを180度変えた

 

 別の意味で驚いていたクリリンに、何故教えなかったと追求

 

「いや、別に隠してたわけじゃなくて、そこへ連れてくって発想が無かっただけで……」

 

「むむむ……二人とも、この大会が終わたら私もそこで修行するアル!連れてくヨロシ!」

 

 二人の試合の余韻以上に、現在古の頭の中は未知なる修行場についての興味で埋まり始めていた

 

 そこはクリリンがわかったわかったと古をなだめ、ひとまずこの場を収める

 

「とりあえず、次の試合もあることだしここから離れ……おとと」

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ、なんか気が大分減っちまったみたいだ。魔力ってのにはほんと、してやられたよ」

 

「ふむふむ、なら……ほいっと」

 

「ん?」

 

 魔力をネギに送り込まれてから、出そうとした気を幾度と消されてしまったクリリン

 

 更には最後の大量消耗もあり、空とまではいかないものの全体の内結構な割合を持っていかれていた

 

 そこへ、古が手を伸ばして握ってきた

 

「何だよ古、いきな……お?」

 

「えへへ……さっきのお返し、アルよ」

 

 何故握ってきたかは、送り込まれたそれが答え

 

 さっきまで流れていた魔力よりうんと馴染みのある、気

 

 古が自身のそれを、クリリンへと渡していた

 

「私のじゃ、どこまで足しになるかは分からぬアルが……お疲れ様アルな、クリリン」

 

「古……」

 

 古は意識してないだろうが、彼女が今しがた見せたいつもの屈託の無い笑みもまた、クリリンの力となって流れ込む

 

 気の消耗とは別にネギの攻撃でのダメージもあるだろうに、クリリンの表情は温かく緩んだ

 

「さて、じゃあクリリンの言う通り戻るアルか!」

 

 とはいえ、三人の中で一番元気なのは間違いなく古

 

 残る手でネギの手を握り、二人まとめて引っ張って歩く

 

「次は楓の試合、三人で応援するアルよー!」

 

 予選が済んでから、空は雲一つない晴天

 

 その空に負けないほど、今の古の表情は晴れやかであった




 コタローvsヤムチャ以上の文字数になり、めっちゃ疲れました。準決勝もこれで折り返し、あと二戦もなるたけ速やかに、完成を目指します。では


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第56話 炸裂、影分身!楓vs天津飯

 大変お待たせしました


『準決勝第三試合は長瀬楓選手と、天津飯選手との戦いです』

 

 白熱する天下一大武道会、準決勝

 

 その激闘四連戦も半分を終え、いよいよ折り返し

 

「やあやあ、待っていたでござるよ」

 

 第一試合でコタロー、第二試合でネギが敗れ、ネギ達異世界人の中で残るは彼女一人

 

「アスナ殿からお噂はかねがね。拙者まだまだ若輩者故、今回は胸を借りさせて貰うとするでござるかな」

 

 バトルステージ上では、天津飯が入場するよりも先に長瀬楓が待ち構えていた

 

「……あの二人を見てからだと、そんなつもりにはとても見えんのだがな」

 

(うーむ、戦う相手もそうでござるが……順番も中々に厄介でござったか)

 

 いつもの飄々とした佇まいの楓、一方でその心中は穏やかでは無かった

 

 ヤムチャを苦戦の末倒し、悟飯相手にも幾らかの健闘を見せたコタロー

 

 餃子を倒し、クリリン相手にもあわよくば勝てそうな所まで追いつめたネギ

 

 この二人に続いて、同じ所で修行を重ねてきた者の登場、それに天津飯が警戒しないわけがない

 

(まあ、することは決まってるでござるよ。二人と同様修行の全てを……己の全力を振るい、勝ちにいくのみ)

 

『試合開始!』

 

(甲賀中忍、長瀬楓。参る!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子も確か、ピッコロさんや悟飯さんと修行してきたんでしたね」

 

「ああ」

 

 今の試合が終われば、残るはあと一つ

 

 控え室に残っているのは、この二人のみ

 

 ネギ達は戻ってこずそのまま外で観戦、コタローと悟飯は彼らと合流しに出て行ってしまった

 

「相手は天津飯さん、ですか。コタロー君がヤムチャさんを倒した時と同じようには、いかないでしょうね」

 

「あいつの元の性格もあるが、ネギ達の戦いを見てしまっているからな」

 

 トランクス、ピッコロ

 

 この残っている二人ともが、開始前からやはり楓の不利は避けられないだろうという考え

 

 無視出来ない元からの力量差だけでなく、油断を見せる可能性がやはり低い

 

「ただ、それで楓があっさりやられるのかと言われれば……そうじゃないだろうさ」

 

「……というと?」

 

 しかし、ピッコロはトランクスよりも言葉を残していた

 

 当然のことだが、ピッコロはトランクスよりも楓のことをよく知っている

 

 毎日のように刹那と共にしごきあげ、大会前の精神と時の部屋での二人きりの濃密な修行は二ヶ月にも及んでいた

 

「あいつを一言でいうなら、そう……『曲者』だ、相当のな」

 

 それを通じ、楓に対して一番の印象がこれ

 

 コタローのような、強くなることに対し純真なところではなく

 

 ネギのような、物柔らかさの内に秘めた芯の強さでもなければ

 

 刹那のような、ここ一番で覚悟を決められる度胸でもない

 

 楓に対し、ピッコロの中で一番強く残っていた印象がそれ

 

「く、曲者、ですか?」

 

「見れば、おそらくわかるだろうさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うむ、やはりでござるが……正面からでは完全に、力負け)

 

 開戦後、二人は正面からぶつかり合った

 

 重心を低くし構える天津飯へ、楓が突撃

 

 反撃の時間は与えんとばかりに、手数の多さで攻め立てる

 

 しかしその一つ一つに、天津飯は完璧に合わせてきた

 

 めまぐるしく動く三つの眼、動きは完全に見切られていると言っても良いだろう

 

 加えて元々の力量差、攻撃を防ぐ彼の腕一本がさながら強固な一枚の盾のようにも感じられた

 

 突破し有効打を与えるのは、このままではあまりにも厳しい

 

(ならば……これは、どうでござるか)

 

 更に数撃防がれた後、楓は突如後退

 

 左手に気を集め、五指をぴんと伸ばした掌を正面に突き出した

 

「はああっ!」

 

「むっ……」

 

 放たれたのは一発の、ではなく五発の気弾

 

 集められた気が五指を伝ってそれぞれの指先から射出され、五方向から弧を描いて天津飯へと襲いかかる

 

 見慣れぬ気功波攻撃に、距離を詰めようとしていた天津飯は一瞬足を止めた

 

 奇くしも、これは先程ネギがクリリンに使ったのと同じ戦法

 

(多方向からの気功波、これは囮。本命は、直接攻撃か!)

 

 そしてクリリン同様、天津飯も真意に気付く

 

 気功波に目を奪われていたら気付かなかったかも知れないが、楓が右拳に気を集束させていた

 

 では、これに天津飯どう対処したか

 

(動かない、でござるか?)

 

 クリリンは後方へ下がりながら気功波で撃ち落としたが、天津飯はそうせず

 

 むしろ両の足で地を強く踏み込み、その場に留まったではないか

 

 三ツ目全てをカッと見開き、胸板が盛り上がった直後

 

 

「ずああああああっっ!!」

 

 

 彼の回りの空気が、震えた

 

 いや、『震えた』と言い表すのは少々違うかもしれない

 

 何故なら楓の気弾五つは、震えるどころか天津飯に当たる前に消滅

 

「ぐっ!?」

 

 既に地を蹴って右拳を振るおうとしていた楓自身も、堪らず足を止めてしまったほどであったからだ

 

(なんと、気合いだけで掻き消したでござるか!?)

 

 そこへ、ついに天津飯の方から仕掛けてきた

 

 足を止めた楓との距離を、今度こそ詰めに掛かる

 

 毎日相手取っていた身長2m超えのピッコロと比べてしまえば小さいが、それでも自身を上回る体躯の天津飯が向かってくるさまは迫力を覚えるには充分

 

 拳に集めていた気を腕にも回し、第一撃を受け止める

 

「ぐぉっ、ぬぅ……」

 

「うおおおおおっ!」

 

 それでも、受けきれなかった

 

 衝撃が右腕どころか右半身全体にまで広がって震え、圧倒的な攻撃力を思い知る

 

 この一撃で止まることなく、天津飯は猛攻を続けた

 

(これは、流石に……)

 

 楓に反撃の一矢すら打たせない連撃、正面から叩き伏せに掛かる

 

 致命的な一撃こそ数度の後退と攻めを捨てた守りで凌いでいるが、明らかな劣勢

 

 いずれ、いやあと数秒ともたないであろう攻防

 

(……拙者も向かわねば(・・・・・・・・)ならぬでござるな(・・・・・・・・)

 

 ついに楓は決意し、『飛び出した』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだとっ!?」

 

 楓が飛び出して、『交戦中の天津飯に横から跳び蹴りを決める』までの間は一秒と無かった

 

 想定していなかった攻撃に、天津飯はそれをもろに食らう

 

 気による防御も間に合わず、右脇腹にめり込んだ楓の足は天津飯を真横にぶっ飛ばした

 

(馬鹿な、あり得ん!一度たりとも視線は外さなかった、タイミングは無かった、なのに何故……)

 

 信じられない、をそのまま表情として出してしまった天津飯

 

 彼の目に映るのは、二人

 

(長瀬楓が、もう一人いる!?)

 

 さっきまで戦っていた楓に加えてもう一人、自身に蹴りを食らわせた楓

 

 合計二人の、楓の姿

 

 『同じ人物が二人いる』という事象自体に、驚きは無い

 

 彼女の仲間であるコタローが使ったのを既に見ている上に、理屈は違うが自身も似たような技が使える

 

 問題は、『自分が気付かぬ内に二人目が生成されていた』ということ

 

 気を練った様子も、二人目が彼女から飛び出した瞬間も

 

 そのいずれも、開戦から今に至るまで天津飯は確認していなかった

 

(……違う!もう一人、じゃない!)

 

 一度たりとも眼を離さなかったにも拘わらず、故に天津飯は信じられなかった

 

 そして事の真相の見当がつき始めたのは、悔しいことに彼女の次なる攻撃を食らった瞬間

 

「「はあああっ!」」

 

 ぶっ飛ばされた先に、楓が更に二人

 

 左右の斜め二方向から、拳に気を灯して殴りかかってくる

 

 視界に入った片方は問題なく腕一本で捌けたが、急かつ後方の死角からの一撃は間に合わず

 

「む、ぐっ……」

 

 背の中央からやや左、ちょうど肩甲骨辺りに一撃を貰ってしまう

 

 気による防御は今度こそ間に合わせダメージこそ少ないが、攻撃を続けざまに受けたという事実は大きい

 

(今現れた二人もそうだ、試合が始まってから生み出された分身とは思えん……ということは、つまり!)

 

 この攻防の間に、先の楓二人も動いていた

 

 天津飯が攻撃を防いだ楓が10時半の方向につき、それを基準にすると二人は1時半と4時半の方向

 

(こいつら、試合が始まる前から近くに隠れて……まだいるか!)

 

 更には今しがた一撃を決めた楓が後方から羽交い締めにし、新たに五人目の楓が7時半の方向から現れる

 

 楓の羽交い締めを解くこと自体は容易いが、如何せん時間があまりにも足りず

 

「楓忍法 五つ身分身……真・朧十字!!」

 

 四人の楓がタイミングを同じくして天津飯へ駆け、気を込めた掌底を放つ

 

 

 

 

(別に影分身を拙者の代わりに始めから試合に出しても、誰も気付かぬなら……問題ないでござろう?)

 

 右手には、確かに叩き込んだ手応え

 

 してやったりの表情を、楓はほんの僅かながらも表に出していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、楓さん達あんなところに!?」

 

「むむむ、気付けなかたアル……不覚」

 

 つい先程試合を終えた、ネギとクリリン

 

 それに古菲を加えた三人は、悟飯とコタローの二人と合流を果たし試合を観戦していた

 

 ネギ、コタロー、古の三人は当然楓の応援

 

 悟飯も短期間ながら修行した縁もあって楓寄り、クリリンも古に『共に応援しよう』とせがまれたこともあってやはり楓寄り

 

 とはいえ幾度と戦いを共に乗り越えた天津飯を蔑ろに出来るわけも無く、この二人はまあ中立的な立場と言った方が近いのかもしれない

 

 さて五人の現在の関心は言うまでもなく、楓が天津飯にしてみせた奇襲

 

 真っ先にネギと古が声を出したが、他の三人も当然ながら驚きを隠せないでいた

 

「す、すごい!天津飯さんに連続で攻撃を叩き込んだ!」

 

「おいおいおい、隠れてるって……ありかよそんなの」

 

(いや、一番の問題はそこやない……)

 

 上から悟飯、クリリン、コタロー

 

 なかでもコタローは、他の四人とは違う視点からこの一連の流れの凄さに戦慄する

 

 それは、彼が楓と同じく影分身を扱うからこその衝撃

 

(まず表立って出とった一体目の影分身……幾ら自分と同密度まで気を練ったからいうても、術者本人と全く同じ戦闘スペックは普通発揮出来へん。にも拘わらず、楓姉ちゃんは途中まで戦闘をその一体に一任した……)

 

 本体は別の場所に潜み、代わりに影分身を戦わせる

 

 これを相手に隠すには当然、致命的なダメージを受けての分身体消滅を避けなくてはならない

 

 本体より力の劣る影分身が、劣勢で途中の加勢を必要としながらもどうにかそれを為し得た

 

 これがまず一つ

 

(もう一つは、楓姉ちゃんとは別に隠れてた他の影分身や。突っ込んだタイミングと出てきた場所からして、試合前に全部作っといたんやろ……なのに、相手は気付かへんかった)

 

 コタローと悟飯の試合でも触れたことだが、影分身というのは術者が練り上げた気の塊

 

 気の感知が可能な者であれば、例え隠れていようが最低でも『何かがいる』ことまでは分かる

 

 ところが天津飯は気付かなかった、これが何を意味するか

 

(気の塊である影分身がそれぞれ、バレへんようコントロールして抑え込んだんや。舞空術で空飛ばしたり気弾ぶっ放すより、それがどれだけムズいことか……)

 

 気で作り出した影分身に、気を使った動きをさせることは容易い

 

 実際コタローの影分身も、今しがた挙げた二つに加え狗神の生成をさせる事も出来た

 

 しかし楓が影分身にさせたのはその真逆、気を全く使わず相手に感知させない行為

 

 影分身からすれば己を無にするに等しい行為であり、コタローも修行中に着手こそしたが実戦導入に値する練度には到底至らなかったのだ

 

(結局、同じ修行しただけじゃ抜けへんっちゅーことか。けど、届かない高さやない!)

 

 こうして影分身の練度一つとっても、コタローが楓との力量差を実感するには充分だった

 

 とはいえ、さらに遙か高みのピッコロや悟飯にも食らいつかんとしていたガッツの持ち主なのがコタローである

 

 すぐさま直近の目標の一つとして彼女を捉え、大会後の修行に強い意欲を燃やしていた

 

「あ、わわっマズいアル!楓の影分身が……」

 

 そうしている間にも、戦いは進んでいく

 

 楓達の攻撃が命中した後、天津飯は拘束を振り解いて攻撃に転じた

 

 多対一をものともせず、一体また一体と影分身を消してしまっている

 

「あかん、俺がヤムチャさん相手に影分身向かわせたんと同じや。全然まともに当たってへんで」

 

「いや、違うよコタロー君。楓さん達の攻撃は、何発かは天津飯さんに通ってる」

 

「悟飯の言うとおりだ、けど食らわせることに精一杯で攻撃に重みが無い。さっきの攻撃もそうだが、天津飯の奴全然堪えてないぜ」

 

 途中で何体か隠れていた影分身が加勢するが、状況は変わらず

 

 『影分身が隠れていて、何処からか飛び出て攻撃してくるかもしれない』

 

 これを天津飯が意識するようになった時点で、奇襲としての効力が半減してしまっているのだ

 

「楓さん……」

 

 連撃成功から一転、楓はすぐさま追い込まれていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(いやはや、まさかここまで早々と対応されるとは……甘く見ていたわけでは無いのでござるが、これはなかなか)

 

 楓は残ったバトルステージ上の影分身二体を、自分の近くへ戻す

 

 攻め対攻めから一転して守りを固めてきたことに少々警戒したのか、天津飯は構えこそ崩さないがその場から動かず楓の様子を伺っている

 

(攻撃の手応えは幾度とあった、しかし効いていない……となるとやはり、ただの拳や蹴りでは火力不足)

 

 天津飯へ決めた一撃は、朧十字を除けばいずれも文字通りの『一』撃

 

 楓本人にしろ影分身にしろ、単体での攻撃は思った以上に通らず

 

(それに加えて攻撃が当たる直前、一瞬で気を高め防御力を上げていると見たでござる。となれば……)

 

今の攻め方、影分身の奇襲を交えた単なる肉弾戦のままでは勝ちは無い

 

 そう確信した楓は、新たな動きを見せる

 

 正確には彼女自身でなく影分身達であるが、先程までとは違った行動を起こしてきた

 

(何か仕掛けてくる気か?だが、この位置からなら分身の攻撃は完全に見切れ……しまった!)

 

 天津飯が位置するのは、バトルステージ上のちょうど中心

 

 つまり隠れている影分身達が姿を見せ、攻撃を加えるまでに一番時間を要する位置ということになる

 

 彼の優れた視力とさっきまでの交戦経験をもってすれば、影分身が出てきてもすぐに対処出来るはずであった

 

 しかし、飛び出してきたのは楓の影分身ではなかったのだ

 

(くっ、まさか見えない位置からの攻撃とは!)

 

 ぎりぎりで避けた天津飯の横を、気弾が高速で通過

 

 楓本人に特に動きが無かったので間違いなく影分身達が撃ったものなのだが、捕捉するのが遅れてしまった

 

 何故なら、『気弾を撃とうとする影分身の姿』を事前に確認出来なかったからである

 

 楓の影分身達は、隠れたまま気弾を巧みに操り攻撃を加えていた

 

「……ふむ、狙いはほぼ正確。自分の影分身ながら褒めたくなる仕上がりでござるな」

 

 隠れたままなので、影分身達の視界には天津飯は入っていない

 

 あくまで天津飯の気を探知して場所を把握し、それを頼りに気弾を操っている

 

 それでも精度は相当のようで、楓本人もその結果を喜んでいるようだった

 

「では、いくでござるか。楓忍法……」

 

 しかしうかうかしてはいられない、天津飯がこの気弾攻撃に順応するのも時間の問題

 

 すかさず二の矢を放たんと、楓は両脇に影分身を配したまま突っ込んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(しかしよく考えたな。確かにこれなら、分身でそのまま攻撃を仕掛けるよりも動きは読まれにくい)

 

 天津飯の周囲を、幾多もの気弾が飛び回る

 

 まっすぐ彼の元へ向かってくるものもあれば、暫く周辺を回ってから突如襲い掛かるものもあり

 

 先程天津飯が評したように、その動きを読むことは少々難儀であった

 

 影分身自身の攻撃の場合なら中身はどうあれ人の形をした代物、その動きは術者である楓自身のそれに否応にも近似する

 

 しかし襲ってくるのがただの気弾、しかも操ってる当人の様子を見れないとあればまるで別物

 

 襲撃、周回、停止、加速、減速、人とは違った動きをする直径十数センチの光弾

 

 次に気弾がどう襲ってくるか、それを天津飯は予測しきれず

 

 

 

(だが……『お前が』そう来るのは読んでいたぞ)

 

 

 

 ゆえに気弾攻撃への対処は最低限の回避と防御に努め、読みの効く彼女の動きがあるのを待った

 

 そして天津飯の第三の目は確かに、こちらへ向かおうとする楓の初動の瞬間を捉えていた

 

(この気弾、コントロールの自在さに特化したためか一発一発の威力は小さい。となれば本当の狙いは……)

 

 試合前から隠れていた影分身の存在の露見

 

 その前後という違いはあったが、本質的には気弾五発を撃ってきたあの時と同じ

 

(……遠距離攻撃による陽動を経ての、お前と影分身の同時攻撃!)

 

 警戒されたまま正面からより、隙を突いて死角から

 

 一人ないし一体の攻撃より、複数での攻撃

 

 楓が自分へダメージをいかに通そうとしてするか、それを考えてみればこれらにたどり着くのは難しくなかった

 

(それも読めてしまえば、どうということはない!)

 

「!」

 

 攻撃が届く数瞬前、天津飯はタイミングを計って正面へ向き直った

 

 楓の表情が僅かに動いたように見えたが、攻撃そのものに動揺や迷いは残さずそのままぶつける

 

「楓忍法……」

 

 胸元を狙い、下からせりあがるように放たれる二本の貫手

 

 長身ゆえにリーチも長く、さながらそれは二本槍

 

「ふんっ!くっ……」

 

 その矛先が届くより先に、天津飯は両手で掴んで阻む

 

 直後、動きを止めた彼へ残りの気弾が全て着弾、背で爆ぜた

 

 爆煙は前方にまで回り、楓の姿を霞ませる

 

 その中で、光が二つ

 

「……三つ身分身、霞蛍(かすみぼたる)!」

 

 突き出した楓の両腕を踏み台に、影分身二体が跳躍し上方へ

 

 文字通りその様子はまるで、霞の中を飛ぶ一対の蛍のよう

 

 貫手への防御に両腕を使っている天津飯へ、気を灯した拳をそのまま叩き込んだ

 

(どうで、ござるか!)

 

 肉体と肉体の接触とは到底思えぬ激突音

 

 これまでダメージがろくに通らなかった単体攻撃と違い、複数の影分身の拳に気弾まで絡めた同時攻撃

 

 最終的に攻撃を打ち込んだのは影分身ゆえ手応えは直接感じ取れていないが、相当の威力だという自信は楓にはあった

 

「……残念だったな」

 

「!」

 

「ずあああっ!」

 

 しかし結果は目の前の彼の姿と掛けられた言葉、そしてすかさず襲いかかってきた攻撃が全て

 

 ダメージはほぼなく、怯んだ様子もなし

 

 掴んでいたままの両手で、楓を宙へ放り投げる天津飯がそこにはいた

 

(ピッコロのもとで、短期間の内に相当鍛え上げたようだな……スピードこそ中々だったが、それでも足りん!)

 

 楓が霞蛍を決める直前、天津飯は全ての気を防御に回していた

 

 影分身と交戦し次々倒していたあの時と違い、攻撃を一時的に捨てた完全防御

 

 それは楓の同時攻撃全てを弾き返し、第二撃の隙を与えず反撃へ打って出ることが出来た

 

「「はあっ!」」

 

「遅い!」

 

 放り投げて自由を奪った以上、次にする行動は決まっている

 

 本体への攻撃、それを阻止せんと影分身二体が援護射撃

 

 天津飯はそれを、放り投げた際の腕をそのまま外側へ払って二体とも吹っ飛ばした

 

 影分身達の行動は完全に後手に回ったそれであり、天津飯の言う通り援護としては遅すぎた

 

(では逆に、こちらの攻撃はどうだ?)

 

 天津飯と楓、両者の間を隔てるものは何もない

 

 代わりに攻撃を受けてきた影分身も、行く手を阻んできた気弾も

 

 攻守は完全に入れ替わり、楓が己自身のみで迎え撃たねばならない局面がついに来た

 

「うおおおおおっっ!」

 

「っ!!」

 

 天津飯の拳が、上にいる楓へ次々と放たれた

 

 その速さは相当のもので、さながらマシンガンのように撃ち出されている

 

 顎龍拳(がくりゅうけん)、この大会の元になった天下武道会でも使われた必殺拳

 

 代名詞のあの技の影に隠れがちだが、こちらも彼を支える古くからの技である

 

「ぐっ、ぬぅぅ……」

 

 空中で体勢を崩していた楓、どうにか両腕で防御することまでは出来た

 

 しかしその防御はあまりにも薄く、いや本来なら相当な厚さなのだろうが、天津飯の顎龍拳はそれを薄いと錯覚させるのに充分なほどの攻撃力を誇っていたのだ

 

 数撃受け止めたところで決壊、一度突き破られた防御壁はもう元には戻らない

 

「がっ、ぐああああああっっ!」

 

 マシンガンのような突き、拳の雨をその身に浴びた

 

 相手が少女、という理由での躊躇いは天津飯にはない

 

 数度の攻防で単純な力量なら格下とは分かっていたが、この舞台に上がってきた以上彼女は倒すべき武人

 

 しかも向こうもこちらを倒すため、策を講じ虚を突き自身に幾度と攻撃を浴びせた明確な実力者

 

 そこに性別の壁を挟む余地はなく、同性相手となんら変わらぬ攻撃を天津飯は振るった

 

(間に、合……)

 

(……むっ!)

 

 だがこの攻撃は、勝負の終止符を打つには至らず

 

 隠れている影分身が再び気弾を放ち、攻撃に注力していた天津飯に横から着弾

 

 先程の完全防御と違い、僅かに攻撃の手を緩めさせることに成功

 

「っ、のっ……!」

 

 その隙に楓は蹴りを一発、当てた先は天津飯の拳

 

 目的はダメージを与えることでなく、蹴りの反動で両者の距離をひとまず離すこと

 

 目論見は成功し、どうにか攻撃の手から逃れることが出来た

 

 すかさずその場で影分身を数体展開して守りを固め、勝負は再びふりだしに

 

(ぐっ、途中から気で防御力を上げたのでござるが……思った以上に効いたでござるな)

 

 否、圧倒的に楓が不利に追い込まれていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……二人の間に大きな力の差があるのは分かっていたが、まさかここまで圧倒的とは)

 

 上空では刹那達四人が、目に見えて明らかになってきた楓の劣勢を受けて幾らかの焦燥なり驚愕なりを表情に浮かべていた

 

「アスナさん、随分と驚いた様子ですわね。あの方とは一緒に修行をされていたんではなくて?」

 

「そりゃ確かにそうだけど、あそこまで凄いのを見たのは私も初めてよ」

 

 四人の中で一番天津飯をよく知るアスナは、今まで自分に見せることのなかった彼の本気の片鱗にその身を震わせる

 

 楓の攻撃を完全防御で防いだ瞬間、防御を突破すべく顎龍拳を叩き込んだ瞬間

 

 発現された気は大きくそして鋭さも伴い、遠くにいた彼女にも容易に感知できた

 

「攻撃は通らず、防御は破られ……刹那さん、あなたから見てどうですの?楓さんに勝機は……」

 

 あやかは続いて、刹那へと尋ねる

 

 天津飯についてはアスナから『修行をしていた時よりも本気を出している』という情報を引き出した以上、次は楓の番

 

 この場で一番の実力、かつ楓とは大会前まで修行を共にしている間柄、聞くなら彼女しかいないだろう

 

「正直、あれを見せられると……正攻法の勝ちはかなり厳しいかと」

 

「……やはり、そうですのね」

 

「先程叩き込んだ攻撃、あれは私の知る限り楓の全力に近い一撃のはずです。気を込める時間や影分身の数で多少は威力を上げられるでしょうが、それでどこまで相手に肉薄出来るか……」

 

 刹那は重々しく、あやかへ言葉を返した

 

 無論、あれは天津飯が防御に注力した結果ではあるのだが、問題なのは『防ごうと思えばほぼノーダメージで防げてしまう』という事実が露見したことだ

 

 そのため楓は必然的に、『防御に注力させぬよう事前に揺さぶりをかける』ことが攻撃時に求められる

 

 そして天津飯もそのことは分かっているため、『防御に注力したまま相手の揺さぶりに応える』という対処が躊躇いなく簡単に出来てしまう

 

 多少受け気味に立ち回ったところで、防御さえしてしまえばダメージが蓄積する心配はほぼ無いのだから

 

 あとは顎龍拳を決めた時のように要所要所で確実に攻め立てれば、先に沈むのは間違いなく楓である

 

「ほな、このまま楓さん負けてまうん?せっちゃんやネギ君みたく、ここからどうにか出来そうな新しい技とか何か無いん?」

 

「新しい技、ですか。今までも幾つか使ってましたが、他に状況を打破出来るものがあるかと言われると……!」

 

 腕の中にいる木乃香の言葉を受け、刹那は何か思い出したのか表情を変えた

 

(まてよ……)

 

 それは刹那からすれば数ヶ月以上前に遡り、しかしながらこの世界にいる時の出来事であった




 決着部分は例によって完成済み、チェックしてから年内中に投稿します


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第57話 なるか下剋上 目指す先は『勝利』

~大会二日前 精神と時の部屋~

 

「さあ、いいでござるよ刹那殿」

 

「……流星・羽気嵐!!」

 

 遥か上空から、楓へ向かって無数の気弾が降り注いだ

 

 刹那が自身の翼から、それも羽の一枚一枚に気を込めて放つ大技

 

 のちに予選でピッコロを相手に使われたそれが、今しがた楓へも炸裂

 

「では、避けさせてもらうでござる……よ!」

 

 しかしそれを、楓は超スピードで地を駆けて次々と避けていく

 

 ある時は瞬動術、またある時は着弾ギリギリからの絶妙な足捌き

 

 ただでさえここ精神と時の部屋は、地球と同じ広さの平地が延々と続く異常空間なのだ

 

 楓の位置は目まぐるしく変わり、それを追うようにして刹那も自身の位置を変え気弾の発射先を調節する

 

 決着が付いたのは数十秒後、刹那の気が枯渇しての弾切れであった

 

「はぁっ、はぁっ……やはりこの仕上がり程度では、実戦で使うにはまだ足りないか」

 

「初撃次第でござろうな。そこで被弾させ相手の足が止まれば、威力拘束力ともに相当のものでござる」

 

「逆に初撃を外せば、避け続けられることを覚悟せねばならないわけだ」

 

「とはいえ速度もなかなかゆえ、避けるのは拙者まだまだ難儀でござるよ。良い訓練になった、感謝いたす」

 

「こちらこそ、技の実験台になってもらってすまない」

 

 大会を間近に控えた二人が天界に連れて来られ、まず行われたのはピッコロと一対一の修行

 

 時の流れが違うこの部屋の中で約二ヶ月、それを刹那→楓の順で計四ヶ月

 

 そしてピッコロ抜きの二人で十ヶ月、これがピッコロの提示した大会前の総仕上げの修行計画

 

 この頃は折り返しの六ヶ月目辺りであり、基礎力の向上以外にも大会のための新技の開発にも力が入り始めた頃であった

 

 二人で修行といっても四六時中行動に共にしているわけではなく、日に数時間ほど場所を離して独自に修行に励む時間を設けており、先程はその成果のお披露目のような形となっていた

 

「では、次は拙者の技を受けてみてはもらえぬか?今は消耗が激しそうでござるし、少々休んだその後で」

 

「ああ、わかった」

 

 当然、そのお披露目とは刹那から楓への一方通行でなく逆も然り

 

 楓も何かしら考え付いていたようで、休憩を挟んでその日の内に刹那へと放った

 

 

 

 

 

 

 

「うーむ……やはり、悟飯殿やピッコロ殿相手では難しいでござるか」

 

「まともに食らってしまった私が言うのもおかしいかもしれないが……条件が厳しいだろうな」

 

 数ヶ月に渡る激しい修行、衣服がボロボロになって着れなくなる事態が起こるのは想像に難くない

 

 そのためピッコロが予め魔術で相当量の修行着を部屋内に用意していたようで、その内の一着に刹那は着替えていた

 

「私のさっきの技と比べると、掛け手と受け手の位置がちょうど逆になっている。通常時が地上戦という前提なら私のは自分で動いてしまえば良いが、そっちは相手を空中まで誘導しなければならない」

 

 元々着ていた服は楓の技をまともに食らったためか、焦げ付いたり破れたりといった損傷が余すところ無くあり、もう着ることはないぞとばかりに丸めて脱ぎ捨てられている

 

「それに、よしんばその位置取りが上手くいったとしても、技の完成までに相手がどう動くかもわからない。相手によっては、ダメージ覚悟の強行突破を仕掛けて来ることも充分考えられる」

 

 新たなヘアゴムでサイドテールをまとめ直し、ようやく元の格好へ戻った

 

「あと、根本的な問題だと思うが……ピッコロさん相手には間違いなく、一発で見破られるぞ」

 

「(相変わらずの執着心でござるなぁ)ふむ、となれば幾らか改良を試みるでござるか」

 

 互いの研鑽のため、こうして相手の技に厳しい言葉を飛ばすのもそう珍しくは無い

 

 この時の技も、考案されたが結局捨てられた幾多の技の一つ、そういう認識だった

 

 だがよくよく思い返せばあれは、少々おかしかったかもしれない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そうだ間違いない、あの時楓は『改良する』と言った。なのにあれ以降、私は一度も見ていない)

 

 他の新技、例えば不可視の位置からの気弾コントロールや霞蛍

 

 これらも考案当初は課題点が多く、修行中に改良を幾つも施し完成系に辿りついた代物

 

 刹那の羽気嵐もそう、技の完成の前にはまず『改良の余地があるか』を探るところから始まる

 

 それが初めから見つからない技は、言ってしまえば伸びしろが無い

 

(他の『改良する』と明言した技は例外なく、何かしら改良を施し最低一度は私に見せたというのに……)

 

 一方であの技は伸びしろ、つまり可能性があった

 

 なのに改良を一度も試さず、それを楓がみすみす捨てるのはおかしいと刹那は気付く

 

(考えうるのは……一人で改良を試みた時にやはり駄目だと見切ったか、あるいは……)

 

 刹那が元々知っている楓の技で、木乃香が言うような『どうにか出来そうな技』はありそうにない

 

 ゆえに彼女は、今しがた思い出したその技のみに考えを向けていた

 

(……私相手に試さずとも技を完成させ、なおかつ私に手の内を隠そうとした?)

 

「せっちゃん、どないしたん?」

 

「え?す、すみませんお嬢様。少々考え事を……」

 

「それより大変ですわ、楓さんが!」

 

 無論、そうする間にも時は待つことなく流れていく

 

 あやかが指摘するように、戦いは再び大きく動き出していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まずい、これは影分身一体では足りぬ!もういった……)

 

(分身を常に盾にしていたのが、仇になったな!)

 

 天津飯の顎龍拳から脱出して仕切り直した後、再び両者の交戦は始まっていた

 

 最前線は影分身数体に任せ、自身は影分身を一体だけ傍に置いたまま目まぐるしく周囲を駆け気功波で援護射撃

 

 自身が相手の攻撃にやられないようにし、かつ突破口が何か無いか探し出すための、最善かはともかく少なくとも次善の策

 

 しかしその、いわば先延ばしの行動を天津飯に付け込まれた

 

 影分身の攻撃を潜り抜け、超スピードで楓本体の正面へ回り込む

 

 直接の交戦を恐れた楓は咄嗟に影分身を自身の前へやったのだが、その僅かな時間で天津飯の攻撃準備は整った

 

 右手の人差し指一本、そこへ気の光が瞬く間に灯る

 

「どどん波!!」

 

 たかが指一本の気功波攻撃と侮るなかれ、その威力は並みの使い手のかめはめ波であれば楽々押し除けられるほど

 

 影分身は防御を試みるが、どどん波はそれを

 

「ぬっ、ぐうぅぅぅああぁっ!」

 

 文字通り、突き破った

 

 影分身の胸元を貫通し、勢いはほぼそのままに本体へ

 

 回避は出来ず、楓はそれをまともに食らってしまう

 

 気を目いっぱい込めた影分身でも耐久力は本体には劣る、ゆえに楓自身が貫かれることは無かった

 

 だがダメージとしては充分で、加えて場外まで届かんばかりにふっ飛ばされる

 

 それでもどうにか残りの影分身がフォローに回り、その身をバトルステージ上に留めることだけは出来た

 

「…………はぁっ、はぁっ、んぐっ」

 

 いつもののほほんとした、涼しげな表情は既に鳴りを潜め、息を荒げた様子

 

 体力の消耗は勿論、どどん波を食らった箇所の痛みも引く様子が無い

 

 息一つでズキリ、それがまた呼吸を乱れさせる悪循環

 

 顎龍拳の傷も癒えぬままの先程の一撃は、あまりにも痛烈

 

 

 

(……倒せぬ、でござるなこれは)

 

 

 

 胸の内で非情な現実を認める言葉をついに吐露する楓の姿が、そこにはあった

 

 

 

(とはいえ、終わったわけでは……ござらぬよ)

 

 

 

 されど、それは諦観にあらず

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、あの天津飯ってのはそんなやべえやつなのかよ!?」

 

 観客席では、カモが試合状況とは別に少女の言葉にも驚愕を見せていた

 

 その少女とは、綾瀬夕映

 

 先程は天津飯についての情報が『大会まで共に修行していた』という縁でアスナから提供されたわけだが、今度はまた違ったアプローチからの情報提供

 

「一年前の戦いで、ピッコロの旦那が手も足も出なかった相手。それを奇襲ながらも足止めに成功って……いや、ピッコロの旦那が手も足も出ないって次元がそもそも俺っちの理解の外なわけではあるんだが……」

 

「アックマンさんからの伝聞ですので、どこまで正確なのかは分かりかねますが……おおむね間違いないかと」

 

 夕映にはアックマンという、地獄に通じている知り合いがいた

 

 地獄には悪人、それこそ悟飯やピッコロと戦い敗れ去った者も多数堕ちている

 

 ゆえにアックマン自身が、直接目にせずともこれまでの戦いの一部始終について幾らか知っており、時折夕映に話してやる形で伝わっていたのだ

 

「え、いつそんなの聞いたの!?私そんな機会全然無かったんだけど!?」

 

「時間がある時に何度か格闘術の稽古をつけていただいた事があって、その折に」

 

「ぐぬぬ、報道部の私を差し置いて独占取材を敢行するとは……」

 

「取材、というほどのものでもないですよ」

 

 こういった情報に限って言えば、熱心に情報収集していた朝倉よりも夕映のほうが詳しいようである

 

「ですから、内に秘めた気の絶対量は間違いなく楓さんとは桁違いでしょう。先程無傷で防御し切ったことからも分かりますがね」

 

 続いて夕映は、少し前の攻防で起きた件についても言及する

 

 

 

 

 例えば、戦士Aが気の力100で気功波を撃ち、それを戦士Bが気の力100で防御しようとしたとする

 

 この時、Bが攻撃を防ぎ切って無傷で済むかと聞かれれば、答えはNO

 

 『気の力100を打ち消そうと思えば、気の力100をぶつけてやればいい』

 

 上記の考え自体は間違っていない、しかしその気を防御に使うとなると話が変わってくる

 

 もし両腕に気を巡らせて防御したとしても、その両腕の全面積で気功波を受け止めるわけではないからだ

 

 つまり、本質的な『防御』に回されていない気が一定の割合で生じてしまうということ

 

 ゆえに、多方向からの連続攻撃を全て無傷のまま防御した時の天津飯の気の量は、全力攻撃時の楓の数倍はゆうにあることを如実に示しているのだ

 

 

 

 

「となると、楓姉さんが勝つにはやっぱ正攻法以外の……兄貴やコタローがやった裏技めいた真似しなきゃ、その差は埋まらねえってことか」

 

「話を聞く限り、あの方はクリリンさんやヤムチャさんより実力は上のようですからね、やむなしでしょう。それかあるいは、刹那さんのように……って楓さん!?何やってるですか!?」

 

 夕映はカモや朝倉に色々と話す際、一瞬バトルステージから視線を切ってしまっていた

 

 それを戻すやいなや、急激に変化した戦況に声をひっくり返した

 

 そこにあったのは異様な光景

 

「な、何やってんだ楓姉さん!?そんなことしたら気が空っぽに……」

 

「ていうか、なんで向こうも動かないわけ!?」

 

 次々と影分身を出し続ける楓と、それを離れた位置から見守る天津飯、という光景

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(機は一瞬、かつ……一度きり)

 

(こいつ、何体分身を出すつもりだ……)

 

 一体、また一体

 

 天津飯を囲んで攻撃、あるいは楓の壁とするにはあまりに多すぎる数

 

(さあ、この拙者を見て……どう動くでござるか?)

 

 もうじき十体目が出てくるかというところで、ついに天津飯が痺れを切らした

 

(何をしてくるかは未だ読めんが、これ以上……好き勝手にはさせんぞ!)

 

 相手がこちらを倒そうとするなら、力量差が明白になった以上正面突破はまずない

 

 どうにか揺さぶって隙を作り、そこへ攻撃を叩き込もうと画策してくることは想像に難くない

 

 そしてこの時点で既に数回、ダメージはともかく天津飯の虚を突き攻撃を食らわせたという武人としての彼女の実績

 

 ゆえに天津飯はこれまで、こちらから無暗に相手の懐に飛び込むことは控えていた

 

 だがああもあからさまに策を講じようと動いている以上、もう黙ってはいられない

 

 そこで彼が取ったのは、『相手の懐へ無闇に飛び込まない』と『相手の好き勝手にはさせない』の折衷案

 

 現在位置からの気功波攻撃による、影分身の破壊であった

 

「どどん……!?」

 

(機は、来た!参る!)

 

 しかしその案は、採用こそされたが実行には移せなかったのだ

 

(こいつ、影分身を盾どころか……自身の後ろへ!?)

 

 再びどどん波を放つべく、右手に気を込め腕を上げたほんの一瞬

 

 その内に、全ての影分身が楓本人の背後へと回った

 

 ゆえに天津飯は影分身達を狙えない、見据えた先にいるのは楓自身の姿のみ

 

 その楓自身が、影分身共々体勢をうんと低くし、次の瞬間突っ込んだ

 

「……波ぁっ!!」

 

 影分身の不可解な行動による動揺、それによる一瞬のタイムラグを経て射出されたどどん波

 

 威力こそ先程のものに引けを取らないが、狙った先が明らかで少しばかり撃つのが遅れた代物、楓が避けるための条件は揃っていた

 

(ぐっ、しまった!だがその程度のスピード、空いた左腕一本で充分だ!)

 

(ここまでは、まだ良い。問題は……次のこの一瞬!)

 

 この時天津飯は、影分身が楓の背後に回った理由の考察を放棄してしまっていた

 

 影分身の統率された動きにより、彼の目に入るのはほぼほぼ最前の彼女本人のみ

 

 頭の中に一番あったのは、『攻撃を外した自分へ、向こうがどう攻撃を仕掛けてくるか』ということ

 

 だからこそ彼女の次の動きも、許すに至ってしまう

 

「うおおおおおおおっ!」

 

「!?なっ、速い……」

 

 思わす言葉が、外に出た

 

 楓らしからぬ咆哮、それと共に彼女の速度が瞬間的に跳ね上がったのだ

 

(一体分、二体分、三体分……まだまだでござるよ!)

 

 

 

 

 準決勝第一試合、コタローが悟飯に巨大気弾を放った時のことを覚えているだろうか

 

 気の塊である影分身が消滅寸前に陥った際に、それを再び自身の気として取り込んだあの時のことである

 

 今しがた楓がやったのも、理屈自体は同じ

 

 楓の真後ろ、一番近くに位置する影分身から順にA、B、Cと名前を振っていくとしよう

 

 まず影分身Aが、楓の真後ろの付いたまま右手を彼女の背へ

 

 そして分身を解除、影分身に使われた気は楓に再び取り込まれ、瞬間的な移動速度の上昇に用いられる

 

 残るB以降の影分身だが、楓の真後ろに付いていることで空気抵抗を受けないため、一体分前の位置に移動するのは難しくない

 

 そうして一体、また一体と影分身が気の塊として楓の元へ戻り、彼女の超加速を実現させた

 

 元を辿れば同じ楓の中にあった気なのかもしれないが、自身の内から一度に発揮させる量には限界がある

 

 これはその限界を取っ払うための手法、影分身は云わば外付けの加速補助エンジン

 

 

 

 

(五体分、六体分、七体分……もう、すぐ……)

 

 元々、楓が精神と時の部屋での修行で一番鍛え上げたのは己のスピードだった

 

 刹那の新技、流星・羽根気嵐の受け手となり、十倍の重力下の中数えきれぬほど避け続けた

 

 その結果、霞蛍での攻撃時天津飯に胸の内で『中々』と評されるに至っている

 

 そしてその『中々』のスピードを、楓が出せる最速だと天津飯が無意識に刷り込んでいたそれを、数段階跳ね上げた

 

 彼の出せる最速からすればまだまだ及ばないかもしれない、けれど一度限り、一瞬その目を惑わすには充分な速さだった

 

「楓忍法……」

 

 どうにか得た一瞬で、楓は天津飯の周りをリーチ外から二周三周と駆けゆく

 

 体勢は飛び出した時よりも更に低く、腕も降ろし指先は地に擦れる

 

 その指先で地に描かれた紋様は、術としての力を持ち天津飯の立つ足場に作用した

 

「……土遁・地馬天昇!」

 

(くっ、何が起き……じっ、地面が!)

 

 天津飯は咄嗟に防御態勢に入ったが、これでは防げない

 

 楓のこの術は、ダメージを与えるためのそれではない

 

 地が隆起し、それに併せて気の爆発

 

 こららは天津飯を真上、すなわち上空へと跳ねるように無傷のまま押し上げた

 

(これで、最後でござる!ぐっ、この程度……)

 

 そのタイミングで、楓は足を止め次の行動へ移る

 

 限界を超えた加速の反動かこれまでの傷が更に疼くが、それでも実行

 

(残る気を全て……この一撃に!)

 

 両掌がバッと開き、それぞれに気が集中していく

 

 上空を見据え、その先には天津飯

 

「だだだだだだだだだだあああっっ!!」

 

 そして次々と、気弾を射出していった

 

 楓本体だけではない、隠れていた残りの影分身も次々とステージ上に姿を見せ同様に気弾を放っていく

 

(こ、これは!)

 

 空中で天津飯が体勢を立て直した時には、既に完遂していた

 

 目に入った光景に驚き、慌てて周囲を見渡すも全てが同じ

 

「これで逃げ場は……無いでござるよ?」

 

 楓と十数体の影分身が、新たな気弾を撃たぬまま両腕を上へと突き出しピクリとも動かない

 

 前方に気弾、後方に気弾、上にも下にも左右にも

 

 その腕と同様に、天津飯の周りでは無数の気弾が静止したまま、彼を隙間無く取り囲んでいた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいや!?何アルかあれは!」

 

「ネギ、あれは確かピッコロさんの……」

 

「うん」

 

 コタローやネギはこの技に見覚えがあった

 

 実際の戦闘に使用したのこそ一年前だが、それ以外でピッコロは二人相手に振るっていた

 

 かつて刹那や楓に使ったように、舞空術の空中制御訓練の一環として修行中何度もだ

 

 

 魔空包囲弾

 

 

 いつの間に誰が名を付けたのか、その名の通り空中の敵を包囲し討ち倒す必殺攻撃である

 

 楓が放った技は、ネギ達が思わず連想してしまうほどそれに酷似していた

 

「けどあれは……楓さんにしか出来ない技だよ」

 

 しかしただの猿真似にあらず、ピッコロのオリジナルとの違いが明確に見て取れた

 

「せやろな、ピッコロさん一人じゃあれだけの数は扱えへん」

 

 気弾を放ち空中で静止させるという動作、当然ながらただ撃つだけよりも技量が必要であるし労力を伴う

 

 楓は当然ピッコロより技量が劣るし気の絶対量も少ない、よって本当に猿真似をしただけなら包囲するだけの気弾は用意できないだろう

 

 そこを補い、なおかつ差別点を持たせるために用いたのがあの影分身達だ

 

 各々が限界まで気弾を放ちコントロールしてやれば、敵を包囲する数はピッコロの上をいく

 

 実際ネギ達から天津飯の姿は、気弾に遮られて殆ど確認できない

 

 そうして、体一つ通り抜けられぬほどの包囲網の完成に繋がった

 

「あれでは相手も、食らてダメージを受けることは必至!楓の勝機が見えてきたアルな!」

 

「……いや古、それは無理だぜ」

 

「え?」

 

 だが、現実は甘くない

 

 楓が形勢逆転したとみて喜びを露わにする古の横で、クリリンが苦しい表情のまま彼女の言葉を否定した

 

 何故かと訊かれるよりも先に、彼はそのわけを語り出す

 

「確かにお前の言う通り、天津飯はあれを避けきれないしダメージも幾らかは食らうだろうさ。けど、その先が楓には残ってない」

 

「その先……まさか楓は、全部の気をこの攻撃に使てるアルか!」

 

「幾らか残してるかもしれないが、それでもほぼ大半を費やしてるのは間違いない。天津飯はこれまでの戦いで殆ど消耗してないし、防御に徹すれば余裕で耐えきれる」

 

 攻撃が済めば残っているのは、余力を充分に残した天津飯と気をほぼ空っぽにした楓

 

 同じ攻撃は、消耗や向こうの警戒もあってまず不可能

 

「確実に決められるタイミングを伺ってたのかもしれないが、遅すぎた……あれじゃあもう、天津飯は『倒せない』」

 

古に言われ、楓側の応援に回って観戦していたこの試合

 

 健闘こそ認めるがこれで勝負ありか、そう思うクリリン

 

 これとタイミングをほぼ同じくして、止まっていた楓がついに動いた

 

「あ!決まっ……あ。あ、れ?」

 

 影分身共々、気弾を動かすべく腕をぶんと振るう

 

 その動きを真っ先に捉え、声をあげたのは悟飯

 

 

 

 しかし、おかしい

 

 

 

「な、何だよ……あれ……」

 

 楓が気弾を動かした、だとすれば次に訪れるのは何か

 

 普通に考えれば無数の気弾が当たっての爆発、天津飯を包み込む爆煙、つんざくような爆音

 

 少なくともピッコロの魔空包囲弾なら、そうなっている

 

 だが彼らの目の前で、その事象は一つとして起きなかった

 

 起きたのは、あまりにも予想とかけ離れたもの

 

 言葉で表そうとするなら、そう

 

「球……アルか?」

 

 古がポロリと漏らしたこれが、単純にして全て

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何が、何が起きた!?何故、俺は……)

 

 残る気の殆どを動員した、一世一代の攻撃

 

 天津飯もクリリンと同じく、このことには気付いていた

 

 ゆえに囲まれた時彼がとった行動は、これまたクリリンの想定通り防御に徹すること

 

 両腕で頭の前半分を覆うようにかばい、全身にも気を巡らせて防御力を上昇させる

 

 これまでの戦闘で楓の気弾攻撃の威力も底は知れており、充分に凌ぎきれるという自信があった

 

 万全の態勢で受け止めれば、『倒されぬ』と確信していた

 

動け(・・)ないでいるんだ(・・・・・・・)……)

 

 そう、天津飯の行動は決して間違っていなかった

 

 楓が彼を、『倒そう』と動いていたのなら

 

(本来はここで全弾爆破させて完成なのでござるが……)

 

 放った気弾全てが天津飯に密着したまま取り囲み、押し固めて出来た巨大な球が一つ

 

 

 圧倒的な物量でまず逃げ場を奪い、なおかつその全てを余すことなく食らわせるべく相手を密閉する

 

 

 ピッコロの魔空包囲弾との決定的な違い、その二つ目がこれであった

 

(……それではそなたを、『倒せぬ』ゆえ)

 

 全身が悲鳴を上げるが、球体の形成を維持するため楓は力を込め続ける

 

 そのためこの場から動けぬ余力を持たぬ彼女は、今しがた飛び上がったもう一人の自分に全てを託す

 

 気弾を撃たせずにとっておいた、本当に最後の一体の影分身

 

(ぬ、ぐっ、この……)

 

 窮屈な姿勢で押し固められた天津飯は、球体の拘束をすぐには破れなかった

 

 気功波を撃って誘爆させれば早く済んだしれないが、攻撃に気を使って防御が薄くなったところへの集中砲火が頭をよぎり咄嗟には出来ず

 

 これは、彼女が自身を『倒し』にかかっているという、必然の発想から生まれた落とし穴

 

 食らえば二度とかからないその落とし穴、一回目がちょうどこの瞬間だった、ということ

 

 そうして穴に嵌まって出来た僅かな時間の内に、影分身は上空の球体に到達

 

 球体ごと彼を、

 

(拙者は『勝つ』ために、この場に立ったのでござるからな)

 

 海面へ向けて弾き飛ばし、水柱を上げさせた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……終わったな」

 

「まさか、天津飯さんが……」

 

 会場内に、勝負の決着を告げるアナウンスが流れる

 

 モニターから視線を切り、控え室にいたピッコロは出口へと進む

 

「俺はもう行くぞ」

 

「あ、ピッコロさん!」

 

 試合結果に愕然としたままでいたトランクスは、ピッコロの言葉で我に返り後を追いかけた

 

(まさか、俺の技を下地にあんな技を用意してくるとはな。刹那といいあいつといい……いや、ネギとコタローもか)

 

 トランクスに背を向けた状態で、ピッコロは口元を思わず緩める

 

(たった一年見ないうちに、随分面白いものを見せてくれるじゃないか)

 

 自身を相手取り、臆せず本物の覚悟と己の全てを見せた者

 

 静かに強者を屠り、更なる強者相手に後一歩と健闘した者

 

 強敵との激闘・勝利を通じ、一番弟子相手に更なる成長をした者

 

 『勝利』を強敵相手に貪欲に求め続け、それを見事為し得た者

 

(なら俺も、見せてやらんとな)

 

 四者四様、それぞれの結果を受けて柄にもなく滾っていることを自覚する

 

 準決勝激闘四連戦、最後で最高の一戦が間もなく始まろうとしていた

 




 結局第四試合は年内に間に合いませんでした、すみません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第58話 超戦士たちの戦い ピッコロvsトランクス

死者が何処へ行くのか、考えたことはあるだろうか

 

 本来ならその答えは明確でなく、宗教観・個人の価値観に於いて大きく変わるだろう

 

 ただ現在ネギ達がいるこの世界では、明確かつ一律な答えが示されている

 

「お、なんじゃなんじゃ。いつもの場所で修行しとらんなと思ったら、ここにおったのか」

 

 現在激闘が繰り広げられているバトルアイランド、そこから物理的にも概念的にも遠く遠く離れた世界

 

 頭に白い天使の輪を浮かべ、二本の触覚を揺らしながら歩みを進める者が一人

 

 その視線の先にいたのは、胡坐を掻きテレビに張り付いている山吹色の道着の男

 

 この男も同様に、頭上には天使の輪があった

 

「おっす界王様。今日はなんたって、みんなが出場する地球の武道大会だかんな」

 

 界王なる人物の声に気付き、男は振り返る

 

 顔こそ向けているが身体の向きはそのままで、余程テレビの中身が気になるとみえる

 

「出たいか?でも駄目じゃぞ悟空、おぬしは死人じゃからな」

 

 うきうき、そわそわした様子が隠し切れず、それに気付いて意地の悪い笑みを界王は見せた

 

 そう、道着の男の名は孫悟空

 

 地球の運命を賭けた一年前の戦いで命を落とした、他でもない孫悟飯の父親である

 

 彼や界王が今いるこの場所は、比喩でもなんでもなく文字通りの『あの世』

 

「わかってるって。そういや界王様、今からすっげぇ試合が始まっけど、一緒に見ねえか?」

 

「すっげぇ試合、じゃと?」

 

 死してなお肉体を失わず、生物として必然の老いを失った彼は、修行に明け暮れる日々

 

 それでもこの大会は、存在を知った日からずっと待ちわびていた

 

「ああ!ほら、こっちこっち」

 

「どれどれ」

 

 悟空に手招きされ、界王は悟空のすぐ隣まで近付いてテレビ画面をのぞき込む

 

「異世界から来たネギ達の試合も、見たことない技や魔法で面白かったけんど……こういう試合がやっぱ一番わくわくすんなぁ」

 

「おお、これは……」

 

 そこにはもうじき試合を迎える、二人もよく知る戦士達が映っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだいたのか、楓」

 

「……少々、休憩をば」

 

 ピッコロとトランクスは、バトルステージに既に到着していた

 

 準決勝四連戦、そのこれまでの過去三戦の激闘の跡があちこちに見て取れた

 

 なかでも一番目につくのが中央の、天へ伸びる不格好な石柱

 

 先程の第三試合で用いられた技の一つ、地馬天昇で生じたものだ

 

 そこへもたれ掛かって休んでいた術者の少女の名は、長瀬楓

 

 警戒されたうえでどうにか奇襲に奇襲を重ね続け、ついには大金星を奪い取った彼女をピッコロは見下ろした

 

「勝ったくせしてやけに浮かない顔だな、もっと嬉しそうにしてるものだと思っていたが」

 

「二度と通じぬ戦法、相手の全力を受けたのは数度きり、かつ場外負けというルールありきの決着……形の上で勝ちこそすれど、己の力不足は未だ痛感したままでござるよ」

 

「ふん、贅沢な奴だ」

 

 ふらふらとした様子であったが、最低限の回復は出来たのか楓はゆっくりと立ち上がる

 

 既に戦いを終えた身、ならば彼女は次の戦いのためにこの場を去らねばならない

 

「……随分辛そうだが、少し俺の気を分けてやろうか?」

 

「申し出はありがたいでござるが、遠慮いたす。これから始まる二人の勝負……万全の状態で臨まねばならぬそれを、拙者が水を差すことになるのは御免被るでござるよ」

 

 土埃をぱんぱんとはたき落とし、疲れの残る緩慢な動作で楓は歩き出す

 

 ピッコロの横を通り、そのまま過ぎ去ろうとした瞬間

 

 ボソリと、楓の耳に声が入った

 

「悟飯と先に二人で待っていろ。修行の成果、後で俺が直接確かめてやる」

 

「……承知いたした、ご武運を」

 

 最後にこう言葉を残し、バトルステージには今度こそ二人きり

 

 そのタイミングを見計らい、アナウンスが全体に流れ始めた

 

 『準決勝第四試合はマジュニア選手と、トランクス選手の戦いです』

 

 マジュニアもといピッコロ、辺りを幾らか見廻したのち正面を向き直す

 

 その先にはトランクス、ピッコロ同様に彼も真剣な眼差し

 

 試合開始の合図まで、あと数秒

 

「あの戦いからどれほど鍛え上げたか、見せてもらおうか」

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

 それぞれ言葉が交わされ、直後

 

『試合開始!』

 

 準決勝最後の、そして最高の一戦が始まった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?あれ?どないなってるん?」

 

「これ、は……」

 

 開始と同時、両者はまっすぐ飛び出した

 

 正面でぶつかり合い、そこから繰り広げられる激しい攻防

 

 両者、一歩も譲らぬ戦い

 

 だがこれを、そういうものと認識したまま見届けられている者がどれほどいたことか

 

「ま、待ってってば!速い速い速い!」

 

(さっき向けた視線は、そういうことですか……)

 

 上空で戦いを見届ける、少女四人

 

 木乃香、あやか、アスナ、刹那

 

 現在ピッコロ達の戦いをまともに目で追えているのは、刹那一人だけであった

 

 互いの力量差の不等号を明確に記せるこの四人だからこそ、目の前の戦闘の受け取り方の違いは如実に出ていた

 

 木乃香は論外として、あやかも何が起きているかよく把握出来ていない

 

 アスナは辛うじて『二人が速すぎてまともに捉えられない』を理解している状態、そして刹那は先程の通り

 

 困惑する三人の様子を受け、刹那は開始前のピッコロの行動を思い返す

 

(私達を試し……いや、篩に掛けに来ましたね)

 

 辺りを見廻していたピッコロの行動は、決して意図なくフラフラ行われたものではない

 

 上空にいる刹那達、客席の悟飯達のいる場所を見つけ、意のある視線を送っていた

 

 

”……この中で何人が、俺たちの戦いを見てられるかな”

 

 

 記憶の中に映るピッコロの姿に、この言葉が後付けで刹那の中に入ってきた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ネギ、見れとるか?」

 

「ギリギリだけど、何とかね」

 

 そしてこちらでも、見れる者と見れぬ者

 

 ただしこちらは逆に、見れぬ者だけが一人

 

「ぐぅ、ぬぬぬぬ……ここまで、己の無力が恨めしいと思たことはないアル」

 

 古菲は唇を噛み締め、二人を捉えようと目をカッと見開き懸命にバトルステージ上を見やる

 

 だが、まともに見届けるには至らず

 

「そう落ち込むなって。古は伸びしろがあるし、これからまだまだうんと強くなれる」

 

 隣にいたクリリンが古を慰めるような言葉を掛け、改めて二人の攻防を見た

 

 当然クリリンも動きを捉えられているわけだが、それはあくまで『外から戦いを観る者』としての話

 

 『相対する者』として、目の前であの二人の動きを捉えることは叶わないだろう

 

 一年前の戦いから、充分に承知していたこと

 

「ま、ここから先は……俺もどこまでついてけるか、怪しいけどな」

 

「……クリリン、どゆことアル?」

 

 しかしもう一段階先、即ち『観る者』としても置いて行かれるレベル

 

 これはなかなかに、それこそ先程の古のように、堪えてしまうことだろう

 

「古、あの状態のトランクスに完敗したお前に言うのは酷かもしれないが……」

 

 そして、その時はすぐそこ

 

「……トランクスは、あとおそらくピッコロもだが、まだ力を隠している。お前の想像を超えるような、もっと上の力をな」

 

「なんと!クリリン、それはどういウオォッ!?」

 

 バトルステージ中央、そこでひときわ激しい音がドンと鳴った

 

 それがトランクスとピッコロの打撃がぶつかって生じたものと分かった観客は、果たして何人いたことか

 

 客席の位置によっては、その際生じた衝撃波を肌で感じた者もいたようだ

 

 そしてようやく、古の目にも二人の姿を入れる事が出来た

 

「動きが止またアルか?ってええええええ!?」

 

「早速、いや……ようやく、か」

 

 トランクスの一撃に押し負け、片膝を突くピッコロ

 

 そして

 

 古の知るトランクスとはまるで違う、金色の戦士を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやくお目見え、というわけか。随分遅かったな」

 

 油断は無かった、と言えば嘘になるかもしれない

 

 先程の一撃、両者ぶつかる寸前にトランクスは姿を変えてきた

 

 

 超サイヤ人

 

 

 逆立った金色の髪、全身を覆う同じく金色の気、緑色の目

 

 今挙げた見た目の変化だけでなく、莫大な戦闘力の増強という性能も秘めたトランクスの本気の戦闘形態

 

 それが今になって、ピッコロの前に姿を現した

 

 結果ピッコロは押し負けてしまい、両足を地に着けるトランクスと片膝を突くピッコロという構図が出来上がった

 

「ピッコロさんが本気を出していない以上、こちらも始めは様子見を。そう思っただけですよ」

 

「……お互い、考えてることは同じだったということか」

 

 先に仕掛けたのがトランクスだった、ただそれだけの違い

 

 無論次は、ピッコロの番である

 

「なら、俺も本気でいかせてもらおう」

 

(やはり、あのマントとターバンは……悟飯さんから昔聞いたとおりだ)

 

 立ち上がったピッコロは右手で頭部のターバン、左手で首周りのマントを掴む

 

 ターバン、マントの順で外していき、それらを両腕でまとめて抱えた

 

 トランクスはピッコロのその行為に対し、さほど驚きは無い

 

 彼の武術の師匠は(彼のいた時代の)孫悟飯であり、その悟飯の師匠がピッコロなのは言わずもがな

 

 悟飯の口から亡き師匠ピッコロのことは幾度と語られ、ターバンやマントを重りにして鍛えていたことも聞かされていた

 

(だが、超サイヤ人への変身と比べれば……)

 

「俺がネギ達の修行相手を、ただ何もせず付き合ってやったとでも思ったか?」

 

「?」

 

 ピッコロが両腕で重りを、ターバンとマントを真後ろに放り投げた

 

 海までは届かず、落ちる先はバトルステージの端

 

 

 

 地に着いた瞬間、そこを中心にバトルステージの一部が音を立てて崩れた

 

 

「!?」

 

 彼らが戦うバトルステージは大会のため海上に建てられた人口の建築物ながら、耐久性は相当のものを有していた

 

 刹那の気功波攻撃の雨で砕け散りこそしたが、あれは無数の攻撃の積み重ねによるもの

 

 一発二発であれば、振り返るならクリリンがネギを空から叩き落とした決着の一撃や

 

 コタローが自身諸共突っ込んだヤムチャへのタックルを、それぞれ多少の損壊こそあれ崩壊には至らなかった実績がある

 

 そのバトルステージを、耐久力の劣る端の部分ながら重りの衝撃だけで砕け飛ばした

 

 それを実現させるだけの重量は、トランクスの想定していたレベルでは到底足りないだろう

 

 だからこそ、予想を大きく裏切られたトランクスは目を奪われた

 

「ずああああああっっ!!」

 

「!」

 

 ゆえに全力を開放したピッコロの第一撃、それに対する反応が遅れるという不覚を取ってしまった

 

 鳩尾を狙った右拳、左手で受け止めこそしたが力負けし体勢を崩す

 

「だあぁぁっ!」

 

「ぐうぅんっ!」

 

 そこへピッコロの右足が上がり、トランクスの下顎を捉えた

 

(スピードも、攻撃の重みもまるで違う……)

 

 ピッコロの猛攻は続く

 

 先程阻まれた右拳、それを今度は逆にトランクスの左手首を掴んで手元に引き寄せる

 

 今しがたのダメージも引かぬ内にもう一撃、右頬に叩き込まんとピッコロの左拳が飛び出した

 

(くっ!)

 

 片腕が使えぬ不自由な体勢ながらも、上体まるごとを斜めに傾けてこれを回避

 

 しかしその間に、ピッコロが右拳を左手首から放してもう一撃

 

「ぐおぅっ!ぐっ、うおおおっ!」

 

「んっぐぅ……」

 

 これをトランクスはもろに食らい、漏れる苦悶の声

 

 だがトランクスもただでは転ばない、お返しとばかりにピッコロの空いた左脇へこちらも拳を見舞う

 

 ピッコロが二発、トランクスが一発

 

 様子見を終え仕切り直しからの攻防、まず最初はピッコロが優位に立った

 

 このままインファイトで殴り合いを続けるかと思いきや、改めて両者は弾き飛ぶように距離を取る

 

 再び飛び出して交戦に至るまで、ほんの数瞬

 

(修行相手もいない中、一人で鍛えたにしては……なかなかじゃないかトランクス、更に腕を上げたな)

 

(セルとの戦いの時より、遥かにパワーアップしている。流石ピッコロさんだ、これは俺の見立てが……甘かったということか)

 

 修行を積み、最後に会った時の自分を圧倒出来るほどの強さを、今の相手は得ている

 

 互いにそのことを、食らったダメージと共に胸の内で認めていた

 

「「うおおおおおおおおっっ!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゅっ、十倍の重力!?しかも一日が一年って……エヴァちゃんのとこの十五倍じゃん!」

 

「ああ、修行から戻った兄貴から話を聞いた時は俺っちもたまげたぜ」

 

「精神と時の部屋、ですか……」

 

 朝倉、カモ、夕映

 

 当然ながら、試合開始当初の攻防をまともに見ることが叶わなかった三人

 

 それでもトランクスの変身と、ピッコロの外した重りがバトルステージを破壊したところは目視が出来た

 

 朝倉も、及びアックマンから幾らか話を聞いていた夕映も驚愕

 

 カモはそれに加えてあることに気付いた、『ピッコロはあの重りを、あの部屋でも着けたままだったのか』と

 

 これについての情報を共有せんと、すぐ二人に大会直前の修行について話し始めていた

 

「そもそもおかしいと思ってたんだ。あそこまでの実力差がありながら、刹那の姉さん達を自分の修行相手に使おうとしてたこと……元々ああやって、自分の修行になるだけの負荷の調整が出来たってわけか」

 

「普段の修行で人知れずの内に慣らした上で、十倍の重力下での本格的な修行に移行……総仕上げにかかっていたのは、ネギ先生達だけでなく自分自身もだったわけですね」

 

 相手取ったのは通常時と違い一人だけだが、バトルステージを破壊したあの重量が十倍になって襲いかかっていたという事実

 

 それを一人二ヶ月ずつ、四人分を合わせて八ヶ月

 

 トランクスが知っていた頃のピッコロを大きく超えるには充分な内容と時間だった

 

「ちょっとヤムチャ、今どうなってるのよ!トランクスは優勢なの!?」

 

「ま、待てってブルマ!」

 

 現在二人とも、超スピードでの交戦を地上空中問わず再び展開中

 

 片や伝説の超サイヤ人、片や神との融合を果たした超ナメック星人(クリリン談)

 

 二人の超戦士のこの攻防をまともに見届けられる者は、更に数を減らしていた

 

 カモ達がいる観客席の一画の場合、可能なのはただ一人

 

「ほ、ほんとに凄い。刹那さんと戦った時よりもずっと速……ひぅっ!」

 

「ああ、だから俺も一挙手一投足を見るのは無理だ。正直なところ、大まかな動きを目で追うので手一杯さ」

 

 度々起きる衝撃音にたじろぐのどか、そのすぐ近くでヤムチャは表情を苦める

 

(互角、なのか?今こうして見る限りはそう思えるが……わからん、二人はどこまで手の内を残してるんだ?)

 

 見る限り互角だろう、そう言うことも出来たがヤムチャはこの言葉を引っ込めた

 

 遡ること一年前のセルゲーム、一番手として出てきた悟空をセルが相手取ったあの一戦を思い出していたのだ

 

 両者一歩も引かぬ攻防、自身では足元にも及ばぬ激闘

 

 互角と思えたその勝負は実際のところ、全力の悟空に対しセルは余力を残した状態だった

 

 実力が近く、あるいは上であれば、それこそあの時の悟飯のように戦いのさなかに見抜くことも出来ただろう

 

 だが当時のべジータやピッコロでさえ出来なかったことだ、自分では出来ない

 

 それは今繰り広げられている二人の戦いでも同じ、気軽に形勢はこうだと言える身ではない

 

(次に、二人はどう動く?)

 

「わー、何よこれ全然見えな……うわ!なんか出た!」

 

 そこへ、ハルナの驚きの声が飛んでくる

 

 ここまで拳、蹴りと肉弾戦のみで戦っていたトランクスとピッコロ

 

 ついに、気功波攻撃も交えた更なる本格的な戦いが開幕した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だああああっっ!」

 

 始めに気功波攻撃を用いたのは、トランクスだった

 

 己の肉体のみでの攻防中に、このまま均衡を保ったまま消耗戦にもつれ込むことを危惧したのだ

 

 力そのものはともかく、戦闘のキャリアでは圧倒的にピッコロの方が自分を上回る

 

 体力を減らし取れる選択肢が少なくなる中で、その差が如実に表れてくることは想像に難くない

 

 そのため、互いに余力を充分に残している現状で勝負を揺らしにかかった

 

「ぬおおおっ!ぐっ……」

 

 いつの間にか遙か上空で展開されていた空中戦

 

 互いの右の蹴りがぶつかり合い、足を戻して距離を取り直した瞬間、気功波を一発浴びせる

 

 溜める時間も少なく片手で撃った簡易的な代物だが、それでも超サイヤ人となったトランクスであれば威力は相当

 

 顔を両腕で庇い、守勢に回ったピッコロは動きを止められてしまう

 

 トランクスの狙い通り、均衡は崩れた

 

「うおおおおおおっっ!!」

 

 その一瞬の隙を突き、トランクスは攻勢に回り続ける

 

 ベジータばりの気弾の連射、つかず離れずの中距離でピッコロから目を離さずその全てを食らわせていく

 

 拳に乗せて直接殴るより気の消費は激しいが、それを躊躇いこの期を逃すほど愚かではない

 

(これだけでピッコロさんが倒せるとは思ってない、だがそれでも今の内に出来るだけダメージを与えてやる!)

 

 このままピッコロが何もしないとは思えないが、少なくとも両腕を防御に回している以上気功波を撃っての応戦は出来ない

 

 そこを見逃さなかったトランクスは更に攻撃、ピッコロがその態勢を解くまでは続ける構えだ

 

(そして勝つんだ!ピッコロさんに、そして悟飯さんにも!)

 

 この時代に来た初日、一方的にだが父ベジータに向け言い放ったあの誓い

 

 彼は決して忘れはしない、気弾を撃つ手に一層力が入った

 

 気弾を撃つ、撃つ、撃つ、撃つ

 

 ピッコロは動かない

 

 気弾を更に撃つ、撃つ、撃つ、撃つ

 

 

 

 

「かあああぁぁっっ!!」

 

 気弾は、トランクスごと光に飲まれた

 

 

 

 

 

「ぐうぅぅぃいっ……し、しまった!」 

 

 手数の多さを重視した自分のとは比べものにならぬ、高威力の攻撃

 

 それを食らい、トランクスは油断を招いた己自身に叱責する

 

(ただ防御していたんじゃない!ああしながらピッコロさんは、反撃の準備を整えていたんだ!)

 

 反撃される直前、一瞬だがトランクスには見えていた

 

 顔を覆っていた腕が僅かに動き、隠れていた口元から気の光が満ち溢れていたのを

 

 かつて栽培マン相手にも使われた攻撃、爆裂魔口砲

 

 これまで目にしたことのないトランクス相手には効果覿面であった

 

「ピ、ピッコロさんはどこに……ぐああっ!」

 

「こっちだ!」

 

 声よりも先に飛んできた、一発の肘打ち

 

 トランクスの全身を覆うほどのさっきの攻撃は彼の視界を奪い、背後にまで回り込んでいた

 

「うおおおぉぉっ!!」

 

「ぬうっ!?」

 

 手痛い一撃を貰ったが、トランクスは怯まない

 

 肘打ちに続いて放たれた裏拳を身を屈めて避けると、頭上を通る腕を掴み背負い投げに近い形で投げ下ろす

 

 超サイヤ人のパワーも合わさり、自身より一回り二回り大きいピッコロの体躯をものともせずだ

 

 飛ばしたその先にバトルステージはなく海面、着水に至ればたちまち場外で決着である

 

「させるかああああっ!」

 

 勿論そう簡単にはいかず、ピッコロは舞空術でブレーキをかけ更には気弾を何発もトランクスへ向けて放つ

 

 場外へもう一押しの攻撃、そのための接近をさせぬように弾幕を張って牽制する

 

 ピッコロの予想通りトランクスは追撃に向かおうとしていたところで、足を止めることに成功

 

「……折角だ、あいつに本物を見せてやる」

 

 いや、このピッコロという戦士は、足止めに留めなかった

 

 両手の気の光が、大きさを増す

 

「だだだだああぁっっ!」

 

 牽制の時と連射速度は変わらず、間も置かずそのまま撃つ

 

 既に落下は止まっており、気のコントロールの大半をあちらへ注ぎ込める

 

 たちまち無数の気弾が、宙で足を止めていたトランクスを包囲した

 

「っ!これは、さっきの……」

 

 数こそ楓に負けるが、一発一発の威力及び包囲速度は楓を圧倒

 

「逃げ場はもう無いぞ!」

 

 これが本家本元、オリジナルの魔空包囲弾

 

(駄目だ、抜け出せない!だが……)

 

 もちろん、覆い尽くして動けなくし場外に叩き落とす、こんな生易しい真似はピッコロはしない

 

「ずあああああああっっ!」

 

 狙いはこの高威力の気弾を全弾、確実に命中させることにある

 

 包囲してすぐ、ピッコロは気弾を一斉にトランクス目掛けて動かした

 

(……負けられない!負けられないんだ俺は!)

 

 バトルステージの遙か上空で、爆発音が大きく鳴り響いた




 随分と遅くなっちゃいました、すいません
 例によって次の話は、翌日の朝投稿予定です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第59話 準決勝終幕 戦士トランクスの覚醒

「ベジータちゃ~~~ん、いるかしら~~?」

 

 西の都にある巨大邸宅、ブルマ達が住んでいる自宅のとある一室

 

 外からコンコンとノックがされたのち、まるで年若き乙女のようにウキウキした様子の声が響いてきた

 

「デザート作ったの~、アップルパイよ~。リビングまで来て一緒に食べましょ~」

 

 この女性、ほかでもないブルマの母親である

 

 今回の大会は夫ブリーフ博士と共に残り、ブルマ達に同行せず

 

 そんな彼女がドアを鳴らした部屋は、朝食が済んでから一度も出てきていないベジータの部屋だった

 

「それに~、今トランクスちゃんの試合してるのよ~?折角だしこっちの大きいテレビで……」

 

 孫悟空の死後塞ぎ込んだベジータに、以前と変わらぬ様子で誘いかける

 

 しかし返ってきたのは、ベッドを激しく叩きつける音

 

 ブルマの母の言葉を遮るように飛び出したそれは、ドア越しでも強く響いた

 

「……あらごめんなさいね~、お取り込み中だったかしら?」

 

 ブルマの母はそれに怯えることなく、やはりいつもと変わらぬ様子

 

「ベジータちゃんの分のアップルパイ、とっておくから後で食べてね~」

 

 とはいえ、無理に部屋へ入ろうとまでは思わなかったようで、この場から退散

 

「……ちっ、やっと行ったか」

 

 それを待たずして、ベジータはベッドの上で舌打ちを鳴らした

 

 ここに居候してから四年以上経つベジータだが、どうにも彼女の相手は苦手で未だ慣れずにいる

 

 そんな彼は現在、ベッドの上で寝そべりながらあるものに目を向けていた

 

 部屋に備え付けられている小型テレビ、そこに映る二人の戦い

 

(トランクスの、やつめ……)

 

 大会が始まった当初、まるで興味は無かった

 

 時折激しく高まる気を感じたが、それでも一年前に自分がいた場所には遠く及ばないレベル

 

 ところが数分前、ベジータはテレビのリモコンを手に取っていた

 

 遠く離れたこの場所でも文句なしに感じ取れた、今日一番の大きな二つの気

 

 トランクスとピッコロのそれと気付くのに一秒と掛からず、途端にトランクスのあの時の言葉を思い出した

 

 

”母さんがチチさんに確認を取りました……今度の大会、悟飯さんとピッコロさんも出場するそうです”

 

”優勝してみせます。その時はどうか、もう一度俺のよく知る父さんの姿を見せてください……お願いします”

 

 

 

 気付けばベジータは、テレビを点けていた

 

 そうしなければいつまでも、あのトランクスの言葉がもやもやと頭に残り続けるような気がして

 

(くそっ、これじゃわけが分からん)

 

 しかし、それでもなおベジータの頭は晴れず

 

 大会を中継するカメラが、高速で動く二人の姿を碌に捉えられないのだ

 

 テレビに映るのは、誰もいないバトルステージ及び虚空

 

(気に大きな変化が感じられない以上、どちらかの明確な優勢とはなっていまい。トランクスめ、ピッコロなんぞに負けてやがったら……)

 

 感じられる二人の気だけでは、細かい戦況までは読み取れない

 

 リモコンを持つ手に力が入りメキリと、ひしゃげる一歩手前の軋み音が鳴った

 

( ! 今、俺は……)

 

 その予期せぬ音はベジータの意識をテレビから引き戻し、今しがたの自らの振る舞いを顧みさせた

 

 明らかに、さっきの自分は熱くそして……

 

(……滾っていた、のか!?トランクスとピッコロ、二人の戦いで!)

 

 直後、頭を振る

 

(ち、違う!俺は、俺はもう……)

 

 

”もう一度、相手をさせてくれませんか”

 

 

(俺は、もう……)

 

 

”少しの間だけでも、父さんの修行の手伝いを……”

 

 

(……戦うのを、やめたんだ!!)

 

 右手はついに、リモコンを粉々に砕いた

 

(だからこんな試合なんぞ、くだらん!くだらん!……くだらん)

 

 リモコンは壊れたが、テレビは点いたまま

 

 ベジータの視線は再び、そこへ吸い込まれる

 

(……トラン、クス)

 

 直後、どうにかカメラは二人の戦いを捕捉

 

 ピッコロの放った無数の気弾が一斉にトランクスへ襲い掛かり、爆発した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ!」

 

 手応えはあった

 

 瞬時に展開した包囲網、抜け出した様子はない

 

 上空の爆発の規模は、その包囲した気弾すべてが余すことなく炸裂したことを示している

 

 落ちてくる様子こそ無いが、相当のダメージを与えられたはず

 

 そう思ったピッコロは次の攻撃に備えて気を高めつつ、爆発が晴れるのを待った

 

「!?なん、だと……」

 

 だが爆発は、待たずして晴れた

 

 トランクスから発せられる気で起きた風が、すぐさま吹き飛ばす

 

 そしてそのトランクスは、ほぼ無傷だった

 

 多少息が乱れ、服が幾らか破けたことを除けば、攻撃を食らう前のトランクスとほぼ変わっていない

 

「ただの防御ではあそこまでは……まさかあいつ!」

 

(危なかったが、なんとか上手くいった)

 

 先程敢行した賭け、その成功の喜びをこっそりと噛みしめる

 

 囲まれた直後、トランクスには二つの選択肢があった

 

 一つは、防御に専念し出来るだけダメージを減らすこと

 

 そしてもう一つは、全身から気を爆発させ防ぐこと

 

 トランクスが選択したのは後者

 

 成功すればダメージをほぼ無くせる反面、失敗すれば相当のダメージを受けるリスクの大きい選択

 

(あの試合が無ければ、これが瞬時に出来たかどうか……迂闊でしたね、ピッコロさん)

 

 そう、この時ピッコロは僅かに読み違えていた

 

 トランクスはこの技を見るのは、初めてではない

 

 正確にはこの技を下地にした派生技だが、ほんの少し前に目にしたばかりだった

 

 

 

 この試合の一つ前、長瀬楓と天津飯の激闘

 

 瞬く間に包囲され、球状に押し固められ、場外へ蹴り出された天津飯の姿

 

 実力で勝る彼が敗れた衝撃は相当で、思わずその時トランクスは考えていた

 

 自分ならば、あの状況からどう返す?と

 

 そこで考えついたのが、あの方法だ

 

 初見の攻撃、かつ予想外の動きによる驚愕で思考時間を奪われた天津飯と違い、トランクスにはこうして猶予があった

 

 

 

(ピッコロさん、俺は……負けませんよ)

 

(こいつ、更に気がでかく……)

 

 大技も出始め、戦いの激しさはより一層増してきた

 

 それに伴い戦闘民族サイヤ人の血ゆえか、トランクスの気は更に滾る

 

 息の乱れもいつしか収まり、爆発を晴らした後もなお風は吹き荒び彼の髪を激しく揺らす

 

(……いいだろう、やってやる)

 

 対してピッコロは、とっておきの技を防がれた驚きこそあったが、闘志の炎は決して消えず

 

((勝つのは、俺だ!))

 

 両者、気を全身に纏い再び飛び出した

 

 数撃、高速での移動を繰り返しながら交錯

 

 そして、次の一撃

 

「ずああああああっっ!」

 

 首筋目掛け、ピッコロの右手刀

 

「うおおおおおおっっ!」

 

 鳩尾目掛け、トランクスの右拳

 

 互いの攻撃は、ぶつかり合うことはない

 

 向こうより早く攻撃を叩き込むこと、それが叩き込まれぬための一番の防御

 

 早かったのは

 

「ぐああああああっっ!」

 

(今度は足止めなんて食らわない、このまま攻め切る!)

 

(ぐっ、まだだ!まだ終わらん!)

 

 先程魔空包囲弾を見事凌ぎ、勢いを残したままのトランクスであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネギ、気付いとるか?」

 

「うん、魔力を使う僕でも分かるよ。トランクスさん、どんどん気が高まってる……」

 

 あわや決着かと思えるほどの優勢から、一転しての劣勢

 

 ピッコロより先に叩き込んだあの攻撃を皮切りに、トランクスの猛攻が始まっていた

 

 気弾による牽制を始め、トランクスの勢いを止めんとピッコロも抗うが止まらない

 

 攻めきると豪語したとおり、ダメージ覚悟で弾幕を突き破っては更に一撃

 

 双方拳を振るっての肉弾戦でも、ピッコロに手痛い一撃は打たせない

 

「さっきまで拮抗してたのが、完全にトランクスに傾きやがった!」

 

「うむむ。まだ力を隠してたってことアルか?もしくは、何かをきっかけに急なパワーアップを……」

 

「急なパワーアップ?」

 

 この急激な戦況の変化、原因は何だろうと古は唸る

 

 考えられそうな二つを言葉に出すと、そのうちの一つをクリリンが拾った

 

「パワーアップ、成長……戦いの中で……そういう、ことか」

 

「?」

 

「トランクスのやつ、この戦いの中で成長してるんだ。ここに来るまでの三年間、未来で修行してた分一気に!」

 

「??」

 

 発言した当の本人はそのままに、クリリンは真相に辿り着く

 

 古が置いてけぼりだというのは少しして気付き、慌てて話した

 

「あいつは三年間、未来の世界でずっと修行してきた。けど戦う敵はおろか、修行相手もいなくてずっと一人でだ」

 

「一人で、アルか?」

 

「ああ、だからその成果を発揮しようにも振るう相手が誰もいない。あいつが全力で戦うのは三年ぶりで、ピッコロがその最初の相手ってことになる」

 

 ベジータが大会に出場していないことから、彼が前のように戻ってトランクスの修行に付き合っていたとは考えにくい

 

 予選の戦いでも、古相手ではやはり引き出すまでに至らず

 

「そしてピッコロとの戦いを通して少しずつ、三年間で上がった力の引き出し方が分かってきた。これなら、あのトランクスの逆転も頷けないか?」

 

「なるほどアル、確かに……」

 

「クリリンさん、それだけじゃないかもしれません」

 

「え?」

 

 そこへ会話に加わる者が一人、孫悟飯

 

 彼はクリリンとは別の視点で、トランクスの様子を見て、感じ取っていた

 

「トランクスさん、修行でのパワーアップとは別になんかこう……並々ならない気迫を感じるんです」

 

「気迫だって?」

 

「『絶対勝つんだ』っていう気持ちが、何だか僕には見ていて伝わってきたんです。それも……」

 

「それも?」

 

 悟飯がこの大会に、悟空と同じ道着を着て出場を決めた理由

 

 幼き頃武道大会を通して腕を磨いた、尊敬する父を想ってのこと

 

 出たがっているであろうあの世の父に自分の戦う姿、そして優勝するところを見せたかった

 

「……僕とどこか、同じような」

 

 父を想うトランクスと悟飯、この二人は似ていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だあああーーっっ!」

 

「ぬがぅぁっ!」

 

 これで何度目になるか、トランクスからピッコロへの強烈な一撃

 

 しばし粘ったピッコロの防御をかいくぐり、斜め下方向に蹴りを食らわせ吹っ飛ばす

 

 更には牽制や舞空術のブレーキをさせるよりも先に、空いた手で生成していた気功波を放った

 

「食らえーーーーーっ!」

 

 ピッコロが蹴り飛ばされた先は、ちょうどバトルステージ上

 

 気功波も狙い通りに着弾し、ピッコロを丸々覆い尽くす爆発がバトルステージで巻き起こる

 

「よしっ、だがまだだ……」

 

 二連攻撃の成功に喜ぶトランクスだが、勿論これでは終わらない

 

 ピッコロほどの戦士、これだけではまだ倒すには至っていないだろう

 

 更なる攻撃をせねば、そう思いトランクスはバトルステージまで下り立とうと動く

 

「もう一ぱ……!?」

 

 爆発に包まれ、ピッコロの姿はまだ見えない

 

 しかし気は感じられるため、そこにいることは間違いない

 

 そんな中から、一本の腕が伸びてきた

 

 比喩でなく、トランクスを掴まんと文字通り腕が『伸びてきた』

 

 緑色の肌、間違いなくピッコロのもの

 

「……このくらいじゃ、俺は止まらない!」

 

 速度はそのままに軌道を僅かに変え、掴みかかりを回避

 

 時間差でもう一本の腕も現れ迫るが、トランクスはそれもかわしていく

 

「これも、だ!」

 

 更には、ギュンと唸るような強力な気功波も一発放たれてきた

 

 両腕がこうして使われている以上、先程も見せた口からの攻撃だろう

 

 それも食らうには至らない、かわしてトランクスは突き進む

 

 爆発に紛れての不意打ち攻撃、両腕に口も合わせた三つ全てを打ち破った

 

(それにこれで、ピッコロさんの場所もわかる!)

 

 そして、トランクスはこの攻撃そのものに好機を見出した

 

 未だ爆発に身を隠したままのピッコロだが、伸びた両腕を辿れば間違いなく当人に行き着く

 

 加えて攻撃のために両手は上空、懐に潜り込まれればピッコロはまともにトランクスの攻撃を捌けない

 

「これで、どうだああああっ!」

 

 目の前に飛び込んだ好機に、拳は震え気が満ち溢れる

 

 かわした腕の腹を滑り沿うようにトランクスは地上へ、バトルステージへ吸い込まれていった

 

 見えぬ爆発の中へ突き出される拳、これまでで一番の威力

 

「ぐぅおぐうぅぅぅっ!」

 

(手応え、ありだ!)

 

 その先に、ピッコロはいた

 

 腹のど真ん中を抉る、文句なしの一撃

 

 視界の利かぬトランクスの耳へ、情報を伝えるべく四つの音が飛び込む

 

 一つ、メリリとピッコロの身体が軋む音

 

 二つ、ピッコロの口から洩れる苦悶の声

 

 

 

 

 

「残念だったな」

 

 三つ、その更に後方から聞こえるこれまたピッコロの声

 

「!」

 

 

 

 

 

 ボンッ!

 

 四つ、拳を入れたピッコロがこのように鳴って消える音

 

「!?」

 

 

 

 

 

 ちょうどこのあたりで、視認出来るほどに爆発が薄まっていた

 

 いや、今となっては目で見ずとも、その身をもって現状を充分承知している

 

「ぐっ、ぐぅぅうううぅぅっ!」

 

 目の前に、ピッコロが四人

 

 その内の三人が伸ばす腕に巻き取られ、トランクスは身動きを封じられていた

 

(なにも楓だけじゃないのさ、修行相手の技をこうして利用させてもらってるのはな)

 

 予選と本戦でコタローが、そしてつい先程の試合で楓が

 

 この大会で使われるのを幾度となく目にしていたのだが、トランクスの完全な不覚

 

 

 

   『影分身』

 

 

 

 ピッコロの隠し玉が、トランクスを文字通り捉えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘!?あれって楓さんの……」

 

「刹那さん。あなたはこのこと、ご存知でしたの?」

 

「いえ、私の知る限り修行中見せたことは一度もありません。しかしこれで……」

 

「ピッコロさん、逆転や!」

 

 この四人は知らなかったが、ピッコロは影分身を扱うにあたっての素養があった

 

 自身を完全に二分する、原理としては天津飯の四身の拳に近いような技を元々使えていたのだ

 

 そこへ楓の扱う影分身を目にし、触発

 

 彼女に教えを乞うような真似はせず、修行で扱く過程の中で少しずつ掴んでいく

 

 そして最後は精神と時の部屋、四人を鍛え上げる傍らでどうにか時間を作り密かに仕上げていた

 

「楓からも話は聞いていないので、恐らく我流なのでしょうが……数は楓より少ないながら、同密度の分身体をちゃんと生成出来ています。これならああして、トランクスさんの動きを止めることも難しくない」

 

「ていうか、ピッコロさんが分身で数を増やしてたのに、トランクスさんはそのまま向かっていったのよね?これって……」

 

 ここで、アスナがあることに気付く

 

 トランクスが殴ったピッコロが消えたということは、腕を伸ばしてきたピッコロは本体でなく影分身

 

 つまり腕が伸びてきたあの時点で、バトルステージ上には分身含めて最低二人以上のピッコロがいたことになる

 

 にもかかわらず、気の感知によってそれを見抜くことが出来なかったトランクス

 

 それだけでなくこの場にいる四人、彼女らもまた気付かず

 

 これが意味することとは、つまり

 

「爆発に隠れながら、他の影分身共々気を抑えて欺いていた。ということになりますわね」

 

「それって楓さんが、さっきの試合でやってたことやんな?」

 

「はい、影分身を扱う上での高等技術の一つです。出してる分身の数が少ないので、楓の時より難易度は低いですが……だとしてもそれを、この短期間でとは」

 

 あやかと刹那が言うように、ピッコロが影分身をただの頭数増やしだけに留めていないということだ

 

 楓ほどではないが、確実に影分身を自分のものとしていたピッコロ

 

 そうしている間にも、勝負は決着へと近づいていた

 

「トランクスさん、全然動けてへん。これなら当たるで!」

 

 影分身達がトランクスの動きを止めている間に、ピッコロは自らの気をこの試合の中で最大にまで高めている

 

 この影分身戦法、既に見られた以上二度目が決まる可能性は確実に下がる

 

 ならばピッコロはこのチャンスを活かし、出来ることなら一撃で勝負を決めておきたい

 

 故に、時間を多少掛けてでも強力な攻撃を食らわせたかった

 

「倒しきれずとも、海まで押し込めるだけの攻撃が撃てれば勝ちですわね」

 

「はい、これならピッコロさんの……っ!?」

 

 そして勝負は、最終局面へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんて、ことだ……ピッコロさんの術中に、完全に嵌った!)

 

 ピッコロ達の腕に捕われたまま、トランクスは悔いていた

 

(もっと注意していれば、向こうが気を抑えていても感じ取れていたかもしれない。いやそれ以上に……腕を伸ばしてきた時、懐へ潜り込んで来るのを誘ってると何故気付けなかった俺は!)

 

 己の未熟さ、そして迂闊さを

 

(ピッコロさんの攻撃、このままじゃ確実に耐えきれない!抜け出さなきゃ、ならないのに……くそおおぉぉっ!!)

 

 力を懸命に込めるが三人の影分身による拘束は固く、三年に渡る修行でパワーアップしたトランクスでも抜け出すには至らない

 

 魔空包囲弾の時と同じく、気を爆発させれば影分身ごと吹き飛ばすことも可能かもしれない

 

 しかしそれでは爆発を終えた直後、瞬間的に気が少なくなったタイミングでピッコロの一撃を貰ってしまう

 

 二人の間にある距離はトランクスの爆発波を当てるには足らず、爆発波直後にすぐさま殴るには充分という絶妙な距離

 

 つまりここから敗北を避けるには、気をその身に残したまま影分身達の拘束を抜けなければならないのだ

 

 だが今のトランクスの力では、叶わない

 

(間に、合わない!もっと、もっとパワーを上げないと!)

 

(もう少しだ。あと数秒……これなら)

 

 ピッコロの気は、順調に高まる

 

 このままではトランクスが気を高めて抜け出すよりも、ピッコロが溜めきって攻撃を撃つのが間違いなく早い

 

(負けられない、負けられないんだ!)

 

 トランクスの全身を覆う気が、炎のように激しく吹き上がる

 

 影分身達の腕が僅かに動くが、まだ充分に抑え込まれている

 

(なのに……なのに!)

 

 先程あった後悔の念は既になく、彼の中にあるのはまた別の感情

 

(何故俺は、動けない!何をしているんだ俺は!)

 

 己に対する激しい『怒り』

 

 目鼻の先に会った勝利をつかめず、今の戦況も返せず負けを待つのみの無力さに、感情が爆発した

 

(もう、あんな父さんの姿は見たくない!だから!俺は!)

 

(な、なんだ!?様子がおかしいぞ!)

 

 否、爆発したのは感情のみではなかった

 

 

 

 

「うわあああああぁぁぁぁーーーっ!!!」

 

「!?」

 

 

 

 

 間近にいたピッコロは当然気付く、トランクスの気の跳ね上がり方の異常さに

 

 獣が如き咆吼と共に、吹き上がっていた気は爆発し勢いは更に増す

 

「俺は、勝つんだあああああぁぁーーーっ!!!」

 

 超サイヤ人の髪の色と同じ黄金色の気は、炎と形容するにはあまりにも神々しく

 

 最期にはバチリと、その色に見合う稲妻がスパークした

 

「あ、あれは!くっ!」

 

 次の瞬間戦況は一変、影分身達の腕が弾けた

 

 トランクスの圧倒的なパワーが、内から無理矢理に引きちぎって脱出

 

 拘束から抜け出し、トランクスは自由を得た

 

 間も置かず、拳が握られピッコロへと向けられる

 

(まだだ!この一撃を、当てれば!)

 

 しかしピッコロも時は満ち、最高の一撃を放つ準備は完了

 

 五指を合わせ両手の間に出来た空間に、強力な気弾が生成されていた

 

 こうなれば両者とも、やることは一つ

 

「うおおおおおぉぉぉっ!!」

 

「激烈光弾!!」

 

 これがこの試合、互いの最後の一撃

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『トランクス選手の、勝ちーーー!!』

 

 決着は、一瞬のうちに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やはりあれは、あの時の悟飯と同じか?」

 

「そう、みたいですね」

 

 空は、綺麗な青だった

 

 海上にその身を浮かべながらピッコロは、近くまで様子を伺いに来たトランクスに尋ねる

 

「『そうみたい』ということは、さっきのが初めてということか」

 

「はい。実は今でもあまり、何が起きたかハッキリとは……」

 

 覗き込むトランクスの髪の色は、金でなく元々のそれ

 

 一撃を持ってピッコロを海へ叩き込んだ直後、トランクスは変身を解いていた

 

 セルを倒した一年前の孫悟飯と同じ、真の意味で超サイヤ人を超えたあの変身を

 

「……ただ負けたくないという一心で、気がついたら力が溢れ出してきたんです。そしてあそこから脱出して、ピッコロさんに攻撃を仕掛けていました」

 

「……お前はやはり、ベジータの息子だな」

 

「え?」

 

 述懐するトランクスに対しピッコロは微笑しながら、彼の父ベジータの名をいきなり出した

 

 トランクスが今しがた覚醒した切欠、『怒り』

 

 それがどういう『怒り』だったかをピッコロは見抜き、ベジータと重ねていた

 

 トランクスは悟飯以上に、やはり父ベジータとよく似ていた

 

(倒すべき相手を倒せないという、己の無力さに対する『怒り』。あいつが前に話したのと、そっくり同じじゃないか)

 

 三年間に渡る修行で、なれるだけの地力は充分についていた

 

 あと必要だったは、ほんの少しの切欠のみ

 

 その切欠が、トランクスにとってはこの戦いだった

 

「あの、それはどういう……」

 

「さてな。帰ったらベジータに、何をどうして変身出来たか土産話でもしてやればいいさ……いや、流石にあいつは素直に話さんか」

 

「?」

 

 ピッコロは、多くは語らず

 

 暗にベジータ本人から聞いてみろという提案をしたが、ペラペラ話す彼の様子が上手く浮かばず苦笑した

 

「それよりトランクス、やった俺が言うのもなんだがボロボロじゃないか」

 

「いや、俺以上にピッコロさんの方が!」

 

「あそこで飛んでる四人組が見えるか?あの中にデンデと同じ治癒術の使い手がいる、決勝が始まるまでに治してもらえ」

 

 ようやくピッコロはその身を起こし、舞空術で海面から離れる

 

 勝ったとはいえ疲弊が明らかに見て取れるトランクスを一瞥し、木乃香に治してもらうよう指示した

 

 しかしトランクスが指摘するように、ダメージはピッコロの方が甚大

 

「決勝戦の相手は悟飯なんだ、万全の状態で相手をしてもらわんとな」

 

「……分かりました、ではピッコロさんも一緒に」

 

「俺はいい、両方に術を使っては木乃香の負担も大きいだろう。幸い飛んで動けるだけの余力はある、大会の後にでもデンデの所へ行くとするさ」

 

「あ、ピッコロさん!」

 

 全身の傷を隠すように、魔術でターバンとマントを生成し身に纏う

 

 トランクスからの提案を断ると、ピッコロはその場から飛び去っていった

 

「ピッコロさん、ありがとうございます。そして、父さん……」

 

 ピッコロが飛んだ先をしばし目で追った後、トランクスが向いた方向は西

 

「……見て、くれましたか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『これにて、準決勝は全て終了いたしました。お昼の休憩を挟んだ後、決勝戦を開始致します』

 

 準決勝激闘四連戦、これにて終幕




 当初の予定より大きく遅れましたが、これにて準決勝終了です
 今年もなるべく沢山投稿したいです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第60話 大移動 向かうはバトルアイランド2

「……(キョロキョロ)」

 

 マンホールから顔を出し、辺りを見回す男が一人

 

 ここは、バトルアイランドの出口への通路である

 

 現在人影は見られない

 

(……よし!)

 

 そのことに男は心から歓喜した

 

 蓋を頭の上からどかして、縁に手をかける

 

(まったく……やってられるかっての!あいつらと戦うなんて……)

 

 黒のアフロに、カラフルなコスチュームとチャンピオンベルト

 

 この世界の格闘技チャンピオン、ミスター・サタンその人であった

 

 実はこの天下一大武道会、優勝者が得るのは賞金と世界温泉旅行だけではない

 

 このサタンへの、チャンピオンの座をかけた挑戦権も与えられるのだ

 

 つまりサタンは決勝に進んだあの四人のうち誰か一人と、どうしても戦うことになってしまうのだ

 

(あんな化け物相手にまともに戦っては、負けどころか死んでしまうじゃないか!)

 

 彼らの多くがセルゲームで見た面々であることは、予選で既に気付いていた

 

 一緒に観戦していたスポンサーのマネー氏が選手が空を飛んでいることに驚いていたが、無視

 

 続いて影分身で選手の人数がいきなり増えると、どういうわけかとついに直接尋ねられ、この際は

 

『ど、どこかに双子や三つ子の仲間が隠れてたんだろう。ちゃちなトリックだ』

 

 と冷や汗を浮かべながら、かなり無理のある説明

 

 予選後はインタビュアーに感想を求められ、こちらは『全員まだまだ修行が足りないな』とうわずった声で回答

 

 娘ビーデルの敗退に触れられなかった辺り、この時点でかなり余裕が無くなっていたことが分かる

 

 そしてとどめは、準決勝第四試合

 

 トランクスの超サイヤ人への変身、これをインタビュアーに尋ねられるとついに

 

『ト、トリックだトリック!歌舞伎の早変わりとかあるだろ!あれだあれ!』

 

 と、動揺に怒気が混ざった声を思い切り荒げる始末

 

 ここでついにサタンは決意した

 

 逃げよう、と

 

(さて、あとはこっそりここから……)

 

 そうこうする間に、全身がマンホールの中から出る

 

 忍び足で出口へ向かおうとするサタンだったが

 

「あれ?ミスターサタン」

 

「ギックウウウウウウウ!」

 

 後ろから一人の男が呼びかけた

 

 それはサタンもよく目にしていた男だった

 

「どちらへ行かれるんですか?そっちは出口です」

 

 この天下一大武道会のプロデューサ-である

 

 大会のスポンサーのマネー氏が、占いババに大金を払ってまで選んで貰った人物でその手腕は確か

 

 全世界への情報発信や有名選手の招集、大会全体の段取りまで全てを受け持っていた

 

 そんな彼は突然サタンが展望室から姿を消したのに気付き、探していたところちょうど出くわしたのだ

 

「ちょ、ちょっと腹が痛くてな……」

 

 サタンはとっさに腹を押さえ、苦しそうな声と表情になる

 

 言うまでもなく演技である

 

「そ、それは大変だ!さあ、すぐに医務室へ!」

 

 この大会を成功させると意気込むプロデューサーにとって、最重要人物サタンの体調不良となれば黙ってはいられない案件

 

 心配のあまり腕を掴む彼だが、サタンは力強く払いのけた

 

「だ、ダメだダメだ!この腹痛は、かかりつけのドクターに診てもらうのが一番いいんだ!」

 

 片手を腹に当てたまま、サタンは出口へと歩を進める

 

「しかし、それではスポンサーのマネー氏が……」

 

「知るか!とにかく私は帰る!」

 

 制止を振り切り、サタンは外へと出た

 

 逃げてしまえばこっちのもの

 

 ところが、サタンはそれが出来なかった

 

「あ、あれ?……足場が……無い!?」

 

 来た時にはあったはずの足場が、既にそこには存在していなかった

 

 残っているのはほんの数十センチ部分だけ

 

 すると

 

「おい!ミスター・サタンだ!」

 

「本当だ!」

 

「サーターン!」

 

「サーターン!」

 

「サーターン!」

 

 少し離れた場所から声援

 

「え!?え!?え!?」

 

 サタンは下に向けていた顔を上げる

 

 同時に、その顔は驚愕のそれへと変わった

 

 多くの人達が、こちらに無い方の足場の上に立っていたのだ

 

 どうも、こちらとあちらで切り離されたようである

 

 しかも、どんどんその間の距離が離れていくではないか

 

「ど、どゆこと!?」

 

「決勝戦は会場を、バトルアイランド2に移動して行うんです」

 

「へ?」

 

 このバトルアイランドは人工の島

 

 ほんの少し前から決勝会場へと移動を開始していたのだ

 

 島の一部を切り離したのはスピードを上げるため

 

 あそこにいた人々は、収容人数の関係上乗れなかったわけだ

 

 サタンが乗ってきたジェット機はあちら側

 

 こちら側は大会終了後、特別イベントを交えながらゆっくりと元の場所へ戻ることになっていた

 

 つまり、サタンを含めてこちらに残った者達は大会が終わるまで帰れない

 

「ええええええええええええええええええええええっ!?」

 

 このサタンの絶叫は、辺りに響き渡った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふええええーーーん!待ってくださーーーーい!」

 

 サタンの絶叫は響き渡ったが、彼女の絶叫が響き渡ることはなかった

 

 常人は彼女の姿を視認することも出来なければ、声を聞くことも出来ない

 

 3-A幽霊少女、相坂さよは涙目で叫びながら海上を飛んでいた

 

「なんで、なんで行っちゃうんですかー!私を置いてかないでーー!」

 

 大会前に夕映達と到着してから、これまで姿をあまり見せていなかった彼女

 

 朝倉や夕映と違い、あちこちを飛び回りながら予選及び準決勝の観戦に興じていた

 

 そして準決勝が終わると、辺りの散策をしようと思って出口の方まで移動

 

 停められていた旅客機や、賑わいを見せる出店等を回っていたところで悲劇は起きた

 

 突如聞こえてきたサタンコールに驚き、声の出所まで移動

 

 向こう側の唖然とした表情をしている男を見て、あれが皆のコールするサタンであると気付く

 

”へー、あの方がチャンピオンのサタンさんですか…………ってあれ!?もしかして皆さんあっち!?”

 

 そして自分が置いていかれたことに気付くのは、少々遅れてからのこと

 

「どうしよどうしよ!これじゃ追いつけませんー!」

 

 さよは懸命に飛ぶが、バトルアイランドの航行速度には敵わない

 

「誰かー!誰かー!!」

 

 どんどん離れていく人工島、さよの叫びでは止まらない

 

「あしゃ、朝倉さーーーーん!夕映さーーーーん!」

 

「――さん」

 

 ポロポロと流れる涙が、さよの視界をぼやかす

 

 更には自身の叫びも相まって声も聞こえず、気付くのが遅れる

 

「さよさん」

 

「置いてけぼりは、やですーーー!」

 

「こっちですよ、さよさん」

 

「ふえぇ?う、臭っ!?う゛ええぇ……」

 

 気付いたのは、鼻にとんでもない異臭が飛び込んできた時

 

 思わず呻いて動きを止めて横を向くと、箒に乗って小瓶を顔に近付ける少女が一人

 

「ゆ、夕映さん!?それ、あのドリンクじゃないですか!ひどいです!」

 

「さっきから声掛けてたのに、反応なかったじゃないですか。私さよさんに触れませんし、こうでもしないと気付かなかったでしょうに」

 

 少女の名は綾瀬夕映、持っているのは魔界ガマガエルの目玉漬け体液ドリンク

 

 驚異的な異臭を放つそれを差し向けたことをさよは咎めるが、夕映は仕方が無かったと断じる

 

「……ってあれ!?夕映さん来てくれたんですか!」

 

「何を今更。準決勝が終わっても戻ってこないですから、試しに居場所を占ってみれば……何やってるですさよさん」

 

「うぅ、ごめんなさい。まさか会場が海を移動するとは思ってなくて……迎えに来てくれて、ありがとうございます」

 

 とはいえ、このままでは戻れなかったさよを夕映が助けに来たのは事実

 

 夕映に礼を述べた後、さよは夕映の箒の後方へと跨がった

 

「そういえばこの箒、行く時もでしたけど幽霊の私でも乗れるようになってるんですよね」

 

「おそらく占いババさんが、何かしらの術をかけてくれたのではないでしょうか。後で調べてみますが、もし上手くいけば今後さよさんが扱える道具が増えるかもしれませんです」

 

「ホントですか!私、楽しみにしてますね!」

 

「まあまずは、皆のもとに戻らないとですね。スピード出すので、しっかり掴まってください」

 

「はい!」

 

 すっかり泣き止み調子を戻したクラスメイトを乗せ、夕映は高速で海上を飛行した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夕映っち、さよちゃんと無事に合流できたかな~」

 

「まあ兄貴やのどか嬢ちゃんの居場所を未来視出来たくらいなんだ、あの占いの通りに動けりゃ間違いねえさ」

 

 朝倉はカモを肩に乗せ、海を移動する会場内を歩いて回っていた

 

 決勝戦は別会場で行われ、客席もそこへ移ることになっている

 

 そのためこれまで座っていた席の場所取りをする必要がなくなり、気兼ねなくそれぞれが自由に動いていた

 

「にしても俺っちが確認しただけで、占術に箒の飛行、あとは気や魔力の感知も鋭くなってたな……大したもんだぜ」

 

「なんせ、占いババさん直伝だからね」

 

「嬢ちゃんが弟子入りしてるっていう、この世界の大魔法使いだったか?」

 

「うん、弟子入りを頼み込んだ初日の夜はほんと大変で……」

 

「なんじゃお嬢ちゃん、わしの姉ちゃんを知っとるのか?」

 

 夕映の魔法使いとしての成長に関し、話を膨らませる両者

 

 そこへ後方から老人の声、二人はそれに合わせて振り返る

 

「ん?なんだ爺さん」

 

「あっ、もしかしてあの時の……」

 

 カモは初見だが朝倉は彼を、亀仙人のことを覚えていた

 

「おっ、覚えててくれたんじゃなお嬢ちゃん。なぁに安心せい、この通り怪我無くピンピンしとるからのう」

 

 大会が始まる前、夕映がネギ達を見つけようと駆け出しそれを朝倉とさよが追っていた時

 

 慌てて周りが見えず、近くにいた亀仙人をうっかり吹っ飛ばしたことを思い出していた

 

「よ、良かった……」

 

「よう爺さん、さっき占いババのことを『姉ちゃん』って呼ばなかったか?」

 

 朝倉は安堵した様子を見せ、一方のカモは先程亀仙人が言ったことを聞き逃さなかった

 

 それに亀仙人はあっさりと、ああそうじゃよと答える

 

 魔法使い、即ち裏世界の人間を姉に持つという事実

 

 カモはすかさず、この亀仙人がただ者では無いということを見抜いていた

 

(もしかしたらこの異世界についての情報を、何か掴めるかもしれねえな)

 

 この世界に来てから、カモはあまりネギの役に立てていないという自覚があった

 

 少なくともここで、彼と接点を持つことは-にはならない

 

「爺さん、今ちょいと時間はあるかい?」

 

 カモは亀仙人に、色々と話がしたいと提案した

 

「ほう、話とな?ふむ……ちょうど知り合いとも別れて、退屈しとったところでの。いいじゃろう、ただ……」

 

「ひゃっ!?」

 

 亀仙人はそれを了承

 

 すかさず距離を詰めると、朝倉の腰に腕を回してその身を寄せた

 

「お、お爺ちゃん!?何してんの!?」

 

「このまま立ち話というのは、老人の足腰にはちときつくてのう。折角じゃ、あそこのカフェで腰を据えて話そう」

 

 朝倉は知らなかった、ぶつかったあの時亀仙人が彼女をナンパしようとして接近していたということを

 

 そのまま逃げてしまった罪悪感も相まって警戒心はなく、接近を許し密着されてしまった

 

「それになんだか、腰が痛くなってきた気がするわい。さっきぶつかったせいかのう……すまんが肩を貸してくれんか」

 

「いやいや掴んでるの私の腰だし、それにピンピンしてるってさっき自分で……ってちょっと、お尻!」

 

「ぐふふふ」

 

 軽く払い除けようとしたがそこは武天老師、びくともしない

 

 腰に回していた手は下に移動し、撫で回し始めると朝倉の声が大きくなった

 

(ほうほうほう、これは中々……ブルマと遜色ないムチムチプリンじゃ、まだ大分若いじゃろうにこれは将来有ぼ)

 

「こぉら!武天老師様!」

 

「あぎゃぱっ!」

 

 そんな朝倉を救ったのは、後方から亀仙人の頭に叩きつけられた強烈な一撃

 

 目の前に星が飛び出し、バッタリと倒れ伏す

 

 やったのは誰かと亀仙人が振り返ると、彼のよく知る女性がいた

 

「まーたスケベなことして!恥ずかしくねえだか!」

 

「チ、チチ……」

 

 孫悟飯の母、チチ

 

 両手には分厚いハードカバーの本、叩きつけた代物は間違いなくそれ

 

「ブルマと違ってお主のはしゃ、洒落にならん……わしを、殺す気かぁ」

 

「なぁに言ってるだこの爺様は。こんなんで死ぬわけないくらい、オラわかってるだぞ」

 

 頭に巨大なたんこぶを作り弱々しい声で抗議する亀仙人を、チチは怒りそのままに睨み付ける

 

 その後方から、先程朝倉達と同じ場所で観戦していた面々がぞろぞろと現れてきた

 

「武天老師様、またですか……」

 

「あちゃー、やっぱ朝倉も目を付けられてたか」

 

「うわぁ、痛そう……叩いたの私じゃないけど、ごめんなさい……」

 

「宮崎さんが謝る必要は無いのでは?まあ、提供元ではありますけど」

 

 ヤムチャ、ハルナ、のどか、葉加瀬

 

 ヤムチャは呆れ、ハルナは朝倉に同情し、のどかは亀仙人に謝り、葉加瀬はそれにツッコむ

 

 チチが手にしていたのは、のどかのアーティファクト”いどのえにっき”

 

 昼食を食べるにあたり、先に一人で行ってしまった朝倉も誘おうということになり、探すためアーティファクトを使用

 

 すると朝倉が亀仙人にセクハラを受けてることが判明し、怒ったチチが本を拝借

 

 見つけるや否や、すぐさま強烈な一撃を見舞っていた

 

「和美さん、大丈夫だか?」

 

「は、はい。ありがとうございます……あの、お爺さんホントに大丈夫なんですか?」

 

「うぅ、折角さっちゃんやウーロンと別れて、好き勝手出来ると思っとったところで……」

 

「ほれ、痛いより先にあんなこと言えるくらいだ、心配いらねえだぞ」

 

「は、はは……」

 

 チチが朝倉へ近付き、安否を確かめる

 

 最初は亀仙人への心配が勝っていた朝倉も、次第に彼の執念への呆れが見え始めていた

 

「そうそう朝倉、一緒にご飯食べましょうよ。夕映が戻ってくるまでに、夕映の分の席取りもしといてさ」

 

「お、いいねえ。あれ、けど先に全員お店入ったら、夕映っちに伝えようにも無理じゃない?」

 

「ああ、それはね……もしもしネギ君、ちょっといい?夕映に伝言を頼みたいんだけどさー、そうそうカードの念話で」

 

 朝倉を探していた目的、昼食への誘いを切り出したのはハルナ

 

 さよを迎えに行った夕映も一緒にどうかということで、朝倉は快諾

 

 しかし直後、そのことを夕映へ知らせる方法を自身が持っていないことに気付く

 

 元の世界で使っていた携帯は当然使えないわけで、そこへハルナが解決策をその場で披露する

 

 ハルナと夕映はどちらもネギと仮契約を結んでおり、カードでの念話を可能としている

 

 直接は無理だが、こうしてネギを挟んで言葉を伝えることが出来た

 

「あー、なるほどね」

 

「……うん、じゃお願いねー。これでおっけーよ朝倉、行きましょ」

 

 行く店には元々目星を付けていたらしく、着くよりも先にネギに店の名前を伝えてハルナは念話を切った

 

 朝倉はそのままハルナに着いていこうとしたが、カモが肩から飛び降りる

 

 頭に出来たこぶを押さえ、未だ蹲る亀仙人の傍まで近寄った

 

「朝倉の姉さん、先行っててくれ。俺っちはこの爺さんと、ちょい話をしてから行くぜ」

 

「はいよー、また後でね」

 

 始めに亀仙人に提案した通り、話をするため残ることにしたようだ

 

 こうして一人の老師と一匹のオコジョを残し、一行は昼食へと向かった

 

「そういやブルマさんは?いないけど」

 

「トランクスさんと一緒、あっちは木乃香達とご飯みたい」

 

 天下一大武道会決勝戦

 

 その舞台バトルアイランド2への到着まで、あと少し




 一部リメイク前の文章がそのまま使えたのもあって、早めに書けました
 もう1話使って決勝のルール説明とか出場選手の下り書いて、その次から開始になると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第61話 いざ発進!決勝戦開始

「はえ~、このお魚ほんま美味しいわぁ。なあせっちゃん?」

 

「はい、お嬢様」

 

 朝倉がハルナ達と入ったのとは別の店、会場に数店舗あるレストランの内の一つ

 

 四人掛けのテーブルの片側に、木乃香と刹那が並んで座り昼食をとっていた

 

「なるほど……近くに港町があったし、そこで獲れた新鮮なものを使っているのか」

 

「そういうこと。三人とも、しっかり食べてよね」

 

 その向かい側にはトランクス、そしてブルマが座っている

 

 ピッコロに言われた通り、トランクスは試合後木乃香の所へ行き回復

 

 そのあとは客席にいるブルマのところへ木乃香含めた四人と共に移動、そこでお礼を兼ねた昼食の誘いがブルマからされた

 

 ハルナ達が朝倉と合流した際にブルマがいなかった理由はそれで、アスナとあやかは別の用事で外れて残ったのがこの四人、というわけだ

 

「ブルマさん、ほんまにありがとうございます。んー、うまぁ」

 

「いいのよ気にしないで。だってあなた、これまでにトランクスと刹那ちゃんだけじゃなく、ヤムチャや他のみんなも回復してくれたっていうじゃない」

 

 準決勝で木乃香が上空に移動して空いた席に座ったのは、コタロー戦を終えたばかりのヤムチャ

 

 バトルステージ上での負傷が嘘のように消えていたことを不思議に思ったブルマはヤムチャに尋ね、その時既に治癒魔法の使い手木乃香の存在を認知していた

 

「それに魔法っていうのはトランクス達が使う『気』みたいに、たくさん使うと本人も消耗しちゃうんでしょ?」

 

「はい、それにこの後はネギ君や楓さんとも会うて怪我治したらなって思うてましたし……あと、クリリンさん?やっけ、あの人もネギ君と試合して怪我しとったし、折角やから一緒に」

 

「あら、クリリン君も?ありがと。ならなおのこと、いっぱい食べて精をつけて貰わないとね」

 

 ハルナ達が居候していて話を聞いていたことで、ブルマも魔法についての知識は幾らか持っていた

 

 舞台の上で戦う選手だけが、この大会で頑張っているわけではない

 

 そのことを、ブルマは知っていたのだ

 

「そういえば木乃香も、ハルナやのどかと同じ図書館探検部なのよね」

 

「あ、二人から聞いてはったんですか?」

 

「向こうの世界の話は色々とね。なんせそんな名前のクラブ活動、こっちの世界じゃ聞いたことないもの。自然と興味が湧いちゃうわ」

 

「まあ、うちの世界でも図書館探検部は麻帆良学園だけやけどなぁ」

 

 ハルナやのどかの話題を介して、木乃香とブルマの会話はそのまま弾んでいく

 

 一方で残る二人、刹那とトランクスもまた盛んに言葉を交わしていた

 

「しかし本当に驚きました、ピッコロさんにあれほど見事に勝ってしまわれるとは……」

 

 この二人、今日の大会でピッコロと拳を交えたという共通点がある

 

 自身では殆ど引き出せなかったピッコロの本気、その全てを引き出し勝利した

 

 それに対し刹那は、本当にお強いんですねとトランクスへ掛け値無い賞賛を贈る

 

「いや、でもかなり紙一重だったよ。影分身達に捕まった時は、実際詰んでいたようなものだったからね」

 

 トランクスは謙虚に言葉を返した、実際最後の逆転は狙って起こしたものでは無い

 

 流石は悟飯さんの師匠、そのことを今回拳を交わして改めて知ることが出来た

 

 すると直後に、トランクスは刹那のある一点に目をやった

 

「あれ?そういえば君が提げてる物って……」

 

「ああ、これですか?夕凪といって私が愛用している野太刀、刀剣の一種です」

 

 刹那は予選が終わって控え室に戻った際、置いておいた夕凪を回収していた

 

 精神と時の部屋にも持ち込んでいた、彼女の愛刀

 

 木乃香の『剣』として、彼女の傍にいる時は手放せない存在だ

 

「へえ、君も剣術を使うんだ」

 

「元々はこっちが専門で……え?君『も』、と仰いましたか?」

 

 そうだよ、とトランクスは頷く

 

「僕も一応心得があるんだ」

 

「そうなのよ!」

 

「わわっ!」

 

 トランクスの言葉の直後、いきなりブルマが声をあげて入ってくる

 

 それにおもわず、刹那はやや身を引いた

 

「初めて私達の前に姿を見せた時なんか、そりゃもう凄かったんだから」

 

 ブルマは刹那と木乃香の二人に、あの時の出来事を嬉々として語り出す

 

 悟飯やピッコロを苦しめた、宇宙の帝王フリーザとその部下達の地球襲来

 

 そこへ突如現れたトランクスの、大群を相手取った一騎当千っぷり

 

 続いてフリーザを反撃すらさせず一刀のもとに斬り捨て、とどめの連撃

 

「こう、剣をスパパパッてやって細切れにして、最後に気でボーンッてね」

 

 ブルマは自分の右手を剣に見立て、素早く動かして表現する

 

 動きは刹那から見て速いと言えるものではなかったが、話し方からして相当のものだったと刹那は理解した

 

「けどブルマさん、せっちゃんかて凄いで。うちらの世界じゃせっちゃんの腕は天下一品なんやから!例えば……」

 

「お、お嬢様!おやめくださ……」

 

 それに負けじと、お次は木乃香が刹那の凄さを語ろうとする

 

 刹那は慌てふためいてそれを制しようとした、力の大きく劣る自分がトランクスと張り合うような形になるのがおこがましいと感じたからだ

 

「だったら是非、大会が終わったら手合わせをお願いしたいな」

 

 しかしトランクスは刹那に興味を持ったようで、彼女の予想の斜め上の反応を返してきた

 

 慌てふためきっぷりはさらに加速し、行き場の無い両手がゆらゆらと胸元で動く

 

「ええっ!?そ、そんな……私なんかが恐れ多くもトランクスさんとだなんて……」

 

「さっき心得があるとは言ったけど、実際のところ僕の剣術は我流なんだ。話を聞いてたら、ちゃんとした使い手とも戦ってみたくなってね」

 

 トランクスのいた未来の世界で彼が戦えるようになった頃、既に殆どの戦士は死んでおり剣の教えを請おうにも相手がいなかった

 

 辛うじて悟飯が幼少期に刀剣を扱ったことがあったが、恐竜などを相手取っての食糧調達目的の使用であり、何より最後に使ってからあまりにも年数が経ちすぎていた

 

 人造人間との戦いを通しても、結局剣の使い手は現れず

 

 ゆえにトランクスは、刹那という少女に強く関心を持っていた

 

「駄目、かな?」

 

「……わかり、ました」

 

 しばし考えを巡らせたのち、落ち着きを取り戻した刹那は返答する

 

「私なんかでよろしければ……その手合わせ、お受けしましょう」

 

 思えば刹那もこの世界に来てから、碌に人と剣を交えたことがなかった

 

 楓が少しは特訓に付き合ってくれたが、楓は剣術使いではない

 

 精神と時の部屋の修行期間も含めれば、ほぼ丸一年

 

 トランクスが望む『剣の使い手との戦い』は、今の刹那にとっても必要なことではないかと感じたのだ

 

「ありがとう、じゃあ日時と場所なんだけど……」

 

 二人の剣士の激闘、それはもう少々先のお話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、やっぱりこっちに戻ってたのね」

 

「見つけましたわよ、楓さん」

 

「……ん?おお、アスナ殿に委員長」

 

 女性選手控え室に、三人の姿

 

 入って来たアスナとあやかを、屋台かなにかで調達したと思しき食べ物を片手に楓が出迎えた

 

「ピッコロさんの試合が始まってから、ずっと見えないと思っていましたら……」

 

「やっぱりボロボロじゃない!」

 

 入ってすぐ、アスナは楓の現状を指摘する

 

 平然そうな顔をしているが、準決勝で天津飯の猛攻を受けた彼女の身体は相当のダメージを受けていた

 

 服は替えたため幾つかの箇所は隠れているが、それでも元々肌が見えている部分の傷は隠せない

 

「楓さん、木乃香のところ行きましょ」

 

「ネギ先生とも連絡を取ったところですし、ご一緒に」

 

 アスナとあやかが木乃香達と別行動を取ったのは、準決勝で消耗したネギ達を探して木乃香に治療させるため

 

 クリリンとの戦いを通して、ネギが少なからず負傷しているのは間違いない

 

 この後試合が無いとはいえ、放っておいたせいで後々尾を引く可能性がある以上見過ごせなかった

 

「いやいや、こう見えて大分回復してるでござるよ?ほれ、こんな時のために野草から調合しておいた傷薬が……」

 

「嘘をおっしゃいな、痩せ我慢はみっともありませんわよ。それにこの後の試合に臨むなら、万全の状態でありませんと」

 

「そうそう。あとそういう言い方されると、天津飯さんの攻撃が大したことないって言われてるみたいに聞こえるんだけど?」

 

 その上楓に至っては、決勝戦を控えている身だ

 

 本心でなく遠慮した結果と見抜いたあやかにたしなめられ、アスナには天津飯の名を出されてしまう

 

「うぅむ、それを言われると参ったでござるな……いやなに、これ以上木乃香殿に負担を掛けるのが申し訳ないと思った次第でござるよ」

 

「あら楓さん、ピッコロさんと同じことを考えてらしたんですの?」

 

 ここでついに観念し、楓は本心を口にする

 

 考えていたのはあやかの言うように、大会中何人も治療し消耗しているであろう木乃香への気遣い、つまりピッコロと同じ事であった

 

「ほう、ピッコロ殿もでござるか?」

 

「本人からじゃなくて、トランクスさんからの伝聞だけどね」

 

 試合後木乃香のもとに来たのがトランクス一人というのは当然気になったわけで、尋ねるとあっさりと教えてくれていた

 

「ていうか、そんな心配要らないわよ。それ以上に木乃香の方が心配してたしね、『楓さんあんな大怪我のまま大丈夫かいな?はようちがパパッと治したらな』って」

 

「ですわね」

 

「そうで、ござるか……」

 

 しばし、言葉が止まった

 

 準決勝の始まる前、コタローとヤムチャを立て続けに治療する姿を目の前で見ていた楓

 

 これまで自身と刹那の修行に付き合い地力を上げたとはいえ、前日に神殿まで遠出したことによる疲労もあり、無視出来ない消耗が木乃香にあるのでは

 

 トランクスの治療も併せて、楓はそれを他人より一層心配していた

 

「……木乃香殿は、いま何処に?」

 

 しかしアスナ越しではあるが木乃香の言葉を受け取ると、それは自身の一方的なものと気付かされる

 

 直接会いもせず木乃香の限界を断じたことを諫め、考えを改めた

 

「刹那さんやトランクスさんと先にお昼食べてるわ、けどそことは別の場所で待ち合わせ」

 

「楓さん、ということは……」

 

「うむ、案内をお頼み申す。それと……昼餉(ひるげ)がまだなら、食べるでござるか?」

 

「え、いいの?食べる食べる!」

 

 多めに調達し、詰めていた袋を揺すって楓は笑う

 

 実は控え室に入った際、漏れ出た臭いを既に鼻孔へ迎え入れていたアスナは堪らず手を伸ばした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ……にしてもネギ、お前も似たような知り合いがいたんだな」

 

「はい。もう、カモ君ったら……」

 

「老師も、カメハウスの時と同じで平常運転だたアルな」

 

「あの爺さん、ほんまにクリリンさんやヤムチャさんのお師匠さんやんな?」

 

「はい、あと僕のお父さんやお爺ちゃんも……」

 

 ネギとクリリンの二人が、辟易とした様子で会場内を歩いていた

 

 古は苦笑い、コタローは訝しんだ顔で、悟飯は苦笑いに申し訳なさを加えたような表情

 

 というのも、この五人で昼食を取ろうかと移動した先程のこと

 

 どこで食べようかと辺りを歩いていると、とある喫茶店の中から聞き覚えのある声

 

 

 

 

”くぅ~~~っ!うらやましい!ピチピチ女学生の下着布団!わしも、入りたいっ!!”

 

”うぇへへへ流石爺さん、話がわかんじゃねえか!おう姉ちゃん、お代わりー!”

 

 

 

 

「なんでコーヒーで酔えてるんだよ……」

 

「その場のノリ、というやつアルかな?」

 

 一行は、彼らに声を掛けずスルーした

 

 結局その喫茶店とは別の店に入り、昼食

 

 それを終え、来た道を戻るとそこには

 

 

 

 

”しかしのう、その時ブルマは既に、ううっ……用を足し終えていたのじゃ。あと少し!あと少し早ければ、気付かれず見れたというのに!”

 

”わかるぜ爺さん!その、あと一歩届かなかった悔しさ!”

 

 

 

「んでネギ、あのエロガモを店から連れてかんで良かったん?」

 

「まあ、お店に迷惑掛けない範囲で喋ってたみたいだし……」

 

 まだ二人がいた

 

 これも一行はスルー、当初カモが情報交換を亀仙人に持ちかけていたことなど知るよしも無い

 

「まあ、ネギがそう言うなら別にええわ。で、昼飯も食うたし、この後は木乃香姉ちゃん達と待ち合わせやったか」

 

「うん。それとさっきアスナさんからカードの念話が来て、楓さんとも合流したって」

 

 バトルアイランド2、決勝の舞台の到着まであと僅か

 

 遮蔽物が無ければ既に会場の何処からでも、その姿は容易に確認することが可能

 

 となればネギ達も時間は無駄に出来ず、予定通り木乃香達に会うべく待ち合わせ場所へとまっすぐ向かっていた

 

「治癒魔法、か。そういえばそこのコタローも、ヤムチャさんから受けてた傷が準決勝が始まる頃には全部治ってたもんな」

 

「うむ、予選前に楓から話を聞いた限り、相当コノカは腕を上げたようアル。これでクリリンも全快アルよ!」

 

「アハハ、まあ治してもらえるのは嬉しいんだが……」

 

 クリリンはまだ木乃香の魔法を見たことが無かったが、デンデの存在があってかどういうものかのイメージは大体ついていた

 

 加えて古の話から『回復可能な負傷度合いや回復速度が、使用者の力量によって変わる』という情報も得て、把握具合はより正確に

 

 なんだかんだでネギとの試合では手痛い一撃を幾度と食らっており、万全にはほど遠い状態

 

 故にありがたいという気持ちに嘘は無い、しかしそれ以上にクリリンには憂慮すべき事態が迫っているわけで

 

(……治ったところで、相手が悟飯やトランクスだからなぁ。ははは)

 

 元々は、予選の時点で既に考えていたこと

 

 優勝を目指すに辺り、あまりにも高い壁

 

 悟飯やトランクスと対峙しなければならないという、避けられぬ現実

 

 しかもその内の一人がすぐ傍におり、クリリンはちらりと悟飯に視線をやり自嘲めいた笑みを浮かべた

 

「む、どしたアルかクリリン?変アルよ」

 

「ん?いや……なんでもないよ」

 

 その様子を古に見られ怪しまれるが、クリリンははぐらかした

 

 返答のため顔を合わせた古に続き、コタローやネギへと視線を移す

 

(そう、だよな……こいつらだって、悟飯やトランクス相手に物怖じせず最後まで全力で戦ったんだ)

 

 自身と戦ったネギも、もし勝ち抜いていれば同様に戦っていたに違いない

 

(なのに俺だけが、弱音を吐くのは……違うよな)

 

 そう考えたクリリンは、喉元まで来ていた弱音を引っ込めた

 

 自分より一回りは下の、異世界から来た若き戦士達

 

 この大会での彼らの戦いぶりに、クリリンは知らず知らずのうちに感化されていた

 

「よし!やるか!」

 

 そして両頬を叩いて気合いを入れ直し、決意する

 

 奇しくもこの気合いの入れ方は、クリリンとネギの戦いを見守っていた古と同じ

 

「おお!その意気アルよクリリン!」

 

(……こうなった以上、見事に負けてやるぜ!)

 

 とはいえ完全に彼らのようにはいかず、前向きなんだか後ろ向きなんだかよく分からない決意

 

 されど、これはこれでクリリンらしい、そんな決意

 

『皆様に、ご案内致します』

 

「ん?なんや?」

 

 と、ここで、全員の耳にしっかりと入る声

 

 備え付けられたスピーカーから流れる、アナウンスのようだ

 

『もう少々の時間をもちまして決勝戦の会場、バトルアイランド2へ到着です』

 

「ありゃ、結構時間経てたアルかな」

 

『着岸時大きく揺れることがあります、落下の恐れがありますので船が静止するまでは端に近付き過ぎないようお願い致します』

 

「あ、木乃香さんですか?はい、今そっちへ向かってるところです。はい、クリリンさんもいます」

 

(確か、昼飯の前にも他の子相手にやってたな……カードでの念話ってやつか)

 

『また、降り口に一斉に皆様が詰めかけても危険です。近くにおります係員の指示に従って順番に列を作って並び、落ち着いて降船を行ってください。また、選手の皆様は他のお客様とは別に……』

 

「そうか、僕やクリリンさんはみんなと一緒に降りられないのか……ネギ君、木乃香さんの所に急ごう!」

 

 来たるべき時が、もうすぐそこまで迫っていることを知らされる

 

 別の場所で同じアナウンスを聞いたであろう木乃香から心配され、ネギへ念話も飛んできた 

 

 悟飯の言葉を受け、一同は足を早めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『えーみなさん、大変お待たせいたしました!』

 

 決勝の舞台、バトルアイランド2

 

 元々は森あり火山ありの巨大無人島で、その一画に人の手で切り拓き建てられた特設会場

 

 その中ではすでに大盛り上がり、観客席が寿司詰め状態

 

 アナウンスが聞こえ、更なる歓声が沸き起こる

 

 その中には、悟飯やネギの仲間達のものも含まれていた

 

『ただ今より天下一大武道会、決勝戦を始めます!』

 

 一層声援は激しさを増した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても天津飯、惜しかったのう」

 

「……どういう意味ですか?武天老師様」

 

 観客席の亀仙人は、隣に座る天津飯に話しかける

 

 新たに出来た盟友と、カフェにて下ネタ談議に話を咲かせていた亀仙人

 

 ネギ達がスルーしてから暫くして、ウーロンに五月にまき絵、予選や準決勝の観戦を共にしていた面々と合流

 

 更にはまき絵繋がりで天津飯と餃子までおり、決勝戦の観戦もこの七人で一緒にすることになった

 

「楓姉さんに負けちまったことだろ?正直あの逆転は、俺っちも予想出来なかったしな」

 

 そう、今回カモは朝倉や夕映と別れこの面々に加わり、亀仙人の肩に乗っていた

 

「うむ、そうじゃ。この一年間も修行を続けておったようじゃし、悟飯やトランクスと思い切り……己の腕を試すべく戦いたかったのではないか、と思ってのう」

 

「……仰る通りです」

 

 そして天津飯は、亀仙人の言葉を肯定する

 

 元より彼は、腕試しを目的にこの大会に参加していた

 

 賞金を狙って出てくるであろうヤムチャはもとより、クリリンや、あわよくば悟飯やピッコロ

 

 直接彼らから出場の意思を確認したわけではなったが、もし出るなら、もし大会で当たるなら

 

 人類の脅威セルも消え去った平和な時代の今だからこそ、戦ってみたかった

 

 例えばそう、準決勝辺りでトランクスと当たっていれば、彼は堂々とこう言い放っていたことだろう

 

 

    トランクス、手加減などしたら承知しないからな   と

 

 

「しかし武天老師様、準決勝での楓との戦い……決して、無駄ではありませんでした。アスナもですが、彼女らと拳を交えたことで己の糧に出来たと、今俺の中には確信があります」

 

「ふむ、何かしら得るものはあったということか」

 

 彼らと戦えなかったことを惜しみはしても、楓との戦いそのものを悔いることはなかった

 

「けど天津飯さん、ほんとに悔しくない?あたし格闘技はさっぱりだけど、多分天津飯さんの方が楓さんよりずっと強かったんでしょ?」

 

「たとえ力で勝っていても必ずしも勝敗には直結しない、ということさ。そう、あの時のように……」

 

 あとほんの少し早く、楓の技から抜けられていれば

 

 彼女との勝敗を決したのは、ほんの紙一重の差

 

 だが自身もかつてそんな紙一重で、本来負けていた試合で勝ちを拾ったことがあった

 

 それをふと、天津飯は思い出していた

 

「カモよ、アスナというのは予選にもおったツインテのあの子か?」

 

「そうだぜ」

 

「ほう、やはりか。いやなに、あの子は予選の時から目をつけておったんじゃよ」

 

(スケベ的な意味でだろ)

 

 亀仙人は、まだ直接の面識がないアスナの名と姿を合致させようとする

 

 カモに確認をとる一方で、ウーロンには予選時の言動を知られていることもあり内心突っ込まれていた

 

「アスナ凄い、カリン塔にも登った」

 

「なんと!」

 

『それでは、四人の選手に登場していただきましょう!』

 

「あ、楓さん達だ!」

 

 と、ここで追加のアナウンスが流れ、一同の視線が下へと注がれる

 

 まき絵の言うように楓を含めた四人が、スモークが噴射する入場ゲートから姿を現した

 

 

 

 

 

 

 

 

『まず選手の皆様には、四台あるマシンの中から一台を選んでもらいます』

 

 四方からせり上がるように伸びた観客席に囲まれ、その中央にあるステージに選手らは集う

 

 そのステージは例えるなら、ピラミッドの上から三割ほどを切り取ったような形

 

 階段を上がり、平らになったてっぺんに四人全員が立つと、ルール説明が始まった

 

「あ、これか」

 

 悟飯は、アナウンスが流れる前から既に目についていたマシンに改めて目を向ける 

 

 一人用ジェットコースターのような形状で四隅にそれぞれ設置され、1~4までの番号が正面にふってあった

 

『その後選んだマシンに乗り込み、スタートと同時に地下にあるバトルゾーンへ出発です』

 

 マシンはレール上に乗せられており、そのレールの延びる先はここより更に地下

 

『バトルゾーンは全部で四つ、選手の皆様はその内のどれか一つに到着します』

 

(ふむ、どこに着くかは運次第……このマシン選びが全てというわけでござるか)

 

 楓はマシンを一台一台ゆっくりと見渡す

 

 見た目に大きな違いはなく、頭を悩ましてまでマシンを選ぶ必要は無さそうである

 

『そしてバトルゾーンには一人ずつ、今大会に招かれた東西南北の銀河戦士達が待ち構えています』

 

(ああ、あの普通の人達が変装した……)

 

 トランクスは説明を聞いて苦笑する

 

 大会の受付を終えてヤムチャらと合流する直前、彼らがジェット機から降りて姿を見せたところを目撃していたトランクス

 

 衣装や特殊メイクによっていかにも宇宙人かのように見せていたが、バレバレ

 

 一人一人の気を注力して探ったわけではないが、地球人には無いような異質な気は一つも感じ取れなかった

 

 彼らの正体はミスター・サタンの弟子、てんで弱いのだ

 

 そう、トランクスには遠く及ばないものの、ただ一人を除いては

 

『その銀河戦士を倒していち早くここへ戻ってきた選手が優勝、賞金と世界温泉巡り旅行と、ミスター・サタンへの挑戦権が与えられます』

 

(……あれ?ってことは悟飯君やトランクスと直接戦わなくてもいいのか!?)

 

 ルール説明が進むにつれ、クリリンはこの決勝戦の特殊性に気付いた

 

 話を聞く限り、求められているのは銀河戦士とかいう人物の相手をすることのみ

 

 下で繋がっていてどこかで悟飯らと鉢合わせする可能性は捨て切れないが、それでも勝ち目0から抜け出せたことはあまりにも大きかった

 

(ラッキー!さっきはああ言ったけど、勝てるに越したことはないもんな!望みが出てきたぞ!)

 

『ルール説明は以上です。質問が無いようでしたらそのままご自分のマシンを選び、乗り込んでください』

 

 ルール説明が終わると指示が入り、各々がマシンに乗り込む

 

 先程も触れたがマシンに大きな違いはなく、特に迷いもせず今いる位置から一番近いマシンを全員が選択

 

 そんなマシンの中はいたって単純な構造になっていた

 

 座る部分にシートベルト、あとは緊急時脱出するためのものかボタンが一つ

 

 自分で自由に動かすような仕組みは見当たらず、どうも片道専用らしい

 

 おそらく戻る道を探すのも試合内容の一つだったのだろうが、全員が全員空を飛べるため意味のないものになってしまっていた

 

 そんなこんなで全員が内部の様子を確かめ、シートベルトを締めたところでハッチが動く

 

 強化ガラスで出来たハッチが四人のマシンを完全に閉め、あとは発車を残すのみ

 

『では、カウントダウンに入ります!』

 

 10!

 

 アナウンスと観客席全体から、決勝戦開始のカウントダウンが大きく響く

 

 9!

 

 また、会場におらずテレビ等から見る者も同じくカウントダウンをおこなった

 

 8!

 

 悟空達はあの世から

 

 7!

 

 カリン様はカリン塔から

 

 6!

 

 アックマン達は無理を言って占いババの水晶から

 

 5!

 

 戦い好きの悪人は地獄から

 

 4!

 

 そして

 

 3!

 

 ついに

 

 2!

 

 戦いの時が

 

 1!

 

 訪れる

 

 0!!

 

 四台のマシンが勢いよく発進した  

 

 並のジェットコースターでは比べ物にならない速度で、地下へと通じる入口へと進む

 

 ほぼ同じタイミングで四台のマシンは入口に入り、会場から姿を消した

 

『決勝戦の模様はモニターを通してお客様にお見せいたします!』

 

 天井付近から超巨大モニターが四台、四方に向けられてゆっくりと降りてくる

 

 そしてすぐに、各バトルゾーン内の様子が映し出された

 

『さあついに始まりました、天下一大武道会決勝戦!果たして優勝はだれの手に渡るのでしょうか!?』

 




 ようやく書けました、今回はいつもみたいな2話投稿でなくこれ一本だけです。早いとこ続き書きたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第62話 クリリン驚愕 バトルゾーンの惨状

「さて、バトルゾーンとやらに着いたわけでござるが……」

 

 四台のマシンはレールに乗り、トンネルを通ってバトルゾーンへと到着した

 

 トンネルと言ってもただの真っ暗な穴ではなく、全面に映像が投影可能な特別製

 

 3Dを作成するときに出てくるような十字線、それが薄黄色に光って延々と伸びる

 

 時折形を変え、海上を揺れる波や海面から飛び出すサメのようなものも映し出された

 

 地下で四台のマシンは一度合流しそれらの映像を同様に見たが、途中で道が分かれ再び四散

 

「……妙でござるな、気も感じなければ姿も見えぬ」

 

 レールもいつのまにか無くなり、穴から飛び出した後はそのまま落ちて自然停止

 

 楓はマシンから脱出し、辺りを見渡して自身の置かれた現状を確認した

 

(遮蔽物もなし、となれば隠れられる場所は……まさか、砂の中でござるか?それとも……)

 

 辺り一面が砂、楓が着いたのはいうなれば砂漠エリア

 

 砂があるだけでなく照明と空調により、蒸し暑さと照りつける光までも砂漠そのものに再現されている

 

 多少の起伏はあるがほぼ全体を見渡せる平面に近く、にもかかわらず今いる場所から人一人見つけられない

 

 視覚で駄目と分かると気での探知に切り替えたが、それでも分からず

 

 砂の中に隠れ、遠くからでは探知されない程度には気配の消せる達人がいるのか

 

 あるいはここには既におらず、エリアを跨いでの移動が求められているのか

 

(なんにせよ、周囲を細かく見て回らねばならぬでござるな)

 

 答えが現状はっきりしないため、楓は動くことにした

 

 密度はあまり高くせず取り急ぎ影分身を八体生成、八方向へ向かわせる

 

 そして自身は舞空術で真上に上昇、より広く全体を己の目で捉えようと試みる

 

「ふむ、やはりこれといって目につく物は……む?」

 

 楓は蒸し暑さにたまらず、額の汗を一拭い

 

 するとその間に変化があったようで、動きを止めた一体の影分身に目をやった

 

 何か見つけたようだが、上空にいる楓本人はよくわからない

 

 他の七体の影分身の指示は変えぬまま、直接確かめようと下へと降りた

 

「……これはっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あちゃちゃちゃちゃちゃちゃ!」

 

 場所は変わって、別のバトルゾーン

 

 バトルアイランド2は火山のある自然島、その地下には当然マグマ溜まりやそこに隣接する空間も存在する

 

 クリリンが割り当てられた場所はそこであった

 

 穴から飛び出したマシンは数度衝突を繰り返したのち、マグマの流れる川のような地帯へ落下

 

 たまらず自身の手でマシンをぶち破って脱出するが、時既に遅く頭に引火

 

 しかし髪の毛が無いのが幸いし、しばし熱さに悶えたもののさほど燃えずすぐに鎮火出来た

 

「あーびっくりした、そうか火山あったもんな。さて、気を取り直して……」

 

 楓のいた砂漠エリアとは対照的に、起伏が激しくあちこちで岩山がそびえ立っており広く様子を観察することが出来ない

 

 とりあえず周囲を見てみたが、自身の戦う相手は目に入らなかった

 

「悟飯やトランクスより先に、見つけないとな!」

 

 決勝の特別なルールによって優勝が現実的になり、やる気満々なクリリン

 

 他のエリアで起きていることなど知るよしも無く、軽快な足取りで探しに駆け出した

 

 マグマの川もひとっ飛び、岩山も難なく跳躍しエリア内を進んでいく

 

 すぐそばにマグマが流れているだけあって、こちらもかなりの高気温

 

 次第に汗が流れ始めたが、こんなことで止まってはいられない

 

(待ってろ銀河戦士~、世界温泉巡り旅行~……ん?何だありゃ)

 

 そんな彼が足を止めたのは、このエリアに不似合いな物が目に入った時だった

 

 周辺がマグマや火山岩だらけのこの一帯では、目につくものは大抵赤みを帯びた色合い

 

 岩陰からにゅっと伸びる真っ白なそれはかなり目立ち、気になったクリリンはそこへと直行

 

 遠目ではただ棒状の物としか認識出来なかったが、近付くにつれて次第にその正体が分かってきた

 

(棒、じゃないな……え、足!?)

 

 そう、足だ

 

 先端の方が直角に曲がり、つま先部分が真上を向いている、紛れもなく足

 

 白のブーツ、そして同じくらい真っ白な大腿部をクリリンはこの目で確認する

 

(まさか、この暑さで倒れちまったんじゃないだろうな)

 

 来たばかりの自分と違い、対戦相手は決勝が始まるずっと前からここで待っていたと考えられる

 

 となればその間に脱水症状を起こしてバタリ、そうなってもおかしくない

 

 急ぐ理由を『早く見つけて倒さなきゃ』から『早く様子を見て助けなきゃ』に変え、クリリンはなおのこと足を速めた

 

 すぐ近くまで到着すると、意識があるか確かめるべく声を掛けながら岩陰を覗き込む

 

「おいっ!大じょ……うわっ!」

 

 しかしそこに声を掛ける相手はおらず、予想外の事態にクリリンは驚愕の声を漏らした

 

「ああ、ああああ……足だけ!?」

 

 あったのは、足一本のみ

 

 股下数センチから丸ごと一本、ピクリとも動かぬ真っ白な足

 

 あの時岩陰に隠れて見えてなかったのは、大腿部のほんの数センチ分だけ

 

 断面から液を垂らし転がるそれを目にし、思わずクリリンは身を引いた

 

「な、なんで足だけが……本人は、腰から上は何処にいるんだよ!?」

 

 そして当然の疑問を口にする、明らかにこの状態は普通じゃない

 

 足一本を切断するにしろもぎ取るにしろ、果たしてどれだけの力が必要か

 

 更にはそんな真似を、誰がこんな地下深くまで来て働こうというのか

 

「おい!おーい!誰かいないのかー!?」

 

 気が動転したのかその足を拾って抱えながら、クリリンは再び周囲を探し出した

 

 辺りを見回しても、耳を澄ましても、誰もいないし声も聞こえない

 

「いるなら返事してうおおぅっ?!」

 

 少しして、咄嗟に足を止めた

 

 目でも耳でも無く、今しがた止めた『足』に違和感

 

 地を蹴って走っていたその足が岩肌を捉え損ねる、つまり僅かにスリップ

 

「な、なんだこれ?あっちにずっと延びて……まさか!」

 

 クリリンは足下を見ると、滑らせた原因と思しき液溜まりを確認する

 

 しかも今いる場所から一定の距離を置きながら、ポタポタその液が点々と続いているではないか

 

 その跡を追っていく

 

「ていうかこの足、よく見たらこれって……」

 

 そしてその間に落ち着きを取り戻したのか、両腕で抱えている足自体の異常さにも漸く気付く

 

 あまりにも重く、硬く、断面や膝は自身のよく知るそれとはかけ離れ……

 

「まるでロ……っ!!?」

 

 その状況の整理を終えるよりも先に、今度こそクリリンは見つけた

 

「あ……あな、た、は……もしや決勝、の……」

 

「お、おい!大丈夫か!」

 

 本来戦うはずだった銀河戦士、その正体はミスターサタンの弟子

 

 紅一点として大会に華を持たせるため、そしてミスターサタンが自身との交戦を避けるため急遽送り込まれた少女

 

「しっかりしろ!」

 

 その変わり果てた姿はバトルステージ内のカメラが捉え、容赦なく地上へと映し出される

 

 そしてその地上には、彼女の名をいの一番に叫ぶ少女がいた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うそ。聡美、あれってまさか」

 

「ちゃ……ちゃ、茶々丸ーーーーーーー!!」

 

 絡繰茶々丸

 

 葉加瀬だけでなく茶々丸を知る大半の者にとって、このモニター越しでの再会はあまりにも

 

 あまりにも悲惨で、衝撃的過ぎた

 

 

 

 

 

 

 

 

(や、やっぱりロボット……ん、ロボット?あっ、まさか……)

 

 足の断面から覗いていたのは、機械仕掛け

 

 半分近く抉られた右脇からは、冷却液とオイルが少量ながら止まること無く流れ続ける

 

 球体関節、ひび割れ、身体の内側から聞こえるせわしない駆動音

 

 彼女が人間でない根拠は、挙げていけばきりがない

 

 そしてクリリンは、彼女の特徴的な外見からとあることを思い出す

 

「なあ君、もしかして茶々丸って名前じゃないか?」

 

「そ、そうで、すが……な、なぜそれを……」

 

「やっぱりそうか!」

 

 大会が始まるまでの間、古や五月から3-A生徒の話を聞かされたのは一度や二度ではない

 

 特に古は腕の立つ面々についてよく話しており、茶々丸もその一人であった

 

「古菲と四葉五月、この二人の知り合いなんだ俺。ネギや他のみんなのことも知ってる」

 

「古菲さ、ん達の……」

 

「それより教えてくれ、いったい誰にやられた?俺が来るまでに何があったんだ?」

 

 古の話に偽りがなければ、茶々丸は並みの武道家をものともしない達人の筈

 

 にもかかわらずこの惨状、クリリンは嫌な予感がしていた

 

 まだ近くにいるであろう、彼女をここまで痛めつけた人物

 

 一体何者なのか、どういった経緯があったのか

 

 身の上話はそこそこに切り上げ、茶々丸に尋ねた

 

「そう、でした……ここ、は、危険過ぎます……い、今すぐ、退避を……」

 

「てことはやっぱり、まだそいつはここから離れちゃいないってことか?」

 

「そう、です。私は、良いで、すから……あなた、だけでも急いで、地上へ……」

 

「何言ってんだ、古やネギの仲間を見捨てていけるかっての」

 

 すると茶々丸は、詳細を語るより先にクリリンをこの場から立ち去らせようとするではないか

 

 自身と彼がいるこの場所の危険性を再認識し、人間の『焦り』に近い表情を見せながら

 

「ほら掴まれ、取れた足と一緒に地上へ運んでやるよ。詳しい話は移動しながらでも……」

 

「いけ、ません……本当に、時間が無……」

 

 勿論クリリンはそれに対し、はい分かりましたと納得するわけが無い

 

 手を差し伸べ、二人一緒に地上へ出ようとする

 

 

 

 

 

 

 

「見ーつけた」

 

 

 

 

 

「!?」

 

「遅かっ、た……」

 

 しかし茶々丸の言うように、もう遅かった

 

 突如背後から聞こえてきた声、肌で感じた強大な気

 

 クリリンが振り返ると、その人物は立っていた

 

 ウェーブがかかって腰まで伸びたロングヘアーで、色はオレンジ

 

 エルフのように尖った耳と、緑が少々混ざった青色の肌

 

 「こんな所まで逃げてたのね、気が探れないから面倒かと思ったけど……新しく来た気をこっそり追ってみたら、ずばりだったわ」

 

 その女は右手で髪をかき上げながら、獲物を見つけた肉食獣のような笑みを茶々丸に向け一歩ずつ近付く

 

「ま、待て!」

 

 クリリンはその両者の間に入り、女の足を止めた

 

 よくよく顔を見てみればこの女、相当の美人

 

 茶々丸を手に掛けた人物と知らなければ、クリリンも思わず見とれていたかもしれない

 

 しかし当然ながら今の彼に、そんな気は微塵も無かった

 

「邪魔する気?だったらそうね……二人まとめて、遊んであげるわ」

 

 女戦士ザンギャは、クリリンも獲物として捉え、改めて笑った

 




 以前感想で『時系列からしてあの一味は出てくるのか』という質問をいただき、『ネタバレ回避で言えません、決勝始まったら分かるんで待ってね』という返事をしたんですが、あれから半年も経ってしまい本当に申し訳ないです。
 次は多分週末くらいに


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第63話 銀河戦士にあらず 謎の戦士襲来

「ここが、バトルゾーンか……」

 

 トランクスもほぼ時を同じくして、バトルゾーンへと到着していた

 

 楓やクリリンのいる場所とは打って変わって、こちらは花畑

 

 造花ではない本物の花の傍では蝶が舞い、爽やかな風がどこからか吹いてくる

 

 砂漠ステージ同様に太陽を模した照明で辺りは明るいが、肌に纏わり付くような暑さは無い

 

 更に花畑の近くでは川が流れ、その先には湖までもあった

 

 そんなのどかな風景に、トランクスは笑みを見せる

 

「僕のいる未来じゃ、もうこういう所はほとんどないからな……」

 

 人造人間襲来による壊滅的被害

 

 それは人の命だけでなく、植物のそれにも及んでいた

 

 森は焼き払われ、草原は荒野へと変貌

 

 トランクスが人造人間を倒して平和になり少しずつ戻りつつはあったが、まだまだ月日がかかる

 

 そのためこういう場所は彼にとって貴重で、思わず目を奪われてしまっていた

 

 しゃがみ込み、花の周辺を飛び回る蝶へと指を伸ばす

 

 蝶はピタリとそこにとまり、羽をパタンを閉じた

 

「ふふっ……!」

 

 そんな時、トランクスは何かを察知

 

 即座に上へと飛びあがると、今いた場所ですぐさま爆発が起こった

 

「な、何だ!?」

 

 トランクスが察知したのは巨大な気

 

 そして今しがた、背後から撃たれた強力なエネルギー弾

 

 もし少しでも反応が遅れていたら、直撃していただろう

 

「誰があんなことを……」

 

 気を感じた方へ顔を向ける

 

 そこには太い一本の木が生え、枝の上で男が寝そべりながら片腕を正面へ伸ばしていた

 

「だ、誰だお前は!」

 

「ただの銀河戦士じゃ不足か?」

 

 オレンジの髪の毛を紫のバンダナで束ね、肌はやや濃いめの青

 

 両耳と胸元には、ザンギャと同じものがあった

 

(銀河戦士、だと!?あんなやつ、大会前に見た時はいなかったぞ……)

 

「でやああっ!」

 

「!」

 

 相手が語る素性と、自身の記憶との乖離

 

 トランクスが思考を巡らせていると、またもや男は攻撃を仕掛けた

 

 さらに威力の込めたエネルギー弾を、続けざまに二つ

 

 トランクスはすぐさまそれを回避する

 

 一発は避け、もう一発は手刀で弾き飛ばした

 

「……何か勘違いしてないか?これはゲームなんだ、殺し合いじゃないんだぞ」

 

 トランクスは眉をひそめ、男を睨みつける

 

 二回の攻撃両方に、明らかな殺気が感じられていた

 

「あいにく、俺はゲームをしに来たわけじゃないんでな」

 

 トランクスの睨みをものともせず、男は木から飛び降りる

 

「さっきの雑魚よりは、楽しめそうだ」

 

「!」

 

 男の言葉を聞き、トランクスの嫌な予感は確信へと変わる

 

 本来いるはずの者がおらず、代わりに殺意に満ち溢れたこの男がいる

 

 元いた銀河戦士がどうなったかは、もはや聞くまでも無い

 

「何てことを……」

 

 トランクスは歯をギリリと鳴らし、両拳を力強く握りしめた

 

 罪のない人間が、悪の手によって殺される

 

 二度とあって欲しくないと願っていたが、目の前のこの男の手によって起きてしまった

 

「このおおおおっ!」

 

 右腕を大きく振り上げ、トランクスは男へと突進する

 

 トランクスの表情は、怒りのそれへと大きく変わっていた

 

 ストレートを顔面めがけて放つ

 

 しかし男は半歩下がって身体をずらし、攻撃を回避

 

 そのまま両腕で、トランクスの腕を絡め取る

 

「く、くそっ!」

 

「そらああっ!」

 

 男は背負い投げの要領で、トランクスを高く放り投げる

 

 このままではその身を地面へと打ち付けてしまうところだったが、そこは流石トランクス

 

 クルクルと身体を縦に回転させて体勢を戻し、足から無傷で着地した

 

「くそおおっ!」

 

 再び男を睨みつけ、勢い良くダッシュ

 

 今度は身体の中央めがけての飛び膝蹴り

 

 これならさっきのように絡め取られることはない 

 

 そう考えての攻撃だった

 

 すると男は腰に手をかけ、あるものを取り出した

 

 西洋風の長剣である

 

 柄に手をかけ、鞘から刀身を引き抜く

 

 といっても、全て抜き切ってトランクスに切りかかるほどの猶予は無い

 

 半分ほど抜き、腹の部分を盾代わりにして攻撃を防いだ

 

 剣にはヒビ一つ入らない

 

 男はそのままトランクスを押しのけると、剣を完全に抜き切り

 

「だああああっ!」

 

 脳天からトランクスに切りかかった

 

「ふんっ!」

 

 これに対しトランクスは、両手を使って完璧なタイミングで挟み込んだ

 

 俗に言う真剣白羽取りである

 

「ぬ、ぬぬぬぬぬぬぬ……」

 

 このままゴリ押しで叩き切ってやろうとする男だが、剣は動かない

 

 トランクスの気が全身から吹き出し、全開に近いパワーが発揮されていることが分かる

 

 攻撃している男が想像していた以上に、その力は強大だった

 

 トランクスはそのまま剣を横に倒し、男の脇を空けた

 

「せやああああっ!」

 

「ぐああっっ!」

 

 そこへすかさず蹴りを打ち込んだ

 

 ひるむ男を、さらに気合砲で迎撃する

 

 蹴りによるダメージで剣にかかっていた力はなくなり、片腕を用いて攻撃が出来た

 

 背中から倒れこみそうになる男だが、何とか手をついて即座に体勢を立て直した

 

「……そうこなくちゃな」

 

 男は笑いながら剣を構え直し、トランクスを見る

 

 先程の二撃だけではまだ堪えていないようで、楽に勝てる相手ではないとトランクスは認識

 

(何者なんだこいつは……っ!今一気に膨れあがった気は、悟飯さん!?)

 

 直後、馴染みのある気が急に大きくなったことを感知した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ!わ!わぁっ!」

 

 ほんの少し、時間は遡る

 

 悟飯がやってきたバトルゾーンは、他の三箇所と比べ異質な空間だった

 

 床は正方形の白と黒が交互に敷き詰められ、辺りにはおもちゃが散乱

 

 しかし大きさが並みではなく超巨大、それが一面に散らばっている

 

 まるで自分が小人になったかのようで、かなり現実離れしていると言えよう

 

 そこで悟飯は、対戦相手探しとは別の理由で跳び回っていた

 

 知育玩具でよく見られる、数字やアルファベットが書かれた立方体のブロック

 

 先程も述べたように巨大なサイズと化したそれが、悟飯目掛けて絶え間なく落ちてくるのだ

 

 小さく見積もっても一辺二メートル以上、直撃すればただでは済まない

 

「誰が、こんなことを!」

 

 それを悟飯は、次々と避けていく

 

 避けた先避けた先へピンポイントに落ちてくるが、それらも全て回避

 

 意図的に起きたことは明らかで、避けながら周囲の様子を見ていく

 

「フッフッフ、まあこのくらいは避けてもらわなければな」

 

「!」

 

 するとブロックの落下が漸くやんだ頃に、上空から聞き覚えのない声

 

 即座にそちらへ顔を向ける悟飯

 

「お前か!こんなことをしたのは!」

 

 舞空術で浮遊している男が、上下逆さまの状態でゆっくりと降下してきた

 

 トランクスと戦っている男と同じく、濃いめの青色の肌とアクセサリー

 

 悟飯と同じくらいの小柄で、紫のターバンを頭に巻いていた

 

「お次はどうしてやるかな……」

 

「や、やめろ!武道大会なんだぞ!」

 

 悟飯はターバンの男の行動を制止しようとするが、男は止める気などさらさらなかった

 

「ゲームだと言うのか?」

 

 両手を突き出し、淡い光を灯らせる

 

 それと同時に悟飯の背後からギギギと、金属が擦れる鈍い音

 

「なっ!?」

 

 振り返ると、そこにあったのは巨大な時計

 

 その短針と長針がグルグルと回り、すぐさま二本の針は本体から外れる

 

「はあっ!」

 

 ターバンの男の意思に従って悟飯へ襲いかかった

 

(こ、今度は時計の針かっ!)

 

 悟飯は何とかそれを避けていく

 

 だが、ブロックの時のように簡単にはいかない

 

 今度は垂直落下ではなく、ターバンの男の意思によって自由自在に追いかけてくる

 

 ギリギリまで目で追い、かわす必要があった

 

 その悟飯の動きを見て、ターバンの男は思わず感心の声をあげる

 

「ほう、想像以上の動きだ……地球人がここまでやるとはな」

 

 そしてこう続けた

 

「さっきの男はあっけなく死んでしまったが、お前ならなかなか楽しめそうだ」

 

「な、何だって!?」

 

 ターバンの男は顎をクイッと動かし、ある一方向を悟飯に示す

 

 そちらへほんの一瞬振り向いてみると、さっき落ちてきたのと同じようなブロックが数個

 

「!」

 

 そしてそこの下部の隙間から、血のついた人の脚が一本見えた

 

「ひ、ひどい……」

 

 おそらくあの人物が、自分の本来の対戦相手だったのだろう

 

 それを、乱入してきたこの男が弄ぶかのように命を……

 

「いつまでよそ見をしているんだ?」

 

 いつの間にか、二本の針は悟飯の両脇へ回って挟み打ちの態勢に入っていた

 

 ターバンの男が両手を外側から中央に勢いよく寄せると、それらは同時に悟飯の元へ

 

「……だあああああああああああああっ!」

 

「ほう」

 

 どうやって避けるか、あるいは痛々しい姿を晒すか

 

 そう考えていたターバンの男、ブージンの予想は大きく裏切られた

 

 悟飯は怒りとともに気を全身から爆発

 

 その爆発波は悟飯を包み込むように、針からの攻撃を防いだ

 

 針はその爆発波に触れた先から消滅

 

 気付けば二本の針は、どちらも跡形もなく消えてしまっていた

 

 トランクスがあの時感じ取った気は、この時のもの

 

 だがブージンは、驚きはしたものの動揺はしていなかった

 

(かなり強力な気、しかしあの方に比べれば……)

 

 まるで悟飯の勝利は無いと確信しているかのようだった

 

(だがこのまま一対一は、少々厳しいか……なら)

 

 そう考えるとブージンは、再び両手を前方へ向け

 

「はあっ!」

 

 先ほどと同じく淡い光を灯らせる

 

(つ、次は何をする気だ!?)

 

 悟飯は警戒し、ブージンを見据えたまま構えをとる

 

 すると

 

「な、何だ何だ!?」

 

 辺りの様子が著しく変化した

 

 ドロドロと泥水が垂れるかのように、一面が暗い色へと染まっていく

 

 気づけば風景が、ファンシーなそれから険悪なそれへと変貌を遂げていた

 

(魔術か何かの類なのか!?)

 

 悟飯がその変化に思わず動揺する

 

 その僅かな隙を突き

 

(今だっ!)

 

 ブージンはある場所へ向かって一直線に飛んだ

 

「あ、待てっ!」

 

(他の仲間と、合流させてもらおう)

 

 それに少しして気付き、悟飯も遅れて後を追う

 

(あんな危険なやつ、逃がすわけにはいくもんか!)

 

 本来のスピードなら、悟飯が上

 

 しかし時々魔術で辺りの物体を飛ばして邪魔してくるため、なかなか追いつけない

 

(そうだ、他のみんなは?トランクスさんやクリリンさん、それに……あっ、楓さん!?)

 

 それにやきもきしている折、悟飯は他の三人が気にかかった

 

 もし奴に仲間がいて、同様に襲いかかっていたとしたら

 

 その予感は、的中していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂漠で影分身が見つけたのは、巨漢の死体だった

 

 引っ張り上げると派手な衣装にパステルカラーのメイク、本来戦うはずだった銀河戦士とみて間違いない

 

 首にあった絞め痕も目に入り、暑さで倒れたのでなく殺されたことがすぐ分かった

 

 となれば次に気になるのは、この男を殺した下手人の居場所

 

 警戒を強める楓だったが、僅かに遅かった

 

「がっ……ぐ、ぎぃっ……」

 

「ふふふふ……」

 

 背後から突如伸びる一本の腕

 

 砂の中に身を潜めていた男が、死体の様子を見るため膝を折っていた楓の首根っこを掴んでいた

 

 大樹のように太い腕、楓は両手を使って解こうとするがびくともしない

 

 砂の中から全身が出てくると、太い腕に見合う巨大な体躯

 

 楓を楽々とつるし上げ、彼女を苦しめていった

 

(こやつ、一体何者でござるか……)

 

 体勢だけはどうにか反転したため、男の容姿を確認することが出来た

 

 オレンジ色のモヒカンヘアー、同じ色の口髭

 

 そして、楓は知らないがあの三人と同じ青い肌と同じアクセサリー

 

 自身を締め付けている人間離れした力を別にしても、明らかにただの悪漢とは異なることが分かる

 

(まずい、意識が……間に、合……)

 

 しかしこれ以上の思考を行える余裕は今の楓には無かった

 

 酸素が頭に回らず、意識が濁る

 

 死体を見つけた影分身は、捉えられた折に片腕で殴り飛ばされ既に消滅

 

 腕を振りほどこうとしていた両手の力も、徐々に抜けていく

 

(もう、そろそろかな)

 

(不、覚……)

 

 少女の死は、すぐそこまで迫っていた

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第64話 クリリン決死の突撃!窮地の茶々丸を救え

 今回から、全部一行空けしていたのを幾らか詰めて書くようにしました。


「界王様!何なんだあいつらは!?」

 

 突如大会に姿を現し、悟飯達四人に襲いかかった謎の集団

 その様子を悟空と界王はあの世から、この世の様子を映し出す特別なテレビを通して見ていた

 そして悟空は切羽詰まった顔で界王に問いかける

 彼らが常軌を逸しているのは、直接目にせずともテレビ越しで充分に把握

 しかも自分の息子や、仲間の知人が殺されかけているのだ

 悟空といえど、焦らずにはいられなかった

 

「…………」

「界王様!」

 

 一方の界王も、別の意味で焦りの表情を見せていた

 額からは冷や汗が一筋、サングラスの奥では目が見開いたままだ

 界王は、あの者達が誰かを知っていた

 最後に見たのは遙か昔、しかしひとたびその姿を見れば即座に思い出せた

 

「界王様!」

(な、何故じゃ……何故あやつらが地球に……)

 

 悟空の声もロクに耳に入らず、界王はただただテレビに目を向け続けていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだ!?」

 

 あと数秒経つか、あるいはほんの少し更に力を強く込めるか

 それだけで決着、目の前の少女の命を奪える筈だった

 しかしモヒカンの男、ビドーはそれをすんでのところで邪魔された

 多方向から飛んでくる、無数の気弾の雨

 後方からそれを片っ端から浴び、ダメージはともかく意識をそちらへと向けてしまう

 

(ま、間に合っ……た!)

 

 この攻撃の正体を知る楓は、ビドーのように動じることなくその身を躍らせた

 残る力を振り絞って両脚を前方へ伸ばし、ビドーの胸板を思い切り蹴る

 攻撃を受けたことで僅かに弛緩していた拘束から、息も絶え絶えながら脱出に成功した

 

「こっ、こいつ!くっ、次から次へと!」

 

 再び掴みかかろうとするビドーを、今度は気弾でなく別のものが遮る

 バトルゾーンに着いた時八方に散らせていた影分身の、残りの七体

 捕まった直後から楓の指示で急行しており、気弾を撃ったのもこの影分身達

 密度は低く戦闘用としては力不足だったが、ビドーの目先を逸らすには充分な役割

 

「むんっ!」

 

 その間に楓は気を込め、充分に密度を高めた戦闘用の影分身を生成する

 全部で六体、自身の前に立たせ壁にした

 

(これでどうにか時間を稼いで、悟飯殿達と……)

 

 この時点で楓は両者間の力の差を自覚し、単独での制圧を諦めていた

 試みようとしていたのは、影分身に相手を任せての戦線離脱

 そして、そう遠くない場所にいるであろう悟飯達との合流

 

「逃がすかよっ!」

 

 しかしそれをこの男、ビドーが許すわけが無い

 影分身を出し終え、正面を向いたまま下がろうとする楓の素振りを見抜き、先んじて突撃してきた

 当然影分身達が行く手を阻むのだが、それに微塵も躊躇を見せず直進

 

(くっ!頼むでござる、せめて1びょ……)

 

 楓本体に辿り着かせぬことが影分身の使命、ゆえにこの突撃を避けることは許されない

 出来るのは気弾での牽制、そして正面からの肉弾戦

 

「おらおらあぁっ!」

 

 それらを全て、ビドーはものともしない

 気弾はまるで戦車への豆鉄砲、威力ではなく手数を重視したためもあるが、全身を覆う気が全てを弾き飛ばす

 肉弾戦は言わずもがな、ブルドーザーのように片っ端からなぎ倒す

 

「だあああぁっ!」

 

(無理か!もう一体……)

 

 すぐさま両者の距離は詰められ、突き出した拳が問題なく当たるところまで接近を許してしまう

 ここから楓一人でビドーを引き離して逃げるのは不可能、となれば出来るのは影分身を出すことのみ

 間を遮るように一体の影分身が出現、腕を伸ばして動きを止めようとするがもう駄目

 

「ぐがっ……ぐ……うぅ…………」

「……これでようやく、いっちょあがり」

「…………」

 

 ビドーの拳は影分身を突き破り、そのまま楓の腹を抉った

 意識の混濁も碌に晴れぬまま叩き込まれたそれは、少女を気絶させるには充分な一撃

 せめて一矢報いようと力なく伸ばされた右手が、全ての力を失い下へ垂れる

 

「なかなか面白い技だったが、所詮は小細工よ。さて、他の奴らの首尾はどうかな……」

 

 ビドーは楓を肩の上に担ぎ上げ、砂漠から飛び去った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、どうしたのよ?遊んであげるって言ってるじゃない」

(こ、こいつ……強いぞ!)

 

 突如クリリンと茶々丸の前に姿を現した女戦士、ザンギャ

 元々は茶々丸を襲撃していたところを逃げられ、見つけた先にクリリンが居合わせた形

 古やネギの仲間と知った以上、茶々丸を放って逃げるわけにはいかない

 クリリンはザンギャの前に立ちはだかるが、自ら仕掛けることが出来ず現在膠着状態にあった

 

「そっちが来ないなら……」

 

(けど、どうにかするしかない!たとえ、正面から戦って勝てない相手でも……今あいつを助けてやれるのは、俺だけなんだ!)

 

 未だ動けずにいるであろう茶々丸の身を案じ、ほんの一瞬クリリンは背後へと意識を向ける

 彼からすれば瞬き一回分にも満たない刹那的な動作、しかしザンギャは見逃さなかった

 

「……遠慮なく、私からいくわよ」

(し、しまった!速い!)

 

 初動を捉えられず、正面にいたザンギャの姿を見失うクリリン

 彼女の気配を感じたのはその直後、既に自身のすぐ真横にまで接近し蹴りを放つ直前だった

 そこからの四連撃を、まともに止められず食らってしまう

 

「くっ、がぁ!ぐ!ぐあぁっ!」

 

 気配を感じた瞬間咄嗟に出した右腕を蹴りで弾かれ、握られていた拳で頬を殴られ、腹へ膝蹴り、上から肘打ち

 最後の肘打ちは特に強烈で、一度地に叩きつけられたクリリンの身体が跳ね上がる

 

(まずい、やられ……)

「はい、おしまい」

 

 そしてとどめの五撃目、岩場まで蹴飛ばすべく横蹴りを見舞おうと膝を折ったその時だった

 

「!」

「茶々丸!」

 

 ザンギャの目の前を、一筋の光線が通り抜けた

 当たりそうだったところを咄嗟に仰け反って回避した結果なのだが、これによって五撃目は中断

 クリリンはザンギャの間合いから抜け出し、光線の飛んできた先を見やる

 

 僅かに上体を起こした茶々丸の瞳がほんのり灯り、消えていくのが見えた

 ぼろぼろの身体に鞭を打った、彼女の決死の援護射撃

 

(くっ、当たらず、です、か……)

「ふーん、まだ戦えるのね。だったら……」

 

 頭を狙うも外れてしまったことに、茶々丸は歯噛みする

 一方でザンギャは今しがたの行動を受け、関心を向け直す

 

「や、やめろ!」

「……あんたが先ね」

 

 一度はクリリンに向けられた矛先が、より鋭くして茶々丸へ戻ってきた

 クリリンが制止の言葉を放つが、勿論ザンギャは止まらない

 片脚を失い、その場から自力で移動出来ない茶々丸へ迫る

 

「くっ……」

 

 茶々丸に出来るのは、気休めながらも己の手による迎撃のみ

 もう一発光線を飛ばす猶予は無く、水平に前方へ伸ばした右腕を全力で射出した

 

「遅いのよ!」

 

 しかしザンギャはそれを、当たる前に右手で横から掴んでしまう

 更には残る左手で、茶々丸本体と繋がるコードを切り落とす

 蹴りが叩き込まれたのはその直後、茶々丸の上半身が宙を舞った

 

 

 

 

 そう、上半身だけが

 

 

 

 

「ちゃ、茶々丸ー!」

「あら、取れちゃった」

 

 クリリンが来る前の交戦で、既に右脇腹を損傷していた茶々丸

 元々は以前桃白白との戦いで出来たもので、簡易的な補修を施していたが難なく抉られていた

 そして今しがた右腕を射出したことでザンギャの攻撃から庇えず、その箇所に蹴りが直撃

 血の代わりにオイルと冷却液を吹き出しながら、腰から上だけになった茶々丸は地面に転がった

 

「……じゃあ今度こそ」

「うおおおおおおおっっ!」

「そっちの番ね」

 

 これでもう、戦うことはおろか碌に動くことも出来まい

 そう判断したザンギャは、改めて狙いの先をクリリンへ

 既に彼の方から、激昂した様子で向かってきていた

 

「食らえっ!」

 

 腰のすぐ横につけていた両手を前方へ突き出し、気功波を撃ち出す

 始めはまっすぐ進んでいたのが、途中でクリリンの腕の動きに合せて真上へと上がった

 準決勝で風障壁を張るネギに対して放った、あの攻撃である

 だが障壁に遮られギリギリまで気付かなかったネギの時と違い、今回は初動から見られている

 つまり奇襲性がなく、ザンギャの視線は切れること無く気功波を追っていく

 

(ふん、こんな大したことない攻げ……いや、違う)

 

 上から降り注ぐように襲ってくる攻撃、そんな技だろうとザンギャは予想した

 襲ってくる方向が分かれば怖くも何ともない、そんな余裕が笑みとして浮き出る

 しかしその直後、クリリンが気功波を撃つ際の様子を思い出し表情を戻した

 

 

 彼はこちらへ向かって、『走りながら』射出したのだ

 

 

 何故わざわざ接近しながら遠距離攻撃の気功波を放ったか、その理由をザンギャはすぐ思いつく

 

(こっちは囮ってことね?つまらない小細工を……)

 

 視線を上に移させ、その隙に直接攻撃を叩き込むため

 簡単に気付かれるような策を講じてきたことにザンギャは呆れ、なら迎え撃つまでと視線を元に戻す

 

 

 

 

 

「太陽拳!!」

「!!」

 

 視界に入ったクリリンの姿は、一瞬で消えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 忙しない様子が、足音から伝わってくる

 口からもやや乱れた息がこぼれ、余裕があまりない状況だとわかる

 速いピッチで駆け続けていたその男は、暫くしてからようやくそのペースを落とし始めた

 

「はぁっ、はぁっ、ここまでくれば大丈夫か。気を消して遠回りに移動すれば、多分ばれないだろ」

 

 火山エリアから脱出したクリリンは周囲の様子を確認し、足を止めて乱れる呼吸を整える

 

「ところで大丈夫か?死ぬ、は違うな……動きが完全に止まったりとかは、なったりしないよな?」

「は、い……最低限の機動、維持機、関は……腰より上、の胴体部に、集中して、いますから、よほど長時間で、なければ」

 

 そして腕の中にいる茶々丸に、無事とはほど遠い彼女の姿を見た上で状態を尋ねた

 

「ありがとう、ございます。ご自身だけで、なく、私のこ、とまで……」

 

 

 

 

 クリリンがあの時走りながら気功波を撃った、本当の理由

 まず気功波を上に撃ち上げた理由は、視線を一旦自分から離した上で戻させるため

 気功波に目を向かせ、その間に太陽拳の動作を見られることなく準備を完遂

 そして視線誘導が目的だと相手が気付き意識してクリリンの方を向けば、確実に太陽拳の光を当てられる

 後者は半ば賭けだったが、ザンギャの洞察力は見事『走って撃った』ことを気に留めてくれた

 

 

 

 

 そしてミスリードを誘ったとは別に、クリリンがザンギャの方へ走った理由

 

「いいっていいって。でもまあ、うまくいって良かったぜ」

「するとやはり、あれは……」

「賭け、の部分もあったかな。けどああでもしなきゃ、二人そろって逃げ出すのは難しかったかもだろ?」

 

 それは、茶々丸を助けた上でより確実にあの場から脱出するため

 あの時茶々丸はクリリンから見ると、ザンギャを挟んで反対側にいた

 つまり太陽拳の命中から茶々丸を回収しての脱出までには、単体で逃げるのと比べて少なからずタイムラグが発生する

 それを少しでも縮めようと、決死の覚悟で接近を図ったのだ

 

「とにかく、早いとこ地上に戻ろう。機械に強い知り合いがいるから、元通りに直してもらえるさ」

「ですが、私の構造は少々……」

「大丈夫だって、その人はなんたって前にも同じようなのを……っ!」

 

 クリリンはこの話題については、あまり自らの口では語らず早々に切り上げる

 その代わりに、ボロボロになってしまった茶々丸を励ますように、地上に戻りさえすれば大丈夫だと明るく振舞った

 しかし直後、言葉を止めて顔をしかめてしまう

 

「どう、されまし、たか?」

「あいつ、仲間がいたんだ……他の場所でも何人かが、戦ってる!」

 

 自身のことで手一杯だったためこれまで気付かずにいたが、一息つけたことで広範囲の気を感知する余裕が出来たクリリン

 よく知る悟飯やトランクスのものとは別に、彼らのすぐ近くで動く大きな気を複数捉えていた

 

「ここから一番近くにいるのは……トランクスか」

 

 相手の気の大きさは、先程交戦したザンギャに勝るとも劣らぬそれ

 彼女との力量差は、既に身をもって味わっている

 トランクスへの助太刀として自身に出来ることは少ないだろうし、何より一番にすべきことが目の前にある

 

「……ちょっと休みすぎたな、行こう」

「よろしいの、ですか?」

「ああ」

 

 茶々丸を抱えなおし、クリリンは再び駆け出した

 

(今俺が出来るのはこれが精いっぱいだ。悪いが悟飯、それにトランクス……任せたぜ!)

 

 




 次の話も書けてるので、近いうちに


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第65話 親玉登場 その名はボージャック

「くっ、このっ!」

 

 長剣が止まることなく振るわれ続け、空気を切り裂く音が鳴り続ける

 しかし切り裂けているのはあくまで空気のみ、狙いの先にいる人物に刃はまだ一度も触れていない

 

(これが、剣の間合いというやつか。段々とだが、掴めてきたぞ)

 

 トランクスは場所を花畑から湖上へと移し、剣を振るうこの男と交戦を続けていた

 彼自身が剣を振るわれた経験はこれまで殆どなく、強いて挙げたとしても地球に襲来したフリーザの父コルドの時くらい

 ただ避けた後攻撃を当てて倒せるならともかく、今いる敵は生半可な一撃で沈められる保障はない

 耐え切られてすかさず返しの一閃を貰ってしまうことを考えれば、迂闊に動くのは危険

 そのため始めはこうして、敵の攻撃を見切ることに全力を割いていた

 

(こっちも剣があれば、また違ったんだろうけどな)

 

 剣vs拳、初めての体験をトランクスは瞬時に経験として積み上げていく

 

(とにかく、この場を切り抜けて悟飯さん達と……)

 

 既に他の箇所でも戦闘が起きているのは、気の動きから把握済み

 となればトランクスとしては勝つのは勿論のこと、なおかつ援軍に向かえるだけの余力を残しておきたかった、それが彼の望む真の勝利

 ゆえに間合いを、太刀筋を、見極めんとする

 反撃を許さず、五体満足のまま悟飯らを助けに行けるように

 

「そらどうした!お前の方からもかかってこい!」

(まだだ、まだ攻め入るタイミングじゃない……)

 

 攻めの姿勢を見せずにいるトランクスに男は声を張り上げるが、トランクスは平静を保ち続ける

 剣の動きを注視し避けることに特化させれば、現状かわし続けることは難しくない

 このままもう少しトランクスに時間が与えられ、そして機が訪れれば、真の勝利は決して遠くはない

 

(こいつ……ただ逃げてるだけじゃないな)

 

 しかし、そう簡単にはいかず

 攻撃していく内にこの男、トランクスの狙いに気付き始めていた

 避ける以外何もしてこないことに不審さを覚えたのもそうだが、より確信に至らせた理由がもう一つ

 

(俺と、同じか。なら……)

 

 この男もまた、万全な状態での仲間との合流を考えていたからだ

 今目の前で繰り広げられる戦いだけでなく、その先をも見据えた動き

 自身と近いものがあると、感じ取った

 

「……はああああっ!」

「!」

 

 そして男は痺れを切らし、隠していた力を先に開放する

 生半可な覚悟で戦える相手ではないことを、トランクスと同じように認識したのだ

 一度下がって間合いを取り、一気に全身へ気を込めて膨らませる

 

(変身、だって!?こいつ、まだそんな力を……)

 

 変化は気の大きさだけでなく、容姿にも目に見えて現れていた

 緑に近い青な色合いだった肌は、青みが抜け黄緑色へ

 オレンジの髪も、深紅へ染まる

 両腕と背を包んでいた上の服も勢いで弾け飛び、より隆々とした胸板が露になっていた

 

「そぉらっ!」

「しまっ……」

 

 そこから繰り出してきたのは、トランクスの予想外の一撃

 腰ほどの高さからの、蹴りだった

 

「ぐあぁっ!」

 

 突き刺すように真っすぐ放たれたそれは、トランクスを捉えた

 これまで見てきた剣技とは、当然間合いも軌道もまるで違う

 太刀筋を見切ることを一番に動いていたトランクスは、反応が僅かに遅れてしまった

 

「俺が剣しか使えないとでも思ったか?」

 

 そう言うと、次は両手がトランクスへと伸ばされる

 剣を一旦鞘に納め、攻撃に怯んだトランクスの両腕をがっちりと掴む

 第二撃として顔面にヘッドバットを見舞い、そこから右腕を拘束したまま後ろを取った

 

「ぐっ、この、放……」

「おらあああああっっ!」

 

 背中に回され右腕が極まってしまったトランクスは、即座に背後を取り返せない

 そこへすかさず、トランクスの左腕を掴んでいた右手で後頭部を鷲掴み

 上空から一気に急降下を始めた

 花畑があった場所から湖を挟んだ反対側には、廃墟が幾つも立ち並ぶ市街地エリア

 その末端には石造りの橋が架かっており、急降下の先はそこ

 

 砕け散る橋、大きく上がる水飛沫、橋の破砕音の中に紛れるトランクスの叫び声

 短時間かつあの体勢からでは逆転も困難だったようで、抵抗も空しくトランクスは叩きつけられた

 

(これくらいじゃ、足りないよなぁ?)

「ぐあぁっ!ぐぐぅ、がああっ!」

 

 更にその後はトランクスを捕らえたまま、水面を滑るように移動して市街地エリアに突入

 トランクスを何棟も建物に叩きつけながら突き破って直進、念入りに痛めつける

 次の建物まで距離がある少し広めの所へ出ると、ようやくトランクスを解放

 ここまで来た勢いそのままに床へ投げ落とし、一度軽く跳ねたあとトランクスは男の目の前で背を向けたまま蹲る

 

(くそっ、油断し……まずい、来る!)

 

 起き上がろうとしたトランクスは、振り返るより先に背後の彼の行動を察知する

 より鋭くなった殺気、カチャリと金属の何かが触れる音

 

 そう、今のこの状況はまさに男の望んでいたそれ

 充分に痛めつけ体勢を崩させ背を向けさせ、先程までのようには避けさせない

 すかさず男は剣を抜く、変身によってパワーは増大

 

(くっ、間に合え!)

(死ねえっ!)

 

 男は剣を勢いよく、この一撃で決めんと振り下ろす

 トランクスは身を反転させ、右腕を伸ばす

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なん、だとぉっ!」

 

 トランクスの黄金の右腕が、攻撃を止めた

 刃に当たっている箇所は、斬られるどころか殆ど食い込んですらいない

 ぶつかる瞬間にした音も肉と金属のそれではなく、まるで金属と金属のそれ

 これを成したのはトランクスの強靭な肉体、そして今しがたから噴き上がっている金色の気

 

 敵に遅れを取る形になったが、トランクスもまた自身の隠していた力を解放

 超サイヤ人への変身でもって、迎え撃った

 

「うおおおおおおぉぉっ!」

 

 全力ではないと予測はしていたが、想像を遥かに超える気の増幅

 そしてなにより、己の剣を止められたこと

 男の動揺は目に見えて表れ、そこにつけ込んでトランクスは一気に攻め立てた

 

 両膝と左手を地につけた体勢から、全力で押し返しながら立ち上がろうとする

 左手は既に拳が握られており、あとは叩き込める期を待つのみ

 そうはさせるかと男はより一層力を込め、抑え込みを図る

 しかしその直後、男の顔面が爆ぜた

 

「こっ、のおおおおぉぉっ!ぐあぁっ!?」

(今だ!)

 

 トランクスが防御に使ったのはあくまで右『腕』、右手は空いていた

 気を込め、顔へ射出

 押し返してくるトランクス自身にしか目が行っていなかったのか、この奇襲は見事成功

 すぐ撃つことを優先したため威力はたかが知れているが、効果は絶大

 

 集中が切れ、刀身に注いでいた気が抜け出る

 それと同時にトランクスは、右腕へ更に気を注いで押し出す

 ただでさえ斬ることが叶わなかったところへ、この事態

 たちまち剣は悲鳴を上げ、刀身の真ん中から折れた

 

「ばか、なあああっ!」

 

 形勢は、完全に逆転した

 押さえ込んでいたものがなくなり、トランクスは一気に起立

 後は拳を叩き込み、一撃で仕留めるのみ

 弓を引き絞るかのように左腕を引き、突き出すための準備が整う

 そしてトランクスは、男へ拳を振るった

 

「でやああああ――――――」

 

 振るったが、届かなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「命拾いしたな、ゴクア」

 

 剣を折られた男、ゴクアは拳を振るわれるその刹那、死を覚悟していた

 しかし拳は食らわず、今こうして生きている

 

「た、助かりました!まさか、こんな近くにまでいらしてるとは……」

 

 その理由は、彼の前に立つ人物にあった

 ゴクアと同じ青い肌にオレンジの髪、髪の長さはザンギャと同じくらいに長い

 頭には黒いバンダナを巻き、前開きの青い袖付きマントという恰好

 眉間を跨いで斜めの傷が刻まれたその顔は厳つく、ゴクアより歳も経験も重ねていると感じさせる凄味があった

 

 気を抑え潜伏していたこの男は、トランクスが攻撃するその瞬間に戦いへ乱入

 横から気功波を浴びせ、続いて回し蹴りを側頭部に一撃

 第三者の介入を予想していなかったトランクスはこの二つをまともに食らい、昏倒した

 

「……どうやら、勘違いしてるようだな」

「え?」

 

 話し方からして、どうやらこの男はゴクアの上に立つ人物のようだ

 助けに入ってくれたこと、その結果命を失わずに済んだことにゴクアは歓喜

 しかし男は眉間に皺を寄せ、元々厳つい顔を険しくしながらゴクアを睨んだ

 

「お前まさか、自分が死ななかったのは『俺が近くにいたから』と思ってるんじゃないか?」

「そ、それはどういう……」

「確かに俺は、すぐ助けに入れるくらい近くにいた。だが、『敢えて助けに入らない』という選択肢もあった、ということだ」

「!」

「途中からだが、お前の戦いは見させてもらっていた。なんだ、あの体たらくは」

 

 あと一歩まで追い込んだのは良かったが、最後の最後に見せた詰めの甘さ

 敵のパワーアップに動揺し、斬れもしない剣でただ押し込むだけという愚行

 目眩ましの気功波も予想できず、まともに食らう

 やりようはまだあっただろうに、それが出来ずに死にかける

 

 『あの体たらく』としか言われなかったが、何を指しているかは言われずとも分かった

 ゴクアは顔を俯かせ、戦いでの悔しさを思い出し奥歯を噛む

 

「お前が殺され、奴が気を抜いて変身を解いた直後。この方がさっきより楽に仕留められたろうな」

「そ、そんな……」

 

 自身が忠誠を誓った目の前の男が、失望し見捨てようとしていた

 その事実を語られ、ゴクアの表情がより一層曇る

 

「で、では何故、こうして俺のことを……」

「事情が変わったのさ。どうやらこの地球は俺が思っていたより、敵の数が多そうでな」

 

 男は地上の方を一度向くと、再びゴクアへ視線を合わす

 口元は笑っていたが、目つきは怒りを残したそれ

 

「全員仕留めるのは流石に俺達でも骨が折れる、こちらの数も残しておくのに越したことはない」

(俺が生かされたのは、そんな理由で……)

「じきにブージン達も、敵を連れて戻ってくる。最後のチャンスだゴクア、お前にもう次は無い」

(最後の、チャンス……そう、だ。まだ、俺はやれる!)

 

 ゴクアは男の言葉にショックを受けるが、すぐさま己を鼓舞する

 こちらへ接近する複数の気、戦いの時は近い

 

「俺をこれ以上、失望させるなよ?」

「……はい!この身、そしてこの命、最後までボージャック様のために!」

 




 一つ前の話から始めた行詰め、これまでのと比べてどっちが読みやすいでしょうか?
 そういったのも感想で意見くださると嬉しいです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第66話 先制を決めろ!天より食らえ第一撃

「やはり、やはりボージャックじゃ!ボージャックも、手下の四人も、全員おる!」

 

 トランクスとゴクアが繰り広げた激闘

 それを悟空と界王はあの世から見届けており、当然結末も目にしていた

 不意を突いたとはいえ、たちまちトランクスを倒した五人目の登場

 彼の姿を見た界王はついに、閉じていた口を開いた

 

「界王様、やっぱり知ってるんだな!?」

「……う、うむ」

「教えてくれ界王様!あいつらは一体……」

「……ボージャック一味じゃ」

「ボージャック一味?」

 

 親玉であるボージャックの登場によって、疑念は確信に変わった

 悟空に事の詳細を求められ、やむなく界王は語りだす

 

「はるか昔四つの銀河を渡り歩き、あちこちの星を荒らしまくった悪者じゃよ」

「ピッコロ大魔王みてーなやつか?」

 

 悟空は自分が幼き頃の最大の敵、ピッコロ大魔王を思い浮かべる

 人も命を何とも思わず、次々と容赦なく殺していった彼のことは今でも強く記憶に残っていた

 

「ピッコロ大魔王より悪の気がずーっと強い、正に悪の化身じゃよ。そのため以前、東西南北四人の界王で何とか封印したんじゃが……ああっ!」

 

 ここで界王は、漸く気付いた

 長い間封印されていた彼らが出てきた、その切っ掛けが

 

「そうか……だとしたら奴らが出てきても何ら不思議は……」

「ど、どういうことだ!?界王様」

「……悟空、お前がいけないんじゃぞ、セルとの戦いで界王星をメチャクチャにしよってからに。ワシが死んでしまったことで封印の力が弱まり、あいつらに自力で解かれてしまったんじゃろう……」

「え!?そ、そうだったのか……」

 

 話を聞き、悟空は表情を苦くする

 今の事態を招いてしまったのが、自身のしたあの時の行動

 しかも、自らの手によってけじめをつけることすら出来ないのだ

 

「すまねえ界王様……でもあの時は本当に……」

「……わかっとる」

 

 セルが命を賭して行った自爆は、地球を丸ごと消してしまうほどの威力だった

 悟空が決死の瞬間移動をしなければ、今の地球は無かった

 

「しかし、まさか地球に目をつけてくるとは……」

「……でも界王様、地球には悟飯がいる!」

 

 父である自分の強さを超え、一年前地球を守ってくれた悟飯

 悟飯ならきっと、今回も守ってくれる

 悟空はそう信じるしかなかった

 いや、『信じるしかない』ではない

 絶対に守れる、そう心から信じていた

 

「そ、そうじゃな……おぬしが認めた、あの悟飯なら……」

「ああ、ぜってえ大丈夫だ!」

 

 悟空と同じく、悟飯の強さは重々分かっているはずの界王

 だが、それでも一抹の不安は取り除けないでいた

 

(な、なんじゃこの感じは……嫌な予感がする……)

 

 それを口にはせず、黙って再びテレビへと視線を移す

 ボージャックのもとに手下達が、次々と集い始めていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだザンギャ、お前は手ぶらか?」

「……うるさいわね」

 

 手下達の中では一番の巨漢、ビドーが抱えていた楓を放り投げた

 既に地に伏せていたトランクスの上に、同じくうつ伏せで重なる

 その様子を恨めし気に見つめるザンギャを、ビドーは横目で見ながらからかった

 

 クリリン達に逃げられ、暫くは周囲を探したザンギャだったが結局見つからず

 他の面々がボージャックのもとへ向かい始めたのを気の動きから察すると、やむを得ずつ捜索を断念

 結果、ビドーと違って目に見える成果を持ち帰ることが出来なかったのだ

 

(やっぱり、ここにもいなかったわね。次見つけたら、あいつは必ず……)

 

 逃げてる最中に他の仲間に捕まり、ここへ運ばれてくる可能性にも僅かながら期待していたが、叶わず

 自身より力が大きく劣りながらも策を講じて逃げおおせたクリリンに、ザンギャは苛立ちを覚えていた

 

「ブージンは逃げながらこっちへ獲物を連れてくるようだし、まともに仕留めたのは俺とゴクアの二人だけ……久々とはいえ、ちょっと気が抜けてるんじゃないか?」

「……」

 

 ゴクアが殺されかけ、ボージャックが助けに入ったことをビドーとザンギャの二人は知らない

 ボージャックが自らの口から語ろうとせず、ゴクアも言い出すことが出来ない

 本来向けてるつもりのないビドーの言葉が否が応でも刺さり、悔しさから眉間に皺が寄った

 

「おい、お喋りはそれくらいにしろ。来るぞ」

 

 そこへ、ボージャックが腕を組んだまま一言

 このままビドーの自慢話、あるいはザンギャを巻き込んでの口喧嘩に発展しそうだったところを、ぴしゃりと止めてみせる

 ボージャックが向けた視線の先に、三人ともが追従

 

 接近する二つの気、一つはよく知るブージンの気

 そしてもう一つ、彼らが戦う相手の気

 隣のエリアとを仕切っていた、かりそめの空がぶち破られる

 

「ボージャック様!」

「待ってたぞブージン」

「待て!逃が……っ!」

 

 追われる者ブージン、すぐボージャックを見つけその名を叫ぶ

 追う者孫悟飯、目の前の集団を目にしブージンが逃げ回っていた目的を知る

 

「小僧、地球は良い星だな」

 

 ブージンは他の手下三人と同じように、ボージャックの傍まで移動

 悟飯の追随の手は、多対一の現状を受けひとまず止まる

 場が落ち着いたところを見計らい、ボージャックが悟飯へと話し掛けた

 

「(凄い戦闘力だ……あ!)ト、トランクスさん!楓さん!」

 

 目の前の五人の中で、特にボージャックは別格

 それを肌で感じ取った悟飯は警戒を強めるが、直後彼らの少し前方にいる二人に気付いた

 

「一人は取り逃がしたが、見ての通り俺達の手で二人はこのザマだ。残るはお前だけだぜ」

「お、お前達は一体……」

 

 楓を仕留めたビドーが、倒れる二人を指差す

 二人に手をかけたのが目の前の集団、分かってはいたがこうして口に出されると少なからず悟飯の焦りは増す

 思わず漏れた言葉に、ボージャック自らが一番手を務め答えた

 

「俺達は銀河を渡り歩き、次々と星を奪っていった銀河戦士」

「そしてこの方こそが我らの主、ボージャック様だ」

 

 ボージャックの次はゴクアが言葉を述べる

 

「ボージャック様は銀河で敵無し」

「最も美しい北の銀河、そのなかでも最高級の地球に目を付けられたというわけさ」

 

 ビドーとザンギャがそれに続いた

 

「そんなこと、させるもんか!」

 

 一年前に続いて再び訪れた地球の危機に、悟飯は吼えた

 両拳が強く握られ、噴き出しこそしないがその身の中で気を滾らせる

 

「へっ、俺達五人相手に一人でやろうってのか?」

「随分と、嘗められたものね」

 

 しかしビドーの言う通り、現状は五対一

 悟飯は五人の実力をよくは知らないが、少なくともトランクスが倒されているという事実

 厳しい状況であることは、目に見えて明らかであった

 

(くっ、あいつらの言うとおりだ。どうすれば……)

 

 何か、打開策はないか

 そう思い悟飯が必死に頭を回す、そんな時

 

 

 

 

 

「「悟飯ーーー!!」」

「悟飯君ーーー!!」

 

「え!?」

 突如、三人は空からやってきた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コタロー君!ネギ君!それにヤムチャさんも!」

「助太刀に来たで、悟飯」

「あいつらが、茶々丸さん達をあんな酷い目に……」

「っ!あそこにいるのは、トランクス達か!」

 

 三人は悟飯の前に降り立ち、ボージャック達と対峙する

 コタローは後ろの悟飯と言葉を交わしはするが、視線は切らさない

 地上で茶々丸の惨状を見たネギは、怒りからか三人の中で一番険しい表情

 ヤムチャはボージャック一味とは別に、トランクスが倒れているのにいち早く気付く

 

 ボージャック達はおろか、彼らの気をよく知る悟飯までも直前まで接近に気付かなかった

 その理由は、三人がここまで来た移動手段にあった

 悟飯達が地下へ向かう際に乗ったマシン、それと同じものに乗ってやって来たのだ

 地上からここまでの移動に舞空術を使わず、気を抑えることで感知されずに済んだ、というわけ

 

「あの位置は、ちょっとまずいか……」

「ヤムチャさん?」

「いや、こっちの話だ。とにかく悟飯、俺達も戦わせてもらうぜ」

 

「おい聞いたかお前ら、あいつら俺達とやり合うつもりみたいだぞ?」

「身の程を知らない奴らめ……」

(一番ましなあの男で、精々あいつくらいか……)

 

 数の上で不利だった状況からの、三人の登場

 しかしビドー達は彼ら三人を、自分らの優勢を脅かす存在とはまるで見ていなかった

 ブージンは嘲笑し、ザンギャは直前に交戦したクリリンと比較し大まかに戦力を推測する

 

 残るゴクアはつい先程のことがあったため、他の三人ほど嘗め切った様子ではなかった

 それでも、自身よりかなり実力が劣るという認識は共通

 

(しかし、たったの三人か。地上にはもう少し頭数が揃ってた筈だが……)

 

 そして彼らを束ねるボージャックは、強さとは別のことを気にかけていた

 ここへ馳せ参じた人数が、僅か三人しかいないことである

 

 ゴクアとトランクスが戦っていた時点で、既にボージャックは悟飯側の頭数を地上にいる者も含めて意識していた

 つまりやって来るタイミングはともかく、加勢に来ること自体は織り込み済み

 だからこそ、その加勢に来た人数がやけに少ないのに違和感を感じていた

 

(辺りに気配は感じない。となれば残りの奴らは恐れをなしたか、あるいは戦況を上で見ながら随時送り込む気か?どっちにせよ俺達が困ることはないが、もし後者だとしたら随分悠長な……)

 

 考えられる可能性を二つ挙げたが、どちらも問題無しと判断する

 特に後者の場合は言うなれば駒の出し渋りであり、今回の場合では愚策と言えよう

 

「ボージャック様、ここは俺達四人にお任せを」

「ほう、言うじゃないかビドー」

「ええ、敵は四人とはいえその内三人は雑魚。貴方の手を煩わせずとも、充分です……おっと」

 

 ビドーが一歩前に出ると、三人もそれに続く

 すると倒れていたトランクスと楓がつま先に当たり、気付いたビドーは右足を振るった

 

「か、楓さん!」

「来いよ雑魚ども、この二人と同じ目に遭わせてやる」

 

 蹴った、というよりは足の甲に乗せた二人を振り上げた勢いで飛ばした、という感じ

 意識を失ったままの楓とトランクスは宙を舞い、悟飯達の前で再び倒れ伏した

 

「……しめたっ」

「え?」 

「おいお前ら!俺達を……舐めるなよ!」

「「はああああああっっ!」」

 

 するとボージャック一味には聞こえない大きさで小さく言葉を漏らした後、ヤムチャが動いた

 今度はよく聞こえる大声で向こうへ叫び、全身から気を開放させる

 ネギとコタローも続き、それぞれ魔力と気を高める

 

「へっ、やっぱりそんなもんかよ」

「私達の中の一人だけで三人とも相手にしても、あれなら充分かもしれないわね」

 

 それでも、ビドー達四人は動じない

 戦闘態勢になったヤムチャ達に最低限の注意こそ払っているが、難なく倒せるという自信は変わっていなかった

 そんな四人が顔色を変えたのは、この直後

 

「むっ!」

「これ、は……」

 

 四人の立つ足場の中心が、突如として爆ぜたのだ

 地中から地上へガスが吹き上がるかのように、地が割れ大きな音があがる

 そこに足元が一番近かったブージンは咄嗟に足を引っ込め、ゴクアは剣の柄に手をかけて空いた穴を覗き見る

 空いた穴を中心に、地面は爆発後もゴゴゴと脈動を続けていた

 

「あいつら、他にも仲間を……」

 

 一歩下がった位置にいたボージャックは、部下四人と敵四人の動向を同時に見ることが出来た

 部下四人は地面に目をやりつつも、悟飯達の方にも度々視線を向ける

 一方でヤムチャ三人は行動を変えず、悟飯は何が何やらとその場で狼狽えている様子

 

 あの四人の誰かが爆発を引き起こしたとは考えづらく、先程とは別の新たな可能性をボージャックは思いつく

 それは、『ヤムチャ達三人とは別に、近くに他の仲間が潜んでいた』というもの

 

(地面に潜って直接、は流石に無いな。おそらくブージンのように、念動力が扱える使い手……随分と上手く、気配を消してやがったな)

 

 自身の探知能力を潜り抜けたと思しき相手に、多少ながら感心してみせる

 

(だが、あの威力じゃ精々陽動止まり。雑魚が一人増えたくらいじゃ……)

 

 とはいえ大勢は変わらず、というのがボージャックの考えだった

 あの爆発が当たってたとしても、自身の部下であれば殆どダメージにもならない

 ああして初見相手の気を引くのが精いっぱい、部下一人の足止めすらろくに出来ないだろう

 

「おい、いい加減にしろ。いつまでやってやがる、とっとと始末し……っ!?」

 

 『感知出来なかった敵から攻撃された』が先行し動揺する四人を見かねたボージャックは、ついに叱責の言葉を漏らす

 あの程度なら、いたところで問題ではないだろ

 そんな意を込め、いい加減にしろとボージャックは言った

 

 そう、あの爆発程度なら問題ではない

 

(馬鹿、な!)

 

 精々陽動程度とボージャックが評したように、実際あれは陽動だった

 ただし、ヤムチャ達三人の攻撃を当てるための陽動ではない

 

(何故あれを、今の今まで俺は……)

 

 隠れていたヤムチャ達の仲間は、一人だけではなかった

 突如として現れた気配を、手下四人に先立ってボージャックがいち早く感じ取った

 

 視線を向けた先は、上空

 地面からの攻撃と、地上で戦闘態勢のヤムチャ達に注意を向けた手下達にとって、意識の外にある位置

 

 準備は、既に整っていた

 もう攻撃で撃ち落とそうにも間に合わない、それをすぐ察したボージャックは叫んだ

 

「お前ら散れーーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

「新気功砲!!はああああああああっ!!!」

 

 その叫びを掻き消すかのように、攻撃がボージャック一味へと降り注いだ

 天津飯が命を賭して放った、新気功砲が

 




近日中にもう1話投稿します


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第67話 決死の大作戦 放て新気功砲

「見ぃやネギ!ヤムチャさんや!」

「ほんとだ、それにアスナさんや天津飯さん……古老師まで!?」

「急ぎましょう、ネギ先生」

 

 時間は少し前に遡る、場所は地上

 コタローとネギと刹那、客席で一緒にいた三人が揃って一斉に駆け下りていた

 そして、その先で既に集結していた仲間達を発見する

 

「おお!ネギ坊主!」

「刹那さん!」

「コタロー、お前達も来たのか……」

「……これで、概ね全員か」

 

 古、アスナ、ヤムチャ、天津飯

 四人もネギ達三人の接近に気付き、視線を向ける

 

「やっぱりヤムチャさん達も、俺らと同じやんな」

「ああ、あんなの見せられちゃ、いてもたっても……って、天津飯、これで全員ってことはないだろ!?」

 

 自分達の目的が同じであることをコタローと示し合わせるヤムチャ

 続いて天津飯の先程の言葉を掘り返し、違うだろと突っ込む

 

「あ、ほんとだピッコロさん!」

 

 ヤムチャが皆まで言うより前に気付いたネギが声をあげる

 悟飯とトランクスが地下にいる以上、ピッコロが現時点で一番の戦力なのは疑いようがない

 しかしこの場に、彼の姿はなかった

 

「そう、ピッコロさ!悟飯の危機だってのに、あいつ一体何処に……」

「ピッコロ、会場の外へ飛んでいくの見た」

「ちゃ、餃子!お前まで来てたのか!」

 

 そこへもう一人、新たに姿を現す

 それは、ピッコロではなく餃子

 餃子は最後に見たピッコロの行動を話すと、飛んで行った方向を指差した

 

「あっち、神殿の方向」

「デンデの所か?なんでこんな時に」

「準決勝でトランクスから受けた傷、あれを治しに行ったんだろうな」

 

 あのピッコロのことだ、無駄な行動を取っているわけではないだろう

 そう考えた天津飯は、ごく自然に彼の目的を導き出せた

 

「え、傷を治す?それなら俺やコタローの時みたいに、木乃香の魔法を使えば……」

「デンデさんの方が、確実に完治出来ると考えたんでしょう。元々ピッコロさんはお嬢様の魔力の消耗を懸念されてましたし、地上から連れて帰った怪我人のために魔力を温存させたかったのかもしれません」

 

 それほど、トランクスとの戦いで受けた傷は深く

 また、万全でなくては倒せない敵で

 そして、決して少ない傷では終われない戦い、ということか

 

「せやったらどないするんや?ピッコロさんが戻って来るまで待つつもりなんか?」

「いや、確かにピッコロは戦力としては欠かせんが、事態は急を要する」

 

 じきに戻っては来るだろうが、今の天津飯達には時間がなかった

 トランクスも敵の親玉らしき男に倒され、地下で戦えるのは悟飯一人

 敵が集結し一斉に襲い掛かってしまえば、いかに悟飯といえど勝ちの目は薄い

 

「先に俺とヤムチャの二人だけで、悟飯の援護に向かおうと思う」

「ピッコロ抜き、しょうがないか……」

「お前達はここに残るんだ、今回の戦いは危険すぎる」

「だな。ピッコロと……あとクリリンか、戻ってきたら二人にこのことを伝えてくれ」

 

 そのため天津飯は、ピッコロを待たずして地下への突入を決意していた

 名指しで同行を決められたヤムチャは不安を露にするが、もとより覚悟あってここまで来た身

 すぐに表情を引き締め、天津飯共々コタロー達に指示を出す

 

「特にピッコロは戦いの要になる、少しでも早く情報を共有させときたいしな」

「でしたら、私が今からピッコロさんの所へ向かって知らせましょう。貴方がたを除けば、私が一番早く飛んで移動出来ます」

「分かった、頼むぜ」

 

 刹那が自ら名乗り出て、翼をその場で広げた

 神殿の位置は知っており、木乃香の治癒魔法のお陰でピッコロ戦のダメージはもう無い

 気を全開にし、刹那はバトルアイランド2から飛び立った

 

(『お前達は残れ』ですか……)

 

 刹那の表情が険しくなったのは、他の皆は見えず

 

 

「よし、なら行くぞヤムチャ」

「ああ、天し……」

 

 刹那が神殿の方へ飛んで行ったのを見届けると、天津飯はヤムチャと示し合わせて地下へ続くトンネルを見やる

 そこは死戦場への入り口、歴戦を経た戦士二人が突入しようとする

 

 しかしそれを、この男が遮り食らいついた

 

「ちょい待てや、つまり俺らは着いてくんなってことか?」

 

 コタローだ

 二人の方へ一歩踏み出すと、長身の二人を下から睨み上げた

 

「そうだ。さっきも言ったが、今回の戦いは危険すぎる。はっきり言って……」

「っざけんな!!」

 

 天津飯はそれに動じることなく、淡々とコタローの問いに答える

 本当はヤムチャと合流し次第すぐに向かっても良かったが、そうすると全員が後を追ってくる可能性があった

 そのため天津飯は、ある程度の戦闘力を有する面々が全員揃うのを待っていたのだ

 

 始めから予想のついていた答え、皆まで言われずとももう分かりコタローは激高した

 

「楓姉ちゃんが、殺されかけとんのやぞ!?それに悟飯も、このままじゃ殺されてまう!」

 

 天津飯がコタロー達を置いていこうとした理由

 悔しかったが、コタロー自らがそれを口にする

 

「それを……俺らが弱いからて、黙ってここで見てろ言うんか!?」

「……死ぬかもしれんのだぞ」

「分かっとるわ、だから言うとるんやろ。ダチだけそんな所居て俺は安全な場所、気が済まへんでそんなん!」

「僕からも、お願いします!」

 

 コタローに続いてネギも、一歩前に進み出た

 教え子の茶々丸と楓が、親友の悟飯が、親交を深めたトランクスと拳を交えたクリリンが

 皆が危険に陥り、ネギもまたコタローと同じく我慢ならなかった

 だからこそ客席を飛び出し、ここまで来たのだ

 

「確かに僕やコタロー君の力は、お二人に比べればまだまだです。けど僕達でも、何か出来ることがある筈です!お願いします!」

「わ、私も!」

「私もアル!」

「俺ら全員同じ気持ちや!なんなら二人が反対して置いてっても、俺らだけで勝手に行ったるで!」

「…………」

 

 そこへ更に、アスナと古も加わる

 四人は、退かず

 

 時間はあまりない

 僅かな逡巡を経て、天津飯は決断した

 

「…………分かった、百歩譲ってお前達二人の同行は許そう」

「「!」」

「過程はどうあれ、二人はヤムチャやクリリンと戦えていた。最低限の実力はあると認めよう……だがアスナと古、お前達はやはり行かせられん」

「「!」」

 

 その決断の内容は、ネギとコタローの二人に限り連れて行くという譲歩

 普段から修行相手としてその実力をよく知るアスナ、そして彼女に近い戦力と思しき古はやはり連れていけないという考え

 

「ちょっと天津飯さん!それってどういう……」

 

 コタローに代わり今度は古とアスナが声を大きくして迫ろうとするが、それをヤムチャが間に入って宥めた

 

「まあ待てって二人とも」

「けど、私だて楓達を助けに行きたいアル!」

「その気持ちは勿論解るさ、けどそれ以外にも楓や悟飯の助けになることはあるだろ?」

「え?」

 

 ヤムチャは古と正面から向かい合い、両手を肩に乗せる

 

「さっきも言ったじゃないか、ピッコロにこのことを伝えてくれって。これだって立派な役目だ」

「むむ、それは……」

「それにクリリンは逃げおおせたとはいえ、敵の攻撃を食らってまいってるかもしれん。地上へ戻ってきた時にお前が迎えて介抱してやれば、これもクリリンにとって助けになる」

「……わかた、アル」

 

「ヤムチャの言った通りだ。アスナも、異論は無いな?」

「……はい、けど天津飯さん」

「なぁに、そう易々と殺されるつもりはないさ」

「天さん、二人が行くなら僕だって!」

 

 古はヤムチャに、そしてアスナは天津飯に言って聞かせられ、この場に留まるのをどうにか納得する

 そしてネギとコタローの同行を受けて餃子も名乗りを上げ、これで地下へ行く面子が決まった

 

 

 

 

 

「ラス・テル マ・スキル マギステル……これで、少しは敵の感知を躱せる筈です」

「認識阻害、ねえ。これも、ハルナやのどかが言ってた魔法ってやつか」

「はい、ただ……」

 

 そして出発に先立ち、ネギが自分を含めて五人に魔法をかけた

 アスナや木乃香が準決勝を空中で観戦した際にも用いた、認識阻害魔法

 悟飯の助太刀に行くとすれば、やはり向かう最中で敵に悟られることは避けたい

 そのためこれでこっそりと接近を……と考えたのだが、術者ネギの表情には不安が残っていた

 

「ここから舞空術で飛んで向かうとなると、この魔法だけでどこまで隠しきれるか……」

 

 敵はあの実力からして、気を遠くから感じ取る能力にも秀でている可能性が高い

 となると今から気を開放して全速力で地下まで移動した場合、認識阻害を突破して感付いてしまうのではないか、それがどうしても気になっていた

 

「けど、気を抑えてトロトロ向かってる余裕は無いぜ?」

「せやな。見つかったらそれまで、正面からガツンとぶつかればええ話や!」

 

 しかしヤムチャの言う通り、余裕は無い

 コタローも、元より奇襲紛いの真似をする気は無いとみえる

 

「バレても、行くしかない」

「ああ。だが誰かを担いで移動すれば、向かってくる人数くらいの誤魔化しくらいはどうにか……」

(しょうが、ないか……)

 

 少しでも力になりたい、その気持ちの一端として使った魔法だったがやむなしか

 思ってた以上は役立ちそうになく、項垂れるネギ

 

”おい、聞こえてるか?” 

「!?」

 

 そこへ、少女の声が飛び込んできた

 

 

 

 

 

”千雨さん、ですか!?”

「ああ、そうだよ」

 

 仮契約(パクティオー)カードを片手に、長谷川千雨がネギへと念話を送る

 この行動自体は準決勝前にも見られたが、あの時と大きな違いがあった

 

「さっきから様子は見てたんだが、なんか使ったか?姿がやけに見にくくなってんだが……」

”はい、敵に気付かれにくくするために認識阻害の魔法を……”

 

 1つは、千雨の方から一方的にネギを視認していること

 現在千雨の居る場所は、会場上部に設けられたVIPゲスト専用席

 ガラス越しにネギ達が集まっている様子を見下ろしていた

 

「成程な、まあその認識なんたら魔法はもういいや。で、今からあのトンネル通って地下に行くつもりなんだよな?」

”そうです、悟飯君や楓さんを助けに……”

「あのトンネル、どこへどうやって通じてんのか知ってんのか?」

”え!?”

「やっぱり。そんなことだろうと思って……」

〔ちうたまー、準備出来ましたー〕

「……手、回しといたぞ」

 

 そしてもう1つは自身のアーティファクト、力の王笏(スケプトルム・ウィルトゥアーレ)を展開していること

 ギョーザン・マネー氏を含めたゲストの面々は別の場所へ避難しており、今いるのは千雨一人

 ステッキを片手に傍らには電子精霊が一体、という状態だった

 

(流石にあいつのあんな姿見せられて、何もせずにいられるかっての)

 

 

 

 

 

”そう、そこのマシンだ。二台あるだろ?それ使え”

「これに乗れば、悟飯君達の所へ?」

”ああ、設定はもう済んでる”

 

 悟飯達が乗り込んだマシン、それと全く同じものが目の前に二台

 元々は敵の討伐にミスターサタンを向かわせようと、運営側が急いで準備したもの

 しかしサタンが体調不良を訴え出発しておらず、それを見かねた千雨が密かに電子精霊を派遣

 既に自らの管理下に納め、指示一つで地下の何処へでも飛ばせるようになっていた

 

「確かにこれなら、気を抑えたまま悟飯の所へ移動出来るな」

「それにこれ、結構速い」

 

 念話のため千雨の声は他の仲間達の耳には入らず、一通りの事情はネギの口を介して説明されている

 それを聞きヤムチャはこれは名案だと唸り、餃子は決勝開始直後に見た急発進を思い出していた

 

”乗り込んでハッチ閉めたの確認したら、すぐ発進させてやるよ”

「お願いします、千雨さん」

 

 マシンの周辺にはスタッフが数人控えているが、認識阻害魔法によってネギ達には気付けていない

 これなら揉めることなくさっさと乗り込み、出発出来る

 

「けどこれ一人乗りみたいなんやが、どないする?俺ら五人やで」

「やむを得んが、乗れない者は外からマシンにしがみつくしかないな」

 

 コタローが提示した搭乗人数の問題は、天津飯の案で一応は解決

 ネギとコタローが乗り込み、天津飯達三人が外からしがみつくことに決定

 

”じゃあ、頼むぜネギ先生”

「はい!」

 

 かくして、地下への増援部隊は出撃していた

 

 

 

 

 そして地下への移動中に天津飯が思いついたのが、自身と餃子が先にマシンから離れ別働隊となっての奇襲攻撃

 天津飯の命を懸けた作戦、無論四人は当初素直に首を縦に振らず

 しかし天津飯は退かず、これが一番の方法だという主張をついには通しきった

 

 かくして、ネギの認識阻害魔法の効果により攻撃直前まで気配を隠すことに成功

 それに加え表立って敵に姿を晒すヤムチャ達の協力も少なからず借り、結果はご存知の通りである

 

 

 

 

 

「はっ!!!はっ!!!」

 

 時は戻り、場所も地下のバトルゾーンへと移る

 上空で天津飯は、絶え間なく新気功砲を放ち続けていた

 

「ぐっ!このぉっ!」

「小癪、な……」

「ぬおおおおっ!」

「くぅっっ……」

 

 今回押さえ込まなければならぬ相手は、一年前のセル一人と違い銀河戦士四人

 負担は段違い、しかし彼はやり遂げねばならない

 

(俺達がこいつら全員を食い止めようと思ったら正面からは無理だ、こうするしかない!)

 

「悟飯、見ての通りだ!あいつら四人は天津飯と俺達が引き受ける!」

「トランクスさんと楓さんも、任せてください!」

 

 トランクスを抱えながら、ヤムチャが悟飯へと叫ぶ

 同じく楓も、ネギが抱え上げている

 敵のすぐ近くに二人が倒れていた時は気功砲の余波を食らわないかと焦ったヤムチャだったが、敵がわざわざ蹴り飛ばして離してくれたのは幸運というほかなかった

 

「せやからお前は、敵の親玉ぶっ倒してこい!」

「親玉……そうか、あいつは天津飯さんの攻撃を!」

 

「な、舐めた真似しやがって……」

 

 そして、悟飯は今自分が戦うべき相手を捉える

 手下四人に先んじて攻撃の気配を感じ取り、なおかつ四人から離れた場所にいたことで攻撃を免れたボージャック

 四人を飲み込み今も押さえ込む新気功砲、その使い手天津飯を見上げ眉をひそめていた

 

 餃子の陽動の時に見せたような感心はなく、それを通り越して苛立ちが露骨に表に現れていた

 

 その結果彼を撃ち落とさんと右手に集められていく気の光

 悟飯はそれを、すんでのところで阻む

 

「魔閃光ーーー!!」

「っ!」

 

 ボージャックはそれを、真横からまともに浴びた

 ゴクアへ攻撃するトランクスを止めたあの時に近い光景で、ボージャックは直前まで気付かず

 右手に集めた気は飛散、視線も天津飯から悟飯の方へと移る

 

 直後、両者の拳が交錯した

 

(天津飯さんの足止めもずっともつわけじゃない……一気に決めてやる!)

 

 




 また書き溜めたのち、来月を目安に順次投稿します。
 それまでは感想の返信やら嘘予告の投稿などを出来たら、と思います。感想お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第68話 援護だヤムチャ! 躍れ、特大の繰気弾 

67話のサブタイの誤字(×真→〇新)を一月にわたって放置、お恥ずかしい


「な、何?何なのよこれ……」

「アスナさん!古菲さん!」

「おお!ユエ、来たアルか!」

 

 大地が、震えていた

 原因が何か、それは地下の様子を映し出すモニターによって分かっている

 しかしアスナは、ひどく動揺していた

 天津飯は言った、『そう易々と殺されるつもりはない』と

 その答えが、これだというのか

 

 すると、古菲と共に地上に残った彼女達のもとに、夕映が姿を見せる

 

「集まった皆さんが二手に分かれたようでしたので、事情を伺おうと思いまして……アスナさん?」

 

 自身が戦いに赴ける戦力でないという自覚があってか、初めの集合の時には向かわなかった夕映

 しかし地上にアスナ達が残ったこともあり、あの場で何が話し合われたか聞こうとやって来たのだ

 

「天津飯さん、私との修行ではあんな技一回も……」

「……あれは楓さんとの試合でも見せなかった、天津飯さんの一番の技ですからね」

「っ!夕映ちゃん、あれを知ってるの!?」

 

 そして肝心の目的を差し置いて、アスナに迫られる

 自分は知らず夕映は知っている、天津飯に限って言えばアスナは我慢ならなかった

 

「私もアックマンさんや占いババさんからの又聞きなので、どこまで正確かはわかりませんが……あの技は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!!!はっ!!!はっ!!!」

 

 新気功砲は、文字通り命を削る攻撃だ

 だからこそ、実力からして分不相応な自分でも彼らを止めることが出来る

 五人掛かりでは悟飯と言えど、数の力で窮地に追い込まれることは想像に難くない

 誰かが、買って出なければならなかった

 そして天津飯は、迷うことなくその役目を請け負った

 

「天さん!」

(餃子か、さっきはよくやったぞ……)

 

 上空で撃ち続ける天津飯に近付く、一人の男

 天津飯の新気功砲へ繋ぐ陽動という大役を果たした餃子が、攻撃の邪魔にならぬよう背後からゆっくりとやって来た

 超能力によるテレパシーを送りながら、天津飯の背中に手を当てる

 

(天さん、僕の気を少しでも足しに……)

(いや、気遣いはいらん。この後撤退する時に備えて、温存しておくんだ)

 

 ゆっくりと気が流れ込むのを感じたが、天津飯はテレパシーを送り返しそれを止めさせる

 気功砲一発に用いられるエネルギーは、クリリンやヤムチャが放つかめはめ波一発の比ではない

 天津飯より力の劣る餃子の全エネルギーが与えられたとして、それが果たして気功砲何発分になろうか

 それよりも有意義な使い道がある、それに使うんだと、天津飯は餃子を諭した

 

「はっ!!!はっ!!!」

(天さん……分かった。けど、せめて天さんの傍にいさせて。天さんが力を使い果たした時は、僕が天さんを抱えて逃げる!)

(ああ、頼んだ。それに例え気を貰わずとも、お前が傍にいてくれるだけで俺の力になる!)

 

 未来の我が身を餃子に託す一方、三つ目は全て眼下の銀河戦士達を捉え続けていた

 一人でも取り逃がしてしまえば、作戦は破綻する

 一年前のあの時以上に、一発一発に神経を集中

 両手の五指で形作った菱形に気を瞬時に込め、その中に収まる敵四人目掛けて新気功砲を途切れることなく放った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、二人とも大したダメージは無さそうだな。じき、目を覚ますだろう」

「良かった……」

「しっかし、四人まとめて引き受ける言うてたからどんな攻撃するんかと思ったら……なんちゅう威力や」

 

 その様子を、ヤムチャ達三人は初めいた場所から少し離れつつ見ていた

 離れたのは新気功砲の余波を食らわないようにしているからで、舞空術で浮上もして広範囲を見渡している

 並行してトランクスと楓の容態も診て、大事には至っていないと判断する

 

「けど気の消耗が、普通の気功波を撃つのと比べて尋常じゃないよ。あれだと何発撃てるか……」

「だからこそ、俺達があいつを目いっぱい援護してやらなきゃいけな……っ!」

 

 コタローは威力、ネギは気の消耗にそれぞれ驚愕していたが、それに時間を奪われている場合ではない

 三人の中で一番に注視していたヤムチャが、何かに気付いたようだ

 抱えていたトランクスを、コタローに託す

 

「コタロー、トランクスを頼む」

「え?どないしたんや、ヤムチャさん」

「天津飯の新気功砲から、抜け出しそうな奴がいる」

「「え!?」」

 

 考えれば、無理もない話だ

 新気功砲による押さえ込みは、その場で完全に動きを止められるわけではない

 一発一発の間に僅かだが動くことは出来、しかもそれが四人

 相手が一人なら次発の狙いを移動先に合わせれば済むが、全員がバラバラに動けばそうはいかない

 

「ほ、ほんとや!アカンてこれは!」

「そのために俺達がいるのさ、外から攻撃して奴らを天津飯の攻撃範囲内に戻す!」

 

 両手が空いたヤムチャは、左手で反対の手首を握りながら右手に気を込め始める

 しかしすぐには攻撃に移れておらず、その間にもボージャックの部下四人はじりじりと脱出を図っている

 

 そんなヤムチャに先んじて、ネギとコタローが攻撃を仕掛けた

 楓とトランクスをそれぞれ抱えているため、片手での攻撃

 

魔法の射手(サギタ・マギカ) 光の17矢(セリエス・ルーキス)!」

「空牙五連弾!」

 

 狙いの先は、こちら側の近くにいたビドー

 四人の中ではパワー型の戦士なのもあってか、あと僅かで脱出に手が届くかという位置取り

 新気功砲に抗うのが精いっぱいな今なら、当たりさえすれば普通以上に効くはず

 

 

 しかし二人の攻撃は、当たらなかった

 

 

「嘘っ!?」

「掻き消されたやて!?」

 

 そう、コタローの言う通り掻き消されたのだ

 新気功砲が周囲に発生させている衝撃は、尋常ではなかった

 並の気功波や攻撃魔法では、内側にいるビドー達へ届かない

 

「そんなんじゃ駄目だ二人とも。あいつらに当てるなら、このくらい……うおおおおおっっ!」

 

 その間に、ヤムチャがついに攻撃の準備を完了させる

 右掌に収束する、高密度の気

 並々ならぬそれに思わず視線を向けたネギとコタロー、バレーボールほどの大きさの気弾の出現をその目で捉えた

 

(なんやそれ!?そんなの、俺との試合じゃ一度も……)

「繰気弾!!」

 

 右腕を鞭のようにしならせ敵へ向けて振るい、繰気弾を一直線に飛ばす

 途中で衝撃が襲い掛かるが、多少弾道はぶれつつも進行は止まらない

 突き出されたヤムチャの人差し指と中指、二指の向く先のビドーへと猛進

 

「ぐあっ!?」

 

 ビドーの脇腹に当たり、押し戻す

 ダメージは殆ど無い、押し戻しただけ

 だが、それでいい

 

「はっ!!!」

「ぐおおおおおっ!」

 

 横からの繰気弾へ新たに注意が向いた所へ、再び上からの新気功砲

 初撃で空いた大穴の奥へ、もう一度ビドーは叩き込まれた

 

「おおっ!」

「やったで!」

「まだだ!はああああいっ!」

 

 ネギとコタローは歓喜の声を上げるが、まだ終わっていなかった

 手元に戻していた右腕を、改めてヤムチャは前方へ振るう

 

 繰気弾は、まだ生きていた

 操作性に優れたこの技は、ビドーを押し戻したのちギリギリで新気功砲の攻撃範囲外へ脱出

 他の敵三人に狙いを定め直し、再び飛んだ

 

 いつも以上の精密な操作、ヤムチャの消耗は激しい

 しかし集中は決して切らさない、覚悟が顔に明確に表れていた

 

(分かってるさ、普通ならあいつらに俺の攻撃はここまで効かないってことくらい。天津飯がああして攻撃してくれてるからだ。俺がそれに応えられないで、どうする!)

 

 続いてゴクアに繰気弾が命中、押し戻したのちすぐさま戻す

 直前まで繰気弾があった場所に新気功砲が降り注ぐ、これまたギリギリの動き

 

「もう、一発!」

 

 鬼気迫る表情のまま、三度腕を振るう

 

「コタロー君、僕達も!」

「ああ!」

 

 ネギ達もそれに続かんと、先程より魔力や気を入念に込めた攻撃の準備に入る

 繰気弾の操作に集中せねばならずその様子を直接は見れないが、ヤムチャは僅かに笑みを浮かべた

 

(いいぞ、これならこいつらをもう暫く足止め出来るかもしれん。だから悟飯、なんとしてもその間に……頼む!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ちっ、あいつら……四人揃って雑魚を相手に、随分手間取ってやがるじゃねえか)

 

 悟飯とボージャックの戦いは、場所を大きく移していた

 再び天津飯へ攻撃されることを危惧した悟飯が、序盤にダメージ度外視でとにかく遠くへと押しやったのだ

 少なくともここまで来れば、戦いながら片手間に天津飯を狙って気弾を撃つのは難しい

 超サイヤ人の変身は既に完了させた悟飯による連撃、それがボージャックへと襲い掛かる

 

「だだだだああぁっ!」

 

 咄嗟の足止めで放った通常形態での攻撃とは比べるべくもない

 左足を軸にしての、右足での蹴り攻撃

 鍛えられた体幹は軸足を微塵もぶれさせず、何発放とうとも乱れがない

 

「ぐっ……」

 

 対してボージャックは両腕を前方に構え防御態勢、顔や身体には蹴りを届かせない

 しかし一発一発が腕を、そして腕を伝って全身を痺れさせる

 地を踏みしめていた両足が、僅かに下がった

 

(今だっ!)

 

 そこを好機と見た悟飯は更に攻め立てた

 右足を勢いよく下ろして地につけ、新たな軸足に

 そして左膝を飛ばし、突き刺す

 一点集中のこの攻撃はボージャックの防御を掻いくぐり、懐に潜り込んでの一撃をついに決めた

 

「ぬっぐぅあっ!」

「かめはめ……波ぁっ!」

 

 ぶっ飛ばされたボージャックは、石造りの建物にその身を飛び込ませる

 飛び散る瓦礫や粉塵のせいで、姿をすぐさま目にすることは叶わない

 しかし好機には違いないと悟飯は判断を下す、とにかく今は時間がなかった

 これで決めんとばかりに、その建物目掛け悟飯は特大のかめはめ波を放つ

 

「どう、だっ!」

 

 建物を丸ごと飲み込んだかめはめ波、威力は相当のものと自負している

 倒せたか、そうでなくても深手を負わせたか

 かめはめ波を放ったその先を、悟飯は注視する

 

 

 

 

 

 そんな悟飯の真横から、さっきのお返しとばかりに気弾が一発叩き込まれた

 

「!?」

「おいおい、どうした小僧」

 

 飛んできた方を見やると、やはりいた

 悟飯の腕を掴んで動きを封じ、不敵な笑みを見せる彼がいた

 

「随分と、焦った真似するじゃねえかよ!」

「ぐあああああっ!」

 

 これまで与えてきた攻撃を、この一撃で全て返される

 ボージャックの右拳は悟飯の腹を抉り、突き出した勢いそのままに殴り抜いた

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第69話 今がその時 『悟飯』を二度は、死なせない

「おーいチチー、ブルマー」

「パルー!本屋ちゃーん!」

 

「武天老師様!」

「まきちゃん!」

 

 地上の観客席では、地下での事態を受けてパニック状態になっていた

 無理もない、ただの武道大会の観戦のつもりが殺人現場に居合わせてしまったのだから

 

 もしあの凶悪犯が地下から出て、地上までやって来たら

 

 こう考え我が身を案じた一般人が多数、会場から出ようと客席からの移動を試みていた

 その一方で彼らの動きに逆らい、出口ではなく客席まで移動する集団が有り

 

「こんな非常事態だ、脱出の時なんかも考えて知り合い同士は固まってた方が良いと思ってな」

「カモさん!そちらにいらしてたんですのね」

 

 決勝開始当初、天津飯や餃子と共にいた亀仙人達

 彼の他にまき絵やカモ、そしてウーロンと五月

 

 そんな彼らをチチやハルナ、あやかといった面々が迎える

 図らずとも亀仙人達以外の面々は、観客席から出て行ったアスナ達三人を除けば既に集結済みであった

 

「しかしえらいことになったもんじゃ、まだセルとの戦いから一年やそこらしか経っとらんというのに……」

「それにあの悟飯さんがここまで……ああっ!」

「ごっ、悟飯ちゃん!」

 

 地下での様子は、中継カメラによって余すところなく映し出されている

 少し前に起きていたトランクスとゴクア、クリリンとザンギャの戦いは勿論

 現在の天津飯やヤムチャの奮闘、そして悟飯の戦いもだ

 

 そして一同が特に視線を注いでいたのは、やはり悟飯の戦いだった

 

 勝負を急いでの強襲、その隙を突かれ今はボージャックの攻撃を食らっている悟飯

 ネギやコタローをものともしない桁違いの実力、それを知っているあやかはこの状況に動揺を隠せない

 更なる一撃を浴びたところで、悟飯の母チチが思わず声を上ずらせた

 

「おいおい!悟飯の兄貴はこっち側で一番の使い手だろ!?それがこのザマじゃまずいじゃねえかよ!」

「…………」

「くっそぉ、途中まではいい勝負してたってのに……」

「……それじゃよ、カモ」

「へ?」

 

 あやか同様、カモもまた悟飯の強さはよく知っている

 元居た世界で相当の達人の刹那と楓、この二人を遥かに凌駕するピッコロ

 彼が一年前倒せなかった難敵を、悟飯が倒したのだという話も聞いていた

 となれば動揺が声になって表れても仕方がなく、更には亀仙人が言葉が続ける

 

「画面越しでもわしには分かる、今の悟飯は必要以上に勝ち急いでおるんじゃ。そのせいで焦って攻防のバランスを誤り、敵につけ込まれてしまっとる」

「つまり、敵と渡り合える実力そのものはちゃんとあるってことか。けどよ爺さん、なんでまた悟飯の兄貴はそんなに……もしかして、今も続いてるこの地響きか!?」

「そうと見て、間違いないじゃろうな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「己の命を削る大技、アルか!」

「【気功砲】、そういう技と聞き及んでるです」

 

 会場中央でもカモや亀仙人と同様に、夕映が言及していた

 直接目にしたわけではなく、この世界での知り合いからの伝聞で詳細は欠いている

 しかし肝心な部分はしっかり聞かされており、それがアスナと古にも伝えられた

 

「天津飯さん、私達にはそんなこと何も言って……」

「言えばアスナさんが懸命に止めてくると、分かっていたんでしょうね」

 

 近くに設置されたカメラは否応なしに新気功砲の衝撃で全壊、ゆえに天津飯の様子をモニターから詳しく窺い知ることは叶わない

 しかしこの三人は分かる、今の天津飯に起きている如実な変化が

 

「確かに、尋常じゃないアルよ。ただの気功波の比じゃないほどに、気がどんどん減てるアル。ユエもこれ、分かるアルか?」

「こちらの世界でも修行は続けてきたので、それに伴って以前より幾らかは」

「駄目よ……駄目よ、こんなの」

 

 地下にいる戦士達の中で、現在最も気を燃え上がらせているのは間違いなく天津飯だ

 己の命をも賭して放つ連続攻撃、悟飯や他の戦士の気が混ざる中でもとりわけ明確に感じ取れた

 

「っ!アスナさん、早まってはダメです!」

「行かせて夕映ちゃん!」

 

 そして気付けばアスナの足先は、地下へ続くトンネルの方へと向いていた

 先程から狼狽していたアスナの様子を気にかけていた夕映はそれにいち早く気付き、腕を掴んで制止する

 魔力による身体強化を咄嗟に施し、どうにか振り解かれずに堪える

 

「行かせません!」

「だって!このままじゃ天津飯さんが!」

「今のアスナさんが行ったところで、皆さんの力になれることは殆ど無いです!」

「っ……」

「お二人が地上に残られた意味、私はその時居合わせませんでしたが……つまり、そういうことの筈ですよね?」

 

 ネギとコタローが天津飯達に同行し、アスナと古はそうせず

 大会の予選及び準決勝を見届けていた夕映にとって、この別れ方が実力に沿ったものであると判断するのは難しくなかった

 

「う……け、ど……」

「アスナさん!考えれば分かる筈です!」

 

 それをアスナは、言葉で即座に否定出来ない

 言葉でもそうだが、行動でも表れていた

 いかに魔力で身体能力を強化したとはいえ所詮は夕映の細腕、今からでも全力を出せば易々振り解ける

 しかしそれをしない、夕映に正論をぶつけられ動揺が腕まで延び、アスナは力を込められない

 

 そして、苦悩する少女達をよそに、地下での戦いは進んでいた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(くっ、急げ!急ぐんだ!でないと……)

「そぉら小僧!さっきまでの威勢はどうした!」

 

 防御のため前に出した両腕に、敵の鉄拳が絶え間なく叩き込まれる

 攻防が入れ替わった状態、それでいて敵の攻撃は重い

 攻撃の衝撃が全身を、そして早く決めねばという焦燥が頭の中を駆け巡る

 

 本来この状態に置かれた悟飯は、徹さなければならない

 敵の攻撃を防ぎ、見切り、攻撃に転じる機を見つけ出すことに、だ

 自分が一人、敵も一人、となればこれは戦いの基本の一つに違いあるまい

 

 だが悟飯は、それに徹しきれない

 暗に提示されてしまっていたタイムリミットが、彼を追い込んでしまっていた

 

(天津飯さんがまた、あの時と同じように!)

 

 

 

 否が応でも思い出す、一年前

 ピッコロが倒れ、17号を吸収したセルが18号に迫ったあの時

 自分達が天界での修行を控え身動きが取れない中、ただ一人セルを足止めせんと動いたのが天津飯だった

 

 使ったのは今回と同じ、新気功砲

 地上と天界、遠く離れていながらも、気の著しい消耗は鮮明に感じ取れた

 このまま使い続ければ死んでしまう、悟飯の父悟空が堪らず叫んでいたが悟飯もまた同じ考えだった

 

 そして我慢できず単身援護に向かおうとするも、力量不足を理由に悟空に止められた

 奇しくも、地上でのアスナと夕映のやり取りに近い光景

 

 結果から言えば天津飯は死なずに済んだが、一歩間違えればその逆も当然あり得た

 天界から助けに向かえなかった悟飯は、己の無力を嘆かずにはいられなかったのだ

 

 

 

 

(させて、たまるかあぁぁっ!)

 

 あれから一年、悟飯は力を得た

 精神と時の部屋での修行、セルゲームを経て、超サイヤ人の壁を超えるまでの覚醒を見せ、強敵セルを倒してみせた

 あの時とは、違う

 ゆえに天津飯をあの時と同じ苦しみから、一刻も早く解放させたかった

 

「甘いっ!」

「がっ!」

 

 しかし非情にもその思いは、空回り続ける

 機が熟さないまま放った悟飯の攻撃は、ボージャックの追撃に上から押しつぶされた

 

 ボージャックが言い放った言葉は攻撃そのものに対して向けられたものだが、悟飯の抱く思いに対する叱責のようにも聞こえた

 

「金色に変身した時は驚いたが、見掛け倒しだったようだな!」

「……違う!」

 

 地に這いつくばる体勢になった悟飯、真上から拳を振り下ろされる

 それに対し同じく拳を握り、下から叩き上げて迎え撃った

 位置取りからして悟飯の不利は否めない、しかし懸命に抗う

 

「ぐぐぐぐぐぐ……ぐああああっ!」

 

 ぶつけられた『見掛け倒し』という言葉が怒りに、そして怒りが力に換わる

 潰されるどころか片膝を立て、更にはそのまま立ち上がろうかという勢い

 

 だが、形勢逆転は叶わない

 ボージャックの足元近くにいた悟飯は、防御も不十分なまま横から蹴りを食らってしまう

 

(ま、まずい!)

 

 蹴飛ばされた先には、瓦礫の山

 鋭利に尖った石材が、さあ来いとばかりに向いている

 それに気付いた悟飯はすぐさま体勢を戻そうとするが、食らった蹴りの威力は強く間に合わない

 

(くっ、だったらせめて気を防御に集中させ……)

 

 ならばと次に講じるは次善の策

 その身が瓦礫に迫る、あと5m、3m、1m……

 

 

 

 

 

 

「悟飯さん!!」

「!」

 

 

 

 

 

 悟飯の背に、暖かいものがぶつかった

 激突、更には突き刺さることを覚悟していた石材、とは明らかに違う

 

「……良かった、間に合った」

 

 

 悟飯を助けた戦士は、第一声にそれを呟いた

 

 ”非力ゆえ救えなかった大切な人を、力をつけた今こそは助けたい”

 彼もまたこの思いを、悟飯同様に持ちあわせていた

 いや、同様ではなくそれ以上か

 彼の場合『取り返しのつかない死』という結末を迎え、それから幾年もの日々を重ねてきたのだから

 

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 聞こえたその呟きは悟飯もよく知る声、見上げずとも分かる

 歓喜の色を多分に含ませ、悟飯は礼を述べた

 

 

「ほう、暫くは起きんようにしたつもりだったが……案外早かったな」

「その余裕もそこまでだ……」

 

 抱きかかえていた悟飯を降ろすと、彼の周りが一変

 噴き出た気で砂塵が舞い上がり、パラパラと音が鳴る

 更には髪が一瞬にして逆立ち、金色に染まる

 そして緑色に変わったその両目で、戦士トランクスはボージャックを睨みつけた

 その目つきは、かつて人造人間やセルに向けられたものと同じ

 

 

 何が何でも、貴様は倒す

 

 

 目は口ほどにものを……と言うが、トランクスのこれはその最たる例だろう

 

「悟飯さん、まだ戦えますね?」

「は、はいっ」

 

 トランクスは既に戦闘態勢に入っており、悟飯へ声をかけるも視線は正面から変わらず

 

「今回はセルゲームと違って、倒す相手は一人じゃない……それに何より、時間がありません」

「……わかりました」

 

 皆まで言わずとも、伝わった

 

「行きましょう、悟飯さん!」

「はい!トランクスさん!」

 

 第2ラウンド、開戦!




来月はもう少し多く書きたいです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第70話 結成!地球を守る最強タッグ

報告の無いまま投稿を数か月の間すっぽかしておりました、申し訳ありません。


「くっ、ん……ここ、は……」

「トランクスさん!」

「気がついたんやな!」

 

 トランクスが目を覚ましたのは、ヤムチャ達が天津飯の援護を始めて少し経った頃であった

 敵に倒されたと思ったら、今度は空中でコタローの腕の中

 そんな目の前の事態にトランクスは戸惑いを見せたが、飛び込んできた轟音でそれはすぐさま掻き消された

 

 

「はっ!!!はっ!!!」

「ぐっ!このおおっ!」

「うぉあああっ!」

 

 今もなお、絶えず放たれ続ける天津飯の新気功砲

 地を砕き、更には空気を震わせる

 

 

「あ、あれは天津飯さん!?気を失ってた間に、一体何が……」

「トランクス!お前に頼みたいことがある!」

 

 次に飛び込んできたのは、コタローのすぐ横で一心不乱に腕を振るうヤムチャからの声

 繰気弾の操作を乱すわけにはいかず顔は向けられていないが、それでも張り上げた彼の声はトランクスの耳にまっすぐ入ってきた

 

「悟飯が今、敵の親玉と戦っている!その援護にすぐ向かってくれ!」

「悟飯さんが!?っ、この気はあの時の……」

 

 悟飯の気がある方へ意識を向けると、すぐ近くに大きな気がもう一つ

 決着間近の戦いの途中に乱入し、自身を撃破したあの男の気

 ほんの一瞬の交戦だったが、その気をトランクスは覚えていた

 

「他の奴らはここで俺達が食い止める!早く行け!」

「で、ですがヤムチャさん、皆さんを残して俺が離れたら……」

 

 トランクスは周囲を一瞥し、より詳しい状況を確認する

 

 上方で新気功砲を撃つ天津飯、その横には餃子

 新気功砲で動きを止められているのは、自身が戦った剣術使いを含め四人

 そして今いる場所にはヤムチャとネギとコタロー、そして気を失っている楓

 

(ダメだ、危険すぎる!)

 

 口にはしなかったが、あまりにも総戦力として小さすぎた

 数でこそ六対四なのだが、単体での戦闘力は比べるまでもない

 

 天津飯が力尽き、四人が解き放たれた後の惨状

 蹂躙される様子が、嫌でもトランクスの頭には浮かんだ

 

「いいから行け!俺達のことは心配するな!」

「トランクスさん、僕からもお願いします」

 

 そんなトランクスに対し、ヤムチャに続いてネギも頼み込む

 ネギも天津飯を援護すべく、楓を抱える傍ら魔法の射手(サギタ・マギカ)を右手に集束させていた

 

戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)!!」

 

 最初に放った光矢と違い、魔力を多量に込めて練られたこの風矢

 鋭い勢いで新気功砲の衝撃を潜り抜け、脱出を図る手下達に届きその動きを封じる

 それはヤムチャの繰気弾、ひいては天津飯の新気功砲をアシストしていた

 

「天津飯さんが攻撃を続けられなくなった時は、躊躇せず全員で撤退します!そのための策も用意してます!」

「せやからトランクスさん、今は悟飯のことを助けたってや!」

「コタロー君まで……」

 

 ネギの言う『撤退のための策』の準備だろうか、攻撃はせず単身気を練り上げながらコタローも二人に続く

 この場にいる誰もが、真剣な面持ちだった

 確固たる使命を胸に、動いていた

 

「……わかり、ました。けど決して無理は、しないでください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおっ!」

 

 そしてトランクスもそれに応え、今しがたその使命の一端を果たした

 あと一歩で重傷を負いかねなかった悟飯を救い出し、対ボージャック戦線に自身を並べる

 

「あの時のお返しを、させてもらおうか!」

「……面白い」

 

 かくして開戦された第2ラウンド

 手傷を負っている悟飯を無意識に気遣ってか、その一番槍はトランクスが務めた

 悟飯に一瞬目配せをし、余裕の表情を未だ崩さずのままでいるボージャックへ突撃する

 

 振るわれる右拳、それをボージャックはどっしりと構えたまま左腕で受ける

 トランクスのパワーをボージャックが実感するには、十分すぎる第一撃

 自らの部下ゴクアが追い詰められたのも、彼が油断したせいだけではないこともこれで分かった

 

 無論、トランクスの攻撃はこれで終わりではない

 先程放った第一撃に続き、左拳や両足で繰り出される第二撃第三撃第四撃……

 第一撃に劣らないキレで放ち続けていった

 防御に徹したボージャックはこれらを受け続け、耐えていく

 

(いいぞ!このまま抑え続けて……)

「……浅いんだよ、考えが」

「!?」

「そぉら!」

 

 すると唐突にボージャックが防御を緩める

 その目的はトランクスの反撃、ではなかった

 

 自身の真横へ片腕を伸ばし、気弾を射出

 一度に小球が十数発、まるで散弾銃のように放たれる

 一発一発の威力は普通の気功波攻撃に劣るが、『狙った相手を捉える』ことに関しての性能は群を抜いていた

 

「ぐっ、しまった……」

「このおっ!」

「ぬぐぅ!」

 

 ボージャックの攻撃は、回り込んで仕掛けようとしていた悟飯を捉える

 撃破には程遠いが悟飯の足を止めさせ、攻撃を妨げる

 防御を緩めたことで正面からのトランクスの攻撃を許してしまうが、悟飯がしようとしていた攻撃に比べれば小さなもの

 

 むしろトランクスが殴り飛ばしたことで、ボージャックは二人から一旦距離を取ることが出来た

 追撃は左手からの気功波攻撃で妨害されて叶わず、振出しに戻る

 

「くっ、見破られていたか」

「すみません、トランクスさん。もう少し僕が上手くやれていれば……」

 

 

 一方が正面から戦って注意を惹き、もう一方が死角から攻撃を仕掛ける

 

 

 二対一という有利な状況を生かすべく、トランクスが考えた作戦だった

 ボージャックの注意を自身のみに向けさせようと、大声を張り上げながらの突撃

 加えて悟飯への目配せ、これらの僅かな手掛かりだけで作戦の意図を汲み取った悟飯は流石と言えよう

 

 しかし結果は不発、ボージャックに作戦を読み切られていたのだ

 そこから悟飯とトランクスの二人は、手を変えながらボージャックへの攻めを続けていった

 正面からの同時攻撃や、遠方から気功波を操っての援護射撃

 どれも一定の効果はあった

 攻め手側に回り続け有効打の数も倍近く、戦況自体は優勢のまま

 

 しかしあと一歩、倒すためのあと一歩がどうしても届かない

 ある時は次の一手を読んで回避し、またある時はダメージを最小限に留める防御の仕方の選択を完璧に行う

 

「くそっ、どうして……二人掛かりで攻撃してるっていうのに……」

(悟飯さんの言う通りだ。悟飯さんと俺の戦力を合わせれば、奴を十分に上回っている筈だ。なのに何故……それに、あの余裕は一体……)

 

(って考えてそうな面だな。ふふっ)

 

 これで何度目になるだろうか、一定の距離を空けボージャックと悟飯達が向かい合うこの状況

 傷をその身に重ねつつも、ボージャックは笑っていた

 

(お生憎様、こちとらこういったことには慣れてるんでね)

 

 悟飯とトランクスにはなく、ボージャックにはあるもの

 それは、数多の集団戦闘を経て得られた豊富な戦闘経験

 銀河の各地を暴れ回っていたボージャック一味、その星の原住民が抗戦を試みてきたことも少なくない

 ある時は敵一人を相手に、全員で巧みなコンビネーションを発揮し圧倒

 またある時は幾倍もの人数を相手に、それぞれが多対一をものともせず一騎当千

 それを幾度となく繰り返し、今の彼がある

 ここまで苦戦を強いられるのこそ初めてだが、圧倒的な差でない以上そのノウハウを活かすことは幾らでも出来た

 

(あっちは若造、それにこれまでの動きを見るに二人で組んで戦うのは初めてだろう。モノが違うんだよ)

 

「悟飯さん、セルを倒した時のあの変身は……」

「すみません……ピッコロさんとの修行中何度か試したんですけど、一度も……」

「……そうですか」

 

 とはいえ戦況が優勢には違いないので、このまま持久戦に持ち込めば悟飯達の勝ち目は十分にある

 しかしこの二対一という状況がいつまでも続く保証は無い

 となれば現実的な突破口は、『圧倒的なパワーを以て上から叩き潰す』ということになる

 だがその突破口は、悟飯の言葉で閉ざされてしまった

 

(無理もない、大会前に猛修行してたとはいえ悟飯さんには半年以上のブランクがある。戦いの勘は幾らか取り戻せていても、一度きりのあの変身をものにするのは厳しいか……)

 

 超サイヤ人への変身、言葉としては同じでもただ『変身した』のと『自在に変身出来る』のとでは大きな差が存在する

 悟空もベジータも、そして彼らの血を引く悟飯とトランクスも

 怒りによって覚醒したその後さらに修行を重ね、その結果怒りという感情に縛られず自らの意志による自在な変身を可能としたのだ

 

 

「おいおいどうした、こんなもんか?さっきみたいな攻撃じゃ、いつまで経っても倒せないぜ?」

(かくいう俺も、ピッコロさんと戦った時のあの変身はまだ上手く出来そうにない。時間を掛ければ分からないが、それだと相手に隙を見せてしまうことになる)

(とにかくここは、少しでも攻めるしかない。こちらが焦って手を止め余裕を与えれば、それこそあいつの思う壺だ!)

 悟飯はトランクスの口ぶりから、彼も自身と同様にあの変身を自由に行えないことを察する

 

 結果は如何ほどか、悠長に構えている時間は無い

 

(いいねえその目。今はがむしゃらに行くのみ、ってところか?)

 

 そしてさらに一歩先の思考も、ボージャックの掌の上

 

「「うおおおおおおっっ!」」

「ふん゛っ!」

 

 突撃した二人の攻撃を、顔を歪めながらも両腕でそれぞれ受け止めた

 

 繰り返す、戦況そのものは現時点で悟飯達が優勢

 

(で、もうそろそろか?)

 

 だが間もなく、それは引っ繰り返る

 ボージャックは半ばそう確信していた

 

(まさか雑魚相手にいつまでも黙ったままでいるわけじゃあ……ねえよな。お前ら)

 

 遠くにあっても、ボージャックは感じ取る

 叩き伏せられ動けずにいようとも、消える気配の無い強大な気四つを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!!!はっ!!!はああっ!!」

 

「ぐっ、ぬっっぐうううう!」

(い、つまで、撃ちやがる!)

(この死にぞこないぃっ!)

(マズいわ、ボージャック様が押されている。早く私達も戦線に戻らないと……なのにこんな雑魚に!)

 

 遠目から見ただけでは、開幕当初と変わらない

 天津飯が新気功砲を鬼気迫る形相で上から撃ち続け、部下四人がその場から動けない

 

 しかし着実に、見えないところで少しずつ状況は変貌を遂げていく

 

(天さん、やっぱり僕の気を!)

(何度も言わせるな餃子、ここは俺の力だけで奴らを止める!)

(けど!もう……)

(まだ撃てるさ、エネルギーが尽きぬ限り幾らでも!)

 

 天津飯の気は尽きかけ、あとは気力でどれだけ絞り放てるかという領域

 

 そして

 

(……くそっ、こうなったらやってみるしかねえか。おいザンギャ!ブージン!ゴクア!聞こえるか!)

(((!)))

(あんな雑魚相手に不本意だが、事態が事態だ。お前ら、手を借せ!)

 

 ただ力づくで脱出を目指すだけだった四人が、新たに動き始めた

 




次の話が完成済み&さらに次の話の進み具合が半分ほど
今月上旬の内には投稿を目指します
何本書けるかわかりませんが、今年もネギドラをよろしくお願いいたします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第71話 その時来たる 瓦解した包囲網

「くっ、天津飯……頑張ってくれるのはいいが、頼むから死なないでくれよ」

「最大、量の27%……25、%……これでは枯渇、するのは……時間、の、問題です……」

 

 地上でもアスナや夕映が感じ取れた、新気功砲による天津飯の多大な消耗

 未だ地下を移動しているクリリン達が感知出来るのは、言わずとも当然のことであった

 

 そして全部で五つある敵の気の内、四つが今いる場所から殆ど動かずにいる

 このことから、天津飯が命を賭して足止めを買って出ていることも、直接目にせずとも予想出来た

 

「それに天津飯だけじゃなくヤムチャさんにネギ、コタローに餃子まで!」

 

 そして天津飯の気に隠れてはいたが、他の面々の気にも気付く

 自身と同格、ないしは腕の劣る彼らが最前線に出ているという事実

 思わずクリリンはその場で足を止め、顔を俯かせ葛藤した

 

(くっ、どうする。俺も、いや、それじゃこの子が……)

「クリ、リンさん。もし、援護に向かいたいの、でしたら……私のことはどう、か、気になさらないでください……」

「!」

 

 それを察してか茶々丸が、途切れ途切れだが自らの意思を言葉にする

 今すぐ行きたいなら構わず置いていけ、ということだ

 

 彼女の言葉を受け、クリリンの両膝が震えた

 もう一息でそれは折れ、両腕を下ろし、茶々丸をその場に置いてしまいそうなほどに

 

「……いや、それは出来ないよ」

 

 しかし数秒したのち、それは止まった

 面も上げ、より決意に満ちた表情で再び駆け出す

 

「です、が……」

「俺が今この場で、確実にネギや他のみんなに貢献出来ることは、お前を無事地上まで届けてやることだ。やれることを、俺はやる!」

 

 抱きかかえられている茶々丸からは、クリリンの表情は見えなかった

 だが彼が葛藤を振り払い、心に決めたことを偽りなくそのまま言葉にしたのは、機械の彼女でも理解できた

 

「……わかり、ました。ならせめて私にも、やれるだけ、の……サポートを……」

「サポート?」

「地下と、地上を繋ぐ全ルートは……事前にイン、プットしてあり、ます。敵との鉢合わせを避け、て……迂回する必要は、もう無い、でしょうし……最、短ルートをナビゲート……します」

「大丈夫か?その、内部の機械に負担とか……」

「短時間で、なら、まだ……稼働可能、です」

「……わかった、頼む」

 

 迷いを断ち切り、クリリンは速度を上げ、更に駆けた

 向かう先は仲間達が待つ地上、それを変えることはもうない

 

(っ、なんだ!?新しく地下へ向かう気が……ピッコロじゃない……まさか!)

 

 たとえ新たな異変に気付き、一抹の不安を覚えたとしても

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし。これで術式は、全て込め終えた」

「済んだか、ネギ!」

「みたいやでヤムチャさん!」

 

 右手を突き出し、詠唱を続けていたネギが息を吐く

 その先にいたのは、コタローが生成した影分身達

 

 

 

 

 

「はっ!!!はぁっ、はぁっ……はっ!!!はぁっ!!!」

 

 天津飯は今もなお、新気功砲で敵の足を止め続けている

 気の消費は限界に着々と近付いており、あと二十発と続かぬだろう

 

 

 

 

 

 しかしどうにか、その限界に到達する前にネギは間に合わせることが出来た

 

(気の産物の影分身にどこまで魔法が使えるかは半ば賭けだったけど、これなら!)

「ネギ坊主、拙者の影分身にはせずとも良かったのでござるか?」

「これ以上は時間を掛けられません。その代わり、この影分身達の援護を全力でお願いします」

「うむ、心得た」

 

 ネギ達の傍らには、意識を回復し自力で舞空術で浮いている長瀬楓の姿

 敵から食らった直接的な攻撃は腹部への一撃のみでダメージは浅く、戦線復帰は難しくなかった

 

(それにしても、天津飯殿のあの技……試合では不殺の決めがあったとはいえ、もし使われていたら拙者の勝ち目は万に一つも……改めて、差を見せつけられたでござるな)

 

 いかにあの試合で、勝ちを『拾わせてもらった』か

 再確認した楓だったが、それをいつまでもは引きずらない

 

(分身達を、周囲へ……)

 

 攻撃の余波に飲み込まれぬよう幾らか距離を取りつつ、囲むように影分身を移動させる

 それに少し遅れて、『策』を施したコタローの影分身達も移動を開始した

 

「にしても悟飯達、間に合わへんかったか。なあネギ、やっぱり二人を置いて俺らだけ逃げるいうんは……」

「……僕も本当はそう思ってる。けどそれじゃあ、悟飯君やトランクスさんを逆に裏切ることになるから」

「……せや、な」

 

 あとは頃合いを見て天津飯の所へ全員で集まり、撤退作戦を始動させるのみである

 しかし、この結果は彼らが一番に望んでいたものではない

 

 『足止め中に敵の親玉を悟飯とトランクスが倒し、帰還したところでこの場を任せて撤退』

 

 これが最上の結果、だがそれは叶わなかった

 このまま自分らが撤退した場合、手下四人が逆に加勢に向かい悟飯達は二対五の戦いを強いられることとなる

 それに悔いが残るコタロー

 ネギも本心では同じだったものの、そこはグッとこらえた

 

 トランクスを悟飯の所へ行かせた時、ネギ達は『無理に残らず撤退する、という選択肢がこちらにはある』ことを示していた

 だからこそトランクスは、この場を自分達に任せて悟飯の援護に行ってくれたのだ

 

 

「そんなにしょげるな、コタロー」

「ヤムチャ、さん……」

「俺達だけであの四人をこれだけ長時間抑えられたんだ、悟飯達の助けには充分なれたさ」

 

 ネギの言葉に同意こそしたが、それでも表情は晴れず

 そこへ続いて声を掛けたのはヤムチャだった

 彼は撤退直前の今も、繰気弾で天津飯への援護は続けている

 消耗も相当の筈なのだが、コタローのことを放ってはおけなかった

 彼からすれば、遥かに格上の敵相手にここまでやれたこと

 これまで幾度と足を引っ張ってしまっていた皆の力になれたことに、満足感すらあった

 

「なにも怖くて逃げるわけじゃない、あくまで撤退は撤退だ。全員無事のまま、地上へ帰ろうぜ」

「……せやな!」

(四人、でござるか……っ!?)

 

 取り繕ったものでなく、ヤムチャの本心からの言葉

 それに少なからず救われたか、コタローの顔に差していた陰が引く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネギ坊主!急ぐでござる!」

「え?」

「天津飯殿の所へ!敵は既に……」

 

 直後、焦燥の面持ちで両目を見開いた楓が、叫んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐあああああああああっ!」

「て、天さんーーー!」

 

 そしてネギ達の目の前で天津飯が爆ぜたのは、それとほぼ時を同じくしてのことであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっ、一発当てただけであのざまかよ……他愛もねえ」

 

 新気功砲の攻撃範囲から少し離れた場所から腕だけが一本、伸びていた

 伸びた先の掌からは、撃ったばかりで僅かに残った気の光

 天津飯を攻撃したのは、この腕だ

 

 そして周囲の地面に亀裂が走り、腕だけでなく頭、肩、上半身と順々にその姿を露にしていく

 それはボージャックの部下の一人、ビドーに他ならなかった

 

(お疲れ様。けど、わかってるんだろうね)

(発案しあの雑魚の攻撃を止めたのこそお前だが、その分我々が食らってやったのだ)

(まさかそのまま獲物を全部持っていくなんて言わねえよな?)

 

 新気功砲の攻撃が止まると、仲間からの念話がすかさず飛んできた

 ザンギャ、ブージン、ゴクアの三人

 

(ちっ、しょうがねえ。散々俺らをコケにしたあのハゲは、お前ら三人で好きにしろ)

 

 彼らの協力なくして成り立たなかった作戦、ビドーは悪態つきながらも相応のリターンをくれてやった

 

 

 

 絶え間なく、そして激しく降り注いでいた新気功砲

 それはネギ達から、視覚からの詳細な情報授受を遮っていた

 激しい爆発で姿かたちはおぼろげにしか見えず、全員が下の方で密集してしまえば三人か四人かの正確な判断は難しい

 そこでビドーは、仲間三人を自身の上方で盾兼目隠しとして利用

 地面に潜って攻撃範囲内から脱出したところで、腕を地上へ突き出して攻撃を加えたのだ

 

 

 

 

 もし天津飯が余力のある内に実行されていたならば、彼の抜群の視力がそれを捉え何らかのアクションが起こせたかもしれない

 もし楓が『敵は四人』という情報を知っていれば、影分身による多方向からの複数の情報から異変を一早く知らせられたかもしれない

 

「さあ、今度はこっちの番だ」

 

 しかしその『もし』は一つとして起こらず、ネギ達へ最悪の形で襲い掛かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行けーーーー!!」

 

 コタローは、すぐさま影分身を向かわせる

 本来ならこの影分身達も楓のそれと同様に予め配置につかせ、天津飯が撃ち終えたタイミングと同時に仕掛けることで少しでも長く足を止めさせる計画だったのだ

 だが新気功砲から脱出した彼らは既に体勢を整えつつあり、明らかにタイミングとしては遅れをとった

 とはいえこうなった以上、これが今出来る次善の行動

 楓の影分身も加勢すると、ネギ達四人は天津飯と餃子のもとへ飛んだ

 

「あらあら、随分と大勢でお越しだこと」

「数の多さだけで我々を、さっきまでのように抑え込めるとでも?」

 

 新気功砲を何十発も浴びたボージャックの部下達

 服はかなりボロボロで、脱出しようと抗ったことによる疲労も少なからず散見される

 だが負傷という意味合いでのダメージはというと、天津飯と彼らを隔てる圧倒的な実力差を表すかのように、ほんの少々しか与えられていなかった

 『遠距離から広範囲かつ連射』という条件によって威力が落ちていた可能性を含めても、彼らの多大な実力を示す一つの物差しとしても問題はあるまい

 

 

 さて、この影分身の特攻なのだが、ネギ達が後手に回ったことで三人には迎え撃つための余裕があった

 全方位から多数迫ってくることを確認、ザンギャおよびブージンは笑みすら見せる

 

「面白い、やれるものならやってみな!」

 

 一番先に動いたのはゴクア

 剣は抜いておらず、圧倒的実力差を誇示するべく素手のまま倒してみせる心づもりのようである

 

「そら!もう一発!」

 

 まず楓の影分身を拳一発で撃破

 続いて、横から攻め入ろうとするコタローの影分身を、腰を捻り回転させた腕で薙ぎ払う

 影分身の直接的な攻撃は、一発として食らわず

 だがその代わりに、撃破されたコタローの影分身から何かが飛び出してきた

 

「っ、何しやがったこいつ!この!次から次へと鬱陶しい!」

 

 それは幾多もの拘束魔法で、正体はネギが予め仕込んでいた戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)

 影分身の消滅をトリガーとして起動し、一矢も余すことなくゴクアに巻き付いていく

 引きちぎること自体は彼の力からすれば容易かったが、矢継ぎ早にコタローの影分身が迫り風矢と共にゴクアをその場に留めさせていた

 

 

 

 これを四人全員に決め、その隙に……というのがネギの当初描いていた撤退プラン

 実際ゴクアを相手に、最大何秒持つかはともかくとして結果は出ている

 しかし残りの面々は、それを易々とは通さない

 

 

 

「……ふむ、どうやら直接触れると面倒そうだ」

「あらそう?あんなの種が分かればなんてことないじゃない……そらっ!」

 

 ゴクアが一足先に飛び出し交戦したことで、影分身の性質をブージンとザンギャは捉えた

 彼らのもとにも迫ってきているわけだが、それをザンギャが迎撃

 右掌に集めた気を散弾銃の弾丸のように飛ばし、直接触れることなく影分身達を撃ち落とす

 

「なるほど……確かに、脆い」

「そういうわけで、先に行くわよゴクア」

「おい、お前ら!」

 

 ブージンも彼女に倣い、威力を抑えた広範囲の気功波攻撃で影分身を仕留め始めた

 せっかくの戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)も、近くに標的がいなくては意味がない

 行き場をなくした魔力は、影分身を構成する気と共に霧散する

 こうして多数を撃破し包囲が薄くなったのを見るや、二人はゴクアを置いて飛び立った

 影分身の接近を許さぬよう気弾で弾幕を張りながら、脅威がネギ達へと迫る

 

「おい、どないするネギ!あいつら来てまうで!」

「……僕が追加の風矢に風霊召還を出して、少しでも時間を稼ぐ。撃ったらすぐ追いつくから、皆は先に!」

「アホ!んなことお前一人だけにさせへ……ヤムチャさん!?」

 

 天津飯達のもとへ飛びながらその様子を見ていたコタローは、影分身による足止め作戦が半ば破綻したことに嫌でも気付かされた

 更にはネギが他を差し置いて殿(しんがり)を務めようとしており、コタローは声を一層荒げた

 しかし直後、彼の目は別の方向へと向けられる

 

 すぐ横にいた筈のヤムチャの姿が、ない

 

「くっ、この!離せ!」

「へへ……」

 

 後方まで目をやると、そこにいた

 片足を掴まれ、身動きが取れないヤムチャの姿

 影分身達を一早く退け、ビドーがヤムチャに狙いを定め見事捉えていた

 もう片方の足で蹴りを入れて振り払おうとするが、びくともしない

 

 

「さっきはよくも、猪口才な真似をしてくれたな」

「ぐあぁっ!」

「なっ、何してんねんお前!」

「馬鹿よせ!来るなコタロー!」

 

 ビドーは四人の中で一番多く、ヤムチャの繰気弾を食らっていた

 格下相手に不覚を取り続けた怒りが、足首を掴む右手からも伝わってくる

 拳を振り上げるコタローをヤムチャが制すが、もう遅かった

 

「上等だ、二人まとめて……相手してやる」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第72話 食らえもう一撃 天津飯未だ倒れず

 

「……馬鹿、野郎。なんで来たんだ、コタロー」

「げほっ、げほっ、さっきネギにも言おうとしたけどな……一人でそんな真似、させられへんやろ」

 

 轟音と共に上がった二つの土煙

 その中から姿を見せる二人、ヤムチャとコタローだ

 

 ビドーに捕まったヤムチャを助けようと、制止を振り切って突撃したコタロー

 しかし左手一つであっさりと捌かれ、ヤムチャと纏めて地上へと投げ落とされてしまっていた

 

「第一、そっちが先に言うたやんか。『全員無事のまま、地上へ帰ろう』てな」

「……そのためには俺ら二人だけで、あいつを相手にしなきゃならないんだぞ」

「ええやないか、ヤムチャさん一人だけじゃ絶対無理なんやし」

「あのなぁ、お前一人が増えたとこで……って、負けた俺が言えるセリフじゃないか」

 

 上に被さった粉塵などを払い、悪態をつき合いながら二人は立ち上がる

 多少コタローはむせて咳払いをしたがダメージはさほど無い、ヤムチャも同様

 しかし現時点のダメージは、問題ではない

 この後待ち受ける戦い、強敵を前にしては、ダメージの大小はまるで問題にならないだろう

 そう、たとえ彼ら二人が完全無傷、万全であったとしても……

 

「にしても馬鹿野郎、な。上等やないか」

「は?」

「元々ここに来た時点で俺、大馬鹿野郎やし?もう一個二個馬鹿重ねても変わらへんやろ」

「……ほんとに、大馬鹿だよお前は」

 

 顔を見下ろすとその表情に見えたのは、僅かな強がり

 そしてそれを遥かに上回る、覚悟に満ちた目

 

「そんで、それに付き合おうとしている俺も……大馬鹿なんだろうな」

 

 コタローから視線を離し、上へ

 先程自分らを投げ飛ばした張本人、ビドーがゆっくりと地上へ降り立つ

 余裕綽々の笑みを見せつつも、その向けられた視線は鋭い

 逃走を図ればすかさず追いつき、手痛い一撃を浴びせてくることだろう

 

「……行くぞ、コタロー」

「おう!」

 

 ならばとばかりに、二人はビドーへと同時に攻撃を仕掛けた

 

「「うおおおおおおおおおっ!!」」

 

 強敵を前に未だ抜かれずにいる、狼の牙を剥き出しにして

 

「「狼牙風風拳!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あいつら相手に、二人もいらないね。どうするブージン?)

 

 絶え間なく襲い掛かる影分身達

 更には追加の魔法の射手(サギタ・マギカ)および風霊召還(ウァルキュリアールム)まで飛び出し、攻めの勢いは当初よりも上回っている

 しかしそれでもザンギャとブージンの二人は、ものともしていなかった

 躱し、気弾を見舞い、潜り抜けていく

 その中でザンギャがふと気になったことを、ブージンへと念話を介して尋ねた

 

 二人が一番の狙いとして定めているのは、自分達を散々足止めしてくれた天津飯

 真っすぐ向かって仕留められることに越したことは無いが、それを阻む数名がやはり面倒になる

 四人いた内の二人をビドーが引き受け、残り二人

 それをどちらが相手をするか、逆に言えばどちらに天津飯の相手を譲るか

 

 

 

(ならば一つ、勝負といこうか)

(勝負?)

魔法の射手(サギタマギカ) 戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)!!」

 

 ブージンがネギの方を一瞥する

 新気功砲で足止めされていた時にも何度か食らった、敵を縛り付け動きを止める魔法の風矢

 それが新たにネギの高速詠唱によって、彼自身の姿が隠れるほど大量に繰り出された

 

(あの矢をより多く撃ち落とした方が……というのはどうだ?)

(シンプルでいいわね、乗ったわ)

 

「楓さん、お願いします!」

「承知したでござる」

「ラス・テル マ・スキル マギステル……」

 

 足止め用の風矢を放った後も、ネギは休まず次の詠唱に入る

 しかし自身が動かぬままでは、足止めの意味がない

 そのため楓に首襟を掴ませ、引っ張られるという格好で天津飯達の元へも急ぐ

 

 コタローとヤムチャのことが気にならないと言えば、当然嘘になる

 本音を言ってしまえば、今すぐ楓と共に二人を助けに向かいたい

 しかしネギの体は一つ、故に向かえる先も一つ

 

(ごめんコタロー君!けどすぐ!天津飯さんを安全な場所に移したらすぐ、助けに……)

 

 天津飯達か、コタロー達か

 選べるのは一つ、逆を言えば一つは見捨てる、そういうことになる

 そしてネギは自身に言い聞かせ、動いた

 自分は『見捨てた』のではない、『選んだ』のだと

 あくまで先に、消耗が激しい天津飯との合流を『選んだ』に過ぎないのだと

 

 

 

 

 

「ではザンギャ、任せたぞ」

(抜かされた!? いつの間に……)

「しょうがないわね。けどまあ、ピンピンしてるこいつら二人が相手っていうのも……それはそれで面白いかも」

 

 だが、選んだその選択が無事為されるかは、また別の話

 ネギの横をブージンが、一瞬で通り抜けた

 

 影分身や風矢が気功波と激突し視界が十分でなかったのが理由の一つだが、それ以上に彼のスピードが凄かったのもあるだろう

 

「うわっ!?か、楓さん!?どうし……っ!」

 

 さらに異変が一つ、今まで自身を引いていた楓が急ブレーキをかけたのだ

 彼女に背がぶつかり、その衝撃で詠唱は止まり発動前の魔法が無に帰してしまう

 何事かと振り返ろうとしたところで、ネギは事態の全貌に気付く

 

「い、糸!?くっ、千切れない……」

「ほらほら余所見しないの、あんた達の相手は私よ」

 

 楓と自身、二人纏めて細い糸のようなもので絡めとられていた

 糸の出所をどうにか光の反射で辿ると、ザンギャの両手のひらからだと分かる

 脱出せんとネギは両腕に力を込めるが、その細さに反して解ける気配がない

 

(僕の風矢と同じ拘束じゅ……いや違う、それだけじゃない!)

「ネギ坊主、これは……」

「分かってます、光の一矢(ウナ・ルークス)!」

 

 するとネギは何かに気付いたか、すかさず魔法攻撃に切り替えた

 右手から光の魔法の射手(サギタ・マギカ)を放ち、糸を一本両断させる

 そこから生じた綻び、そして弛みを見逃さず、ネギと楓はザンギャの糸から完全に抜け出した

 

「へぇ、やるじゃない」

(危なかった。もし気付くのがあと数秒遅れてたら、さっきの魔法を撃つ余裕さえ……)

 

 拘束され、そこから魔法を一発撃って脱出

 ただそれだけではあり得ぬ疲労感が、ネギを襲っていた

 攻撃を一つも繰り出していない楓ですら消耗した様子が見えているあたり、ただの丈夫な糸だったと考えるのは浅はかだろう

 

 一方でザンギャは、二人が抜け出したことに多少の驚きはあるようだが、半ば織り込み済みと言わんばかりの様子

 あのまま糸の中で息絶えなかったことに、ある意味での嬉しさを覚えているようだった

 

「ネギ坊主、こうなってしまったらもう……」

「……はい」

「あら、逃げないのね」

 

 新気功砲も、影分身も、魔法攻撃もない

 ネギ達とザンギャとを隔てるものは0、完全な戦闘圏内だった

 自身と相対するネギ達に白々しく尋ねるザンギャだったが、元より逃がす気は毛頭ない

 経緯こそ違うが、先程交戦を始めたヤムチャ達と同じ状況に陥っていた

 

(さっきの勝負はブージンに負けたけど、今思うとこっちの方が面白いかもね……あっちの半死半生を相手にするより、少しは楽しめそう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(敵が他にもう一人、いや、俺が知らぬうちに抜け出ていたのか……)

「天さんっ!みんなが!」

 

 気の大半を使い果たし、その上無防備のまま敵の攻撃を浴びた天津飯

 本気の攻撃でなかったことが幸いしどうにか意識は保ち浮上したままだったが、ほぼ瀕死と言っても良い

 視界はぼやけ、浮いているのも餃子に支えられてやっと、という様子

 

「……餃子、お前だけでも行け。俺を抱えたまま飛べば……共々敵に捕まるだけだぞ」

 

 それでもどうにか、周囲の状況を把握することは出来ていた

 自身の攻撃が止まり、それに代わってネギ達が魔法や影分身で必死に足止めをしようとしていること

 それを敵が次々と破り、追いつき、捕まえ、交戦に持ち込んでいること

 そして、敵の一人が自分へ迫ってきていること

 

「奴らの狙いは俺だ。今なら頭数からして、俺を放っておいてまでお前を追うことは……おそらく、無いだろう」

「置いていくなんて、そんなこと出来ない!」

「行け……楓の影分身も、そう長くは持たん。要らぬ巻き添えをお前が食らう必要は……」

 

 ネギ達を追い抜いたブージンに対し、楓の残り僅かな影分身達が交戦し足止めを試みている

 しかし実力は雲泥の差、一体一体を確実に、次々と屠られていく

 

「僕だって戦う!じゃなきゃ、天さん達と一緒に、ここまでついてこない!」

「餃、子……よせっ!」

「むむむむむむ……~~~っ!」

 

 それに加勢するように、天津飯の度重なる制止を振り切って餃子が動いた

 

「むっ?これは……」

 

「天さんは、僕が守る!!」

 

 ブージンの真下の地面が、大きく揺れる

 地は割け、砕け、複数の大岩となり浮き上がる

 餃子は念動力を用い、それらをブージン目掛けて射出した

 

「ふっ、何かと思えば」

 

 ちょうど最後の影分身を撃破したブージンは、高速で向かってくる大岩を次々と避ける

 鼻で笑ったことからも分かるが彼は動きを完全に捉えており、苦にもしていない

 それに対し、まだだと言わんばかりに餃子は次の攻撃へ移った

 

「どどん波!」

「くだらん……」

 

 指先に集まった気が、一筋の光線となり放たれる

 

 ひょい、とかわされた

 

「どどん波!どどん波!」

(駄目だ、餃子……分からんわけがあるまい。お前の攻撃では、奴には……)

 

 一発では済まさない、気を溜めては撃つを猛スピードで繰り返す

 

 ひょい、ひょい、不敵な笑みを見せたままブージンはまたもかわす

 

(攻撃をやめるんだ、餃子!!)

「どどん波!どどん……」

「もういい」

「!」

 

 五発目か、六発目あたり

 とうとう痺れを切らしたブージンは、超スピードでもって一瞬のうちに餃子の眼前へ移る

 突如消え、突如目鼻の先に現れた敵

 

「う……わあああああぁぁっ!」

「どけ」

「っ!」

 

 餃子は身をすくませたのちすぐさま拳を振るうが、文字通り一蹴

 目にもとまらぬ速さの回し蹴り、斜め下に蹴飛ばされた餃子は廃屋の一画へ叩き込まれた

 

(餃……子っ!!)

 

 これまでで、一番の近さだった

 ピッコロ大魔王に抗い、討たれたあの時

 サイヤ人ナッパに抗い、自ら命を散らしたあの時

 そのどれよりも近い、手を伸ばせば届きそうなその場所で、天津飯は餃子が倒されるのを目の当たりにした

 

「ふん、他愛もな――」

「うおおおおおおおおおおおっっ!」

「!?」

 

 脱力し垂らしていた両腕が、上がった

 両手の五指をそれぞれ伸ばし、合わせた

 乱れていた呼吸に抗い、吼えた

 

 餃子の飛んだ先を見下ろし、天津飯から目を離していたブージン

 一瞬の隙、そこへ残る力をありったけ込め、撃つ

 

 

 

 

「気功砲ーーー!!!」

「ぬぅぅぅうう、わあああああぁぁっ!!」

 

 

 

 

 新気功砲と違い、超近距離かつ一撃一点集中

 咄嗟に防御態勢をとったブージンだったが堪えられず吹き飛び、地に落ちる

 命まで絶ったかは定かではないが、少なくとも彼は天津飯のもとへは戻ってこなかった

 

(餃、子は……っ、まだ気、を……感じる!生き、てるぞ!)

 

 いよいよ残る気が限りなく0に迫るその身体で、天津飯は自身でなく餃子の身を案じた

 気を探ると僅かにポツリ、よく知る気を微小ながらも感じ取り力が戻る

 

(今行くぞ!餃――)

 

 自身を狙うブージンは、一時ではあるかもしれないが退けた

 だから大丈夫、餃子を助けに行こう、それが天津飯の頭にあった考え

 だがこの弛緩、そして油断は彼に次なる悲劇を与えた

 

 忘れては、いないだろうか

 

「せやああああぁぁっ!」

「!?」

 

 銀河戦士は、もう一人いることを

 

(まず、一匹!)

 

 超スピードで接近し、居合さながらに剣を抜き、そのまま振るう

 ゴクアの白刃が天津飯に対し、横一文字に通り抜けた




近日中に、もう一本
遅くなり、待っていた方申し訳ありませんでした


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第73話 危うし、天津飯 瀕死の彼に迫る魔の手

時間は、少々遡る

 

魔法の射手(サギタ・マギカ) 光の37矢(セリエス・ルーキス)!!」

「四つ身分身 朧十字!!」

 

 目の前の敵、ザンギャへ光矢が貫きに

 そして影分身が拳を打ち込みにかかる

 楓の影分身数体が先陣を切って時間を稼ぎ、その一瞬で魔力と気をそれぞれ込めて放った攻撃だ

 

(さっきもそうだったけど……数が多けりゃいいってもんじゃないわよね)

 

 それらを、ザンギャは慌てることなく捌く

 手のひらから無数の気弾をばらまき、光矢の大群の中央に命中

 誘爆で軌道を反らしたものと合わせて、ほぼ全てを自身のもとまで届かせない

 残るは四方から迫る楓の影分身、うち一体に狙いを定め、駆けた

 

 防ぐ間も与えず顔面を掴むと、それを土台にし跳び箱のように乗り越え背後につく

 そこから蹴りを浴びせ、飛ばした先の反対側の影分身と合わせて二体を撃破

 そのまま両手から気功波を放ち、残りの二体も撃破した

 

雷の斧(ディオス・テュコス)!!」

 

 これで全てかと思われたところで、真上からネギの雷撃

 ザンギャは両腕を上げ、これをガードする

 

(そうそう、せめてこのくらいの攻撃はしてくれないと)

「これも駄目か……」

「ネギ坊主、来るでござるよ!」

 

 僅かに動きを止められたが、あくまでそれだけ

 これを上回るネギの攻撃魔法はそう多くない、『詰み』の二文字がネギの頭をよぎる

 一通りを受け切ったザンギャは攻撃に移り、楓は新たに出した影分身でそれを迎え撃つ

 

「楓さん、すみませんが時間稼ぎを頼めませんか?さっき以上に、出来るだけ長く!」

「随分と難題でござるが……引き受けたでござる!」

(”雷の暴風”だ!さっきの攻撃が効かないならこれしか……)

 

 詠唱にかかる時間は、雷の斧の比ではない

 しかし有効打と成り得る攻撃、ネギは僅かな希望をこの魔法と楓に託す

 楓もネギの語気からその旨を読み取ったか、温存を考えず今まで以上に影分身を全力で生成しザンギャへ向かわせた

 

「ラス・テル マ・スキル マギステル……(急げ!)」

(さっき感じたよりも強い力……大技、ってわけね)

 

 今まで以上に二人が前衛・後衛に分かれた動きを見せたことで、ザンギャもすぐさま見抜いた

 取り囲もうとする影分身達の攻撃を苦にもせず捌きながら、どうしてやるかと思案

 

(溜めさせるだけ溜めさせて、撃つ寸前に邪魔してパァにさせるっていうのも面白いけど……えい)

 

 ひとまずちょっかいを掛けてやろうかと、影分身達の間を縫って指先から気功波をネギ目掛けて放つ

 

「させぬ!」

 

 しかしそれを、ネギの傍に控えていた楓本人が阻んだ

 気を込めた右拳で弾き飛ばし、ネギを攻撃から守る

 

(くっ、あの攻撃でここまでの衝撃……)

(あれ一発でそんなに参ってるんじゃ……これは無理かしらね)

「しまった!」

 

 次の瞬間、ザンギャは飛び上がった

 超スピードで真上に浮上し影分身の包囲網から脱出、影分身達はその動きを捉えられない

 

(影分身は、間に合わぬか!)

 

 楓達とザンギャの間を隔てるものは、無い

 ザンギャの右手には瞬く間に気が充填され、威力は先程の数倍はあるだろう

 下から影分身が追ってくるが、それよりも彼女の攻撃の方が間違いなく早い

 

 腕を振り上げたザンギャが、楓達へ向けて振り下ろす

 その直前に、ことは起きた 

 

 

 

 

「気功砲ーーー!!!」

「ぬぅぅぅうう、わあああああぁぁっ!!」

 

 

 

 

 

「っ、今のは……ブージン!?」

 

 天津飯の咆哮が、そして直後に凄まじい轟音が飛び込んできた

 ザンギャは思わず攻撃の手を止め、ブージンの名を叫ぶ

 天津飯の攻撃を叩き込まれ、落ち行く彼の姿を確かに捉えていた

 

(馬鹿な、息も絶え絶えだったあいつのどこにそんな力が……)

「「「「うおおおおおおっ!」」」」

「なっ、しまっ、この……」

 

 その僅かな時間のうちに、影分身は追いついた

 両足を片足ごとに二体づつ、抱え込むように掴み、楓本体とネギから遠ざけさせるように投げ飛ばす

 咄嗟のことでザンギャはその一連の流れを受け入れてしまうが、ただでは転ばない

 

「そら!ちっ……」

 

 溜めていた気は飛散させず、狙いも正確なまま気功波を楓達へ放つ

 しかし先程と違い、距離と時間に充分な猶予

 影分身達が間に入って盾となり、更に楓自身も気功波を放って応じることでどうにか届かせずに済んだ

 

(救われたでござるな、天津飯殿に……っ!?天津飯殿!)

 

 ザンギャから目を離せない現状、天津飯の方を見やる余裕は無い

 だが楓は気の動きから、次に天津飯の身に起きたおおよそのことを理解してしまう

 天津飯に大きな気が迫り、両者の気が揺れる

 情報は、これで充分

 

 

 

 残る一人の敵が、天津飯へ襲い掛かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……が……」

 

 これまで幾度となく、刃先から手、そして腕を経て感じてきた

 狙った獲物を捕らえ切り裂き、止まることなく刃が通り抜ける感触

 

(……くそっ!!)

 

 確かにゴクアはその感触を得た、だが違っていたのだ

 思い描いた理想と、目の前の結果が大きく

 

(しくじった!真っ二つにしてやるつもりだったのに……届かなかった、あいつに折られたせいで!)

 

 天津飯の前半分を切り裂き、真っ赤な血を浴びた刀身を憎々しげに見やる

 その長さは、本来の半分にも満たないものだった

 

 さきのトランクスとの戦いで折られていたことを失念していたゴクアは、攻撃を繰り出す距離を誤っていた

 その結果天津飯を一刀両断せんとする思惑は失敗に終わる

 

「た、い……」

 

 しかも一振りで決める心づもりであったためか、第二撃の始動が明らかに遅れた

 天津飯へ『刃を向け直し』、今度こそ両断すべく『より距離を詰め』、そして『逆方向へ一閃』

 この3動作を行うよりも早く、天津飯の技が目の前で炸裂する

 

「太……陽拳!!」

「っ!!?」

 

 先程の気功砲で気を殆ど使い切った天津飯だったが、消耗の少ないこの技はどうにか放てた

 いや逆に、気を使い切ったからこそ、最善の選択であるこの技を放てたともいえる

 

「んっ!ぐっ、ああああぁぁっ!」

 

 目の前が真っ白に染まるほどの、まぶしい光

 眼球から顔全体へと痛さと熱さが伝わっていき、ゴクアは悶え声を上げる

 目の前には確実に目標がいる

 にもかかわらず、すかさず剣を振るうことは叶わなかった

 

(逃げ、られた!何処へ……下か!)

 

 その間に、天津飯は逃走する

 もう攻撃するだけの力がないゆえの、これまた最善の選択

 視界は効かないものの、気の動きを探ることでおおよその移動方向だけは掴んだ

 

「このおおおっっ!」

 

 気功波を数発、撃ってはみるが手応えは無し

 それから、数秒

 痛さと熱さが引き、物の色と輪郭が姿を見せていく

 漸く視力が戻ったその時、辺りを見渡すが天津飯の姿は無し

 ゴクアは怒りで柄を強く握り、睨み下ろした

 

「……まだ、近くか。このまま逃がすかよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(お願い、間に合って。間に合って!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天、さ……」

「大丈夫だ、餃子……気を抑えて、そのまま静かにして、いろ……」

 

 建ち並ぶ廃屋の内の一つ

 その中で壁に背を預け、呼吸は小刻みに会話を交わす二人

 餃子と、天津飯

 

「その、怪我は……」

「心配、いらん……かすり傷だ……」

 

 太陽拳で逃げる隙を得た天津飯は、真っ先に餃子が蹴飛ばされた方角へ向かった

 崩れた建物のすぐ側に倒れているのを見つけ、今に至る

 

「うそ……だって今も血、止まってない」

「すぐに死ぬ量じゃないさ、それに……今、止血のために気は使えんだろう」

「でも……」

 

 ボロボロの餃子は、そんな自分以上に重傷な天津飯の身を案じずにはいられない

 両断とはいかずとも横一文字に大きく切り裂かれた腹からは、今も血が流れていた

 とりあえずの処置として上の服を破き巻いたが、気休めにしかならないだろう

 

 気の高熱で傷口を焼くか、あるいは気で血流をコントロールするか

 

 出血を止めるため、この場で出来る二つの手段

 どちらも天津飯は行わず、ただ耐えていた

 敵に気で居場所を探られないため

 自分自身と、何より隣にいる餃子の身を守るため

 

「今俺達は、どちらもろくに動ける身体じゃない……やり過ごすしか、無い。悔しいがな」

(違う。天さんは、一人だけなら……まだ、逃げられたかも、しれない)

 

 下まで降りて自分を探す時間を、逃走に割けた筈だ

 こうして二人揃って同じ場所に隠れているのも、もし見つかった時囮になって逃げる隙を少しでも作ろうとしているからではないのか

 

(僕はあの時、天さんを守ろうとした。けど……)

 

 共にボロボロで動けず、天津飯に至っては失血でいつ倒れるかもわからない

 こんな現状を振り返り、それ以前の自分の行動を振り返り

 

(……結局僕は、天さんに守られている。いや、僕があの時無理をしなければ、ここまで天さんに迷惑を掛けずに済んだかもしれない)

 

 無力さ、そして悔しさに奥歯を噛み締めた

 

(けど、天さんが死ん……)

「餃子、気を抑えるんだ……来るぞ」

「っ!」

 

 本当に、自分の行動が正しかったか

 これ以上の酷い結末、天津飯の死が起きていたのだろうか

 そう自分に問い直したくなったところで、天津飯の声

 

 邪悪な気の接近を、ここで漸く餃子も感じ取る

 ゴクアが近くまでやって来ていた

 

「大丈夫だ、血痕は出来る限り消しておいた。それに気付かれなければどうにか……ん?」

 

 天津飯は自身の気を高めぬよう注力しつつも、敵の気の動きを探る

 もし断続的に距離が狭まるようなら、痕跡を見つけられた可能性が高まる

 その時は然るべき行動を起こそうと考えていたのだが、その様子は無い

 

 が、おかしいのだ

 

(近付く、離れる以前に……動いていない、だと?)

 

 敵が周辺に降り立ったのを確認してから数秒

 動きが、完全に止まっていた

 もし探すのを諦めたのなら、ネギやヤムチャなど、他の者の始末に回る筈

 

(索敵に注力しているのか?いや、違うこれは……まずい!)

 

 と、ここでもう一つ、『動かない』以外の敵の情報を確信する

 

 

 『気を高めている』

 

 

(あいつ、周り全てを破壊するつもりか!!)

 

 天津飯は咄嗟に、片膝を立てる

 

「天さん……駄目……」

「このままでは、二人ともやられる。俺が外に出れば……」

「駄、目……」

「いつここへ撃たれるか分からない、早く行かねば……ぐぅっ」

 

 立ち上がろうと力を込めたところで、体勢を崩す

 圧迫された腹部から一層多く血が溢れ、痛みと脱力感が大きく襲い掛かる

 これでは時間稼ぎの交戦どころか、建物の外へ出られるかも怪しい

 

 既に外では、身を隠せそうな建物がゴクアの攻撃で次々と破壊されていた

 一棟、また一棟

 音が近づく、ここへ撃たれるのは一発後か、二発後か

 

「餃、子……せめて俺の、陰に隠れろ……」

 

 

 

 

「次は……ここかぁっ!」

 

 そしてついに放たれる、二人纏めて消し飛ばす必殺の攻撃

 光弾が天津飯達の居る建物へ、真っすぐと飛んでいく

 対抗する手段は、無い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間に、合えーーーーーっっ!!」

 

 ただし彼女は、別だった

 

「何っ!?」

 

 彼方から、弾丸のように何かが飛び込んだ

 光弾と、その狙いの先の建物の間に割り込み、一人の少女が立ちはだかる

 本来その先に待つ未来は、着弾し爆散する肉塊だろう

 しかしそうはならなかった

 

「天、さん……あれは……」

「な、何故……」

 

 光弾は、消えた

 気合で掻き消す、とも違う完全消滅

 まるで元からなかったように消え、少女の身体には傷一つなし

 

「何故、来たんだ……アスナ!」

 

「ごめん天津飯さん、それに夕映ちゃん。私馬鹿だから、来ちゃった」

 

 自身のアーティファクト”ハマノツルギ”を携え、少女神楽坂明日菜はそこに立っていた

 

(……けど、私にもやれることがあった。こうしてさっき、天津飯さんを守れた!)

 

 二週間共に修行し、幾度となく間近で触れてきた天津飯と餃子の気

 微弱ながらもアスナはそれを、背後から確かに感知していた

 

「おい女、今何をした」

「……だーれが教えるもんですか」

 

 ゴクアの問いには、答えない

 答える気は、さらさらない

 彼が利する行動全てに、アスナは並々ならぬ嫌悪感を抱かずにはいられない

 

「天津飯さん!這ってでも、ここから逃げて!」

 

 場所を悟られぬよう、ゴクアの方から目は逸らさぬまま

 絞るように剣の柄を両手で握り直す

 

(そして、今これからも!)

 

 少女の、あまりにも無謀な防衛戦が始まった




次の話は書き進め中です、目途が立ったら活動報告で告知すると思います


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。