吉良吉影は静かに暮らしている (Fabulous)
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吉良吉影の家庭

吉良しの流行れ


 突然だけどぼくの家族を紹介したい。

 ぼくはM県S市杜王町に住む小学生だ。家族は両親との三人暮らしで自宅はパパの実家にみんなで住んでいる。

 

 ママは専業主婦でパパは地元のスーパーマーケットカメユーチェーン店の会社員として働いている。昔のパパはいまいちパッとしない男だったらしいけど結婚を機に一念発起して今は会社で結構出世していて偉いらしい。だけど一緒にお風呂に入っている時や一緒に会社と学校に行く時とかは、パパは時々嬉しくなさそうに「早人、出世なんかするもんじゃない。誰が好き好んで取引先の高飛車な奴等にペコペコしなきゃぁならないんだ」って愚痴を溢している。ママは自慢の夫だって喜んでいるけどどうも出世は嬉しいことばかりじゃないらしい。

 

 ママは短大に通っていた時にパパと知り合ってぼくを身籠り結婚した。世間一般で言うできちゃった婚だけどパパと初めて出会った時からママは惹かれていたらしい。

 

 学校の宿題で両親のなれそめを発表する課題が出た時、ママにパパのどこに惚れて結婚を決めたのか聞くと、

 

「あの人の良いところ? うーん……顔やスタイルは良いでしょ? 料理も上手いし、近所付き合いもそつなくこなしちゃうし、仕事も普通の男の3倍は出来るし……いいえ違うわね。私があの人に惹かれたのは上手く口では言えないけど、たぶん一目惚れだったのよ。なんてゆぅか……これが恋なのね! て言う爆発にも似た感情があの人と出逢った時に私の中で生まれたのよ」

 

 パパにも同じ質問をしてみると、

 

「そうだな~~~~正直私は最初しのぶを含めた女性にたいして興味がなかった。それまでの私は結婚と言うのをある種の契約だと捉えていた。だからもし相手の女が何か私に不利益を生んだりその恐れがある場合はさっさと手を切っていた。だがしのぶは違った。彼女は私の哲学がまるで通じない女性だった。そしていつの間にか自覚した。この女を愛しているとね」

 

てな感じで結婚してから10年が過ぎてもママとパパはお互いベタ惚れだ。

 

 ぼくの両親はとても仲が良い。

 

 ママは毎朝行ってきますのキスをパパにせがんだり夕御飯の時間はテレビも見ずにず~っとパパを見つめていて見てるこっちが恥ずかしくなるくらいパパにゾッコンだ。

パパもパパで口や顔にはあまり出さないけど休みの日にはママと手を繋いで岬まで散歩に出掛けたり、誕生日にはママの好きなウェッジウッドのハンティングシーンのティーセットをプレゼントしてママを感激させていた。

 

 

 そんなパパだけど不思議な所もある。

 

 パパは殆ど無趣味だ。学生時代にいろんな分野で活躍した為賞やトロフィーが家には沢山あるけどパパの口からそれらの話題が出ることはほぼない。お酒やタバコにも興味がなく食事はファーストフードも美味しければ構わず食べる。

漫画やアニメもぼくの知る限り無関心で部屋の本棚には健康本くらいしかない。

 

 そんなパパの数少ないと言って良い趣味が毎朝ラジオで流れる杜王町radioを聴くことと爪を切る趣味だ。前者はいいとして爪を切るのが趣味と言うのは可笑しな話だとぼくも思う。けど一度パパの机の引き出しを見てもらえばみんなも分かってくれると思う。

 

 けど一番不思議なのはその人生観だ。

 

 パパは静かな暮らしがしたいといつも言っている。それはぼくも理解できる。だけどパパの言う静かな暮らしはまるで植物のように穏やかで代わり映えのない生活なのだ。

 

会社で偉くなったのもぼくとママを養っていかなければならないから仕方なく仕事を頑張ったんだと言っていつも疲れた眼をしている。

普通は仕事を評価されて出世したり給料が上がったり誉められたりしたら嬉しいと思うけど、パパは給料が上がることだけは喜んでるようだけど後の名誉とか社会的地位が高まることは全然嬉しくなさそうだ。

 

 

 

 ぼくの名前は吉良早人。

 

 パパの名前は────

 

 

 

「早人、もう学校から帰ってきたのかい? そう言うパパも今日は近くの営業先から直帰だったからいつもより早めの帰宅になったんだが」

「うん! パパはお仕事上手くいった?」

 

 家の玄関の前で遭遇したこの人がぼくのパパ、吉良吉影。

 

「あぁ……自分でも忌々しいほどトントン拍子で取引が決まってしまってね。これじゃあまた社長賞や出世の話が舞い込んできてしまうよ」

 

パパは心底うんざりした顔をしながら玄関の鍵を鞄から取り出して鍵口に差し込む。

 

「良かったじゃんパパ」

「いいや、早人……これは良くない事態だ。家族3人仲睦まじく暮らしていくには今の生活レベルで十分であり充分だ。これ以上を望むのは……『過剰』と言うものだ」

 

また始まった。パパは本当に欲がないよ。

 

「相変わらずだなぁ~~。でもママはきっと喜んでくれるよ」

「そうだな……それは確かに、しのぶは喜んでくれるだろう。しのぶは」

「あっ、ぼくもだよパパ!」

「分かった分かった……とにかく今までの生活リズムが崩れないように頑張るよ。早人は将来出世や目立ちたいなんて思っちゃダメだぞぅ? 気苦労で人生の大半を消費するなんて馬鹿げてるからな」

「そうかな~~?」

 

こんな感じでちょっと不思議なパパだけど、ぼくは大好きだ。

 

「あなたぁ! 早人もお帰りなさい。早く帰るって一言言ってくれたらお風呂沸かしてたのに……」

 

玄関で靴を脱いでいるとキッチンの方からぼくたちに駆け寄って来た女の人がぼくのママ。吉良しのぶだ。

 

「いや、伝えていない私が悪かったよ。今日はシャワーにするさ」

「分かったわ。代わりに夕御飯はとっても美味しいの作るわね♪ 早人も夕御飯までに宿題さっさとやっちゃいなさい」

「そうだな、宿題は大事だぞ。『問題』は処理しなくてはならないからな」

 

ママはパパに抱きついて猫みたいに甘えている。いくら家の中でも息子のぼくとしてはちょっと恥ずかしいものがある。

 

「うん、分かったよ。ママ、パパ」

 

でも結局のところ……ぼくはこの家族が大好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の名前は『吉良吉影』年齢33歳、既婚者。住所は杜王町勾当台1-128。

 

家族は妻一人子一人の典型的な核家族世帯だ。

 

一昔前の私なら『結婚』や『子育て』などあり得ないと吐き捨てただろうが人生と言うものは分からないものだ。この吉良吉影が一人の女を愛し続け早十数年、気がつけば子供まで出来ている。

 

 先ほど私の帰宅を出迎えてくれた妻と息子、月並みだが最愛の家族だ。

 

妻のしのぶ……少々精神が幼い所があるが自分の感情を素直に表現する気持ちの良い女性だ。上っ面では私に媚びて腹の中で何を考えているのか分からん女よりは遥かに好感が持てる。

 

そして何よりも私を夫として男として愛している。

勿論私を愛するように色々と気を使ったが、私だけを愛し金や名声に固執しない理想的な妻だ。

 

 息子の早人は他の小学生と違って小汚ない言葉を言ったり馬鹿らしい騒ぎを起こして意味不明にケタケタ笑い転げたりしない礼節ある小学生に育ってくれた。学校のボンクラ教師どもは勉強でもスポーツでも一番を取れと早人に教えているようだが私の教育方針は違う。勉強であれスポーツであれ一番を取れる実力は当然つけさせる。だが馬鹿の一つ覚えのように一番に固執する自己満足野郎には決してさせないのが私の教育だ。

 

その教育の成果もあって早人は勉強もスポーツも常にクラスの中で3~5位に入っている。たまに一番になってしまう時があるが妻のしのぶは喜んでいるため中々早人を注意できないのが最近の悩みだ。中学に進級した辺りにでも本格的に教育しようとも思っている為小学校までは大目に見ている。

 

だが早人は小学生にしてはかなり機転の利く賢い子に育った。私の感じている不満を早人は小学生ながらも察して行動している。決して頭でっかちのインテリではない。私に似たのかな? フフ……

 

 シャワーを浴びるため脱衣所で服を脱いでいると一枚の写真が私の顔の前にヒラヒラとまるで意思を持っているかのように近づいてきた。

写真には自宅の居間が写っておりその隅には一人の初老の男が目尻に涙を溜めながら座っている。

私はこの奇妙な現象を知っている。この写真の男の名を知っている。

 

「うう……! 吉影ェ~~ッ」

「なんだい親父?」

 

この写真の中の人は私の父親、吉良吉廣と言う。幽霊だ。

私が21歳の時にガンで死んだがそれ以降は幽霊となって私の周りを漂っている。写真の中に存在しているのは幽霊だからではなく親父固有の能力だ。因みに家族には言っていない。平穏な生活を乱す恐れがあるからだ。親父のことはとっくに死んでいると話している。幽霊として現に存在している親父を死んでいるからもう何処にもいないと説明するのは妙な気分だった。

 

「わしは嬉しいぞ~~ッ お前があんな美人なお嫁さんを貰いあんなに賢くて良い子な息子まで出来るなんて、わしはッ わしはッ 感動しておるんじゃ~~!」

「新婚の時からずっと言ってるな、ソレ」

 

 親父の中で私はさぞや良い息子なのだろうが当初はこの結婚を後悔していた。

 

早人にはそれなりに脚色した出逢いを語っているがはっきり言ってしまえばこの結婚は完全な気の迷いから始まった。たしかにしのぶは好ましい女だった。だがだからと言って結婚など私はしない。けど気がつけば私は婚姻届に署名捺印して役所にしのぶと一緒に提出していた。

 

腕まで組んでだ!

 

これじゃあ受付やその場にいた奴等に痛いカップルだと思われてしまうじゃないかッ

 

……だが事実、新婚当時の私たちはまさに痛いカップルそのものだった。

 

 しのぶは夢見がちな少女的ロマンチストだ。彼女にしてみれば新婚生活はバラ色に満ちた憧れだっただろうが私の望む結婚生活とはもっと清貧で節度あり、なるべく普段と変わらない日常なのだ。合う訳がなかった。

 

今思い出しても鳥肌が立つ……お揃いのダサいTシャツを突然リビングで広げて見せられ「明日から一緒に着ましょ?」なんて言われた日にはメーカーの制作者に殺意を抱いたね。

会社に持っていく弁当も蓋を開ければ特大のハート型にまぶしたふりかけが私の眼の中でギラギラと輝いて消えなくなる。同僚たちのあのなんとも言えない生暖かい視線は今でも忘れない。そのせいで私は近所や会社で大の愛妻家として通っている。評判が良いのは結構なことだが不必要な注目まで集めてしまうのは勘弁願いたいものだ。

 

「おまけにしのぶさんと早人くんの為に()()()()まで止めるなんて見違えたぞ吉影~~!」

「家族の為だからな」

「息子が成長してわしは嬉しいぞ~~! お前にも息子が出来るなんてなぁ~~! 母さんも天国で喜んでいるよ~~ッ」

 

 親父の言う通り私には人に言えない()()()()の趣味がある。

この結婚はその趣味に多大な支障をきたした。新婚生活中はしのぶとどうやって手を切ろうかとずっと考えていたが、人間とは不思議なものだ。

長い長い欲求不満生活で疲弊していた私の精神は自分の趣味で得ていた幸福感を彼女との生活にも見いだしていたのだ。

 

正直驚いた。私の趣味は他の要素で代替は不可能だと思っていたからね。

 

だが兎に角その変化は僥倖だった。平穏に生きる目的と趣味がもたらす結果が相反していることは私だって理解している。出来ることならやらずに済ませたかったが今までは決して欲求を抑えることが出来なかった。

 

「爪は1ヶ月前に切ったのみ……フフ……今日も絶不調だ」

 

 私の爪は趣味をしたい欲求が溜まるに比例して伸びる傾向にある。だからこそ、爪が伸びるのを止められる人間がいないように趣味の欲求を止めることも不可能だと考えていた。

しかし、しのぶと生活していくにつれて爪は独身時代から目に見えて伸びなくなった。早人が生まれてからはさらに通常よりも伸びが遅くなったほどだ。

それを見て私は自分の思い込みを悟った。

全ては気の持ちようなのだと。私には守るべきものがいる。

 

過去の私には自分しかいなかったが今の私には家族がいる。

 

「吉影、お前は本当に幸せ者じゃ~~!」

「おいおい、落ち着けよ親父」

 

自分が今幸福なのかどうか……その判断は難しい。

 

 仕事は虫酸が走るほど上手く行きすぎている。家族を養う為に平社員じゃあ満足な生活は出来ないからある程度は出世しなければと考えた。だがそのある程度と言うのが難しい。出世するためには仕事を成功させなければならない。それも他のライバルたちよりも沢山だ。だがどんどん出世するのは困る。出世に比例して妬み嫉みが増え心労が増し家族に割く時間が相対的に減ってストレスが蓄積するからだ。しかしわざと失敗するわけにもいかない。降格されるのは私のプライドに反するし万が一にもリストラの候補に挙がってしまっては眼も当てられない。

 

趣味を再開したい欲求も依然としてある。恐らくは一生この感情は消えないだろう。欲求が溜まって時々不機嫌になる時もある。

 

そして家族がいる。これが評価を難しくする。

しのぶとは奇跡的な出逢いだった。今思い返せば。

果たして彼女のような女性が他にいるだろうか? いいや、いない。根拠はないが確信を持って言える。私が愛する女性はしのぶただ一人だ。

息子は聡明だ。子供は要領が悪いから好きではないが息子は別なのだと早人が生まれて教えてくれた。私のような趣味も持っていなさそうだしきっと将来はきちんと社会で自立できる立派な男になるはずだ

 

 

悪くない────それが今の私の人生に対する自己評価。

 

 

 家に帰れば愛する妻と息子が待っている。以前のように一人でメシやフロを準備して済ませるあの頃には感じられない幸福感だ。

 

 家族と一緒の食卓でメシを食べたり休日に家族と旅行に行ったりするのがこれほど幸福感を得るものだとは思ってもいなかった嬉しい誤算だった。

 

 趣味を封印する努力は今も続けている。そりゃあ辛いが禁酒や禁煙のようなものだと考え前向きに付き合っている。

 

 人生には犠牲が付き物だ。私の場合は自分の趣味だったが……その対価は十分に受け取っている。

 

幸福だ。重ねて幸福だ。

 

 今の私は父として夫として、これからも家族を幸福にするために生きるのだ。

 

 

「キラークイーン」

 

私はその名を呼ぶと背後に猫のような人型の幽霊が現れる。

 

親父が写真の中に入り込める人とは違う能力を持つように私にも特殊な能力がある。

コイツは私の守護霊のようにこれまであらゆる危機から私や家族を守ってくれた。

 

親父もそうだが生まれた時からいた訳じゃない。

寒い日だった。海外に渡航していた親父が帰ってきた翌日の朝、リビングで『矢』に頭を刺されて倒れていた親父を見つけてしまった。

慌てて矢を引き抜こうと私が矢に触ると、矢は独りでに親父から抜け落ち代わりに私の腕に突き刺さったのだ。

 

突然のことにショックで気絶した私だったが、眼を覚ますと親父は生きており写真の中に入る能力を手に入れ、私はこの『キラークイーン』を得ていた。

 

初めの頃はなんて面倒な物を持ってしまったんだと悲観した。だがそれもまさに気持ちの持ちようだった。

 

私は呪いを受けたのではない、『力』を手に入れたのだと。

 

 

『キラークイーン』は私や親父のような能力を持つ者以外には眼にすることは出来ない。そして人間など簡単に殺すことのできるパワーと能力を持っていることが分かった。

 

『キラークイーン』を自在に操ることができてからは私の悲観はむしろ自信へと変わっていた。『キラークイーン』がいれば暴漢だろうがテロリストだろうが敵ではない。あらゆる脅威から私や家族を守れるのだから。

 

 

 

『家族との平穏な生活』

 

 

 

それが現在私の最も優先すべき事柄だ。

 

 だからこそ、もし仮に私たち家族の平穏を脅かす者が現れたのならば、決して許しはしない。『問題』は処理しなくてはならない。跡形も無く……確実に消し去る。

 

この吉良吉影の名に懸けて……!

 

「明日は別の取引先にいかなくっちゃあ~~な~~っ! 今日はシャワーと夕食を済ませたら早めに寝るか……」

 

 

 

 

 

 吉良吉影がシャワーを浴び、早人が自室で宿題にペンを走らせしのぶがキッチンで腕に縒りを掛けている頃、リビングのテレビではニュースが流れていた。

 

 

「こんばんわ、6時のニュースをお送りします。先ずはこちらからです。半年前に杜王町○○◼️5-6◼️のマンションの一室に住んでいた20代の女性が突如として失踪したことについて、警察は事件性がないと判断して捜査を終了すると発表しました。この発表を受けて失踪女性の家族は警察に対して抗議の会見を────」




砕けぬ意思で完結目指します


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吉良吉影は盗まれる

設定確認の為にキラークイーンの能力を確認しましたがややこしくて大変です。


もり♪ もり♪ もり♪ もり♪

 

杜・王・町 レ~ディオ~♪ 

\モリオウチョウレイディオ~/

 

 

「おはようございま~す。今朝の杜王町radioも、お送りするのは『あなたの隣人』カイ原田で~す!」

 

「あなた~~♪ おはよう~」

「パパ、おはよう」

 

「おはよう。しのぶ、早人」

 

今日もいつもと変わらないありふれた朝だ。日課の杜王町radioもいつも通り素晴らしい。こんな何気ない日常の為に会社に行っていると思えば幾分かストレスも和らぐと言った物だ。

 

「早人、紅茶のおかわりは?」

「うん、一杯もらうよ」

 

しのぶたちもいたって普通だ。今日も一日しのぶは家にいて早人は学校。そして私は会社だ。

 

「私も紅茶をお願いできるかな、しのぶ」

「は~い」

 

しのぶは普段通り彼女お気に入りのティーポットで紅茶を淹れている。彼女は知らないだろうな。今夜君に何が起こるのかを。

 

「フフフ……」

 

今日はいつも通りの日常とはいかない。私の部屋の引き出しの奥にはしのぶに今夜プレゼントするために買っておいた舶来の腕時計がしまわれている。今夜は私としのぶにとっていつもよりちょっぴり特別な夜になるだろう。

 

「パパ、今朝は機嫌がいいね。何かあるの?」

「早人もあと10年ばかり経てば自然と分かるさ」

 

紅茶を飲み終え一息つけば既に会社に行く時間だ。

 

「ご馳走さま。さて、鞄を取って会社に行くか……」

 

鞄が置いてある自室に向かい鞄を取ると、突然背後の机の引き出しが開く音に気づいた。

振り向けば其処には空中に浮かぶ鳥のような嘴を持った黄色い人型の物体が、私の机の引き出しからしのぶへのプレゼント用の腕時計が入った箱を持ち上げていた。

 

「ヒャッホー! 高そうな腕時計だぜ~~ッ

  今朝もいい収穫だぜ~~ギャハハ!」 

 

(な、何だアレは!? 私の『キラークイーン』のような物がしのぶへのプレゼント時計を盗もうとしている!)

 

「ま、待てッ  それは私の腕時計だ!」

「んお!? テメー俺のスタンドが見えるのか! このレッドホットチリペッパー様がよォ~!」

 

レッドホットチリペッパーと名乗った物体は警戒するように身構えた。

 

「いや、見えていないか? 腕時計が勝手に宙に浮いているのにビビってるだけか?」

 

どうやら奴は人間に見えない……つまり私の『キラークイーン』と同じか似たような存在のようだ。だから私に姿を見られたのかどうか確信が持てていない。ならば今はあえてその勘違いを指摘せず流れに身を任せるのが得策か?

 

「……う、うわ~~ッ! 腕時計が何故浮いているんだーーッ!?」

 

自分でもわざとらしいのでは思うほどのリアクションをしてみると奴は安心したように不愉快な笑みを浮かべた。

 

「へへッ なんて腰抜け野郎だ! どうやら見えていないようだなァ! 驚かせやがってッ 見えていたらぶっ殺してたぜ」

 

(何故私がこんな安い三文芝居みたいな真似をしなきゃならないんだ。それもこれも目の前のふざけた鳥野郎のせいだ!)

 

「だが残念だなァ~~ハイそうですかって返す訳ねぇだろボケ~~~~!! これはもう俺の物だぜ! アバヨおっさん!」

 

私を嘲笑った存在は目映く光るとバチバチと電気を放ちながら部屋の隅に設置されているコンセントに吸い込まれていった。驚くべきは腕時計もまるで奴と一体になったかのように電気を帯び同じようにコンセントに消えていったことだ。

 

「腕時計がコンセントに吸い込まれていくだと!? まっ待て!」

 

「遅いぜッ ヒャッハー! この音石 明様にかかればチョロいものよーーッ 今日は夕方からぶどうヶ丘の方で路上ライブだからな~~トロトロ盗みもしてられねぇんだよ! よかったら聴きに来てくれよな。ま、おっさんには俺のスタンドの姿も声も見えも聴こえもしねぇがな。ギャ~~ハハハ!」

 

私がコンセントに駆け寄るまでたった数歩、時間にして2秒ほどだったが既に奴は腕時計と一緒に消えていた。

 

「なんて早さだッ 『キラークイーン』を出す暇もなかった……ッ」

 

由々しき事態だ。今日一日は完璧な一日になるはずだった。

よりによって何故今日こんなトラブルに見舞われるのだ。

 

「あなた、大きな物音がしたけど大丈夫?」

「あ、ああ。大丈夫だよしのぶ。朝食の片付けがあるだろ、こっちはいいから君の仕事をするといい」

 

しのぶの声にハッとすると私は無意識に親指の爪を噛んでいた。悪い癖だ、最近は出ていなかったのに。

 

「なんて事だ……ッ 盗まれた……!」

 

値段はどうでもいい。だがあの腕時計はしのぶの為に時計店に頼み込んでわざわざ特注で海外から輸入した物だ。今日の夜しのぶにプレゼントするために3ヶ月も費やして用意したこの吉良吉影の苦労の結晶なのだ!!

 

「それを……それを……あんなふざけた鳥野郎に……ッ!」

 

幸いと言うべきか……しのぶにはプレゼントの事はまだ伝えていない。今回起こったことは不幸な事故としてしのぶには黙っておき、また別の機会に新しいプレゼントを用意する手もある。だが……

 

「ふざけるなよ……ッ この吉良吉影が何処の誰とも知らないあんなチンピラみたいなカスにコケにされて黙っていられると思うか!」

 

だが追いかけようにも盗人は電気のような姿になりコンセントの中に消えていった。おそらく奴の能力は体を電気状に変化させ通電物質を介して移動する能力だろう。ここらは住宅地だ、電線はそこらに張り巡らされているだとしたらもう既に近くにはいないだろう。

 

「厄介だな……『キラークイーン』の射程はせいぜい一・二メートル。仮に射程に収めたところであの速さでは奴に触れられるかどうか。

それにそもそもどうやって奴を見つける?」

 

杜王町は小さいようで広い。ベッドタウンとして5万人近い住人が住み観光客だけでも年に20~30万人が訪れる都市だ。そこでたった一人の顔も名前も知らない奴を探すなど不可能だ。万事休すかと思った私だったが逃げ去る時奴が口走ったことを思い出す。

 

「待てよ、名前……そう言えば奴は逃げる時に名乗ったな? オトイシ……そう、オトイシアキラだ。しかもどうやら今日の午後にぶどうヶ丘で路上ライブをするようらしい。そう、確かに言ったぞッ 聴いたぞッ!

マヌケな奴め。油断して自分の情報をバラすだなんてな」

 

名前が分かれば話は早い。自分は絶対安全と思い油断した状態で喋った情報だ。嘘ではないだろう。

 

「オトイシアキラ……必ずこの報いを受けてもらうよ」

 

さて、どうやって仕返しをするのか考えるのも大事だが、とりあえず今は仕事に行かなくてはな。

 

「やれやれだね。今日は午前に取引先でのプレゼンテーションがあるんだったな。会社勤めも楽じゃない」

 

 

 

 

 

 

 

私は杜王町から程近い場所にあるとある企業の大きな会場で指し棒片手にカメユーチェーン一押しの商品を説明している。

 

しているのだがこれは何だ?

 

今日のプレゼンは専務の話ではいつも通りの通常営業だと聴かされていたが会場の会議室は100人は軽く収容できる大ホールだ。いならぶ取引先の面々もどう見ても役員クラスがチラホラと座っている。しかもわが社の方も同席は私と部下と上司の専務だけの筈が何故か副社長までいる。

 

これの何処が通常営業なのだ。

 

とは言え、私も会社員。家族の為に仕方なく会社に忠誠を誓ってやっているからと言っても与えられた仕事はキチンとこなさなくてはならない。

 

「プロジェクターをご覧ください。此方のグラフはここ10年間のわが社の独自の販売方法の効果を具体的に数値化したものです。Aが従来のデパートの売上、Bがわが社の販売方法を実践した場合です。もちろんデータは信用できる第三者によって導き出された詳細な科学的データで、全国各地の全店舗で成果を上げています」

 

 

 

「彼、なかなかいいプレゼンをするな」

「ありがとうございます副社長。吉良吉影、私の部下で最も優秀と言える男です。先月もY県やF県の上場企業との契約を取り付けた腕利きですので今日のプレゼンもご期待ください」

 

 

 

「……ですから今期、御社が自信を持って提供する新商品は、わが社の洗練された販売網によって顧客のニーズと確実にマッチするものと考えております」

 

 

プレゼンが終わり幾つかの質問が上がるが私は急いでいる。取引先の奴等の考えている不安など私にはどうでもいいが早く仕事を終える為に私は一つ一つの質問に適切かつ迅速に答えた。『不安』を考えるのは得意だからな。

 

 

 

 

 

「いや~~素晴らしかったよ吉良君! 相手方の重役もかじりついて君の話を聴いてたからこの契約は貰ったも同然だね。上手くいけば10億、いや来期も継続して契約してくれたらそれ以上の成果だよ!」

 

なんとか午後になるまでにプレゼンが終わり帰り支度をしていた私だったがホクホク顔の専務によって呼び止められた。私としてはとっととぶどうヶ丘に行きたかったがなんとか当たり障りなく受け答える。

 

「そうですか、それはよかったです専務。全ては専務や課の皆さんのお陰ですよ」

「君の謙遜も相変わらずだね~~。同席してた副社長もいたく君のことを評価していたよ。この調子ならあと二・三年もすれば君に追い抜かされているだろうね。はははっ!」

「ご謙遜を……私など大舞台を任されてはいますがここまで来るのには部下の力は必要不可欠でした。彼らの協力がなければこのプレゼンも出来なかったでしょう。評価をするのでしたなら是非とも部下たちをお願いします」

 

私が求めているのは社会的成功ではない。あくまでも自分と家族の幸せだ。周囲からチヤホヤされたり億万長者になったところで気苦労に苛まれる人生を送るのは御免だ。

 

「偉い!」

「ふ、副社長!?」

 

いきなりカメユーチェーンの副社長が現れた。どうしてだ?

 

「吉良吉影君と言ったね? 君は実に良くできた管理職だ。自分の評価よりも部下の評価をしてくれなどとは私でもなかなか言えない台詞だよ。控え目に言っても感動した! 君は結婚していると専務から聴いたが実に惜しい、独身だったら私の娘を紹介したよ」

 

「い、いえ……ですから私の力など部下あってのモノでして……」

 

「何言ってるんですか吉良部長!」

「部長あっての私たちですよ!」

「そうですよ! 吉良さんがいなかったらこんな大きな企業と取引なんて出来ませんでした」

 

「き、君たち……」

 

ちょっと待て、話がおかしな方向に流れている。何故私の部下たちは口々に私を誉めるんだ? 何故副社長と専務はそんな感心した眼で私を見るんだ?

 

「うん、うん! よいリーダーはよい部下を育てるものだ。我らがカメユーチェーンは安泰だな。社長にも君の事は報告しておくよ。勿論良い意味でね」

 

 

「………………ありがとう、ございます」

 

 

 

どうしてだ。どうしてこうなる。

クソ……どうしていつもいつも仕事が上手く行ってしまうんだ? 私が一度でも出世したいと言ったか? 私が何をしたって言うんだ。いっそのこと何か大きなミスでもするか? いいや駄目だ。地方にでも飛ばされたら私の生活はどうなる。この素晴らしい町である杜王町以外での暮らしなど考えられない!

部長になったのだって仕方なくだ。それが気づけば出世コースを爆進してしまっている。今日だって目立たず目立たずプレゼンをしようと思っていたのに……!

それも、これも、全部、あの『オトイシアキラ』のクソッタレのせいだ!

 

人知れず爪を噛んでいると部下の女子社員たちがやって来た。嫌な予感がする。

 

「吉良部長! これから皆でプレゼン成功のお祝い会をするんですけど一緒に行きませんか?」

「主役の部長がいないと盛り上がりませんよ?」

「私たち吉良さんともっと仲良くなりたいです♪」

 

「……」

 

この手の女たちは私が結婚してからもひっきりなしに現れる。私は浮気をする男じゃない。常に愛する女性は一人だけ、そしてそれはしのぶのことだ。君らじゃぁない。

 

 

 

「……すまない。今日は妻と食事の約束をしていてね。代わりと言ってはなんだがこれで皆で美味しい物を食べるといい」

 

私は予め用意していた金を祝儀袋で部下たちに手渡しその場を後にした。なんの未練もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「あーん! 今日も吉良部長を誘えなかった~~」

「やっぱりガード固いよねぇ」

「奥さん羨ましいなぁ」

 

「やめとけ! やめとけ!」

 

去って行く吉良の後ろ姿を見ながら口々に姦しい会話をする女性社員たちの間に一人の男が割って入った。

 

 

「アイツの人付き合いの悪さは会社一だよ。

『吉良吉影』年齢33歳。既婚者。

仕事は真面目でそつなくこなすが今一つ情熱の感じられない男……と言うのは表向き。本当は超が付く愛妻家で家族の為に残業はしないし飲み会にもほとんど参加しない出来た夫だよ。

付き合いは悪いが人間的には悪い奴じゃない。俺や他の同僚はあっという間にアイツに抜かれちまったが嫌味にはあまり感じないね。フォローが上手いと言うか、出世にガツガツしてないからキチンと周りにも気を配ってる所は流石と言うべきかな」

 

「本当にそうよね、他の部署の管理職なんか全員部下には厳しいけど上司にはゴマ擦っちゃってさぁ」

 

「その点、吉良部長は私たちのことよく気にかけてくれるしこの前昇進の話も大切な部下がいるからって別の管理職に譲っちゃったんだってさぁ。他の部署の子たちから吉良部長の部下で羨ましいってよく言われるのよね~~」

 

「吉良さんって何か勝ち組ってオーラが凄いよねぇ。仕事はバリバリこなして会社の次期役員はほとんど確実だし着てる服はどれも高級ブランドでお洒落だしさぁ。あ~あぁ、奥さんが羨ましいなぁ。独身だったら私絶対アタックしてたのにぃ」

「あはは、私も~~」

「吉良さんて本当に素敵だよね~~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は午後5時を回った頃、青年がぶどうヶ丘高校に程近い路上でギターを弾いていた。

名を『音石 明』彼の路上ライブに歌はない。だが、只ひたすらギターの弦を弾く演奏は異様な熱気を放っていた!

 

観ろッ この俺様のテクを! 

聴けッ この俺様の魂のビートを!

震えろッ この俺様の才能に!

刻めッ この俺様の生きざまを!

 

そう言っている。

彼の奏でる音楽はそう言っている!!

 

 

「イェーイ、サンキュー!」

 

 

フィニッシュを汗が滴りながらもカッコ良くキメた音石だったが、観戦者は一人もおらず辺りには通行人すら通っていなかった。

 

「チッ……能無し共が! 俺の才能に気づかないなんて耳が腐ってんな。イライラするぜ、今度はこの辺りの家から金目の物を巻き上げてやるッ」

 

「いや、なかなかパンチの効いた良い曲じゃないか」

 

「おっ分かってくれるかあんた! ……て、あれ? 今のは誰が言ったんだ?」

 

音石は首をかしげた。背後から掛けられた声援に振り向いたが其処にはただ身の丈ほどの塀があるばかりで人などいなかったからだ。

今日唯一のファンを探そうとキョロキョロと辺りを見回す音石だったがその次に掛けられた言葉に彼は心臓が飛び上がった。

 

「だけど弾き手が盗人だと分かればどんな音楽も陳腐に聴こえてしまうよ」

 

「な、なんだと!? レッドホットチリペッパー!」

 

音石は自らのスタンド『レッド・ホット・チリペッパー』を側に出現させ周囲を警戒した。だが相変わらず周囲に人影はない。

 

「何処だ! 何処に隠れてやがる!! 人を泥棒扱いしやがってッッ 只じゃおかねぇ!」

 

「泥棒を泥棒と言って何が悪いんだい? 大泥棒くん」

 

「泥棒だぁ~~? 言ってくれるぜ! 証拠はあるんだろうなァ! 証拠は!」

 

「無いな」

 

「アァ!? ふざけてんのかテメー!!」

「その『スタンド』と君が言っている存在を使って盗みを働いているのだろう? なら証拠は何処にも無い。考えたものだ」

 

(ば、バレてやがる!? 何故だ? 何故俺様の盗みがバレてるんだッ 待て、スタンドだと? ならコイツも──)

 

「テメーもスタンド使いか!?」

 

「ハッキリそうだとは言えないが、確かに私も君と同じような能力を持っているよ。自分で言うのも何だがかなり強いよ、私のえーと……『スタンド』は」

 

「ク───ッ!」

 

音石は姿の見えないスタンド使いを警戒し背後の塀を背にして身構える。既に臨戦態勢に入っておりいつでも攻撃ができる状態だがいかんせん敵の居場所が分からない。彼は不安と焦燥に駆られていた。

 

「何処だァ……何処に隠れてやがる! 卑怯だぜ、出てこい!」

「君は人類の進化に乗り遅れて耳が退化してしまったのかね? それではギタリストは諦めた方がいいんじゃァないか」

 

「て、テメー! おちょくるのも大概に……ハッ!?」

 

音石は、姿の見えないスタンド使いの言葉の意味にようやく気づいた。

 

聴こえる!

自分が背にした塀の向こうから、声が確かに聴こえてくる事を!

 

(い、いるッ 誰だか分からねぇが俺が背にしている塀の向こう側にこの声の主がいやがる!! ちくしょう!)

 

音石は自身の迂闊を恥じた。相手の正確な位置も分からない状況で既に相手に背後を取られてしまっては主導権を握られたも同然だからだ。

 

「……へっへへ、参ったぜ。お、俺の敗けだよ。盗んだもんなら色付けて返すぜ。ナニを返せばいい?」

 

塀の向こう側にいるであろう男は暫し沈黙した。時間にすれば僅かな間だったが音石は固唾を飲んで相手の反応を待った。

 

「……返して、くれるのかい?」

 

その言葉は音石が最も望んだものだった。

 

(かかったなァ! 俺は既に逆転の作戦を実行中だ。俺のスタンドは真上の電線を伝い迂回してお前の背後に忍び寄ってるんだぜ~~?)

 

「ああ返すぜ。許してくれ……出来心だったんだ。闘う意思はねぇよ」

 

「ふーーむ……」

 

男の考え込む態度に音石は早くも勝利を確信した。彼に話し合う気など無く、邪魔物を排除する意思だけが彼を突き動かしていた。

 

(ケケケ! もうすぐテメーの背後に回るぜ。そのマヌケヅラ拝ませて貰ってから電線の中に引きずり込んで黒焦げの死体にしてやるッ!)

 

「君が返してくれると言うなら───」

 

「馬~~鹿~~め~~! 俺のスタンドはもうお前の背後にいるんだよ────ッ!」

 

音石はスタンド越しに視界を繋ぎ堪えていた怒りや嘲笑を爆発させながら塀の向こう側にいる男に襲いかかった……

 

「死ねぇ! レッド・ホッ……」

 

 

 

───────筈だった。

 

 

 

「なッ……ナニーーーー!? 携帯電話だとッ しまった───こいつ、電話越しで俺に話しかけてやがッたのか!?」

 

スタンド越しに音石が見た光景は、自分がもたれている塀のちょうど裏側にテープで貼り付けられた通話中の携帯電話だった。

 

 

「コッチヲミロォ……」

 

 

音石が耳元で囁く不気味な言葉にゆっくりと振り返えると、其処には髑髏の顔が付いたラジコンカー程の物体がキュラキュラと無限軌道を動かしながらゆっくりと音石に近づいていた。

 

音石はそれが直ぐ敵のスタンドだと察した。

 

「テメーに似合いのチンケなスタンドだぜ! 本体が隠れてるならスタンド越しにぶっ殺す!!」

 

音石は瞬時にスタンドを呼び戻し髑髏のスタンドと対面した。

 

「俺のスタンドは電気がエネルギー! そして俺の頭上には電線が張り巡らされている。もう分かるよなァ、クククッ つまりスタンドエネルギーはMaxchargeだぜーーッ」

 

音石がギターを掻き鳴らすと彼のスタンドもまたそれに呼応するように体から激しく放電し巨大に成っていく。それは、さながらに大出力のテスラコイルの輝きであった。

 

「油断したな! 充電が貯まれば貯まるほど俺のスタンドは速くッ硬くッそして強くなる! 不意討ちしてスタンドを持ってるからってイキってんじゃねェーー! この三下がッーー!」

 

音石のスタンドは光速に近い速さで髑髏のスタンドに拳を何発も叩き込みアスファルトの道路が大きく陥没するほど深く沈めた。

 

「クククッ Max充電の『レッド・ホット・チリペッパー』の全力ラッシュだ……まず死んだな。万が一生きてたとしても再起不能ゥ!」

 

音石は自分の勝利を疑ってはいなかった。だからこそ、敵のスタンドが消滅したのかどうか確認もせずに警戒の糸を切ってしまった。

 

だからこそ、意気揚々と帰り支度をする音石はあり得ない筈の音を聴き硬直する。

 

「コッチヲミロ~~!」

 

音石は見た。

アスファルトの破片の中から自分を見つめる光る双眼を。

 

ここに来て音石は、自分が取り返しのつかない油断をしてしまったのではと言う恐れで精神を揺らした。

その揺らぎが、突然高速加速した髑髏のスタンドの動きを見失なわせた!

 

「あり得ねぇだろッ!? 最大充電した俺のスタンド攻撃が効─────」

 

 

 

大きな爆発だった。

 

 

 

音石明に真正面から突っ込んだ髑髏のスタンドは辛うじて防御に回った『レッド・ホット・チリペッパー』の腕に触れた途端、爆発した。

 

しかし周囲の民家からは誰も様子を見ようと出てくる住人はいない。この事象を認識できるものはスタンド使いだけだからだ。

 

 

「ホギャーーー!? う、腕がァ──────ッ!」

 

 

爆発をガードした『レッド・ホット・チリペッパー』の左腕は肘から先が無くなっていた。スタンドのダメージは本体にもフィードバックされる。

音石の左腕もまた『レッド・ホット・チリペッパー』のように爆散して辺りを血で汚していた。

 

 

「お……俺の腕をッ 絶対に許さねぇ!!! 電線で充電だッ 『レッド・ホット・チリペッパー!』 んナァ!??」

 

電線を切断し電気を取り込もうとした音石は眼を疑った。スタンドを飛び上がらせた直後、周囲の電線全てが爆発し電気も何もかも消えてしまった。

 

「な、何が起こったんだ……? 電線が……爆発しただと!?」

「コッチヲミロ~~!」

 

「ヒ───ッ!?」

 

(何なんだこのスタンドは!? フルパワーの『レッド・ホット・チリペッパー』が倒せないスタンドなんざいる訳がねぇ! なのに……なのに……)

 

「イマノバクハツハニンゲンジャネェ~~!」

 

「何なんだお前は~~~~!!!」

 

 

音石の叫びは立て続け起きた二度三度の爆発によって掻き消えた。両足が惨く爆散した音石は道路に崩れ落ちるしかなかった。

 

 

「あ、あんまりだ……惨すぎるぜェェ~~~~!」

 

 

最早音石に戦意などなかった。あるのは生物に残された唯一絶対の心理、生存だけだった。

 

「そうそう、そうやって地べたに這いつくばっていてくれよな。オトイシアキラ君」

 

うつ伏せに倒れた音石は男の革靴しか見えなかったが、それはある種の幸運でもあった。

 

(め、目の前にいやがる! 髑髏のスタンド使いが……! だ、駄目だ、殺される! 死にたくねぇ……ッ)

 

音石は顔を上げることも出来たがあえてしなかった。その心理は、絶対的な権力者と奴隷の関係に酷似していた。

 

「助け……助けてくれェェ~~ッ 誰だか知らねぇが俺に金目の物を盗まれた奴だろ!? 返すよ! 俺が他の奴から盗んだ物をやる! だから殺さないでくれぇ~~」

 

「殺す? 勘違いしないでくれよな。昔なら有無を言わせず殺してたかもしれないが私は成長したんだ。それに君には顔も見られていないから殺しはしないよ。安心しなさい」

 

「ほ、本当か!?」

 

「ああ本当だとも、私は悪人じゃない。ただ、今から君をボコボコにしてやるから覚悟してくれよな?」

 

一変して男の足が唯一無事であった音石の右腕を容赦なく踏みつけた。

 

「君の盗人猛々しいしみったれでクソッタレな性根が後悔と苦痛で埋め尽くされるまで何度でも何度でも殴って千切って潰してやる。決して殺さずに……ね」

 

「ひ、ヒィィィ……ッ」

 

音石にとって男の言葉は間違い無く人生最大の恐怖だった。悲鳴を上げても無駄なことは理解していたからこそ、これから自分に何が起こるかを想像しガチガチと歯が鳴った。

 

男はそんな音石の心情を知ってか知らずか音石の右手を手に取り興味深く観察しだした。

 

「それにしても君の手、ギターをやっているからかタコが酷いな。指先も皮膚が角質化してカチカチだよ。全く、美しくないな」

 

「へ……? ぎゃァ!!!」

 

男は音石の右手をアスファルトと革靴の間で挟み何度も、何度も、何度も、爪が割れ骨が折れてもても構わず踏みつけた。

 

「この手だね。盗みをする悪い手は……この手だなァーーーーッ!!」

 

「ウギャァ~~!!」

 

「この手だ! この手が悪いんだ! 反省しろッ よッ ナァ~~!! 」

 

「か、勘弁してくれ~~! 右手だけは、右手だけは止めてくれ~~!」

「お前が悪いんだッ お前のせいでワザワザ携帯をもう一台買う羽目になったんだからなァーーー!」

 

音石に残された手段は懇願しかなかった。嵐が何事もなく過ぎ去るよう天に祈る無力な人間のように、額をアスファルトに血が出るほど擦り付けて懇願した。

 

「Fu~~~~助かりたいかい?」

「ああ! た、た助けてくく、くれっ!」

 

「許してほしいかい?」

「悪かったよ! 謝る! 俺が悪かった! 二度と危害は加えません! あなたに服従します! パシリでも何でもしますからッ どうか────ッ」

 

「コッチヲミロ~~~!」

「ひっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「駄目だね」

 

 

 

 

 

 

 

 

下された判決はギルティー! 

有罪! 

死刑執行!

 

 

「イギャァァァァお助け~~~~!!」

 

 

 

 

 

 

辺りは屋外だと言うのに血の臭いで充満していた。その理由は全身から血を流している音石明を見れば明白だ。

 

「あガッ……ガガガッ……俺のギターが……俺の腕がァ……ひっひへ」

 

「全身満遍なく吹っ飛ばしたが……二度と悪さができないようにもっと痛め付けるか? この私に復讐なんて馬鹿な感情を抱かないようにね……ん?」

 

 

「本当に聴こえたのかァ? こんな場所で爆発音なんて」

絶対(ぜって)ェ~聴こえたぜ仗助! ボカァーーンってよォ~~」

 

「不味い……少し騒ぎすぎたか。だが盗まれたものは取り返した。後は騒ぎを聞き付けた奴等が救急車でも呼ぶだろう」

 

 

男は小さな箱を音石明の鞄から取り出しその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

早人が寝静まった頃、私はしのぶを寝室に呼び出した。

 

「なぁにあなた? かしこまっちゃって……」

「しのぶ、今日は何かの記念日って訳じゃないが日頃妻として母として頑張っている君に私からのささやかなプレゼントをさせてもらうよ」

 

しのぶは私が取り出した腕時計を数秒じっと見つめた後にゆっくりと私を見て大きく深呼吸した。

 

「まぁ! あなたこれ……私が前に好きだって言ってた海外のブランド時計じゃない。確か予約は一年先まで埋まってるって、大変だったでしょう?」

「そんな事はないさ。君の為と思えば()()()()()()()()()()。さぁ、早速はめて見せてくれ」

 

腕時計をはめたしのぶは恥ずかしげにそれを見せた。

 

「ど、どう? 似合う……かなぁ」

「うん、やはりこの時計を選んで正解だ。良く似合っているから君の美しい手が更に引き立っているよ」

 

「そ、そんな……美しいだなんて。私もう30過ぎてるのよ?」

 

私はしのぶの手を取りゆっくりと撫で回し手の甲にキスを落とす。その際にピクッと手が震えたが其処がまた可愛らしい。

 

「自分の妻を美しいと言って何が悪いんだい? 年齢は関係ない。君は私の最愛の女性だよ、しのぶ」

 

言うが速いかしのぶは私に抱きつきそのままベッドに押し倒した。すごい力だ。

 

「あぁ! なんて素敵なのあなたは! 結婚して10年経っているけどあなたは出会った頃と変わらないわ! ううん、むしろもっともッと魅力的よ───ッ!!」

 

 

どうやら今夜はぐっすりと寝れないようだ。幸福なことに代わりはないがな。

 




バイツァ・ダストって元の歌詞の通りの能力だよな。←なるほど、わからん。


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吉良吉影は出逢ってしまう

沢山の評価感想ありがとうございます。

いきなりの評価に若干のポルナレフ状態でしたが恐怖を克服して投稿します。


 杜王町ぶどうヶ丘病院の病院エントランスで、仗助、億泰、康一は空条 承太郎を中心に話し合いがなされていた。

 

「仗助、それで虹村 形兆を襲ったスタンド使いだと言う音石 明はどうだった?」

「どうもこうもぶったまげましたよ。下校の途中で億泰が爆発音を聴いたってんで行ったら血塗れの男が倒れていたんですもの! かなりヤベー状態でしたけど『クレイジーダイヤモンド』で慌てて傷を治しましたからなんとか一命は取り止めましたよ」

 

「成る程な。で、音石明は今?」

 

「ここのぶどうヶ丘病院の隔離病棟に入院中っス。怪我は俺が治したんスけどよっぽど恐ろしい目に会ったのか、かなり怯えちまってまともに話が出来ない状況ですよ」

「俺はよう~~音石の野郎は兄貴を殺そうとした奴だからよう~~見つけたらぶっ飛ばしてやろうと思ってたけどよ~~さすがに野郎のあんな姿を見たら殴る気も起きねぇ。哀れすぎだぜ」

 

億泰は隔離病棟で拘束具に縛られながら絶えず悲鳴をあげる音石明を思いだし複雑な心境であった。

 

「スピードワゴン財団が音石明の自宅を捜索してみたが形兆から奪った矢と弓が見つかった。それと奴がスタンド能力を悪用して集めただろう5億はくだらねぇ額の金品もな」

 

5億と言う単語に反応した億泰は学生服に付けられている$マークのように眼を輝かせながら指を折った。

 

「ご、5億ゥ? ヒェェー凄ぇなそりゃ! 5億つったら1万円札が~~えーと~~5千枚? あっ5億枚? ありゃ? 何枚だ康一?」

 

「5万枚だよ億泰君」

 

「どっひゃ~~! すんげぇのなぁ~~!」

 

道端でひっくり返る億泰を傍目に承太郎は険しい表情だった。それは黒い渦のように承太郎の頭の中をぐるぐると回り更に眉間のシワが濃く刻まれていく。

 

「音石 明は何者かの襲撃を受けた。それもスタンド使いのな。音石 明は誉められた人物じゃない。金品を盗まれたスタンド使いの復讐か、虹村形兆のように矢でスタンド使いにした奴の反逆か……どちらにせよソイツは音石 明を一方的に、徹底的に再起不能にしたほどのスタンド使いだと言うことだ」

 

仗助もまたつい先日自宅に現れた音石 明のスタンド『レッド・ホット・チリペッパー』に苦杯を喫した過去を振り返った。

 

「俺は奴のスタンドと闘ったことがあったがマジで強ぇスタンドだったぜ。そんな奴をいたぶるように倒すなんて正直言って信じられねぇ」

 

億泰は恐る恐る自身の隣に佇む男に視線を泳がせた。

 

「……心当たり……あるか? ()()()()……」

 

兄貴と呼ばれた男、虹村 形兆は承太郎たちから一歩離れた場所から不機嫌そうに腕を組んでいた

 

「…………」

 

「おいっ、あんのかよ形兆!」

 

「まず……始めに言っておくぞ仗助。電線に引きずり込まれた俺を貴様のスタンド能力で助けてくれた事には感謝しよう。だが弟のように貴様と馴れ合うつもりはないッ」

 

「あ、兄貴……」

 

虹村邸にて突如仗助たちを強襲した『レッド・ホット・チリペッパー』から億泰を庇った形兆は、弓と矢ごと電線に引きずり込まれたが、仗助のスタンドによって辛くも一命を取り止めた。

 

「たくっ……勝手にしろよな。だがこれだけは答えろよ。お前が矢で射った奴の中に音石の野郎をボコボコに出来るスタンド使いはいるのかよ!」

 

「……いない。俺が矢でスタンド使いにした奴等の中には音石 明を倒せるかもしれないスタンド使いはいたが一方的に倒せる様な強力なスタンド使いはいなかった。ソイツは俺の矢でスタンド使いになった奴じゃないな」

 

「手がかりなしかよ……ま、案外正義感に燃える良いスタンド使いかもしれねぇが」

 

 

 

「俺はそうは思わない」

 

 

 

「承太郎さん?」

「音石 明の傷は奴をいたぶってできた傷だ。決して殺さず、あえて苦しむようにな。だからこそ音石は傷が治った今も病室で怯えている。これは俺の勘だが、この謎のスタンド使いからは何かとてもどす黒い意思を感じる」

 

「あ、あのう~~、取り敢えず音石 明はもう悪さが出来ないみたいだし……一応結果オーライなんじゃないですか? これで心置きなく仗助くんも、その……お父さんに会えるんだしさ!」

 

康一の言葉に仗助は塩をふったカタツムリの様にげんなりと力が抜けたように項垂れた。

 

「ゲェ……忘れてた。承太郎さん、やっぱり来ちゃうんですか?」

「ああ。本来の目的は音石 明を探すためだったが、結果的に隠し子になってしまった息子の仗助に会うのもジョセフ・ジョースターの大事な目的だからな」

「うぇぇ……プレッシャ~~」

「それとな……仗助、もう一人お前に会いたいと言っている人物が急遽現れた」

「え? 誰ですかそれ。まさかもう一人の隠し子なんて言いませんよねぇ」

 

「ぬ……それは……」

 

承太郎は珍しく窮したように言い淀んだ。そのハッキリとしない態度に康一は内心驚いた。

 

(うわ~~承太郎さんがどもってるぞ? レアシーンだ。いったいどんな人が来るんだろう)

 

「……あながち的はずれでもない。その人物はジョセフ・ジョースターの実の娘。血縁上は俺の母親でお前の腹違いの姉、空条ホリィだ」

 

一拍

二拍と間を置き三拍目に本日最大の声量で仗助は叫んだ。

 

「うぇぇ~!? 承太郎さんの母親で俺の義姉ぃ~~!?」

 

「本人がどうしても義弟に会いたいと年甲斐もなくはしゃいでな……今日、ジョセフ・ジョースターが入港する港で待ち合わせる予定だ」

「あ、あの~~俺ぇ勉強しなくちゃならないんで~~申し訳ないんスけど今日はパスで……」

 

仗助は背を縮ませソロリソロリとその場を逃げ去ろうとしたがいつの間にか元いた承太郎の目の前に移動していた。

 

「そろそろ港に移動してもいい時間だ。取り敢えず今日の集まりはこれでお開きといこう」

「ずっりぃ~~こんなことで時止めとか、てかスルー? 承太郎さん、そりゃねぇよ~~」

 

「用がすんだなら俺は帰らせてもらう。行くぞ億泰!」

「あっ、待ってくれよ兄貴~~! 仗助、康一、承太郎さん! またなー」

 

 虹村兄弟がいなくなった後も仗助はしばらく病院内を行ったり来たりを繰り返し踏ん切りがつかずにいた。それを見かねて康一が仗助を説得する。

 

「仗助君、ジョセフさんもせっかくアメリカから来てくれるんだしさ。一回くらい会ってあげてもいいじゃない」

「……はぁ~~そうだよなぁ、いつまでもウダウダすんのはグレートじゃねぇよなぁ。よっしゃ! 親父だろうが姉貴だろうがグレートに会ってやるぜ!」

 

仗助が覚悟を完了させた直後、病院に向かう道から一人の男が必死の形相で仗助たちの方に近づいてきた。

 

「ハァ──っ ハァ──っ ハァ──っ!」

 

「なんだ? あのおっさん」

「子供を抱えているようだが……少しヤバそうだ」

 

男は両腕で子供を抱えていた。しかしその子供の状態は明らかに普通ではなかった。

 

「おいっ退いてくれ! 私は早く息子をこの病院に連れて行かなければならないんだッ」

 

溶けていた!

ドロドロに子供の足や手が見るも無惨に溶けていた!

 

「なっなんじゃこりゃ!? 体がドロドロに溶けてるぜこの子供ッ」

 

ショッキングな光景を見て怯んだ仗助に、承太郎がすかさず警告した。

 

「危ない仗助! 何か飛んでくるぞッ」

 

承太郎はスタープラチナの驚異的な動体視力で捉えていた。謎の男とその息子目掛けて飛来する『刺』のある弾丸のような飛翔物を!

 

「不味い───ッ あのクソ鼠めがッ 『キラークイーン』!」

 

大きく悪態をついた男はいきなり『それ』を出現させた。

 

「なにィーーー!? 『スタンド』だとーー!」

 

男が出した『スタンド』が真下の地面に触れた瞬間にアスファルトの地面が大きく爆発し、その衝撃波と破片によって飛翔物は男に直撃する前に迎撃された。

 

「うわ~~~~! アスファルトの道路が爆発した~~!?」

「これは……!?」

「な、何者なんだ!? この男は!!!」

 

仗助たちは謎のスタンド使いに視線を一点に集中させていた。だが男は息子を抱き抱えながらも器用に親指の爪を噛んでいた。

 

「……全く、なんて一日だ。こんな酷い一日は初めてだ……ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は営業先からの直帰だ。時刻は午後4時を回っている。

部長職にもなって毎日せっせと営業に行くのは私くらいだと思うね。部下の奴等が一向に使えない為かわざわざ営業先から私を指名してくる所が多くて本当に困っている。

 

「そろそろ本気で部下の育成にも力を入れるか……今のままでは重要な案件は全て私がこなしてしまって結局評価が積み重なってしまう……」

 

管理職はやることが多い癖に見返りが薄い。会社を辞めて資産運用で生活する自信もあったが、それはそれで新たな労力とストレスが生まれるだけなので今の会社に落ち着いているのが現状だ。

 

足取り重く自宅に着き玄関の扉を開けようと鍵を差し込むと、扉の隙間から親父が勢いよくヒュンと写真に乗って現れた。

 

「吉影~~! 大変じゃ~~ッ」

 

「おいおい親父、いくら今日はしのぶが隣町まで出掛けているからって早人もそろそろ帰ってくる時間だぞ? あまり騒がしく家の中を動き回るのは……」

「そっそっそっそれが、早人君がッ 早人君が大変なんじゃ!」

 

「早人が? いったい何が……」

 

「玄関が開く音がしてわしは早人君が学校から帰ってきたと思ったんじゃ。じゃがすぐに恐ろしい悲鳴が聴こえて慌てて玄関にいったら……いったら……」

 

「早人ッ!?」

 

鍵を開けて玄関を開けるとそこには手足が見たことが無いほどドロドロに溶けた早人が倒れていた。

 

「この通り早人君の腕や足が溶けて倒れていたんじゃッ すまない吉影~~! わしは何も出来んかった~~ッ 苦しむ早人君を前にしてわしは無力じゃった~~!」

 

「嘆くのは後だッ 助けをッ そう、救急車をッ……繋がらない!? 何故だ!」

 

慌てて家の固定電話の受話器を取ったが何故か繋がらなかった。故障なのか電話線に異常があるのか分からないが直している時間はなかった。

 

「仕方ない、とにかく病院に連れて行かなければッ ここからなら車を使えばぶどうヶ丘病院が一番近い!」

 

私は急いで庭に駐車させている車に飛び乗りキーを回したが、一向にエンジン音がかかる気配がなかった。

 

「馬鹿な!? エンジンがかからないだと! 昨日車両点検をしたばかりだっていうのに……ええいッ」

 

こうなったら『足』で移動する他無い。運よくタクシーが道すがら捕まると考えるのはあまりに楽観的だ。そうなれば遠いが自力で行く方が確実と言うものだ。

 

自力で行くと決断し車から降りた私は早人を抱えようと座席を振り返った瞬間、偶然にもバックミラーに映る飛翔体を捉えた。それは私に向かって一直線に高速で接近してきていた。

 

「───はっ!?」

 

間一髪で体を捻り躱した私は、シートに突き刺さっている『針』を発見した。手に取り観察しようとしたが今度は複数発の『針』が迫ってきた。

 

「針? なんだこの針は───ま、まただッ!?」

 

ドアを閉めて早人と共に反対側のドアから脱出した私は庭で我が家に入り浸っていたブリティッシュ・ブルー種の『猫』であろう死骸を見た。

 

「うっ……あの『針』が刺さっているぞ。つまりあの『針』のせいで早人も?」

 

「吉影、危ない!」

 

しのぶが可愛がっていた野良猫が変わり果てた死骸になっていることに気を取られ、次なる『針』の飛来を失念していた私の背後に親父が躍り出た。親父は写真の縁を針で貫通され地面に差し留められてしまった。

 

「親父!」

「だ、大丈夫じゃ。針で地面に留められて動けんが今は早人君が先じゃ。わしのことはいいから病院に連れて行くんじゃ~~!」

 

確かに親父は幽霊。この3人の中では最も死ぬリスクが少ない。とは言え幽霊もスタンド攻撃は効く。もう一度死ぬことに変わりはない。

 

だが家庭を持った時、私は親父に宣言した。

 

 

────これからは息子と妻を優先する、と。

 

 

「……分かったよ親父。兎に角こうなったら足で病院まで行くしかない。だがいったいあの『針』は何なんだ。誰かが私と早人を狙っている。たぶんあの『針』を飛ばしているのは『スタンド』だが本体の姿が見えないッ」

 

早人を抱え病院に急ぐ私だったが常に周囲を警戒しつつどこから来るとも分からぬ『針』を躱すのは非常に神経と体力を使った。そして『針』は一方向からだけではなくあらゆる方向から放たれ正確に私を狙ってきた。

その為私は広い大通りは避けて遮蔽物の多い脇道へとルートを遠回りしなければならず、大きなロスとなってしまった。

 

「いったい敵はどこから『針』を撃ってきているんだ!? 辺りを探しても人影はない……まさか敵の姿も見えぬ程に遠く離れた距離から攻撃しているとでも言うのか!」

 

『スタンド』がどの程度個人で変化があるのかは分からないが常に移動している私を敵も追っているはず。なのにここまで全く不審な人影は見られない。それどころか人影すらない路地裏ですら変わらず攻撃されている。

 

「ん……あれは?」

 

改めて周囲にスタンド使いがいないか警戒すると、路地の物陰が小さく蠢いた。一瞬しか見えなかったが何かがいた。

 

 

「『キラークイーン』! 」

 

私はキラークイーンを出して近くの小石に触れた。

 

「『キラークイーン』第一の爆弾、この指に触れたものは何であれ爆弾に変える!」

 

キラークイーンによって爆弾岩に変えた小石を不審な物陰に向かって放つと、着弾する直前に一匹の醜悪な鼠が飛び出してきた。

 

「ね、鼠……だとッ まさかあの鼠が……?」

 

鼠は不気味な奇声をあげながら背後に機械のような『スタンド』を出現させた。それはまるで小型の固定砲台のように砲身が伸びこちらを狙っていた。

 

「や、やはりあの鼠がスタンド使いか! だがなんと言う射程距離だッ あれではキラークイーンが届かないッ 早人を抱えている状況では反撃など無理だ……ッ」

 

鼠は私が反撃をしようとする些細な動作にも敏感に反応して再び物陰に隠れた。野生らしく此方に隙が無い限り姿を現すことはしないのだろう。

 

逃げるしかないッ

 

あのクソドブネズミを始末してやりたいが今は早人の事が最重要だ。

 

 

 

 

 

 それからはまさに屈辱の時間だった。反撃のしようはいくらでもあると言うのに早人を守らなければならない枷によって私はそれこそ鼠の様にこそこそと地面を這い回った。

ようやく目的地が見えてくる頃には、私の額には大粒の汗が流れ途中何度も身を隠した為ルビアムのスーツや靴はボロボロだ。

 

「や、やっと着いたぞ……ぶどうヶ丘病院だ! 早人……もう少しの辛抱だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……じ、地面を爆破させた衝撃と破片でなんとかあの厄介な『針』を防ぐことには成功したぞ……所で君たち、私は息子を早く病院に連れて行かなければならないんだ。退いてくれ」

 

 病院に着いたのは良かったが私がスタンドで地面を吹き飛ばす所を学生たちに見られてしまった。厄介な……

 

どう言い訳しようかと考えていると()()()()()()()()ヘアースタイルをした学生が私に詰め寄ってきた。

 

「おいアンタ! ナニいきなり地面を吹っ飛ばしてんだ! 説明しやがれ!」

「す、スタンド使いだよ仗助君! この男の人はスタンド使いだよ!」

「……の、ようだな」

 

「君たち……私のスタンドが見えるのかい? 驚いた。スタンド使いは珍しい能力だと思っていたのだがね。だが今はそんな事どうだっていい。退きたまえ、私は病院に用があるんだ」

 

「いいから説明しやがれ……何で道路を吹き飛ばしたッ」

 

私の前に障害物として立ちはだかった青年……どう見ても不良だ。

 

改造と言うのも生易しい程に改悪された制服に常にガンを飛ばしているかの様な不躾な目付き、そしてこの『ふざけた頭』

紛うことなき不良だ。それもかなりダサい。

早人には絶対にあんな髪型にはさせない。

 

「退いてくれ! 私は急いでいるんだッ」

 

コイツらに構っている暇など無いのだ!

スタンドを見られたとか、コイツらもスタンド使いだとか、そう言った雑事で私を煩わすな!

 

貴様らには分かるまい! 腕の中で微かに悲痛な息をする実の息子を抱える私の気持ちが!!

 

「おいおい、落ち着きなよ。アンタの息子さん? はもう治したぜ?」

「勝手に早人に触れるな! 貴様はナニを言って……ま、まさか! 治っている!?」

 

驚きの光景だった。

 

いきなり息子の患部に触れた不良を振り払うと、不良の言う通り息子の溶けてドロドロになっていた肉がまるで夢だったかの様に元に戻っていた。

 

「俺のスタンドは怪我を治すことが出来るんだよ。で、いったいアンタは何者でどうしてスタンドで道路を爆発させやがったんだ?」

 

「そ、それは……」

 

混乱していた。あまりに都合が良すぎる。

息子が重症を負って病院に担ぎ込んでみればそこには怪我を治せるスタンド使いがいた。まるで漫画の様な都合のいい展開だ。運命だとでも言うのか?

 

「話せば、長くなるようで短いのだが……」

 

「じゃあ話してくれよ」

 

「そ、そんな隙はないッ! あのクソッタレ鼠も既に私やお前たちを射程に捉えているぞッ」

 

「ね、ネズミ~~? ナニを言ってるんですかあなた……って、うわぁぁぁぁ!!?」

 

鼠を危険視する私を訝る康一と呼ばれた少年が突如悲鳴をあげ倒れた。

危ないところだった。見れば肩に『針』が刺さっている、あと少しずれていたら私に当たっていた。

 

「康一君ッ 肩が溶けてるぞ!」

「康一! ドラァ!!!」

 

仗助と呼ばれた不良の青年はスタンドを出現させ康一の溶けた肩を殴った。すると溶けた肉が時間が巻き戻る様に元の正常な肉体に戻ってしまった。

 

どうやら怪我を治すと言う能力は本物のようだな。

 

「ね、鼠だ! 何処かに隠れているスタンド使いの鼠が攻撃しているんだ! 助けてくれ! ついさっきそこで襲われたんだ!」

 

「ね、鼠だと~~ッ おいおい、ならここはヤベェ……俺たちには隠れる場所がほとんどないが鼠にすれば格好の射ち下ろしポイントだらけだぜ……」

「じょ、仗助君どうしよう~~!」

 

よし、いい傾向だ。上手い具合にコイツらを闘いに巻き込める。早人も無事治った。過程は予想外だったが結果は望み通りだ。

 

後はコイツらを上手い具合に盾にして……

 

 

 

 

「仗助、康一君、そいつから離れろ」

 

 

 

私の算段に冷水を浴びせる一言を放ったのは3人の中で最も年長の男だった。白を基調とする()()()()ズボンとコートに身を包む精悍な男は私をじっと見据えていた。

 

「その鼠とやらの狙いは、恐らくこの男かその息子だ」

 

 

「な、何で、そんなことが……現に僕は今襲われたんですよ?」

 

「さっき康一君が攻撃された時、確かに鼠がチラリと視界に見えた。鼠に襲われたと言うこの男の主張は恐らく間違ってはいないだろう。だがこの男はつい先ほど襲われたと言うが、服の汚れや汗の量からしてかなり長い間逃げていた事が分かる。そして今の攻撃もたまたま康一君がこの男も同じ射線上にいたから流れ弾を喰らったんだ」

 

「けどそれだけで判断するっつーーのも軽率じゃないっスか?」

 

「アーネスト・トンプソン・シートンは言った。

野生はリスクを極力まで冒さない。この男の言う通り無差別に襲っているのならばわざわざ手強い俺たちスタンド使いをスタンド使いの鼠が何度も襲う訳がない。ここは病院、襲いやすい手頃な餌なら其処らに転がっているはずだからな」

 

ま、不味い……ッ この承太郎とか言う奴……馬鹿じゃない。それどころかかなりキレる奴だ。いきなりキラークイーンの爆発や鼠の針を目の当たりにしてもしっかりと私と言う存在を観察している! 明瞭だッ

 

 

「ま、待ってくれっ……私たちは被害者だ! 見捨てるって言うのかッ」

「そうですよ承太郎さん。怪しい奴なのは分かったっスけど、じゃあこの親子を見捨てろって事ですかい~~?」

 

「そうは言っていない。おいアンタ、この病院には『音石』と言う患者が入院している。何か、心当たりはないか?」

 

「……ッ!??」

 

その名を聴いた瞬間全身の汗腺が開き収まりかけていた汗は再び流れ出した。

 

何故……? 何故オトイシアキラの名をコイツが知っているんだ? そして何故私にそれを尋ねるのだ! いったいどんな思考で私とオトイシアキラを結びつけたんだ! 

 

「い、いや……何の話だ、私はそんな()は知らないよ」

 

「不思議だな。何故()()()()()()分かった?」

 

 

 

───しまった! 

 

焦り過ぎたッ……だが大丈夫だッ……気持ちを大きく持て! 私は吉良吉影だッ この私が今まで切り抜けられなかった困難など無い! まだ巻き返せる!

 

「な、名前だよっ ほら、オトイシアキラ……この名前で女性だと考えるのは少数派だろ?」

 

 

「いや、どうやらマヌケは見つかったようだ。お前は『嘘』を吐いている」

 

「なっ……何を根拠に……」

 

「俺は一度も、音石の名前が『明』だとお前に言ってはいない」

 

 

 

 

「………………………」

 

 

 

 

 

何かが私の中から飛び出て懐かしいモノが入ってきた。

 

 

「………………………」

 

 

感じる……感じるよ…………

 

 

久しく感じていなかったこの感覚……私は覚えている。

 

 

「………………………」

 

 

爪だ……爪が伸びる感覚だ……ッッ

 

5㎜……いや7㎜……まだ伸びる……1㎝! 1.5㎝! にッ……2㎝!!! 

 

信じられない。新記録だ! 『絶好調』だ!!!

 

「グ……」

 

 

 

 

此は!

この現象を私は知っている!

この現象の意味とッ その元凶を私は知っている!

 

 

「グ愚……ク苦苦苦オオ悪悪悪オォォ……ッ」

 

 

 

この目の前の『スカした』白服に身を包む『クソカス』野郎を『ぶっ殺したい』! 私自身の魂の叫びだァッ!

 

 

「つべこべ言うな! 私が退けと言ってるのが聴こえないのかァ!!! このド低能がァァァアア~~~~ッ!」

 

 

 

爆発だ!

 

まさに感情の発露ッ 怒りの爆発だ!

 

 

 

「あぁそうさ! 音石 明は私が再起不能にした! 野郎は私から大事な物を奪った! 悪いか!!!」

 

「おいおい、おっさんよ~~にしちゃあやりすぎじゃねぇのか! 俺が偶然駆けつけて治さなきゃ音石 明は死んでたッ それに野郎は今も精神病棟に拘束中だぜ!」

 

「……正当防衛だッ 私はあくまでッ 平和的に対話で交渉しようとしたのだ! その私を野郎は殺そうとしたのだ。それで無我夢中になってしまってねぇ……っ」

 

さながら裁判で追い詰められた被告人の気分だ。検察にも責められ弁護人にも責められ裁判官にも責められる。今の私には味方がいない。

 

一通り私が音石明の件を白状すると承太郎は一つの提案を持ち出してきた。

 

「……この状況では、信頼が一番だ。お互いのスタンド能力を隠さずに打ち明ける。俺たちが喋りアンタも喋れば、アンタのピンチを打開するために協力しよう」

 

「……き、貴様ッ 私を脅す気か!?」

 

「お前が悪のスタンド使いでないと言う証拠は今のところない。あの鼠と実はグルと言う可能性も捨てきれない」

 

よくもヌケヌケとッ と吐き捨ててやりたいが現状私が不利なことに変わりはない。キラークイーンは無敵だ、コイツらを『始末』するのは簡単だろう。だがあの鼠を処理するのは私一人ではかなりてこずる。最悪私も体をドロドロに溶かされるかもしれない。そのピンチになったとき、仗助のスタンド能力は必要不可欠になる!

 

 

落ち着け吉良 吉影。ビジネスでもそうだ。一時の感情に支配された状況での取引は判断を誤ってしまう。

 

承太郎のクソッタレにコケにされた吉良 吉影ではなく、早人を守らなければならない吉良 吉影として行動しろ!

 

 

 

「……わ、分かった。言おうじゃないか」

 

「なら、見せな。お前のスタンドを……」

 

私は少し躊躇ったが意を決して背後にスタンドを出現させた。思えば誰かにスタンドを見せる行為はこれが初めてだ。

 

「『キラークイーン』これが私のスタンド……だ。能力は触れた物を爆弾に変える能力。何であれ……だ」

 

「成る程。それで地面が爆発したと言う訳か……危険なスタンド能力だ」

 

私はもう一つの能力を意図的に隠した。敵とも味方とも分からない者に手の内を全て明かすのは危険すぎる。

 

第一この承太郎がいくら鋭くとも分かるまい。

 

「さぁ言ったぞ。君たちも早く能力を明かして私に協力してくれないか」

 

 

「待ちな。()()()()()()()()()()?」

 

「……ッな、ナニを言っている」

 

「後で直ぐバレる嘘はつかない方がいい。後悔することになる……!」

 

「……ッッ」

 

こ、コイツ! 私を疑っているッ

 

刑事ドラマの主人公の様に私に疑いの目を向けている!

 

「……それとも、今思い出したのなら、聞いてやる」

 

「…………」

 

 

 

の、伸びる……爪がァァァ~~~伸びていくゥ~~!

殺してやりたい! 今すぐ爆死させてやりたい!

 

 

 

「…………まぁいいだろう。お前を信用しよう。取り敢えず、な」

 

嘘だ。口ではああ言っているかコイツは私のことを全く信用していない! 

 

 

「承太郎さんッ 鼠がまた撃ってきましたよ!」

 

 

仗助から告げられた警告通り私に向けて迫る複数の針は後数秒で正確に命中する距離と位置にあった。

 

「くっ……キラーク────」

 

 

後に私はこの時の事を今でも思い返し何度も自分に問いかけ同じ結論に達する。

 

 

「ここは俺がやろう。『スタープラチナ・ザ・ワールド』」

 

 

 

私は誓ってまばたきをしていなかった!

 

 

 

「───イーン! 迎撃し……??」

 

 

針は私を襲うことはなかった。針は私の立っている場所から数メートルずれた位置に着弾した。

 

 

だが、針の代わりに私は急激な違和感に襲われた。

 

 

「~~~~ッう、動い……た?  ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()『針』を躱している!?」

 

混乱する私の前には承太郎とそのスタンドも思われるモノが立っていた。

 

何処と無く承太郎に似た顔つきや頭髪を生やした姿はキラークイーンよりも人間を想起させる。

それでいて筋骨粒々な肢体に肩パットやブーツを備えた出で立ちは屈強なギリシャ神話の戦士のようだ。

 

「俺のスタンド、『スタープラチナ』は()()()()()ことが出来る」

 

「なッ ナニ!?? 時だってェッーーーー!」

 

さも当然のように告げる承太郎のスタンド能力に私は動揺を隠せなかった。

 

 

 

時を止める

 

 

今時SF作家や漫画家も躊躇う安易で誇大な能力だ。

 

だがしかし実際どうだ。その時を止める現象に立ち会った私の感覚は、承太郎の言葉を素直に受け入れ始めている!

それだけの衝撃だった。催眠術や超スピードで説明できる感覚ではなかった。それだけは断言できる。

 

なんと言うことだ……ッ そんな能力があるのでは始末ができない!

もしこの男が私に敵対すれば、あの鼠など可愛い程の最悪の事態に陥ってしまう!

 

 

「それじゃ次は俺っスね。『クレイジーダイヤモンド』」

 

 

仗助のスタンドは承太郎のスタープラチナの落ち着いた色合いとは打って代わり本人の珍妙なファッションそのままに全身がハートマークやピンクカラーで彩られかなり目をを引く。

そしてそれが私の体に触れると、私の破けた衣服やかすり傷などが修復されていった。

 

「服が治っていく……なるほど。『直す』ことや『治す』こともできるのか」

「アンタも擦り傷やら服のほつれやら、色々ダメージがあるみたいだから元に戻した。俺の隣の奴は康一って言って擬音を実体化させたり相手に染み込ませたり出来るスタンド能力だ」

 

「ど、どうも。広瀬 康一です」

 

 

「そ、それでどうする! 鼠を始末しないことには……」

 

 

「問題ない。そうだな仗助」

 

「バッチしですよ承太郎さん。康一、あの鼠の鳴き声聴いたよな?」

「う、うん。あれはドブネズミの鳴き声だよ……あぁっそっかぁ! 分かったよ仗助君!」

 

「頼むぜ~~じゃ駆除開始といきますか!」

 

私がほうほうの体で逃げ回った鼠を相手に仗助たちは勝利を確信しているかのような振る舞いだった。

 

「な、ナニをするつもりだ? あの二人……あの鼠はかなり厄介だぞ」

 

「黙って見てな。直ぐに分かる」

 

 

 

「それじゃいくよ仗助君『エコーズACT2』!」

 

爬虫類や昆虫を思わせる奇怪な姿の康一とか言う小僧のスタンドは、仗助や承太郎に比べてかなりちんけな見た目だ。

 

「まず、康一君がエコーズでドブネズミの位置を探る」

 

 

「いたよ仗助君! ネズミ特有のリズムの速い心拍音が聴こえてくるッそこだエコーズ!」

 

康一のエコーズはシッポの先端をなんと放り投げた。それは康一が指差した鼠の潜む位置へと直撃した。

 

「馬鹿な、いくら場所が分かったからと言ってあんな大雑把な攻撃が当たる訳無いじゃないか」

 

「いいや、今エコーズが放った音玉は猫の鳴き声だ。原始の時代から記憶に刷り込まれている天敵の鳴き声を奴は決して聞き逃さないだろう。野生の本能で周囲を警戒する鼠は一瞬仗助を視界から外す」

 

「ヨッシャ康一ィ! 勢いよく頼むぜ~~?」

 

何をするつもりなのか。鼠と仗助の距離は100メートルは離れている。遠距離型スタンドでもない限り鼠に気取られず素早く近づくなど不可能に近い。

 

しかし仗助は走る訳でもスタンドを飛ばす訳でもなく呑気に突っ立っている。その背中には『ボッカァ~~~ン』と文字が書かれていた。

 

「『エコーズACT2』仗助君をぶっ飛ばせ!」

 

「仗助が翔んだ? これが彼の擬音を実体化させるスタンド能力の意味なのか 」

 

 

その距離は丁度100メートル。距離の問題を瞬時に解決した。しかも空中を移動している為鼠の位置を上から見下ろせることで正確な位置すら移動中に把握することができる作戦だ。

 

「この距離ならよぅ~~その砲台よりも拳の方が速いよなあ~~!」

 

 

遠くからでよく見えないが仗助が着地と同時にスタンドの拳を振り下ろすと、鼠特有のキーキー声が微かに聴こえた。

 

「……やったのか? 本当に? これで終わり?」

「どうやらそのようだな」

 

正直なところあまりに簡単すぎる。あっけなさすぎる結末だ。

私の苦労は一体なんだったのだ……

 

私が命懸けで逃げてきた仗助に鼠は倒され本人は呑気にこちらに手を振っている。

 

「やりましたよ承太郎さ~ん。康一もナイスアシストだったぜ」

 

こちらに駆け寄ろうとした仗助だったが、突如承太郎の目が見開かれた。

 

「───ヤバい! 仗助ッ そこから動くなッ」

 

「え? ……ゲッ!  なんじゃこりゃ~~よく見たら周りの地面にあの鼠のスタンドの針がまきびしみたいにばらまかれてやがる!?」

 

 

「グッ────」

 

周囲を見渡していた承太郎が唐突もなく倒れた。

理由は直ぐに分かった。右足が溶けている。

 

「うわあぁ! 承太郎さ~~ん!」

「来るな康一君! 油断したッ どうやら敵はもう一匹いたようだ……!」

 

承太郎の指差す方向には、ぶどうが丘病院に設置されている噴水の頂上部に砲台のスタンドを構えた鼠が陣取っていた。

 

康一は情けない悲鳴をあげて天を仰いだ。先ほどまでは優秀な奴だと思ってたがやはり子供だ。詰めが甘い。

 

「ギッギッギッ!」

 

鼠はやはりと言うべきか私に向けて砲身を構え、まるで嗤っているかのような鳴き声をあげていた。その表情は獣とは思えないほど人間らしく下卑た印象を覚える。

 

「うわぁぁぁぁ! もうだめだ~~」

 

「フッ───勝利を確信して警戒心ゼロで獲物を嘲笑するだなんて、君は獣以下だな」

 

「ギ……?」

 

私の言葉が通じているのか、はたまた憮然とした態度を見てか鼠が不審がる。

だがその不審も直ぐに後悔と絶望で立ち消えるだろう。

 

正確に言えば君の後方5メートル程にいる『シアーハートアタック』によってだが。

 

 

 

 

「コッチヲミロ~~!」

 

「ギ!? ギギッギッギッーー!」

 

 

勝ち誇る訳ではないが負傷した承太郎を見下ろしている今の構図はだいぶ私の溜飲を下げてくれている。

私のこれからの行動は結果的にコイツらを助けることになるが、それについてはなんとも思わない。

 

「承太郎……と言ったかな君は? そう言えば()()()()()()()()()()、私の『キラークイーン』第2の爆弾『シアーハートアタック』をね」

 

承太郎などドロドロに溶けて排水溝に流され下水処理施設で塩素消毒でもされた方が私は幸福だが今は助けることにしよう。この吉良吉影が愚図でノロマで鼻持ちならないスカした承太郎を救ってやるのだ。いい気味だ。

 

 

「爆死させてやる『シアーハートアタック』」

 

 

シアーハートアタックは鼠の俊敏な動きを遥かに上回るスピードで鼠に突貫して無慈悲にその四肢を潰した。

鼠も無抵抗ではなく何発か針をシアーハートアタックに当てたが、音石 明の馬鹿げた雷級の雷撃すらそよ風が肌を撫でるように受け止めた耐久性だ。そんなモノが効く訳がない。

 

「ギ……ギィィィ! ギギッ~~!」

 

 

四肢を潰された鼠はスタンド攻撃も効かないと見るや即座に仰向けになり私に腹を見せた。

 

「勝ち目が無いと見て服従のポーズかね? ドブネズミ風情が随分虫がいいな。だか確かに小動物を殺すのは少々後味が悪い」

 

「おい、アンタ。下手な情けは……」

 

「うるさい、承太郎。

鼠君、思い返すといい。私が君に追い回されている時に命乞いをしたかね? してないよなぁ~~私は早人にいつも他人は遣うモノであり頼るモノでは無いと言い聞かせている。ましてや神や仏なんかのようなスピリチュアルな存在に拝み倒すようなふざけた行為などあり得ない」

 

 

「キ……キ……キキィィ……」

 

「私を見習いたまえ……その0.4グラム程のちっぽけな脳でな」

 

 

鼠にとって今の私は猫か蛇にでも見えているのだろうか。どちらにせよ鼠は私の眼を見て自分の運命を悟った筈だ。

 

 

「確実に葬ってやる。快くね」

「コッチヲミロ~~!」

 

 

シアーハートアタックは仰向けに寝転ぶ鼠の腹を突き破り絶命させ、カチリと時計の針のような小さな音と共に盛大な爆発を起こした。

 

 

綺麗さっぱり、肉片一つ残らず鼠は消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 全て片付いた後、仗助は承太郎の治療をしていた。

 

 私としては余計なことだ。そのままドロドロになっていればよかったのに。

 

「……ひとまず礼を言おう。お前がいなければ俺たちは全滅していたかもしれない」

「マジすげェぜおっさんよ~~! あの髑髏の戦車は何なんだぁ?」

 

「……『シアーハートアタック』と言う。キラークイーンが放った遠距離用の追撃爆弾だ」

 

 

「へ~~遠距離用のスタンドも持ってるなんてかっこいいなぁ」

 

康一が私をきらきらとした眼で眺めている。

 

情けない奴だが他の二人に比べれば遥かに小気味良い。

早人の友達には彼のようなタイプが適任かもな。

 

 

「……だが妙だ。遠距離用のスタンドがあるなら何故ここまでそれを使わずに逃げてきた?」

 

 

チッ

この承太郎と言う奴、いちいち私に突っ掛かりやがって……どうも警戒されている。コイツのせいで言わなくてもいい情報までコイツらに話さねばならない!

 

 

「……『シアーハートアタック』は細かな操縦が出来ない故に、人間の体温を自動で感知して爆破する。だから敵の位置が分からない状態で放てば無差別な殺戮兵器を町に放つことになる。さっきは鼠が油断して姿を現したからそこに向けて放った。鼠の体温は約39℃、周囲に人間がいても近くの鼠を最初に始末する」

 

 

「か、カッコいい~~なんて強力なスタンドなんだ!」

 

「カッコ、いい……?」

 

「うんうんッ カッコいいですよ! あなたのスタンドもそうですけどそのクールな感じがアメリカンコミックのヒーローみたいで!」

 

「……ふんッ そうかね」

 

 

注目されるのは好きではない。だがこの康一、確か名字は広瀬と言ったか……素直かつ純粋でなかなか好感が持てる人間だ。

 

 

 

 

「ぱ、ぱぱ……」

「早人……大丈夫か?」

 

「ぼ、ぼく……学校から帰ってきて、玄関を開けたらネズミがいて、気づいたらあ、足が……」

 

「もういいんだ早人。全て終わった。一緒に帰ろう」

「う、うん。この人たちは?」

 

「……お前を助ける為に協力してくれた人たちだ。お礼を言いなさい」

「あ、ありがとうございます。ぼく、吉良早人って言います」

 

「気にすんなよ早人。俺は仗助、こっちは康一と承太郎さん。お前の父親はお前の為に命懸けで走り回ったんだぜ? グレートな父親だぜ!」

 

「本当なの、パパ? ありがとう」

 

 

 

「……」

 

承太郎はまだ私と早人を睨んでいやがる。そんなに私と早人が怪しいか! 

 

 

「……ふん。音石 明君にはお大事に、とね。盗みについてはもうあれこれ言うつもりは無いのでご安心を。私たちは帰るよ」

 

「そう言えば、名前をまだ聞いていなかったな」

 

 

 

クソっ……最後の最後まで……承太郎め!

 

 

「……吉良吉影だ」

 

 

 

 

コイツの事は絶対に好きになれんな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生き残ったか、吉良 吉影……ッ」

 

 

吉良親子が承太郎たちから別れる姿を、ぶどうが丘病院の窓から睨み付けている人影があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「必ず……必ず……貴様を殺す」




承太郎とパパ友に慣れなかった吉影。康一君は気に入ったもよう。

もし吉良が仗助にダサいと言ってたらこの小説は今回で完結してました。


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吉良吉影はサービスする1

お腹が空いてきました。


「ハグワァ"ァ"ァ"ァ"ァ"~~~~!?」

 

 私は今、苦痛の絶頂にいる。最初は小さな不快感から始まったそれは、次第に勢力を増していき胃を締め付けた。この私が痛みに堪えきれず情けない悲鳴をあげみっともなく床に転がり、その苦痛が頂点に達した時、私の腹部はソーセージを曲げた時の様にバックりと割れ、鮮血や内臓が綺麗に吹き出した。

 

「イヤ~~~~あなた~~!!!」

「うわぁぁぁ~~~パパぁぁ!」

 

 

妻と息子はテーブルを挟んで死にかけている私を見て恐慌していた。無理もない。私が一番驚いているが……。

 

「がッ……カ……ッ……ッ……!」

 

助けを呼ぼうにも破れた胃からせり上がる大量の血が私の喉と口腔を満たしむしろ窒息のそれだった。

 

「おいおい、だから言ったろ? 死ぬほどだってよ~~!」

 

そんな半死半生の私を見下ろしているのは小生意気な小僧……クソッタレな髪型をした不良だ。

 

「まだまだだぜ。こんな程度じゃ終わらねぇ……覚悟しなッ こっからは先はッ アンタの想像をぶっ越えることしか待っちゃいねェぜ!!!」

 

「グ……ひっ……ひガ……東方……仗助ェェ~~~!」

 

 

 

 

 

止めればよかった……東方仗助などに関わるなんて……止めれば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もり♪ もり♪ もり♪ もり♪

 

杜・王・町 レ~ディオ~♪ 

\モリオウチョウレイディオ~/

 

 

 

 

 

 

「おはよう。しのぶ、早人」

 

 それはあの鼠を始末しクソッタレ承太郎たちに出逢って数日経った頃だ。

 

「……おはよう」

 

早人の怪我は無事治った。

しかし事件のトラウマに悩まされ眠れない夜を過ごしている様だった。しのぶの話では夜中に叫び声をあげて起きたり深夜まで早人の部屋の明かりが消えないのを目にしたそうだ。

 

 

「おはよう……あなた……」

 

しのぶもしのぶで大事に可愛がっていたブリティッシュブルーの猫が鼠のスタンド攻撃で死んでしまったせいでかなり落ち込んでいる。見かねた私が同じ種類の猫を飼おうかとも提案したが、そう言う問題では無いと逆に怒られた。

10年近く連れ添っているが、やはり時々思う。

女と言う生き物は非効率で非論理的だ。

 

「おはようございま~す! 今朝も杜王町radioをお送りするのはぁ『あなたの隣人』カイ原田で~す」

 

ちなみに私の夜の生活は何の問題もない。

仕事は家に持ち帰らない主義だし寝る前には毎日20分ほどストレッチをして温めたミルクを飲んで寝ている。そのお陰で早人の叫び声も気にならなず朝まで熟睡だ。

 

1度だけ承太郎を殺す夢を見た。その日の朝は最高の目覚めだった。

 

「もうすぐサマーシーズン到来ですね~杜王町のお父さんたちは旅行先を決めましたか? たまの長期休み、ここで父の威厳を示せないと挽回のチャンスはウインターまで回ってこないかもしれませ~ん。もしくは日々の生活に立ち返り、日曜大工にせいを出すのも選択肢で~す♪」

 

 

しかし悪いこともあった。

食卓に座りなんとなく元気のない妻と息子が無口にパンや紅茶を啜っている光景を何度も見せられてみろ。誰だってうんざりする。

 

「おいおい原田ぁ、家族が聴いてるのにそんなことを言ったらサービスしない訳にはいかないだろ! と言うクレームが毎年此方に届きますが~ご安心をッ 今日の私はお父さん、貴方の隣人です。悩めるお父さんに向け今回は杜王町のサマーシーズンにピッタリな名所をご紹介! まずはじめは~~」

 

 

これが毎日続くかと思えば何か打開策を練らねばならないと思うのは普通だ。只でさえ承太郎にコケにされてからあの衝動が昔のようにぶり返しているのだ。

それを示すように私の爪も2日おきに切らねばならないほど伸びている。かなり『好調』だ。

 

 

「おおっとその前にリクエストを一曲。

今回のリクエストはQueen

『My Melancholy Blues』どうぞお聴きください」

 

「二人とも……ちょっといいかな~~?」

 

 

食事の手を止める二人の顔を見据える。この顔も明日にはもう少しマシな顔になるだろう。

 

 

そう……

 

 

 

 

 

 

 

「レストランに行こう」

 

 

 

 

 

 

……私の家族サービスによって。

 

 

 

 

 

 

 

「さっ

着いたぞ。しのぶ、早人」

 

 

「と……とらさる……でぃ~?」

「ここでご飯を食べるの、パパ?」

 

「あぁそうだよ。なんでもここは()()()()美味しいって評判だからね」

 

 職場の女の子たちから評判のイタリアレストランの噂を聞いたのは最近だった。

なんでも今まで食べたどんな料理よりも美味しい料理を作るばかりか、それを食べた者の体の不調と言う不調を治し、更には料金もお手頃と言うなんとも嘘臭い噂だった。

 

だが半信半疑ながらも1度だけ店の前まで下見に行った時に私は見てしまった。

 

その人物は今にも地面に顎が付いてしまうのではと心配になるほど腰の曲がった老人だった。そしてその老人がレストランの中に入ると恐ろしい悲鳴が外まで聴こえ私が立ち竦んでいると、まるで20代のアスリートの様な完璧な姿勢を保ったその老人がッ 勢い良く快活に飛び出してきたのだ!

 

確信した。

これだ! この店こそ私の家族にとって最も相応しい料理店なのだと。

直ぐ様予約の電話をかけると店長に繋がりすんなりと席を確保できた。折角の家族サービスの日、完璧なディナーにするためメニューをしっかりと厳選しようと用意できる食事を尋ねた私に店長はそれはできないと伝えてきた。

どういう意味なのか問えば客に合ったメニューをその場で作るらしく事前に決まったメニューは存在しないとのことだった。

 

正直言って接客業でその態度はどうなんだとも思ったが電話越しから感じる店長の意思の強さに渋々納得した。

これで不味かったらただじゃおかない。

 

 

「久しぶりの家族揃ってのディナーだ。楽しもうじゃないか」

「そうね、あなた」

「うん、パパ」

 

背から浴びせられる家族の羨望を感じ優越に浸りながらレストランの扉を開けると厨房から一人の西洋人が顔を出してきた。コックコートに身を包んだその姿は彼がシェフであることが分かる。

 

 

「いらっしゃいまセ! ようこそ、トラサルディヘ」

「予約していた吉良だが」

「ハイ。お席のご用意はできていマス」

 

首尾良く席に着き店内をぐるりと見渡す。

壁はアイボリーホワイトとブラウン基調とし床はグリーンのタイルで敷き詰められている。壁には至るところに絵画が飾られテーブルとイスもさりげないが高級品だ。

厨房からはほんのりと食欲を誘うオリーブの香りが漂い思わず唾液が溢れてくる。

 

 

「ステキ~~テレビで見たイタリアのレストランみたい」

「うわ~~」

 

フフフ……感じるぞ! 

威厳が昂っている。上昇しているぞ!

やっぱり一家の大黒柱ってのこうでなくちゃ~~なぁ。

今夜は間違いなく何一つトラブルの無い完璧なディナーになるぞ。

 

 

 

「プハァーーーー!

やっぱり日本のコーヒーは旨いのう~~」

「もうパパったら、それブラジル産だって店長さんが言ってたでしょ♪」

「おいおいじいさん、あんまり騒ぐな……って、あれ? 吉良さんじゃないっスかぁ!」

 

 

「…………」

 

 

「吉良さーん。おーい」

 

「あの学生あなたに手を振っているわよ。知り合いじゃないの?」

「あ、仗助さんだよパパ」

「いや、その……」

 

どうしたものかと私が呆然としていると空気を読まない仗助がズケズケと近寄ってきた。レストランだと言うのにあのふざけた学ランと『頭』のままだ。

コイツ、常識と言うのを知らないのか?

 

「やっぱり吉良さんじゃないスか。この前の時は吉良さんのスタ──」

「思い出したッ 知り合いだよッ ちょっと話してくる!」

 

スタンドと言いそうになった仗助の口を塞ぎ慌ててしのぶたちから離れ強引に店の隅に連れていく。いきなり口を塞がれた仗助は苦しそうだが知ったことではない。

 

「なんスか吉良さん、痛いっスよ。あっ、紹介しますよ。一応俺の親父と姉っス」

「おい東方仗助。一見しただけで複雑そうな君の家庭事情なんてどうでもいい。状況を考えろよな。私は今家族水入らずで此処に食事に来たんだ。それに私は家族に一切スタンドのことを話していない。分かるな?」

 

せっかくの家族の時間をこんな奴に邪魔されるのだけは避けねばならない。早人を助けてもらった恩は感じているがソレとコレとは話は別なのだ。

 

「あ、すみません。そうっスよね、分かりました」

 

意外にも仗助はあっさりと納得した。この珍妙な姿に気圧されるが本人自体は案外まともな学生なのかもしれないな。

仗助に釘を刺すと私はもう一つの懸念を尋ねる。

 

「ところで()()()はいないよな?」

「承太郎さんスか? 承太郎さんならホテルにいますよ。なんか用でもあるんですか?」

 

「いや、いないならいい。とにかく邪魔だけはしないでくれよな」

 

あの承太郎がいないだけマシだ。奴がいたら心休まる暇がないしまた爪が伸びてきてしまう。

しかし何でよりによってコイツが……『東方仗助』がいるんだ。

 

「吉良さんこの店によく来るんですか?」

「……? 今日初めてだが」

 

「へ~~そぅ~~スかぁ~~! なら忘れられない夜になりますよ~~!」

 

仗助は無性に腹の立つにやけ顔を浮かべた。なんなのだいったい。

 

「……そんなに旨いのか?」

「そりゃあもう、死ぬほど! それじゃ楽しんで下さいね~~」

 

仗助が意味深な言葉を残して席に戻っていったのと同時に先程のシェフが出てきた。

 

「ワタシ、店長兼コックのトニオと申しマス。今夜は皆様に最高のお食事を提供させて頂きマス!」

 

「へ~~良さそうな店じゃない。私パスタが食べたいわ」

「うん、何を食べよっか」

「え~とトニオさん、メニューが見当たらないがやはり電話で言っていた通りなのかな?」

 

「ハイ。メニュー何てものはウチにはありませんヨ。ワタシが皆様に最適な料理をお出ししマス」

「えー! 何それ! お客の食べたい料理を作らない訳!?」

 

「しのぶ、落ち着きなさい。だがトニオさん、妻の言うことも一理あると思わないか? 勿論貴方の経営方針を否定するつもりは無いがね」 

 

予約の際に事前説明を受けていたとはいえ大切な家族でのディナーだ。冒険は必要じゃない。安心がなによりだ。

暗にとっとと作れる料理を言えと伝えるが、トニオは全く動じない。依然として変わらぬ自信に満ちた態度で私たちに提案をしてきた。

 

「貴方のご不満は尤もデス。ですから万が一ワタシが作った料理を食べてご納得頂けなければお代は結構デス」

「ほ~~大きくでたな。いいでしょう。お任せします」

 

「では料理を作りますのでしばらくお待ちくださイ。お水はいくら飲んでも結構デス」

 

トニオは人数分の水をコップに入れ厨房に入った。特にやることもないので手元の水を口に運ぶ。

 

「ねぇあなた、本当にここ大丈夫? なんだか怪しいかん……ナニコレ!?」

「うわ!?」

「これは……!」

 

私たち家族は一様に驚いた。

水にだ。

飲食店の水などせいぜいそのへんのミネラルウォーター程度だが私が今飲んだこの水はそれまでの人生で味わったことのない衝撃的な水だった。

 

「このお水……とっても美味しいわ~~!」

「凄い! ミネラルウォーターより美味しいよ」

「確かに……! カメユーで取り扱っているどのミネラルウォーターよりも数段……いや、もはや勝負にもならないほどの旨さッ」

 

水に対して旨いと言う感想は妙な気分だが、それほどまでにこの水は旨い。私もカメユーで取り扱うミネラルウォーターの試飲で多くの国内外のミネラルウォーターを飲んできたが正直言ってこの水に比べればどれもこれも水道水と変わらない。

理屈では説明できない爽快感と清涼感だ。

まるでボクサーが疲労困憊の減量明け最初に飲む水!

命の水と言うが正にこれだ!

 

「な、なんだか私……感動しちゃって涙が出てきたわ」

「ぼ、ぼくもだよ」

 

「おいおい……なにも泣くことはないだろ。だが、確かにこの水はそれだけ旨いな」

 

ハンカチで目元を拭うしのぶと早人を微笑ましく思う。実に純粋な人間だ。あいにく私は泣いていないがその感動だけは分かち合っているよ。

 

あまりの旨さに気づけばコップの水はすぐになくなってしまった。おかわりをしようとピッチャーに手を伸ばすと、しのぶたちがまだ泣いていた。むしろさっきよりも泣いている。

 

「おい、いくらなんでも泣きすぎじゃ……」

「ち、違うの! な、涙が……涙が止まらないの~~!」

「しのぶ!?」

「うわぁぁぁパパ!?」

「早人!?」

 

信じられない光景だった。泣いている人間なら何度も見てきたが、涙なんて可愛いレベルではないほどの大量の液体がしのぶたちの両目から滝のように流れ出しているではないか!

 

「あぁ! 目がっ……目がっ……なんと言うことだ!?」

 

水道の蛇口を目一杯捻ったときのような勢いで流れ落ちる涙に唖然としていると、しのぶたちの眼球が急激に萎んでいった。

 

「じょ、仗助ッ!」

 

自分の手には負えないと判断して仗助に助けを求める。

だが肝心の仗助はのほほんと他の二人と会話をしている最中で此方に気づいていない。

 

「おいっ 仗助!!!」

 

ようやく気づいた仗助は此方を振り返るが相変わらず変わらぬ態度だった。

 

「なんスか?」

「見たら分かるだろ! は、早く治してくれ! 君の力で!」

 

「あ~~大丈夫っスよ。そのまま、そのまま」

 

誰が見ても緊急事態であろう光景を見ても仗助は眉ひとつ動かさずコーヒーを啜った。

 

 

「何が大丈夫だ! 眼球が萎んでいるんだぞ!? このままじゃ……」

 

「キャア~~!」

「うわァァァ!」

 

「しのぶ! 早人ォ~~!」

 

背後から上がる一際大きな悲鳴に私は最悪の事態を覚悟しながら振り返った。

 

そこで私が目にしたものは…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「「目がスッキリィ~~~~!」」

 

「……は?」

 

目を見開いてお互い笑いあっているしのぶと早人だった。

 

「なんだか目がスッゴくスッキリしたわ~!」

「ぼくもだよ。目薬なんかよりも全然スッキリだ!」

「い、いったいこれは……!?」

 

「喜んで頂いてなによりデス」

 

いつの間にかトニオが料理の皿を持って背後に立っていた。料理ができたようだが今そんなことはどうでいい。

 

「トニオ! 説明して貰おうか!」

 

「そのお水はアフリカキリマンジャロで取れた5万年前の雪解け水デス。効果は疲れ目の解消デス」

 

「そ、そんな馬鹿な……それに私はなんともないぞ?」

 

さらっととんでもない原産地を聞いたがそれよりも疲れ目の解消? いくらなんでも限度ってものがある。眼科に行ったってその日直ぐに治る訳ないと言うのに……!

 

「吉良さんは毎日しっかりと睡眠を取っているからなんともなかったのデス。反対に奥さんと息子さんは最近睡眠不足で目がとても疲れていましたのでお水の効果が現れました」

 

「た、たしかに最近眠れない夜が増えてたわ」

「ぼくも……」

 

「さっ!

では早速料理お出ししマス。先ずは前菜(アンティパスト)『トマトとバジルコのブルスケッタ』!」

 

「わぁ~~焼いて小さく切ったパンの上に野菜が乗ってるのね」

 

ブルスケッタとは、イタリア中部で好んで食べられる代表的な軽食の一つである。表面を焼いたパンにニンニクを擦り付け、その上に野菜、肉、チーズ等をトッピングして食べられている。

その名称の由来は、ローマ地方における『炭火で炙る』と言う意味のブルスカーレに起因しているとされる。

 

ブルスケッタと呼ばれた料理は先程までの戸惑いを忘れさせるほどの芳醇な香りを私の鼻腔に伝えた。

一口大にカットされたみずみずしいトマトと緑を映えさせるバジルコが視覚を楽しませ、土台のこんがりと焼いたパンとニンニクの香りが食欲を大いに促進させる。前菜にはうってつけだ。

 

「ブルスケッタは前菜にはピッタリの料理デス。視覚、嗅覚、味覚の3つを刺激して次の料理へ万全な体制で挑めマス」

 

「……君の言う通り美味しそうだな。だがひょっとしてこの料理もさっきの水みたいに?」

 

「その通りデス。私の作る料理は全てお客様の体に最も必要な料理なのデス。効果は保証しマス!」

 

「…………」

 

不安だ。

 

正直かなり不安な料理だ。本来なら席を立つべきだ。

そう言えば昔読んだ本で客に注文ばかりする不思議な料理店があって最後は客が食われる奴があった。

こんな怪しさ満点の店が作る料理を家族に食べさせるべきじゃない。

 

「べきではないが……くっ 手が止まらないっ この料理を食べたいと体が反応してしまっている!」

 

屈辱だ!

心は拒絶していると言うのに! 体が受け入れてしまう!

止まれっ 私の手!

噛むな! 咀嚼するな! 味わうな!

それ以上私を辱しめないでくれ!

 

「悔しい……! だが…………旨いッ」

 

その味は見事と言う他なかった。

 

焼いたパンの上に野菜が乗っている言ってしまえば雑な料理がこんなにも崇高になれるものなのかと感動している。

パンに塗られたニンニクも決して主張しすぎずあくまでも縁の下に徹している。トマトとパンは穀物と野菜という似て非なるものであるにも関わらず見事に調和している。トマトの果肉とパンのサクサクとした食感はまるで神殿に住まうギリシャ女神のデュエットだ!

 

「パパ! 爪が剥がれてるよ!?」

「ん? …………うごぉぉぉぉ!?」

 

早人の指摘通り私の両手の爪は冬山を何時間も革靴で登山した足爪のようにピラリと剥がれ落ちていった。そればかりか指先の皮膚すらもズルズルと剥けていく。

 

「あなた、大丈夫!? キャ~~! 早人、その顔どうしたの!? 皮膚が剥がれてるわよッ」

「うわ!? ま、ママだってそうだよ~~ッ」

 

自分の指の惨状に驚いていると早人としのぶたちも酷かった。二人とも顔の皮膚が乾燥したカステラみたいにボロボロと剥がれ落ちていた。

 

「仗助ェェ!」

 

「大丈夫、大丈夫♪」

「この水は旨いのぅ~~」

「パパ、それ自販機で買った水よ?」

 

「うーん! 良い反応デ~ス。もっともっと剥がれなさ~イ」

 

相変わらず達観の仗助、トニオもニコニコ私たちの阿鼻叫喚を眺めている。

 

なんなんだコイツらは!? 人が苦しんでいるってのに平気な顔をしている。みんなサイコパスの集まりなのか!

 

 

 

「「お肌ツルツル~~♪」」

「……爪がピカピカだ」

 

 

だがその苦しみも長くは続かなかった。

しのぶたちの肌はまるで赤ん坊のように滑らかに輝き、私の爪も週に2日はネイルサロンに通っている女の様に美しい艶を放っていた。

 

「あなた方、皆さんお肌の調子が良くありませんでしたのでそれを補う料理に致しましタ。ご主人は爪を噛む癖がありますネ? 指先が荒れていましたが爪も皮膚なのでご一緒に治りましタ」

 

このトニオが言うことは間違っていない。

確かにしのぶも早人と最近寝不足気味で私も承太郎と言うストレス元のせいで爪を噛む癖が多発していた。

だか驚くべきはトニオの洞察力だ。私は彼に触れられてすらいないのに完璧に体調を見透かされた。

最新鋭の機器、熟練の外科医や異能の東洋医学者すら凌駕する見識だ。

 

「な? 吉良さん、大丈夫だったでしょ。ここは旨い料理しかないですから楽しんで下さいよ。あっ ちょっとじいさんっ それは俺のカプレーゼだよ!」

 

 

「さっ!

料理を続けましょう。お次は第一の皿(プリモピアット)『フレッシュスパゲッティーのアーリオ・オリオ・ペペロンチーノ』!」

 

「わぁ~~いい匂い」

「ん~~確かに香り豊かだ」

 

 

アーリオ・オリオ・ペペロンチーノのアーリオとはニンニクを、オリオとはオリーブ油を、ペペロンチーノとはトウガラシを意味している。

イタリアではこの料理をしばしば『絶望パスタ』と揶揄されておりその理由は、例え貧困のドン底に堕ちようとも、オリーブとニンニクとトウガラシさえあればなんとかなるさ! と言うイタリア人の陽気な性格の現れである。

 

「ペペロンチーノってニンニクの匂いがアレだから敬遠してたんだけどこのペペロンチーノはクセがなくてとっても食べやすいわ~~ッ」

「オリーブオイルがどんどん食欲を刺激するッ ショートパスタ一つ一つ丁寧にコーティングされていてムラが全然ないよ!」

 

Grazie(グラッツェ)! イタリアパスタでは、オリーブが命デス。この料理に使っているオリーブは、ワタシがオリーブの木から厳選して抽出した最高峰のオリーブなのデス。美味しいデスヨ」

 

「このペペロンチーノも見た目と違い油っこくなくすんなりと口に入るな。ニンニクとトウガラシも程よいアクセントだ」

 

オリーブ、ニンニク、トウガラシの三種を使ったシンプルな料理だがそれ故にトニオの料理人としての腕をありありと舌の上で感じることができる。

絶妙な茹で加減が生み出すパスタの奇跡的な歯ごたえとその最中に垣間見えるニンニクとトウガラシのスパイシーなせめぎ愛! そしてそれらを慈母の様に優しく包容するオリーブ油!

フルトヴェングラーやカラヤンの偉大なる交響曲(シンフォニー)の様に素晴らしい一体となっている!

 

「旨い……しかしトウガラシが少し効きすぎたかな? 体が熱くなってきた……ハッ!?」

 

汗が頬を伝う。嫌な予感がする。

 

「と、トニオ! 今度はいったい何が……」

「お客様、上着を脱ぐことをお勧めしマス」

 

「う、上着? な、何故……ぐぅ!?」

 

 その次に、冷や汗どころかまるで煮えたぎるほど熱い大量の汗が私の体から発汗された。あまりの熱さに汗は服に染み出る瞬間に空気中で気化する程だった。

 

「ヌァァァァ───ッ! こ、これは何だ~~!?」

「それは、デトックスデース。あなた方の体内にある悪い物質を汗と一緒に体外に放出しているのデース。さぁ……もっともっともっと、汗を出しなサ~イ」

 

 

それから全身の水分が無くなるかと思うほどの汗を流した私は力尽きその場に倒れ……

 

「キャーお肌がもっとツルツルぅ~! シミも消えてるぅ~!」

「……不思議と体が軽い」

 

……無かった。

未だかつてこんなにも疲れる食事があっただろうか。得るものは多いが精神的に辛い。私はもっと普通に食事を楽しみたいのに……

 

「さぁ! お待ちかねのメインディッシュ(セコンドピアット)デス。最初は奥さんとお子さんに『オッソブーコのトマト煮込み』!」

 

 

オッソブーコとは、仔牛のすね肉煮込み料理である。直訳すれば穴の空いた骨、虚ろな骨、と訳せるがその意味は、長時間骨ごと煮込むことによって骨髄が萎み骨の中が空洞となることに由来する。

 

「うわぁ~このお肉柔らかぁ~い。口の中でとろけそうよ」

「骨も食べられるなんてきっとかなりの時間煮込んでるんだよ」

 

「オッソブーコは、イタリアにトマトが伝来するずっとずっと前から食べられていた伝統的な料理デス! 今回はトマト使って煮込みました。トマトを料理に使わせたらイタリア人の右に出る者はいまセン!」

 

一通り箸が進むとしのぶたちの体に変化が現れた。

 

「きゃっ!」

 

しのぶの胸が大きくなった。比喩じゃない。本当に、目に見える形で、風船のように膨れた。

ブラジャーのホックの外れる音が店内に響く。

しのぶのバストサイズは一般的だと思うが今のサイズは明らかに『寄せて上げた』とか『バストアップ体操』なんてレベルじゃない。欧米人よりも巨大だ。

 

「うわ!? 何だコレ!」

 

早人の顎に髭が生えてきた。北欧のバイキングみたいなかなり濃い奴が、早人の顎を覆っている。早人はまだ小学生、成長著しい年頃とは言え普通あり得ない。

 

「奥さんとお子さんは寝不足でホルモンバランスが乱れていますので、一時的に補わさせて頂きましタ。大丈夫、直ぐに元に戻りマース」

 

「えーちょっとは残せないの~?」

「ぼくは早くなくなってほしいよ。髭にソースがついて食べづらいんだ」

 

あまり驚かなくなっている家族に少し恐怖する。これが普通なのか? 私がおかしいのか?

 

「お待たせしましタ。ご主人には『魚介のフリッティ』!」

 

「私のは魚介のフライか」

 

「違う違う『フリット』デス」

 

 

フリットとは、パン粉を付けて揚げるフライと違い衣にメレンゲを使用することで外はカリカリ中はふんわりと揚げることができるヨーロッパ伝統の揚げ方である。因みにフリットは単数形であり、通常は複数形のフリッティと呼称する。

 

「どうせこれもとんでもない副作用があるんだろ? 言えよ、どうなる?」

 

「……食べてからの、お楽しみデース」

 

コイツ……ちょっぴり私がどんな反応をするか楽しんでいるな。やっぱりサイコパスだ。

 

「分かった、食べるよ。正直言うと体も食べたがっているしね」

 

魚介はタコやカキなどなかなか家庭では食べられない面白いバリエーションだ。衣もカラッと揚げられ中はジューシー。それでいてしっかりと素材の味を出しておりしつこくない。

噛めば噛むほどにその海の幸の生活が磯の香りと共に脳内に広がる。深遠なる深海やきらびやかな浅瀬、母なる海の偉大さを雄弁に語っている。このフリッティは、原始の記憶を呼び覚ます全人類にとっての母の味と言えるだろう!

 

一つ残らず食べるとお決まりの異変が体に走った。そして冒頭の今に至る。

 

 

 

 

 

「……胃がスッキリした」

 

「あなた、ストレスで胃がキリキリ痛んでいましたので取り替えましタ。これでもう痛むことはありませんヨ」

 

むしろ一生分の苦痛を味わった気もするのは私だけだろうか。

 

この店は旨いが疲れる。財布の中身より精神状態を気にして来店しなければならないなんて酷い店だ、旨いけど……。

 

 

「最後はデザート(ドルチェ)『ティラミス』!」

 

 

ティラミスは北イタリア発のデザートとされている。語源はTirami su!(私を引き上げて!)と言う意味でありそこから転じて『私を元気づけて』と言う意味も持つようになった。

 

「綺麗~~」

「あまり甘いものは好きではないのだが……」

 

「ワタシのティラミスは、甘いのが苦手な人でも食べられるように作ってありますヨ?」

 

「クソッタレッ 旨すぎる! ナンダッ このティラミスは!!」

 

クリームとビスケットの層が2重3重に折り重なりスプーンで掬い上げる度に新な悦びを感じる!

ビスケットに染み込んでいるエスプレッソの香りが鼻腔を満たしクリームの甘さと調和を保っている!

甘味と苦味! 太陽と月! 天使と悪魔! 

相反する2つの存在ながらもどちらもいなくてならない必要十分条件! 

これはまさにデザートの聖典だ!!!

 

 

「フフフ……あははは! いい気分だなぁ~~!」

 

思わず心の声が外に漏れる。普段の私とは思えないほど笑みが次から次へと出てくる。

 

「ワタシのティラミスは、副交感神経に刺激して人に幸福を感じさせマス。どうぞお楽しみ二。本日の料金はお一人様3500円デス」

 

「3500円? 個人的にはその10倍払っても足りないくらいだよ。本当にそれでいいのかい?」

 

「ハイ。ワタシはフランス料理のような気取った一部の上流階級が食べる高級料理は好きではありまセン。あくまでもワタシの故郷イタリアの家庭料理を皆さんに食べて貰いたいのデス」

 

なるほどな。

どうやらこのトニオと言う男には彼なりの信念があってわざわざこの日本までやって来たのだろう。そのひたむきさは尊敬に価する。

 

「それでも何か礼がしたい。そうだ、私はカメユーチェーンと言うスーパーで働いているから食材や調理機材で必要なものがあったらいつでも連絡してくれ。これは私の名刺だ」

 

「食材……一つお伺いしますがひょっとして杜王町産のアワビはありますカ?」

「アワビ? 杜王産を取り扱っているかは分からないが、調べてみよう」

「……Grazie(グラッツェ)

 

目を伏して礼を述べたトニオはそのまま厨房へ消えていった。

 

 

 

 ティラミスによってアルコールでも味わったことのない酔いにも似た幸福を堪能している私は、前々から考えていたことを早人に告げた。

 

「早人、何か欲しいものはないかい? 

実はママにも最近プレゼントを渡してね、早人にも公平に渡そうと思ってたんだよ」

「ほ、欲しいもの? う~~ん……あっ……でもなぁ……」

「なんだい? 遠慮せずパパに言ってごらん。なんでも用意するよ」

 

「そ、その~~『()() ()()()()()()()』……ってのはムリだよね……?」

 

「岸辺 露伴?」

 

聞いたことのある名前だ。たしか週刊少年ジャンプで連載をしている漫画家だ。

 

「き、気にしないで! そうだ、ポケモン! ぼくあれが欲しいな」

「いいや早人。岸辺 露伴のサインだな、貰ってこよう。早人の名前入りでな」

 

 

 

待っていろ岸辺 露伴。

必ず貴様のサインを貰う!

 

 

 

 

 




トニオさんか悪のスタンド使いなら相当エグい敵になったでしょうね。


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吉良吉影はサービスする2

少し長くなりました。


もり♪ もり♪ もり♪ もり♪

 

杜・王・町 レ~ディオ~♪ 

\モリオウチョウレイディオ~/

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございま~す。『あなたの隣人』カイ原田です。最近はどんどん暑くなってきましたねー。熱帯夜で汗だくになる夜はもうウンザリ……そこで今回は夏の暑さを吹き飛ばす心霊情報をお届けしま~す!」

 

「おはよう」

 

「おはよう。あなた」

「おはよう。パパ」

 

 レストラン『トラサルディ』での驚天動地のディナーを終えた翌日。しのぶたちの顔に笑顔が戻っていた。とんでもない料理の数々だったがトニオの言った通り私たちにとって最良の料理だった。現に私も承太郎によってストレス性胃痛になりかけていたが見事完治した。素晴らしい!

 

「皆さんは『振り向いてはならない小道 』を知っていますか? この杜王町の、何処でもない場所に存在しているとされる恐怖の心霊スポットを。その小道に迷い込んだら最後、あなたは前しか向けません。もし振り返ってしまったら…………この世に未練を持つ恐ろしい女の幽霊とその僕である怪物が不幸にも迷い込んでしまった哀れなあなたを待ち受けているそうです」

 

「パパ、本当に『岸辺 露伴』のサインを貰ってきてくれるの?」

 

早人が朝食のパンにバターを塗る手を止め私に問いかける。早人にしてみれば昨夜の私の言葉に未だ半信半疑の様だった。

 

「勿論さ。息子と父、男と男の約束だからね。その証拠に今日の午前中に早速岸辺 露伴の家に向かうよ」

「今日は会社でしょ。大丈夫なの?」

「問題ないさ。半日だけ有給休暇を取ったからね。それに今日は私の部署に出向社員が来るとかで歓迎会が主だよ」

 

だいたい私はこれまで会社に莫大な利益を与え尽くしているのだ。少しぐらいのワガママは当然許容されるべきことだ。

 

 

「う~~怖い怖い! 背中がゾクゾクしてきました。それではここらで今日のリクエスト。

Queen『Somebody To Love』

どうぞお聴きください」

 

 

「それじゃあそろそろ岸辺 露伴の家に向かうとするよ。彼の家は杜王町勾当台らしいからここからも結構近い」

 

「パパ、あんまりムチャしないでね」

 

早人の態度を見れば岸辺露伴のサインが欲しいことは明白だ。それでも私を煩わせることに心配してくれているなんて、こんな良く出来た小学生が他にいるか? こんなに父として誇らしい息子が他にいるだろうか? 

いない。早人だけだ。

 

「分かってるさ、早人。お前の父親だぞ?」

「うん……ぼく、楽しみにしてるよ!」

 

 

 

 

 

 

 岸辺露伴の邸宅は自宅からそれほど遠くない所にあった。

 

「大きいな……軽く見積もっても100坪くらいはあるか?」

 

杜王町勾当台2丁目のバス停を下車して徒歩約1分の所にそれはそびえ立っていた。

日本では珍しい広い大きな庭に3階建ての洋風建築がでかでかと存在感を放っている。

いくら杜王町が地方とは言え再開発著しいベッドタウンの一等地、半端な財力ではこの豪邸は手に入れられない。

 

「まさしく人生の成功者……か。私からすれば全く羨ましくないな」

 

漫画家なんて職業はサラリーマンよりノルマに追われる酷い仕事だ。フリーランスの自営業だから労働基準法は当然適用されないし週刊連載だから毎週締め切りと格闘している。しかも期日までに仕事をこなしても人気が落ちればそれまで。弁明の機会もなく打ち切り、クビ、人権無視のブラック人事だ。

それでいて何処の誰とも知らない輩から常に無責任な批判に晒されるオマケ付きだ。

いくら収入が良いからと言っても私なら頼まれても絶対に漫画家なんて奴には成らないね。

 

「突っ立っててもしょうがない」

 

手始めに玄関に設置されているインターホンを鳴らすが応答はない。試しに2度3度続けて押すもやはり物音1つせず豪邸の中からの反応はさっぱりない。

 

「……」

 

留守、とも考えたが冷静に周りを見渡すと幾つかの手掛かりが散見していた。

 

豪邸の脇にあるガレージには高級車が止められておりあまり使用されていない形跡がある。

 

「この車、日産の300ZXか。いい車だ。だがエンジンも冷たいしフロントガラスも埃がついている。暫く乗っていないな」

 

足元の地面を見ると水で濡れて湿っていた。前日の夜にかけて降った雨の影響だろう。

 

「足跡は私の靴跡のみ……少なくとも昨日の夜から今にかけては外出も帰宅もしていないぞ」

 

裏手に回り壁に設置されている電気メーターをじっと見ると、微かだが電力が消費されている。

 

「電気も使用されている。これで分かった、岸辺露伴はこの家にいる。さては居留守を使っているな?」

 

となれば自分は無視をされた。

そう思うと途端に腹が立ってくる。漫画家だかなんだか知らないがこの吉良吉影をコケにするなど許さない。俄然やる気が出てきた。

 

「いいだろう。そう言う態度を取るならば私も考えがある」

 

こちらとて伊達に何年も営業をしていない。この手の対象を攻略するパターンは既に完成されているのだ。

 

私はまずインターホンではなく木製の扉をできるだけ大きくノックする。

 

ドンドンと勢いをつけて叩くと微かに2階辺りから足音が聴こえた。

 

……釣れたな。

 

足音は玄関扉の向こう側で止まった。おそらく私と岸辺露伴は扉を挟んで向かい合っている。

 

「うるさいぞ。ドアを叩かなくたってインターホンがある。何かぼくに用か?」

 

扉越しに聴こえてきたのは若い男の声だった。間違いない。早人の話によれば岸辺露伴は20代後半、ビンゴだ。

 

「すみません…………」

 

私はそれだけ言って沈黙した。

まだ相手が扉も開けていないのに自分の目的を全て話すのは新人営業マンにありがちなミスだ。基本的に住人にとって突然来訪する営業マンは邪魔者でしかない。だからこそ我々はどんな手を使ってでも住人に興味を持って貰わなくてはならないのだ。

 

「……~~~おいッ! なんだッ すみませんの続きはッ 早く言ったらどうだ!」

 

扉が勢い良く開かれた。

フフフ……君は既に敗北しているのだよ、岸辺 露伴。

 

「言っておくがセールスならお断りだ」

 

ほほぅ……これが岸辺 露伴か。

もっとも、この目の前の男が岸辺 露伴とまだ名乗ってはいないが、音石 明や東方 仗助と比べても負けないほどの珍妙なファッションスタイルだ。

 

「ぼくが誰だか分かっているのか? 岸辺 露伴だ。ジャンプで連載をしている『漫画家』だッ」

 

やはり岸辺 露伴か……それにしてもなんだ?

あの頭につけてるギザギザのシャンプーハットみたいなのは。髪飾り? ヘアバンド?

理解不能だ。

 

「あぁやっぱり岸辺 露伴さんですか。突然の御無礼をお許しを。私の息子が貴方の大ファンでして、是非とも我が家に来て会って頂きたいと思いお伺いさせて貰いました」

 

「ハァ? なんでぼくが見ず知らずのお前の息子に会わなくちゃならないんだ。常識ってやつが無いのか君は」 

  

自分で言っておいてなんだがおっしゃる通り実に図々しいお願いだ。だがそれが『狙い』だ。

そりゃ突然こんなことをお願いされれば誰だって断る。だがそれでいい。

 

「待ってください! 分かりました、諦めます。ですがどうかサインだけでもお願いします。色紙とペンは私が持ってますので」

 

「む、サインか……」

 

よし、岸辺 露伴が考えたぞ。初めにわざと無理難題を吹っ掛けて相手に断らせた上で本来の要求を此方が妥協したかの様に提案する。あまり良い印象を抱かれないから何度も使える手じゃないがどうせ岸辺 露伴とは今日限り出会うことの無い相手だ。構うものか。

 

「しょうがない、サイン程度なら良いだろう。だが君が用意したそのペンは使わない。ぼくは自分のサインも作品だと思っている。キチンとぼくのペンを使わせて貰おう」

 

「構いませんよ。不躾なお願いを聞いて貰いありがとうございます」

 

 

─────勝った。

 

 

お辞儀をして岸辺 露伴からは見えないので私は歪む口角を抑えなかった。これで勝利確定だ。

 

「部屋で書いてこよう。息子さんのお名前は?」

「早人と言います」

「ふむ、名字は?」

「吉良です。息子の名前は吉良 早人です」

 

 

「……なに?」

 

 

息子の名前を聞いた岸辺 露伴は玄関を閉じかけていた手を止め固まった。

 

「失礼、今……吉良と言ったか?」

「えぇ。吉良と言いましたが?」

「……折角だ。君へのサインもプレゼントしようじゃないか。……君の名前は?」

「いえ、私はけっこ───」

 

「名前はなんだと訊いているッ!」

 

私が言うが早いか岸辺 露伴は近所中に響く怒声を張り上げた。騒ぎに為っても困るので正直に伝える。

 

「……吉影」

 

「!」

 

「……吉良 吉影です」

 

「「………………………………」」

 

 

両者共に押し黙り重苦しい沈黙が場を支配した。

私は突然怒鳴った岸辺 露伴が理解できないからだが、岸辺 露伴は何故何も言わない? 

僅かしかコミュニケーションを取っていないがこの男は自分のプライドを重視するタイプの人間だろう。まず、友人はいまい。

そんな高慢な男が何か気に障ることがあったら直ぐにズケズケと文句を言いそうなものだが……。

 

「あの────」

「気が変わった! 吉良さん、ぼくの家に招待する。どうぞ上がってくれッ」

 

沈黙を破ったのは両者だったが私はまたもや閉口した。

 

「さぁ! 何を突っ立っているんだッ この岸辺 露伴がわざわざ君を自宅に招いているのだよ!? 上がってくれたら息子さんへのサインはイラスト付きにしよう」

 

この変わりようだ。

 

先程まで私は招かれざる客であった筈だ。だと言うのにこれはどうだ。プライドの固まりの様なめんどくさい奇人がほんの5分ほど前に会ったばかりの私を自宅に入れようとしている。私に怒鳴ったことが嘘の様なほがらかな笑顔を私に向けながら……

 

 

怪しい。

非常に怪しい。

何が彼を変えたのか、私の名を聞いた途端にだ。

 

私を知っている? ───あり得ない。岸辺 露伴とは今日初めて会った。しのぶは漫画に興味はない。早人も岸辺 露伴のファンだがいくらなんでもファンの父親を作者が知っているとは思えない。

 

「さぁ入ってくれ!」

 

だがここで彼の誘いに乗らなければサインは手に入らない。

 

それは不味い!

 

早人からの信頼を裏切ってしまうばかりか父としての威厳に傷が付いてしまう。早人を将来立派な人間にするため私は父として完璧でなくては。

 

親とは、子にとって絶対の存在でなければならない。かと言ってしのぶにそれを期待するのは絶望的だ。だからこそ私が担わなければ。

 

私の『母』がそうだったように。

 

 

「……ではお言葉に甘えさせて頂きます」

 

 

岸辺 露伴の後をついて玄関を潜るとそこには豪勢な調度品の数々とそれを台無しにする穴や瓦礫の光景が広がっていた。

 

「散らかっているが気にしないでくれ。ちょいと最近ダサい不良に家をメチャメチャにされただけだ」

 

ダサい不良で一人浮かんだ顔があったがきっと勘違いだ。そうに違いない。

 

「すまないが先に行っててくれ。新しいペンを取ってくる。ぼくの作業部屋は階段を上って2階の突き当たりだから好きに見ていていい」

 

そう言って岸辺 露伴は瓦礫を掻き分けた先に消えていった。

 

「やけに気前が良いな。プロが作業部屋に他人を一人で入らせ好きに見させるだなんて……」

 

ますます私の危険センサーが警報を鳴らしている。あの日から一度も警察や世間の目を向けられないように立ち回ってきた経験が告げている。何かおかしい。

 

とは言え確信が無いのもまた事実、結果として立ち去ることもできずこの場に留まるしか選択肢がない。

 

「好きにしろと言うからさせて貰うが……だいぶ荒れているな。本棚は倒れて本が散乱しているし外壁も崩れて外が見えている。どんな不良か知らないがきっと無礼でダサい奴なんだろうな」

 

ぐるっと周りを見渡していると1つだけ無事な机があった。それは書きかけの原稿用紙や画材が散乱していることから岸辺 露伴の作業机なのが分かる。

 

「これが彼の漫画か。たしか……『ピンクダークの少年』だったか。早人の部屋にも単行本があったな。私の稼いだ金がこいつの懐に入っているのかと思うと嫌気が…………ん?」

 

机の引き出しからチラリと紙が見えていた。形状からして何か手紙の封筒の端のような物だ。それだけのことだがこの時の私は妙にそれが気になってしまった。

 

「……この部屋に私を一人で入れたのは岸辺 露伴だ。ならばある程度私に裁量はある筈だ。机の引き出しを開けて中を見るくらいは許される」

 

自分なりに理由付けをすると私は物音を立てないようにゆっくりと引き出しに手をかけた。

 

「やはり封筒か。宛先は岸辺 露伴に、差出人は……書いていないな。日付はつい最近だ」

 

引き出しに挟まっていた茶封筒はB4程の書類を折り畳んで入れることができるくらいの大きさで、質感からして手紙自体も中に入っていた。

 

「お待たせした。やっと納得できるペンを見つけたよ」

 

背後からの声をかけられ慌てて取り出しかけた手紙を封筒にしまい引き出しを閉めた。内心ハラハラしながら振り返るも岸辺 露伴はなに食わぬ顔で壁に寄りかかり片手でペンを弄んでいた。

 

「え、えぇ……早速お願いします」

 

危ない危ない。どうやらバレてはいないな。ボロが出る前にとっととサインを貰って帰るとするか。

 

「そう急ぐなよ。今一階のキッチンでお湯を沸かしている。コーヒーか紅茶を淹れよう」

「いえいえ。午後から仕事なものでして。お気遣いなく」

 

「……そうか。ではサインを書こう」

 

よし。これでサインが手にはいる……

 

懸案がもうすぐ解決することで私は安堵のため息を漏らす。無理もない。この吉良 吉影が早人の為とは言え赤の他人にペコペコ媚びへつらうだなんてそれだけでストレスだ。またトラサルディに予約でもしようかな。

 

「ところで、サインが書き終わるついでにぼくの昔話を聴いて貰えないか?」

「……手短にお願いしますよ。私も忙しい身なので」

「ぼくは最近まで東京で暮らしていたのだが実はこの杜王町出身でね。その当時は近所の女の子と良く遊んだものだよ」

「ほぉー。それで?」

 

早く終わってくれ。有名人の身の上話など自慢か苦労話だが結局苦労話も自慢に変わるからやっぱり自慢話しかない。

 

「けどある日その女の子は死んでしまってね。ぼくも九死に一生を得て程なく杜王町から引っ越したさ」

「それはそれは。大変だったのですね」

「実を言うとこの事は最近まですっかり忘れてしまっていてね。いきなり思い出してぼくも戸惑ったよ。けど、ぼくは漸く分かったんだ。これは『運命』だと」

 

「運命?」

 

「そうさ。ぼくは何も知らず15年を過ごし、この杜王町に帰ってきて、彼女と再び出会い己の『過去』を知った」

 

岸辺 露伴の発言に私は何か違和感を感じた。

15年? 彼女?

 

なんだ……この胸騒ぎは? この二つは私にとってとても重要な……

 

「そして今日……ぼくはまた自分自身の『過去』と対面したッ 幼いぼくが記憶の底に閉じ込めた恐怖の悪魔にッ 『運命』と出逢った!」

 

岸辺露伴のサインを書く手が止まり代わりに私を凝視していた。

 

今にして思えば、この油断が全ての始まりだった

 

いや、正確には15年前のあの夜からだ。

 

「『ヘブンズ・ドアー』!」

 

岸辺 露伴は私に色紙を投げつけると手に持っているペンを空中で走らせた。

するとまるで魔法の様にペン先から光の線が伸び宙に絵が形成されていった!

 

「スタンド!? くっ───」

「もう遅い! 貴様は見たッ ぼくのスタンド『ヘブンズ・ドアー』を! 見たと言うことは既に攻撃は終わっているッ」

 

反射的に作業机から飛び退いた私だったが着地の瞬間にグニャリと足が潰れた。捻挫かと確認すれば、しなければよかったと直後に後悔する様な光景がそこにはあった。

 

「なッ ナニィィーーーーーー!??」

 

私の足は捻挫した訳でも折れた訳でもなかった。

 

「こ、これはァ!? ペラペラだッ!」

 

本になっていた!

 

足がッ

腹がッ

手がッ

顔がッ

 

 

「私の身体がぁ~~~~~~ッ!」

 

 

私の身体は何故か見開いた本のページの様に成っていた。それは私の身体を薄く、ひらひらな紙の様に変えており立とうと思ってももがくのが精一杯だった。

 

「ぼくの『ヘブンズ・ドアー』が見えていると言うことは貴様もスタンド使いと言うことか。だが、これで勝敗は決したッ」

 

保健所の牢屋に収容されている犬猫を見るかの様な目で私を睨み付けている岸辺 露伴は一歩一歩近づいてきた。

 

「き、岸辺 露伴……! 何故こんなことを……?」

 

「何故だと!? 自分の心に訊いてみろ! ぼくは全部知っているんだぞッ この()()()めがッ」

 

「な!?」

 

岸辺 露伴は今なんと言った!? 殺人鬼!? 何故コイツがあの夜のことをッ ハッタリに違いない!

 

「な、何を言っているのか分からないな……人違いだよ。私は何処にでもいる平凡なサラリーマンだ!」

「ハッ! ぬけぬけと……なら『杉本 鈴美』とその家族のことはどうだッ!」

 

岸辺 露伴の『杉本 鈴美』と言う一言は、私の心臓を跳ね上がらせた。

 

『杉本 鈴美』

 

それは今から15年前に私が殺した少女の名前だ。

 

いつからか私は自らに歪んだ性的倒錯と殺人衝動があることを知った。勿論家族には知らせなかった。私の両親は息子を可愛がることに快楽を見いだす人たちだった。特に私の母は自分の息子が世界で頂点の子だと本気で思っている人だった。そんな両親に秘密を明かすことなど到底できるわけはなかった。だから自分の欲望に蓋をして、静かに、静かに、植物の様に穏やかに隠れ過ごしていた。

 

だが15年前のあの夜。

とうとう私の欲望が爆発した。

 

目をつけたのが杉本 鈴美だった。家族構成、立地、タイミング、そして何よりも彼女の白く柔らかい美しい手だ。

 

邪魔者を始末し、彼女を引き倒し床に押し付けたあと用意していたナイフで背中を何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も繰り返し抉った。

 

あの夜私は初めて味わった。殺しの美酒を! 自分の進むべき未来を!

 

そして誓った。

殺人と言う癖を持つ私だが、必ずや『平穏』で『幸福』な人生を生きてみせる! と。

 

 

「……それで杉本 鈴美を殺したと言う訳か。なんて奴だ! 異常者めッ」

 

岸辺 露伴は私の本になった身体の一部を剥ぎ取って新聞のスクラップを鑑賞するように覗き込みながら、誰も知る筈のない私の秘密を朗読していた。

それは私自身忘れかけていた犯行の機微に至るまで網羅され、感情までもリアルに読まれた。

 

「そ、それがお前がスタンド能力か!? 私の記憶を……ッ」

「如何にも! 『ヘブンズ・ドアー』はぼくが書いた漫画を見た生物を本に変えるッ 何であれ、魂を持つものならばな!」

「う、うぅ……ッ!」

 

不覚だ! とんでもない油断だ。まさかあの『杉本 鈴美』の事件の真相を知る男が存在していたなんて……それが目の前の岸辺 露伴だと今の今まで気づかなかったとは!

 

岸辺 露伴は読み終えたページをグシャリと握り潰し私の次なるページへと手を伸ばした。

 

「わ、私を殺すのか……? 漫画家の君が……この吉良 吉影に復讐すると言うのかッ」

「その通り! ぼくはお前に復讐する正当な権利がある。友人を殺され、ぼく自身も殺されかけたのだからな。鼠を送り込んで始末しようと思ったのはいいアイディアだったがまさか康一くんや仗助に助けを求めるとは思わなかった」

 

「あ、あの鼠はお前が差し向けたのかッ 岸辺 露伴!」

 

「ぼくのスタンドは対象を本に変え、命令を書き込むことができる。吉良 吉影を襲えと鼠に命令を書き込みお前が死ぬのを待っていたが失敗に終わった。だが『運命』はぼくを見放してはいなかった! こうして当の本人がのこのこ出向いてくれたのだからな!!!」

 

衝撃の事実に驚く私であったが同時に怒りも沸々と湧いてきた。

 

この男が!

目の前のこの岸辺 露伴が息子を殺しかけた男!

 

そして誰にも知られてはならない私の『過去』を知る男!

 

生かしてはおけない!

 

 

「貴様に書き込んでやる。吉良 吉影は日々のストレスに疲れ果て家族に遺書を残して失踪するのだ。そして但し書きはこう……地獄に堕ちる! だッ」

 

この男だけは生かしてはおけない!

 

「ぐおおおおおお!」

 

間一髪で岸辺 露伴のペンは私に触れなかった。私は2階の床を『キラークイーン』で破壊してなんとか一階に落ちて難を逃れたのだ。

 

「しまった……床が抜けたか。とっとと修理すべきだった。だが無駄な足掻きと知れ、吉良 吉影。逃げたければ逃げるがいいさ。それだけ彼女が味わった恐怖を噛み締めろ」

 

そう言い残し岸辺 露伴は穴から身を引いた。どうやら階段で降りてくるようだ。

 

「ハァ────! ハァ────!」

 

状況はかなり深刻だ。

岸辺 露伴は私がスタンドで床に穴を開けて脱出したことには気づいていないようだったが見逃すつもりはゼロだ。この家にいる限り私を殺すまで追ってくる。

いつもの癖で爪を噛もうとするが右手は肩にかけて完全に本化され力が入らない。床を破壊した際は辛うじて無事だった左手を岸辺 露伴に見えないようスタンド化させたが『キラークイーン』本体は私の身体と同様に大部分が本化されてまともな戦闘は不可能だ。

2階からは岸辺 露伴が廊下を移動して床の軋む音が聴こえその度に心臓がバクバクと高鳴る。

 

「考えろ……考えるんだ吉良 吉影。何か策がある筈だ」

 

切迫した状況ではあるがこんな時こそあえて冷静にならなければならない。そうだ、選択肢を挙げてみよう。

 

次の選択肢の内から一つだけ選びなさい。

 

選択肢①幸運な吉良 吉影は突如起死回生のアイディアを閃く。

選択肢②親父が助けに来てくれる。

選択肢③逃げられない。現実は非情である。

 

 

できれば①を期待したいが生憎とそこまで都合のいい頭脳は持っていない。②も親父がまさか私がこんな危機に直面しているなんて夢にも思っていないだろう、現実的じゃない。

 

答え──

 

いいや、待て! 

まだ諦めるには早い。身体が本に変わったとは言え動けはする。なんとか這って移動して玄関から脱出すれば……

 

「クゥゥゥ……動け……ッ 動けェ……ッ」

 

だ、駄目だ! 玄関までは約7・8メートル、歩いて移動すれば数秒で辿り着く何でもない距離だが今の私にとってはあまりにも遠い! 這いずっている間に岸辺 露伴に追い付かれるのが関の山だ。

 

「吉良 吉影ェ~~今階段を降りているぞォ~~。もうすぐお前が見えてくるぞォ~~」

 

答え──③

 

違う!

私は吉良 吉影だ! 今までどんな困難にも打ち勝ってきた。今回だってきっと打開策はある筈さ!

 

「き、『キラークイーン』! ぐっ……やはり、これではッ」

 

駄目元でキラークイーンを出してみたが、変わらずペラペラでとてもじゃないがスタンドバトルは無理だ。

 

「左手だけ無事とは言え片手だけで岸辺 露伴に勝てるのか? 左手……そうかッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いない。だが吉良 吉影はぼくの『ヘブンズ・ドアー』を見た。遠くへは行けまい。何処かに隠れたか、小癪な」

 

私の潜伏場所からも岸辺 露伴の苛立ちが聴こえる。お互いとても近い距離にいるが奴はまだ気づいていない。好都合だ。

 

「頭を使ったようだが賢明ではないな。時間はたっぷりある。ここはぼくの家、しらみ潰しに探すだけだ」

 

岸辺 露伴の声と共に足音がこちらに近づいてくる。足音はだいぶゆっくりだ。抜け目のなく圧倒的優位にも関わらず警戒している。

 

 

 

だがそれも無意味だ。

 

 

 

「コッチヲミロ~!」

 

「むッ……これは、吉良 吉影のスタンドか!?」

 

 

私が選んだのは答え①! 閃いたアイディアはキラークイーン第2の爆弾『シアーハートアタック』だ。たとえキラークイーンがペラペラになろうとも左手が無事ならば『シアーハートアタック』は健在なのだ!

 

「あの状態でスタンドを出せるとは驚きだが苦し紛れと見た。『ヘブンズ・ドアー』!」

「コッチヲミロ~!」

「なに!? バカなッ……奴のスタンドはぼくのスタンドを見た筈だぞ! 何故本にならない!」

 

岸辺 露伴の驚愕が聴こえる。いい気味だ。それこそがこの閃きの素晴らしい所なのだからな。

 

『シアーハートアタック』は精密な遠隔操作性を犠牲にしたことで遠距離型のスタンドにも関わらず近距離パワー型の攻撃力を手に入れている。スタンドは本体と幾つかの感覚を共有しているが『シアーハートアタック』は完全な独立型だ。視覚も共有していないし『シアーハートアタック』本体唯一の眼はサーモグラフィの様な熱源感知用、空中の絵など見える筈もない。

 

「コッチヲミロ~!」

「くっ、意外にすばやいぞ!? ちょこまかと……」

 

おまけにこの屋敷はいい具合に穴だらけで『シアーハートアタック』にとっては絶好の狩り場だ。

 

照明が消え部屋が暗くなる。「シアーハートアタック」が電球の熱に反応して壊したのだろう。とっとと岸辺 露伴を爆破してほしいがこればかりは待つしかない。人間の体温よりも高い熱源が全てなくなった時が、奴の最後だ。

 

「成る程。そのスタンド……熱源に反応して攻撃しているのか。ぼくをすぐに襲わない所を見ると自動操縦型だな」

 

な、なに!? 

奴、今なんと言った!?

『シアーハートアタック』を出してまだ一分も経っていないのにもうその法則を見破ったのか! どういう思考力をしてるのだ!

 

私は自分が隠れているキッチンの裏で驚いた。ペラペラの顔から汗が一滴垂れる。

 

「だがしかし猶予はそれほどないな。その前に考えねば……………………よし、これでいこう」

 

は、早い! 5秒も経っていないぞ!?

考え付いたと言うのかッ 無敵の『シアーハートアタック』を打ち破る方法を!

 

「まずは地の利を得る!」

 

岸辺 露伴の足音が再び私に近づく。どうやらキッチンに入ってきたようだ。

 

一番入ってきてほしくない所だ。私が隠れている場所であるし火の気が多い。デコイが幾らでも作れる。

 

「おいおい、まさかぼくが目眩ましの為にキッチンに入ったと思っているのか? 吉良 吉影。違うね、キッチンに入ったのはコレの為さ!」

「コッチヲミロ~!」

 

同時に『シアーハートアタック』がキッチンに飛び込んだ。私は早く岸辺 露伴が爆発と共に消えることだけを祈ったが一向にその気配がない。

 

「………………?」

 

そればかりか『シアーハートアタック』の声もしない。何故だ。何が起こった? 

 

「チェックメイトだ。吉良 吉影」

 

左手に感じていた感覚が消失した。考えられる最も最悪な展開に吐き気が込み上げた。

 

「左手がァーー!?」

 

私の左手が本に成っていた!

 

「バカなッ こんなことが!? 『シアーハートアタック』に弱点はないッ 何をした、岸辺 露伴ンーー!」

 

私は隠れていることも忘れキッチンから身を乗り出した。そして見た。『シアーハートアタック』が私の左手同様本に成っていた。

 

「ああそこにいたのか吉良 吉影。そんなに驚くなよ。ぼくはコレを取りに来たんだ、このポットね」

 

岸辺 露伴はポットを勝ち誇るように高らかに掲げた。

 

「ポット……ポット……ま、まさか貴様!」

「意外に察しがいいな。その通り、ポットの中にはお湯がある! お湯もインクもぼくにとっては同じ液体! ならば後は書くだけだ!」

 

信じられないことだが岸辺 露伴はポットの中のお湯をペンに浸してインク代わりにしたんだ。ポットのお湯は大概90~80℃、十分に『シアーハートアタック』の熱源感知に引っ掛かる。『シアーハートアタック』はそれを見てしまったのだ! 熱で描かれた奴の絵をッ!

 

「だ、だが! まだ動きを制限されただけだ。『シアーハートアタック』は僅かだがお前に迫っている! 近づいて書き込もうとすれば爆発するぞッ」

 

本にされてしまった『シアーハートアタック』だがそれでも無限軌道がカラカラと回転し少しずつだが動いていた。まだ機能は停止していない。

 

「ド素人が。この岸辺 露伴に偉そうに講釈を垂れるな!」

 

ペンを持ち不思議な構えを取る岸辺 露伴。何をするのかと疑問に思っていると次の瞬間目にも止まらぬ速さでペンを振りインクを『シアーハートアタック』に叩き込んだ。

 

正確に『シアーハートアタック』を狙ったことすらスゴワザだがそれだけではない。叩き込まれたインクはただの染みには成らずハッキリとした文字を形成していった。

 

「何だってェーーーー! インクを飛ばして文字を書き込んでいるだとォ~~!?」

「貴様にセーフティをかけた。勝負は決したーー!」 

 

 

  

吉良 吉影は岸辺 露伴に攻撃できない

 

 

書き込まれた文章の通り『シアーハートアタック』はその場で制止してしまった。爆発の気配もない。

 

「バカな……バカな……この吉良 吉影が、こんな所で……」

 

万策尽きた……などと考えたくもない。だが考えれば考えるほど絶望しか深まらない。

 

動くこともできず、

スタンドも使えず、

『シアーハートアタック』すらやられた

 

もう他に手がない。

 

 

呆然とした私に死神が未来を突きつける。

 

「死ぬんだよ。貴様はこんな所でな」

「こ、これは……ゆ、夢だ。悪い夢なんだ……ッ」

 

い、嫌だ。私は死にたくない!

家族が待っているんだ! しのぶがッ 早人がッ

愛する家族が私の帰りをいつもと同じように待っていてくれているんだ!

何か考えるんだ! 

 

答え③逃げられない

答え③逃げられない

答え③逃げられない

答え③現実は非情である

答え③現実は非情である

答え③現実は非情である

 

考えるんだ吉良 吉影ェ────!

 

「最後にぼくが何故お前の秘密を知っていたのか教えてやろう。この告発者のお陰だ」

 

岸辺 露伴はポケットから一枚の茶封筒を取り出した。それは奴の作業机の引き出しに入っていた物だった。

 

「これがある日ぼくの元に届いた。内容は吉良 吉影、お前の名前とお前が過去に犯してきたおぞましい数々の殺人の歴史だった」

 

岸辺 露伴は手紙を取り出した私に見せつけた。

 

『突然の御無礼を御容赦ください。私は吉良 吉影と言う男について貴方に忠告する為に手紙を書きました。何のことなのか分からないでしょうがこの先に記されていることは『真実』なのです。

 

吉良 吉影は15年前に杉本 鈴美とその家族を惨殺した真犯人なのです。証拠はありません。ですがどうか信じて頂きたい。幼い貴方を身を呈して救った杉本 鈴美の意思を私は守りたい。吉良 吉影はその後も杜王町で幾度となく、見境なく、何の躊躇も、罪悪感も持たずに殺人を行っているのです。

 

私も吉良 吉影に大切な存在を奪われ、汚されました。奴は狡猾かつ慎重で貴方と同じスタンドを持っています。司法の裁きは奴にとって無力です。できることなら私の手で復讐したいのですが私は病気でもう長くはありません。どうか貴方に私の『意思』を継いで頂きたい。』

 

「これは……いったい誰が……?」

「もちろんぼくもこんな胡散臭い手紙を真に受けた訳じゃなかった。だが『杉本 鈴美』と言う単語がぼくを突き動かした。霊園の住職に話を訊きたしかにぼくは杉本 鈴美と友達だった。命を救って貰った! 自分でも情けない、そんな大切なことを忘れていたなんてッ」

「ま、待て!」

「杉本 鈴美の、彼女の魂を救済するには、お前の死こそ最良だ! この杜王町にとってもな!」

 

「私は、私は……杉本 鈴美を殺した。それは事実だ、認めるよ」

 

「今更遅い! 既に時効、スタンド使いは罪にも問えない。だからぼくがッ」

「話を聴け! 私の殺人は15年前のあの夜だけだ。それ以外、今日まで人は殺していない!」

 

「まだシラを切る気か!?」

 

岸辺 露伴の目は疑いの目だ。全く私を信用していない目だ。それもそうだ、私が奴の立場でも信用しない。だがなんとか時間を稼がなければ!

 

「嘘だと思うのならばお前のスタンドで読んでみろ!」

「……何のつもりだ。だがいいだろう。どうせ貴様にはとびっきり惨めな『最後』を書き込んでやるんだ。その前に読んでやろう」

 

岸辺 露伴は私の顔に当たる部分のページを何枚か乱暴に破り取り読み始めた。そして段々とその顔が険しくなっていくのが見えた。

 

「…………なに? ………おかしい……何処だ……1990年1991年1992年1993年1994年1995年1996年1997年1998年1999~~~~ッ! 何処にも殺人の記載がない!」

「言っただろう。私は杉本 鈴美しか殺してない。その手紙は半分出鱈目だ」

 

信じていた存在が揺らいだことで岸辺 露伴の顔から一瞬殺意が消えかけたが、すぐに手紙を握り締め私に向き直る。

 

「……だ、だが! お前が杉本 鈴美を殺した事実は変わらん!」

「くッ……────?」

 

たしかにそうだ。時間稼ぎとは言え杉本 鈴美の殺人を告白してしまった。このままではヤバいと思って何か使える物はないかと周囲を見渡すとキッチンの小窓から人影が見えた。目だ。此方を見ている。

 

「た、助け……────」

 

その時、どうしてそういう発想に至ったのか私でも分からなかった。

 

「お前を始末する未来に変わりは────」

「岸辺 露伴! その『手紙』を手放せェ~~!」

 

ただ、岸辺 露伴が持つ手紙がとんでもなく危険な代物だと本能で察した。

 

─────カチリ

と音が聴こえた。

 

「なバァッ────!?」

 

手紙から火線が射し込んだかと思えばそれは火球と為って岸辺 露伴を呑み込み大爆発した。近くにいた私も壁に叩き付けられ危うく気を失いそうになったがなんとか立ち上がる。

 

「立てる……ぞ。身体が……戻ったぞ!」

 

私の身体は本ではなくなっていた。自由の歓喜に震えていた私を急遽現実が引き戻す。

 

「…………き、きら……よ、し……かげェ………どうやって、ぼく……に、スタンド攻撃、を……???」

 

岸辺 露伴は生きていた。手紙を持っていた右手は腕ごと消失し胴体も足にかけて1/3程抉れ丁度奴の右半身が吹き飛ぶ形だったが生きていた。

 

「こ、これは……だが今の爆発はまるで……

だが、だがしかしだ。今はそんなことよりも優先すべきことがある。何か分からんが取り敢えず私のピンチはチャンスへと変わった……ッ」

「き、吉良 よ──グハッ!」

 

キラークイーンを出して岸辺 露伴の腹に拳を叩き込み髪の毛を掴んで引き上げ血を吹き出す露伴を間近で見て溜飲を下げる。この程度で私の怒りは収まらないが今は迅速な始末が求められる。どうやら本体である岸辺 露伴が負傷したことで私にかけられていたスタンド攻撃が解除されたようだった。

 

「立場が逆転したな。放っておいてもその傷ではいずれ死ぬだろうが君は危険だ。生かしてはおけない。『キラークイーン』第1の爆弾。肉片ひとつ残さず爆破してや……」

 

「露伴先生~~お体大丈夫ですか~~?」

 

突然の来訪者に私も岸辺 露伴も同時に玄関を振り向く。

 

「こ、康一くんッ」

「康一? ああ、広瀬 康一君か。知り合いだったのか。クソッ タイミングの悪い」

 

ただの一般人なら始末すればいいだけだ。だが康一君を始末するとなるとあの承太郎が出てくる恐れがある。そしてここで岸辺 露伴だけ始末した後に康一君が入ってきたらあまりにも私が不自然だ。

 

「何か凄い爆発音が聴こえましたけど~~?」

 

不味い、あの爆発音を聴かれたか。このままでは本当に康一君が家の中に入ってきてしまう。

 

「おい岸辺 露伴、取引しよう」

「……なに?」

 

「君は謎のスタンド使いに襲われた所を偶然居合わせた私と共に撃退したのだ。話を合わせろ」

 

「な、何を言っている。この殺人……」

「でなければ康一君を殺す。その家族も。君も、君の両親も」

「き、貴様ァ……! 何処までも卑劣なッ」

「取引と言っただろう? 条件を飲めば私は何もしない。私は平穏を望んでいる。私の記憶を読んだのなら分かる筈だぞ」

 

 

まっ、君は後で始末するけどな。

 

 

 

「だ、だが……むぐぅ!?」

 

岸辺 露伴の開いた口に指を四本ばかり突っ込んで舌を掴む。何処までも生意気な奴だ。今断ろうとしたな?

 

「断っても構わない。その時は血の海だがな」

「~~~~~~ッッ」

 

声なき悲鳴を指先で感じる。いい兆候だ。岸辺 露伴は私に恐怖を感じている。まるで怯える子供の目だ。

 

「露伴先生、ドア空いてますよ。不用心だなぁー開けますよ~~?」

 

「ンー! ンーー!」

「だめだめだめだめだめだめだめ!

なぁ岸辺 露伴、頭を使えよ」

 

指を更に口腔に侵入させながらシタバタ暴れる岸辺 露伴の肩を恋人のそれと同じくできるだけ優しく抱き寄せ眼と眼を合わせる。

 

「一緒に考えよう。

このままだと後ほんのちょっとで康一君が玄関のドアを開ける。すると眼にするのはこの有り様、だ。当然私は直ぐ様君を爆発させる。目の前で人が爆発して消えたらさぞ康一君は動揺するだろうね~? その後はすかさず康一君に『シアーハートアタック』を射出して爆死させる。彼が君と同じくらい利発なら生き残るかも知れないけど、まあ無理だろうな。ここまでは分かったかい?」

 

説明が終わると岸辺 露伴を凝視しながら手を引き抜き血と唾液で汚れた手を舐めとる。

実際は私も切羽詰まっているが交渉では弱味を見せてはいけない。主導権を常に握り続けることが重要なのだ。

 

「うぇっ……あぅ……く……ふぁ……あぁ……」

 

えづく岸辺 露伴をなるべく穏やかに、優しく、愛を囁くようにそっと耳打つ。

 

「さぁ……好きなようにしたまえ。私はその決断を尊重しよう」

 

抱き寄せたことで岸辺 露伴の表情は見えないが、その心は感じ取れる。恐怖でバクついた心臓の音が。

 

この吉良吉影、たまに感じるのだが私は他人に対してわりと酷い奴なんじゃないのかと思う。

 

「……ひ、一つだけ訊く。何故手紙を放せと警告した。貴様の警告がなければ、ぼくは爆死していた」

 

岸辺 露伴が意味のないことを質問する。この状況でその質問に何の意味があるのかさっぱり分からない。理解不能だ。

 

「ん~~? 決まってるだろう。君が死ぬのは構わないがその前にサインは書いてもらう。息子との約束だからな」

 

当初の目的はそもそもサインだった。最悪、筆跡を真似て偽造するが本人に書いて貰えるのならそれに越したことはない。

 

腕に抱く岸辺 露伴の肩から力が抜けた。殆んどショック状態だがその顔からは少しだけ鬼気が抜けていた。

 

「何処までも…………利己的な奴だ。

だが今のセリフ……悔しいが…………いいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写生程度なら嗜む私だが漫画と言う大衆にウケるクリエイティブな能力はない。

 

岸辺 露伴

吉良 早人くんへ──Special Thanks!

 

受け取ったイラスト入りのサインを眺めれば素人でも奴の技量がずば抜けていることが一目で分かる。

 

 

あの後、康一君を岸辺 露伴の協力のもと上手いこと納得させ救急車に乗る前に奴にサインを書いて貰い私は午後からの会社に向かっていた。

 

岸辺 露伴はいつか始末しなくてはならないがそれには承太郎と言う最大の障害を排除してからだ。あの男には細心の注意を払ってもまだ足りないほどの怖さがある。奴が杜王町にいる間は迂闊なことはできない。

 

よって私は岸辺 露伴を取り敢えず生かしておくことにした。たっぷりと脅してやったから奴も馬鹿なことはしないだろう。それにもし反逆してもしばらく準備に時間がかかる筈だ。その前には始末する。

 

 

 

「お疲れ様です。吉良 吉影さん」

「お疲れ様」

 

受付の女の子に挨拶をしてエレベーターに乗る。今日は関連企業からの出向者がやってくる日で今頃は部署の皆で歓迎会をしている。かなり疲れた午前だったが部長として顔は出さなくては。

 

 

「あっ! 吉良部長遅いですよ~」

「もうとっくに歓迎会始まってますよ!」

「みんな~吉良部長がようやくご到着よ♪」

 

いつもの姦しい女どもが不必要に騒ぎ立てる。何度お前らを脳内で惨殺したか教えてやりたかったがぐっと堪え笑顔を作る。

 

「いや~すまないね。ちょっと何でもない、端から見たら本当につまらない用事を午前中に済ませてきてね。それで出向の子は何処だい? この部署の責任者として挨拶をしておかなければ」

 

 

出向なんてのはどうせ元の会社で居場所のない出世コースから外された負け組強制送還だ。大したことのない冴えないサラリーマンに違いない。せいぜい変に気張らず大人しくしていてくれると助かる。

 

 

 

私の問いかけに一人の男性が社員をかき分け立った。背格好は私と同じくらいの神経質そうな無表情の男だ。

 

「初めまして。いやぁ……カメユーチェーンの精鋭、吉良 吉影さんお噂は私の会社でも評判でしたよ。そんな貴方の元で働けるなんて光栄です。私の名は────」

 

 

差し出された手を握り返すと思ったよりも強く握り返された。その瞳は真っ直ぐ私を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────川尻 浩作です」

To Be Continued…




邪魔が入らなければ吉良吉影の完全敗北でした。



あえて言えば作者は吉良露が流行ってほしいです。


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吉良 吉影は汗をかく

 最近ほんとに忙しくて執筆が滞っていますがなんとかチビチビ進めています。


 其所は一見すれば何処にでもある住宅地の間の小道。しかし其所は、地図の何処にも載っておらず、誰もその存在を知らない。

 

ひび割れた塀。

T字路の中央に設置された赤いポスト。その近くに落ちている犬の糞。

 

 其処に人影はない。人の生活感を感じさせる光景にも関わらず、人の話し声も、足音も、鳥の囀ずりも聴こえない無音─────

 

 

 

 かつてその小道には一匹の犬と一人の少女が存在していた。

 

 

 誰もいない小道は杜王町の何処でもない場所にただひっそりと存在している。

 

 

 

 

「あなた、いってらっしゃい」

「ああ、行ってくるよ」

 

 玄関口で手を振るしのぶにいつも通りの挨拶で仕事へ向かう私の心中は穏やかではなかった。しのぶの声を上の空で聴きながら懸念事項である2つの不安について考えていた。

 

一つは岸辺 露伴。

 あの後、奴に一応釘は刺しておいたが私の正体を周囲に言いふらすとも限らない。なるべく早い内に始末をしなくては。

 

もう一つは岸辺 露伴に私の正体を告げた手紙の差出人。

 私の15年前の犯行はまだスタンドが顕現していなかった時の事件だが証拠は一切残してはいない。だからこそ今日まで警察の目にも世間の目にも怪しまれず平穏に暮らしてきたのだ。

 だがあの手紙の内容は紛れもなく真実だ。私が杉本 鈴美を殺したことを知る人間などこの吉良 吉影と親父、後は当の本人である杉本 鈴美くらいの筈なのにいったい手紙の差出人は何処でどうやって知り得たのだ? 

 もし差出人がその事を警察や世間に公表したならば非常に不味い。証拠はない。だが間違いなく私の今まで築き上げてきた平穏は乱されてしまう。手紙の差出人を探るためにも岸辺 露伴を早急に始末するのは軽率なのではと私を躊躇わせていた。

 

 

「あれぇ? 吉良部長じゃあ~ないですかぁ~~!」

 

 

 そんな私を嘲笑うかのように、家の門の前に川尻 浩作が立っていた。つい最近カメユーの関連企業からうちの部署に出向してきた社員が何故ここに?

 

「君は……川尻か」

「奇遇ですねぇ。私、出向したついでにこの近くに引っ越して来たんですよ。でもまさか吉良部長のお宅が近くにあったとは思いませんでした」

 

「……たしかに、奇遇だな」

 

 近くに引っ越して来た? 余計なことを。これじゃあ私の朝の通勤がこいつと遭遇すると言う煩わしさを被ってしまう。他は知らんが私は通勤するときは一人で自分のペースで歩きたい。ペチャクチャお喋りしながら歩くなんてアホのすることだ。

 

「行ってくるよパパ。あれ、この人は?」

 

 家の前で立ち往生していると後ろから学校に行く早人が出てきて川尻に気づいた。川尻は早人を見るなり笑顔を浮かべて顔を近づける。

 

「やぁ。君は吉良部長のお子さんかな? おはよう、吉良部長のお仕事仲間の川尻です」

「お、おはようございます。いつもパパがお世話になってます」

「こちらこそ。利発な息子さんですね。さっきチラリと玄関の隙間から見えたのは奥様ですか? 美人ですねぇ。賢い息子さんに美しい奥様、羨ましいですよぉ~~」

「それで、君はわざわざ私のご機嫌取りに来たのかね?」

「とんでもありません。ただ出勤の途中で吉良部長を見かけたのでご挨拶をしたまでですよ。ご一緒に出勤しませんか? 同じ会社なんですし」

 

 この川尻 浩作と言う社員……初めて会った時から感じているのだが妙に私に対して馴れ馴れしい。かと言って普段の勤務態度を見ればむしろ愛想は良くない方だ。つまりだ……

 

出世がしたいのだ。この男は。

 

 だから好きでもない私の息子や妻まで誉めて媚を売っている。出向と言うことは元いた会社ではもう上は目指せないのだろう。だから手始めに飛ばされた部署でのし上がろうと私に目を付けた。

 

「……まぁいいだろう。早人、行くぞ」

「うん!」

 

私は使えると思った。

 最近会社での評価が著しく上昇してしまって困ってた所だ。次からはこの川尻 浩作に手柄を譲るとしよう。他の部下たちは皆私に手柄を立てさせようとする邪魔者だ。其処に来てこの男はわざわざ私の出勤時間を調べて待っていた食えない奴だ。出世のチャンスなら喜んで飛び付くに違いない。

 

「早人君は何歳だい?」

「11歳です」

「へ~~それにしちゃ大人びてるね。じゃあもう漫画とかは読まないのかな」

「いえ、漫画は好きです。特にジャンプで連載しているピンクダークの少年が大好きです」

「あぁ、たしか岸辺 露伴って漫画家が描いてる作品だよね。でもたしか最近休載が続いてるとか」

「そうなんです。学校のみんなも早く続きが読みたいって文句を言ってます」

「漫画家は激務だからね。体を壊してしまう機会も私たちよりあるんだろうね早人君」

 

 今週の休載の原因は私だがな。

 

 

 

「ご、ごめんなさい!」

「どうした早人」

 

 三人で歩いていると曲がり角に差し掛かった所で早人が歩行者とぶつかり尻餅をついた。ぶつかった相手はメガネをかけたかなり大柄の男で横にはガールフレンドらしき美しい女がいた。

 

「痛てぇなァァァ~~ッ なんだよォォォォ~~とろとろ道歩いてんなよなァァァァ~~ッ」

「ごめんなさいっ。ぼくが余所見をしてぶつかっちゃったんだ、パパ」

「アンタこのガキの親父かよォォ~~? 見てくれよ俺のズボン、台無しだぜェェェ~~ッ」

 

 男が指差したズボンの裾辺りには見えるか見えないか程の泥がハネていた。正直指摘されるまでは気づかないほどの汚れだ。この時点でかなり嫌な予感がする。

 

「ちょっと~~ッ うちの彼の服汚さないでよぉぉぉ~~。これからデートなのにどうしてくれるのよォォ~?」

「いやいや、どう見ても汚れと言うレベルではないですし子供がやったことですよ? 吉良部長、こんな奴ら相手にすることはないですよ」

 

「よせ川尻君。申し訳ない、息子が粗相を働いたのは事実なようだ。これでクリーニングでもして頂きたい」

 

 川尻の言う通り面倒な輩に絡まれたが今は出勤中で急いでいる。万札一枚で済むなら安いものだ。それにそもそもの非は息子にあり父親の私が責任を取らねばならない。早人の教育の為にもここは父親として然るべき大人の対応を……

 

「あぁ~~ん? 1万ぽっちで足りるかよッ 10万出しな!」

「……なに?」

「おいおい当然だろォォォ~? 子供の責任は親の責任だぜェェェ~ッ 慰謝料も込みで10万にしてやるって言ってんのッ」

「……その泥ハネ、見たところほんのちょっぴりとしか汚れていないようだ。今日中にクリーニング店に預ければ綺麗になると思うよ。1500円くらいで」

「うっせぇーなぁ! 下手に出てりゃ調子に乗りやがってッ ごちゃごちゃぬかすならアンタの会社にでも凸ってやろうかァァァ~? お宅の会社の社員とトラブってるってよォォォ~!」

 

前言撤回だ。

 こんな奴に謝るなど間違ってる。ましてや金を渡して許して貰おうなど、早人にそんな腰抜けの大人に成って欲しくない。

 

「おい喜べよォォ 今日はお前にイヤリング買ってやるぜェェ?」

「キャァ~~! ヤッターーあんた大好き!」

 

 目の前のチンピラを眺める。どうしてこういう輩は総じて馬鹿なんだ。自分の権利以上の要求を平然と突き付けそれが通らないと見れば力に訴えかける。こいつは悪だ。それもとびっきりしょうもない生粋の子悪党だ。こんな奴が私の襟を掴んで恫喝するなどあってはならないことだ!

 

「オラァァァ~~ッ なにガン飛ばしてや──プゲラ!?」

「キャアアア~~ッ ちょっとどうしたのよ~~! いきなり転んで~~!?」

 

 『キラークイーン』を出現させ男の鼻っ柱に裏拳を叩き込む。勿論死なない程度にだがそれでもキチンと鼻の骨と前歯もついでにへし折ってやった。殴られた反動で水溜まりに倒れてズボンと上着が血と泥で染まった男を見下ろすと、気分がスーーっとするのを感じる。

 

「大丈夫かね? ほら、手を貸すよ」

「ぶっ……ブプスッ……は、はぎゃあ~~ッ!?

いでぇ~~! ふざけんなよこの──クヘッ!?」

 

「よく聞けよお兄さん。私は最近機嫌が悪いんだ」

 

 全く本当にどうしてこう世の中ってのは私の平穏を乱す存在が多いんだ。私はただ会社に行こうとしてるだけなのに妙な部下に捕まりチンピラに絡まれる。不条理だ。この吉良 吉影、物事が上手く運ばないとどうも不機嫌になって人を殺したくなる。

 

「な、なんだ……お、お、俺、浮いてるよ~~まるで何かに首根っこ掴まれたみてぇによぉぉぉ!」

 

 今更ながら私のこの『キラークイーン』は一般人、つまりスタンド使いでない者には見ることができない。

それでいてスタンドは見える見えない関係なく相手に干渉できる。つまりスタンド使いでないこの男は私にとって何ら脅威ではない。不躾な狗畜生程度のとるに足らないカスなのだ。

 

「クリーニング代金は払うからとっとと貰うものを貰って消えたまえ。これでそのダサいズボンの代わりを買って後ろの馬鹿な彼女に食事でもご馳走してやれよ」

 

 ほら、こうやって逆上する男の喉元を『キラークイーン』でギリギリと圧迫させれば直ぐにカタがつく。先程までの威勢はどうした? その筋肉は見かけ倒しかね? そんな情けない姿を晒しては彼女は守れんぞ。

 

「ぐ、ぐゲッェ~~わ、わひゃったッ」

 

 『キラークイーン』で押さえ付けていた喉元を放してやると男は大きく咳き込みアスファルトに血と砕けた前歯を吐き出した。困惑と恐怖の目で私を見上げるその姿に先程までの傲慢さは見る影もない。

 

「ひっ……た、助けてくれ~~!」

「ちょっと待ってよ~~」

 

 アベックは金を受け取ることもせず悲鳴をあげながら一目散に人混みの中へ尻尾を巻いて逃げていった。

 

「さ、もう大丈夫だよ早人。話はついたからね」

「パパ、ありがとう!」

「凄いなぁ吉良部長。あの男、急によろめいたり血を流したりしましたけどひょっとして貴方が?」

 

 直ぐに納得した早人と違いどうやら川尻は目ざとく私を観察していたようだった。だが所詮はスタンド使いではない一般人、どう怪しもうとも真実に辿り着くことは永遠にない。

 

「まさか、手も触れずに相手をどうこうできる訳ないじゃないか。現実はファンタジーやメルヘンじゃないんだ。私は彼と『平和的』に話し合ったまでだよ」

「はぁ……」

 

 いささか強引な言い訳だがわざわざ懇切丁寧に誤魔化す意味もない。先を急ぐ為転んでいる早人を引き起こす。

 

カチリ────

 

「アギャーーーー!? 足が~~~~ッ!」

 

「ん? 悲鳴が聴こえますね。事故でしょうか」

「どうでもいい。

まっ、おおかた不注意などっかの馬鹿が車にでも轢かれたんじゃないのかね。だとしたら、もうズボンは履けないな。フフ……」

 

いい気分だ。

 

 この吉良 吉影、その日のストレスはその日の内に解消することを信条としている。

 

 

 

 

 

 

 早人と別れ会社に出社すればいつも通りの日常が始まる。毎日気怠げな警備員と馴れ馴れしい受付嬢に適当に挨拶を済ませエレベーターのボタンを押す。エレベーター内ではなるべく上司と遭遇しないように気をつけるが今日は隣に川尻がいる。エレベーターのコンソールの前にいる私は背後の彼の表情は見えない。しかし閉鎖空間の為かお互い沈黙の為か、なにやら言い知れぬ不穏な気配が漂っていた。

 目的階に到着してドアが開くまでの時間にして数秒ほどの間隔は、酷く気不味い緩慢なものに感じられた。

 

 

「もしもし、カメユーチェーンの川尻と申します。はい、いつもお世話になっております。本日はどういったご用件で……」

 

 私は自分の仕事を行いながら横目で電話対応をしている川尻を観察していた。

 仕事はそれなり。与えられた役目は文句なくやり礼儀もなっている。些かぶっきらぼうな所はあるが私も似たようなものなので強くは言えない。

 

「申し訳ありませ。此方の不手際です。はい、必ず対処致します。問題なく片付けますのでどうか穏便に……」

 

しかしなんと言うか……物足りない。

 

 人事を司っている訳ではないがイマイチ昇進させようとは思えない。努力しているのは分かるが成果に繋がらないから評価もしづらい。ここらへんが出向させられた原因だろうか。

 

「何か問題かね、川尻君」

「いえ、吉良部長。店舗の方からつまらない苦情が入ってきただけですよ」

「そうか、ちょうど良い。今から販売店の方に用事がある。君も顔見せに付いてきたまえ」

「分かりました。では先にタクシーを拾ってきます」

 

「あ、おい……」

 

 電車とバスがあるから問題ない、と言う前に川尻は出ていってしまった。しょうがなく鞄を持って川尻の後を追うため仕事場を出ると見慣れた顔とばったり会った

 

「よぉ吉良。困りごとか?」

「君か……部下と外出するから急いでいるのだが」

 

 この男、私と同期で入社したがその時から距離感が近い。毎度毎度私に話しかけたり飲みに誘ったりと苦手な部類の人間だが妙に博識なので仕事の相談も何度かしていた。

 

「噂の出向社員の川尻浩作か?」

「知り合いなのか?」

「いやいや、会社ですれ違う程度だよ」

「君のことだから彼についても色々知っているんじゃあないのか?」

「大したことは知ってないよ。

『川尻 浩作』年齢33才独身。お前と同い年だな。性格は誠実で寡黙な良い奴なんだが裏を返せば『つまらない』男だ。一度ばったり会ったが当たり障りのない会話ばっかで全然盛り上がらなかったよ。ま、ああゆうタイプは会社員としては使えそうだからお前の部署じゃ役立っているんじゃないのか?」

「まぁね。出向だから新卒みたいに業務を一から教える必要がないのは助かる。指示は素直に聞くしくだらない意地やプライドもないのは好印象だ」

「お前がそんなに他人を誉めるなんて珍しいな。けどやめとけ! やめとけ!

 お前に川尻 浩作は似合わないよ。それより今夜どうだ、国分町の方で飲みに……」

 

「悪いが妻と息子が待っているんでね」

 

「わかった! わかった!

お前の家族サービスには頭が下がるよ。また今度な~~」

 

 

 川尻が用意したタクシーに乗りカメユーチェーン系列のスーパーに到着した。まだ6月に入って間もない季節だと言うのにタクシーのドアを開け道に出れば空にはカッと地表全てを照りつける太陽が我が物顔で光輝いていた。辺りは湿気を含んだ生暖かい空気が立ち込め歩く度に肌にまとわりつく。

 スーパーの自動ドアをくぐり抜けると店内の涼しい冷気が汗の滲む額をそよぎ心地がいい。

 

「ふぅ~~外は暑いですねぇ。それに比べて店内は涼しい。それにしても現場を部長がわざわざ立ち寄るなんて珍しいですね」

「これは現場と本部を繋ぐ役目でもあるのだよ。本部の意向や現場の不満を上手く調整することは簡単に見えて誰にでもできることじゃない。よく私の仕事を見て……」

 

 その時、店内の有線BGMの音を一瞬にして掻き消す怒声が上がり思わず振り向く。

 

「あぁん? なんで換金ができねぇんだよ~~~~っ! 俺たちのこと舐めてんじゃねぇだろうなぁ~~~!」

「お、おらたちが集めたクーポンだどッ」

「おい、(しげ)ちーに億泰(おくやす)! 騒ぐのは止めろってっ!」

 

 騒がしい3人の男たちは店員や他の客の好奇の視線にも構わず紙の束のような物をレジの店員に突きつけながら詰め寄っていた。学生服を着た3人の内2人は見覚えがないがもう1人のリーゼントの男には痛いほど私の記憶を刺激した。

 

「吉良部長、不良ですよ不良。警察呼んだ方がいいんじゃないですか?」

「………帰ろう」

「え?」

「昔から言うじゃないか。金持ちと馬鹿とは喧嘩するなと」

「いやいや! 何しに来たんですか私たち!」

 

 仕事を途中放棄する私に戸惑う川尻の反応はもっともだがあの奇妙な青年の厄介さを彼は知らない。東方 仗助と知り合ってからと言うもの、私の平穏な人生に不必要である『騒動』や『面倒事』が次々と振り掛っているのだ。私はスピリチュアルな物事は信じない主義だが疫病神は本当にいるようだ。

 あの空間に飛び込めば私が嫌う『トラブル』に巻き込まれることは明白、それも東方 仗助絡みともなれば出来る限りの回避しなければ冗談抜きで命の危険があるかもしれない。

 

「こんな仕事誰にでもできる。とっととこの場を離れよう」

「いやいや! さっき大事な仕事だって言ってましたよ!」

 

 戸惑う川尻を無視してスーパーを出ようと自動ドアを再度くぐり抜けようとした私を間の悪いことに店員が呼び止めた。

 

「あっ、吉良部長! 助けて下さい、こちらのお客様が無茶を……」

「俺は無茶なんて言ってねぇぜ! ただクーポン券を換金してくれって言ってるだけだぜ!?」

「そーだどッ

正当なけ、け、け、けんり? を要求しているだけだど!」

「だから騒ぐの……てあれ? 吉良さんじゃないっスか。なんでここに?」

 

 私が訊きたい。何故、どうして私の行く先々にお前がいるんだ、東方 仗助……!

 高校生だろ? 学校はどうした? まだ昼間だぞ? 私の息子だって今日も学校で勉強してるのにお前らときたらもう気分は夏休みかっ!?

 

「あの不良、吉良部長と知り合いなんですか?」

「……川尻君、今日はクレーマー処理について教えよう。そこで見ていたまえ」

 

 知り合いとはとてもではないが言えない。

確かに知り合いと言えば知り合いだがこんな奴らと知り合いだなんて認めたくないのが本音だ。

 

「別におかしな話じゃないさ。私はカメユーチェーンで働いているのだよ仗助君」

「へぇ~そうなんスか。なら良いとこに来てくれましたよ! コレ! このクーポン券を換金して下さい! お願いします!」

 

 仗助が差し出した手の中には今まで見たこともない程の大量のカメユークーポン券が握り締められていた。店員の顔を見ると「助けて!」といった表情で私を見つめている。

 

「こちらのお客様がこれ全部を換金してくれ言ってきて……一応用意はしたのですが当店としても余りに額が大きく困り果てまして」

 

 客の一定の買い物額に応じてわが社が発行しているカメユークーポンは、通常のクーポンと同じように次の購入時に割引券として使用できる他、現金と両替する活用法があるのが売りだ。そして仗助の持つカメユークーポンを全部換金すれば数万円は確実だろう。だがそんな換金額は聞いたことがない。一介の店員には判断しかねる事態であろう。

 

「このクーポンを全て換金すれば6万1500円になる。大金だな」

 

 店員の用意した換金分の金をこれ見よがしに仗助たちの前で数えると生唾を飲み込む音が聞こえるほどの執念を感じた。

 

「頼んますよォ~~この前のネズミの時助けてあげたじゃないっスかぁ~~!」

「……仗助君、一つお伺いしますがこのクーポンは君が自分で集めたのかね?」

「う"!」

 

 私の核心に迫る質問に仗助はギクリと肩を震わせ分かりやすく狼狽した。ついでに後ろの仲間二人も一瞬で表情が固まり目が活きのいい魚のようにぐるぐると泳いでいる。

 

「な、なぁんでそんな事聞くんですか~? このカメユークーポンの山がその証拠ですよ」

「それなんだよ仗助君。そのカメユークーポンは100円の買い物につき一枚をお客様に発券している。それだけの枚数のクーポンを集めるとなると元手も相当な額になるはずだよねぇぇ?」

「うぐっ……」

「おかしいですねぇ? 

君の家ってそんなに大家族だったっけ? レストランで出会った君の家族は父親とお姉さんだけだったけどなぁぁぁ~~~!」

「お、おふくろもいるっス……よ?」

「だとしてもここで次の疑問が生じますねぇ。このクーポン、やけにキレイだ。まるで印刷したての新品のような良好すぎる保存状態、普通こう言うクーポンは少なからず汚れていたり折れ曲がっていたりするものだが……」

「き、几帳面なんスよっ俺!

汚れとか折れ曲がったのを見るとイライラするって言うか、直さずにはいられないと言うか──」

「そう! ()()()()()()()()()()()()!」

 

「~~~~ッッ!」

 

 人差し指を突き付けられた仗助は不敵に笑っている。だがその笑みは口角がひきつり顔色は夏場に相応しくない真っ青だ。私はトドメとばかりに詰め寄る。

 

「分かっているぞ、東方 仗助。君の『スタンド』で直したのだろ? 後ろの連中はさしずめ協力者、いや共犯者と言ったところか」

 

 首筋を伝う冷や汗、明らかに激しくなった動悸、縦横無尽に泳ぐ目、仗助だけに聴こえるよう耳打ちをしながら私は確信した。

 コイツらは嘘を吐いている!

 

「そ、それは……その……」

「ついでに言えば社のマニュアルやクーポン裏面にも記載されている通り違法またはそれに類似する行為でのクーポンの取得・使用は固くお断りしている。もう一度聞く。そのクーポンは本当に、君が、正当なる方法で入手した物なのかね?」

 

 我ながらネチネチと意地が悪い問い詰め方をするものだと思うがこっちだって仕事だ。悪く思うなよ。

 

「……くっ!

分かったっスよ吉良さん。俺らの負けです。このクーポンは俺らのスタンドで……」

 

 仗助は遂に観念したように姑息な作戦を白状した。後ろ二人のスタンド能力と発案によって町中のクーポンを集め仗助のスタンドで修復してなに食わぬ顔で換金すると言う元手ゼロかつノーリスクで金を手に入れる世の中を舐めた行為だ。

 

「俺だって……俺だってこんな事したくなかったっスよ! でもしょうがなかったんです。俺の小遣いッ 全財産ッ サマーシーズン到来間近だってのにたったの12円っスよ!? なんとかして金を工面しようとするのが人情じゃないっスかぁ~~~!」

「君はもう高校生だろ、働きたまえ。

 それにスタンドを使って詐欺紛いの小遣い稼ぎなんて親が悲しむぞ? なんならウチでバイトするかね。レジ打ち店員なら時給607円で募集しているよ」

 

「仗助よぉ……諦めようぜ。なんか知んねぇけどばれちまったら退くしかねぇぜ」

「ぐぐぐぐ……た、たしかにな。やっぱりスタンド使って金儲けなんて虫が良すぎた──」

 

「ちょ、ちょっと待つど~~~~ッ!!!」

 

 尻尾を巻いて逃げていく仗助たちだったが一人のキテレツな形態の頭をした少年が雄叫びをあげた。

 

「おい(しげ)ちー、諦めろ。金なら他のクーポンや店を当たろうぜ」

「億泰の言う通りだぜ重ちー。これ以上ゴネんのはさすがにグレートじゃねぇぞ」

「なんだね、君は? まだ何か言い分があるのかな」

 

 ボーンチャイナの表面に髪の代わりに小鬼のような角の凹凸がいくつも見られる少年? は、先程までの能天気な馬鹿面から一変して鬼のような形相を浮かび上がらせていた。

 

「そ、それはおらの金だど! おらの『スタンド』で集めたクーポンを使ったんだど! つ、つ、つ、つまりおらの金だど。おらの物だっ! 」

「ぬっ──貴様!?」

 

 重ちー、と仗助たちに呼ばれた少年は自身の周囲に蜂のような色合いをした複数の小さなスタンドとおぼしき群体を出現させ瞬く間に私の手にあった金を強奪した。

 

「え、えへへ。お金だど~~お札だど~~♪ お金持ち~~♪」

「おいおい重ちー! それはヤバいだろっ。泥ボーだぞ泥ボー!?」

「俺だって金は好きだけどよォ~~道に落ちてる金以外は拾わねーぞ重ちー!」

「おお? 仗助も億泰もうるさいど。そもそもクーポンを集めたのはおらだど。だからお金は全部おらの物なんだど~~♪」

「ゲッ!? こいつ信じられねぇがめつさッ 最悪だぜッ

さっきまでの純粋な重ちーはなんだったんだよ!」

「中坊とは思えねぇ!? 性格ねじ曲がってるぜェ────!」

 

 それは信じられない暴挙であった。少年重ちーはあろうことかスタンドを使って金を、わが社の金を奪い取った。仗助たちも予想外だったのか慌てふためいている。

 

「このクソガキ……下手に出ていればふざけたことを!」

 

 爪が僅かに伸びる感覚がする。反射的に手に力が入り拳を握る。

 

「なんだど? 文句あるのかど!」

「大有りだよ。君が今握っている額の金を稼ぐのにどれだけの労力が必要だとおもっているのかね? それにそもそも君の行為は犯罪だ」

「う、うるさい! あんたもおらの『ハーヴェスト』が見えるようだど。あんたも『スタンド使い』だな!? そこで止まるんだど!」

 

 重ちー少年も罪悪感はあるのか私の指摘に慌てて金を手の中に無理矢理詰め込んだ。そして私の周囲に無数のスタンドを展開させ牽制するがその額には焦りのあぶら汗が滲んでいた。

 

「しょうがない。本来ならば不良中学生のオイタとして通報すれば済む話だがスタンド使い相手ではそうもいかない」

「な、なんだど……ッ?

おらの『ハーヴェスト』とやる気なのかど?」

「お、おい重ちー! 早く吉良さんに謝って金返せって! 吉良のスタンドはマジでヤベェ、怒らせたら大変だぞ!」

 

 仗助は私のスタンド能力を知っているが故に正しい反応を示した。当然だ。私の能力を知っていたら間違っても重ちー君の様な無謀な犯行はしない。

 

「おいおい仗助勘違いしないでくれ。私は仕事をするだけだよ。それにもう済んでいる『キラークイーン』」

 

 カチリ──

 

と、キラークイーンの起爆スイッチ音が鳴ると同時に重ちー少年の手から炎と光が漏れだし内側から両手を吹っ飛ばした。爆発が収まると重ちー少年は何が起こったのか分からず粉々になった手から血が流れ続けている光景をただ呆然と眺めていたが、私はそれを無視してヒラヒラと舞い落ちているお札と硬貨を回収する。

 

「うお!? 重ちーお前手首先の方がなくなってるぞォーーーーー! ぐ、グローーー!」

「だ、だから言ったんだよ重ちー! いま治してやるよッ」

「じょ、仗助さんに億泰さん何を言ってるんだど? おらの手がどうかして…………!!?

お、お、おらの手がぁ……! 消えちゃったど────!? ヒィーーーーー!」

 

「『キラークイーン第一の爆弾』

 キラークイーンが触れた物は何であれ爆弾に変える。そして爆弾に変えられた物を触ればそれが爆弾に変わる。君が奪った金は既に爆弾に変えられていたのだよ。そしてそれに触った君の両手もな、分かったかね重ちー君? 

 それと、そろそろ君たちにはご退場願おう。ハッキリ言って営業妨害だ」

 

「おうおうおっさんよ~~! いきなり重ちーの手ぇ吹き飛ばしやがってッ こいつはセコいけど俺等のダチだぜ! 仗助の知り合いだかなんだが知らねぇが舐めてんのか!?」

 

 これまた高校生とはとても見えない老け顔のゴツい男が何か喚いているが聞こえないし聞くつもりもない。

 

「くぅらぁ! 無視すんな!」

「よ、よし! なんとか元通りだぜ重ちー」

「ううあう……よくもやったな~~! 許さないど!」

 

「川尻君、今日の仕事はもう終わりだ。会社に戻る準備をしなさい」

「え……なんかお金が飛んだり血が出たりしてますけどいいんですか?」

「問題ない。君には関係のない話だ」

「おい! 無視するなどーー!! こうなったらおらと同じ目に合わせてやるどッ『ハーヴェ───」

 

「少しは人の話を聞いた方がいいぞ。私は君に言った筈だよ、既に済んでいるとね」

 

 重ちーのスタンドが私の体に張り付き今に攻撃を加えようとするもそれは未遂に終る。

 スタンドに指示を出そうとした彼は驚愕の表情に染まっていた。

 

「うわあああああああああだどォォォォ!?」

 

 彼の回りにはそのスタンドと同等かそれ以上の人だかりが押し掛け仗助たちも含めて洪水のように飲み込まれた。

 

「なんだこのおばさんたち!?」

「仗助なんだこりゃ!? 人の波だッ」

 

「今の時間帯はちょうどここのタイムセールでね。しかも半年に一度のスペシャル割引day。この時ばかりは気取ったS市の主婦たちも獰猛な略奪者に変わる。君たちの立っているところは丁度店の入り口、そのまま主婦たちの流れに乗ってしまうと言う寸法なのさ」

 

「お、おらのお金が~~ぶばッ イテッ ちょっとおばさんたち退いてく──────……………」

 

 タイムセールの主婦たちはスパルタ兵の如き進軍で立ちはだかる仗助たちを薙ぎ倒していく。彼らの怒鳴り声はやがて悲鳴に変わり最初の戦場『国産牛タン100g200円コーナー』に辿り着く頃には主婦たちの雄叫びに掻き消されその姿すら見えなくなった。

 

「うわ~悲惨ですね。セールが終わるまで二度と帰ってこれませんよあの子たち」

「自業自得さ。人様に迷惑をかけた罰だよ」

 

 

 

 

 降りかかる火の粉(アホ共)を払った私は会社に戻るために川尻を伴いタクシーの中にいた。

 

「今日は勉強になりましたよ。あんな恐ろしい不良連中に一歩も退かず撃退するなんて憧れちゃいますよ」

「……そうか」

 

 車に乗るなり延々とテンプレートなごまをすられるのはある種の拷問に近い。川尻の出向してきた部下と言う立場を考えれば仕方がないが、見え透いたご機嫌取りはかえってその抜け目のなさが鼻に付く場合もある。

 

「いやーそれにしても吉良部長は本当に頼りになって……」

 

 今がまさにその状況だ。

 どうしてこうもサラリーマンと言う人種は出世したがるのだ? ペコペコ頭を下げ必死で媚を売って人生の貴重な時間を費やして手に入るものなど疲労だけだ。社会的地位、金、名誉、女、これらは罠だ。世間一般の幸福の多くは神がいるとして我々人間が無駄に生を浪費させる為に仕組んだ巧妙なブービートラップなのだ。歴史を見てみれば一目瞭然。世界の頂点や絶頂に到ったところで後は落ちるだけ、最期も碌な死に方をしていないのが現実だ。

 私はその手には乗らない。家庭を持ちそれに見合う収入も手にしているがそこで打ち止め。後はこの幸福が永遠に持続させることに注力すればいい。

 

「出向元の会社では吉良部長の様な方はいませんでした。それに比べてカメユーは本当に素晴らしい社風で……」

 

 そう考え改めて川尻を観察すると彼もまた人生の蟻地獄に嵌まった可哀想な奴なのだと同情を禁じ得ない。半導体が欲しい時なのにマイナスネジが「自分はプラスネジの代わりにもなれます!」とアピールしているような徒労感だ。

 

「君は出来た社員だよ、川尻 浩作君」

「ありがとうございます。これからも吉良部長の元で励ませていただきます」

 

 せいぜい利用させて貰おう。私の現状維持の為の変わり身として。

 

『本日未明……S市◯◯区□□町在住の20代女性が失踪したと警察から発表がありました。杜王町では同様の失踪事件が近年多発しており警察では関連性がないか慎重に捜査を───』

 

 タクシーのラジオから流れたニュースに私は思わず動揺した。岸辺 露伴邸での出来事があったが故に女性の失踪と言う単語にどうも敏感になっている。

 

「さっきの不良も怖かったですけどこのニュースも怖いですねぇ」

「警察の怠慢だよ。税金を払っている意味がない」

「あっ、そう言えばここら辺でも昔怖い事件がありましたね」

「そうなのか?」

「ほらっ 1()5()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「────!」

 

 川尻の一言に私は咄嗟に窓の外を見た。走行中の窓から見える街並みは確かに15年前、私が最初で最後の殺人行った杉本 鈴美の家の近くだった。

 

「酷い事件ですよね。犯人がまだ捕まってない所がタチ悪いですよ。そんな奴がこの杜王町にまだいるかもって考えたらゾッとします」

「…………仕事中だ。無駄口は程々にな」

 

 夏を告げる暑さも忘れ、私は兎に角帰ってしのぶと早人の顔を見たかった。

 

 

To Be Continued…




ジョジョ5部のアニメも楽しみですね。


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