戦場のヴァルキュリアThe after  Attack of true valkyria (ピロッチ)
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第1章 開戦前夜編
第1話 戦火が迫る


 ドーモ皆さん、ピロッチです。
先月第4作目が発売された戦場のヴァルキュリアシリーズですが、
今日が第1作発売10周年と言う事なので、これに肖り予てから考えていた
「ぼくのかんがえたせんヴァルごじつだん」として本作を投稿した次第です。

 さて、読むにあたって注意書きを。この作品では…

・作者は「2」以外実機を持っていないので、
 知識情報は基本的に公式設定資料集から集めています。

・他作品からゲスト多数のタグ通り、
 他の版権キャラがゲスト・敵役等として出演します。
 
・当然、元が戦争物なのでバンバン死亡者が続出しますし、
 中には(原作と環境が違うせいで)
 原作とは全然違う性格になってしまったキャラも出て来ます。

・他の投稿作との兼ね合い上、投稿は早くても月1回のペースに成ります。

 それでも構わないなら、続きをどうぞ。


 征歴1940年10月24日 ガリア公国首都 ランドグリーズ

 

「コーデリア女公殿下の即位5周年を1週間後に控え、

ガリア各地ではこの節目の日を祝う準備が進められています。

首都ランドグリーズも即位5周年を祝う祝賀ムード一色に染まりつつあり…」

 

 ラジオから流れるニュースに耳を傾けつつ、元ガリア義勇軍第3中隊長、

今は出版社「ポッテル・パブリッシュ」社長の

エレノア・ポッテル(旧姓バーロット)退役大尉は

仕事の合間を縫ってコーヒーを飲んでいた。

 

「あの戦いからもう5年か…」

 

 5年前、欧州を東西に二分する「東欧帝国連合」と「大西洋連邦機構」は、

汎用鉱物資源「ラグナイト」を巡って開戦。

後世、第二次欧州大戦と称される大戦争の幕は開かれた。

 

 その際、中立国の筈のガリアも帝国の侵略を受けたが、

ガリアは国を挙げて奮闘し、7か月の死闘の末何とか返り討ちにした。

翌年、彼女は軍を退役しかつての戦友にして部下のラルゴ・ポッテルと結婚。

次の年には念願である長男のフレデリック(以下、フレディ)も授かった。

 

 しかし帝国との戦役終結直後にガリア君主コーデリア女公が

自らが被差別民族ダルクス人である事をカミングアウトした事が

新たな戦いの火種となった。

 

 何が起きたかと言うと、ダルクス人を君主と認める気のない一部の貴族達が

有力者ギルベルト・ガッセナール伯爵を中心に「ガリア革命軍」を結成し、

武力で政権を奪わんと内戦を引き起こしたのだった。

 

 ガリア革命軍の勢いは強烈で、ギルベルト伯爵の死と引き換えとはいえ

首都ランドグリーズを占領し、女公を捕える所まで政府軍を追い詰める。

その際、エレノアも社員総出でラルゴの実家近辺に疎開した事が有った。

 

 しかし、ここから政府軍が粘りまさかの逆転。

秋から年末にかけて政府軍は反乱軍を圧倒し、

連邦への逃亡を図る反乱軍の総司令官でギルベルト伯爵の長男

バルドレン・ガッセナール以下伯爵の子女を全て戦死に追いやり、

残党を降伏させた事で、どうにか内戦は終結した。

 

 一方、東欧帝国連合と大西洋連邦機構の戦いだが、

当初帝国が各地で連邦を圧倒し、優位に戦いを進めていたが、

連邦も負けじと反攻作戦「ノーザンクロス」を発動。

述べ600万人を動員して帝都シュヴァルツグラードを南方から強襲する。

この一大反攻作戦は途中までは順調だったが、

予想外に早い冬の訪れと降雪を前に帝都一歩手前で頓挫してしまった。

 

 しかし、連邦が発動したもう一つの作戦「キグナス」により、

あわや帝都が陥落寸前に陥った事で停戦が成立し、帝都は陥落を免れ、

晴れて1000万人以上の死傷者を出した戦いは一応の終結を見たのであった。

 

「(両国共『平和が戻った』と言い張っているが、本当にそうなのか?)」

 

 だが、エレノアにはどうもこの平和が長続きすると信じられなかった。

それと言うのも…

 

「最後のニュースです。ユグド教団の代表、ペロン教皇は声明を発表し、

35年の『女公の告白』に関し、

『ヴァルキュリア人がダルクス人に濡れ衣を着せたとするガリア女公の発言は、

ユグド教団、ひいては欧州の人間社会そのものを揺るがす悪質な妄言であり、

帝国大使を通じて改めて撤回を要求した』と表明しました。

  

これは1935年、女公殿下が自身がダルクス人である事を明かし、

ダルクスの災厄は本来ヴァルキュリア人が起こしたのを

ダルクス人に押し付けたとする物で、

ユグド教団は1936年以降、毎年女公殿下のお言葉の撤回を要請していますが、

女公殿下は『たとえ自分が発言を撤回しても真実は変わらない。

故に、撤回は永久にない』と、あくまで拒絶の姿勢を見せています。

 

今回で通算5度目となる撤回要求に対し、

公国政府は今週中にも回答を帝国大使に伝えるとしています。

以上、GBSのイレーヌ・コラーがお送りしました…。」

 

「はぁ…(あ~バカバカしい。)」

 

 エレノアは盛大にため息をついた。帝国の市民は市民革命を知らない。

それ故いまだに中世的な気質を引きずっており、

コーデリアの告白も信仰対象(ヴァルキュリア)への侮辱としか受け取っていない。

だがまさかここまで悪意を持って受け取っていたとは…

 

「社長ー、お客さんですよー。」

 

 不意に階下から社員の声が掛かる。

 

「すぐ行くわ。」

 

 そう言うと、エレノアは来客を待たせぬように階段を駆け下りた。

 

 

 

 

「隊長、お久しぶりです。」

 

「あらウェルキンにアリシア!

久しぶりじゃない、でももう私は隊長じゃないわよ。」

 

 そこに待っていたのは5年前の第二次ガリア戦役の際、

彼女の部下だったウェルキンとアリシア(旧姓メルキオット)の

ギュンター夫妻だった。

 

「ああ、ごめんなさい、昔の癖で…」

 

「いいのよいいのよ。…ランドグリーズに来たってことは、

ひょっとして『また』慰霊祭に?」

 

「ええ、例によってまた慰霊祭に呼ばれまして、

帰りに折角だから会いにいこうという事になったんです。」

 

「やっぱり!貴方達も大変ねえ。」「ええ、おかげ様です。」

 

 このギュンター夫妻だが、夫ウェルキンはかつてエレノア率いる第3中隊で

第7小隊長として従軍。父ベルゲン・ギュンターの形見である試製戦車

「エーデルワイス」を駆り戦車51輌撃破という圧倒的なスコアを叩き出し、

現時点での戦車撃破総数の世界記録保持者である。その功績から、

国から特別に亡父の二つ名『青い一角獣』の継承を許された事からも

その威名が伺えるだろう。

 

 一方、妻アリシアは小隊付きの軍曹として第7小隊に所属し、

事実上の副隊長として同小隊を支えていたが、

同時に軽武装の偵察兵でありながら1人で通算1個中隊を超える

帝国軍兵士を仕留めた凄腕のエース兵でもあった。

 

 戦後、軍を退いた二人は結婚。ウェルキンは教員、アリシアはパン屋と成り、

今では長女のイサラも生まれ一市民として平穏に生きているのだが、

何しろ功績が功績だけにこの手の慰霊祭にはゲストとして度々呼ばれるのだ。

 

「これも一種の有名税というものかしら。」

 

「そうですね~。元上官としてエレノアさんもぜひ呼ばれればいいのに…」

 

「断固拒否するわ。(ジト目)」「(´・ω・`)」

 

「あー、所で隊ち…エレノアさん…」「久しく会ってない間に…その…。」

 

 そんなギュンター夫妻が言葉を詰まらせる理由、それは…

 

 

 

 

「「(すっかり老けたなぁ…)」」

 

 

 

 

 確かによく見ればエレノアの顔にはしわが目立ち、髪にもポツポツ白髪が。

無理もない、彼女は今年で40歳である。

 

「…ええ、解ってるのよ。去年以降急にね…

人間、年には勝てないのよ…(シュン)」

 

「あっ…」「すいません…」

 

「気にしないで。でも覚えておきなさい。

特にアリシア、貴女もあと15,6年すればこうなるのよ…」

 

「うげ。」←現在24歳

 

 エレノアがアリシアに冗談交じりの忠告をしていると…

 

「ようお二人さん!しばらくぶりじゃないか!元気そうで何よりだ!!」

 

 背後から声を掛けたのは、子供を肩に担ぎ、何やらデカい木箱を抱えた

「いかにも農夫」な格好の屈強な中年男。言うまでもないだろう、

エレノアの夫ラルゴと3歳になる彼の息子フレディである。

 

「やあラルゴ!それにフレディも!!」

 

「たいちょーさん、こんにちわー!」

 

「違うよフレディ、僕はもう隊長じゃないよ~。」

 

「(一同笑う)」

 

 見事なブーメランである。で、ラルゴを見てアリシアが一言。

 

「えーと、ラルゴさん?その抱えてる箱の中身は…」

 

「おう、こいつは家の農場の野菜だよ。

商品にならないけど、だからって捨てるなんて以ての外。と来りゃあ…なあ?」

 

 その通り、社員への差し入れである。尚、結構好評らしい。

 

「ああ、成程ね~。」

 

「そうよ、ラルゴったら月1のペースで3年欠かさず。」

 

「つ、月1ですか?!」

 

「仕方ないだろう?なんせ野菜の出来不出来ってのは自然が決める事なんだ、

こればっかりは人間様と言えども思い通りにはいかねえよ…ほい。」

 

「はい、どうも。」

 

 エレノアがラルゴから野菜の入った箱を受け取ると…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴ               キ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アッー!」

 

 エレノアの腰からとても嫌な音が。理由は簡単である。

ラルゴの不格好だけど愛の籠った野菜は40のおばちゃんには重過ぎたのだ。

 

「え、エレノア?!」「ちょっ、エレノアさん?!」

 

「大丈夫ですか?」「ママだいじょーぶ?!」

 

「こ、腰がぁ~!」

 

 エレノア、堪らず腰を押さえて転げ回る。尚、落としそうになった箱は

ギュンター夫妻が慌ててキャッチしたので、中身は無事である。

 

「ら、ラルゴ…いつもはこんなに重くなかったわよ…

アナタ、どんだけ野菜を入れたのよ…。」

 

「ス、スマン…今月は女公様の即位5周年っていうから、

気合入れて目一杯詰め込んだの忘れてた…。」

 

「「ちょっとおおおぉぉぉ!」」

 

 ツッコミを入れつつギュンター夫妻が支えてくれたおかげで

何とか立ち上がれたエレノア。だが、大分ご立腹のようだ。

 

「ラールーゴー?(怒」「アッハイ…」

 

 さあ、きつーいお仕置きの時間である。

 

「アナタ、今月いっぱい野 菜 抜 き。(ニッコリ」

 

「うわああああああああああああ!!」

 

 エレノアからのとびっきりのお仕置きをくらい、

ガリア軍の制服のように真っ青になって絶叫するラルゴ。

 

「そ、それだけは…それだけは勘弁してくれーーーーー!!」

 

「 ダ メ ♪ 」

 

「な、なあフレディ?お前からも何とか…」

 

「パパがわるいよ。(プクー」

 

「あんまりだー、あんまりだー!!(泣」

 

 フレディからトドメを刺されて、余計凹んでしまったラルゴであった。

そしてこのやり取りを見たギュンター夫妻は思った。

 

「(この夫婦の関係って、軍隊時代の上下関係そのまんまなんだな…)」

 

 だがこのままだと尻に敷かれているラルゴが哀れ過ぎるので、

アリシアが急遽別の話題を振る。

 

「で、でも羨ましいですよ。私たちが今のエレノアさんの歳になるまで

仲良しのままでいられて、ましてや子供が出来るかなんて全然解らないだし。」

 

「あら有難う。でもね、40間近にもなって子供ができると大変よ。

私だって『フレディの反抗期と更年期が重なったりしたら』って考えると…」

 

「バッカお前ぇ、俺達が一つの部隊にいたあの頃と比べりゃ、

そんなもん天国みたいなもんだろう!(笑」

 

「それもそうねえ。(4人とも爆笑)」

 

「(ホッ…)」

 

 何とか立ち直ったラルゴのツッコミで笑っている夫婦二組、

だがラルゴにはギュンター夫妻とフレディにどうしても言えない秘密があった。

 

「(言えねえ…絶対言えねえ…新婚三日目に酔ったエレノアに迫られて

渋々手伝った結果がフレディなんて、絶対言えねえ…)」

 

 ご愁傷様。

 

 

 

 

 

 そして…

 

「それじゃあ、僕達はこれで、(イサラ)が待ってますから…」

 

「即位記念日(今月31日)は焼きたてのパンで一緒にお祝いしようかな、

何て考えてるんですよ。」

 

「あら、いいじゃない。そのときはラルゴの野菜も一緒にね。

お嬢さんにもよろしく伝えといて頂戴。…でもラルゴの分はナシよ。(キリッ」

 

「OTL ガックシ…」

 

「あ、あんまりラルゴさんを苛めないであげて下さいね?(苦笑」

 

 ギュンター夫妻がエレノアに別れを告げ、出版社を後にしようとしたその時…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガランガラン!!ガランガラン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「号外!!号が~~い!!」

 

 ベルを鳴らしながら声を張り上げるのは、

国内最大手の新聞社「ガリア・タイムズ」の号外販売員である。

 

「あら珍しい。号外なんて3年ぶりね(内容は内戦終結を知らせる物だった)。」

 

「でも、なんか様子が変じゃないですか?何というか、その…」

 

「あの人、大分鬼気迫ってますよ?」

 

 確かにその血相がただ事じゃない。よく聞いてみると…

 

「帝国から最後通牒!!帝国がガリアに最後通牒~っ!!」

 

 

 

 

「…えっ?帝国?最後通牒?」「うん、確かに僕にもそう聞こえたけど…」

 

「まさか…ねぇ…」

 

 販売員の言葉に嫌な予感満々の4人、とそこに…。

 

「しゃ、社長~~~~~~~~~~~っ!!」

 

 エレノアの部下の一人が大急ぎで駆け寄る。その手にはさっきの号外が…

 

「どうしたのアンリ、そんなに慌てて!」

 

「はぁはぁ…社長、こ、これを…」

 

 エレノアが息急き切った社員、アンリから渡された号外を受け取ってみると…

 

 

 

『帝国、ガリアに最後通牒!!』

 

「東欧帝国の駐ガリア大使は本日午後、『女公の告白』の撤回要求に対する

女公殿下からの回答を受け取るため宮殿に参内。

宮中で女公殿下自ら撤回拒否の意向を伝えた所、駐ガリア帝国大使は

『帝国は度重なる撤回拒否を最早看過できない。帝国への挑戦と受け取る。』

として、その場で帝国皇帝直筆の最後通牒文を提出した。

 

政府の発表によると、この最後通牒文曰く、

『今月末日までにガリアの国家主権を明け渡し、

未来永劫に帝国領となる事を受け入れねば、教皇の名において

ガリア国籍を持つ全ユグド教信者を破門し、然る後宣戦を布告する』

の事であるらしい。

 

女公殿下はエーベルハルト宰相を通じて軍務省に対し早急な義勇軍召集を命じ、

国民に対し『自分は公国および国民と運命を共にする。

帝国の圧力には断じて屈しないので心配しないでほしい』

とのお言葉を述べられた。」

 

 これを見たポッテル夫妻とギュンター夫妻、異口同音に一言。

 

「「「「また帝国か!!」」」」




 開戦前夜編の通り、実際に戦うのは暫く先の事です。
それにしても、幾ら真実とはいえ女公の告白はどう考えても
教団に真っ向から喧嘩を売っている内容ですよね。
もし「5」が出るとしたら、これを口実に再侵攻を図ったとか何とかで
ガリアはまた帝国と戦わされるのかな…?

 次回「第2話 今再びの召集」
徐々にだが、確実に集まってくるかつての英雄達。
戦いは、もうすぐそこまで迫っている。


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第2話 再度の召集

 新たなる戦に備え、着々と召集されつつあるかつての英雄達。
しかし、かつての戦友との再開を懐かしんでいる暇はない。



 翌日 ガリア南部メルフェア市 市立第2小学校

 

「全く、帝国は何を考えてるんだろうな…」

 

 ここはメルフェア市立第2小学校、ウェルキンの現在の職場である。

で、今日も例によっていつも通りに出勤したウェルキン。

 

「「「「「先生、おはようございまーす!」」」」」

 

「やあお早う!今日は少し寒いけど皆は大丈夫かな?」

 

「「「「「大丈夫でーす!!」」」」」

 

 登校する児童達に挨拶しながら職員室へ向かう。

その胸中は昨日の最後通牒の件で一杯だった。

 

「(戦争になったらこの子達はおろか、この子達の親兄弟も犠牲になる。

そうまでして、帝国はどうしてまた戦争なんて馬鹿な真似をするんだ…!

ダルクス人がそれ以外と共存するのが、そんなに気に入らないのか?)」

 

 心の中で帝国に愚痴りながら、いつも通り職員室に入ろうとすると…

 

「おお、ギュンター先生、ちょうど良い所に来てくれた!」

 

 教員が一人尋常ならざる様子でウェルキンに声を掛ける。

彼はこの学校の校長であった。

 

「ああ校長、おはようございます…何かありましたか?」

 

「実は君にお客さんが来てるんだ、ついて来てくれ!!」

 

「お客さん?はい、解りました…」

 

 

 

 

 

「それで校長先生、そのお客さんと言うのは…?」

 

「それがな…陸軍の軍人さんなんだ。」

 

「軍人…ですか?」

 

「そうだ、義勇兵監部(義勇軍の召集・管理を担当する部署)の

ピエローニ軍曹と名乗っててな、先生本人に直接渡したいものがあるらしい。」

 

「(ピエローニ…?)まさか…!」

 

「とにかく、ここで待たせてあるから入りたまえ。」

 

 校長に勧められて応接室のドアを開けると…。

 

「失礼します、って君は…ホーマー?!」

 

「お久しぶりです、隊ちょ…いえウェルキンさん!」

 

 そこにいたのは第二次ガリア戦役時代のウェルキンの部下にして、

第7小隊きってのマゾヒスト。

「戦場を駆ける白鳥」ことホーマー・ピエローニだった。

 

「ギュンター先生、知り合いなのかね?」

 

「ええ、彼は5年前の戦いの時に僕が率いていた小隊の隊員でした。」

 

「ああ、そうだった!確か先生は帝国戦の時…」

 

 どうやら校長はウェルキンの功績を忘れていたようだ。だが、

戦時にあってそれくらい平和なのが中立国の本来在るべき姿なのかもしれない。

 

「その節はお世話になりました。

それで早速なんですが、今回は義勇兵監部の者として、

これをお届けに上がりました。」

 

 そう言うとウェルキンに封筒を手渡す。

 

「これは?」

 

「召集令状です。28日にアマトリアン駐屯地より迎えが来ますから、

その際はこれを持って来てください。」

 

「召集…令状?」

 

 その言葉にウェルキンが固まる。

欧州で徴兵と言ったら町中に募兵の広告を貼って呼びかけるのが常識であり、

徴兵対象者に令状を手渡すという方式は聞いたこともない。

 

「実はですね、旧第七小隊の主要メンバーには

どうしても従軍してほしいという上層部の判断で、

今回、敢えてこのような形式を採らさせて頂いた…という次第です。」

 

「成程ね…(目頭を押さえる)。」

 

 なまじ大功を挙げたばかりに、

またしても戦場行きが決まってしまったウェルキン。

 

「解った、そういう事なら文句はないよ。所で気になるんだけど…」

 

「何です?」

 

「君は今『集合場所はアマトリアン』と言ったけど、

なぜガッセナール城じゃないんだい?」

 

 どういう事かと言うと、今ウェルキン達がいるメルフェア市は

ガッセナール城を本拠地とする南部方面軍の請け負う地域であり、

首都ランドグリーズの郊外にあって中部方面軍が請け負う

アマトリアン駐屯地へ集合させるのは筋違いではないのかと言う事だ。

 

「はあ…その事なんですが、

上から『旧第7小隊に所属していた者は全員アマトリアン基地へ召集せよ』

とだけ言われてまして、僕も上官に理由を聞きましたが、

軍機らしくて上官も『知らない』との事でした。

すいません…はっきりしなくて。」

 

「そうか…と言う事は、今頃アリシアも…。」

 

「はい。アリシアさんにも令状が届いてる頃かと…」

 

「そうか、そうなるよね…」

 

「本当に御免なさい。久々の再会で、

こんな辛いことを伝えなきゃいけないなんて…」

 

 申し訳なさそうに頭を下げるホーマー。

 

「気にしないでくれ、君は悪くない。悪いのは帝国なんだ。」

 

「ありがとうございます、では、僕はこれで失礼します。」

 

「ご苦労様です。御帰りはあちらからどうぞ。」「では。」

 

 校長とウェルキンに一礼し、ホーマーは応接室から退室した。

その後ろ姿を見て校長がこう告げる。

 

「ギュンター先生、その、何だ…出発の準備やらで色々忙しくなるだろうから、

今日の所はもう帰ってくれて結構だ、

他の教員と児童達には私から説明しておこう。」

 

「解りました。では、今日は失礼いたします。」

 

 そう言って立ち去ろうとするウェルキンに更に一言。

 

「ああ、待ってくれ。もう一つ忘れてたよ。」

 

「何でしょう?」

 

「…くれぐれも、生きて帰ってきてくれ。……頼む。」

 

「……………はい!」

 

 

 

 

 国境の町 ブルール市

 

「そう…ウェルキンの所にも…うん、解った。

じゃ、28日にアマトリアンで…ええ…それじゃ。」

 

 電話をしていたアリシアは受話器を置くとため息をついた。

 

「はぁ~…」

 

「あら奥様、どうかされましたか?」

 

 いつもらしくないアリシアの様子に

使用人のマーサ・リッポネンが声を掛ける。

 

「ああ、ついさっきウェルキンから電話があってね。

『こっちにも召集令状が来た』って連絡があったのよ。」

 

「んまぁ~!夫婦揃ってですって?!

私の家は上の息子二人だけですんだのに…あんまりじゃないですか!」

 

「う~ん…やっぱり旧第7小隊絡みなのかな。

マーサさん、それまで…イサラをお願いします。」

 

「勿論ですとも!イサラお嬢様の事は私にお任せください!ですが…」

 

「ですが?」

 

「お嬢様の為にも、ち ゃ ん と 二人揃って生きて帰ってきて下さいね。」

 

「はい…。」

 

 

 

 

 

 一方…ガリア北部の鉱山都市「ファウゼン」でも、

もう一人の英雄が今一度の戦場へと赴かんとしていた。

 

 

 

 

 

「お~いアバン、お前さんにお客さんが来てるぞ!!」

 

「あ、は~い!!」

 

 工員から名を呼ばれたのは作業着姿の赤毛の青年。

その正体はガリア人なら誰でも知っているあの男だった。

その名はアバン・ハーデンス。

 

 1937年、ガリア唯一の士官学校「ランシール士官学校」で

落ちこぼれと酷評されたG組を級長として引っ張り、

遂には反乱軍の総大将バルドレン・ガッセナールを討ち取った

内戦最大の英雄である。

 

 ランシールを卒業後のアバンは正規軍には入らず、

ガリア各地を巡って復興の為に働いていたが、その彼は今、

ファウゼンのラグナイト精製工場で一工員として働く日々を送る傍ら、

政府公認の自警団の隊長を務めていた。

 

 なおアバンには内戦での功績により、

対戦車戦のエースだった亡兄レオン・ハーデンスの二つ名

「赤獅子」の継承が国から公式に許されている。

 

「ダルクス人の眼鏡の兄ちゃんでな、

しかも軍人さんと来てるが、お前さん心当たりあるか?」

 

「ダルクス人?眼鏡の兄ちゃん?軍人?…ああ、ひょっとして!」

 

「んん?心当たりでもあるのか?」

 

「おう、一人知ってるヤツがいるんだ。それじゃ、ちょっと合って来るよ!」

 

「気を付けてな!」

 

 早速工場の玄関まで足を運ぶと、そこにはかつての同級生の姿があった。

 

「やっぱりな…ようゼリ、お前だったか!」

 

「久しぶりだなアバン、もう3年になるが…変わっていなくて安心したよ。」

 

 彼の名はゼリ。アバンと同時期に入学し、

内戦時にはG組の副長格として共に戦った戦友の一人である。

その後彼は正規軍に入隊し、被差別民族ダルクス人の出でありながら

内戦での功績と持ち前の才覚で頭角を現しているという。

 

「ああ、おかげさまでな。って、おまっ…その階級章は…」

 

 そんな彼の右肩には大尉の階級章が。因みに、彼は今年20歳である。

 

「ああ、これか?革命軍の残党狩りで功績を挙げていたら2月前にな。

ついにダルクス人の俺も中隊長になったって訳だ。」

 

「良かったじゃないか!…でそんなことより、今日は何しに来たんだ?」

 

「ああ、お前に渡すものがあって来たんだ。…こいつだ。」

 

 ゼリがそう言って渡したのは、

ウェルキン達に渡されたものと同じ召集令状だった。

 

「特別召集令状だ。28日に迎えが来るからそいつを持って来てくれ。」

 

「うええ、名指しかよ…。最近はこういう方法で兵隊集めるのか?」

 

「さあな、お前にはどうしても来てほしいっていう

上層部の熱意だと思って受け取ってくれ。」

 

「チェッ…ってか折角平和になったのに、

帝国の奴等、ガリアの何が気に入らねえっていうんだよ!」

 

「俺が知る訳ないだろう。文句は帝国の皇帝に直接言ってくれ。

とにかく28日に集合だ。俺は他の連中にも渡さなきゃならないんで、

今日の所は失礼する。」

 

「お、おう…」

 

 用件だけ告げると、余程急いでいるのかゼリは大急ぎで去っていった。

それを見送るアバンの肩を何者かがポンと叩く。

 

「よっ、二代目『赤獅子』。大変なことになっちまったな!」

 

「こ、工場長のおっちゃん…」

 

「そんなしけた顔すんな、死んだ兄貴が泣くぞ!

ほれ、今日はもう帰っていいから、出征の準備に行って来い!」

 

「へ、へい…。じゃ、オレはお先に。」

 

 帰宅の準備を始めるアバンに工場長が更に一言。

 

「おいアバン!」

 

「んん、どうしたおっちゃん?」

 

「お前ぇ、死ぬんじゃねえぞ!(サムズアップ」

 

「ああ、解ってるって、おっちゃんこそ無事でいてくれよ!」

 

 

 そして、約束の日はやって来た。

 

 

 ランドグリーズ郊外 ガリア軍アマトリアン駐屯地付近

 

 アマトリアン駐屯地へ向かう軍用バスが一台、その車内には…

 

「ねえラルゴ…」「何だよ?」

 

 ポッテル夫妻である。

25日にギュンター夫妻に会ったばかりの二人もまた召集を受け、

今こうして迎えのバスでアマトリアン駐屯地に向かっていた。

 

「こういう召集、普通は町中に動員令布告の広告を貼って呼びかける物よね…」

 

「そう…だよな…」

 

「なんで私達はわざわざ名指しで呼び出すのかしら?

ご丁寧に女公様直筆のサイン入りの召集令状まで出して。」

 

「俺が知る訳ないだろ。」←野菜抜きにされたせいで機嫌が悪い。

 

「私達、何をしたって言うのよ…あ~気が重い。」

 

 何が何だかわからないまま、バスはアマトリアン駐屯地へ向かっていく…

 

 

 

「うわぁ…凄い人だかり…」

 

 一次大戦後、ガリア軍を再建した際に

創建を指導した将軍の名から付けられたこの駐屯地は今、

無数の義勇兵でごった返していた。

 

「今度の動員は史上最大規模になるわよ。

聞けば大公様は第一次、第二次をすっ飛ばして、

いきなり最終動員令を発令したそうよ。」

 

「それ本当ですか?!最終動員令っていったら…」

 

どう言う事かと言うと、ガリア軍には三段階の動員令があり、

対象者はそれぞれ以下のようになっている。

 

 第一次動員令…志願者を除く20~29歳の男女と30~39歳の男性。

 

 第二次動員令…志願者を除く18~29歳の男女と30~45歳の男性。

 

 最終動員令 …志願の有無を問わず15~29歳までの男女と30~45歳の全男子。

 

 このうち、最終動員令は国家インフラの維持を考慮していないため、

長期間続ければ国家が破綻しかねない文字通りの捨て身の動員である。

で、これで集まった予備役は総勢80万人近くに達し、

その内の20数万人が正規軍10万と共に実際に前線に配備される事となる。

 

「そう長くは保たないわ。

軍需物資の備蓄を考えると、長くても1年といった所ね。」

 

 などと会話していると…

 

「よう隊長さん!!5年ぶりじゃないか、待ってたよ!!(敬礼)」

 

 軍曹の肩章をつけた女下士官に呼び止められる。

年の頃は30代前半だろうか、顔色が悪く、随分と性格のきつそうな女である。

 

「(うわぁ、恐そう…)え、えーと、どちら様でしたっけ?」

 

「ちょっ、隊長さん!アタシを忘れたのかい?!

ほら、ブルールで花屋やってた…」

 

「ブルール…?ああ!思い出した!」

 

 ブルールとはウェルキンの故郷の街、その単語でウェルキンは思い出した。

 

「きみは ぼくのしょうたいで とつげきへいだった ジェーンじゃないか!」

 

 彼女の名はジェーン・ターナー。

第7小隊では突撃班に所属していた義勇兵の一人である。

 

「(なんで片言なんだ?)やっと思い出してくれたかい?

あれから親っさんの下で修行を積んでな、今じゃこの基地の先任軍曹さ。」

 

「親っさん?」

 

「ほら、あの左目の無い…」

 

「「「「(ああ、あの軍曹か…)」」」」

 

 そんな彼女は戦後も軍に残り、親っさんこと隻眼の鬼教官、

カレルヴォ・ロドリゲス軍曹の下で教官となるため鍛えられ、

37年にロドリゲスがランシール士官学校へ実技指導教官として異動した際、

後任の教官を任されたのだ。

 

「おっと、こんな話してる場合じゃなかった。えーと確か…

ギーゼン将軍とかいうお偉いさんから

『ウェルキン・ギュンターとエレノア・ポッテルの二人が来たら連れてこい』

って命令を貰っててだな…」

 

「「ギーゼン将軍…?」」

 

 顔を見合わせるウェルキンとエレノア、

召集させられて早々いきなりそんな人物から呼び出しを受ける覚えはないが…

 

「陸軍の新しい総司令官様だとさ。詳しい話は向こうで

将軍様御本人から直々に説明して下さるって話だから、

2人はアタシについて来て欲しい、イイネ?」

 

「「アッハイ…」」

 

「ああそれと、残りの2人は別室で話があるらしいから…

おい伍長、この2人を案内してやりな!」

 

「うっす!(敬礼)では、自分に付いて来て下さい!」

 

「お、おう…」「解ったわ。」

 

 何が何やらさっぱりわからないまま、4人は駐屯地庁舎に通された。

 




 ガリアの予備役80万はやけに多いかもしれませんが、wikipedia先生曰く
現代フィンランドが人口530万人で予備役総数が100万名弱との事。
一方ガリアの人口はと言うと、公式設定資料集に曰く
1935年時点で人口432万人なので、フィンランドのおよそ8割です。
つまり、予備役80万人は理論上在り得ない数値では無い筈です。

次回「第3話 蘇る父の遺産」

 将軍の下に連れて来られたウェルキンとエレノア。
そこで言い渡された配属先と、戦場を駆る新たな相棒が明かされる。


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第3話 亡父の遺産

 義勇軍、士官候補生、懲罰部隊、外人部隊。
今やそのどれにも当てはまらないかつての英雄達の配属はいずこやら。
果たして、将軍の口から明かされる答えは如何に?



 アマトリアン駐屯地庁舎 高級士官執務室

 

「失礼します!!エレノア・ポッテル退役大尉及び

ウェルキン・ギュンター退役少尉をお連れしました!!」

 

「よろしい、通せ。」

 

「イエス、サー!」

 

 そんなこんなで、ギーゼン将軍なる人物に目通りする羽目になった二人。

 

「何が始まるんです…?」

 

「さあ、まるで見当もつかないわ。」

 

 訳が分からないが、とにかく中に入る二人だった。

 

「失礼します。エレノア・ポッテルであります。(敬礼)」

 

「同じく、ウェルキン・ギュンターであります。(敬礼)」

 

 そこにいたのは、頭頂部まで禿げ上がった白髪頭に口髭、

眼光鋭い「いかにも歴戦の老将」といった風貌の軍人だった。

 

「うむ、待っていたぞ。私がこの度ガリア陸軍総司令官を拝命した

陸軍大将ウォルフガング・グスタフ・ギーゼンである。

5年前の諸君等の活躍は良く聞いている。実に見事だった。」

 

「光栄であります。」

 

「では、時間が惜しいので早速本題に入ろう。

諸君等は先の帝国戦において実に大きな功績を残した士官であった。

そこでその実力と実績を鑑みて、

諸君等をある特別な部署に配属する事にした。」

 

「我々に…でありますか?ですが…」

 

 自分達には5年のブランクがあることを告げようとしたエレノアを手で制し、

ギーゼンが言葉を続ける。

 

「ああ、言わずとも知っておる。諸君に5年のブランクがある事も、

あの戦い以降、同じ隊に属した者同士で結婚して子を授かった者がいる事も、

全て承知の上だ。そして、それでも尚、諸君等でなければ務まらぬ程

重要かつ危険な配属先なのだ。」

 

 ギーゼン将軍の言葉から並々ならぬ任務である事を察した二人。

緊張からか冬が近いのに顔中に汗が滲む。

 

「将軍、それは…いかなる部署なのでありますか?」

 

 やっとの事で聞き返すエレノアにギーゼンが告げた回答は…

 

「うむ、その部署と言うのはな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陸軍総司令官、即ち私の直属として新設される独立機械化歩兵大隊だ。

諸君等にはその大隊で指揮官任務に従事して貰う。」

 

「「!!!」」

 

 いきなりの大抜擢に思わず叫びそうになり、慌てて口をつぐむ二人だった。

 

「しょ、将軍…それは、我々に直属の部下となれと仰るので?」

 

「そうだ。今度の帝国は間違いなく本気だ。

情報部曰く推定兵力は凡そ40万と見積もっている。

聞けば向こうは今度の戦いを『聖戦』と称し、ユグド教団の教皇庁も

正式に侵攻軍を『対ガリア螺旋軍(=現実世界の十字軍)』と認定したとか。」

 

 5年前を遥かに上回る兵数である。絶望的な数字といえよう。

 

「それだけではないぞ、敵の総司令官はあの『敬虔公』だ。

名前は知っているだろう?」

 

「け、敬虔公?!」

 

 一次大戦以来の軍歴があるエレノアはそのあだ名で誰の事か分かったらしい。

だがウェルキンは何が何だかさっぱりわからない。

 

「あの、将軍!敬虔公とは誰なのでしょうか?!」

 

「何?あの帝国きっての猛者、敬虔公を知らないのか?

前大戦の事を父親から聞いておらんのか?!」 

 

「は、はい…父は前大戦の事を殆ど教えてくれなかったので…。」

 

 そう、彼の亡父ベルゲンは息子には将来の為、

軍談よりもっと大事な事を教えるべきだと考え、

息子に大戦での事は殆ど教えていなかったのだ。その結果がこの様である。

と言う事で、ウェルキンが知っている他国の軍首脳は、

それこそ先の帝国軍総司令官マクシミリアン皇子以外誰もいない。

 

「何だ、そうだったのか。だがベルゲンの性格なら致し方あるまい。

では説明しておこう。通称『敬虔公ハインリヒ』。

本名はハインリヒ・フォン・シュレジエンJr。

 

奴を一言で言うなら、『ベルゲン・ギュンター最大の宿敵』だ。

帝国中部に領土を持つ公爵で、前大戦の際、

ガリア侵攻軍にも従軍していた歴戦の猛者である。

 

奴は全隊員がユグド教徒で構成された戦車中隊の隊長を務め、

かのベルゲン将軍率いる隊とも何度も激突し、

ガリア戦線における帝国軍のトップエースとして名を馳せていた。

敬虔公というあだ名が付いたのはこの時の事だ。」

 

「父の最大の宿敵…!」

 

「そうだ。それが敬虔公だ。今や帝国でも一、二を争う名将と専らの評判だ。」

 

 亡父の最大の宿敵にして、帝国一の将軍が40万の大軍を率いて押し寄せる。

自分の想像以上に事が重大である事を思い知ったウェルキンであった。

 

「それ程の大物が前回以上の大軍で…。」

 

「そうだ。帝国、ひいては裏にいるユグド教団は

それだけガリアを滅ぼしたくて仕方がないのだろう。

こうなった以上、我々も手段は選ばん。その一環として、

我々は諸君の様に先の帝国戦、及びガリア内戦時に卓越した戦功を上げた者、

または全国から猟兵の認可を受けた者の中から特に技量と素行に優れた

将兵と最新の装備を選抜した。」

 

「それが、独立機動大隊と仰るのですか?」

 

「如何にも。尚、参謀本部ではこの大隊を『英雄大隊』の通称で呼んでおる。」

 

「英雄…大隊…。」

 

 随分と仰々しいネーミングに心の中で若干引いた二人だった。

 

「さて、ここまでは良いな?その上で二人に紹介したい者がいる。

諸君等の直接の上官、『英雄大隊』の大隊長となる者だ。副官、中佐を呼べ!」

 

「はっ!」

 

 ギーゼン将軍の声に、副官が即座に動き別室の戸をノック。

別室にいる「中佐」を呼びだす。

 

「中佐、ギーゼン将軍がお呼びである、入り給え!」

 

「はっ…閣下、失礼します!」

 

ドアが開き、一人の士官が入室する。その正体は…

 

「(うお、デカい人!)」

 

 そこにいた「中佐」は身の丈190cm超、雑に撫でつけられたオールバックに

口髭のアラフォー男だった。そして、その顔にエレノアは見覚えがあった。

 

「貴方は…クロウ中佐?」

 

 その名はラムゼイ・クロウ。ガリア軍諜報部所属の中佐で、

帝国戦では懲罰部隊とされた秘密部隊、第422部隊「ネームレス」を預かり、

帝国軍のダルクス人部隊「災鴉(カラミティ・レーヴェン)隊」と死闘を繰り広げた高級将校である。

 

「何だ、知っていたのか。

彼が『英雄大隊』の大隊長を務めるラムゼイ・クロウ中佐だ。

帝国戦での功績を鑑みて、私の権限で連れて来たのだ。」

 

「久しぶりだな、お前さん達とは帝国戦以来だったな。」

 

「エレノア・ポッテルであります。その節はお世話になりました。」

 

「同じく、ウェルキン・ギュンターであります。」

 

「おう。お前さんが世界一の戦車撃破王、

2代目『青い一角獣』か、期待してるよ。」

 

「はい!」

 

「うむ。では副官、例の物を。」

 

「了解しました。」

 

 ギーゼン将軍が副官に命じ、何かを取り出させる。

それは少佐と中尉の階級章、そして二通の辞令だった。

 

「オホン…それでは、エレノア・ポッテル退役大尉。」

 

「はっ。」

 

「大公妃殿下の名において、貴官に本日を以て現役復帰を命ずる。

併せて、少佐昇格の上、独立機動大隊の先任中隊長に任ずる。

よく励んでくれたまえ。(辞令を手渡す)」

 

「了解しました(敬礼)。全力で任務にあたります。」

 

「同じく、ウェルキン・ギュンター退役少尉。」

 

「はっ!」

 

「大公妃殿下の名において、貴官に本日を以て現役復帰を命ずる。

併せて、中尉昇格の上、ポッテル中隊旗下の先任小隊長に任ずる。

期待しているぞ。(辞令を手渡す)」

 

「了解しました!(敬礼)」

 

「では、これより3時間後に陸軍大学のグラウンドにて大隊の結成式を行う。

迎えの車を用意したのでそれに乗って先に行く様に。

私も後から行って、そこで訓示を行う事になっておるのでな。

では、下がってくれ。」

 

「「「了解!」」」

 

 退室しようとしたウェルキン・エレノア・ラムゼイの3人。だが…

 

「おっと、言い忘れていた。

ギュンター中尉には見せたい物が有るので残ってくれ。」

 

 ここでギーゼン将軍はなぜかウェルキンだけを呼び止めた。

 

「え?あ、はい!」

 

「副官、彼を研究開発棟へ案内せよ。」

 

「はっ…。では中尉、付いて来たまえ。」

 

「了解しました…。」

 

 何の理由かは知らないが、研究開発棟に連れて行かれるウェルキンだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして…

 

 

 アマトリアン基地 研究開発棟

 

「さて中尉、何故ここに連れて来られたか察しは付いているな?」

 

「…大体、見当は付いております。」

 

「うむ。では中に入り、己の眼で確かめるが良い。」

 

 ギーゼン将軍に中に入るよう勧められ、恐る恐るドアを開けてみると…

 

「これは…!!」

 

 そこには、一輌の戦車が置かれていた。

ガリア流の青ベースの塗装がされたその車体は、

被弾面積を最小限に絞る為限界まで小型化、低車高化され、

鋭角的で重厚な傾斜装甲に固められていた。

履帯さえも、装甲板で防護されている。

 

 その上には亀の甲羅のような流線型の砲塔が乗り、

かつてウェルキンが見たこともないより長大で重厚な砲が据えつけられていた。

ウェルキンはその車体を一目見て悟った。かつての乗車に「似ている」。

 

「これは…エーデルワイス号?」

 

「如何にも、これが畏れ多くも公爵家から下賜される次世代戦車、

試製40式機動戦車、通称『エーデルワイスⅡ』だ。」

 

「エーデルワイスⅡ…」

 

「おい大尉、ダモン大尉はいるか?」

 

「ははっ、ここにおります!」

 

 ギーゼンの呼びかけに士官が一人駆けつける。

よく見ると前髪を一房垂らしたオールバックと言う特徴的な髪形だ。

 

「(敬礼)これは将軍、お呼びでありますか?」

 

「うむ、君等は直接顔を合わせるのは初めてだったかな?

彼がウェルキン・ギュンター中尉だ。

この度貴官と共に『英雄大隊』に配属された者だ。」

 

「ウェルキン・ギュンターであります。(敬礼)」

 

「何と!彼があの…私はルドルフ・ダモン大尉。

この度『英雄大隊』旗下の戦車中隊長を拝命した者だ。」

 

「ダモン?はっ、まさか大尉は…」

 

 その名を聞いたウェルキンは嫌な予感を覚えた。

彼の脳内に思い浮かぶのは間抜け面をしたデブのヒゲ親父、

帝国戦当時の陸軍総司令官、無能の代名詞、

故ゲオルグ・ダモン元帥(生前は大将、戦死により特進)である。

そして、その予想は正しかった。

 

「いかにも。彼の父の名はゲオルグ・ダモン。私の同期の鼻つまみ者だ。

だが、勘違いしないで欲しい。彼の通算戦車撃破総数は39輌、

ガリアでこれを超える戦果を挙げたのはギュンター中尉、貴官だけだ。

この意味は解るな?」

 

「……!」

 

 どうやら無能さは遺伝しなかったようだ。心の中でほっと一息。

 

「では大尉。この戦車の開発経緯を説明してやれ。」

 

「はっ、ギュンター中尉は帝国戦の際、かのベルゲン将軍の戦友だった

テイマー技師の最高傑作『エーデルワイス号』で忌々しい…

いや素晴らしい大功を挙げた…。

 

しかし、帝国軍の陸上戦艦との戦いで

エーデルワイス号は大破、ざまあ…いや残念な事に、

完全修復は不可能だったのだが、我々は5年の歳月をかけ、

面倒な…いや万難を排しガリア各地から『テイマーの遺産』とでも言うべき

彼の遺した設計図等をかき集め、エーデルワイス号を現代の技術で蘇らせるべく

余計な…いや、惜しみない最先端の技術と予算をつぎ込んだ。

そして完成したのが…ここにあるエーデルワイスⅡだ。

 

あー、これ以上の説明はめんど…

いや、ここにある諸元表を見た方が早いだろうから、

目を通しておいてくれ。(諸元表を渡す)」

 

「はぁ…では拝見させて頂きます。」

 

 

 試製40式機動戦車「エーデルワイスⅡ」

 

 寸法

 全長   9.00m

 車体長  6.70m

 全幅   3.20m

 全高   2.30m

 重量   42t

 

 機関

 動力   液冷ラグナリンエンジン

 最大出力 840馬力/3,000rpm

 最大速度 60/45km/h(整地/不整地)

 

 乗員   3名(操縦手、砲手、車長兼無線手)

 

 武装

 主砲 :ブレダ工廠 56口径88mm砲「kwk40」×1

 機関銃:マグデブルク工廠 12.7mm機銃「T-MAG39」(砲塔上)×1

     エルマ工廠 7.92mm機銃「ハリケーン37」(主砲同軸)×1

 

 装甲厚

 砲塔(前/側/後/上)  120/100/100/20  (mm)

 車体(前/側/後/上/底)120/100/100/20/30(mm)

 

 主砲貫通力 1km先の鋼製垂直装甲板に対し、155mm程度。

 

 

「あー、オホン。どうだね中尉?

これならば帝国軍の新型戦車が相手でも問題なく戦えよう。」

 

「はっ、ウェルキン・ギュンター中尉、全力を尽くします!!」

 

「うむ。貴官の奮闘努力に期待している。では結成式に備え、

ダモン大尉とギュンター中尉は迎えの車輌にて陸軍大学へ出発せよ。」

 

「「了解しました!」」




 この手の二次創作って、回を重ねていくとその内、
オリジナルの兵器を紹介する回が必要になるのでしょうね…

次回「第4話 結成」
続々集結する懐かしい顔ぶれ、だが、彼等の向かう先には
今までの比ではない激戦が待っているだろう。


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第4話 戦友集結す

 さて、いよいよ英雄大隊の結成式。
久々の再開ですっかり変わってしまった者もいるそうです。
果たして、大丈夫なのか?


 ランドグリーズ郊外 ガリア陸軍大学敷地内

 

 

「ここか…」

 

 迎えの車から降り、ウェルキンは人生で初めて陸軍大学内に足を踏み入れた。

 

「どれどれ、グラウンドは…こっちか。」

 

 案内図を頼りにグラウンドに集合すると…

 

「隊長さん!久しぶりじゃないか!!」

 

「みんな待ってたのよ、こっちこっち!!」

 

「おう!やっと主役のお出ましか、来ると思ってたぜ!!」

 

「ウェルキン、待ってたのよ!」

 

 何とまあ、そこには懐かしい顔触れがずらりと揃っていた。

 

「ロージー!! ユーノ!! 

それに、ラルゴにアリシアまで!!皆いるじゃないか!!」

 

「も~う、どこ行ってたのよ?!」

 

「御免御免、今度僕が乗る新しい戦車を見せて貰ったんだ。」

 

「何だ、新車のお披露目か、そりゃ外せないな!(笑」

 

 そこにいたのは錚々たるメンバーだった。

ガリアのトップシンガー、ブリジット・”ロージー”・シュタークはもとより、

ラルゴとアリシアの元第7小隊の下士官だった3人は勿論の事だが、

元一般兵にも懐かしい顔が勢ぞろいだった。

 

 例えば、ウェルキンの大学時代の同窓生ユーノ・コレン、

アリシアの友人でエヴァンス社の社長令嬢スージー・エヴァンス、

ネルソン姉妹の姉で戦後に女優デビューしたイーディ・ネルソン。

その他、かつてのメンバーでガリアに残っていた者は皆集結していた。

そして、階級も5年前から1ランク昇格して、

ロージーは軍曹、イーディは伍長、他2名も上等兵になっていた。

 

「元第7小隊の奴は全員一階級昇進の上でこっちの配属だってさ。

俺にもとうとう角が生えちまったよ!…あと、アリシアもな。」

 

「………………。(ジト目でラルゴを睨む」

 

「そ、そんな目するなよ、決めたのは俺じゃねえぞ!」

 

 角が生えるとはガリア軍で軍曹が曹長に昇格する事を意味する隠語である。

ガリア軍の階級章は五角形のワッペンの縁取りとユニコーンの角の数

(将官はユニコーンの翼と角)で表されるが、

この階級章に角のマークが付くのは曹長からの為、この隠語が生まれたのだ。

 尚、尉官であるウェルキンやルドルフには3本、

佐官であるエレノアとラムゼイには4本付いている。

 

「そうだったのか、でも凄いじゃないか!またみんなと一緒に戦えるなんて、

…でも、本当はこんな日は来てほしくないんだけどね。」

 

「違ぇねえ。」「全くだよ。」

 

 そして、懐かしい顔はまだ他にもいた。

 

「よう!しばらくぶりだな隊長さん。俺を覚えているかい?」

 

 そこにいたのは曹長の階級章を付けたダルクス人の中年男。

ウェルキンには片目をつぶる癖のあるその顔に心当たりがあった。

 

「ああ!…ザカ、ザカじゃないか!!」

 

 その名はザカ。かつてのファウゼン解放作戦で共闘した

ダルクス人レジスタンスの一人である。

 

「覚えててくれてよかったよ!

ザカ曹長、今度はお宅の戦車の砲手として一緒に戦わせてもらうぜ!(敬礼」

 

「ああ、勿論だとも!!」

 

 

 

 

 

 一方…

 

「…まさかとは思っていたが、またしてもお前と一緒とはな。」

 

 呆れ顔のゼリ大尉。理由は言うまでもないだろう。

何と2日前に令状を渡したばかりのアバンがいたのだから。

しかも肩口には中尉の階級章が。つまり…

 

「一体全体、どこのどいつがお前に俺の中隊の先任小隊長なんか任せたんだ?」

 

「ああ、基地に付いたらいきなり呼び出されてさ。基地の偉い人から、

『お前は凄い手柄を挙げたから、中尉に昇進の上、

功績を上げた奴だけが入れる部隊に配属してやる』

って言われてここに連れて来られたんだぜ。」

 

「…先行き不安だ。」

 

「そんな顔すんなってゼリ!! G組で一緒だった仲だろう?」

 

「ああ、だから不安なんだ!」

 

 お互い相変わらずである。そこに背後から誰かの声が。

 

「そうだぞ~、久しぶりに会ったんだから、もっと喜ぶ喜ぶ!!」

 

「…おい、俺は2日前にこいつに会ったばかり…って、ああ!お前は?!」

 

 ゼリが振り返りつつツッコむと、そこにいたのは…

 

「「エイリアス!!」」

 

「へへ~ん。私もこっちに来たんだぞー!」

 

 エイリアス。ライトブルーにも見える銀髪と紅い眼を持つ彼女は

欧州において伝説視される超能力者の民族、ヴァルキュリア人の子孫である。

 

 彼女はアバン達がランシールG組にいた内戦当時、

ヴァルキュリアを研究する帝国の科学者、クレメンティア・フェルスターと共に

ランシールの学長ローレンス・クライファートの協力の下、

旧校舎に実験体として秘匿されていたが、同年8月の反乱軍襲撃の後、

非道な実験が明るみに出た事でクライファートは自殺、

フェルスターは逃亡し、行き場を失った彼女は生徒としてG組に入り、

アバン達と共に反乱軍と戦った。

 

 終戦後は特に仲の良かったクラスメイトの一人、

コゼット・コールハースと同居。今では一介の女子高生として生きている。

なお、当時母と呼んでいたクレメンティアの苗字をとり、

今エイリアス・フェルスターを名乗っている。

そして、彼女がここにいると言う事は…

 

「久しぶりね、アバン君!」

 

「コゼット!やっぱりお前もこっちに来てたのか!」

 

 当然、彼女の同居相手であるコゼット・コールハースも。

彼女は卒業後夢だった女医を目指し故郷ユエル市の医科大学に通っていたが、

召集命令を受けた事で休学させられ、後方支援士官として配属された。

 

「こうして3人揃うのは3年ぶりだな!」

 

「まあな。ただ、ここが陸軍大学で、

しかも戦時召集でなければもっと良かったんだがな。」

 

「「それを言っちゃあ、おしまいよ。」」

 

「……………。(ムカッ」

 

「でもエイリアス、しばらく見ないうちに大きくなったな!」

 

「ああ…特に、な…」

 

 ランシール卒業から3年、エイリアスももう16歳になり、

2人が見ないうちにすっかり成長していた。特に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どたぷ~ん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「(何を食ったら、そこまでデカくなるんだ…)」」

 

「ホント凄いよね~。私が今80台半ばだけど、全然違うもん。」

 

 これまで欧州各地の戦いで確認されたヴァルキュリア人がそうであるように、

彼女もまた、とても豊満な体つきになっていた。

「お前のような16歳がいるか」とツッコみたくなるその胸囲は90cmオーバー。

当然、周囲の視線を浴びに浴びていた。

すっかり固まるゼリにアバンが声を掛ける。

 

「おいゼリ、どうした?」

 

「ああ、今のこいつを見てると、ユリアナを思い出してな…」

 

 ユリアナとは当時のA組級長で、ランシール襲撃事件で戦死した

ユリアナ・エーベルハルトの事である。彼女のバストも歳不相応に豊満だった。

そんなゼリを見てアバンはふと何かを閃いたようだ。

 

「…ああ、うん、俺も解るぜ…お前の言いたい事が…」

 

「そうか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、お前は胸のデカい奴が好みって事だな!!」

 

「ザッケンナコラー!」

 

 

 

 その様子を木陰からじっと見つめる女の影が。

 

「羨ましい妬ましい悍ましい疎ましい羨ましい妬ましい悍ましい疎ましい…。

 羨ましい妬ましい悍ましい疎ましい羨ましい妬ましい悍ましい疎ましい…。

 羨ましい妬ましい悍ましい疎ましい羨ましい妬ましい悍ましい疎ましい…。」

 

 木陰に隠れてブツブツと恨み言を呟く様は見るからに不気味である。

見かねた兵士の一人が声を掛ける。

 

「あの、何してるんですか?」

 

「ひゃうぅぅぅっ?!!」

 

 いきなり背後から声を掛けられて思わず奇声を上げる何者か。

当然、アバン達にも気づかれる訳で…

 

「君はっ…」

 

「ああ!!フランカじゃないか!!」

 

なんとその正体はかつてのG組同級生フランカ・マルティン。

ゼリ同様内戦後に正規軍に入隊し、

最初から士官として勤務している数少ない人物の一人である。

彼女もまた、士官の一人としてこちらに配属されて来たのだった。

 

「は、ハーデンスにゼリ…大尉、久しぶりね…」

 

「おう! 所でそんな所に隠れて何してたんだ?」

 

「そ、それは…」

 

 さっき声を掛けた兵士がそれに答える。

 

「ああ、こちらの士官殿が、さっきからずっと木の陰で

羨ましいだの妬ましいだのとずっとブツブツ言ってたんで…

気になってしょうがなくてつい声を掛けたんであります。」

 

「?」

 

「ああ、成程な…」

 

 どうやらゼリはその一言で全てを察したようだが、

アバンとエイリアスはさっぱり気づいていない。

 

「ん?ゼリは分かるのか?」

 

「ああ。分かりたくもないがな、確かに分かったよ。」

 

 ゼリとコゼットは覚えていたのだ。

フランカが自分の胸の小ささにに劣等感を抱いていたこと。

同時に、そしてそれを指摘されると激怒する性分だと言う事に。所が…

 

「そうか…その…何だ、元気出せよフランカ。

人間、大きけりゃいいってモンじゃないからさ。」

 

「「あ…」」

 

 ド天然の代名詞なアバンが全てぶち壊しにしてしまった。

アバンはアバンなりに励ましの言葉を掛けたつもりだが…。

 

「……………。」

 

 フランカは俯いたまま動かない。

泣かせたと勘違いしたアバンが駆け寄るが、決して泣いていた訳ではない。

 

「ハーデンス…。」

 

 顔を上げたフランカは顔を赤らめつつ、思いっきり怒っていた。

 

「フランカ?」

 

「この…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スパパパパパパパパーン!!!!!!!

 

「アババババババババーッ?!!!!!」

 

 哀れなド天然、アバン・ハーデンスは平手打ちの連打を浴びた。

 

「(うわ~…。)」

 

「もう知らない!!」

 

 そう言い残し、フランカはすたすたとその場を後にした。

 

「アバン…お前って奴は…」

 

 張り倒されてぶっ倒れたアバンに呆れて声を掛けるゼリ、

しかしアバンの口からは斜め上の一言が。

 

「うう…フランカの奴、身長の事で…

あんなに悩んでたのか…後で謝らないとな…(ガクッ」

 

「………。(アバン、お前はどこまでバカなんだ??)」

 

「???」

 

 結局エイリアスは最後まで何のことか気づかずじまいだった。

そして、その様子を遠巻きに見ていたエレノアが一言。

 

「あの青年、まるで昔のラルゴね…」

 

 何があったんだこの夫婦。

 

 

 

 

 

 そして、独立機動大隊『英雄大隊』の結成式が始まった。

会場となった陸軍大学講堂には陸軍の高位幹部が大勢参加し、

一番のVIP、ギーゼン将軍も最後に会場入りした。

 

「これより、本大隊結成にあたって陸軍総司令官、

ウォルフガング・グスタフ・ギーゼン閣下より訓示がある。一同、起立!」

 

 司会役のラムゼイの声でその場にいた全員が立ち上がる。

そして、ギーゼン将軍が壇上へと上がる。

 

「諸君。知っての通り、東欧帝国連合は帝国一の将とその名も高き

敬虔公ハインリヒ2世以下40万の大軍で以てガリアへの再侵攻を企てている。

そして、帝国の膝下にあるユグド教団はこの戦いを『聖戦』と称し、

彼等はヴァルキュリアの加護を得ていると公言して憚らない。

 

彼等に一つの明確な目的がある事は明らかだ!

全ての人間が民族や家柄に束縛される状態を『秩序』と呼び、

歴史の真実を神の名を騙って覆い隠し、歪曲する事を『正義』と称し、

今一度ガリアに…否、全欧州に押し付けんとする事である。

 

しかし、臆してはならない!!その様な秩序も正義も我等には不要である!!

帝国と教団がそう言い張るのなら、我が国も断言しよう。

彼等が自身を正しいと信じるなら、我々も等しく正しいのだと!!

 

これはコーデリア女公殿下の、そしてガリアが目指す理想でもある!

我が国が『民族や家柄等に束縛されず、誰しもが対等に共存できる』

世界の先駆けとなる事を陛下は望んでおられる。

例え他国全てが誤りと断言しても、我らは断じて屈しはしない!

 

その結果、万国の万人が認める正義が、ひいては全人類が敵に回ろうとも、

ガリアの民を脅かす物に対しては、我等は如何なる状況でも断固戦うべし!!

何故ならば、我等こそガリアの国土、国民を守る唯一の砦だからである!!」

 

 ギーゼン将軍は言葉を一旦区切り、大隊長ラムゼイ以下の隊員を見渡す。

そして再び口を開いた。

 

「諸君等はこのガリア公国より集められた公国史上最精鋭の部隊の一員として、

公国史上稀に見る過酷な任務に従事しなければならない立場にある。

その過酷さは、前大戦での特殊部隊『第422部隊』をも上回るやも知れん。

 

だが、諸君等はかつての戦いで大功を上げた

欧州一の精兵であると私は確信している。

故に、我々はここに諸君等を結集したこの大隊を立ち上げる物である。

 

私が諸君等にできる事は、精々こうやって激励する事と、

任務を言い渡す事くらいだろう。だからこそこれだけは言っておこう…

精強なる隊員諸君、一人でも多く生きて還って来い。…以上!」

 

 

 

 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!

 

 

 

 

 

 ギーゼン将軍の言葉に、周囲が歓声で答えた。

 

「ゼリ!!帝国の奴らにもう一度ギャフンと言わせてやろうぜ!!」

 

「ああ、当然だ。俺たちは戦場なんかで死ぬべきじゃない!!

明日もその次の日も、生きて戦い抜こう!!」

 

「頼んだぜ、中隊長!!」

 

「おう!!」

 

 

「ふっふっふ…とうとう時が来た。このルドルフ・ダモンが大功を挙げ、

父上の雪辱を、そして誇り高きダモン一族の栄光を取り戻す時が来たのだ!!

帝国の奴らめ、目に物を見るが良い!!」

 

「……ねえウェルキン、さっきからあの人、独りで何を話してるのかな?」

 

「アリシア、近寄っちゃダメだ。

あの人は『あの』ダモン将軍の息子さんなんだ。」

 

「うわぁ……。」

 

 

「…まさか夫婦になってまで、一緒に戦うことになるとはね…」

 

「おうよ、『少佐殿』。くたばる時は一緒だぜ。 」

「ああ、解ってる…。だが、皆で生きて帰ろう。

私達も、そしてあの隊員達も。」

 

 かくして、後に公国史上最強と謳われる『英雄大隊』はここに結成された。

この時、この場にいた誰も想像もしていなかっただろう。

自分達がかつての帝国戦とは比較にならない、

正真正銘の修羅場に身を投じる事になってしまった事を。




 あれ?クルトとクロードは?と言う人に言っておきます。
クルトは亡命したので今ガリアにはいません。
クロードも今は所要でエディンバラにいます。
彼等が合流するのは、恐らく作中の暦で年をまたいでからになるでしょう。

 次回「第5話 怨敵蠢動す」。
ガリアへの再侵攻を企てる帝国の思惑と、
そしてガリアに襲い来る敵、敬虔公が姿を現す。




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第5話 怨敵蠢動す

 さて、舞台はガリアから帝国へ。
神の名の下に再度侵攻を図る彼等だが、
どうも上層部の思惑が一致していない様な…?


 英雄大隊集結から話は少し遡って…

 

 東欧帝国首都「シュヴァルツグラード」皇宮

 

「では、彼の悪女(コーデリア)めはまたも我等の温情を拒んだとな?」

 

 ここは帝国こと東欧帝国連合帝都、シュヴァルツグラード市の皇宮である。

その謁見の間の玉座に一人の老人が鎮座していた。

その名をフェルディナンド・フォン・レギンレイヴ。

彼こそがフォン・レギンレイヴ家第39代当主にして、

東欧帝国連合の第8代皇帝である。

 

「はい。つい今しがた駐ガリア大使を通じて外務尚書より

『コーデリア女公は動員令を発動。今月中に動員が完了する』

との報告がありました、事ここに至っては一刻の猶予もありません。

大使には速やかに帰国命令を下します。」

 

 彼の前に跪く報告者は金髪白衣に月桂冠を被った壮年の男。

名はフランツ=ヨーゼフ・フォン・レギンレイヴ。

帝国の皇太子である彼は、老帝に代わって全軍の指揮を代行する立場にあった。

 

 尚、ガリア侵攻軍の総大将を務めた

故マクシミリアン=ガイウス・フォン・レギンレイヴ準皇太子は

彼の異母弟である。

 

「フン、どうあっても歴史の捏造と歪曲に感けるか。

過去すら直視できぬとは、ダルクス人らしい劣等な振る舞い、

嘆かわしい限りじゃて。」

 

「仰せの通りでございます。」

 

 連邦との戦いで危うく帝都陥落一歩手前まで追い詰められた帝国だが、

済んでの所で停戦に合意し、何とか帝都消滅の危機を免れた。

大西洋を挟んだ西の超大国「ビンランド合衆国」の仲介で講和条約も締結し、

漸く平和を取り戻し、復興も一段落ついた。それが帝国の現状だった。

 

 そんな帝国の唯一の憂いが1935年のコーデリアの告白である。

彼女が「ダルクスの災厄の真犯人はヴァルキュリア人である」と宣言した事で

欧州に何が起きたのか。

 

 まず、ヴァルキュリア人を神と崇める欧州最大の宗教組織

「ユグド教」の信徒達が大混乱に陥った。そもそも従来の欧州では、

「邪悪な術で欧州を苦しめるダルクス人からヴァルキュリア人が欧州を救った」

と言うのが歴史の通説で、ユグド教もそれを前提に成り立つ教団である。

 

 だが、コーデリアの告白によれば

「ヴァルキュリア人はただの侵略者で、欧州を破壊した『ダルクスの災厄』は

ヴァルキュリア人がやった事をダルクス人に押し付けた」と言う事である。

 

 もしもこれを認めた場合どうなるか。

まずユグド教の教義は全くのデタラメであるため、

存在意義がなくなった教団は即刻解散の憂き目にあうだろう。

 

 そうなると、帝国の皇帝位は帝権神授説に基づき

神=ヴァルキュリアより授かった物とされている手前、

ヴァルキュリアの代弁者であるユグド教団が消滅すれば

帝国における皇帝位の根拠が無くなり、理論上誰でも皇帝になれてしまう。

 

 更に、宗教は元々人間社会の基本的な倫理道徳の根源である。

これが消滅すれば既存の倫理道徳、社会秩序、常識、法律etcは根拠を失い、

人が人らしく生きる上で依って立つ物が無くなってしまう。

さあ大変だ。人々が欲望のままに生きる世紀末ヒャッハーランドの誕生である。

 

 もっと短く纏めると、

「コーデリアの告白を認める=帝国が滅び、欧州が無法地帯と化す」

という事になりかねないので、

教団も帝国もこの主張を絶対に認める訳にはいかないのである。

 

 帝国の反応は明白だった。早速コーデリアの告白を

「ガリア女公は『ヴァルキュリア人は自分達の所業を

ダルクス人に押し付けた卑怯者である』と公言し、

教団の存在意義を否定した」と非難し、教団を通じて撤回を要求した。

しかし、ガリアは断固拒否。'37年の内戦で女公本人が捕縛されようが、

頑として要求を撥ね付け、気づけばあれから早5年。

最早帝国国民の我慢は限界に達していた。

 

 そんな訳で、フランツ=ヨーゼフ皇太子は

連邦戦が終結して復員に一段落ついた40年夏、

軍最高会議で再度のガリア侵攻を提案した。ここでガリアを滅ぼし、

あの忌々しいダルクス女を葬りさえすれば、

「歴史を捏造し、欧州の秩序を拒否し中傷したダルクス人に

ヴァルキュリアの加護を受けし帝国が正義の裁きを下した」で全て片付く。

 

「して、軍勢の配備は如何に?」

 

「抜かりは在りません。既に1個軍を国境線に揃えました。

今度は5年前のような失態は起きないでしょう。」

 

「確かにな、あの時は奴めがヘマをやらかしたせいで

我等はとんだ大恥をかいた。所詮は身分卑しい妾の子、

我がレギンレイヴの血統には不要な存在だったのだ。」

 

 フェルディナンド帝も嫌そうに吐き捨てる。

 

「ご尤もでございます。彼奴の最大の失敗、

それは戦車師団のみを以てガリアを落とそうとした事…。

やはり歩兵と砲兵があってこそ戦車も役に立つ物なれば、

ガリア相手にはそれらも含めた大軍で正攻法をかけるのが一番でしょう。」

 

 35年のガリア戦役で帝国は数多の新兵器を繰り出しながら、

ガリア義勇軍(特に第7小隊)と懲罰部隊こと第422部隊「ネームレス」の

活躍のせいでボロ負けしている。この敗北の影響は大きく、

帝国軍は兵器こそ進化したが、戦術は寧ろ退化した感があった。

 

 なぜなら戦車の集中運用を訴えたマクシミリアンがガリアで敗死した事で、

「戦車の集中運用は誤り」という風潮が欧州の主流を占めたからである。

そのため帝国でも創設された戦車師団は

「強力な火力と防御力を活用する為」連隊ごとに分散され、

歩兵と組み合わせて配置するという旧態依然とした用兵術が主流だった。

 

 (史実で言うなら「WW2でドイツがポーランドに返り討ちに会って降伏した」

レベルの大敗であり、こんな判断が下るのも仕方ない。)

 

 何たって人口430万強の小国が圧倒的軍事大国の侵攻を撥ね退けるという

軍事史上の奇跡を起こしたのだ。

当時のガリア軍上層部の無能ぶりも相まってその衝撃は余りにも大きく、

戦略単位で戦車を集中運用するという考えは誤りとする風潮が出来るのは

ごく当然の事だった。

だがこの戦訓が後に帝国、否、欧州全土に極大の災いを齎す事になる。

 

「後は彼が来るのを待つばかりです、間もなく到着の知らせが来る頃かと…」

 

 と、ちょうど良いタイミングで伝令が駆けつける。

 

「申し上げます!!シュレジエン公爵、御到着でございます!!」

 

「うむ。通してやれ。」

 

「ははっ!!」

 

 その言葉に大貴族達がざわめく。

 

「何と、では、いよいよ…。」「ガリア討伐の時が来たと…!」

 

 程なくして…

 

「シュレジエン公爵、御入来でございます。」

 

 帝国の黒い軍衣に多数の勲章をぶら下げた軍人が謁見の間に姿を現し、

皇帝の前にひざまずく。彼こそハインリヒ・フォン・シュレジエンJr。

敬虔公の異名をとる東ヨーロッパ帝国連合の軍人貴族であり、

陸軍大将であると同時に公爵の爵位を持つ大貴族でもある。

若い頃から亡父ハインリヒ1世に代わり公爵領の経営を取り仕切り、

父の生前から既に事実上の当主として高名な人物であった。

 

「皇帝陛下、ハインリヒ、只今罷り越しました。」

 

「うむ。この度その方を呼んだ理由…分かっておるな?」

 

「はっ、あの忌まわしき悪女めを討伐せよと仰せられるのですな。

神聖なるヴァルキュリアを汚し、我等ヴァルキュリアの信徒を

ダルクスと同じ地に貶めんとする妄言、断じて許せませぬ。

このハインリヒめが必ずやあの悪女めを葬って御覧に入れましょう。」

 

 何せ敬虔公などと呼ばれる程のユグド信徒である。コーデリアの告白も

「『ヴァルキュリア人は自分達のやった事をダルクス人に押し付けた嘘つき』

と貶め、ダルクス人である自分の公位を正当化しようとしている」

と前々から嫌悪感を示していた。

 

「それは頼もしい!公爵の責任は重大であるぞ。」

 

 ここでシュレジエン公の言葉に合いの手を入れる者が。

白一色の法衣に、首から螺旋の紋章を下げたこの人物こそ、

何を隠そうユグド教団の長、教皇ペロン1世その人である。

 

「この戦は神の威光の下、欧州に秩序を取り戻す聖戦である。

来たるべき決戦に備え、後顧の憂いを完全に断ち切らねばならぬ。

年内には必ずやガリアを地上から消し去るのじゃ。」

 

「年内…と仰せられますか。」

 

「左様、今や帝国軍は神の御加護を受けし聖軍。

神の加護に護られし聖軍の快進撃の前に

邪悪なガリア軍は一蹴され、以て正義が行われるのじゃ。

敬虔公と名高きそなたなれば、どれ程でガリアを落とせる?」

 

「凡そ、この程度かと…。(6を示す)」

 

「流石は公爵!ガリア如きなど6週間で落とせるといった所ですかな?」

 

「これは頼もしい限り!」

 

「来年には余計な国境線が無くなると仰せられるか、何よりですな。」

 

 ガリアは6週間で落とせると思った貴族達は公爵の自信を称賛する。

しかし、公爵は首を振る。

 

「何か勘違いをしておられる。6といえば6か月でございます。

年内にガリアを落とすなど、無謀も無謀。」

 

「「「「「えっ…」」」」」

 

 公爵の発言にその場の一同が絶句した。長い、長過ぎる。

予想以上に戦闘が長引くと予想した公爵の言葉に

その場の空気がにわかに怪しくなる。

 

「聖軍の快進撃の前にガリア軍は一蹴され、ガリアは年内に落ちる?

バカバカしいと言う他ありませんな。」

 

「こ、公爵?!教皇聖下の御前で…」

 

 だが、シュレジエン公は窓を指差した。

 

「では、外をご覧下され。」

 

「外…?」

 

 一同が窓に目を向けると…

 

「ああ!雪が…!!」

 

 窓の外には雪がチラホラ。実はこの時期、

帝都近辺はそろそろ雪が降り始めるのである。

 

「左様でございます。兵士達には越冬の準備が必要です。

ましてや山がちなガリア東部の積雪量はこことは桁違いです。

前回の様に春に攻めるなら、6週間もあれば大勢は決します。

ですが今からとなれば雪で進軍が遅れ、それ相応の長期戦となりましょう。

皇帝陛下におかれましては、何卒わが軍に充分な冬季戦の備えを賜りたい。

それさえきちんとしていれば我が方の勝ちは揺るぎませんので。」

 

「「「「「………………!(し、しまったぁ~。)」」」」」

 

 痛い所を衝かれた。皇帝としては

あの忌まわしい小娘の即位記念日である10月末日に宣戦を布告し、

過去を捏造せしめる反逆者への死刑宣告替わりにしてやろうかと思ったが、

かつて連邦の大反攻作戦を阻んだ降雪は自分達にも牙を剥く事を

すっかり忘れていた。しかし、納得していない者が凡そ1名。

 

「こ、公爵!ヴァルキュリアの代理人たる余自ら祝福を授けし聖軍が、

あのような小国如きを滅ぼすのに、ろ、ろ、6か月もかかると言うのか?!」

 

「かかりますとも。神のご加護の下、華々しく快進撃して大勝した…

聞こえは宜しいですな。しかし、私の戦いには全く必要ありません。」

 

「こ、こ、こ、このペロン直々に授けしヴァルキュリアの祝福が、

信用ならんと言うのか?!」

 

「戦場は神の加護、祝福の類の質、量を競う場所ではありません。

勝って初めて神が勝者にそれらをお授け下さる所と心得ております。

ましてや、ひとたび聖戦を掲げた以上、万が一負ければ取り返しが付きません。

教皇聖下におかれましては、『聖戦だから勝つ』のではなく、

『勝ったから聖戦なのだ』とお考え頂きたい。」

 

「帝国一の名将ともあろう者が、そんな臆病でどうするのだ?!」

 

「私は衆目を喜ばせる面白い策は求めません。小が大を破る奇策も使いません。

制覇は当然の如く成すべし。それが帝国の戦いというものです。

短期決戦を焦って高転びし、5年前の恥の上塗りをするくらいなら、

多少時間がかかろうが、確実に勝てる手を選びます。

勝ち方に拘って戦う様な真似は致しかねます。」

 

「そんな無様で消極的な戦で、臣民共に何と申し開く積りなのだ?!」

 

「臣民にはただ『ガリアに勝った』の一言が伝わればそれでよろしい。」

 

「仮にも敬虔公と呼ばれし者が、ヴァルキュリアの加護を頼みとせんとは

情けないとは思わんのか、信仰心を疑わざるを得んぞ!」

 

「信仰と勝ち負けは別です。まずは勝つ事が優先します。

我等軍人が信仰を証明する手段に勝利以上の物がありましょうか?

それとも、連邦との緒戦であれだけの勝利を挙げても、まだ不足とでも?」

 

 教皇相手に面と向かって切り返すシュレジエン公。

彼は戦場では堅実かつ冷静な将軍だった。

と、ここで黙っていたフェルディナンド帝が一言。

 

「シュレジエン公…。」

 

「はっ。」

 

「その方、冬越えの準備さえあればガリア攻めに問題無いと申すのだな。」

 

「左様です。予定通りに侵攻を開始せよと仰せならば、

何卒、大至急冬季戦装備を手配して頂きたく存じます。」

 

「……………良かろう。フランツ、あらゆる手段を以て

冬の備えを出来るだけ速やかにガリア討伐軍全軍に届く様手配せよ。」

 

「……御意。」

 

「皇帝陛下?!」

 

「教皇聖下、申し訳ないがこれは殊軍部にて特に実力と実績ある者故、

余は公爵の論に賛成する所存である。…異論は有りますまいな?」

 

 フランツ=ヨーゼフも黙って頷く。

 

「…………くっ、そこまで言うのなら、そう言う事にしておこう。

但し、そこまで見栄を切ったからには、必ず半年でガリアを討伐するのじゃぞ!

では、余はヴァチカニウムに帰らせて貰おう。吉報を待っておるぞ。」

 

 結局、折れたのはペロン教皇だった。御付の神官達を連れて、

憤懣やる方ないと言った様子で謁見の間を去って行った。

 

「やれやれ、困った御仁だ。」

 

「聞けば彼の者、実家ボルジア家の金の力で

5年前に暗殺された親族の後任の地位を掠め取り、

先代の教皇が病死されて急遽後任に選ばれてからは

親類縁者で側近を固めておるらしいな。」

 

「教皇聖下の縁故主義にも困った物です。」

 

 皇帝と皇太子の言う通り、

このペロン教皇、聖職者としてはかなり問題のある人物であった。

彼は帝国屈指の大貴族ボルジア公爵家の一門であり、

'35年に暗殺されたユグド教枢機卿、

故ジェンナーロ・ボルジアは彼の従兄弟であった。

 

 元はうだつの上がらない辺境の司教だったが、ジェンナーロが暗殺された際、

教団への影響力を維持したい実家の意向を汲み、

金の力でジェンナーロの派閥を味方につけまんまと後継者の地位を確保。

僅か2年で自分を大司教を経て枢機卿に昇進させ、

更に翌年に前教皇が病死すると、またも実家の金の力で他の枢機卿を丸め込み、

自分を後任の教皇に選ばせたと言う。

 

 就任後はビンランド合衆国を訪問して首脳陣を説得し、

停戦講和の仲介役を務めさせた事で平和の仲介者としての名声を上げると、

この名声を利用して戦後復興を大義名分に民衆から御布施をまき上げ、

皇帝が言った通り親族を枢機卿に取り立てて親類縁者で権力を独占し、

さらには皇帝に取り入って帝国の国政に口出ししようとするなど

その自己中心的な言動から、貴族達から陰口を叩かれている。

 

「まあ良いわ…では公爵、改めて勅命を下す。」

 

「はっ。」

 

「ガリアへの侵攻は予定通り決行せよ。年内とは言わぬ故、

出来るだけ早くガリアを攻め滅ぼして見せよ。」

 

「お任せを。」

 

 かくて帝国は5年前の雪辱を果たすべく、再度ガリアへの侵攻に取り掛かる。

それが帝国、いや全欧州に途轍もない災いを齎す事など誰が予測できただろう。

その萌芽はもう始まっていた。




 まあ、素人の宗教家が口出しすればこうなるでしょうね。

 次回「第6話 雷鳴の時」。
月の終わりが平和の終わり。第3次ガリア戦役、開戦の時は来た。


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第6話 雷鳴の時

 さて、今話で遂に文字通りの開戦前夜まで時間が進みます。
まずは開戦6時間前、帝国軍の作戦会議の模様をご覧下さい。


 10月30日午後18時 東欧帝国‐ガリア国境付近 ガリア討伐軍総司令部野営地

 

 この日、ガリア討伐軍本部は物々しい警戒態勢が敷かれていた。

何が起きているのかと言えば、

本部の置かれた大型テントの内部で討伐軍総司令官シュレジエン公をはじめ、

軍団長、師団長、旅団長といった幹部や彼等の参謀を務める高級士官が集結し、

6時間後の作戦開始に備え作戦の最終確認を始めた所なのである。

 

「では、改めて作戦を確認する。グレゴール中佐、再度作戦を説明せよ。」

 

「ははっ!」

 

 説明を命じられたこの士官の苗字にピンと来たらその予想は大体正しい。

彼の名はエルンスト・グレゴール。

かつてガリア戦役でガリア北部侵攻を指揮し、戦死した第205軍団長、

故ベルホルト・グレゴール大将(戦死により特進、生前は中将)の甥であり、

35年のガリア戦役当時には対連邦戦に大尉として従軍。功績を挙げて昇進し、

現在は中佐としてシュレジエン公の参謀の一人を務める将校である。

 

「まずは現状の確認に入ります。我々の現在位置はガリア領内を流れる

ヴァーゼル川流域の(ガリア地図の一点を指し)ここになります。

事前の打ち合わせ通り、わが軍の布陣は北から順に

ヴィスコンティ中将の第16軍団、ユスティジア中将の第42軍団、

シュレジエン公直率の第34軍団、アールパードハージ中将の第23軍団。

以上総勢40万が国境線に展開し、帝都から命令あり次第

いつでも行動開始できます。…ここまではよろしいですな?」

 

「「「「(黙って頷く)」」」」

 

 グレゴール中佐の説明通り、

今回ガリア討伐作戦に派遣されたシュレジエン公配下の軍勢は、

戦線最北を担当するその名の通り子爵の爵位を持つ貴族軍人

セバスチャン・ヴィスコンティ中将率いる第16軍団。

 

 そのすぐ南方を担当するのは、宰相を何度も輩出した帝国屈指の大貴族

ユスティジア家の長女にして、酷薄非情な戦い方で功績を挙げた

若き女将軍アウグスタ・ユスティジア中将率いる第42軍団。

 

 更に南方は総司令官シュレジエン公が直接率いる第34軍団。

最南部の担当は、皇室とも姻戚関係にある辺境伯家の当主、

ベラ・アールパードハージ中将率いる第23軍団。

どの軍団も対連邦戦に参加し、緒戦の優勢に功績が有った歴戦の軍勢である。

 

 1個軍団には4個師団に軍団長直属の砲兵連隊、戦車連隊が付き、

更にシュレジエン公が束ねる軍司令部には万一の穴埋めとして

予備の歩兵師団が2個置かれている。'35年の開戦初頭、この様な軍が8個と

総勢10万人の各種独立部隊が投入され、連邦軍相手に快進撃を見せた。

そして今、その恐るべき軍勢40万人が現在ガリア国境に犇めいている。

 

「我々は午前0時を迎えた時点で即時行動を開始。この地図で示された通り

(地図にはガリア軍の手薄な箇所が赤丸で示されている。)

事前に発見したガリア軍の脆弱点に兵力を集中させ、

作戦開始と同時に砲兵により脆弱点と周囲に一点集中攻撃を仕掛け、

防衛線に突破口を形成します。

 

形成完了次第、各師団は戦車連隊と自動車化歩兵連隊各1個ずつを抽出し、

機動旅団を編成し、それらを集合させて『機動集団』として

各戦線の突破口から突入させます。機動集団は突入後、

状況に応じて敵後方の重要地点に急行、

あるいは残された通常歩兵部隊との挟撃にて敵軍勢を撃滅し、

指揮系統を混乱させます。

 

しかる後、残りの軍勢にて遊兵化した敵を撃滅し、

ガリア軍の残存兵力を粉砕して決着とする。

…以上が、今回のガリア討伐作戦『正義の雷』の概要となります。」

 

「うむ。…ここまでで何か質問のある者は?」

 

 シュレジエン公の問いに、早速ヴィスコンティ将軍が挙手した。

 

「では、私から。先程グレゴール中佐は

『戦車と自動車化歩兵を以て構成される機動集団を以て後方に突破を図る』

と説明されたが、機動集団ばかりが突出すれば、

たちまち支援砲撃の射程外に飛び出してしまいしょう。

敵もわざわざこちらの砲兵の射程内に重要拠点を置いたりはしますまい。

突破後の火力支援はどうする御積りで?」

 

「うむ、それに関しては高機動旅団を構成する戦車連隊と

自動車化歩兵連隊には全て自走砲による砲兵大隊を配備させてある。

具体的には…中佐、説明を。」

 

「はっ、各自動車化歩兵連隊には122mm自走砲Pzh-122を、

戦車連隊には152mm自走砲Pzh-152をそれぞれ12門ずつ配備済みです。」

 

 その回答に他の将軍他高級幹部達が口々にダメを出す。

 

「それでは足りませんぞ!」

 

「そうだ!我が方の榴弾砲はガリア軍の物より射程が短い!」

 

「せめてカノン砲を回して頂きたい!」

 

 文句を言うのも仕方ない。帝国軍の榴弾砲は

口径122mmの「M-222-122」と、口径152mmの「M-222-152」が現行機種だが、

2種類共に最大射程距離は12,000mしかない。

 

 一方、ガリア軍が配備している榴弾砲は105mmと150mmの2種類だが、

旧型の105mm砲「leFH18M」と150mm砲「sFH18」ですら

最大射程距離はおよそ13,500mと大きな差をつけている。

そして、現在配備中の現行機種「leFH37」と「sFH36」は最大射程距離15,000m。

このまま戦いを始めれば、帝国軍は砲兵戦でアウトレンジされて大いに不利だ。

だが、グレゴールは慌てず騒がずこう返した。

 

「心配は無用です。助っ人を用意しました。」

 

「「「「助っ人…?」」」」

 

 そこに、テント外からシュレジエン公に呼び声が。

 

「伝令!!総司令官閣下に報告!!」

 

「何事か?!」

 

「申し上げます。メクレンブルク将軍率いる第1航空艦隊、

ただ今仮設補給所に到着致しました!!」

 

「おお、やっと来たか!!」

 

 その報告に他の幹部達はざわついた。

 

「こ、航空艦隊?!」「いつの間にそんな物を…」

 

「参謀、そんな話は聞いていたか?」「いいえ、全く聞いておりません。」

 

 ざわつく幹部達をシュレジエン公が手拍子で鎮め、このように呼びかけた。

 

「諸君、静粛に!聞いた通りだ。機動集団への火力支援は航空艦隊が補完する。

この艦隊だけで最大2,000tもの爆弾をガリア軍の頭上に降らせられるだろう。

どうだ、これなら火力不足の不安はあるまい。」

 

「何と、2,000t!!」

 

「確かに…それだけあれば支援としては充分だな…。」

 

「考えたら飛行船は戦車よりも高速で移動できる…

機動集団にも簡単に追随できよう。」

 

「都市攻撃用の航空艦隊で前線の火力支援を行うのか、この発想は無かった!」

 

 他の将軍達も航空艦隊の支援を受けられると聞いた事で納得した様だ。

 

「これで異論は無いな。都合の良い事に向こうは4個分艦隊で構成される。

こちらも4個軍団なので、各軍団につき1個分艦隊を支援の為に追随させよう。」

 

「更に言えば、各飛行船は対戦車砲、カノン砲、重機関砲で武装しているので、

それらの重火器で対拠点、対戦車攻撃も可能です。

トーチカや戦車は上に攻撃できず、しかも上側の装甲は薄い。

一方的に攻撃、撃破可能です。」

 

「何と!勝利が手招きをしているような物ですな!」

 

「これなら我等の勝ちは揺らぐまい!」

 

「この戦、年内にはけりが尽きましょう!わっはっは!」

 

「浮かれるのは早い!」

 

 幹部達にも楽観の色が見えだしたが、シュレジエン公が一喝して場を制した。

 

「戦いはまだ始まってもいないのだ。

勝利を噛みしめるのはかの劣等なる者共の都ランドグリーズを陥とし、

諸悪の根源、コーデリアめを討ってからである、それを忘れるな。」

 

「「「「「………………。」」」」」

 

「では、続けよう。他に質問のある者は?」

 

「なら、今度は私から。」

 

 今度はアウグスタ将軍から質問が。

 

「中佐、この戦車に覚えはある?」

 

 アウグスタが提示したのは、先代エーデルワイス号の写真だ。

 

「これは例のガリア新型戦車ですね。確かエーデルワイス号だったかと…」

 

「前回の戦いで、我が軍の戦車はこのガリア新型戦車たった1輌相手に

大きな被害を被ったとの事。この車両自体は破壊されたとの事ですが、

修復された、もしくは後継車両が出てくる可能性が有ります。

総司令官はもしこの新型、あるいはその後継が出てきた場合、

どうするべきとお考えでしょうか?」

 

「うむ。私としては、特に対策の必要は無いと考えている。」

 

「その理由は?」

 

「こんな事も有ろうかと、受領した戦車は砲塔を換装し、

主砲には『N-555』を搭載させておいたからだ。」

 

「N-555…確か夏から生産開始した最新型85mm砲ですか。」

 

「駆逐戦車の主砲『D-5T』の35口径から砲身を20口径分延長した最新型か…」

 

「貫通力は旧来の対戦車砲N-444の3割増というらしい。」

 

「それなら安心だな…」

 

「万一N-555が通じなかった場合は、『ドレッドノート隊』に

相手をさせれば事足りるだろう。それでも駄目なら、

我が切り札『ポポジュヌィ』で相手をするまでの事。

兵器は性能では無く使い方が肝心なのだ。

不信心なガリア人は碌な使い方を知らぬ。どの道、大した脅威ではあるまい。」

 

「成程…3段構えの対策を取っているから安心と…。

なら、問題は有りませんわね。」

 

「分かればよろしい。他に質問のある者は?」

 

「……」

 

「では、各軍団の侵攻ルート確認を行う。中佐、説明を。」

 

「はっ、各軍団の大まかな侵攻ルートですが、

まず前回のガリア戦からの変更点として、北方の回廊は

再建された新ギルランダイオ要塞、中部のヴァーゼル川流域は

新設されたアルビゴグ要塞で固められております。

脆弱点を衝くという今回の作戦上、ここを相手にしている暇はありません。

従って、まずヴィスコンティ将軍の軍団はガリア最北端の隘路を通り、

マルベリー海岸を経由してナジアル平原へ南下して頂く事になります。」

 

「承知した。」

 

「ユスティジア将軍の軍団は、

総司令官直率軍団と共にバリアス砂漠を通って頂きます。」

 

「幸い、あの地には奴等が神を貶める戯言の根拠とする『例の遺跡』が有る。

ヴァルキュリアの民が築いた遺跡だが、

彼奴等の冒涜的所業の拠り所となった以上、

一思いに破壊してしまうのが一番だろうと考える。どうか?」

 

「それは素晴らしい!是非そのルートで参りましょう。」

 

「そして、最南方担当のアールパードハージ将軍の軍団には

ガリア南端、クローデン森林地帯を通って頂きます。」

 

「クローデンかぁ…了解した。しかし戦車で通れるか?」

 

「ご安心を。前回の戦いで50t超級の重戦車でも

あの辺りの走行は可能だった事が証明されております。」

 

「成程、なら問題ない。」

 

「分かりました。では作戦と侵攻ルートの最終確認はこれで終了とします。

宜しいですね?」

 

グレゴール中佐の言葉に幹部達が一斉に頷いた。

 

「では最後に総司令官から訓示があります。皆様、御起立願います。」

 

合図で幹部達が一斉に起立し、踵を揃える。

 

「聞け、諸君!!ダルクス人ごときが我等と平等に共存する事等、

神は決してお許しにはなられない。

まして、太古の罪をヴァルキュリア人に押し付けんとするなど言語道断。

今やガリアはヨーロッパその物を乱さんとする悪の巣窟と言えよう!!

 

我等が為すべき事は一つ!

帝国の正義の下、今度こそガリアを滅ぼす事である!

欧州に正義を布くのは、我等帝国にのみ許された特権。

神の子ヴァルキュリアの加護の下、

ダルクス人の妄言に踊らされるガリアの蒙昧に奴隷の鉄鎖を!!」

 

「「「「「おおおおおお!!」」」」」

 

「以上だ!それでは解散し、各々の持ち場に戻り作戦開始の合図を待て!」

 

「「「「「ははっ!」」」」」

 

 シュレジエン公の言葉は差別的ながら、

今の帝国人民の多数意見を見事に言い表していた。

もしガリアの主張を信じるなら、全欧州が2000年にわたって神と信じていた

ヴァルキュリア人が嘘をついていた事になる。

それではヨーロッパの歴史そのものが根底から覆ってしまうのだ。

 

 そして今のガリアはそれを真実として欧州全土に広めようとしている。

それこそ古代の惨劇『ダルクスの災厄』の再来ではないか。

欧州の歴史を覆し、ヴァルキュリアを神から引き摺り下ろす事で、

人の世が依って立つ法理法則を原則から否定する空前の暴挙ではないか。

 

 だとしたら我等帝国がそれを食い止めねばならない。

誰もがそう信じて疑わなかった。

2000年にわたる根強いダルクス人への偏見と悪意が彼らにそう信じさせていた。

 

 だからこそ彼等は悲劇に見舞われたのだ。一体誰が気付いただろう?

彼等が想像するダルクスの災厄などとは比較にならない、

真の災いがすぐそこに迫っていた事に…




早く実際の戦闘まで時間を進めたいけど、
果たしてうまく表現できるかな…?

次回、開戦前夜編最終回「第7話 今一度の戦場へ」
今度は同時刻のガリア側の様子と、
宣戦布告までのカウントダウンです。


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第7話 今一度の戦場へ

 その頃、ガリア中部国境、バリアス砂漠東端の地方都市セピエンヌ市では…

 

「早くしろー!帝国軍が来るぞー!」

 

 帝国軍の進撃に備え、住民が避難の真っ最中だった。

と言っても既に女子供は粗方避難済みで、

残っているのは大型の荷物を積み出し中の男手が殆どなのだが。

 

「おーい、そっちは終わったか?」

 

「おうさ、コイツが最後の一台だ!」

 

「よっしゃ、そうと決まれば早いとこずらかるぞ!」

 

 どうやら、積み出しは間に合った様だ。

街のそこかしこからトラックやら自家用車やらが逃げ出していく。

 

「やれやれ、何とかギリギリ間に合ったなぁ…、んん?おい、何か変だぞ…」

 

「んん、どうかしたか?」

 

「何か、暗くなってないか…?」

 

「暗いって、そりゃもう夜なんだから、暗いのは当たり前だろう。」

 

「いや、夜っつっても今日は満月だぞ、にしては月明かりが…

って、おい、あれ見てみろよ!」

 

「おい、どうした…って何だーっ?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「月が、欠けていく…!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何と、月食でもないのに月が欠けていく。

他の市民達も異変に気付き、空を見上げながら押し黙る。

 

「「「「「……………。」」」」」

 

 やがて、謎の影が月を八割方隠したところで、

誰かが異変の正体に気付いて叫んだ。

 

 

 

「ああ!ありゃ飛行船だ!」「飛行船?!」「おい、飛行船って何だ?」

 

「知らんのか?飛行船って言やあ、空飛ぶ船じゃろ。」

 

「爺ちゃん、それじゃ説明になってないよ~。」

 

 直後、セピエンヌ中のサーチライトが点灯し、飛行船を照らし出す。

 

「で、でけぇ…一体何しに来やがったんだ?」

 

「なあ、何か鳥のようなマークが見えなかったか…?」

 

「鳥…?ああ本当だ!あれ?よく見ると頭が2つ…!!」

 

「頭が2つの鳥…それって、まさか…?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

双頭鷲(ドッペルアドラー)!!帝国のマークだ!!」

 

 周囲も謎の影の正体が飛行船、

それも帝国製の飛行船だと気付き、再びざわめきがあたりに広がる。

 

「おい、何だよあれ…?凄いぞ、何だよ?!」

 

「見ろ!1隻2隻じゃないぞ、何隻いやがんだよ…」

 

上空を見ると、飛行船が後から続々と集結しつつあった。

 

「おい見てみろ、あれ…!」

 

「ああ!帝国のマークだ!」

 

「と言うか、何てでかさだ…

100、200mって話じゃないぞ、もっとでかい!!」

 

「おい、こっちだ!!早く写真写真!!」

 

 この時、彼らは重大な誤りを犯していた。 

それはその光景に見とれることなく、一目散に逃げ出さなかった事である。

 

「な、なあ…あれ、帝国の飛行船なんだろ?

ひょっとして、こっちを攻撃して来たりしないか?」

 

「あっ……やばい!速く逃げ…」

 

 市民の誰かがそこまで言いかけた瞬間、

飛行船の目的は向こう側から明かされることとなる。

 

 

 

 

 

 

シュッバァァァァァァアアアアアアッ!!

 

 

 

 

 

 突如飛行船が轟音と共に光り輝く。そして、周囲に火の玉をまき散らした。

 

「わあ!飛行船が!!」

 

「まさか、火事?! …いや違う!!」

 

 その通り、飛行船は普通ヘリウムガスで浮くもの。

ヘリウムガスは不燃性、爆発事故など起こしようがない。

何より、周囲にまき散らされた火の玉は…

 

「あら、あの火の玉、なんかこっちに来ないか?」

 

「え?」

 

 そして、セピエンヌ市民は己の過ちのつけを払うこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッドオオオオオオオオン!!!!

 

 

 

 

 

 

「ぎょわぁぁぁああああ!!!」

 

 火の玉の一発が建物に触れた瞬間大爆発を起こす。

もう解っただろう、彼らが火の玉だと思ったのはロケット弾の噴射炎だった。

それを皮切りに、そこかしこにロケット弾が着弾。

あっという間セピエンヌ市全域に阿鼻叫喚の地獄が現出した。

 

「な、何だ~~!!」

 

「ひゃあ、大変だ!! 空襲だ!!空襲だー!!」

 

 飛行船団の正体は言うまでもないだろう。

帝国軍の爆撃隊群が、大量の大型ロケット弾と爆弾を満載し、

夜陰に乗じて国境近辺の町を空襲しにやって来たのだ。

 

 

 

 

 一方その頃、ガリア首都近郊のアマトリアン基地では、

英雄大隊の各兵員の小隊及び分隊への割り当てが完了し、

小隊ごとに開戦前の最後の訓示の真っ最中だった。一例を挙げると…

 

「良いか!オレが今度お前等を率いる第二(ゼリ)中隊先任小隊長、

アバン・ハーデンス中尉だ!!オレの小隊に入ったお前等がやる事は簡単だ!!

この中に一人、ヘルメットにライオンのマークを付けてる奴が居る!!

そいつが先頭に立つからお前等はそいつに遅れないように戦え、良いな!!」

 

「「「「「う、うっす!!!!(ライオンのマーク…?)」」」」」

 

「あー、隊長殿?ちょっと質問なんですがね。」

 

と、ここで一人が手を挙げた。

 

「おう、野菜のオッサン!どうした?」

 

 挙手したのはラルゴだった。彼は曹長に昇進し、

アバン小隊の小隊先任下士官に任じられていた。

若干砕けた口調なのは下手をすれば親子ほど年の離れた若き上官への

ちょっとした悪戯心である。尤も、アバンはそんな物気にしていないが。

(というか気付かない。)

 

「この中にメットにライオンのマークが付いた奴は一人もいませんぜ。

隊長殿の仰る突撃野郎ってぇのは一体どこのどちら様で?」

 

 そうなのだ、ライオンのマークがついたヘルメットなど

どこにも見当たらないのだ。だが、答えは極めて簡単だった。

 

「ああ、そいつはな……」

 

 アバンが背後に隠し持っていた自分のヘルメットを掲げて言い放った。

 

「このオレだぁ!!」   

 

 そこには堂々と描かれた赤いライオンの横顔が。

亡兄レオンの二つ名「赤獅子」の継承者であるアバンに相応しい

パーソナルマークである。

 

「これで分かったな!お前等オレを信じてついて来い!いいな!」

 

「そいつは頼もしいぜ、お前ら聞いたな!隊長殿に遅れないように戦えよ!!」

 

「「「「「うっす!!!!」」」」」

 

 と、こういった様子であった。

 

 

 

 

「ポッテル中隊、ゼリ中隊、ダモン中隊、大隊本部共

車輌は最終チェック終了、兵員も全員整列済み…」

 

 こちらでは英雄大隊を率いるラムゼイを初め、

各隊の士官が出撃前の最終確認の最中である。

 

「よし、これでいつでも出撃可能だな。さてと…」

 

と、ここで伝令の下士官が報告にやって来た。

 

「失礼します!ギーゼン将軍がお見えになりました!」

 

「何、将軍が?分かった、通してやれ。」

 

「了解!」

 

程なくして英雄大隊の直属の上官、ギーゼン大将が会議室に入って来た。

 

「あー、クロウ中佐、出撃準備は万全かね?」

 

「おお、これはこれは。(敬礼)本大隊はたった今出撃準備が完了しました。

いつでも作戦行動可能です。」

 

「そうか、それは何よりだ。」

 

「どうか…なさいましたか?」

 

「うむ、今入った報告でな、バリアス東端のセピエンヌ市から

『帝国の国章を付けた飛行船の船団が向かってきた』と連絡が有ったのだ。」

 

「飛行船団…!規模はどの位なのでありますか?

規模によっては単なる偵察の可能性もありますが…」

 

「通報に依れば船団は大小合わせて40隻前後らしい。

間違いなく帝国軍の侵攻の先触れであろう。」

 

「40隻!帝国の編制で言えば分艦隊規模ですな。」

 

「失礼します!!将軍、セピエンヌ市の飛行船団について最新の報告です!!」

 

「うむ。(報告書を受け取る)………!!!」

 

「如何されました?!」

 

「何と言う事だ…まさかここまでやるとは…

飛行船団は大規模なロケット弾攻撃で市街地を無差別攻撃中だ。

避難中の市民に死傷者が出ていると言う。」

 

「無差別攻撃…て、帝国の奴等何て事を!!」

 

「ぐずぐずしてはおれん、早速英雄大隊に命ずる。

諸君等は速やかにセピエンヌ市へ向かい、現地の防衛戦力と協力して

向かってくるであろう帝国軍の先鋒部隊を迎撃せよ。」

 

「…了解しました!」

 

 

 

 同時刻、ガリア侵攻軍総司令部では…

 

「閣下、各爆撃分艦隊から報告が入りました。

先制攻撃は成功。目標の都市からの反撃は皆無につき損害なしとの事です。」

 

「うむ、よろしい。」

 

「尚、メクレンベルク将軍から

『もうじき弾薬が切れる為一旦補給し、再度攻撃をすべきか』

問い合わせが有りました。いかが致しましょう?」

 

「よかろう。補給完了次第第二次攻撃を許可する。

但し攻撃目標は都市ではない。向かってくるであろうガリア軍の迎撃部隊だ。

メクレンベルクには『空中艦隊は各軍団司令部と無線での連携を密にして、

迎撃部隊を発見次第空爆できるように空中で待機する様に。』と伝えよ。」

 

「ははっ。」

 

「よし、その間に地上部隊を前進させる。

先鋒は、そうだな…リューター連隊にやらせよう。

確か、連隊長のリューター中佐は前回のガリア攻めにも中隊長として

従軍経験があるはず。ならばガリアの地理にも明るいだろう。」

 

「では、そのように。」

 

「うむ、それでは前進する!ユスティジア軍団にも前進を命じろ!」

 

 

 かくして征歴1940年10月31日、東欧帝国連合はガリア公国に正式に宣戦布告。

後世に第3次ガリア戦役と称される戦いの幕が開かれたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

???

 

「叔父御殿、諜報監部より報告があった。

『東欧帝国ハ31日午前0時ヲ以テがりあ公国と交戦状態ニ入レリ』との事。

奴等、本当に攻め込むとはな…。」

 

 立ち上がれば身の丈2mを超えるだろう堂々たる巨漢が「叔父御」に報告する。

 

「ふむ…あの新興国め、性懲りもないな。」

 

 叔父御と呼ばれた初老の男の返答に、辮髪に口ヒゲの老人が続く。

 

「所詮は人と猿の見分けも出来ぬ阿呆共の治める国…

この期に及んでまだガリアなどと言う些事に拘わるとは笑止千万。」

 

「うむ、そうじゃの。」

 

 初老の男の合いの手に続き、総白髪の青年が言葉を続ける。

 

「聞けば総大将は敬虔公ことシュレジエン公。ガリアにとっちゃ、

こいつは正に窮地以外の何物でも無ぇな。」

 

「確かに…だがレギンレイヴ連れは判断を誤り、

自ら機甲戦術の先進性を捨てておりまする。」

 

「うむ。しかしシュレジエン公を初め一部の軍人は

機甲集中運用を未だに支持していると言う。

恐らく、此度の戦で機甲集中運用の復権を目論むのであろうな。」

 

「仰る通りです。ですが、我が方も既に

『皇軍野外教令』の教えが全軍に浸透しております。

今や奴らは敵ではありませぬ。」

 

「例の西住家が完成させた次世代戦闘教義だな。本当に上手くいくのか?」

 

「間違いありません。これへの対処など彼のビンランドにも出来ますまい。」

 

「そうだ、後は伯父貴の決断次第だ。」

 

「左様か、そち達が言うのならそうなのだろう…良し!」

 

 初老の男が立ち上がり、宣言する。

 

「天命の時は来た!予てからの予定通り、

年明けを以て我等は『欧州仕置』を断行する!!」

 

「「「おお!!」」」

 

「行けい!汝等三元帥の武を以て欧州を滅ぼし、

真実の光明を以て苦悶の内に死せしめよ!!」

 

「「「ははーっ!!」」」

 

 欧州のあずかり知らぬ所で、破滅と絶望は静かに始まっていた…。

最早、欧州の何人も逃れる事は出来ない。




 開戦前夜編、これにて終了です。
今回登場した地方都市セピエンヌですが、勿論原作ゲームには登場しません。
セピエンヌの名前の由来は、初期設定のステージ名「セピエンヌ解放戦線」
から採らさせて頂きました。

 尚、重大な報告が有ります。詳細は活動報告をご覧ください。


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