ドッキリ男の恋―君はたった一つの星― (@星きらり)
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プロローグ


宜しくお願いします!


 

 「やぁ、僕は今、カメラを回してる……ちょっと待って、角度が……」

 

 ガタガタ……

 

 「……よし。やぁ、僕は今、カメラを回してる。ここは完全プライベートな僕の唯一の楽園(オアシス)です。多分……、多分ね。さすがにこの部屋は大丈夫だと……」

 

 左右を見回す。

 

 「まぁ、それはいいとして」

 

 ん"っん"っ! 咳払いを二回。

 

 「ところで、唐突なんだけど。皆さんにとって人生とは。人生、とは。一体なんでしょう?」

 

 後ろに手を回して何やら本を取り出す。

 ボロボロの本。

 それを捲りながら―。

 

 「例えば、マザー・テレサはこんな言葉を残してる。人生とは……

 

  『人生とは機会です。その恩恵を受けなさい。

   人生とは美です。賛美しなさい。

   人生とは至福です。味わいなさい。

   人生とは夢です。実現しなさい。

   人生とは挑戦です。対処しなさい。

   人生とは義務です。全うしなさい。

   人生とは試合です。参加しなさい。

   人生とは約束です。それを果たしなさい。

   人生とは悲しみです。克服しなさい。

   人生とは歌です。歌いなさい。

   人生とは闘争です。受け入れなさい。

   人生とは悲劇です。立ち向かいなさい。

   人生とは冒険です。挑戦しなさい。

   人生とは幸運です。呼び込みなさい。

   人生とはあまりに貴重です。壊してはいけません。

   人生とは人生です。勝ち取りなさい。』   

                           」

 

 全て読み終えると、深い溜息をつく。

 

 「うん。そう。そうなんだよな……」

 

 何かぶつぶつ一人で言っている。

 

 「この中のどれかが、今の誰かの胸に凄く響くとして、それはこの16の、〝人生とは〟のどれかに、まるで季節のように移り変わりながら、その時を味わって生きるのだろうと思うのだけれど……あ、ちょっと待って」

 

 は……はっくしょん!! 大きいくしゃみを一つ。

 

 「ごめんなさい。とどのつまり、人生とは、なんでもあり、ってことで。幸も不幸も冒険も逃亡も勝つも負けるもなんでもあり、いろんな人生があって……」

 

 ティッシュを手に取り、鼻を拭く。

 

 「みんなそれぞれ必死にその人生を歩いたり走ったりしているわけだ。いや、当たり前なんだけど。なんだけど、ね。そんな複雑極まりない人生が、なんとこの日本だけで、1億2709万4745通りあるって事なんだよね。そう、人の数だけ-ってやつ。それが全て絡み合ってこの世界が生きてる……そう思うと、少しは僕も救われる気がするんだ」

 

 はっくしょん!! 

 

 「あーもうっくそっ!なんでこのタイミングで出るんだよ!まぁ、で、うん。なんで今更人生について考えてんのかっていうと、実は」

 

 少し顔を赤くして、横を向く。 

 そして頭をポリポリ掻いてから、またカメラを向く。

 

 「実は、生まれて初めて、恋をしたのです」

 

 今度は顔を真っ赤にさせ、下を向いてから、またカメラを向く。

 

 「した、というよりも、「「してしまった」」のほうがぴったりかな。だって、この恋だって仕組まれた事なのかもしれないし、僕はつい最近まで一生恋愛なんてするもんかって、強く思ってたからね。だって、僕の人生は……」

 

 少しの沈黙。

 

 「僕の人生は、ドッキリだから」

 

 

 

 

 

 これは―

 1億2709万4745分の1の中から選ばれた、

 「「一生ドッキリをかけられ続ける」」という仕事で生きていかなければいけない、

 不幸な男の全記録である。

 

 

  

 

 

 

 




お読みくださりありがとうございました


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第一章★恋のはじまり
1話 生い立ち


 

 

 

 20年前、東京に雪が降って交通機関が混乱している最中に、僕の母は陣痛を起こした。

 その陣痛を『大』の方の腹痛と勘違いした母はトイレに駆け込み踏ん張って、頭の先っちょが出てきてしまっていたらしい。

 僕は産まれてすぐに、便器の中にダイブするという絶体絶命を味わう事となったのだがきっとそれだけは嫌で、僕は僕でめちゃくちゃ踏ん張ったのだろう。

 何とか持ちこたえて、結局タクシーすら呼べずお茶の間で産まれてしまって、家族全員外出中だったから、「自分でお湯とかタオルとか用意したのよ」って未だに母は僕に自慢している。もう100回は絶対聞いた。「その時テレビでずっこけ音頭が流れてて~もう笑っちゃって~」これも同じくらい聞いた。てかずっこけ音頭って何?聞いたことないんですけど。

 

 そんなこんなで必死に産まれた僕は、「「眞島(まじま)優海(うな)」」と命名されました。

 うな、って。『ウナ』ってっ!猫の鳴き声か夏の虫刺されれに効くやつじゃねーか!せめてうみがよかった。

 ……今思えば、僕は産まれた時から運が良いほうではなかったらしい。

 ほら、よく言うだろ、〝そういう星の下に産まれたのよ〟って。まさにそれな。

 

 そんな僕は二つ年上の姉と、二つ下の妹に挟まれてすくすく育った。

 羨ましいと思うだろ? でもね、夢と現実は違う。

 

 「ウナ! おいウナ! てめーだろ、わしのピノコアイス食ったのは! ふざけんなよーおめーよー買って来いよ今すぐ! バカ!!」

 

 美乃理(みのり)姉さんは風呂上りにバスタオルも巻かないで、全裸でこんな暴言吐きながら(女子なのに家ではわしとか言うし)ゲシゲシ踏んで来るんだぞ!もう何回殴ったかわからない(心の中で)。

 

 「ちょっとウナぁ? 先にお風呂入らないでよね。もう入れないじゃん~」

 

 妹の松子(まつこ)はこんな憎たらしい事を常にネチネチ言ってくるし……でもごめん、やっぱ妹はなんか可愛いです。

 

 そんな平和で普っ通の日々をそつなくこなしていた全てにおいて平凡だった僕は中学二年のある日、友人と街を歩いていた。

 あの日、最初に誘ってきたアイツを怨んでももう遅い。僕の人生は間違いなくあの夏の日、忘れもしない7月31日の昼下がりに、ジョーカーを引く事となったのだ。

 

 目的は新作ゲーム。アイツの大好きな恋愛ゲーム『きみはだれとキスをする2』だった。

 TITAYAまで到着するまであとはあの曲がり角を曲がるだけ―。

 

 その時、

 

 「ガオオオォォォ!!」

 

 「ひ、ひぎゃーーーっっっ!!」

 

 クマ(のぬいぐるみ)が突然目の前に飛び出してきて、僕は驚いて尻餅をつくどころか後転してしまったのだ。

 まさに、〝ひっくりかえった〟僕の側に、カメラを持った男とマイクを持った男がやって来た。

 そして、

 

 テッテテー!

 

 マイクを持った男が背中に隠した看板を出し、それにはこう書かれていた。

 

 「「街角ドッキリ 大成功」」

 

 その時の僕のリアクションと鳩が豆鉄砲をくらった顔が大爆笑を誘ったらしく、プロデューサーの目がその時キラリと本気(マジ)で黒光りしたと、後から聞いた。

 

 それから、僕の地獄のドッキリ祭りが始まったのだ。

 

 週に三回~五回、月に換算して十五~二十回、予告なしにそれは執行される。

 校門を出ると黒服の男に拉致されるとか、喫茶店でメロンジュースを頼んだらコーヒーが出てくるとか、小さいものから大きなものまで奴らはあらゆる手を使って仕掛けてくる。落とし穴なんてどれだけ落ちたかわからないし、一度テストの点数が全部0点だったこともある。

 おいおい、学校まで協力してんじゃねーよ!って最初のうちはキレることもあったよそりゃ。あまりにもしつこい。しっつこいんですもの。何がドッキリで何が本当なのか、常に確かめたりしてドキドキしてなきゃいけない。

 

 そんな様子が週に一回、一時間番組として放送されるようになり、

 『爆笑! ドッキリ(メン)

 なんてダサい名前つけられて、同級生には顔を見るだけで笑われる始末。それどころか〝求められる〟。

 いやいや、好きでやってんじゃねーのよ。大人の事情に流された哀れな子羊なんだよ。こっちはよぅ!なんて思いながらも、毎度しっかりリアクションしてしまう自分に涙が出ます。

 

 それよりも何よりも一番の不幸が起きたのは、その後のこと―。

 

 爆笑!ドッキリ男の視聴率が良すぎて、急に金持ちになった家族は誰一人として働かなくなってしまったのだ。

 それどころかしょっちゅうハワイだグアムだ南国だやれイタリアンだ中華だうまい酒だって浮かれて盛り上がってる。能天気すぎるのだ。バカを通り過ぎて神になったのだ(バカの)。

 おまえら全員ぎっとぎとのパスタの海で溺れてしまえ!!そう何度呪い殺したかわからん。脳内で。

 

 二十歳になる今日この日まで、

 

 通算 4523回 ドッキリにひっかかったらしい。

 

 この間特番で司会者がウケながらそう言ってた。

 

 そんな僕にはもう、何が真で何が嘘なのか、本当にわかりません。

 

 ―――そんな事を思いながら、夜空でも見ようかと窓を開けたけど、寒いから一瞬で閉めた。

 

 

 

 

 



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2話 誕生日プレゼント

 

 

 

 

 「街角インタビューです。今日は、なんと放送されてから今までの5年間ずっと、視聴率が衰える事のない『爆笑!ドッキリ男』の、ドッキリ男について質問してみたいと思いまーす!」

 

 ラーメン屋『超大吉』で、サングラスと帽子で変装しながら味噌ラーメンを啜っていた優海(うな)は、小さなブラウン管テレビから元気よく聞こえてきたアナウンサーの声に、思わずラーメンを噴出しそうになったが、なんとか堪えた。

 

 「爆笑!ドッキリ男は、御覧になってますか?」

 「はい、見てます。ふふ」

 「彼をどう思います?」

 「どう、ですか?あの方、一般人なんですよね。もっと他のバラエティーに出てもおもしろいんじゃないかと思いますけど、出ませんよね」

 「本人がドッキリ一本で行きたいと言っているようですよ」

 

 「ぐぉほっ!」せっかく堪えたものが出てしまった。どこ情報だよ!

 

 「もうドッキリの職人ですねーあはは」

 「あまりにも長い間ドッキリをかけられていて人間不信になるんじゃないか、可哀想だと言う声も出ていますが、どう思われますか?」

 「う~ん、まあビクビクしちゃうかなぁとは思いますけど……もう慣れたんじゃないですかね?でもこの間の焼肉のやつ、めっちゃくちゃ笑っちゃいました。これからも頑張ってほしいです」

 「なんでかずーっと見ていられるんですよね。ドッキリ男、彼の魅力だと思います。ありがとうございました!」

 

 優海(うな)はなんだか背中がそわそわする思いがして、急いでラーメンを食べ汁を飲み干した。

 そして帰ろうとした時、

 

 「へいお待ちどう!」

 「いや頼んでねーし!」

 

 すぐに次のラーメンが運ばれてきて思わず突っ込み、周りを見渡した。

 すると案の定、クスクス笑うお客に紛れていつものカメラマンがこちらにカメラを向けていた。

 この忙しい昼時にやるな!

 

 「間宮(まみや)、お前…」

 

 バン!! バンバンバン!!

 

 「えっ!なに!?ちょっ!!」

 

 カメラマンの間宮に文句を言おうとしたとき、背後から店員がクラッカーを鳴らしてきて、優海は驚いてよろけてしまい、さっき運ばれて来たばかりのラーメンに手を突っ込んでこぼしてしまった。

 

 「あつ!! あっつ!! 水!!水水水!! 火傷するってほんと!!」

 

 満員の客は腹を抱えて笑っている。

 そして店員がバケツを持ってきて、まさかと思ってる間に、頭から水をかぶせた。

 

 「つ……」

 

 全身ずぶ濡れだ。

 

 「昼時の店でこんな事するなぁ!!こんなの許すな店長!!」

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 「間宮。お前ほんとにしつこいぞ!」

 「あぁらぁ。いつもの事じゃなーい。今日も取れ高最高よっんっチューしてあげたいくらい」

 

 間宮翔太(しょうた)は5年間優海を撮り続けてきた専属のカメラマンだ。誰がどう見てもイケメンと答えるであろう顔立ち、身長も180はあるモデル体系の、隠れ(一見草食系)肉食系美男子である。

 すでにお分かりのように、彼はゲイ。

 今日は良いのが撮れたから焼肉を奢るわと言って、夕食に焼肉を二人で突いているところだ。

 

 「あれから……もう五年が経つのねぇ」

 「なんだよ急に」

 「だってもう二十歳よ。出会った頃は15歳のちんちくりんだったのに」

 「ち…だからなんだよ急に」

 「あなたって、ほんと欲がないわよね。ドッキリ以外の番組には出ないし、名前も未だに公表してないし…まぁネット上ではとっくにバレちゃってるけど。一般人のまま事務所にも所属しないでこんなに視聴率もってっちゃうなんて業界至上初の偉業よね。もっともっと稼ごうと思えば稼げるのよ?今、あなたが大黒柱なんでしょう?」

 「……今でちょうど良いんだよ、俺は」

 「ほんと、健気っていうかなんていうか」

 

 金を持てば持つほど恐くなる、ただシンプルなそんな理由だなんて言えない。それにただでさえビクビクしながら生きてるんだ。これ以上ストレス抱えたらどうなることやら……

 そんな事を考えながらカルビをひっくり返していると、

 

 「あの……こんばんわ」

 

 透明で優しげな女の声が聞こえて、はっとしてそちらを見た。

 

 「あー来た来た!待ってたわよう」

 

 そこには、美人、綺麗、可愛い、三人の全く違うタイプの美女が並んで立っていた。

 は?誰?なにこいつら。

 

 「ウナちゃん、誕生日、おっめでとう!! あたしからの誕生日プレゼントよっ」

 

 え? ええ??

 

 「ウナちゃんが好きって子、集めちゃったのあたしーきゃー優しいでしょーっ。今日は五人で飲むわよおおぉぉ!」

 

 好き? 僕を? この人達が?

 

 優海は石のように固まったまま、暫くの間フリーズしていた。

 

 

 

 



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3話 不思議な女

 

 え……と。

 

 僕は今、夢を見ているんでしょうか。

 それとも、たちの悪いドッキリで頭でも打って、たちの悪い異世界にでも飛ばされたんですかね?

 

 「おい童貞くん! もっと呑めよ~っ」

 

 この黒くて長い髪を引っ下げてるクールビューティーな女は悪魔か?

 

 「なんだ、もっと喋るおもしろい人かと思ってたけど、こんなにおとなしいぃんだ」

 

 この艶々した栗色カールを指でくるくるしている女は女狐か?

 

 「……」

 

 それにあのスマホばっかいじってるすっごーくつまんなそーな子猫ちゃんは本当にメス猫なんじゃないんだろおなぁーーー!!

 

 えーーーっっっ!?? 間宮あああああぁぁぁぁぁ!!!

 

 間宮を物凄い形相で睨みつけるが、一向に目が合わない。今ならこの目力だけで大魔王を倒せる気がする。でもあいつ絶対わざと目を合わせないようにしてる。

 

 するとクールビューティ矢田藍(やだあい)が、シャンパン片手に優海(うな)の肩に手を回して絡んできた。

 

 「あの落とし穴三十連発はもうお腹よじれるほど笑ったわー。あの時ちょっとへこんでてさ、一気に元気でたよ。で、あたしこいつ好きだわーって思って」

 「え……そうですか? それは……良かった」

 

 まさかのベタ褒めに、怒りがすっと引き、まんざらでもないはにかんだ笑顔を見せた。

 

 「ぷっ!」

 

 すると、藍は急に噴出してけらけら笑い出した。

 

 「ごめん、だめだ、だめだこりゃ笑っちゃう!顔見ただけで笑っちゃうよ~」

 

 そして一人で腹を抱えて笑い出すと、栗色カールの桂木真菜(かつらぎまな)も、子猫ちゃんも、つられたように笑い出した。

 

 「う……ウナちゃん、良かったわね、みんな喜んでくれてて……ね……」

 

 ばつの悪そうな顔をしながら、間宮が弱々しく消え入りそうな声でそう言った。

 

 「……」

 「ウナちゃん?」

 「……」

 「ウナ……」

 「……うっ……!」

 「!?」

 

 優海は急に腹を抱え、口を押さえた。

 

 「気持ち悪……いっ……」

 

 諸君、覚えておくんだ。大人の教科書20ページ目くらいにでてくるよ。

 これが、「「悪酔い」」の王道パターンだ。

 「「悪酔い」」ではね、時々あるんだよ。

 

 急な吐き気に襲われる事が。

 

 「キャーーーッッッ!!」

 

 リバース。

 

 はい、みんなドン引き。

 

 女子、驚いてから怒って速攻帰宅。

 

 さようなら。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 『好き、好きよ、ウナくん』

 

 『わっ! 君、そんな裸でなにしてんの!??』

 

 『わたし、あなたが好きなの。あなたと繋がれたいの』

 

 『好き? 僕を……?』

 

 『うん、……来て。こっちへ来て……』

 

 『でも……』

 

 『お願い! 来ないと泣いちゃう!』

 

 『え……。うん、俺も男だ!』

 

 裸でシーツに包まる女に向かって、走り出す。

 

 『うおおおぉぉぉ!!』

 

 ドス!!!

 

 あと1メールってとこで、穴に落ちた。

 

 穴!? こんなとこに穴!??

 

 テッテテー♪

 

 『まじかよ……』

 

 マイクを持った男が穴を覗いて、看板を出した。

 

 『童貞ドッキリ 大成功!!』

 

 童貞どっきりって……。

 

 こんなとこまで来なーーー!!!

 

 

 

 

 

 

 「う……」

 

 夢……。

 

 ぐわんぐわん回る脳味噌が、徐々に現実に戻っていった。

 

 気持ち悪い。

 あぁそういえば、夕べ……。

 

 「って、まだ夜なのか……。そういや一人で帰るって言い張って……」

 

 途中で急に倒れたような気がする。

 徐々に意識がはっきりしてくる。

 

 「……ん?」

 

 つんつん。

 

 「……んん?」

 

 つんつん。「あ、生きてた」

 

 「んあっ!??」

 

 見知らぬ声がして飛び起きた。しかも体を突つつく感触までしっかり感じたのだ。

 

 「な、何!? ドッキリ!?」

 「ドッキリ? なにそれ。美味しいの?」

 

 しゃがみ、きょとんとして首を傾げながら、こっちを見ている女がいる。

 今の台詞が本気のような顔でだ。そんなはずはないのに。

 

 「ちょ、その格好!どうしたんだ!?ボロボロだぞ、なんかあったのか!?」

 

 よく見ると、いやよく見ないでも、女の服はボロボロだった。黒いワンピースがあっちこっち破けて、土の汚れかわからないがとにかく汚れている。それに長い髪もボサボサだし、顔も土で黒く汚れていた。

 女は胸元の服を摘んで見ると、首を傾げてから、

 

 「そうかなぁ? へん?」

 

 と言った。

 

 「へん?って……」

 

 ちょっと変な子なのかな?……それとも障害のある子で迷子になってるとか……。だとしたら、警察に行かなきゃ。じゃなければ、ドッキリ……いや、まさか、こんな時間に。

 優海は腕時計を見た。

 午前二時。

 さすがにこの時間はないだろう。ならばやっぱり警察に……。

 

 「ちょっと待って、君は迷子の子なのかもしれない。一緒に交番に行ってあげるから。え……と、ここはどこなんだ……って!僕のアパートまであと一メートルじゃないか!こんなとこで寝てたのか……恥ずかしい」

 「交番?」

 「そうだよ、警察、おまわりさん、がいるところ。ちゃんと家に届けてくれるよ」

 「あっち家、帰れるよ。帰り道知ってる」

 

 自分の事、あっち、って読んでるのか。

 

 「え?そうなの?どこ?近く?」

 「ううん。お山。お山の上のほう」

 「や、山?そうかぁ」

 

 やっぱりそうだ。施設から抜け出して行方不明とか、そんなんかもしれない。

 その時、女がすくっと立った。

 

 「わわっ!! ちょ!!」

 「?」

 

 すると、ワンピースは大きく破れていて、右の胸とお腹が露になってしまったではないか。

 

 「ちょっとマズイマズイ!! その格好はマズイ!! ちょっと来て!!」

 

 優海は慌てて女の手を取ると、自分のアパートへ駆け込んだ。

 

 

 

 

 

 



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4話 サチ

 

 「ととと、とりあえず、ふ、風呂に入ろう、うん」

 

 優海(うな)はあからさまにドキドキしながら、顔を真っ赤にさせ、きょとんとして玄関に突っ立っている女に言った。

 

 「ほら、これ、バスタオル、ま、前隠した方がいいよ」

 

 女は差し出された緑色のバスタオルを受け取ると、

 

 「隠す……その方がいいの?」

 「あ、ああ」

 

 そう言って、よく分かりませんが、って顔で前を覆った。

 

 「風呂、沸くまでこっち入って待ってて」

 

 優海の鼓動は止まらない。

 そりゃそうだ。そりゃそうだよ。

 よく見ると、美少女だったし、しっかりはっきり、姉以外の女の裸……の一部を見てしまったし。はっきり言って、免疫のかけらもない優海には刺激が強すぎる。

 

 クローゼットから自分のTシャツとハーフパンツをとりだすと、リビングでキョロキョロしているその子に渡した。「風呂入ったら、これ着てね」。

 

 「……昔……こうゆうところ、住んでた」

 「え? 昔? アパートに住んでたことあるの?」

 「……わからない。まだ小さかった」

 「え……と……じゃあ、君の名前は?」

 「名前……サチ」

 「サチ? そっか、サチちゃんか。何歳なの?家族は……ごめん、一気に聞いちゃって。あ、コーヒー飲む?あったかい奴」

 「こーひー?飲み物なの?」

 「うん。インスタントだけどね。」

 「嬉しい!お腹、空っぽ!」

 

 あぁそうか、何も食べてないのか。そうだよな。どう見ても放浪してたみたいだし……。

 

 「じゃあ風呂に入ってる間に、ご飯作っておくよ」

 「ほんと!?嬉しい!嬉しい!!」

 

 よほど腹が減ってたんだろう。ぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいる。

 ここまで喜ばれたら、作るかいがあるな―。

 嬉しそうな顔のサチを見て、優海もなんだか嬉しくなった。

 

 ピーピー

 

 風呂が沸いた音がして、シャンプーやボディーソープ、使うものの説明を聞いてからサチは風呂に入った。

 

 

 それにしても……記憶喪失なのだろうか。幼い頃の記憶は断片的なようだし、会話もちゃんとできるが片言だ。年齢は恐らく高校生くらいかちょっと上くらい。それにかなりの世間知らず。コーヒーも知らなければ、風呂用品の使い方もわからなかったし、バスタオルも巻けないくらいだ。やっぱり迷子なのかもしれない。なにか事件性があれば大変だ。朝になったら警察に届けなければ。

 

 そんな事を思いながら、冷蔵庫の中からちょうど今日食べようと思っていた親子丼の材料、鶏肉と玉葱と卵を取り出した。めんつゆで煮れば完成だから、風呂に入ってる間にさっと作れる。

 

 ぐつぐつ、それを煮ていると、

 

 「美味しそうな匂い!!」

 

 全裸のサチが風呂場から飛び出してきた。全身泡まみれのまま。

 

 「ちょっ!! こ、こら!! 戻りなさい!!」

 

 優海は全身の毛を逆立ててヤカンのように赤く沸騰してしまった。

 

 「はいっ早くするっ」

 

 サチはまたぴゅーんと戻っていった。

 

 「……まったくっ……あ、あぶねっ」

 

 親子煮のつゆがなくなりそうになって、慌てて火を止める。

 あぁやだやだ、こんな自分は嫌だ。

 優海は全身が心臓のように脈打つのを押さえながら、どんぶりを二つ出した。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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5話 狼に育てられた少女

 

 

 「んきゃーっ!おいしぃ~!!」

 

 箸が使えないようだったので、スプーンを渡すと、サチは上手に使って口いっぱいに親子丼を頬張っては、宇宙一幸せそうな顔をした。

 

 泥を落として腰まである長い髪をとかした彼女は、見違えるほど綺麗になった。

 まるで磨いた宝石のように。

 

 「良かった。口にあって。大した料理じゃないんだけどね」

 「おいしいなぁ~」

 

 本当に美味しそうに食べるので、見ていてこちらも幸せな気持ちになる。しかも自分のシャツを着ているから、なんだかきゅんとしてしまった。それをごまかすように、時計を見る。

 

 「四時か、もうすぐ夜が明けるね。……そうそう、さっきも聞いたけど、両親のこと……は、覚えてるの?それと年齢は?」

 

 そう言うと、勢いよくもぐもぐしていた動きが止まって、少し暗い顔になった。

 

 「年、数えてた。けど、ちゃんとした歳かわからない。たぶん、18。桜、10回見た……。お母さんとお父さんは、いなくなった。8歳の時……次のお母さんは、おととい死んだ……喧嘩して……」

 「喧嘩!?一体誰と-」

 「おおかみさん」

 「え?」

 「お お か みさん」

 「え!?ええ……っと、お母さん、狼と喧嘩したの!?なんで!?山菜取りに出かけて、とか……?」

 

 狼と喧嘩して死んだ!?

 本当ならば大事件じゃないか!

 優海は背中がざわざわした。想像すると怖過ぎる。

 

 「ううん、狼さん同士の、喧嘩……負けちゃった……」

 

 そう言うと、リスのようにご飯で口を膨らませたまま、ぽろぽろと大粒の涙を流し出した。

 

 「うわああん」

 

 そして、大声で泣き出し、涙は川のように顔中を流れ出した。

 

 「ああの、ちょっと、ごめん、ごめんっていうか、ちょっとまって、僕も整理が……」

 

 優海はパニくった。

 

 ええっと、8歳で両親がいなくなって、次のお母さんが狼同士の喧嘩で、死んだ、って、言ったよね?今確かにそう言ったよね? もの凄く号泣してるし、嘘ではないみたいだし……これって、これってもしかして……。

 

 「「狼に育てられた少女」」ってこと!!??

 

 え?うそ、うそでしょ、そんなのテレビでしか見たことないし、しかも外国のお話だし、ちょーっと待ってよ、あるかな?こんな事ってあるかな?こんな事って現実に起こりうるんですかね!?酔っ払って道路で寝てたら狼少女に起こされるなんて、こんな奇想天外なことって、……!ドッキリか?これももしかして、ドッキリだっていうのか?間宮の仕掛けた大掛かりな罠なのかー!!??

 

 落ち着け、とりあえず落ち着け、ウナ。 びっくりする事には慣れているはずではないか。

 

 「うあーん」

 

 「ご、ごめん!ご飯の時にするお話しじゃなかったね!ごめんね!」

 

 あまりにも泣きじゃくるので、本当に申し訳無い事をした気持ちでいっぱいになってしまった。

 

 「うわあああん、だっこおぉ」

 

 「!!??」

 

 「だっこおおぉぉぉ!!」

 

 だっこ……だっこ……だっこって、あれ? もしかして抱きしめるやつですかね?

 そうか、この話しが本当だとしたら……どこか8歳の少女のままなのかもしれない。

 

 「わわ、わかった!」

 

 優海は慌てて立ち上がり、泣きじゃくる彼女を抱きしめようと思った、

 その時、

 

 ガタガタガタン!! バタン!! 

 

 椅子に足が引っかかり、その場に思いっきり転んでしまった。

 うつ伏せで-。

 

 サチはピタリと泣き止み、そんな優海を凝視していた。けっこう驚いたのだろう。

 

 「大丈夫……?」

 「う……うん……」

 

 正直かなり痛い。

 

 「……ふふ」

 

 「ふふふっ」

 

 ゆっくり起き上がった時の歪んだ顔がおもしろかったのだろう。サチは涙で濡れた顔のまま、思わず笑い出した。

 

 「ははは……」

 

 彼女の笑顔は、まるで可憐な花のようだった。

 

 

 

 僕はその時産まれて初めて、僕のドジで誰かが笑うことを、心から嬉しいと思った。

 

 

 

 



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6話 友達100人欲しかった。

 

 

 

 アルコールがなかなか抜けない上に、酷い頭痛だ。

 

 しかも眠れずにいた優海(うな)は椅子に座りテーブルに頭をもたげていた。

 

 問題のサチはお腹がいっぱいになったとたんに眠りについた。

 

 どうするべきか、どうしたらいいのか。 

 

 警察に連れて行くべきか。 それとも……

 

 ああああああ!!

 いくら考えてもどうしたら良いのかわからない!

 だってもし警察に届けたとして、本当に狼に育てられてた少女だったらどうする!?

 あっという間にメディアの餌食にされ、全国に彼女が晒されることになるんだぞ!?それはあまりに残酷なことではないか。今時はネットにあげられて顔もしっかり載せられちゃうんだしそれで一生大変な思いをしたらどうする。そうなったら完璧僕のせいだ。僕が彼女の一生を汚してしまうんだ。あんなに純粋な彼女を。それだけは避けたい。でも……このまま僕が面倒を見るわけにはいかないし、かといって山に帰すわけにもいかんだろう。

 

 頭をぐしゃぐしゃ掻き毟って、テーブルにガンガン頭をぶつけた。痛い。

 

 ……そうだ、誰かに相談を……。

 

 間宮は絶対ダメ。こんなにカメラマン魂が疼くネタなんて一生ないほどのスクープだからな。

 業界関係者は絶対だめだ。

 かといって……かといって……。

 

 僕には友達がいない。

 

 僕のドッキリ人生で、信じられる人間は一人も現れなかった。

 友達だと信じかけたことは三度あったよ、でも一人は勝手に僕の変顔写真をネット上にさらして、一人は僕の金で遊びまくった挙句にせびるようになって、一人は〝友達100人できるかなドッキリ〟のエキストラだった。

 というわけで、僕には友達がいない。

 人気者になったのは表面上だけ、学校生活においてはただただ笑われる(半分イジメだったんではないかと思う)だけだった……。

 

 はあぁぁぁ……。

 

 こんな一大事に相談できる友達の一人もいないっなんってっっっ。

 

 持つべきものは友、ってよく言ったもんだよな……。

 

 となれば―――。

 

 姉貴の美乃理は……いやいや、絶対すぐ騒ぐに決まってる。ダメだ。絶対ダメだ。

 口の堅い奴と言えば……妹の松子はどうだろう。あいつ意外と口止めすれば守れるデキる子だったよな(金で)。でも18歳、こんな重大な事の答えをあいつに出せるだろうか。

 

 ちょっと待てよ、その前に、これがドッキリだったとしたらどうする―――?

 

 一度確かめた方がいいんじゃないのか。

 万が一昨日の出来事が、()()()だったとしたら……。

 

 

 というわけで、間宮に電話してみた。

 

 「はーい」

 「間宮?僕だけど、きの-」

 「ちょっとあんた大丈夫!?昨日は大変だったわよ~!一人で帰るの一点張りで、んっもう強情なんだから!無事に辿り着けたの!?でも……ごめんなさいね。あたしが悪かったわ。好き、会ってみたい、って言うから連れて行ったのに。顔はまぁまぁいけるけど物静かで期待はずれだったとかなんとかってもうあの子達もほんっと我儘よね。あの後責任持って友達のダイナマイト爆子の店に連れてってなだめといたから――」

 

 ブツッ。 ツー ツー ツー。

 

 うん。

 多分大丈夫だ。

 ドッキリの線は薄い。

 

 じゃあやっぱり、松子にするか。しょうがない。藁にもすがりたい思いだ。

 

 

*** 

 

 

 「はあい」

 「松子?お兄ちゃんだけど-」

 「チッ」

 

 チッ?

 

 「なんの用?」

 「あ、ああ。あのさ、ちょっと相談があるんだけど……」

 「なに? 今登校中だから早くしてよねー」

 「う、うん。今日、学校終わったらうち来れる?」

 「えぇ??う~ん、めんどいなぁ」

 「松子だけに、めちゃくちゃ重大な事を話したいから。これは、絶対誰にも言ってはいけない話だから、今の会話も絶対言うなよ。10でどうだ?お小遣い。おまえ新しいバック欲しいなって言ってたじゃないか」

 「……20」

 「よし!わかった。交渉成立な!待ってるから、頼んだぞ、くれぐれも内緒で!」

 「わっかりましたぁ」

 

 ブツッ ツー ツー ツー。

 

 よし……相談できる。それだけで少し気持ちが軽くなったぞ。

 あとは、寝よう。ベットはサチが使ってるし、僕はソファーの上で……。

 

 ほんの少しの安心で、一気に眠気が襲ってきた。

 

 携帯の目覚ましをセットしてから、ソファーの上に倒れこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 



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7話 恋のはじまり

 

 「……ちゃん……」

 

 

 うううん……寝かせといてくれよ……まだ……ねむ……

 

 

 「お兄ちゃん!」

 

 

 「ああ? まつこぉ? なに? ご飯いらね~……よ……」

 

 

 「バッカじゃないのおおお!!?? ウナ!! 起きなさーい!!」

 

 

 「んあ~?  ………… あ"っっっ!!??」

 

 

 松子!!

 やっと現実に引き戻されて飛び起きようとしたが、体が動かない。

 なんだ? 体の上に漬物石でも乗ってるのか―――

 

 って!!!

 

 「わわわっ」

 

 「ねぇ、すっごーく疲れてるところを来てあげたのに、女連れ込んでるってどーゆー事!??」

 

 「い、いいいいや、これは、違うんだ、誤解だ!このことなんだよ、だからその」

 

 優海は絶叫してぶっ倒れたい所だったが、そうはいかない。

 

 なんということでしょう。

 

 一人で寝ていたはずのソファーの上に、女子が一人増えています。

 

 「もうサイッテー!!黙って帰ろうかと思ったけど、あんまり頭に来ちゃったから」

 「いやだから、誤解だって-」

 「ん……あれぇ? にんげんふえてる……?」

 

 優海に、猫のように重なって寝ていたサチが目を擦りながらむくっと起きた。

 

 「じゃあ、帰るねっ」

 「わ、待って!! ほんとに待って!! 一生のお願いだから!!」

 

 「「一生のお願いだから」」なんて言葉使ったの、小学生以来じゃないかな。

 とにかく慌てて懇願した。頼む松子、お前だけが希望なんだ。頼むから帰らないでくれ。

 この子を突き飛ばして引き止めるわけにもいかないんだよおおぉぉ。手を必死に伸ばした。

 

 すると、思いが通じたのか、松子はドアの前でピタリと足を止めた。

 そして振り返って言った。

 

 「30ね!!」

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 「ごめんなさい。あっち、いつもお母さんにくっついて寝てた」

 

 松子と優海とサチは椅子に座って向かい合っていた。

 事情を説明すると、松子の表情は怒りからみるみる困惑した顔になって、それから慈愛に満ちていった。女って凄いなと、なんとなく思ってしまった。これが母性と言うものなのかもしれない。

 

 「お兄ちゃん、本当にドッキリじゃないのよね?」

 「あ、ああ。だって夜中の2時だったし、間宮は女子と酒飲んでたしな。多分、その線はないと思う」

 「そう……だとしたら、困っちゃったね。この子……嘘ついてるようには見えないもの」

 「だろ!?そうなんだよ、ほんとに……」

 「う~ん」

 

 優海と松子は考え込んでしまった。

 

 「じゃあ、本当にこの子を探してる親がいないかだけ調べてみない?あたしが、田舎の子が迷子みたいって警察署に連れていくからさ。捜索願いが出されてないか……そんな親がいるかいないかわかったら、すぐさまお兄ちゃんが、あたかも探してるみたいに来ればいいんじゃないかな!で、連れて帰る!」

 「おお!それ、素晴らしいアイディアだ!」

 「でしょでしょ!明日学校休みだし連れてってあげる!」

 

 松子はやる気まんまんみたいだ。

 良かった。やっぱり松子に相談して良かった。妹よ。かわゆいぞ。

 

 やっと道が見えた気がして二人で盛り上がっていると、チサが口を開いた。

 

 「あの、お兄ちゃん?ってことは、妹?兄弟?」

 

 優海の顔と松子の顔を交互に見ている。

 

 「うん、そうだよ。僕と松子は、兄妹さ」

 「きょうだい、そっか……あっちにもいた、きょうだい……」

 「え……?狼の?」

 「ううん、人間。ふたつおにいちゃん、いた」

 「えっ」

 

 松子と優海は顔を見合わせた。

 

 「二つ年上のお兄ちゃん、いたんだ?」

 「うん、優しかった……よく覚えてる。いちごあじのアメ、よくくれた」

 

 二つ上……僕と同じ歳のお兄ちゃんがいたってことか。

 

 「そのお兄ちゃんは、一緒にいなかったの?」

 「うん。お母さんとお父さんと、一緒に行っちゃった」

 「そうか……」

 

 可哀想に、もしかしたら、家族で山に遊びに行って、サチを残したまま……。

 

 「うぅ。サチちゃん!」

 

 松子が泣きながら、サチに抱きついた。

 

 

 僕は心に決めた。

 この子をなんとしても、守ってやる!!

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 また明日、と言って、松子は帰っていった。

 

 僕とサチはカレーライスを食べてから、涼みたくて一緒にベランダに出た。

 

 すると、サチは夜空を見上げて、

 

 「一番星きらきら。一番星、いつも、光ってた。暗くなって、怖くなると……」

 

 そう言って、一番強い光を出している星――北極星に指を指した。

 

 「そっか。 あの星はずっと昔から、希望になっていたんだろうね」

 

 サチの瞳に星が映って、きらきら、輝いて見えた。

 それは真夏の透明な海に映る夕日みたいに、美しくて、僕はなんだかうっとりした。

 8歳なんてまだ小さな子供なのに、夜の闇はどれほど怖かったことだろう。

 

 「よし! 決めた!」

 

 「?」

 

 「僕があの一番星になるよ」

 

 「……? 一番星に……?」

 

 「うん。 今から僕が君の希望になる! だから、安心して」

 

 僕が突然そんな事を言ったもんだから、サチは驚いた顔で僕を見て瞬きをしていた。

 

 「ありがとう、嬉しい……っ!」

 

 それから抱きついてきて、猫みたいに顔をすりすりする。

 

 

 出会ったばかりで、誰かをこんなに愛しく想えるものなのかな――?

 けど、恋の始まりなんて、そんなものなのかもしれない。

 

 嬉しそうに抱きつく彼女を、僕は優しく抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 



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第二章★君は僕が守る
8話 走れウナ


 

 

 

 「いーい?お兄ちゃんは、ここで待ってるのよ?!」

 

 松子は仁王立ちしながら優海に指をさして、そう言った。

 

 こんなにおかっぱヘアと白いもふもふな服の似合う18歳がいるだろうか。流石!僕の妹だ!可愛い。なでなでしてあげたいが怒られるのでできないのが悔しい。

 

 さらに隣にいるサチ。

 松子が貸した、大人っぽいミリタリーコートと白いブラウスにベージュのプリーツスカートを着て、腰まで長い髪がそれにぺったり張り付いている。それに松子がお化粧してあげたのだろう。今まで見たどんなお姫様よりも美しく見えた(僕には)。

 

 「まかせとけ!例え何があろうとラインが届いた瞬間に迎えにいくよ!!」

 

 張り切って拳を握りそう言うと、サチが寂しそうに言った。

 

 「ウナ、一緒にいかないの?」

 「う、うん。松子と行っておいで。僕もすぐに行くから」

 「そっか……寂しいな。でも、わかった」

 

 「じゃ、お兄ちゃん、ヨロシクねー」

 

 カメラ屋とカツどん屋の間の路地裏に隠れ、サングラスと帽子で変装していた優海は去り行く二人を影ながら見送った。足元で、「にゃあ」と猫が鳴いた。

 

 

***

 

 

 携帯電話を握り締めながら、一時間が経過した。

 通り過ぎる人にチラチラ見られることにも慣れた。ちらちら見られても大丈夫。何故ならば今日はサングラス、帽子に加え、携帯してきた髭もつけたからだ!気づけば何故か足元に猫が増えて4匹になった。

 

 そろそろ連絡が来てもいい頃だな……と思って携帯を見た瞬間に、

 

 (来た!)

 

 「「OKv」」

 

 よし!! 今行くぜ!!

 

 優海は風のように飛び出して走り出した。

 腕時計を見る。 走って警察署まで3分。

 気になる……気になるんだ。

 

 もしも、親が見つかったら……?

 本当は山で迷子になってた子で、両親や兄がずっと探してて、だとしたら、

 

 サチは―――サチは、行ってしまうんだろうか。

 

 たった一日だけど、あの閑散(かんさん)とした部屋に、初めて明かりが灯ったようだった。

 荒野に咲いた花のように、あの子の笑顔が、笑い声が、ぬくもりが―――くそっ!

 だめだそんなこと考えちゃ。 あの子が幸せになるのが一番なんだよ!

 

 優海は走った。

 

 警察署まであと二百メートル!

 

 ってその時、

 

 「お、お婆さん!大丈夫!?」

 

 買い物袋が破けて、中身が道路に散乱し必死に拾おうとしているお婆さんの姿があった。

 

 「あらあらもうどうしようかね、困ったねぇ」

 

 ああ、そこにもう見えてるのに!!

 しっ、しょうがないっっ。

 

 「お婆さん、とりあえず警察署まで行って、袋を貰いましょう。家遠いんですか?」

 「おやおやそうかい、これもってってくれるのかい。あんた親切だねぇ。家までタクシーで行くところだったんだよ。じゃあそうしてもらいますかね。いやあ助かる助かる」

 

 ああああっっもうっっ!!

 なんでまたこんなタイミングで袋破けるんだよ~~~!!

 

 「いやあ助かるねぇ。ありがとうねぇ」

 「いいんですよ」

 「や~~~助かる、ほんっとうにありがたいねぇ」

 「いいんですよ、ほんとにっ」

 

 あああああああっっっ。 言葉にならぬイライラで僕の中の僕がくねくね体を捻る。トイレを究極に我慢している人みたいに。

 

 「ありがたやありがたや、あ~り~が~た~やっ!!」

 「えっ!!??」

 

 ボス!!

 

 「&%#$△◆○&%×!!??」

 

 頭の中、真っ白。

 

 ちょっと待て、何が起きた。

 

 さっきまで腰の曲がっていたはずの老婆が、急にすくっと立って、手に「「パイ」」をもってて――???

 

 えええええ!!?? パイ!!??

 苦しい。 顔苦しい。 息できない。

 

 優海は老婆にパイを投げられ、顔面パイまみれになった。

 

 ぶるぶる頭を振って、そのパイを落とす。

 

 そこで、お決まりのあの音楽。

 

 

 テッテテー♪

 

 

 こ……

 

 こ……

 

 こ……

 

 コノヤロ~~~~~~~!!!

 

 「なにしてくれとんじゃ~~~!!!」

 

 「ほっほっほっ」

 

 お婆さんは特殊メイクをされた人だった。ドッキリ大成功!の看板の横で飛び跳ねて喜んでいる。

 そしてどこから出てきたのか、間宮がカメラを持って立っている。

 

 「今急いでたんだよ!なんだよもう~!! カメラ止めて!!」

 

 「あはははは、今のガチ感よかったわぁ。はい、カット。じゃあロケバスすぐそこに止めてあるから、顔洗って行って」

 「ほんとに今急いでるから、まじでやめてくれよ急いでそうな時は」

 「あら、しょうがないじゃない。準備にも時間がかかるんだから。こっちだって計画立てて仕掛けてるのよ」

 

 本気で頭にきていた優海は間宮の差し出したタオルを引きちぎるように受け取ると、黒いロケバスに乗り、急いで顔を洗い始めた。

 

 その時、なんと車の後部座席が急に倒れて、後ろに滑り落ち、

 

 バシャン!!

 

 簡易プールの中へ背中から落ちていった。

 

 全身、水浸し。

 

 「……っ!!!」

 

 もはや言葉もでないとはこのこと。

 

 

 テッテテー♪

 

 

 「あはははは」

 

 カメラマン間宮とスタッフ数人の笑い声が響いた。

 

 「……いますぐ……」

 

 「あはははは」

 

 「いますぐっ」

 

 「あはははは」

 

 

 「いますぐ帰れーーーーーっっっ!!!」

 

 優海はドッキリ人生の中で産まれて初めて本気の声で、大声で怒鳴ってしまった。

 周りは瞬時に静まり返った。

 

 「……ど、どうしたの?ウナちゃん。あなた、なんかあったの?いったいなんでそんなに急いでるのよ」

 

 間宮がその優海の真剣さを感じ取り、少し心配そうに、少し怒ったようにそう言った。

 

 「すみません……僕の事ではないので詳しくは言えません……けど、僕にとっては大切な用事なんです。とにかく、とにかく今日のところは帰って下さい。お願いします」

 

 優海は真剣な顔でそう言って、頭を下げた。

 

 「……ふぅん……。そ。 じゃ、帰るわよ。みなさん。お疲れ様~。今日のは使えないわね」

 

 全身ずぶ濡れで顔のパイも残ったまま、帰っていくロケバスを見送る。

 

 それからまた、警察署まで走った。

 

 

 

 

 

 

 

 



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9話 さあ帰ろう、君と僕の家へ

 

 

 

 

 

 「すみません、こちらに、眞島サチという子が来ていませんか?18歳くらいの女性なんですけど、僕の妹でして……」

 

 「え……っと。はい、先ほど迷子の届出がありましたけど……って、あなた、どうしました?今日雨降ってないですよね?」

 

 全身ずぶ濡れで、顔になにか白いものがついていて、しかもつけていたちょび髭がずれて、ぶらぶらぶら下がっている。

 窓口にいた婦人警官が、唖然とした顔で優海を見ている。もちろん他の警察官達も。

 

 「ちょっと、とりあえずこちらに来てもらえますかー」

 

 「え?いや、これはちょっとその、途中で川に落ちて…」

 「川なんて近くにないですよ」

 「川~のような、水溜りに落ちて」

 「やっぱりこちらへどうぞ。怪しい人間に女性を引き渡すことはできません」

 

 優海は連行されそうになったので、

 

 「あーもう!僕です!僕、ドッキリ男です!」

 

 髭とサングラスを取って顔を見せた。

 

 「あ! あら!」

 「ね? 来る途中にドッキリにひっかかっちゃったんですよ!田舎から出てきたばかりの妹が迷子になってしまって、探してる時に!こちらに届けられてるんですよね!?会わせてもらえますか?」

 「ふふふ。あら~。ドッキリ男も大変ですねぇ。ほんとならばそんな格好で歩かせるわけにはいきませんが、特別許しましょう。さ、こちらです」

 

 僕をみて、クスクス笑う声があちこちから鳥のさえずりの様に聞こえる。

 (またドッキリにひっかかったんじゃない)(なにやられたんだろうな。オンエアされるかな)(こんなにひっかかってんのにまだひっかかるって、バカなんじゃないの)

 クスクスクス・・・。

 

 

 

 ―――控え室に入ると、二人は椅子に座って待っていた。

 

 「ウナ!」

 「サチ、大丈夫か」

 (げ!!なにお兄ちゃんの格好……)松子は心の中で驚いていたが平然を装った。

 

 

 「双方この方で間違いありませんか?」

 「はい」

 「あい!」

 「では、身分証明書はお持ちですか?」

 「身分証明書?」

 「保険証や免許証な-」

 「あー!急いでたから何にも持ってきてなかったな~~。まいったまいった。でもほら、確かに彼女は僕の妹ですよ、間違いない。青森の親戚ん家から昨日一人で東京に来ちゃったって。それで行方がわからなくなってしまってもう心臓が飛び出しそうなほど心配しましたよ。良かった。ほんっとうに良かった!! で?特に変わりはないですよね?」

 「変わり、と申しますと?」

 「いえ、ちょっと少し変わった子なもんですから。サチは。あはは」

 「特に怪我もなく、大丈夫ですよ。けれど本当に見つかって良かったですね。お気をつけてお帰り下さいね」

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 「というわけで、きちんと調べてもらったけど、該当者なし。同じくらいの歳の子の行方不明者はたくさんいたみたいだけど……どれも特徴が一致しなかったんだって」

 

 「そうか……」

 

 サチは少しうつむきながら、僕らに歩幅を合わせて歩いている。〝両親が見つからなかった〟ということがわかるのだろう。諦めてはいただろうが、もしかしたら少しは期待していたのかもしれない。

 

 「てかさ、お兄ちゃんなにその格好!?来るのめっちゃ遅いし!またドッキリ仕掛けられたのぉ?なんっで気づかないのよ、鈍感ね」

 「う……し、しょうがないだろう!お婆さんが目の前で困ってるんだぞ、知らないふりできるかよ」

 「でもちょっとは疑うわよふつう」

 「急いでたから疑う暇もなかったっつーの!」

 「とにかく恥ずかしいから早く帰りましょ」

 「ふんぬ……」

 

 「あ……! ママ!」

 

 松子と喧嘩をしている時、突然、サチがそう言って足を止めた。

 

 「ママ?!」

 

 驚いて振り向くと、サチはブラウン管の中に飾ってあった、『狼の絵』を見ていた。

 狼が、月に向かって遠吠えをしている幻想的な絵だった。

 

 「サチ……」

 

 僕と松子は言葉を失って、ガラスに張り付きその絵を見ているサチを見つめていた。

 それから、僕はこう言った。

 

 「買っていこう、この絵。リビングに飾るよ。君の、お母さん」

 「この絵……買ってくれるの?」

 「ああ」

 「あっち、この絵、ずっと見ていられるの?」

 「ああ、そうだよ」

 「ウナの家に、ずっと、居てもいいの……?」

 

 今にも泣き出しそうな、不安げな顔で、サチは僕を見上げている。

 

 

 「うん。一緒に暮らそう。今日からあそこが君のお家だよ」

 

 

 僕がそう言うと、サチの顔は花が咲いていくように笑顔になった。

 

 

 「嬉しい!!」

 

 

 そして、抱きついてきた。

 

 

 

 

 松子はそんな二人を見て小さな溜息をついてから、バックからスマホを取り出し、どこかへメールを送信した――。

 

 

 

 



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10話 その生活、前途多難

 「わー! ちょっと待って、ダメだよ、ここで脱いじゃ!」

 

 松子の貸した服がよっぽどサチには窮屈だったらしく、家に入るなり服を脱ごうとしたので必死に止める。

 

 「やだ、お兄ちゃん顔真っ赤にして~エッチ」

 「バカ!そんなんじゃねーよ」

 「二十歳になって無.経験だなんてぇダサすぎ~」

 「おまえなあ」

 

 「ダメ? 早く脱ぎたい。ウナの服がいい」

 「うん、じゃあ、寝てた部屋で着替えておいで。今シャツ持ってくるから」

 

 優海はそそくさとウォーキングクローゼットに向かった。

 ――煩悩が蚊のように頭の中を飛ぶ。はぁ、情けない。――頭を振ってそれを蹴散らした。

 

 

 

***

 

 

 「夕飯にしようか」

 「わーい! 今日なに!? おやこどん?」

 「親子丼じゃないよ。すき焼きにしよう。今日は3人だし。あ、松子も食べていくんだろ?」

 「うん、サチちゃんを一人にするの心配だしね。飢えた野獣の側にか弱いウサギちゃんを置いて帰れないよっ」

 「バカ!心配いらねーよ!」

 

 松子はにしし、と笑ってから、「嘘よ。明日学校あるしすき焼き食べたら帰るね」と言った。

 

 「すきやき、なんだろ?おいしそうだなぁっ」

 

 サチはうっとりした顔をしている。

 

 ―――僕は……間違っているのだろうか……この子を警察に引き渡して、本当の両親を……家族を、力ずくでも探してもらった方がいいのかもしれない……けど……―――

 

 ―――優海はそう思いながら、鼠色のエプロンを身につけた。

 

 

 

△▽△▽△

 

 

 「いっただっきまーすっ!!うっひゃあっっいい匂い~~~っっ!!」

 

 牛肉豆腐糸こんにゃく白菜きのこ……が、ぐつぐつ踊りながら煮えている。

 その甘くて食欲をそそる匂いを思いっきり吸い込みながら、サチは椅子をガタガタさせて子供のように喜んだ。

 

 「お兄ちゃんってなんにっも取り得がないけど、料理だけは上手いんだよね、昔っから」

 

 全く松子は一言多い。憎たらしい。憎たらしさあまって可愛さ百倍な僕もどうかと思うがな。

 

 「あちっ」

 「あ~あ~熱いから、冷ましてから食べないとっ。ほら、水飲んで」

 「こんなに熱いの、食べたことなかった」

 「あ、そうか。だよな。何食べてたんだ?今まで」

 「うんっとね…鹿、鮭、栗、木の実……」

 「お、おお、そうだよな。そんな感じだよな。えっとその、生でそのまま食ってたのか?」

 「うん。ママが捕ってきてくれるから」

 「そうか……っておい松子、病院連れて行かなくて大丈夫かな??」

 

 松子は箸の動きを止めて少し顔を歪ませている。普通の人間からしたらちょっと衝撃的だからな。

 

 「うん、一回、病院連れて行ってあげたほうがいいかもね……」

 「だよなぁ……明日、病院連れてくか」

 「じゃああたし学校行く前に洋服たくさん持ってきてあげるね」

 

 「ああおいしいなぁっ。すきやき、おいしい。ウナ、ありがとう!」

 

 

 

 

△▽△▽△

 

 

 

 

 「じゃあ帰るね。お兄ちゃん、サチちゃんになんかしたら、あたしお兄ちゃんを一生気持ち悪がって一生近づかないからね!」

 「わかってるよ!当たり前だろそんなの。こんな何にもわかってないような子になんかするほど終わってねーよ!じゃあな、気をつけて帰るんだぞ」

 「うん……だよね」

 

 ――? 一瞬、松子の表情が曇ったような……。

 

 「じゃあね!」

 

 「おう」

 

 松子は松子でなにか考える所があるのかもしれない。

 これは、異常な事態なんだから――。

 優海は神妙な顔でリビングに戻った。

 

 

 「っっ!!??」

 

 「ん?」

 

 「なななあああ!!」

 

 「ウナ? どうした-」

 「こらこらこらなんで脱いでるんだーっ!!」

 

 

 リビングに戻った、ら、なんとサチがまた服を脱いで、パンツ一枚の姿になっているではないか!

 優海は咄嗟に顔面を両手で覆い、後ろを向いた。

 ――バッチリ見てしまった……。

 

 「なんで、って、お風呂だよ?お風呂、サチ好き」

 「だから、あちこちでどこでも脱いじゃダメなの!」

 「う~ん? なんで~? らくちんだよ~?」

 「なんでって、一応僕は男なんだし…」

 「? 男じゃダメなの?」

 「いやだから、そうじゃなくて、いや、そうだよ、男の前じゃ簡単に脱いじゃダメなの!」

 「え~? なんでー?」

 「なんでって、狼になったら大変だろ!!」

 「え!? 裸になると、男は狼になるの!?」

 

 あーーーーーっっっ!!!

 しまったあああああ!!!

 ますます話がこんがらがってしまったあああああっっっ!!!

 

 体中の血液が頭のてっぺんに集まっているような状況で、優海は上手に説明をできない。

 というかパニックを起こしていた、

 

 その時、

 

 全身を、雷が打ちつけた。

 

 「おかしいなあ。狼に、なってないけどなあ」

 

 「わ……わわ……」

 

 ぱんぱん。

 

 なんということでしょう。

 

 **背後から僕に抱きついて、体をぱんぱんしています**

 

 「おぱ……おっぱ……」

 

 完全に沸騰したやかんと化した優海は、

 

 「きゃっ! ウナ!?」

 

 鼻から鼻血を噴出して、その場に倒れてしまいました。

 狼に育てられていた少女と生活するのは、どうやら前途多難なようです。(童貞君には特に)。

 

 

 

 

 

 

 



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